デレマス短話集 (緑茶P)
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『私の日』

それは比企谷君がまだ346にいた頃のお話であります。

小梅回。小梅かわいい。すき。


あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 アイドルからは最初は腐った目のせいで引かれるが、予想の斜め下ばかり突いてくる会話と根は真面目で誠実であることが伝わると徐々に心は開かれる様だ。また、前向きで頑張り過ぎなアイドルにとっては彼のやる気のない反応が程良い息抜きになる事もあるらしい(だいたい怒られてるが)。

 ただ、将来のユメが専業主婦と言って憚らないのでよく女の敵だのクズだの呼ばれている。

 

 

白坂 小梅   女  14歳

 

 見た目は女鬼太郎。根暗そうで話し口調もたどたどしいが意外と毒も吐く。

 朝霧の中、見えない友達とロンドを踊っていたところを武内Pに目撃されスカウトされた。その独特の能力のせいで複雑な人生を歩んでいる。デレプロ初期メンバー最年少(当時12歳)でその独特の魅力で根強い人気を誇り、ホラー・怪談系番組では既に大御所。最近はお気に入りのバイトに上手く甘えられずにグヌヌ状態であるが…?

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 あくせくと働けど、一向に減る気配のない企画書に発注書。その他諸々の書類と問い合わせ関係のメール。よくよく読んでみれば何でバイトの自分に聞こうと思ったのかと問い詰めたくなるような重要案件だって少なくない。

 

 

 それでも、大体のアイドル達のスケジュールや送迎を受け持っているせいか”コレをやるならこの時期のココらへんだろうなぁ”となまじ判断がついてしまうのが悲しい所。そんな不穏な書類は注釈を書きこんで上司(武内さん or チッヒ)行きの箱に叩き込んでいき、判断できるものは大まかに対応していって小さくため息をつく。

 

 シンデレラプロジェクトが稼働して早3年ちょっと。最初の逆境もいまや昔。今では彼女達の活躍を見ない日はないほどの大盛況・満員御礼の有様。そんな部署を半地下の様な薄暗い部屋に押し込めておくわけにもいかず、常務からそこそこ良い条件の部屋を与えられた。日差しも心地よく、都内の一等地にある346本社から周囲を見渡せる景観。広さも結構な物で給湯室はちょっとした自炊だって出来そうな好条件。そこまでは大変結構。アイドルたちだって黄色い歓声や、報われた事に涙したのだって喜ばしい。いくら捻くれた俺だってソレを鼻で笑うほど性悪でもないつもりだ。なんなら、はしゃぐアイツらにちょっと微笑んでしまったくらいだ。…ただ一点。自分の名前が書かれたデスクを見るまでは。

 

 武内さんを含め、デレプロの事務方社員は三人。

 

 プロデューサーの武内さん。広報・マネジメント・会計のチッヒ。事務で入社した美優さん。そして、バイトの俺。

 

 そう、あくまで。しがない”バイト”なのである。だが、その机の上に書かれているのは[”庶務・雑務”比企谷]と書かれた立派なワークデスク。

 

 何かの間違いか、ジョークの一種。そう信じたくて縋るようにチッヒに視線をむける。

 

 

ちひろ『ようやくこれで、本格的にお仕事をお願いできますね?(菩薩顔』

 

 

 俺が高速で差し出した辞表は神速で破り捨てながら、ご丁寧に携帯とメールシステムを同期したパソコンを手渡されてからこんなありさまだ。こんなの絶対間違ってるよ!!

 悲惨な運命を辿る魔法少女もこんな気持ちだったのだろうかと哲学という現実逃避をしていると、袖が小さく引かれる感触に意識を呼びもどされる。誰だろうか?この時間は出勤中のアイドルたちは仕事かレッスンに出払って誰もいなかった筈だが?そんな疑問を浮かべつつも振りかえると、小柄で病的なほどに透き通った肌。金というより透き通っていると表現する様な髪から覗く片目と視線がかち合う。

 

「…小梅?」

 

「…こんにちは、八さん」

 

 そこには、スケジュール上では休暇となっている筈の”白坂 小梅”が立っていた。

 

 彼女が休みに何故、事務所に来ているのかと一瞬スケジュールのミスかと瞬時に脳内で予定表を確認してみるが間違いなく彼女は休みの筈だ。そんな自分の疑問を視線から感じ取ったのか、彼女は気まずげに目線を逸らす。だが、掴まれた袖は離さないまま俯いてしまうので、こちらとしてはどうしたものかと首を傾げるしかない。

 

八幡「…」

 

小梅「…」

 

 とりあえず、待っては見たがどうにも進展はない。何事かとこちらを見て来る美優サンに視線を向けてみるがあっちも困ったように首を傾げるばかりで解決には導いてくれそうにない。

 

 だんまりを続ける彼女と山もりの書類を見てしばし。

 

 さて、千葉のプロお兄ちゃんとしては”何か伝えたそうな女の子”と”バイトなのに正社員並みに押し付けられた仕事”どっちを取るべきか?

 答えはあまりに明白だ。

 

 魔法少女だって金の亡者よりも霊感少女を大切にしろと言うはずだ。そうにきまっている。

 

八幡「休憩入りまーす」

 

美優・小梅「「えっ」」

 

八幡「美優さんはともかく、なんで小梅まで同じ反応をするんだよ。袖を引っ張ったのはおまえだろ?」

 

小梅「う、うん。それはそうなんだけど…忙しん、だよね?――あう!」

 

 戸惑う小梅に苦笑しつつ問いかけると健気な一言が返って来たのでちょっと乱暴に髪の毛をくしゃくしゃにして撫でて、出来るだけ優しく袖を掴んでいた手を引く。健気なのは美徳ではあるのだろうが、ちっちゃいガキンチョがやりたい事や求める物を犠牲にするほどの価値はどうしたって見つけられない。んなもの、生きてりゃ嫌って程体験するのだから。

 

 乱れた髪の中からいまだ困ったようにこちらを窺う彼女に苦笑しつつ、息抜きスペースとしてパーテーションで区切られた隣室のソファに腰を下ろすと彼女も迷いつつも腰をおろしてくれた。

 

 

八幡「んで、どうした?今日は一日中ホラーを見て満喫するって言ってなかったか?」

 

小梅「あう、えっと、その…」

 

 記憶にある断片的な欠片を集めて水を向けてみるが彼女はしどろもどろと俯き、その小さな唇を袖で覆って沈黙してしまう。困るわけでもないが、自分の中にある彼女とのイメージの誤差に少々戸惑う。いつもなら、怒涛のホラートークを目を輝かせながら詰め寄ってくる筈なのだが、今日は違うらしい。

 

 別にだからと言って困るわけでもないのでぼんやりと新作アニメの事を考えながら鬼○郎を彼女が演じたらヤバい人気が出るのではないかと益体もない事を考えて彼女を待っていると勢いよく扉が開かれる。それに、俺も彼女も驚き乱入者に目を向ける。

 

仁奈「こんにちわーでごぜーますよ!!おにーさん!!」

 

八幡「グフっ!!」

 

 元気の良いなり切り系ちみっ子アイドルが勢いそのままに頭突きをかまして来たのをなんとか受け止め、じゃれて来る元気いっぱいな彼女に苦笑している時に微かな声を耳が捕えた。

 

 ホントに微かな、思わず漏らしてしまったかのような小さな小さな、その声を。たったそれだけで、なんとなく分かってしまった。逆に、それに気付いてやれなかった自分の愚かしさに呆れかえった。ああ、なるほど。そりゃ俯いてもしまうだろう。

 

 胸元ではしゃぐ仁奈の両脇を抱え、床へとそっと下ろす。ちょっと寂しそうな顔を浮かべる彼女に出来る限り優しく、それでもしっかりと伝える。

 

仁奈「…今日は、遊んでくれねーですか?」

 

八幡「ああ、今日は”小梅の日”だからな。悪りぃけど美優さんにレッスン連れて行って貰ってくれ」

 

小梅「っ!!」

 

 俺の言った一言に後ろで息を呑む声が聞こえて苦笑する。どうやら自分の思い違いでは無かったらしい。そう思えば仁奈のこの悲しげな顔にも諦めも着く。更に言えば、千葉のお兄ちゃんとしたって及第点だろう。ちょっと残念そうにしながら隣室に向かう仁奈に手を振っていると小梅が小さく呟く。

 

小梅「…迷惑、じゃない?」

 

八幡「何を今さら」

 

小梅「だって、八さん、忙しそう、だし。…人気者、だし」

 

八幡「聞いてなかったのか、今日は”小梅の日”だぞ?まあ、いらないなら別に―――」

 

 言いきる前に小梅がぶつかるように突っ込んできて顔を俺の胸にうずめる。全力で飛びこんで来たのだろうが、それでもこっちが怪我をさせない様に気を使ってしまうほど華奢なその身体を何とか抱きとめてその頭をゆっくり撫でる。

 

 

 わざわざ貴重な休日を潰しに来て何をしに来たかと思えば、なんてことはない。彼女は甘えに来たのだ。

 

 

 馬鹿馬鹿しいが、長男の宿命を背負った人間には分からないでもない。

 

 今までベタベタに甘えられていたものが妹や弟が出来ると急にそうはいかなくなる。むしろ、下の面倒を見なければならなくなって随分と窮屈に感じるものだ。それが、自分よりも年下の後輩だってそう変わりはしないだろう。ましてやあれだけ俺にべったりだった小梅に、余計な仕事が増えたせいで最近はあまり構ってやれなかった反動だってあるのだろう。

 

 寂しそうで、ちょっと不機嫌で、ソレを呑みこもうとして失敗したモノがきっと彼女から漏れたあの吐息の正体だ。

 

 ソレを責めるにはまだちょっと彼女は幼い。

 

 なので、今日くらいはちょっと甘やかしてやろう。

 

小梅「…楽しみだった新作ホラーを見ても、ぜんぜん楽しくなかった」 

 

八幡「そうか」

 

小梅「いつもみたいに八さんに感想言いたくても、貸して感想聞きたくても、忙しそうだしって考えたら集中できなくて」

 

八幡「それくらい時間はある。今さらな遠慮だな」

 

小梅「……だって、いっつも皆に囲まれてるのに私ばっかそんな事出来ないもん」

 

 彼女が拗ねたように小さく呟いたその一言に思わず噴き出してしまう。彼女の機嫌も急降下して肩口に可愛らしい歯が立てられるがその軟さにもっと笑ってしまう。この慎ましさが他の連中にちょっとでもあればどれほど楽な事か、と想像してもっと笑ってしまう。

 

小梅「むー」

 

八幡「くっくっくっく、いやスマン。そんな良い子のお前にはご褒美をやろう」

 

 むくれる彼女の肩を取り、離したときに悲しげな顔をするのにはちょっと罪悪感があるが、すぐ戻ると伝えて事務室の冷蔵庫を開けて目当ての物を手に彼女の待つ部屋へと戻る。不満げな仁奈と、ソレを苦笑しながら抱っこする美優さんが印象的だった。不安げな彼女をいつものように膝の上に乗せると、はにかみながら体重を寄せて来るのでどうやらさっきの不機嫌はどっかに言ってくれたらしい。こりゃ重畳。

 

 ご機嫌な彼女の前に冷蔵庫から取り出して来た物を三つに分けて皿にのせる。

 

小梅「ドーナッツ?」

 

八幡「食いそびれた昼飯で悪いけどな」

 

 皿に盛られたソレを不思議そうな顔で眺める彼女の口に運んでやると抵抗なく小さな口で食べてくれる。小動物を餌付けする様な感覚に襲われながら自分も一口でソレを口に運び、優しいその甘さに綻ぶ。

 

小梅「もう一個は?」

 

八幡「あの子・・・の分だな」

 

 皿に残されたその一欠片のドーナツに彼女が首を傾げて尋ねて来る。口元に可愛らしく付いたかけらを取ってやりながら答えると彼女は目を見開いてこちらを窺ってくる。

 

 別に、そんな驚かれることだろうか?

 見えてる訳でもないし、信心深い訳でもない。それでも、彼女はいつでもそこにいると聞いているし、お供え物をする程度の習慣はめちゃくちゃな宗教感のこの国で育った自分にだってある。ソレだって気持ちの問題であるが、自分たちだけで楽しんだってのは少々気まずい。

 

小梅「…うん、あの子も、凄い喜んでる」

 

 結局、自己満足以外の何物でもない。それでも、小梅がこれだけ綻んでくれるのだから――意味はあるのだろう。

 

 一層、身を深く寄せて体重を掛けて来た彼女は、ポツリ、ポツリと話をしてくれる。

 

 最近の本当に些細なことや、ちょっとした不満。それに、自分にしか見えない孤独だった抱えていたナニカの話。

 

 気のない様な返事一つにも彼女は嬉しそうに身を寄せて来る。

 

 この表情を見れたなら、チッヒを怒らせるくらいの価値はあるだろう。

 

 そう独白して、沈む夕日に彼女の声を聞き、この少女の未来を祈る。

 

 この笑顔が、くもらぬようにと。

 

 

――――

 

 

 きっと、この人は自分と同じ人種なんだと思って仲良くなりたいと思った。

 

 見えないモノが見えて、誰よりもその醜さを知っている人。

 

 自分が抱えた何かをきっと理解してくれると思っていた。

 

 でも、全然違った。

 

 この人は、とっても暖かい。

 

 いっつもやる気のなさそうで、つめたそうだけど、誰よりも敏感に心を読み取って、気を使ってくれる。

 

 皆が気持ち悪いと、両親まで距離を取った私にも彼は変わらず接してくれた。

 

 それが心地よくて、初めて感じるその暖かさにもっとよりそいたくて。

 

 でも、それは長く続かなくて。

 

 その暖かさに、いっぱいの人が集まって。

 

 彼は、自分だけのものでは無い事を―――思い知って。

 

 それでも、離れがたくて伸ばした手は今まで向けられた冷たい目に―――遮られて。

 

 もし彼に、そんな目を向けられたら生きていけないと、怖気てしまった。

 

 それでも、我慢できずに伸ばした手を彼は優しく取ってくれて。

 

”今日は小梅の日だからな”

 

 その言葉に

 

”あの子の分だな”

 

 見えない、自分にない世界すら許容してくれたその優しさに

 

 抑えていた何かが、溢れて止まらなくなる。

 

 

 

 

 この心の名前を、自分は、今は――――知らないなんてもう言えない。

 

 でも、伝えるのはまだちょっと勇気が足りない。

 

 だから、いまはもうちょっと彼の優しさに甘えよう。

 

 でも、足りない勇気を振り絞って

 

”わたしの日”をもうちょっとだけ増やして貰えるように―――お願いするくらいは、許されるでしょう?

 



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~御値段の価値~

今でも、仕事で選ばざる得なかったあの選択を夢に見て後悔します。

利益と義理。理想と現実。

人生は様々な選択を常に迫られます。

どうか、皆さまの選択が悔いの無いものである事を。


 

 

あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 アイドルからは最初は腐った目のせいで引かれるが、予想の斜め下ばかり突いてくる会話と根は真面目で誠実であることが伝わると徐々に心は開かれる様だ。また、前向きで頑張り過ぎなアイドルにとっては彼のやる気のない反応が程良い息抜きになる事もあるらしい(だいたい怒られてるが)。ただ、将来のユメが専業主婦と言って憚らないのでよく女の敵だのクズだの呼ばれている。

 

 

小早川 紗枝   女  16歳

 

 色んな諸事情によって芸能関係の繋がりがかなり厳しくなっていた”デレプロ”に可能性を感じて接触してきた”小早川コーポレーション”の一人娘で東京支部の代理人の役職にも着いている偉い人。京都の老舗呉服から発展してきた大企業でもあり、西のアパレルの巨雄の彼女の協力の条件として提示した”動員4万人以上のライブを1年以内に成功させること”を達成する事によりスポンサー・衣装関連で大きく協力を得ることができた。その中で、彼女も広告や自分のデザインの機能性を測ると言う名目でメンバー入りを果たしている。

 穏やかで柔らかい物腰は万人に好かれるが、怒らせると意外とねちっこく根に持つ。特に発育関係をいじるのは最大の禁忌。

 

 

――――――――――――――

 

??「おい、そこのアンタ。ちょっと待て」

 

八幡「……(スタスタ」

 

??「おい!お前だよ!!アホ毛の根暗そうなあんた!!」

 

 高飛車な声に呼び止められた哀れな社員に同情しつつも歩みを進めていると再度その耳どころか頭に響く声が聞こえる。煩わしいからさっさとその根暗そうな社員に対応をしてほしいと願っていると肩を掴まれる感覚に強制的に振りかえさせられる。おかしいな、俺のどこにそんな要素が?

 そんな疑問に首をかしげつつ振り返った先には豪奢な金髪を編み上げ、強い意志を――いや、どっちかっていうと飢えた獣に近い張り詰めた何かを感じさせる瞳が目に入った。あまりに目立つその外見の彼女はスーツを着込んで様になっちゃいるがどうしたって同年代以下にしか見えない。そのアンバランスさが、どうにも危なっかしく感じる。

 

八幡「…えっと、どちら様?見ての通り忙しいし、用があんなら受付に言って貰った方がいいと思いますけど?」

 

??「あん?この”桐生 つかさ”を知らないっての?はーあ、それ冗談でも笑えな過ぎて逆に面白いわ」

 

 …危なっかしいというより完全に危ない人だった。呆れたように溜息をつく彼女に戦慄を覚え、忙しさと嫌そうなオーラを全開にして必死に会話を打ち切ろうとするも彼女は先手を打つかのように口を開く。鋼メンタルかよ。なに?心は強化ガラスかなんかで出来てるの?

つかさ「まあいい。ちょっと”デレプロ”ってとこの事務室に案内してよ。受付やメールじゃいつまでも応答してくれないみたいだから”GARU 代表取締役”の私が直接来てやってんの。おわかり?”デレプロの比企谷”さん?」

 

 溜息と共に嫌味でも返してやろうと飲み込んだ息は唐突に変った彼女の雰囲気に行き場を無くして、力なく漏れ出る。最近、随分とアプローチを掛けて来ると聞いていた服飾ブランド関係の社長を名乗るのが目の前の彼女だと言うのも信じられなかったが、獲物を追い詰める様な視線は間違いなく自分を楽しげに睨んでいる。

 

 つまりは、自分の様な木っ端バイトに声を掛けて来たのも偶然では無かったという事だろう。

 

 好戦的な笑顔のその少女がもたらすであろう厄介事に俺はもう一度小さくため息を漏らす。

 

 勘弁してくれ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

武P「お待たせ致しました。”シンデレラプロジェクト”プロデューサーの武内と申します。桐生さんの御噂はかねがね聞いております」

 

つかさ「ああ、あれだけ熱烈にアプローチしたのにここまで待たされるとは思わなかったよ。お蔭でこんな強硬手段に出たのはお合いこって事で勘弁してくれ」

 

武P「ええ、その件に関してはこちらにも非がありますのでお気になさらず」

 

ちひろ「…」

 

 そんな不遜な態度で答える彼女にチッヒの頬が引き攣るのを感じる。それに気づいていない訳でもないだろう武内さんは泰然と受け答えるが、部屋の空気は張り詰めきって随分と息苦しく感じて居心地が随分と悪い。

 

ちひろ「…社長自ら後足労願って頂いたのは大変申し訳ないのですが、当方としてははっきりと意思表示をさせて頂いていたものと考えておりましたので、てっきりお話は終わった物だと考えていました。そのうえで、こうした対応に乗り切ったのは…どういった御趣向なのでしょう?」

 

つかさ「あん?その件は合いこにってことになったの聞いてなかった?勝手に話を終わらせたつもりになって、話を打ち切るのは三流の証拠だ。アンタのメール・電話対応がこの事態を引き起こしてんのを自覚しろよ、三流」

 

 

”ビキキッ”

 

 

 張り詰めた空気に明確な棘が含まれたチッヒの声はかき消すような彼女の声に上書きされた。あれ?いま、なんか湯のみに勝手にヒビ入った音聞こえたけど何?殺気で陶器って割れるもんなの?笑顔のまま青筋を浮かべるチッヒと心底呆れた様な桐生社長の視線の交錯。関係無い俺まで胃が痛くなって来た頃に武内さんが小さく息をつき、間を繋いでくれる。

 

武P「その件を掘り返すほどお互い時間も無い事ですので、本題に入りましょう。頂いたメールの要望はプロジェクトの”舞台衣装等の新規発注 及び 継続契約”との事でしたね。同封して頂いた弊社の起用によるメリット・デメリットと経費対策における資料は実に興味深い物でした」

 

つかさ「はは、トップはマトモに話ができそうで安心した。それにあれの価値を理解してくれるくらいには興味を持って貰えて素直に嬉しいよ。そこそこ気合いを入れて作った甲斐もあったってもんさ。で、勿体ぶらずに感想を聞かせてくれ。あれを見てウチの会社をどう感じた?」

 

 その声に、さっきの不機嫌さが嘘のように快活な笑顔に挑発する様な獰猛な凄みを持たせて彼女は武内さんに意識を向ける。芸能関係の人間特有な迂遠さというのはどうにも彼女は持ち合わせていないらしい。

 

武P「…返答の理由ではないのですね?」

 

つかさ「ああ、貰った結果は既に読んだよ。その上でまずはアンタの感想から聞いて調整してくべきだ。それが出来るからこんな強引な手段さ」

 

 その息もつかせぬ傲慢な言葉に武内さんは苦笑を洩らしつつも、少し思案して言葉を紡いでいく。

 

武P「…そうですね。現状、プロジェクトの衣装関係は”小早川コーポレーション”の独占状態。この状況で緊急時のリスクマネージメントと貴女の会社での衣装における重要性による発注先の区別化による経費対策。複数回の使用を考慮しない飛び込みの依頼用の衣装への経費削減と特急対応の作成日程の短縮。品質と値段が相応のコーポレーションのデメリットを補う提案は、正直に言えばとても魅力的な提案です。――よくこちらの実情を調べている周到さから、貴社の実力も窺える」

 

つかさ「ああ、やっぱ一流同士ってのは心地いいな。無駄がなくて素晴らしい。それに、そこまでは最低条件で、飛ぶ鳥も落とすデレプロにこっちから出せるメリットの部分さ。本題はそっからの発展の部分の感想が聞きたい。”『デレプロのメンバー』を意識した副次ブランドの作成"ってのを是非、ウチで作らせてくれ。アンタの集めたアイドルのキャラは最高だ。今まで誰もが無意識に持っていた意識をぶち壊した独自性。ソレに憧れた世間は最高の市場だ。値段の釣りあげなんかしやしない。そこらの女学生がちょっと頑張れば届くような値段で提供しよう。最高の広告と利益、そして夢を与えられる。――コレを断る理由がなんなんのか。ソレを聞きに来たのさ」

 

 武内さんの言葉に心底安堵したように、言葉を紡ぐ彼女は獰猛な目を輝かせて彼女の構想を語る。まるで、ソレは、初めて対等な何かを見つけた寂しげな獣の様で。爛々と興奮したその声は、何故か必死さを感じさせる。

 

「ソレは―――「えらい楽しそうなお話やなぁ。ウチも混ぜてくれませんやろか」

 

 迷ったように言葉を選ぶ武内さんの声は穏やかで、静かなその声に遮られる。

 

 事務室の扉には朗らかに微笑む”小早川 紗枝”が、小早川コーポレーションの代理人にしてアイドルである彼女が、そこにいた。

 

 ただ、その瞳は白刃の様に美しくも残酷な光を宿している。

 

 

――――――――――

 

 さてはて、乱入に次ぐ乱入で部屋の空気は最悪だ。各国が集まる首脳会議だってもうちょっと穏やかだと思えるくらいには。なんなら部屋の隅に佇む俺はそろそろ体調不良で退席しても良いんじゃないかと思えるレベル。そんあ張り詰めた空気の中で小さくため息を吐く彼女に注目が集まる。

 

つかさ「…やれやれ、だ。理由ってのはコレが原因だって考えていいもんかね?だとしたら相当に下らない」

 

紗枝「あら、つれへんこといわんでおくれやす?底がしれてまいますえ?」

 

 たったその応酬だけで更に空気が引き攣るのだから勘弁してほしい。だが、下手すれば数億にも上る利益の取り合いなのだからどっちも立場上引きさがる訳にはいかないだろう。つまり、どっちかの敗北が決まるまではこの空気は続行する。いっそ殺してくれ。

 

つかさ「どうせあんたにも書類は渡ってるんだろうから無駄な問答は無しでいいだろ。何が問題なんだ?アンタの会社との利益も住み分けもしっかり考慮した。補い合えるwin-winな関係。それに発展系だってアンタのトコでやったら予算が掛かり過ぎて一般人には行きわたらない。広告・宣伝効果だって半減だ。”過ぎたるは…”なんとやらって奴だろう?」

 

紗枝「数字だけを追うんなら、そうかも知れまへんなぁ。ただ、逆境やった”デレプロ”を衣装作成・スポンサーとして支えて来たウチとしては軌道に乗って来たときにやってきたハイエナにわざわざ餌を与えてやる理由もみつかりまへんなぁ?」

 

 嘲笑う様な桐生に、凍える様な目線を向ける紗枝にはいつもの様な穏やかさは無くひたすら冷たい毒を吐いていく。

 

 まあ、言い分としてはどっちも間違ってはいない。

 

 厳しい条件を課せられたとはいえ、紗枝が協力してくれたおかげで様々な事が解決して今があるのは間違いない。そんなときにメリットを提示しつつも利益を掻っ攫うような輩が出てくれば砂を掛けて追い返すのは当然だ。ソレを咎める資格なんて俺たちにはありはしない。それは彼女が主張すべき確固たる理由だ。だが、ソレと同時に、その辺の機微を除いて考えるならば桐生が言った主張も間違えでは無い。

 

 手の届く理想というのは分かりやすい。憧れを掴むために伸ばした手が掴んだソレをファンは大いに喜び自発的に喧伝してくれるだろう。それが切っ掛けで多くの人が”デレプロ”を知り、その知名度は更に昇り詰めていく。そのメリットはあまりに大きい。ソレに目をつけた桐生の経営眼は本物で実行に移せば間違いなく成功させてくれるだろう。それだけの才覚を彼女は武内さんとのやり取りで見せてくれた。

 

 義理か、利益か。

 

 結局はそれだけの話だ。

 

 きっとどっちを取ってもプロジェクトとしては悪くない結果になる、とは思う。

 

 そんな事を考えていると、黙考していた武内さんが小さく息をつきこちらを向き言葉を紡ぐ。

 

武P「…ふむ、ちひろさんは反対の様ですが―――比企谷君はどう思いますか?」

 

 唐突なその質問に面を喰らう。たかがバイトに何を聞いているのかこの人は理解しているのだろうか?少なくても億は動く話に自分が意見を挟むべきではない。そう思って辞退しようとするも、武内さんは苦笑してソレを遮る。

 

武P「いえ、正直自分も迷っているのです。どちらの言い分も分かりますから。それでも決めねばならない事であるならば、ここまでプロジェクトを支えて来たお二人の考えを聞きたいと思うのです。――なので、君の意見を忌憚なく言ってください。最終決定は、私の仕事です」

 

 本当に困ったように笑うその顔は少々ズルイ。これでは、断りずら過ぎる。

 

 溜息を一つして、考えを脳内で纏める。

 

 刺さる様な二つの視線を努めて無視して考える。

 

 

 俺は――――――

 

➔ ・義理を取りたい。

 

  ・利益を追ってもいいと思う。

 

 

 

―――――――

 

 

八幡「俺は正直、乗り気ではありませんね」

 

 ぱっと表情が綻ぶ紗枝と、忌々しげにこちらを睨んでくる桐生。なんとなく後味の悪さを感じはするが選ぶとはこういう事だ。今は思った事だけを伝えるべきだろう。

 

 言っといてなんだが、別に義理という観点だけで選んだ訳でもないのだから。

 

 確かに紗枝の会社で発注している衣装はかなり値段が張る。しかも、緊急時に対応してもらう時は倍と言っても過言ではない。だが、相当無茶な工程を頼んでもその品質は一切落ちた事もないし、割増料金のほとんどは無茶を聞いてくれた職人への詫びの贈り物へ当てられている上に、わざわざ紗枝が直接ソレを届けて俺たちの代わりに頭を下げて回ってくれている事を俺は知っている。

 

 そのうえ、ウチの個性的過ぎるメンバーの要望やイメージを聞きだして職人との技術的な折り合いをつけて理想に最も近い形にしてくれているのは彼女が寝る間も惜しんでデザインをしてくれているからだ。もし、この工程が抜けて初見のデザイナーが代わる代わる行っていたら品質の問題ではなく、求める物自体が変わって行ってしまい最高の状態には程遠くなるに決まっている。

 

つかさ「―――それなら私が直接」

 

八幡「闇に呑まれよ。今宵の饗宴の宴は漆黒の天使が闇世に舞い降り、その絶声にて友と舞い踊る。さすれば月も微笑まん」

 

つかさ「は?」

 

 失格だな。今の訳は『お疲れ様です。今回のライブは私がワイヤーで降りて来た後に皆さんと歌う!!みたいな演出をしてくれたら私嬉しいです!!』だ。熊本弁ビギナーもこなせないようではウチのアイドルの要望どころが日常会話もままならん。

 

つかさ「ちょっと待て!!あれは神崎のライブ用キャラの演出だろう!!そんなの日常で―――嘘、だろ?」

 

 唖然とする彼女にちょっとだけ同情する。伊達にデビュー当時に散々に色モノ集団と笑われて来た訳ではないのだウチは。それに、勝気な彼女の口調では内気気味なメンバーは萎縮して思う様にイメージを伝えられない可能性だって高い。少なくとも俺は短い時間で接した彼女との感触ではそう思う。聞き上手で朗らかな紗枝だからそれが可能なのだ。

 

 そこまでだって十分な理由ではあるが、そもそも、そんな急な発注を掛ける様になってしまうのはこちらの不手際だ。ただでさえ事務方が絶望的に足りない中でそんな繊細な作業にリテイクが掛かればそれだけでその企画はおじゃんだ。骨折り損になればいい方で、プロジェクト全体に影響する。その事を考えるならば衣装に掛かる経費も、紗枝に拝み倒す俺の軽い頭も安い出費だ。

 

 なんなら、どうしても人出が足りなければ佐藤にでも酒を掴ませて作業させてもいい。

 

つかさ「―――」

 

紗枝「いや、そこまでされると逆に迷惑やけど…」

 

 紗枝のちょっとだけ冷ややかな視線を心地よく感じる自分がいるのでもう駄目かもしれない。まあ、そんなわけで、発展系のブランドだなんだは俺には分からないが、現状では紗枝の機嫌を損ねる方が致命傷だ。そのブランドだって紗枝の所で作れない訳ではないのだから値段は何とかしてくれると信じよう。

 

八幡「…で、いいすかね?」

 

 思ったよりも延々と語ったせいで喉が酷くかわく。その上にちょっと恥ずかしい。チクショウ。

 

 そんな俺の気まずそうな顔を見ていた武内さんが微かに笑って目を閉じ、一拍。桐生へと視線を戻す。張り詰めた空気は数瞬だけ続き、疲れた様な溜息を彼女が漏らす。

 

つかさ「っち。折角、私に着いてこれそうな面白い素材を見つけたってのに期待外れだな。残念だよ」

 

武P「個人的には非常に一考の余地はあると思いました。ですが、彼の言う様にその企画はまだ少しこのプロジェクトには早かったようです。また、時期が来ましたら是非お越し下さい」

 

つかさ「時期が来たら――か。都合のいい言葉だ」

 

 そう寂しそうに小さく呟いた彼女は差し出されたその手を払って出口へ向かう。

 

つかさ「精々、小さい世界で満足してるといいさ。私はもっと――上に行く」

 

 その背は、最初に感じた威圧感は無く随分と小さく見えた。その心苦しさすら身勝手な感傷なのだろうけど、選ぶとはこういう事だ。手放したくないモノを抱えるのに手はいつだっていっぱいで――全ては拾いきれない。そんな独白を誤魔化すように武内さんに水を向ける。

 

八幡「良かったんですか?こんなバイトの思いつきで決めちゃって?」

 

武P「立場はどうあれ、君の言葉は真摯で価値がありました。思いつきなどとは程遠い。そして、決めたのは私です」

 

 そういって微かに笑う彼に一礼して、部屋を出る。これ以上いる意味もないだろうし、途中でほおってきた仕事もそのままだ。体を包む倦怠感に溜息をついて歩き出そうとすると、背中に何かがひっつくのを感じる。

 

紗枝「…」

 

八幡「…なんだよ?」

 

 問いかけても無言の彼女にどうしていいのか分からずこっちも動けずに固まってしまう。別に今さら女の子の感触や匂いにときめくような歳でも――無いわけでもないが、無言でこうされると嬉しさよりも不安が勝ってくるのが不思議な所だ。

 

紗枝「ちゃんと、見ててくれとるんやね(ボソッ」

 

八幡「なんて?」

 

 小さく彼女が何かを呟いたのは分かったが、なんと言ったのかは聞きとる事が出来なかったために聞き直すが彼女は俺を押し出すようにして離れてしまう。

 

紗枝「なんでもあらしまへん。浮気せずにできたご褒美には十分でしたでっしゃろ?」

 

 悪戯に成功したような彼女の顔にはさっきの険しさは無く、その笑顔にちょっとだけ救われて俺は苦笑をもらして軽口を開いてみる。

 

八幡「そういう事はもうちょっと育ってから言うんだ―――イデッ!!」

 

 間髪いれず木製の下駄が俺の足を的確に踏み抜き、思わずうめいてしまう。

 

紗枝「ちょっとカッコいい所みせはったと思ったらコレなんやから――ほんま、しょうの無いお人や」

 

 目じりをよらせてこちらを睨む彼女は小さくため息をついて、そう柔らかく呟きそっぽを向いて歩き出してしまう。

 

 その可愛らしい仕草に痛みも忘れて笑い、問いかける。

 

八幡「愛想も尽きたか?」

 

 くすりと、そんな気配を漂わせて彼女は首だけ振り返って言葉を紡ぐ。

 

 

 

―――幾久しく、”内助の功”期待しとって?―――

 

 

 

 その表情に、不覚にも顔が赤くなってしまったのは気付かれない事を祈るばかりだ。

 

 

 



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秘密の奏さん

”あるとき私は自分を美しいと決めたの” byガボレイ・シディベ


あらすじという名のプロフ

 

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

 

速水 奏    女  17歳

 

 常務のプロジェクトクローネ設立時に92プロから引き抜かれた精鋭アイドル。蠱惑的な言動と大人びた雰囲気によく成人と間違われるが未成年である。エロい。

 注目作の主演に選ばれるほどの彼女には誰にも言えない秘密があって―――?

 

――――――――――――――

 

 ドラマ完成記者会見と銘打たれた壇上に並んだ美男美女を無数のフラッシュが幾度となく照らし、彼らも笑顔を深くしてそれに答える。特にその中の一人の少女が朗らかに笑えば本職の彼らすら一瞬忘れて見惚れてしまうのだから、流石の貫禄と言わざる得ないだろう。大人びた外見と意味深な笑顔を浮かべるその少女こそは我らが346プロの中でも間違いなく上位に入るであろうトップアイドルの一人”速水 奏”。そして、今回のドラマにおいて主役を演じきった主賓でもある。

 

 そんな一際目立つ彼女に目をつけたMCは軽快に質問を投げかけて来る。

 

MC「今回は原作が漫画のドラマを演じたられた皆さんですが、主演の奏さんは普段、漫画なんかを良く読まれたりしますか?」

 

奏「普段は滅多に読む事なんて無かったんですが、このお話の原作を読んでから随分と良く読むようになりました。むしろ、最近はアシスタントの人が随分と熱心に勧めてくれるので、オタク並みに詳しくなってるかも?」

 

MC「おー!ソレは意外ですねぇ!!トップアイドルの”速水 奏”さんをオタク化させたなんてそのアシスタント君を誉めていいやら、しかるべきやら…」

 

 そんな彼女のおどけた回答に唸るMCに会場が大きく笑った。その後も和やかに進んでいくインタビューの中、隅っこで控えている某アシスタント君である俺は小さくため息をついて苦笑を浮かべる。

 

八幡「…熱心に、ねぇ?」

 

 なんとなく釈然としない気持ちを浮かべながら、”比企谷 八幡”は あの日の事を思い出す。

 

 彼女の秘密・・・を知り、共犯者になったあの日の事を。

 

 

―――――――――――

八幡「なあ、なんであのディレクターに嘘ついたんだ?」

 

奏「突然、何の事かしら?」

 

 めでたく決まったドラマ出演に伴い、監督やディレクター陣達との顔合わせが終わった帰り道の事である。武内さんは大人のお付き合いを含めた打ち合わせとやらで監督たちに同伴してしまったので、高校生の彼女だけを車に乗せて送っている時にふと思いだした疑問がポロっと口からこぼれ出てしまった。そんな言葉にぼんやりと窓の外を眺めていた彼女は、本当に不思議そうに眼をはためかせてこちらを見て来る。

 

 いつもの様な意味深な”いい女”的な反応ではなく、ホントに何の事か思い当たっていない様な彼女に今度はこっちが首を傾げてしまう。

 

八幡「ん?”漫画は良く読むか?”って聞かれて”全然読んだこと無い”って答えてたろ?」

 

奏「ええ、言ったわね。でも、何でそれが嘘をついた事に―――」

 

八幡「だって、お前の言い回しってスパイ漫画の『レッド・スワン』を元にしてんじゃないの?」

 

 何気なく普段から思っていた事を口にした瞬間に助手席から”ゴッ”という鈍い音がなり、目線だけを向けてみれば耳まで真っ赤に染めた奏が窓ガラスに思い切り頭を突っ込んでいた。普段から大人びた行動をとっている彼女の反応としては非常にレアで面白い絵面ではあるのだが、拭いたばかりの窓ガラスに油がつくのでどうかご勘弁願いたい。

 

奏「………いつから気付いていたの?」

 

 地獄の底から響くような低い声。乗ってるのが奏だけでなければマジギレ熊本弁状態の美穂を疑った所だが、間違いなくこの声の出所は幽鬼の様な表情の彼女から出されたものだろう。そのあまりの迫力にハンドルを握る手に冷や汗が滲むが、今さら言葉を呑めば更に怒りを買う事は想像に難くないので何とか言葉を絞り出す。

 

八幡「あー、随分と昔の漫画だったから思いだすまで結構掛かったが、まあ、―――結構、最初から聞いた事のあるいいまわしだなぁ、とは」

 

奏「うぐぐぐぐぐぅぅぅぅぅぅ」

 

 ファンや、世間様にはとてもお見せ出来ない感じに頭を抱えて悶える奏を横目に思い返す。

 

 最初に会ったときからデジャブの様な違和感はあったのだ。だが、実家の断捨利に呼び出されて親父の本棚に着手した時に久々に手に取ったその漫画。それが”レッド・スワン”だ。ジャンプ黄金世代に同人誌の様な慎ましやかさで発行されていた週刊誌に載っていた連載作で最後はその週刊誌の終焉と共に打ち切りの様な感じで終わってしまったが内容は当時としては作り込まれていて、劇画調の作画の中でスパイとしてのあらゆる苦難をサラリと”いい女”を醸し出しながら、チョットしたミスの可愛らしい描写を加えたその漫画はいま読み返しても名作だったと言っても過言ではない出来だった。

 

 その女がキスや思わせぶりな仕草でターゲットの心を掴んでいくのは随分と印象的で、幼少の頃の俺にも随分心に残ったものだ。ソレを自分より年下の彼女が知っているのに驚いたものだが、この様子だとどうにも触ってはイケない部分だった臭い。

 

奏「―――笑えばいいわよ。どうせ、散々と”いい女”みたいな言動で周りの人をからかっていたのを内心で笑ってたんだから、そうしたらいいわ!!」

 

八幡「事故りそうだから、んな近ずくな。別に笑っちゃいねぇだろ」

 

奏「んぎ」

 

 一転して噛みつくようにこちらに顔を寄せて来る彼女を片手で助手席に押し込んで小さくため息をつく。大体、ソレを笑ってからかうような神経をしてるなら蘭子や飛鳥と会話なんてマトモに出来やしない。そもそも、奏のソレを笑うにはあまりに自分の黒歴史はちょっと深すぎる。いずれそれに頭を抱える蘭子らの苦悩を思えば、名作に影響を受けたなんて些細な事だ。むしろ、そのキャラクターが世間でここまで受け入れられている上に原作が世のほとんどの人が知らないような内容なのだから随分と傷が浅いとすら言える。世の中には初恋が流浪の侍だと明言してしまう声優だっているくらいなのだ。

 

 そんな事を笑って語っていると奏もちょっとずつ沈静化していき、膝を抱えてこちらを窺う様に睨むくらいには落ち着いてきたようだ。

 

奏「……嘘よ。絶対に心の底では笑ってるに決まってるわ」

 

 拗ねたようにそういってそっぽを向く彼女にこっちは苦笑を返すしかないが、別に個人的には本心からどうだっていい事だ。漫画でも、映画でも、身近な人でも、憧れて近づきたいと願い、努力した事は―――決して笑われるような事ではないのだと、俺は思うのだから。なんならば、その理想を目指してその想像を絶する辛さにすぐ挫折した事すら笑われる事ではない。

 

 憧れた何かは、そのしんどさを受け入れてなお、その姿勢を貫いている事が学べればソレは一生を支える何かになってくれる。ソレを人は”挫折”と呼ぶのかも知れない。だが、その痛みを知ってなお目指し続けようとするその姿勢は笑う事など許されない崇高な気高い物だと俺は思う。

 

 本当に恥ずべきは、心に宿した灯を知ったかぶりの冷たい風で吹き付ける事だ。

 

 挫折した傷を、相手にも求める”どっかの誰かだ”。

 

 灯を消すならば静かに一人でその傷を抱えるべきだ。頼りない灯を抱えて前に歩む誰かを巻き込むべきではない。

 

 だから、俺は”速水 奏”を笑わない。

 

 彼女は、まだその小さな灯を抱えて、歩き続けているのだから。

 

奏「…貴方は、アナタが憧れたのは、どんな灯だった?」

 

八幡「―――さあな。ソレを前に怖気ちまったから答えは一生分からん。」

 

 そう語った俺に彼女は小さく問うたが、残念ながらその答えは持ち合わせがない。狂おしく求めたソレが全てを壊す事を知って逃げ出した俺には一生語るべきでは無い事だ。

 

 俺が、それ以上を語る事はないと悟った彼女は小さく息を吐いて抱えていた足を崩して小さく、ポツリ、ポツリと語り始めた。彼女の。”速水 奏”の物語を。

 

 小学校の頃、彼女はおさげにだっさい丸眼鏡を掛けた冴えない女だったらしい。部屋の隅で本を読んで過ごすような目立たない何処にでもいる少女。ほおっておいてくれればいいモノを彼女はいつの間にか女子からのいじめの対象となって家に引きこもるようになった。

 

 そのなかで無気力に過ごしていた彼女は、やる事もなくなったときに暇つぶしに父親の本棚にあった”その漫画”を手に取った。ソレが彼女に衝撃をもたらした。様々な妨害を、困難を逆手にとって頬笑みと余裕を持って乗り越えていくその主人公に。そして、ふと見た鏡に映った自分と”彼女”の差に絶望した。そして、諦めていた何かに火が灯るのを感じたそうだ。

 

 ”なぜ、自分が尻尾をまいて引きこもらなければならないのか”と。

 

 答えは単純で、”彼女の様にカッコよく無いから”。それだけだ。あまりに単純で今では笑ってしまうほどだが、たったそれだけが幼い彼女が得た真実だったのだ。

 

 その日、彼女は腰まで伸びるおさげを自ら切り落として”速水 奏”として生まれ変わった。

 

 ソレが、彼女の始まり。

 

 ありふれていて、それでも彼女をここまで駆け抜けさせた始まり。

 

 ソレからの事を彼女は語らなかったが、まあ、十分だろう。

 

 注目作の主演に選ばれたその実績が、きっとその答えだ。

 

 だが、そこまで聞いても分からない事が一つあり思わず口を衝いてしまう。

 

八幡「だけど、ソレが何で漫画好きを隠す事になるんだ?」

 

奏「…常務に引き抜かれる前の92プロで言われたのよ。”アイドルがオタクだなんて絶対にばらすな”って。――ソレにちょっと恥ずかしいじゃない、女の子がジャンプが好きだなんて?」

 

 その答えに大笑いしてしまった俺に、彼女が目を三角にして肩を叩いて来ているウチに辿りついた彼女の家の最寄り駅。買ってやったジャンプを大切そうに抱えて彼女は帰って行ったのだ。

 

 

 

――――――――――――――

八幡「で、”熱心に勧めた漫画”はお気に召して貰えましたかね?」

 

奏「待って。今、いい所だから」

 

 記者会見が終わった帰り道。流れる街灯を目でなんとなしに追いながら掛けた嫌味な言葉は、上の空の言葉で返されればこっちも苦笑するしかない。諦めて、ぼんやりと流れる首都高を走らせていれば小さく息を吐く声が聞こえたので胡乱気に脇に座る少女を見れば、何に祈りを捧げているのか週刊誌を抱えて目を閉じている”主演女優”が映る。たかが週刊誌に何をそんな感慨を感じているのやら。

 

奏「さっきはダシに使って悪かったわよ。今週も最高だったわ」

 

八幡「そりゃなにより」

 

 苦笑して返してくる彼女に肩をすくめて返すと、彼女はもう一回小さく笑う。

 

奏「あんまり怒らないで?アナタにはホントに感謝してるんだから。漫画好きも今回の件で公認されるだろうし、これで私も堂々とコンビニでジャンプを買えるわ」

 

八幡「最初の感想が、主演女優の喜びよりそっちかよ…」

 

 別に軽口にムキになった訳でなくからかってみただけなのだが、真剣な顔でそういわれると肩を落として笑ってしまうのはご勘弁願いたい。そう思って隣を見れば、本当に嬉しそうにニコニコしている彼女にまた笑ってしまう。あのジャンプが切っ掛けになったのか彼女が望む漫画や週刊誌を手に入れては移動中のハイヱ―スで献上すると言う謎イベントが発生していたのだが、これでどうにもお役御免らしい。業務が減るのは実にすばらしいが、感想を言い合える時間が減るのは少々さびしい気もしないではない今日この頃だ。

 

奏「でも……また、貴方のオススメがあったら、買って来て頂戴?」

 

 真剣な顔を綻ばせて、ちょっと遠慮気味にいう彼女を横目で見て、頭をちょっと乱雑にかいてしまう。

 

八幡「流石、主演女優。あざとい(ボソッ」

 

奏「聞こえてるわよ?」

 

 その一言に冷たく睨む彼女の肩をすくめて受け流しながら思うのだ。

 

 秘密を抱えるほど女は美しくなるという。

 

 確かに、そうかも知れない。見えない部分ほど見たくなりソレを求めてしまうのは男の性だ。

 

 だが、秘密を抱え過ぎても、美容と健康には悪かろう。

 

 ならば、このちょっと狭いハイヱ―スの助手席くらいは彼女の秘密を下ろす場所があってもいいのではないかと。

 

 ミステリアスで、底知れぬ彼女が年相応の”速水 奏”でいられる場所があってもいいのではないかと。

 

 隣で喚く奏をいなしながら、そう思ったのだ。

 

 ココが抱えた灯を下ろして、休める場所とならん事を祈って今日もこのボロ車は都内を駆けていく。

 

 

 



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欲望の大和

エロなのか、ギャグなのか…。

酔っぱらって勢いで書いたので微妙な出来。

リクエストお待ちしております。


あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

 

大和 亜季   女  21歳

 

 武内Pがどっかからか捕獲して来たミリタリー系アイドルである。見たまんまに軍事関係に幅広い知識を持ち、趣味に生きている感がMAXの人であるが、時折見せる鋭い眼光や冷徹な意見は本当に紛争地帯を経験したかの様な凄みがある。八幡と同年代ではあるが、学生でもなく、転職組という訳でもなく地味に何をやっていたのかが謎な女でもある。

 明るく社交的で、多少脳筋気味なので誤解されがちだがCO属性。まあ、なんにせよ、嫌な顔せず設営の手伝いをしたり、スタッフにも感謝の気持ちを持ち、平等に接するナイスコマンド―である。

 

 

――――――――――

 

 

 木枯らしが秋の訪れを感じさせる匂いを放ち、舞ってゆく落ち葉だって仄かな哀愁を覗かせている。秋晴れで、のどかとしか形容のしようのない晴天の中で鳴り響いたブザーと共に熱狂的な歓声と同時に落胆のため息がその空に鳴り響く。

 

 くゆらせた煙の奥で勝者と敗者、その明暗が決されられたのだ。

 

 その勝負の名は”デレマス大運動会”。

 

 アスリート顔負けの身体能力を誇る”シンデレラ”達が紅白に分かれてその覇を競い合い、全力で競い合った結果に彼女達の顔は様々な感情を浮かべつつも全力を出し切ったその顔は一様に晴れやかだ。勝利を喜び抱き合うもの、悔しさをかみしめつつも勝者を称えるもの、隠す事もなく地団太を踏んで再戦への決意を新たにするもの。

 

 そんな彩り豊かな表情を浮かべる彼女らに、思わずこっちまで笑ってしまう。最初の頃を思えば随分と賑やかになったその光景を見て思う事も、随分ある。だが、今は余計な事を考えずに一緒に喜ぶべきであろう。

 

 

 

――――もう、この光景を身近に見れる時期も限られているのだから。

 

 

 

 そう身勝手な感傷に苦笑して、煙草の火を消す。

 

 閉会式やその後の打ち上げ場所の確保、業者との撤収段取りの確認。施設への終了報告。やる事は山とある。その事を思って小さくため息を吐いて、立ちあが―――る前に世界が暗転する。

 

 一瞬で晴天が真っ暗な布によって遮られ、反射的に喉から漏れた声が漏れる前に口の中にねじ込まれる異物感。

 

 咄嗟の事に反射的に伸びた手は流れるように何かに縛られ、あっという間に身動きが取れなくなってしまった事に抗おうとする身体は何かによって担がれた事で反抗することができず、運ばれていく感覚だけが伝わってくる。

 

 あまりに見事なその手際。

 

 こちらの混乱すら前提のその動き。

 

 真っ暗になった視界と焦る思考を余所に変に感心してしまった。

 

 そんなちぐはぐな感想を脇に、”比企谷 八幡”は何者かに拉致されたのだった。

 

 

 

―――――――

八幡「…で、これは何の余興だ?」 

 

大和「はっはっはっ!流石、ハチ殿!!誘拐されてもその冷静さとは感服に値するでありますな!!」

 

 視界を覆っていた包みをとっぱらわれた先に見えたのは薄暗い倉庫室。その中で腰に手をあてて呵々大笑する”大和 亜季”に俺は大きくため息をつく。程良く鍛えられた事が分かる健康的なすらりとした手足に、流れる様な黒髪を束ねた快活な笑顔を浮かべて笑う彼女に深く溜息をつく。

 

八幡「いや、んな事より閉会式が始まるからさっさと行くぞ。遅刻なんかすれば常務に嫌味を言われる上に、やる事が結構あるんだよ」

 

大和「ああ、ソレに関しては気にしなくていいで在ります。体調不良を武内司令官に伝えて、八殿に付き添ってもらう許可は既に得ているので私たちは公欠となっている筈でありますからな。段取りもそっちにお願いして来たで在ります」

 

八幡「…あん?」

 

 なんでもない事の様にそういった彼女に思わず怪訝な視線を向けてしまう。大の男を一人拉致してこれる女の何処が体調不良だと言うのか?そんな事を視線にのせて訴えかけるとこれにも彼女はやらしい笑みを向けて距離を詰めて来る。逃げようとするも手首が配管の金具に縛られているのでソレも敵わない。

 

大和「いえ、”体調不良”で間違えはないですよ。騎馬戦で茜殿との一騎打ちとなった時、茜殿が飛び降りてタックルして来たせいで反則負けとなったで在りましょう?ここ一番の所でお預けを喰らってしまったもので…随分と、ムラムラしておりましてな?」

 

八幡「…馬鹿なの?」

 

大和「戦のあとに高ぶるのは人の性でありますから。ソレが不完全燃焼であるならばなおさらであります」

 

八幡「体力有り余ってんなら校庭でも走ってこい、阿呆」

 

 俺の静かな罵倒にも彼女は笑みを深くするばかりで何も答えないが、その細くなった瞳の奥から覗く妖しい光は強まるばかり。その沈黙と眼が何より彼女が本気である事を感じさせ、俺の額に冷や汗か油汗か分からぬ物が吹き出るのを感じる。そんな俺に彼女はにこやかな笑顔のまま俺の体へと手を伸ばす。荒事が好きだと言う割には白魚の様に滑らかなその手がシャツの中に滑り込んできてなぞるように這っていく。

 

大和「ああ、やっぱり思った通りであります。設営を手伝っている時から目をつけていたでありますが、ほっそりしているようでありながらしっかりついた筋肉。それでいて吸いつくような荒れていない肌。実に女好きする身体でありますなぁ」

 

八幡「おい、アイドル。完全に構図が逆の悪役だぞ」

 

大和「おや?男としては逆に求められるなんて理想のシュチュエーションではありませんかな?」

 

八幡「昨今のセクハラへの判定の厳しさを知らんのか。男女逆でも立派に案件問題だぞ」

 

大和「何を間抜けな事を。男からなら厳罰すべきですが、女からならば満足させれば和姦。傷を残せば強姦なのは常識でありましょう?ソレに―――上の口はどういっても息子殿は随分と乗り気のようでありますしなぁ」

 

八幡「お前ソレ絶対にテレビの前で言うなよ!!マジで言うなよ!!あと、そっちは若さのせいだよ!!」

 

 昨今の倫理観に正面から喧嘩を売る馬鹿を全力で怒鳴っておくが、一抹の不安が残るのでマジで勘弁してほしい。それに年頃の男が控え目に言っても世間から“アイドル”として持て囃されてる女子に色々と撫でまわされて反応しない方が無理がある。

 

大和「ん?ははっ、しかも結構な銃を隠してらしたのですな。ズボンからはみ出るサイズなんて凶悪な物は滅多にいないのですぞ?コレは他の子に悪さをしない様にここで絞っておかねばなりませんなぁ」

 

 俺が怒鳴るのも軽く受け流して彼女は笑いながら身体に這わしていた手を、反応してしまった部分に滑らせていき一瞬だけ驚いたように止まった手は嫌らしげな顔を浮かべ、指の腹で検分していく。サイズどうこうの話をされても友達のいない俺には比較する機会の無かったのだからなんとも言えないが、完全に元気になってる部分に押し当てる様に腰をのせて来た彼女が、正面から吐息の当たる様な距離まで詰めてきて、その甘い吐息と仄かに薫る女性の汗特有の甘い匂いが俺の正常な判断を狂わせていく。

 

大和「しかし、やはり同意は大切でありますな。私もどちらかと言えば相手から荒々しく抱きしめられる方が好きな方ですから。叶うならばそっちの方が理想であります。さて、想像してみて下さい。この硬ーくなった愛銃が、今当たっている柔らかい的を打ち抜く快楽と、目の前にあるたわわな供給物資を貪れる快感を。どうであります?自慢ではありませんが、サバゲーに参加する度に何人もの男が抱かせて欲しいと土下座してくるくらいには豊満であると自負しているのですけど」

 

八幡「っぐ」

 

 そんな事を言いつつ局部を硬くなった部分に押し当てその先の蜜壷を想起させ、彼女の胸を隠すには儚げな薄手の運動着に包まれた果実を触れるか触れないかの絶妙な加減で俺の顔の前で揺らすその蠱惑的な動作に、どうしようもなく引き寄せられてしまう。そんな煩悶すら彼女には楽しくて仕方ないのかその唇は更に熱っぽい吐息をもらす。

 

 その目前で洩らされる吐息や熱。柔らかさやその先に無意識にも体が反応し、求める様に身体を揺すってしまいそうになる衝動を必死に抑えるために唇の端を噛んで何とか堪える。

 

八幡「馬鹿が。さっさと降りろ」

 

大和「…呆れた自制心でありますなぁ。そんな意地っぱりも普段は美徳であるが、今この状況では野暮であります。それに、最終的な結果は変わりませんので素直に頷いておいた方が拘束も解かれて逃亡の目もあったでしょうに?」

 

 苦笑する彼女が呟いた一言にそういやそうだとも思いついたが、例え嘘でもソレを許諾する事は自分の中の何かが頑なに許せなかった。プロ意識なんて立派な物ではなく、もっと子供っぽくも譲れない何かがソレを許さない。

 

大和「くくっ、そういう所こそが皆に好かれる所以なのでしょうなぁ。無論、私も嫌いではありません」

 

 そういっておかしそうに笑った彼女は頬笑みを深くして服に手を伸ばす。

 

 頼りげないその服すらもしっかりと彼女を守っていたのだと気づかされる程に豊かなその胸が露わにされて、思わず息を呑む。野生の動物を思わせる様なその美しい身体。色気のないスポーツブラですらその肢体はあまりに洗練されていた。だが、それよりも印象的だったのはさっきまでは嗜虐的な笑いを含めていた眼が、完全に飢えた獣のソレへと豹変していた事だった。

 

 遊びを捨てて、ただ喰らうために全力を尽くしたその瞳。ソレは彼女が本気なのだと知るには十分すぎる。

 

大和「…」

 

八幡「…」

 

 無言での睨みあい。ゆっくりと彼女の手が俺の服を掴み、引き裂くように力を込める。

 

 漏れそうになる声。流れ出る汗。

 

 ギュッと目をつぶり覚悟を決めた時に、その声は聞こえて来た。

 

有香「は、破廉恥なのはイケません!!」

 

 

 絶対絶命の中、薄暗い倉庫に―――顔を真っ赤にした天使”中野有香”が荒々らしく駆け込んで来たのはそんな時だった。

 

 その瞬間、俺は神の存在を信じたね。マジで。

 

 

―――――――――

有香「ななななな、何をしてるんですか二人とも!!不潔です!!今すぐ、離れてください!!」

 

 半裸となった女と着崩された服を剥かれかかった男が跨られている現状は未成年の彼女には少々、刺激が強すぎたようで顔を逸らしつつも怒鳴ってくる。ホントに押し倒された情けない格好ではあるのだが、自分の貞操が守られた事にホッと息を吐く。いくら、発情した馬鹿でもこのまま続行はしないだろう。

 

八幡「おら、オフザケも終わりだ。さっさと―――」

 

大和「おお、有香殿も混ざりますかな?一口目は譲れませんが、おすそ分けするくらいの度量は自分にもあるであります」

 

「「は?」」

 

 あまりに明るく、あっけらかんとそう口走る彼女に思わず声がハモってしまった。そんな間抜けな顔を浮かべた俺たちこそを不思議な物を見るかのように大和が首を傾げる。

 

大和「おや、混ざりに来たわけでなければ何の御用でありましょうか?見ての通り今はちょっと立て込んでおりましてなぁ。む、もしかして見学が目的ですか?個人的趣向に口を挟む気もありませんが、そういうのはひっそりと覗くに留めるのがマナーという物ですよ」

 

有香「勝手に人に変な嗜好をキャラづけしないでください!!どう考えたって亜季さんの方が、お、おかしいでしょう!!」

 

 顔を真っ赤にした有香が噛みつくのも気にした風もなく大和は小さくため息をつき、悪い笑みを浮かべて彼女に向き直る。

 

大和「ふむ、”合意”の上でのまぐわいを邪魔してくる由香殿にそういわれるのは少々心外ですな?」

 

 その言葉に有香が睨みつける様にこちらに視線を向けて来るが、全力で首を振って否定の意志を伝える。何処の世界に拘束した人間を襲う事を”合意”した状態とみなす馬鹿がいるのだ。そんな俺のあり様を見た有香がもう一度大和に睨むように視線を戻す。

 

有香「相手方は”合意”を否定している様ですが…?」

 

大和「あんなにおっ勃てていては、その言い分は通りませんなぁ。何よりも刈り取ったのは自分です。その獲物をどう調理しようととやかく言われる筋合いはありません。…それとも、横取りが目的でありますかな?」

 

有香「な!!」

 

 指差された俺の下の方に目を向け、目を逸らしたのもつかの間、挑発的に嫌らしく笑う大和に再び鋭い視線を向ける。傲慢とすら言えるその態度に深く深呼吸をして彼女はゆっくりと構えを取る。さっきのコミカルさを吹き飛ばすほどに凛と美しいその構え。

 

有香「武道に身を置くものとして、”勝者の権利”というものに私も理解はあります。しかし、強さに溺れ、よこしまな目的の為にその力を一般人に振りかざす事を自制するのも武人の矜持でありましょう。”戈を止める”と書いて”武”となりますれば、道を誤った同輩を正すのも私の道です」

 

大和「これだから武人家気どりは嫌になるであります。どんな思想も実利の前には霞み、狂気に呑まれるモノ。戦場で求められるのは思想では無く完璧な規律であります。そして、武とは”戈にて止むる”と読むのであります。力無き正義は”悪”。だから結局は有香殿もその拳を握りしめる。―――ゆえに分かりやすい」

 

八幡「いや、完璧な規律を完全に乱してた人に言われても…」

 

 俺の呟きも空しく無視され、大和も構えを取る。有香の取る構えは半身で正眼に手を差し、腰に拳を控えさせた空手の基本的な型で一片の乱れもなく大和を見据える。対する大和は両手を正面に構え、握るとも握らぬとも言えない塩梅で腰を低く構える。タックルや総合格闘技の流れをくむマーシャルアーツという奴なのかも知れない。

 

 ひりつくような静寂。

 

 呼吸すらも憚れる様なその緊張感は、鋭く踏み込んだ有香によって破られた。

 

 美しさすら感じさせる上段蹴り。小柄な彼女から発せられたソレは間違いなく大の男ですらタダでは済まない事を感じさせる渾身の一撃。ソレが大和のガードの上へと吸い込まれ――

大和「青いですなぁ…」

 

 そう呟いた大和はあろうことか、蹴りを放った彼女へと更に踏み込んでいく。必殺の威力を持ったその上段蹴りも基幹となる太ももの部分に当たったのでは半減し、残ったのは不安定な姿勢を残した有香のみだ。

 

 一瞬の事。

 

 目にも追えぬ程のその技は素人の俺には舞っているのかと思ってしまうほどあまりに美しく、勝敗はついてしまった。大和の頬に残ったその赤く腫れた部分は有香のせめてもの傷跡なのだろうが、勝敗はあまりに歴然としている。

 

大和「一撃必殺を旨とする空手の打撃は確かに強烈ではありますが、懐に入ってしまえばその本領は発揮できません。その一撃で最初にすべきは相手の手足を破壊し、機動力を奪ってからの王手が定石。救助者を救おうと焦ってキメ手を初っ端から放つのは悪手であります。だから、こんな無様を晒す」

 

有香「ぐっ!!」

 

 関節を取られ地面に組み伏せられた有香は苦しげに呻き反抗を試みるが、手慣れた様子の彼女はポケットから取り出したテープで彼女の手足を次々と拘束していく。

 

大和「ま、不安定な状態でも咄嗟に控えていた正拳を突き出したのは見事ではありました。しかし、結局は守れなければ全ての努力は水の泡。今回の事を教訓に―――精々、そこで指をくわえて見ているといいであります」

 

有香「く、くそう!!すみません、父上、…比企谷さん」

 

八幡「いやもう、完全に悪の結社の女幹部みたいになってるんだけど…」

 

 梱包を終了した彼女は自らの赤くなった頬を軽くつつき、遅れて出て来た鼻血を拭ったあとに悪い笑みを持って有香に嫌らしげな笑みを浮かべて唇を舐め上げてこちらに戻ってくる。いや、あまりのそのヒールっぷりに見惚れてしまっていたが、そんな場合ではなかった事を思い出して再び冷や汗が吹き出て来る。最後の砦であった彼女がやられたという事は、俺の貞操を守ってくれるモノが無くなったという事でもある。…ヤバい。

 

八幡「いや、ちょ、ちょっと待て。マジで?いや、このまま有香の前でおっぱじめる気か!?アイツまだ未成年だぞ!!」

 

大和「まあ、ペナルティというやつですな。彼女も武人であるならば負けた後には大切な物に何が待っているかはそろそろ知ってもいい機会であります。なあに、天井の染みでも数えているウチに終わらせるでありますよ」

 

八幡「お前の過去には一体何があったんだよ!!てか、アイドルがしていい顔じゃねーよ!!」

 

 笑いながらにじり寄ってくる彼女の目は全く笑っていない。その笑えない状況に俺も必死に身体をもがかせて距離を取ろうとして抵抗を繰り返し、遂には組み伏せられた所で、背後から―――正確には後ろで縛りあげられている有香からくぐもった声が聞こえ、俺たちの動きもぴたりと止まる。

 

有香「うぐ、ぐすっ、わ、私が弱いばっかりに…うう、ごめんなさぃ。ごめんなさぃ」

 

 顔を涙と鼻水と、その他もろもろでぐちょぐちょにした有香が壊れたように泣き声を噛みしめている。その光景に、今度こそ俺は表情を消して真剣に大和を睨む。今回のやんちゃはたった今笑って済ませられないギリギリのラインに踏み込んだ。これ以上を踏み越えるのならば、こっちも相応の対応をしなければならなくなる。

 

大和「…ちなみに、続行した場合はどうなされるおつもりですかな?」

 

八幡「この場で舌を噛み切る」

 

大和「安っぽいエロゲの村娘ヒロインみたいな対応をそこまで堂々と言い切るのもどうかと思うのですが……はぁ、まったく泣く子とハチ殿には構いませんな。今回のオフザケはここまでにしておきましょう」

 

 俺の迷いのない視線に本気を感じ取ったのか彼女は苦笑を洩らして、ポケットから取り出したナイフで俺を拘束していた縄を乱雑にかき切って溜息と共に耳元で俺だけに聞こえるように小さく呟く。

 

大和「自分に限らずの話ですが、女の子に迫られて恥をかかせる物ではありませんよ?」

 

八幡「――っ」

 

 さっきまでとウって変ったその表情と優しげな声。その、自分の中に深く刺さったナニカを見透かしたような言葉に、俺は小さく息を呑んでしまう。そんな俺の表情に困った様な笑顔を浮かべる彼女は何も言わずに俺から離れて有香へと向き直る。

 

大和「さて、今回はハチ殿の覚悟に免じて引きますが、本来はアナタは全てを失う所でありました。武人としての清らかさは貴方の美徳ですが、その自己満足は決して負けられぬ戦いではソレは仲間を死地に追いやる”卑怯”となります。敵わぬならば数を集め、弱点を付き、道具を駆使し、戦略と生命線を何重にでも引いて備えなければなりません。―――戦場には仮定は存在せず、次は無いのですから」

 

有香「……」

 

 俯きなにも答えぬ彼女に大和は、もう一度笑って出口へ手を伸ばす。

 

大和「強くしたたかにおなりなさい。そうすれば、貴方はもっと輝ける筈であります」

 

 それだけ言って彼女は倉庫を後にした。

 

 

 そうして静かになった部屋の中で強い倦怠感を溜息と共に吐きだし、彼女の背中を思い返して思うのだ。

 

 

 

 

 

――――スポーツブラ丸出しで出て言ったが彼女はここからどうやって帰るつもりなのか。そんなどうでもいいことが堪らなく気になった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 倉庫の扉を閉めて、小さくため息をつく。

 

大和「やれやれ、自分の隠密スキルが有香殿にまで見つかるほど腕が落ちていたのかと不安になってしまいましたが、彼女を差し向けたのはアナタでしたなら納得ですなぁ」

 

時子「…別に下等なトリとゴリラが交尾しようが興味も沸かないけれど、法子がうるさいのよ」

 

 心底、興味なさげな風情で腕を組んでいた彼女がそっけなくそう答えるのを聞いて笑ってしまう。普段は苛烈な言動で勘違いされがちだが、彼女の本質は酷く愛情深いと読んでいる。その彼女が可愛がっている後輩の為に動くその様子に、今回の自分の計画を邪魔された事も流してやろうと思えた。

 

時子「そこそこ頭の回るゴリラならばこんな事をすれば”そのあと”がどうなるか分からない訳でもないでしょうに。理解に苦しむわ」

 

大和「そうですなぁ。良くて半壊、悪くて全壊といった所でしょうなぁ。でも、ソレを先延ばしにしても何時かは限界が来ます。その前に反応を窺って見るのも有りかと思いまして。無論、手に入るに越した事はありませんでしたがね?」

 

時子「…本当に、性質が悪い女」

 

 頭痛を抱える様に額に手を当てていた彼女がぞんざいにジャージを投げつけて来たのでありがたく受け取る。実はカッコよく出て来たもののこの後をどうしたものか迷っていたのだ。ジャージの礼を伝えて歩き出すと彼女の視線が突き刺さっているのに苦笑してしまう。

 

 さてはて、カッコつけては見たがこれでも結構、振られて内心はしんどいのだ。

 

 頬を刺す痛みを撫でて思う。

 

 

――貴方は、いつまでそうやって一人で歩いていくつもりなのでしょうか?

 

――その先に、何が待っていると言うのか。

 

 

 その寄せ付けない孤独を頑なに抱える彼の行く末に小さくため息をつき、どうか誰かが何時かその重荷を分け合う相手となり共に歩むことを願った。

 

 



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一匙の想い

人は、果てしない悪意や憎悪で身が竦んで動けなくなってしまうことが、あるのです。

でも、たったひと匙の想いに救われる事もあるのです。


あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

 

鷺沢 文香    女  21歳

 

 シンデレラプロジェクトの初期メンバーの一人。比企谷と同級同学部で貴重な古本や八がぎっくり腰の叔父を家に送った時にはち合わせるなど諸々の切っ掛けで知り合い、本で盛りアガがっているところを武Pにスカウトされた。基本的に一人で本を読んでいる事が多く人嫌いと思われがちだが、没頭しているだけでおしゃべりは嫌いではない。

 最初期は体力はメンバー内最下位だったが、その人を引き付ける声と歌唱力は追随を許さなかった。自己評価の低さから卑屈だった性格も、ステージを重ねる度に前向きになって多くのファンを引き付け、COOLトップアイドルの一角として君臨する。ただ、最近はある事件のせいで活動を休止しているようで…?

 

 

------------------

 

 絶え間なく降り続く小雨が窓へ降りかかり、力なく砕けてはまた集まり滴となって滑り落ちて雨落ちへと吸い込まれていく。季節柄とはいえ厚く空を覆う雲のせいで随分と暗く感じる部屋の中でその光景を何するでもなく何時間もそれを見つめている自分に小さくため息を漏らす。

 

 何度となく気を紛らわせようと手を伸ばした愛読書達。いつもはすぐに入り込んでいけるその世界に入り込もうとしても、目は字面を滑って行くばかりで諦めと共に脇へと何冊も積まれてしまう。普段なら絶対にしない様なその行いに本達の責める様な抗議が聞こえて来る気すらする。だが、棚に戻そうとする手を伸ばそうと、部屋の空気を入れ替えようと、何かするたびに脳裏に”あの事”がよぎり、思わず竦んだ身体はそのまま力なく座り込んでしまう。

 

 万事が全てこの調子なせいか世話になっている叔父にも、仲間たちにも、迷惑を掛けてしまっていて。ソレが更に胃の奥を締め付ける様にして喉元を何かがせり上がるのを感じ、脇に据えていた桶を咄嗟に引き寄せる。

 

「―――っかふ!」

 

 胃が何かを必死に締め上げ蠕動を繰り返すが、出るのは僅かな胃酸とくぐもった自分のうめき声。

 

 当たり前だ。ここ数日で碌に物など食べていない上に、一定の間隔で襲ってくるこの発作のたびに空の胃から僅かに含んだ水分すら吐きだしているのだから出て来る訳がない。そんな状態でも意外と死にはしないのだと感心と、いっそのことこのまま静かに眠るように死なせて貰えないものかと自嘲して、目を閉じる。

 

 あの光景を思い出す事も分かっているが、目を空けている気力すらもはや残っていなかった。

 

 そして、案の定――――瞼に焼きついた、あの光景が繰り返される。

 

―――――――――――

 

 ようやく自分の日常に溶け込み、慣れ親しんだステージが暖かい歓声に包まれ終わった後のファン達との握手会のことだった。握手に来てくれた人達が誰もが笑顔で声援を送ってくれて、力強く自分の手を握って喜んでくれる。その中には見知った顔になりつつあるファンが何人もいてくれて、その笑顔に自分なんかが欠片でも役にたっている事が嬉しくて自分も思わず綻んでしまった。

 

 今思えば、自分も浮かれていたのだろう。

 

 憧れていた物語の主人公になれた気でもしていたのだ。だが、その勘違いはすぐに正された。

 

 次々と握手を交わして行く人々の中で、一際目を引き綺麗な少女が自分の前に立った。彼女も笑顔で自分の手を握って、声援を送ってくれたあと”貴女を思ってお菓子を作ってきた”と、美しい顔に照れたように小さな箱を手渡してくれた。”ホントは目の前で食べて欲しいけど、楽屋ででも開けてくれると嬉しい”そう言ってくれた。

 

 その言葉に感極まった私はその包みをその場で開けてしまったのだ。

 

 

 ――――その人の、その深くなった笑みの意味も知らずに。

 

 

 中に入っていたものがなんなのかは、今でも分からない。

 

 細く、長い髪の様な何か。

 

 今だ苦しみ、のたうつ何かの生物。

 

 それらを無理やり何かで固めた甘ったるい何かの匂い。

 

 そして、―――――――箱の内側いっぱいに書かれた呪いの言葉。

 

 絶叫を上げて崩れ落ちる私を見た彼女が、狂気すら感じる声で甲高く笑った。すぐさま駆けつけた警備に拘束された彼女は血走った眼で、朗々と語りあげた。どれだけの憎悪を籠めたらここまで人を貶める文言を思いつくのか想像もつかない言葉の羅列が叩きつけられた。口を塞がれてもなお、その深く弧を描く瞳と、その輝き。

 

 その悪意が自分に向いている事が、ただただ恐ろしかった。

 

 

――――――――

 

 

 そこまでを追憶した所で、目が覚める。

 

 全身を包む不愉快な冷や汗と、早鐘の様になる鼓動が喘ぐような呼吸を強制する。時計を見れば目を閉じてから二十分もたっていないが、ここ最近ではずっとそんな感じでこの悪夢が繰り返される。

 

 騒然とした場から連れ出され、仲間やプロデューサーが何度も声を掛けてくれても、ソレに答えようとしても”あの瞳”が脳裏をよぎって頭を抱えて絶叫を上げてしまうだけしかできなくなってしまったのだ。その後の専門医が来て”絶対静養”を仲間たちに告げてから私はこの部屋から出られなくなっている。

 

 その事にまた胃が引き裂かれるように絞られ、胃液すらでなくなったえずきを繰り返す。

 

 結局は、霧のような小雨を眺めて何も考えない様にする。汚物を撒き散らす分、出来そこないの人形の様に日々を過ごすしか今の私に息をする術がないのだ。

 

 これは、罰なのだと、最近は理解し始めた。

 

 自分の様な人間が勘違いしていた、罰なのだ。

 

 物語の主人公を脇役が出しゃばって演じようとしていたら読者はその滑稽さに笑い、思い入れのある人は怒りだすだろう。

 

 あの女性は、そんな自分を許せなかった”自分の罪の形”なのだ。

 

 一瞬でも馬鹿な夢なんか見ずに、古びた古本屋で静かに朽ちていくべきだっ――――――。

 

 

”ピリリリリリ”

 

 

 そんな独白は無機質な電子音に打ち切られた。

 

 雨粒の音に馴染んだ耳に異常に響いたその音に肩を跳ねさせ、その画面に表示された名前にまた胃が引き絞られる。

 

 

『比企谷さん』

 

 

 そう表示されたその文字に、また脳裏をよぎる悪夢を振りっ切って震える手を何とかその携帯に伸ばす。なんども取り落とした携帯をようやく捕まえ、荒れる呼吸を必死に飲み込んで、ボタンを押す。

 

「――――もしもし、鷺沢、です、が」

 

 久々に意味のある言葉を紡ごうとする自分の声は自分でもびっくりするほどざらついて耳障りの悪い音で、この声を彼に聞かれたかと思うと今すぐに通話を切りたい衝動に駆られる。だが、そんな私の思考を余所に向こうからの返信は、ない。その間に、悪い想像が更に加速して絶叫しそうになる寸前でようやく彼は口を開いてくれる。

 

 一体、彼からどんな言葉が出て来るのか。励ましも、心配も、応援も、今は―――今だけは聞きたくなかった。

 

「…悪い、文香。レポート手伝ってくれ」

 

「……はい?」

 

 身構えていた身体も、心も、警戒心も、彼のあまりに突拍子もないその一言に、間の抜けた声が零れてしまった。

 

 

―――――――――――

 

「その教授の授業は、こちらのノートの…ココがメインですね。そっちのレポートもココの議題が応用が利くので引用し合えば効率よく出来ると、思います」

 

「えー、この教授がアレで、こっちがソレだから…やっぱり、この教授から片していくべきか。…悪い、辞書も貸してくれ」

 

 鳴りやまない雨音が続くなか、リュックいっぱいのレポートや参考書を抱えた彼が息を切らせて私の下宿の古本屋に駆け込んできたのが三十分前。彼を家に上げる事を渋った叔父との間にひと悶着があったが、引きこもっていた私が会いたいと伝えると叔父も文句を言いつつも渋々と了承してくれた。

 

 彼は申し訳なさそうにしつつも私の部屋に入るなり地面に頭を擦りつけるようにして土下座を敢行し、自分の状況を打ち明けた。曰く”単位がヤバい”だそうだ。真剣な彼の様子に聞き入っていた私がコントの様にずっこけてしまったのはきっと誰も責められない筈だ。

 

 まあ、生徒が代返や課題提出は抜かりなく対策していても言わないだけで各教授は誰がでていて、出ていないのかなんてしっかり把握している。教育では無く、研究が本分の彼らは興味のない生徒ならそのまま適当に放置しておくのだろうが、彼はちょくちょく彼らの琴線に触れる意見を出すせいか随分と気に入られていて―――はっきり言えば、悪目立ちしている。そんな彼らは、彼に授業の”単位が欲しければ面白いレポート”を提出しろと要求し、追い詰められた彼は苦心の末にココに転がり込んだそうだ。なんとも気の抜ける話である。

 

 真っ青な顔で私のノートを読み込み、参考文献と見比べて要点をまとめていく彼を見ていて、喉がなる様な音を耳がひろった。

 

―――いま、私、笑った?

「ん?ここ、参考書とノートでニュアンスが違うけど…なんか俺の顔についてるか?」

 

 そんな自分でも良く分からない疑問に目を見開いていると、彼と目線がかち合い彼が怪訝そうにするので慌てて思ってもいない事を口ずさんで話題を逸らす。今さらだが、掠れたこの声を彼は聞いても不快じゃないだろうかと関係ない不安も滲んでくる。

 

「い、いえ、…ただ、そこに着目するくらい優秀なら普段から授業に出ればいいのにと思ってしまって」

 

「…俺もそうしたいんですけどねー。チッヒがトップだとしても、君もその一端なんだけどね―」

 

 そして、墓穴を掘った事に言ってから気付いた。その授業に出れない原因のアイドル活動に自分も含まれてるのは間違いないし、自分は授業もちゃんと出させてもらっている。数は違えど少なくなく被っている授業に彼をほとんど見ないのは自分たちの段取りをしてくれているからに他ならないのは分かっている。でも、その嫌味っぽい目線と言い方にちょっとだけムッとしてしまう。

 

「その分、代返とか協力はしているつもりですよ?」

 

「はいはい、感謝しておりますよ―――「そうですか、じゃあこのノートも解説もいりませんね?」いや、すみません!感謝しています!!」

 

 差し出されたノートをそのまま回収しようとすると、彼は一瞬で平謝りをしてくる。その様子に、今度ははっきりと笑ってしまい、揉み手をしてへつらってくる彼に溜息を一つ付いて、さっき聞かれた部分の解説をしてあげる。

 

 久々に聞く自分の笑い声は、随分としゃがれてしまっていたが―――不思議とさっきの様な恥ずかしさは沸かなかった。

 

 

――――――

 

 ノートと参考文献とを睨めっこしつつ、棚にある本や、一階の古本屋にある参考になりそうな本まで引っ張り出して二人でレポートを進めていると、気がつけば夕刻はとっくに過ぎていい時間になってしまっている。その事実に驚いてしまった。一分が過ぎるのすらあれほど長く感じていた日々があれだけ続いていた筈なのに、まったくそれを感じていなかった事に。

 

 そうして呆然としていると彼が、私の視線を追う様に時計を見る。

 

 

 

 その目を覆い隠したくなってしまったのは―――なぜだろうか?

 

 

 そんな自分にも分からない衝動も空しく彼は時計の針を見て小さく息を吐く。その先を、聞きたくない。そう願っても、彼の口はゆっくりと開かれて、

 

「腹減ったな…。台所、ちょっと借りていいか?」

 

「―――え、あ、はい」

 

「あ、いや、やっぱいい時間だし「いえ、使ってください」お、おう」

 

 彼の遠慮を遮るように、口を開いていた。その言葉の先を、今は聞きたくなかった。

 

 戸惑う彼を台所に連れていき、何があったかと思案するも最近はソレどころでなく冷蔵庫がどうなっているか分からず焦る。何か彼の小腹を満たせるものは残っているだろうか?そんな考えを必死にしているのを見た彼は苦笑して、手を振る。

 

「ああ、いや、鍋一個貸してくれりゃ事足りるんだ」

 

「へ?」

 

 そういって彼の方を見れば彼は背負ってきてバックからタッパーに詰まった白米と梅干を出して笑う。だが、まさかそんな物だけで飢えを満たそうとしているのかと思って私はさっきよりも焦る。

 

「い、いえ、冷蔵庫を探せば何かあるはずなので作りますよ!?いくらなんでも…!!」

 

「いや、ちょっと最近ロケ弁続きで流石に食傷気味でな…」

 

 慌てて冷蔵庫を確かめようとする彼は”いいから”と私をテーブルに座らせて立てかけている鍋に水を大雑把に足して湯を沸かし、調味料の場所だけを聞いて次々と調理をしていく。後ろからみているだけでもその大雑把な分量と味付けに口を出したくなってしまうが彼は”いいからいいから”とまた押しとどめる。

 

 そこまで言われては動くに動けないが、彼の作ろうとしているモノが分かって来て首を傾げてしまう。それこそ、調理と言っても口の出しようのないほどにシンプルなその料理。やがて、危なっかしいその風景も終わって出来あがったのは”おかゆ”だったのだから。

 

いくら食傷気味だと言っても、成人した男の人には物足りなさ過ぎるであろうソレが器に盛られ、彼はソレを一口だけ口に含んでちょっとだけ唸る。そして、チョットだけ逡巡したあと、もうひと匙だけすくってこちらに差し出してくる。

 

「ん、料理なんか滅多にしねぇから成功かも分からん。…ちょっと、味見してくれ」

 

「―――」

 

 窺うような不安げなその目に、距離感に迷っている様なその差し出された匙に、何より不自然すぎるその献立に――――全てが得心がいってしまった。

 

 

    コレは、私の為に

 

 

        作られたものなのだ。

 

 

 悪意の籠められたあの異物の恐怖を、人への恐れを拭えない私に

 

 

    目の前で作り、

 

       自ら食べてみせ、

 

          私が踏み出すのを願って差し出された

 

 

 

    あまりに不器用な、彼の、精一杯に伸ばしたその、優しさなのだ。

 

 

 私は、その匙を迷いなく口に含む。

 

 一瞬、震える彼に微笑み、目を閉じてその優しさを噛みしめる。

 

 荒っぽく刻まれた梅の爽やかな酸味に、煮詰められた穀物の優しい甘さ。そして、チョットだけ強い塩気が、鼻の奥を痺れさせる。それでも、ゆっくり噛みしめて飲み込む。

 

 悲鳴を上げ続けていた胃が、暖かな何かにその声を緩めて、身体の奥に残っていた筋をゆっくりと解いていく。そして、その筋が解け切った時に、私は”お腹が減っていた事”に気がついた。

 

 ああ、私はこんなに、飢えていたのだ。

 

 その自覚は、無意識に言葉に出ていた。

 

「…もう一口、ください」

 

「―――ああ」

 

 はしたなくひな鳥の様に差し出された口を広げる私に、彼は戸惑いながら匙を差し出してくれる。

 

 もう一口、もう一口と、何度もねだる私に彼は無言で答えていき―――気がつけば器はほとんど空になってしまっていた。

 

「最後に、もう一口」

 

 戸惑った彼は、残りを丁寧にすくいあげ私に差し出してくれる。

 

 その匙を見て”貴方に差し出されたのならば、毒でも喜んで飲み干すのに”なんて古い戯曲の一片を思い出して、照れくさくなる。でもきっと、変に生真面目な貴方は怒ってくれるだろう事を思って笑ってしまう。

 

 その笑いを最後のひと匙と共に飲み込んで、小さく息を吐く。

 

「…ご感想は?」

 

「水と塩の分量が適当過ぎますね…まあ、”今後に期待”といったところでしょうか?」

 

 ワザと辛口に言った憎まれ口に彼は苦笑して、肩をすくめる。下ろした匙と共に、彼も肩の荷を下ろしたようにホッとしたその顔に小さく綻び、私は掛けっ放しになっていたエプロンを手に取り、冷蔵庫を開ける。止めようとする彼を今度はこっちが押しとどめて座らせる。

 

「貴方の晩御飯を食べきってしまいましたから、そのお詫びです。それに、叔父のご飯もそろそろ作って上げないと不摂生になっているようですから」

 

 ゴミ箱に乱雑に入れられた弁当の空を指し示して、冷蔵庫に入っている物での献立を考える。そうしていると、次々とやることが思いついてきてしまう。試験の近い大学の事、迷惑と心配を掛けた皆への謝罪、家事や店の品物の管理、楽しみにしていた作家の最新作。止まっていた時間が、急に動き出したように動きだしていくような感覚に身体に力が漲ってくる。そんなときに、あの人の悪意が一瞬だけ浮かんで強張った身体は、差し出してくれた匙と暖かいおかゆにゆったりとかき消されてゆく。そんな自分の現金さに笑ってしまう。

 

 きっとこれが物語なら、今でも自分は脇役の端役だろう。でも、私がいま歩んでいるのは現実なのだ。

 

 スポットライトが当たらない古びた本屋の町娘でも、どんな役でもその人生の主役は自分だけ。

 

 だれも変わってくれないその物語に、後ろでレポートに頭を悩ませる変り者で優しい彼が寄り添う様なストーリーを積み上げていく事には誰にだって文句は言わせない。

 

 

 

 だってコレは”私の物語”なのだから。

 

 



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お節介な人々

リクエスト消化回

雪乃×雪美です。




プロフという名のあらすじ

 

 

 雪ノ下 雪乃 女  21歳

 

 雪ノ下家の大人しい方。

 

 色々あったが家族の関係は修復に向かいつつあるため、丁度今頃になって思春期の母子みたいな関係になってる。不器用か。

 

 そんなこんなで自分の夢を叶えるべく家業を継ぐために大学を専攻し、学ぶ度に自分の身内の凄さを実感したために今ではそこそこ大人になったとの評判。美人・絶壁・毒舌を兼ねそろえたパーフェクトウーマンである。

 

 家では姉が家を継ぐ、継がないで大暴れしていて大変らしい。

 

 

 佐城 雪美 女  10歳

 

 京都出身の天才子役として注目を集める少女。言葉が独特で小さいので物静かな印象を与えるが好奇心やチャレンジ精神は旺盛であり意外とやんちゃでやらかす。

 

 飼い猫と常に傍にいてよく話しかけている。そのせいか猫も随分と人間らしい感情表現をしてくるのでそのうち宅配する魔女の怪猫みたいになるかもしれない。

 

 関西から全国区へとステップアップするため上京することとなり、単身東京へと向かったが――――?

 

 

------------

 

新幹線に流れるアナウンスにうとうとしていた眠気を払われて、慌てて窓を覗けばそこは既に目的地で慌てて身の回りのモノを確認して降りる準備をする。その時のチョットだけ乱雑な扱いに手元の相棒から抗議の声が上がるのに小さく謝り、流されるようにして進む通路の列へと体をすべり込ませる。

 

 生まれ故郷が世界的にも有名な古都であるため人ごみにも慣れているつもりではあったが、それでもこっちの勝手の違いに戸惑い、押し出される様になんとか下車をして小さく息をつく。そうして、なんだか色々とすり減った様な気がする疲れを呑みこんで視界を上げてみる。

 

 人、人、人。

 

 溢れださんばかりの人が、へしあう様にして行きかうその光景に、圧倒される。

 

「……やっぱり、素直に…迎えに来てもらうん…だったかな?」

 

 身動きも碌に取れないその騒がしさに、忙しい両親に自分が張った”一人で大丈夫”という小さな意地を後悔して小さな友人に声を掛けるが、無情にも彼は『にゃー』と呆れた嘆息の様な声と、視線を向けて来るばかり。励ましてはくれないらしい事に私”佐城 雪美”は小さくうなだれた。

 

 唯一の友人にすらそんな釣れない態度を取られ落ち込むが、何時までも落ち込んで肩を落としている訳にもいかず、約束の時間と待ち合わせ相手の書かれた紙を取り出して確認する。時間だって余裕があるわけでもなく、いつまでもここでぼさっとしている訳にはいかない。そうして、中身を確認しようとしていると何かが背中にぶつかり、思わずよろけてしまう。

 

「っ!!」

 

 支えきれなかった体は簡単に傾いでいき、硬い地面との接触を想像して身を強張らせる。数瞬後に襲ってくるであろう痛みは―――――ついぞ訪れる事はなかった。

 

 代わりに、自分の体が伝えて来るのは柔らかく暖かな感触。そして、爽やかで甘い心地よい匂い。

 

「まったく、こんな小さな子にぶつかってそのまま立ち去るなんて見下げ果てたモノね」

 

 少しだけ怒った様なその凛とした声に釣られる様にして顔を上げれば、とても綺麗な女の人が私を支えてくれていた。絹の様に滑らかなその黒い長髪に、白磁の様な肌。その顔は何処か冷たげな風貌なのに、こちらに向けてくれた目は柔らかい。もし、雪の妖精がいるのならばこんな人なのだろうと感じさせる。

 

「怪我はないかしら?見たところ一人の様だけど、ご両親は?」

 

「あ、その…ありがとう、ございました。一人で…来ました」

 

「一人なの?」

 

 私の体を検めてくれていた彼女が少し怪訝そうな表情を浮かべ、ちょっとだけ何かを考える仕草をして口を開く。

 

「…一応、聞いておくけれどもお迎えは来ているの?」

 

「はい…。”中央口”に…来てくれる……はず」

 

 さっきの衝撃で連絡先も書かれた紙が何処かに行ってしまったので、覚えている時間と集合場所を当てにしてそこまで向かわなければいけないのだけれども、この人混みと思った以上の複雑な建物の構造に現在地すらあいまいな状態に途方に暮れてしまう。せめて看板や表札があればとも思うのだが、自分の身長ではソレも見難い。

 

 手元に握った携帯に思わず目が行き、小さく唇を噛んでしまう。普通に考えれば両親に連絡をするべきだ。怒られるのが嫌な訳ではない。だが、忙しい両親に迷惑を掛けたくなくて一人で来たのにそれすらできない自分の無力に情けなくなって俯いてしまう。

 

「……もし、迷惑でなければ出口まで一緒に行きましょう」

 

「えっ」

 

 掛けられたその声に思わず彼女を見上げれば彼女は苦笑したようにこちらを微笑んで言葉を紡ぐ。

 

「折角、遠くから来たのにいきなり嫌な思い出を関東にもって欲しくないモノ。それに―――千葉県民は猫好きでお節介なのよ?」

 

 茶目っ気を含んだその言葉と共に彼女は私の手を取り、柔らかく引いてくれる。

 

「ああ、自己紹介がまだだったわね。私は”雪ノ下 雪乃”というの。貴方は?」

 

「……私、は”佐城 雪美”。こっちは……ペロ。………ありがとう」

 

 その温もりと見惚れてしまうくらいに美しいその笑顔に、私は自然とそう答え、ペロも小さく鳴き声を上げる。それに彼女は小さく頷き人ごみの中を超えていく。さっきの息苦しさが嘘のように、滑らかに進んでいくその歩みのなかで、私はずっとその横顔を見つめていた。

 

--------------

 

 

「思っていたより、手ごわいわね。東京駅」

 

「………正に迷宮」

 

 順調に改札を抜けて意気揚々と歩いていたのだが、そこから地下通路だのなんだのとを巡るうちにどうにも道に迷ってしまったようだ。あまりに自信ありげに先導してくれるので彼女は慣れているものだと思っていたがそうではないらしい。だが、彼女を責める事は出来まい。標識も、駅員の説明もあまりに難解で地方人にやさしくない造りであるココが悪い。

 

 そんな感じで二人と一匹でいまは道の端によって東京銘菓を片手に作戦会議中だ。ペロが呆れた様な目でこちらを見て来るのが少々気まずい。

 

「…約束の時間まではあとどれくらい?」

 

「あと、…二十分、くらい」

 

 バナナの形をしたお菓子を食べきった彼女が申し訳なさそうに聞いてくるのに答えると、彼女は悩むように顎に手を当てて考える。もしかしたら、責めている様に聞こえてしまったのかと思い慌てて言葉を重ねようとするが、彼女はその前に何かを決意したような顔を上げて携帯に手を伸ばした。

 

「お、おねえ…さん?」

 

「この手だけは使いたくなかったのだけれど、背に腹は代えられないわね」

 

悪態の様な言葉を吐きながら彼女は何処か楽しそうに携帯を操作して、何処かに電話をかける。数度の呼び出し音が響いた後に、彼女の求める相手が電話を取った事が分かる。

 

『ああ、おひさしぶりね。無駄に電話に出る前に間を取る癖いい加減にやめたらいいと思うのだけれど…。

 

 と、そんなこと話している場合でもなくてね。突然で悪いのだけれどちょっと手助けしてほしいのよ。

 

 ……バイト中?うるさいわね。”あの約束”を反故にするつもり?――期限も回数も指定しないまま承諾したそっちの落ち度よ?

 ふふ、これから何度だって叶えて貰う予定なのだからそんな声を出しても無駄よ?

 なにより、”かわいい女の子”と”猫”を助けるためなのだから安売りなんかじゃないわよ。

 

 それで――――――』

 

 そんな楽しげで優しい顔をして通話をする彼女は、現状と周りの標識を相手に伝えていきちょっとした間を空けて、私に目配せをして手を取ってくれた。その手は、さっきよりも暖かく、優しい。

 

『え、貴方も東京駅にいるの?―――いや、迎えには来なくていいわ。

 

 なにより、連れ合いの子の時間が迫っているらしいから待ってる暇もなさそうなの。だから、めんどくさがらずキリキリ案内して頂戴』

 

 話すその声も、さっきよりもチョットだけ幼げで、柔らかく楽しげだ。

 

 そんな彼女に、なんとなく分かってしまう。

 

 きっと、電話の向こうのその人は、きっと彼女がこの世の誰よりも大切にしていて、誰よりも素直に甘えられる”愛しい人”なのだと。そして、そんな人を持つとこんなに人は魅力的になるのだと私は初めて知った。眩い程のその光に見惚れていると狭い構内は一気に開けていき、目を見張るほど大きなホールへと辿りつく。大きく掲げられたその看板には”中央口”と大きく書かれていた。

 

 チョットだけ安堵の息を洩らして、ゆっくりと離れていく温もりに心の何処かで落胆した。

 

「何とか間に合ったわね…。ここまで来たら一人でも大丈夫かしら?」

 

「…ん。本当に、ありがとう、ございました」

 

 電話を切った彼女がしゃがみこんで私に目線を合わせて微笑んでくれるのに頭を深く下げて答える。ペロも鳴き声を上げて答えるのに彼女は”どういたしまして”と小さく笑って答える。この人と離れてしまう事への名残惜しさが膨らむのをグッと抑える。

 

「迷ってしまった私が言うのもなんだけれど、次があるなら駅まで迎えに来てもらう様にした方がいいわ。貴方は可愛らしいから悪い人に襲われてしまうかもしれないのだから、もっと周りを頼りなさい?」

 

「…はい」

 

 心配そうに掛けられた言葉に、頷くしかできない私に彼女は何を感じたのか小さく頭を撫でて立ち上がる。

 

「それじゃ、困ったちゃんの姉が実家で暴れてるらしいから、私はもういくわね。――――ああ、言い忘れてたわ」

 

「?」

 

 立ち去ろうとした彼女が何かを思い出した様にこちらを小さく微笑んで振り向く。

 

「ようこそ関東へ。どうか楽しんで行ってくれると嬉しいわ」

 

 そう言って今度こそ彼女は人ゴミの中へと消えてゆく。その背が見えなくなっても私はその目をしばらく離す事が出来なかった。そうしているウチにペロが鳴き声をあげて、約束までの時間がない事を思い出して改札へと足を向ける。

 

「いつか……私もあんな綺麗に……なれるかな?」

 

 その問いに答える鳴き声は笑ったのか、励ましたのか、チョットだけ愉快そうだった。

 

 

 

 

 

――――本日の蛇足――――

 

八「あー、よかった。一人でここまで来れるか心配してたんだが、大したもんだ」

 

雪美「…んん、実は…まよった。でも、親切な…人が送ってくれた。千葉県民は…優しくて、猫好きだからって」

 

八「マジか。やっぱ千葉は一味ちげ―な。猫好きってのもポイントが高い。…でも、次からは構内まで迎えに行くことにするわ。最近は物騒だからな」

 

雪美「ん、お願い…します。……お兄さんは、何県民?」

 

八「安心の千葉県民だ」

 

雪美「なら…安心」

 

八「ああ、任せておけ。んじゃ、車に”ピリリ”―――すまん、電話だ」

 

雪美「どう…ぞ」

 

 

『今度はなんだよ―――千葉行きの電車が分からない?いや、だから、…あぁ、もういいそこにいろ。こっちも一段落したからそっちに行く。お前、ホントに次からは都筑さんに付いてきてもらえよ。

 

 動くなよ?絶対だぞ?―――振りじゃねえよ!お前、最近、変な知識に感化され過ぎだろ!!』

 

”ピッ”

 

八「…あー、スマン。知り合いが道に迷ってるらしくてな。ちょっと助けて来るからここで待っててくれるか?」

 

 

 

 頷く私に彼は申し訳なさそうに改札を超えていくその背を見て私は思わず笑ってしまう。

 

 どうやら彼女の言った言葉は真実のようだ。”千葉県民はお節介で猫好き”。

 

 そんな彼がいる事務所なのだ。きっといい所に違いない。

 

 初めての東京は、豪華絢爛なこの建物よりも、素朴な彼らの優しさの方がずっと深く心に残った。

 

 

 



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踏み出す意志を(前)

熱いモノが書きたくなったので、メモ帳から”森久保END”を抜粋。

――――――――――――――

意志を、言葉を、発するのはとても怖くて。

でも、発した言葉は必ず誰かに届いて。


 

 

あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

 

森久保 乃々  女  14歳

 

 ”デレプロ”においては非常に稀な親戚の縁故で入ったアイドル。加入当時はそのネガティブな姿勢やキャラクターに接し方が誰も分からず、彼女自身も肩身の狭さに同じ根暗そうな八の机下に引きこもっては引きずりだされていた。しかし、先住民であるキノコや小梅と接するウチに”アイドル”に魅かれ始め、性格も開かれていった。

 

 そのおかげか、ぼっち街道を進んでいた学校生活でも初めての友人ができ、見違えるほどの積極性を出すようになった。しかし、その友人がイギリスに転校することを知り、喧嘩別れをしてしまった様で―――?

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 いつもは賑やかでやかましいとすら思える事務所。だが今は、俺の無機質なタイプ音がなる以外はなんの物音もしない。誰もが俯き、口を開こうとしては力なくまた俯いてしまう。そんな事を繰り返してこの静寂は作られている。静かな環境はいつもならば願ってもないことなのだが、今回のソレは陰鬱な空気の重たさに随分と肩が凝ってしまうので素直に喜ぶ事も出来ない。

 

 その原因となった俺の机の下に引きこもる少女はさっきまでの押し殺すような泣き声も消えて、誰よりも頑なに沈黙を守っている。

 

 誰もが彼女を気にかけ、それでも掛ける言葉が見つからずに口をつぐんでしまう。

 

 普段は弱気な彼女が、”森久保 乃々”が叫んだ、あの激情に、言葉に、答える事は簡単な事ではない。

 

『大切な人に裏切られた気持ちなんて、皆さんには分からないんです!!』

 

 離れゆく初めての親友との喧嘩別れに掛けられた様々な感動的な言葉たちは、その燃える様な怒りと―――誰よりもその事を悔んでいる深い悲しみの前に一瞬で言葉を失ってしまった。

 

 掛けられた安易な説得など、森久保の中で何度だって繰り返されたのだ。

 

 誰よりも深く、繰り返して、それでも許せなかった。

 

 そうした理論を越えた、最後に残った感情に誰よりも立ち尽くしているのは彼女自身なのだから。

 

 ソレは、経験した者にしか分からない。

 

 その地獄は、誰も手を加えることができない。何より――責任を負う事なんて、出来ない。

 

 分かってはいるのだ。

 

 かつて自分は、ソレを経験したのだから。

 

 計算しつくした先にある無慈悲な答えと、その愚かさと無力さを後悔した。だが、自分はその行き止まりでカッコいい先人に問いかけられたのだ。

 

――――その答えは正解かと?

 問いかけるだけで答えを与えてくれない、厳しい問いを。

 

 出た答えを蹴飛ばして、何度でもやり直せと。

 

 そう問いかけられた。

 

 その答えはいまだに掴むことができない。

 

 それでも、あそこで終わらせ無かったことを後悔したことはない。

 

 だから―――俺も問いかけよう。

 

 あの無責任で、更に苦しめる事になるその問いを。

 

 小さく笑って俺はこっそりと隠していた細巻きを取り出して、火を灯す。

 

 喫煙禁止のご法度など知った事か。あの時のあの人と同じ様に精一杯の強がりで言葉を絞り出す。

 

 そんな資格はなくても、俺とは違った結末を彼女が導き出すことを信じて。

 

 

「―――森久保、お前はどうしたい?」

 

「………」

 

 くゆらせた紫煙が消えていくのを眺めながら問いかけるが、彼女の答えはない。それでも俺は言葉を紡いでいく。

 

「俺は、昔、失敗した。誰よりも傷つけたくなくて、大切な物を遠ざけてもっと深く傷つけた。今でもその答えを、間違っていたとは思えないんだ。”それで消えちまうならその程度だって”言い聞かせて、信じて、進んだ」

 

「……」

 

「きっと、そのとき失っても、相手も俺もいつかは別な何かが失った何かを補ってくれたのかも知れん。それでも、傷だらけになって、恨めしく思うほど大きくなったそいつ等に他の誰かがあてがわれるのが心底嫌だったんだ。でも、相手もそう思ってくれているかもしれない押しつけがましい幻想を持っている自分を―――捨てきれなかった。そんな情けないモノが計算式の最後に残った情けない譲れないモノだった」

 

「…」

 

「もっと考えろ、森久保。何度だって計算し直せ。それでも、最後に残ったモノならば俺は何にも云わん。だが、後悔無いように答えを―――出せ」

 

「―――っ」

 

 俺の勝手な独白に、小さな何かが答える。その、苛む様な、絞り出す声に、俺は答えない。

 

「わかん、無いです。森久保には、もうなにも――分かりません」

 

「思考を止めるな。何度でもやり直せ」

 

「なんで、そんな事を、言うんですか。いつもみたいに、引っ張り出して、無理やり、答えを――こんな時だけ、推し出してくれないなんて、酷いです」

 

 掠れて、押し殺したその声を俺は冷たく突き放す。

 

「誰かの答えに縋るな。その上に組み立てた物は全部、嘘だ。誰でもない――お前自身が答えを出さなきゃ、意味がない。立つのも、座り込むのも、お前がきめろ」

 

「…ッひぐ、うぐ」

 

 その言葉に、彼女は再びおえつを上げる。それでも、その答えだけは譲れない。誰かに縋った醜い弱さを小町は許してくれたが、その代償は誰よりも俺が知っている。その答えの行く末は、自分で出さなければいけない。

 

「――――お前は、どうしたい?」

 

 再度繰り返したその言葉に、彼女は―――森久保乃々は、答えを示した。

 

「―――謝りたいです。”全部、嘘だって”、”ごめん、大好きだ”って、伝えたいで、す」

 

 泣きじゃくり、言葉にならぬその声は確かに、発せられた。―――彼女は、答えを示したのだ。

 

 ならば、その答えは、言葉は―――力を持った。

 

 発せられた彼女の意志は、意味を持った。

 

 ならば、そこからは問いかけた俺が動く事に―――躊躇いはない。

 

「分かった」

 

 それだけ、短く答えて俺は下らない書類を作る手を止める。

 

「晶葉」

 

「なんだよ?」

 

 短く発した言葉に、幼げなツインテール幼女が答える。

 

「いまから二十分でウチのボロバイクを出来るだけマシな状態にしてくれ」

 

「―――馬鹿にしてんのか?」

 

「無理か?」

 

「マシどころか、最高の機体にしてやんよ」

 

 不敵に笑う彼女に思わず笑ってしまう。まったく頼もしい幼女だ。さて、やるべき事も考える事も急に出来てしまった。忙しい事この上ないが、ぼんやりしている時間はあまりないので次に頼るべき相手に声を掛ける。

 

「志希、今日だけは特別だ。どんな薬でも飲んでやる。漲るのくれ」

 

「効果はどれくらいがお望みかにゃー?」

 

「ぶっとうしで120キロで走っても疲れなくて、意識がはっきりしてるくらい」

 

「にゃんだ。あんま強くできないね~。コレを呑めば、オリンピックだって余裕だにゃー」

 

 出された瓶を一足に飲み干す。飲み込んで奇妙な味に顔をしかめた瞬間に身体がカッとするのを感じる。わが身をチョットだけ心配したが、まあ、今さらだ。天才様の技術力に期待するしかあるまい。そう思って周りを見渡せば先の沈黙はどこへやら。誰もが忙しなく動き始め、顔を上げている。そんな情景に森久保が、小さく呟く。

 

「―――あんな、酷い事言ったのに、なんで、みんな」

 

「ボッチの俺でも、助けてくれる奴はいたからな。お前なら、もっと助けてくれるさ。――お前が、答えを出してくれるならな?」

 

 机の下で呆然としている彼女の頭を荒っぽく撫でて、問いかける。

 

「で、友達はいつ出るって?」

 

「ゆ、夕方には出発するっていって、ました」

 

 森久保はそれだけ言って俯いてしまう。きっと、細かい内容を聞く前に感情を爆発させてしまってそれ以上を聞いてはいなかっただろう。だが、まあ、ソレは今さらどうしようもない事だ。ならば専門家に聞いてみるに限る。

 

「元CAの夏美さん。今からだとどの辺ですかね?」

 

「んー、 便にもよるけど最速で4時33分発…だったかしら?」

 

 時計を覗けば時刻は三時を回る所だ。経験上、車なら二時間ちょいは覚悟するところなのでバイクなら一時間ちょいでいければいい所か。――ソレもメンテナンスと道が上手く抜けれればの話だ。かなり厳しそうだが、請け負った以上は最善を尽くすべきだろう。そう思って交通情報を携帯で調べていると、拓海が席を立つ。

 

「里奈、昔のメンツに電話しときな。集まれる奴だけでいい。――俺は東京で頭張ってる奴に話をつけて来る」

 

「ぽよっ!!?マジで!!?え、今からだとちょうきついよ?ていうか、もう引退したウチらがそんなん通らなくない!?」

 

「うっせー。ダチの為に走る花道にケチなんかつけられねえだろ。―――おい、ハチ」

 

「なんだ」

 

「道は作ってやっから、必ず届けろ。漢を見せな」

 

 それだけ言って颯爽と去って行く彼女に、肩をすくめて答える。全力を尽くすが、そっから先は保証しかねる。元々がダメ元なのだ。それでも、この少女の計算式の先に残った心の在り様に、自分に無かった後悔を感じさせない様に彼女も動いてくれる。―――それだけ、森久保は愛されているのだ。ソレを、その在り様がチョットだけ眩い。

 

 そんな独白を呑みこんでいる間にも時計は無情にも進んでいく。あんまりぼやっとしているとあっという間に愛しい友達とやらが空の彼方にいってしまうので、頭を撫でていた手を彼女の手を掴んで机の下からヒロインをひっぱり出す。戸惑いつつも自分の足で立ちあがった彼女にチョットだけ笑いかけてその手を駐車上まで引いていく。ゾロゾロと付いてくる部屋にいたアイドル達に会社中の視線が集まるのを感じて思わず苦笑してしまう。

 

 この部署のお騒がせはもはや日常茶飯事なので今さらであるが、今回はちょっと大々的だ。頭に血管を浮かべて怒る常務を想像してチョット笑い、武内さんの悪化するであろう胃痛に頭を下げる。

 

 そんな謎の集団を引き連れて部署専用の駐車場に辿りつけば、聞きなれたエンジン音。ちょっとだけ煙たい排煙の匂い。

 

 ただ、聞きなれたその音は、いつもより力ずよく、心躍っているように聞こえる。

 

「晶葉、随分と早いな。まだ、15分も立ってないだろ?」

 

「はは、この私が機械を前に手を出していないとでも?メンテナンス?馬鹿言え。とっくの昔にこの機体はチューニング済みで、むしろ、リミッタ―を掛けていたのさ。ソレを外してちょっと点検するのに時間など10分もいらないよ」

 

「…勝手に触るなって言ってた筈だが?」

 

「……まあ、そのおかげで今回は間に合いそうなんだ。良いじゃないか。アクセルをふかして見ろよ、もうこの子をボロだなんて呼ばせないぜ?」

 

 目を逸らす晶葉を睨みつつ、手をアクセルに伸ばし軽く回してみる。

 

 その音に、目をみはる。

 

 一瞬でトップアクセルに等しいほどに昇り上がる回転数は、いつも乗り回している相棒には無い感覚。目を見張って機体に間違いがないかと目を見張るが、ソレは何度見てもいつもの相棒の姿だ。ただ、その磨き上げた黒い鋼板は、いつもよりきらめいた、息する獣の様なあらあらしさを感じさせられる。

 

「モデルこそ最初期だが”猫足”と呼ばれ、今なお多くの人々に愛される名機。余計なカスタムなどいらない。ソレ単体で完璧な物は余計な物を寄せ付けない。―――美しいもんだろ?」

 

「――ああ」

 

 そのいつもにない荒っぽさに反して、跨って見ればいつもの様な馴染む感触に、俺は小さく呟くしかできない。それだけ、この機体に見せつけられた。だが、今回の目的を思い出してすぐに森久保をのせよう彼女の方を見やると”佐久間 まゆ”がゆったりと手を握っている。

 

「大切な、ひと。なんですよねぇ?」

 

「は、はい」

 

「なら、間に合わなくても諦めてはダメですよ?そのまま追いかけたらいいだけなんです。国が違っても、時間が掛かっても、心がその人を求めるならば関係なんかないんです。立ち止まらなければ、諦めずに足を進め続けていれば、かならず、追いつけます。だって、赤い糸の先はいつだって心が引かれるさきにあるんですから。―――乃々ちゃんは踏み出せました。だから、大丈夫ですよ?」

 

 そういって、まゆは彼女を軽く抱きしめて、バックシートへと乗せる。そして、乃々の手を赤い柔らかな布で俺と彼女を軽く結ぶ。

 

「捕まり続けるのも大変ですから。乃々ちゃんにも言いましたけど、間に合わなくても意志があればなんとでもなるんです。だから―――怪我や事故だけは、しないでください」

 

 そう言う彼女の目はいつもの危うさはなく、ただ純粋に心配していることが伝わり、俺は小さくそれでも真摯に頷く。そんな俺に彼女はちょっとだけ困ったように笑って、小さな包みを渡してくる。

 

「空港に着いたら乃々ちゃんに渡してください。色々と役に立つはずですから」

 

 そう言って彼女が下がると、今度は輝子が近づいてくる。

 

「…親友。最近の、乃々は本当に輝いていたんだ。新しくできた友達を語るその顔は、眩しくて、辛かったけど、あの顔を見れなくなるのはもっと辛いんだ。―――だから、私の友達を、よろしく頼む」

 

 俯いたその声は、エンジン音にかき消されそうなほど小さかったが、不思議と耳に届く。そして、その声は森久保にも聞こえていたのか結ばれた手がチョットだけ強く俺の腹をしめる。

 

 ソレにつられた様に周りを見渡せば、どいつもコイツも似た様な不安げで、それでも、祈る様な顔を浮かべてやがる。

 

 ココに揃った誰もが、身勝手で酷い言葉を投げかけられた癖にコイツの小さな願いが叶う事を祈っている。

 

 まったくの、お人好しどもだ。

 

 そう思って俺は笑う。

 

 輝子の頭を軽く撫でて、俺は一言”任せろ”とだけ呟いてアクセルを吹かす。

 

 地下に鳴り響く音は、彼女達の祈りと声援を背に――――走り出した。

 



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踏み出す意志を(中)

あらすじという名のプロフ


 向井 拓海  女  19歳

 元暴走族というファンキーな経歴の特攻隊長。ある日、暴走族式の卒業式直前に346の内匠Pに藤里奈と共に勝負(チキンラン)を挑まれ、負けた代償としてアイドルへとなった。最初はチャラついた印象のアイドルという職に不満を大いに持っていたが、その世界の熱量に魅せられ今までになかった体験と充実感に随分と前向きになる。文句を言いつつもなんだかんだと仕事は全力で取り込む生真面目さから一気にその知名度を上げていった。 
 
 その後、ユニット”炎陣”を組み名実ともにデレマスの前にトップアイドルとして立ちふさがり熱い戦いの末に僅差で敗れ、再戦を誓う。

 だが、その敗北が型破りな内匠Pの”栄転”という名のアメリカ送りをされることになる原因となり、大いに荒れ、一時期はアイドルの引退も決意したが内匠P自身に引きとめられ”デレマス”に吸収合併という形で彼の帰って来る日を待っている。

 以外にも面倒見がよく、可愛いものが好きなのでデレマス内ではなんだかんだ人望が厚い。



 エンジン音も高らかに、少女達の声援を背中に受けて地下駐車場を駆け抜けて一気にスロープを駆け昇って行く。普段とはあまりに違うその加速に思わず息を呑んでハンドルを握り直す。後ろから森久保の情けない声が短く聞こえて、気持ちは痛いほど分かりはするのだが、悪いがこの程度で音をあげられては困る。 

 

 腰に回された手を軽くタップして力を込める様に合図を送れば、彼女は震える手を推して非力ながらも全力で力を籠めて来るのに小さく笑って俺は会社の前を流れる車の列に――――乗らず、大きくハンドルを切る。

 

 目指すのは普段ならば選択肢にも入らない程に細い路地。だが確かに、日本列島の法律上においては交通道路と認定された―――その道に向かってアクセルを更に絞って行く。

 

 胃が引き締まってゆく感覚と妙に心臓の音が近く聞こえて来る。

 

 これがラブロマンスならば森久保の心音が近く聞こえる云々などと綺麗に収まるのだろうが、冗談じゃない。ただ俺の蚤の様な心臓が悲鳴をあげて竦み上がっているだけだ。なんなら、喉の奥からは森久保に負けないくらい情けない声が絞り上がりそうになるのをかみ殺して必死に閉じそうになる目をこじ開ける。

 

 サイドミラーが擦る数ミリを見極めて、その道を一気に駆け抜ける。

 

 漏れ出た声は俺か森久保か。

 

 抜けた直線をすぐさまブレーキングでタイヤを滑らせつつ、直角に近いコーナーを膝が擦りそうになる限界まで傾けて何度だって曲がって行く。そんな素人の見よう見まねのスタントの様な無茶苦茶な走行にも長年連れ添った”相棒”は渾名に相応しい粘り強いグリップを効かせて答えてくれる。

 

 最後のコーナーでほんの少しだけ壁に接触しそうなのを、我武者羅に蹴りだした足で壁を押し出して路地を抜ければ――一気に視界が開けた。

 

 

 目の前には千葉への首都高へと続く、最短の大通り。

 

 

 普段ならばココに乗るまでに20分は掛かる筈のこの通りまでに掛かった時間はモノの五分。十分に上出来な滑り出しだろう。

 

 飛び出した勢いそのままに流れに乗れば、隣を走るタクシーの運ちゃんが目を丸くしてこちらを見ている。そりゃそうだ。そこそこ道に精通した人間からしてみれば、あんな所から車両が飛び出て来るなんて思いもしないだろう。ソレくらいには無茶をした自覚とやり切った感が無いでもないが―――俺の小細工で削れる時間はここまでだ。

 

 スピードを落とさないまま乗った車両の流れは赤いテールランプと共に一気に減速していき急に滞り始める。

 

 舌打ちと共に、ブレーキを握れば不満げなエンジン音が漏れて減速していく。睨んだ先にあるのは真っ赤な目を光らす最大の障害物。いくら急いでいたって、こればかりは無視するわけにもいかない。他の車両の間を縫う様に少しでも距離を詰めていくが、それでも数分はこの信号によってロスしてしまうのは確実だ。

 

 コレが積み重ならずに進むことができる計算のうえでの工程であったが、そう上手くはいかないらしい。

 

 メモリがゼロを指し示す程に減速し、歯がみするもどかしさと共に足を路面に着ける瞬間――――聞き覚えのある声が耳に届く。

 

 

「よう、ハチ。今日は随分と良い音鳴らしてんじゃねえか」

 

 振り返った先には既に長い黒髪と、紫紺の布地が――――はためいて過ぎ去って行くだけで。

 

 それを目で追おうとしたその脇を、何台も同じ紫紺の影が通り過ぎて突風が体を荒々しく過ぎ去って行く。

 

 一拍遅れて聞こえて来た爆音に、心臓を掴まれる。

 

 流れるその鮮やかな影は荒々しいその走りとは反する様な滑らかさで流れる数多の車両の間に滑り込んでいき、柔らかく交通を分断していく。ほんの数秒も立たぬうちに、交差点は全てが止まり、エンジン音の荒々しい吐息だけが支配する。

 

 誰もが、止められた事など意識してなどいなかった。

 

 堂々と、厳かに、交差点の真ん中に立つ彼女に道を空けるのが当然なのだと誰もが思ってしまったのかもしれない。

 

 それほどに、彼女は、威風堂々とそこに君臨していた。

 

 紫紺のすその長い学生服。乱雑にまかれたサラシ。流れる様なその黒髪。そして、獰猛な獣そのものと思ってしまうほどに走りだす事を待ちわびているその機体。

 

 もはや過去の教科書にしかいないと思われるその姿。だが、その熱量はあまりに強く、美しかった。

 

「――――つっぱしんな。道は、つくってやっからよ」

 

 爆音の中、小さく呟かれたその声は確かに俺の耳朶に届き、体の奥から引き出された熱量そのままにアクセルを引き絞る。付きかけた足を全力でペダルに押し当て、自らも踏み込むかのように走りだす。

 

 一瞬の交錯。

 

 微かに口元だけ微笑んだ彼女に、目だけで頭を下げる。

 

 伝わったかどうかなんて分からない。だが、今は――――ただ走るべきだ。

 

 走り抜けた背に”ご協力しゃ―したっ!!!!!”という力強い声が聞こえ、爆音が後に続く。

 

 随分と礼儀正しい暴走族もいたものだと思わず苦笑してしまう。

 

 腰に巻かれた手に、小さく力がこもったのもその一因だろう。

 

 まったく、随分と恵まれている。お互いに。

 

 体の奥底の熱と、漏れ出る愉快さそのままに一般道と思えないほどに吹っ飛ばす。

 

 遠くに赤い光が見えても構わずにアクセルを緩めない。

 

 そうすれば、紫紺の影が柔らかく他の車両を引きとめ―――道が開けてゆく。

 

 「ぽよ!!」だの「じゃん!!」だの、聞き覚えのある声がその度に背を叩いてくれる。

 

 ソレを聞くたびに腰の手はより強く回されて。相棒は速度を上げてゆく。

 

 そして、遂には見えて来る。

 

 この国が精魂こめて作り続けて来た、高速を出すことを許した道。

 

 もちろん、制限があるのは百も承知。だが、ここまでやってきた違法行為に罪状が一つ加わるだけだ。臆することなんて小町と両親に怒られる事くらいのもんだ。ごめんよ、小町。お兄ちゃん、今日ちょっと犯罪者になっちまった。

 

 そう独白して、その入り口をめがけて走っていると隣に並ぶ影。”向井拓海”が小さく何かを呟く。

 

 爆音と風。幾百の騒音にその声は聞きとれない。だが、森久保はその声を―――確かに聞き届けたらしい。

 

 大きな、嗚咽交じりの声で、聞いた事もない程に叫ぶ。

 

”ありがとう”と”がんばる”と。

 

 その声はやはりかき消されてゆくが、拓海は柔らかく笑って親指だけを立てて俺らを見送る。

 

 その声は、きっと届いたのだろう。

 

 だから、俺は更にアクセルを引き絞った。

 

 ここまで女にお膳立てさせて残念な結果じゃ、締まらない。

 

 男の子にも意地があり、物語は、シンデレラは――”めでたしめでたし”でハッピーエンドを閉じる物なのだから。

 

 

――――――――――――

 

「なんだよ、しっかり熱いもん持ってんじゃねえか。――二人ともよ」

 

 走り去るその背中に小さく苦笑と悪態が思わず付いてしまう。だが、不思議と気分は悪くない。

 

 無理だ無理だと五月蠅いクソガキと気だるげなあの男。普段から気にくわない奴らだったが、それでも根っこはあれだけ気合いが入っていて―――大切な物の為に走れるその眩しさがほんのちょっとだけ妬ましい。

 

 そんな独白を遮るように無機質な着信音が鳴り響く。その表示を確認してみれば、自分をこんな道に引きずり込んだ因縁のド阿呆。このタイミングで掛かってくるソレに思わずもっと笑ってしまう。

 

「おう、クソプロデューサー。今さら何の用だよ?」

 

『だーはっはっ!!相変わらず口が悪いな、拓海!!美城ちゃんからえらい剣幕で電話が掛かってくるから何事かと思えば随分と派手にやったみたいじゃねえか?』

 

 昔と変わらないその軽薄なその声に、こっちも皮肉気に返す。

 

「テメ―に邪魔されて宙ぶらりんだったラストランをやり切ってやったぜ、ザマ―ミロ。文句があんならアメリカから飛んで来てみろ。ちょっとは耳を貸してやんよ」

 

 ちょっとだけ――――本当に少しだけ淡い期待を混ぜたその皮肉。だけど、その答えを自分は知っている。

 

「わははは、わり―けど結構いまこっちも忙しくてなぁ。”南国のお姫様”に、”シスター”や、”チアリーダー”だのこの国は俺様を随分と楽しませてくれるが、問題のスケールもでかくててんてこ舞いだ!!」

 

「…っけ。左遷された先でそこまで楽しまれたんじゃ、何のため追い出したかわかりゃしねぇな?」

 

 迷いなく発されたその言葉に女々しく落胆する、アホな自分を吹き飛ばすように皮肉を重ねる。この男がそういう男という事など分かり切っていた事だ。そして、自分は、その中の一人。

 

 分かり切っていたその答えに自嘲する。普段は威勢のいい事を言っているくせに、結局自分はあの二人の様に走りだすことはできなかったのだ。だから、通らない筋と道理を押しのけて―――あの二人を送り出したのだろう。

 

 自分には出来ないその力強さと眩さに、焦がれたのだ。

 

 ソレを、思い知らされる。

 

『まあ、お前もそっちが息苦しくなったらいつでもこっちに来い。お前を”世界一”にしてやるって約束はいまだに終わらせたつもりはね―からな。―――何時でも俺を呼べ』

 

「―――っ。まだ、そんなこと覚えてやがったのかよ?」

 

『ああ、俺は今だってお前にその資質があると思ってる。ソレは、お前の今の声を聞いてますます確信したぜ』

 

「…声?」

 

「ああ、随分と中身が詰まって来たじゃねえか。いくあてもなく暴れ回ってたあの頃のお前なんか目じゃねえくらい詰まってやがる。ソレを詰め込んだのが――俺じゃねえのが正直、妬ましいくらいだぜ?」

 

 その声に、沈んだ何かがゆっくりと照らされる。

 

 訳もなく、走って、暴れて。ただ終わりを求めていたあの頃。

 

 その頃に比べて、自分は―――変ったのだろうか?

 その答えなんか掴めやしない。

 

 それでも、この”私の”プロデューサーがそう言うのならば、そうなのかもしれない。

 

 だが、それじゃまだ足りない。

 

”来い”と呼ばれる程度で駆けつける程にこの”向井拓海”は安くない。

 

 この私が欲しいのならば、そっちが駆けつけて来い。

 

 そう思わせるには今の自分ではまだ足りないらしい。

 

 

 だから、今は、飛び跳ねるこの高鳴りはもう少しだけしまって置こう。

 

 

「ばーか。手に入んなくなってから吠え面かいてやがれ」

 

「わはは、それでこそ俺様のアイドルだ」

 

 

 そんなやりとり。

 

 いまはそれだけで十分だ。

 

 小さく二人で笑っていると、聞きなれた懐かしいサイレンの音と爆音。そして、姦しい懐かしい昔の仲間たちの声。

 

 さあ、やるべきことはこっから随分とある。

 

 乗りなれたこの相棒とも、お別れだ。

 

 ちょっとした哀愁と懐かしさ。だが、思ったよりは悪くない気分だ。

 

 そんな感傷と清々しさと共に私は通話を切った。

 

―――――――

 

 流れてゆく景色と、車。もはや、足を止める物もなくただただ全力を出せる事に喝采を上げる相棒の声と風をだけが響く。

 

 その中で俺は、聞こえるとも分からぬ声を後ろの少女に呟く。

 

「なあ、森久保」

 

「……っ」

 

 答える気力どころか意識があるかも怪しいのか、手にほんの少しだけ力を籠めたので聞こえてはいるらしいのでそのまま俺は言葉を紡ぐ。別にこんな個人的な独白、聞こえて居なくたって構いはしないのだけれど。

 

「俺は、”俺たち”は―――大切な物を傷つける覚悟を最後まで持てなかった。みんなで傷を負う事で、ソレを共有する歪な形を選んだんだ。だから、その中で一個だけを選んで離れる選択を誰も選べなかった。いや、もしかしたら二人はその覚悟を決めていてくれたのかもしれない。でも、俺は―――それが出来なくて逃げ出した」

 

「……」

 

「欲しくてたまらない、心底欲していたモノを目の前にして、ソレが怖くて逃げだした」

 

「……」

 

「だから、俺は―――お前の事をすげえと思うよ」

 

「…っ」

 

「お前を、”森久保 乃々”を尊敬してる」

 

「…っな……い」

 

 身勝手な独白に、掠れる様な声で答えた言葉を耳がかすめるが――俺は風のせいにしてその言葉を聞き流した。

 

 森久保が絞り出してくれた言葉は、踏み出した彼女から贈られるには眩し過ぎて―――何より、何度だって俺の中で繰り返し続けて答えの出なかったモノなのだから。

 

 他人から得られた言葉を当てはめるべきではなかったから。

 

 必死に何かを訴えかけようとする彼女を努めて意識から外して、見えて来た目的地に向けて最後の気力を振り絞って駆けだした。

 

 



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踏み出す意志を(後)

きっと自分の”歌”を挟む演出の原点はデジタルなモンスターのミミさんから来てるのかもしれないと思いましたので、森久保にはコレを歌って頂きましょう。

森久保endはこれで最後です。

感想・意見・次回作の希望があればぜひ。



 吹き付ける風と体験した事のないほどの速度。朦朧とした意識の中で、胸から溢れる感情だけを支えに目の前の大きな背中に必死に力を込める。それでも、貧弱な自分の身体からは力が抜けてゆき滑り落ちそうになるのをまゆさんが結んでくれたハンカチが励ますように引きとめてくれるのを頼りに、何度だって力を籠め直す。

 

 どれだけソレを繰り返したのか、意識があったのかすら定かでは無い。

 

 それでも、緩んだスピードと目に飛び込んだ看板が―――目的地に辿りつけた事を知らせてくれる。

 

 もう、二度と取り返すことができないと思っていたものに―――指先が掛かった。

 

 その可能性にはやった心が一気に意識を覚醒させる。

 

 緩やかに速度を落としたバイクはやがてゆっくりと停止して、やりっきったかの様な音と共にその力強い吐息を止めた。それと同時に自分を支え続けてきてくれたハンカチが手首から解かれた事が本当に間に合ったのだと言う事を知らせてくれ、勢いよく座席から飛び降りようとするが―――盛大に足を引っ掛けてこけてしまった。

 

「あぐっ」

 

「馬鹿。予定よりずっと時間は十分にあるんだから無茶すんな」

 

 比企谷さんがこけた私を引き上げ、埃を払いながら苦笑してくる。

 

 いつも気だるげで、冷たい様に見えてもこの人の手のひらはいつだって優しかった。自分が信じられない森久保をあやす様に、励ますように、何度だって引っ張り上げてくれた。そんな彼の手は今だって変わらずに優しくて、自分を振るい立たせてくれる。

 

「ソレとコレも持ってけ」

 

 手渡されたのは、まゆさんの赤いポーチ。中身を確認するように促されて開いてみれば、その中身に目を丸くしてしまう。

 

 海外ロケ用に作ったパスポート。少なくない現金に、イギリスまでの乗り継ぎの早見表。果ては携帯の変電器に、簡位的な日常会話程度は翻訳してくれる電子辞書まで詰め込まれていた。一体、あの短時間でどうやってここまで用意したのかと思うほどの準備の良さに驚き、奥に挟まれたその紙に息を呑む。

 

 皆で大急ぎで書いたことが一目で分かる書きなぐったかのような―――寄せ書き。

 

 掛けられた優しい言葉にあんな酷い言葉を投げつけた自分に、なお、優しい言葉を掛けてくれるその暖かさに、あり難さに涙が勝手に溢れて来る。

 

 一体、どれほどの対価をのせればこの優しさに、報いる事が出来るのか自分なんかには想像もつかない。

 

「ほれ、感動も感謝も全部終わってからにしろよ。そんで、お前の”答え合わせ”って奴をしてこい」

 

「っばい!!いっできます!!」

 

 滲んだ視界の奥で彼が火をつけた紫煙と共に吐き出された言葉に、私は涙を乱暴に拭って走り出す。

 

 その前に―――― 一度だけ振り返って大きな声で言葉を紡ぐ。

 

 紫煙の奥で、眩いモノを見送る様な顔を浮かべる彼に

 

     朦朧とした意識の中で、寂しげに呟いた彼の独白に

 

          これだけは伝えなければならないと思ったから。

 

 

 「今度は私が比企谷さんの為に走ります!!私が諦めてしまった大切な物に手が届いたみたいに!!

  貴方が、諦めてしまった大切な物はきっと、まだ手遅れなんかじゃないのかも知れません!!

  今度は私が、”森久保 乃々”が何度だって問い直します!!だから、手遅れなんかじゃありません!!」

 

 

 好き勝手な事を、全力で叫ぶ。

 

 この言葉が彼に届かなくたっていい。むしろ、自分の時の様に怒らせてしまうだけかもしれない。

 

 それでも、怒鳴って、恨んで、悲しんで、後悔して、泣きわめいた自分は問いかけられた事で本当に譲れないモノに気付けて、こんなに支えてくれる人がいる事に気がついた。

 

 だから、きっと彼だってそうかもしれない。

 

 そんな身勝手な事を叫んだ私に呆気にとられた様な彼の顔がおかしくて、精一杯の笑顔で答えて走り出す。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 体は運んでもらっただけのくせに満身相違で、足は何度だってもつれてつまずいてしまう。それでも、足を回すことは止めない。

 

 溢れる人ごみをすり抜けながら必死に”あの子”を探す。

 

 校庭の林の中で一人でお弁当をつつく自分に話しかけて来たあの時を。

 

 自分も知らなかった森の事を教えてくれた時の事を。

 

 輝く顔で将来の夢を語った時の事を。

 

 ―――引っ越すことを伝えて来たあの時の辛そうな顔を。

 

 全部が走馬灯のように溢れて来る。全部、全部を覚えている。

 

 許せたわけではない。

 

 納得したわけでもない。

 

 それでも、このまま離れてしまう事だけは―――嫌だったのだ。

 

 あの人生で初めての鮮やかな日々の最後が、こんな終わりを迎える事だけは許容できなかった。

 

 そんな子供っぽい我儘とすら言える願いは、こうして色んな人のおかげで叶えることができた。

 

 だから、私は必死に走り続ける。

 

 悲鳴を上げる心臓を無視して、決して見落とすまいと目を凝らしてホームを見渡し―――見慣れたその姿を見つけた。

 

 いつも朗らかな笑顔を浮かべていたその顔は暗く陰り、俯いている。

 

 まにあった安堵と、その表情に息を呑む。

 

 それでも駆けだした足は止まらない。”何を言うのか”、”どうするのか”なんて考える前に身体は動き出している。

 

 答えはもう、駆けだす事を決めた時に既に決めていた。だから、素直に忠実にソレを実行しよう。

 

”大好きだ”と、あの子を思い切り抱きしめて伝える。

 

 

 たったそれだけの為に

 

     

 

      ――――――――私はココに来たのだから。

 

 

――――――――――

 

 大きな声で叫び、見た事もない輝いた笑顔を残して駆けてゆくその小さな背中に目を奪われること数瞬、小さく笑いが零れてしまった。そして、深く吸った細巻きの煙に誤魔化す様に溜息を混ぜて吐きだし空を見上げる。

 

 空は憎らしいほど晴天で、夕日が緩やかに降りていく澄み切ったその光景は、あの日にそっくりだった。

 

 何度だって繰り返し問い直した。それでも、答えの出なかった問い。

 

 空白の回答欄はいつしか問題文もあやふやになっていて、問い直すことすら辞めてしまっていた。

 

「”何度でも問い直す”…か」

 

 結局、ソレすらも答えを出すことを恐れていただけなのだ。出た”答え”の曖昧さに甘えて、ソレを補強しようとしたタダの保身に走っていた醜い欺瞞だったのかもしれない。そのことを年下の女の子に気がつかされると言うのはなんとも締まらない話だ。

 

 沈みゆくその夕日に、あの時の涙。それを拭うのは、今からだって間にあうのだろうか?

 今だって、友人として接していてくれるあの二人が流し続けているだろうその滴を、止める事は出来るだろうか?

 その答えは、きっと一人ではでやしないだろう。

 

 三人で長い間、まちがえ続けて来たのだ。三人で、ゆっくりとこじれた糸を、積み重なった傷をほぐさなければならない。

 

 その先にある”答え”はこんがらがった糸では無く、丁寧に編まれた生地の様にじっくりと結わなればならない。

 

 その布地がどんな模様になるのか、いまは怖くもあり、楽しみに感じれる程度には彼女は俺の凝り固まった答えを叩き壊してくれたのだ。ならば、俺も久しぶりに踏み出す事にしよう。

 

 

「…久々にあいてぇなぁ」

 

「誰にだよ?」

 

 

 誰ともなく零れた独白に答えが返ってきて思わず肩が跳ねてしまう。更に言えばその声が聞きなれた物で、ここにいる訳のない奴の声だったのだから思わず胡乱気な目を向ける。振り返れば、オールバックに皮ジャンを着こんだイケメンロッカー”木村 夏樹”が愛車に跨ってこっちに楽しげな視線を飛ばしている。

 

「まあ、それは一端おいとくか。いやいや、随分と無茶したもんだなハチ。私も飛ばして来たつもりだけどここまで引き離されるとは思わなかったぜ」

 

「おかげで体中バキバキだ。ついでに言えば、法定速度なんざ完全無視してたからな。減点・罰金ですみゃしないだろ。まあ、これで送迎役もお役御免。ついでに不祥事にアイドル巻き込んだアホな大学生は晴れてクビになってお前らとおさらばだな」

 

 薬の効果が切れて来たのかさっきからやたらと巻きつくような倦怠感が体に圧し掛かっている。遠くに聞こえるサイレンの音をBGMに、気だるさに身を委ねながら投げやりに答える。まあ、ここまで無茶をして誰も責任を取らない訳にはいかないだろう。わざとらしいが”俺が森久保を無理やり連れ出して、他の奴らはソレを追いかけて渋々と無茶をした”なんてシナリオで報告させておけば世間への言い訳としては十分だろうか?

 処罰は俺一人に収まり、アイドルは無事。俺は穏やかな大学生活に帰ることができるWINーWINなプランだ。思わずハチさんコミッションしちゃいそうなくらい。

 

「わははは、そのプランはもう通りそうにねぇな。これ見ろよ」

 

「あん?」

 

 差し出されたスマホに映し出されたのは、俺らが乗った首都高入り口で整列した特攻服達の中心で拓海が”ダチの為に走って、後悔はねえ。免許とバイクはケジメとして処分させてもらう!!整列!!”などと言って駆けつけて来た報道陣や警察に向けて一斉に頭を下げて免許を返納すると言うカオスで言い訳のできない状況にしてやがる。あの後バラけて散ってくれれば、知らぬ存ぜぬで押しきれたモノを……なにやってんのアイツ。

 

「んで、私が仕上げだ」

 

「は?――――って、お前!!?」

 

 脱力感に項垂れる俺をバイクから寄せて夏樹は軽やかに俺の相棒に跨る。その意味を測りかねて首を傾げているとだんだんと理解が追いついてきて思わず声を荒げてしまう。

 

「全部、一人で背負ってヒーロー気取りか、ハチ?確かに動き始めるきっかけを作ったのはお前かも知れねぇけどな、拓海も晶葉も、志希も、私も、他の皆も自分の意志で森久保の力になるって決めてんだ。ソレを一人で抱え込もうなんてゆるすわけねーだろ?」

 

「……それでも、ソレはお前と俺のバイクを入れ替えて、お前が捕まる理由にはならねぇ」 

 

 夏樹の言葉に一瞬だけ詰まるが、それでもその理屈ならばコイツが俺のやらかしたことを肩代わりする理由にはならない。そこだけは譲るわけにはいかないので睨みつけて降りる様に彼女を促すが彼女はそれすらも鼻で笑って、エンジンを掛けてしまう。

 

「ばーか、言い出しっぺがこんな軽い罪で済む訳ないだろ?ましてや、不祥事起こしてお役御免だなんて無責任にも程があらぁ。これから、免停になる私たちの送迎の面倒しっかり見て貰うし、この後の打ち上げは全部アンタ持ちだぜ?」

 

「は!?ふざけんな!!」

 

「わはははは!!会場は後でメールすっから、常務とPのお説教が終わったら森久保もつれて来いよ!!じゃーな!!」

 

 高らかな排気音とニヒルな笑顔を残してイケメンはサイレンのなる方向に走り出して行ってしまう。そんな中で呆然と立ち尽くす俺は大きくため息をついて頭を抱える。

 

「……ああ、チクショウ。とんだハズレくじだ」

 

 何とか悪態をついてみるが、口の端がどうにもつり上がってしまうのだから困ったものだ。

 

 いつもの最も効率的なやり方を真正面から全否定され、自分の贖罪は甘ったれていると笑い飛ばされてしまった。その上に容赦ない要求まで上乗せされたのだから本当に優しくない。ただ、本当に困ったのは――――そんなに悪くない気分だと言う事だ。

 

 そんな錯覚ともいえる勘違いに俺はもう一度、大きくため息をついた。

 

 ああ、まったく、本当に慣れない事なんてするもんじゃない。平塚先生に今度、かっこをつける流儀でも習いに行こうか。

 

 そんな独白を煙草の火と共に俺はかき消した。

 

―――――――――

 

 都内にある古びたビルの地下。そこにひっそりとある小さなライブ用の箱。中からはガヤガヤと聞こえる五月蠅い喧騒に大きくため息をついて小汚い入り口を引き開ける。一瞬の静寂と一気に集まった視線。その圧力は――――

”ドワッハッハッハッハッハ”

 

 弾ける様な大爆笑によって一気に破裂した。

 

 誰も彼もが腹を抱えて大笑い。

 

 その中心ににいる俺の機嫌だけは直角で落ちていき、引きつる頬が痛みで文句を上げて来る。ああチクショウ。

 

夏樹「アハハハ!随分派手にやられたなハチ!!」

 

志希「にゃははは!常務ちょう容赦ないねー!!ここまでやる!!?」

 

 腹を抱えて笑うメンバーの中からいち早く回復した二人が指差し笑った事で更に笑い声は大きくなる。そんな二人が指差す俺の両頬は真っ青にはれ上がり、服で隠れている場所もあっちこちが痣や傷まみれ。ありていに言ってゾンビ映画のゾンビの方がもう少し健康的といっても差し支えないくらいには。

 

 あの大騒動のあと、無事に別れを済ませて泣きはらした森久保を連れ帰ったあと当たり前のように呼び出しを喰らい、お説教と相成った。武内さんは”事情は聞いています。ですが、ケジメは大切です”と言って俺の右頬をぶん殴り、その後の常務へ謝りに言ったらハートフル軍曹も真っ青な感じで二人揃って二時間サンドドバックにされ続けたのだ。むしろ、殺してほしかった。というか、大企業の重役のお説教が拳ってダメだろ。…ダメだろ。

 

 あれに巻き込んでしまっただけでも武内さんには頭が上がらない。今度、オロナインと胃薬を差し入れさせて頂こう。

 

族A「た、タクミン!男っすよ!!あれは食べていい系の男っすかね!?」

 

族B「え、あの傷ってことはそっち系もあり!?やるっきゃねぇ!!」

 

拓海「タクミンゆうな!!ダメに決まってんだろうが!!手前ら恋愛禁止の決まりを忘れたの―――ていうかAは旦那いるだろう!!」

 

族A「えー、最近ご無沙汰でー」

 

族B「て言うか、現役の時から隠れて恋愛みんなしてましたよ?」

 

拓海・里奈「「えっっ!!」」

 

 笑いから立ち直ったメンツからそれぞれに会話を再開させていき、また元の喧騒へと戻って行く。そんな中で俺の後ろに隠れていた森久保が顔を出し、更に皆の視線が集まる。その視線に呑まれたのか、一瞬だけ息を呑んだ彼女。それでも、一歩を踏み出して皆の前に立って頭を下げる。

 

森久保「こ、今回は、本当にありがとうございました!!皆さんのおかげで、大切な人とのお別れに間にあいました!!いっぱい、いっぱい迷惑掛けちゃいましたけど、次は森久保が皆の為に走ります!!ホントに、ありがとうございました!!」

 

 たどたどしくも、それでも、この大人数相手に彼女は大きな声で言葉を紡ぎ、頭を下げる。

 

 その、光景に、森久保を知る者も、知らない者も詰め寄って次々に言葉を掛けていく。誰も彼もが少なくない代償を払っている筈なのに朗らかで、やりっ切った様な清々しさで森久保と接し笑い、森久保もソレに笑顔で答えてゆく。その光景を見て、俺は小さく苦笑して壁際へと下がる。今回の主役は彼女だ。ネタ枠のゾンビは大人しく舞台裏に下がらせて頂こう。

 

 壁際に置かれた小さなベンチを見つけてゆっくり腰を下ろすと、一気に追いすがった疲労がどっしりと体に纏わりついて小さく息を吐く。薬の副作用なんかを差っぴいたとしても今日は随分と無茶を重ねたせいか、気を抜けばこのまま寝てしまいそうなくらいに瞼が重い。いっそこのまま寝ても良いかと考えていると隣に誰かが座った気配と、甘く柔らかい花の様な匂いが鼻孔をくすぐる。

 

「キズ、痛みませんかぁ?」

 

「…まゆ、か」

 

 聞きなれた声に重たい瞼をチョットだけ開けて、視線を流せば困ったように微笑む彼女がいてその白魚の様な手が俺の頬を気遣う様にそっと撫でる。いつもならば警戒に身を固くする所だが、眠気のせいか、彼女の纏う柔らかな雰囲気のせいかされるままにし、軽口がこぼれ出る。

 

「てっきりこんな有様を見たらお前は怒り狂うもんだと思ったけど、案外に冷静だな」

 

「うふふ、謂れもなく貴方がこんな目に会ってたらそうかもしれませんけど、大和さん風にいうなら今回は”名誉の負傷”という奴ですからぁ。それに、男の子はちょっとくらいやんちゃな方が魅力的ですよう?」

 

「左様ですか」

 

「ふふ、左様なのです」

 

 俺の軽口にチョットだけ茶目っ気を入れて返して来た彼女に思わず苦笑をしてしまい、ひんやりと冷たいその手を抵抗なく身を預けた。

 

「――ああ、そうだ。これ、返しとくわ。随分助かった」

 

 そのまま寝入ってしまいそうになる意識にふと、浮かび上がったモノを彼女に差し出す。コレがなければきっと森久保を高速で落っことしてしまっていただろう。真っ赤に染められたハンカチ。ソレに、もし間に合わなかった時の追いかける様だったであろうポーチ。地味に今回一番問題視されたのがアイドルの預かっていたパスポートが勝手に金庫から抜き出されたことだったのだが、まあ、いまは野暮なことは言うまい。

 

「ん、お役に立った様で何よりですぅ。でも、ハンカチは預けておきますねぇ?」

 

「あん?」

 

 ポーチだけ受け取った彼女は、ハンカチを俺の手に握らせて押し返してくる。その理由が分からず首を傾げてしまう。

 

「夏樹さんから聞きましたよぅ?今回の件、自分だけの責任にして辞めちゃうつもりだったって」

 

「それは…」

 

「コレはそんな身勝手な事をしない為の重しとして預かっていてください。今回みたいに辛い時にきっと繋ぎとめてくれますから」

 

「―――いや、辞めれるならこんなキツいバイト速攻でやめたかったから引きとめられると困るんだけど」

 

「もう、またそんな事いって!!」

 

 さっきまでの優しげな雰囲気から有無言わさぬものとなった彼女に渋々とそのハンカチをポケットにしまいこんで溜息を一つ。失敗した計画を蒸し返された気まずさを茶化して誤魔化す。ソレに彼女も怒ったように笑いながら肩を軽く叩いてくる。それに苦笑して彼女が持って来てくれていた飲み物に口を付けているとステージの周りが随分と騒がしくなっている事に気がつく。何事かと思えば森久保がほんのりと頬を赤らめて、覚束ない足取りでステージへと昇って行くところだった。

 

周子「お、乃々ちゃん。ご機嫌だねー!!」

 

未央「…え、乃々ちゃん、酔ってない?あれ?」

 

涼「だ、誰だ!ガキに呑ませた馬鹿は!?」

 

 面白がる声と心配する声が半々。そんな喧騒も昇って行く森久保には聞こえていないのか彼女はステージに降り立ち、周りをゆっくりと見回す。酔って上気した顔の中、その瞳だけは真っ直ぐに輝いて。

 

拓海「ほら、今日の頭なんだ。気合いの入った啖呵の一つもやっとけよ」

 

 何処から持って来たのか、拓海がほおり投げたマイクを受け取った森久保は小さく頷きマイクを握り直す。

 

 

「私、いつだって自分なんかには何も出来ないんだって思って生きてきました。

 

 ソレは今だって何が出来るって訳でもないけれども、みっともなくて、非力だけど、

 

 それでも、私の発した言葉を受け取ってくれる人がいて、その人達が必死に手伝ってくれた。

 

 いっぱいいっぱい迷惑を掛けて、それでようやく一つだけ踏み出せました。

 

 だから、そんな私だから、歌にのせてその勇気を皆に届けたいと思うんです。

 

 怖くて震える足を、踏み出せばきっとそこから先はもっと上手く踏み出せるはずだから。

 

 次は私みたいな子がいた時に、今度は私が力になってあげられるから!!

 森久保、これからはガンガンつっぱしって行くつもりなんで、よ、よろしくぅ!!!」 

 

 

「「「「「よろしくぅ!!!!!」」」」

 

 

 見よう見まねのちぐはぐなその啖呵。それでも、彼女は踏み出して、その意思を示す強さを手に入れた。

 

 その眩さに、尊さに誰もが笑って声を張り上げて答える。

 

 流れて来る音楽は、振り向かずに踏み出す意志を歌ったもの。

 

 名は確か、そう”keep on”。

 

 進み続けるその強さに、彼女の出した答えに、どうか明るい未来が待っている事を願って俺は目を閉じた。

 

――――――――

 

えぴろーぐ

 

 煌めく無数のシャッターに豪華絢爛な会場。その中心では、はにかむ様に微笑を零す絶世の美女と燕尾服に身を包んだ青年が誇らしげに笑い、テレビ越しにも二人の仲睦まじさを感じさせる様に腕を組んでいる。世界的に名声を誇る大女優とノーベル賞を獲得した森林学者の結婚発表と大きく画面端に表記されたその報道は見ているこっちが気恥ずかしくなってしまうくらいに幸せな雰囲気に包まれている。だが、世界でおそらく俺だけが眉間に皺を寄せてこの光景を見ているであろう。

 

「あ、パパ。乃々ちゃんだよ」

 

「…ああ、乃々だな」

 

 無邪気にその報道を指差し、自分の知り合いのおねーさんがいる事を報告してくる娘に普段ではありえないくらいそっけない対応をしてしまうのを今はどうしたって止められない。娘がしかめっ面の俺を不思議そうに眺めて首を傾げるが、やがて興味を失ったのか画面の先の綺麗なドレスを無邪気に羨ましがる彼女を見て小さくため息をつく。そんな俺をソファの隣に腰かけているもう一人が苦笑をかみ殺しつつ問いかけてくる。

 

「こんなめでたい日に何でそんなに顔をしかめてるんですかぁ?」

 

「”友達”ってのが男だと知ってたらあの時もうちょっと手を抜いて走りゃよかったと思ってな…」

 

 憮然としたその一言に今度こそ声を上げて大笑いする隣人”佐久間 まゆ”。そんな彼女を不機嫌そうに睨んでみると、彼女は笑い過ぎて零れて来た涙を拭って言葉を紡いでいく。

 

「乃々ちゃんの相手が男の子だって気がついてなかったのは最初から貴方だけだったじゃないですかぁ。それだけでもおかしかったのに、この間、二人が挨拶に来た時の貴方の顔ときたら…うふふ、娘を取られたお父さんみたいでしたよぉ?」

 

 そういって何がツボに入ったのか腹を抱えて笑い始める彼女に溜息を深くつき、あの日の事を思い出す。こちらに久々に帰国した乃々に例の友達を紹介したいと言われノコノコと挨拶に出向いてみれば、そこにいたのはニュースで見あきるほど見た世界的な学者の優男で、爽やかに挨拶された後に大切に育てて来た元担当アイドルと結婚することを深々と頭を下げて報告されれば誰だってああもなるし、一発ぶん殴りたくなるのも仕方のない事だろう。

 

 その上、”コイツを次に泣かせたら承知しない”と問い詰めたら力ずよく答えるのだから脱力感もひと押しだ。

 

 あの時の虚脱感を思い出して俺は更に力なくソファに体重を預ける。そんないじけた俺の頬を軽く撫でた彼女が楽しげに言葉を紡いでいく。

 

「あれだけ内気だった乃々ちゃんが見違えるほど変って、手繰り寄せた糸ですもの。変に捻くれたポーズを取らずに素直に祝福してあげたらどうですかぁ」

 

「……男親は複雑なんだよ」

 

 そう、あれだけ内向的だった乃々はあの日から見違えるように努力を重ねて来たのだ。アイドルとしての芸能活動に留まらず、英会話や勉強。トレーニングに舞台の稽古まで徹底的に自分を磨く様になった。幼く、華奢だった身体も年齢と彼女の意欲に応える様にすらりと伸び、今では誰もが振り向く程の美女となった。誰が呼んだか”森の妖精ドライアド”という愛称で世界中から注目を浴びるほどにまで上り詰めたのだから恋の力とは偉大な物だ。

 

「あら、じゃあ娘が一人巣立って寂しいならもう一人作っておきます?」

 

 そっけなく答え黙り込む俺に彼女は慈しむ様な表情を一変させて淫靡に微笑んで、その真っ赤な舌を挑発するように動かし、頬に充てていた手をゆっくりと胸へとすべらせ――――

 

「人の旦那を気安く寝取ろうとするのをいい加減辞めたらどうかしら!?」

 

 

 ようとしたところで荒っぽくテーブルに叩きつけられたティーカップと雪の様に冷たい声がソレを遮った。

 

 その凛とした声に目線を向ければ白磁のように真っ白で滑らかな頬を真っ赤に染めて怒る愛妻”比企谷 雪乃”が般若の様な顔でこちらを睨んで、荒っぽく俺とまゆを引き離す。

 

「というか、貴女!!今度は何処から侵入してきたの!!いい加減にしないと本気で訴えるわよ!!」

 

「…いい所にだったのに。お家の家事はまゆに任せて、さっさとお仕事に行った方がいいんじゃないですかぁ?」

 

「旦那と子供がいる家をこんな危険人物がいる中で開けられる訳ないでしょう!!」

 

 喧々諤々といつものように俺を挟んで喧嘩をする二人を楽しそうに娘は”雪ママとまゆママは今日も仲よしだね!!”と笑顔で笑う。そんな風に楽しげにはしゃぐ彼女をあやして巻き込まれないようにと俺は身体を小さくすぼめているとリビングに入ってきた息子が呆れたように溜息をついて出て行ってしまった。おい待て息子、その目をいい加減やめてくれ。

 

 あれから本当に色々あり、乃々、いや、森久保はあの時の宣言どうりに俺の為に走り回って何度だって問い直し、力を貸してくれた。そのおかげで、一家の大黒柱として。プロデューサーとしてそこそこ幸せな日常を送っている。

 

 すったもんだの末に勝手に家政婦(妻は未公認)に就任したまゆも含めて両手どころか膝の上の我が家のお姫様も含めて花に囲まれた毎日。なんなら、ご近所さんの目まで含めると鋭い葉っぱだらけで針のむしろの様な有様だが、俺にはちょっと報われ過ぎた日常だろう。

 

 そんなことを考えつつ苦笑していると、肩を掴まれ問いかけられる。

 

 

「「アナタ!!ちゃんと聞いてますか!!」」

 

 

 あまりに揃ったその二つの耳になじんだ声と問いかけ。

 

 

 その問いが、

 

 その声が、

 

 彼女のおかげで、聞くことが出来ている。

 

 その感謝を、画面の向こうで幸せそうにほほ笑む彼女に届けたいと、そう、思えた。

 

 

 

「――ああ、聞いてるよ」

 

 

 

 FIN

 



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白き衣は他が為に

今回はずっと考えていた個人的序盤のラスボス”十時 愛梨”編です。

設定やキャラの生い立ち改変はいつもの通りです。そして、胸糞設定もあるので苦手な人はプラウザバック。

ネタの為ならなんでも許せる方のみお進みください。

ちなみに、これだけでもなんとなく伝わればいいかなと思ってはいるのですが、

こっちを読んでからの方が流れは掴みやすいかもです。→「”灰かぶり”と”魔法使い”の始まり」/「sasakin」の小説 [pixiv] novel/9409626

それでは、今回も駄文にお付き合いしてくださる皆様に感謝を。


 

あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

十時 愛梨   女  21歳

 

 ”過疎化した故郷の再興”という夢を胸に”346アイドル部門立ち上げ”の最初期のオーディションに合格を果たしていたが、汚職に塗れた人選の中で武内Pが断行した人選の白紙により夢を一度断たれた苦労人。その後、”デレプロ”の前に961プロのアイドルとして、復讐者として、初期のラスボスとなり立ちはだかった。

 激戦の末、敗れて全てを失った彼女は差し出されたデレプロの参加への手を取り、”初代シンデレラ”の栄光を手にし、今の地位を手に入れた。

 

 その地位を生かし、地元や地方の広告に幅広く活躍しており日本中を忙しなく飛び回る日々を送っている。

 

 

 

――――

 

『アイドルマスター@シンデレラガールズ~八幡Pと!!~』各話から補足という名の過去ダイジェスト

 

――

 

 

第68話「正当なる復讐者」

 

「お久しぶりだね、”比企谷君”?」

 

 背後から掛けられたその声。それは、かつて聞きなれていたはずの声だった。だが、その声がもたらす印象はあまりに違いすぎ、聞くには痛々しい程に虚ろな物で―――自分たちの罪の深さを思い知らせるには十分すぎる物だ。

 

 息をゆっくり吸って、吐く。許されるならば煙草も一本吸わせて貰いたいがスタジオ内は禁煙。本当にやってられない。 

 

八「……久しぶりだな。”十時 ”」

 

 振り向いた先には、あの時の故郷を思って震える手を握り締めて輝く笑顔を見せていたあの時の彼女では無く――虚ろな瞳に能面の様な頬笑みを浮かべた”十時 愛梨”がいた。

 

美嘉「えっと、この人って961プロのアイドルさん、だよね?知りあいなの?」

 

十時「あれ、もしかして伝えてないんですかー?随分と冷たいじゃないですか。愛梨、”比企谷君”がそんな薄情だなんて思ってもみませんでしたよ?―――――自分たちが潰した”アイドル”の事ぐらいは教えておいてあげるべきじゃないですかねぇ?」

 

一同「っ!!!?」

 

 弱った獲物をねぶるかの様なその瞳と、甘ったるく脳髄を蕩けさせるその声の毒は確かにメンバーの心へと染み込み、皆が俺を見る。

 

 嘘であることを確かめる様に縋ってくる瞳に俺はもう一度大きく息を吐いて――真実を肯定する。

 

八「そいつの名前は”十時 愛梨”。お前らが選ばれる前の、本来のシンデレラプロジェクトのセンターを飾る予定で――――その直前に、デレプロを外されたお前らの”先輩”にあたる奴だよ」

 

 

―――――――――――――

 

 

 

第70話「十時 愛梨」

 

~八幡回想より抜粋~

 

   懐かしい、夢を見た。

 

 

―――私の故郷って秋田のすっごい田舎なの。小学校だって両手で足りるくらいしか生徒がいない笑っちゃうくらいの過疎地域。生きてくのだって精一杯の土地だけど、私はあの村が好きなんだ。

 

―――深い雪に埋もれちゃう山も、春に芽を出すフキノトウも、短い夏の川も、秋のふさふさに輝く一面の田んぼも、大好き。

 

―――ソレが無くなっちゃうのが凄い嫌。

 

―――だから、私がアイドルになってあの村の魅力を伝えられたらなって。

 

―――えへへ、偶然、相席になった人になに語ってるんだって自分でも思うけど、君も”故郷”が大好きなんだなって思ったから。自己満足だけど、自分のやりたい事を再確認できて勇気が出てきました。

 

―――え、う、うん。ありがとう。絶対に、合格してみせるね!!次会うときはテレビの向こうかも!!ふふふ!!

 

―――あれ!?なんでここに君がいるの!!?え、バイト先で今日から部署換え?もう!!でも、346に来るって分かってるなら言ってくれてもいいのに意地悪ですね~。まあ、でも、私たち同期って事だね!!よろしくね”アシスタントのハチくん”!!

―――ふふ、なんか運命感じちゃうなぁ。え!!いや、な、なんでもないよ!!

 

―――ハチ君!!やったよ!!レッスンの選考で私がセンターだって!!やった!!やった~!!これもハチ君が毎日練習に付き合ってくれたおかげだよ!!ありがとう!!え?近い?私たちの中でそんな硬い事いいっこ無しだよ!!見ててねハチ君!!わたし、絶対にこのままトップアイドルになって見せるから!!

 

―――あ、ハチ君…。え、調子悪そう?……や、やだなぁ。そんなことないよ!!ちょっとセンターの重圧にへこたれてただけだから、はは!!こんなんじゃ、ダメだよね。しっかりしなきゃ!!

 

――――ねぇ、ハチ君。今日、偉い人とお話をしてんだけど、さ。………いや、やっぱなんでも無いよ。ダメだよねこんなことじゃ。夢を叶えるのには、必要な事なんだもん。弱音なんて、私らしくないよね!!もうすぐデビュー楽しみだなぁ!!

 

―――君は、どんな私だって、分かってくれるよね?

 

 

―――ずっと、支えていてくれるよね?

 

 

 

 

………

 

 

 

 

―――――――――え、選考が白紙って、どういうこと、ですか?

 

―――ふ、ふざけないでください!!

 

―――あれだけ努力して、期待させて、そんな一言で納得しろなんて意味が分かりません!!理由を説明してください!!

 

―――そ、それは。…ああ答える以外にどんな選択肢があるって言うんですか!!みんな半端な覚悟でココに来ている訳じゃないんです!!例え汚れたって、ソレだって飲み込んで進むぐらいの理由があって―――ッツ!!?

 

―――は、ハチ君。ち、違うの。いや、そうじゃなくて!!―――君なら分かってくれるよね!!私には、やらなきゃいけないことがあるって君なら分かって………はち、君?

 

 

―――なんで、君がそっち側に、いるの?

 

―――だって、ずっと味方でいてくれるって、支えてくれるって…。

 

―――そう、か。君も汚れたあたしなんて見たくないんだね。薄っぺらい言葉を信じた私が…馬鹿だったって訳だ。

 

―――うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!裏切った癖に気遣ってる振りなんかしないで!!

 

――――私は、私たちは、アナタ達を許さない。

 

 

――――私たちは、あなた達の玩具じゃありません。

 

 

 

 見慣れた天井を隠すように手のひらで視界を隠せば今でも思い浮かぶあの無邪気な笑顔。そして、苦悩し、最後にこの世の全てを恨む様な怒りを灯した瞳。

 

 その全てが過ぎ去ったあとにあの虚の様な底冷えする様な頬笑みが何時までも俺を――責め立てる様に浮かんでくる。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

第74話「スリーピングフォレストガールズ”眠れる森の少女達”」

 

 

 

小梅「あの人たち、す、すごい」

 

幸子「ええ、確かにずば抜けています…でも、それ以上に…」

 

茜「…胸糞悪いですね。99:1で勝っているくせに観客のアンコールを誘って引きずり出して、叩き潰すなんてスポーツマンシップに反します」

 

瑞樹「スポーツでは無いけれどもわかるわぁ…。アレは、まあ、ありていに言って見せしめでしょうね」

 

文香「あるいは私たちへの”メッセージ”でしょうか。”お前らもこうしてやるぞ”と」

 

美嘉「趣味が悪いね。名前も、やり方も」

 

美穂「私、あの人達の笑顔が怖いです。何で本番の時よりも今の方がずっと深く笑ってるんですか…?」

 

楓「……………」

 

 

 

――――――――――――――――――――――

第76話 「眩き光」

 

 

 

楓「ふぅ、ふぅ、私たちの、勝ちです、ね?」

 

十時「…………そうですね。完敗、です」

 

 輝く電光板に示される数字は、残酷にその結果だけを映し出す。

 

 技術も、歌唱力も、ダンスも全てが私たちが上回っていた。それでも、あの一言が、観客の心の全てを引きつけた。

 

楓『んー、五回も幸子ちゃんを蹴った甲斐がありました。皆さんの誤解も解けた様ですね?』

 

 『皆さん、さっきから掲示板やダンスばっか見てらっしゃいますからね。幸子ちゃんや、私たちの顔、ちゃんと見てます?』

 

 そんな下らない。本当に下らない言葉に、会場中にかけた呪いを解かれてしまった。

 

 圧倒的な勝利を納め、圧倒し続ければ誰もが人は私たちを基準とする。そうなれば、対戦相手の荒さがしに観客は躍起になる。”私たちよりどんなミスをしたか?”、”何処らへんが劣っていたか”と必死になってその穴を探して勝手に私たちを押し上げてくれる。その結果で私たちが勝てば勝つほど満たされるその醜い優越感を求め更に加速していくその味は、甘い他人の不幸”リンゴ”。

 

 その悪酔いの様な呪いを解かれた先にあるのは”張り付けた様な偽りの笑み”と”目を眇めてしまうほど眩い笑顔”。

 

 歌も、技術も、連携も、ステップも、全てが未熟。

 

 それでも、心を、想いを届けようと全力で舞うその姿に、誰もが息を呑んだ。

 

 それこそが、歌手でも、ダンサーでもない。

 

”アイドル”のあるべき姿だと、誰もが思い出した。

 

 自分たちすら、忘れかけていたその姿を前に――――どうして負けを認められずにいられようか。

 

 自分たちは、もう―――”アイドル”では無かったのだと、思い知らされた。

 

 

楓「さて、決着は付きましたけど…まさか、これで終わりだなんて思っていませんよね?」

 

 

 脱力した私たちの肩にその声が重くのしかかる。

 

 因果応報。

 

 自分たちがやってきて、やられないだなんて虫の良過ぎる事があるわけがない。順番が回ってきただけだ。

 

 鉛の様に重い身体を引きずり、膝をつくメンバーを立たせ自分たち最後のステージとなるであろう処刑台へと―――顔を向けたほっぺを思い切り潰された。

 

愛梨「ふぎゅ!!」

 

楓「なんて顔をしてるんですか?ここはステージで、アナタ達はアイドル―――ならもっとふさわしい表情があるでしょう?」

 

 正面から覗き込んでくるそのチョットだけ色合いの違う瞳は、悪戯に微笑んでそう語りかける。

 

楓「詰まんない理屈をこねるのは大人の証拠です。でも、シンデレラは理屈なんてこねません。アナタがファンに届けたいと願っていたのは小難しい理屈ですか?」

 

愛梨「…分かったひょうなこと、言わないでください」

 

楓「ふふ、全部が分かってたらつまらないじゃないですか。分からない事を楽しみましょう?」

 

 そう言って彼女はその手で軽く頬を撫でてステージを降り立って行く。

 

 振りむけば、他のメンバーもデコピンや張り手や、噛みつかれたりと様々な活を入れられて呆然としていて―――思わず全員で笑ってしまう。

 

”後輩”に揃いも揃って叱咤されている自分たちの情けなさと、難しく考え過ぎていたその馬鹿馬鹿しさに。

 

愛梨「くくくく、……はーあ、揃いも揃って情けないですねぇ。ま、私たちを本気にさせた事を後悔させてあげましょうか?」

 

 そう言って私たちはステージへとかけ上がって行く。

 

 生意気な後輩達に、私たちの本当の実力ってモノを思い知らせて上げなければなりませんからね?

 

・・・・・・・・・・

 

 

「…よう、いいステージだったな」

 

「皮肉にしては、随分と容赦がありませんねぇ。比企谷君」

 

 誰もいなくなった控え室。去って行く皆を見送った私だけが静かに佇むその部屋に入ってきた彼が、迷った末に絞り出した言葉に思わず苦笑してしまう。

 

 相も変わらず彼の言葉は不器用で、大切な部分が全然足りていない。そのことがおかしくて、零れた溜息と共に必死に張り詰めていた糸も切れてしまった様で私は力なく椅子へと腰を下ろす。

 

 最後のアンコールに答えたステージ。

 

 余分な事を全て投げ捨てて、あの頃の様に純粋に歌とダンスと――観客に向き合った。

 

 ソレに、観客も全力で答えてくれる。

 

 そんな単純な事を何時しか自分たちは忘れてしまっていたのだと、気がつかされた。

 

 まったくもって無様な結末だ。

 

「あんな醜態をさらした私たちは961プロを除名だそうです。皆も、ソレを受け入れて散って行きました」

 

 最初からやり直すと決意した子も、もう自分はアイドルでは無いと悟って去った子も、誰もが清々しい顔でここを後にした。そんな彼女達を見送り、自分だけはいまだに動けずにココに立ちつくしている。故郷の事も、自分の事も―――もう、なんにも分からなくなってしまった。

 

「…そうか。それで、お前はどうする?」

 

「……本当に、優しくありませんね。ここは傷心の元カノを優しく抱擁でもして慰める所じゃないんですか?」

 

「誰が元カノだ、記憶をねつ造すんな。―――コレ、見たか?」

 

 端的なその言葉を茶化して苦笑を返してみると呆れた様な溜息と、一枚のプリントされた用紙を渡される。訝しげにその紙に目を移してみれば、ネットニュースがとある地方をピックアップしている記事。胡乱気にその記事に目を滑らせて――――目を見開いてしまった。

 

 その記事に取り上げられているのは、私の地元だったのだから。

 

「お前の街の蔵が”重要文化財”に指定されたらしいな。御蔭で今は観光客やらなんやでてんやわんやだそうだぞ?」

 

 彼のそんな気だるげな声も聞きながし、何度も見返す。だが、何度見返しても、間違いなくそこは自分が守ろうと必死にあがいた愛しい故郷で、そんな必要はもう全くなくて――力が全身から抜け落ちていく。

 

 そいえば、実家からやたらに掛かって来ていた電話をずっと無視していたことを思い出す。記事の先で誇らしげに笑う両親や地元の顔なじみの彼らの笑顔が何故か今は憎らしい。

 

「お前が全部を擲って守ろうとしてた故郷はお前が思ってたよりも随分と逞しかったみたいだな」

 

「そう、みたいですね。本当に、肝心なところで間抜けな自分が嫌になっちゃいますねぇ…」

 

 肩を落とす私に彼はもう一度苦笑し、更に言葉を重ねる。

 

「これでお前はようやく、自由に自分の選択が出来る訳だ」

 

「……例えば?」

 

「タダの大学生に戻ってパリピな生活を送る、または、地元に戻って親父さんと観光に力を入れるのもありだろうし…こっちで資格でもとって普通に就活するのも有りだな」

 

「そこでさらっと口説けないのが”ハチ君”のダメな所ですねぇ」

 

 例えば、”普通の女の子に戻って彼氏と幸せに暮らす”なんて甘い誘惑されたら弱ってる私なんて一発でしょうに。そんなヘタれな彼をからかう様に笑えば彼は肩をすくめてはぐらかすばかり。本当に、あの頃から彼は憎らしいほどに変らない。そんな彼は最後にポケットから一枚の用紙を取り出して、言葉を紡ぐ。

 

「そして、労働条件最悪の事務所で”アイドル”としてやり直すって選択もな」

 

「………」

 

「武内さんから、臨時面接の招待状だ」

 

「…本当に、あのプロデューサーもいい性格してますよね?」

 

「同感だな。まぁ、ソレもお前の好きにしたらいい。破られて当然だとも思うしな」

 

 そう言って私の視線から逃げる様に目を逸らす彼に溜息をつく。

 

 大切なことをこの男はいつだって言葉にしない。

 

 

"『戻ってきてくれ』と囁いてくれればいいのに”

 

 女の子の扱いだって全然なっちゃいない。

 

 

”『もう無理するな』と抱きしめてくれれば良いのに”

 

 

 本当にダメな王子様。

 

 

 肝心な所は引っ張ってくれず自分で決めるまで黙っている間抜けなくらいお人好し。

 

 そんな彼に苦笑を零して、チョットだけ想像力を働かせてみる。

 

”故郷”という大義名分を無くした”十時 愛梨”は、

 

 ――――どうしたい?

 

 そんな自分への自問自答はあっという間に答えが出てしまう。

 

 つまり、気付いていなかっただけでもう随分前に心の中にこの答えはあったのだろう。

 

 故郷も、輝くステージも、舞う喜びも―――好いた男の子も手にしたがる渇望も。

 

 その強欲さに、思わず笑ってしまう。

 

 

「私ってすっごい欲張りですからね。ぜーんぶ食べきっちゃってから後悔しても遅いですよ?」

 

 

  ”覚悟してくださいね?私の、アシスタント君?”

 

 

 そうして城への招待状を掻っ攫って不敵に笑う私に、彼はもう一度苦笑を零した。

 

 

――――――――――

 

 

第128話 「栄光のシンデレラ」

 

 

 その眩いガラスの靴は、煌めいて。

 

 

 流れた滴と、同じ色をしていた。

 

 

 

--------------------------------------------

 

 

 

細かい文字の羅列に目の奥がじんわりと気だるさを纏い始めている事を自覚し、大きく身体を伸ばす。伸ばした拍子に身体のあちこちから小気味よい音が響くのにうんざりしつつ大きくため息をついて、身体の力を抜く。時計を眺めれば結構な時間となっていて、気がつかないうちに随分と長く机にかじりついていたらしい。

 

 そのまま、首をほぐすついでに、なんとはなしに事務所内に視線を巡らせる。

 

 付箋だらけの自分の机に、山と重なった書類の数々。アイドル達が持ち寄った思い思いの私物。それぞれの事務方の性格が現れたように整理されたデスク。アイドル達の活躍が綴られた色鮮やかな雑誌。

 

 そして―――自分以外に唯一灯りの灯った、そのデスク。

 

 自分が没頭する前と変らぬ姿勢で膨大な資料を片手に、一心に何かを書き綴る彼女。

 

 肩を回すついでに外を眺めてみれば雨粒がゆるく窓を濡らしていて、ソレを一つ重ねるごとに秋の訪れを感じさせる様な冷やりとした空気へと塗り替えている。そのせいか、随分と部屋も冷え込んでいる事に気がついて小さな溜息と共に俺は席を立ち、給湯室へと足を運ぶ。

 

 彼女が戻って来てから習慣となりつつあるこの行動に苦笑を洩らしつつも、俺は今日もヤカンに火をくべる。

 

 

―――――――

 

 

「おい、そろそろ終電なくなるぞ?」

 

「…え、あれ、ハチ君?」

 

 差し出されたマグカップに並々とつがれたココアの湯気を不思議そうに眺めていた”十時 愛梨”が数瞬遅れて、俺の存在に気がついた様に声を上げる。どうにも集中し過ぎてまだ意識がこちらに戻り切っていないその間抜けな顔に思わず笑ってしまう。

 

「影が薄くて悪かったな」

 

「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃなくて…って毎回分かって言う君も意地が悪いよね?」

 

 嫌味っぽく言った俺のひと言に彼女は一瞬焦ったように言葉を重ねようとするが、すぐにソレがからかわれている事に気が付いて拗ねた様にこちらを睨んでくる。そして、小さく感謝を伝えつつもそのマグカップに口を付けて小さく息をつく。

 

「で、今度は何処の過疎地域の特番なんだ?」

 

「んー、まだ迷ってるんだけどココの県かなぁ」

 

 彼女のデスクの上に広がるそれらは民族学に始まり、都市政策論に農業、観光雑誌。その他大量の資料に――ソレを上回る出演依頼の山が広がっていた。その中から彼女は大きく付箋の貼られた一枚の手書きで丁寧に書かれた事が窺えるモノを迷いなく抜き取って差し出してくる。

 

「…こりゃまた辺鄙な所にある村だな」

 

「ふふ、そう言う番組だし、調べた中ではまだ可能性のある方だよ?」

 

 そう言って彼女は小さく苦笑して乱雑に書かれた夥しい資料を手遊びの様にぺらぺらと捲っては閉じていく。

 

 とときら学園に始まり、多くの番組を抱える彼女が自ら企画し、運営しつつある番組”カントリーロード”。明るく、華やかな印象の強い彼女が始めた”過疎地域の復興”をテーマにしたこの番組。決して明るくも華やかでもないその内容は良くも悪くも多くの反響を呼びつつも今日まで続いている。

 

 その地域の特色や、文化、歴史。あるモノ全てを徹底的に議論し、可能性を探して行く事は生温い事ではない。

 

 お蔵入りになった者には”他所者”と謗られ、追い出された事だってある。それでも、彼女は頑なにこの企画を続けている。そして、いまや知らぬ人間の居ない”シンデレラガール”が起こしたこの企画に一縷の望みを掛けて依頼を出してくるものだってけして少なくはない。

 

 その依頼の全てを彼女は自分で精査する。知らないモノは調べ、分からないことはあらゆる方面に聞き、関連のある著名人は徹底的に洗い出す。そうして、ほんのわずかでも可能性のある場所を長い工程を経て見つけ出し、ようやく番組作成へと移って行く。

 

 そんな工程を彼女はずっと繰り返している。

 

「天下の”シンデレラ”がそう言うなら、大丈夫なんじゃねえの?…知らんけど」

 

「激励だと思って受け取っておきますよー、だ」

 

 その覚悟に俺が言える言葉など多くはない。だが、彼女はそんな無責任な言葉に毎回のように微笑んで答えてくれる。そんな情けない顔を浮かべているであろう俺を見た彼女がもう一度だけ笑って言葉を紡いでくる。

 

「そう言えば、今度の連休ってハチ君空いてます?」

 

「あん?…同人誌の即売会があるから空いてないな」

 

「良かった、暇なんですね!!」

 

 質問に予定を思い出しつつ答えると、花の咲くような笑顔を向けられる。ホントに素晴らしい満面の笑顔で思わず胸キュン思想になるのだが、問題が一つだけある。―――話を全く理解してくれてない事だ。

 

「一応、聞いてやる。なんで?」

 

「お盆に帰りそびれてたので帰ろうかと思ってたんですけど、両親がハチ君も連れてきなさいって言ってるので旅行の準備しといてくださいね?」

 

「……いや、納豆に砂糖をぶっかけて食べる家にはちょっと。ほら、糖尿病も心配だし」

 

「馬鹿みたいに甘ったるいコーヒー缶を呑んでるよりは健康的ですよ?」

 

「「あん?」」

 

 いや、マジギレテンションで俺も返しちゃったけどマジでビビったからね?収録で着いてった流れで泊めて貰った(強制)けど、何故か炊かれた赤飯も甘いし、リンゴも甘いし、何?甘いモノとびっくりする程しょっぱい味付けに当時はどうしたらいいのかマジで分かんなかったからね!!やっぱり、千葉の小町が作った飯が最高だと痛感しましたまる。

 

「てか、俺がついてく意味全くないじゃん!!しかも、馬鹿みたいにみんな酒飲むから前回ひで―目に会ったのに行こうとする訳ないじゃん!!」

 

「何言ってるの!貧困な地域だったからこそお客様への振る舞いは最高のもてなしなんだよ!!てか、途中から美味しい美味しいって言って自分から飲んでたの覚えてるんだから!!とにかく、チケットはもうとってるんでコレは決定事項です!!”シンデレラ”の言う事は絶対なの!!」

 

「やっす!!シンデレラの栄光をその辺の王様ゲームレベルに引き下げやがった!!」

 

 

 静かな秋雨が冷ややかな風を運んでくる中、薄暗く静かだったこの部屋。ソレが、騒がしい馬鹿話で途端にけたたましく、その温度を振り払う。

 

 

 塗炭に塗れた険しい道を乗り越え、栄光を手にしたシンデレラ。

 

 純白のドレスに、美しい城。そして、多くの羨望を集めたアイドルの頂点に立った彼女。

 

 だが、彼女は―――その白き衣を誰かの為に汚すことを躊躇わない。その汚れこそを何よりもの誇りとするのだ。

 

 ”泥だらけのシンデレラ”と誰かがそう嘲笑った。

 

 だが、その事に胸を張る彼女こそを――俺は心から尊く思うのだ。

 

 そんな彼女が、その思いが――ずっと輝く事をそっと祈った。

 

 

 

 



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無価値な寵愛

欲しいのは、ありふれた幸福じゃなくて…。


あらすじという名のプロフ

 

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

鷹富士 茄子   女  21歳

 

 言わずと知れた”神に愛された女”。歩けば大金を拾い、座ればアイドルにスカウトされ、立てば拝まれる病的なほど神に愛されている。本人もその事に自覚があり、何があっても特に焦ることがない大物感を漂わせている。そんな彼女である為に縁起を担ぐ年末年始は引っ張りだこで、本当に寝る暇もない。

 

 そんな縁起のいいい彼女だが、どうにも上手くいかないことが一つだけあるようで―――?

 

――――――――――――――――――――――

 

 駅のホームに降り立つと、暖房に包まれていた車内に慣れた身体を包む冷え込みに思わず身体を振るわせてマフラーを引き寄せてしまう。ちょっとだけそのまま立ちすくみ、その寒さが和らいだ様な気がして、小さく息をついて首をめぐらしてみる。

 

 新年が明けたばかりの時は凛と引き締まり、誰もがしゃきしゃきしていた雑踏もひと月たった今ではチョットだけ気も緩んで誰もが気だるげだ。そんな中で、一際気だるそうに自分と同じようにマフラーに顔をうずめて身を震わす”お目当ての人”を見つけて思わず笑ってしまう。

 

 待ち合わせをしたわけでもなく、狙った訳でもない。それでも、世界は随分と自分に優しくて願いを簡単に叶えてくれる。

 

 今日も自分の”幸運”は絶好調。

 

 そのままいつもの調子で頼みますよっと、心の中で唱えながら壁に張られた鏡で自分の最終チェック。

 

 短めのショートに同年代に比べたら幼げな見慣れた顔、ちょっと気合いを入れて選んだ大人っぽい白を基調としたコートに気どり過ぎないマフラー。入念にチェックを重ねるが、アイドルとしてやっていけるくらいには整っているはずだと自己暗示して一息。そのまま、ぼんやりと立ちすくむ彼に駆け寄って―――思いっきりその腕に飛びつく。

 

茄子「ひっきがやサーン!」

 

ハチ「っ!!…って、ナスビか。てっきり、痴漢冤罪かと思ってビビったわ」

 

茄子「トップアイドルの一人に抱きつかれての第一声がそれってのはどうなんですかねぇ…。と、い、う、か!!いつも言ってるじゃないですか!私の名前は”ナス”じゃなくて”カコ”です!!ついでに言えば、二人っきりの時は”ヨイチ”って呼んでください!!」

 

ハチ「まだ言ってんのか、ソレ。というか、歌って踊るアイドルが舞ってる人の脳天打ち抜く人の名前で呼ぶのをせがむってどうなのさ…」

 

茄子「私が打ち抜くのは貴方のハートですけどね!!」

 

ハチ「うるせぇよ!!」

 

 気だるげで淀んだ眼に、特徴的なそのアホ毛。この人は私が所属するアイドルグループのアシスタントを一手に引き受ける”比企谷 八幡”さん。いつものお決まりのやり取りを終えた彼が疲れたように深く溜息をついて肩を落とすのを見て小さく笑ってしまう。

 

 最初から随分と面白い人だと思っていたのだが、この人の下の名前を知った時に思わず思いついたその呼び名は今だに呼んでもらった事がないのが酷く口惜しい。だって、”鷹冨士 茄子”に”八幡”だ。ここまできたら”与一”とだって呼んでもらいたくもなる。ソレに、二人だけの密かな呼び名だなんて随分と楽しそうではないですか。

 

 そんな身勝手ながらも慎ましい願いは残念ながら次回に持ち越すとして、げんなりしている彼の腕を引いて急かす様に歩を進めていく。時計を見れば待ち合わせの時間は随分と迫っているし、何より今日という日を待ちに待ったので気持ちだって随分とはずんでいるのが知らずとそうさせてしまう。

 

 

 何と言ったって、今日は”初詣”。

 

 

 昔からこの日にかけての私は最高潮。

 

 

 彼との、いつもとは違う展開が待っていると期待してしまうのも仕方ないでしょう?

 

 

――――――――

 

 駅から十分ほど他愛もない軽口を交わしながら歩いた所で見えて来る赤い大きな鳥居。その下にはもうメンバーの皆も集まっているようで随分と賑わっていた。そんな中であっちもこちらを見つけた様で軽く手を振っておくと、髪をピコピコと動かして”幸子”ちゃんがこちらに近づいてくる。

 

幸子「もう!遅いですよ、二人とも!!何時集合だと思ってるんですか!?」

 

八「なんだよ、まだ集合時間まで30秒もあるじゃん。余裕のスケジューリングだな」

 

幸子「なに馬鹿な事言ってるんですか…。いい年した大人なんだから15分前行動を心がけてください」

 

八「30秒あれば世界を支配できるぞ?例えば、お前は30秒後に”そんな事より可愛い僕に何か言うべきことがあるんじゃないですか?”という」

 

幸子「はー、そんな事より可愛い僕に何か言うべき事があるんじゃないですか?―――はっ!!」

 

茄子「馬鹿な事して遊んでると本当にあっちで待ってる皆に怒られちゃいますよー?」

 

 わなわなと震える幸子ちゃんに勝ち誇ったような顔を浮かべる彼に苦笑を浮かべながら、向こうで待ってる皆の元へと促せば二人もじゃれつきながらも歩を勧めていく。そうして、鳥居の元に辿りつけばメンバーの誰もがそんな二人に苦笑しつつも、チョット遅めの新年の挨拶をして私たちの事を迎えてくれました。何人かの視線が私が組んでいる彼の腕に突き刺さるのはご愛嬌という奴でしょう。いつもは遠慮しているのですから今日は無礼講なのです。

 

 

 なってみて知ったのですが、アイドルというのは年末年始は忙しすぎて自分達の行事に頓着している暇など無いほど目まぐるしい予定に追われる運命の様で、”それならいっそ皆で初詣は落ち着いた頃にやろう!!”となったのが今回の集まりの始まりです。調べてみれば年が始まってから初めての参拝なら”初詣”。そんなガバガバなこの国の宗教観が私はわりかし大好きです。

 

 さて、閑話休題。

 

 思い思いの格好をした華々しい皆さんが最初に目指したのは社務所。お目当てはもちろん年内の運勢を占ってくれる”おみくじ”です。結構な人数の美女が並んでその結果に一喜一憂するその光景を尻目に私はほくそ笑みます。何せこの”鷹富士 茄子”短い人生ですが、大吉以外を引き当てたことなど無いのです。その結果なんて見るまでもなく今回も例に倣ってそうなる事でしょう。問題は、その後の彼が引いたくじによって変る夜な夜な考えた”私の幸運、比企谷さんにも分けてあげますね?”プランか、”貴方が隣にいるからこんな幸せなくじが引けたのかも?”プランの違和感を感じさせない繋ぎ方です。

 

 コレによって存外ウブな彼の顔を赤らめた貴重なシーンを確保できるかがきまるので失敗は許されません。

 

 

 そう自分の中で決意を新たに、結果を見て真っ青になる瑞樹さんや和久井さんを努めてみない様にして、その列をゆっくりと進んでゆきます。―――そして、遂にその時が来ました。

 

 引き当てたくじの内容は当然の様に”大吉”。それも、頭にもう一つ”大”のついた特級です。その結果に周りの皆が感心したように沸き立ってくれて、思い思いにその結果を喜んだり感心してくれるのは本当に嬉しいのですが、今はソレどころではありません。

 

 その喧騒に紛れていつの間にか確保していた彼の腕を見失ってしまっていたのです。

 

 自分の犯した大失態に私の心は非常に焦ります。

 

 コレは早急にCプラン”これだけ恵まれておいてなんですけど…本当に欲しいのはコレじゃないんですよね…”というしっとりプランで彼の甘い言葉を引きだす計画に移らねばこの結果は無為となってしまいます!!そんな焦りと共に、おみくじの交換を迫ってくる年配…ゴホン、失礼。オネーサマズを掻き分けて必死に彼を探します。そして、ようやく見つけた彼に駆け寄ろうとした瞬間―――思わず、足を止めてしまいます。

 

 

 その目線の先にいたのは、自分と対極の存在ともいえる―――可愛い妹分とも言うべき”白菊 蛍”ちゃん。俯き、うかない表情で隅っこに寂しそうに佇む彼女に近づいていく彼を見つけてしまったから。

 

 

八「くく、あれだけ朋やら小梅達と開運グッズを買いあさってお御籤に挑んだのにな?」

 

ほたる「…比企谷さん。今は、ちょっと、その…笑えそうにないので…すみません」

 

 俯く彼女が持っているお御籤に書かれているのは案の定”大凶”を示した紙。

 

 自分が大吉以外引いた事がないとすれば、彼女は間違いなくその逆を引き続けていたのでしょう。そして、ソレを挽回するために彼女と親しいメンバーが様々なお守りや、祈願をしていたのは記憶に新しい。だが、その結果を問うのはあまりに大きく書かれたその文字は残酷だ。

 

 静かに俯く彼女の姿に、浮かれていた心も沈んで息を呑もうとした――――その時。

 

八「…ちょっと、ソレ貸してくれ」

 

ほたる「え?」

 

 俯く彼女からひったくるようにその札を奪った彼は自分の札と見比べる。ここから見える彼の結果は”小吉”。そんな自分にとっては平凡とすら言えるその結果を見比べてしばし、彼は近くで談笑していた彼と最も親しいキツネ目の女性に声を掛ける。

 

八「おい、周子。お前はなんだった?」

 

周子「ん~、中吉やった~ん。なんとも微妙な結果だよね。”待ち人、立ち去る、悔いなく尽くせ”って何の事やろか?」

 

八「”中”か。…まあ、足し算すりゃなんとかなんだろ」

 

周子「は?って、ちょっと!!ウチのおみくじ~!!」

 

 呑気に答える彼女のお御籤をさらっと抜き取った彼は自分とほたるちゃん、そして、周子さんのソレを重ねて細く束ねて近くにあった梅の木の手の届く一番高い枝へとあっという間に結んでしまう。そんな突然の行動に唖然とする、ほたるちゃんに彼は意地悪げに笑って答える。

 

八「まあ、上から十番目の”大凶”も六番目の”小吉”と四番目の”中吉”混ぜときゃ”平”位にはなんだろ。あと、高いとこに結んどきゃ神様が早めに見つけてくれるらしいぞ?…いや、正月終わってからまで仕事してるかは知らんけど」

 

ほたる「あ、えっと、その…ふふっ!ご、ごめんなさい!!ホントに凄く嬉しんですけど、クッ、くくく、ひ、比企谷さんってたまに小学生みたいな理屈こねますよね。…ふ、ふふ、あはははは!!ご、ごめんなさい!!あはははは!!!」

 

周子「もー、そういうことなら最初にいやええのに、この腐れ目はホンにしょうもないなー。てか、迷わずうちのお御籤掻っ攫ったのはなんなん?もっと運勢のいい子はおったやろ?」

 

八「俺の中で最も罪悪感なくお御籤の運勢をチャラに出来る掛け替えのない捨てキャラだった」

 

周子「いてこますぞ!!お前ほんまに!!!」

 

 そんな賑やかな雰囲気に皆が集まり、そのお御籤に次々と重ね合わさり、皆の運勢は良いも悪いも混ぜ合わされ―――梅の枝がしなって一番下まで垂れ下がったところで大笑い。いつも通りのハチャメチャなのだと誰もが笑った。

 

 

―――何だろうか、この敗北感は。

 

 

―――妹分に手を噛まれるとは、このことである。

 

 

 そんな誰もが笑っている空間に静かな怒りと、空しさが私を支配する。

 

 

 手に持った”大吉”。その意味する所に、私の求める物は全くない。というか、そんな気障な事をするならば、自分のお御籤を使うのが最も効率的でしょうが。ソレを選ばないカレに、いい様のない怒りを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………まあ、いいです。

 

 

全然、構いませんとも。

 

 

 たまたま?そう、たまたまです。

 

 

 自分より早く、近しい場所にいた周子さんが気を負わせずにほたるちゃんを励ますことができた最善の一手だっただけです。

 

 

 

 ええ、そうですとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう小さく呟き、もっと小さく舌を鳴らして手に持って居た”大大吉”を破り捨てた。

 

 

 

 その小さな紙の行方は、

 

 

 

 

     醜いほどコレを求めていた年配の方も

 

 

 

 

私も

 

 

 

 

       誰も興味は

 

 

 

 

 

 持ちませんでした。

 

―――――――――――――――

 

 

 さあ、新年早々に鬱々してる場合ではありませんね!!彼の視線を一人占めにするプランはこんな想定外すら見越して何重にも用意してますから、気持ちを切り替えて望みましょう!!

 

 ココに取り出したるは魔法瓶!!

 

 この中に入っておりますのは~なんと”手作り甘酒”なのです!!

 

 ”年末年始”に”神社にお参り”と来たらコレでしょう。寒い気温に二人で除夜の鐘を聞きながら身を寄せ合って来年・新年を語りながらコレを呑めばあっという間にそのまま”himehajime”待った無しと言われるまである”飲む点滴”と呼ばれるコレ!!

 

 身体もあっちも暖まる最高の飲み物だと―――十時「みなさーん、実家から送られて来た酒粕で”甘酒”を作って来たので良かったら是非のんでくださーい。まゆちゃんや雪乃ちゃんの東北ガールズ謹製の特別盤ですよぅ~?」―――は?未成年もいるのにそんな物を配るとかマジで何考えるんですかね?品性を疑います。やっぱ東北の人は雪しか積もりませんからそっち方面にしか冬はたのs(以下自主規制。

 

 

―――いけませんね。どうにも、思考がやさぐれ気味です。

 

 

 良いじゃないですか。可愛い女の子達が季節の旬のものを、今日という日の為に作って来てくれて、親しい人に心ながらも配ってより良き日にしようとしてくれた。それだけの、喜ぶべきことです。

 

 

……………十時さん、なんで彼にだけ甘酒を手渡すのにそんな長い時間がいるんですかねぇ?後がつかえてますけど?

 

 

 

・・・

 

 

・・・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 その後も、私のA~Zまで用意した策は、泡と消えて―――遂には、実を結ぶことは、ありませんでした。

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 そんな様々な徒労を重ねて、あがき続けて、遂には―――最後のイベントとなってしまいました。

 

 本殿。神がおわすとされている神社の存在意義であろうそこへ向かってデレプロのメンバーが綺麗に整列して誰もがプロデュサーが鳴らした鈴に真摯に手を合わせ、祈りを奉納します。

 

 

 誰もが、真剣に、その願いの―――心に、自らに、刻みこみます。

 

 

 この儀式が、昔から自分には不思議でした。

 

 

 願った物は全て手に入り。

 

 

 望んだわけでもなく、幸運に守られてきました。

 

 

 そんな人生を送ってきた自分には、彼女達が何を願っているのか分かりませんでした。

 

 

 今だってソレは、変わりません。

 

 お御籤は最高運。甘酒は人より多く配られ、プロデューサーからは内密に次のドラマの主演の内定を伝えられました。そのうえ、気まぐれに買った宝くじは確認してみれば一等当選。さっきから携帯は今が旬の若手俳優からお誘いがひっきりなし。

 

 普通の人生ではありえない幸運が、ひしめいています。

 

 

 その中で、―――――――私は、何を、こんなに苛立っているのでしょう?

 

 

 やがて、静寂は過ぎ去り、誰かの息をつく声と共に皆が朗らかに話しだす。その暖かな雰囲気を別世界を見ている様に感慨もなく眺めていると、虚無の中から怒りが沸いてきます。何に対するものなのか、分かりもしません。でも、誰に対するものなのかだけは驚くほどハッキリしています。

 

 自分で自覚するほどに恥ずかしくなります。

 

 なんせ、自分はこんなに分かりやすいほどに―――”拗ねている”んですから。

 

 私の誕生日は1月1日。

 

 私がもっとも主役として取り立てて貰えるのも元日。

 

 そんな大切な日を”仕事”で”好きな人”と過ごす事が出来なかった私が楽しみに待っていた今日という最大の甘えられるチャンスに、あろうことか別の女といちゃつく…いちゃつきまくる彼に心底頭に来ているのです!!

 

 

 子供っぽく、我儘に。

 

 

 本当に情けないほどに自暴自棄に。

 

 

”私だけを見て欲しい!!”そんな我儘が今日の全ての不快感の原因なのです。こればっかりは祈った事のない神様から他の何を”幸運”で宛てがっても満たされる訳がありません。だって、――――私が祈るのはこの想いの届け先である、彼にだけなのだから。

 

 

 そんな結論を得た私は、現金に、実直に、改めて祈り始める事に致しましょう。

 

 

 

 

 

 まずは、彼に思い切り抱きついて、”好き”と叫んでみることから初めて見ましょうか?

 

 

――――神様と違って、こっちは声に出さなければ振りむいてもくれない朴念仁なのですから。

 

 



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無垢なる薄幸少女 前編

夏も終わりそうなので怖そうな物でもと思って……。でも、途中からほたるちゃんに幸せになってほしくてどんどんギャグ色が強くなっていっていいやとなった。

笑顔の女の子って素敵ですよね。


あらすじという名のプロフ

 

 

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

武内P

 

 真面目で紳士。よく逮捕される。比企谷と一緒にいると囲んでる奴だいたい警察。

 

 仕事しすぎのワーカーホリック。好物はハンバーグ。

 

 

チッヒ

 

 「鬼、悪魔、ちひろ」で有名なあの方。武内Pと八幡と同じ大学のOB。その経験を生かした魔のカリキュラムで八幡をバイト漬にした諸悪の根源。

 

 

 シンデレラプロジェクトのやべー方。

 

 

三船 美優  女  25歳

 

 中途で”デレプロ”事務として入社した女神。

 

 最近、お疲れモード。

 

-------------------------------

 

 秋雨降りしきる9月の事だ。

 

 しとしとと降り注ぐ雨は正午だというのに光を遮り、随分と陰鬱な空気を醸し出す。そんな中でもうず高く積まれた書類を捌く手を一旦止めて俺は深く息をついて天井を仰ぎ見る。

 

 無機質な天井はいつもと何ら変わらず、俺の気分を明るくしてくれるわけでもない。

 

 だからだろうか―――こんな事を呟いてしまったのは。

 

「これ、俺の仕事ですかね。ちひろさん」

 

 無意味だと知ってても、問わずにはいられなかった。そして、雷鳴の光の先に笑顔で佇むその人の答えだって――知っていたはずなのだ。

 

「勘のいいバイトは嫌いですよ、比企谷君?」

 

 

ふっざけんな。猿でも気づくわ。

 

 

「そう、バイトなんすよ。俺は。間違っても、でっかい会場の段取りとか、ライブの報告書とか、テレビ局の出演依頼の調整とか、衣装の進捗状況確認とか、常務からのお小言とか、諸々を処理するのなんざ契約外なんすよ。つまり、これは俺の仕事じゃないはずです」

 

 理路整然と自分の主張を山となった書類を指さしながら訴える。というか、武内さんも”次のライブが決定しました。昨年、会場として使用した〇〇ドームでの開催ですので、日程の打診と前回お世話になった設備・スタッフへの見積依頼の作成をお願いいたします”とか気軽にメールで送ってきたけどふざけんな。正社員だってんなもん丸投げされたら発狂するわ。

 

「んー、契約内容は”[アイドルの送迎(スケジュール管理)]及び[簡単な事務作業(会場確保・見積作成・先方への連絡)]、[書類の整理(企画書・依頼書の作成、整理)]、[設営のお手伝い(ライブ段取り)]”ですよね?どれも、違反しているようには思えませんねー」

 

「おい、かっこの中に何を含めた蛍光緑」

 

「頭をかち割りますよ?いいですからさっさと仕事に戻ってください!その分の給料は弾んでいるつもりですし、受け取っている以上貴方に拒否権はないんです!!」

 

「開き直ってブラックも真っ青なこと言い始めたなコイツ…美優さんもおかしいと思いませんか、こんな労働状況?」

 

 この金の亡者に一人で抗っても旗色が悪いらしいので、もう一人のこの部署の社畜仲間であるおっとり系お姉さんに水を向けて救援を求めてみると、彼女は困ったように苦笑してこちらに向き直って言葉を紡ぐ。

 

「あはは…。まあ、確かにこの少人数でみんなをカバーするのは大変ですけど、これがあの子たちのためになるならやりがいはありますね。あと、―――――前の職場を人間関係とか生ぬるい原因で辞めた事を反省してます。そして、かつての同僚をこの地獄に引きずり込んでやりたくてたまりません」

 

 

「――ほら、美優さんを見習ってください!こんなに立派にやりがいを見つけて頑張ってるじゃないですか!!」

 

「後半の闇を丸ごとなかったことにしやがった、コイツ…。あー、やってらんね。ふざけんな。金はいらねーから永久休暇か辞表受け取れカネゴン」

 

 虚ろな目で”嗚呼、仁奈ちゃんまだかしら。おかーさんって呼んで欲しい…”とかブツブツ呟き始めた美優さんを尻目に俺は書類を投げ出す。実際問題、この人数のアイドルをこの少人数で対応しているほうがおかしいのだ。給与の問題ではなく物理的な問題で死ぬ。ていうか、こんなんだからたまに入ってくる増員だってすぐ蒸発してしまうのだ。いい加減に労働条件の改善を訴えなければキリがない。さらに言えば、俺の単位も蒸発しっぱなしでそろそろ俺の籍すら危うい。今日ばかりは、このエビフライから譲歩を引き出さなければ。

 

「…はぁ、分かりました。”庶務・雑務”の比企谷君にふさわしい仕事を与えてあげますよ」

 

 しばらく俺を怒ったように睨んでいたちひろさんは深くため息をついて、一枚の紙を手渡してくる。

 

「……なんすか、これ?」

 

「プロフィールですよ?今日の一時に413号室に来る予定なので346の施設の案内をお願いします」

 

「なんで?」

 

「新しく武内さんにスカウトされてメンバー入りするからですよ?」

 

「…………聞いてないんですけど」

 

「メールに書いてあったでしょう?」

 

 ホントに不思議そうな顔をするちひろさんを尻目にさっき武内さんから届けられたメールに再度目を通せば、膨大な報告とやっておくことリストの中に一文だけポエミーな”新たな星の輝きに導きを”というのが紛れ込んでいるのを見つける。時たま、意味不明なポエムを混ぜてくるので今回もその系統かと思っていたのだが……そういう意味か。わかるか、んなもん。

 

「馬鹿なの?死ぬの?」

 

「まあ、今回は聞かなかったことにしておいてあげましょう」

 

 というか、仕事の軽減化を訴えたのに結局変わってねぇじゃん。というか、さらに増やしてどうすんだよ。最近、見境なさすぎでしょあの人。

 

「……マジで退職していいですか?」

 

「”写真”をばら撒かれてもいいなら。あと、次のライブを楽しみにしてた”あの子たち”の悲しみを背負う覚悟があるならばいつでもどうぞ?」

 

「…………ろくな死に方しませんよ。あんた」

 

 端的な言葉に固まった体を何とか目線だけは殺意を込めて睨み毒を吐いてみるが、その能面のような表情は微塵も揺るがずににらみ合うこと数秒。深くため息をつく。

 

「んじゃ、諦めも付いた所でよろしくお願いしますね?」

 

「…いえす、まむ」

 

 満面の笑みで送り出す彼女を、心底憎らしく想いながら俺はけだるげな体を引きずるようにして席を立つ。

 

 今日も今日とて戦績表は黒をまん丸に塗りつぶされた。

 

 これはもうあれだな、みくにゃんのファン辞めよう。

 

 どこかで”なんでにゃ!!”とか聞こえた気がする。そんな空耳を背に俺は指定された部屋へと重たい足を向けてゆく。

 

 プロフィールに書かれたそのアイドルの卵の名前は”白菊 ほたる”。

 

 彼女は、どんなトラブルをこの部署に運んでくることやら。

 

 

--------------------------------

 

 

 

 さて、気だるげに足を進めて無駄にご立派なビル内を進んで目的地を目指しているとどうにも各所がいつもよりも騒がしい。あっちこちの部署からパソコンのデータが消えただの、急に仕事がキャンセルになっただの、謎の薬品が爆発しただの、フレデリカが失踪しただの、十時が半裸になっているだのと短い道中なはずなのだが随分とあちこちから阿鼻叫喚が聞こえてくる。

 

 大企業様のはずなのにそんなガバガバの状態なのだから世間という奴は分からないものだ。というか、後半はいつも通りの光景なのでそんな事をいまさら騒ぐとは随分と危機管理能力が足りてないな。さてはてめぇ等、にわか346社員だな?

 

 そんな体たらくに深くため息をついていると、目の前に小さな影が立っていることに気が付いた。

 

 金というよりは透き通った髪の毛に、小柄で華奢な見知った少女”白坂 小梅”。彼女は不自然なくらいに満面な笑みで俺の行く手を塞ぐようにそこに佇んでいる。

 

「あ、は、八さん。こんにちわ」

 

「おう。どうした、小梅。撮影はもう終わったのか?」

 

 確か、彼女は午前中からPV用の写真撮影で近場のスタジオにいたはずだがなぜここにいるのだろうか?早めに終わったのだとしてもそのまま直帰していいことになってるのでここに来る必要はないはずだ。そう考え、とりあえず撮影の首尾をきいてみたのだが、一瞬だけ体を強張らせた彼女は何事もなかったかのようにこちらに近づいてくる。

 

「…うん、無事に終わったよ。それでね、八さん。今日は頑張ったから、その、ご褒美が欲しいな。いまから、私と遊びに行こう、ね?」

 

 その華奢な体で俺の腰に抱き着き、甘えてくる彼女がどうにも可笑しくて笑ってしまう。抱き着かれて分かったが彼女の体はしっとりと濡れていて、この雨の中でそんな事を伝えるためだけに走ってきたことが窺えてどうにも邪険にはしずらい。その上、彼女はドッキリ以外の嘘がとても下手だ。

 

「…小梅?」

 

「う、嘘は言ってないよ。…ただちょっと、自分の順番を早めて貰いは、したけど。あう」

 

 ハンカチを取り出してちょっと乱暴めに体を拭いてやっていると彼女は観念したように白状したのでご褒美にその頭を軽くこずいてやる。ただまあ、仕事を終わらせたのは嘘ではないのだろうし、そこまで目くじら立てることでもないだろう。野暮用の後にスタッフに軽く謝っておくことを記憶しておきながら、彼女をやんわり離れるように諭すがその手は離れない。

 

「いや、”小梅の日”はまた今度な?俺まだ仕事あるし」

 

「…だめ。ね、八さん。今日くらいは大丈夫だよ?」

 

 いつになく強情な彼女の説得に面を食らってしまうが、流石に待ち合わせをしといてソレを放置して遊びに行くのはさすがにまずかろう。意外とアレはやられるとキツイのだ。待ちぼうけした次の日、”アイツマジでずっと待ってたぜ!マジで気持ちわりーよなー!!”とか大笑いしてた高津君。お前は生涯、許すことはない。そんな自分の黒歴史を紙面でしか知らない少女に味わわせるわけにもいかず、俺は苦笑しつつそのことを彼女に言い聞かせる。

 

「流石に人を待たせてるから今回はダメだ。大人しく事務所で待ってな」

 

「…っ!!その子に、会いに行っちゃだめ!!」

 

 そう言った瞬間に彼女は切羽詰まったような声を出してさらに指の力を強める。不自然な笑みの下に隠れていた謎の焦燥感もどうやらそれが原因らしく俺は思わず笑ってしまう。

 

「あー、分かった。分かったよ」

 

「ほ、ほんとに?」

 

「新しい子が増えても遊んでやるから。今日は大人しく事務所に戻っとけ」

 

「全然わかってない!!」

 

 ぐずる小梅を笑いながらそのまま歩き出す。小柄な彼女は必死に腰にしがみついて俺を引き留めようとするが、笑ってしまうくらい非力なので何の支障もなく俺は目的地に進んでいく。まあ、多感なお年頃の彼女は遊び相手の俺が新しい子に取られてしまうかもしれないと思ってこんなささやかな妨害に出たのだろう。まったく、愛い奴だ。

 

 その道中も随分と社内は騒がしく、靴紐が切れたと騒いだり。

 

 靴ひもなしタイプの俺に死角はない。

 

 黒猫が横切ったりと騒いだり。

 

 あれは雪美のペロだ。年中うろついてる。

 

 その他にも”引き出しに幼女が入って寝ていた”だの、”三十路が廊下で酔いつぶれている”だの今日はホントに騒がしい。バイオテロやビーダマンで誤射事件が起きてないだけ十分平和だろう何に騒いでいるのやら。…なんで、いま俺を見て悲鳴を上げて走り去ったんですかね?掃除のおばさん。

 

 そんなこんなで騒がしい社内を通り抜け、ようやく待ち合わせ場所にたどり着く。そろそろ小梅にも離れてほしいのだが、慣れない駄々をこねて疲れたのか随分と青い顔をして汗を流している。体力は最初のころに比べて付いたと思っていたがやはり仕事とソレは別種のものなのだろう。そんな彼女を無理に引き離すのも申し訳なくなって、そのまま入室することにした。まあ、こんな根暗な男に案内されるよりも先輩アイドルと一緒に見たほうが緊張もほぐれるだろう。

 

 震える彼女が何かを止めようとするのを笑って遮り、部屋のドアを押し開く。

 

 雨の湿気のせいか随分とまとわりつくような重苦しい空気に包まれたその部屋の奥に、その少女は、静かに座っていた。

 

 まるで、精巧な日本人形のような黒髪と白い肌。

 

 そして、そのすべてを台無しにしかねないほどに沈んだその表情。

 

 もともとアイドルだの芸能関係に詳しくも興味もない俺が言うのも憚られるが、よくスカウトされたものだと思ってしまった。というか、小梅さん、いい加減しがみつかれてる所が痛い位になってきたので緩めちゃもらえませんかね?

 

 まあ、その辺に関してはボスである武内さんが決めることだ。あの人たらしの直感は今のところ外れたことはないし、魚の腐ったような眼をした俺がとやかく言うことでもないだろう。とりあえず、いま俺がすべきことは―――。

 

「あー、随分と湿気てるな。すまん、除湿に切り替えてから事務説明に入ってもいいか?」

 

「あ、はい、…すみません」

 

 エアコンの除湿を最大に設定してから彼女の前に座りなおす。除湿に設定したのに随分と冷たい風が吹いてくるのが気になるがまああと十分もいない部屋でそこまでこだわることもないだろう。改めて、彼女用の資料を広げて見てみるがその履歴は結構なものだ。今はなくなった所も多いようだが、錚々たる大手事務所から中堅までを渡り歩いているので未経験者というわけでもないらしい。説明が楽で非常に助かる。

 

「武内さんから聞いてるだろうけど”デレプロ”の比企谷だ。今日は簡単な説明と施設案内だな。分からないことがあれば随時聞いてくれ。あとは、まあ、そのままウチに入ってもらえるなら飲み会好きが歓迎会勝手に開くだろうからメンバーとの顔合わせは改めてその時だな。あとは――「あ、あのっ!!」

 

 唐突に遮られたその声の勢いに思わず言葉を呑んでしまった。

 

 そのまま視線を書類から彼女のほうに向けてみるが、彼女は歯切れ悪く俯くばかりで一向に言葉が出てこない。首を傾げて様子を伺っていると彼女はうつむいたまま言葉を絞り出す。

 

「…私、”白菊 ほたる”です。それでも、本当に―――大丈夫ですか?」

 

 絞り出すように問われたその言葉の意味が全く分からず傾げた首がさらに傾げてしまう。このままじゃ動物園の梟よろしく一回転しかねない勢いだ。自己紹介の機会がなかったのは確かにこっちの落ち度だが”大丈夫”と聞かれるのは何に対してなのか。”私にそんな態度取ってるなんてなめてるの?”的な意味だったら二代目時子様になっちゃうんだけどそれこそ彼女的に大丈夫なのだろうか?

 

「あー、すまん。よく分からんが―――いい名前だと思う。芸名が必要だとも思わないし、ウチではあんまいないけど希望があるなら……って、どうした?」

 

「い、いえ、ご、ごめんなさい。ふ、ふふふ、芸能関係の人で私の名前を聞いてそんな反応されたの初めてで」

 

 必死に絞り出したそれっぽい回答はどうやら大外れだったようで、陰鬱な顔をほころばして彼女はこらえる様に笑いをこぼしていく。どうにも笑われているのは釈然としないが、その笑顔を見てウチのボスの美少女センサーに感服してしまった。なるほど、これだけ可愛らしければ職質も恐れずスカウトもしたくなるだろう。

 

「いえ、すみませんでした。こんな私でもよければよろしくお願いいたします。”比企谷”さん」

 

 笑いすぎて目じりに溜まった涙をぬぐって、彼女は手を差し出してくる。どうにも笑ったり落ち込んだりと忙しい娘ではあるが、根が悪いわけでは無さそうなのでこちらも手をつかもうと伸ばし―――――震える小梅によって遮られた。

 

 

 

 

「八さん、そ、その子に関わっちゃダメ。その子は………なんで生きてられるのか分らないくらい、好かれちゃってる」

 

 

 

 



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淡き泡沫

大人と子供の狭間で揺れ動く美波るーと


 薄暗い路地を抜けた先に小さく灯されたステンドグラスのランプ。その下には長い年月をここで過ごしたことを伺わせる木製の重厚な扉が幻想的に照らされている。まるで暗闇の中にそこだけが浮き上がるような幻想的な雰囲気に惹かれる様に手をかければ軽やかな鈴の音が店主へと客人の来訪を告げてくれる。

 

 外観の雰囲気に違わずシックな内装で統一された店内は手製ガラス特有の淡い揺らめきにほんのりと照らされて、落ち着いたジャズが耳に入る。その独特の幻想的な空間と心の何処かにあった張りつめていた何かが溶けるような不思議な感覚に思わず息を吐きだすと、ジャズの歌詞かと思ってしまう程に軽やかで悪戯な声が耳朶をなでる。

 

「おや、これは珍しいお客様だ」

 

「ご無沙汰しています」

 

 落ち着いていながらも子供のような好奇心を隠さない猫のような瞳。肩口でそろえられたあでやかな黒髪とスラリとしたスタイルをギャルソンの制服に包んだ店主の”神木”さんはあの頃と変わらないままにそう呟いて俺達を店内に促してくれる。

 

「いやいや、珍しく誰も来ないから不思議に思っていたんだがね。こんな事が起こるならそれも納得さ」

 

 磨いていたグラスを置いて呟く彼女は楽し気にこちらに視線を寄越す。その自然な動作に見とれそうになるのをこらえて肩をすくめる。

 

「どうにも生来の鼻つまみ者らしくてすみませんね。営業妨害でしたか?」

 

「なに、忙しなく働くのが好きな性分でもないから大歓迎だよ。なんなら週3で通って欲しいくらいさ。―――そちらのお嬢さんを連れてね?」

 

 皮肉気に返した言葉もそんな余裕の言葉で返されてはこちらも苦笑して返すしかない。そして、彼女の指している”珍しい事”というのには後ろで雰囲気にのまれて落ち着かない彼女の事も含めてなのだろうからなおさらだ。楽し気に輝く目が早く紹介しろとせがんでいるのが分かるのでどうにも敵わない。

 

 その圧力に負けたわけでもないがいつまでも彼女を放置している訳にもいかないので、体を半歩下げて彼女を前に押し出す。

 

「バイト先の後輩に成人祝いに酒をせがまれましてね。せっかくなので良いものでも飲ませてやろうかと」

 

「に、”新田 美波”と言います。お、お邪魔します…」

 

 しどろもどろになりながらも深く頭を下げる彼女の生真面目さに俺はもう一度苦笑をこぼし、神木さんはもっと楽し気に頬を緩ませて彼女を迎い入れたのだった。

 

 

――――――――――――――

 

「いやはやしかし、あの比企谷君が静以外の異性とこの店に来るだなんて随分と感慨深いものがあるじゃないか」

 

「静、さんですか?」

 

「比企谷君の初めてを奪った憎たらしい女だよ、まったく」

 

「えっ!?」

 

「紛らわしい言い方しないでください。"初めての酒"をここに連れてきてくれただけでしょうが。あんま変なこと言ってると帰りますよ?」

 

 席に着いて早々に変なことを口走る彼女に間髪入れずに訂正を加えると彼女は楽しげに笑い、なぜか美波は胸を撫でおろしてため息をつく。本当に暇だったらしい彼女は店の酒を入れて既に出来上がっているようだ。そんな風に笑う彼女はそのまま店の扉の看板を”close”にしてしまう。

 

「ははは、まあまあそう怒らないでくれ。”初めての酒をここで飲んだ子がまた初めての子をここに連れてきてくれる”なんてのは辺鄙な場所にある飲み屋の店主としては最高の栄誉でね。私もはしゃいでいるんだ」

 

 その行動に思わず口を開きかけた俺を制すようにそう呟いて彼女は本当に嬉しそうに手元に置いてあるショットグラスを傾ける。その姿はきっと、誰もが子供のころに抱いていたカッコいい大人の憧憬そのもので、俺も美波も思わず息を呑んで見とれてしまう。そんな俺らを見た彼女は少し照れ臭そうに頬をかいて笑いかける。

 

「そんなわけでね。あの緊張してかみかみだった少年の成長が懐かしくも思うわけだよ」

 

「恥ずかしくなったからと言って急に過去の事を持ち出すのは止めてくれませんかね…」

 

 照れ隠しのように茶化す彼女にため息を漏らして答えれば隣で密かに声を殺して笑う後輩を睨んでみても効果は薄い。まったく、本当になれないことなんてするもんではない。

 

 

 成人になったあの日、俺は人生でもっとも多くを学び、尊敬した平塚先生を最初に飲みに誘った。

 

 

 その時に連れてきてもらったのがココなのだ。

 

 生徒と教師という関係ではなくなっても、恩師と教え子という関係は変わらない。

 

 あの時の選択は今だって最良の選択で、今まででも一番多くを学んだ夜だった。

 

 隣でくすくすと笑う彼女を見て、小さなため息を漏らす。自分の恥ずかしい過去を知られるのもそうだが、自分はあの人と同じようにカッコよく生きていられるだろうか?自問自答する答えはげんなりするほど赤点続出なので結果はお察しだ。だからこそ、自分では埋められないそれをココで補おうとした姑息さに嫌気がさす。

 

 本当に、どうして自分なんかを最初に飲みに誘ったのだか。そんな恨み言も視線に混ざってしまうのはご愛嬌だろう。

 

「ふふ、比企谷さんがそんな初々しいなんて想像もつかないですね?」

 

「さっきまでの自分を思い出してみろ。特大のブーメランが帰ってくっからね?」

 

 俺たちの軽口をみた神木さんはさらにおかしそうに笑って、小さく息をついて場をとりなしてくれる。

 

「はっはっは、良い先輩・後輩関係が築けているようで何よりだ。―――さて、ここはしがないとは言えバーでね。いつまでも素面のまま語られたのでは潰れてしまうな。初めての一杯は私から君たちに送らせてもらってもいいかな?」

 

 そういった彼女に俺たちはそろってうなずき、嬉しそうに笑う彼女は小さく微笑んで慣れた手つきで棚からいくつかの瓶を手に取って鮮やかに銀に輝くシェイカーへと注いでいく。その一連の動きは息をするように自然で、目を見張るほどに美しかった。そんな俺たちに軽くウインクを返した彼女はそのまま流れる様にその銀器を軽やかに、手繰って俺たちの息を呑ませる。

 

 一瞬だったはず。それでも、その数倍の時間に感じる程に目を奪われていた俺たちは輝くグラスに注がれた真紅の液体に息を呑んだ。

 

 目の前に差し出されたその美術品は、果たして自分たちが口にして消費していいものなのかと戸惑ってしまう程に美しかったのだから。

 

 そんな俺たちに微笑んで彼女は告げる。

 

「カクテルにも意味があってね。人によって解釈も使い方も変わるようだけど…まあ、難しい話は置いといてこのカクテルの名前は”キール”。私が込めた意味は”最高の巡り合い”。二人にココでバーテンとして巡り合えたことへの私なりの気持ちだよ」

 

 その言葉に、やはりここを選んでよかったと。素直にそう思えた。

 

 躊躇う美波に促すようにグラスを持ち、神木さんと恐る恐るとグラスを手に取った彼女に本当に軽くグラスを交わす。そして、ゆっくりとその美術品を口に含んだ。

 

 白ワイン特有の甘さと渋み。そのあとに芳るカシスの爽やかさ。その二つが絶妙に配合されたその味わいに思わず笑ってしまう。甘い酒など普段あまり飲まないが、それでも素直に美味しいと思う。貧困な自分の語彙力が恨めしいが、うまい酒にごちゃごちゃと理屈をつけるほうが失礼だ。

 

「ウマいですね」

 

「くくっ、やはり静の教え子だね。子弟そろってまったく同じことしか言わんが、最高の殺し文句さ」

 

 そうやって小さく笑いあう俺たちは、そろって視線をもう一人に向ける。

 

 さてはて、本日の主賓は初めてのこの味をどう感じたものだろうか?

 

「お、美味しい、です…」

 

 

 渋面いっぱいの顔でそうしぼり出した彼女に思わず二人で大笑いしてしまったのはきっと誰も責められないはずだ。

 

 

―――――――――――――

 

「ツーン」

 

「悪かったからそう拗ねるなよ…っくく。―――いでっ」

 

 分かりやすく機嫌を損ねてしまった美波に謝りつつも思わず零れた笑いに肩を強めに叩かれる。結構な威力だったが、今回は甘んじて受け入れよう。だが、誓ってもいいが初めての酒精に渋面を浮かべた彼女を笑った訳ではないのだ。むしろ、あの時の自分の記憶と、それを見ていたであろう二人の気持ちがわかってしまい思わず嬉しくなってしまったのだ。

 

「いやいや、すまなかった美波君。君の隣にいる先輩も初めての一杯を呑んだ時に全く同じ顔をして、同じことを言っていたものだから思わず懐かしくなってしまってね。もっとも――――君の先輩は目じりに涙までうかべていたがね?」

 

 クツクツと笑う神木さんの言葉に彼女が疑わし気に視線を向けてくるがこればかりは否定のしようがない。俺の時はもっと単純にビールだったのだが、あの苦みと喉を焼く炭酸。そして、アルコール独特の風味に危うく吹き出しそうになったのを必死に飲み込んで精一杯の強がりをしぼりだしたのだ。涙の一つだって零れる。

 

 いまなら分かるが、あの時の二人もきっと自分が初めて酒を飲んだ時の事を思い出していたのだろう。

 

 平塚先生は”それこそが大人の味さ”と言っていたのが今ならば分かった気がするのだ。

 

 初めて感じるあの苦みが、失敗が、次の一口をより味わい深くさせてくれる。

 

 その苦しさを含めて初めて”酒”のもたらす”楽しみ”へとなっていくのだろう。

 

 それを理解できたことがなんだかこそばゆくも、うれしいのだから、文句と羞恥は今回はこの液体と一緒に飲み干してやろう。

 

「………そうやって失敗を流し込むためにまたお酒を飲んで、飲んだくれが出来上がるわけですね?」

 

「まったく同じことを言って俺は恩師に張り倒されたな」

 

 分かりやすく棘の生えた嫌味に肩をすくめて返した俺を神木さんはあの時の事を思い出して大きく笑った。まったくもって関りというやつを持てばよくも悪くも人は似通っていくのだから如何ともしがたい。そう思ってため息をついていると美波の機嫌も少しは戻ったのか小さく笑って答える。失敗談の恥で機嫌を良くしてくれるならば恥もかきがいがある。

 

「はてさて、今日は本当に愉快な夜だ。だが、お客様を渋い顔でかえしたとあっては私の面子に関わるのでね。今度はこちらなんてどうかな?」

 

 そういって彼女が差し出したのは”ピーチフィズ”と呼ばれる桃の香りが漂う優し気なカクテルだ。

 

「え、あ、でも、私まだ飲み切ってなくて…」

 

 差し出された甘い香りのカクテルに興味をそそられつつも、手元に残っているグラスを気にする彼女に神木さんは緩く笑いかける。

 

「飲み切ってから次へ行くのがマナー、というのもあるがね。そんなものは楽しむことの二の次さ。初めて飲むのなら苦手意識なく自由に飲んでみるといい。残った分は呑兵衛が二人もいるんだから無駄にはなるまい」

 

 そういって目配せをしてくる彼女に肩をすくめて答えて美波のもつグラスを緩く奪って呑んでしまう。

 

「せっかくだ。そうしとけよ―――もしかして、もうちょっと飲みたかったか、コレ?」

 

「えっ!?いや、その、…なんでもないです」

 

「そうか?」

 

 おれが奪って口をつけたグラスを随分と見つめていたものだからてっきりもう少し味わいたかったのかと悪い事をした気分になってしまったが、そうでもないらしいので気にせず飲むことにする。――――なんで二人そろってため息をつくんだ?

 

 なにやら釈然としないが、気を取り直したようすの彼女は改めて新しいグラスへと手を伸ばす。恐々と、それでも、甘いその香りに誘われるように唇をつけーーー

 

 

「あ、美味しい」

 

 

 そう呟いた。

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 一度、味の好みを知れば流石はプロだ。彼女が飲みやすく親しみやすい物を雑談と豆知識を交えて勧めてきてくれるのでその後は彼女も渋面を浮かべることもなく楽しい時間が流れていく。

 

 だが、楽しい時間とはえてして早く過ぎ去るもので時計を確認すれば結構にいい時間となっていた。

 

「むむ、もうそんな時間かい?…まあ、初めての機会で深酒して悪夢をみることもないだろう。惜しいけれども、今日はこの辺でお開きかな」

 

 俺が時計を確認したのを目ざとく見つけた神木さんがそうきりだしてくれたので俺もそれに苦笑して答える。美波の意識も杯を進めるごとに少しだけ緩くなってきたようだし、ここいらが切り上げ時だろう。そう思って俺が席を立とうとしたとき―――意外なところから待ったがかかった。

 

「もう一杯だけ、だめですか?」

 

 俺でも、神木さんでもなければ   

 

       それは 一人しかいない。

 

 集まった目線の先には美波が空いたグラスを握りしめて、小さく俯いている。そのさっきまでの楽し気な様子と違う彼女に思わず俺は固まってしまう。

 

「ご注文は?」

 

「”アラスカ”を、お願いします」

 

「―――――――――――かしこまりました」

 

 そう、恭しく答える神木さんに思わず声を上げてしまいそうになるが、視線でソレを遮られ座るように促される。

 

 反論も抵抗も許されぬそれに俺はなすすべなく腰を下ろすしかないが、頭の中では随分と言いたいことが渦巻く。

 

 自分の知る中ではかなりキツメの度数を誇るソレは今の美波が飲むにはあまりにきつ過ぎるはずだ。ソレを彼女が知らずに頼んでいたとしても、神木さんが応える理由が分からない。止めるべきだと煩悶する中でそれでも軽やかに銀器は手繰られ、あっという間に新緑の鮮やかなソレは彼女と俺の前に差し出される。

 

 ハーブとジン、そして仄かに芳る蜜の甘やかさ。それは、本来は、謎の緊迫した空気でなければ喜ぶべきもので。

 

「さて、私は少し外で酔いでも醒ましてこよう。お代は静君につけておくから気にしなくていい。鍵も適当に閉めておくから気が済んだら行くといい」

 

 それだけ言い残して彼女は息もつかせずに奥へと引っ込んでいってしまう。

 

 

 そして、二人だけが残された空間で儚げに揺れるランプの光だけが揺れ動く。

 

 

 そんな沈黙の中で、美波がゆっくりとグラスに口をつけ、小さく笑う。

 

「ふふ、自分が楓さんみたいな我儘を言う日が来るとは思いませんでした。”最後にもう一杯だけ~”なんて」

 

 そういっていつものように笑う彼女に、ちょっとだけ肩の力が抜けたのを感じる。そうだ、そういわれてみれば大したことではないというのに、何を自分はそんなに強張っていたのだろうか。出されたたとえの緩さに思わず笑ってしまう。

 

「頼むからお前までああなってくれるなよ?これ以上は流石に介護しきれん」

 

「あら、残念です。一回あんな風に手厚く介護されてみたかったんですけど」

 

 クスリと笑う彼女に勘弁してくれと肩を竦めて返せば彼女も楽し気に笑って返してくれる。

 

 その頬にはほんのりと赤みが差し、いつもは理性と穏やかさを湛えている瞳はアルコールのせいか少しだけ蕩けたような甘さを滲ませている。ささやくような声はいつもの芯はなく、睦言のように熱を帯びている。下品さなど微塵も感じさせぬのに、目を引き付ける何かを漂わす彼女に苦笑を漏らしてしまう。

 

 初めての酒になぜ自分なんかを、と思ったがこれは正解だったかも知れない。

 

 例えば、同学年の大学生の集まりなんかで野郎がこんなものを見せつけられたら我慢なんかしようがないだろう。勘違いをしようもないくらいのダメ人間である自分だから”やれやれ”で済むのだ。明日の朝にでも頭痛に悩む彼女にからかいがてら注意するように言っておかねばと心に刻んで、俺もグラスを手に取り口をつけた。

 

 辛くも、甘く、爽やか。

 

 だから、そんな複雑で深い味わいのせいだ。

 

 彼女の発した言葉を聞いて、複雑な表情を浮かべてしまったのは。

 

 

 

「私、貴方の事が嫌いでした」

 

 

「……そうか」

 

 

 新緑のグラスを弄ぶように揺らす彼女は、たゆとう意識のままに言葉を紡ぐ。

 

 

「やればできるくせに、やる気無さそうに振舞うのが癪に障りました」

 

 

 最初のころは随分とつっかかられた事を、思い出す。

 

 

「私が必死にメンバーをまとめようとしてるのに、簡単にソレをしちゃえるのが悔しかった」

 

 

 リーダーに選ばれ、苦悩していた彼女を思い出す。

 

 

「見返してやろうと頑張っても、相手にされないのが、屈辱でした」

 

 

 なにかと張り合われていたことを思い出す。

 

 

「私に心を開いてくれない子が、貴方には開くのが納得できませんでした」

 

 

 新メンバーが入るたびに心を砕いていたことを、知っている。

 

 

「意地悪なスタッフにどんな嫌味を言われても言い返さないのが情けなかったです」

 

 

 武内のカラスだ、犬だと罵られた時の事だろうか?

 

 

「そのくせ、私たちが悪く言われたときは引くぐらいに嫌味たらしく言い返して怖かったです」

 

 

 あれは常務にも武内さんにも怒られた。反省している。

 

 

「自分だって疲れてるくせに、疲れて眠っている子がいるとわざと道を間違えて遠回りするのがわざとらしいです」

 

 

「夜遅くまで居残りしても、絶対に残って送ってくれるのが申し訳なくて苦しかったです。ほかにも―――」

 

 

 そんな支離滅裂で形にならない彼女の言葉は脈絡もなく、こぼれるように、数えきれないほどに紡がれてゆく。

 

 そして、

 

 

「私が、困ってるときに、必ず、――― 助けに来てくれて、優しくて、お人好しで、たまに子供みたいな意地張って、馬鹿で、女たらしで、むじかくで、ほかにも、いっぱい―――、いっぱい、――――悪いところを見つけて、嫌いになろうとして、言い訳を作って、頑張って壁を作ってるのに、嫌いになれない貴方が――――――――」

 

 

 

 長い長い独白は、静かに途切れ

 

     グラスに消えた一筋の涙と共に、儚くアルコールの中へと紛れて消え――――――

 

 

 

 

    「好きなんです」

 

 

 

 

 

           てはくれなかった。

 

 

 

 

 

 紡がれぬことを願っていた最後のその一言に俺は大きくため息をつき、静かな寝息を上げる彼女の髪を緩く梳く。

 

 

 呟かれた言葉に体中に鉛のような罪悪感をもたらす。

 

 

 酒は軽やかで、気持ちよくて、心が浮き立つ楽しい時間をもたらしてくれる。だが、それは何時しか覚めるのだ。

 

 

 一時の高揚は多くを勘違いさせる。それは、彼女が俺に告げた思いとて同じことだ。

 

 

 限られた空間で、一番近くにいた異性で、特殊な思い出に一緒にいた。ソレは時間がたてばきっと勘違いだったことに気が付くだろう。だから、俺は、彼女の涙をぬぐう資格などないのだ。勘違いや思い込みの果てにどんな結末が待っているのか知っている俺がそれにこたえることがないだから。

 

 

 

 

 

 

     泡沫へと消えゆく思いになど、なにも詰め込むべきではない。

 

 

        だから、彼女の涙を見なかったことにするために俺は新緑の液体を飲み干す。

 

 

 

 

 

     揺らぐ意識の中で、このカクテルの意味を思い出した。

 

 

 

 

           ”偽りなき心”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       いまさらそんな事を思い出す自分を、昔と変わらぬ愚かなままの自分を

 

 

 

                             俺は嗤った。

 

 

 



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無垢なる薄幸少女

なんでも許せる人向けっス。

ホラーっぽい何かを目指してた……はず。

頑張って読んでくれたらうれしいっす。


あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

武内P

 

 真面目で紳士。よく逮捕される。比企谷と一緒にいると囲んでる奴だいたい警察。

 

 仕事しすぎのワーカーホリック。好物はハンバーグ。

 

 

チッヒ

 

 「鬼、悪魔、ちひろ」で有名なあの方。武内Pと八幡と同じ大学のOB。その経験を生かした魔のカリキュラムで八幡をバイト漬にした諸悪の根源。

 

 

 シンデレラプロジェクトのやべー方。

 

 

三船 美優  女  25歳

 

 中途で”デレプロ”事務として入社した女神。

 

 最近、お疲れモード。

 

―――――――――――――――――――――

 

 秋雨降りしきる9月の事だ。

 

 しとしとと降り注ぐ雨は正午だというのに光を遮り、随分と陰鬱な空気を醸し出す。そんな中でもうず高く積まれた書類を捌く手を一旦止めて俺は深く息をついて天井を仰ぎ見る。

 

 無機質な天井はいつもと何ら変わらず、俺の気分を明るくしてくれるわけでもない。

 

 だからだろうか―――こんな事を呟いてしまったのは。

 

「これ、俺の仕事ですかね。ちひろさん」

 

 無意味だと知ってても、問わずにはいられなかった。そして、雷鳴の光の先に笑顔で佇むその人の答えだって――知っていたはずなのだ。

 

「勘のいいバイトは嫌いですよ、比企谷君?」

 

 

ふっざけんな。猿でも気づくわ。

 

 

「そう、バイトなんすよ。俺は。間違っても、でっかい会場の段取りとか、ライブの報告書とか、テレビ局の出演依頼の調整とか、衣装の進捗状況確認とか、常務からのお小言とか、諸々を処理するのなんざ契約外なんすよ。つまり、これは俺の仕事じゃないはずです」

 

 理路整然と自分の主張を山となった書類を指さしながら訴える。というか、武内さんも”次のライブが決定しました。昨年、会場として使用した〇〇ドームでの開催ですので、日程の打診と前回お世話になった設備・スタッフへの見積依頼の作成をお願いいたします”とか気軽にメールで送ってきたけどふざけんな。正社員だってんなもん丸投げされたら発狂するわ。

 

「んー、契約内容は”[アイドルの送迎(スケジュール管理)]及び[簡単な事務作業(会場確保・見積作成・先方への連絡)]、[書類の整理(企画書・依頼書の作成、整理)]、[設営のお手伝い(ライブ段取り)]”ですよね?どれも、違反しているようには思えませんねー」

 

「おい、かっこの中に何を含めた蛍光緑」

 

「頭をかち割りますよ?いいですからさっさと仕事に戻ってください!その分の給料は弾んでいるつもりですし、受け取っている以上貴方に拒否権はないんです!!」

 

「開き直ってブラックも真っ青なこと言い始めたなコイツ…美優さんもおかしいと思いませんか、こんな労働状況?」

 

 この金の亡者に一人で抗っても旗色が悪いらしいので、もう一人のこの部署の社畜仲間であるおっとり系お姉さんに水を向けて救援を求めてみると、彼女は困ったように苦笑してこちらに向き直って言葉を紡ぐ。

 

「あはは…。まあ、確かにこの少人数でみんなをカバーするのは大変ですけど、これがあの子たちのためになるならやりがいはありますね。あと、―――――前の職場を人間関係とか生ぬるい原因で辞めた事を反省してます。そして、かつての同僚をこの地獄に引きずり込んでやりたくてたまりません」

 

 

「――ほら、美優さんを見習ってください!こんなに立派にやりがいを見つけて頑張ってるじゃないですか!!」

 

「後半の闇を丸ごとなかったことにしやがった、コイツ…。あー、やってらんね。ふざけんな。金はいらねーから永久休暇か辞表受け取れカネゴン」

 

 虚ろな目で”嗚呼、仁奈ちゃんまだかしら。おかーさんって呼んで欲しい…”とかブツブツ呟き始めた美優さんを尻目に俺は書類を投げ出す。実際問題、この人数のアイドルをこの少人数で対応しているほうがおかしいのだ。給与の問題ではなく物理的な問題で死ぬ。

 

ていうか、こんなんだからたまに入ってくる増員だってすぐ蒸発してしまうのだ。いい加減に労働条件の改善を訴えなければキリがない。さらに言えば、俺の単位も蒸発しっぱなしでそろそろ俺の籍すら危うい。今日ばかりは、このエビフライから譲歩を引き出さなければ。

 

「…はぁ、分かりました。”庶務・雑務”の比企谷君にふさわしい仕事を与えてあげますよ」

 

 しばらく俺を怒ったように睨んでいたちひろさんは深くため息をついて、一枚の紙を手渡してくる。

 

「……なんすか、これ?」

 

「プロフィールですよ?今日の一時に413号室に来る予定なので346の施設の案内をお願いします」

 

「なんで?」

 

「新しく武内さんにスカウトされてメンバー入りするからですよ?」

 

「…………聞いてないんですけど」

 

「メールに書いてあったでしょう?」

 

 ホントに不思議そうな顔をするちひろさんを尻目にさっき武内さんから届けられたメールに再度目を通せば、膨大な報告とやっておくことリストの中に一文だけポエミーな”新たな星の輝きに導きを”というのが紛れ込んでいるのを見つける。時たま、意味不明なポエムを混ぜてくるので今回もその系統かと思っていたのだが……そういう意味か。わかるか、んなもん。

 

「馬鹿なの?死ぬの?」

 

「まあ、今回は聞かなかったことにしておいてあげましょう」

 

 というか、仕事の軽減化を訴えたのに結局変わってねぇじゃん。というか、さらに増やしてどうすんだよ。最近、見境なさすぎでしょあの人。

 

「……マジで退職していいですか?」

 

「”写真”をばら撒かれてもいいなら。あと、次のライブを楽しみにしてた”あの子たち”の悲しみを背負う覚悟があるならばいつでもどうぞ?」

 

「…………ろくな死に方しませんよ。あんた」

 

 端的な言葉に固まった体を何とか目線だけは殺意を込めて睨み毒を吐いてみるが、その能面のような表情は微塵も揺るがずににらみ合うこと数秒。深くため息をつく。

 

「んじゃ、諦めも付いた所でよろしくお願いしますね?」

 

「…いえす、まむ」

 

 満面の笑みで送り出す彼女を、心底憎らしく想いながら俺はけだるげな体を引きずるようにして席を立つ。

 

 今日も今日とて戦績表は黒をまん丸に塗りつぶされた。

 

 これはもうあれだな、みくにゃんのファン辞めよう。

 

 どこかで”なんでにゃ!!”とか聞こえた気がする。そんな空耳を背に俺は指定された部屋へと重たい足を向けてゆく。

 

 プロフィールに書かれたそのアイドルの卵の名前は”白菊 ほたる”。

 

 彼女は、どんなトラブルをこの部署に運んでくることやら。

 

----------------------------

 

 さて、気だるげに足を進めて無駄にご立派なビル内を進んで目的地を目指しているとどうにも各所がいつもよりも騒がしい。

 

 あっちこちの部署からパソコンのデータが消えただの、急に仕事がキャンセルになっただの、謎の薬品が爆発しただの、フレデリカが失踪しただの、十時が半裸になっているだのと短い道中なはずなのだが随分とあちこちから阿鼻叫喚が聞こえてくる。

 

 大企業様のはずなのにそんなガバガバの状態なのだから世間という奴は分からないものだ。というか、後半はいつも通りの光景なのでそんな事をいまさら騒ぐとは随分と危機管理能力が足りてないな。さてはてめぇ等、にわか346社員だな?

 

 そんな体たらくに深くため息をついていると、目の前に小さな影が立っていることに気が付いた。

 

 金というよりは透き通った髪の毛に、小柄で華奢な見知った少女”白坂 小梅”。彼女は不自然なくらいに満面な笑みで俺の行く手を塞ぐようにそこに佇んでいる。

 

「あ、は、八さん。こんにちわ」

 

「おう。どうした、小梅。撮影はもう終わったのか?」

 

 確か、彼女は午前中からPV用の写真撮影で近場のスタジオにいたはずだがなぜここにいるのだろうか?早めに終わったのだとしてもそのまま直帰していいことになってるのでここに来る必要はないはずだ。そう考え、とりあえず撮影の首尾をきいてみたのだが、一瞬だけ体を強張らせた彼女は何事もなかったかのようにこちらに近づいてくる。

 

「…うん、無事に終わったよ。それでね、八さん。今日は頑張ったから、その、ご褒美が欲しいな。いまから、私と遊びに行こう、ね?」

 

 その華奢な体で俺の腰に抱き着き、甘えてくる彼女がどうにも可笑しくて笑ってしまう。抱き着かれて分かったが彼女の体はしっとりと濡れていて、この雨の中でそんな事を伝えるためだけに走ってきたことが窺えてどうにも邪険にはしずらい。その上、彼女はドッキリ以外の嘘がとても下手だ。

 

「…小梅?」

 

「う、嘘は言ってないよ。…ただちょっと、自分の順番を早めて貰いは、したけど。あう」

 

 ハンカチを取り出してちょっと乱暴めに体を拭いてやっていると彼女は観念したように白状したのでご褒美にその頭を軽くこずいてやる。ただまあ、仕事を終わらせたのは嘘ではないのだろうし、そこまで目くじら立てることでもないだろう。野暮用の後にスタッフに軽く謝っておくことを記憶しておきながら、彼女をやんわり離れるように諭すがその手は離れない。

 

「いや、”小梅の日”はまた今度な?俺まだ仕事あるし」

 

「…だめ。ね、八さん。今日くらいは大丈夫だよ?」

 

 いつになく強情な彼女の説得に面を食らってしまうが、流石に待ち合わせをしといてソレを放置して遊びに行くのはさすがにまずかろう。意外とアレはやられるとキツイのだ。待ちぼうけした次の日、”アイツマジでずっと待ってたぜ!マジで気持ちわりーよなー!!”とか大笑いしてた高津君。お前は生涯、許すことはない。そんな自分の黒歴史を紙面でしか知らない少女に味合わせるわけにもいかず、俺は苦笑しつつそのことを彼女に言い聞かせる。

 

「流石に人を待たせてるから今回はダメだ。大人しく事務所で待ってな」

 

「…っ!!その子に、会いに行っちゃだめ!!」

 

 そう言った瞬間に彼女は切羽詰まったような声を出してさらに指の力を強める。不自然な笑みの下に隠れていた謎の焦燥感もどうやらそれが原因らしく俺は思わず笑ってしまう。

 

「あー、分かった。分かったよ」

 

「ほ、ほんとに?」

 

「新しい子が増えても遊んでやるから。今日は大人しく事務所に戻っとけ」

 

「全然わかってない!!」

 

 ぐずる小梅を笑いながらそのまま歩き出す。小柄な彼女は必死に腰にしがみついて俺を引き留めようとするが、笑ってしまうくらい非力なので何の支障もなく俺は目的地に進んでいく。まあ、多感なお年頃の彼女は遊び相手の俺が新しい子に取られてしまうかもしれないと思ってこんなささやかな妨害に出たのだろう。まったく、愛い奴だ。

 

 その道中も随分と社内は騒がしく、靴紐が切れたと騒いだり。

 

 靴ひもなしタイプの俺に死角はない。

 

 黒猫が横切ったりと騒いだり。

 

 あれは雪美のペロだ。年中うろついてる。

 

 その他にも”引き出しに幼女が入って寝ていた”だの、”三十路が廊下で酔いつぶれている”だの今日はホントに騒がしい。バイオテロやビーダマンで誤射事件が起きてないだけ十分平和だろう何に騒いでいるのやら。…なんで、いま俺を見て悲鳴を上げて走り去ったんですかね?掃除のおばさん。

 

 そんなこんなで騒がしい社内を通り抜け、ようやく待ち合わせ場所にたどり着く。

 

 そろそろ小梅にも離れてほしいのだが、慣れない駄々をこねて疲れたのか随分と青い顔をして汗を流している。体力は最初のころに比べて付いたと思っていたがやはり仕事とソレは別種のものなのだろう。そんな彼女を無理に引き離すのも申し訳なくなって、そのまま入室することにした。まあ、こんな根暗な男に案内されるよりも先輩アイドルと一緒に見たほうが緊張もほぐれるだろう。

 

 震える彼女が自分を止めようとするのを笑って遮り、部屋のドアを押し開く。

 

 雨の湿気のせいか随分とまとわりつくような重苦しい空気に包まれたその部屋の奥に、その少女は、静かに座っていた。

 

 まるで、精巧な日本人形のような黒髪と白い肌。

 

 そして、そのすべてを台無しにしかねないほどに沈んだその表情。

 

 もともとアイドルだの芸能関係に詳しくも興味もない俺が言うのも憚られるが、よくスカウトされたものだと思ってしまった。というか、小梅さん、いい加減しがみつかれてる所が痛い位になってきたので緩めちゃもらえませんかね?

 

 まあ、その辺に関してはボスである武内さんが決めることだ。あの人たらしの直感は今のところ外れたことはないし、魚の腐ったような眼をした俺がとやかく言うことでもないだろう。とりあえず、いま俺がすべきことは―――。

 

「あー、随分と湿気てるな。すまん、除湿に切り替えてから事務説明に入ってもいいか?」

 

「あ、はい、…すみません」

 

 エアコンの除湿を最大に設定してから彼女の前に座りなおす。除湿に設定したのに随分と冷たい風が吹いてくるのが気になるがまああと十分もいない部屋でそこまでこだわることもないだろう。改めて、彼女用の資料を広げて見てみるがその履歴は結構なものだ。今はなくなった所も多いようだが、錚々たる大手事務所から中堅までを渡り歩いているので未経験者というわけでもないらしい。説明が楽で非常に助かる。

 

「武内さんから聞いてるだろうけど”デレプロ”の比企谷だ。今日は簡単な説明と施設案内だな。分からないことがあれば随時聞いてくれ。あとは、まあ、そのままウチに入ってもらえるなら飲み会好きが歓迎会勝手に開くだろうからメンバーとの顔合わせは改めてその時だな。あとは――「あ、あのっ!!」

 

 唐突に遮られたその声の勢いに思わず言葉を呑んでしまった。

 

 そのまま視線を書類から彼女のほうに向けてみるが、彼女は歯切れ悪く俯くばかりで一向に言葉が出てこない。首を傾げて様子を伺っていると彼女はうつむいたまま言葉を絞り出す。

 

「…私、”白菊 ほたる”です。それでも、本当に―――大丈夫ですか?」

 

 絞り出すように問われたその言葉の意味が全く分からず傾げた首がさらに傾げてしまう。このままじゃ動物園の梟よろしく一回転しかねない勢いだ。自己紹介の機会がなかったのは確かにこっちの落ち度だが”大丈夫”と聞かれるのは何に対してなのか。”私にそんな態度取ってるなんてなめてるの?”的な意味だったら二代目時子様になっちゃうんだけどそれこそ彼女的に大丈夫なのだろうか?

 

「あー、すまん。よく分からんが―――いい名前だと思う。芸名が必要だとも思わないし、ウチではあんまいないけど希望があるなら……って、どうした?」

 

「い、いえ、ご、ごめんなさい。ふ、ふふふ、芸能関係の人で私の名前を聞いてそんな反応されたの初めてで」

 

 必死に絞り出したそれっぽい回答はどうやら大外れだったようで、陰鬱な顔をほころばして彼女はこらえる様に笑いをこぼしていく。どうにも笑われているのは釈然としないが、その笑顔を見てウチのボスの美少女センサーに感服してしまった。なるほど、これだけ可愛らしければ職質も恐れずスカウトもしたくなるだろう。

 

「いえ、すみませんでした。こんな私でもよければよろしくお願いいたします。”比企谷”さん」

 

 笑いすぎて目じりに溜まった涙をぬぐって、彼女は手を差し出してくる。どうにも笑ったり落ち込んだりと忙しい娘ではあるが、根が悪いわけでは無さそうなのでこちらも手をつかもうと伸ばし―――――震える小梅によって遮られた。

 

 

「八さん、そ、その子に関わっちゃダメ。その子は………なんで生きてられるのか分らないくらい、好かれちゃってる」

 

―――――――――――――――

 

 その言葉を発したであろう隣にいる彼女に目を向ければ、その顔は今まで見た事がないほどに真っ青に染まり、呼吸すらままならない程にその体を震わせている。その尋常ではない様子に一瞬息を呑みつつも、そっとその背中を落ち着くことを促すようにさすってやれば若干だけ呼吸を落ち着けた小梅は見た事もないほどに敵意のこもった意思を乗せて目の前の少女を睨みつける。

 

「ち、近づかないで。それ以上、この人に近寄るなら……本気で許さない」

 

 いや、正確には、目の前の少女の背面を。

 

 何もないはずの虚空に向かって彼女はその金色に爛々と輝く瞳と聞いたこともないほど低い声で言葉を発する。

 

 その迫力に、思わず俺すらも息を呑んでしまう。

 

 彼女には自分には踏み込めない領域があることは長い付き合いで嫌という程に思い知らされている。そんな彼女がここまで牙を剥かねばならない事態だとはさすがの俺でも理解ができる。

 

 だが、それでも―――――目の前の少女がようやく綻ばした表情を再び影らすにはちょっとだけ納得が足りない。

 

「新人を怖がらせてどうする、阿呆」

 

「あぐぅ」

 

 文字通り牙を剥いて喉を鳴らす彼女の頭をちょっと乱暴に撫でてやっていつもの緩い空気に戻った彼女を軽く笑ってやって重く澱んだ空気を散らす。そうして、最初と同じように深く俯く”白菊 ほたる”に問いかける。隣で唸り声を再び鳴らす小梅はこの際、後に置かせて頂く。

 

「すまんな。御覧のとおり、小梅はよくわからんモンに敏感だ。―――で、こういう事はよくあるのか?」

 

「…………そうですね。視えるという分類の方は大体にたような反応です」

 

「そうかい。神社のお祓いなんかは?」

 

「大本山の最高位の御坊に即身仏になって丁重に祀る、と言われてから諦めました」

 

「そりゃ賢い判断だな。美少女のミイラならみんな喜んでお布施を持ってくるだろうからな。体のいい見世物にされるところだ」

 

 俺の皮肉気な軽口に自嘲気味だった彼女はようやくその固く引き結んだ口角が緩んだのに俺も苦笑で答えると彼女は深くため息をついて席を立つ。

 

「今回のスカウト、ありがとうございました。最後の足掻きと思って来てみたのですが………同じ過ちを繰り返す前に目が覚めてよかったです。御覧の通り、私の経歴に書いてるプロダクション、大体が私が入ってからつぶれてるんです。だから、同じことを繰り返さずに済んで、よかったです」

 

 

 

「……まだ、事務説明は終わってないぞ?」

 

 

 

「「っ!!」」

 

 そう消える様に呟いて部屋を去ろうとする彼女を何てこと無いように引き留めた俺の声に二つの息を呑む声が部屋に木霊する。一つはかすかな希望と何かを必死に堪える気配。もう一つは縋るように俺の腕を握って考え直すように促すもの。片方の責めるような視線が随分と痛いがまあ、業務内容に関するものではないので今回は脇に置かせて頂く。

 

 それに、どうにもこいつ等は勘違いをしているらしい。

 

 それを教えてやるまでは結論を出して貰っては困るのだ。

 

 誤解は、解が出てしまっている。だから、問い直さねばならない。

 

 そのうえで、彼女がどうするかは彼女の判断だ。そこまでくらいのお節介は許されるだろう。

 

「まず、アイドルのスカウトはウチのボスの領分だ。小梅や俺が騒いだ所で裁量権はない。そんで、これが一番肝心なところだがな――――古今東西、お化けが憑いてるからって理由で面接を落とされるなんて事があってたまるか馬鹿」

 

 当たり前すぎる前提。だが、そんな事すら怒りを覚えることを忘れるくらい不幸なことや厄介事に慣れてしまったのだろう彼女はこの言葉を聞いてなにを思うだろうか?

 

 普通の人間が”貴方、お化けが憑いてますから不合格”なんて言われてみろ。普通は怒り狂って訴訟もんだ。それは日本国民すべてに認められた権利で、例外はありはしない。まずはそのことを思い出してじっくり彼女は考えるべきだ。そんな事を思って当たり前すぎることを改めて口にしたことが随分と間抜けに感じて照れ隠しに体を伸ばして彼女を伺う。

 

「……そんなこと、言われたの初めて、です」

 

「そりゃ随分と不幸な人生だな。だが、いっておくが、”不幸少女”程度のキャラずけじゃウチじゃすぐ埋もれるぞ?世界一可愛いを連呼しながらバンジーに飛び込む馬鹿や、週刊誌に泥酔シーンすっぱ抜かれて常務にぶん殴られるアイドルなんざ吐いて捨てる程にいる事務所だ。そんじょそこらの変態・色物程度で売り出せるだなんて安い事務所じゃなくてな?」

 

「ふふ、なんでそこで胸を張っちゃうんですか?」

 

 ようやく笑った彼女に肩をすくめて答えるが、そんなバカげた事すら誰も指摘しなかったのだろうから彼女の不幸も相当だ。こっちとしては如何ともしがたい。だが、そんな些事に構ってもいられないくらいこっちも毎日がてんやわんやだ。そんな日常に”ちょっとツイテない”(や、この場合は”憑いてる”か?)アイドルが混じった所でいちいち気に留めてもいられない。そう笑いかけると彼女はようやく年相応に笑って答えてくれる。

 

 プロフィールで見た年齢は13歳。整った容姿と落ち着いた雰囲気に忘れそうになるがこれくらいの年齢にはこれくらい何も考えずに笑うくらいが丁度いい。そう思って笑う彼女を席に着くように促そうと思って口を開きかけると唐突に入り口のドアが勢いよく開かれる。

 

 あまりに勢いよく開かれたその扉に室内の視線が引き寄せられ、その先にいるのは小柄な体躯をあざやかな着物に包み込んだ少女が佇んでいる。あまりの勢いに唖然としている俺たちをものともせずツカツカと室内に踏み込んでくる少女の名は”依田 芳乃”。彼女はわき目も振らずにまっすぐに白菊の方へ進んでいき、目に見えない何かをいつの間にか手に持った玉串で払ってかくやぶつかるかと思うほどの距離で急停止し、彼女を上から下まで微動だにしない表情で眺めまわす。

 

 あまりの事に、部屋のだれもが言葉を紡ぐことができない程に緊迫した空気が流れ、彼女が小さく呟くように問いかける。

 

「其の名は?」

 

「し、白菊 ほたる、と言います」

 

「名づけは?」

 

「そ、祖母がつけてくれた、と」

 

「…山名はなんと申す?」

 

「…山名?」

 

「…よい。その首飾りは何処で手に入れた?」

 

「あ、これはおばあちゃんの形見で…」

 

「……その祖母は、ぬしが生まれる前に亡くなっておろう?どうやって受け取った?」

 

「…え?………あれ、だって、おばあちゃんが亡くなるときに手渡して   あれ?  手放すなって…  言われ、て」

 

「………………よい。大体わかった」

 

 緊迫した問答の末に頭を抱える白菊に深くため息をついた芳乃が、見た事もないほどにうんざりした顔を浮かべながらこちらへいつもに近い気の抜けた声をかけてくる。

 

「此の君よ~。この娘の問題は深く根付いております。神代に近しき奇跡の巫女の素質ではありますが………随分とうまくやられておるようで―。まあ、山の名も付けづに真名でこの世にいられるほうが救いではありましょう。ですが、関わらぬが吉でありますれば―。如何いたしましょう?」

 

「……………お前のソレは何をさしているかによるな」

 

「一思いに神代に送るか、苦渋の現世にとどめるかでありましてー」

 

 ……………なるほど、分からん。

 

 分からんが真剣にナンカを問いかけているのは分かるし、明らかに物騒なワードが入っていることくらいしか理解できない俺が答えられることなぞたかが知れている。

 

「穏便になんとかしとてくれ」

 

「此の君の言うことは何時の世でも残酷で、無理難題ばかりでありますればー」

 

「駄目そうか?」

 

「それが此の君の願いとありますればー」

 

 内容もよく分からんままに投げやりに丸投げした俺に彼女は困ったように苦笑を返して、力強くうなずいて返してくれる。

 

 困ったことにある小説によれば簡単に人を頼っている俺は昔に比べれば随分と人間強度が下がっている状態らしい。だが、それでも。頼った先に裏切られ、欺かれ、期待に背かれても、それをしょうがないと笑って済ませられるくらいには柔くなっている。だから、最近は自分に届かない事は届く誰かに頼むことにしている。

 

 進化か、退化か―――意見は分かれそうなものだけど。

 

 そう独白して苦笑する俺を横目に芳乃は巾着の中から携帯を取り出してどこかに通話をかける。

 

「あ、茄子殿~。今日はお暇でしてー?」

 

『……………………きょうの鷹富士は、久々の休暇で二度寝上等のためお電話にでられません。日を改めて「ほー、そうですかー。此の君と遊びに行くのでお誘いしましたが忙しいのでは仕方がありません」あ、間違えました!!今日はちょうど出掛けたくて仕方がなかったんです!!あー、ほんとに丁度いいですね!!いまからマッハで行きます!!マッハで!!!』ッブ!!

 

「…そういう現金なところは嫌いでもありませんが、同じ素質を持ちながらここまで違うというのも不思議なのでしてー。」

 

 そう呟いて携帯を巾着にしまう彼女に思わず俺は問わずにいられない。

 

「――――えっ、いつの間に俺はお前らと遊びに行くことになってんの?」

 

「此の君が言い出したことでありましてー。ちなみに、今日は此の君のおごりであるのでしてー」

 

    早速だが、前言撤回だ。

 

 

  他人を無計画に頼るとこんな目に合う。

 

 

 これが今日俺が得た、貴重な教訓だ。

 

 

――――――――――――――

 

 

ほたる「はわわわ!!もうそれ以上は駄目です!!もう、あふれちゃう!!」

 

莉嘉「へへー、そんな事いってられるのも今のうちだよー。これが病みつきになっちゃうんだから!!」

 

みりあ「うわぁ、莉嘉ちゃん初めての子にそんな激しく行っちゃだめだよー、ふふ」

 

芳乃「いやだと言いつつも体は正直なのでしてー」

 

茄子「うふふ、精一杯広げてもこの大きさなんだからかわいいですねぇ。でも、最初は苦しくても味わう様にくわえちゃえば二度目からは自分からもっと大きく行っちゃうんですから観念してください」

 

 顔を真っ赤にする無垢な少女を囲むようにして経験済みの女たちはパンパンに張りつめた肉棒を突きつけ、その小さく可憐な穴の前で淫靡にゆする。少女”白菊 ほたる”は羞恥とこれから自分がすることへの罪悪感からか必死に目を逸らそうとするが、漂う強烈な匂いに体の奥から湧き上がる欲望が意思に反して目で追ってしまう。そんな葛藤を抱える彼女をあざ笑うかのように豪快にかけられた液体が持っていた手に滴り、それを美味しそうに舐めとった莉嘉に彼女は信じられないモノを見たかのように目を見張る。

 

 何かを口にしかけた彼女は、恍惚の表情でそれをしゃぶるその仕草に魅入られて恐る恐るといった感じに突きつけられた一物を見つめる。そして、ついには――――湧き上がる欲望に屈し、堕落にまみれたその肉棒を、自ら、くわえ込んだ。

 

 それをいやらし気に眺めていた乙女たちも、それぞれが確保していた肉棒にかぶりつき、数舜。

 

 

「「「「「「おいっしぃぃぃ!!!!!」」」」

 

 

 晴天の公園中に響き渡る華やかで、姦しい絶叫が耳をつんざいた。

 

 雨露が緑を輝かせ、ちょっと寒さを感じる気温は手に持つホットドックの温かさを示すかのように湯気を立たせてより魅力的に食欲を刺激する。

 

 店主ご自慢の特製ケチャップとマスタードはこれでもかという程に莉嘉にかけられたせいで指に滴りそうになるので零れてしまう前に豪快にかぶりつけば、はじけるソーセージの肉汁とソースがはじける様に口の中で暴れまわり、最高の快感を俺に与えて思わずすぐに飲み込んで次の一口へと誘っていく。

 

 どうやらソレは誰もが同じようで、アイドルという肩書をもつ彼女たちだって例外ではない。

 

 口の周りにソースが付くのも気にせずに齧り付き、ご満悦のご様子で大きめであろうホットドックをほおばりつつもお互いのそんな様子を笑いあって随分と楽しげだ。そんな様子を見ていれば肩に入っていた力だって抜けてしまう。姦しい彼女たちを見て小さくため息をついてしまう。

 

 あれからホントにすぐに会社にやってきた茄子が合流し、たまたま仕事が開いて廊下でブラブラしていたみりあや莉嘉も合流して本当に遊びにつれていかされることになった。

 

 そこから何をするかとなったのだが、どうにも白菊の話を聞けば”遊び”という物に随分と縁遠い生活――というより、ほんとに何時代から来たのかと思ってしまう程に規則正しい生活を送っていたらしい彼女へ手始めに”買い食い”という物から体験させてやることにした。

 

 天気も茄子が来てから丁度よく晴れ間が覗いていたので、会社からほど近くに公園にあるホットドックの屋台に連れて行くことにしたのだ。これまた運のいいことに店じまいの途中だった店主がこれでもかとサービスしてくれたおかげでデカめのホットドックにかぶりつけている訳だ。

 

ほたる「ううう、こんなのおばあちゃんに見られたらおこられちゃいます…」

 

莉嘉「アハハハ、大丈夫だって!バレたら皆で謝りに行こうよ!!それでも駄目だったら、ハチ君のせいにしてみんなでにげちゃおう!!」

 

みりあ「あー、また莉嘉ちゃんそんな事いってる!!美嘉ちゃんに言いつけちゃうよ?」

 

莉嘉「ちょ、それはやばいって!!」

 

 二人のそんなじゃれ合いに困惑したように俯いていた白菊も思わずといった風に笑って口元を抑えて笑っている。そんな様子で和やかな雰囲気を眺めながら苦笑しつつ細巻きに火をつけて、不機嫌そうに自分の後ろに引っ付いている小梅に声をかける。

 

ハチ「ほら見ろ小梅。お化けが憑いてようが、不幸だろうが別に困ることなんざないだろ?」

 

小梅「…………」

 

 沈黙を貫いてホットドックを小さく咀嚼する彼女に肩をすくめて口元をハンカチで拭ってやると彼女は不機嫌そうにしつつも嬉しそうに目じりがピクピクしているのでその様子に笑ってしまう。

 

茄子「んーーーーー」

 

ハチ「………なんだ?」

 

茄子「んーーーーーーっ!!」

 

 ソースでべたべたに汚れた口元を突き出してタコみたいな変顔をしている鷹冨士が何かを唸っているが、正直まったく意図が分からない。何してんのこの人。あと正直、いい歳した美人が口元ケチャップだらけとかいままで何を学んで生きてきたのかといつめたくレベル。

 

 妖怪タコ女に思わず冷たい目を向けていると、袖が緩く引かれるのでそちらに目を向ければ芳乃が口元を指さしている。

 

芳乃「此の君ー。口元が汚れてしまいましたー。拭くものをかしてくだされー」

 

ハチ「へいへい、今拭いてやるからジッとしてろよ。―――おし、いいぞ」

 

茄子「扱いが違いすぎません!?ひどいです!!私にも”しょうがない奴だなぁ、ほら動くなよ特別に唇で拭ってやるよ”―――みたいなリップサービスがあってもいいと思います!!唇で拭うだけに!!」

 

ハチ「……発想がきもいし、昼間の公園でなにいってんだお前」

 

 なにやら激昂して掴みかかってくるソースまみれの茄子の手を華麗に捌きながら、距離をとる。フツーに汚いし、発想もドン引きだ。そんな風に間合いを詰めさせまいとにらみ合う俺の袖がもう一度引かれるが今は構ってやれそうにないのでそっけなく対応する。

 

芳乃「此の君ー。お伝えすることがー」

 

ハチ「なんだ、歌舞伎揚げなら今日はないぞ?」

 

芳乃「あちらから常務の気配をかんじまするー」

 

 

「「「「げっ!!?」」」

 

 

ほたる「?」

 

 一人可愛らしく首を傾げる白菊以外の行動は実に迅速だった。出たゴミを手早くまとめてゴミ箱に投げ捨て、置いてあったバックや荷物をまとめ素早く撤収を開始。だが、呆けた白菊の手を引いて走り出す前に無情にも体の底を震わす冷ややかな声が耳朶を叩いた。

 

常務「ほう、会社が未曾有の厄介ごとでごたついている時に呑気にサボっている程に余裕があるとは敬服に値するな。そんなに手が空いてるなら―――って、貴様らぁっ!!!」

 

 

「「「「お疲れさまっでした!!新入生教育の途中なので失礼しまっす!!(全力疾走」」」」

 

ほたる「え!に、逃げちゃっていいんですか!?え、えらい人なんですよね!!」

 

みりあ「それは違うよ、ほたるちゃん!!怒られることが確定しているなら今を全力で楽しむの!!怒られるのはきっとおもい切り遊んだ後でも遅くはないんだよ!!だから、これは戦略的撤退だよ!!」

 

莉嘉「さらに言えばあのオバさん、機嫌でお説教の長さと厭味ったらしさが変わるから機嫌がいい時にしおらしく謝りに行くとちょろいからすぐ終わるよ!!」

 

ほたる「え、えぇぇぇぇ………」

 

小梅「あ、常務こけた。大丈夫かな?」

 

 涙目で”後で覚えてろ!!”とか”なんで今日はこんなついてないんだ!!”とか喚いている声が聞こえるがピンヒールで全力疾走しようとすりゃそりゃ折れるし、こけた件については同情はできない。それよりも純情だったみりあや莉嘉がいつの間にか強かになっていることに胸が痛む。誰だあんなくそみたいな理屈をふきこんだのは。と、憤っていると全部おれが教え込んでいた事を思い出してしまった。何たることだ。

 

 この後、かかりまくってくるであろう鬼電に備えて携帯の電源を切って俺はアイドルの成長を嘆きつつ走る。

 

 今日は随分と騒がしい。

 

―――――――――――――

 

 

ほたる「……ここですっ!!」

 

 呼吸を詰めて真剣に目を凝らした彼女が目を見開き、裂帛の気合を込めてその手を振るう。

 

 その彼女の意思を受けた無感情な機械仕掛けの腕はゆっくりと振り下ろされ―――見事にかすりもせずに空を切った。

 

ほたる「あぁ…今度こそ行けたと思ったんですけど……」

 

ハチ「いや、かすりもしてねえんだけど……」

 

 賑やかな騒音の中で真四角の躯体”UFOキャッチャー”の前で何度目かもわからない肩を落とし呟く彼女に、こっちも憮然と返すしかない。なにせさっきから10回以上もチャレンジしてかすりもしないし、それが俺の財布から出費されているのだからこうもなろうという物だ。最初は周りで応援していたり、一緒に落胆していた他の奴らも5回目あたりから目の無さを悟って思い思いのゲームに向かって散っていってしまった。子供って残酷である。なんなら俺も去ろうとしたのだが”こ、今月はお小遣いに余裕がなくて…”と涙目で袖を引っ張られるのだから渋々現状に至る。

 

 全力疾走で常務から戦略的撤退を成功させた俺たちは息を整えていた場所で白菊が物珍し気に指さしたゲームセンターへとなだれ込んでからこのありさまだ。

 

 何が気に入ったのか分からないが変な顔をした熊のストラップに一目ぼれした彼女は俺に”借金”という名の駄々をこねてまでここにへばり付いている。難易度だってさして高い物でもなく、設定も引っかかればとれるくらいに甘いようなのでここまで壊滅的に取れないという事はもはや不幸うんぬん以前の素質の問題だろう。

 

「も、もう一回お願いします!!っていたぁ!!?」

 

「これ以上は金の無駄だ、ポンコツ少女」

 

「ぽ、ぽんこつっ!?」

 

 頭をひっぱたかれた彼女はひどく心外そうな顔をして涙目で俺を睨んで噛みついてくる。

 

「い、いきなり叩くなんてひどいです!!それと、私はポンコツなんかじゃありません!!すっごく意地悪なこの遊具が悪いんです!!」

 

 まるで癇癪を起した子供みたいな彼女の仕草がおかしくて思わず笑ってしまうと、さらに激昂した彼女が頬を膨らましてそっぽ向くと今度こそ笑ってしまう。―――最初のお澄まし顔はどこへやら、ずいぶんと年相応な顔もできるじゃないか。

 

「馬鹿いえ。この機体だったら300円くらいで取れるようになってんだよ。貸してみろ」

 

 むくれる彼女を脇に寄せて100円玉を機体に放り込むと気の抜けるBGMと電飾が流れる中で、彼女の狙っていた不細工な熊に狙いをつけて操作していく。 

 

 閉じていく爪に熊が引っ掛かり一瞬だけ浮くが滑り落ちていく。

 

「ほら!!難しいんですよ、これ!!」

 

「300円つったろーが。黙ってみてろ」

 

 ドヤ顔で勝ち誇る彼女にため息交じりに答えてもう一枚放り込む。

 

 思った通り、随分と緩い設定の様なので上手くいけば恥をかかずに済みそうではある。―――しかし、美少女でもドヤ顔ってムカつくもんなんだな。とか思ってみたが、わりかし周子をどついてるのはドヤ顔してる時だったことを思い出していまさらな発見だった。

 

 そんなどうでもいい事を考えつつ、微調整したアームが熊をがっちり掴んで持ち上げた。

 

「あぁっ!?――――ふぅ」

 

「……君、この熊を取りたいんですよね?」

 

 掴んでいたアームが制動の振動で揺れ、熊があと一歩の所で滑り落ちていくのを見て安堵の息を漏らす彼女に思わず突っ込んでしまう。もはや、どっちかってゆーと俺をこき下ろすほうが主目的になりつつある彼女に思わず笑ってしまう。だが、残念ながらこの程度なら裏技を使うまでもなく――――余裕だ。

 

「ぐぬぬぬーーー」

 

 三枚目で軽くつついてホールに落とした熊を彼女に放り投げると、嬉しそうで悔しそうな随分と複雑な顔をして唸る彼女に肩を竦めて苦笑していると店の奥が随分騒がしくなっていることに気が付き、そっちに目を向ければコインがぎっしり詰まったケースをカート山盛りで押してくるあいつ等がこっちに戻ってくるところだった。

 

茄子「ちっ、サービスのなってない湿気た店ですねぇ…」

 

莉嘉「いやー、私が店長でも追い出すと思うなー?」

 

芳乃「過ぎたるはなんとらでございましてー」

 

小梅「カート、重いぃ…」

 

みりあ「あ、ハチくーん。茄子ちゃんがスロットで大勝しすぎちゃって出入り禁止になったから次いこー?」

 

 ぶっちゃけ、超関わりたくない集団だ。というか、後ろの店長泣いてるぞ。

 

 そんな嫌そうなオーラ全開をおもんばかってくれるわけもなく、彼女たちが合流して次の場所を相談し始める。人の金だと思って随分楽しげなのが腹立たしいが、勝手に決めてくれる分には気楽なので黙っておくことにする。そうこうしていると、小梅が怪訝そうに白菊の背後の虚空を睨み小さく呟く。

 

「…さっきより、弱ってる?」

 

 不思議そうに紡がれた言葉に芳乃が景品の飴を舐めつつ興味なさげに答える。

 

「茄子殿や私の気にあてられているのもそうでしょが、何より必死に”呪”で純白に保ってきた依り代が俗によって汚されているのですからあちらは憤懣やるかたないでしょう。よい傾向でしてー」

 

 見えない何かを語る二人の中二っぽいワードの羅列にこっちはさらに首を傾げるしかないが、まあ、焦ったようすもないのでべつにきにする必要もないのだろうと意識を相談している少女たちに戻せば、意外な所から声が上がっていた。

 

「あ、あのっ、私、行きたいところがあるんです!!」

 

 手に入れた熊の人形をだきしめ何かを決意したような白菊が、力強く次の目的地を告げる。

 

――――――――――――――

 

 さてはて、ところ巡って鼻息荒い彼女の先導に付き従ってたどり着いたのは何処にでもあるようなカラオケ屋。

 

 それどころが、入店の際に何度も人数を多く数え間違える店員を雇っている分少しだけマイナス評価だ。”あの人、私が一人で来ても毎回数え間違えるんです”と笑って話す白菊となぜか唸る小梅でひと悶着あったが室内に入ればまあ、彼女のお気に入りになるのも分かるくらい設備が充実している。まあ、個人的には思ったより安く済んで一安心だ。

 

 いそいそと全員分のクッションやリモコンを準備する彼女の様は我が家の如しで、さっきの一人カラオケ発言からなんだか彼女の”友達いないんじゃないか説”が濃厚になってきたので余計な心配までしてしまう。そんな余計な心配をしているウチに準備が整ったことに満足いったのか彼女は小さく頷いて、マイクを手に取る。

 

「えっと、その、急な我儘に付き合って貰って、すみません…。でも、私だって鳥取の女です。ポンコツ扱いを受けて黙って引き下がるわけには――――行かないんです!!」

 

 そんななぞの啖呵を切る彼女に訳も分からないだろうにやんややんやと声援を送る少女たち+α。楽しそうで何よりである。

 

 自分で始めといてちょっと照れる彼女の後ろから伴奏が大音量で流れ始める。

 

 そして、気弱で自信なさげな表情が――――瞳が一変する。

 

 細く、頼りなげな声が――――力強く、生まれ変わる。

 

 澄み切っていながらも心を震わせる、昂ぶりをもたらす。

 

 ”境界の彼方”へとすら導くその歌に、誰もが息を呑んだ。

 

 それこそが、彼女の本質であるとどんな自己紹介よりも深く知らしめる。

 

 これは、確かに彼女に謝らなければならないだろう。彼女は”ポンコツ”と呼ぶにはあまりに輝く原石でありすぎる。だが、それ以上に()()()()()()()()()不幸少女であることを認めねばならない。

 

 伴奏が終わり、彼女の伸びやかな声が静に消えて紅潮した頬と荒くなった息、そして、ちょっとだけ誇らしげな雰囲気だけが部屋を満たす。

 

 そんな中、二人分の乾いた拍手が、響く。

 

「すっごいねー!こんなに歌が上手いなんて!!」

 

「ほんとにね!こんなの最初に歌われたら緊張してきちゃったー!!」

 

 莉嘉とみりあの無邪気な声が響き、顔は満面の笑みで新人の実力を讃えている。だが、それでも、瞼の奥の瞳は獣のようにギラつき、無邪気な声はあまりに白々しい響きを隠せてはいなさすぎた。そんな二人の白々しい会話は途切れることなく続き、ほかのメンバーはこの先の何度も見た結末に静かに冥福を祈って口をつぐむ。

 

 謎の緊迫感の中、白菊だけが戸惑ったように立ち尽くす。

 

 そんな中でも無邪気な声に交じって、莉嘉が手繰っていたリモコンの送信音が響いた。

 

「あー、あー、あー、…私たちもまけてられないね?」

 

「うん、最初が肝心だってハチ君に習ったしね?」

 

 ステージの上に立つ白菊を追いやるように上った彼女たちは―――満面の笑みで、うなずき合い。

 

 言葉を発した。

 

「「なめんなよ、新人?」」

 

 爆音で流れる伴奏。流れる様に決まった中指を立てたそのポージング。

 

 そこから完全なハーモニーで歌われる歌と振り付け。

 

 揺らめく炎のように輝く金と赤銅色の瞳。

 

 圧倒的な実力差を見せつけるその完成度に、白菊は茫然とする他なくなってしまう。

 

 笑顔あふれる二人のライブはまさに”ジョイフル”を体現したかのような完成度なのだが、こっちは額に手を当て頭痛をこらえるのに精いっぱいだ。基本的に純真で人畜無害なこの二人だが才能と闘争心が異常なほど溢れているせいか、才能のある同年代が入ると時たまこういう事をやらかす。これがこの二人以外だったら平和に称賛をうけるだけで済んでいたのだろうが、たまたま偶然会って、たまたまカラオケに来てしまうとは本当に彼女は運が悪い。

 

 だがまあ、この二人が本気で潰しに掛かるくらいには認められたということでもあるし、遅かれ早かれ受けていた洗礼ではあるのだろう。新人教育としての本分はこれで大体全うした感はある。

 

 

 ”不幸少女”なんてすぐ埋もれるほどゲテモノがそろった事務所ではあるが、それ以上の輝きがあるからこそ彼女たちはあそこに立ち続けているのだ。

 

 茫然と立ち尽くす彼女がここで潰れないことを祈って俺はため息を深くついた。

 

―――――――――――――――――

 

 

「うう、調子にのってすみませんでした…。”運がわるいだけで実力なら誰にも負けない”とか内心思ってるからいつまでも私はポンコツなんです。私なんて鳥取砂丘にでも大人しく埋まっていればよかったんですぅ…」

 

 さっきまでのドヤ顔は何処へやら、完全に自信を叩き潰された白菊は俺ですら分かるような澱んだ空気の中で壁にのの字を書き続けるオブジェへとなってしまっている。彼女をこんな風にした元凶どもは茄子が歌うまんまるお腹の半魚人の歌に無邪気に合いの手を入れてたりする。……自分達がクラッシュした新人に関してはまったく悪びれた様子もないのがマジで恐ろしい。

 

 一体だれが彼女たちをこんな化け物にしちまったんだ、ベニー…。

 

 そんな風にいつまでもたそがれている訳にもいかないので、なんとか言葉をしぼり出そうと頭をひねるがここでさらりと慰めの言葉が出てくるようならこちとらぼっちをやってないのである。―――なので、でてきたのはありきたりな言葉だ。

 

「あー、その、まあ、上級者向けを一発目でひきあてるとか逆にすごいな。”不幸”の看板に偽りはなかった、ぞ?」

 

「うぅーーーーーーっ!!?」

 

 おかしいな。慰めるつもりが煽るような感じになったせいで、さらに心を閉ざしてしまったようだ。やっぱりなれない事なんてするもんじゃない。仕方ないので、なじみのあるいつもの手法に切り替えさせて頂こう。

 

「…まあ、これで折れるようなら今のうちにしっぽ巻いて逃げといた方が利口だな」

 

 小馬鹿にしたように、あきれたように息をつきながら小さく、本当に小さく呟く。

 

 貝のように膝を抱えて動かなかった彼女の肩がわずかに動くのを見逃したりなどは――しない。

 

「大手だったていう他のプロダクションでの実績てのも怪しいもんだ。この程度でデビューさせるなら馬脚を現す前に早々につぶれて良かったかもな?逆に運がいい―――――「あの人たちを悪くいうのは止めてください!!」

 

 いままでの声の中で、もっとも力強い声がカラオケ内に響き渡る。

 

 息を荒げて、瞳に明確な怒りの炎を宿したその声はさっきの小綺麗な歌声よりもずっと、芯に響き渡る。

 

「私に、空っぽだった私に、夢を持たせてくれたあの人たちを、悪く言うのだけは――やめてください」

 

 ただ、内気な彼女がその激情を恥じ入るように尻すぼみに小さくなっていく様子に俺は小さく苦笑を漏らし素直に言葉を紡ぐ。

 

「――なら、ちょっと叩き潰されたくらいでへこむな。その選択が間違いじゃなかった事はせいぜい自分で証明してくれ」

 

 その言葉に彼女は、悔し気に、それでも明確な敵意とも呼べる光を持って睨み返す。ここでやっていくならば、実にいい傾向だ。そう思ってこちらも口の端をひきあげて不敵に応えてやって視線を交錯させていると、涼やかな鈴の音がそれをさえぎる。

 

「ほー、あれだけ薄弱な自我をこんな短時間でここまで情動を引き起こさせるとは見事でありますればー。白く無垢なる依り代は俗世に触れつながりを持ちー、欲という願いの感情を宿し―、情動によって我を自覚しましたー」

 

 詠をよみあげるような芳乃の声は、鈴の音と相まって不可思議な緊迫感を齎す。

 

 誰もがそれに引き付けられるように自然と彼女を見つめる。

 

 その中で、鈴の音をさえぎるかのごとく耳障りなハウリングが唐突に鼓膜を突き刺すように鳴り響く。耐えかねた莉嘉が音響の電源を消してもその音は鳴りやむことなく、さらに音量をあげていく。

 

「神代の巫女よー。そなたの首飾りは祖母の形見ではないのではー?もう一度、思い返すがよいー」

 

「な、なにを、いってるんですか?だって、これはたしかに―――――あれ?」

 

 芳乃の問答をかき消すかのように大きくなる雑音はいよいよ頭が割れそうなほどになり、鈴の音はそれに抗うかのようにさらにはげしくなってゆく。

 

「そちが多くを言い含められた”祖母”とは、どんな顔であった?」

 

「ーーえっ?それは、  あれ?    なんで、顔がおもいだせ    なんで、顔が    ないの?」

 

「遺影の祖母と そちを縛るかのように”しつけた”祖母は      違ったであろう?」

 

「うそ、だって、毎日、毎日、  私を叱ってたのは ―――――――だれ、なの?」

 

「お、おいっ、白菊―――っ!!」

 

 頭を抱え、自らに問い続ける白菊ははっきり言ってまともな状態とは言い難い。さすがに見かねて頭痛がする頭を押さえつつ彼女に駆け寄ろうとしたが、はじける様に割れたカップにその気勢は遮られてしまう。

 

「そなたは幼き頃、山に呼ばれ、森で彷徨ったであろう?」

 

「し、知りません!!そんなの、覚えてません!!」

 

「此の世と 彼の世の 狭間で必死に走り回ったそちは呼ばれるがままに社に駆け込み、誘われるがままにその首飾りを身に着けた。――――――それが、性質の悪い末路わぬモノの呪物とも知らずに」

 

「やめて、ください…。おもいださせ、  ないで」

 

「そちを 森へ引きずり込んだ 化生と   のっぺらぼうの祖母の後ろに佇む怪物は   同じ姿では  ないのか?」

 

「い、や、――――いや―――――――――――――っ!!」

 

 ついには絶叫をあげて半狂乱になる彼女に俺は飛び散る欠片も気にせず駆け寄って暴れようとする体を無理やりに抑え込む。その細い体の何処にそんな力があるのかと思う程の力で爪を立てられ歯を食いしばってこらえつつ芳乃に怒鳴るようにといかける。

 

「おい、芳乃!!なにがなんだかさっぱり分からん!!どうすんだこれ!!あと、鈴とハウリングがめっちゃうるせぇ!!」

 

 

 急に爆発するカップに、ライブだったら賠償金物の音響機器。さらに腕に食い込む痛さと、唐突な若者のパニック症状への混乱でこっちだって正直パンク寸前だ。これが収まったら全部のメーカーにクレームいれてやることを心に刻みながら芳乃に視線を投げれば呆れたような顔でこちらを眺められた。解せん。

 

「この状況で気にするのはそこではない気もしますがー。まあ、よいでしょー。最初に言ったようにこの娘の問題は根深いのでして―。幼き頃から依り代として憑かれ、そのために厳重に呪をかけて生かされておりますればー。俗世にそめー、神性を落としてもなまじ信仰を集めたせいか最後の楔が足りませぬー。とはいえ、その楔は非常に重く覚悟のいるものでありますしー、私としても気が進まぬ方法ですのでー、いっそここで辞めておくことをお薦めしたい気分でありましてー」

 

 煮え切らない芳乃の反応にだんだんとこっちまで苛立ってくる。こっちは現在進行形で肉をむしり取られそうになっているのだ。結論だけさっさと行ってくれ。

 

「芳乃」

 

「………むー、承知なのでしてー」

 

 俺の短い一言で返答を察してくれたようで彼女は可愛らしく頬を膨らまして渋々といった感じで答える。

 

 ちなみに、可愛らしくむくれる彼女をよそに、俺が白菊を抑え込んでからハウリングは最高潮だし、部屋中あらゆるものが揺れまくってるし、砂嵐となったTVには変な模様がうつってるし、小梅は大粒の涙ながして震えてる。ちびっこ二人は顔も真っ青だ。――――頭のおかしいナスビだけが平然とポテトを食ってるけどなんなのこいつ?――――まあ、端的に言えば、芳乃先生。早めの解決おねしゃっす。

 

 そんな他力本願が伝わってしまったのかジト目で睨みつつも深くため息をついた彼女がやる気なさそうに指示をくちずさむ。

 

「では、此の君―。目を瞑って、正面ちょい下を向いてくだされー」

 

「あ?なんで?」

 

「いいからはやくでしてー」

 

 唐突な意味不明な指示に思わず聞き返せば、無情にも早くしろと顎をしゃくられた。なんなんだよ…。とぼやきつつも目を瞑ってちょい下をむく。てっきり、どっかの寺生まれの人みたいにちょうぜt―――「そいや」  気の抜けた掛け声と共に頭を細く小さな何かに掴まれ押し出される感覚と    

 

       唇をきるような固い何かとぶつかる衝撃と

 

              遅れてやってきた    やわらかななにかの   感触。

 

 

「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」

 

 

 唇に滲む痛みで涙にぼやける視界の先に映るのは

 

 同じように衝撃に目を見開いて硬直する   白菊  さん。

 

 

 

 

「「「「っーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」」」」

 

 

 

 途端に響いた甲高い絶叫はさっきのハウリングなんて目じゃないほど脳を揺らす。いや、ごめん、これ声のせいじゃなくて白菊がノーモーションで振りぬいたビンタのせいだわ。

 

 ぐらつく頭で認識できる限り、部屋の中はさっきとはまた別の意味で阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。

 

 真っ青な顔をしていたちびっこ二人は興奮で顔も真っ赤に手を取り合って意味もなく絶叫し、茄子はこっちを指さし訳の分からない言語で発狂し、小梅はハイライトが消えた目で何処から出したのかナイフを片手にブツブツ呟いている。―――それ、ホラーグッツの玩具ですよね、小梅さん?

 

 いまだぐらつく視界を正面に戻せば、おもっくそ機嫌の悪そうな芳乃と顔も口を金魚みたいに真っ赤にハクハクさせている白菊が映る。口の端に紅のように伸びる血の跡が自分の口に広がる鉄っぽさと合わさってさっき何が起こったかを嫌でも現実だと認識させる。

 

「な、はっ、―――――な、は、はじめてだったのにどうしてくれるんですか?!」

 

 さっきまでの危なっかしいほどの均衡だったパニックはどこへやら、怒りと羞恥と、その他諸々の乙女心が最初にしぼり出したのがその一言なのだから彼女の心労は推して知るべしだろう。罪悪感や気まずさ等が錯綜するなかとりあえず元凶である下手人をにらんでみる。

 

「神性の最も代表的なものに穢れがつけば依り代としての価値はまったくでしてー。祭壇を失った末路わぬものなど此の世では空気と変わりませぬー。こうなってしまえば、呪具とてーーこの通りでしてー」

 

「あ、あれ?お、御守りが!?」

 

 彼女が怒り心頭の白菊の首元を鈴で軽くはたけば、深い緑を湛えていた首飾りの石は風化した石ころへと変わり果てていたことに気が付かされる。それだけでなく、部屋の中で起っていた異常現象は嘘のようにピタリとやんでさっきまでのおもかげも無く静まり返っている。

 

 どうやら、本当にあれが今回の事件解決の方法だったらしく一気に脱力していると芳乃に頬をつねられる。

 

「最初にもうしましたのでしてー。非常に気が乗らない、とー。それに、”重く覚悟がいる”ともー」

 

 被害者はこちらのはずなのにジト目で上から物を言われるとなんとなくこっちが悪いことをしてしまった気分になる小市民な俺ではあるが、今回ばかりは頷く訳にはいくまい。それにさっきの説明でさらっと汚いもの扱いされていることに異議を込めて彼女を睨もうとするもほっぺをそのままひねられ視線を逸らされる。――――その先。

 

 

「せ、責任問題です!!わ、私もうお嫁にいけなくされちゃいました!?」

 

「リップサービスしろと言ったのはそっちじゃなくてこっちですよ!?なにしてるんですかうらやまけしかりません!!」

 

「………killkillkillkill」

 

「きゃーーーーー!!ハチ君たらだいたーん!!」

 

「アハハハハハハハハ!!いーってやろう、いってやろう!!おねーちゃんにいってやろー!!」

 

 

 

「警告は致しましたので―、今回は自業自得ということで頑張ってくだされー」

 

 荒れ果てた部屋の中でいまだ荒ぶる彼女たち。

 

 さっきまでのホラー展開はなんだったのかと思う程に姦しい少女達。そして、さっきよりひどくなるこの頭痛。

 

 いまだにつねられる痛みに眉をしかめて現状までに至る過程を思い返す。

 

 女の子たちに引きずられ、美味しいものを食べ。遊び歩いた果てにたどり着いたこの惨状。

 

 その結果としてお化けを退治したという成果からひとつの答えが導き出される。

 

 

 ”お化けはリア充が嫌い”

 

 

 そんなどうでもいい教訓にちょっとだけ退治されたお化けに共感を覚えて深くため息をついた。



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