デレマス短話集 (緑茶P)
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『私の日』

それは比企谷君がまだ346にいた頃のお話であります。

小梅回。小梅かわいい。すき。


あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざるを得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 アイドルからは最初は腐った目のせいで引かれるが、予想の斜め下ばかり突いてくる会話と根は真面目で誠実であることが伝わると徐々に心は開かれる様だ。また、前向きで頑張り過ぎなアイドルにとっては彼のやる気のない反応が程良い息抜きになる事もあるらしい(だいたい怒られてるが)。

 ただ、将来のユメが専業主夫と言って憚らないのでよく女の敵だのクズだの呼ばれている。

 

 

白坂 小梅   女  14歳

 

 見た目は女鬼太郎。根暗そうで話し口調もたどたどしいが意外と毒も吐く。

 朝霧の中、見えない友達とロンドを踊っていたところを武内Pに目撃されスカウトされた。その独特の能力のせいで複雑な人生を歩んでいる。デレプロ初期メンバー最年少(当時12歳)でその独特の魅力で根強い人気を誇り、ホラー・怪談系番組では既に大御所。最近はお気に入りのバイトに上手く甘えられずにグヌヌ状態であるが…?

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 あくせくと働けど、一向に減る気配のない企画書に発注書。その他諸々の書類と問い合わせ関係のメール。よくよく読んでみれば何でバイトの自分に聞こうと思ったのかと問い詰めたくなるような重要案件だって少なくない。

 

 

 それでも、大体のアイドル達のスケジュールや送迎を受け持っているせいか”コレをやるならこの時期のココらへんだろうなぁ”となまじ判断がついてしまうのが悲しい所。そんな不穏な書類は注釈を書きこんで上司(武内さん or チッヒ)行きの箱に叩き込んでいき、判断できるものは大まかに対応していって小さくため息をつく。

 

 シンデレラプロジェクトが稼働して早3年ちょっと。最初の逆境もいまや昔。今では彼女達の活躍を見ない日はないほどの大盛況・満員御礼の有様。そんな部署を半地下の様な薄暗い部屋に押し込めておくわけにもいかず、常務からそこそこ良い条件の部屋を与えられた。日差しも心地よく、都内の一等地にある346本社から周囲を見渡せる景観。広さも結構な物で給湯室はちょっとした自炊だって出来そうな好条件。そこまでは大変結構。アイドルたちだって黄色い歓声や、報われた事に涙したのだって喜ばしい。いくら捻くれた俺だってソレを鼻で笑うほど性悪でもないつもりだ。なんなら、はしゃぐアイツらにちょっと微笑んでしまったくらいだ。…ただ一点。自分の名前が書かれたデスクを見るまでは。

 

 武内さんを含め、デレプロの事務方社員は三人。

 

 プロデューサーの武内さん。広報・マネジメント・会計のチッヒ。事務で入社した美優さん。そして、バイトの俺。

 

 そう、あくまで。しがない”バイト”なのである。だが、その机の上に書かれているのは[”庶務・雑務”比企谷]と書かれた立派なワークデスク。

 

 何かの間違いか、ジョークの一種。そう信じたくて縋るようにチッヒに視線をむける。

 

 

ちひろ『ようやくこれで、本格的にお仕事をお願いできますね?(菩薩顔』

 

 

 俺が高速で差し出した辞表は神速で破り捨てながら、ご丁寧に携帯とメールシステムを同期したパソコンを手渡されてからこんなありさまだ。こんなの絶対間違ってるよ!!

 悲惨な運命を辿る魔法少女もこんな気持ちだったのだろうかと哲学という現実逃避をしていると、袖が小さく引かれる感触に意識を呼びもどされる。誰だろうか?この時間は出勤中のアイドルたちは仕事かレッスンに出払って誰もいなかった筈だが?そんな疑問を浮かべつつも振りかえると、小柄で病的なほどに透き通った肌。金というより透き通っていると表現する様な髪から覗く片目と視線がかち合う。

 

「…小梅?」

 

「…こんにちは、八さん」

 

 そこには、スケジュール上では休暇となっている筈の”白坂 小梅”が立っていた。

 

 彼女が休みに何故、事務所に来ているのかと一瞬スケジュールのミスかと瞬時に脳内で予定表を確認してみるが間違いなく彼女は休みの筈だ。そんな自分の疑問を視線から感じ取ったのか、彼女は気まずげに目線を逸らす。だが、掴まれた袖は離さないまま俯いてしまうので、こちらとしてはどうしたものかと首を傾げるしかない。

 

八幡「…」

 

小梅「…」

 

 とりあえず、待っては見たがどうにも進展はない。何事かとこちらを見て来る美優サンに視線を向けてみるがあっちも困ったように首を傾げるばかりで解決には導いてくれそうにない。

 

 だんまりを続ける彼女と山もりの書類を見てしばし。

 

 さて、千葉のプロお兄ちゃんとしては”何か伝えたそうな女の子”と”バイトなのに正社員並みに押し付けられた仕事”どっちを取るべきか?

 答えはあまりに明白だ。

 

 魔法少女だって金の亡者よりも霊感少女を大切にしろと言うはずだ。そうにきまっている。

 

八幡「休憩入りまーす」

 

美優・小梅「「えっ」」

 

八幡「美優さんはともかく、なんで小梅まで同じ反応をするんだよ。袖を引っ張ったのはおまえだろ?」

 

小梅「う、うん。それはそうなんだけど…忙しん、だよね?――あう!」

 

 戸惑う小梅に苦笑しつつ問いかけると健気な一言が返って来たのでちょっと乱暴に髪の毛をくしゃくしゃにして撫でて、出来るだけ優しく袖を掴んでいた手を引く。健気なのは美徳ではあるのだろうが、ちっちゃいガキンチョがやりたい事や求める物を犠牲にするほどの価値はどうしたって見つけられない。んなもの、生きてりゃ嫌って程体験するのだから。

 

 乱れた髪の中からいまだ困ったようにこちらを窺う彼女に苦笑しつつ、息抜きスペースとしてパーテーションで区切られた隣室のソファに腰を下ろすと彼女も迷いつつも腰をおろしてくれた。

 

 

八幡「んで、どうした?今日は一日中ホラーを見て満喫するって言ってなかったか?」

 

小梅「あう、えっと、その…」

 

 記憶にある断片的な欠片を集めて水を向けてみるが彼女はしどろもどろと俯き、その小さな唇を袖で覆って沈黙してしまう。困るわけでもないが、自分の中にある彼女とのイメージの誤差に少々戸惑う。いつもなら、怒涛のホラートークを目を輝かせながら詰め寄ってくる筈なのだが、今日は違うらしい。

 

 別にだからと言って困るわけでもないのでぼんやりと新作アニメの事を考えながら鬼○郎を彼女が演じたらヤバい人気が出るのではないかと益体もない事を考えて彼女を待っていると勢いよく扉が開かれる。それに、俺も彼女も驚き乱入者に目を向ける。

 

仁奈「こんにちわーでごぜーますよ!!おにーさん!!」

 

八幡「グフっ!!」

 

 元気の良いなり切り系ちみっ子アイドルが勢いそのままに頭突きをかまして来たのをなんとか受け止め、じゃれて来る元気いっぱいな彼女に苦笑している時に微かな声を耳が捕えた。

 

 ホントに微かな、思わず漏らしてしまったかのような小さな小さな、その声を。たったそれだけで、なんとなく分かってしまった。逆に、それに気付いてやれなかった自分の愚かしさに呆れかえった。ああ、なるほど。そりゃ俯いてもしまうだろう。

 

 胸元ではしゃぐ仁奈の両脇を抱え、床へとそっと下ろす。ちょっと寂しそうな顔を浮かべる彼女に出来る限り優しく、それでもしっかりと伝える。

 

仁奈「…今日は、遊んでくれねーですか?」

 

八幡「ああ、今日は”小梅の日”だからな。悪りぃけど美優さんにレッスン連れて行って貰ってくれ」

 

小梅「っ!!」

 

 俺の言った一言に後ろで息を呑む声が聞こえて苦笑する。どうやら自分の思い違いでは無かったらしい。そう思えば仁奈のこの悲しげな顔にも諦めも着く。更に言えば、千葉のお兄ちゃんとしたって及第点だろう。ちょっと残念そうにしながら隣室に向かう仁奈に手を振っていると小梅が小さく呟く。

 

小梅「…迷惑、じゃない?」

 

八幡「何を今さら」

 

小梅「だって、八さん、忙しそう、だし。…人気者、だし」

 

八幡「聞いてなかったのか、今日は”小梅の日”だぞ?まあ、いらないなら別に―――」

 

 言いきる前に小梅がぶつかるように突っ込んできて顔を俺の胸にうずめる。全力で飛びこんで来たのだろうが、それでもこっちが怪我をさせない様に気を使ってしまうほど華奢なその身体を何とか抱きとめてその頭をゆっくり撫でる。

 

 

 わざわざ貴重な休日を潰しに来て何をしに来たかと思えば、なんてことはない。彼女は甘えに来たのだ。

 

 

 馬鹿馬鹿しいが、長男の宿命を背負った人間には分からないでもない。

 

 今までベタベタに甘えられていたものが妹や弟が出来ると急にそうはいかなくなる。むしろ、下の面倒を見なければならなくなって随分と窮屈に感じるものだ。それが、自分よりも年下の後輩だってそう変わりはしないだろう。ましてやあれだけ俺にべったりだった小梅に、余計な仕事が増えたせいで最近はあまり構ってやれなかった反動だってあるのだろう。

 

 寂しそうで、ちょっと不機嫌で、ソレを呑みこもうとして失敗したモノがきっと彼女から漏れたあの吐息の正体だ。

 

 ソレを責めるにはまだちょっと彼女は幼い。

 

 なので、今日くらいはちょっと甘やかしてやろう。

 

小梅「…楽しみだった新作ホラーを見ても、ぜんぜん楽しくなかった」 

 

八幡「そうか」

 

小梅「いつもみたいに八さんに感想言いたくても、貸して感想聞きたくても、忙しそうだしって考えたら集中できなくて」

 

八幡「それくらい時間はある。今さらな遠慮だな」

 

小梅「……だって、いっつも皆に囲まれてるのに私ばっかそんな事出来ないもん」

 

 彼女が拗ねたように小さく呟いたその一言に思わず噴き出してしまう。彼女の機嫌も急降下して肩口に可愛らしい歯が立てられるがその軟さにもっと笑ってしまう。この慎ましさが他の連中にちょっとでもあればどれほど楽な事か、と想像してもっと笑ってしまう。

 

小梅「むー」

 

八幡「くっくっくっく、いやスマン。そんな良い子のお前にはご褒美をやろう」

 

 むくれる彼女の肩を取り、離したときに悲しげな顔をするのにはちょっと罪悪感があるが、すぐ戻ると伝えて事務室の冷蔵庫を開けて目当ての物を手に彼女の待つ部屋へと戻る。不満げな仁奈と、ソレを苦笑しながら抱っこする美優さんが印象的だった。不安げな彼女をいつものように膝の上に乗せると、はにかみながら体重を寄せて来るのでどうやらさっきの不機嫌はどっかに言ってくれたらしい。こりゃ重畳。

 

 ご機嫌な彼女の前に冷蔵庫から取り出して来た物を三つに分けて皿にのせる。

 

小梅「ドーナッツ?」

 

八幡「食いそびれた昼飯で悪いけどな」

 

 皿に盛られたソレを不思議そうな顔で眺める彼女の口に運んでやると抵抗なく小さな口で食べてくれる。小動物を餌付けする様な感覚に襲われながら自分も一口でソレを口に運び、優しいその甘さに綻ぶ。

 

小梅「もう一個は?」

 

八幡「あの子・・・の分だな」

 

 皿に残されたその一欠片のドーナツに彼女が首を傾げて尋ねて来る。口元に可愛らしく付いたかけらを取ってやりながら答えると彼女は目を見開いてこちらを窺ってくる。

 

 別に、そんな驚かれることだろうか?

 見えてる訳でもないし、信心深い訳でもない。それでも、彼女はいつでもそこにいると聞いているし、お供え物をする程度の習慣はめちゃくちゃな宗教感のこの国で育った自分にだってある。ソレだって気持ちの問題であるが、自分たちだけで楽しんだってのは少々気まずい。

 

小梅「…うん、あの子も、凄い喜んでる」

 

 結局、自己満足以外の何物でもない。それでも、小梅がこれだけ綻んでくれるのだから――意味はあるのだろう。

 

 一層、身を深く寄せて体重を掛けて来た彼女は、ポツリ、ポツリと話をしてくれる。

 

 最近の本当に些細なことや、ちょっとした不満。それに、自分にしか見えない孤独だった抱えていたナニカの話。

 

 気のない様な返事一つにも彼女は嬉しそうに身を寄せて来る。

 

 この表情を見れたなら、チッヒを怒らせるくらいの価値はあるだろう。

 

 そう独白して、沈む夕日に彼女の声を聞き、この少女の未来を祈る。

 

 この笑顔が、くもらぬようにと。

 

 

――――

 

 

 きっと、この人は自分と同じ人種なんだと思って仲良くなりたいと思った。

 

 見えないモノが見えて、誰よりもその醜さを知っている人。

 

 自分が抱えた何かをきっと理解してくれると思っていた。

 

 でも、全然違った。

 

 この人は、とっても暖かい。

 

 いっつもやる気のなさそうで、つめたそうだけど、誰よりも敏感に心を読み取って、気を使ってくれる。

 

 皆が気持ち悪いと、両親まで距離を取った私にも彼は変わらず接してくれた。

 

 それが心地よくて、初めて感じるその暖かさにもっとよりそいたくて。

 

 でも、それは長く続かなくて。

 

 その暖かさに、いっぱいの人が集まって。

 

 彼は、自分だけのものでは無い事を―――思い知って。

 

 それでも、離れがたくて伸ばした手は今まで向けられた冷たい目に―――遮られて。

 

 もし彼に、そんな目を向けられたら生きていけないと、怖気てしまった。

 

 それでも、我慢できずに伸ばした手を彼は優しく取ってくれて。

 

”今日は小梅の日だからな”

 

 その言葉に

 

”あの子の分だな”

 

 見えない、自分にない世界すら許容してくれたその優しさに

 

 抑えていた何かが、溢れて止まらなくなる。

 

 

 

 

 この心の名前を、自分は、今は――――知らないなんてもう言えない。

 

 でも、伝えるのはまだちょっと勇気が足りない。

 

 だから、いまはもうちょっと彼の優しさに甘えよう。

 

 でも、足りない勇気を振り絞って

 

”わたしの日”をもうちょっとだけ増やして貰えるように―――お願いするくらいは、許されるでしょう?

 



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~御値段の価値~

今でも、仕事で選ばざる得なかったあの選択を夢に見て後悔します。

利益と義理。理想と現実。

人生は様々な選択を常に迫られます。

どうか、皆さまの選択が悔いの無いものである事を。


 

 

あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 アイドルからは最初は腐った目のせいで引かれるが、予想の斜め下ばかり突いてくる会話と根は真面目で誠実であることが伝わると徐々に心は開かれる様だ。また、前向きで頑張り過ぎなアイドルにとっては彼のやる気のない反応が程良い息抜きになる事もあるらしい(だいたい怒られてるが)。ただ、将来のユメが専業主婦と言って憚らないのでよく女の敵だのクズだの呼ばれている。

 

 

小早川 紗枝   女  16歳

 

 色んな諸事情によって芸能関係の繋がりがかなり厳しくなっていた”デレプロ”に可能性を感じて接触してきた”小早川コーポレーション”の一人娘で東京支部の代理人の役職にも着いている偉い人。京都の老舗呉服から発展してきた大企業でもあり、西のアパレルの巨雄の彼女の協力の条件として提示した”動員4万人以上のライブを1年以内に成功させること”を達成する事によりスポンサー・衣装関連で大きく協力を得ることができた。その中で、彼女も広告や自分のデザインの機能性を測ると言う名目でメンバー入りを果たしている。

 穏やかで柔らかい物腰は万人に好かれるが、怒らせると意外とねちっこく根に持つ。特に発育関係をいじるのは最大の禁忌。

 

 

――――――――――――――

 

??「おい、そこのアンタ。ちょっと待て」

 

八幡「……(スタスタ」

 

??「おい!お前だよ!!アホ毛の根暗そうなあんた!!」

 

 高飛車な声に呼び止められた哀れな社員に同情しつつも歩みを進めていると再度その耳どころか頭に響く声が聞こえる。煩わしいからさっさとその根暗そうな社員に対応をしてほしいと願っていると肩を掴まれる感覚に強制的に振りかえさせられる。おかしいな、俺のどこにそんな要素が?

 そんな疑問に首をかしげつつ振り返った先には豪奢な金髪を編み上げ、強い意志を――いや、どっちかっていうと飢えた獣に近い張り詰めた何かを感じさせる瞳が目に入った。あまりに目立つその外見の彼女はスーツを着込んで様になっちゃいるがどうしたって同年代以下にしか見えない。そのアンバランスさが、どうにも危なっかしく感じる。

 

八幡「…えっと、どちら様?見ての通り忙しいし、用があんなら受付に言って貰った方がいいと思いますけど?」

 

??「あん?この”桐生 つかさ”を知らないっての?はーあ、それ冗談でも笑えな過ぎて逆に面白いわ」

 

 …危なっかしいというより完全に危ない人だった。呆れたように溜息をつく彼女に戦慄を覚え、忙しさと嫌そうなオーラを全開にして必死に会話を打ち切ろうとするも彼女は先手を打つかのように口を開く。鋼メンタルかよ。なに?心は強化ガラスかなんかで出来てるの?

つかさ「まあいい。ちょっと”デレプロ”ってとこの事務室に案内してよ。受付やメールじゃいつまでも応答してくれないみたいだから”GARU 代表取締役”の私が直接来てやってんの。おわかり?”デレプロの比企谷”さん?」

 

 溜息と共に嫌味でも返してやろうと飲み込んだ息は唐突に変った彼女の雰囲気に行き場を無くして、力なく漏れ出る。最近、随分とアプローチを掛けて来ると聞いていた服飾ブランド関係の社長を名乗るのが目の前の彼女だと言うのも信じられなかったが、獲物を追い詰める様な視線は間違いなく自分を楽しげに睨んでいる。

 

 つまりは、自分の様な木っ端バイトに声を掛けて来たのも偶然では無かったという事だろう。

 

 好戦的な笑顔のその少女がもたらすであろう厄介事に俺はもう一度小さくため息を漏らす。

 

 勘弁してくれ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

武P「お待たせ致しました。”シンデレラプロジェクト”プロデューサーの武内と申します。桐生さんの御噂はかねがね聞いております」

 

つかさ「ああ、あれだけ熱烈にアプローチしたのにここまで待たされるとは思わなかったよ。お蔭でこんな強硬手段に出たのはお合いこって事で勘弁してくれ」

 

武P「ええ、その件に関してはこちらにも非がありますのでお気になさらず」

 

ちひろ「…」

 

 そんな不遜な態度で答える彼女にチッヒの頬が引き攣るのを感じる。それに気づいていない訳でもないだろう武内さんは泰然と受け答えるが、部屋の空気は張り詰めきって随分と息苦しく感じて居心地が随分と悪い。

 

ちひろ「…社長自ら御足労願って頂いたのは大変申し訳ないのですが、当方としてははっきりと意思表示をさせて頂いていたものと考えておりましたので、てっきりお話は終わった物だと考えていました。そのうえで、こうした対応に乗り切ったのは…どういった御趣向なのでしょう?」

 

つかさ「あん?その件は合いこにってことになったの聞いてなかった?勝手に話を終わらせたつもりになって、話を打ち切るのは三流の証拠だ。アンタのメール・電話対応がこの事態を引き起こしてんのを自覚しろよ、三流」

 

 

”ビキキッ”

 

 

 張り詰めた空気に明確な棘が含まれたチッヒの声はかき消すような彼女の声に上書きされた。あれ?いま、なんか湯のみに勝手にヒビ入った音聞こえたけど何?殺気で陶器って割れるもんなの?笑顔のまま青筋を浮かべるチッヒと心底呆れた様な桐生社長の視線の交錯。関係無い俺まで胃が痛くなって来た頃に武内さんが小さく息をつき、間を繋いでくれる。

 

武P「その件を掘り返すほどお互い時間も無い事ですので、本題に入りましょう。頂いたメールの要望はプロジェクトの”舞台衣装等の新規発注 及び 継続契約”との事でしたね。同封して頂いた弊社の起用によるメリット・デメリットと経費対策における資料は実に興味深い物でした」

 

つかさ「はは、トップはマトモに話ができそうで安心した。それにあれの価値を理解してくれるくらいには興味を持って貰えて素直に嬉しいよ。そこそこ気合いを入れて作った甲斐もあったってもんさ。で、勿体ぶらずに感想を聞かせてくれ。あれを見てウチの会社をどう感じた?」

 

 その声に、さっきの不機嫌さが嘘のように快活な笑顔に挑発する様な獰猛な凄みを持たせて彼女は武内さんに意識を向ける。芸能関係の人間特有な迂遠さというのはどうにも彼女は持ち合わせていないらしい。

 

武P「…返答の理由ではないのですね?」

 

つかさ「ああ、貰った結果は既に読んだよ。その上でまずはアンタの感想から聞いて調整してくべきだ。それが出来るからこんな強引な手段さ」

 

 その息もつかせぬ傲慢な言葉に武内さんは苦笑を洩らしつつも、少し思案して言葉を紡いでいく。

 

武P「…そうですね。現状、プロジェクトの衣装関係は”小早川コーポレーション”の独占状態。この状況で緊急時のリスクマネージメントと貴女の会社での衣装における重要性による発注先の区別化による経費対策。複数回の使用を考慮しない飛び込みの依頼用の衣装への経費削減と特急対応の作成日程の短縮。品質と値段が相応のコーポレーションのデメリットを補う提案は、正直に言えばとても魅力的な提案です。――よくこちらの実情を調べている周到さから、貴社の実力も窺える」

 

つかさ「ああ、やっぱ一流同士ってのは心地いいな。無駄がなくて素晴らしい。それに、そこまでは最低条件で、飛ぶ鳥も落とすデレプロにこっちから出せるメリットの部分さ。本題はそっからの発展の部分の感想が聞きたい。”『デレプロのメンバー』を意識した副次ブランドの作成"ってのを是非、ウチで作らせてくれ。アンタの集めたアイドルのキャラは最高だ。今まで誰もが無意識に持っていた意識をぶち壊した独自性。ソレに憧れた世間は最高の市場だ。値段の釣りあげなんかしやしない。そこらの女学生がちょっと頑張れば届くような値段で提供しよう。最高の広告と利益、そして夢を与えられる。――コレを断る理由がなんなんのか。ソレを聞きに来たのさ」

 

 武内さんの言葉に心底安堵したように、言葉を紡ぐ彼女は獰猛な目を輝かせて彼女の構想を語る。まるで、ソレは、初めて対等な何かを見つけた寂しげな獣の様で。爛々と興奮したその声は、何故か必死さを感じさせる。

 

「ソレは―――「えらい楽しそうなお話やなぁ。ウチも混ぜてくれませんやろか」

 

 迷ったように言葉を選ぶ武内さんの声は穏やかで、静かなその声に遮られる。

 

 事務室の扉には朗らかに微笑む”小早川 紗枝”が、小早川コーポレーションの代理人にしてアイドルである彼女が、そこにいた。

 

 ただ、その瞳は白刃の様に美しくも残酷な光を宿している。

 

 

――――――――――

 

 はてさて、乱入に次ぐ乱入で部屋の空気は最悪だ。各国が集まる首脳会議だってもうちょっと穏やかだと思えるくらいには。なんなら部屋の隅に佇む俺はそろそろ体調不良で退席しても良いんじゃないかと思えるレベル。そんな張り詰めた空気の中で小さくため息を吐く彼女に注目が集まる。

 

つかさ「…やれやれ、だ。理由ってのはコレが原因だって考えていいもんかね?だとしたら相当に下らない」

 

紗枝「あら、つれへんこといわんでおくれやす?底がしれてまいますえ?」

 

 たったその応酬だけで更に空気が引き攣るのだから勘弁してほしい。だが、下手すれば数億にも上る利益の取り合いなのだからどっちも立場上引きさがる訳にはいかないだろう。つまり、どっちかの敗北が決まるまではこの空気は続行する。いっそ殺してくれ。

 

つかさ「どうせあんたにも書類は渡ってるんだろうから無駄な問答は無しでいいだろ。何が問題なんだ?アンタの会社との利益も住み分けもしっかり考慮した。補い合えるwin-winな関係。それに発展系だってアンタのトコでやったら予算が掛かり過ぎて一般人には行きわたらない。広告・宣伝効果だって半減だ。”過ぎたるは…”なんとやらって奴だろう?」

 

紗枝「数字だけを追うんなら、そうかも知れまへんなぁ。ただ、逆境やった”デレプロ”を衣装作成・スポンサーとして支えて来たウチとしては軌道に乗って来たときにやってきたハイエナにわざわざ餌を与えてやる理由もみつかりまへんなぁ?」

 

 嘲笑う様な桐生に、凍える様な目線を向ける紗枝にはいつもの様な穏やかさは無くひたすら冷たい毒を吐いていく。

 

 まあ、言い分としてはどっちも間違ってはいない。

 

 厳しい条件を課せられたとはいえ、紗枝が協力してくれたおかげで様々な事が解決して今があるのは間違いない。そんなときにメリットを提示しつつも利益を掻っ攫うような輩が出てくれば砂を掛けて追い返すのは当然だ。ソレを咎める資格なんて俺たちにはありはしない。それは彼女が主張すべき確固たる理由だ。だが、ソレと同時に、その辺の機微を除いて考えるならば桐生が言った主張も間違いでは無い。

 

 手の届く理想というのは分かりやすい。憧れを掴むために伸ばした手が掴んだソレをファンは大いに喜び自発的に喧伝してくれるだろう。それが切っ掛けで多くの人が”デレプロ”を知り、その知名度は更に昇り詰めていく。そのメリットはあまりに大きい。ソレに目をつけた桐生の経営眼は本物で実行に移せば間違いなく成功させてくれるだろう。それだけの才覚を彼女は武内さんとのやり取りで見せてくれた。

 

 義理か、利益か。

 

 結局はそれだけの話だ。

 

 きっとどっちを取ってもプロジェクトとしては悪くない結果になる、とは思う。

 

 そんな事を考えていると、黙考していた武内さんが小さく息をつきこちらを向き言葉を紡ぐ。

 

武P「…ふむ、ちひろさんは反対の様ですが―――比企谷君はどう思いますか?」

 

 唐突なその質問に面を喰らう。たかがバイトに何を聞いているのかこの人は理解しているのだろうか?少なくても億は動く話に自分が意見を挟むべきではない。そう思って辞退しようとするも、武内さんは苦笑してソレを遮る。

 

武P「いえ、正直自分も迷っているのです。どちらの言い分も分かりますから。それでも決めねばならない事であるならば、ここまでプロジェクトを支えて来たお二人の考えを聞きたいと思うのです。――なので、君の意見を忌憚なく言ってください。最終決定は、私の仕事です」

 

 本当に困ったように笑うその顔は少々ズルイ。これでは、断りづら過ぎる。

 

 溜息を一つして、考えを脳内で纏める。

 

 刺さる様な二つの視線を努めて無視して考える。

 

 

 俺は――――――

 

➔ ・義理を取りたい。

 

  ・利益を追ってもいいと思う。

 

 

 

―――――――

 

 

八幡「俺は正直、乗り気ではありませんね」

 

 ぱっと表情が綻ぶ紗枝と、忌々しげにこちらを睨んでくる桐生。なんとなく後味の悪さを感じはするが選ぶとはこういう事だ。今は思った事だけを伝えるべきだろう。

 

 言っといてなんだが、別に義理という観点だけで選んだ訳でもないのだから。

 

 確かに紗枝の会社で発注している衣装はかなり値段が張る。しかも、緊急時に対応してもらう時は倍と言っても過言ではない。だが、相当無茶な工程を頼んでもその品質は一切落ちた事もないし、割増料金のほとんどは無茶を聞いてくれた職人への詫びの贈り物へ当てられている上に、わざわざ紗枝が直接ソレを届けて俺たちの代わりに頭を下げて回ってくれている事を俺は知っている。

 

 そのうえ、ウチの個性的過ぎるメンバーの要望やイメージを聞きだして職人との技術的な折り合いをつけて理想に最も近い形にしてくれているのは彼女が寝る間も惜しんでデザインをしてくれているからだ。もし、この工程が抜けて初見のデザイナーが代わる代わる行っていたら品質の問題ではなく、求める物自体が変わって行ってしまい最高の状態には程遠くなるに決まっている。

 

つかさ「―――それなら私が直接」

 

八幡「闇に呑まれよ。今宵の饗宴の宴は漆黒の天使が闇世に舞い降り、その絶声にて友と舞い踊る。さすれば月も微笑まん」

 

つかさ「は?」

 

 失格だな。今の訳は『お疲れ様です。今回のライブは私がワイヤーで降りて来た後に皆さんと歌う!!みたいな演出をしてくれたら私嬉しいです!!』だ。熊本弁ビギナーもこなせないようではウチのアイドルの要望どころが日常会話もままならん。

 

つかさ「ちょっと待て!!あれは神崎のライブ用キャラの演出だろう!!そんなの日常で―――嘘、だろ?」

 

 唖然とする彼女にちょっとだけ同情する。伊達にデビュー当時に散々に色モノ集団と笑われて来た訳ではないのだウチは。それに、勝気な彼女の口調では内気気味なメンバーは萎縮して思う様にイメージを伝えられない可能性だって高い。少なくとも俺は短い時間で接した彼女との感触ではそう思う。聞き上手で朗らかな紗枝だからそれが可能なのだ。

 

 そこまでだって十分な理由ではあるが、そもそも、そんな急な発注を掛ける様になってしまうのはこちらの不手際だ。ただでさえ事務方が絶望的に足りない中でそんな繊細な作業にリテイクが掛かればそれだけでその企画はおじゃんだ。骨折り損になればいい方で、プロジェクト全体に影響する。その事を考えるならば衣装に掛かる経費も、紗枝に拝み倒す俺の軽い頭も安い出費だ。

 

 なんなら、どうしても人出が足りなければ佐藤にでも酒を掴ませて作業させてもいい。

 

つかさ「―――」

 

紗枝「いや、そこまでされると逆に迷惑やけど…」

 

 紗枝のちょっとだけ冷ややかな視線を心地よく感じる自分がいるのでもう駄目かもしれない。まあ、そんなわけで、発展系のブランドだなんだは俺には分からないが、現状では紗枝の機嫌を損ねる方が致命傷だ。そのブランドだって紗枝の所で作れない訳ではないのだから値段は何とかしてくれると信じよう。

 

八幡「…で、いいすかね?」

 

 思ったよりも延々と語ったせいで喉が酷くかわく。その上にちょっと恥ずかしい。チクショウ。

 

 そんな俺の気まずそうな顔を見ていた武内さんが微かに笑って目を閉じ、一拍。桐生へと視線を戻す。張り詰めた空気は数瞬だけ続き、疲れた様な溜息を彼女が漏らす。

 

つかさ「っち。折角、私に着いてこれそうな面白い素材を見つけたってのに期待外れだな。残念だよ」

 

武P「個人的には非常に一考の余地はあると思いました。ですが、彼の言う様にその企画はまだ少しこのプロジェクトには早かったようです。また、時期が来ましたら是非お越し下さい」

 

つかさ「時期が来たら――か。都合のいい言葉だ」

 

 そう寂しそうに小さく呟いた彼女は差し出されたその手を払って出口へ向かう。

 

つかさ「精々、小さい世界で満足してるといいさ。私はもっと――上に行く」

 

 その背は、最初に感じた威圧感は無く随分と小さく見えた。その心苦しさすら身勝手な感傷なのだろうけど、選ぶとはこういう事だ。手放したくないモノを抱えるのに手はいつだっていっぱいで――全ては拾いきれない。そんな独白を誤魔化すように武内さんに水を向ける。

 

八幡「良かったんですか?こんなバイトの思いつきで決めちゃって?」

 

武P「立場はどうあれ、君の言葉は真摯で価値がありました。思いつきなどとは程遠い。そして、決めたのは私です」

 

 そういって微かに笑う彼に一礼して、部屋を出る。これ以上いる意味もないだろうし、途中でほおってきた仕事もそのままだ。体を包む倦怠感に溜息をついて歩き出そうとすると、背中に何かがひっつくのを感じる。

 

紗枝「…」

 

八幡「…なんだよ?」

 

 問いかけても無言の彼女にどうしていいのか分からずこっちも動けずに固まってしまう。別に今さら女の子の感触や匂いにときめくような歳でも――無いわけでもないが、無言でこうされると嬉しさよりも不安が勝ってくるのが不思議な所だ。

 

紗枝「ちゃんと、見ててくれとるんやね(ボソッ」

 

八幡「なんて?」

 

 小さく彼女が何かを呟いたのは分かったが、なんと言ったのかは聞きとる事が出来なかったために聞き直すが彼女は俺を押し出すようにして離れてしまう。

 

紗枝「なんでもあらしまへん。浮気せずにできたご褒美には十分でしたでっしゃろ?」

 

 悪戯に成功したような彼女の顔にはさっきの険しさは無く、その笑顔にちょっとだけ救われて俺は苦笑をもらして軽口を開いてみる。

 

八幡「そういう事はもうちょっと育ってから言うんだ―――イデッ!!」

 

 間髪いれず木製の下駄が俺の足を的確に踏み抜き、思わずうめいてしまう。

 

紗枝「ちょっとカッコいい所みせはったと思ったらコレなんやから――ほんま、しょうの無いお人や」

 

 目じりをよらせてこちらを睨む彼女は小さくため息をついて、そう柔らかく呟きそっぽを向いて歩き出してしまう。

 

 その可愛らしい仕草に痛みも忘れて笑い、問いかける。

 

八幡「愛想も尽きたか?」

 

 くすりと、そんな気配を漂わせて彼女は首だけ振り返って言葉を紡ぐ。

 

 

 

―――幾久しく、”内助の功”期待しとって?―――

 

 

 

 その表情に、不覚にも顔が赤くなってしまったのは気付かれない事を祈るばかりだ。

 

 

 



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秘密の奏さん

”あるとき私は自分を美しいと決めたの” byガボレイ・シディベ


あらすじという名のプロフ

 

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

 

速水 奏    女  17歳

 

 常務のプロジェクトクローネ設立時に92プロから引き抜かれた精鋭アイドル。蠱惑的な言動と大人びた雰囲気によく成人と間違われるが未成年である。エロい。

 注目作の主演に選ばれるほどの彼女には誰にも言えない秘密があって―――?

 

――――――――――――――

 

 ドラマ完成記者会見と銘打たれた壇上に並んだ美男美女を無数のフラッシュが幾度となく照らし、彼らも笑顔を深くしてそれに答える。特にその中の一人の少女が朗らかに笑えば本職の彼らすら一瞬忘れて見惚れてしまうのだから、流石の貫禄と言わざる得ないだろう。大人びた外見と意味深な笑顔を浮かべるその少女こそは我らが346プロの中でも間違いなく上位に入るであろうトップアイドルの一人”速水 奏”。そして、今回のドラマにおいて主役を演じきった主賓でもある。

 

 そんな一際目立つ彼女に目をつけたMCは軽快に質問を投げかけて来る。

 

MC「今回は原作が漫画のドラマを演じたられた皆さんですが、主演の奏さんは普段、漫画なんかを良く読まれたりしますか?」

 

奏「普段は滅多に読む事なんて無かったんですが、このお話の原作を読んでから随分とよく読むようになりました。むしろ、最近はアシスタントの人が随分と熱心に勧めてくれるので、オタク並みに詳しくなってるかも?」

 

MC「おー!ソレは意外ですねぇ!!トップアイドルの”速水 奏”さんをオタク化させたなんてそのアシスタント君を誉めていいやら、しかるべきやら…」

 

 そんな彼女のおどけた回答に唸るMCに会場が大きく笑った。その後も和やかに進んでいくインタビューの中、隅っこで控えている某アシスタント君である俺は小さくため息をついて苦笑を浮かべる。

 

八幡「…熱心に、ねぇ?」

 

 なんとなく釈然としない気持ちを浮かべながら、”比企谷 八幡”は あの日の事を思い出す。

 

 彼女の秘密・・・を知り、共犯者になったあの日の事を。

 

 

―――――――――――

八幡「なあ、なんであのディレクターに嘘ついたんだ?」

 

奏「突然、何の事かしら?」

 

 めでたく決まったドラマ出演に伴い、監督やディレクター陣達との顔合わせが終わった帰り道の事である。武内さんは大人のお付き合いを含めた打ち合わせとやらで監督たちに同伴してしまったので、高校生の彼女だけを車に乗せて送っている時にふと思いだした疑問がポロっと口からこぼれ出てしまった。そんな言葉にぼんやりと窓の外を眺めていた彼女は、本当に不思議そうに眼をはためかせてこちらを見て来る。

 

 いつもの様な意味深な”いい女”的な反応ではなく、ホントに何の事か思い当たっていない様な彼女に今度はこっちが首を傾げてしまう。

 

八幡「ん?”漫画は良く読むか?”って聞かれて”全然読んだこと無い”って答えてたろ?」

 

奏「ええ、言ったわね。でも、何でそれが嘘をついた事に―――」

 

八幡「だって、お前の言い回しってスパイ漫画の『レッド・スワン』を元にしてんじゃないの?」

 

 何気なく普段から思っていた事を口にした瞬間に助手席から”ゴッ”という鈍い音がなり、目線だけを向けてみれば耳まで真っ赤に染めた奏が窓ガラスに思い切り頭を突っ込んでいた。普段から大人びた行動をとっている彼女の反応としては非常にレアで面白い絵面ではあるのだが、拭いたばかりの窓ガラスに油がつくのでどうかご勘弁願いたい。

 

奏「………いつから気付いていたの?」

 

 地獄の底から響くような低い声。乗ってるのが奏だけでなければマジギレ熊本弁状態の美穂を疑った所だが、間違いなくこの声の出所は幽鬼の様な表情の彼女から出されたものだろう。そのあまりの迫力にハンドルを握る手に冷や汗が滲むが、今さら言葉を呑めば更に怒りを買う事は想像に難くないので何とか言葉を絞り出す。

 

八幡「あー、随分と昔の漫画だったから思いだすまで結構掛かったが、まあ、―――結構、最初から聞いた事のあるいいまわしだなぁ、とは」

 

奏「うぐぐぐぐぐぅぅぅぅぅぅ」

 

 ファンや、世間様にはとてもお見せ出来ない感じに頭を抱えて悶える奏を横目に思い返す。

 

 最初に会ったときからデジャブの様な違和感はあったのだ。だが、実家の断捨利に呼び出されて親父の本棚に着手した時に久々に手に取ったその漫画。それが”レッド・スワン”だ。ジャンプ黄金世代に同人誌の様な慎ましやかさで発行されていた週刊誌に載っていた連載作で最後はその週刊誌の終焉と共に打ち切りの様な感じで終わってしまったが内容は当時としては作り込まれていて、劇画調の作画の中でスパイとしてのあらゆる苦難をサラリと”いい女”を醸し出しながら、チョットしたミスの可愛らしい描写を加えたその漫画はいま読み返しても名作だったと言っても過言ではない出来だった。

 

 その女がキスや思わせぶりな仕草でターゲットの心を掴んでいくのは随分と印象的で、幼少の頃の俺にも随分心に残ったものだ。ソレを自分より年下の彼女が知っているのに驚いたものだが、この様子だとどうにも触ってはイケない部分だった臭い。

 

奏「―――笑えばいいわよ。どうせ、散々と”いい女”みたいな言動で周りの人をからかっていたのを内心で笑ってたんだから、そうしたらいいわ!!」

 

八幡「事故りそうだから、んな近づくな。別に笑っちゃいねぇだろ」

 

奏「んぎ」

 

 一転して噛みつくようにこちらに顔を寄せて来る彼女を片手で助手席に押し込んで小さくため息をつく。大体、ソレを笑ってからかうような神経をしてるなら蘭子や飛鳥と会話なんてマトモに出来やしない。そもそも、奏のソレを笑うにはあまりに自分の黒歴史はちょっと深すぎる。いずれそれに頭を抱える蘭子らの苦悩を思えば、名作に影響を受けたなんて些細な事だ。むしろ、そのキャラクターが世間でここまで受け入れられている上に原作が世のほとんどの人が知らないような内容なのだから随分と傷が浅いとすら言える。世の中には初恋が流浪の侍だと明言してしまう声優だっているくらいなのだ。

 

 そんな事を笑って語っていると奏もちょっとずつ沈静化していき、膝を抱えてこちらを窺う様に睨むくらいには落ち着いてきたようだ。

 

奏「……嘘よ。絶対に心の底では笑ってるに決まってるわ」

 

 拗ねたようにそういってそっぽを向く彼女にこっちは苦笑を返すしかないが、別に個人的には本心からどうだっていい事だ。漫画でも、映画でも、身近な人でも、憧れて近づきたいと願い、努力した事は―――決して笑われるような事ではないのだと、俺は思うのだから。なんならば、その理想を目指してその想像を絶する辛さにすぐ挫折した事すら笑われる事ではない。

 

 憧れた何かは、そのしんどさを受け入れてなお、その姿勢を貫いている事が学べればソレは一生を支える何かになってくれる。ソレを人は”挫折”と呼ぶのかも知れない。だが、その痛みを知ってなお目指し続けようとするその姿勢は笑う事など許されない崇高な気高い物だと俺は思う。

 

 本当に恥ずべきは、心に宿した灯を知ったかぶりの冷たい風で吹き付ける事だ。

 

 挫折した傷を、相手にも求める”どっかの誰かだ”。

 

 灯を消すならば静かに一人でその傷を抱えるべきだ。頼りない灯を抱えて前に歩む誰かを巻き込むべきではない。

 

 だから、俺は”速水 奏”を笑わない。

 

 彼女は、まだその小さな灯を抱えて、歩き続けているのだから。

 

奏「…貴方は、アナタが憧れたのは、どんな灯だった?」

 

八幡「―――さあな。ソレを前に怖気ちまったから答えは一生分からん。」

 

 そう語った俺に彼女は小さく問うたが、残念ながらその答えは持ち合わせがない。狂おしく求めたソレが全てを壊す事を知って逃げ出した俺には一生語るべきでは無い事だ。

 

 俺が、それ以上を語る事はないと悟った彼女は小さく息を吐いて抱えていた足を崩して小さく、ポツリ、ポツリと語り始めた。彼女の。”速水 奏”の物語を。

 

 小学校の頃、彼女はおさげにだっさい丸眼鏡を掛けた冴えない女だったらしい。部屋の隅で本を読んで過ごすような目立たない何処にでもいる少女。ほおっておいてくれればいいモノを彼女はいつの間にか女子からのいじめの対象となって家に引きこもるようになった。

 

 そのなかで無気力に過ごしていた彼女は、やる事もなくなったときに暇つぶしに父親の本棚にあった”その漫画”を手に取った。ソレが彼女に衝撃をもたらした。様々な妨害を、困難を逆手にとって頬笑みと余裕を持って乗り越えていくその主人公に。そして、ふと見た鏡に映った自分と”彼女”の差に絶望した。そして、諦めていた何かに火が灯るのを感じたそうだ。

 

 ”なぜ、自分が尻尾をまいて引きこもらなければならないのか”と。

 

 答えは単純で、”彼女の様にカッコよく無いから”。それだけだ。あまりに単純で今では笑ってしまうほどだが、たったそれだけが幼い彼女が得た真実だったのだ。

 

 その日、彼女は腰まで伸びるおさげを自ら切り落として”速水 奏”として生まれ変わった。

 

 ソレが、彼女の始まり。

 

 ありふれていて、それでも彼女をここまで駆け抜けさせた始まり。

 

 ソレからの事を彼女は語らなかったが、まあ、十分だろう。

 

 注目作の主演に選ばれたその実績が、きっとその答えだ。

 

 だが、そこまで聞いても分からない事が一つあり思わず口を衝いてしまう。

 

八幡「だけど、ソレが何で漫画好きを隠す事になるんだ?」

 

奏「…常務に引き抜かれる前の92プロで言われたのよ。”アイドルがオタクだなんて絶対にばらすな”って。――ソレにちょっと恥ずかしいじゃない、女の子がジャンプが好きだなんて?」

 

 その答えに大笑いしてしまった俺に、彼女が目を三角にして肩を叩いて来ているウチに辿りついた彼女の家の最寄り駅。買ってやったジャンプを大切そうに抱えて彼女は帰って行ったのだ。

 

 

 

――――――――――――――

八幡「で、”熱心に勧めた漫画”はお気に召して貰えましたかね?」

 

奏「待って。今、いい所だから」

 

 記者会見が終わった帰り道。流れる街灯を目でなんとなしに追いながら掛けた嫌味な言葉は、上の空の言葉で返されればこっちも苦笑するしかない。諦めて、ぼんやりと流れる首都高を走らせていれば小さく息を吐く声が聞こえたので胡乱気に脇に座る少女を見れば、何に祈りを捧げているのか週刊誌を抱えて目を閉じている”主演女優”が映る。たかが週刊誌に何をそんな感慨を感じているのやら。

 

奏「さっきはダシに使って悪かったわよ。今週も最高だったわ」

 

八幡「そりゃなにより」

 

 苦笑して返してくる彼女に肩をすくめて返すと、彼女はもう一回小さく笑う。

 

奏「あんまり怒らないで?アナタにはホントに感謝してるんだから。漫画好きも今回の件で公認されるだろうし、これで私も堂々とコンビニでジャンプを買えるわ」

 

八幡「最初の感想が、主演女優の喜びよりそっちかよ…」

 

 別に軽口にムキになった訳でなくからかってみただけなのだが、真剣な顔でそういわれると肩を落として笑ってしまうのはご勘弁願いたい。そう思って隣を見れば、本当に嬉しそうにニコニコしている彼女にまた笑ってしまう。あのジャンプが切っ掛けになったのか彼女が望む漫画や週刊誌を手に入れては移動中のハイヱ―スで献上すると言う謎イベントが発生していたのだが、これでどうにもお役御免らしい。業務が減るのは実にすばらしいが、感想を言い合える時間が減るのは少々さびしい気もしないではない今日この頃だ。

 

奏「でも……また、貴方のオススメがあったら、買って来て頂戴?」

 

 真剣な顔を綻ばせて、ちょっと遠慮気味にいう彼女を横目で見て、頭をちょっと乱雑にかいてしまう。

 

八幡「流石、主演女優。あざとい(ボソッ」

 

奏「聞こえてるわよ?」

 

 その一言に冷たく睨む彼女の肩をすくめて受け流しながら思うのだ。

 

 秘密を抱えるほど女は美しくなるという。

 

 確かに、そうかも知れない。見えない部分ほど見たくなりソレを求めてしまうのは男の性だ。

 

 だが、秘密を抱え過ぎても、美容と健康には悪かろう。

 

 ならば、このちょっと狭いハイヱ―スの助手席くらいは彼女の秘密を下ろす場所があってもいいのではないかと。

 

 ミステリアスで、底知れぬ彼女が年相応の”速水 奏”でいられる場所があってもいいのではないかと。

 

 隣で喚く奏をいなしながら、そう思ったのだ。

 

 ココが抱えた灯を下ろして、休める場所とならん事を祈って今日もこのボロ車は都内を駆けていく。

 

 

 



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欲望の大和

エロなのか、ギャグなのか…。

酔っぱらって勢いで書いたので微妙な出来。

リクエストお待ちしております。


あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

 

大和 亜季   女  21歳

 

 武内Pがどっかからか捕獲して来たミリタリー系アイドルである。見たまんまに軍事関係に幅広い知識を持ち、趣味に生きている感がMAXの人であるが、時折見せる鋭い眼光や冷徹な意見は本当に紛争地帯を経験したかの様な凄みがある。八幡と同年代ではあるが、学生でもなく、転職組という訳でもなく地味に何をやっていたのかが謎な女でもある。

 明るく社交的で、多少脳筋気味なので誤解されがちだがCO属性。まあ、なんにせよ、嫌な顔せず設営の手伝いをしたり、スタッフにも感謝の気持ちを持ち、平等に接するナイスコマンド―である。

 

 

――――――――――

 

 

 木枯らしが秋の訪れを感じさせる匂いを放ち、舞ってゆく落ち葉だって仄かな哀愁を覗かせている。秋晴れで、のどかとしか形容のしようのない晴天の中で鳴り響いたブザーと共に熱狂的な歓声と同時に落胆のため息がその空に鳴り響く。

 

 くゆらせた煙の奥で勝者と敗者、その明暗が決されられたのだ。

 

 その勝負の名は”デレマス大運動会”。

 

 アスリート顔負けの身体能力を誇る”シンデレラ”達が紅白に分かれてその覇を競い合い、全力で競い合った結果に彼女達の顔は様々な感情を浮かべつつも全力を出し切ったその顔は一様に晴れやかだ。勝利を喜び抱き合うもの、悔しさをかみしめつつも勝者を称えるもの、隠す事もなく地団太を踏んで再戦への決意を新たにするもの。

 

 そんな彩り豊かな表情を浮かべる彼女らに、思わずこっちまで笑ってしまう。最初の頃を思えば随分と賑やかになったその光景を見て思う事も、随分ある。だが、今は余計な事を考えずに一緒に喜ぶべきであろう。

 

 

 

――――もう、この光景を身近に見れる時期も限られているのだから。

 

 

 

 そう身勝手な感傷に苦笑して、煙草の火を消す。

 

 閉会式やその後の打ち上げ場所の確保、業者との撤収段取りの確認。施設への終了報告。やる事は山とある。その事を思って小さくため息を吐いて、立ちあが―――る前に世界が暗転する。

 

 一瞬で晴天が真っ暗な布によって遮られ、反射的に喉から漏れた声が漏れる前に口の中にねじ込まれる異物感。

 

 咄嗟の事に反射的に伸びた手は流れるように何かに縛られ、あっという間に身動きが取れなくなってしまった事に抗おうとする身体は何かによって担がれた事で反抗することができず、運ばれていく感覚だけが伝わってくる。

 

 あまりに見事なその手際。

 

 こちらの混乱すら前提のその動き。

 

 真っ暗になった視界と焦る思考を余所に変に感心してしまった。

 

 そんなちぐはぐな感想を脇に、”比企谷 八幡”は何者かに拉致されたのだった。

 

 

 

―――――――

八幡「…で、これは何の余興だ?」 

 

大和「はっはっはっ!流石、ハチ殿!!誘拐されてもその冷静さとは感服に値するでありますな!!」

 

 視界を覆っていた包みをとっぱらわれた先に見えたのは薄暗い倉庫室。その中で腰に手をあてて呵々大笑する”大和 亜季”に俺は大きくため息をつく。程良く鍛えられた事が分かる健康的なすらりとした手足に、流れる様な黒髪を束ねた快活な笑顔を浮かべて笑う彼女に深く溜息をつく。

 

八幡「いや、んな事より閉会式が始まるからさっさと行くぞ。遅刻なんかすれば常務に嫌味を言われる上に、やる事が結構あるんだよ」

 

大和「ああ、ソレに関しては気にしなくていいで在ります。体調不良を武内司令官に伝えて、八殿に付き添ってもらう許可は既に得ているので私たちは公欠となっている筈でありますからな。段取りもそっちにお願いして来たで在ります」

 

八幡「…あん?」

 

 なんでもない事の様にそういった彼女に思わず怪訝な視線を向けてしまう。大の男を一人拉致してこれる女の何処が体調不良だと言うのか?そんな事を視線にのせて訴えかけるとこれにも彼女はやらしい笑みを向けて距離を詰めて来る。逃げようとするも手首が配管の金具に縛られているのでソレも敵わない。

 

大和「いえ、”体調不良”で間違えはないですよ。騎馬戦で茜殿との一騎打ちとなった時、茜殿が飛び降りてタックルして来たせいで反則負けとなったで在りましょう?ここ一番の所でお預けを喰らってしまったもので…随分と、ムラムラしておりましてな?」

 

八幡「…馬鹿なの?」

 

大和「戦のあとに高ぶるのは人の性でありますから。ソレが不完全燃焼であるならばなおさらであります」

 

八幡「体力有り余ってんなら校庭でも走ってこい、阿呆」

 

 俺の静かな罵倒にも彼女は笑みを深くするばかりで何も答えないが、その細くなった瞳の奥から覗く妖しい光は強まるばかり。その沈黙と眼が何より彼女が本気である事を感じさせ、俺の額に冷や汗か油汗か分からぬ物が吹き出るのを感じる。そんな俺に彼女はにこやかな笑顔のまま俺の体へと手を伸ばす。荒事が好きだと言う割には白魚の様に滑らかなその手がシャツの中に滑り込んできてなぞるように這っていく。

 

大和「ああ、やっぱり思った通りであります。設営を手伝っている時から目をつけていたでありますが、ほっそりしているようでありながらしっかりついた筋肉。それでいて吸いつくような荒れていない肌。実に女好きする身体でありますなぁ」

 

八幡「おい、アイドル。完全に構図が逆の悪役だぞ」

 

大和「おや?男としては逆に求められるなんて理想のシュチュエーションではありませんかな?」

 

八幡「昨今のセクハラへの判定の厳しさを知らんのか。男女逆でも立派に案件問題だぞ」

 

大和「何を間抜けな事を。男からなら厳罰すべきですが、女からならば満足させれば和姦。傷を残せば強姦なのは常識でありましょう?ソレに―――上の口はどういっても息子殿は随分と乗り気のようでありますしなぁ」

 

八幡「お前ソレ絶対にテレビの前で言うなよ!!マジで言うなよ!!あと、そっちは若さのせいだよ!!」

 

 昨今の倫理観に正面から喧嘩を売る馬鹿を全力で怒鳴っておくが、一抹の不安が残るのでマジで勘弁してほしい。それに年頃の男が控え目に言っても世間から“アイドル”として持て囃されてる女子に色々と撫でまわされて反応しない方が無理がある。

 

大和「ん?ははっ、しかも結構な銃を隠してらしたのですな。ズボンからはみ出るサイズなんて凶悪な物は滅多にいないのですぞ?コレは他の子に悪さをしない様にここで絞っておかねばなりませんなぁ」

 

 俺が怒鳴るのも軽く受け流して彼女は笑いながら身体に這わしていた手を、反応してしまった部分に滑らせていき一瞬だけ驚いたように止まった手は嫌らしげな顔を浮かべ、指の腹で検分していく。サイズどうこうの話をされても友達のいない俺には比較する機会の無かったのだからなんとも言えないが、完全に元気になってる部分に押し当てる様に腰をのせて来た彼女が、正面から吐息の当たる様な距離まで詰めてきて、その甘い吐息と仄かに薫る女性の汗特有の甘い匂いが俺の正常な判断を狂わせていく。

 

大和「しかし、やはり同意は大切でありますな。私もどちらかと言えば相手から荒々しく抱きしめられる方が好きな方ですから。叶うならばそっちの方が理想であります。さて、想像してみて下さい。この硬ーくなった愛銃が、今当たっている柔らかい的を打ち抜く快楽と、目の前にあるたわわな供給物資を貪れる快感を。どうであります?自慢ではありませんが、サバゲーに参加する度に何人もの男が抱かせて欲しいと土下座してくるくらいには豊満であると自負しているのですけど」

 

八幡「っぐ」

 

 そんな事を言いつつ局部を硬くなった部分に押し当てその先の蜜壷を想起させ、彼女の胸を隠すには儚げな薄手の運動着に包まれた果実を触れるか触れないかの絶妙な加減で俺の顔の前で揺らすその蠱惑的な動作に、どうしようもなく引き寄せられてしまう。そんな煩悶すら彼女には楽しくて仕方ないのかその唇は更に熱っぽい吐息をもらす。

 

 その目前で洩らされる吐息や熱。柔らかさやその先に無意識にも体が反応し、求める様に身体を揺すってしまいそうになる衝動を必死に抑えるために唇の端を噛んで何とか堪える。

 

八幡「馬鹿が。さっさと降りろ」

 

大和「…呆れた自制心でありますなぁ。そんな意地っぱりも普段は美徳であるが、今この状況では野暮であります。それに、最終的な結果は変わりませんので素直に頷いておいた方が拘束も解かれて逃亡の目もあったでしょうに?」

 

 苦笑する彼女が呟いた一言にそういやそうだとも思いついたが、例え嘘でもソレを許諾する事は自分の中の何かが頑なに許せなかった。プロ意識なんて立派な物ではなく、もっと子供っぽくも譲れない何かがソレを許さない。

 

大和「くくっ、そういう所こそが皆に好かれる所以なのでしょうなぁ。無論、私も嫌いではありません」

 

 そういっておかしそうに笑った彼女は頬笑みを深くして服に手を伸ばす。

 

 頼りげないその服すらもしっかりと彼女を守っていたのだと気づかされる程に豊かなその胸が露わにされて、思わず息を呑む。野生の動物を思わせる様なその美しい身体。色気のないスポーツブラですらその肢体はあまりに洗練されていた。だが、それよりも印象的だったのはさっきまでは嗜虐的な笑いを含めていた眼が、完全に飢えた獣のソレへと豹変していた事だった。

 

 遊びを捨てて、ただ喰らうために全力を尽くしたその瞳。ソレは彼女が本気なのだと知るには十分すぎる。

 

大和「…」

 

八幡「…」

 

 無言での睨みあい。ゆっくりと彼女の手が俺の服を掴み、引き裂くように力を込める。

 

 漏れそうになる声。流れ出る汗。

 

 ギュッと目をつぶり覚悟を決めた時に、その声は聞こえて来た。

 

有香「は、破廉恥なのはイケません!!」

 

 

 絶対絶命の中、薄暗い倉庫に―――顔を真っ赤にした天使”中野有香”が荒々らしく駆け込んで来たのはそんな時だった。

 

 その瞬間、俺は神の存在を信じたね。マジで。

 

 

―――――――――

有香「ななななな、何をしてるんですか二人とも!!不潔です!!今すぐ、離れてください!!」

 

 半裸となった女と着崩された服を剥かれかかった男が跨られている現状は未成年の彼女には少々、刺激が強すぎたようで顔を逸らしつつも怒鳴ってくる。ホントに押し倒された情けない格好ではあるのだが、自分の貞操が守られた事にホッと息を吐く。いくら、発情した馬鹿でもこのまま続行はしないだろう。

 

八幡「おら、オフザケも終わりだ。さっさと―――」

 

大和「おお、有香殿も混ざりますかな?一口目は譲れませんが、おすそ分けするくらいの度量は自分にもあるであります」

 

「「は?」」

 

 あまりに明るく、あっけらかんとそう口走る彼女に思わず声がハモってしまった。そんな間抜けな顔を浮かべた俺たちこそを不思議な物を見るかのように大和が首を傾げる。

 

大和「おや、混ざりに来たわけでなければ何の御用でありましょうか?見ての通り今はちょっと立て込んでおりましてなぁ。む、もしかして見学が目的ですか?個人的趣向に口を挟む気もありませんが、そういうのはひっそりと覗くに留めるのがマナーという物ですよ」

 

有香「勝手に人に変な嗜好をキャラづけしないでください!!どう考えたって亜季さんの方が、お、おかしいでしょう!!」

 

 顔を真っ赤にした有香が噛みつくのも気にした風もなく大和は小さくため息をつき、悪い笑みを浮かべて彼女に向き直る。

 

大和「ふむ、”合意”の上でのまぐわいを邪魔してくる有香殿にそういわれるのは少々心外ですな?」

 

 その言葉に有香が睨みつける様にこちらに視線を向けて来るが、全力で首を振って否定の意志を伝える。何処の世界に拘束した人間を襲う事を”合意”した状態とみなす馬鹿がいるのだ。そんな俺のあり様を見た有香がもう一度大和に睨むように視線を戻す。

 

有香「相手方は”合意”を否定している様ですが…?」

 

大和「あんなにおっ勃てていては、その言い分は通りませんなぁ。何よりも刈り取ったのは自分です。その獲物をどう調理しようととやかく言われる筋合いはありません。…それとも、横取りが目的でありますかな?」

 

有香「な!!」

 

 指差された俺の下の方に目を向け、目を逸らしたのもつかの間、挑発的に嫌らしく笑う大和に再び鋭い視線を向ける。傲慢とすら言えるその態度に深く深呼吸をして彼女はゆっくりと構えを取る。さっきのコミカルさを吹き飛ばすほどに凛と美しいその構え。

 

有香「武道に身を置くものとして、”勝者の権利”というものに私も理解はあります。しかし、強さに溺れ、よこしまな目的の為にその力を一般人に振りかざす事を自制するのも武人の矜持でありましょう。”戈を止める”と書いて”武”となりますれば、道を誤った同輩を正すのも私の道です」

 

大和「これだから武人家気どりは嫌になるであります。どんな思想も実利の前には霞み、狂気に呑まれるモノ。戦場で求められるのは思想では無く完璧な規律であります。そして、武とは”戈にて止むる”と読むのであります。力無き正義は”悪”。だから結局は有香殿もその拳を握りしめる。―――ゆえに分かりやすい」

 

八幡「いや、完璧な規律を完全に乱してた人に言われても…」

 

 俺の呟きも空しく無視され、大和も構えを取る。有香の取る構えは半身で正眼に手を差し、腰に拳を控えさせた空手の基本的な型で一片の乱れもなく大和を見据える。対する大和は両手を正面に構え、握るとも握らぬとも言えない塩梅で腰を低く構える。タックルや総合格闘技の流れをくむマーシャルアーツという奴なのかも知れない。

 

 ひりつくような静寂。

 

 呼吸すらも憚れる様なその緊張感は、鋭く踏み込んだ有香によって破られた。

 

 美しさすら感じさせる上段蹴り。小柄な彼女から発せられたソレは間違いなく大の男ですらタダでは済まない事を感じさせる渾身の一撃。ソレが大和のガードの上へと吸い込まれ――

大和「青いですなぁ…」

 

 そう呟いた大和はあろうことか、蹴りを放った彼女へと更に踏み込んでいく。必殺の威力を持ったその上段蹴りも基幹となる太ももの部分に当たったのでは半減し、残ったのは不安定な姿勢を残した有香のみだ。

 

 一瞬の事。

 

 目にも追えぬ程のその技は素人の俺には舞っているのかと思ってしまうほどあまりに美しく、勝敗はついてしまった。大和の頬に残ったその赤く腫れた部分は有香のせめてもの傷跡なのだろうが、勝敗はあまりに歴然としている。

 

大和「一撃必殺を旨とする空手の打撃は確かに強烈ではありますが、懐に入ってしまえばその本領は発揮できません。その一撃で最初にすべきは相手の手足を破壊し、機動力を奪ってからの王手が定石。救助者を救おうと焦ってキメ手を初っ端から放つのは悪手であります。だから、こんな無様を晒す」

 

有香「ぐっ!!」

 

 関節を取られ地面に組み伏せられた有香は苦しげに呻き反抗を試みるが、手慣れた様子の彼女はポケットから取り出したテープで彼女の手足を次々と拘束していく。

 

大和「ま、不安定な状態でも咄嗟に控えていた正拳を突き出したのは見事ではありました。しかし、結局は守れなければ全ての努力は水の泡。今回の事を教訓に―――精々、そこで指をくわえて見ているといいであります」

 

有香「く、くそう!!すみません、父上、…比企谷さん」

 

八幡「いやもう、完全に悪の結社の女幹部みたいになってるんだけど…」

 

 梱包を終了した彼女は自らの赤くなった頬を軽くつつき、遅れて出て来た鼻血を拭ったあとに悪い笑みを持って有香に嫌らしげな笑みを浮かべて唇を舐め上げてこちらに戻ってくる。いや、あまりのそのヒールっぷりに見惚れてしまっていたが、そんな場合ではなかった事を思い出して再び冷や汗が吹き出て来る。最後の砦であった彼女がやられたという事は、俺の貞操を守ってくれるモノが無くなったという事でもある。…ヤバい。

 

八幡「いや、ちょ、ちょっと待て。マジで?いや、このまま有香の前でおっぱじめる気か!?アイツまだ未成年だぞ!!」

 

大和「まあ、ペナルティというやつですな。彼女も武人であるならば負けた後には大切な物に何が待っているかはそろそろ知ってもいい機会であります。なあに、天井の染みでも数えているウチに終わらせるでありますよ」

 

八幡「お前の過去には一体何があったんだよ!!てか、アイドルがしていい顔じゃねーよ!!」

 

 笑いながらにじり寄ってくる彼女の目は全く笑っていない。その笑えない状況に俺も必死に身体をもがかせて距離を取ろうとして抵抗を繰り返し、遂には組み伏せられた所で、背後から―――正確には後ろで縛りあげられている有香からくぐもった声が聞こえ、俺たちの動きもぴたりと止まる。

 

有香「うぐ、ぐすっ、わ、私が弱いばっかりに…うう、ごめんなさぃ。ごめんなさぃ」

 

 顔を涙と鼻水と、その他もろもろでぐちょぐちょにした有香が壊れたように泣き声を噛みしめている。その光景に、今度こそ俺は表情を消して真剣に大和を睨む。今回のやんちゃはたった今笑って済ませられないギリギリのラインに踏み込んだ。これ以上を踏み越えるのならば、こっちも相応の対応をしなければならなくなる。

 

大和「…ちなみに、続行した場合はどうなされるおつもりですかな?」

 

八幡「この場で舌を噛み切る」

 

大和「安っぽいエロゲの村娘ヒロインみたいな対応をそこまで堂々と言い切るのもどうかと思うのですが……はぁ、まったく泣く子とハチ殿には構いませんな。今回のオフザケはここまでにしておきましょう」

 

 俺の迷いのない視線に本気を感じ取ったのか彼女は苦笑を洩らして、ポケットから取り出したナイフで俺を拘束していた縄を乱雑にかき切って溜息と共に耳元で俺だけに聞こえるように小さく呟く。

 

大和「自分に限らずの話ですが、女の子に迫られて恥をかかせる物ではありませんよ?」

 

八幡「――っ」

 

 さっきまでとウって変ったその表情と優しげな声。その、自分の中に深く刺さったナニカを見透かしたような言葉に、俺は小さく息を呑んでしまう。そんな俺の表情に困った様な笑顔を浮かべる彼女は何も言わずに俺から離れて有香へと向き直る。

 

大和「さて、今回はハチ殿の覚悟に免じて引きますが、本来はアナタは全てを失う所でありました。武人としての清らかさは貴方の美徳ですが、その自己満足は決して負けられぬ戦いではソレは仲間を死地に追いやる”卑怯”となります。敵わぬならば数を集め、弱点を付き、道具を駆使し、戦略と生命線を何重にでも引いて備えなければなりません。―――戦場には仮定は存在せず、次は無いのですから」

 

有香「……」

 

 俯きなにも答えぬ彼女に大和は、もう一度笑って出口へ手を伸ばす。

 

大和「強くしたたかにおなりなさい。そうすれば、貴方はもっと輝ける筈であります」

 

 それだけ言って彼女は倉庫を後にした。

 

 

 そうして静かになった部屋の中で強い倦怠感を溜息と共に吐きだし、彼女の背中を思い返して思うのだ。

 

 

 

 

 

――――スポーツブラ丸出しで出て言ったが彼女はここからどうやって帰るつもりなのか。そんなどうでもいいことが堪らなく気になった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 倉庫の扉を閉めて、小さくため息をつく。

 

大和「やれやれ、自分の隠密スキルが有香殿にまで見つかるほど腕が落ちていたのかと不安になってしまいましたが、彼女を差し向けたのはアナタでしたなら納得ですなぁ」

 

時子「…別に下等なトリとゴリラが交尾しようが興味も沸かないけれど、法子がうるさいのよ」

 

 心底、興味なさげな風情で腕を組んでいた彼女がそっけなくそう答えるのを聞いて笑ってしまう。普段は苛烈な言動で勘違いされがちだが、彼女の本質は酷く愛情深いと読んでいる。その彼女が可愛がっている後輩の為に動くその様子に、今回の自分の計画を邪魔された事も流してやろうと思えた。

 

時子「そこそこ頭の回るゴリラならばこんな事をすれば”そのあと”がどうなるか分からない訳でもないでしょうに。理解に苦しむわ」

 

大和「そうですなぁ。良くて半壊、悪くて全壊といった所でしょうなぁ。でも、ソレを先延ばしにしても何時かは限界が来ます。その前に反応を窺って見るのも有りかと思いまして。無論、手に入るに越した事はありませんでしたがね?」

 

時子「…本当に、性質が悪い女」

 

 頭痛を抱える様に額に手を当てていた彼女がぞんざいにジャージを投げつけて来たのでありがたく受け取る。実はカッコよく出て来たもののこの後をどうしたものか迷っていたのだ。ジャージの礼を伝えて歩き出すと彼女の視線が突き刺さっているのに苦笑してしまう。

 

 さてはて、カッコつけては見たがこれでも結構、振られて内心はしんどいのだ。

 

 頬を刺す痛みを撫でて思う。

 

 

――貴方は、いつまでそうやって一人で歩いていくつもりなのでしょうか?

 

――その先に、何が待っていると言うのか。

 

 

 その寄せ付けない孤独を頑なに抱える彼の行く末に小さくため息をつき、どうか誰かが何時かその重荷を分け合う相手となり共に歩むことを願った。

 

 



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一匙の想い

人は、果てしない悪意や憎悪で身が竦んで動けなくなってしまうことが、あるのです。

でも、たったひと匙の想いに救われる事もあるのです。


あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

 

鷺沢 文香    女  21歳

 

 シンデレラプロジェクトの初期メンバーの一人。比企谷と同級同学部で貴重な古本や八がぎっくり腰の叔父を家に送った時にはち合わせるなど諸々の切っ掛けで知り合い、本で盛りアガがっているところを武Pにスカウトされた。基本的に一人で本を読んでいる事が多く人嫌いと思われがちだが、没頭しているだけでおしゃべりは嫌いではない。

 最初期は体力はメンバー内最下位だったが、その人を引き付ける声と歌唱力は追随を許さなかった。自己評価の低さから卑屈だった性格も、ステージを重ねる度に前向きになって多くのファンを引き付け、COOLトップアイドルの一角として君臨する。ただ、最近はある事件のせいで活動を休止しているようで…?

 

 

------------------

 

 絶え間なく降り続く小雨が窓へ降りかかり、力なく砕けてはまた集まり滴となって滑り落ちて雨落ちへと吸い込まれていく。季節柄とはいえ厚く空を覆う雲のせいで随分と暗く感じる部屋の中でその光景を何するでもなく何時間もそれを見つめている自分に小さくため息を漏らす。

 

 何度となく気を紛らわせようと手を伸ばした愛読書達。いつもはすぐに入り込んでいけるその世界に入り込もうとしても、目は字面を滑って行くばかりで諦めと共に脇へと何冊も積まれてしまう。普段なら絶対にしない様なその行いに本達の責める様な抗議が聞こえて来る気すらする。だが、棚に戻そうとする手を伸ばそうと、部屋の空気を入れ替えようと、何かするたびに脳裏に”あの事”がよぎり、思わず竦んだ身体はそのまま力なく座り込んでしまう。

 

 万事が全てこの調子なせいか世話になっている叔父にも、仲間たちにも、迷惑を掛けてしまっていて。ソレが更に胃の奥を締め付ける様にして喉元を何かがせり上がるのを感じ、脇に据えていた桶を咄嗟に引き寄せる。

 

「―――っかふ!」

 

 胃が何かを必死に締め上げ蠕動を繰り返すが、出るのは僅かな胃酸とくぐもった自分のうめき声。

 

 当たり前だ。ここ数日で碌に物など食べていない上に、一定の間隔で襲ってくるこの発作のたびに空の胃から僅かに含んだ水分すら吐きだしているのだから出て来る訳がない。そんな状態でも意外と死にはしないのだと感心と、いっそのことこのまま静かに眠るように死なせて貰えないものかと自嘲して、目を閉じる。

 

 あの光景を思い出す事も分かっているが、目を開けている気力すらもはや残っていなかった。

 

 そして、案の定――――瞼に焼きついた、あの光景が繰り返される。

 

―――――――――――

 

 ようやく自分の日常に溶け込み、慣れ親しんだステージが暖かい歓声に包まれ終わった後のファン達との握手会のことだった。握手に来てくれた人達が誰もが笑顔で声援を送ってくれて、力強く自分の手を握って喜んでくれる。その中には見知った顔になりつつあるファンが何人もいてくれて、その笑顔に自分なんかが欠片でも役にたっている事が嬉しくて自分も思わず綻んでしまった。

 

 今思えば、自分も浮かれていたのだろう。

 

 憧れていた物語の主人公になれた気でもしていたのだ。だが、その勘違いはすぐに正された。

 

 次々と握手を交わして行く人々の中で、一際目を引き綺麗な少女が自分の前に立った。彼女も笑顔で自分の手を握って、声援を送ってくれたあと”貴女を思ってお菓子を作ってきた”と、美しい顔に照れたように小さな箱を手渡してくれた。”ホントは目の前で食べて欲しいけど、楽屋ででも開けてくれると嬉しい”そう言ってくれた。

 

 その言葉に感極まった私はその包みをその場で開けてしまったのだ。

 

 

 ――――その人の、その深くなった笑みの意味も知らずに。

 

 

 中に入っていたものがなんなのかは、今でも分からない。

 

 細く、長い髪の様な何か。

 

 今だ苦しみ、のたうつ何かの生物。

 

 それらを無理やり何かで固めた甘ったるい何かの匂い。

 

 そして、―――――――箱の内側いっぱいに書かれた呪いの言葉。

 

 絶叫を上げて崩れ落ちる私を見た彼女が、狂気すら感じる声で甲高く笑った。すぐさま駆けつけた警備に拘束された彼女は血走った眼で、朗々と語りあげた。どれだけの憎悪を籠めたらここまで人を貶める文言を思いつくのか想像もつかない言葉の羅列が叩きつけられた。口を塞がれてもなお、その深く弧を描く瞳と、その輝き。

 

 その悪意が自分に向いている事が、ただただ恐ろしかった。

 

 

――――――――

 

 

 そこまでを追憶した所で、目が覚める。

 

 全身を包む不愉快な冷や汗と、早鐘の様になる鼓動が喘ぐような呼吸を強制する。時計を見れば目を閉じてから二十分もたっていないが、ここ最近ではずっとそんな感じでこの悪夢が繰り返される。

 

 騒然とした場から連れ出され、仲間やプロデューサーが何度も声を掛けてくれても、ソレに答えようとしても”あの瞳”が脳裏をよぎって頭を抱えて絶叫を上げてしまうだけしかできなくなってしまったのだ。その後の専門医が来て”絶対静養”を仲間たちに告げてから私はこの部屋から出られなくなっている。

 

 その事にまた胃が引き裂かれるように絞られ、胃液すらでなくなったえずきを繰り返す。

 

 結局は、霧のような小雨を眺めて何も考えない様にする。汚物を撒き散らす分、出来そこないの人形の様に日々を過ごすしか今の私に息をする術がないのだ。

 

 これは、罰なのだと、最近は理解し始めた。

 

 自分の様な人間が勘違いしていた、罰なのだ。

 

 物語の主人公を脇役が出しゃばって演じようとしていたら読者はその滑稽さに笑い、思い入れのある人は怒りだすだろう。

 

 あの女性は、そんな自分を許せなかった”自分の罪の形”なのだ。

 

 一瞬でも馬鹿な夢なんか見ずに、古びた古本屋で静かに朽ちていくべきだっ――――――。

 

 

”ピリリリリリ”

 

 

 そんな独白は無機質な電子音に打ち切られた。

 

 雨粒の音に馴染んだ耳に異常に響いたその音に肩を跳ねさせ、その画面に表示された名前にまた胃が引き絞られる。

 

 

『比企谷さん』

 

 

 そう表示されたその文字に、また脳裏をよぎる悪夢を振りっ切って震える手を何とかその携帯に伸ばす。なんども取り落とした携帯をようやく捕まえ、荒れる呼吸を必死に飲み込んで、ボタンを押す。

 

「――――もしもし、鷺沢、です、が」

 

 久々に意味のある言葉を紡ごうとする自分の声は自分でもびっくりするほどざらついて耳障りの悪い音で、この声を彼に聞かれたかと思うと今すぐに通話を切りたい衝動に駆られる。だが、そんな私の思考を余所に向こうからの返信は、ない。その間に、悪い想像が更に加速して絶叫しそうになる寸前でようやく彼は口を開いてくれる。

 

 一体、彼からどんな言葉が出て来るのか。励ましも、心配も、応援も、今は―――今だけは聞きたくなかった。

 

「…悪い、文香。レポート手伝ってくれ」

 

「……はい?」

 

 身構えていた身体も、心も、警戒心も、彼のあまりに突拍子もないその一言に、間の抜けた声が零れてしまった。

 

 

―――――――――――

 

「その教授の授業は、こちらのノートの…ココがメインですね。そっちのレポートもココの議題が応用が利くので引用し合えば効率よく出来ると、思います」

 

「えー、この教授がアレで、こっちがソレだから…やっぱり、この教授から片していくべきか。…悪い、辞書も貸してくれ」

 

 鳴りやまない雨音が続くなか、リュックいっぱいのレポートや参考書を抱えた彼が息を切らせて私の下宿の古本屋に駆け込んできたのが三十分前。彼を家に上げる事を渋った叔父との間にひと悶着があったが、引きこもっていた私が会いたいと伝えると叔父も文句を言いつつも渋々と了承してくれた。

 

 彼は申し訳なさそうにしつつも私の部屋に入るなり地面に頭を擦りつけるようにして土下座を敢行し、自分の状況を打ち明けた。曰く”単位がヤバい”だそうだ。真剣な彼の様子に聞き入っていた私がコントの様にずっこけてしまったのはきっと誰も責められない筈だ。

 

 まあ、生徒が代返や課題提出は抜かりなく対策していても言わないだけで各教授は誰がでていて、出ていないのかなんてしっかり把握している。教育では無く、研究が本分の彼らは興味のない生徒ならそのまま適当に放置しておくのだろうが、彼はちょくちょく彼らの琴線に触れる意見を出すせいか随分と気に入られていて―――はっきり言えば、悪目立ちしている。そんな彼らは、彼に授業の”単位が欲しければ面白いレポート”を提出しろと要求し、追い詰められた彼は苦心の末にココに転がり込んだそうだ。なんとも気の抜ける話である。

 

 真っ青な顔で私のノートを読み込み、参考文献と見比べて要点をまとめていく彼を見ていて、喉がなる様な音を耳がひろった。

 

―――いま、私、笑った?

「ん?ここ、参考書とノートでニュアンスが違うけど…なんか俺の顔についてるか?」

 

 そんな自分でも良く分からない疑問に目を見開いていると、彼と目線がかち合い彼が怪訝そうにするので慌てて思ってもいない事を口ずさんで話題を逸らす。今さらだが、掠れたこの声を彼は聞いても不快じゃないだろうかと関係ない不安も滲んでくる。

 

「い、いえ、…ただ、そこに着目するくらい優秀なら普段から授業に出ればいいのにと思ってしまって」

 

「…俺もそうしたいんですけどねー。チッヒがトップだとしても、君もその一端なんだけどね―」

 

 そして、墓穴を掘った事に言ってから気付いた。その授業に出れない原因のアイドル活動に自分も含まれてるのは間違いないし、自分は授業もちゃんと出させてもらっている。数は違えど少なくなく被っている授業に彼をほとんど見ないのは自分たちの段取りをしてくれているからに他ならないのは分かっている。でも、その嫌味っぽい目線と言い方にちょっとだけムッとしてしまう。

 

「その分、代返とか協力はしているつもりですよ?」

 

「はいはい、感謝しておりますよ―――「そうですか、じゃあこのノートも解説もいりませんね?」いや、すみません!感謝しています!!」

 

 差し出されたノートをそのまま回収しようとすると、彼は一瞬で平謝りをしてくる。その様子に、今度ははっきりと笑ってしまい、揉み手をしてへつらってくる彼に溜息を一つ付いて、さっき聞かれた部分の解説をしてあげる。

 

 久々に聞く自分の笑い声は、随分としゃがれてしまっていたが―――不思議とさっきの様な恥ずかしさは沸かなかった。

 

 

――――――

 

 ノートと参考文献とを睨めっこしつつ、棚にある本や、一階の古本屋にある参考になりそうな本まで引っ張り出して二人でレポートを進めていると、気がつけば夕刻はとっくに過ぎていい時間になってしまっている。その事実に驚いてしまった。一分が過ぎるのすらあれほど長く感じていた日々があれだけ続いていた筈なのに、まったくそれを感じていなかった事に。

 

 そうして呆然としていると彼が、私の視線を追う様に時計を見る。

 

 

 

 その目を覆い隠したくなってしまったのは―――なぜだろうか?

 

 

 そんな自分にも分からない衝動も空しく彼は時計の針を見て小さく息を吐く。その先を、聞きたくない。そう願っても、彼の口はゆっくりと開かれて、

 

「腹減ったな…。台所、ちょっと借りていいか?」

 

「―――え、あ、はい」

 

「あ、いや、やっぱいい時間だし「いえ、使ってください」お、おう」

 

 彼の遠慮を遮るように、口を開いていた。その言葉の先を、今は聞きたくなかった。

 

 戸惑う彼を台所に連れていき、何があったかと思案するも最近はソレどころでなく冷蔵庫がどうなっているか分からず焦る。何か彼の小腹を満たせるものは残っているだろうか?そんな考えを必死にしているのを見た彼は苦笑して、手を振る。

 

「ああ、いや、鍋一個貸してくれりゃ事足りるんだ」

 

「へ?」

 

 そういって彼の方を見れば彼は背負ってきてバックからタッパーに詰まった白米と梅干を出して笑う。だが、まさかそんな物だけで飢えを満たそうとしているのかと思って私はさっきよりも焦る。

 

「い、いえ、冷蔵庫を探せば何かあるはずなので作りますよ!?いくらなんでも…!!」

 

「いや、ちょっと最近ロケ弁続きで流石に食傷気味でな…」

 

 慌てて冷蔵庫を確かめようとする彼は”いいから”と私をテーブルに座らせて立てかけている鍋に水を大雑把に足して湯を沸かし、調味料の場所だけを聞いて次々と調理をしていく。後ろからみているだけでもその大雑把な分量と味付けに口を出したくなってしまうが彼は”いいからいいから”とまた押しとどめる。

 

 そこまで言われては動くに動けないが、彼の作ろうとしているモノが分かって来て首を傾げてしまう。それこそ、調理と言っても口の出しようのないほどにシンプルなその料理。やがて、危なっかしいその風景も終わって出来あがったのは”おかゆ”だったのだから。

 

いくら食傷気味だと言っても、成人した男の人には物足りなさ過ぎるであろうソレが器に盛られ、彼はソレを一口だけ口に含んでちょっとだけ唸る。そして、チョットだけ逡巡したあと、もうひと匙だけすくってこちらに差し出してくる。

 

「ん、料理なんか滅多にしねぇから成功かも分からん。…ちょっと、味見してくれ」

 

「―――」

 

 窺うような不安げなその目に、距離感に迷っている様なその差し出された匙に、何より不自然すぎるその献立に――――全てが得心がいってしまった。

 

 

    コレは、私の為に

 

 

        作られたものなのだ。

 

 

 悪意の籠められたあの異物の恐怖を、人への恐れを拭えない私に

 

 

    目の前で作り、

 

       自ら食べてみせ、

 

          私が踏み出すのを願って差し出された

 

 

 

    あまりに不器用な、彼の、精一杯に伸ばしたその、優しさなのだ。

 

 

 私は、その匙を迷いなく口に含む。

 

 一瞬、震える彼に微笑み、目を閉じてその優しさを噛みしめる。

 

 荒っぽく刻まれた梅の爽やかな酸味に、煮詰められた穀物の優しい甘さ。そして、チョットだけ強い塩気が、鼻の奥を痺れさせる。それでも、ゆっくり噛みしめて飲み込む。

 

 悲鳴を上げ続けていた胃が、暖かな何かにその声を緩めて、身体の奥に残っていた筋をゆっくりと解いていく。そして、その筋が解け切った時に、私は”お腹が減っていた事”に気がついた。

 

 ああ、私はこんなに、飢えていたのだ。

 

 その自覚は、無意識に言葉に出ていた。

 

「…もう一口、ください」

 

「―――ああ」

 

 はしたなくひな鳥の様に差し出された口を広げる私に、彼は戸惑いながら匙を差し出してくれる。

 

 もう一口、もう一口と、何度もねだる私に彼は無言で答えていき―――気がつけば器はほとんど空になってしまっていた。

 

「最後に、もう一口」

 

 戸惑った彼は、残りを丁寧にすくいあげ私に差し出してくれる。

 

 その匙を見て”貴方に差し出されたのならば、毒でも喜んで飲み干すのに”なんて古い戯曲の一片を思い出して、照れくさくなる。でもきっと、変に生真面目な貴方は怒ってくれるだろう事を思って笑ってしまう。

 

 その笑いを最後のひと匙と共に飲み込んで、小さく息を吐く。

 

「…ご感想は?」

 

「水と塩の分量が適当過ぎますね…まあ、”今後に期待”といったところでしょうか?」

 

 ワザと辛口に言った憎まれ口に彼は苦笑して、肩をすくめる。下ろした匙と共に、彼も肩の荷を下ろしたようにホッとしたその顔に小さく綻び、私は掛けっ放しになっていたエプロンを手に取り、冷蔵庫を開ける。止めようとする彼を今度はこっちが押しとどめて座らせる。

 

「貴方の晩御飯を食べきってしまいましたから、そのお詫びです。それに、叔父のご飯もそろそろ作って上げないと不摂生になっているようですから」

 

 ゴミ箱に乱雑に入れられた弁当の空を指し示して、冷蔵庫に入っている物での献立を考える。そうしていると、次々とやることが思いついてきてしまう。試験の近い大学の事、迷惑と心配を掛けた皆への謝罪、家事や店の品物の管理、楽しみにしていた作家の最新作。止まっていた時間が、急に動き出したように動きだしていくような感覚に身体に力が漲ってくる。そんなときに、あの人の悪意が一瞬だけ浮かんで強張った身体は、差し出してくれた匙と暖かいおかゆにゆったりとかき消されてゆく。そんな自分の現金さに笑ってしまう。

 

 きっとこれが物語なら、今でも自分は脇役の端役だろう。でも、私がいま歩んでいるのは現実なのだ。

 

 スポットライトが当たらない古びた本屋の町娘でも、どんな役でもその人生の主役は自分だけ。

 

 だれも変わってくれないその物語に、後ろでレポートに頭を悩ませる変り者で優しい彼が寄り添う様なストーリーを積み上げていく事には誰にだって文句は言わせない。

 

 

 

 だってコレは”私の物語”なのだから。

 

 



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お節介な人々

リクエスト消化回

雪乃×雪美です。




プロフという名のあらすじ

 

 

 雪ノ下 雪乃 女  21歳

 

 雪ノ下家の大人しい方。

 

 色々あったが家族の関係は修復に向かいつつあるため、丁度今頃になって思春期の母子みたいな関係になってる。不器用か。

 

 そんなこんなで自分の夢を叶えるべく家業を継ぐために大学を専攻し、学ぶ度に自分の身内の凄さを実感したために今ではそこそこ大人になったとの評判。美人・絶壁・毒舌を兼ねそろえたパーフェクトウーマンである。

 

 家では姉が家を継ぐ、継がないで大暴れしていて大変らしい。

 

 

 佐城 雪美 女  10歳

 

 京都出身の天才子役として注目を集める少女。言葉が独特で小さいので物静かな印象を与えるが好奇心やチャレンジ精神は旺盛であり意外とやんちゃでやらかす。

 

 飼い猫と常に傍にいてよく話しかけている。そのせいか猫も随分と人間らしい感情表現をしてくるのでそのうち宅配する魔女の怪猫みたいになるかもしれない。

 

 関西から全国区へとステップアップするため上京することとなり、単身東京へと向かったが――――?

 

 

------------

 

新幹線に流れるアナウンスにうとうとしていた眠気を払われて、慌てて窓を覗けばそこは既に目的地で慌てて身の回りのモノを確認して降りる準備をする。その時のチョットだけ乱雑な扱いに手元の相棒から抗議の声が上がるのに小さく謝り、流されるようにして進む通路の列へと体をすべり込ませる。

 

 生まれ故郷が世界的にも有名な古都であるため人ごみにも慣れているつもりではあったが、それでもこっちの勝手の違いに戸惑い、押し出される様になんとか下車をして小さく息をつく。そうして、なんだか色々とすり減った様な気がする疲れを呑みこんで視界を上げてみる。

 

 人、人、人。

 

 溢れださんばかりの人が、へしあう様にして行きかうその光景に、圧倒される。

 

「……やっぱり、素直に…迎えに来てもらうん…だったかな?」

 

 身動きも碌に取れないその騒がしさに、忙しい両親に自分が張った”一人で大丈夫”という小さな意地を後悔して小さな友人に声を掛けるが、無情にも彼は『にゃー』と呆れた嘆息の様な声と、視線を向けて来るばかり。励ましてはくれないらしい事に私”佐城 雪美”は小さくうなだれた。

 

 唯一の友人にすらそんな釣れない態度を取られ落ち込むが、何時までも落ち込んで肩を落としている訳にもいかず、約束の時間と待ち合わせ相手の書かれた紙を取り出して確認する。時間だって余裕があるわけでもなく、いつまでもここでぼさっとしている訳にはいかない。そうして、中身を確認しようとしていると何かが背中にぶつかり、思わずよろけてしまう。

 

「っ!!」

 

 支えきれなかった体は簡単に傾いでいき、硬い地面との接触を想像して身を強張らせる。数瞬後に襲ってくるであろう痛みは―――――ついぞ訪れる事はなかった。

 

 代わりに、自分の体が伝えて来るのは柔らかく暖かな感触。そして、爽やかで甘い心地よい匂い。

 

「まったく、こんな小さな子にぶつかってそのまま立ち去るなんて見下げ果てたモノね」

 

 少しだけ怒った様なその凛とした声に釣られる様にして顔を上げれば、とても綺麗な女の人が私を支えてくれていた。絹の様に滑らかなその黒い長髪に、白磁の様な肌。その顔は何処か冷たげな風貌なのに、こちらに向けてくれた目は柔らかい。もし、雪の妖精がいるのならばこんな人なのだろうと感じさせる。

 

「怪我はないかしら?見たところ一人の様だけど、ご両親は?」

 

「あ、その…ありがとう、ございました。一人で…来ました」

 

「一人なの?」

 

 私の体を検めてくれていた彼女が少し怪訝そうな表情を浮かべ、ちょっとだけ何かを考える仕草をして口を開く。

 

「…一応、聞いておくけれどもお迎えは来ているの?」

 

「はい…。”中央口”に…来てくれる……はず」

 

 さっきの衝撃で連絡先も書かれた紙が何処かに行ってしまったので、覚えている時間と集合場所を当てにしてそこまで向かわなければいけないのだけれども、この人混みと思った以上の複雑な建物の構造に現在地すらあいまいな状態に途方に暮れてしまう。せめて看板や表札があればとも思うのだが、自分の身長ではソレも見難い。

 

 手元に握った携帯に思わず目が行き、小さく唇を噛んでしまう。普通に考えれば両親に連絡をするべきだ。怒られるのが嫌な訳ではない。だが、忙しい両親に迷惑を掛けたくなくて一人で来たのにそれすらできない自分の無力に情けなくなって俯いてしまう。

 

「……もし、迷惑でなければ出口まで一緒に行きましょう」

 

「えっ」

 

 掛けられたその声に思わず彼女を見上げれば彼女は苦笑したようにこちらを微笑んで言葉を紡ぐ。

 

「折角、遠くから来たのにいきなり嫌な思い出を関東にもって欲しくないモノ。それに―――千葉県民は猫好きでお節介なのよ?」

 

 茶目っ気を含んだその言葉と共に彼女は私の手を取り、柔らかく引いてくれる。

 

「ああ、自己紹介がまだだったわね。私は”雪ノ下 雪乃”というの。貴方は?」

 

「……私、は”佐城 雪美”。こっちは……ペロ。………ありがとう」

 

 その温もりと見惚れてしまうくらいに美しいその笑顔に、私は自然とそう答え、ペロも小さく鳴き声を上げる。それに彼女は小さく頷き人ごみの中を超えていく。さっきの息苦しさが嘘のように、滑らかに進んでいくその歩みのなかで、私はずっとその横顔を見つめていた。

 

--------------

 

 

「思っていたより、手ごわいわね。東京駅」

 

「………正に迷宮」

 

 順調に改札を抜けて意気揚々と歩いていたのだが、そこから地下通路だのなんだのとを巡るうちにどうにも道に迷ってしまったようだ。あまりに自信ありげに先導してくれるので彼女は慣れているものだと思っていたがそうではないらしい。だが、彼女を責める事は出来まい。標識も、駅員の説明もあまりに難解で地方人にやさしくない造りであるココが悪い。

 

 そんな感じで二人と一匹でいまは道の端によって東京銘菓を片手に作戦会議中だ。ペロが呆れた様な目でこちらを見て来るのが少々気まずい。

 

「…約束の時間まではあとどれくらい?」

 

「あと、…二十分、くらい」

 

 バナナの形をしたお菓子を食べきった彼女が申し訳なさそうに聞いてくるのに答えると、彼女は悩むように顎に手を当てて考える。もしかしたら、責めている様に聞こえてしまったのかと思い慌てて言葉を重ねようとするが、彼女はその前に何かを決意したような顔を上げて携帯に手を伸ばした。

 

「お、おねえ…さん?」

 

「この手だけは使いたくなかったのだけれど、背に腹は代えられないわね」

 

悪態の様な言葉を吐きながら彼女は何処か楽しそうに携帯を操作して、何処かに電話をかける。数度の呼び出し音が響いた後に、彼女の求める相手が電話を取った事が分かる。

 

『ああ、おひさしぶりね。無駄に電話に出る前に間を取る癖いい加減にやめたらいいと思うのだけれど…。

 

 と、そんなこと話している場合でもなくてね。突然で悪いのだけれどちょっと手助けしてほしいのよ。

 

 ……バイト中?うるさいわね。”あの約束”を反故にするつもり?――期限も回数も指定しないまま承諾したそっちの落ち度よ?

 ふふ、これから何度だって叶えて貰う予定なのだからそんな声を出しても無駄よ?

 なにより、”かわいい女の子”と”猫”を助けるためなのだから安売りなんかじゃないわよ。

 

 それで――――――』

 

 そんな楽しげで優しい顔をして通話をする彼女は、現状と周りの標識を相手に伝えていきちょっとした間を空けて、私に目配せをして手を取ってくれた。その手は、さっきよりも暖かく、優しい。

 

『え、貴方も東京駅にいるの?―――いや、迎えには来なくていいわ。

 

 なにより、連れ合いの子の時間が迫っているらしいから待ってる暇もなさそうなの。だから、めんどくさがらずキリキリ案内して頂戴』

 

 話すその声も、さっきよりもチョットだけ幼げで、柔らかく楽しげだ。

 

 そんな彼女に、なんとなく分かってしまう。

 

 きっと、電話の向こうのその人は、きっと彼女がこの世の誰よりも大切にしていて、誰よりも素直に甘えられる”愛しい人”なのだと。そして、そんな人を持つとこんなに人は魅力的になるのだと私は初めて知った。眩い程のその光に見惚れていると狭い構内は一気に開けていき、目を見張るほど大きなホールへと辿りつく。大きく掲げられたその看板には”中央口”と大きく書かれていた。

 

 チョットだけ安堵の息を洩らして、ゆっくりと離れていく温もりに心の何処かで落胆した。

 

「何とか間に合ったわね…。ここまで来たら一人でも大丈夫かしら?」

 

「…ん。本当に、ありがとう、ございました」

 

 電話を切った彼女がしゃがみこんで私に目線を合わせて微笑んでくれるのに頭を深く下げて答える。ペロも鳴き声を上げて答えるのに彼女は”どういたしまして”と小さく笑って答える。この人と離れてしまう事への名残惜しさが膨らむのをグッと抑える。

 

「迷ってしまった私が言うのもなんだけれど、次があるなら駅まで迎えに来てもらう様にした方がいいわ。貴方は可愛らしいから悪い人に襲われてしまうかもしれないのだから、もっと周りを頼りなさい?」

 

「…はい」

 

 心配そうに掛けられた言葉に、頷くしかできない私に彼女は何を感じたのか小さく頭を撫でて立ち上がる。

 

「それじゃ、困ったちゃんの姉が実家で暴れてるらしいから、私はもういくわね。――――ああ、言い忘れてたわ」

 

「?」

 

 立ち去ろうとした彼女が何かを思い出した様にこちらを小さく微笑んで振り向く。

 

「ようこそ関東へ。どうか楽しんで行ってくれると嬉しいわ」

 

 そう言って今度こそ彼女は人ゴミの中へと消えてゆく。その背が見えなくなっても私はその目をしばらく離す事が出来なかった。そうしているウチにペロが鳴き声をあげて、約束までの時間がない事を思い出して改札へと足を向ける。

 

「いつか……私もあんな綺麗に……なれるかな?」

 

 その問いに答える鳴き声は笑ったのか、励ましたのか、チョットだけ愉快そうだった。

 

 

 

 

 

――――本日の蛇足――――

 

八「あー、よかった。一人でここまで来れるか心配してたんだが、大したもんだ」

 

雪美「…んん、実は…まよった。でも、親切な…人が送ってくれた。千葉県民は…優しくて、猫好きだからって」

 

八「マジか。やっぱ千葉は一味ちげ―な。猫好きってのもポイントが高い。…でも、次からは構内まで迎えに行くことにするわ。最近は物騒だからな」

 

雪美「ん、お願い…します。……お兄さんは、何県民?」

 

八「安心の千葉県民だ」

 

雪美「なら…安心」

 

八「ああ、任せておけ。んじゃ、車に”ピリリ”―――すまん、電話だ」

 

雪美「どう…ぞ」

 

 

『今度はなんだよ―――千葉行きの電車が分からない?いや、だから、…あぁ、もういいそこにいろ。こっちも一段落したからそっちに行く。お前、ホントに次からは都筑さんに付いてきてもらえよ。

 

 動くなよ?絶対だぞ?―――振りじゃねえよ!お前、最近、変な知識に感化され過ぎだろ!!』

 

”ピッ”

 

八「…あー、スマン。知り合いが道に迷ってるらしくてな。ちょっと助けて来るからここで待っててくれるか?」

 

 

 

 頷く私に彼は申し訳なさそうに改札を超えていくその背を見て私は思わず笑ってしまう。

 

 どうやら彼女の言った言葉は真実のようだ。”千葉県民はお節介で猫好き”。

 

 そんな彼がいる事務所なのだ。きっといい所に違いない。

 

 初めての東京は、豪華絢爛なこの建物よりも、素朴な彼らの優しさの方がずっと深く心に残った。

 

 

 



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踏み出す意志を(前)

熱いモノが書きたくなったので、メモ帳から”森久保END”を抜粋。

――――――――――――――

意志を、言葉を、発するのはとても怖くて。

でも、発した言葉は必ず誰かに届いて。


 

 

あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

 

森久保 乃々  女  14歳

 

 ”デレプロ”においては非常に稀な親戚の縁故で入ったアイドル。加入当時はそのネガティブな姿勢やキャラクターに接し方が誰も分からず、彼女自身も肩身の狭さに同じ根暗そうな八の机下に引きこもっては引きずりだされていた。しかし、先住民であるキノコや小梅と接するウチに”アイドル”に魅かれ始め、性格も開かれていった。

 

 そのおかげか、ぼっち街道を進んでいた学校生活でも初めての友人ができ、見違えるほどの積極性を出すようになった。しかし、その友人がイギリスに転校することを知り、喧嘩別れをしてしまった様で―――?

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 いつもは賑やかでやかましいとすら思える事務所。だが今は、俺の無機質なタイプ音がなる以外はなんの物音もしない。誰もが俯き、口を開こうとしては力なくまた俯いてしまう。そんな事を繰り返してこの静寂は作られている。静かな環境はいつもならば願ってもないことなのだが、今回のソレは陰鬱な空気の重たさに随分と肩が凝ってしまうので素直に喜ぶ事も出来ない。

 

 その原因となった俺の机の下に引きこもる少女はさっきまでの押し殺すような泣き声も消えて、誰よりも頑なに沈黙を守っている。

 

 誰もが彼女を気にかけ、それでも掛ける言葉が見つからずに口をつぐんでしまう。

 

 普段は弱気な彼女が、”森久保 乃々”が叫んだ、あの激情に、言葉に、答える事は簡単な事ではない。

 

『大切な人に裏切られた気持ちなんて、皆さんには分からないんです!!』

 

 離れゆく初めての親友との喧嘩別れに掛けられた様々な感動的な言葉たちは、その燃える様な怒りと―――誰よりもその事を悔んでいる深い悲しみの前に一瞬で言葉を失ってしまった。

 

 掛けられた安易な説得など、森久保の中で何度だって繰り返されたのだ。

 

 誰よりも深く、繰り返して、それでも許せなかった。

 

 そうした理論を越えた、最後に残った感情に誰よりも立ち尽くしているのは彼女自身なのだから。

 

 ソレは、経験した者にしか分からない。

 

 その地獄は、誰も手を加えることができない。何より――責任を負う事なんて、出来ない。

 

 分かってはいるのだ。

 

 かつて自分は、ソレを経験したのだから。

 

 計算しつくした先にある無慈悲な答えと、その愚かさと無力さを後悔した。だが、自分はその行き止まりでカッコいい先人に問いかけられたのだ。

 

――――その答えは正解かと?

 問いかけるだけで答えを与えてくれない、厳しい問いを。

 

 出た答えを蹴飛ばして、何度でもやり直せと。

 

 そう問いかけられた。

 

 その答えはいまだに掴むことができない。

 

 それでも、あそこで終わらせ無かったことを後悔したことはない。

 

 だから―――俺も問いかけよう。

 

 あの無責任で、更に苦しめる事になるその問いを。

 

 小さく笑って俺はこっそりと隠していた細巻きを取り出して、火を灯す。

 

 喫煙禁止のご法度など知った事か。あの時のあの人と同じ様に精一杯の強がりで言葉を絞り出す。

 

 そんな資格はなくても、俺とは違った結末を彼女が導き出すことを信じて。

 

 

「―――森久保、お前はどうしたい?」

 

「………」

 

 くゆらせた紫煙が消えていくのを眺めながら問いかけるが、彼女の答えはない。それでも俺は言葉を紡いでいく。

 

「俺は、昔、失敗した。誰よりも傷つけたくなくて、大切な物を遠ざけてもっと深く傷つけた。今でもその答えを、間違っていたとは思えないんだ。”それで消えちまうならその程度だって”言い聞かせて、信じて、進んだ」

 

「……」

 

「きっと、そのとき失っても、相手も俺もいつかは別な何かが失った何かを補ってくれたのかも知れん。それでも、傷だらけになって、恨めしく思うほど大きくなったそいつ等に他の誰かがあてがわれるのが心底嫌だったんだ。でも、相手もそう思ってくれているかもしれない押しつけがましい幻想を持っている自分を―――捨てきれなかった。そんな情けないモノが計算式の最後に残った情けない譲れないモノだった」

 

「…」

 

「もっと考えろ、森久保。何度だって計算し直せ。それでも、最後に残ったモノならば俺は何にも云わん。だが、後悔無いように答えを―――出せ」

 

「―――っ」

 

 俺の勝手な独白に、小さな何かが答える。その、苛む様な、絞り出す声に、俺は答えない。

 

「わかん、無いです。森久保には、もうなにも――分かりません」

 

「思考を止めるな。何度でもやり直せ」

 

「なんで、そんな事を、言うんですか。いつもみたいに、引っ張り出して、無理やり、答えを――こんな時だけ、推し出してくれないなんて、酷いです」

 

 掠れて、押し殺したその声を俺は冷たく突き放す。

 

「誰かの答えに縋るな。その上に組み立てた物は全部、嘘だ。誰でもない――お前自身が答えを出さなきゃ、意味がない。立つのも、座り込むのも、お前がきめろ」

 

「…ッひぐ、うぐ」

 

 その言葉に、彼女は再びおえつを上げる。それでも、その答えだけは譲れない。誰かに縋った醜い弱さを小町は許してくれたが、その代償は誰よりも俺が知っている。その答えの行く末は、自分で出さなければいけない。

 

「――――お前は、どうしたい?」

 

 再度繰り返したその言葉に、彼女は―――森久保乃々は、答えを示した。

 

「―――謝りたいです。”全部、嘘だって”、”ごめん、大好きだ”って、伝えたいで、す」

 

 泣きじゃくり、言葉にならぬその声は確かに、発せられた。―――彼女は、答えを示したのだ。

 

 ならば、その答えは、言葉は―――力を持った。

 

 発せられた彼女の意志は、意味を持った。

 

 ならば、そこからは問いかけた俺が動く事に―――躊躇いはない。

 

「分かった」

 

 それだけ、短く答えて俺は下らない書類を作る手を止める。

 

「晶葉」

 

「なんだよ?」

 

 短く発した言葉に、幼げなツインテール幼女が答える。

 

「いまから二十分でウチのボロバイクを出来るだけマシな状態にしてくれ」

 

「―――馬鹿にしてんのか?」

 

「無理か?」

 

「マシどころか、最高の機体にしてやんよ」

 

 不敵に笑う彼女に思わず笑ってしまう。まったく頼もしい幼女だ。さて、やるべき事も考える事も急に出来てしまった。忙しい事この上ないが、ぼんやりしている時間はあまりないので次に頼るべき相手に声を掛ける。

 

「志希、今日だけは特別だ。どんな薬でも飲んでやる。漲るのくれ」

 

「効果はどれくらいがお望みかにゃー?」

 

「ぶっとうしで120キロで走っても疲れなくて、意識がはっきりしてるくらい」

 

「にゃんだ。あんま強くできないね~。コレを呑めば、オリンピックだって余裕だにゃー」

 

 出された瓶を一足に飲み干す。飲み込んで奇妙な味に顔をしかめた瞬間に身体がカッとするのを感じる。わが身をチョットだけ心配したが、まあ、今さらだ。天才様の技術力に期待するしかあるまい。そう思って周りを見渡せば先の沈黙はどこへやら。誰もが忙しなく動き始め、顔を上げている。そんな情景に森久保が、小さく呟く。

 

「―――あんな、酷い事言ったのに、なんで、みんな」

 

「ボッチの俺でも、助けてくれる奴はいたからな。お前なら、もっと助けてくれるさ。――お前が、答えを出してくれるならな?」

 

 机の下で呆然としている彼女の頭を荒っぽく撫でて、問いかける。

 

「で、友達はいつ出るって?」

 

「ゆ、夕方には出発するっていって、ました」

 

 森久保はそれだけ言って俯いてしまう。きっと、細かい内容を聞く前に感情を爆発させてしまってそれ以上を聞いてはいなかっただろう。だが、まあ、ソレは今さらどうしようもない事だ。ならば専門家に聞いてみるに限る。

 

「元CAの夏美さん。今からだとどの辺ですかね?」

 

「んー、 便にもよるけど最速で4時33分発…だったかしら?」

 

 時計を覗けば時刻は三時を回る所だ。経験上、車なら二時間ちょいは覚悟するところなのでバイクなら一時間ちょいでいければいい所か。――ソレもメンテナンスと道が上手く抜けれればの話だ。かなり厳しそうだが、請け負った以上は最善を尽くすべきだろう。そう思って交通情報を携帯で調べていると、拓海が席を立つ。

 

「里奈、昔のメンツに電話しときな。集まれる奴だけでいい。――アタシは東京で頭張ってる奴に話をつけて来る」

 

「ぽよっ!!?マジで!!?え、今からだとちょうきついよ?ていうか、もう引退したウチらがそんなん通らなくない!?」

 

「うっせー。ダチの為に走る花道にケチなんかつけられねえだろ。―――おい、ハチ」

 

「なんだ」

 

「道は作ってやっから、必ず届けろ。漢を見せな」

 

 それだけ言って颯爽と去って行く彼女に、肩をすくめて答える。全力を尽くすが、そっから先は保証しかねる。元々がダメ元なのだ。それでも、この少女の計算式の先に残った心の在り様に、自分に無かった後悔を感じさせない様に彼女も動いてくれる。―――それだけ、森久保は愛されているのだ。ソレを、その在り様がチョットだけ眩い。

 

 そんな独白を呑みこんでいる間にも時計は無情にも進んでいく。あんまりぼやっとしているとあっという間に愛しい友達とやらが空の彼方にいってしまうので、頭を撫でていた手を彼女の手を掴んで机の下からヒロインをひっぱり出す。戸惑いつつも自分の足で立ちあがった彼女にチョットだけ笑いかけてその手を駐車上まで引いていく。ゾロゾロと付いてくる部屋にいたアイドル達に会社中の視線が集まるのを感じて思わず苦笑してしまう。

 

 この部署のお騒がせはもはや日常茶飯事なので今さらであるが、今回はちょっと大々的だ。頭に血管を浮かべて怒る常務を想像してチョット笑い、武内さんの悪化するであろう胃痛に頭を下げる。

 

 そんな謎の集団を引き連れて部署専用の駐車場に辿りつけば、聞きなれたエンジン音。ちょっとだけ煙たい排煙の匂い。

 

 ただ、聞きなれたその音は、いつもより力ずよく、心躍っているように聞こえる。

 

「晶葉、随分と早いな。まだ、15分も立ってないだろ?」

 

「はは、この私が機械を前に手を出していないとでも?メンテナンス?馬鹿言え。とっくの昔にこの機体はチューニング済みで、むしろ、リミッタ―を掛けていたのさ。ソレを外してちょっと点検するのに時間など10分もいらないよ」

 

「…勝手に触るなって言ってた筈だが?」

 

「……まあ、そのおかげで今回は間に合いそうなんだ。良いじゃないか。アクセルをふかして見ろよ、もうこの子をボロだなんて呼ばせないぜ?」

 

 目を逸らす晶葉を睨みつつ、手をアクセルに伸ばし軽く回してみる。

 

 その音に、目をみはる。

 

 一瞬でトップアクセルに等しいほどに昇り上がる回転数は、いつも乗り回している相棒には無い感覚。目を見張って機体に間違いがないかと目を見張るが、ソレは何度見てもいつもの相棒の姿だ。ただ、その磨き上げた黒い鋼板は、いつもよりきらめいた、息する獣の様なあらあらしさを感じさせられる。

 

「モデルこそ最初期だが”猫足”と呼ばれ、今なお多くの人々に愛される名機。余計なカスタムなどいらない。ソレ単体で完璧な物は余計な物を寄せ付けない。―――美しいもんだろ?」

 

「――ああ」

 

 そのいつもにない荒っぽさに反して、跨って見ればいつもの様な馴染む感触に、俺は小さく呟くしかできない。それだけ、この機体に見せつけられた。だが、今回の目的を思い出してすぐに森久保をのせよう彼女の方を見やると”佐久間 まゆ”がゆったりと手を握っている。

 

「大切な、ひと。なんですよねぇ?」

 

「は、はい」

 

「なら、間に合わなくても諦めてはダメですよ?そのまま追いかけたらいいだけなんです。国が違っても、時間が掛かっても、心がその人を求めるならば関係なんかないんです。立ち止まらなければ、諦めずに足を進め続けていれば、かならず、追いつけます。だって、赤い糸の先はいつだって心が引かれるさきにあるんですから。―――乃々ちゃんは踏み出せました。だから、大丈夫ですよ?」

 

 そういって、まゆは彼女を軽く抱きしめて、バックシートへと乗せる。そして、乃々の手を赤い柔らかな布で俺と彼女を軽く結ぶ。

 

「捕まり続けるのも大変ですから。乃々ちゃんにも言いましたけど、間に合わなくても意志があればなんとでもなるんです。だから―――怪我や事故だけは、しないでください」

 

 そう言う彼女の目はいつもの危うさはなく、ただ純粋に心配していることが伝わり、俺は小さくそれでも真摯に頷く。そんな俺に彼女はちょっとだけ困ったように笑って、小さな包みを渡してくる。

 

「空港に着いたら乃々ちゃんに渡してください。色々と役に立つはずですから」

 

 そう言って彼女が下がると、今度は輝子が近づいてくる。

 

「…親友。最近の、乃々は本当に輝いていたんだ。新しくできた友達を語るその顔は、眩しくて、辛かったけど、あの顔を見れなくなるのはもっと辛いんだ。―――だから、私の友達を、よろしく頼む」

 

 俯いたその声は、エンジン音にかき消されそうなほど小さかったが、不思議と耳に届く。そして、その声は森久保にも聞こえていたのか結ばれた手がチョットだけ強く俺の腹をしめる。

 

 ソレにつられた様に周りを見渡せば、どいつもコイツも似た様な不安げで、それでも、祈る様な顔を浮かべてやがる。

 

 ココに揃った誰もが、身勝手で酷い言葉を投げかけられた癖にコイツの小さな願いが叶う事を祈っている。

 

 まったくの、お人好しどもだ。

 

 そう思って俺は笑う。

 

 輝子の頭を軽く撫でて、俺は一言”任せろ”とだけ呟いてアクセルを吹かす。

 

 地下に鳴り響く音は、彼女達の祈りと声援を背に――――走り出した。

 



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踏み出す意志を(中)

あらすじという名のプロフ


 向井 拓海  女  19歳

 元暴走族というファンキーな経歴の特攻隊長。ある日、暴走族式の卒業式直前に346の内匠Pに藤里奈と共に勝負(チキンラン)を挑まれ、負けた代償としてアイドルへとなった。最初はチャラついた印象のアイドルという職に不満を大いに持っていたが、その世界の熱量に魅せられ今までになかった体験と充実感に随分と前向きになる。文句を言いつつもなんだかんだと仕事は全力で取り込む生真面目さから一気にその知名度を上げていった。 
 
 その後、ユニット”炎陣”を組み名実ともにデレマスの前にトップアイドルとして立ちふさがり熱い戦いの末に僅差で敗れ、再戦を誓う。

 だが、その敗北が型破りな内匠Pの”栄転”という名のアメリカ送りをされることになる原因となり、大いに荒れ、一時期はアイドルの引退も決意したが内匠P自身に引きとめられ”デレマス”に吸収合併という形で彼の帰って来る日を待っている。

 以外にも面倒見がよく、可愛いものが好きなのでデレマス内ではなんだかんだ人望が厚い。



 エンジン音も高らかに、少女達の声援を背中に受けて地下駐車場を駆け抜けて一気にスロープを駆け昇って行く。普段とはあまりに違うその加速に思わず息を呑んでハンドルを握り直す。後ろから森久保の情けない声が短く聞こえて、気持ちは痛いほど分かりはするのだが、悪いがこの程度で音をあげられては困る。 

 

 腰に回された手を軽くタップして力を込める様に合図を送れば、彼女は震える手を推して非力ながらも全力で力を籠めて来るのに小さく笑って俺は会社の前を流れる車の列に――――乗らず、大きくハンドルを切る。

 

 目指すのは普段ならば選択肢にも入らない程に細い路地。だが確かに、日本列島の法律上においては交通道路と認定された―――その道に向かってアクセルを更に絞って行く。

 

 胃が引き締まってゆく感覚と妙に心臓の音が近く聞こえて来る。

 

 これがラブロマンスならば森久保の心音が近く聞こえる云々などと綺麗に収まるのだろうが、冗談じゃない。ただ俺の蚤の様な心臓が悲鳴をあげて竦み上がっているだけだ。なんなら、喉の奥からは森久保に負けないくらい情けない声が絞り上がりそうになるのをかみ殺して必死に閉じそうになる目をこじ開ける。

 

 サイドミラーが擦る数ミリを見極めて、その道を一気に駆け抜ける。

 

 漏れ出た声は俺か森久保か。

 

 抜けた直線をすぐさまブレーキングでタイヤを滑らせつつ、直角に近いコーナーを膝が擦りそうになる限界まで傾けて何度だって曲がって行く。そんな素人の見よう見まねのスタントの様な無茶苦茶な走行にも長年連れ添った”相棒”は渾名に相応しい粘り強いグリップを効かせて答えてくれる。

 

 最後のコーナーでほんの少しだけ壁に接触しそうなのを、我武者羅に蹴りだした足で壁を押し出して路地を抜ければ――一気に視界が開けた。

 

 

 目の前には千葉への首都高へと続く、最短の大通り。

 

 

 普段ならばココに乗るまでに20分は掛かる筈のこの通りまでに掛かった時間はモノの五分。十分に上出来な滑り出しだろう。

 

 飛び出した勢いそのままに流れに乗れば、隣を走るタクシーの運ちゃんが目を丸くしてこちらを見ている。そりゃそうだ。そこそこ道に精通した人間からしてみれば、あんな所から車両が飛び出て来るなんて思いもしないだろう。ソレくらいには無茶をした自覚とやり切った感が無いでもないが―――俺の小細工で削れる時間はここまでだ。

 

 スピードを落とさないまま乗った車両の流れは赤いテールランプと共に一気に減速していき急に滞り始める。

 

 舌打ちと共に、ブレーキを握れば不満げなエンジン音が漏れて減速していく。睨んだ先にあるのは真っ赤な目を光らす最大の障害物。いくら急いでいたって、こればかりは無視するわけにもいかない。他の車両の間を縫う様に少しでも距離を詰めていくが、それでも数分はこの信号によってロスしてしまうのは確実だ。

 

 コレが積み重ならずに進むことができる計算のうえでの工程であったが、そう上手くはいかないらしい。

 

 メモリがゼロを指し示す程に減速し、歯がみするもどかしさと共に足を路面に着ける瞬間――――聞き覚えのある声が耳に届く。

 

 

「よう、ハチ。今日は随分と良い音鳴らしてんじゃねえか」

 

 振り返った先には既に長い黒髪と、紫紺の布地が――――はためいて過ぎ去って行くだけで。

 

 それを目で追おうとしたその脇を、何台も同じ紫紺の影が通り過ぎて突風が体を荒々しく過ぎ去って行く。

 

 一拍遅れて聞こえて来た爆音に、心臓を掴まれる。

 

 流れるその鮮やかな影は荒々しいその走りとは反する様な滑らかさで流れる数多の車両の間に滑り込んでいき、柔らかく交通を分断していく。ほんの数秒も立たぬうちに、交差点は全てが止まり、エンジン音の荒々しい吐息だけが支配する。

 

 誰もが、止められた事など意識してなどいなかった。

 

 堂々と、厳かに、交差点の真ん中に立つ彼女に道を空けるのが当然なのだと誰もが思ってしまったのかもしれない。

 

 それほどに、彼女は、威風堂々とそこに君臨していた。

 

 紫紺のすその長い学生服。乱雑にまかれたサラシ。流れる様なその黒髪。そして、獰猛な獣そのものと思ってしまうほどに走りだす事を待ちわびているその機体。

 

 もはや過去の教科書にしかいないと思われるその姿。だが、その熱量はあまりに強く、美しかった。

 

「――――つっぱしんな。道は、つくってやっからよ」

 

 爆音の中、小さく呟かれたその声は確かに俺の耳朶に届き、体の奥から引き出された熱量そのままにアクセルを引き絞る。付きかけた足を全力でペダルに押し当て、自らも踏み込むかのように走りだす。

 

 一瞬の交錯。

 

 微かに口元だけ微笑んだ彼女に、目だけで頭を下げる。

 

 伝わったかどうかなんて分からない。だが、今は――――ただ走るべきだ。

 

 走り抜けた背に”ご協力しゃ―したっ!!!!!”という力強い声が聞こえ、爆音が後に続く。

 

 随分と礼儀正しい暴走族もいたものだと思わず苦笑してしまう。

 

 腰に巻かれた手に、小さく力がこもったのもその一因だろう。

 

 まったく、随分と恵まれている。お互いに。

 

 体の奥底の熱と、漏れ出る愉快さそのままに一般道と思えないほどに吹っ飛ばす。

 

 遠くに赤い光が見えても構わずにアクセルを緩めない。

 

 そうすれば、紫紺の影が柔らかく他の車両を引きとめ―――道が開けてゆく。

 

 「ぽよ!!」だの「じゃん!!」だの、聞き覚えのある声がその度に背を叩いてくれる。

 

 ソレを聞くたびに腰の手はより強く回されて。相棒は速度を上げてゆく。

 

 そして、遂には見えて来る。

 

 この国が精魂こめて作り続けて来た、高速を出すことを許した道。

 

 もちろん、制限があるのは百も承知。だが、ここまでやってきた違法行為に罪状が一つ加わるだけだ。臆することなんて小町と両親に怒られる事くらいのもんだ。ごめんよ、小町。お兄ちゃん、今日ちょっと犯罪者になっちまった。

 

 そう独白して、その入り口をめがけて走っていると隣に並ぶ影。”向井拓海”が小さく何かを呟く。

 

 爆音と風。幾百の騒音にその声は聞きとれない。だが、森久保はその声を―――確かに聞き届けたらしい。

 

 大きな、嗚咽交じりの声で、聞いた事もない程に叫ぶ。

 

”ありがとう”と”がんばる”と。

 

 その声はやはりかき消されてゆくが、拓海は柔らかく笑って親指だけを立てて俺らを見送る。

 

 その声は、きっと届いたのだろう。

 

 だから、俺は更にアクセルを引き絞った。

 

 ここまで女にお膳立てさせて残念な結果じゃ、締まらない。

 

 男の子にも意地があり、物語は、シンデレラは――”めでたしめでたし”でハッピーエンドを閉じる物なのだから。

 

 

――――――――――――

 

「なんだよ、しっかり熱いもん持ってんじゃねえか。――二人ともよ」

 

 走り去るその背中に小さく苦笑と悪態が思わず付いてしまう。だが、不思議と気分は悪くない。

 

 無理だ無理だと五月蠅いクソガキと気だるげなあの男。普段から気にくわない奴らだったが、それでも根っこはあれだけ気合いが入っていて―――大切な物の為に走れるその眩しさがほんのちょっとだけ妬ましい。

 

 そんな独白を遮るように無機質な着信音が鳴り響く。その表示を確認してみれば、自分をこんな道に引きずり込んだ因縁のド阿呆。このタイミングで掛かってくるソレに思わずもっと笑ってしまう。

 

「おう、クソプロデューサー。今さら何の用だよ?」

 

『だーはっはっ!!相変わらず口が悪いな、拓海!!美城ちゃんからえらい剣幕で電話が掛かってくるから何事かと思えば随分と派手にやったみたいじゃねえか?』

 

 昔と変わらないその軽薄なその声に、こっちも皮肉気に返す。

 

「テメ―に邪魔されて宙ぶらりんだったラストランをやり切ってやったぜ、ザマ―ミロ。文句があんならアメリカから飛んで来てみろ。ちょっとは耳を貸してやんよ」

 

 ちょっとだけ――――本当に少しだけ淡い期待を混ぜたその皮肉。だけど、その答えを自分は知っている。

 

「わははは、わり―けど結構いまこっちも忙しくてなぁ。”南国のお姫様”に、”シスター”や、”チアリーダー”だのこの国は俺様を随分と楽しませてくれるが、問題のスケールもでかくててんてこ舞いだ!!」

 

「…っけ。左遷された先でそこまで楽しまれたんじゃ、何のため追い出したかわかりゃしねぇな?」

 

 迷いなく発されたその言葉に女々しく落胆する、アホな自分を吹き飛ばすように皮肉を重ねる。この男がそういう男という事など分かり切っていた事だ。そして、自分は、その中の一人。

 

 分かり切っていたその答えに自嘲する。普段は威勢のいい事を言っているくせに、結局自分はあの二人の様に走りだすことはできなかったのだ。だから、通らない筋と道理を押しのけて―――あの二人を送り出したのだろう。

 

 自分には出来ないその力強さと眩さに、焦がれたのだ。

 

 ソレを、思い知らされる。

 

『まあ、お前もそっちが息苦しくなったらいつでもこっちに来い。お前を”世界一”にしてやるって約束はいまだに終わらせたつもりはね―からな。―――何時でも俺を呼べ』

 

「―――っ。まだ、そんなこと覚えてやがったのかよ?」

 

『ああ、俺は今だってお前にその資質があると思ってる。ソレは、お前の今の声を聞いてますます確信したぜ』

 

「…声?」

 

「ああ、随分と中身が詰まって来たじゃねえか。いくあてもなく暴れ回ってたあの頃のお前なんか目じゃねえくらい詰まってやがる。ソレを詰め込んだのが――俺じゃねえのが正直、妬ましいくらいだぜ?」

 

 その声に、沈んだ何かがゆっくりと照らされる。

 

 訳もなく、走って、暴れて。ただ終わりを求めていたあの頃。

 

 その頃に比べて、自分は―――変ったのだろうか?

 その答えなんか掴めやしない。

 

 それでも、この”私の”プロデューサーがそう言うのならば、そうなのかもしれない。

 

 だが、それじゃまだ足りない。

 

”来い”と呼ばれる程度で駆けつける程にこの”向井拓海”は安くない。

 

 この私が欲しいのならば、そっちが駆けつけて来い。

 

 そう思わせるには今の自分ではまだ足りないらしい。

 

 

 だから、今は、飛び跳ねるこの高鳴りはもう少しだけしまって置こう。

 

 

「ばーか。手に入んなくなってから吠え面かいてやがれ」

 

「わはは、それでこそ俺様のアイドルだ」

 

 

 そんなやりとり。

 

 いまはそれだけで十分だ。

 

 小さく二人で笑っていると、聞きなれた懐かしいサイレンの音と爆音。そして、姦しい懐かしい昔の仲間たちの声。

 

 さあ、やるべきことはこっから随分とある。

 

 乗りなれたこの相棒とも、お別れだ。

 

 ちょっとした哀愁と懐かしさ。だが、思ったよりは悪くない気分だ。

 

 そんな感傷と清々しさと共に私は通話を切った。

 

―――――――

 

 流れてゆく景色と、車。もはや、足を止める物もなくただただ全力を出せる事に喝采を上げる相棒の声と風をだけが響く。

 

 その中で俺は、聞こえるとも分からぬ声を後ろの少女に呟く。

 

「なあ、森久保」

 

「……っ」

 

 答える気力どころか意識があるかも怪しいのか、手にほんの少しだけ力を籠めたので聞こえてはいるらしいのでそのまま俺は言葉を紡ぐ。別にこんな個人的な独白、聞こえて居なくたって構いはしないのだけれど。

 

「俺は、”俺たち”は―――大切な物を傷つける覚悟を最後まで持てなかった。みんなで傷を負う事で、ソレを共有する歪な形を選んだんだ。だから、その中で一個だけを選んで離れる選択を誰も選べなかった。いや、もしかしたら二人はその覚悟を決めていてくれたのかもしれない。でも、俺は―――それが出来なくて逃げ出した」

 

「……」

 

「欲しくてたまらない、心底欲していたモノを目の前にして、ソレが怖くて逃げだした」

 

「……」

 

「だから、俺は―――お前の事をすげえと思うよ」

 

「…っ」

 

「お前を、”森久保 乃々”を尊敬してる」

 

「…っな……い」

 

 身勝手な独白に、掠れる様な声で答えた言葉を耳がかすめるが――俺は風のせいにしてその言葉を聞き流した。

 

 森久保が絞り出してくれた言葉は、踏み出した彼女から贈られるには眩し過ぎて―――何より、何度だって俺の中で繰り返し続けて答えの出なかったモノなのだから。

 

 他人から得られた言葉を当てはめるべきではなかったから。

 

 必死に何かを訴えかけようとする彼女を努めて意識から外して、見えて来た目的地に向けて最後の気力を振り絞って駆けだした。

 

 



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踏み出す意志を(後)

きっと自分の”歌”を挟む演出の原点はデジタルなモンスターのミミさんから来てるのかもしれないと思いましたので、森久保にはコレを歌って頂きましょう。

森久保endはこれで最後です。

感想・意見・次回作の希望があればぜひ。



 吹き付ける風と体験した事のないほどの速度。朦朧とした意識の中で、胸から溢れる感情だけを支えに目の前の大きな背中に必死に力を込める。それでも、貧弱な自分の身体からは力が抜けてゆき滑り落ちそうになるのをまゆさんが結んでくれたハンカチが励ますように引きとめてくれるのを頼りに、何度だって力を籠め直す。

 

 どれだけソレを繰り返したのか、意識があったのかすら定かでは無い。

 

 それでも、緩んだスピードと目に飛び込んだ看板が―――目的地に辿りつけた事を知らせてくれる。

 

 もう、二度と取り返すことができないと思っていたものに―――指先が掛かった。

 

 その可能性にはやった心が一気に意識を覚醒させる。

 

 緩やかに速度を落としたバイクはやがてゆっくりと停止して、やりっきったかの様な音と共にその力強い吐息を止めた。それと同時に自分を支え続けてきてくれたハンカチが手首から解かれた事が本当に間に合ったのだと言う事を知らせてくれ、勢いよく座席から飛び降りようとするが―――盛大に足を引っ掛けてこけてしまった。

 

「あぐっ」

 

「馬鹿。予定よりずっと時間は十分にあるんだから無茶すんな」

 

 比企谷さんがこけた私を引き上げ、埃を払いながら苦笑してくる。

 

 いつも気だるげで、冷たい様に見えてもこの人の手のひらはいつだって優しかった。自分が信じられない森久保をあやす様に、励ますように、何度だって引っ張り上げてくれた。そんな彼の手は今だって変わらずに優しくて、自分を振るい立たせてくれる。

 

「ソレとコレも持ってけ」

 

 手渡されたのは、まゆさんの赤いポーチ。中身を確認するように促されて開いてみれば、その中身に目を丸くしてしまう。

 

 海外ロケ用に作ったパスポート。少なくない現金に、イギリスまでの乗り継ぎの早見表。果ては携帯の変電器に、簡位的な日常会話程度は翻訳してくれる電子辞書まで詰め込まれていた。一体、あの短時間でどうやってここまで用意したのかと思うほどの準備の良さに驚き、奥に挟まれたその紙に息を呑む。

 

 皆で大急ぎで書いたことが一目で分かる書きなぐったかのような―――寄せ書き。

 

 掛けられた優しい言葉にあんな酷い言葉を投げつけた自分に、なお、優しい言葉を掛けてくれるその暖かさに、あり難さに涙が勝手に溢れて来る。

 

 一体、どれほどの対価をのせればこの優しさに、報いる事が出来るのか自分なんかには想像もつかない。

 

「ほれ、感動も感謝も全部終わってからにしろよ。そんで、お前の”答え合わせ”って奴をしてこい」

 

「っばい!!いっできます!!」

 

 滲んだ視界の奥で彼が火をつけた紫煙と共に吐き出された言葉に、私は涙を乱暴に拭って走り出す。

 

 その前に―――― 一度だけ振り返って大きな声で言葉を紡ぐ。

 

 紫煙の奥で、眩いモノを見送る様な顔を浮かべる彼に

 

     朦朧とした意識の中で、寂しげに呟いた彼の独白に

 

          これだけは伝えなければならないと思ったから。

 

 

 「今度は私が比企谷さんの為に走ります!!私が諦めてしまった大切な物に手が届いたみたいに!!

  貴方が、諦めてしまった大切な物はきっと、まだ手遅れなんかじゃないのかも知れません!!

  今度は私が、”森久保 乃々”が何度だって問い直します!!だから、手遅れなんかじゃありません!!」

 

 

 好き勝手な事を、全力で叫ぶ。

 

 この言葉が彼に届かなくたっていい。むしろ、自分の時の様に怒らせてしまうだけかもしれない。

 

 それでも、怒鳴って、恨んで、悲しんで、後悔して、泣きわめいた自分は問いかけられた事で本当に譲れないモノに気付けて、こんなに支えてくれる人がいる事に気がついた。

 

 だから、きっと彼だってそうかもしれない。

 

 そんな身勝手な事を叫んだ私に呆気にとられた様な彼の顔がおかしくて、精一杯の笑顔で答えて走り出す。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 体は運んでもらっただけのくせに満身相違で、足は何度だってもつれてつまずいてしまう。それでも、足を回すことは止めない。

 

 溢れる人ごみをすり抜けながら必死に”あの子”を探す。

 

 校庭の林の中で一人でお弁当をつつく自分に話しかけて来たあの時を。

 

 自分も知らなかった森の事を教えてくれた時の事を。

 

 輝く顔で将来の夢を語った時の事を。

 

 ―――引っ越すことを伝えて来たあの時の辛そうな顔を。

 

 全部が走馬灯のように溢れて来る。全部、全部を覚えている。

 

 許せたわけではない。

 

 納得したわけでもない。

 

 それでも、このまま離れてしまう事だけは―――嫌だったのだ。

 

 あの人生で初めての鮮やかな日々の最後が、こんな終わりを迎える事だけは許容できなかった。

 

 そんな子供っぽい我儘とすら言える願いは、こうして色んな人のおかげで叶えることができた。

 

 だから、私は必死に走り続ける。

 

 悲鳴を上げる心臓を無視して、決して見落とすまいと目を凝らしてホームを見渡し―――見慣れたその姿を見つけた。

 

 いつも朗らかな笑顔を浮かべていたその顔は暗く陰り、俯いている。

 

 まにあった安堵と、その表情に息を呑む。

 

 それでも駆けだした足は止まらない。”何を言うのか”、”どうするのか”なんて考える前に身体は動き出している。

 

 答えはもう、駆けだす事を決めた時に既に決めていた。だから、素直に忠実にソレを実行しよう。

 

”大好きだ”と、あの子を思い切り抱きしめて伝える。

 

 

 たったそれだけの為に

 

     

 

      ――――――――私はココに来たのだから。

 

 

――――――――――

 

 大きな声で叫び、見た事もない輝いた笑顔を残して駆けてゆくその小さな背中に目を奪われること数瞬、小さく笑いが零れてしまった。そして、深く吸った細巻きの煙に誤魔化す様に溜息を混ぜて吐きだし空を見上げる。

 

 空は憎らしいほど晴天で、夕日が緩やかに降りていく澄み切ったその光景は、あの日にそっくりだった。

 

 何度だって繰り返し問い直した。それでも、答えの出なかった問い。

 

 空白の回答欄はいつしか問題文もあやふやになっていて、問い直すことすら辞めてしまっていた。

 

「”何度でも問い直す”…か」

 

 結局、ソレすらも答えを出すことを恐れていただけなのだ。出た”答え”の曖昧さに甘えて、ソレを補強しようとしたタダの保身に走っていた醜い欺瞞だったのかもしれない。そのことを年下の女の子に気がつかされると言うのはなんとも締まらない話だ。

 

 沈みゆくその夕日に、あの時の涙。それを拭うのは、今からだって間にあうのだろうか?

 今だって、友人として接していてくれるあの二人が流し続けているだろうその滴を、止める事は出来るだろうか?

 その答えは、きっと一人ではでやしないだろう。

 

 三人で長い間、まちがえ続けて来たのだ。三人で、ゆっくりとこじれた糸を、積み重なった傷をほぐさなければならない。

 

 その先にある”答え”はこんがらがった糸では無く、丁寧に編まれた生地の様にじっくりと結わなればならない。

 

 その布地がどんな模様になるのか、いまは怖くもあり、楽しみに感じれる程度には彼女は俺の凝り固まった答えを叩き壊してくれたのだ。ならば、俺も久しぶりに踏み出す事にしよう。

 

 

「…久々にあいてぇなぁ」

 

「誰にだよ?」

 

 

 誰ともなく零れた独白に答えが返ってきて思わず肩が跳ねてしまう。更に言えばその声が聞きなれた物で、ここにいる訳のない奴の声だったのだから思わず胡乱気な目を向ける。振り返れば、オールバックに皮ジャンを着こんだイケメンロッカー”木村 夏樹”が愛車に跨ってこっちに楽しげな視線を飛ばしている。

 

「まあ、それは一端おいとくか。いやいや、随分と無茶したもんだなハチ。私も飛ばして来たつもりだけどここまで引き離されるとは思わなかったぜ」

 

「おかげで体中バキバキだ。ついでに言えば、法定速度なんざ完全無視してたからな。減点・罰金ですみゃしないだろ。まあ、これで送迎役もお役御免。ついでに不祥事にアイドル巻き込んだアホな大学生は晴れてクビになってお前らとおさらばだな」

 

 薬の効果が切れて来たのかさっきからやたらと巻きつくような倦怠感が体に圧し掛かっている。遠くに聞こえるサイレンの音をBGMに、気だるさに身を委ねながら投げやりに答える。まあ、ここまで無茶をして誰も責任を取らない訳にはいかないだろう。わざとらしいが”俺が森久保を無理やり連れ出して、他の奴らはソレを追いかけて渋々と無茶をした”なんてシナリオで報告させておけば世間への言い訳としては十分だろうか?

 処罰は俺一人に収まり、アイドルは無事。俺は穏やかな大学生活に帰ることができるWINーWINなプランだ。思わずハチさんコミッションしちゃいそうなくらい。

 

「わははは、そのプランはもう通りそうにねぇな。これ見ろよ」

 

「あん?」

 

 差し出されたスマホに映し出されたのは、俺らが乗った首都高入り口で整列した特攻服達の中心で拓海が”ダチの為に走って、後悔はねえ。免許とバイクはケジメとして処分させてもらう!!整列!!”などと言って駆けつけて来た報道陣や警察に向けて一斉に頭を下げて免許を返納すると言うカオスで言い訳のできない状況にしてやがる。あの後バラけて散ってくれれば、知らぬ存ぜぬで押しきれたモノを……なにやってんのアイツ。

 

「んで、私が仕上げだ」

 

「は?――――って、お前!!?」

 

 脱力感に項垂れる俺をバイクから寄せて夏樹は軽やかに俺の相棒に跨る。その意味を測りかねて首を傾げているとだんだんと理解が追いついてきて思わず声を荒げてしまう。

 

「全部、一人で背負ってヒーロー気取りか、ハチ?確かに動き始めるきっかけを作ったのはお前かも知れねぇけどな、拓海も晶葉も、志希も、私も、他の皆も自分の意志で森久保の力になるって決めてんだ。ソレを一人で抱え込もうなんてゆるすわけねーだろ?」

 

「……それでも、ソレはお前と俺のバイクを入れ替えて、お前が捕まる理由にはならねぇ」 

 

 夏樹の言葉に一瞬だけ詰まるが、それでもその理屈ならばコイツが俺のやらかしたことを肩代わりする理由にはならない。そこだけは譲るわけにはいかないので睨みつけて降りる様に彼女を促すが彼女はそれすらも鼻で笑って、エンジンを掛けてしまう。

 

「ばーか、言い出しっぺがこんな軽い罪で済む訳ないだろ?ましてや、不祥事起こしてお役御免だなんて無責任にも程があらぁ。これから、免停になる私たちの送迎の面倒しっかり見て貰うし、この後の打ち上げは全部アンタ持ちだぜ?」

 

「は!?ふざけんな!!」

 

「わはははは!!会場は後でメールすっから、常務とPのお説教が終わったら森久保もつれて来いよ!!じゃーな!!」

 

 高らかな排気音とニヒルな笑顔を残してイケメンはサイレンのなる方向に走り出して行ってしまう。そんな中で呆然と立ち尽くす俺は大きくため息をついて頭を抱える。

 

「……ああ、チクショウ。とんだハズレくじだ」

 

 何とか悪態をついてみるが、口の端がどうにもつり上がってしまうのだから困ったものだ。

 

 いつもの最も効率的なやり方を真正面から全否定され、自分の贖罪は甘ったれていると笑い飛ばされてしまった。その上に容赦ない要求まで上乗せされたのだから本当に優しくない。ただ、本当に困ったのは――――そんなに悪くない気分だと言う事だ。

 

 そんな錯覚ともいえる勘違いに俺はもう一度、大きくため息をついた。

 

 ああ、まったく、本当に慣れない事なんてするもんじゃない。平塚先生に今度、かっこをつける流儀でも習いに行こうか。

 

 そんな独白を煙草の火と共に俺はかき消した。

 

―――――――――

 

 都内にある古びたビルの地下。そこにひっそりとある小さなライブ用の箱。中からはガヤガヤと聞こえる五月蠅い喧騒に大きくため息をついて小汚い入り口を引き開ける。一瞬の静寂と一気に集まった視線。その圧力は――――

”ドワッハッハッハッハッハ”

 

 弾ける様な大爆笑によって一気に破裂した。

 

 誰も彼もが腹を抱えて大笑い。

 

 その中心ににいる俺の機嫌だけは直角で落ちていき、引きつる頬が痛みで文句を上げて来る。ああチクショウ。

 

夏樹「アハハハ!随分派手にやられたなハチ!!」

 

志希「にゃははは!常務ちょう容赦ないねー!!ここまでやる!!?」

 

 腹を抱えて笑うメンバーの中からいち早く回復した二人が指差し笑った事で更に笑い声は大きくなる。そんな二人が指差す俺の両頬は真っ青にはれ上がり、服で隠れている場所もあっちこちが痣や傷まみれ。ありていに言ってゾンビ映画のゾンビの方がもう少し健康的といっても差し支えないくらいには。

 

 あの大騒動のあと、無事に別れを済ませて泣きはらした森久保を連れ帰ったあと当たり前のように呼び出しを喰らい、お説教と相成った。武内さんは”事情は聞いています。ですが、ケジメは大切です”と言って俺の右頬をぶん殴り、その後の常務へ謝りに言ったらハートフル軍曹も真っ青な感じで二人揃って二時間サンドドバックにされ続けたのだ。むしろ、殺してほしかった。というか、大企業の重役のお説教が拳ってダメだろ。…ダメだろ。

 

 あれに巻き込んでしまっただけでも武内さんには頭が上がらない。今度、オロナインと胃薬を差し入れさせて頂こう。

 

族A「た、タクミン!男っすよ!!あれは食べていい系の男っすかね!?」

 

族B「え、あの傷ってことはそっち系もあり!?やるっきゃねぇ!!」

 

拓海「タクミンゆうな!!ダメに決まってんだろうが!!手前ら恋愛禁止の決まりを忘れたの―――ていうかAは旦那いるだろう!!」

 

族A「えー、最近ご無沙汰でー」

 

族B「て言うか、現役の時から隠れて恋愛みんなしてましたよ?」

 

拓海・里奈「「えっっ!!」」

 

 笑いから立ち直ったメンツからそれぞれに会話を再開させていき、また元の喧騒へと戻って行く。そんな中で俺の後ろに隠れていた森久保が顔を出し、更に皆の視線が集まる。その視線に呑まれたのか、一瞬だけ息を呑んだ彼女。それでも、一歩を踏み出して皆の前に立って頭を下げる。

 

森久保「こ、今回は、本当にありがとうございました!!皆さんのおかげで、大切な人とのお別れに間にあいました!!いっぱい、いっぱい迷惑掛けちゃいましたけど、次は森久保が皆の為に走ります!!ホントに、ありがとうございました!!」

 

 たどたどしくも、それでも、この大人数相手に彼女は大きな声で言葉を紡ぎ、頭を下げる。

 

 その、光景に、森久保を知る者も、知らない者も詰め寄って次々に言葉を掛けていく。誰も彼もが少なくない代償を払っている筈なのに朗らかで、やりっ切った様な清々しさで森久保と接し笑い、森久保もソレに笑顔で答えてゆく。その光景を見て、俺は小さく苦笑して壁際へと下がる。今回の主役は彼女だ。ネタ枠のゾンビは大人しく舞台裏に下がらせて頂こう。

 

 壁際に置かれた小さなベンチを見つけてゆっくり腰を下ろすと、一気に追いすがった疲労がどっしりと体に纏わりついて小さく息を吐く。薬の副作用なんかを差っぴいたとしても今日は随分と無茶を重ねたせいか、気を抜けばこのまま寝てしまいそうなくらいに瞼が重い。いっそこのまま寝ても良いかと考えていると隣に誰かが座った気配と、甘く柔らかい花の様な匂いが鼻孔をくすぐる。

 

「キズ、痛みませんかぁ?」

 

「…まゆ、か」

 

 聞きなれた声に重たい瞼をチョットだけ開けて、視線を流せば困ったように微笑む彼女がいてその白魚の様な手が俺の頬を気遣う様にそっと撫でる。いつもならば警戒に身を固くする所だが、眠気のせいか、彼女の纏う柔らかな雰囲気のせいかされるままにし、軽口がこぼれ出る。

 

「てっきりこんな有様を見たらお前は怒り狂うもんだと思ったけど、案外に冷静だな」

 

「うふふ、謂れもなく貴方がこんな目に会ってたらそうかもしれませんけど、大和さん風にいうなら今回は”名誉の負傷”という奴ですからぁ。それに、男の子はちょっとくらいやんちゃな方が魅力的ですよう?」

 

「左様ですか」

 

「ふふ、左様なのです」

 

 俺の軽口にチョットだけ茶目っ気を入れて返して来た彼女に思わず苦笑をしてしまい、ひんやりと冷たいその手を抵抗なく身を預けた。

 

「――ああ、そうだ。これ、返しとくわ。随分助かった」

 

 そのまま寝入ってしまいそうになる意識にふと、浮かび上がったモノを彼女に差し出す。コレがなければきっと森久保を高速で落っことしてしまっていただろう。真っ赤に染められたハンカチ。ソレに、もし間に合わなかった時の追いかける様だったであろうポーチ。地味に今回一番問題視されたのがアイドルの預かっていたパスポートが勝手に金庫から抜き出されたことだったのだが、まあ、いまは野暮なことは言うまい。

 

「ん、お役に立った様で何よりですぅ。でも、ハンカチは預けておきますねぇ?」

 

「あん?」

 

 ポーチだけ受け取った彼女は、ハンカチを俺の手に握らせて押し返してくる。その理由が分からず首を傾げてしまう。

 

「夏樹さんから聞きましたよぅ?今回の件、自分だけの責任にして辞めちゃうつもりだったって」

 

「それは…」

 

「コレはそんな身勝手な事をしない為の重しとして預かっていてください。今回みたいに辛い時にきっと繋ぎとめてくれますから」

 

「―――いや、辞めれるならこんなキツいバイト速攻でやめたかったから引きとめられると困るんだけど」

 

「もう、またそんな事いって!!」

 

 さっきまでの優しげな雰囲気から有無言わさぬものとなった彼女に渋々とそのハンカチをポケットにしまいこんで溜息を一つ。失敗した計画を蒸し返された気まずさを茶化して誤魔化す。ソレに彼女も怒ったように笑いながら肩を軽く叩いてくる。それに苦笑して彼女が持って来てくれていた飲み物に口を付けているとステージの周りが随分と騒がしくなっている事に気がつく。何事かと思えば森久保がほんのりと頬を赤らめて、覚束ない足取りでステージへと昇って行くところだった。

 

周子「お、乃々ちゃん。ご機嫌だねー!!」

 

未央「…え、乃々ちゃん、酔ってない?あれ?」

 

涼「だ、誰だ!ガキに呑ませた馬鹿は!?」

 

 面白がる声と心配する声が半々。そんな喧騒も昇って行く森久保には聞こえていないのか彼女はステージに降り立ち、周りをゆっくりと見回す。酔って上気した顔の中、その瞳だけは真っ直ぐに輝いて。

 

拓海「ほら、今日の頭なんだ。気合いの入った啖呵の一つもやっとけよ」

 

 何処から持って来たのか、拓海がほおり投げたマイクを受け取った森久保は小さく頷きマイクを握り直す。

 

 

「私、いつだって自分なんかには何も出来ないんだって思って生きてきました。

 

 ソレは今だって何が出来るって訳でもないけれども、みっともなくて、非力だけど、

 

 それでも、私の発した言葉を受け取ってくれる人がいて、その人達が必死に手伝ってくれた。

 

 いっぱいいっぱい迷惑を掛けて、それでようやく一つだけ踏み出せました。

 

 だから、そんな私だから、歌にのせてその勇気を皆に届けたいと思うんです。

 

 怖くて震える足を、踏み出せばきっとそこから先はもっと上手く踏み出せるはずだから。

 

 次は私みたいな子がいた時に、今度は私が力になってあげられるから!!

 森久保、これからはガンガンつっぱしって行くつもりなんで、よ、よろしくぅ!!!」 

 

 

「「「「「よろしくぅ!!!!!」」」」

 

 

 見よう見まねのちぐはぐなその啖呵。それでも、彼女は踏み出して、その意思を示す強さを手に入れた。

 

 その眩さに、尊さに誰もが笑って声を張り上げて答える。

 

 流れて来る音楽は、振り向かずに踏み出す意志を歌ったもの。

 

 名は確か、そう”keep on”。

 

 進み続けるその強さに、彼女の出した答えに、どうか明るい未来が待っている事を願って俺は目を閉じた。

 

――――――――

 

えぴろーぐ

 

 煌めく無数のシャッターに豪華絢爛な会場。その中心では、はにかむ様に微笑を零す絶世の美女と燕尾服に身を包んだ青年が誇らしげに笑い、テレビ越しにも二人の仲睦まじさを感じさせる様に腕を組んでいる。世界的に名声を誇る大女優とノーベル賞を獲得した森林学者の結婚発表と大きく画面端に表記されたその報道は見ているこっちが気恥ずかしくなってしまうくらいに幸せな雰囲気に包まれている。だが、世界でおそらく俺だけが眉間に皺を寄せてこの光景を見ているであろう。

 

「あ、パパ。乃々ちゃんだよ」

 

「…ああ、乃々だな」

 

 無邪気にその報道を指差し、自分の知り合いのおねーさんがいる事を報告してくる娘に普段ではありえないくらいそっけない対応をしてしまうのを今はどうしたって止められない。娘がしかめっ面の俺を不思議そうに眺めて首を傾げるが、やがて興味を失ったのか画面の先の綺麗なドレスを無邪気に羨ましがる彼女を見て小さくため息をつく。そんな俺をソファの隣に腰かけているもう一人が苦笑をかみ殺しつつ問いかけてくる。

 

「こんなめでたい日に何でそんなに顔をしかめてるんですかぁ?」

 

「”友達”ってのが男だと知ってたらあの時もうちょっと手を抜いて走りゃよかったと思ってな…」

 

 憮然としたその一言に今度こそ声を上げて大笑いする隣人”佐久間 まゆ”。そんな彼女を不機嫌そうに睨んでみると、彼女は笑い過ぎて零れて来た涙を拭って言葉を紡いでいく。

 

「乃々ちゃんの相手が男の子だって気がついてなかったのは最初から貴方だけだったじゃないですかぁ。それだけでもおかしかったのに、この間、二人が挨拶に来た時の貴方の顔ときたら…うふふ、娘を取られたお父さんみたいでしたよぉ?」

 

 そういって何がツボに入ったのか腹を抱えて笑い始める彼女に溜息を深くつき、あの日の事を思い出す。こちらに久々に帰国した乃々に例の友達を紹介したいと言われノコノコと挨拶に出向いてみれば、そこにいたのはニュースで見あきるほど見た世界的な学者の優男で、爽やかに挨拶された後に大切に育てて来た元担当アイドルと結婚することを深々と頭を下げて報告されれば誰だってああもなるし、一発ぶん殴りたくなるのも仕方のない事だろう。

 

 その上、”コイツを次に泣かせたら承知しない”と問い詰めたら力づよく答えるのだから脱力感もひと押しだ。

 

 あの時の虚脱感を思い出して俺は更に力なくソファに体重を預ける。そんないじけた俺の頬を軽く撫でた彼女が楽しげに言葉を紡いでいく。

 

「あれだけ内気だった乃々ちゃんが見違えるほど変って、手繰り寄せた糸ですもの。変に捻くれたポーズを取らずに素直に祝福してあげたらどうですかぁ」

 

「……男親は複雑なんだよ」

 

 そう、あれだけ内向的だった乃々はあの日から見違えるように努力を重ねて来たのだ。アイドルとしての芸能活動に留まらず、英会話や勉強。トレーニングに舞台の稽古まで徹底的に自分を磨く様になった。幼く、華奢だった身体も年齢と彼女の意欲に応える様にすらりと伸び、今では誰もが振り向く程の美女となった。誰が呼んだか”森の妖精ドライアド”という愛称で世界中から注目を浴びるほどにまで上り詰めたのだから恋の力とは偉大な物だ。

 

「あら、じゃあ娘が一人巣立って寂しいならもう一人作っておきます?」

 

 そっけなく答え黙り込む俺に彼女は慈しむ様な表情を一変させて淫靡に微笑んで、その真っ赤な舌を挑発するように動かし、頬に充てていた手をゆっくりと胸へとすべらせ――――

 

「人の旦那を気安く寝取ろうとするのをいい加減辞めたらどうかしら!?」

 

 

 ようとしたところで荒っぽくテーブルに叩きつけられたティーカップと雪の様に冷たい声がソレを遮った。

 

 その凛とした声に目線を向ければ白磁のように真っ白で滑らかな頬を真っ赤に染めて怒る愛妻”比企谷 雪乃”が般若の様な顔でこちらを睨んで、荒っぽく俺とまゆを引き離す。

 

「というか、貴女!!今度は何処から侵入してきたの!!いい加減にしないと本気で訴えるわよ!!」

 

「…いい所にだったのに。お家の家事はまゆに任せて、さっさとお仕事に行った方がいいんじゃないですかぁ?」

 

「旦那と子供がいる家をこんな危険人物がいる中で開けられる訳ないでしょう!!」

 

 喧々諤々といつものように俺を挟んで喧嘩をする二人を楽しそうに娘は”雪ママとまゆママは今日も仲よしだね!!”と笑顔で笑う。そんな風に楽しげにはしゃぐ彼女をあやして巻き込まれないようにと俺は身体を小さくすぼめているとリビングに入ってきた息子が呆れたように溜息をついて出て行ってしまった。おい待て息子、その目をいい加減やめてくれ。

 

 あれから本当に色々あり、乃々、いや、森久保はあの時の宣言どうりに俺の為に走り回って何度だって問い直し、力を貸してくれた。そのおかげで、一家の大黒柱として。プロデューサーとしてそこそこ幸せな日常を送っている。

 

 すったもんだの末に勝手に家政婦(妻は未公認)に就任したまゆも含めて両手どころか膝の上の我が家のお姫様も含めて花に囲まれた毎日。なんなら、ご近所さんの目まで含めると鋭い葉っぱだらけで針のむしろの様な有様だが、俺にはちょっと報われ過ぎた日常だろう。

 

 そんなことを考えつつ苦笑していると、肩を掴まれ問いかけられる。

 

 

「「アナタ!!ちゃんと聞いてますか!!」」

 

 

 あまりに揃ったその二つの耳になじんだ声と問いかけ。

 

 

 その問いが、

 

 その声が、

 

 彼女のおかげで、聞くことが出来ている。

 

 その感謝を、画面の向こうで幸せそうにほほ笑む彼女に届けたいと、そう、思えた。

 

 

 

「――ああ、聞いてるよ」

 

 

 

 FIN

 



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白き衣は他が為に

今回はずっと考えていた個人的序盤のラスボス”十時 愛梨”編です。

設定やキャラの生い立ち改変はいつもの通りです。そして、胸糞設定もあるので苦手な人はプラウザバック。

ネタの為ならなんでも許せる方のみお進みください。

ちなみに、これだけでもなんとなく伝わればいいかなと思ってはいるのですが、

こっちを読んでからの方が流れは掴みやすいかもです。→「”灰かぶり”と”魔法使い”の始まり」/「sasakin」の小説 [pixiv] novel/9409626

それでは、今回も駄文にお付き合いしてくださる皆様に感謝を。


 

あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

十時 愛梨   女  21歳

 

 ”過疎化した故郷の再興”という夢を胸に”346アイドル部門立ち上げ”の最初期のオーディションに合格を果たしていたが、汚職に塗れた人選の中で武内Pが断行した人選の白紙により夢を一度断たれた苦労人。その後、”デレプロ”の前に961プロのアイドルとして、復讐者として、初期のラスボスとなり立ちはだかった。

 激戦の末、敗れて全てを失った彼女は差し出されたデレプロの参加への手を取り、”初代シンデレラ”の栄光を手にし、今の地位を手に入れた。

 

 その地位を生かし、地元や地方の広告に幅広く活躍しており日本中を忙しなく飛び回る日々を送っている。

 

 

 

――――

 

『アイドルマスター@シンデレラガールズ~八幡Pと!!~』各話から補足という名の過去ダイジェスト

 

――

 

 

第68話「正当なる復讐者」

 

「お久しぶりだね、”比企谷君”?」

 

 背後から掛けられたその声。それは、かつて聞きなれていたはずの声だった。だが、その声がもたらす印象はあまりに違いすぎ、聞くには痛々しい程に虚ろな物で―――自分たちの罪の深さを思い知らせるには十分すぎる物だ。

 

 息をゆっくり吸って、吐く。許されるならば煙草も一本吸わせて貰いたいがスタジオ内は禁煙。本当にやってられない。 

 

八「……久しぶりだな。”十時 ”」

 

 振り向いた先には、あの時の故郷を思って震える手を握り締めて輝く笑顔を見せていたあの時の彼女では無く――虚ろな瞳に能面の様な頬笑みを浮かべた”十時 愛梨”がいた。

 

美嘉「えっと、この人って961プロのアイドルさん、だよね?知りあいなの?」

 

十時「あれ、もしかして伝えてないんですかー?随分と冷たいじゃないですか。愛梨、”比企谷君”がそんな薄情だなんて思ってもみませんでしたよ?―――――自分たちが潰した”アイドル”の事ぐらいは教えておいてあげるべきじゃないですかねぇ?」

 

一同「っ!!!?」

 

 弱った獲物をねぶるかの様なその瞳と、甘ったるく脳髄を蕩けさせるその声の毒は確かにメンバーの心へと染み込み、皆が俺を見る。

 

 嘘であることを確かめる様に縋ってくる瞳に俺はもう一度大きく息を吐いて――真実を肯定する。

 

八「そいつの名前は”十時 愛梨”。お前らが選ばれる前の、本来のシンデレラプロジェクトのセンターを飾る予定で――――その直前に、デレプロを外されたお前らの”先輩”にあたる奴だよ」

 

 

―――――――――――――

 

 

 

第70話「十時 愛梨」

 

~八幡回想より抜粋~

 

   懐かしい、夢を見た。

 

 

―――私の故郷って秋田のすっごい田舎なの。小学校だって両手で足りるくらいしか生徒がいない笑っちゃうくらいの過疎地域。生きてくのだって精一杯の土地だけど、私はあの村が好きなんだ。

 

―――深い雪に埋もれちゃう山も、春に芽を出すフキノトウも、短い夏の川も、秋のふさふさに輝く一面の田んぼも、大好き。

 

―――ソレが無くなっちゃうのが凄い嫌。

 

―――だから、私がアイドルになってあの村の魅力を伝えられたらなって。

 

―――えへへ、偶然、相席になった人になに語ってるんだって自分でも思うけど、君も”故郷”が大好きなんだなって思ったから。自己満足だけど、自分のやりたい事を再確認できて勇気が出てきました。

 

―――え、う、うん。ありがとう。絶対に、合格してみせるね!!次会うときはテレビの向こうかも!!ふふふ!!

 

―――あれ!?なんでここに君がいるの!!?え、バイト先で今日から部署換え?もう!!でも、346に来るって分かってるなら言ってくれてもいいのに意地悪ですね~。まあ、でも、私たち同期って事だね!!よろしくね”アシスタントのハチくん”!!

―――ふふ、なんか運命感じちゃうなぁ。え!!いや、な、なんでもないよ!!

 

―――ハチ君!!やったよ!!レッスンの選考で私がセンターだって!!やった!!やった~!!これもハチ君が毎日練習に付き合ってくれたおかげだよ!!ありがとう!!え?近い?私たちの中でそんな硬い事いいっこ無しだよ!!見ててねハチ君!!わたし、絶対にこのままトップアイドルになって見せるから!!

 

―――あ、ハチ君…。え、調子悪そう?……や、やだなぁ。そんなことないよ!!ちょっとセンターの重圧にへこたれてただけだから、はは!!こんなんじゃ、ダメだよね。しっかりしなきゃ!!

 

――――ねぇ、ハチ君。今日、偉い人とお話をしてんだけど、さ。………いや、やっぱなんでも無いよ。ダメだよねこんなことじゃ。夢を叶えるのには、必要な事なんだもん。弱音なんて、私らしくないよね!!もうすぐデビュー楽しみだなぁ!!

 

―――君は、どんな私だって、分かってくれるよね?

 

 

―――ずっと、支えていてくれるよね?

 

 

 

 

………

 

 

 

 

―――――――――え、選考が白紙って、どういうこと、ですか?

 

―――ふ、ふざけないでください!!

 

―――あれだけ努力して、期待させて、そんな一言で納得しろなんて意味が分かりません!!理由を説明してください!!

 

―――そ、それは。…ああ答える以外にどんな選択肢があるって言うんですか!!みんな半端な覚悟でココに来ている訳じゃないんです!!例え汚れたって、ソレだって飲み込んで進むぐらいの理由があって―――ッツ!!?

 

―――は、ハチ君。ち、違うの。いや、そうじゃなくて!!―――君なら分かってくれるよね!!私には、やらなきゃいけないことがあるって君なら分かって………はち、君?

 

 

―――なんで、君がそっち側に、いるの?

 

―――だって、ずっと味方でいてくれるって、支えてくれるって…。

 

―――そう、か。君も汚れたあたしなんて見たくないんだね。薄っぺらい言葉を信じた私が…馬鹿だったって訳だ。

 

―――うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!裏切った癖に気遣ってる振りなんかしないで!!

 

――――私は、私たちは、アナタ達を許さない。

 

 

――――私たちは、あなた達の玩具じゃありません。

 

 

 

 見慣れた天井を隠すように手のひらで視界を隠せば今でも思い浮かぶあの無邪気な笑顔。そして、苦悩し、最後にこの世の全てを恨む様な怒りを灯した瞳。

 

 その全てが過ぎ去ったあとにあの虚の様な底冷えする様な頬笑みが何時までも俺を――責め立てる様に浮かんでくる。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

第74話「スリーピングフォレストガールズ”眠れる森の少女達”」

 

 

 

小梅「あの人たち、す、すごい」

 

幸子「ええ、確かにずば抜けています…でも、それ以上に…」

 

茜「…胸糞悪いですね。99:1で勝っているくせに観客のアンコールを誘って引きずり出して、叩き潰すなんてスポーツマンシップに反します」

 

瑞樹「スポーツでは無いけれどもわかるわぁ…。アレは、まあ、ありていに言って見せしめでしょうね」

 

文香「あるいは私たちへの”メッセージ”でしょうか。”お前らもこうしてやるぞ”と」

 

美嘉「趣味が悪いね。名前も、やり方も」

 

美穂「私、あの人達の笑顔が怖いです。何で本番の時よりも今の方がずっと深く笑ってるんですか…?」

 

楓「……………」

 

 

 

――――――――――――――――――――――

第76話 「眩き光」

 

 

 

楓「ふぅ、ふぅ、私たちの、勝ちです、ね?」

 

十時「…………そうですね。完敗、です」

 

 輝く電光板に示される数字は、残酷にその結果だけを映し出す。

 

 技術も、歌唱力も、ダンスも全てが私たちが上回っていた。それでも、あの一言が、観客の心の全てを引きつけた。

 

楓『んー、五回も幸子ちゃんを蹴った甲斐がありました。皆さんの誤解も解けた様ですね?』

 

 『皆さん、さっきから掲示板やダンスばっか見てらっしゃいますからね。幸子ちゃんや、私たちの顔、ちゃんと見てます?』

 

 そんな下らない。本当に下らない言葉に、会場中にかけた呪いを解かれてしまった。

 

 圧倒的な勝利を納め、圧倒し続ければ誰もが人は私たちを基準とする。そうなれば、対戦相手の荒さがしに観客は躍起になる。”私たちよりどんなミスをしたか?”、”何処らへんが劣っていたか”と必死になってその穴を探して勝手に私たちを押し上げてくれる。その結果で私たちが勝てば勝つほど満たされるその醜い優越感を求め更に加速していくその味は、甘い他人の不幸”リンゴ”。

 

 その悪酔いの様な呪いを解かれた先にあるのは”張り付けた様な偽りの笑み”と”目を眇めてしまうほど眩い笑顔”。

 

 歌も、技術も、連携も、ステップも、全てが未熟。

 

 それでも、心を、想いを届けようと全力で舞うその姿に、誰もが息を呑んだ。

 

 それこそが、歌手でも、ダンサーでもない。

 

”アイドル”のあるべき姿だと、誰もが思い出した。

 

 自分たちすら、忘れかけていたその姿を前に――――どうして負けを認められずにいられようか。

 

 自分たちは、もう―――”アイドル”では無かったのだと、思い知らされた。

 

 

楓「さて、決着は付きましたけど…まさか、これで終わりだなんて思っていませんよね?」

 

 

 脱力した私たちの肩にその声が重くのしかかる。

 

 因果応報。

 

 自分たちがやってきて、やられないだなんて虫の良過ぎる事があるわけがない。順番が回ってきただけだ。

 

 鉛の様に重い身体を引きずり、膝をつくメンバーを立たせ自分たち最後のステージとなるであろう処刑台へと―――顔を向けたほっぺを思い切り潰された。

 

愛梨「ふぎゅ!!」

 

楓「なんて顔をしてるんですか?ここはステージで、アナタ達はアイドル―――ならもっとふさわしい表情があるでしょう?」

 

 正面から覗き込んでくるそのチョットだけ色合いの違う瞳は、悪戯に微笑んでそう語りかける。

 

楓「詰まんない理屈をこねるのは大人の証拠です。でも、シンデレラは理屈なんてこねません。アナタがファンに届けたいと願っていたのは小難しい理屈ですか?」

 

愛梨「…分かったひょうなこと、言わないでください」

 

楓「ふふ、全部が分かってたらつまらないじゃないですか。分からない事を楽しみましょう?」

 

 そう言って彼女はその手で軽く頬を撫でてステージを降り立って行く。

 

 振りむけば、他のメンバーもデコピンや張り手や、噛みつかれたりと様々な活を入れられて呆然としていて―――思わず全員で笑ってしまう。

 

”後輩”に揃いも揃って叱咤されている自分たちの情けなさと、難しく考え過ぎていたその馬鹿馬鹿しさに。

 

愛梨「くくくく、……はーあ、揃いも揃って情けないですねぇ。ま、私たちを本気にさせた事を後悔させてあげましょうか?」

 

 そう言って私たちはステージへとかけ上がって行く。

 

 生意気な後輩達に、私たちの本当の実力ってモノを思い知らせて上げなければなりませんからね?

 

・・・・・・・・・・

 

 

「…よう、いいステージだったな」

 

「皮肉にしては、随分と容赦がありませんねぇ。比企谷君」

 

 誰もいなくなった控え室。去って行く皆を見送った私だけが静かに佇むその部屋に入ってきた彼が、迷った末に絞り出した言葉に思わず苦笑してしまう。

 

 相も変わらず彼の言葉は不器用で、大切な部分が全然足りていない。そのことがおかしくて、零れた溜息と共に必死に張り詰めていた糸も切れてしまった様で私は力なく椅子へと腰を下ろす。

 

 最後のアンコールに答えたステージ。

 

 余分な事を全て投げ捨てて、あの頃の様に純粋に歌とダンスと――観客に向き合った。

 

 ソレに、観客も全力で答えてくれる。

 

 そんな単純な事を何時しか自分たちは忘れてしまっていたのだと、気がつかされた。

 

 まったくもって無様な結末だ。

 

「あんな醜態をさらした私たちは961プロを除名だそうです。皆も、ソレを受け入れて散って行きました」

 

 最初からやり直すと決意した子も、もう自分はアイドルでは無いと悟って去った子も、誰もが清々しい顔でここを後にした。そんな彼女達を見送り、自分だけはいまだに動けずにココに立ちつくしている。故郷の事も、自分の事も―――もう、なんにも分からなくなってしまった。

 

「…そうか。それで、お前はどうする?」

 

「……本当に、優しくありませんね。ここは傷心の元カノを優しく抱擁でもして慰める所じゃないんですか?」

 

「誰が元カノだ、記憶をねつ造すんな。―――コレ、見たか?」

 

 端的なその言葉を茶化して苦笑を返してみると呆れた様な溜息と、一枚のプリントされた用紙を渡される。訝しげにその紙に目を移してみれば、ネットニュースがとある地方をピックアップしている記事。胡乱気にその記事に目を滑らせて――――目を見開いてしまった。

 

 その記事に取り上げられているのは、私の地元だったのだから。

 

「お前の街の蔵が”重要文化財”に指定されたらしいな。御蔭で今は観光客やらなんやでてんやわんやだそうだぞ?」

 

 彼のそんな気だるげな声も聞きながし、何度も見返す。だが、何度見返しても、間違いなくそこは自分が守ろうと必死にあがいた愛しい故郷で、そんな必要はもう全くなくて――力が全身から抜け落ちていく。

 

 そいえば、実家からやたらに掛かって来ていた電話をずっと無視していたことを思い出す。記事の先で誇らしげに笑う両親や地元の顔なじみの彼らの笑顔が何故か今は憎らしい。

 

「お前が全部を擲って守ろうとしてた故郷はお前が思ってたよりも随分と逞しかったみたいだな」

 

「そう、みたいですね。本当に、肝心なところで間抜けな自分が嫌になっちゃいますねぇ…」

 

 肩を落とす私に彼はもう一度苦笑し、更に言葉を重ねる。

 

「これでお前はようやく、自由に自分の選択が出来る訳だ」

 

「……例えば?」

 

「タダの大学生に戻ってパリピな生活を送る、または、地元に戻って親父さんと観光に力を入れるのもありだろうし…こっちで資格でもとって普通に就活するのも有りだな」

 

「そこでさらっと口説けないのが”ハチ君”のダメな所ですねぇ」

 

 例えば、”普通の女の子に戻って彼氏と幸せに暮らす”なんて甘い誘惑されたら弱ってる私なんて一発でしょうに。そんなヘタれな彼をからかう様に笑えば彼は肩をすくめてはぐらかすばかり。本当に、あの頃から彼は憎らしいほどに変らない。そんな彼は最後にポケットから一枚の用紙を取り出して、言葉を紡ぐ。

 

「そして、労働条件最悪の事務所で”アイドル”としてやり直すって選択もな」

 

「………」

 

「武内さんから、臨時面接の招待状だ」

 

「…本当に、あのプロデューサーもいい性格してますよね?」

 

「同感だな。まぁ、ソレもお前の好きにしたらいい。破られて当然だとも思うしな」

 

 そう言って私の視線から逃げる様に目を逸らす彼に溜息をつく。

 

 大切なことをこの男はいつだって言葉にしない。

 

 

"『戻ってきてくれ』と囁いてくれればいいのに”

 

 女の子の扱いだって全然なっちゃいない。

 

 

”『もう無理するな』と抱きしめてくれれば良いのに”

 

 

 本当にダメな王子様。

 

 

 肝心な所は引っ張ってくれず自分で決めるまで黙っている間抜けなくらいお人好し。

 

 そんな彼に苦笑を零して、チョットだけ想像力を働かせてみる。

 

”故郷”という大義名分を無くした”十時 愛梨”は、

 

 ――――どうしたい?

 

 そんな自分への自問自答はあっという間に答えが出てしまう。

 

 つまり、気付いていなかっただけでもう随分前に心の中にこの答えはあったのだろう。

 

 故郷も、輝くステージも、舞う喜びも―――好いた男の子も手にしたがる渇望も。

 

 その強欲さに、思わず笑ってしまう。

 

 

「私ってすっごい欲張りですからね。ぜーんぶ食べきっちゃってから後悔しても遅いですよ?」

 

 

  ”覚悟してくださいね?私の、アシスタント君?”

 

 

 そうして城への招待状を掻っ攫って不敵に笑う私に、彼はもう一度苦笑を零した。

 

 

――――――――――

 

 

第128話 「栄光のシンデレラ」

 

 

 その眩いガラスの靴は、煌めいて。

 

 

 流れた滴と、同じ色をしていた。

 

 

 

--------------------------------------------

 

 

 

細かい文字の羅列に目の奥がじんわりと気だるさを纏い始めている事を自覚し、大きく身体を伸ばす。伸ばした拍子に身体のあちこちから小気味よい音が響くのにうんざりしつつ大きくため息をついて、身体の力を抜く。時計を眺めれば結構な時間となっていて、気がつかないうちに随分と長く机にかじりついていたらしい。

 

 そのまま、首をほぐすついでに、なんとはなしに事務所内に視線を巡らせる。

 

 付箋だらけの自分の机に、山と重なった書類の数々。アイドル達が持ち寄った思い思いの私物。それぞれの事務方の性格が現れたように整理されたデスク。アイドル達の活躍が綴られた色鮮やかな雑誌。

 

 そして―――自分以外に唯一灯りの灯った、そのデスク。

 

 自分が没頭する前と変らぬ姿勢で膨大な資料を片手に、一心に何かを書き綴る彼女。

 

 肩を回すついでに外を眺めてみれば雨粒がゆるく窓を濡らしていて、ソレを一つ重ねるごとに秋の訪れを感じさせる様な冷やりとした空気へと塗り替えている。そのせいか、随分と部屋も冷え込んでいる事に気がついて小さな溜息と共に俺は席を立ち、給湯室へと足を運ぶ。

 

 彼女が戻って来てから習慣となりつつあるこの行動に苦笑を洩らしつつも、俺は今日もヤカンに火をくべる。

 

 

―――――――

 

 

「おい、そろそろ終電なくなるぞ?」

 

「…え、あれ、ハチ君?」

 

 差し出されたマグカップに並々とつがれたココアの湯気を不思議そうに眺めていた”十時 愛梨”が数瞬遅れて、俺の存在に気がついた様に声を上げる。どうにも集中し過ぎてまだ意識がこちらに戻り切っていないその間抜けな顔に思わず笑ってしまう。

 

「影が薄くて悪かったな」

 

「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃなくて…って毎回分かって言う君も意地が悪いよね?」

 

 嫌味っぽく言った俺のひと言に彼女は一瞬焦ったように言葉を重ねようとするが、すぐにソレがからかわれている事に気が付いて拗ねた様にこちらを睨んでくる。そして、小さく感謝を伝えつつもそのマグカップに口を付けて小さく息をつく。

 

「で、今度は何処の過疎地域の特番なんだ?」

 

「んー、まだ迷ってるんだけどココの県かなぁ」

 

 彼女のデスクの上に広がるそれらは民族学に始まり、都市政策論に農業、観光雑誌。その他大量の資料に――ソレを上回る出演依頼の山が広がっていた。その中から彼女は大きく付箋の貼られた一枚の手書きで丁寧に書かれた事が窺えるモノを迷いなく抜き取って差し出してくる。

 

「…こりゃまた辺鄙な所にある村だな」

 

「ふふ、そう言う番組だし、調べた中ではまだ可能性のある方だよ?」

 

 そう言って彼女は小さく苦笑して乱雑に書かれた夥しい資料を手遊びの様にぺらぺらと捲っては閉じていく。

 

 とときら学園に始まり、多くの番組を抱える彼女が自ら企画し、運営しつつある番組”カントリーロード”。明るく、華やかな印象の強い彼女が始めた”過疎地域の復興”をテーマにしたこの番組。決して明るくも華やかでもないその内容は良くも悪くも多くの反響を呼びつつも今日まで続いている。

 

 その地域の特色や、文化、歴史。あるモノ全てを徹底的に議論し、可能性を探して行く事は生温い事ではない。

 

 お蔵入りになった者には”他所者”と謗られ、追い出された事だってある。それでも、彼女は頑なにこの企画を続けている。そして、いまや知らぬ人間の居ない”シンデレラガール”が起こしたこの企画に一縷の望みを掛けて依頼を出してくるものだってけして少なくはない。

 

 その依頼の全てを彼女は自分で精査する。知らないモノは調べ、分からないことはあらゆる方面に聞き、関連のある著名人は徹底的に洗い出す。そうして、ほんのわずかでも可能性のある場所を長い工程を経て見つけ出し、ようやく番組作成へと移って行く。

 

 そんな工程を彼女はずっと繰り返している。

 

「天下の”シンデレラ”がそう言うなら、大丈夫なんじゃねえの?…知らんけど」

 

「激励だと思って受け取っておきますよー、だ」

 

 その覚悟に俺が言える言葉など多くはない。だが、彼女はそんな無責任な言葉に毎回のように微笑んで答えてくれる。そんな情けない顔を浮かべているであろう俺を見た彼女がもう一度だけ笑って言葉を紡いでくる。

 

「そう言えば、今度の連休ってハチ君空いてます?」

 

「あん?…同人誌の即売会があるから空いてないな」

 

「良かった、暇なんですね!!」

 

 質問に予定を思い出しつつ答えると、花の咲くような笑顔を向けられる。ホントに素晴らしい満面の笑顔で思わず胸キュン思想になるのだが、問題が一つだけある。―――話を全く理解してくれてない事だ。

 

「一応、聞いてやる。なんで?」

 

「お盆に帰りそびれてたので帰ろうかと思ってたんですけど、両親がハチ君も連れてきなさいって言ってるので旅行の準備しといてくださいね?」

 

「……いや、納豆に砂糖をぶっかけて食べる家にはちょっと。ほら、糖尿病も心配だし」

 

「馬鹿みたいに甘ったるいコーヒー缶を呑んでるよりは健康的ですよ?」

 

「「あん?」」

 

 いや、マジギレテンションで俺も返しちゃったけどマジでビビったからね?収録で着いてった流れで泊めて貰った(強制)けど、何故か炊かれた赤飯も甘いし、リンゴも甘いし、何?甘いモノとびっくりする程しょっぱい味付けに当時はどうしたらいいのかマジで分かんなかったからね!!やっぱり、千葉の小町が作った飯が最高だと痛感しましたまる。

 

「てか、俺がついてく意味全くないじゃん!!しかも、馬鹿みたいにみんな酒飲むから前回ひで―目に会ったのに行こうとする訳ないじゃん!!」

 

「何言ってるの!貧困な地域だったからこそお客様への振る舞いは最高のもてなしなんだよ!!てか、途中から美味しい美味しいって言って自分から飲んでたの覚えてるんだから!!とにかく、チケットはもうとってるんでコレは決定事項です!!”シンデレラ”の言う事は絶対なの!!」

 

「やっす!!シンデレラの栄光をその辺の王様ゲームレベルに引き下げやがった!!」

 

 

 静かな秋雨が冷ややかな風を運んでくる中、薄暗く静かだったこの部屋。ソレが、騒がしい馬鹿話で途端にけたたましく、その温度を振り払う。

 

 

 塗炭に塗れた険しい道を乗り越え、栄光を手にしたシンデレラ。

 

 純白のドレスに、美しい城。そして、多くの羨望を集めたアイドルの頂点に立った彼女。

 

 だが、彼女は―――その白き衣を誰かの為に汚すことを躊躇わない。その汚れこそを何よりもの誇りとするのだ。

 

 ”泥だらけのシンデレラ”と誰かがそう嘲笑った。

 

 だが、その事に胸を張る彼女こそを――俺は心から尊く思うのだ。

 

 そんな彼女が、その思いが――ずっと輝く事をそっと祈った。

 

 

 

 



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無価値な寵愛

欲しいのは、ありふれた幸福じゃなくて…。


あらすじという名のプロフ

 

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

鷹富士 茄子   女  21歳

 

 言わずと知れた”神に愛された女”。歩けば大金を拾い、座ればアイドルにスカウトされ、立てば拝まれる病的なほど神に愛されている。本人もその事に自覚があり、何があっても特に焦ることがない大物感を漂わせている。そんな彼女である為に縁起を担ぐ年末年始は引っ張りだこで、本当に寝る暇もない。

 

 そんな縁起のいいい彼女だが、どうにも上手くいかないことが一つだけあるようで―――?

 

――――――――――――――――――――――

 

 駅のホームに降り立つと、暖房に包まれていた車内に慣れた身体を包む冷え込みに思わず身体を振るわせてマフラーを引き寄せてしまう。ちょっとだけそのまま立ちすくみ、その寒さが和らいだ様な気がして、小さく息をついて首をめぐらしてみる。

 

 新年が明けたばかりの時は凛と引き締まり、誰もがしゃきしゃきしていた雑踏もひと月たった今ではチョットだけ気も緩んで誰もが気だるげだ。そんな中で、一際気だるそうに自分と同じようにマフラーに顔をうずめて身を震わす”お目当ての人”を見つけて思わず笑ってしまう。

 

 待ち合わせをしたわけでもなく、狙った訳でもない。それでも、世界は随分と自分に優しくて願いを簡単に叶えてくれる。

 

 今日も自分の”幸運”は絶好調。

 

 そのままいつもの調子で頼みますよっと、心の中で唱えながら壁に張られた鏡で自分の最終チェック。

 

 短めのショートに同年代に比べたら幼げな見慣れた顔、ちょっと気合いを入れて選んだ大人っぽい白を基調としたコートに気どり過ぎないマフラー。入念にチェックを重ねるが、アイドルとしてやっていけるくらいには整っているはずだと自己暗示して一息。そのまま、ぼんやりと立ちすくむ彼に駆け寄って―――思いっきりその腕に飛びつく。

 

茄子「ひっきがやサーン!」

 

ハチ「っ!!…って、ナスビか。てっきり、痴漢冤罪かと思ってビビったわ」

 

茄子「トップアイドルの一人に抱きつかれての第一声がそれってのはどうなんですかねぇ…。と、い、う、か!!いつも言ってるじゃないですか!私の名前は”ナス”じゃなくて”カコ”です!!ついでに言えば、二人っきりの時は”ヨイチ”って呼んでください!!」

 

ハチ「まだ言ってんのか、ソレ。というか、歌って踊るアイドルが舞ってる人の脳天打ち抜く人の名前で呼ぶのをせがむってどうなのさ…」

 

茄子「私が打ち抜くのは貴方のハートですけどね!!」

 

ハチ「うるせぇよ!!」

 

 気だるげで淀んだ眼に、特徴的なそのアホ毛。この人は私が所属するアイドルグループのアシスタントを一手に引き受ける”比企谷 八幡”さん。いつものお決まりのやり取りを終えた彼が疲れたように深く溜息をついて肩を落とすのを見て小さく笑ってしまう。

 

 最初から随分と面白い人だと思っていたのだが、この人の下の名前を知った時に思わず思いついたその呼び名は今だに呼んでもらった事がないのが酷く口惜しい。だって、”鷹冨士 茄子”に”八幡”だ。ここまできたら”与一”とだって呼んでもらいたくもなる。ソレに、二人だけの密かな呼び名だなんて随分と楽しそうではないですか。

 

 そんな身勝手ながらも慎ましい願いは残念ながら次回に持ち越すとして、げんなりしている彼の腕を引いて急かす様に歩を進めていく。時計を見れば待ち合わせの時間は随分と迫っているし、何より今日という日を待ちに待ったので気持ちだって随分とはずんでいるのが知らずとそうさせてしまう。

 

 

 何と言ったって、今日は”初詣”。

 

 

 昔からこの日にかけての私は最高潮。

 

 

 彼との、いつもとは違う展開が待っていると期待してしまうのも仕方ないでしょう?

 

 

――――――――

 

 駅から十分ほど他愛もない軽口を交わしながら歩いた所で見えて来る赤い大きな鳥居。その下にはもうメンバーの皆も集まっているようで随分と賑わっていた。そんな中であっちもこちらを見つけた様で軽く手を振っておくと、髪をピコピコと動かして”幸子”ちゃんがこちらに近づいてくる。

 

幸子「もう!遅いですよ、二人とも!!何時集合だと思ってるんですか!?」

 

八「なんだよ、まだ集合時間まで30秒もあるじゃん。余裕のスケジューリングだな」

 

幸子「なに馬鹿な事言ってるんですか…。いい年した大人なんだから15分前行動を心がけてください」

 

八「30秒あれば世界を支配できるぞ?例えば、お前は30秒後に”そんな事より可愛い僕に何か言うべきことがあるんじゃないですか?”という」

 

幸子「はー、そんな事より可愛い僕に何か言うべき事があるんじゃないですか?―――はっ!!」

 

茄子「馬鹿な事して遊んでると本当にあっちで待ってる皆に怒られちゃいますよー?」

 

 わなわなと震える幸子ちゃんに勝ち誇ったような顔を浮かべる彼に苦笑を浮かべながら、向こうで待ってる皆の元へと促せば二人もじゃれつきながらも歩を勧めていく。そうして、鳥居の元に辿りつけばメンバーの誰もがそんな二人に苦笑しつつも、チョット遅めの新年の挨拶をして私たちの事を迎えてくれました。何人かの視線が私が組んでいる彼の腕に突き刺さるのはご愛嬌という奴でしょう。いつもは遠慮しているのですから今日は無礼講なのです。

 

 

 なってみて知ったのですが、アイドルというのは年末年始は忙しすぎて自分達の行事に頓着している暇など無いほど目まぐるしい予定に追われる運命の様で、”それならいっそ皆で初詣は落ち着いた頃にやろう!!”となったのが今回の集まりの始まりです。調べてみれば年が始まってから初めての参拝なら”初詣”。そんなガバガバなこの国の宗教観が私はわりかし大好きです。

 

 さて、閑話休題。

 

 思い思いの格好をした華々しい皆さんが最初に目指したのは社務所。お目当てはもちろん年内の運勢を占ってくれる”おみくじ”です。結構な人数の美女が並んでその結果に一喜一憂するその光景を尻目に私はほくそ笑みます。何せこの”鷹富士 茄子”短い人生ですが、大吉以外を引き当てたことなど無いのです。その結果なんて見るまでもなく今回も例に倣ってそうなる事でしょう。問題は、その後の彼が引いたくじによって変る夜な夜な考えた”私の幸運、比企谷さんにも分けてあげますね?”プランか、”貴方が隣にいるからこんな幸せなくじが引けたのかも?”プランの違和感を感じさせない繋ぎ方です。

 

 コレによって存外ウブな彼の顔を赤らめた貴重なシーンを確保できるかがきまるので失敗は許されません。

 

 

 そう自分の中で決意を新たに、結果を見て真っ青になる瑞樹さんや和久井さんを努めてみない様にして、その列をゆっくりと進んでゆきます。―――そして、遂にその時が来ました。

 

 引き当てたくじの内容は当然の様に”大吉”。それも、頭にもう一つ”大”のついた特級です。その結果に周りの皆が感心したように沸き立ってくれて、思い思いにその結果を喜んだり感心してくれるのは本当に嬉しいのですが、今はソレどころではありません。

 

 その喧騒に紛れていつの間にか確保していた彼の腕を見失ってしまっていたのです。

 

 自分の犯した大失態に私の心は非常に焦ります。

 

 コレは早急にCプラン”これだけ恵まれておいてなんですけど…本当に欲しいのはコレじゃないんですよね…”というしっとりプランで彼の甘い言葉を引きだす計画に移らねばこの結果は無為となってしまいます!!そんな焦りと共に、おみくじの交換を迫ってくる年配…ゴホン、失礼。オネーサマズを掻き分けて必死に彼を探します。そして、ようやく見つけた彼に駆け寄ろうとした瞬間―――思わず、足を止めてしまいます。

 

 

 その目線の先にいたのは、自分と対極の存在ともいえる―――可愛い妹分とも言うべき”白菊 蛍”ちゃん。俯き、うかない表情で隅っこに寂しそうに佇む彼女に近づいていく彼を見つけてしまったから。

 

 

八「くく、あれだけ朋やら小梅達と開運グッズを買いあさってお御籤に挑んだのにな?」

 

ほたる「…比企谷さん。今は、ちょっと、その…笑えそうにないので…すみません」

 

 俯く彼女が持っているお御籤に書かれているのは案の定”大凶”を示した紙。

 

 自分が大吉以外引いた事がないとすれば、彼女は間違いなくその逆を引き続けていたのでしょう。そして、ソレを挽回するために彼女と親しいメンバーが様々なお守りや、祈願をしていたのは記憶に新しい。だが、その結果を問うのはあまりに大きく書かれたその文字は残酷だ。

 

 静かに俯く彼女の姿に、浮かれていた心も沈んで息を呑もうとした――――その時。

 

八「…ちょっと、ソレ貸してくれ」

 

ほたる「え?」

 

 俯く彼女からひったくるようにその札を奪った彼は自分の札と見比べる。ここから見える彼の結果は”小吉”。そんな自分にとっては平凡とすら言えるその結果を見比べてしばし、彼は近くで談笑していた彼と最も親しいキツネ目の女性に声を掛ける。

 

八「おい、周子。お前はなんだった?」

 

周子「ん~、中吉やった~ん。なんとも微妙な結果だよね。”待ち人、立ち去る、悔いなく尽くせ”って何の事やろか?」

 

八「”中”か。…まあ、足し算すりゃなんとかなんだろ」

 

周子「は?って、ちょっと!!ウチのおみくじ~!!」

 

 呑気に答える彼女のお御籤をさらっと抜き取った彼は自分とほたるちゃん、そして、周子さんのソレを重ねて細く束ねて近くにあった梅の木の手の届く一番高い枝へとあっという間に結んでしまう。そんな突然の行動に唖然とする、ほたるちゃんに彼は意地悪げに笑って答える。

 

八「まあ、上から十番目の”大凶”も六番目の”小吉”と四番目の”中吉”混ぜときゃ”平”位にはなんだろ。あと、高いとこに結んどきゃ神様が早めに見つけてくれるらしいぞ?…いや、正月終わってからまで仕事してるかは知らんけど」

 

ほたる「あ、えっと、その…ふふっ!ご、ごめんなさい!!ホントに凄く嬉しんですけど、クッ、くくく、ひ、比企谷さんってたまに小学生みたいな理屈こねますよね。…ふ、ふふ、あはははは!!ご、ごめんなさい!!あはははは!!!」

 

周子「もー、そういうことなら最初にいやええのに、この腐れ目はホンにしょうもないなー。てか、迷わずうちのお御籤掻っ攫ったのはなんなん?もっと運勢のいい子はおったやろ?」

 

八「俺の中で最も罪悪感なくお御籤の運勢をチャラに出来る掛け替えのない捨てキャラだった」

 

周子「いてこますぞ!!お前ほんまに!!!」

 

 そんな賑やかな雰囲気に皆が集まり、そのお御籤に次々と重ね合わさり、皆の運勢は良いも悪いも混ぜ合わされ―――梅の枝がしなって一番下まで垂れ下がったところで大笑い。いつも通りのハチャメチャなのだと誰もが笑った。

 

 

―――何だろうか、この敗北感は。

 

 

―――妹分に手を噛まれるとは、このことである。

 

 

 そんな誰もが笑っている空間に静かな怒りと、空しさが私を支配する。

 

 

 手に持った”大吉”。その意味する所に、私の求める物は全くない。というか、そんな気障な事をするならば、自分のお御籤を使うのが最も効率的でしょうが。ソレを選ばないカレに、いい様のない怒りを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………まあ、いいです。

 

 

全然、構いませんとも。

 

 

 たまたま?そう、たまたまです。

 

 

 自分より早く、近しい場所にいた周子さんが気を負わせずにほたるちゃんを励ますことができた最善の一手だっただけです。

 

 

 

 ええ、そうですとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう小さく呟き、もっと小さく舌を鳴らして手に持って居た”大大吉”を破り捨てた。

 

 

 

 その小さな紙の行方は、

 

 

 

 

     醜いほどコレを求めていた年配の方も

 

 

 

 

私も

 

 

 

 

       誰も興味は

 

 

 

 

 

 持ちませんでした。

 

―――――――――――――――

 

 

 さあ、新年早々に鬱々してる場合ではありませんね!!彼の視線を一人占めにするプランはこんな想定外すら見越して何重にも用意してますから、気持ちを切り替えて望みましょう!!

 

 ココに取り出したるは魔法瓶!!

 

 この中に入っておりますのは~なんと”手作り甘酒”なのです!!

 

 ”年末年始”に”神社にお参り”と来たらコレでしょう。寒い気温に二人で除夜の鐘を聞きながら身を寄せ合って来年・新年を語りながらコレを呑めばあっという間にそのまま”himehajime”待った無しと言われるまである”飲む点滴”と呼ばれるコレ!!

 

 身体もあっちも暖まる最高の飲み物だと―――十時「みなさーん、実家から送られて来た酒粕で”甘酒”を作って来たので良かったら是非のんでくださーい。まゆちゃんや雪乃ちゃんの東北ガールズ謹製の特別盤ですよぅ~?」―――は?未成年もいるのにそんな物を配るとかマジで何考えるんですかね?品性を疑います。やっぱ東北の人は雪しか積もりませんからそっち方面にしか冬はたのs(以下自主規制。

 

 

―――いけませんね。どうにも、思考がやさぐれ気味です。

 

 

 良いじゃないですか。可愛い女の子達が季節の旬のものを、今日という日の為に作って来てくれて、親しい人に心ながらも配ってより良き日にしようとしてくれた。それだけの、喜ぶべきことです。

 

 

……………十時さん、なんで彼にだけ甘酒を手渡すのにそんな長い時間がいるんですかねぇ?後がつかえてますけど?

 

 

 

・・・

 

 

・・・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 その後も、私のA~Zまで用意した策は、泡と消えて―――遂には、実を結ぶことは、ありませんでした。

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 そんな様々な徒労を重ねて、あがき続けて、遂には―――最後のイベントとなってしまいました。

 

 本殿。神がおわすとされている神社の存在意義であろうそこへ向かってデレプロのメンバーが綺麗に整列して誰もがプロデュサーが鳴らした鈴に真摯に手を合わせ、祈りを奉納します。

 

 

 誰もが、真剣に、その願いの―――心に、自らに、刻みこみます。

 

 

 この儀式が、昔から自分には不思議でした。

 

 

 願った物は全て手に入り。

 

 

 望んだわけでもなく、幸運に守られてきました。

 

 

 そんな人生を送ってきた自分には、彼女達が何を願っているのか分かりませんでした。

 

 

 今だってソレは、変わりません。

 

 お御籤は最高運。甘酒は人より多く配られ、プロデューサーからは内密に次のドラマの主演の内定を伝えられました。そのうえ、気まぐれに買った宝くじは確認してみれば一等当選。さっきから携帯は今が旬の若手俳優からお誘いがひっきりなし。

 

 普通の人生ではありえない幸運が、ひしめいています。

 

 

 その中で、―――――――私は、何を、こんなに苛立っているのでしょう?

 

 

 やがて、静寂は過ぎ去り、誰かの息をつく声と共に皆が朗らかに話しだす。その暖かな雰囲気を別世界を見ている様に感慨もなく眺めていると、虚無の中から怒りが沸いてきます。何に対するものなのか、分かりもしません。でも、誰に対するものなのかだけは驚くほどハッキリしています。

 

 自分で自覚するほどに恥ずかしくなります。

 

 なんせ、自分はこんなに分かりやすいほどに―――”拗ねている”んですから。

 

 私の誕生日は1月1日。

 

 私がもっとも主役として取り立てて貰えるのも元日。

 

 そんな大切な日を”仕事”で”好きな人”と過ごす事が出来なかった私が楽しみに待っていた今日という最大の甘えられるチャンスに、あろうことか別の女といちゃつく…いちゃつきまくる彼に心底頭に来ているのです!!

 

 

 子供っぽく、我儘に。

 

 

 本当に情けないほどに自暴自棄に。

 

 

”私だけを見て欲しい!!”そんな我儘が今日の全ての不快感の原因なのです。こればっかりは祈った事のない神様から他の何を”幸運”で宛てがっても満たされる訳がありません。だって、――――私が祈るのはこの想いの届け先である、彼にだけなのだから。

 

 

 そんな結論を得た私は、現金に、実直に、改めて祈り始める事に致しましょう。

 

 

 

 

 

 まずは、彼に思い切り抱きついて、”好き”と叫んでみることから初めて見ましょうか?

 

 

――――神様と違って、こっちは声に出さなければ振りむいてもくれない朴念仁なのですから。

 

 



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淡き泡沫

大人と子供の狭間で揺れ動く美波るーと


 薄暗い路地を抜けた先に小さく灯されたステンドグラスのランプ。その下には長い年月をここで過ごしたことを伺わせる木製の重厚な扉が幻想的に照らされている。まるで暗闇の中にそこだけが浮き上がるような幻想的な雰囲気に惹かれる様に手をかければ軽やかな鈴の音が店主へと客人の来訪を告げてくれる。

 

 外観の雰囲気に違わずシックな内装で統一された店内は手製ガラス特有の淡い揺らめきにほんのりと照らされて、落ち着いたジャズが耳に入る。その独特の幻想的な空間と心の何処かにあった張りつめていた何かが溶けるような不思議な感覚に思わず息を吐きだすと、ジャズの歌詞かと思ってしまう程に軽やかで悪戯な声が耳朶をなでる。

 

「おや、これは珍しいお客様だ」

 

「ご無沙汰しています」

 

 落ち着いていながらも子供のような好奇心を隠さない猫のような瞳。肩口でそろえられたあでやかな黒髪とスラリとしたスタイルをギャルソンの制服に包んだ店主の”神木”さんはあの頃と変わらないままにそう呟いて俺達を店内に促してくれる。

 

「いやいや、珍しく誰も来ないから不思議に思っていたんだがね。こんな事が起こるならそれも納得さ」

 

 磨いていたグラスを置いて呟く彼女は楽し気にこちらに視線を寄越す。その自然な動作に見とれそうになるのをこらえて肩をすくめる。

 

「どうにも生来の鼻つまみ者らしくてすみませんね。営業妨害でしたか?」

 

「なに、忙しなく働くのが好きな性分でもないから大歓迎だよ。なんなら週3で通って欲しいくらいさ。―――そちらのお嬢さんを連れてね?」

 

 皮肉気に返した言葉もそんな余裕の言葉で返されてはこちらも苦笑して返すしかない。そして、彼女の指している”珍しい事”というのには後ろで雰囲気にのまれて落ち着かない彼女の事も含めてなのだろうからなおさらだ。楽し気に輝く目が早く紹介しろとせがんでいるのが分かるのでどうにも敵わない。

 

 その圧力に負けたわけでもないがいつまでも彼女を放置している訳にもいかないので、体を半歩下げて彼女を前に押し出す。

 

「バイト先の後輩に成人祝いに酒をせがまれましてね。せっかくなので良いものでも飲ませてやろうかと」

 

「に、”新田 美波”と言います。お、お邪魔します…」

 

 しどろもどろになりながらも深く頭を下げる彼女の生真面目さに俺はもう一度苦笑をこぼし、神木さんはもっと楽し気に頬を緩ませて彼女を迎い入れたのだった。

 

 

――――――――――――――

 

「いやはやしかし、あの比企谷君が静以外の異性とこの店に来るだなんて随分と感慨深いものがあるじゃないか」

 

「静、さんですか?」

 

「比企谷君の初めてを奪った憎たらしい女だよ、まったく」

 

「えっ!?」

 

「紛らわしい言い方しないでください。"初めての酒"をここに連れてきてくれただけでしょうが。あんま変なこと言ってると帰りますよ?」

 

 席に着いて早々に変なことを口走る彼女に間髪入れずに訂正を加えると彼女は楽しげに笑い、なぜか美波は胸を撫でおろしてため息をつく。本当に暇だったらしい彼女は店の酒を入れて既に出来上がっているようだ。そんな風に笑う彼女はそのまま店の扉の看板を”close”にしてしまう。

 

「ははは、まあまあそう怒らないでくれ。”初めての酒をここで飲んだ子がまた初めての子をここに連れてきてくれる”なんてのは辺鄙な場所にある飲み屋の店主としては最高の栄誉でね。私もはしゃいでいるんだ」

 

 その行動に思わず口を開きかけた俺を制すようにそう呟いて彼女は本当に嬉しそうに手元に置いてあるショットグラスを傾ける。その姿はきっと、誰もが子供のころに抱いていたカッコいい大人の憧憬そのもので、俺も美波も思わず息を呑んで見とれてしまう。そんな俺らを見た彼女は少し照れ臭そうに頬をかいて笑いかける。

 

「そんなわけでね。あの緊張してかみかみだった少年の成長が懐かしくも思うわけだよ」

 

「恥ずかしくなったからと言って急に過去の事を持ち出すのは止めてくれませんかね…」

 

 照れ隠しのように茶化す彼女にため息を漏らして答えれば隣で密かに声を殺して笑う後輩を睨んでみても効果は薄い。まったく、本当になれないことなんてするもんではない。

 

 

 成人になったあの日、俺は人生でもっとも多くを学び、尊敬した平塚先生を最初に飲みに誘った。

 

 

 その時に連れてきてもらったのがココなのだ。

 

 生徒と教師という関係ではなくなっても、恩師と教え子という関係は変わらない。

 

 あの時の選択は今だって最良の選択で、今まででも一番多くを学んだ夜だった。

 

 隣でくすくすと笑う彼女を見て、小さなため息を漏らす。自分の恥ずかしい過去を知られるのもそうだが、自分はあの人と同じようにカッコよく生きていられるだろうか?自問自答する答えはげんなりするほど赤点続出なので結果はお察しだ。だからこそ、自分では埋められないそれをココで補おうとした姑息さに嫌気がさす。

 

 本当に、どうして自分なんかを最初に飲みに誘ったのだか。そんな恨み言も視線に混ざってしまうのはご愛嬌だろう。

 

「ふふ、比企谷さんがそんな初々しいなんて想像もつかないですね?」

 

「さっきまでの自分を思い出してみろ。特大のブーメランが帰ってくっからね?」

 

 俺たちの軽口をみた神木さんはさらにおかしそうに笑って、小さく息をついて場をとりなしてくれる。

 

「はっはっは、良い先輩・後輩関係が築けているようで何よりだ。―――さて、ここはしがないとは言えバーでね。いつまでも素面のまま語られたのでは潰れてしまうな。初めての一杯は私から君たちに送らせてもらってもいいかな?」

 

 そういった彼女に俺たちはそろってうなずき、嬉しそうに笑う彼女は小さく微笑んで慣れた手つきで棚からいくつかの瓶を手に取って鮮やかに銀に輝くシェイカーへと注いでいく。その一連の動きは息をするように自然で、目を見張るほどに美しかった。そんな俺たちに軽くウインクを返した彼女はそのまま流れる様にその銀器を軽やかに、手繰って俺たちの息を呑ませる。

 

 一瞬だったはず。それでも、その数倍の時間に感じる程に目を奪われていた俺たちは輝くグラスに注がれた真紅の液体に息を呑んだ。

 

 目の前に差し出されたその美術品は、果たして自分たちが口にして消費していいものなのかと戸惑ってしまう程に美しかったのだから。

 

 そんな俺たちに微笑んで彼女は告げる。

 

「カクテルにも意味があってね。人によって解釈も使い方も変わるようだけど…まあ、難しい話は置いといてこのカクテルの名前は”キール”。私が込めた意味は”最高の巡り合い”。二人にココでバーテンとして巡り合えたことへの私なりの気持ちだよ」

 

 その言葉に、やはりここを選んでよかったと。素直にそう思えた。

 

 躊躇う美波に促すようにグラスを持ち、神木さんと恐る恐るとグラスを手に取った彼女に本当に軽くグラスを交わす。そして、ゆっくりとその美術品を口に含んだ。

 

 白ワイン特有の甘さと渋み。そのあとに芳るカシスの爽やかさ。その二つが絶妙に配合されたその味わいに思わず笑ってしまう。甘い酒など普段あまり飲まないが、それでも素直に美味しいと思う。貧困な自分の語彙力が恨めしいが、うまい酒にごちゃごちゃと理屈をつけるほうが失礼だ。

 

「ウマいですね」

 

「くくっ、やはり静の教え子だね。子弟そろってまったく同じことしか言わんが、最高の殺し文句さ」

 

 そうやって小さく笑いあう俺たちは、そろって視線をもう一人に向ける。

 

 さてはて、本日の主賓は初めてのこの味をどう感じたものだろうか?

 

「お、美味しい、です…」

 

 

 渋面いっぱいの顔でそうしぼり出した彼女に思わず二人で大笑いしてしまったのはきっと誰も責められないはずだ。

 

 

―――――――――――――

 

「ツーン」

 

「悪かったからそう拗ねるなよ…っくく。―――いでっ」

 

 分かりやすく機嫌を損ねてしまった美波に謝りつつも思わず零れた笑いに肩を強めに叩かれる。結構な威力だったが、今回は甘んじて受け入れよう。だが、誓ってもいいが初めての酒精に渋面を浮かべた彼女を笑った訳ではないのだ。むしろ、あの時の自分の記憶と、それを見ていたであろう二人の気持ちがわかってしまい思わず嬉しくなってしまったのだ。

 

「いやいや、すまなかった美波君。君の隣にいる先輩も初めての一杯を呑んだ時に全く同じ顔をして、同じことを言っていたものだから思わず懐かしくなってしまってね。もっとも――――君の先輩は目じりに涙までうかべていたがね?」

 

 クツクツと笑う神木さんの言葉に彼女が疑わし気に視線を向けてくるがこればかりは否定のしようがない。俺の時はもっと単純にビールだったのだが、あの苦みと喉を焼く炭酸。そして、アルコール独特の風味に危うく吹き出しそうになったのを必死に飲み込んで精一杯の強がりをしぼりだしたのだ。涙の一つだって零れる。

 

 いまなら分かるが、あの時の二人もきっと自分が初めて酒を飲んだ時の事を思い出していたのだろう。

 

 平塚先生は”それこそが大人の味さ”と言っていたのが今ならば分かった気がするのだ。

 

 初めて感じるあの苦みが、失敗が、次の一口をより味わい深くさせてくれる。

 

 その苦しさを含めて初めて”酒”のもたらす”楽しみ”へとなっていくのだろう。

 

 それを理解できたことがなんだかこそばゆくも、うれしいのだから、文句と羞恥は今回はこの液体と一緒に飲み干してやろう。

 

「………そうやって失敗を流し込むためにまたお酒を飲んで、飲んだくれが出来上がるわけですね?」

 

「まったく同じことを言って俺は恩師に張り倒されたな」

 

 分かりやすく棘の生えた嫌味に肩をすくめて返した俺を神木さんはあの時の事を思い出して大きく笑った。まったくもって関りというやつを持てばよくも悪くも人は似通っていくのだから如何ともしがたい。そう思ってため息をついていると美波の機嫌も少しは戻ったのか小さく笑って答える。失敗談の恥で機嫌を良くしてくれるならば恥もかきがいがある。

 

「はてさて、今日は本当に愉快な夜だ。だが、お客様を渋い顔でかえしたとあっては私の面子に関わるのでね。今度はこちらなんてどうかな?」

 

 そういって彼女が差し出したのは”ピーチフィズ”と呼ばれる桃の香りが漂う優し気なカクテルだ。

 

「え、あ、でも、私まだ飲み切ってなくて…」

 

 差し出された甘い香りのカクテルに興味をそそられつつも、手元に残っているグラスを気にする彼女に神木さんは緩く笑いかける。

 

「飲み切ってから次へ行くのがマナー、というのもあるがね。そんなものは楽しむことの二の次さ。初めて飲むのなら苦手意識なく自由に飲んでみるといい。残った分は呑兵衛が二人もいるんだから無駄にはなるまい」

 

 そういって目配せをしてくる彼女に肩をすくめて答えて美波のもつグラスを緩く奪って呑んでしまう。

 

「せっかくだ。そうしとけよ―――もしかして、もうちょっと飲みたかったか、コレ?」

 

「えっ!?いや、その、…なんでもないです」

 

「そうか?」

 

 おれが奪って口をつけたグラスを随分と見つめていたものだからてっきりもう少し味わいたかったのかと悪い事をした気分になってしまったが、そうでもないらしいので気にせず飲むことにする。――――なんで二人そろってため息をつくんだ?

 

 なにやら釈然としないが、気を取り直したようすの彼女は改めて新しいグラスへと手を伸ばす。恐々と、それでも、甘いその香りに誘われるように唇をつけーーー

 

 

「あ、美味しい」

 

 

 そう呟いた。

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 一度、味の好みを知れば流石はプロだ。彼女が飲みやすく親しみやすい物を雑談と豆知識を交えて勧めてきてくれるのでその後は彼女も渋面を浮かべることもなく楽しい時間が流れていく。

 

 だが、楽しい時間とはえてして早く過ぎ去るもので時計を確認すれば結構にいい時間となっていた。

 

「むむ、もうそんな時間かい?…まあ、初めての機会で深酒して悪夢をみることもないだろう。惜しいけれども、今日はこの辺でお開きかな」

 

 俺が時計を確認したのを目ざとく見つけた神木さんがそうきりだしてくれたので俺もそれに苦笑して答える。美波の意識も杯を進めるごとに少しだけ緩くなってきたようだし、ここいらが切り上げ時だろう。そう思って俺が席を立とうとしたとき―――意外なところから待ったがかかった。

 

「もう一杯だけ、だめですか?」

 

 俺でも、神木さんでもなければ   

 

       それは 一人しかいない。

 

 集まった目線の先には美波が空いたグラスを握りしめて、小さく俯いている。そのさっきまでの楽し気な様子と違う彼女に思わず俺は固まってしまう。

 

「ご注文は?」

 

「”アラスカ”を、お願いします」

 

「―――――――――――かしこまりました」

 

 そう、恭しく答える神木さんに思わず声を上げてしまいそうになるが、視線でソレを遮られ座るように促される。

 

 反論も抵抗も許されぬそれに俺はなすすべなく腰を下ろすしかないが、頭の中では随分と言いたいことが渦巻く。

 

 自分の知る中ではかなりキツメの度数を誇るソレは今の美波が飲むにはあまりにきつ過ぎるはずだ。ソレを彼女が知らずに頼んでいたとしても、神木さんが応える理由が分からない。止めるべきだと煩悶する中でそれでも軽やかに銀器は手繰られ、あっという間に新緑の鮮やかなソレは彼女と俺の前に差し出される。

 

 ハーブとジン、そして仄かに芳る蜜の甘やかさ。それは、本来は、謎の緊迫した空気でなければ喜ぶべきもので。

 

「さて、私は少し外で酔いでも醒ましてこよう。お代は静君につけておくから気にしなくていい。鍵も適当に閉めておくから気が済んだら行くといい」

 

 それだけ言い残して彼女は息もつかせずに奥へと引っ込んでいってしまう。

 

 

 そして、二人だけが残された空間で儚げに揺れるランプの光だけが揺れ動く。

 

 

 そんな沈黙の中で、美波がゆっくりとグラスに口をつけ、小さく笑う。

 

「ふふ、自分が楓さんみたいな我儘を言う日が来るとは思いませんでした。”最後にもう一杯だけ~”なんて」

 

 そういっていつものように笑う彼女に、ちょっとだけ肩の力が抜けたのを感じる。そうだ、そういわれてみれば大したことではないというのに、何を自分はそんなに強張っていたのだろうか。出されたたとえの緩さに思わず笑ってしまう。

 

「頼むからお前までああなってくれるなよ?これ以上は流石に介護しきれん」

 

「あら、残念です。一回あんな風に手厚く介護されてみたかったんですけど」

 

 クスリと笑う彼女に勘弁してくれと肩を竦めて返せば彼女も楽し気に笑って返してくれる。

 

 その頬にはほんのりと赤みが差し、いつもは理性と穏やかさを湛えている瞳はアルコールのせいか少しだけ蕩けたような甘さを滲ませている。ささやくような声はいつもの芯はなく、睦言のように熱を帯びている。下品さなど微塵も感じさせぬのに、目を引き付ける何かを漂わす彼女に苦笑を漏らしてしまう。

 

 初めての酒になぜ自分なんかを、と思ったがこれは正解だったかも知れない。

 

 例えば、同学年の大学生の集まりなんかで野郎がこんなものを見せつけられたら我慢なんかしようがないだろう。勘違いをしようもないくらいのダメ人間である自分だから”やれやれ”で済むのだ。明日の朝にでも頭痛に悩む彼女にからかいがてら注意するように言っておかねばと心に刻んで、俺もグラスを手に取り口をつけた。

 

 辛くも、甘く、爽やか。

 

 だから、そんな複雑で深い味わいのせいだ。

 

 彼女の発した言葉を聞いて、複雑な表情を浮かべてしまったのは。

 

 

 

「私、貴方の事が嫌いでした」

 

 

「……そうか」

 

 

 新緑のグラスを弄ぶように揺らす彼女は、たゆとう意識のままに言葉を紡ぐ。

 

 

「やればできるくせに、やる気無さそうに振舞うのが癪に障りました」

 

 

 最初のころは随分とつっかかられた事を、思い出す。

 

 

「私が必死にメンバーをまとめようとしてるのに、簡単にソレをしちゃえるのが悔しかった」

 

 

 リーダーに選ばれ、苦悩していた彼女を思い出す。

 

 

「見返してやろうと頑張っても、相手にされないのが、屈辱でした」

 

 

 なにかと張り合われていたことを思い出す。

 

 

「私に心を開いてくれない子が、貴方には開くのが納得できませんでした」

 

 

 新メンバーが入るたびに心を砕いていたことを、知っている。

 

 

「意地悪なスタッフにどんな嫌味を言われても言い返さないのが情けなかったです」

 

 

 武内のカラスだ、犬だと罵られた時の事だろうか?

 

 

「そのくせ、私たちが悪く言われたときは引くぐらいに嫌味たらしく言い返して怖かったです」

 

 

 あれは常務にも武内さんにも怒られた。反省している。

 

 

「自分だって疲れてるくせに、疲れて眠っている子がいるとわざと道を間違えて遠回りするのがわざとらしいです」

 

 

「夜遅くまで居残りしても、絶対に残って送ってくれるのが申し訳なくて苦しかったです。ほかにも―――」

 

 

 そんな支離滅裂で形にならない彼女の言葉は脈絡もなく、こぼれるように、数えきれないほどに紡がれてゆく。

 

 そして、

 

 

「私が、困ってるときに、必ず、――― 助けに来てくれて、優しくて、お人好しで、たまに子供みたいな意地張って、馬鹿で、女たらしで、むじかくで、ほかにも、いっぱい―――、いっぱい、――――悪いところを見つけて、嫌いになろうとして、言い訳を作って、頑張って壁を作ってるのに、嫌いになれない貴方が――――――――」

 

 

 

 長い長い独白は、静かに途切れ

 

     グラスに消えた一筋の涙と共に、儚くアルコールの中へと紛れて消え――――――

 

 

 

 

    「好きなんです」

 

 

 

 

 

           てはくれなかった。

 

 

 

 

 

 紡がれぬことを願っていた最後のその一言に俺は大きくため息をつき、静かな寝息を上げる彼女の髪を緩く梳く。

 

 

 呟かれた言葉に体中に鉛のような罪悪感をもたらす。

 

 

 酒は軽やかで、気持ちよくて、心が浮き立つ楽しい時間をもたらしてくれる。だが、それは何時しか覚めるのだ。

 

 

 一時の高揚は多くを勘違いさせる。それは、彼女が俺に告げた思いとて同じことだ。

 

 

 限られた空間で、一番近くにいた異性で、特殊な思い出に一緒にいた。ソレは時間がたてばきっと勘違いだったことに気が付くだろう。だから、俺は、彼女の涙をぬぐう資格などないのだ。勘違いや思い込みの果てにどんな結末が待っているのか知っている俺がそれにこたえることがないだから。

 

 

 

 

 

 

     泡沫へと消えゆく思いになど、なにも詰め込むべきではない。

 

 

        だから、彼女の涙を見なかったことにするために俺は新緑の液体を飲み干す。

 

 

 

 

 

     揺らぐ意識の中で、このカクテルの意味を思い出した。

 

 

 

 

           ”偽りなき心”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       いまさらそんな事を思い出す自分を、昔と変わらぬ愚かなままの自分を

 

 

 

                             俺は嗤った。

 

 

 



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無垢なる薄幸少女

なんでも許せる人向けっス。

ホラーっぽい何かを目指してた……はず。

頑張って読んでくれたらうれしいっす。


あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 

武内P

 

 真面目で紳士。よく逮捕される。比企谷と一緒にいると囲んでる奴だいたい警察。

 

 仕事しすぎのワーカーホリック。好物はハンバーグ。

 

 

チッヒ

 

 「鬼、悪魔、ちひろ」で有名なあの方。武内Pと八幡と同じ大学のOB。その経験を生かした魔のカリキュラムで八幡をバイト漬にした諸悪の根源。

 

 

 シンデレラプロジェクトのやべー方。

 

 

三船 美優  女  25歳

 

 中途で”デレプロ”事務として入社した女神。

 

 最近、お疲れモード。

 

―――――――――――――――――――――

 

 秋雨降りしきる9月の事だ。

 

 しとしとと降り注ぐ雨は正午だというのに光を遮り、随分と陰鬱な空気を醸し出す。そんな中でもうず高く積まれた書類を捌く手を一旦止めて俺は深く息をついて天井を仰ぎ見る。

 

 無機質な天井はいつもと何ら変わらず、俺の気分を明るくしてくれるわけでもない。

 

 だからだろうか―――こんな事を呟いてしまったのは。

 

「これ、俺の仕事ですかね。ちひろさん」

 

 無意味だと知ってても、問わずにはいられなかった。そして、雷鳴の光の先に笑顔で佇むその人の答えだって――知っていたはずなのだ。

 

「勘のいいバイトは嫌いですよ、比企谷君?」

 

 

ふっざけんな。猿でも気づくわ。

 

 

「そう、バイトなんすよ。俺は。間違っても、でっかい会場の段取りとか、ライブの報告書とか、テレビ局の出演依頼の調整とか、衣装の進捗状況確認とか、常務からのお小言とか、諸々を処理するのなんざ契約外なんすよ。つまり、これは俺の仕事じゃないはずです」

 

 理路整然と自分の主張を山となった書類を指さしながら訴える。というか、武内さんも”次のライブが決定しました。昨年、会場として使用した〇〇ドームでの開催ですので、日程の打診と前回お世話になった設備・スタッフへの見積依頼の作成をお願いいたします”とか気軽にメールで送ってきたけどふざけんな。正社員だってんなもん丸投げされたら発狂するわ。

 

「んー、契約内容は”[アイドルの送迎(スケジュール管理)]及び[簡単な事務作業(会場確保・見積作成・先方への連絡)]、[書類の整理(企画書・依頼書の作成、整理)]、[設営のお手伝い(ライブ段取り)]”ですよね?どれも、違反しているようには思えませんねー」

 

「おい、かっこの中に何を含めた蛍光緑」

 

「頭をかち割りますよ?いいですからさっさと仕事に戻ってください!その分の給料は弾んでいるつもりですし、受け取っている以上貴方に拒否権はないんです!!」

 

「開き直ってブラックも真っ青なこと言い始めたなコイツ…美優さんもおかしいと思いませんか、こんな労働状況?」

 

 この金の亡者に一人で抗っても旗色が悪いらしいので、もう一人のこの部署の社畜仲間であるおっとり系お姉さんに水を向けて救援を求めてみると、彼女は困ったように苦笑してこちらに向き直って言葉を紡ぐ。

 

「あはは…。まあ、確かにこの少人数でみんなをカバーするのは大変ですけど、これがあの子たちのためになるならやりがいはありますね。あと、―――――前の職場を人間関係とか生ぬるい原因で辞めた事を反省してます。そして、かつての同僚をこの地獄に引きずり込んでやりたくてたまりません」

 

 

「――ほら、美優さんを見習ってください!こんなに立派にやりがいを見つけて頑張ってるじゃないですか!!」

 

「後半の闇を丸ごとなかったことにしやがった、コイツ…。あー、やってらんね。ふざけんな。金はいらねーから永久休暇か辞表受け取れカネゴン」

 

 虚ろな目で”嗚呼、仁奈ちゃんまだかしら。おかーさんって呼んで欲しい…”とかブツブツ呟き始めた美優さんを尻目に俺は書類を投げ出す。実際問題、この人数のアイドルをこの少人数で対応しているほうがおかしいのだ。給与の問題ではなく物理的な問題で死ぬ。

 

ていうか、こんなんだからたまに入ってくる増員だってすぐ蒸発してしまうのだ。いい加減に労働条件の改善を訴えなければキリがない。さらに言えば、俺の単位も蒸発しっぱなしでそろそろ俺の籍すら危うい。今日ばかりは、このエビフライから譲歩を引き出さなければ。

 

「…はぁ、分かりました。”庶務・雑務”の比企谷君にふさわしい仕事を与えてあげますよ」

 

 しばらく俺を怒ったように睨んでいたちひろさんは深くため息をついて、一枚の紙を手渡してくる。

 

「……なんすか、これ?」

 

「プロフィールですよ?今日の一時に413号室に来る予定なので346の施設の案内をお願いします」

 

「なんで?」

 

「新しく武内さんにスカウトされてメンバー入りするからですよ?」

 

「…………聞いてないんですけど」

 

「メールに書いてあったでしょう?」

 

 ホントに不思議そうな顔をするちひろさんを尻目にさっき武内さんから届けられたメールに再度目を通せば、膨大な報告とやっておくことリストの中に一文だけポエミーな”新たな星の輝きに導きを”というのが紛れ込んでいるのを見つける。時たま、意味不明なポエムを混ぜてくるので今回もその系統かと思っていたのだが……そういう意味か。わかるか、んなもん。

 

「馬鹿なの?死ぬの?」

 

「まあ、今回は聞かなかったことにしておいてあげましょう」

 

 というか、仕事の軽減化を訴えたのに結局変わってねぇじゃん。というか、さらに増やしてどうすんだよ。最近、見境なさすぎでしょあの人。

 

「……マジで退職していいですか?」

 

「”写真”をばら撒かれてもいいなら。あと、次のライブを楽しみにしてた”あの子たち”の悲しみを背負う覚悟があるならばいつでもどうぞ?」

 

「…………ろくな死に方しませんよ。あんた」

 

 端的な言葉に固まった体を何とか目線だけは殺意を込めて睨み毒を吐いてみるが、その能面のような表情は微塵も揺るがずににらみ合うこと数秒。深くため息をつく。

 

「んじゃ、諦めも付いた所でよろしくお願いしますね?」

 

「…いえす、まむ」

 

 満面の笑みで送り出す彼女を、心底憎らしく想いながら俺はけだるげな体を引きずるようにして席を立つ。

 

 今日も今日とて戦績表は黒をまん丸に塗りつぶされた。

 

 これはもうあれだな、みくにゃんのファン辞めよう。

 

 どこかで”なんでにゃ!!”とか聞こえた気がする。そんな空耳を背に俺は指定された部屋へと重たい足を向けてゆく。

 

 プロフィールに書かれたそのアイドルの卵の名前は”白菊 ほたる”。

 

 彼女は、どんなトラブルをこの部署に運んでくることやら。

 

----------------------------

 

 さて、気だるげに足を進めて無駄にご立派なビル内を進んで目的地を目指しているとどうにも各所がいつもよりも騒がしい。

 

 あっちこちの部署からパソコンのデータが消えただの、急に仕事がキャンセルになっただの、謎の薬品が爆発しただの、フレデリカが失踪しただの、十時が半裸になっているだのと短い道中なはずなのだが随分とあちこちから阿鼻叫喚が聞こえてくる。

 

 大企業様のはずなのにそんなガバガバの状態なのだから世間という奴は分からないものだ。というか、後半はいつも通りの光景なのでそんな事をいまさら騒ぐとは随分と危機管理能力が足りてないな。さてはてめぇ等、にわか346社員だな?

 

 そんな体たらくに深くため息をついていると、目の前に小さな影が立っていることに気が付いた。

 

 金というよりは透き通った髪の毛に、小柄で華奢な見知った少女”白坂 小梅”。彼女は不自然なくらいに満面な笑みで俺の行く手を塞ぐようにそこに佇んでいる。

 

「あ、は、八さん。こんにちわ」

 

「おう。どうした、小梅。撮影はもう終わったのか?」

 

 確か、彼女は午前中からPV用の写真撮影で近場のスタジオにいたはずだがなぜここにいるのだろうか?早めに終わったのだとしてもそのまま直帰していいことになってるのでここに来る必要はないはずだ。そう考え、とりあえず撮影の首尾をきいてみたのだが、一瞬だけ体を強張らせた彼女は何事もなかったかのようにこちらに近づいてくる。

 

「…うん、無事に終わったよ。それでね、八さん。今日は頑張ったから、その、ご褒美が欲しいな。いまから、私と遊びに行こう、ね?」

 

 その華奢な体で俺の腰に抱き着き、甘えてくる彼女がどうにも可笑しくて笑ってしまう。抱き着かれて分かったが彼女の体はしっとりと濡れていて、この雨の中でそんな事を伝えるためだけに走ってきたことが窺えてどうにも邪険にはしずらい。その上、彼女はドッキリ以外の嘘がとても下手だ。

 

「…小梅?」

 

「う、嘘は言ってないよ。…ただちょっと、自分の順番を早めて貰いは、したけど。あう」

 

 ハンカチを取り出してちょっと乱暴めに体を拭いてやっていると彼女は観念したように白状したのでご褒美にその頭を軽くこずいてやる。ただまあ、仕事を終わらせたのは嘘ではないのだろうし、そこまで目くじら立てることでもないだろう。野暮用の後にスタッフに軽く謝っておくことを記憶しておきながら、彼女をやんわり離れるように諭すがその手は離れない。

 

「いや、”小梅の日”はまた今度な?俺まだ仕事あるし」

 

「…だめ。ね、八さん。今日くらいは大丈夫だよ?」

 

 いつになく強情な彼女の説得に面を食らってしまうが、流石に待ち合わせをしといてソレを放置して遊びに行くのはさすがにまずかろう。意外とアレはやられるとキツイのだ。待ちぼうけした次の日、”アイツマジでずっと待ってたぜ!マジで気持ちわりーよなー!!”とか大笑いしてた高津君。お前は生涯、許すことはない。そんな自分の黒歴史を紙面でしか知らない少女に味合わせるわけにもいかず、俺は苦笑しつつそのことを彼女に言い聞かせる。

 

「流石に人を待たせてるから今回はダメだ。大人しく事務所で待ってな」

 

「…っ!!その子に、会いに行っちゃだめ!!」

 

 そう言った瞬間に彼女は切羽詰まったような声を出してさらに指の力を強める。不自然な笑みの下に隠れていた謎の焦燥感もどうやらそれが原因らしく俺は思わず笑ってしまう。

 

「あー、分かった。分かったよ」

 

「ほ、ほんとに?」

 

「新しい子が増えても遊んでやるから。今日は大人しく事務所に戻っとけ」

 

「全然わかってない!!」

 

 ぐずる小梅を笑いながらそのまま歩き出す。小柄な彼女は必死に腰にしがみついて俺を引き留めようとするが、笑ってしまうくらい非力なので何の支障もなく俺は目的地に進んでいく。まあ、多感なお年頃の彼女は遊び相手の俺が新しい子に取られてしまうかもしれないと思ってこんなささやかな妨害に出たのだろう。まったく、愛い奴だ。

 

 その道中も随分と社内は騒がしく、靴紐が切れたと騒いだり。

 

 靴ひもなしタイプの俺に死角はない。

 

 黒猫が横切ったりと騒いだり。

 

 あれは雪美のペロだ。年中うろついてる。

 

 その他にも”引き出しに幼女が入って寝ていた”だの、”三十路が廊下で酔いつぶれている”だの今日はホントに騒がしい。バイオテロやビーダマンで誤射事件が起きてないだけ十分平和だろう何に騒いでいるのやら。…なんで、いま俺を見て悲鳴を上げて走り去ったんですかね?掃除のおばさん。

 

 そんなこんなで騒がしい社内を通り抜け、ようやく待ち合わせ場所にたどり着く。

 

 そろそろ小梅にも離れてほしいのだが、慣れない駄々をこねて疲れたのか随分と青い顔をして汗を流している。体力は最初のころに比べて付いたと思っていたがやはり仕事とソレは別種のものなのだろう。そんな彼女を無理に引き離すのも申し訳なくなって、そのまま入室することにした。まあ、こんな根暗な男に案内されるよりも先輩アイドルと一緒に見たほうが緊張もほぐれるだろう。

 

 震える彼女が自分を止めようとするのを笑って遮り、部屋のドアを押し開く。

 

 雨の湿気のせいか随分とまとわりつくような重苦しい空気に包まれたその部屋の奥に、その少女は、静かに座っていた。

 

 まるで、精巧な日本人形のような黒髪と白い肌。

 

 そして、そのすべてを台無しにしかねないほどに沈んだその表情。

 

 もともとアイドルだの芸能関係に詳しくも興味もない俺が言うのも憚られるが、よくスカウトされたものだと思ってしまった。というか、小梅さん、いい加減しがみつかれてる所が痛い位になってきたので緩めちゃもらえませんかね?

 

 まあ、その辺に関してはボスである武内さんが決めることだ。あの人たらしの直感は今のところ外れたことはないし、魚の腐ったような眼をした俺がとやかく言うことでもないだろう。とりあえず、いま俺がすべきことは―――。

 

「あー、随分と湿気てるな。すまん、除湿に切り替えてから事務説明に入ってもいいか?」

 

「あ、はい、…すみません」

 

 エアコンの除湿を最大に設定してから彼女の前に座りなおす。除湿に設定したのに随分と冷たい風が吹いてくるのが気になるがまああと十分もいない部屋でそこまでこだわることもないだろう。改めて、彼女用の資料を広げて見てみるがその履歴は結構なものだ。今はなくなった所も多いようだが、錚々たる大手事務所から中堅までを渡り歩いているので未経験者というわけでもないらしい。説明が楽で非常に助かる。

 

「武内さんから聞いてるだろうけど”デレプロ”の比企谷だ。今日は簡単な説明と施設案内だな。分からないことがあれば随時聞いてくれ。あとは、まあ、そのままウチに入ってもらえるなら飲み会好きが歓迎会勝手に開くだろうからメンバーとの顔合わせは改めてその時だな。あとは――「あ、あのっ!!」

 

 唐突に遮られたその声の勢いに思わず言葉を呑んでしまった。

 

 そのまま視線を書類から彼女のほうに向けてみるが、彼女は歯切れ悪く俯くばかりで一向に言葉が出てこない。首を傾げて様子を伺っていると彼女はうつむいたまま言葉を絞り出す。

 

「…私、”白菊 ほたる”です。それでも、本当に―――大丈夫ですか?」

 

 絞り出すように問われたその言葉の意味が全く分からず傾げた首がさらに傾げてしまう。このままじゃ動物園の梟よろしく一回転しかねない勢いだ。自己紹介の機会がなかったのは確かにこっちの落ち度だが”大丈夫”と聞かれるのは何に対してなのか。”私にそんな態度取ってるなんてなめてるの?”的な意味だったら二代目時子様になっちゃうんだけどそれこそ彼女的に大丈夫なのだろうか?

 

「あー、すまん。よく分からんが―――いい名前だと思う。芸名が必要だとも思わないし、ウチではあんまいないけど希望があるなら……って、どうした?」

 

「い、いえ、ご、ごめんなさい。ふ、ふふふ、芸能関係の人で私の名前を聞いてそんな反応されたの初めてで」

 

 必死に絞り出したそれっぽい回答はどうやら大外れだったようで、陰鬱な顔をほころばして彼女はこらえる様に笑いをこぼしていく。どうにも笑われているのは釈然としないが、その笑顔を見てウチのボスの美少女センサーに感服してしまった。なるほど、これだけ可愛らしければ職質も恐れずスカウトもしたくなるだろう。

 

「いえ、すみませんでした。こんな私でもよければよろしくお願いいたします。”比企谷”さん」

 

 笑いすぎて目じりに溜まった涙をぬぐって、彼女は手を差し出してくる。どうにも笑ったり落ち込んだりと忙しい娘ではあるが、根が悪いわけでは無さそうなのでこちらも手をつかもうと伸ばし―――――震える小梅によって遮られた。

 

 

「八さん、そ、その子に関わっちゃダメ。その子は………なんで生きてられるのか分らないくらい、好かれちゃってる」

 

―――――――――――――――

 

 その言葉を発したであろう隣にいる彼女に目を向ければ、その顔は今まで見た事がないほどに真っ青に染まり、呼吸すらままならない程にその体を震わせている。その尋常ではない様子に一瞬息を呑みつつも、そっとその背中を落ち着くことを促すようにさすってやれば若干だけ呼吸を落ち着けた小梅は見た事もないほどに敵意のこもった意思を乗せて目の前の少女を睨みつける。

 

「ち、近づかないで。それ以上、この人に近寄るなら……本気で許さない」

 

 いや、正確には、目の前の少女の背面を。

 

 何もないはずの虚空に向かって彼女はその金色に爛々と輝く瞳と聞いたこともないほど低い声で言葉を発する。

 

 その迫力に、思わず俺すらも息を呑んでしまう。

 

 彼女には自分には踏み込めない領域があることは長い付き合いで嫌という程に思い知らされている。そんな彼女がここまで牙を剥かねばならない事態だとはさすがの俺でも理解ができる。

 

 だが、それでも―――――目の前の少女がようやく綻ばした表情を再び影らすにはちょっとだけ納得が足りない。

 

「新人を怖がらせてどうする、阿呆」

 

「あぐぅ」

 

 文字通り牙を剥いて喉を鳴らす彼女の頭をちょっと乱暴に撫でてやっていつもの緩い空気に戻った彼女を軽く笑ってやって重く澱んだ空気を散らす。そうして、最初と同じように深く俯く”白菊 ほたる”に問いかける。隣で唸り声を再び鳴らす小梅はこの際、後に置かせて頂く。

 

「すまんな。御覧のとおり、小梅はよくわからんモンに敏感だ。―――で、こういう事はよくあるのか?」

 

「…………そうですね。視えるという分類の方は大体にたような反応です」

 

「そうかい。神社のお祓いなんかは?」

 

「大本山の最高位の御坊に即身仏になって丁重に祀る、と言われてから諦めました」

 

「そりゃ賢い判断だな。美少女のミイラならみんな喜んでお布施を持ってくるだろうからな。体のいい見世物にされるところだ」

 

 俺の皮肉気な軽口に自嘲気味だった彼女はようやくその固く引き結んだ口角が緩んだのに俺も苦笑で答えると彼女は深くため息をついて席を立つ。

 

「今回のスカウト、ありがとうございました。最後の足掻きと思って来てみたのですが………同じ過ちを繰り返す前に目が覚めてよかったです。御覧の通り、私の経歴に書いてるプロダクション、大体が私が入ってからつぶれてるんです。だから、同じことを繰り返さずに済んで、よかったです」

 

 

 

「……まだ、事務説明は終わってないぞ?」

 

 

 

「「っ!!」」

 

 そう消える様に呟いて部屋を去ろうとする彼女を何てこと無いように引き留めた俺の声に二つの息を呑む声が部屋に木霊する。一つはかすかな希望と何かを必死に堪える気配。もう一つは縋るように俺の腕を握って考え直すように促すもの。片方の責めるような視線が随分と痛いがまあ、業務内容に関するものではないので今回は脇に置かせて頂く。

 

 それに、どうにもこいつ等は勘違いをしているらしい。

 

 それを教えてやるまでは結論を出して貰っては困るのだ。

 

 誤解は、解が出てしまっている。だから、問い直さねばならない。

 

 そのうえで、彼女がどうするかは彼女の判断だ。そこまでくらいのお節介は許されるだろう。

 

「まず、アイドルのスカウトはウチのボスの領分だ。小梅や俺が騒いだ所で裁量権はない。そんで、これが一番肝心なところだがな――――古今東西、お化けが憑いてるからって理由で面接を落とされるなんて事があってたまるか馬鹿」

 

 当たり前すぎる前提。だが、そんな事すら怒りを覚えることを忘れるくらい不幸なことや厄介事に慣れてしまったのだろう彼女はこの言葉を聞いてなにを思うだろうか?

 

 普通の人間が”貴方、お化けが憑いてますから不合格”なんて言われてみろ。普通は怒り狂って訴訟もんだ。それは日本国民すべてに認められた権利で、例外はありはしない。まずはそのことを思い出してじっくり彼女は考えるべきだ。そんな事を思って当たり前すぎることを改めて口にしたことが随分と間抜けに感じて照れ隠しに体を伸ばして彼女を伺う。

 

「……そんなこと、言われたの初めて、です」

 

「そりゃ随分と不幸な人生だな。だが、いっておくが、”不幸少女”程度のキャラずけじゃウチじゃすぐ埋もれるぞ?世界一可愛いを連呼しながらバンジーに飛び込む馬鹿や、週刊誌に泥酔シーンすっぱ抜かれて常務にぶん殴られるアイドルなんざ吐いて捨てる程にいる事務所だ。そんじょそこらの変態・色物程度で売り出せるだなんて安い事務所じゃなくてな?」

 

「ふふ、なんでそこで胸を張っちゃうんですか?」

 

 ようやく笑った彼女に肩をすくめて答えるが、そんなバカげた事すら誰も指摘しなかったのだろうから彼女の不幸も相当だ。こっちとしては如何ともしがたい。だが、そんな些事に構ってもいられないくらいこっちも毎日がてんやわんやだ。そんな日常に”ちょっとツイテない”(や、この場合は”憑いてる”か?)アイドルが混じった所でいちいち気に留めてもいられない。そう笑いかけると彼女はようやく年相応に笑って答えてくれる。

 

 プロフィールで見た年齢は13歳。整った容姿と落ち着いた雰囲気に忘れそうになるがこれくらいの年齢にはこれくらい何も考えずに笑うくらいが丁度いい。そう思って笑う彼女を席に着くように促そうと思って口を開きかけると唐突に入り口のドアが勢いよく開かれる。

 

 あまりに勢いよく開かれたその扉に室内の視線が引き寄せられ、その先にいるのは小柄な体躯をあざやかな着物に包み込んだ少女が佇んでいる。あまりの勢いに唖然としている俺たちをものともせずツカツカと室内に踏み込んでくる少女の名は”依田 芳乃”。彼女はわき目も振らずにまっすぐに白菊の方へ進んでいき、目に見えない何かをいつの間にか手に持った玉串で払ってかくやぶつかるかと思うほどの距離で急停止し、彼女を上から下まで微動だにしない表情で眺めまわす。

 

 あまりの事に、部屋のだれもが言葉を紡ぐことができない程に緊迫した空気が流れ、彼女が小さく呟くように問いかける。

 

「其の名は?」

 

「し、白菊 ほたる、と言います」

 

「名づけは?」

 

「そ、祖母がつけてくれた、と」

 

「…山名はなんと申す?」

 

「…山名?」

 

「…よい。その首飾りは何処で手に入れた?」

 

「あ、これはおばあちゃんの形見で…」

 

「……その祖母は、ぬしが生まれる前に亡くなっておろう?どうやって受け取った?」

 

「…え?………あれ、だって、おばあちゃんが亡くなるときに手渡して   あれ?  手放すなって…  言われ、て」

 

「………………よい。大体わかった」

 

 緊迫した問答の末に頭を抱える白菊に深くため息をついた芳乃が、見た事もないほどにうんざりした顔を浮かべながらこちらへいつもに近い気の抜けた声をかけてくる。

 

「此の君よ~。この娘の問題は深く根付いております。神代に近しき奇跡の巫女の素質ではありますが………随分とうまくやられておるようで―。まあ、山の名も付けづに真名でこの世にいられるほうが救いではありましょう。ですが、関わらぬが吉でありますれば―。如何いたしましょう?」

 

「……………お前のソレは何をさしているかによるな」

 

「一思いに神代に送るか、苦渋の現世にとどめるかでありましてー」

 

 ……………なるほど、分からん。

 

 分からんが真剣にナンカを問いかけているのは分かるし、明らかに物騒なワードが入っていることくらいしか理解できない俺が答えられることなぞたかが知れている。

 

「穏便になんとかしとてくれ」

 

「此の君の言うことは何時の世でも残酷で、無理難題ばかりでありますればー」

 

「駄目そうか?」

 

「それが此の君の願いとありますればー」

 

 内容もよく分からんままに投げやりに丸投げした俺に彼女は困ったように苦笑を返して、力強くうなずいて返してくれる。

 

 困ったことにある小説によれば簡単に人を頼っている俺は昔に比べれば随分と人間強度が下がっている状態らしい。だが、それでも。頼った先に裏切られ、欺かれ、期待に背かれても、それをしょうがないと笑って済ませられるくらいには柔くなっている。だから、最近は自分に届かない事は届く誰かに頼むことにしている。

 

 進化か、退化か―――意見は分かれそうなものだけど。

 

 そう独白して苦笑する俺を横目に芳乃は巾着の中から携帯を取り出してどこかに通話をかける。

 

「あ、茄子殿~。今日はお暇でしてー?」

 

『……………………きょうの鷹富士は、久々の休暇で二度寝上等のためお電話にでられません。日を改めて「ほー、そうですかー。此の君と遊びに行くのでお誘いしましたが忙しいのでは仕方がありません」あ、間違えました!!今日はちょうど出掛けたくて仕方がなかったんです!!あー、ほんとに丁度いいですね!!いまからマッハで行きます!!マッハで!!!』ッブ!!

 

「…そういう現金なところは嫌いでもありませんが、同じ素質を持ちながらここまで違うというのも不思議なのでしてー」

 

 そう呟いて携帯を巾着にしまう彼女に思わず俺は問わずにいられない。

 

「――――えっ、いつの間に俺はお前らと遊びに行くことになってんの?」

 

「此の君が言い出したことでありましてー。ちなみに、今日は此の君のおごりであるのでしてー」

 

    早速だが、前言撤回だ。

 

 

  他人を無計画に頼るとこんな目に合う。

 

 

 これが今日俺が得た、貴重な教訓だ。

 

 

――――――――――――――

 

 

ほたる「はわわわ!!もうそれ以上は駄目です!!もう、あふれちゃう!!」

 

莉嘉「へへー、そんな事いってられるのも今のうちだよー。これが病みつきになっちゃうんだから!!」

 

みりあ「うわぁ、莉嘉ちゃん初めての子にそんな激しく行っちゃだめだよー、ふふ」

 

芳乃「いやだと言いつつも体は正直なのでしてー」

 

茄子「うふふ、精一杯広げてもこの大きさなんだからかわいいですねぇ。でも、最初は苦しくても味わう様にくわえちゃえば二度目からは自分からもっと大きく行っちゃうんですから観念してください」

 

 顔を真っ赤にする無垢な少女を囲むようにして経験済みの女たちはパンパンに張りつめた肉棒を突きつけ、その小さく可憐な穴の前で淫靡にゆする。少女”白菊 ほたる”は羞恥とこれから自分がすることへの罪悪感からか必死に目を逸らそうとするが、漂う強烈な匂いに体の奥から湧き上がる欲望が意思に反して目で追ってしまう。そんな葛藤を抱える彼女をあざ笑うかのように豪快にかけられた液体が持っていた手に滴り、それを美味しそうに舐めとった莉嘉に彼女は信じられないモノを見たかのように目を見張る。

 

 何かを口にしかけた彼女は、恍惚の表情でそれをしゃぶるその仕草に魅入られて恐る恐るといった感じに突きつけられた一物を見つめる。そして、ついには――――湧き上がる欲望に屈し、堕落にまみれたその肉棒を、自ら、くわえ込んだ。

 

 それをいやらし気に眺めていた乙女たちも、それぞれが確保していた肉棒にかぶりつき、数舜。

 

 

「「「「「「おいっしぃぃぃ!!!!!」」」」

 

 

 晴天の公園中に響き渡る華やかで、姦しい絶叫が耳をつんざいた。

 

 雨露が緑を輝かせ、ちょっと寒さを感じる気温は手に持つホットドックの温かさを示すかのように湯気を立たせてより魅力的に食欲を刺激する。

 

 店主ご自慢の特製ケチャップとマスタードはこれでもかという程に莉嘉にかけられたせいで指に滴りそうになるので零れてしまう前に豪快にかぶりつけば、はじけるソーセージの肉汁とソースがはじける様に口の中で暴れまわり、最高の快感を俺に与えて思わずすぐに飲み込んで次の一口へと誘っていく。

 

 どうやらソレは誰もが同じようで、アイドルという肩書をもつ彼女たちだって例外ではない。

 

 口の周りにソースが付くのも気にせずに齧り付き、ご満悦のご様子で大きめであろうホットドックをほおばりつつもお互いのそんな様子を笑いあって随分と楽しげだ。そんな様子を見ていれば肩に入っていた力だって抜けてしまう。姦しい彼女たちを見て小さくため息をついてしまう。

 

 あれからホントにすぐに会社にやってきた茄子が合流し、たまたま仕事が開いて廊下でブラブラしていたみりあや莉嘉も合流して本当に遊びに連れて行かされることになった。

 

 そこから何をするかとなったのだが、どうにも白菊の話を聞けば”遊び”という物に随分と縁遠い生活――というより、ほんとに何時代から来たのかと思ってしまう程に規則正しい生活を送っていたらしい彼女へ手始めに”買い食い”という物から体験させてやることにした。

 

 天気も茄子が来てから丁度よく晴れ間が覗いていたので、会社からほど近くに公園にあるホットドックの屋台に連れて行くことにしたのだ。これまた運のいいことに店じまいの途中だった店主がこれでもかとサービスしてくれたおかげでデカめのホットドックにかぶりつけている訳だ。

 

ほたる「ううう、こんなのおばあちゃんに見られたらおこられちゃいます…」

 

莉嘉「アハハハ、大丈夫だって!バレたら皆で謝りに行こうよ!!それでも駄目だったら、ハチ君のせいにしてみんなでにげちゃおう!!」

 

みりあ「あー、また莉嘉ちゃんそんな事いってる!!美嘉ちゃんに言いつけちゃうよ?」

 

莉嘉「ちょ、それはやばいって!!」

 

 二人のそんなじゃれ合いに困惑したように俯いていた白菊も思わずといった風に笑って口元を抑えて笑っている。そんな様子で和やかな雰囲気を眺めながら苦笑しつつ細巻きに火をつけて、不機嫌そうに自分の後ろに引っ付いている小梅に声をかける。

 

ハチ「ほら見ろ小梅。お化けが憑いてようが、不幸だろうが別に困ることなんざないだろ?」

 

小梅「…………」

 

 沈黙を貫いてホットドックを小さく咀嚼する彼女に肩をすくめて口元をハンカチで拭ってやると彼女は不機嫌そうにしつつも嬉しそうに目じりがピクピクしているのでその様子に笑ってしまう。

 

茄子「んーーーーー」

 

ハチ「………なんだ?」

 

茄子「んーーーーーーっ!!」

 

 ソースでべたべたに汚れた口元を突き出してタコみたいな変顔をしている鷹冨士が何かを唸っているが、正直まったく意図が分からない。何してんのこの人。あと正直、いい歳した美人が口元ケチャップだらけとかいままで何を学んで生きてきたのかといつめたくレベル。

 

 妖怪タコ女に思わず冷たい目を向けていると、袖が緩く引かれるのでそちらに目を向ければ芳乃が口元を指さしている。

 

芳乃「此の君ー。口元が汚れてしまいましたー。拭くものをかしてくだされー」

 

ハチ「へいへい、今拭いてやるからジッとしてろよ。―――おし、いいぞ」

 

茄子「扱いが違いすぎません!?ひどいです!!私にも”しょうがない奴だなぁ、ほら動くなよ特別に唇で拭ってやるよ”―――みたいなリップサービスがあってもいいと思います!!唇で拭うだけに!!」

 

ハチ「……発想がきもいし、昼間の公園でなにいってんだお前」

 

 なにやら激昂して掴みかかってくるソースまみれの茄子の手を華麗に捌きながら、距離をとる。フツーに汚いし、発想もドン引きだ。そんな風に間合いを詰めさせまいとにらみ合う俺の袖がもう一度引かれるが今は構ってやれそうにないのでそっけなく対応する。

 

芳乃「此の君ー。お伝えすることがー」

 

ハチ「なんだ、歌舞伎揚げなら今日はないぞ?」

 

芳乃「あちらから常務の気配をかんじまするー」

 

 

「「「「げっ!!?」」」」

 

 

ほたる「?」

 

 一人可愛らしく首を傾げる白菊以外の行動は実に迅速だった。出たゴミを手早くまとめてゴミ箱に投げ捨て、置いてあったバックや荷物をまとめ素早く撤収を開始。だが、呆けた白菊の手を引いて走り出す前に無情にも体の底を震わす冷ややかな声が耳朶を叩いた。

 

常務「ほう、会社が未曾有の厄介ごとでごたついている時に呑気にサボっている程に余裕があるとは敬服に値するな。そんなに手が空いてるなら―――って、貴様らぁっ!!!」

 

 

「「「「お疲れさまっでした!!新入生教育の途中なので失礼しまっす!!(全力疾走」」」」

 

ほたる「え!に、逃げちゃっていいんですか!?え、えらい人なんですよね!!」

 

みりあ「それは違うよ、ほたるちゃん!!怒られることが確定しているなら今を全力で楽しむの!!怒られるのはきっと思い切り遊んだ後でも遅くはないんだよ!!だから、これは戦略的撤退だよ!!」

 

莉嘉「さらに言えばあのオバさん、機嫌でお説教の長さと厭味ったらしさが変わるから機嫌がいい時にしおらしく謝りに行くとちょろいからすぐ終わるよ!!」

 

ほたる「え、えぇぇぇぇ………」

 

小梅「あ、常務こけた。大丈夫かな?」

 

 涙目で”後で覚えてろ!!”とか”なんで今日はこんなついてないんだ!!”とか喚いている声が聞こえるがピンヒールで全力疾走しようとすりゃそりゃ折れるし、こけた件については同情はできない。それよりも純情だったみりあや莉嘉がいつの間にか強かになっていることに胸が痛む。誰だあんなくそみたいな理屈をふきこんだのは。と、憤っていると全部俺が教え込んでいた事を思い出してしまった。何たることだ。

 

 この後、かかりまくってくるであろう鬼電に備えて携帯の電源を切って俺はアイドルの成長を嘆きつつ走る。

 

 今日は随分と騒がしい。

 

―――――――――――――

 

 

ほたる「……ここですっ!!」

 

 呼吸を詰めて真剣に目を凝らした彼女が目を見開き、裂帛の気合を込めてその手を振るう。

 

 その彼女の意思を受けた無感情な機械仕掛けの腕はゆっくりと振り下ろされ―――見事にかすりもせずに空を切った。

 

ほたる「あぁ…今度こそ行けたと思ったんですけど……」

 

ハチ「いや、かすりもしてねえんだけど……」

 

 賑やかな騒音の中で真四角の躯体”UFOキャッチャー”の前で何度目かもわからない肩を落とし呟く彼女に、こっちも憮然と返すしかない。なにせさっきから10回以上もチャレンジしてかすりもしないし、それが俺の財布から出費されているのだからこうもなろうという物だ。最初は周りで応援していたり、一緒に落胆していた他の奴らも5回目あたりから目の無さを悟って思い思いのゲームに向かって散っていってしまった。子供って残酷である。なんなら俺も去ろうとしたのだが”こ、今月はお小遣いに余裕がなくて…”と涙目で袖を引っ張られるのだから渋々現状に至る。

 

 全力疾走で常務から戦略的撤退を成功させた俺たちは息を整えていた場所で白菊が物珍し気に指さしたゲームセンターへとなだれ込んでからこのありさまだ。

 

 何が気に入ったのか分からないが変な顔をした熊のストラップに一目ぼれした彼女は俺に”借金”という名の駄々をこねてまでここにへばり付いている。難易度だってさして高い物でもなく、設定も引っかかればとれるくらいに甘いようなのでここまで壊滅的に取れないという事はもはや不幸うんぬん以前の素質の問題だろう。

 

「も、もう一回お願いします!!っていたぁ!!?」

 

「これ以上は金の無駄だ、ポンコツ少女」

 

「ぽ、ぽんこつっ!?」

 

 頭をひっぱたかれた彼女はひどく心外そうな顔をして涙目で俺を睨んで噛みついてくる。

 

「い、いきなり叩くなんてひどいです!!それと、私はポンコツなんかじゃありません!!すっごく意地悪なこの遊具が悪いんです!!」

 

 まるで癇癪を起した子供みたいな彼女の仕草がおかしくて思わず笑ってしまうと、さらに激昂した彼女が頬を膨らましてそっぽ向くと今度こそ笑ってしまう。―――最初のお澄まし顔はどこへやら、ずいぶんと年相応な顔もできるじゃないか。

 

「馬鹿いえ。この機体だったら300円くらいで取れるようになってんだよ。貸してみろ」

 

 むくれる彼女を脇に寄せて100円玉を機体に放り込むと気の抜けるBGMと電飾が流れる中で、彼女の狙っていた不細工な熊に狙いをつけて操作していく。 

 

 閉じていく爪に熊が引っ掛かり一瞬だけ浮くが滑り落ちていく。

 

「ほら!!難しいんですよ、これ!!」

 

「300円つったろーが。黙ってみてろ」

 

 ドヤ顔で勝ち誇る彼女にため息交じりに答えてもう一枚放り込む。

 

 思った通り、随分と緩い設定の様なので上手くいけば恥をかかずに済みそうではある。―――しかし、美少女でもドヤ顔ってムカつくもんなんだな。とか思ってみたが、わりかし周子をどついてるのはドヤ顔してる時だったことを思い出していまさらな発見だった。

 

 そんなどうでもいい事を考えつつ、微調整したアームが熊をがっちり掴んで持ち上げた。

 

「あぁっ!?――――ふぅ」

 

「……君、この熊を取りたいんですよね?」

 

 掴んでいたアームが制動の振動で揺れ、熊があと一歩の所で滑り落ちていくのを見て安堵の息を漏らす彼女に思わず突っ込んでしまう。もはや、どっちかってゆーと俺をこき下ろすほうが主目的になりつつある彼女に思わず笑ってしまう。だが、残念ながらこの程度なら裏技を使うまでもなく――――余裕だ。

 

「ぐぬぬぬーーー」

 

 三枚目で軽くつついてホールに落とした熊を彼女に放り投げると、嬉しそうで悔しそうな随分と複雑な顔をして唸る彼女に肩を竦めて苦笑していると店の奥が随分騒がしくなっていることに気が付き、そっちに目を向ければコインがぎっしり詰まったケースをカート山盛りで押してくるあいつ等がこっちに戻ってくるところだった。

 

茄子「ちっ、サービスのなってない湿気た店ですねぇ…」

 

莉嘉「いやー、私が店長でも追い出すと思うなー?」

 

芳乃「過ぎたるはなんとらでございましてー」

 

小梅「カート、重いぃ…」

 

みりあ「あ、ハチくーん。茄子ちゃんがスロットで大勝しすぎちゃって出入り禁止になったから次いこー?」

 

 ぶっちゃけ、超関わりたくない集団だ。というか、後ろの店長泣いてるぞ。

 

 そんな嫌そうなオーラ全開をおもんばかってくれるわけもなく、彼女たちが合流して次の場所を相談し始める。人の金だと思って随分楽しげなのが腹立たしいが、勝手に決めてくれる分には気楽なので黙っておくことにする。そうこうしていると、小梅が怪訝そうに白菊の背後の虚空を睨み小さく呟く。

 

「…さっきより、弱ってる?」

 

 不思議そうに紡がれた言葉に芳乃が景品の飴を舐めつつ興味なさげに答える。

 

「茄子殿や私の気にあてられているのもそうでしょが、何より必死に”呪”で純白に保ってきた依り代が俗によって汚されているのですからあちらは憤懣やるかたないでしょう。よい傾向でしてー」

 

 見えない何かを語る二人の中二っぽいワードの羅列にこっちはさらに首を傾げるしかないが、まあ、焦ったようすもないのでべつにきにする必要もないのだろうと意識を相談している少女たちに戻せば、意外な所から声が上がっていた。

 

「あ、あのっ、私、行きたいところがあるんです!!」

 

 手に入れた熊の人形をだきしめ何かを決意したような白菊が、力強く次の目的地を告げる。

 

――――――――――――――

 

 さてはて、ところ巡って鼻息荒い彼女の先導に付き従ってたどり着いたのは何処にでもあるようなカラオケ屋。

 

 それどころが、入店の際に何度も人数を多く数え間違える店員を雇っている分少しだけマイナス評価だ。”あの人、私が一人で来ても毎回数え間違えるんです”と笑って話す白菊となぜか唸る小梅でひと悶着あったが室内に入ればまあ、彼女のお気に入りになるのも分かるくらい設備が充実している。まあ、個人的には思ったより安く済んで一安心だ。

 

 いそいそと全員分のクッションやリモコンを準備する彼女の様は我が家の如しで、さっきの一人カラオケ発言からなんだか彼女の”友達いないんじゃないか説”が濃厚になってきたので余計な心配までしてしまう。そんな余計な心配をしているウチに準備が整ったことに満足いったのか彼女は小さく頷いて、マイクを手に取る。

 

「えっと、その、急な我儘に付き合って貰って、すみません…。でも、私だって鳥取の女です。ポンコツ扱いを受けて黙って引き下がるわけには――――行かないんです!!」

 

 そんななぞの啖呵を切る彼女に訳も分からないだろうにやんややんやと声援を送る少女たち+α。楽しそうで何よりである。

 

 自分で始めといてちょっと照れる彼女の後ろから伴奏が大音量で流れ始める。

 

 そして、気弱で自信なさげな表情が――――瞳が一変する。

 

 細く、頼りなげな声が――――力強く、生まれ変わる。

 

 澄み切っていながらも心を震わせる、昂ぶりをもたらす。

 

 ”境界の彼方”へとすら導くその歌に、誰もが息を呑んだ。

 

 それこそが、彼女の本質であるとどんな自己紹介よりも深く知らしめる。

 

 これは、確かに彼女に謝らなければならないだろう。彼女は”ポンコツ”と呼ぶにはあまりに輝く原石でありすぎる。だが、それ以上に()()()()()()()()()不幸少女であることを認めねばならない。

 

 伴奏が終わり、彼女の伸びやかな声が静に消えて紅潮した頬と荒くなった息、そして、ちょっとだけ誇らしげな雰囲気だけが部屋を満たす。

 

 そんな中、二人分の乾いた拍手が、響く。

 

「すっごいねー!こんなに歌が上手いなんて!!」

 

「ほんとにね!こんなの最初に歌われたら緊張してきちゃったー!!」

 

 莉嘉とみりあの無邪気な声が響き、顔は満面の笑みで新人の実力を讃えている。だが、それでも、瞼の奥の瞳は獣のようにギラつき、無邪気な声はあまりに白々しい響きを隠せてはいなさすぎた。そんな二人の白々しい会話は途切れることなく続き、ほかのメンバーはこの先の何度も見た結末に静かに冥福を祈って口をつぐむ。

 

 謎の緊迫感の中、白菊だけが戸惑ったように立ち尽くす。

 

 そんな中でも無邪気な声に交じって、莉嘉が手繰っていたリモコンの送信音が響いた。

 

「あー、あー、あー、…私たちもまけてられないね?」

 

「うん、最初が肝心だってハチ君に習ったしね?」

 

 ステージの上に立つ白菊を追いやるように上った彼女たちは―――満面の笑みで、うなずき合い。

 

 言葉を発した。

 

「「なめんなよ、新人?」」

 

 爆音で流れる伴奏。流れる様に決まった中指を立てたそのポージング。

 

 そこから完全なハーモニーで歌われる歌と振り付け。

 

 揺らめく炎のように輝く金と赤銅色の瞳。

 

 圧倒的な実力差を見せつけるその完成度に、白菊は茫然とする他なくなってしまう。

 

 笑顔あふれる二人のライブはまさに”ジョイフル”を体現したかのような完成度なのだが、こっちは額に手を当て頭痛をこらえるのに精いっぱいだ。基本的に純真で人畜無害なこの二人だが才能と闘争心が異常なほど溢れているせいか、才能のある同年代が入ると時たまこういう事をやらかす。これがこの二人以外だったら平和に称賛をうけるだけで済んでいたのだろうが、たまたま偶然会って、たまたまカラオケに来てしまうとは本当に彼女は運が悪い。

 

 だがまあ、この二人が本気で潰しに掛かるくらいには認められたということでもあるし、遅かれ早かれ受けていた洗礼ではあるのだろう。新人教育としての本分はこれで大体全うした感はある。

 

 

 ”不幸少女”なんてすぐ埋もれるほどゲテモノがそろった事務所ではあるが、それ以上の輝きがあるからこそ彼女たちはあそこに立ち続けているのだ。

 

 茫然と立ち尽くす彼女がここで潰れないことを祈って俺はため息を深くついた。

 

―――――――――――――――――

 

 

「うう、調子にのってすみませんでした…。”運がわるいだけで実力なら誰にも負けない”とか内心思ってるからいつまでも私はポンコツなんです。私なんて鳥取砂丘にでも大人しく埋まっていればよかったんですぅ…」

 

 さっきまでのドヤ顔は何処へやら、完全に自信を叩き潰された白菊は俺ですら分かるような澱んだ空気の中で壁にのの字を書き続けるオブジェへとなってしまっている。彼女をこんな風にした元凶どもは茄子が歌うまんまるお腹の半魚人の歌に無邪気に合いの手を入れてたりする。……自分達がクラッシュした新人に関してはまったく悪びれた様子もないのがマジで恐ろしい。

 

 一体だれが彼女たちをこんな化け物にしちまったんだ、ベニー…。

 

 そんな風にいつまでもたそがれている訳にもいかないので、なんとか言葉をしぼり出そうと頭をひねるがここでさらりと慰めの言葉が出てくるようならこちとらぼっちをやってないのである。―――なので、でてきたのはありきたりな言葉だ。

 

「あー、その、まあ、上級者向けを一発目でひきあてるとか逆にすごいな。”不幸”の看板に偽りはなかった、ぞ?」

 

「うぅーーーーーーっ!!?」

 

 おかしいな。慰めるつもりが煽るような感じになったせいで、さらに心を閉ざしてしまったようだ。やっぱりなれない事なんてするもんじゃない。仕方ないので、なじみのあるいつもの手法に切り替えさせて頂こう。

 

「…まあ、これで折れるようなら今のうちにしっぽ巻いて逃げといた方が利口だな」

 

 小馬鹿にしたように、あきれたように息をつきながら小さく、本当に小さく呟く。

 

 貝のように膝を抱えて動かなかった彼女の肩がわずかに動くのを見逃したりなどは――しない。

 

「大手だったていう他のプロダクションでの実績てのも怪しいもんだ。この程度でデビューさせるなら馬脚を現す前に早々につぶれて良かったかもな?逆に運がいい―――――「あの人たちを悪くいうのは止めてください!!」

 

 いままでの声の中で、もっとも力強い声がカラオケ内に響き渡る。

 

 息を荒げて、瞳に明確な怒りの炎を宿したその声はさっきの小綺麗な歌声よりもずっと、芯に響き渡る。

 

「私に、空っぽだった私に、夢を持たせてくれたあの人たちを、悪く言うのだけは――やめてください」

 

 ただ、内気な彼女がその激情を恥じ入るように尻すぼみに小さくなっていく様子に俺は小さく苦笑を漏らし素直に言葉を紡ぐ。

 

「――なら、ちょっと叩き潰されたくらいでへこむな。その選択が間違いじゃなかった事はせいぜい自分で証明してくれ」

 

 その言葉に彼女は、悔し気に、それでも明確な敵意とも呼べる光を持って睨み返す。ここでやっていくならば、実にいい傾向だ。そう思ってこちらも口の端をひきあげて不敵に応えてやって視線を交錯させていると、涼やかな鈴の音がそれをさえぎる。

 

「ほー、あれだけ薄弱な自我をこんな短時間でここまで情動を引き起こさせるとは見事でありますればー。白く無垢なる依り代は俗世に触れつながりを持ちー、欲という願いの感情を宿し―、情動によって我を自覚しましたー」

 

 詠をよみあげるような芳乃の声は、鈴の音と相まって不可思議な緊迫感を齎す。

 

 誰もがそれに引き付けられるように自然と彼女を見つめる。

 

 その中で、鈴の音をさえぎるかのごとく耳障りなハウリングが唐突に鼓膜を突き刺すように鳴り響く。耐えかねた莉嘉が音響の電源を消してもその音は鳴りやむことなく、さらに音量をあげていく。

 

「神代の巫女よー。そなたの首飾りは祖母の形見ではないのではー?もう一度、思い返すがよいー」

 

「な、なにを、いってるんですか?だって、これはたしかに―――――あれ?」

 

 芳乃の問答をかき消すかのように大きくなる雑音はいよいよ頭が割れそうなほどになり、鈴の音はそれに抗うかのようにさらにはげしくなってゆく。

 

「そちが多くを言い含められた”祖母”とは、どんな顔であった?」

 

「ーーえっ?それは、  あれ?    なんで、顔がおもいだせ    なんで、顔が    ないの?」

 

「遺影の祖母と そちを縛るかのように”しつけた”祖母は      違ったであろう?」

 

「うそ、だって、毎日、毎日、  私を叱ってたのは ―――――――だれ、なの?」

 

「お、おいっ、白菊―――っ!!」

 

 頭を抱え、自らに問い続ける白菊ははっきり言ってまともな状態とは言い難い。さすがに見かねて頭痛がする頭を押さえつつ彼女に駆け寄ろうとしたが、はじける様に割れたカップにその気勢は遮られてしまう。

 

「そなたは幼き頃、山に呼ばれ、森で彷徨ったであろう?」

 

「し、知りません!!そんなの、覚えてません!!」

 

「此の世と 彼の世の 狭間で必死に走り回ったそちは呼ばれるがままに社に駆け込み、誘われるがままにその首飾りを身に着けた。――――――それが、性質の悪い末路わぬモノの呪物とも知らずに」

 

「やめて、ください…。おもいださせ、  ないで」

 

「そちを 森へ引きずり込んだ 化生と   のっぺらぼうの祖母の後ろに佇む怪物は   同じ姿では  ないのか?」

 

「い、や、――――いや―――――――――――――っ!!」

 

 ついには絶叫をあげて半狂乱になる彼女に俺は飛び散る欠片も気にせず駆け寄って暴れようとする体を無理やりに抑え込む。その細い体の何処にそんな力があるのかと思う程の力で爪を立てられ歯を食いしばってこらえつつ芳乃に怒鳴るようにといかける。

 

「おい、芳乃!!なにがなんだかさっぱり分からん!!どうすんだこれ!!あと、鈴とハウリングがめっちゃうるせぇ!!」

 

 

 急に爆発するカップに、ライブだったら賠償金物の音響機器。さらに腕に食い込む痛さと、唐突な若者のパニック症状への混乱でこっちだって正直パンク寸前だ。これが収まったら全部のメーカーにクレームいれてやることを心に刻みながら芳乃に視線を投げれば呆れたような顔でこちらを眺められた。解せん。

 

「この状況で気にするのはそこではない気もしますがー。まあ、よいでしょー。最初に言ったようにこの娘の問題は根深いのでして―。幼き頃から依り代として憑かれ、そのために厳重に呪をかけて生かされておりますればー。俗世にそめー、神性を落としてもなまじ信仰を集めたせいか最後の楔が足りませぬー。とはいえ、その楔は非常に重く覚悟のいるものでありますしー、私としても気が進まぬ方法ですのでー、いっそここで辞めておくことをお薦めしたい気分でありましてー」

 

 煮え切らない芳乃の反応にだんだんとこっちまで苛立ってくる。こっちは現在進行形で肉をむしり取られそうになっているのだ。結論だけさっさと行ってくれ。

 

「芳乃」

 

「………むー、承知なのでしてー」

 

 俺の短い一言で返答を察してくれたようで彼女は可愛らしく頬を膨らまして渋々といった感じで答える。

 

 ちなみに、可愛らしくむくれる彼女をよそに、俺が白菊を抑え込んでからハウリングは最高潮だし、部屋中あらゆるものが揺れまくってるし、砂嵐となったTVには変な模様がうつってるし、小梅は大粒の涙ながして震えてる。ちびっこ二人は顔も真っ青だ。――――頭のおかしいナスビだけが平然とポテトを食ってるけどなんなのこいつ?――――まあ、端的に言えば、芳乃先生。早めの解決おねしゃっす。

 

 そんな他力本願が伝わってしまったのかジト目で睨みつつも深くため息をついた彼女がやる気なさそうに指示をくちずさむ。

 

「では、此の君―。目を瞑って、正面ちょい下を向いてくだされー」

 

「あ?なんで?」

 

「いいからはやくでしてー」

 

 唐突な意味不明な指示に思わず聞き返せば、無情にも早くしろと顎をしゃくられた。なんなんだよ…。とぼやきつつも目を瞑ってちょい下をむく。てっきり、どっかの寺生まれの人みたいにちょうぜt―――「そいや」  気の抜けた掛け声と共に頭を細く小さな何かに掴まれ押し出される感覚と    

 

       唇をきるような固い何かとぶつかる衝撃と

 

              遅れてやってきた    やわらかななにかの   感触。

 

 

「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」

 

 

 唇に滲む痛みで涙にぼやける視界の先に映るのは

 

 同じように衝撃に目を見開いて硬直する   白菊  さん。

 

 

 

 

「「「「っーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」」」」

 

 

 

 途端に響いた甲高い絶叫はさっきのハウリングなんて目じゃないほど脳を揺らす。いや、ごめん、これ声のせいじゃなくて白菊がノーモーションで振りぬいたビンタのせいだわ。

 

 ぐらつく頭で認識できる限り、部屋の中はさっきとはまた別の意味で阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。

 

 真っ青な顔をしていたちびっこ二人は興奮で顔も真っ赤に手を取り合って意味もなく絶叫し、茄子はこっちを指さし訳の分からない言語で発狂し、小梅はハイライトが消えた目で何処から出したのかナイフを片手にブツブツ呟いている。―――それ、ホラーグッズの玩具ですよね、小梅さん?

 

 いまだぐらつく視界を正面に戻せば、おもっくそ機嫌の悪そうな芳乃と顔も口を金魚みたいに真っ赤にパクパクさせている白菊が映る。口の端に紅のように伸びる血の跡が自分の口に広がる鉄っぽさと合わさってさっき何が起こったかを嫌でも現実だと認識させる。

 

「な、はっ、―――――な、は、はじめてだったのにどうしてくれるんですか?!」

 

 さっきまでの危なっかしいほどの均衡だったパニックはどこへやら、怒りと羞恥と、その他諸々の乙女心が最初にしぼり出したのがその一言なのだから彼女の心労は推して知るべしだろう。罪悪感や気まずさ等が錯綜するなかとりあえず元凶である下手人をにらんでみる。

 

「神性の最も代表的なものに穢れがつけば依り代としての価値はまったくでしてー。祭壇を失った末路わぬものなど此の世では空気と変わりませぬー。こうなってしまえば、呪具とてーーこの通りでしてー」

 

「あ、あれ?お、御守りが!?」

 

 彼女が怒り心頭の白菊の首元を鈴で軽くはたけば、深い緑を湛えていた首飾りの石は風化した石ころへと変わり果てていたことに気が付かされる。それだけでなく、部屋の中で起っていた異常現象は嘘のようにピタリとやんでさっきまでのおもかげも無く静まり返っている。

 

 どうやら、本当にあれが今回の事件解決の方法だったらしく一気に脱力していると芳乃に頬をつねられる。

 

「最初にもうしましたのでしてー。非常に気が乗らない、とー。それに、”重く覚悟がいる”ともー」

 

 被害者はこちらのはずなのにジト目で上から物を言われるとなんとなくこっちが悪いことをしてしまった気分になる小市民な俺ではあるが、今回ばかりは頷く訳にはいくまい。それにさっきの説明でさらっと汚いもの扱いされていることに異議を込めて彼女を睨もうとするもほっぺをそのままひねられ視線を逸らされる。――――その先。

 

 

「せ、責任問題です!!わ、私もうお嫁にいけなくされちゃいました!?」

 

「リップサービスしろと言ったのはそっちじゃなくてこっちですよ!?なにしてるんですかうらやまけしかりません!!」

 

「………killkillkillkill」

 

「きゃーーーーー!!ハチ君たらだいたーん!!」

 

「アハハハハハハハハ!!いーってやろう、いってやろう!!おねーちゃんにいってやろー!!」

 

 

 

「警告は致しましたので―、今回は自業自得ということで頑張ってくだされー」

 

 荒れ果てた部屋の中でいまだ荒ぶる彼女たち。

 

 さっきまでのホラー展開はなんだったのかと思う程に姦しい少女達。そして、さっきよりひどくなるこの頭痛。

 

 いまだにつねられる痛みに眉をしかめて現状までに至る過程を思い返す。

 

 女の子たちに引きずられ、美味しいものを食べ。遊び歩いた果てにたどり着いたこの惨状。

 

 その結果としてお化けを退治したという成果からひとつの答えが導き出される。

 

 

 ”お化けはリア充が嫌い”

 

 

 そんなどうでもいい教訓にちょっとだけ退治されたお化けに共感を覚えて深くため息をついた。



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捨てる神あれば拾うアイドルありて 前編


皆様、初対面の方は初めまして、いつもの方はお久しぶりです。

ようやく実家に文明の光が差し込んだので早速。

妄想の神が選んだのは文香たんでした(笑)

いつも通り頭を空っぽで文香沼をお楽しみください。

ちなみに、この選択肢を出すにはこのイベントが必須ですので回収の程よろしくお願いします(笑)→一匙の想い


「は?明日からリフォームのための一時退去…すか?」

 

「あら~?二月前に説明と了承の印鑑もらったわよね~?」

 

 うららかな春先の昼下がり。晴天に俺の間の抜けた声がいやに響き、その声を受けた目の前にいる妙齢の女性が困ったように嫋やかな手を顎に当て、手元の紙を再び俺に見せつつ説明をしてくれる。

 

「このアパートも色々痛んできたから手当はこっち持ちで、二週間ほど部屋を開けてもらうって説明をしてたんだけど~。…その様子だとすっかり忘れてた感じかしら~?」

 

 大家さんの独特の間延びした口調と共にぴらぴらと振られる紙には工事における詳細やその間の手当てなどの説明が事細かに書かれているし、確かに二か月ほど前の連勤明けの早朝に訪ねてきた大家さんに寝ぼけ眼で勧められるがままに印鑑を押した記憶がうっすらとあったりする。……つまり、完全に忘れていた。

 

「…えっと、その…忘れてたのは本気で申し訳ないんですけど、これって…どうなるんすかね?」

 

「んー、比企谷君の部屋の荷物くらいなら依頼してる預かり屋さんが問題なく引き取ってくれると思うけど~、問題は仮住まいよね~?」

 

 特徴的なたれ目が俺の肩越しに部屋をのぞくのに合わせて振り返れば、レトロ感を醸し出す畳敷きの殺風景な2DKにある私物は本棚にパソコン、最低限の食器・家電に布団くらいしかない侘しいもんだ。一般的な社会人を軽く超える収入をバイトで得ているはずなのに、収入と対比して質素になっていく部屋の内装の相関図はきっとこの社会を取り巻く闇に至る真相を含んでいる気がしてならない。―――という現実逃避は脇に置いておいても、言われる通り問題はその間の仮住まいである。

 

 2週間程度なら実家から通えばいいかと思わないでもないが、緑の悪魔によって強制されてる過剰勤務を考えれば1時間の通勤によるタイムロスはあまりにしんどい。かといって、ほかに都合よく泊まれるような場所もぱっとは思い付かないのでどうしたものか?

 

 そんな風に頭をひねる俺を見た大家さんが苦笑しながら、尋ねてくれる。

 

「―――うーん、君くらいの年代なら実家や友達の家ってのが無難なところだけど、どうしても厳しそうなら………ウチに泊まってもいいのよ~?」

 

艶やかな黒の三つ編みを弄りながら、細い眼に窺う色を混ぜて問われるその視線にちょっとだけ息を呑んで彼女の体に不躾な視線を走らせてしまう。滑らかな白い肌に豊満な体を包む薄手のカーディガン。未亡人で一人暮らしという彼女との限定的な空間を思い浮かべ―――小さく苦笑した。

 

やりたい盛りの青年には垂涎ものシュチュエーションだろうが、自分はそんなものに妄想を抱くには少々ばかり此の世の苦い部分を知りすぎている。

 

「ありがたい申し出ですけど女性の一人暮らしに野郎が邪魔するわけにもいかないでしょうから、遠慮しときますよ」

 

「あら~残念。男手があると頼もしいと思ったんだけど~。やっぱり、いろはちゃんとか若い子と一緒の方がいいかしら~」

 

 軽く肩を竦める大家さんの様子にやはりからかわれていたらしい事に苦笑をこぼしつつ、彼女の口から洩れた隣室に住む後輩の名前に首を傾げる。

 

「一色?」

 

「あら~?なんだか比企谷君と仮住まいを一緒にするとかなんとか張り切っていたようだけど~。聞いてないの~?」

 

「……あぁ、そういや大学の学食で飯食ってるときに家賃が苦しいだか、ウイークリーマンションがルームシェアでお得だとかなんか熱弁してた気がしますね」

 

その時も寝不足で“実家から通えばいいだろ”って適当にあしらったら、えらい剣幕で怒っていた気がするが、あれもどうやら察するにこの一時退去からの話題だったようだ。だが、自分のように事情がなけりゃ普通に千葉から通ったほうがお得なのだからしっかり聞いていても意見は変わらなかっただろうけれども。

 

そんな事を呟く俺を何とも言えない憐みの目を向けてくる大家さんは“かわいそうに…”などと呟き、頭を小さく振って気を取り直したように俺に持っている紙を押し付けてくる。

 

「まあ、その辺は触らないでおくけど~…明日には一時退去が始まるわ~。いまからでも頑張って探してみなさ~い?ダメなら、強制的に年増のおねーさんと共同生活よ~?」

 

などと、大家さんから鼻先に指を突きつけられたのが二時間ほど前の話。

荷物の引き取り・梱包等は大家さんが代理で立ち会ってくれるそうなので本当に最低限の衣類や日用品だけをボストンバックに詰め込んであちらこちらの店舗を巡ってみても折り合いが悪かったのか、それとも日ごろの行いのせいか手頃なウィークリーマンション類はすべて埋まってしまっていて、短期の賃貸も品切れ状態。

 

かといって高価な所を取るほど切羽詰まってもおらず、安価な郊外の物件を借りるくらいなら実家の方がマシという微妙なバランスにどっちつかずのまま見送り続けて昼下がりの公園にて紫煙をふかして難民状態なうである。

 

状態としては手続き等を考えれば今日中に何処かに決めなければ、家無し八幡になり勢い余って何処かの妙齢の大家さんに拾われてしまいそうな勢いだ。美人の大家さんに世話をされる馬鹿げた妄想を小さく冷笑で笑い飛ばして、ない脳みその中身を整理してみる。

 

まず、現状としては賃貸関係が全滅に近いのだからほかの手段を考えるべきだ。

 

友人関係もそこまで迷惑を掛けられそうな材木座や戸塚あたりも住んでるところを考えると好条件ではないし、そもそもそこまで迷惑をかけるのも申し訳ない。というか、戸塚と共同生活を二週間?無理だね。確実に一線を越えちゃう自信がある。せめて、自立して貯金が一千万を超えてから……まあ、普通に急に言うようなことでもないしな。

 

それで実家も不便、となると早々に八方ふさがり感が出てくる。そのうえ、まあ最悪の場合はネカフェでも、ビジネスホテルでも取ればいいかと思えば緊迫感はどうしたって薄くなってしまう。幸いにも金に困ってる苦学生というわけでも、自宅になどへの帰巣本能が旺盛なわけでもなく、家にいる時間も元々寝に帰るくらいのものだ。それならば、いっそ面倒なく346の仮眠室で凌ぐこともできなくはない。

 

そう考えれば、ほんとにたまの休日をこんな事で悩むのも馬鹿らしくなって俺はバックを枕に公園のベンチに寝転がる。

 

深く肺に入ってくる紫煙と春独特のむせ返るような草木の匂い。穏やかな葉のさざめく音が響くうららかな昼下がりとあたたかな木陰。歩いて凝り固まった体を目一杯伸ばして脱力すればあっという間に目を開ける気力は消え失せてそのまま意識はまどろんでゆく。

 

手放そうとした意識を引き留めるように額にひやり、と固い何かが押し当てられる。

 

穏やかな安眠を妨げられた不快感を隠さずに目をうっすらと開けた先に佇むのは――――見慣れた特徴的な缶コーヒーと

 

 

・狐のような瞳に悪戯気な色を抱えた銀糸の少女だった。

 

→・沙耶のような黒髪の奥から透き通るような青い瞳を覗かせる本を抱えた少女だった。

 

 

 

--------------------------------

 

「こんな所で寝てしまうと、風邪をひいてしまいますよ?」

 

 ちょっとだけの苦笑と呆れを含んだ囁くようなその声は涼やかでどこまでも澄み切っていて、安眠を妨げられ微かにささくれだった気持ちも溶かされてしまう。それに、普段物静かな同級生“鷺沢 文香”のその行動にちょっとだけ毒気を抜かれてしまった。

 

「残念ながら帰る家も二時間ほど前に無くなった家なき子なもんでな」

 

「家なき子…ですか?」

 

 軽口をたたきながら額に当てられたマッカンを受け取り、起き上がると隣に腰を下ろした彼女が、小首をかしげる。幼げなその動作とふわりと薫る柔らかなスズランの香りにちょっとだけ意識を奪われつつ、ここまでの経緯を簡潔に伝えると彼女は今度こそ困ったように苦笑を零す。

 

「忙しくされてるのは分かりますが……それはちょっとだけズボラが過ぎると思います」

 

「自分でもそう思うよ。――まあ、なんにせよこうなっちまった以上は適当に何とかするさ」

 

 少しだけ拗ねたように答える俺に彼女はおかしそうに口元を押さえて笑い、ひとしきり笑った彼女はゆっくりとコチラを見回したあと、不思議そうに首を傾げて問うてくる。

 

「余計な心配とは思うのですが、随分と身軽な荷物ですね。…それ以外はどちらに?」

 

「あぁ、なんでも梱包込みで業者が預かってくれるらしい。今頃は全部詰め終わって運んでくれているんじゃねぇの?」

 

 まあ、確かにボストンバック一つを抱えて家がないって状況は女子から見れば不思議な光景なのかもしれないが野郎一人が生きてくにはこの程度あれば後はなんとでもなるし、最悪は買い足せばいいくらいで考えてるので「大学のレポートが今週末に提出だと記憶しているんですが………参考書などはどちらに?」――――問題大ありだった。

 

 無言で頭を抱えた俺を見て彼女は今度こそ呆れたような眼差しと共にため息をつく。

 

 近年まれにみる彼女の鋭い視線がチクチクと刺さってくるが、構っている余裕はどうしたって今は出てこない。

 

 というか、完全にバイトと自分の寝床の心配しかしてなかったせいで大学の方を完璧に失念していた。そもそもがブラックすぎるバイトのせいで大学に週数回顔を出せばいいような生活を送っている社畜生活は完璧な代返と、出席数無視のレポート重視の神講義を完璧にこなしていることの上に成り立っている。この単位を落とした時点で留年待ったなしである。

 

 速攻で大家さんに連絡を取るが、無情にも預かり屋はプロの手腕ですでに撤収してしまったらしく荷物自体も県外での保管になるらしく取りに行くには明日以降で手間暇も結構なものらしい。

 

 手帳を見返してみてもみっちりと詰められた予定に空きはなく、芸能関係のサガでもないだろうがこの予定が簡単にタイトに切り替わるのもいつもの事だ。つまり―――レポートに必須であろう参考書を手に入れる機会はどうしたって得られそうにはない。

 

………まじか。

 

 呆然とする俺に小さな溜息と、ちょっとだけ遠慮がちな声がかかったのは天啓か、同情か。

 

「ひとつだけ…解決方法を提案でき、ますよ?」

 

 囁くような声を追って視線を向ければ、前髪の奥の視線を遠くに向けた文香が小さく言葉を紡いでゆく。

 

 

 

「狭い古本屋でよければ……レポートも、住む場所も、微力ながらお手伝いできると思うのです……けれども」

 

 

 

 明後日の方向を向いた彼女の沙耶のような黒髪の奥の頬は果実のように紅く染まって、紡がれる声は蚊の羽音よりもか細い。

 

 それでも、こちらを伺う様に向けられた視線だけは―――断りがたい熱のようなものを感じ。

 

 俺は――――――――。

 

 

 

-------------------

 

 

fumika side

 

 

“義を見てせざるは勇無きなり”という言葉があります。

 

 元は孔子の格言で“人として行うべき正義を行わないのは勇気のない事と同じである“、という訓示を含めた言葉です。

 

 懲悪勧善ものの文学などでは多く使われるので知っている人も多い事でしょう。

 

 そんな訓示を残した偉人の太鼓判を貰って、必死に言い訳を重ねて絞り出した自分の言葉にいまだに胸の鼓動は収まってくれそうにありません。

 

 その原因であろう気まずそうに眉根を寄せて隣を歩く彼を見てソレはもっと大きくなります。

 

 私の提案を頑なに拒む彼に考え付く限りの理由を並べて押し切ったその言葉が“義”などということばに程遠い私欲が混じっていたことがその大きな要因でしょう。

 

 最近は、言葉を交わすことすら久しくなるほどすれ違う日々が続いていました。

 

 同じ大学で、同じ職場に通い―それでも、彼の声を聴くこともできません。

 

偶然通りがかった公園で彼がベンチで寝転んでいるのを見かけたとき、思わず駆け寄ってしまうくらいには彼との会話を求めていたのでしょう。

 

本当に、いつ以来かも思い出せない程の思い人との二人きりでの邂逅。

 

そこに転んできたあまりに都合の良い彼の状況に付け込んでしまったのは―――恋する乙女としては仕方のない事ではないでしょうか?

 

そんな自己弁護を繰り返して仏頂面を浮かべる彼にちょっとだけ悪戯心をくすぐられて彼に声をかけます。

 

「ここまで来てそんな顔をしないでください。―――食べれないものってありませんでしたよね?」

 

「……トマト」

 

「くふっ」

 

 渋々といったふうに呟く彼に思わず吹き出してしまった私に恨めし気に睨まれてしまいました。悪いと思っても何処からかこぼれ出てくる笑いは止まりません。普段の達観したような雰囲気を醸している彼の子供っぽい一面に、どこかくすぐったい感情が湧き上がるのです。

 

それから、取り留めない会話を重ねているウチに下宿させてもらっている叔父の古本屋が見えてきます。

 

「ここまで来てそんな顔をしてもだめですよ?もう叔父さんにも連絡してしまって楽しみにしていますから、諦めてください」

 

「…だがなぁ」

 

 渋面を浮かべる彼の言葉を努めて聞かないように―――その手をゆるりと握って彼を引き込むように歩を進めます。

 

暖かで、見た目よりも骨ばったその感触に頬に一気に熱がこもるのを感じます。

 

真っ赤になったその頬を彼に気づかれないように前髪で覆い隠して、反論を遮るようにちょっとだけ強引に進みます。最近は顔を隠しこの世界と自分を閉ざしていたこの陰鬱な前髪にもこんな使い方があることをしり、随分と重宝しています。

 

こんな事を考えるようになった自分は随分とずるくなった気もします。

 

でも、その変化を悪いことだとは―――思えないのです。

 

 

 ちょっとだけ建付けの悪い引戸を開ければ、親しんだ古書の濃厚な香りと木造と土間の独特な雰囲気が包み込み、燃えるようだった頬と破けそうだった鼓動はほんの少しだけ収まって愛想の欠片もないような叔父がねめつける様な視線をこちらに寄越し、つまらなそうに鼻を鳴らします。

 

自分も人の事を言えた義理でもありませんがこの不愛想はどうにかならないものでしょうか?これでこの日本有数の古書通りで多くの常連を抱えているというのだから商売とはわかりません。

 

「ここに泊まるんだ。宿代代わりに前に置いてった書きかけの文くらいは完成させて置いていくんだろうな?」

 

「いや、別に無理に泊まりたいわけじゃ「―――あぁん?」

 

 問われたことにめんどくさそうに答える彼に叔父がドスの利いた声で凄みをかけて睨みつけ早口で“書きかけの文を放置するやつがあるか!!そもそも――”と続く罵倒を耳を塞いでやり過ごす彼にもっとヒートアップしてゆきます。

 

気難しいことで有名な叔父は彼の事は随分と気にいっているようで、ちょくちょくここにレポートや本を探しに来るたびに絡んでいるようです。その傾向は彼が友人に付き合って書いていた小説を読んでから随分と顕著になりました。

 

“彼ら彼女らは千葉を愛しすぎている”という一風変わった題名から始まる彼の小説は諧謔的で皮肉気な少年が千葉を愛する部活を通して人とかかわりを持って、少しずつ変わってゆくという変わった切り口の小説です。あまりに癖の強い内容の中に人との距離に戸惑う少年の繊細さと、故郷への愛を伝える仲間のまっすぐさ。それらと実際に起こりうる問題への具体的な対策案は随分と引き込まれるものがありました。

 

ただ、無念なのはそれが最終章の見せ場を終えたその後の彼らが書かれぬままに彼が筆をおいてしまったことでしょうか。

 

曰く、“知り合いが挫折したらしいから辞めた”とのこと。

 

 ここまで引き込ませておいて最後の余韻の部分が雑に切られた彼の書きかけの文に当時は自分も随分と恨みがましく思ったものです。

 

ちょっとした期待を乗せて彼に目を向ければ彼はめんどくさそうに肩を竦めるのでこちらも諦めと共にため息を漏らして、盛り上がっている彼らを置いて台所へと向かいます。

 

 天邪鬼な彼の事ですからせっつけばせっつくほど意地になって書いてくれなさそうな気もしましたし、何より、ここにいる時くらいは普段せわしい生活を送っている彼にゆっくりしてほしかったというのもあります。

 

―――自分が読書よりも優先したい何かを見つけるなんて、昔の自分が見たらどう思うでしょうか?

 

 そんな独白に一人でクスリと笑みを零してエプロンを巻き付けつつ冷蔵庫を開きます。

 

 

 普段は少しだけ面倒に感じる家事は胸のときめきに合わせるような鼻歌と共に軽やかに進んでゆき、自分のその現金さと、後ろから聞こえるその喧騒に胸はもっと温かくなる。

 

 

 

 こうして“鷺沢 文香”と“比企谷さん”との短くも長い共同生活は騒がしくも温かく始まりを迎えたのです。

 

 

 

 



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捨てる神あれば拾うアイドルありて 中編

いつもコメントくださる方ありがとうございます!!

今回も頭を空っぽでお楽しみください。

僕も農繁期で頭を空っぽにして花出荷マシーンしてます。

ちなみに、鬱々してない平和な鷺沢家を楽しみたい方は蛇足だけ読めばOKです(笑)


「あれ、比企谷君は珍しくお弁当持参ですか?」

 

 346本社の豪奢な時計塔が正午を告げる鐘がなり、事務所内の空気が緩んだ昼飯時の事だ。バックから小包を取り出した拍子にちひろさんから物珍し気な声を掛けられる。

 

 言われた通り俺が手に持っているシンプルな形状の箱には昼飯が詰まっている。

 

普段、昼飯をコンビニやロケ弁だけで済ませている自分がそう問われるのは不思議な事ではないのだが、その製作者が頭の中をよぎってしまいほんの一呼吸分だけ体が硬直してしまう。その間を誤魔化すための言葉を必死に組み立てているウチに彼女が思いついたように言葉を続ける。

 

「あぁ、もしかして昨日は小町ちゃんが泊りにでも来ていましたか。その歳になっていまだに妹にお弁当を詰めてもらうってのもどうかと思いますが、たまにはマシな食事をするのは実に感心ですね」

 

「――――ええ、そうなんすよ。愛しい妹の愛妹弁当の代償が高級焼肉とかじゃなけりゃ素直に喜べるんですけどね」

 

「ふふ、社会人になればそれが焼肉くらい安い出費だと思える貴重なことだと気が付きますよ」

 

 勝手に納得したように言葉を続けたちひろさんに軽口で合わせれば、彼女はけらけらと笑いながら席を立つ。

 

「さて、では私はもう一人の欠食社会人を引きずって食堂に行ってくるとします。留守番おねがいしますねー」

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 そういって彼女は事務員スペースの奥で無心にパソコンに向きあう偉丈夫に笑顔で近づき、問答無用でその作業を中断させて社員食堂へと引きずっていく。その見慣れた光景に小さく苦笑が零れる。このプロダクションの総責任者は自分以上に食に対して無関心な仕事サイボーグのためかカロリーメイトと水を飲んだだけで昼食を済ませることが判明してから事務所にいる誰かが強制的に食堂に連れていく事となっている。

 

―――ただまあ、その役目をちひろさんや楓さんが誰かに譲るところをほとんど見た事がない。キジも鳴かずば撃たれず、他人の恋路を邪魔すれば馬に蹴られるらしいので黙って見送るのが吉であろう。

 

 そんな他人の事よりも――自分の事だ。

 

 ピコンッ、と無機質なメールの着信に軽く肩を跳ねさせ、恐る恐る内容を確認する。

 

『妹さんのお弁当には及びませんが―――高級焼肉、楽しみにしてますね。(‘_’)』

 

淡々とそれだけが綴られた簡素な内容。それでも、後半の絵文字に滲み出る不機嫌さに頬が勝手に引きつりそうになるのを何とか繕って簡素なパーテーションで仕切られたアイドル達用のスペースへと足を向ける。

 

半地下という悪条件の中アイドルの私物が多く飾られた内装は賑やかで華やかな印象を与えるなか、無言でソファにて本を読み進める一人の少女。いつもは物静かなその背は明らかに不満を訴えていて小さく息を吐いてしまう。

 

簡素な机の上に置かれているのは―――自分と全く同じ中身の詰まった弁当。まあ、お察しのとおり、俺の持っているものも彼女が作ってくれたものである。

 

課題のレポートどころか衣食住全てを世話になっている現状では彼女にこんな雰囲気を醸しだされると非常に気まずい思いをすることになる。まじでボッチの気ままな生活が恋しく思い頭をかきつつも彼女と一人分の感覚を開けてソファに腰を下ろす。

 

「いや、別に―――“ピコンッ”」

 

『冗談ですよ( *´艸`)』

 

 何に対する言い訳なのか分からぬまま言葉を紡ごうした瞬間に再び鳴ったメールを開いてみれば、届いた何とも気の抜けた内容のメール。それに渋面を浮かべてゆっくりと彼女の方を伺ってみれば、小さく肩を揺らしているその姿に大きくため息とともに肩を落とすと彼女はこらえきれなくなったのか小さく吹き出して喉を鳴らす。

 

どうにも、からかわれていたらしい。

 

「なんだかちょっとずつ性格悪くなってないか?」

 

「自分でもちょっとだけ自覚がありますね。不愉快でしたか?」

 

 零れた目じりの涙を拭いながら笑いかけてくる彼女に両手を挙げて降参を示しておく。そんな俺の様子にもう一度笑みを浮かべて彼女も文庫を閉じて弁当箱を開く。

 

「意地悪の続きでもないのですけど、味の感想を聞かせて貰えますか?高級焼肉に値するくらいの味には近づけていきたいので」

 

「お前が作るのは全部うまい」

 

「―――こういう時だけ無邪気にそういう事を言うのは少しずるい、です」

 

 口の中に放り込んだ唐揚げの旨味をかみしめながら軽口で答えを返すと、彼女は今度こそ本当に拗ねたように何かを呟き自分の弁当に箸をつける。

 

 雑な感想と感性で実に申し訳ないが、実際に彩りよく盛られたこの弁当に文句も要望も出やしないのだから仕方ない。時間が立ってもしっとりとしたから揚げに少し甘めの卵焼き。ほんのりと出汁醤油が効いたほうれん草のお浸し。ぶっちゃけ小町の冷食だらけの手作り弁当より味自体は格段に旨いのだが、小町の愛情というチート級隠し味があるので小町には敵わない。何ならカップ麺を単品で目の前に出されても圧勝するまである。マジで愛ってすげぇ。

 

 そんな益体もない事を考えていても箸は止まらず動き続けあっという間に弁当が空になる。くちくなった胃袋に満足げに息を漏らせば文香が絶妙のタイミングでお茶を差し出してくれる。あまりのタイミングの良さに“熟年夫婦か”と心の中で一人突っ込み、そのお茶をありがたく受け取る。

 

 文香に公園で拾われてから早くも一週間が経った。弁当の世話までされるほど着々と鷺沢家の生活に馴染んでしまっているが、流石に叔父も一緒とはいえ現役アイドルと一つ屋根の下なんて面倒な状況をプロダクションに話すわけにもいかないということでひっそりとこの生活を続けている。

 

 だがまあ、その最たる原因であったレポートも昨日、無事提出が終わったのだからそろそろ潮時だろう。何より―――――後ろめたさからの好意にどっぷり浸かっている現状は長引かせるべきではないだろうから。

 

 

繰り返してきた痛みが訴える悔恨は

 

       同じことを繰り返そうとする愚かな自意識を

 

 何度だって諫めてくれるから

 

   俺は迷いなく     その言葉を口にする。

 

 

「そういや、言い忘れてたんだが…」

 

「どうしました?」

 

 

 

「明日、出ていくわ。レポートやら生活やらホントに助かった」

 

 

「……へ?」

 

 

-----------------------

 

 

fumika side

 

 過ごしなれた事務所でのうららかな午後。

 

 彼とのくすぐったいような、温かいような幸せな気持ちに包まれて食後の一服を楽しんでいるときに呟かれたその言葉に私の思考は凍り付くように止まってしまいました。

 

 紡ごうとした言葉はつっかえるばかりで、冷え切ってしまった心に嫌に耳につく鼓動の音を必死に意識の外に追い出して何とか目線だけをなんとか、彼へと向けます。

 

 

 “なぜ?”と 

  

     それだけを何かの聞き間違いだと

 

そう必死に願いを込めて。

 

 

 ただ、それでも彼は困ったような苦笑を浮かべて冷たい現実だけを紡いでゆきます。

 

 

「“あの時”の事の恩返しのつもりならもう十分に助けてもらった。それに、あんなのは別に俺が何かをしたわけでもない。俺が余計なことをしなくたってお前はきっと立ち直ってたよ。――――だから、もうこれ以上俺に親切にする必要はないんだ」

 

 その何気なく語られる言葉に、その達観しつつおびえるような笑顔に、今度こそ私は言葉を失ってしまいました。

 

悪質な事件で心を閉ざして息をすることすらできなかったあの時の私を救ってくれた彼が心の奥に潜めていた深い傷を持っていたことに、今更ながら気が付かされたからです。

 

あれだけ近くにいて、長い時間を過ごしていてずっと勘違いをしていました。

 

気だるげで、ひねくれていて、お節介焼のお人好しな彼。

 

踏み込んでほしくない心の境界をいつでも適切に図って接してくれる彼。

 

でも、それはきっと全部、自分の中にある境界を踏ませないための彼の必死の処世術だったのかもしれません。

 

彼は、理由のない悪意にはきっといくらでも耐えてしまいます。

 

でも、理由や利益の無い好意に彼はきっと耐えられません。

 

 

彼は納得さえすればどんな犠牲も、労力も惜しみなく受け入れ差し出すでしょう。

 

でも、対価を払えない施しを支えられません。

 

 

あまりに歪んだ、歪んでしまった彼のその在り様に―――悲しくなってしまいました。

 

そんな理由で貴方と接していたのではないと叫びたかった。

 

きっかけの後に積み上げた日々に嘘はないのだと聞いてほしかった。

 

困っている貴方を、きっと誰も見捨てたりはしないと抱き寄せたくなる。

 

 

それでも、私はこぼれ出そうになる激情を飲み込み、自分勝手に流れそうになる雫を押しとどめてもう一度彼をまっすぐに見つめます。

 

迷子になって途方に暮れた子供のように

 

行く先を見失った渡り鳥のように

 

力なく笑う彼に向ける言葉はきっとそんな自己満足のものではないと感じたから。

 

 

「……わかりました。こちらこそ強引にお誘いしてしまってすみませんでした」

 

 私の返答を聞いた彼は微かに安堵の色を浮かべて、息をつく。

 

「いや、こっちこそ本気で助かった。そのうえ、何から何まで世話になって悪かった」

 

肩の荷を下ろしたような表情で頭を下げてくる彼に手のひらに爪が食い込むほど握りしめて必死に感情を制御する。自分に、こんな燃え上がるような感情があったとは知らなかった。

 

ここに来てから、ほんとに驚くことばかり。

 

だから、今までの自分になかった選択肢だって選べるはずだ。

 

「では、そのお詫びというわけでもありませんけど――― 一個だけお願いしてもいいですか?」

 

 きょとん、とした彼に静かに微笑みかけます。

 

 この誰よりも鬱屈してしまった想い人が偽りだと語った重ねた日々を投げ捨て、すべてを最初からやり直しましょう。

 

 そこを、私の物語の本当の始まりとするために。

 

 

 何かに裏切られ続けた少年 と 冴えない少女の長いプロローグに終わりを告げましょう。 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

~~本日の蛇足~~

 

 抗いがたい誘惑というモノを経験した方はいますでしょうか?

 

 やってはいけない事とは知りつつも、その先の一時の快楽に目がくらんでしまい過ちを犯してしまう事を題材にした文学は実に多くあります。詰まるところ人間の深層心理の中では欲求と倫理が二律背反することの苦しみと、それによって膨らむ背徳感すら楽しんでしまう人の業の深さは古来から多くの注目を得てきた題材なのでしょう。

 

 物語の中で繰り広げられるその悲劇または喜劇は大変興味深いもので読むたびに随分と引き込まれたものですが――――やはり、所詮は本で得た知識だったのでしょう。

 

 自分がその立場になって初めて私は知ったのです。その苦悩を。

 

~~~~~~~~

 

 都内の小さな本屋の奥で私“鷺沢 文香”は一枚の衣類を前にして懊悩していました。

 

 その無地の白いワイシャツは自分より肩幅が大きく、かといって叔父のものでもない。本来はこの家には存在しないはず。それでも、なんの因果か奇跡的にここに引き込んだ想い人のもの。

 

 洗濯機が設定途中で放置されていることに苛立たし気に点滅を繰り返しますが、今はそれどころではないことに気が付いてしまったのです。

 

 そう。“洗濯”を“まだ今日”はしていないのです。

 

 ここに住んでいるということは当然お風呂も着替えもするわけで、いつもの日課として洗濯かごの中の衣類を仕分けしているときに私の中の悪魔が囁きかけてきました。

 

“あれ、これってチャンスじゃないですか?”

 

 囁きにしたがって自分が持っているものに目を向ければそれは彼の昨日来ていたワイシャツ。

 

“凜ちゃんや志希ちゃんがいつも嗅いでるの、羨ましがってたじゃないですか”

 

 さらなる囁きに体がビクリと震え必死に否定しますが、なにせ相手は自分自身です。誰を相手にするよりも分が悪いです。

 

“ちょっとだけ、ちょっとだけですよ?どんな感じかなってのを確かめるだけです”

 

 心の奥底に秘めた願望をつかれた上に、優しい理由付けまでされたことによって私の手が勝手にシャツを広げていきます。―――しかし、しかしです。この行為は短い間だけとは言え、炊事を任してくれた彼への裏切りなのではないのでしょうか?

 

 そんな微かな自制心を振り絞り心の中の天使に救援を求めます。こんな変態も同然の裏切り行為を犯そうとする私にどうか力を!

 

“……汚れとか、細かいほつれがないかチェックするだけ、ですから”

 

 

 満場一致で可決し、理論武装された私は迷いなくそのシャツを顔に押し付け深く深呼吸をしました。

 

 少し煙ったいタバコの香りの後に続く男性特有の汗の匂い。それに、本当に微かですけど紅茶の香りに近い香水も感じます。それぞれが単品のものではなく、複雑に交じり合って絶妙なバランスの果てに届くその匂いは間違いなく彼を連想させる匂いで―――――実に悪くない感じです。

 

 吸って、吐いてを何度も繰り返してるうちにまた悪魔と天使が同時に囁きます。

 

“”ここまで来たらサイズも確認しとく?“”

 

 一度破ってしまえば人のたがなど脆いもので、むしろ“もうこれ以上は”なんて思考がスパイスでさらに気分が高揚してきます。―――結論から言えば、いそいそと彼のシャツを羽織ってみました。

 

「あ、やっぱり結構体つきはしっかりしてるんですねぇ…」

 

 手を伸ばしてみても指先しか出なかったり、肩幅が違い過ぎてずり落ちそうになったりとなんだか彼との体格差が面白くてしばらくジタバタしているとふわりとさっきの彼の香りを感じてドキリとする。

 

 慌てて周囲を見回しても誰もいなく部屋の中は静寂に包まれている。それでも、離れない彼のその香りになんだか妙な気分になってくる。襟首を引き寄せて深く息を吸い込み、肌を彼が着ていた服が撫でていく。

 

 いけない事だとわかってはいても胸の鼓動は際限なく高まり、無意識に手は秘所へ――――

 

 

「文香―!!爪切りしらんかのぅ!!」

 

「ひゃうっ!!し、してませんっ!!!!」

 

 廊下から響く叔父の声に冗談でなく心臓が飛び出そうになって、瞬息でワイシャツを脱ぎ去る。冷や汗とさっきと違う動悸に息が苦しくなってしまう。というか――――自分は今、いったい何をしようとしていたのか!!

 

 

 

 

しばらくの間、真っ赤な頭を抱えて唸る彼女を、叔父が気味悪げに眺める今日も平和な鷺沢家でしたとさ。

 

Fin

 

 

 



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捨てる神あれば拾うアイドルありて 後編

いつもの活力を妄想とコメント・いいねで補ってます‼ありがとうございます!!

今回も頭を空っぽでお楽しみください。

僕も農繁期もあと少しなのでみなさん頑張りましょう!!

あと、いつでも設定引継ぎ3次と絵師様お待ちしてます!!なんならみんなあげちゃう!!かまん( `ー´)ノ!!



 

 キシリ、と年季を感じさせる床板が鳴く。

 

 叔父が“日が入らず本が傷まない”という理由で気に入り購入したこの家屋は昔ながらの造りらしく木の湿度と土の冷たさを強く感じさせる。陽の高いうちからそんな調子なので夜になってしまえば温かくなってきた今頃でもうっかりすれば寒くすら感じてしまいます。それでも、故郷の実家に近い雰囲気が好ましく思いつつ、響く板の鳴き声と共に歩を進める。

 

そんな益体もない感想を抱いているうちに目的の場所へとたどり着いたので手に持つ盆を脇に置いて小さく声をかけると気だるげな返答が入室を進めてくれます。

 

その壁越しにでも伝わってくる苦々しい雰囲気にちょっとだけ胸がすいて笑ってしまうのは少々だけ意地が悪すぎるでしょうか?

 

「進捗はいかがですか、先生?」

 

「……冗談でも勘弁してくれ」

 

 促されるままに開けた襖の先で窓べりに腰を下ろす男性が困ったように苦笑を漏らしたあと、顎でランプに照らされた年代物の文机を目線だけで見やって肩を竦めます。その視線を追った先には何度も書き直したあとが見られる原稿用紙に投げやりに放られたような鉛筆。

 

 私が彼にお願いをしたのは“作品の完成”。

 

しかし、その惨状から芳しくない進行状況を察してしまい、もう一度ころころと笑ってしまう。

 

「ふふっ、それは失礼しました。――お詫びというわけでもないですけど、一息いかがですか?」

 

「………差し入れなんだか、妨害に来てんのかわからねぇなぁ」

 

そんな私が脇に置いていたお盆に乗ったワインとおつまみをチラつかせると文句を言いつつもいそいそと真ん中のちゃぶ台へと寄ってくるので、不愛想な猫を餌付けしたような優越感が浮かびます。しかし、余計なことを言うと拗ねてしまいそうなので黙ってグラスに二杯分注いで彼に渡します。

 

「文豪たちも煮詰まるとお酒で頭を柔らかくしたそうですし、ささやかですがレポート完成の打ち上げもしていませんでしたから」

 

「あー、それは悪かった。というか、ホントに焼肉でもよかったんだぞ?」

 

「いえ、これくらいの方がゆっくり出来て助かります。―――とりあえず、お疲れさまでした」

 

 気まずげに首筋に手を当てる彼が申し訳なさそうに答えてくれるのをやんわりと断って、グラスを差し出すとそれに合わせるように交わされて、チンと澄み切った音が部屋に響きます。

 

 渋みと、甘さ。そして、酒精が通った部分がほんのりと温かく感じる不思議な感覚。

 

その熱が体にゆっくりとしみ込んで、微かに上がった体温が春の夜風をより心地よく感じさせる。そして、ちょっとだけ凝り固まった身体を伸ばすついでに静かな向かい側を盗み見る。

 

別に彼と二人きりの時に会話がないことなど珍しくない。

 

もともとがお互い饒舌なほうでもなく、自分が読書に夢中だったり、彼がぼんやりと益体もないことを考えていたりとする。そんな調子なものだから、何かを喋らなければという圧迫感なんて今まで感じた事などなかったのです。

 

それでも、今日はなんだか違いました。

 

 ざっくりとまとめられた髪の中で特徴的なアホ毛が風に揺れている彼は舐めるようにワインを味わいつつ窓から覗く月を気だるげに眺めている。たったそれだけのことなのに、表情を窺えない彼の佇まいに、一瞬息を呑んでしまう。

 

触れば砕けてしまいそうな、瞬きをすれば消えてしまいそうな、問いかければ溶けてしまいそうな。

 

そこにいるのに、遠くに佇む蜃気楼のようなその表情。

 

その視線の先にいる誰かを私は知りません。

 

月明かりに照らされる部屋の中で、風で白紙の原稿用紙が小さくはためきました。

 

彼が書いた未完成の物語の完成。それが、私が彼に臨んだ宿泊の対価です。

 

その完成を、私は

            彼に望んだのです。

 

 

 

 月を眺める彼に奪われていた視線をそっと切り、私は言葉を紡ぎます。

 

 胸をざわつかせる感情を飲み込んで、昔の事を韜晦するように言葉を探りながら。

 

「随分と昔の話ですけど…」

 

「ん?」

 

「私も小説の作成に挑戦してみたことがあります」

 

 遠い月を眺めていた彼は私が発した言葉が意外だったのか、目線を向けてきます。その視線と自分の失敗談が恥ずかしくて少しだけ居心地が悪いですが、私も酒精の力を借りてその続きを語ります。

 

自分の見た事もない、想像もできないような世界をいつも届けてくれる本たちに小さなころから私は夢中でした。そんな日々を過ごしている中でいつしか自分もそんな素敵で、心躍るような物語を作ってみたいと思うようになったのは“身の程”というモノを知らなかったのでしょうね。

 

人から与えられてばかりで、実際には部屋に引きこもってばかりいた少女は背伸びして買った高価な原稿用紙と上質な鉛筆を前に固まってしまいました。

 

当たり前の事です。

 

その少女が感動したことなんて“誰かの物語”であって“自分の物語”なんて一つとしてありはしなかったのですから。

 

 それでも、諦めきれずに随分と書き方の勉強を重ねたり、実際に作家として生計を立てている叔父にコツなどを聞いてみましたが、どの書籍も叔父も“自分の日常の体験を思い出し”という文言が最初に出てくるのですから救いがありません。

それでも、なんとか書き上げた内容の小説を自分で読み返して――ようやく諦めがつきました。

 

何処かで読んだような内容と主人公に、借り物の言葉だけで彩られた言葉。

 

ソレは何より残酷に私に現実を教えてくれました。

 

才能うんぬん以前に、自分の空虚な生き方を。

 

結局、自分は誰かに与えてもらった感動を誰かに伝えたいのではなく――そんな自分を否定したくて身近な何かに縋っていたのだと。

 

「……それは」

 

 そんな滑稽な私に何かを語ろうとする彼に静かに微笑みかけて言葉を遮ります。

 

 否定の声は大きいでしょうけれども、小説はきっとその人の人生なのだと思います。

 

 構成や、キャラクター。語られる言葉。すべては形にならない“想い”というものを何度も組み替えて、混ぜ合わせて、必死にソレを読み取ろうとさらに深く潜ってようやく絞り出される結晶なのかもしれません。

 

だからこそ――――私には書けませんでした。

 

だからこそ――――彼は物語を終わらせることができないのでしょう。

偏屈で臆病な少年。物語の中の彼は、変わり者の二人の友人への思いを最後まで保留したまま最終章を迎えてしまいました。

 

その答えは、きっと彼自身が出せていないゆえの葛藤だと思うのです。

 

終わらせるだけならば安易なハッピーエンドで締めくくればいいものを、不器用で実直な彼はそれすら自分への偽りだと戒める。

 

それだけの大切な日々がこの作品には詰まっているのでしょう。

 

だって、気だるげに、仕方なさそうに綴っていた物語を書く彼は眩しいものに目を眇めるように、苦笑しつつも書き進めていて――――こんなにも自分を惹き付ける物語になったのだから。

 

「貴方が何を抱えているか、私には…分かりません。でも、これだけ私を引き付ける物語は――――比企谷さんが駆け抜けた日々は決して間違ってなんていないと思うんです」

 

「――――っ!!」

 

 私の言葉に息を呑む彼の瞳は、激情はなんと表現したものでしょうか。

 

 怒りと、悲しみと、憧憬と、後悔。様々なモノが混ぜ合わさったその瞳。

 

 いつもの深い諦観の奥底に隠された激情。

 

 その複雑な輝きを彼がまた飲み込んでしまう前に、私は彼の頬に手を添えます。

 

 願わくば、彼から分けてもらったあの一匙の温かさが、彼の冷え切った心に届くようにと願いを込めて空っぽの人形だった私は賢しら気に言葉を紡ぎます。

 

「その答えが分からなくたって、終わりを迎えられなくたって、その日々を歩いた貴方の軌跡は間違いなく私を救ってくれました。こんな数日の恩返しで返せないほどの感謝を貴方に抱いています。―――だから、もう一度だけ未完成だって向かい合ってください。ソレが私にできる精一杯の恩返しで、意地悪です」

 

 月明かりに光る雫は、私のものか彼のものか―――――語るのは無粋ですね。

 

 無言で私の手を取った彼は数秒だけその熱を確かめるように握って、何も言わずに文机に戻って一心不乱に物語を書き綴ります。握られたその熱は何時までも私の手に残って、いつまでも燻ります。胸を焦がしつつも、甘いこの痛み。

 

 それを静かに抱きしめて月を肴に、杯を重ねます。

 

 完成した物語を読みたくないと願うなんて心境を抱く日が来るとは思わなかったです。でも、それでも、大いなる敵に塩を送ってしまった事に湧き上がる後悔よりも、これでようやく私も彼の綴る物語に登場できたかもしれない高揚感が湧き上がります。

 

 長いプロローグの果てに、ようやく素の彼と出会えた少女。

 

 彼の過去と深い関わりのある二人の友人。

 

 はてさて、これから紡がれる自分の物語は―――昔の処女作よりも随分と刺激的だ。

 

 それでも、そのエピローグに立つ権利だけは譲るつもりはないけれども。

 

 

 

 いつか、それを笑って彼に語る未来を想像して“鷺沢 文香”は小さく微笑んだ。

 

 

-----------------------------

 

 

~本日の蛇足~

 

とある有名私立大学に通う何の変哲もない大学生の私には、最近、友人が増えた。

 

ぺらり、と最近では電子化が進み聞くことも珍しくなってきた独特の紙の擦れる音につられて目を向ければ、沙耶のような黒髪の奥にある目を輝かせて文庫本に目を輝かせる超絶美少女。それどころか、最近ではアイドルとして知らない人はいないトップアイドル“ふーみん”こと“鷺沢文香”。その人が件の友人だというのだから人生分からないものだ。

 

きっかけは、彼女が落としたハンカチを届けて、なんど呼び掛けても気づかれないのでシカトされたかと思って頭をひっぱたいたのが始まりだったはず。

 

 ケンカ腰の自分にも怒るどころか、平謝りしてくる彼女に毒気を抜かれて話してみれば意外と気さくに冗談も交えてきた彼女と言葉を交わしてるうちに、いつの間にか授業が被れば隣に座るくらいには親しくなってしまった。

 

どうにも、本ばかり読んでる根暗なタイプだと思っていたがいつも本に夢中なだけでおしゃべりは結構すきらしいので実際に言葉を交わすというのは大切なことらしい。

 

ただ、親しくなればそれ以外の事にも気が付いてしまうもので、お節介を焼きたくなるのは自分の昔からの悪い癖だと思いつつも止まらない。

 

「ねえ、ふーみん」

 

「……っ。すみません、また夢中になってしまいました。どうしました?」

 

「いや、私はいいんだけど…ふーみん的にはアレってオッケーなん?」

 

私が顎でしゃくった窓の先にはレンガで舗装された鮮やかな広場で親し気に話している見覚えのある後輩らしい小柄で茶髪の女の子と、気だるそうなアホ毛が特徴的な同級の“比企谷”。

 

姦しく彼に構う彼女の対応は明らかに好意的であるし、目立たないようにしているのだろうが“友人”と浅からぬ関係っぽい男がああしているのは正直、胸糞が悪い。これだけの美少女に粉をかけてるくせに別の女と見えないところでいちゃつくとか普通に死刑ものだ。昔からアイツはどれだけ―――――と、勝手に義憤を滾らせているとふーみんは私の視線を追ってその光景を見た後、何かを納得したように頷く。

 

「あぁ、そういえば去年あたりに後輩が入ってくるといってましたね…。彼女がきっとその子なんでしょう」

 

「…………それだけ?」

 

「それだけ、とは?」

 

 不思議そうに首を傾げる彼女は非常に可愛らしいのだが、こっちは肩を落とすしかない。この動作が嫌味じゃないってのもある意味すごい。

 

「いや、ああゆうの見ても平気なんかなーって」

 

 そう問いかけた私に彼女は少し考えた末に、思い付いたように手を軽く打って言葉を紡ぐ。

 

「思いのほか年下の面倒見がいい人なんですよ、彼」

 

「いや、そういう事じゃなくて…て、言うか――――」

 

 無邪気に嬉しそうに語る彼女に色々と煩悶しつつも、そんな彼女にかける言葉を考えるのも馬鹿らしくなり、直球に切り替える。もともと、繊細なやり方なんて性に合わないし、彼女の職業柄聞くのも憚られたその質問。

 

「確認だけど…ふーみんって比企谷に、気があるとか訳じゃない系?」

 

 その一言を聞いた瞬間のことを私は、たぶん、一生忘れない。

 

 花が綻ぶようなその柔らかさや、艶やかな彩りを見せたその表情を。

 

 

「それは秘密、です」

 

 

 その女の私の背筋を震わせるような、芯を蕩けさせるような声の甘さを。

 

「―――――――っつ///⁉」

 

 そんなの、言っているようなもんじゃないか。

 

 まったくもって新しくできたこの友人の底知れなさには敵わない。

 

 だからこそ、実際に話してみるということはきっと大切だ。

 

 あの日、かつての高校のレクリエーションで出会った古い知り合いにだってそう学んだではないか。だから、今は、根暗なかつての同級生にエールを送ろう。―――この子の相手はたいそう大変だ、頑張れ。比企谷。

 

思考を放棄した私は癖の強い地毛を弄りつつ投げやりに彼の冥福を祈った。

 



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奏どらいぶ

いつも来てくれる方はお久しぶりです。初めての方は初めまして。

コメント、評価、励みになっております。基本ふわふわ生きてるのでコメントに要望があったりするとそこから妄想して作品になったりするのでドンドン欲望をつぎ込んでください。

それでは、いつもの通り頭を空っぽで何でも許せる方のみお進みくださいませ。

それと、いつも誤字修正してくださる塩梅様本当にありがとうございます!!


 湿っぽい梅雨空が徐々に盛夏に押され、茂る新緑が猛々しい緑へと変わる季節。

 蒸した空気は晴天に払われ、煌々と照り付ける太陽の元を子供たちが待ちわびた長期休暇の開放への喜びそのままに目の前を駆け抜けてゆく。

 

 そんな無邪気な昼時の公園での光景を目で追いつつ我が身を振り返るが、どうにも“夏休み”というモノに明るい思い出を見いだせないので小さく苦笑を漏らす。公的に面倒な人間関係と切り離され、朝からクーラーの効いた部屋で最強のデジタルなモンスター作成に費やした誇らしくも空しいあの日々すら今は恋しい。

 

 なぜならば、今現在、パリピな生活を送るのが常である大学生の長期休暇で過ごした自分の日常はバイト漬けで、クーラーどころか炎天下の元で大規模会場の設営や書類。そのほかに多感な時期の少女たちのお守に費やされているのだから。

 そんな中でようやく取れた休日。

 

 それすらも、一方的に告げられた“約束?”なるものにこんなクソ熱い公園に呼び出されて、待ちぼうけいるのだからたまったもんじゃない。

 

 反論すら許されず“いなかったらその場で泣き喚いてやるわよ”なんてあまりに情けない恫喝をした少女。そんな横暴な約束を取り付けた彼女が示した時間は20分ほど前に過ぎ去り、ただただ太陽に炙られるボッチが一匹。呼び出し詐欺という幼い自分のトラウマが刺激され何度も掛けた電話はつながらずこうして俺はここにいるわけだ。

 

   もう帰っていいよね?

 

 そう囁いた心の声に従って俺はベンチを立つ。いや、もう十分でしょ。

 

 八幡、頑張った。

 

 最後の良心としてメッセージで帰る旨を記した物を送って、公園の出口を目指して歩を進める。随分と無駄な時間を過ごしたが、まだ10時半ば。これから、自宅で溜まった積みゲーか、ベストセラーとなった期待作か。はたまた、この前目をつけたラーメン屋を巡って午後から惰眠を貪るか。心躍るこの後の予定の思索にふけつつ公園の出口に足を向けていると、深藍に塗装された新しいほうのビートルが遠くに見える。

 

 ビートルとしては渋いチョイスだと思いつつもやけに徐行運転なそれをなんとなしに見て、不慣れなその運転と輝く初心者マークに思わず苦笑をしてしまう。一停でしっかり5秒以上止まって進むその初心さと、変に生真面目なくせに不安定な運転は微笑ましくもお節介を思い起こさせる。

 

 まあ、初めての運転なら不安だわな。

 

 そんな様子に自分も車線変更一つに何度も後方確認していたことを思い出して苦笑しつつその運転手の安全を祈ってそのビートルを眺めていると、どうにもこちらに向かってくるようだ。せっかくなので、新米ドライバーの顔でも拝んでやろうかと思ってソレを黙ってみていた事を俺は一生後悔することになる。

 

 なにせ、ハンドルにしがみつくように運転する少女は―――あまりに見覚えのあるものだったのだから。

 

 変装のつもりなのか目深に被ったニット帽に太めの黒縁眼鏡。その下から覗く切れ長の目と涼し気な面立ちは彼女の歳にしては不相応なくらい大人びて見える。最近では知らぬ人も居ぬほどの人気を誇る彼女。ただ、いつもと違ったのは彼女が纏っている雰囲気がいつものミステリアスなものではなく、完全にテンパっているかのように挙動不審であったことだろうか。

 

 何を隠そう、俺をココに呼び出したうえ待ちぼうけさせた張本人である。

 

 その光景に様々な疑問が湧き立つ。

 

 なんで彼女が車に乗っているのか、とか。なぜ自分がそんな場に呼ばれたのか、とか。だが、混乱する思考を差し置いて何よりも自分の失策を悔いる。――――目が合ってしまった。

 

 その瞬間、テンパっていた彼女が目を輝かせてビートルをこちらに寄せてくる。今すぐに逃げ出したいのは山々なのだが、縁石にこすりそうなそのギリギリ加減に目が離せない。

 

 見てるこっちがハラハラするそのカブトムシは俺の前で停車し、満面のドヤ顔を浮かべた彼女が、―――――――“速水 奏”が颯爽と降り立ち、燦然と輝くピカピカの免許を突き出す。

 

「――――――――さ、楽しいドライブの時間よ?」

 

 満面の笑みで放ったその言葉は、なんだったかと頭を一瞬ひねり、すぐに思いつく。

 

「………6巻の決め台詞だったか?」

 

「そうね、馬脚を現して逃亡する悪徳商人をライバルの刑事と一緒に車で追いかける名シーン。初めてのドライブは絶対にこれを誰かに言うって決めてたの」

 

 彼女の原点になったともいえるスパイの名作漫画のワンシーンを思い起こしながら返答すれば心底嬉しそうに返してくる彼女に深くため息をつく。元ネタを分かる人間にやりたくなるこの原理は悔しいながらも分からないでもない。オタクってなんでこういう悪乗りがやめられないのだろうか。

 

念願の理想を達成してご機嫌な彼女に目を向けつつ、一個ずつ疑問の解消を試みる。

 

「というか―――どうした?」

 

 いかん、あんまりに疑問がありすぎて俺もパンク寸前だ。単純に総括的な疑問しかできなかった。それでも彼女は意味ありげに微笑み、自慢げに口を開く。

 

「このたび、18歳になりまして」

 

「…そういや、7月生まれだったな」

 

「免許を取ったのよ」

 

「……みたいだな。」

 

「やっぱり、あれば使いたくなるじゃない?なので、速攻で憧れの車を買いに行ったわ」

 

「――――なんでビートルなんだ?」

 

「―――コ〇ン?」

 

 とりあえず、頭の悪い会話から子供が変に経済力を持つとろくなことにならないのは分かった。というか、件のスパイ漫画はフェアレディだったのにそこは別の漫画準拠なのかよ…。いや、分かるけど。博士めっちゃすごいしね。いい車だし。

 

「…ほーん、よかったな。んじゃ、気を付けてな」

 

「待ちなさい」

 

 心の中の突っ込みを一人で消化して流れるようにその場を離れようとしたが、思い切り肩をつかまれる。

 

「…なんだよ」

 

「“ドライブの時間”といったでしょう?」

 

「……行ってくればいいだろ」

 

「いいのかしら、さっきの運転を見たでしょう。正直、一人で都内を走るとか初めてだし、何度携帯が鳴っても出る余裕がないくらいの初心者よ?…本当にこんなペーパードライバーを放っておいて大丈夫かしら?」

 

「………ぇぇ」

 

 自信たっぷりに嫣然と微笑む彼女が徐々に早口で涙ぐんでいき、掴まれた肩も逃がすまいと切実に力が込められており、振り払うのが随分と罪悪感を伴う。本当にこんな少女が世間では“ミステリアス”だの“妖艶”だのと騒がれているのだから世の中分からない。

 

 涙ぐむ少女と、さっきまで思い描いていた至福の時間がしばしの間、天秤で揺れる。

 しばしの黙考の末、さっきより深くため息をつく。

 

 さらば、休日。ハロー、休日出勤。

 

 そして、本日も俺の貴重な休日は儚くも失われたのだった。

 

 

――――――――――――

 

 

「ほれ、飲め」

 

「………ありがとう」

 

 郊外へと抜けた海岸沿いのパーキング。磯の匂いと風に乗った飛沫が微かに頬を濡らすのが暮れ行く日差しと相まって心地よく吹き抜ける。そんな中、ガードレールにうなだれるように寄りかかりげっそりとしたトップアイドル(笑)に自販機で買ってきたカフェオレを差し出すと彼女はか細い声で答えソレを舐めるように口にする。

 

 出発時の意気揚々とした彼女との落差に苦笑を漏らしつつ、自分もマッカンを開けて喉を潤し、細巻きに火をつける。

 

 甘い。いつも以上の緊張状態に浪費された糖分とニコチンが補充されるのを感じつつ、自分たちの真後ろに駐車しているカブトムシに視線を向ける。

 

 出発時の輝く初々しさは何処へやら。

 

 あっちこっち傷だらけのその姿はもはや歴戦の勇士。

 

 ここまで短時間のドライブでよくぞここまでと思う程に勲章を背負った彼に同情と称賛を込めて一本余分に買ったコーヒーをボンネットに供えておく。そんな事をしていると隣からくぐもった声が耳朶をかすめる。

 

「……ごめんなさい。折角の休日、台無しにしちゃったわ」

 

 普段からは考えられないくらい殊勝なその呟きに思わず俺は思わず吹き出してしまう。そんな俺の反応が勘に障ったのか、睨むようにねめつけるが自分の中にある落ち度が諫めるのかその反抗心すら力なくしぼんで元のいじけた姿勢へと戻って行ってしまう。―――全くもって普段の傍若無人の彼女は何処に行ったのか。そんないじらしい所を見せられると思わずお兄ちゃんスキルを発動してしまう。

 

「―――俺はカッコいい恩師がいてな、その流儀を受け継ごうと日々努力してるわけだ」

 

「………?」

 

 不思議そうに視線をこちらに向ける彼女。ソレは妖艶でも、クールでもない年頃の青春真っ盛りのあどけない少女そのものだ。テレビには映らぬ年相応の“速水 奏”という少女の本来の姿。彼女が築き上げた圧倒的な偶像を支えるにはあまりに非力なその本性。

 

 だから、そんな少女に、息の抜き方を教えてやるくらいは――――彼女が気を抜いて接する事のできる数少ない人間として教えてやっても罰は当たらないだろう。

 

 不安げな視線を送る彼女の視線を遮るように、煮詰まってしまっているその頭を濾してやるように、荒っぽく頭を撫でつつ言葉を紡いでいく。

 

「変な気をつかうな、女の初めてにケチをつける男なんているかよ」

 

「―――っ!!…………貴方ってホントに―――て、ちょっと!!」

 

 耳まで真っ赤にした彼女が何かを紡ごうとするのをもっと力を込めてなで繰り回してやって遮ると彼女は顔を真っ赤にしていつものように抵抗をしてくる。ぐしゃぐしゃにされた髪の毛は彼女をいつもより幼い印象にしてさらに俺は笑ってしまう。

 

 どんなに世間で騒がれようと、大人びていようと、一皮むけば彼女はこんなにも幼い。

 

 それでも、人は成長してゆく。

 

 遅い奴もいれば、早い奴だっている。

 

 それでも、失敗と成功は、称賛と叱責は人に少なからず影響を与える。

 

 それが追いつかない成長に負荷をかけることだってある。

 

 ならば、自分くらいはその追いつけぬ差分を笑ってやろう。

 

 “叱られることは誰かがちゃんと見ている証拠だ”と笑ったあの人のように。何度だって、彼女たちの間違いを、葛藤を笑ってやろう。彼女たちが、安心して何度だって間違えられるように。

 

 ずっとは見てやれない。でも、その差分に向き合う強さを彼女たちが得られるくらいまでは、せめて付きやってやろうと思えた。

 

 暮れゆく夕日に、顔を真っ赤にする少女の顔に、そう願いを込めて俺は紫煙を小さく苦笑を混ぜて吐き出してゆく。

 

 

―――――――――――――

 

 

--kanade side--

 

 

 夜も更けた深夜。無理を言って買った新車をぼろぼろにして帰った私はこってりと両親に怒られ、長い長いお説教を終えたあと力尽きたようにベットへとその身を投げ出して深く息をつく。

 

 初めてのドライブ。

 

 憧れに一歩近づいたことへの興奮はすっかりと冷め切って、自分のポンコツ加減を思い知った事への落胆はどうしたって拭えない。それでも、沈みそうになる気分は荒っぽく撫でられたあの手の温かさに思わず緩む頬を止めてはくれないのだから自分も随分と現金なものだ。

 

 周囲からは大人びて扱われることには慣れているし、それに答えるのは自分が望んでいた事なのだから文句はない。それでも、自分の情けない所をたびたび見られているあの人にだけは子供扱いされているのが悔しくて誘ったドライブ。

 

 昔からあったあのワンシーンへの憧れ。

 

 敵対していながらも誰よりも分かりあっている主人公とライバル。

 

 そんなシーンを二人でなぞってみれば、少しは彼も自分を見直してくれると思っていた。だけど、思い返される自分の失態を思い返して今度こそ顔を覆ってしまう。

 

 遅刻したうえに出発早々に縁石にこするわ、一通に気づかず突っ込んでいくわ、バックで誘導無視で柵にぶつけるは――――ホントに付き合わされた方はたまったもんじゃないはずだ。それでも、文句を言いつつ最後まで付き合ったお人好しな変な人。

 

 それどころが、最後に言われた―――“あの言葉”。

 

「ほんっとに、あんなのどう反応しろっていうのよ……~~~~っ!!」

 

 言われた言葉を思い出したせいか暴れる感情に従って、思い切り枕に顔を押し付けて自分でも意味不明な言葉を呻く。

 

 自分でもわかるほど熱くなった頬の熱。

 

 結局、自分はあんな言葉を簡単に投げられてしまうくらいには対象外の“お子様”で、その包まれるような甘さにどっぷりと浸かっているのだろう。ソレを悔しくも思う反面、それを抜け出してしまう事がどうしようもなく惜しくも感じる。

 

 早く、大人になりたい。

 

 そう願ってここまで駆け抜けてきたのに、

 

 まだ、子供のように、甘えさせてほしいと今更思う。

 

 

 

「この私にこんな思いをさせてるんだから―――――きっちり責任取ってもらうわよ?」

 

 

 

 なんせ、“女の初めて”はとっても重たい責任も付きまとうんだから。

 

 

 

 そんな相反する熱情に悶えながら、”速水 奏”の夜は更けてゆく。

 

 

 

 

 

 



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第68話「隠れお嬢様!?日野重工の御令嬢!!」

お久振りです。

なんでも許せる方はお進みください



プロフという名のあらすじ

 

 

 比企谷 八幡  男   (20)

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 

 

 

 日野 茜   女   (17)

 

 壁があれば突き破り、崖があれば躊躇なく跳躍し、果ての無い道のりも全力疾走でお馴染みの超熱血少女。その際限ないパッションと体育会系の情熱はあらゆる問題と弱気を吹き飛ばすことで多くのファンの支持を得ている。

 

 カレーが主食。

 

 ただ、その情熱と裏腹に彼女にも誰にも見せない想いと悩みもあるようで―――?

 

 

 

第68話「隠れお嬢様!?日野重工の御令嬢!!」

 

 夏のうだるような暑さもなりを潜め、日陰より日向を求めて歩くようになった秋の始まり。気の早い木々が一足先に紅葉へと乗り出し、そんな景色と穏やかに差し込む陽気に昼寝でも決め込みたくなる気持ちを抑えて目の前の書類を捌いてゆく。

 

 大規模なライブも仕事も珍しく立て込んでいないせいか、それだって必死になるほどの量でもなく、事務所に理由もなくたむろしている暇人なメンバーたちも和やかにお茶会など開いてご機嫌だ。――――そんな中、一通の電話が鳴る。

 

 珍しい事でもないのだが、なんとなく目を曳かれ視線を向ければここのボスである武内さんが落ち着いた声音で対応をしている。焦った風もないので問題が起きたわけでもあるまいと自分の仕事に意識を戻して数分。

 

 電話を切った武内さんがこちらへと近づいてくる。

 

 これが急な残業依頼にならない事を祈って俺も武内さんへと視線を向ける。事務所にいたアイドル達も何事かとパーテーションの向こうから顔をのぞかせている様子に彼は首元を抑えつつ用件を伝えてくる。

 

「比企谷君、”実は御令嬢アイドル!私生活に密着”という番組からオファーが来ているのですが…」

 

 随分とためを作られたので警戒してしまったが、ありきたりの内容に肩透かしを食らう。

 

 まあ、言っちゃなんだが、ありがちな番組ではある。

 

 それに、そういうものに出る人間ってのも決まっているので安定しているってのも大きな要因だ。

 

八「ああ、良いんじゃないすか?紗枝とかですかね?」

 

 若くして小早川コーポレーション東京支部の代理人を務め、実際のデザイン・計理・渉外を自分で行っている上にアイドルまでこなしている彼女にそういう依頼は結構多く、彼女だって“宣伝費が浮いてえらいたすかりますわぁ”などと言っているので手慣れたものだろう。

 

 そう考え、紗枝のスケジュールを端末から引き出す手は思わず武内さんから零れた言葉で止まってしまった。

 

「いえ、今回は日野 茜さんへの出演依頼ですね」

 

「「「「「「「は?」」」」」」」

 

 自分だけでなく、覗いていたメンバー全員から零れたその疑問。

 

「………すみません、誰が“お嬢様”、って言いました?」

 

「?―――ですから、「お疲れ様です!!…て、皆さんどうかされました?」

 

 事務所全体の代表として訪ねた確認に首を傾げた武内さんが開いた口を遮るように全力で開かれた扉と耳をつんざくその声量。

 

 今日も今日とて眩いほどのやる気と元気に満ち溢れたその少女。

 

 “日野 茜”は向けられた視線に愛らしく首を傾げ、武内さんは遮られていた疑問をそのままなんでもない事のように紡いでいく。

 

「日野さんは世界トップシェアを誇る“日野重工”のご令嬢ですよ?」

 

 

 

 

 

「「「「「「「………マジっすか」」」」」」

 

 

「確かにお父様は社長ですけど…どうしたんですか?」

 

 

あまりの予想外な人物の隠された出自に誰もが絶句する中、茜だけが小さく首を傾げる彼女の肯定があまりに無邪気に事務所内に響いた。

 

 

 

「で、まあ、ご家族からの出演依頼の許可も頂いたのですが――――その付き添いを比企谷さんにして頂きたいのです」

 

「………いや、専門のスタッフがいるんだから俺が行く必要はないでしょう?」

 

 あの後、すぐに実家に電話してその旨を了承した茜はメンバーから様々な質問攻めを受けているのを横目に武内さんがそんな事を言ってくるが、もちろん拒否だ。

 

 前に765の四条が出てるのを見た事があるが、雅な生活に朝飯から夕方まで密着するという単純な内容だったはずだ。奇をてらうこともなくありのままを映すという事なので自分が同行する必要もないし、無駄な仕事を増やす必要だってない。――何より、

 

「番組の内容を考えるならばそうなのでしょうけど……日野さんですので、慣れないスタッフでは見失ってしまう可能性が高いです」

 

「……………」

 

 否定が、できない。

 

 というか、この人、最初からソレを見越して俺の所にこの話を持ってきたのだろう。

 

 冗談や比喩でなく首輪や縄を繋いでいないと何処にすっ飛んでいくかもわからないあの熱血少女。いつもの姿が仮面でその私生活がお淑やかであることを期待するにはあまりにアイツは元気すぎる。

 

「……おい、日野。お前、朝は何時起きだ?」

 

「朝四時からランニングしてます!!」

 

「――――。撮影スタッフに原付と車の手配お願いします。あと、朝3時起きは覚悟してもらってください。あと、学校の中とかとか諸々の許可は武内さんの方で段取りお願いします」

 

「………すみませんが、よろしくお願いします」

 

 案の定な返答に深く息を吐いて、最低限の要求を述べれば武内さんは負い目のせいか苦笑と共にソレを了承いてくれる。本来なら“お前がやれ!!“と強気に責めたいところであるがこの人のスケジュールが分単位で埋まってることを誰よりも知っている上に、それをさらに切り詰めている事を知っている以上はあまり邪険にもしづらい。

 

 俺だけが仕事を押し付けられているのならば文句とボイコットも辞さないが、あいにくこの部署ではスケジュールに都合がつくのが自分くらいとなってしまっているくらいに事務方は多忙だ。

 

 そんな状況なせいかたびたびこういう事を断りにくい状況になっている。

 

 そんな社畜道を順調に歩んでいる自分に深くため息をついて、仕事に戻る。そのついでに快活に笑顔を浮かべメンバーと会話をする茜を伺う。

 

 

カレーとお茶が好きで、ラグビーを愛していて、うるさくて、元気で、意外に小柄。

 

 

思い返してみれば、自分は彼女の事をそれくらいしか知らない。

 

逆を言えば、彼女が差し出した情報以外――――誰も意識することがなかった。

 

その事実に、今更ながら――――俺は気が付いた。

 

 

 

 

 

「おはようございます!!今日もいい天気ですね!!!」

 

 朝焼けも顔を覗かせるのをぐずるほど冷え込み始めた早朝の栃木に鼓膜を突き破らんばかりの声が響き渡る。

 

もうこれだけで近隣住民からのクレーム来ちゃうんじゃないのん?ってくらい元気いっぱいの挨拶に寝ぼけ眼の撮影スタッフも苦笑を浮かべるしかない。それでもプロ根性なのか茜に質問をする彼らに彼女は頓着した様子もなく答える。

 

「むむ、“なぜ早朝に走るのか?”ですか!?体の中のエネルギーが爆発しそうだからです!!さあ、皆さんもレッツトラ―――――――イっ!!」

 

 質問の答えかも分からぬそんな雄たけびを残して走り去る彼女に一瞬だけあっけにとられたスタッフもその“らしさ”に取り高を感じたのか彼女の後を追いかけようと軽量機材に切り替えてそのあとを追おうとするのを引き留める。撮影の邪魔をされたと感じたのか眉をしかめた彼らの前に原付を差し出すと怪訝な表情へと切り替わる。

 

「コレ、使ったほうがいいっすよ?」

 

「はは、朝のジョギング程度で大げさだよ。それに、こう見えてもカメラマンは体力勝負だし、彼女用に体力あるスタッフを用意してるからね!!」

 

「……そっすか」

 

 爽やかなその一言共に彼女の後を追いかけ始めるスタッフを引き留めることもなく、俺は小さくため息をついて原付のエンジンをかけ、タバコに火を灯す。冷えた空気と共に紫煙は肺に吸い込まれ、群青にたなびく雲を背景に走る彼らを目で覆う。―――――さて、彼らは何処までもつだろうか?

 

 

 

10キロ―――――スタッフが頑張って走る茜に質問を投げかける。

 

 

15キロ――――質問が無くなり、苦悶の表情が垣間見える。

 

 

20キロ――――他のスタッフは崩れ落ち、カメラマンだけが込み上げた胃液を飲み込みつつ彼女の背を追う。

 

 

25キロ――――ようやく反転した茜が道端に倒れるスタッフに首を傾げて通り過ぎる。

 

 

 

 来た道と同じだけ走った彼女が歓声を上げてゴールする。そんな彼女にハンディカメラを持たせて朝飯のリポートを自分でするように伝えて近くに止めていた車で力尽きたスタッフたちを回収する。――――いや、そんな朝から泣かれても困る。だから最初に聞いたのだ。“そんな装備で大丈夫か?”と。

 

あいつは昔から話の聞かない奴だったよ。

 

 

 どっかの未来とも過去ともとれる妄想遊びをえずくスタッフを横目に煙草ふかしながら一人でしていると、元気いっぱいの声がまた耳に響いた。

 

 念のため持たせていたカメラのデータを確認するとブレや安定感はないものの、賞状やトロフィーが飾られた居間に、朝飯とは思えない程のボリュームが並べられた食卓。母親と思しき女性をたどたどしく解説してはいる様なので使えない事はないだろう。

 

「一生懸命取ってきました!!大丈夫そうでしょうか!!!」

 

「近いし、声でけえよ。……まあ、大丈夫だろ。編集とか詳しく知らんけど」

 

「そうですか!!よかったです!!では、そろそろ学校に行きましょう!!!」

 

「うるせぇ……。ちなみに、―――なにで通学してんだ?」

 

「勿論!!ダッシュです!!!!!」

 

 

 

 その力強い、満面の笑みで語られた宣言にグロッキーだったスタッフさんたちはさきほどまでの強情さなどなかったかのように車に素直に乗り込み、原付のフルスロットルと並走する世にも奇妙な女子高生を撮影するホラーな展開が待っているのだが―――まあ、それは別の話だろう。

 

 

 

 

「お疲れさまでした!!!!!!」

 

「お、つかれ。。。さま、でした」

 

 暮れなずむ夕日。真っ赤に燃える太陽を背に満面の笑みで別れの挨拶を叫ぶ彼女にスタッフは精も根も尽き果てた様子で返し、体を引きずるようにして帰途へとついた。

 

「むむ、なんで皆さんあんなにお疲れなのでしょう?もしかして、いつもより遠慮して運動量を減らしてしまったのにがっかりさせてしまったのでしょうか!!?」

 

「あれで遠慮してんのかよ……」

 

 首を傾げる彼女に戦慄を覚えつつ小さくため息を吐く。

 

 あの後、学校へとついた彼女は変わらずにそのパッションを遺憾なく発揮し続けていた。誰よりも早く校門に駆け込んだ彼女はそのまま校門に居座り全生徒に挨拶をし、体育の授業では男子も蹴散らし活躍し、馬鹿みたいな量の昼食を平らげた。そのほかにも無駄に体力を使った清掃に、部活の助っ人などこいつは止まったら死ぬのかと思う程動き続ける彼女を追いかけまわしたスタッフは見るも無残にあんな様になってしまっていた。―――俺?俺は遠くからその様子を眺めつつ自分の事務仕事をかたづけてた。調整が効くといったってこちとら暇ではないのだ。

 

「いいから行くぞ。悪いけどこの後、普通にレッスンだ」

 

「おお!!そうでした!!燻った情熱を全力で燃やしましょう!!」

 

 まだ動くのかよ…なんてその底なしの体力に呆れつつも夕暮れの中、ズンズンと鼻歌を歌いつつ自分の前を進む彼女。

 

 明るく、陽気で、不屈。

 

 どんなことでも燃え尽きるまでやり切る彼女は私生活を見た限りでも偽りはない。

 

 だが、だからこそ―――違和感があった。

 

 それが思わず口を滑らせた。

 

「………そこまで才能に溢れてるのに、なんで“アイドル”なんだ?」

 

「―――――――――」

 

 

 鼻歌はやみ、それでも彼女は歩みを止めない。

 

 

 それは、今日初めて、彼女が答えることを拒否した質問だ。

 

 

 つまり――――踏み込んではならない領域だったのだ。

 

 

 思えば、彼女の体力測定の結果を見た時から思っていた。トップアスリートとしてだって十分にやっていける記録を持つ彼女がその界隈では噂も聞いたことがない。それでも、彼女が今朝映した映像には数えきれないほどのメダルやトロフィーが並んでいた。家族のモノもあったとしてもその多くは彼女の名が刻まれているのを俺は見た。

 

 だから、純粋に疑問を浮かべたのだ。

 

 “なぜ、競技の方で輝かず―――なれるかも分からないアイドルを選択したのか?”

 

 そんな益体もない世間話程度のつもりだったが、それが地雷だったというなら別に構わない。俺だって別にほじくり返そうとも思わないのだから。

 

 そう思いなおし、歩みを進めた。

 

 

「……多分、才能も能力もあったと思いますよ?」

 

「………」

 

 その歩みは彼女の唐突な一言で引き留められる。

 

 真っ赤に燃える逆光の中、語られる声はあまりに聞きなれない静かなもので―――誰そと尋ねたくなるほどにその背を見据える。

 

「色んな人からも言われました。“世界を狙える”とか“本気で取り組んでくれ”って。

 

 でも、正直なところは有難迷惑でした。

 

 どんなに期待を寄せられても、どんなに熱中しても、私は最後にその火を自分で消さなければならないんですから。

 

 私は、日野家の一人娘です。お母様も、お父様も大好きです。

 

 だから、私の一番は家族だから。

 

 一番じゃないものに自分の一生は捧げられませんでした。

 

 何度そう説明しても、一回だけの約束で全力でやり切っても、誰も納得なんてしてくれませんでした。

 

 逆に怒ったり、詰ったり、泣いたり。―――果ては“自分が両親を説得させる”だなんて言い始める人が出てきて困っていた頃に丁度、スカウトされたんです。

 

 他の煩わしい勧誘に断る理由ができるなら何でもよかったんです。―――それに、年齢を理由にスムーズに辞められるっていうのも魅力的でした」

 

 

 地平に夕日が沈み、宵闇が迫る。

 

 

 沈みゆく太陽がもっとも強く輝くように、その背には濃く暗さをもたらす時刻。

 

 

 振り返り冷たい瞳でうっすらと笑うその表情は、確かに“茜”と呼ぶに相応しい。

 

 

 そんな彼女に俺は――――――。

 

 

「そうかい。どうせならもうちょっと優しいプロダクションを選ぶべきだったな」

 

「―――――怒らないんですね?」

 

 俺の投げやりな言葉に彼女はその大きな目を瞬いて、意外そうに呟く。

 

 そうは言われても、俺だって別に“アイドル”に愛着がある訳でもない。別に好きにしたらいいと思うし、そもそもが今集まってる連中だって寄せ集めのぎりっぎりのキワモンばっかなのだ。理由はどうあれ、成り行きの連中だって多い。

 

 それに、俺だって“お家のため”とまでは言わないが小町とのデートのためなら余裕で大会くらいすっぽかす。というか、好きでもないもの為に放課後と休日を奪われるなんて本当にごめんだ。

 

「お望みなら金八先生並みに説教してやるが?」

 

「むむ、八さんのそれはそれで見てみたいです!!」

 

「ハズイから却下」

 

「自分から言い出したのに……」

 

 そうして呆れたように笑う彼女はいつもより少しだけ控えめで、柔らかく微笑んだ。

 

 

 

「……この話、恥ずかしいですから秘密でお願いしますね。―――それに、口実だったとはいえ今は結構毎日が楽しんです」

 

 

 そういって彼女はまた歩を進める。

 

 

 再び紡がれた鼻歌は茜色に染まった世界で随分と、物悲しく響いてゆく。

 

 

 望む事と、望まぬ事。その選択を自分で選べるということは存外少ない。そして、世界は往々にして才能を持つものが止まることを厳しく糾弾するものだ。

 

 それらを拒むことは世の中では“悪”だとすらされる。

 

 人の基準を、望みを、全て全否定するソレを俺は認められない。

 

 安らかで、慎ましい幸せを“悪”と罵る権利を、誰が奪う資格があるのか。

 

 だから、俺は、日野 茜の打算的な理由を否定しない。

 

 

 だからせめて、“今が楽しい”と呟いた彼女の微かな安息がもう少し続くことを、宵闇に祈った。

 



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第69話 開設!!日野スポーツ教室!!

ラグビーが熱いので茜ラッシュです。

頑張れニッポン!!


 天高く馬肥える秋。

 

 そんな言葉がぴったりな季節は随分と人を活発にする。読書、食欲、芸術―――そして、スポーツの秋である。なんなん?素直に前に習ってだらけておけばええやん?と思わないでもない。

 

 なんでも、1964年に開催されたオリンピックが秋にあったのが始まりで“体育の日”もそれにちなんだものだったそうな。それに、気候的にも晴れやすい時期だったからそうなったとか聞くので、じんわりと今度の真夏に開催されるソレが不安にならないでもない。

 

 とかなんとか、久々の休日。寝落ちして閉め忘れたカーテンから差し込む燦燦とした日差しに起こされた頭がぼんやりと考えて起床を拒否せんと頭に布団をかぶり直そうとした時だった。――――噂をすれば影というか、携帯がけたたましく鳴り響く。

 

 嫌な予感と共に携帯を手繰り寄せ、画面を覗いた先にあるのは“日野茜”という休日に最も会いたくない種類の元気炸裂ガールであった。

 

 

誤発信という可能性にワンチャン掛けて様子を見てみるが一向に鳴りやまないその音。

 

 

……でたくねぇー。

 

 

 深いため息とともに諦めて着信ボタンをクリックするとともに鼓膜を破らんばかりの大音声が鳴り響く。寝起きに勘弁していただきたい…。

 

「あ!!おはようございます!!!休日に申し訳ないのですが!!!ご相談がありまして!!!」

 

「声でけえよ…。頼むからボリューム押さえてくれ。―――で、なに。電話で済ましてくれると非常に助かる」

 

「いえ、電話ではお伝えしにくいので其方に向かっています!!できれば動きやすい服でいて貰えると助かります!!!」

 

「………まて、“用件”とか“そもそも俺は休日だ”とか言いたいことは色々あるが―――なんでお前俺んち知ってんの?」

 

「ちひろさんに聞いたら普通に教えてくれましたよ?」

 

「Oh、ふあっく…」

 

 何してくれてんのあの守銭奴。個人情報保護しろや。

 

 大企業のがばさを嘆き思わず汚い言葉が口をついた。いかん、こんなんじゃキャプテンなアメリカンに怒られてしまうぜ。そんな現実逃避をしてる間に、呪いのリカちゃん人形のごとく解説付きで我が家に近づく熱血少女。

 

“私、茜!!今あなたの家の最寄り駅にいるの!!”―――やかましいわ。

 

 

 燦燦と差し込む陽気、耳元には熱血な少女の大音声に大きくため息をついて覚悟を決める。ああ、畜生。

 

 

 グッバイ、休日。ハロー、休日出勤。

 

 

 そんな事を呟いて絶対にあの悪魔に休日出勤で計上させてやることを心に誓い、走り迫る少女を近場の運動公園に誘導する。せめて――――この安息の地だけは誰にも踏み込ません。

 

 

――――――――

 

 

 

 

「改めておはようございます!!休日にすみません!!!」

 

「…はい、おはようございます」

 

 輝く笑顔とパーソナルカラーで統一されたランニングスタイルの彼女が元気よく挨拶してくるのにおざなりに返答して小さくため息を吐く。ちなみに、俺は出身校ジャージスタイルである。戸塚の誘いでたまにテニスをするのでそれっぽいウエアは地味に持ってたりするのだが、あれは戸塚専用なので今回は降板である。

 

 周りを見渡せば流石に休日の晴天。あっちこっちに爽やかな汗を流す人々が青春を謳歌している。そんな平和な光景に俺の引きこもりポイントがガンガン削られるのを感じて辟易とする。なんとしても早めに解決してマイホームに引き籠らねば……。

 

「で、結局なんなんだ?電話で聞いた限りじゃ全く要領が分からんかった」

 

「むむ、そうでしたか!!この前、スポーツ番組に出た時に“小学生へのかけっこ指導”のお話を頂いたじゃないですか!!」

 

 あー、確かそんなもんもあったな。確か、元プロが揃うバラエティー番組のワンコーナーでトレーナーの指導だけだと画が寂しいからってことで“アイドルの運動教室”の話が来ていた。だがそれは、プロの指導法を小学生にそのまま伝えるって事で落ち着いていたはずだ。

 

「はい!ということで、昨日受けてきたんですが…正直、よくわかりませんでした!!」

 

「………?いや、走り方は満点貰ったんじゃなかったか?」

 

「はい。自分で自由に走らせて貰った時は“満点”を貰えたんですが…その画像を見ながら細かく説明をしてもらったら訳が分からず、フォームが滅茶苦茶になってしまいました。そんな感じで自由に走った時と指導を受けた時であまりに差が出来過ぎて先生が発狂して出て行ってしまいました……」

 

「………先生の気持ちも分からんでもないな」

 

 まあ、完璧に動ける逸材が自分の指導を受けた時だけポンコツになるならおちょくられていると考えるのは不思議でもない。

 

 というか、その場にいなかったから何とも言えないが多分その先生は“欲”が出たのかもしれない。茜は恐らく理論で走るタイプではない。だから、そのままんま小学生向けの指導をすればよかっただろうにプロの選手向けの指導でもしたのだろう。

 

 プロの世界なんて想像もつかないがスポーツの世界は漫画でもない限り生粋の科学だ。人間工学を突き詰めた先にある世界の説明は普通の人間には理解なんてできやしないはずだ。

 

 

 まあ、それこそが―――彼女がプロの世界から掛けられた“呪い”の根源でもあるのだろうけど。

 

 

 誰だって、楽しくやれればそれでいいと思ってるものにケチをつけられるのは気分が悪い。もっとランクを下げて言えば、スマブラの中に一人だけ全国大会の優勝者がいて、ぼこぼこにされた上に機械のプログラムから解説されたら誰だってドン引く。

 

 逆もまたしかりだ。真剣に技術の向上のため研究しつくした内容を指導しているのに、真面目に聞いてくれなければ腹も立つだろう。

 

 多分、それが彼女とコーチの間で一生埋まることはないだろう。

 

「…で、なんで俺んところに来ることになるんだ?」

 

「文香さんとマストレさんから推薦がありましたので!!」

 

「……なんて?」

 

「物知りな文香さんに指導法を聞いたら“…かけっこは男の子の領分、ですから、比企谷さんなんて詳しいかもしれません”と言われ!!マストレさんはトレーナーの名前を聞いた瞬間に“トレーナー業界も案外狭くてな……そうだ、どうせなら完璧な素人に聞いたほうが角が立たんかもな。――比企谷とか”  とのことです!!」

 

 わざわざ声マネや目隠しヘアスタイルなどまで駆使して諸悪の根源を教えてくれた彼女をよそに小さくため息を吐き、携帯に手をかける。

 

『はい、もしもし、…鷺沢です』

 

「文香―――――覚えてろよ?」

『あ、ちょ、―――これには訳が!?ッブ』

 

 情けない言い訳を無慈悲にぶちぎってやる。というか、おそらく茜の事だから同日に相談してのだろうからさらに早朝にたたき起こされた彼女がめんどくさがって俺に押し付けたのだろう。同じ引きこもりを売り払うとは―――ボッチの風上にも置けねえ野郎だ。許すまじ。

 

 マストレさんはまあ――――業界の都合だろう。怖くて踏み込めん。

 

 そんな一連のやり取りを見てちょっとだけ茜が困ったように言葉を漏らす。

 

「すみません。こういう事って昔からよくあって……ふざけてるつもりもないんですけど、私って昔から頭が悪くて相手を、おこらせちゃうんです」

 

「………」

 

 いつもより弱気で、本当に困ったように頬をかく彼女。

 

 多分だが、彼女の人生でこういった事は日常茶飯事なのだろう。

 

 勝手に期待され、勝手に失望される。

 

 その身勝手な相手の願望に沈められないように、彼女は明るく振舞い――――全てを置きざる様にかけ続けねばいけなかったのだろう。それが、普通の生活を望む“ただの少女”にどれだけのストレスか―――俺には分からん。だが、今回の件はそんな根本の解決を求められちゃいないし、もともとできやしない。

 

 かつて、俺が求めた本物であったソレは“魚を取る方法”を伝えることに全力で焦点を置いた。だが、それは、俺が追い求めるには荷が重い。リスクを恐れての回避。ソレがボッチの得意技。

 

 それに―――この真正直すぎる少女に教えてやるべきは、そういう狡さだと俺は思うのだ。

 

 捨てられた子犬のような顔をする彼女の頭をくしゃりと一撫で。同時に深いため息。

 

「………昔、妹に教えた以上の方法は分からん。あと、終わったらトレーナーの先生に謝りに行くぞ」

 

 

「――――――――っ!!はい!!!!」

 

 

 困ったような眉を満面の笑みに変えて、彼女は大きな声で返事をする。

 

 

 それは、青空に抜けるようによく響く気持ちのいい声だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「小難しい事は俺も知らんし、言われても分からんだろうからざっくり分割で行くぞ?」

 

「はい!!!」

 

 気合は十分だが、正直そこまで期待されても困る。何しろこちらも素人なのだからあってるかも分からん。

 

「まず、そこから力を入れないで目一杯に足を延ばして一歩歩いてみろ」

 

「はい?」

 

 駆けっこも指導なのに歩けと言われて困惑する彼女はとりあえず、言われたとおりに大股の一歩を刻む。そのラインを足で軽く引いて元の場所に戻るように指示。

 

「次は幅跳びの要領で思い切り前にジャンプしてくれ」

 

「―――かけっこなのに幅跳びですか?」

 

「ああ、やってみてくれ」

 

 さらに疑問を浮かべる彼女を促して取り合えずやってみて貰う。

 

 結果は当然のごとく、歩いた一歩よりもずっと遠くに着地する。そのラインを彼女に見せるとさらに首を傾げる。―――まあ、当たり前だな。

 

 だが、これは彼女への指導ではないのだ。もっと幼い小学生に説明するなら当たり前のことから伝えなければならない。

 

「歩くより、跳んだほうが距離が多いだろ?」

 

「……はぁ、そうです、ね?」

 

「当たり前の話だけど、人は歩いてる状態じゃ走ってる状態の歩幅は出せねんだよ」

 

「―――――っ!そう、です」

 

 これだけで何かを察してくれる彼女はやはり天性の感があるのだろう。小町に教えた時は本気の馬鹿を見た時の目で見られたので非常にありがたい。

 

 幼いころの俺がたどり着いた結論としては、かけっことは“連続した最大跳躍の歩数”だ。

 

 それが、長ければ長いほど、少ないければ少ないほど早い。たったそれだけ。

 

「じゃあ、次はどれだけ長い距離を一歩で飛べるかになる」

 

「……思い切り地面を蹴る、ですか?」

 

「それは大前提だな。大体の小さな子が失敗するのが“力の伝え方”ていうか、もっと単純に言えば“姿勢”だな」

 

「?」

 

 首を傾げる彼女に近場でリレーの特訓をしているオッサンたちからバトンを借りて説明をする。

 

「このバトンをまっすぐに落とした時と、斜めに落とした時にどっちが高く飛ぶ?」

 

「……まっすぐですか?」

 

「そうだな」

 

 言われたとおりに真っ直ぐに落ちたバトンは高く跳ね返り、斜めに落としたバトンは低く的外れに飛んでいく。

 

「力はまっすぐなものに通りやすい。これが、姿勢がよくないと遠くまで飛べない理由だ」

 

「………そんな事、いままで考えたこともありませんでした」

 

「まあ、お前は元から姿勢がいいからな」

 

 これが俺みたいに猫背だったりすると意外と矯正が大変だ。小町も隠れ猫背だったので特訓中は二人揃って背中に棒なんかを入れて生活しなきゃいけんくらいしみついて離れないのだ。そして、俺は最後のステップに移る。

 

「ここまで出来たら後はその方向だけだな。これがまっすぐ真上に飛んでもトップなれるのはマサイ族くらいだ。真上じゃなくて俺らは前に進まにゃいかん。」

 

茜にクランチングを踏ませ、走り出した時のイメージを伝える。

 

一歩をより遠くに。姿勢はまっすぐに、跳ね上がる力をできるだけ前に。

 

“いけ”と伝えた彼女の初速は獣のごとく。

 

しなやかな筋線維の塊である彼女の背は、あっという間に遠くへ。

 

 その速度は、特訓前よりなお早く。

 

 なぜかバトンを借りてたオッサンたちが歓声を上げて手を叩く。―――いや、誰だよアンタら。

 

 正直、これが正しいかも分からん。だが、子供はそもそもかけっこという競技の本質も分からぬままやらせられるのだ。だから、分解して、どんな競技であるのかを理解するだけでも意識や記録は全然変わる。そこから先はミリ単位の調整と、肉体自身によるだろうがただのスクールではそこまで求める必要もない。

 

 幼子の可能性は、誰も否定できないし、予測だってできない。

 

 だから、あの駆け抜けた少女の様に

 

 無邪気に笑って、楽しむくらいでちょうどいい。

 

 

 そこから先は、彼らの輝く未来の選択なのだろうから。

 

 

―――――――――――

 

 

「思いのほか、いい先生だったな」

 

「……はい」

 

 特訓後、宣言通りに先生に謝りにいけば邂逅一番に向こうから頭を下げられた。

 

 曰く、“才能に目が眩んで本質を見失っていた”との事。

 

 そこからは、和やかに俺の教えた方法を自慢げに伝えた茜と先生の穏やかなトークタイムと、次回からの打ち合わせが始まった。聞いていた話とは違うその先生の物腰の柔らかさと、素人の考えた方法を真剣に考え補足するその姿は“教育者”として尊敬に値する人だと素直に感じられた。

 

 長らく続いた理論や、ラグビー談議に終止符が打たれた時にはあれだけ明るかった日も沈み切り、すっかりとあたりは鈴虫の恋歌で覆われてしまう時間となってしまった。

 

「……ちょっと、八さんの妹さんがうらやましくなりました」

 

「あん?」

 

 唐突に脈絡もない事を呟く彼女に眉をしかめてしまう。そんな俺に照れたように頬を染めた彼女が背中から無邪気に絡んでくる。

 

「だって、こんな風に悩んだりしたときに相談しても解決してくれる“お兄ちゃん”がいるなんて、ずるいです。不公平です」

 

「んなもん知るか。そんな文句はお前の両親に言え。大体、実家に帰れば妹にはゴミムシみたいな目で見られるしな……」

 

 軽口をたたきながら細巻きに火をつける。秋の星空に季節外れの蛍なんかを気取りながら煙をふかすが、ゴミムシ扱いされる理由の大部分がこの煙なのだから困ったものだ。やめられないとまらない。

 

「……やっぱ、ずるいです」

 

「知らんがな」

 

 そんな呟きが腰をより強く締め付け、秋の夜空のなか虫たちの合唱の中で小さく響き、煙は空に紛れる。

 

 貴重な休日。

 

 そんな徒労に小さくため息をついて歩みを進める。

 

 

 鈴虫が、馬鹿にしたように笑う。

 

 

 

----------------------

 

 

 

一月後

 

 

「比企谷さん!!おかげで収録は大成功でした!!次は砲丸投げです!!

 

 

「んなもん知るか!!」

 

「あの、比企谷さん…。そろそろ読みかけのあの本の南京錠を外して欲しいのですが……続きが気になってしょうがないんです」

 

「あと三日は外さん」

 

「そんな!!」

 

「比企谷さん!!練習に行きましょう!!」

 

 

 

 

 今日も今日とてこの部署は騒がしい。

 



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鐘は鳴り響き、魔法は終わりを迎える chapter1

 個人的第一章”シンデレラプロジェクト 黎明期編”の最終話風味。

 なんでもバッチコーイな方のみお進みくださいませ_(:3」∠)_


 肌を焼くような熱狂が、聖夜の雪を溶かす。

 

 体の芯を震わせるような大歓声が、闇夜の静けさを追い払う。

 

 目を眇めてしまう程のまばゆい光たちが舞い、歌い、微笑むたびに七万人を超える人々が国籍も、嗜好も、性格もすべてが関係なく歓喜する。

 

 この光景を見て誰が想像するだろうか?

 

 あれほどの輝きを放つ星達が、社会で言う“落伍者”だったなんて。

 

 ある少女は、何百というオーディションを落ち。

 

 ある少女は、元気だけが取り柄の何の変哲もない学生で。

 

 ある少女は、自らの容姿以外は何も語ることができず。

 

 ある少女は、生きている意味も見いだせずに華やかに微笑む人形で。

 

 ある少女は、紙面の閉じた世界のみで完結していて。

 

 ある少女は、しがらみの中で必死に輝きを求めて。

 

 ある少女は、特殊な能力によって世界にはじき出されて。

 

 ある少女は、裏切りの果てに何度でも立ち上がり。

 

 ある女性は、長年続けた誇りある仕事を些細なことで下ろされ。

 

 そして、―――――ある人は、最も輝く自分の姿を氷の仮面の下に閉じ込めて。

 

 

 そんな彼女たちがいまここで、ここ以外の場所ですら誰かの心に火を灯し、誰かの希望として輝いているこの光景に不覚にも視界が滲んでしまう。

 

 人は自分を大仰に“魔法使い”などと呼ぶ。

 

 かつてない偉業を誰もがほめたたえる。

 

 だが、そんな称賛にどれほどの価値があるのだろうか?

 

 幾千、幾万の人を照らす輝きを、誰もが見ようともしなかった宝石を拾っただけの自分には過ぎた言葉だ。

 

 なによりも―――――その輝きに魅せられ、自ら滅びへの誘いに抗うことのできない愚か者にその呼び名はあまりにふさわしくない。

 

 

 輝く星々の中でも、最もまばゆく輝く彼女に目を眇めつつ差し込んだ月を見上げる。

 

 

 太陽を目指した英雄はその羽を焼かれて、地に落ちた。

 

 

 天空を目指し建てた塔は、雷に焼かれ崩れた。

 

 

 届かぬモノへと欲した渇望は何時だって、その身を滅ぼしてきたのだ。

 

 

 いっその事――――――星などでなく“ただの石ころであってくれたのならば”と願ってしまうこの浅ましさに笑ってしまう。

 

 

 自分への嘲笑を多分に含んだ苦笑を漏らした所で隣に誰かが並び立つのを感じた。

 

「私は、私だけは、最後まで貴方に付き合いますよ。―――先輩」

 

 本当に久々に聞いた、かつての学び舎で呼ばれたその名。

 

 気に食わない粗忽者と、無表情だった彼女との過ごした日々。そんな思い出からここまで自分を支えていてくれた彼女に、意気地をしぼり出して頬を引き延ばす。

 

 ただ、聖なる夜に、静かな沈黙と――――大歓声でフィナーレを迎えた彼女たちの笑顔が輝いた。

 

 

 さあ、魔法の終わりを告げよう。

 

 

 針の頂点の鐘を打ち鳴らせ。

 

 

 彼女たちに、魔法などもう、必要ないのだから。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

楓「杯を乾すと書いて~~?」

 

 

「「「「乾杯!!」」」」

 

 

 けたたましいグラスのぶつかり合う音に続いて一瞬の沈黙。そして、次の瞬間にその間に溜めた歓喜が一気に弾けて一気に場は姦しい歓声に包まれる。

 

「「「「初クリスマスライブ、大成功――――――!!!!!!」」」」

 

 一気に乾されたグラスを誰もが荒らしくテーブルに放り投げ、喜びのままに隣り合う人間と抱き合って今夜の偉業に歓声を上げる。あまりのはしゃぎようにグラスがテーブルから落ちて割れるのも構わぬほどに彼女たちはハイテンションだ。

 

 普段大人しい小梅や文香ですらもその中に交じってうれし涙交じりにもみくちゃになっている。

 

 そんな様子を見ていると、というか、今日成し遂げた偉業を考えれば、それくらいの事は苦笑してやるべきなのかもしれない。

 

 なにせ、どん底から始まった彼女たちが名実ともにトップアイドルとなった日なのだから。

 

 動員8万人を超える大規模ライブ。

 

 観客収容人数に収まらず、会場外すら埋め尽くし12万人以上が詰めかけた。そんなライブは誰もが熱狂に包まれたまま大成功を迎えて、押さえていた感情を打ち上げ会場たるココで爆発しているのだ。緊張、疲労、プレッシャーで明日は動けなくなること請け合いだが、今日くらいはこれくらいの事は目をつぶってやるのが人情だろう。

 

 苦笑しつつも、割れたグラスをモップで隅に跳ね飛ばしていると思い切り首をヘッドロック気味に掴まれ無理やり作業を中断させられる。

 

瑞樹「ちょっと~、こんなめでたい日に何を辛気臭い顔してモップもってんのよ!若いんだからもっと私たちを崇めて飲みなさい!!かえでちゃーん、世間が羨むトップアイドルの特製カクテルこの子にいっぱーい!!!」

 

楓「かしこま~、くりこま~。単純明快に分かりやすいレディキラーの代名詞“スクリュードライバー”!!」

 

瑞樹「いいわねー!!さっ、八くんのいいとこみてみたーい!!」

 

 テンションが年甲斐を無視してアゲアゲの川島さんの掛け声を受けて楓さんがテーブルに置かれたウオッカとオレンジジュースを適当な割合でかき混ぜて俺の前に差し出してくる。見ていた限り、ウオッカ8割、オレンジ2割のこの魔カクテルは飲みやすく酔いやすい“レディキラー”の範疇を超えて殺意しか籠ってないきがする。今回のライブ段取りでそれこそバイトの域を超えてがんばったのになぁ……。

 

 そんな懊悩をため息に変えて吐き出し、周りを見る。

 

 普段は絶対にそんなノリに乗らない面子まで謎のコールに手拍子をしてやがる。

 

 俺は、阿保みたいな大学生のノリが大嫌いだ。

 

 呑めれば強いだの、注目を集めたくてバカみたいな飲み方をするのは本当に唾棄すべき行為だ。

 

 だが、まあ、死ぬほど苦しい思いをしてここまで駆け上がってきたバイト先の同僚、というか妹分たちの門出を祝ってやることに躊躇するほどケチではないつもりだ。

 

 だから、これは祝杯だ。

 

「「「おっ?」」」」

 

 誰もが俺がそのグラスを持ったことに驚く。

 

 そんな間抜けな顔と意外そうなリアクションに苦笑を漏らしてもう一言。

 

「今日のお前らは、最高にカッコよかった。…あー、おめでとう」

 

 どうしたって締まらないのは今更だ。

 

 それでも、今日の彼女たちは本当に心の芯が震えるほどにカッコいいと思ったのだ。

 

 誰もが見向きもしない、最底辺から始まった。

 

 それでも、こんな社会現象だなんて騒がれるまでに至った彼女たち。

 

 それは――――――まあ、俺が似合わない事をするくらいには祝福されるべきことだろう。

 

 流れ込む液体は案の定、酒精が強すぎて喉を焼く。

 

 それでも、体が示す拒否反応はうちゃり、胃に流し込む。

 

 馬鹿みたいに騒がしかった飲み会が急に静まり返り、そんななか俺のグラスがおく音だけがやけに響く。

 

 

「「「………」」」

 

「…いや、なんか反応してくんないと辛いんだけど?」

 

 そんな小さな沈黙も一瞬、馬鹿どもが一斉になだれ込んでくる。

 

美穂「八さん――――!!」

 

小梅「うへへへへへへ」

 

まゆ「もう!もう――――!!」

 

茜「うぉーーーー!!最高のげきれいでした!!」

 

幸子「ずびっ、ぞんだこといわれても、いまざらでず!!ぼくば、さいこうぶにkばいいですから!!」

 

文香「…比企谷さんも、お疲れ様、です」

 

十時「ハチ君、やっぱ大好き!!」

 

美嘉「ぐずっ―――、もっと素直に言えよ★」

 

瑞樹「もう!!憎い子ね!!」

 

楓「これがツンデレ…ツン、つん、……がば――――!!」

 

 様々に滅茶苦茶に、もみくちゃに押し掛ける彼女たちにされるがままにしつつも思う。

 

 誰もが口を揃えていった“灰被り”。

 

 誰もが去った寂しい事務所。

 

 それでも、今日ここまで、こんなところまでたどり着いた。

 

 もみくちゃに人に押し寄せる彼女たちの目尻に浮かんだ涙に積もった想いと苦痛はきっと誰に語った所で分かりはしないだろう。それでも、俺は彼女たちの軌跡を見てきたのだ。

 

 埋もれた輝きが、苦悩という泥を払って輝くその姿を。

 

 だから、今日くらいは俺もこの無礼講を笑ってやろう。

 

 そう――――思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、素晴らしいライブでした。―――――“第一期シンデレラプロジェクト”の最後を飾るには、これ以上無いくらいの」

 

 

 

 

 

 

 

 小さく、呟くような―――それでいて、どこまでも通る低い聞きなれたその声を、聴くまでは。

 

 

 

楓「―――――さい、ご?」

 

 

 

呆然と、力なく繰り返したその言葉を、彼女たちをここまで押し上げてきた“魔法使い”はいつもと変わらない力強さで肯定する。

 

 

「ええ、このライブを持って“第一期シンデレラプロジェクト”は――――終わりを迎えます」

 

 

 

 

唐突な宣言に、言葉を失う俺たちに―――――どこか遠くで、終焉を告げる鐘が鳴り響いた。

 

 

 



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鐘は鳴り響き、魔法は終わりを迎える chapter2

武内Pから漏らされた衝撃の言葉…。

その言葉に誰もが耳を疑った。


 

 美嘉「ちょ、ちょっとプロデューサーの言い方はいちいち重たいんだから紛らわしい言い方はしないでよー。その、いわゆる“集大成”、ってこと…でしょ?」

 

武P「……あぁ、そういう解釈もあるのですね。誤解をさせてしまったようで申し訳ありません」

 

 水を打ったような静寂の中で美嘉が絞り出したその言葉への返答に誰もが安堵したように息を吐く。めいめいに緊張からの反動か朗らかに話し出し、華やかな雰囲気や軽口のような文句が上がってゆく。

 

 ただ、誰もが知っていたはずだ。

 

 この鋭い眼光を持つ偉丈夫は、一度でも冗談を口にしたことがなかったことを。

 

 口に出した以上、それを引っ込めることは絶対にしないということも。

 

 

 だから、誰もが明るく、聞かなかった事にしようと口を開く。

 

 

口下手ゆえの誤解であったと、そう必死に願いを込めて空虚な言葉を重ねて、必死にこの話題を打ち切ろうと誰もが全力を尽くしていた。

 

 

――――ただ、それは、あっさりと、聞き逃すことのできない程に芯に響くその声に打ち砕かれてしまった。

 

 

「このライブを持って“第一期シンデレラプロジェクト”は終了となります。皆さんにはそれぞれの担当プロデューサーが着き、個別の戦略にて346プロが万全の支援を持って貴方たちをプロデュースしていく事になります。」

 

 

淡々と述べられたその言葉。

 

ソレは字面だけならば、歓喜すべき出来事だ。

 

業界最大手の346が、鼻つまみ者であったこの部署から生まれた原石を認めた。

 

あれだけ反抗し、虚仮にされてきたこの業績に対して本社が―――全面降伏してきたことに他ならない。

 

ソレは、きっと、驚愕すべき業績だ。

 

ただ一つ。

 

 

“原石たちの意向”というモノを全く考慮していない事をのぞいてみればの話だが。

 

 

再び静まり返った場に、わななくような声が響く。

 

美嘉「そ、そうなんだ。や、やったじゃん。それってつまり、ようやく人がこの部署に増えて予算も普通に貰えるってことだよね!―――これから、もっとみんなで盛り上がっていけるって――――「いえ、違います」

 

 

 縋るような、思い違いであると願うような彼女の声は無情にも打ち切られる。

 

「皆さんは、もうこの部署に収まらないくらいの成果を上げています。ソレはこの枠組みの中には納まらない程のものであり、これからは個人としての活動へとシフトして行っていく予定です。このプロジェクトはこのまま“第二期生”を迎え、貴方がたに続く原石の発掘を行う予定です。――――つまり、このライブを持って我々は皆さんの、担当を外れることになります」

 

あぁ、なんと整然とした理論か。

 

経営陣としては、当たり前すぎる結論だ。

 

これだけの売り上げを誇った原石を、さらに集め頂点を目指す。

 

ぼんやりと、語られるその言葉は何処か他人ごとの様に全員に染みていき、染みわたったころに、もう一度、掠れるような声が耳をかすめる。

 

 

「――――んな」

 

 

 その声は、心情は、体すら震わせる激情となって――――部屋を震わせる。

 

 

美嘉「ふざけんな!!」

 

 

 全ての激情と共に怒鳴った彼女はテーブルに乗るすべてをけっちらかして最短距離で偉丈夫の胸倉をつかみ上げ、額をこすりつけんばかりに引き寄せる。

 

誰もが止める間もなく―――いや、たとえ止められたとしてもその燃え上がるような怒りを湛えた彼女を引き留められなどしなかっただろう。

 

それくらいに、彼女は―――怒り狂っていた。

 

美嘉「アンタが!!ここにいる全員を集めてここまで引っ張ってきたアンタが何すかしてそんな事を口走ってんのよ!!

 

あれだけ会社中に喧嘩を売って!砂を噛むような思いでここまでのし上がってきて!!これから、みんなで見返してやろうって時に会社から“飴玉”見せられただけでころっと仲直り?――――馬鹿にすんのも大概にしろ!!

 

 いいじゃん!!今まででも十分に黙らせてきたんだから吠えさせておけば!!

 

 新入生を集めたきゃ勝手にやんなよ!!でもね、そんなのウチだけでできることをわざわざもっともらしく理由にあげんなよ!!

 

 

 はっきり言やいいじゃん!!―――自分の出世が惜しくなった「美嘉ちゃん」

 

 

 激情のまま零れる言葉が決定的な一言を溢れさせる寸前で、静かな静止がソレを遮る。

 

 止められた激情は、行き場のない怒りは瞳から零れ落ち頬を伝っていく。震える吐息は嗚咽に交じり、食い込んだ爪によって血がにじんだその指が力なく胸をかき抱く。

 

そんな彼女を、柔らかく抱き寄せた人がいつもと変わらぬ穏やかな声で言葉を紡ぐ。

 

 

楓「武内君」

 

武P「――――はい」

 

 

最初の出会いから、密かに続けていた二人の絆ともいえる人前で久しく呼ぶことのなかったその呼び名。

 

その全てを乗せて問いかける。静かな言葉。

 

 

楓「どうしてですか?」

 

武P「――――それが最善だと、思いましたので」

 

 

楓「………そう、ですか」

 

 

乗せられた思いへの答えとしてはあまりに愚直で、感情を乗せぬその声は―――これ以上の問答を拒むかのようで。

 

その空白に彼女は小さく唇を噛みしめ、どれほどの言葉を呑み込んだのか。

 

楓「……ともかく、あまりに急なお話ですので返答は今すぐにとはいきません。大規模ライブ後の休養期間を挟んで改めてメンバーと意見を交わしてお答えしたいと思いますが大丈夫でしょうか?」

 

武P「……ええ、問題ありません」

 

楓「では、今日はこんな有様ですし―――祝宴は次回に見送って失礼させていただきますね」

 

再び顔を上げた時の彼女は“リーダー”としてこれ以上無いほどに落ち着いた表情で、武内さんに断り、メンバーを外へと導いていく。美嘉の激情と、最もこのプロジェクトに思い入れのあるはずの楓さんのその静かな対応に誰もが口を噤んで彼女たちの後を追っていく。

 

言いたいことや、思うことを視線に滲ませつつも――皆が口を噤んで退出をしていく。

 

 

残されたのは、武内さんと、能面のように無言を貫くちひろさん。そして、俺だけだ。

 

 

目の前で起こった出来事にいまだ頭が追い付かず頭痛すら感じて煙草に火をつけ、とりあえず愚痴のようなものを八つ当たり気味に投げかけてみる。

 

八「……そんな話は初耳なんですけどねぇ?」

 

武内P「それは…申し訳なく思っていますが、必要なことでした」

 

八「……ま、バイトにこんなスキャンダルを漏らす危険もおかせませんか」

 

 いつものように首をさする彼に、肩を竦めて答えるがどうにも言い方が当て擦りのようになってしまうのは俺も相当に混乱して平常心ではないのだろう。―――もしかしたら、さっきの酒精が随分と効いているのかもしれない。随分と、イライラしている自分を感じる。

 

武内P「いえ、そうではなく――――「比企谷君には、被害者側でいてもらわなければなりませんでしたから」

 

言いずらそうに口ごもる武内さんの声を遮るように無機質な声が耳朶を叩く。

 

視線をそちらに移せば、ちひろさんがいつものような穏やかな笑みを湛えてこちらを見据えている。完璧な、計算の上に作られた笑顔。だが、それ以外の表情を浮かべようとしなければソレは無表情とは変わらない。

 

そんな彼女の一言で大体を察してしまう自分の全てが嫌になる。

 

八「つまり――――俺にあちら側に回って懐柔して来いと?」

 

ちひろ「ご明察です。でも、言い方が悪いですね。“私たちの代わりに悩みや不安を、聞いてあげるだけ”ですよ。

 

敵意も、恨みも、禍根も、すべて私たちが引き受けましょう。だから、君は大切な仲間達に寄り添ってあげるだけで良いんです。

 

あぁ、それだけじゃ足りませんね。今回の件は成否問わずに報酬を約束しましょう。どんな結果になろうとこの小切手に書かれた金額は君に――――――「いい加減に、怒りますよ」―――あら怖い」

 

自分でもびっくりするくらい低い声が零れたのを煙で誤魔化すが、向かいに座る悪魔は愉快そうに微笑むだけで効果はなさそうだ。それに、そんな方程式をとっさに思い浮かんでしまうのだから俺だって人の事は言えないクズだ。

 

今回の武内さんの決定の要因が何なのかなんて分からん。圧力、実務作業、将来性、全てにおいてされた提案はあまりに合理的で実施しない理由はない。それでも、あんなことをこのタイミングで伝えればこうなることくらい分かり切っていたはずだ。信頼を失い、根本たる彼女たちが去ってしまえば元も子もない。

 

それでも、彼女たちを引き留めようと思うならば“恨まれ役”と“捌け口”が必要だ。

 

人間、親の敵が目の前にいても鬱憤を一度でもどこかで解消してしまえば思いのほかその感情を保ち続けることは難しい。

 

激情がなければ人の理性は普通は保身を考え、不満を持ちつつも変化を嫌う。

 

彼女たちは、残るかもしれない。――――つまり、悪質なマッチポンプだ。

 

捌け口候補である俺までが加害者側だと思われれば聞く耳すら持ってくれないだろう。

 

だから、ここまで隠しとおされた。

 

 

単純で、吐き気がするほど効率的な方法だ。

 

 

八「ホントに、性根が腐ってますねちひろさん?」

 

ちひろ「矜持や倫理が得になるなら世界中はブッダで溢れてるはずですから」

 

特大の嫌味も聞き流され俺は舌を鳴らして煙草を握りつぶして出口へ足を向ける。そんな俺の背に、先程の迫力が嘘のような掠れ弱った声がかけられる。

 

 

武P「……皆さんを、よろしくお願いします」

 

八「今の貴方だけには、それを言う資格があるとは思えませんね」

 

その、哀れさすら感じるその声に返した皮肉に、ようやく頬をほころばせるその姿に深くため息をついて、俺は部屋を出る。

 

 

聖なる夜に、最高の喜びを分かち合うべき日に――――俺たちは一体何をしているのだろうか?

 

チラつく雪の結晶が、あっけなく俺の手で溶けて行ってしまう光景に、俺は多大な徒労感を感じてしまった。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

掴んだと思えば溶けてゆき、離すまいと握っていても零れ落ちてゆく。

 

そんな幻想を、妄想を、何度も繰り返している。

 

結局、自分はあの時から何も進歩せずに犬のように同じところをグルグルと回っているその滑稽さに思わず笑いが零れ。溶けてしまった結晶にやるせなさを感じつつ、その手を意味もなく握りしめてみる。

 

その、無力感の全てを白い吐息に混ぜてもう一度吐き出して―――自分の後ろに何も言わず佇む彼女に語り掛ける。

 

 

「――――んな所で突っ立てると風邪ひくぞ、文香」

 

「……ご心配なく、今は少しだけ昂っているせいか、熱いくらいですので」

 

 

雪を散らせる厚い雲の隙間から零れた月明かりが、沙耶のような黒髪から覗く深青の瞳を照らす。ただ、いつもならば吸い込まれるほど美しいと思うその目が、物悲し気に伏せられている事に心の何処かにチクリと、ささくれを感じさせる。

 

暗闇に潜むように出口の脇に佇んでいた彼女は、そのままこちらに歩を進めて俺の背後で止まる。そして、俺の背中に小さな頭を当てて小さく言葉を紡いでいく。

 

「……言いたいことや、納得できない気持ち。色んなことが頭の中で暴れまわっていて―――こんな感情が自分にもあったのだと驚いています」

 

当てられた部分から伝わる彼女の体温は、寒空の下では異様なくらいに熱が籠っていた。だが、それ以上に、振るえる声色に含められている熱はもっと熱い。―――それが、どんな感情によるものかなんて、横で彼女たちを見ていただけの俺には分かりはしないけども。

 

「………ふみ「ですが、新たに学ぶこともできました」

 

掛けられる言葉もないまま紡いだ言葉は芯が通った強い声に遮られ、彼女の言葉は頼りなさげだった体にも力を与える。

 

 

「この感情は、きっと“怒り”と呼ばれるものです。でも、この湧き立つ感情は――――きっと失いたくないものを守るためにある感情なのだと思います。

 

大切なもののために“勇気”を与えてくれる感情です。

 

臆病な心に“決意”を与えてくれるものです。

 

だから―――――私は、諦めたくないんです。 力を、貸してください、比企谷さん」

 

 

 

それはあまりに拙く、幼い、そして―――――何よりも純粋な願いであった。

 

だが、ソレは、俺の奥底に沈んでしまった―――――かつての“真実”を揺らすほどには、美しいと思える在り方だと思えたのだ。

 

 

遠慮がちに服を掴む彼女の手を、できる限りそっと取り、離すように促すと一瞬だけおびえたように震える彼女はその怖気を隠すようにまっすぐとコチラを見据える。

 

出会った頃にはなかった瞳に含まれる、その輝き。

 

流されるまま、それでも、その中で積み上げた“鷺沢 文香”という女性の輝き。

 

その熱に、真摯さに、凍える寒さすら忘れて息を呑む。

 

そして――――今日、何度目かもわからないため息を深く吐く。

 

吐き切った息は―――静寂にふさわしい冷え込みで

 

 

  正体がつかめない苛立ちも

 

 

        頭の中に籠っていた不愉快さを――――払ってくれる。

 

 

「ただのバイトに―――いつもお前らは期待しすぎだ」

 

「でも、――――いえ、だからこそ隣で支えてくださってましたから」

 

 

苦笑交じりでいつものように零した悪態に、彼女もいつものように微笑む。

 

それが、どうにもむずがゆく――――ない意気地をもう一度だけ奮い立たせる。

 

 

状況は最悪だ。

 

メンバーは唐突の事にご機嫌最悪。

 

経営陣はこれ以上無いくらいの頑固者ぞろい。

 

状況をひっくり返そうともがくのは引きこもりのブックジャンキーにしがないバイトのボッチ。

 

こんな状況で“力を貸す”だなんて、“何とかして“だのと、どう考えたって不可能だ。

 

だけど、だから、あがくだけはあがいてみてもいいかもしれない。

 

駄目で元々。そんな事ばっかりが続いたこの部署で、そんな事は今更だ。

 

いや、俺の人生は大体そんなものだった。

 

 

 

ならば、もう一度――――――はた迷惑な騒乱を起こしてやろう。

 

 

誰もが顔をしかめる茶々をご覧に入れてやろう。

 

 

 

大切な―――大切だったあの二人が否定した俺なりのやり方を

 

 

 

 

曳かれ者の歌を奏でて

 

 

 

 

 

誰もかれもを―――――――巻き込んでやる。

 

 

 

 

 

 

そう、小さく言葉をかみ殺して純白の雪道を踏みしめて歩を進める。

 

 

ただ、あの頃と違うのは――――隣で小さな足音がゆっくりとついてきてくれている事だけだろう。

 

 




渋でのアンケートに従い今回は文香√でお送りしております。

周子とのいちゃらぶを見たい人は”比企谷P辞めるってよ”を見ていただければ←流れる様なステマ

いつも誤字報告・評価・コメント非常に助かっています!!

ありがとうございます!!


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鐘は鳴り響き、魔法は終わりを迎える chapter3

文香の願いに答え、歩みを進めた彼らの先に立ちふさがるのは――――?


新雪を踏みしめる音を響かせながら頭の中を整理するために細巻きに火をつける。

 

月明かりに照らされた暗闇に浮かぶ季節外れの蛍を片手に携えて、ぼんやりと歩を進めていると隣を歩く文香から声を掛けられた。

 

「お願いしておいてお恥ずかしい話なのですが……こういう時はどうしたらいいのでしょうか?―――やはり、分かりやすく反抗を示すためには反社会的な路線で行ってみるべきでしょうか」

 

「頼むから止めてくれ。――――というか、博識キャラのくせになんでちょくちょくお前の知識って偏ってんの?」

 

バットを振り下ろすようなジェスチャーをする彼女を冷たくあしらうと“定番かと思ったのですが…”とシュンとしてしまう。だが、仮にもアイドルがその思考に真っ先にたどり着いたら駄目だろう。そんな彼女を尻目にもう一度、紫煙を深く吸って言葉を紡いでいく。

 

「まあ、とりあえず、ほかの奴らの意思を確認するところからだろうな。―――ほかの奴らは何処に行ったんだ?」

 

頭の中で組み立てた滅茶苦茶なプランを実行するにも、まずはあいつ等がどう思っているからによる。結局のところは俺は当事者ではない、しがないバイトである。それが統一されていない事にはどうにもできないし、ここで全員の意見がばらけるようなら――――そこまでとなる。

 

そんな途方もない綱渡りに頭痛を感じつつ、思い出すように言葉を紡ぐ文香に視線を送ればポツリ、ポツリとそれぞれの行き先を伝えてくる。

 

「あの後、楓さんが解散を告げて瑞樹さんが付き添って…年少組はまゆさん、茜さん、美穂さんが寮へと連れて戻って行きました。そのあと、美嘉さんと愛梨さんは―――」

 

その言葉は小さく呑んだ息へと消えてゆく。

 

一瞬だけ見開かれた瞳が伝えることを――――間違えなどしない。

 

 

前回とは違い、ここはスタジオではない。

 

だから、俺はゆっくりと紫煙を吸い込み正面を見据え―――その瞬間に、胸倉をつかまれ壁へと叩きつけらるように追い込まれる。

 

衝撃に漏れた息とともに、指から零れ落ちた季節外れの光点は雪へと零れ情けない音を立てて消えゆく。

 

 

「これで―――二度目ですねぇ」

 

 

あらゆる苦渋と挫折の末に何度でも立ち上がり、“泥だらけのシンデレラ”と呼ばれつつも頂へと達した彼女の甘く人当たりの良いはずの声が抑揚のなく響き、その呟きはあまりに静かに“十時 愛梨”の激情を―――――怒りを俺に伝えてくる。

 

 

「――――どれだけ、人を馬鹿にしたら気が済むんですかぁ?」

 

「すまん」

 

今、俺の目の前にいるのが。かつての俺たちの前に立ちはだかった“復讐者”としての彼女であってくれたならばどれだけ救われただろうか。

 

そんな自分勝手な願いを思わずにはいられない。

 

思う存分に、憎んで、恨んでくれていたならば――――どれほど救われただろうか?

 

だから、掴み上げた胸倉を震える手で縋り寄せ、泣きじゃくる彼女に俺は薄っぺらい謝罪を重ねてやるしかできない。――――度重なる裏切りにボロボロになった彼女に俺が許されるのはそれくらいの事しかないのだ。

 

 

「こんなひどい仕打ちを受けた私に――――何か、言うことがあると思いませんか?」

 

 涙と、鼻水でぐしゃぐしゃになった彼女から聞き取りづらい問いが投げられる。だが、そんな言葉に答えられる俺の回答は変わらず情けない物しかない。

 

「――――すまん」

 

「違います。やり直し」

 

「―――ごめん」

 

「リテイクです」

 

「――――あー、申し訳あり「違いますっ!!」

 

 繰り返される問答の末に絞り出した謝罪の言葉はかなり強めの拳を胸に叩き込まれた事により遮られ、今度こそ噛みつかんばかりに怒りをあらわにした彼女が俺の鼻先に指を突きつけ答えを示す。

 

「私をココにまた誘ったのはハチ君なんだよ!!だから、君には責任があります!!

 

“あとは俺に任せろ!”とか“愛してる!!”とか“何とかしてやる!!”とかぐらいしぼり出しなさい!!」

 

「……二番目は完全に別問題なのでは」

 

「文香ちゃんうるさい。……ともかく、ここまで傷物にされた以上は責任を取って今回の事を収めるか、私を引き取ってもらわないといけないんです!!」

 

 

静寂を切り裂く大音声で宣言された言葉には言いたいことが随分とある。

 

 まず、お誘いを出したのは武内さんの代理だし、バイト風情の俺が無責任にどうこう言える状態ではない。それに親愛と尊敬に近いものを彼女に抱いてはいるが俺が愛するのは千葉に君臨する妹様のみだ。だが、べそカキの不細工な顔でそんな事を真剣に語る“シンデレラガール”に思わず笑いが零れてしまう。

 

 何かを文香と言い争っていた十時が俺の不審な挙動に肩眉を上げていぶかしんでくる。

 

「……なに笑ってるんですか。言っておきますけど、ホントに何とかしないと本気で責任取ってもらいますからね?」

 

「例えば?」

 

「…そうですね、アイドルを辞めて暇になった分はお買い物やデートに付き合ってもらいましょうかね?それで足りなくなったお金は二人で同じバイト先で補充して―――大学の長期休暇の帰郷はお互いの実家に順番に帰ったりも基本です」

 

 苦笑交じりで返した言葉に思ったよりも具体的な内容が帰ってきた。そのあり得なさそうな未来にもっと吹き出して最初の暗澹たる気持ちが嘘のように気安く言葉を漏らす。

 

「正直、お前には殺されても文句は言えないと思ってた」

 

「もちろんしくじったら、人生の墓場まで直行してもらうつもりなので心してくださいね?」

 

 にっこりと返されたその殺人予告に肩を竦めて―――俺は、もう一度だけ言葉を紡ぐ。

 

「悪いけど、もうちょっとだけ付き合ってくれ。これで駄目なら―――後は知らん」

 

「…相変わらず、駄目な王子様ですねぇ」

 

 

 そんな会話に鼻を鳴らして俺は体についた雪を払って足をもう一度前へと進める。

 

 けだるげな足音に続く足音はもう一足分増えて、ちょっとだけ煩わしく、心強い。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「…流石、十時さん。圧倒的あざとさです」

 

「これをずっと昔から繰り返してるのに効果のない目標の方を心配したほうがいいですよー?」

 

 後ろで緊張感もなく何か軽口をぶつけ合う二人を無視して歩を進める。変にピリピリされてもこまるのだが、現状としては何も解決していないのにここまで気を抜かれても正直困る。これからの事に頭を痛めつつも進んでいくと年少組やその他がいるという寮が遠目に見えてくる。

 

 その明かりが灯された玄関に立つ陰にもう一度ため息が出そうになる。

 

 今日は随分と待ち伏せが多い。

 

 アイドルか芸人だったならば有名税で割り切るのだがあいにく、ただのバイトなのである。サイン用紙も、爽やかな笑顔も、やり過ごす小器用さだって持ち合わせていない。

 

そんな調子なもので工夫もなく、その銀糸の少女に真正面から声をかけようと口を開こうとした瞬間――――その少女は駆け出した。

 

 

 月夜に輝くその束ねられた銀糸は艶やかに闇を切り裂き

 

 

 狐のような細い眦は射貫くように眇められ

 

 

 いつも意地悪気に歪められた唇を強く噛みしめて

 

 

 その見ほれる程に美しい曲線美を描く彼女の脚部は新雪を高らかに舞い上げて――――

 

 

「こん!!ボケナスーーーっつ!」

 

 

腹に響くような絶叫と共に華麗なるドロップキックを俺へと見舞ったのだ。

 

 

 カエルの潰れる様な情けない声を漏らした俺と、後先考えずに突っ込んだ“塩見 周子”が二転三転もみくちゃになりながら雪の上を転げまわって、二人揃って頭をポストに強打したことにより、ようやく止まった。

 

 目の奥に走った火花と鼻の奥に走る痛烈な痺れに揺れる意識が、掴まれた胸倉と聞きなれた声によって無理やり呼び戻される。

 

「アンタがついとってうちの子たち泣かせるとはどういう了見や!!いてこましたろうか、こんボケナスーーー!!」

 

「……いつお前んちに子供が出来たんだよ。というか、鼻血ふけ」

 

「んんっ、こらおおきに……って、ちゃうねん!!!」

 

 半狂乱で喚いて首を揺さぶってくる彼女に冷静に突っ込みつつも、流しっぱなしになっている鼻血をハンカチで拭うとさらにヒートアップをして噛みついてくる。もうこうなったら好きなだけ暴れさせておくことにして、今日だけで大分酷使されたシャツの冥福を祈る。なんでこんな胸倉掴まれとるん、今日?

 

「ぜぇ、ぜぇ――――あ、あんた、ほとんどウチの話きいとらんやろ」

 

「女の涙はうんぬんかんぬんまでは聞いてた」

 

「…めっちゃ序盤やん!!」

 

 しばらく暴れ息切れを起こした彼女は一人突っ込みをしてようやく沈静化する。

 

「……悪いな、騒がせて」

 

「それを言うのはウチやのうて、中で泣いとるあの子たちにやろ?」

 

「それもそうか」

 

 彼女の力ない突っ込みに苦笑を返すと彼女は深くため息をついて、まっすぐにこちらを見据える。さっきのような激情のこもったものではなく、静かな―――何かを押し殺すような瞳で言葉を紡いでいく。

 

「当たり前にあると思ってたものが、奪われるって―――ホンマにきついねん。

 

 自分を作ってきた大切なもんの根っこを、積み上げてきたもの全部をチャラにされてまっさらにされてまう。そんなとき、残ったもんを嫌でも振り返させられて些細な失敗や後悔が一気に押し寄せてくる。

 

 “あの時こうしてれば~”とか、“自分があんなんだったから~”とかどうしようもない過去の事がずっと毒みたいに頭から体を回って最後にそんなヘドロが心に詰まって壊れそうになるんよ。

 

それが、居場所を失くすってこと。

 

だから―――――あの子たちをウチみたいにさせんようにしてあげて?

 

せめて、納得のいくだけの結末までは付き合ったてーな」

 

 

力なく、そう呟く彼女の頭にそっと手を添える。

 

家出をして東京をふらついていたバカ娘。

 

行く当ても、目標も、全てが投げやりに放り出し自分すら投げ出していた彼女。そんな彼女がココの管理人となって、あいつらと関わってその目に光を宿していった事を俺はずっと見てきたのだ。そんな自暴自棄になったやつですら、彼女たちは救ってきたのだ。

 

 

そして――――それは、俺にだって当てはまる。

 

 

諦めていた真実の片燐を、思い起こさせるようなあの輝きを

 

 

こんな所で、こんな形で終わらせるのはあんまりだ。

 

 

「まかせとけ、出来の悪い妹分」

 

 

「そういうところ大好きやで、おにーさん」

 

 

荒っぽくかき混ぜた手に、鼻血の後を残した不細工な笑顔が咲く。

 

 

 

 

 

「……そういうのを私の時も欲しかったですねぇ?」

 

 不器用に笑いあう俺たちの顔の間にジト目の十時が割込み引き離される。

 

「あらら、あいもかわらずモテモテやね、おにーさん」

 

「爪を立てて頬を引っ張られてるこの状況がそういうふうに見える理由をぜひ教えてほしい」

 

 そう答えると三人そろって深くため息を吐かれるが―――解せぬ。

 

 なんなんだと思いつつも十時の手を払って、馬乗りになっている周子をどけて立ち上がる。服は度重なる乱戦でぐちゃぐちゃ、体は不条理な暴力でボロボロ。見かえしてみればまったくもってヒーローには程遠いこの姿。

 

 だがまあ、シンデレラをそそのかす小物の悪役にはお似合いの格好だ。

 

 甘い甘言とせせこましい小細工。それだけを武器に彼らは物語をひっかきまわすのだから。

 

 そんな自虐を乗せて――――玄関口に目を向ける。

 

 あれだけ大騒ぎしておいたら、そりゃあおん出ても来るだろう。だが、予想と違ったのは―――泣き腫らしていると聞いていたはずの、そんな可愛げもないほど強い光を目に宿した少女達。

 

 

 どんな困難だって超えてきたその輝きこそが、どん底からここまで彼女たちを押し上げてきた。だから――――俺はそこまで心配だってしていないのだ。

 

 

一人になっても彼女たちはきっと輝く。立ち上がる。だから、俺がしているのはきっと余計なお世話だ。

 

 

それでも、―――――道化らしく、小物らしく、物語に波乱を加えてやる。

 

 

「ボクたちは――――少なくともボクは、プロとしてやってきたつもりです」

 

 小さな体から呟かれる静かな、本当に静かに語られる声は雪のように芯に届いてくる。

 

「やれと言われた事は全力で取り組みます。バンジーでも、未境探索でも、爬虫類ツアーだって――――そうあるべきです。

 

 今回の事だって、喜ぶべきことです。

 

 最大手の346が、ボクたちを最高の待遇で押し上げてくれるっていうんですから。

 

 それでも―――もうちょっとだけ、皆さんとやりたいって、我儘がどうしたって離れないんです。

 

 でも、それは、迷惑だってわかって、るんです。

 

 ここまでおおきくなったプロジェクトを、武内さんや、ちひろさんや―――比企谷さんだけで支え切れなくなっていることなんてずっと前からしってました。

 

 みんな、笑って、疲れなんて見せないで頑張ってくれてるけど―――もう、そんなレベルはとっくに過ぎてることなんて、わかってたんです!!

 

 でも、でも―――――っ!!」

 

 誰よりも人の機微に敏いゆえにわざと傲慢に振舞いその重さから離れ、孤独であろうとした―――プロであろうとした少女“輿水 幸子”の激情をそっとその頭を撫でることで止める。

 

「ガキが大人の心配なんて十年はええよ。お前のその我儘が、お前の全てだ。ソレは小賢しい遠慮や理由で埋めちまうなんて――――ちょっと早すぎる」

 

「――――っ!!」

 

 静かに、それでも、かみしめるように俯く“輿水 幸子”の頭を撫でつつほかの面子へと声をかける。

 

「小梅」

 

「あい」

 

「もうちょっと明るい場所で踊ってたいか?」

 

「比企谷さんと、みんなと一緒ならもうこわく、ないよ?」

 

 袖で口元を隠して面白そうに笑う健康不良少女。

 

「佐久間」

 

「まゆですよー?」

 

「……佐久間まゆ」

 

「…まあいいです。どうしましたぁ?」

 

「どうする?」

 

「貴方と離れ離れにならなければぁなんでもいいですけど――――まあ、現状ではそのままが最適解ですかねぇ?」

 

 ほんのりと微笑みつつ投げやりに応えるロリモデル。

 

「美穂」

 

「…はい」

 

「どうしたい?」

 

「…正直、ちょっとだけ武内さんの提案に心が揺らいじゃいましたけど―――もうちょっとこの先を見てみたいんです」

 

 ちょっとだけ苦笑を混ぜた笑顔を浮かべる彼女に肩を竦めて答える。

 

 さてはて、これでようやく過半数。残りは―――「ボンバー――――!!」

 

 

 聖夜のしんみりした空気をかき消すような大音声が鼓膜を突き破るような勢いで響き渡り、白雪を舞い散らして登場した少女は全身から湯気が出る程に熱を発しつつ俺たちの前に華麗なヒーロー着地を決めた。

 

「難しい事は私、馬鹿だからわかりません!!だから、同じように分かんなくなっちゃた美嘉ちゃんを連れて全開で走って考えました!!その結果―――――もっと熱く頑張って皆を沸かせればいいと思いました!!なので、この日野茜!!これからはもっと熱くなっていきたいと思います!!」

 

 燦然と輝くその輝きは思わず笑ってしまう程にまばゆい。苦笑を漏らしつつもおもくそ掛けられた雪を払って、彼女の後を満身創痍で追ってきたであろうカリスマJKに声をかける。

 

「お前はどうする?」

 

 こだわりぬいたヘアスタイルも、研究を重ねたメイクも完全に流れる汗で崩れ切った少女。

 

 誰よりも真っ先に怒りを表し、涙を流した彼女。着飾るすべてが剥がれ落ちたその素顔は、普段より随分と幼く見える

 

「―――これが最後なんて、絶対に納得しないから」

 

「十分だ」

 

 それだけ呟く彼女にない虚勢を張りなおして、短く答える。そんな根拠もなにもない言葉にでも彼女はもう一度唇を噛みしめて涙を流し小さくうなずく。半端物の自分にはあまりに重い期待にうんざりもしてくるが―――なにはともあれ、これで大体の意思は確認できた。ならば、後は残ったのは一番の難関だけだ。

 

 

 ここのプロジェクトの本当の始まりで、中心だったその人。

 

 

 

 そして―――おそらく今回の事件のもう一人の加害者であろうその人。

 

 

 

 それを思うだけで、また自分の気分は随分と憂鬱になって漏れ出そうになるため息。だが、それは少なくとも彼女たちの前で漏らすことはすまいと無理やり飲み込んで笑う。

 

 

 物語の小物はいつだって不敵に、いやらしく笑うものだ。

 

 

 何度だって人の心を無遠慮に踏み荒らせ。

 

 

 我が物顔で賢しらにだまし切って見せろ。

 

 

やり切って、全てを台無しにすること。それだけが―――俺が知っている唯一の解決方法なのだから。

 

 




(´∀`*)ウフフ、更新を待つのがまどろっこしい人は渋の方にあったりするので宜しければどうぞ(笑)


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鐘は鳴り響き、魔法は終わりを迎える chapter4

 

雪がちらつく都内を誰も彼もが明るく華やかな空気を醸しながら行きかう。それは、家族と過ごす穏やかな温かさであったり、初めての聖夜を迎える初々しさを湛えたものであったりと様々だ。

 

そんな中で人込みを寄り添うわけでもなく、黙々と歩いていく奇妙な男女の影がある。

 

まあ、端的に言ってしまえば俺と文香だ。

 

 

「……ついてきても面白い事はないぞ」

 

「言い出したのは私ですから、任せっぱなしにするわけにもいきません」

 

わりかし直截的に“ついてくるな”と言ったつもりだったが、彼女はしれっとそんな事を言ったきりで後ろをついてくるのでため息一つで諦めることにする。ほかの連中は夜も更けてきたということでそのまま寮に押し込んできたのだが文香だけは頑なについていくと言い張り、ここまでついてきてしまった。今更、なにを言ったところで引き下がりはしないだろう。

 

 

 正直に言えば――――この先の事は誰にも知られず終わらせたかった。

 

 

 だが、それも結局は俺の自己満足だ。

 

 

未来を、その先を真っ先に望んだ彼女にはソレに立ち会う資格があるのだろう。

 

 

深くもう一度ため息を吐いて、人込みを抜けるように路地裏に入っていく。明るい大通りとは雰囲気の中とは違う危うさを感じさせる空気。首に腕を絡める男女や、華やかな空気に追いやられるようにここに蹲るホームレスを一瞥もせずに進む足取り。不安げに袖をつかんでくる文香を引き離さないように進んでいった先にある薄汚い木戸。

 

貸し切りと銘打たれたそれを静かに押し開けば世間の華やかさとは切り離されたような侘しさすら感じさせるしなびた居酒屋特有の空間が時代遅れな裸電球に照らされて居る。

 

 明かりの行き届かない狭いカウンターで一人、まずそうに焼き鳥をほうばる瑞樹さんが胡乱気な視線を投げかけ、疲れを湛えつつも苦笑を浮かべ言葉を紡いでくる。

 

「……二人ともお疲れ様。悪かったわね、そっちを丸投げしちゃって」

 

「心配する必要もないくらいに元気なもんですよ、あっちは」

 

「ふふ、ほんと頼もしいわ。…何か飲む?」

 

 力ない労いに緩く手を振って否定するが目の前に芋焼酎ロックを勝手に注がれ荒っぽく置かれる。…選択権がないならばなぜ聞いてきたのか。解せぬ。

 

溜息一つを零してソレを舐めつつ、きつい度数に顔をしかめる文香に割水を渡して煙草に火をつけ――――ひったくられるようにソレをかすめ取られる。

 

「……意外っすね。てっきりすわないもんかと」

 

「テレアナなんてやってるとね、吸わないとやってられない事も多いのよ。―――軽蔑した?」

 

「いえ、恩師のせいかタバコを吸う年上の女の人フェチなんで、個人的にはあんまり」

 

「君、そういうとこよ?」

 

 笑って紫煙を吐き出しながら頭をこずいてくる彼女に、肩を竦めてもう一本に火をつけると彼女も疲れたように息を吐いて小さく言葉を漏らす。

 

「……本当にごめんなさいね、懐柔役やら、若い子のケアまで」

 

「…………気づいてたんすね。武内さん側の方の思惑まで」

 

「伊達に年長者じゃないのよ。そういうのも含めて色々見てきたもの」

 

 そう呟いた彼女はグラスを一気に煽って喉を豪快に鳴らす。その酒精と一緒に飲み込んだ言葉はどれほどのものか。―――想像もつきやしない。

 

「そのうえ、偉そうなこと言っておきながら、親友のケアだって年下の君に任せようとしてる。――――本当に、無意味に年ばっか重ねた自分が嫌になるわ」

 

呑み切ったグラスを静かにおろし、その中に小さな雫が注がれる。だが、俺は努めて薄汚い天井をたゆとう紫煙だけを見つめて思うままに言葉を紡ぐ。

 

「全部わかって、自分だってやってられないときにもっとしんどい人に付き添ってあげられるだけで十分でしょ。―――俺も年を食えばもっとましになれると思ってましたけどこんなざまです」

 

 年を食えば、もっと如才なくやれると思っていた。

 

 小学生の頃にはクラス中と友達になれると勘違いしてて、中学の頃にゃ高校では彼女ができると思ってた。反省を生かして慎ましく生きようと思った高校では人生で最も深いトラウマを負った。

 

 そんな先の大学生では凝りもせずに―――こんな厄介ごとに巻き込まれた社畜バイト。

 

 まったくもって年甲斐なんてあてになりゃしない。

 

 精々が階段を上るのが億劫になったくらいのもんだ。

 

 それでも―――――重ねた日々に、多くの傷に、恥じる自分ではありたくない。

 

 この先の一生でソレを否定することだけはしたくなかった。

 

 だから、この先にする大けがだって笑って負ってやろう。

 

 いまさら、汚れもケガも――――1つ増えるくらい大したことじゃない。

 

 

「弱ってる女の前でそんな事いうと…本気になっちゃうわよ?」

 

「残念ながら年上枠は埋まってるので」

 

「くくっ、こんな美人に言い寄られてるのに生意気よ」

 

 沈痛な顔をようやく上げて苦笑を漏らした瑞樹さんは俺の額にデコピンを一つ飛ばして、奥の座敷を指さす。

 

「楓ちゃんはあそこよ。どれだけ話しかけてもずっと俯いて答えてくれないわ――――お願いしてもいいかしら?」

 

 疲れたようにため息を漏らした彼女にもう一度ふかく細巻きを吸って息を吐き出す。

 

「……もっと泣かせた時は丸投げしても?」

 

「カッコつかないわねぇ。まあ、その時は――――お姉さんに任せなさい」

 

 適当に投げかけた言葉に苦笑して力強く頷く彼女ににんまりと答えて席を立つ。

 

 続いて席を立とうとする文香を遮って一人でその閉ざされた座敷に足を進める。

 

 ここから先は――――ちょっとばかり人にお見せするには躊躇われる内容だ。

 

 汚れ役のみに許された見せ場なのだ。

 

 そんな自虐を含めて、俺はその扉に手をかける。

 

「――――いつまで被害者面してるつもりですか、楓さん?」

 

 

 憎たらし気に口の端を引き上げながら、俯く歌姫を皮肉る。

 

 

 そのあまりに無遠慮な一言に沈む歌姫のその肩が微かに動くのを見て俺は――――今回の事件の始まりの原因を静かに確信した。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 後ろ手で襖を静かに閉め、俯く楓さんの前にゆっくりと腰を落として訥々と自分の中で積み重なっていた疑問や推測を言葉にしてゆっくりと紡いでいく。

 

 

「最初は、本当に武内さんの“最善”って言葉を信じかけたんですよ。実際にプロジェクトに押し込めておくよりずっと色んなことが解決しますからね。それに、国内ですら手に負えなくなっているのにちょい役とはいえハリウッドでの出演までオファーが来てたらそうせざる得ないのかもしれないと。でも、それならば、もっと上手いタイミングだってあったはずなんですよ。

 

 大規模ライブの前に動揺を与えたくなかった?

 

 一躍有名になって仕事が詰まってから調整するのが難しかった?

 

 そんな理由があっても新人を迎えるまでにもうちょっとゆっくりと準備する時間があったのに、なんで今なのかがずっと疑問でした」

 

 言葉を一旦きり、目の前に座る彼女に視線を投げてみるが普段の陽気さなど感じさせぬ冷たい表情を浮かべた彼女。――ただ、その唇は強く、血がにじむほどに強く噛みしめられている。

 

 それこそが、俺の妄想とすら言える予想をより強くしていく。

 

「ずっと考えていたんです。そもそも、あの人が、そんな予想できていたような膨大な仕事量程度でいまさら全てを投げうって育て上げてきたものを手放すほどに―――素直な人間だったか、て」

 

「―――て」

 

 か細く、ホントに掠れるような声が囁かれたのを無視して俺は言葉を紡いでいく。

 

 思えばそれが一番の疑問だった。

 

 美嘉の言ったように今まで散々に反発し、飴玉も懐柔もはねのけてきた武内さん。

 

 それでも、ずっとやってきた。

 予算がなくとも、人がいなくとも、補助がなくても、たった数人で奇跡のような成果を上げてきたからこそ許されてきた。だが、それは逆説的に誰の補助も受けなかったからこそどこまでだって好きにやってこれたのだ。“規格外のアイドル”という概念を壊してきたこの企画を支えてきた本当の強さは――――孤高であったからだ。

 

 孤高というのは、守るものがないから強い。

 

 あらゆる英雄は、守る物などなく突き進んできた。

 

 そして、打倒されるのは―――いつだって弱さが、守るものが誰かに知られてしまった時だ。

 

 

 あの英雄が、魔法使いがプライドを、信頼を、情熱を、約束を、信念を、すべてを投げうってまで守ろうと願うものは―――――俺は一つしか思い浮かばないのだ。

 

 

 逆に、それ以外のものでは       納得なんてできやしなかっただろう。

 

 

「楓さん―――あんたが今回の件の全てでしょう?」

 

「やめて、ください」

 

 

 悲痛な表情で掠れるような、溶けてしまいそうな声を絞り出す彼女が、俺の妄想の全てを全肯定する。

 

 埋もれた原石に魔法をかけた魔法使い。その輝きに誰もが魅せられ心を奪われてしまう。そして、その輝きに魅せられた人々は誰かが独占することを決して許さない。

 

 たとえ、星が求めるのが自分を見つけた魔法使いだとしても。

 

 たとえ、魔法使いがその輝きに誰よりも魅せられていたとしても。

 

 輝きを増すたびに、多くを魅了するたびに、その闇の帳は深く濃くなってゆく。

 

 その皮肉さとやるせなさに、俺は今日で一番のため息を深くついた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 夢を、見ていました。

 

 つまらない景色が、日常が、全てが塗り替わる そんな夢を。

 

 初めは木箱のような簡素なお立ち台に、カセットCD。

 

 誰もが目を向けない喧騒の中で歌を紡ぐ。

 

 それでも、初めて会った時から変わらない二つの眼差しだけはまっすぐと、待ちきれないという様な熱を帯びて私を包んでくれていました。

 

 撮影で向けられる淡々とした機械的なものではなく、自分の事を無邪気に見つめてくるその目にどれだけ振りかも忘れてしまった笑顔が思わず零れてしまった。

 

 だから、自然と、誰が聞いていなくても“彼のために歌おう”とそう思いました。

 

 甘く、優しく、ちょっとだけからかいたくなる彼。

 

 その想いは自然と声に溶け込んで、風に溶けていきました。

 

 恋敵のマネージャーに、気だるげなアシスタント君も巻き込んでちょっとずつ賑やかになる私の世界。それだけでも楽しく暖かかったのに、個性的な後輩たちが加わってさらに世界は彩りを増してゆく。

 

 ファンの声援に支えられ、仲間と歩み、愛する人の想いを全身に受けて――そこで満足するべきだったんです。

 

 ここまで恵まれて、登りつめて、最高潮の気分に酔いしれていた私は―――――自分が立っていた場所が“魔法”という細い綱の上だという事すら忘れてしまっていました。

 

 

 だから

 

       “愛してる”    などと

 

 

 全てを打ち崩す言葉を

 

 

   誰よりもあの人を傷つけてしまう言葉を

 

 

      最愛の人に無神経にねだってしまったのです。

 

 

 それが、私が犯した罪です。

 

 “アイドル”と“プロデューサー”。

 

 “灰被り”と“魔法使い”。

 

 

 結ばれてはならない“当たり前”の事すら―――――忘れていた。

 

 

 だから、縋るように問うた願いは、時計の頂点の鐘にあっさりと打ち消された。

 

 それが、今回の全ての顛末だ。

 

 あの子達の涙も、無表情に私たちを見つめるあの瞳も、全て私がもたらした。

 

 

 その重さは――――――「悲劇のヒロイン気分は満喫しましたか?」

 

 

 無遠慮なその一言に、打ち消される。そんな資格などありはしないくせに、胸の奥から湧き上がる激情が視線を通じて目の前の彼を射すくめてしまう。

 

 普段と変わらない気だるげに澱んだ瞳の彼が、うんざりしたような表情で深くため息を吐く。そんな何気ない彼の動作に爆発しそうな感情を必死に飲み込み再び俯く。

 

 そもそも、彼だって自分に巻き込まれた被害者なのだ。そんな彼にこの感情を向けるなどそれこそあってはならない事なのだ。―――そう言葉を呑み込んだ私の心を彼はさらにねぶるように逆撫でてゆく。

 

「結局は、アンタらの中途半端な身勝手でみんなが迷惑してるって自覚ありますか?たかが“失恋”程度でここまで話を大きくして、大成功を収めたライブの気分まで台無しにして、滅茶苦茶にした本人たちが真っ先に“悲劇ごっこ”に浸って人に問題を丸投げして、冗談じゃないですよ」

 

 嘲笑を含んだその声は、毒のように耳から入り込み

 

「そもそも、いい年した大人がそんな明らかに“かまってちゃん”な態度でここに引きこもってること自体ドン引きですよね。

 

店の扉があいた瞬間に期待しちゃいました?

 

“迎えにきてくれたのかも”って。

 

扉があいた瞬間に落胆しました?

 

“あの人じゃないのか”って。

 

我ながら嫌な所ですけど、そういうのってすげーよくわかるんですよ。

 

これだけ迷惑かけてるくせにそんな都合のいい“シンデレラ”って役柄にまだ甘えてる所なんて本当に見てて痛々しいですよ。

 

そんなメルヘン地雷女を雇った時点で武内さんも本当に見る目が―――「うるさいわよっっっ!!」

 

 

 堪えていたものが―――――弾けた。

 

 難しい理屈も、自分の罪も、全て忘れて、自分の底に押し込んでいた激情がとめどなく弾けていく。

 

 自分の身勝手さも、あれだけ迷惑かけてもいまだ自分の方が不幸だと思い込んでる浅ましさも、これだけ引き込んでおきながら自分を捨てた男への憎しみも、いまだソレを待ち望んでいる見苦しさも――――全部、分かってるのだ。

 

 でも、どうしようもない。

 

 もう、魔法はとけてしまったじゃないか。

 

 なんでもできていたのは、心が躍ったのは、あの人がいたからだ。

 

 あの人が望むならなんだって出来た。

 

 応えてくれなくたってよかった。

 

 それでも―――――あの人がソレを望まないと、お前はいらないといわれたって

 

 それでも――――あの人が馬鹿にされるだけでここまで許せないくらい愛している。

 

 これだけ悩み苦しんだって、それだけは、残ってしまうのだ。

 

 

「どうしろってーーーいうんですか」

 

 

 激情に任せて引き寄せた彼の胸元に力なく額を当てて、縋るように呟く。

 

「もう、だから、お願いだから、放っておいてくだ―――ッ!!」

 

 そんな私の消える様な言葉は思い切り胸倉を掴まれることによって強制的に遮られる。

 

 額がくっつくほどに荒々しく近づけられたその澱んだ瞳の奥は真っ赤に燃えて

 

「だから、いつまでメルヘンしてるつもりなんすか?」

 

 大きくはない。それでも芯を響かせる熱を持った。――――あの人にどこか似た声が響く。

 

「いい年して“魔法”だの“シンデレラ”だの聞いてるほうが恥ずかしくなります。

 

 絵本の中なら筋書きを変えちゃあ拙いんでしょうけどね、残念ながら冷たい世間様は役柄なんざ割り振っちゃくれないんですよ。

 

 たかが男女のコイバナにそんな大層な理由付けして巻き込まないでもらえますかね?

 

 もっと話は単純ですよ。楓さん―――アンタは武内さんが欲しいんですか?いらないんですか?」

 

 あまりにまっすぐなその声に呑まれ――――思わず頷いてしまう。

 

「なら、“答えがいらない”だの“彼に捨てられても思い続ける”なんて甘っちょろい思考は捨ててください。

 

 最善を尽くしてください。罠を張りはめ込んで、人数を集め外堀を埋めて、奇襲を繰り返して弱らせ、逃げ道を塞いで混乱させ、思考誘導し誘い込み、だまし討ちをして捕らえて、障害をすべて取り除いて初めて自分で手に入れたと胸を誇ってください。

 

  “シンデレラ”なんてなまじ持て囃されて、相手に与えてもらう事に慣れ切ってるから相手がそっぽ向いたら立てなくなるんです。

 

 言っておきますけど、それは卑怯です。狡猾さです。自己保身の虫唾が出る程に醜悪な怠惰です。すべての汚れを人に押し付けて綺麗でいようとする“お姫様”の傲慢です」

 

 あまりに真っ直ぐに語られるその暴言。それでも、反論は出来なくて。

 

「選んでください。

 

 綺麗なまま、大人の事情を綺麗に飲み込んで、スマートに生きるか。

 

 全部を滅茶苦茶に、泥だらけになっても求めて死んでいくか」

 

 強い意志の乗った言葉で揺らぐ意識は否応なく思考を奪って、一方的に用意された天秤が脳内でかしいでゆく。

 

 だけど、混乱した思考だからこそ―――望むものへの欲望は正直で。

 

 

「わ、私は――――全部が、欲しいです」

 

 

 震える声を必死に絞り出した蚊の鳴くような声。

 

 あまりに身勝手な自分の欲望。

 

 本来なら自己嫌悪と羞恥で蹲りたくなるはずだ。

 

 だが、先ほどまで燃える様な輝きを持っていた瞳が、どこまでも飲み込まれるような暗さを宿し、深く横に引き上げられたその唇に息を呑み、目が離せなかった。

 

 言い知れない恐怖に引きつる私に彼は本当に楽しそうに言葉を紡いでいく。

 

 

 

 

 

「そうですか、では―――――――楓さんたちには346を辞めていただきましょう」

 

 

 

「―――――――――え?」

 

 

 

 

私は一体、何と契約を結んでしまったのか――――今更ながらに深く後悔したのです。

 

 

 

 

 




('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。

気が向いたら下にある評価ボタンをぽちっと押して貰えるとあっちの承認欲求がビンビンでさあ。

コメントに見てみたい√とか書いちゃうとわりかしフワフワ生きてるあっちは妄想を膨らませちまうのでよかったら気晴らしにポチっとお願いしまさぁ、へへへ←小物感


_(:3」∠)_


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鐘は鳴り響き、魔法は終わりを迎える chapter5

 激動の夜を超えた朝日―――その先にシンデレラは、それを支える物はどんな選択を選ぶのか……。


 

 日本という国は本当に忙しない。

 

 昨日までクリスマスという原型も留めない海外のイベントにお祭り騒ぎで酔いしれていたくせに一晩明ければ今度は新年を迎えるために誰もが忙しなく走り回り、あるいはそのまま眠ることもなく働き続ける。

 

芸能関係となればそれこそどこよりもシーズンに敏感なくせに数か月前からそのイベントの準備に奔走し、当日にはすでに別のイベントに目を向けているので本当に暇ってものがない。つまり、出社早々げっそりとした社員としかすれ違わないこの会社は誰もかれもが死人の様。それでも目が異常にぎらつき来たるべき出番を今か今かと待ち望んでいる社畜の鏡しかいない。

 

こんな社会の歯車にならず新聞のお正月企画番組に目を通し、無責任に暖かい家の中で文句を垂れる側である専業主夫になる決意を新たに朝日が染みる目をこすりつつ開きなれた扉をあけ放つ。

 

開かれた扉の向こうにある見慣れた薄暗い半地下の狭苦しい事務所。

 

そんななか向けられる真ん丸に見開かれた瞳が二対。

 

無いやる気を振り絞って出社したバイトに対してお化けを見たような反応は少々傷つく。

 

頭の中で無理やり出勤表に〇をされた事を思い返し、少々不満げに鼻を鳴らす。

 

「欠勤でよかったのなら早めの連絡を貰えれば助かるんですけど…?」

 

「い、いえ、その…正直、あんな扱いをした後に来て頂けるとは思っていなかったもので」

 

 気まずげに首元を抑える偉丈夫の武内さんが俯きつつそんな事を呟くのに肩を竦めながら室内に入り歩を進める。

 

 そんな当たり前の事すら軽く息を呑む彼とは対照的に座った冷たい眼差しを向けるもう一人。“余計な事をするな”と訴えかけるその瞳がどうにも面白く浮かびそうになる嫌らしい笑みを隠すのに随分と苦労する。

 

 “成否問わず”と言ったのはアンタだ。

 

 それに、俺もアンタも――――結局はここからは主役以外は部外者だ。汚れ役同士、ここからの舞台からはご退場願おう。

 

「まあ、バックレるにはいい機会だったのかもしれませんが―――招待状を預かってしまったもので」

 

「――――っ!!」

 

 ポケットから無造作に出したその書置き。

 

 質素な文句にただ一枚の落葉が描かれたソレに鋭い目つきを苦し気に歪めつつも、それを受け取る。―――――受け取ってしまうその誠実さ。いや、甘さといってもいい。

 

 それがどうにも可笑しくて嗤ってしまう。

 

 だが、都合がよい事をこんなところで下手を打ってもつまらない。零れる笑いを飲み込んで、刺さるような後ろからその視線を知らん顔して、山のように積まれた書類の一角を無造作に抱えて指定席である端っこの事務机に向かう。―――ああ、でも、最終確認は怠ってはならない。それこそ仕事をミスしない秘訣なのだから。

 

「確かに―――渡しましたよ?」

 

「――――ええ、受け取りました」

 

 俯く彼の返答を聞き俺は努めて品よく頷いて足を進める。

 

 

 ああ、今日も仕事は山積み。

 

 

 まったくもって平常運転。

 

 この世から行事なんて無くなればと思いながら俺はおびただしい着信が届いているメールボックスの返信へと着手した。

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「――――どうにも、私がお願いした内容は上手く理解して貰えなかったようですね?」

 

「―――“悩みを聞いて、そばにいるだけでいい”でしたっけ?」

 

 ご立派な鐘が昼休憩を鳴らし、食堂にでも行こうと立ち上がった俺を冷え切った声が静かに呼び止める。振り返るまでもなく聞きなれたその声。

 

 それでも首だけで振り返れば、案の定に予想通りなその人。ただ、普段の能面のような笑顔もなくただただ冷え切ったその瞳。不謹慎ながらも普段の気味の悪い笑顔よりも今の方がずっと違和感がなくてしっくりくる。

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか“ちひろさん”は不愉快気に眉をしかめて冷え切った声を責めるように紡いでいく。

 

「そうです。誰も余計な小細工をしろだなんて頼んだ覚えはありませんよ?」

 

「手厳しいですね。それに、“成否は問わず”と“言ったのと、”余計なことをするな”とは言われた覚えがないですね。――――大体、この件に関して俺もアンタも部外者でしょう。これから先はあの人たちが決めることです」

 

「………減らず口を」

 

 大きな舌打ちを挟んだ彼女が苛立ちのままこちらに詰め寄り、静かに言葉を紡いでいく。

 

「“アイドル”と“プロデューサー”。しかも、世間が最も注目している大切な時期にそんな事が公になったらどうするつもりですか?

 

 事態は君が思っているよりも深刻で、早期解決を求められています。

 

 武内さんや、私らだけでなくあの子たちだってこの先の未来を閉ざされますよ?

 

 もはや、彼女たちは走り始めた以上は止まることなんて許されません。

 

 その妨げになることに誰よりも苦しみ、“最善”なんて言葉で自分を殺しきる覚悟をしたあの人を――――どんな権利があって君は抉るような真似をしてるっていうんですか?」

 

 淡々と、それでも激情を込めたであろう声は小さな俺の心臓を竦めるくらいには迫力があり―――その演技力に思わず舌を巻いてしまった。

 

 

 

 まるで、本当に人を思いやる心があるような振る舞いじゃないか。

 

 

 きっと主演女優だって夢じゃない。

 

 

 

 

 

「本当に――――――武内さんやメンバーを心配しているような言い分ですね」

 

「―――――どういう、いみですか?」

 

 

 ほら、そんなんだから―――計算外の反応の時に浮かべるべき感情を一瞬だけ躊躇しちゃうんですよ。ちなみに、正解は問答無用で俺をひっぱたくです。

 

 

「そんな建前なんてどうだっていいんでしょう?ただ、アンタはこの機会に自分のお気に入りについた虫を追い払って、あわよくば、独占したかったからこの件に乗っただけなんだ」

 

「―――――ふふっ」

 

 

 ストン、と目の前の彼女から表情が抜け落ち、虚の奥底から背筋を凍らせるような笑いが零れ落ちた。それだけで十分だ。残念ながら俺はそんな恐怖をもはや体験済みだ。あの完全強化外骨格を纏う完全超人の中身を、ホントに恐ろしく儚く、何よりも悍ましい悪性を秘めた深淵を覗いた俺は―――そんな人類が、怪物が実在することをもはや知っている。

 

 吐き気を催す程の欠落者。

 

 ただ、それを嗤えるような身分ではないのが自嘲を誘う。

 

 結局、俺はこれだけ長く隣で過ごした人間にすら深く疑いを向けてきた証明なのだから。

 

 だから、俺は不気味な微笑みのまま無言を貫く彼女に必要最低限の確認だけをする。

 

「これから出る出目は正直、もう俺らの領分ではないです。どんな結果でも俺らが口を出す権利なんてない。アンタが言った通り“アイドル”と“プロデューサー”だけの領分です。だから聞きたいのは一つだけです――――何があろうと“アンタ”は“武内さん”につきますかね?」

 

 

「―――――――ええ、例え、世界が全て敵対しても、“先輩”は私のものです」

 

 

「それだけ聞けたら十分です」

 

 幽鬼のようなその声は確かに宣言をした。

 

 それが何よりも俺が欲しかった証言だ。

 

 最後のピースであるそれさえ手に入れたのならばあとはサイコロの先は天命だ。人事を徹夜で尽くした甲斐はある。なにせその先は俺の責任ではないのだから。

 

 虚ろな視線を向けてくる彼女に背を向け歩き出す。

 

 ああ、恐ろしい。自分は何時からこんな勤勉になったのか。

 

 そんな事を独り言ちて、本を抱える物静かな同級生が頭をよぎる。

 

 怒りという感情を、戸惑いという恐怖を、あまりに眩い感情に変えて誰よりも強く一歩を踏み出したその在り方。かつて心の奥底に沈んだ真実。ソレを思い起こさせる痛みを感じさせた彼女を思い微かに笑う。

 

 どうか、せめてそれが自分のような傷を負うことのないような行く先である事を祈って俺は燦然と照らす太陽に目を眇めた。

 

 

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 雑踏の中漏らしたため息が舞う粉雪を引き連れて消えてゆく。

 

 何とはなしに目でその行方を追って見上げてゆけば雲に遮られた薄暗い緞帳を街灯が弱々しく照らすだけで、今夜はどうにも星を見ることは出来なさそうだともう一度息をついて手元のメモへと意識を戻す。

 

 一日中、何度も手の中で読み返したそれはもう随分と皺がついてしまっておりくしゃくしゃとなってしまっている。それでも、書かれたその文字は間違い様の無いくらい見慣れた筆跡。そして、いつもの様に横に書き足された舞い落ちる木の葉のイラストは何度も交わした密やかな伝言のままで―――随分と胸を締め付ける。

 

 

“いつものお店でお待ちしています”

 

 

 書かれているのはそれだけ。

 

 あまりにいつもと変わらない二人での逢瀬の合図。

 

 一瞬だけ自分が犯した罪は夢だったのではないかと、そこへ赴けばすべての事は悪い夢でいつものあの日々に戻ってしまうのではと思ってしまいそうになる。そんな脆弱な自分を叱るように吹き抜けた風に思わず苦笑を漏らす。

 

 夢だったとして、それがどうしたというのか?

 

 問われたあの言葉は――――もっと前から気が付いていて、見なかった振りをしていた。

 

 いや、それすら虚言だ。今までそれに二人揃って障らないように、触れないように細心の注意を払って避けてきただけなのだ。ここまでは、これくらいなら、これも自分の仕事の範疇だろうと、都合の良い言い訳を重ねてきた。

 

 それが、あの時――――紅葉散る世界で彼女を抱きとめ、どちらからともなく唇を重ねた瞬間に彼女から溢れ出た言葉はある意味で必然ですらあった。

 

 彼女から零してくれなければきっと自分から漏らしていただろう。

 

 それを自覚した瞬間に全ての終わりを悟った。

 

 もう―――――誤魔化すことなどできなくなってしまった。

 

 これ以上、彼女のそばにいることはできないのだと。

 

 そんな折に指摘された今西部長の“卒業の提案”と“諫言”はあまりにタイミングが良すぎて思わず笑ってしまったくらいだ。

 

 あの瞬間を誰かに見られていたのか、それとも、普段の自分たちの接し方を見ていてそう言われたのかなどどっちでもいい事だろう。それくらいには、芸能関係の人間なら当たり前に抱く危機感を煽るくらいには普段から親密な関係だった自覚くらいはある。

 

 だから、その提案に言い返すことなどできるわけもない。

 

 だから、その提案に真っ先に受けた。

 

 抗えば、反対をすれば“彼女”の将来に傷がつく。だから、これが最善だ、と。自分の浅ましい感情も、それに巻き込まれるメンバーの苦悩も全てを理解していながら踏み切った。いくつもの言い訳を重ねて、今後の展開を賢しら気に語り、それが当然であると言い聞かせた。こうであるべきだと何度だって信じようとした。

 

 それが心からの“最善だ”などとどの口が嘯いたのか。

 

 だとしたならば、なぜこんなメモ一つにここまで懊悩をしているというのか。

 

 そんなあまりに情けない有様にもう一度だけため息を漏らし、歩を進める。

 

 どれだけ醜かろうと、どれだけ罵られようと、既に自分はサイを投げたのだ。ならば、せめてやり切って見せよう。大げさに呼ばれた“魔法使い”の仮面を演じきって、舞台を去ろう。――――それぐらいは、出来損ないの自分にだってできるであろうから。

 

 雪がちらつく街並みを抜けた先にある古びたバー。

 

 初めて彼女と呑んだ日に最後に訪れたあの時、酩酊する意識の中で必死に紡いだ彼女と仕事への想いを語り――――雪解けのように笑った彼女を初めて見たこの店。

 

 それが、自分と彼女の最後の交わす酒席となる皮肉に苦笑を漏らして扉を押し開く。

 

 シックな内装に、年季を感じさせるアンティーク。

 

 耳をくすぐるようなジャズと、柔らかな明かりを灯すランプ。

 

     あの時と変わらないその店の中心に

 

          彼女は、“高垣 楓”は―――静かに微笑み、私を迎えた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 グラスが静かに交わされ、澄んだ音が小さく響き渡る。

 

 無骨なロックグラスに注がれた琥珀色の甘露は強い酒精にも関わらず滑らかに喉を通りすぎ、冷え切った体に小さく暖を灯す。その感覚に思わず吐息を漏らすと、向かい側に座る楓さんも同じように吐息を漏らしたことに気が付き、思わずお互いにこっそりと笑ってしまう。

 

 秘めやかに耳をくすぐる喉を鳴らす音が誰もいない店内でひっそりと響く。

 

「――――正直、来てくれないかと思っていました」

 

「――――自分も、釘を刺されていなければ怖気ていたかもしれません」

 

「ふふ、いい仕事をしてくれたようで何よりです」

 

 ひとしきり笑った彼女がちょっとだけ悪戯気に零した言葉にこちらも本心を隠すことなく自然と言葉を紡ぐ。その時に思い返すのは、繰り返すように問うた比企谷君のあの瞳だ。

 

何を言ったわけでもなく、それでも自分に深く釘を刺したあの言葉はなぜか深く自分のやましい気持ちを正確に射貫く。それがなければ、適当な言い訳できっと逃げ出していたかもしれない自分に苦笑を漏らす。零れた笑いを収めるようにもう一口を口に含んで、再び目の前の彼女に視線を戻す。

 

 軽やかな肩まで伸びたその髪とちょっとだけ色合いの違うその瞳。

 

 造形されたような美しい顔立ちにちょっとだけ酒精に染まった頬を楽し気にあげて。

 

 まるでいつもと変わらない彼女がそこにいる。

 

 

 あんなことがあった翌日だと言うのに、それはあまりにいつも通り過ぎて―――少しだけ、現実を忘れそうになる。

 

 

「好きですよ、武内君」

 

「―――――っつ!!…それは、プロデューサーとして、アイドルとして、許されざることです」

 

 

 そんな自分の心に生まれた緩みを穿つ脳髄を溶かすような甘やかさを秘めたその一言に、喘ぐようにして必死に言葉をしぼり出す。ただ、そんな自分の様子すらも可笑しいとでもいう様に彼女は悪戯気な笑みを崩さない。

 

「おかしな人です。ソレは―――質問に答えてないじゃないですか?」

 

「貴方は、それでも良いと―――言ってくれておりましたので」

 

「―――気が変わりました。やっぱり、愛の告白って双方向の感情確認ですから返答が欲しくなったんです。ましてや―――ここには、二人だけです。“アイドル”も“プロデューサー”でもない“貴方”と“私”しかいないですから」

 

「それは、詭弁です」

 

「じゃあ、嫌いですか?」

 

「――っ!」

 

 小首を傾げて何でもない事のようにそう問いかける彼女に思わず言葉を荒げてしまいそうになる。それすらも、なんでもない事のように微笑んだまま彼女は動かない。ただただ、返答を待つように細められた眦がさらに細められただけだ。

 

 沸騰しそうになる心を必死に呼吸で鎮め、何とか零れ出掛けた言葉を呑み込む。それでも、飲み込んだ言葉は体の中を巡って余計な思考を生み出していく。

 

 なぜ、そんな事をいまさら言うのか。

 

 応えることの許されない問いだと貴方自身が、誰よりも知っていたではないか。

 

 これならば―――――悪し様に罵ってくれた方が、ずっと楽であった。

 

「―――――高垣さんは、大切です」

 

「………」

 

「だからこそ、こんな事でしかもう私は取りえる手段がありま「嘘つきな悪い子はこうですです」

 

「っ!?」

 

 個人として、職務として、どうにか血を吐くような思いで必死に絞り出した返答は無残に遮られ、俯いていた顔を強制的に柔らかな両手で掴まれ視線を合わさせられる。とっさに何かを紡ごうとした言葉は頬を引っ張られ遮られてしまう。

 

「あるお節介さんに言われたんです。本当に欲しいなら、大切なら、あらゆる手段をやり尽くしてから初めて諦めろって。でも、武内君も私もどっちもまだ何にもしていないんです。

 

 でも、そうするにはまだ私たちは答えを出していません。

 

 だから、今度はしっかりと私の目を見て答えてください。

 

 ソレを言葉に紡いで、私に届けてください。

 

 そのあとに、お仕事のことも、ファンへの事も、難しい事を目一杯に考えましょう。――――今度は二人で」

 

 青と翠の瞳が、まっすぐに自分を射貫く。

 

 初めて会った時から自分はこの目に弱い。

 

 初めてスカウトしたときだって、もっと理論的な建前をしっかり準備していた。それでも、この瞳に見つめられるとそんなものは小さくしおれて行ってしまうのだ。どんな些細なごまかしでも見透かされ、その瞳が陰ってしまう事がたまらなく怖くて自分の本音を引きずり出す。

 

 必死に堪え、組み立てた意思があっけなく崩される。

 

 何よりも、ずるいのは―――問いかけるその言葉はいまだに自分の答えを全く疑っていないということだ。

 

 そんなの、反則だ。

 

 

「貴方を―――楓さんを、愛してるんです。それでも、私は輝く貴方を妨げにはなりたくないんです」

 

「ようやく―――答えてくれましたね」

 

 

 頬をつねる彼女の手を取って、自然と零れた言葉。

 

 あれだけ大仰にしていた職業倫理と感情も言葉にしてみればなんとあっけない物か。

 

 そんなちっぽけなプライドすら守り切れなかった自分の情けなさに肩を落としていると、正面から彼女に抱き寄せられる。

 

 花と風のような柔らかな匂いと、包み込むようなその温もり。決して触れてはいけなかったはずのその幸福は体を内側から溶かすようにしみ込んでくる。―――ああ、だが、これが最後ならばもう少しだけ触れていても許されるだろうか、とそんな惰弱さが顔を持ち上げ緩やかに彼女の背に手をまわしてしまう。

 

「くふふ、正直者になった瞬間に随分と欲張りさんですね」

 

「……これが最後ならば、と思って見逃してください」

 

「まあっ、縁起でもない事いわないでください!!」

 

 彼女のからかうような声に開き直って答えるとぺちりと手を叩き落とされた。正直、ちょっと調子に乗りすぎたかという思いに一瞬だけ肝を冷やしてしまったが、上機嫌な彼女の声に首を傾げる。

 

「しかし、この先の事を考えますともう中々お会いすることも難しいと思いますが…?」

 

「だから、ここから二人でどうしたらいいか考えるんです。言われるがままに引き離されてそれで御仕舞のシンデレラなんてあんまりに寂しすぎるじゃないですか。――どうせなら、全部が収まるハッピーエンドな方法を目指しましょう?」

 

 満面の笑みを浮かべる彼女にちょっとだけ目を見開いて笑いが零れる。この眩しさこそが自分が惹かれ、皆を導いた彼女の輝きだ。――だから、少しくらいそんな御伽噺を聞いていたくなってしまった。

 

「同感です。御伽噺はやはりそうでなくては。手始めに…どこから手を付けましょう?」

 

「まずは、典型的なのは反抗の意思表示ですよね。悪政に屈しない姫たちは城を飛び出しちゃいます」

 

「くくく、なかなか過激な始まり…です、ね?」

 

 変わらぬ笑顔の彼女の、変わらぬ明るい声。そこから語られる破天荒なシナリオに苦笑を漏らしつつ―――違和感を覚える。そんな自分を見てさらに深い笑顔を浮かべた彼女は見慣れた名前が羅列された謎の用紙を手に持って指を指揮棒のように振り物語を紡いでゆく。

 

「そうして飛び出た姫たちを見捨ててはおけぬと大富豪や冒険者さんがお手伝い」

 

「か、楓さん―――これは」

 

 上機嫌なステップでカバンを引き寄せた彼女は二つのファイルを机の上へと乗せる。過労と精神疲労、そして、さっき呑んだ酒精が脳に回って目がおかしくなっていないのならば書かれているのは自分の尊敬する先輩が務める“765プロ”とデレプロの衣装関係を独占しているはずの“小早川コーポレーション”の名前が載せられた不穏な“移籍”や“補助”という文字の表題。

 

 脳内で思い浮かぶストーリーの行く末に心臓が早鐘のように高鳴っていく――もちろん悪い意味でだ。

 

「市民に紛れて悪事の証拠を集め~」

 

 流されるボイスレコーダーからはわが社の重役と思われる声が聞くに堪えない発言が零れ落ち。

 

「捕らわれ無理やり働かされていた魔法使いを開放し、共に歩んで――――わるーい王様たちを倒してよい国に生まれ変わりました……なーんてストーリーは、素敵じゃありません?」

 

「こんなことをしたら皆さんが――っ!?」

 

 無邪気に微笑む彼女にその無茶苦茶さを説明しようとした声は指一本で押さえられ、その恐ろしいほど綺麗な笑顔の迫力に思わず腰を椅子の上に落としてしまう。

 

「ほら、意外と本気で何とかしようとするとこんなに出来ることがあるみたいです。コレを実行するには皆の同意と、貴方の気持ちを確認する必要があったんですけど――ようやく物語を進められます」

 

「楓さん、何をしようとしているのか本当に分かってるんですか?」

 

「いわゆる、“クーデター”というやつですね。でも―――私、もう決めちゃいましたから」

 

「……決めた?」

 

「ええ、“全部をてにいれる”って」

 

「――――っ」

 

 

 無邪気に、静かに、それでも、燃える様な執念を燃やしたその笑顔と共に差し出されるのは最初に彼女が手に持った“同意書”と書かれたもの。そこには、メンバーの署名と血判が連なり、その最後の二行が空白のまま開けられている。

 

 その意味に、恐怖する。その在り方に、慄く。

 

 欲しいもの以外は全てを踏みにじる。その極端すぎる姿に“彼”が重なる。

 

「……やってくれましたね、比企谷君」

 

 

そう小さく毒づいて、私はその心中同意書に自らの名と血をしたためた。

 

 

 

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『やってくれましたね』

 

 そう短く書かれた雇用主からのメールの着信に肩を竦める。

 

 竦めるついでに、暗くなった事務所の中、自分の背後で幽鬼のように佇む彼女に声をかける。―――できるだけ、嫌らしく。

 

「確認ですけど、『何があろうと“アンタ”は“武内さん”につく』んですよね?」

 

「――――っつ!!!!!」

 

 返答は粉々になったカップに、荒々しいドアの音。

 

 それに溜息一つで答え、椅子をずるりと滑り落ちてゆく。

 

 ああ、疲れた。だが、やり切ってはやった。最初は誰もが目を剥き騒ぎ、765さんにも、紗枝にも散々嫌味と雑用の約束を取り付けられた。

 

 それでも、全てを手に入れるならこれが一番早い。

 

 自分だけで抱えて埋まって朽ちようとして前回は失敗した。だから今回は盤をひっくり返し、欲しいもの以外の全てを均して埋めて、ひき潰してやる。その上に、当然のように鼻歌交じりで居座ってやれ。

 

 契約だの、違約金だの現実的な問題に強い緑の悪魔もフラストレーション限界値で送り出したのだから何とかするだろう。

 

 これから起こる主役の大暴れ。

 

 精々、小悪党らしく端で自分が唆したその波紋を―――楽しませてもらうとしよう。

 

 

 そんな独白と気味の悪い笑い声と共に俺は意識を睡魔へと手放した。

 

 

 




('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。

評価を欲しがると”調子乗んな”って怒られるかと思えばみんな優しくコメントや評価をしてくれて味を占めたクソ野郎でやんす←

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コメントに見てみたい√とか書いちゃうとわりかしフワフワ生きてるあっちは妄想を膨らませちまうのでよかったら気晴らしにポチっとお願いしまさぁ、へへへ←小物感


_(:3」∠)_


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鐘は鳴り響き、魔法は終わりを迎える chapter Last

諦めず全てを手に入れる決意をしたシンデレラと武内P。

彼らの戦いはどんな結末を迎えるのか―――――。


 

「正気かね、君たち?」

 

 デスクの上に並べられた資料や誓約書を一通り眺めた私は大きなため息と共に疲れたようにそう呟き、目の前の部下である二人の若者に視線を向ける。

 

「正気とは言い難いですが―――本気ではあります」

 

 低く、小さい。それでも芯に響くような声で答える“武内君”は困ったように微笑みつつもソレを撤回する気配を見せずに一歩前に出る。

 

「これが、我々のプロジェクトの総意です。上層部の理解も、説得も、諌言も求めていません。ただ、結果の報告だけはしておくべきだと思いましたので」

 

 普段にまして険しい目の中に熱を込めた彼は揺ぎ無くこちらを見据え、無言のまま数秒視線が交錯する。息が詰まるようなその緊迫感にけだるさを覚えてもう一度手元の資料を手遊びのようにめくりつつ、改めて内容を確認する。

 

全部を読んだわけではないけれども実によく作り込まれている。

 

 まず、765プロというのがいい。“日高 舞”以来でアイドルという形態をここまで社会に普及したのは彼らだし、今の勢いを考慮すれば対抗馬というのも少なく済んで他プロダクションとの軋轢も少なく済む。それに、あそこの社長は961プロと繋がりが深いから、ある程度の提携や利益を約束すれば大いに喜んでウチを叩くことに協力するだろう。

 

 それに、スポンサーの小早川コーポレーション。元々、本社自体への出資を断った一件以来、デレプロ専属の衣装作成を独占していたのだから何ら変わらないように思えるが、そこで効いてくるの―――――この録音データとなる。

 

 こんな恥部を晒されてしまえば容易に世間は敵となり我が社への批判は殺到する。

 

 ここで違約金等を吊り上げて脱退を渋れば、社会からの批判は免れずに最低線の金額で彼女たちは“デレプロ”を買い上げ、さらに“765”までのパイプまで作り上げられる。

 

 まあ、要はわが社に取れる処置はもうないという訳だ。

 

 敵対するとここまで厄介な人間が自分の優秀な部下であることを喜ぶべきか、頭を抱えるべきか悩みどころでもある。――――それに、これを彼一人で考えたと推測するには随分と癖がありすぎる。

 

脳裏に気だるげな若者が思い浮かび思わず苦笑を漏らしてしまう。

 

本当に不思議な男だ。

 

だが、芸能界という業界についての認識は武内君も含めて甘いと言わざる得ない。

 

「この同意書には君達だけの名前のモノと変えておきなさい。そのほうが反感と恨みの行く先がはっきりとして向こうの動きが分かりやすくなる」

 

「―――――――は?」

 

 私の紡いだ言葉の意味を汲み取れず呆けた顔をする彼に肩を竦めて答える。

 

「すでに知っている事とは思うがね。今の上層部は芯の芯まで腐っている。

 

 そんな彼らが致命的にまで追い込まれ、自社に利益ももたらさぬ存在に対する最後の手段は何か―――――“暴力”さ

 

 仕事の間はいいだろう。だが、プライベートは?学校は?家族は?友人は?

 

 これから多忙に飲まれる君たちが想像もできないくらいに世の中にはどうしようもない暇人が溢れていてね。

 

 その無数の悪意は直接的でなくても彼女たちを苦しめる。そんな中で今までのように活動し、輝かせることができるのかい?」

 

 その全てが冗談や脅しの類でなく、本当に起こりうる悪夢の一旦であることを思い知った彼が唇を強くかむ。整然とした理論など相手にしないその別世界の倫理に、彼は返す言葉を見つけられない。――――見つけようなど、ないのだ。

 

 そんな彼を見つめ、随分と重くなってしまった腰を浮かして席を立ち、もう一度言葉を紡ぐ。

 

「ならば、我々だけが署名し、彼女達は強引に移籍をさせられたとすれば標的は我々だけに集中する。あの人数をカバーすることと比べれば数人で自衛に努めるほうがより効率的だ。

 

なにより、これだけの交渉材料があるのならば実際に移籍する必要などないだろう。

 

 “移籍先”と、“スポンサー”に“醜聞の証拠”。“ドル箱の喪失”をチラつかせつつ言ってやればいい。“稼いでやるから黙ってみてろ”、とね。

 

 これだけやられて仕返しを考える様な肝があるならば我が社の上層部ももう少し安心して見ていられたが……まあ、そんな気概もあるまい」

 

「い、今西部長、あなたは一体何を――――」

 

  語られた言葉に戸惑う彼。本来ならば彼の年齢くらいではこんな表情で年配に助力や世話を頼みに回ることなど日常茶飯事であるべきなのだ。だが、良くも悪くも彼は大概の事を一人で成し遂げてしまえる強さがあった。そして、ここまで進む道中で彼の周りには敵が多すぎた。

 

 走り抜けられる所までは見守ろうと、躓いたならば手を出そうと―――そんな自分の悠長さがさらにソレを助長したのだろう。

 

 挙句の果てには、彼のもっとも大切なものを奪おうとする有象無象の一助とすらなってしまった。

 

 ならば、それに見合う程度のお節介はしてやるべきだ。

 

「上の人間を黙らせるのは私が引き受けよう。君は早く“プロジェクト続行”の朗報を彼女たちに届けるといい。――――待ちわびている事だろうからね?」

 

 唖然とする彼はしばし何かを言いたげに口を上下させていたが、やがてその口を強く引き結んで、小さく一礼をして部屋を出てゆく。その数舜後に爆発するような歓声が廊下から聞こえ、果ては胴上げの音頭まで聞こえてくる。

 

 大方、結果報告を部屋で待ちきれなかったアイドル達が廊下で待ち伏せていたのだろう。自分にはとうの昔に失くしたその無邪気さと純粋さが眩しく、小さく苦笑を漏らして細巻きに火をつける。

 

「―――――根本的な問題の解決にはなっていないと思いますが?」

 

 たゆとう紫煙を切り裂くような冷たい声にゆっくりと視線を向ければ、一緒に退出したかと思っていたちひろ君が能面のような笑顔でそこに佇んでいる。

 

「風は、自由に吹いているのが一番いいものだよ。――――――――それに、もうすぐ挿げ変わる首に目くじらを立てた所で無駄な労力という奴さ」

 

「……お顔が昔のようになってらっしゃいますよ?」

 

 呆れたように言われて、頬を一撫でしてみるとなるほど確かに頬が随分といやらしく吊り上がっているのを自覚する。何度か撫でさすりようやく仮面がもとに戻った事を確認して彼女に微笑みかける。いやはや、やはり若者に囲まれていると自分まで若返ったような気がしてしまう。

 

「……まあ、いいです。しかし、あんな大見得を切ってよかったんですか?いまから上層部に掛け合ってどうなるかも分からないのに?」

 

 小さくため息を吐いて答える彼女にいけないと思いつつもつい嗤ってしまう。

 

「彼らも久々に私の仇名と誰に鍛えられたかを思い出してもらおうかね?幸い、私もそっち方面に関しての顔は随分と古い知り合いが多い。―――むしろ、765と小早川さんに電話を掛けるほうが億劫なくらいだ」

 

「“赤鬼の今西”、ですか。“剛腕の美城”と呼ばれた会長の懐刀が出張るのならば――――問題はなさそうですね」

 

 随分と昔に呼ばれたその名はかつてのやんちゃを思い出してしまうので随分と気恥ずかしい。そんなテレを隠すように煙を深くはいて話題を逸らすことにする。―――そもそもが、その頃の悪行のせいで現社長に嫌われ自分はこんな左遷にあっているのだから長引いて面白い話でもないのだ。

 

「ああ、そういえば“彼女”から連絡があってね。来年の秋頃にはこっちに戻ってこれそうとの事だ」

 

「あら、先ほどの近々ってお言葉も本当だったんですね」

 

 笑顔の鉄面皮がほんの少しだけ剥がれて本当に年頃の娘のように顔を綻ばせる彼女に苦笑を返しながら窓の外に映る晴天に視線を移し、震える手で煌々と熱を放つ細巻きを握りつぶした。

 

 

 

「―――――――ようやく、本当に346でこの芸能界を染める準備が整った」

 

 

 長い旅路の果てにようやく整ったその未来。

 

 その熱に、私は小さく熱い吐息を漏らした。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「改めまして~、杯を乾すと書いて~」

 

「「「「「かんっぱいっ!!!!!」」」」」

 

 

 何度目かも分からぬ乾杯の音頭と共に歓声とコールが鳴り響き、姦しい会話が耳を突く。

 

346への謀反は大成功と言っていい物か分からないが今西部長が出張って解決してくれるとの事で大事にならないままにこのプロジェクトの存続が決まった。その結果を会議室の扉の前で受けたメンバーと、武内さんの間にも一悶着があったが―――楓さんの“飲み会”の号令によってそれぞれの不満や文句はこの会場へと持ち越された。

 

 以来、武内さんは全メンバーから絡まれて酌と文句を飲み干し続けている。

 

 傍から見ていても一升瓶が5,6本転がっているソレをいまだ飲み続ける武内さんに恐怖を覚えつつも、内2本くらいは頑張った“ご褒美”という名目で飲まされた俺は早々に会場の隅の席へと逃げ出している。

 

 ほんのりと酩酊する意識は本来なら気分のいいもののはずであるが、波乱を巻き起こした小悪党のお約束でもある“痛い目”という奴にばっちりあってしまっているせいでどうにも気分は憂鬱だ。

 

 その事に深くため息をついて頭を抱えていると、ふんわりとスズランの柔らかい匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「お酒に強いのは知っていますが―――少々、飲み過ぎな気がします」

 

「それは飲まされてる最中に言って欲しかった言葉だな、文香」

 

 差し出された水のグラスと共に零された小言に軽口を返せば、前髪の奥に隠れた深藍の瞳がちょっとだけバツが悪そうに苦笑を浮かべる。

 

 集団心理というのか、悪乗りというのか、あそこまで熱狂した場に口を挟むというのは随分と勇気がいる。もちろん、普段ならそんなノリ関係なく自分でぶった切るし、周りの奴らだって止めに入るのだろうが今日ばかりは仕方ない。

 

 自分たちの未来を掛けた大勝負でそれくらいの大逆転をしたのだ。こっちもそれくらいの無茶はそそのかした側としては笑って負うべきだろう。――――それに、ため息の原因はそれではない。

 

 その原因である緑の悪魔がちゃっかり酌をする側になっているのを見てまた深くため息を吐く。

 

「まさか、新入生がもう選考済みでこのままの面子でプロジェクトを進めるとは思わんかった……」

 

「それは――――、なんといいますか……」

 

 俺の口から洩れた愚痴に文香は今度こそおざなりに視線を逸らすことしかできない。

 

 あの会議室での歓喜に湧き立つ中で遅れて出てきたあの悪魔から告げられたその真実に俺は思わず膝を負ってしまうくらいの衝撃を受けた。

 

 完全に移籍へと意識が向いていたのでそっち方面への考えなどまったく持っていなかったのだ。つまり、今でさえ週の半分しか通えていない大学に行く時間はさらに削られるのだ。

 

 自分で蒔いた種が見事に首に巻き付いて、俺の単位が窒息寸前へと追い込まれたその事実からの現実逃避にやけ酒を決めてみてもその憂鬱は晴れちゃあくれずこうしてうなだれている訳だ。

 

「……代返とレポート手伝い、頑張ります」

 

「素直にバイトを辞めさせてくれるって方向が助かるんすけど?」

 

 小さくガッツポーズをする彼女に胡乱気な視線を向ければ、ほんのりと微笑むだけで返される。―――どうにも、それは認めてくれる気はないらしい。美人っていうのはこういう時の無言の圧力が強くて困る。

 

 そんな返答への文句を視線だけに留めて受け取った水に口をつけると、彼女の小さな声が耳朶をかすめる。

 

「……結局、全部を貴方に押し付けてしまいました」

 

 先ほどまでの軽やかさを失くした声を漏らした彼女は、小さくその手を握りしめ視線を落とす。

 

「説得も、交渉も、嫌われ役も――偉そうな事を嘯いた私ができた事なんて、何もありません」

 

 沈んだその声。

 

 それは、あの輝く感情を宿した時とは違い、出会った当初の暗さを宿したものだ。

 

 

「だから」

 

 

 それでも――――――彼女は変わった。

 

 

「私は、もっと、強くなります」

 

 

 その弱さや、後悔を飲み込んで―――――彼女は、踏み込んだ。

 

 

「貴方が、比企谷さんが、負った傷を――――無駄だったなんて思わせないくらい、輝いて見せます」

 

 

 前髪に隠れたその瞳に、燃える様な決意を宿して俺を射貫く。

 

 その熱量に、覚悟に、誓いに―――――息を呑む。

 

 だが、それは小悪党に向けられるには過ぎた光だ。

 

 だから、俺は――――その光が陰らぬことを祈って、小さく苦笑いを浮かべる。

 

 

 どうか、いつかの日、彼女がこんな自分を忘れて輝くことを祈って嗤う。

 

 

 物語は何時だってお姫様にハッピーエンドを迎え、小悪党は人知れずいなくなるものなのだから。

 

 

 どうか、この眩い少女が――――そうであるようにと願って俺は持っていた水を飲み干す。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

三ヶ月後

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「ふーん、悪くないね」

 

「ミクは猫ちゃんなの!!」

 

「なんてーかー、ロックっしょ!!」

 

「はぴはぴだに~」

 

「闇に呑まれよ!!」

 

「島村卯月、頑張ります!!」

 

「へへー、私もいよいよアイドルデビューかー!!」

 

「スパシーバ…あー、よろしくお願い、しまーす」

 

「みんな!よろしくね!!」

 

「ハチ君、おひさー!!」

 

「うわぁ、すごーい!!」

 

「………まあ、売れて印税生活できるまではよろしくー。……もう帰っても大丈夫?」

 

 

 

 

 居並ぶ面々が好き好きに、姦しく騒ぎ立てるその光景に俺は無言で頭を抱える。人数や、これからの日程や、その他の事でも頭が痛くて溜まらないが――――――――この面子はもはやワザととしか思えない。

 

「……もしかして武内さんって”キワモノ”しかセンサーが反応しないんじゃないかと思う時があります」

 

「彼女たちにも―――楓さんたちに負けない輝きを見ました」

 

 

 胡乱気に抗議を込めて隣の偉丈夫に視線を送れば迷いなく答えてくれるが―――なんで視線を逸らすんですかねぇ……?

 

 そんな彼に深くため息を吐き、力なく頭をかき改めて彼女たちを見つめる。

 

 どいつもこいつも癖しかない問題児。

 

 だが、そんなのこの部署では今更かと思いなおし彼女たちの前に一歩を踏み出す。

 

 最初に言う言葉?

 

 ボッチの少ないボキャブラリーなんてたかが知れている。なので、俺は奇をてらいもせず簡潔な一言で彼女達を迎える。

 

 

 

 

 「シンデレラプロジェクトにようこそ――――逃げ出す手続きならいつでも受け付けているから、遠慮なく申し出てくれ。」

 

 

 

 

 集まった視線の熱と敵意に居心地の悪さを感じつつ俺は精一杯に不敵に応える。

 

 

 嫌われの小物は、最初に憎まれるくらいが――――丁度良い。 

 

 

 




('ω')へへ、旦那。長らく続いた1期”黎明期編” 最終回のお話はいかがでしたかね。

ココから脳内にある2期”ニュージェネレーション編”に続いていくのですが……力尽きたのでこの先はいったん筆を置かせていただきまさぁ。


気が向いたら下にある評価ボタンをぽちっと押して貰えるとあっちの承認欲求がビンビンでさあ。


_(:3」∠)_誰か続きを書いてもいいのよ…?


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泡沫の園

少しでも皆様の生活の気晴らしになればと思っとります(笑)


誤字修正・コメント・評価、本当にいつもありがとうございます!!


いつも通り、頭を空っぽにしてお楽しみいただければと思います。


 

 カラッとした秋晴れの陽気は心地よく降り注ぐが、思い出したように吹く風が季節は着々と冬支度を進めていることを思い出させる。その証明の様に豪華絢爛な時計塔を供えた屋上庭園のテラス脇に供えられた自販機から取り出した本格的な焙煎式のコーヒーはその熱気を示すように湯気を揺らしている。

 

 猫舌で甘党の身としてはやる気を漲らせていない自販機の程よいぬくもりと、脳を焼くような甘さのお気に入りの缶コーヒーが恋しくもなるが無い物ねだりは宜しくない。飲み込んだ文句と共に眉をしかめてしまったとしてもだ。

 

 そんな独白をぼんやりとしつつ甘味を足そうと手を伸ばすと、それを遮るように目の前をふわり、ふわりと漂い儚く散るものが通り過ぎる。

 

「あ、おにーさんも居やがりますですよ!!」

 

「あ、先生がいる!!」

 

「また……さぼ、り……?」

 

 秋風に弾けるソレに目をしばたかせていると、静かだったその場に底抜けに明るい聞き覚えのある声が響き、一気に騒がしくなる。―――というか、雪美。またとはなんだ。またとは。

 

「おう、随分と懐かしいもん持ってんな。ちびっこども。あと、サボりじゃねえ。採寸待ちなだけだ」

 

 瞬く間に群がって俺を包囲する仁奈、薫、雪美がぎゃいぎゃいと好き勝手に話し出すが、あいにく聖徳太子でもない俺は聞き取れるわけもなく適当に挨拶を返す。たったそれだけでもケラケラ、コロコロと笑う彼女たちに思わずため息が漏れる。

 

 箸が転がっても爆笑し始めるであろう年頃の小学生の相手が少々しんどいと感じるのは歳のせいだろうか?なので、とりあえずまともな会話になりそうな話題である彼女たちの手元に握られているその道具の話題を振ってみる。

 

「おー、お目がたけーでございます!!」

 

「志希ちゃんが“これで遊んできなー”って作ってくれたの!!」

 

「……洗剤で、あっという間に作った………やはり天才かも」

 

―――――――大方、昼寝の邪魔でもされて追い出すために作ったのだろう。というか、その手があったか。俺も今度真似をしよう。

 

 事情とその手腕に若干の感動を覚えていると目の前の彼女たちは楽し気に即席で作ったであろうストローから“シャボン玉”を吹いてゆく。

 

 陽を受けて極彩色に輝くソレはゆったりと風に煽られて、秋空を彩ってゆく。

 

 その光景に童心を擽られ、ちょっとした悪戯心が芽生えてしまう。

 

「よし、お前らにシャボン玉の秘伝を授けてやろう。ちょっと貸してみな」

 

「「「?」」」

 

 顔を見合わせて首を傾げる彼女達から器具を借りうけ、懐から喫煙セットを取り出す。その様子にさらに首を傾げるちみっこ共。―――大人の英知に慄くがいい。

 

 そうほくそ笑んで、手慣れた動作で細巻きに火をつけ紫煙を肺にいれ―――そのまま、筒に口をつけて吹き出す。

 

「「「おおおおおっ!!!」」」

 

 普段から小さめの声しか出さない雪美までが大声で喝采を上げるのを内心でちょっとだけ優越感に浸って、さらにソレを増産する。

 

 極彩色の幕の中に不定形な形をたゆとわせながら、それはゆったりと風に乗る。

 

 

秘儀“けむり玉”。

 

 

二十歳以上の成年にしか許されない身を蝕む禁術である。

 

パッと弾けた瞬間に広がる煙に素早く距離を取る仁奈たちに不敵に笑ってやる。

 

「ほーれ、お前らが大嫌いな煙草の煙だ。精々当たらないように逃げ回れ」

 

「うひゃー!!怪獣“けむり野郎”が出やがりました!!」

 

「いーけないんだ!いけないんだ!!ここは禁煙エリアなんだよ、先生!!」

 

「ほ…、や…、………そい!!」

 

 口々に文句を言いつつも楽し気にその球体を避けて逃げ回る彼女たちを緩く追い回してやる。もちろん、指向性なんてありゃしないので風に乗って彼女たちに当たることもなく遠くで弾けるのでまあ、問題あるまい。それよりも、さっきから雪美がわざと近距離によってきてギリギリを避けようとするので当たらないようにペースを緩やかにする方がきつかったりする。――――変なところでチャレンジ精神が旺盛すぎるんだよなぁ、こいつ。

 

 そんな感じで逃げ惑うちみっこ共と戯れていると、後頭部を襲う結構ガチ目の衝撃と怒声がその終わりを告げる。

 

「小さい子相手になんて遊びをしてるんですか!!」

 

「ミナミ、―――それは、あー、とても痛いデス?」

 

 スパーンと軽快な音と共に暗転した視界を何とかその方向に向けると、スリッパ片手に憤怒の表情で睨んでくる“新田 美波”と“アーニャ”が苦笑気味に彼女の肩を掴んでなだめている。

 

 ちみっこ共の相手をしていたせいで忘れかけていたが、そもそも自分はこいつらの新衣装の採寸待ちでこんな所で時間を潰していた事を思い出した。……一番面倒なこいつに捕まってしまった事に内心げんなりする。委員長モードのこいつは何かとめんどくさいのだ。

 

「無事に採寸は終わったのか?」

 

「ダー、でも、ミナミが少し数値変わってたので「アーニャちゃん!!」

 

 アーニャが朗らかに結果報告してきたのを真っ赤になった新田が遮る。というか、大体の結果はそれで察せられる。成長期なのはいい事だ、などと考えていると再び般若の形相で睨んでスリッパを振り上げてきたので素早く半歩下がる。さすがに二度目は勘弁願いたい。

 

 そんな俺を睨みつつも彼女は、呑気にそのコントを笑っているちみっこ共へ駆け寄って彼女たちに言い含めるように諭し始める。

 

「あの人の悪い遊びなんか覚えちゃ駄目よ?さっきのは忘れてね?」

 

「おー、でも、必殺技はカッコいいでありやがるです!!」

 

「おもしろかったー!!」

 

「ちょー……エキサイティング」

 

 彼女の心境など知ったことではないようにケラケラと元気よく答える彼女らにガクッと肩を落とした彼女が恨めし気にこっちを見てくる。……いや、睨まれても。

 

「美波おねーさんはなんか必殺技ねーでごぜーますかー?」

 

「えっ!?」

 

 そんな彼女に今度はちみっこ共の白羽の矢が立った。

 

 まっすぐに向けられる好奇心旺盛な瞳は新たなる娯楽を求めて爛々と輝いている。

 

「あっ、そうだよ!!美波せんせーは物知りだから他にも知ってるよね!!」

 

「え、いやー、その………」

 

 しどろもどろに目線を逸らす彼女に期待値だけは高まって。

 

「ペロも……興味………深々」

 

「うっ、その―――――、あうぅぅぅぅ」

 

 詰め寄る彼女たちのそのプレッシャーに耐えかねた彼女が謎のうなりを上げ始めたころに俺の脇を軽くアーニャが突いてくる。

 

「ハチ、あー、ミナミ困ってます。助け舟、漢気、ハラショーですよ?」

 

「……そのボキャブラリー誰が吹き込んでんの?」

 

「駅前留学デース♪」

 

「マジかよ…」

 

 茶目っ気たっぷりにウインクしてくる彼女に深々ため息を吐いて両手を上げ、降参を示す。純真無邪気とはいい事ばかりではない。悪気なく意地悪をすることだって妖精の本質なのだという事を彼女を見ているとつくづく思う。

 

 そんな俺をみて楽し気に笑う彼女に押し出され、俺はポケットからさっきコーヒーに入れ損ねた“あるもの”を器に足しつつもう一度、息を吹き込む。

 

 それは――――――

 

 

「「「デッカー―――――!!!」」」

 

 

 シャボン玉の儚さや可愛らしさと無縁なほど何処までも大きくなってゆく。

 

 そして、息を切って離れたソレはちょうど彼女らの手元に落ちて――――

 

 

「「「割れね―――――――――(ハラショーーーー)!!!!」」」

 

 

 でっかいソレに大興奮するちびっこ衆とロシア少女。その中で驚きで目を真ん丸にする新田に得意げに笑ってやる。

 

「妹相手に身に着けた芸も案外バカに出来ないもんだろ?」

 

「……こういうのがあるなら最初からそうしてください」

 

 俺の軽口にハッとしたような彼女は恨めしさと悔しさをちょっとだけ織り交ぜてそっぽを向いてしまう。そのいつもより幼い動作に苦笑をかみ殺して、群がる彼女たちにその液体を手渡してやる。

 

 まだ小町が小さかった時にシャボン玉が割れるたび悲しそうにするので、割れないものを作ってやるため随分と調べた時期がある。今では細かい配合はうろ覚えだが、自販機の横に備え付けられているガムシロップを混ぜる程度でかなりの強度が出ることを知ったときは随分と騙された気分にもなったもんだ。

 

 何より、感動してネタバレをせがんできた小町に教えてやった時のあのぶすっとした顔が今の彼女とそっくりでつい笑ってしまう。それに目ざとく気づいた彼女の機嫌はさらに悪くなる。

 

「どうせ、勉強と運動しかしてこなかった優等生ですよーだ」

 

「大学生がガキみたいに拗ねたって可愛かねぇーんだよ。ほれ、せっかくだからあいつ等に必殺技でも見せて威厳回復でもして来いよ」

 

「…何してるんですか?」

 

 屋上庭園にある大き目な植木鉢。

 

 それに巻かれた針金と支柱。ついでに、大き目な底皿を拝借して細工をする俺を不思議そうに問いかける彼女。結果はとくと御覧じろてなもんで、彼女に細工をしたセットを振らせてみれば―――――――

 

 

「わっ!!おっきい!!」

 

 

 人がすっぽり入れそうなくらいにデカい玉が屋上の陽光を反射して輝く。

 

「「「「おおおおおお!!!」」」」

 

 それに目ざとく気づいた他の面子も駆け寄ってきて、何よりも不機嫌真っ最中だった新田も見た事もないほど大きなシャボン玉に大はしゃぎでそれを振り回す。

 

 抜ける青空に、儚き泡沫が飛んで弾けては明るい歓声が響く。

 

 その声に釣られた乙女達がさらに増え、庭中を埋め尽くさんばかりにソレは漂ってゆく。

 

 そんな光景に小さく笑いを零して細巻きに火をつける。

 

 風に流れるその泡沫が、どこまでだって飛んでゆけばいいと願いをそっと込めて、俺は小さく息を漏らした。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

ちひろ「あーあ、庭中が泡だらけですね」

 

 乙女たちのシャボン玉大会が開催されたと同時に会社中のガムシロップと洗剤が消えたと苦情を受け急行した私たちの前に広まるその光景はあまりに幻想的で、爽快で、止めるのをためらってしまう程に楽し気な笑顔が広がっている。

 

 本来はこわーい顔でお説教をするべきなのだろうが―――その呑気な風景に思わず毒気を抜かれてしまいため息を吐く。そんななか、共に向かった同僚であり、ちょっと特別な人に指示を仰ぐように視線を向けて、もっと深いため息を吐くことになった。

 

 

 これは、完全に仕事モードですね。

 

 

武内P「ちひろさん、次のプロモーションの件ですが―――」

 

ちひろ「はいはい、今までの案を全部廃棄しときますよー」

 

 言い切る前に先取りされた事に彼は困ったように首に手を添えて微笑む。毎回思うが―――これこそ、狙ってるのではないかと思うあざとさだと思う今日この頃である。それでも、目の前の光景をまっすぐと、キラキラした目でおうその姿に文句も言えないのは惚れた弱みというやつだろう。本当に――――困ったものだ。

 

 そんな不満を飲み込んで、心の奥のくすぐったさを抑え込んで。

 

 その手を引いて、会場へと乗り込んでいく。

 

 

 今日は幸いにも恋敵がいない。そんな日くらい想い人との役得を味わなければ割に合わない。

 

 

 戸惑う彼をいい気味だと笑って、泡沫の園へと飛び込んでゆく。

 

 




('ω')へへ、旦那。個人的SSSははいかがでしたかね。

気が向いたら下にある評価ボタンをぽちっと押して貰えるとあっちの承認欲求がビンビンでさあ。


_(:3」∠)_新田ルートもプロットは出来ててもやる気がなぁ……チラッ。


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デレステSSS 十時の日常

渋では一挙公開でしたが、はーめるんでは改ページがないので分割(笑)


 

=比企谷君、帰る=

 

“実家に帰らせていただきます”

 

「ほへ?」

 

 大学の講義も無事に終え、事務所にいつもの通り来た時になじみの彼の机の上にそんな書置きがおかれていた。あまりの唐突さに思わず間抜けな声が漏れてしまいましたが、まあそれはこの際置いておきましょう。何度もその書置きを眺め、逆転してみたり、裏返したり、水を垂らしてみますがどうにも変化は起きません。

 

「…何をされてるんですか、愛梨ちゃん?」

 

「むむ、ちひろさん!!この怪文章の取り調べですよぉ!!」

 

「……いえ、怪文章も何も、そのままの意味じゃないですかね?」

 

「………ほえ?」

 

 色々な方法を試しているウチに後ろから可愛げなおさげを垂らした事務員のちひろさんに声を掛けられたので、検証を重ねている事を伝えると心底不思議そうにそれだけを言い残して彼女は自分のデスクに去って行ってしまいます。そして、そんな端的な言葉だけを残された私は、ついに残酷な現実と向き合うことになってしまいました。

 

 

 つまり、これは――――ドラマとかで見る“例のアレ”と言うことが確定してしまったのです。

 

 

 その事実に、私の体はブルリと震えて冷や汗が滴ります。

 

 そんな荒ぶる感情を必死に否定したくて、震える指を辿って何とか携帯のお気に入り通知を開きます。何度かの電子音のあと、呼び出しコールが“プルルルル”「うひゃあ!!」

 

「……いや、人の机の前で何してんの?」

 

 真後ろで鳴り響いた着信音と聞きなれたその気だるげな声に飛び上がって振り向いた先にいたのはいつもと変わらない彼の姿。そんな彼がここにいることの安堵と同時に余計な不安を感じさせた悪質な悪戯に対する怒りがメラメラと湧き立ってきます!!

 

「ハチ君!!こんな悪戯書きなんか残してどういうつもりですか!!」

 

「………いや、書いたまんまの意味でしょ」

 

 力強く紙切れを握って彼に問い詰めると、あろうことか彼は全く反省してない様子でさらに怪訝に眉根を寄せて溜息なんかをつきます。それがさらに私をヒートアップさせ、ずんずんと彼に詰め寄ります。

 

「大体、こういうのは事前に私に相談とかしてしかるべきなんじゃないですかぁ」

 

「なんで実家の法事をお前に相談しなけりゃならねえんだよ」

 

「……へ?」

 

 心底めんどくさそうに溜息交じりで返されたその返答に急に毒気が抜かれてしまいます。

 

「…法事、ですか?」

 

「だいたい、週間予定表にだって書いてるだろうが」

 

「……あれ、そうでしたっけ?というか、いつまででしたっけ?」

 

「今日から一週間ほどだな。――――と、あったあった」

 

 呆然とした私を脇に寄せて、彼が机の下から紙袋に詰まったお土産らしきものを取り出します。察するに、どうにもこれを取りに彼は事務所に寄ったのでしょう。中身を確認して手早く去ろうとする彼からソレをひったくります。

 

「……いや、何してんの?」

 

「………私も行きます」

 

「いや、予定ぎっしりじゃん。お前」

 

「いーやーでーす!!一週間も会えないとかいーやっ!!」

 

「子供か!!てか、さっさと返せそれ!!」

 

「これ返したらハチ君、行っちゃうじゃないですか!!絶対にいや!!」

 

「意味が分からん!!?」

 

 

 

――――――――― 

 

 打ち合わせを終え、扉を開ければ姦しくじゃれつく二人の男女。

 

 その様子に首を傾げつつ先に部屋に戻っていた事務員のちひろさんに何事かと尋ねてみると呆れたようにため息を吐きつつも答えてくれる。

 

「いつものバカップルのお惚気です」

 

 彼女の入れてくれたコーヒーを一口すすり、小さく頷く。

 

 

 今日も、この部署は騒がしくも、平和である。

 

 

 

 




('ω')評価をぽちっとして頂けると―――びんびんでさぁ(笑)


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本田未央随想録 =鷺沢さんは大人げない=

ラグビーちょう楽しみ

分割投稿なのでかなり短め(笑)


 

 

 それは、なんてことない午後のひと時の事です。

 

 決まった休憩時間などあってないような芸能界なのですが、このデレプロの事務所では急ぎでもなければ大抵三時頃に持ち寄った茶菓子や、常備しているお茶類で休憩をすることが多いのです。

 

 そのとき、わたくし“tyannmioこと本田未央”やありすちゃん、しぶりん、瑞樹さんが事務所で次の予定まで待機していたり、レッスンを終えて戻ってからの暇なメンバーでのんびりと一服をしていたのです。途中で帰ってきた比企谷さんも呼び止めて和やかにお茶会はさらに賑やかになっておりました。

 

 澱んだ目と気だるげな態度ですが、面倒見の良い彼になつく子は結構おおく、当然のように向かいの席の真ん中に引き寄せられた彼はしぶりんとありすちゃんに挟まれます。

 

 その様子を瑞樹さんと苦笑しつつも、話題を振って会話をしているときに事件は起きたのです。

 

 “かちゃり”と静かに開けられた扉に誰もが視線を引き寄せられます。

 

 その先にいたのは、先輩であり、尊敬すべきおしとやかな女性の典型ともいえる鷺沢さんがおりました。人の多いこの事務所の事です。往来も激しいので特に気にした様子もなくみんなが思い思いに挨拶を交わし、ついでだからと彼女もお茶会に誘います。

 

 一見、物静かなので冷たく見られがちですがお話をしてみると結構饒舌で明るい方です。なので、こういった誘いには結構普通に参加してくれます。なので、ほんのりと笑顔を浮かべて彼女がこちらに向け歩みを進めたので私と瑞樹さんはソファーを一個ずらして彼女のスペースを空けたのです―――――――そう、空いたはずなのです。スペースは…。

 

「………」

 

 そのまま、座るかと思った彼女は一拍、足を止めテーブルを見渡します。

 

「「「「?」」」」

 

 その行動がよくわからず、私たちもテーブルを見回しますが不審な事は特に見つかりません。一体、どうしたのでしょう?

 

 そんな疑問を誰もが抱き、私もソレを彼女に問いかけようと視線を彼女に向けた時、彼女は口を開きました。

 

「……ありすさん、あちらの机に置いてあるタブレットに着信があったようですよ?お仕事関係かもしれませんから確認したほうがいいかもしれません」

 

「え、あっ、あっちに置きっぱなしでした!ありがとうございます文香さん!!」

 

 そういって元気にパーテーションの向こうに駆けてゆく彼女を笑顔で見送り文香さんは―――――何食わぬ顔でありすちゃんが座っていた席に腰を下ろした。

 

 

〘〘〘……大人げなっ!!〙〙〙

 

 

 周りの視線も何のその。一人だけ首を傾げる比企谷さんも文香さんから渡される大学のプリントにその疑問も一瞬で氷解したのかありがたそうに受け取って会話に花を咲かせる。

 

 いや、いやいやいやいや―――不自然さに気づけよ!!

 

 見ろよ!戻ってきたありすちゃんが愕然としてそっち見てんじゃん!!

 

 『え、あれ?私の席なんですけど…?』みたいな感じで超おろついてんじゃん!!

 

 

「―――ありすさん?通知の方は大丈夫でしたか?」

 

「え、ええ、はい。ただのスパムでし、た。……それで、その、その席は「何事もなかったようで何よりです。そういえば、ここに来る前にコンビニで新作の苺菓子がありまして買ってきたんですよ」

 

 何とか答えた彼女が意を決して自治権を主張しようとするのを遮って彼女はバックからお菓子を取り出して広げる。―――さりげなくありすちゃんのマグカップを私の隣に移す手際も容赦がない。――――というか、大人げなさすぎだろ!!

 

 さすがのしぶりんもドンびいてるじゃん!!

 

「え、ええ、はい…その、ありがとう、ございます」

 

 深い絶望を湛えた彼女が席に着くのを見届けて、鷺沢さんはほんのりと微笑んで言葉を紡ぐ。

 

「いえ、いいんですよ。――――それと、大切にされてるものは傍に置いておくといいかもしれません。ここは、そんな人はいないと思いますけど、もしかしたらいつの間にか持っていかれちゃうこともあるかもしれませんから」

 

「………はい、次回からは、気を付けます」

 

 

 柔らかい言葉に含まれたその伏線と牽制。そして、明らかに燃え上がっているありすちゃんの瞳。

 

 

……………ガチ勢、マジ怖い。

 

 

 助けを求めて、隣の川島さんを見やれば遠い目で“わかるわぁ”とか言っている。

 

 向かいのしぶりんは不敵に笑ってるし…

 

 こうして、穏やかで、和やかな、デレプロのお茶会は幕を開けたのでした

 

 

助けて、あーちゃん。

 

 

 そんな私の心の声だけが小さく響いたのです。

 

 

 

 



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かなでスイミー

ソレはある日のインタビューの事です。


『話題沸騰中のデレプロの皆さんの中でも一際に注目されている“速水 奏”さん。水着を着ない事でもファンの間で有名ですが何か理由があるんでしょうか?』

 

「……え?」

 

 新作のCD発売ということで受けていたインタビュー。大体の事も語り終わり、そろそろお開きかというときに投げかけられたその質問に一瞬だけ間の抜けた声が漏れてしまった。そして、ようやく追いついた頭で思い返してもどうにも聞き間違いという感じでもないのでリポーターを見返してみると、満面の笑みで返される。

 

 どうにも、お流れにしてくれる雰囲気でない事に緩く苦笑を漏らして考えてみる。

 

 さてはて、どう答えたものか?

 

「すみません、唐突な質問で驚いてしまって。んー、別に明確な理由があるって訳ではないんですけれど…」

 

『つまり、縁がなかっただけでそういう機会があれば挑戦してみる気持ちはあると?』

 

 顎に指をあて、ちょっと漏らした言葉に食い気味に前のめる彼に思わず笑ってしまう。

 

「随分と熱心に聞いていただいてるのはありがたいんですけど―――なんでか聞いてみても?」

 

『全国の速水ファンの期待を一身に背負っておりますし、僕自身の熱烈な希望も載せて今回のインタビューに臨んでいるものでして!!』

 

 欲望を隠すどころか胸を張ってあけすけにそう言い切る彼に思わず今度こそ大笑いをしてしまった。お高く留まったジャーナリズムで生真面目に公平に、遠回しに探られるよりはずっと気持ちがいい。それに、これくらい下心に正直なのも可愛げがあって図らずも高評価である。

 

 腹を抱えて笑っている私に掴みはばっちりだと思ったのか彼もペンを取り直して、熱心に取材を再開した。

 

『笑っていただけて何よりです。もしかしたら、ここで追い出されちゃうのも覚悟していたもので。――――それで、先ほどのお話だと、僕らファンが待ち望んでいる速水さんの水着を拝める日は近いという事でしょうか?』

 

「ふ、ふふ、そういって貰えるとは光栄です。んー、そうですねぇ……」

 

 ようやく収まった笑いの余韻を転がしながらなんとなく思考を巡らせる。

 

 別に―――勿体ぶっているわけでもないのだ。

 

 見られて困るプロポーションでもない。

 

 人目や、あけすけな視線が今更に恥ずかしいというわけでもない。

 

 それに、プライベートでリップスのみんなで遊びに行くときには普通に着て遊びもした。

 

 きっと、写真集なんか出せばきっと売れ行きは好調だったりするかもしれない。

 

 そこまで考えて、スタジオの隅でこちらには無関心といった風にあちこちに電話をかけて指示を出している気だるげなアシスタント君に自然と意識が向かう。自分で言うのもなんだが、こんな美少女の水着が拝めるかどうかという分岐点でもそんな態度をとる可愛げのない彼に思わずため息が漏れそうになる。

 

 もう少し、この記者さんを彼は見習うべきだ。

 

 ちょっとだけ心の中で膨らませた頬は、ふと思いついた言葉と共に漏れ出た。

 

「別に、水着を特別避けてるわけでもないんですけれど…でも、」

 

「でも?」

 

 興奮と共に身を乗り出してくる彼にちょっとだけ微笑み、その先の言葉を紡ぐ。

 

 

「やっぱり、そういう姿は大切な人に一番最初に見せたいじゃないですか」

 

 

 紡いだ言葉は自分で思っていたよりもずっと甘く、優しい音色で。自ら語ったくせにその青臭い理屈に自分の頬が勝手に熱くなるのを感じる。それでも、目の前で真っ赤な顔で口を金魚のように口を動かす記者さんを見るにこれくらいなら許容範囲でしょうと勝手に納得して荷物をまとめる。

 

「か、奏さん、それってもしかして意中の方がいるってことでしょうか!?」

 

「――――女の子の秘密は、見れないほうが魅力的でしょう?」

 

 追いすがるように手を伸ばした彼に、ちょっとだけ悪戯っぽく微笑み唇を押さえて短く答える。それだけで、何とも言えない引きつり笑いを浮かべる彼に背を向け、可愛げのないアシスタント君の元へと歩を進める。

 

「……なんか問題でもあったのか?」

 

「付き添いで来てるんだからちょっとくらいは聞いてなさいよ」

 

 脱力している記者をいぶかし気に見やった彼が電話を切りつつ聞いてくるが、この男ホントに全く聞いていなかったらしい。誰のせいであんな事を言う羽目になったのかとちょっとだけ八つ当たりを含めて軽く肩をはたき、ワザとらしくねめつけてみる。

 

「自分に関係ない仕事はできるだけスルー。それが社会人としてのスタンダードだ」

 

「それ、一般的には職務怠慢っていうのご存じかしら?―――さ、お腹が減ったわ。これで今日のお仕事はおしまいだから何か近くで美味しい物でも食べて帰りましょ?」

 

「自分に関係ない事は積極的にスルー。それがボッチのスタンダードだ――いてっ」

 

 繰り返しくだらない事を口走る彼の脛を蹴り飛ばして、強引にその腕をひく。背後で文句をブツブツいう彼にもう一回だけ深くため息を一つ。

 

 

 ホント――――― 何が良くてこんなのを選んじゃったんだか。

 

 

 手から伝わる温もりに、緩む頬を自覚して私は小さく口の中でそう呟いた。

 

 

 

 

――――――――――― 

 

後日談  “346プライベートビーチにて”

 

―――――――――――

 

 

 

 夏特有の濃い青空に、潮の香りが海風と共に強く吹き抜けてゆく。

 

 真っ白な砂の粒は素足を撫でるように舞って、その熱さにちょっとだけ驚く。

 

 さくり、さくりと心地よい音を楽しみながらもまっさらな砂浜に足跡を刻んでゆく。

 

 心地よい暑さと、初めての風景とは別に高鳴る鼓動の原因を噛みしめて、目的の人を見つけゆっくりと距離を縮める。

 

 “ねえ” と声を掛ければ夏の日差しの下でも暗さを湛えたその瞳が振り返る。

 

 一瞬だけ、見開いた眼は――――単純な驚きかしら?

 

 それとも――――見惚れてくれたってうぬぼれても許されるかしら?

 

 彼の瞳と同じ深い黒に、溶かすように惹かれた紫安の色。

 

 普段よりずっと露出の多い、ちょっとだけ大人びたその選択。

 

 それでも、最初に――――彼に見せるならこれがいいなって思った。

 

 目を逸らして、いつもの軽口。

 

 これだけ勇気を振り絞ったのにそんな対応はちょっと失礼じゃない?でも、目を逸らしたって事はそれくらいには動揺させられたってことよね?

 

 ちょっとだけ調子に乗って彼に放り投げたのはサンオイル。

 

 流し目で小ばかにするように背中に塗るお願いをしてみる。

 

 安い挑発にノってくれてもいいし、照れて降参してくれてもいい。

 

 負けの無いちょっと意地悪なお願い。

 

 そんな風に内心でほくそ笑んでいると聞こえてくる了承の声。まさか、そんな簡単に受けられると思ってなかった私は一気に恥ずかしさが勝って紅くなる。あの細いけど、骨ばった手が自分の無防備な背中を撫でるその感覚を予感して言い知れない怖さが湧き立つ。

 

 それは、嫌でもないが―――後戻りできない何かな気がして本能が思わず撤退を叫ぶ。

 

 そんな怖気ずいた私の声が上がる前に、その手は無情にも私の背を襲った。

 

 

 太陽に焼かれ程よく火照ったその肌に―――――おもいっきり冷たいオイルをぶちまけられたのあばばばばばば。

 

 

 あまりの冷たさに目を白黒する私を意地悪気に笑った彼が追撃を掛ける。

 

 曰く、”年上をからかうとどうなるか教育してやる“とのこと。

 

 あまりの冷たさに飛び上がった私にせまる追撃。

 

 荒っぽく、無遠慮に塗りたくるその手は想像していた色っぽさなどなく私を攻め立て、そのくすぐったさに逃げるようにもがくが、彼も負けじとその手を休めない。

 

 漏れ出る笑いに、誘われちびっこ達も寄ってきて、全身を塗りたくられる。

 

 やられっぱなしも悔しくて何とか奪ったボトルで他の子たちと彼を塗りたくってやる。

 

 結構な値段のしたそれも、今ではもはや笑いの種。

 

 それでも――――久々に子供のように無邪気に大はしゃぎ。

 

 そんな姦しい喧騒が、潮風に乗って―――きっと、これからもこんな風に、背伸びをしない自分でいさせてくれる彼が―――初めて好きになれて良かったと心から思えた。

 

 

 その恋心を蒼い空の元で、私は小さく抱きしめた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 その後、事務員が密かに撮影・編集・発売したこのプライベートビーチでの写真集に載った彼女の無邪気に戯れる水着姿は、彼女の生涯唯一の水着写真であり幻の写真集として崇められるのはもうちょっと後のお話である。

 

 

 




('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。

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コメントに見てみたい√とか書いちゃうとわりかしフワフワ生きてるあっちは妄想を膨らませちまうのでよかったら気晴らしにポチっとお願いしまさぁ、へへへ←小物感


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第136話 「レッツ 熊本弁 マスター」

_(:3」∠)_リクエストと妄想がぴったり一致したための衝動作(笑)

これで君も熊本弁マスター


 日本語というモノは広い世界を見回してもかなり特殊な部類に入る言語なのだそうだ。

 

 まず、漢字、カナ、ひらと三種類を何千と組み合わせ、その中でも同じ読みでも意味が変わり、含まれるニュアンスも大きく変わるという。ソレを読み間違えると“いとわろし”と後ろ指を差されてしまうし、何ならこじつけでいくらでも文句をつけられる実にヤクザで雅なムリゲーと言ってもいいだろう。

 

 スタンダードモデルですらそんな難易度であるのに“方言”なんてものが出てくるとさらにソレは複雑になる。例えば、九州で広く使われる(美穂談)相槌の“あーね”は七段活用まであるらしい。ソレを他県民がなんとなくで発音することが不可能なほどに訳がわからん。

 

 東西南北での言葉の壁を抱えた日本がグローバル化に乗り出すには今少しばかり時間がかかるだろう―――――そう、今まさに

 

 

「悠久の時を超えて再び同胞とまみえんこの時に祝福を!!」

 

 

 春の陽光に輝く銀の髪をたなびかせた人形と見まごうばかりの美少女が、決めポーズと共に卓越した熊本弁で語り掛けてくること10分。まるで、理解することができず棒立ちするしかないのだから、いわんや海外など。と思いましたひきがやはちまんまる

 

 

――――――――――― 

 

 

「あの、すまん」

 

「何事か同胞!堕天の宴へのいざないか!!我が体内に溜りし言霊を汝と共鳴させ―――「さっぱり何言ってるか分かんねぇんだわ」――――――ぴえっ!!!?」

 

 もう少しだけ、もう少しだけと粘っては見たものの自分にはグローバルは無理なのだと悟って直球で聞いてみることにした。そもそも引きこもりで専業主夫志望の自分が世界を目指す必要がなかったとも気が付いたのも大きい。

 

 先ほどまで元気にキメキメ(脳みそも)で語り掛けていた“デレプロ”の新人である“神崎 蘭子”はその一言を信じられないとでもいう様に目を見開き、わななく唇で言葉を紡いでいく。

 

「…そ、そうか!!汝は我に試練を与え、久遠の先にある絆を試そうという――――「いや、だから初対面でそんな特殊言語を理解できんから普通に話してくれ」――――ぴゃっ!!!」

 

 くじけず再び立ち上がる彼女に無慈悲な言葉を重ねて掛けると今度は頬をパンパンに膨らませて目尻に涙をためて睨んでくる。ただ、惜しむらくは彼女は美少女だ。そんな顔されても可愛らしいだけで迫力には少々かける物がある。

 

「……用がないならもう行くぞ?」

 

「ちょ、まってまってまってください!!」

 

 擦れた先輩アイドル達に慣れているせいかその新鮮で初心な反応に心が癒されるのを感じるが、緑の事務員のせいでそれなりにやることが山積みの身である。心が十分に癒され成分を補充してその場を後にしようとするとシャツの裾を必死で掴まれる。―――というか、なんだ。やっぱり普通に標準語も喋れるんじゃねえか。紛らわしい。危うくこの先、熊本県民との関係を根絶するところじゃねえか。

 

「………で、なんだ?」

 

「う、うぅぅぅぅ~―――――っ!!しばしの休息を挟め!!」

 

 しばらく幼子の駄々の様に俯いて唸り声をあげていた彼女は何かを閃いたかのように抱えていたポーチの中を物色しつつ背中をむけてガチャガチャし始める。その様子を何とはなしに見つめてぼんやりしていると振り返った彼女。

 

 赤い縁取りの地味目の眼鏡と括られた髪の毛が解かれたその姿。

 

 その目尻に涙を湛えつつも困ったようにしかめられた形のいい眉。

 

 遠い記憶のなか、微かに脳裏をかすめるその姿は――――。

 

「去年のコミケで迷子になってた――――“堕天ちゃん”……か?」

 

「“ルシフェリン・アブソリュート・ゼロ”です!!」

 

 噛みつくように訂正を加えてくる涙目の彼女に埋まっていた記憶がさらに掘り出され、明確にあの時の事が思い出される。―――材木座に誘われて言った去年の夏のコミケ。溢れる人込みの中で泣きそうになりながら流されていた彼女を壁際に引き抜いた時の事を。

 

 

 余りに長いペンネームを勝手に省略したことも、頑なにソレを固辞して“ルシア”と略させたことも、会場の外にあったアイスを奢って満面の笑みを浮かべたことも。そして―――

 

「くっ…こんな痛々しい事になる前にあの時に止めておいてやれば」

 

「い、痛くないもん!!カッコいいもん!!」

 

 改めてみた彼女のその服装。

 

 真っ黒な布地に、華美に纏われたレース。その背につけられた控えめな翼の文様。まごうことなくゴスロリに染められたその風貌と解読不能な熊本弁の数々。ソレはあの会場で見た可愛らしさを湛えつつもちょっと地味目のホンワカするファッションに身を包んでいた彼女には無い物で、たどたどしくも素朴だったあの言葉はそれこそもはや見られない。

 

 

その姿は過去の自分の黒歴史をやんわりと刺激し、嫌な汗が滴る。

 

 

 そう、久しく会う彼女は思春期を襲う恐怖の病――――“中二病”を見事に発症していたのだ。

 

 その事実が、深く俺の胸に突き刺さる。

 

「な、なんで泣くんですか!!?」

 

「ごめんな、ごめん――――くっ!!」

 

「う、うわーん!!比企谷さんのばかーーーー!!!」

 

 

 その日、会社の廊下で痛恨の無念を抱えて泣き崩れるボッチと、その男をポカポカと叩くゴスロリ少女の久々の再開は見事に我がプロジェクトの評判を再び地に叩き落したのであった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

「……いや、すまんかった。ちょっとだけ取り乱した」

 

「…よい、我も運命の再会に心乱してしまったことを認めよう(私も久々に会えてちょっとだけ興奮しちゃいました)」

 

 場所は移って346の誇る屋上庭園。

 

 年中細やかな手入れによって花や緑が咲き誇るここのベンチに座って糖分を大量に入れたコーヒーと、ミルクティーを握る俺たちが深くため息をついて謝罪を挟みつつチビチビとソレをすする。

 

 不思議なもので、かつてほおり投げた中二フィルターを通せばなんとなく彼女の伝えたいことも理解できるようになったのだが、解読するたびに過去の自分がこの身を苛むので非常に心苦しい。これが逃れられぬ過去の追求か←

 

 しかし、それこそなんで彼女はこんな所で新メンバーにしれっと交じっているのだろうか?

 

 かつて自分が出会った少女はそれこそ初対面の人間には話をすることすら戸惑ってしまう程にボッチの素質を感じる内気な少女だったはずだ。ソレがたった一年でここまで見た目も性格も、将来設計まで一変させてここまで来るとはいったい何事だ?

 

「同胞が膝を突こうとしていた我が魂を奮い立たせたのではなかったのか!!(ひ、比企谷さんがそういってくれたんじゃないですか!!)」

 

「……はい?」

 

 そんな事をふわっと伝えたら今度こそ零れ落ちそうな涙を湛えた彼女が、つらそうに表情を歪めて勢いよく俺の方に詰め寄ってくる。その拍子に少しだけ零れたミルクティーの熱も気にならない程に―――彼女の熱に呑まれてしまう。

 

「久遠の彼方に、世界の絶望に包まれた我に希望の光と真の姿を解放せんと指し示しめたのは汝である!!故に、我は心の赴くままに覇道を突き進んだのだ!!(あの時、“女の子がこんな趣味なんておかしいですよね?”って言葉に“おかしくない”って言ってくれたじゃないですか!!だから、私、あの時から自分を偽るのを辞めて本当に好きな事をしようって思えたんです!!)」

 

「………そういや、言ったな」

 

 その熱量に呑まれつつ、その言葉を思い出す。

 

 お目当ての同人誌を片手に嬉々として語っていた彼女が唐突に暗い表情を浮かべ、膝を抱えて語ったあの時の事を。

 

 それは、いわゆる中二が満載に詰まった堕天使の葛藤と歩みを綴った戦記物。コミケとしては中堅に引っかかるかどうかというマイナーなサークルのモノであったはずだ。内容は確かに線の細い美男子系が多く出てくるので女の子が興味を持ってはおかしくないのだろうけれども、ストーリー自体はあまりソレ系統ではなかったはずだ。

 

 そんな内容を読んでいる事を親戚にも、同級生にも笑われていたらしい。

 

 それでも、彼女ははるばる熊本からそのサークルに一言伝えたくて必死にこの時期に開かれるコンクールを調べ、それに入賞することによって口実を得てここに来たらしいのだ。

 

 

 その輝きと熱意が―――――随分と眩しく見えたのだ。

 

 

 それは、決して笑われるようなことではないと思ったのだ。

 

 

 だから俺は、自分が失ったその熱を抱える少女が何もせず胡坐をかいて冷やかすだけのどっかの誰かに笑われ、傷つくことがムカついてそんな気休めを嘯いた。

 

 

“好きなんだからしょうがないじゃないか”、と。

 

 

 今になってみればあまりに無責任な言葉だ。

 

 それでも、その言葉に偽りはなかった。

 

 誰とも交流を結ばなかった俺はそれこそ彼女よりもどっぷりとその病を抱えていたはずだ。それでも、それによって得た多くの作品との巡り合いの感動は誰にだって否定させやしない。

 

 例え、誰にも共感を得なくたってその時に俺は確かに満たされていたのだ。

 

 今よりずっと不便な時代だったはずに生み出された過去の名作。心の何処かにあった願望を救ってくれた冒険譚。ままならない世界への付き合い方を教えてくれた物語。ソレは薄っぺらい表面だけで付き合って、裏で貶め合っている事を思い知らされた現実よりもずっと崇高で確かな感情を俺に宿したのだ。

 

 それに、飲み込まれようとする少女に掛けられた空っぽな俺の――――空っぽだったから零れた本音。

 

 そんな過去の独白と郷愁を噛みしめ、目の前の少女に再び視線を向ける。

 

 その身纏う衣服は既製品などでなくきっと自分で作ったもので―――

 

 その言葉遣いは彼女の理想を表す信念で――――

 

 その焦がすような熱量と悲しみを浮かべた瞳は―――――彼女の夢への想いなのかもしれない。

 

 

 だから、俺は、ほんの少しだけ愉快になってその泣きそうな彼女の頭を優しく撫でる。

 

「……そうだよなぁ。好きなんだから、しょうがねえよなぁ」

 

「我が同胞!!(比企谷さん!!)」

 

 ひっそりと紡がれた言葉に今度こそ大粒の涙を流しておいおいと泣き始める彼女にそっと胸を貸してぼんやりと春の青空を見上げる。

 

 そういえば、昔の別れ際に“今度会った時には自作の中二ノートを見せてやろう”なんて二度と会わない事を見越して言った言葉を思い出して苦笑する。

 

 傷を深くえぐるであろうことを予見しつつも捨てられずにひっそりと実家の段ボールの奥にしまい込んだソレの行方を思い出し、俺は胸元で達者な熊本弁を泣き喚く少女に溜息を洩らした。

 

 

 

 

 熊本弁をマスターする日は、遠くはないのかもしれない。

 

 

――――――――――

 

 

本日の蛇足

 

 

――――――――――

 

 

蘭子「この勇壮なる決意よ!!(こ、このシーンカッコいいです!!)」

 

八「なー、城を大群に囲まれた時にソレを悔やむ王に『負け戦だって分かってみんなアンタについてきたんだぜ、誇ってくれよ』っていう副将とか俺の中二歴に誇る名シーンだわ」

 

蘭子「今度このシーン、私のノートに写していいですか(フンスフンス!!あ、昨日考えた新キャラクターなんですけど……」

 

八「おぉー、やっぱソロモンの72柱とか鉄板だよな。てか、滅茶苦茶手が込んでんなこの絵」

 

蘭子「コンクール佳作ですので(フンス」

 

 

周子「ん、なんや二人ともいつの間にそんな仲良くなってーん。ウチも混ぜてy――――「「来るな(不可侵なり)!!」」ッダ

 

周子「な、なんやねん……?」

 

 

 その後、二人で頻繁に密談する二人を訝しんだ寮のメンバーによって包囲され、ハチと蘭子の中二ノートが白日の下にさらされ二人が顔を覆って絶叫したのはまた別のお話である。

 

 

 

 




('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。

気が向いたら下にある評価ボタンをぽちっと押して貰えるとあっちの承認欲求がビンビンでさあ。

コメントに見てみたい√とか書いちゃうとわりかしフワフワ生きてるあっちは妄想を膨らませちまうのでよかったら気晴らしにポチっとお願いしまさぁ、へへへ←小物感


_(:3」∠)_


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正しい贖罪のすゝめ

今回は前回pixivで行った原案バラ撒き企画にまさかのオッケーをくれた神さまが現れたので、等価交換の原則に乗っ取って見たい小説の交換錬成を行いました(笑)

神様である蘭丸さん(https://www.pixiv.net/member.php?id=36219497)に頂いた原案は「大槻唯ちゃんとのしっとりラブストーリー♡ちょい嫉妬もあるよ!!」 です!!

苦労しただけあってホントに甘々な内容に出来たと自負しております!!

お互い趣味に走って原案を見失うくらい改造を各自で加えましたが――――甘々です!!('_')ウソジャナイヨ

いつも通り、心を空っぽになんでも許せる方のみお進みくださいませー _(:3」∠)_
 


はろいん?……知らない子ですね。



 さて、突然な話題で手前味噌な話から始まるがどうか勘弁してほしい。

 

 俺が社畜として奉仕をさせられている“デレプロ”は実に多忙を極めている。それこそタダでさえ軌道に乗った最近では所属している事務方も大量のアイドルも例外なくみっちりとスケジュールが埋まってから随分と久しい。ルーズだったり、タイトだったりと先の読みづらい予定をやりくりしている分だけ多少の遊びを残しているがソレが真っ黒に埋まったりすることなんて日常茶飯事で、そんな中でもギリギリで回転しているのが現状である。

 

 芸能関係者としてはその時期こそ華とされているが、巻き込まれて頭を悩ませる身としては実に勘弁していただきたい現状なのである。

 

 

 ただ、何事にも例外というモノは存在する。

 

 

 いくらソレが華だとしても、いくらソレが仕事だとしても――――体調を崩した人間を鞭打つほどここは腐っていない事がせめてもの救いである。それに、誰かが倒れたのであればソレを補うだけの人員が豊富に揃っているというのもこのプロジェクトの数少ない利点ともいえる。

 

 誰かが倒れた穴を埋めるために休日であろうと、個人の予定をキャンセルしようと、駆けつけてくれる人間がいることはきっと人生において幸せなことである。

 

 

 そんな身勝手で実感のない独白を心の中で呟き、小さくため息を吐いて意識を現実に戻す。

 

 

 目の前のスタジオの入り口に立ちはだかる―――眩い金髪を湛えた息も絶え絶えな少女。

 

 

 立っているのもやっとであろうに、挑むような視線に乗せる熱はさらに燃えるように熱く、微塵も引く気がない事が窺える。そのあまりの気迫に俺も、後ろの少女たちも何も言うことができずに息を呑む。

 

「みんな、せっかく来てくれたのにごめんね。…でも、今日だけは――――絶対に譲るつもりはないから」

 

 ふらつく体から絞り出されるその声。

 

 それでも、視線と声だけはまっすぐとその意思を伝える“大槻 唯”の声が――――この先で待っているであろう熱狂したファンたちの声とは正反対に、静かに響いた。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 目の前の馬鹿娘を見て、もう一度深くため息をついてしまう。

 

 彼女が急な高熱を出して寝込んだという連絡を受けてから随分と苦労した。そこそこに手をかけた番組放送でのライブバトル。そのメインとしていて調整していた彼女の欠番を埋めるためにあっちこっちに頭を下げて回り、他のメンバーとの再調整によって頭を悩ませ、ようやく整ったこのステージ。

 

 その原因となった本人が目の前に立っているのだからもう頭痛を通り越して、呆れるほかないだろう。

 

「……病人は大人しく寝てろ。また今度、「今度じゃ意味がないんだよ!!」

 

 無駄だろうと分かっている気休めの言葉は案の定に打ち消され、おぼつかない足取りの彼女はそれでも前へと進み俺の肩を掴み、まっすぐと視線を交わす。

 

「ちょ、むりぽよ!!ゆいっち39度あるって聞いたよ!!」

 

「お願いだから休んでよ、唯ちゃん!!」

 

 

 後ろで控えていた里奈や、莉嘉がソレを引き留めようとするのをやんわりと手で制して柄にもなくその瞳を逸らさずに返す。肩を掴む彼女の手からは伝わる熱は異常なくらい熱く、興奮して絶叫した彼女はさらに体がかしいでいく。

 

 ただ、その目だけは一切揺れることはなく俺を射貫くように向けられる。

 

「最高の友達で、憧れのギャルと――――本気で戦えるのは今日だけなんだよ、はっちゃん」

 

 

 

その瞳に、その静かな言の葉に―――――俺はもう一度深くため息をついて問う。

 

 

 

「………インフルは?」

 

「ない。診断書も貰ってきた」

 

「できんのか?」

 

「当たり前じゃん。死んでもやり切るよ」

 

「――――――こっちが無理だと判断したら即座に打ち切る」

 

「――――ありがとう」

 

 短いやり取り。その言葉にようやくいつもの無邪気な笑みを迎えた彼女が小さく俺の胸に額を当てて数秒。颯爽と振り返りその扉を開ける。

 

 中からはスタッフの困惑の声と、それを塗りつぶす熱烈なファンたちの絶叫。

 

 それらすべてを塗りつぶすかのような太陽のような声が応える。

 

 

「みんなーーー!待たせてごめんねーーー!!346最高のギャルアイドルを決める決勝戦に風邪なんてぶっ飛ばして、唯ちゃん!!ここに参上!!!」

 

 

 さっきまでの満身創痍など感じさせないようなその姿。

 

 その姿に、誰よりも目を見開いたのは―――挑戦を受けるはずであった“城ケ崎 美嘉”であったというのも何とも皮肉な話だ。

 

 そして、苦し気な葛藤と、責める様な俺への視線を小さな深呼吸で全てを飲み込み――――カリスマJKとして君臨する彼女は不敵に微笑む仮面を身に着け、挑戦者を迎い入れた。

 

「遅かったじゃん、危うく不完全燃焼でてっぺんにのぼっちゃう所だったよ――唯?」

 

「へっへー、ライブ終わってから燃え尽きて真っ白になってもしらないよー!!」

 

「上等、病み上がりだって手加減してあげないから」

 

「唯だって、全力全開なんだから!!」

 

 

 その掛け合いの末、会場のボルテージが最高潮になったと同時に会場がさらなる爆音に包まれる。

 

 それに完全に呼応するように二人は激しく、強く、自分の全てをかけるかのように――――舞う。

 

 その輝きに誰もが見せられる中で―――――俺たちと、そして、全力で彼女に応える美嘉が誰よりも苦虫を噛み潰したかのように、臍を噛んでその行く末を見守ることしかできないまま、ライブはさらにその熱をあげていく。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 ちょっとひんやりした秋空の朝。

 

 あれから三日ぶりのけだるさも眩暈もない清々しい目覚めを迎えた私は目一杯に体を伸ばしきって一気に脱力し、もう一度柔らかく体を包むお布団の中に身を任せた。

 

 程よい温もりと微睡の中で思い返すのはあのライブバトルの仄かに残った熱。

 

 全力でやって、全力で負けた。

 

 体調不良なんて吹き飛ばしてしまうあの熱狂の中で間違いなく自分の中で追い求める最高のパフォーマンスができた。それでも、届かない親友の強さへの憧れとちょっとの悔しさ。でも、決して嫌な感情ではない。

 

 次は勝ってみせるという意気地と、もっと登りつめられるという高揚が私を振るい立せてくれる。

 

 

 そして、自分を信じて送り出してくれたあの皮肉屋な彼。

 

 

 いつもめんどくさそうに振舞っているくせに、私たちが譲れない事だけは絶対に守ってくれるあの人を思い浮かべさっきとは違う熱が灯るのを感じる。その感情を一瞬だけ噛みしめて―――――身を包む布団をおもいっきり跳ね飛ばして立ち上がる。それと、同時にターン、ステップ、決めポーズ。鏡に向かってスマイル。

 

「うん――――唯ちゃん完全復活!!」

 

 ライブの後にひっくり返ってさらに迷惑を掛けちゃったのだ。これは特別に感謝を伝えなきゃいけない。そうに決まっている。例えば――――――話題のギャルアイドルの一日ご奉仕デート、とか?

 

 

 浮き立つ心と体の赴くままに彼へと会いに事務所へと行く準備を進め、部屋を後にする。

 

 嫌そうな顔を浮かべるであろう彼の反応すらもくすぐったく、心を弾ませて。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

「へ、……きん、しん?」

 

「…ええ、唯ちゃんを勝手に出演させた事に関して彼に出された処分よ」

 

 通いなれた事務所へたどり着き、お目当ての彼のデスクに向かえば不在中の看板。出鼻をくじかれて拍子抜けしていた所に通りすがった川島さんに彼の行方を聞いた返答。何度も咀嚼しても飲み込めなかった言葉が、彼女の一言で正しく変換され―――意味を理解した瞬間に目の前が真っ赤に染まるほどの怒りが湧き上がる。

 

 引き留める川島さんを置き去りに真っ直ぐに走り抜けていき、その勢いのまま蹴破るように開いた扉の先にいる偉丈夫に掴みかからんばかりに詰め寄って激情をまき散らす。

 

「ふざけないで!!勝手に出たのは唯なんだから、罰則を与えんなら唯にやりゃあいいじゃん!!!」

 

「……とりあえず、落ち着いて下さい。大槻さん」

 

 息を荒げ、詰め寄る私を“プロデューサー”は無機質な冷たい瞳を向けつつ、私の肩を押さえようと手を伸ばすのを荒々しく振り払う。その態度も、声も、対応も―――全てが私の勘をさわる。

 

「落ち着いてるよ!!当たり前の事を当たり前に怒ってるだけじゃん!!倒れたのも、無茶したのも、皆に迷惑をかけたのも全部が私の責任なのになんではっちゃんが“謹慎”なんてくらってんのさ!!意味が分かんないのはそっちの―――「そう勘違いしている時点で貴方は冷静ではありませんし、何も今回の件を理解していません」

 

 叩きつけるように叫ぶ私を、冷め切った声が遮る。

 

 何も、間違っていないはずなのに――――その迫力に息を呑んでしまった。

 

 そんな私に彼は聞き分けのない子供を見る様な視線を向けて、深くため息をついて言葉を紡いでゆく。

 

「な、なにを―――」

 

「彼は確かに多くの仕事を請け負ってくれていますが、本来ただの“アルバイト”です。重要事項に関する決定権は一切ありません。そんな中で、高熱による体調不良が明らかである貴方をライブに出すという判断を独断で行うなど許されることではありません」

 

「だ、だって、あれは唯が無理を言って―――」

 

「ならば、上司である私に貴方も彼も最初に相談すべきでした。そして、これが何よりも大切なことですが―――――貴方の身勝手を許したという前例を残せば、今後はそういった事が多発する事を防げません」

 

 その一言に、体の中の芯に宿る熱が――――一気に冷えた。

 

 容赦なく“お前が原因なのだ”と突きつけられたその事実が、何よりも響いた。

 

 

「熱意さえあれば、なんでも許容するべきですか?

 

 怪我や、事故――それこそ、一生に関わる障害も目を瞑りますか?

 

 信念があればどんな行いだって許されますか?

 

 多くの人間が関わる番組や、イベントを台無しにしたとしても?

 

 今回の件を何事もなく終わらせればソレがまかり通ってしまう。

 

 彼はそれを責任の取れぬ立場でソレを勝手に行い、貴方はソレを強要した。

 

―――――――ソレが彼を謹慎に処した理由です」

 

 

「そん、な、だって、  じゃ、じゃあ、私にだって責任と罰があるべきじゃん!!それが、なんで―――」

 

 空転する脳で、必死に酸素を求め喘ぐ呼吸を押し殺して漏らした言葉。でも、分かっている――――これは、ただこの胸を締め付ける罪悪感から逃げたくて絞り出している吐き気がするほどの自己保身に満ちた言葉だという事を。

 

「体調不良の間に滞ったスケジュールが多すぎるという事もありますが――――それが貴方が行った罪を最も自覚させる方法だと思いましたので」

 

 まっすぐに向けられる冷たい視線と、端的に述べられたその言葉に足元が崩れたような錯覚に陥る。

 

 罰とは、許すために行われると博識な友人が語った事を覚えている。

 

 その時は、意味の分からぬまま呑気に笑えていた。

 

 

 だが、その言葉の残酷さを―――――いま、私は思い知ったのだ。

 

 

 自身が裁かれず、近しい人間がソレを背負う。そして自分は何事もなく済まされるという行いは、きっと――――どんな罰よりも、残酷だ。

 

 

「貴方には、明日から普段通り活動をして頂きます。―――今日はゆっくりと自宅で療養に専念してください」

 

 

 ふらつく体を支え切れずに座り込んでしまった私の上から、無感情な声が降りかかり興味もなさそうに私の横を通りすぎてゆく。

 

 誰も居なくなった彼の執務室で、私は、静かに涙をこぼした。

 

 

 

 

 

 

そんな資格も      ないくせに。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

「私も大概だが、お前も随分と容赦がないじゃないか」

 

「まあ、ちょっと厳しいですけど見逃すわけにもいかない事ですからねぇ」

 

「……お二人とも、僭越ながら趣味が悪いと言わざるえません」

 

 崩れ落ちた彼女に声を掛けそうになるのを断腸の思いで置き去りにし、執務室の扉をくぐったその先にはこの城の覇者である常務と、常にプロジェクトを支えてくれているちひろさんが随分とニマニマと嫌らしい表情でこちらに声をかけてくるので八つ当たり気に答えると悪びれなく二人は肩を竦める。

 

「ほう、これでも褒めているつもりだぞ?ただただ甘やかしているだけというのはこれからの方針に響く。今回の件は良くも悪くも引き締めには好都合だった。その上、結果も上々だったというのならば言うこともない」

 

「………そのようなことは」

 

 ついて来いと指で指し示す常務が語る一言に反論が止めどなく湧き上がるがソレをかみ殺して一言に収め、歩を進める。貫徹した合理主義である彼女との意見が平行線なのは今更であるし、何よりもその言葉に否定しがたい事実が含まれているのも否定できない。

 

 関係者から多少のクレームはあったものの、あのライブバトルは当初の予定を超える反響を呼び、彼女を彼と共に何らかの処分を下せなくなるほどに多くの依頼が舞い込んできたのも関係がなかったわけではないのだから。

 

「というか、確かに比企谷君の判断は普通は大問題ですけど―――結局は“バイト”ですからねぇ。謹慎とか罰則なんて出される身分でもないですし、あっちが聞く理由だって本来はありません。まあ、体のいい長期休暇の名目としてはちょうど良かったです」

 

 さすがに労基にごまかせる出勤量でもなくなってきましたからねぇ、とホンワカと笑う同僚を視線だけで諫めると可愛らしく舌を出すだけでいなされ、更にため息が漏れてしまう。

 

 大槻さんが倒れたライブの後に、彼にも真剣に叱責を下し、彼もソレを真剣に受け入れてくれたが――――結局、内実を晒せば彼女たちのあけすけな内容が今回の全てだ。

 

 あんな暴挙を今後は出さないためのレクレーション。

 

 その一言に尽きる。

 

 だが、それでも―――自分が見出した輝きがあんな表情を浮かべるというのは、非常に苦い感情が付きまとう。

 

「……彼女は、立ち直れるでしょうか?」

 

「あれで終わるならばそれまでの原石だったということだ」

 

「――っつ!!それは「原石は、磨かねば輝かん」

 

 切り捨てる様なその一言に飲み込んだ言葉が零れそうになるのを遮られる。

 

 その表情は、不敵ながらも――――見守る強さがあって。

 

「あれだけ輝きを放つ原石が、苦しみと後悔。ソレを乗り越えてまだ先に進むならばその輝きは誰にも負けないものになる。だからたまにはお前も信じて待つことを体験してみろ。―――割れそうになる寸前までを見極めるのも大切な資質だ」

 

「――――はい」

 

 その一言に頷く自分を楽し気に見やった彼女は満足げに頷き歩を進めてゆく。

 

「ふん、そんな事よりも仕事だ。私も暇ではない」

 

「その割には随分と心配そうに耳をそばだててましたよね?」

 

「…ちひろ、お前にはあとで話がある」

 

 

 346の時計塔はそんな経営陣に溜息をつくように、鐘を打ち鳴らした。

 

 

――――――――

 

 

 

 

 あのライブバトルから早くも1週間。

 

 あの後、楽屋に引っ込んだ大槻が文字どおりぶっ倒れ救急搬送されて、常務・武内さん・ちひろさんにしこたま怒られた。ついでに、美嘉にまで“あんな状態の唯を出すなんて何考えてんのよ!!”なんて全力ビンタと号泣を食らった痕跡も消えた。

 

 ご立腹の皆さんの説教はまったくもって言い返す余地のない正論で、その結果として言い渡された“謹慎”。もちろん、社員でもない俺がソレを受け入れる必要もないのだがいつもみたいに屁理屈をこねる気にもなれなかったし――――何より冷静に考えたら“仕事しなくていい”って言われてんのに抗う必要なくね?、と気が付いてしまった俺は

 

 

 

戸塚「はちまーん、いくよー?」

 

ハチ「(お前との将来も)ばっちこーい」

 

 

 

 天使と爽やかな汗を流しつつ、久々すぎるプライベートタイムを満喫している現在なう。

 

 もう一生謹慎になんねーかなぁ、などと思いつつ戸塚のサーブを受けるのであった

 

 

 

――――――― 

 

 

「えへへ、最近、八幡も忙しくてテニス出来なかったからうれしかったよ!!」

 

「あぁ、マジで俺も久々に楽しめた気がするわ」

 

 天使の様にはにかむ戸塚がテニスコートからの帰り道に銀杏の葉に彩られた金色の道のなかでそう語り掛けてくる。その尊い光景に思わず拝みそうになる衝動を抑えてそう答えると、一転して落ち込んだ表情を浮かべる。……俺の邪な感情を読み取られてしまったのだろうか?

 

「ど、どうした?」

 

「ん、いや、この後に予定がなければ八幡と飲みに行けたんだけど…寂しいなぁって。――――あ、やっぱり今からでもキャンセルして」

 

「ぐぅ…いや、そこまでさせんのは悪い。大切な講習会なんだろ?」

 

「むぅ、それはそうだけど―――しょうがないかぁ」

 

 かっくりと肩を落とすと共に輝く髪の毛と、蜂蜜のような甘い匂いが薫ってきて俺の理性を蹂躙していくがかつて鋼の理性と呼ばれた俺はその匂いを逃すまいと鼻を膨らませるのみに留まった――――我ながら凄まじい紳士ぶりである。

 

「ま、別にいつでもいけるだろ。頑張って来いよ」

 

「じーーーーー、いっつも予定があって断ってる人が言う台詞じゃないよね?」

 

「………今度は、最優先で開けておきます」

 

「よろしい!絶対だからね!!」

 

 肩を竦めて返す俺に半目で睨んでくる戸塚の視線と嫌味がぐっさり刺さったので、直角に腰を曲げ平謝りをすると胸を張って満足げに応え、別れを告げ駆けてゆく。

 

 いつまでも元気に腕を振る戸塚が見えなくなることに胸が引き裂かれそうになりつつもため息一つでその気持ちをしまい込み俺も帰路へとつく。

 

 

 とまあ、こんな具合で最近は実にパリピな大学生らしく遊び惚けている次第。そもそもの受講講義が最小限というのもあるが、滅多に大学に現れない俺がここ一週間でよく出てきているため教授や数少ない知り合いに気味悪がられてしまうまである。なんなら警備さんに学生証の提示を求められ、偽装を疑われたまである。

 

 

 どういうことだってばよ。

 

 

 ともあれ、そんな空き時間は戸塚や雪ノ下達のような古い馴染と久々の旧交を温めたり、積みゲーや話題作。懐かしのラーメン屋めぐりと実に充実している。マジで謹慎最高と考える俺を責めるにはあそこの労働環境は過酷すぎた――――八幡悪くない。

 

 そんな独白を浮かべつつも歩いていると、ひたりと顔が冷たい雫に叩かれた。

 

 何事かと思い見上げれば、さっきまでの晴天が嘘のように厚い雲に覆われていて今にも振り出しそうな雰囲気を醸している――――というか、降ってきた。

 

 

 ポツリ、ポツリ、と地面に広がる黒点はあっという間に広がって―――それらを一瞬で染め上げた。

 

 

 ヤバいと思った瞬間に公園のボロイ休憩所に飛び込んでは見たものの、被害は甚大だ。バケツをひっくり返したような大雨によって濡れた体が秋特有の冷え込みによってさらに冷やされる。

 

 恨めし気に空を見つめても返答は当たり前のようにないので、心のささくれを抑えるために煙草を求めてバックの中身を開くと―――― 一緒に放り込んでいた携帯に何件も着信があった事に気が付く。

 

 仕事用に渡されたものではなく“個人用”に、である。

 

 その上、それを知る限られたアイドル達からの――――ただならぬ着信量。

 

 首筋にのしかかる嫌な予感が杞憂であることを祈って 

 

  俺は   通話ボタンを    押す。

 

 

「あ、ようやっと出おった!! おに―さん所に “唯ちゃん” おらへん!!?」

 

 

 そんな願いは案の定打ち消されて―――――特大の問題が俺の元に届けられた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 相も変わらぬ土砂降りの雨の中を駆け抜ける。

 

 昔の学園祭のように手掛かりも目撃例もない、ただ我武者羅に走り回っているだけだ。

 

 何事かと振り返る通行人も無視して、必死に問題児を探して足を回す。

 

 

 周子からの電話では、大槻は復帰してから普段と何ら変わりなく仕事に取り組んでいたらしい――――いや、むしろ、取り組み過ぎていたらしい。普段からレッスンや台本の読み込みを嫌っていた彼女が鬼気迫る様子で自ら行い、撮影や収録では誰よりも張りつめていたそうな。

 

 周りもあの件が相当堪えた影響だろうとそっとしていた日々のなかで、それが弾けてしまった。

 

 きっかけは、収録後に仁奈が呟いた何気ない一言だった。

 

彼女は“おにーさんはいつ頃戻ってくるでごぜーますか?”と問いかけられ、その場から失踪した。

 

ソレが二時間前。それからメンバー全員で捜索をしているらしいが―――いまだ見つからないらしい。

 

 

「つぎから、次へと、厄介ごとばっか――――起こしやがって」

 

 上がってきた息の中で、必死に酸素を求めるついでに悪態を混ぜつつ吐き出していく。冷え込んだ空気にさらされたソレは真っ白に染まりつつ雨にかき消されていく。

 

そんな中で一応の目的地としていた場所が見えてくる。

 

特徴的な時計塔に、堅苦しい銅像が目立つその場所。

 

 基本的に、俺はあいつ等に個人情報は渡さないように留意してる。その必要もないし、知っているというだけで人間は何かしらの影響があるものだ。それこそ自意識過剰と笑われるかもしれないが、あいつ等にはそんな些細なことですら影響を与えたくないという自己満足の勝手なルールだ。

 

 それでも、知られて問題のないものくらいは会話に出てきたりもしている。

 

 例えば出身地、例えば名前、例えば年齢、例えば―――所属している大学。

 

 繰り返しになるが、人は知っているだけで行動に変化があるものだ。だから、自分と大槻の間で彼女が知りうる自分の居場所に関連するものなど思い返してもそこしか思い当たらない。

 

 

   だから、

 

 

その時計塔の前で大雨の中で無気力に佇むその少女を見つけた時に

 

 

       今度からは大学名も隠すべきかと本気で頭を抱える羽目になった。

 

 

 

―――――――――― 

 

 

 

 

「ほれ、飲め」

 

「……ずび、ありがどう」

 

 差し出されたココアの缶を差し出すと赤らんだ鼻をすすりあげながらも聞き取りずらい声で答えて大槻はソレを受け取った。その様子に多少は落ち着いたと判断して小さくため息を吐き、自分用に買ってきた缶コーヒーをすする。

 

 無機質で誰もいない講堂にちょっとだけ甘ったるい香りが漂い、なんとなしに俯く大槻を眺める。

 

 土砂降りの中で濡れネズミになっていた彼女は俺を見つけた瞬間に訳の分からない事を喚きながら号泣をしてしまったのだ。大雨で人が少ないとはいえ目立つ彼女を無理やり引っ張り込んでここに押し込み、生涯で買う事なんてないと思われていた我が母校のグッツ体操着一式を自分と彼女の分を購買で買って半ば無理やり着替えさせた。

 

 もうここまで思い返しただけでも、字面だけでも犯罪臭が半端ねぇな。今頃、飛び交っているであろう俺の噂話がどんな尾びれを振るっているか怖すぎて想像することすらしんどいわ。まじべーっわ。

 

 フワフワと現実逃避をする俺は彼女の号泣していた時の支離滅裂な言葉を纏めて思い返す。

 

 

 曰く、自分のせいで俺が謹慎なんてくらった事。

 

 曰く、武内さんに抗議してコテンパンにされた事。

 

 曰く――――ソレを挽回するために頑張ったが、仁奈の一言でソレが取り返しのつかない事だと思い知って耐えきれずに逃げ出したという事。

 

 

 そのどれもこれもを何度見返しても俺が出せる結論はたった一つだ。

 

「大槻」

 

「……なに?」

 

 呼ばれ顔をあげた彼女は普段の輝きが嘘のように消沈して、目には暗い光を宿している。そんな、彼女に距離を詰めると怯えるように一歩だけ彼女は後ずさる。

 

 勝手に押し掛けてきて、近づいたら離れるとは身勝手なやつである。だが、そんな彼女に頓着せずにさらに詰め寄っていく。

 

 離れては詰めて―――やがて逃げる先もなく壁際に追い詰められた彼女は心底に怯えた表情で目を瞑る。そんな彼女の両頬をそっと手を添えて

 

「馬鹿かお前は?」

 

「ひぎゅっっ!!!?」

 

 

 全力で頭突きをかましてやった。

 

 珍妙な悲鳴を上げてのたうち回る彼女の首根っこを捕まえて猫の様に持ち上げ、目線をまっすぐに合わせる。

 

 涙と激痛に戸惑いながらも―――その目は初めて俺をまっすぐと見た。

 

「お前を行かせることを決めた時点で俺はこうなるって知ってた。――――俺の責任にお前がでしゃばるな」

 

 そんな、突き放すような一言に彼女が何かを口にする前に、その先を重ねていく。

 

「大体、武内さんの言うことに何一つ間違いなんてねぇだろ。あんな事を何事もなく許すわけにはいかねえんだよ。それでも、俺とお前はやった。それに文句を言うなんざ筋違いもいい所だ」

 

 当たり前の話だ。俺が決めるられる権限を越えた事は、本来なら即刻クビだって文句を言えない勘違い行為だ。ソレを決行した俺もこいつも罰せられるべきことだ。

 

 それに、更にこいつは酷い勘違いを重ねている。馬鹿のくせに賢しらな言葉を知ったか振って悲劇のヒロインごっこに興じるこいつは一番根本的な部分を忘れてやがるのだ。

 

 それが、どうにも俺には納得がいかない。

 

「罪には罰?じゃあ、お前は“罰は受けるので人を殺させてくれ”っていえば受け入れんのか?それこそ酷い勘違いだろ。罰を受けたって“許される”なんて限らねぇんだ。自分を痛めつけて許された振りなんかしてんじゃねぇ」

 

「だ、だって、それじゃ―――どうすればいいの?」

 

 目尻に溜まった雫は激痛のモノから、悲痛のモノへと切り替わり―――迷子の様に問う彼女に心底呆れる。

 

 んなことは幼稚園の頃に誰だって教わっている単純なことだ。

 

 単純で一番大切なことだ。

 

 

 許して欲しい時に言う言葉など――――決まっている。

 

 

「“ごめんなさい”って謝るのが最初だろうが」

 

「―――――っっ!!」

 

 そんな単純な事に、彼女は初めて知ったかの様に目を見開く。

 

 勝手に自分を追い詰めて、勝手に罪を背負った気になって償われた気分に浸るなんてのは欺瞞だ。そんな自己満足なんかより先にすべきことがきっとあったはずなのだ。

 

 真剣に頭をさげて、それでも失ったものを取り戻すために学び―――そこから、自分の過ちを背負わねば意味がない。

 

 だから、彼女は―――――そこからやり直さなければならない。

 

 

「そのココアのみ終わったら謝罪リレーに行くぞ。お前のせいで、やることが一気に増えちまった」

 

「―――――――うん」

 

 押さえていた頬を開放し、俯いたその頭を軽く叩いてやると彼女は小さく、それでも確かに強くくぐもった声で答えてくれる。

 

 

 

 窓の外に目をやれば雨は上がり、夕焼けに虹が描かれている。

 

 

 

 泣きじゃくる微かな声を聴かないふりをするには十分な時間つぶしだ。

 

 

 

―――――――――――――――――――― 

 

 

その後、というか 後日談

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 あの後、探し回ったメンバーから始まり、武内さんたちや、あの日の関係者に一件一件頭を下げまわって、何とか各所からお許しを頂けたのだ。何より、最後に謝りに行った美嘉の本気の心配からの叱責と二度とあんなことをしないという二人の約束は感動的ですらあって枯れた俺の心にもクスンと来てしまう事があった。

 

 そんな事を乗り越えた大槻も吹っ切れたのか晴れ晴れと、見事に復活を果たしたのである。ただ一つだけ誤算をあげるとするならば―――――――

 

「ええ、はい。そっちの見積にはゆとりを持ってるんでその程度なら『比企谷さーん!これってスケジュールのここは変更ってことでいいのかな!?』――はい!!最新版あるんでそっちで進めてください!!―――あ、すんません。なので、そのまま―――『比企谷くーん!!』………お願いします」

 

 

 一緒に頭下げに回った俺までお許しを貰ったせいで、見事復帰(強制)させられてしまったことぐらいである。――――ちくしょうめ。

 

 

 そんな独白と共にため息を一つ漏らす間にも絶え間なく俺を呼ぶスタッフと、携帯の着信音に急き立てられ――――俺は今日も元気に社畜へとなり下がったのである。

 

 

「「「「「比企谷(くーん、さーん、)!!!」」」」」

 

「いまいきますよ(怒!!!!!!」

 

 

 

―――― 

 

 

 

 

 激動の一日を今日も乗り切り、スタジオの喫煙所にようやくたどり着き染みわたる煙草に大きく疲れを滲ませて息を吐き出すと―――体当たりの様に首っ玉にしがみついてくる少女が大音量で話しかけてくる。

 

「“はっちゃん”お疲れ―――!!ねえねえ見た見た見たっ!!今日の唯超いけてなかった!?褒めて!全力で頑張った唯を超褒めて!!!」

 

「……うっせぇ。まず、火を持ってるときに突っ込んでくんな“大槻”」

 

 ぐりぐりとどっかの大型犬よろしく頬をこすり付けてくる彼女を無理くり引きはがして、追い返すと彼女は不満そうに頬を膨らませる。

 

「あ、また唯のこと“大槻”って呼ぶ!!ちゃんと下の名前で呼んでよ!!」

 

 プリプリと無邪気に憤る彼女にあの時の暗さは見られない。それどころか彼女はあれ以来ただでさえ高かった人気をさらに高める様な活躍を残している。それだけで済めばよかったのだが――――あれ以来、俺に対してのスキンシップが随分と過剰で暑苦しい上に図々しさも増している。

 

 プリプリと文句を言いつつも、今度は一転してケラケラと今日の活躍を語る彼女に小さく苦笑を漏らして考える。

 

 

 無思慮の様で意外と考えていて、雑なようで繊細で、無邪気なようで悪意にはめっぽう撃たれ弱い―――他人との距離の取り方が不器用なこの少女。

 

 かつて自分の隣にいたお団子頭の少女がそうであったように――――きっとこの少女もいつかは自分の友人の様に大人びて落ち着く日が来るのだろう。

 

 なら、その時が来るまでは――――ちょっとだけ彼女の他愛の無い好意という勘違いに付き合ってやるのも年上の務めだろう。

 

 そう思って俺は煙を空に溶かしつつ、言葉を紡ぐ。

 

 

「あと、六年はええよ」

 

「はぁっ!!なんで、いますぐよびゃーいいじゃん!!はっちゃんのケチ!!」

 

 

 むくれる彼女に今度こそ大笑いして答える。

 

 

 きっとその頃には彼女も大人になって――――――そんな約束も忘れるくらい高みに上っているであろうことと祈りと、自虐を込めて

 

 

 

俺は彼女に  

 

  優しく微笑んだ。

 




('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。

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_(:3」∠)_


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いい夫婦の日

いい夫婦の日 記念作品。

そんな記念すべき日にみんなが心温まる作品にしました(笑)

今日からストックが切れるまで毎日夕方6時に定期更新だよ!!

放置しててごめんね!!


 

 窓の外に深々と降り積もる雪の音。その何処までも続く真っ白な世界はずっと見ていれば吸い込まれてしまいそうなほど静まり返っているけれども、それをかき消すかのように自分のいるキッチンは騒がしく鍋は踊り、オーブンは軽やかにタイマーを鳴らす。

 

 それに追い立てられている自分がそんな感傷に浸っている暇がないのは―――まあ、幸せなことなんだろう。

 

 そんな事に一人苦笑を漏らしつつ時計に目をやれば――――

 

「「ただいまっーーーー!!」」

 

 我が家のわんぱくギャング達が時間ぴったりに玄関を蹴破らんばかりに雪崩れ込んできて私の元に一直線。だが、それが母である私に一番に会いたくてなんて殊勝な心掛けによるものでないことなんてとっくの昔に学習済みなのだ。

 

「ねぇねぇ、ママ!ママ!!今日のご飯なに!!?カレー?肉じゃが?」

 

「違うわよ!この前、箪笥にオンザシチューがあったからきっと“掛けるシチュー”よ!!?」

 

「どっちも違います!というか、火の元の近くで跳ねない!!あと、雪は払ってから入ってくるように言ってるじゃないですか!!!」

 

「「うひゃーーー!!」」

 

 

 あーだの、こーだの姦しく周りを飛び回る猛獣達の頭の上で揺れる特徴的なアホ毛をひっ捕まえ雷一括。それでも愉快そうに笑い転げるおバカ姉妹に溜息一つ零して、二人が散らかしてきた雪を片付けてきたのか、遅れてキッチンに入ってきた陰に八つ当たり気味に文句をチクリ。

 

「“貴方”からもこの二人にちゃんと言い聞かせてください?」

 

「分かっちゃいるんだが……どうにも、“お前”そっくりの顔で上目遣いされると弱いんだよなぁ」

 

 私のジト目に困ったように苦笑する彼の見え透いたおべっか。そんな見え透いた手法なのについつい口元と目尻が緩んでしまう私“十時”改め“比企谷 愛梨”はふかーいため息と共に愛しの旦那さんである彼“比企谷 八幡”にひっ捕まえているアホ毛を差し出して一言。

 

 

「おべっかはいいですから、さっさとお風呂済ませてきてくださーい?」

 

「「「いえす、まむ」」」

 

 

 一糸乱れぬ動きで敬礼するその姿に根負けして笑ってしまいました。

 

 

 外の寒々しさなんて感じる暇のないくらい騒がしく温かい毎日。そんな日常が当たり前のように続いてく今が、本当に愛おしい毎日です。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

「起きてるときが嘘みてぇに寝るのは一瞬なんだよなぁ…」

 

「寝てるときは本当に天使の寝顔なんですけどねぇ?」

 

 静かに寝息を漏らしてお互い身を寄せ合うように夢の世界に旅立つ二人は本当に見ているだけで一日の疲れが癒される。――――そして、その寝顔を収めつつ子供部屋の扉を閉めると訪れる自分にとって待ちわびた時間。胸の奥から零れるその欲求を素直に表現するために隣にいる彼に思い切り抱き着く。

 

「いや、もう十年経つけどいまだにコレも気恥ずかしいな…」

 

「むしろ、二人が寝静まるまで我慢してるだけでも褒めてくれていいんですよ、“ハチくん”?」

 

 この時間だけの特別な呼び方に彼は照れたように頬を掻くのを見て、相変らずな事に小さく笑って彼の腕を暖かいリビングへと誘う道すがら、思い返す。

 

 あの激動の時代を乗り越え、デレプロが解散してからしばらく。アイドル以外の女優やコメンテーターとしての仕事が板についてきた頃に彼と結ばれたのが十数年前。

 

 それからしばらくしてお腹に宿った子供を地元で育てたいという私の我儘を聞き入れてくれた彼と共にこの雪の降り積もる国へと帰ってきて随分と経つ。お互いの仕事柄や彼の事を考えればあまりに身勝手な提案だったのに、彼はほんの数秒だけでソレを受けてくれた。

 

 不便な土地だと、無理をしなくていいと、こっちが逆に問い詰めてしまう私を笑って抱きしめた彼が――――今でも忘れられない。

 

 

「嫁が急ににやけ出して気味が悪い件について」

 

「む、気味が悪いとはなんですかー。誰がどう見ても聖母のアルカイックスマイルですー。うりゃ」

 

「おい」

 

 いつの間にかリビングにたどり着いていたのか、ソファで彼に寄りかかるように座っておりその温もりを堪能しつつも、彼の軽口に抗議の声を漏らしてさらに体重をかけていく。抗議の声も何のその、よじよじと腕から肩、お次は彼の膝によっこいしょ。

 

 無残にも押し倒された形になる彼が零そうとする文句を、年の割に瑞々しい唇でちゅるりちゅるちゅら。

 

 

「「………ん、ぁ。……………」」

 

 

 熱の籠った吐息だけが雪の降り積もる静かな夜にくぐもって響き、そして、余韻をかみしめるように彼の口唇を柔らかく吸って体を起こす。

 

「……愛梨、あっつくなって来ちゃいました ねぇ?」

 

 彼との間に淫らに繋がる唾液の端を見せつけるように舐めとって、いつもの“合言葉”。

 

「…いつもより―――っつ」

 

 彼の上で腰を焦らすようにこすり付け、胸板に置いた指で掠るように彼の弱点をひっかく。それだけで言葉を呑み込み元気になる彼に気分がずっと良くなって、じんわりと熱を帯びてきた体に羽織っているセーターを彼の手をそっと導き耳元でそっと囁く。

 

「   三人目、そろそろ 欲しくありません?    」

 

 

 

 その囁きを聞いた瞬間に彼が、ねつれっつに私の唇奪ってほこりっぽさが……?

 

 

 ほこりっぽさ?

 

 

杏「あー、十時さん?杏の抱き枕とソファーを使うのは構わないんだけどー、涎まみれにされるのはちょっとーーー」

 

十時「あれ? 可愛い子供二人と 愛しのハチ君は?」

 

杏「……いや、寝ぼけてるのは分かってるんだけど―――いや、杏が悪かったよ。いい夢をみて」

 

 虚ろな目で立ち去る杏ちゃんを目で見送るついでに周囲を確認。愛しのマイホームは何処にもなく、周りを見回してみると普段と変わらない事務所。さっきまで熱烈に愛を交わして抱きしめていたはずの彼は程よい反発力の抱き枕のくまちゃん(涎まみれ)にすり替わっており―――?

 

 

 これっていわゆる・・・・

 

 

十時「ゆ、“夢落ち”って奴ですかーーーーーーーーっ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 彼女のその悲痛な慟哭は346本社の隅々まで響き渡ったそうな。

 

 

 

 ちゃんちゃん

 




('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。

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_(:3」∠)_ 増えろデレマスSS


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吹雪の夜に

夕方6時に定期更新。

大掃除の気晴らしにでもなれば。

さてはて、今回は美優さん回!!

もうタイトルからえろーーい ←


 世の中、あてにならない事ばかりだと私“三船 美優”は思います。

 

 例えば、新作アロマの発売日だと期待に胸を膨らませて店舗に行けば発売延期となっていたり。

 

 例えば、目玉焼きを作ろうと思って割った卵に黄身が入ってなかったり。

 

 例えば、“アットホームでストレスのない職場”と評価が高かった前職場ではセクハラと嫌がらせで散々であったり。

 

 

 例えば―――――チラつく程度というはずだった雪が、いつまでもどこまでも降り積もってゆく天気予報だとか。

 

 

 そんな独白をカップから立ち上ぼる濛々とした湯気の先で降り注ぐ雪を眺めつつ零して、事務所にいるもう一人の青年の声へと意識を戻します。

 

「ええ、はい。中止できるものは業者へのキャンセルと払い戻しなんかの事後処理込みで大体の対処は今さっき一通り。外せない収録がある連中は女子寮に念のため移ってもらってたのでなんとか。明日の朝のそれぞれ送ってく予定ですね。それらの一覧は―――――」

 

 膨大なファイルとパソコンを濁った眼で睨むように見比べつつ、電話先の偉丈夫に淡々と業務報告をしてゆく彼“比企谷君”。長らく続いた報告と調整。でも、ソレもようやくひと段落ついたのか、電話先から零れる低く小さな声が労いを呟き、彼はいつもの様に皮肉気な愚痴で答えて受話器を置いた。

 

「……お疲れ様です。武内さん達からは何かありました?」

 

「新幹線に飛行機、車にフェリー。移動手段は全滅で慌ててホテルにちひろさんと逃げ込んだそうですよ。帰れるのは交通網が復活してからになりそうっすね」

 

 受話器を置いたまま深ーーくため息をついて動かない彼にほんのりと苦笑を漏らしつつ、先ほど入れたココアを差し出せば小さく手を拝むようにあげ受け取り、口をつける。その温もりに若干でも緊張と疲労が和らいだのか今度はちょっとだけゆとりのある苦笑でそう呟いて、恨めし気に窓の外で降り積もるソレをねめつけている。

 

 天気予報を大きく裏切って関東どころか、本土全体を覆うくらいに急成長した分厚い雪雲。その猛威はほぼすべての交通機関を直撃して完全にマヒさせてしまいました。今やニュースはてんやわんや。かなり遅い時間であるのに関わらず周辺ビルやこの大きな346本社にも多く明かりが灯っているのは雪害の対応に追われている人々か、帰宅難民としてとりあえずの避難をした人が多いからだろう。

 

 何しろ、今現在の私たちがそうであるのだから、さもありなん。

 

 “まさか、でも、大丈夫だろう”なんて思いつつ空を伺いつつ二人で仕事をして、アイドル達を全員送り返した定時間際。ついに、真っ暗な雲がその溜まりに溜まった鬱憤を爆発させました。

 

15分で大きな道路に見事なおしろいを施したその威力に二人で冷や汗を滝のように流して途切れることなく鳴り響き始めた電話やメールに必死に対応する事、数時間。雪によって問題が発生した各種業者への指示や、テレビ局の予定変更、ライブなんかの中止問い合わせ。それを乗り切った先に帰ることもできないとなると、彼でなくたって睨みたくもなるでしょう。

 

「……一応、聞いておきますけれど。比企谷君はこの後どうするつもりですか?」

 

「俺は…宿直室か仮眠室でも借りるとしますよ」

 

「あー、それなんですけど…」

 

 まあ、妥当だと言えるその結論に言葉を濁す私に、彼は眉をしかめ、その先を予想したのか苦虫を噛み潰したかのような顔を浮かべる。おそらく、残念ながらその通りです。

 

「さっきの報告の間に問い合わせたらもうそっちは一杯だそうです」

 

「………ですよねー」

 

 この346本社。豪華な見た目を裏切らずに設備も充実しています。それこそカフェやエステ、トレーニングルームなどの中には仮眠室や宿直室なんかもあったりするのですが、勝手に誰かが住み着かないようになのか基本的に申請と予約が必要だったりします。まあ、それだって平時の空いているときは好きに書き込みベッドに潜り込むこともできるのですが現在は非常事態。

 

 ましてや、各部署の社員からの要望もそうですが、タレントや女性社員を優先的に使用させるようにという常務のお達しがあり、あっという間に満席。そのほかの社員は現在各自で寝なかったり、椅子で簡易ベッドを作ったりとそれぞれ逞しく対応を強いられている状態だそうです。

 

 まあ、睡眠もそうですが食糧事情も中々切迫しているようで、近隣のコンビニは全滅。カフェの食材や、緊急用保存食もあるにはあるそうですが今晩は温かい物にココであり付くのは…諦めたほうがよさそうです。

 

「美優さん……都心ってホントに大災害起きた時に生き残れるんすかね?」

 

「私もそこはかとない不安を感じます」

 

 軽口に私も苦笑して答えると“くわばらくわばら”なんて呟き、事務所の角に纏められていた不用品を漁り始め、厚手の段ボールを一抱えした彼がこちらに振り返ります。

 

「俺はテキトーに何とかするんで、美優さんはそこのソファー使ってください。毛布がわりには薄いですけど、ちっひのひざ掛けなんかが引き出しに何枚か入ってるはずなんで」

 

 なんてことのないようにそう言って部屋を出ていこうとする彼を慌てて引き留めます。

 

「そ、そんなの抱えて今からどこに行こうとしてるんですかっ!?」

 

「いや、適当なロビーとか暖房効いた部屋に」

 

「……ここではダメなんですか?」

 

「男と同室って時点で駄目でしょ」

 

「――――――――へ?」

 

 

 

 男?   同室?   駄目なのは――――私に気を使って…?

 

 

 

 彼に呆れたように言われた言葉が飲み込めず呆けた顔を浮かべてしまった私は、追いついたその思考がたどり着いた結論に思わず吹き出して笑ってしまいました。

 

「ふっ、ふふふ――いえ、すみません。決して馬鹿にしているとかそういう訳じゃないんですけど……くくっ。比企谷君って、そういうところ意外と紳士ですよね」

 

「……妹に手厳しく躾けられてるもんで」

 

 急に笑い出す私に若干の不満と呆れを混ぜたような色が彼の瞳に宿る―――そのあんまりに自然な気遣いとお人好しさ。それが、妙にくすぐったくて。

 

 嬉しくて  新鮮で。

 

 ここで知り合った友人たちがこぞって彼をからかいたくなる気持ちがなんとなく分かるような気がします。あの子たちが彼に構って貰いたくなる気持ちもいま分かりました。きっと、どんなに甘えても許してくれそうなこの青年の根っこの部分を何度だって味わいたくて誰もが彼の周りに集っていくのでしょう。

 

 でも、それに甘えてみたくて心の何処かで疼き始めた悪戯心はそっとしまい込んで、零れた笑いと涙を拭い取って、彼よりちょっとした年上としての威厳を精一杯ふりしぼって言葉を紡ぎます。

 

「職場が職場ですからそういった気遣いはとても大切だと思いますし、嬉しいです。でも、私はただの事務員ですからそこまで気にしないで大丈夫ですよ?

 

 それに、明日も朝早くからあの子たちの送迎をしなければいけないのに、空いてるかも分からない部屋を探して凍えて過ごした上に、ご飯まで食べないで済ませるのは絶対によくありません」

 

「いや、そりゃ叶う事なら俺だって安眠したいっすけど……」

 

 当然の事を言う私に困惑する彼に、続く言葉を一瞬だけ逡巡。

 

 そもそも、男性との関りどころか人間関係が絶望的に下手糞な自分が今から言おうとしている言葉はあまりに荷が重い。言葉を紡ぐ前にその意味に顔が真っ赤になって、声が震えそうになるのを必死に抑え込む。

 

 でも、きっと、こっちが少しでも無理していることを悟れば彼は絶対に今から言う提案を呑むことはしないだろう。

 

 そんな彼だから言える。

 

 そんな君だから―――言われるまで同じ部屋で眠ることを全く気にせずいられた。

 

 

 だから、私も―――精一杯になんて事のないように言葉を紡ぐ。

 

 

 世の中当てにならない事ばかりだ。

 

 でも、昔の偉い人は“当てようとするから外れる”と言ったそうです。

 

“期待”や“信頼”なんて言葉や想いを横着して無責任に放り投げるから外れる。

 

だから、本当に大切なものはちゃんと相手に向かって、しっかりと渡すことにします。

 

色んな部署から悪評や批判を受けているこの場所や、ここにいる人たちには―――それくらい真摯に向き合いたいと思えるくらい救われているから。

 

 

 

「私の家、歩いて帰れる圏内なので――――今日は泊まっていってください」

 

 

「……は?」

 

 

 

 私の提案に唖然とする声が、雪の降り積もる事務所の中で小さく響いたのです。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 はてさて、雪は“しんしんと”なんて形容句が一般的だったが、“どさっと”降り積もり首都圏に交通マヒを引き起こし、哀れな社畜に多大な残業を引き起こした雪模様。

 

 鳴りやむことなく続く電話やメールの対応が終わったのが夜も更け、俺の顔も老け切った夜遅く。帰りの電車は運休、上司にした報告の連絡では“しばらく帰れそうにないから上手くやってくれ”なんて無責任に言われたので“特別手当よろしく”なんて嘯けば“期待していてください”との事。

 

――――いや、金さえ貰えりゃ働くって意味じゃなく、“休ませろ”とか”管轄外です“って事を伝えたかったんですけど。

 

聞いてませんか、そうですか。

 

 

「比企谷君、散らかってますけど…どうぞ上がってください」

 

 

 数十分前にしたクソ上司ズ達とのバッドコミュニケーションを降りしきる雪を眺めつつ思い出して現実逃避していると、後ろから掛けられる静かな声に引き戻される。その声のあまりの無警戒さに深くため息をついて自分は一体何をやっているのかと改めて意識する。

 

「……やっぱり、事務所に戻ります。要望通り無事に送り返しましたし」

 

「いまさら何を言ってるんですか。早く入ってください」

 

 美優さんに降り積もる道すがら頭や肩に積もった雪をざっくりと払われ呆れたように呟かれる。そんな事を言っている彼女にもそもそも俺は随分と抵抗したのだ。

 

 喧々囂囂と言い合いをしていた俺たちは最終的に『そうですか、そんなに言うならもういいです。帰り道に私が行き場を失った暴漢に襲われても、きっと比企谷君はここの事務所で気持ちよくぐっすり寝ているんでしょうね…。暴力を振るわれて泣き喚く私なんか気にもなりませんよね…。いえ、“送ってくれ”なんてそもそも私ごときが図々しかったですよね……』といじけ始めて白旗をあげさせた人がなんでそんな俺を困った子を見るように見るのか納得がいかない。

 

 それでも、今更に20分も歩いてきた雪道をまた戻る徒労と、この呆れた目を向ける彼女の自覚のなさになんだか全てがどうでもよくなり俺は渋々と彼女の家へと踏み入った。

 

 

――――

 

 都内のど真ん中にある346本社の徒歩圏内というのでとんでもないマンションに住んでいるのかと思えば、意外と都内の裏路地にあるこじんまりとしたみずぼらしいマンション。それでも、内装を見ればリノベーション工事でもしたのか、見た目以上に整っていて小さく驚きを飲み込んだ。

 

 こんな物件を掘り出した細やかさと、イメージ通りに大人の女性らしい小物で装飾されている室内。それと、男の家ではそうそうに嗅ぐことのない特有の甘い香りは彼女の趣味だというアロマの香りだろうか?

 

 そのイメージを裏切らない内装に落ち着かない気分になりつつも歩を進め、リビングへとたどり着く。小綺麗なガラス張りのローテーブルや小柄で品のいいソファー。それに、飾られる見た事もない綺麗なガラス製の調度品。そして―――――部屋の隅に鬼の様に積まれた数々の酒瓶と乱雑に寄せられたパーティーグッズの山々。

 

「……女性の部屋について早々に不躾なんですが、あの頭の悪い大学生の部屋にありそうなグッズと酒瓶の数々はなんすか?」

 

「ここ、事務所から近いのでよく楓さん達が泊りに来てくれるんですけど…そのたびに皆が持ち寄ってくれるのであんな感じに纏めています」

 

「まんまと溜まり場にされてるじゃないですか……」

 

 どおりで最近は成年組が、朝まで飲んでたであろう酒臭さを漂わす割にはしっかりと遅刻することなく集合している訳だ、なんて変な所で疑問が解決した事に呆れつつも美優さんに嫌味をチクリと投げかけてみれば“私、大学の時も友達と夜更かしとかしたことなかったので…楽しいものですね”なんて嬉しそうにはにかむ彼女。

 

 一瞬だけその表情で良い話風に誤魔化されそうになったが、多分、騙されています。

 

 それを伝えぬ一片の慈悲くらいボッチの俺にもあるので特に触れず、そのガラクタの山に近づきどんなものがあるのかを見させてもらうことにする。―――部屋の他の部分を不用意に見るよりはおそらく穏当な時間潰しにはなるだろう。

 

「ツイスターゲーム?」

 

「あぁ、それをやった時に奈々ちゃんが腰をやっちゃって大変でした」

 

「あの腰痛はこれのせいかよ……」

 

 物色する俺を横目にキッチンの方へと向かった彼女の返答に肩を落としつつ、脇に寄せ次の品を物色する。

 

「スーフ〇ミ…」

 

「爆裂マンとか、マルオとか、単純なのにずっとやれちゃう魅力がありますよね。…ナナちゃんが色んなソフトを実家から持ってきてくれるんですよ」

 

「…もうなんか隠す気がないっすよね、あの人も。―――これは、うそ発見器?」

 

「あぁ、早苗さんが“取り調べを行う”ってドンキで買ってきた奴ですね。その時も奈々さんが―――」

 

「オチが読めたんでもういいっす。というか、あの人ばっか火傷してんじゃねえかよ…」

 

 バリエーション豊かに出てくるパーティーグッツとソレらの由来を語る美優さんの声をBGMに漁っているのが若干楽しくなり始めてきた頃、ふわりと薫る優しい匂いが鼻孔を擽り腹の虫がうなりをあげた。

 

「作り置きで申し訳ないんですけど…味の方は楓さん達が保証してくれているので大丈夫だと思います」

 

 そういって彼女が持ってきてくれたお盆には里芋やキノコ、牛肉など様々な具材がこれでもかと澄んだ汁の中でひしめき合っている独特の汁物と、つやつやと輝く新米と思しき白米が濛々と湯気を立てながら並んでいる。

 

 なんだかんだと言ってはいても、空腹の体は素直にその旨そうな食事に歓声を上げて思わず涎まで密かに出てきてしまう。だが、それ以上に―――

 

「アロマとかそういう物より、こういう飯の香りの方がほっとしちゃうのは自分の感性が小庶民すぎるせいですかね?」

 

「分かる気がします。私も実家に里帰りしたときは母のご飯を前にするとやっぱり“ほっ”としますから。―――せっかくですから冷めないうちに食べちゃってください」

 

 俺の色気もクソもない戯言のような言葉に彼女は苦笑をしつつも同意をして、俺にソレを進めてくれるので軽く手を合わせてそれらに口をつけていく。

 

 白米と具がたっぷりの芋汁は冷えて、飢えていた体に溶けるように消えていき気がつけば促されるままにそれぞれ三杯もお代わりをしてしまう程に旨く、美優さんが楽し気に“うどんもありますけど食べますか?”なんて空の鍋を見せてくるまで夢中で貪っていた事が無性に恥ずかしさが湧き上がり、それを何とか固辞する。

 

 あれだけ飯なんかいらないと言っていたくせに人の家の飯を貪るとはどんな教育を受けているのか、親の顔が見てみたい。―――――思い返した両親の顔は蔑むような眼で俺を睨んでいたのであっちもそんな教育をしたつもりはないようだ。

 

 不肖の息子で申し訳ございません。

 

「ふふ、やっぱり男の子なんですね。見ていて気持ちがいいです」

 

「いや、ほんとにスンマセン…。あまりに美味くて――――って、なんですかそれ?」

 

 食器を下げてくれた彼女が零した言葉にしこもこと見苦しい言い訳をしぼり出していると、何食わぬ様子で目の前に置かれたもの。綺麗でおしゃれなガラス張りのローテーブルにはどうしたって馴染まぬソレがでんと鎮座した一升瓶。

 

 その意図と、唐突さに困惑した俺が思わず彼女に問い返すと不思議そうに首を傾げられる。

 

「えっ?―――違う銘柄が良かったですか?」

 

「違う、そうじゃない」

 

 隅に積まれた大量の酒瓶に視線と歩みを向ける彼女を思わず素でツッコんでしまった。

 

「いや、男を部屋に入れてる時点でアレなのに酒まで飲ませるとか――何があっても知りませんよ?」

 

「――――――何か、するつもりなんですか?」

 

 あまりに無防備すぎるその行動を諫めるためにちょっとだけ強めの語気と視線で彼女の手を掴んで引き留める。そんな俺と、引き留めるために握られた手を交互に眺めた彼女は心底と不思議そうに首を傾げてそう問い返すのだから――――俺は

 

 

 

  → ・深く、ため息をついて天を仰いだ。

 

    ・その華奢な細腕を強く引き寄せた。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「―――いつか痛い目みますよ?」

 

 何とかそう絞り出した俺は、回復した心労がまたずっしりと肩にかかるのを自覚してうなだれ“なるようになれ”なんて自暴自棄にそう吐き捨てる。その勢いのまま一升瓶の脇に置かれたおしゃれな切子グラスに荒っぽく中身を注ぎ、一足に飲み干す。――――存外に、甘くない辛口のその飲み口が今の気分に合っていて良い酒だと素直に思った。

 

 それでも、不機嫌そうな顔は保ったままソレをチビチビと舐めるように飲んでいると、耳を楽し気な笑い声がくすぐり、向いに座り直した彼女がそんな俺を面白がるように見つめて自分のグラスにもソレを注いで、一口。

 

「そういう下心がある人って覿面に分かりやすいですから、ちゃんと分別はつけてますよ。―――こうやって安心してお酒を飲むなんて、普通の男性となんて絶対に無理です」

 

 グラスを離すとともに呟いたその一言は理性的で、ほんのちょっとの暗さを含んでいる。

 

 かつて、セクハラと嫌がらせと、無関係な痴情のもつれに巻き込まれた末に前職を辞めたという彼女のその一言はきっと字面よりずっと重く、深い。ただ、大体がこんなクズを家に呼んでいる時点でその選球眼も大分難ありである。

 

「ソレに、他のみんなが比企谷君と飲みに行った話を聞いたりしてちょっとうらやましかったんです」

 

「……あの面子には無理やり連行された記憶しかないんですけど?」

 

 遠くを見つめるようにグラスをくゆらしてその波紋を楽しむ彼女は俺が呟いた反論に苦笑を漏らす。

 

「武内さんやちひろさんは凄く良くしてくれますけどやっぱり上司ですし、楓さんや奈々ちゃん達はアイドルで何処かで一線があるじゃないですか。そういうのを関係なく深く楽しくやり取りしてるのを聞いてると―――ずるいなぁ、って思います」

 

「………いや、体のいい鬱憤の捌け口にされてるだけでは?」

 

「そういう事じゃなくて…いや、ある意味そうなんでしょうか?でも、そういうのってやっぱ、えー、と……ふふっ、言いたいことがよく分からなくなってきたので単純に行きましょう――――たまには唯一の平社員同士で語りませんか?」

 

「もうすでに大分に酔っぱらってますね。大体、んな改めて話すこともないでしょうに…」

 

「そんなことありませんよ?例えば、仁奈ちゃんの可愛さだったり、際限なく増えるアイドルだったり、本社の経理担当に会うたび嫌味言われたり~、―――」

 

 言いたい言葉がまとまらず強引に纏めに入った彼女に呆れたような視線を向けつつ、彼女が指おりあげていくたわいない話題に苦笑を漏らし、減ったグラスに中身を注ごうとして―――

 

 

「あとー、あっ、比企谷君っていう程にボッチじゃないですよね?」

 

「あぁん?」

 

 

 聞き捨てならない言葉に滅茶苦茶に低い声が零れた。

 

 睨むように見据えた彼女は不敵に微笑みつつ、グラスを舐める。

 

「前々から思ってたんですけど“ボッチ”を名乗る割には高校時代の知り合いの話とか、恩師とか、休日に予定があったりとか……正直、ボッチ歴の長い私としては“お前のようなボッチがいるかっ!!”ていうのが個人的な主張だったりします」

 

「…くっ」

 

 ドヤ顔でそう伝える美優さんの言葉に確かに否定しがたい最近の自分の“ボッチ道”へのたるみを突かれ、ひるんでしまう。だが、しかし、その程度の事を黙らせるには十分な経験を俺は積んできている――――プロボッチを、侮らせはせん。

 

「あのパーティーグッズの中にゲームボーイと通信ケーブルありましたよね?」

 

「…? はい、皆で実家からレトロゲームを持ち寄ろうってなって「通信ケーブルを使う程度には友達がいたんですね~、美優さんって」―――それはっ⁉ちがっ」

 

 今度は一転して焦る彼女を満面の笑みで微笑みかけるともの凄く悔しそうな顔を肴に酒を舐めるとさっきよりも大分甘く感じる。やはり、他人の苦渋は最高のみつだZe !!

 

「あれは、小学校の時の女子グループの付き合いで―――っ!!」

 

「へー、小学校は“グループ”にいたんですねー?」

 

「“ボッチデビュー”はそのグループから外されてからが本番です!!」

 

「へー、でも、一度もグループに属さなかった僕にはちょっと“にわか”の気分は分からないので何とも言えないですねー」

 

「あ、あっー!いま、“にわか”とかいいましたね!?」

 

 喧々囂囂と、年頃の男女が一つ屋根の下で“ボッチ自慢”。

 

 毒にも薬にもならぬどころが、損しかない上にためにもなりゃしない。

 

 

 

 それでも―――今日俺はこの唯一の同僚仲間である彼女の素顔を初めて見た。

 

 物静かで、控えめで、子供好きで――――存外に子供っぽく怒り、笑い、自慢して、それでいて母親のように口うるさく、お節介だったりする。

 

 深々と雪が降り積もり続ける都心の中、さっきまでの気疲れを感じていた自分が馬鹿らしくなって苦笑と共に酒で飲み込んでしまう。

 

 一宿一飯の恩、という訳ではないけれども

 

 ブラック企業のよしみという訳でもないけれども

 

 たまにはこうして彼女と仕事以外での、くだらない言葉を交わすのも悪くないと思った馬鹿らしい感傷と勘違いを彼女の必死の反論を聞き流しつつ小さく吐息に漏らして吐き出した。

 

 

 

 




('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。

気が向いたら下にある評価ボタンをぽちっと押して貰えるとあっちの承認欲求がビンビンでさあ。

コメントに見てみたい√とか書いちゃうとわりかしフワフワ生きてるあっちは妄想を膨らませちまうのでよかったら気晴らしにポチっとお願いしまさぁ、へへへ←小物感


_(:3」∠)_ 大掃除辛いゆ


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割れて優美と成せ

試験的に毎日夕方6時に定期投稿。

年越し番組のお供にどうぞ(笑)

今年最後のヒロインは”藤原 肇”たんです。

繊細な陶芸と妄想沼の世界にレッツご招待!!


 あらすじという名のプロフ

 

比企谷 八幡  男  21歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され着いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。

 

 最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。

 

 大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。

 

 アイドルからは最初は腐った目のせいで引かれるが、予想の斜め下ばかり着いてくる会話と根は真面目で誠実であることが伝わると徐々に心は開かれる様だ。また、前向きで頑張り過ぎなアイドルにとっては彼のやる気のない反応が程良い息抜きになる事もあるらしい(だいたい怒られてるが)。ただ、将来のユメが専業主婦と言って憚らないのでよく女の敵だのクズだの呼ばれている。

 

 

藤原 肇   女  16歳

 

 岡山の山奥からやってきた陶芸レディ。アイドルは陶芸活動の踏み台だと割かしはっきり言っちゃったりするが悪気は全くない素直で努力家な女の子である。だが、デレプロに入ってから“お酒ダジャレ魔人”や“和菓子狐”、“カリスマJK”などに絶対に敵わないと感じて自分の限界を思い知らされたことで心の器がぱっきり割れてしまった彼女は――――?

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

皆さんは“大器晩成”という諺をご存じでしょうか?

 

 “大きな器を作るのには時間がかかり、それを成しえた時こそ世間はその価値を知らしめることができる”と言った感じの意味で用いられる言葉です。確かに、世界最大の陶器として知られる茨城の作品は完成まで20か月をようして作成されたその圧巻の姿は作成工程の地道さとたゆまぬ情熱が成しえた世界に誇る威容だと言えるでしょう。

 

 その実例を知っている私にはこの言葉は決して偽りではないと胸を張って言うことができるのです。

 

 

でも―――――ソレが、自分にあてはまる言葉だと過信することができる人って世の中にどれくらいいるんでしょうか?

 

 

 この言葉の残酷な部分は、決して対象がただの凡人ではない所です。

 

 片鱗を見せつつ、地道な努力を死に物狂いでできる―――そんな人だけにこそ、相応しい。ましてや、早生が求められる世界では晩成するほどの時間は誰にも与えられません。限られた期間で、限られたチャンスでそれを掴めない人間に―――誰が、そんな慰めを掛けるのでしょうか?

 

 “栴檀双葉”ともいわれるように、誰もが目を奪われるような才能が世の中にはあります。

 

 例えば、日本どころか世界に名を轟かせた“高垣 楓”さん。

 

 彼女の歌声はハリウッド映画ワンシーンの1分28秒で世界中の人々を魅了させました。

 

 例えば、いまや語り草となった伝説のステージで前評判を覆して人気絶頂であった“デレプロ”と“クローネ”のライブバトルを一人でひっくり返しかけた“塩見 周子”さん

 

 彼女のパフォーマンスと経歴、キャラクターは全ての人の心を魅了しました。

 

 

 例えば――、例えば――――、例えば、たとえば、タトエバ、タトエバ、たとえば――――――――――――――――――――。

 

 

 止めどもなく溢れ、そびえたつ壁。

 

 その壁は、私を厚く、硬く塗り固めて――すっぽりと覆いかぶさります。

 

 そして、ちょっとずつその暗闇は“チリチリ、チリチリ”と音を立てて私を炙ってゆきます。

 

“助けて”と何度も叫びます。

 

“苦しい”と何度も訴えます。

 

 それでも温度は無常にも上がり続けて、のたうつように苦しむ私を焠悩みます。

 

 吸い込む息が肺を焦がし、のたうつ体は触れる全てが激しく焼かれ――――最後に、軽やかな音を立てて何かが崩れる音が響いて、私は砕けました。

 

 

 

 なるほど、確かに。

 

 こんな苦しみの末に陶器が成されるというならば――――確かにソレは逸品でしょう。

 

 ましてや――――こんな苦しみの末に、更に評定されて、砕かれることのなんと残酷なことか。

 

 

 

 やはり、陶芸は人生に通じて―――――なんと厳しく、恐ろしい事か。

 

 

 

 そんな当たり前のことを、私 “藤原 肇” はびっしょりの寝汗と、過呼吸寸前の荒い吐息の中で気づきました――――――気づいて、しまいました。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 夜も明けきらぬ早朝に紛れるように誰もいない事務所に退職届を出してから数時間。

 

 あてどもなくキャリーケース片手に街を彷徨い、白い息をたなびかせていたのですがソレも疲れてきたので河川敷に腰を下ろしてぼんやりと過ごします。流れる雲に、動き始める人々の音。ちょっとの排煙の匂いに青空を串ざす様な摩天楼。微かな音が溢れ始めたこの都心では静寂なんて望むべくもないですが、気分は不思議と清々としています。

 

 とりあえずは、河原に真っ先に投げ捨てた業務用の携帯。

 

 あの音が、レッスンが始まる時間を告げるアラームが鳴るたびに胃袋ごと吐き出しそうになっていた憂鬱と圧迫感が無くなっただけでも随分と清々しい。ただ、問題は清々しいのはその実、頭の中が空っぽになっているだけであってほぼ自暴自棄に何も考えていない状態だというのはさすがに理解できています。

 

「………これから、どうしましょうか?」

 

 自分が砕けた音が聞こえた瞬間に、なんだか全てがどうでもよくなりました。

 

 例えば、寮から着の身着のまま飛び出してきたせいで住まいがない事。

 

 例えば、そのまま燃やしてしまった預金通帳によって無一文に近い事。

 

 例えば、実家に帰ったとしても――――前のように陶芸に向き合うこともできない事。

 

 それら全て。こうなってしまう前ならば自分にはあり得ない選択肢であったはず。それでも、こうして当たり前のように自分は空を眺めて他人事のように今後の事を考えている。

 

「………元アイドルの体っていくら位でしょうか?」

 

「最近のJKの思想がぶっ飛びすぎてこえーよ。もうちょっと段階踏んでから踏み切ってくれ…」

 

 なんとは無しに呟いた独り言を拾われた私はちょっとだけ苦笑と羞恥が湧き上がるのを感じて隣から芳る紫煙の匂いに誤魔化すように答えます。

 

「……聞かれると恥ずかしいものですね。というか、冗談です。いくら自暴自棄でもそんな恩知らずな生き方は出来なさそうです」

 

「早朝から退職届なんてほおり投げていくくせに変な所は生真面目だな」

 

 そもそも、こんな貧相な体が売り物になると思うのすらちょっと自意識過剰なことくらい言われずとも分かっているので、どうかほおっておいて欲しいところです。そんな身勝手な独白を隣で同じように寝転んだ彼“比企谷さん”に軽く呟けば、彼は紫煙をふかしつつ興味無さそうに答え、空を眺めるばかりです。

 

「………連れ戻しに来ましたか?」

 

「阿保いうな。最初から言ってるように辞めるならいつだって喜んで手続きしてやる。だけど、退職届一枚出しただけで辞めれるほど単純でもねぇーんだよ。給与に休暇消費、日程に退職手続き、契約解除その他もろもろ。俺みたいなバイト以外は止めるのにも相応の労力が必要なんだよ。―――つまり、俺の専業主夫という目標がやっぱり最高の職業だとまた証明されてしまった訳だ」

 

「…面倒ですねぇ」

 

「……それ俺に言ってる?手続きに言ってる?」

 

「どっちもです」

 

 そう気だるげに答えると彼は心外そうに鼻を鳴らして、私の首根っこを掴んでひきづって行きます。

 

「……連れ戻しに来たわけではないのでは?」

 

「こんな会社近辺でさも見つけてくれと言わんばかりに拗ねられると他の奴らに見つかる。折角、お前のおかげで労役から解放されたからな。今日は他の奴らに見つからないようにお前を捜索するふりをしてサボる予定なんだ」

 

「……おすすめの方法は携帯をあの河原に投げてみることですけど?」

 

「すでに五回くらい試してちっひに同じ回数殺されかけてる」

 

「――――比企谷さんってやっぱ変な人ですねぇ」

 

「馬鹿にしてるか?」

 

「滅相もありません」

 

 彼とのテンポの良いくだらない言葉を交わしつつも、彼が回していたであろう送迎用のバイクに引きずられているうちに思わず笑ってしまう。普段の自分なら彼の行いに柳眉を逆立てて諫めるところですけれども―――――こんな適当に生きてもいいのかと思うと、羨ましいなんて思えてしまうから不思議なものです。

 

 ですので、首根っこを掴む手を軽くタップして自分の足で立ち上がります。

 

 せっかくの人生初のサボタージュというやつです。折角ならば、どうせ履いて捨てられるだけならば――――その前に思い切り弾けてみましょう。

 

「売れそうにもない貧相な体で申し訳ないですが、せっかくなので思い切り遊びまわしてください。今日だけは破廉恥なことも目をつぶりましょう」

 

「お前が普段どんな目で俺を見てるのかよくわかる一言だな」

 

 そんな軽口を交わしつつバイクにまたがると普段はちょっとその不調気味なエンジンも、彼の見た目より大きな背も、風を切る世界も―――随分と心地よく感じます。

 

 なるほど、窯の外にいる人がなぜあんなに軽薄に日々を重ねるのか不思議でしたが―――これくらいの爽快感があるならソレに酔いしれるのも分かる気がします。

 

 

 そんな、今更な事を感じつつ私は彼の背中をちょっと強めに抱き寄せました。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ひ、比企谷さん。こんな幸せがあってよいのでしょうか……」

 

「まだまだ。これからだぞ?」

 

「あ、そっ、そんなっ!!そんなところ嗅いだらもう…っ!!」

 

 そんな私の哀願と困惑はそのモフモフの毛並みに無情にも吸い込まれ、顔面に押し付けられた愛くるしい猫ちゃんのお腹になすすべもなく脳細胞を癒されて行ってしまいます。言語化できない多幸感と脳細胞を破壊してゆく独特の匂いと安らぎに私は全身を脱力させられてゆきます。

 

 そんなヘブン状態な私達にはかれこれ一日中遊びまわっていたせいか、窓の外には夕日が差し込んでおります。

 

 最初は近郊の温泉ランドに連れられた瞬間に“三時間後に集合”なんて解散を命じられた時は何なんだと思ったものですが、多様な温泉にエステ、出店に休眠スペース。食事処を気ままに回るにはそれでも短かったくらいで、最終的には二時間ほどぐずって延長させてしまう程でした。

 

 その先も、ちょうど昼時だったせいか薫ってきた香ばしい焼肉の匂いに誘われるままに焼肉店に入ってカロリーやニンニクなんかも気にせず二人ではちきれんばかりに食べたり、腹ごなしに卓球に勤しんだり、漫画喫茶で漫画を読み漁ったり――――好き好きに過ごした最終到着店としてこの猫喫茶にたどり着きました。

 

 個室の中で溢れんばかりの猫ちゃん達に囲まれ、私はこの世の春というモノを味わって絶頂間際だったのですが―――――ふと冷静になりました。

 

 

 なんで私はこんな所にいるのでしたでしょうか?

 

 

 そんな根底を忘れていた自分を振り返り、顔に乗っかる猫ちゃん(メリー メス 2歳)を引きはがして隣で猫じゃらし片手に大量の猫に群がられている彼に突っ込みます。

 

「普通に遊びまわってるだけじゃないですかっ!!」

 

「…いや、サボりなんだから間違ってないじゃん」

 

「だって、あんな意味深に連れ去られたらちょっとドキリとするじゃないですか!!それなのに、ただ、本当にくつろいでるだけで!!――――これじゃ、本当に遊びたくてサボったクソみたいなかまってちゃん学生じゃないですか!!」

 

「…それ以外のなんだと思ってたんだ?」

 

 彼に群がる猫ちゃん達を掻きわけ、平然とする彼の首元を揺さぶりながら絶叫するも何てこと無いように答えられてさらに脳内は沸騰していく。

 

「構って欲しくてこんな事したわけないじゃないですか!!私だって一杯悩んだんです!!どれだけ頑張ったって埋まらない差に苦しんで、最高の出来栄えのステージは前座だったって思い知って、他のみんなとは違って自分は輝くことのできない土くれだって思い知らされて―――――だから、だからっ!!…………だか、ら」

 

 激情のまま叫んだ葛藤は、叫ぶほどにあまりの情けなさを自覚して小さくしぼんでゆき、小さく震える声と滲む視界を誤魔化すように彼の胸元を震える手で引き寄せ、頭を押し付ける。

 

 分かってる。―――なんのかんのと理由や人生なんかを引き合いに出したって、こんなのが負け犬の遠吠えだってことくらい。

 

 分かっている。―――結局、自分は窯に入るどころか、ろくろすら回していないただの土くれのままだ。

 

 “こうでありたい”という目標を自分で定め、がむしゃらに練り上げてあの熱量の中に何度だって飛び込んでいく仲間達とは違って――――先も決まらずにただ佇んでいる半端者が、駄々をこねて、拗ねているだけだ。

 

 

「――俺もあんま詳しいわけじゃないけど、割れた茶碗を綺麗に直すやつあるだろ?」

 

「……“金継”の事ですか?」

 

 

 俯き、自分の情けなさに嗚咽を漏らしそうになる瞬間に頭上から思いがけない話題が振りかけられたことにより、反射的に答えてしまいます。様々な修復方法があるとは思うのですが、やはり優美さで真っ先に思い立つのは“金継”でしょうか?

 

 それでも、そんな話題が彼の口から出るのが意外で思わず俯いていた視線をあげてしまいます。その先にある表情が―――何とも底意地の悪そうな笑みを湛えていて、ちょっとだけムッとしてしまいます。人が真剣に悩んでいるときに浮かべる表情としては最低の部類です。

 

「あぁ、そういうのか。――所で、お前がそんなになるまで“敵わない”ってなるのは誰なんだ?」

 

「話の意図が全く分かりませんけど…楓さんとか、周子さんとか――あとは愛梨さんに奏さん他にも―――「くくっ」―――さっきから一体なんなんですかっ!!」

 

 困惑しつつも心に浮かぶ“絶対に敵わない”と思った人たちをあげてゆくと遂には堪えきれないといった風に笑い始める比企谷さんについつい声を荒げてしまいます。もしそうやって話題をすり替えてからかっているというならば、ちょっとどころではなく性格に難ありと言わざる得ないです。

 

「お前が名前を上げた連中もへこむたびにこんな風に荒れてたなと思ったら、な」

 

「―――それはっ、前提が違います!!」

 

 才能があって悩み苦しむ人間と、それがなくて苦しむ人間の悩みには絶対的な差があります。あるはずなんです。そうでなければ――――あまりに救われません。そんな後ろ暗い思考に支えられた否定は彼の小さな苦笑を混ぜた言葉と、頭に軽く添えられた手にあっけなく散らされてしまいます。

 

 

「お前にとってはどんなに綺麗な器に見えるか知らんが、俺から見たらあいつらだって補修痕だらけの使い古した器だよ。それでも、割れが入っても、ひびが入っても、自前のボンドやらなんやらでくっつけて意地を張り続けて出来た模様だ。それを俺ら事務方は知ってるし、ファンだって知ってる。

 

 天目茶碗みたいな見るだけの芸術品ならあそこまで愛されやしねえよ。

 

 一緒に過ごして、割れたり掛けたりしても直してずっと使ってきたからこそ、愛着が出る。

 

 だから、気長に何度だって作り直して。何度だって割れて繋げて見ろ。

 

 それは――――きっと“可能性”っていう奴なんだろ?」

 

 

 なにか眩しい物でも見るかのように目を眇めた彼が私を真っ直ぐ見つめ、そう優し気に呟いた言葉はあまりに重く、いじけていた心の割れ目にじんわりと染み入るように私を苦しめます。だって、それは―――あんまりに残酷な言葉だ。要はあれだけの名器になれるまで、あの苦しみの中で何度だって割れろと言っているのだ。

 

 今だからこそ、なんとなく自分の陶芸が行き詰った理由が分かる気がします。

 

 小手先の技術を覚えて、割らずに優美なものを作れるようになって満足していた。その中には昔の上達への執念も、悔しさもなくなって作業となっている部分があった。

 

 

 そんな姿勢は―――自分のアイドルの活動そのものじゃないですか。

 

 

 レッスンでやれた事を忠実にこなして、そこそこの声援を貰って―――――ずっと上の実力者と見比べて逃げ出す。そんな弱さを“可能性”だなんて皮肉な言葉で例えられるなんてあまりに傷口に染みすぎる。

 

「………私、皆さんより凄くなれるでしょうか?」

 

「知るか。でも、長く使ってりゃ他の茶碗よりお前の方がいいっていう変人もでてくるんじゃねぇの?」

 

「比企谷さんはいつも一言、余計なんですっ!!」

 

 引き寄せていた胸元をもっと強く引き寄せて、頭突きをするような勢いで額を押し付けて――――思いっきり泣きました。

 

 溜まっていた鬱憤も、情けなさも、苛立ちも、悔しさも。

 

 纏まりもないまま嗚咽と共に吐き出して、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら大泣きします。

 

 女子が男性の前で見せるにはあまりにひどい様相ですが、泣いて泣いて零れた雫は割れた心の器の隙間に染み入るように入り込んで―――見事に割れた部分をくっつけて元の形を思い出させてくれます。

 

 上手くやろうだなんて虚栄心という釉薬に塗り固められる前の、不格好な素焼きの部分。

 

 

 それだって、割れが入ってさらにみっともないけれど――いつかこんな自分でも選んでくれる人がいてくれるといいな。

 

 

 そんな独白を胸に、私はもっと強くその胸元に顔を強く押し付けた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

~~~ 本日の蛇足 というか 後日談 ~~~

 

 事務所の中でポチポチと無機質なタイプの音が響かせる中、ついに俺もその圧力に屈してしまい声をあげてしまった。

 

「藤原」

 

「“肇”です」

 

「……肇さん」

 

「“さん”もいらないんですけど……なんでしょうか?」

 

「なんでも何も――――ずっと隣に立たれてると気が散るんすけど」

 

「いえ、この間はご迷惑をおかけしましたので何かお返しをしなければと思いまして。―――あ、喉が渇いたなら新作のカップがここに…」

 

「新作のカップも朝から12点目になるとありがたみもクソもねぇな…。というか、そんなんいらんからどっかいってくれ。というか、むしろ、その方が助かるんですけど?」

 

「む、そういう訳にもいきません。事務仕事でお疲れなら肩揉みますよ?」

 

 出勤してからニコニコと横に立ち続ける“藤原 肇”。先日の“退職事件”が収まってからなんだか知らんがやたらと懐かれている。焼肉と温泉ランドくらいでここまで好感度が上がるとは実はちょろい奴なのかもしれない。

 

そんな彼女を邪険に手で追い払う様に振ると彼女は肩に手を回して揉もうとするのを振り払う。

 

こんな美少女にそんな事をされれば多くの男が勘違いする事だろう。でも、―――ぼーと生きていないボッチは知っています。

 

美人の甘い誘惑には裏があるということを!!

 

「ええい、鬱陶しい。いい加減に何の目的かくらい言え!内容次第によっては考えて却下してやる!!」

 

「却下しちゃうんですか…。というか、そんな下心は別に―――あっ!じゃあ、一つだけいいですか?」

 

 呆れたような顔を浮かべた彼女が困ったように反論しようとした時に何かを思いついたように手を叩き、俺に対して指をさす。…というか、ほんとに頼むんかい。

 

 心の中で一人突っ込みながらその指さす方向を確認してみる。

 

 顔かと思えば少し下で、胸元よりは少し上気味。絞っていくと首か、顎になるんだがそんな所を差されても何を求められているのか皆目見当もつかない。

 

「…その、お髭が」

 

「……あぁ、すまん。いま剃ってくるわ」

 

「―――へ?あ、ちょ、違います!そういうのじゃないんです!!」

 

 彼女が恥ずかし気に呟いた言葉にようやく納得する。元々、濃い部類ではないのだが最近は忙しい上に外回りもなかったのですっかりと剃るのを忘れていた。うっすらと顎の先端に生えてきているそれらは確かに年頃のJKから見たら見苦しくも感じるのだろうと思い、簡易の髭剃りでも買ってこようかと思えば全力で引き留められた。―――解せぬ。

 

「いや、髭を指摘されたら剃る以外に何があるんだよ?」

 

「あのー、そのですね。私っておじいちゃん子なんですけどー」

 

「……はぁ」

 

 聞き返しても意味の分からない返答に気のない返事を返すほかないのだが、とりあえず指をもじもじさせ始めた彼女の言葉を待つことにする。

 

「その、お髭をよく触らせて貰ってたのがこっちじゃ出来なくて―――――ちょっと触ってもいいですか?」

 

「…てめえの腋毛でも触ってろ」

 

「女の子に何てこと言うんですかっ!というか、そんなに毛深くありません!!!!」

 

 可愛い上目遣いでとんでもない変態的な要求をしてきたので思わず自分でもびっくりな暴言が口から飛び出した。八幡反省。でも後悔はしていない。

 

「うるせぇ!!いたいけな大学生の髭を触りたくろうと今まで脇でスタンバイしてたのかと思うと怖くて震えが止まらねぇんだよ!!」

 

「そんな澱んだ目で何言ってるんですか!!思いついたのは今さっきで―――というか、髭を触るくらいいいじゃないですか!!おじいちゃんは平気で触らしてくれましたよ!!」

 

「あ、ちょ、勝手に触ろうとすんな!」

 

 息を荒げてこちらに迫る彼女をいなして俺は必死に顎の純情を守るためぎっこんばったん。

 

 先日まで泣きはらしていた彼女がここまで元気になったことを喜ぶべきか、一皮むけてこの事務所のアイドルらしく変人に一歩近づいたことを悲しむべきか。

 

俺は真剣にいやらしい指使いで迫ってくる少女を見やって冷や汗を流したのだった。

 




('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。

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_(:3」∠)_よいお年を!!


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喋喋喃喃

明けましておめでとうございます!!

まだまだ頑張る定期夕方6時投稿!!

今回はみんな大好き”もみやで回”!!ウヒョー―( *´艸`)

新年にふさわしいほのぼの回です!!

ウソジャナイヨ!!


 師走とはよく言ったものだと思う。

 

 聖夜と年の瀬が一気に近づき、誰もが忙しなさそうに足を早めて街をすれ違う。それでもその表情は誰もが明るく、何とはなしに心が弾んでいるように見えるし、それに比例するように街は華やかに彩りを増してゆく。

 

 そんな人込みをただ通り過ぎて帰るだけというのもなんだか味気ない気がして、何とはなしに街並みを見下ろせる喫茶店に寄ってみる。窓べりの席が丁度空いていてくれはしないかと店内を見回せば――――珍しい人を見つけた。

 

 いや、正確に言えばその人自体は毎日のように見て、言葉を交わしている。

 

 それでも、そんな日常の中で見た事がない表情や仕草にちょっとだけ息を呑む。

 

 乱雑に伸ばされ纏められた鴉のような色合いの髪の毛から楽し気に揺れるアホ毛。いつもは気だるげな気配で細められている澱んだ瞳は好奇心に輝いてまっすぐ開かれ、現場や事務作業でちょっとだけ荒れたその見た目よりしっかりした細い指は名残惜しそうにゆっくりと手元の“ソレ”をめくってゆく。

 

 いつもは誰よりも走り回って皮肉気な悪態を漏らしている“比企谷 八幡”があんなに無邪気に本を捲っている姿を――――何人が知っているだろうか?

 

 そんな気まぐれから生まれた嬉しい誤算にちょっとだけ高鳴る胸に少しだけの呆れと優越感。こんな事でいちいち喜んでるなんてまるでその辺の女子高生と変わらない。でも、よく間違われはするけれども―――これでも現役の乙女なのだからそれくらいは見逃してもらおう。

 

 そんな誰にともない言い訳を重ねて

 

 弾む心そのままに“速水 奏”はお気に入りの彼のいる席へと足を向けた。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

「相席、よろしいかしら?」

 

「―――え、あぁ、どう……何してんの、お前」

 

 意気揚々と赴き、目の前まで来たのに全く気が付きもせず本を読みふける彼に肩をちょっとだけ竦めて声をかける。それでようやく本の世界から意識をこちらに戻した彼はちょっとだけ迷惑そうに眉をしかめこちらに視線をやり――――――私を認めた瞬間にもっと嫌そうに顔をしかめるので思わず笑ってしまう。

 

「帰り道に寄り道しようとしたら珍しいものを見たから見物に来たの」

 

「人の事をナチュラルに珍獣扱いしている件について…」

 

 いつもと変わらない悪態を漏らす彼に苦笑しつつ、コーヒーを頼んで机の上に置かれたソレを見つめる。普段のくだらない言動とは裏腹に本が好きだというのは同僚の狐目の少女から聞いていたが、実際に彼が読んでいる姿は初めて見たかもしれない。

 

 自分たちの前ではいつだって眉間に皺を寄せて資料を読み込んだり、咥え煙草で現場で打ち合わせしつつメモを書いている忙しない姿しか見た事がない。というか、休暇中の彼にあったことのある人はほとんどいないはずだ。毎日顔を合わせて文句や軽口を交わし合っているはずなのに――――あんなに穏やかな顔もできるのかと、初めて知った。

 

「あんなに夢中で何を読んでたの?」

 

「エロ本」

 

「…いい歳して恥ずかしくない?」

 

「逆に未成年が堂々と読んでても問題だろ。あと、お前ら思春期は大人に夢を見過ぎだな」

 

「なら、尊敬できるようにする姿勢を持ちなさいよ―――て、話を逸らさないで」

 

 平然とくだらない事を言うのでいつもの掛け合いをしてしまったが、今日はそういう気分でもないので本題に戻して彼の手元にある本にちらりと視線を向けると、いつになく食い下がる私を珍し気に眉をしかめた彼がため息と共に開いていた頁にしおりを挟んで渡してくる。

 

 予想だともっと粘られるかと思っていたので肩透かしを食らった気分でその厚めの装丁が施された本を受け取り、そのタイトルをなぞる。

 

「これって―――意外な本も読むのね?」

 

「知ってるとは思わんかったが……久々に家の棚を探してたら出て来てな」

 

 そう思わず零した私の言葉に彼は苦笑と共にそう呟いて胸元から細巻きを取り出して、軽やかに火をつける。そんな彼を横目に、手元のその本をゆっくりと流すようにあらすじを確かめると自分の記憶違いではない事を知る。

 

 それは、下町のアンティーク店の女主人と既婚者の男が主題のお話で――はっきり言えば浮気のお話だったはずだ。

 

 随分前に本屋でその表紙に惹かれ手に取っては見たものの“浮気”という行為に対して言いようのない嫌悪感を抱いてすぐにソレを戻してしまったので随分と記憶に残っている。あの当時に感じたほどではないけれども、やはり心の中にそういったものは受け入れられないしこりがあって、軽く捲っていた手を止めて彼にその本を返す。

 

「てっきり冒険譚とか、ラノベとか、そういった方面の物が好きなのかと思ってたわ」

 

「別に特にこだわりはないな。面白そうだと思えば何でも読む。旅行記、恋愛、ミステリー、サスペンス、ラノベに果ては恐竜図鑑までな。―――唯一、無理なのはエッセイと自己啓発本関係だな。三分持たずに寝る」

 

「恐竜図鑑って…ふふ、やっぱり変な人。自己啓発本は――なんだか分かる気がするわ」

 

 目を輝かせながら恐竜図鑑を眺める幼げな彼を想像すると、この不機嫌そうな男の意外な一面に思わず笑ってしまう。そこから流れるようにポツリポツリと馬鹿らしい言葉を二人で交わしているウチに届いたコーヒーに口をつける。

 

 寒く、忙しない街を見下ろして、柔らかな空気と音楽に包まれて秘めやかに言葉を交わすだけでここまで浮つく自分の現金さに少々呆れた。だが、そんな事を悟られるのも少し癪でなんとなく浮かんだ話題を彼に振ってみる。

 

「こんなこじゃれた喫茶店で本を読むようにも見えないけど、どうしたの?」

 

「ん、あぁ、文香と待ち合わせをしててな」

 

「……………へぇ、仲がいいのね」

 

「…コーヒー鼻から出てきてるけど?」

 

 完璧なるアイドルとして名高い自分に恥じぬように、動揺する心と表情をなんとか完全にコントロールすることが出来た私は何事もなかったかのようにコーヒーカップを受け皿へと戻した。―――ついでに、謎の経路で鼻から漏れ出たコーヒーも優雅に拭う。

 

 さて、状況はイーブン。

 

 それでも、それは私の完全なセルフコントロールによるものであって、内心が穏やかという訳ではけっっしてない。なんとかそれらを感じさせないように、漏れないように穏やかに彼への不満を口にする。

 

「いくつか言いたい事があるのだけれど、この間、貴方は“映画”や“ドライブ”に誘った時に公私を混ぜて付き合うのは良くないと言って断っていたはずだけれども…文香は例外だとでもいうつもりかしら?」

 

「あくまで鼻から出たもんは無視する気か…。というか、公私は別に分けてるだろ。休日に“同級生”とレポートの写しを貰うのと、本を貸すだけなんだから。ちなみに―――お前の誘いを断ったのは単純にどっちも行きたくなかったからだ。何が悲しくて貴重な休日にクソB級映画を見るために命懸けの初心者ドライブに付き合わなきゃいけないんだよ…」

 

「そんなの事務所でやればいいじゃない!それこそ綿密に編まれた作戦で貴方はここに引きずり出されてる哀れな獲物よ!!というか!クソB級くらい付き合いなさいよ!!代わりに連れてかれた志希と小梅がかわいそうだと思わないの!?」

 

「もう意味が分からんし、もう自分で犠牲者って認めてるんだよなぁ…」

 

 呆れたように細巻きを吸い込む彼にもっとハラワタが煮え立ち、頭が燃えるようにヒートアップしていくのを感じて滲む涙と鼻付近に残っていたコーヒーをふき取り、のほほんとした彼を睨むように見つめる。

 

 この危機感のなさにはホトホト呆れかえる。“同級生のお願い”なんて女の誘いの常套句ではないか。ソレをいつもの事にして違和感を失くし徐々に要求をあげて最後にパクり。誰だってそうする。私だってそうする。――ましてや、あの事務所の強かな面子がソレを実行しないわけがない。

 そんな事も気づかない哀れなこの男をどうしてくれようかと睨んでいると、彼の手元の本が目に付く。艶やかで、それでも、楚々としていて一抹の寂しさを感じさせる綺麗なその表紙。

 

 それは“不倫”という行為の甘やかさや、純粋さを表しているようで―――その下に隠れた下心の厭らしさを隠蔽しているようで随分と鼻につく。

 

 中身を見ていない私がその本の中身をどうこう言うつもりはない。でも、こと“不倫”という行為に関しては絶対に許すつもりも、するつもりもないと思うのだって自由なはず。―――だてに軽い恋なんて好みじゃないと嘯いてるわけではない重い女なのだ。

 

「私、そうやってコソコソ逢引きするのはフェアじゃないと思うの」

 

「ストローの包み紙をとばしてくるな、小学生か」

 

 文句がわりに吹き矢のように飛ばした包み紙が彼の胸元に当たり、文句を聞き流しながらゆっくり入り口の鐘が鳴った方向へ首だけで振り返る。

 

 変装なのかいつもより深くかぶったニット帽に伊達眼鏡。外の冷え込みを表すかのように少しだけ赤くなった頬はこちらを見つけて別の彩りを加える。傍から見るだけでも絶世の美少女。――――そんな彼女をまっすぐに見据え、微笑む。

 

 笑顔とは本来は攻撃的な物だったそうな。好きな漫画に描いてあったから間違いないわ。ソレに、今の私も丁度そんな気分だもの。

 

 醜かろうが、なんだろうが、好きな男が自分もそっちのけで別の女と逢瀬するのを許せる“いい女”なんてまっぴらごめんよ。だから―――今日は絶対に二人きりの甘い時間なんて過ごさせて上げないんだから。

 

 

「すみません、遅れてしまいました。…奏さんは、どうしてここに?」

 

「あぁ、―「ごめんなさい、帰り道に偶然寄ったら彼にはちあって。その本についてちょっと話してたの」

 

 何かを喋ろうとする彼を遮って、件の本を指さしつつ経緯を話すと彼女は嬉しそうに頬を緩めこちらの席に近づいて腰を隣に下ろしてくれる。きっと、単純に本好きの彼女は本の話題を共有できることが嬉しくて喜んでいるのだろうけど―――ちょっと期待には答えられなさそうだ。

 

「ふふ、期待させてしまったなら申し訳ないけど…その本についてはあらすじ位しか知らないのよ」

 

「あぁ、そうなんですか。ならば―――「私、不倫とか、横取りとかって絶対に許せないのだけれど……文香はどう思う?」

 

 嬉しそうにその本を語ろうとする彼女を遮って、挑発的に微笑んでみる。なにも意図する所のない個人的な感想。そんな話題を唐突に振る私に彼女はしばし目を瞬かせて―――柔らかく微笑むことで答えた。

 

「多様な感情を持つ人間ゆえの葛藤ですね。……まあ、個人的には“お遊び程度”なら不愉快でも許してあげようと思える度量は持ちたいですね?」

 

 

 

 

「「……うふ、ふふふ、ふふふふふふっ!」」

 

 

 

 

 数舜の間と、同時に笑いあう私たちの声は暖かな室内の空気を揺らして、楽しい夜がやってきたことを伝えてくれる。

 

 

 今日は “喋喋喃喃” 楽しく語り合いましょうね?

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

あらすじ という名の 振り返り

 

 

 比企谷さん  男  21歳

 

 今回は後半空気。この後、胃がキリキリする修羅場に巻き込まれた。

 

 ちなみ、どのルートでも一歩間違えると凄惨なBADENDを迎えるので346道場のちっひのお世話になった方も多いはず。

 

 

 速水 奏   女  18歳

 

 青春真っ盛りの乙女。クールぶってるが地金は重度の漫画オタクで、割かし子供のまんまである。

 

 クソ映画ハンターでもあり、デレプロメンバーからは恐れられている。

 

 

 ふーみん    女  21歳

 

 読書系清楚黒髪ナイスバディなどと桐生社長も霞むほどの属性保有者。

 

 この後の会談で、下宿先に泊めた事やハッチ―の味の好み、本の傾向など圧倒的アドバンテージを見せつけて奏を涙目にした(大人げない)。

 

 ちなみに噂では、対抗した奏の“初めては彼”発言の時は店員が失神するほど恐ろしい顔をうかべていたらしい。

 




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_(:3」∠)_ 新年がやってきてお年玉が消えてゆく。

まじ大人ってつらたん


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シンデレラの招待状 ―檄―

はしるーはしるーおれーたーち ながれる汗もそのままーにー

前にばら撒いたネタで全編ギャグです。

お気楽に空っぽで書いてます(笑)

テキトーでいんだよ、てきとーで!!

頑張れ夕方6時定期投稿!!

次号、ついにお正月にあの女がうごきだす!!


「お疲れ様―――で、す」

 

 いつもの様に開いた事務所の扉。その先には随分と珍しい光景が飛び込んできた。

 

 いつもは気だるげに開かれたその瞳は伏せられ普段の険が取れていく分と穏やかで、安らかな寝息はゆったりとリズムを奏でているのは、忙しなく働く彼にとっては随分と珍しい光景で。

 

「―――お疲れ、ですよね」

 

 憎まれ口が多い彼が普段誰よりも駈けずり回っている事は誰よりも知っている。何より、そんな意地っ張りな彼がこうして無防備な姿をさらしてくれる事が心を許されている証明の様に思えて少しだけ心にくすぐったい感触が湧き上がる。

 

 その欲求に答えて安らかに眠る彼の髪をゆっくりと梳くように撫で、思ったよりも心地よい感覚を伝えるソレを何度でも楽しむ。

 

 そんな彼がむずがるように身じろぎするのがおかしくて――――愛しくて、何度だって繰り返してしまう。

 

 

 そんなうららかな午後の時間は――――――彼の机の上に置かれたあるものを見つけ凍り付いてしまった。

 

 

ソレは―――――――決して認めることなんてできない事実であったから。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

「第68回シンデレラ会議を開催いたします。賛成は沈黙をもって認めるものとします」

 

「「「「「「………」」」」」」  

 

「あ、あのー…」

 

「はい、“リンゴ仮面”さん。何か異議がありましたか?」

 

「いや、異議っていうかこの集会って何をするものなんご?って所がよく分かってないんですけどぉ…」

 

「すみません#自分ら#新人なもんで」

 

「うぅ~、なんなんだよぉ。この空間やむぅ」

 

 薄暗く照明の落とされた会議室に所狭しと黒マントに身を包んだ者たちが肩を並べ合う異様な空間。その顔は思い思いの仮面によって覆い隠されてはいるのがまた一層にこの空間のカオスを引き立てている。そんな中で朗々とした開催宣言におずおずとした質問の声に主催者であろう本の仮面を被った人物は言われて気が付いたかのように手を叩き、その声に答える。

 

「あぁ、そういえば恒例の新人さんへの説明が抜けてました…。まあ、ざっくり言えば重大問題や疑問が起きた時にアイドル側の要望等を送り出したり、対処をする前に皆で集まって意見を出し合うことを目的とした場ですね。

 

 例で言えば第8回は『寮内カードゲームで地元ルールあり?なし?』だったり、第25回は『幸子ちゃん誕生日ドッキリは何処まで許される?』でした。ほかにも『楓さん禁酒要請会議』だったり『志希ちゃん失踪防止対策会議』など幅広く取り扱っています。

 

 メンバーなら誰でも発議できますし、プライバシー保護の観点から顔も隠すようになってます」

 

「ほへぇー、流石に都会はきっちりしてるんご」

 

「議題にしれっと個人名が上がるのが#マジ恐怖ですね…というか#議題が穏当じゃない」

 

「マジ意識高くてやむ……この薄暗い照明とあちこちに描かれている魔法陣やお札は何?」

 

「オカルト同好会の強い要望によってこうなってます」

 

「「「……フンス」」」

 

 紹介されたドクロとかキノコその他が胸を張るのを苦笑しつつも新人たちもこの会議の目的を受け入れられたのを確認して、主催者は卓上の全員に目を配って息を吸い込む。

 

「さて、発議が認められたようですので今回の議題に移りましょう。まずはこちらの画像をご覧ください」

 

「「「「「「……?」」」」」」

 

 彼女が議題をあげる前に一枚の映像をスクリーンへと映し出す。

 

 それは見慣れた事務所の一角で、その中心にいるのは、これまた見慣れた自分たちのプロジェクトを支える仲間のアシスタント。ただ、珍しいことをあげるのならばその彼が机に寄りかかるように居眠りをしている事だろうか?

 

 だるそうにしてはいても意外と隙らしい隙を見せない彼にしては無防備なその姿に場内に小さな笑いと、会話が綻ぶ。

 

「珍しくbookから招集かと思えば面白写真の発表かよ」

 

「くくく、普段張りつめてるように見えるけど寝顔は年相応に可愛げがあるじゃない」

 

「あはは、まあ、しょうがないですよね。こんな大人数に対して事務方が数人でここまでフォローしてくれてるんですから…あっ、分かりました!お疲れの皆を労うための会議ですか!!しま…四月仮面頑張ります!!」

 

「おー、しまm…四月仮面冴えてるね!!こりゃ、張り切って意見出さなきゃ!!」

 

 やんややんやとその画像を皮切りに姦しく華やかに慰労会の計画を話し出すメンバー。仮面を被った怪しい風貌でなく、怪しげな部屋でさえなければさぞ見目麗しい光景だった事が悔やまれる。しかし、そんな空気の中で数名だけが愕然とした表情でその画像を食い入るように見つめ―――ついには荒々しく席から立ちあがった。

 

 その突然の騒音に、誰もが口を噤んで視線を向け、顔面を真っ赤なリボンで何重にも覆い隠した見た目ヤバ気なその女が瞳孔まで見開いて、震える指が示す部分を目で追ってしまう。

 

 指さす部分はねこけている彼ではなく机の一角。だが、書類やメモ、キーボードなど特にいつもと変わっている所は見受けられないし、目を凝らすがどうにも分からない。他に移っている物などCDのケースとチケットくらいの物。それだって、数えきれないほどこなしてサンプルがいつも山のように―――――まて、このジャケットは、見た事がない。

 

 いや、正確には見覚えはある。

 

 自分たち以外のCDショップなどで、だ。

 

 

「「「「「「「「「「「「765プロじゃん!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 そう、そうだ。いつも大量に並んだサンプルとは違う限定版のサイン入りCDに脇に置いてあるのは765劇場のVIP席チケット。会員ファンたちが抽選会の時点で多くの血涙を流し落選し、選ばれた数人のみが手に入れられる限定版とVIP席。人気では負けているつもりはないが、アイドルという文化に再び熱を入れた彼女たちのファンはいまだ根強く強固だ。そのセットを手に入れるのは並々ならぬ努力か、高額で手に入れるかの二択である。

 

 そんな貴重な物を、なぜ彼が持っているのか?

 

 決まっている。

 

 行ってきたからである。―――そして、また行くためである。

 

 外ならぬ自分ら“デレプロ”をサポートする身であるくせに。

 

 自分たちの新曲やライブなんてまともに見に来た事もないくせに!!

 

 765(他の女)には喜んでペンライト(棒)を振りに行くというのか!この男は!!!!

 

 許し難き――――裏切りである。

 

 

 彼を好ましく思っている人も、ちょっと苦手な人も、可愛がってきた人も、弄ってきた人も誰もがメラメラとその事実に火を灯す。これには釈迦も苦笑いで席を外すぐらいにこの空間には怒りが満ち溢れていた。だが、今にもカチコミを掛けそうな彼女たちを引き留めるように澄んだ声が会議室に響く。

 

「皆さん、冷静になってください。この写真をあげたのは――今回の議題は“背信行為の弾劾”を行うためなどではないのです。確かに、この光景を見たときは思わず私も広辞苑の角を振り上げてしまいそうになりました…。ですが、そうして彼を責めて、チケットとCDを粉砕してなんになるというのでしょう?」

 

 深い悲しみに打ちひしがれた顔をしているがやろうとしてることは強盗殺人一歩手前であるのでこの女も大概ヤバい。思いとどまったのが奇跡である。

 

「で、でも、こんなの許せません!ただの女関係でだらしないよりも屈辱的です!!」

 

「…ほんまやなぁ。ここまで虚仮にされたんは、いつ以来やろうか?―――ただではおかんえ」

 

 熊本と京都を代表するアイドルが漏らした言葉にほぼ全員が一斉に頷く。ちなみに、新人たちはもう隅っこで涙目である。

 

「だからこそです」

 

「「「「「「「………?」」」」」」

 

「765さんの実力を私たちは身をもって知っています。そして、それに惹かれる心も。ですが、今ならば私たちも負けてはいないという自負があります。

 

 そんな私たちのライブを彼は一度も見ていないのです!!」

 

「「「「「「!?」」」」」」」

 

 その宣言に誰もが目を見開いた。

 

 そうなのだ。思えば彼はライブの裏方として何度も参加はしているが観客として見た事など一度も無かったはずだ。ライブの演出も段取りも、振り付けも全て知ってる人間がわざわざ見に来ることはないだろうし、それを知らぬままいくライブの方が楽しいに決まっている。

 

 つまり――――これは自分たちの怠慢が招いた事態なのだ。

 

 その事実に誰もが膝から崩れる。

 

「そ、そんな…先生は、私達じゃ満足させられないなんてっ!!」

 

「慣れ………それは、平和な家庭の……崩壊の一歩……」

 

 年端も行かぬ子供たちが目の光を失って昼ドラみたいな台詞を叫んでさめざめと泣き始める。芸能界の悪い所を存分に吸収しているようで将来が不安される中で本仮面がそんな二人の肩をそっと支える。

 

「――ふみ…book。まさかそんな事を宣言するために呼んだわけじゃないでしょう?早く本題に入って頂戴?」

 

「…本題?まさかこんな状況で解決策でもあるっていうつもりかよ?」

 

 その言葉に誰もが俯いていた顔をあげ、へんてこな本の仮面を見上げ―――彼女は力強く頷いて、一枚の紙をかざす。

 

 

 

「この来月に迫ったステージ。彼が観客として来たくなってしまう様に各員に全力でアピールし、私たちが彼女たちに負けていない事を証明するのです!!」

 

 

―――――   ナ、ナンダッテ~~~~~ッ!!! ――――――

 

 

 力強くかざされたそのポスターは来月に予定された大規模ライブ。

 

 その開催日時は―――――くしくも、彼の持つライブチケットと同日であった事は運命の悪戯か、運が悪かったのか…ソレは神のみぞが知ることである。

 

 

 

第68回シンデレラ会議 『比企谷八幡を篭絡せよ』

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

???「ふふふ、ならば私が出るしかないでしょう。このプロジェクトで最も神に愛されし――――私がっ!!」

 

 

 一富士  二鷹   さん  かこさん   出陣です!!

 




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_(:3」∠)_ おもちも雑煮もあきたーーん


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シンデレラの招待状 ―闘―

あらすじ

 765劇場に行こうとしている疑惑が出てきたハチを引き留めるため、シンデレラたちが全力で”デレプロ”の魅力を伝えていく事が決定し、怒涛のアピールがハチを襲う!!


一体、どうなっちまうんだシンデレラガールズ!!

 これが投稿される頃には出来てるかどうか続編!!

 頑張れ僕!!締め切り明日の夕方6時までに走り抜けろ!!


Case by 鷹冨士 茄子

 

 

「ひっきがーやさーんっ!!」

 

「…喧しいのが来た」

 

 けたたましく事務所の扉を開けて意気揚々と目標である彼の名前を愛情いっぱいに呼び出してみますが、非常に迷惑そうな顔をされている様に見えるのは光の加減でしょうか?きっとそうに違いないので笑顔で彼の元へと近づいていき、そっと両肩を掴んでもみもみ。

 

「………なにしてんの?」

 

「まあまあまあまあ、お、結構凝ってますね~。ココとかどうでしょう?」

 

 唐突に始まった肩揉みに怪訝な表情を浮かべる彼ですが、こちらの作戦に気がつかない時点で心理戦の素人感が丸出しです。まず、第一段階として体を美女にマッサージされることで筋肉を弛緩させ、心の緊張まで解すこの高度な技術で文字どおり骨抜きにして差し上げましょう。

 

 その証拠に気味悪げに顔を顰めていた彼もため息一つでパソコンに向き直り作業を再開します。迷惑そうな顔なんか浮かべてもこのゴッドハンドのテクニックにかかれば体はクタクタ、あっちはビンビンなんてのも―――――自主規制。  おっとっと、久々の彼との接触に私の方が昂ってしまったようです。気を取り直して彼の頭越しにパソコンの中身をのぞいて世間話でもしましょう。

 

「んん?その送られてきてる企画書って去年の春に私が出演したドラマの名前ですよね?」

 

「だから、勝手にパソコン覗くなっつーの。……まあ、どのみちすぐ武内さんの方から話がいくとは思うけど、おめでとさん。大好評につき続編でも出演してほしいとのオファーが企画書と一緒に送られてきてる」

 

「……えへへ、なんだかそう素直に褒められるとむずかゆいですね」

 

 悪戯心を擽られた結果、見事なカウンターを決められ思わずはにかんでしまいます。照れ隠しのようにちょっと強めに肩を揉んで仕返しを試みるのですが、こんな時だけは文句も言わず苦笑に留める所が彼の狡い所だとおもいます。

 

「ま、来月のライブにそのあとのドラマ関係で忙しくなるとは思うが気張ってくれ」

 

「むー、ちょっと他人事的に言われるのも納得いきません…。所で、そうなると結構忙しくなって休日も無くなっちゃいますねぇ」

 

 投げやりな励ましに頬を膨らませて反論してみれば彼はカラカラと笑うばかり。売れっ子の宿命ではありますが、この機会を逃すような甘さはこの鷹冨士持ち合わせてはいないのです。ピンチをチャンスに。これ鉄則。

 

「あ、そうです。どうせ暇が無くなるなら今のうちに息抜きなんてどうです?」

 

「あー、いいんじゃねぇの?まだ余裕はあるし、どっかで都合つけれるだろうから適当に―――「急なんですけど、明後日の“コレ”一緒に見に行きません?」――は?」

 

 そういって私が彼の目の前に差し出したのは“今月”の“765劇場VIPチケット”が2枚。

 

 偶然、たまたま―――手に入ったコレを彼の前でぴらぴらと、惑わすように揺らします。

 

 そう、ピンチはチャンスなのです。

 

 彼がお熱だという団体が自分達でないのは業腹ですけれども、逆を言えば、“一緒に楽しむ事”ができる絶好の誘い文句となるのです。この機を逃さず生かすために“鷹富士 茄子”プライドなど糞くらえなのです。

 

 目の前のチケットを目で追う彼に勝利を確信した私は畳みかけるように言葉を――「アウト――――――――っ!!!!!!」 ぷぎゃらっ!!」

 

 紡ごうとした瞬間に強烈な大外刈りで犬神家のごとく天地逆転状態でひっくり返され、そのまま意識を失ってしまったのです。

 

 

 

 

 あと、一歩だったのにぃ…。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「チート持ちのくせにやることがこすっからいのよ!!」

 

「裏切りものには…死を……」

 

「茄子さん、いくら何でもアレはちょっと……」

 

「いたたたた!ご、ご勘弁を、ご勘弁をっ、あ、ああっーーー!!」

 

 薄暗い照明の中で簀巻きにされたナスビが吊るされ、新聞紙を丸めた模造刀等でわりかしボコボコにされている凄惨な光景が広がっていた。ここがギャグ時空でなければシリアス展開待ったなしのボコボコ具合である。ただ、原因が自業自得なのに加え、ソレを周りで見る人間も同情や心配等ではなく呆れの配分が多いのは日ごろの彼女の行いのせいでもあると言えよう。

 

「はぁ、あれだけ勢いよく飛び出していったトップバッターがこの様では先がやられます。というか、よくあの短時間でこのチケットを手に入れましたね?」

 

 本の仮面を被った人物が疲れたようにため息を漏らしつつ、本当に不思議そうに件のチケットを眺める。本来は入手困難のコレをなぜ二枚も彼女が持っているのか?それこそ、彼女の持つ特殊な何かがこの事態を予測して彼女にコレを渡していたというのだろうか。

 

「あ、あの後、速攻でたまたま道行くダフ屋をひっ捕まえて札束でビンタしたら快く譲ってくれたんですよ」

 

 思ったより即物的でゲスな方法だった。というか、この“金なら幾らでも籤で湧いてくるわい”と言わんばかりの無邪気さがもうある意味恐ろしくてならない。

 

「……ふみかty―――book。次は私に行かせてください」

 

 再び始まったリンチを横目に人選を間違った事を深く悔やみつつため息を漏らしていると普段とは違う、それでも、押し殺したような熱を感じさせる声が背中を叩き振り返る。

 

「あか…カレー仮面、さん」

 

 小さな体躯に溢れんばかりの熱を詰め込んだような少女は静かに佇み、絞り出すように言葉を紡いでゆく。

 

「正直いえば、納得はまだできていないんです。でも、これ以上に遠回しにコソコソとするのはどうしても違うと思うんです。―――だから、いつも通り真正面からぶつかってはっきりさせたい。その結果がどうであろうと受け入れて―――そうやって私たちはやってきたじゃないですか!!今回も!!なにも変わりません!!!」

 

「――――分かりました。貴女に、託します」

 

「はい!!全力入魂!!!正面突破!!  “日野 茜”!!  参ります!!」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

Caseby 日野 茜

 

 

「比企谷さんっ!!!!」

 

「…もっと喧しいのが来た」

 

 皆の期待と悲しみに応えるために私は全力で駆け抜け、その勢いのまま事務所の扉をこじ開け、ちょっと歪んでしまった扉の奥にいつもの様に不機嫌そうな顔を浮かべた彼がこちらを向いているのを確認して胸が締め付けられます。思えば、自分たちはいつもこんな顔をさせていたことを思い出してしまいます。迷惑や我儘をいっぱいかけているのに、それでもここまで自分たちを助けてきてくれた彼。

 

 そんな彼が、夢中になってしまったのが他の事務所だというのは―――正直、やり切れない思いでいっぱいです。

 

 迷惑をかけた分、苦労を掛けた分、誰よりもこの輝きを届けたかった人に求められていなかったというのは何よりも悔しいです。

 

 

 それでも――――そんな感傷で彼を縛ろうとする事こそ、身勝手が過ぎます。

 

 

 本当の仲間であるならば、本当に信頼しているのであれば――腹を割って好きなものを語れるようでなくてどうするというのですか!!

 

 

 そんな決意を胸に、そっと言葉を紡ぎます。

 

 どんな彼だって、受けいられる絆があるという確信がこの胸にあるから、問いかけられます。

 

「比企谷さん」

 

「…なんだ?」

 

「無理に、とは言いません。嫌なら黙ってくれていてもいいんです。ただ、今までの一緒にやってきた仲間として聞きたいんです。ソレを責めるつもりなんて全くないんです。―――――なにか、私に隠している事はありませんか?」

 

「―――――お前、気づいてたのか?」

 

 私の問いかけに彼が息を深く飲み込み、目を見開き呟きます。

 

 その反応に苦しかった胸がさらに締め付けられた。

 

 覚悟していたはずなのに、揺るがないと決めたはずなのに走るその痛みを必死に飲み込んで彼の言葉を待ちます。そしたら、いっぱいお話をしましょう。今まで知らない彼の好きな物をいっぱい聞いて、話して、分かち合う。

 

 そうすることで、彼ともっと深くつながれると信じて彼をまっすぐ見ます。

 

 

 

 

「お前の誘いを断ったラグビーワールドカップ、実は別の奴と見に行ってたこと」

 

 

「は?」

 

 

 

 思考が――――止まった。

 

 

「いやー、まさかバレてるとは思ってなかったな。まあ、でもようやくスッキリしたな。下手に話せば行ってたことバレそうだから黙ってたんだが、やっぱ生でみる―――「ちょっとまってください」―――――へ?」

 

 途端に流暢に話し始める彼の言葉をぶった切り、一歩、詰め寄る。

 

「誰と…ですか? 言ってくれれば、お父様に頼んでその人の分もチケット取れましたよ?   というか、最初に言いましたよね?    おかしいですね、あの時に断られた理由は“仕事”だったはずですけどソレがなんでそうなって――――― 」

 

「お、おい。茜?」

 

「なんですか? 本当の理由は“私なんかと見たくない”ってことですか?  それならそうとあの場でそういえば―――――いえ、今そこはいいです。いったい!!だれと!!「スト――――――――――――――ップ!!!!!!!!」

 

 

 

ハナシテクダサイマダハナシガオワッテ!! ちょ、ちからつよっ!!  縄持ってきて!!ナワ!!

 

 

 

―――――― ギャーギャーギャー ――――――

 

 

 

ハチ「(; ・`д・´)………なんだったんだ?」 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「あ、茜ちゃーん?」

 

「げ、元気出しましょう!そういう日もありますよ!!」

 

「そ、そうそう、たまたま都合が悪かっただけだって!!」

 

 

「……………」

 

 

「……目標、完全沈黙です」

 

「あの陽キャをここまで堕とすなんてやっぱ並みの鬼畜じゃないわね」

 

 ただでさえ薄暗い照明の隅っこに膝を抱えて完全に閉じこもって陰鬱なオーラをまき散らしているのがあの日野茜だと誰が信じるだろうか。それほどまでに虚ろな目をして呪詛を漏らす彼女は痛々しい様相であった。

 

「しかし、予想外の流れ弾…いえ、不発弾が爆発しましたね。よくない流れですが、我々のプライドにかけてここで引く訳にはいきません」

 

 もはや二回挑んだだけで“簀巻きの叩きナス”と“日食太陽”という凄惨な現場に誰もが今回のミッションの脅威度を明確に目の当たりにし息を呑む。次にこうなるのは自分かもしれない、そんな恐怖に誰もが一歩を戸惑う。

 

 だが、それで引かぬからこそ――――輝き足り得るのだ!!

 

 

「―――私が行きましょう」

 

 

「藍こ…カメラ仮面さん」

 

 誰もが俯く中で凜と一歩を踏み出す亜麻色の髪をもつ乙女。その瞳には柔らかくも強い芯を感じさせる母性が溢れていて―――この人ならばと誰もが思わせる。それでも、ただ一人ソレを引き止める者が。

 

「ま、待ってよ!!あーちゃんが行くくらいなら―――私が!!」

 

「みo…三ツ星仮面ちゃん――――駄目ですよ。問いかける言葉がなければ意味なんかないって分かってるでしょう?」

 

「―――っソレは!!」

 

「………長くなりそうなので、用件が終わってから二人でお願いします」

 

「「……はい////」」

 

 星のお面を被った少女の引き留めから始まる茶番という名のいちゃラブはもはやこの部署の恒例となっているのでざっくり割愛して本題を済ませてもらう事にする。質の悪い事にこの二人は演技気質のくせに周りを意識せずやって最後に二人で照れるので普段から若干イラついているというのもある。

 

「みんなの笑顔を守るため!! 高森 藍子!! 行ってきます!!」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

Caseby 高森 藍子

 

 

「比企谷さん!!」

 

「お前の彼氏(未央)、先週に別の女と買い物してたぞ」

 

 

「―――――すみません。急用ができました」バンッ、カッカッカッ

 

 

 

「……比企谷君。今のは一体?」

 

「いつもの奇行でしょう。それより武内さん、こっちの打ち合わせ進めていいっすか?」

 

「………まあ、それも、そうですね」

 

 

 

 デレプロは今日も平和である。




('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。

気が向いたら下にある評価ボタンをぽちっと押して貰えるとあっちの承認欲求がビンビンでさあ。

コメントに見てみたい√とか書いちゃうとわりかしフワフワ生きてるあっちは妄想を膨らませちまうのでよかったら気晴らしにポチっとお願いしまさぁ、へへへ←小物感


_(:3」∠)_うおおお!!三が日の終わりがやってきやがるーーーー

ちなみにここの未央藍はラブラブだよ!気になる人はpixivの方で予告編を探してみよう!!


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シンデレラの招待状 ―終―

あらすじ!!!

 ハチを篭絡し765の魔の手から取り戻すという重大な任務。

 しかし、先遣隊の惨敗に誰もが恐れおののく中でも彼女たちは諦めずに攻勢を続ける!!

 負けるなシンデレラ!!頑張れシンデレラ!!

 そんな情熱がついにゾンビの枯れた心を動かすのだ!!




「「「ええかげんにせいっ!  ありがとうございましたーー!!」」」 ダダッ

 

 

 「…………一体なんなんだ、あいつら?」

 

 346本社の清潔で広々とした廊下で体を張った一発芸? 漫才?をして走り去っていったアイドル(笑)達の背中を目で追いながら俺“比企谷 八幡”は思わず首を傾げてしまう。

 

 変人や問題児が闇鍋されているようなこの“デレプロ”では奇行や突拍子もない行動なんかはさして珍しくもないが、ここ最近はその頻度が随分と多いような気がする。

 

 例えば、事務所にミラーボールとDJぴにゃを設置して踊り始めたり、急に昔のライブ映像を事務所で流し始めて解説しつつ新曲をアピールし始めたり―――――水着姿で事務所に乗り込んできたときは本当に羞恥心と微かに残ってた常識まで無くなったのかと思って眩暈がした。

 

 ライブ段取りや一般業務でクソ忙しい中でそんな阿保みたいな悪ふざけに巻き込まれているせいで度々イライラさせられていたのだが、ソレにしたって最近はその頻度が多すぎる。―――単純な経験則に従うならば、ろくでもない事を考えている前兆ともいえる。

 

 良くも悪くも分かりやすいあいつ等に小さくため息と苦笑を漏らして俺は目的地を変更した足を再び一歩進める。

 

 

 とりあえず――――問題は根っこから取るに限る。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

「で、今度は一体なんなんだ?」

 

「真っ先に首謀者として嫌疑をかけられてる件についてーん」

 

 食堂で呑気にうどんを啜っていた銀髪の狐目をマイベストブレイス(非常階段裏喫煙所)に連行してとりあえず問い詰めてみると不満げに彼女は口を尖らせ抗議の声をあげてくる。だが、こいつのモリアーティ張りの主犯を仕立て上げつつソレを裏で操る暗躍実績から考えれば残当な人選だと自負している。あとは間違っていたとしても唯一心が痛まない貴重なキャラなのだ。

 

「モリアーティってまたレトロで大仰やなぁー。……というか、今回の騒動の原因はどっちかって言えばおに―さんやで?」

 

「……俺?」

 

「そ、おに―さん。――――おに―さんの好きな“アイドル”って誰?」

 

「はぁ?」

 

 ホームズになり切った気分で紫煙をくゆらせて彼女に問えば、呆れたように笑った彼女が予想外の言葉を呟く。ソレに怪訝と不服が入り混じった視線を彼女に向けてみればそれすらも緩やかに受け流されて見当違いの問いを返されては肩を竦めるしかない。

 

「意味が分からんが―――初めにあった時と答えはかわらねぇなぁ。特にアイドルに興味はない」

 

「……ほーん」

 

「なんだその目は…」

 

「おに―さんが765のチケット持ってたのは調べがついとるんやで?ついでに、サイン入りのCDも持っとんのも。―――ほれほれ、正直にどの子がええんか言うてみぃ?」

 

 ジト目のままこちらに近づいてきて雑に肩に手を回した彼女の言う言葉に目を白黒させている俺に彼女はさらに言葉を重ねる。次々と上げられる名前は確かに他事務所とはいえ確かに魅力的なアイドル達であるが――――それと今の会話の繋がりが噛み合わず混乱は増していくばかりである。

 

「“やよいちゃん”か?それとも、“あずささん”なんかも好きそうや「――――周子、ちょっと待て。俺、CDもチケットもどっちも持ってないんだけど?」―――――へ?」

 

 厭らし気な顔していた彼女が化かされたような顔をして瞬きをしてこちらを見てくるが、いったい彼女が何をもって俺が765ファンだと思っているのか分からずこっちが聞きたいくらいだ。

 

「―――って、そんなんでシラキレる訳ないやん!こっちには証拠写真だってあるんやで!!」

 

 キッと眦を引き上げた彼女が差し出してきた携帯の画面に映るのはいつだか事務所で居眠りをしていた時の物でその端に移っている物にようやく何の話かの理解が追い付いた。

 

「人を盗撮してたことは後で聞かせて貰うとして――――ソレ、赤羽さんから武内さんに渡すように頼まれてたチケットだぞ?」

 

「……あっれー?」

 

 ちなみに、サイン入りCDは事務方全員分に用意してくれたらしいので俺も貰ったのだが、小町が速攻で見つけて持って行ってしまったのであまりに記憶に残っていなかった。そうだね“比企谷さん”って書かれてたら兄妹だから同じだしね。小町にねだられたら基本断れないしね。

 

「そ、そんじゃ、他の女の箱で粗末な棒を力の限り振り回して汗を滴らせたりは…せんの?」

 

「おい、言い方。アイドル以前に人間性としての言い方が最低で悪意にまみれすぎだぞ。―――てか、大体、これの日付がウチのライブと被ってんのにどうやって行くんだよ?」

 

「――――ちゃんと、こっちに、来てくれるん?」

 

「早く俺がいかなくても済むようにしてくれ。トップスター」

 

 力なく最後にそう呟いた彼女の頭を軽く撫でて苦笑と共にそう呟く。

 

 “ぜったいいやや”なんて捻くれたことを呟く彼女の頭を軽くこずいてため息を吐いて、頭を軽くかく。まさか最近の奇行の原因がそんなくだらない事だとは思ってもみなかった。ありもしないアイドルへの興味をいまさら引こうとされたって意味がない。ゼロに何を掛けたってゼロなのだ。だから――――扉の向こうで息をひそめてる馬鹿どもにもそのことを教え込んでこの馬鹿さわぎを終わらせなければなるまい。

 

 

 足音を潜めて扉に近づきドアノブを捻れば、“どっさ”という擬音が聞こえてきそうな程になだれ込んでくる“シンデレラ”達。どいつもこいつも気まずげな顔して目を逸らしたり、冷や汗を流したりと浮かべる表情は様々だが―――共通して口元だけはにやけるように歪んでるのが心底俺の癇に障りやがる。

 

 

「このバカ騒ぎのせいで常務に何度、始末書を持ってく羽目になったと思ってんだ、ばかやろー共」

 

 

「「「「「「「「「「し、失礼しましたーーー!!」」」」」」」」」」

 

 

 蜘蛛の子を散らすかのように逃げていく彼女達。

 

 その叫び声は口々に勝手なことを嘯きつつも、楽し気にお城に響き渡り――――今日もこの城は騒がしい。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

---後日談---

 

 

 

「比企谷君、ライブも軌道に乗ったようなので少し付き合って貰っていいでしょうか?」

 

「へ、いや、――いいんですか?」

 

 音響、警備、段取り、機材、客席、販売などありとあらゆる段取りを綿密にこなしても当日はやはり予期せぬ事態とは起こるもので裏方というのは本番中だって忙しない。それでも、一個一個をつつがなく処理していけば流れというモノは出来ていくらしくちょっとだけ息をつくことのできる時間もできたりもする。

 

 武内さんが珍しい提案をしてきたのはそんな折の事だった。

 

 普段ならばこの空き時間すらアイドル達のコンディション確認や段取り調整に費やす人から現場を責任者二人で抜ける提案をされる日が来るとはついぞ思っていなかったので、本人よりも周りのスタッフに確認の視線を送ってしまったくらいだ。

 

 その返答も早く行けと冷たくあしらわれるばかりなので何とも言えない気味の悪さを感じつつスタッフ用通用口で待つ武内さんの後を追った。

 

「珍しいですね……というか、もしかして二人して頭を下げなきゃいけない事態だったりします?」

 

「いえ、ライブは極めて順調です。ただ、今回の件は……まあ、我々としても少し反省すべき点があったと思いましたのでその埋め合わせだと思って頂ければ」

 

 土下座の準備でもしといたほうがいいかしらぁんなんて思って叩いた軽口に首元を掻きながら要領の得ない回答が返ってきた。いつものポエミーな意味不明でなく、会話がつながらない感じの意味不明なのでこちらとしても首を傾げるしかできない。そんな彼にとりあえずついて行くと、見覚えのある通路に行き当たる。

 

「武内さん、そっちはVIP席用通路っすよ?」

 

「はい、こちらに用があります」

 

 静止も意味なくズンズン進んでいく背中に渋々とついてゆくが、やっぱヤバい案件なんじゃないかと胸がバクバクしてくる。というか、どうか先に用件を言って欲しい。アドリブで難問を乗り越えられる器用さなどこちらは持ち合わせていないのだ。

 

 そんな恨み節のような事を考えつつ歩みを進めると遂にはその背中が止まった。

 

 一般ブースとは違って少し重厚に作られた扉の上に書かれているのは“VIP”という単語。毎回、熾烈な抽選会を潜り抜けるか大企業としてスポンサーになるしか手に入れられないというそのある種の幻とすらされている席。そんな扉の前で武内さんは困ったように首筋を抑えつつ、苦笑する。

 

「デレプロの活動初期から一緒に仕事をしていたせいで比企谷君が我々のライブを見た事がないというのをある人達から言われて初めて気が付きました。正直、こんな機会がなければこうした場も設けられずにいたかもしれません。軌道に乗るまで手伝って貰わなければならないというのも情けない話だったのですが――――今日の残りのライブは“観客”として楽しんでください」

 

そう告げた武内さんは俺の耳についていたインカムを取り外して、唖然とする俺を扉の中に送り出す。

 

 

 目を眇める程の眩しい光源たち。

 

 耳どころか体の芯まで響いてくる音。

 

 肌を焼くほど、声が枯れんばかりのファンたちの声援。

 

 そして、何よりも――――その中心でその全てを飲み干して咲く彼女達。

 

 

 歌い、舞い、繋がって、離れて、火花のように一瞬の輝きに命を燃やして

 

 語り、笑い、支えて、引っ張って、包むように心の芯に潤いを与えて

 

 

 そんな輝きが目の前に広がっていた。

 

 

 

 だが、武内さんも、吹き込んだ誰かも根本的な勘違いをしている。

 

 俺は何度だって彼女たちのライブを目にしているのだ。

 

 それこそ、簡素な木箱のお立ち台の時から、ステップを踏み外して盛大にずっこけた時も、初の大規模ライブで燃え尽きた時も、何度も超えた聖夜も――――ここまで人を沸かせる様になるまでずっと見てきた。

 

 

 “アイドル” だからじゃない “アイツ等” だったからこそそこまで付き合った。

 

 

例え、自分がそんな輝くステージに上る事はなくても、ただの少女だった彼女たちがあそこまで輝く星へとなった軌跡を俺は誰よりも近くで見て、一生忘れることはない。

 

 

 だから、俺は今も昔も“アイドル”なんかに興味はないのだ。

 

 

 そんなキモイ妄想と言い訳を抱えてる奴がこんな時どうするかなんて決まっている。

 

 

 腕を組んで、不敵に口角をあげ背筋をまっすぐ。目元に滲んだ涙は悟られぬように俯き加減で

 

 

 

    ベガ立ち   これ一択でしょう。

 




 風邪でぶっ倒れて定期更新が途切れたぬ_(:3」∠)_

 無念。


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プレゼントを貴方に

_(:3」∠)_渋のアンケートで決まった美波のクリスマス回でやんす!!


 聖夜という特別な日のせいか賑やかで、華やかだった街並みはピークを過ぎた辺りから少しずつその雰囲気を変えて静かに、秘めやかで甘いものへと変わってゆく。

 

 道行く腕を組み寄り添う人々。

 

 普段ならば遠目に微笑ましく思うか、少しだけの憧憬をもってソレを見送るのだけれども――――自分と隣の彼も、いまはその中の一人になっているという自覚と伝わってくる仄かなその熱量を意識してしまって嫌がおうにも頬は寒さを忘れるくらいに熱くなる。

 

 隣を盗み見るように伺ってみれば、白い息をたなびかせて遠くのイルミネーションを無感動に眺めているその横顔。ソレはまるで自分のことなどまるで意識などしていない余裕を表しているようでほんの少しだけ悔しい。何に敗北感を抱いているのか自分でも分からぬままほんの少しだけ抱き寄せているその腕の力を強めると、彼は歩みを止めてこちらに視線を下げてくる。

 

 いつもどこか遠くを見ているような仄暗いその瞳に自分が映り込む事に、ちょっとした優越感と怖さが胸に静かに滲んでゆく。

 

 その眼差しは――――本当に自分を映していてくれるのか、怖い。

 

 その暗さが―――――今だけは自分だけを捉えている暗い喜び。

 

 その二つに心が満たされた時に無意識に口を開いてしまった。

 

 何を伝えるつもりだったのか、どうするつもりなのかも分からぬまま言葉を紡ごうとしたそのとき時―――――――――「カーット!!美波ちゃんいい表情できてたわよ!!最高のシーンになったわ!!」

 

 頭に響くような監督の濁声が街の雰囲気も渦巻いていた謎の熱量も散らしてしまい、紡ぎかけていた言葉はホロホロと解けて何処かにとけていってしまった。それによって急に冷めた視界で周りを見渡せば、自分を囲んでいた機材や大勢のスタッフさんが一気に詰めていた息を吐き出して大声で取れ高の報告や確認に動き出している。

 

 ざわざわと騒がしく、さっきの静謐さが嘘のように湧き上がる熱気の中で隣から聞こえた深いため息。そして、なんの未練もなさそうに離れてゆく組んでいた腕に情けない声が漏れ出そうになったのを気だるげな声が遮った。

 

「…あー、肩凝った」

 

「――――年頃の乙女と腕を組めてたんですから表面上だけでも喜んだらどうです?」

 

「馬鹿野郎。俺のクリスマスエスコートはいつだって妹の為にしか使われないんだよ」

 

「……前々から思ってましたけど、“妹さん”って変なサイトで知り合ったりしてませんよね?本当に実在してるんですよね?」

 

「ぶっとばす」

 

 遮られた声は彼の軽口に合わせることによって何とか吐き切っていつもの軽口合戦。自分で言うのもなんだがお上品な自分にここまで暴言を吐かせるというのも彼くらいのものだ。

 

 そんなやり取りに小さく笑いをかみ殺して、隣に佇むアシスタントの“比企谷”さんを改めて見やる。普段のシンプルなシャツと黒いスキニーパンツ。その上、無造作に纏めた髪という見慣れた姿はそこになく、控えめなマフラーと厚手のカーディガンに少し無骨なダウンを着こなして、すっきりとしたパンツと瀟洒な革靴姿で随分と見違えた彼が立っている。少し厚手に見えるコーディネートも細身な彼が身に着けると不思議とスマートに見えてくるからスタイリストさんの感性には感服する。

 それに何より驚くのは、無造作な髪はワックスによって緩くウェーブで纏められ、普段は人を曳かせるであろうその澱んだ瞳が眼鏡によって随分と緩和され――――つくづく見た目と第一印象の大切さを実感させられる。

 

「普段からそれくらい身だしなみに気を使っていれば疑われないかもしれませんよ?」

 

「はぁ?千葉Tとか超おしゃれだろうが。――――というか、こんなんドタキャンでもされなけりゃ絶対に引き受けるわけねぇだろ」

 

 前半の戯言はともかく、彼がこんな格好をしているのには当然訳がある。

 

 有難くも私“新田 美波”の写真集というモノが企画に上がり、なんでもコンセプトは“ファンに美波が隣で微笑む日常”という物らしく――――まあ、端的に言えば私が彼女として隣にいたらこんな感じというのを形にしたいらしい。そんな感じで始まった企画は春から始まり、今のクリスマスに至るまで続いて今日に至るのですが、今日の相手役としてくるはずだった俳優さんが突如鼻血が止まらなくなったらしく相手の事務所からNGがかかってしまったらしいのです。

 

 本人はやる気満々だったそうですが流石に血だらけのクリスマスは絵面的にまずいでしょう。とはいえ、この繁忙期に急な手配もつかずイルミネーションの関係で先延ばしも聞かない状態を事務所のちひろさんに相談すれば、曰く『そこに目以外は映えそうなポンコツが突っ立てるんですから―――マネキンがわりには十分じゃないですか?』なんて無慈悲な回答が返ってきました。

 

 前から思ってましたがこの二人は少し仲が悪すぎやしないでしょうか?

 

 それを聞いた監督さんは鷹揚に頷き、馴染のスタイリストさん達は大興奮で彼を着せ替え人形にしたことによってこんな世にも珍しいオシャレゾンビが出来上がった訳です。

 

「ラインでみんなに送ったら随分と話題になりそうですね?」

 

「…肖像権って知ってる?」

 

「おっ!!二人とも良かったわよ!!急な変更だったから心配してたけど今まで以上にいい画が取れてたわ!!」

 

 本当に嫌そうにつぶやく彼とその経緯を思い出してコロコロ笑っていると耳の奥まで鳴り響く大音声と共に逞しい肉体をくねらせた壮年の監督が声をかけてくれたので二人で慌てて頭を深く下げる。

 

「「今日はご迷惑をかけて申し訳ありませんでした!!」」

 

「いいわよ~!むしろ今までの硬さが溶けて“一年をかけてここまで来たっ!!“って感じの表情が撮れててむしろこっちがラッキーなくらいなんだから!!それよりもこの後スタッフで飲みに行く予定なんだけど、二人もどう?」

 

 気さくに私たちの肩を叩きつつ答える監督に安堵の息を漏らしつつも、その誘いに乗るべきかどうかちょっと逡巡して隣の彼に視線を送って判断を仰いでしまう。別にお伺いを立てる必要もないし、今後を考えれば本当は行くべきなのはわかり切っているのに無意識にそうしてしまった事が少しだけ恥ずかしい。

 

「いや、申し訳ないんですけど、今日は遠慮しときます。―――ウチのアイドルの酒癖の悪さは有名ですし、こいつもたちが悪い酔い方をするもんなので、って、いてぇ」

 

「だ、れ、が、酒癖が悪いんですか?」

 

「―――え、もしかして難聴? い、ででえでえでっ!!!」

 

 力強く頷いて爽やかに人を貶める彼の足を思い切りふんずけて笑顔で問えば小馬鹿にしたように鼻を鳴らす彼の足にことさら強く踏み込む。そんな私たちを見た監督が大笑いして肩を叩いてくれる。

 

「あはっはっはっは!!い、いや、くくくっ、こっちこそ無粋だったわ。そうよね、クリスマスのこの時間に仕事付き合いで呑むほど馬鹿らしい時間の使い方もないわ!!そんじゃ、この次の日程は追って――というか、新年だから2.3日中には連絡するから日程調整よろしく♡」

 

「はい、すみません。コレの完成打ち上げには必ず行きます…撮り終わった後ならスタッフも最後まで幻想補正が効くでしょうから―――いででで」

 

「ひーきーがーやーさーん?」

 

 懲りずに減らず口を叩く彼のほっぺをつねった所でさらに大笑いをした監督が私の肩を優しく抱いて一歩だけ彼から離れて小さく耳元で囁きます。

 

「ふふふっ、今日のいい画の理由がわかったわ、美波ちゃん。……年寄りのお節介だけど――――“汝の愛を選び、汝の選びを愛せ”、よ?」

 

「―――――目が曇ってる状態は適用外、ですので」

 

 顔を真っ赤に絞り出した反論に今度こそ大笑いした監督はせき込んでしまうくらいに私の背を叩いてそのまま彼の元へと押し返す。

 

「あっはっはっはっははっはは!!!!!!やっぱりお宅は面白くていいわ!!業界から縁切られたっておつりが出るくらい!!つまらない子を撮ってるよりもずっと楽しい!!さあ、さっさと明日の三時まで愛でも、恋でも、ヘチマでも語らいに行きなさいな!!―――野郎ども!今日はとことん飲むわよっ!!撤収!!!!」

 

 そんな怒声にも慣れたものなのかスタッフの皆さんは笑顔で手を振ってそのまま華やかな街並みに意気揚々と去ってゆく。その時間はあっという間に過ぎたころにはここに立つのは私と彼だけで―――小さく笑ってしまう。

 

「なに話してたんだ?」

 

「乙女の内緒話を探るなんてデリカシーに欠けていますよ?」

 

「乙女って……まあいいか。所でどうする?女子寮のパーティーはもう飲み会に移行してるだろうけど行くか?」

 

 悪戯っぽく責めると呆れたように返してくる彼が時計を指し示してくる。

 

 そう今日は聖夜ということで女子寮にてデレプロの皆がクリスマスパーティーを開催しているはずなのですが、時計の針が指し示すのは結構な遅い時間。ラインに届く写真を見ていれば主だったイベントも大体終わっているみたいだし、今から行くと大人組の飲み会が丁度いい感じになっていてそれはそれで楽しそうではあるが――――ちょっと味気ない感も否めない。

 

「んー、折角ですしクリスマスっぽい事してから帰りませんか?」

 

「なに、ケンタッキーでも寄ってく?」

 

「………まあ、クリスマスっぽいイメージなのは否めませんけど――違います!!ほら、パーティー用に準備していたプレゼント交換とかせっかくですからここでやっちゃいましょう!」

 

「二人だけのプレゼント交換とか……切なさがぱねぇな、って、いでで」

 

「一言余計なのが悪いんです!!―――ほら、ちゃきちゃき出してください」

 

「“恐怖!若者によるプレゼントカツアゲの実態!!”ってタレコミでパパラッチに流すぞちくしょう…。えーっと、どこ仕舞ったかな?」

 

 減らず口を叩き続ける彼の脇腹を軽くつつきながら急かせば、なんだかんだと用意している彼に見えないように思わず小さくガッツポーズしてしまいそうになる。普通にイベントの交換会では彼が用意したプレゼントが手に入る確率なんてほとんどあり得ないような確率だったのが、当確で手に入るというのだから夜分遅くまでお仕事に励んでいた甲斐もあるというモノだ。

 

 彼がポケットの中を探って小さな薄い箱を取り出すのに胸が高鳴る。

 

 彼らしい質素なラッピングに包まれたソレが無造作に引き出されながらも微かに微笑んで手渡される。ソレがプレゼントを待ち切れていない自分の子供っぽさを見抜かれているようで気恥ずかしく感じながらもソレを開け――――――――絶句した。

 

 

 小さく薄い箱に詰められたその紙束。いや、もう言葉を飾るのは止めよう。

 

 

 普通に“商品券”だった。

 

 

 全国に幅広く使える――――とってもお得で、クリスマスプレゼントとしては最低最悪な品物がこの腐った眼をしたサンタが私に届けた贈り物である。

 

 

「ぶっ飛ばす」

 

「まてまてまてっ‼新田さーん?なんで店の看板振り上げてんのかな!?八幡そういうのよくないと思う!!」

 

「当たり前じゃないですかっ!!どこの世界にクリスマスプレゼントに商品券を贈る人がいるっていうんですか!!」

 

「だって、下手に形が残るとか気持ち悪いだろ!!しかもあの大人数未成年成年キチガイが入り混じった面子相手に対応した最高のソリューション!!それがこれでしょう!!」

 

「努力と思考が後ろ向きに前向きすぎです!!」

 

 しばらく聖夜の街並みを命懸けのおいかけっこに励んで彼も私も息を切らしてベンチに倒れ込んだ頃にようやくその阿保らしいコントも終了を迎えます。お互い着こんだコートやダウンに籠った熱が煩わしくて首元を緩めつつ深呼吸と共に夜空を見上げる。

 

 なにが悲しくて世間のカップルが別の熱をあげている夜に追いかけっこに熱をあげなければならないのか訳が分からなくて思わず眉間を揉みつつため息を吐く。

 

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか彼の方から軽やかなジッポーの音と微かな紫煙の匂い。いつもは気にならないそんな匂いにも今だけはちょっとだけ癇に障って彼に文句の続きでもぶちまけてやろうと思って声をあげようと彼に顔を向けると、緩く握られた拳が目の前に突き出されている事に気が付いてその勢いが削がれてしまい思わず首を傾げてしまう。

 

「手、だせ」

 

「わ、と、っとと………ペン?」

 

 彼の手元から無造作に放られたものを何とか掴んで改めてみれば暗い藍色を基調に小さく銀色で装飾されたペン。ソレは無骨な色に反して細身でしっくりと手に馴染む。記憶が正しければその刻まれた紋様は決して安くはないメーカーだったはずで…そこでソレが彼がいつも使っていたものであることに気が付いて慌てて彼を見る。

 

「こ、これって!!」

 

「まあ、確かに残業代がわりが商品券ってのも味気ないしな…。とはいえ、いま手持ちでやれそうなもんはそれくらいだから勘弁してくれ」

 

「だ、駄目です!確かに文句は言いましたけど――こんな大切な物を貰う訳にはいきません!!」

 

「えぇ…あげてもあげなくても文句言われるとかめんどくさぃ」

 

 慌てて返そうとする私に彼が呆れたようにため息をついて手を差し出してくるが、返そうとすると弾かれる―――なんで?

 

「いや、交換なんだろ?お前のもくれよ」

「こ、こんな高そうな物に釣りあうものじゃ…」

 

「まあ、別にいらんちゃあいらないからいいんだけど」

 

「あっ、ちょ、渡しますからちょっと待ってください!!」

 

 苦笑しつつ席を立とうとする彼を慌てて追いかけて押しとめる。このまま本当に何も渡さず彼を帰してしまえば本当にねだるだけねだった恩知らずになってしまう。それだけは避けたいし、それなりに悩んだプレゼントが日の目を見ることもなく“いらない”と言われるのも少し悔しい。

 

 何とか押しとどめた彼の前でしつこいなとは思いながらも念を押す。

 

「…本当に大したものじゃありませんよ?」

 

「商品券よりマシだろ」

 

「…それはまぁ。―――返品と文句は受け付けないので、どうぞ」

 

 彼の茶化すような声に小さくため息に見せかけた深呼吸。

 

 高鳴って破けそうな鼓動を必死に抑え込んで、胸ポケットに入れていた華やかに包装された小さな包みを彼にそっと手渡す。目線だけで開けていいかを問われるので小さく頷くことで答える。

 

 その丁寧に開けられてゆく包装が解かれるたびに心臓が、跳ね上がる。包装が全て解かれた先にあるプレゼントに彼が小さく息を吐いた事にこっちまで息を呑む。

 

「キーケースか。商品券と比べるにはちょっとハードルが高すぎるな」

 

「ソレに比べたらどんなプレゼントでもマシに見えますよ…」

 

 彼が憎まれ口と共に苦笑しつつソレを手の中で触り心地を確かめるように何度も握る様子を見れば少なくとも気に入ってくれたようでほっと胸を撫でおろす。シンプルな形状で、誰でも親しめる色合いの落ち着いたブラウンのソレは傍目で見ても彼に馴染んでいているのも選んだ側としては嬉しいものだ。

 

「自分で買うには大仰でもってなかったけど、あると嬉しいもんだな。つけてもいいか?」

 

「はい、ブランド物ではないですけど丈夫で評判のいいものを選んだので…普段から使ってくれると嬉しいです」

 

 いつもの陰鬱さも鳴りを潜めて無邪気にポケットから出した鍵を早速取り付けていくその姿はいつもと違う格好も合わさって随分と可愛く映って思わず微笑ましくなってしまう。普段からこれくらい素直ならばもっと周りからも高評価に―――なるのも困るので、他の子たちにこの格好を見せないようにしたほうがいいかもしれませんね。

 

「はぁ、さて―――お前ってその商品券の使う当てってあんの?」

 

「え、いや、特にありませんけど…?」

 

 そんな小さな独占欲を手の中のペンと共に転がして苦笑に変えていると、全てのカギを収めた彼がこちらに振り向いて不思議なことを聞いてくる。貰いはしたものの新たにしっかりしたプレゼントを貰った以上自分が使うのも違うだろうし、その当ては確かにないのだがどうしたのだろうか?

 

 そんな疑問に首を傾げる私に彼は苦笑を漏らしつつ、咥えていた煙草を潰したその指で近くにある明るい紅い看板を指さす。

 

 そのライトの下では満面の笑みを浮かべたサンタさんのマネキンと香ばしいフライドチキンのいい匂い。

 

 それだけで彼が何をするつもりなのか分かって思わず笑ってしまった。

 

「とりあえず、ターキーバレルと酒とケーキでもソレでありったけ買って行きゃ無駄にもならんだろ?」

 

「ふふっ、まあ、喜ぶのは間違いないかもしれませんね?」

 

 だろ? だなんて得意げに笑う彼にもう一度だけ苦笑を零してその腕を捕まえて彼を引っ張ってゆく。

 

 どうにも憧れていたロマンチックなクリスマスとはならなかったけれども、格好のつかない情けない二人だけれども、それでもこの腕から伝わるこの暖かさとくすぐるように広がっていく気持ちを二人っきりで味わえただけでも―――今日は満足しておこう。

 

 後ろから引っ張られる事に文句を漏らす彼を一度だけ振り向いて

 

 

 

 

「来年も  ちゃんと用意してくださいね?」

 

 

 

 

 そういわれた瞬間に顔を顰める彼に私の笑い声が聖夜の街に響いたのでした。

 

 

 

------------------------

 

 

 

―――本日の蛇足―――

 

 各自プレゼント一覧

 

 楓   スルメイカ ポット

 

 志希  ヤバそうな粉 吸引セット

 

 心   おっぱいプリン

 

 早苗  エロランジェリー

 

 奏   クソ映画DVD傑作セット

 

 ありす 苺クッキング(手作り)

 

 茄子  宝くじ 1枚

 

 

その他 個性的な物が入り乱れてたそうなのを知って商品券は意外とマシなチョイスだった事を知り二人は深く肩を落としたそうな。

 




('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。

気が向いたら下にある評価ボタンをぽちっと押して貰えるとあっちの承認欲求がビンビンでさあ。

コメントに見てみたい√とか書いちゃうとわりかしフワフワ生きてるあっちは妄想を膨らませちまうのでよかったら気晴らしにポチっとお願いしまさぁ、へへへ←小物感



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その花言葉は偽りなく

_(:3」∠)_みんな大好き”相葉ちゃん回”だよ!!


今回もなんでも良い方のみ頭を空っぽでお楽しみください!!


('ω')コメント・評価を貰えると僕の承認欲求がビンビンだよ!!



最後にちっひからお知らせがあります(笑)


 私の名前は“相葉 夕美”!!

 

 多分、どこにでもいる平凡な女子大生といってもいいと思います。あぁ、でも個人的にはお花に関してはちょっとだけ詳しいし、好きだっていうのはささやかな自慢といっていいかな?

 

 それに、もう一つ他の子と違う点といえば―――今、目の前で楽し気に話してるツインテールの可愛い子“十時 愛梨”ちゃんと友達っていうのも、もしかしたら普通の人からしたら珍しく見られちゃうのかも。

 

 何を隠そう、この子。いま色んな意味で知らない人はいない“シンデレラプロジェクト”で頂点に輝いたことのあるスーパーアイドルでもあるんです。雪国の人らしくきめ細かい肌に、誰もが見惚れちゃうくらい整った可愛い顔立ちにスタイル。その上、性格も愛嬌と朗らかさを兼ね備えてる事を知っている友人としてはこの子がトップじゃなきゃ誰がトップになるんだってくらいの可愛い子!!

 

 ただ―――そんな子でもやっぱり欠点ていうのがあって、その一つが……。

 

「それでね、そのアシスタントのハチ君が―――」

 

「あー、愛梨ちゃん?」

 

「ん、どうしたの夕美ちゃん?紅茶おかわりする?」

 

 可愛らしく小首を傾げてお茶を進めてきてくれる彼女に緩く手を振って断ると私は喉に絡まる生唾を飲み込んで意を決して彼女に踏み込んだ質問を投げかけた。

 

「えーと、その、愛梨ちゃんって昔その“ハチさん”って人に酷い事されたって言ってなかったけ?」

 

「ん?――あっ、そうなんですぉ!!あの時のハチ君は―――「ここで質問です!」

 

 しばしの間があってその時のことを思い出したのか可愛らしく怒る彼女を見て積もっていた嫌な予感はさらに募ってゆくがソレを打ち消すためにもう一度、彼女の言葉を遮って言葉を重ねる。

 

「ぶっちゃけ、もう昔された酷い事は気にしてないし、今は優しくしてくれてるからって、そ、その――その人の事が気になっちゃってたり………して、ないよね?」

 

「」

 

 私の口から問われた言葉に何を言われたのか分からないといった顔をする彼女がどうか、どうか自分の予想を覆してくれることを祈って私は固唾をのんで見守り―――その結果。

 

「い、嫌ですねぇ!そんな気になるだなんて!こ、これでも私は“アイドル”ですから!!そんな“ハチ君ともっといちゃつきたい”とか“今度の差し入れは何にしようか?”だなんて考える訳ないじゃないですかぁ。あは、あははははははっ!!」

 

 そんな祈りは顔も真っ赤に、ほっぺが蕩けるくらいのにやけ顔でそんな事を嘯く“あいどる”兼“友人”に打ち砕かれる結果となりました……。

 

 その衝撃に頭を抱えて突っ伏してしまった私は惚気話を延々と始めた彼女に最後の力を振り絞ってその両肩を掴んでこちらの世界に引き戻す。

 

「愛梨ちゃん!騙されてるから、それっ!!!」

 

「ほぇ?」

 

 私の必死の言葉も届かないのか首をコテンと倒す彼女に深くため息を漏らす。

 

 

 そう。この子は。“十時 愛梨”という女の子は完璧に思えるくらい可愛い自慢の友人ではあるのだけど、欠点がないわけではない。というか、その欠点すらも彼女の魅力ともいえるのだろうけど、同性の友人たちの間では危うさすら感じさせるその――――ド天然。

 

 傍から見ていればうっかり知らない人について行ってしまいそうな程にぽわぽわしている彼女は今まさに悪い男の毒牙にかかりかけている事を私は確信しました。

 

 彼女が信念をもってアイドルになったことも、理不尽な理由で挫折して落ち込んでいた時も、色々あって今誰よりも輝いているということもずっと傍で見てきたから彼女の仕事に関してはとやかくなんて言えないけれど――――その節々で必ず聞いていた“ハチ”という謎の男の名前。

 

 聞けば専業主夫志望で? 大学にもいかずバイト三昧で? いつも周りに女の子を侍らしていて? そして何より―――愛梨ちゃんを傷つけたのに手練手管で純粋な彼女をだましてまた近づいてきた最低の男!!

 

 というか!まるっきりダメ男の手口だよ!!

 

 傷つけて優しくすることによって依存させるDVの典型男だよ!!

 

 そんな酷い人にこの子を近づける訳にはいかない。

 

 そんな決意を胸にノー天気にぽやぽや微笑んでいる彼女の肩を一層強く掴み私は力強く宣言します。

 

 

「愛梨ちゃん、面接を行います」

 

「……面接?」

 

「その人が、愛梨ちゃんに相応しいか、私が見極めるの!!」

 

「ふ、ふええええぇっ!!?」

 

 

 私の断固とした力強い宣言と彼女の間の抜けた驚きの声が昼下がりのカフェテラスに響いたのでした。

 

 

 

-----------------------

 

 

 

「とか、何とか大見栄切っちゃったけど……大丈夫かなぁ?」

 

 夕暮れの公園、温かくなり始めた空気に応えるように花を咲かせ始めた花壇の花たちに水をあげながらも小さな弱音が思わず漏れてしまう。あの後、渋る彼女を押し切り強引に明日あのカフェにその人を連れてくることを約束させたまではいいのだけれど―――そもそも恋愛経験がないのは自分だって一緒なのだ。

 

 ああも分かりやすい手管に本人が気が付かないのは詐欺師の手腕によるものが大きいと聞いたことがある。つまり、自分だって気を抜けばいつのまにか同じように騙されているかもしれない。そうならないように今から気を引き締めなければ―――なんて、気を引き締めた所でふわりと吹いた風がまだ綻び始めたばかりの花の香りを運んできて思わずまゆ尻も下がっちゃう。

 

 そんな自分に苦笑を一つ漏らして肩の力を抜く。

 

 そうだよね、お花たちの世話をしてる時にまでこんな難しい顔をしてたらお花だっていい気分はしないはず。せっかくの趣味の時間までそんなことで悩むのは止めて楽しもう、と気持ちを切り替えた時にちょうど小さなお客さんが公園にやってきた。

 

 少し青みがかった黒髪の元気で可愛らしい女の子。小学校くらいのその子は興味深げに花壇にかがみ込んでじーっと花を眺めている。

 

 その様子に花を楽しんでくれているのが嬉しくなると同時に、あれくらいの年頃の子が次に何をするのかも経験上分かっているのでそろそろかなっていうタイミングで彼女の方に歩みよる。

 

案の定、花壇の中に手を伸ばそうとする彼女に声を掛けようとして――――

 

 

「悪いな、けーちゃん。ここの花壇のお花は摘むんじゃなくて、見て楽しむ用みたいだ」

 

 

 そっとその女の子の手を後ろから包むように抑えた成年の声によって遮られた。

 

「見るだけー?」

 

「そうそう、見るだけ。摘んでいいのはあっちの芝生とかに生えてる奴だな。何ならソレでお金貰ってる人がいるくらいだ」

 

「ほー。ぷろのお花つみ屋さんだー。はーちゃんも一緒になろー」

 

「………就職失敗したら考えとくわ」

 

「―――ぶふっ」

 

「「?」」

 

 続く二人の気の抜けた平和な会話に思わず吹き出してしまって二人の奇異な視線を集めてしまって赤面をしてしまうが、小さく咳払いをして気まずさを散りながら改めて二人に近づく。

 

「ご、ごめんなさい。二人のお話が面白くてつい―――ご兄弟ですか?」

 

「あぁ、いや、気にしてないんで。知り合いから面倒見るように言われて――「さーちゃんが来るまでけーちゃんが遊んであげてるの!!」―――らしいっす」

 

 その二人のやり取りに今度こそ抑えきれず笑ってしまった。そんな私に肩を竦めつつお仕置きなのか女の子のほっぺを軽くつまんで楽しそうに笑うその二人のやり取りはやっぱり微笑ましくて実の兄弟の様だ。―――少なくとも、誘拐とかそういった類では無さそうだ。

 

 そんな私の笑いが収まるのを待っていた訳でもないんだろうけれども、彼は小さく頭を下げて言葉を小さく紡ぐ。

 

「すみません。ウチの子が勝手に公園荒らしそうになって」

 

 ぱっと見、少し猫背気味で冷たい目と質素な格好から受けた印象は根暗そうで怖い印象を受けていたのだけれども折り目正しく頭を下げるその姿勢と、さっきの女の子とのやり取りで良い人なのだと素直にそう思える素敵な人だ。

 

 だから、私も自然に手を振って朗らかに答えます。

 

「いえ、私は別に管理人とかじゃなくて―――えっと、ここの公園は私が勝手に弄らせてもらってるだけですから。いわゆる、趣味です」

 

「……この規模を一人で、ですか?」

 

「おー、ぷろのお花屋さんだー」

 

 私の答えに帰ってくるそれぞれの反応にちょっとだけ気分が良くなり胸を張っちゃいます。たとえ勝手な趣味であってもソレをみて喜んで貰えたり、感心してもらえるというのはそれだけで気分がいいものです。―――何より、そこから知りたいとかそういう気持ちを花に向けてくれる人が少しでも増えてくれればいいなぁ。

 

「家の中だけじゃ物足りなくなって、誰も使ってなかったここの花壇を少しずつお世話して2年くらいでここまでになってくれました―――って、へへ、ちょっと自慢みたいになっちゃいましたね?」

 

「…いや、何かにそこまで夢中になれるって凄いって思いますよ」

 

「―――っ」

 

「はーちゃんもココで働く―?」

 

「いや、だから、お店じゃねーって」

 

 また和やかに話す二人を尻目に私は平静を保つのに必死でした。

 

 茶化すように語った自分の言葉は今まで多くの人には呆れられるか、ちょっと敬遠を込めた尊敬で迎えられてきた。ソレをただただ朴訥に、あんな柔らかな表情で受け入れられたというのは初めてで――――この胸で跳ねる鼓動と顔の赤さを必死に悟られないように別の事に意識を逸らす。

 

「あ、ここの花壇はこれから育ってく物なのでお分けできないですけど、向こうの花壇はもう季節が終わるから良ければ少し持ち帰ってください」

 

「はーちゃん!お花くれるってっ!!」

 

「……いいんですか?」

 

「は、はい。そっちはもう次の花に備えてそろそろ摘むつもりでしたから最後はお家に飾って貰えれば花も喜ぶと思うんです。―――それじゃ、行こっか?」

 

「うんっ!!」

 

 伺う様に見てくる彼の視線から逃げるように女の子の手を握ってさっさと足を動かす。治まっていない頬の熱は夕焼けに紛れてくれていると信じて、私は精一杯今の気持ちを込めて花束を作った。

 

 

 その中にそっと目立たないように混ぜた花の名は“コマチフジ”

 

 

 花言葉は “運命のような出会い”

 

 

 また、ここに来てくれるようにと願えるこの出会い。

 

 こんな温かい気持ちを持てる様な人が友人の相手であったらいいと、そう沈みゆく夕日に私は小さく祈った。

 

 

 

-----------------

 

 

 

 夜も明けてその時が来た。

 

 約束の喫茶店で一人、紅茶を飲んで気持ちを落ち着ける。

 

 なんとは無しに携帯を開き、あの公園での仲良しの二人を見送るついでに“また花の見ごろに来て欲しい”と難癖をつけて聞きだした彼の連絡先。表示名には“はーちゃん”だなんて彼の容貌には似合わない可愛い表記。ソレが少しおかしくてクスリと笑いを転がせば心の奥にあった緊張も少し和らいで力が湧いてくる。

 

 色眼鏡もなく、ただただお話をして見極めればいいだけ。

 

 それで違和感を感じたなら焦らずゆっくりと話し合えばいい。

 

 昨日までパニックになって相手を攻め立てる事しか頭になかったのが嘘のように落ち着いて考えられるようになっているのだから現金な自分にちょっとだけ呆れちゃう。それでも―――この件が終わったら、彼に連絡をしてお茶に誘うくらいは自分にご褒美をあげてもいいかもしれない。

 

 そんなちょっと先の未来に胸を弾ませていると入り口から来店を知らせるベルの音と聞きなれた友人の声に手をあげて―――――

 

 

 

「もう、だから何度も謝ってるじゃないですかぁ。ちょっと会ってくれるだけでいいんですって」

 

「……いや、それ“来なきゃ明日からボイコットします”なんて脅迫文送ってきた人間が言う言葉じゃないからね?」

 

 

 

 聞きなれた、甘ったるい声に―――聞き覚えのある、胡乱気な声。

 

 何かの間違いだと信じて、必死に願って、見開いた眼には―――間違いなくかけがえのない友人と、昨日であったばかりの彼がいて。

 

 

 上げかけた手と言葉は行き場を失って力なくしおれてゆく。

 

 

   手のひらから零れた

 

携帯が

 

    鈍い音を立てて   

    

          床に転がった。

 

 





ちっひ(∩´∀`)∩「この作品の続編、ですか? ふふ、嫌ですねぇ、皆さんホントはお分かりのくせに(笑)」




ちっひ('ω')「”ガチャを廻し、祈る”――――――それだけです」



to be continued..........




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その花の名は

茄子('ω')「………ガチャガチャ……コロン ”その花の名は” 」

茄子('_')/〇 スッ


茄子( ゚Д゚)「…いままで散々”笑いの女神”とか”オチ担当”とか言ってた奴ら全員ケツバットですよー?」


――――――――――――――――――

_(:3」∠)_という訳で茄子様が無事に引き当ててくれたので”相葉夕美 メモリーメピソード”後編です(笑)。

何のことか分からない人は前作(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12202089)や、過去の茄子活躍作品を見てみよう!!←ステマ

 さて、今日も広い心で頭を空っぽにしてお進みくださいませ!!



 

 

 うららかな春を感じさせる日差しの中、近し気な距離感で言葉を交わす二人を見ている事に少しだけ胸が締め付けられ、それを遮るように上げかけた手で視線を遮ったついでに気だるげな頭を支える―――昔、彼女が言っていた言葉を思い出す。

 

『こっちに来たばかりの時、偶然で相席になった私が語った夢を笑わずに応援してくれたんだぁ』

 

 初めて“ハチ君”なる人の事を語るときに彼女はそう語った。

 

 それは、自分が昨日経験したであろう高鳴りときっと一緒の物で―――こんな事になって初めて彼女の気持ちが分かるというのも皮肉なものだと思わず苦笑を零してそのまま小さくため息を零す。そんな心の中のモヤモヤは飲み込めていないけれど、時間は残酷に進んでいて彼女たちはもうすぐでココにたどり着く。そんな時にこんな辛気臭い顔で八つ当たりの様に接するのが失礼なことが分かるくらいの自制は効いてくれている。

 

 

 だから――――精一杯の強がりと、笑顔で二人を私は迎えなきゃ。

 

 

 近づいてくる二組の足音に視界を遮っていた手を避けて視線を送る。初めてであろう“友人面接”に少し緊張気味な愛梨ちゃんと――――少し驚いたように胡乱気な目を見開いた彼。その反応に自分の事を覚えていてくれたという場違いな喜びが湧いてくるのを抑え込んで可能な限り気さくな感じを装って手をあげる。

 

「昨日ぶり、かな?」

 

「なんでアンタがココにいるんだ?」

 

「へ?ほえ?――――お二人って…へ?」

 

 

 交わされる短いやり取りと困惑の声。

 

 

「ふふっ――――こーさん、降参!本日の“面接”は無事に合格です!!」

 

「えぇーー!!どういうこと!!だって昨日は徹底的に取り調べるっていってたのにー!!」

 

 その友人の愛嬌のある仕草に思わず笑いが零れて、私は両手を降参するように上げてことさら明るい声で彼女に“面接”の終了を告げると彼女はさらに困惑したように説明を求めてくる。それが可愛らしくてさらにからかいたくもなるが、いつまでも来てもらった人を立たせるわけにもいかないので二人にさりげなく席を進めて紅茶をいれるついでに種明かしをしていく。――――とは言ってもさっきまでうろたえていた自分が語れるほど大した内容ではないのだけれども。

 

「昨日、花壇のお手入れをしているときに偶然この人が“妹さん”を連れてきてくれててね。その子との接し方や花束を一緒に作ってるのを見てたんだけど―――“いい人だな”ってその時に素直に思ったんだ。だから、試験は私の独断と偏見によって無事に合格です。でも、まさかソレが噂の”ハチ君”だったとは思わなかったから君がココに来た時にはほんとに驚いちゃったよ」

 

「あんなんでその評価を下す節穴具合はともかく……世間は意外と狭いらしいな。で、女友達による“面接”とやらが緊急で行われるくらいにはボロクソに言われてた内容は?」

 

「えー、それは凄かったよ?“女たらし”で“不良学生”で“優しさが全然たりない”とか他には―――」

 

「わぁーーーっ!!とにかくっ!!面接は無事合格したんだからいいじゃないですか!!?あっ、ハチ君甘いの好きですよね!!ケーキ頼ましょうそうしましょう!!ねっ、夕美ちゃんも!!ねっ!!!」

 

 慌てて私の口を塞ぐため前のめりになった彼女は怒涛の勢いで言葉を連ねて事実のもみ消しと甘い物による懐柔を図ってくるので私はお腹を抱えて笑ってしまい、ハチ君はジトっと座った眼で彼女を睨んで呆れたようにため息を漏らしている。それを取り繕うために彼女がさらに慌てふためく姿にちょっとだけ意地悪な気分が解消されるのを感じて――――嫌な女だなっと内心で小さく自分に毒づいた。

 

 そんな和やかな光景を楽しんでいると彼がおもむろに腕時計を確認して、慌てている愛梨ちゃんにソレを指し示します。

 

「阿保、そもそも午後の移動ついでにちょっと寄る程度の話だったのにそんな時間あるかよ。“面接”っていう訳分からん行事も終わったならさっさと移動だ。―――アンタもこの馬鹿の思い付きに付き合わせて悪かったな。これに懲りず構ってやってくれ」

 

「えっ、いや――こっちこそ忙しいのに無理言ってごめんね?」

 

「えー!!というか、来てまだ5分もたってないじゃないですかー!!そんなに急がなくても次の現場での出番はもうちょっと後じゃないでした?―――って、いたっ!」

 

「今回は武内さんが直接様子見に来るらしいし……挨拶回りやらなんやら含めて早めに入っておくに越したことはねーだろ」

 

 文句を口走る彼女が名残惜しそうにケーキのメニューを見ているのをデコピンで黙らせた彼が振り返り申し訳なさそうに頭を下げてくれるのに思わずたじろいでしまった。

 

 昨日の妹さんに対するような優しさを変わらず覗かせるのに、社会人としてキチっと仕事に向き合おうとする新しく知った一面。そして、彼女が忙しいと知っていて無茶を言ってしまった昨日の自分の幼さが居たたまれなくて―――つい、視線を下げてしまう。

 

 そんな間にも彼らはちゃきちゃきと動いて、あっという間に帰り支度を済ませてしまう。

 

 このまま、ただ見送れば―――――きっと、もう深くかかわることが出来ないと

 

 なんの根拠もないまま不思議とそう確信した。

 

 そう、おもった瞬間に――――伝票に伸ばした彼の手を無意識に掴んでいた。

 

 見た目よりも固く温かいその手の感触。ソレに胡乱気な暗い瞳が問う様に向けられるが掴んだ自分が一番驚いているのだから場には沈黙が流れるばかりだ。

 

 それでも、無意識に繋いだこの細い糸を逃すまいと大して良くもない頭を必死に振り絞って――――私は

 

 

 

「あ、アイドルの、友達のお仕事を見学して見たりって……大丈夫、ですか?」

 

 

 

 生まれた事を後悔するくらいにとんちきなお願いをしぼり出したのでした。

 

 

 

-------------------------

 

 

 

 その初めて見る世界に―――圧倒された。

 

 屋外ステージの中に張り巡らされた配線に、見た事も無いくらい物々しいカメラや音響機材。それだけでも学園祭のステージなんかと比べ物にならない規模なのにもっとすごいのは人の熱気だ。

 舞台の微調整や演出さんやカメラマン。それぞれが怒号にも近いくらいの声でやり取りを交わしディレクターさん達がさらにソレを上回る大声で指示を出すたびに周りのスタッフさん達が慌ただしく走り回る。それらの脇では出演者であろうテレビで見た事がある歌手さん達や、“シンデレラ”の女の子たちが細かくそれぞれが打ち合わせや衣装の最終確認を行っている。

 

 テレビ越しでも驚くほど可愛い彼女たちは実際目の前にしてみるとそれよりも綺麗な子たちばかり。その上、華やかなその笑顔の後ろにある迫力みたいなものに思わず息を呑んでしまったくらい。

 

 そんな世界で―――あの友人はトップになったという凄さを改めて、知った。

 

 そんな感心と、寂しさにも似た感傷を首から下げた関係者の青い名札と一緒に転がしながら俯いていると仄かな紅茶の匂いと、紫煙の独特な匂いが鼻孔を擽る。

 

「案外と退屈なもんだろ舞台裏も」

 

「いや、逆に熱気に押されちゃったくらいで……正直、愛梨ちゃんがこんな凄いとこで戦ってるなんて思ってもみなかったんです」

 

 “ハチさん”に差し出された紅茶をありがたく受け取って素直に言葉を漏らす。今では愛梨ちゃんの援護に助けられ勢いだけで車に同乗してしまった時の気まずさはなりを潜めてしまって、今は単純に心の中に生まれた自分への卑下を誰かに聞いてもらいたかった。

 

「別に急にこんな所で始まった訳じゃないし、今くらい平気な顔してライブができるようになったのも最近の話だ――――その前は吐いたり、失踪したり、ロッカーに閉じこもったり酷いもんだったぞ」

 

「ふふ、そんな好き勝手言っていると愛梨ちゃんに怒られちゃいますよ?」

 

 彼が苦笑と共に零した冗談にちょっとだけ気持ちが楽になって、軽口で答えると彼は意味ありげに煙草を吹かすだけで答える。その動作が皮肉屋っぽい見た目に妙に合っていてつい微笑んでしまう。

 

夕暮れの日差しが近づいても冷え切らない春の宵闇に浮かぶその季節外れの蛍。ソレが柔らかな風によって緩く散ったその光景に

 

 

どうせ痛い思いをするならば―――早いほうがいいかと、覚悟を決めた。

 

 

「“ハチ君”は――――愛梨ちゃんと付き合ってるんだよね?」

 

 

「――――――――――はい?」

 

 

 

 覚悟を決めて絞り出した問いはあまりに気の抜けた答えに塗りつぶされてしまい、思わずこけそうになった私を、彼はもの凄い残念な物を見ているかのような視線を向けてくる。

 

「……いや、アイドルは恋愛しちゃ駄目でしょ」

 

「い、いや、ごめん!そうだよね! こんな事聞かれて普通に答える訳にはいかないもんね!!このことは――――」

 

「いや、まて。…多分だけど絶対に誤解してる人間の反応だソレは。大体、なんで俺があいつとそんな事になってる?」

 

 慌てて言葉をなかったことにしようとする私を宥めた彼が本当に不思議そうに聞いてくるのから逃げられず渋々と私は口を割ることになる。

 

「愛梨ちゃんが新人の頃から支えてきてくれた“大切な人”だって……」

 

「“大切”かどうかはともかく…ソレで付き合う事になるならこのプロジェクトの人間全員と付きあわにゃいけない計算だな――――うち事務が4人しかいないんだから大体の新人のお守は俺が担当だし」

 

「……傍にいないとすぐに他の女の子に色目使うとか」

 

「いや、何人いると思ってんだウチのプロジェクト…」

 

「実家には行き来する中だって……」

 

「地元撮影に行っておいて菓子折り持って行かない方がおかしいだろ」

 

 

「……………」

 

「……………………もしかして、付き合ってない?」

 

「最初からそう言ってる」

 

 淡々と答えられていくその言葉にいよいよと固めた覚悟が盛大に肩透かしを食らって無慈悲に脳内を転がってゆく音が聞こえた気がした。というか、その事実に自分が固めていた覚悟の裏面。つまり―――自分の気持ちを塞いでいた重しを失くして大暴れを始めて顔が真っ赤になるのを止められない。

 

「ど、どうした急に?気分でも悪くなったか?」

 

「――――っ!ちょ、ちょっと待ってね。…………ちなみに、付き合ってる人って今いますか?」

 

「……残念ながらJDを楽しませられるような恋バナの在庫は揃えてねぇんだ」

 

「――――えへへ、そっか。フーン、そうなんだー。………ね、ただ見てるだけっていうのもあれだし私にもお手伝いできることってあるかな?」

 

「人の恋愛遍歴きいてそんなご機嫌になっちゃう要素あった?――――あー、じゃあ、ステージ周りの花飾りが人手足りて無さそうだしそっちに聞いてくるわ」

 

「うん、せっかく無理言っていれて貰ってるんだから頑張る!!」

 

 胸が咲けそうな興奮を辛うじて抑えて絞り出した探りはひねくれた最高の回答によって帰ってきたことでさらに高まっていく。そんな気分で改めて周りを見回せばさっきとは違う輝きに溢れていて、少しでも自分の力になれることがあればと随分と気持ちも上向きになる。

 

 手伝いを勢いよく申し込んだせいもあってか彼は苦笑を堪えつつも花を飾り付けているスタッフさんに話を通しに行ってくれた背中をなんとは無しに見送っていると、後ろに誰かが立つのを感じて振り返ると――――引きつった笑顔の愛梨ちゃんがそこにいた。

 

「あっ、愛梨ちゃん。今日は色々我儘を聞いてくれてありがとう!!おかげで、心配事が全部解決しそうだよ!!」

 

「そ、そうですかぁ~。よかったです!……ところで、さっきはハチ君と何を話してたんですかぁ?」

 

「ん? “ハチ君はお付き合いしてる人いる?”って聞いたら―――いないって!!」

 

「なっ!!」

 

 口をあんぐりと開けて驚く彼女に“悪いなぁ”なんて思いつつも今日一番の笑顔が出てしまう自分はやっぱり性格が悪いのかもしれない。それでも、いい子のふりをしてつかみ取った糸を手放してしまうつもりは全然ないけれども。ましてや、その糸がどこにも繋がっていないなら気後れする理由も無くなったことだし―――ね?

 

「……ハチ君は、渡しませんよぉ?」

 

「お互い頑張ろうね!!」

 

 プリプリと怒る彼女に満面の笑みで答えると彼女はズカズカとメンバーの元へと戻って行き、ちょうど私も彼に呼ばれそちらに歩を進める。ご機嫌斜めな愛梨ちゃんを見て不審に思った彼が首を傾げるのを苦笑で誤魔化し、彼との間でし忘れていた一番大切な事を仕切り直すため手を差し出します。

 

 

「今更になっちゃったけど――私、“相葉 夕美”っていうの。A大の3回生!花が好きなの!!」

 

 

「そういや自己紹介してなかったな―――“比企谷 八幡”。W大3回生。まあ、見ての通りバイト漬けの社畜だな…」

 

 

 言われて気が付いたかのように呆けた彼が、苦笑と共に軽く手を握る。その手をしっかり握り返して何度も彼の名前を心の中で転がして味わう。

 

“はーちゃん” でもなく

 

“ハチ君” でもない

 

 自分だけの彼の名。

 

さて、このタネはどんな花を咲かすのか。

 

その未来と注ぐべき“愛情”の分量を真剣に考えて、楽しんで私は微笑んだ。

 

 

――――――――― 

 

 この後、現場に来た武内によって彼女が電撃スカウトされることによって起こる一悶着があるのだけれども――――ソレは、別のお話である。

 

 




いつも皆様のコメント・評価・誤字報告に救われております!!

( ;∀;)ありがとうございます!!


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【 調べもの 】

みなみ好きよ集え!


みnMi しゅき( *´艸`)


「ミナミ、ちょっと聞きたいこと、ありマース。あー、時間大丈夫ですか?」

 

「ん、大丈夫だよ、アーニャちゃん」

 

 歩きなれた事務所への通路を歩いている途中で透き通った声が自分を呼び止め、少しだけ独特の発音でその声は自分がグループ内で一番親しくしている異国の友人だと分かり自然と返答は柔らかいものとなる。

 

 振り向いた先で花が綻ぶような笑顔を浮かべる彼女が近寄ってくるのをつい嬉しくなって私も彼女を笑顔で迎えてその手元を見る。

 

 握られているのは現代では誰もが持っているであろう携帯。実に努力家な彼女は常に色んな事を学ぼうとしているため、分からない部分を聞きに来る事も珍しくもない。ソレは私自身も知らない事だったりすることもあるので気も抜けないし、新たな発見に心躍らせる瞬間でもあった。

 

 さて、今日の彼女はどんな疑問を発見したのだろうか?

 

「あー、携帯で調べものしようとしても出来ないで、こまりました。ミナミ、直せますか?」

 

「うん? んー、機械はあんまり詳しくないんだけど―――ちょっと借りてもいい?」

 

「ダー!!お願いしまーす!!」

 

 と、思いきやどうにも今日の要件は違ったみたいで肩透かしを食らってしまう。だけど、困っているというのならできる限り力になるべきだと思い彼女の携帯を借り受け画面を確認してみる。

 

――――んん?一見しただけでは異常は見られない。画面もタップもアプリも簡単な検索も問題なく動いている。最近は携帯にもウイルスがあるというから心配もしたがそんな事もないようだ。いったいこれの何がおかしいのだろう?

 

「…うん、問題なく動くみたい。他にはどんな時に動かなくなったの?」

 

「ミナミがテレビでると聞きましたので“ミナミ シンデレラプロジェクト”で調べたらどんなに頑張っても出ませんでした……色々聞き方変えても答えてくれないデース」

 

「ん~、ソレは変ね?……サーバーが混雑してたとかかな?もう一回やってみようか」

 

「ダー」

 

 彼女の純粋な好意からの言葉にちょっとだけ首元がくすぐったくなるのを感じつつも首を傾げる。だがまぁ、通信状況によって不可解な動きを携帯がすることはたまにあったりするのでタイミングが悪かったとかが大方の理由だろう。

 

 そんな気さくな予想の元に検索を行った私に―――あまりにも酷い結末が待ち受けていたとは、思ってもみなかったのです。

 

“新田 美波”と検索を行ったその答えは――――

 

 

        『以下のページは制限されているため閲覧できません』

 

 

 というあんまりな結果が待ち構えていました。

 

「ミナミ。直りそうですか?」

 

「あ、えぇ、ちょっと、私には…分からないかなぁ。ちなみに出演番組は一覧を貰っておくから後で渡すね――――――私はちょっと事務所に、お話があるから」

 

「あー、携帯便利ですけどやっぱり難しいでーすね。分かりました、先にレッスン室に行ってまーす!!」

 

 無邪気な笑顔で手を振る彼女が見えなくなるまで手を振って見送り、見えなくなった瞬間に全力で事務所へと駆け抜け、みちゆく誰もが驚きと小さな悲鳴と共に振り返ります。

 

 おそらく、アーニャちゃんのお父さんが娘を心配してフィルターを掛けていたのだろう。

 

 そして、あの表示が出るという事は―――――――――私は怒りと羞恥に顔を真っ赤に染めて荒々しくその扉をけ破り、大声で今の気持ちを絶叫します。

 

「比企谷さんっっつっつつつつ!!!!」

 

 

 その後の私の事務所での荒ぶりは――――ちょっと語るには偲ばれるくらいに凄まじかったそうですが、わざわざ語るほどの事でもありませんね(怒

 

 



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【しぇあ】

_(:3」∠)_ウチのナスビはお笑いの神に愛されております(笑)


 

 それはCD収録の休憩時間の事です。

 

 順調に進んでいく日程の中で誰もがリラックスしている様子で思い思いに過ごしています。そんな中、黒いドレスを纏った銀髪の魔王こと“蘭子ちゃん”が自販機の前でうんうんと唸っています。最初は室外機の真似でもしているのかと思っていましたがどうにもお財布と目線を忙しなく動かしているのを見るとどっちの飲み物を買うのか迷っている様子。

 

 ぶっちゃけ、いまやトップアイドルの私たちの収入はその辺のおじさんなんて比じゃないんですがご両親がしっかりしている子は“お小遣い制”が大半を占めているらしくこうした可愛い悩みはまま見られます。

 

 そんな悩みもかれこれ五分ほど続いていると見ている側としてはどんだけなのかと思わないでもないのですが、面白いのでベンチからこうして眺めている訳なのですが―――状況は彼女の後ろに現れた陰によって変わりました。

 

「……いや、悩みすぎでしょ。両方買えばいいだろ?」

 

「暗き瞳よ、浅はかなり。器に収まらぬ欲は破滅の調べであるぞ!!……我は混沌のゆりかごにある(そんな簡単じゃないんです!二つも飲んだらお腹痛くなっちゃうし、残すのも良くない事だし……うー、どうしましょう?)」

 

「変な所で生真面目なんだよなぁ…で、どれとどれで迷ってんの?」

 

「“紅き果実の滴り”と“甘美なる泡沫“よ(イチゴオレとソーダです)」

 

 彼女の細い指が指したソレをみてちょっと眉をしかめた彼がため息一つ吐くと同時に硬貨を自販機に投げ込んで手早くその二つのうち片方を彼女に手渡す。ソレに目を白黒させる彼女に彼はちょっとだけ皮肉気に笑ってタブを引き開けた。

 

「半分ずつ飲めば解決だな」

 

「我が友っ!!天の閃きを身に宿したか!!(比企谷さん!頭いいです!!)」

 

 そんな彼に満面の笑みで抱き着く蘭子ちゃんと鬱陶しそうにしながら邪険には扱わないその光景。――――なるほど、その手がありましたか…。

 

 閃きを得た私はニタリと頬をあげ、次の機会を狙って息を潜めます。

 

 ハンターは決して焦らず確実に獲物を捕らえるのですから。

 

 

―――――― 

 

 

 

茄子「あー、困りましたー。どっちも飲みたいんですけどー迷いますねー!!」

 

ハチ「………あ、そっすか。じゃ、おつかれ」

 

茄子「あ――――!困りましたね―――! 誰かシェアしてくれる人いませんかね――!!」

 

 収録が無事に終わり、各自解散になったロビー。颯爽と帰ろうとする彼の前でこれ見よがしにアピールをしますがそのまま帰ろうとする彼の腕を捕まえてより大声で繰り返します。すんごく迷惑そうな顔をしていますが、このハンター茄子。狙った獲物は逃がしません。ついでに言えば心も強化ガラス製なので滅多にくじけません!!

 

 これから起こるであろう彼とのいちゃラブに心ときめかせて彼を自販機前まで引きずっていくと彼は深くため息をついて小銭を入れてくれます―――今日はやけに物分かりがいいですね?

 

 そんな殊勝な心掛けに関心していると、おもむろに彼が私の指を取って――やだ照れちゃう――自販機のボタンへと導きます。当たり前のように出てくる飲み物。そして――――当たり前のように当たってもう一本追加で別の飲み物が転がり出てきます。

 

「へ?」

 

「良かったな。無事にどっちも飲めるぞ。余ったら茜でもかなこでも好きなやつに呑んで貰え。―――んじゃ」

 

 手渡された飲み物はキンキンに冷えていて、ついでに彼の対応もキンキンに冷えていました。

 

 颯爽とその場から走り去る彼を唖然と見送る私と、遠くで様子を見ていた一部のメンバーのゲラゲラ笑う声に全身が怒りでプルプル震え――その怒りのまま私は叫びます。

 

 

「こ、こういうんじゃなーーーーーーーーーいっ!!!!!」

 

 

 私の怒りの叫びは空しく夕焼けへと吸い込まれて行きましたとさ。ざけんな。

 




( *´艸`)評価感想を貰えると嬉しくてビンビンです(笑)


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【無垢に報われて】 

_(:3」∠)_いつも皆さんのいいね・とコメントにビンビン元気を貰っています!!

これからもお付き合いくださいませ!!

広がれ、デレマス妄想沼!!



 都内から少し離れた通りにひっそりと隠れるように営業しているお好み焼き屋。外見とは裏腹に広くとられた間取りと、客足の少なさ。それに加えて、充実したメニューによって大人から子供まで満足いく隠れた名店であるここはたびたび“デレプロ”が宴会を行うにはまさにうってつけの場所であり、今日も仕事上がりのシンデレラたちは高らかに祝杯をあげていた。

 

 

 

 ただ、そんな宴の途中で――――グラスを叩きつけるように置いたその音が静寂と注目を集めた

 

 

 

「どうして!ハチさんは、まゆのこと!!振り向いてくれないんですか~!!!」

 

 

 目線の先にはロリータ系の服装に身を包んだ可憐な少女。ただ、見慣れた彼女のいつもとの違いがあるとすれば……その目がグルグルと渦を巻き、顔が真っ赤に染まって乱雑にそのグラスを何度も叩きつけているという事であろうか?

 

「……まゆちゃんにお酒飲ませたのだれー?」

 

「さっき、ハチが絡まれている所を凝視しているウチに楓君が彼女のコップを勝手に飲み干したのはみたよ」

 

「は~い?なんか呼びました~?」

 

 そんな常ならぬ状態の彼女を見たシンデレラたちの反応は実に淡白だ。―――というか、もっと酒癖の悪いメンバーを見慣れているせいか何事もなかったかのようにお好み焼きを焼き始める。その間にも荒ぶる彼女の独白は続けられてゆく。

 

「まゆだって、朝はおねむなんです!!それでも、早起きしてお弁当だって、お化粧だってばっちり決めて朝一で頑張ってるんですから!!」バンバン

 

「……だそうよ、色男?」

 

「……まさか、そこまでされて労いの一つもしていないのかい?」

 

 巻き込まれないように隅でチビチビと冷酒を煽っていれば、案の定というべきか彼女の発言を受けて刺さるような視線で年上陣から攻める様な目で見られる。だが、こっちだって言い分はあるので言われるがままというのも癪である。

 

「弁当はそもそも毎回ロケ弁だから不要だって断ってんのに作って、自分で食うかパッション系に食われてますね。あと、誰も毎朝出社するたびに学校をさぼってまで玄関で待ち伏せしてくれとは頼んだ覚えもないですね」

 

 そのせいでただでさえ忙しい朝にコイツを学校に叩き込む無駄な時間だって取られているのでそんな批難がましい目で見られるいわれはない。

 

「あら、そんな本気で怒らなくたっていいじゃない。冗談よ、じょーだん」

 

「そんなんでいちいち腹立てたりしませんけど……時間も時間ですし、未成年が酒を飲んでる状態で続行させるわけにもいかないでしょう?」

 

 そんな理不尽に深くため息をついて俺はジャケットやらをまとめて席を立つのを瑞樹さんが困ったように苦笑してフォローを入れてくるが、肩を竦めて視線を促した先を見つめて彼女はもう一度苦笑いを浮かべる。

 

「まあ、それもそうね。―――それじゃ、お願いするわ?」

 

 そんな彼女に肩を竦めて答え、年少組に号令をかける。

 

「おらー、未成年は帰んぞー。荷物まとめろー」

 

 あちこちから返ってくる不満げな声を雑に相手をしつつ、深いため息と共に問題の少女の元へと足を進める。

 

「あ、ハチさん~。――――んん?なんで三人もいるんですかぁ?」

 

「また典型的な酔い方だな……。帰るぞ、歩けるか?」

 

「ん~、やです~。まゆにはお好み焼きを焼く使命があるんでしゅ~。どうしてもっていうならハチさんが攫ってくだしゃいー」

 

「あらら、完全に酔っちゃてるわね…。もしあれならもう少し寝かせておいて私たちがタクシーで送るわよ?」

 

「……いや、この調子じゃ早めに返したほうがいいでしょ。あんま未成年を単品でこういう所に残すのも抵抗ありますし、寮まで大した距離でもないっすから―――ほれ、掴まれ」

 

「あら、大胆」

 

「うみゅ? えへへー、あったかいですねー」

 

 ちょっと困ったように瑞樹さんが提案してくれるが丁寧に断ることにする。楽には楽な選択肢なのだろうが、これ以上遅い時間となるとあまりよくはない気がする。なので、へべれけになって手を伸ばしていたまゆの腕に首を掴ませ、おぶさるようにすれば酔っているせいか彼女は素直に背中に乗っかってくる。

 

 色々と当たっている気もするが由比ヶ浜に酔っぱらって絡まれた時に比べればささやかなサイズなので意識しなければ……小町サイズだろうか?あ、全然平気になってきたわ。やっぱり妹は最強のソリューションだな。万能すぎる。

 

「忘れもんなけりゃいくぞー。周子。こいつの荷物寮までもってくれ」

 

「りょーかい」

 

 ちびっこ連中がズルいだのなんだのと騒いでるのを蹴散らしながら、一路寮へとぞろぞろと向かう。首元からは花のような甘い匂いに交じってちょっとだけ薫る酒精の匂い。それに少し苦笑を零して、背中の重さを落とさないように背負いなおす。

 

 いつかきっと彼女も自分ではない誰かの背で、或いは腕を取って歩くのだろう。

 

 その遠くはない未来に少しだけ寂しさと、彼女の相手がいい奴であることを祈って俺は月明かりが照らす帰り道を進んでゆく。

 

 

―――――――――― 

 

 

未成年組が帰宅したことによって急に静けさを増した店内にはお好み焼きを焼く音と小さなグラスの氷が揺れる音。それと、潜めるように響く小さな笑い声だけが響く。

 

「ね、あれだけ甘々なら大分報われてると思わない?」

 

「くくっ、随分と意地悪な事をいう物だね。素面の時でなければ意味がないだろう?」

 

「あっはっはっ、でもあれだけ自然体で“お兄ちゃん”やられてるうちはまだまだ道のりは遠そうじゃない?」

 

「わかるわー。ちょっとの気遣いもお互い気恥ずかしくなっちゃうのよねー」

 

「そういう話、Weすきーですよね。なのでウイスキーのボトル行きません?」

 

「楓ちゃんはちょっとは反省しなさいっ!」

 

 小さなさざめきのような馬鹿な会話が他愛もなく交わされ、若者たちの恋の行方に誰もが無邪気に笑いあう。

 

 今日もデレプロの夜は穏やかに更けてゆく。

 

 




( `ー´)ノ評価・感想お待ちしております!!


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夢の残り香 前編

紹介文という名のあらすじ

比企谷 八幡 男 21歳

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され着いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。
 最初は何人かいた社員・バイトは激務に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。

 たまに都合が合えばロケなんかで美味しい思いをしている。


 川島 瑞樹 女 29歳

 デレプロの最年長組で実質的な調整役。元々、関西地方局のアナウンサ―であったが年齢を理由を退職を迫られた時に武内にスカウトされた。性格は世話焼きでおおらかな理想のおばちゃ……お姉さんである。荒ぶる年長を纏め、悩める後輩に寄り添って励ますその姿は生粋のお姉ちゃん。

 そんな彼女にだって語りたくなるような過去はあるようで――――?




  近年では稀にみる暖冬。いつもなら北国の温泉街であるここは厚めの雪化粧に染まっているのだろうけれども今年ばかりは控えめなナチュラルメイク。寒いには寒いが凍える程でもないと西の生まれの自分が思うのだからよっぽどだ。

 

 それに―――気温以外にも随分と熱を感じさせる目の前の光景も関係がないわけではないだろうけど。

 

 うっすらとした雪が残る公園の片隅のベンチ。

 

 語る言葉は甘く、握りしめた手は放すまいと固く優しく。

 

 燃える様な情熱に蕩けた蜂蜜のように絡み合う視線は徐々に近づき――ついには混ざり合う。

 

 漏らす吐息は混ざり合ってさらに熱く湿り気を帯び、ついには―――

 

 

「いつまでガッツリと覗く気ですか、“瑞樹”さん」

 

「あんっ……“ハチ”君、ここからがいい所じゃない?」

 

 燃え上がる若い二人の顛末を見届けようという崇高な任務は呆れたような胡乱気な声と小脇を肘でつかれた事によって中断されてしまう。不満を示すため小声での抗議をあげると今度は責める様なジト目が突き刺さり思わず息を呑んでしまう。

 

6も年下のはずの彼だが、日々やんちゃな子たちに振り回されているせいかこういった時の頑固さと圧力は結構なもの。その視線の圧力と好奇心に何度も視線を行き来させ、最後には力なく肩を落として降参する。

 

「わかったわよぅ……はぁ、大人しく旅館に帰って飲みなおしましょう……はぁぁ」

 

「どんだけ未練たらたらなんすか……というか、知り合いのああいうのよく見ようと思えますよね?」

 

「逆に知り合いだから面白んじゃないの」

「悪趣味すぎる…」

 

 肩を落としつつも熱愛中のカップルに気づかれないように公園の木陰から離れ、二人が視界から完全に見えなくなった頃に彼が呆れたように溜息と苦言を漏らすのに軽口で答える。返答は悪態と手荷物の酒瓶が擦れる音だけ。そんな彼にケラケラと笑いを転がしながら歩を進める。

 

 そう、ただの地元民だったなら自分だって素知らぬ顔で微笑んでやり過ごす。だが、その男女が“デレプロ”が業界から毛嫌いされていた時代から付き合ってくれているスタッフチームの若手二人組だというのだから元テレビキャスターとしては見逃すことはできない。高卒で入社した“ジリー(沼尻)”君と、カメラ担当の“エマ”ちゃんの年の差ペア。くっつきそうでくっつかないこの二人の恋模様はチーム内でも悶々させられる激アツなニュース。この顛末を事細かく皆に伝える義務が私にはあったと思う―――と伝えたら今度こそ本気で怒られそうなので頑張って飲み込む。

 

 みじゅき、できる子だもん!!

 

 なんてことを脳内で考えて鼻歌を歌っていればあっという間に旅館に到着。元々が往復10分程度のコンビニまでの道のり。それでも、さっきの興奮のせいでさらに短く感じるのだから人の感覚というのは不思議なものだなぁと思う。

 

「んじゃ、あまり深酒はしないでください」

 

「何言ってるのよ。今から呑みなおすわよ?」

 

「…明日、運転なんすよ」

 

「いっつも深酒したって翌日にはケロッとしてるじゃない。たまには飲み会を纏めてるおねーさんにお酌しても罰は当たらないわよ」

 

「……日を超える前にはお開きの方向で」

 

「よろしい!」

 

 ついた瞬間に解散しようとする彼の腕を掴み、手早く丸め込みグイグイと部屋へと連行する。もっともらしい理由をつけて帰ろうとする現代の若者っぽく振舞うが駄々をこねれば折れるというのは織り込み済みだし、たまには私だってお世話する側からされる側になりたいのである。ソレに―――こんな面白い事を語らずに寝ちゃうなんて乙女が廃っちゃうわ!!

 

 

 

----------------

 

 

「~~っ!美味しいっ!!」

 

 かしゅっと小気味のいい音を響かせ、乾杯もそこそこに豪快に喉を鳴らしオッサンぽく歓声を上げるのはどうしたって止められない。その上、ちょっとお高めの地ビールは発泡酒なんかよりずっと味が濃いので一口の満足度が凄まじさに体の震えが収まるのを待って深々とため息と言葉を紡ぐ。

 

「ロケとはいえ、高級な旅館で温泉に美味しいごはん。その上に若者の恋模様をツマミに地ビール・地酒で晩酌だなんて“アイドル”やってて良かったと思う瞬間よね~」

 

「…後半の悪趣味な部分がなけりゃ素直に同意できるんですがねぇ」

 

「相も変わらず恋バナ関係には消極的よねぇ……君にだってあんな甘酸っぱい季節があったでしょうに」

 

「ラブストーリーは滅多にないから書店で取り扱ってるんですよ」

 

 のんびりと月景色を眺めながら呟いた言葉に苦笑いを浮かべるハチ君がいつもの様に皮肉気に答えるのに思わず笑ってしまうと付き合ってられないとばかりに明日のスケジュールの確認をする彼を横目でしげしげと眺める。

 

 鴉のように黒い髪を乱雑に纏め、仄かに濁った瞳と気だるげな視線がその間から覗く。頬杖で軽く顎をさするその仕草は年齢以上に落ち着いていて随分と色気がある。その上、張りはなくとも何故か耳に届くその声。

 

 これだけ見ているといつだか李衣菜ちゃんが彼の出自は“夢破れた若手俳優か歌手”なのではないかと騒いで若い子の間で大騒ぎしていた気持ちは分からないでもない。

 

 それに―――――書店でも取り扱っていない物珍しい恋物語の当事者がこんな事を言ってるのだから彼にお熱な子達も随分と厄介なのに捕まったものだ。

 

「…だいたい、瑞樹さんくらいになればこんな事珍しくもないでしょう?」

 

 彼を狙ってる可愛い後輩たちの苦労に苦笑をかみ殺して杯を重ねていると予想外の言葉が耳を擽った。ソレが聞き間違いでないか彼を見て確認すれば肩を竦めて手元の端末を脇へと放り投げ、ポケットから引き出した煙草を差し出してくる。

 

 まさか彼がこの話題を続けてくれるとも思っていなかったが乗ってくれるのならば是非もない。――――それに、昔の恋愛なんて酒精と紫煙がなければ語れないということも心得ているのは大分高ポイントである。

 

「んー、残念ながら“ご期待に沿えず”って所ね。昔の私ってアナウンサーとして潔癖だったし、そういうのってキャリアの一番の障壁だと思ってたから」

 

 そんな簡素な一言に彼は一瞬だけ瞬きをして、唇で揺らして催促した煙草に恭しく火を灯してくれる。そんな年相応な反応をする彼にクスリと微笑んで紫煙と共に言葉を思い出すように紡いでいく。

 

「というか、私がアナウンサーになったのは初恋が原因だから。それ以来、そういうのには目を向けてこなかったってのが正解かしら?」

 

「――――これまた随分なカミングアウトですね」

 

 小さく目を見開いた彼が誤魔化すように煙草に火をつけつつ零した言葉に思わず笑ってしまう。ソレに付随して自分の頬が赤くなっているのは酒精のせいだけでない事が分かって少しだけ気恥ずかしい。それでも、いまだに胸の奥底に根付くこのむずかゆい感情はどうしたっていまだ自分の芯を作っているのだから困ったものだ。

 

 その複雑な思いを一つずつ噛みしめて、小さく吐き出す。

 

 

 始まりは――そう、中学生2年の頃だった。

 

 

―――――――――――――――

 

 

 進級したことに微かな興奮と春休みの終わりを嘆いていた何処にでもいる大阪の中学生。そこそこ真面目で、そこそこお茶目。人望も学業も何にも不安のない短い人生に転機が訪れたのはそんな春の事だった。

 

 整然と並んだ始業式で誰もが眠気と不満を噛み殺していた中で、自分だけがその一点をひたすら見据えていた事を覚えている。別に新学期のせいで気分を新たに校長の危ない頭皮を眺めていた訳ではない。体育館の隅に並べられた教師陣の席。その最後尾に緊張も隠さずまっすぐ背筋を伸ばした見慣れない男性教員。

 

 さっぱりとした風貌に、生真面目そうなその顔。

 

 その人が誰なのか、なんなのか、どの科目担当なのか、どんな人なのか―――――とにかく頭がいっぱいだった。それが明らかになるこの後の就任式が待ち遠しくて長々と語る校長が随分と恨めしく思えたものだ。

 

 ようやく、ようやくも思いでやってきた就任式の彼の挨拶。

 

 椅子から立ち上がる瞬間から登壇するまでの仕草にすら息を呑み見送る。余談ではあるがこの時初めてアイドルに絶叫をあげる友人の気持ちを私は理解した。

 

 そんな彼が小さく息を呑み、全校生徒に目を配って―――声を紡いだ。

 

 

 

「初めまして!今年度からこの学校の仲間となります――――」

 

 

 

 それは、国が認めた一般的で綺麗な共通語で―――生粋の大阪人には随分と耳に馴染まない言葉であった事に当時の自分は足元が崩れるという感覚を初めて味わったのだった。

 

 

 

 それからひと月で分かった事といえば彼は社会科の担当で、東京生まれで今年が初めての赴任になるという事ぐらい。新任で爽やかな彼は当然のように生徒に囲まれているが、どうしたって自分のコテコテの関西弁を彼に聞かせる勇気は出なかった。

 

 普通に交流している同級生を恨めし気に見やりながら必死に考えた。彼と関われるだけの理由。だが、そんなうまい事は見つかる訳もなく、今日も母親のご飯をやけ気味に食べているときに父が勝手にチャンネルを変えて流れたニュース。

 

 母と父の小さな口論を横目に―――天啓を得た。

 

 そう。ニュースキャスターだ。

 

 誰よりも言葉が厳しく、入念に確認されるその職業。

 

 本来ならもっと崇高な理念のもとに行われてるその職業も恋する乙女の前では完全に都合のいい理由づけ以外の意味合いはなかっし、思い立ったら即行動。今では考えられないくらいの突貫精神であるが、その次の日には憧れの彼の前に立って付け焼刃の標準語で語り掛けた。

 

『う、ち、やのうて…私。ニュースキャスターになりたいんです!放課後、標準語の練習に付き合ってく……っと、ください!!』

 

 ちぐはぐで今思えばあまりに無鉄砲で非常識なお願い。

 

 それでも、彼は丸くした目を優しく細めて頷いてくれたのだ。

 

 それから始まる、週二回の二人きりの逢瀬。

 

 会う時に、練習の成果を彼に見せるその時間は――――どんな娯楽なんかより心を昂らせた。

 

 

 




('ω')へへ、旦那。今回のお話いかがでしたかね。

気が向いたら下にある評価ボタンをぽちっと押して貰えるとあっちの承認欲求がビンビンでさあ。

pixivでも投稿してるのでよかったら遊びに来てくだしゃあ(笑)

https://www.pixiv.net/users/3364757/novels



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恋の残り香 後編

( ;∀;)いつも読んでくださり、コメント・感想を下さる皆様に感謝を。



 中空をたゆとう様に浮かぶ紫煙を眺めながら当時の事を思い出して気恥ずかしさに背中がむず痒くなる。

 

 好きな人に方言を聞かせることを恥ずかしいと思うことも、なんとか近くにいるために躊躇なく将来の夢を決めて次の日には飛び込んでいく無鉄砲さと不安も、あの微笑みを見た時の心の底から嬉しくて心の中で何度も飛び上がった無邪気さも、今では昔日の何処かに置いてきてしまって今はもう持っていない。

 

 それでも、良くも悪くも―――後悔はしてはいないけれども。

 

 そう自然に思えるくらいには大切な思い出に浮かぶ感傷を麦酒と共に飲み干す。

 

「それで、その後はどうなったんですか?」

 

「…大した結末でもないわよ」

 

 缶をゆらゆらと弄んで当時を振り返っていると、意外な続きを促す彼の声に一拍だけ返事が遅れる。そういった物には興味がないだろうと思っていたので聞き流してくれれば十分だったのだけれども―――驚いて見つめ返した彼の瞳は普段は見ない随分と切実な色が混じっているような気がして丁寧に応えるべく当時をゆっくりと噛みしめ言葉を練り上げる。

 

 ただ、それでも、その後の顛末を見ればあまりにありふれた結末で彼の求めるナニカには至っていない気がして緩く首を振る。

 

 ありきたりな少女の恋は、ありきたりな終わりを迎えたのだ。

 

 

――――――――― 

 

 

 生真面目な性質でもあったのだろう。褒められたいという下心だって大いにあった。それでも存外に言葉の勉強というモノに随分と深くのめり込んでいき、週二回の逢瀬は単純な“恋”だけでない “学ぶ”ということの快感を味わえる不思議な時間でもあった。

 

 急に標準語を使い始めた自分を友人達は当然のようにからかってきたが、自分の恋心に元ずく行動だと知れば苦笑と共に理解を示して色々とフォローしてくれたので自分はやはり恵まれた人間だったのだろう。

 

 そんな輝ける日々が矢のように過ぎていき、気がつけば弁論大会や朗読会を開くくらいにはその活動は広がった。新米教師と下心だらけの優等生はそんな未知の世界への対処で多くの言葉を交わして、笑って、呆れて、悩んで、丁寧な時間を重ねていった。

 

 その輝ける日々はいつまでだって続くと思っていた。

 

 無邪気に笑う教師ではない彼の表情。

 

 弁論大会で全国まで勝ち進み、東京でこっそりと行ったデート。

 

 教師としての苦悩に悩む彼の初めて見る弱さ。

 

 他の生徒が起こしたトラブルに二人して奔走したこともある。

 

 そんな日々が終わりを告げたのだって、突然だ。

 

 溌溂とした笑顔で楽し気に―――彼は左手の薬指の輝きを見せる。

 

 “誰よりも最初に愛弟子のお前に伝えたかった!”なんて無邪気に、嬉し気に語る彼の笑顔に心の全てが凍って、人生二度目の足元が崩れる感覚を味わった。重ねた日々を思い、分かち合った感情を振り返り、積もった想いの重量に世界が崩れる感覚を覚えつつも――――私は彼を祝福した。

 

 思えば、考えてしかるべきことだった。

 

 東京生まれの彼がなぜ大阪に来たのか。

 

地方ならともかく倍率だって厳しく、コネだってない中で風習も違うこの土地を選んで赴任してきたのか。

 

 愛した大学の後輩の生まれた土地で、彼女に寄り添うために――彼は人生をかけてここに来たのだ。そんな彼は晴れて大学を卒業した後輩とめでたく結ばれたらしい。

 

 めでたい事だ。めでたい事だ。めでたくてめでたくて、いっそこの窓から彼と一緒に飛んでやりたいくらいに――――。

 

 それでも、ポケットに忍ばせた安っぽいペアリングを握り潰すくらいに握りしめて笑顔で彼を祝福した。

 

 重ねた日々と輝く思い出が惜しくて―――綺麗な終わりを迎えることを選んだ。

 

 ありきたりなお涙頂戴のラブストーリー。

 

 でも、彼の見た事もないくらいの蕩けた笑顔と―――嬉し気に愚痴をこぼすその姿を結局自分は見せてもらえなかったという敗北感の方を認めるには、あまりに惨めすぎた。

 

 そんな中学3年終わりの春の物語。

 

 残ったのは下心だけで作られた“アナウンサー”という夢だけ。

 

 その基盤となった下心は無くなっても、いや、無くなったからこそそれくらいしかすがるものがなくて一層に執着した。それ以外のことなんて―――考えたくはなかった。

 

 卒業し、笑顔で見送る彼に―――自分が逃した魚の大きさを知らせてやりたかった、というのも大きい。

 

 高校での成績はトップ。人間関係も良好。弁論大会に参加し優勝。絵にかいたような優等生を演じて、関西の最高学府に入った。そこから先の進路はやっぱり“アナウンサー”しか思いつかずに惰性で美貌を磨けばミスコンを総なめできる程度の素質はあったらしい。順調にキャリアを積み上げ、テレビ局のアナウンサーにだってなれた。人気だって、実力だって上々。“朝の顔”と言われるくらいにだってなった。

 

 

 ただ、それだけのつまらない―――いまだに私を包む初恋の残り香の物語。

 

[newpage]

 

 

「……そこからは、まあ見返してやるために仕事人間になってそのことを忘れるくらい働いて―――ここに流れ着いたって訳。面白くもない話でしょう?」

 

「初恋が重すぎる…」

 

「大人になれば、人生ってのはもうちょっと複雑になるものよ」

 

「………自分らがひねくれ過ぎてるだけのような気もしますがね」

 

 そんな回想を軽くウインクと共に閉めると彼がげんなりとしたように呟くので思わず笑ってしまう。どの口がソレを言うのか、と。

 

 暗く想い話を茶化すように呟いた彼の苦笑に隠された感情。

 

 何かに縋るような切実さと、同様の虚しさを味わった人間だけが浮かべられる共感。

 

 そんな感情の微かな波は漣のように、紫煙のように巧妙に隠されるが――追いかけはしない。それはきっと踏み込むことを望まれていない境界で、その先を踏み越えていくべき人は自分ではない事と感じるから。

 

 自分だってこの面倒な感情を片付けることなんて望んではいない。

 

 誰が見たって重くて、不格好で、取っ散らかったこの感情は、今の自分の座標を確かに示す道しるべであるのだから。誰にだって、否定させはしない。

 

 同じように、目の前の彼が紫煙に混ぜて吐き出した思いと窓の外にある月に向ける朧気な感情は彼自身が、或いは、それを踏み越えて丸ごと包む人が現れること以外では救われることはないだろう。

 

「ま、いっぱい悩みなさい。一生涯でも解決できないかもしれない葛藤があることはきっと幸せな事よ。―――それだけ真剣で、簡単に切り捨てられない大切な想いを抱いた証明なんだもの」

 

「……うす」

 

 自分の心にある想いに決着をつけられていない先輩として選ぶって紡いだ言葉。ちょっとの嘘と自分自身に零したエール。穴だらけのその言葉にいつもとは違い素直に頷いて酒精を煽る彼の可愛らしさに思わず頬が緩む。

 

 誰よりもひねくれて斜に構えているくせに、誰よりも呆れるくらいに何かを諦めきれていない可愛い子の男の子。

 

 その芯の部分を覗けただけでも古傷を擽った価値はあるだろう。

 

 彼の未来にどんな結末が待っているのか。

 

 どんな未来でも、誰かがその隣で可憐な笑顔を彼と共に咲かせてくれる事を祈って私は短くなった紫煙を優しくもみ消した。

 

 

 

 卒業以来、ご無沙汰な元恩師に帰ったら休暇でも取って会いに行こうか。

 

 可愛い奥さんとわんぱくな子供に囲まれてクタクタという噂の幸せそうな彼の姿はきっと長らく悩んだ自分の選択間違いではない事を証明してくれるだろうから。

 

 

 

 

 きっと、そうして私も前へ進めるのだろう。

 

 

 

 

 長らく錆びついた足が、軋んで踏み出した音が聞こえた。

 




_(:3」∠)_また来てしゅーこ!!


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【宮本フレデリカは存外に甘え下手である】

(; ・`д・´)ランキングに…名前が載っている、だとっ!?

人間ホントに驚くと目を何回もこすって、何度も確認を繰り返す漫画みたいな動きをすることを初めて知りました(笑)

ここまでこれたのも皆様のお陰です!!これからもよろしくお願いします!!


_(:3」∠)_という訳で、フレデリカ誕生日記念SSです。

広い心と頭を空っぽにしてお楽しみください!!


「うん、うん、―――分かってる。こっちは気にしなくていいから、お仕事頑張ってね。―――大丈夫だって、はい―――はーい」

 

 耳元に当ててる四角い機械から遠い海の向こうの声が届く。思えば実に凄い事だ。

 

 何万㎞も離れた土地に住めば昔ならば文字通り今生の別れであっただろうけれども、今ではその気になれば空港へ駈け込めば何処へでも会いに行けるし、来れなくてもこうして声を掛けられる。

 

 だから、たかだか誕生日を祝いに戻って来てくれるという約束を破った程度で本当に申し訳なさそうに謝るパパとママにちょっと苦笑いを零しつつ電話を打ち切る。きっとこのまま電話をしていたら仕事に遅刻することも気にせず娘へのラブコールを続けるだろうから―――私って出来た娘でしょ?

 

 会えなくたって死ぬわけじゃなし。大体、20にもなる娘が 両親と誕生日を祝えないくらいで―――泣く訳にだっていかない。

 

 胸の内で湧き上がりそうになったモヤモヤに蓋をして夕暮れに染まる空を見上げ、小さく深呼吸。暖かくなってきたとはいえ空気はまだ冷たく白い尾を流して街へとたなびくのに釣られて視線も流せば、随分と鼻白む光景が広がっている。

 

 道行く人の多くは肩を寄り添わせ、腕を絡め少しだけ照れたように頬を染めている。街には随分と派手派手しいデコレーションがされていて、終いには電光掲示板にはおっきなハートマークと仲睦まじいカップルのキスシーンまで写されて。

 

 

 その光景が、随分と薄気味悪いと感じてしまう。

 

 

 愛し合うって―――正味な所で、そんなに素晴らしいと思えた事もない自分の方がおかしいのは分かっているので口には出さないが。

 

 

 自嘲気味な笑いを短く吐き出して、意識を周りに戻す。

 

 周りを見渡せば忙し気に機材やセットを片付けているスタッフさん達がいて、付き添いできているアシスタントの“ハッチ―”が気だるげに今度のミニライブについての打ち合わせをしていた。特徴的なアホ毛にやる気なさげな澱んだ目を持っているタブレットに向けつつ何かを書き込んでいる。

 

 ああ見えても仕事には堅実で、アルバイトというのが信じられないくらいに働き者だ。おまけになんだかんだとお人好しなので同じプロジェクトのメンバーの中でも彼に熱をあげている子は随分多い罪づくりな人(笑)である。

 

 世の中奇特な人も居るものだと思いつつ――――厭らしい考えが閃く。

 

 今日、両親が予約してくれていたレストランは誰か行きたい友達がいれば誘ってよいと言われている。ソレが異性だとは思っていないせいかその辺の指定は特になかったのだから―――彼を連れて行くのも一興かもしれない、と。

 

 約束を破った両親への小さな意趣返しと―――まやかしの感情に翻弄されている人達への微かな反逆。

 

 ショーウインドウを鏡がわりに身だしなみ確認。

 

 砂金のように流れる髪に青い瞳。日本人には見られないシャープな骨格にソレをふんわりと嫌みなく纏める春先コーデ。

 

 自分で言うのもなんだが―――見栄えは悪くない。

 

 それに小さくほくそ笑んで打ち合わせを終えた彼がこちらに向かってくるのを待ち構える。

 

 今日はバレンタイン。聖なる愛を告げる日で―――そんなものをこの世で最も疑う私“宮本 フレデリカ”の誕生日だ。

 

 

------------------

 

 

 世の中ってのは実にままならない。つくづく、俺“比企谷 八幡”はそう思う。

 

 さっきまでバレンタインで浮ついた街中でミニライブ企画を冷や汗交じりに成功にこぎつけ、無事に撤収までたどり着き安堵のため息を紫煙と一緒に吐き出していたはずなのだ。

 

 上司の武内さんにライブ責任者を押し付けられた嫌味と共に成功の報告を送れば、報告は明日に回して直帰しても良いというお達しを頂けた。やっぱり自分の意思表明することに意味はあると現代社会に希望を見出し―――あれ、これって結局は休み貰えてなくね?と気が付いて愕然とした。

 

 改めて文句を言おうとコールしてみるが当たり前のように出ないので確信犯だろう。ちくしょうめ。

 

 溜息をもう一度深く吐き出して、肩を落とす。今日も煙草が美味しいわけだと納得していた俺に随分と長くなった夕日に影が差す。その夕日を受けた金の髪が燃えるように照らされ影をつくる中で真っ青で底の見えない瞳が二つこちらを見つめ、儚げに揺れて言葉を紡いだ。

 

 “何も言わず、着いてきて欲しい”、と。

 

 いつもならばあしらうだけのその妄言も、普段の軽薄さがないその調子に息を呑んで―――久々の早めの帰宅を断念させたのであった。

 

 

 そんな事があったのが30分ほど前の事。

 

 そして――――

 

「わぉ!こんないいレストランに私服で来ちゃった!!浮きすぎて逆にオシャレかも!!」

 

 なんて世迷いごとをニコニコ笑顔でかましてる“宮本 フレデリカ”がいつもと全く変らない様子で店の中を楽し気に見回している事に頭痛を感じて頭を押さえた。

 

 なんとなく放ってはおけず着いてきた先は都内の随分と奥まった場所にある高級そうなフレンチレストランで一般ピープルには入ることすら憚られた門構え。それを気にした風もなく中に入って受付にコイツが伝えれば一番奥まった個室に近い部屋へと通される。

 

 呆然としてる間に腕を引かれ連れてこられた席でその上品で落ち着いた内装を一周りして感心していた所で、目の前の馬鹿の声で回想の一言に戻ったのを機に疑問をそのまま口にする。

 

「おい、くそ馬鹿。なんだここ?」

 

「わお、これ以上ない直球ストレートに宿る熱い思い!!……あ、はい、フレちゃんの誕生日会場です、はい」

 

 なおふざけて誤魔化そうとするので無言で席を立つと素直に縮んで自白したので、とりあえず事情くらいは聞いてやることにした―――あぁ、煙草を吸いたいがここで吸うのはさすがにマナー違反だろうか?だろうね、はい。

 

「いやー、両親が来て三人でお食事のはずだったんだけど来れなくなってー。仲のいい人と楽しんできていいよって言われせっかくなので――来ちゃった☆」

 

「可愛くぶって言われても誤魔化されてはやれねぇんだよなぁ…。そんなん、リップスでもクローネでも好きなほうよびゃいいだろ?」

 

「元々が三人の予約だったのにそんな大人数できたら迷惑でしょ?―――ま、日頃の感謝とねぎらいだと思って存分に食べて!今日はフレちゃんのおごりだよ!お代はお母さんたち持ちだけど!!」

 

「………」

 

「ソレでね、なんと今日は――――」

 

 ざっくりと巻き込まれた経緯の説明はされたが、結局はいつもの調子で積み重ねられる無為な言葉の壁で遮られる。もっともらしい言い分は十分に一般的な理由付けとなっていて表面を覆ってしまう。―――問うた内容は、もっと本質的な部分のつもりだったが答える気はないのだろう。

 

 自分はかつて小町に“調子が悪いといつもの倍くだらない事を口走る”と諫められたことがあるが―――いつもくだらない事を重ねている彼女は調子がいいのか、悪いのか。

 

 そんな益体もない事を考えているウチに彼女は明るく話し続け、流れるようにウエイターに食前酒を注文するのを見て眉をしかめてしまう。

 

「おい」

 

「んー? 今日で正式に二十歳だから問題ないでしょ? むしろ、これを体験させるためにパパたちがこの場を用意してくれていた訳だし」

 

「……せっかくなら親と呑むまでとっとけよ」

 

「――――ふんふんふふふーん。ソレを待ってたら、おばあちゃんになっちゃうかも?という訳で、付き合ってしるぶぷれー?」

 

 提案したわりにはこちらの意思を聞くつもりもないのか戸惑うウエイターを無言の圧力で押し出した彼女は張り付けたような笑顔で鼻歌を歌ってボトルを待つ。責める様な俺の視線すら楽しむかのように微笑み、ややあってウエイターに注がれたグラスを手に持って言葉を紡ぐ。

 

「大人の階段に」

 

「……おめでとさん」

 

 結局、俺は深いため息をついてから、そのグラスに応えるように乾杯を示して形だけの祝辞を返す。

 

 その様子にちょっとだけ仮面の奥の瞳が煌めいて、彼女は花弁のような唇に甘露を迎えて上品に微笑んだ。ソレに感傷を感じることだって俺の身勝手である。

 

 自分の成人した日の酒は、人生で最も尊敬した人と体験して笑って、怒られ、呆れて、しんみりと語りもした騒がしくも最も記念すべき日となれた。その体験は誰に恥じる者でもないし、こうであるべきだと押し付けるモノでもない。分かってはいても―――初めてで美味くも感じないだろうワインを愚痴ることもなく、大して親しくもない俺の前で繕って味わう彼女は随分と寂しく見えるのだ。

 

 だから、せめて―――男として“初めての経験”に気くらいは使ってやるべきだろう。

 

 なにせあのカッコいい“恩師”にそうして貰った成人としてはその義務がある。

 

 そう勝手な独白を挟んで俺はいつも通り意地悪く頬を歪めた。

 

 相も変わらず無言で微笑んでいる彼女を無視してウエイターを呼んで目の前のお誕生日様を目線だけで指し示して言葉を紡ぐ

 

「すみません、あのワインは初めてにはきつかったみたいで料金は別途でいいんで一番甘くて飲みやすいのに変えてやってください。残ったのは…自分のグラスと交換で置いといて貰えます?」

 

 自分のオーダーに嫌な顔もせずにふんわりと微笑んだウエイターさんは恭しく頷いて俺が空けたグラスを持って下がっていってくれる。目の前の馬鹿が最初の注文で“一番大人っぽい味”なんて頼んだせいで飲み干したワインは食前酒としては随分と渋く酸味が強い。

 

 これを一回目で呑んで美味いと思えるのは中々に珍しい感性だろう。

 

「……なんで」

 

 へったくそな貴婦人の仮面の間から覗く二つの瞳は真ん丸に見開かれて驚きを表しているのだろうか?その表情は普段の無邪気さと能天気を装う時よりもずっと幼く赤子みたいな色合いでつい笑ってしまう。――――そんな顔を浮かべる女が大人ぶるなんて小生意気である。

 

「別に偉ぶるつもりもないけどな、どうせ成人記念でこんな高級な店に来るなら全部を楽しまなきゃ損だろ。少なくとも俺はそんなめでたい席の目の前で渋そうな顔をされてるのは御免だ」

 

 せっかくのただ飯だからな、と湧き上がる照れをかき消すように呟くと彼女は呆然と自分の頬を撫でまわして小さく呟く。

 

「……渋い顔、してたかなぁ」

 

「これ以上ないくらいにな」

 

 間髪なく答えて彼女が何かを言おうとした時に丁度、新たなワインが届く。ソレを受け取った彼女が戸惑ったようにこちらを見てくる幼い動作に悪気なく苦笑いしてしまうのを咳で誤魔化して勧める。

 

 今度は恐る恐るといった風にゆっくりとそのワインを口に含んだ彼女はややあって――

 

「やっぱり、ちょっと…フレちゃんにはまだ分かんないや」

 

 そう照れたように笑った。

 

 そのちょっとだけ素直に零された言葉に俺とウエイターは今度こそ笑ってしまったのをジトっと彼女に睨まれるがどうにも止まらない。

 不味いと素直に言わない心遣いこそがホントの“大人の階段”だなんて伝えれば、今度こそ彼女はむくれるだろうと想像してしまうとその笑いはさらに膨れてゆく。

 

 

 こうして、無理くり連れてこられたフレデリカ生誕祭は思ったよりも随分と穏やかな空気の中で始まりを迎えることが出来たのだった。

 

 

-------------------

 

 

 前菜からメインディッシュに連なり、デザートまで味から見た目まで人生で見た事もないようなレベルの物であった。

 

 もはやこのレストランの値段については最初の時点で諦めていたが、ここまで来ると見よう見まねのマナーで手を付けていいのかすら不安になるくらいだ。だが現金なもんで、食べ始めればそんな事を気にしてる暇のないくらいのめり込んでしまった程だ。

 

 何なら次の料理が来るまで優雅に会話をしているべきなのだろうけども、二人してずっと味の感想に終始していた。―――高級店マジぱないわ。シェフをよべぇいとか言ってしまうレベル。

 

 まあ、しかし――噂には聞いていたがコース料理って終わってみると食事もそうだが、結構な量を呑む事に気が付かされる。最初の食前酒はともかく、料理ごとにあったワインは最初から用意されていたのか何も言わずに出てきたので勧められるままに呑んでいくと割かし多めな分量かもしれない。

 

 そして、最後に食後酒が出てくる頃にはフレデリカの目が少しだけぼんやりとしていて酒精が体に巡り始めた事が窺える。初めて味わう酩酊感と共にやってくる気分の高揚がそうさせるのか彼女はいつもの様に言葉をまくしたてる事もなくゆらゆらとテーブルの上の蝋燭を眺めながらクスクスと上機嫌に笑っている。

 

「なんか、不思議だねぇ。最初は期待なんかしてなかったんだけど終わってみるとすっごく楽しかった~」

 

「騙して連れてきた側が言う事じゃないんだよなぁ…。まぁ、こんな美味いもん食わせてもらった分は文句も言えないか」

 

「……ごめんね」

 

 上機嫌に笑っていたはずの彼女はその一言で小さく俯いて謝罪を漏らした。何が、とも、どうしてかも伝えられぬ拙いソレは、コイツと知り合って以来で初めて聞く言葉だったかもしれない―――だからだろうか、その感情の正体自体を彼女すら探るように言葉を紡いでいく。

 

「最初は“当てつけ”だったんだぁ。パパもママも大好きだけど、ちっちゃい頃から仕事で忙しい二人は滅多に会えなくて……たまに会っても大恋愛でくっついた二人は私なんかそっちのけでラブラブ。でも、そんな二人を見てて幸せに愛されて生まれたって思ってたから不満だってないし、嬉しいんだ。

 

 今回の事だって海外にすら求められて戦ってる二人が来れないのも本当に納得してるの。――――でも、電話を切ったその先で私に謝りながら二人は肩を寄せ合って慰め合うんだろうなぁって思ったら…不安にさせてやりたくなった」

 

 彼女の独白は、続く。

 

「そんな時に周りを見渡せば“聖なる恋”を祝ってる人を見てウンザリもしたの。誰も彼もが見栄や、成り行きや性欲なんかのくだらない事でくっついてるのに“本当の愛”を結んだ二人やその子供の私より幸せそうな顔してるのがたまらなく悔しくなったの」

 

 蕩けるように熱を持っていた瞳はいつの間にか怒りを湛えた業火を宿し言葉を紡いで、何かを糾弾する。

 

「だから、それが偽物の想いの産物だって証明して見たくなった。みんなに好かれて、信頼されてる君をデートに誘って今まで寄ってきた人達みたいに軽そうな仮面で楽しませてやれば騙されて―――みんなが好きになった男も結局は他と変わらなかったって笑ってやれば気分も晴れると思った。

 

でも、それも大失敗。

 

 結局は気を使われて、無邪気に楽しませて貰って―――きっと街で見た人たちもこういう事を積み重ねて手を結んだんだ。 結局――――“愛”ってモノを知らないのはあの場所で私だけだった事を思い知らされちゃった」

 

 きっと、燃える様な瞳で射すくめていたのは彼女自身だったのだろう。ソレを言葉として燃やし尽くした彼女は力なく項垂れてテーブルに突っ伏す。

 

 それは、あまりに歪んだ―――求愛の形であった。

 

 そんな形でしか―――否定する事でしか“愛情の確認”が出来ない、痛ましい心のありようだった。

 

 いや、そんな上等なものではないのかもしれない。

 

 子供が手に入らぬ玩具に癇癪を起すように、気を引きたくてワザと悪さをするように、彼らは両親を試すかのように振舞う。その世界からの反響で彼らは自分への愛情を測るのだ。その愛情を受けて彼らは心の根元を支える土台を形成する。

 

 今目の前で突っ伏した少女はきっとその大切な時期にソレが叶わなかったのかもしれない。大好きで忙しい両親が自分のために困らないように“いい子”で居続けてしまった。

 

 だから、その脆弱な根元に誰も近づけないために陽気な仮面を被り続けた。

 

 誰も本気で自分にぶつかってこないように、極端に距離を取り続けた。

 

 そして、成人という節目の日にソレを試す最後のチャンスを失った彼女は必死に守ってきたその姿勢をついに崩してしまったのだ。その結果がご覧の有様だ。

 

 仮面の下に長年隠れていた少女は、見るも無残に怖くて蹲ってしまった。

 

 大好きな両親との思い出となるべき場所に見知らぬ男を据えてしまい、それでもそこそこに楽しめる人間の単純さに打ちのめされた。

 

 それは―――真実なんかなくても人は結ばれてしまうという残酷な結論。

 

 

 

 

 そんな――――思い違いを小生意気にしていやがる。

 

 

 

 

 そういうのは、本気で人生を棒に振るくらいに

 

 恨めしく思うくらいに心の何処かに誰かを想ってからするべき葛藤だ。

 

 こんなのは、誰かへの想いを持て余した中学生の思春期と大してかわりゃしない。

 

 この俺ですら、中学の頃には両親と妹に甘えつくしていた。

 

 いわゆる甘えマスターである。

 

 だから―――この甘え下手な胸と身長ばっかがデカくなったクソガキにも“甘え方”というモノを教えてやろう。

 

 

 

---------------

 

 

 

 くらりと揺れる頭の中に後悔と、嘲笑が響く。

 

“結局、見下していたお前だって変わりはしないじゃないか”と隣に立つ自分自身が指をさして笑っている。それから逃げるように拳を強く握り閉め、瞳をきつく閉じてもその声は変わらず響く。いっそ、このまま消えてしまえればと思った瞬間に後頭部を強く叩かれる衝撃に一瞬だけ意識が引き戻された。

 

「そろそろ煙草吸いたいから店出ようぜ」

 

「――――へ?」

 

 掛けられた言葉の意味が分からず間抜けな声が漏れ出てしまった。

 

 呆然とする私に構わず彼は大してない手荷物とコートをウエイターさんから受け取り私を急かすように席から追い立てて店を出てしまう。

 

「ちょ、お金っ、ママのカードで支払なきゃ!!」

 

「もう済ませた。いいから早くいくぞ。こっちはニコチンが切れて辛いんだよ」

 

 店を出てから気がついて慌てて戻ろうとすれば彼に腕を掴まれずりずりと引きずられ都内の路地を歩いてゆく。急な状況の変化に言葉も纏まらないまま喚く私と面白がるようににやける彼に道行く人が振り向くのがなお恥ずかしくなってついには手を引かれるままに無言でついてゆくことにした。

 

「……どこ、いくの?」

 

「煙草の吸える所」

 

「そこの喫煙所でいいじゃん」

 

「あんな人込みで吸う煙草なんて美味いわけないだろ。煙を吸うときはもっと自由で――」

 

「意味わかんない」

 

 通り掛けにあった駅前の喫煙所を指し示せば意味の分からない事を言い始めた彼に苛立ちを込めて答えれば彼は楽し気に笑うばかり。そんな態度が、無性に腹立たしい。それでも、惹かれる手はなぜか振り払えず彼の背を黙ってついてゆくとビル街の中にある小さな公園へと行きついた。

 

 時間も時間のせいか誰もいない、ベンチ二つが街灯に照らされている寂しい公園だった。

 

 そんな場所にたどり着いた彼は周囲を見回して小さく頷き、ようやく胸ポケットから煙草を取り出して軽やかに火をつける。昼間には陰鬱なその佇まいも月明かりの下だと何故か映えることに少しだけ息を呑んで、それを誤魔化すように嫌味を口づさんだ。

 

「ここ、禁煙って書いてたよ」

 

「そうかい」

 

「怒られるかも」

 

「そりゃ困ったな」

 

 無理やり引き連れてきたくせに何をするでもなくただ煙草をふかし始める彼に掛けた言葉は軽くいなされ、なんだか―――腹が立ってきた。

 

「困ったじゃ――「いつもみたいに、おどけなくていいのか?」―――っつ!!」

 

 荒げかけた言葉を遮るように言われた一言が、それを押しとどめた。

 

 そう、だ。こんな時に“宮本 フレデリカ”は声なんて荒げはしない。茶化して、煙に巻いて、揚げ足をとって相手を困惑させてきたはずなのだ。―――ソレが、いまは上手くできない。

 

 呑み込もうとした感情が詰まって、その圧力が冷めかけていた熱を再発させて何かが溢れてくる。コントロールの効かないソレはあっという間に心の受け皿をいっぱいにして私の芯を不安定に乱していく。

 

 

 やめろ、止まれ――――とまってっ!!!

 

 

 そんな静止を心の中で叫ぶのに、ぐらぐら揺れた感情に従って体は正直に結果をだした。

 

 静かな公園に、乾いた音が響く。

 

 荒くなった呼吸に体が震え、頭は真っ白なままで燃え上がり―――振りぬいた手はじんじんと痺れて痛みを伝える。

 

 頬を理不尽に張られたのにも関わらず無機質な表情を浮かべる彼は、射殺すように睨みつける私をみて小さく鼻を鳴らす。

 

 その小さな嘲笑に怒りはさらに燃え上がって勝手に瞳から雫が零れ、また手を下す。

 

「な、にも知らないくせにっ!!知ったような口を叩かないでよ!!!いつも、なんて言えるくらいずっと傍にいた事もない癖に!!」

 

 頬を張られた拍子に彼の口から煙草が零れた―――ソレを彼は目で追いもしない。

 

「私だって、好きであんな事してない!!でもしょうがないじゃない!!この国でこんな容姿の人間が!!こんな根暗で面倒な性格で普通に生きていける訳がないのよ!!大好きなママから貰った髪も眼も!ふざけて誰にも疎まれないように振舞って!何も知りもしないくせに嘯くな!!」

 

 湧き上がるどす黒い感情。ソレを目の前の男に全てつぎ込む。

 

 憎たらしい知った被る瞳を、冷たい声を止めたくて―――彼を押し倒して首を全力で締め、絶叫する。

 

「ママの故郷にだって行けるわけがない!そんな簡単な話なら二人だってここに来てない!!それでも、好きにしていいって笑って愛してくれる二人に心配かけないようにここまでやって来たの!!そんなにいっぱい、いっぱい我慢してきた私より何も考えてない奴らの方が幸せに生きて!愛し合って!!――――ふざけないでよ!ふざけんなっ!!!!

 

 

 

―――――――ふざけ、ないでよ」

 

絶え間ない恨み節が湧いてくる。

 

 大好きな両親にも、友人にも、世界中の全てにどうしようもないくらい怒っていて、鼻と瞳の奥が勝手に痺れて涙が零れてくる。その雫が零れるたびに体中の力が抜けて組み敷いた彼の胸をせめてもの抵抗として何度でも叩く。

 

 やがて、それすら力が籠らなくなって―――酸欠で倒れそうになる体が、優しく包まれた。

 

「―――げっほ、……別に、誰もふざけちゃいねぇよ」

 

「や、やぁっ!離してっ!!」

 

 かすれた声が耳元で響き、なにかが崩れそうになるのを防ぐために必死に抵抗するが―――それよりもっと強くて熱い力で包まれてしまう。

 

「家や家族で苦しむ奴も、優しすぎて苦しむ奴も、家族に心配かけたくなくて遠ざけてこじらせる奴も、計算高く生きて苦しむ奴も、本当の自分を隠して生きる奴も―――そこら中にいる。

 

 “本物”っていう奴を探して、求めて、傷ついて 誰もが必死だ。

 

 傷つくことを怖がって、言い訳重ねて、それを羨ましがるってのは――冒涜だ」

 

 痛い位に抱きしめられて語られるその言葉は、重くて、怖い。

 

 だって――――ソレが出来ていれば、私はこんな事にはなってない。

 

 それを嗚咽に混ぜて彼に伝えれば、彼はもう一度だけ呆れるように笑って答える。

 

「いきなり人間そんなに変われるわけないだろ。とりあえず、お前は――両親にわがままを言う所から始めろよ。他人への甘え方ってのはみんなそこから始めてくもんだ」

 

 簡単に言われるソレは、なんて残酷な言葉か。

 

 そんな事、いまさらどうしろというのか。今までの話をこの男は全く聞いていなかったのではないかと睨めば、子供をあやすように彼は私の背中を叩いて魔法の言葉を告げる。

 

「“寂しい”、“ふざけんな”、愛して“、”構ってくれないとグレるぞ“―――好きな言葉で伝えろよ。言っても伝わるかは知らんが…経験上、絞り出さないよりかはマシだ」

 

「………言って、もしも嫌われたら?」

 

「そん時は、喧嘩だな。―――これは“甘え方”の上級ステップだ。ソースは俺の妹との喧嘩」

 

 茶化したように言う彼に思わず笑ってしまった。

 

 彼の言った言葉を―――自分は、一つでも投げた事はなかった気がする。もちろん、喧嘩だって。でも、きっとソレは誰もが家族に一度は言っている言葉のはずで――本当は、それを避けていたのは私の方かもしれない。

 

 愛される、人形であろうとしていたから―――飽きたら、捨てられると誰よりも二人を信じていなかった。

 

 彼の言葉を―――信じてみても、いいのだろうか?

 

「……練習」

 

「あん?」

 

「言ったことなくて、どもると恥ずかしいから……練習していい?」

 

「………それ、経験上失敗する前フリだな」

 

 茶化した彼に抗議するように目の前の胸板に頭突きをかまして、その勢いで言葉をしぼり出す。

 

「…“寂しい”、“ふざけんな”、愛して“、”構ってくれないとグレるぞ“」

 

「おう」

 

「“寂、しい”っ、“ふざけんな”っ、愛して“っ、”構ってくれない、とグレるぞ“っ!!」

 

「聞いてるよ」

 

「寂しいっ! 約束したじゃんっ!! 愛してよっ!! 構ってっ!!」

 

 言葉にするたびにぎこちなさは抜けて、胸の中の何かが涙と一緒に零れていく。

 

 叫ぶように想いを紡ぐたびに彼が優しく背を叩いてくれて、借り物じゃない言葉がボロボロと零れていく。――やがて、その声は嗚咽としゃっくりに交じってただの子供の泣き声になって意味をなさなくなってゆく。

 

 

 

 ただ、月夜に響く泣き声を受け止めつつ私の背を叩く大きな手はソレが止むまで優しくさすり続けてくれていた。

 

 

 

 

―――――――――――――― 

 

 

 

『フレッカ? こんな時間にどうしたの? そっちは深夜でしょう? なにかあったの?』

 

 

 真夜中、短いコール音の後に心配したような声が矢継ぎ早に来る。

 

 忙しいだろうに、こちらから掛けた時はどんな時でも最優先で出てくれる大好きな両親の声。

 

「うんん、レストラン…友達といった。凄くいい所だった」

 

『あぁ、良かった! あそこはねパパが―――「ママ」

 

 私の言葉に嬉し気に言葉を零した彼女を遮って、息を呑む。

 

 嫌われないだろうか? 迷惑じゃないか?―――そんな不安がよぎった瞬間に、優しく温かいあの手が背中を支えてくれた気がする。

 

 意を決して、言葉を紡いだ。

 

「今度は、記念日とかじゃなくていいから――― 一緒に行こうね?」

 

 その言葉に息を呑んだ後に聞こえる、優しい声。

 

 

 

 なんだ、本当に―――壁を作っていたのは私の方だったのかもしれない。

 

 

 

 だって、娘の面倒な我儘を―――こんなに喜んでくれるのだから。

 

 

 

 そんな単純な事を私はこの歳で、この胸に生まれた感情と共に初めて知ったのだった。

 

 

 

---------

 

 

=後日談 というか 蛇足 というか 世界レベルの豆知識=

 

 

 朝、遅れてやってきた痛みと鏡に映る酷い様相に顔を顰めつつ出勤すれば案の定に事務所にいた連中にからかわれる。しかも、おりの悪い事に一番面倒な連中が居座っているのはなんの嫌がらせなのかと思う程だ。

 

美嘉「うっわ、何その顔を!ちょ、救急箱どこだっけ!?」

 

志希「にゃははは、随分と色男になったね~?」

 

周子「あちゃー、バレンタインの次の日にそんな顔にとか何したん?」

 

奏「ふふ、変な所に行かずに事務所に戻ればチョコなんていくらでも手に入ったでしょうに?」

 

八「うっせー、通り魔に襲われたんだよ。通り魔に」

 

 テキトーな事を言ってはぐらかせば爆笑してさらに盛り上がる彼女達に溜息をついていれば、背後から扉の開く音。

 

 いや、この面子で一人欠けていればソレが誰なのかは予想がつくけれどもあれだけ恥ずかしい事をベラベラ喋った次の日に下手人と対面というのも気まずいものだ。なので、なるたけ平然として振り向く―――途中で、気づかわし気な手が頬から首筋までをそっと添えられた。

 

 

フレ「跡、残っちゃった―――ごめんね?」

 

 

 

「「「「「―――――――――――は?」」」」」

 

 

 

 普段にない落ち着いた声と潤んだ瞳に――いつくしむように傷跡を撫でるその姿は誰もが知っている彼女には無い物で、誰もが絶句した。俺も、絶句した。

 

 

 

フレ「ん、レッスン終わったらいい薬持ってきたから塗ってあげる。―――ちゃんと、待っててね?」

 

 

 微笑むその姿に、蜂蜜を溶かしたその声色。

 

 

「「「「はぁぁぁぁぁぁぁああああああっつ!!!!!!」」」」

 

 その異常を誰もが困惑と、絶叫で迎えたのであった。

 

 

 

―――― 

 

 

ヘレン「覚えておきなさい!!フランス人女性は恋多きイメージがあるけれども実際は身持ちが硬くて、一度入れ込んだ人にはとことん尽くす性格らしいわよ!!それこそ世界レベルにね!!」

 

 

 

おしまい♪

 



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ロックの在処

_(:3」∠)_川島さんストーリーの時に出た、多田李衣菜の騒動を記した日常をぽちり。

”こまけぇこたいいんだよ”の精神で読んで頂けると嬉しいです。

あと、評価とコメントを貰えると僕の顕示欲がロックンロールしマッスル。



 頭の中で何度だって流れるイメージ。

 

 耳に焼き付いて離れない痺れる様な、心を泡立てる様なスクリーム。

 

 魔法のように世界を変えてしまう旋律。

 

 その人がどんな人か、どんな思いを持ってそこにいるのかも分からないけれども。それこそ自分が“にわか”なんて言われている原因かもしれない。でも、長い解説や説明書を読むよりもずっと分かりやすくその人たちは自分を伝えてくれるから好きになった。

 

 歌詞、声、表情、楽器。たったそれだけで彼らは世界中の人と会話する。

 

 英語が分からなくても“知りたい”と心の垣根を取り払って気さくに“ハロー”とその世界へと招いてくれる。そんな彼らになって見たくて、身近で憧れる友人のようになってみたくて―――彼らから見た世界を見て見たくて今日も私はギターを弾く。

 

 ただ、現実は非情でイメージだけは完璧な私が奏でる旋律はつぎはぎだらけ。耳に焼き付いた旋律には全く指が追い付かず、流れるのはしこもことした私の唸り声と調子はずれな弦の音だけ。

 

「李衣菜ちゃんいい加減うるさいにゃ」

 

「……うぎぎ」

 

 終いには猫キャラを自称する相方“前川 みく”にまで迷惑そうに言われて反論しようとすれば、事務所にいる皆の苦笑いを代弁しているのだと気が付いて私“多田 李衣菜”はつい歯噛みしてしまう。

 

「大体、そういうのって人知れず練習するから“ロック”っていうのじゃにゃいの?」

 

「うるさいなー。家でやるとおかーさんに怒られるんだよ。というか、こうして皆の前でやる方が誘惑に負けずに捗るんだ」

 

「小学生の宿題みたいな理由でみく達はこの騒音被害を受けていたという衝撃の事実にゃ」

 

 

 ジトっとした目で睨みつつ文句は言うけれども、本気で止めろも言わない相方の懐の広さにちょっとだけニンマリと笑って差し出されたお茶で一息。気を取り直して譜面と頭のイメージを照らし合わせて――――「いい加減にうるせぇ」

 

 気持ちも新たに弦を弾いた所で紙束の丸めたもので頭を軽くたたかれ、中断されてしまう。やる気をくじかれた事を目線に乗せて抗議してみれば澱んだやる気無さそうな瞳の比企谷さんと視線がかち合う。ちょっとだけその目の怖さにひるむけど、ロックな想い胸に踏みとどまる。

 

 ただそのなけなしの意気地は呆れたような嘆息をついた彼がするりと自分の手から抜きとったギターを構えて誰もが聞いたことのある名曲のフレーズが耳を滑り込み、記憶の中にある歌声が確かに耳を打つことであっさりと打ち砕かれた。

 

 それはコードもなくただ弦を弾いただけなのに、正確なリズムで奏でるとまさに“傍にいて”という曲名に恥じないくらいの力強さと哀愁をココにいる誰もに感じさせた。

 

「頭ん中にある名曲をいきなり弾けるわけねーだろ。最初は完璧にはじけるようになるまでコードは気にしなくていい。体に音をならして弾くだけでそれなりに聞こえる。ソレを完璧に一曲できるまでにコードの音を覚えりゃ少なくとも一遍にあれこれやって余裕がなくなることも無くなる。―――という訳でせめてココでじゃかじゃか鳴らすな」

 

「あ、はい、」

 

 ぶっきらぼうに返されたギターをたどたどしく受け取りながらそうそうにパーテーションの向こうに立ち去るその姿に呆然としてしまう。予想外の人からの的確なアドバイスと特技に唖然として周りを見渡せば周りのメンバーも同感の様で視線がかち合う。

 

 誰も先ほど起きた事に実感が持てずに目を白黒させる中で自分の中にあった情報の欠片が集まっていき、とある結論が脳裏によぎる。

 

 今まではそんなことある訳がないとみんなで笑えた可能性もいまでは笑えない。

 

「……ねぇ、みく」

 

「……なんにゃ、李衣菜ちゃん」

 

「もしかして、比企谷さんの正体って“夢破れた歌手”とか“俳優”だったりするのかな?」

 

「「「「「……い、いやいやいやいや」」」」」

 

 問いかけたみくも、周りの2期メンバーの誰もが私の発言に苦笑を交えて首を振るが自信が無さそうなのは明らかだ。

 

 美波さんがひっそりと持っていた彼のおめかし姿の写真データは文字通りモデルとして通用するくらいの見栄えであったし、彼とカラオケに行ったことのある1期メンバーから聞くに事務方とアイドル陣で分かれた時に危うく負けそうになる位に事務方の歌唱力が高い事も知っている。

 

 さらに、さっきのギターである。

 

 あまりにこなれた構えに、誰もが引き込まれるくらいに完璧に弾かれた名曲。

 

 あれは自分が言うのもなんだが、憧れのシンガーで友人の“なつきち”に迫るくらいにカッコよく素人離れしていたように思える。

 

 ここまでの疑う要素が揃った自分の脳があるストーリーを生み出す。

 

 例えば――――夢破れた青年が夢をあきらめきれず芸能界に携わることを選んでここにいるとしたら?

 

 例えば――――いつも笑顔ながらもお金に厳しいちひろさんに借金等での弱みを握られてココで働くことによって返済しているのだとしたら?

 

 例えば――――――そんなロックな過去があの澱んだ瞳とたまに見せる熱い一面の正体だとしたら?

 

「……いや、いやいや、そ、そんなドラマみたいな事ある訳…ないにゃ?」

 

「でも、ただのバイトの大学生があそこまで生活捨ててアシスタントするかなぁ…」

 

「正社員の人でもあそこまで書類抱えてるの見た事ないですぅ」

 

「そういえば台本関係も詳しいよね…本人は文系だからって言ってけど」

 

「そうだにー、マイナーな御伽噺も結構詳しいかったよねー?」

 

「体つきもエロ――――しっかりしてるよね。花子との散歩で偶然だけど濡れたシャツを脱がせ…脱いだ時見たけど」

 

「ところどころ隠せてないよしぶりん…」

 

「な、なにをしてるんですか凜ちゃん」

 

「と、というか、なんでみんなあの写真の事知ってるのかしら……」

 

「アー、ミナミ。指紋認証とか生体パスを信じすぎるのは危ないデース」

 

「同胞の背信を受け、灼熱の業火に身を焦がさん!!(抜け駆けしてお出かけしたお仕置きはまた別途でお話ししましょう!!)」

 

「そいえば、ハチ君の事あんまりしらないかも?」

 

「みりあもー」

 

 

 それぞれが好き好きに話すが、有力な説も否定材料も出てこない。というか、むしろ疑念は深まっていくばかりで―――つまり、大いに自分の仮説はあっている可能性が高いということだ!!

 

「これより、比企谷さんの過去徹底調査本部をココに制定します!!」

 

 

“おー!やんややんや!!”

 

 

「……どうでもいいけどギターの練習についての話じゃなかったのかにゃぁ?」

 

 

 相方が何かを呟いた気もするけれども聞こえないふりをする。こんな面白そうなことを放置するなんてありえないノットロックである。

 

 なつきちだってそういうに決まっているのだ!!

 

 

 

---------------

 

 

 

証言1  鷺沢 文香

 

「比企谷さんが……歌手?俳優?――――小説なら読ませてもらった事がありますけど、そういった話は聞きませんね」

 

 

証言2 十時 愛梨

 

「ハチ君が俳優……そーだね、私に内緒で美波ちゃんとかと撮影に出たりしてたらしーしねー(ジト―」

 

 

証言3 日野 茜

 

「ソレは初耳ですね!でも、運動の仕方を教えるのはすっごく上手ですよ!!」

 

 

証言4 高垣 楓 & 川島 瑞樹

 

「役者志望ですか? うーん、毒見役で口説く役なんて似合いそうですね!!」

 

「分からないわー」

 

証言5 小日向 美穂

 

「あのカラオケでの屈辱はいまだに忘れません。まさかプリキュア主題歌の精密採点で後れを取るなんて……とはいえ、歌手になるつもりだったとかは聞きませんねぇ?」

 

 

証言6 塩見 周子

 

「あっはっはっはっは!!!おに―さんが夢破れた!? 若手俳優? 歌手? それホンマ今日一のネタやで!! あの万年専業主夫志望とかぬかしとるうつけが俳優!! アッハッハッハ!!」

 

 

証言13 佐久間 まゆ

 

「……それどこ情報でしょうかぁ?? 私の調査に漏れが? 嫌でもそんな事…愛が足りな……いや、この驕りが今回のような……ブツブツ」

 

 

「ご、ごめん! なんでもない!!そんじゃ!!」

 

 

――――――― 

 

 

「むむむ、聞き込みの結果―――謎が深まったね」

 

「ねー、これまだ続けるのかにゃー? 1期からの人たちが知らないって事はもう本人か武内さん達に聞くしかないよー?」

 

 あれからレッスンや仕事で各自が調査を行い、“専業主婦”と“小説家”の二つが候補に足されさらに訳が分からなくなっただけという無念な結果になった。その上、いまや頭を悩ませているのは私だけで他のメンバーの関心は美波さんが秘密で行ったというデートの件に移っていてこの件に付き合っているのは隣の呆れ気味な相方だけだ。

 

「えー、陰のある人の正体が実はロックなバンドマンって熱くない? というか、比企谷さんのあのギターとかたまに見せる色気とか、おっかない迫力とか意味の分からない部分について今まで“スゲー”で済ましちゃてたけど―――どんな人なのかって改めてちゃんと知りたいと思ったんだー」

 

 難しい事はよく分かんないけれど、あのコード無しでギターをかき鳴らす姿と旋律は確かに雄弁に彼を語っていたと思う。少なくとも、私の胸には生き様をロックに表して“ハロー”と声をかけてきてくれていた。

 

 だから、気になったものはちゃんと知りたい。

 

 それが私のロックの根元だから。

 

「…にわかの癖にたまにそれっぽい事を言うから困るにゃ」

 

「にわかじゃないもん!!」

 

「気になったなら余計なエンタメ挟まずにさっさと本人に聞けばいいのにゃ」

 

 深くため息を吐く彼女の悪態に噛みついていると彼女は興味なさげに私から目線を逸らして丁度開いた事務所の入り口から入ってきた気だるげな男を手招きして呼ぶ。ソレにめんどくさそうに答える彼が近づいてくるのを見て今度はこっちがため息。

 

「猫キャラの癖にそういう無駄を省きすぎる所ってホント良くないと思う」

 

「基本的に猫は合理的に生きてるからね」

 

 取り付くしまのない返答に今回の遊びの終わりを感じて小さくちぇ、なんて口を鳴らして彼を待つ。

 

 

 うーん、やっぱり斜に構える系のロックも捨てがたい気がしてきた。

 

 

 

--------------------

 

 

 

 

「「「……モテそうだったから?」」」

 

「まあ、端的に言えばそうなるな」

 

 彼女らがおもむろに話を切り出すので何事かと思えば他愛もない世間話だった。呆れつつもマッ缶を開けて唇を湿らせてから理由を端的に伝えれば誰もが肩透かしを食らったような顔をされるが真実なのだからしょうがない。

 

大体の男子は年頃になればそういう無駄な努力をするのだ。流行ってた漫画とか映画の影響でモテそうだと思ったし、家に親父が投げっぱなしにしてた無駄にいいギターもあった―――まさか高校のあの時から地味に続け、弾けるようになって小町に見せたら“キモイ”の一言で切り捨てられるとは思わなかったけどな。

 

 まあ、そこから思い出したように弾いたり小町に壁ドン(隣室からの苦情的意味で)されたりして、現在に至る。

 

「夢破れて事務所に渋々と就職したりは?」

 

「あるかそんなもん。……というか、最近あいつ等から聞かれる変な質問はお前らのせいか」

 

「無駄に物語系が詳しいのは?」

 

「文系だし、本自体が好きだからな」

 

「専業主夫になりたいっていうのは?」

 

「ソレは本気で狙ってる」

 

「「「「最低だ!!」」」」

 

 小気味いいテンポで答弁を繰り返して無事にオチが付いた所でため息を漏らしてそれぞれに散るように手を振って追い払う。それぞれが文句を漏らしつつも離れていく中で一人納得のいってないような眼が一対。

 

「……なんだよ」

 

「んー? うーん……嘘じゃない気もするけど、ほんとでもないって気もするんだけど――――ま、おいおいかなぁ。 比企谷さん!今度、時間ができたら教えてよね!」

 

 一人で首を傾げて何かを呟く今回の元凶である多田は勝手に何かを納得したようで、切り替えるように無邪気な笑顔と言葉を零して仲間の元に走ってゆく。

 

「……お断りだ」

 

 自分の奥底を無邪気に覗こうとするその瞳に居心地の悪さを感じて小さく悪態をついて自分も事務方用のスペースへと足を向ければ、こっちはこっちで純粋に面白がっている瞳が二組待ち構えていてうんざりする。―――何があったとしてもこんな職場への就職はお断りだ。

 

「比企谷君もギターをやっていたなら教えてくれればもっと早くお話したいことがあったのですが…」

 

「ああも無邪気に楽器を弄る姿を見ると大学時代のバンドを思い出しますねぇ」

 

 しみじみと昔の事を思い出すように語る上司二人にもう一度ため息を零して自分の席に腰掛けつつ答える。

 

「ガチでやってた人達に話すほどの知識も技量もないですよ」

 

 話しを聞くに昔は武内さんとチッヒ、別部署の内匠さん。ついでに765の赤羽さんの大学のメンバーで活動をしていてソコソコにいい所まで行ったとかなんとか。そんな人達と語るほどの物でもないし、実際にカラオケで聞いたその声は現役でも通じそうな物だった。

 

 かつては、誰もが輝ける舞台に立って光を浴びていた。

 

 その想いは今ここで裏方に回っても眩いばかりに輝いている。

 

 その光が、妬ましさよりも憧憬と身勝手な寂しさを感じさせる。

 

 だから、きっとそんな輝きに溢れている場所だからこそ俺は安心して陰に沈んでいられるのだろう。

 

 

 そのことを小さく誇って、俺は今日もパソコンを起動した。



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【マザーグースより皮肉を込めて】

ゆりゆり

苦手な方はブラウザバック。

今日も私は好きに筆を執るのです←


 

 ほんのりと冬の匂いの中に春の土臭さが混じるようになった立春も過ぎた日の事だ。

 

「あ、もうこんなに桜の芽が膨らんできてますね。桜の季節にもう一度来て見比べてみるのも面白いかも」

 

 柔らかな日差しが差し込む都内の大規模公園の中に柔らかな声と無機質なシャッター音が風に舞ってくる。何を迷ってるのかは分からないが取った写真を何度も見比べてしばし、納得のいく出来になったのかようやく満足げに頷いて横から覗いていた俺に無邪気に振り向く。

 

「咲き誇る時期ももちろん綺麗だと思うんですけど、こうして寂しい景色の中でちょっとずつ育ってるのを感じさせる瞬間も負けないくらい綺麗だと思いません?」

 

「……見かけによらず渋い考えだな」

 

「ふふ、おばあちゃんっぽいですかね?」

 

 答えにもなっていない言葉におどけるように応じた彼女も実際の所は返答など求めていないのかもしれない。なにせこれは彼女曰く“お散歩”だというのだから、感じたものも思ったこともただの気晴らし以上の意味はない。

 

 そんな意味のない見つけたものを既定の枠内に収めるだけの時間に誰に何を言われても気にはしないだろう。

 

 それでも、個人的でありきたりな事を述べるのならばやはり自分は咲き誇った瞬間が好きである。厳冬を乗り越えて春が訪れた事を分かりやすく示し、誰もが目を見開く鮮やかで儚い一瞬に息を呑む。“花に嵐の例えもあるぞ”なんてこじゃれた詩もあり、それは別れを示すものでもある。だけれど、結局―――花は人と違って何度だって同じ場所で咲くのだ。

 

 その人に成しえない部分に感嘆と、嫉妬と、素直な賛美が零れる。

 

「暗いですけど…随分とロマンチックな考えもされるんですね?」

 

「一応、たまには私立名門文系ぽい所も出しておこうかと」

 

「台無しです」

 

 そう笑いながら腕を組んで歩みを進める彼女に溜息を零す。

 

 年の割に落ち着いた雰囲気で柔らかなウェーブのかかった髪の毛をたなびかせて隣を歩く“高森 藍子”が首から下げるのは見た目にそぐわない厳ついカメラ。彼女の趣味であるこの散歩に付き合わされるが、存外に悪くない。

 

 空は快晴、空気は緩やか。季節は春に向けて草木がすくすくと生い立つ景色は気持ちを随分と晴れやかにして、普段はゾンビなんて揶揄される俺“比企谷 八幡”ですら醸し出されるゆるふわ空間に凝り固まった理性を解かれてしまいかねない勢いである。

 

 

―――――後ろで木陰から射殺さんばかりの視線と歯ぎしりを鳴らす危険人物がいなければの話ではあるが。

 

 

 血涙と殺気を込めてこちらを睨む彼女の名前は“本田 未央”という。

 

 人気アイドルグループ“デレプロ”の一員にして、バラエティ・舞台・歌・グラビアなど様々な活動で名を轟かせるまごうことなきトップアイドルでその頂点に立ったこともある逸材である。ただ、呪詛と共に隠れてる木の幹を握りつぶすその悪鬼のような表情は普通にやべー奴だ。

 

 何を隠そう、その危険人物。隣でご機嫌に語り掛けてくる藍子の彼氏という名の連れ合いであり、プロジェクトを巻き込んだ大恋愛の先に結ばれたカップルの片割れなのである。同性での恋愛や、アイドルという職業倫理。その他の多くの葛藤を乗り越えた二人ではあるが現在、片方は鼻歌交じりに別の男と腕を組んでデート。片や、血涙を流しつつの尾行というカオスな状況。

 

 そんな二人に巻き込まれた状況に俺は小さくため息をもう一度深く息をついて思い返す―――――こんな状況に至った経緯を、だ。

 

 

 

---------------

 

 

 

「比企谷さん、ちょっと来週あたりに何処か遊びに行きませんか?」

 

 いつも通り膨大な書類に囲まれている俺にそんな声がかけられたのはまだ肌寒さが残る日の事だ。いつもは大型の犬のように全身での突貫と共に耳元で喚く大槻達とは違った柔らかいながらも凛とした声。ソレは人が常時いて雑多な音が溢れているこの事務所の中でもことさら良く響き、一拍遅れてマグカップが割れる音が何処かで響いた。

 

 なぜか背筋に走った緊張に息を呑んでしまう。

 

 短い人生だが小町や雪ノ下達との交流。その上、女性の多いこの職場においてその声は随分と聞き覚えのある不吉な声音だ。いっそのこと怒りも露わに怒鳴ってくれた方がずっと心穏やかに受け入れられただろう。

 

 これは、手に負えないくらいにブチ切れている時特有の声である。

 

 緊急事態につき救援を上司である上座のデスクの武内さんに送るとわざとらしくちひろさんの元へと近づき“緊急”とハンコを押された封筒を開封し、これ見よがしに難しい話をし始めた。反対を振り向けばパーテーションの向こうから覗いているアイドル達は一斉に顔を引っ込められる。

 

 残されたのは微笑む藍子とパーテーションの向こうでわなわなとこの世の終わりのような顔を浮かべた未央だけである。――――お前ら全員覚えてろよ。

 

「……悪いけど、予定はびっしりで―――「じゃあ、何時なら空いてますか?」――――いや、ちょっと何とも――――「空くまで待ちます。所で、ここの所ずっと働きづめでちょっと一息入れた方がいいと思うんですけど……武内さん、上司としてはどう思います?」

 

「……はい、あまり根を詰めても―――効率的ではありませんから。」

 

「ふふ、そうですよねぇ。比企谷さん、という訳で週末はちょっと息抜きに二人きりで出かけましょう」

 

 しこもことスケジュール表を開き週末に空いてる予定を無理やり埋めようとキーボードと携帯に伸ばした手は刺すように畳み込まれた言葉と上司への外堀を埋められたことによりバッサリと遮られる。

 

 あっさりと部下を売り払った偉丈夫を“どの口がソレを囀ったんだこの仕事サイボーグが”と思いを乗せて睨むが“笑顔です”とかふざけた事を口だけで伝えてくるので死ねばいいと思った。

 

 ともあれ、だ。この部署の最高責任者が休暇を認めた以上は何があっても覆りはしないだろう。ついでに言えばスケジュール的にもほぼ付き添い程度の現場送迎程度の内容だったので開けたとしてもそこまで致命的になる訳では無さそうな感じである。

 

 微笑んで無言の圧力をかけてくる藍子と捨てられた子犬みたいな泣きそうな顔をする未央を見比べて、もう一度深ーくため息を零し観念する。少なくともココで粘って時間を取られるのも、“彼氏と行けよ”なんて地雷を踏みぬいて戦死するのも御免こうむりたい。男子たるもの諦めも肝心なのである。…飼いならされているともいう。

 

「………あんま遠い所は勘弁してくれ」

 

「もちろん―――ただのお散歩ですよ」

 

 

 そんな満面の笑みで彼女は時間と集合場所を高らかに伝える。

 

 

 まるで、俺にではなく―――どっかの誰かに聞こえよがしに、である。

 

 

 

-----------------

 

 

 

「で、何がどうしてこんな面倒ごとに巻き込んだんだ?」

 

「んー? ふふふ、そうですねぇ…」

 

 そんな回想をしつつ公園に併設されたオシャレな喫茶店で昼飯のオシャレなエビのパスタをグルグル巻きつつ問いかけると彼女も貝がたくさんのクリームパスタを同じようにグルグルと巻き付けつつ楽し気に答えをはぐらかす。

 

 

 その笑顔はあの事務所で誰もが恐れた薄ら寒さはなく、ただただご機嫌さを表している。これが散歩の効果だとするならばもう世の女性には四六時中散歩していて欲しいまであるのだけれど―――そんなわけはないので降参して直接聞いてみることにした。

 この茶番が明らかに三つ隣の席でべそべそ泣いている馬鹿に対しての当てつけだとは分かるのだけれども、ここまで徹底的にするとは、どんな逆鱗に触れたというのか後学のためにぜひとも聞いておきたい。

 

「―――私って結構、独占欲が強めじゃないですか?」

 

「……いや、まあ、聞いてる限りだとそうらしいな。知らんけど」

 

 丁寧に丸めたパスタをゆっくりと飲み込んだ彼女がのんびりと脈絡もない事を呟くのに一拍遅れて返事を返す。

 

 まあ、聞いてる限り見てる限りでは未央と付き合ってからは温厚そうな普段の性格と行動からは考えられないくらいに結構独占欲が強い事はよく耳にする。噂では他の女子と遊びに行った時は小まめな連絡を怠ると機嫌が大層に曲がってしまうと愚痴っぽい惚気を聞かされたことがある。

 

 恋人どころか友人とのメールもほぼせず、日々、業務関係のメールをやり取りしてる自分にとっては思わずノイローゼになりそうだと思いつつも本人が嬉しそうにしてるのならば口を出すこともないだろうと言葉をのみこんだが…まあ、正直、引くくらいに重めの女という事は結構プロジェクト内で有名だ。

 

 だが、最近は未央も心得てきたのかそういったフォローは上手くしている(本人談)らしく、別の女や男友達と遊びに行ったりしたという話は聞かない。

 

 それがどんな経緯でこんなことをしているのか分からずに続きの言葉を待っていると、彼女は少しだけ照れたようにはにかんで言葉を続ける。

 

 

 

「でも、未央ちゃんって私が誰と遊んでも気にしないで“楽しんできてね~”なんて笑顔で送り出すんですよ。――――それって、私だけが空回ってるみたいで悔しくないですか?」

 

 

 

「――――――――oh、」

 

 

 

 っべーわ。マジで年頃の乙女っべーわ。

 

 可愛くはにかんで何言ってんのコイツ。なんでそんな澄み切った眼でぶっ飛んだ結論に到着してんすか。思わず欧米風な溜息しか零せなかったよ。いや、でも聞いたことがある。世には“束縛してないって事はそこまで自分って大切にされてないんじゃない?”とか考えて病んじゃう娘がいるらしい。そんで望み通り束縛すると病んじゃうという話も。なんなんだお前ら、りあむを見習え。あの糞雑魚メンタル病んでも炎上しても秒で復活するぞ。

 

「あ、いま、“めんどくさー”っていう顔しましたね!!世の中、結構これで失敗することだってあるんですから!!―――――と、まあ、自分でもあれだなーと思いつつも未央ちゃんに心配してほしくて勢いで企画してみたんですけど……もう大分いい感じにラブを確認できたので今日の目的は大成功ですね!!」

 

「……いや、めんどくささを通り越して恐怖だわ」

 

 ちらりと三つ隣の席に忍んでいるつもりの未央に視線を送れば口と鼻から噴き出したであろうコーヒーが滴り首元が盛大に汚れている。ついでに言えばその目は未知の生物を発見したかのように恐怖と衝撃に慄いている。

 

 誠に遺憾ながら、全く同じ気持ちなので安心してほしい。

 

 俺の視線に気づいたのか、元々から聞こえるように話してその反応を読んでいたのかは知らないが悪戯気な笑みを浮かべた彼女が満足そうに最後の紅茶を飲み干して席を立つ。

 

「痴話喧嘩に巻き込んじゃってごめんなさい。でも、笑って済ませられる共通の知り合いって比企谷さんしかいなくて――――今度何か奢ります!!」

 

 花が綻ぶように微笑みながら呆然とする俺を残して彼女は軽やかに恋人の元に歩いてゆく。

 

 

 その背を見送りながら

 

 女の子は 甘い甘いお砂糖と スパイス そして素敵な何かでできている。

 

 そう俺に教えてくれた後輩を思い出す。

 

 そして、狼狽しつつ彼女に纏まらない言葉のまま冷や汗交じりに唸る彼氏。

 

 カエルのように汗でべっとりで カタツムリのように逃げる足もない。

 

 それでも、愛しい女の子が歩み寄ってくれば子犬のごとくちぎれんばかりに振るしっぽと喜びを隠せない。

 

 

 なるほど、子守唄っていうのは存外に真実を汲み取っているのかもしれない。

 

 

 そんな現実逃避をしつつ、俺は店を仲睦まじく出ていく二人を見送って小さく笑ってしまった。

 

 

 

 男側ってのはいつまでたっても  女の子には敵わないらしい。

 



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第13話 【天女に羽衣、アイドルに――?】

みんな大好きシュガハ回


後、チッヒは資本主義の鬼である←new


 青天の霹靂って言葉がある。

 

 まあ、ざっくりといえば澄み渡った青空にいきなりドンガラと雷様がおっこってきてビックらこくぜ☆彡っていう予期せぬ事に対する言葉。

 

――――まあ、回りくどい言い回しは止めてはっきり言おう。

 

 

「はぁっ!? いまさら注文キャンセルなんざ聞くわけねーだろ!!」

 

 

いわゆる、今の私のような状況の事を言うかっこわらい――――わらえよ☆彡

 

 

--------------------------

 

 

 

 

「………どーすんだよぉ。もうほとんど仕上がってんだぞぉ、こっちはよぉ…」

 

 昼下がりの某ドーナツ屋の一角で私は頭を抱えて密かに追い詰められていた。口から洩れる呪詛と陰鬱さに周りにいたご家族様はみな引っ込んでいき、近くにいるのは同じくらい人生に疲れて根暗そうなにーちゃんのみ。

 

 いつもなら不幸なのが移りそうなのでよそに行って欲しい所だが、いまは不幸なのは自分だけでないと思えるので実に癒し度が高い。

 

 そんなどうでもいい事を頭の片隅に浮かべつつもう一度ダメ元で憎しみしか湧かない携帯をコールしてみるがやはり繋がりもしない元発注者の番号に見切りをつけてもう一度頭を掻きむしりスケージュール帳を取り出しても、あるのはまっさらな予定ばかり――――この“佐藤 心”人生最大のピンチ到来の瞬間だ。

 

 

 細々とオーダーメイド衣裳のフリーランスとバイトで食い繋いできたが、ここ最近ある事務所の下請け的な所に滑り込み生活が安定してきたので本職とささやかな趣味一本に絞ろうとバイトを辞めた矢先のことである。

 

 その事務所から“アイドルグループが出来たから”と衣裳を任され意気揚々と潤沢な予算を使って作った自信作10着だが―――“あ、ごめんね。アイドル候補の子達が内輪揉めで辞めちゃったからあれキャンセル” なんて無責任な一言でキレて思いつくままに罵詈雑言をぶつけてたら電話を強制的に切られた。

 

 御免で済むなら警察はいらないんじゃい、とその事務所に乗り込めば担当者は出てこずに怖いおに―さん達とある意味もっと怖い弁護士が出てきてすごすごと金も取れずにしっぽを巻いてこうして蹲っている訳だ

 

 いや、確かに私がサインした契約書もガバガバチェックだったけどさー、どうすんだよ今月の生活費…というか、ほぼない貯金も崩して作ったからマジでどこにも金ねぇよ。

 

 大口契約に有頂天で小さな仕事を断ってしまっていたのもキツイ。

 

 金に目が眩んでいた過去の自分を絞め殺してやりたい気分だ。

 

丹精込めて作った衣裳だって買い手がいなきゃ意味がない。自分とは違い大きな舞台に飛び立つことが出来るだろうこの衣裳にはいつもの倍以上の想いだって込めた。だが、現実って奴は嘲笑う様にして非情を突きつけ―――――弱っていた心がさらに嫌な所にはまっていくのを感じ、振り払う様に顔をあげる。

 

 そういうおセンチに浸って許される年でもない。何より、学生でもない自分がやらねばならないのは今すぐ割のいいバイトを見つけて生活費を稼ぐことだろ☆彡!!

 

 気持ちを切り替えるようにして顔をあげれば―――隣の根暗そうな兄ちゃんと目が合った。

 

「あ、あはは、五月蠅くてすんません。今出てくんでお気に――」

 

「……なぁ、あんた。もしかして、服を縫えたりする人か?」

 

「――――はぁ?」

 

 気まずげに下げた頭と言葉はその予想外の言葉に打ち切られ、改めて彼を見ればその視線は――――自分が作った服に真っ直ぐと向けられていた。

 

 それが――――私の人生史上もっともひねくれた男で 

 

 最も大きな転機をもたらした男との出会いであった。

 

 

 青天の霹靂というには、あまりに暗く澱んだ不吉な天気ではあったけど―――確かに、私の人生はこの時に転がり始めたのだ。

 

 

 

-----------------------

 

 

 

「……大手の346に連れて来られたから、ぬか喜びしそうになったけど諸手を挙げて万歳とはいかねーよな☆彡」

 

「売れないフリーランスじゃ人生で関わることが無いって意味では同じことだろ?」

 

「お前、ぶっ飛ばすぞ☆彡」

 

 降って湧いた仕事の予感に持ってた自分の事務所のパンフレットやら、過去作の冊子なんかを滂沱のごとく売り込んだ結果――引きつり気味にとりあえず事務所で詳しい話をするとの事で連れて来られたのが天下の346芸能事務所。

 

 でも、豪華絢爛な時計塔に迎えられてすぐさま人通りの少ない地下通路みたいなとこを通った先にあるやたら達筆で手作り感のある看板に書かれる“シンデレラプロジェクト”という文字を読んでがっくり肩を落としたのはここだけの秘密だ。

 

 自分のささやかな趣味である“地下アイドル”の世界でも、服飾の世界でも一時は随分と悪い噂を聞いたそのプロジェクト。

 

 服飾では関われば大手346に睨まれるという噂は零細の自分でも聞いたし、発足時から上層部と揉めていると聞いた事務所に所属したがるアイドルは地下といえども居ない。

 

 その悪評を知っている事を察しているのか皮肉気に笑う背中を蹴飛ばしたくなる。だが、目の前の“比企谷”という男の言う事だって正論である。

 

 どうせ、ここで毒でも皿でも食わねば遠からず飢え死にするか、長野の実家に連れ戻され農場で強制労働の身である。ならば、どんなゲテモノ料理が出てくるかくらいは東京最後の思い出に見物していくのも悪くないと腹をくくった。

 

「さてさて、噂のシンデレラはどんな所で働いてん……ちょっとまて」

 

「なんだよ?」

 

 入って数舜で“あるもの”に目が止まる。

 

 日の入りの悪い半地下だってのはいい。硬そうなソファーも安っぽいローテーブルも構わない。それなりに綺麗に手入れされているし、飾られた花や所属してる子達が工夫を凝らして華やかにしようとしているのも分かった―――でも、そんな事よりも許せないものが部屋の隅に積まれていた。

 

「まさかと思うけど――あんなもんが“衣裳”だとかぬかすつもりじゃないだろうな☆彡」

 

「………お察しの通りで」

 

「安っすいイメクラや、馬鹿大学の学祭じゃねーんだからよぉ……」

 

 あまりに予想通りの返答に怒りを通り越して、泣きたくなる。

 

 仮にも、服飾のプロとして、地下アイドルとして――そこへの妥協だけは出来ない。

 

 アイドルやステージに立つ人間の衣裳というのは輝きや夢、思想ってモノを分かりやすく観客に示す一つの指標だ。それだけでなく、衣食住の頭に来るのは“衣”なのだ。身なりは何よりステータスを示し、信用を得るためのもので他の物は後からついてくる。

 

 

 だから――――女は全力で身なりを整えるのだ。

 

 

 女子の―――基本である。

 

 

 服を生きる道へと選んだ自分の根幹に火が付いたのを、感じた。

 

「おい、そのステージの衣裳予算とメンバープロフィール。後はその曲と、舞台のコンセプト―――ああもう、全部持ってこいよ☆彡。それ読み込んどく間にあのド〇キで買ってきただろうコスプレグッツ全部返品して来といて」

 

「………おい勝手に話を」

 

「元々、これを何とかしたくて呼んだんだろ☆彡? お望み通りに入社試験を受けてやっから―――さっさとしろ」

 

「…………」

 

 憮然とした表情を浮かべた後、大きくため息をついて言われたとおりにするあたり意外と尻に敷かれ慣れている事にちょっと意地悪な笑いを噛み殺しつつ、出された資料に目を通してメモ帳に走り書きを並べ立てる。

 

 メンバーの体系、特徴、顔立ち、音、歌詞、隣との距離感覚、会場の環境、予算を達成するための最小効率。全てを必死に考えて、想って―――息を止めて深く潜っていく。

 

 

 最高のステージを彩る、その一点を目指して。

 

 

――――――――― 

 

 

「随分と凄い方を見つけてきましたね、比企谷君?」

 

 軽そうな見た目に反して、デスクを占領して一心不乱にスケッチと計算を書き連ねるその熱量に呑まれるように立ち尽くしていると、低く呟くような声が掛けられて意識を引き戻される。案の定、振り向いた先にいるのはこの悪名名高い部署のボスである偉丈夫“武内”さんと呆れたようにこっちを見ている“ちひろ”さんだった。

 

「いや、路頭に迷ってたフリーターに俺らの代わりに裁縫でもさせようかと思ったんですけど―――どうやらガチ勢の人だったみたいです」

 

 楓さん一人の時はチッヒが夜なべをするだけで済んでいたのだが、メンバーが増えた今となってはそうもいかずに服飾作成の関係会社を当たってみたが総スカンを見事にくらったのだ。それでも、となると俺のいま抱えているド〇キのコスプレを自分らで改造するとかに行きついた時に見つかったのが―――アイツだ。

 

「また適当な…ただ、まあ、あの仕事量を見る限りは“当たり”とみるべきでしょうか? ギャラについての話はしましたか?」

 

 呆れたように呟くチッヒが目に剣呑な光を宿らせる。その辺は俺が決める話でもないのだろうが、ミスドで呻いてた内容を聞く限りあまり絞ると逃げられそうな雰囲気でもある。

 

「―――今回の出来次第ですが、事務・雑務で比企谷君と同じバイト代。衣裳デザイン・作成は別途でその都度に交渉ってのが妥当でしょうかね」

 

「それくらいなら、今でもなんとか捻出できそうですね」

 

 頷きあう上司達にどうやら合格が決まったらしい事に安堵をつきつつ、もう一度だけデスクに目を向ける。

 

 一心不乱に、脇目も振らずに好きな事に夢中になれるその姿に――自分にはないであろうその情熱がかき消されなかった事に、小さく安堵の息をついた。

 

 

 

……はて、未開封とはいえド〇キは返品を受け入れてくれるだろうか?

 

 

 

--------------------

 

 

 

 レッスン終わりに見慣れぬ女がいる事に誰もが訝し気な表情を浮かべていたが、私が出したデッサンと完成予想図を見た途端にその表情は一変して歓喜に代わる現金さに思わず笑ってしまう。

 

「おいおい、はしゃぎすぎだぞ☆彡。―――ほんで、あんま違うと金かかるから無理だけどちょっとした変更ぐらいなら聞くから今のうちに言っとけ?」

 

 

「「「「………!!」」」」 バッ

 

 

 予想外過ぎた一言だったのか誰もが顔を見合わせた後に爛々と輝いた眼で我こそはと挙手をする。急に詰め寄られても参るが、こうも一糸乱れぬ動きをされても気おされてしまい苦笑を浮かべて一人一人の要望を聞いていく。

 

 まあ、揃いの衣裳とは言ってもワンポイントくらいは変えてみたいと思うのが女の子ってもんだ。手間は手間だが、前のように言われるがままに作り無難に収めるよりもこうして目の前で大喜びをしてもらえるってのは随分と職人的な部分が満たされるのを感じた。

 

 それと同時に―――華やかで、明るい彼女たちにちょおっぴりじぇらすー。

 

 噂では未経験だらけの滅茶苦茶な編成と聞いていたのに、誰もが自分が見ても分かるくらいの原石で、同い年やそれ以上の人だって―――地下アイドルの自分なんかはすぐに届かない場所に上っていく事が分かった。

 

 長年、そうやって―――見送ってきた。

 

 そんな感傷に蓋をして、振り切るように目を瞑った。

 

「よっしゃー!無事にココで雇用してもらえるように腕によりをかけてくっからな☆彡!!楽しみにしてろよーー!!」

 

 

 そんな破れかぶれな掛け声に、黄色い歓声が上がる。

 

 

 今は、その声に―――全力で応えることだけを、考えろ。

 

 

 




――本日のチッヒ様――


(∩´∀`)「あらあら、懐かしいメモリアルストーリーですね!ノベルゲーム版だとこの後に【邂逅!メイド@ウサミン!!】と【劇録!地下アイドル会場!!】の二つをクリアして【佐藤 心√】が開設されたのですよね!!

 この高難易度フラグを乗り越えた先にあるENDは多くのファンが泣いたとか(笑)」



(‘ω’)「……続き? あ、ああ!そうですね。サービス終了後ここに行きついた皆さんはご存じないかもしれませんけど、このルートは【有償アイテム:地下アイドルの案内状】という物をご購入いただいて解放されていたんですよ―――――――」







( ∀)「後は―――――分かりますよね?」


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【邂逅!メイド@ウサミン!!】

いつも皆様に支えられている作者です。ありがとう!!

ガチャの女神チッヒ様のご慈悲によりまさかの続編。

でも、心√の続きがまた出るかはチッヒ様次第なので期待しないでください(笑)




 春爛漫に咲き誇った桜が散ってしばらく。暖かくなり始めた季節がちょっとだけ熱さを宿し始めた梅雨入り前の独特の日差しの中で私の鼻歌が室内に響く。

 最近の物とは言えない自分が学生時代だった頃に最も流行ったアイドルソング。それでも、本当にご機嫌な時に自分から零れるのはいつだってその頃のものでいまだに心を掴んで止まない。

 

 そのリズムに乗って仕上げのワンポイントを繋ぎとめる糸を通して、チョッキン。

 

 何度も遠目で確認し、見栄えを想定。

 

 細かく裾や、あしらったフリルに不手際や縫い残しがないかを確認。

 

 それらを入念にチェックして問題がない事を確信して全身の息を抜いてソファーへと倒れ込み、もう一度そっちを見やれば昼下がりの日差しに煌びやかな舞台衣装が風に舞ってその出来栄えを誇ってくれている。その様子にニンマリと笑って―――携帯へと手を伸ばした。

 

 もはや繋ぎなれた番号に、出たくなさそうなオーラを感じさせる長めのコール音。そして、観念したように聞こえてくる陰気な声。

 

 その平常運転な電話先の男に苦笑を噛み殺して、弾む気分そのままに声を張り上げた。

 

 

「おう、ハチ公!! 来月の衣裳仕上がったから引き取りに車まわして来いよ☆」

 

 

 346の“シンデレラプロジェクト” お針子さん 兼 雑務アルバイト。

 

 それが今の私“佐藤 心”の仕事だ。

 

 

――――――――――――――― 

 

 

 あの崖っぷちから早2か月。

 

 あれよあれよとデザインから作成まで乗り付けて無事にこのプロジェクトに拾われた私は何とか浮浪者の憂き目を逃れて職にありつくことが出来た。まあ、服飾に関しても元々大量に仕事があった訳でもないフリーランスの頃に比べれば安定しているし、それ以外の時は雑務系のアルバイト扱いで結構に稼がせて貰っている。

 

 何より、二回目の衣裳作成となるデザインを任された時に事務員の“ちひろ”さんに素直にデザインとの兼ね合いを含めた最安値での原価を提示したら相場より多めのデザイン料を貰えたりしたので―――もしかしたら社会人になってから一番に安定しているかもしれない。

 

 忙しいには忙しいが、結構に順調な生活を送っている事に小さく頷いて――大き目に切ったパンケーキを口に放りこむ。

 

「ん~~、やっぱここのパンケーキは絶品だな☆」

 

「……知らんがな」

 

「なんだよ、辛気臭い顔して~。ほれ、一口やるから」

 

 一仕事終わった後の格別に染み入ってくる糖分に体を震わせていると、ただでさえ澱んだ目玉をさらに曇らせたバイト仲間の“ハチ公”が投げやりな悪態とため息をこれ見よがしに吐いてくるのにフォークに刺した一欠けを口元に差し出すが、それも払われる。

 

 ノリの悪い男だ。

 

「大体―――こんな針の筵でそんなん食っても味なんて分からん」

 

 そんなソイツが目線で促すのに合わせて周りを見れば、珍獣を見る目が半分。あからさまな悪意を向けてくるのが半分。まあ、ぶっちゃけ動物園の方がもう少し居心地はいいような環境なのは確かな気がする。

 

 

 というか、

 

 

「そもそも、所属会社に併設されてるカフェでこんな目を向けられる方が問題っしょ。―――そういった意味でもはぁとには関係ないし~」

 

「なに、お前の心って強化ガラスかなんかで出来てんの? ……そんな服で歩き回ってる人間に聞く方が間違いかぁ」

 

「よっしゃ、ゲームしようぜ。テーブルに広げたお前の指の間を私のフォークが通ってくスリリングなやつ」

 

「ちょ、おまっ!!」

 

 投げやりに返答してから再び至福の甘味に舌鼓を打っていると流れるように喧嘩を売られた―――宜しい戦争だぞ☆彡。

 

 失礼な奴にコブラツイストで制裁を加えつつもまあ、言わんとしている事は遺憾ながら分からんでもない。アラサーを目前に控えた自分が着ているいつもの私服はざっくり言えば結構にフリフリできゃぴきゃぴ系なのである。だが、これは戦闘服だ。

 

 年相応に落ち着いた服なぞ着たらすぐに感性がババ臭くなるし、何よりこういうの好きだし、色彩バランスと体型は維持してるし―――地下ライブ用みたくお腹だしてねぇし。

 

 いいだろ、好きなんだからほっとけ☆彡

 

 色々な苛立ちも含めて小生意気な同僚を締め上げていると、控えめで――戸惑ったような声が掛けられた。

 

「あ、あのー、店内でのコブラツイストや矢郷さんごっこはご遠慮してもらえると~」

 

「あ、すんません。すぐ締め堕とすんで―――って、パイセン?」

 

「―――――あれ、はぁとちゃん?」

 

 

 振り向いた先には可愛らしいメイド服に身を包んだ地下アイドルとしての苦楽を共にした“安部 菜々”パイセンが、目玉を真ん丸にして私を見ていたのだった。

 

 

-------------------------------------

 

 

 今日も今日とて出勤簿に強制的に〇をつけられ出勤した昼下がり。日に日に増えていく書類やメールは着実に知名度が上がって仕事が増えてきているありがたい話ではあるのだろうけれども、バイトの俺からすれば勤務時間が伸びてゆく嬉しくない比例式。

 

 さらに言えば、今やってる書類だって“出演スケジュール”や“出演報酬”なんていうアルバイトに任せちゃ駄目そうな題目が躍っている。“今のうちに慣れとかないと”とか言って押し付けられてからしれっと普通にその手の書類を回してくるようになった緑の悪魔はホントに頭がどうかしている。

 

 だがしかし、反抗すれば更に仕事が増えることも学習済みなので黙ってポチポチ―――飼いならされ過ぎじゃない? 俺?

 

 ノーギャラステージでも利益のありそうな所や付加価値として近隣でスポンサーになってくれそうな所を精査に連絡・確認。金は貰えるけど、変な要求を絡めてくるところにお断り。“別日、アイドルのみ絶対に懇親会参加”とか書いてるけどもう少し隠せよ。キャバレー呼ぶ時だってもう少し文章考えて送るわ。

 

 そんなウンザリする作業を繰り返していると支給された携帯が無機質な着信を告げ、画面に浮かぶ【♡しゅがーはあと♡】と無理くり登録されたその頭の悪そうな表示に思わず眉をしかめて見なかった事にする。

 

 数か月前に拾ってきてそのまま服飾担当として居座ったこの女。仕事に関しては熱意も腕も確かなのだが、年甲斐もないぶりっ子キャラに目のチカチカする原色過多の私服は色んな意味で頭が痛くなるのだ。

 

 その上、仕事の真面目な連絡に織り交ぜてただの呑みの誘いだったりするのも面倒に思う理由としては大きい。なので―――無視する事2分。いまだ鳴りやまないその着信に諦めのため息をついて携帯を手に取る。経験上、呑みやどうでもいい事に関しては1分弱で切れるが、仕事関係はこちらが切るまで鳴らす迷惑な習性があるっぽい。

 

 それもソレで、無視するわけにはいかない仕事増加のお知らせなので嫌気がさすのはもはやご愛嬌だろう。

 

 

 気だるげに出た電話口から告げられる無駄にハイテンションで予想通りのお仕事の話題は用件だけを告げてぶっつりと切られる。そんな傍若無人ぷりに溜息一つ漏らして席を立つ。―――こんなにため息ついて俺の幸せもはやカウントゼロ間近なのではないかと余計な心配をして社畜アルバイトは今日も席をたったのだ。

 

 

―――――――――――― 

 

 

 ということで、呼び出されたアイツの事務所兼自宅に車を回して衣裳を取りに行き、無事にチッヒの無駄に厳しい納品チェックが終わった帰り道。シュガハ(笑)が甘いもんが食いたいと駄々をこね喫茶店に連行された先の事である。

 

 いつも通りの悪態の応酬にアイツの武力行使がなされた時にこの社内では誰もが避けて通る俺たちに珍しく声を掛けられる。

 

 いや、喫茶店の店内でコブラツイストかけてる男女に声をかけれる人類の総数については置いておくとしても――――それが小柄で大層に可愛らしいメイドさんで、そんな彼女とウチの佐藤が顔見知りだなんてお天道様だって予想がつくまい。

 

「「うわーーーー!!久しぶり!!会いたかった(ですよ)―――!!!」」

 

「え、ええ!? どうしてこんな所にはぁとちゃんいるんです!? ていうか、最近はライブにも来てなかったからみんな心配してたんですよう!!」

 

「いや、ちょーっち仕事でトラブってた時にココに拾われて!!」

 

「えぇ! それこそ相談してくださいよぅ!! 控室の同年代が少なくてもう毎回心が締め付けられるようでぇ……」

 

「パイセン!!」

 

「はぁとちゃん!!」

 

 会って早々にぶつかり稽古並みに体をぶつけ合って揉みくちゃになる二人に唖然とする事しばし。お互いの近況の会話を聞くにどうにもアイドルかなんかのライブ仲間なのだろう。近況の些細なこと一つに姦しく騒ぐ様子に気おされているとメイドさんの方がこちらの視線に気が付いたのか、少しだけ恥ずかしそうに佐藤から一歩離れて自己紹介をしてくれる。

 

「あ、ごめんなさい! 私ははぁとちゃんのアイド――「ルのライブ仲間の!! “安部 菜々”さんだぞ☆彡!!………菜々パイセン、ちょっち集合」―――ほへ? はぁとちゃん?」

 

 可愛らしく彼女が名乗るのを何故か佐藤が急に遮って、少し離れた所に連行していく。………いや、わりかし普段からだが情緒不安定過ぎん?

 

「いやその辺……で、てか……なんで」「えっ! てことは…じゃないですか!?」「いや、そういうあれでも……な訳なんで……」「わ、分かりましたぁ…というか、人に構ってる場合じゃないです!」「…たのんます」

 

 肩を寄せ合ってぼそぼそと何かを打ち合わせてる二人を眺めつつ、仕事はいいのだろうかと周りを見渡せば自分たち以外の客はとっくにいなくなっており非常に申し訳ない気分になってきた―――ほら、オーナーぽい人も切れ気味にこっちに微笑んでるし。

 

 居心地の悪さからそろそろ二人に見切りをつけて席を立とうとした頃合いで戻ってくるので、嫌だなぁと思いつつもう一度だけそちらに顔を向けようとして―――くっつくかと思う程に安部さんの爛々と輝く瞳が目の前にあって心臓が飛び出そうになった…無論、悪い意味でだ。

 

「な、なんすか…」

 

「私、はぁとちゃんのライブ友達の“安部 菜々”です! それと! 実はアイドル目指してライブとかやってるんですけど、ぜひ見に来てください!! あ、これブログとかから今までの―――ああもう、まどろっこしいのでぶっちゃけます! 菜々を雇ってください~!! 他の部署の人にはもう総スカン喰らって相手にもされないんです―――!!」

 

 矢継ぎ早に語られる彼女の溢れるパッションと、怒涛の涙声での泣きつきにドン引きしつつも言いたいことが山とある。

 

 まず、俺はプロデューサーじゃない。あと、この調子で泣きついたのならそりゃ逃げられもするだろう―――何より、ちかいちかいちかい。鼻水と涙もそうだけど見ず知らずの人間の腰に思い切り抱き着くんじゃありません。

 

 いや、マジで絵面がやべー事になってんだわ。ベーんだわ。ほら、こんな時に限ってエントランスから揃ってメンバーが入ってきてこっちガン見してるし。何人かゴミを見る様な目だし…。

 

 

 おいおいと泣き続ける少女に、頭を押さえ苦虫を噛んだような佐藤。肩を怒らせてこっちに進んでくる十時や面白がっているその他。

 

 

 そんなカオスな空間の中心で俺は力なく天井を仰ぎ、どうでもよくなってメイド少女の差し出すチケットをとりあえず受け取ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

ピロン♪ “地下アイドルのチケット” を手に入れました。

 

 

 

 

 

-------------------

 

 

 

 胸の奥が、焼けるように熱かった。

 

 かつて、抱いた焦がれる様な熱ではなく―――へばり付くような不快な感情が体中を巡って最後に心臓にどろりと溜まってゆく。

 

 身勝手な考えだ。

 

 何より、醜い思想だ。

 

 泣いて縋りつく友人は傍から見て誰よりもみっともない。だけれど、彼女は迷いなくソレをできるという事実が―――どうしようもなく私を攻め立てた。

 

 

 夢のために、恥も外聞も捨ててチャンスを取りに行こうとするその姿は―――――――誰よりも、強く見えた。

 

 

 その光が

 

 

 

 今は ただ  憎たらしい。

 

 

 




_(:3」∠)_へへ、旦那。

この哀れな評価乞食に何卒ぽちっとボタンをくれやしませんかね…。

ぽちっとコメントと評価をくれるだけであっし等は明日も分をかけるんでさぁ……。


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トレンド

「('ω')むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。」などと供述しており――――


マジでいつもより酷いけど、いつも通りなんでも”ばっちーこーい”で心の広い人だけがお進みくだしゃぁ_(:3」∠)_


CV:島村 卯月 

 

 ここは都内某所に立つ大規模芸能プロダクションの一室。多くの才能が輝き、若者が集う場所では当然のように流行り廃りというモノがあります。流行に敏感な若者たちは常に新しい刺激を求めており、新しい発見に身を焦がすそんな微笑ましくも熱い日常をちょっとだけ覗いてみましょう!!

 

―――――――――――――――

 

 

【アイドルトレンド:漫画】

 

 

美嘉「みんなおはy――――「雷の呼吸 霹靂一閃!!」スパーン――――― 痛ったーー!!!」

 

奏「また新たな犠牲者が出たようね」

 

志希「あはは、綺麗にはいったねー」

 

フレ「流石カリスマ~。ドッキリのリアクションもばっちり!!」

 

周子「まあ、おしりを押さえて涙ぐむシーンが必要なアイドルも大概だけどね」

 

 爽やかな笑顔で事務所の扉を開けたカリスマJK。しかし、その朝の挨拶は綺麗に響いた音と衝撃によって絶叫へと書き換えられてしまいました。あまりの痛みにおしりを押さえて蹲る彼女を嘲笑うかのようにノー天気な声が事務所に響く。

 

美嘉「~~~っ、うっさい誰がお笑い予備軍よ!!というか、朝から何してくれてんのよ!!」

 

周子「自分で言っちゃうのかーい。…というか、下手人はうちらやのうて後ろの人達でっせ」

 

美嘉「はぁ?」

 

 痛みから立ち直った彼女は真っ先にソファーから笑いを浴びせてくる同僚に噛みつくが狐目の少女に示された方向に首を向ける。

 

 

 そこに立つ黒い影が高らかに名乗りを上げる。

 

莉嘉「“鳴柱”」

 

千枝「“蟲柱”」

 

みりあ「“炎柱”」

 

「「「この世に鬼がいる限り、私たちの戦いは終わらない!!」」」

 

 三人が丸めた新聞紙を片手に力強く決めポーズで立ち塞がりますが、それだけでカリスマはなんとなく事の経緯を察したようで深くため息を吐きます。

 

美嘉「このおバカ、また変な漫画の影響受けて……こら!人のおしりを新聞紙で叩くんじゃありません!!」

 

フレ「お~、熟練のママみたいな立ち直りの速さ」

 

志希「まんまみーあ」

 

 後ろで茶化してくる同僚を後で〆る事を心に刻みつつ、目線を合わせていたずらっ子たちを叱りつける。悪気があるにしろないにしろ怒るべきことはしっかりしなければならない。―――ほら、悪い子達ではないのだ。ちょっと厳しめに睨めばしょんぼりとしつつも反省してくれる。

 

千枝「美嘉さん」

 

美嘉「ん、言い訳も聞くだけは聞いてあげる」

 

 俯きながらも千枝ちゃんが一歩を踏み出し私の前に立つ。叱るのも大切だが、言い分を聞くのも大切だ。出来るだけ優しく彼女の言葉に耳を傾ける。

 

千枝「千枝は鬼殺隊で唯一新聞紙を振り切れない落ちこぼれですけど―――乳首だけは的確に貫けるちょっと凄い人なんですよ?」

 

美嘉「は?――――「蟲の呼吸“蜂牙の舞い 真靡き”」―――――あんぎゃーー!!」

 

 彼女の言ってる事の意味が分からず思わず気を抜いた瞬間、彼女の持つレイピアのように尖った新聞紙がカリスマのB地区を的確にブラジャー越しに貫く。

 

 唐突、そして、油断。その二つに加えてあまりに的確なその刺突はカリスマを悶えさせるには十分な威力を持っていて彼女は漫画みたいな声をあげ転げまわる。

 

奏「完璧な奇襲ね」

 

志希「うわ、痛そ~う」

 

フレ「乳首片方だけ色変わっちゃったかも。わお、リバーシブル!!」

 

周子「ひっくり返しては使えないんじゃないかなぁ?」

 

 完全に高みの見物を決め込む同僚とのチーム解散を心に誓いつつ念のため確認するが紅くはなってるが色は変わっていない。…ほんとにそうなっていたら死を選んだかもしれない。良かった。

 

「アンタら!もう完全に怒ったからね!!」

 

 痛みを堪えてきゃっきゃっと悪戯の成功を喜ぶクソガキどもを怒鳴りつけると彼女たちはピタリと動きを止めた。あまりの剣幕にようやく現状を認識したのだろうと思い少しだけ留飲を下げる。さて、今日という今日は――――こいつらがそんな殊勝な心掛けを持っているだろうか?

 

 少しだけ冷静になった頭の中に疑念が、背中に悪寒が走り改めて彼女たちを見れば誰もこちらを見ずに入り口に目を向けている。

 

 まるで、新たな獲物を見つけた猛獣のような笑顔は惨劇を予感させ――扉が開いた。

 

莉嘉「雷の呼吸“霹靂一閃”―――」

 

 それに合わせ、蹲るかのように低く構えた莉嘉。

 

 その猛獣のような笑みと凄みからソレが自分の臀部を襲った正体だと確信した。

 

 止めようと伸ばしてもきっと届かない。そして、今度は背面からの襲撃でなく正面からだ。軌道から考えれば今度刈り取られるのはおしりでなく―――股間。

 

 そして―――図ったようにその扉の奥から現れたのはこの部署の責任者である偉丈夫。

 

 業界から魔法使いなどと呼ばれ畏敬される――――自分の好いた男。

 

 その男がこれから受ける絶望と、きっとそれすら飲み込んで許す残酷な優しさを想像し―――私の覚悟は一瞬で決まった。

 

 莉嘉より低い体勢で、なお早く―――その軌道に割り込む。

 

 それを見た莉嘉はより深く嗤って襲い掛かる。

 

 きっとこの一撃で自分のお尻は四つに割れるだろう。

 

 それでも、この目の前で状況も分からず目を見開く彼が無事ならば――それでいいと思いせめて私は微笑んだ。

 

 

 

奏「さっきから聞いていれば――――その程度で柱を名乗るなんて、笑わせるわ」

 

 

 

 覚悟した痛みはやってこず、代わりに耳を叩いたのは事態を傍観していたはずの―――我らがリーダー“速水 奏”その人が悠然と濡れタオルを片手に佇んでいる。

 

 悠然と立つ彼女の足元にはへし折れた新聞紙。

 

 それを信じられないとでもいう様に振りぬいた姿のまま呆然とする莉嘉。

 

みりあ「炎の呼吸 玖ノ型 “煉獄”」

 

千枝「蟲の呼吸“蜂牙の舞い 真靡き”」

 

 その背を陰に死角から襲い掛かる二つの影。ソレは、絶対に避けきれないそう思わせる程に完璧な一撃であったと思う。だが、それでも彼女は泰然と佇むだけであった。

 

「かなで!!」

 

 叫ぶことに意味があったかは分からない。それでも呼ばずにはいられなかった。そんな私に一瞬だけ彼女は優しく微笑み、言葉を紡ぐ。

 

 

「せめて柱を名乗るなら全集中くらい覚えてきなさい。 水の呼吸 拾壱の型 “凪”」

 

 

 嫣然と微笑んだ彼女は魔法のようにタオルを繰り、全ての攻撃を受け流していく。激しさを増す中で、新たに新聞紙をまとめた莉嘉も加わるが彼女はその全てを“凪ぐ”かのように無効化していく。

 

 その背は――――確かに私たちリップスを支えるに値するリーダーの背中だった。

 

 

――――――― 

 

 

武内P「あの、これは何でしょうか?」

 

志希「んー、漫画のなりきりごっこだって~。ジャパニーズのコミックへの情熱って桁外れだよねー」

 

フレ「さっきから混ざりたそうにずっとうずうずしてたもんねー」

 

周子「ジャンプ愛読者やもんな、奏ちゃん。……あれ、家で練習してきたんかな?」

 

武内P「はぁ…今度はそういう関係の仕事も方針に加えさせて頂きます」

 

周子「真面目かーい。まぁ、とりあえずお茶でも飲みなよ」

 

 

 激戦をよそに裏腹にのんびりとした会話が流れるこの事務所は今日も平和です。

 

ちなみにこの後、美嘉ちゃんもガッツリはまって何柱になるかでしばらく悩むのですが…ソレはまた別の話ですね。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

【アイドルトレンド:ビーダマン】

 

 

薫「うわー!また負けた―――!!」

 

雪美「……うぐぅ」

 

桃華「ふふん、これで十連勝ですわね?」

 

早苗「あら、何してるの?」

 

 

 穏やかな午後の昼下がり。事務所の中から賑やかな声が聞こえ、顔を覗かせれば年少組が何かで勝負をしているだろう悔し気な声と、余裕の声をあげている。ソレを微笑ましく思って彼女たちのいるテーブルを覗き込めば随分と懐かしいものが設置されていた。

 

 平面なフィールドを囲い、その中でいくつもビー玉が転がっている。見慣れないギミックがいくつもあるが、それは間違いなく大昔に白熱した思い出深い品。

 

早苗「“ビーダマン”じゃない」

 

雪美「早苗さん…知って……るの?」

 

早苗「知ってるも何も、直撃世代よ。コレとポケモンの強さがクラスのカーストだったくらい」

 

薫「へー、これって最近出たおもちゃだと思ってたー。そんな昔からあるんだー」

 

 “昔”というフレーズにちょっとだけ頬が引きつるが、意外なのはこちらの方である。昔は熱烈に愛したこの玩具もいまは昔で見るまで忘れてたくらい。ソレが時代を超えてこうして再び注目されているのは素直に嬉しいものだ。

 

 それによく見ればあの頃と随分と形状が変わっている。最初期のボンバーマンでないのは分かるが、よりオシャレで今どきのフォルムである。ただ、机の上のソレを見比べているとある違いに気が付く。

 

早苗「桃華ちゃんのと二人のはなんだか随分と形がちがうのね?」

 

桃華「わたくしのは櫻井家に相応しいフル装備ですから。お二人のはほぼ素体の状態だと思って頂ければ」

 

薫「うぅ、お小遣いじゃそこまで揃わないよぅ」

 

雪美「誕生日を……前借しても…厳しい」

 

 誇らしげに胸を張る桃華ちゃんと落ち込む二人。世の中、よくある光景といえばそうであるが―――随分と気に食わない。

 

早苗「桃華ちゃん。懐かしくなって来ちゃったから私とも明日ココで対戦しない?」

 

桃華「ええ、それはもちろん宜しいですが…旧式では、その……」

 

早苗「あはは、いいのよ~。懐かしくなって触りたくなっただけなんだから勝ち負けなんて。胸を借りることにするわ」

 

 言いずらそうに言う彼女を遮り、あっけらかんと笑って部屋を後にする。

 

 もちろん、嘘ではない。

 

 嘘ではないが――――おかしな勘違いをする前に正してあげるのも大人の役目だよね?なんて舌なめずりをして実家に連絡する。そうと決まればそうそうに相棒を整備してやらねば。

 

 久々の勝負への興奮に高鳴る胸に年甲斐もなくスキップしてしまった。

 

―――― 

 

 

早苗「さて、さっそく始めましょうか?」

 

 約束通りのフィールドに立った私は状況を確認し、小さく呟く。三つのタワーを倒してその上のビー玉を先に落としたほうが勝ち。分かりやすく、実に自分好みのルールである。

 

桃華「…せめて、ペットボトルマガジンだけでもつけませんか?」

 

早苗「ふふ、まあ―――最初は、ね」

 

桃華「……分かりました。では、ゴングを」

 

 その向いの陣地に立つ彼女が気づかわし気に声をかけてくるがやんわりと断るとちょっとだけ眉をしかめる。

 

 もしかして侮られたと感じただろうか?

 

 まあ、それも仕方ない。ピカピカでたくさんのブースターでかさましされた彼女の機体はまさに要塞のごとく。それに対して私が持つ機体は細かい傷と汚れだらけで彼女に比べればほぼ素体。その上にマガジンすらつけていないのだから舐めてるとしか思えないだろう。

 

 

 そう静かに笑いを噛み殺しているウチに――――ゴングが鳴った。

 

 

 まさにマシンガンというしかないビー玉の雨が降り注ぐ。

 

 あっという間に削られるタワーの足元。

 

 これは、確かに圧倒的である。

 

桃華「子供の遊びと思って甘く見過ぎですわっ!!!」

 

 そんな彼女の雄たけびに微笑んで―――私はレバーを押し込んだ。

 

 

“がしゃり” と  あっけない音が  フィールドに響いた。

 

 

早苗「甘えというのならば―――機体の性能に頼り切ったその姿勢の事を言うのよ?」

 

桃華「は―――えっ、な、何が―――」

 

早苗「ほら、もう一つ行くわよ?」

 

 狼狽して手が止まった彼女に、もう一度分かりやすく声をかけてあげる。

 

 その次の瞬間に、フィールドを切り裂く光が駆け抜け―――もう一つの塔が壁を乗り越えて外へと飛んで行く。その現実離れした光景に誰もが息を呑んだ。

 

早苗「かつて、ビーダマンにおいて制作会社とユーザーが最も過激だった時代があったわ。“もっと強く、より早く、最強であれ”という時代が。今のようにカスタマイズ前提ではなく、一つ素体だけに全ての技術を詰め込み、使い手にすら負担をかけることが前提の狂気の時代。

 

 今では使用すら禁じられるであろう機体を使いこなし、勝ち残るには“ユーザー”の腕こそが問われ、あらゆる技術が生み出されたわ。

 

強靭すぎるスプリングとロックを片手で極限まで締め、連射性を捨てて投入口から掌に握り込んだビー玉でさらに押し込む事によって圧力をかけ加速させる。その代償に腱が痛み、皮がむけることなど日常茶飯事。

 

 その他にも多くの技術が発展し“競技”が“死合い”へと進化していった」

 

 その言葉に引き込まれた全員が私の手元に視線を送り、息を呑む。細かい傷、その中にしみ込んだ汚れが――――滲んだ血であることに気が付いたのだろう。

 

 最終的に人に的をつけて山や谷で命懸けの裏試合をしていた悪童時代。その行き過ぎた熱故に威力が制限されてしまったのかもしれないが…彼女たちがもう一度この玩具に、新たな光を刺してくれる事を祈って――――私はスプリングを引き絞る。

 

 

「今度―――色々と小技を教えてあげるわ」

 

 

「―――はい、楽しみにしてますわ」

 

 

 最後に輝いた光は清々しい彼女の笑顔ともに

 

 要塞のような機体と塔を粉々に 吹き飛ばしたのだった。

 

 

―――――― 

 

 

早苗「あででで、やっぱあの機体ヤバいわー。大人の全力でもこんな指が軋むとかマジでいかれてる」

 

 後輩たちを指導し終わった私は真っ赤になった指をさすりながら廊下を歩く。

 

 なんとなく熱くなって彼女の機体を粉々にしてしまったが流石はブルジョワ。気にした様子もなく許してくれた。あの後、残りの二人とも禍根なく共にビーダマン道を進む誓いをしていたし、いいことをすると気分が良い。

 

「随分と、無茶をするのね?」

 

 上機嫌に鼻歌を歌っていると聞き覚えのある声に呼び止められた。

 

 振り向いたその先にあるのは同年代の同僚で―――その手に持つ機体に微かに微笑んでしまう。

 

「昔は帽子とサングラス。その上にコテコテの関西弁だったから気がつかなかったわ――― “浪速のスピードスター”  いや、今は “瑞樹ちゃん” と呼ぶべきかしらね?」

 

「ふふ、昔の話よ。ところで―――あの時の決着、ついでに着けちゃわない?」

 

 闇試合の決勝戦。お互いの残弾が一つとなって額についた的を撃ちぬいた方が勝者という状況で警察の介入によってうやむやになった何十年ぶりの決着をつけようと彼女はいうのだ。――――思わず獰猛に笑ってしまう。

 

 

 何も言わずにお互い腕を下ろし、見つめ合う。

 

 おあつらえ向きに時計は後数秒で鐘を打ち鳴らす。

 

 それが―――合図となる。

 

 

 極限までひりついた空気が、昔日の想いが――――鐘と共に一気に弾けお互いの額を喰らわんと弾けて奔った。

 

 

 

 あの日の決着の行方は――――――――

 

      丁度、真ん中の通路から出てきた常務の両方のこめかみに

 

                          めり込んで消えていった。

 

 

「「あっ」」

 

 

 

「じょ、じょうむーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 

 

 その日は“ビーダマン常務誤射事件”として語り継がれ、社内でのビーダマンの使用を固く禁じる原因となったそうです。

 

 

-----------------------

 

 

CV:島村 卯月

 

 えへへ、皆さん如何でしたでしょうか?こうして私たちデレプロはお互いを日々高め合っているという日常を感じて貰えたなら幸いです!!

 

なんだこれと思った方は正常です!私はもう慣れてしまって何も感じなくなりました!!エヘヘッ

 

それでは、また皆さんとお会いできる日を楽しみに島村卯月、頑張ります!!

 



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【清冽に 星よ瞬け chapter①】

('ω')いつもコメント・評価・誤字報告ありがとうございます。

今回は”やめるってよシリーズ”のヒロイン確定分岐イベントです。

基本的にココのヒロインが正ヒロインになりますね(笑)

今回は渋の投票で決まった”文香”がヒロインとなりました。

どうかお楽しみください(笑)


「……文香。お前、スーツって詳しいか?」

 

「―――はい?」

 

 現場からの帰り道。夕暮れが群青を溶かしこむように世界を包み、星の砂金をまき散らす光景にひっそりと目を奪われていると隣からの予想外な言葉に意識を現実に引き戻された。

 

 釣られるようにそちらに目を向けると気まずそうに頭を掻く彼“比企谷”さんがやっぱりいいだなんて話題を打ち切るように一歩前に出たのを咄嗟に手を取って引き留めます。そのまま驚きに見開く彼のくすんだ瞳をまっすぐと見つめて問うこと少々。

 

 小さく息を吐いた彼が、やっぱり嫌々の様子で言葉を紡ぎます。

 

「……今度の事務所の創立記念式典に参加させられる事になったんだが―――リクルートスーツしか持ってねぇんだわ」

 

 彼が言う“創立記念”とは私たちが所属する346事務所が主催する大々的な50周年記念パーティーの事でしょう。もちろん、私たち“デレプロ”のメンバーも常務によって強制的な参加となっていたのですが彼だけは頑なに『社員ではないから』と参加を拒否していました。ですが、この様子を見るに――――どうやら無駄な抵抗だったようです。

 

 そこまで聞けば察しの悪い私でもなんとなく彼の言葉の意味が分かってきました。

 

 そのあまりに歪曲な言い回しに彼らしさを感じて思わず笑ってしまったのですが、どうにもソレが彼の斜めな機嫌を更に損ねたようで捕まえていた手を払って更に先に行こうとします。

 

「いや、やっぱいい。適当に店の人に見繕って貰う」

 

「くくっ、いえ、すみません。……えぇ、ちょうど私も小物を新調しようと思ってましたので宜しければ――――ご一緒してもよろしいですか?」

 

「………すまん。頼む」

 

 “悪いなぁ”なんて微塵も思ってないまま不機嫌に前を歩く彼の手をもう一度取って引き留めた。それでもコロコロと零れた笑いに彼が更に眉を顰めるのを抑え込むように彼の伝えたいと思われるであろう言葉をこっちが譲った様に言えば彼は拗ねたように、それでも、小さく感謝を呟くので心の隅っこを擽られ嬉しくて、可愛らしくて――そのまま腕を絡めてゆったりと夕焼けを歩く。

 

 何かを訴えるように腕を引っ込めようとする彼に抵抗して更に強く引き寄せる。

 

「近い。歩きづらい」

 

「変装はしてますから大丈夫ですよ。歩幅を合わせると歩きやすいと本で読んだことがあります」

 

 端的な言葉にワザと論点をずらして返せば呆れたように彼はため息をついて――ちょっとだけ歩調を緩めてくれた。

 

 暖かな春風が宵闇に従って冷えをもたらす。ただ、それは――今は隣の不器用な彼の熱を強調するだけだ。

 

 

 本当なら、きっと―――自分ではなくても良かったはずだ。

 

 詳しい人も、センスが良い人も、手慣れた人だって彼の周りにはたくさんいる。

 

 知識や、スキルだけならば誰だって良かった。

 

 それでも―――こうして自分にだけは不器用でも“頼って”くれる事が嬉しかった。

 

 誰よりも、人への距離感に敏感な彼の隣に寄り添えた事を伝えるこの熱が何よりも誇らしくて―――――“鷺沢 文香”は小さく微笑んだ。

 

 

------------------

 

 

 週末。普段ならば絶対に入ることなどない百貨店の高級な雰囲気を醸しだすフロアにて、俺は眩暈がするような気分に追い込まれていた。

 

最初からして雰囲気に押されていたのだが、数少ない休日に無理を言って引っ張り出した人気アイドルを脇に置いて地蔵を決め込むわけにもいかず意を決して入り口でうずうずとしていた店員を呼んで『式典用で…あんまり派手で無い物を、一式』なんて言ったが最後である。

 

 てっきり出来合いの物が並んでいる棚に案内されるかと思いきや、少し広めのスペースに連れられて引き出してきた棚と鏡が設置されたのだ。ソレに唖然としているウチに店員がお勧めとかいうセットを持ってきてシングルだの、ブレストだの良く分からない単語やこだわりを伝えてきて次々と体に当てていく。

 

 正直、大学の入学式用に選んだものと高級店のココで勧められている物の違いすらよく分からない人間には何をこの店員を求めてるのかも分からず“あ、あぁ”とか“う、うぅ”だの“へぇ”としか返せないのである。―――ゾンビの方がもうちょっとマトモな返答するまである。

 

 そんな俺にいよいよセールストークも品切れとなったのか店員さんもこれには思わず苦笑い。――――いや、マジですんません。

 

 そんな困り果てた俺と店員に“クスリ”、と小さな鈴のなるような笑い声が聞こえた。

 

「あ―――彼女さんの方は今まで見た中ではどれが良かったでしょうか?」

 

 その声に連れ合いがいた事を二人して気づき、店員はソレが蜘蛛の糸と言わんばかりに飛びついた。それには全くの同意見なのだが、呼び方にだけは承服しかねて訂正を挟もうとし――――。

 

「そうですね…色はあまり目立ちたくないそうなので無地のチャコールグレー系統でいいかと。あとは、それだけだと少し寂しい気もするのでスリーピースの物はありますか?―――あぁ、いいと思います。それと、シャツとネクタイは―――」

 

 一拍挟んだ文香が目を向くほどに紡いだ言葉に一気に押し流された。

 

 店員は我が意を得たりといわんばかりに店中から彼女の要望に沿いそうなものを引っ張り出してきて次々と俺に当てて組み替えてゆく。そんな中で彼女が呟くように聞いてくる好みや選択肢に何とか答えることしかできない俺は最終的に見事にマネキンへと化したのであった。

 

 そんな役立たずのマネキンである俺は勧められるがままに頷き―――ちらりと覗いた値札に小さく息を呑んだのだった。

 

 まぁ、トップアイドルに選んでもらったというプレミア感を考えればこれでも安いのであろう。こちとらバイト漬けの社畜生活。貯金なら唸るほどあるんじゃい。がはは、かったな――――――――はぁ。

 

 

―――― 

 

 

 着せ替え人形“ハーチー”(定価:プライスレス)の試着タイムが終わったのは、俺の精も根も尽き果てた頃である。額に汗を滴らせた二人が満足げに頷いた時に着ていた格好はそれなりで、冴えない容貌のゾンビがグールくらいには見えた。

 

 もう途中から他の店を回って値段を引き下げる元気も無くなっていたので靴からカフスまで一式揃えて貰った。当初の最低限でいいと思った予算は軽くぶっ飛んでいたが別に払えない金額でもないので一括カードで払った。

 

 まあ、そもそも一生物というのがココの店の売りらしいので。そう思えば高くはないのだろう―――と思うことにした。

 

「……なので、そろそろ頭をあげて貰えると助かるんですけど」

 

「い、いえ、しかし―――気分が乗ってしまったとはいえあんな金額になるとは露も思ってなくて……は、半分でも出させてください!!」

 

「いや、付き合って貰ったのはこっちだしな。むしろ、決めて貰えなかったら諦めてたくらいだから助かった」

 

「し、しかし、ですね……」

 

 会計から真っ青に頭を下げ続ける彼女に苦笑を漏らしつつ、コーヒーを口に運んだ。まあ、実際問題として本気で助かったのだ。こういった事で頼りにしていた小町には“みんなに恨まれたくないから…”とか意味の分からない拒否によって途方に暮れていた所で、ああして決めて貰えるというのは値段以上に楽でいい。

 

 それに、仕上がりだって自分の要望を最大限に引き出してくれた。これで文句なんて漏らせば罰が当たる。

 

「ほんとに助かった。これでこの話はおしまいだ。―――ところで、お前らの衣裳ってもうできたの?」

 

「むぅぅ……はい。この間、紗枝さんにそれぞれのドレスを着させて貰いました」

 

「値段で言えばそっちの方が莫大だろ?」

 

「…本当に、あれがタダで配給されていいんでしょうか?」

 

 話題を切り替えるために話題を適当に切り替えてみたが、実際はもっとヤバい例が身近にあって自分の奮発のインパクトなんか簡単に吹き飛んでしまった。

 

 今回の式典は当たり前のごとくメンバー全員も常務に招待されている。当然にそうなるとあの大人数のドレスの手配が問題となった時に我らが“小早川コーポレーション”の代理人が待ったをかけたのだ。

 

 曰く、全てのドレスをオーダーメイドで提供するとの事。

 

 ただでさえ目玉が飛び出る金額の紗枝の会社の服。ソレが無料提供なんて気がくるっている提案に流石に武内さんも苦い顔をしたが、最大手のスポンサーの意向に押し切られてそうなってしまった。

 

「本人曰く“新規事業の広告費としては破格の安さ”だとさ。―――まあ、普段から客寄せに使われてるんだからいいんじゃねぇの?」

 

「事業主には、お互いなれそうもありませんね」

 

 紗枝の悪い顔を思い浮かべながら運ばれてきたチョコレートケーキに口をつけ、適当に答えればようやく彼女も困ったように笑ってチーズケーキに手を付けて肩の力を抜いてくれる。それによってようやく弛緩した空気に乗じて、黙っておこうと思っていた余計な軽口が口から零れ出た。

 

「というか、仮にも“アイドル”が“彼女”って呼ばれて反応すんなよ。思わず笑いそうになったぞ?」

 

「――――――ふふ、ちょっと驚きましたけど無理に否定するのもおかしいじゃないですか」

 

 一瞬だけ、目を丸くした彼女がもっともらしい事を紡いで苦笑を浮かべ、そのまま、前髪で表情を隠すかのようにケーキを口に運ぶ姿はまさに平常運転。

 

 

 

 だから、

 

 

 せっかくならば、

 

 

 そこまで隠し通すならば―――

 

 

 

 その真っ赤に染まる耳と   

 

 

 

“それに―――悪くない気分でしたから”

 

 

 

なんて小さく零した呟きまで完璧に隠して欲しかったと思うのは贅沢な悩みだろうか?

 

 

 

 その甘く、優し気な声を聴かなかった振りをするため、俺は最後に大口でチョコレートケーキを飲み込んだ。

 

 

 



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【清冽に 星よ瞬け chapter②】

( *´艸`)いつも皆様に支えられていますsasakinです。

他のヒロインたちは押しのけ甘々文香√の物語は進みます。


「隣を宜しいでしょうか、比企谷君?」

 

 豪華絢爛な会場の廊下にひっそりと据えられた喫煙場。最近の風潮にひっそりと反するかのように質素ながらも座り心地の良いソファでぼんやりと流れていく紫煙を眺めていると不意に呟くような低い声が投げかけられた。

 

「ようやく落ち着いて座る気になりましたか」

 

「常務に会場から締め出されてしまいましたので…」

 

 ちらりと目線と一緒に嫌味を投げてみれば、気まずげに首元を押さえて苦笑を浮かべる偉丈夫の“武内”さんがそこにいた。そんな所在なさげな彼の席を確保するために少しだけ避けると、彼はゆっくりと疲れたように腰を下ろす。

 

 その様子に思わず笑ってしまった。

 

「普通は仕事をしてる時にそうなるんでしょうけど―――武内さんの場合は働かない方がストレスになるみたいですね」

 

「その、普段から自分で走り回るせいでしょうか…人に段取りをお任せするというのはどうにも体に馴染まないものですね」

 

 俺のからかうような言葉に今度こそ困ったように苦笑を噛み殺す彼に胸元から取り出した細巻きを差し出すと、短い返礼と共に彼はソレを口にくわえる。それに火種を灯して深く吸った息を大きく紫煙と一緒に吐き出した所で最後に張っていた肩ひじも解されたようだ。

 

 そのワーカーホリック加減に今度こそこちらも笑ってしまった。

 

 ただ、まあ気持ちは分からないでもない。こうして会場から少し離れたココですら忙し気に多くのスタッフが行き来しているような環境で自分たちが座っている事なんて本当に経験したことなどないだろうから。

 

 結婚式当日の新郎というのは存外にやることが無くて持て余すというが、こういう事なのだろうか、と馬鹿な事を考えてもう一度意識を会場に引き戻した。

 

 

 この都内でも有数の高級ホテルの会場を貸し切って行われる我が社の“50周年記念式”。芸能界最大手の事務所の名に恥じない豪華絢爛な式であることは会場からお察しだろうが、ここに自分たちのような鼻つまみ者の部署が呼ばれるなどとは誰もが思ってはいなかっただろう。

 

 それも、名だたる各部署の代表クラスの人間と看板タレントだけが呼ばれている中でこちらは全スタッフだというのだから肩身も狭い。

 

 常務曰く“悔しいながらも、業績トップの部署であることは間違いない”との事だが、こういう形以外の福利厚生で報いて欲しいものである。今どきの若者は終業後の飲み会は“残業”という印象を持っているのだ。遠回しに嫌がらせをされているのかと思った程である。

 

「良いスーツですね」

 

「―――どうも」

 

 どうでもいい事に思考を割いていると、唐突に飛んできた言葉に一瞬だけ息を呑んで無難に答える。ただ、その平静を装っている事すら見破られているのか、少しだけ目に生ぬるさが混じるのがどうにも居心地が悪い。

 

 文香にスーツを見立てて貰った事が知られた時の部署の騒動は今でも苦い記憶である。

 

 曰く“機会均等法に反している”との事―――やかましいわ。

 

「言っておきますけど、式が始まったら隅っこに引っ込ませてもらいますよ。そもそもがこんなパーティーなんかに呼ばれる立場でもありませんから」

 

「その交渉は私ではなく皆さんにお願いします」

 

「………」

 

 うんざりとしたように呟く俺に武内さんは我関せずと言わんばかりに他人事のように笑って答える。その様子が憎らしくて、小さく舌を打つがそれすらも楽し気に笑われたところで武内さんの携帯からメールの着信音が鳴り響く。

 

「―――皆さんのドレスアップが済んだようですので、お迎えに来るようにとのお達しです」

 

「お任せいたします」

 

「ご冗談を。―――杖も持たない魔法使いなど塩をかけて追い返されてしまいます」

 

「―――――」

 

 立ち上がった偉丈夫に軽口を叩けば、サラッとぽえみーな口説き文句を返された。

 

 この男は、男女問わずに自然体でこういう事をする。

 

 あれだけの敏腕を振るう癖に、杖が必要だと。お供が不可欠だと。馬車が無くては走り出せないと。恥じらう事もなく―――お前が必要だと真摯にまっすぐ伝えてくる。

 

 だから、トレーナー姉妹もちひろさんも赤羽さんも誰も彼もがこの男に絆される。

 

 そして、木っ端のバイトの俺にまでそんな事を言うのだから――十分にこの人も悪党である。

 

 

 そんな彼にこれ見よがしにため息を紫煙と共に吐き出して――俺は席を立った。

 

 

---------------------

 

 

 廊下をしばらく歩いた正面に見えてきた大部屋の扉。本来は、ホテルでイベントを開くときのステージ参加者用の控室なのだろうが、今回は我らがシンデレラたちのドレスアップ会場として使わせて頂いているその場所で一人の女性が佇んでいた。

 

 柔らかい栗毛を清潔に纏めて、ホテルの制服に身を包んだ彼女はこちらの足音に気が付いたのか柔らかい笑みを浮かべてこちらを振り向く。

 

「お客様、申し訳ありません。こちらは関係者のみの立ち入りとなっておりますのでどうかご遠慮願います」

 

「業務ご苦労様です。我々はこのプロジェクトチームの担当をさせて頂いてるもので、付き添いをさせて頂きに来ました」

 

「―――失礼いたしました。どうぞ、中へお入りください」

 

 折り目正しく対応する彼女にパーティーの参加者のみに配られる名札を武内さんが差し出すと、彼女は恭しく一礼をして引き下がる。

 

 完璧な動作と受け答え。儚げな美貌に合わさって流石は一流のホテルといった所だろうか。―――だが、何かが引っかかる。短いやり取りの中でおかしな点はなかった筈なのになにかシコリのような違和感が彼女に付きまとう。

 

「比企谷君?」

 

「―――あぁ、いえ、なんでもありません」

 

 マジマジと無遠慮な視線を向ける俺に武内さんが不思議そうに声をかけるのに意識を引き戻されて首を振って扉に向き直る。心配そうに視線で問われるがやはり思い過ごしだろう。どうにも、慣れない場所で昔の神経質さが顔を出しているらしい。

 

 気持ちを切り替えて扉に向き直れば、武内さんも納得したのか扉を叩き入室の許可が成された。

 

 

 扉を開いた先には――――見紛うばかりの絶景。

 

 容姿がいい事は知っていた。

 

 誰にも負けることのない芯の強さがあることも分かっていた。

 

 それでも“女性”という物は磨き、飾るだけでここまで輝くものなのかと。

 

 ただ、息を呑んだ。

 

 

俺も武内さんも息すら潜めて見惚れていると、その静寂を崩すように小さな二対の影が飛び出して二人に思い切り抱き着いてきた事によりようやく世界は動き出す。

 

「ハチくーん! どう! どうどう!? 紗枝ちゃんが作ってくれた莉嘉のドレスやばくない!! セクシーで大人って感じ!!」

 

「プロデューサー! これ凄いよ!! 全部がみりあ達のために作ってくれたんだって!! 本当のお姫様になったみたーい!!」

 

「ちょ、みりあちゃん! 莉嘉!! そんな激しく動いたら皺になるから大人しくしてなって!!」

 

 タックルのごとく突っ込んできた二人のマシンガントークに思わず苦笑をしていると、今度は保護者の美嘉が飛び出してきて二人をやんわりと引きはがす。

 

 てっきり、彼女はピンク系統のドレスに身を包んでいるのかと思っていたが、黒系統で体のラインが良く分かるようなマーメイドドレスと呼ばれるものだった。装飾は首元に光る真珠のみで、いつもは丁寧に纏められている桃色の髪も下ろされてどことなく質素ですらある。―――それにも関わらず、その存在感はいつもよりずっと大きく目を吸い込まれる。

 

「……何よ」

 

「いや、素直に驚いた」

 

「はぁぁ、もっとマシな褒め方はないもんかなぁ?」

 

 俺の短い感想に今度こそ呆れたように溜息をつく彼女がそれでも少しだけ照れたように笑ったのに、こちらだって苦笑で応えるしかない。彼女の期待に応えるべく余裕のある大人代表の武内さんに視線で水を向けてお手本を示してもらう事にしよう。

 

「……今後は、こういった方面でもプロデュースを検討してみましょう」

 

「「予想以上に褒め下手だ!!」」

 

 いや、予想外過ぎて思わずはもっちゃったよ。気持ちは分かるけど、今この場で伝えるべきことでは無かったでしょう、ソレ。

 

 誰もがそんな情けない男衆に苦笑いを浮かべる中で進み出るもう一つの影。

 

「ふふーん、全く見ちゃいられませんね。仕方がないのでこの僕が一肌脱いであげましょう。―――さあ! この僕のドレス姿をみて心から湧き上がる感情をそのままどうぞ!!」

 

「輿水さん、可愛いです」

 

「幸子、カワイイ」

 

「幸子ちゃん、かわゆす☆」

 

「なんかみんな何時もより雑じゃありません!?―――罰として男どもは全員にドレスの感想を言っていく事!! 絶対ですよ!!」

 

 お決まり芸を発揮してくれた芸人:幸子によって場の空気はいつもの様な緩さを宿したまでは良かったが、余計な彼女の一言によって場は悪乗りのような歓声に包まれた。……いや、よく考えればそれもいつも通りか。お節介なカワイイ少女だ。

 

 その宣言のせいで控えていたメンバーも次々と自分たちの前にやってきてその可憐なドレスを揺らし、微笑んでくる。数少ないボキャブラリーを更に酷使してなんとかソレをこなすが内心は本当に困る。

 

 見慣れたはずの彼女たちが一変して、鼓動を揺らす。

 

 いつもと違うその香りに、脳がくらつく。

 

 拙い一言に満面の笑みを浮かべるその無邪気さに頬に熱が溜まる。

 

 余計な事を口走らないよう、表情にソレを悟られないようにするというのは本当に疲れるのだ。

 

 

 どうか、そんなみっともない男の恥らいを彼女たちに悟られないように――俺は呟くように、心からの短い賛辞を彼女たちに贈ろう。

 

 

---------------------

 

 

 

 短い扉越しの答弁によって開かれた先に現れた二人に、正確にはその一人を視界に収めた瞬間に鼓動が際限なく高まった事を嫌でも実感しました。

 

 偉丈夫のプロデューサーの背を追う様に入ってきた“想い人”のその姿に。

 

 チャコールグレーのスラリとしたスーツに身を包み、普段は無造作に纏められた髪は後ろに靡いたその姿は自分が見立てた物であるにも関わらず高級な場に立つことで一層に引き締まった印象を与え、陽の元では陰鬱に見える澱んだ瞳も、ホテルの暖色の灯りのもとでは影は引き込む魅力を湛えて―――この部屋を彩る多くの花に目を見開いているようです。

 

 きっと、それはここにいる誰もが彼に抱いている驚きと同様の物だったかもしれません。

 

 そんなちょっとした緊張と恥じらいは明るく、無邪気な仲間が解してくれることによって室内はいつものような明るい雰囲気に包まれました。それによって誰もが、彼らの前に進み出て咲き誇るような笑顔を浮かべる中で――私はどうしても、踏み出すことが出来ません。

 

 深い紫安に染められたこのドレスは本当に美しくて、着ている自分の方が相応しくないのではと思うほどなのですが―――周りの仲間たちを見ればまるでソレは彼女達に着られることで息を吹き込まれたかのように輝いて彼女たちを一層に輝かせます。

 

 そんな彼女たちに並んで、彼に見られると思うと―――どうしたって足はすくんでしまいます。

 

 そんな葛藤に小さく息を吐いて俯く私の隣に、嗅ぎなれた煙草の香りが佇みました。

 

「―――――皆さんの所にいなくて、いいんですか?」

 

「大体の感想は言ってきた。それに、全員にってことだったからな」

 

 現金にも高鳴っていく鼓動を必死に抑え込んで絞り出すように呟いた言葉に彼は何てことの無いように答えます。その言葉の意味する所に際限ない緊張と、羞恥が湧き上がって思わず掌を強く握りしめてしまいます。似合ってないだろう、と 枯れ木も山の―― なんて自分をこき下ろして彼の続く言葉をかき消そうとする文言が一気に零れそうになるのを必死に飲み込みます。

 

 きっと、そうすれば彼もその言葉に乗ってくれます。

 

 きっと、そうすれば――こんな怖い想いをしなくて済みます。

 

 きっと、前の自分ならば迷いなくそうしたでしょう。

 

 だけど、“そんなのは嫌だと”心が叫びます。

 

 あの聖夜に宿った心の熱が、彼の涙を拭った手の冷たさが、彼に差し出されたあの優しい一匙のぬくもりが―――そんな欺瞞を許しません。

 

 だから、俯いていた顔を無理やり引き上げて、震える手と足に力を込めて彼の前に立って――ゆるりと舞う様に、“鷺沢 文香”を彼に見せつけます。

 

 

「―――――どう、でしょうか?」

 

 

 短く、端的で、震える声。

 

 それでも、まっすぐに万感の想いを込めた問い。

 

 

 

 その答えは   私と彼の   一生の秘密とさせて頂きます。

 

 

 

 ちっぽけな街の本屋の娘のストーリーにも、隠しておきたい恥じらいという物はあるのですから。

 

 

 ただ、一人の青年と娘はお互いに真っ赤な顔をしていた事くらいは、お伝えしておきましょう。

 

 

 

 




_(:3」∠)_そこの道行くお方よ……どうか、この評価乞食を哀れと思うなら評価とコメントをぽちっとしたってくだせぇ………めっちゃ捗るから…。


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【清冽に 星よ瞬け chapter③】


貴方に絶望を


 式典が開始されるまであと数分。

 

 参加者の全てがそれぞれこの城の覇者である常務に謁見を済ませ、用意された席に座る中でとある一角だけは空白を保っていた。誰もが眉を顰め、或いは悪態をつく。その中には嘲笑も多分に含んで会場内は些かの喧騒に包まれ――――――式典の開始まで数秒を切ったその時、世界は静寂に満たされた。

 

 

 会場の入り口が厳かに開けられ、数多の視線を物ともせず進むその威容に誰もが息を呑んだのだ。

 

 

 “魔法使い”と、或いは“物狂い”と呼ばれ恐れられた偉丈夫はその屈強な体を黒の式服に包み、その視線と歩みをまっすぐにこの城の主に向けて進めてゆく。

 

 まるで、挑むように。

 

 まるで、打倒せんと言わんばかりにその瞳は鋭い。

 

 その背を追うのはかつて“灰被り”と呼ばれた世界の歌姫と、“魔法の杖”と恐れられた偉丈夫の右腕たる女であった。

 

 彼に寄り添うかのように追従するたび、深い瑠璃色と碧のドレスの裾が瀟洒に揺れる。

 

 さらに、その後ろには日頃の悪行や醜聞が信じられない程に楚々と、清らかな仕草で列をなす美姫たちが連なって静かに歩みを刻んでゆく。色とりどりで華やかでありながらも決して華美ではないドレスに身を包み、誰もが敬遠な信者のごとく視線を床に切って魔法使いの背をただ追ってゆく。

 

 誰もがその威容と迫力。そして、清らかさに息を呑んだ。

 

 それは、荒廃した世に差し込んだ流れ星の軌跡の様で

 

 それは、絶望の淵に立つものを引き寄せる聖者の行進の様で。

 

 やがて、その歩みはこの場の支配者である女王の前で終わりを迎えた。

 

 魔法使いが優雅に膝をつき、それに追従するように星々も一糸乱れずにカーテシーを行って服従の意をこの場の主に示す。

 

 ただ、誰もが息を呑んだのは―――

 

 

 魔法使いとシンデレラ。そして、その魔法の杖が先ほどまでの切り裂くような視線すら床に切って完璧に執り行ったその作法に反して、今度は後ろに控える星々の眼が燃えるように、貫くように、抗う様に、挑むように、不敵な瞳と笑顔で女王を貫いた事だろう。

 

 そんな不遜な態度に誰もが息を呑んだ。

 

 かつて、女王が君臨した時に行った苛烈な施策。それに唯一、真っ向から反抗し、勝利をもぎ取ったこの反乱者たちが取るには最もふさわしい態度である。だが、それは決して恭順を示す式典に相応しいものではなく―――それによって、再び女王の逆鱗に触れるその姿に誰かが“気狂いめ”と悪態をつき、皆が恐怖で身を固くした。

 

 

 だが、その予想は意外な結末によって裏切られることとなる。

 

 

「――ふん、遅刻寸前まで演出にこだわるくらいならばもっと余裕を持って行動しろと新人教育の頃に叩きこんだつもりだがな?」

 

「――ですが、“ゲストを楽しませるならばその上を行け”とも教わりましたので」

 

 

 睥睨する女王と頭を深く下げる魔法使いの皮肉気で、存外に気安い言葉の応酬。

 

 それを面白くもなさそうに鼻を鳴らした彼女が立ち上がり、息を呑む民衆へと語り掛けるためにマイクを手に持った。

 

「せっかくの余興ついでだ。皆、そのまま聞け」

 

 万民の視線を受けてなお、彼女は揺るがぬ声で語る。

 

「私が前社長を追い落とし、この席に着いてからの動乱は諸君も知るところだろう。

 

 無駄を切り捨て、膿を削り落とし――――何より、力の無い者を蹴落とした。

 

 その変化に戸惑ったものもいるだろう。冷や汗をかいたものもいるだろう。夢を壊され私を憎んだものもいるだろう。だが、そんな諸君らに私は道を示したはずだ。

 

“勝ち続けろ”、と。

 

 そもそもが、美城という家系には―――346芸能プロダクションという会社にはそれだけしか道はない。それだけでこの芸能界最大手へとのし上がってきた。

 

 “勝利”とは前進であり、“収斂”である。

 

 諸君らが我を通し、意を通し――――“夢”へと至りたいのであれば切っ先を研ぎ続けろ。

 

 その研ぎ澄ました全身全霊で私を打倒し、黙らせてみろ。

 

 それすらできぬ弱者は口を噤んでいるがいい。私が求めているのは恭順ではない。

 

 “結果”だ。

 

 この夢に狂ったシンデレラと魔法使いのように―――その切っ先こそが頂点たる346に相応しい。

 

 

諸君たちの健闘を期待している。――――以上だ」

 

 

 投げやりにマイクを放って、席に腰を下ろした彼女。

 

 本来ならば―――最高責任者の開会の言葉が終わったのだ。万雷の拍手でその祝辞を受け止めねばならないはずなのに、誰もが動けなかった。

 

 あまりに苛烈なその言葉に。

 

 あまりに重たい重圧に。

 

 そして―――ソレが叱咤激励の言葉ではなく、本当に彼女は“無能”だと判断すれば迷いなくその剣を振り下ろすという事を知っていたから。

 

 誰もが、息一つ。身動き一つによってその瞳に止まることを恐れた。

 

 ましてや拍手など、と誰もが思っていた――――――はずだった。

 

「積極性なんて…説教くせぇっス……ふふっ」

 

 その凍った世界で響いた、その声。

 

 

 初めは、魔法使いとその杖の小さな溜息。

 

 そして、徐々に広がる星々のさざめきの様な笑い声。やがて、それは会場の隅から隅まで届く大笑いとなって―――ソレを誤魔化すかのように彼女達はいまさらに拍手を打ち鳴らす。

 

「ちょ、楓ちゃん、くくくっ―――このタイミングは駄目でしょ、くく」

 

「もー、なんでそういうくだらない事ばっか…ぶふっ」

 

「あはははは! だめ、笑っちゃ駄目なのに、笑いが…」

 

「見紛うばかりの豪胆さよ!(流石です!」

 

 凍った世界の中でゲラゲラと。さっきまでの修道女もかくやと言わんばかりの清楚さなんて欠片も感じさせない笑い声が豪華なホールへと響いていく。誰もが絶望をする民衆をあざ笑うかのように星々は煌めく。

 

 誰かが、もう一度 “物狂いめ” と憎々し気に呟く声も何のその。

 

 結局は常務がフォークを投げつけて、さっさと席へ戻れと怒鳴って司会が平静を取り戻すまでその笑いは止むことはなかった。

 

 その席へと向かう様子は最初の整然とした様子もなくバラバラで、好き好きに雑談まみれ。

 

 まったくもって、締まらない。

 

 それでも、その様子こそが夜空を彩る星の様で。

 

“清冽に 星よ瞬け”

 

 どこかで読んだそんな一文を思い出して俺は小さく息を吐いてその後に続いた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 さてはて、波乱の開会式を終えてしばし。重苦しい空気も出された酒に絆されたのか少しだけ緩くなった頃合いで行われた挨拶回り。武内さんに数人のシンデレラが連れられて回った結果、あちこちから嫌味と文句をたっぷりと頂戴したのだが物好きというものは一定数いるものらしい。

 

 若手が中心であるが、熱意と嫉妬。後はほんのちょっとの苦笑と友好を示してくれる人々もいる事に驚いた。その上、敵意に塗れた瞳も現金なもので美女にお酌をされれば内心はともかく表情が多少柔らかくなるオッサン達―――美人局等には十分に気を付けて欲しい。

 

 そんな苦行もひと段落したところで、そそくさと壁際へと素早く移動した。

 

 席は用意されてはいるが実質的には立食形式に近い形なので会場は人が行きかって微かに騒々しく、慣れない服装と雰囲気は密かに倦怠感を齎して小さく息を吐く。

 

「おーにいさん、お疲れさーん」

 

 そんな憂鬱な気分の俺の隣に、白檀の香りと耳に馴染んだ声がするりと入り込んでくる。胡乱気に視線を向ければ絹のような銀糸の奥に意地悪気に吊り上がった瞳が楽し気に揺らめいて俺にグラスを差し出している。

 

「…そう思うならほっといてくれ。というか、呑んでないだろうな?」

 

「こんな美女が構っとんのに失礼な。飲んどらんけど…おに―さんってウチだけにはアルコール判定厳しくない?」

 

「素面でもめんどくさいのに、酔ったお前の相手なんかしたくないからな」

 

「失礼なやっちゃ」

 

 結構に失礼な発言なのだが妹分の彼女は気にした風もなく笑って受け流しながら、勝手に自前のグラスを俺のと合わせて乾杯をする。

 

「ま、別にええけど。……それにしても、入場の時の演出には思わず笑っちゃった。まさか、おにーさんの軽口をプロデューサーが採用するとは思わんかったもん」

 

「………その話は止めてくれ」

 

 彼女がニヤニヤと呟いた意趣返しに思わず苦虫を噛んだような表情をしてしまう。

 

 出発直前までは普通に入場して武内さんとチッヒだけが普通に挨拶をする予定だったのだ。ただ、俺がなにも考えずに呟いた“この人数だと行進みたいっすね”と呟いたのが運の尽き。しばし、考え込んだ武内さんが何てことの無いように“それでいきましょう”なんて答えてから全員の悪乗りが始まってあんな具合になってしまったのだ。

 

 どこの世界に主催者に開幕前に喧嘩を売りに行くアイドルがいるのか。―――なに、みんな遠い宇宙の戦闘民族出身なの? 馬鹿なの? 死ぬの?

 

「あっははは、でもウチラらしくて私は好きやったな~。引かぬ、媚びぬ、顧みぬ! って感じで。紗枝ちゃんも報道陣にいい宣伝が出来たってよろこんどったよ?」

 

「世紀末の方でしたか……」

 

 ゲラゲラと隣で笑う彼女に溜息を吐いて、件のカメラを持ってる取材班に目を向ける。身内の式としては珍しい上に、何が面白いのか分からないがこのパーティーには普通に報道陣を招き入れている。

 

 そんな中で、あんな騒ぎを起こしたのでそりゃあもう向こうとしては撮れ高いっぱいでホクホクだった事だろう。ついでに言えばいまは紗枝が報道陣捕まえてこれ見よがしに他部署のオッサンにドレスの宣伝をしている――――マジで商魂たくましすぎでしょ、京都人。さすさえ。

 

 そんな感じで周囲を見渡していると、紫安のドレスに身を包んだ同級生“鷺沢 文香”と目が合った。

 

 普段は隠されている深い蒼の瞳はシャンデリアの柔らかい光を反射し、肩から大きく背中まで見せる際どいラインは万人の眼を引き付ける。それでも淫靡さを感じさせないのは彼女自身の深い知性を湛えた雰囲気の賜物だろう。

 

 それでも、もっと際どい姿も普段から撮影なんかで見ているはずなのに彼女の裾が揺れるたび、口元の笑みを隠すように腕をあげるたびに心臓が不定期に揺れる―――あらやだ、不整脈かしら?

 

 そんな軽口を脳内で叩きつつも、こちらに控えめに手を振る彼女に手を軽く上げる。

 

 それだけで済ませるつもりだったのに彼女は一緒に会話をしていた茜たちに一言断ってこちらへと歩を進めてくる。いま、近くに来られるのは、先ほどの更衣室での件もあってご勘弁願いたいのだが―――――と、彼女のさらに向こうに目が留まった。

 

 それは、控室前にいたホテルスタッフの女性だ。

 

彼女は完璧な接客用の笑顔を浮かべて、こちらに歩み始めた。

 

 手にはグラスが乗ったトレー。

 

 あちらが一段落してこちらのパーティーに合流したのだろう、と当たり前の結論が浮かぶ。でも、なぜか――――あの時の違和感が拭えない。

 

 思い過ごし、のはずだ。緊張していたせいだ。そう言葉を重ねても消えないしこりに諦めて違和感の正体を探る。

 

 なんだ? 何に疑念を持っている? 

 

 なぜか高まる鼓動。正体は分からないまま手のグラスを周子に押し付け、こちらからも文香に歩みを向ける。その間にも、三人の位置は近づいて――――スタッフの女が口が裂けそうなくらいに深い笑みを浮かべて駆け出した時にその違和感の正体が電流のように繋がって―――――俺も全力で駆け出した。

 

 

 

 なんで、あの女は警備をする人間であったのに―――扉の正面から来た俺たちに振り返った?

 

 普通は、逆だ。彼女は 前を向いていなければならなかった。

 

 

 それは―――まるで、中に今から入ろうとしていたようではないか。

 

 

 “関係者以外”を追い払おうとしていた彼女が―――なぜ?

 

 

 全身の血が凍るような恐怖を押しのけ、全力で足を回す。

 

 

 ぶつかりそうになる人を押しのけ―――文香を目指す。

 

 

 女も、狂気に塗れた笑顔のまま走った。

 

 

 その手に胸元から取り出した―――鈍重な光を放つ凶器を手に。

 

 

 

 きょとんとした文香の腕を力づくで引っ張り、後ろに放り投げ、可愛らしい悲鳴を背に獲物を横取りされ憤怒に顔を染めた女が勢いそのままに突っ込んでくる。

 

 

 その表情に、恐怖を押し殺して精一杯に強がって嘲笑ってやる。

 

 

 

ざまーみろ、

 

 

 

 世界がスローモーションのように動く中で絶叫をあげる女の凶器が俺の腹に吸い込まれた。

 




_(:3」∠)_ひょうか…嬉しい……みんな、あり、がとぅ………ぅっ


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【清冽に 星よ瞬け chapter④】


 その光景に、私の脳はただただ呆然とすることしかできませんでした。

 それは今なお変わらずに実感を持たないまま目の前の光景を映します。





 

 

 

 過激で、悪気しかない入場の演出からしばし。あっけにとられる会場の空気にちょっとだけ高揚しつつ仲間同士で苦笑を浮かべながらパーティーは始まりを迎えました。もはや慣れてしまった刺さるような他部署の視線を受けつつも、和やかに会話と料理に舌鼓を打って茜さん達との会話をしていると視線を感じて周囲を見回しました。

 

 その先にいたのは華やかな場にうんざりしたかのような見慣れた瞳が壁際にぽつり。

 

 先ほどの控室の一件から思わず赤くなった顔を伏せそうになりましたが、何とかソレを堪えて手を振れば、そっけなく返ってくる返答。そのらしさと、自分を見てくれていたのが勘違いでないという実感に思わず鼓動が高まり―――彼の隣にいる狐目の女性を見て“チクリ”とした痛みによって複雑な気分になります。

 

 以前なら“仲が良いな”と他人事のように思うだけの光景。

 

 でも今は―――――“ズルい”という身勝手な感情が泡立つ。

 

 子供みたいな独占欲と、自然に傍に寄り添っている姿に対する羨望と嫉妬。

 

 それを自覚した瞬間に枯れていると思っていた自分も存外に“女”としての意地があったのだという事実に苦笑が湧き上がる。ただ、困ったことにソレに大人びた対応ができる程に手慣れている訳ではないので、今日くらいは素直に欲望に身を任せることにして、茜さん達に一言告げて彼へと足を向けます。

 

 突然の事に驚いたように目を丸くした彼女達も私の歩き出した方向を見て苦笑いで送り出してくれますが―――冷やかしの声まで投げつけてくるのはちょっと慎みがないのではないかと思います。

 

後ろから掛けられるその声に頬を染めつつも、浮き立つ気分を押さえて彼の元へ向かいます。しかし、その複雑な感情はすぐに終息を迎えました。

 

 彼の近づく私に困ったように顰めた眉が驚きに染まって見開かれました。

 

 その次の瞬間には猛然とこちらへと駆け寄ってきます。

 

 進路にいる人々を突き飛ばして、必死の形相でこちらに駆けてくる彼に思わず私も足を止めてしまいます。

 

 そんな息と足を止めた瞬間に、見た事もないくらいに怖い顔を浮かべた彼が荒々しく私の手を掴んで床へと引き倒すかのような強い力で放り投げられます。

 

 強かに体を打ち、思わず漏れた悲鳴。

 

 ただ、そんな私の混乱と困惑は―――発せられた絶叫と、何かがぶつかったような鈍い衝突音。そして、遅れてやってきたどよめきによってすぐさま打ち消されました。

 

 声に引かれて目に移ったのは

 

 自分に突如駆け寄ってきた想い人と  

 

         あの日、見た―――――悪夢でした。

 

 

 顔も、髪の色も、全てが変わっていても――――その裂けるように深く引きのばされた醜悪な悪意に染まった笑みと、狂気に満ちた瞳。それは、あの日。私に人の悪意の恐ろしさを心の奥底まで強烈に刻んだあの女であるとその傷跡が確信をもって告げてきます。

 

 そんな悪夢が―――大切な彼に抑え込まれるかのように息を荒げこちらを睨んでいる。

 

 それだけで―――また彼に救われたのだと、状況も分からぬまま安堵の息を漏らしました。

 

 

 

「何しとんねん、ごらぁ!」

 

 

 

 息を漏らした瞬間に心の蔵を震わせるような低い怒鳴り声と、鈍い打撲音。

 

 恐怖に一瞬だけ竦んだ私の横を颯爽と銀糸の髪が駆け抜けてすべての重量を拳に乗せるかのような一撃で女を吹き飛ばしました。

 紙切れのように吹き飛ばされた女はすぐさま周囲にいた人達に取り押さえられ見えなくなってしまい、それに追撃を掛けようとしていた彼女は咄嗟に断念してすぐさま後ろに振り返って彼の元へと駆け戻った。

 

「おにーさん!! 大丈夫!!?」

 

 そこで、今まで呆然としていた意識が引き戻されて――― 一気に血の気が引いた。

 

 そう、だ。自分は何をぼんやりしていたのか。

 

 自分が襲われ、彼がかばってくれたのならその傷を彼が負ったという思考になぜすぐに行きつかなかった。しかし、そんな悔恨に浸っている暇すら惜しんですぐさま立ち上がり彼の元へ急ぐ。

 

「………っべー。さすがに、死ぬかと思ったわ。っべーわ。まじ、べー」

 

 

 そんな私たちの動きを制するかのように、金属が床を叩く無機質な音と軽薄な声が響いた。

 

 無造作に投げ出された金属を見れば、それは人を殺めるには十分な強固さを含んだ冷たいナイフで―――ソレを持っていたであろう比企谷さんは顔じゅうに脂汗を滴らせて真っ青な顔でソレが刺さったであろうと思われる部分のスーツを摘んでおどける様に、軽口を叩いていました。

 

「ほんと、パーティーでまでこんな目に合うとかツイテないにも程があるでしょ……まぁ、無事に誰も怪我無く済んだのはホントに、良かった、ってことでいいか――なぁ、周子?」

 

「―――――っ。…ほんま、冷や冷やさせんといて。まぁ、おにーさんのファインプレーでみんな無事に済んだのは良かったわ。常務~、ウチも活躍したから特別報酬よろしゅーねー?」

 

 一瞬だけ目を見張った彼女が、彼の軽口に合わせるかのように大声で上座にいるであろう常務に呼びかけ、存外にその返答は雑踏をかき分けて駆けつけた本人からすぐさま返されることになった。

 

「――――あぁ、お手柄だ二人とも。よく凶行を防いだ。 下手人の対応はこちらでしておくから少し、休んでくるといい。破れたスーツと皺になったドレスでパーティーを続けるわけにもいかんだろう」

 

「お言葉に甘えてそうさせて貰いますよ」

 

「ほんじゃ、ちょーっとお色直しといこーか」

 

 流れる様に交わされる会話。そのスピードと勢いに乗るかのように周子さんは比企谷さんの肩をくみ、会場を後にしていきます。周りの誰もがその光景と、目の前で起きた出来事に呆然とすることしかできずにいて―――私も、そのうちの一人であった事に気が付いて我に返りました。

 

 あんな危険な状況から救って貰ったのに何をぼんやりとこんな所でたたずんでいるのでしょう、私は。

 

 そう思って、慌てて彼らの後を追おうとし―――その手を引き止められました。

 

 扉から出ていく彼らを尻目に、大きく硬いその感触に少しだけ苛立ちを込めて睨むように視線を向ければ―――偉丈夫のプロデューサー“武内さん”が普段から厳めしい顔立ちを更に険しくさせて私を引き止めています。

 

「……鷺沢さん、今は、その、追いかけない方がよいかと」

 

「―――え? あ、すみません。確かに、あんなことがあったばかりで一人になるのは不用意だと思うのですが……今は、彼の傍にいたいので」

 

「………今は、認められません」

 

「何を――――」

 

 一瞬、何を言われたのか分からず困惑しましたが、狙われたばかりの人間がすぐさま単独行動をする危険性に思い当りました。ただ、それでも今はすぐに彼を追いかけてお礼を述べなければならないし、少しでも離れることが“怖い”と思う。ソレが甘えだとは知りつつも再び再開した歩みを硬質な声と腕が遮りました。

 

 そのことに少しだけ感情的になってプロデューサーの顔を鋭く見やれば――青い顔をして唇を破けんばかりに噛みしめている表情が映りました。少なくとも、この不祥事やスキャンダルを気にしてこんな表情を浮かべる方ではない事を知っています。それに、こういう時は私たちが大切にしようとしている物を優先させてくれる人だとも。

 

 

 だとすれば―――なぜ。

 

 

 そんな疑問に、ジワリと冷や汗が湧き出て いやな 考えが脳裏をよぎります。

 

 目端で、誰の注意も引かないような自然さでちひろさんが彼らの出ていった扉に消えていくのが見え―――反射的に掴まれた手を振りほどいてその後を追います。後ろから呼び止められる声と、驚きに目を見開く同僚を無視して全力でドレスを振り乱しながら走る。

 

 足を打ち付けるたび挫きそうになるヒールを疎ましく思いつつも――疾く、疾く、彼の元へと駆けていきます。

 

 鈍重で質素な扉。

 

 思えば、おかしいことだらけです。

 

 なぜ、入場した扉でなくスタッフ用通路から彼らは出ていったのか。

 

 なんで、あんなに周囲に聞かせる様な声で会話をしたのか。

 

 そもそも、あんな勢いで飛び込んできた人間が持つ刃物を―――彼はどうやって無傷で受け止められたのか。

 

 

 おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。

 

 

 なんでもないのなら、本当に“全員”が無事だったなら―――なんで、プロデューサーやちひろさんはこんなに焦っているのか。

 

 

その答えは無情にもすぐにもたらされました。

 

 

 必死に追いかけた“何かが”滴り落ちた通路の先で

 

 

     血まみれのスーツに身を包み、横たわる彼によって。

 

 

 

--------------------

 

 

 

 真っ白になった頭で、震える手足で―――それでも、飛びつくように彼の傍に飛びつきます。

 

「ひ、比企谷さん、 あ、うそ、 そんなだって、誰もけがしなかったって。 い、嫌です。なんで、 なんでこんな ち、でて。 あ、 わた―――「しっかりしぃ、阿保っ!!」

 

 荒い息で、真っ青な顔で呻く彼に恐慌状態のままで喚く私の頬が凛とした声と共に思い切り張られ、胸元を掴み上げられる。その無理やり引き寄せられた先には瞳に大粒の涙をいくつも零しつつも、燃える様な怒りとやりきれなさを含んだ周子さんの瞳がたたきつける様に向けられます。

 

「この阿呆はアンタのために体張って! 私たち全員を守るために命かけて道化を通したんや!! やったら、守られたあたし達がオタついてるわけにはいかないんだよっ!!」

 

 その言葉に、強さに―――覚悟に、圧倒されて。

 

 納得した。

 

 だから、この人は―――― 一番最初に、この子の名を呼んだのだと。

 

 湧き上がる激情と、恐慌を抑え込んで。血を吐くような思いで自分の望みを察してくれる彼女だからこそだったのだ。

 

 

「―――何を、すればこの人を助けられますか?」

 

「ちひろさんが、いま人を呼びに行ってくれた。私がお腹を押さえてるから、声かけ続けてあげて――――それは、文香さんにしかできない事だよ」

 

 

 湧き上がる無力感と、絶望。そして、こんな時でも嫉妬と悲しみに塗れた自分の醜さは驚く程に私の心に平静を齎した。―――それでも、いいと。そう思えたから。

 

 一番でなくても、彼を本当に分かってあげられるのが自分でなくていいと思えたから。

 

 彼が助かるのならば、そんな事はどうでもいい。

 

 だから、いまだに空回って役に立たない頭で素直に教えを乞う。

 

 そんな私を―――さっきよりもずっと悲しそうに微笑んだ彼女がそう呟く。

 

 わからない。 こんなに自分よりも近しい彼女に そう言わせてしまうのはなぜなのか わからない。でも―――――その役目を奪われなかった事にほっとする自分は、きっと本当に死んだ方がいい。

 

 密かに忍ばせていたハンカチを引き出して患部に当てる。

 

 純白に、小さなスズランが刺繍された物。

 

 あの買い物の日に、彼がお礼だといって渡してくれたプレゼント。

 

 全力で遠慮する私に苦笑しつつも半ば無理やり渡してくれた宝物。

 

 その夕日に柔らかく映った顔は真っ青で苦し気で、純白のハンカチはあっという間に血によって染まってゆく。

 

 その事に泣きそうになるのを必死に抑えて彼の頬に手を当て語り掛けます。

 

「比企谷さん、起きてください。こんな所で、寝たら 駄目です」

 

「………あぁ、畜生。 なにが“一生もんのスーツ”だ…。 はんにち、持たなかったじゃねぇか」

 

「今度は、もっと丈夫なのを 買いに行きましょう? どんなのがいいですか? 次は私のも選んでください。 だから、起きててください。 駄目です。 もうちょっと 頑張りましょう」

 

「滅茶苦茶、いってぇ。 ばかか くそぅ あの女、 人んちのに なにしやがる」

 

「―――っ。ええ、本当に最悪です。 でも、今はもっと楽しいお話をしましょう。 そうです、叔父が今度、新作を書くそうです。 ファンだったでしょう? こっそりお願いして原稿を一緒に読みましょう。 比企谷さん、駄目です。 寝ないで。 お願いします。 お話を、 起きてて!! お願いですからっ!!」

 

「……聞いてる。聞いてるから―――さみぃ」

 

「比企谷さんっ!! 駄目です!! 目を、私の眼を見てください!! 駄目ですっ!! お願いですっ!! あとちょっとでお医者様も来ますから!! 」

 

 朦朧と、混濁した意識でほとんど独り言のように呟く言葉。

 

 必死に彼の意識を繋ぎとめるために語り続けるうちに知れず、声は絶叫になってゆく。それでも、どんどんと小さく、淡くなってゆく彼の意識を繋ぎとめるために叫び続けて――――私の声が枯れ、周子さんの顔が蒼白になった頃にようやくドタドタと、彼を運ぶ担架と救急隊員がやってきた。

 

 

 

 

 

 押しのけられる様に寄せられる寸前に伸ばした手に伝わる彼の肌は、ぞっとするくらい――――――冷たかった。

 



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【清冽に 星よ瞬け chapter⑤】

とある青年の物語は、長い旅路を経て―――――報われます。

これは、いつか来る 別れの前日譚。

貴方にも合ったかもしれない ありふれた物語。

その先を―――皆様も噛みしめて頂ければ 作者冥利に尽きるのです。


 霞んだ視界と意識がぼんやりと浮上して、ゆっくりと焦点があってゆく不思議な感覚。それに伴って朧気だった体も実体をもって脳と絡み始めて鈍い鈍痛と全体的なけだるさを訴えてくる。それに顰めた眉の先に映るのは無機質で薄暗さを湛えた白色の天井。こんな時は“見慣れない天井だ…”なんてテンプレをかますべき数少ない絶好のチャンスなのだろうけれども、幸か不幸かこの状況も二度目なのでまた黒歴史をわざわざ作ることもあるまい。

 

 

 ましてや――――全体的に冷えた体の中で唯一温もりを伝えてくる掌を祈るように握って憔悴している見舞客がいるときにやるべき事ではないだろう。

 

 

「文香、」

 

「―――っ。ひき、がやさん。 目が、」

 

「いや、どうせまた、寝るから誰も呼ばなくていい」

 

 普通に声をかけようとしたのだが乾いた口が上手く動かず掠れて尻切れトンボになった。だが、それでも、見てるこっちが憂鬱になりそうな程に沈んでいた彼女は弾ける様に顔をあげて慌てて立ち上がろうとするのを引き止める。

 

 この気だるさの中、質問攻めにされるのも辛い。それに、血が足りないせいか―――体が随分と冷えているのでもう少しこの温もりを感じていたかった。

 

 そんな俺の言葉にしばし逡巡した彼女は、やがて諦めたように息をついて腰を下ろし手を握り直しながら確認するように言葉を紡ぐ。視線と共に真っ直ぐと向けられる善意と意思は少しだけくすぐったく、それを誤魔化すように苦笑して思いついた言葉を零していく。

 

「少しでも、体調が悪そうでしたらすぐにナースコールをします。――どうか、今だけは無理をしないでください」

 

「ん、―――どれくらい寝てた?」

 

「あれから、半日ほどたってます。本当に、本当に奇跡的に内臓が傷ついていなかったので感染症などの可能性は少なかったそうですが――刺さった凶器を抜いたせいで出血がひどく周子さんが応急処置をしていなければ命に関わったそうです」

 

 彼女が淡々と告げる自分の状況に思わず笑いそうになる。

 

 我ながら悪運の強い事ではあるが、それを自分で台無しにしているのだからもう笑うしかないだろう。だが、あの式典で凶行があっただけでも大問題な上に、外部の報道陣に怪我人が出た事をすっぱ抜かれでもしたらそれこそシャレにならなかった。創立記念が終業記念に早変わり。

 

 刃物がぶっすりと刺さって飛びそうになる意識と情けない悲鳴を噛み殺し、周子が目を引いているウチにナイフを引き抜いて血を拭った。その瞬間から飛び出てきそうになる血と激痛を気合で抑え込んで滲む血が服を汚すのを摘んで離すことで誤魔化した。―――もはや、ヒーローというよりドМの所業である。

 

 当たり前の話だけど、誤魔化しきれるわけがない。

 

 だから、早々に常務を呼んで注目をすり替え、周子に壁になって貰って演じた一世一代の猿芝居。近くから見ていた人間には速攻でバレたであろうが、要は報道陣だけ誤魔化せれば後はどうでも良かったのだ。まあ、案の定、それでこうなっているのだが。バイト一匹で大企業を、いや、女の子一人を救えたのだから対価としては十分だろう。

 

 だから――――これだけ頑張ったのだからどうか、そんな顔はしないで欲しい。

 

「全部、丸く収まったんだから――泣くなよ」

 

 手を両手で握り、泣きじゃくる文香に弱々しくそういう事しかできない。

 

 どうにもこうにも、自分はいつもそうだ。

 

 良かれと思った事や、全力で取り組むと必ずこうなる。

 

 泣いてほしくないと。幸せであって欲しいと願う程に周りを泣かせてしまう。

 

 高校の、いや、人生から何も学ばず―――佇んでいる。

 

 それが、少しだけ虚しくなって苦笑を零そうとした瞬間に―――驚く程に強い力で手を握られる。その熱さに、息を呑み―――

 

「……“どうして”とか、“私がそうなれば”なんて考えがずっと絶えません。でも、それはきっと、ただ茫然と守られていた私が言うのは周子さんや、常務さん達。何より―――貴方への冒涜だという事も、分かっているんです。だから、私は、私ができる事を必死に考えました。でも、どんなに考えても一個しかなかったんです」

 

 

 

「ありがとうございました。貴女のお陰で、私は  救われました」

 

 

 

 そういって、無理やりにでも微笑む彼女に  息を 呑んだ。

 

 

 あぁ、畜生。

 

 我ながら単純さに呆れる。

 

 いままで、本気で取り組んだ事はいつだって空回り。

 

 考え付く限り最良の結果は 怒られ、恨まれ、泣かせ――全部を台無しにしてきた。

 

 そういうもんだと思ってた。

 

 だけど、どうだ。

 

 こんな単純な一言で―――こんな単純な一言を俺はずっと待っていた。

 

 あぁ、畜生。ちくしょう。

 

 気だるくて鈍痛で最悪な気分が随分と良くなって、冷え切った体は急に温まってくる。

 

 胸の奥にずっとぽっかり空いていた穴になんかがすっぽり嵌っちまった。

 

 これが、ヒーローの気分って奴だろう? そりゃあ、たまらん。

 

 しがない脇役の嫌われ者だって―――こんなに体を張った日くらいはそんな勘違いをさせてくれるこの少女に乗せられたって、罰は当たらないだろう。

 

「あぁ、お前が怪我しなくて――よかった」

 

「いまは、ゆっくり―――休んでください」

 

 そんな味わった事のない温もりが急に俺に眠気を誘う。そんな中で絞り出した言葉に彼女は優しく微笑んで俺の頬を撫でて子守唄の様な声をかけてくれる。

 

 微睡みに落ちていく意識の中で、その温もりを感じながら俺は―――小さく独白する。

 

 

 

 俺の重ねた間違いだらけの青春も――――存外、捨てたもんじゃない。

 

 

 

--------------------------------

 

 

 

 蒼白ながらも穏やかな表情で最後まで人の心配を口ずさんだ彼は、そのまま静かな寝息を立てて眠りにつきました。

 

 一瞬だけ、血塗れで倒れていた彼が目を瞑るときの恐怖がフラッシュバックし胸が締め付けられますが――穏やかな呼吸を繰り返しているのを確認して小さく息をつきます。掴んでいた手の冷たさに名残惜しさを感じながら離し、肩が冷えないように布団を整えなおす。そして、最後に―――その整った額に触れるだけの淡い口づけをして彼の元を離れます。

 

 むずがるような彼にそっと微笑んで、病室を後にします。

 

 

「最後のお別れは――すみましたか?」

 

 

 開いた扉が音を立てないように細心の注意を払って締め、息をついたのと同時に刺すような声が背中にかかります。普段なら、委縮してしまいそうなその声音もいまだけは求めてやまない糾弾をしてくれる貴重な声です。

 

 きっと、誰も自分を責めてくれないから。

 

 正しい権利に乗っ取ったそれは、今の私にはむしろ救いに感じます。

 

 その声に導かれるように振り返れば彼によく似た髪の跳ね上がりと、八重歯が覗く少女がいました。おそらく、普通に出会っていれば可愛らしく、愛らしいはずのその顔は今は冷たく、責める様な色合いを多分に有しています。

 

 それは、彼が、彼を大切に思っている人がいる証明で。

 

 私を裁いてくれる貴重な人です。

 

 彼女の名前は“比企谷 小町”さん。彼が日頃から大切にしていると公言している彼の妹さんその人です。

 

「はい。本当に、ありがとうございました」

 

「………約束通り、これで“金輪際、皆さんはウチの兄に近づかない”という条件はきっちり守って貰います」

 

「――――はい。会わせて貰っただけでも、感謝に、堪えません」

 

 怜悧な声で、睨むように圧をかけて彼女が言った言葉に―― 一瞬だけ息を呑んで、深々と頭を下げて答えた。

 

 当たり前の話ですが、病院に駆け込んだ彼のご家族は常務直々にされた事情説明と今回の事件をもみ消すという謝罪に激怒しました。それでも、彼自身がソレを強く望んだという事を受け“二度と関わるな”という条件の元にソレを了承しました。

 

 その家族を傷つけられ当たり前の怒りに燃える彼らに、恥知らずにも私は這い蹲って嘆願をしました。

 

 “一目だけ、彼に謝らせて欲しい”、と。

 

 それに更に激昂した彼の両親に待ったをかけて取りなしてくれたのが彼女なのです。だから、このどうしても伝えなければならなかった言葉を伝える貴重な機会を得ることが叶った。それだけでも彼女に感謝は絶えません。

 

 そんないつまでも頭を下げ続ける私に彼女は深く溜息を吐いて、少しだけ疲労を滲ませた声を漏らす。

 

「……ウチの兄って、馬鹿なんです」

 

 その唐突な言葉に驚いて顔をあげた私に、彼女は先ほどまでとは違った困ったような笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「捻くれてるくせにお人好しで、斜に構えてるくせに変に素直で。前は轢かれそうな犬を助けるために車に飛び出しました。その他にも色んな問題を自分の体と心をすり潰して解決して―――憎まれて。

 ほっときゃいいのに。自分の大切な物だけ守ってりゃいいのに、“大切なもの”の全部を守ろうとしてちっちゃな風呂敷をボロボロにしちゃう大馬鹿です。だから、今回の件も兄がまた馬鹿をやったって分かるんです」

 

 その言葉は、自分の知っている彼そのもので。場違いにも、嬉しくなった。そして、――――その数倍、悲しくなった。

 

「でも、もう、ソレを見守るのも家族としては限界です。二回も、家族が死ぬかもしれない恐怖を感じるくらいなら―――兄の方を縛らせて貰います。

 どんなに言って聞かせてもあのバカ兄は、お人好しは自分の命や、そのことであの人を大切に想ってる人間がどんなに傷つくか分からないから!! あの人が傷つかないように、私たち家族が守ります。だから、―――――――二度とお兄ちゃんに近づかないで」

 

その、言葉に、溢れる彼への想いに、愛情に―――ようやく、諦めがつく。

 

息を荒げ、大粒の涙を流す彼女に私は、もう一度深く頭を下げその場を去ります。

 

その、彼女の激情に―――私が一体何を言えるというのでしょうか?

 

私が、私は、 “鷺沢 文香” にそんなものを望む資格なんて 

 

微塵もないのです。

 

 

 

 だからどうか、  せめて

 

 

 彼がどんな道を歩もうと―――その道を照らす光でありたいという願いくらいは、許してください。

 

 

 私が、彼を見失っても―――彼がどこにいても見つけられる輝きになる。

 

 

 それだけが―――――救われたこの命の、使い道です。

 

 

 清冽に、瞬く   星となって魅せましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 だからどうか、貴方の人生に幸多からんことを。

 

 そう願う事だけは、許してください。

 




_(:3」∠)_もうちょっと続きます。


なので評価をぽちっとしてくださると喜びます(笑)


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【清冽に 星よ瞬け chapter Last】

 これは、とある青年と少女の物語。

 目の前のハッピーエンドにどこまでも行きつけない、すれ違い続けた喜劇。

 それでも、ほんの少しだけ前に進みます。

 一人と一人では空回る道も、恐る恐る、探るように伸ばした手を触れさせてつま先分だけ進みます。

 滑稽で、哀れで、失笑物の 愚か者たちの一段落。

 だけれども、魂を燃やすほどの真剣さがない物語は 

 きっと駄作として 嗤われもしない事でしょう。

 どうか、そんな二人に 最後に 大団円が訪れますように。

 ささやかな祈りを込めて お読みくださいませ。



―――――――――――――――――――――――― 

 

“衝撃! 業界最大手346プロダクションの式典で大波乱”

 

 昨日に行われた芸能界きっての大手346プロダクションの50周年を記念する催しが都内の某ホテルで執り行われた。自らの会社を“城”と称する事を憚らないだけあってその舞踏会は見事と称するほかない程にきらびやかであった。

一流の会場に、最高峰の料理に美酒。そして、芸能界の最先端を走る各部署の重役とタレントが居並ぶその光景はそのまま国内のアカデミー賞を発表すると言われても誰も疑う事はなかっただろう。

 

 だが、そんなそうそうたる面々の上座で圧倒的な存在感を示す女王“常務 総取締役”である美城氏に噛みつく一団が入場することにより場の空気は一変した。

 ご存じ“シンデレラプロジェクト”である。彼らの創設時の上層部との諍いはもはや周知の歴史であり、あらゆる方面で世間の注目を集めるこの面子が今日もやらかした。

 

 ソレは華やかなドレスで武装した軍隊であった。

 

 魔法使いと呼ばれた武内氏の後を整然と並んだシンデレラ達は美城氏に見事なカーテシーで忠誠を誓う動作を行いながらも睨みつける様な獰猛な笑顔で頭を垂れないという反逆の意思を示した。

 緊張が走る現場に誰もが息を呑んだが、美城氏は泰然とその挑戦を受ける形をそのまま全社員の激励とする見事な切り返しを見せつけその貫禄と懐の大きさを見せつける形で開会式の幕を閉じた。

 

 だが、それだけで終わらないのが346プロ。順調にプログラムを消化していき誰もが絶品の料理と酒に気が緩んだ瞬間に事件は発生した。

 ホテルの従業員に扮した女が刃渡り30㎝(写真1)はあろうかというナイフでシンデレラプロジェクトの所属アイドル“鷺沢 文香”に切りかかったのだ。だが、その凶行は直前でスタッフに防がれ、間髪入れずに同所属の“塩見 周子”(写真2)の渾身の拳によって冗談のように吹き飛ばされる形で奇跡的に負傷者無しで事件は幕を閉じた。

 

 容疑者の女は以前に握手会で鷺沢に悪質な悪戯を行った前科持ちで、整形などを行っており潜入も巧妙な手口を使っている事が自供で明らかになったが本来は重い警備責任や管理責任が問われる事態。だが、そんな危機すら拳一つで解決するその逞しい姿勢は“美しい城”という反面に芸能界きっての武闘派である346プロダクションの健在さを内外に知らしめる皮肉な結果となり、良くも悪くも芸能界を震撼させた。

 

 波乱続きの346プロダクション。だが、その話題と輝きは退屈な自分たちの生活に刺激的なものに変えてくれる救世主であるのかもしれない。

 

 またこの事務所がどのような未来を歩むのか我々の期待は高まるばかりである。

 

 

―――――――――――――――― 

 

 

 

 何度も読み返した雑誌の切り抜きを見て“クスリ”と小さく笑いを零し、私“鷺沢 文香”はソレを丁寧に畳んでポーチへと仕舞います。

 

 あれから、早いもので一月が経ちました。

 

 最初、世間はこの事件で大いに賑わいましたが、常務の毅然とした対応と凶行を未然に防いだ周子さんのあっけらかんとしたインタビューと当時の凄まじい気迫の籠った彼女の写真が話題となり―――何より、“負傷者がいない”この事件は世間に問題よりも明るいニュースとして持て囃され、あっという間に忘れ去られました。

 

 きっと、誰もが必死に力を尽くしてそうしました。

 

 上手くもみ消した上役の努力も

 

 インタビューに明るく答える度に楽屋で血が滲むほど拳を握りしめた周子さんも

 

 まるでその事件に気づくことなく終わってしまい絶望と後悔に苦しむメンバーも

 

 彼の献身を無駄にしないように全力を尽くして得た最良の結果です。

 

 その中に、命をとした青年の物語が語られずに終わってしまうという矛盾すら誰もが血反吐を吐く思いで成しえたのです。ソレがあの人が望んだ結果だと誰もが知っていた。だから――――もう、私たちは進むほかに残されていないのです。

 

 そう、気持ちを新たにして私は静かに拳を握り閉めました。

 

 

----------------------

 

 

 あれから、ほとぼりが冷めてすぐに大学に休校届を出して芸能活動に専念することにしました。本来は退学届けを提出したのですが、教授に受け取って貰えずにそうなってしまいましたのが惜しまれます。

 

 有難い事にお仕事は絶えずやってくるために毎日が目の回るような忙しさです。

 

 逆に、これだけ押し寄せてくる仕事の中でよく大学にあれだけ通わせて貰っていた事に驚きます。ソレが、かつてずっと隣で皮肉気に笑っていた彼を思い起こさせ胸を締め付けますが、その弱さを切り捨てて進むと決めたのです。本来は、ずっと前にこうなってしかるべきだった事を隣にいてくれた彼が肩代わりしてくれていただけです。

 

 

―――ソレを寂しく想う資格なんて、私にはない。

 

 

 そんな身勝手な感傷を消すにはこの忙しさは実に好都合でした。

 

 声を掛けられれば、どんな仕事も受けました。

 

 日本の端から端まで。大きな仕事も小さな仕事も、たまには海外にだって。移動中に台本を読み、資料を叩き込み、空いた時間はレッスンにつぎ込み、予定は一瞬も明けないようにあらゆる手を尽くしました。

 

 武内さんやちひろさんに怒鳴られました。

 

 以降は自分でセルフマネジメントすることにしました。

 

 仲間が泣いて引き止めました。

 

 ガラスを素手で叩き割ったら黙りました。

 

 トレーナーさんが“休みを挟まなければレッスンはしない”と言いました。

 

 自費で別のトレーナーを雇いました。

 

 周子さんと久々に会いました。

 

 お互い似たような酷い顔でしたが、“仮面”を付けて微笑めばまだまだ余裕があるとお互いに元気を貰いました。

 

 常務に呼び出されました。

 

 “予定に4時間の睡眠を入れればもっと仕事を入れてやる”と言われましたので“2時間”にすることを条件にその提案を受け入れました。

 

 最初は体が辛くなって効率も落ちてしまったのですが、段々とソレも無くなってきたのは僥倖でした。体は常にベストな状態を保ち、思考はやけに明朗でした。苦手だったトークも演技も上手くなっていいことづくめです。

 

 移動中に転寝をしたときに夢を見ない程に深く意識を落とせるのも最高でした。

 

 切り捨てたものが自分を不条理に攻め立てるのは耐え難い苛立ちを感じて飛び起き、物や人に当たり散らして涙が止まらなくなるという経験は何度もしたいものではありません。

 

 そんな日々に、愛していたはずの書にすら彼の面影を感じて破り捨てた。

 

 そこまで切り詰めて、駆け抜けて―――きっと私はようやく人並みです。

 

 誰よりも輝く星になるため、当然の努力です。

 

 

 でも、少しだけ――――疲れているのかもしれません。

 

 

 なぜか、懐かしいあの匂いが鼻孔を擽るのです。

 

 

 嗅ぎなれた紫煙の香りに男性特有の汗の匂い。それに、ほんの微かに薫る紅茶の香水。

 

 大好きだった、寄り添った時にだけ感じられたソレを何故かすぐ隣から感じます。

 

 触れそうで触れないもどかしい距離でもはっきりと感じる温もり。

 

 その感覚に大きく揺らぐ世界のバランスに頭痛と、瞳から雫が勝手に湧き上がります。

 

 

 そんな、バラバラになりそうな私に―――あの夜に最後と決めた声が響きます。

 

 

「ちょっと、困った事がいくつかあってな」

 

「………なんでしょう、か?」

 

 

 変わらぬ声が飄々と響き、詰まる息を必死に飲み込みます。

 

 

「ひとつは、代返を頼んでた知り合いが勝手に休学してて単位落としそうなんだ」

 

「……もう、暇が出来たんだからご自分で出たら、いいのでは?」

 

「なるほど。 それと、もう二つある」

 

 

 荒れ狂う感情を押しつぶして、会話を、続けます。

 

 

「…伺います」

 

「買ったばっかりのスーツがボロボロになってな。どっかいいのがないか困ってんだ」

 

「……知り合いに、飛び切りに丈夫なのを頼んでおきます」

 

 

 あの日の後悔が、胸を引き裂くの痛みに堪える私に彼はなおも言葉を紡ぎます。

 

 

「助かる。 そんで、最後の一つ ―――バイト狂いで親に勘当された馬鹿が学費を稼ぐためいい職探してるんだが……社畜アシスタントなんて入用じゃないっすかね?」

 

「――――本当にっ、貴方って人はっ!!」

 

 

 あぁ、もう駄目です。

 

 必死に堪えていたものが勝手に胸から飛び出てしまう。

 

 あれだけ、覚悟して、決意した想いを滅茶苦茶に踏みにじるその行いに―――私の弱い意志は簡単に蹴散らされてしまいます。

 

 泣いて、喚いて、怒って、嘆いて――――思い切り彼を抱きしめて、その存在を感じます。

 

 これさえあれば、他に何もいらなかったのに。

 

 貴方さえ在れば、何も求めなかったのに。

 

 それを必死に手放した私を嘲笑うかのように隣で苦笑を噛み殺す彼がどこまでも憎らしく――――愛おしい。

 

 

「――――おかえり、なさい」

 

 

「おう、ただいま」

 

 

 そんな短く、待ち望んでいたやり取りを最後に―――私はあっさりと意識を手放しました。

 

 

 

 

-----------------------------

 

 

 

 見覚えのあるはずの顔は随分と痩せこけていて、たった一月会わなかっただけなのにまるで別人のように思えた。

 

 それでも、まさかここまで来て気まずくて引き返すわけにもいかないのでいつもの様にヘラヘラと声を掛けたら見た事もないくらい愛憎入り混じった顔で睨まれ、泣かれ―――聞きたかった言葉を呟いてくれたので一安心した。

 

 俺の簡素な言葉を聞いてそのままぶっつりと動かなくなったので死んだかと思って焦ったが、深い寝息を聞くに寝てるだけの様でまた安堵の息をつく。

 

 そんな彼女の眼の下に刻まれた深い隈に呆れのため息を吐いて、彼女の頭を膝にのせて携帯をいじいじ。とりあえず、俺の度肝を抜いた分刻みのドン引きスケジュールは阻止できたのだから残りの調整は優秀な上司に丸投げさせて頂こう。いや、むしろ今更あれを俺ごときがどうにかしろって方が無理だろ…。

 

 簡素に“文香 確保しました”と送れば“了解しました。絶対安静にさせてください”との無機質な返答。病み上がり一発目に別の人間の看病をするとはお天道様もびっくりである。

 

 そんな状況に頭をガシガシと掻いて溜息一つでケリをつけ、細巻きをプカリ。

 

 その拍子に痛む頬の親の愛にもう一度だけ苦笑と謝罪。

 

 まあ、端的に言えば――退院するときに家族が『もうあんなバイトは辞めろ』という至極真っ当で当たり前の心配をふつうに断ってしまった。

 

 お袋は泣いてくれ、小町は怒鳴り、親父はブチぎれて俺を泣きながら殴った。

 

 そんな光景に本当に愛されている実感と罪悪感を感じつつも、俺は意思を曲げなかった。いま何度思い返したって本当に親不孝者だ。

 

 それでも、たかがバイトなら俺だって家族を優先する。そもそも、ただのバイト先の“アイドル”なら、こんなキツいバイトは既に投げ出してる。

 

 でも、“アイツ等”はもうそんな部分をとっくに踏み越えちまってんだ。

 

 ただの“少女”だったあいつ等が、全力で“何か”になっていくその軌跡は俺が掴めなかった真実の一端だ。ソレは代償行為かもしれない。自己満足かもしれない。それでも、その結末を見届けたいと思ったのだ。

 

 あの輝ける星が、どんな星座を描くのかを―――見届けたいと願った。

 

 頑なに意見を曲げない俺に親父は血でも吐くかのように勘当を言い渡して病室を後にした。お袋が泣きつくのに“ゴメン”なんてしか答えない俺に小町は辛そうな顔で苦言を残してお袋を外に連れ出してくれた。

 

 ほとぼりが冷めたら、土下座をして謝ろうと決意して俺は病室を後にした――直後にこれである。

 

 あれだけカッコつけて、迷惑かけて親子喧嘩してきたのに張本人に“いらん”なんて言われたら目も当てられなかったのでとりあえずは一安心。

 

 

 いまだにチクリと痛む腹を煙で誤魔化す。

 

 それでも、この傷がこの膝で眠る少女につかなくてよかったと心底思う。

 

 だけど、そのせいで自分を滅茶苦茶に追い込まれたんじゃ――意味がない。

 

 そんな普段は大人しい癖に、両極端な同級生に小さく苦笑を漏らした。

 

 

 

 

 こんなんじゃ、まだ――――このアシスタント業も離れる日は遠そうだ。

 

 

 

 そんな安心とも苦みとも取れない独白を、一人胸に抱いて俺は紫煙を空に溶かした。

 

 

 

 

 

 




【KRONE 編】  true end  FIN



NEXT  【your my star 編】   



 Go to the next step …?


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【お届け物にご注意を】



_(:3」∠)_いともたやすく行われるえげつない行為でござる………





 

「んとこら……っしょっと。お掃除しゅうりょう~」

 

 柔らかな木漏れ日が差し込むうららかな午後。私“塩見 周子”はエントランス前に落ちている最後の落ち葉を掃き集めてゴミ袋を気合の掛け声と共に結んで大きく背伸びをしつつ、日課の終わりを誰ともなく呟いた。

 

 こきこきと肩を鳴らせながら自分の綺麗にした部分を見て満足げに一息。

 

 実家を飛び出て早三年。今でこそアイドルなんかやっているが二年近くココで管理人をやっていたせいか、たまの休日でも予定がなければなんとなくこの日課をやらなければムズムズする。―――それに、行く当てもなくふらついていた自分を拾って貰った後に何も言わずに根気よく仕事を教えてくれたチヨ婆への微かな恩返しでもある

 

 結局、アイドルになってしまって手伝えることはうんと減ったけれどもやれることは手伝っているおかげか最近じゃ寮に住んでるメンバーも当番制で手伝ってくれるようになったのでこの程度の作業で済んでいるのは嬉しいやら後ろめたいやら。

 

 そんな自分の独白と共に苦笑を漏らしつつ、おんぼろな寮の物置へ掃除道具をしまおうとした時に、トラックが目の前に止まったのが目に留まる。

 

 多くの乙女が集うこの寮だが学校にアイドル業やバイト、更には趣味なんかで不在であることが多い。なので、郵便物や宅配なんかは併設された管理人用の離れで一旦預かる決まりになっているのだが――いま、チヨ婆はちょうど所用で出ていた事を思い出して爽やかな宅配のお兄さんを呼び止めた。

 

「あ、すみません。その荷物はこっちの管理人室で預かりますわ~」

 

 呼び止められたお兄さんはこれまたCMにでも出てきそうなくらいに良い返事をして一抱えもある荷物を一回でこちらに持ってくる。その様子と自分の兄貴分の気だるげな態度を比較して笑いそうになる。

 

“おにーさんも普段からこれくらい威勢が良かったら―――って、あり得へんな”

 

 爽やかな笑顔でハキハキと対応する様子を思い浮かべようとして失敗し、結局はいつもの彼が出てくる。今更にそんなイメチェンをされたってこっちも困る。そのやる気のないお節介な彼だから、昔の自分は救われた。―――あの人はそのままでいい。

 

 勝手にニヤニヤし始めた自分に不審な目を向けつつも職務を全うすることにした宅配員さんから手渡された受け取り伝票を軽くチェックする。

 

 ないとは思うが、不審物やおかしな送り先が無いかを確認するのも仕事の内だ。

 

 ソコソコの経験年数のおかげで大体は宛先や名前、住所を見れば異常を感じれるくらいにはなっているのだが―――今日はその能力に引っかかるものが一件。

 

「すんまへん。これの宛先ここであっとります?」

 

「へ?―――えーっと、はい、確かにココですね」

 

 私が付き返した紙の内容を確認してたくさんの荷物の中から小さな小包を出して確認する彼。だが、“ソレ”は―――どう見たってここにいる住人が必要とするものではない。

 

 体が資本で、売り物である“アイドル”。

 

 その体は鬼トレーナーの厳正なチェックによって厳しく管理されている。そんな彼女たちは“ソレ”の愚かさと虚しさを誰よりも知っている。そう、その小包の脇にでかでかと表記された――――“これで貴女も今日から巨乳! 豊胸パッドセット!!”なんて誰が必要とするというのだろうか?

 

 

 私じゃなくたって誤配送だって気が付くに決まっている。

 

 

「あはは、もしかしたら宛先を間違ったんかもしれんへんねぇ? 申し訳ないんやけど、それはここでは有り得ん品やから持ち帰って貰ってええですか?」

 

「え、嫌でも…ココで間違いないはずなんですけどぉ」

 

「そうは言ってもなぁ…そもそも、宛名かいとらんし。そんなん買う様な不届きもんは――「しゅ、しゅうこはん…あ、あの……」――あ、紗枝はん! ちょっと聞いてぇーな。おもろい話なんやけどな、ウチにこんなもん届くわけないやんなぁ。 大体が『これで貴女も今日から巨乳! 豊胸パッドセット!!』とかあからさまなパッケージで送られてくるようなん発注の時に気が付かん訳がない………紗枝はん? どないしたん? なんかめっちゃ気分悪そうやけど」

 

 自分の指摘に粘る宅配員に困り果てていると、ちょうどエントランスの隅っこから顔を覗かせた幼馴染に思わず呼び止めて、その商品のあり得なさに同意を貰おうとしたのだが―――いつもの涼やかな表情を浮かべてる彼女が脂汗を浮かべて、顔が真っ青である。

 

 多少の事は飲み込んで耐える京の人間がこんな顔を浮かべるなんてただ事ではない。

 

「あ、あの、しゅうこはん、あんなぁ――「いや、もうそんなんどうでもええよ! 紗枝ちゃんめっちゃ気分悪そうじゃん!! そんな状態で和服なんて着こんで!!……ゴメン、宅配さん。ちょっとこの子体調悪いみたいやから、ソレはとりあえず受け取り拒否にしといて? なんか問題あったらココに文句いって貰っていいから!」

 

「え、ええ。―――まぁ、それじゃ、これだけは持ち帰ります」

 

 少しだけ困ったような顔を浮かべつつも荷物を籠に戻して引き返していってくれた彼に一言だけ大きな声でお礼を言ってすぐさま紗枝ちゃんの手を引き、一階の談話室へと連れていく。やはり、体調が悪いのか足取りは遅く、何かに後ろ髪を引かれるかのように視線は忙しない。

 

 そんな彼女を宥める様にソファーに座らせ、てきぱきと着物を緩めていく。そもそもが男子禁制のこの寮だし、着物の下にだって襦袢があるのだから今は彼女の体調最優先だ。重くしっかりと着付けた着物をできる限り皺にならないように脱がせば、百合の花のように華奢で嫋やかな体が露わになり、上から下までするりとした肉付きは正に着物のためにある理想的な体だ。

 

 そんな彼女の日本人特有の肉体美に、ほうっと息をつきそうになるのを堪えて彼女を休ませる体制を整えてゆく。

 

 青い顔で“あぁ”とか“うぅ”とか呻くだけだった彼女は膝の上にお招きして横にした所でようやくその呻きが止んだ。だが、今度はどうしたことか頬は可愛らしく膨らみ、赤みを帯びている。―――これは、いよいよ風邪かな? なんて思ったり。

 

「とりあえず、今日はお休みやしゆっくり横になっとき。明日になっても体調が戻らんかったら病院いこか?」

 

「いいどす。―――風邪やないもん」

 

 絹のようになめらかな彼女の黒髪を梳きながら言い聞かせるように話しかけると、ちょっと拗ねたような声が返ってくる。ソレが幼い頃の彼女の不機嫌な時の様子にそっくりで思わず笑ってしまう。

 

……ふむ。ここは明るい話題でちょっとでもこの幼馴染の気分を晴らしてやった方がいいかもしれない。

 

 そう思案して思いつくのはやっぱり、さっきの珍事件だろう。

 

 

「なはは、でも、さっきのはおいしい所に出くわしたなぁ紗枝ちゃん。よりにも寄ってアイドルの寮に“偽巨乳セット”だよ? 日本中が把握してるスリーサイズがあんなあからさまなパッド入れたら一瞬でバレてお笑い草やわ。そのうえ、傑作なのがあのパッケージ! 発注する時に梱包状態とか確認しないであんなん送るとか有り得んわ~。あんなの一人暮らしでも受け取る勇気ないよ。いや~、ほんまに―――ん、紗枝ちゃん? ちょ、いたいいたいいたい! なんで私の腿をつねっとn いだだだだだっつっつつ!!???!??!?!?」

 

 

 

「うっさいねん!! あほぅ!! あほぅ!!! 周子はんのあほーーーーーーー!!!」

 

 

 

 その後、涙目の紗枝ちゃんが疲れ果てふて寝するまで何度もぺしぺしと叩かれという理不尽が私を襲った。――――この情緒不安定…生理でイラついていたんだろうか?

 

お詫びに彼女が起きたらホットミルクでも差し入れしよう。そう私は密かに反省をし、心に誓ったのだ。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

――後日談 というか オチ――

 

 

 その数日後―――――

 

 

「お待たせさんどす~」

 

「……」

 

「ん~? そんな女の人をジロジロ見るんは不躾どすえー」

 

「いや、お前が洋服ってのが珍しいのと……意外と着やせするんだな」

 

「ㇺㇷ、ㇺㇷㇷ///。…もー、会って早々に何ゆうてはるん? そら折角の“でぇと”の時くらいおめかしもしますえ~」

 

「……マストレさんに今度、再測定を―――「普段から大きいの見過ぎて目の感覚がおかしくなってるんちゃいます? さっ、いきますえ!!」

 

「何を急にそんな…」

 

「ええから! 今日は最大手のスポンサーの“接待”なんやからバッチリ決めておくれやす!」

 

「もう既に“でぇと”っていう設定から脅迫になってるんだよなぁ……」

 

 

 その日、絹の様な黒髪を可愛らしくお団子にした京都生まれの女の子が随分と楽し気に気だるげな青年を引き連れてとある街を散策していた姿が各所で見られたとか、なかったとか―――――。

 




('ω')ノへっへっへ、どうでしたかね旦那。ココだけの話ですが、画面右上のボタンをポチポチして評価・感想をあげると売人が一層に気張るそうなんですが・・・・・一口のりやせんか?


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釣った男 と 釣られた魚

_(:3」∠)_ゆい、かわゆい………うふふ


 

「“はっちゃん”ってさー、釣った魚には餌をあげない主義?」

 

「はあ?」

 

 現場帰りのマックにて唐突な隣からの問いかけに思わず眉をしかめて目を向ければ 、いまや人気絶頂中のアイドル“大槻 唯”が行儀悪くテーブルに寄っかかりつつちょっとだけ恨めし気な目で睨んでくるのと視線がかち合った。

 

 ギャルという性質か、はたまた本人の資質によるものか話題も興味もくるくる目まぐるしく変わる彼女の言動は長い付き合いでソコソコに理解し始めているつもりではあるが、今日はそれに輪をかけて良く分からない内容である。

 

「よく意味は分からんが……昔、釣りに連れて行ってもらった時は“釣った魚は自然に返すのが粋”だって習った覚えはあるな」

 

「うっわ、一番さいあくなパターンじゃん……」

 

 良く分からないなりに答えてみると一層にげんなりした様子でシェイクをじゅるじゅるする彼女の反応に困惑は深まるばかり。

 

 以前、平塚先生に連れられて行った渓流釣りで習ったその流儀はまぁ確かに俺も思う所があったのは確かだ。わざわざ苦労して取った魚を味わうこともなく戻すのだから何の罰ゲームかとも思ったものだ。だが、まぁ、ソレが“粋”だというのなら仕方がない。―――それに、その近くの養殖場の釣り堀でしこたま釣ってビールと共にかっ喰らった魚だって悪い味ではあったのだから異存だってない。

 

 閑話休題。

 

 問題は、唐突にそんな事を言い始めたこの少女の真意である。はて、釣りに興味があるようには思っていなかったのだが…?

 

「別にいいだろ、自然に帰ってく姿なんて感動的ですらあったぞ?」

 

「唯が魚なら、残さず骨まで食べて欲しいの!」

 

「男らしすぎるでしょ…なに? 大槻家はそんな大自然の厳しい掟に準拠した教育を行ってるのん?」

 

 ターザンかよ。あの歌唱力は雄たけびから生まれてたの? なんて阿呆な事を考えていると今度こそ“うがー”なんて雄たけびを上げ頭を抱えた彼女が一気に詰め寄って牙を剥く。近い近い、ときめきよりも柵のない動物園の様な緊張感に思わずたまひゅんだ。

 

「そうじゃなくて~~!! というか、唯が何も知らないと思ったら大間違いなんだから!! 凜ちゃんとは犬のお散歩、紗枝ちゃんとは京都デート、周子ちゃんとはいっつもいちゃついて、茜ちゃんとのスポーツ、ふみふみとはお勉強デート、フレちゃんとは温泉街、みりあちゃんとかありすちゃん達とは遊園地!! その他にもいっぱいいっぱいサービスしてるのに唯だけ何にもないじゃん!! そ―いう“差別”って良くないと思う!!」

 

「あぁ、“餌”ってそういう事か……」

 

 肩口を掴んでがっくんがっくん揺らしてくる彼女に辟易しつつも彼女の言わんとしている事がなんとなく分かってきた。要は、息抜きに遊びに連れていけという要望だったらしい。――――というか、何がデートだ。全部、仕事の付き添いか引率。後は、買出し等に付き合わされた奴ばっかじゃねぇか。私生活にまで伸びる会社の魔の手に社会の闇を感じるぜ。

 

「いや、なんか不公平そうに言ってるけどお前もスペインとか行ってるじゃん。十分に満喫してるじゃん」

 

「はっちゃん 居なきゃ 意味ないじゃん!!say ho--!」

 

 興奮のし過ぎでラップみたいになった唯がさらにびーびー泣き喚く。

 

 というか、俺がスペイン行ってどうすんだよ。幸子のせいで多くの国に渡らせられ、多少の外国語はいける様になってしまったがポルトガル語までは未習得である。しかも、バラエティーのざっくりした状況じゃなくガッツリしたライブコンサート。当然のように346の海外部門と武内さんでがっちり万端の準備で臨んだ。それでも、一通り観光までしてきて不満をあげるとは解せぬ。

 

「……で、結局のところはどうしたいんだ?」

 

「唯とも遊んでっ!!」

 

「いや、スケジュール的にしばらく無理でしょ…」

 

「もうちょっと粘ってよー!!」

 

 もうめんどくさくなって直截に聞いてみると見事にシンプルな返答を返された。だが、予想通りの言葉を叶えてやるには随分と彼女は人気者で、自分ら事務方はアイドルに対して少なすぎる。

 現状ですら全ての現場を回り切れず半ばセルフマネジメントに近い形で対応してもらっている上に、新人アイドルのアシスタントと数々の書類。その他、雑多な業務が山積している。その上、大槻はあの事件以来さらに知名度が上がり計画された休暇以外はスケジュールがみっちりでその中に彼女単品に時間を割くというのは現状では難しい。ましてや、それが仕事でもなく完全なプライベートとなれば様々な理由で不可能に近い。

 

 今日だって他の現場周りの帰り道に奇跡的な時間の隙間が出来たから様子を見に覗いただけの話なのである。そのことを彼女自身も分かっているのか悔し気に俯いてストローを八つ当たりのように噛んで唸る。その様子に思わず苦笑を堪えきれない。

 

 まあ、世間一般で言えば遊び盛りな彼女らが忙殺されて遊ぶ暇がないなんて実に残酷な事なのだろう。――――あれ、そういえば同じく人生の夏休み“大学生”である俺もこんな社畜生活を送ってるって悲劇過ぎん?

 

 最近、意識から消していたはずの矛盾がふっと浮き上がって俺まで鬱になってきてしまった……完全な巻き添えである。

 

「うぅー、きっとはっちゃんは私の事なんて嫌いなんだぁ。だから、みんなのデートには時間作って私の時は速攻でことわっちゃうんでしょ…」

 

「ついに、めんどくさい彼女みたいな事を言い始めたな…」

 

「え、彼女なんて――はっちゃんたら大胆なんだからも~。そういうのはもっと段階踏んでから、でへ、でへへ」

 

「もう色んな意味でお前に対して不安しか湧かなくなってきたよ……。しかし、“デート”ねぇ…」

 

 いじけたように指を突き合わせて泣き落としに方向転換した彼女は適当な俺の一言で今度は有頂天気味に染まった頬に手を添えてもごもご訳の分からんことを口走る。こんなにちょろくてこの娘は一般社会でやっていけるのか不安に思いつつも思考は別方向へそれていく。

 

 そもそもが――――“デート”とは何をもって定義するのか?

 

 辞典なんかじゃ“男女の仲を進展させるための行動日程”的な言い方で総括されてるし、単純に“日付”ってこともあるが―――まあ、“友人”っていう言葉の定義よりは優しい言語である。だが、困った事に人生経験の少ない自分はそういった経験が著しく少なく、その数少ない経験が一色との予行練習と、由比ヶ浜に呼び出された水族館で一般的なものとは随分かけ離れている。そんな中で、この少女が求める“デート”というものの定義にちょっとだけ興味が湧いた。

 

 いや、正確には―――“普通の人”がどう思い浮かべ、どう感じるのかが気になった。

 

「大槻、お前的にはどんなのが“デート”になる訳?」

 

「へ? えーっと、そりゃあ……好きな人と一緒にお出掛けしたり、ご飯食べたりー、後は遊んだりじゃない?」

 

「―――そう、だよなぁ。というか、普通はめんどくさい事抜きにしてそういう気持ちを届けたくて、重ねたくて誰もが普通にやることだよなぁ……」

 

 きょとんと、当たり前の事のようにそう答える彼女の純粋さがちょっとだけ新鮮で、新鮮に想う自分のひねくれ加減につい苦笑を漏らした。

 

 そして、人からの“好意”というものを病的に疑う自分にはやっぱり永遠に関係のない単語だという確信を得て俺は密かに安堵の息をつく。好意とか、善意とか、繋がりだとか―――そういう勘違いを重ねて出来た俺の古傷は優しく疼いて俺の新たな過ちを正してくれる。

 

 そういう世界と自分の“ズレ”への実感は、俺を正しく導いてくれる。

 

「残念ながらデートは出来そうにないが―――息抜き程度なら付き合ってやるからそれで勘弁してくれ」

 

「えっ! マジっ!! やった!! ねぇねぇねぇ、どこ行こうか! うわぁ、がぜん明日のお仕事にやる気出てきたー!!」

 

 無邪気に、現金に。文字通り飛び上がって喜ぶ彼女に溜息一つ吐いて俺はコーラを流し込みつつ思う。

 

 “好意を寄せあった男女の逢瀬”が“デート”の定義ならば、きっと自分は一生ソレを体験することはできない。―――それでも、お疲れでグロッキーな少女の気晴らしに付き合う程度ならば自分にだってできる。

 

 好意だの、愛情だのは結局、知ることが出来なかった自分だが、少なくとも“親愛”程度はあの高校生活で得たつもりだ。だから、その線引きを慎重に見極め、越えないように、越えさせないように―――曳かれ者の小鬼は臆病に、皮肉気に沈みゆく夕日に手をかざす。

 

 

 祈るように、懺悔をするように、身勝手に手を重ねる。

 

 

 将来、この少女がつく傷が。

 

 勘違いが、どうか浅いものでありますようにと。

 

 

 かつて、あの教室で共に罪と傷を背負った俺たちのようになりませんようにと、身勝手な願いを静かにこの少女に押し付けた。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

――後日談 というか 蛇足――

 

 ~とある事務所でのつまらない会話から抜粋~

 

チッヒ「比企谷君」

 

八「なんすか」

 

チッヒ「最近、アイドルの娘達の会議で苦情が上がってきまして…」

 

八「……苦情? ハハッ、ついにピンハネの多さに断罪でも?」

 

チッヒ「ええ、なんでも“一部のアイドルだけスタッフに優遇されている”という内容でして…ねぇ、心当たりありません?」

 

八「……ないっすね」

 

チッヒ「そうですよねぇ。唯ちゃんと桜見に行ったり、美波ちゃんとお買い物したり、蘭子ちゃんとハンバーグ食べに行ったりなんかしてない貴方には…関係ない話題ですよねぇ?」

 

八「…………(冷汗」

 

チッヒ「当方としても、そんな根も葉もない噂を根絶するためにこんなものをアイドル達に配布することにしました」

 

八「“スタッフわがままチケット”?」

 

チッヒ「ええ、このチケットを使うことによって我々スタッフにできる範囲で我儘を言えるという名目です。これによって、不公平性は―――なくなるでしょう?」

 

八「ちょ、まっ!!」

 

チッヒ「おだまりなさい!! 誰のせいでこんなの作る羽目になったと!! というか、篭絡して操るならもっと骨の芯まで徹底的に骨抜きにしなさいとあれほど―――!!」

 

八「前から思ってましたけど、本当にクズだなアンタ!! というか、どうすんすかこんなん!!」

 

 

―――――喧々諤々――――――

 

 

 今日もデレプロは騒がしく平和であったそうな。

 

 

 

 FIN

 




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カリスマJKはアイドルに夢をみるのか

さて、かつてご要望にあった美嘉√の再録・統合でしゅ。ついでに真・美嘉√での更新(笑)

時系列を纏めて公開するにあたりこれだけ抜けてると分かりにくかったので…_(:3」∠)_

自作本編の黎明期編メンバーのデレプロ参加説明会。そこの美嘉視点から物語が始まります。

カリスマへと駆け上がる前の未熟な彼女は何を思い、どんな道を掛けていくのか、見守ってやってください。


さてはて、いつも通りなんでも許せる心広き方のみ前へとお進みくだされーな。


 電車に揺られる事40分。埼玉から華の東京までに掛かるこの時間を長いと思うか、短いと思うかは少々意見が分かれそうな所だ。まあ、命短し女子高生としては結構に痛恨なロスタイムではあるのだろうが私はこのぼんやりする時間が嫌いではない。新しい流行に店。たまに参加する読モの撮影は埼玉の片田舎には決して見つからない刺激的な時間。そこで自分がイイナと思ったモノを取り上げて貰える事を想像すれば、この待ち時間も思いのほかあっという間だ。

 

 だが、今日の私の手に握られているのは女子高生を騒がせるファッション誌では無く、ちっぽけな紙切れ一枚。書かれているのは可愛げのなさそうな男の名前と、誰でも一度は聞いたことがある様な大手プロダクションの部署名。何度見直してみたって変わらないその文面に小さく鼻を鳴らしてみる。

 

 前回、撮影で東京まで足を伸ばした帰りに呼び止められ渡されたこの名刺と伝えられた説明会の時間。まあ、もしドラマならばココから才能を開花させてステージを駆けあがって行くようなお涙ちょうだいの展開が始まるのだろうが、そんなご都合展開を期待するにはちょっと現実は厳しい事を知り過ぎている。

 

 定期的に参加している雑誌の撮影だって、カリスマだと銘を打って表紙を飾った事があってもそんなのは一瞬の栄光だ。ちょっと何かの歯車がずれればあっという間にお役御免の儚い役柄。ソレに気がつかずに栄光におぼれて、自分の流行を忘れてた女の子が切られていくのを見送ったのも一度や二度ではない。

 

 自分が輝いていられるウチにやりきって引退。それくらいがせいぜいのポジションなのだ。だから、きっとこの良く分からない男の誘いもソレに準じたものである可能性は高い。良くて新しい雑誌のネームバリューの為の一時的な専属契約。悪くて、まあ、碌でもないお誘いといった所だろうか。妹が騒ぎはするが、自分なんてその程度の存在だという分は守らなきゃいけない。ソレを忘れるなんてちょっと痛すぎる。

 

 大体、渡された名刺と名前だってこの人の下の下の下の、子会社の事務所の社長を紹介するまでの餌でしかないかもしれない。そんな事に頭が回らないほど軽いと見くびられていた事にも腹が立つ。あんまり舐めた態度を取ってくるようなら一発かまして帰ってやろうと心に決めて小さくため息を吐く。

 

 吐きった息を吸い込むように顔を上げればだだっ広い埼玉の空は数多の魔天楼にめった刺しにされ窮屈そうにしているところだった。

 

 

 

 はて、心を弾ませていた東京がこんなにも窮屈に感じる事があるように感じたのは、いつからだったか。

 

 

 

 そんな独白を抱えて”城ヶ崎 美嘉”はもう一度小さくため息をついた。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「いやいやいや、冗談っしょ?」

 

 紙に書かれた住所を頼りにえっちらおっちらと、そびえ立つビル群を抜けてようやく鳴る携帯からの案内終了の音声。こんなに歩かせやがって、一体どんな所にある喫茶店なんだと強気に睨んでみた先に現れたのは―――お城だった。

 

 赤い煉瓦に包まれ、その頂点から見下ろす荘厳な時計は他のビル群を圧倒する華やかさ。そのダンスホールの様な玄関には多くの人が行きかい、その誰もが自分がなけなしのおこずかいで飾りつけた制服なんて比べるべくもない高価な身なりに身を包んでいる。馬鹿みたいに固まるしかなかった視線を何とか動かして住所と地図を確認してみれば無情にも間違いはなく。

 

 もう一度正面から見直したそのダンスホールの入口に金縁で彩られたその看板。

 

 

”346 プロダクション”

 

 

 その文字に、息を呑む。

 

 さっきまで考えていたような打ち合わせは、普通、本社でなんかやったりしない。事務所がちっちゃくてもあればいい方で、喫茶店でギャラや交通費の話をして、日程を確認するくらいのもんだ。そこまでが一介の読モの許容の範囲内の話だ。

 

 入り口に入ることすら戸惑っている自分が、こんなところで何の打ち合わせをさせられるっていうのか?

 

 固まる身体に、から回る思考。それでも、周りの視線は嫌というほど感じる。それが悪意ばかりでない事は分かっていても、被害妄想が勝手に追いすがり空回りと羞恥に拍車をかける。それが切っ掛けだったとは思うが、良くは分からない。そんな冷静な自己分析とかそんなん脇に捨てて、今すぐこの場を逃げたかった。それだけを考えて咄嗟に振り返り駆け出そうとし―――

 

「ぐっ!!」

 

「きゃ!!ご、ごめんなさい!!」

 

 思い切り人に突っ込んでしまった。結構な勢いでぶつかり相手も自分も倒れ込んでしまったが、咄嗟に相手の安否を確認する。すらりとした手足と黒い髪に特徴的なアホ毛が一本。そこそこ悪くない容姿の筈なのに胡乱気にこちらに向けられたその目の濁り具合に一瞬息を呑んでしまう。その間を、なんと取ったのかその人はなんて事のないように立ち上がり手を伸ばしてくれる。

 

「…急に走るとあぶねぇぞ」

 

「あ、はい、ホントに、済みませんでした。…あの、怪我ってありませんか?」

 

「いや、そっちこそ大丈…」

 

「?」

 

 伸ばされた手と存外に柔らかい声音に詰めていた息を吐きながら、その手を取ってもう一度怪我の確認をすると彼が中途半端な所で言葉を留めた。やっぱり何処かを怪我したのかと彼の目線を追えば、あの名刺が落ちているのに気がつく。ぶつかった表紙に落としたのだろうが、ちょっと拾う気にはなれない気分だ。

 

「ああ、ごめんなさい。落としてたみたいですね。まあ、悪戯だったみたいなんでいらないっちゃいらないんですけど…」

 

「ん、悪戯?良く分からんけど、お前が最後の参加者みたいだな。着いてきてくれ」

 

「は?」

 

「いや、時間もギリギリだしさっさと行くぞ。ウチの事務員わりかし時間に厳しいしな…」

 

 ドンドンと進む彼に手を繋いだままの私も引っ張られ、あれだけ萎縮していた玄関ホールもあっさり横切って奥へ奥へと連れて行かれる。様々な疑問と周りの奇異の視線、急な展開に頭も口も上手く動いてくれない。たまに洩らす言葉は彼の見当違いの解答に遮られ、結局なにも分からぬまま引きずられてある扉の前で彼はようやく止まった。

 

 そこで彼は私の手を握ったままだった事に気がついたのか罰が悪そうに”悪い”と呟くように詫びて、扉に向き直った。

 

「比企谷っす。最後の参加者を連れてきました」

 

「どうぞ、入ってください」

 

 軽いノックと問答の末に開かれた扉。その先にいた八人が―――

 

 生涯、ずっと隣を駆け抜ける戦友になる事を、私はまだ、知らなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ああ、良かったです。何か事故にでもあったのかと心配していましたので。どうぞ、おかけください」

 

「あ、その、遅れてすみませんでし、た」

 

 見た目と違って低く囁くような声なのに不思議と耳に残るその声に言われて初めて気がついた。そうか、勝手に欠席していたらバックレを疑うものかと思っていたが、この人は、いや、もしかしたら普通の人は最初にそういう心配をするものなのか。そんな当たり前のことに気が回らなかった事が恥ずかしくなり、バックれようと思っていた後ろめたさから素直に頭を下げたくなった。

 

 ソレを見た強面の彼が微かに頷き、もう一度席を勧めてくれたので素直にそれに従って同じくソファに腰を下ろす集まった彼女達をそれとなく眺める。

 

 年齢を感じさせない美女、朝のニュースで見た事のあるオネーさん、目元を髪で隠している寡黙な少女、興味深げに部屋を見回す溌剌とした子、緊張に手を握り締める可愛い子、ふんわりしてるのに何処か儚さを感じる少女、なぜか自信ありげに腕を組んでる変な子、それとオマケに何にもない空間に微笑むヤバい子。

 

 ……いや、マジで何の集まりだコレ?

 

 ついでに言えば、ヤクザ顔負けの強面の偉丈夫。完全に淀み切った目玉の根暗系のアホ毛さん。能面のように笑顔を崩さない事務員っぽいお姉さん。ココにいる業界側の人も明らかに堅気じゃない雰囲気がプンプンする。え、うっそ、結構マジでヤバ気な打ち合わせだったりする?え、こんなおっきな会社だと逆に揉み消されちゃいそうで怖くなって来た。えー、マジ大丈夫かこれ?

 

「皆さんが揃いましたので、説明会を始めさせて頂こうと思います。まずは、皆さんにお声掛けさせて頂いたプロデューサーの武内と申します。今日はよろしくお願いいたします」

 

 その声に、そぞろだった彼女達の意識が彼に、武内Pに向けられた。その鋭い視線はその圧を受けても微塵もたじろぐ事もなく、言葉は紡がれていく。

 

武P「まずは、お手元の資料をご覧いただく前に簡単な説明をさせて頂きます。あなた方は346プロが新たに立ち上げる”アイドル部門”の先駆けとなる”シンデレラプロジェクト”の創設メンバーになって頂きたいと思いお誘いさせていただきました」

 

 そのあまりに堂々とした語りに聞き逃しそうになるが、その声には多くの疑問が残る。当然、その疑問はココにいる全員が聞き逃すほど甘くはない。みた事のあるお天気お姉さんが苦笑をかみ殺したように挙手して、発言の意志を示す。

 

「どうぞ、瑞樹さん」

 

「あー、まあ、自分で言うのもアレだけど、私や楓ちゃんが"アイドル"ってのを名乗るにはちょっと無理があるんじゃない?おばさん、って程じゃないにしてもお客さんだってみるなら若いこの方がいいでしょ。ましてや、レギュラー番組落とされたオチ目なんか使ったらそれこそ先駆けの汚点になっちゃうわ―――それとも、そういう話題つくりなのかしら?」

 

 上品に笑ってネタとして処理しようとしてくれているのだが、最後のその一言だけは隠しようのないほどに怒りが滲んでいて、部屋の温度が数度下がった気がする。その目は真っ直ぐに武内Pをつら抜かんと向けられるが、彼はソレを真っ直ぐ受け止めて口を開かんとする。

 

「……そもそも、私にも向いていないでしょう。見た目通りの、性格ですから」

 

 開きかけた言葉を紡ぐ前に、ぞっとするような小さな声が部屋に響いた。囁くような声で耳に響くのも武内Pと変らぬのに、ここまで発する人で印象が変るものかと思い知らされる声。

 

「むむ、なんだか難しい話になってますね。良く分かりません!!」

 

「わ、私は!アイドルになれるなら、全力で頑張ります!!」

 

「まあ、僕一人いればそれだけで事足りそうですけどね」

 

 そんな思い思いに発される言葉に、部屋の統制はすぐに無くなってそれぞれが勝手に話しだす。まあ、言ってしまえば”学級崩壊”って奴である。こうなったら、立てなおす事なんてほぼほぼ不可能だ。懸命に語りかける糸口を見つけようとするプロデューサーの熱意は認めるが、ソレだって効果があるかは分からない。

 

 意志が、目的が固まっているからこそ集団は纏まる。それ以外にだって、共通点や話題、性質の近しいモノでなければいつかは必ず分裂する。ましてや、こんなに個性が尖り過ぎている様な連中にあんな言葉を投げかけたならばこうなるのは当然だ。張っていた肩ひじは倦怠感と疲労で緩くおちていく。こんな後味の悪い、良く分からない事の為にココまで来たのか、という感覚がもっとソレを強めるなかでなんとなく考える。

 

 ココまでグチャグチャになった集団を纏める方法なんてたった一つ―――――

 

 

 

「紅茶の入れ方って、こうちゃう?ふふ、いい出来です。紅茶もダジャレも」

 

 

 圧倒的な支配力を持ったトップ以外、ありはしないだろう、と。

 

 

 浅草色の髪の彼女はいつの間に席を立っていたのか、ふんわりと室内に漂う紅茶の柔らかい薫り。ソレに付随して聞こえて来たギリギリのギャグセンスに喧騒に包まれていた部屋が静まり返った。その呆気にとられているウチに、紅茶がそれぞれの前に手際よくおかれていく。

 

「高垣、さん」

 

「まあまあ、皆さん初対面でココまで話がはずむのも結構ですけど、プロデューサーのお話を聞いてからでもいいじゃないですか?それから、やるかやらないか決めたって言いわけですし」

 

 けらけらと笑う彼女と紅茶に好き勝手に話していた彼女達がちょっと気まずげに席に着いて、小さくプロデューサーに詫びる事によって、この会議は首の皮一枚で繋がった。その事に戦慄を覚えた。

 

「あ、そうそう。それと、一番最初の瑞樹ちゃんの質問に対しては大丈夫みたいですよ?この前から、私もこの部署で歌わせてもらってますから!なんでも、年齢とか売れない元モデルとかは関係ないそうで」

 

「え、っちょ!?そんなの聞いてないわよ!!てか、騙されてない楓ちゃん!?」

 

「むー、信用がありませんねー。あ、あと、挙手しないで勝手にしゃべる悪い子は罰ゲームですからね?ダジャレ三つ発表してもらいますからねー。ではでは、どぞー」

 

 あんまりに軽く閉められたその言葉から、渡されたバトン。小さく、だが、しっかりと頷く彼の目に先ほどのとまどいはない。その目に、各自は言いたい事を一旦ひっこめて聞く体制になる。ソレを確認した彼は再びゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

「まず、始めに、自分の説明不足から混乱を招いてしまい申し訳ありませんでした。しかし、自分がここに集まって頂いた皆さんを集めたのは奇をてらってや、酔狂などでは決してありません。私は、本気で、アナタ達に”アイドル”の輝きを見たのです」

 

 

 声量も、口調も、何一つ変わらない。それでも、その声に含まれた焦がれてしまうほどの熱量と意志の固さに全員が息を呑んだ。そんな私達を彼は順番に名を呼んでいく。

 

 

「小日向 美穂さん」

 

「は、はい!!」

 

「オーディションでは緊張して聞く事が出来なかったアナタの歌声を高架下で一人歌っているのをお聞きした時、自分は確かに心を魅かれたのです。優秀ながらも、挫折を何度も知っている貴方の優しい歌声だからこそ人に寄り添うのです」

 

 

「日野 茜さん」

 

「ハイ!!」

 

「階段を踏み外した少年に迷うことなく助けて、泥だらけなのに笑って去って行くアナタに眩さを感じました。アナタのその輝きがステージで爆発する所が、見てみたいのです」

 

 

「鷺沢 文香さん」

 

「…はい」

 

「比企谷君と本の話をするアナタはとても輝いていた様に見えました。あの輝きをステージで新しい物語にしてみませんか?アナタには十分にヒロインになる資格がある」

 

 

「白坂 小梅さん」

 

「はーい」

 

「早朝の霧深い暁に彷徨うアナタを見たとき、思わず目を見張りました。たった一人、ビル街で踊るステップはまるで誰かとロンドを踊っているように軽やかで、見た事もないそのテンポに可能性を感じました」

 

 

「佐久間 まゆさん」

 

「はぁい」

 

「撮影現場でお話しした時、アナタの柔らかい人柄からは想像ができないほど何か飢えているように感じました。きっと、ソレを埋められた時にアナタは誰にも負けない輝きを放つと確信しています。それがきっとステージにはあると思うのです」

 

 

「輿水 幸子さん」

 

「ふふーん、ようやく僕の番ですかまったく「とても可愛らしいです。そのリアクションはきっと世界に届きます」ちょっとぉ!!

 

 

「川島 瑞樹さん」

 

「はい」

 

「アナタのアナウンサーとしての実力、気遣い、全てがたゆまぬ努力の上に成り立つものだとお察しします。そして、それが年齢などという小さな問題ですげ変えられるのが自分は堪らなく残念です。しかし、おかげでアナタをこうしてお誘いすることができました。その真摯な姿勢と高い実力で、メンバーをどこまでも導いて貰えないでしょうか?」

 

 

 一人一人に語りかける様なその口調で、彼はゆっくりと選んだ理由を語って行く。その一つ一つは決して特殊な事ではない。だが、間違いなく彼女達の核心に触れるものだった事は問いかけられた後の彼女達の顔を見れば分かる。そんな中で、遂に私の名前が呼ばれる。

 

 

「城ヶ崎 美嘉さん」

 

「…はい」

 

「撮影現場でアナタを見たとき、とても窮屈そうにしていた事を覚えています。人に、流行に、周りの全てに気を使ってファッションを使いこなすアナタは、きっと本当の自分を押し込めているのではないでしょうか?気遣ってあれだけの輝きを見せるアナタが、本当に全力を出したらどれだけ輝くのか、私は見てみたいのです」

 

「―――っつ!!!」

 

 言われた言葉に頭が真っ白になるくらいの怒りが燃え上がった。頭の奥で、ずっと歯がみしていた事をあまりに簡単に見抜かれた羞恥と、ソレが出来ないからそんな思いをしているのだと言う鬱屈していた怒りが目の前の男を睨みつけさせる。言葉を飲み込んだのはほとんど奇跡だ。

 

 睨んだ先のその瞳は一切揺らがずにずっとこちらを見つめて、さらに言葉を重ねる。

 

「私は真剣にアナタ達の”輝き”に惚れこんでお声を掛けさせて頂きました。既存の安っぽい先入観など必要ありません。”アイドル”と言えば誰もがアナタ達を思い浮かべる、そんな概念を創りましょう。それが”シンデレラプロジェクト”なんです」

 

 あまりに大真面目な顔で、目の前の男はそういうのだ。

 

 聞いた人が思わず失笑してしまうような”恥ずかしい理想”をなんの衒いもなく言い切って見せるのだ。

 

 その自分にはない強い意志と、無謀さが、心の奥底に押し込めていたガキっぽい好奇心を、無情な世界に尻込みしていた夢を引きずり出す。流行を先読みし与えられた”仮初のカリスマ”なんてモノではなく、自分こそがその流れなのだと気ままに歩いていく“本物のカリスマ”。改めて考えてみても、あまりに馬鹿らしい理想。妄想と言ってもいい。

 

 だが、この男は、その先を見せてくれと言ってくれるのだ。

 

 ふと、周りを見回してみれば、他のメンバーも迷いながらも、まんざらでもない表情。どうにも自分たちはこの人たらしに載せられつつあるらしい。

 

 

 だが、自分はそれでもいいかと思ってしまっている。

 

 

 どうせ、枯れると分かっている花を惜しんで萎ませるならば、ぱっと散らしてみるのも悪くないとその瞳を見ていると思ってしまったのだ。

 

 

 あとは、野となれ山となれ。そう思ってちょっとやけっぱちになって口を開く。

 

 

「”城ヶ崎 美嘉”。一応、カリスマJKって事で雑誌にもでてる。何人が残るか分かんないけど―――よろしく」

 

 

 

ーーーーーーーーーー 

 

 

 

 結局、その場にいる全員が参加を表明し、本来の契約内容や、レッスンスケジュールなどの話しあいが終わった頃には陽は傾いてビルの隙間から眩く指してくるような時間になっていた。ゾロゾロと連れだって出口へ向かって歩いている私たちの先頭を案内役として歩いているアホ毛の人になんとなく歩調を合わせて問いかける。

 

「プロデューサーっていっつもあんな感じなの?」

 

「…困った事にな。まあ、でも」

 

「でも?」

 

「あの人が口に出して実行しなかった所はまだ見た事がねぇなぁ」

 

「…ふーん」

 

 溜息をつきながら苦笑する彼が力なくそういうのを聞いて、こっちも気のない返事しか浮かばない。

 

 きっと、言うほど楽じゃないのは分かってる。

 

 それでも、鬱屈して大好きだったファッションにも諦観をもっていた数時間前よりかはマシな気分だった。

 

 玄関に出たところで、空を見上げれば相変わらず並び立つ魔天楼に押し上げられた空は窮屈そうにしている。でも、きっとコレは自分が地べたで蹲っていじけていたからそう感じるのだろう。

 

 埼玉の様に、明るく、吹き抜けた空をこの都市で見たいのならば、どこまでだって高みに登って一番高い場所に上るしかないのだ。

 

 そう考えると、さっきの選択も悪くはない。

 

 トップアイドルになって、カリスマJK。

 

 そこまで上り詰めたなら、きっと想い切り好きなファッションをしてやろう。

 

 そんな野望を胸に小さく空に伸ばし、私”城ヶ崎 美嘉”は小さく笑う。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 城ヶ崎 美嘉   性別:女   年齢:16歳

 

 埼玉片田舎のなんちゃってカリスマGAL(田舎に一人二人いる感じのおしゃれさん。超一般家庭に生まれ育ったため見た目に反して考え方や思考は常識人でかなり古風。そのため、読モなどに抜擢されてチヤホヤされてもそれが一瞬の事であるとかなり冷めていた(超根暗。しかし、ファッションには強い興味があったため取り上げられるのはやはり嬉しく(ちょろい)せっせと東京に通っていたところを武Pに捕獲されて本編に。処女である。

 

 彼女は、カリスマへの道をいま歩み出したのだ。

 

 

 

 武内P      性別:男    年齢:30前半?

 

 346の有望な若手プロデューサー。しかし、陰謀渦巻く策略によって大型企画”アイドル部門立ち上げ”という企画を丸投げされた苦労人でもある。ただ、持ち前の生真面目さで仕事に取り組む紳士で情熱の人である。

 ある事情によってちょっといざこざを起こしてしまって以来、社内では”変人”と名高い。

 

 

 

 比企谷君     性別:男   年齢:19歳

 

 バイト。目が淀んでる。

 

 

 

 



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”灰かぶり”と”魔法使い”の始まり

_(:3」∠)_再録、さいろくぅっ!♡


 息を深く吸い、頬を張る。じんじんと痛みを伝える頬のせいで滲む視界をキッと見上げれば気どった時計塔がこちらを悠然と見下ろしてくる。そいつから視線を下ろせば、お高い服に身を包んだ社会人がうぞうぞ行きかっている。だが、時計塔が何するものか。お高い服が何ぼのもんか。

 

 こちとら、学生の正装と書いて学生服。お金では買えない若さの象徴!! いったれ、城ヶ崎 美嘉!!そんな激を自分に入れて力強い一歩を―――

 

「…お前、玄関ホール前で20分も何の儀式してんの?」

 

「うきゃあっ!!」

 

 踏み込まんとしたその瞬間に声を掛けられ心臓となんかが一緒に出て来た様な声を上げてしまい反射的に振り返れば、この前みた不思議系ヤバい子”白坂 小梅”ちゃんを肩からぶら下げたアホ毛”比企谷”さんが不審げにこちらを見てきているが、自分の状況こそ振り返ってみて頂きたい。即通報レベルの事案だ。

 

「な、なに!! びっくりさせないでよ!! 不審者として通報するよ!!」

 

「いや、俺が声をかけなきゃ今まさに警備さんがお前に声かけるところだったんだけど…まあいい。とりあえず、視線が痛いからレッスン室に移動しながらだ」

 

 疲れたように失礼な事を呟いて彼が勝手に歩き出してしまうので、渋々とその背に着いていく。―――いや、ちょっとだけ、一人で踏み込むのに怖気ていた訳ではない。文句が言い足りないので着いていくのだ。他意はない。

 

「で、カリスマJK。20分も玄関先で突っ立ってる謎の儀式はなんだったんだ? 埼玉の宗教?」

 

「埼玉を馬鹿にしてんならぶっ飛ばす。…武者震いって奴よ、武者震い。というか、見てたんなら声かけろし。通報するよ?」

 

「あれが武者震いなら戦国時代の戦がマジべー絵面になるな…。てか、流れる様に通報しようとするの止めてくれる?」

 

「んー、あの人が”戦の前の昂ぶりは必然に候”だっていってるよー」

 

「「……あの人?」」

 

 急に少女が発した言葉と、二人で指されるままに指先を追ってみれば立派な観葉植物とお高そうな絵画が飾られるのみである。振り返って確認するように少女に目を向ければ、力強く頷いて微笑んでくる。

 

「…この話題終了」

 

「異議なし」

 

「え、でも”あの人”がまだ何か「「放っておきなさい」」

 

 シュンと残念そうに俯いちゃった少女には悪いが…嘘やん。もう、その曇りなき眼が既に怖すぎる。え、あれだよね。子供特有のイマジナリ―なんとかって奴だよ。きっとそうだ(断定。だから、そのリアルに私たちの隣を歩いてる人を眺める様な視線を逸らしてください。

 

 必死に謎の恐怖体験から意識を逸らすために周りに視線を彷徨わせると、妙な事に気がついた。

 

 随分と、周囲の人から視線を集めている。しかも、女の直観に従うならば、良くない雰囲気のソレだ。

 

「…ねぇ、ウチの部署って『随分』と注目されてるんだね。やっぱ『話題」になるくらい有名なの?」

 

「そりゃもう良くも、悪くもな」

 

 あっけらんかを通り越して、投げやりにすら聞こえるほど気楽なその肯定に思わず面を喰らってしまう。

 

「嫌味に気付かないのは論外だけど、誤魔化されるもんかと思った…」

 

「別に遠からず耳に入る。ソレに武内さんだって煩わしい思いをさせない様に気は使っても、隠そうとなんて思ってないだろうしな」

 

 前を歩く彼は一つの扉の前で立ち止まって、こちらに気だるげに視線を送ってくる。

 

「何より、誤魔化し続けた先に出来たもんなんて[[偽物 ]]だ」

 

「……」

 

 向けられたその言葉に、淀んだその瞳の奥が一瞬だけきらめくのを感じて息を呑む。それは、彼らの決意の表明の様であり、こちらの覚悟を問うものだったと遅れて気がつく。試される様にちょっとだけ開けられた扉。

 

「馬鹿に、すんなし」

 

「そりゃ失敬」

 

 彼を押しのけるように扉をあけ、一睨み。苦笑するその顔が憎たらしい。

 

 私は、この男が、好きになれそうにない。

 

 

----------------------

 

 

 

「あら、こんにちわぁ」

 

「…ペコリ」

 

 扉を開けた先にはレッスン開始時間まで結構あると言うのに既に先客が二人もいた。ふわりとした印象の”佐久間 まゆ”ちゃんと、もの静かな”鷺沢 文香”ちゃん。二人とも何をしていた訳でもなく寛いでいたのか、思い思いに本や雑誌を片手に挨拶をして来てくれるので軽くこちらも返す。しかし、少々間が悪かった。あんな込み入った話をココでするわけにもいかないだろうし、日を改めた方がいいだろう。そう思い、彼にアイコンタクトを送ろうとするが―――

 

「で、”シンデレラプロジェクト”の悪目立ちしてる理由を聞きたいんだったか?」

 

「ちょ!!ここでその話すんの!?」

 

 いきなりぶっちゃけてくる彼に思わず突っ込んでしまう。何をいきなり言い始めるのかと睨んでみると彼は小さく肩をすくめるばかりだ。

 

「言ったろ。別に隠すつもりもないし、遠からず耳に入る事だって。それに、まあ、ここにいるメンバーならまあ大丈夫そうな気がせんでもない。知らんけど」

 

 そんな適当な返しにこっちは溜息しか出ない。さっきの妙に気合いの入った問答はなんだったんだ。見れば先にいた二人も顔を見合わせて首を傾げているのだから今さら待ったも効きはしないだろう。落としていた肩を更に落として、目線だけで睨むように先を促す。勝手におっぱじめたのだからそっちで責任持って処理しろ、とそんな意志が伝わったのかどうか彼は”大した話でもない”と前置きをして語り始める。

 

 

 それは、全てを捨てて”シンデレラ”に手を伸ばした愚かな魔法使いのお話だった。

 

 

―――――――――

 

 

 

 最初はこの”アイドル部立ち上げ”の大仕事は、かなりの人員・経費が動員される予定の大規模な計画だった。金と人が動けば当然、権力や横領だって起きてくる。それ自体は偉い方々には喜ばしい事だけどな、自分以外の誰かがその席に座るのは我慢できない。でも、自分が座るには邪魔や障害が多すぎる。そんな、やんごとない問題の解決策をどっかの誰かが思いついた。それが、未曾有の大抜擢”武内プロデューサー”の始まりだ。

 

 ざっくり言えば、実績ある若手に泥は全部被せて、皆で美味しい汁を分け合いましょうって寸法だな。黙らせるのも従わせるのも簡単で、問題が起きればしっぽ切りに使って自分達に危害は及ばない。そんな画期的な案は満場一致で採用され、息のかかった駒を送り込んで出来たのがこのアイドル部門だ。

 

 あ?まだ途中なんだから最後まで聞け。んな、怒鳴んなくても聞こえてる。あー、どこまで話したか…ああ、そうそう。

 

 そんな部門だけどなお偉い方々が力を入れただけあってな人材も予算も相当なもんだった。アイドル候補の子は本当にもうプロ級の子ばっかをかき集めてオーディションしてたし、腐っちゃあいたが事務や広報だって優秀だった。得てして、欲望に忠実な人間が優秀てのはよくある話だ。まあ、そんなこんなで、おそらくそのままレールに乗ってりゃ内実はともかく成功間違いなしな状況だった訳だ。まあ、武内さんが汚職を認めていなくても部下の9割が裏切り者なんだ。どうとでもされていただろうな。

 

 そんな美味しい苗床の完成が近づいてきて誰もが舌なめずりをして、皆が諸手を上げかけた時に事件は起こった。

 

 武内さんが突然、採用予定だった候補者全員を不採用にしたのさ。

 

 会社中が正気を疑った。上司も、お偉いさんも、揃って武内さんを呼び出して怒鳴りつけた。再考をさせようとあの手この手を使った。だが、”選抜・採用の全権は自分にある”とだけしか言わずに頑として首を縦に振らなかったそうだ。極めつけには”本当のアイドルとは、星とは一片の曇りなく輝いていなければならない。ソレを見つけてしまった私には偽物を掲げる事は耐えきれない”だとか言いきって、その場を立ち去ったてんだから、いよいよ偉い人は怒髪天だ。

 

 そんなあの人の周りから、人も金も一瞬で消えさった。あれこそ、俺には圧巻だったがな。100人以上いたプロジェクトが一瞬で10人になった様は狐につままれた様な光景だったぜ。その残った人員も、武内さんが全てを捨ててでも手を伸ばした”シンデレラ”を見て、罵声と共に去って行ったよ。寿命は10代から20代半ばと言われてるこの業界で、彼女は未経験の上に、23歳。その人達を責めるのは少々酷だな。

 

 残ったのは、今いる人間と、その”シンデレラ”だけ。

 

 ”高垣 楓”と”武内 プロデューサー”。命名権を持ってる偉い人達が、その二人を皮肉って付けられたのが”シンデレラプロジェクト”だ。

 

 

 そこに入ってきた新入りの”灰かぶり”。注目と話題を掻っ攫うには十分な出来事だろ?

 

 

―――――――――

 

 

 語り終わった彼は備え付けの冷蔵庫に入っていたコーヒーを取り出しつつ、苦笑する。だが、その情報量の濃さに、眩暈がする。そして、何でこんなニッチなメンバーばかりに声が掛かったのかも、謎が解けた。きっと、プロデューサーがあの日言った口説き文句に嘘偽りはない。そんな器用さは持っていない。でも、それでも、このプロジェクトの背景が関係無かった訳でもないのだろう。

 

 いろんな事が頭の中を飛び回る。状況、周囲の視線、これから、目標、彼の事、彼女の事、同期に選ばれてしまった子達の事。

 

 どう考えたって状況は”ハード”を通り越した”鬼”に差し掛かり”フルコンボだドン”とか謎の生物が大声をあげて騒いでいて頭痛までして来た。とりあえず、ふらつく足元の求めに応じて力なく腰を落として溜息を着いてみる。冷たく硬い床にちょっとだけ救われて呑気に変なコーヒーを啜る男を睨んで文句を一言。

 

「…全然大した話なんだけど。ていうか、ココ来る前に言ってた”良くも悪くも”の”悪い”所しか聞いてないんだけど?」

 

「”良い”所は俺の口から話したって伝わりそうにないから後で実演してもらえ」

 

「意味分かんない~、も~。死ねばいいのにー」

 

 相も変わらず飄々としたその根暗な目と態度に頭を抱えて子供みたいにジタバタもがいてみる。もはや私のMPはゼロになった。

 

「……お話、大変興味深かったですね。”事実は小説より奇なり”、そんな格言も、馬鹿にできません。所で、状況も現状も理解しての単純な興味なのですが、なぜ、ちひろさんと、比企谷君は残る事を決めたのでしょう?非常に、興味があります」

 

 頭を抱えて悶えていると冷やりとした声が耳元に滑り込んできて思わず動きを止める。だが、前回の時の様なゾッとさせる様なものではなく、若干の柔らかさと熱を感じさせるもので不思議と心地よい。そんな声が紡いだその言葉にハタと動きを止める。言われてみればその通りだ。97人が辞めていく中で残った理由。それは一体どんなものなのか、非常に気になってしまい、指の隙間から彼の方をそっと窺う。

 

 

 その表情を、なんと表現したものだろうか。

 

 

 遠い昔を懐かしむ様な、失った事を悲しむ様な、何かを慈しむ様な、優しく嘆くその表情。

 

 そんな矛盾した何かを内包するその表情を、何故か私は心の何処か奥深くでそう表現していた

 

「……さあな、ちひろさんは知らん。俺は時給1200円が変わらずに支払われてりゃあ、なんでも良かった暇な大学生ってだけだな」

 

「…ふふ、まあ、そういう事にしておきましょうか。書物ですら書かれぬ心理に…悩むのに、況や生きてる人の心情など……聞いて答えを得ようなど無粋、ですね」

 

 

 そんな表情は、瞬きの一瞬で霞みの様に消えて言って、いつもの彼の皮肉気な表情に戻って行ってしまってい、軽口のような言葉で更にうやむやにされてしまう。その掴みきれないもどかしさに歯がみをしていると、聞き逃せないワードがじわじわと脳内で反芻される。

 

「…時給?…大学生?」

 

 油の切れたブリキ細工のように気だるげな男を見やれば、思いだしたかのように答えてくる。

 

「ああ、そういやお前にだけは自己紹介してなかったな。w大学2年生で”比企谷 八幡”だ。本来は送迎くらいの役割だったが…まあ、最近は庶務・雑務がメインだな。ちなみに、鷺沢も同級だな」

 

「アンタあれだけ雰囲気出しといてバイトなのかよっ!!しかも、地味に偏差値高い所言ってるのが腹立つなぁ!!」

 

「将来の夢は専業主夫だ」

 

「超クズじゃん!!さっきのいい雰囲気台無しだよ!!」 

 

「なんとでもいえ。俺は俺の夢を追いかける。笑われようが構ってなんかいられねぇ。俺は本気で養われたい」

 

「黙ってろ! 女の敵!!」

 

 無駄なキメ顔をしてくるクズ大学生に深くため息を着いていれば、”世界一可愛い僕、参・上!!”やら”初レッスン!!体力測定と聞きました!!誰が最高得点出すか、勝負しましょう!!”やら騒がしい面々が入ってくる。能天気に笑って、がけっぷちの現状でけらけらと。一緒に聞いてた面々に目を向けて見ればそっちも、さっきの話など大して気にした風もなく。もしかして、こんなに思い悩んでいるのは自分だけなのだろうか?もしかして、自分が小心過ぎるだけなのではないかと常識が揺らぐ。

 

 だが、もはやサイは投げれた。

 

 こんなとんでもない所に巻き込まれた以上、後戻りなんて出来やしない。前の雑誌だってただ出戻りしたんじゃ使ってなんてくれないだろう。だから、もう、この妙に大物な貫禄を漂わせる同期達が本物である事と、あのクズのいう様に我武者羅に駆けあがって行くしかないのだろう。

 

 ああ、チクショウ。せめて、残された“良い方”が、良い出目である事を祈って置こう。

 

 そうして城ヶ崎 美嘉は本日何度目になるかも分からない溜息を絞り出した。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

――――本日の蛇足―――――

 

 

~わいわいがやがや~

 

 

まゆ「まゆの探し求めていたのは、アナタだったんですねぇ?」

 

 

"ガシッ"

 

 

ハチ「へ?」

 

 

まゆ「まゆはずーっと、ず~~~っと探してたんです!!」ギリギリ

 

ハチ「え、いや、ごめん、何の話し?(いや、手の力めちゃくちゃつよくない!?)」

 

まゆ「今まで、いっぱいの人に誓いをしてきましたけど、みーんな嘘つきだったんですぅ!!」

 

ハチ「……」

 

まゆ「まゆがちょっと都合が悪くなると皆、裏切って別の所に言っちゃうんですよぉ(ハイライトOFF」 

 

ハチ「え、いや、ごめん。マジでどういう事?」

 

まゆ「でも、そんな状況でも裏切らずに傍にいる様な人こそまゆの理想です!!」

 

ハチ「……え、あ、あの」

 

まゆ「大丈夫ですよぉ。ゆっくり、はじめていきましょう…ね?また、今度ゆっくり~」(サワサワ、スッ

 

はち「ひ、ひぇっ(ゾクッ」

 

 

 

 

 佐久間 まゆルートが開通されました(強制)

 

 

 

 



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決意

_(:3」∠)_もったいぶりませぬ


「ボンバー!!」

 

 快活な声が晴れ渡った公園に響き渡り、用意していた白線を橙色のきらめく髪が力強く駆け抜けていく。それを皮切りに、悔しそうな表情を浮かべる少女や、息も絶え絶えなメンツが続々とその白線を越えて言って力尽きたように芝生へと倒れ込んでいく。

 

「体力には、自信があったのに、最後まで追いつけませんでした……」

 

「ふふん、私。昔から掛けっことマラソン、タックルにかけては負けた事がないのです!!ですが、美穂さんの食いつきに久々に冷やりとしました!!流石です!!」

 

「え、えへへへ、茜さんも凄かったです」

 

 爽やかに笑いあってお互いの健闘をたたえ合う美少女達の輝かしさに思わず目を眇めてしまう。なに、なんならこのままカメラに収めてCMに使っちゃえそうなくらいに爽やかな空間だ。さすがアイドルの卵だわ。

 

「あら、まけちゃいましたねぇ?」

 

「ふへ、ひぃ、せ、世界いち可愛い僕が、遅れを取るとは」

 

「あ、あついなぁ」

 

「ふう、運動は欠かした事はないのだけど、やっぱり張りあうのはきついわ―」

 

「はぁ、はぁ、ちょ、誰か、げっほ。水…ちょうだい、げほ」

 

 その爽やか空間のちょっと横に目をやれば思い思いに力尽きている彼女達に苦笑を洩らしつつ、それぞれの記録を記して行く。今まで実施してきた各種目に目を通して行くと、まあ、概ね予想通りな順位。

 

 文句なしのトップには日野と小日向。運動経験者とスクールに通っていた事もあるのだろうが、ソレにしたってこの記録ならばアスリートとしても十分やってイケそうなレベルである。次点では、佐久間・幸子・小梅が並んでいる。彼女達の年齢では平均的な記録ではあるので問題はなさそうだ。その次は、まあ、年齢にしては好タイムな川島さんと平均より軒並み下回ってる城ヶ崎。だが、それより問題なのは――――

 

「文香ちゃん、頑張って!! ゴールは目前だよ!!」

 

「フーフー、カヒュ、ケホケホ、ヒューヒュー」

 

 もはやルキトレさんの肩に寄りかかりながら生命の危険すら感じる呼気を漏らして這ってくるの鷺沢を見て眉間が痛くなってくる。運動公園を五周という簡単なノルマでまさかの未達成者が出てくるとは思いもしなかった。材木座や雪ノ下と同レベルの逸材である。

 

「文香ちゃん!! ゴールよ!! アナタはいま、やり切ったのよ!!」

 

「ヒューヒュー、も、もう、立ち止まっても、いいのでしょうか? ゲッホ」

 

「うおーー!!ナイスガッツです!!文香さん!!」

 

「感動しました!!私、大切な何かを学びました!!」

 

「僕には及びませんが、なかなかの走りでしたね!!」

 

「お、おめでと」

 

「いいわ!これこそフレッシュさね!!」

 

 そして、達成されていないにも関わらずフルマラソンを走り切った様な歓声と賞賛が彼女を包み、ルキトレさんが大粒の涙をこぼしつつ鷺沢に力の限り抱きしめている。……なんだこれ。そんな大騒ぎをしている彼女達に雷を思わせる様な一喝が響き渡った。

 

「なにを馬鹿な事やっている! さっさとストレッチに移れ!! あと、文香には酸素を吸入しておけ、慶!!」

 

「「「「「「は、はい!!」」」」」」」

 

 持っていたハリセンを鳴り響かせ轟いた一喝。たったそれだけで従順にストレッチに移って行き、そんな彼女達に細かい指導をしていた妙齢の女性がこちらにやってきて記録帳を寄こすように手を伸ばす。

 

「お疲れ様です。マストレさん」

 

「うむ、記録御苦労。……まあ、こっちは順当な所か」

 

「こんな結果でもですか?」

 

 記録にざっと目を通した彼女はなんてことないようにそう呟くのを聞き、少々意外に思ってしまった。上位はともかく、川島さんの年齢差や、鷺沢の体力の無さにもっと渋面を浮かべるものだと思っていたのだが…。と、そんな内心が漏れ出ていたのか彼女は軽く笑って記録帳を肩にあてて答えてくれる。

 

「ある程度はプロフィールを貰った時に覚悟はしていたからな。文香も持久力がないだけで筋力値だけを見ればトップクラス。時間はかかるがやり様はいくらでもある。それに、これだけで決まらないのが”アイドル”の難しい所だ」

 

「…といいますと?」

 

「ボイストレーニングやダンスレッスンも午前中にやってみたがな、経験者の美穂を除けばダンストップはまゆと美嘉。ボイスは瑞樹と文香がトップだ。茜は鋭さがあっても大雑把。幸子はまだ音程のコントロールが未熟。まあ、それぞれに課題はあるものの、どれも素材としては中々悪くない」

 

 ”もちろん、トレーナー泣かせな個性だがな”と笑う彼女にこちらは気のないような息を漏らすしかできない。だが、日本どころが、世界からも声が掛かるほど優秀な彼女がこう太鼓判を押してくれているのだから素人の俺よりずっと安心できる。そんな事を無責任に考えていると聞きなれた低く小さい声が耳朶を叩く。

 

 

「アナタにそういって頂けると私も安心できますね」

 

 

「む、嫌な奴が来たな。面倒事を毎回持ち込んでくるお前が言えた義理ではないだろう、武内」

 

 後ろから掛けられた声に振り向けば鋭い眼光を携えた偉丈夫と、その後ろで手を振る楓さんが朗らかに笑っている。あけすけな嫌味の割には棘がなく冗談だと分かるその口調に武内さんは首に手を添えながら苦笑してこちらに近づいてくる。

 

「そう言われると耳が痛い限りです。ですが、まあ、彼女達の個性を潰さずに伸ばしてくださる優秀なトレーナーの知り合いなどアナタしかいないのです。そして、それを疑った事は一度だってありません」

 

「…これだよ。無自覚で毎回こんなことを女に言って回る癖をそろそろ直したまえ。刺されてからでは遅いぞ、なあ、楓?」

 

「ふふふ、流石は刺す側は言う事が違いますね……ふふ、まあまあの出来ですね」

 

「なんだ、そんなにレッスンに禁酒制限を設けて欲しかったのか?早く言ってk「あっ!私、皆に差し入れ持ってきますねー!!」……ちっ、逃げたか」

 

 ワザとらしく舌打ちして悪態を着く彼女に思わず俺と武内さんが笑ってしまう。いつものお決まりと言えばそうだが、最近忙しなかったせいで随分と久しいそのやり取りにちょっとだけ気持ちが和らぐ。そうして、ひとしきり笑った所で武内さんは遠くで差し入れに色めき立つ彼女達に目を向け、真剣な表情に切り替える。

 

「素質に疑いはありません。…青木さん。アナタが付きっきりで指導するとして、彼女達をステージに上げられるのはどれくらい掛かりそうでしょうか?」

 

 その真剣な問いかけに朗らかに笑っていた彼女は胡乱気な視線をこちらに向けて深くため息をつく。

 

「どんなに詰め込んでも3カ月はかかるだろうな。…脱落者と個性のすり潰しを容認すれば、もう少し早まるがね?」

 

「いえ、それでも十分に早すぎる程の工程でしょう。半月から一年すら覚悟していましたから。後者の方法を選ぶならば、私はあんな無茶をする必要など無かった」

 

 試すように投げかけられたその問いと視線に真っ直ぐに返す武内さんに、彼女は小さく微笑んだあとで深くため息をついてその胸に指を突き立てた。

 

「半年も一年も成果なしで周りを納得させられるような状況では無い事は百も承知だろう。馬鹿者」

 

「それは私の都合であって、彼女達に無茶をさせる理由にはなり得ません」

 

「…はぁ。君は本当に変わらないな。―――二ヶ月だ。あくまで、バックダンサーとしての出演に限るなら二ヶ月でステージに立てるようにしてやる。ソロでのステージやライブに上げるにはやはり三カ月はかかるが、まあ、場馴れと実感を持つにはちょうどいい誤差だろう。それに、あまり楓だけを長いこと表舞台に上げているというのもプロジェクトとしては問題があるだろう」

 

「―――心遣い、感謝します」

 

 胸に突きたてられた手をそのまま握り、深く頭を下げる武内さんにマストレさんは鬱陶しげに手を払って邪険にするがその頬は楽しげに緩められていて楽しげだ。

 

 春も賑やいで来た公園には若々しい新緑の匂いが立ちこめ、姦しく楽しげな少女達の声と共に風がそれらを運んでいく。

 

 どうか、この先にも今日の様な穏やかな日がまっているようにと願って俺は小さく目を瞑った。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 さてはて、そんな感動的な体力測定も終わって本日最後のイベント”収録見学”へと向けての準備をするために姦しい彼女達を移動用の車両に詰め込んで一旦、本社のシャワー室へと送り届ける。

 

 女の人特有のいい匂いが残る車内に落ち着かない気分になりながら彼女達をまち、ゾロゾロと出て来た彼女達をまた詰め込んで車を走らせる。あれだけ動いてくたびれ切っていたはずなのに、お出かけとなると女性の体力は別口の様で、車内は彼女達の会話が途切れる事がない。普段は無口に近い鷺沢まで言葉を交わし笑いあっているのだから、少々意外であった。

 

 思い返せば、大学に上がったばかりの頃に雪ノ下や由比ヶ浜、小町など知り合いを載せて旅行に行った時も女性陣は常に会話が絶えなかったのだからそういうものなのかもしれない。なんとなく、そんな事を考えつつ彼女達の声をBGMに車を走らせていれば目的地が見えてきて、緩やかにスピードを落としてパーキングへと入って行く。

 

 先に現場入りしている武内さんにメールを送って見ればもう入っても大丈夫とのこと。

 

「分かってると思いますけど、収録とはいえ騒がしくしない様に。あと、今から渡す名札は必ず見える所に着けて、纏まって行動をお願いします」

 

「「「はーい」」」

 

 素直な御返事に小さく頷きを返し、それぞれに”スタッフ”と書かれた名札を配って確認。問題がなさそうだと判断すると、ゆっくりと収録しているはずの箱を目指して歩き始める。ぞろぞろと広くはない廊下を歩いていると背中を軽くつつかれ、歩みを止めないまま振り返れば城ヶ崎が落ち着かなそうな様子で後ろに着いていた。

 

「なんだよ、トイレか?」

 

「違う!!」

 

 だから騒ぐなっちゅうに、と目線に載せて訴えかけてみれば納得いかなさそうに憤然とした彼女がこちらを睨んでいる。からかいがあって大変結構なのだが、今は用件だけを簡潔に済ませる事にする。……デリカシー? あぁ、あいつはいい奴だったよ。

 

「で、なんだ?」

 

「…いや、この前に聞いた話の割には楓さんがテレビにもう出てるって事はそこまで切羽詰まってないのかって聞きたくて」

 

 ちょっとだけの気まずさと安堵がないまぜになった様な顔に期待する様な色が混じった視線。その視線になんと答えるべきか思案してみるが、どうにもなんと説明するべきかは上手い事出てこない。なので、知ってる事実以外は勝手に補って貰う事にした。

 

「テレビって言っても深夜のちょっとした時間にやってる小さな番組だ。それだって地道にやって、必死に武内さんが頭を下げて入れさせてもらってるってんだからなんとも云えん。それに、そっから先はお前が楓さんを見て――――自分で決めてくれ」

 

「……説明になってないんだけど」

 

「説明してないからな。もう着く。そろそろ静かにしとけ」

 

 俺の方に不満げな視線を向けてくる彼女に苦笑を洩らしつつ、赤いランプの着いた扉をこじ開ける。一瞬だけスタッフ陣の視線がこちらに集まるのを感じるが、すぐさまそれは霧散して彼らは収録中の番組へと意識を戻して行く。音を立てない様に静かに室内に全員を入れれば、武内さんが静かに手招きをしてスタジオが見る事のできる場所に呼んでくれたのでそちらに集まり、用意されていた椅子に腰下ろした。

 

「もう、そろそろですね。楓さんは大丈夫そうでしたか?」

 

「”利口かつ狡猾に、こう勝つってなもんですよ"との事です。……大丈夫かちょっとだけ不安になってきました」

 

 俺の問いかけに苦笑しながら首筋を抑える武内さんに思わず肩を落としてしまう。ていうか、あのギリギリのギャグセンスさえなければ文句なしの絶世の美女なのになぜこうもちょくちょく残念なのか…。痛む頭を抱える俺に武内さんは笑いつつも言葉を掛ける。

 

「まあ、ここまできたら我々が出来る事もありません。信じて待つより無いですし…彼女ならばきっと輝いてくれるでしょう」

 

 そう短く言葉を紡いだ彼の顔には揺るがぬ信頼と見守る強さが見てとれ、俺としては溜息を尽くしかない。そんな顔を浮かべてなにが”不安”なのだか。俺の呆れを余所に司会者の声が彼女の名前を呼び、ステージの明かりが落とされる。

 

 真っ暗になったステージにただ一点、輝く淡いその光。

 

 魔法使いが全てを擲って守ったその微かな灯は人々にどんな篝火を灯すのか。

 

 今はただ、見守ろう。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 名前を呼ばれた瞬間にスタジオの照明を一身に受け、ちょっとだけ目を眇めてゆったりと周囲を見回す。たくさんの機材に、怖い顔をしたディレクターさん。心配そうなスタッフさんに、期待と不安を織り交ぜた様な仲間達。

 

 その中で、一個だけ揺るがないでこちらを見つめる視線とかち合う。楽しそうに、嬉しそうに。普段の厳めしさからは考えられないくらい無邪気な顔でこちらを見てくるその人。

 

 笑う事を長らく忘れてしまっていた私に、”アナタの歌が聞きたいと”顔を真っ赤にして迫って来た不思議な人。

 

 結構な苦労をしてここまで来た気もするが、そんな顔をしてくれるならばその甲斐だってあったのだろう。そう思って、くすりと笑った所で伴奏が大音量で流される。ソレに合わせて大きくなる胸の高鳴りの原因は完全に私的な感情によるもの。そんな不謹慎な自分にもっと笑いそうになって何とか噛み殺す。

 

 だがまあ、丁度いい。今から歌う曲を歌うにはこれくらい自分に酔っていた方がよい。なんせ”恋”なんて素面でやろうとするにはちょっとてれ臭すぎるのだから。

 

 際限なく高まる胸の高鳴りが自然と伴奏と重なり、唄となる。

 

 その名は”恋風”。

 

 この気持ちが、一欠片でもアナタに届けばいい。そう願って歌を歌おう。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

 無事に収録が終わり、各関係者へのあいさつ回りが終わった頃に後ろから声を掛けられる。張りがありつつも力強さを感じるその声を、スカウトした自分が間違える事など絶対にありはしない。振り返った先にいたのは若年層の流行を全身にさりげなく忍ばせたピンク髪の女子高生”城ヶ崎 美嘉”だった。

 

「はい、どうかされましたか。城ヶ崎さん?」

 

「…美嘉でいいよ。あんま他人行儀なの好きじゃないし」

 

「そ、そうですか。以後、気をつけます」

 

 どうにも上手く返せない自分に”まだ硬いんだよな~”と苦笑する彼女に申し訳なくて首筋を抑えてしまう。そんな弱り果てていると彼女が下から覗きこむようにこちらを見つめてくる。

 

「楓さんの歌、すっごく良かった。正直、ちょっと舐めてたけど、本当にすごいなって思った」

 

 その一言と真剣な瞳に背筋が伸びる。自分個人の評判などどうでも良いが、彼女のプロデューサーとして情けない姿をいつまでも晒している訳にもいかない。そんな自分を見た彼女は小さく深呼吸をして、ちょっとの逡巡を挟んで言葉を紡いだ。

 

「比企谷さんに色々聞いてかなり鬱だったんだけど、アイツの言ってた”良い注目されてる理由”ってのが今日、はっきり分かった。あんな歌を聞かされたら、難しい事なんて全部ぶっ飛ばして応援したくなるもん」

 

「…すみません。騙すつもりは決して無かったのですが、そういって頂ける事をプロデューサーとして嬉しく思います」

 

「いや、その事を責めてるわけじゃなくて…。えっとさ、聞きたい事があって…」

 

 慌てたように手を前で振った彼女が気まずげに手を後ろに組み、戸惑ったように言葉を選ぶのを静かに待つ。きっと、彼女は自分の中にある様々な感情を必死に噛み砕いて纏めようとしてくれている。それを邪魔することなど、決してしてはならない。そうして、しばしの時間をまっていると彼女は意を決したように顔を上げ自分の顔を見つめてくる。

 

「私も!! 私なんかでも、あんな風になれるのかな!! いろんな煩わしい事なんて関係なくなっちゃうくらいに凄いアイドルに!!」

 

「……!!」

 

 

 その微かで弱々しくも、確かに煌めくその輝きに息を呑む。

 

 仮初の星には決して出せぬ、心の全てを魅了するその至高の光を、彼女は間違いなく持っている。

 

 ならば、いや、最初から自分の答えなど決まり切っている。だからこそ自分は彼女達に全てを捧げたのだから。

 

 膝を突き、震えるほど強く握られたその手を出来る限りそっと取り、誓いを改める様に言葉を紡ぐ。

 

 

「もちろんです。始めに言った言葉に嘘偽りなど一片もありません。皆さんは、美嘉さんは世界を塗り替えるだけの力を秘めている最高の原石です。誰よりも苛烈な情熱を秘めたアナタは誰よりも強く輝いて人を引き付ける」

 

 この一言に籠めた自分の気持ちが、どれだけ伝える事が出来ただろうか?こんな不甲斐ない自分の言葉が信用してもらえるだろうか?そんな不安に自分がさい悩まされ始めた頃に彼女がようやく動き始める。

 

「ぷ、プロデューサー…」

 

「はい」

 

「手、はなして」

 

「っ! すみません! 御不快でしたか!!」

 

「あ、いやっ、違くて!! そういんじゃなくて!! 男の人の手とか初めてで!! 恥ずかしくて!!」

 

「いえ、やはりすみません。少々、軽率でした」

 

「だから、そういうんじゃないって!! うう~、もう!!」

 

 気遣ってくれてはいるのだろうが、顔をあれだけ真っ赤にしているのだから相当に怒っている事は簡単に見てとれる。自分のこういう所にうんざりして嫌気がさしてしまう。その証拠に彼女は苛立たしげに唸り声を上げてそっぽまで向いてしまった。こうなると自分なんかではどうしたらいいのか分からなくなって右往左往してしまうしかない。

 

「…ねぇ、プロデューサー」

 

「はい」

 

 困り果てた自分に彼女が小さく声を掛けてくれる。

 

「トップアイドルになって見せるから、しっかり見ててよね?」

 

「…ずっと見ています。貴女のプロデューサーのですから」

 

「よろしい!!」

 

 その返答が彼女にどう響いたのか自分には分からない。だが、弾ける様な笑顔でうなずいてくれたのならば、きっと間違った返答では無かったのだろう。

 

 この笑顔をステージまで送り届けると、再び心に誓って自分は力強く頷き返した。

 

 

 

-------------------

 

 

 

 プロフという名のあらすじ

 

 

 

 青木 麗    性別:女   年齢:28歳

 

 トレーナー姉妹のヤベ―方。”マスタートレーナー”の名で親しまれ、出てくる謎のドリンクと笑顔のごり押しに、ハリセンによる容赦ない指導でどんな問題児も調きょ ゲフンゲフン 指導して一線に送り込んでくる事で名を馳せる名トレーナー。346でゴタゴタを起こした武内にそっぽを向かずに付き合ってくれている貴重な人脈でもあり、時たまビジネス以上の表情を見せる事から何か昔あったような事を匂わせる。

 

 ちなみに、厳しいのはレッスンの時のみでひとたび終われば頼り気のあるおねーさん。―――だが、出される飲み物には気をつけろ。

 

 

 

 青木 慶    性別:女   年齢:19歳

 

 トレーナー姉妹のあざとい方(天然モノ)。”ルーキートレーナー”の名で親しまれ、見習いという事でアイドル達と特訓を共にすることが多く最も親しく接している。なんならうっかりステージに上げてもバレなさそうなまである。

 

 そんな彼女ではあるが、昔から結構特殊なレッスンをする姉たちにべったりで育っていたため色々常識がナチュラルにぶっ飛んでいる時があるので注意が必要である――――出されたお菓子とお茶には絶対に手をつけるな。

 

 



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澄んだ滴は止まらない

_(:3」∠)_再録はここまで。明日からは新作更新わら

 またみてしゅーこ♡


 銀盆の中で艶めかしく光沢を放ち、ふわりと立ち上る香りがキッチンを満たす。ゆるゆると心地よい抵抗をするソレをすくって一口。口いっぱいに広がるその甘さに何時もならば思わず頬が緩むのだろうが、今日ばかりはそうはいかない。

 

 なんせコレを食べて貰うのは自分では無いのだから。

 

 頭をよぎったその顔に、自分が今なにをしているのかを思い知ってしまい、なんとも言えない気恥ずかしさに頬が熱くなる。いつもは尻込みして投げ出してしまうような恥ずかしさを呑みこんででも、また、あの人が不器用な笑顔を浮かべてくれるかも知れないと考えればその手は止まらない。

 

 どんな味が好みなのだろうか?

 

 男の人はやっぱり甘いモノが苦手だろうか?

 

 あんまり手が込んでると重いかな?

 

 でも、あんまりそっけないのもなんか寂しいし…。

 

 考えれば考える程どんなモノが喜んでもらえるか分かんなくなってしまう。

 

 眉間に皺を寄せて、必死に考えてみるが答えは一向に見つからない。だけど、これだけ悩み苦しんでいるのに鼓動は高鳴って、感じた事のない興奮を伝えてくる。

 

 ゆるり、ゆるりとその感情を噛みしめるようにソレをかき混ぜる。

 

 気恥ずかしいその感情と、こんなに自分を悩ませているちょっとした抗議がちょっとでも伝われば良いのに、そう思って、そう願って、小さくため息をついてカレンダーに目を向ける。

 

 明日はバレンタインデー。

 

 世間は愛を囁き、隠して来た熱情を伝える事の許されたもう一つの聖なる日。

 

 迷える子羊を導くのは、甘く蕩ける様なこの聖典(チョコ)のみ。まったくもって憎たらしい日だ。

 

 そんな悪態をつきながら”城ヶ崎 美嘉”は作りかけの聖典(チョコ)をもう一口。

 

 浮かべた笑顔はソレの甘さゆえか、渡す想い人を想ってか。それこそ神のみぞ知る事である。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 放課のチャイムと共にざわめくクラスメイトに挨拶もそこそこに颯爽と教室を後にする。その瞬間に背後から男子のさめざめとした溜息や哀愁の声が聞こえてくる事にちょっとだけ苦笑して、小さく心の中で謝る。

 

 去年までには惰性のようにクラス全員に配っていた義理チョコ。何時までも配らないソレに痺れを切らして冗談めかして聞いて来た男子には”事務所に禁止されてるから”の一言でバッサリと断ったにも関わらず、何処かにあった残された期待がたったいま無くなった事を嘆く彼らには申し訳ないが、今年だけはちょっとそんな気分にはなれなかったのだ。

 

 バックの中に潜ませたその小さな箱に籠めた気持ちがちょっとでも薄れるのがどうしても嫌だったのだ。

 

 その気持ちにちょっとでも不実さが混じってしまう事が今年だけは許せなかった。

 

 急ぐ訳でもないのに、足は勝手に弾んで駅へと掛けていく。

 

 正直、朝からずっとこんな感じだ。いつもはあっという間に過ぎていく時間が今日ばかりは意地悪をするかのように遅々として進んでくれない。一刻も早く、この胸に溢れる感情を届けたくて焦る気持ちは早鐘の様に鼓動を高めるのに世界はどうしたって歩みを進めてくれない。

 

 そのもどかしさすら、楽しく感じてしまうのだからいよいよもうお手上げだ。

 

 一周回ってちょっとだけ落ち着いた思考で電車の車内を見回してみれば、いつもよりも仲の睦まじい連れ合いが多い事に気がつく。

 

 初々しく手を握るカップル。

 

 そっけなく座っているのに距離はピッタリと寄り添うカップル。

 

 少し照れくさそうに昔の事を語る若い夫婦。

 

 ゆったりと身を寄せ合って互いを労わる老夫婦。

 

 そんな彼らを見て、素直に”いいな”と思えた。

 

 賢い振りをして傷つかない様に斜に構えていた自分の事を真っ直ぐに見つめ、愚直に信じてくれたあの人。

 

 誰もがチヤホヤしてくれた”そこそこの評価”を真っ向から否定して、引き上げてくれた。

 

 真っすぐ過ぎてたまに心配になるあの人の隣で、ああして支えて上げられたら。そうなりたいと願って目を瞑った。

 

 甘いものは好きだろうか?

 

 普段はどんなモノを食べてるんだろうか?

 

 いっつも働き過ぎで疲れて無いだろうか?

 

 こんなのを渡したら困らせたりしてしまうだろうか?

 

 きっと、そしたら、いつものように首筋を抑えて戸惑う彼を思い浮かべて小さく笑ってしまう。

 

 きっと真面目なあの人はそうして悩む。

 

 傷つけない方法と、真摯な気持ちを曖昧な理由で拒絶する事を。

 

 迷った末にこの気持ちは受け取って貰えないのかもしれない。

 

 アイドルとプロデューサー。当然、そんなあっさり結ばれるような事なんてあるわけがない。でも、それでもいいと思えるのだ。伝えて、聞いてくれるだけで今は、いい。

 

 そこから先は、ゆっくりやって行こう。

 

 あの人もそう思えるくらいにゆっくり時間を掛けて積み重ねて、寄り添っていこう。

 

 雑誌に載ってる恋愛マニュアルとは少しかけ離れているかもしれないけど、彼とはそうがいい。そうでいい。

 

 車内に鳴り響くアナウンスに目を開けば、並び立つ魔天楼から差し込む夕日が眩く周りを照らして行く。

 

 

 あれだけ、重苦しかったこの街の空が、今日は純粋に綺麗だと思えた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 レッスン後の挨拶もそこそこに、事務所に用事があると断りメンバーたちに別れを告げる。

 

 高鳴る鼓動に合わせる様に踊ったレッスンは今までに経験がないくらいに上手くいき、その余熱がまだ小さく身体の中に残っていて、スタジオから事務所までのいつものなんてことない廊下を自覚してしまうほど浮足立って歩いてゆく。

 

 そうして、いよいよ彼がいるであろうその部屋の前へと辿りつく。

 

 跳ねる鼓動のすぐそばで何かが締め付けられるように萎む事も感じている。それでも溢れる何かは引き返すことなど考えられないほど氾濫していて、小さく深呼吸をして手鏡で身なりを軽く見直す。

 

 髪や服装に不備がないかを何度も入念に確認した最後に目に着いた自分の顔につい苦笑してしまう。

 

 期待と不安がないまぜになりつつも、その蕩ける様に甘い表情を浮かべた自分。

 

 まるで恋する乙女のようではないか。そんな自嘲をして更に笑ってしまう。

 

 ”まるで”なんて表現はあんまりだ。

 

 どう考えたって、自分は間違いなくいま”恋”をしているのだから。

 

 現金で安直な自分にいつもなら嫌気もさすのだろうが、今日ばかりはそんな所も許してやろうかと思える。そのための”聖なる日”という奴なのだろうから。

 

 そう勝手に言い訳をしてもう一度、深呼吸。

 

 バックに潜ませたその聖典をそっと撫でてから、ドアノブに手を掛ける。

 

 彼は、喜んでくれるだろうか。

 

 そんな想いをのせてその扉を――――――

 

 

 

「ふふ、改めて武内君にチョコを渡すとなると照れますねぇ。…ちょこっとだけ」

 

「…あえてネタについて言及はしませんが、その、ありがとう、ございます。楓さん」

 

 

 

 室内から聞こえて来たその声に、身体が、心臓が、止まった。

 

 彼と、そんな風に、そんな表情でかわしたいと願っていたその光景が、目の前で叶ってしまった。

 

 自分が敵いっこない、最高の女性が、叶えてしまっていた。

 

 溢れるほど自分を満たしていた暖かい何かが、ゾッとするほど冷たい何かに入れ替わった。

 

 それと同時に、何処かに潜んでいた小賢しい自分がしたり声で耳元に呟いた。

 

”それ見た事か”と。

 

 楽しげに響いたその声が、いつまでも耳に響いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 そのあと、どうしたかなんて覚えていない。

 

 際限なくあふれ出る汚い感情でパンクしそうな頭と、霞む景色を振り払うかのように、必死に走った。

 

 止まってしまえば、どうしようもなくなってしまいそうで。浮かれ切っていた自分の滑稽さがあまりにも情けなくて。消えてしまいたくて我武者羅に走り続けた。

 

 足がもつれ、呼吸だって出来なくなるくらいに駆けずり回って辿りついたのは薄暗い非常出口。

 

 こんなところがあったのか、とか、どうやってここまで来たのか、なんて今はどうでもよかった。

 

 限界まで酷使して崩れ落ちた身体を受け止めたコンクリートの冷たさと硬さが。誰もよりつかないであろうこの場所の陰気さが、今は何よりも嬉しかった。

 

「な、んでっ!!私、だって――そん、なの!!―――っ!!」

 

 呼吸を求めて喘ぐ口は、溢れてめちゃくちゃになった激情がこぼれ出てきて更に心臓を責めたてる。だが、そうしたって零れるそれはおさまってくれない。支離滅裂な何かも絞りつくしてしまうと、今度は霞んでいた景色がいよいよ大粒の何かになって零れ始める。

 

 身体も、頭も、心も、何一つ言う事なんて聞いてくれやしない。

 

 何で自分がこんな目に逢わなければならないのか。そんな理不尽に、もうなにも訳が分からなくなってしまう。

 

 そんな自分の脇に転がる、小さな箱。

 

 不器用ながらも、丁寧に、可愛らしく包装されたその、赤い箱。

 

「―――――ッッッツ!!」

 

 激情のまま握りつぶしたその箱を全力で投げ飛ばそうとし―――それすらも、出来なかった。

 

 理由なんて分からない。それでも、何かがそれをすれば本当に惨めになってしまう確信があった。それでも、振り上げた先の分からないこの怒りの行き先に振り回されている現状だって、あまりに惨めだった。

 

 どうする事も出来なくなった私は、その原型も無くなってしまった箱を力いっぱいに握りしめて―――歯を食いしばって、うめくように、みっともない獣のように

 

 涙を流し続けた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 それから、どれだけたったのか。

 

 声が枯れ、零れ続けた滴がそこをついて力なく冷たい鉄製の非常階段にもたれる様に空を仰げば赤く周囲を照らしていたはずの夕日は沈み切り、出口を示す非常灯だけが唯一の光源となっていた。

 

 冷え切った体は吹きこんでくる風によって更に凍えるが、どうしたって動く気にはなれなかった。

 

 空っぽになった頭と心。

 

 溢れる程にこの身を焦がしていたあの激情すら何処かに言ってしまったかの様なその虚無。それに抵抗することなく身を任せて、このまま消えてくれないだろうかとぼんやり考えていると軋んだ何かが開かれる音を耳が拾う。

 

 一瞬だけ期待してしまった心は、続いて聞こえて来た足音は聞きなれたあの革靴の音では無いことに気がつきすぐさま萎んでいく。その浅ましさに我がことながら鼻を鳴らして笑ってしまう。

 

 その期待外れの足音はそんな反応すら気にした方もなく無遠慮にこちらに近づいて来る。

 

 足音が止み、何かを擦る音と共に、緩く風に乗って独特の匂いが鼻を擽った。嗅ぎなれたその匂いに視線を向ければ、暗闇にふわりと浮かんだその光点。日の差す場所では陰気にしか見えないその気だるげな顔。

 

 見慣れたアシスタント”比企谷 八幡”が、そこにいた。

 

 なにを話すでもなく、彼はただただ旨そうにその煙草を味わっている。

 

 その無関心さが楽でもあり、癪にも障った。

 

「…泣きはらした女の子を横に良く平気で煙草吹かせんね」

 

「女子を慰めんのが上手そうな顔にみえるか?」

 

「全然」

 

「そらなにより」

 

 そういって彼は再び細巻きを咥えて喉を鳴らすように笑う。

 

 したり顔で知った口を聞いてきたらそれこそ徹底的にやり込めてやろうと内心思っていただけに肩すかしな反応が少々ツマラナイ。だが、言われてみればこの男にそんなデリカシーを期待していた自分の方がおかしいのだ。八ッ当たりにしたってちょっと相手が悪い。

 

 溜息をついて身体を動かす。

 

 強張った身体がギシギシとウルサイ。でも、その痛みすら今は丁度いい。

 

 目線だけで私を追う彼は、胸ポケットからその細巻きを抜き取られてもなにも言わない。

 

 見よう見まねで着火するが上手くつかない。

 

「…吸いながら火をつけんだ」

 

 どうでもよさげに投げかけられたその声に従ってやってみれば一気に煙たい何かが流れこんできて、盛大にむせてしまう。

 

 枯れたと思っていた視界が涙で滲む。なんだ。まだ全然、枯れてなんかないじゃないかと変に感心した。

 

 吸っては咽る私になにを言うでもなく彼は次の煙草に火をつける。

 

 数度目にしてやっと咽ずにまともに吸う事が出来た私は、ゆっくりと溜息のように煙を吐き出してみる。

 

 苦く、渋い。

 

「…アイドルで未成年が吸ってるのに止めなくていいの?」

 

 だからだろう。悪態の代わりに、余計な事を口走ったのは。

 

「…さあな。わからん」

 

 その言葉にすら彼はこちらに視線を向けずに投げやりに言われた言葉に、息が詰まった。答えを簡単にくれない彼の残酷さが、胸を刺す。

 

 きっと、自分は誰かに怒られたかったのだ。傷をつけて、欲しかった。

 

 そして、自分のこの行いで―――あの人がちょっとでも傷つけば良いと願ってしまった。

 

”お前のせいでこんな非行を行ってしまったぞ”と、プロデューサーが最も苦しむ最良の方法を、無意識に選んでいた。

 

 そんな薄汚い思考を、彼に纏めて押し付つけてしまいたかった。

 

 そして、怒られて、そんな思考ごと否定してほしかった。

 

 でも、なにも知らない彼は、それすらも一つの”正解”だと肯定してしまう。その肯定が、無気力を気どっていた自分の中に潜む汚い部分をむざむざと見せつける。

 

 何処かで、最高の復讐をしてやろうと企んでいた本当におぞましい自分をあっさりとさらけ出された。

 

「…意外と目に染みるだろ、煙草の煙って」

 

「…うん」

 

 自然と零れ頬をぬらすその滴。

 

 獣のように泣きわめいて流したモノよりもずっと汚い感情を何処までも凝縮したソレは、ずっと静かに流れた。声すら震えない、ただただ最愛の人を憎く思う涙はここまで澄んでいるのだと私は初めて知った。

 

「…煙草吸い終わったらシャワー浴びて匂い落としてこい。そのあと送ってやる」

 

 壊れたように静かに泣く私にコートを雑にはおらせ、彼は紫煙をつかれた様に吐きだして、それ以上なにも言わなかった。

 

 

 

 

  ――――じりじりと燻る煙草の火は、まだ、しばらく消えそうにない。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

―――――蛇足――――――

 

 

チッヒ「武内さーん!じゃじゃーん!!今年は気合い入れて作ってきました…よ?」

 

武内・楓「「あっ///」」

 

チッヒ「……へぇ」

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 あらすじという名のプロフ

 

 

 城ヶ崎 美嘉     性別 女   年齢  16歳

 

 皆さんご存知、大人気アイドルグループ”シンデレラガールズ”のカリスマJK。全ての女子高生が彼女のファッションを欠片でもモノにしようと心血を注ぐ程に彼女の求心力は強く、彼女が雑誌に載るかどうかが発行部数が変動するほどのカリスマっぷり。

 

 初期に持っていた卑屈さや常識の殻はアイドルとして活動し、メンバーと心を通わせる事によって破られ、誰よりも力強い輝きを放ち、その歌唱力・ダンスセンスから単体ですらそのポテンシャルは計り知れないモノとなっている。

 

 一方、女子高生向けの恋愛コラムでは豊富ながらも一途な経験談が多くの共感を呼び、そちら方面でも幅広い活躍を見せているためメンバー内では[恋愛マスター(笑)]と呼ばれいじらr…からかわr……尊敬を集めている模様。

 

 

 クリスマスに行われた大規模ライブも成功に終わり、彼女達の人気はとどまる事を知らない。

 

 

 

 




―――――――

 ココに来るまでに力尽きた…ゲフンゲフン、飛ばされた共通イベント&美嘉イベント

―――――――




第30話 [アイドルであるという事]

美嘉「あれだけ有名になったのになんでこんな小さな商店街のライブを外さないんですか?」

楓「ふふ、どれだけ有名になったってここには来続けますよ。だって、ここが私の始まりだもの」




第53話[ちびっこカリスマJC ご降臨!!]

莉嘉「ねぇねぇ、私のおねーちゃん何処にいるか知らない?」

八「は?えーと、どちら様?」

美嘉「莉嘉!?なんであんたがここに!!?」

莉嘉「あ、おねーちゃーん、みっけ!!」

八「へ?」



第88話[ちゃんと、見ててね?]

美嘉「ねぇ、プロデューサー」

武内「はい、何でしょうか?」

美嘉「私、アナタが最初に見たときに比べて、変れたかな?」

武内「私の想像なんて及ばぬほどに、城ヶ崎さんは、輝いています」

美嘉「…そっか。でも、これからも、もっとずっと輝くから―――ちゃんと見ててよね?」




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水火も辞せず



_(:3」∠)_そして、ようやく美嘉√追加小話へといたりましたーん。





「まーたやらかしたでしょ、比企谷さん」

 

 豪奢な時計塔を横目に寂れた通路を抜ければ薄暗く、微かに湿気た空気の非常口の喫煙所にたどり着くと目当ての男がプカリと浮かぶ紫煙を眺めつつぼんやりとしているのを見つけ、呆れと怒り半分の声を投げかけてみた。

 

 それに釣られるようにこちらに向けられた視線はいつものごとく無気力で、深く澱んでいる。それに最初の頃は怯んでいたものの、彼のお節介さやお人好し加減を間近で見てきた今となっては親しみ深いもので誰かが“捻デレ”と呼んだせいもあって真っ直ぐとソレを見つめ返せるほどにはなっている。

 

「………心当たりが多すぎるな」

 

「し・ん・にゅ・う・せ・い!!」

 

 しばしの間を取ってどうしようもない事を呟く彼に大きく区切るように怒鳴った言葉で詰め寄ればそれに関連した自分の悪行を思い出したのか小さく“あぁ”なんて呟いて、皮肉気に唇を引き上げて答えてくる。

 

「人を団結させる一番手っ取り早い方法は“共通の敵”を作ることで、女子が一番盛り上がって仲良くなるのは知り合いの悪口だろ?」

 

「アンタは一体どんな人生を歩んだらそこまでひねくれられるの?」

 

 あろうことかこの男。我らがシンデレラプロジェクトの第二期生のしょっぱなの顔合わせの自己紹介で“辞めたきゃいつでも辞めろ”だなんて暴言をぶっ放してきやがったのだ。ソレを反省するどころか、面白げに軽口を叩いてくるのだから本当に性格が捻じ曲がっている。

 

 だが、まあ、言わんとしている事は分かるのが何とも言えないのが口惜しい。

 

 そういった人間関係の厄介さも読者モデル時代にこの目で多く体験しているし、分かりやすく非難する的があると人間というのは“気持ちよく”上に立てたような気分に包まれるのだ。

 

 だから、世の中からイジメは消えないし、悪口は最高の娯楽だ。

 

 みんなが気持ちよく、悪者が仲間内にいない集団というのは固く、素早く纏まってその連携を高めていく。

 

 そんな残酷なほどに合理的な手法がこの世にあることを、あの聖夜に私は思い知った。

 

 そして、私は、“城ヶ崎 美嘉”はその手法を―――――

 

 

 

→ ・理解するわけにはいかない。

 

  ・理解できてしまうのだ。

 

 

―――――――――

 

 

 

「馬鹿にしないでよ」

 

「………馬鹿にはしてないだろ。これで後輩との共通の話題が出来たんだから上手く使って後輩との絆を深めろってだけの話だ」

 

 私の唇から零れた言葉に今度こそ苦笑を漏らして彼はその意図を告げる。

 

 ああ、そうだろう。ただでさえ癖が強い一期メンバーに続く後輩も相当だとは聞いている。ソレが上手くコミュニケーションが取れずに疎遠になる可能性だってないわけじゃない。ならば、共通の憎まれ役の悪口や相談を笑顔で受け止めて――何なら後輩の前で彼を叱ったりなんかすれば簡単に後輩からの信頼は勝ち取れるだろう。

 

 

 ああ、勝ち取れるだろうさ。  本当に何の苦労もなく。

 

 

 だから―――――この案はふざけてるのだ。

 

 

 それは、私たちがあの聖夜に全力で拒否した最低の手法なんだから。

 

 

 だから、私は “城ヶ崎 美嘉”は――――この小悪党のお節介なんて理解してやるわけにはいかないのだ。

 

 

「アンタのそんなお節介が無くたって――――私たちは実力で後輩を納得させられるって証明してあげる」

 

「せっかく御膳立てしてやったんだから素直に乗っかればいいものを……」

 

「どっかの誰かが、そういうのはぶち破れるって教えてくれたからね」

 

 私が真っ直ぐに力を込めて彼に答えれば、彼は一瞬だけ目を呆けたように瞬かせた後に疲れたように紫煙を吐き出しながら愚痴のように言葉を零した。その様子がちょっとだけ可笑しくて私は彼の肩を軽く小突きながら勝気に微笑んで見せる。

 

 きっと、彼の思惑に乗ってあげれば全てが丸く収まる。でも、そんな“当たり前”なんてつまらない。いつだって鼻つまみ者の私達は、そんなのぶち破ってきたからいま最高に笑ってステージに上がれるのだ。

 

 だから、私たちが後輩にしてあげるべきは“優しくなんでも聞き入れてくれる保護者”でいてあげる事なんかじゃない。超えるべき壁として、誰よりも高く聳え立って―――徹底的に後輩を叩きつぶしてやろう。

 

 それは、“ただのアシスタント”の彼が負うべき仕事ではない。

 

 私たちが責任を持って教え込んでやるべき、そういう仕事だ。

 

 馴れ合いなんて糞くらえ。

 

 そこで潰れる様な灰被りがどうして熾烈な“舞踏会”にたどり着けるというのだ。

 

 だからこそ私は、自分でも分かるくらいに獰猛に嗤って――彼へと告げる。

 

 

 

「私たちは―――比企谷さんみたいに優しくないって、教えてあげるよ」

 

 

 そんな私に、困ったように底抜けのお人好しが小さくため息を吐いた。

 

 

 

---------------------------

 

 

 

「――――全員、止まれ。……20分やるから各自動きをもう一度確認しろ」

 

「「「「「「はいっ!!」」」」」」」」

 

 いつものレッスンスタジオにマストレさんの静かな声が鳴り響く。レッスンの最初の頃にはいつもの様な怒声が鳴り響いていたのだが、時間が立つにつれ声は小さく、端的になっていくのに反比例して眉間の皺が深くなっていく。――――ダンスやらレッスンは未経験の俺には分からないが、この光景はあいつらの時に嫌という程見てきたので実に胃が痛い。

 

 これは端的に言えば、マストレさんがブチ切れる一歩手前の症状だ。

 

 まだレッスンを受けて間もない人間が集まっているのだから仕方ない事だとは思うのだが、未経験者は当たり前のように動きがぎこちない。だが、まだ研修だけしか受けていない彼女たちにとっては厳しいレッスンを受けて通しで踊り切れるようになったというだけでも確かな上達なのだ。

 その上、マストレさんの前兆を知らなければ注意が減って自分たちが上手くできているように感じてしまっているというのも大きいかもしれない。

 

 元気な返事の後にそれぞれが集まって交わす会話は明るく、華やかな声。動きの確認というよりはそれぞれの失敗を報告し合って、小さく笑いを交わす談笑。その様子には切迫さも、危機感もない年頃の乙女特有の柔らかさが見て取れる。

 

 それは、決して責められるべきことでは無い。

 

 むしろ、この光景に違和感を覚える俺の方が少々この特殊な状況に慣れてしまっていてまともな感性を失っている自覚がある。そんなアンニュイな気分に支配されつつ彼女たちを見やっていると、新田がこちらの視線に気が付いたのか少しだけ誇らしげに胸を張りながらこちらに駆け寄ってくる。

 

「うふふ、どうですか比企谷さん。まだまだ未完成な部分も多いですけどこの短期間でここまで上達して見せましたよ?」

 

「―――――ああ、そうだな」

 

 煌めく爽やかな汗を額に浮かべながら、その瞳は眩い希望と自信を湛えていて思わず目を眇めそうになる。そんな彼女に偽らざる本心を吐露すれば彼女はよりその表情を輝かせ何か言葉を紡ごうとする。

 

「ええ、きっとすぐにあの言葉を――――「本当に、未完成だな」―――へ?」

 

 それを遮るように呟いた俺の言葉に唖然とした彼女が再起動する前に、レッスン室の扉が開いた。

 

「ゴメン、ゴメン。思ったより前の現場長引いちゃってさ☆」

 

「わぁ…初めまして、かな?」

 

「小梅さんと僕は四国巡りしてましたからねぇ…」

 

「あら、フレッシュなメンバーね」

 

「あわわ、失礼しますっ!」

 

「……なんとなく、呼ばれた理由が分かりました…」

 

「皆さん! 元気ですかーー!!」

 

「うふふ、ハチさん。今日もまゆ頑張りましたよぉ?」

 

「ちょっとこの部屋熱くないですかぁ?」

 

「ちーっこく、遅刻しちゃいましたね」

 

 それは、今や世間では知らない人のいない時の人。まったく期待されていない中で奇跡の快進撃を上げ続け、ついにはこの城の舞踏会の主役とすら登りつめてきた現代のシンデレラその人達であった。

 

 プロジェクトの二期生として入った彼女達からすれば憧れのそのものだろう。それでも、スケジュールが合わず今まで顔を見せることも出来なかった彼女達からすればソレは黄色い歓声を上げるには十分なサプライズだ。――――これから行われることを、知らなければの話であるが。

 

「あー、初めまして、でいいのかな? みんなと顔合わせが大分遅れちゃったけど、少しだけ全員で顔出せる時間が出来たから挨拶に来たよ☆」

 

 興奮のまま駆け寄る二期メンバーにそれぞれが華やかに答えながら、美嘉が代表するかのように言葉を告げ、小さくあたりを見回して頷く。

 

「とは言っても、これからちょっとしたら別の現場でさ。――――ちょっとだけ先輩風吹かせにきたんだ☆」

 

 朗らかで、柔和な顔が  意地悪気に歪んだ。

 

 その唐突な変化に誰もが息を呑み、無意識に一歩だけ後ずさった。

 

 そんな後輩たちに何を言う訳でもなく彼女たちは真っ直ぐにレッスン室の中央に歩みを進めてその場で静かにそれぞれの持ち場へ着き、沈黙を守る。

 

「……おい、城ヶ崎。お前、つぶす気か?」

 

「まさか、先輩として“お手本”を見せるだけだよ☆」

 

 さっきまで深い眉間の皺を刻んで苛立っていたはずのマストレさんが責める様な声音で城ヶ崎に呼びかけるがそれに掛け合いもしない彼女の声に深くため息を吐いて渋々といった様子で音響のリモコンを操作する。

 

 その先達の唐突な行動に誰もが困惑を隠せず見守る中で、城ヶ崎はその深い萱色の瞳で真っ直ぐと彼女たちを見据えて―――謳う様に言葉を紡いだ。

 

 

「これが トップの最低線だよ」

 

 

 その胸の奥を貫くような鋭さを秘めた声は、大音声の伴奏によって溶けていき――――誰もが彼女たちの全てに押しつぶされた。

 

 一糸乱れぬ統制。

 

 指先一つ、視線一つ、微笑みにすら含められた感情。

 

 それを目で、心で理解しようと必死に追いかけた次の瞬間には別の魅力に引き込まれ翻弄されてゆく。

 

 響く歌声には、音程以上に人をかどわす魔力に満ち溢れていて抗う事も出来ずに導かれる。

 

 それはさっきまで自分たちが―――いや、これが“そう”であるなら、自分たちはさっきまで何をしていたのだろうか?

 

 実力や、練習量の問題なんかではない。

 

 例え、これから練習を重ねて完璧にステップや音程を身に着けた所できっとそこには行きつけることはないのは明白だった。だって、まるでソレは――――魂を燃やすような熱があった。

 

 やがて、音楽は鳴りやみ、振り付けはラストを迎えて音は部屋から消えた。

 

 新入生の誰もが息を呑み、あるいは腰を抜かして慄くように彼女たちを見つめることしかできない。

 

 自分たちは―――“コレ”になることを期待されているというのか?

 

 採用通知を受け取り喜びに満ちて溢れ、スカウトによって新しい可能性に心躍らせていた彼女達には今やそんな感情は消え失せていた。

 

 そうだ、ここの二期生として選ばれたという事は“全くの無名から一年でトップに上り詰めた怪物”と同様の活躍をしなければならないのだ。そのあまりに重たい事実に、いまさらながら恐怖が湧き上がる。

 

 そんな彼女たちに―――声が掛けられた。

 

「私たちは、みんなが受けている衝撃をライブバトルで対戦相手から受けたよ。

 

 テレビや小さなライブを重ねて積み上げた自信が、一瞬で叩きつぶされた。ダンスだって、歌だってミスのない最高の出来だったのに、765プロに完敗。

 

 そもそもが、ウチの部署はちょっと特殊でね。負けが続いちゃえば一瞬で御取り潰しの可能性だってあったから―――それ以上、負けられなかったんだよ。それに、負けっぱなしで引き下がってやれる人なんかいなかった」

 

 苦笑と共に語られるその言葉。その当時を知っている自分としては笑える状況でなかったことを嫌という程知っている。だが、笑えない記憶ほど思い返すと笑えてくるとは誰の言葉だったか。

 

 そんな役にも立たない空言を想い浮かべているウチに彼女は、“城ヶ崎 美嘉”は不敵に笑って後輩たちに最後の檄を入れた。

 

「比企谷さんの言う通り、気楽に生きたいだけならさっさと尻尾巻いて逃げた方が―――賢い選択だよ?」

 

 それだけを言い残して、彼女達は何も言わずにレッスン室を後にした。

 

 それこそ――――視線一つ彼女たちに寄越さずに。“相手にするに値しない”とでも言うかのように。

 

 

 無機質な扉が閉まる音が響き、沈黙が場を支配した。

 

 

 誰もが、俯き言葉を発しない。

 

 

 しかし―――――ソレは絶望を湛えたものでは、ない。

 

 

「―――っ」

 

 

 小さく響いたかすれた声。ともすれば、泣き声であると勘違いしそうな程微かな喉鳴り。だが、その小さな声はやがて重なり合って徐々に膨らんでいき大爆発を引き起こした。

 

 

「「「「「「むっかつくうううぅぅぅぅぅっぅぅぅっっ!!!!!!!!」」」」」

 

 

 鼓膜が破けんばかりの怒声が防音のはずのレッスン室に轟き、花も恥じらうどころが鬼も裸足で逃げ出さんばかりの憤怒によって真っ赤に染まった顔で新入生ズは地団駄と苛立ちをぶちまけていく。

 

「なにあのギャル! 急に出てきてしたり顔で!! 頭いかれてんじゃないっ!!」

 

「はぁああっ! いままでファンだったけどもう無理!! アイドルって裏の顔黒いってマジじゃん!! ふざけんな!」

 

「島村 卯月!! ドたまに来ました!!」

 

「灼熱の業火がわが身を包む(ちょうムカつきます)!!」

 

「うっきゃぁぁぁ!! あんな言い方ないにぃ!!」

 

「まじだる。なにさまって感じだよ、ほんと」

 

「あんなやり口全然ロックじゃないよ!!」

 

「猫かぶりにも程があるにゃ!!」

 

「ふふ、ふふふふ、ふふふうふふうふうふうふ」

 

「あんな人達だと思いませんでした!」

 

「むーーー!! 学校で人を見下しちゃ駄目って習ってないのかなぁ!!」

 

「…………お姉ちゃん、きらい」

 

「あんあまぁ、ぶちまわしたろかいねぇ………」

 

「アー、これが“ブッコロ”という奴ですネー。ひとつ、賢くなりました」

 

 年頃の少女から漏れ出てくる言葉とは思えない罵詈雑言を吐き散らしながら、彼女達は抜けていた腰を、気を、意気地を張り直して発散しきれない怒りを仲間同士での指摘へとぶつけてゆく。

 

「大体、りーなちゃんはさっきから最後まで決め切らないで次に行き過ぎだにゃ!」

 

「はあっ!? それを言うならみくだってこだわりすぎてワンテンポ遅れてるし!」

 

「卯月は不安なとこに入ると急に動きが小さくなるよね?」

 

「うっ、そこは苦手意識がどうしてもよぎっちゃって…」

 

「んじゃ、そこだけむしろおっきくさ―――」

 

 やいのやいのと、さっきまでの消沈ぶりは何処へやら。ついでに言えば誰もが牙を剥いて、額を擦り合わせてお互いの駄目な所を遠慮もなく指摘しまくっている。終いにはどっちが正しいかの言い争いになってマストレさんからリモコンを奪って競い合いまでし始める有様だ。

 

 完全にヒートアップして蚊帳の外に置かれた俺は頭を抱えているマストレさんの隣に行くとギロリと睨まれた。―――解せぬ。

 

「貴様、あいつ等がやらかすことを知っていたな?」

 

「馬鹿言わないでください。聞いてたのは“顔を出す”って事だけですよ。あんなドン引きなショック療法をすると知っていれば流石に止めてますよ」

 

 飄々と答える俺に深いため息をマストレさんが吐き出すが、あんなもん誰が予想できるって言うのか。普通に優しく声かけて終わるだけでも十分だったろうに、あんな挑発かまして去っていく意味が分からない。

 

「……結果としては腑抜けた室内犬どもを狼に変える大成果だ。だが、それは本来、私がしごき通して天狗になった鼻を叩き折った後の工程だ。いま、そんな事をすれば9割9分が潰れていた。―――おかげで、スケージュール表を総見直しだ」

 

 それは、あの時のライブバトルで765の美希にやられた時の消えない屈辱の記憶。

 

 それをバネに伸び上がったあいつらと同じ道筋がさらに短いスパンで行われた事を意味する。言ってしまえば始まりの街付近で魔王と出くわして、強制的に経験値を積まされたに等しい。そして、一度あがったレベルは  下がることはないのだ。

 

「「「マストレさん!! どっちが正しいですか!!?」」」

 

「どっちも違うわ、馬鹿もん共!!」

 

 苛立たし気に頭を掻きむしる彼女はその苛立ちを教え子で発散することにしたらしく、自慢のハリセンを高らかに鳴らして彼女たちの指導へと戻って行く。その背中を見送りながら、非常階段の下で勝気に笑った少女を思い出す。

 

 俺のいつものやり方を“お前の仕事じゃない”と軽やかに奪っていったピンク髪のカリスマ少女。かつて同じ場所で無残にも泣き崩れていた弱さなんて微塵も感じさせないその強かさの齎した結果を見て、俺はため息をもう一つ。

 

 そんなやるせない気分と徒労感を噛みしめながら俺は今後、こいつらがしばらく顔を合わせないで済むような予定表作りに取りくみ始めるのであったとさ。

 

 

…………いや、絶対俺が嫌われるだけの方が被害少なかったでしょコレ。

 

 

 

-----------------------------------------

 

 

 

~ 後日談 というか オチ ~

 

 

 あれから数日。顛末を報告した際に武内さんが頭を抱えたりもしたのだが、なんだかんだとあの事件は新人たちにいい方向に作用したのか見違えるほど野心的にレッスンも仕事も取り組むようになったおかげかメキメキと実力をつけ始めている。

 

 それに、良くも悪くも意欲的なおかげか仕事の量も倍増して俺の負担も随分と多くなったのでいつものベストプレイスにヤニ補給に足を向けた所―――蹲って凹んでいるピンク髪の馬鹿がいた。

 

「うぅー、莉嘉にきらわれたぁ……」

 

「いや、やる前にきづけよ……」

 

 あの時の強かさは何処へやら。あれ以来、家で妹から口を聞いても貰えないらしい彼女は定期的にココでこうやって凹みまくっているのである。というか、下のメンバーに実の妹がいるのだから一番被害甚大だという事になんで気づかないんだよ…。

 

 そんな彼女に呆れつつ、細巻きに火をつけて適当な言葉を投げかけてみる。

 

「だから、変な事せずに俺の案に乗っかとけばよかったものを」

 

「そんなん意味ないじゃん。例え、嫌われたって本当の事を私たちが教えてあげない方がずっと卑怯だし、いつか肩を並べるときに上下なんて気にしてるほど私たちに余裕なんかない――――本気で仲間だと思えば、喧嘩だってするもんでしょ?」

 

 当たり前の事のようにそう返してくる彼女に、正直言えば、驚いた。だが、思えば、彼女はあのクリスマスの時だって、夏のライブの時だって、十時の事件を知った時だって―――誰よりも真っ直ぐな感情を正しく真正面からぶつけてきた。

 

 気づかい屋で、世話焼きで、純情で、優しい癖に―――彼女は真っ直ぐで不器用に心の奥底の灯りを絶やさない。

 

 その熱に自らが焼かれてでも、大切なものを最優先にする。

 

 その彼女のありようが眩しくて、尊いものだと心から思う。

 

 だから、頭をいまだに抱える彼女と妹が仲直りするための案でも少しは考えてやろうと――俺は流れていく紫煙を目で追いながら微かに笑った。

 

 

 




このお話に出てくるような選択肢でハチの好感度を上げ続けると”バレンタイン編”で選択肢が現れて美嘉√のtrueENDへ入っていく事が出来るようになります(笑) まあ、どうでもいい設定ですね。

楽しめた方は評価をぽちっとにゃ♡


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【カリスマのおしごと】


('ω')美嘉ねぇを幸せにする――――このルートを書き始めた時に僕は誓ったんだ ←ひーろー感



 珍しい物を見た。

 

 いつもは勝気に微笑んで、背筋をまっすぐ伸ばしている“カリスマ”様が随分と苦し気に眉間に皺を寄せて白紙のルーズリーフを前にシャーペンで頭をコリコリ。なにか思いついたようにペンを走らせてはピタリと止まって乱暴に書いていたものを消しゴムで消していくその姿。

 

 そのまましばらく唸ったあと、ついには力尽きたかのようにデスクに倒れ込んだ彼女を見てついには笑ってしまい、ちょっとだけ逡巡して彼女の正面に座ることを俺は選んだ。

 

「また珍妙な動きをしてんな。埼玉特有の儀式か?」

 

「そろそろアンタの口いっぱいに深谷ネギ突っ込んでやろうかな?」

 

 お馴染みの埼玉ネタでからかいつつ手に持っていたコーヒーを置いてやれば、相手も手慣れたもので飄々と悪態をつきつつソレを受け取った。カリスマJKこと“城ヶ崎 美嘉”としがないアルバイト“比企谷 八幡”のなんてことないいつものやり取りにお互い小さく笑って、俺は皮肉を返しながら手元のソレを覗き込む。

 

「生で食っても甘いらしいな……で、今度はどんな見栄を張ってきたんだ?」

 

「あれを食べたら他のネギは辛くて受け付けられないね。って、なんで私が見栄を張ってる前提だし。……んー、コラムの内容が決まんなくてねぇ」

 

 流れる様なノリツッコみをかました後に彼女が言った言葉に得心が言ってつい笑ってしまう。

 

 彼女達“シンデレラプロジェクト”はささやかながらSNSのアカウントがあり、月に3、4回の頻度でコラムを載せることになっている。その掲載者は毎回くじ引きで決まっているのだが大体は好き勝手に好みの事を書いている無法地帯である。

 

 お酒に美容健康法、野花の写真におにぎりや心霊写真。マジでやりたい放題だ。なので、手慣れてきた最近は更新に困ることも無くなってきたのだが一部のメンバーには限っては少しだけ事情が異なる。

 

 まあ、ざっくり言えば他にもコラムを大量に抱えている奴らだ。

 

 その筆頭たるのはカリスマJKとして多くの雑誌に引っ張りだこな彼女だろう。

 

 意外な事に文才自体は結構あるらしく、メイクに流行や日常の事を取り入れながら若年層の心に響く記事を書く彼女のコラムはかなりの人気で武内さんがストップをかけるまでは依頼が止まないくらいには求められている。

 

 だが、人気文筆家だって無尽蔵にネタが零れてくるわけではない。

 

 何より、小説などと違って“雰囲気が似てるだけ”なんて言い訳を使って類似作品を送り出すわけにはいかないのでさらにシビアだ。そりゃ頭を悩ませもするだろう。

 

「ファッションも映画も遊びも、アプリも、家族の事も結構なペースで書き続けたからどうにも目新しいものはないしー、あんまり適当で面白くない事を書くのもわざわざ買ってくれた人にもうしわけないしねぇ…」

 

「お前も変な所で生真面目だよな。……タピオカとかは?」

 

「アンタはJKを舐めてんの? もはや、時代はだし巻き卵ドックとかフルーツティーに移りつつあんのよ」

 

「えぇ…最近のJKが分からな過ぎてもう怖いまである……」

 

 気軽にJKが好きそうな単語を並べてみたが俺だってこんなバイトをしているのだ。“ばえる”物に無知という訳ではない。タピオカの次にタロイモが流行ったということまでは知っていたが、“卵焼き”ってどういうことなのだろうか。もはやソレは映えも何もしないグルメだろ。しかも、それをパンに挟んじゃうって――――もうこれわっかんねぇな。

 

 それでもあきらめずに一応、仕事として彼女の記事を斜め読みした記憶を辿ってみるとある部分がすっぽりと抜け落ちている事に気が付く。それは、かつて彼女のコラムが人気を博した要因となったもので―――どんな若年層だって悩む永遠のテーマ。

 

 だけど、“ある時期”からピタリと見ることのない話題。

 

 うっかりとソレを口に出しかけ、その原因となる事件をなんとなく察している自分が口にするのも憚られて飲み込んだ―――のだが。

 

「ふーむ、こりゃいよいよ“恋愛”についてでも書くしかないかなぁ?」

 

 能天気に頭の後ろで手を組んで、なんでもない事のようにそう嘯く彼女にその気遣いは徒労へと変わってしまった。飲み込みかけた言葉が変な所で詰まって何とも言えないような顔を浮かべる自分を面白そうに眺める目が一対。その厭らし気に吊り上げられた唇に確信犯であることを悟って、小さくため息を漏らす。

 

「人の気遣いが台無しだな」

 

「まぁ、あんな醜態を見せた側がすることでもないと思うけど……いつまでもお互い引っ張っても息が詰まるでしょ?」

 

 そういって照れたように苦笑を零した彼女はコーヒーで口を湿らせ、ゆっくりと丁寧に言葉を紡いでいく。

 

「まだ、引きずってないっていうのは嘘だけどさ。あの二人をあれからずっと見続けて、支え合って、信頼し合う姿は自分が目指してた理想形だって心から思った。

 きっと、私が想いを遂げてもあんな風にはなれてなかっただろうし、幸せそうな二人を見ているとあれでよかったんだって素直に思える様になってきた。

 

 そう納得出来ちゃえる様になった時点で―――私の初恋は終わってたんだよ」

 

 ほんの少しの感傷と諦観。そして―――儚げに、華やかに笑ってそう告げる彼女は“少女”という殻を少しだけ破って“女性”へとなりつつあることを予感させる美しさを秘めていた。

 

 だが、それに目を奪われつつも思うのだ。

 

 大人へ、成人へ至るために彼女は強くなったけれども、その代償に彼女は深い傷を負った。

 

 あれだけの慟哭を零した感情を、自分のように深く記憶の奥底に沈めてたまに疼くソレが齎す苦しみに一人で静かに微笑むのだろう。だからどうか―――ソレが土に還り、いつか彼女の笑顔を咲かせる花の元となるまでの間くらいはその痛みをかつて感じた事のあるものとして隣で佇んでいてやろう。

 

 せめて、彼女が新たな輝きに無垢に微笑むことが出来る様になるくらいまでは、見守ろうと身勝手な想いを俺は胸に秘めていつもの様に軽口を口ずさむ。

 

「そんじゃいっそのこと“カリスマ失恋神社! 貴方の失恋引き受けます”とか書いとけよ。多分、ばずる、はず」

 

「デリカシーって言葉を知らないのかアンタは!! というか、ソレは“バズる”んじゃなくて“炎上”してるだけだから!!」

 

「似たようなもんだろ?」

 

「SNSなめんな!!」

 

 愚者の画は、“始まり”と“希望”も意味するそうな。だから、道化は今日も戯言を口ずさんで星々の気を紛らわしてやる。

 

 それだけしかできないのだから、それだけはやり切るべきだ。

 

 デレプロの事務所は、今日もほんのり切なく―――騒がしい。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 後日、カリスマJK“城ヶ崎 美嘉”が記した“初恋”を題材にした十代の恋の繊細さをリアルに掴み取ったコラムは多くの反響を呼び、その女子高生だけに留まらず若年層全ての心を捉えたそうな。

 

 その影響から月9のゴールデンタイムのドラマの脚本原作依頼や、執筆業務の依頼がさらに舞い込み彼女が目の下に隈を抱える程に文豪として多忙になっていくのはまた別のお話。

 

 

 

 




('◇')ゞ評価と感想が欲しいであります←正直感


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【城ヶ崎 美嘉は愛を囁かない ≪TRUE END・ver≫】

('ω')これにて美嘉√更新は一段落♡


 輝かしい玄関ホールに飾られる巨大な時計は煌びやかにそびえ立ち現実感を奪う。何度訪れても、一介の元読者モデルごときには馴染めそうもなく、足元はいつだって空を掻くようにフワフワして現実感を遠ざける。

 

 ふらつきそうになる足に活を入れて、微かに薫る喫茶からの紅茶と甘い焼き菓子の匂いに後ろ髪をひかれながらも足は迷わずにある場所を目指して突き進む。

 

 おそらく、事務的な役割を担っているであろう華やかなお城の裏側に押し込められた無骨な廊下。薄暗く、少々埃っぽいようなこの薄暗さにちょっとだけ安心感を覚えるのは日本人の性か、自分の貧乏性か。

 

 まあ、女子高生としては枯れた感性だと思い小さく苦笑を洩らす。華やかで、熱狂的な舞台も期待を一身に受ける撮影も、誰よりも輝いて魅せる自信は揺るがずにあるが。それとこれとは話が別なのである。

 

 飾り気のない乱雑な廊下を進み、分厚い防火扉の前で足をとめ、その扉に手を掛けた。

 

 それに何より、自分よりもっと好き好んでこんな所をベストプレイスにしている変人だってこの世にはいる事を考えれば、そんな変な癖でもないのだろうと開き直れるというものだ。

 

 埃っぽい空間に春の足音を感じさせる独特の湿った空気と、微かな紫煙の香りが鼻孔をくすぐって通り抜けていく。

 

 暮れる夕日が強める陰影の中に、季節外れの蛍のように灯ったその光点。

 

 ともすれば、影に混じってしまいそうなほど鬱屈とした空気を感じさせるその瞳が気まずげに眼を逸らすその仕草に、歳の離れた妹を思い出して笑ってしまいそうになる。

 

「煙草、辞めるんじゃなかったっけ?比企谷さん?」

 

「あの時の俺はどうかしていたよ、カリスマJK」

 

「意志弱過ぎ」

 

 からかう様に嫌みを言ってやればさっきの後ろめたさは何処へやら。悪びれなく禁煙中のはずの煙草をふかしてシレっと言い返してくる彼の肩を叩き緩く笑う。

 

 何処も彼処も豪華絢爛なこのお城で、私、"城ヶ崎 美嘉"は今日もこの日蔭者の隣に腰をおろす。

 

 ふらつく足元が地面につき、冷たく味気ない硬さが伝わるココが、私は嫌いではない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「こんな辺鄙な所でこそこそ引きこもってまで吸いたいもんなの?正規の喫煙室あるんだからそっちで吸った方が暖かいでしょ」

 

 季節は二月。暖かくなりつつあるとはいえ、非常階段の下という日の差しにくいココはそれなりに肌寒く快適とは言い難い。それに、縮小傾向ではあるものの業界柄か館内にも整備されているのだからそちらに居てもいい気はする。

 

「馬鹿、あんな密閉された空間で暇そうに煙草なんてふかしてみろ。説教好きなのか、寂しがり屋なのか知らんオッサンに絡まれちまって、息抜きがストレスタイムに早変わりだ。あと、チッヒに見つかったらここぞとばかりに仕事を増やされそう」

 

「もう八割くらい後半が理由じゃん…」

 

 言わんとしている事も、その気持ちも分からなくは無いものではあるのだが、もうちょっと年上としてマトモな理由づけする努力をしてほしい。脱力する私を余所に呑気に煙を吐きだす彼にもう一度深くため息を吐き、視線を送る。

 

 身長も顔もマトモに見ればそこそこ悪くないはずなのに、気だるげなその瞳と声。そして、ゆったりと煙草を咥えるその唇が退廃的な雰囲気で覆い隠してしまって台無しだ。もっとマトモに身だしなみと受け答えをすればそこそこに見れるようになるだろうに。随分と昔に聞いた、彼の憧れの人もこんな風に煙草を吸っていたのだろうか?

 

「ん、ていうか何でお前がいるんだ?今日はレッスンも仕事も無かったんじゃないっけ?」

 

 思いだしたように聞いてくる彼に、頭をよぎったおかしな感想と不愉快さを振り払って、今日の目的の物に意識を移す。

 

 ポケットに収まる程度の、シンプルにラッピングされた小さな箱。偶然に街で見かけて思わず彼を思い浮かべて買ってしまったソレ。いつもならなんという事もなく渡せるそれも、日取りが良いのか悪いのか今日だけはなんとなく気恥ずかしくなってしまう。いや、他意は決して無いのだけれども。

 

「はい、これ」

 

 自分の中の良く分からない感情を誤魔化すように、つっけどんにポケットの中のソレを渡す。

 

 他意は無い。ただちょっとした悪戯心と嫌味と、ほんのちょっとの日頃の感謝。籠めた思いはたったそれだけなのに何故こんなに自分は居心地の悪い思いをしなければならないのか。そんな身勝手な感情を八つ当たり気味に視線に乗せて隣の男を睨んでみると、一気に気が抜けた。

 

「…なに、今日がどういう日か知らないとか言わないよね?それとも、”お菓子会社の戦略には乗らない”的な感じ?」

 

 渡された当の本人を見てみれば、ホントに不思議そうに渡された箱を呆けた顔で眺めているのだから。渡したこっちだって拍子抜けもいい所だ。変な期待をこの男に求めていた訳ではないがちょっと反応としては失礼な――――

 

「いや、素直に嬉しいもんだな。こういう風に普通に貰えるってのも」

 

 溢れだす苛立ちは、スッと呟かれたその一言に塗りつぶされてしまった。

 

 本当に、本当に見た事も無いくらい、柔らかな表情を浮かべた彼に思わず、息を呑んだ。

 

 え、いや、ちょっとばかしその表情は、反則だ。いつもの、皮肉気な表情と軽口を返してくれなければ、どうしていいのか分からない。必死に空回りする私のオツムは何とか言葉を絞りだそうとするが、金魚みたいに上下するだけで役に立ってはくれない。

 

「そうだよな、下手に難しく考えたりする必要もなくこうやって普通に気持ちを伝える様な日だもんな。今日って」

 

「きききkっきっきき、気持ちって!!ぎ、義理だから!!っかかかかっかかか勘違いしないでよね!!!!?」

 

「あ、そりゃそうだろ?俺がそんな初歩的な勘違いするか。開けていいか?」

 

「…どーぞ」

 

 な、何なんださっきから。いつもは絶対に言わないような事をポンポンポンポンとッ。というか、別に事実だから良いんだけれども、そんなあっさり言われるもなんとなく癪に障る。狂いっぱなしの調子に深くため息をつきながら促せば嬉しそうに丁寧に箱を開けていく様がいつもより幼げで二割くらい爽やかに見える。…大丈夫か、私?

「…洋物煙草?」

 

「にひひひ、早速試してみてよ」

 

 中身を見た彼が訝しげに首をかしげるのを見て若干気分が良くなる。そうそう、カリスマの贈り物は相手の予想をいつだって越えていくのだ。ちょっと得意げに彼が咥えている煙草を取り上げて開ける様に促せば彼は不思議そうにしながらも箱から一本ソレを取り出し―――驚いたように動きが止まって小さく笑った。

 

「すごいっしょ?」

 

「ああ、こりゃ予想外だった」

 

 彼が片手に持つそれも、包装されていた箱も、きっと遠目から見れば何の変哲もない煙草に見えたはずだ。だが、手にした彼と隣にいる私だけには分かる。

 

 ふんわりと薫る柔らかなカカオの香り。それはさっきの紫煙よりももっと柔らかく私の鼻をくすぐった。

 

 輸入品のアクセサリーショップの隅っこに小さく展示されていたこの”シガレットチョコ”。

 

 ちょっとした悪戯はどうやら上手く成功したようで何よりだ。

 

「降参だ。大人しく禁煙に励みますよ」

 

「ん、莉嘉とか年少組も増えて来たことだしね。それがいいよ」

 

 深く溜息をついた彼は差し出された私の手に大人しく喫煙セットを引き渡して行く。

 

 初期の頃は自分や楓さんぐらいの年齢の人達ばかりだったシンデレラプロジェクトも随分と人数や層が厚くなって今では小さな子だって多い。送迎などで接する機会が増えていくなら今のうちにやめてしまった方がお互いの為だ。それに。

 

「単純に身体だって心配だしね(ボソッ」

 

「なんかいったか?」

 

「いや、なんにも。ほら、せっかくのカリスマからのチョコなんだから喜んで食べてよね?」

 

「はいはい、頂きますよ」

 

 誤魔化すように笑ってチョコを美味しそうに食べる彼を眺めて思う。

 

 彼が言っていた事を。

 

 さっきの言い草では、まるで気持ちを伝える事が、出来なかった事があるかのような言い方だ。それが、どんな事情だったのか。或いは経緯だったのなんか、分かりもしない。

 

 でも、あの時の彼の優しい表情が、自分に向いていない事だけは嫌でも分かった。

 

 一生、向けられる事は無いのだとは、分かってしまった。

 

 どうにも、自分はこういう事が多い。いつだって魅かれるのは年上で、自分の気持ちを意識して動こうとしたときにはもう相手が別の人に魅かれている時だ。

 

 

 それが分かるのはいつだって―――――この日だ。

 

 

「もうちょっと待ってれば年少組のレッスン終わるから一緒に送るぞ?」

 

「いや、いいよ。帰りによりたい店もあるし…少し歩きたい気分だしね」

 

 立ち上がった私に掛けられた声を緩く断って軽く手を振って歩きだす。

 

「ん、分かった。ホワイトデーは期待しとけ」

 

「三倍返しでよろしく」

 

 掛けられる声を適当に返しながら背を向けつつ、防火扉をゆったりと開いて―――その扉が閉まる短い時間で踏みとどまる。

 

 きっと、この扉が閉まればこの想いは、一生、届くことはないまま蓋をしてしまう。

 

 手慣れた作業だ。小さな頃から何度だって繰り返してきた。

 

 でも、あの初めて人を憎むほど愛した時に流した涙は、もう、二度と流したくない。

 

 少なくとも―――――何もしないで聞き分けのいい振りをして諦める様なあの苦しみと欺瞞を彼との間に重ねるのは、過ごしてきた日々が許してなんかくれない。

 

 

 許したくなんか、ない。

 

 

 小さく吸った深呼吸で涙を引っ込めて、震える手足に力を籠め――彼へと振り返る。

 

 驚いたのか、少し目を見開いた間抜けな彼の顔にちょっとだけ笑いが零れる。

 

 一歩、踏み出して、あの聖夜を思い出す。

 

 二歩、踏み込んで、新入生に二人でたきつけた事を思い出す。

 

 三歩、進めて、彼と回ったあの夏祭りの花火を思い出す。

 

 四歩目で、自分の面白みのない将来設計とありのままの自分を認めてくれた笑顔を思い出す。

 

 足を踏み込むたびに重ねた日々が溢れてくる。笑って、泣いて、怒って、凹んで、くじけた時でもどんな時でも彼は私の隣にいて、変わらずに佇んでいてくれた。

 

 そう、ちょうどこんな気の抜けた―――いつもの彼のままで。

 

 今日はバレンタイン。

 

 世間は甘く愛を囁き、輝く奇跡に目を輝かせるもう一つの聖夜。

 

 なら――――今日くらい私だって素直になる資格はあるでしょう?

 

「…忘れもんか?」

 

「うん、一番大切なもの、忘れてた」

 

 目の前に佇む私に訝し気に首を傾げた彼に微笑んで答え、そのままあの日、細巻きをくすねた時のように彼の持つシガレットチョコを抜き取って口に含む。

 

 甘く、ちょっとだけ苦い。

 

 口の中で柔らかく溶けていくソレを確認しながら、彼に短い言の葉と共に微笑む。

 

 

「本命チョコ、渡し忘れてた」

 

 

 何かを口ずさもうとする彼の唇を―――重ねて黙らせる。

 

 突然の凶行に目を見開いて押しのけようとする彼を思い切り抱きしめて、戸惑う彼の唇を強引に割り開いて、口の中で溶かしたチョコを丁寧に流し込む。

 

 暴れる彼が呼吸を求めてソレを飲み込んだことを確認してようやく腕の力を抜けば、彼は勢い余ったのかそのまま尻もちをついて、状況が分からないまま目を白黒させているのが珍しくて思わず笑ってしまう。

 

「ふふ、変な顔」

 

「な、おま、っつ――何してんだよ」

 

 溢れる動揺を何とか飲み込んだ彼が唸るようにそう問うのを聞き流しつつ、唇の端から零れたチョコを舐めとって味わいつつ考える。

 

 “何を”とは、妙な事を聞く。

 

 自分でさっき言っていたじゃないか。

 

 今日は“余計な思考を挟まずに想いを伝える日”なのだと。

 

 だから――――口下手な私が全身全霊で伝えられる方法で伝えたのだ。

 

 口で語るなんて野暮なことを挟まない、行動で。

 

 カリスマは、“城ヶ崎 美嘉”は――――愛なんて囁かない。

 

 だから、いつもの様に勝気に、強気に―――不敵に微笑んで一言だけ。

 

 

「ホワイトデー、三倍返しでよろしく☆」

 

 

 

 




ここまでくる間に選んだ選択肢によって彼女が”愛をささやかない理由が失恋√ENDと真・カリスマ√で変わるというめんどくさい脳内設定でお送りしています(笑)


(*'ω'*)楽しめた方はついでにポチっと貰えると嬉しいでやんすね!


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拝啓、2ちゃんデレマス板より “僕はこの日の残業を言い渡した上司をぜっゆる“ 

_(:3」∠)_やぁ、ブラザー。最近、暗いニュースばっかりでウンザリだろう?

 そんな君に一気に明るくなるホットなNEWSをお届けするよ!

 『デレステのバラエティーの女王』

 そういえば、君も分かるだろう?


 (*'ω'*)いつも通り、頭をからっぽに広い心で――――デレステ妄想沼を楽しんでくれ!


1:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:00 ID:tNdHZ43W3v

モニタリング★1

hoop://monitaringu.ch.net/oregairu/kouhyouka/yorosiku

 

2:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:04 ID:TqXT32fQf1

CMなが

 

3:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:07 ID:N8zZeqHfGf

毎回、泣かせようとするの飽きたわ

 

4:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:14 ID:ke4pWsUtyW

感動系はもう見飽きた。ほんばんはよ

 

5:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:20 ID:qZxGY4ZtWA

ここからがショータイムだ

 

6:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:25 ID:t2zbFgaJ7u

バラエティーの女王遂にきたwwww

 

7:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:31 ID:qBBzknsNxd

もう出てくるだけで面白いwwwさすさち

 

8:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:35 ID:Ankua9fQcr

感動系の余韻を一瞬で吹き飛ばすっておかしいでしょww

 

9:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:39 ID:X9cDg5x4mz

おかしいなぁ…美少女のはずなんだけど……貫禄がすでにベテラン芸人なんだよなぁ

 

10:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:47 ID:ZAp6nb9wIN

この前の滝に引きずられて落ちてくの面白かったwww

 

11:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:51 ID:CkuWUz7mM6

滝wwww

 

12:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:53 ID:vbBlN8HCkL

あー、あの出河がバランス崩して引っ張られた奴なwww

13:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:54 ID:7o6oKR1GdY

ふつう放送事故案件www

 

14:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:56 ID:AsJmitZ6x9

??アイドルでしょ?この子? どゆこと?

 

15:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:00:57 ID:kJsefpTPiI

ぐぐれかす “輿水 幸子 武勇伝” 

 

16:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:01:04 ID:RcKo0UxHTv

ggks “幸子 芸人”

 

17:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:01:11 ID:0yhFreEdii

サンクス

 

18:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:01:13 ID:OAUU8vYmTd

辛辣ながら教えてくれるニキ優しいwww

 

19:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:01:16 ID:6mI14f9Iuy

芸人wwwww

 

20:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:01:18 ID:EI0R06DiJu

アイドルだからwww一応www

 

21:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:01:24 ID:qSaIAls8gj

もう出河が“れぇべる”って認めたから芸人だろ

 

22:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:01:25 ID:phD4mML1p0

あれ結局活舌悪すぎて分らんかったけど“レベル”? “ライバル”?どっちだったのwww

 

23:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:01:27 ID:T6FaL0MW3Y

誰か実況くれ

 

24:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:01:35 ID:SQTgn0gG2c

いま幸子出てきて出オチ芸を他のデレプロアイドルと掛け合いしてる。

 

内容は…『デレプロの“バイト”君に悪戯を仕掛けたらどこまでで気づく?』

 

25:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:01:44 ID:HLtMHtTyb2

場所は346本社の事務署。

『いっつも僕をからかってばかりの彼に今日こそは復讐です!!』とのやる気満々のコメントを幸子ちゃんから頂戴いたしました。

 

26:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:01:51 ID:N5oaCIUdck

コイツいっつもいじられてんだな

 

27:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:01:58 ID:gh9BCTHJdv

TVの前だけじゃなくてプライベートまでかwwww

 

28:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:01 ID:ouTPO6uWg0

生粋の芸人幸子ww

 

29:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:07 ID:QPKTwW9WKS

いや、マジレスすれば芸人て普段は静かな人多いから―――いっつもうるさいのは秋刀魚さんだけ

 

30:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:09 ID:YdyWmk2r2a

つまり幸子は―――

 

31:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:17 ID:Petu4fsn0V

おい、止めろ。それ以上はイケない。

 

32:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:22 ID:u9JsqKy8US

wwwww

 

33:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:28 ID:FdXJkF5gOt

幸子たんかわゆす(*´Д`)ハァハァ

 

34:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:31 ID:Is96d6LfPN

つうほうしますた

 

35:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:34 ID:EMPAs0JnNF

おい、始まるぉ

 

36:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:37 ID:o3tT8YFuQt

幸子の作戦としては色んな悪戯グッズを彼に試してどこらへんで気が付くか迄をギリギリ責める設定らしい。

バレたらそこで終了らしいが、目標はブーブークッションを発動させる所までらしい。

 

ちなみに、先に事務所に送り込んでるアイドル達はこっち側の味方らしく様々にサポートしてくれる、てさ。

 

37:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:40 ID:7ZWRe29E7H

実況感謝

 

38:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:43 ID:r9k5YHAjmc

アイドルのなのに定番の告白系じゃない件についてwwww

 

39:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:44 ID:3RvcpuNdnT

予算の無駄遣いうんぬんよりなんでOKだしたんだ事務所www

 

40:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:47 ID:KIRDUK8QT7

というか、ここのアイドルって普通じゃ考えられないくらい許容量多いよな。

 

41:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:02:54 ID:GCsQYo5s0L

バラエティーにお笑い、旅ロケ、熱血、ニュースキャスター、真面目系にお色気。後は、ドラマも最近は多い

 

42:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:03:01 ID:1yG4I56UsB

奏たんの演技が神ってた

 

43:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:03:08 ID:JqtW7gaqHr

俺は普段ぽやぽやの十時の地方再生番組が衝撃だったわ…めちゃくちゃ頭いいやん…

 

44:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:03:10 ID:0Tbp2mxNzY

というか、経歴が凄いもんなみんな

 

45:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:03:17 ID:HKwH1AneNz

経歴もだけど、スキャンダルとやらかしの数もやばいwwww

 

46:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:03:19 ID:p33xfV5r2A

あの泥酔して信楽焼の狸と肩くんで歌ってた成人組の記事www

 

47:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:03:21 ID:cjc3889mJs

あいつらやらかしたり、すっぱ抜かれるたびに記者会見してるよな…で、毎回爆笑させて―――もう、ああいう新手の宣伝かとおもうわ

 

48:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:03:23 ID:s2WZE2cK9L

あのキツそうな見た目の常務が毎回涙目で謝ってるのに、照れてはにかんでる楓姫マジでぐうしこ。

 

49:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:03:31 ID:00z2ttTaXE

わかる。常務の屈辱顔で何回ぬいたかわからん

 

50:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:03:40 ID:OA14Q7EW0m

そっちかwwwww

 

51:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:03:47 ID:KDphvfYgl0

つうほうしますた

 

52:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:03:51 ID:eBKaDSrkBY

新人りあむはマジのえんじょう

 

53:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:03:56 ID:kNwxwRNZBa

あいつは……もう、ぎゃくにいとおしいわ

 

54:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:04:02 ID:WPrU2OnZ5v

逆てwwwwwww

 

55:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:04:10 ID:7bwBszaHQG

茜ちゃんの運動教室マジで参考になる(中学生運動部

 

56:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:04:16 ID:v1jkwG4WFI

坊やは寝る時間だぜ?

 

57:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:04:19 ID:eAp9QNmkKx

成長期はオフトゥンの接種を欠かすなよwwww

 

58:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:04:24 ID:IaXI1UdXkg

でもわかるな。あれ、普通の教え方じゃないんだろうけど変に小難しく考える人間には逆にどうすればいいのか目標値が立てやすい

 

59:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:04:31 ID:k2DBqzlDiX

どうせプロの入れ知恵だろ?

 

60:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:04:40 ID:GkB6LysxUg

知り合いのお兄さんに習ったって言ってたな

 

61:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:04:44 ID:k9dBbX0vMD

短距離、砲丸、幅跳び、その他etc.…どんなお兄さんだよwww

 

62:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:04:48 ID:hzC94vRwhK

いや、でもあれで茜ちゃん財閥令嬢だからな…そういう繋がりもあんだろ?

 

63:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:04:57 ID:aWiseCN2Le

まって、デレプロあんま詳しくないけどどゆこと???

 

アイドルグループの話だよね?

 

64:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:04:59 ID:bJaKGL91BD

ggks

 

65:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:04 ID:Ezukd6r3yp

ggks

 

66:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:07 ID:6reLOT6ybH

ggks

 

67:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:14 ID:N6NlffHP2x

今日一番の辛辣対応wwww

 

まあ、調べればすぐ出てくるよ。数も逸話も多いから一週間は楽しく時間潰せる(笑)

 

68:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:17 ID:uumvE7lpoF

調べたら記事がおおすぎるwwwwww

 

69:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:23 ID:IlFiLloIWG

まあ、それは別スレで語ってくれ。

 

実況再開……というか、幸子がいきようようと出ていったけど様子がおかしい……

 

70:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:25 ID:u2UPrjpPUz

?どゆこと?

 

71:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:34 ID:8QVzw6JMo9

んん?

 

72:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:41 ID:9hFjtA8IuZ

なんか、おかしくない?

 

73:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:45 ID:s7sN9g32t9

 

74:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:47 ID:AwlKqFzMOU

 

75:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:51 ID:WfkHe8H88C

 

76:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:55 ID:pgyFufFW3C

wwwwwwwwwwwwww

 

77:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:05:58 ID:PdiLonD9ae

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

78:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:03 ID:CerRX5F13Q

ひでぇwwwwwww

 

79:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:05 ID:OPsZIko7cW

大草原不可避wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

80:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:12 ID:MC91GXBkve

なに?なにが起こったの????

 

81:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:13 ID:g15D0eBLYe

wwwwwwwwwこれわwwwwww酷いwwwww

 

82:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:16 ID:tWVD59PwbI

容赦がなさすぎるwwwww

 

83:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:19 ID:fT8aI7AwTw

かいせつーーー!!頼む!!解説してくれ!!!!

 

84:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:27 ID:NRfnZkwtGK

wwwwかろうじてふきwww

幸子が出ていった解説部屋でみんながニヤニヤしておもむろにプレートを掲げ始める。

 

ソレを司会の相方が勢いよく張られていたシールをはがす。

 

“何処まで行けるか幸子チャレンジ!生意気なアシスタントは何処で気が付くか!!” → “何処まで行けるか幸子チャレンジ!幸子ちゃん以外は全員仕掛け人!逆ドッキリだと何処で彼女は気が付く!?”

 

85:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:34 ID:nsVvSt3S2L

wwwwwwwwwwwwwwwww

 

86:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:36 ID:L6woLb5IKn

ひでえwwwwwwwwwwwwwww

 

87:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:45 ID:CxxiOWIzuB

これは神回決定wwwwwwwwwwww

 

88:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:49 ID:L84PUWBYkN

プロデューサーなんでOKだしたしwwwwww

 

89:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:56 ID:XUT1jziPHD

さちこぉおおおお!!!wwwwww

 

90:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:06:59 ID:qbeI1MrZLb

どういうことなのwwwwwwwww

 

91:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:02 ID:1wjdHVxiAT

ひ ど す ぎ るwwwwwwww

 

92:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:07 ID:ktDnL6dzVx

なんで俺はきょうざんぎょうなんだぁあああああ!!!

 

93:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:11 ID:uWewQClYEi

wwww

 

笑いの渦から、何とか復帰したので再開www

 

バックの中の隠しカメラ画面には意気揚々と意気込みを語る輿水氏

 

相当、恨みが溜まってるらしいがよく聞けばただ仲が良いだけのエピソードである。

 

かわいい

 

94:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:14 ID:A4IdJADNJk

かわいい

 

95:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:15 ID:4oSfJWpJDB

かわいい

 

96:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:18 ID:xj3Ix6yaUS

信者増殖wwww

 

97:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:21 ID:GjquWtnWl4

既に事務所内には隠しカメラが置かれて居るらしく、扉に入ると同時に視聴者にも見せる演出らしい。ここでCM。

 

幸子を待ち受ける試練とは!!

 

98:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:28 ID:PxbQgY9wpb

wwwwwwwww

 

99:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:36 ID:9cQlJ5m8U2

wwwwwwwwwwww

 

100:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:42 ID:IijbRiY6Zu

デレプロはやっぱさいこう。はっきり分かんだね

 

101:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:47 ID:SQ9wDQrJna

もうこれは今日確実に最高視聴率いくでしょwwwwww

 

102:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:54 ID:d5Z9GrpQvr

行かない理由がないもんwwこれwwwww

 

103:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:07:58 ID:27boI6fnBn

この幸子の無邪気さがもうヤバいwwww

 

104:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:08:04 ID:SRxsgEUFVQ

事前に紹介してた“ブーブークッション”と“激マズコーヒーの元”と“静電気発生マット”

に“ビリビリボールペン”の行方が一気に不穏になってきたなwwww

 

105:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:08:06 ID:G4cwlTaUHk

というか、これ静電気マット以外は全部幸子ちゃんが被害受けんでしょwwww

 

106:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:08:08 ID:tfzERoyRhg

バラエティーの女王 こ こ に あ りwwwwww

 

107:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:08:15 ID:RiOfYnpXql

さちこおおおおおおwww

 

108:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:08:24 ID:eId4DSugnC

さちこ、なんですぐはめられてまうん?

 

109:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:08:28 ID:7gT2OdoBg6

さちこおおおおおおおお!!!!!

 

110:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:08:30 ID:ouEYbH58IW

愛が凄いww

 

111:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:08:39 ID:53A77LAcd9

デレプロの何が凄いって、どんな大人しそうな子でも容赦なくバラエティーに引きずり込む事だよな

 

112:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:08:44 ID:VcCWW61AFa

武内プロデューサー曰く「笑顔です」とのこと

 

113:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:08:51 ID:TrZdVP5yrs

(; ・`д・´)……どういう事なの?

 

114:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:08:53 ID:9a1UiYSLG6

バラエティーが好きなんでしょ?

 

115:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:02 ID:zBE3fBkfWK

性癖が歪んでるwwwww

 

116:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:07 ID:jRS8ng1Wf5

そりゃあの“高垣 楓”を最初に引き抜いた人だからねwwwww

 

117:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:10 ID:BkMvJbiTsT

ちょwww

 

歌だから!!ww高垣楓は色んな工程ぶっとばしてハリウッド出演した伝説の歌姫だからwwww

 

ダジャレで引き抜かれたわけじゃないからwwww

 

118:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:18 ID:yRK5hK0lAm

ただのダジャレ好きのお姉さんだとおもってたwwww

 

119:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:22 ID:UvvFEFgJ2S

わかるわぁーwww

 

120:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:26 ID:srFd1M72yl

唐突な川嶋民wwww

 

121:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:30 ID:GnRrCTVQnZ

あのふたりしゅき

 

122:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:34 ID:clxiIc5Ic2

わかるわぁ

 

123:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:41 ID:pGDP6mihYm

汎用性がやばいwww

 

124:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:42 ID:9HwYcgGWok

あの二人がウチ来る出た時のほっこり感が凄かったwww

 

125:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:48 ID:vzfEFTte1K

てか、もう夫婦感出てたwwww

 

126:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:51 ID:sK9ezSvtc2

アイドルとプロデューサーであんなに仲良くて荒れないって逆に凄いwww

 

127:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:53 ID:FmWQOELZpJ

いや、もう公式でしょアレ。

 

128:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:09:59 ID:tyhRQHCTTV

wwwww

 

129:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:02 ID:3kbHkJi0P0

アイドルとわwwww

 

130:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:10 ID:00SAq2vPod

というか、もう普通のアイドルの枠超えて普通に皆幸せになって欲しいわwww

 

131:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:14 ID:IbRD9UQZ4U

分かるwww

 

なんか普通の“俺だけのアイドル!!”って感じじゃなくて、普通に幸せに過ごして、大好きな人と結ばれて欲しい。

 

132:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:19 ID:sXt1zpVNLZ

わかるわぁ。

 

結婚しても、恋人いてもなんかその日常をふつうに話してネタにして欲しい。

 

133:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:22 ID:fCmMKRsIqa

アイドルとはwwwww

 

134:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:27 ID:sddh8GXeyT

川嶋節の感染力がやばいwwww

 

135:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:30 ID:0bOA1ZC2pl

てか、いるでしょ。何人かは普通に。あそこの常務が“プロである。実力がある。結果を残す。それ以外はとやかく言わない”って明言してるし。

 

136:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:36 ID:poaRu6Mrmn

アメリカ研修をしてきた上役はスケールが違うな…。それに比べてウチの上司は……。

 

137:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:40 ID:bWu3StxgAm

止めろwwwww

 

138:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:42 ID:tRXx8BY7Hi

ソレを言い始めたら戦争だww 別スレいけwwww

 

139:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:45 ID:DHDhTX1WAc

アメリカ留学をマウントしまくる上司ののみかいなう

 

140:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:53 ID:43HNfrgGey

wwwwwやめろっちゅーのにwwwww

 

141:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:10:54 ID:nIDRUkWdo9

文香ちゃんのたまに恋する乙女感ヤバい

 

142:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:11:02 ID:6ujJIxGsjr

文学少女きたーーーー!!

 

143:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:11:09 ID:uUbZ0pvG4B

テンション上がりすぎ民www

 

144:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:11:16 ID:N1tcrtatNm

いや、でも経験豊富じゃなきゃあのコラム掛けないでしょ…

 

145:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:11:25 ID:lI1qNbTmBV

あー、あのラジオの“不倫”を題材にしたやつ?

 

146:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:11:30 ID:PcCqG1ZeSX

そうそう

 

147:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:11:33 ID:lvFtANaQBx

“愛した人。その人が既に他の人に出会った後だとしても、人との出会いは…無駄だとは思いません。”

 

だっけ。

 

哀愁と実感がこもりすぎて不覚にもラジオで聞いてて泣きそうになった

 

148:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:11:34 ID:u4yqFSkEyv

大人の恋愛感・・・・・・・

 

149:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:11:40 ID:4kVazIrpzA

ぬいたわ

 

150:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:11:43 ID:I9uVBG6fep

別スレいけ

 

151:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:11:50 ID:SqpY7QbDKV

ころすぞ

 

152:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:11:54 ID:eC64rLL6Nl

タヒれ

 

153:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:11:58 ID:6Qr2S7rrvB

はいはい、そこまでー

 

154:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:03 ID:dAQNLK2pys

でもまあ、なんだ、みんな幸せになって欲しいと心から思うよ。

 

例え彼氏持ちでも、なんでも、凄いもん。

 

歌も全力だし、ファンも大切にしてくれるし、普段の趣味だって本気で好きなんだって感じる。

 

例え、普通に知り合ったとしても機械でも、単車でも、ギターでも、本気で語っても友達として全力で楽しく話せるくらいみんな本気だから。

 

単純に、みてて元気になれる……かいててはずくなってきた。長文スマソ。

 

155:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:06 ID:vSVdkphYv2

わかるわぁ

 

156:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:11 ID:QqGiiAYTQf

川嶋民wwww

 

157:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:13 ID:JkUjblKtdh

わかるわぁ

 

158:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:14 ID:pylDZmezH4

わかるわぁ

 

159:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:22 ID:nZazf5gPgH

わかるわぁ

 

160:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:28 ID:qLOj1guPUZ

wwwwwwww川島民やめえやwwwww

 

161:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:30 ID:WKSu4abVPc

愛されすぎだろwwwww

 

162:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:38 ID:TPYQQN5ydv

文句言う奴は俺が潰す。これは決定事項だ。

 

163:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:42 ID:GPRgMutHOj

唐突な常務民wwwww

 

164:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:46 ID:NjXqtq9Ptx

川嶋民をやめろっていみじゃねぇよwwww

 

165:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:53 ID:MkS10Hejgd

wwwwwwwwww

 

166:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:12:59 ID:81nhle81Rw

wwwwwwww

 

167:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:13:07 ID:n7d1MLoxWJ

神スレwwwwwwww

 

168:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:13:12 ID:vrflWbVm4X

滅茶苦茶だなwwww

 

169:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:13:15 ID:IZGdXaaedU

とかなんとかやってるうちにCM明けww

 

170:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:13:20 ID:oNrVmnCKVh

幸子ちゃん機体

 

171:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:13:27 ID:TdySaTqQrw

期待←〇 機体←× な

 

172:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:13:29 ID:HvgJSrIk3r

サンクス

 

173:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:13:32 ID:60nZF6oIdp

さてさて、扉を開いた先には……

 

174:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:13:34 ID:ZnLv1kSNdb

 

175:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:13:41 ID:596qQaZsNc

 

176:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:13:49 ID:dAHDxEkdFK

 

177:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:13:57 ID:EWACVgjxWV

 

178:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:14:03 ID:URdZHyqfjp

 

wwwwwwwwwww

 

179:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:14:12 ID:COBAu62nMb

wwwwwwwwwwww

 

180:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:14:17 ID:8P2FovU25u

どうなってんのこの事務所wwwww

 

181:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:14:24 ID:nf6VHolxX5

ひでぇwwwwwwwwwww

 

182:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:14:25 ID:9faGaM2PCe

ツッコみどころしかないwwwwww

 

183:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:14:34 ID:tYYbHP4q0D

wwwwwwwwwwwwwwwwww

 

184:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:14:36 ID:ByuSR1pMB5

なに!?どうなってんの!!?ていうか、気になりすぎて仕事手につかない!!

 

帰っていいかな!!!!???

 

185:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:14:38 ID:lTjxCcBNNO

終電がもうギリギリな件についてwwww

 

186:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:14:47 ID:skY03hwd0P

かいせつwww再開wwww

 

意気揚々と扉を開いた彼女の前には―――完全に頭を丸めたバイト君。

 

ちょび髭と眼鏡をかけもはや完全別人www

 

下に出た普段の顔写真(モザイクあり)―意味がないだろうwwww はふさふさの髪の毛を後ろで大雑把に纏めたイケメンの雰囲気。

 

ソレが黙々と仕事をしていて絶句する幸子ちゃんwww あ、ちょっと泣いてるwww

 

が、取り乱して隠しカメラが入ったバックをおとしたwwwwww

 

だめだ、笑いすぎてじっきょうできないwwwww

 

187:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:14:50 ID:gqf4F1CB4i

wwwwwwwwwww

 

188:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:14:51 ID:KUsmm1MaWb

ひでえwwwwwww

 

189:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:14:56 ID:OSAi9z2sUy

泣き顔でうろたえる幸子かわいすぎwwwwww

 

190:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:15:04 ID:259ToVrL5h

はいった瞬間の絶叫wwwwwwwwwwww

 

191:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:15:08 ID:J0CPy2LKux

じっきょおーーーーーーーーー!!!!!!!なんでおれはあきょうざんぎょうなんだzぁっぁあっぁっぁあっぁぁfdsghklj

 

192:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:15:17 ID:vZej1eCY9G

wwwwwwwwwwwwwww

 

193:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:15:21 ID:OomA3FI942

wwwwwwwwwwwww

 

194:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:15:29 ID:KwS2eY7HTq

ていうかへれんwwwwwwwww躍ってるのjはなんでだれも突っ込まないんだよwwwwww

 

195:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:15:30 ID:M6cgvy7Yis

wwwwおかしいでしょ!!きばさんが普通に指一本でうでたてしてるじょうきょうwっわ

 

196:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:15:36 ID:t1OQxEmbdR

その他!!!だふぇかじょうきょうを!!!

 

197:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:15:38 ID:vBmZdUMhRZ

世界レベルが広がっている、それだけさえwwwww

 

198:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:15:42 ID:e8ttKOlbmM

誰かじっきょうぉぉぉぉっぉっぉお!!

 

おわりん♡




(/・ω・)/ちなみに、これは渋で愉快でイカレた沼の仲間と”逆ドッキリ”をテーマに作り上げた闇鍋企画の一端さ!!

他の二人の最高に面白い作品があるから是非覗きにきてくだしゃぁ →https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12648926#16


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今井加奈は”普通”である

(;''∀'')色んな事にドキドキバタバタしてるsasakinです。いつも皆様に支えられております!!

いつも通り、頭を空っぽに広い心でごらんくだしゃぁ……('◇')ゞ


 ふわり、と窓から事務所に吹き込む風に春の匂いを感じた。雪も解け切って日差しも少し熱く感じるようになってくる小春日和。そんな陽気に俺もらしくなく桜の開花を期待して少しだけ気分が明るくなる。こんな気持ちのいい午後にはどうにも眠気が襲ってくるが――――

 

 

「“普通”って言葉をお前ら調べなおして来てくださいぃぃぃ―――っ!!!!!」

 

 

 この事務署ではそんな事が許されるわけもなく俺“比企谷 八幡”はいつもの様に腐った魚のような濁った瞳を胡乱気に顰めて事務机の横で崩れ落ち、絶叫する変人。いや、この事務所の所属アイドルである“今井 加奈”に向けて深くため息を吐いた。

 

 艶やかな髪をツインテールにしているその少女はどう見たって美少女のはずで、天然とおっちょこちょい。その上に素直で努力家という絵にかいたような王道ヒロインの貫禄と素質を持つはず。だが、いまはそのツインテールは歌舞伎の獅子舞のごとく荒々しく振り乱され、何度も床にヘッドバットをかます最高にファンキーでヤバいイッチャってる女だ。

 

 是非とも誰か警備さんに連絡して引き取って貰いたいが、この間は警備部から『もうアンタらいい加減にしてくれ』とかクレームを言われたので取り合ってくれない可能性が高い。

 

 周りを見回しても事務員の誰もが我関せずな感じで普通に仕事しているので――必然的にこれの対応は俺の担当にさせられる事になる。ホントに死ねばいいのに。

 

「大体、さっきの絶叫で察したけど一応聞いてやる。……今度はなんだ」

 

「聞いてください、比企谷さん! あの人たちが“普通”って名乗るせいで凄まじい二次被害が私を襲って来るんです!!」

 

「……例えば?」

 

「ちょっと、こっちで! 私の 話 じっくり聞いてください!!」

 

 本当に嫌々といった雰囲気が分かるように聞いてやったというのに、ソレを待っていましたと言わんばかりに食いついてきた彼女が掴みかかるように俺の袖を掴み取り、強制的にアイドル達の待合スペースの方へと連行される。

 

 こんな時に限って、というか、あの絶叫で面倒ごとの気配を感じて避難したのか誰もおらず、空席のソファに荒々しくコーラを注いだ彼女はソレを一気に飲み干してその鬱憤をまき散らす。もうこの時点で大分ガラの悪い酔っ払いの様な貫禄が醸されている。

 

「まずは……言わずもながの 卯月ちゃん です!!」

 

「ほう」

 

 窓の外の青空を眺めつつ“早く終わらないかなぁ”なんて思いつつの適当な相槌にも構わず告げられた名前は言わずと知れた“5代目シンデレラ”の名前であった。

 

 確かにこの“キワモノアイドル養成所”と汚名を被せられたデレプロの二期生として入ってきた時ではあまりにも普通の女の子過ぎて目立たないと言われた彼女。だが、その実態は時間の経過とともに拭われる結果となったのだ。どんな感じに、かと問われれば―――。

 

「“普通”の女の子は闇鍋に“あんなモン”なんてぶち込みませんからっ!!」

 

「あぁ、あの事件な……」

 

 幸子や美優さんの逆ドッキリから始まり、罰ゲームに鼻に塩水を注がれたり、とやりたい放題でも大体はどんな悪乗りでも許されるデレプロの冠番組である346チャンネル。ゴールデンタイムから少し外れてはいるがそれでも上々な視聴率を誇るウチの看板番組でもあるのだが―――――そこで初めての出禁を喰らったのが卯月だ。

 

 高校生組を集めて寒い冬に女子高生が鍋をつつくという、いつもに比べてホンワカ展開で終わるはずだった。そう。だった、だ。

 

 ニュージェネやトラプリ。その他に加奈など10人ほどで囲んでいた鍋。時計回りで一人一品ずつ持ち寄った材料を暗闇で順番に足していく企画。変わり種や定番が次々と投入される中で和やかに進んでいく収録で悲劇は起こった。くじ引きで〆担当となった卯月が鍋に叩き込んだ食材。あるものは“米”と答え、あるものは“鮭”と予想し、あるものは“卵焼き”と苦笑し、あるものは“漬物?”と疑問を上げた。

 

一人一品というルールで起こるはずのないパラドックス。

 

 それが―――照明と共に照らされた卯月の満面の笑みとシャケ弁当。その二つがたったいま引き起こされた恐怖を全員に知らしめた。

 

 確かに、“一人一品”。

 

 ルールの隙間を突いた余りに恐ろしい思考回路。

 

ハズレの食材もなく、悲劇も起きなかった。だが、未央が震える体を押さえ、勇気を出して問いかけた。“〆じゃなかったらどうするつもりだったのさー(笑)”と。

 

 

『? ルールですから普通に入れてましたよ!(ブイッ』

 

 

 その無邪気な笑顔によって彼女の346チャンネル出禁がシンデレラ会議とかいう寄合で即決されたそうな。

 

「その他にも! 普通はレボリューションな格好であそこまでノリ切れませんからっ!! “頑張ります!”って呟きながら15時間ぶっとうしでレッスンとかしませんからっ!! 身を守るための講習会で聞かれた護身具で“パイプ椅子”とか答えませんから!!――――そんな人は“普通”じゃありませんからぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」

 

「………まあ、うん。そうだね」

 

 再び絶叫した彼女から目を逸らし、俺も注いだコーラを舐めるように味わいつつ窓の外を見る。―――お空、あおい。

 

「まだ、ありますよ!!」

 

「………どうぞ」

 

「美穂ちゃんです」

 

 彼女が頭を掻きむしるのを中断して荒い息のまま次のターゲットを示す。こちらも最古参のメンバーで王道の“アイドル”として広く親しまれている。まあ、普通に可愛いし、あの柔らかな人となりなのでそこまで普通から外れてるとは思わないが……まあ聞こう。

 

「“普通”の女の子は示現流なんて繰り出しませんからっ!!」

 

「……あれか」

 

 いつぞやの常務が開いた“346プロダクション 天下一武闘会(杏命名)”の事だ。曰く、『この私に勝てたなら望みを聞き遂げよう』なんて神龍みたいなことを言い始めて全社員や所属タレントを募ったのだ。

 

 なんでも、前役員が就任する前は346の恒例行事であったらしく、その時は常務の祖父である会長が同じ条件で何十人抜きしていたらしい。そんないかれた企画だが、意外にも意外に挑戦者は山のように現れその大会は大盛況を見せ、その中には様々な野望・欲望を抱えた社員に交じってウチのアイドルも普通に参戦していた。

 

 その中の挑戦者に、美穂がいた。

 

 甲冑に身を包んだその立ち姿に、俺の背丈と同じくらいの長さを持つ分厚い太刀。

 

 もう装備が完全に“ヤル気”に満ち溢れたその“薩摩兵”は『こんな重たい物もてませんよ~』なんて涙目を浮かべていたのは何処へやら。軽々とその鈍器と見紛う凶器を上段に構えてその願いを口にした。

 

 

『あてが勝ったや――――“く〇モン”と“ぴにゃ太”をコラボしていただいもす』

 

 

 もう誰だよ。こえーよ。なんでお前は地元言葉話すときそんなに声低いんだよ。というか、んなもん普通に申請しろや。……等々、突っ込みが追い付かない瞳孔が開き切った彼女。常務の了承の言葉に獰猛に微笑んだその次の瞬間に“猿叫”と呼ばれるであろう掛け声とともに目にも止まらない速さで切りかかり――――――床に敷き詰められた畳を両断し、常務に拳を突きつけられていた。

 

「 『まだ、続行するかね?』 『示現流に、二の太刀はなかでごわす』 とかっ!! アンタらはいつの時代の戦闘民族ですか!!? 意味わかんないでしょっ!! あれで“普通のアイドル”なんて名乗られたら私みたいな女子高生はどうしたらいいんですか!! “普通”を舐めんなとっ!! 私は言いたいわけですよ!!!」

 

「高知は…なんだっけ。海賊だから銛か……? いや、確か鎖鎌なんかもあったっけ?」

 

「武闘で張り合わなくていいですからね!!?」

 

 テンション高めにツッコむその姿はデレステ内で順調に数少ないツッコミ枠の成長を感じて俺は自分の負担が減ることを密かに喜びつつ、コーラをがぶ飲みして酔っぱらったオッサンみたいに机にもたれ始めた彼女に何か慰めになるものはなかろうかと考えてみるが―――ボッチのボキャブラリーにはそんなものは存在してなかったので秒で諦めた。

 

「えー、いいじゃん。もう、あの二人の“普通”が自称だって分かってんならそれで」

 

「ステージとか、テレビに出て自己紹介するたびに“お前はどんな面白技出すの?”的な視線に晒される私の身になってください!! 終わるたびにお客さんから逆にびっくりされてるんですよ!! 『普通に面白かったよー』なんて言われて! 私はどう反応したらいいんですかぁぁあぁっ!! 悪かったですね! 特技なんてありゃしませんよ、ちくしょうめぇ!!!」

 

 再び荒れつつも次々と“自称普通”を名乗るアイドル達を徹底糾弾していく彼女の相手もそこそこに俺は携帯を取り出していじいじ。

 

 彼女の鬱憤・不満・その他は痛い程わかる気もするし、その苦労も忍ばれるのだが――彼女はアイドルなのである。彼女の評価というのは、“ファン”が決める。

 

 なので、手っ取り早くソレを知るためのある意味の禁忌“エゴサーチ”。

 

 それを覗いてみて、思わず小さく笑ってしまう。

 

「――――ちょっと、人が真剣に悩み相談してる時に携帯を弄るのはあんまりだとおもうんですけどぉ?」

 

「ん、ああ、すまん。 十時の露出癖の話だっけ?」

 

「かなこちゃんの大食いの話ですぅ!! ちゃんと聞いててください!!」

 

 ガミガミと噛みついてくる彼女に苦笑を零しつつも、俺は携帯の画面にもう一度目を向けて鼻でその結果を笑い飛ばす。

 

“346についに正統派の普通娘が!!” “待望のツッコミ新星現る!!” “癖がない…むしろ逆に落ち着くわ…” etc.etc……。

 

 彼女が望んだシンデレラの輝かしい栄光とは違うのかもしれないが、それでもたしかに彼女はこの世界の何処かの誰かの胸に燈を灯す光なのだ。

 

 だから、今は俺が彼女に問うべき言葉はこれぐらいなものだろう。

 

 

「今井。お前はアイドル楽しんでるか?」

 

 

「はぁ?…そりゃこんな毎日お仕事貰えて、色んな体験出来て楽しいにきまってるじゃないですか」

 

 

 この波乱万丈な事務所での日常を、当たり前のように、屈託なくそう答えられる彼女は――――『今井 加奈』は“普通”かどうかはともかく、間違いなくいい娘である。

 

 

 そんな独白を小さく浮かべて笑う俺に、また噛みつく彼女の声が響く。

 

 

 まったくもって、今日もこの事務所は騒がしい。

 




(/・ω・)/評価を、ぽちっとにゃー♡


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春一番

(/・ω・)/あーやんなっちゃうよ、あーおどろいった。

という訳でいつも皆様に助けられてる作者です。

給付が貰えないかと頑張ってたら総支給になりそうで一人泣きながらポット植えしてました(笑)

世知辛いのぉ。渋のリクエストの周子を妄想して乗り切りました。

やっぱ沼は偉大。はっきり分かんだね(笑)

今日も元気に健康に気を付けてがんばりってきまっしょい。


 既に見慣れつつある首都の国道。いつもは平日の夕暮れ時なんて車道も歩道も混雑の一番激しい時間帯であるはずなのだが今日に限って言うならば人っ子一人見当たらないし、道行く車の数は気持ち少なめである。

 

 そんな不気味にも感じる街並みに小さくため息を吐こうとした瞬間に―――ソレは来た。

 

 自分の意志に反して車体が流されるほどの暴風。

 

 右に、左にと勝手に切られそうになるハンドルを無理くり力を込めて制御して、徐行でなんとかやり過ごしきった頃に吐きかけだった息を改めて吐き出して胸を撫でおろすと、隣から関西の訛りが入った独特で呑気な声が耳朶を叩いた。

 

「ぅおぉぉ、ニュースで台風並みの暴風とはいっとったけどここまで強いとは思わんかった。こりゃ、寮の台風対策と買出しをおにーさんに来てもらったんは正解やったかもしれへんねぇ」

 

「急に武内さんから“今日の業務は寮の整備です”なんてメールが来たときは何なんだと思ったけど、“春一番”ってのも案外に馬鹿に出来ないもんだな…」

 

隣の狐目の少女“塩見 周子”がしみじみとそんな事を答えるのを適当に答えながらも、朝の一幕を思い出す。謎のメールに従って送迎用の愛車“バン君”で寮に向かえばいつもの見慣れたおんぼろな寮が佇んでいた。その玄関先では併設された物置から鎧戸やら工具を引っ張り出そうとしている管理人見習の周子がいて、そのまま何故かあっちこっちの補修を二人して主たる“チヨ婆”に言われるがままこなして最後の業務である買出しからの帰り道なのである。

 

だが、この大荒れの様子を見るにその判断は苦労の甲斐があったと思ってもいいくらいの成果はあったようだ。“春一番”がホントは怖いってこの間、永遠の五歳児が言ってたのも納得である。

 

 という訳で、その商店街からの帰り道。この狐目少女を隣に乗せて最後の業務に勤しんでいる最中にその春の嵐はやってきたのだ。芸能事務所のアルバイトなのに最近は何でも屋の様な扱いになってきている自分の職務に疑問を感じつつハンドルを慎重に操作していると隣の周子が買物袋の中から何かをごそごそしているのが目に付いた。

 

「……なにしてんの、お前?」

 

「んー? 今日は頑張ってくれたおにーさんの為に“お心づけ”をご用意してるん、よっと!」

 

 器用に助手席から後ろの買い物袋に手を伸ばした彼女が戻って来て引き出したのは、香ばしいソースと鰹節が薫る“たこ焼き”であった。その食欲を誘う匂いに肉体労働に勤しんでいた若い体は素直にグウなんて腹をなかせる俺に彼女は楽しそうに苦笑を零してその封を開けた。

 

「どうしたんだ、それ?」

 

「この前、お好み焼き屋のおっちゃんの子供と遊んであげとったお礼ゆうておにーさんが車取りに行ってる間に渡しに来てくれてなぁ。せっかくのご好意やし、半分こしよう?」

 

 “アイドルのみんなの前やとこういうのも気ぃ使うしなぁ”なんてカラカラ笑う彼女に苦笑しつつも、あの死んだ魚の様な目をした少女が今はこんな無邪気に笑うようになったことにちょっとだけ胸の奥にあった重しが軽くなることを感じる。

 

 一歩間違えれば事案としてお縄を喰らっていたのだろうけども……まあ、結果として問題は起きていないのだから良しとしてココは素直に“お心づけ”とやらを頂くことにしておこう。―――と考えた時に思わず眉をしかめた。

 

 変わらず吹き荒れる暴風。普段ならば運転中にインスタント味噌汁だって作って見せるが、この状況で片手間運転するのは少々ためらわれる。そんな俺の思考を読んだのか分からないが――――周子が何てことの無いように爪楊枝に刺したソレを差し出してきた。

 

「――――――なんだ?」

 

「この嵐で片手は危ないやろ? 口あけぇや」

 

「………」

 

「もうそんな熱ないから猫舌のおにーさんでも平気やで?……ほれ、フーフーもしたったさかい」

 

 いつもの悪ふざけかと思いきや、普通に不思議がっている彼女にまた漏れそうになるため息を何とか飲み込んで―――――ソレを口に含んだ。

 

 こういうのは、照れた方が恥ずかしくなるのだ。なので何事もなかったかのように口に含んだソレを楽しむのが吉なのである。口いっぱいに広がるスパイシーなソースに柔らかな鰹節の味わい。その先にある外はカリっと、なかはトロッとする味わいは流石我らがデレプロ御用達のお好み焼き店の店主の貫禄を感じさせる味わいである。

 

 その味わいが適度にすいた小腹を満たし、不覚にもちょっとだけ幸せな気分に満たされたまま隣で美味そうにたこ焼きに舌堤を打つ彼女を見やって小さくため息を零した。こっちの気も知らずに呑気にまた、たこ焼きを差し出してくる頭の足りない妹分。

 

 だが、まあ――――少なくとも。

 

 こんな阿保みたいな日常を悪くはないと思っている自分がいるのも、確かな事なのだ。

 

 それが、いい事か悪い事か。進化か退化かは――分らないけれども。

 

 せん無き事を考えつつ、大荒れの天気の中で今日も俺は愛車を走らせた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「うい。到着だ」

 

「おつかれさーん」

 

 そんなこんなと独白を重ねつつも車はつつがなく進んでいき目的の寮へとたどり着いた。ドアを開けた瞬間にも風は吹き荒れ、微かに小雨も混ざり始めていたが大荒れになる前にたどり着けたのは僥倖だろう。他のアイドル達も電車等が止まる前に無事に帰れたとの連絡が携帯に入っていたので今日の業務は無事に終了である。

 

「んじゃ、俺はこれで帰るから。後は宜しくやってくれ」

 

「どうせ帰るだけならご飯も食べていけばええやん。というか、こんな嵐ん中かえったら危ないやろうし管理人寮に泊まっていった方がええんちゃう?」

 

 気の抜けた声で返事を返した周子も風の強さに眉を顰めつつも後部座席から荷物を手早く取り出して、こちらを振りかえりながら風に負けないように声を張りつつ答える。言われた言葉に微かに揺れるのを感じてしまった。

 

 確かに、ろくに食材のない我が家に帰ってもカップラーメンくらいしかない。その上に、この嵐である。流石に泊まるほど迷惑をかける気にもならないが素直に飯くらいは甘えてもいいのではないかと思って思案している時に―――――目端に移ったそれに反射的に体が動いた。

 

「周子っ!!」

 

「へ? て、うきゃあ!!」

 

 普段からは考えられないくらいに女の子っぽい声や、思ってたよりもずっと細くて軽く柔らかなその体を思い切り引き寄せて抱き込む。

 

 混乱と羞恥。その他雑多な文句に真っ赤に染まった彼女の罵詈雑言を聞き遂げると同時くらいに―――俺の頭に“かこーん”なんて小気味のいい乾いた音と共に風で吹っ飛んできたであろう木製のタライが強打していった。

 

 そんなコントや漫画みたいな衝撃に薄れゆく意識と頭の痛みに苦笑を零しつつも、腕の中で“んな、あほな”みたいな顔をする間抜けな少女に怪我がない事を確認して俺は意識を手放した。

 

 

-------------------------

 

 

 目を開ければ、金に近い目の前に透き通るような髪の毛と小豆色の瞳が俺を心配そうにのぞき込んでいるのとかち合った。

 

「……ハチさん、頭大丈夫?」

 

「寝起きから散々な言われようだな」

 

「あ、ちが、そういう意味じゃなくて……」

 

 苦笑と共に皮肉を返せば可愛らしくどもる霊感少女“小梅”に分かってると言わんばかりに頭を撫でてやれば少しだけいじけたように頬を膨らませるのが可愛らしくてまた笑ってしまう。

 

「……ここは、管理人寮か。どれくらい寝てた?」

 

「んと、3時間くらいかな? あと1時間目が覚めなければ救急車を呼ぼうってお話になってたよ」

 

「そりゃ面倒が少なく済んで何よりだ。というか、タライが頭にぶつかって意識不明とか説明されるのも恥ずかしいわ」

 

「ふふふ、前一緒に見たコントみたいだね。ん、周子ちゃんも心配してたよ?―――みんなが駆け付けた時なんて涙目で凄くてんぱ「よけーな事は言わなくて宜しい」――モガモガ」

 

 俺の軽口にクスクスと笑いを零しながら当時の事を教えてくれようとした小梅の小さな口は後ろから忍び寄った影、というか、周子によって塞がれてしまった。

 

「………ほんま、新喜劇でもないんやから死因がタライとか勘弁してや?」

 

「なるほど、確かにテンパってるみたいだな。誤魔化し方がいつもより雑だ」

 

 俺の軽口に頬を赤くしつつ無言の肩パンで抗議した彼女は手元に抱き込んだ小梅を送り出した後に小さくため息を吐いてこちらに戻って来る。俺の寝ていたソファの背後に回り込んで頭を覗き込む。

 

「ん、たんこぶはあるけど……血はでとらんね。痛くない?」

 

「まぁ、多少は痛むが気にはならんな」

 

 入念にぶつかったであろう場所をさすりながら具合を聞いてくる彼女の声はわりかし真剣で、本気で心配してくれていた事が分かってこそばゆい。なので、端的に答えてみるがさすっていた頭にあった手はなぜか後ろから抱きすくめる様に回され―――小さな囁きが耳元に滑り込んできた。

 

 

 

「助けてくれたご褒美に特別やで?―――“いたいのとんでいき”」

 

 

 

 甘く、包むような慈愛に満ちた声と共に感じた柔らかな感触と背筋に電流が走ったような得も言えぬ快感に驚いて慌てて振り返れば――――既に彼女は振り返ってわざとらしい大声を張り上げて部屋を出ていくところであった。

 

「さっ! ご飯温めなおしてくるからちょっとまっとき。今日のから揚げは絶品やで~」

 

 軽快な関西弁にいつも通りの声。

 

 ただ、それでも耳だけは真っ赤に染まっていて。

 

 

「照れるくらいなら、やんなきゃいいものを」

 

 

 なんて悪態で俺は自分の頬の熱も誤魔化した。

 

 窓の外はがたぴしゃと窓を打ち据える暴風が暴れていて―――――もうちょっとだけ嵐は続きそうだと予感させた。

 




( `ー´)ノ評価をポチっとしてくれると嬉しくて天元突破します(笑)


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すこって文香せんきょおうえんSS [月夜の裏工作]

( `ー´)ノ推しが輝くためにテコ入れも辞さぬでござる(笑)


 華やかな芸能界。誰もが夢を描き、想いを遂げるため頂点を目指して、辛酸や喜びがあふれる世界。そんな世界でも既に世間の話題を掻っ攫っているアイドルグループ“デレプロ”は定期的に総選挙なる催しを定期的に開いている。

 

 膨大な人数でありながら、誰もが既にトップアイドルとして名を馳せているその団体は立ち止まることを許されず、更なる頂を目指してこの時期は鎬を削り合う。

 

 だが、それもそうだろう。

 

 その頂点に立つ“シンデレラ”は――――“シンデレラ”になった者たちの躍進を考えればソレは誰だって目指さずにはいられないものだろう。

 

 故郷の復興を祈って泥に塗れてきた少女“十時 愛梨”は、全ての障害を跳ねのけ、

 

 自らの理想を追求した弱気な少女“神崎 蘭子”は世界を飲み込み、

 

 夢すら持たぬ少女“渋谷 凛”は生涯を掛けるに足る夢を持ち、

 

 無気力に自暴自棄になっていた家出少女“塩見 周子”はその目に光を宿し、

 

 己の平凡さに絶望していた少女“島村 卯月”は誰しもの特別となって、

 

 氷の仮面に凍えた美女“高垣 楓”は燃える様な恋の熱で全ての人に安らぎを与え、

 

 薄暗い地下で蹲っていた非力なウサギ“安部 菜々”は誰もが見上げる月となって、

 

 陽気なだけだった少女“本田 未央”は誰もを奮い立たせる星となった。

 

 彼女たちは紛うことなく硬い絆で繋がれた仲間であると同時に、誰よりも苛烈に命を燃やして張り合うに足るライバルなのだ。馴れ合いなんて露とも入らぬ張りつめた日々こそが彼女たちに“次は自分こそは“という意気地を齎す。

 

 誰もが胸の奥に牙を隠し、研ぎ澄ませながら頂点へと至るために息を潜める様な日々の中で――――――

 

 

「もう一献いかがです?」

 

「ん、すまん」

 

 呑気に長野の名産をツマミに古ぼけた古書店の一室で月見酒を楽しむ文学少女がおったそうな。

 

 そんな呑気な同級生“鷺沢 文香”が注いでくれる長野産の清酒をグラスに受けつつ、俺“比企谷 八幡”はこんな事をしてていいのだろうかと酔った頭でぼんやりと考えつつその酒の旨さに舌鼓を打ったのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「しかし、いいもんかね。こんな時期にぼんやりと酒なんて呑んでて?」

 

「今更に慌ててもしようのない事、だと思いますから」

 

 既に馴染になりつつある古風なちゃぶ台を囲んで美味ダレが惜しげもなく掛けられた焼き鳥を齧りつつ同級生に水を向ければ、ほんのりとその白磁の様な頬を酒精で染めた彼女がコロコロと笑いを零しながらその唇に杯を重ねた。

 

 そんないつもより泰然とした彼女にこちらとて苦笑を返す事しか出来ずに、こちらもマイペースに窓際に体を寄せて細巻きを燻らせた。都心の真っただ中でも季節は春を感じさせる草木の濃い匂いを漂わせ、満月は煌々と小さな坪庭を照らしていて随分と風流を感じさせる。

 

 美女を侍らせ、うまい酒に名産ぞろいのオツマミを携えての月見酒。傍から聞くと鼻持ちならないお大臣様だな、こりゃ。なんて一人で苦笑を零した

 

「比企谷さんこそ、他の子をほっぽり出してこんな所でのんびりしてていいんですか?」

 

 のそりと、少しだけ酔って緩慢になった動きでこちらに寄ってきた彼女が後ろから肩に顎を載せて体重を預けてくるついでに、当てつけのようにちょっとだけ責める声がからかう様にかけられた。

 

 普段なら動揺もするのだろうが、酔った頭ではまだ少し冷える夜風にその温もりが心地いいなぁ、くらいで苦笑を漏らす。素面じゃないからせーふせーふ。

 

「んー、まぁ、俺に取っちゃどうでもいいと言えばどうでもいいからなぁ」

 

 いつの間にか腹にも回された腕に苦笑を漏らしつつ、酔ってる頭で思うままに徒然。

 

 世間がどんなに騒ごうが、これであいつ等が一喜一憂する事すら俺にとってはどうでもいい事なのだ。普段から全力で仕事やレッスンに勤しむその姿は尊いと思うし、それにこたえるファンたちの声援もありがたい。それが、こういう結果として出ることは一種のモチベーションを保つために必要な事だとも思う。――――けれども、だ。

 

 俺は幸か不幸か、身内側の人間である。もっと言えば、アイドルに興味だってない。

 

 だから、きっと俺は誰にも投票することなんてない。

 

 誰もが大切で、自分にはない想いを抱えて走り続ける少女達だから。

 

 燈を消して、座り込んでしまった自分にはその資格もない。

 

「だから、俺の仕事は選挙が終わった後だよ」

 

「……あと、ですか?」

 

 不思議そうに首を傾げる彼女の動きをくすぐったく思いつつ小さく頷く。

 

 明暗が、はっきりと分かれる世界。ソレが辛くて膝を折って、火を消しかけてしまう奴だっているだろう。それに分けられる火はもう持ってなんかいないけど、それに寄り添って風を避けてやるくらいは自分だってできる。逆に言えば、それくらいしか、できないのだけれども。

 

 だから、精々は燃え尽きるまでは思い切り好きにやればいいと思う。

 

 それから、少しだけやけ酒でも、愚痴でも、飯でも付きあってやれば彼女達は勝手にまた走り出す。ソレくらいには――――彼女達が強い事を俺は、知っている。

 

「なんとなく、比企谷さんらしいですね」

 

 そんな俺の勝手な独白に彼女は小さく笑い、俺から離れてちゃぶ台を引き寄せる。そんな彼女をなにするでもなく黙って眺めていると少しだけ意地悪気な表情で彼女は徳利と器を手に俺ににじり寄って差し出してくる。

 

「……なんだ?」

 

 俺の疑問に彼女は頬を緩めていたずらっ子の様に楽しそうに、嬉しそうに言葉を歌う様に紡ぐ。

 

 

 

「私も―――私が欲しいのも、とある一票だけですので」

 

 

 

“裏工作です”だなんて楽しげに微笑む彼女に、降参するように細巻きをもみ消して俺はその杯を受け取った。

 

 

 どうにも、ポケットに忍ばせたこの投票権の行方は――今日、どこかの文学少女に巻き取られてしまう運命の様らしい。

 

 

 そんな馬鹿らしさに苦笑を零しつつ、俺は杯に映る月と一緒に酒を飲み干した。

 

 

 

 

 




(/・ω・)/届け、溢れるこの想い!!


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すこって奏せんきょおうえんSS【月の裏側 宙の果てまで】

('ω')いつからウチの奏がポンコツなだけだと勘違いしていた?

みんなも清き一票をもみやでに!!(笑)


 草木も眠る丑三つ時―――には少し早いが一般的な感性としては十分に深夜と言っても過言ではない時間帯。それでも、こんな時間まで居残っている事に疑問が薄れてきたみんなは是非とも正気に戻って欲しい。それ、社畜の入り口ですよ。

 

 いや、この頂点ちょっと前の時間帯に届くメールや電話にもドン引きだが、それに出た時に向こう側が驚くのは止めて欲しい。なんでちょっと嬉し気に“やっぱりプロダクション側も深夜まで頑張ってくれてるんですね!!”なんて喜んでんだ、小道具の中川君。君ちょっと洗脳され過ぎなんじゃない? まるで俺まで社畜仲間のように扱われて実に遺憾である。

 

 誰に語るでもない独白を終わりの見えそうにない書類の山々に呟き、時間帯的配慮なんかありゃしない次から次へと届く各所からの業務メールとの格闘も一段落した所で小さく息を吐いた。

 

 日頃からありがたい事に所属アイドル達が満員御礼、引っ張りだこなおかげで休む暇もないこのプロダクションだが、ここ最近に控えたビックイベントのお陰でそれに更に拍車が掛かっている。

 

“シンデレラプロジェクト総選挙”

 

 そう書かれた事務所内にでかでかと張られたその大判ポスターにはウチの大御所、ベテラン、新人が所狭しと映り込んでいて凄まじいインパクトを与える。定期的に行われるこのイベントは多くの感動と熱狂と――――残酷な結果をもたらしてきた。

 

 死に物狂いで、それこそ命を燃やすように活動してきた彼女達に栄光と、無残な現実を突きつける様な結果を分かりやすい“数字”というもので表すこのイベント。だが、誰もが何度となく苦渋を味わっても彼女達はその結果をもたらす大規模ライブの中止を訴えることはない。

 

“次こそは” そんな思いを誰もが抱えたまま再び走り出した。

 

 その結果として俺や他の事務方もこんな時間まで方々を飛び回っている訳だが、いまだに連絡がこない携帯がとある少女も懸命にその戦いに身を削っている事を知らしめて俺は小さくため息を吐いて席を立った。眠気と疲労で覚束ない足元をよったよた進めていき、併設されてる自販機でお気に入りのコーヒーとスポーツ飲料をぽちり。ソレを拾って向けた足取りの先には――――煌々と明かりを放つレッスン室。

 

 繰り返すが、時刻はもうすぐ頂点を指し示す手前である。

 

 帰宅の手段すら失われるという事すら念頭から消し去っているのか、中から響く曲と靴が床を強く削る音は止む気配はない。もう一度、小さくため息を吐いて俺はその扉を開け――――鬼気迫る表情で鏡の自分を睨みつけつつ躍る少女に声を掛けた。

 

「良い子は寝る時間だぞ、不良娘」

 

「夜が、大人だけの時間だと思ったら大間違いよ、アシスタント君?」

 

 俺“比企谷 八幡”の皮肉交じりの言葉を楽し気に、小生意気に微笑んだ彼女“速水 奏”は華麗に最後のステップを決めたまま俺にそう返した。

 

 涼し気な顔には到底あいそうもない程の大量の汗に塗れつつも―――彼女は、不敵に微笑むのだった。

 

 

―――――――――――――――― 

 

 

「なら、俺は子供のままでいいな。八時にはお布団にくるまって次の日の昼まで寝ていたいまである」

 

「口が減らないのはお互い様ね。あと、一応ツッコんであげるけどソレは自堕落な大人の典型っていうのよ?」

 

 トイザらスの名曲を口ずさみながら彼女に持っていたスポーツ飲料を手渡して、激アマコーヒーで喉を潤していると負けず劣らずの皮肉が返ってくる。いつもの気の抜けた雰囲気に綻びそうになるが、年長者として言わねばならない事ははっきり言っておかねばならない。

 

「生真面目な大人だってこんな時間まで残業はしねぇんだよ。どっかの馬鹿野郎が帰らねぇと俺まで帰れないだろうが」

 

「――――ん、付き合わせてごめんなさい。あと一回やったら仮眠室で今日は寝るから上がってくれても大丈夫よ?」

 

「それで済むなら最初からそうしてる」

 

「変な所でやっぱり貴方って生真面目だわ」

 

 俺の苦言に喉を潤していた彼女が何てことの無いようにそう告げるが、それが出来たら苦労はないのである。そもそも、未成年が残ってレッスンをする事自体が事務員かトレーナーの誰かの付き添いが必須条件であるし、それだってこんな時間まで残ることなんて普通は認めはしない。それでも、鬼気迫る様子で頭を深く下げ続けた彼女に根負けして俺が付き添うという事でここの使用許可を得ている。―――大体が、そんな言葉を素直に実行する人間はこんな時間まで残ってないのだ。

 

 可愛らしく頬を膨らましたって可愛かねぇんだよ、ばかやろー。

 

「あと一回だけだ。ソレが終わったら送ってく。―――あと、明日のレッスンはお前だけ1時間短縮するよう言っとくからな」

 

「………それはペナルティ?」

 

「寝不足は美容といい仕事の敵らしいからな。紅い豚もそう言ってた」

 

「貴方は普通に働くくせに、そんなの不公平だわ」

 

「俺は不真面目な大人で、美容にも興味がないからな」

 

 俺の軽口に不満げに文句をこぼす彼女を適当にあしらっていれば彼女は小さくため息を吐いて両手を上げる。どうにも、今回は素直に折れてくるようで何よりである。不満を表すように音響のリモコンを放り投げてきた彼女は、汗だくのトレーナーを脱ぎ捨て、スポーツシャツ1枚になって小さく手を祈るように組み―――息を整え、神経を研ぎ澄ます。

 

 無音の室内に、彼女の呼吸だけが響く。

 

 何もない空間が、引きつるような緊張感で満たされる。

 

 なんの変哲もないレッスン室が彼女によって支配されきって―――彼女の呼吸が止んだその瞬間に、リモコンのスイッチを押した。

 

 流れだしたその曲。 寸分たがわずに成されるステップと振り付け。

 

 それは、彼女の代表曲ともいえるあの曲だった。

 

 世界の、月の照らす全ての偽証すら置き去りにして星の彼方へと“誰か”を連れ去り、その先に先にと何処までも連れ去ってゆく曲。

 

 聞く人によっては、強欲で、傲慢な曲なのかもしれない。

 

 それでも、彼女の絞り出すように紡がれるその歌が―――俺には祈りに聞こえるのだ。

 

 手を、足を、心を縛って誰もいない世界まで連れて行って閉じ込めたとしてもその“誰か”はきっと去って行ってしまう事を彼女は予感しているのかもしれない。だから、彼女は祈るように、割り切るように楽し気に微笑んで、強がるように妖艶に振舞う。

 

 楽し気に踊って、歌って、遊んで―――その“誰か”の心に少しでも強く自分を刻み付けて、引き留められる事を願った祈りで、ソレが叶わなかった時の呪いなのかもしれない。

 

 

 だから、俺は――――その魂を削るような歌声に心惹かれるのだろう。

 

 

 やがて、伴奏は終わり、彼女の伸びやかな声も終わりを迎えた。

 

 一曲を歌い切っただけで滝の様な汗を流してこちらを微笑む彼女に、俺は小さく苦笑を返して床に乱雑に脱ぎ捨てたトレーナーを拾って手渡して彼女に引き寄せられる心の錯覚を誤魔化すようにいつもの皮肉を漏らす。

 

「毎日いい子にしてりゃ、俺の一票くらいくれてやるよ」

 

「――――相変わらず、救いようのない馬鹿ねぇ」

 

 

 俺のくだらない一言に驚いた様に目を瞬いた彼女はクスリ、と小さく苦笑を零して俺から一歩距離を取ってその嫋やかな指を高く高く―――天に向かって指し示し、獰猛に、華やかに、輝くように微笑んで、謳うように言葉を紡いだ。

 

 

「貴方にとっては年頃の小娘に見えてもね、私は“速水 奏”なの。世間の話題と羨望を全部掻っ攫って、希望と憧れを全ての人の胸に灯す世紀の“スーパースター”。

 

 今まで、何度だって順位では後れを取った時でも、どれだけ自分の先に強敵が待っていると思い知った時でも――――自分がそれに後れを取っているだなんて疑った事は一度だってない。

 

内気で世界に拗ねていた私が心の底から憧れて目指した“最高にいい女”の姿にあの日から私は一度だって目を逸らしたことはないままここまで来て、この先だって進んでいく。それこそ――――あの月の向こう側。宇宙の果てまでだって皆を連れて行って見せる。

 

 だから、  貴方の一票だって“自力”で勝ち取って見せるわ」

 

 その天を指し示した指で緩やかに俺の唇をなぞった彼女は、悪戯気にそのまま自分の唇に押し当てて不敵に微笑んだ。

 

 汗にまみれ、疲れでよろけているにも関わらずソレは、いつもの年頃で存外に抜けている少女の物ではなく―――俺の背筋に正体不明の電流を走らせるほど妖艶な“速水 奏”というトップアイドルの魅力に溢れる姿であった。

 

 そんな、当たり前のことに今更ながら俺は気が付かされたのだった。

 

「――――――やれるもんなら、やってみろ」

 

「当然、そのつもりよ」

 

 短い言の葉のやり取りに、時計が頂点を打ち鳴らす音が重なった。

 

 

 

 今日も――――月は世界を優しく照らしている。

 

 

 叶う事ならば、どうか――――この少女も優しく照らしてはくれまいかと俺は似合いもしない祈りを心の中で呟いた。

 



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その瞳に映った感情は

('◇')ゞいつも皆様に支えられている作者です。

_(:3」∠)_最近、ウチのナスビ様があちこちでボロクソに言われてるのでイメージ改善のために綺麗な茄子様をあげておきます。ちょっとね、欲望に正直なだけでいい子なんですよ? うちの子。

これで物足りないと感じる方は重症ですので、どうぞ沼の中に緊急搬送・入沼される事をお勧めします(笑)

広い心と空っぽの頭で今日もおたのしみくだしゃれ。





「最近の私の扱いがちょっと雑過ぎるとは思いませんか、比企谷さん?」

 

「……あん?」

 

 新規の月9ドラマの監督や共演者の顔合わせを含めた懇親会の帰り道。その主役に見事選ばれた我らがデレプロ所属の幸運の女神こと“鷹富士 茄子”がいかにも怒ってますという様な表情でいつもの様に意味が分からない事を口ずさんだ。

 

 今日は珍しく送迎役としての召喚ではなく今後の調整役として(嬉しんでいいか分からないが)のお呼ばれだったので普通に呑んでいる。なので、徒歩にての帰宅途中であるなか、そよぐ梅雨の近づきを感じる湿った空気が酔いのほてりを心地よく覚ましている時に投げかけられたその言葉はどうにも要領を得ない。

 

 デレプロに入ってデビューしてから彼女の躍進は留まるところを知らない。歌もダンスもすぐさま多くのファンが付き、テレビにラジオ、雑誌など清楚でおっとりしつつも意外に多芸でノリのいい彼女は今や一躍有名人の仲間入りである。嘘か誠か年末年始番組に彼女が出るか出ないかでそのテレビ局の趨勢が決まるという馬鹿げた話まであるくらいだ。そんな彼女なので当たり前のように多忙である反面、手厚く支援されているのも当然のことであった。というか、こっちから人を出さなくても番組側が様々に配慮してくれているので至れりつくせりなはずなのである。

 

 彼女の扱いが雑に入るなら俺の扱いは何なのだ。―――社畜だね。読んで字のごとく会社の畜生だ。どおりで扱いが雑な訳だぜ。

 

「そっちは確かに恵まれすぎてるくらいだと思いますけどぉ―――私が言ってるのは“貴方”の事です、よっと! って、なんで避けるんですか!?」

 

「…いや、俺は日本人としての慎みを忘れたくないから」

 

「思ったよりも慎ましい!? けど、今日は逃がしません!!」

 

「げっ」

 

 拗ねたように呟く彼女の眼が怪しく光ったのを見越して腕に飛びついてきた瞬間に華麗に避けるが、結局、憤慨した彼女に無理くり腕を捉えられ強制的に腕を組まされる。女性特有の柔らかい触感と、華やかな匂いが微かに思考を揺らすがどちらかというと今日の彼女がめんどくさい状態で酔っている事を考えて憂鬱になったりする億劫さの方が上回っている。

 

「……で、一応は聞いとくけど、なんなんだ。雑も何も当初からこんな感じだろうが」

 

「ちーがーいーまーす!! だって、前はもっと送迎とか付き添いとか打ち合わせにだってついてきてくれたじゃないですか! それが最近じゃめっきり顔も出さなくなって、終いには事務所でもプライベートでも構ってくれないじゃないですか!!」

 

 プリプリと不満を漏らす彼女が組んだ腕から肩にヘッドバットをガツガツ繰り返しかましてくるのを面倒に思いつつ細巻きに火を着け、溜息を紫煙に混ぜて吐きつつも歩みと共に愚痴の様な反論を零していく。

 

「ウチのメンバーが何人いると思ってんだ。もう新人じゃないのにそこまで付き添いなんかする余裕があるかよ。………というか、後半のは完璧に仕事無関係じゃん」

 

「なんですか、仕事以外に私と重ねる時間が無駄だとでもいうつもりですか!? あー、私は傷つきました! 百歩譲って仕事の付き添いは勘弁しても、私に構ってくれないのは断固許しませんよ! 徹底抗議です! これはもう何されても文句は言えませんよ!!」

 

「………めんどくさいなぁ」

 

「そういう所ぉ!! 前はもっと構ってくれたじゃないですかぁ!!?」

 

 酔っているせいか言葉や思考を繰るのもめんどくさくなって素直に内心を零せば表情豊かにキャンキャン喚く彼女に苦笑が零れるのを自覚しつつ俺はまた吹き抜けた風に意識を逸らす。

 

 普段のテレビの前でのお澄まし顔は何処へやら、いったん裏に引っ込めばろくでなしな思考を垂れ流す彼女。だが、素直で、欲望に忠実で、欲しいものを素直に“欲しい”と口に出す人間は実を言えば俺の周りには珍しい。みんなその距離に、希望を、要望を口に出すには、一歩を踏み出す事をためらうのに彼女はストレートにソレを行う。

 

 それは全てを望むままに手に入れてきた人間の傲慢なのかもしれない。

 

 でも、彼女は“幸運”という未確定な物だけで生きてきた訳ではない事も俺は知っている。

 

 誰も見ていない場所で努力を重ね、考察を重ね、人から学び続け―――その希望を口にする資格を手に入れ続けている。それを長くはない付き合いでも知れることが出来たから、ほおっておいても“安心”できるのだ。――――あと、単純に事務所で構わないのは下手に構うと付け上がって手に負えなくなるからである。仕事については“信頼”はしていても、人間性が『ブレーキが壊れたブルドーザー』な人間を一々相手なんかしてられないのである。

 

 だが、たまには、ドラマの主演なんて勝ち取った記念の日くらいはこいつの要望に沿ってやってもいいか、なんて柄にもなく考えてしまった。

 

「……ま、今日はもう一軒くらいは付き合ってやらんこともない」

 

「ふえ?―――――あ、じゃあ、あのちょっとお城風のお店でしっぽりもう一杯」

 

「気もしたけど、気のせいだったな。んじゃ、俺はココで」

 

「あぁーーっ! ごめんなさいごめんなさい!! ちょっと魔が差しただけなんです!」

 

 またくだらない事を口走る彼女の腕をスルリと抜け出して自宅方面に足を向けて別れようとすると駄々っ子のように裾を引っ張り、慌てて近くの店を検索し始める彼女の横顔は微かな興奮と下心。それと、単純に嬉しそうなその様子に肩を落として苦笑を漏らす。

 

 こんな根暗な男と飲みに行って何が楽しいのか、今日も分からないまま俺は鼻息荒く見つけた店を指し示してくる“幸運の女神さま”とやらに大雑把に頷きを返した。

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「では、改めまして―――乾杯です!」

 

「あいよ。お疲れさん」

 

 雰囲気のいい掘りごたつ式の個室で小さく上げた祝杯の音頭に向いの席から気だるげな声とジョッキの小気味いい音が響きます。それに合わせて流し込む麦酒の喉越しが爽やかに通っていくのを感じて私は思わずオジサンぽいため息が漏れ出てしまうのを止められません。

 

「ぷはぁー、やっぱり可愛らしいカクテルばっかチビチビ呑むより豪快にいく方が爽快感がありますねぇ」

 

「どうでもいいけど、酔いつぶれたら容赦なくゴミ箱にシュートして帰るからな」

 

「むむ、そこは健全な男子としてはお持ち帰りをすべき場面ですよぉ? ほら、据え膳 上げ膳 食べごろナスビ。今なら島根の両親にご挨拶するだけで実質タダ―――って、いたひ」

 

「タダより高い買い物はないって教育されてるもんでな」

 

 吊れない彼“比企谷”さんを挑発するように胸元をはためかせてみれば容赦なく顔におしぼりが投げつけられた。鷹が茄子をしょってきているのですから赤面くらいはして欲しかったですがどうにもこの男、恥というものがないらしいです。……ご両親の教育が行き届いてますなぁ、ちくしょうめぇ。

 

 とはいえ、こうして彼と差し向かいでどうでもいいお話しするのも随分と久しぶりで酒精とは別に体と心がポカポカと浮足立って、気分が向上するのを感じます。

 

 人気が出てきてからお仕事がたくさん貰えるようになって、ソレを上手くこなしていけば行くほどにベテランとして扱われて彼と顔を合わせる機会が無くなるというこのジレンマは実に厄介で歯がゆい思いをさせられている。逆に、実力と人気が上位に食い込めば専属になるのかと思えば別途でマネージャーさんがつけられて更に機会は減ってゆくし、そもそもがここの上位陣は怪物かと思う程の実力者が並んでいるので肩を並べるには、もうしばし時間が必要だ。

 

 いっそのこと毎日の付き添い日程が“くじ引き制”なら目の前の“お気に入りの彼”を独占できるのだろうけど、シンデレラ会議でも武内Pへの直談判は空しくも却下されてしまった。運は良くても、計画と合理性。ついでに言えば影分身が出来ない等の物理の壁は中々に厳しく私の役得を邪魔してくるトホホな日々なのである。

 

 そんな不満を載せて彼をジト目で睨んでみても涼しい顔で焼き鳥を頬張る彼に――――ふっ、と魔が差したとでもいうのでしょうか。

 

 意地の悪い質問が頭の中に閃きます。

 

「ふーんだ、これでも結構なお誘いがきてるんですよ、私。あんまり、そっけなくしてるウチに別の男に食べられても知りませんからね」

 

「………」

 

「へ?」

 

 さっきまで呆れつつも緩く笑っておつまみをつついていた手をピタリと止めて、驚いた様にこちらを真っ直ぐに見つめる目に思わず息を呑んでしまった。

 

 おや、おやおやおや?

 

 目を嫌らしく細めてずずいっと彼の隣へとにじり寄る私に“失敗した”みたいな顔で眉間に皺を寄せる彼に浮き立つ気分と酔いに任せてわざとらしく、しな垂れかかる様に体重を預けて顔を覗き込みます。

 

「うへ、うへへへへへ。じょーだんですよぉ~? じょ、う、だ、ん。そーんな顔して睨まなくたって私は一途なんです。なんたって、初詣で神様の前で宣言した位ですからもはや神前式を済ませたと言っても過言でもありません!」

 

「……過言でしょ。というか、何を勘違いしてるか知らんが自分の事務所のアイドルが他所の俳優とかに誘われてるって知ったら普通の反応だろ。頼むから面倒ごとだけは引き起こすなよ」

 

「ぐふふ、まあ、今日の所はそういう事にしておいてあげましょうかねぇ。あ、グラス空きましたね。今日は特別に気分がいいのでジャンジャン飲んじゃいましょう!」

 

「うわぁ、うぜぇ……」

 

 鬱陶しそうに眉を顰めたままそれっぽい言葉を紡ぐ彼ですが、これでも結構に人の機微を見る目はある方だと自覚している私は誤魔化せません。

 

 あの瞬間に彼の眼に映った素の感情。

 

 いつもの澱みの奥に隠れている微かで彼自身も自覚を得ていないかもしれない“ソレ”は随分と、私の中の独占欲を満たすような色を宿していた。そんな揺るがない事実が最近の会えない寂しさや、不満を溶かして体中が熱くなる位に私を満たします。

 

 

 あの初詣の時に、神様よりもずっと鈍感で朴念仁な彼に向って大声で告げた祝詞。

 

 それ以来、最初の頃に比べれば乱暴で、雑な言葉と扱いにはなったけども。それでも、私が思い切り我儘を言っても、猫を被っていなくても、幸運なんかじゃなくても――――ありのままの私を支えていてくれた。

 

 そんな彼に宿った小さな想いの芽を見れただけでも、今日の成果としては十分でしょう。

 

 

 

 なんでも無条件で与えられる幸福なんかより――――自分で苦労して詰めた小さな心の距離がこんなに嬉しく、満たされるものなのだと私、“鷹富士 茄子”は人生で、初めて知ったのだ。

 




('ω')へへ、旦那。このお話がお気に召して貰えたならポチっと評価してもらえるとあての承認欲求がビンビンでさぁ(笑)


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拝啓2ちゃんデレマス板より ”僕はこの日残業を言い渡した上司をぜっゆる” part2

幸子カワイイ


 

199:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:15:50 ID:GKX7NG3PDD

前任の実況者が笑い過ぎで復帰不可能になったため引継ぎ。

 

大丈夫、俺は特殊な訓練を受けた精鋭だ。幸子カワイイ

 

200:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:15:57 ID:QKxtBhi9o0

貴方が神か!!

 

201:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:16:03 ID:OfMqvO2qSK

いや、よく見たら既にこいつも大分やばいぞwww

 

202:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:16:10 ID:4Z3GWVpDKt

洗脳済みの幸子民wwww

 

203:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:16:18 ID:goKvVHDVmg

扉を開けた途端に広がっていた魔境に幸子氏が涙目で“みぎゃあああああああっぁぁっぁあっつ!!”と絶叫をあげバックを取り落として、アシスタント君に駆けよって縋りつく。

 

涙目からついには号泣にかわり“なんでここまで追いつめられる前に僕に一言でも相談してくれなかったのか”的な事を涙ながらに語る――――が、アシスタント君が怪訝な表情を浮かべて『ただのイメチェンに騒ぎすぎでしょ…』と呆れたように溜息を吐かれ、彼女は言葉にならないブチギレで掴みかかる。

 

幸子カワイイ

 

204:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:16:20 ID:9d9Od0VF5L

イメチェンwwww

 

ここはアシスタントまでぶっ飛んでるなwww

 

205:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:16:28 ID:o1jX8R423R

いい話風になるかと思ったらぶれないなwww

 

206:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:16:37 ID:SdNLDh0pcB

いいはなしかなー?

 

207:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:16:38 ID:nQ6zuvR4Y4

この二人、世界中の過酷な環境を乗り越えてきたせいか本物の兄弟みたいだなwww

 

208:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:16:45 ID:BimyGpsHlk

なおさら実の兄が丸米にして、髭つけてたらショックだろwww

 

209:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:16:49 ID:wkS94qLCUR

いなし方が手慣れてるなwww これは相当イジリ慣れてるわww

 

210:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:16:54 ID:8ZSkd6rWjT

幸子カワイイ

 

とかなんとか言ってるうちに、企画を完全に忘れて暴れる幸子を筋トレとダンスを中断した木場さんとヘレンが仲介に入って幸子に囁くことによって本来の目的を思い出させる。

 

曰く、『世界レベルじゃこれくらいはよくあることだ、目的を忘れるな』との事。

 

世界をなんだと思ってんだこいつらwww

 

211:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:17:01 ID:oC5n9ukvrH

世界を便利に使いすぎでしょwwwww

 

212:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:17:06 ID:aHyPCya9oX

世界レベルだってびっくりだよwwwwwww

 

213:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:17:15 ID:YHlZQaC9Qo

深刻な風評被害www

 

214:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:17:20 ID:GWL9jYhkEJ

なんで幸子は“はっ!!”って顔して納得しちゃったの?www

 

215:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:17:26 ID:y9CIT4TBFU

大分どくされてんなー(笑)

 

216:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:17:34 ID:3Ko6Zyt7w4

でもこの二人に揃ってそういわれると多分だけど信じちゃうんだろうな……ww

 

217:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:17:40 ID:1cSSlVCdLC

(;’’∀’’)否定できねぇ…

 

218:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:17:45 ID:m4xArE3WVM

というか、何でいまだにこの二人が筋トレとダンスを全力でやってたところには疑問を抱いてないんだよwww

 

219:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:17:54 ID:tRUNpTVtD8

(‘ω’)あれが日常なんでしょ?

 

220:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:17:57 ID:emO6ibCwNu

噂通りの魔境wwwwww

 

221:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:18:05 ID:lNgKyLg8yM

滴る汗とトレーニング姿が既に神々しい(笑)

 

222:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:18:11 ID:KM9xM5i2h9

エロを超えた先にある美術品ってこんな感じだよな…裏山

 

223:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:18:19 ID:bL5jBABgwA

俺の我儘ボディとは大違いだぜ

 

224:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:18:20 ID:Osc4nqbO1b

ラード二キは帰ってどうぞ

 

225:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:18:27 ID:3YhCtxNid4

何で比べようと思ったwww

 

226:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:18:30 ID:6A8heF31t1

盛り上がっている所で悪いが動きがあったので実況 幸子カワイイ

 

なんとか混乱と興奮を助っ人のフォローで収めて本来の目的を思い出した幸子ちゃん。

 

多分、本人は撮影の事とか、プロである事とか色んな責任を背負って覚悟を決めなおしているんだろうけど―――――みんな裏切り者ですから、残念www

 

227:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:18:35 ID:brd72PSWKT

正に鬼畜の所業www

 

228:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:18:39 ID:aWLnrmQxOE

何で幸子こんないい子なのにすぐ嵌められてまうん?

 

229:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:18:43 ID:1c3ma3aF0B

可愛いから いい子だから 面白いから それ以上に理由が必要かね?

 

230:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:18:46 ID:j5UaL4bIKJ

お前らの愛が歪みすぎててwwww

 

231:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:18:53 ID:tMhJIEg8dI

そんな決意を新たに改めてバックを拾って本来の任務に戻って行く彼女を優しい微笑みで送り出す二人。―――なんでそんな綺麗な笑顔で人を地獄に突き落とせるの(笑)

 

ソレはさておき、呆れた顔を浮かべるアシスタント君に近づき文句の様な愚痴を混ぜつつもいつもしているだろう世間話を交わして相手の警戒心を解していく。これが逆ドッキリでなければ100点満点な導入である。

 

というか、ほんと仲が良いなこいつら(笑)

 

232:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:18:59 ID:MDcDQkwQAG

まあ、吊り橋効果もあるだろうし多少は、ね?

 

233:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:19:02 ID:5r213zGhW6

ソレ、恋心の誤認やで(マジレス

 

234:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:19:04 ID:vK3iBz8pRv

やってきた企画を考えるとあながち間違いでもないんだよなぁ……主に命懸けな部分で

 

235:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:19:13 ID:28n6T7gChh

アイドルとは……

 

236:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:19:21 ID:kfgL69KgU4

ホントになんなんだこの乙女たちはwwww

 

237:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:19:26 ID:08rqmlAHQ6

トークに区切りをつけたアシスタント君がボチボチ事務仕事に戻り幸子ちゃんから目を離した隙にハンターが動き出した。

 

この企画ではジョークグッツの順番が指定されているのでここが第一の関門だ。

 

その名も  “静電気マット” である。

 

静電気を発生させ、髪の毛を逆立てさせる定番のあれである。だが、ここで彼女は思いもよらぬ苦戦を強いられる。

 

―――――対象に、髪がないのだ。

 

238:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:19:30 ID:jFuKtsDpYK

wwwwwww

 

239:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:19:33 ID:TmEGrLncF4

wwwwwwwwwwwww

 

240:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:19:34 ID:eacmMveMGI

いや、分かってるわwwwww

 

241:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:19:43 ID:lsLyeZxIIK

どうすんだよこれwwww

 

242:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:19:48 ID:O6Ijgj5MF1

出オチ乙wwww

 

243:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:19:55 ID:PnYD9DyV5z

これ普通のドッキリだったらココで試合終了でしょwww

 

244:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:19:59 ID:0jmXuGMrc6

さちこぉおっぉぉぉぉぉお!!wwww

 

245:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:03 ID:LBjeBzn3Bh

しばらくソレをもってオロオロとしていた幸子ちゃんだが、木場さん達の力強い頷きに腹を決めたのかそのスイッチを―――入れた。 幸子カワイイ

 

246:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:07 ID:XbbRLUnScq

 

247:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:09 ID:kzjrrFBkIb

 

248:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:14 ID:9bRDXqPMHo

wwwwwwww

 

249:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:17 ID:cA7MZTNJqI

wwwwwww

 

250:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:23 ID:ibrnKLkKWJ

まぁ、そうなるよねwwwwwwww

 

251:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:24 ID:RBNwFyAIgG

幸子は最高、はっきり分かんだねwwww

 

252:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:28 ID:ZMzfcT4Lgu

な、なにが…実況!じっきょーーーーさーーん!!

 

253:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:31 ID:2amweQt9Cv

というか、残業ニキは普通に仕事しろww

お前さっきから仕事してないやんwww

 

254:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:35 ID:aix4hLOMil

深夜の一人残業あるある“一人残ったはいいものの、結局気分が乗らずツベを見て夜が明ける”

 

255:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:41 ID:A0YqBzsjDD

(; ・`д・´)なん、だと……?

 

256:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:42 ID:MOPJ1CIOx4

わかるわー

 

257:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:51 ID:Zb7zGz9lTu

わかるわ~

 

258:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:54 ID:lOMxa0HSDz

お前たちそれで残業代貰う気か!いい加減にしろ!!(ぽてちぼりぼり

 

259:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:20:55 ID:szFyddK8Uu

サビ残定期

 

260:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:21:01 ID:8kWi4xXiFy

俺も

 

261:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:21:04 ID:gGaTehS35X

ウチも

 

262:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:21:13 ID:KvGUeSg6Fg

あたいも

 

263:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:21:22 ID:gb1YqpHEU5

ひえっ……

 

264:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:21:26 ID:bUEocGZZNq

社会の闇を見たwwww

 

265:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:21:30 ID:eKzv2TALBO

その沼は見ちゃいけない。抜け出せなくなるぞ…。カワイイ幸子を見て今日を生き抜け。

 

266:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:21:31 ID:QmOzvrmaiD

幸子カワイイ

 

267:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:21:37 ID:4dblV9Wprs

幸子カワイイ

 

268:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:21:42 ID:6C74yPtZmC

幸子カワイイ

 

269:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:21:46 ID:sVq1YcE8Gm

(; ・`д・´)これが新興宗教が広まる理由なんやなっておもた

 

270:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:21:54 ID:ZPr6sRu140

幸子カワイイので実況再開。

 

そこには髪がスーパー猿人類になった幸子の姿があった。

 

強烈な静電気にその薄紫の艶やかな髪の毛は怒髪天を突くかのようであるのに、その顔は何かを悟ったように凪いでいる。大して、禿頭を燦燦と輝かせるアシスタント君は全くの無傷。それどころか、背後で行われている光景に気づきもしない有様だ。

 

俺には分かる。

 

“まあ、そうなりますよね”っていう顔だコレ。

 

271:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:21:55 ID:C99UEBdaNP

さちこwwwwwww

 

272:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:00 ID:6FbFxKmeBD

最初から分かってたことじゃんwwwww

 

273:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:02 ID:g902B6RQcl

漢だぜ幸子wwww

 

274:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:08 ID:r9zic7yZSw

すーぱーさちこwwww

 

275:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:11 ID:7RpDYXiGrj

何で勧めた木場さん達が“oh…”みたいな欧米風な反応してんだよwww

 

276:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:18 ID:NJA9MNZTBI

鬼畜wwwww

 

277:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:22 ID:DZljhUzGDh

馬鹿! よく見ろ!! あの木場さんの唇の端が痙攣しているぞ!! やっぱ幸子は世界レベルに片足を突っ込んでいたんだ!!wwww

 

278:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:25 ID:vEhOvGG5mt

だから、コメディアンじゃなくてアイドルだっていてんだろwwww

 

279:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:29 ID:BfD1tOoHi7

スレがあれてるwwww

 

280:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:34 ID:p16kHk3kUB

透明な感情を浮かべた幸子が無言でスイッチを切れば、怒髪天でこそなくなったが、自慢の触角以外はぼさぼさになった幸子ちゃん。幸子カワイイ。

 

モノ言わずただその静電気マットをバックへ収めた……触角強すぎん?

 

しばしして、アシスタント君が思い出したように振り向き彼女に声を掛けるが――一瞬だけ眉を顰めただけでその惨状には触れもしない。こんな残酷な芸人殺しがあるだろうか?

 

というか、アシスタント君も大概に図太いねww

 

281:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:43 ID:KsvG2lH6kJ

せめていじって!wwww

 

282:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:45 ID:c0gdkM2x0M

切なすぎるでしょwwww

 

283:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:52 ID:HA0WZhTTdI

wwwwwww

 

284:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:22:59 ID:PKuISGhlug

なんでこの惨状で普通にスケジュールの打ち合わせしてるのこの人www

 

285:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:23:04 ID:MlQZEz5CLa

仕掛け人が辛辣な新感覚バラエティーwwww(ただし芸人は死ぬ

 

286:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:23:07 ID:4i6Uh4kivf

敵の攻勢に屈しそうになるもソコは百戦錬磨のシンデレラ。

 

死んだ魚の様な目をした幸子ちゃんもスケジュールを確認しているウチに気を取り直したのか、目に再び光を宿らせて次の仕掛けを冷徹に伺う

 

その時に―――ついに好機が訪れた。

 

彼の呑んでいるコーヒーが底をついたのだ。

 

287:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:23:15 ID:hVlwmf8vjU

これは!!

 

288:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:23:23 ID:F8yGILGHG6

やるっきゃねぇ!!

 

289:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:23:29 ID:hdFSGWF9nm

www

 

290:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:23:35 ID:3nNHobuRUt

もう見るからに誘い込み用の餌wwww

 

291:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:23:40 ID:9fdiPFkSTg

番組の底意地の悪さが分かるwww

 

292:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:23:42 ID:vnxST6oUB7

もうこの後の展開が読めるわwww

 

293:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:23:46 ID:uSaTUd7aHD

それでも俺らは期待せずにはいられないんだ―――幸子の起こす奇跡を!!

 

294:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:23:50 ID:1kyUhTy1yo

伝記物風に語ってて(笑)

 

295:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:23:58 ID:omEQXuWDbS

その隙を逃さずに彼のカップを取り、お代わりを注いであげるため席を立つ幸子。 幸子カワイイ

 

給湯室に消えた彼女がアイドルがしていいか分からない位に意地悪気な笑顔を浮かべて楽し気にバックの中から取り出したのは“激マズコーヒーの元”。

 

番組の説明によれば、元となっているのは346通販で同じみの人気インスタントコーヒー“ぴにゃブレンド”。インスタントながらも仄かなの甘みと酸味、そしてコクを残した人気商品。ソレをアイドル部所属のクレイジーアルケミスト“志希にゃん”が直々に匂いはそのままに、その旨味を殺し切って、科学的に人間が最も苦痛を感じる様にブレンドしなおした悪魔のコーヒーの粉末である。(健康に影響はないとの事)

 

ソレをお湯に溶かした幸子ちゃんはようやく積年の恨みを晴らせることに喜びを隠せないのか上機嫌に彼の元へと運んでいく。

 

幸子ちゃんのお手製コーヒー。例えソレが地獄の始まりだったとしても私は喜んで呑み切る――――その後の味覚と引き換えにしたとしてもだ。幸子カワイイ

 

296:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:24:02 ID:QDrn3B8Iv8

実況ニキの幸子愛は何なんだwww

 

297:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:24:11 ID:A8I1ZWb14j

愛が重いwww

 

298:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:24:13 ID:ALrsD9cELd

というか、ギフテッドの志希にゃんの特製ブレンドってwww

 

解説効く限りではマジでやばい奴だろwwww

 

299:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:24:15 ID:4oIRyKuUUv

逆に興味あるわwwww

 

300:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:24:23 ID:jCtanBgfjD

大丈夫。集金に余念のない346の事だからこの企画が終わった後に多分普通に通販に並ぶからみんな味わえるよ(ニッコリ

 

301:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:24:26 ID:g4uYOkAXGp

たしかにやりかねんwwwww

 

302:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:24:30 ID:xmyH9V5T7H

多分、通販とSNSのランキングは総なめだなwwwww

 

303:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:24:37 ID:QhSk8xQPpx

もう! 346サンったら商売上手なんだからぁ!!(激怒

 

304:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:24:44 ID:WXiKUQCm7I

お、ついにアシスタントに渡したぞ。

 

305:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:24:46 ID:pHUoxwQ28L

……あれ?

 

306:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:24:51 ID:xLbqadIxVS

 

307:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:24:57 ID:RjFlDo7cNM

どうなってんの?

 

308:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:25:04 ID:2mETVTU3y7

どしたん?

 

309:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:25:07 ID:8Aobt6aG25

いや……普通に呑んでるな。

 

310:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:25:12 ID:MeLnOJhUze

不発? 普通の奴入れちゃったとか?

 

311:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:25:15 ID:lqN9uIbYA7

そんな事ないでしょ。……でも、普通に呑んでるな。

 

312:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:25:19 ID:a0SNi4XbHU

幸子ちゃんにしては珍しいミスだな…。本人もめっちゃ動揺してるし。

 

313:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:25:24 ID:A5RfhtFhS2

あ、あんまり見るから不審げな視線をアシスタント君が幸子ちゃんに向けて不審がってるな……。いや、アシスタント君は仕掛け側だからドッキリとしては危機的な状況ではないんだけど、あまりに平然とし過ぎてるな。

 

314:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:25:31 ID:h7W4UBMiz4

その様子に不安を抱いた幸子。

 

ミスかどうかの確認のためにそのコーヒーを一口ねだって受け取る。アイドルや年頃の乙女として間接キスとか気にしないのか気になるところでもあるが、サバンナロケなんかじゃ回し飲みくらいは普通だろうからそこは割愛しよう。幸子カワイイ。

 

臭いは普通に美味しそうな香りのコーヒーに警戒を緩めて“ミスったかな?”みたいな表情を浮かべた彼女は自らの失敗を恥ずかしそうに苦笑しつつ口をつけ――――――盛大に吹き出してアシスタント君の顔にそのコーヒーをぶっかけた。

 

315:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:25:40 ID:AL6o6G6kmP

wwwwwwwwwww

 

316:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:25:41 ID:n3n2xaIwia

wwwwwwwwwwwwwwwww

 

317:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:25:43 ID:tImC1ZkmNP

wwwwwwwwwww

 

318:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:25:51 ID:Thpgwqv6CS

ひでぇwwwwwww

 

319:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:25:56 ID:Q1Z9d8Rsh5

おもっくそぶちまけたなwww

 

320:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:03 ID:TKU2WapRDw

アシスタント君被害甚大じゃんwwww

 

321:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:08 ID:4ziD0ppeI7

幸子の顔wwww

 

322:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:11 ID:XpL9K5kVNm

もうアイドルとかかなぐり捨てて幸子もコーヒーのまずさにキレてるなwww

 

動転しすぎて飲まされてその上ぶっかけられたアシスタント君にまで逆切れして噛みついてるwww

 

323:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:13 ID:6bN72Wrx3B

(;´・ω・)あの幸子ちゃんがここまでキレるってど、どんな味だったんだよ……

 

324:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:22 ID:8vk4vLk2VS

アシスタント君うらやましいwwww

 

325:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:28 ID:8S7m4grwOL

つうほうしました

 

326:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:29 ID:4brkIjZLmo

実況再開 余りの幸子の剣幕とアシスタント君の味に関しての無反応を訝しんだ木場さんがソレを一口含むが……なにも起こらない。

 

それに呆然とする幸子に首を傾げる木場さんの手からヘレンがコーヒーをかすめ取り、ソレを一気に流し込んで背を向け、唖然とする幸子にシャフト角度で決めポーズ。

 

曰く、『…世界レベルからすれば、そこそこのコーヒーね。悪くないわ』との事。

 

そして、そのまま給湯室にカップを持って行って全員の視覚から見えなくなったヘレンが―――――倒れた。

 

327:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:30 ID:NvdmG5PxxU

wwwwwwwwwww

 

328:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:35 ID:bhOB2x07kv

なんでっ!!なんでーーーーーっ!!wwwwwww

 

329:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:42 ID:1xNmppb792

世界レベル――――!!!wwww

 

330:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:44 ID:paXZGaBHG1

ココで番組からの視聴者へネタバラしが説明された。

 

アシスタント君と木場さんは一時的に味覚を遮断する志希ちゃん特製の薬を舌に塗っているため今はどんなモノを食べても水の様な味しかしないとの事。しかし、PVで出てきたその映像でヘレンだけは“世界レベルにそんな小細工なんて必要ないの”と言いその処方を断っていた。

 

……なぜ、その状態で一気飲みをしたのか。世界レベルにはまだ僕らには早すぎた。

 

331:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:48 ID:FlfezWwKxr

なんで断ってんだよwwwwwww

 

332:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:26:57 ID:ajYvTqsV7A

その状態であれを呑み切ったのかよwwwwwww

 

333:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:01 ID:7LUMOxAe35

めっちゃ給湯室で悶えてるwwwww

 

334:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:06 ID:i6hBqjM0xm

志希にゃん…届いたよ。君の薬は世界レベルにだって届いたんだ!!

 

335:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:12 ID:OyEMlr7UVH

誰だよお前はwwwどこポジションなんだよwwww

 

336:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:17 ID:zNjWvRQgeV

というか、よくそれでも呑み切って給湯室まで我慢して平静でいたなww

 

337:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:19 ID:IyPH2suXQp

やっぱ世界レベルはスゲーわ。

 

338:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:26 ID:EqKcpUxp8W

これ通販でマジ販売されたらみんなで飲もうぜ。

 

それでヘレンがどんだけ凄かったかで語ろうww

 

339:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:28 ID:DS2Tzd4LaY

新たな神スレがココに予告されたww

 

340:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:35 ID:HqHjHD73wk

346に要望書出しとかなきゃ!!www

 

341:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:39 ID:CKgE84AcoT

俺も書くわww

 

342:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:41 ID:5XAv7qnEiI

謎の団結に笑ったww

 

ここのスレ民で再集結できることを期待してるww

 

343:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:45 ID:WIv2msSrhM

そんな事いってる間にCM明け。

 

画面端にヘレンが顔写真出されてるからおそらく脱落したっぽいwww

 

怒られてる幸子カワイイ

 

344:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:54 ID:b5KdlwrFvC

ヘレンwwww

 

345:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:27:58 ID:PIbNRIvHnd

もうこいつらアイドルじゃなくてお笑い部門にしとけよwww

 

346:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:28:05 ID:HLl9NU7cgZ

マジレスすればここの部署がお笑いで売れ過ぎて、別部署の芸人たちは泣いているらしいwww

 

347:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:28:14 ID:kx13o5NtDu

内輪でつぶし合うマジで芸能界の修羅の国www

 

348:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:28:18 ID:M4pyCOdkIt

生存率0.01%wwww

 

349:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:28:26 ID:nG9SOOZjw8

綺麗なお城とはなんだったのか……

 

350:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:28:27 ID:0hpGLXl6uJ

常務エェ……

 

351:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:28:32 ID:gqdzceWfFz

でも実際、マジな話か知らんけど。一昔前のここの会長が現場で先陣指揮してた頃は本気で修羅の国と変らんくらい怖かったし、勢い合ったみたい。歌手も俳優も、芸人も報道も全てで頂点に立つためにかき集めて、凄い勢いで大きくなってたらしい。

 

それで、実際に最大手になった。それでも唯一、その当時でトップが取れなかったのがアイドル部門だったみたい。

 

352:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:28:41 ID:Z2vMibgjiT

あぁ、世代だったから覚えてる。

 

日高舞を引き抜こうとして、蹴られたんだよな……。

 

353:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:28:42 ID:8Xb6hRHofV

それ話題になったよねww。その上、最高の設備や人材を集めて潰しにかかったのに弱小事務所所属の日高に完封されて、そこからアイドル業界だけは手を引いたんだっけ?

 

354:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:28:43 ID:20nu0ObIZb

いまだに音楽の過去の人気曲総なめだし。

 

355:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:28:45 ID:Q9UrWJOpEo

それから、しばらくして引退しちゃってからアイドル熱が冷めて世間じゃ見向きもされなくなったんだよなぁ

 

そっから最近なって765が出て熱が入って、346が再びここまで大きくなってるんだから時代を感じる(笑)

 

356:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:28:53 ID:R8QrZ2vfA0

まさに346の悲願達成は間近って訳だな

 

357:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:29:01 ID:Dlp3DhQlfB

その悲願がこれでいいのかって思わないでもないけどwww

 

358:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:29:05 ID:O71F7ffwzI

こまけーこたぁいいんだよ!!www

 

359:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:29:10 ID:CGajFPxJTZ

みんなが盛り上がってるうちに幸子ちゃんがビリビリボールペンを発動させて悶えてる(笑)幸子カワイイ。

 

概要としては、コーヒーぶっかけられて終いには味覚障害を疑われたアシスタント君が本気の涙目で病院に行こうと手を引く幸子を宥めている時に電話が鳴る。もちろんこれもスタッフの仕込みだが、さも仕事先のように電話に応答するアシスタント君。

 

そんな彼がメモを取ろうと机の上を見るが、コーヒーに濡れて使い物にならなそうなペン。しかない。

 

そのまま、幸子に書くものを要求すると彼女も慌ててバックの中からペンを取り出すが―――完全にソレがジョークグッツだという事を忘れて電流の流れるほうを持ち手に握って差し出した彼女は見事に感電した。

 

もう、なんか――――かうぃいなぁもう!!

 

360:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:29:18 ID:6mPveicGD3

wwwwwww

 

361:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:29:19 ID:DMJIKcYXue

見逃したwwwwww

 

362:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:29:27 ID:MUHr2k29eo

ナチュラルにいい子なんだけど、悪戯仕掛ける側には向かねぇなぁwww

 

363:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:29:29 ID:5bnBNUxtsr

なにやってんの、この子wwww

 

364:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:29:36 ID:tffghEeth2

こっちが仕掛けなくても勝手に罠に嵌ってく系少女www

 

365:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:29:42 ID:g2HktxgJEU

幸子カワイイ

 

366:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:29:46 ID:YCmbfAaiNa

幸子カワイイ

 

367:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:29:53 ID:tlZskgexqF

幸子カワイイ

 

368:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:29:58 ID:IjNn8plptX

年末特番とか期待してなかったけどこれは、ソレをぶち抜いてくるなwww

 

369:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:00 ID:ONDR9IKvJr

仕事中に面白リアクションをする幸子ちゃんに軽いお叱りをするアシスタント君。だが、流石にこの予想外の笑いの連続は素人にはきつかったのか口の端が震え始めている。

 

限界と、終わりが近い事を感じさせる。幸子カワイイ

 

370:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:05 ID:qWblNrW9jK

実況は意地でもソレをぶち込んでくる気だなww

 

371:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:07 ID:if1dTjK5Iq

プロでも笑うわこんなんwww

 

372:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:16 ID:JPewApChwJ

てか、木場さんはもう完全に壁の方見て肩揺らしてるからアウトでしょwww

 

373:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:23 ID:458VCwb19v

木場 あうとー

 

374:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:30 ID:UgejjwUPhr

ソレは二日後の奴だからww

 

375:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:31 ID:mTAepyKH3i

あっちに出てくるデレプロ勢にも期待www

 

376:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:33 ID:fQLGXz6V4q

去年の茜ちゃんからのカリスマJKのシャンシャイン芸はマジで腹筋崩壊したwww

 

377:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:37 ID:YAnr7wrUiK

卯月ちゃんの“島村的にもオールオッケー”を大人数のアイドルでやったのも笑ったww

 

378:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:38 ID:HhKM4P0ugJ

毎年、全力で笑いを取りに来るからマジでけつを割に来てるよなwwww

 

379:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:44 ID:2WJ1B67qDE

(;’’∀’’)あ、アイドルって仕事選べないんですね……(恐怖

 

380:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:48 ID:WexiRrPSin

いや、ここのアイドルが許容範囲多すぎなだけだからww

 

381:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:51 ID:QSHg34ZkGU

お、笑いをこらえてた木場さんが復帰してなんかサインを出してるぞ?

 

382:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:52 ID:Lka07382qs

アレは―――“フィニッシュ”のサインだ。キメに来てるぞ(幸子を)

 

383:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:30:59 ID:hJl6Zm55Cw

ひでぇwwww

 

384:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:31:03 ID:pjxOp6jntd

実況再開 幸子カワイイ

 

叱られている幸子とアシスタント君の間に割って入り仲裁をした彼女。

 

『まぁ、彼女も疲れているんだろうし、君を心配しての発言だ。ここは君が大人になって飲み込んでやるのが甲斐性というものだよ。……それに、今日は彼女から君に特別に選んできたプレゼントがあるそうなんだ。ソレを受け取って今日のミスは帳消しにするという事でどうだい?』

 

なんて、男前な台詞で幸子にウインクを飛ばして前に優しく押し出す。

 

生まれてくる性別を完全に間違えているな、この人。

 

385:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:31:11 ID:1JqQYASdo5

イケメンかよ

 

386:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:31:20 ID:KoBASt1CSh

濡れたわ

 

387:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:31:22 ID:dwsicQxbXV

かこここ

 

388:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:31:29 ID:t9LAzsrgYS

幸子カワイイ

 

押し出された幸子ちゃんもさるもので、微かに頬を染めて恥じらうように彼の前に立つ。

 

日頃の感謝と、疲労を労いつつもバックの中から可愛い水色のカバーがされたクッションを取り出して彼に渡す。

 

曰く『ま、まぁ、いつもお世話になってるのは事実ですし…最近はお疲れ気味なので事務所に座ってる時の疲労がちょっとでも解消されれば、もっと僕の為に働けますからね……』

 

なんて恥じらいながら伝える彼女に僕の心は天元突破寸前です。

 

これ、たぶん、ドッキリ企画の演技とかじゃなくお祝いだけは本心なんでしょうね。そんでこの恥ずかしさをこの後の悪戯で誤魔化そうっていうカワイイ戦略―――大変ブリリアントだぜ。

 

389:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:31:31 ID:fTOzcZpJ6h

きゃわわっわ

 

390:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:31:38 ID:n6ol4S2koQ

なんでこの酷いドッキリの時にソレをやったしwww

 

391:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:31:46 ID:8V5mqoMHKT

これはなんだ…胸が、あったかい?

 

392:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:31:49 ID:0dhzcI0WCf

これこれ、こういうのでいいんだよ。

 

393:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:31:52 ID:c8KYq0A13H

(きこえますか……幸子、カワイイ)

 

394:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:31:59 ID:25N3l3Yv8p

コイツ、脳内に直接っ!!

 

395:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:32:02 ID:copyA3Y4c6

喧しいわwww

 

396:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:32:07 ID:Sx3LXodXCx

幸子カワイイ

 

そんな優しい空気に包まれた世界で、アシスタント君はそのクッションを照れ臭そうに受け取りさっそく自分の椅子に敷きます。男物としてはちょっと水色が可愛い気もしますが、書類の山の中で映えるその柔らかい色が心を和ませます。

 

 

「悪いな、こんなもん用意してくれたのに……」

 

「いえ、いいんですよ。たまには、これくらいはしてあげても罰は当たりませんから。それじゃ、さっそく―――――「お前を嵌めるような真似して」――――ふぇ?」

 

 

しんみりとした空気。そんな中で彼女が予想もしなかった言葉を鼓膜が捕らえ、目の前のアシスタント君は禿頭のカツラをほおり投げつつその小さな体がひょいっと持ち上げられて椅子に下ろされた時――――盛大な放屁音が部屋に木霊した。

 

そのクッションに仕込まれた風船が小さくしぼんでいくのを感じつつも幸子ちゃんは金魚のように顔を真っ赤にして口をハクハクさせています。

 

“この音は違う”とか“どういう意味か”なんて様々な疑問が零れそうになるが、目の前で意地悪く腹を抱えて笑っている二人のろくでもない大人と、荒々しく扉を開いて満面の笑みで“ドッキリ大成功”の看板を抱えて入ってくる司会者と数名の仲間たちに彼女は全てを悟ったようで――――――。

 

 

「み、みんな!!! 大っ嫌いですぅぅぅぅっぅ!!!」

 

 

大粒の涙を流しながら部屋を駆け出して行ってしまいましたとさ。

 

幸子かわいいいいいいい!!!!!!wwwwww

 

397:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:32:15 ID:Lz3wlVqXHX

幸子おおおおおおお!!wwwwwwww

 

398:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:32:21 ID:CNVMSpRnmV

さちこおおおおおwwwww!!!!

 

399:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:32:23 ID:y6upxc7tE3

wwwwwwww

 

400:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:32:32 ID:AS8JpeDj39

容赦ないwwww

 

401:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:32:37 ID:FDZdcUycIL

こういうオチかwwww

 

402:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:32:39 ID:WL6y6KPzsR

最高だった!それ以上の言葉は無粋だ!!wwwww

 

403:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:32:47 ID:Qfct5p0pXV

これがバラエティーの女王“輿水 幸子”か……www

 

404:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:32:49 ID:thZYgD1OV9

エンディングがなんで爆風スランプのランなんだよwww

 

405:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:32:55 ID:6Dy7K2feVm

幸子ちゃんが走ってるからじゃない?www

 

406:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:32:56 ID:0qIYlDClRB

実況おつ!!

 

407:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:33:04 ID:UUX8E9iLQO

ほんとソレ! 一代目も二代目もありがとう!!

 

408:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:33:08 ID:au2TQVEEa1

ありがと!!

 

409:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:33:13 ID:u7oSkrloO6

幸子カワイイ

 

いえいえ、皆さんが楽しんでくれたようで何より

 

お仕事、頑張ってください!!

 

410:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:33:20 ID:qwP02GwbQI

ありがとう!!おかげでもうちょっと頑張れるわ!!

 

ちょっと早いけど、みんな来年もいい年を!!

 

411:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:33:23 ID:eh6KBjbHfG

おつ!!

 

デレプロとここにいつも元気貰ってるわ。いい年を

 

412:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:33:28 ID:p1TtmYX0Mp

終わりみたいに言ってるけど、まだまだデレプロの見どころたくさんあるからね?

 

笑ってはいけないと紅白同時出演する楓姫とか、除夜の鐘で厄払いするほたるちゃんとか、初日の出ナスビちゃんとかなwwww

 

413:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:33:33 ID:5gpKMqQsPp

まだまだ今年は熱いなwww

 

414:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:33:42 ID:Ju5hwHHm4U

来年もきっと、いい年にしてくれるよwww

 

415:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:33:46 ID:vUSRuxSaBc

んじゃ、これにてスレ終了で!!

 

 

416:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:33:47 ID:HtLSUVmSP7

 

本当に 終わりん♡

 

 

417:名無しのデレ豚 2020/12/28 0:33:52 ID:s0Ehit39T8

 

 




('◇')ゞ評価をぽちっとにゃ(笑)


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誰かの為でなく――

チッヒ「以上が第9回総選挙の結果となります」

(゜-゜)「……そうか。文香と奏は、推しは一歩届かなかったか」

チッヒ「先生…残念ですが、契約は契約です。1位の娘を書くという約束は――」

(‘ω’)「分かっているとも。私も、SS書きとしての矜持がある。……だが、推しの鎮魂歌をすましてからでも遅くはないだろう?」

チッヒ「………手早くお願いします。予定はもはや差し迫っておりますので」

(・へ・)「………早く、課金にでも行きたまえよ」

チッヒ「(っち」

―――――バタンッ!!

(ω)y-゜゜゜「ふぅ……。そう、か。だが、私の人生はこんなモノだ一番には永遠に届かぬ星の元に生まれてきた。これが、初めての経験なんかじゃない。だが、この俺を―――誰だと思っていやがる。妄想沼 “暴食”の担当『欲しがりsasakin』だぞ!!

 誰もが星を目指し頂点に票を積み上げるならば! 飽くなき妄想の沼という尽きぬ“飢え”を須らく読者に与えて引きずり落として見せてやる!!

その輝き全てを沼に―――黄泉(読み)の最果てで俺は 推 し を 勝 た せ る!!」


――――――――――――


という、一人茶番をして胃痛とふて寝から回復した作者です(笑)

加蓮おめでとう!! 

(;´・ω・)ネタだからね?ちゃんと他の娘の躍進にもエモってます(笑)


 次は“奏 レクイエム”挟んで 加蓮メモリーエピソード挟んでー 千夜ちゃん√やって~…………やること多くない?

誰か、代わりに書いてもいいんだぜ?



 何万人もの観衆がこの事務所に所属する数多のアイドルの頂点と、それ以外を決める間に挟まれたドラムロールよりもなお早く胸の鼓動を高めて、暗闇を裂くように踊る光源の行方に息を呑む。

 

 既に、上位10名中8名の名は挙げられた。これより先はそこに名を連ねることも出来なかった者か、夢に一歩届かなかった者。そして―――輝く城に君臨する新たなシンデレラだけが残った。そして、いまだに自分はその中に名は呼ばれておらず、ただその裁定を待つばかりの身である。ただ、不思議と緊張や胸の高鳴りというモノは浮かんでこない。誰もが歯を食いしばり、目を固く閉じ、一縷の望みと願いを託して焦燥に身を焦がしている中で私だけはその会場の全てをゆっくりと見回していました。

 

 見渡せば何処までも続きそうな広大なステージに余すことなく埋められた観客席。その全ての顔が意外とどんなに遠くてもつぶさに見れるという事に気が付けるようになったのはいつだっただろうか。

 

 商店街の木のパレットを組み合わせて作った粗末なお立ち台の上で、誰もいないガラガラの遊園地で、デパートの上の遊技場の隅で、自分に似合いもしないだろうと思っていた“アイドル”なんていう業種に疑問を抱きつつも舞っていたあのステージからずっと支えてくれていたファンの顔が―――そんな観客席の中でもパッと見つけられた事が嬉しくて、当の自分よりずっと真剣に、手を固く握りしめて自分が頂点に至ることを願ってくれている姿に胸が震えて、涙腺がじんわりと痺れてくる。

 

 

 それでも、だからこそ――――申し訳なくなってしまう。

 

 

 小さくなってゆき、絞られてゆく照明がやがて消えゆくその瞬間に誰もが願いを託している中で自分だけはなんとなく―――こうなることは”分かっていた”気がしていたから。

 

 

『シンデレラガールズ総選挙! 二位 “鷺沢 文香”!!! 一位―――――“北条 加蓮”っ!!!!!』

 

 

 高らかに呼び上げられたその二つの名に絶叫と悲嘆。そして、割れんばかりの熱狂がステージの全てを震わせた。新たな頂点の誕生を祝う声と、支え続けて至った歓喜。そして、自分が支えてきたアイドル達の努力が一歩届かなかった事への悔しさ。それら全てがごちゃ混ぜになって、それでも、全ての感情は轟きをあげて会場を揺らします。

 

 ソレを受けて友の躍進を喜ぶ人も、届かなかった無念に唇を噛みしめる人も、儚く散った想いが瞳から零れる人も心の中に浮かんだ様々な感情を飲み込んで全てを掛けて臨み、今この時まで鎬を削って競い合った仲間たちが手を打ち鳴らしその結果を受け止めました。

 

 その大歓声の中でゆっくりと華やかな照明が絞られて自分だけが眩い照明に照らされて暗闇の中で一人立つような感覚を味わいつつ、心の中に浮かんだ言の葉をゆっくりと、素直に吐き出してゆきます。

 

『…私の物語を信じ、共に紡いでくれる方がこんなにも存在する。それは、どんな御伽噺より幸せな筋書きですね』

 

 偽りの無い、心から浮かんだその言葉が会場に響き渡った。でも、決して口には出してはいけない想いを語れない罪悪感から―――――深々と頭を下げる。自分の言葉に喉が枯れんばかりに声を上げ支えてきてくれた人たちの声援と、温かい健闘を称えてくれるその声が心の底から嬉しくて、ちょっとだけ痛い。

 

 やがて、自分を照らしていた眩いばかりの光は無くなり今回の激戦を勝ち上った新たなシンデレラが前に一歩出て力強い信念を宿した瞳が照明なんかよりなお強く観客全ての心を縫い留めて、大歓声が一瞬で静まり返った。その中で語られる言葉はきっとファンの方もそうじゃない方も、すべての心の中で灯を灯す一種の神聖さすら伴って胸に刻まれて行く。

 

 

 これが、これこそが――――頂点。

 

 

 死力を尽くした。全てを出し切った。重ねた想い全てを乗せて今日このソロライブで歌い切った。ここまで自分なんかを信じ支えてくれたファンの為にも、誰よりも輝いて見せると誓ったあの人の為にも、譲るつもりなんてなかった。それでも、今日の彼女の輝きに一瞬でも目を奪われ、息を呑んだ瞬間に―――自分はきっとこの結果を予感していた。

 

 やがて、彼女の最後の覚悟を告げる宣言と共に打ち鳴らされた大音量の伴奏。そして、それぞれのアイドルが自分のファンたちに向かって全てを飲み込んだ笑顔で感謝と“次は、次こそは応えて見せる”と声を大にして残った意地と共に高らかに叫んで手を振ります。

 

 それに応える声援を受け、ゆっくりと幕は閉じてゆきます。

 

 数度と繰り返した熱狂の祭典は――――新たな語り草を残して、ゆっくりと漣のように初夏の残り香と共に消えてゆきました。

 

 

―――――――――――――

 

 

 死力を尽くしたこの祭典が終わった後、舞台裏でステージの上で堪えていた感情をほんの少しだけ溢れされせたメンバー。泣き、笑い、喜び、悔しんで誰もが思い思いの形でソレを発散し、プロデューサーから今回の総括を聞き終わった時には満身創痍で歩くのもやっとな有様になってしまっていました。

 

 毎年、この時ばかりは宴会好きなここの仲間たちも大人しくそれぞれが帰途について行きます。そんな祭りの後のけだるさを誰もが感じる中で、何人かの子達に囲まれて言葉を交わしている彼が目につきました。気だるげで、暗い澱んだ瞳。鴉の様な髪に特徴的に跳ね上がった数本のアホ毛。距離があって何を話しているのかは少ししか聞こえなかったのですが―――“誰に投票したのか”という問いと、普段よりも幾分と柔らかな表情を浮かべているのできっと彼女達にいつもの様に素直じゃない称賛を送っているのでしょう。

 

 それにちょっとだけ逡巡を挟んで、小さく手を振るだけに留めてその場を後にします。

 

 今すぐにでも駆け寄っていきたい思いをゆっくりと飲み込んで、すれ違う仲間たちに労いの声を掛けつつも出口へ向かって一息。バックの中の携帯端末を取り出してそっとその電子の文を届けるボタンを押し込んだ。

 

 

“今夜は、月が綺麗ですよ?”

 

 

 彼との秘密の逢瀬の時にだけ使う特別なメッセージ。

 

 

 これを読んだ時に彼が浮かべる顔を想い浮かべて、少しだけ零れる笑いを飲み込みつつ私は暮れなずむ夕日に手を翳しつつ彼を迎える準備をするために下宿先の小さな古書店へと足を進めた。

 

 

―――――――――――

 

 

「掛ける言葉は――慰めと祝いどっちがいい?」

 

「来て早々に随分と意地悪な事を聞きますね…」

 

 随分と夜も更けた頃、煌々と差し込む月明かりだけが照らす馴染の一室に彼がのっそりと襖を開けた時に放った無遠慮な一言に思わず笑いが漏れてしまった。それでも、零れる笑いを飲み込みつつも彼に軽口を返しつつ部屋に招き入れた。

 

「ちなみに、それぞれの回答を先にお聞きしても?」

 

「慰めの場合は“惜しかったな”で、祝いの場合は“2位、おめでとう”だ」

 

「……どっちもどっちですね」

 

 彼に用意していたグラスにお気に入りのワインを注ぎつつ問いかけた言葉は彼らしい不器用さが溢れる答えで苦笑を零していると彼が憮然と“ボッチのボキャブラリーは貧困なんだよ”なんて負け惜しみの様な事を呟くのでそれがおかしくてもっと笑ってしまう。それに肩を竦めるだけで答えた彼がボトルを取って今度は私のグラスに注いでくれます。並々と注がれた赤い甘露は月を反射して、透き通るような煌めきの奥に随分と長く深い付き合いになった“想い人”を映し出す。

 

 私達、アイドルに負けず劣らずに連日連夜をそれこそ休む間もなく段取りと調整に追われた事務方の彼もその目の下に現れる隈や、いつもより気だるげなその姿に自然と浮かんだ言葉を乾杯の音頭として選んだ。

 

「とりあえずは運営、お疲れさまでした。比企谷さん」

 

「……こっちが労われたら立つ瀬がないんだよなぁ」

 

 そんな気の抜けて締まらないいつものやり取りを経て鳴らされた澄んだ音色に――――ようやく私“鷺沢 文香”は詰めていた息を吐き出したのでした。

 

 

――――――――― 

 

 

 あれだけの熱狂の中で必死になっていた事が嘘のように古ぼけた和室の中は静かで、初夏の夜の訪れを告げる様に鈴虫の恋歌だけが響きます。

 

 馴染のちゃぶ台を挟んで、何を話すべきかも判然としないまま、たまにカーテンを揺らす心地いい風とその奥で微笑む月を肴に二人で杯を重ねた。柔らかな甘みと渋みを含む酒精が体に残っていた緊張を徐々に解し、心地よい微睡と―――夜風に冷やされた火照りが人肌を恋しく感じさせる。

 

「せっかくなので、さっきの言葉は両方とも頂いてもいいですか?」

 

「……それはいいんだけど、にじり寄る必要ある?」

 

 酔ってるからと、今日は特別な日だからと言い訳を重ねて欲求の赴くままに膝を擦って彼ににじり寄り窓際まで逃げて観念した彼の胸板に頭を載せる。なんとも言えない微妙な顔を浮かべた彼に微笑むだけで応えて、深く息を吸えば彼独特の紫煙と紅茶の香水が鼻孔を満たして心の緊張と理性はもう少しだけ緩くなっていき、彼の手を取って無理くり頭に添えさせる。

 

 呆れたような視線と溜息を漏らす彼にクスクスと笑いが零れるのを堪えつつ、ねだるように頭を軽くゆすって催促すれば彼も観念したのかゆっくりとその手で壊れ物を扱うかのように丁寧に髪を梳いて、言葉を紡ぐ。

 

「2位、おめでとう。本当にどっちが勝つか、分からんかった。……惜しかったな」

 

 髪を梳く以上に慎重に言葉を選ぶその彼らしさが愛おしい。入ってきた時に述べた彼の言葉は照れ隠しでもなく、本当に真剣に考え抜いてそれしか選べなかったのだろう。

 

彼の言葉はいつも重く、まっすぐな本質が詰まっている。それは日常で交わすには重たすぎる故に彼は言葉を弄して、性根すら曲げて軽口のように嘯く。だけど、こういう時に彼が絞り出す言葉はその分だけ億万の言葉で彩られた美辞麗句よりも直接、胸に響く。――――黙っていようと、思っていた想いすら揺すぶるほどに。

 

「惜しくなんか……なかったです。加蓮さんの歌を聞いた時、一瞬だけ、あの迫力に呑まれてしまいました」

 

「…………」

 

 心に秘めていた想いは、抜けた楔をきっかけにポロポロと零れ出ていきます。

 

「他の誰にも負けていないと、思っていました。貴方やファンと重ねた日々で誰にも恥じる事のない“輝き”になると自分自身に誓った最高のパフォーマンスだったはずだったのに―――――あの瞬間、確かに私は負けを認めてしまったんです」

 

 やがて、その言葉を皮切りに見て見ぬふりをしてきた暗く、醜い感情が一気に溢れてきて自分の心と頭を真っ赤に染め上げ、瞳から今まで感じた事のない感情が溢れて雫となってゆきます。

 

「くや、しいです。―――悔しいんです。 “誰かのため”にとか“みんなの笑顔の為に”とかそんな綺麗事なんて全部、ぜんぶ嘘だったんです…。あの時に私は他の誰かの為の想いなんて欠片も思いませんでした。ただ、加蓮さんに自分の全てを掛けて臨んだライブで負けを自分で認めてしまった事が――――悔しくてたまらなかった」

 

 アイドルになって、知らない自分をたくさん見つけてこれた。挑戦への高鳴り、支えられる温かさ、憧れ、立ち向かう勇気、受け止める柔らかさ、決意。本当に色んなものを手に入れてきた中で見つけたくないものまで、見つけてしまった。

 

 荒れ狂う感情の中で、纏まらない言葉を脈絡もなく並べ立てた。溢れる涙が止めどなく溢れ、目の前のぬくもりに感情を我儘な子供の癇癪のようにぶつけていく。真っ赤に染まった頭と心が全てを吐き出して空っぽになり、声はやがて意味のなさない荒い呼吸だけになった時に囁くような声が聞こえた。

 

「なら、もう諦めるか?」

 

 聞きなれた、意地の悪い声。

 

 決して素直になんてならない、いつもの曳かれ者の子守唄。

 

 答えが分かってるときにだけ零す、彼の言祝ぎ。

 

 かつて、私は学びました。“怒り”とは大切なモノを守る“決意”を与える感情だと。恐れて震え、動けなくなる情けない心を奮い立たせる“勇気”の原動力だと。そして、私はまた学びました。この醜い“嫉妬”と呼ばれる怒りだって―――人ではなく自分に相対するための“決意”を与えるのだと。

 

 ならば、答えは決まっています。

 

「今度は―――今度こそ、誓います。他の誰でもなく、“鷺沢 文香”自身が 願い 想い 求める事を。あの頂点からの景色と物語を誰にも譲らないという、覚悟を」

 

 涙と悔しさで見れた有様ではないのでしょうけれども、それでも私は彼の顔をまっすぐと睨むように見据えて宣言します。

 

 案の定、困ったように眩しそうに眼を眇めた彼が苦笑を零しつつ―――小さく呟きます。

 

 

「次こそなれよ、シンデレラに」

 

 

「当たり前です」

 

 

 月夜に照らされ鈴虫の恋歌の中、その小さく交わされた短い言の葉。それは、私の胸の中に“執念”と呼ばれる焦げ付くほどの熱を小さく胸に灯した。でも、意地悪されっぱなしというのも癪なので―――少しだけ私もやり返させて頂きましょう。

 

 

「だから、―――そのポケットの中の投票権は次回のシンデレラ用に大切にとって置いてください?」

 

 

 その一言に、固まる彼の顔を見て留飲を下げ私は愉快な気分のままグラスのワインを飲み干した。

 

 

 




(゜-゜)らいねんこそは……


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火の鳥は何度でも日輪を背に天に至る

( `ー´)ノ不死鳥よ、どこまでも飛んでゆけい。


 一瞬の静寂を挟んだ先に呼ばれた名前。

 

 それは、遠く実感が湧かず誰のものだったかなんて間抜けな事を考えてしまって、会場中に湧き上がる大歓声と両隣で拳を握り締めてその瞬間を待っていた幼馴染と親友が目に涙を溜めて苦しい程に抱きしめてくれた所でようやく思い至った。

 

 “北条 加蓮”

 

 無機質で味気ないあの建物の中でいじけて斜に構えていた何てことの無い少女の、“自分”の名前。そして―――――この世界に新たに生まれた、頂点の名前。

 

 涙も、歓喜も、今までの苦々しい想いが報われた事も、色んな感情が破裂してしまって完全に思考が止まってしまって妙に冷静な頭の中で2位だった文香さんの短いスピーチが終わり華々しい照明が自分に向けられた時に最初に目に留まったのは、この広大な会場にいる莫大な人の視線だった。

 

 喜怒哀楽と焼かれるような熱。それら全てが自分一人に注がれる“重さ”が全てを燃やし尽くした体に質量を持ってずっしりと圧し掛かるのを感じる。

 

 そう、そうだ。

 

 追いかける側から、私は追いかけられる側にこの瞬間からなって、ここにいる全ての凄い仲間達の熱量を全て背負って世界中の人達の前で、それに相応しく在らなければならない義務が埋まれたのだ。その事実に、一瞬だけ息を呑み―――二人の親友から強く手を握られ声を掛けられた。

 

“結構、重たいでしょ? そこからの景色って”

 

 一足先にそこにたどり着いて、いまだにそこにあり続ける友が挑発するように口の端を吊り上げて笑う。

 

“加蓮なら、大丈夫だ!”

 

 どんな時でも自分の傍にいてくれた幼馴染が、無邪気に笑って背を押し出した。

 

 その言葉に真っ白く灰になっていたモノの中に新たな熱が生まれたのを感じて、私は静かに一歩を踏み出した。その先に、観客席からもステージの上からも全ての視線が集まったのをゆっくりと見回して息を吸い込む。

 

その小さな熱がひりつくように大きくなった行くのを感じつつ思う。そうだ。もう自分はあの病室で四角い枠の世界を羨ましがっていた少女なんかじゃない。憧れていた世界は綺麗なだけでも、楽でもなかったけど―――今ここで私は生まれ変わって、もっと新しい世界に挑戦する資格をようやく得る事が出来たんだ。

 

 

 心の灰が深く吸った呼吸で払われ、新たな卵が姿を現して―――殻を打ち破り、燃えるような炎の翼をもって、もっと高くへと気高く日輪の先へと飛び立った。

 

 

 ここが―――――ようやく始まりだ。

 

 

『ありがとう……大切なみんなと連れてきてくれた景色。キラキラ煌めく、最高の贈り物だよ!!』

 

 

 これから広がるもっと遠い景色を駆け抜けて見せる事を誓った一言を受け入れてくれるように世界はこの日で一番の轟きで応えてくれた。

 

 

 こんな世界に連れ込んだ“あの人”の事も、いつか必ずこの光であの寂し気に笑う顔と影ごと照らして、引きずり出して見せると―――私は心の中で小さくほくそ笑んだ。

 

 

-------------------

 

 

 と、決意を新たに新世界に踏み込んでから早一月。

 

 

「づ、づが、れだ~。 もう、一歩もうごけないぃぃぃぃ」

 

 

 早くも新たに生まれた不死鳥の羽は見るも無残にぼっろぼろの、すっかすかになって哀れな残骸を事務所のソファーで晒していたのでしたとさ。

 

 あれから、ただでさえ忙しかった私のアイドル生活は更にその激しさを増して朝昼晩と撮影にドラマの収録にCM。テレビに雑誌、ラジオ。色んな所への挨拶回りに、病院や施設への訪問。それに加えて、それが終わった後には新曲やレッスンに方針確認などでもうアメリカ大統領も真っ青なタイトスケジュールがみっちりと組まれている。

 

 いや、ありがたいんだけどね? それでも、厳選して最小限のスケジュールにしてくれてるのも分かるんだけどね? それでも、マジで心が折れちゃいそうには過密でハードな訳なのよ。歴代シンデレラの先輩たちに言わせれば“すぐ慣れる”とか言ってたけどあの人たちこんな生活を平気で熟してたのか……パないわ。というか、渋谷。“全部一発で決めれるようになれば時間もできるよ”とかニヤニヤしながら言ってきたお前だけはぜっゆる。

 

「おい…パンツ、見えるぞ……」

 

「みたきゃ好きにみれば~。世間も羨むシンデレラのぱんてーだよー」

 

 そんなぐでっと自堕落を表すような感じでだらしなく寝転んでると向い側のソファーで同じくらいボロボロになって体を投げ出してるゾンビ…もとい、アシスタントの“ハチさん”がいつも以上に気だるげな声で窘めてくる。だが、極限状態でなければからかって構って貰おうとも思えるけど、今は心底にどうでもいい内容だったので何なら捲れかけのスカートも放置してもっと深く体重を預けるに留めた。

 

 義務的に言っただけで彼も特に大事には思っていないのかそのままソファーに沈み込んだ。一日中、それこそ現場入りする私以上に仕事が山積している彼はもっとひどい有様で皺だらけのシャツに深い隈といつも以上に澱んだ瞳。トレードマークのアホ毛もいつものハリがない。これで他の娘のスケジュールと仕事の管理や発注も熟しているというのにアルバイトだというのだから世の中分からない。

 

 ちなみに、移動・打ち合わせ・調整・護衛など諸々の事情で一日中私に張り付いている彼の上司二人はもっとヤバいらしい。姿を最近見ていないだけに逆にあの二人がいつ眠っているのかが分からない位に飛び回っているという。化け物かな?

 

 だが、今、私がもっとも不満に思っているのはもっと別の所にある。

 

「いや、違うよ。ちゃうねん。―――私が思い描いていたのはこういう現実的なアレじゃないんだよ」

 

「………疲れてるから茶番なら後にしてくれ」

 

「そういうとこ!! そういうとこだよ、ハチさん!!」

 

 最後の力を振り絞って力強く立ち上がった私が机を叩いて講義するのを煩わし気に手を振るだけの彼に詰め寄って溜まった鬱憤発散ついでに熱弁を振るう。

 

 ほら、こう、もっとドラマティックな感じだと思うじゃん?

 

 病弱な少女が偶然出会った青年を追いかけてアイドルになって、ついにはその頂点に至ったってもうどっから見ても鉄板モノのラブストーリー。それで、最近は会う事もご無沙汰だった想い人がしばらく専属でついてくれるっていうから最初は飛び上がりましたとも。恋敵のまゆや凜、その他大勢に満点ドヤ顔もかましちゃったよ? 甘々な二人の時間が出来たと思う訳じゃん?

 

 ところがどっこい、もうねビックリするくらいにドライでビジネスライクな時間しか流れないわけですよ。というか、二人っきりになる時間とか全然ない。どこに行くにもメイクさんや関係者の人がぞろぞろバンに乗ってセットで動くし、私の移動中と休憩時間はずっと電話や打ち合わせでこの人が仕事してるし……というか、当たり前の話だけどこれどっちかっていうかご褒美でこうなった訳じゃなくて監視と護衛目的でこの人つけられてるだけですわ。

 

 いや、ちょっと――――夢見る少女も擦れた大人になる案件ですわ。泰葉ちゃんかよ。

 

「―――――結論は?」

 

「もっと、甘やかしてください。というか、どっか遊びに連れてけ」

 

 めんどくさそうに掴みかかる私に端的に聞いてきた彼にこっちも即答で応える。ついでにソファーに寄りかかる彼にもたれる様に圧し掛かって小悪魔の誘惑。当ててんのよ?少しは反応しろ。ため息吐くな。

 

「経験上、もう一月もすりゃ落ち着いてくるからその時まで我慢しろよ。というか、遊びに行く余裕があるなら俺は寝る」

 

「あ、それいいね。昔の入院中みたいに二人で一日寝っ転がりながらゲームしていちゃつくのもいいかも。―――というか、ふーん……そんな事いっちゃうんだぁ」

 

「アレはお前が勝手に人の病室に居座ってただけだろ……なんだよ?」

 

「文香さん、心さん、時子様、美嘉、奏―――私が知らないとでも?」

 

 あしらう様に圧し掛かる私をいなして膝の上に寄せた釣れない男の一言にジト目を向ける私に彼は怪訝な顔を浮かべる。そんな彼に小さく、聞こえる様に呟けば彼の体はびくりと小さく震えた。その正直者な男の太ももを抓りながらニッコリと微笑めば、彼は苦々しい顔をして目線を彼方に逃がす。

 

「傷つくなぁ、せっかく血反吐吐く思いでここまで来たのに意中の人が全然違う人ばっか寝る時間も削って慰めに行ってるのにほっぽかれて……ね、どう思う?」

 

「……いや、それとこれとは話が」

 

「そういうの、今いいから」

 

「――――杏か紗南にでもいいゲーム聞いとくわ」

 

「ん、二人で楽しめるいい奴ね」

 

 渋々といった感じで頷く彼に満面の笑みで応えてやると深いため息が返ってくるのが愉快で笑ってしまう。まぁ、今回はここらへんで勘弁してあげよう。

 

 さっきの言った面子だって、それ以外だってライバルが多いのは織り込み済み。その上、こっちは甘くはないと言ったって独占しているのは確かなのだから少しばかり譲ってあげるのが正妻の貫禄というモノ。……ただし、“二人で月見酒なう”とか煽ってきたナンバー2。てめーは駄目だ。

 

 そんなちょっと先のお楽しみを得た所で気も緩まると一気に体に気だるさが戻って来て、瞼が重くなっていく。彼の膝から感じる温もりと、彼特有の香りがソレをもっと加速させていく。だが、本当に久しぶりに味わうこの暖かさが遠のくのが惜しくて子供のようにその睡魔に抗っているとゆったりと頭に骨ばってひんやりしたそれが添えられた。

 

「とりあえず、今はちょっとでも休め。忙しいのも、人気なのも、楽しいのも分かるけど―――お前がぶっ倒れたら元も子もねぇ」

 

「んふふ、それって“アイドル加蓮”の心配? それとも、“病弱な北条”の心配?」

 

 優しく梳かれる手と言葉に、意地悪を言うのは不安だから。

 

 答えは分かってても、声にして貰わないと怖いから。

 

 そんな身勝手な問いにはいつもの様に軽く窘めるようなデコピンだけが答えとして帰ってきて―――それだけで十分に伝わってくるから。私は全身の力を抜いてその温かさに身をゆだねた。ソファーよりも固くて、甘やかすような機能はついてないけど、不器用なぬくもりだけは一級品。

 

 

少なくとも、これを誰かに譲る気にはなれない位にはここは私を癒してくれる。

 

 押し寄せる微睡に彼を感じつつ、朦朧とした意識で言葉を紡ぐ。

 

 

「みてて、 何度だってかがやくから……。貴方とファンがいれば、 何回だって飛んでみせるから―――――傍にいて」

 

 

 その回答は、いつもの様にないけれども―――その悲しそうに、眩しそうに苦笑を漏らす貴方の闇だって払うと心に誓って

 

 

 私は今日も命を燃やし切った自らの灰に孵ってゆく。

 

 

 火の鳥は、何度だってそうして輝くのだろうから。

 




(/・ω・)/評価をポチいいい!!(せつじつ


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【月光も届かぬ世界で休息を】

これでとりあえずは選挙話はいったん区切りです(笑)


 

 

 眩い栄光と無念。希望と絶望。歓喜と悲哀。様々な感情を飲み込みつつも新たなシンデレラを迎えるための祭典は割れんばかりの歓声と称賛に呑まれて終わりを告げた。あるものは抱き合い歓喜に湧き、あるものは唇と拳に力を籠め暴れる感情を飲み干している。

 

 その舞台裏でのみ繰り広げられる世界と、そのイベントが結果はどうあれ無事に終わらせられたことに安堵の息を小さく吐き出してこちらに寄ってくるアイドル達に少しだけ皮肉を込めつつも称賛を送っている最中、多くのアイドルがひしめく中で一人の少女が目に入った。

 

 とある美少女ユニットのリーダーであり、自身も今回の選挙で10位に入った実力者であるその大人びた少女“速水 奏”。

 

 妖艶でミステリアスに振舞い多くの人を魅了しつつも、人知れず誰よりも努力を重ねて“頂点“へと至ることを誓ったあの少女。そんな彼女は自分の同期であり、私生活でもかかわりの深い仲間の栄光を湛えつつ他のメンバーとの喜びを分け合っていた。そんな彼女がこちらの視線に気が付いたのか振り向き、小さく微笑むに留めて他の仲間たちの元へと祝いの言葉を届けに視線を切って他の所へと向かってしまう。

 

 大人びた風貌に反して不安定な幼さのある彼女の今回の結果に感じていた一抹の不安が予想外に外され、肩透かしを食らった気分になる。だが、事務方の悲しい所かイベントの始まる前と終わった後にこそ忙しくなるのが常である。適当に寄ってくるアイドルをあしらっていればすぐさま上司の片割れである緑の悪魔からの招集が掛かり、あっという間に俺の少ない脳みその容量は仕事に上書きされてしまう。

 

 

 だけど、

 

 

 それでも―――あの大人びたようで幼い彼女の事がどうにも脳裏をチラついた。

 

 

-------------

 

 

 あの世間を熱狂させた祭典から早くも一月が過ぎ去った。というか、加蓮やその他上位陣の殺到する仕事と調整とその他のあらゆる問題に対処しているウチに気が付いたらそうなっていた。ありのままあった事を話すぜ。専業主夫を目指していたらいつの間にか社畜バイトになっていたんだ。なにを―――(ry。

 

 といった具合にその間の記憶がない。人間それでも仕事はこなせるように出来ているようで自分が作った分単位スケジュールにドン引きしつつも、夜半の訪れを告げる会社の鐘の音に意識を引き戻されて携帯を確認する。私用携帯はどんな時でもうんともスントも言わないのに、業務用携帯にはこんな時間にでも大量のラブコール。いい加減に小道具の中川君と俺に休みを与えるべきだと思う。アイツ、もう二月以上連続でこの時間以降もメール来てんだけどいつ寝てんの? そろそろ死ぬよ、俺も君も。

 

 そんなどうでもいいものと緊急性の高いものに仕分けして返信しつつ一覧を確認してみるが――――どうでもいい時には送られてくるメール主からのそれがない事に溜息を吐きつつ俺は席を立った。

 

 ボキボキ、バキバキなる体に鞭打ってなんとなく“いるんじゃないかなぁ”的な予感に従いつつ俺は誰もいないはずであろう“レッスン室”へと散歩がてら健康サンダルをぺたぺた鳴らして進むのであったとさ。

 

 

 

 

 誰もいないはずのレッスン室の中である意味予定調和というべきか、一室だけ煌々と明かりを灯している事に深くため息を吐いた。だが、厄介事への徒労とは別に湧き上がるそれは端的に言ってしまえば“ほっ”としたと言えるだろう。

 

 この一月の記憶は過労と寝不足で曖昧だが、顔を合わせても普段通り過ぎて逆にからかいの言葉をかけてきた彼女。間抜けに開いた口からなんと彼女に声を掛けたものか迷いつつも漏れ出た陳腐で薄っぺらい言葉にすら彼女は無難に微笑んで感謝の言葉を漏らすだけだった。それに違和感と虚しさを感じる自分の方がおかしいのは重々承知の上で言うのならば心配していた、というのが一番近い心情だったろうか?

 

 だから――――広々としたレッスン室で汗だくのまま力尽きた感満載で大の字で倒れ込んでいるポンコツ少女に思わず苦笑を漏らしたことで俺はようやく肩の荷が一つ降りた事を感じ、いつもの様な軽口を口づさむ事が出来たのだった。

 

「寝不足はいい仕事と美容の敵だって言わなかったか?」

 

「それじゃ、足りない事が…けっほ、この前に証明、されたじゃない」

 

 満身創痍でなんならえずきながら応える少女の拗ねたような顔に俺は溜まらず吹き出して、彼女に今夜もスポーツ飲料を奢ってやるべく自販機へと足を向けたのだった。

 

 

――――― 

 

 

「思ったよりも元気そうで何よりだ」

 

「散々に別の女を慰めてきた口から言われてると思うと素直に喜べないわね」

 

 3本ものスポーツ飲料をあっという間に飲み干した彼女がようやく一心地ついた事を確認してから掛けた労いの言葉には随分と棘のある言葉が返ってきて、眉を顰めつつそっちを見やれば小生意気に微笑む美少女が一人。何処まで、誰とまでの何々を知ってるか知らんが空のペットボトルを投げつければソレを彼女は愉快そうに避けて、そのまま固い床へと寝っ転がってケラケラと笑う。

 

「残念ながらそんな安い慰めに絆される私じゃないのよ」

 

「……ま、余計なお世話だったならそれが一番だがな」

 

「何言ってるの。今のはさっさと私に優しくしなさいという意味でしょ? ほんとに気が利かないわね」

 

「………意味が分からん」

 

 俺の言葉に平然とそんな風に応える彼女に憮然と答えると彼女は当然のように横に座る俺の腿に頭を乗せて、寝心地のいい場所を探しているのかしばらくもぞもぞして、深く息を吐いた。その様子が実家の愛猫に似ていて少々笑ってしまいそうになるが、一番の違いは彼女が身じろぎするたび薫ってくる蓮の様な甘い香りと少女特有の柔らかな汗の匂いだろうか。ロリコンの気はないつもりだが無駄に心拍数を高めるその匂いを意識の外に追い出してとりあえずは彼女のしたいようにさせてやる。

 

「とりあえず、小生意気を言うくらいには元気があるようで何よりだ。―――あと、総選挙おめでとさん。いい歌だったと、俺は思う」

 

「……言うのが遅いのよ。それと、ありがとう」

 

 軽口に織り交ぜた一月後れの称賛に秘めやかに微笑んだ彼女は柔らかく答えて―――ゆっくりとその手を燦燦と眩い蛍光灯へと伸ばしつつも言葉を紡いだ。

 

「あれだけのメンバーの中でこんな順位に来れた事はホントに光栄だし、嬉しい。でも、悔しくないわけじゃないの……。あれだけの大見え切って臨んだ大舞台。正直、みんなの舞台を見るたびに身が竦んだわ。そんな臆病な弱い自分のお尻を蹴飛ばして本気で、全力で臨んだパフォーマンスは後悔なんて浮かびようのないくらいに全てを出し切れた。それでも――― 一番星はなお遠いわ」

 

 伸ばした手を握ってゆっくりと額に落とした彼女は怒りも、悲しみも、熱意も、失望もあらゆる感情を飲み干して、かみ砕いて――――全てを受け入れた純化したであろう澄んだ表情を浮かべている。その凪のように静かな表情の中で、瞳だけは燃える様に輝いて

 

 

 彼女は静かに、吠える。

 

 

「でも、支えてきてくれた人たちの為にも、全力を出し切ってそこに至った仲間の為にも―――全力で“理想”を追い求めてきた自分自身の為にも。私はこの結果を悔やんだりなんかはしないわ。

 

 一人では感じれなかった“想い”も、“激情”も、“体験”も全ては私をココまで押し上げてきた輝きだから。この結果に文句を言うのはその全てに責任を押し付ける“弱さ”だと思うから。ならば、もっと多くの“想い”を重ねて連ねて―――その全てを引き連れてあの星の向こうにたどり着いて見せる。

 

 この敗北に恥なんてない。スーパースター“速水 奏”と“ファン”と“仲間達”の後世に語られるに足る輝く階段の一歩。―――――精々、その眠そうな目に焼き付けてなさい」

 

 不敵に、眩く―――強く華やかな笑顔で自分自身の言葉を信じ切るその強さに焼き付けろと言われたばかりの目を思わず逸らしてしまった。その光は、生き恥を重ねてきた俺にその輝きはちょっと眩しすぎる。だが、そんな俺にだって得意げに勝ち誇るこの少女にしてやられてばかりでは蚤のようなプライドが傷ついてしまう。だから、俺はそんな輝きが届かない彼女の影にそっと寄り添う事を選んだ。

 

「―――やっぱ、すげぇよお前は」

 

「……急に、何よ」

 

「いや、素直にそう思っただけだ。加えて言うなら―――意地っ張りな妹分への労いってやつだな」

 

「――――――やっぱ、ずるいわ。貴方って」

 

 彼女の不敵な瞳を覆い隠すように綺麗な額に手を添えてその光を遮断する。漏れ出た言葉に不満げな態度を声に出すのを笑って答えれば、ちょっとだけその小生意気な言葉に鼻声が混じり始める。

 

 音もない深夜のレッスン室に“スーパースター”なんかじゃない“内気で臆病な少女”のすすり泣く声が―――静かに木霊する。

 

 彼女は、強い。

 

 それはどこの誰にだって否定なんかさせやしない。

 

 全てを掛けて臨んだ戦いが至らなかった無念に塗れても、自分より上に言った仲間を言祝ぎ、奮わなかった友を慰めて激励を掛けて手を引く。そのうえで、全てを受けいれ前に進んでいく強さを“全て”の人に指し示す―――眩い星だ。

 

 でも、俺はそこに至る前の輝く光の仮面を被る“彼女自身”を知っている。

 

 内気で、怖がりで、漫画に憧れて真似しちゃうちょっと痛い奴で、好奇心旺盛でよく痛い目みて、澄ました顔してポンコツで、B級映画が好きな変な子で―――どこにでもいる優しい女の子だ。

 

 周りが、世界中がその仮面に夢中になったとしても俺だけはその星となる前の少女を知っているから。時刻はとっくに月すら眠りにつく時間の中、今だけはこの涙を見ているのは俺だけだろうから。その背負っている燈を下ろして、一息を吐かせてやってもいいじゃないか。

 

 撫でる様に覆ってやった掌から零れる雫と、名もない少女の声にならない慟哭が静かに秘めやかに漏らされるのを俺はただただ出来るだけ優し気に相槌を打って答えてやる。

 

 

「また、変れ、なかった……」

 

「変ったさ」

 

「これだけ、皆に支えられたのに、応え、られなかったっ!!」

 

「期待に応えられない事が、裏切りにはならないだろーが。お前の姿はファンの目に焼き付いてたよ」

 

「くや、しいの。何より―――みんなの全力や、仲間の輝きが素直に喜べない自分が、汚くて、嫌いっ!! こんなの、取り繕って心の中でイラついて、それでもっ、嫌われたくないから平気なふりをして―――でも、だってっ!!――――――――っ!!」

 

「――――」

 

 

いまは、ただの少女に――――休息を。

 

そう願って俺はその声を――――ただ聞き届けた。

 




(・ω・)評価をぽちっとにゃ……


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【ブラックスワン】

(・ω・)渋でやった”マイナーキャラで書こう”の企画第一段(笑)


 

 不夜城と呼ばれるほどに燈が途絶えることのないこの346事務所でも夜半を過ぎれば光が目立つ程度には静寂と暗闇がひっそりと染みこみ、体を冷やすような静けさが響くようになる。そんな中でようやく山済みの書類を片付けてボキボキなる体をほぐしながらも帰途につこうとしていると事務所に併設されているレッスン室の一つに明かりがついているのが目に付いた。居残りだのなんだのの連絡は記憶の限りでは受けていないので、勝手に誰かが居座っているらしい。

 

 ただでさえ今日はごたごたが続いて疲労が蓄積した脳みそで確認すべきか、しまいか暫しの逡巡を経て―――俺は小さくため息を吐いて足をその部屋へと向けた。

 

 見なかった振りをして帰っても業務時間外の事を咎められやしないだろうが、時間が時間だ。未成年なら大問題。成人でもこの時間に一人で“アイドル”を帰すには憚られる。事が起こってから対処するには面倒が大きすぎる。だから、その被害を減らすために声を掛けたとかなんとか誰にするのかもわからない言い訳を重ねつつその部屋の扉を開いた――その先に、黒い羽が舞っているような幻覚を目にした。

 

 張りつめた空気に伸びやかに鳴らされる伴奏。ソレは普段耳にするアイドル達の明るく温かさを感じさせるものではなく重厚で洗練された音色。その中で、しなやかに、伸びやかに―――それでも、真剣のように怪しい光と切り裂くような怜悧さを感じさせる優雅な肢体が艶やかに舞う。

 

 黒いレオタードとレギンススカートに身を包んだその身体が表す舞は人でありながらも人ならざるモノを幻視させる程に洗練されていて、無表情を装っているその奥には誰よりも深い感情を感じさせられて思わず呼吸もすることを忘れてそれに魅入られる。

 

 激しく、烈しく、優美に。

 

 言葉で語られることのないその計り知れない熱情と秘められた超絶技巧であろうその舞。それに俺は、かける言葉を失ってただただ赤毛をまとめ上げた黒鳥が成すその煌めきを間抜けのようにソレを見届け続け――――やがて、苛烈な振り付けを全て踊り切った事によってフィナーレを迎えた時に掛けられたその声に意識を引き戻された。

 

「覗き見とは随分と躾けのなっていない“鴉”ね」

 

 触れれば壊れそうな程に繊細で美しい顔を繕っていた彼女“財前 時子”が呼吸を一つ挟んでいつもの高圧的な声と、嘲るような冷たい冷笑を掛けてきた事でソレが間違いなく自分“比企谷 八幡”の知っている人物であることに相違がない事が分かって、俺は詰めていた息を小さく吐き出していつもの様にその声に応える事がようやくできた。

 

「こんな時間に無断でレッスン室を占領しているお前に言われた義理じゃないな」

 

「相も変わらず減らない口だわ」

 

 そう面白くもなさそうに鼻を鳴らした彼女が無言で腕を組みこちらを何も言わずに睨んできたので俺はいつもの事だとため息を吐いて、彼女の元に折り畳みのパイプ椅子と併設されている冷蔵庫から彼女の物であろうと思われるスポーツ飲料を甲斐甲斐しく用意してセッティングしてやる。

 

 それを当たり前のように受け取り短い労いを掛けた彼女はどっかりと座って優雅に喉を潤す。ファンやそういった筋の人達からすればそういった傲岸不遜な態度こそがご褒美で“ぶひい”なんて喜んじゃうのだろうが、あいにく俺はその筋ではないのだ。とはいえ、この迫力に相対してまで歯向かおうと思う程に心が若くないのでしずしずとその斜め向かいに自分のパイプ椅子を設置して腰を下ろす。

 

「………なに自然に座ってるのかしら、この鴉」

 

「戸締り確認して仕事を終えるのも社会人の基本なんだよ。という訳でさっさと着替えて帰る準備をして貰えると助かるんですけど?」

 

「私に指図するとは随分と偉くなったものね。小娘たちに持ち上げられて勘違いしたのかしら? 再調教が必要?」

 

「いつ俺が調教されたんだよ…。まぁ、時間も時間だ。置いてくわけにもいかんから、お前の迎えが来るまでは付き合ってやってもいい」

 

「……勝手にしなさい」

 

 疲れたように溜息を吐いた彼女はその体重をゆっくりと椅子に預けて静かに、深く深呼吸をする。よくよく見ればその均整の取れた体に張り付くレオタードは汗がじっとりと滲んでいるし、彼女の足は本当に微細ながら痙攣の様な震えを起こしている。さっきの舞いを見ていればそれだけ激しく体力を消耗しきっていたのだろう。それこそ、俺の目なんてなければその場で倒れ込んでしまいそうなくらいには。

 

 普段から高圧的なこいつの言動からは想像もつかないだろうけれども、コイツは案外に自分の事は自分でしっかりやる。なので、ファンに命じるのはソレが“ご褒美”であると分かっているからだし、そうでない時に命じるのは限界が近い時に弱みを見せない時の特徴だ。

 

 そんなめんどくさいお嬢様に苦笑を零しつつも、俺は彼女が回復するまでの暇つぶしに気になった事を問いかけてみる。

 

「さっきのってなんていう演目なんだ?」

 

「無知もココに極まれりね。……3大バレエの一つ“白鳥の湖”よ。“愚かな男”と“愚かな白鳥”のありきたりな悲劇。それでも、これを舞台のプリマとして踊るには多くの努力、才能、犠牲を伴うわ―――人生を損なう程」

 

「………それが、昼間に綾瀬と揉めた理由か」

 

「夢見がちな子豚に現実を教えてあげただけよ」

 

 俺の問いに分かりにくいながらも答えた彼女に苦笑を漏らしつつため息を吐く。

 

 今日の昼頃、レッスン中に時子と綾瀬が揉めたらしい。というか、揉めたというレベルでもなく時子がけちょんけちょんに言い負かして綾瀬が大泣きしながら走り去っていったくらいだ。―――うん、よりまずいね。

 

 原因はトレーナーさんに聞いても、コイツに聞いても言い渋った為に結局はフォロー等はあいつ等に任せて、スケジュールの調整やら各所に頭を下げに行っているウチにこんな時間になっていたので詳しい事情は分からないが、今の一言でなんとなく察してしまった。

 

 冷やしたタオルで目を覆っている彼女が、まだ猫を被ってお嬢様然としていたあの頃。彼女のおじと名乗る人物が語った言葉に確かに含まれていた言葉。そして、その時に彼女が微かに浮かべた表情。

 

“海外のバレエでそこそこにいい所までは行ったが、足のケガで台無しになった出来損ないだ……まあ、アイドル程度ならこなせるだろう?”

 

 その後の彼女の苛烈な手管であの男を社会的に追い落とした瞬間までが強烈で忘れかけていたが―――あの時に、彼女は確かに悔しそうに眉を寄せたのを俺は見ていた。少なくとも、海外にまで留学して有名な劇団のプリマにまでなった人間がそんな事を言われて平気な訳がないし、ソレをバッサリと過去の事と切り捨てられる程に彼女は乾いた人間でない事も短くない付き合いで俺は知っている。

 

 ならば、最近までバレエ一筋だった少女との間に起きた諍いとやらも予想には難くない。

 

「……あの世界は才能があろうが表現の幅を広げようが、全てを注ぎ込んでも全く足りない地獄よ。比喩でもなく、そんな地獄の世界で笑って死んで行ける人間だけが偶然と幸運で舞台にようやく立てる。

 

――――あの子の実力や技術は、きっとそれに『引っかかる』レベル。更に悲惨なのはそれが上手く噛み合ってしまった時よ。ここのように緩やかな成長を待ってなんてくれない。プリマになった瞬間に“女王”として圧倒的に存在しなければならないの。

 

 それを追い落とすために後輩や同期。周りのスタッフすらも敵になりえる。そんな世界に一人ぼっちで耐えて、君臨して――――躓いたら一瞬で食い散らかされて二度と日の目は見れない。そんな世界にココでもトップに立てていない人間が再挑戦しようだなんてお笑い草だわ」

 

 タオルで覆い隠したその瞳に何を思い返しているのかは分からないが、彼女の零すその生々しい怒りや憎しみ。無念と憐憫を加えたその言葉は、“女王”であり“先達”であり―――“友人”としての彼女の心からの助言だったのだろう。

 

 バレエの世界に限らず芸能界だってそう変わりはしないだろう。むしろ、ここが異端なのだ。競いもする、争いもする、他所から嫌味だって言われる。だが、貶め合う事もなく真っ直ぐにぶつかるお人好ししかここにいない。そんな世界からまた地獄に戻ろうとする後輩を心配した善意の心。

 

 だが、それは綾瀬からすれば侮辱以外の何物でもない。

 

 人生の全てをバレエに掛けてきた彼女にとって、“芯”はそっちなのだ。

 

 そもそもが表現方法に詰まってここへ来た少女が新たな表現を見つけてもう一度、その道に挑戦したいと思うのは至極当然の帰結でもある。かつて、頂点に至ってその景色を見た者の絶望は―――夢を追って駆け上がるものには得てして届かない。

 

 だから、この話は平行線。

 

 トレーナーさんが言いよどんだのも納得だ。どっちの言葉も深く理解しているからこそ、ましてや、これからの方針に響くようなことを仮にもプロダクション側にいる俺に聞かせる事で事態が大きくなることを嫌ったのだろう。そこまで配慮するならこうなる前に止めて欲しかったというのは少し酷な要求だろうか?

 

 そんな身勝手な独白を重ねて俺は小さく苦笑を零した。その瞬間に時子がねめつける様に睨んでくるのにまた笑いは大きくなっていく。

 

 いい女だな、と思う。

 

 気高く、強く、誰よりも自分にも他人にも厳しい癖に――――こうやって諍いがあった相手に対してだって心を砕いて怒りを燃やす“優しい女”だ。

 

 だから、俺は真っ直ぐにその目を見返して答える。

 

 半端者の臆病な小鬼でも、それに背くわけにはいかないと思えたから。

 

「なら、お前が味方でいてやれよ」

 

「あぁん?」

 

 ドスの効いた唸り声も細い瞳孔も今日だけは可愛げがあって面白い。

 

「世界を見てきたお前が教えてやれよ。言っても聞かないってなら、お前の“アレ”を見せて分らせてやれ。そんで―――足りないものを教えて、導いて、くじけそうな時にはけつを蹴飛ばしてやれよ。そんで、ここじゃない世界でアイツがどこまでやれるか見守ってやれ」

 

 子豚の調教はお手の物だろ? なんて厭らしく笑って言葉を紡ぐ俺に彼女は―――握っていたタオルを顔面目掛けて思い切り投げつけてきた。微かな蘭の匂いを含んだ柔らかいソレを意識しないように顔から外せば――――そこにはこちらを見降ろすように立ち上がった彼女がまとめていた髪を解いて、いつもの不敵な顔で頬を歪めている。

 

「最初から、そのつもりよ」

 

「だろうな」

 

 この話の大筋を聞いた時から、なんとなく察していた。

 

 なぜ、人目を忍んでこんな時間に一人レッスン室を占拠してバレエを踊っていたのか。

 

 優しく語り聞かせるなんてこの部署には似合わない。

 

 分からせるなら、実力でぐうの音も出ないくらいにぶちかましてやるのがココの流儀だ。

 

 粗であり、野であるが―――卑ではない。漢らしさが俺より溢れるこの事務所の事だ。言っても聞かないなら勝手にやりあって貰おう。ソレが、脳筋なこいつ等には一番わかりやすく、一番にいい結果を生む事だろうから。

 

 

 だから俺は―――明日以降のこいつらに別のレッスン時間が取れるように調整するために書き直したばっかりのスケジュール表の調整を黙ってすることにしよう。

 

 

 それくらいは、ただの社畜アルバイトにもできるだろうから。

 

 

 不敵に、傲岸不遜に微笑む女王様におどけて俺はかしずいて―――小さくこいつらの未来を願ったのだ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

おまけ①

 

ポジパ「「「時子様実は優しい説の実況かいせつーーー!!(イェーイ)」」」

 

時子「……おい、鴉。早くこいつらを締めなさい」

 

八「ライブツアー終了直後でリミッターが外れてるから無理だな…。おれ、報告いってくるから適当に付き合ってやってくれ(すたすた・寝不足」

 

時子「ちょ、おまっ!!」

 

未央「第一だん!!!! “時子様の絵本読み聞かせ会の巻―――!!”」

 

ポジパ「「イェーイ!!!!!!」」

 

時子「やめろおおおおおおお!!」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

おまけ② 酔った時子様はカワイイ?

 

時子「昔、母になんであんな鉄扉面と結婚したのか聞いたことがあるわ(泥酔」

 

八「……はぁ」

 

時子「笑った顔が可愛かったそうなのだけど―――同じ顔の私が笑っても、そうはなれそうにないわね(ニッコリ」

 

八「………………いや、素質は、ありかと」

 




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【心の在り方】

(・ω・)渋でやった”マイナーキャラ”第二弾(笑)


 

=あらすじ という名の キングクリムゾン=

 

 

比企谷 八幡 男 21歳

 

 とある芸能事務所の社畜アルバイト。過労残業、子守に人生相談。果てはぶっ刺されたりもする苦労人だが、なんだかんだお人好しなせいで今日も彼は給料分以外にも頑張る。

 

 夢は専業主夫のクズ。

 

 

 喜多見 柚 女 15歳 

 

 ノリと好奇心から武内Pに自ら売り込みそのままアイドルになったギャル。新たな世界への経験と愉快な日常からやがて本気で“アイドル”を目指すようになったが、そのせいで通っている高校の部活動のバドミントンがおざなりになってしまったがゆえに部内のメンバーから『バドミントンかアイドル』の二択を迫られてしまう。

 

 その結果は次に控える関東大会で判断するという条件を課せられてしまった彼女は迷い、悩み、葛藤を抱えつつもとあるアルバイトに背を押され――――その日を迎えた。

 

周りの予想を覆し続けての快進撃を続けた彼女はついに決勝戦へと至り、誰もがその最後の試合のゆくえを固唾をのんで見守ったのであった。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 世界がゆっくりと流れる。

 

 滴る汗が、吹き抜ける風が、零れる熱い吐息が――体に触れる全ての感覚が研ぎ澄まされて全身の皮膚を脱ぎ捨てたように鋭敏に全てを捉える。

 

 そんな世界で、空気が弾けるような音が響く。

 

 純白の羽。摩擦で微かに焦げたような熱を帯びた弾丸。

 

 時速350キロで駆け抜けるソレも、今はなんだかゆっくりと見える不思議な感覚。だが、普段からのんびりやな私でもあんまりぼんやりとしていては追いつけなくなってしまうので軽くステップを踏んで、その勢いを殺さないままにグリップに伝えて返してあげる。

 

 再び空気の弾けるような小気味のいい音が鳴り響いて、手から芯に伝わる心地いい痺れの余韻に浸ったまま偶然に対戦相手の顔が映り込む。渾身の一撃だったであろうソレをあっさりと返された事への困惑と焦り。―――そして、積もってゆく疲労に隠せなくなってきた辛さに歯を食いしばった。

 

 それを見て“勿体ないな”なんて他人事のように思う。

 

 空はこれ以上ないくらいに澄み切っていて、トンビは呑気に鳴いている。気温も蒸し暑くなってきた最近には珍しいくらいにカラッとして心地いい。そんな最高のバドミントン日和なのに、辛気臭い顔を浮かべるなんて。―――――もっと、楽しめばいいのに。

 

 相手が強く踏み込んでスマッシュを打ち込む。

 

――――――きらりちゃんのはもっと重かった。

 

 返された羽を追いかけ、獣の様なバネでソレを拾われた。

 

――――――悠貴ちゃんはもっと軽やかだった。

 

 一転してネット際を責める繊細なテクニックを出してきた。

 

――――――木場さんはネットの上に乗せて見せたよ?

 

 雄たけびを上げて身体に残った最後の力を振り絞っている。

 

 ――――――茜ちゃんはスタミナ切れなんて起こさなかった。

 

 全国大会の優勝候補だというその選手の全てがどうしても身近にいる怪物の様な能力を持った仲間たちと比べて見劣ってしまう。その全身全霊を全て真っ向から柔らかく受け止めて、返しているウチにようやく気が付く。

 

 別にアイドルをしているからって――――バドミントンを捨てたわけではないのだと。

 

 これだけ体が持っているのはマストレさんの地獄のメニューを日常的に受けているからで、こんなに遠く軽く飛べるのは何万回と繰り返して数時間に及ぶステージを踊り切るために無駄をそぎ落としたから。

 

 これだけ感覚がゆっくりと鋭敏になっているのは何万人の人達の反応と熱狂を受けてそれに応えようと見続けてきたからで、こんなにも心が軽いのは――――支えてくれる仲間がいてくれるからだ。

 

 呼吸すら戸惑う張りつめた会場の中で、おかしな変装に身を固めてあわあわと心配そうにこっちを覗いてる不審な集団。普段から何も考えてないんじゃないかってくらいに好き勝手に生きてるくせに、それと同じくらいに他人にもその熱をまき散らして誰も彼もを引っ張っていくお節介な人達。そして、―――歩くのに疲れて陰に沈み込みそうな時にそっと押し戻して寂しげに、羨まし気に苦笑いをするひねくれもの。

 

 不審な集団に紛れて突っ立ている彼は、興味もなさそうにこちらを見ている。

 

もうちょっとくらい愛想のある表情をしたらいいのにとちょっとだけの不満と、そのらしさに自然と頬が緩むのを感じる。

 

“いつも通り好きにやりゃいいだろ―――でもって、高みの見物決め込んでる奴らに思い切りぶちかましてやって来いよ”なんて人ごとのように送り出したその暗い瞳に宿った微かな熱と、意地悪な信頼。

 

 いつも口から漏らす紫煙の様に掴みどころのない彼が見せた一瞬だけの素顔。

 

 ええ、ええ、見せてやりますとも。

 

 なんたって、わたくし“喜多見 柚”は楽しい事と同じくらいに、好奇心だって旺盛だ。その底の見えないもっと奥にある表情だって知るためならそれくらいは、関東大会くらいはまるっとずぱっとおちゃのこさいさいで熟して見せてあげましょうとも!

 

 密かに胸に宿った試合に対するものとは違う別の熱を感じつつも私は力尽きたように空高く上がった羽に向かって負けないくらい高く跳んで―――――――どこまでも続く晴天の先にまで響き渡る快音を打ち鳴らした。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「で、なんで関東チャンピオンがこんな会社の庭で緩いバドミントン大会を開催してんだ?」

 

「およ? 思ったよりも来るのはやかったねー、ハチさん」

 

 初夏の兆しが見え始めた日差しで青々とした植栽が木陰を揺らし、柔らかな芝が過労で睡眠不足気味の頭に緩い睡魔の誘惑を仕掛けてくる中で事務所に総務課から掛かってきたクレームの主原因である“喜多見 柚”が悪びれなく手を振ってくるのに俺はガックリと肩を落とさずにはいられなかった。

 

 先日のプライベートでの問題以来、随分と沈んだ顔しか見ていなかったのでこうして元気が戻ってきた事には素直に喜ぶべきなのだろうけれども―――俺の仕事を増やすつもりならば容赦はせん。

 

吐き切ったため息を吸い込んで小言を繰り出そうとした瞬間に広場となっているスペースから大歓声が上がって、そのタイミングを逃してしまう。

 

 声に引かれて視線を向けてみればどこから持ってきたか分からんネットを棒に括りつけ張って作った即席のコートの中では森久保と卯月が接戦を繰り広げていて、ソレの周りにはレジャーシートを敷いてピクニック気分でソレを観戦してる奴らや、やんややんやと声を張り上げ応援をしたりしている。―――――おい、ギャンブラー。なんで胴元になって掛け試合にしてるんだ。早苗さん、コイツです。

 

「でへへ、声かけたら意外と集まってさー。こんな天気のいい日は外で遊ばないとね!」

 

「そのせいでクレームが上がって来てんだよ。さっさと畳め」

 

「休憩施設は所属してる私達だって使うけんりがあるので拒否しまーす」

 

「ソレを占領すんなってお達しだ」

 

 “大人ってめんどくさーい”なんてまるで反省の素振りもないままケラケラ笑って寝っ転がる彼女にデコピンを一つかまして俺も芝に腰を下ろした。

 

 目の前では全力でやってるのだろうが何故か微笑ましい熱戦を繰り広げる二人に、多少は邪な物も混ざってる楽し気な応援。ソレを肴にのんびりと初夏の陽気を楽しむピクニック勢。その他にも、昼寝やら追いかけっこやらと随分と自由に長閑にお過ごしな様子にこちらも毒気を抜かれてしまう。

 

 背中を木に寄りかけながら、なんとなく余計な事を嘯いた。

 

「………部活、辞めて良かったのか?」

 

「ん、もともとが趣味だったからね。部活にこだわる必要もないよ」

 

 結局あの試合のあと、揃って頭を下げる部員たちに喜多見は部活を自主的に退部する旨を伝えた。関東大会を優勝したコイツがその場で退部するという事でかなりの騒動になったが――まあ、それはどうでもいい。ただ気がかりなのはこいつがその選択に負い目を感じたり、試合前にズルズル引きずっていた余計な事に引っかかって無理やり出した答えではないかという事だけが気になっていたが聞けずにいたのだ。

 

 だが、あっけらかんと答える彼女にそんな陰りはなく、むしろ、清々したような表情でそういうものだから―――まぁ、大丈夫なのだろう。そう思う事にして細巻きに火を着けて雲に流した。

 

「私って昔から楽しい事が好きでさ、こんなふうに友達とワイワイ出来るだけでよかったんだ。だけど、変に才能があったし、たまたま家が近い学校受けたらバドミントンの強豪校で“お遊びは許さん!”みたいになった時から違和感があってソレが、最後までかみ合わなかったてだけ。だから、―――みんなと真剣に馬鹿をやれるこっちの方が今は心地いいんだ」

 

「―――そうかい」

 

 俺の燻らせる煙を目で追いながら朗らかにそういえる彼女が眩しくて俺はそう答える事しか出来ない。そうして、お互い何も言わずにぼんやり森久保VS卯月の試合を見ていると喜多見が思い出したようにこちらに視線を寄越して、何気ない事のように口を開く。

 

「そう言えば、八さんって運動神経いいんだっけ?」

 

「あ? まぁ、たまに体は動かす程度だな」

 

 脈絡のない会話に首を傾げつつも考えてみるが、まあ、戸塚とのテニスは毎月何回は行くようにしてるし、ステージ設営の手伝いや体力の有り余ってる奴らと日々戦闘しているのでそこまで体は鈍ってはいない部類だろう……そのはず。

 

「ふーん、……じゃあ、今から私と一試合行こうよ!!」

 

「無邪気な顔で何言ってんだお前。止めに来たつってんの分かる? 受験を控えたJCの読解力が思ったより低くて背筋が冷えるまであるわ」

 

「んー、そんな事いって負けるのが怖いんじゃないの~? 大丈夫、ちゃ~んとハンデで利き手じゃない方でやったげるからさ!!」

 

「だーかーら、………おまそれっ」

 

 聞き分けのないクソガキが肩をがっくがく揺らしてくるのを邪険に扱っていると厭らしい顔でにやける喜多見がポケットから一枚の紙を取り出して突き出してくる。その忌々しい紙はいつぞやチッヒが全アイドルに配ったとかぬかした“我儘チケット”なるものだった。

 

「これ、そのお願いを聞くだけで消費してあげる♡」

 

「………いいだろう。テニプリ全巻読破した男の実力を見せてやる」

 

「八幡バズーカ?」

 

「ばか、零式とゾーンの同時解放のカッコよさを知らんのか」

 

 会社の規定より忌々しい呪縛解除の方をあっさり選んだ俺は入念な準備体操を行い、ラケットの素振りフォームを確認する。テニスもバドも変わらんしへーきへーき。あと会社からの苦情無視もいつもの事だからへーきへーき。

 

「――――せっかくだから、掛け金上乗せしたほうがもりあがるでしょ?」

 

「あぁ? 別にいいよ。そのチケットを処理できるなら」

 

「んー、欲がないなぁ。 勝ったら、どんなお仕事でも10個全部受けてあげるよ。継続企画も可」

 

「……乗った。 こっちのチップは?」

 

 

「んー、あんま無茶なのも可哀そうだし―――――――今度の週末、遊びに連れてってくれるだけでいいよ♡」

 

 

 大した要求でもないのに、なぜか背が震えたのはなぜだろうか?

 

 

 というか、何でみんなこっちを一斉に見てるんだ?

 

 

 よくわからない要求と寒気に首を傾げながら――――俺たちはネットへと足を進めた。

 




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泣けない小鬼 と 壊れたチャシャ猫 は 愉快に嗤う 前

はっぴーばーすでー、哀れなチャシャ猫


 当たり前の話だけれども、この世に魔法なんて存在しない。

 

“空気からパンを生む”なんて呼ばれるハーバーボッシュ法って奴がその最たる事例と言っていいだろう。どんなに荒唐無稽な話だって、魔法の様な御業だって、タネも仕掛けもあって―――すべては精密で奇跡の様な方程式に乗っ取って形作られている事が明らかになって随分と長い年月が過ぎている。

 

 だから、俺は思うのだ。

 

 ギフテッドなんて御大層に呼ばれ、実際にこの先に彼女の様な人間は現れないとまで言われるあの少女が行う荒唐無稽で、破天荒で、気が狂ってるように思われる行動の全ては常人の俺らには想像もつかない理路整然とした思考回路の結果なのではないかと。だから彼女は時折、その孤独に耐えかねてこうして姿をくらませて――― 一人で蹲ってしまうのだろう、とも。

 

「いい加減に失踪するときは行き先を事前連絡してもらえると助かるんだが、一ノ瀬」

 

「……それは失踪とは言わないんじゃないかなぁ、と志希ちゃん思ったり」

 

 霧雨がけぶるヒヤリとした都内の寂れた公園で揺らぐ紫煙と、呆れたように苦笑を含んだ反論が気だるげな空気に溶け込んで、雨がその余韻を静かに押し流していった。そんなどうでもいい感慨の余韻を味わいながら俺“比企谷 八幡”はもう一度、紫煙に溜息を混ぜて吐き出し、小汚いベンチに雨に晒されるまま膝を抱えている彼女“一ノ瀬 志希”の隣へと腰を下ろした。

 

「で、なに?」

 

「なに―――と聞かれてもなぁ……」

 

 何をするでもなく、ぼんやりと隣に座る俺を眺めた後に興味もなさそうに視線を薄暗い雲へと戻した彼女が投げ抱えてきた問いにどう答えるべきか俺には分からない。

 

 分からないからこそ――――俺はここに来たのだ。

 

 そんな半ば投げやりな思考の中で彼女に習って、暗く重い雲を連ねる空を眺めつつこんな辺鄙な事をする羽目になった経緯を思い返す。

 

 

――――――――――――

 

 

 事の始まりは、普段見ないくらいに笑顔を湛えた栗毛色の天才美少女“一ノ瀬 志希”が誰もいないはずの早朝の事務所の前で俺を待ち構えていた事から始まる。

 

前日はてんやわんやなトラブル続きでその処理とリカバリーの為に事務方総出で残業し、遂には帰宅を諦めて仮眠室で全員が睡眠を取るような事態になっていた。そのせいか体は泥のように重く、瞼はくっついて離れてくれなさそうなくらい満身創痍。それでも、生活リズムとは恐ろしいものでニコチンが切れたと同時に目を覚まし、ゾンビよろしく事務所に置き忘れた喫煙セットを取りに行った時に鉢合わせたのだ。

 

 なんでここに、とか。レッスンは午後からだぞ、とか色々と思う事はあったがそんな事より体がニコチンを求めていたのでおざなりな朝の挨拶だけをすまして室内に入ろうとした時にその手を取られ、笑顔のまま問いかけられた。

 

『……約束、覚えてる?』

 

 問われた言葉に本気で意味が分からず首をひねってしまった。約束? 相手と自分でこうしようと取り決めた事柄。それ以上に意味はなかったとは思うし、彼女と自分の間でそんな事を取り決めした事はあっただろうか? その上、お互いそんなものを交わして律儀に守り合う様な立派な人格は持ち合わせていないので、それを結ばない程度には賢かったと思っていた。―――そんな彼女が零したその意味が本気で分からなかったし、思い出せなかった。

 

『ん、―――分かった』

 

 そんな俺をちょっとだけ猫のように目を細めて眺めた彼女は短くそれだけを言い残し、俺の手首を解放した。その一連の行動におかしな部分はなかった筈なのに、どうにも首筋に寒気を感じてその手を取り直そうとする前に彼女はしなやかな動きでソレをかわして俺に背を向けてしまう。

 

『君がそうだっていうなら―――そうなんだろうね』

 

 それだけを言い残して振り返りもせずに彼女は朝焼けに染まる城の廊下を歩いていき、その光の中に消えていった。それが、何を指しているのかもどういった意味なのかも分からぬまま見送った俺はただ頭を掻くことしかできずに事務所の扉を開け――――その惨状に唖然とした。

 

 滅茶苦茶に荒らされ、破られた書類とファイル。カッターと思われるようなものでブサブサに切り裂かれたソファーや椅子。その上に、陶器やガラス類は粉々に叩き割られ―――――俺のデスクに深く刻まれた一言に息を呑んだ。

 

 

“Screw you!!(くたばれ!!)”

 

 

 容疑者にはさっきすれ違ったばかりで、表情も笑顔だった。何がどうしてこんな凶行に走ったのか全く思い至らないのでそれが更に俺の困惑を誘う。あのサイコパスとすら思われている変人少女。だが、実際はそんな事はない合理主義の塊であることを俺は知っている。ギフテッドと呼ばれるケミカル関係は言わずもなが、ゲーテもロシア文学や演劇。心理学や数理、建築、美術と全ての知識を幅広く収めた彼女との会話はそれら全てに振り回されるのではなく、自分の知識の一端として取り扱う術を心得た異次元レベルの知識人であった。そんな彼女がココまで幼稚な嫌がらせに走った理由が分からず、謎は深まるばかりである。だが、この滅茶苦茶になった状況を解決するキーワードを彼女は確かに最後に残していった。

 

“約束”

 

 身に覚えのないその言葉こそが彼女が残した最後の糸であることを信じつつも―――俺は引出しから無事だった細巻きを取り出しつつもう一回ない頭を捻らせた。

 

 

 なんのこっちゃい?

 

 

 滅茶苦茶すぎて逆にすっきりした事務所とこの後に新たに出来た“掃除”という業務の段取りを考えつつも俺は風通しのいい事務所で紫煙を燻らせた。

 

 

--------------------

 

 

 一服を済ませた俺が他の事務方上司と同僚を起こして報告を済ませると一様に全員が頭を抱えて深くため息を漏らした。昨日の修羅場を乗り越えてのこの惨状にその心労は推し量れない……と、同情をしていると全員がジト目でこちらを睨んでいる事に気が付いた。

 

「……なんすか?」

 

「比企谷さんは、昨日が何日かご存じでしょうか?」

 

「? 昨日は、5月30日ですね」

 

「………そのほかは」

 

「……………ゴミゼロの日とか聞いたことが」

 

 おい待て。なんで揃ってため息ついたんだ。まるで俺が察しの悪いかのような反応は実に遺憾である。他に何があるっていうんだ。そんな俺の反論は誰も取り合ってくれずにまるで邪魔者かのように俺を事務所から追い出しつつ、ここのボスである偉丈夫“武内さん”が眉間を揉み解しながら短く俺に告げる。

 

「貴方だけの責任ではないのは重々承知の上ですが、今回の原因は貴方と彼女の“約束”とやらが主だと思われます。少なくとも、我々が出張ってどうにかなるものでもないと判断しましたので―――今日は彼女との問題解決を最優先業務とさせて頂きます」

 

「……その心当たりが全くないんですが」

 

「おそらく、昨日の彼女の足跡や友人達に聞けばすぐ判明するかと。それでも、分からない場合は―――本人に聞くのが一番ですね」

 

 “回りくどい事をすると拗れるのは自分達を見て承知でしょうから”などと苦笑と共に俺を送り出した武内さんになんとなく納得できない気持ちをこさえつつも小さくため息を吐いて俺は事務所を後にした。

 

 なら、最初から本人に聞くかと思って送ったメールも電話も音信不通。各自が開いているSNSすら更新はなく、とある糞雑魚メンタルみたいに荒れていない事にほっとするべきか行き先のヒントがいつもの様にない事に頭を悩ませるべきか微妙な所である。そんなにっちもさっちも行かない状況でついには天気までご機嫌を損ね始めてきたのでやるせなさは増すばかりである。

 

 本日、何度目かも分からないため息を吐いて携帯をポチポチ。普段は目上からの助言なんて疑うばかりで実行しようだなんて思いもしないのだが、今日ばかりはそれに従うしかない。一ノ瀬宛の連絡先を閉じて、次に開くのはとある大人気アイドルユニットのリーダー様の連絡先。普通の大学生ならそれこそ魂を売り渡してでも欲しがるそれは一回、二回とコールを重ねるたびに俺の気持ちを重くしていく。

 

『………用件は分かっているけど、今回ばかりは協力したくない気分ねぇ』

 

 しばしの呼び出し音を挟んだ後、のっけから攻めるような雰囲気をひしひしと感じさせる人気アイドル“速水 奏”の声がふかーい溜息と共に漏らされた。“大丈夫? そんな溜息ばっか吐いてると俺みたいに幸せ逃げちゃうぜ?”なんてお道化て聞いてみると本気で怒ったような雰囲気が返ってくるので粛々と居住まいを正して聞く姿勢へとシフトした。最近のJKは少しカルシウムの摂取が足りてないと思う今日この頃。

 

『朝まで待ってたのよ、あの子。―――貴方をね』

 

「………なんで?」

 

『…………嘘でしょ。まさかそこから拗れてるの貴方たち?』

 

 しみじみと返された返答はやはり要領を得ないもので当たり前の事を聞き返したのだが、今度は電話越しでも天を仰いで言葉を失っている事が分かる絶句が返ってきた。その後ろに控えているであろう他のメンバーからも似たような事を嘆いている雰囲気が感じられるが、―――いい加減に当事者を乗り越えて勝手に納得するのは辞めて欲しい。こっちも暇ではない身でこんな茶番に巻き込まれているのだから、いい加減にサクッと解決してもうひと眠りにありつきたいのだ。

 

「もう埒が明かないから単刀直入に聞くぞ。――何に拗ねてるんだアイツ」

 

『貴方がっ! 行くって約束した誕生日を何の連絡も無しにほっぽり出した事が原因に決まってるでしょう!!』

 

「………はぁ?」

 

 思わず、間の抜けた声が漏れ出てしまった。まったく予想外の返答と、記憶の片隅に残っていた微かな記憶の断片がそれによって思い起こされた。だが、それすらもどうしてそんな結論に至ったのか分からないようなやり取りだったのだから――俺を責めるのは少しお角違いな話ではなかろうか?

 

 昨日のトラブルが立て続けに起こる業務の中で人の背中にのしかかってきた一ノ瀬が零した“今日のバースデーは今までで一番楽しくなりそう!! 君も当然来るよね! 来るの!! 来なさい!!!”だなんていつもの様にノー天気に零すものだから、“行けたら行く”だなんていつものごとく適当に返したのだ。

 

 当然のごとく、ボッチでもなくとも日本人の皆様にはなじみ深いであろう日本式“Okotowari”の常套句である。それに何より、忙殺されるクソ忙しい時期にそんな数分にも満たないやり取りを真に受けているだなんて思ってもみなかったので上機嫌に事務所を去っていく彼女を見送ることも無くその記憶はあっという間に記憶の奥底に埋もれていってしまった。

 

 というか、俺が嘘を吐いた訳じゃなくない? 文字通り、行けなかったから行かなかったのだ。文句を言われる筋合いもない―――『的な事を考えてるんでしょうけど、今回の件に関しては私達は志希の味方だから。解決するまで“LIPPS”が活動を再開する事はないと思いなさい』―――先読みで更に脅迫まで掛けられた。悟りかよ、このキス魔。

 

 

『………本当に楽しみにしてたのよ、あの子。お開きにしようって言っても一欠残したケーキの前で“もうちょっとで来るから”なんていって朝まで黙って貴方を待ってたの。そんなあの子に、その仕打ちは―――ちょっと酷だわ』

 

 

 さっきまでの剣幕は鳴りを潜め、一変して切なげにそういう彼女はそれだけ言い残して通話を一方的に切ってしまう。無機質な音だけを漏らすその役立たずな携帯を眺めてしばし、深くため息を吐いてしまう。

 

 誕生日? 誕生日一つで―――あの“一ノ瀬 志希”がこんな事になっている?

 

 そんなきっと事務所の武内さん達もすべからくしているであろう“勘違い”に俺は頭痛を感じて、無機質な音を出し続ける携帯をイラつく気持ちを乗せて強めに切る。あの自意識過剰な俺ですら引くくらいに心の防壁を何重にもかけて、おチャラけた仮面を徹頭徹尾被り続けてきた女が今更そんな事一つで心を乱すものか。

 

 あれだけ近くにいて、多くを一緒に体験してきたであろう人間が漏らしたそんな同情に塗れた一言が俺の心を無性に苛立たせる。

 

 きっと今回の件は、そういう事ではない。―――そんな簡単なことでは無いのだ。

 

 だから俺は厚い雲によって薄暗くなって来た街へとゆっくりと、気だるげに足を進めた。

 

 人は、分かり合えない。人は、そもそも人に期待なんてしない。そんな事はあの高校生活で嫌という程に学んだ。でも、それと同時に―――その孤独に誰よりも苦しむ生き物なのだと俺自身が知っている。だから、きっとそんな事をあの明晰すぎる頭脳で俺よりずっと早く悟ってそれに向き合ってきた少女が心のバランスを崩した理由はそんな事が理由ではない事を何故か俺は確信していた。

 

 結局は武内さんが言っていた事だけが今回の最も冴えたやり方で、それ以外は解決方法なんてないのだろう。それどころが、“解決することが出来ない”という結論を得るために避けては通れない過程なのだ。

 

 だから俺は遂にはけぶるような霧雨が舞い始めた中で歩みを進め―――この雨の中でいつもは厭らしく笑うチャシャ猫を探しすことにした。

 

 結局、彼女は―――“何が”納得できなかったのか、その答えを探しに。

 

 

-----------------

 

 

 そして、物語は冒頭のボッチミーツチャシャ猫へと戻ってゆく。

 

 霧雨のせいか湿り気を帯びた細巻きの煙は普段より甘く、緩やかな味わいを持って空気に溶けてゆく。“何”、と問われてどう聞き返すべきか分からぬまま習慣のようにニコチンの摂取に勤しんでいたのだが、それもいよいよ一本が終わるとなっては時間切れが間近だ。流れる雲に目を細めつつ適当な思ってもない言葉を絞りだした。

 

「“お誕生日おめでとう”なんて今更言っても機嫌は―――直らないんだろうなぁ」

 

「言う気もない癖にそういうことを言うのは減点だにゃぁ。……ま、それが本質だと思って熱血でここに来られたら本気で殺してやろうかと思ってたから“正解”ではあるんだけどね」

 

「正解しても減点とかマジクソゲーだな」

 

 お互い苦笑を零しつつ交わすやり取りに多少の落ち着きを取り戻している事を確認して小さく溜息。暖かくなってきたとはいえ滴る雫はやはり不快感をもたらしてあまり長居をしたい気分ではないので手早く結論を求めた。―――別に、正社員でもない俺は人気アイドルのご機嫌伺いなんぞの為にココに来たわけではないのだ。

 

「で、何であんな大暴れをしたんだ?―――おかげで、一日分余計な仕事が増えた」

 

「んー、そうだねぇ。 志希ちゃん昨日ちょっと嫌なこと思い出しちゃった」

 

「…………アメリカ育ちはスケールがでかいねぇ」

 

「むしゃくしゃしてやった、としか言いようがないにゃぁ―――自分にって注釈がつくけど」

 

 そんな茶化しに彼女も苦笑を噛み殺すようにポツリ、ポツリと言葉を漏らす。

 

 それは、滴り髪を伝う―――この雨粒のように、したしたと。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 当たり前の話だけど、志希ちゃんにも無垢な子供時代があってね?

 

 世界は全て自分を祝福してくれていたと思ってたし、周りの人よりずっと頭も良かったから自分は恵まれてるって自覚もあった。だから、実験室にいて思いつく疑問を研究して解決していればダディもみんなも喜んでくれて、褒めてくれる。それが嬉しくてずっと研究にのめり込んでいった。

 

 そんな幸せな勘違いを重ねちゃった事と、科学方面でしか学習が足りてなかった弊害だろうね――――自分の存在理由というモノを忘れちゃってた。

 

 5歳の頃に初めて誕生日ていうイベントを知った。

 

 生まれてきた事を祝福されて、生んでくれた事を感謝する素敵で特別な日。それをいつでも優しいダディと祝って感謝したいと思ってひっそりと準備を進めて研究所に併設されている家で“あの男”を待ってたの。

 

 いつも実験室にいる彼に“早く帰って来てね”なんて可愛らしい約束を交わした馬鹿な少女はいつまでもいつまでも彼の帰りを待って膝を抱えていた。結論はお察し――あの人は朝方に帰ってきて憤慨する私を見てこういったよ

 

“こんな機能は求めてなかったのになぁ?”

 

 本当に不思議そうに首を傾げて機材の不調を確かめる様に私を眺める“あの男”を見た時に自分が凄い勘違いをしていた事に気が付いて恥ずかしくなった。ただ遺伝子情報が最適な母体に人工的に組み込まれて生み出しただけの精密機械が本文を忘れて“愛情”とか“祝福”なんてモノを求めてたなんてお笑い草だよ。

 

 それから、彼も考えたんだろうね。次の日には“ママ”を連れてきて『そういう役割は彼女に任せたから存分に甘えるといい』と機材のメンテンナンスに出費してくれた。でも、結局それはほとんど“使わずに”終わっちゃった。“機材”として求められるスペックに余分な機能がつくと面倒だから今までどおりに研究で遊ぶことにした。そうすれば、他の人がちんたらやってるのもズンズン進んだし、私よりスペックが低いあの男の機嫌も良くなったからね。

 

 ただ、その穏やかな生活も―――あの男が低能過ぎて崩れちゃったから志希ちゃんは親戚筋の美城に引き取られたわけにゃんだけど、にゃはは。まぁ、そういう自分の“役割”っていうのをこっちの楽しい生活で忘れちゃってた事を昨日の夜に思い出しちゃって、恥ずかしくなっちゃた。

 

 同じ失敗を繰り返すのは凡人。ソレは“ギフテッド”としてつくられた製品には許されざる欠陥で―――そんな不具合をまた作り出したあの場所が、たまらなく憎かった。せっかく、忘れかけていた愚かさをまた作り出すエラーの元が許せなかった。

 

 

 だから、壊した。

 

 

 

 だから、 “Screw you!!(くたばれ!!)”

 

 

 

 そんな、あまりに歪んだ少女の――――自傷行為の成れの果て。

 

 

 

 それが、あまりに俺には  悲しく  そして  共感 してしまえるのだった。

 




(・ω・)評価をぽちっとにゃ


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泣けない小鬼 と 壊れたチャシャ猫 は 愉快に嗤う 後

(・ω・)初投稿です!!よろしくお願いします!!――――失踪します。


という事で、約半年くらい悩み続けて纏めきれてないまま志希にゃんをあげました(笑)

いや、でもギフテッドとか甘えん坊とか、猫とか色んな良作が溢れてるのに書く必要なくね? とか思ってたので―――あえて誰も書かないぶっ飛んだ子にしてます(笑)♯多様性 ♯沼の生態系

周りの無能って本気で苛立つんだけど、苛立ってる時って自分も同レベルで―――”あぁ、この子はきっとこういう所で失敗するだろうからフォローしとこ”って思えてない限り自分はきっと優れてないんだよなぁとか思いつつ現場を回してます(笑)

(・ω・)なので、志希にゃんには世界征服をもくろむ魔王になって頂きます←暴論

続きはきっといつかめいびーわら すきにやってくれ


 だが、だけれども―――だからこそ俺は霧雨がけぶる世界の中で否定を口ずさむ。

 

 物語の主人公のように明るい世界から掬い上げる類の物でなく、汚泥の中から“お前は相応しくない”と弾き出すような反吐が出る類のものではあるけれども、口ずさむのだ。

 

「一ノ瀬……いや、“志希”。そんなんじゃ、全然、足りてない。全然だ。――――そんな覚悟じゃぁ、お前の“何か”って奴には俺は答えてやれないよ」

 

 その哀れな少女が最後に行きついた結論と結果。最初に問われた“何”という問いかけへの答えを探るための今回の波乱は、そこに行きついた俺に深く心を震わし、共感を齎した。だけれども、それでも、そこまで行きついても―――またしても俺の“真実”へは至らない紛い物だった。

 

 多くの共通項は有っても、共感は在っても結局は類似物に留まる。それはやはり、人は収斂を重ねても同じところに行きつかず、結局は孤独なままだという事を今回も俺に知らしめた―――それは少女への福音で、俺への罪科の確認だ。

 

 繰り返し重ねてきたその自問自答に気が滅入るのと同時にこの少女は自分なんかとは違ってまだ引き返せるのだという事実が眩しくて、辛くて、嬉しい。

 

 「お前には、挫けて悩む理由がある。そうであるべきという未練がある。それに苦しむ余裕がある。そうであることを苦しんでしまうくらいに大切で、手放したくない仲間がいる。ソレを嬉しく想える心がある。―――そんなんじゃ、全然ダメだ」

 

「………なにを、言ってるの?」

 

 自身の生い立ちと、トラウマと、理性と感情の狭間で迷って悩んでいた少女は俺が謳うように紡ぐ言葉に初めて出会った醜悪な怪物を見るような怯えと、恐怖を混ぜた視線を向けてくる。嗚呼、どうかその瞳の奥で常人以上にシナプスを輝かせている天才様がすぐにこの産業廃棄物を処理すべきだと声明を出してくれないかと妄想して、微かに微笑んで小鬼は醜悪な唄を紡いでいく。

 

 温かい家族の元に生まれた。誰もが羨むような最高の家族だ。愛も、玩具も、食事も、妹も全ては不自由なく手に入った。特殊な事情はなく、幸せに過ごしてきた中で生まれた欠陥物。人を信じ、愛し、助けようとして――清く生きようとした。それでも、失敗し続けた。勘違いし続けた。やり方を変えて、次こそはと願った。

 

 それすらも間違いだと気が付いて、無気力に斜に構えて――人生で一番深い傷を負った。

 

 彼女は、創られた自分は“電卓”であるべきだと念じ、心の欲求に苦しみ、行動を起こした。だが、俺は――――本当にそうであったならよかったのにと、心から願った。

 

 何も感じず正確無比な答えだけをはじき出しても、痛まぬ心が――今でも欲しくて欲しくてたまらない。

 

 生まれてから何度思ったか分からない。

 

 ただの貝でよかった。爆薬でよかった。虫けらでよかった。その辺に生えている雑草でもよかった。―――こんな自分の齎した結果に胸を掻きむしり、消えてしまう事を常に願う様な日々を暮らすくらいなら今すぐ誰かにこの胸を刺して心の蔵を止めて欲しいと呼吸をするたびに思う様な日々を重ねる俺には、彼女の葛藤は論ずるに値しない“ただの少女”の思春期に過ぎないのだ。

 

 お前は―――この地獄にはまだ早い。

 

 絶望と、虚無を感じるなら――――もっと大失敗を重ねてから俺の前に来い。

 

 少女の誕生日の癇癪にいちいち付き合う程、こっちの傷も浅くはないのだ。

 

 体中を湿らせる雨は肌をしとどに濡らし、髪の毛を伝って頬を伝っていく。それはとうの昔に枯れてしまった涙のように零れるが、これほどに古傷を抉っても瞳の奥からは滲み出もしなくなった。そんな乾いた自分に対して、苦し気に痛ましいモノを見るような表情を浮かべる志希が面白くて―――小さな悪戯を思いついた。

 

「せっかくだ、“人類最高級の電卓”様に新体験をプレゼントしてやるよ」

 

「へ、ちょっ―――何を なっ!!」

 

 鬼は、泣かない。 泣きたくないから鬼なんかにならざる得なくなった。

 

 なら、笑わないチャシャ猫は? 陰鬱な顔で力なく俯くモノはなんだ?

 

 そんなの決まってる―――ただの美少女だ、馬鹿やろう。

 

 一人でそんな独白を噛みしめつつ、隣で膝を抱えていた志希を掬い上げ、勢いそのままに池なんだか沼なんだか分からない水溜りに思い切り飛び込んだ。飛び込む瞬間に今まで聞いたことも無いような可愛らしい悲鳴が聞こえ、ソレを嗤っているウチに独特の滑りのある水の触感と耳元で鳴る気泡。上下すらも一瞬分からなくなる浮遊感と息苦しさに藻掻いて手足をバタつかせれば幸いに足は着く程度の深さ。

濁った池の中から揃って顔を地上に出して呼吸を再開すれば、鼻の奥を貫く強烈な沼特有の生臭さが届いて思わず顔を顰めてしまう。口の中にも入ったのか気持ちが悪くて舌を出していると、思い切り胸倉を掴まれた。

 

「ばっかじゃないの!! 志希ちゃんお誕生日の次の日になんでこんな目に合う訳!!? ふざけんな!! 頭湧いてんじゃない!!? 死ね、クソジャップ!!」

 

「おー、おー、あれだけ凹んでたくせに一気に元気になったな。でもあれだろ? 怒ったり、笑ったりする機能がいらないならそんな気にすんなよ。ほら、遅れてきたバースデーサプライズって奴だよ。―――というか、たかが誕生日行けなかったくらいでめんどくさい拗らせ方すんなよ。帰りにファミマでケーキ買ってやるから機嫌直して、謝りに行くぞ。というか、まず俺に謝れ」

 

「―――――しねっ!! 今すぐ死ね!! アイツもアンタも男って本気で脳みそ腐ってんじゃないの!! あんな簡単な伝達事項一つなんで理解してくんないの!! 意味不明神も憐れむ低能っぷりだよ、大体が――――――」

 

 飄々と暴れる彼女を宥めようと試みるがついには発狂したように汚い英語を羅列しつつ胸元を殴りつけてきた彼女は、やがて鼻水から涙から良く分からないものを垂れ流して駄々っ子のように文句を重ねてくる。

 

 残念ながら神も見放す低能なのでほとんど聞き取ることも出来なかったが、まあ、要約すると―――“悲しかった”。その一言だけはなんとなくニュアンスで伝わった。たったそれだけの感情を発露すればいいだけなのに、優秀なオツムのせいでここまで思考を拗らせて、こんな全身沼臭くなる目にあって、怒りに任せた勢いでしかソレを絞りだせないというのだから難儀なことだ。

 

 面倒で、可愛げが無くて、ややこしい。でも―――彼女はまだ乾ききってはいない。

 

 ずば抜けた理性と知識の仮面で全てを悟った様に諦めるには、ちょっと黒歴史が足りていない。

 

 だから、そんななんちゃって鬱少女の小さな悩みと、ちょっと重めの過去すら俺はカラカラと指をさして嗤おう。沈んだ気分の少女が諦めの笑顔で座り込むなら、その顔を激昂に塗り替えるほど小憎たらしく、一発入れてやるために追いかけてやると思えるくらいに疎ましく耳障りな言葉で。

 

 そういうのは大得意だ。なんせ、目が合っただけで人を怒らせる事に定評があるからな。

 

 そんな身勝手な自己満足と目の前のめんどくさい感じにキレている少女に苦笑を零して俺は霧雨の向こうに見えた雲の切れ間。そこから差し込む光に目を眇めた。

 

 

「おーい、もしもし~!? 聞いてんの? その耳はお飾り? それとも、聞こえてても脳みそが足りてない?? あ、ごっめ~ん、そもそも入ってなかったか!!? それでも、動いてるなんてすごい世紀の発見!! 今すぐ死んでるべきだと思うのにどうなってんだろう?? というか、死ね。 そもそもが――――「あ、ゴメン。あんま聞いてなかった。それと、そろそろ寒いし池から出ていいかな?」―――――――殺す」

 

 

 そろそろ、―――――雨も上がる。

 

 

------------------

 

 

 今日は、なんて最悪な日だろうか。

 

 体中から立ち上るヘドロのような臭いといまだに脳内のレセプターを焼き切るかのように繰り返される罵倒と怒りによるアドレナリンが過剰分泌に促されるままに寮の扉を蹴破ってシャワー室に乗り込み乱暴に体中を洗う。何度も洗って、体中からこのムカつく気持ちすら洗い流すかのようにガシガシと。あの神も憐れむほど低能なクソ野郎への怒りと、また繰り返してしまったという自分の学習力の無さを必死に洗い流す。

 

 なんとなく、誕生日をするという話になってから自分が“ああなる”というのは分かっていたのだ。そもそもあの日から、誕生日を迎える度に精神が不安定になる。それでも、この自分がいつまでもくだらない事象に引っかかっているという事が許せなくて、新しく開発した抗鬱剤も良好な結果を出していたので乗りだした。

 

 結果は上々で、朝から頭痛も沈み込みもなく良い気分で一日を迎えられた。そんな姿は誰もが誕生日に心弾ませる少女として完璧に見えはずだ。そんな中で、止せばいいのにエンドルフィンが過剰分泌されている私は見慣れたあの男の背中をみて、かつての“父親”に重ねてしまった。あの日、喫した小さな敗北と傷。ソレをこの男で塗り替えようなどと考えてしまったのだ。―――よせば、良かったのだ。

 

 おざなりな彼の返答に、浮つき、あの日のトラウマを更新できることに更に気持ちが高ぶったまま楽しいパーティーは始まった。

 

 明るく、穏やかで、楽しい思い出。   そんな中で、薬は切れた。

 

 異常なくらいの興奮状態の反動はパーティーが終わりに近づく度に動悸を齎し、いまだに姿を見せない彼に“かつての景色”が重なって―――追いついた。

 

 気を使って残った友人達の声以外は静まり返った寮の談話室で膝を抱えて、待った。いや、正確には――あの時と今は違うのだと言い聞かせていた。だが、それも朝日が差し込んだ時には諦めもついて自分の“あるべき姿”というモノを思い出し――――また、こんな無駄な検証をさせた要因を排除しなければと思った。クスリの副作用か随分と気落ちしている事を感じながら、それでも、明確な意思で行動し―――あまり気分は晴れなかった。

 

 結構後にすれ違った男の反応に――やっぱりな、と思った

 

 こんなものだ、と思った。

 

 ただの電卓として生まれた自分が望むには過ぎた欲求だったと思った。

 

 でも、だ。

 

 まったく反省の色も何も見せず意味不明な事を口ずさむ男が私をドブの中に引きずり込んだ時にある発想に行きついた。思えば、何でこんな簡単な事に気が付かなかったのか不思議なくらいにシンプルな発想が怒りと共に込み上げてきた。

元となった遺伝子より私はずっと優秀に創られた。それならば、求められた役割を的確にこなしていくべきなのだろうと思ったが―――優秀な私がなんで無能に合わせなければならなかったのか? そんな当たり前の事にその時、気が付いた。

 

 “私ほどに優秀になるべき“という程に私は夢想家ではないし、あの阿呆な男どもを見る限りそれは望めない。ならば、順番が、前提がきっと間違っている。“無能”を補ってあげる“有能”というのは非効率だ。それなら―――“有能”がしっかりと“無能”を管理してあげなければいけないのだ。

 

 そんな簡単な気付きを今日、私は得たのだ。

 

 今まで上手くいかなかった部分が全て噛み合う様な快感に、薬の効果も切れているはずなのにらしくもなく高揚してニンマリと口角が上がってしまう。なるほど、なるほど―――道理で世界が息苦しいわけだ。肺呼吸の生物が、エラ呼吸を試みて生きてきたようなものなのだから。

 

 だけど、それには実験を重ねたサンプルが必要だ。長期の成果確認が必要になってくる中で―――私は一人の最適な実験体が脳裏をよぎる。

 

 気だるげで、気も効かず、社会不適合な最高のサンプル。

 

 あれをとりあえずは、徹底的に私好みに変えていく所を世界を作り替える一歩にしてやろうと私は愉快な気分のまま、温いシャワーの雫に塗れながら久々に――――大声をあげて嗤った。

 

 

 こんなクソみたいな世界を――――この私が、ちょっとでもマシにしてやる。

 

 

 “Screw world!!(くたばれ、世界!!)”

 

 

 そんな私の犯行声明は、ひっそりと楽し気にシャワー室の湯気と水滴の中に溶けていった。

 




(´ω`*)評価をぽちっとにゃー

ひらこー節大好き(笑)


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【その温もりを 欲し望む】

(*'▽')ふれちゃん しゅき


 色とりどりの花弁が咲き誇った春の季節は大粒の雨が強かに地面を洗い流すたびに夏に近づいて、力強く猛る新緑へとあっという間に衣替えを行った。そして、赤、青、緑に黄色に白、茶色。世界は見渡すばかりに彩りに溢れていて瞬きをした瞬間には次の表情を浮かべていていつだって私の心をときめきを与える。そんな中でも最近、新しく加わった彩りが私の胸を強く跳ねさせた。

 

 暗く澱んだ黒の奥に見え隠れする優しくて、強い光。

 

 隣で気だるげにハンドルを切りつつ、何度も後ろの疲れて眠ってしまった小さな子供たちを起こさないように気を遣う彼。そんな、人目につかない所でしか出さない不器用な姿が可笑しくて小さく口元が綻んでしまうのを感じる。あの肌寒さを感じる恋の聖夜から私の世界に加わった色彩の名前は“比企谷 八幡”というひねくれた“黒”と―――その中に淡く散りゆく桜のように散らされた“恋”という桃色。

 

 初めて感じるその味わいにいまだ戸惑う事は多いけど、輪郭と奥行きが分からないその感情と興味はゆったりと味わう様に確かめる好奇心と、探求心を擽り今日も私に手を伸ばさせる。

 

「ふふっ、撮影の本番は明日なんだけど――二人ともレッスン張り切り過ぎて疲れちゃったのかな?」

 

「お前も寝てていいぞ。どうせ後は寮に帰るだけだからな」

 

「んふふ、助手席のお役目は運転手がお眠にならないように愉快なトークを提供することだからね~、まずは定番のガールズトークでもしておく?」

 

「まず片方が男の時点で前提崩壊してるんだよなぁ……」

 

 いつもの軽口にげんなりと返してくる彼に小さく笑いを零しつつ何の話題がいいかと今度は本当に思考を巡らせた結果、さっき渡された明日の撮影スケジュールに空いた微妙な空白が脳裏を掠めた。気になってる相手との話題選びで一番に出てくるのが“仕事”というのも味気ないが、とっかかりとしてはガールズトーク以上には定番だ。

 

「そう言えば、明日のスケジュールに帰りの新幹線まで空き時間が結構あったけど何か他にも挨拶周りとかあるの?」

 

 撮影自体が朝一の新幹線に乗り込んで駅から目的地まで向かいながら進めていくというのでリテイクやトラブル対策にして余裕を持つというのは分かるが、それにしても少しばかり時間が空きすぎている。そんな疑問に彼はちょっとだけ後ろを伺って桃華ちゃんや悠貴ちゃんが寝ている事を確認してから声を潜めて、苦笑しつつ答えてくれる。

 

「あっちのスタッフが会場近くのキャンプ場を借りて撮影終わった後にサプライズでバーベキューの準備してくれてるとさ。そこの近くに温泉街もあるし、帰り時間までは息抜きして来いと武内さんからのお達しだ」

 

「わお、粋なことしてくれるね、旦那。………でも、サプライズなら今ネタバレされちゃうのはどーかとフレちゃん思うなぁ?」

 

「どうせ変に勘ぐって撮影に影響が出るくらいなら“共犯者”になって貰おうかと思ってな。お前、騙すのは上手い癖に、そういうの気になればどこまでも身構えるだろ?」

 

 ちょっとだけ非難めいたジト目を向けて睨めば思いのほか自分の事を見られている物だと胸がドキリとさせられるが――“ドッキリ番組の幸子を少しは見習え”なんて軽口を言われて思わずその肩を抓ってしまう。

 

女の子と二人きりで話している時に別の娘の名前を出すとは、なんてデリカシーの無い男だろうか。

 

 だけれども、それとは別に納得と予想外の嬉しい報告にちょっとだけ気分が持ち上がるのも感じる単純な自分に苦笑を小さく噛み殺す。そうなればあの空き時間も丁度良く設定されたものだと分かった。皆でバーベキューを楽しみ、温泉にでもゆっくり浸かって露店を巡れば苦も無く新幹線で帰って来れる時間帯だ。最近の忙しさもあり、休日だって家を出るのが億劫だったことを考えるとソレを見越してくれていたプロデューサーの心配りに小さく感謝をして―――ちょっとだけ下心まで疼いたのを感じた。

 

「ね、明日は帰って来てからハッチ―もそのままお休みだったよね? だったら、」

 

「飲まんし、飲ませんぞ」

 

「………ぶぅ」

 言い切る前ににべもなく切り捨てられた言葉に体全体で不満を表すようにシートに深くもたれて頬を膨らませてみるがいかんせん取り合ってはくれないようだ。

 

「フレちゃんもたまにはパーッと気分をリフレッシュしたいんですど~?」

 

「帰って来てから楓さん達と飲みに行きゃいいだろ」

 

「…………そういう事じゃなくて~」

 

「温泉入る前に酒入れる馬鹿がいるか」

 

 それっぽい正論でツレなく返されるが、そういう事ではないのだ。別に、お酒を飲んで騒ぎたいわけじゃなく―――貴方と、もう一回呑みたいというお誘いだ。それが分かっているくせにはぐらかす彼はこっちも見ないままハンドルを切って、その話は終わりだと言わんばかりに態度で指し示すのに心のモヤモヤはより大きくなっていく。

 

 あの日、酒精に湧き立った感情のまま今までずっと溜め込んでいた澱みを彼にぶつけ、そして、それを彼は怒りも咎めもせずに幼子をあやす様にその弱さを抱きしめて道を示してくれた。憧れた華々しい大人の階段には程遠い情けなくて恥ずかしい思い出だけれども、その日、私“宮本 フレデリカ”は初めて素の自分で世界へと踏み出した。

 

 だけど、だから―――今度はもっと素直にあの味を楽しんで、彼と語らいたいと思うささやかなリベンジはこんな感じでいつもはぐらかされてしまって叶わず仕舞いだ。それでも、諦め難くてもう一度だけ彼に攻勢をかけてみようかと思った頃には無情にも安全運転の車は見慣れたオンボロ寮の目の前に止まって、その緩やかな感覚に後ろで眠っていた年下の仲間達が意識を取り戻したことを知らせる様に微かに息を漏らしたのが聞こえた。

 

 どうにも、今日の楽しいお喋りの時間はこれで御仕舞の様でちょっとだけ歯噛みしつつも切り替えて目をこする二人に柔らかく声を掛けて帰宅を促す。

 

「ほーい、帰ってきたよー? あとはゆっくりお布団の中で休んで明日に備えよ~」

 

 悠貴ちゃんが何とか意識を取り戻して小さくお礼を残して車を降りるが、桃華ちゃんはこっくりこっくりとまだ夢うつつの様で立ち上がれないようだ。小さくともシャンといつでも背中を伸ばした少女のそんな年相応な姿にクスリと笑いが零れて彼女を迎える様に抱っこしてあげるとそのまま素直に抱き着いて体重を預けて、耳元で小さくお母さんの名を呼ぶその無邪気さが可愛らしい。

 

 自分も幼い頃はこんな風に抱っこしてもらったのか思い出そうとして見たが遠い記憶すぎてちょっと思い出せない。今更、両親に抱っこをねだる訳にもいかないだろうから――今度、どっかの誰かさんにでも甘えてその温もりでも思い出させて貰うとしよう。

 

 そんな事を考えてほくそ笑みながら、後ろでドアを代わりに閉めてくれた彼の“悪いが、頼むわ”なんて短い労いに振り返っていつもの様にちょっとだけおチャラけて答える。

 

「うふふっ、こうしてると髪色も相まって親子みたいじゃな~い?」

 

「よくて姉貴って所だろ―――んじゃ、明日は6時頃迎えに来るから頼むわ」

 

「うい、むっしゅ。ハッチ―も残業のしすぎで遅刻のないよーに」

 

「……最悪、駅集合で」

 

 いつもの軽口の応酬に悠貴ちゃんに苦笑いを浮かべられながらも彼は見慣れたバンに乗り込んで走り去っていく。さっきまでの二人きりの時の会話を思えばあまりにあっさりしすぎてるような気もするけれども、ベタベタ睦言を去り際に残していく彼を想像すれば似合わな過ぎて吹き出してしまったので今くらいが丁度のかもしれない。

 

 私の笑ってしまった振動に桃華ちゃんがぐずるように身を寄せてきたので深呼吸一つで気持ちを切り替えて彼女が風邪を引く前に寮に送り届けるために歩を進めた。その道すがら、持ち物や収録の内容の事にあれこれ考えを回しつつも―――宮本フレデリカはあの日に感じた温もりを恋しく思って少女を抱く手にちょっとだけ力を込めた。

 

 

-------------

 

 

 紅葉に染まる山も美しいと思うけれども、梅雨時期を少し抜けた新緑の翠というのも透けるような輝きと、草木の匂いをはらんで吹き抜ける風を感じられて実に見応えがあると思う。それに特有の滑りと温さを伝えてくる温泉も相まっているとなれば、楓さん達じゃなくたって深く息を吐いて蕩けてしまうだろう。でも、私は同時に思うのだ――――何事にも限度ってモノはあるだろう、と。

 

「いい湯ですねぇ~。このままずっと入っていられそうなくらいですっ!」

 

「……そうだねぇ、と、溶けちゃいそうだよ~」

 

 スレンダーな体を肩までお湯につける悠貴ちゃんがのびのびと、元気に笑顔を浮かべるのにこちらも気さくに答える。最初の内は素直に同意も出来たのだが……40分はちょっと、入りすぎなんじゃないかなぁ、と思う訳ですよ。

 

「ふぇ~、とてもよい湯質でお肌がスベスベになっていくのを感じますわ」

 

「 わお、 ココまでスベスベになったら十分だと、フレちゃん思うなぁ」

 

 体に何度もお湯を塗り込む桃華ちゃんがうっとりとしつつもご機嫌な声を上げるが、それだけツルツルの肌の何処をこれ以上磨くというのかフレちゃんには理解不能の域に達している。というか――――熱い。どうか、どっちでもいいから私が言葉に含めているささやかな提案にそろそろ気が付いて欲しい。切実に、あつい。

 

 くらくらとし始めた頭と、体中から熱が湧き上がり始めて抜けなくなってきたこの釜茹で状態も最初はこんな状態ではなかったのだ。

 

無事に到着した私たちは順調に撮影と各地のルポをこなしていき予定よりもずっと上出来にお仕事のノルマを達成した。そして、スケジュールが余った事に憂慮する二人を誘導し、香ばしいバーベキューサプライズで驚かせて、スタッフ全員で大いに盛り上がった楽しい思い出を作ることが出来た。

 

 それから、少しだけ街に下って評判の温泉というここに行きついたまでは良かったのだが―――ここまで長期戦になるとは露とも思わず軽いノリで“我慢比べ”なんて提案したのが運のツキ。言い出した手前と年上のプライドが邪魔をして言い出せなかったし、入ってから思い出したけど………フレちゃん、熱いの苦手だったわ。ぴえん。

 

 いや、別に罰ゲームのジュースが嫌な訳じゃなくてね、プライドがね。というか、あちゅい。やばいやばい矢場い、え、二人とも強すぎでしょ。熱耐性高くない?キュートは炎タイプだった?マジかー。でも、温泉ってことは水タイプ?え、あれ、二つあわさって最強に――

 

「そろそろ八ちゃまも待ちくたびれてるでしょうから上がりましょうか?」

 

―――桃華ちゃん、グッジョブ、天使かよ。君ならそう言ってくれると信じてたっ!! 大人な幼女憧れちゃうよ!!―――もう無理。

 

「うむっ! 諸君らの我慢強さには恐れ入った! なので、それに敬意を評してジュースをおねーさんから進呈しちゃう!!」

 

 勢いよく、いの一番に釜の中から飛び出して全身に山から吹き抜ける風の涼しさを受け開放感を味わった。嗚呼、こんなに大自然の風の恩恵をありがたく感じる日が来るとわ……ん、強風ボタン何処かなぁ? もっと風ぷりーず。

 

 ネタのようにお道化て偉ぶる私に二人は笑顔で“ワザと負けてくれるなんて大人だなぁ”みたいな尊敬の眼差しを混ぜて寄越してくれるけどゴメン、多分だけどこの中で一番ガキっぽい私にその視線は刺さります。勘弁してください。

 

「さぁ! これだけポカポカになった体にキンキンに冷やしたジュースで乾杯だよ!!」

 

 その視線から逃げる様にゆっくりと上がってきた二人の背中を追いやってそそくさと女湯を後にする私達を咲きかけの藤の花が呆れたように風に揺れて見送った。

 

 

――――――― 

 

 

 

 茹だった頭と火照って燃えるような体を抱えた私はそのあと、外で待ちぼうけしていたアシスタント君に合流した瞬間に――――ぶっ倒れましたとさ。

 

 

 どうにも、カッコがつかないなぁ……。

 

 

 

―――――――

 

 

 山間部の夕暮れというのは日が長くなってきた最近でも随分と早くやってくる。山合に沈む夕日を群青色の夜空が追いかけ、鴉も七つの子のお守りをしに山へと帰ってゆく風景を膝元で唸る金髪少女に団扇で風を送りつつ眺めながら紫煙をその空に溶かす。それに伴って薄手の浴衣では少し肌寒くなってきた事もあって窓を閉めようかと伸びた手は、いまだにホカホカと熱を発して寝込んでいる少女にはこれくらいが丁度よかろうと思い直してそのまま引っ込め事の顛末を思い返せばため息も漏れようというモノ。

 

 随分と長く浸かっているものだと思って旅館に置かれている古びた漫画を読んで時間を潰していたのだが、ようやく上がってきたと思った彼女は一目で分かるくらい茹だっているくせに顔だけは楚々と澄ましているのだから驚かされた。楽し気に我慢比べをしていた事を話す少女達の会話からなんとなくこの馬鹿の状況を悟った俺は適当な理由をあげて二人だけを街に送り出したのだが―――ソレを見送った瞬間にこの馬鹿“宮本 フレデリカ”がぶっ倒れやがったのだ。

 

 どうでもいい意地をここまで張った事に呆れるべきか、叱るべきかは悩みどころだがそのまま一室を借りて彼女を寝かしつけたのが20分ほど前。一応、水分は風呂上がりに取ったらしい事と様子を見てくれた女将さんからも“涼しくして安静に”という事だったのでこうしている。

 

 どうにも世の中、順調に進んだ仕事の分は代わりの波乱が巻き起こるように出来ているようでままならない。そういったやるせなさに苦笑を漏らして細巻きを静かに揉み消していると―――微かに身じろぎする感触が膝から届いた。

 

「ん――――、あれ、ここって……?  っって! 新幹線っ!! 時間は!!?」

 

「まだ20分位しか経ってないから心配すんな、ばかやろう」

 

 しばしの間ぼんやりと天井を眺めていた彼女は窓の外の夕焼けを見た瞬間に真っ青な顔で飛び上がり――俺の一言に何がどうなったかを聡い彼女は悟ったらしく、萎むように項垂れていってしまう。そんな殊勝な姿に普段からこれくらいおしとやかなら仕事も楽だろうと思いつつ―――面白さは半減だろうなと考えてしまう自分に苦笑が漏れてしまう。

 

 だが、いつまでもこんな顔されているのは実に厄介なので早々にお立直り頂くことにしよう。

 

「あのー、その、―――あうっ!!」

 

「“我慢比べ”って小学生じゃないんだから勘弁してくれ――― 一応、飲んどけ」

 

「うぅぅぅ、ハッチ―の優しさが沁みる様に痛いよぅ……」

 

「そうだろうと思ってやってるからな」

 

「………いじわる」

 

 なんと申し開きするか言いあぐねて縮こまる彼女の首元にキンキンに冷えたポカリと小さな嫌味ををくっつけてやれば彼女はその冷気に飛び上がったあと、ちょっとだけ恨めし気な目を向けてくるのに苦笑してしまう。

 

 柳に風、暖簾に腕押しなんて言葉を体現しているようなコイツではあるが、存外に自分の非があるときには素直に反省するし、何ならいっそのこと思い切り怒られるのを望んでいる節があったりする。まぁ、その気持ちも分からんではない。

叱られたり、怒られたりするというのは一種の許しを与える行為なのだ。だから、ソレを受けずに触られないというのは心の疚しさを抱えた座りの悪い気分になる不思議な情緒が人にはある。―――なので、あえて俺は軽い嫌みに留めて後は何も言わない。

 

 そんな意地の悪さに気が付いて、頬を膨らませて睨んでいるであろう彼女の一言に小さく笑いを飲み込んで俺も自分の分のお茶を開けた。

 

「心配しなくてもあの二人を見送るまでは堪えてたよ―――覚えてるかは知らんが」

 

「うーん、努力が実った事を喜べばいいのか、迷惑かけて落ち込むべきかおぷすきゅーるな気分だよ」

 

「どっちも反省案件待ったなしだろ、大人しく反省しろ。……ま、年下の前でカッコつけたい気分はなんとなく分かるけどな」

 

「…おねーさんとしては、つい我慢しちゃうんだよね~。いやー参った参った」

 

「そんで、年上に茹でダコでで倒れてくるとかマジで勘弁して欲しいんですけど?」

 

「妹分3号としてはついつい甘えちゃうんだよねぇ~。いやぁ、参った参ったドーン」

 

「誰が3号だ。というか、どさくさに紛れて膝に戻ってくるな」

 

 良いではないか~、とか嘯きながらまた人の腿の上に戻って来やがった馬鹿に微かに抵抗してみるが意地でも動く気はないのか浴衣にがっちりしがみついて離さない。これを振り払ってもまた辛気臭い顔をされる事を天秤にかけてしばし。考えるのも面倒になって俺はもう一度ため息を吐いて、肩を落として好きにさせる。それに機嫌を良くしたのか寝やすいポジションを探り当てて深く息をついた彼女。その体はいまだに驚くくらい熱を発していて、その熱気に乗って薫ってくる花のような香りに気勢はもっと削がれていく。

 

「……いいから余計な体力使わず、帰るまでに体調戻せ」

 

「ん、きもちいい~」

 

 結局は、この問題児に風を送ってやるくらいには自分も手のかかる妹分として認めているのかもしれない。そんなどうでもいい独白を重ねて俺は心地よさそうに目を細める彼女に苦笑を零した。

 

 

 孤独から人の温もりを求め、渇望した周子。

 

 憧れと理想を追いかけ、熱望した奏。

 

 鬱屈した世界を払う事を求め、希望した美嘉。

 

 徹底的な理論と方程式に圧し掛かられ、絶望した志希。

 

 勝手に人の妹分を名乗る5人の問題児たちはあらゆる葛藤や苦悩を抱えた先に“望み”というモノを宿して当てなき道を駆け出した。だが、この少女は、“宮本 フレデリカ”だけは何を求めているのかは未だに分からない。

 

 かつて、聖なる恋の日に彼女が発した激情。それは不器用で怖がりな少女が初めて望みという感情を宿した記念すべき日で、奇しくも新たな彼女の生誕を祝うのにうってつけだった日でもあった。その日以来、こうして一歩だけ近くなった距離で華やかで無邪気に“甘える”ようになってきた。

 それが今までの我慢を取り返すべくしている行動なのか、単に“甘える練習”とやらを重ねているのかは分からないが―――いつか彼女もアイツ等のように夢中になれる“望み”とやらを手に入れられればいいと、初夏の夜風に揺れる風鈴に小さく願いを託した。

 

 

--------------

 

 

「撮影が終わったばかりだというのに、直ぐ別の打ち合わせを始めるなんてハチちゃまは本当に乙女心が分かっていませんわ!」

 

「あはは…。まあ、一緒に回れなかったのは残念だったけどお仕事じゃしょうがありませんよね?」

 

「 ぁ、…ん~、ほんとにそれは残念なんだけど―――個人的にはのんびりリフレッシュも出来たから大満足かな!!」

 

 プリプリ怒る桃華ちゃんと、気遣う様に微笑む悠貴ちゃんの言葉に一瞬だけ素で疑問符が浮かび、何とか取り繕うことが出来た。あれから温泉街の観光を終えた二人が旅館に戻ってくるまで彼の膝を存分に堪能していて忘れかけていたが、この二人には別件の打ち合わせという事になっていた事を失念してボロを出してしまう所だった。ちょっとだけ弛んだ頬と気持ちを引き締め直して、いつもの調子で相槌を打てば二人は素直にソレを受け入れてくれる。

 

 寮までの短い道ではあるが、今日の現場でのあれこれを話しているウチに最初の話題はあっという間に流れていってくれた。でも、いまだに微かにこの頬を染めるのは温泉の熱でも楽しい思い出でもなく―――この胸に宿って離れない桜色の感情のせいだろう。

 

 年上や年下どころが、家族にも意地ばっかり張って踏み込まない私がようやく見つけた素直に飛び込んでいけるその場所。あの夜から、その熱が引くことはない。

 

 味わえば味わう程に嵌っていくその泥濘に私はいつの間にかどっぷりと浸かって抜け出せなくなっていく。今日の温泉のように最初は温く、段々と、じわじわとその熱は体の芯に溜まって、ついには焦がれるほどに焼き付き始めている。こんな甘さを味わった人間は―――少なくとも、親友と呼べるあの4人は他のモノで代えようなんて思えなくなっているだろうな、だなんて一人小さく笑いを噛み殺す。

 

 「突然ですが、フレちゃんくーいずっ!! “近づけば薄れ、離れれば焦がれていくもの”ってなーんだ?」

 

 唐突なその謎々にも素直な二人は首を傾げてあーでもない、こーでもないと頭をひねってくれる微笑ましい光景に笑いを零しつつ、一人心の中で正解を呟く。

 

 

 

 答えは  “欲望”  。

 

 

 欲しいと望んで、焦がれてしまうそんな業の深い感情。

 

 二人には――――ちょっと早かったかな?

 

 そんな意地悪な事を私は考えつつ、他の4人を出し抜きつつ明日オフであろう彼をどうやって連れ出そうか思考を巡らせ、携帯のメール機能を開いたのでした、とさ

 

 




_(:3」∠)_評価を恵んで、くだしゃぁ・・・・


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でれすてSSS 【りある おままごと】

(´ω`*)渋の沼友からもリクエスト”リアルおままごとでわちゃわちゃする大人組”でーす(笑)


 

 

「“リアルおままごと”?」

 

「ええ、昔のアニメで合ったじゃないそういうの」

 

 長らく続いた連勤も終わりそのまま直帰を決め込もうとした時に会社のロビーでのんべい共に捕まったのが運の尽き。そのまま強制的に飲み屋に連行されお開きにしようとするたびに新たなメンバーを迎えて河岸を変える事数件。遂には夜も更け、もう時計は頂点に差し迫ろうかという時間帯に酔っ払いたちが最後に雪崩れ込んだのは事務所から徒歩圏内にあり、最近は年長組のたまり場となりつつある“美優さん”の自宅だった。

 

 深夜にも関わらず意気揚々と乾杯をしてしばらく、菜々さんと佐藤がまるおカートで熱戦をしていたり、気になった化粧品等の意見だったり、ゲラゲラと下品な話題や仕事の愚痴を交わしたりと思い思いに過ごしている時にふっと昔見たアニメの話題になった。

 

 そんな時に川島さんが零した懐かしい単語が何故か全員の目を引いたのだ。

 

「あー、合ったわね。なんだっけ……確か、しんちゃんと同じクラスの女の子のお家芸でしょ?」

 

「あのドロドロした奴だろう? 子供心にあれを見たときは内心複雑だったが……いま思い出すと割かし各家庭の夫婦の事情が思い浮かんでクスリと来てしまうから不思議だな」

 

 それに乗っかった早苗さんがスルメを噛みつつ思い出すように語れば、ソファでくつろいでいる木場さんがウイスキーの氷を揺らしながらクツクツと笑いを零して答えた。まぁ、元々が青年誌が出発点だったアニメなので案外に大人の方が楽しめるものなのかもしれない。というか、木場さんがああいうアニメを見ていたという事の方が意外だが。

 

「ははっ、これでも一般家庭で育った身だからね。それくらいは普通に見ているさ。―――所で、男から見るとああいうのはどう映るもんなんだい?」

 

「まぁ、普通に見てる分には面白かったですよ。実際にああなると嫌気も指すでしょうけど、養って貰えるなら甘んじて耐えて見せます」

 

「ハチ公まだ専業主夫諦めてなかったのかよ☆」

 

「うるさいぞ、佐藤」

 

「お前には負けるぞ―――っと、パイセン赤甲羅あ・げ・る♡」

 

「ひえっ!!」

 

 ゴール直前で妨害された菜々さんを追い抜いて一位になった佐藤と、菜々さんが項垂れながらゲームのファンファーレを背にこちらに混ざってきた。その手に持つのはアルコール度数が厳ついテキーラとウォッカなので相も変わらず腎臓自殺志願者らしい。

 

「うぅ、サボテンジュースが敗北の傷に沁みます…。とはいえ、子供に見せたくないランキング上位でここまで長寿アニメってのも凄いですよねぇ」

 

「誤解されがちだがテキーラはサボテンの酒ではないぞ、菜々君」

 

「うえっ!?」

 

「音沙汰なく、夫去った……なんて事にならないような家庭にしたいですねぇ」

 

「楓ちゃん、それは相手がいない私達には効きすぎて笑えないわぁ……」

 

 

「これは、予行練習がひつようれふね」

 

 

 沈痛な面持ちでツッコミを入れる川島さんに誰もが苦笑いをしていると、先ほどまで酔いつぶれて壁際でミッフィーならぬミッフーになっていた“美優さん”が唐突に立ち上がって焦点の合わないまま何かを決意するように口ずさんだ。―――とりあえず、フラフラと危なっかしいので座って欲しい。

 

「予行練習って、ドロドロ家族のですか?」

 

「一体、どんな闇を抱えたらそんな練習を重ねて生きてくんだよ☆彡」

 

「甘いれふっ!! 例え、結婚していなくても日常的に色目使ってるとか、枕営業の噂立てられて付き合ってない男に心配されたりとか人生は危険に溢れてるんでしゅ!!」

 

「あー、あー、これは完璧に悪いお酒になってるわねぇ。ほら、美優ちゃん。お水呑んで落ち着きましょう?」

 

「ふーむ、だが少しだけ興味深い話題だね。―――例えば、どんな練習が必要なんだい?」

 

「あら、意外な方が乗っかってきましたねぇ」

 

 鼻息荒く何かへの憤怒を語る彼女に誰もが苦笑を零してお流れになりそうな所で木場さんが掘り下げた事によって美優さんは飲んでいた水を脇に置いて胸を張って答える。いや、別に語りたいなら止めはしないけどこれ最終的には自分だけ墓穴掘って火傷するパターンなんじゃない?

 

「ふふん、その答えが “リアルおままごと” です!」

 

 と、思ったら何故か影となってやり過ごそうとしていた俺を指さしそのささやかな抵抗はあっという間に無為とされ、性質の悪い酔っ払いたちが面白そうなツマミを見つけたと言わんばかりに顔を見合わせて悪い笑顔を浮かべてこちらを見た。

 

 

――――恨みますぜ、美優さん。

 

 

 泥酔ミッフーが提案したゲームの概要はこうだ。

 

1. みんなが思いついたクズ夫を紙にそれぞれしたため、箱に回収。

 

2. じゃんけんで決めた順番で籤を引き、そのクズ夫に扮した俺に対面

 

3. 俺を改善させるか、論破すれば訓練終了

 

 

 ………なんか俺に恨みでもあるのかな?

 

 というか、みんなノリノリで書いてるけどもうそれだけでこえーよ。自分とこの所属アイドルが思いのほか闇が深くてこえーよ。

 

 

 そんな黄昏ている俺をよそに彼女達の楽し気な声がキャッキャとアパートの一室に響くのでしたとさ。

 

 

 ちくしょうめ

 

 

----------------

 

 

Case by 木場 真奈美  “暴力夫”

 

 

「ふむ、初手は私か……中々に面白い」

 

「これだれー?」

 

「あ、私です。ウサミン星ではこういう男性は速攻でコロコロです」

 

「ウサミン星マジぱないっス」

 

「どきがムネムネしちゃいます」

 

「それじゃあ、さっそく~~ 始め!!」

 

 壁際に寄せ観客席とかしたソファから外野の声が楽し気に響き渡る中でオシャレなガラステーブルを挟んだ差し向かいで木場さんが俺の前に腰を下ろした。川島さんの開始の合図から一拍、役者モードに入った木場さんが切なげな顔を浮かべ、気まずそうな雰囲気の中で意を決したように声を紡ぐ。

 

「ハチ……その、今日はちょっと込み入った話が合ってね……」

 

「……なんすか?」

 

 余りに緊迫した雰囲気に思わず息を呑みそうになるが、佐藤に渡された台本を読み上げてなんとか答えることが出来た。―――というか、俺が身じろぎしただけで体を強張らせるとかクオリティが高すぎて俺が本当に極悪人になってしまったみたいで随分居心地が悪い。

 

「そ、その、…だな。君との子供が出来たんだ。だから、その、もちろん今まで通り君の愛情表現は続けて貰って構わないんだが……腹部だけは子供が生まれるまでは、避けてくれないか……?」

 

 …………いや、いやいやいやいや、重いわ。というか、そんな重度のクソ野郎設定なの? ソファ側で早苗さんが“即逮捕ね”とか座った眼で俺を睨んでるけどやらせてるのアンタらだから! というか、俺だってそんな発想と設定に驚いてるわ!!

 

 だが、唖然とする俺をよそに目を瞑って小刻みに震える演技を続行する木場さんは台本を完遂するまでは意地でもコレを続けるつもりらしい。その謎のプロ根性にうんざりしつつも、深いため息を吐いて台本に書かれたシナリオ通りに動くことにする。

 

「なめんな、おまえがおれにいけんしてんじゃねぇー」

 

 台本に書かれたクソみたいな台詞を棒で読み切り、真奈美さんの襟元を間違っても傷つけないようにゆっくり手を伸ばすと――――

 

「ふぅ、理解が得られなかったようで残念だよ。ハチ」

 

 ギラリと気弱な女性から歴戦の狩人の様な眼差しに変わった彼女に伸ばした腕を取られあっという間に脇固めを決められフローリングとキスをしていた。何を言ったかわから(ry。一切身動きが出来ない中で手の甲に感じるふくよかな膨らみの至福と、“あ、死んだなこれ”という恐怖でもう脳内が完全にフリーズ状態だ。客席から黄色い歓声が聞こえてくるがマジシャラップである。

 

「今までは私が我慢していればよかったんだが……いい機会だ、これから私たちの夫婦の関係も見直していこうじゃないか? なに、安心するといい。私は君を見捨てたりなんかしないとも―――逃がしもしないしね?」

 

 

「しゅーーーーりょーーーーー!!! perfect!!」

 

 

 そのキメ台詞が満面の笑みで決められた所で審査員の川島さんがけたたましくベルをチンチン鳴らしてやたら流暢な英語で試験終了を告げた。こういう時しかその学歴がいかされてない元アナウンサーってどうなんだ。

 

「ははっ、すまないねハチ。ついつい演技に熱が入ってしまったが、痛くはなかっただろう?」

 

「身体はともかく俺の心は既にズタボロですよ。というか、木場さんに暴力振って生き残れるのなんてマイク・タイソンくらいでしょ……」

 

「まぁ、酒の席だ。遠回しにゴリラ呼ばわりしてる事には目を瞑るが―――甘く見ないで欲しいものだね。リング上でなければタイソン相手にだって避けきって見せるとも」

 

 否定はそっちかーい。なんて思っていると観客席で盛り上がっていた面子がやんややんやと木場さんに群がって褒めたたえている。いや、まあ、見てる分には楽しかっただろうけどね? 皆さんそれが誰の犠牲の上に成り立ってるのか忘れてない?

 

「こんなにも盛り上がるとは思わなかったわ!! さあ、駄メンズすら更生させていく私たちのサクセスストーリーを続行しましょう!!――――出番よ、楓ちゃん!!」

 

「ウフフ、あんな名演されたらアーメンと祈るしかありませんね」

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

「……さあ、私が引いた籤は―――これです!!!」

 

 

-------------------

 

 

Case by 高垣 楓  “酒乱夫”

 

「いや、その………楓さん?」

 

「はい? なんでしょう?(くぴくぴ」

 

「あの、その、ちょっと飲みすぎなんじゃないかなぁ、って思いまして」

 

「 ? 今日はとことん貴方に付き合うって決めたので遠慮しないでもっと飲んでください?(くぴくぴ」

 

「いや、ちょ、マジで死にますよ! 何本目ですか!!」

 

「嫌です! やめてください!! DVでこっちはいつでも訴える準備は出来てるんですから!!」

 

「アンタが進めるべきは入院の準備です!! 分かりました!! 分かりましたから!! 禁酒しますから楓さんも飲む量を控えましょう!!?」

 

「ふざけないで下さい!! いつも貴方が飲んでるのを羨ましく思ってたのに私が始めた瞬間にそんな事いうなんて!!――――さあ!これから毎日がお酒まみれの楽しい生活ですよ!!」

 

「マジで武内さんにいいつけますよ!!」

 

 

「しゅーーーーりょーーーーー!!! えっと、その、流石ね、としか言いようが……」

 

 

「てへ、そんな褒められると困ります」

 

「「「「「褒めてない」」」」」

 

「(´・ω・`)あれー?」

 

 

-------------------

 

 

 その後もこの地獄の遊戯は続き俺は散々な目にあった。具体的な事は伏せさせてもらうが“セックスレス旦那”と書いた佐藤。お前だけは許さない。

 

 

 そんなこんなでたどり着いた最後の挑戦者にして、発案者が俺の前に静かに座っている。そう、ミッフーでお馴染みの美優さんだ。さっきまでケラケラと笑ったり、怒ったり、落ち込んだりとしていたのだが籤を引いてその内容を見てから終始こんな感じになってしまった。これだけはなぜか佐藤も台本を用意していなかったらしく、ただただ差し向かいに美優さんが俯いて座っている時間が流れている。

 

「………おい、佐藤。コレどうすんだよ。収集つけてくれ」

 

「いやー、こんなピンポイントで“アレ”を引くとは思ってなかったからなぁ……まぁ、気のすむように付き合ってやれよ☆」

 

「はぁ?―――って、は?」

 

 気まずげに視線を逸らす佐藤や他の面子を訝しんで睨んでいるといつの間にかすぐ目の前まで迫っていた美優さんが目に涙を溜め、頬を膨らましてこちらを睨んでいて強制的に顔をそちらに向けさせられる。

 

「他の人なんか、みちゃ嫌です」

 

「は?」

 

「あっちこっち、あっちこっち!! 女の子に優しくばっかして!! そんな事してたら痛い目を見るのは貴方なんですからね!!―――――なので、今日から他の子に優しくするのは禁止です!!」

 

「………え、は、あのー」

 

「お返事は!?」

 

「………は、はい」

 

「―――うへへへ、それなら、いいで、す…………ぐぅ」

 

 おっかない顔してこちらを叱りつけていた彼女は、俺の吐息とも取れないような返事に満足したのかふにゃりと表情を軟化させてそのまま人の膝の上で安らかな寝息を立てて丸まってしまう。そんな彼女が緩めた手元から零れた紙に書かれたのは――――“浮気夫”という文字。

 

「…………とりあえず、コレ書いた人。正座してください」

 

「正座も何も、いまアンタが膝枕してる子が自分で書いて自分で引き当てたのよ」

 

「………oh.」

 

 なんで自分が一番ダメージ喰らう内容を書いて引き当ててんだこのミッフー。というか、あんな適当な一言で絆されちゃうとか色んな意味でこの元同僚 兼 アイドルが心配になってきた。是非とも悪い男に引っかからないように皆さんには目を光らせておいて欲しいものだ。

 

「「「「………」」」」

 

「…なんすか?」

 

 

「「「「一番たちが悪いのに既にひっかかってるんだよなぁ……」」」」

 

 

「?」

 

 

 なぜかゴミを見るような眼で見られ首を傾げて答えれば、誰も彼もが深いため息を吐いて思い思いの酒をグラスに注いで飲み干していく。そんな酔い乙女たちの極寒の視線を紛らわせるために俺はグラスに残ったハイボールを流し込んだ。

 

 

 シンデレラの夜の茶会は、こうして今日も更けてゆく。

 




(*'▽')みんなの評価とコメントでこのSSは制作されました(笑)


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悪徳の花

※ちゅうい※


この作品は敬愛なる沼友たっしー様の”やはり俺が残念美人”シリーズの設定をお借りして好き勝手かきなぐったものなので、そこんところを念頭にお楽しみください(笑)

いつもいい作品ありがとう!たっしーさん!!



「失礼を承知で申し上げるのですけど、パッとしない……という印象があります」

 

 物静かなその声が遠慮気味に呟かれた事によって部屋にいるもの全員の空気は張りつめた物へと切り替わった事を感じる。趣深い年季の入った本棚に飾られた多くの図書と質素ながらも重厚な文壇。それに伴って鼻孔を擽る古書独特の匂いは酷く落ち着きをもたらし、その部屋の主である女性“鷺沢 文香”の雰囲気を引き立てる最高のロケーションであったと思う。

 

 恐れ多くも、“シンデレラガールズ総選挙”なる特大のイベントの宣伝写真を一手に引き受けさせて貰った新人カメラマンである俺“比企谷 八幡”はそれぞれのアイドルの事を自分なりに深く研究し、その上で彼女達の最高の素顔を引き出せる場所と状況を苦心して考え抜いたつもりでもある。

 

 だがしかし、である。

 

 それが自分にとっての最高の結論であっても、被写体からしたら甚だしい勘違いである可能性であることだって想定していなかったわけではない。

 

 全撮影スタッフが詰まりそうになるくらいな息を潜めた視線を向けてくるのをチリチリ感じつつも俺は小さく息を吐いて、目の前で肩をちじこめて申し訳なさそうに俯く彼女に苦笑を漏らすことで仕切り直して声を掛けた。

 

「……俺も新人なんで素直に他意なく後学のために聞きたいんですけど、どの辺が物足りなかったですかね?」

 

「いえ、その―――なんと、言いますか」

 

 俺の質問に答えずらそうに俯く彼女。

 

 そもそもがたまに強い意志表示を見せることもあるが、本来は内向的な彼女がこういった事を話すには少しばかりこの大人数の前では厳しい物があるのかもしれない。というか、逆の立場だったなら俺だってこの状況でリテイクを掛けるのは躊躇うし、怖い。でも、―――それでも、彼女は踏み切った。

 

 ならばその意思を酌まずに撮った今までの写真なんて纏めてゴミ箱に捨ててしまえ。

 

「すみません、打ち合わせを挟むんで休憩でお願いします。―――お茶請けにはちょっと離れた所の“お団子”なんていいですね」

 

 “茶代は経費に入りますか?”なんてお道化て聞いてくるスタッフに万札を投げつければ彼らは楽しそうに笑いつつも部屋を後にして二人きりにしてくれる。持つべきは気心の知れたスタッフである。

 

「――――すみません」

 

「いや、こちらこそ休憩を挟まないでぶっ通しでやらせてしまってました。申し訳ないです。お詫びというにはあれですけど、ウチのスタッフ全員が甘党なんでこの辺で一番いい甘味でも買って来るでしょうからそれで勘弁してください」

 

 そんな俺のお道化た言葉に彼女はクスリと小さく笑って答えてくれる事に安堵の息を漏らして、俺は改めて彼女が“パッとしない”と評した写真を眺める。

 

 彼女自身が最も素の魅力を出せる部分として撮影場所に俺が選んだのは彼女の下宿先の自室であった。事務所や現場でのたわいもない会話の中で愛する書籍に囲まれた自室での時間が何よりも安らぐと度々きいていた中で、今回の総選挙で伝えるべきは彼女のそういった部分であるだろうと俺は思ったからだ。

 

 そして、その目論見が外れたとは思わないのだ。

 

 小さなパノラマに映る彼女は好きな書を語り、他人の感想に一喜一憂し、普段は本を読まないスタッフに話を振った時は握り拳を抱きしめて熱く読みやすい本の魅力を語っていてその全てがこれ以上ないくらいに輝いた最高の一枚だと思ってシャッターを切った。

 

 大量の本に囲まれた書庫の中で窓から差し込む光を背に微笑む彼女。

 

 今までの全ての写真を並べたってきっと、思わず目を引いてしまう様な出来だった。

 

 それが――――何が足りなかったのか、本当に分からない。

 

 だからこそ、柄にもなく燃えてしまう。

 

 御大層に恋人を泣かせて海外留学までして学んだ技術。ソレが無駄とは思わないし、思いたくもない。でも、誰もが持て囃すその写真にまだまだ表現しきれていないものを自分自身が何よりも感じていた。

 

 例えば、最愛の金髪の彼女の魅力。

 

 例えば、誰よりも面倒見のいい桃色の少女の優しさ。

 

 例えば、栗毛色のトラブルメーカーの深い思慮の奥深さ。

 

 例えば、藍色の髪のトップスターの年相応の無邪気さ。

 

 例えば、銀の髪を風に流す少女の孤独な自由さ。

 

 撮れば撮るほどに“こんなもんじゃないのに”という葛藤が俺の中で湧き立ってきた。ソレを、誰よりも“素”を晒してくれている彼女達に報いることのできない自分が恨めしかった。その扉が、予想だにもしない女性から齎されたのだ。スタッフへの万札なんて安いものだ。きっと彼女の覚えたひっかかりは――――値千金の機会なのである。

 

 だから、俺はじっと待つ。

 

 彼女が深く思案を重ねて、その先に紡ぐ言葉を―――息を呑んで見守る。

 

「比企谷さんはきっと――――純粋すぎるのかもしれません」

 

「は?」

 

 息を呑んで待った返答が、あまりに思っていたモノと違って思わず気の抜けた声が出てしまった。これだけ自堕落で、無精で情けない人間を掴まえて彼女は一体何を言ってるのだろうか?

 

 その真意が分からず、思わず笑いと共にいつもの軽口が飛び出てしまった。

 

「ははっ、皮肉だとしたら中々の切り口ですね。こんな人類の最底辺を捕まえて“純粋”なんて言葉が出てくるとは」

 

「そういう所が、この写真に出ているんだと思います」

 

「―――――――どういう、意味です?」

 

 馬鹿らしいと笑う自分をにこやかに見つめたまま彼女は文壇に置かれた写真を指し示して棘のある言葉を発する。その目には冗談も、からかいも含まれていない事を察して俺も笑いを引っ込めて彼女に教えを乞う姿勢をとった。

 

 そんな俺に苦笑を零して、ちょっとだけバツが悪そうに彼女は言葉を紡いでいく。

 

「プロの方に素人の私が技術云々でお伝えできることはないですし、そんな差し出がましい事をするつもりもないんです。それに、この写真は本当に自分でもビックリするくらい表情が豊かで、自分はこんな顔をして好きな事を語ってるんだと教えてくれる位にいい写真だとも思うんです」

 

「それでも――――物足りないと、感じたんですよね?」

 

「ええ」

 

 慈しむように写真を撫でた彼女への問いかけは即断と言っていいほどの速さで肯定され、息を呑む。

 

 企画は―――聞く限りでは成功していた。

 

 では――――何が足りない?

 

「……香水は、綺麗な99%の美臭に微かに悪臭も含まれているそうです」

 

「―――――聞いたことは、あります」

 

 唐突な、関連のない言葉に戸惑いつつも頷く俺に小さく微笑んだ彼女は席を立ち、緩やかに、嫋やかに意味もなく蔵書のページを撫でる様に捲りながらも言葉を連ねていく。

 

「それと同じように、物語の英雄も立派で強く、優しく、清廉潔白なだけでなく様々な苦悩を抱えるからこそ愛され、今に伝えられているのでしょう。得てして、人間とは完璧なものではなく不完全な物にこそ惹かれもっと知りたいとその想いを重ねて没頭していくものなのだと思います。その観点から言えば、この写真は―――――綺麗すぎる様な気がしたんです」

 

「…………綺麗、過ぎる」

 

「ええ。本が好きで、それだけでなく自分も歩みだした少女が新たなページに――自らの物語に心弾ませる美しい描写がこの写真には詰まっていて誰もが心を和ませてくれるかもと思うんです。“アイドル”の宣伝の写真としてはきっとこれ以上はないくらいだと思うんです。けれでも―――――頂点に立つには少し見栄えがしない物語だと思ってしまったんです」

 

 パタリ、と静かに閉められた本の音が、大きくもないのに嫌に耳に響いて俺は息を呑んだ。

 

 そんな俺に更に微笑みを深くした彼女は一歩、また一歩と俺に歩みを寄せて――ついには立ち上がれない俺の首筋を絡めとるように、見下ろす形で手を回して俺を抑え込んで覗き込んでくる。

 

「ここまで言って、気が付きませんか?」

 

「な、にを……」

 

 気を抜けば、呼吸をしてしまえば彼女から薫る甘やかな匂いに思考を投げ出してしまいそうでそれすら憚る俺は必死に言葉を紡ぐが、彼女はそれすらも楽しそうに嗤って俺の中に毒の様な言葉を注いでくる。

 

「綺麗な感情だけを映すのは、きっと貴方がその下にある汚いものを見たくないからでは?」

 

 ちがう、違うチガウちがう。 俺は誰よりもそんな事を知っている。人は怖い。醜い。恐ろしい。そんな事は誰よりも体験してきた。でも、ソレを打ち砕くくらいに尊いと思える出会いと時間を過ごしてきた。だから、あの輝く光を、一瞬を逃すまいと収めてきたのだ。

 

 そんな、子供の癇癪の様な言葉を垂れ流す俺を彼女は、柔らかく包み込み―――デスクの上へと押し倒した。

 

「貴方の苦しみを分かる、だなんては言えません。でも――――綺麗な所だけで生きていないのは、私も一緒です。貴方の、貴方だけには、そういう所まで余すところなく見て、知って、分かって欲しいと思ってやまないんです。写真の奥にいる私のこの劣情すら貴方には映し出して欲しい。そして、私の全てを差し出す代わりに――――貴方が欲しい」

 

 その透き通るような蒼い瞳に、燃える様な執念の篝火があった。

 

 嗚呼、ソレを見て俺は自分の無能さを更に思い知った。

 

 何が、“控えめで大人しく本が好きな少女”だ。

 

 いつだって傍でこれだけの熱量を発していた人間に気が付かないくせに、もっと本質を捉えたいだなんて本当に舐め腐っている。だから俺は、二流なんだ。

 

 ゆっくりと、真っ直ぐに俺に重なろうと近づく彼女を見据えつつ、自分の無能さとこの人にココまでさせてしまった罪悪感に打ちひしがれてソレをぼんやりと眺め受け入れる。唇の前に甘い吐息が交じり合い、ソレが重なる数舜前に―――――高らかな着信音が世界を止めた。

 

 それは、こんな俺でも一生をかけて守っていくと決めた最愛の女の固定音。

 

 無意識に伸びた手を、冷たく柔らかな手が遮った。

 

「大切な時期の、大切な撮影に集中していた……という事にしておけば、いいじゃないですか」

 

「すまん」

 

「誰にも、言いません。今日だけ、私だけを見つめてください」

 

「今日だけじゃなく、これからだって最高の写真を撮らせてくれよ」

 

「だったら、その女じゃなくて私を選んでください。いま、目の前で本当の全てを晒している―――こんな惨めな思いをしている私に今日くらいは、その優しさを分けてください」

 

「……ごめん、でも、きっとソレをしたら本当にいい写真は二度と取れなくなると思うんです」

 

「―――本当に、貴方は“純粋”すぎますね」

 

 そういって俺の胸板に力なく顔を埋めた彼女は小さく“恨みます”なんて囁いて俺の手を緩やかに離した。

 

 

 

『お、やっと出たはっちー!……もしかして、仕事の邪魔しちゃったかな』

 

「いや、声が聞けて良かった。今も撮影中で時間も取れないけど一つだけいいか?」

 

『ん~? 一つと言わず何個でもどうぞしるぶぷれ~?』

 

「愛してる」

 

「なっ!っちょ!!」

 

 

 電話先から慌てふためいた彼女が携帯を落としたのか耳障りな衝突音を最後に通話が切れた事に苦笑を漏らしつつ、俺にいまだのしかかったままの文香さんの華奢な肩を押し戻して俯く彼女になんと声を掛けるべきか悩んだ結果、どうにも締まらない言葉が零れ出る。

 

「今日の撮影は、延期にしましょうか?」

 

「……いいえ、続けましょう」

 

 しばらくの沈黙を挟んだ返答は若干の鼻声を混ぜながらも、力強く返ってきて彼女は勢いよく席を立って俺を再び見下ろした。

 

 

「どこぞの腕と女癖の悪いカメラマンさんが―――今度こそ最高の写真を撮ってくれる事を精々期待させて貰いましょう」

 

 

 そういって勝気に微笑む彼女は確かにさっきの写真にはない強かさと、不敵さが宿っていて――――今までにない最高の“鷺沢 文香”を収めることが出来るという確信が俺の胸に宿って置いていたカメラを握り締めさせるには十分に輝いて見えた。

 

 

――――――――――――

 

 

これは、とある新人カメラマンがもう一歩だけフィルムと被写体の隙間に踏み込み

 

 

 とある内気な少女が、切ない痛みと共に一つの恋の終わりを迎えた

 

 

 誰にも知られることのない物語。

 

 

 

 

 




(*'▽')誰か、評価を、燃料をくだせぇ←乞食感


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346 【夏祭りの乱】

_(:3」∠)_へへへ、渋でアンケートした結果を適当に集計した結果、上位と同数だった中でピンときた子をチョイス。

嫌気の指す夏の気晴らしと戯れと思って頂ければ~


 もはや見慣れてきてしまった各テレビ局からの346本社への変わらぬ街並み。精々変わった事といえば車内のクーラーが効いてなければ途端に汗が噴き出すような日照りの残り火がアスファルトに残っている事と、夕日と風にそよぐ街路樹が新緑を越して猛々しい程に茂り始めた事くらいだろうか。そん中で今日は少しだけ慣れない空気というもんが漂っている。

 

 いつもは姦しい程に響く笑い声や会話が途切れることが無いか、死んだかのように誰もがぐっすりと眠りこけているこの送迎時間。誰もが口を噤んでいるのに、目はまどろむわけでもなくソワソワと落ち着きなく窓の外を見ている。そんな静かなのに騒がしいという妙な雰囲気の中で遂には自分たちの事務所である時計塔を擁したビルが見えてきた瞬間にその圧はもっと強くなってゆく。

 

 そんな雰囲気に辟易としながらも通いなれた道順を通って緩やかに地下の駐車場に愛車のバン君を停めた時に―――遂にその緊張が弾けたように彼女達は勢いよく扉を開いて挨拶もそこそこに本社へと駆け出して行った。

 

「ちょ、もう時間がギリギリですよ! 皆さん、僕のようにカワイク急ぎましょう!!」

 

「あー、ついてないわー。こんな日に限って収録が長引くなんて!!」

 

「あ、あ!! 川島さん!! バッグ忘れてますよぅ!!」

 

 ドタバタとガヤガヤと地下に響くその声は大きく木霊を残して、その反響が返ってくる頃には影も形もなく彼女達は姿を消していったのに小さくため息を吐いて俺は守衛室に今日の活動票を届けるために足を向けてゆき、地下からスロープを上った先にある出口を上り切った先には―――夕日に照らされつつ多種多様な出店が立ち並び、そのBGMとして祭囃子が高らかに響き祭りの開催を待ちわびた人々で溢れている光景が広がった。

 

 何度も言うが、ここは都心のど真ん中にある芸能プロダクションであり、間違っても多摩川沿いにある花火大会の会場なんかではないはずなのだが、今日ばかりは広い中庭は完全にそのためにセッティングされていて盆踊りのやぐらまで組んでいるのが本気度を嫌でも伺わせる。

 

「おぉ、ハチ公。今日ばかりはお宅んとこも店じまいかね?」

 

「こんな祭りをやってるときに仕事なんて入れたらストを起こされかねませんから」

 

「わははは、まぁ、今回の件はいい試みじゃと儂は思うのぅ。美城の嬢ちゃんも粋なことをするもんじゃわい」

 

「――――こっちは上役の思い付きに振り回されてへとへとですよ」

 

 その光景に目を眇めつつ紫煙を吹かしているとベテラン守衛の“徳さん”が快活に笑いながら声を掛けてきたので適当に毒を吐いてみればそれすらも大笑いするのだからため息もでようものだ。

 

 賑わうその雑踏と宵闇が濃くなるにつれてその存在を強めていく提灯の灯りに―――俺は今回の事件の発端を思い返したのだった。

 

 

―――――― 

 

 

「諸君、最後に通達がある」

 

 

 346プロダクションで月に1度行われる総会議。ここでは様々な部署が入り乱れるこの会社で唯一といっていい程に全部署の責任者が招集され結果報告や方針の総括をこの城の覇者である常務へと報告する場でもある。下手な報告や失敗等があればその場で心身共にボコボコにされるので着いた仇名が“公開処刑場”という物騒な物である。

 

 ただ、今回に限って言うならば全ての部署の売り上げは好調。さらに言えば、これから来るシーズンに向けて様々なイベントや撮影でどこの部署も展望は明るく多くの提案も意欲的なモノが多かったので終始、常務もご機嫌だったために誰もが最後の報告を終えた瞬間に詰めた息を吐き出して朗らかに席を立とうとした時の事である。女王のその一言に大の大人が揃いも揃って肩を強張らせた。

 

 かつての苛烈な彼女の施策を思い出し、冷や汗が流れる。

 

 確かに、彼女が行った大手術は大きな成果を齎した。余計な政治や遠慮、悪意の壁。かつて仕事をするために邪魔だったものは全て取り払われ、実力だけがモノを言う状態にすることによって次々と抑え込まれていた若手が頭角を現したことによって今日日の様な積極的な提案も増え、企業として大きく躍進を迎えたことに疑いはない。だが、それでもその手術は痛みを伴わなかった訳でもないし―――いまだに傷が癒えきった訳でもない。

 

 そんな中で新たに彼女から発せられる言葉に誰もが息を呑んだ。

 

 資料投影の助手として呼ばれた俺も纏めていた資料をうっかり取り落とすくらいには動揺したのだが、隣に座るちひろさんだけは呆れたように小さくため息を吐いていた事を今でも覚えている。

 

 そんな全員をゆっくりと見回した彼女が不敵に唇を歪めて―――言葉を紡いだ。

 

 

 

「 祭 り を 行 う 」

 

 

 

「「「「 はぁ? 」」」」

 

 

 

 室内にいる誰もが予想外の言葉に唖然とする中で、女王は楽し気に目を細めたまま部屋の隅に控えていた秘書たちに資料を配らせていく。というか、資料っていうより告知のビラに近い感じである。その中にはこのために作ったのか祭りっぽい表紙の写真の下に、ここの中庭やテラス等を利用した出店配置であることや、日時、注意事項等が掛かれただけの簡素な物であった。

 

 誰もがソレに眉を顰め、首を傾げる中で自然とその視線は一点へと向かってゆく。こういう時にいつだって白羽の矢が立つのは若手で、それが普段から悪目立ちしているならそれはなおいい。―――以上の事から武内さんに“どういうことか聞けよ”という圧力は集中し、それに疲れたように眉間を揉み解した我らの偉丈夫はその雄々しい腕をまっすぐと天に突きあげた。

 

「……常務、質問を宜しいでしょうか?」

 

「手短にしたまえ。私も暇ではない」

 

 会議室の誰もがこの時ばかりは心を一つにした“おまゆう?”。

 

「――――では、要約していきます。 これ、必要でしょうか?」

 

「………少々、お前には期待をしすぎたようだな。順を追って説明してやろう、お前以外の誰もが分かっているであろうことを “わざわざ” お前の為に」

 

 武内さんの核心すぎる一言に盛大に頷こうとした各部署のお偉いさんたちは常務の一言に必死にその首の動きを誤魔化して誰もが武内さんと常務から目を逸らした。これには蝙蝠もびっくりな掌返しである。この変わり身の早さとステルス性能は見習ってゆきたい部分がある。

 

「昨今、マスコミやパパラッチの記事のレベルの低さは周知の通りだ。街を歩いただけで囃し立て、知り合いと挨拶などすれば火のない所に火事を起こそうとする始末」

 

「……それは、同意できます」

 

「普段からそれであるのにこれからの季節は夏祭りだの、花火だとそういった話題は事を欠かん。さらに踏み込んで言うならば、タレントとて人間。街を歩くのにも変装や周囲の視線を気にしなければならない事は想像もできないストレスだろう。―――だが、そんな下らない事を気にして回る縁日が楽しいと、本気で思っているのか?」

 

「―――っ、それは!!」

 

「乙女であれば変装など無粋なモノを取り払って、最高の状態で縁日を楽しみたいことだろう。男の俳優とて人目を気にせず縁日のビールを供に焼き鳥をほうばりたいだろう。芸能界に入った以上はそういった娯楽は諦めなければならないなど下らぬ幻想だ。

 

 この“346夏祭り”で―――そんな無粋は一切許さん!!

 

 全タレントと社員に伝えろ!! “祭 り を 行 う” と!!」

 

 

 「「「「はっ!!!!」」」」

 

 

 誰もが、先ほどとは違う息を呑み―――いつの間にか喝采と拍手を打ち鳴らしていた。

 

 世の芸能人が出店や遊びに行くというだけでも人目を忍んでいるという暗黙の了解への明確すぎるアンチテーゼ。その効果は昨今のアイドルブームから乱立する多くの事務所への明確な区別化となり、多くのまだ見ぬ原石がココに集う事になる大きなきっかけともなる基盤。そして、今現在で所属しているタレント達へのここに居続ける大きな理由となるだろう。

 

 多くの福利厚生でうやむやにしてきた一番の鬱屈を晴らすこのイベントは、色んな意味での新しい礎となりえるかもしれない、そんな発議であった。魔法使いと呼ばれあらゆるアイドルの概念を打ち破ってきた武内さんですら至らなかった考えに恥じ入るように目を伏せ、しかし、大きく手を打ち鳴らしている。ただ―――この発議には大きな問題が潜んでいることにココにいる全員は気が付いているのだろうか?

 

「………ちひろさん。これ、日程合わなくて参加できない人はどうすんすか?」

 

「…比企谷君はこの話を聞いた娘達が黙って引き下がると思います?」

 

「…つまり?」

 

「皆が参加できるようにスケジュール調整を今から死ぬ気でやらなきゃ、アイドルに呪い殺されます」

 

「――――」

 

 アイドルに殺される前に、過労で死んじゃうんだよなぁ……。

 

 いつの間にか常務コールが鳴り響く会議室に、俺の“ふぐぅ”なんて頭を抱える情けない声が混じって消えた。

 

 会議は踊り、議論は纏まった。

 

 後は、社畜が死すのみである。

 

 

------------------

 

 

 

「という事があり――祭りが行われます」

 

 

「「「「「 常務、最高!! 」」」」」

 

 

 その結果を伝えた瞬間のアイドル達の歓喜たるや凄まじいものである。普段は味噌糞に悪口を言いまくっているのにこういった時はユダもびっくりの掌返しっぷり。誰もが武内さんが持ってきたチラシを穴が開く程に睨んで、日程を確認した瞬間に浴衣を実家から取り寄せたりだの、持っていない連中は纏まって何処に買いに行くかなんて入念に自分のスケジュールを確認して示し合わせていたりする。

 

 この“急にそんなこと言われても困るわ~”なんて口々に文句を漏らしながらも楽し気にその予定に心躍らせる様子を見るに常務の考えは案外に的外れでは無かったらしい。美嘉とたまたま参加した地方の小さな祭りだったり、初期のまだ売れてなかった頃に全員で行った以外では、個人はともかくメンバーで集まってこういうイベントに参加する事はなかったはずだ。年頃の娘として気兼ねないってのはそれだけでも嬉しいもんなのだろう。

 

「あ、補足ですけど。今回は会社関係者の家族まで招待してますが、それ以外の一般人はゲートを閉じて警備員を立ててますので完全に社内の催しとなります。―――ついでに、その自然な感じを写真に収める了承が欲しいんですけど、大丈夫ですか?」

 

「え、何? 写真に残るのコレ!! きゃー、適当なの選べないわ~!!」

 

「うっわ、気が抜けない事いうな~、ちひろさん」

 

「でもまぁ、コレも思い出作りと思えば楽しいですね!!」

 

「うーん、こりゃちょーっと奮発しちゃおうかな?」

 

「周子はん、浴衣ならお安くしときますえ♡」

 

「紗枝ちゃんのお安くは桁が二つちがうんだよなぁ……」

 

「ふふっ、でも、一生物と考えるなら―――私も一口乗ろうかしら?」

 

 ちひろさんの一言に更にテンションがアゲアゲになるメンバーに男勢である俺達は苦笑を零すしかないのだが――思いもよらない所から矢が飛んできた。

 

「ハチさんは、どんな浴衣買うの?」

 

「何言ってんだ、小梅? 強制参加じゃないから俺は普通に帰るぞ?」

 

「―――へ?」

 

 姦しく騒ぐメンバー達から抜け出してちょこちょこと近づいてきた小梅が素っ頓狂な事を言うので俺もおかしくてつい笑いながら答えてしまった。それを唖然としている彼女の透けるような金髪の頭をそのまま撫でつけようとすると――がっちりと手首を掴まれた。 解せぬ。

 

「………だ、駄目だよ。 それは、駄目」

 

「はぁ? いや、こっちは気にしなくていいから楽しんできていい、ぞ?」

 

 幼いながら気を使ったのだろうが心配しなくていいぞ、小梅。そもそも人込みが嫌いなタイプのボッチなので祭りとか全然に興味ない。むしろ人が集まるところとか大嫌いだし、そのためにわざわざ浴衣を買うとかもっとあり得ない。それなら俺は課金する事を選ぶまである。 

 

なんて軽口を叩こうとしたところで異変に気が付いた。あれだけ騒がしかった部屋がピタリと静まり返って、それぞれ盛り上がっていたメンバーがジッとこちらに視線を向けている。一部は“なにいってんだこいつ?”みたいな目で、年長組の多くは“自殺志願者かな?”みたいな目。更に、年齢問わずに一番怖いのが“逃がさん”と言わんばかりに目の奥をぎらつかせてる奴らだ。

 

 なに? みんながそんなお祭り好きだなんて八幡初めて知ったぜ?

 

「は、ハチさんが――仲間がみんないないと、心から、楽しめないと 思う。だ、だから、一緒にいこ?」

 

 は? かわいいかよ。 なんて、心の沸点が突沸して思わずキレてしまいそうになったが、クールなボッチの俺は寸前で堪えて腰元に抱き着いてくる小梅の上目使いに心の天秤がグワングワン揺らされる。ついでに言うと、首筋と足首をやけに生々しい手が握ってる感触があるせいで何故か背中に冷や汗が止まらない。―――小梅さん? なんで“まだ、まだ駄目だよ?”とか俺じゃない方向に目線向けて小さく呟いてんですかね?

 

「わ、わかったよ。いきゃーいいんだろ。行けば」

 

「わぁ、あ、ありがと!! 一杯お店まわろう、ね?」

 

 なぜか命の危機を感じた俺が根負けしてそう呟けば、まさに花が咲くような笑顔で小梅が首っ玉に抱き着いてくる。最近、また時間をつくれてやれていないせいかいつもより過度な感じのスキンシップに苦笑いしていると、うるさいのがここぞとばかりに突進してきたので頭を掴んで距離をとる。

 

「ふぐぅ、コレが噂のらぶらぶ天聳拳ですか…」

 

「安心しろ、拒絶100%の灼熱のゴットフィンガーだ」

 

 阿保なことを抜かすナスビの頭をそのまま片手で締めあげると奇声をあげて悶えながら茄子が良く分からない駄々をこね始めた。

 

「ずーるーい!! ずーるーいーでーすー!! 小梅ちゃんとだけじゃなくて私ともお祭り回りましょうよ!! 私と回ればなんとお得にくじ引き百発百中!! カワイイ浴衣に美女までついてくるんですよ? これは回るっきゃなぁぁっぁぁ、いだだだだ」

 

「いや、別に祭りのくじ引きにそこまで求めてねぇわ」

 

 限界まで搾り上げて悶えたナスビの言葉をにべもなく切って、ほおり投げる。最近じゃ明らかになって久しいがあの籤に当たりは入ってないのである。もしかしたら、入ってるのかもしれないがあれはそういうものだって割り切ってるし、ホントに引き当てて恨みも買いたくない。悶える茄子に溜息を吐いていると、そんな彼女を脇に避けて数人の娘たちが前に出てきた。

 

「でも、茄子さんの発言には一理あるかな?」

 

 それは沙耶の様な黒髪に狼の様な目の鋭さを宿した少女で。

 

「独り占めは、良くないですねぇ?」

 

 赤いリボンを指で弄びながらにこやかに微笑むロリ系読モで。

 

「最近は愛梨とお話する時間も随分少ないとおもうんですけどぉ?」

 

 栗毛をツインテールに纏めた初代シンデレラで。

 

「機会は均等に―――民主主義ですね」

 

 不穏な笑顔を浮かべる内気な同級の文学少女だった。

 

 その他にも、言葉は発さないものの一歩だけこちらににじり寄る数人。誰も彼もにこやかに笑っているはずなのにさっきの様な明るく緩いものではなく、なぜか細い糸を張りつめさせたような緊張感を漂わせている――――なんだこれ?

 

 武内さんやチッヒに救援の視線を送るとサッと逸らされた。相も変わらず使えない上司である。そんな中でも一歩踏み込む彼女達にこちらも一歩下がる。そんな事をしているウチに壁は背につき、小梅も何故か俺の首を強く抱え込み少々苦しい。

 

 

 そんなとき、救いの女神は訪れた。

 

 

「はーい、はい。冗談もそこそこ。みんなハチ君と遊びたいのは分かるけど、今回は公平に行きましょ?」

 

「「「公平?」」」

 

「そ、文香ちゃんの言う通り“機会均等”ってやつね」

 

 手を打ち鳴らして迫ってくる少女たちとの間に入り込んできたのはこの大所帯の纏め役である“瑞樹さん”だった。謎の迫力も物ともせず首を傾げる彼女達にウインクして場を取りなすその姿はマジで女神かと思った。そうそう、エロのヴィーナス(笑)とかじゃなくて女神ってのはこういうのでいいんだよ。マジ瑞樹さん女神。―――なぜか美波に睨まれた。解せぬ。

 

「―――とはいってもどうするの? この人数で希望者に絞っても平等って訳にはいかないよね? 下手に時間で区切っても短くて楽しめないと思うけど……」

 

 凜の疑問に誰もが頷くが…そもそも俺の時間をなんで勝手に切り売りする話になってるのか全然分かんない。え、これって座ってビール飲んでりゃいいんじゃないの?

 

 そんな俺の疑問には誰も取り合ってくれず、瑞樹さんは不敵に笑いポケットからあるものを取り出して皆に見せつける様に掲げる。

 

「困った時はいつだってコレでしょ? “くじ引き”!!」

 

「それなら私大賛成 「ただし、成人済みの娘はこれを引けません!」 てぇ?? ななななんでですか!!? 平等にっていう趣旨が既にぶっ飛んでるんですけど!! ついに小皺対策が効きすぎて脳の皺にまでツルツルになっ「少しシャラップでして~」 ふぎゅ」

 

 噛みつく茄子が依田に黙らせられた所で眉間に青筋を浮かべた瑞樹さんが深呼吸をして、笑顔で仕切り直し、不満げな面子に説明を再開する。

 

「まぁ、めっぽう籤引きに強い茄子ちゃんがいるっているのも理由の一つだけど――成年組は飲み会でいっぱい交流してるから今回はお預けよ。どうせ、お祭りが終わったら飲みに行くんだからここは大人の貫禄で譲ってあげましょう?」

 

「飲み会で一杯ずつ付き合って貰うってことですね?……ふふっ」

 

「楓ちゃん、混ぜ返さないの――――という訳で、これで人員は半減。後は時の運。これなら平等でしょう?………ふむ、ついでだからハチ君を参戦させた小梅ちゃんはシード枠で勝ち抜きって事にしときましょう。コレも平等って奴の弊害という事で」

 

「「「「…………(コクリ」」」」

 

「どうか、この機会に“あんまり時間が取れなかった子”が引けるといいわね」

 

 年長組が面白半分のヤジやブーイングを漏らす中で未成年組は神妙にお互いの顔を見合わせ小さく頷き、それぞれが籤を手にしたが―――これ、そんなに大事にするようなことなのだろうか?

 

 キャッキャと喜んでいる小梅をあやしつつも俺は静かに一人首を傾げるのであったとさ。

 

 





結果発表

小梅「えへ、へ……久しぶりのデート、だね?」


アーニャ「Мне очень приятно! ミナミやりました!」


千夜「………まぁ、コレが籤の結果なら従います」


ありす「―――っ!!(ガッツポーズ」


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346夏祭り 【手を引く少女はいつかしか並び立つ】

_(:3」∠)_いつもお世話になっちょります。sasakinです。

初回デートは小梅嬢。

久々の彼女を頭を空っぽにしてどうかお楽しみください(笑)


 

「ほらよっ――と!! 男前の完成だぞ、ハチ公☆」

 

「あだっ……セクハラで訴えんぞ、佐藤」

 

 腰回りをグッと引き締められる感触からしばし、最後の仕上げとばかりに景気よくけつを叩いた佐藤に文句を言いつつも当の本人はケラケラと笑うばかりで相手にする様子はない。そんな相手に食ってかかるのも馬鹿らしく目の前に用意された姿見に目線を映せば見慣れた陰気な顔つきに大雑把に後ろで纏められた髪に反抗するように立ちあがるアホ毛。そんな男の首から下は皺ひとつないおろしたてとも言えるほど張りのついた麻の葉模様があしらわれた黒地の浴衣が綺麗に着付けられて、最初はきつ過ぎると思った帯も息を抜いてみれば多少の動きでは緩まない絶妙な加減で絞られている事も少し身じろぎしてみれば分かる。

 

「………やっぱ、服飾関係に関してはお前もプロなんだよなぁ」

 

「お、珍しく素直に褒めてくるな。しゅがはに惚れ直したか?」

 

「ま、技術に関してはな」

 

「可愛くない奴め☆」

 

 ため息交じりの感嘆に返ってくる応答はいつもの様におチャラけた物でこっちも軽口を返す。だが、ストレートな称賛に弱いひねくれ者だというのはとうの昔に割れているためほっぺをグリグリしてくる佐藤の耳が赤いのも見て見ぬふりしてやるくらいの人情がボッチにもあるのだ。

 

 一通りいつもの応酬をした後、佐藤が最終確認のように俺の周囲を見回り満足げに頷いた後、帯に扇子を差し込み、手首に手触りのいい巾着を括りつけてから一歩踏み込んで胸元に指を指す。

 

「見た目だけは上々にしてやったんだから、今日のデート相手には精一杯にカッコつけて来いよ?☆」

 

「……世話焼きな姉みたいな事いうな」

 

 真剣に睨むようにこちらをねめつける彼女に苦笑して答えると、相手もその表情を悪戯気なものに変えてそのまま出口へと歩を進めながら柔らかく、それでも軽くはない言葉を謳うように紡いでいく。

 

「みんなお前が可愛くて仕方ないんだよ。―――他の後輩もな。 だから、精々今日は楽しんで、優しくしてやんな☆」

 

「………善処する」

 

「ならばよし。ほら、開会式行くぞ」

 

 ハッとするくらい柔らかく微笑んだ彼女に見とれた事を誤魔化すようにつっけどんに返せば彼女もソレを楽しそうに笑って俺を急かす。

 

 指定された場所で落ち合い、制限時間内で祭りを巡って次の待ち合わせ場所へ。そんな不思議な方式を取られたこの不可思議なお祭りデート。喧々諤々の結果選ばれた少女達とのそんな時間をせめて気張らし程度にはなれればいいと思いながら俺は紗枝に買わされた無駄に高価な浴衣の帯を少しだけさすりながら彼女の背を追った。

 

 

 

----------------

 

 

「えへへ、どう…かな?」

 

「世界一可愛い」

 

「うぇっ、うへへへへ。お世辞でも、嬉しいかも…」

 

 開会式前。誰もが祭りの開始を待ち望み隣り合う人と浮足立つ気持ちを分かち合うステージ前の広場で指定された場所で待つこと数分。目の間に現れたのは透けるような金の髪に艶やかな赤く可愛らしい花簪を刺した白磁のような少女。その細く華奢な体はシンプルな紺色の生地に朝顔を散らせた浴衣に身を包み、はにかむようにその衣裳を俺の前で広げて見せた。

 

 ぽろっとそんな少女に感想なんて求められたら答えは一択しかないだろう。というか、いつもの照れ隠しなんか抜いたって目の前の小柄な少女は色とりどりの浴衣が溢れるこの場だってずば抜けて可愛らしいながらも、切り取られたような幽玄さがある別格のモノだったので嘘偽りなんかはなくそう思ったのだけれど目の前の“白坂 小梅”はそんな安っぽい言葉にも謙虚に、それでも嬉しそうに微笑んでもう一歩だけ俺に踏み込んで所在なさげに目線を彷徨わせる。

 

「あっ」

 

「今日は“小梅の日”らしいからな。―――やりたいことははっきり言って貰ったほうが俺も分かりやすくて助かる」

 

「―――うん。嬉しい、な」

 

 口元を袖で隠しつつも感じる視線から察した俺が彼女の手を握って軽口を叩けば彼女は今度こそ華が綻ぶような微笑みを浮かべて俺の手を握り返して体を寄せてくる。宵闇の残り火の様な暑さの中で、彼女のひんやりとした体温が心地いい。

 

「というか、開会式の後の方がすぐに遊べて良かったんじゃないか?」

 

「ん、ハチさんに会うの我慢できなかったし――やっぱり、最初からならココがいいなって思ったの」

 

 何を話すでもなくざわつく雑踏の中でお互いの手を握り合っている中で何気なく零した言葉に彼女はそう答えた。最初にあった頃から早3年。12歳だった彼女ももう中学を卒業する年となって少しだけその身体や顔つきも大人びたモノへと変わっていた中で、そうして柔らかく微笑む表情はなんだか自分の娘が知らないうちに成長していたという事を感じさせるもので―――胸が少しだけ不定期に揺れた。

 

「常務の気難しい顔を拝みたがるとは物好きだな」

 

「んふふ、常務は…とってもいい人、だよ? それに―――お社の人も久々に気分がいいみたい」

 

「おやしろ?」

 

 そんな不整脈を誤魔化すように口ずさんだ軽口に彼女はクスクスと笑いを漏らしつつもとある方角に指を指し、ソレを目で追えばいつもは目立たない中庭の隅に今日だけは簡易的な会所と旗が立てられた石碑が祀られているのが目に入った。お神酒に供え物と蝋燭。それだけが供えられてようやくあんな所にそんなものがあった事を認識できる程度の小さな祠だった。

 

「………あんなんあったんだな」

 

「うん。いっつも不機嫌そうに腰を掛けて唸ってたんだけど、今日はお供え物で酔って気分がいいみたい――――ほら」

 

「……は?」

 

 彼女の言葉に首を傾げている中でちょっとだけ握る力が強められた瞬間に、立派な武者鎧に身を包んだ白髭の翁が機嫌よさそうに杯を乾している姿を幻視して慌てて目をこすってまた視線を走らせるとそこはさっきと変らない古ぼけた祠と石碑があるだけだ。そんな狐に化かされたような光景に目を白黒させていると小梅がニッコリと微笑んで口元に指を立てる。

 

「今日だけ、特別」

 

「………ん、そうしてくれ。心臓は強い方じゃないんだ」

 

 きっと、あれこそ彼女が普段“見ている景色”なのかもしれないと妄想の様で変に現実感のある感覚に小さく苦笑を零して笑いかけた。だけれども、きっと、彼女が見ているのはああいう明るい物だけでもないだろうから。せめて、こっちの世界では明るく楽しい物だけを彼女に見せてやりたいなんて思う感傷も身勝手な物なのだろう。

 

 悪戯気に笑う彼女に肩を竦めて答え、楽し気に俺に頭を寄せてきた彼女がまたクスクスと笑っているウチに―――会場の灯りがステージへと絞られて行った。

 

 

 祭りが 始まる。

 

 

――――――― 

 

 

『諸君、我々は―――プロであり、アーティストであり、先駆者である。それは多くの責任が伴う立場で、限られたものにしか許されない特権であり、枷である』

 

 ステージの上にゆったりと進み出た漆黒の浴衣に百合を一輪だけ写した“常務”が全ての視線を受けてなお揺るがずに朗々とその声を会場の隅まで響かせた。

 

『研ぎ澄まし、一瞬の芸に身命を賭す我々は激流の性であり、険しき“芸能”という巌の一欠片を削って散りゆく飛沫なのだろう。―――――だが、散った雫すら再び川へと戻り、静謐な水面で休息を経て雨となり再びその道へ挑む。

 

 そうして、何度でも繰り返し、削り、散って行け。

 

 諸君がその巌を穿つその日まで―――我が社は枯れぬ湖畔であり続ける事をココに誓おう』

 

 謳うように、轟かすように、心胆を震わせるようにその静かな声と全てを射貫くような視線は会場にいる全ての人間の芯に穿たれる。言ってる事は簡単だ。“今日しっかり騒いだら死に物狂いで働け”というそれだけなのだから。だが、その声の重さと覚悟に誰もが息を呑み引き込まれた。

 

 そんな生唾を飲み込むような音が会場中に響いたかの様な錯覚に陥ったのを確認した彼女はそこでようやく表情を緩め、意地悪気に口元を吊り上げた。

 

『―――難しい話は以上だ。色恋も芸の内。酒乱の恥も芸の内。普段は他所の目を気にして出来ない貴重な経験を今日は重ねたまえ。家族連れのモノは憧れのタレントのサインや挨拶を貰いに行くなら、酔いつぶれる前をお勧めする。―――存分に、祭りを楽しみたまえ』

 

 彼女がそう宣言した瞬間に会場が暗転し、都心の摩天楼の夜に―――花が咲いた。

 

 何層も重なり、煌めき、散って再び咲き誇る花火は、まさに彼女のいう芸能という道そのもののあり方なのだろう。だが、その輝きにくたびれた社員の、野心に身を焦がす若者の、老獪な重役の、無邪気な瞳でソレを追う幼子の―――心の一番深い所にどこまでもその輝きを刻み付けた。

 

 

 そうであれと、何よりも雄弁にこの場にいる人間に伝えきった。

 

 

――――かっこよすぎだろ、ウチの取締役。

 

 

 

 やがて、鳴りやんだ号砲と共に明かりを灯した会場に祭囃子が鳴り響き、誰もが喝采をあげてその祭りの始まりを祝福した。はしゃぐ子供たちが憧れを目に灯し、ぴりついていたタレントはちょっとだけその険と緊張を解いてこの賑やかしを楽しむことにしたらしい。やがて、雑踏は思い思いに動き出し祭りは―――始まった。

 

「ふふ、カッコイイね?」

 

「どうにも、敵いそうにないくらいにな」

 

 朗らかに笑う小梅に苦笑してなんとか返すと彼女は楽し気に微笑んで俺の手を引く。

 

 

「さ、私達も―――楽しも?」

 

 

 提灯に照らされた彼女は――息を呑むくらい艶やかで昔の様な“少女”ではないんだという事を俺に知らしめ、その手を引かれるままに俺は彼女の後をついて行ったのだった。

 

 

-----------------

 

 

「ん、時間……だね」

 

 色んな店を冷やかしながら練り歩き、いくつかの景品や屋台を巡った頃にはあっという間に一時間という時間は過ぎていたらしく無機質なアラームが終わりを告げた。その時間の多くを開会式に費やしていたせいもあるのだろうが、本当にすぐになってしまったという感覚だった。

 

「……なんだか俺のせいじゃないのに凄い罪悪感だ」

 

「ハチさんがモテモテなせいだから、ハチさんのせいだね?」

 

「玩具にされてるだけなんだよなぁ…」

 

 そんな軽口をベンチに座って叩き合って彼女はクスクス笑いながら手に持ったりんご飴を楽し気に舐めたのを横目にしていると、同じように初めの頃に隣に座っていた彼女が浮かび上がり――やっぱりあの頃とは違うのだという事を感じた。

 

 手足は若干伸び、顔つきも凛々しく―――何よりも、今にも消えてしまいそうな儚い表情は温かく柔らかなモノ。目を離せばあっという間に良くない何かに連れ攫われてしまうのではないかと背中に冷たい何かを感じた雰囲気を今は感じない。

 

 それが、妙に心に安堵を与えて、彼女の頭を緩く抱き寄せた。

 

「くふふ、なぁに?」

 

「いや、なんとなく」

 

「……そっか」

 

 短いやり取り。それでも、伝えたい事は体重を預けてくれる低めの体温に伝わってると信じて身勝手な言葉を紡いでいく。

 

「すまんな、最近はあんまり構えなくて」

 

「大丈夫だよ、ってはいいたくないなぁ」

 

「ストレートだな」

 

「“私の日”だもん」

 

「…そうだな。ここは、楽しいか?」

 

「うん。 いままでで、一番幸せ」

 

「………よかった」

 

「うん、私も、よかった」

 

 そうして、小さく瞼を閉じてお互いの温もりを感じているとゆったりと俺の胸に手を当てて柔らかく小梅が離れていく。ソレを感じた俺もゆっくりと目を開くと―――赤く、甘いものが唇に押し当てられた。

 

「ふふふ、本番は――もう少ししてから、ね?」

 

 そう小悪魔に微笑んだ彼女は手に持ったりんご飴を俺にそのまま押し当てて―――負けないくらい真っ赤に染めた頬で微笑んで緩やかに雑踏の中へと紛れていってしまう。それを呆然と見送った俺は苦笑と、小さな感傷を抱えて都心の真っ暗な空に浮かぶ満月を仰ぎ見た。

 

 

 

 どうにも―――彼女を子供扱いする時期も、過ぎ去りつつあるようだと感じながら。

 

 

「育ったなぁ」

 

 

 そんな当り前の、馬鹿らしい事を呟いた。

 

 

 




( `ー´)へっへっへ、旦那さん。今回の小咄はどうでしたかねぇ?


('ω')ポチっと評価とコメントをくれるだけでオイラもついうっかり要望に応えちまう――なんてこともあるかもしれませんねぇ(ニチャァ笑


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346夏祭り 【その少女 ”妖精” ときどき ”狩人” ときどき ”聖母” なり】 

('ω')いつもみんなに支えられているsasakinでやんす。

今回はロシアの妖精”アーニャ”のデート回。

いつも通り好き勝手にやってますのでそれでも良い方は気晴らしにお進みくださいませ~。




 

 

「ほんで、お次は……」

 

『Это Аня! Хати! (アーニャですよ! ハチ!!)』

 

 小梅と別れた後に指定された待ち合わせ場所へと携帯を確認しながら人込みを抜けていくと、鈴を鳴らすような凛としつつも無邪気さを感じさせる声がその聴きなれない発音も相まって送られてきたメールを確認するまでもなく誰だか分かってしまった。

 

 小さくため息を吐きつつも人込みの奥でちぎれんばかりに振られている細く色白の手に周囲の視線を集めつつも渋々と向かっていくと、白銀の髪に雪を固めて作ったかのような純白の肌を持つ異人の少女がその顔に満面の笑みを浮かべながらこちらに駆け寄ってきた。それは美少女のはずなのになぜか人懐っこい大型犬の様な愛嬌を感じさせるのだから人柄とは不思議なものだなと思う。

 

『……なに、今日は完全ロシア語で行くの?』

 

『もちろん!お祭りの日くらいはアーニャも気兼ねなく楽しみたいもの!!』

 

『俺が疲れる』

 

「………アー、ダメならアーニャ。日本語でガンバリまーす」

 

『…別に、いいけど』

 

『もう! ツンデレですね!! 今日は楽しみましょう!!』

 

 普段の片言は何処へやら。流暢に母国語であるロシア語が滂沱のごとく流し込まれて俺のにわか語学力では若干聞くのが疲れるくらいにこの状態のアーニャは喋る。最初のレッスンの時にコイツに声を掛けたのが運の尽き。普段の生活で日本に馴染もうと努力を重ねる反動か、元々の性質なのか、はたまた国民性か、彼女はこうして二人きりになるとこうなるのだ。

 

 それに眉を顰めると犬のようにシュンとしてしまうのに絆されて毎回付き合ってしまうのが主な原因なのだろうけれども……コレも幸子の体当たり海外ロケに付き添わされたせいだ。恨むぜ、幸子。

 

『待て待て待て、浴衣でそんなグイグイ進むな引っ張るな。―― 一旦、落ち着け』

 

『ふん? あ、そうですね。ミナミにもあまり大股で動くなと言われてました。ミナミが選んでくれたこのキュートな浴衣が崩れちゃう所です!!』

 

 曳かれる手を引き止めて何とか押しとどめると彼女もハタと気が付いた様に手を打つ。彼女の白い肌にも負けないくらい純白の生地に藤が散らされた上品な浴衣を誇らしげに眺めた彼女はちょっとだけ乱れた裾を直し、おしとやかに小幅な一歩を踏み出して―――カラリと木下駄の心地いい音ともによろめいた。その様子を後ろで眺めつつ俺は小さく頭をかく。西洋、というか日本人以外でこんな特殊な衣類を纏っている所はないので当然といえば当然だろう。――――なので、この対応は“転ばぬ先の杖”という奴だ。

 

『ほれ、こける前に掴んでおけ』

 

『―――。 フフッ、それじゃあ私の騎士様に甘えさせて貰います』

 

『“掴め”って言ってんだよ。誰が“引き寄せろ”って言ったんだ?』

 

『あー、違います。ロシア語では親愛を持って捕まることは“抱き着く”と言います。ハチのロシア語もまだまだですね?』

 

『ロシア語より問題の趣旨を理解してもらえない件について……』

 

 差し出された腕を不思議そうに眺めた後に心底嬉しそうに頬を緩めた彼女が飛びつきグイグイ迫って来るのに深く溜息と嫌味を漏らせば、それすらも得意げな表情で楽しそうに軽口が返ってくるので更に気分はげんなりとしていくのをどうしたって止められない。

 

 組まれた腕に慣れない浴衣。楽し気にアレは、コレはと指さしはしゃぐ度に揺らめく彼女を支えながら進む道のりはさっきより遅々として進まず―――それでも、その無邪気な顔と無警戒に預けられる体温と笑顔に絆されて笑ってしまうのだから俺も随分とこの祭りに充てられてきてしまっているらしい。

 

 そんな独白を苦笑に混ぜて、俺たちは提灯と祭囃子の中をちょっとずつ進んでいく。

 

 

-------------------

 

 

『わぁ、ハチ―――あれは何ですか?』

 

『……射的、の様な何かだと思う』

 

 綿あめを見れば目を輝かせ雲の様だと微笑み、金魚掬いを見れば可愛らしいとはしゃぎ、くじ引きではハズレのくだらない景品である紙風船を楽しそうに弄っていた彼女と巡っていた祭りの最中で彼女が指さした出店に俺はどうにも自信を持って答えることが出来なかった。

 

 店先の机に並ぶのは見慣れたコルク玉が詰め込まれマスケット銃で、その風貌は正に射的といっても間違いではない。だが少々、的が個性的過ぎて俺は自信を持ってそう言い切ることができなかったのだ。なにせ―――的が茂みから出たり入ったりする狼だったり、天井に吊るされ旋回する鷹の玩具であったり、最奥でデンプシーロールを高速で繰り返す熊だったりする射的を見た事が無いのだから俺を責めるのは少し酷だろう。

 

『凄い! 凄いですよ、ハチ!! あれを仕留めれば景品が貰えるって書いてます!! こんなのロシアにもありませんでしたけど、凄く面白そうです!!』

 

『日本でだって見た事ねぇよ……やってくか?』

 

『もちろん! これはパパやお爺ちゃんから鍛えられた腕が鳴ります!』

 

 若干、世界に間違った日本文化が広がっていきそうな危機感を感じつつも隣で興奮する少女に問いかければ爛々と輝く瞳を鋭くした少女が急かすように俺の腕を引いていくのに身を任せ、数人が連なる列に並んでみるとなんとなくその概要が見えてくる。

 

 店長の口上曰く、見慣れた台に並んだ重しの入った的を撃ちぬく形態に常々と不満を持っていた常務が“やるなら普通に難しくしろ”と命じたのが事の発端らしい。それに頭を悩ました店主が知り合いの猟師に聞いたら“動物相手が一番難しい”という返答からこの方式に行きついたらしい。草むらを出たり入ったりする狼に、空飛ぶ鷹に“まっくのうち”状態の熊は前列の人間が果敢に挑むものの嘲笑う様にその弾丸を避けていく事からその猟師の至言を忠実に再現しているのかもしれない。

 

 だが、普通の射的のようにインチキは無いらしく狼は当たれば倒れるし、鷹も真芯を当てれば動きが止まるように出来ているらしく。持ち玉で当てた回数によってポイントが付き景品を選ぶシステムらしい。―――不覚にも、随分面白い出し物だと言わざる得ない。

 

 そんな風に注目を集める屋台にはいつの間にか参加者以外にも見物人が集まってきた頃合いで俺たちの番が回ってきた。

 

『お、順番が来たぞ』

 

『んー、先にハチがやっていいですよ?』

 

『いいのか?』

 

『もちろん、カッコいい所見せてくださいね?……もちろん、負けた方は罰ゲームです!!』

 

『……嫌なプレッシャー乗せてくるねぇ』

 

 意外にも先行を譲った満面の笑みに悪戯っぽさを足して、俺を送り出したロシアの小悪魔に苦笑を漏らしながらも甘んじて白線の前へと進み出て、銃を手に取ってしげしげとソレを手に馴染ませていく。普通の出店よりバネを強くしているせいか多少の重量感とバレルの重さを感じながらコルクを掌で転がしつつ玉を詰めて照準から獲物を狙う。

 

 出店でよくやる漫画や映画の様な片手撃ち。射程が短くなることや、普通の銃の威力不足を補うのや、中二感を味わうには有効なのだろうが前の人がやったのを見ている限りそういった小細工は必要なさそうだ。ならば、幸子のロケについて行った先の射撃場でガイドさんが教えてくれた基本に沿って構えを取る。

 

 足を両肩に広げて、柄を肩口に噛ませた状態で視線と照準を真っ直ぐに。周りで顔見知りの社員たちがニマニマしているのも意識から追い出し、隣で満面の笑みで応援している少女もいまはそこそこに。―――放った銃弾は茂みから飛び出した狼の眉間を見事に打ち抜いた。

 

 小さな歓声にも取り合わず、もう一つ奥にいる狼に狙いをつけてもう一発。掠めて逃げた狼をすぐさま追撃してもう一匹。残り二発で点数の低い山羊で稼ぐかどうかで一瞬迷い―――どうせ祭りだと思い直して奥で悠々と動く鷹と熊に一発ずつ。

 

 空飛ぶ鷹はその玉を悠々と避け、日本王者感を出す熊は無駄にデカいグローブでその玉を弾き返した。そんな間抜けな最後にクスリと笑って銃を机に戻せば、思い切り横合いから柔らかく、仄かな香水の匂いを醸した少女が抱き着いてきて思わずバランスを崩しそうになる。

 

『凄いです! ハチも練習すればいいハンターに成れます!! 今度の秋、私の家族と森に行きましょう? ロシアの黄金の秋、二人ならもっと一杯楽しめますよ!!』

 

『近い近いちかい、というか、狼二匹の低得点でそこまで褒められても逆に恥ずかしいわ』

 

 大興奮ではしゃぐ彼女を何とか引き離すものの、周りからの冷やかしの様な生温い視線がどうにも居たたまれない。結果だけ見れば低得点。その上、こんな今後の人生で絶対に見ることも無い出店の為に海外遠征とか絶対にゴメンこうむる。

 

『あー、日本人はやっぱり素直さが足りてません。でも、凄いと思ったのは本心ですし――家族に紹介したいと思ってるのもホントですよ?』

 

『…勘弁してくれ』

 

 呆れたように笑った後、蠱惑的に微笑む彼女にげんなりとしつつも白線へと追いやって話題を逸らす。ほら、後ろもつかえてるしね?

 

 

 そんな俺に頬を膨らませる彼女はそれでも銃を手に取った瞬間に楽し気にソレをさすって手に馴染ませた後―――息つく間もなく、2匹の狼と手前の山羊を討ち果たした。

 

 

 誰もが目を剥き、息を呑んだ瞬間を楽しむ様に彼女は不敵に笑って空飛ぶ鷹へとその銃口を向け―――何てことの無いように彼を撃ち落とした。

 唖然とする店主と裏腹に白熱する観客。あっという間に最後の一発となった銃弾を彼女はゆっくりとバレルを引くことで装填して、小さく観客席に振り返って唇に指を掛ける事でその声援を静かに押しとどめた。

 

 誰もがその神秘的な銀の妖精が浮かべた蠱惑的な微笑みに息を呑み、彼女は華やかに涼やかに銃を的へと向けて――小さく口笛を奏でる。

 

 銃口は揺れず、視線もそのままに小さな子守唄の様なリズムのソレを奏でる。その不可思議で幻想的な空間に誰もが見惚れている中でその余裕を表すかのような行動の意味を誰かが小さな息を呑んだ瞬間に―――明らかになった。

 

口笛のリズムと熊のループが重なった瞬間に、“ポンっ”なんて気の抜けた音を残してグローブの間にごく僅かしか空いていない熊の額にコルクが突き刺さっていた。

 

 

『村じゃ、男の子にも狩りじゃ負けた事ないんですよ?』

 

 

 そういってお道化たように俺の胸を銃で撃ちぬく仕草をしたと同時に観客が押し寄せ一斉に彼女を誉めたてた事で一時営業を停止させてしまった事と、俺の心臓が恐怖か魅力かどっちか分からないものでドギマギさせられた事をココに報告させて頂こう。

 

 

--------------

 

 

『うふふ、この熊さんは実に抱き心地がいいですね』 

 

『そりゃよかったな』

 

 ニコニコとご満悦の表情で景品のテディベアを抱き寄せベンチに座る彼女に出店の色鮮やかなソーダを渡すと短く礼を言って隣に座った俺へとするりと寄り添ってくる。外人のこのパーソナルスペースの狭さには慣れてきたつもりではあるが、馴染むには程遠く随分と居心地が悪い。それを口に出しせっかくのご機嫌な気分を壊すのも何なので心地い炭酸を口に含む事で黙って飲み込み、させたいようにさせてやる。

 

『日本のお祭りはステージ以外で参加するのは初めてでしたけど、本当に楽しいですね! これならもっと早く回っておくべきでした』

 

『多分、日本のどこ行ってもこれは特殊な例だと思うけどな』

 

『あら、じゃあこんなに楽しいのはハチと回ってるお陰かもしれませんね?』

 

『……どこでそんな文句覚えてくんの? 駅前留学?』

 

『女の子はいつでも男の子の一歩先を行ってるんです』

 

 そんな事を悪戯気に微笑む彼女に深く溜息を吐くだけで応えれば、彼女は楽しそうにコロコロ笑ってテディベアの手を使って肩を慰める様に肩を叩いてくる。さぞかしこの手練手管でロシアの男子諸君は眠れぬ夜を過ごしている事に同情を禁じ得ない。げんなりとしつつも苦笑を隠しきれない俺がそろそろ時間かと思って腕時計に目をやろうとするとモコモコの毛深い熊がつぶらな瞳を携えて俺の視界を遮った。

 

『………さっきの罰ゲーム。“この後、ひっそり二人で抜け出して遊びに行く”なんてどうでしょう?』

 

『………何言ってんの?』

 

『むぅ、こういう時はもっと迷って欲しいですね。あんまり吊れなくされるのもプライドが傷つきます』

 

『ほんと、ロシア語だと性質が悪い女だな』

 

 そういって、引いた熊の奥から拗ねたように睨んでくる彼女の言葉と態度に一瞬だけ詰まらせかけた言葉を何とか軽口で返すが、本当にあの熊の後ろで光らせていた目はきっと笑ってなんていなくて――獲物が弱ったかどうかを確かめる抜け目のないものだと知っている。俺がまだまだ弱ってないと知るや否やあっという間に距離を可愛いテディベアへと変えてくるからこの状態のコイツとの会話は小心者の俺はドキドキさせられっぱなしなのだ。

 

 

 それに本当に怖いのは――――

 

 

『まぁ、貴重な貸しは―――もっと大切な時にまでとっておいてあげます』

 

 

 普段は無邪気で、甘え上手でストレートで、したたかな癖に一転して聖母の様な包み込む慈愛の顔を浮かべてこちらを尻に敷いてしまう所だ。

 

 

 そんな全てを見透かして包むような微笑みを浮かべた彼女は“秋のロシア、楽しみにしていますね”なんて気軽に言い残して口元にキスマークを残したテディベアを置いて彼女はアラームを聞き遂げることも無く雑踏の中へ手を振って消えていく。

 

「勘弁してくれ……」

 

 残された熊と、陰気な男を笑うように炭酸が弾けて夜の帳へと消えてった。

 




(・ω・)ロシアはおそろしあ………………ふふふ


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346夏祭り 【つがいの役目】

('◇')ゞいつもありがとうございます!sasakinです!!

このお話に出てくる”アルバイト誘拐事件”は渋の方で書きかけ放置してる”棺蓋の館シリーズ”の後日談的な位置になりますが、ソレを読まなくても楽しめますze!!

_(:3」∠)_いつも通り頭空っぽで気楽にお読みください(笑)


 

 さてはて、一人残されたベンチでなぜだか積もりつつある疲労に苛まれてすっかり上り切った月を見上げていると、無機質なアラームが鳴り響き強制的に意識を引き戻される。体感的には結構長い時間そうしていた気もしたのだが、実際は数分だったらしい。

もうちょっとだけ休憩を挟んでいたかった気もするが、アラームと同時に次の待ち合わせ場所が催促するように震えたのを感じたのでもう一度目を強めに揉みこんでから席を立とうと思い目を開けば――――月光を背に妖し気に微笑む吸血鬼が自分の顔を覗き込んでいた。

 

「いい夜をお過ごしかしら、従僕君?」

 

「……なに? 次ってお前なの?」

 

 残念ながらちがうんだなぁ、なんてカラカラ笑った彼女は漆黒の生地に彼岸花を散らした浴衣を微かな衣擦れの音を立てて、そのまま隣へ腰を下ろした。そんな瀟洒な雰囲気を台無しにするのは両手いっぱいにぶら下げられた景品やお土産と思われる出店の商品が詰められたビニール袋のガサガサした音であった。

 

「いやいや、縁日なんて来ることはないと思ったけれども回ってみると楽しい物ね」

 

「それにしてもエンジョイしすぎでしょ。……で、何の用だ?」

 

「相も変わらず、吊れないなぁ。まぁ、次の待ち合わせに行く前にお節介を焼いておこうかと思ってね?」

 

「お節介?」

 

 そういって出店の戦利品を楽し気に眺める彼女に怪訝な目を向けてしまうが、それだけで次に待ち合わせ場所にいるであろう人物が誰なのかも想像がついてしまって変に笑ってしまった。おそらく、この“鬼”の子孫であると言って憚らず、実際にその無慈悲な性質を多分に含んでいる彼女がそんな気を回す存在というのもこの世では限られているだろうから。―――得てして怪物とは自分の所有物には甘く、おおらかな物なのだ。

 

「今日は“あの子”のこと、うーーんと甘やかしてあげる事! これは元主人の命令です!!」

 

「……そんな器用に女の子と付き合えてたらボッチやってないんだよなぁ」

 

 頭に被っていた吸血鬼のお面を被ってお道化たように俺の胸に指を突き立てた彼女が楽し気に笑うのに肩を落として答えると彼女はそのお面の覗き穴の先からルビーの様な目を更に細く歪めてカラカラと俺を送り出すように背を叩く。

 

 

『私の指名した番の娘を泣かせたら、縊り殺すから―――気合を入れて臨みなさい?』

 

 

 そんな物騒な一言と自分が身勝手に指名した過去の文言を残して、今度は大量の荷物も衣擦れの音も立てずに彼女はいつの間にかその隣から姿を消していた。ご丁寧に先ほどのキスマークの付いたテディベアまで誘拐していくというのだからあの怪物の過保護っぷりにはあきれ果てるばかりである。

 

「……そんな器用に女の子と付き合えてたらボッチやってないんだよなぁ」

 

 それでも、返せる言葉は先ほどと変らない。

 

 だから俺は重い腰をのっそりと引っ張りと上げて、溜息交じりに次の待ち合わせ場所らしい所へと足を向ける。

 

 さてはて、今度はどんな目に合うのやらと人ごとのように俺は歩を進めるのだ。

 

 

------------------

 

 

「……なぁ、」

 

「なんです、お前」

 

「いい加減になんでへそ曲げてるか教えて貰えると助かるんだけど?」

 

「―――へそなど曲げていません」

 

 言葉とは裏腹に機嫌悪そうにそっぽを向いてしまう吸血鬼の従者こと“白雪 千夜”。白地に桔梗の花を散らした彼女と合流してから数分。見るからにご機嫌が斜めだった彼女の横に佇んでからお互い何を言うことも無く黙っているのだがソレにも飽きてきた。いっそのこと解散しようかと提案して“厳正なくじ引きの結果に不実は許されません”などと言って裾を千切らんばかりに握られてからその不機嫌さは増すばかり。解せぬ。

 

 ともあれ、コレが先ほど鬼娘がお節介を焼きに来た理由なのだろうと推測をしつつも打開策を彼女の言葉から探してみる。あれはあれではぐらかす事はあっても無意味な事は口ずさまない性質なので一考の価値はあるだろう。というか、考えるまでもなく諌言に従うしかなさそうなのだが、ソレを口ずさむのは少々だけ背中が痒いぜよ。

 

 まぁ、とりあえずは困った時の小町頼り。ウチの妹様は万能で兄の躾にも余念がないのだ。

 

「あー、その、なんだ。浴衣―――似合ってるな」

 

「……ようやくそこですか」

 

 必死に絞り出したご機嫌取りの言葉にそっぽを向いていじけていた白雪が器用に片目だけ顰めてこちらを睨んだ後に小さくため息を吐いてこちらに向き直り、一歩詰め寄って俺の胸元に指を突き立てる。いつもの洋物の香水ではなく香を焚いたのか柔らかで華やかな匂いが鼻先を撫でて、黒曜石のような瞳は不満6割、喜び2割、諦め2割といった配分で俺をまっすぐと射貫きながら言葉を紡いでいく。

 

「女性は常に身だしなみに多大な労力をかけているのでそういう一言は常に欠かさないで伝えるべきだとお前は知るべきです。――――そして、お前に問います。今月に何回私とお嬢様にあったか覚えていますか?」

 

「あん?………打ち合わせとか廊下ですれ違ったのを入れなきゃ、現場に付き添ったのは2個だったか?」

 

「最後まで抜けずに付いてきたのは1回だけです。…あの館から私たちを連れ出しておいてこの扱いは主人と番に対して少々だけ誠意に欠けているとは思いませんか?」

 

「………あー、“主人”と“番”ってのは置いておいても、その、なんだ。すまん」

 

「なんですかその腰砕けな回答は。そもそもが―――」

 

 俺の雑な謝罪が気に障ったのかボロボロと零れ出てくる彼女の不満と彼女の零した“番(つがい)“という言葉にどうにも苦笑いを止められない。

 

 とある時期に起こった“吸血鬼アルバイト誘拐事件”。俺が誘拐された先は外界とは一切の接触を断たれた特殊な屋敷でその中では主である“吸血鬼”を中心に誰もが心穏やかに過ごしている不思議な場所であった。その中で、何の思い付きか悪戯か知らないが主は俺の教育係に任命していた白雪をそのまま番として暮らすように命じたのである。

 

 馬鹿みたいに従順な彼女はそれに応えるため何くれと俺の世話をするようになり、うっかりすればそのたまに見せる気弱な脆さに絆されそうになったりもした。だが、最悪の過ちを犯す寸前でその屋敷から救出され、さらにそのついでにこの世間知らずの小娘を引っ張り出してきてしまった。それから、結構な時間が経つのだがいまだに彼女はその冗談のような命令が有効だと思っている節があるのでどうにもその妄信には笑う他ないのだ。

 

 お嬢様を好きすぎだろ、コイツ。 ついでに言えば、黒崎を主人だと認めた覚えは一切ないので謗られるいわれも無いのである。

 

「お前、ちゃんと聞いていますか?」

 

「ん、ああ、3割くらいは」

 

「おい」

 

 そんな思考を繰っていると涼やかな声に引き戻されうっかりと素で応えてしまった。それに分かりやすく膨れてパンチをかましてくる彼女に苦笑を漏らして―――そのままそのグーに握られた手を掴んで手を引いてゆく。

 

「な、なんだ突然っ!」

 

「任せろ。大体の事情は理解した」

 

「3割で理解した気になるとは、お前の理解力はどれだけ低処理なのですか?」

 

 突き刺さる嫌味も何のその。俺はその嫋やかで細くて、ちょっとだけ温かい手を引いて賑やかで明るい屋台へとズンズン進んでいく。ぶつくさと文句を言いつつも激しく抵抗はしてこないので向こうもいい加減に立ちんぼに飽きてきていたのかもしれない。

 

 というか、理解力なんていらない。こんな単純な話を遠回しに小難しくしているだけの話なのだ。要望は単純で“もっと構え”という分かりやすい物で。解決策はあの吸血鬼の言う様に“とびっきりに甘やかしてやる”ぐらいのものだ。長年のお兄ちゃん歴と成人児童、拗らせ思春期におこちゃま組に日々を翻弄されている俺にとってはこれほど分かりやすく手慣れたものはない。

 

「せっかくだ、適当に店冷やかして盆踊りでも踊るか」

 

「……言われてみれば踊った事ありませんね」

 

「……俺も千葉音頭しか知らんな。よし、特別に俺が教えてやる」

 

「今の流れだと確実に“千葉音頭”を仕込むつもりでしょう、嫌ですよ」

 

「お前は千葉県民に喧嘩うってんのか?……よさこいでも可能」

 

「? よさこいは北海道が本場でしょう?」

 

「お前ってたまに糞雑魚メンタル並みに他県民に喧嘩売るよな……」

 

「何を訳の分からない事を。私をあんなのと一緒にするな」

 

 祭囃子にゾンビと死人がえっちらおっちらと埒も無い話を交わして歩みを進める。交わす会話は中身が無くて、馬鹿らしい。―――それでも、最初の不機嫌さもどこへやら不敵に楽し気に笑みを浮かべる彼女の顔に俺はもう一度だけ笑いを零した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ん、………もうすぐ時間ですか」

 

「おお、わりかし楽しめるもんだな」

 

「千葉音頭で音響を乗っ取りましたからね、お陰でやぐら付近は大混乱でした」

 

「千葉県民の絆を確かに感じた瞬間だったな……」

 

「やっぱり、お前は馬鹿です」

 

 やぐら近くで音響を弄っていた顔見知りの小道具の中川君に冗談で“千葉音頭”の音源が無いかと聞けば当たり前のように流してくれたせいで、会場中の千葉県民が遺伝子に刻まれた使命によって集まり中々の大盛況となった。そのせいか今では、地元の盆踊りを巡ってやぐら付近は盆踊りカーニバル会場と化してしまった。

 

ベンチの隣で彼女は悪態を突きながらも仄かに頬は思い出し笑いで歪んでいて、その表情は最初の頃に比べれば随分と柔らかくなっている。

 

「お前の千葉音頭も中々筋が良かったぞ」

 

「それは教え方が悪かったのでしょう」

 

 軽口のように頬を染めつつもその輪に入って踊っていた彼女を揶揄えば、当たり前のようにそんな事を言うのだから可愛くない娘である。その小生意気さに喉を鳴らしていると、脇に置いていた手に微かに緊張したような彼女の手が添えられた。

 

「……こんな風に、祭りに来るなんてもう二度とないと思ってました」

 

「……楽しめたなら何より」

 

 お互いに顔も合わせず空言のように言葉を漏らし、彼女から小指を絡められて図らずも指切りのような形となる。

 

「ええ、ですから。次は本場の千葉の祭りも連れて行ってください。―――きっと、お前とならもっと楽しいだろうから」

 

「………考えとく」

 

 華やかで優し気な声色。それに込められている想いを知らないふりでやり過ごしぶっきらぼうに答えると彼女は愛おし気にもう一度笑って小さく呟く。

 

“ゆび きった”

 

 風にのってかき消されてしまいそうなその約束に微笑んだ彼女は席を立って、俺に振り返った。

 

 

 

「楽しみにしてますね」

 

 

 

 月と提灯の灯りを背景にそう満面の笑みで咲き誇る彼女に、俺は息を呑んで見送ることしか出来なかった。

 




('ω')評価をくれないとすねちゃうぞ♡!!(ぶりっ子感


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346夏祭り 【時よ止まるな】

 

 

 

「…あの、ホントにおかしな所とかないでしょうか?」

 

「その質問に何回答えりゃ満足してくれんだよ……」 

 

「うぐぅ…」

 

 夕暮れも過ぎ去り、夜が訪れてしばし。星や月の灯りが賑やかしさを増してきましたが、私“橘 ありす”が所属する会社が催したお祭りも様々なイベントや出店でそれに負けないくらいの盛り上がりを見せています。そんな中で、楽しくて嬉しい気分で胸が高鳴っているはずなのにキュウと同時に締め付けられるような不思議な感覚にも襲われ、何度目かも分からない問いを不安として漏らせば、一緒に回っていた友人から呆れたような苦笑が漏らされ、思わず息をつめてしまいました。

 

「わ、分かってはいるのですが――不安になるじゃないですか」

 

 言われた通り何度も零した問い。ソレを否定し、褒められるたびに会社の大きなショーウインドを鏡代わりに映る自分を確認すること幾星霜。丁寧に結い上げられた髪は紗枝さんから貰った綺麗な簪で纏められ、体を包む浴衣は店で数時間悩みぬいて決めた藍色の生地に蝶と撫子があしらわれた随分と大人っぽいデザイン。礼子さんに無理を言って自然な風合いで化粧と紅を引いてもらった自分の顔は見た事もないくらい色気を出しているような気がして何度見ても自分だとは信じられないくらい整えられている気がする。だけれども―――それはやっぱり小学生の域を出ないものの気がして不安は心から離れない。それこそ、事務所の更衣室で顔を合わせた年長の人達を思い返せばなおさらだ。

 

 姉のように慕っている文香さんも、いつも皆の世話をしてくれている美波さんも、憧れの先輩である奏さんも、普段はだらしのない心さんや楓さん達も―――誰もが本気で着飾った時にはあんなに違う顔になるんだという事に今更気が付いた。

 

 華やかで、艶やかで――――息を呑んだ。

 

 そして、本気と全力をつぎ込んだ自分の精一杯はどう見たって背伸びにしか見えないという事も思い知らされた。

 

 偶然に舞い込んだこのチャンスに膨らんだ胸もその事実にあっという間に叩きつぶされて、悪い考えばっかが湧いてくる。自分なんかよりもあの綺麗な人達との時間の方が“あの人”も―――――

 

 

「だ~、もうめんどくせぇっ!! シャキッとしろ!!」

 

「うひゃっ!!」

 

 

 不味いとは思っても悪い方向に流されて行ってしまう私の思考をせき止めたのは聞きなれた勝気な声と、遠慮なく思い切り張られたお尻への衝撃だった。あまりに突然の事にそれまでの思考も投げ捨て、傍若無人なその行いに湧き上がる怒りのままにそちらを睨みつけようとすると両頬をむぎゅりと押さえられる。その先にあるのは同年代の友人“結城 晴”の見慣れた真っ直ぐな瞳と、その後ろから覗き込む普段からよく一緒に動くメンバーの少し不機嫌そうで呆れたような瞳がいくつか。その迫力に呑まれた私は思わず零しかけた文句を呑み込んでしまった。

 

「他の女に意識割けるほどお前がいまリードしてる訳じゃないってな最初から織り込み済みだろーが!! 年齢とかその他もろもろのハンデがあっても渡したくないから気張って準備してきたんだろ!! いまさら怖気ずくな、前を向いて胸を張れ!! それが出来ないなら今すぐあの籤をオレ達に渡せ!! お前のお望み通り皆でにーちゃんを取り囲んでこれでもかってくらいべた褒めしてもらって、たっぷりと遊んで、次の約束取り付けてくっからよぉ!!―――――お前を置いてな!!」

 

「怖くなったなら…無理は良くない。……負け犬は引っ込むべき」

 

「まぁ、年増に臆して自分の武器も理解してないようなら――敗北は必然ですわね?」

 

「はぁ~、あれだけoffに付き合わされてパパ御用達の美容院まで予約して仕上げてやったのは無駄だったみたいね? ま、別にあのロリコンと遊んであげるのもたまには悪くないわね」

 

「えへへ、辞退なら私たちが行っても文句は出ないよね!!」

 

 

 

「だ、駄目に決まってます!!!」

 

 

 

 ワイワイと勝手に盛り上がる彼女達に、反射的にその手を払って大声で怒鳴ってしまった。手には握りしめて皺々になってしまったあの日の籤。それをよすがにするかのように強く握りしめて、ニヤニヤと不敵に笑う友人 兼 ライバル達を目一杯瞳に力を込めて睨みながら指を指して―――力強く宣言をします。 してやりますとも。

 

「今日の私は、完璧です! べた褒めされるのも、甘えるのも、次の約束を取り付ける権利も籤を引いた私の特権です!! ぜっっっったい渡しませんから!!」

 

 そう力の限り強い想いで絞り出した啖呵のまま鼻を鳴らしてハイエナ共に背を向けて歩き始め、後ろから聞こえてくるブーイングにせっかく作った怒り顔も思わず緩みそうになりますが、ズンズンズンズン前へ進んで待ち合わせの場所へと足を向けた。

 

さっきまでの弱気はどっかに飛んでいき、落ち着いて周りを見渡せば周りの人が随分と自分を見ている事を感じる。それは決して気持ちの悪いものではない。すれ違った小さな子が零した“綺麗”という言葉になけなしのプライドは微かに満たされその分だけ背筋に力を入れる。

 

 そう、そうだ。

 

 ライバルが強敵ぞろいなんて織り込み済み。年齢だって、性格だって、重ねた経験すらも遠く届かないのだって分かっている。それでも、あの両親のお節介で組まれた“お見合い”の席で自分は問うたのだ。

 

 “待てるか”、と。

 

 苦笑と呆れを含めた彼が零した答えは

 

 “お前が飽きるくらいまでは、な”なんて酷く曖昧な物。

 

 

 それでも、他の誰も取った事が無いはずの言質を私は持っている。この想いを簡単に消えゆくものだと驕った彼の甘さから洩れたその言葉は安くない。でも、男の人は移ろいやすいとも聞くのだから少しくらいは餌を与えてあげましょう。まだまだ、幼く未熟だとしても―――その先を彼が“見たい”と思えるようなそんな姿を、きっと魅せて見せます。

 

 

 だから、ちょっとでもいいから

 

 真っ直ぐに私を、見てください。

 

 

 

-----------------------------

 

 

 

 少し会場から離れた待ち合わせ場所にたどり着いた時には彼は既にそこにいて、薄暗がりの中で蛍のようにその紫煙を輝かせて遠くの星を睨むように見上げていた。気だるげな雰囲気と澱んだ瞳はいつもと変わらないはずなのに、その身を包んでいる落ち着いた浴衣と変っただけでも随分とその雰囲気は変わって見えた。それはいつか物語で読んだ退廃的な世捨て人の賢者の様で、人の愚かさを憂う訳知り顔の鴉のように美しいと思える立ち姿で―――思わず息を呑んだ。

 

 あっという間にその宵闇に消えていきそうな儚さに恐れと、どうしようもなく引きずり込まれそうになるその魅力。その二つの相反した感情を振りほどくためにいつもの私は声を荒立て、彼をお説教するような形で彼へと接してきた。でも、今日だけは私もその畏れを否定せず踏み込んでみる。

 

 彼を心から望むなら―――そうすべきだと思ったから。

 

「遅れてしまい、すみません」

 

「――――――」

 

 からりと、慣れない木下駄を鳴らして何度も練習を繰り返したように背筋を伸ばして華やかに微笑みつつ彼へ声を掛ける。たったそれだけの事なのにどんな撮影やステージよりも心臓が痛み、冷や汗が滝のように流れそうになる。怖い、恐い、こわい。それでも、そんな心にのしかかる全てを気合で飲み干すように、緊張からカラカラになった喉を鳴らして彼の前でその状態を維持する。

 

 ぱちくりと、さっきまでの儚さと幽玄さが抜けて狐につままれたような顔を浮かべた彼がマジマジト私を見つめ―――小さく苦笑を漏らしながらその細巻きをもみ消し、歩み寄ってきた。

 

 その反応が良か悪か分からない。心臓は既にはち切れそうな程に高鳴って、胃腸は拗れすぎて千切れんばかり。それでも、表情を崩さずに彼に微笑みかけ続けるのは既に意地だった。どんな言葉が待っていようとも、それでもこのままでいてやろうというやけっぱちな気分であったと言ってもいい。そんな私を嘲笑うかのように平然と私の前まで歩み寄ってきた彼。嗅ぎなれた紫煙と香水の彼独特の匂いに釣られた見上げた彼の顔は――なんと表現したものだろうか。

 

 眩しそうに、苦しそうに、それでも―――愛おし気に。

 

 そんな表情のまま彼はソレを塗りつぶすようにいつもの苦笑を零して短く言葉を紡ぐ。

 

「お前も、小梅も、他の奴らも―――目を少し逸らしただけで見違えてくから困ったもんだ……………綺麗になったな」

 

「―――我慢できなくなったら、言ってくださいね?」

 

「犯罪者じゃん」

 

「バレなければ無罪ですので。―――さ、今日はしっかりエスコートしてください?」

 

 

 体中を苛んでいた感情が、想いが一気に弾けて溢れて飛び上がりそうになるのを必死に飲み込んでいつものような軽口を叩き合う。燃える様に頬に溜まる熱もいまは隠さず素直に味わって、作った微笑みがはしゃいだ心に塗り替えられて緩みそうになるのを宥め――自然に彼の手を取ってその温もりと濃くなった匂いを楽しむ。

 

 文句や軽口が止まらない彼。それでも、その手は私がこけないように気遣って。歩調はゆったりと。カラリ、コロリとなる二つの心地いい音がやがて祭りのお囃子と賑わいが重なって今日という日のお楽しみの始まりを告げてくれる。

 

 寄り添う温もりと、軽口に交えて次々としたいことが溢れてくる。

 

 漫画や小説なんかではきっと“このまま時よ止まれ”なんて囁くのだろうけど、私はそうは思わない。彼とは年を重ねて、毎年が似たようでありながら違う日々を重ねていきたい。二人っきりでもいいし、他の仲間が加わってもいい。

 

 分かっているのはきっと毎日、毎年が楽しくて、騒がしくて、愛おしい日々だろうから。何より――――時が止まったらいつまでも彼と結ばれないじゃないですか。

 

 これからきっと、身長も体も大きくなって美人となった私を見つめた彼がどんな言葉を漏らすのかを夢想して私は一人ほくそ笑んだ。

 

 

 星は高く、月は輝き、乙女は恋を燃やす。

 

 

 何度だって、何年だって貴方の胸も熱くしますから―――覚悟してくださいね?

 

 

 

 




('ω')こんにちは、sasainです。

頑張って気晴らしに書いた夏祭り。お楽しみ頂けたでしょうか?

今回は本編をまだ書いてない子も多数出現しましたが、キーワードから拾ってどんなエピソードがあったか想像してみるのも楽しいかもしれませんね♡

( *´艸`)それでは、今日もいい沼を!!


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かつて ”先輩” と ”後輩” だった彼ら 前編

本編でも語られる事の無かった”前日譚”

ハチをこの業界に引きずり込んだ”先輩”の正体がついに明らかに――――――続きはWEBで!!( `ー´)ノ


 

 

「そういえば、比企谷さんと一番付き合いが古い人って誰なのかな?」

 

 来たる全国ライブツアーを前にして開かれた大規模なミーティング。その事前会議として本当に久々に集結した“シンデレラ”達が束の間の一服でそれぞれがお茶を片手に談笑を明るく交わしている時に“にわかロッカー”の相方が放り投げたその言葉に一瞬で静まり返った室内。そして、集まった視線の重圧とこの後の対応を考えて頭痛がし始めた。

 

「あ、このチョコ美味しいからあげるにゃ」

 

「え、ありがと。……んぐんぐ  で、さっきの続きなんだけど―――「空気読めにゃっ!!!」―――あだだだだ! 急に何すんのさ、みくっ!!!」

 

 なんでもない戯言として流そうとした人の努力を全く汲み上げずに、火にガソリンをぶっぱしようとするお馬鹿の口を思い切りつね上げる。涙目で不満げにぺしぺししてくる李衣菜ちゃんを恨めしく思いながら恐る恐る視線を室内に走らせれば、注目は完全にこっちに集められていて―――どうにもお流れになりそうな雰囲気ではない。

 

 深―い溜息と共にどうにでもなれ、なんて投げやりな気分でモチモチのほっぺを放り投げ話題に乗ってやる。

 

「……んな事を掘り返してどうするにゃ。ハチちゃんは一番最初から皆を支えてる“アシスタント”。それ以上でも以下でもない、以上、Q.E.D。 証明完了にゃ」

 

「おぉ、そのフレーズロックだね。今度使っていい? んー、別に深い意味はないんだけどさー、よくあの人って“辞めたい”とか“仕事嫌い”っていうじゃん?」

 

「………まあ、そうだにゃ」

 

 抓られていた事ももう忘れたのかお菓子を呑気にぱくつく彼女に相の手を入れて、あの澱んだ目を持つ彼を思い出す。この大人数のプロダクションを実質的に回していて、多くのアイドル達の基幹にもなりつつあるあの人。普段はぶつくさと不機嫌さを隠しもしない雰囲気で文句を垂れ流しているが、それでも黙々と膨大な仕事を熟しているのでそれもさもありなん、といった感じなので思わず苦笑も零れてきて―――相方の言いたいことにもなんとなく察しがついた。

 

「……で、“そんな嫌な仕事を続けるには理由があるんじゃないか?”っていうことかにゃ?」

 

「それっ!! あんなに働くって事はここに拘る理由があるはずじゃん? それなら一番付き合いが古い人に聞けばいいと思いついた訳!! そんで今日ならここにいる人に聞けば解決!!」

 

「なるほど、“気づかい”と“その後”を考えないなら百点満点の回答だね」

 

「うへへへ、やっぱり私って探偵の才能があるのかなぁ?」

 

「一応いっておくけど、褒めてないにゃ」

 

「………あれ?」

 

 間抜けな顔で首を傾げてる阿呆を脇に置いて周りを見れば、さっきまでの危うげな雰囲気は何処かへ消え去って古参の面子は顔を見合わせ、わりかし最近から加入したメンバーも興味深げにこちらを伺っている。―――ほんとに、頭は空っぽの癖に変に核心をついてくるからこの相方は手に負えない。一部、ストーカー候補生の元ロリモデルと蒼い狂犬が不敵に視線を交わしている以外は全員がこの話題の究明に乗り気な様だ。

 

「うーん、私達“一期生”は大体ここの勧誘説明会が初対面ねぇ。―― 一番、シンプルに考えれば武内君やちひろちゃんが一番長いんじゃないかしら? その次で言えば楓ちゃん?」

 

「古い付き合いでふるいに掛けるわけですね……いまいちかしら。 いえ、そうとも限りませんよ? 確かにプロジェクト始動時で言えばそうなりますけど、元々が比企谷君はドラマ雑用班のバイトをしてる所を武内君が引き抜いたと聞いてますから346の枠を取れば――同級生の文香ちゃんとかじゃないですか?」

 

 口火を切ったのは世代を超えてまとめ役として親しまれている“瑞樹さん”と、“始まり”として知られている世界の歌姫“楓さん”。どちらも血気盛んなメンバーの無言のマウント合戦を楽し気に見やりつつも冷静な判断で要点を絞っていき――前髪の奥から息を呑むほど透き通った瞳を覗かせてお茶をすする“文香さん”に矛先を向けた。

 

「……いえ、同級といってもその頃は人込みを避けて生きていましたし、顔を見た事がある程度で面識はなかった、ですね。知り合ったのも彼が腰を痛めた叔父を送ってくれた時からですので―――勧誘説明会のほんの少し前、でしょうか?」

 

「あー、そういえばその頃は二人ともそんな仲良くなかったもんね。というか、大学の同級生っていうの関係なしに二人とも人嫌いだったし☆」

 

「……懐かしいやら、恥ずかしいやら、複雑ですね」

 

 カリスマJKが入れた茶々に周りがその光景を思い浮かべて思わず笑ってしまう。不愛想な猫と人見知りな猫がここ数年で結んできた友好の強さを知っていればそれはなおさら微笑ましい物でもある。

 

「ん~、てことはやっぱ武内さん達が最初って事?」

 

「とも、言い切れませんね――――プロジェクトに引き抜かれる寸前に出会った方々があと二人いますので」

 

 李衣菜ちゃんが首を傾げつつも結論を出そうとした時に、待ったをかけたのは先ほど水を向けられた文香さんだった。一番穏当な結論に落ち着こうとしていたのをわざわざ止めたのも意外だったが、遠目に見ても深い親愛を彼に向けている事が分かる彼女が自分より古い関係を持つ人間が居るという事を知らしめる行動に出た真意が分からずぎょっとして、思わず不躾な視線を走らせてしまったが―――クスリ、と小さく微笑むその凶悪に可愛らしい表情に思わず凍りつき、あっという間に返り討ちにされた。

 

………こりゃ、後ろでキャンキャン騒いでる室内犬どもじゃ相手にならない訳だにゃ。

 

「そういえば―――というか、カワイイ僕としてもあの二人の来歴を考えればそりゃそうだとしか言いようがないんですが」

 

「……ちょーっと、出会いで遅れは取りましたけど関係はないですねぇ」

 

「ある意味では始まりともいえますからね!!」

 

 初期メンバーはそれが誰だか分かっているのか各々が応え合って頷いている中でついに同期生の狂犬が噛みついた。

 

「……もったいぶらなくていいじゃん。 誰なの?」

 

 焦りとじれったさの中に混ぜた苛立ちを表すかのように文香さんに詰め寄る“凜ちゃん”。切れ長の瞳と割かし女子としては高めの身長なのでそれだけでも結構な迫力なのだが、残念ながら役者が違うのかそれも微笑んで黙殺されて―――静かに指さされた方向に視線を誘導された。それを見計らったかのように開いた扉と収録によって遅れて参加することになっていた二人の“シンデレラ”。 そして、一羽の気だるげな鴉。

 

 かつて、ココでの最初期に夢を掴み―――その夢を潰された、悲劇と不屈の灰被り“十時 愛梨”。

 

 家族と故郷を捨て去り―――駆け抜けた先に頂点へと至り傾城を成した京狐“塩見 周子”。

 

 歩き、息をし、視線が肌をなぞる。

 

 それだけで“格”というものを本能的に分からせられる頂点。そして、その影として安寧を与え、汚れと汚辱を全て被って支え続けて影に徹してきた彼“比企谷 八幡”。

 

 そんな彼らが――――

 

 

「だーかーらー、納豆には砂糖醤油が一番なんですって!!」

 

「いや、ないわ。それはないわー。西の人間としては納豆も好かんけど、ソレを更に地獄絵図にしてどないすんねん。そんなん、もう素直に甘納豆食べたらええやん。なぁ、おにーさん?」

 

「はぁっ! 甘党のハチ君はこっち側ですよね! ねっ!!」

 

「どっちでもいい……って、言うか―――なんでこんな見られてんの?」

 

「「 へ? 」」

 

 世界一どうでもいい話題を熱弁しながら入ってきた。

 

 

 個人的には、納豆は―――嫌いだにゃ。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「また下らない話題だなぁ……」

 

 妙に視線と圧を感じて事情をかくかくしかじか聞いてみれば、ホントにどうでもいいような内容だった。辞めたい理由はいつだってキツイし大変だからで、続けてる理由は給料と緑の悪魔に脅されてるから。それに――ちょっとした世話焼き程度のモノで大した理由なんてありゃしないのだ。それに共感してるかは知らないが、隣の二人もコロコロと笑ってかつての事を懐かし気に思い出している。

 

「あー、懐かしいですねー。私が最初期のオーディション受ける直前に入った喫茶店で偶然相席になったのが秋の終わりですから……ざっとブランク抜きにしたら知り合って3年くらいですかね?」

 

「ほんでウチが京都を飛び出したのが夏で、拾われたんが秋ちょっと手前やから――うちの方がちょっと早いんかなぁ?」

 

「そうそう、最初の頃は管理人見習で、あの頃はチヨ婆のお孫さんかなんかと思ってました! しかも、後からびっくりしたのがハチ君てば武内Pに転属の条件に周子ちゃんを雇う事を出してたんですよねぇ…。周子ちゃんの履歴書を見た時にハチ君と住所が一緒で怒りくるっちゃいましたよ」

 

「あははは、まぁ、身元不明の家出少女を事情も聴かずに保護してくれた上、雇ってくれる交渉までして貰っててほんま頭が上がりませんわぁ」

 

「常務に寝返って寝首かこうとした奴がよく言う」

 

「だはは、まぁまぁ細かいことはもうええやんか――――っていうか、新人のみんながそんなに驚く話題だとは思っとらへんかったなぁ」

 

 周子がゲタゲタと笑うのを収めつつ零した言葉に釣られて周りを見回せば、唖然とした顔が大半。初期からいた面子は当時を思い出しているのか苦笑を漏らしているか、知らなかった部分もあったのかちょっとだけ意外そうな顔を浮かべている。

 

 まぁ、こんなどうでもいい昔話を長々と語る程に歳も食っていないし、あれから随分と時間が経ってそんな思い出を埋めるには十分すぎるくらいここは毎日が事件と騒乱に溢れている。―――例えば、移動先の会議室でお待ちかねの事務員と敏腕Pからの催促のメールが届いたりなど、な。

 

「休憩は終了だとさ。第一会議室が空いたから続きはそっちでするからさっさと移動してくれ。――――余計なおしゃべりや質問会は解散後までお預けでおねしゃっす」

 

 今にも溜まった質問と好奇心を破裂させて詰め寄ってきそうな連中に事務員が怒りのスタンプを送ってきた事を見せつけて押しとどめ、手早く部屋から追い出していく。口々に“この後、強制連行だからね!”や“逃げんなよ!”なんて捨て台詞を吐き捨てていくのはアイドルとしてどうなんだと思わざる得ない。

 

 そんな五月蠅い連中に手を払ってさっさと行くよう伝えていると、沙耶の様な黒髪を揺らした同級生が悪戯を成功させたかのように小さく笑いつつ隣に寄ってきた。

 

「どうせならそのまま誤魔化してくれりゃ良かっただろうに」

 

「最近は、その当時の事を知ってる人の方が少数になってきましたので―――歴史の再確認にはちょうどいいかと思いまして」

 

「本音は?」

 

「…後輩をからかいたくなりました」

 

「順調に、性格がわるくなってるなぁ……」

 

 事をややこしくした本人に文句をぶつければ真顔で軽口を返してくるのだから順調に逞しくなっているようで喜ぶべきか、肩を落とすべきか悩みどころではある。そんな俺をクツクツと喉を鳴らして笑う彼女も手で払うジェスチャーで追い払って一気に静かになった事務所を見渡して―――小さくため息を吐く。

 

「歴史の再確認、ねぇ……」

 

 あの文学少女が何気なく零したであろうその言葉を転がして、じんわりと噛みしめる。確かに、今や人気絶頂となって栄光の片道切符だなんて呼ばれるようになりつつあるこの部署のかつての姿を、ルーツを知らないわけにもいかないだろう。汚職に挫折に軋轢。あらゆる難関辛苦を乗り越え、敵を打倒し、その先に最近のように新人を安定して育ててやれるようになってきた。そういった機会だと思えば今回のツアーにだっていい影響が出るかもしれないので無駄とは言えないのだろう。

 

 

 だが、 歴史ってモノは いつだって語られない事柄も多分に含んでいるものだ。

 

 

 少なくとも、俺が“彼女”との事を―――語ることはきっとない。

 

 

 

「そうでしょ――――“先輩”?」

 

 

「あ、あははは…さっきから耳が痛くて敵わなかったっスよ―――“後輩”」

 

 

 

 一人デスクで寝たふりを決め込んだ女。無造作に指で梳いた程度の栗毛に分厚いフレームの奥に隠すことも無く刻まれた深い隈に眠たげな瞳。飾らない機能性、というか無精を突き詰めた結果にたどり着いた運動着に身を包んだ彼女は―――“荒木 比奈”はあの頃、初めて出会った時と変わらぬ困ったような笑顔で  本当に久々に  俺のかつての愛称を口ずさんだ。

 



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かつて ”先輩” と ”後輩” だった彼ら 中編

(´ω`*)久々の夢、印象的だったのは夢の中で大学の先輩に『出張中、ウチのキリンの世話頼むわ』とか言われてキリンに毎日ご飯上げてた事です。意外と舌長いことに驚いてましたけど――――なんでキリンなんだ(;´д`)





 

 千葉の見渡す限り広がる平野と青空に繋がる見慣れた街並みを離れてから早二月。大学の進学を機に親から追い出されこの日本の首都に居を移した時には、狭苦しく複雑に組まれた雑居と夥しいほどの人波に随分と眉を顰めてうんざりしたものだが、人はどうにも順応していく生き物らしい。今では平日でも人が溢れている状況にも慣れてきた。それに、そういう煩わしいことにさえ目を瞑ればここはそれなりに便利のいい街であることにも気が付き始めて探索がてらに空き時間でウロウロすることも増えた。

 

その中でも一番に時間を費やしているのは今まさに紙袋に包まれて俺に抱かれている書籍が最たるものだろう。

 

 日本の最たる電気街の小さな中古店を巡っている時に偶然出てきた有名同人作家の処女作。通販でも電子書籍でも手に入らないそれはオークションなんかじゃとんでも無い金額になって読むことを諦めていたのだが、古ぼけたその店で見つけた瞬間に飛びつくように買い求めたのだ。こういうことがこっちに来てからも結構あるのだから、この探索は辞められない。

 

 花の大学生。他の奴らが新たな出会いとウエィウエィなコンパに熱をあげている中でソレはどうなんだとお思いのそこの貴方。安心してください、ボッチですのでコレが正しい生き方です。何より―――――そういう時間をかけてまた新たな傷を創るのは、しばらく遠慮したいくらい前の傷が残っている。

 

 繋がれたかと思えば、勘違いで。

 

 触れ合おうと伸ばした手は、その温もりに怯えて震える彼女の前で行き先もなく漂って偽物と知っている安定と停滞を手に取った。

 

 そんな少し前の古傷と甘酸っぱい勘違いの残り香が胸の奥から漂ってきたのを軽く振り払って、意識を定期的な振動だけを伝えてひた走る息苦しい電車内にひき戻した。平日とは言え昼時。それなりに車内は満員で誰も彼もが肩をこすり合わせてしまいそうなくらいには混んでいる。人込みに慣れてきたし、都内の移動は結局これが一番効率的だと分かっているものの―――この特有の熱気と息苦しさにばかりはいまだに辟易とする。

 

 小脇に抱えた同人誌を潰れないように胸元に抱き寄せ、目的の駅まで携帯でも眺めて時間を潰そうかとポケットの中に手を伸ばしたその瞬間――――手首を柔らかい何かに強い力で掴まれた。

 

「貴方、いま触ってましたよね?」

 

「―――へ?」

 

 責めるような色合いの声と、離すまいと痛い位に力を込められた手を目で追った先にはサラサラの黒髪をポニーで纏めた女がこちらを睨んでいてあっけに取られた。“触るって何を?“なんて当たり前の疑問をどう問うべきか言葉を詰まらせていると今度は自分の正面の方からすすり泣く声が聞こえてきてギョッとしてしまう。

 

「ぅぅ…っつ、っひ」

 

「怖かったよね? もう大丈夫だよ?」

 

 その声に釣られて視線を向ければいつの間に自分の正面にいたのか清楚で気の弱そうな制服の女の子が辛そうに涙を流して、ソレを抱き込むようにもう一人の明るい髪色の女が彼女を慰めている。

 

 状況も分からず口をあんぐりと間抜けに開けている事しか出来ない俺。ただ、車内で集まった良くない視線の圧力と敵意だけはひしひしと感じ、にわかに状況を理解し始めた俺の脳みそが焦燥感で空回る中で、手を掴む強気そうな女の怒鳴り声によってそれは決定的なものとなる―――はずだった。

 

「とぼけんじゃねぇっ!! 今さっき痴漢してただろっつって―――「いや、それはないっすねぇ」――――んだろ?」

 

「「「 へ? 」」」

 

 車内中に響く怒鳴り声が気だるげで、気の抜けた声によって遮られることによって誰もが気勢と注目をもっていかれてしまう。被害者・加害者・検察が勝手に用意されて裁判官という名の周囲の民衆までが満場一致で証拠不十分のまま“有罪判決”を下そうとしている時に突如現れた“弁護士”は―――くたびれたジャージと分厚い眼鏡をかけた小汚い喪女だったのだから混乱は更に強まる。

 

 ただ、そんな周囲の視線など知った事ではないのか彼女は碌に手入れもされていない栗毛をめんどくさそうに掻きつつこちらに一歩だけ近寄って俺の握られている手を指し示した。

 

「まず、自分が見ている限りその人は何処にも触ってないのが一つ。次に、眺めてた時に君たちが示し合わせたように今の配置に陣取ったのを見ていたのが一つっス。

 

 まぁ、こんな証言じゃ納得できないっていうのも確かなので皆さん次の駅まで“どこにも触らず”降りて“駅員さん立ち合いの元”で検査器具を使ってみましょう?

 

 今どきは、触った部分の繊維痕で判別できるそうなので―――便利な時代っすね?」

 

 そんな彼女が訥々と気だるげに語るたびに気まずげに顔を見合わせるJkと女達。だが、初対面として振舞っていた彼女達が視線を交わす時点で周囲の乗客もその不審さに違和感を覚えたらしく、猜疑の視線が今度はそちらに降りかかる。

 

「今どきは危ないっすからね。電車を降りた後に駅員の所に行かずに人気のない所に連れ込んで“脅迫”する手口もあるそうっすから――――君たちがただの被害者なら、何の問題も無いはずっすよね?」

 

 ニヤニヤと、底意地の悪そうな笑顔で開いた乗降口を指し示した彼女に舌打ちを残して去っていく女達。その光景に乗客と一緒にあっけに取られている俺の袖口が引っ張られて強制的に下車させられると共に、電車は甲高い汽笛と共に走り去っていってしまう。さっきからキャパシティーオーバーが重なりすぎて唖然とする以外できずにソレを見送る俺に彼女は苦笑と共に声を掛けてくる。

 

「災難だったすねぇ。最近の痴漢対策は“される側”だけじゃなくて“させられない側”になるためにも必要とか――日本も難儀な国っす」

 

「あ、ぁ……その、ありがとう、ございました。その、でも……」

 

 ただでさえ人と言葉を交わすのが久々な上に、さっきの様な事に巻き込まれた混乱でしどろもどろに詰まる俺に彼女はカラカラ笑いながら俺の持っている紙袋に指を指す。

 

「そんな自分の黒歴史時代の“処女作”を大切そうに抱えてる“読者”を見捨てるのはちょっと気が引けたんで、それだけっすよ。というか、ソレを持ってたのに気づいたせいで恥ずかしくてそっちをガン見してたから無実だって分かったんすけどね?」

 

「いや、本当に助かりました。ありがとうございます。…………処女作?」

 

「ま、行きずりの人なら顔バレしても問題ないかと思いまして」

 

 気まずげに苦笑して視線を逸らして笑う彼女と手元の古めかしい同人誌を見比べて、思わず唖然とした。

 

 同人作家“焼鳥 アラーキー”。数年前にイラストSNSに現れた骨太な劇画調で話題になって一時期コアなファンが多くついた人であり、最近では幅広いジャンルを高レベルで排出する事で有名な作家である。だが、イベントではマスクや覆面を終始被っていて顔を見せた事が無いという事でも有名だ。―――そんな人の正体がこんなごたごたのついでで発覚する事を喜んでいいのか、肩を落とすべきか、悩みどころでもある。

 

「作者の顔が分かると素直に漫画を楽しめなくなることって多いと思うんすよねぇ。ま、これに懲りず引き続き応援してもらえると嬉しいっす! そんじゃ~」

 

 だが、それと 助けてもらった事に返礼をしないというのは別問題だろう。颯爽とその場を立ち去ろうとする彼女の手を取って、運動不足気味の口を何とかかまないように気を付けながら言葉を紡いだ。

 

「……助けられっぱなしも気持ちが悪いので、近くのラーメンだけでも奢らせてください」

 

「いや、別に気にしなくてもいいんすけど…野郎系っすか?」

 

「家系っす」

 

「ふぅむ、悪くない提案っスけど……見た目以上に私は食べるっすよ?」

 

「お手柔らかに…」

 

 よく見れば墨で汚れが沁み込んだ手を握る俺を物珍し気に眺めた彼女がちょっとだけ思案した後に意地悪気に笑って来るのに、こちらも苦笑を零して答えれば今度こそ二入で声を出して笑ってしまった。

 

 人との関りを避けて生きていても、不思議なことに何処かで縁というモノは結ばれるように出来ているらしい。その後、宣言通りラーメン屋でしこたま飲み食いした彼女が酔っぱらって零した大学名と同学部が自分の先輩であることを知って俺は、世界ってのは不思議なもんだとしみじみ思いながらすっからかんになった財布に小さく苦笑を零したのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「で、“先輩”。―――楽に稼がせてやるって言われてついてきたはいいですけど、なんで芸能事務所の雑用なんすか?」

 

「いやいや、助かったすよ~“後輩”。最近になってここのスタッフが一人抜けて大変だったんで! ついでに言えば、相方は気兼ねなくやれる方がよかったすからねぇ」

 

「質問の答えじゃないんだよなぁ……」

 

 あの事件から数週間。あの後、酔っぱらった彼女“焼鳥 アラーキー” 改め “荒木 比奈”の介抱やらしてから妙に接点が多く大学でも絡むことが多くなってきた時分の事だった。最初の姉御肌はすっかりなりを潜めて付き合えば付き合う程に漫画以外の事に関してはダメ人間だった彼女がとんかつをほうばりながら、唐突に“バイトを紹介してやる”等と宣って俺を引き連れ巨大な時計塔を持つ346本社に引きずってきた事が始まりだ。

 

 こんな俺でも知っているような一流プロダクションの綺麗なロビーを抜けた先に連れて来られたのは半地下の様な小汚い部屋に乱雑にものが散らかっている場所で簡素に受けた説明では“黙って運転して、段取りしたら大人しく車で計理計算しとけ”との事。そこからは怒涛の勢いで帰ってきた他のスタッフに促されるままひたすらにバンに荷物を詰め込んで言われるがままに運転をして今に至る。

 

 車の外では撮影専門のスタッフ達がイライラと怒鳴り散らす監督の指示を受け走り回り、役者たちのご機嫌取りにマネージャーやメイクさんが必死に笑顔を取り繕って働いているのを眺めつつ渡されたレシートの山をポチポチと計理ソフトに入力してゆく。

 

「一応、嘘ではないっすよ? 事務関係と段取りはちょっと面倒すっけど要領さえ抑えときゃ後は運転と待機だけ。しかもドラマとかはこうして待機時間や待ち時間も長いんでやる事やってりゃ車の中では好きなだけ漫画を描いててもバレないっすからね」

 

「………まぁ、そうですけど。その分の俺が先輩の事務処理をしてる件について」

 

「新作の為に後輩は犠牲になったっス」

 

「ぶっとばしてぇ……」

 

 

 

 

 




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かつて”先輩”と”後輩”だった彼ら 後編①

( *´艸`)いつもありがとうございます!!sasakinです!!


それでは、いつもの様に頭を空っぽにおたのしみくだされー!!


 

「あれ? 後輩の使ってるソフトって配布されたモノと違うくないっすか?」

 

「最近、経理の人が変わったのかたまにものっ凄い訂正の付箋が入って返ってくる事があるんで、元のソフトを詳しそうな後輩二人に改造してもらった奴を使ってるんすよ。というか、結構前に愚痴った内容なんすけど?」

 

「なはは、後輩に一任しちゃってるから知る訳がないっす。……というか、後輩も変な所で凝り性っすよね」

 

「アンタや他の人間が雑過ぎるだけだ」

 

 いまさらの事を聞いてきた彼女“荒木 比奈”に嫌味をチクリと返せば、ケラケラと悪びれなくそんな事を言い返してくる彼女に溜息を一つ落として自分の作業に戻る。このバイトをしてからしばらくして提出していた計理関係の書類が大量の付箋と赤ペンを入れられて返ってくるようになった。それでも、自分に返ってきた書類は可愛いもので元々の現場が大企業の弊害かどんぶり勘定で行われていた他の班はハリネズミの如し付箋が突き刺さっていたのは衝撃だった。

 

 怒り狂った他の人が抗議に行ったそうだがあえなく撃沈。多くの人間が涙を呑んで再提出するたびに付箋と赤ペケを付けられる日々を送っているらしい。だが、そんなものに労力を割くのも御免だったので万札をチラつかせて後輩のオタクコンビである相模弟達に書き直しがしやすいように要望を出したら結構いい感じのソフトが出来たのでそっちを採用しているのだ。不満たらたらだったくせに諭吉を5枚も振れば靴を舐めんばかりに低姿勢になった。――――あいつらのそういうクズな部分が割かし俺は気に入ってる。

 

 まあ、元々が他の班が雑な計算過ぎたというのも確か。それが適正に裁かれたというだけでちゃんとやっていれば今のように数か所の訂正と嫌味っぽい予算削減の指摘がくる程度。そんなこんなでこのバイトの平和は守られ、俺と先輩は今日もグダグダと撮影班の収録を横目にくっちゃべっていられる訳だ。

 

「というか、ここまで厳しくなるとこの体制もツッコまれるかもしんないっすねー」

 

「どういう事っすか?」

 

 先輩も長時間の執筆に目が疲れてきたのか伸びと共にコーヒーを啜りつつそんな言葉を呟いた。それに入れた合いの手に口の端を皮肉気に吊り上げた彼女が苦笑と共に答える。

 

「ここで何するわけでもなくくっちゃべってる時間が一番の無駄ってことですよ」

 

「…………ま、普通に考えて一番の予算の無駄ですね」

 

 当たり前といえば当たり前の結論を指摘され思わず俺も笑ってしまった。運転に機材積み下ろしに、たまにタレントの運送。その他に雑用や経理があるにはあるが今のように一人で対応できないことも無い。――というか、先輩がさぼりすぎなだけな気もするが今は置いておこう。

 

「大元の話をすれば、この雑用運転手が男女ペアっていうのは“監視”の意味合いが大きかったらしいすけどね」

 

「監視?」

 

「そうっす。運転手がタレントに不埒な事や粉を掛けたりしないかって言う相互監視。それに、タレントが妙な動きをした時には男女を理由に逃げられないように―――まあ、柔らかく言えばトイレとかに立て籠ったりした時に対応するためだったそうです。まぁ、古い時代じゃ結構そういう事もあったし、ファンも苛烈だったというのも理由なんでしょうね」

 

「ほーん、そりゃまた……らしい話っちゃ話ですね」

 

 なるほど、だから初対面だった班長のあの質問か。先輩に連れられた時に呪文のように語られた人名。今思えば今をときめく芸能人の名前だったらしいが、それに反応せず、根暗で、喋らない上にモテなさそうな冴えない風貌。それがあの即採用の理由だった訳だ。余計な火種を抱え込まないのが第一条件だとするなら俺以上の人間は中々いまい。―――逆を言えば先輩もそんな判定をされたという納得の 「おりゃ」 「痛い」

 

「否定はしないっすけどムカつく思考を感じたっす」

 

「これ以上ないパワハラだ」

 

 日本には思考の自由も無くなる時代が来てしまったらしい。そんなふざけたやり取りに苦笑を交わしていると彼女も気分転換になったのかもう一度だけ伸びをしてタブレットに向かってゆく。いつもの雑さは鳴りを潜めて緻密に線を連ねていくその姿だけはいつものズボラさを感じさせない真剣なモノを感じて、俺も静かに自分の仕事に戻って行く。

 

「―――近々、ちょっとお話があるっす。まぁ、期待しないで待っててください」

 

「―――ういっす」

 

 再びキーボードを叩こうとした時に静かに紡がれた彼女のその言葉に一瞬だけ息を呑んで、俺も小さく答える。勘違いしそうになる心臓を収め、期待をもたげる思考を踏みつぶした。もう、あんな傷はたくさんだと喚く理性の慟哭が―――俺の空っぽの中身に虚しく響いた。

 

 

 

-------------------

 

 

 

 

「ふうむ」

 

「……何か、お困りですか。千川さん」

 

「………二人きりの時くらい大学の時みたいに呼んでくれてもいいんじゃないですか、駿輔さん?」

 

 雑多な計理部の事務所。いつもは不気味なくらい大量の人間がパソコンに向き合っているが時刻はとっくに定時を超えてさらには深夜に入ろうかという所。当たり前のように残っているのは自分だけでとある“申請書”を見て唸っている私に低く、響くような呟き声が掛けられた。普通の人ならばその声と、振り返った瞬間に目に映る巨体と目つきの鋭さに悲鳴の一つも挙げるのだろうけども、自分にとってそれはどんな音楽や造形よりも心に温もりを感じさせる馴染んだものだ。

膨れて分りやすく拗ねた私に困ったように首元を擦るその姿も久々に見ると随分と愛嬌があって目の奥に溜まっていた疲労も少しだけ軽くなった事を感じさせる。

 

「思えば“ちひろさん”と呼ぶことも中々なくなってきていますのでつい癖が出てしまいますね。―――それで、何かお力になれる事はありますか?」

 

 大学時代から離れて随分経った。追いかけて入ったこの会社でも会う事も少なくなった今ではそんなやり取りですら心が弾む自分の現金さと、大規模プロジェクトのプロデューサーに抜擢されて忙しい癖に今だって人の事に手を伸ばそうとするお人好しさについ苦笑が零れる。

 

「いえ、どんぶり勘定の方々を躾け直すのに疲れたというのもあるんですが―― 一個だけ小生意気な子を見つけまして」

 

「せんか……ちひろさんがそういうのは珍しいですね。 拝見しても?」

 

「どうぞ」

 

 また他人行儀になりそうな彼を睨んで訂正させると、目の前に置いた一つだけ付箋の少ないファイルを彼に差し出す。それにしばしの間、目を通した彼が少しだけ感心したように息を吐いてソレを閉じた。

 

「非常に、丁寧で合理的な仕事だと感じます。――――これに何か問題が?」

 

「大体、私が添削すると抗議かやけっぱちになって再提出するかなんですけど――この子は二回目以降からはほぼこんな感じで熟してきます」

 

 12人の現場に弁当やその他の消耗品がその倍くらいで購入されていて当たり前のように持ち帰りなどが横行してる現状というのに眩暈も感じたが、それを引き締めても弛んだ気持ちは中々に締まらないものらしい。そんな人員が蔓延る中でここまで仕事を丁寧にこなすというのが最初に目についただけだった。

 

 だが、ちょっとした悪戯気分で難癖のような訂正や予算削減の指示書を送れば次回からはソレを実現して更にその次に言われるであろう指摘点まで予測して改善してくる。正直、消耗品の雑用班にそんな人材を埋めておくのも馬鹿らしいので引き抜こうと思って調べてみれば―――

 

「それが社員でもないバイトの学生だったと?」

 

「そういう事です」

 

 それが、面倒な所だ。調べてみた所では仕事は真面目にこなし、書類事務は見ての通り。若者の学生にありがちなタレントとの接触で浮足立つことも無く、理不尽に怒鳴られても反抗することなく飄々としている。有能で面倒ごとを起こさない実にお買い得な人材なのは間違いないのだが、流石に機密事項や社外秘の塊である計理に部外者を連れ込むわけにもいかない。だが、このまま雑用で有り余ってる能力を消費するのも勿体ない。

 

 そんなジレンマに頭を悩ませていたのだが―――目の前の黙考していた偉丈夫が静かに口を開いた事でそんな悩みは、吹っ飛んだ。

 

「…………もし、ちひろさんさえ良ければ、彼と一緒に私のプロジェクトに来て頂きたいのですが―――如何でしょうか?」

 

「……え、は――――え?」

 

 唖然として口を開閉するだけの私に気まずそうに首元を擦る彼が、意を決したようにその鋭い瞳の奥に燃える光を輝かせて真っ直ぐに私を射貫き、言葉を紡ぐ。

 

「正直な所を言えば、今日はその話をしにここへ伺いました。自分が任された“アイドルプロジェクト”には多くの人材が派遣されましたが――全て他の上層部の監視とパイプ役というのが実情で、人事権は自分に一任されているとはいえ、他の人間を引き抜いてもいずれかの派閥に吸収されるのは目に見えています。

 

そんな中で私が縋れる人脈というのを必死に考え、出てきたのが貴方とあの“粗忽者”だけでしたが―――残念ながらそっちは私の元に下る気はないそうです。なので、貴方が、最後のよすがでした。

 

 地位も、名誉も確約は出来ませんが―――私は、本気で貴方を引き抜きにここにいます」

 

 膝を折って、ひざまずくようにして私を見上げるその瞳は真っ赤に燃えているくせに、顔はそんな不確定な条件しか提示できない自分を何よりも恥じる様に歪める――昔と変わらないその愚直さ。

 

 人の上に立つなら、人を惑わすなら、利用するなら―――そんなことはすべきでない。

 

 利益をぶら下げ、権威を纏って威圧し、実害を隠し通し、弱みを握って、騙して使って、偽りの義憤を植え付け、悦びで懐柔して、強きものにすり寄り、寝首をかくために毒牙を研ぎ続ける。

 

 その全てがこの男には出来ないし―――やらないのだ。

 

 なんて愚かで、救いようがなく――――愛おしいのか。

 

 かつて人形だった自分に火をくべたのは、心のないブリキの塊に命を吹き込んだのは間違いなくこの愚かな魔法使いの魔法であった事を思い出し、心が燃え上がる。

 

 この魂を汚してなるものか。

 

 この男を辱めてなるものか。

 

 この男がそうであるというのであれば私が全ての泥を飲み干して見せよう。

 

 利益をぶら下げ、権威を纏って威圧し、実害を隠し通し、弱みを握って、騙して使って、偽りの義憤を植え付け、悦びで懐柔して、強きものにすり寄り、寝首をかくために毒牙を研ぎ続け――――この男の理想への雑草は全て刈り取って見せる。

 

 魔法使いの信念を糧に――――全てを払う万能の杖になって見せるとも。

 

 だから私は―――彼の血が出そうなほど握り締めたその手を取り、微笑むことを契約とした。

 

「先輩、私はどんな結末であろうと―――貴方の味方です」

 

 心に秘めていた執念と執着その全てが解放された悦びに慟哭を挙げ、一つまみの純粋な恋心を胸に、私は彼の手を取ったのだった。

 

 

-----------------

 

 

 それは、随分と急で一歩的な通達だった。経営陣から説明がある訳でもなく紙一枚の辞令と共に下された決定。

 

“撮影庶務3課を予算削減の為、今後は統一編成の単一班とする”

 

 難しい事を差っ引いて要点だけ言えば“無駄に班作っても無駄だから上手く実働人数削って安くしろよ”という事らしい。珍しく集められた人員は見た事ある人もない人も阿鼻叫喚の様相を呈していた。楽なバイトで甘い汁吸ってた奴らや、予算にかこつけて食費やその他を浮かせていた社員はまだしも一斉に切られる事となった人員はそれこそ顔を真っ青にして課長に詰め寄り、らちが明かないと悟った後は人事へと雪崩れ込んでいった。

 

 残った人員は残留が決まってはいるが、家庭の事もあって辞めるにやめられない事情を抱えている人間を的確により分けているのが随分とその人選の厭らしさを感じさせる。そんな一種の地獄絵図の中で何故かバイトなのに残留が通達された俺と先輩は無言のまま示し合わせてとりあえず部屋の外へ移動しようとした時に課長に呼び止められた。―――なぜか、俺だけが。

 

「なんすかね?」

 

「……あまり、いい予感はしませんけど」

 

 不機嫌そうに顔を顰めた課長から渡された紙。それには入ったことも無い本社の部屋番号と今からそこに向かう様にと端的に書かれただけのモノが更に嫌な予感を感じさせた。

 

「んー、まぁ、ちょうどいい機会と言えば機会っすね。……その話が終わったら、前に言ってた話もするんで後でいつもの場所で集合しましょう」

 

「………うす」

 

 そんな不吉な紙を弄っていると横から覗き込んだ先輩がそんな事を苦笑いしつつ零すので嫌に心臓が跳ね上がった。それはもう抱くまいと思っていた幻想の残骸で、このままの緩やかな日々の終わりを告げる宣告の様で嫌に背中がざわつく。子供のように顔や態度でソレを嫌がる素振りを見せるも取り合ってはくれないようで静かにまっすぐこちらを見る彼女に俺は小さく答え、部屋をさっさと出ていく彼女の背を目で追って、小さくため息を零して自分もその指示された場所へと足を向けるのだった。

 

 

 

―――――――――― 

 

 

 

「初めまして、比企谷さん。私は新設されるアイドル部門の統括をさせて頂く“武内”です。急に呼び出してしまい申し訳ありません。立ち話もなんですので、どうぞかけてください」

 

 初めて入った本社ビルの一室。今まで親しんできた地下通路のような薄暗さは一切なく、磨き上げられた床に高級そうな内装は差し込む陽光を受けて輝かしくすらある中で、ノックした先に待っていたのは高い上背と屈強であろうからだをスーツに包んだ目つきの鋭い偉丈夫であった。ヤクザの若頭だと紹介されれば迷いなく信じて、自分の臓器の心配をしなければならなかったが、その物腰と声は見た目に反して低く、穏やかな物だった。

 

 とりあえずは勧められるままにフカフカのソファに腰を下ろせば、翠が眩しい本社の制服に身を包んだお下げの女性が柔らかい動作で紅茶を出してくれた。柔和な笑みと、その仕草に本社は秘書すらも美人を採用するのかと少々驚きつつも小さく頭を下げる。

 

「どうか緊張されずにというのも難しいでしょうが……そうですね、履歴書を拝見させて頂きましたが私達二人は比企谷君の大学のOBです。どうか、卒業生との気楽な面談程度に考えて頂ければ幸いです」

 

「……それもそれで、緊張しますね」

 

 偉丈夫たる武内さんが緊張を解そうとしてくれた一言に一瞬だけ驚きつつも、何とか返した軽口に彼は少しだけ頬を緩めて“それもそうですね”などと苦笑を挟んで改めて俺の方を見つめる。

 

「さて、最近の母校について談笑を挟みたいところですがあまり拘束してしまうのも心苦しいので本題に入らせて頂きます」

 

「……うす」

 

「こちらにいる千川さんは計理課に最近まで所属していたのですが、君の作る書類がずば抜けているという報告を貰いました。勤務態度も、作業もタレントとの接触に関しても問題がないと判断しています」

 

「………千川?」

 

「ええ、君や皆の書類に赤ペンしている――“千川 ちひろ”です。こうして顔を合わせるのは初めてでですね?」

 

 武内さんがつらつらと話す内容は社畜としては喜ぶべきで、専業主夫志望では悲しむべき内容なのだろうけど―――そんな事よりも一つの名前が引っかかり思わず問い返してしまった。それに目線を追って武内さんの隣に立つ彼女に視線を向ければ華やかに微笑まれて思わず膠着してしまう。執拗なまで徹底的に書類の不備を叩いていたあの鬼計理がまさかこんな年若い女性社員だとは誰が思うだろうか。更にいえば、厳ついオッサン達が抗議に行ったあと泣きべそかかせて追い返したのもこの人だというのが衝撃的であった。

 

「はじめ、まして」

 

「ええ、コレからもよろしくお願いしますね?」

 

「…ええ、はぁ………これから?」

 

 ぎこちなくもとりあえずの会釈を返せば、彼女が何てことの無いようにそう呟いた言葉に思わず眉を顰めてしまった。その言葉尻を捉えた武内さんが話を進める。

 

「はい。今回の撮影庶務3課の人事が行われるに際して、比企谷君をこちらの部署に移って頂こうと考えています。基本的な作業に関しては前の部署と変らないと思って頂いて構いません。タレントの送迎とそれがない時の簡単な事務作業。その他には設営等は他に専門スタッフがいますが手伝った分だけ別途報酬といった所です。もちろん、学生であることも考慮してバイト扱いでスケジュール調整は応相談。――――以上の内容で検討しているのですが、どうでしょうか?」

 

「どう、と言われましても……」

 

 急な話に現実感が追い付いていない、というのが正直な所だ。だが、言葉だけを信じるなら前のバイト先の功績が認められての栄転という奴になるのだろう。条件も前と変わらず、給金は2割増し。字面だけを見るなら断る理由もない、が――― 一個だけこの人は勘違いをしている部分がある。

 

「これって、相方の指名は可能なんすかね?」

 

「相方……ですか?」

 

 俺の一言に不思議そうに瞬きをする武内さん。この様子では雑用運転手がなぜ二人一組にされているのかという話は忘れ去られているか、元々、そんなのはなかったかなのだがいま重要なのはそこではない。確かに雑用も計理も運転も大部分を俺がこなしていたが、気難しいタレントや撮影陣との取り持ちは“先輩”がほぼこなしていたのだ。ましてや、この人の“アイドル部門”とやらなら必然的に俺には対処できない問題が起こるだろう。

 

 ならば、今回の人事で残留が決まった先輩も巻き込ませてもらおう。少なくとも、俺よりも上手く対人関係はこなす。どうせソレを拒否されてこの件を蹴って恨みを買ったとしてもただのバイトだ。数々のバイトをぶっちした俺に今更罪悪感なんか湧きゃしない。そんなやけっぱちに近い思考で言ってみた言葉は目を交わした二人に思いのほかあっさりと受け入れられた。

 

「ええ、構いません。バディで動いた方が都合もいいというのも確かですので。――ただ、本人の意思確認はやはり必要になってきます。その方の勧誘はお任せしても?」

 

「――――ありがとうございます」

 

 こんな若造の身勝手な要求にこたえた上に、その先まで配慮するこのプロデューサーになんだか久々に自然に頭を下げたような気がする。そんな彼らに一言だけ断って俺は―――あのズボラな先輩を勧誘すべくその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 




_(:3」∠)_評価くれぇい(懇願


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かつて ”先輩” と ”後輩” だった彼ら 後編 Last

('ω')いつもありがとうございます。sasakinです!!

( *´艸`)ようやくこのお話も完結。語られなかった二人の今と過去を妄想する一助になれば幸いです!! 間が空きすぎて忘れちゃった方はもう一回読もう(笑)←ステマ


 

 残暑の熱気もすっかり薄れ、日差しが落ちれば秋の風を感じるようになった夕闇の中で待ち合わせの相手は珍しく年季の入った電子パッドを開くことも無く雑踏ひしめくその腰掛で空に浮かび始めた月を遠くに見つめ佇んでいた。常日頃ならば、仕事終わりまたは授業明けに。もしくは徹夜での彼女の生き甲斐である執筆完成祝いでニマニマとウキウキとした雰囲気を隠すことも無くそこで自分の到着を待っていた彼女“荒木 比奈”は今日だけは別人のように静かにそこに存在し―――俺を見つけた瞬間に小さく微笑んで手を挙げた。

 

「お疲れ様っす。夜も随分と冷えてきたっスね」

 

「なら、ジャージ以外に羽織るもん持ち歩いてくださいよ。……とりあえず、いつもの店でいいですか?」

 

 そんな雰囲気を振るう様に小さく苦笑を零す彼女。それはあの時に自分を救い、この半年で見慣れてしまったくたびれたジャージの喪女そのままの姿。それでも、その裏に隠れているであろう何かから目を逸らすために必死に胸のざわつきを押さえて核心に触れないように逃げを打った。いつもの様に酒を飲んで、つまみに頼んだ料理にケチをつけて、漫画とかラノベとかコミケとか単位とか授業とかどうでもいい雑学や馬鹿話で盛り上がって今日を終えたかった。なんなら引き抜きの話だって後回しでもいい。

 

 あの一生涯に渡って引きずるであろう“傷”と“恥”に押しつぶされてしまいそうだった時間を彼女といたときはすっかり忘れて、夢中で楽しんで―――まるで普通の学生のように日々を送れていたこの時間の終わりを認めたくはなかった。

 

「いや、今日はココで大丈夫っすよ。――――もう、語るべきことは少ないっすから」

 

「――――そう、ですか」

 

 それでも、そんな見苦しい依存と身勝手な願いは彼女の一言によってバッサリと断たれた。いっそのこと清々しい程だ。俺としては言いたいことはいっぱいある。語りたいことも、相談したい事も、愚痴りたいことも、文句も、頼りたいことも俺の側には多すぎる。それでも――――彼女にとってはどうでもいい事なのだと言われればその想いは塵芥同然なのだ。

 

 そう思えば、燻りこちらを指さして笑っていた理性の怪物がニンマリと頬を裂いて祝福を囁く“ほれ見ろ、またお前の勘違いだったろう?”、と。

 

それが今は、深い傷をこさえる前の防波堤となったのだから素直に苦笑いを浮かべるしかない。胸の中に渦巻く感情という名の勘違いを一気に飲み干せば驚く程世界は落ち着きを取り戻して、モノクロの無感情で平和な世界となっていく。その先で微笑む癖の強い栗毛を持つ彼女は歌う様に俺たちの関係に終わりを紡いでくれる。

 

「コレ、読んでくれます?」

 

「………これって」

 

 差し出されたのは日本どころか世界でもその名をはせる世界的な週刊誌で、付箋が挟まれたページの先に映るのは―――嫌という程に見慣れた繊細ながらも誰よりも熱を持った荒々しい線で描かれた少年少女とモンスター。

 

 

いつの日か、彼女が泥酔しながら語っていた―――“夢”がそこにあった。

 

 

「…来月から、ここで連載が決まったっす。ホントは新人賞を取ったって報告で後輩を驚かせようと思ったんすけど、そのままとんとん拍子で連載してくれるって話を貰いました。―――言おう言おうと思ったまま伝えられなかったのは自分の中でも整理がつかなくてって事にしておいてください」

 

 はにかみ、照れ臭そうに頬を掻きながらそう語る彼女を尻目に俺はその漫画を目をかっぴらいて熟読した。

 

 閉鎖されたコロニーで不遇の来歴から社会の底辺として生きているのに底抜けに明るくお馬鹿な主人公。そして、高貴な出でありながら世界の不具合に気が付き反旗を翻して追われる身となった少女。その二人が出会い、噛み合わぬまま押し寄せる難関を切り開いていき遂には閉鎖された世界から抜け出して初めて見る、語られる事の無かった“外の世界”。そこに二人で駆け出していく所で物語は締めくくられている。

 

 ストーリー自体は少年誌に寄せられているとはいえ、ダークでグロテスクな風合いを残しながらも、なぜか笑ってしまい登場人物全てに愛着を持ってしまうその物語は何度読み返しても自分が好きで好きでたまらないと思ったあの“焼鳥 アラーキー”その人の作品そのものであった。だから、――――俺はこの後に続く言葉も、想いも全てを納得して粛々と受け入れようと素直に思えたのだ。

 

「だから、最初に謝っておくっす。受賞して、すぐにこの話を貰った時にスグに自分の答えは決まってました。でも、“君”とのこの時間が楽しくてここまで言い出せなかったっす」

 

「―――喜ぶべき所、ですかね?」

 

「女と作家としては諸手を挙げられると複雑っすね」

 

 そんないつもの軽口の応酬。それでも、苦笑に混ぜて言われた初めての“君”という呼び名が奇妙な棘となって静かに俺の内面をやすっていく。その感覚すら逃さないように、漏らさないように俺も静かに答え、苦笑を返すにとどめる。―――だけど、結末を、彼女の未来を知っている人間としては今の俺ではそれが精一杯な返答だ。

 

 女々しくも、夢想する。してしまう。

 

 もっと早くに踏み込めば、隣でソレを喜び力の限り抱きしめてやれる未来があったのかと。諸手を挙げて彼女を応援し、力になってやると全てを投げだせたのかと。

 

 だけど、現実は違う。

 

 その事実だけを受け入れて、俺は彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「自分は大学も、バイトも辞めてこのチャンスに掛ける事にしました。――だから、君を“後輩”って呼べるのも今日が最後です」

 

「――――そう、っすか」

 

 それは端的な別れの言葉で、俺の短く小さな勘違いの終焉を告げる言葉だった。

 

「“君”といるのは、居心地が良かった。自分の作品にあれこれ口を出すわけでもないのに楽しんでくれて、仕事も私生活も甘え切ってるのに苦笑一つで引き受けてくれる。馬鹿話も、愚痴も、趣味の話も全部が新鮮で楽しくて―――プロなんかにならないで君の横で趣味で書き続ければ幸せになれるんじゃないかって考えて夜を明かしてしまうくらいに君が好きでした。

 

 でも、それは甘えっす。

 

 偶然助けられた君に甘え切って、依存して、依存させて―――お互いがどこまでも嘘で重ねた錯覚はきっといつか最悪な終わりを迎えます。きっと、自分はこの機会をフイにした事を一生君のせいにして、君は自分のせいで夢を諦めさせたって必要以上に自分をすり潰す。そんな未来を選ぶくらいなら、ココでバイバイした方がずっとマシっす」

 

「………俺が、そんな献身的に見えてたとは意外っすね」

 

「くくっ、こんな干物女にあれだけ尽くしといてよく言うっす」

 

 弱々しい俺の反論に優しく微笑んだ彼女はそのまま頬に手を添えて触れる。そして、ちょっとの逡巡の末にその手を放し、背を向けた。名残惜しさを振り切るように、その小さな背を向け―――歩みを進めた。

 

 それを、追うでもなく涙をこぼすわけでもなく―――俺は見送った。

 

 不思議と感情は凪いでいて、雫の一つも漏れやしない。

 

 あっという間に雑踏に呑まれたその背を見えなくなるまで見送って、見えなくなってからも未練がましくずっと眺めているウチにいつの間にか自分の真上には真ん丸な月が昇るくらいに時間が経過していた。今度は深い傷を負う前に経験を活かせたはずなのに、なぜか何もする気が起きないくらいに俺の胸にはぽっかりと大きな穴が開いていてソレをただただ秋風に凍えながらその穴を見つめていた。

 

 それくらいには、彼女の言葉は正論過ぎて、納得がいきすぎるくらいには正しいと思ってしまったのだ。だから、きっとこの胸の穴は元々あったものでその欠陥を彼女が優しく縁取りをして分かりやすくしてくれたに過ぎない。そう思えば不思議と何もする気が起きない自分の心に可笑しさが湧き上がって小さく笑った。

 

 なんだか、無性に可笑しくておかしくておかしくて―――笑いすぎたせいか瞳から雫が一滴だけ零れたが気にはしない。そして、そんな欠陥を抱える自分を何かで痛めつけて見たくなった。

 

 脳裏に最初に浮かんだのは自分を誰よりも見守り、導いた憧れの恩師。

 

 あれだけ人に心を砕く癖に自分の事には頓着しない彼女が寂し気に、眩し気に―――諦めたように紫煙を吹き出すその姿が今は何よりも出来損ないの心を抱える自分の最適解の様な気がして初めて煙草をコンビニで買い求め、燻らせる。

 

 肺に潜り込む異物と、慣れない匂い。それに何度もせき込みながらようやく嚥下した。不格好で情けなく、救いようもないその姿を周りの人間が笑っているのを感じつつも精一杯強がって背筋を伸ばして吐き出す。吐息に混ざって出た紫煙は気だるげに立ち上り煌々と照らす月を遮った。その景色を眺めつつ、心の中にぽっかり空いた虚ろにも脆弱な自分の弱音をコレが最後と決めて吐き出す。

 

「アンタが、俺にとって――――初めての“先輩”でしたよ」

 

 無条件に世話を焼き、頼り、甘える事の出来た家族でも恋人でも友人でもない奇妙で愉快な関係を重ねた想いと感傷と共にその虚ろに俺は吸い殻と紫煙、そして、未練と一緒に投げ入れた。

 

 

 願わくば―――――どうか彼女が選んだ道に幸あれと、そんな強がりを月に願った。

 

 

 そんな自分に最大限の嘲りを込めて俺は大して減っていない腹を満たして明日から彼女のいない生活に備えるために馴染のラーメン屋へと足を向けた。食欲はともかく、気分が落ちた時はあの店の全トッピング大盛りだというのがお決まりなのだ。ソレを笑い合う相方はもういなくても―――――お決まりなのだからしょうがない。未練なんかじゃないと言ったらないのだ。

 

 そんな言い訳を重ねて入った店で、自分の運命に大きくかかわる京都のバカ娘と出会うことになるのは――――もう数時間先の話だとは思いもしなかったあの日の俺ガイル。

 

 

 

-------------------

 

 

 

 

「そんであれだけ壮絶な決別をしときながら連載は半年で打ち切り。その数年後にまさかアイドルとしてこの事務所にスカウトされてきた時の居たたまれなさったらなかったですね……」

 

「いや~、自分も週刊誌舐めてましたね。助手のバイト料に税金に締切、その上に担当との方針で対立してまさか半年で路頭に迷うとは思ってなかったッス。しかも、浮浪者さながらの自分をスカウトするプロデューサー。その先にまさか“後輩”もとい“はっつぁん”がいるとか、あの場ですぐにフライアウェイしそうになるくらいには恥ずかしかったすよ~」

 

 会議室への移動中での久々の二人きりの会話はあんな過去があるくせに随分と飄々としたものが続く。彼女が入ってきた時の衝撃はいまだに忘れがたい。路頭に迷ったというのも相まって喪女に磨きがかかり更に女として終わってるような風貌だったがそれは見間違えるわけもなくかつて“先輩”と親しんだ女で、彼女も彼女で口を馬鹿みたいに開けて大声で人を指さし動揺しやがったのだから。

 

 だが、こんなややこしい話が広まっても混乱が広がるばかりなので久方ぶりのアイコンタクトは満場一致の“黙っていよう”で可決して今日までこの関係は誰にも知られずに保たれているのだ。

 

「まっ、そのおかげで変なAVの勧誘でもないと安心して契約できましたし、衣食住も確保。万事、首の皮一枚で人間的生活に戻れたんで感謝感激っすね。」

 

「ならジャージ以外も着てくださいよ」

 

「ステージや収録できゃぴきゃぴしたの着てるだけでお腹一杯っすよ。――――それに」

 

 綺麗に清掃された長い廊下も思い出すのが億劫なくらい懐かしい話の間にあっという間に終着である会議室の前にたどり着いた。その先で彼女はちょっとだけ悪戯気に微笑んで一歩前に進み出てその扉を開ける。

 

「あ、来た来た。もう、二人ともおそーい!!」

 

「こりゃ遅刻やね。罰としてみんなのお茶代は今日は二人持ち決定やね~」

 

 聞きなれた声を筆頭にガヤガヤと騒がしく勝手な事を口走る馬鹿共。そんな奴らの声を楽し気に受け流した彼女が一瞬だけ小さく微笑んで無言のままこちらにいつものアイコンタクトを飛ばしてくる。

 

 

 曰く “君にはもっと目を向けるべき娘がもっといるだろう”との事。

 

 

 その内容は素直に頷くにはちょっとばかし複雑で難問と認めがたい感情が大いに含まれるためにこっちも顔を顰めるしかない。それすら楽しそうに笑っていつもの調子でヘラヘラと先に入室していく彼女の背に溜息一つ漏らして無言で後を追う。

 

 きっと、俺はこの先どんなことがあっても誰にもこの関係を、歴史を誰かに打ち明ける事はないだろう。

 

 語られない歴史とは語る必要がないから闇に呑まれたのであるし――――もしもほじくられてしまった時に自分の虚の中に未消化のままほおり投げたあの複雑な感情を追及された時に自分でもどんな答えが導き出されるのかが分からない。ならば、もう少しで終わりを迎えるであろうこの関係と生活が終わるまで小さく心の奥底で燻るこの感情は

 

 

 語られることも無く、この生活と共に葬られるべきなのだろうから。

 

 

 そんな言い訳と逃避を重ねて、俺はいつもの様に皮肉気に微笑む小鬼の面を張り付けて今日もシンデレラ達の生活へ何事も無いように溶け込んでいった。この姦しい生活も、いずれは終わりを迎えるのならば―――これ以上の傷を自ら抱えるなんて愚かな勘違いだけはすまいと、俺はもう一度心の中で言い聞かせたのだった。

 




(´ω`*)ひな先生、よくない?


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【それいけ、りあむちゃん】

(´ω`*)今日はお盆だから、大量更新(笑)

沼友からのリクエストで元ネタ”笑う犬”から

愛しい糞雑魚メンタルをどうぞ召し上がれー(笑)


 

 

 時刻は一日の終わりを告げるちょっと前。日々の過酷なアイドルというお仕事を終えた自分にご褒美を上げるゴールデンタイムが今日も訪れた。暑い屋外を嘲笑うかのようにガンガンに冷房を聞かせた部屋で毛布をどっぷり頭まで被ってお気に入りのイヤホン被って推しのアイドルグループのDVDを大音量で再生。そんで、デリバリーしたピザの箱を開けた瞬間の格別な香りとコーラのボトルを開けた爽快な音で今日の最強装備が整った。

 

 奮発して全乗せトッピングチーズ倍ドンのイタリア生まれの憎い奴にかじりついて、ソレを人工甘味料ドバドバの炭酸で流し込む――――最高の至福が私を満たした。

 

「ぷっはー、これこれこれこれっ!! 満遍なく僕を甘やかしてくれるエデンに私は今日も帰ってキタ―――!! 寮に入るようにって何回も言われてるけど絶対無理だよ!! みんな輝きすぎて僕が即蒸発するのもそうだけど、こんな生活をあそこで出来る訳ないもんね~。あー、みんながスタイルとか健康気にして健全なライフスタイル確立してる中でこんな自堕落な生活やばば~(笑)    ん? こんな時間にめっせ~?」

 

 推しの華麗なステージにニヤニヤしながら日頃は口に出せない本音をぶっぱして優越感に浸っていると携帯に着信アリ。こんな時間に非常識な、とか。もしかしたら、アイドルの誰かからのメールかも、とか。そんなダルさと期待のない交ぜな気分で携帯を引き寄せ覗き込んで見れば、映るのは自分が唯一あの事務所で気兼ねなく接せるアシスタントの“ハチ様”。もしかしたら甘々なお褒めかもと期待を高めてアプリを開けばそこには無情にも簡単な事務連絡のみ。

 

「んだよー、もうりあむちゃんは今日閉店してんのに~。えーと何々? 【次の仕事決定。さっそくいって貰う事になった。 遠出になるので案内役を送ったからその指示に従って準備してくれ】 って、はぁ? なにこれ、かまちょメールにしても面白くなさすぎでしょ。大体、今頃から準備とか無理無理のムリじゃ―― “ピンポーン” ――ん?」

 

 余りに横暴なその内容にぶちぶち文句を漏らしているとチャイムが鳴らされた。そもそもがネット通販とか以外で訪れる人のいないこの部屋に鳴り響く音は不気味で、思わず肩を跳ねさせてしまう。そして、“まさか”なんて思いつつもさっきまで読んでいた文面を見返しているウチに―――チャイムがもう一回。

 

 ま、まじか…。ハチ様、本気でこの時間に人送ってきやがった。

 

 そのメールが冗談の類でない事が分かった以上、次に僕が考えるのは送られてきたのが“誰か”という所である。言うまでもなく自堕落を体現したこの部屋はめっちゃ汚い。床に溜まった埃も、流しに入れっぱなしの食器も、洗ったのも洗ってないのも分からないくらい混ざって山にしてある洗濯物も、派遣された人によっては滅茶苦茶怒られること確定。

 

 ちひろさんなら強制入寮。成年組の誰かでも怒られる事は必至。同年代での結果は同期二人が実例でとてもかわいそうなモノを見る目で見られて死にたくなった。どうか、どうか怒られるにしても優しい人であってくれと願いながらなり続けるチャイムに怯えつつ覗き穴からドアの向こうを見れば―――――“及川 雫”さんがそこにいた。

 

「りあむちゃーん? もう、寝ちゃいました~?」

 

「は、はひっ、おきてmす!! いま、開けるので少々おまちくださいませ!!」

 

 ドア越しに聞こえる包容力Maxなその声に“SSRガチャキタ―――!!”なんて心の中で叫びながら大慌てでドアのカギとチェーンを開けて彼女を迎い入れた。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「こんな時間に、ごめんなさい~」

 

「い、いえっ!! ぜんぜんだいひょうぶでしゅ!!」

 

 夜チャイムが鳴ったら表に及川雫がいたとかそれってなんてエロゲと夢想を広げていると向い側から申し訳なさそうな声が掛けられて思わず声が裏返った。そんな彼女に今更ながらあれこれコーラや食べかけのピザなんかを進めるがやんわりと微笑まれてしまい、ついつい見惚れてしまった。

 

 ショートながらも柔らかく触り心地の良さそうな栗毛に、おっとりタレ目にのほほんとした声。それに何よりも眼を引くのは強調した服でもないのに満点の迫力を湛えるそのおっぱい。僕も大きい自負はあるけれどもこれはレベルが違う。おっきいとどうしたってデブって見えたり、垂れ気味になったりするけど彼女のはそんな邪推は一切挟ませないくらい巨乳の理想形だ。細いけど筋肉質であるストイックなウエストがソレを引き締め、おそらくだけど、ブラを外しても彼女のおっぱいは重力に逆らいツンと上を向くことが分かってしまうくらいに張りがある。もうこれ、僕に象がついてたら誤魔化せなかったレベル。しかも、彼女が来ただけでこの部屋に凄く優しいミルクの甘い匂いが広がって―――おぎゃっちゃいそう。

 

「うん、こんな時間だから手早く終わらせちゃうね?」

 

「はへっ、あ、ああ、そうですよね!? というか、こんな時間に及川さんをココに来させるとかハチ様も何考えてるんだか…」

 

「あ、いやいや、比企谷さんも下で車で待っててくれてるんです~」

 

「ほん?」

 

 ちょっとだけ頬を染めて照れ臭そうにそういう彼女に一瞬だけ間抜けな声が零れてしまった。そして、その瞬間に僕の脳内でとある考えに行きついてしまった。深夜・二人っきり・車・お仕事――この表情。

 

はは~ん、ハチ様もやるもんだ。二人きりで送るついでにアリバイを作ってから甘いラブラブタイム突入ってか? このお仕事だって忙しい二人が時間を合わせるために急遽入れたのかもしれない。まったく、あのスケコマシにも困ったものだよ。ま、大人なりあむちゃんは余計な詮索もせず、架空の企画とやらにも付き合ってあげますかね。―――今度からこのネタでしばらく揺すって甘やかしてもーらお。

 

「はー、なるほど、なるほど。二人もちゃっかりやってますねぇ。んじゃ、ま、ちゃちゃっとその“準備”とやらやっちゃいますかー。お二人もこの後、やっちゃう事もあるでしょうし~。ニシシ」

 

「うん? うん、りあむちゃんが乗り気で私も嬉しいです~。それじゃ、とりあえず持っていくものを……このバックに詰めて貰っていいですか?」

 

え、あれ、フリだけって訳じゃないんだ?……まぁ、いいか。とりあえず、付き合っておこう。きっと、こういうのは臨場感が大切なのかも。

 

「ん~、まあ、いうて携帯と財布ありゃ何とかなるでしょ」

 

「あ、その二つどっちも要らないですよ~?」

 

「なんで!?」

 

 のほほんと私が手に持ったモノを取り上げて脇に寄せる彼女に思わず突っ込んでしまった。え、おかしくない? 現代日本でむしろ何をするにしてもこの二つは必須でしょ? なんで、いの一番にそれが否定されちゃってんの? おかしくない?

 

「そもそもお店が近隣にありませんし~、携帯も車でしばらく走らないと使えない所だからですよ~」

 

「……はは~ん、おーけー、OK。そういう設定なのね。大丈夫、りあむちゃん完全理解。一応、聞いておくけど――国内って設定でいいんだよね?」

 

「あはは、りあむちゃんはおもしろいですねぇ」

 

 朗らかに笑う彼女にこちらも笑顔で合わせる。だが、状況は完璧に理解した。おそらくだが及川さんはちょっと自分をからかっているのだろう。いや、もしかしたらハチ様が唆して本当に私が明日遠方の収録があると思っているに違いない。ならば―――こっちも少しくらい悪ふざけしたって構わないだろう。

 

「それなら―――このティッシュも持ってかないとまずいですよねぇ?」

 

「あ、よく気が付きましたね! やっぱ作業中にいちいちトイレに行くのは時間がかかりすぎますからね!! やっぱ幸子ちゃんとのロケを重ねてるだけあるなぁ!!」

 

「……無人島ロケの設定で聞いてるのかな?  そ、それじゃ、一応、アイドルだからね! この衣裳やカワイイ服は絶対必要でしょ!!」

 

「そ れ は い り ま せ ん」

 

「…え?」

 

「りあむちゃんの服はちゃんと用意してますよ」

 

「…………ツナギ?」

 

 うっかり自宅に持ち帰ってきちゃって忘れてたステージ衣装を洗濯の山から引きずり出してみれば即刻打ち払われ、代わりに渡されたのはどう見たって農家のおじさんたちがよく来てる上下合わさった作業着“TUNAGI”である。一体、どんなロケを想定して可愛い服を置いてってこんなもの一着渡されるというのだろうか? むしろ、ハチ様はどんな設定でコレを渡すことを及川さんに納得させたんだ。

 

「ま、まぁ、そういうワイルドな感じで撮影なのかな?……こ、これはいらないよねぇ?」

 

「………慣れない人にとってはそれだけが頼りかもしれませんね」

 

 次に差し出した“月刊 あいどる”。毎月、アングラからメジャーまで幅広い情報を取り扱っている上に内容も激熱なので数年以上にわたって購読している僕のバイブル。とはいえ、流石に遠出のロケに持ち歩く程ではない。それでも、ジョークのつもりでソレを掲げてみれば真剣に、そして、切実そうに眼を細めた及川さんがそっとその雑誌をバックに詰めた。

 

「なんで!? おかしくない!!? 財布も携帯も要らなくて、トイレも草むらで済ませる前提で衣裳も要らないのに何でアイドル雑誌はOKがでちゃったの?? おかしくない!!?」

 

「……稀に、新人さんや研修の方は“あの子達”だけに接するためにそっち方面で正常を失ってしまう事があるので、それは必要と判断しました~」

 

「せめてこっちを見て言ってくれよぉ!!? どこ?? 今更だけど、ぼく、これネタとかじゃなくてガチでヤバいロケ送りになっている事が分ったよ!!? 僕は一体、どこに送られる事になっちゃたの!!???」

 

「……空気の美味しい、長閑なところですよ~」

 

「嘘だっ!! いや、むしろそれしか無いんだろ!! おかしいもん!! どこの世界にこんな小っちゃいカバンにティッシュと雑誌とTUNAGIだけツッコんで大丈夫って太鼓判する事務所があるんだ!! スタッフすらいないヤバいロケだろ!!」

 

「さ、比企谷さんも待ってますし、準備も完了――――そろそろ行きましょうか~」

 

「ついに返答も無くなったよ!!? お願い、せめて、せめてこのピザだけでも~!! あああぁぁぁっぁーーーーーー!!!」

 

 絶叫して床に張り付く僕をよそに手際よく部屋の電気や電気・水道の元栓を閉じた及川さんはクソみたいな中身のバックと私を一緒くたにひっつかみ嘘のような馬鹿力でそのまま部屋から引きずり出していく。ご近所迷惑百も承知で絶叫するも世間は厳しく冷え切ってしまったのか誰も顔すら出すことも無く私のSOSは住宅街と見慣れた送迎用のバンの中に吸い込まれて消えていった。

 

 

 そんな真っ暗なバンの中、及川さんの朗らかの到着を知らせる声とは別の聞きなれた声が耳に入り僕は藁にも縋る思いでその声の主に詰め寄った。

 

 

「は、ハチ様!! おねがいごめんなさいすみませんでしたいつもありがとうだいすきだいすきだいすきだからたすけておねがいなんでもしまむらうず――「シートベルトしないと危ないですよ~?」――っぎべ!!」

 

 およそ、顔から出る液体全て垂れ流して、思い付くすべての語彙を振り絞って最後の希望である根暗で気だるげなアシスタント様に全力で助けを求めるがそれはあえなく及川さんのシートベルトロックによって遮られた。それでも暴れ続ける僕にハンドルに疲れたようにうつぶせになっていたハチ様がついに顔を起こしてこちらを振り向く――――般若のような顔を浮かべて。

 

「――――俺らが今からこの車で行くのは、雫の実家“及川牧場”だ。東北の一層山奥にある幻の酪農地帯の最奥。そんで、そこで一月丸々俺らは働かされる事になっている。表向きは“アイドル、農家やるってよ”とかいう意味不明な自然派ドキュメンタリーの撮影。実際は、お前に対しての会社からの左遷・隔離だ」

 

「へ? へ!!? 意味わかんないよ!!? 僕、なんにもしてなくない!!? 最近はお仕事もレッスンも頑張ってたじゃん?? なんでそんな拷問みたいな扱い受けなくちゃいけないのさ!!?」

 

「―――拷問ですか~?」

 

「ひえっぇ」

 

 笑顔のまま顔を覗き込んでくる及川さんに息を呑みつつ、縋るようにハチ様を見れば今度こそ疲れたように頭を抱えて項垂れつつも説明を続けてくれる。

 

「理由は二つ。及川家のおば夫婦が農繁期なのに腰痛で動けなくなって雫が長期休暇を申請してきた事への解消。もう一つは―――どっかの馬鹿が常務に向かって“僕の歌詞の最後ってやっぱ女の子らしく『お〇んこーる』の方が良くないですか?”とかふざけた事をぬかしやがったせいで武内さんが首を切れとブちぎれる常務から離すために取った苦渋の策だからだ。―――――――それの監視役として巻き添えを食って俺まで、だ」

 

「………あ、やっべ」

 

「ぶっとばす」

 

 つらつらと述べられた理由。最初は完全に人身御供の人権侵害だと思ったが、後半は完全に自分のやらかし履歴だ。しこたま怒られ過ぎて辛かったので記憶から消していたが、つい1日前の出来事。その記憶がじわじわと蘇るにつれて胸の奥からツラ味が溢れて視界が曇って再び嗚咽がせりあがってくる――――あ、やっばい。なんかしてないとこれ吐くわ。

 

 

「が、がんばーれ“ー ま“け”ん“なー ぢぢがらのかぎり”― いぎてーやーーーれ“ぇーーー!!!」

 

 

「うっせえぇぇ!!! もう二度と常務の前で口開くな、だあほう!!」

 

 

 深夜の首都高。街灯に照らされた輝くはいうえいすたーは私の魂の絶唱と、苛立ちMaxのアシスタントさんの怒声。それと、一人だけ上機嫌で鼻歌交じりに窓の外を眺める及川さんというカオスが入り乱れた地獄の様相を呈したのでした、とさまる

 




('◇')ゞお盆休み頑張って更新するために皆おらに力(評価)を分けてくれー!!


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命短し、奔れよ乙女

(´ω`*)いつも皆様に支えられているsasakinです。

皆さま、熱さに負けずお盆をだらだら読書三昧で費やしましょう(笑)


 燦燦と夏の日差しが差し込み、ガラス張りの廊下はその光に照らされ輝いているかのように輝いている中で誰もが穏やかな午後の始まりを鐘の音と共に迎えた昼時。そんな中で、一つだけ“私、怒ってます”と言わんばかりに肩を怒らせ、地面を踏みつけるかのように歩を進める小さな影が一つ横切っていく。

 

 ぷんぷんという擬音が聞こえそうな程にご機嫌斜めなその少女の名は“橘 ありす”。常務主導で始動された“クローネプロジェクト”の年少枠で選抜され、そのまま紆余曲折あって統合されたシンデレラプロジェクトでも名を轟かせる日本屈指の年少アイドルである。そんな彼女の様子に誰もが目を丸くして目で追うが、あの部署に巻き込まれてろくなことにならないのは経験済み。誰もが見なかった事にしてそれぞれの業務へと戻って行った。

 

 そんないつも通りの麗らかな午後が今日のすったもんだの始まりである。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 私、クール橘こと“橘 ありす”は激怒しています。

 

 そんなお腹の奥から溢れる怒りという感情を抑えることも無く体全体で表現しても収まることを知らないこの想いは既にクシャクシャになった紙切れ一枚をもっと強く握りしめる事で発散して一路、事務所へと歩を進める。

 

 事の発端はレッスン室での一幕。最近は特訓の効果が出たのかどうしても上手く出来なかったステップや音程が安定して出来る様になってきた事に喜びを感じてその波のままレッスンの濃度をあげてくれるようにトレーナーさん達にお願いしたのです。当然のように次の工程に進み、もしかしたら褒められるかもなんて思った自分の上機嫌はあっという間にどん底に叩き落されました。――レッスンスケジュールを眺め、彼女達がしばし打ち合わせの言葉を交わしてから私の齎したのは欲しかった言葉と全く逆のモノだったからです。

 

『最近は少し根を詰め過ぎた。スケジュールを緩めるからリフレッシュでもしてくるといい』

 

 そんな、湧き上がるやる気をくじくような宣言に私は燃える様に怒って噛みつきました。だってそうでしょう? トップアイドルになるために全力で頑張って、年齢なんか関係なく登りつめるにはもっと上手くならなきゃいけないのに。調子が上がっている時にそんな事を言われてレッスンを妨げられれば誰だって怒ります。

 

 そんな私の要請に渋い顔して一向に応える事が無かったトレーナーさん達に我慢の限界を感じて飛び出してきたのが数分前の事。今私が向かっているのはこの部署の統括をしている武内Pの部屋です。これでも、アイドルというか雇われタレント。会社に所属している以上は上の上からの指示からには否やという事が出来ない事は熟知しています。

 

 ましてや、レッスンに打ち込みレベルアップをしたいという想いを無碍にするようなPではない事は知っているので真摯に直談判をすればトレーナーさん達にも上手く便宜を図ってくれることでしょう。―――まさに完璧な理論武装。さすが、クール橘の名を欲しいままにしてるだけはあります、私。

 

 そんな自分の冴えわたる思考にちょっとだけ気分を持ち直して、自分の所属する部署の扉をあけ放ち、声高にPの名を呼ぼうとして――寸前でその息を飲み干しました。

 

 部署の事務方の作業机の前に敷かれたパーテーション。その手前に置かれたいつもはアイドル達の休憩スペースとなっているソファーとローテーブルには見慣れない人物がいたから。

 

亜麻色の紗のような髪の毛は綺麗にお団子として纏められていて、形のいいほっそりとした顔立ちは掛けられた金縁の丸眼鏡と合わさり深い知性を感じさせる。白いブラウスに身を包んだ彼女は年の頃は20代半ばの様だが、幼さの残る雰囲気が更にそれより若く感じた。そんな美女が机一杯に広げた衣裳のデザイン画を真剣に眺め、時折、何かを書き足して小さく息を吐く。

 

 そんな自分の憧れである“出来る女”を現実にしたような人が突然現れていた事に驚き、そして、そんな真剣な彼女の邪魔をしてはなるまいと自然に思ったのだ。そんな彼女を食い入るように見ているウチにとある事に気が付いてしまった。

 

 事務所は珍しいことに誰もいないようで、よく見れば来客である彼女にはコーヒーの一つも出されていない。つまり、察するに紗枝さんの所から新規のデザイナーさんが挨拶に来るように呼ばれたはいいが、誰も居なくて仕方なく持ってきた資料の見直しをしているといった所なのだろう。

 

 まったく、ウチの事務員たちは仕事は出来るがたまにこういう事をやらかす。

 

 そんな背景を察した瞬間にやれやれとため息を漏らしてしまい、怒りも少しだけ和らいだ。そんな抜けてる彼らを補ってあげるというのもデキル女の見せどころでしょう、なんて気を取り直して給湯室へと足を向けて自分でも入れられるインスタントの珈琲を作って彼女の元へと運んで行く。

 

 ここで“あいさん”みたいにカッコよくドリップなんかを出せればいいのだが、まだ美味しく入れられない以上はこれがbetterでしょう。そんな言い訳を笑うかのように薫る珈琲特有の匂いが思考の海に沈む彼女の鼻孔にも届いたらしくテーブルに置かれたカップとその差出人である私を見て目を丸くした。

 

「お仕事中にすみません。ウチの事務員の人達ももうすぐ戻ってくると思うので、ちょっとだけお待ちください」

 

「え、あ…、はい。ありがとうございます」

 

 唐突な事に驚いたのか戸惑ったような素振りをした彼女は、最終的に柔らかな笑顔と丁寧な言葉でお礼を述べる事にしたらしい。目下の人間だと思っても侮った感じでお礼を言ってこない事に更に好感度を心の中で引き上げていると、自然と彼女の見ていたデザイン画に目が引き寄せられた。

 

「この衣裳、私の今度のステージの…」

 

「あ、すみません。まだ、デッサン段階なんで荒いんですけど……ちょっとだけご覧になりますか?」

 

 私の呟きに人差し指を唇に添えて、悪戯気な笑みを浮かべて問いかける彼女。それはどこかで見た事がある表情だなぁなんて錯覚を覚えつつも小さく頷いて彼女の隣へと腰を下ろすと、柔らかい香水の匂いと暖かな温もりが知らずに肩の力を抜いていく。それに小さく微笑んだ彼女は一枚のデザインが描かれた紙を引き寄せ私に見やすいように近づけてくれる。

 

「今回は橘さんの強いご要望もありましたし、今まで愛らしい衣裳が続いていた為に新規ファン層獲得という点を強く意識してデザインを一新しています。華美な装飾は取り払い、素材もシックなモノを使ってクール色の強い物となっています。その分、フリルなどで動き全体の華やかさをカバーしていたモノが無くなるので橘さん自身がダンスやステップによってソレを演出しなければならないという課題もありますが、今までの公演を拝見している限りその点での問題はないと思っています。―――如何でしょうか?」

 

「こ、これ――すごくいいです」

 

 見せられたデザインは今までの可愛い物や、綺麗な物とは全く違う雰囲気を醸していて凛とそこにあるだけで息を呑ませるような研ぎ澄まされたカッコよさという物を感じさせる。コレを纏って、大観衆の前で全力で歌い切るそんな想像をしただけで体中が武者震いをし、熱くなる。――――だが、それゆえにさっきの事が頭をよぎり一気にその高揚した気分が落ち込んでいくのを感じてしまう。

 

「………お気に、召して貰えませんでしたか」

 

「い、いえ! 違うんです!! このデザインはすっごく好きなんですけど!! このままじゃ、これに相応しいステージが出来なくなっちゃいそうで……」

 

「……差し出がましいかもしれませんけど、お話を聞くだけなら私でもご協力できるかもしれません。宜しいですか?」

 

「………聞いて、くれますか?」

 

「もちろん」

 

 真摯に、真っ直ぐにこちらを見つめる彼女。その瞳の柔らかさと、強さに強張っていた最後の心の部分があっという間に解されて行ってしまい私は、ポツリ、ポツリと彼女の胸元へと心の中に刺さっていた棘を吐き出していった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「なるほど、もっと上手くなりたいのにレッスンをして貰えないという事ですね?」

 

「……ばぃ」

 

 あの後、すっかり珈琲も覚めてしまうくらいに彼女に愚痴を零していくうちにいつの間にか溢れて止まらなくなった涙をおもい切り彼女の胸元で流してしまった私は何とか落ちつきを取り戻してスピスピなる鼻で彼女の質問に答えた。ここまで来賓の人に醜態を晒しておいて今更だが今、もの凄く恥ずかしい。そして彼女の着ている高そうなブラウスも随分と汚してしまってもう色んな申し訳なさで穴があったら今すぐ入りたくなってきた。それでも、今こうしてなんとかここに座れているのは―――彼女が真剣に私の話を聞いてくれているからで、その答えを真剣に考えてくれているからだ。

 

 逃げ出すのも、穴に埋まるのもソレを聞いてからでなければあまりに失礼すぎるだろう。

 

 そんな時間がしばし流れ―――彼女は柔らかく微笑んで私に向き直る。

 

「橘さん、とりあえずはトレーナーさん抜きで出来るトレーニングから始めるのはどうでしょう?」

 

「……自主トレ、ってことですか?」

 

 真剣に悩んだ彼女が齎した回答は実に真っ当で、代わり映えのしないものであった。デザイナーさんが考えてくれたのだからそんな劇的なモノを期待していた訳ではないが、あまりの正攻法に少しだけ肩透かしを食らった気分になる。

 

「ふふ、安心してください。これでもダンスや歌好きが高じて今でもこんな副職を抱えているくらいですから―――とっておきのトレーニング方法があるんですよ?」

 

「ど、どんな方法ですか!?」

 

 肩透かしを食らったという事を見透かされて焦る私を面白そうに笑った彼女は、一転して食いついてきた私に不敵に応え、その華奢な指で優しく私の頬を掴み――――親指で口の端を持ち上げる様に引っ張った。

 

「ひゃ、ひゃひほふるんでふか!?」

 

「レッスン1、どんな時でも笑顔でいるために頬を引張って笑顔の練習だぞっ☆」

 

 

「…………へ? あれ? その口調って、え、あれれ??」

 

 

 伸ばされる頬にかかる手を払って、ひりひりする頬をさする私の耳に入ってきた“聞きなれた声”。でも、それはこの部屋にはいまいないはずの人物で、もっと言えば、普段はおチャラけてて、頭悪そうなフリフリの服を着てたり粗暴な振る舞いや言葉遣いをしている変った先輩“アイドル”の声のはずだった。

 

 脳内で必死に繰り返す否定。それをよすがに何とか視線をあげてゆけば――――さっきまでと打って変わりガキ大将のように不敵に快活で意地悪な笑顔を浮かべた“佐藤 心”としてそこに立っていた。

 

 それでも、その思考と事実を必死に否定して自我を保っていた私に最後に無慈悲な止めが事務所の扉を開く音と共に訪れたのでした。

 

「悪い、佐藤。打ち合わせ伸びて遅れた、わ?」

 

 扉の奥から出てきたのは澱んだ目に、やる気が微塵も感じられない根暗そうなこの事務所のアシスタント。そんな彼は自分の勘違いかもなんていうささやかな希望も速やかに打ち破って、私の心を丹念に轢きつぶしてくれました―――とさ。

 

 

 

-------------------

 

 

 

「ありすちゃん達にはこの服飾の仕事するときの格好であった時なかったから、どの辺でネタバレするか超悩んだぞ☆彡」

 

「橘です……」

 

「まあ、普通に気づかんだろ。もはや詐欺のレベルだし。なぁ、ありす」

 

「橘です……」

 

 事務所でケタケタと笑う佐藤と毛布に隅っこで包まって心を閉ざすありすを横目にさめた珈琲を入れ直す。楽し気に笑う佐藤を改めてみればどっからどう見ても綺麗系で完全に出来る女。しかも、本当にオフィシャルな場ではいつもの言動が嘘のようにお澄まし顔をするのだからこれに気づけというのは酷だろう。

 

「で、なんの話をしてたんだ?」

 

「おいおい、ガールズトークを掘り出すとかマナー違反ってレベルの話じゃねーぞー☆彡」

 

「普通の馬鹿話なら俺だってわざわざ聞かんわ」

 

 軽口で流そうとする佐藤にあえて視線は合わせず、ブラウスの胸元の多少の汚れと皺がついている事を指だけで指摘すれば悪びれもなく肩を竦めてくる。経験上から言えばアレは誰かが泣きついた痕跡だ。二人きりの空間で、佐藤だと分からなかったにしろ第三者にそうまでなるなんて普通に言えば異常事態だ。マストレさんからもオーバーワーク気味で神経が張りつめているという報告と休養を挟むという連絡まで来ているならその兆候は流石に見逃してやれないし、お道化て誤魔化されてやるには、ちょっと事態は深刻だ。ソレを伝えるかのようにデザインに滑らせていた視線を佐藤に合わせて目に力を籠める。

 

 だが、それでもこの馬鹿は譲らない。

 

 真っ向から眼鏡をはずして真っ直ぐとメンチを切ってきやがる。

 

「女同士の話にでしゃばんな。すっこんでろハチ公。――――ありすちゃん、レッスン2だ。女の涙ってのは最終兵器だ。ちょっとでもチラつかせただけで野郎どもはこうして大騒ぎしやがる。ここぞという時までとっときな」

 

「…………」

 

 部屋の隅で蹲るありすの表情は見えない。だが、それでも確かに彼女は聞いている事だけは分かる。そんな様子に佐藤はちょっとだけ表情を緩めて小さく笑う。

 

「レッスン3。欲しいもんがあるときは平気な振りして最後まで微笑み切って見せんだ。まだまだ、全然余裕だって周りに思わせろ。それで、最後の最後、あと一歩って時だけ涙を絞りだす。―――クールだろうが、キュートだろうが、セクシーだろうが、パッションだろうが、世界中を魅了する“イイ女”になる最高の自主トレ、欠かすんじゃねぇぞ☆彡」

 

 

「…………ばぃ」

 

 

 ずぴずぴと色んな汁を垂れ流してる事が予想される毛布の中から聞こえるくぐもった声。それが何に対してなのか、どういった問答の答えなのかも分からない。それでも、佐藤は穏やかに微笑み、ありすは何かを噛みしめる様に答えた。本来はそれでも問いただすべきなのだろうけれども、どうにもそれは野暮天な気がして俺は溜息一つを漏らして苦い珈琲で文句を飲み干した。

 

 そんなに燃え尽きたきゃ、灰になるまで走って見りゃいい。

 

 何せ乙女の命は短く、奔り切る宿命らしいのだから。

 

 せいぜい、灰になったこいつ等を見届ける程度が俺にできる事なのだろうから―――精々、その輝きがこの衣裳を纏って大勢の心に火を灯す事を願うばかりである。

 




しゅがは「とりあえず、飯行くか。ハチの奢りだから好きなもん食えよ☆」

ありす「ばぃ……。いちごぱふぇ……」

ハチ「………とりあえず、それはデザートな(溜息」


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一作30分チャレンジSS!! ① 【求める存在証明】

_(:3」∠)_とりあえず、全く頭を使わずかきかき。

いつものねちっこいくらいの表現をオフにするとこうなります(笑)



「志希、君は自分の存在意義。いや、存在証明についてどう考えてるのかな?」

 

「んにゃ? あれ、飛鳥ちゃんって存在論の研究者だったの?……なーんだ、それならそうと言ってくれれば良かったのに。ふむ、“存在論”っていうとあまりに広大な分野だけど私も自分の理系脳を反省して人間性を得ようとした時に随分と読み込んだよ!! まあ、基本的な遍歴から語るなんて“今更”だとかいう輩が多いけれどもやっぱり論理の基本的方向性の相違を確認してからってのが一番効率がいいよね。まずはやっぱりアリストテレスのベラベラ―――ベラベラベラベラベラ」

 

「え、いや、あのその僕としてはだね。………ふっ、そこにあるもの存在と時間に縛られたこの現状への抗い方というモノを聞いてみたかったんだ(キメ顔」

 

「うん? 飛鳥ちゃんはハイデッカー寄りの主張なのかな? あーなる程でもその理論を採用していくなら―――べらべらべらべらべらべーらべらべら。………あ、そうだ。もうこうして口頭で話し合うのも非効率的だし、お互いの論文を読んでからもう一度議論しようか!! いやー、嬉しいなぁ。こうして論述的意見交換ができる人って限られてるから。あ、いまメールでネット公開している論文送ったから飛鳥ちゃんのも送ってくれる?」

 

「…………………っ、がう(プルプル」

 

「へ?」

 

「こういうんじゃないんだーーー!!(涙目ダッシュ」

 

「………あ、あれ? 存在論についての議論をしようっていう……あ、あれれ?」

 

 

その他アイドル「「「……これは酷い」」」

 

 

 

――その後というか今回のオチ――

 

 

 

 

「我が同胞よ、その悲しみに満ちた仮面はどうしたのだ?(飛鳥ちゃん元気ないけど大丈夫?)」

 

「ぅうう、……ら、蘭子か。すまない、見苦しい所を見せてしまった」

 

「構わぬ、凡俗には至らぬ思考の盃に深く酩酊しただけの事だ。強く意思を持ちその瞳に再び灯を灯さん(悩み事は力になれるか分かりませんけど、元気出していきましょう)!」

 

「―――ふっ、そうだね。僕としたことが少々だけ取り乱していたようだ。……ところで、蘭子。一つ聞きたいんだが“自分の存在意義”。いや、存在証明について問われたらど、どう答える?」

 

「この気高き魂の赴くままに(胸を張って頑張ります)!!」

 

「ららららぁぁぁあんこ!!やっぱ君は最高の盟友だぁぁぁ!!!」

 

「うきゃぁっ!!? きゅ、急にどうしたの飛鳥ちゃん!!!?」

 

 

 

 ~きゃいきゃいきゃい~

 

 

 

「……………ねぇ、はっちー?」

 

「………なんだ、今忙しい」

 

「“存在証明”って聞かれたらなんて答える?」

 

「それの質問してきた奴が中二か、痛い奴か、学者か、宗教かで答えが変わる」

 

「――――ぇぇ、意味わかんないぃぃ(ぐてー」

 

「とりあえず、普通の会話では論文の交換は行わないのは確かだな」

 

「―――shit」

 

 



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一作30分チャレンジSS!!② 【とある事務所での一幕】

_(:3」∠)_そのまま、全く頭を使わずかきかき


 

「……教育実習?」

 

「ええ、なもんで一月ほど欠勤させてもらうっす」

 

 俺から出された不在時のスケジュールを訝し気に眺めた緑色の上司が俺の一言に目を丸くして驚きをあらわにしている。言いたいことはなんとなく察することが出来るがそこまで驚かなくてもいいようなものだとも思うのだが。

 

「いや、あの激務の中でよく資格と単位が取れたという驚きも勿論ですけど……今更、別の進路を選択肢に入れている事も驚きまして。ここまで来たら普通にウチに入社でよくないですか?」

 

 “面接抜きで顔パス入社ですよ?”なんてホントに不思議そうにそういうのだからこのエビフライおさげにこちらだって顔を顰めるしかない。なんやかんやと大学四年間をココのバイト漬けで終わらせてしまう所ではあるが、この社畜生活が今後も続くと思えば嫌でもぞっとする未来図である。それが例え世間一般ではこれ以上ないくらいの一流企業であっても願い下げだ。―――それに、意図して取った訳でもないが就職課のおばちゃんがお節介で教えてくれたこの申し出にかつての恩師の一言が脳裏をよぎった。

 

 “意外と向いてるかもしれないぞ、教師”

 

 紫煙を燻らせながら誰よりも俺を導いたあの憧れがからかう様に、謳うように言ったあの言葉。

 

 別に教師になりたいわけではないし、なれるとも思ってなんかしていないがかつて彼女が見ていた景色というモノを見学してやるのも面白いかもしれないと思って申し込んだ申請は思いのほかあっさり通って、慌ててスケジュールや代理の人間を整えて今に至る。

 

 自分の前を本当に不思議そうに眺める彼女に肩を竦めて答えれば、しばらく頭を手持ちのペンで書いた彼女は黙考の末に決断をしたらしく―――その隅っこにある枠に印鑑を押してこちらに返してくる。

 

「ま、たまには息抜きも必要…という事にしておきましょう。スケジュール調整もいまの所は慌ただしくないですしね」

 

「いや、別に遊びに行くわけではないんですけどね?」

 

「社会科見学という名の物見遊山以外の何物でもないでしょう、こんなモノ。あと、コレは忠告ですけど―――下手に辞めようなんてすると君、また刺されますよ?」

 

「問題発言と名誉棄損が多すぎてツッコミきれないッス」

 

 実習の方はともかく刺されるってなんだ。現代日本でそんな何回も刺されてたまるか馬鹿野郎。そんな事を抗議しようと思えばまるで邪魔な犬を払うかのように腕を振る彼女が隣に積んである膨大な決済書類を引き寄せたのでお喋りはここまでらしい。普段のサイコパスと笑顔の仮面に騙されがちだが、この人もこの巨大なプロジェクトの計理や出納の全てを一人で受け持っている超仕事廃人。用件が無事に済んだならここに長居をする必要も無かろうと次のもう一個のハンコを貰いに奥にある武内さんの執務室に足を向けた所で思い出したかのように声を掛けられた。

 

「あ、そうそう。そろそろ、そういう入社に関する話が常務や武内さんからも来ると思うんで心の準備はしといてください。――――賢い選択を期待してますよ、比企谷君?」

 

「―――だから、入りませんって」

 

 さらっと、興味もなさそうに零されたその一言。結構に機密事項だったのではとボブこと俺は訝しみながら肩を竦めて彼女に背を向け、歩みを再開する。良くも悪くも、俺の大学生活も選択のタイムリミットも近づいている事だけは嫌でも実感させられるそんな午後の一幕は、いったんこれで幕を閉じたのだとさ まる

 

 

 

――――とある事務員のどうでもいい呟き――――

 

 

 

 

「ほんと、可愛くない部下ですねぇ。というか、彼は総武校でしたっけ?…………ん? あれ、もう一人そんな高校生が―――――」

 

 アイドルのプロフィールが纏められた冊子を引き抜いて流してゆけば、自分の記憶に誤りが無かった事を知って思わず頭を押さえてしまった。

 

 

 

 

「“神谷 奈緒”ちゃんのいる学校じゃない」

 

 

 

 

そんな誰にも聞き遂げられない渾身の運命の悪戯は見なかったことにした緑の悪魔によってめんどくさそうに畳まれた冊子と共に閉じて箪笥の中に閉じられてしまったのであった、とさ。

 

 

 




続きはきっといつか、気分が向いた時に♡


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からかい上手の塩見さん=sasakin ばーじょん=

(・ω・)お次は少し毛色をかえて沼友”たっしー”さんからのリクエストで彼の作品からフューチャー。

 クラスメイトの周子さんとの青春をお楽しみください(笑)


 夏っていうのはいつだって唐突だ。薄暗くジメジメした梅雨が続き、蝉ですらも夏の訪れを待ってなどいられないかとでもいう様に雨粒の中で番いを見つけるために鳴き始めた事に同情をしていると滝のような雨の屋根を叩くような音を子守唄に一晩寝れば昨日までの曇天は何だったかのかという様に晴れ渡った青空を見せて気温をグングンと引き上げていく。ともすれば、それはあっという間に景色を変えて世界を一変する。

 

 猛る新緑に、虫達の羽ばたき。それに人々の装い。全てをガラッと変える。そして、そんな晴天に油断した人々をまた裏切る気まぐれさも夏特有のもので人々を翻弄するのも風物詩と言えるだろう。

 

 つまり、その、なんというか――――隣でぼんやりと滝のような夕立に視線を送る少女が、夏用の薄手の制服に水滴を滴らせ、その下にあるだろう刺激的な衣類が見えそうになって俺の理性をガリガリと音を立てて削っていくのもその一端であるのだろう。

 

「いやぁ、ホンマに急に振ってくるもんやねぇ―――って、どうしたん?」

 

 そんな男の純情に気づきもせずに呑気にハンカチで髪を拭う銀髪で細い眦を向けてくる彼女をちょとだけ恨めしく思いつつも俺は深く溜息を吐いた。きっと、これからする行動は彼女の疑問に雄弁に答えてしまい、いつもの様にその狐目を細めてからかわれる事となるだろうけれどもやらないわけにはいかないのが男の辛い所。小町、俺頑張ってるぜ?

 

「これ……羽織っとけ」

 

「んお、っと。………パーカー?  ははぁん」

 

 ぶっきらぼうに自転車に合羽代わりに常備している撥水性のパーカーを彼女に押し付ければ、一瞬の怪訝な表情の後に全てを察したのか彼女は厭らしい声と共にその形のいい頭部にぴょっこりと狐耳をはやして楽し気にこちらを見やる。

 

 反応したら負けだと自分に言い聞かせ真っ直ぐに視線を向い側の標識に固定する俺をしばらくニマニマと見つめた彼女は何も言わずにソレを羽織った。それに心の冷や汗を拭いつつそちらに視線を向ければ――――目を疑う様な光景が広がっていた。

 

「なっ―――おま!!」

 

「偉いおおきになぁ。上着が張り付いてちょうど気持ち悪かったんよ」

 

 羽織ったパーカーの中に腕を引っ込めた彼女がその中でモゾモゾと微かにしけった布が擦れる音を狭い停留所の中に響かせ―――ようやく袖を通した腕で彼女は胸元から彼女がさっきまで纏っていたであろうそのブラウスをずるりと引き出した所であったのだ。

 

 女子のそういった技能があることは知っていたが、それが目前で行われる事の衝撃と試すような彼女の淫靡な視線。その上、その手に握られる生々しいその温もりを伝えるそのブラウスの存在に俺は思わず息を呑んで阿呆のように口をパクパクさせることしか出来なかった。

 

「なっ、おま、馬鹿!!」

 

「濡れた服を着てるのが一番体に悪いんやって知ってた、はっちゃん?それに、冷えた体には―――人肌を直接合わせるのが一番なんだって」

 

 意図せず顔が熱くなる俺に構わず寄ってくる彼女に後ずさり、遂には備え付けのベンチにぶつかりそこに腰を下ろしてしまった俺を覆う様に彼女が逃げ道を塞ぐ。

 

「ね、他の人には嫌だけど――はっちゃんなら、いいよ?」

 

「な―――」

 

 濡れて冷えているはずのお互いの顔は真っ赤に染まり、動いてもいないはずなのに胸は全力疾走した後のような動悸を覚えて思考能力を奪われて行く。彼女の漏らす吐息も、薫る甘い体臭も、何より――――閉じられたジッパーに添えられた指の動きに視線は嫌でも外れてくれなくて。

 

 ついに、その扉は――――あけ放たれた。

 

 真っ黒な生地に、通気性の良さを感じさせる縫製。そして、何より特徴的なのは―――“2年3組 塩見”と書かれたゼッケンの存在感。そう、まごう事なき―――学校公認のスクール水着が俺の目に焼き付いている。

 

 その予想もしていなかった光景に唖然としている俺の耳に堪えきれないといったような聞きなれたハスキーな関西弁が耳を突いた。

 

「ぷっ、あははははは!! ざーんねん!! 今日は家から着てきた水着のままでーす!! いやいや、水泳が先生のお休みで中止になって興ざめやったけど、こんな面白ろいはっちゃんの顔見れるなら着続けてて正解やったわーww。 ねぇ、かわええ下着があると思った? 残念!! スクール水着でしたー!!」

 

 大爆笑で目に涙まで溜めた彼女をみて色々と思う事はある。朝から水着ってどうなんだ、とか。心配して損だった、とか。―――男の純情をどうしてくれる、とか。そんな感情を押しつぶす遥かに大きな問題から俺は目を逸らすために大雨が止まぬ停留所の外へと踏み出していった。

 

 無言で立ち去る俺に流石にまずいと思ったのか周子は俺の後を慌てて追いかけて色々と声を掛けてくるが、今の俺にそんな事に構っている余裕はないので取り合わないままズンズンと歩を進めていく。

 

「い、いや、ホンマ御免て。ちょっとしたサービスのつもりやったんやって!! そんな怒らんでもええやん! ちょっと、もー、悪かった―――って!!」

 

「馬鹿っ!!」

 

 何とか取り繕おうと俺に追いつこうとした彼女が水溜りに足を突っ込みバランスを崩したのを横目でみて咄嗟に腕を伸ばして彼女を支える。

 

 大雨の中でもその身体は柔らかく温もりを感じさせ、触れ合った部分は水着特有のざらつきを感じさせ、雨がより一層その身体の輪郭をリアルに伝えてくる。―――それは支えられた彼女も同じようで、一瞬だけ目を瞬かせた後に支えられた事に安堵した表情を浮かべかけて“とある違和感”に顔を硬直させた。

 

 何度か密着した体の中で、感じた事のない熱と固さ。

 

 それが何かと目で追って、その先でそれが何かを知った彼女は顔も真っ赤に今度は彼女が口をハクハクさせて言葉を失った。

 

 それが”何か“分かった人はお察しの通り。分からなかった人はどうかそのままの純粋な貴方でいて欲しい。だけれども、言い訳をさせて頂きたい。思春期真っ只中の男子高校生が嫌いじゃない女子のスクール水着を目の前にして、その上にその豊満な丘を目の前で豊かに揺らされて反応しないわけがないだろう。

 

 しかも、ソレを隠すために俺は最善の努力をしたのだ。雨に打たれ体を鎮め、感ずかれる前に彼女の前から去ろうとした。その結果がこの様である。マジで人生って無理げーだな。死ねばいいのに。

 

 真っ赤になって俯く彼女という珍しいものを前に人生の終了を感じて黄昏ていると小さく袖を引かれる感触に意識を引き戻された。……死刑宣告かな?

 

「そ、その、ここまで濡れてまったから―――はっちゃん家でお風呂借りて ええかな?」

 

「――――――お、おかまい、できませんが」

 

「お、お構いなく」

 

 真っ赤に染まった馬鹿二人の頭すっからかんの会話が夕立の中で溶けていった。

 

 

 

 

 

 

――おまけという名のオチ――

 

 

 

 

 

「「……………」」

 

 

 さてはて、場所は変わって比企谷家。帰る途中も容赦なく降り注いで嫌がおうにもつないだ手の感触を浮き彫りにしやがった憎いアイツも今では小雨まで落ち着き、気まずさ満点のままお互いを押っ付け合って風呂を交代で入り終わった自分の事である。

 

 隣でホカホカと湯上りの風情を醸す周子は俺が貸したトレーナーとジャージに身をくるんでいつもの無遠慮さは何処に行ったのか膝を抱えてずっと髪の毛をクリクリしている。かくいう俺も会話なんか思いつくわけもなくずっと口元を隠すようにさすって気を紛らわせるぐらいしかできない。セルフタッチという心理的防御だというのも頷ける。めっちゃ今心を何かで守りたくて仕方ないもん。

 

 そんな時間をどれだけ過ごしたのかは分からないが――最初に動いたのは周子だった。

 

「あの、今日はちょっとおふざけが過ぎたわ。ゴメン」

 

「いや、その、そんな怒っては…ない」

 

 たどたどしいお互いの謝罪になんだかこうして緊張してるのが馬鹿らしくなってお互いに苦笑いを零した。そんな時に、周子は目線をちょっとだけ下に切り何か意を決したように言葉を紡いだ。

 

「そのお詫びって訳でもないんやけど―――今度はホントの可愛いの着けてきたから、やり直し……する?」

 

「……へ?」

 

 間抜けな返答をする俺に彼女ははにかんだ様に笑ってそのトレーナの前についているボタンを緩めていく。その緩められた襟から覗くのは今度こそ彼女の白魚のような肌で、肩口に見える紐はその先の果実を包む布地の華やかさを想起させるには十分な可愛らしさであった。

 

 いつもの様に“何を馬鹿な事を”なんていって止めるべきだと理性は言う。だが、本能は正直に彼女の肢体に釘ずけとなり、あまつさえ彼女の脱衣を手助けするかのように肩に手を添える始末だ。まだたったそれだけだというのに主張を始める半身に彼女はちらと視線を走らせるが今度は生唾を一つ飲むだけでその行為を止めはしなかった。

 

 三つある襟のボタンを緩め、肩口が露わになった所で彼女はその先は自分に託すように手を下ろし真っ直ぐに俺を潤んだ瞳で見つめた。その表情の熱に浮かされる様に彼女の顔へ近づき、そのサクランボのような唇に重ねようとし――――「たっだいまーー! もー。お兄ちゃん!! 小町が雨に降られてるなら自分はずぶぬれになってでも傘を届けるってのが兄妹の、き…ず、な……………。ゴメン、小町ちょっと忘れ物したから一時間くらい町内走ってくるね」

 

 

 

「「ち、ちが―――――う!!!」」

 

 

 

 その後、雨のなか全力疾走する比企谷兄妹+1が町内で目撃されたとか、されなかったとか。

 

 

 

 

ちゃんちゃん♪

 




(・ω・)なんと評価ボタンを押すだけで貴方にもこんな学生生活が訪れるかも!! こりゃおすっきゃないよね!! ←無責任


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【脇役?】

(-。-)y-゜゜゜お盆が、終わる………


 

 大学生活ってのは華々しい生活と思われる事も多いだろうが、実はあんまりそうでない事も多い。特に男子割合9:1の工学部だったりすればそれはなおさらだ。

 

 家賃重視の小汚い寮に男だらけの色気のない生活。今まで実家でやってた家事なんかが一人暮らしになった所で劇的に変化するわけでもなく雑に突っ込んでよれよれになった服とゴミ袋に分別も怪しいくらい突っ込んだゴミ袋。その上、万年敷きっぱなしのせんべい布団に飲み会で張っちゃけたいい気分のままダイブするような毎日。ただ、困った事にそれが不便もなく楽しい毎日であるのだから困ったものだというのは多くの男性に共感していただけるのではないだろうか?

 

 そんな感じでモブ大学生“田中 浩司”には日々ありふれて適度に楽しい生活を送っていて、今日も立ち食いそばで厳つい見た目でモテなさそうな級友と肩を並べて駅前のそばを啜っていたそんな時だった。隣から“おっ”なんて嬉しそうな顔も隠さずに友人がスマホを覗き込んでいて目を引かれたのがその会話の始まりだった。

 

「なに、新作のAVって今日発売だっけ? それとも、課金ゲームのイベント?」

 

「ばっか、お前、俺がいつでも課金とAVだけの男だと思うなよ。―――今日のこの近くの箱で“アイドル”のライブバトルがあるんだけどさぁ……今日は川島さんも出てくるみたいなんだよ!」

 

 いつも目の色変えて課金ゲームやエロ話に熱を入れているコイツの事なのでいつもの事かと思えば向けられたスマホに映るのは最近巷を騒がせているアイドルグループのサイトで、写されているのは長く豊かな栗毛に、年相応の色気と気っぷりの良さを感じさせる妙齢の女性が笑顔で映っている写真だった。それはいくら芸能関係に疎い俺でも見た事のある顔で、多くのバラエティーや番組で見る顔だった。―――というより、自分にとっては長らく朝の顔として親しんできた印象の強い物だったが。

 

「結局女じゃん。……ていうか、“川島”ってあれでしょ? 年甲斐もなく話題狙いでアナウンサーからアイドルに鞍替えした人」

 

「ばっか、お前。テレビをもっと見ろって!! 確かに最初の頃は俺もそう思ったけどその路線は絶対当たりだよ。バラエティーもこなすし、歌も上手くて美人だし、トークも面白い。ただのフリーのアナウンサーになるより絶対よかったって!!」

 

「ふーん、でも、俺がたまに見るテレビじゃなんつーか“添え物”的な? 他のアイドルの補助ばっかしててメインで映る事ってあんまりなくない? まあ、年齢的にでしゃばらないように配慮してるとこは大人ななんだなぁとは思うけどさ」

 

「おま、それは言っちゃ駄目な奴だろ(笑)。というか、それがいいんだって。俺、握手会とか何回か行ったけど他の“楓姫”とか“カリスマ”みたいにファンもぎらついてなくて安心して話せるし、近くで見るとめっちゃエロイのに距離感が近くてさ~。まあ、通だけがあの良さを理解できると思えばなんか逆に応援したくなるんだって!!」

 

「ふーん、それで思い出したけどこの前新しく買ってたそっくりさんてこの人の奴じゃん。おうおう、通なファンはやることが違うねぇ?」

 

「ちょ、おまっ、また勝手に人の秘蔵品を物色しやがったな!!」

 

 狼狽する馬鹿にニンマリと笑って答えるだけに済ませ、最後の一口を手早く胃に流し込んで俺はさっさとその店を出る。大体が共用廊下のカギもついてない住居でプライバシーが守られると思っているほうが間抜けなのである。

 

 雑踏が五月蠅い街並みに一歩踏み出せば、今度はその摩天楼の上に華々しく飾られた広告が目に入る。くしくも、その真っ先に目に入ったのは白いワンピースに身を包み、果てしない朝焼けの海で儚げに微笑む“川島 瑞樹”のポスター。それがなんの広告なのかまでは読み込まなかったが、その儚げに微笑む姿が妙に印象的で――――逆に、テレビで見たあのおチャラけた態度が痛々しく思えてつい眉を顰めてしまった。

 

 その不快感を振り払うよう目を揉みこみ、ふっと悪戯心に火がついた。どうせ今日は飲み会も無く、レポートもない。どうせ帰って相方や寮のメンバーとゲームをするだけならば、せっかくなので近場であるというライブバトルとやらを覗いてみるのも一興かと思い、なんとなくその会場を目指して歩を進めた。

 

 どうせ、バラドルのそこそこの出来のライブなのだろうと、彼女の涙ぐましい努力も笑いのタネにはなるかと思って気まぐれと好奇心のままに。

 

 

――――――― 

 

 

「………だそうですけど、ご感想は?」

 

「あんな若い子向けにもそっくりさんのAVが発売されてるって事はまだまだ私も捨てたもんじゃないわね。……ちょっと気になるからハチ君、レンタルしてきて一緒に見ない?」

 

「死んでも御免ですね」

 

 ガヤガヤと賑やかな二人組が蕎麦屋を出ていったのを見計らって隣で眼鏡にキャップを被って変装した“川島”さんご本人にあけすけな会話の感想を聞けばこんな答えが返って来るのだからこちらも苦笑で返すしかないだろう。リハのあとにライブ前に腹ごなしをしておきたいという彼女の要望に応えてこうして安物の立ち食いソバを啜りに来ているのだが、まさかの事態に凹みはしないかと心配したのはどうやら杞憂で済みそうだ。

 

「まぁ、そもそもがそんな的外れな評価って訳でもないでしょうしねぇ」

 

「………そっすか」

 

 何てことは無いようにそばを啜る彼女は本当に気にした風もなく苦笑いを浮かべつつさっきの言葉を肯定する。確かに、年長の彼女は多くの場面でメンバーのフォローを入れていて、彼女の横に立つのはいつだって日本どころか世界にだって名を轟かせるアイドル達だ。そんな景色をテレビ越しで見ていれば誰だってああいう評価になるのかもしれない。―――何より、本人がそれに怒っていないのに口を挟むなんて愚の極みだろう。零れそうになる軽口や反論を蕎麦の出汁と一緒に飲み込んで一息。

 

 

 でも、俺が愚かなのは今に始まった事ではないし――――どうせなら世界中の賢しい方々の度肝を抜いてやるのも面白い、そんな事を勝手に独白して俺はいつもの様に意地悪気に頬を吊り上げた。

 

 

「は、はち、君…?」

 

「瑞樹さん、申し訳ないんですけど―――ライブバトルの曲変更させて貰ってもいいですかね?」

 

「はぁ? リハはもう終わって1時間後には本番よ?」

 

 突然にやにやし始めたアシスタントの奇行に頬を引きつらせてドン引きする彼女に思い付きの“悪戯”を提案すれば彼女は呆れたように額に手を当てため息を漏らしつつ―――その案に乗ることを了承した。

 

 さて――――今日も小鬼が一波乱、をおこさせてもらおう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 絢爛なライトやスモーク、芯まで響く大音量が先行のアイドルの持ち歌が終わると同時に潮のように引いていき、会場に再び闇の帳が下ろされた。ステージの興奮が冷めやらぬ中で雑然とした観客席の熱気とざわめきが次への期待を嫌でも感じさせる。

 

 級友の話によれば、まだまだ予選段階の為にSランクのここにも飛び込みで入ることが出来たが、本選になると抽選でしか入れなくなるそうだ。だが、それでも会場は超満員で予選とはいえ一回目に踊った名も知らぬアイドルの子は息を呑むほど熱の入ったステージを披露した。ならば――――もはや伝説として瞬く間に頂点へと駆け抜け至ったシンデレラの一人が躍るステージにもっと大きな期待がかかるのは仕方ないことなのかもしれない。

 

「次はいよいよ川島さんだな。歌もダンスも上手いけどやっぱり見どころは最初のアピールトークの時間だよ。芸人顔負けのトークで会場中を笑わせた後にあのレベルの高いダンスと可愛らしい曲のギャップで一気に引き付ける。この高低差が何度体験してもやられちゃうんだよなぁ…」

 

「へぇ……、まあ、Sランクってんだから凄いんだろうな」

 

 厳つい顔をホクホク顔で緩ませた馬鹿が早口でする解説に若干引きながら、周りの観客の評判にも耳を傾けるとおおよその所は全員の共通認識らしい。その前評判になんだか見上げて見たあの広告に映る神秘的な雰囲気は自分の錯覚だったらしいと少しだけ落胆を感じつつ―――― ステージの上で、一筋のライトに照らされた人影に目を奪われた。

 

 ステージ上に現れた豊かな茶髪を湛えた女性。それは今や日本中の誰もが顔くらいは見た事のある“川島 瑞樹”その人には間違いがなかった。それでも――――“その表情”を見た事のある人間は誰もいなかったに違いない。

 

 いつものどんな暗い気分も吹き飛ばし包むような優し気に包まれた明るいものではなく、どこまでも静謐でここではない何かを見据えているミステリアスさを湛えているのに、その瞳の奥は今まで見たどんなモノより熱い熱量を抱えていたから。

 そして、アイドルとして定番の可愛らしいデザインではなく、パーティー会場に相応しいかのような深紅のドレスに、密やかにされど豪奢に散りばめられた金細工のアクセサリーは主張することなく、それでもここにいる全ての人間にこの人間は特別なのだと分からせる荘厳さを持って彼女を着飾らせていた。

 

 誰もが、彼女は明るい笑顔と快活な話術と共にここに乗り込んでくると予想し、待ち望んでいたのに彼女は静かに、静謐にそこにただ立つだけだった。やがて、微かに零れていた会話すらも無くなり会場が完全な静寂に包まれた時に―――――小さく、掠れるような歌声が耳に滑り込んできた。

 

 伴奏もなく、アカペラで紡がれる  誰もが胸に秘める想いを告げる曲。

 

 その甘く優しい歌に誰もが心を奪われた瞬間―――――世界が弾けた。

 

 真っ暗な中で一つだけのライトが掻き消える程に一気に背景の光源が真っ赤に染まりあがり、眩さに目を眇める前に心臓をわしずかむように力強い声とそれ以上に強気で不敵に、悪戯が成功した少女のように微笑む彼女に誰もが目を離せなかったのだ。

 

 今まで誰も効いた事のない川島瑞樹の本気の“歌”。

 

 本職の歌手すら凌駕するほどの声量と技術。そして、超高難易度であるはずのソウルミュージックをまるで自分のモノであるかのように使いこなすその力量。何よりも会場中に、いや、世界中にすら“don’t you worry”と自らの情熱を灯すかのように絞り出したその魂が籠った表情に誰もが息を呑み、今までの彼女のイメージ全てを捨て去って地鳴りのような声援と手拍子で答えた。

 

 いつもと違う、とか、イメージになかった、なんてそんなくだらない思考に時間を費やすくらいならばこの最高の時間を、ステージを最高に盛り上げてどこまでも彼女と共に高みに上り詰めていく方が何よりも大切な事だと誰もが結論づけたのだ。

 

 本選でもない予選会場が観客の足踏みの地鳴りと歓声で悲鳴を上げ、遂には並べられたベンチすら嫌な音をたて始めた頃に――――彼女の伸びやかな声が最後のワンフレーズと共に終わりを迎えた。

 

 その瞬間に汗だくで精魂尽きたと思わせたくらいに疲れ果てた表情の彼女はそれでも最後に背筋を伸ばし、不敵に微笑んで“love you”それだけを呟いて会場を後にし、会場は暴動一歩手前の歓声と静寂を求めるアナウンスに、ステージに感極まったファンが詰め寄るのを防ぐ警備員の怒号が溢れるカオスとなったのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「あーあ、こんな勝手をしちゃって相当絞られるわよぉ?」

 

「アイドルが歌を上手くて怒られるなんて、理不尽な世の中ですね」

 

 なにちゃっかり逃げようとしてんのよ、なんて頭をこずいてそのままどっかりとパイプ椅子に腰を下ろした瑞樹さんにタオルやら飲み物やらを甲斐甲斐しく世話をしつつ控室にある会場のモニターの混雑具合にほくそ笑む。

 

 本来、今日は予選で対戦相手だってSランクに上がりたての新人。当初の打ち合わせ通りの段取りでいつも通り笑わせて、踊り切れば何の問題もなく勝ち上がれたはずなのだ。少なくとも、こんな直前でリハをひっくり返してぶつけ本番で自分だけが知ってる彼女の歌声で大博打をうつ必要も無かった。なんなら、いままで築きあげてきた“川島 瑞樹”というブランドはこれで大きな方向転換を強いられる事になるかもしれない大惨事だ。

 

 だが、それでも この会場やテレビの向こうで好き勝手宣うどっかの誰かの鼻を明かせてやった事は素直に気分がいい。

 

 あの個性の暴力のようなアイドル達が誰一人不満を上げずに“まとめ役”として認めるのがどれほどの偉業か知りもしないくせに、世界の歌姫の隣で埋もれもせずに“相方”としてフォローを完璧にこなすことの奇跡を理解もできないくせに、軽快に交わされる言葉にどれほどの気配りと膨大な知識の積み重ねがあるかも気が付かないくせに――――他人からの悪意を笑顔で受け止めた裏でどれだけ悩んでるか見た事もない奴らに思い知らせてやりたかったのだ。

 

 お前らが知ってる“川島 瑞樹”はほんの触りでしかないぞ、と。

 

 

 考えるだけでこっぱずかしいが――――この最高にカッコよく、可愛くて、美人なウチの姉御を馬鹿にされて引き下がれるほど育ちは良くないのだ。

 

 

 そんな自分に苦笑を漏らしながら、“呑みに行くぞ”と駄々っ子モードに入った瑞樹さんと鬼のように鳴りまくっている携帯どっちに先に対応するべきか俺はしばし悩むのだが、それは別のお話。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 誰もが夢うつつのような足取りで会場から帰路に就く。あれだけの熱狂が沈静化した後は非常に心苦しいが、あの後に登場したアイドル全てが霞んで見えまともに覚えていない。そんな燃え尽きた虚しさにも似た感情で足をとぼとぼと進めている途中で隣の相方にちらりと視線をやっても“あ、あんな川島さん、しらない…”なんてボソボソと気味悪く呟くだけなので役には立たなそうだ。

 

 溜息一つ吐いて前を向けば、そこには来る前に見た彼女の広告写真。

 

 愁いを秘めた瞳で暁に一人佇んでいる。

 

 来る前はバラドルがすかしてやがると鼻で笑った。だが、あの自分の芯の芯を握り掴んだあの歌声と魂すら燃やす熱料を体験した今はそんな事は出来そうもない。むしろ、彼女はどんな人物なのか、何を想い、どこに進んでいくのか――――それが、無性に知りたくなった。

 

 

帰ったら、彼女の事を少しでも調べてみよう。そう心に誓って俺は足を少しだけ早めた。

 




_(:3」∠)_瑞樹に免じて、評価してくれたら嬉しいにゃん


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水戯は秘めやかに

Σ(゚Д゚)あれ?もう今日から仕事?? 的な現実から逃避中のsasakinです。

( *´艸`)今日は渋のアンケートに勝ち上り、久々に登場の文香たん!!

ひっそりしめやかに、そして、どことなくアオハルっぽくかいきましたーん。

明日から頑張るために、頭を空っぽにお楽しみくだしゃぁ(笑)


 遅れてやってきた夏らしい熱気に待ってましたと言わんばかりに婚活パーティーに乗り出す蝉たちがただでさえ短い生を取り戻すかのようにミンミンジワジワとがなり立ててくる。最近、流行りのスカして女を待つ腑抜けた若者達は是非ともそのハングリーさを習って頂きたいくらいの積極性。だが、むせ返るような暑さに包まれた納屋の中で作業中の俺“比企谷 八幡”としては今はただ煩わしいだけのBGMと化している。つまり何が言いたいかというと―――夏をエンジョイしようとするリア充はいつだって俺の神経を逆なでるという事だ。

 

 そんな独白を恨みがましく心の中で呟いて納屋の中に残った最後の大箱を外に引きずり出して俺と同じくらい汗で額を濡らす大学の同級生“鷺沢 文香”に声を掛けた。

 

「これで納屋ん中は最後だな。他に引っ張り出すもんはあんのか、文香?」

 

「いえ、家の中の物は定期的にやってあるので、それで最後の筈です。こっちにも、大体が広げ終わりました」

 

 いつもはゆったりした服装に身を包んだ彼女も今日ばかりは埃まみれになることを覚悟してか紺色のポロシャツに彼女の母校の名が刺繍されたジャージを身に纏い、首に掛けたタオルで汗を拭いつつもそれぞれの箱に収納されていた骨董品を丁寧に敷いたゴザの上に並べていた。だが、それも一段落したのか強張った体を解すかのように体を伸ばしてこちらへと向かってくる。

 

「しかし、よくもまぁここまでガラクタをかき集めたもんだよなぁ」

 

「叔父は凝り性ですから、何かをモチーフに小説を書くときは徹底的にソレを調べ尽くして堪能してから取り組むそうです。そのおかげであれらの作品が生まれたと思えば感慨もひとおしなのですが………用が済めばこうやって納屋に押し込むのは悪癖と言っていいかもしれませんね」

 

 俺の言葉に困ったように苦笑を漏らす彼女が語るのは彼女の下宿先であるこの家の主の偏屈な老人の事である。いつだか腰痛で動けなくなっている時に俺を捕まえここまで送らせてから結構に長い付き合いではあるが、あのひねくれた口うるさい爺がまさか長年にわたって愛読している“鷺沢 研吾“その人であると知ったのはわりかし最近の事である。

その精緻で、巧妙な文は一周回って滑稽さもあり、引き込まれているウチに最後の最後で完全に思考の外から結末をひっくり返すその手法にさぞ知的な人物かと思えばガミガミと口うるさい糞爺だったというのだからやはり読者は作家と出会うべきではないと痛感した出来事だ。ましてや――――

 

「その“虫干しをするから来い”と呼びだした本人が開始30分で編集さんに引きずられてフェードアウトしていくってのが納得いかねぇんだよなぁ……」

 

「あっちはあっちで、ホテルに監禁されての特急執筆ですから……気分的にはこっちの方が楽だったかもしれませんね」

 

「それって、試験前に急に掃除し始める学生あるあるじゃね?」

 

「……………さぁ、最後のコレを乾して休憩にしましょうか」

 

 ジト目で睨む俺に流石の身内も擁護する言葉が見つからなかったのか雑な話題変換を図っていそいそと最後の箱の開封に取り掛かり始め、俺も肩を落としてため息を吐いて答える他にない。というか、こういう思い付きで振り回されるというのも今日に始まった事ではないのでいまさらと言えば今更な出来事だ。

 

 送り届けた俺が姪っ子の同級生だと知ったその日から、原稿に詰まったり、逆に締切明けに暇を持て余した時にあの爺は気まぐれに俺を呼び出しあれこれと面倒な事を言い始めるのはもはや恒例であった。その度にやれ泥酔して説教だの、釣りに連れていけだの、自慢の骨董品の来歴だの使用人か丁稚奉公の弟子のようにこき使ってくる老害っぷりに初期にはあった憧れの大御所作家という看板は今では下ろして“面倒な爺”に変わって久しい。

 

 それでも、その面倒な気分転換が終われば書きあがった最新作を真っ先に読めたり、非公開のままお蔵入りになった爺の作品や、他の大御所作家仲間で書いた同人的なおふざけ本が読めたり、見た事もないような高級料理が食えたりするので中々に文句が言いずらいリターンがあるのも悩ましく今日までその関係は続いていたりするので断り切れないというのも一因だったりする。

 

 そんなこんなで今日も爺の思惑に巻き込まれた文香に若干の同情を交えつつも、最後という言葉を励みにその箱に向かえば―――文香が珍しく年相応の少女のような無邪気な声を漏らした事に少しだけ驚いた。

 

「ど、どうした? ネズミでも入ってたか?」

 

「あっ、いえ、すみません。あまりに懐かしいものが出てきたもので……」

 

 恥ずかしがり頬を染める彼女の脇からその箱の中を覗けば―――大きな段ボールの中に目一杯に詰まっていたのは家庭用プールや子供用の水遊び用品であった。記憶にある限り、あの爺さんは独身であったはずだし子供もいなかったはずだ。ソレを鑑みて推察すればコレは一体だれのために揃えられたものかは彼女の言葉と相まってすぐに思いつく。

 

「昔、この家に遊びに来させてもらった時に本に齧りついて離れなかった私の為、叔父が気分だけでもと揃えてくれたものです。―――今では、せっかく遠出した私のために予定を組んでくれていたのに引きこもろうとして、申し訳なさが際立ちますね」

 

「ま、本好きにとっちゃこの家は図書館よりパラダイスだったろうからな。気持ちは分からんでもない」

 

 頬を染めつつそういう彼女に苦笑を漏らしながらも中を一緒に物色すれば折り畳みプールに浮き輪、水鉄砲にアヒルの玩具。思いつく限りのモノを可愛い姪っ子の為に金にものを言わせて買い集めてきたであろうという事が窺えてあの爺さんの姪っ子への溺愛っぷりが窺えて思わず笑ってしまう。そんな中で最奥にしまわれた布っぽい何かが手に当たりソレを何の気もなく引き抜く。

 

「あ、そ、それは―――」

 

「……なんか、すまん」

 

 引き抜かれ俺の手に握られていたのは、在りし日の文学少女が着ていたであろう“水着”であった。セパレートタイプの地味目ながらも細部が丁寧に作られていたので安物ではないのだろう。なんの気は無しにソレを眺めていれば顔を真っ赤にした文香が普段のおっとりは何処にやったのか目にも見えない速さでソレをひったくって胸に抱え込んでしまう。

 

 いっそ涙目すら浮かべソレを抱え込む彼女には悪いが、抱え込んだ事によって当時の幼さと現在の発育しきったその身体の対比が生まれて二倍エロイので今後はそういう事はしない方がいいとおもうはちまんでしたまる

 

「………いやらしい事を考えてる顔です」

 

「酷い誤解だ」

 

 ジト目で睨まれるが、そんな事はない。豊かな子供の成長を心の中で祝っていただけだ。……ほんとだよ?

 

 その目から逃れるためという訳でもないが箱の中にもう一度目を向けてみると、おそらく使ったのはその一回のみなのだろう。全部が新品同様で綺麗にしまわれているソレになんだか童心が騒いでくる。思えば俺自身も両親が共働きでこういった遊具にはとんと縁がなかった。ついでに言えば、この納屋や外から押し寄せる熱気。その他の蝉や虫共のざわめきに充てられたって事もあるだろう。

 

 だから、俺は普段なら絶対にしないであろう提案を口にした。

 

 

「なぁ、せっかくだから使ってみるか?」

 

 

「―――ほぇ?」

 

 

 同級生の、間の抜けた声が蝉の鳴き声に交じって消えていった。

 

 

 

-------------------

 

 

 

 差し込む日差しを柔らかに遮る楓の木に、ホースから流れる水音。ソレが加わるだけで殺意すら湧く熱気も可愛く思えるもんで、火照った体のまま溜まった水の中に飛び込めばそれすら心地良く感じるのだから不思議なものだ。もちろん、水着なんて用意してなかったので、パンツだけ脱いでジャージの短パンを水着代わりにしてるが野郎にはそれでも十分だろう。子供用プールなのでちゃぷちゃぷと満杯近くまで溜まっても腹より上に来ることも無いのだが泳ぐわけでもなく涼をとるならばそれだけでも十分で、思わずその心地よさにオッサン臭いため息が漏れるのが少しだけ哀愁を感じてしまう。

 

 そんなこんなでプカプカと浮かぶアヒルのおもちゃを突いていれば、ひょっこりと庭に通じる茶の間の柱から顔を覗かせた文香が現れた。前髪に隠れてもなお耳まで染まって恥じらっているのが窺えてしまうのについ苦笑が漏れる。

 

「グラビアや、この前の346のプライベートビーチとかで散々見たのに今更恥ずかしがる要素あるか?」

 

「……仕事は割り切れますし、この前は皆さんが居たのであれでしたが……改めてとなると、き、気恥ずかしいんです」

 

 そんな事を嘯きつつもモジモジと茶の間の影から姿を覗かせた彼女。フリルを多くあしらったビキニタイプでありながらも、豊かな体つきは強く強調され元来の色白いその肌は陽光を眩しく反射する。そして、いつもは下ろされたその髪が今日は後頭部でまとめ上げられる事によっていつもの清楚さから少しだけ活動的に見える。その全国のファンが喉から手が出る程に見たいであろうその姿が一般民家の茶の間にあるという非日常が一層に現実感を倒錯させていく。

 

 見慣れてる、などと自分で言いつつもその全容を見た瞬間に思わず息を呑んで見とれてしまった俺に―――割かし早めに罰は下された。

 

「っ、見過ぎです!!」

 

「うべっ」

 

 あらかじめ用意してあったのか、その背に隠された水鉄砲で顔面を思い切り射撃されその冷たさと若干鼻に入った息苦しさで嫌でも現実に引き戻され目を白黒させつつもソレをおかしそうに笑う彼女にちょっとだけ反抗心が疼く。

 

「……先にやったのはお前だからな?」

 

「ふ、ふふふふ、比企谷さんの今の顔―――――って、ちょ、それは、ひゃっつ!!!」

 

 ケラケラと能天気に笑う彼女に水を注いでいたホースをひっつかみその矛先を向けると彼女は何をしようとしているのか察したのか逃げようとする。だが、なまじ水鉄砲を当てようと近づいていた彼女の手を掴み逃げられないようにして―――思い切りホースの水を頭から被せてやった。

 

 長時間出しっぱなしにしていた水はキンキンに冷えていて、そこそこに熱を持っていた彼女の体にはさぞかし効いた事だろう。飛び上がって逃げ惑う彼女が面白くてホースの口を握って高圧でシャワー状にしてかけてやれば更に“あばばば”なんて普段出さない様な声でテンパるのだから面白くてやめられない。普段ならなんとなく罪悪感も湧いて辞めるのだろうけど、先にやられたという免罪符が心軽やかに同級生をいじる楽しさを肯定してくれる。だが、しばらく悲鳴をあげて逃げ惑うだけだった彼女も水の冷たさに慣れてきたのか、それとも、弄られる怒りで反逆の芽が湧いたのか――ホースを持つ俺に食ってかかってくる。

 

「や、やり過ぎです!!」

 

「て、馬鹿っ、んな押すな――――ってぇ!!」

 

「きゃっ!!」

 

 元凶であるホースを奪取せんと俺の肩に手を置き腕を伸ばした彼女に、不安定で滑りやすいプールを足場にしていた俺はよろめき―――踏ん張ることも出来ずに子供用プールに二人でダイブするという成人としては中々ない醜態を二人して晒した。

 

 派手な水飛沫に、濡れた犬みたいに頭からひっかぶった水を振って払う馬鹿二人。せっかく溜まった水は半分まで飛び散って、終いには俺の上に落ちた文香とプールに見事尻もちをついた俺を嘲笑うかのようにホースから勢いよく溢れる水が二人揃って脳天から浴びせられていく。そんな年甲斐もない阿呆みたいな光景に――――どちらともなく笑いが零れ、お互いを指さして子供のように俺たちは笑い合った。

 

 ミンミンと、リア充を目指す蝉たちの声に 馬鹿二人の笑いが混じって溶けていく。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふ、ふふふ、いま思い出しても、今のは傑作でした」

 

「傍から見たら阿保丸出しだけどな」

 

 あれからしばし経ってもいまだに思い出し笑いが収まらない文香に苦笑を返しながらも二人仲良く並んで張り直した水に浸かっている。いかんせん、子供用プールなので大の大人二人が入れば肩が触れ合ってしまいそうになるのが難点だが、このクソ熱い中でどっちかが焼かれるという選択肢も取れずにこうなっているのだ。ちゃぷちゃぷと揺れる水音に、蚊取線香の匂い、ソレに風に青空。アイドル達の要望による福利厚生という名目で連れていかれたあのビーチも終わってみれば楽しかったと思えるのだが、終始、アイドル達に振り回されていたせいでこうしてぼんやりとする時間は少なかったように思う。それをわざわざ、都内の狭い坪庭で体験しているというのだからおかしな話だ。

 

「あの海は、楽しかったですけれど―――こうして二人で話す時間はあまり取れませんでしたね」

 

「ま、最近はアイドルを武内さんが無制限にスカウトするせいもあるけどな」

 

 クツクツと笑っていた彼女も同じことを思ったのかそんな事を言うので、俺は少しだけ意地の悪い答えを返す。だが、それすらも付き合いの長い彼女には照れ隠しと見抜かれているのか少しだけ笑って彼女は微かに水気を帯びたその頭を俺へと寄りかけただけで応える。

 

「貴方と出会って、アイドルをやって多くの事を学び体験してきました。だからこそ、こうして今の自分があるのだと思いますが―――こうして、アイドルじゃなくても叔父に二人で引っ張りまわされて、二人で笑えていた未来なんかがあったのかと夢想してしまう時がたまにあります」

 

「………どう、だかな」

 

 言われてそんな想像をちょっとだけしてみる。偏屈な爺さんを家まで送った先にいた同級生。今ほど感情豊かでもなく、ただ本だけを読めればよかった頃の彼女。そんな彼女とたまたま持っていた古本を縁に少しだけ会話をするようになった日々にあの偉丈夫が現れなければ―――こうして二人で馬鹿みたいに笑い合えていただろうか?

 

 そうであった気もするし、そうでなかった気もする。

 

 結局は実現しなかった可能性の話。だが、少なくとも俺は―――

 

「少なくとも真夏の虫干しまで手伝いに来てたかは怪しい所だな」

 

「ふふっ、きっと比企谷さんはそうなってもなんだかんだ来ますよ。―――捻デレさん、ですから」

 

 重要な所をぼかす俺に、それでも楽し気にそういう彼女はいる事を確かめる様に体重を預け、俺の心臓の音を子守唄に静かに目を閉じた。腹を彼女を庇ってぶっ刺されてから彼女が時折するようになった仕草。俺が生きている事を噛みしめる様に、味わう様に彼女はこれを行う。そんな彼女の祈りにも似たような行いをみて思うのだ。きっと俺は、どんな経緯になっても、どんな道を辿っていても彼女が同じ目に合うのなら同じことを繰り返すくらいには彼女を気に入っていただろう。

 

 そんな彼女に言う事が生涯ないであろう言葉を呑み込んで―――ただ水に揺られるアヒルたちを呑気に眺めた。

 

 

 

-------------------

 

 

 

おまけ

 

 

叔父「(ホテルから脱走&帰宅後 お茶の間のぞきつつ)……人の家でアオハルしおってからにホントに―――あお、はる?   これじゃ!! 今度のテーマは“アオハル”じゃ!!! きたきたきたきたきた――――っつ!! 書かずには!! いられない!!!」

 

二人「Σ(゚Д゚)(; ・`д・´)!?? 離れ&照れ赤面&驚愕」

 

 この後、みんなでめっちゃかき氷やスイカ食べた後に虫干しの片付けした

 




(/_;)ランキング13位とか一瞬でも名前が載ってて嬉しさで発狂しそうだったぜ!!

(´ω`*)みんなありがとう!!


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お別れは、突然に

( *´艸`)連休なので連投するsasakinです(笑)

今回は、リクエスト回収から第一弾【幻の新章:新天地編】のプロローグですね(笑)。

最近、シャニマスもみたいという声も多く聞いたので自分なりに導入。この後、283事務所での邂逅編とアイドル達との交流までちょっと書いて放置します。←

これは、僕の書いてる”ハチP@”という脳内ノベルゲームでのノーマルEND後のお話という設定ですね。全員の好感度が高く、かつ、誰とも√に入ってないとこの√に入って普通に346に入社します(笑)。



 東京都内の一等地に燦然と立ち上る時計塔。その周りに彩り豊かに四季を感じさせる庭園に囲まれ、他所様には羨望と嫉妬を込めて“城”とすら呼ばれる芸能事務所がある。そこでは多くの伝説が生まれ、育ち、根を張っており最近では名実ともに芸能界の最大手になってから随分と久しい。かつて、自分もその一端を間近で見ていたひとりとしては感慨深さと同様になんで自分がこんな似つかわしくない場所に籍を置き―――

 

「比企谷さん!! すみません、昨日の案件ですが―――」

 

「比企谷君!! いい所に来てくれた。先日の契約が――」

 

「比企谷!! 見ろ、お前の予想が的中だ!! この前の作家が――」

 

「先輩っ!! 助けてくださいっ!!」

 

「フヒヒ、聞いてくれ……親友。今日の朝に、最高に弾けたフレーズが湧いてきたんだ…!!」

 

 自分に与えられたデスクにつき朝礼を始めるどころが、玄関ホールに一歩踏み入れた瞬間に大量の人間から揉みくちゃにされるような日々を送っているのか。ホント謎。

 

 誰も彼もが身勝手に緊急なんだか世間話なんだか良く分からない案件を鼻息荒く語り掛けてくるが、聖徳太子でもないので聞き取れる訳もない。―――あと、輝子。お前のは俺じゃなく担当の音楽プロデューサーに最初に聞かせてあげなさい。

 

 ギャーギャー途切れる事のないその喧騒にガックリと肩を落とす俺を嘲笑うかのように豪奢な時計塔が始業の鐘を晴天に、天高く響かせる。

 

 

 “346芸能プロダクション アイドル統括部門 部長補佐 比企谷 八幡”の入社以来ここ数年代わり映えのない騒がしい社畜ライフが今日も始まりを告げた。

 

 

---------

 

 

 「ん、ここの予算だけもう少し余裕を持ったモノに変更しといたほうがいい。それと、ここのステージだとこっちのリストに載っている近隣の業者と民家への挨拶回りは欠かさずに行っといてくれ。何なら別途予算で―――っと」

 

「大丈夫ですか?」

 

「―――ああ、すまん。なんでもない。……ざっとの所はこれくらいか?」

 

「あ、はい。すみません。忙しいのに最終確認までして貰って…」

 

「コレが仕事でな。ソレに、もう少し経てばそんな事も言ってられないくらい忙しくなるから気張ってくれ」

 

「……これ以上ですか?」

 

「その想像の3倍くらいは」

 

 朝から続く立て続けの報告と相談最後の一件に、そう言って意地悪に笑う俺にガックリと肩を落とした後輩が項垂れつつも背を向けて自分のデスクに戻って行くのを苦笑で見送りつつ、先ほどファイルを取り出した拍子に零れ落ちたボロボロの紙束を拾って何とはなしに捲ってみれば、懐かしい思い出に思わず笑いが零れた。それは、自分がこんな場違いな職場に残るきっかけになった原因で、一つの“本物”の形。

 

 大学卒業を機に長らく続いたこの職場を後にしようとした俺がかつてバイトのアシスタントと所属していた“アイドル”達からの身勝手で、我儘で切実な思いが込められていたその紙。

 

それは、本来は当時の上司であった緑の悪魔が気まぐれにアイドル達にばら撒いた福利厚生の一環であった“わがままチケット”なんていう傍から聞けば笑ってしまう様な名前で、スタッフが聞いてあげる事が可能な限り我儘を聞いてあげるという無茶苦茶な物。当時はどんな無茶を言われるかと思い胃を痛くしていたのだが、意外にも誰もが後生大事にその安っぽい紙を抱えたまま使う事が少なかったのでついぞ忘れていた。――――辞める事を告げ、大学を卒業するその日までは。

 

 

 人の卒業式に街すら歩くのも困難なくらい有名人が揃ったアイドルグループが怒りも露わに、泣きそうに、悔しそうに、祈るようにこぞって押し寄せ、この紙の束を俺に突きつけるその時まで、すっかり忘れていた。

 

 書かれた内容は “辞めるな” というシンプルな一言。

 

 あれだけ、啖呵を切ってあと腐れもなく辞められたと思えばこの様である。

 

 人がどれだけ悩んで、迷ったかも知らずに―――そんなのを簡単に飛び越えてあいつ等は俺の芯を揺らしてくるのだ。その、揺らぎと真剣な瞳に絆された俺は遂には白旗をあげて笑顔で入社届けを持ってきた緑の悪魔と偉丈夫に苦笑と共にサインをしてしまった。

 

 これは、その時の物だ。

 

 それぞれに秘めていたであろう渾身の我儘には横線を引かれ、色んな筆跡で同じ一言を書き連ねるそれは依存してばかりだと思っていた自分が確かにあいつ等にも残せた絆の形なのかもしれない。そんな郷愁を思い起こして今は解散してそれぞれの道に進んでいってしまったプロジェクトのメンバーを悼みつつ、一服を挟むために席を立とうとすると部下の一人から呼び止められた。

 

「比企谷さん、社長から至急来るようにとの連絡が……そんな嫌そうな顔を私に向けないでくださいよ」

 

「………一本吸ったら行くって言っといて」

 

「私を殺す気ですか?」

 

 せめてもの抵抗にジョークを挟んだのだが、本気で顔を青くする生真面目そうな女子社員に深―くため息を吐いて俺はお馴染みの喫煙所へ向けた足を渋々とこのビルの最上階に鎮座する最高権力者の元に向けたのだった。

 

 

---------------

 

 

「お前には2年ほど出向してもらうことにした」

 

「………ここ最近で、そこまで怒らせるようなことしましたっけ?」

 

 受付で特殊なキーを押さないとたどり着けないようになっている最上階のワンフロア。絨毯は絢爛でフカフカ、内装は歴史ある洋館の様に贅と歴史を存分に振るったしつらえの部屋に都内を一望できる巨大な一枚ガラスを背にこの春に見事昇進した女王“美城社長”はそんな突拍子もない事をついて早々に俺に嘯いた。

 

 年齢も出会ってからそこそこ立っているのに変わらない美貌はいつもの様に冷たく顰められていて冗談という訳では無さそうだが、そんなハッキリ言って左遷のような辞令をいきなり突きつけられるようなポカはここ最近では思い浮かばない。そんな思いを隠しもせずに零した俺にようやくめんどくさそうに舌打ちを返してくる社長。しかし、どちらかというとこの人の場合はこっちの方がプライベートに近いので空気を和らげたと取るべきだろう。

 

「お前の成果は十分に聞いている。新人プロデューサーの補助、予算申請・運用の最終確認と訂正、企画の進行に必要な各所の顔つなぎ等と申し分ないし、あの時の特例入社も無駄ではなかったと言ってもいい程に有能さを示している」

 

「……手放しで褒められるのは気味が悪いですね」

 

 急に気味の悪いことを言い始めた彼女に警戒心が逆立っていくのを感じつつ目を細めれば、興味もなさそうに爪を弄っていた彼女は軽く爪先についていた何かを軽く吹き飛ばすことをため息の代わりとして真っ直ぐとその強すぎる瞳をこちらに向けた。

 

「“有能すぎる”というのも会社という精密機械には害悪という話だ」

 

「平社員には少し荷が勝ちすぎる話題っす」

 

 なんとなく話のオチが見えてきた為にとぼけるが、それすらもこの大会社の主にはお見通しらしい。むしろ、これから口に出す自分自身の言葉に苛立ちすら感じているのかソレを抑えるために小さく息を吐いて言葉を紡いでいく。

 

「武内、ちひろ、私、その上に他の業界人の肝いりで入ったお前は様々な障害と妨害を跳ねのけ、十分に結果を出した。そこは素直に称賛に値する。だが、次の重役選出で最有力の武内。その懐刀のお前に、経理関係を牛耳っているちひろ。その二人が揃った陣営に最近はしっかりとした組織も出来上がりつつある――というのは些か他の陣営を刺激しすぎた。

 

 それに、お前たちの部下も周囲の人間も“魔法使いの道具”の便利さに慣れ過ぎているし、武内に至っては依存を自覚しつつも手放せなくなっているのだから、なお質が悪い。―――自覚はあるだろう?」

 

「…………」

 

 言われている事は、最近では見て見ぬふりをしていた問題そのものだった。

 

 入社してしばらく、面倒は続いたがシンプルだった。鍛え抜かれた社畜スキルと人脈で回されまくった色んな部署でひたすら仕事を捌き続け、突っかかってきた人間は無視するか上手く潰せばいいだけだったから。その後、古巣の武内さんの部署に戻って数年も似たようなモノだ。今度は御大層に役職まで与えられ、部下という名の足手まといも出来たが形態は変わらない。バイタリティー溢れるボスのアイディアをひたすら形にし続けるだけでよかったし、ソレを実現するのは日本でトップに入るアイドルグループ。障害なんてあってない様なもんだと言っていい。

 

 だから、ここ最近だ。

 

 世間では“魔法使い”と呼ばれる武内さんが更に責任の大きなプロジェクトの総括を担当し現場に顔を出せなくなり、ちひろさんはその補佐で付きっ切りになって別の計理班の指揮にかかりきりになった頃から―――アイドル総括部で実質的な切り盛りをするのが俺一人になってしまったのは。

 

 むしろ、こうなった時の為の人材として雇用されたのだから文句はない。ないが―――それでも、最近は部署全体どころが他部署の人間まで企画のお伺いを俺にするようになりつつある。誰も彼もが、自己判断という機能を放棄し始めている節が目立ってきた。

 

 それは、“健全な機能”とはとても言えたモノではないだろう。

 

「……お前の責任ではない。コレはかつての“シンデレラプロジェクト”に外部の人間を入れる事を頑なに嫌った武内と、ソレを容認してしまった我々の失態だ。それゆえに、本来はお前以外にもいたはずの後任はおらず、お前が倒れれば部署ごと傾くような欠陥を孕む結果となった。――――この出向で、その問題を取り除かねばならん」

 

「………話は、分かりました。でも、俺がいきなり抜けて回せるような生温い規模でも病巣でもないでしょう」

 

 つらつらと流れる正論にはグウの音もでない。人生で二度も死にかけた俺だからいえるが、人間はいつ死んだっておかしくないのだ。悪意か偶然か、故意か事故かに関わらずそうなってから代わりが見つからないものはアンティークとしては貴重だろうが、日用品としては欠陥もいいとこだ。それに―――わざと“依存”という言葉にあいつ等を含めなかったのは彼女なりの配慮だろう。そんな妙なとこで気遣いを見せるこの人に呆れつつも、俺は対案を求める。

 

 手前味噌だが、病巣と言われるくらいの仕事はしている自覚はある。だが、問題はソレを解決するため取り除いたとしても、ここまで育てた部署自体が傾いては意味がない。そもそもがソレを引き継げる人間が居るならこんな問題にはなっていない。

 

 ならば、どうするのかと問いかけた言葉に彼女は今度こそ意地悪気なガキ大将のような久々の笑顔を浮かべて

 

「私がお前の不在中は面倒を見てやる」

 

 そんな事を、傲岸不遜に言ってのけ――――かつて、この人が起こした大粛清を久々に思い出した。

 

 実の父親すら不正を吊し上げ追い落とし“父殺し”と呼ばれ、ソレに連なる全ての人間の首を跳ね―――自分に劣る部署は全て取り潰すと全社員を震え上がらせた女傑にして血みどろの革命者。

 

あの時と全く同じ笑顔で彼女はそう宣言し、俺に出向先の最低限の要項だけが記されたファイルを渡して俺を部屋から追い出した。

 

 

 呆然と、だが、確信をもってこれから起こる暴動の規模に頭痛を感じながら俺は渡されたファイルを改めてみると【283プロダクション】という流麗な筆記体が躍っていて、どうやらそこが俺のしばらくの間の職場らしい、なんて現実逃避気味に溜息と共に弱音をポロリ。

 

 

「…………“あいつ”、怒るかねぇ?」

 

 

 こんな時にすら脳裏に真っ先に浮かぶその“女”がどんな表情を浮かべるかが気になるのだから、どうにも俺の“依存”とやらも随分と酷かったらしいとまた深く溜息を漏らし、とぼとぼと歩を進めていく。

 

 今日は、厄日だ。

 




('ω')まだまだ続くぜ!!


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さよなら は 始まりの徴

(゚Д゚)連投だおらぁっ!!


 

「ほんで、怒られる前に自ら出頭してきたん?」

 

「……まぁ、そういう事になるな」

 

 殊勝なんかふてぶてしいのか分からんなぁ、などと苦笑を漏らしつつコーヒーを俺に差し出しお気に入りのエプロンを畳む彼女“塩見 周子”は出会った頃と変らないくらい伸びた艶やかな銀の髪を緩く払って小さく溜息を吐き、俺の向いの席へと腰を下ろした。

 そのまま何をするでもなくぼんやりとコーヒーにミルクを足してゆるゆると描かれる渦を見つめて無言を貫く彼女になんだか胃がチリチリする謎の緊迫感を感じる。

 ソレを誤魔化すように俺も出されたコーヒーに口をつけ―――好みの甘さと温度に調整されている事に図らずもコイツとの付き合いの長さを思い知らされる。

 

 『塩見 周子』このかつて伝説のアイドルプロジェクトの頂点に立ったことすらある名前はもはや国内では知らない人間はいないだろう。だが、俺にとってはそんな誰もが知っている掴みどころのない風のようなタレントの顔よりも、こうしてエプロンと箒をもって気だるそうにこの346寮を練り歩いている姿の方が馴染がある。あるいは、出会ったあの頃の様に虚ろな目をしていたほっとけない家出少女だった妹分としての姿の方こそが自分にとっての『塩見 周子』と言えるかもしれない。

 

 そんな彼女がようやくコーヒーに口をつけ、悪戯気に頬を緩めた。

 

「くくっ、真剣な声で久々に電話なんてかけてくるから思わずプロポーズでもしてくるんかと身構えてもうたわ」

 

「エプロンとモップ片手に出迎えといてそんな事言われてもなぁ…」

 

「寮の管理人ってのも暇じゃないんだよ。育ち盛り、食べ盛りの子供たちがたくさんいる大所帯なんだからさ」

 

 そう言ってクツクツ笑う彼女が零す冗談か本気か分からない言葉に何とか絞り出した悪態。それすらも楽しそうに言い返してくる彼女にこっちもようやく張っていた肩ひじを緩めていつもの調子を取り戻して、軽口を何度も投げ合う。

 

 あの伝説の“デレプロ解散ライブ”以降、多くのアイドルが自分の道に進んでいった。役者になる者や音楽一本に絞る者、タレントやコメンテーターにとマルチに活動する奴もいればそのままアイドルとして残った者もいる。それ以外にも家業を継いだり、学業に専念したりと様々だが、コイツは―――正式に346寮の管理人になった。

 

 誰もが引き留める中で“自分は、やり切った”と清々しく微笑んだ彼女。そういって彼女はたまに技術指導で顔を見せる以外はここで新しいアイドルの卵たちの帰る場所であり続けている。

 かつて家族との訣別をもってここにたどり着いた彼女は家族から離れて暮らす後輩たちの“そういったモノ”になりたかったのかもしれない。そして、何よりもその傷を抱え誰よりも澱んでいた瞳をしていた彼女を導いたここの前任者への恩返しをできる形を選びたかったのかもしれない、と管理人室の片隅に飾られた写真に目を向け小さく目礼をする。

 

「ま、あの美城さんにそこまで言われるなんて大したもんやん? それに、こうして一番に報告してくれるんも素直に嬉しい。だから、別にしゅーこちゃん的には怒ってはないよ。むしろ大変なのは―――他の人やない?」

 

「………武内さんが怒鳴ってるの久々に見たな」

 

「うへぇ…」

 

 軽口の締めくくりに零された言葉はほっとすると同時に妙なくすぐったさを感じさせる。だが、そんなものを打ち消すくらいの憂鬱な話題に今度こそガックリと肩を落とした。そして、社長から出向の件を聞かされた武内さんの剣幕に思わず身震いをしてしまう。ただでさえ偉丈夫で目つきが鋭すぎるのに、それがいつもの三割増しの剣幕で社長室に飛び込んで地鳴りのような声を震わせたのだから普通に怖い。その後、短くメールで謝罪が来たのでおそらくは軍配は社長の方に上がったのだろう。これで近日中には正式に辞令として社内で公布され、更に部内の荒れようを考えると今から胃が痛い。

 

「まぁ、社内の事もそうやけどホンマにヤバいのは“みんな”の方でしょ…」

 

「…今から胃が痛くなってきた」

 

 皆って誰だよ、とかいつもの捻くれ回答も今日は役に立たない。少なくともあのチケットを涙目で俺に渡して来た全員との一悶着は確実で、いまだに社内で語り継がれる大事件・騒動は大体がアイツ等が巻き起こしたと言っても過言ではないくらいバイタリティー溢れすぎててもはやテロ予備軍まである。

 

「少なくとも暴れるのは早苗さんに心さん、その他一杯。大泣きするのもいっぱい。本気でヤバそうなのは―――いっぱい。……人気者は辛いねぇ」

 

「勘定が雑過ぎる」

 

 もはや何のために指を折る必要があったのか分からない雑な勘定に辟易としつつ、やけっぱちの様にコーヒーを流し込めば彼女も苦笑して答える。だが、少しだけその目にはからかいの他に柔らかい感情も隠されていて―――小さくウインクして彼女は携帯を手に取った。

 

「…………なにしてんの?」

 

「ん~? 私もやけど、こういうのは人づてになる前になるはやで解決しとくに限るん、やって―――と」

 

 ポチポチと携帯を弄る彼女が何かを送信した瞬間―――俺の携帯に引くくらいのアプリの着信音が連続で鳴り響く。もはや、なりすぎて“ポ“しか発さないその音に目を剥いていると周子がにやりと悪い顔して携帯の画面を見せてきて、送ったであろう内容を見せてくる。

 

 

“比企谷、出向するってよ”

 

 

 どこぞの小説の題名の様に書かれたその短文。そして、送り先は――かつて、仕事用に全アイドルが登録されたグループ。

 

 

―――こいつ、やりやがった。

 

 震え過ぎた携帯が、耳障りな音を立てて床に落ちた音が室内に響いたが、とりあえずこの性悪狐をとっちめるまでは開く気にはなれそうもない。

 

 

―――――――――――

 

 

 

「「「「「社長 ぶっころ」」」」」

 

 そんな剣呑な乾杯の音頭ってある?どうも、社畜の比企谷です。

 

 あれから、しばし。収集がつかなくなったアプリは我らが世界の歌姫で苗字も最近変わった楓さんによって発された飲み会の号令で一端の収束を見た。そこまでは良かったのだが、ただでさえ大所帯で誰もが多忙の売れっ子なのになんでほぼフルメンバーが揃ってるのだろうか? 部屋の隅では凜のマネージャーが泣きながら『先生、明日のフラワーアレンジメント全日本大会の授賞式を欠席するのは本気で不味いですって!!』と必死に説得を繰り返し、ジョッキを片手に既にかなり目が座った凜が『そんなの生理で出席不可にしときゃいいでしょ』とか滅茶苦茶な事を言って暴れている。……いや、プールの授業じゃないんだからそれは通らんだろ。

 

 その他にも似たような光景が散見しているので全員が似たようなモノなのかもしれない。そんな多忙の中でこんな木っ端社員の為に集まってくれるとは恐縮です。なんて現実逃避している俺の周りにも完全に目が座った方々に取り囲まれてマジやばい。これ、視線だけでしぬわ、べー、っじべーわ。

 

「比企谷さん、貴方、“待つ”って言いましたよね? それで、なんで手を出していい歳になった瞬間に他所の女のトコに行こうとしてんですか? 舐めてんですか?」

 

「ふふっ、千枝分かりました。―――要は、その事務所の子を徹底的に潰せば問題解決ですね? 今日の千枝は、ちょっとだけダーティです」

 

 それは、かつては年少アイドルとして活躍し、現在もアイドル部に所属し“ネオクローネ”として活躍する少女達であったり、

 

「はーちーくん♡ どうなってんのかちゃーんと愛梨たちにも説明してくれるんですよねぇ? これで裏切り通算何度目だと思ってるんですかぁ?」

 

「………ニコッ」

 

 大学を卒業後もあらゆる方面で活躍する元シンデレラと文学少女達であったり、

 

 

「はぁ、敵わんわぁ……。せっかく家業も順調、取引も上々やったのにこんないけずな事されるなんて思ってもみいひんかったわ。―――辛すぎて、うっかりこの間の大口契約のサインも“みす”してまいそうやなぁ?」

 

「……知ってました、比企谷さん? 日野重工って結構な額を346にスポンサーとして支払ってるし、株も結構持ってるんですよ。ええ、そうです。  人事に口を出せそうなくらいには」

 

 実家の家業に専念し始め、順調に実績を積み重ねてる日本を代表するご令嬢たちだったり、

 

「わ、わたし、なにか怒らせるような事しちゃったんでしょうか? こんなお別れ―――ひどすぎます」

 

「まぁまぁ、みんな少し落ち着きたまえ。こんな詰め寄っては息が詰まって話も出来ないだろう。――――なぁに、“説得”する時間はたっぷりあるとも」

 

 役者としてだったり、指導員としてだったりアイドルを卒業してから更に色気が増した年長組だったりと、実に多くの別嬪に囲まれて両手どころが全身が茨の筵に包まれているようで冷や汗が止まらない。がははは、―――こえぇぇ。

 

 というか、問い詰めて来るならまだいい方だ。奏とか美波とか一部のアイドルは虚ろな目でひたすら杯を重ね、俯いたまま鼻を鳴らしたり零れた雫を拭ったりしているのでまるで自分のお通夜が開催されているような有様。はちまんしんでないよ?―――♯もしかして? ♯これから?

 

 あー、だの、うー、だのひたすら滴る汗を拭いながら必死にあちこちに視線を巡らして活路を見出そうとする。だが、こういう時にこそいつもの様に暴れて空気をリセットしてくれる酒クズ`sはワイワイと普通に久々に集まったメンバーとの交流を楽しんで呑んでいる。違うでしょ? いつもは座れって言っても座らないのに何急に大人しくなってんの? 的な視線を偶然目があった佐藤に必死に思いを伝えれば冷たい目で“じ、ご、う、じ、と、く”とアイコンタクトで返された。解せぬ。かくなる上は――――

 

「………ちょっと、トイレに」

 

「「「「「ココでどうぞ?」」」」」」

 

 鬼かよ。

 

 

――――――――――――

 

 

「あー、しんど」

 

 ほうほうの体で何とかベランダの喫煙所に逃げ出した俺は深く吸い込んだニコチンにほんの少しだけMPを回復し、宴会場の方を振り返る。当時は見慣れた顔ブレだった筈が最近では中々に集まることも少なくなったせいで随分と新鮮に見えるから不思議だ。それは彼女達も同様なのか俺が月2回は報告でこっちに戻ってくる事を知った後、必ず飲みに行くことやその他もろもろの条件に引き出した後は久々の再会を楽しむ様に会話に花を咲かせている。

 

 そんな見慣れたはずで、でも、いつの間にかなくなりつつあった光景はそんな年でもないのに回顧を抱かせるには十分だった。そんな感傷を笑い飛ばすように紫煙を深く吐き出して夜空でそんな自分を嗤っているだろう星をけぶらせて遮る。そんな俺の横に、大きな影が並び立った。

 

「一本どうです?」

 

「……頂きます」

 

 いつもはピンと伸びた背も今日ばかりはしおれたように縮められ、声はいつも以上に囁くような武内さんに緩く苦笑を零して細巻きを進めれば珍しくソレを受け取った。楓さんと結婚してからはめっきり吸わなくなっていたので久々のやり取りはなんだかくすぐったい。

 

 一息で1/3ほど吸い込んだ煙を彼は一気に吐き出しす。

 

 成人してから、社会に出てから―――こうやって溜息を紫煙で誤魔化すように散らすことが当たり前のようになった。だが、まあ、自分達もこうやって大人たちが知らない所で気張って強がってくれたお陰で安穏と過ごしていたのだからいよいよ自分の番が来たのか、くらいで受け止められる様にも成った。良くも、悪くも――痛みに慣れてしまった。

 

「社長に随分とコテンパンにされたみたいですね」

 

「……“そもそも、お前の不始末だ”と言われた時に自分は、ソレを認めたくなくて憤っていた事に気が付いてしまいました。もちろん、反論も言いたい事も多岐にわたってあります。そもそもの部門の成り立ちから、状況、獅子身中の虫が蔓延る環境。そんな多くの不条理に囲まれ何も信用できなくしたのはお前らだと叫びたかった。

 

 ですが、それは言い訳でしょう。

 

 結局の所、自分は有頂天になっていたのです。苦心の末に全てのシンデレラを送り届け、そのうちの一人と結ばれた。仕事に障害は無くなり、初めて思ったままに企画を進行できる快感。そして、煩わしい雑務は自分より知見に優れた部下が全て解決してくれているそんな今の現状に――――満足して、酔いしれていた。

 

 今回の件は、上司の役目である“次代の教育”という物から目を逸らし続けて受けた、とびっきりのしっぺ返しです」

 

 項垂れ、悔恨するように懺悔した彼はもう一度深く――今度こそ溜息を吐いた。

 

 そんな見た事もないくらい弱り切った魔法使いの初めての弱音に、つい、笑いが零れそうになる。どんな時でも背筋を伸ばし、一貫して意思を貫き、不器用ながらも誰よりも情の深い男が8年近く一緒に仕事をして初めて見せた姿。それは、本来は部下なんかに見せるべきではない“弱さ”。それが、今回のような事を挟んでようやく会社の上下でない部分に踏み込んだのだと感じてしまった。

 

 たったこれだけの事に8年近く掛ける、お互いの不器用さは笑ってしまうには十分なネタだろう。だから、俺はいつもの様に意地悪気に頬を吊り上げて――軽口をいつもの様に叩こう。

 

「案外、あの人も社長職が暇すぎて現場に出たくなっただけかもしれませんよ?」

 

「………くくっ、それは――あり得そうですね」

 

 そんな阿保みたいな言葉に一瞬だけ目を白黒させた武内さんは今度こそ笑って答え、二人で下らない馬鹿話や、常務の悪口。来週に控えたアイドル部門の内輪の送別会の内容なんかで煙草を何本も吸いきるまで語り合った。

 

 馬鹿な学生の様に、思慮も遠慮もない言葉が―――楽し気に夜に溶けていった。

 

 

 新天地がどんなとこかもまだわかりはしないが―――少なくとも俺は随分とこの場所を気に入っていて、もうしばらく離れる気分になりそうにない事だけはたしからしい。

 




(^ω^)評価が欲しいお(素直)


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やはり俺の芸能界ライフはまちがっている?

('ω')どうも、いつも通り好き勝手やってるsasakinです。

 新章:導入編はここまで。次回のシャニキャラ個別√一本書いて終わりです。ちなみに、僕はやってないので設定の細かいミスは合ってもツッコまないのはお約束だよ?(ビクビク


 

 晴れ渡った晴天に鳥は高く飛び、子供は無邪気に遊びに出かけるため跳ねる様に駆け抜けていく心地いい小春日和。ともすれば昼下がりの気だるげな空気に緩みそうになるのに抵抗して缶コーヒーの最後の一吸いを飲み干してほおり投げたゴミ箱からの気の抜けた音をゴングに公園のベンチから立ち上がってすぐ目の前にある古ぼけた雑居ビルを見上げる。東京郊外に立てられた四階建ての小さなビルながらも内装は整えられているだろうことを感じさせる小綺麗な入り口に掲げられた看板の名は“283プロダクション”という流麗な筆記体。つまりここが―――今日から俺の職場となる。

 

 新設の事務所というのでおっかなびっくりだったが、思ったより環境としては悪くなさそうだ。そもそもがエステやジム、食堂にプールに庭園まで揃えている346が異常なのであって、普通はビルを持っているだけで事務所としては十分に立派だし、それが整えられているというのだからいらぬ杞憂だったようだ。そんな思いに溜息を吐いてインターフォンを鳴らせば、若い女性の事務員らしき声が聞こえ短く素性を伝えればつつがなく応対してくれる。ここまで立派な事務所であれば出向する必要はなかったんじゃないかとすら思えてくる。

 というか、元々の理由が理由だしな。案外、常務もそこまで負担にならない場所を選んでくれたのかもしれない等とウチの大ボスの気遣いに苦笑を漏らしていると玄関ホールについているエレベーターがベルを鳴らし、若草色の髪をゆったりと纏めたほのぼの系美人さんが笑顔で出迎えてくれた。

 

「今日から346さんから出向して頂く予定の“比企谷”様ですね? 私は臨時事務員の“七草 はづき”と申します。―――社長がお待ちしていますので、ご案内致します」

 

「…宜しくお願いします」

 

 折り目正しい完璧な所作に思わずこちらも畏まった対応をしようとして、一拍間が空いた。別に見惚れてたとかそんな東京ラブストーリーみたいな話ではない。彼女の言葉の一部が何故か魚の骨の様に引っ掛かり気になってしまったのだが、ソレを確認する前にエレベーターは到着のベルを鳴らして聞き出す機会は失われた。だが、いまから二年は付き合うことになる上役との顔合わせ。そんな些事に気を取られへまを踏むわけにはいかないと久々に締めるネクタイと共に気合を入れ、七草さんによって開かれた社長室へと踏み込んだ。

 

 その先に広がっていたのは変わり映えのない事務室に少しだけ重厚なデスクが置かれ、来客用のソファーも立派ではあるが質素に洗練されたものだった。これだけでここの主人は無駄な虚飾を嫌う実務的な人間だと感じさせる。そして、そのイメージは部屋の中心に立つ人物を見て間違いでなかったことを証明してくれた。

 

 高めの身長を一部の隙も無く整えられたスーツに身を包み、鋭い顔つきはオールバックに纏められた髪形と初老に入ったかどうかという皺の具合が合わさり老獪でありながらも頼りになる印象を人に与える。そんな男性がニヒルに口元を吊り上げ、手を差し出してくる。

 

「283プロダクション社長の“天井 努”だ。お前んとこの美城とは海外でしばらく仕事をした事があってそれ以来の腐れ縁という奴だな。活動拠点を日本に移したばかりでまだ無名ではあるが―――そっちの思惑通り、私は全部をひっくり返してやるぞ」

 

 獰猛な獣の様にこちらをねめつけながら、それでも楽しそうにそう語り手を強く握ってくる天井社長に思わず苦笑を漏らしながら応える。彼の言う思惑とは出向の表向きの理由だ。まさか、社内の“ゴタゴタ解決の為“だなんて阿呆な事を喧伝するわけにもいかないのでよそ向きの理由もしっかりある。

 

 長らく続いたアイドルブームはいまだに健在ではあるが、かつて世間を熱狂させたアイドル達の引退と共にその熱量は最盛期の物とは言い難い。ウチもそうだし、765、961、などの看板アイドル達も多くが引退をしている。だが、それでもこの三つはいまだ人気・実力共に上位であり続けていて――――それが問題だ。かつて、覇権を争ったこの三つ巴も長い時間が過ぎれば飽きが来る。

 

 だから、テコ入れを行う。

 

 自分たちを倒しうる新たな勢力を自ら作り上げ、首を狙わせる。

 

 悪質なマッチポンプと劇場型の犯行であることは否めないが、それでもそれが成功すれば多大な利益となり業界自体を大きく押し上げるだろう。そして、天井社長もその思惑に気づきながらも逆に利用する事を選んで今日ここでこんな事になっているというのだから社長業というのは正気では務まらないのかもしれない。

 

 ヘラりと笑って返す俺に肩透かしでもされたかのように小さく鼻を鳴らした彼が脇に控えていたもう一人の男性を呼び、紹介をする。

 

「なにぶん、新設もいいとこで事務方はそこのはづきと私。そして―――この“プロデューサー”だけだ。元地は悪くはないが何分、若い。その狭い視野を補うのが“アシスタント”のお前の仕事になる。上手くやってくれ」

 

「は、初めまして。俺は“――――”って言います。あの“シンデレラプロジェクト”の補佐をしていた君から見れば不足ばかりかもしれないけど、全力で頑張るよ!!」

 

 高い身長に十分イケメンと言っていい顔。だが、爽やかさに交じるちょっとだけ自信のなさを表すような愛想笑いが印象的な男だった。だが、それでも、瞳の奥にある輝きがあの寡黙な男と類似した熱を発している。…プロデューサーという職業人はみんなこんな目の光を灯してるからちょっとだけ苦手なのはココだけの話。

 だが、余計な事を語る必要性は全くないのでこちらもただ短く答えその手を軽く握り返すに留める。愛想笑いはどうせ上手くいかず気持ち悪いだけなのでとっくに諦めた。

 

「さて、俺たちの自己紹介は済んだがお前のがまだだったな。ああ、いまさら経歴だのなんだのは要らん。俺達が知りたいのはお前の“実力”の方だ。―――役に立つのかどうか、今から見極めさせてもらおう。俺は、アイツほど甘くはないぞ?」

 

 そんな俺達のぎこちない挨拶を見ていた天井社長は遊びは終わりだと言わんばかりに手を打ちそんな事を宣った――が、そういう事の方が分かりやすくて助かる。事務にしろ、スケ管にしろ経営者にとって知りたいのはそういう実利的な所だろうし、人格ややる気なんて無い物や隠しパラメータありきのギャルゲみたいなモノを要求されてもお手上げなのだ。だから、その提案はむしろ俺にとっては渡りに船、ばっちこーいなのである。

 

「はい。……とりあえず事務処理でもしておけばいいですかね?」

 

「何を言っている。ここはアイドル事務所だぞ? なら一番最初に見るべきは“才能”を見抜く能力だろう――――入ってきたまえ」

 

 馬鹿を見るかのような眼を向けてきた天井社長が一声あげれば、いつの間にか廊下に待機していたのか7人の少女が入ってくる。誰も彼もが個性的で対応もそれぞれだ。面白そうにこちらを伺うモノ、興味なさげなモノ、品定めの様に目を細めるモノ。それらは様々だが共通しているのが―――誰もがそこらには転がって無さそうな美少女である事だろう。

 

 これら全てを新設のこの事務所に一人でかき集めたのだとすれば、後ろで心配そうに自分を見ているこのプロデューサーは相当な人たらしである。そんな個人的な感想を心の中で呟きつつ、この余興の主催者に趣旨を問う。……いや、いきなり目の前に美少女を並べられても意味わかんないしね?

 

「……才能を見る目って、何をどうすればいいんですか?」

 

「なに、簡単な事だ。今から渡す簡単なプロフィールと短い会話で彼女達の方針を思うまま意見して見給え。プロデューサーの補助が主な目的とは言え、それが数字を追うだけでは意味がない。方向など人柄やキャラクターを深く理解せねば、相談も成り立たん。だからこそこの試験で“目”を確かめさせて貰うという訳だ。―――単なる魔法使いの腰巾着でアイドルの実力に助けられてきたというのでなければ簡単な試験だろう?」

 

「………ほーん」

 

 いや、ドヤ顔で語ってるけど言ってる事は結構に無茶苦茶だ。というか、コレは他の部署で経験したことがある“ぶちかまし”という奴だろう。人手不足とはいえ他社。しかも、大手から来た若造の鼻をココで折っておいてやる事でヒエラルキーを強制的に下げておけば、プロデューサーは意見も指示も通りやすくなるという親心。甘くはないと言いつつも身内の為にそういう狡すっからい事をして泥を被れるその性格は―――結構、嫌いじゃない。

 

「――――どんな方向からのアプローチでも、いいんですよね?」

 

「構わん」

 

 でも、少なくとも俺個人ではなく“アイツら”の評価にも関わるかもしれないのなら話は別だ。それに―――“人間観察”ベテランのプロボッチを甘くみられるのはちょっと我慢が出来ない。人の輝きは眩しくて見る事は叶わないが 人の“荒”を探すことに関しては誰にも負けない。どーも、千葉を代表するクズヶ谷です。今日も俺のクズレーダはバリサンだぜ!!

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

社畜歴八年になる俺が思うに、物事や社会ってのは“やらなければならない事”と同じくらいに―――“やってはいけない事”を把握する能力が必要不可欠だ。どれほどに仕事が出来ようと、先見の明があろうとそれが出来なければ功績はあっという間に“危ない奴”というレッテルによって書き消され、どん底まで引き落とされる。

 

 “そんなどうでもいい事より仕事を見てください!!”なんて青臭い理論よりも靴を舐め、媚を売り、爆発物を丁寧に丁重に安置する能力を求められるのが社会人である。仲良くする事よりも、上手く付き合う方法を求められるとは恩師の名言である。そんな世知辛い世の中で、特殊なこの職業では自分だけでなく―――担当のそういう部分を嗅ぎ分けるのも職分だ。

 

 目の前の少女達を放置して渡されたファイルを眺めつつ、そんな独白をしていれば、さっそく一人釣れた。

 

「比企谷さんってあの346プロのシンデレラガールズの補佐だったんですよね!? すっごい大御所じゃないですか! あっ、私は“黛 冬優子”っていいます! これから、よr―――「70点」―――は?」

 

 艶やかな黒髪に溌溂と無邪気に、興奮したように語り掛けてくる少女の言葉を遮って俺は可でも不可でもない凡庸な数字だけを端的に言い渡す。凍り付いた様にその笑顔を凍らせる彼女。遮られた瞬間に顔を顰めないのは高評価なのので後2点は足してもいい。だが―――その程度ではまだまだ満点には遠く及ばない。その理由を端的に彼女に解説してやる。

 

「相手の素性を事前に確認しているのは素晴らしい。対面した瞬間にその前評判を確認するため最初に声を掛けたのも高評価だ。―――だけど、意外と業界の人ってあった瞬間に品定めするように目を細めるのって敏感に感じるから今度から出会って数秒は不安そうな顔か、無邪気な感じで行くと面倒が減る。

 

 後は、アーティストってのは面倒な生き物で“何々の○○”って付属品で呼ばれるの嫌う人多いからネットでもなんでも使ってその人自身の功績をおだてるようにした方が気分よく勘違いしてくれるぞ?」

 

「…………へぇ、単なるでくの坊って訳でもないのね。以後、参考にするわ」

 

 俺の視線すら向けない上から目線の言葉に先ほどの無邪気さは一切取り払われた冷たい声が室内に響く。その潔さには個人的な好感を抱くが―――本気で強化外骨格を纏うつもりならごり押しでカワイイを押し通すあざといウチの後輩か、今や建築業界でその悪魔の微笑であまねく人間を地獄に叩き込んでいる友人姉のような魔王感を養って頂きたいものだ。

 

 鼻を鳴らしてから態度を一変させた黛が舌打ちをする事で周囲が苦笑を零し、プロデューサーが頭を抱えたのでここにいる全員が彼女の本性は知る所だったのだろう。そんな茶番に不覚にも少しだけ笑ってしまった俺に、茶色の液体が注がれたコップが差し出される。唐突な事に少しだけ面食らった俺が顔を上げれば―――紫安色の髪をツインテールにした少女が目の前で微笑みつつソレを差し出していた。

 

「あー、ふゆちゃんも悪びれがあったんじゃなくて通常営業なんで気にしないでくださいー。お詫びって訳でもないですけどー、“田中 摩美々”からの仲直りの印って事で麦茶をどうぞー」

 

 差し出されたコップに苦笑と困ったように眉を寄せる彼女。それがまぎれもない仲間への好意からの行動らしく思わず俺も頬を緩めつつソレを受け取り―――

 

「コレが“めんつゆ”じゃなきゃ普通にいい話だったんだけどなぁ」

 

 給湯室の流しに即刻流し込んだ。

 

「………あれー? どこで気が付きましたぁ?」

 

「慣れてる」

 

「どんな人生歩んできたらそんな言葉が出てくるのか……摩美々、普通にドン引きです」

 

 あんな笑顔で人を騙そうとするお前にも俺はドン引きだよ。というか、こちとら何年も問題児たち相手に体を張っていないのである。毒物・催淫剤・自白剤・その他危ないの多数が注がれ続けた俺の飲み物に対する警戒心はそんじょそこらの悪戯程度ですら生き死にが掛かっているため、差し出されたモノには最大限の警戒を払っている。………どんな人生歩んでるんだ俺は。普通に自分でもドン引きした。

 

 悪戯の失敗にしょんぼりする田中を他所に気持ちを切り替えて凛と背筋を伸ばして楽し気に状況を見つめる少女に俺は視線を向けた。プロデューサーさんが“やべっ”みたいな顔したけど気にせず、ある意味胃が破れそうな暗澹とした気持ちで質問を絞りだした。

 

「なにか?」

 

「……間違いだったら訴えてくれても構わないんだけど―――お前ってレズ?」

 

「馬鹿にしないでくれ、美しいモノなら性別関係なく愛でるのが世の真理だろう。……ふむ、というか、分かりやすいアクセサリーもマークもしていないのによく分かったね?」

 

 予想以上の返答による頭痛に頭を抱えながら溜息を吐けば、プロフィールに乗っている黒髪をポニーテールにした“白瀬 咲耶”は本当に不思議そうに問うので応えるかどうか迷ったが素直に答えることにした。

 

「知り合いにレズのバカップルがいる。なんとなく感じる雰囲気がソレに似ていたっていう理由以上はないな」

 

「ほう、それは興味深いな!!……実は男女問わず愛でようという気持ちはあるのだが、“恋愛”という所まで至ったことが無いのが悩みでね。是非とも今後の参考に紹介してもらえないだろうか?」

 

「………機会があればな。あと、お前はそれ間違ってもテレビで漏らすなよ?」

 

 余りに爛々と輝くその瞳にウンザリしつつも犬を払う様に追い返せば、彼女も意気揚々と立っていた場所に戻って行く。別にもう既にその辺のジェンダー関係には過去に折り合いをつけているし、当人同士が納得しているなら外野がとやかく言う事ではないので、ソレを目で送りつつ後ろで膝つき、頭を抱える社長とプロデューサーに溜息を吐く。いや、俺に対してアドバンテージを得たいならなんでこんなキワモノばっか連れてきたんだ。正直、こういう変態の相手は慣れてるを通り越して日常の域ですらある。

 

 残り4人。

 

 見るからにドルオタと、ウチに関りが深いはんなり京娘と確執がありそうな和服美少女。そんで今にも毒を吐いてやるぞと不機嫌さMaxの赤毛の少女。ソレに、アイドルにあるまじきニンニクとトンコツの匂いを漂わせる少女。ついでに呼ばれてもないだろうに面白そうにドアの隙間から爛々と目を輝かせてこの茶番の行く末を見ている奴ら。

 

 それら諸々の混沌としたこの部屋に対してガックリと深く息を吐き自分の甘さを痛感する。小綺麗で? 設備が整っていて? 長も部下もしっかりしていて?―――挙句には、あの女ボスが自分に配慮して気を張る必要のない会社を選んでくれた?

 

 どうにも自分も長らく続くルーティンにボケていたらしい。

 

 俺の人生にそんな甘い選択肢がある訳もなく、立ちはだかるのは俺に負けず劣らずの変態とめんどくさい奴らばかり。そんな久しく忘れていた感覚に怠惰を貪っていたひねくれ心が目を覚ますのを感じる。

 

嗚呼、あぁ、いいとも。

 

ええ、えぇ、知っていたとも。

 

 メラメラと湧き上がる怒りと切なさと伝わらない1/3の感情を糧に俺はそれら全てを澱んだ瞳で睥睨して覚悟を決める。

 

 お望み通り、ここをあの女帝が目を剥く程の天敵に仕立て上げてやるとも。だが、これだけははっきりと今日は宣言しておかなければならない。

 

 

やはり俺が芸能事務所に勤めるのはまちがっているんじゃない?

 

 

 そんな今更な慟哭を俺は心の中で密やかに漏らして、次々と問題児共の“荒”を暴いてゆくのだった、とさ。

 

 そんな決意と振り返りと共に少女とオッサン、新人プロデューサーの阿鼻叫喚が麗らかな晴天に響き渡った。

 




(´ω`*)うふふ、推してもいいのよ?


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休息はそれぞれに

_(:3」∠)_新章・とりあえず完!!

つっかれたー(笑)

でも、きっと新たな沼のタネはみんなの心に撒けた筈!! 

皆で温泉ランドにいく恋鐘視点とか、実はシャニPの従妹で昔あってるのにいつまでも気が付かづご立腹の透とか、予算削減のためメイクを自分たちで出来る様に特別講師としてカリスマを呼んで親愛度がかっとぶ黒ギャルとかいろいろネタは作ったけど後はみんなにまかせりゅ(笑)



 

「…まだ、まだ俺はやれるっ!! お願いだ比企谷君、俺はまだやれるんだ!!」

 

「何度も同じことを言わせないでください、プロデューサー。結果は明白に出ていて―――貴方はもう終わりなんです」

 

 事務所内に悲壮な決意を秘めた声が切なく響き、ソレを嘲るかのように冷たいため息と否定の声が響く。それは、若者の滾る想いが具現化して溢れたものの様で、相対的に返す声はソレを押しつぶすかのように重く暗い。そんな二つの想いがぶつかり、火花を散らし―――弾けた。

 

「だから、もうちょっとだけ残業していったっていいじゃないか!!」

 

「だーかーらー、先週も言いましたよね? これ以上の書類上の凡ミスが出るなら2週以上の連勤は認めないって。見てください。企画書に報告書、経費申請―――挙句の果てにはスケジュールまで勘違いしそうになること数回。3週目の頭だったあの時から目に見えて増えてきた事を考えればもう結果は言うまでもないでしょう? アンタの仕事はこの定時をもって終わりで、すべきことは家帰って風呂入って飯食って酒飲んでぐっすり寝る事です」

 

「うっ、そ、それはたまたま忙しくて雑になっただけで……まだまだ、みんなのレッスンや収録を見届けたりとかやるべきことは山済みなんだよ」

 

「両立できてなきゃいつかは破綻しますし、それ全てに顔を出すのは物理的に不可能です。―――少しは“アレ”を見習ってください」

 

  気の抜けた内容で喧々諤々と言い合うのはこの新設事務所に私たちをスカウトしたプロデューサーと最近、社長のコネで大手から出向してきた気だるげなアシスタント。そんな彼が気だるげに指さした先には若草色の髪を持つ女性が間抜けなアイマスクを乗せて涎を垂れ流す勢いですやすやと熟睡している。もはや見慣れてきた光景で何とも思わなくなってきた私たちも私達だが、この喧騒の中で熟睡できるのは相当にぶっ飛んでいる。

 

「事務にダンスレッスン、ボイストレーニング。果てはメイクまでこなすあの人は必要な時間以外はああして休息する事でクオリティを保ってます。ココで言いたいのはミスをしないってことでは無く、どんな超人もああしなきゃ効率が落ちるってことですよ。―――レッスンも収録の付き添いも大切ですが、来月に控えた大会前には嫌でも不眠不休になるんだから踏ん張りどころを間違えるなってことです」

 

「―――それは、だけどっ」

 

「もういいです。そこまで言うならこっちも強制執行させて貰いますから。―――恋鐘、咲耶。連れていけ」

 

「「イッ―!!」」

 

「うわっ、や、やめろ二人とも!! まだ話の途中なn―――うわわわっ」

 

プロデューサーの必死の抵抗も空しく“まぁまぁ”、“よかよか”なんて満面の笑顔でフィジカル最強コンビによって部屋を押し出されて行くのをなんとなくドナドナを流しながら見つめているとようやく事務所内に静寂が戻ってくる。

 

「今日も完勝っすね」

 

「結果が分かってるのに懲りないわよね……」

 

あさひがニシシと笑いながら窓から三人を見送るのに鼻息一つで応えて読んでいた本を閉じる。休みなく働く事で一部のアイドルからは不安視されていた彼の真っ黒なスケジュールは最近になってこういったやり取りの末にかなり緩和されて随分と彼の顔色も良くなった。連行係の二人によると、あの後に歩いて15分の彼のアパートに連れて帰り生活感溢れすぎている部屋でご飯を作ったり、掃除をしたりしつつ彼がこっそり仕事をしようとするのを寝るまで阻止し続けるらしい。ちゃっかりとその料理風景もネットに配信しているせいで恋鐘の家は年季溢れるアパートという事で定着し始めているから笑えてくる。

 

 最初は新顔の癖にこんな事をし始めるのが図々しいなんて思わなかった訳でもないが、結果だけ見れば最良だろう。初めて会った時の失礼な態度を随分と根に持ちはしたものの、この男の着任以来から事務所がグイグイと改善されているのを肌で感じていれば―――文句も言えない。

 

 そんな、何に対するかも分からない苛立ちを表すように手に持っていた本を乱雑にバッグに押し込んであさひに声をかけ立ち上がる。

 

「さ、人の事より自分の事よ。はづきさんを起こしてレッスンに行きましょう?」

 

「了解っす~」

 

 お道化たように敬礼を返す彼女にちょっとだけ笑いながら目端で件の男を見やる。

 

 相も変わらず不愛想で、気だるげ。それなのに―――その手は止まることが無い。そんな様子にもう一度だけ鼻を鳴らして歩みを進めた。

 

 ホントに、可愛げのない男。

 

 そんな独白を一人で噛みしめつつ、“黛 冬優子”は小さく舌をうった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 時刻は戌から亥へと移ってしばしの事。レッスンも終わりあさひたちと適当に外食をして騒がしくも楽しい時間を過ごしいよいよ帰ろうかとなった時の事である。皆に別れを告げて帰りの電車を調べようとした時にはたと携帯を事務所に置き忘れていた事に気が付いた。普段ならあり得ない事だが、あのユニットメンバーといると小さな四角形の世界に目を向ける余裕がないくらいせわしく―――楽しいため、気が付かなかった。

 

 明日でいいか、と思い頭を軽く掻けば完全休業日だったという事を思い出して深く溜息を吐いた。面倒ではあるが、幸いにも事務所の近場で駄弁っていたので10分もあれば回収できる。問題は鍵が開いているかどうかなのだが不思議とソコは疑問に思うことはなかった。ついでに、ホントになんとなくだが、甘いものを飲みたくなって自販機で適当なミルクティーを購入する。……ドリンクバーでお腹ちゃぷちゃぷであろうとそういう気分だったのだからしようがない。

 

 わざとらしいため息をたなびかせながら、私は都心の雑踏をかき分けて一路事務所へと歩を進めていった。

 

 

――――――― 

 

 

 ついた瞬間に“ほれ見た事か”なんて、つい毒づいてしまった。 

 

 薄暗く昼間の喧騒が嘘のように静まり返った事務所の中で煌々と照らされたデスクに丸まった猫背が一つ、気だるそうな雰囲気を隠すことも無くカタカタとタイピングの音を響かせている。驚かせてやろうかと抜き足差し足で忍び寄り、冷えたミルクティーを首筋にあてる前に声を掛けてくるのだから更に可愛げがない。

 

「良い子はもう寝る時間だぞ?」

 

「プロデューサーを追い返しといて、自分は一月以上連勤してる比企谷さんは当然、悪い子ですよね~」

 

「俺は適度に手を抜いてるからな…ソレに先々週は休んだろ?」

 

「自社への報告にね?」

 

 適当にカマを掛けただけだったが苦笑を返すという事は当たらずも遠からずといった所なのだろう。張り付けた微笑みのままミルクティーを手渡せば彼はソレを受け取って喉を潤しながら肩を竦めるだけ。問い詰めた所で本当の所を言うつもりはないのだろう。

 えぇ、えぇ、そうでしょうとも。―――後日、お酒の匂いとこの事務所以外の女の残り香をこれでもかと付けてきたんですから墓穴には近づきもしたくありませんよね?

 

「なんでちょっと怒ってんだよ……」

 

「怒ってませんけど?」

 

「いや、眼が……」

 

「はぁ?♡」

 

「……なんでもない。別に産業スパイって訳でもないから安心してくれ。そういうのは、弱いトコから強い方に送んないと意味ないしな」

 

「その余裕も、時間の問題よ。何なら今のうちにふゆ達に上手く媚び売っといた方が乗り換えるときに同情を買いやすいかもね?」

 

「ぜひ、そうなってくれ。観客としては楽しみにしてる。―――とりあえずは、媚売りの一歩として最寄り駅まで送る事にするかな」

 

 私のねめつけと挑発もどこ吹く風でゆるりと笑う彼に不覚にも息を呑んでしまった。普段は何があろうとその仄暗い瞳で覚めたように見てくるくせに、こういう素の自分で噛みついた時にだけ見せるその眩そうに眼を眇める仕草が―――なぜか自分の芯を揺らす。

 だが、そんな内面を悟らせないように飲み込んだ息を小さく吐き出していつも通りに、でもちょっとだけ素に近い自分で声を紡いでいく。

 

「あら、そういった気遣いも出来るならもっと普段からしたらいいのに。あ、それとも――ふゆを一人で返すのが不安になっちゃった?」

 

「はいはい、大切で可愛いアイドル様に何かあれば大変だからね。あと、普通に最後の仕事が終わったし、お前を口実に社用車で直帰できるしな」

 

「もう完璧後半が本音じゃない、クソが」

 

 気だるそうに私に取り合うことも無く軽口を零しつつ席を立つ彼の背を不満たらたらに追いかけていく。薄暗い廊下に差し込む月灯りにほっそりとしたその背中に緩く纏めた髪が揺れて歩を進める。それらに伴ってクツクツと愉快そうになる喉がその男が本当にこの世の物か分からないくらい倒錯的に見えて、観えて―――視えて。

 

 その今にも霞みそうな背中に乱暴にぶつかる様に体当たりをして、その手を絡めとる。

 

 紫煙の煙ったい匂いと、微かな紅茶の香水。それが確かにこの男はここにいるという事を証明しているようで心の何処かで安堵の溜息を漏らし、そんな意味不明の行動をとってしまった羞恥を彼への攻撃でかき消す。

 

「ふゆ、どうせなら〇×ホテルのディナー限定ケーキを食べてから帰りたいな♡」

 

「この時間にケーキとかマジで自殺志願者だな……ラーメンでいい?」

 

「あんた、恋鐘みたいにラーメンって言っときゃ解決すると思ってんなら大間違いだからね?」

 

「じゃ、やめとくか?」

 

「……あっさり塩味なら付き合う」

 

 みんなの前でぶってサラダセットだけで済ました弊害が私の判断を狂わせた。でも、そういった瞬間に少しだけ無邪気に笑ったコイツの顔を見れば―――さっき感じた謎の不安と、恋鐘が楽し気にコイツとラーメン屋を巡る理由がちょっとだけ分かった気がしてしまった。

 

 悪態とひねくれた答え。そんな馬鹿らしいやり取りがひっそりと事務所の暗闇に溶けては弾けていった。

 




( `ー´)ノ検索のトップにいつか載りたい(欲望)☆彡


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“My Sweet Darling”

( `ー´)ノ待たせたな、これが俺のガチ”きらり√”さ。

最後はBGMと一緒に聞くともっと楽しめます(笑)


 昔のお話によれば七日間で作られたという世界。ソレを行ったという神様を恨まなかった日は私の人生にはない。

 

七日で世界を創生するというならもっと試行錯誤と綿密な計画を立てるべきだと思うし、その内の一日を休みに費やすくらいならもっと時間をかけても良かった筈なのだ。そんな思い付きと中途半端な気持ちによって行動するせいで世の中は随分と不条理で意地悪なモノに仕上がってしまったのだと私は思う。

 

 求めたものは与えられず、費やした努力はソレを嘲笑う様に掌から零れて周囲の嘲笑を誘い自らの心と意気地をガリガリと削ってゆく。望んだわけでないのにスタートラインから苦境に立たされている自分の横では何をした訳でもないのに悠々と人生の幸福が約束されている人がいる。求めて、努力して、苦労も重ねて、それでも叶わない想いばかりがこの世に蔓延っていてそう思うなというのはちょっと無理があるだろう。――――でも、ソレに捕らわれて努力を放棄する理由にはならないと私は思う。

 

 笑いたければ笑ってくれればいい。

 

 足掻く姿が見苦しいのなら素直に謝ろう。

 

 でも、ソレを理由に自分の魂の在り方を変えるというのはどうしたって納得できないのだ。理由や理屈はなくても“そうでありたいと”願う姿に、理想の自分に近ずくために藻掻くことくらいはどうか見逃して欲しい。

 

 身の程も知っている。

 

 身長が180を超える女を“可愛い”という人はいない事を。

 

 分も弁えている。

 

 外人モデルすら珍しいこの体に合う“フワフワ”で“きゅるきゅる”な服を着るためにはオーダーメイドか、自分で作るしかないくらいには需要がないことも。

 

 声だって全部聞こえている。

 

 “もったいない”とか“うわっ”とか語られる事のない言葉の先に詰められた棘だらけの想いも全て承知の上。

 

 それでも、でも、信じられない事がこの世には起こる。これこそが私が人生で一番神様という物を恨んだ瞬間だろう。

 

 アイツはどうせ手を抜くのならば最後まで抜き切ればいい物を、諦めきった頃に蜘蛛の糸のような希望を目の前にぶら下げるという意地悪さだけはこの世にしっかりと組み込んでいった。

 

 もう、諦めていた。やり切ったと思っていた。そんな時に―――生まれて初めて見る自分を見下ろす男性。それが、まっすぐとなんの疑いもない自分の理想の最高峰である“アイドル”という世界へ手を引っ張っていってくれる。そんな御伽噺のような“意地悪”を世界に組み込んだ神様はきっと相当に性格がひん曲がっていて、いつかあったら全力でぶん殴ってやろうと思うくらいにはムカついている。

 

 でも、今までの苦しみがこの一瞬と、これからの未来への祝福であるならちょっとは許してやろうかなんて思ってしまう自分は相当に甘ちゃんなのだ。どれだけ、追い込まてきたのかも忘れてそう思っちゃうくらいには夢見がちだった。――――それが、もっとこの身を焦がす“苦しみ”の始まりだとも知らずに。

 

 自分を魔法の城に導いて、夢に抱いていたドレスを与え、ありのままの自分を自然に“可愛らしい”だなんてこっちが赤面してしまいそうなくらいに真剣に言祝いでくれる王子様が―――既に結ばれていたなんてあんまりに残酷な結末だ。

 

 柔らかな微笑み。

 

 誰からも愛される朗らかさ。

 

 息を呑む美貌に添えられた可憐さ。

 

 魂を掴むようなその歌声と舞。

 

 自分の理想が全て詰まったその女性と――― 一目で分かる程に職分を超えた親愛が籠った会話と雰囲気。

 

 それを前にして私はようやく悟ったのだ。にっくいアイツは手を抜いた訳でもなく、こうして苦しむ自分のような人間を楽しむために趣向と手間を惜しまずかけてこの世界を作ったのだと。

 

 だから、きっと―――朦朧とする意識と、気だるく体を起こすことも出来ない今の自分を不安そうに見つめ、何かできる事はないかと真剣に問うてくる想い人が

 

 自分の枕元で声を掛けてくるなんて、きっと、また自分を貶めようとする趣味の悪い神様の見せた悪夢だろうと決めつけ――――私“諸星 きらり”は熱にうなされる思考のままその固く力強い手を握り、抱き込む様に体を丸めた。

 

 冷えた手が火照った体から体温を奪っていくのを心地よく感じ、幻覚とは知っている癖に小さく呟いてしまった。

 

 

「傍に、いてほしい  にぃ……」

 

 

「       」

 

 

 幻聴。そうは分かっている。それでも、意味も分からず聞き取れない身近な言葉は確かに自分の冷え切った何かに滑り込む様に温もりを齎し、荒かった動悸と呼吸がちょっとだけ収まるのを感じつつ、私は意識を手放した。

 

 

――――――――――――

 

 

 

「………なんで、武ちゃんがここにいるにぃ?」

 

「その、お見舞いに来ましたら杏さんに通されまして……なんと言いますか、振りほどくのも忍びないと、その…思いまして……」

 

 

 熱が出て起きたら想い人のプロデューサーが目の前にいて手を握ってたにぃ。何を言ってるか分からないと思うけどきらりも全く分からないので大丈夫。差しあたっての問題は、少しずつ困惑と尾を引いていた寝ぼけ感が抜けてきた事によって理解し始めたこの状況。冷静に考えればここは自分の部屋で、目の前には見舞いに来たという意中の人。だが、今、冴え始めた私の頭は最大限のアラートを鳴らしてこの緊急事態での最も気にしなければならない案件を矢継ぎ早に伝えてくる。寝起き すっぴん 雑多で片付けが行き届いていない部屋。何より、汗だくで寝ていたことによって張り付く寝間着と――――籠ってしまった自分の匂い。

 

 どれもこれもが未婚の乙女が男性に、しかも、意中の相手に曝すには致命的な部分を見られ、感じられてしまった事に熱とは違った暑さが自分の顔を真っ赤に染め上げた。

 

「う、うきゃぁっ!? だ、駄目にぃ!! た、武ちゃんは一旦部屋からでてい―――てぇっ?」

 

 羞恥と衝動、その他の複雑な乙女心の葛藤を経て私が出した答えは“仕切り直し”と“記憶の消去”。気だるさも何処かに吹き飛んだ体を弾けるように布団から起こして慌てて彼を廊下へ押し出さねばならない使命感と共に彼に向って手を伸ばそうとした瞬間に足からカクリと力が抜けた。当然、勢いよく飛び上がった中でそんな事をすれば普通よりかなり大きめのこの体は慣性に従って彼へと落ちていく。

 

 数瞬後に来るであろう衝撃への恐怖と自分の迂闊さで彼に怪我をさせてしまうかもしれない事への深い後悔に目を固くつぶるが―――その瞬間は、訪れない。

代わりに自分を包んだのは、硬く、熱く、力強さを感じさせる体。そして、微かに薫るムスクと紫煙、そして、深く意識と印象に残る自分とは違う匂い。

 

 脳内に浮かぶ自分に都合のいい予想と、ソレに期待なんかするなという過去の経験則。だけれども、恐る恐る目を開けて確認すればそこには見た事もないくらい近くにある彼の顔。ソレに、出会ってからずっと憧れつつも触れる事の出来なかったその自分より大きな体が自分を包み込む様に、怪我をさせないようにと細心の注意を払って抱きしめてくれているそんな状況にただでさえパンクしていた思考はあっという間にショートしてしまい彼の体に身を任せる様に掌を握り締める事しか出来なかった。

 

「……お怪我は、ありませんか?」

 

「……は、はぃ。その、ごめんなさい」

 

「いえ、勧められたとはいえ、許可もなく女性の部屋に入った自分の落ち度でした。――ベッドには自力で戻れそうですか?」

 

「………まだ、ちょっと力が入らなくて」

 

「そうですか……」

 

 耳元で囁かれる低く囁くような声。自分の安否や文句よりも自分を優先してくれるその優しさ。匂い、感触、熱、吐息、鼓動、触感―――全てが私の体をじわじわと炙る様に、染み入ってくるように甘く、甘く犯してくる感覚に私は抗うことも出来ず息をするように嘘を吐いた。

 

もっと、もっともっともっと 貴方を こうして 感じていたい一心で。

 

 そんな自分の浅はかな考えは―――あっという間に覆されてしまった。

 

 ふわりと、宙に浮くような感覚と共に。

 

「た、たたたた武ちゃん!!??」

 

「今は貴女の体を養生することが最優先ですのでご寛恕願います」

 

 支えられていた体はより強く抱きしめられ、それでも苦しさや痛さとは無縁の不思議な感覚で私の体は彼にいわゆる“お姫様抱っこ”という状態で持ち上げられていた。初めて見る景色に、味わう浮遊感と―――気恥ずかしさ。その全てに嫌でも心臓が高鳴って口が勝手に滑っていく。

 

「き、きらり、とっても重いから無理しちゃ駄目だにぃ!! じ、自分で戻れるから!!」

 

「貴方をもう一人抱えたとしても問題ないくらいに鍛えていますのご安心ください。それに―――いつも人を気遣っているのですから病床の時くらいは素直に頼ってください」

 

「―――っ!!」

 

 ジタバタと暴れたくなる体を必死に抑え込んで絞り出した抗議はクスリとした微笑みひとつでいなされ息を呑んでいると、本当に軽々とベットまで運んだ彼の手があっという間に離れていってしまう。そのことが、当たり前の事なのに無性に悲しくて寂しく思えてしまう自分はやっぱり風邪で少しだけ頭がおかしくなっているのかもしれない。

 

「……その、ごめんなさいだにぃ」

 

「貴方がそこまで疲労している事に気がつけなかった私が謝ることはあれど、貴方が謝ることなど一つとしてありません。それでは―――」

 

 再び伸ばしてしまいそうになる手を膝を抱える事で堪えて絞り出した謝罪ですら、彼はむしろ自分の責務だと言い切る。そのことが更に申し訳なくなっていると彼が視線を合わせるため曲げていた膝を伸ばすのに小さく体が震えてしまった。当たり前だ。自分の見舞いとしてきただけの彼は杏ちゃんの思惑があったとはいえ自分が手を握って離れられなかっただけで、本来はすぐにでもここを出て仕事に戻らなければならなかった筈。ソレが済めば後は、帰るだけだ。

 

 そんな当り前のことが、今はとても苦しい。

 

「まずは、杏さんが用意してくださった替えの寝間着に交換してください。ボディペーパーもそちらに準備してくださいましたし、脱いだ衣類はこのボックスに入れてくだされば彼女が後でかたずけて下さるそうなのでご安心を。その間に自分は台所をお借りしておかゆを温めなおしてきます」

 

「へ? いや、あの、今日は平日だからお仕事に戻るんじゃ……」

 

 また、塞ぎそうになった自分に掛けられたのはあまりに的確で無駄のないお世話の内容で、その予想もしなかった言葉に無自覚に返した返答に彼は困り果てたような顔で首筋を触りながら事情を説明してくれる。

 

「それが、その…諸星さんの状態を確認してから、戻るのが遅れる旨を比企谷君に連絡したのですが『今日の内容程度なら個人で対応可能ですので、そちらを優先してください』との返信が来まして。他にも三船さんからは“半休申請受理済み”だったり、アイドルからも多数の厳命が送られてきまして―――このまま追い出されると手持ち無沙汰になってしまう状態なのです」

 

「―――っふ、ふふ、気を遣うのなら女の子はもうちょっとロマンティックなのがうれすぃ~んだよ?」

 

「以後、精進します」

 

 赤面したり、浮かれたり、喜んだり、沈んだりと自分でも忙しいと思うのだが溢れる感情もパンクしたまま一周すれば笑いに代わるのだと必死に自分に気を使わないように言い訳を重ねようとしてくれる彼に思い知らされる。それでも、素直に受け取るのも味気ないし、久々に自分に構ってくれそうな彼にちょっとした意地悪も含めてそういえば、彼も苦笑で返してくれる。

 

 やがて、彼が部屋から出ていった後に着替えようと汗で濡れてしまった寝間着を脱いで鏡に映った自分と目が合った。

 

 日本人離れした長く、スラリとした体。それに可愛いかどうかと問われれば大体の人間が“綺麗”と答えるであろうシャープな顔立ちに空色の瞳。自分が理想とする小さくて、可愛くて、誰にも愛される愛くるしさを持たない体はずっと神様を恨み続けた要因の一つ。

 

 いつもは鏡で見るたびに頬が軋んで上手く笑えなくなりそうになるのだが、今日は頬に少しだけチークのような朱が入るだけで何故か自然に笑えている気がする。

 

 映った体を眺めながら先ほど彼に掴まれた部分を撫で、その感触を思い出す。

 

 自分の体より、大きく、強い体。

 

 飾ることも無く、彼の前では素直に寄りかかれる。

 

 世界で、たった一つの安らぎは一度味わってしまったあの甘い毒としてずっとそこに宿り続けている。ソレを自覚しつつ小さく瞳を閉じてクスリと笑いが漏れ、そのままベットに倒れ込む。

 

 

 やっぱり、神様は悪趣味で陰険な奴だと思う。

 

 諦めさせてくれればいいのに、こうやって甘い蜜を垂らして邪魔をしてくる。そして、そんな頼りない蜘蛛の糸を辿った先での諍いや混乱を楽しく高みの見物をするために私たち人間にこんな不釣り合いな想いと体を与えたに違いない。

 

 いつもはそこで終わる思考と恨み節。でも、今日は天井のライトに向かって伸ばした手と同様に思考もちょっとだけ進めてみる。

 

 なら、存分に笑わせてあげよう。

 

 無様で、結果は見えている勝負でも可能性が髪の毛一本分でもあるなら私は手を伸ばし必死に食らいついて見せるとも。

 

 笑って、笑って、笑って―――最後にその度肝を抜くような逆転劇を。

 

 私だって―――“シンデレラ”なのだから。

 

 

 そんな独白と共に、私“諸星 きらり”はちょっとだけ可愛くない笑顔で不敵に笑い声を漏らしたのだった、とさ。

 

 

 

=今日のおまけ=

 

 

 轟く大歓声が舞台裏まで響いて、その熱気は肌を焼くプレッシャーそのものへと変わっていく。普段でもここまで鬼気迫る観客やファンは珍しいが今日ばかりは特別だ。なにせ、数多のシンデレラの中から自分が最も大切にしているアイドルが頂点に輝くかもしれない日なのだから誰もが死力を尽くして声援を送る。

 それに―――今、歌っている女性はこのプロジェクトの顔ともいうべき存在で世界にその名を轟かし、実際にかつて頂点に君臨してもなお上位に食い込み続ける正真正銘の怪物だ。

 

「そーんな人の後にわざわざ順番を入れて貰うなんて杏には理解できないよ、きらり」

 

「ソレでも今日はこの方が一番燃えるんだにぃ」

 

 自分の理想全てを詰め込んだような親友が呆れたように溜息を吐くのにちょっとの苦笑で応えつつも髪をゴムでかっちりまとめ直して気合を入れ直す。相も変わらず無駄に大きくて、可愛げない自分。だけど、最近はちょっとだけ心の中にあった羨望や嫉妬という物は随分と薄くなって久しい。

 

 最後のチェックに鏡を覗けば、自分の個性を誤魔化すように着飾っていた装飾は全て取り払われてむしろスタイリッシュさを感じさせる衣裳。それにただでさえ高い身長を底上げするピンヒールは普段の自分の姿を見慣れている人間には目を疑う光景だろう。

 

 選挙前の悪あがきと言われるかも。

 

 主義を変えたと嗤われるかも。

 

 色んな悪いイメージは飲み込んで小さく頬を張って息を吐く。

 

 可愛い物は、好きだ。そうなりたいと今でも強く思う。それでも、それはきっと自分の一部なのだ。カワイイにカッコいいに綺麗の全部が一緒になったとしてもいいじゃないか。自分は恵まれた事にソレを出来るだけの体を持っている。無かったのは――――ソレに踏み込む覚悟だけだった。

 

 背筋を伸ばし、ステージへと視線を向ければちょうどステージから下がって来る“楓”さんと行き会い、それが交錯する。ニッコリと無邪気に可愛く綺麗に、カッコよく微笑む完璧な“アイドル”がそこにいた。少なくとも、私の欲しい物はここまで至らなければ手に入らない事を改めて思い知らされるが、伸ばした背を丸めて歩くのはもう辞めた。

 

 ピンヒールで嵩増しした自分の身長はちょうどあの人と同じ高さ。心と体どっちも背伸びをする私を存分に笑えばいい。滑稽に舞う私に、眼を釘づけろ。

 

 

 私は―――戦うと決めたんだ。

 

 

 そんな思いを乗せて微笑んだ私に一瞬だけ目を見開いた彼女は、何も言わずにすれ違う。それをどう取ったのか分かりはしないけども、私はスタンバイのマークが付けられた位置に立ち静かにその時を待とうとしたが背中に小さな手が添えられ、謳う様な親友の激励が

耳朶を揺らす。

 

「きらりはさ、やっぱ不器用だよ」

 

「…うん」

 

「優しくて、戦うのも競うのも本当に大っ嫌いな癖に」

 

「うん」

 

「…でも、それじゃ納得できないくらい大切な事なんだよね?」

 

「うん!」

 

「――――なら、全部ゼンブぜんぶぜーんぶぶっ飛ばしてきなよ」

 

「うんっ!!」

 

「きらりが!! 世界で一番かわいくて、カッコよくて、最高なんだって―――思い切りぶちかまして来てやんなよっ!!!!」

 

「―――うんっっッ!!!!」

 

 

 背中に奔る小さくて、温かくて―――実は誰より世話焼きな親友の声と平手を背に私はステージへと駆けていく。

 

 誰もが自分の姿に目を剥き、驚愕に息を呑んだ。

 

 でも、止まらない。

 

 大音量で流したBGMを全身で受け、ただ自分の全てを絞りだす。

 

 ただ、届け。世界にたった一人の貴方に。

 

 

“My Sweet Darling”

 

 

貴方と生きるためなら、こんな不都合な世界全て壊したって構わないから。

 




ヽ(^o^)丿きらりが可愛い!! そんなあなたは評価ボタンをぼちっとな!!


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ギリギリえってぃくないSSS―さわって、ふれて、みつけて?―

(´ω`*)らんこ、カワイイ


 

 

【あらすじ】

 

 なんやかんやライブの打ち上げ中に罰ゲームで蘭子と二人羽織する事になった。このアイドル達はやっぱり芸人を目指しているのだろうかと微かに不安になってきた比企谷八幡21歳と蘭子15歳。

 

 

―――――― 

 

「思ったより動きにくいな、コレ」

 

「我が盟友よ、魂の導きに従い饗宴を楽しめ(うわぁ、これなんか面白いですね)」

 

 馴染のお好みやでの打ち上げ中に悪乗りから始まった王様ゲーム。強制的にひかされたクジは無情にも自分と蘭子を指名し、世代的にも知っている人がいるかいないか微妙な罰ゲームが執行される事と相成った。こうなれば下手に抵抗するよりも無機質にこなしたほうが被害が少ないのは織り込み済みなので素直にどっからか持ち出した馬鹿でかい羽織を被っていると何故かやる気満々の蘭子が自分の座っている席の真ん中にちょこんと収まった。

 

 なんだか人懐っこい犬が座り込んだような可愛らしさに苦笑を漏らしつつ巻かれた目隠しと他の娘によってすっぽりと蘭子まで羽織に収められていよいよ視界と動きが取りずらくなった時に目の前に皿が置かれる音と微かに甘い香りが漂ってきたので準備が整ったらしい。

 

「……というか、料理は何なんだ? これ、まさかテレビみたいに素手で掴んで口に放り込む奴じゃないだろうな」

 

「甘美なる白の悪魔だ。その脇には護衛も控えておる(ショートケーキです! ちゃんとフォークとナイフも脇にありますよ!!)」

 

「定番っちゃ定番だな……」

 

 大体がこれで口元や顔に失敗して顔をメレンゲまみれにするのだろうが、テレビでもないのでウケを狙う必要もなかろう。キャッキャッと無邪気に喜んでる蘭子なら案外それでも楽しみそうだが女の子の顔にそんな事を出来る程に鬼にはなれなさそうなので出来るだけ被害を少なめにパッと終わらせてやろうと思い俺は視界の効かない中で手をゆっくり伸ばす。

 

「まず、食器から探すぞ?」

 

「うむ、よきにはからえ(がんばってください!)」

 

 暗闇の中、テーブルのヘリを求めて手を伸ばそうとすれば意外に蘭子が間に挟まっているのが邪魔で無意識に前に傾けた体が小さく華奢な体を押してしまった。

 

「うきゃ」

 

「む、すまん。苦しくないか?」

 

「う、うむ、案ずるな(ちょ、ちょっと驚いただけです~)」

 

 軽く謝りつつ、見つけたテーブルの淵から指の感覚を頼りに食器や皿の位置を探っていくが蘭子のフワフワの髪の毛がくすぐったくて思ったより集中が出来ないし、成長期のせいか随分と体温が高く感じて息苦しい。蘭子も動く度に変な声を上げるな。気が散る。

 

そんな感じでてこずりつつも漸くそれぞれの位置の把握に成功した。とはいえ、手掴みではないのでフォークが刺さったりする危険があるので焦らず慎重に皿の上のケーキを切り分けて持ち上げる。重量的に持ち上げられたのは確かだが、大きさがいまいち分からん。

 

「これくらいの大きさで食べれそうか?」

 

「ふぅ、ふぅ…え、あ、ぐ、愚問なり(だ、大丈夫です!)」

 

「ん、じゃあ―――口の位置を確かめるぞ?」

 

「へ? わ、わわわ――うきゃっ!?」

 

 なんで黙って見ているだけの彼女の息が荒くなってるのか分からないが、大丈夫だそうなので間違って刺してしまわないために彼女の口の位置を確認するため彼女の手から辿る様に―――肘、肩、鎖骨―――首筋、顎――――そして、最後にその瑞々しい唇へとたどり着いてなぞる。

 

「――――っつ!!? ―――――――っつっつ???!!??」

 

「おい、暴れたら危ないだろ。くすぐったいのは我慢しろ」

 

 体をなぞるたびに跳ねる様に震える彼女を軽く叱りつつその頤を軽く固定して口を開くように指示をする。

 

「さぁ、刺さると危ないからゆっくり入れるぞ? そんで、半分くらいの所までいったら一回唇で甘噛みして止めろ。―――そんで慎重に最後は自分で食べるんだ」

 

 出来るな? なんて聞き逃しの無いように耳元で囁けば震える様に頷く。さっきまでの元気さが鳴りを潜めたのを怪訝に思いながらもゆっくりと指で唇をなぞって最終確認。位置と角度的にも問題が無さそうだと確信しつつフォークを進める。

 

 蘭子が口を開いたのも分かったのでゆっくりとケーキが自分の指先で方向がずれてない事を確認してその唇に乗せて押し込んでいく。指先で突いた感覚では少し大きかった気もするがいけない事はないだろう。唇の両端が汚れるくらいは勘弁してくれ。

 

 ほんの少しの間をおいてフォークに抵抗を感じたので進行を止めて―――最後の工程に入る。

 

「いけ」

 

「―――はひゅ」

 

 微かに目の前にあるいい匂いのする小さな頭が動いたのを確認して、軽くなったフォークは彼女が忠実に自分の指令を聞いてくれた事を意味する。その事の深く達成感を覚えた俺はくたりと脱力して寄りかかってきた彼女の頭を優しく撫で―――――更に残っていたもう一欠けを彼女の元へともう一度運んだ。

 

「―――――へ?」

 

「ん? こういうのって食べきるまでやるもんじゃないのか?」

 

 奪われた視界の中、なんだか妙に色っぽい声を出した蘭子が唖然とした感覚が伝わってきたが――まぁ、もう途中まで来たので続行する。

 

 

 さっきと同じ手順で。

 

 

 皿が空になってようやくゲームが終わったかと思い目隠しを外せば顔も真っ赤に荒い息の蘭子がスカートを強く抑えてフラフラとトイレに行ってしまった事で色々と納得した。トイレを我慢していたならそういえばいい物を。

 

 そんな微笑ましい物を見送る俺にいつの間にか静かになった店内で集まったアイドル達の視線が凄まじい物だったと聞いたのは、次の日になってからの事だった。

 

 

 

 

 




(/・ω・)/いぇーい☆彡


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ギリギリえってぃくないSSS―せっくすすると出れない部屋(周子編)―

(・ω・)b


【あらすじ】

 

 朝起きたら周子と二人そんな部屋に閉じ込められていた(ばばーん)

 

 

―――― 

 

 

「なんだこれ?」

 

「“3日間我慢できれば鍵は開く”……だってさ、おにーさん」

 

 ネットや薄い本でお馴染みの展開。もはや小難しい理屈を抜いてヌキたい紳士諸君には見慣れたと言っても過言ではないこの部屋に気が付けば俺と周子だけが閉じ込められている事に頭痛を感じて頭を押さえてしまう。いくら清い身で最近は忙しくて抜いていなかったとはいえ見る夢が“コレ”で、しかも相手が妹分の“コイツ”だというのだからそうもなろうものだろう。やはり、我慢は良くない。欲求不満も溜まりすぎればこんな事になる。今度は定期的に抜こうと思いました比企谷はちまんまる

 

「……というか、こういうのってエッチするもんじゃないん、普通は?」

 

「俺が知るかそんなん。―――妹分がそんな知識ある事に俺は少し引いた」

 

「女の子に夢見すぎやな。んー、というか、ベットが一つにシャワー室がガラス張りってこと以外は凄い充実しとるやん。テレビにゲーム、豪華なキッチンにぎっちり詰まった冷蔵庫。……アメニティも完備とか下手なホテルより充実してるっていうね」

 

「まぁ、生き死にが掛かってるとそういう気分にもならないっていう配慮なんじゃねぇの?」

 

「ほーん、まぁ、それもそうか。―――所でおにーさん、多分だけど同じこと考えてない?」

 

「一応、応え合わせするか?」

 

 疲れて腰をフカフカのソファーに下ろしつつ物珍し気に部屋を見て回った周子と無駄話をしていると隣に腰を下ろした周子が予定調和の最終確認をしてくる。少なくとも、結構な時間をともに過ごしていると思考も似通って来るらしい。意地悪気に目を細めた周子が二やつくのを横目にせーの、で声を発した。

 

「「普通に三日間だらけられるとか最高」」

 

 異口同音に発した言葉に二人してゲラゲラ笑った。そりゃもう、ゲラゲラポーである。普通の男女や同人、アニメに漫画ならココでお互いを意識して甘酸っぱい喧嘩の一つもするのだろうが残念ながらお互いちょっとずれている上に相手がもはや身内同然のコイツではそうそうそういう雰囲気にもならない。風呂は後で張り紙かなんかで衝立する必要はあるだろうけども、まぁ、とりあえずは――――最優先で体が求める欲求を満たすため二人揃って布団に潜り込んだ。

 

「うわ、フカフカ。というか、おにーさんはレディに気を使ってソファーを使いなよー」

 

「うるせぇ、誰がレディだ。目覚まし掛けない熟睡なんて記憶にないくらいに久しいんだからベットは譲らん」

 

「えー、しゃーないなー。寝相悪かったら蹴りだすで?」

 

「お前に…言われたく、無いんだよなぁ………」

 

「ねるの、はや……子供かいな……」

 

 減らず口を叩き合っているウチにあっという間に意識は夢の中。というか、体中に染みこんだ疲労がベッドに横になった瞬間に溶けだしたように纏わりついて指先一本も動かしたくなくなる。それに文句を垂れる周子も似たようなもんで既に瞳は半分以上閉じたまま枕から起こせなくなっている。

 

 日々の激務に追われる社畜に日本を代表するトップアイドルの一人である彼女。当然のように寝る暇も碌な休日もなく走り抜けている人間をこんな環境にほおりこめばこうなるのは当然の帰結。―――結局、この後に二人揃って起きたのは制限時間が半分を過ぎた頃。文句なしに惰眠を貪り続けた。

 

 

―――― 

 

「おに―さん。ステーキ、刺身、野菜なんでもあるけど何がええ?」

 

「………いっそのこと全部行ってみるか」

 

「ふぅ~☆。 監禁されてるとは思えない豪勢な生活やーん」

 

 起きた後はひたすら飯を腹いっぱいに詰め込み、

 

―――― 

 

「お、このゲーム。昔、友達んちでやってて全クリ前に壊れてもうたんよ。一緒に全クリしようや」

 

「このピンクの球体って協力プレイできるのを今知ったわ」

 

「………ごめん」

 

「やめろ、深刻そうに謝られるのが一番キツイ」

 

 なんでも食べちゃう地球外生命体を全クリしたり、

 

 

―――― 

 

「そうそう、このシーンがかっこええねん」

 

「すっげ、これスタント無しなんだろ?」

 

「お、奏ちゃん程じゃないけど周子ちゃんも語らせるとうるさいよ~♪」

 

「んじゃいい」

 

「聞かんかい、ボケ」

 

 映画をみつつ駄弁って、

 

―――― 

 

「「…………」」

 

また、寝て。

 

 

―――― 

 

「あっという間に三日経ちましたとさ」

 

「色気もクソもあらへんかったねぇ……」

 

 カチリと音がした扉の前で駄弁りつつ、お互いに苦笑を漏らして顔を見合わせた。結局の所は周子の言う漫画のような展開もなくたまの休日を二人でだらけて過ごしただけという何とも気の抜ける結末となってしまった。警戒していた変なちゃちゃいれも結局は無いまま終わり、かたずけと掃除を終えた所でちょうどタイマーがゼロをさした。

 

「というか、正直もう数泊はしていきたい気分だな」

 

「同感。でも、ま、たまの休日ってのはこうやから気持ちがええのかもね。……あんま皆を心配させるのも悪いし、さ」

 

 名残惜し気に部屋を振り返る俺の袖をちょっとだけ照れ臭そうにそう呟く周子。なんだかんだとそういう人情関係を一番気にするその性分にもう一度だけ溜息を吐いて苦笑を漏らす。

 

「ま、どうせ休むなら気兼ねなく自由の身になってからの方がいいか」

 

「そん時はウチも今回みたいに付き合ってあげるよ」

 

「働け、トップアイドル」

 

「夢みんな、専業主夫志望(笑)」

 

 軽口と微笑みを交わしながら二人で勢いよくその扉を開け――――

 

 

 

『3日以内にせっくすをしないと出れない部屋』

 

 

 

 そんなふざけた看板が  俺たちの行く手に立ちふさがった。

 

 

 

 

 




_(:3」∠)_俺もこんな部屋に閉じ込められてぇ……共感した君は評価をぽちっとな(笑)


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夏の潮騒  ー 346リゾート編  オープニング ―

(・ω・)さぁ、かくぞーとなって机に座った瞬間に何を書く気だったか忘れて10分くらいぼんやりしてたsasakinです、どうもこんばんわ。

 渋の方で沼友たちが盛り上がった勢いで始まった”リゾート企画”です(笑)

 あっちでも色んな沼の住民が色んな浜辺のアオハルを書き綴っているのでぜひ見に行ってみてください(笑)



 空は何処までも広がり、突き抜けるような青が地平線を満たしている。そんな整いすぎて逆に現実感のなくなる景色は頬を撫でる潮の匂いと肌を焼くように照り付ける太陽の二つによって一気に生の感覚を齎す。そんな感覚に抗う訳ではないが手元に持っていた冷やされたビール缶のタブを引けば“かしゅっ”なんて聞きなれた音が一気に自分を現実に引き戻され、喉を流れていく炭酸とホップの苦みにオッサンぽく声を漏らしつつ小さく溜息を吐く。

 そうすれば、柄にもなく浸っていた雰囲気という物はあっという間に消え去っていき遮断していた音も感覚も戻ってくる。書割の中で放られていた音にはエンジンが力強く波をかき分ける飛沫の音とウミネコの気の抜けた声が耳に飛び込んでくるし、足元が少しだけ揺れるのは体に入れた酒精のせいではなくマジで揺れている。

 

 真っ青な海に、プカリと一隻浮かぶ連絡船の甲板。

 

 それが今、俺が立っている場所である。

 

 なんで、こんな所に俺がいるのか―――説明するにはちょっとだけ時間を巻き戻した方が早いだろう。

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 むせ返るような熱気と轟くように響いていた声援に満ちていた巨大なコンサートホール。それは、今は静寂に満ちていてその狂乱があったことなど嘘のように静まり返っている。そんな中、最低限の灯りに照らされたステージに残るのは満身創痍ながらも眼に張りつめた光を宿す色とりどりの美姫達と鋭い目を宿した偉丈夫が向かい合い、その脇に控える杖と使い魔が固唾をのんで偉丈夫が言葉を紡ぐのを待ち望み―――

 

「先ほど、全観客の撤収が確認されました。……これをもってシンデレラガールズプロジェクト初の全国ライブツアー8都道府県18公演の日程は完遂です。 皆さん、本当にお疲れ様でした」

 

「「「「「「「「お疲れさまでしたっ~!!!!!」」」」」」」

 

 一拍、間をおいてもたらされた言葉に―――弾けるような感情と、想いが溢れ出して怒号の様な声がソレに答えた。

 

 強行スケジュールで駆け抜け、遂には完遂が認められたこのツアーの終了報告に誰もが大いに喜び、泣き、笑い、ぷっつりと切られた緊張の糸はさっきまでの統率も嘘のようにあちこちに弾けまわって彼女達は思い思いにその心労を形にする。仲間と思い切り抱き合うモノもいれば、その場で青天するかのようにばったりと崩れ落ちるモノ、張っていた緊張を緩めて溜めに溜めていた涙を一気に溢れさせるもの。中には脇に置いていたバケツに顔を突っ込んで遅れてやってきた心労にえずくものまでその表現は百人百色である。

 

“魔法使い”こと“武内”さんはそんな阿鼻叫喚の光景に小さく微笑みつつも、自身も多大な責務から解放された事にちょっとだけその肩を安堵に緩めて自分の教え子たちに優し気な微笑みを向け、小さく息を吐いた。

 

 笑顔に号泣、成功に後悔。あらゆる感情が入り乱れるその光景は、成功したからこそできるモノである。だから―――ここでの成功も失敗も、成長も反省も全てが彼女達の糧になるだろうと事を思えば大学の夏休みをほぼ犠牲にして日本中を駆け回った甲斐はある。そんな事を一人笑って彼女達を見ていれば、足元もおぼつかないくらい満身創痍な年長の一団が武内さんを筆頭とした事務方にヤクザみたいに肩を揺らしてダルがらみをしてきた。

 

「いやー、きつかったけどもこんな大盛況で終われてホントにさいこうだったわ!!」

 

「ホントホント!! ――――日本全国を湧かせて回ったなんてそこらのアイドルにできる事じゃないから大したもんよ!!」

 

「そうですねぇ、こんな努力を続けるためには―――“ど-りょく”に燃料をくべないとアッというまに止まっちゃうかもしれませんねぇ?」

 

 にっこにこの笑顔を湛えて武内さんを囲んだ年長組を目ざとく見つけたメンバーがソレに習う様に武内さんを囲むように包囲していきその輪はアッと今に群体となって、されど、直接的な言葉を漏らすことも無く彼を追い込んでいく。

 

「全メンバーが参加できる夏休みしかできないスケジュール。今回は大成功で終われて本当に良かったです~。……おかげで、全然あそびに行けませんでしたけど~」

 

「……九州で見た海に、千枝憧れちゃいました」

 

「………なんか、ご褒美的なのあってもいいんじゃないかなぁ?」

 

「――――この度のライブの成功はささやかながら皆様の報酬に反映させて頂ki「あん?」―――そ、その他の何かで補填させて頂きたいと考えています」

 

 もうどっからそのドスの効いた声出したの? というか、眼が全員据わっててマジで怖い。そんなアイドルに囲まれた武内さんが冷や汗を流しているのに巻き込まれないようにソロっとステージを離れようとしていると舞台裏から聞きなれた甲高いピンヒールの音が響くのを耳が捉えた。規則的なその音に、生来の生真面目さと融通が利かなそうな貴意高さを感じさせるその音に俺“比企谷 八幡”はこれから起こるである波乱の予感に小さく天を仰ぎ溜息を深々と漏らしたのであった、とさ。

 

 

――――― 

 

 

「………用は、慰安目的の旅行をしたいという事だろう―――それくらい連れて行ってやればいいのではないか?」

 

「「「「「「――――へ?」」」」」」

 

 キツめのメイクに真っ直ぐ背を伸ばして周囲を睥睨するような女傑“美城常務”が全国最大規模のツアーズを終わらせたシンデレラプロジェクトに有難い激励とねぎらいのお言葉を掛けに来て、すったもんだしている自分たちの事情を聴いた答えは至ってシンプルな物だった。というか、あんまりに軽く言うものだから誰もがその言葉の意味を飲み込み切れずに目を白黒させながら首を傾げる以外に反応することが出来ないでいる。そんな自分たちの方こそおかしいと言わんばかりに眉を顰める彼女に代表するように武内さんが疑問の声を上げた。

 

「い、いえ、常務。お気持ちは有難いのですが、慰労を兼ねた祝賀会程度は企画していたのですが、自分たちの大所帯での慰安旅行など想定しておりませんでした。明日から一週間は完全休養とはいえ、いまから企画をするには少し厳しい物があるかと……」

 

「武内、お前こそ何を言っている。大体がタレントであり、大人数の彼女達がまとまって旅行に行くなどどれだけ綿密に企画した所でまず不可能だ」

 

「……はぁ、自分もそう思いますが」

 

 だったら何を言い始めたんだお前は、という視線を珍しく武内さんすら隠さずに全員が常務に向けた所で今度こそ呆れたように溜息を漏らした彼女は一転して睨むような視線を端っこの方で息を潜めていたおさげの女性“ちひろ”さんに向けて言葉を朗々と紡ぐ。

 

「お前は業界最大手に勤めている自覚と、自社の福利厚生に無頓着すぎる。――他所にわざわざ行かなくても税金対策でプライベートリゾートぐらい保有しているし、これだけの功績をあげた部署の慰労のためなら貸し切りにするのも吝かではない、という事はそこにいる事務員だって重々承知の筈だ。―――何なら、二人分だけ不自然に予約をしていたはずだが?」

 

「「「「「…………ちひろさん?」」」」」

 

「―――プライベートな事情の為、黙秘権を行使させて頂きます」

 

 淡々と語られる常務の言葉。まず、浮世離れしているスケールのデカいお話に脳みその処理が追い付いていなかったがソレが染み入るように理解してゆき――後半の聞き逃せない“抜け駆け”の暴露に一部のアイドルは剣呑な笑顔を、残りは普通に自分だけ美味しい想いをしようとしていたことに対する怒りで重たい空気を伴って彼女を囲んでいく。というか、あれだけプレッシャーを掛けられて平然と笑顔でやり過ごそうとか心がタングステンで出来ているのかな?

 

 ほーん、というか妙にこのツアー中の激務の中で後半から機嫌が良くなったと思っていたがそういう事か。どうせ、ツアー後の後処理が終わった後にこっそり武内さんを泣き落としか脅迫でそこに連れていこうとか考えていたのだろう。さすがちっひ、きたない。

 

「……まぁ、そういう事だ。美城一族の者は飽きて寄り付かんし、一般社員も私が日程変更を申し出れば問題なく貸し切れるだろうから気兼ねなく行って来ればいい。……羽目を外すのもそこなら大体の事は握りつぶせるから私も気兼ねなく休暇を満喫出来てそっちの方が助かる」

 

「………いつも、申し訳ありません」

 

「ホントにいい加減にしたまえ」

 

 一気に冷えたステージ上の空気の中、笑顔でメンチを切って火花を散らし始めた楓さんとチッヒを横目に深々と頭を下げる武内さんと青筋を立てる常務。むしろ、後半がこの提案の大部分の理由なんじゃなかろうかと邪推してしまうが、ウチの問題児が記事に載るたびに記者会見で頭を下げ続けているので責める事は出来まい。……いや、ほんといつもすみません。

 そんな二人を遠巻きに眺めつつも小さく苦笑を零した。まぁ、確かにこのツアーが決まってからというもの、夏休みに入る前からてんやわんやでようやく息を抜ける様になったのだからこの申し出はアイドル達にとって福音だろう。ソレに、事務方の武内さん達はそれこそあらゆる調整で都内に半日もいないで日本中を飛び回っていたのだから少しくらいは南国のリゾートで骨休めをした方がいい。むしろ、そんな孤島にでも押し込めない限りまたこの人は働き始めるワーカーホリックなのだからそれくらいが丁度いい。上司が休みに入ってくれれば俺も気兼ねなくダラケられ――――

 

「なに、“自分は関係ない”みたいな顔しとんねん。―――おに―さんも強制連行やから、ヨロシク」

 

 後ろから肩を組んで意地悪気な狐の様な瞳を覗かせた妹分の周子が無慈悲にも俺の自堕落ライフを阻止し、パリピな夏に誘おうとしてくる。だが、この“比企谷 八幡”。ライブ後で汗だらけなのはずなのにふんわり白檀の香りを放ってくる女子に誘われたくらいで自分の意思は曲げない。馬鹿みたいに溜まった貯蓄に存分にモノを言わせ三食人気ラーメン屋のハシゴに新作アニメとゲームと小説の制覇。そして、戸塚とのデートと引きこもりの真価を遺憾なく発揮する予定を完遂する固い信念をもって抗う。

 

「え、……嫌だけど?」

 

「「「「「「―――――――は?」」」」」」

 

 ふぇぇぇ、みんななんで目のハイライトがお休みしてるのん?

 

 固い意志はあっという間に崩れ去り―――時間軸は冒頭へと戻る。

 

 

――――――――――

 

 

「いや、思い返してもおかしいでしょ。ほぼ強制連行だったじゃん……」

 

 結局、粘りに粘って見たがあの後に開催された祝賀会でしこたま飲まされ疲労もあって寝落ちしているウチに気が付けば港に連行されていた。何より恐ろしいのは準備の為といって最後の抵抗を試みたのだが、普通に我が家にあるはずの着替え一式と見慣れたボストンバッグが既に船に積み込まれていた事だろう。―――我が家のセキュリティーは一体全体どこに遊びに出かけてしまったのだろうか?

 そんな世の無常を儚みつつビールを流し込んで、細巻きの煙を潮騒に流していると後ろから苦笑交じりのハスキーな声を掛けられ、自分の隣の手すりに寄っかかった。

 

「なに一人でボヤいとんねん」

 

「出たな、元凶」

 

「まだゆうてんの? ここまで来たら切り替えて楽しんだ方が得やで、おにーさん。ほらほら、こーんな贅沢な体験なんてなかなか出来るもんじゃないよ~」

 

 恨み節を混ぜて呟けばケラケラと笑う彼女は取り合うことも無くポケットから取り出したリゾートのパンフレットを広げてこちらに見せてくる。その内容の豪華さには確かに中々体験できるものではない内容だろう。

 東京近郊にいくつかある離島の一個をマルっと買い占め、開発したらしいその346のプライベートリゾート。本来はそういう業種が最盛期の頃に常務の祖父が観光業に力を入れるという名目で、とある愛人を遊びに連れ出そうとしたのが始まりらしい。だが、知っての通りそんなブームもあっという間に過ぎ去り利益も挙げなくなったその島は346関係者の慰安目的の施設として作り替えられたらしい。

 

 それだけでもスケールの違いに頭が痛くなるが、もっと驚くべきはその施設の充実さだろう。仕事以外では案外に享楽的な一族なのか、金銭感覚がくるってるのかは定かではないが、自分たちがたまに使うとはいえ不足があるのは許せなかったらしくあらゆるものが最新鋭・最高級なモノを取り揃えている。ビーチの管理は当然として併設されたホテルは全てが最高級ホテルのスイート並みで食事も一流。遊戯施設もテニスコートから体育館に果てはサーキットコースから小規模なカジノやゲームセンターまで取り揃え、ホテル付近の整備された街並みでは高級な服飾店から情緒あふれる雑貨屋までが名を連ねる―――もう、完全なバカンスの為に整備された島なのだ。確かに、そうそうに一般人が体験できることでは無いのは確かだろう。

 

「というか、他の部署の人達がなんかの抽選で騒いでたのってコレが原因だったのか…」

 

「私たちのせいで予定変更になった人はガチ泣きで崩れ落ちたらしーで。ま、そんな訳だから今回は常務の強権を無駄にしないためにもしゅーこちゃん達は全力で楽しむ義務がある訳なんだなー、コレが。おに―さんはどれに行ってみたい?」

 

 理屈が通ってるんだか通ってないんだか良く分からない事を言いながら肩を寄せてくる周子に最後に深く一回だけ溜息を吐いて、その地図とざっくりとした大きなイベントが掛かれたスケジュールを覗き込む。

 

1.ホテルチェックイン

 

2.海集合

 

3.バーベキュー

 

4.夜 自由行動

 

5.朝・自由行動&無人島冒険

 

6.昼・自由時間

 

7.宴会

 

8.船で帰宅

 

「凄まじくざっくりしてるな」

 

「あんまガチガチでも楽しくないやんか。“誰と、どこで、どういう風に過ごすのなんて自由”な方が絶対おもろいって!!難しい事考えんと―――“スケジュール以外でも好きな遊びを組み込む”ってのも全然ありな楽しみ方やで?」

 

「……なら、部屋で一日ゴロゴロしてるか」

 

「それもええけど、色んな子がきて逆に休まらんと思うで?」

 

「自由とは…」

 

 ケラケラと笑った彼女の声が楽し気に海に溶けていき、俺はうっすらと地平線に見えてきた孤島で起こる騒動に思いを馳せたが―――どうせいつも通りこのメンバーがしっちゃかめっちゃかに面白可笑しく走り回るのだろうと緩く笑いを飲み込んで、周子のお勧めスポットの説明とやらに耳を傾けたのだったとさ、まる

 




_(:3」∠)_ランキング……一桁は、遠いぜ……。


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夏の潮騒  ー 346リゾート編  チェックイン編 ―(LIPPS ver)

(;^ω^)かけばでるかけばでるかけばでるかけばでるかけばでる……

明日の最後の10連。もう、俺にはこれしかない……

かなで、みか――――待ってろ。

↑イベント最終日の僕


「……最大手ってのは知ってるつもりだったけど、ホントにすげぇな」

 

 波をちゃぷちゃぷかき分けてひょうたん島よろしくたどり着いた島。その完全な常夏リゾート感にも驚かせられたが、豪華絢爛なホテルのロビーで一旦解散して荷物を置きに来た部屋の扉を開いた瞬間に感じていたはずの気疲れと体の微かな気だるさも忘れて普通に感嘆の息を吐いてしまった。

 一人部屋というのが信じられないくらいに広々としたスペースに見るからに一級品と分かる家具やベッド。大浴場や温水プールも屋上にあるというのにジャグジーバス形式の浴室。それに何より――――扉を開けて真っ先に広がるベランダからの海と青空のパノラマに圧倒されてそんな小学生みたいな感想まで漏れ出たのだ。

 

 肩に引っ提げていたボストンバッグをとりあえず床に放り投げて見るからに座り心地の良さそうなソファーに腰を下ろしてしばしその光景に見惚れ、受付で渡されたミネラルウォーターで喉を潤せばあっという間に体はoffモードになって気が緩んでいき、この後の浜辺での集合という予定がどうにも億劫に思えてきた。

 

 そもそもが全力疾走してきた全国ライブの後にそのまま飲み会直行&港に強制連行。連絡船の中で仮眠は取ったとはいえ体にはいまだに色濃い疲労を感じているのだから、こうして部屋で夕飯のバーベキューまでのんびりしていても罰は当たらないんじゃなかろうか?

そんな事を考えれば適温に設定された空調に微睡も合わさってうつらうつらとし始めた頃に―――来訪を訪れるチャイムが鳴らされ、ガックリと肩を落とした。

 

 まぁ、そんな事を許してくれるような大人しい奴らじゃないわな。

 

 なんなら自分以上にハードスケジュールでプレッシャーを感じていたはずなのに底なしの体力で連絡船でもはしゃいでいた彼女達を思い浮かべて俺は小さく苦笑を漏らしつつぐずる体を起こしてドアへと足を向ける。

 

 さて、ついて早々に人の部屋に突撃してくる奴らには心当たりが随分と多いが誰だろうか?

 

 そんな疑問を携えつつ扉の鍵を開けた先にいたのは――――

 

 

 

 

――――― 

 

【グループ】

 

 

→・顔面偏差値の高い、奇人変人グループ“LIPPS”だった。

 

 ・三人のシンデレラという偉業を成した王道グループ“ニュージェネレーション”だった。

 

 ・とある主従で成されたグループ“velvet rose”だった。

 

 ・その他、いっぱい

 

 

【個人】

 

 ・自分の妹分である見慣れた狐目の娘だった。

 

 ・物静かな雰囲気を湛える同級の文学少女だった。

 

 ・夏の太陽すら陰るような熱血少女だった。

 

 ・その他、いっぱい選択肢

 

 

―――― 

 

OK? ←イエス

 

―――― 

 

 

 

 

「……海で集合って話なのになんで俺の部屋に集合してんの君達?」

 

 扉を開けた先に並んだニマニマとした顔ぶれはシンデレラプロジェクトの中でもトップクラスの顔面偏差値を誇る少女達で、その奇行や突拍子もない発言で俺の心労を加速度的に上げていくトラブルメーカーだというのだから嫌味の一つも牽制で投げたくなるのはご愛嬌だろう。

 

「あら、貴方が逃げ出さないように気を利かせたつもりなのよ?」

 

 そんなチクリとした嫌味も涼しい顔で受け流す大人びた少女“速水 奏”がニンマリと意地悪気に口の端を持ち上げる。若干だけ行動も読まれていた事も合わせて口の端が引きつりそうになっているとその間に割り込んでくる透き通るような金髪碧眼と猫のごとくフワフワの赤髪の少女達が満点の笑みでそれぞれ両方の手に布切れらしきものを突き出してくる。

 

「じゃじゃーん、海パンが家に無かったという報告を受けて優しい、しきフレの二人が下のセレクトショップでお勧めを買ってきてあげたよ~!!」

 

「にゃはは、さあっ、君のお好みはどれかな? ぴっちりセクシービキニ? それとも、安パイなアロハパンツ型? 潜航も安心のラッシュガード? 意表をついてのふんどしスタイル? 色が気に食わないなら後で交換してくれるっていうから安心して選ぶといいよ!!」

 

「…………そもそも、何で家に潜入した下手人が俺の箪笥の中身を熟知して周知してるからの議論を始めてくれると嬉しいんだけど」

 

「「 ? 」」

 

 男物水着を両手に満点の笑顔で迫る馬鹿二人“宮本 フレデリカ”と“一ノ瀬 志希”が俺の言葉に“日本語ワカリマセーン”という感じで肩を竦めて再び選択を迫って来る。お前ら見た目が外人寄りと帰国子女っていう設定雑に使いすぎじゃない?というか、水着の選択に悪意しか感じないんだよなぁ…。

 

「残念ながら“泳ぐ気ないし”とかいうつもりならもっと過激な子達が強制お着替えに来るかもしれんから素直に選んどいた方がええとウチは思うよ~?」

 

「まぁ、私たちなりの気づかいって事で受け取っておきなよ☆」

 

「もう実質的にアロハパンツ一択じゃん……」

 

 げんなりとした俺を見かねたのか後ろで苦笑いをする残りのメンバーである“塩見 周子”と“城ヶ崎 美嘉”の声に、諦めの溜息を深くついて青系の色彩豊かなアロハパンツを受け取った。まぁ、高級店しかないらしいので品質は間違いないだろうし、海に入るつもりはないがどうせ高確率で水浸しになるのならココで勘弁した方が利口かもしれない。そんな理屈で自分を納得させているウチに部屋の中に勝手に入っていく馬鹿娘五人衆が興味深げに中を探検し始めた。

 

「おー、こっちは洋室にしたんやねぇ。なかなか豪華でいい感じじゃん?」

 

「あ、凄い、この部屋ライトの色まで変えれるよ志希ちゃん」

 

「ふふふ、月夜に揺れる波の音を聞きながらこのムーディーなライトで君の心もキャッチーだよ、フレちゃん!!」

 

「うわぁ、見晴らし最高☆ これは自分の部屋にも期待しちゃいそうかな?」

 

 部屋のソファーに座ってくつろぎ始める周子に、ベッドで愛人ごっこを繰り広げるレイジーな二人。ベランダに出て楽し気に潮風を浴びる美嘉らがそれぞれに駄弁っているのを聞きながら隣でクスクスと笑いを零している奏に素朴な疑問を投げかけた。

 

「…お前らまだ自分の部屋に行ってないのか?」

 

「そりゃそうよ、そんな悠長にしてたらあっという間に美味しい所を持ってかれちゃうと思って急いでお店を巡ってきたんだから」

 

「お前らはたまに意味が分からん事をいう」

 

「いいでしょ、別に。意味なんて自分で勝手につけていって満足するものなんだから。―――私たちの水着も、期待してていいわよ?」

 

 結局、答えにも何にもなっていない言葉と嫣然としつつもはにかむ少女のアンバランスな微笑みだけを残して部屋で好き勝手過ごすメンバーを回収していく彼女。それに連なって楽し気に笑いながら声を掛けて出ていく少女達を見送って、その嵐のような騒がしさの後に残ったのは渡された陽気な海パンとさっきまで落ち着きを齎していたはずの静寂に感じる物足りなさだけだった。

 

 そんな自分を小さく嗤って、のそのそとベランダで細巻きに火を灯して島を見渡す。

 

 嫌いだったはずの喧騒。

 

 それが無いと物寂しく感じる様になるくらいに自分の中に入り込んでるあいつ等を想って漏らした紫煙が風に溶けていくのを見つつ、太陽を見上げた。

 

 リゾートが、始まる。

 

 

 

 




”LIPPSの選んだ水着シリーズ”を入手しました。


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夏の潮騒  ー 346リゾート  ビーチ編(一ノ瀬 志希 ver) ―

_(:3」∠)_書いてもでんかった、死のう……。

奏、復刻ガチャ待ってるよ。。。


('ω')という訳で無事爆死したので諦めてリゾート編を自分で書いて脳内補完することにしました。←諦め


 

 浜辺に集合した日本を代表する大規模アイドルグループの少女達。いつもなら収集もつかないくらいに姦しい彼女達だが今は誰もが一糸乱れず真っ青な浜辺を前に整列し、自分たちのリーダーの号令を今か今かと待ちわびている。そして――――

 

「みなさーん、いいですか~? いっせーのーーーで!!」

 

「「「「「「「「海だ―――――っっ!!!」」」」」」」」

 

 楓さんの掛け声と共に島中に響くんじゃないかってくらいの歓喜の雄たけびを上げて、輝く満面の笑顔と共に白い砂浜に飛び込んでいく乙女達。年長も年少も関係なく我こそはと波の打ち寄せる海原へと一番乗りを目指して、思い切り飛び込んでいった。

 歓喜と興奮に湧く年頃の乙女たちの大はしゃぎがビーチ中に響き、笑い声も透き通るような海と空にどこまでも吸い込まれるのを後ろから眺め、俺は燦燦と照り付ける太陽に負けないくらい笑顔を輝かせる彼女達に対して苦笑を浮かべつつも小さく肩を竦める。

 

 元気なやっちゃ。

 

 そんな呆れと羨望を混ぜた独白と共に俺もゆっくりと焼ける砂の上で歩を進めていった。

 

 

―――――――― 

 

 

 海辺で一通り大はしゃぎをして興奮も冷めやらぬままそれぞれ仲良しグループに分かれてあっちこっちに用意されたレジャーに散っていった彼女達を見届けた俺は何か所か点在するビーチパラソルの下に用意されてる寝転べる椅子に海の家から貰ってきたドリンクを完備してどっかりと座り込んでゆっくりと息を吐く。

 

 うーむ、流石346さんいい椅子使ってますな。

 

 そんな謎の品評家みたいな事をいいながらドリンクをちゅうちゅうして笑顔いっぱいに駆け回るアイドル達をなんとは無しに眺める。みんな流石というかなんというか絶世の美女ぞろいに完璧なプロポーションを華やかな水着に包んでいるので見飽きることも無い。全力でビーチバレーに勤しむ瑞樹さん達や、砂浜で理想のお城を目指して鼻息を荒く施工に取り組む森久保一行。素直に海辺で水を掛け合ってはしゃぐニュージェネレーションや水上バイクで年少組を順番に海のクルージングに連れていってやっている炎陣。―――うーむ、全国のファン達からしたら呪い殺されてしまいそうなくらいの眼福。皆さん、たわわに実ってますね。

 

 そんなエロおやじみたいな感想をしみじみと味わいつつも心地いい浜風と程よい日陰。それに漣と遠くから聞える乙女たちの歓声に耳を傾けているウチにいい感じの睡魔が襲って来る。本も携帯もない中では気を紛らわせることも出来ずに、まあいいかなんてそのまま昼寝を貪ろうと目を閉じた瞬間に――――思いっきり海水が頭から掛けられた。

 

「あはははっ、ハチ君あーそーぼー!! こんなとこまで来て寝てるとかおじさんじゃーん!!」

 

「あっ、見て見て莉嘉ちゃん! ハチ君って髪をオールバックにしてもアホ毛はたってるね!! 変なのー!!」

 

 寝耳に水どころか頭からぶっかけられた俺が飛び起き、滴ってくる水滴と張り付く髪を後ろに払って振り返れば無邪気に元気に大爆笑しているウチの悪ガキ筆頭コンビが大きめのバケツを片手に引っさげているのが目に入った。JCにしては攻めの水着を身に纏う“莉嘉”に、フリルが可愛いらしい“みりあ”だがこの二人の悪戯は某イタズラアイドルもドン引きするレベルのえげつなさで定評がある。もちろん、寝ている人間の安眠を妨げるなんて許されざる蛮行―――すなわち、折檻の時間じゃ。

 

「……こんの、クソガキども。今日という今日は大人の怖さをその身に叩き込んでやる。うりゃ、こっちこい」

 

「きゃー、へんたーい! ろりこーん!!」

 

「あー、みりあ達わからせされちゃうー!! 比奈ちゃんの薄い本みたいに!! 比奈ちゃんの薄い本みたいにっ!!」

 

「お前ら絶対にそれ街とかテレビ局の中でやるなよっ!! 洒落や冗談じゃなく人の人生変えちゃうから!! あと、あの糞眼鏡はガキになんてもん見せてんだ!!」

 

 クソガキ達を脇と肩に乗せて雑に持ち上げて運んでいるととんでもないことを叫び始めやがった。ここが身内しかいないから生温い視線で済んでるけどマジ街中でそれやったらお兄さん普通にしょっ引かれるからね? 武内さんの職質どころじゃなく、対応次第ではそのまま鉄のお縄喰らっちゃうからね?

 

 そんなきゃいきゃい騒いでゲラゲラポーしている二人を小脇に抱えてたどり着いたのは遠浅に立てられた桟橋。本来は水上バイクとかそういうのを乗りつけたりする場所なのだろうけど、今からここはこの馬鹿二人の折檻の為の地獄の会場になるのだ。へへへ、おっちゃんが大人を怒らせるとどうなるか分からせちゃるぜ。………いや、このキャラ付けはマジでやばいからやめておこう。

 

「人の惰眠を邪魔するクソガキは―――――こうじゃっ!!」

 

「「うおおおぉおお――――!!」」

 

 とりあえず、小脇に抱えたみりあを遠心力も利用して思い切り海にぶん投げる。子供とはいえそれなりに重いのであまり飛距離を出せなかった反省を生かして肩にのっけていた莉嘉は一度下ろして寝かせた足を掴まえてジャイアントスイングの要領で思い切りぶっ飛ばした。――――おー、飛ぶ飛ぶ。

 そんな、可愛くない絶叫をあげて派手に着水する二人を大笑いしているとプカプカ浮かんで桟橋まで戻ってきた二人も大爆笑して声を掛けてきた。

 

「あははははっ、なにこれすっごい楽しー!!」

 

「ハチ君、ハチ君!! 次はみりあもジャイアントスイングやってー!!」

 

「少しは反省しろ、馬鹿ども」

 

 まったく折檻も堪えてない二人に頭からバケツに組んだ海水をぶっかけてやっても更に笑うばかり。それどころか海に潜航して避けたり、隙を見て人の足を取って引きずり込もうとしたりとリアル人魚みたいな凶暴さを見せてくるのでマジで気が抜けない。そんなこんなで二人とじゃれていると袖を引かれ、振り向けば顔見知りのお子様アイドル達が長蛇の列を作って並んでいた。

 

「仁奈も悪い子になれば“おしおき”してもらえるですかー?」

 

 ほらみろ、悪い見本をすぐに子供は真似しちゃうんだぞ。とかなんとか、どうでもいい思考で現実逃避しながら仁奈をあやしつつソワソワと自分の番を期待して待つ少女達に密かに俺は絶望を胸に抱いた。

 

 俺の筋肉は、今日が命日かもしれん。

 

 あと、楓さん達おとなはこのアトラクションの対象外なので御引取くださいバカ野郎。

 

 

―――――――――――

 

 

 

「お、ま、え、で最後だっ―――!!」

 

「うきゃーーーっ!!」

 

 長らく続いた幼女ぶん投げアトラクションも遂には最後の一人となった千佳をアルゼンチンバックブリーカーの要領で持ち上げて身体に残ったなけなしの気合で海に叩き込んで俺は全身から噴き出る汗を拭くことも無くそのまま膝を折った。やばい。何がヤバいってもう全身の筋肉が悲鳴を上げているのが分かっちゃうのがマジヤバい。

 

 軋む筋肉を何とか動かして顔を上げれば大層ご満悦で大興奮な幼女たちが無邪気にはしゃいでいるのが唯一の救いだろうか。泳げる子も泳げない子もそれぞれが浮き輪やライフジャケットを持ち寄ってソレに捕まっているので溺れる心配もないだろうし、遠くの方から拓海たちがゴムボートを引っ張って水上バイクで向かってきているのが見えるのでもう間もなく回収されるはず。

 

 これにて、俺の任務は終了という事にしてはひはひ情けなく漏れる息を残して桟橋を後にする。後ろから幼女たちがアンコールをしてくるが応える余力はないので俺は振り向くことも無く逃げ出す。―――おい、誰だ今、ヘタレ童貞とか言った奴。聞こえてるからな。

 

 そんなこんながありつつも性悪ちび人魚達からの脱走に成功した俺の前に先ほどあった顔ぶれの一人が優雅にハンモック型の椅子に座って寛いでいるのが目に入った。フワフワの栗毛を緩く後ろで纏めて、外人女優がつけてそうな分厚いサングラスの下で爛々と輝く知性の宿った瞳。ただ、惜しむらくはその有能な頭脳の持ち主が猫の様に気まぐれさを持つ女“一ノ瀬 志希”であった事だけが欠点であった。そんな彼女がニマニマとしながら俺にからかいの声を掛けてきた。

 

「わははは、まさか最後まで人力で投げ切るとは流石の志希ちゃんも予想外だったよ、はっち―」

 

「高みの見物するくらいなら手伝え、バカ猫」

 

 “志希ちゃんフラスコより重い物もてなーい”なんてぶってケラケラ笑う彼女に付き合う元気もないのでそのフワフワと心地よさそうな椅子に俺もすっかり重くなった腰を下ろして彼女の呑んでいたトロピカルっぽいジュースを奪ってカラカラの喉を潤す。一瞬だけ目を丸くした彼女はちょっとだけ毒気を抜かれたような顔で苦笑を零した。

 

「おーい、一応年頃の乙女との間接キスをするならもうちょっとムードという物を考えてくれないと困るなぁ」

 

「お互いそんな柄かよ。……というか、お前から飲み物を貰う場合はお前が目の前で摂取してるモノ以外は高確率で危険物入ってるじゃん」

 

「にゃはは、ロマンの欠片もないけど説得力が半端ない」

 

「日頃の行いと実体験に基づいてるからな」

 

 カラカラ笑う彼女を鼻で笑って答えると“体験に勝る実証はないね”などと宣って不安定なハンモックを揺らして俺の上に跨った。目の前に広がる玉のような肌とちょっとだけ不安にさせるくらい細くしなやかなくびれを描く体幹。それから、ちょっとだけ視線をあげれば不釣り合いなくらいに実った二つの果実はシックな臙脂色の水着に包まれながらもその存在感を主張し、その上から覗く整った顔立ちからは分厚いサングラスを額に寄せて今度は真っ直ぐと俺の瞳を覗き込んでくるその灰と碧の混ざった不思議な眼差し。

 

 太陽を背に影を作るその姿に見惚れるかのように息を詰めていると嫣然と微笑む彼女が問いかけてくる。

 

「ところで、“ダメ人間再調教プログラム被検体第一号君”。まだ志希ちゃんは君の口からこの姿の感想を聞いてないんだけどにゃ~?」

 

「まだ、続いてたのかその意味不明企画……。ん、いや、素直に似合ってると思うが?」

 

「んふふ、もーっと素直に言えるくらいになるまでもうちょっとステップが必要かな?」

 

 久々に聞いたその名称に呑んだ息も思わず笑いにしてしまうくらいには意表を突かれ、素直に思ったまま口に出すと、満更でもなさそうに鼻を鳴らす志希。

 

いつぞやのコイツの誕生日をすっぽかしてブチぎれさせた事がある。その時に鬱になって面倒だったこいつを沼に叩き落した次の日に声高らかに宣言されたプログラム。

 曰く、“クソ無能な最底辺の唐変木を最低限の能力をつけて適切に管理してあげる為”との事らしい。長々と続いた説明と徹夜で書き上げたのか辞書一冊分はありそうな論文を熱弁していたが結局の所は“女の子にもっと気を遣え”との事だった。

 

 まあ、それ以来から俺の周りをウロチョロして事あるごとに叱りつけたり、試すように問いかけをして褒められたりと不可思議な事をし始めたのだが――失踪の数は劇的に減っていた為にそのままにしていた。その上、慣れてくるとそれが通常営業になってくるのでついさっきまでその宣言を忘れていたまである。

 

「で? 重くはないけど熱いし、汗かいてるからそろそろどいて欲しいんだけど」

 

「んー? 別に志希ちゃん的には君の匂いは嫌悪対象じゃないから無問題!!」

 

 さっきまでの鋭さも鳴りを潜めてにゃはにゃは笑いだすマッドサイエンティストにそういう問題じゃない事を伝えようとした時に――――俺の警戒アラームが遅ればせながら脳内で警鐘を鳴らし始めた。

 

「………志希、お前にいくつか質問とお願いがある」

 

「ん~? なにかにゃ~?」

 

 俺の言葉に能天気に笑っていた猫は遅ればせながら罠にかかった事を嗤う間抜けな獲物を見るような愉悦を湛えて甘ったるい声を漏らした。

 

「なんで、このハンモック型の椅子……後ろに引っ張られて行ってるんだ?」

 

「それはね、コレが志希ちゃんと秋葉ちゃんで作った特製の投射機だからだよ?」

 

 座る時は気が付かなかったが椅子の各所にワイヤーのようなモノが付けられていてキリキリと不吉な音を立ててハンモックを俺たちを中心に後ろへと引き絞られている。ならば、さっさと降りればいいだろうに何故俺がこんな呑気に問答しているかというと――

 

「次はお願いなんだが………どいてくれ」

 

「だ~め♡ どいたらハッチ―逃げちゃうでしょ?」

 

 俺に跨った状態の志希はいつの間にか肩に回した手に万力のごとく力を込めて俺の脱出を阻止してくる。くそう、親父―――アンタの忠告、ちゃんと守れなかったよ。ハニートラップの誘惑にまんまと嵌っちまった馬鹿な息子を嗤ってくれ。

 

「そ、な、何でこんな事を―――「志希ちゃんね~」――」

 

 最後の抵抗と攪乱でご自慢の口八丁を繰り広げて何とか活路を見出そうとしたが満面の笑みを浮かべた志希の声に無慈悲にもかき消されてしまった。ただまな板の上の鯉となった俺にはギラギラと野生の肉食獣の様に輝くその瞳にただ息を呑むしかない。

 

「ついさっき思い出したんだけど、沼に叩き落された仕返しまだしてないなって気が付いたの」

 

「……………その心は?」

 

「百倍返しが基本でしょう」

 

 引きつる頬を何とか抑えて絞り出した問いかけに満面の笑みの志希が柔らかく微笑んで抱き着き、背筋も凍るような冷たい声で答えたのを最後に俺の記憶はちょっと飛ぶ。

 

 覚えているのは―――青い空、青い海。体を覆う強烈なGと浮遊感。それに、桟橋や浜辺で俺達をあんぐりと口を開けて見送るアイドルや武内さん達。

 

 それらが走馬灯と混じってしっちゃかめっちゃかになっている脳内にやけに鮮明に残ってるのは腹の底から楽しそうに大笑いするバカ猫の声と、水面にたたきつけられる時の衝撃から庇わねばと思って無意識にその細くて柔い体を思い切り力の限り抱きしめていた時に嗅いだ、甘く蠱惑的なその特徴的な彼女の匂いだったというのは不思議な話だ。

 

 

 起きたら、覚えとけよ―――バカ猫。

 

 

――――――――――――

 

 

 

 楽しい楽しい空の旅を終えての短い海中ツアー。その先に残ったのはグルグル目を回して水に浮く奇妙奇天烈な陰険アシスタントと共にプカプカ浮かぶ生身のクルージングだった。気を失っている癖にいまだに強く自分を抱き留める彼には少し焦ったが、胸元に折りたたんでいた緊急用のライフジャケットもどきのお陰で沈むことも無くこうして二人真っ青な海を回遊中なう、にゃはは。

 

 全身を冷たい海水がくすぐり、気まぐれな波の飛沫が時たま顔や髪を濡らす。あの時の陰鬱な曇天と打って変わった快晴と体と心を覆う快感に私はふつふつ湧き上がる笑いを抑えることが出来ずにそれを誤魔化すように彼の胸板に強く顔を埋める。

 

「うーん、あんな仕返しをされても女の子を守ろうと体を張るのはプログラムの成果か、元々のお人好しかはちょっと判断に迷うなぁ……」

 

 彼の意識が無い事をいい事に滅多に味わえない被検体の体を入念にチェックしながら一人で今回の仕返しの唯一の不満点をごちる。

 これが自分とだけの研究の末だとしたら満点なのだが、残念ながら不確定要素が多すぎる。なにせ、自分の被検体は多くの女子と日常的にふれあい、なんならば考えもなしに他人を庇ってナイフの間に体を滑らせてるようなお人好しだ。それが、自分の事が最優先になって自分だけの為にそうしてくれるようになってこその研究結果でなければ意味がない。

 

 だが、まあ、焦ることはないだろう。

 

 失敗は成功の元。

 

 被検体のモルモットが望み通りの結果を出さないからといって叩き潰すのは三流だ。一流とはその結果を冷静に受け止め改良を加えていくものなのだから。この唐変木がいつか話すまでもなく自分の心を読み取り、応えてくれるようになるまでの過程だって楽しもう。

 

 なんでもすぐに思い通りの結果を出せてしまう自分に神様とやらが与えた最後の命題がすぐに解けてしまったら面白くない。

 

 だから、きっと――――

 

 

 この研究は一生をかけていくのだろうから、じっくり楽しもう。

 

 

「私をもっと悩ましてね――――はっちー」

 

 

 そんな独白を青空に溶かして、私はボートで迎えに来てくれた友人に満面の笑みで手を振って応えた。

 




( `ー´)ノへへっ、ランキング上位を目指して突っ走るぜ!!


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夏の潮騒  ー 346リゾート編  ビーチ編 (宮本 フレデリカ編) ―

_(:3」∠)_久々にぐっすり寝て体力全開!! 調子に乗ってランニングと山登りしたら体力全消費!!

('ω')誰か俺にスタドリをくれ……。

そんなこんなでビーチ編ラストはたっしーさんリクエストの”宮本フレデリカ”!!

ホントはリップス制覇のつもりだったけど個人的に満足したので次に移ってゆきます(笑)



 ぼんやりとした意識がゆっくりと微睡をもって覚醒していく中で感じたのは馴染のないものばかりだった。漣が寄せては返す音に風に乗って感じる微かな潮の匂い。そして―――小町が生まれてからすっかりと縁が無くなってしまった柔らかな温もりと、耳朶を揺らして微睡を甘やかすような歌声。

 それらに引かれる様に思い瞼をゆったりとこじ開ければ広がる常夏の風景に竹で編まれた屋根に差された影。そして、作り物の様に精巧で整った顔が遠くの地平を見据えながら異国の子守唄を口ずさむ現実離れした光景だった。

 

 日陰の中にあっても煌めきを失わない金の髪とその肌を持つ“宮本フレデリカ”。後頭部に感じる柔らかなで滑らかな感触は彼女の太ももを借りて枕にしているのだと気が付いてもその普段は見せない彼女の触り難い雰囲気に推されて息を呑んで見とれる事しか出来ない。だが、そんな幻想的な時間も彼女がその視線を慈愛に満ちたモノに変えてこちらを覗き込んできた事によって終わりを迎えた。

 

「ん、起きた? はっちー」

 

「……残念ながら、な。それに―――あのバカ猫にされた事も今さっき思い出した」

 

 彼女との二人きりの誕生日以来たまに見せるようになった甘い蜂蜜のようなこの表情に胸が勝手に不整脈を起こしそうになるのを誤魔化すために意識を失う前の事を思い出して無理やりに顔を顰めてみる。それに付随してこの非売品の高級枕からも離れようとしたのだが、それは彼女の緩やかな手つきで額を抑えられることによって遮られた。

 

「んふふ、あれだけ無茶したんだからもうちょっと休んでた方がいいよ。……ちょうど、みんなも休憩に入ってる事だしね?」

 

 俺のせいじゃないだろ、なんて心の中で思いつつも耳を澄ませば確かにあれだけ姦しく響いていた浜辺は静かに波の音だけを響かせていてそれぞれが設置されている休憩場で一休みを挟んでいるらしい。柔らかな癖に離してはくれなさそうなその細腕に抵抗するのも馬鹿らしくなって力を抜く。いつから寝ているか分からないが――本人がいいというなら既に疲労困憊の体に鞭を打つ必要もないだろう。

 

 そんな俺を見つめクスクスと笑う彼女は掛けてくれていたであろうタオルケットを掛け直して触り心地も良くないだろう俺の髪を梳くように撫でていく。その久しく感じる事のなかった甘やかされきった行いが無性にこそばゆく感じつつも、ちびっこ相手などで疲れ切った体はゆるゆると現金に溶かされていきゆったりと体重を預けていく。

 

「今日のはっち―は素直で実にトレビアンだねー」

 

「疲れてんだよ……休日に家族サービスするお父さん方の苦労が今日だけで嫌ってほど身に染みたね」

 

「んふふ、はっち―はいいお父さんになるよ。この宮本さんが保証しちゃう!」

 

「なんの保証なんだか……他の連中は?」

 

 苦笑を漏らしつつ海側の方へと寝返りを打ちつつ他の話題へとシフトする。このおかしな状況も大概だが、まるで慈母のように微笑む彼女とその間に挟まるたわわな果実はちょっとだけ心臓に宜しくない。そんな男の諸事情を知ってか知らずか甲斐甲斐しく太ももの位置を微調整してくれながら彼女はその形の良い顎に指をあてつつ記憶を探りながら言葉を紡ぐ。

 

「小っちゃい子達は亜里沙先生とか清良さん達おねーさん組と一緒にお昼寝にいったよ。他はバラバラかな? 休憩したり、スイーツ食べに行ったり。元気な子達は素潜りでダイビングに行ったりね。ちなみに、はっち―の気になる志希ちゃんは秋葉ちゃんと一緒に常務に怒られて反省中でーす」

 

「……ま、妥当なとこか」

 

 それぞれが思い思いに満喫しているようで何より。それに、年少組の面倒を小まめに見てくれる大人組が最近は多く加入してくれているのでこういう不在時の不安が少なくなったのは本当に助かる。あいつ等が面倒を見られるようなタマかどうかは置いといて気分と沁みついたお兄ちゃん属性の問題だ。―――まぁ、志希達に関してはもう少しダラダラしてから適当にからかいついでに解禁してやろう。

 

「へいへーい。日本中が憧れる太ももを独占しといて他の女の子の事を考えるとかフレちゃんプライドが傷つくなぁ~?」

 

「めんどくさい事言い始めた……」

 

 わざわざ逸らした顔をかがんでまで覗き込む彼女。柔らかに梳いていた手は比企谷家のトレードマークのアホ毛を緩やかに握り、細めた目の奥はちょっとだけ笑っていないのが恐怖を煽る。―――やめろ、そのアホ毛は波平でいう所の3柱。いわゆるアイデンティティで不可侵だ。ごめんなさいすみません。

 

 あの日以来に見せるようになった彼女のこういう面倒な側面。

 

 二人きりの時は甲斐甲斐しく世話を焼いて、人を駄目にするんじゃないかってくらいに甘く微笑みかける癖に拗ねるときは途端に面倒で嫉妬深くなる子供っぽさ。そのくせ、他の人間が居る時はいつもの様におちゃらけた仮面を頑なに被りピエロに徹する。そんな両面を見ているとどうにも無茶や我慢を普段から重ねている事に気が付かされてほっとけなくなる実に厄介な奴なのだ、この女は。

 

 でもまぁ、そんな感情を特定の人間にでも見せられるようになったことはきっと歓迎すべき成長なのだと思う。それは、彼女がこの歳まで重ねる事の出来なかった“甘え方”という表現の拙いながらも、尊い一歩だ。

 

 俺は、すっかりとそんなものを家族以外にするやり方は忘れてしまったが―――彼女はいま、ソレを手に入れている。だから、そんな大きな子供の我儘くらいには付き合うのもたまには悪くない。

 

“私に構って”

 

 そんな幼稚ながらも誰もがいつか心の奥底に押し込んじまう根源的な願いはきっと、彼女の心にはもう少し必要な栄養素だ。

 

「……膝枕なんて妹が生まれてからして貰った記憶がないから、懐かしい」

 

「…………」

 

 俺の唐突な一言で細めた目を今度はぱちくりと瞬かせるその無防備な表情に思わず苦笑を零しつつも、寝心地のいい―――いや、必要以上に郷愁を思い起こさせるその温もりを回顧しながら言葉を微睡と一緒に紡いでいく。

 

「子守唄も、記憶が確かな頃にはもう妹への奴を横で聞いていたし、謳ってやるもんだと思ってた。それに、下手糞な唄に笑って眠る妹を見ててそれが嬉しかったから不満を感じた事も無いんだが……思ったよりも心地いいもんだな」

 

 ただただ思ったままの感情を漏らせば、心の中のこそばゆさの原因も自ずと分かってしまう。俺は、この温もりは“自分のモノ”ではないと思っていたのだろう。これは、自分に与えられるものではなく愛おしく、大切なモノが受けるべき恩恵なのだと信じていた。

 別に、ヒロイズムに浸るようなモノではない、その辺の長男・長女なら誰でも感じた事のあるありふれた感情。だから、こうして人の肌が自分に損得もなく触れ温もりを分けているという状況に意味のない罪悪感があったのだろう。だが、その本人が“そう感じろ”とここまで言ってくれるなら今日くらいは甘えてもいいんじゃないかと思うのだ。

 

 “お前の為にやっているのだから それ以外に気を逸らすな”と全身で伝えてくる不器用で甘え下手な女がこうも甘やかしてくれるのだから―――休暇のひと時くらいはソレに微睡んで身を任せても罰は当たるまい。

 

 そんな自己弁護を重ねてその細いのに自分の頭を柔らかく包み込む温もりにゆったりと体重を預ければ、柔らかな手櫛と声が戻って来て更に意識を緩やかに解していく。

 

「いつも、おつかれさま」

 

「…ん」

 

「気持ちいい?」

 

「……おう」

 

「はっちーも、たまにはこうして甘えていいんだよ?」

 

「………気が向いたら、な」

 

「  はっちー?  」

 

「……………」

 

「          」

 

 髪を好きながら問われる答えを求めるでもない声にうつらうつらとしながら答えていればゆったりと身を任せているウチにいよいよ瞼が重たくなってきた。返答もままならなくなってきた俺にゆっくりと何か柔らかいものが頬に触れ―――何かを囁いた。

 

 問いはするりと睡魔に溶け、ソレの後を押すように耳朶を撫でる優しい異国のわらべ歌が更に俺の意識を深く落としてゆく。

 

 

 微かな波と、風。そして―――温もりと唄を意識の端に感じつつ俺は、意識を手放した。

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 自分の腿からゆったりとした寝息が聞こえてきたのを合図に幼い頃、母に聞かせて貰った子守唄を紡ぐのを止めてその顔を覗き込む。

 

 気だるげに冷たく振舞う癖にその実、誰かれなく際限なく甘やかす彼。そんな自分以外の人間を引き付け、優しくするこの男に普段は随分とやきもきさせられている。だが、そんな普段の不満もこうして自分の膝元で無防備に寝ている貴重な表情を見せられただけでなんとなく溶かされてしまうのだからずるいと思う。

 

 誰でも甘やかす癖に―――誰にも甘えない。

 

 そんな彼に自分だけがこうして甘やかしている状況という征服感はちょっと、危ういくらいに自分の中のイケない感情を擽ってくる。こうして、ずっと自分だけを感じて、自分だけを想って、自分だけの傍に居てくれたら―――なんて考えてしまうくらいには、自分はこの男に狂っているのだから。

 

 でも、それはどうせ叶わぬ夢。泡沫の全能感。

 

 きっとこの男は自分の元から目覚めればスグに反省中の親友の元に行ってなんだかんだと許しを与えて、他の女の子達にあっという間に連れ去られてしまうオチは既に読めている。

 

 そんな事を冷静に考えてしまう自分の可愛くなさに溜息を一つ、彼の意識がなくなる寸前につけた唇の跡を未練たらしく擦るとむずがるように体を揺する彼に苦笑と小憎たらしさが半々に湧き上がって結局は晴れ渡った青空と海に愚痴を零すしかない。

 

「ずるいなぁ……、コレが惚れた弱みって奴?」

 

 どうせ、さっきの勇気を振り絞った愛の言葉だって聞き遂げずに夢の国に旅立った王子様の寝顔を共に私は小さく呟き、溜息を漏らした。

 

 

 そんなままならない人生初の恋に揺れる私を笑うように―――波がさざめいた。

 




_(:3」∠)_連休……あすは寝放題………最高。


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Moon light river

(・ω・)溜まったので投稿再開!!

_(:3」∠)_紗枝さんとの出張デートから、夜のお散歩でかつての傷に向き合う事になった八幡の出した答えとは…。


 立春が過ぎ去って久しいこの時分。昼間の京の賑わいは夕暮れの訪れと共に少しだけ収まりを見せて、それと同時にしとりと肌に汗を浮かべるような熱気も今は涼風に冷やされて旅館の浴衣と羽織一枚では少し肌寒く感じられるくらいである。だが、彼女“小早川 紗枝”に挨拶回りだと強制的にあっちこち連れまわされた末にたどり着いた立派な旅館の贅を凝らされた夕食に舌触りのいい清酒。そのうえ、貸し切りに近い状態であてがわれた内風呂の露天風呂にすっかりと浸かった体には随分と心地いい。

 

 緊張による気疲れと振り回されて京都中を練り歩いた疲労感からフカフカの布団に潜り込む寸前にかけられた散歩の誘いもこうしてゆったりとした時間を感じる事が出来たのならば引きずり出された甲斐は合ったのだろうとしげしげと一人思いつつ、自分の数歩前で木下駄を優美に鳴らして歩く少女に声を掛けた。

 

「おい」

 

「この渡月橋はなぁ亀山天皇はんが――――――なんですのん? こっからがええ所なんに……」

 

「で、結局はこんな“挨拶回り”なんてこじつけしてまで俺を連れまわしたのは何だったんだ?」

 

「………はて、急になに言いはりますん?」

 

 つらつらと得意げにこの橋の由来を謳うように語っていた彼女は水を差された事にちょっとだけ不満げな瞳を俺に向け、続く言葉にこてりと首を可愛らしく傾げる事で応えた。本当に何の事か分からずに困惑している風情まで出すのは流石の芸の細かさだが、今日の行動を思い返せばちょっとだけ無理がある。

 

 たった数件の小早川コーポレーション関係の人間に挨拶回りをするだけの事をあれだけゆったりとしたスケジュールで組み、それも雑談や挨拶を交わしつつすぐに解散する程度のモノにわざわざ自分なんかを呼ぶ必要は無かった筈だ。そのうえ、空き時間や残り時間はわざわざ紗枝持ちで領収書まで切ってただただ観光しただけといっても過言ではない。

 少なくとも、そんな“お遊び”のような時間を理由もなく過ごすほどにこの少女は暇でもなく、緩い思考で生きていないことを俺は知っている。たった15歳で親元を離れ、東京支部の代理人としてその職責を全うしつつアイドルまで兼任しているコイツが―――なんのメリットがあってこんな事をしたのかが単純に気になったのだ。

 

 彼女の小芝居に付き合う事もせず、いつもの様に紫煙を細巻きからけぶらせて返答を待っていれば、いよいよ観念したのか可愛らしい微笑みを崩して彼女は小さく溜息を零した。その後に続くのもいつもの様にな笑みでも、怒った時に見せるジト目でもない本当に言っていいのか迷う様な逡巡を湛えた表情で――。

 

 

「だって、比企谷はん―――京都の事、嫌いでっしゃろ?」

 

 

 寂しげにそう呟き、俺の息を呑ませたのだった。

 

 

--------------------------

 

 

 

 無言を貫く二人の間に、風の音がさざめき、川のせせらぎに虫の歌が寄り添ってしばし。詰まった息を瞑目と深くヤニを吸う事で無理やり抑え込んだ俺がゆったりとソレを吐き出しても彼女は流してはくれないらしく苦笑を零して言葉を紡いでいく。

 

「初めは、いつもの捻くれかと思ってたんよ? いつもみたいに人込みが―、とか 有名どころ過ぎるーとかそんな益体もない理由でいいよるもんかと。 でもな、ある日、ココの話題が急に出てきた時に偶然やけど辛そうに顔を顰めるのを見てから本当にそうなんか分からんくなってもうた。

 

 ただの嫌そうな顔ならそれまでやったのにあんな悲しそうな顔を見たら、そんな単純な話やない。だから、武内はんや会社のみんなに無理言ってまで本当に嫌いなんか確かめたくなった。――――いや、それも建前や。いっつも飄々としてるアンタはんがなんでこんなになってるのか知りたくなった……ただの野次馬根性、やね」

 

 木下駄をからりと鳴らして欄干に掴まって俯く彼女は自嘲するようにそう呟いてこちらにその深い鳶色の瞳を向けた。申し訳なさそうに、怯えるように、それでも、引くような諦めを宿すことなく俺をその視線は貫いていく。

 自らを“野次馬”だと、外野からの不躾な詮索だと知った上でも踏み出すその図太さに俺も詰めていた息をついつい苦笑に変えて漏らしてしまった。

 

 いっそのこと、そこまで言い切られるとこちらも清々しくなってくるのだから不思議なものだと思ってその少女の隣へと歩を進めて、欄干から夜空に我が物顔で鎮座する大きな月に煙を吹きかけつつ彼女の問答に問いを返した。

 

「で、実際に京都を連れまわした結果には満足したか?」

 

「相も変わらず、いけずやね。……楽しそう、に見えたから困っとる。ついでに言えば ここじゃない何処か遠くを見ているみたいな時は、懐かしそうで、嬉しそうやった」

 

「そうかい」

 

 問いに問いで返す言葉に頬を膨らませる彼女はそれでも素直に白旗をあげて自分の印象をそのままに伝えてくれる。そんな姿を見ればやっぱりこの娘も年にすれば高校生なのだとホッとする反面、本質を見抜く瞳は傑物の一人なのだと実感させ、だからこそ、答えが得られずに彼女はこうして参っている状況が面白かった。だが、いつまでも焦らしてむくれられても困るのでさっさと答え合わせと行こう。――――どうせ、大したことも無いボッチの ただの昔話だ。

 

「京都は、好きだぞ」

 

「――――きゃっ、ちょっ」

 

 だけど、捻りもなく伝えるのは芸がない。

 

 その証拠に、眼を見開いてどう感情を整理したらいいのか戸惑う美少女の顔が見れるのだから、と一人意地悪気に頬を吊り上げて彼女の頭に羽織を掛けてその視線を遮ってやる。風が更に冷え込んだのもあるが、昔話をするならこんな浴衣一枚ではちょっと体が冷えすぎるだろう。

 話を逸らそうとしたと思ったのか少し怒り気味に眦をあげてモガモガと掛けられた羽織から顔を出した彼女に小さく苦笑を零して独り言のように記憶という泥濘の奥に眠る果実に手を触れる。自分自身が、どんなものだったかを確かめる様に。

 

「最初は、お前の言う通り好きでもなんでもなかったけどな――修学旅行で来たときは素直に綺麗で圧巻されたし、すげぇって思ったよ。ラーメンも美味かったしな」

 

「………ほんなら、なんで」

 

 本当に楽しそうに当時の事を思い出す俺に自分な審美眼がおかしかったのかと微かな不安を抱き始めた紗枝に小さく苦笑を零して―――少しだけ逡巡する。

 

 だが、まあ、それも当時はともかく青春の形だったのだろう。結局は間違えだったか、正解だったかも空欄のままで残してしまった俺たちの解答。それでも、なんども消して、やり直した痕跡だらけの答案用紙だけは自己満足と共にこうして俺の胸を今も擽るのだから。

 

「くだらない事で“友達”と拗れてな。……ま、それはきっかけで元々掛け違えていた部分がハッキリしたってだけだったんだが当時は随分と尾を引いた」

 

「………“友達”?」

 

「おい、その疑わしい視線を止めろ。いいだろ、俺にだってそういう言葉を使う権利くらいは認められているはずだ……多分」

 

 ジトっとした目でこちらを睨んでくる紗枝にちょっと傷つくし、恥ずかしい。いや、普段からボッチを自称してる人間がそんな真剣十代な某番組みたいな事を言い出したなら気持ちは分からんでもないが、辛いのでやめてくださいぴえん。

 

「そう言う意味やないけど……ほんで?」

 

 なぜかちょっと不機嫌そうな空気を纏った紗枝が二の腕を緩くつまんできたが、一通り折檻が済んで気が済んだのか小さく息を吐いて続きを促してくる。だが、そこから先は語るには随分と赤っ恥が多すぎるし、振り返っても面倒な感情と事情が入り乱れてる。なにより、その回答欄は―――いまだに空白では語ることも少ない。

 

「……普通に仲直りした、といっていいのか? 分からん。分からんけど、無理矢理に当て嵌めた何かで誤魔化そうとも思えない。だから、それでいいんだと勝手に俺は思ってるし―――アイツらもそうなのかもしれないと勝手に期待している」

 

 そんな年を食っても変わらない自分の脆弱さと夢見がちな青臭さに気持ち悪さを超えて滑稽さを感じる。だが、それでいいのだとも思える。というよりも、諦めが良くなっただけなのかもしれない、などと一人でクツクツ笑っていると小さな溜息と共に自分の肩に温かく小さな頭が寄りかかるのを感じた。

 

「煙草の匂い移るぞ?」

 

「今更でっしゃろ?……いろいろ言いたい事はあるけど、今は堪忍したります。だから、一つだけ」

 

 その沙耶の様な髪を結い上げたお団子から薫る水仙の香りに軽口を叩けばぺしりと叩かれ、そのまま月を眺めつつ彼女は独白のように言葉を紡ぐ。

 

「ウチは、ココで生まれ育ったから正直、好きとも嫌いとも言えまへん。そんな簡単に括れないくらいに良い事も悪い事も、嬉しい事も悲しい事もたくさんあったさかい。

そんでもな、地元の話が出るたびにあんな顔されるのは御免やと思うくらいには愛着も持っとります。それに、わるぅ思ってない方にそんな顔させてると思うと原因は何であれ悔しいし、悲しいんどすえ?」

 

 そんな悲喜こもごもな実感の籠った彼女の言葉に俺はただ黙って耳を傾ける。返す言葉もないならせめて邪魔はしないようにするべきだとそう思ったから。そんな俺に彼女はクスリと笑いを零して微笑んで、更に体重を寄せてくる。

 

「だから、比企谷はん。ええことも、悪い事も全部ぜんぶを味わって―――ここに馴染んでくれると嬉しいわぁ」

 

 “まるで、嫁いできた人間に言う言葉みたいだな“なんて思いつつ苦笑を零しているとゆったりと華奢な腕が自分の欄干に置いていた肘を引きずり降ろして無理くりに腕を組んでくる。嫋やかな動きの癖に全く抵抗が出来なかったソレに目を剥いていると悪戯っぽく微笑んだ彼女がこちらに瞳を合わせてきた。

 

「な、今回はウチのお勧めを回らせて貰いましたけど――次は比企谷はんの“でーとぷらん”で回りまへん?」

 

「……次回もあんのは確定なの? 大丈夫? 無駄な経費じゃない?」

 

「なにゆうてますのん、次は比企谷はんの甲斐性の見せどころやで?」

 

「まさかの自腹…」

 

 余りに無邪気に人を貶めようとする腹黒京乙女から逃げ出そうかと画策するが、組まれた腕がかっちりと“AIKI”なるもので固められ逃げられない。そんな俺の絶望を嘲笑うかのように楽し気に今回の出張という名の旅行の感想を求めてくる少女を横目に小さく溜息を吐いて、俺は燃え尽きた細巻きを携帯灰皿に片付けた時に、ふと思い出した。多大なゴタゴタがあってすっかり忘れていたが―――あの日、初めて京都に降り立ち紅葉に染まる山々を見て俺は確かに感嘆と納得をしたのだ。

 

 疲れ切った大人たちが、こぞってここに来る理由もわかる、と。

 

 あれから、数年経ってすっかりくたびれた大人になりつつ俺だったらあの頃よりももっとあの景色に感動をするようになったのではないかと少しだけ好奇心が湧いてきた。それを試す際に―――無視したら後が怖そうだからこの少女にも声を掛けて見ようかと思える程度には、今日、彼女の言葉に過去の若造の自分は救われたのかもしれない。

 

 そんな身勝手な思い付きと、あの時に回れなくて心残りだった名所に思いを馳せつつ流れる川に映る月の橋に小さく嘯いた。

 

 

 俺の青春ラブコメは、そんなに間違っちゃいなかったのかもしれない。

 

 

 月が、馬鹿にしたように揺れた。

 




続編:秋の京都編は紅葉が色ずいた頃にでも、きっと、多分、めいびー……


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乙女はいつまでも 少女じゃ、いられない

_(:3」∠)_今回は乙倉ちゃん回をチョイス。



大人の階段上る彼女をお楽しみくだされー(笑)



「“乙倉さん“、なにかこの企画書に不備が……?」

 

「へっ!? あ、いえっ、全然そんな事ない素敵な衣装だと思います!!」

 

 プロデューサーさんの低く囁くような声はその大柄な体に似合わない不安げな色と気遣いが多分に含まれたもので、企画書に目を奪われていた私はちょっとだけ驚いて肩を跳ねさせてしまった。彼の執務室にある来客用のローテーブルの上に広げられているのは今度行われる私“乙倉 悠貴”の単独ライブの資料達。

 あまり大きなイベントではないとはいえ、それでもこうして自分だけの為に企画や華やかなステージ衣装を考案してもらえるというのは素直に嬉しいし、誇らしい。だから―――昨日から脳裏にチラつくイメージに惑わされるなんて準備してくれている人たちにだって失礼だと思って言葉を呑み込む。

 

「それならばよいのですが……もし、何か、思いつきでもぼんやりとしたモノでも感じたのなら気兼ねなく聞かせてください。ソレを形にすることが我々の仕事ですので、微力ながらも全力を尽くします」

 

「い、いやいやっ、そんな大層な事でもないし、本当に不満なんてないのでこのままお願いします!!」

 

「………そう、ですか」

 

「はい! 気を使ってくれてありがとうございます!!」

 

 大きな体と低い声よりも彼の真っ直ぐすぎる瞳がどこまでも真剣だという事が分かる圧力に息を呑みつつ、自分たちは恵まれているとつくづく実感する。こんな自分の半分も生きてない女の子にもココまで熱をもって向き合ってくれる上司がいて、憧れがいて、仲間がいて、負けてられないと思える後輩がいる。そんな彼に自分の中にある形も得ない想いで振り回す訳にもいかないので心配させないように元気よく、笑顔で答えて部屋を後にする。

 

 ちょっとだけ心配そうなその顔に苦笑を漏らしながら扉を閉めて廊下を歩きだせば、先ほど飲み込んだ子供っぽい妄想がちょっとだけ溢れてきてもう一度、クスリと笑ってしまった。あれだけ心配させといてどうかと思うが、さっきステージ衣装を見て思い描いたのは自分の舞台とは全く関係ない事だったからだ。

 

 ここに所属する前に見た楓さんや瑞樹さん達、年長の人達が歌の式典に呼ばれテレビに映された時の優美で可憐で、艶めいたドレスを着こなすその姿。それが今でも思い出したように自分の心を擽るのだ。そういう時に自分の衣裳を見ると綺麗で可愛いのは間違いがないしソレに憧れていたはずなのに、ちょっとだけ自分が子供っぽいのではないかと気恥ずかしくなる瞬間がある。

 

 通路のガラスに映る自分を眺めてみても身長以外は貧相な体に、化粧っ気も色気も無い自分の見慣れた顔が映るばかり。そんな現実にちょっとだけ心がしおれつつもゆったりと執務室の隣にある事務室の扉を開けようとし―――顔がふくよかな温もりに包まれた。

 

「わぷっ」

 

「あ、ごめんなさい、悠貴ちゃん。怪我はない?」

 

 柔らかく張りのあるその正体はさっきまで思い描いていた理想の女性の一人“川島 瑞樹”さんの双丘で、どうにも偶然に入れ違う瞬間がかち合った時にその胸に飛び込んでしまったようだ。よろめきそうになる体も柔らかく抱き留めてくれた彼女を改めてマジマジと見つめる。

 

 栗毛色の豊かな髪は細やかな手入れとセットがされているのか艶やかで、顔に施されているアイラインやチークその他は自分たちがお遊びでやるようなモノでなく洗練されたもので、ただでさえ整っている顔が更に彩られている。それに、今日は少しだけフォーマルな仕事が入っていたのか糊のきいたスーツを豊満な身体で瀟洒に着こなしていて、小物も香水も気取りすぎずに、かつ、抜けすぎていない完璧な配分。

 

 見れば見る程に引き込まれるその“理想の姿”に息を呑む。その上、気さくで世話焼きで優しくて、頭が良くて、歌も会話も誰もが認める実力なんてちょっと反則過ぎると思う。

 

 そんな感嘆を漏らしつつ見惚れていた私は――――お口が少しだけ緩くなっていたのか余計な事を零してしまいました。

 

 

「どうしたら、そんな綺麗になれるんですか……?」

 

「へ?」

 

 

 ぶつかった後に動かない私を心配そうに眺めていた瑞樹さんが予想外の言葉に目を丸くし―――事務所にたむろしていた他の年長組もその騒ぎになんだなんだと顔を覗かせるのを見て、私は自分が何を言ったのかを理解して真っ赤になって俯いてしまったのでした。

 

 

 

--------------

 

 

 

「はー、なるほど。まあ、悠貴ちゃんぐらいなら興味持ち始めちゃう頃よね」

 

 結局あの後に部屋に連れ込まれた私はいつものソファーで皆さんに囲まれ洗いざらいはかされて顔を真っ赤にしつつも説明を終えると、早苗さんは得心が行ったようにカラカラと笑いつつそう呟いたのに皆さんが同意します。

 

「懐かしい。あの頃は華やかな大人が同じ生物とは思えないくらい綺麗に見えたんですよねぇ」

 

「ふふ、鏡の前で母親の化粧品を勝手に使ったりして怒られたりなんかもしたものさ」

 

「鏡の前で背伸びして買った大人っぽい服を何度も見直してニマニマしたりとか鉄板だよな☆」

 

「私は海外のモデルさんの雑誌を見て憧れたりしましたね」

 

 誰もがかつての自分を思い浮かべているのか無邪気に笑い合って当時の事を振り返りますが、私からすればこんな美人な人たちがそんな時分があったという事に実感が持てなくてなんだか騙されているような気分になるのはちょっとだけ恥ずかしさで気分がやさぐれているせいでしょうか?

 そんな誰もが賑やかに語り合う中で慈しむような温かい目をこちらに向けている瑞樹さんと目が合った事で少しだけバツが悪くて目を逸らしてしまいます。なんとなく、この先に言われる言葉も予想して、聞きたくない気持ちも多分にあった。

 

「でも、大丈夫よ悠貴ちゃん。大人になんて―――焦らなくたって勝手になってしまうモノだもの」

 

 諭すように、あやす様に語られるその言葉はなんだかいつもの様には自分の中に染みこんでいく事はありません。それはきっと、憧れている人から認めてもらえない悔しさだったり、自分の欲しい物を全部持っている人からの押し付けがましさを感じてしまったからかもしれません。でも、確かに、自分のようなひょろ長い体の女の子が、今のこの人たちにそんな事を語った所でこうなることはなんとなく分かってました。

 

 いつか、きっと、焦るな、ゆっくり。掛けられる色んな言葉はきっとみんなの善意しか詰まっていなくて。皆が顔に浮かべる郷愁を含んだ苦笑もきっと経験からの優しさであることも分かっています。だから――――私が素直に頷けば収まる話だというのも知っています。

 

 

 納得しきれない感情に笑みを張り付けて、出来る限り無邪気にお礼の言葉を彼女達に返そうとした瞬間――――力強く両肩に添えられた手がソレを遮った。

 

 

 驚きに俯かせかけた顔を上げれば、不敵に笑う“木場 真奈美”さんが上から私の顔を覗き込んで言葉を紡ぎます。

 

「確かに、年齢というのは良くも悪くも平等に流れて身体を変えていく。だけれども、年齢を重ねるだけが“大人”の条件ではないと思うんだ。思いを重ね、抗い、積み重ねた行動と結果こそがソレに至る道だと私は信じている。――――それに、皆だって幼い頃に大人に頭ごなしに言われたその言葉に納得するタマではなかったろう?」

 

 朗々と語られる淀みないその言葉に、私も、皆さんも、誰もが息を呑んで引き込まれ、最後の茶目っ気を添えたウインクを皮切りに小さく空気を揺らす波が生まれ、それはやがて部屋中に響くくらいの笑いと変わってそれが収まるのを待たずに皆さんが席を立ってそれぞれのバッグを引き寄せます。

 

「くくくっ、そういえばそうだったわ。雑誌を読み漁って、着飾って――」

 

「母親の化粧品を隠されてからは先輩や同級生で分け合って使ったりしてな☆」

 

「初めて引いた口紅も全然綺麗じゃなくてしばらく嫌になったりしました」

 

「誰に何を言われようと、止まったりなんてしなかったものだ」

 

「何より、好きな男の子が自分以外の子に目移りしないように――なんてのもね?」

 

 誰もがバッグから多種多様で色鮮やかな化粧品を取り出して壮観といっていいほどの量が机の上をあっという間に覆いつくしました。それぞれに、それぞれが自分の好みや体質に合わせて自分を飾り立てるために揃えたその品々の数。それら一つ一つの積み重ねが―――彼女達をあんなに綺麗にしていたのだと今更ながら気が付かされた。

 

「皆は乗り気の様だが―――瑞樹さんも一口のるかい?」

 

「――――もうっ、分かったわよ。でも、ここまで来たからには徹底的にお姫様にしてあげるから覚悟してね、悠貴ちゃん?」

 

 最後に皆を呆れたように見ていた瑞樹さんがからかう様に真奈美さんから掛けられた声に観念したように手をあげて自身のバッグから化粧道具を引き出してくれます。ただ、その表情はさっきの少しだけ切なそうな物ではなく―――まるで、同年代の女の子のように無邪気な笑顔が輝いていたのが、やっぱりしばらく敵いそうにないな、なんて思っちゃいます。

 

 

--------------------

 

 

 気だるい外回りも終わり、最後の業務である日報とメール確認をするべく事務所に戻ると扉の向こうから随分と姦しい声が聞こえてきた。聞こえてくる声はいつもの動物園のような年少組・年中組でもなく、珍しい事にいつもは落ち着いた木場さんや美優さんの声まで混じった年長組の物だった。

 飲み会等ではうるさくて仕方ない人たちだが、意外と事務所などでは省エネモードな事が多いので今回は何を騒いでるのかと不安と胃痛を感じつつ扉を開けば―――見慣れない美少女が煌びやかな深紅のドレスに身を包んではにかんでいるのが目に入った。

 

いや、正確には その少女“乙倉 悠貴”が見た事もない華やかで艶やかな装いをしていた事に目を瞬かせることしか出来なかったというべきだろうか。

 

 いつものボーイッシュな動きやすさ重視の服装ではなく艶やかなパーティードレスに身を包みながらもそのしなやかで長い手足を引き立てる様にさらされ、ハイヒールによって少しだけ高くなった瞳の位置は彼女の年齢を忘れさせるくらいに大人びて魅せた。そして、その首元で揃えられていた髪はカチューシャをつけたのか伸ばされ、丁寧に後ろで編みこまれていてそのうなじの白さを際立たせ――薄いながらもしっかりと施された化粧は“少女”と呼ぶには少しだけ大人びた風情を醸し過ぎていた。

 

 そんな、どこぞのお姫様のような彼女の周りをニヤニヤとしながら囲むお供によって腕を無理くりひきずられ彼女の前に背中を押しだされた。唐突な状況に、ただただはにかむ彼女。どうしていいかも分からずそのまましばしの時間を彼女の艶姿を眺めるだけで過ごしていると―――意を決したように彼女が口を開いた。

 

「そ、その、どう、でしょうか?」

 

 不安と期待が入り混じったかのようなそんなか細い声。真っ赤な顔から遂には目尻に涙っぽい物まで溜まり始めた彼女にどう答えるべきかない頭で悩んで、答えを絞りだす。

 

 いつもの癖で頭に伸びかけた手を引っ込めた俺に悲しそうな顔を浮かべるが、早とちりは良くない。つい昨日まで無邪気に健全に育っていた少女の色づきに応えてやる行動として頭を撫でるなんてのはちょっと失礼だ。だから、俺は自分の人生で一番カッコいい生き方を教えてくれた恩師ならきっとこうするだろうという行為で応えてやる。

 

 もう一歩だけ踏み込んだ事により近づいた分、華やかな香水の匂いが強くなるのをかんじつつ、不安に揺れる少女に向けて目線を合わせる様に背を屈め、その細く自分の胸元に握り込んだ手をゆったりと取る。

 

「見違えた。この後、せっかくならお高い飯でも食いにいこうぜ?」

 

「――――――――っつつ!!!??」

 

 少女ではなく最高の別嬪を前に口説かないというのも失礼な話だとあの人なら言うはずだと心の中で苦笑しつつも、自分の思いつく限りに気障な動作でさらっとデートのお誘い。ドン引きされたらそれはそれで傷つくのだがここまで顔を真っ赤にして初心な反応が返って来るなら恥のかきがいもあったのだろう。そう思って、あわあわとする乙倉を眺めていると両脇からガッツリ首にヘッドロックみたいに腕が絡んできた。

 

「未成年への売春容疑で逮捕よ、逮捕。このロリコン」

 

「おーい、褒めるだけでいいのに何さらっと口説いてんだ☆彡 当然、その店には私達も招待するんだよなぁ…?」

 

 ギリギリと頭を締め付けてくる二人に遂には頭から湯気まで吹き出した乙倉。それにさっきまでよりも一段と姦しく騒ぐ年長の声が際限なく事務所に響き渡って俺は小さく息を吐いた。

 

 

今日もこの部署は、にぎやかだ。

 

 

 そんな事を考えつつ、今からこの大人数で入れるレストランなんて近場にあっただろうかと心の中で首を傾げたのだった、とさ。

 

 

 

 




ーオマケという名の蛇足ー



ゆうき「あ、あの、コレはちょっと盛りすぎでは……」


早苗「成長期なんだから見込みよ、み、こ、み!! これくらいは大きくなるわよww」


ゆうき「きゃ、ちょっ、……うわわわ///」


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タイプ:あく

('ω')真っ黒だぜ…腹の底までよぉ………(笑)


 

「麗奈! また悪戯ばかり……今日という今日は許さないぞ!!」

 

「あーっはっはっはっは!! 今日もいい子ちゃんご苦労様ね!! そんなアンタには悪の道の楽しさなんて一生分かりっこ無いんでしょうね~!!」

 

天気も晴天で、風も麗らかな午後の事。今日もここ“シンデレラプロジェクト”の事務所は元気なちびっこ達の声が高らかに響き渡って耳をさんざめく。

 

 腰にお気に入りの変身ベルトを装着した“南条 光”がびしっと決めポーズと共に熱量多めのボイスで今日もせっせとあちこちにトラップを仕掛けてきた相方“小関 麗奈”を糾弾すれば、相対する麗奈はお手本のような高笑いを披露しつつ彼女への挑発を繰り返す。

 いつもの光景といえば光景でもはやこのじゃれ合いの騒がしさもBGMにして意識の外に置いておくのも手慣れたものなのだが―――今日はちょっとだけ趣向が違うらしい。

 

「くっ、何で正義の魅力を分かってくれないんだ―――比企谷さんからも何とか言ってくれ!!」

 

「はんっ、自分で説得できずに他人に縋るなんて本当に無様ね―――戦闘員1号、ビシッと悪の魅力をこいつに教えてやりなさい!!」

 

 ポチポチせっせと書類や経理、応対メールの返信にスケジュール管理をしていた俺の背中にびったりとくっついてそんな事を言い始める二人に強制的に作業を中断させられ、ちょっとだけ驚いてしまった。

 いつもなら二人で喧々諤々やりあって最終的には喉が渇いたからとかで二人で仲良くティータイムに入ったりして戦隊モノ談議を始める二人の新パターンに驚いてしまった。だが、気が付けば時計はとっくに三時を過ぎていて一服も忘れて仕事をしていたらしい事に気が付かされたので休憩ついでに付き合ってやるかとも思い直して二人に椅子を反転させて向き直る。

 

「……んで、俺はどっちの味方をすればいいんだ?」

 

「「私に決まってるでしょ(だろ)!!」」

 

 何気なく零した疑問は息ぴったりのハミングによってお叱りを受ける。仲良すぎでしょ、なんて苦笑を零しつつもギラギラと目を光らせて迫る二人をちょっとだけ脇に寄せてコーヒーを入れるため席を立つ。二人には何がいいかと聞けば仲良くココアとの返答。仲良きことは美しきかな也。

 

 ふんわりと甘く優しいココアの香りと香ばしいコーヒーの香りが事務所に立ち込め、なんとなくホッとしつつもソファーに腰を下ろせば対談のように向いに座った二人から強い視線が向けられる。そんな二人が火花を散らしながら可愛らしい牽制をし合いつつココアを呑んでいるのを眺めながら考えてみる。

 

さて―――俺は、選ぶとしたらどっちの味方になるべきだろうか?

 

 

――――― 

 

   ・正義の味方

 

 → ・悪の味方

 

――――― 

 

OK?

 

→yes

 

―――――

 

 

 

 

 

「……まぁ、どっちかといえば俺はダークヒーロー派だな」

 

 

「そ、そんなっ!!」

 

「あーっはっはっはっは、分かってるじゃない戦闘員1号!!」

 

 心の底から裏切られた事を信じられない光と喜色満面で飛び上がってこっちのソファに移動してくる麗奈。あまりの嬉しさにヘッドロックのつもりがただ抱き着いてるだけになってるがソレでいいのか悪役アイドル。可愛すぎるぞ、悪役アイドル…。

 そんな俺の独白は拾われることも無く恨めし気にこちらを睨む正義の味方に苦笑を漏らしつつコーヒーを啜って一拍考える。

 

 まぁ、純正の正義ヒーローに心をときめかせなかった訳ではない。俺だって最初はそこそこに純粋だったので最初はそっち派だったが、やはり中二レベルが上がるたびに好きになっていくのはダークヒーローであったように思う。いや、普通に世間の冷たさを理解し始めてからあのやさぐれたり、苦悩する姿に自分を重ね始めた痛い子その1ってだけなのだろうが……まあ、どっちかと問われればそっち派なのが正直な所。

 

 そんな童心を思い出しつつ勝手にホンワカしみじみしているとふと思う。―――いま、悪の道に進むなら俺はそうするだろうか?

 

「―――まずは、あれだな。取り合えず構成員と組織がある一定の規模であるとしたら最初にするのは全構成員の人質を取るところからだな」

 

「「えっ?」」

 

 満面の笑みを浮かべていた麗奈と、恨めし気に睨んでいた光がきょとんとした声を出すが構わずに思い浮かぶ最適解をつらつらと夢想していく。やっぱり一番恐ろしいのは身内からの裏切りだ。まずは組織の気密性を維持するために裏切りがバレれば自分ではない大切なモノが害されるという恐怖で忠誠心を手中に収めて管理できる人材が好ましい。ただ暴れたいだけの人種はもっと使い捨てとして効率的な出番がいくらでもあるので、人選はやはり大切だ。

 

「その条件を満たした首輪付きの人間だけを組織に組み込んで―――ヒーローが倒すたびにその人間の人質を見せしめにする動画を送って精神的に倒すことを戸惑わせる。迷いが生まれれば人間は脆い。倒すまでは行かなくても負傷まで自爆で追い込ませれば御の字だな……。後は、それすら慣れてきたり見捨てるような立派な正義の味方だった時には次のプランだ」

 

「な、なにをいってんのよ、ア、アンタは…」

 

「そ、そんな事、人として許されないよ……」

 

 俺の初期プランに戸惑った二人が零した言葉に首を傾げる。ロマンは無いだろうがやはりこうするのが一番効率的だと思うのだが二人には別のプランがあるのかもしれない。気にせずにそのままコーヒーを啜りつつ次のプランを説明していく。

 

「まあ、ソレだけで鋼のヒーローが参る訳ないしな。次はソイツの身内を徹底的に調べ上げて動行の全てを記録した資料を送りつける。そいつだけでなくソイツの所属組織の人間全ての家族構成を調べられれば裏切りを誘えて話は早いんだが、とりあえずはソイツの関わる全てを調べている事を見せつける。――――で、ヒーロー様が動く度に一人ずつ身内を襲っていく。

 身内がいなければ、通ってる弁当屋でも居酒屋でもなんでもいい。お前が関われば全ての人間がターゲットだと教え込んで、孤立するようになってからが肝だな」

 

「そうして孤立しても戦い続ける人間だったら―――あとはもう簡単ですね?」

 

「「ひっ!!」」

 

 

 俺のプランを引き継ぐように言葉を紡ぐ可愛らしい声の持ち主“千川 ちひろ”さんが割って入った事で二人は息を呑んで肩をすくませた。確かに急に会話に入ってこられるとビビるよな。わかるわかる。

 そんな俺の独白を知ってか知らずか、熱々のコーヒーを自分で入れてきたちひろさんはニマニマと楽しそうにソファに腰を下ろして続きを引き継いでくれる。

 

「完全無欠に正義の為に人間性を捨てたモノなんてもはやモンスターと変わりありません。その活動のせいで多くの人間が死んだことを大々的に広告してやればあっという間にその人物は“ヒーロー”という肩書から“大量殺人の偽善者”となり果てますからねぇ…。

 

 そこまでいけばこちらの物です。被害を恐れず“正義のため”暴れる化け物を徹底的に批判する世論を作れば“世界の敵”は入れ替わって彼の事を迫害してくれるでしょうから彼は休息すらもままならず擦り切れていきます。

 

 自分に石をぶつけてくる人間の為に全てを捨て去ったのに最終的にその人間から疎まれるアイデンティティの崩壊。そして、彼がせっせと破壊活動をしてくれた痕跡を情報媒体を介して広め、守るべきはずだった民衆は敵となり―――いつの間にか自分が“世間にとっての悪”になっていた、なんて思いもしないでしょうからねぇ?」

 

 つらつらと語る彼女のストーリーは全く自分の思い描く通りの内容でやはり意地の悪さは同レベルだと認識させられ笑ってしまう。

“正義が最後にかならず勝つ”?

 

 素晴らしい。まったくもってその通りで、そうであって欲しいものだ。ならば――――正義と悪をすり替えれば必ず勝てるという理想の数式を使わない手はないだろう?

 

 少なくとも、大切なモノを全てを大義の元に犠牲にして戦い続け、何かを滅ぼそうと動く人間は“狂人”だ。そんな人間の来歴を上げるだけで決着は勝手に世間が付けてくれるだろう。彼を保護している団体だってそこまでいけば彼を守るのではなく切る捨てるはず。

 

 正しく正義を貫いたヒーローを殺すのは実に簡単だ。

 

 馬鹿でも正義は務まるが、悪は賢くなければ務まらない。

 

 自然淘汰に諸行無常。

 

 まさにこの世は“正しく”、“平等”に出来ている。

 

 そんな完璧なプランを俺とちひろさんでククク、チヒヒと笑い合っていると隣から呻く声が聞こえてきた事に驚いて隣に目を向ければ唸りながら頭を抱える麗奈が蹲っている。

 

「ど、どうした? さっきまでめっちゃ元気だったのに……」

 

「麗奈、目を覚ますんだ!! そいつらは、その組織は君がいちゃいけない!! お前が抱いた理想の悪の道っていうのはそんな道を踏み外したものだったのか!?」

 

「う、うぅぅぅ、うるさい。うるさい。うるさいぃのよぉぉ……私はっ、わたしは―――っ!!」

 

「れいなーーーっ!!」

 

 目に涙を溜めながら絶叫する光と苦悶の表情と共にこちらも涙をこらえる様に叫ぶ麗奈。やがて、何かに耐え切れなくなったかのように走り出して事務所を出ていく彼女を光が追いかけていく事であれだけ騒がしかった事務所はあっという間に静寂に包まれてしまった。

 そんな思春期の青春のワンシーンにあっけに取られつつも二人が出ていった扉を見つつじゅるじゅると俺たちのコーヒーを啜る音だけが響く。

 

「………なんだったんすかね?」

 

「……まぁ、あの年頃の子は多感だから何か思う所があったんじゃないですか?」

 

 問いを投げかけたちひろさんは興味もなさそうに茶菓子をもぐもぐして我関せずといった風情。あんな光景を前になんて無関心なのかとこのサイコパスに呆れつつ俺も茶菓子を突き始めた。

 

 今日もこの事務所は平和である。

 




(・ω・)へへへ、評価してくれないとチッヒが来ちゃうぞ☆彡


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【誘惑】

('ω')とある沼主の欲望と等価交換の結果、酷いのが出来ましたww


読む人はそこそこになんでも笑える人向けです。


でも、これだけは約束しよう――――”全年齢対象”これに嘘は無いんだ!!



「ねぇ~、はち君~。莉嘉たちの出番まだー?」

 

「もう1時間くらい経ってるよ~。机の上がもうみりあ達が作ったトランプタワーで埋まっちゃった……」

 

「今日しか撮れないってんだからしょうがないだろ。……帰りに好きなもん奢ってやるからアプリでもやって待っててくれ」

 

 あてがわれた控室で遂には堪忍袋も限界を迎え、痺れを切らした二人の少女がついに不満を口に出した事で俺も小さく溜息を吐いて手元のノートパソコンから視線を切って魔法の言葉を口にするがぐてっと机の上で伸び切った二人“城ヶ崎 莉嘉”と“赤城 みりあ”は特に興味を示した様子もなく頬を膨らませるばかりである。

 というか、そうね。今やもう天下のシンデレラプロジェクトの古参JCアイドルの彼女達はぶっちゃけ俺の数倍稼いでるのにモノで釣る効果が出る訳もない。とはいえ、控室の奥から聞えるスタッフさん達の慌ただしい雰囲気から察するに機材トラブルが収まるのはもうしばらくかかりそうだしでどうにも八方塞がりである。

 

「「もう待つの飽きた~。飽きたあきたあきた~!!」」

 

「うるさ…」

 

 キャンキャンと喚いて数多にも築かれたトランプタワーを怪獣よろしく破壊していく二人のわんぱく共。いつもなら可愛らしく見慣れた光景なのだが、撮影直前でのトラブルだったため二人ともバスローブの下は普通に水着姿のままだというのがやましい事は無くても犯罪臭を醸し出す。

 

 バスローブから覗くのは未成熟ながら発育のいい肢体を包む所々を透ける網で目線を集めるビキニと反対に厚めの生地のパレオで腰回りをしっかりと隠しつつも惜しげもなく晒された真っ白なその太もも。なんならばいっそのこと普通のビキニの方が健全だったのではと思わせるくらいの水着に身を包む莉嘉。

それに対照的なのはボタニカル生地のビキニの上にシフォンを被せたオフショルダーに身を包んだみりあだ。出会って一年で随分と成長した彼女はその健康的な肢体を憚ることも無く可愛らしい水着で飾り立て、大人ぽくなり始めた雰囲気を持ち前の無邪気さで良い意味で安定させない魅力を引き出している。

 

何なら他の撮影予定の他事務所の子を返して二人のこのシーンだけ発売したって、変態なお兄さん達が大枚をはたいてDVDを買い漁るのではと疑うレベル。

 

 他事務所のスケジュールも複雑に絡んでいて日にちを改める事が出来ないストレスからの現実逃避にそんな益体もない事をつらつらと考えていると、暴れている二人と目があって数舜。顔をニヤリと見合わせた時点でろくでもない事を思いついたのは確定的明らかであり、思わず顔を顰めてしまった。そんな俺に構う訳でもなくニマニマと満面の笑みでこちらに近づいてくる二人が厭らし気に俺の顔を覗き込んできた。

 

「あっれー? もしかして、ハチ君、今、莉嘉たちの水着に釘づけだったー? メロメロ? 溢れる色気にメロメロになっちゃった?」

 

「えへへー、これ可愛いでしょ? 今回の撮影用って事だったけど可愛すぎてもう買い取りさせて貰うことにしてるの!! どうどう? みりあもおっぱい大きくなってきたから魅力的になったでしょ~?」

 

 ニマニマとしつつバスローブの腰ひもを取って各々が決めポーズで自慢の水着を見せつける様に無邪気に迫って来るが―――俺は思わず笑いを零してしまって、二人の額にデコピンを一発づつお見舞いしてやる。

 

「百年早いぞ、クソガキ共」

 

 それなりに蠱惑的な雰囲気を醸しだしていた二人は俺の二重の極み(笑)を喰らって仲良く頭を抱えているのを眺めつつ鼻で笑う。そもそもが、どれだけこのバイトでこういう撮影に付き添いをしてきたと思ってんだ。

 発展途上の二人どころか先進国からテロレベルの成人・大学生アイドル達の水着でもっと過激な悪戯で玩具にされている俺に今更、そんな青い果実を寄せてあげた所で動揺なんかするわけがないだろうに。そんな独白を心の中で苦笑と共に呟きつつパソコンに向き直ろうとするとグイと強い力で襟を引っこ抜かれる。

 

 

「「その喧嘩―――言い値で買った」」

 

 

 強制的に振り向かされた先にあったのは赤銅色の燃えるような瞳と、雷でも宿っているのかと思う程に黄色く輝く瞳。その二つが肉食獣もかくやと言わんばかりの瞳で俺を捉え―――犬歯を剥き、青筋を額いっぱいに散りばめた満開の笑顔の二人が低い声でそう呟いた。

 

 

 

笑顔とは本来、攻撃的なものであr(略

 

 

――――――――――

 

 

 

 さてはて、時間はしばし流れての事。控室の机を脇に寄せてその中央にパイプ椅子一個を据えて座らされた俺が何やらコソコソと携帯を片手に作戦会議をしている二人をぼんやりと眺めているのだが、この時間に鬼のように通知が流れ込んでいるであろうメールボックスに憂鬱になり始めた頃に話はまとまったらしい二人が闘志満々な感じでDAPを交わす二人。本場のスラム街でも通じそうなくらい決まってるのだが―――どこで教育を間違えたのか、本気で責任者を問い詰めたい。

 

 そんな俺の切なげな視線など知るかと言わんばかりに部屋の電気をいくつか消して丁度俺のいる位置から先がステージの様にライトアップされた状態でその最奥にバスローブを着込んだ莉嘉がスタンバイ―――ミュージックが流れ始める。

 

 曲名は何だったろうか? 確か、“女殺し”的な意味の奴だったはずだ。流れる音源を背に不敵に笑う彼女はお手本のようなキャットウォークで観衆を見下すようにステージを闊歩し、その純白のローブを俺の前で華麗に脱ぎ捨てた。

 数週の白の幕間から現れたのは、しなやかで瑞々しい張りを湛えながらもその肉付きは既に“女”であることを十二分に証明している身体。ピッタリとそのシルエットを映す上部の多くの透ける生地を多用したビキニに対照的に女性の象徴として双璧を誇るもう片方をギリギリで頑なに覆い隠すパレオが舞いに合わせて揺れるたびに視線を否応がなく引き寄せられる。

 

 そんな男の性を見抜いてるとでも言いたげに淫靡に目を細める彼女はその肢体をサービスだと言わんばかりに目と鼻の先。それこそ彼女の体温と少女特有の甘いミルクのような匂いが分かってしまうくらいに迫り―――それでも絶対に触れさせないラインでただ見せつける様に振り乱し、焦らすようにそのラインを嫌らしく撫でさすってその甘い肉汁の触感と味の想像だけを掻き立てては離れていく事を繰り返す。

 

 やがて、音楽もクライマックスを想像させるような緩やかさを奏始めた時にその肉食獣のような莉嘉の危うい輝きを放つ目が煌めき―――最後の秘所を守っていた城壁である腰布が艶やかに取り払われストールの様に器用に肘に引っ掛ける事によって淫靡な衣装は完成を迎えた。

 

 彼女のビキニが趣向を凝らした物だとするのならば、彼女が下に履いていたデリケートゾーンを覆うのは無骨なテカリを湛えた皮のようなズボンに近い形状だった。だが――それがその下に詰まった果肉の存在感を思わず想起させるようなぱっつぱつのモノであることがよりその先の柔らかさを引き立てる。

 

 スラリとした肢の上にまるで乗せたのではないかと思う程に肉感溢れるその尻――いや、“ケツ”と呼ばねば失礼なくらいにその双丘はブルリと存在感を示して自分の目の前でわざとらしく小刻みに振るわれている。その存在感は小癪にも腰の上で揺れているストールとなり果てた布切れが隠さねばならなかった理由をありありと証明していた。

 

 こんなものを、歩く度に誘う様に揺れるモノを丸出しにしていたならばそれはもう猥褻物陳列されても文句は言えず、道行く男にいつ路地裏で乱暴されたって文句は言えないだろう。

 そんな俺の感想を知ってか知らずか莉嘉はまるでその視線が楽しくて仕方がないのか、腰を更に俺に突き出して下品な蟹股に近い形で揺すり、何かを下の口で舐るかのようにこね回す腰づかいへとシフトした。

 

 自らの爪を噛み、淫靡に真っ赤な下で親指を何かに見立てる様にちゅぱちゅぱと音を立ててしゃぶり蒸気した頬と視線で俺を見つめ―――もはや激しい舞で発汗した汗に乗って隠すことも出来ないくらいに臭う、雌の匂いを放つケツを目の前で執拗に下品にゆすって誘い込む。触れただけでも、いや、今、こうして五感に彼女を感じているだけでも禁忌とされている果実を“今すぐ齧り付け”と全身でアピールする彼女。

 

 

 俺は―――ソレを

 

 

 思いっきり張り手でひっぱたく事で応えた。

 

 

 

「いったーーーーーーい!!! 何すんのさ、ハチ君!! ここは莉嘉の魅力に抗えなくてお尻に抱き着いちゃうシーンじゃないの!!?」

 

「じゃかましい!! どこでこんないかがわしい踊り覚えてきた、馬鹿垂れ!! 大体が小娘がケツを目の前で揺すってるだけで興奮してたまるか!! どっかの野原家の5歳児の方がもうちょうい華麗に舞うわ!!」

 

「はぁっーーー!!? あんなセクシーなダンスが子供向け番組に負けるとかマジあり得ない!! ハチ君の性癖って皆に歪められすぎなんじゃない!!?」

 

 さっきまでの男を喰らう怪物のような色気はどこへやら、いつもの子ライオンのような無邪気な獰猛さで張り手の残ったケツを抱えて喚く彼女にガミガミとお説教を開始する。というか、マジで誰だあんな18禁手前の芸仕込んだ奴!! マジで調べ上げて一回折檻を―――え? 嘘、ネットで普通にみれんの? 18禁でもないのあれ? 日本ヤバ過ぎじゃない? 大丈夫? もう駄目かも知らん

 

[newpage]

 

 

「えへへ、じゃあ次はみりあの番だねハチ君!!」

 

「頼むから変なのは勘弁してくれ……」

 

 喧々諤々と暴れる子ライオンの相手が一通り沈静化した頃に俺の裾を引っ張るのは黒髪の可愛らしい少女“みりあ”だった。顔を見るに純粋無垢そのものなのだが、デレプロの全てのメンバーが恐れおののくクソガキお茶目コンビの片割れなので純粋にえげつない事をしてくる事があるので油断はできない。――教育担当、怒らないから放課後指導室に来なさい。思いっきりビンタかましてやる。

 

 そんなこんなで既に仕事以上に満身創痍な俺は袖を引かれるまま彼女の跡をついて行くとそこには予備で渡されていた大判のタオルケットや楽屋の隅に積んであった座布団が丁度人一人分が寝そべれそうな感じでセッティングされていた。その意図を図りかねて首を傾げつつみりあの方を伺えば、ちょっとだけはにかんだ彼女が微笑みながら説明してくれる。

「昔はハチ君が肩凝ったりした時とかマッサージして上げてたの最近はしてあげてないなって思って……まだまだ、皆みたいにセクシーではないかもしれないけどこういう風にたまには労ってあげるのは私でも出来るから―――どう、かな?」

 

「―――天使かな?」

 

 そうそう、お子様は変な動画の影響や擦れたりしないでこういうのでいいんだよ。体が未成熟なのは当然。幼い子供に興奮しないのはお兄ちゃん以前に、人として当然。ならば、こういう心温まる交流と年相応の健康的な瑞々しさでいいんだと八幡おもいました、まる

 とにかく、こういった方向なら大歓迎だし、最近は確かに激務が続きすぎて専門店に行ってマッサージを受けようかと思っていたほどだ。効果の程はともかくとして揉んで貰えれば多少はましだろう、なんて思いつつ厚意に甘えて俯けでその簡易マットに寝そべる。

 

 意識はしないようにしていたがそれだけでも体はずっしりと疲労を重さで伝えてくるのでそれなりに疲れていたらしい。思わず深く溜息を吐いた俺の上にみりあの軽い体重が背中にかかったのを感じる。

 

「……いや、バスローブを脱ぐ必要あった?」

 

「動きにくいし、一応はセクシーさもあぴいるしようと思ってるから、頑張るね!!」

 

 あ、まだそのゲーム続いてたんだ。なんて苦笑を漏らしつつキュッキュッと小さな手が一生懸命にマッサージをしてくれ始めたのを感じて野暮な事は言うまいと目を瞑り『んしょ、んしょ』なんて可愛らしい掛け声と共に緩やかな圧に身を任せる。まあ、正直に言えばマッサージとしてどうかと言われれば微妙なのだがこういうのは心づかいが嬉しい物なのだ。それだけで随分と体も心も軽くなる。

 

 そんなホンワカした気持ちでその施術をしばらく受けていたのだが、可愛らしく息と弱音を吐く声が聞こえてきたのに苦笑を漏らす。

 

「ハチ君の背中って固すぎだよぉ…」

 

「苦労を掛けてすまないねぇ」

 

 文句の代わりなのか張っている筋肉をてしてし叩いてくる彼女に少しだけ冗談交じりに応えると不満げに唸った彼女が名案を思い付いたかのようにあっと声を上げた。

 

「ねぇねぇ、みりあお父さんにマッサージするときにね“上に直接乗ってくれていい”って言われてそうしてるんだけど、ハチ君の上に乗った方が効率いいかも!!」

 

「お、言われてみればそうだな。気にせず普通に乗ってくれ。多分、その方が効果出そうな感じがするしな」

 

 ボロボロに疲れ果てて帰ってもこんなカワイイ愛娘にマッサージしてもらえるなら赤城家の家長もさぞ癒されていることだろう。なんて、思いつつ遠慮気味に片足を乗せたみりあを鷹揚に促すとさっきとは比べ物にならない圧を感じて強張っていた筋肉が揉まれる事によって血液が巡り始めた事を感じる。

 

「おお、さっきより全然いいな。もうちょっと体重をかけてもいいくらいだ」

 

「えー、本当!? じゃあ……もうちょっと強くするね?」

 

 そんな遠慮がちな声の後にぎゅっと足に力が籠るのを感じつつ肺の中の息も緩やかに押し出される。最初は戸惑いがちだったモノも慣れるにつれてリズムよく踏み込まれ中々に悪くないマッサージになってきていて思考も疲れに引っ張られ緩くなって間の抜けたうめき声を漏らす生物になり果てる。―――掛けられる声に妖しい熱が帯び始めている事に気が付かないくらいには。

 

「ふふっ、こんなに固くなっちゃっうなんて―――大人って大変だね」

 

 固い筋を舐るように圧を込め、

 

「パンパンで、コリコリで熱くなって――くるしいよねぇ?」

 

固いかかとでこねくりまわすように嬲り、

 

「どんなに強くても、賢くても男の人ってここが苦しいと――ぜーんぶ、支配されちゃうなんて可哀想~」

 

 肩甲骨あたりから緩やかに降りてきた足が腰を溶かすように揉み解して熱を溜める様に念入りに踏みしめる。

 

「ぎゅ、ぎゅって、踏まれる度に気持ちいいんだよね? みりあみたいに、年が一回りも違う女の子に踏まれちゃってこんなに蕩けちゃってるんだよね?」

 

「うぎぃ?」

 

 なんだか様子が変だぞぅ? なんて疑問に思って首だけで振り返ればそこにいるのはさっきまで慈愛に溢れていた笑顔の少女ではなく爛々と仕留め終わった獲物を舐って遊ぶ興奮に赤銅色の瞳を爛々と輝かせる肉食獣がそこにいた。―――なんか、趣旨変わってない? これ?

 

 そんな俺が疑問を口に出す前にグッといきなり背中にかかる圧力が増大した。さっきほどまでと違い力を籠めるのではなくただただ全体重を背中にかけるために―――その小さくスベスベの足が俺の背に降り立ったのだ。

 ぎゅっという効果音がぐりっという物に変わってもその足はリズムを変えず――いや、さっきより楽し気にリズムを刻んで背中をステージにステップを刻んでいく。

 

「あは、あははっ、ねぇ、気持ちいいかな? みりあ、ちゃんと出来てる? うふ、うふふふ。 あ、お魚さんの市場でね ふふっ 箱から零れても拾われてないお魚さんってなんていうんだっけ? 物知りなハチ君なら知ってるかな? ねぇ―――なんていうんだっけ?」

 

「うぎ、ちょ、痛くはないけど、テンポはやっ……なんだ、っけ? “ざっこ”とか、 うぎ 言うんじゃ 無かった っけ?」

 

 たっぷりの溜と嗜虐心の籠った瞳でニマニマと問いかける彼女は俺の答えにその愛らしい唇を深く深く三日月を刻み―――真っ赤に燃える愉悦を瞳に映し、楽し気に哄笑を漏らした。

 

「あはっ♡ へぇ、“ざっこ”っていうんだねぇ? うふ、うふふふふふっ “ざっこ” “ざっこっ!!” あははははっつ! 変なの!! “ざっこ” ざこザコ雑魚ざこ!! ざーこ♡ ざーこ♡ ざーーーこ♡!!!! あははははははは!!! こうして拾われないままたっくさんの人に踏まれちゃうなんてかわいそ~~♡!! あは、あははははは――――――はれ?」

 

 

 頬を真っ赤に、息を切らさんばかりに新しい知識に大興奮して、人の背中でタップダンスを披露するJC。ノリノリの所で悪いのだが痛くないとは言ってもそこまで行くとちょっと気持ちいいとは変わり始めていたので寝返りを打って彼女をコロリとふるい落とした。

 ご機嫌なダンスをあっさりと止められた彼女は何が起こったか分からないといった風情できょとんとしている。これだけ見るとさっきまでと同一人物か疑わしく思えてしまうのだが、年長者として俺は彼女に伝えなきゃいけない事があるのでカワイイ水着に身を包んで尻もちを付いている彼女の脚を固定してその小さな足を逃げられないようにがっしりと掴み、笑顔で語り掛ける。

 

「とりあえず、言いたいことはいっぱいあるが簡潔に行こう。 一つ、人の背中でタップダンスを披露するのは良くない。 二つ、新しい知識が増えて嬉しいのは分かるが誤解を招いちゃう事もあるからあんまり大声で連呼しないように。 三つ―――マッサージのお礼に俺もしてやるよ “若林直伝の特別足ツボマッサージ”を、な?」

 

「へ、い、 いや、足ツボって、 みりあ 凝ってないからだいjyおおおおっぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉぉおx―――――いったーーーーい!!!!!」

 

 花のような微笑みといって過言ではない顔に“やっべ”みたいな焦りと冷や汗を浮かべる彼女に俺も笑顔で答えると、何か言い訳を紡ごうと口を滑らせる彼女の口は――――大絶叫へと塗り替えられた。

 

「おうおう、若いのに随分こってんなぁ? ほれ、ここが十二指腸らしいぞ?」

 

「あばばばばば―――ご、ごめ、ごめんなさいっ!! あぐぎぃっっつ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさ、いたーーーいっ! なんでぇぇぇっ!! みりあごめんなさいしたのに、あひっつ!! あ、ああぁぁ、そこ―――あぎぃぃぃっ!!!」

 

 口の端から泡を吹くくらい暴れる彼女だが残念ながら体格が違う。必死に痛みとむず痒さによって襲い来る健康の波にさらされる彼女にニッコリと微笑みながら俺は首を傾げる。

 

「ん? 何を誤ってるんだよ。コレはマッサージのお礼なんだから遠慮なんかするなよ。ついでにさっき教えた知識ももう一回俺に教えてくれよ。ほれ―――もう一回、さっきの な ん て い っ た か な ぁ ?」

 

「あーーーーっつ!! すみませんでした!! “ざこ”だったのはみりあでした!! ごめんなさいごめんなさい!!!!ごべんださざいぃぃ―――っ!!! いだだっだだだ!! 比奈ちゃんの嘘つき~!! “糞雑魚生意気小娘が粋がってごめんださい”って言えば比奈ちゃんのマンガじゃすぐに許してもらえたのにぃぃっぃいぃ」

 

「お前も、アイツも――――何してんだっつ、よぉっ!!!!!」

 

「ひぎぃぃっぃぃ!! み、みりあっ、健康体にされちゃうぅぅぅぅ!!!――――― あっ 」

 

 最後の仕上げにもはや意味不明な事を(もちろん、意味なんか全く俺には分からん)並べ立てる小娘に健康の尊さを教え込むために最後の仕上げのツボを“ごりりっ!!!”と押し込めば絶叫と共に体を跳ねさせたみりあが―――口から何かを抜けさせながら、あまりの健康の波にその意識を連れ去られ、気を失ってしまった。

 

 

 なむさん。これに懲りたら、健やかに育つがよい。

 

 

 そんな事を心の中で唱えつつもう一人、健康の尊さを教えこんでやるために部屋の隅で変わり果てたみりあを恐れおののきながら見つめるもう一人の少女に手を伸ばした、とさ。

 

 

 

 

―――蛇足―――

 

 

「すみませーん、デレプロさんすっかりお待たせしちゃ―――てぇ え? な、なにしてたんすか?」

 

 それからしばらくして申し訳なさそうに楽屋に呼びに来てくれたADさんがすっかり健康になって地面に転がされてる二人を傷だらけの俺を見て引き気味におもった事を口に出した。あの後も若林に聞いた秘伝を施術してやろうとするたび暴れて俺に牙を剥いてきた二人によって出来た傷にばんそうこを張りつつも俺は一拍考え、ありのままを伝えることにした。

 

「いえ、ちょっと―――健康の尊さを知って貰ってました」

 

「………あ、はぁ?(噂通り、デレプロ やっべぇな……)」

 

 

 

 余談だが、この後の撮影されたイメージビデオの中でも健康的な身体になった二人から溢れる魅力は同世代の中でも群を抜いていたらしく―――後日、二人だけが単独でビデオを発売し、ミリオンを達成したというのはまあ、どうでもいい話だろう。

 




(・ω・)ね? 全年齢対象だったでしょ?


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=貴方に『幸福』を=

ヽ(^o^)丿祝・初有料リクエスト作!!

(/_;)ありがたい事にナスビのお話のリクエストを頂き、『ナスビ Good end』を書かせて貰いました!!

( *´艸`)”true end” や ”やめるってよend”とは違う甘々な二人の幸せの軌跡をお楽しみくだされば幸いです!!



 おめでとうございます。

 

 課金アイテム“幸運の福引券”からの発生フラグ【幸運の女神】【無価値な寵愛】【その瞳に映った感情は】【夏の潮騒】【不埒な傲慢】等の達成 及び 各種パラメーターが条件値に達したことにより詩篇【鷹富士 茄子 Good end】が解放されました。

 

 この √ を選択しますか?

 

 

――――― 

 

→  ・Yes

 

   ・No

 

――――― 

 

 

 

―――――それでは、【鷹富士 茄子】との物語の一編を引き続きお楽しみください。

 

 

 

…………………………

 

 

 

 さてはて、世の中というのはいつも目まぐるしく変化を迎えているものだと私【鷹富士 茄子】なんかは思う訳です。

 

 もうこれ以上の進化はないと思ってたリンゴマークの携帯はいまだに新作機を生み出し続けてたり、長年勤めていた首相が唐突に入れ替わったり、お気に入りのコンビニスイーツはあっという間に消えてしまって悲しくなったりと人によっての大小様々な変化は望むと望まざると多くの人に訪れていて――――そんな変化は、私にも突然に訪れました。

 

 カコン、なんて気の抜けた音と共に自販機の取り出し口から吐き出された缶ジュース。

 

 普通の人ならばソレを手に取って、あるいは、もう一つ買うためにお財布に手を伸ばそうとするのでしょうが、私はそうすることも無く背筋をまっすぐ伸ばしてお決まりのおめでたい当選音と共に“おまけ”が出てくるのを待ちます。待つのですが――― 一向にその気配がないままの自販機に寒空のもと首を傾げてしまいます。

 何を寝ぼけてるのかと軽く自販機に足で活を入れてやりますがソイツは不満げに冷却音を再び漏らし始めるだけでただただ足の痛みと、自販機をいきなり蹴飛ばす危ない女認定されて不審げに見られる私だけが残るという実に遺憾な結果となりました。

 

「……あれぇ?」

 

 この“鷹富士 茄子”、この世に生を受けて不肖二十歳と少々の中で人生初の―――――“ハズレ”を引いた歴史的な日と相成りました訳です。

 

 

 これは、そんなどこにでもある変化の物語。

 

 

 呆然と立ち尽くす私を鴉が呆れたように笑ったのに中指を立てて、私はその足を進めたのでありました。

 

 

――――――――― 

 

 

「という訳で、買った缶ジュースも忘れてつま先が痛いのもそのままここに来ちゃったんですけど、急に私の幸運が無くなった理由を知りたいんですよ、“芳乃“ちゃん」

 

「ほー、缶ジュースを忘れてきたのも足が痛いのも完全な自業自得以上でも以下でも無いのでしてー」

 

「ち~が~う~く~て~! そういうのじゃないんですよ~。聞きたいのはそんな正論なんかじゃないんです~!!」

 

「童の様に床で駄々をこねるのは見た目上、オススメしないのでありましてー」

 

 そのまま直行した事務所で鮮やかな着物に身を包んだ小柄な彼女“依田 芳乃”がいつも寛いでいる事の多い畳敷きの控室に特攻して単刀直入、この異変の答えを教えて貰いに来たのですが、興味もなさそうに緑茶を啜る彼女はとても冷たい。もう、何なら駄々をこねて手足をジタバタさせる私を見る目はもう極寒である。そういうのは時子さんあたりのファンにやってあげれば喜ぶと思うので、私には是非とも温かい目で見守って頂きたい。

 

 そんな文句をグチグチと零しながら彼女の入っている炬燵へとズルズル潜り込んで勝手知ったる他人の控室と言わんばかりにお茶を急須から注いで寛いでいく。そんな私のふてぶてしさに呆れたように眉を顰める芳乃ちゃんに今度はこちらからチクリと嫌味を返してやる。

 

「大体、プロの“拝み屋”さんなんだからクライアントの要望は真摯に聞くものじゃありません?」

 

「わたくしが聞き遂げ与えるのは“値段にあった助言”であって便利屋ではないですしー、そなたが本気でその答えを求めているようには思えませんのでー」

 

 お前の“本業”と“秘密”を知っているぞ、と暗に仄めかす様な言葉を投げかけてはみるモノの全く意に介した様子もない彼女の反応が面白くなくて私は机の上の歌舞伎揚げをバリボリかみ砕きながら携帯をいじいじ。しばらくしてからピロリとなる彼女の携帯とソレを見た瞬間に顔を顰めたのが面白くて意地の悪い笑いがクツクツと漏れ出てしまった。

 

「……この口座をどこで知ったのかー、や。こんな大金を気軽に投げる倫理観を叱りたい、だのと色々言いたいことも聞きたいこともたくさんあるのですがー、その前に一つ。―――そなた、そんなに“アレ”に未練があったので?」

 

 ピコピコと携帯を操作して何処かに連絡っぽい物をしていた彼女がため息交じりにそんな事を呟く中で最後の問いの一瞬だけ瞳の奥が透き通って、自分へと一編の虚偽も許さないと言わんばかりに覗き込んでくる。

 おおよそ、年齢通りの少女は出来る訳ないし、してはいけない眼光に睨まれつつも私は興醒めな気分でソレを鼻で笑って見つめ返す。

 

「芳乃ちゃんみたいな不思議な経歴の持ち主の身辺、幸運でもハッキングでもなんでも使って調べないわけないでしょう? 送ったお金に関しても、たまたま転がり込んできたあぶく銭の使い道なんて“占い”ぐらいがちょうどいいんですよ。あと、最後の質問に関しては――答え合わせしない問題集って気持ち悪くないですか?」

 

「………傲慢と強欲、身勝手も過ぎれば純真無垢と変わりないのでしょうー。いや、むしろそれこそが神代の巫女に近しい素質なのかもしれませぬー」

 

 さらっと貶されたような気がしないでもないですが、なんとなく答えてくれそうな雰囲気なので不問にしてあげましょう。自分の寛大すぎる心に慄きながらも答えを急かすように彼女の隣へと移動すれば彼女は呆れの溜息を大きく吐き出した後にまた携帯を弄って今度は某有名な動画サイトを開き始めている。

 

「ん? 何してるんです?」

 

「ソナタは失せモノの無くなった理由を問いましたので―――その答えが“コレ”なのでしてー」

 

 古臭い拝み屋なんて商いを裏で営んでる骨董少女の癖に随分とハイテクな事だと呆れながら眺めていると、とある動画で彼女の指が止まってソレを再生する。ゲラゲラと明るい笑い声が響くスタジオで芸人さん達と―――自分が映っているのを見て首を傾げる。

 記憶が確かならば、コレは昨日の夜に生放送で取ったバラエティー特番だったはず。視聴率も上々、かくし芸も完璧、芸人さんとの掛け合いもばっちりで文句のない出来だったはずのソレを見せられてどうしろというのだろうか?

 

「ここのシーンが、今回の件の“理由”でしてー」

 

 そして、とりあえず数分だけソレを眺めていると―――その答えが目の前に映し出された。

 

―――― 

 

『私は神様の事べつに好きじゃないですけど、神様が私の事好きすぎちゃって(笑)』

 

『かー、いうねぇ!! 茄子ちゃん、いうねぇ!!』

 

――――

 

「 あ 」

 

「意中の相手からそんな事言われたら100年の恋も冷めるのでしてー」

 

 今日一の冷え冷えとした声と目線を向けてくる芳乃ちゃんを尻目に、私は確かに昨日自分が言った言葉を思い出して―――こう思ってしまった私をきっと誰も責められないはず。

 

 

“乙女かよ、神様”

 

 

 考えを読まれたのか“ベチリ”と頭を叩かれた。

 

 あいたぁ…。

 

 

―――――――――――

 

 

 とまあ、そんな事があって芳乃ちゃんの控室を追い出されてから、私の人生史上で最も何もない平凡な日々が早くも1週間が経ちました。

 

 道を歩いていてもお財布は拾わないし、買い物してもオマケも当選もせず、気まぐれに買った宝くじも全部が大外れ。ついでに言えば、少女漫画の様にあちこちで運命的なイケメンとの出会いもないそんな“平凡”な日々というのは慣れていないせいか随分と違和感を感じるモノでしたが、まあ、実際の所は困った事がないのが正直な所。

 今までが、見た事もない“神様”とやらが過剰にサービスしていたというだけで別に“幸運”という物がなくたって生活に困ることはないのだが――――世間様にとってはそうもいかない事らしい。

 

 難しい顔で首筋を擦る偉丈夫の“武内”プロデューサーを始めとして、経理のちひろさんや事務方の美優さん。それに、自分が絶賛アピール中の気だるげなアルバイトの彼“比企谷”さんまでもがプロデューサーの執務室に集い、乱雑に広げられた書類を睨んでいるという珍しい状況になってようやくその事を理解しました。

 多くのアイドルを少人数の部署で養っているために常日頃から多忙そうに各地を走り回ってる人達がこうして揃いの唸り声をあげて対応に困っているのがその証拠ともいえるでしょう。

 

 

 曰く、『弊社所属の”鷹富士 茄子”の撮影・収録の一時見合わせ』という物が一枚、二枚と……数十枚分くらい積み重なっている。

 

 

 目まぐるしい業界なので、色んな事情でそういう事も珍しくはないのだが、ここまでの分量になればそれはちょっと異常だ。これが不祥事によるものだったならそもそも見合わせや延期なんてモノではなく普通に切られているし、納得も行くのだが――そんなことも無く全ての収録が順調に消化されている中でこうなるというのは珍しい例だろう。

 

「これが、登用の取り消しだというのならまだまだ戦いようもあったんですけどねぇ…」

 

 おもっ苦しい空気の中で最初に口を開いたのはめんどくさそうに積み上げられた書類の数枚を手に取ってピラピラと弄ぶように揺らしたちひろさんだった。そんな彼女の仕草に張りつめていた空気は苦笑とは言えど少しだけ和らいで、それぞれが現状についての打ち合わせを行い始める。

 

「どこもかしこも、機材や現地トラブルに共演者の日程調整なんて取ってつけたような理由での延期でそれ以上の事もリスケも全く送ってこない状況です」

 

「まるで、意図的にその話題に触れる事を嫌がっているみたいな雰囲気で…」

 

「確かに、明確な過失がない状態でこうなるというのは極めて稀なケースです。向こうも、明確な理由をあげないまま収録や放送のバッファを削ってでも様子見に入ったというのは“鷹富士”さんだからこその事態といえるかもしれません。……それで、その、こういった事を議題に上げるのも管理職としては憚られるのですが――」

 

 比企谷さんが気だるげに携帯端末に表示した予定表は全て再調整の一言が加えられている。それらの多くにはこの部署が業界の鼻つまみ者だった頃から付き合いのある情に厚い所も含まれていて、多少の醜聞で撮影や収録を止めるような柔な人達ではない事を知っているだけに今回の異常事態がなおの事、目についてしまう。

 

そんな現状に眉間を揉み解した武内さんが囁くような低い声で纏めたあと、一転してしどろもどろになりながら目線を泳がせ言葉を詰まらせるのがちょっとだけ面白い。というか、何処の取引先も公式に口には出さないだけで耳にタコができるくらいにその噂が広がっているのだから“今更に取り繕う必要もないのでは?”なんて思ったりしてしまうのはご愛嬌だろう。

 

「というか、週刊誌やニュースで普通に”幸運の女神 クジを外す!? 天変地異の前触れか徹底議論!!“なんて報道されている時点で言葉を濁すのも馬鹿らしいでしょう。―――なんなの? この記者もお前も馬鹿なの? 死ぬの?」

 

 そんなプロデューサーの気づかいをぶった切るように比企谷さんが脇に置いていた雑誌を呆れたような軽口と共に机の上にほおり投げた事によって全員がガックリと肩を落とした。

 

「むぅー、いきなりなんて事を言うんです。というか、自販機のあたりが出なかったりくじ引きが3等だったりとか記事にされている私をまずは労うべきじゃないんですか~?」

 

「そんな意味の分からん内容でスケジュールを総見直しになる俺や向こうのスタッフが一番被害を被ってんだよなぁ……」

 

「あっ、今のちょっと嫌味ですよ! 自分が一番つらいと思う奴にはならない♪、という名フレーズに対するアンチテーゼです、今のは!!」

 

「べりべりすとろんぐ してる場合じゃないんだよ、バカ野郎」

 

 張りつめた空気も一転。キャンキャンとじゃれ合う様に罵り合う私達二人によってさっきまでの深刻さはあっという間に霧散してしまい、他の人達も困ったように笑ったり、呆れたりしつつコーヒーを入れ直したりすることによってこの問題は仕切り直しと相なります。

 そうして、どさくさ紛れに彼の隣に座り込んだ私が入れ直して貰ったコーヒーとクッキーをボリボリし始めた頃には、難しいお話をちひろさんとしていた武内さんがその厳つい顔を困ったように歪めつつも今度は少しだけ開き直った様に言葉を紡ぎます。

 

「まあ、端的に言えば先ほど話題に上がった事が原因だと見ても間違いはないと思われます。……こういった風評被害はこの業界ではつきものですし、珍しい事でもありませんので現状では様子見というのが最善策だという結論に至ったのですが――鷹富士さんはその方針でも問題ないですか?」

 

「え? あぁ、はい。私的には全然問題ないですよ~」

 

 というか、そもそもがいつ戻るか分からない“幸運”という物がない生活にも不満がある訳でもない。それに、最近はそれこそありがたい事に仕事が多すぎて目が回る程だった事を思えばここらで一旦すこし休暇と洒落こむのも悪くないと思うのだ。

 レッスンも舞台の勉強も、芸人さんとの掛け合いの為の予習も苦ではないし面白い物ではあるのだが最近は多忙さにかまけて随分と雑になりつつあったのも間違いない。この機会にのんびりとそういう時間を取れるというのは一周まわってありがたい機会ともいえる。

 

 そんな私の返答に事務方の皆さんがほっと胸を撫でおろしたのを感じてちょっとだけ笑いそうになるのを堪えた。

 

 今回の件で彼らの一番のネックは“過失がない”という部分だったはず。仕事自体も延期というだけで無くなった訳でもないのに、幸運という不確かなモノを理由に休業を言い渡されれば普通の人間なら拗ねるか、荒れるかのどっちかである。

 ここで、ソコソコに売れている私が荒れて揉め事や移転なんかを仄めかせば彼らは無理矢理に圧力を使ってでも仕事を作らねばならず、余計な禍根をあちこちに残さねばならなかった。そういう意味では今回の件は丸く収まったともいえるのだからめでたしめでたしである。

 

 そう思って纏めようとしたところで、ちょっと悪戯心がむくりと起き上がったのを感じる。せっかくなら、最後にもう一押し空気を緩くするためにおチャラけて見るのも悪くないだろう、なんて一人心の中でほくそ笑んで隣に座る“彼”の腕にしな垂れかかる様に抱き着く。

 

「というわけで、休暇中は比企谷さんの事もちょっとお借りしていきますね♡」

 

「はぁ? そんな暇ある訳が……なんで皆さん黙ってるんすか?」

 

「「「……いや、それは………ごねられたり、拗ねられる方が……ぇぇ……というか、労基がそろそろ………では、そういう方向で……」」」

 

 抱き着ついて猫なで声をだす私に顔を顰めていつもの様に軽口を返そうとした彼を真顔でジッと見つめた事務方正社員達が円陣を組んでぼそぼそと何かを打ち合わせし始め、不穏なワードが漏れ聞こえてくる。

 

 そんな謎の光景を二人で息をつめながら眺めていると、内密の会議も結論が出たのか、ちひろさんが代表となったらしくこちらにニッコリ笑顔で近づいてきて―――

 

 

「庶務・雑務担当 アルバイトの比企谷君。君にはこれから短期間の休暇中に限りですが不調中の茄子ちゃんの日常生活のサポートを命じます。 拒否権はなく、サボった場合は死ぬよりむごい目に合う事を心に刻んで励んでください」

 

「「 えっ 」」

 

 

 そんな予想だにしなかった棚ぼたが私と比企谷さんの前に超特急で投げ込まれ、二人揃って間抜けな声を出すしか出来なかったのでした、とさ。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 ちらりと手元の腕時計を覗き込み、それだけでは信用ならないと公園に設置された時計も確認する。何度見ても秒針一つ違わない結果を見届けた後に自分の立っている店の前に張られているショーウインドウで身だしなみ確認。

 秋空に映えるであろう全体的にゆとりがあるボルドーニットにキレイ目のカーキスカート。その上に甘さを出すための純白の大判のストールを羽織った事で温かさと柔らかさな印象のままに上品さを損なわない徹夜で考えた渾身のコーデは何度見ても一部の隙も無い、はず。

 

――――無いはずなのだけれども、それでも何度も確認して自分を奮起するのは乙女の悲しい性か、それとも、あの掴みどころのない今日のデート相手の好みを把握しきれていない不安によるものか。

 そんな何度も繰り返した自問自答に結局は答えを出すことも出来ないまま、約束の時間には40分も早い時計をまたソワソワと眺める体制に戻ろうとした所で低く気だるげな声が掛けられた事で心臓が飛び出そうになる。

 

「……約束よりこんな早く集合されてると気まずいんすけど」

 

「うひゃっ!! じゃなくて―――えっ、ひ、比企谷さん、どうしたんですか!? 約束の時間まであと40分はありますよ???」

 

「おい、その言い方だといつも遅刻してくるみたいに聞こえるだろうが。――もしかして、かなり待たせたか」

 

「ほ、ほんの二時間前に来たばっかです♡」

 

「どうせ繕うなら、やり切って欲しかった…」

 

 慌てて振り向いた先にいるのはいつもの澱んだ瞳に特徴的なアホ毛が揺れていているのは変わらないのに、その装いは一転している事が更に動揺を誘って余計なことまで口ずさんでしまった。あって早々にげんなりと溜息を吐いて細巻きを咥える彼の服装は見慣れたそんな動作にすら色気を加えている。

 

 いつものシャツに黒のパンツという見慣れた格好に薄いベージュのカーディガンを羽織って首元にネックウォーマーを一つ巻いただけだというのにまるでファッション誌のワンシーンを切り取ったような姿になるのは本人の資質のせいか、それとも、惚れた弱みでそう見えるだけか―――答えは出ないが、そんな装いをしてくれる位には気を使って貰えたという事実にお腹の奥からポカポカとしてしまう自分はきっと大分ちょろいのかもしれない。

 

 ただ、ソレを素直に認めてしまうのもちょっとだけ癪なのでいつもの様にお道化て彼の腕をしゅるりと取ってニマニマと顔を覗き込んで見る。短期休暇限定とはいえ、見分を広げるという名目にさえ乗っ取れば彼を独り占めできる貴重なチャンスなので存分に構って貰うためにココでの主導権は譲れません。

 

「うへへぇ、そんなこといいつつも比企谷さんだってこんなにおめかしして早めの集合だなんて待ちきれなかったんじゃないんですか~?」

 

「見た目以外はホントにつくづく残念なナスビだよなぁ、お前って…」

 

「……ほぇ? あれ、いま、もしかして、」

 

「ほれ、今日は気になってた俳優の舞台の“見学”なんだろ? さっさと行くぞ」

 

「あっ、ちょっと!! いま、私を超絶カワイイって言いましたよね!!? もう一回!! 今度は録音するんでもう一回お願いします!!」

 

「言ってない。断じて、そんな事は言っていない」

 

 さらっと、零された言葉の真意を問いただす前に彼は組まれたままの腕を振り払うことなくのそりと歩き始めてしまいます。それに引かれるように足を進めつつも聞き間違いでなかった事を確かめるように彼の顔を覗き込もうとしつつ何度も呼びかけますが、答えは釣れないものばかり。

 

でも、きっとアレは捻くれた彼の最上級の誉め言葉だと知っているから

 

 それだけでも、今日のために費やした時間はきっと無駄ではなかったと私は心から思えたのです。

 

 晴れ渡る秋空の晴天に、馬鹿みたいに騒がしい二人の声が愉快に響き渡りました。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 暗く、静まり返った会場に朗々と情感の籠った台詞が響き渡り、誰もが彼らの紡ぐ物語の行く末に息を呑んで見守り、結末でそれぞれの願いが報われる事を祈って熱い眼差しを向けている。

また、コミカルな動きから、迫力のある演技に真に迫るような切迫感。それら全てを自分のいま体験している事のように表現するその演者たちの一挙手一投足が全てに魂が籠っていて確かに、若手実力派のみで構成されたという前評判に恥じる事のない演目であった。

 

 ただ、そんな豪華な舞台を前にしてなお俺が目を引かれるのは―――隣で瞬きをすることも無くソレを見つめ続ける女だった。

 

 演目が始まる瞬間までいつもの能天気さでくだらない事をベラベラと話し続けていた彼女は会場の灯りが消えた瞬間にその金色に近い鳶色の瞳をピタリと舞台に定め、呼吸しているかすら分からない程にただただ無心に流される演目の全てを貪欲に貪っていた。

 足運びを、呼吸を、発音を、瞳で交わされる合図を、観客に伝えるための細かい工夫を、小さな癖を―――何一つとして見逃すまいとするその姿勢に困惑する。

 

 幸運に愛され能天気に、傲慢に育った彼女。

 

 幸運を抜きにしても、全ての物事を追求し貪欲に学び続ける彼女。

 

 その落差に、彼女の輪郭がたまに分からなくなる。

 

 だが、思い返してみれば自分が他人の何かを理解できたことがあった試しなどないのだからその思考だって意味の無い物だ。勝手に想像して、勝手に願って、勝手に期待して大けがを繰り返してきた。―――だから、俺は経験に学ぼう。

 

 期待も、失望もしない、ただソコにいる陰でいい。

 

 隣の女を見て疼きだしそうになる俺の自意識を強く戒めて、俺は静かに彼女に向けていた視線を舞台へと戻した。

 

 演目は、誰よりも“本物”を蔑み、誰よりも“本物”を待ち望んだ哀れな王の物語だった。

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

「ふぅ、なんだかんだでやりたいことを思いっきりやっていればあっという間でしたねぇ」

 

「予定を詰め込み過ぎなんだよ…。ほぼ後半は意地になってこなしてた感まであったぞ」

 

 私が満足げな溜息を交えて、しげしげと茜に染まっていく海に向かってそんな事を零せばみっちり過密スケジュールに付き合わされた彼が心底うんざりといった風情で応えるのに思わずコロコロと笑いが零れてしまいます。

 

 短期休業を私が言い使ってから早くも一週間が過ぎ去りました。いまだに幸運の神様が戻ってくる兆しはないですが、それでも今まで溜まっていた遣りたい事を一気にやり切ったお陰で充足感に満ちあふれています。

 見たかった観劇や映画を節操なくハシゴして、知り合った芸能人さん達に教えてもらった隠れ名店を思うがままに味わいつくし、見て見たかった景色を求めて山に川にと彼に車を走らせて貰って―――寝る暇もないくらいに駆け巡った最後の終着点として連れてきてもらったのがこの誰もいない海岸でした。

 

 “貴方の知っている一番綺麗な夕暮れが見える所”という半ば冗談交じりで言った抽象的なリクエストに彼が選んだのは彼の故郷である千葉の片田舎にある海岸。観光地として気の利いた施設がある訳でもないただの海でしたが、その分、人気もなくただただ潮騒の音が沈みゆく夕日に黄昏時を伝えている清貧な雰囲気が心地いい。

 

 そんな海の岬にある灯台の元で手すりに二人で寄っかかりながら感想や文句、愚痴なんかをだらだらと零して苦笑を零し合ったりしているとあっという間に日は沈み、煌めく灯台の灯りが果てのない闇の地平へと呑まれて行く時間になって、私は一歩だけ彼に詰め寄ってその肩に頭をこてりと乗せます。

 

「比企谷さんって、気遣い下手ですよね」

 

「……よく、言われる」

 

 ちょっとだけ嫌味と意地悪を込めた言葉に彼は怒るでもなく小さく苦笑を噛み殺しながら細巻きに火を灯す。まるで―――そうすることで世界と自分の間に紫煙で幕を張るかのように。

 

 入って来るなと、警告するように。

 

 それでも、私は 踏み込む。

 

 こんな痛ましい人を、一人になんてしていられないから。

 

「ずっと、おかしいなって思ってたんです。いつもは手負いの獣みたいに絶対に一線を越えないように振舞ってた比企谷さんが甘かったり、褒めたり、隙を見せたりし過ぎているって」

 

「………酷い言われようだな」

 

 おチャラけて逃げようとする彼を逃がすまいと抱き着けば、自分より一回りも細くて小さい存在に抱きしめられただけのなのにまるで何かに怯えるように彼の体は強張ったのが疑念を確信に変えて、それが悲しくて、そうじゃないと伝えたくて言葉を紡いでいく。

 

 

「心配してくれてるなら、そう一言でも言ってくれないと分かりません」

 

 

--------------

 

 

 沈黙は何よりも雄弁、というのはこういった時に生まれた言葉なのかもしれないと俺は小さく心の中で苦笑を零しつつ、涙目で睨んでくるナスビ…いや、茄子にどう答えるかを決めあぐねていた。

 

生まれついて持っていた『幸運』というモノを失くしたコイツと強制だったとはいえ過ごした日々で行った事にはそういった意味合いが多く含まれていたのは否定できない。慣れない誉め言葉に、過剰なボディタッチも好きにさせて、挙句の果てには優男みたいに気障なエスコートの真似事までしたのは“それで気が紛れるのならば”と言った打算じみたものがあったのは確かだし、それなりに効果はあったような気がする。だが、それが壁に直面している彼女に対しての心配からの配慮だったのは随分と初期のあたりから形骸化してしまっている。

 

 あの、真剣に舞台から何かを掴もうとする瞳が。

 

 あの、無邪気に映画を楽しむ姿が。

 

 あの、せっかくの景色が雨で台無しだった時に悔しそうに空を睨む表情が。

 

 『幸運』だのなんだのを差っ引いても強く、眩しく輝く彼女に対してそういった打算や憂慮は持てなくなっていて―――単純に彼女の目まぐるしく変わる表情を見たくてそうしてしまっていた。

 

 何度も頭の奥底が“繰り返すな、踏み込むな”、と警鐘を鳴らす。

 

 それを掻き消すくらいの温もりを伝えてくる目の前の女の子に暴れ出した自意識が身を捩るように“違う、そうじゃない”だなどと叫び出しそうになるのを奥歯を噛みしめて堪える。

 

 “お前に、そう接したのは×××からだ”

 

 黙れ、出てくるな。

 

その身勝手な妄想や理想の押し付けが――大切だった少女を泣かせた。

 

 言葉は口に零せば、すれ違って、傷つけて―――全てを壊す。

 

 ならば生涯、口を閉ざして朽ちていこうと決めただろう。

 

 違えるな、絆されるな、緩むな――――俺は

 

「私は、言えます。 貴方が心配です。 貴方が苦しそうにしていれば泣きたくなります。 貴方が他の子ばっか構ってるとムカつきます。 貴方といると楽しいです。 貴方が――、 貴方が――――人に心を通わすのが怖いというなら、私がウンザリするくらいに、飽きるくらいに伝えます。

 

 

  貴方が――――好きなんです  」

 

 

 必死に逸らそうとした目を手で押さえられ、まっすぐな瞳そのままに――彼女は膨大な想いを俺に流し込んでくる。そして、今まで見たどんな顔よりも優しく慈愛に満ちた表情で微笑んだ彼女は俺の唇を奪った。

 

 冗談のように柔らかな唇に自分の口内を愛おしむように撫でさする真っ赤な舌。その行動と感触に驚愕した俺は阿呆のように目を見開くことしかできず、押されるがままに近場のベンチへと尻もちを付いてしまった所でようやく彼女の唇が糸を引いて離れた。

 

「な、 にを…」

 

「貴方が、言葉にするのが怖いっていうなら何度だって私から勘違いのしようのないくらい伝えます。言葉で伝わんなくたって体で伝えます。―――幸運の無くなった私にだって、貴方に好きって気持ちで満たして幸せにしてあげる事くらいできるんです」

 

 そう、最後に微笑んだ彼女は唖然とする俺にのしかかり再び余計な事を口ずさもうとする俺の口内を蹂躙する。何度も、なんども、なんども繰り返される水っぽい音を響かせる交接と、息継ぎの合間に脳内を溶かす様な甘い声で好意を囁き続けられるウチに俺の思考も溶かされていき意識が朦朧としてきてしまう。

 騒ぎ立てる理性は甘く重たい言葉に打ちのめされるたびに黙り込んでいき、長すぎるキスによる酸欠かフワフワし始めた体が唯一感じられるのは体の奥に静かに灯った情欲の熱と、秋の冷たい海風の中で無防備に自分に柔く温い体を擦りつけてくる女の体温だけとなり始めた。

 

 そんな状態を目ざとく見抜いたのか、それとも、一目で分かるくらいに自分の理性のタガが外れていたのかは定かでないが――――

 

 

「幸運の女神じゃない私の処女でも、貰ってくれますか?」

 

 

 恥じるように初雪のように白く、淫靡な女体をまろび出して誘う彼女を見た後の記憶は――――海から太陽が顔を覗かせるまで全くなかった事をココに告白させて頂く。

 

 

 

 

 

 

―その後 という名の 後日談―

 

 

 

「あ、鷹! それ私のマフラーじゃん!!?」

 

「あれっ、お賽銭の小銭って誰がもってる?」

 

「扇ちゃん、もう出発するからゲームしまおーよー!!」

 

「霞ちゃん、武内君を墜とすならいい雰囲気になった時にガっと行くんですよ? お母さんはそれでお父さんをゲットしました!!」

 

「お母さんマジうっさいっ!! 紅葉(こうよう)とはそんなんじゃないっつってんでしょ!!」

 

 今年も除夜の鐘がゆく年を見送りくる年を迎える音を告げるまで間も無くとなった頃、我が家の玄関は神妙さなど程遠い喧騒が溢れていてどうにも改まった気分とはなりずらい。そんな変わらぬ日常に思わず苦笑を零しつつも、一番年下ののんびり屋の愛娘のマフラーを締め直して体が冷えないように整え、ようやく五人姉弟が出掛ける準備が出来たのを見回して声を掛ける。

 

「まぁ、大丈夫だと思うけど皆ちゃんと霞の言う事を聞いて、きちんとお参りしてこい。――霞も悪いけど頼んだわ」

 

「ん、了解」

 

 気だるげな目尻に比企谷家のトレードマークのアホ毛を揺らす高校二年になった長女に声を掛ければぶっきらぼうな返答が短く返ってくる。反抗期と思春期真っただ中で昔のように無邪気に笑う事は減ったがそれでも何くれと下の弟妹の世話を見てくれる優しい娘に育ってくれている。

 そんな俺らの横では結婚当時から変わらない嫁“比企谷 茄子”が下の子供たちに目線を合わせつつ楽し気に声を掛けている。

 

「みんな初詣が終わったら武内君達も連れてきてあったかいお蕎麦をたべましょーね~。なんと、今日は海老が二匹も入ってる豪華版な上に夜更かし無制限のスペシャルdayですからお年玉を掛けた人生ゲームデスマッチ開催予定!! 勝ち残るのは誰だ!!」

 

「「「「おれだー!!」」」」

 

 パリピよろしく玄関先で小踊りを始める馬鹿嫁と大興奮の弟妹たちに全く同時に溜息を吐いて肩を落とすのだから俺の苦労性は長女に受け継がれてしまったらしい。なむさん。

 そんなこんなでバカ騒ぎをしているウチに除夜の鐘は刻々と近づいて、待ち合わせ場所で律儀に凍えているであろう上司の兄妹に風邪を引かせるわけにもいかないので騒がしい彼らを送り出した。

 

 玄関先から暗く冷え込んだ夜道を大はしゃぎで歩いていく彼女達を見えなくなるまで見送った所でようやく一心地ついて、肩の力を抜く。

 自分に似ずに明るく陽気な嫁の性質を多く受け継いだ子供たちの日々は底抜けに愉快で飽きがこないが、その分、気が抜けない。だが、そんな騒がしい日々に慣れているとこうしてあいつ等が出掛けた後の家の静けさというモノが嫌に耳について少しだけ寂しさを感じてしまう。

 

「ふへへ、賑やかな家族の時間も大好きですけど……久々の二人っきりですねぇ」

 

「なんでお前がセクハラしてくる側なんだよ」

 

「あだっー! 何ですか! いいじゃないですか!! ちょっとくらい姫始めをフライングしたって罰は当たりませんよ!!」

 

「お前の煩悩は108所のレベルじゃないな……」

 

 そんな寂寥感に浸っている気分は――腕に感じ慣れた体温と、だらしない顔で俺の一物を撫で擦ろうとしてくる馬鹿ナスビの頭をひっぱたく事であっという間に雲散霧消してしまった。俺のセンチメンタルを返せ、馬鹿やろう。

 馬鹿の事を喚き続ける嫁に取り合うことも無く、腕にひっつけたまま温かい家に入りリビングへと戻ると華やかに紅白のクライマックスを飾る豪華な歌手陣の中にご近所の武内夫人が堂々たる貫禄で大観衆を沸かせているのが映っていた。

 

 

「お、さすが楓さんですねぇ。もう、18年連続出場なのにいまだ色あせないとかもう怪物ですよ、怪物」

 

「これで二児の母だってんだから詐欺だよなぁ……お前はちょっと腹がムチってきたな」

 

「新年早々に派手な夫婦喧嘩がしたいんでしょうかね~、ウチの旦那様は~」

 

 炬燵に一緒に潜り込んだ拍子に昔よりエロい肉付きを醸しだした腹を摘むとかなり強めに抓られて思わず笑ってしまう。―――お前だって子供五人も生んでこれなら十分に化け物だろうに、何が不満なのやら。

 隣どおしいつもの指定席で小競り合いをしつつ、こんな日々のもう早20年近くたっている事が妙に感慨深い。

 

 結論から言えば―――あの海岸の一夜で見事に茄子を孕ませてしまった。

 

 それが発覚した時の346社内の大騒動は思い出すのも嫌になるくらいの事件となり、今も社内で脈々と受け継がれているらしい。曰く、包丁が飛び交い、阿鼻叫喚が響き、長期間自我を失い海や空を眺めるだけになり果てた人間が多数いたとかいないとか。……というか、満面の笑顔であの検査結果を振り回しつつ社内のど真ん中で報告したコイツの責任が大部分でしょ、あれは…。

 

 ともあれ、そんなこんなで責任を取ることになった俺はしこたま常務に半殺しにされかけたわけなのだが――あらゆる事情と恩情の末に無事に大学卒業書と就職先を失うことも無く346にそのまま入社させて頂く事を許されたのである。

 

 曰く、『責任というのならば短慮に投げ出さず全てを抱えて走り続けろ』との事。

 

 ウチの常務はちょっと男前すぎると思う。

 

 茄子の方はといえば、『幸運消失疑惑』はあっという間に『電撃妊娠』という報道に塗り替えられ賛否が盛大に分かれつつも最終的には世間に温かく迎えられたと言っていい結果に落ち着いた。もちろん、そうなったのはデレプロのアイドル達が誰よりも祝福とフォローに身を費やし、武内さん達があらゆる手を尽くして俺たちを守ってくれたという事があってこその結果なのだから―――本当に恵まれていた。

 

 常務からも“アイドル”ではなく“女優”や“タレント”の道も用意できると言って貰えていたのだが、結局の所、茄子は芸能界から身を引いてその間の貯蓄を元手として株やら何やらを幸運に頼らない才覚だけでやりくりしつつも専業主婦になることを選んだ。

 

 入社見込みのアルバイト社畜と“元”幸運の女神は、そうして色んなものに助けられながらも平凡で――ちょっと子だくさんの家庭を今日もこうして過ごせている。

 

その奇跡を、テレビの奥に映る光景を目にしつつ夢か幻なのではないかと一瞬だけ疑ってしまった時にふわりと柔らかく、温かい抱擁が俺を包んだ。

 

「ね、貴方」

 

「……急に、なんだ?」

 

 その抱擁に押されるがままに俺の上に跨る彼女があの頃と変わらない微笑みで俺の瞳を覗き込んで、小さく呟いた。

 

「わたし、まだまだ全然こんな幸せじゃ満足してないので―――覚悟してくださいね?」

 

「…………お前には、負けたよ」

 

 これだけの幸せを人につぎ込んでおきながら、まだまだ、もっともっとと貪欲に求める彼女に思わず笑ってしまい、白旗代わりに両手を上げると彼女はガキ大将のようにニシシと笑いながら―――甘いキスをした。

 

 味わうように、噛みしめるように―――幸せの味を俺へと刷り込んでいく。

 

 遠くから聞き覚えのある子供たちの賑やかな声とソレに戸惑う上司の兄妹の声が聞こえる。

 

 きっと、この甘く優しい時間はこれから更に濃度を増していく予感がある。だから、俺もこの幸せが偽物かもしれないなんて怯えるのをもう辞めよう。

 

 いまだに疑念の眼を光らせる理性の瞼にそっと手を添えて―――今まで言えなかった言葉を紡いだ。

 

 

「茄子――――愛してる」

 

「私もです―――八幡さん」

 

 

 そんな囁きを漏らして二人で額をくっつけて笑っていると、静かな家に騒がしい子供たちの帰宅を告げる声が響き渡った。

 

 

 こんな幸せな日常以上に望むものなんて―――あるものか。

 

 

 

 

『鷹富士 茄子』 Good End  終わりん♪



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文香 生誕祭SS

(・ω・)やあ、いらっしゃい。どうかそこに腰を掛けてくれ…。

ふふっ、まあそんな急かさずにこの一杯で喉を潤すといいよ。それで気分も少しは落ち着くだろう?

ここに来た君にはもう分かっている事かもしれないが――――さて、何処から話したものか。

いや、悪かった。遠回しな事は辞めてシンプルに行こう。

信じられないかもしれないが―――――今日は”鷺沢文香”の誕生日ではない。

何を言ってるかもう、本当は分かってるんだろう?

私の文香誕生日SSは―――脱稿したのさ。

間に合わなかった、いや、正確には完璧に忘れていたというべきかな?

昨日の夜、僕はワクワク妄想を膨らませビールを飲みすっかり気分が良くなってベットでTwitterを見て素敵な作品を見ながら―――熟睡した。

そういう事さ。

だが、大人ってのはそんなもんだ。

コレもいい経験になっただろう?

さて、今日は店じまいだ。よい子はこんなクソ小説に耽ってないでさっさとベットに―――あれ、ちょ、ちひろさん?その後ろの人達はなん、あ、アッ、いやっ、乱暴は、アー――――ッ!!!


―――――― 


チッヒ('ω')「皆さんお待たせしました!! 鷺沢文香生誕SSの入荷ですよ!! こぞってガチャに挑戦してくださいね!!―――ん? 当たった原稿に返り血? ………ああ、すみません。トマトジュースでも零しましたかね? こちらの新品と交換させて頂きまーす!!」




チッヒ(゜-゜)「………何か言いたい事でも?」


 あっ、なんて間の抜けた囁くような声が県外のイベントからの帰り道で深夜の首都高の面白みのない風景に混ざって溶けた。

 

 そんな声に釣られるように目線だけを隣に座る沙耶の様な黒髪を湛えた女“鷺沢 文香”に目を向ければ、彼女はちょっとだけ照れるように頬を染めつつ携帯の光輝く画面をこちらに差し出してくる。勧められるままにその画面を覗き込めば、これでもかという程に連続で着信のランプが点滅し―――様々な言葉の祝辞で埋め尽くされていた。

 

「恥ずかしながら、また一つ……歳を重ねられたようです」

 

「ん、おめっとさん」

 

 次々と届く事務所の仲間からの祝辞のメールを嬉しそうに眺めながらそうしみじみと零す彼女に、若干短いながらも俺も祝いの言葉を紡いだ。

 

 時計の針を覗き込めば夜の頂点に達し、かつて文化の促進を目指して制定された『読書の日』へと踏み込んでいた。そんな日に恥じないくらいに本の虫である彼女が生を受けたというのも中々どうして面白い。だが、それはそうとそんな本だけに籠り切っていた彼女がこうして多くの人間にその日を祝って貰えるようになったというのは素直に喜ぶべき事なのだろう。

 少なくとも、それだけの数の人生と関り、影響し合ったというのはそうするに足る事だと俺は思うから。

 

 そんな独白を一人重ねながら再び首都高の無機質な街灯に羅列に視線を戻してしばし―――さっきまで嬉しそうに返信を返していたはずの文香からビシビシと視線を感じる。そりゃもう、見るまでもないくらいに真っ直ぐと物言いたげな視線。やだ、穴が開いちゃう。

 

「なんだよ」

 

「いえいえ…“明日、二人ともお休みでしたよねー”とか。“もうちょっと味気をたしませんか?”とか。“誕生日祝いは何かなー”だとか……そんな事は全然まったく考えていませんので――お気に召さらず」

 

「ほとんど言っちゃってるんだよなぁ……」

 

 コイツと知り合ってしばらく経つが、随分と太々しくなったものだと感心と呆れが同居してついつい苦笑を零してしまう。昔は不満があれば不貞腐れる様に読書に没頭するか、ホントに恨めし気な目でまんじり見つめてくるだけだったのに、今では口元を微かに綻ばせながらこちらを揶揄うようになじってくるのだからそこいらの童貞なら瞬殺されて速攻で勘違いしてしまう事請け合いだろう。

 

 だが、こちとらベテランボッチで鋼の理性を有する童貞。“童貞 of スチール(鋼の童貞)”とまで言われている男である。その他にもクズやドアホや変態、オープンムッツリなどと不名誉な呼び名は事務所のアイドル連中のせいで掃いて捨てる程に持っている俺はその程度の攻めに返す言い訳などしっかり用意済みなのだ。

 

「誕生日プレゼントは事務方から送り始めたらエライ出費になるから15人超えた辺りで禁止になっただろーが。ちなみに、言葉に味はついてない」

 

「でも、私が贈った眼鏡はちゃっかり使ってますよね?」

 

「……受け取り拒否しようとした時にめちゃくちゃ拗ねて脅してきた人間の言う言葉じゃないんだよなぁ」

 

 よく事務作業中なんかに使用しているイニシャルが彫られた黒縁の眼鏡。度は入ってないもののブルーライトカットの機能がついてるらしく目がしょぼくれる事が多くなった最近ではついつい多用してしまうのだが―――これが文香から送られたモノだというのは中々に突かれると痛い所ではある。

 

 誕生日プレゼント関係の送り合いは懐的に厳しかったというのもあるが、やっぱり形の残るものを送り合うというのはどうにも最近のコンプライアンス的には良くないらしい。

 

 ましてや、それが――――

 

「ちなみに、他の子達がこっそり勝負の日に持ってる“モノ”に気が付いてないと思ってるなら―――ちょっと、女性を舐めすぎですよ?」

 

「………記憶にございません」

 

 日頃から愛用してくれているモノだとバレたりした時は、こういう変な勘繰りを受けてしまうのでやっぱり宜しくない。というか、アイドル達のおねだりに押し負けてついつい贈ってしまった過去の俺はもっと反省すべき。

 そんなんだから、こうして粛々と背筋を伸ばして疑惑の視線から目を逸らさなければいけなくなるのだ。

 

「ふふっ、まあ、仕事柄では大っぴらには出来ませんけど、隣人の記念日を祝わないというのはやはり少し寂しいものだと思うので……私は“比企谷”さんのそういう身内に甘い所は、もっと誇っていいと、思います」

 

 ジト目でこちらを睨んでいた文香が根負けしたように小さく吹き出して、柔らかな笑顔でそんな事を呟いたのでこちらも詰めていた息を吐き出してちょっとだけ早まった鼓動を落ち着ける。勿論、気まずさでだ。仕方なさげにこちらに微笑む笑顔のせいでは断じてない。

 

「なので、私の軽い口にもきっと重しを乗せてくれるでしょうから、ね?」

 

「………望みを言えぃ」

 

 これはもう白旗をえいやと上げて無条件降伏をした方が早そうだと観念した俺はガックリと肩を落としつつ消えた久々の休日を悼んだ。

 

 君(休日)に会いたい。2020年夏―――全日本の社畜が泣いた超大作、公開。

 

 そんな感動のノンフィクション作品の構想を脳内で練って、原作料でいくらもうけられるかと皮算用を楽しんでいるとあっという間にチッヒが値切っていったので徒労だけが残った。おに、あくま、ちっひ!!

 

「…そうですね。とりあえず、お家に叔父が出版社から貰ってきた美味しいお酒があったはずなのでそれで久々に呑みましょう。それで、明日は朝から久々に店の掃除と家事をこなして、気ままに買い物に行って、適当な映画見て、ご飯はちょっとだけ奮発して――― 一緒に夕方から寮で開いてくれる誕生日会に参加、というのが理想の誕生日プランでしょうか?」

 

「………欲張りすぎでは?」

 

「そうなっていいと、皆が教えてくれましたから」

 

 つらつらと指折り数えていく希望の多さがようやく頭打ちになった頃に彼女にチクリと嫌味を零せば、華が綻ぶような艶やかな笑みで応えてくるのだから敵わない。だが、敵わなくても立ち向かわねばならない時があると自分を奮い立たせて、適当な言葉を口づさむ。

 

「今からって、車はどうすんだよ」

 

「今日はレンタカーですから延滞金くらいは払いますよ。返すついでに移動もできますしね」

 

「家事とか掃除はともかく、買い物は一人で行けるだろ?」

 

「誕生日プレゼントを選んでくれる人がいなくなったら意味ないじゃないですか」

 

「…映画は要らんだろ」

 

「小説の映画化って、外れだった時に誰かに八つ当たりできないと辛いんです」

 

「飯はサイゼ一択だろ」

 

「長野料理専門店というのをこの前、見つけたので行かねばなりません」

 

「…………誕生日会は俺が行かなくてもいいでしょ?」

 

「駄目です。――――といった所でそろそろ諦めて貰えましたでしょうか」

 

 可愛く小首を傾げてこちらを伺って来るけどもう後半は理由付けとか関係なくごり押しのパワープレーなんだよなぁ。そんなあどけない顔の裏で確信犯的にほくそ笑んでいる彼女が憎らしくも強く拒否できないのは長い付き合いで生まれた心のノイズのせいか、単純に自分の意思が豆腐レベルの薄弱さのせいか―――おそらく両方なのだろうと小さく溜息を吐いて最後に嫌味を投げかけてみる。

 

「重しってレベルじゃなくて埋め立て工事レベルの口留め料じゃねぇか…」

 

「ふふっ、漏れの無い様にしっかり、丁寧な施工をお願いします。なんたって今日の私は―――“お誕生日様”ですから」

 

 街灯のみの代わり映えのしない道が開け、闇夜に燦然と輝く首都の街並みが広がったその中で―――彼女は悪戯を成功させた少女のように無邪気に、穏やかに微笑んで俺を笑うその光景はなぜだか妙に俺の鼓動を跳ね上げる。

 

 そんな自分の深くに沈めた何かがその揺らぎで疼くのを感じながら俺は努めて夜景の眩さだけに集中して、もう一度だけ小さく溜息を吐いて小さく苦笑を零した。

 

 どうせ無駄な抵抗なら、今から噂の美味い酒とこの同級生の作るちょっと味の濃いおつまみに想像を膨らませて腹を空かせていた方が有意義だ、なんて心の中で今日も言い訳を唱えて車を走らせた。

 

 

 

――蛇足―― 

 

 

「あ、それともう一つだけ」

 

「…まだなんかあんの?」

 

「今日一日は言葉にもお砂糖を一匙分お願いしますね?」

 

「………善処は、します」

 

 

 そんな言葉が車内で交わされ、その後は砂糖一匙を忘れると拗ねたりしたり、とかしなかったりしたそうな……。

 

 

 




今日もがんばるべいっ


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【そうは成らなかった物語】 【佐藤 心の場合】

(・ω・)たとえば、ね?


 

 

 黙々とデッサンを書き連ねる者、虚ろな目で方々に調整や確認の連絡を入れる者、またはちょっとだけ危なげな光を宿して自分の作品を見て悦に入る者。取り組んでいる作業は様々なのだが、そんな彼女達の手が無駄に荘厳な音を響かせる終業の鐘と共に一斉に止まり―――それなりに広いこの部署を見渡せる位置にある私のデスクへとお伺いを立てる様に視線を集めてきた。

 

 この後の台詞も大体がお決まりの物なので聞かなくても結構なのだが――

 

「「「「佐藤部長!! もう一時間だけ居残りさせてくださいっ!!」」」」

 

「駄目だつってんだろ☆彡」

 

 揃いも揃って同じことを口ずさむ彼女達へ満面の笑みで応えてやれば誰もが頭を抱えて項垂れた。そんな終業直後の恒例のやり取りを尻目にいつまでもデスクに縋りつこうとするここ“346服飾デザイン部”の部下たちのケツを叩いて追い出しにかかる私の最後の大仕事が始まった。

 

「ほれ、たためたため~。翠ちゃんはその寝不足でハイになったデッサンを良―く寝てから見直してみな。多分、死にたくなるからよ☆彡。 紺ちゃん、調整もいいけどまだ不確定な企画を扱ってるときは様子見も大切だぞ~? ほれ、紅。渾身の傑作に悦に浸るのはいいけど、いい加減目を覚ませ」

 

 これだけは、これだけは、なんて言って立ち上がろうとしない部下をばっさばさ切り捨てて帰り支度を促していく。本来なら定時で帰れなんて言われて喜び勇むべきだろうに仕事熱心な彼女達のワーカホリックぶりに思わず苦笑してしまう。

 だがまあ、自分の所属する346プロダクションの服飾デザイン部は手前味噌だが芸能関係の服飾関係に携わる者にとっては最頂点に位置する場所だ。並々ならぬ努力とセンス、そして熱意を買われたモノだけが入れる場所に来る人材といえばそうなるのも止む無しなのかもしれない。

 

 そんな部署の取り纏め役なんかに自分が収まっているのはひとえに偶然の代物以外の何物でもないというのだから苦笑はもっと零れてくる。

 

 フリーランスの服飾デザインをしていた私が路頭に迷いかけていた時に偶然の出会い。それは、当時誰もが顔を顰める悪名高かった“デレプロ”との邂逅だった。それが今では“伝説”だとまで言われるようになった彼女達との日々は細々と地下アイドルなんかをしていた自分の心をへし折ってこの道一本に絞ることを決めさせるくらいには眩い光たちだった。

 

 夢を諦めないというアンチテーゼとして守っていた髪形ときゃぴきゃぴした服を脱ぎ捨て、真っ白なブラウスにビジネススカートの仕事着でひたすらに彼女達と舞台を彩る衣裳の作成だけに邁進した日々。そのお陰か、自分はこんな身に余る肩書を手に至るまでになったというのだから人生分からないものだ。まあ、ただ―――やっぱり、足掻き続けた夢を捨てる時に絶望を感じなかった訳ではない。

 

 やけにもなった、泣きもした、当たり散らして全部を投げ出そうとした。

 

 ただ、そんな自分をギリギリいっぱいで踏みとどまらせたモノがある。

 

「う~、そんな事言いつつも部長が愛しの旦那様と子供と早く会いたいだけじゃないですか~」

 

「あったり前、私がこんな身を削って働く理由が他にある訳ないだろ☆彡」

 

 “か~、惚気られた~”なんて頭を抱えるカワイイ馬鹿共を引き連れつつぞろぞろと豪奢な廊下を全員で帰宅の途について行く。独身組は羨ましそうだったり、悔しそうだったりと複雑な顔でそのままエントランスに向かっていく。残りの既婚者組は足取りも軽くもう一つの施設に足を急がせ、その先にある看板には“346 Nusery”――託児所である一室からお迎えはまだかまだかと顔を覗かせる愛しの怪獣達が急かすように手を振っているのにお互い顔を合わせて苦笑する。

 

「お~そ~い~!!」

 

「鐘が鳴ってからまだ15分経ってねぇぞ、っと☆彡」

 

 扉を開けた瞬間に思いきり飛び込んでくる可愛い息子を抱き上げ、生意気な口を聞いた罰としてその餅のようなほっぺをムニムニしてやる。たったそれだけの事なのに楽し気に大笑いをする彼にこちらも自然に笑ってしまった。

 

「年々とジャッジが厳しくなっていくな……おちおち残業もしてられん」

 

 そんな私たちの後ろからこの十年で甘い声も、厳しい声も、悲し気な声も随分と聞き馴染んだ声が掛けられた。それに吊られるように振り返れば、気だるげな眼にちょっとお高めのスーツはなぜか少しくたびれ加減で着こなした男が自分達に苦笑を零しつつ歩み寄ってくる。

 

 それは、自分が頭を抱えていた自分をドーナツ屋でスカウトした時とも、自分が夢を捨てて自暴自棄になって暗い澱みに捕らわれていた時に一緒に落ちてくれた時とも変わらない姿で―――それでも、あの時よりずっと優しい顔を浮かべるようになった愛しの男の姿だった。

 

「あっ、父ちゃん!!」

 

「今日はそっちも早いじゃん。ハチ公」

 

「たまにはこんな日があってもいいだろ。……腹すかしてる長女もそろそろ学校上がるだろうから飯でも食いに行くか?」

 

「あいよ☆彡」

 

 久々の外食にテンションを振り切る我が子が旦那に突進していくのを苦笑と共に見送りつつ小さく笑いつつ、胸の奥の罪悪感がちょっとだけ疼く。

 

 あの日、心がポッキリと折れた私は―――泥酔したまま、彼に迫った。無理やり連れ込んだ宿で“抱かなければ今すぐ死んでやる”なんて脅迫まがいの事を涙でぐしゃぐしゃになりながら体を押しあて、強姦するように彼を貪り、自分の中にぽっかり空いてしまった虚無感を埋めようとひたすらに肉欲に浸って脳を無理やり麻痺させた。

 

 そうしなければ、頭が狂ってしまいそうだったから。

 

 そこからは、泥沼だったと思う。普段と変わらぬ態度で仕事に打ち込むことで思考をかき消して、それが出来ないくらい心の奥から漏れ出る汚い感情が溢れそうな時は彼を脅してひたすら体を重ねた日々。場所も、時間も、避妊も関係なくただ自分の体でもたってくれるくれるぐらいの価値があるのだと確認するだけの自傷行為にひたすら付き合せ―――当たり前のように妊娠した。

 

 そこからは、まあ、なんやかんやで今に至る。

 

 正直、死のうかと思った。誰にも言える訳もなく、一人の優しい男に依存しきった末に受けた自業自得の結末。それを止めてくれて、あっちこちに地面に頭をこすり付けて方々を走り回ってくれた彼。

 

 そんな彼の努力もあって、周りの協力もあって―――私は裁きを受けないまま

 

 

 今日も、幸せを享受している。

 

 

 このわだかまりはきっと――― 一生、拭える事は無い。

 

 

【佐藤 心 BAD END】 終わりん♪

 




(・ω・)さとぉ……


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【そうは成らなかった物語】【鷺沢 文香の場合】

(・ω・)例えばpart2


 

 

 ソファーで寝そべっていた俺にのそりと体の上に柔らかくて熱く、それなりに重量感があるものが圧し掛かるのを感じて、心地いい酩酊感から来る微睡がぼんやりと薄れていくのを感じて重い瞼をちょっとだけこじ開けた。

 

 その先に映るのは、紗のような黒髪の書くから覗く空色の瞳が月光を幻想的に反射させた女がいた。その瞳もやはり先ほどまで一緒に呑んでいた酒精の影響かとろりと蕩けたような塩梅で普段の知性的な静けさとは違った光を放っている。俺が目を覚ましたことに気が付いただろうにそれでも彼女は人の顔を物珍しい動物でも見るかのようにしげしげと眺め、その華奢でヒヤリとする指で輪郭を確認するように柔らかくなぞってクスクスと鈴のような声で忍び笑いを零す。

 

 大学に入って、しばらく。ひょんな縁から知り合った彼女と出会ってから結構な時間が流れた。お互い多弁な方ではなく人込みを嫌って本の虫だったせいか生息域は自然と被り、彼女の叔父の我儘や希少本のやり取りをしているウチに周囲からは自然と付き合っているものだと認識されているらしい。

 

 だが、それも人嫌いの気のある自分たちは都合がよく何より―――こうしてたまに飲み交わす酒の席で体を交わる事を何度も重ねているのだから否定もしずらいし、わざわざソレを声を大にして解説する相手もいなかったのでこの関係はダラダラと続いている。

 そんな彼女も知的好奇心は旺盛で、一度こうして体験すれば他の知識も試したくなるらしく情事が一通り終わった後は思いつきで自分のお気に入りの図書にあったシーンをなぞるように振舞う事が多い。

 

 今回は何だろうかと思って好きにさせていると、そのままグラスに残っていたワインを口に含んでおもむろに俺の唇に重ねちょっとずつ流し込んできた。

 

 赤の渋さと甘み、ソレに彼女の唾液なのか特有の滑りを含んだされをされるがままに飲み込んで―――最後に呑み切った事を確認するように口内を一周丹念に嘗め回した彼女は満足げに微笑んで酒臭いキスを俺の頬に落とした。

 

「……今度は、なに読んだんだ?」

 

「中世ヨーロッパで書かれた、怪談ですね。病気で死んでしまった愛する人が信じられなくて、最後の方にやっていた自分の口で噛んだ食物や飲み物を与え続ける内容で――とても悲しくも背徳的でした」

 

「寝てるだけの人間を、勝手に殺すなよ……」

 

「わぷっ……。比企谷さんの寝顔はとても綺麗で、もしかしたら、そうなった主人公もこんな光景を見ていたのかと思うと随分と感慨深いです。でも、やはり、肌を重ねるなら――これくらい温かい方がいいですね」

 

 縁起でもない事を言う彼女を引き寄せ肌寒さを誤魔化す肉布団としてその豊かな身体を引き寄せればスズランの香水と、微かに先ほどまでの情交の残り香が鼻孔を撫で、同じように匂いを確かめた彼女が深く息を吸った後に楽し気にコロコロと笑いを零して俺に体重を乗せてくる。

 

「……知らないうちに殺されないように、もう少し痛めつけとくかな?」

 

「くふふっ、返り討ちに合うかもしれませんよ?」

 

 その身体の柔らかさにあれだけした後だというのに固く立ち上がる男の性をゴリっと軽口と共に押し付けてやれば、一瞬だけ驚いた彼女は楽し気に、その瞳に今度は分かりやすい情欲を灯して撫でさする事で応えた。

 

「そういや、この前されてたスカウトってどうしたんだ?」

 

「? 読書の時間が減るので、断りましたけど?」

 

「あ、そ」

 

 俺の大学生活は 順調に―――淫らに堕ちていく。

 

 




(´ー`)ある意味では幸せっぽいのがなんとも…


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はろうぃん☆はろうぃん 前編

(;^ω^)はぁっ、はぁっ、はぁっ―――間に合った。

沼主どもからのリクエストに、まにあったぜ。

たっしー氏からは十時ん、雪見氏からはみりあ。

沖竹さんの時子様は後編だね!!


という訳で、今日も脳みそ空っぽではろうぃんハロウィンハロウィンしてください(*''ω''*)ハロウィン!!


 季節は移ろい、うだる様な熱気は蜃気楼のように消え去って、あっという間に木枯らしが吹きすさぶ秋まで葉っぱと一緒に散っていく今日この頃。

 あの窓から見える最後の葉っぱが散る頃には俺このバイト辞めるんだ、なんて嘯いてみれば所属アイドル達がその木を絵やら接着剤やら彫像やらコーティング等で逆にエントランス前を彩りまくる騒ぎを起こして常務に揃ってボコボコにされてから早数日の事だ。

 

 今度はこの都内に燦然と聳える346事務所の中で―――お化けが大量発生して、姦しく社内をうろついている。………ほんとにコイツ等、3日に一回はお祭り騒ぎをしなけりゃ気が済まないんだろうか?

 

 魔女に人狼、化け猫にゾンビとフランケンシュタイン。ジャックオーランタンに鬼、妖精から幽霊までメジャー何処からマイナー。古今和洋と節操のない程にかき集めた“モンスター”の仮装に身を包んだ彼女達はお互いの姿に大いにはしゃぎながら笑い合う姿に小さく溜息を漏らしつつ隣でソレを満足げに見つめながら頷く上司‘sを横目で伺う。

 

「……ふむ。完成度といい、それぞれのキャラクターを掴んだデザインといい中々の出来だな。これならば、ナイトパレードのメインとしても十分な出来栄えといっていいだろう。―――下準備は整っているんだろうな、武内」

 

「はい、入場行進からステージでの特設ライブ。そして、エンディング後の促販まで抜かりはありません。常務にもご満足いただける仕上がりは保証いたします」

 

「広報、営業共に告知は徹底させましたのでそっちも心配はないと思います。……ただ、予想よりも入場者が多く警備や誘導。飲食や手洗い場などの不足が予測されるので早めに簡易の露店や簡易トイレを増設した方が当日の混乱は少ないかもしれませんね?」

 

「分かった。早急に対処させよう。後は、その後の販売戦略についてだが―――」

 

 無邪気に笑い合うアイドル達の横で滔々と販売戦略について打ち合わせを行う姿を見ているとこの人たちもやはり芸能関係の人間を“商品”として取り扱うプロフェッショナルなのだなぁ、と他人事のようにしみじみ思う。が、先ほどの会話から分かるようにただただいつものアイドル達の趣味のイベントという訳でなく今回はれっきとした仕事として彼女達は仮装に勤しんでいるのである。

 

 東京都内にある長年続いた遊園地が廃業となるにあたってその土地を買い取り、大規模な予算を導入して新設されたテーマパーク。―――その名も“346パーク”。

 

 ネーミングセンスはともかくとして、この博打にも似た常務主導の取り組みというのは意外にも結構な大反響となって洒落にならない利益を上げている。最新鋭の技術を詰め込んだ遊戯施設に、膨大なタレントを抱えている346プロダクションのトップランカーから駆け出しまでを使った多くのステージは飽きさせる事無く観客を沸かせ続けているのだからやっぱり常務の経営手腕は恐るべきといった所だろう。というか、リゾートといいファッションブランドといい一体いくつ系列店を持ってるのか怖くて聞けないまである。

 

 そんな中で、かつてオープニングパレードのメインを張らせて貰った事のあるウチの部署は結構な頻度でこういった行事ごとにお呼ばれしていて今回の催しは―――“ハロウィン”であった。

 

 まあ、有体もなく言えば海外の“お盆”的なアレで今やすっかり仮装大会の名目となったイベントだ。現代人にココまで広がったのは変身願望を多くの人間が抱えてしまった生きずらさや欲求不満の表れがお墨付きを得られたためであるとか色々と言われているが詳しくは知らん。2chかうぃきでも調べてくれ。

 とにもかくにも、俺にとっての目下の問題はクソ忙しい中で急にこのイベントをねじ込まれたせいで更に厳しい仕事量になった事と―――もう一つの“名目”がウチのアイドル達に与えられてしまった事なのである。

 

 そんな事をつらつらと死んだ目で考えていると、ニマニマと満面の笑みでこちらによって来る少女達。

 

 ほら見ろ、やっぱり碌な行事じゃありゃしない。

 

 近づいてきたのは――――

 

 

→ ・獣っぽい耳を生やした普段から悪戯三昧の極悪コンビ

 

  ・背中に蝙蝠の羽をつけ、可愛らしい尻尾を揺らす優等生少女

 

  ・鬼の角を生やした元気いっぱいの小鬼達

 

 

――――― 

 

 

 

「「ひっきがやーさーん~!! トリックオアトリート!」」

 

「お前らはいつだって悪戯三昧だろ……ほれ、菓子やるから大人しくしてろ」

 

「「えぇ~~、つまんなーい!!」」

 

 だが、攻め方が分かってる以上は解決法もある訳で。ソレを俺が用意していないわけもなく脇に寄せていた段ボールから包み紙で包装されたクッキーだのマフィンだのが入ったお菓子を雑に放り投げれば二人“赤城 みりあ”と“城ヶ崎 莉嘉”は心底つまらなそうに抗議の声を上げる。

 それを見ていた周囲の反応も様々でつまらなそうに舌を鳴らすのもいれば、お菓子の存在に目を輝かせる者まで多種多様。というか、それだけでなんかを企んでいた組と無邪気に楽しんでいる組とで見分けがつくのが何とも言えずつい苦笑してしまう。

 

「ていうか、なにこれ。めっちゃ手が込んでる!! 超かわいい手作りじゃん!!」

 

「あっ、ホントだ!!……ハチ君ってお菓子作れたっけ?」

 

「馬鹿言うな。十時とかに作って貰ったんだよ」

 

 ブーブー文句を言う割にはお菓子自体は嬉しかったのか中身をしげしげと検分した二人が声を上げるのに肩を竦めてあっさりネタばらし。今日の日の為に営業帰りにお菓子の業務用の奴を箱買いしようとしたら普通に十時に怒られ、材料費その他倍ドンの手作りお菓子と相成った。どうにもブラック〇サンダーを配って終わりというのは許されなかったらしい。

 

 まあ、それでもその他の有志を募った結果、結構集まったらしく大量のお菓子を寮の厨房を借りて作りラッピングまでして今日の二人の手元に配った可愛らしいモノとなったのだが、試しに一個試食させて貰ったが味も折り紙付きなので遠慮なく齧り付いた二人も満面の笑顔でガフガフと食らいついている。

 

「うーん! 美味しい!!」

 

「お代わり!!」

 

「そう言うシステムじゃねーよ」

 

 あっという間に完食した二人が段ボールに伸ばした手をぺしりと撃ち落とせば、不満げに頬を膨らませる事数舜。今度は何を考えたのか二人でゴソゴソ作戦会議を始めてニンマリと笑いつつ部屋の外へ出ていき――――慌てた様子で戻ってきた。

 

「いまここにみりあ達が来なかった!?」

 

「……はぁ? 何をいって 」

 

「ばっかもーん!! ソイツ等は偽物だよ!! 本物の莉嘉たちはまだお菓子を貰ってないの!!」

 

「だから!!」

 

「今度こそ!!」

 

「「トリック!!」」 「「オア!!」」 「「トリート!!」」

 

「漫才なら他所でやれ、馬鹿共」

 

「「はぐぅっ」」

 

 完璧なコンビ芸を披露してお菓子強奪か悪戯を目論む性悪娘達の口にもう一個の箱から出した黒き稲妻を放り込んで黙らせる。ザクザク触感とほろ苦い甘さが病みつきになるその俺の一押しチョコ。止められはしたが個人的には久々に食べたくて買ってきた箱がこんな形で役に立つとは―――やはり最強か。

 

 というか、君達どこでそんな芸覚えてくるの? むしろ最近はちょっと面白くなってきて心の中でイイネを押しちゃうレベル。

 

「むぐー、美味しいけど……こういうんじゃないんだよなぁ」

 

「ねー、ハチ君って本当に乙女心を分かってないよね~?」

 

「あのえげつない悪戯の数々にどんな乙女心が含まれてたのか是非とも聞かせて貰いてぇもんだよ、俺は」

 

 床に直座りでボリボリと口の中でチョコをかみ砕きながらぶつくさ文句を零すワーウルフとワーキャット(ライオン?)の少女達に視線を合わせる様にかがみ込んでジト目を向ければそれこそキョトンとした様子で目を丸くした二人はクスクス笑いながら俺の首っ玉に飛びついてくる。

 

 油断させた所に襲いかかって来るとは――不覚である。

 

 その勢いに押し倒された俺に揃って跨った二人は本当に楽しそうに笑いながらあっけらかんと言い放つ。

 

 

「「そんなの――もっとハチ君と遊びたいからに決まってんじゃん!!」」

 

 

 そんな無邪気で可愛らしく、太陽みたいに裏表のない表情で言い放つ“モンスター”達に俺は一瞬だけ目を見開き―――苦笑と共にゲラゲラ笑う二人に降参をするように手を上げた。

 

 そんな二人に触発されたのか、こっちに我先にと尻尾やらマントを振り乱して近づいてくるちびっこ怪物達の相手は随分と骨が折れそうだとこの先の筋肉痛などの被害に思いを馳せて八つ当たりのように悪童二人に軽いデコピンでお仕置きをするのであった、とさ。

 

 

 あと、どさくさに紛れていい歳した奴らも混ざって来るな。断固として相手はしないぞ、馬鹿やろう。

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ありゃりゃ、これまた随分と派手にやられましたねぇ…」

 

「お陰様でお菓子も俺の体力も完売だよ、ちくしょうめ」

 

 お子様モンスター軍団のお菓子強奪&悪戯という名のじゃれつきを単身でさばき切り、心行くまで遊んだ彼女達はパレードに向けてのお色直しでようやく哀れな生贄を開放してくれた。その頃にはあれだけあったお菓子もすっからかんで、俺の体力も底をついてべちゃりと地べたに寝そべっていた所で聞きなれた声が苦笑と共に耳朶を叩き、それに吊られるように顔を上げれば予想通りというべきか、栗色の髪を二つに分けた柔らかい顔つきの女“十時 愛梨”が覗き込むように微笑んでこちらを見つめているのと視線がかち合う。

 

 かくいう彼女こそが初代シンデレラに輝いたアイドルであり、あの力作のお菓子作りを主導してくれた人物である。そんな彼女に軽口を何とか返せばそれすらも可笑しそうに笑って俺の頬を付いてくる。

 

「いいじゃないですか。私の自慢のお菓子よりもハチ君に構って貰いたいっていう子があんなに居たんですから~? 妬けちゃいますねぇ、むにむにうりうり~?」

 

「お菓子も強奪されて、悪戯もされるとかルールバグってない? おかしくない? 等価交換の原則はいつねじ曲がっちゃったのん?」

 

「えへへ、まあ、おおむね皆にもお菓子の評判も上々でよかったです。――それで、お菓子が無いハチ君は私に何をくれるんですかねぇ~?」

 

「………ブラック〇ンダーならポケットにまだ一個あります」

 

「い・た・ず・ら 決定 ですね~♡」

 

 なんという事だろうか。運営側だと思っていたこの女、ちゃっかりとビィランに鞍替えしていやがった。いやね、確かにすっかり他の人間の個数を数えて作って貰ってたからお前の分を忘れてた俺も悪いけどね? あ、でも、ほら、お礼にリンゴマークのカード上げたしね? あれ、ちょ、十時さ、―――

 

「ぐえっ」

 

「まったく、いい加減に自分の事も相方の事も考えれるようになってくださいよ~?」

 

 倒れ伏す俺の頭を両手で掴んだので何をされるかと思い、思わず目を閉じたのだが意外にも痛覚はいつまでも働きかけてくる事なく代わりに後頭部に柔らかくて温い感覚に包まれた事を感じて恐る恐る目を開ければプンスコといった感じに頬を膨らませる十時が目に入る。

 

 べちべちと八つ当たりなのか、気づかいなのか分からない感じで汗をふき取るハンカチを俺の顔に当てつつカボチャを模した魔女のローブに包まれた腿で俺の頭が馴染む場所を探してくれている。

 

 まあ、なんというか、随分と献身的な“悪戯”もあったもんだと苦笑を零しつつもその手を緩くタップするついでにとりあえず謝っておく。

 

「いや、まあソレに関しては悪かったよ。あと、改めてお菓子助かった。箱買いのチョコじゃ流石に味気なかったよな」

 

「………ふふっ、まあ、及第点といった所ですかね。お菓子に関しては作った時に皆で一杯味見したから気にしなくていいですよ~? こういうのってやっぱりあんな風に喜んで貰えるのが嬉しくて作るものですから―――その点では大成功だったでしょう?」

 

 そう微笑む彼女にあの馬鹿みたいに笑いながら美味い美味いと騒ぐちびっこ達の表情が思い出され笑ってしまう。あれがもう少し大人しければ世間で言う最高の年少アイドルなのだろうけれども……まあ、身内の前くらいでは年相応に我がままでも構わないとおもうくらいには俺はあいつ等の事をそれなりに可愛くおもっているのだ。

 

 そんな独白を知ってか知らずか優しく額を撫でて答える彼女はしばし無言のまま微笑んで、空気を換える様にいつものおっとりした顔にちょっとだけ意地悪気な色を足して俺の顔を覗き込む。

 

「ところで、ハチ君はまだ“トリックオアトリート”してませんよねぇ?」

 

「……いや、俺は別に」

 

「し て ま せ ん よ ね ?」

 

 にこやかながら圧倒的な圧力。ついでに言えば顔を両手でがっちり挟まれ言うまで逃がさないと言わんばかりの姿勢に息を呑む。

 

え、ナニコレ。言うまで逃がして貰えない感じ? 普通に怖いんだが。

 

「………ちなみに、言うと何が出てくるんだ?」

 

「言ってみたら分かりますよぉ~?」

 

「なにそれ、普通に怖…ぃでででで、分かった! 分かったからこめかみ潰すな!!――――と、トリックオアトリート?」

 

「んふふふ、いっつも頑張ってるハチ君には――とっても甘い、あま~いお菓子を用意してるんですよ~?」

 

「お?」

 

 グニグニ押し込まれるこめかみの痛さに根負けして恐る恐る合言葉を呟けばパッとその圧力は無くなって、悪戯を成功させた少女のように微笑む十時がそんな事を言うので思わず安堵の息を吐いてしまった。

 なんだ、あれだけ勿体ぶるものだから一体何をされるのかと思って身を竦めてしまったが何の事はなく、ただ余分に作ったお菓子を俺にとって置いてくれていたという話らしい。

 

 ニコニコと微笑む十時に驚かすなと文句を言おうと口を開こうとしたところでおかしなことに気が付く。

 

 

「――――なんか近くない?」

 

「愛梨特製の“お菓子”を食べるんですから―――これで、いいんですよ~?」

 

 

 そんな溶けるような温度の言葉と近付く彼女の体温とお菓子の様な甘い匂い。それが何を意味するか気が付いた時には既に時は遅く、俺の顔は―――

 

 

「甘くて~、フカフカで~、柔らかくて、癖になっちゃう最高のデザート。

 

 目一杯、堪能してくださいね♡」

 

 

 詳細は省くが、おそらくこの世の男子が羨望して止まない最大級のマシュマロを息がつまる程に味合わされた事だけはここにご報告させて頂こう。

 

 

 




(´ー`)はろうぃん!!


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はろうぃん☆はろうぃん 後編

 

 10月末を代表する奇祭の影響かいつもに増して賑やかで華やかな雰囲気を際立たせる346パークの園内は誰もが今日限りの仮装を思い思いに楽しんでいる。子供から大人までがその非日常を楽しむ園内だが、それとは別に登っている太陽が沈みゆき黄昏時が宵闇を呼び込む時間帯が近づくにつれて誰もが落ち着きを失くしてゆく。

 

 誰もがまだか、まだかと忙しなく期待に胸を膨らませる原因は園内どころか街中に張り出された広告に打たれた告知のせいだろう。

 

 今や日本どころが海外ですらその名を知らしめる日本有数のアイドルグループによって行われるというナイトパレード。優美なデザインと意味深な招待状だけが描かれたそれには日付以外の時間も書かれていなければ、内容も記載されておらずただ今日この場で“何かが起こる”というだけのふざけた物だ。だが、ここに集った誰もがソレに文句を言うことも無くただただ待ちわびる。

 ステージを見に行ったファンは何度見ても度肝を抜いてくる演出に期待を募らせ、テレビで話題だからと興味も薄い人々は噂の破天荒さに胸を高鳴らせ、無邪気に遊びまわる幼子達は滅多にいる事を許されない夜の遊園地と不思議な熱気に不安と好奇心を滾らせて誰もがその瞬間を待ち望み―――太陽が隠れ、宵闇が訪れた瞬間にその予兆が現れた。

 

 粛々とポールと境界線を引いていくスタッフ達が溢れる人波を割ってパレード用のラインを作っていくその光景。

 

 当たり前と言えば当たり前のその光景にちょっとの落胆を抱いたのは筋違いと分かっていても肩を落とさざるを得ない。ナイトパレードというからには行進を妨げるモノがあってはならないのは当然だし、こういった準備は逆に安心して楽しめるための配慮なのだから評価されてしかるべきなのだが、ありきたりな内容であることに変わりはない。

 

 誰もがあの“ネジの外れた”アイドル達はもっと奇想天外な仕掛けを打ってくるものだと思っていたのだ。

 

 自分たちの想像を一回りも二回りもかっ飛ばした常識を塗り替える様な衝撃を常に与え続けてきたその姿は日本中が毎日のようにニュースやらテレビで知らない人間はいない。だが、まあ、それが異常なだけであって恒常的にそんな体験を求めるほうがおかしいのだ。

 それに、まだ始まってもいないイベントを下準備だけで肩を落とすなんてのは逆に毒され過ぎている事に苦笑いを零しつつ、切り替えて誰もがそのラインの前に集おうと足を向けた時に―――園内中にある大画面の映像が切り替わり、一人の少女が真っ白な画面の中で映り込む。

 

 透明に近い金髪に、不健康なほど細いその体躯を煌びやかなのに何処か不気味な真っ黒なドレスに身を包んだ少女。

 

 その異様な雰囲気に誰もが息を呑み、眼を奪われているウチに園内の光源は徐々に絞られてざらつく画面の先に映る少女だけが全ての視線を集め  少女は小さく歌い始める。

 

 ざらつく映像の中で、表情を変えもせずに彼女は歌う。

 

 マザーグースの中で、唯一この日を謡ったもの。

 

“ハロウィンの夜に、貴方は色んな魔女に会う。全ての魔女が揃う”

 

 たったそれだけの短い歌詞はそれでも会場中にいる全ての人間が息を呑む不気味さを湛えていて、そんな人々を嘲笑うかのように少女は唇を歪めて微笑み――“Happy Hallowe’en”と小さく呟いて映像は途切れた。

 

 あれだけ賑やかだった園内は、あっという間に静寂に包まれて人々は思わず近しい人間と身を寄せ合って周囲を伺ってしまう。さっきの映像の少女に充てられたせいかさっきまでクスリと笑ってしまっていた仮装に身を包んでいる全ての人間に“もしや”という疑念を抱いてしまった。

 

 そんな訳はないと、心では分かっているはずなのに。

 

 そんな自分を笑い飛ばすために周囲を見回し―――いくつもの仮装したお化けたちが蹲っていた事に気が付いた。

 

 会場中のあちらこちらに、気が付けば点在するシーツに可愛らしい目を縫い付けただけのシンプルな仮装。たったそれだけの珍しくもない姿とはいえ、奇妙に目を引く。

 

 というか、そもそも………いつからこいつ等はここにいた?

 

 そんな疑念に冷や汗が背を伝うのを感じると同時に、シーツのお化けが小さく震える。

 

 まるで、図ったかのように一斉に肩を揺らし、小さな笑いをさざめきの様に揃えていき徐々にその笑い声は ケタケタと ゲタゲタと キャラキャラと 大きくなっていきその異様な光景に誰もが恐れ慄いた。

 

 自分は、何処で、今、いったい何に巻き込まれたのか?

 

 さっきまで確かにあった自分の立ち位置を失ってしまったかのような不安感に苛まされる民衆を他所にそのお化けたちは笑い声をちょっとずつ歌声に変えてつつ立ち上がって歩みを進める。

 

 

“This is the Night of Halloween

 

This is the night of Halloween

When all the witches might be seen;

Some of them black, some of them green,

Some of them like a turkey bean.“

 

 

 重なり合う声は、いつしか溶け合って 誰もが聴き込むような美声になる。

 

 バラバラだったお化けはやがて列となり、群となり、引かれたラインの一歩中へと踏み込んでその歌を終え――――そこで初めて観衆は気が付いた。

 

 引かれた行進列の最奥に大量のお化け達の布を全てをくっつけても足りない様な巨大なお化けがいる事に。

 

 分からない。分からない 分からない。

 

 あれが何なのか。 いつからいたのか。 分からないから、月光に照らされるソレを黙って見つめる事しか出来なかった。

 

そんな誰もが身じろぎ一つ躊躇う中で、月明かり以外の光源が初めて揺らぐ。

 

“ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ”なんて不気味な音を立ててカボチャを被った案山子がその巨大なお化けの影から篝火をもって現れ、こういった。

 

『Happy Hallowe’en Night!!』

 

 そんな一言と共に案山子は自らに火をくべ 激しく燃え上がり踊り狂う。

 

 踊り狂った火の粉がお化けの布に移り、溶ける様に燃えてゆく布の奥から現れたのは―――――百鬼夜行をその背に乗せた巨大なカボチャの城であった。

 

 その大口の中に飛び込んでいった案山子によってカボチャの城は息を吹き込まれたように全ての燭台に火を灯し、くりぬかれた大口や瞳から憤怒に燃えた炎を吐き出しつつその背に乗せる怪物達を照らした。

 

 吸血鬼に魔女、人狼にフランケンシュタインにゾンビ―――数えきれないくらいの魔物に扮した美姫達は誰もが不敵に怪しく笑いながら声を揃えて歌い上げる。

 

『Happy Hallowe’en Night!!』

 

 その声と共に、園内全てに設置された篝火が一斉に業火を吐き出して闇夜に光と影を躍らせる。

 

『Happy Hallowe’en Night!!』

 

 その炎の揺らめき合わせ、厳かに整列していたお化け達ももう辛抱溜まらんといわんばかりにその布を脱ぎ捨てた。

 

 幽霊にゾンビ、ジャックオーランタンにスケアクロウにアルウネラとシーツの下から現れるのも見目麗しすぎる怪異 怪異 怪異。

 

 全ての魔物がベールを脱ぎ捨て、篝火に合わせたようなおどろおどろしくも愉快なメロディを刻む音楽が爆音で鳴らされ、ゆっくりとその列が行進を始めた時に完全に呑まれ翻弄されていた観客たちはそこにいるのが誰なのか気が付き――驚嘆と、衝撃と 確かな感動に包まれて誰もが大歓声を上げずにはいられなかった。

 

 カボチャの城でその衣裳を見せつける様に満面の笑みで手を振るのは世界にその名を轟かせた“高垣 楓”を始めとする346の頂点に君臨したシンデレラ達で

 

 目の前で、いや、ついさっきまでこちらに立って自分達の心胆を冷やしたお化け達は誰もがトップアイドルを名乗って憚らない“シンデレラプロジェクト”の乙女たちが悪戯を成功させた子供の様に意地悪気な顔で微笑んでファンサービスを振りまいている。

 

 日常から不思議な夜に引き込むために―――ここまで体を張るのか?

 

 張るのだ。

 

 この“ネジの外れた”アイドル達は。

 

 誰もが、予想を裏切られた。

 

 誰もが、想像もしなかった。

 

 だから、このアイドルグループは全ての人間に中毒の様な快感を刷り込んで火を灯していく。

 

 揺らめく篝火の灯りの中で汗も拭わず全力で観客に応えながら行進していく彼女達の唄が特別な夜に響く。

 

“楽しい夜だ 賑やかな夜だ 誰も彼もが 人も怪物も 踊り狂え

 

 競った悪戯に 甘いお菓子を持ち寄って 夜を明かせ パーティーだ

 

 今日という日は始まったばかり まだまだ夜は終わらない”

 

 陽気に歌い、練り歩き、笑いかける今世紀最悪の百鬼夜行は誰も彼もに熱狂という火を灯して全ての人をステージへと誘っていく。

 

 

 夜は―――まだまだ始まったばかりなのだ。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

「あっははははは! みなさーん!! カワイイ僕のジャックオーランタンによる着火の瞬間はどうでしたか~~!!? 余りの可愛さに度肝を抜かれた事でしょう!!」

 

「え……、あれ、幸子ちゃんだったの? スタントさんかと思ってた……よ?」

 

「ふ、フヒヒ、……だから、ちょっと焦げた匂いがしてる、のか?」

 

「誰も気が付いてないっ!!」

 

 “ワハハハハハハハハハハ”

 

 波乱のナイトパレードも無事に終わりそのまま特設のカボチャ城をステージにオープニングを務める142‘s達が順調な滑り出しをしているのを見届けてようやく息を一つ大きく吐いた。

 

 普通のパレードの常識やセオリー総無視の試みは実に肝が冷え込んだ。まず、盛り上げるパレードで観客をビビらせる所から始まるとか意味が分かんない。その上、こっそり観客に紛れて小梅の映像に気を取られてる隙に折りたたんだシーツを被って観客に紛れるとか警備スタッフが裏でゲロ吐くくらい心労モノだ。

 

 その他にも言いたい文句も苦労も堪える事はないが、まあ、終わりよければ全てよしだろう。どうせ深く突っ込んだところで誰も聞きゃしないし、最終的にゴーサインを出したのはこっちのボスなのだから今は素直に成功を喜ぶべきだろう。

 

「肝心のステージも終わってないのに楽観とは随分お気楽なモノね?」

 

「とちる予定でもあんのか?」

 

「鴉が、誰にどんな口を聞いてるのかしら」

 

「あだだだ」

 

 舞台袖から進捗を見送ってどっぷりと溜まった心労から深く溜息を吐いていると思わず背筋が伸びてしまう様な静かで張りのある声が掛けられたので、反射的に軽口を叩いたらチクチクと小道具の弓で背中を刺されたので払うために振り返れば、案の定そこにはデレプロ内でも一、二を争うくらい目つきの悪いアイドル“財前 時子”が冷たい目で俺を見下ろしていた。長男じゃなきゃ泣いてるレベルの痛さと怖さである(notハロウィン。

 

 そんな彼女もウチの所属アイドルである以上は当然仮装をしているのだが――豊かな赤毛はそのままに耳だけは特殊メイクで長く取れ気味に伸ばされ、いつものボンテージっぽい服ではないゆったりとしたローブと狩衣を合わせたような服装に手には弓と矢。

 

 まあ、いわゆる“エルフ”という種族が物語から飛び出てきたらまんまこんな感じなのだろうと思えるくらいの完成度を誇る彼女がいつもの様に眉間に皺を寄せていた。多分、本物も人間嫌いらしいからこんな感じの視線で人間を見下しているはず。

 

「なによ」

 

「いや、普通に似合うな――って、いででで。なんで褒めたのに刺すんだよ」

 

「分かり切った事をいちいち言うんじゃないわよ」

 

「へいへい。で、法子は無事にやってるみたいだけど見なくていいのか?」

 

「………別に、そんなのどうでもいいわよ」

 

 褒めたのにチクチクと背中を刺される事に若干納得がいかないが、彼女の本来の目的であろう相方の少女が丁度ステージに出てきた事を教えてやると素っ気ない返事。だが、それでもいつもは極寒の視線に少しだけ柔らかさを混ぜこんでいるのがバレバレなまま彼女はステージで賑やかにトークを交わす法子を見守る。

 そんな偏屈な部分にちょっとだけ苦笑を漏らしつつも俺もステージの方に視線を向けようとすると唐突に彼女からタンブラーを突き出され目を白黒させてしまう。

 

「……なんだ、これ?」

 

「法子が勝手に私のタンブラーに安物の茶葉を足したのよ。不味くて飲めたもんじゃないから処分しておきなさい」

 

「……ああ、そう。んじゃ、ありがたく」

 

「返さなくていいわよ。鴉が口をつけたのなんてぞっとするわ」

 

読解に少々だけ時間はかかったが、どうにも紅茶の差し入れもこの舞台袖に来た理由の一つに含めてくれているらしい。蓋を開けた先にはぶわっと広がる熱々の紅茶の豊かな匂いと熱気。10月末とはいえ大分冷え込む夜風の中では流石にジャンバー1枚では冷え込んできた所なのでありがたくその差し入れを頂くことにする。

 

 甘く、渋く、柔らかい。

 

 どっかの誰かさんみたいなその味わいに少しだけクスリと笑いを零してしまったが、ぎろりと睨まれ目を逸らす。エルフはどうにも日本で言う“サトリ”的な能力も備えているらしい。くわばらくわばら。

 そんなこんなでどうでもいい戯言を脳内で繰りながら猫舌を酷使しながら紅茶で暖を取っていればステージはつつがなく進行していき、遂には隣の女王様の出番まで間近となっていた。

 

「ん、そろそろ出番だな。よろしく」

 

「……一度、徹底的に躾けてやるから覚悟なさい、鴉」

 

 俺の軽口に律儀に答えてくれるエルフの女王様にひらひらと手を振ってノーセンキューを伝えていると―――マジマジとみられている事に気が付く。

 

「なんかついてるか?」

 

「――――」

 

 俺の問いに答えることも無く彼女は厳めしい顔のまま、そのしなやかな親指でそっと俺の唇をこする。攻撃でもなく、年少に行う慈愛に満ちたモノでもない――不思議な雰囲気を宿したままその撫でた指を離して眺める彼女に俺は首を傾げるしかできない。

 

「なんだ?」

 

「……相変わらず間抜けな顔だと思っただけよ。―――精々、私のステージから気品というモノを学ぶことね?」

 

 そういってニヒルに頬を歪めた彼女が立ち去っていくのを頭をかきながら見送るしか出来ず首を傾げていると入れ替わりにステージから降りてきた狼の耳を付けた法子がやってきた。

 寒い夜風の中で濛々と体温と汗で湯気を立てて顔を興奮で赤くしているのを見るとこちらもその健全さについつい頬を綻ばせてしまう。

 

「あははははっ、今日もドーナッツみたいにサイコーのステージだったよハチさん!!」

 

「あいよ、お疲れさん。体冷える前に汗吹いとけ」

 

 勢いそのまま突進してくる法子を受け止めつつ首元にかかっているタオルで頭をガシガシふき取ってやると飼い犬みたいにソレに目を細める。その様子がおかしくて苦笑を零していると法子が何かにきづいた様に目を瞬かせる。

 

「…それって、時子さんのお気に入りのタンブラーじゃない?」

 

「ん? おう、お前が入れた紅茶が安物だからって俺に差し入れしてくれた奴だな」

 

「……ん、私が?―――あっ、ふふっ。うん! そうだね!! 私が時子さんの嫌いな茶葉入れちゃったから仕方ないね!! でも、そのタンブラーすっごい高い奴だから捨てるのはもったいないね。色も大人っぽいし、そのまま比企谷さんが使った方がいいよ!!」

 

「いや、別に洗ってかえしゃいいだけでしょ…って、いででで。なんで? ナンデ、アィエエエェェ」

 

「うん、その方がぜっっっっったいに いいと思うんだ!!」

 

「なに? そこまで俺って雑菌扱いされてるのん? 小学校の黒歴史レベル案件じゃん、それ」

 

 時子の言葉がいつものツンドラでなく単純な嫌悪だったと一番仲のいい少女に肯定された衝撃で肩を落としている俺を当の本人はニコニコと満面の笑みで俺の事を見つめて意味の分からんことを呟いている。

 

 

「ふふふふっ、時子さんはやっぱ可愛いとこいっぱいあるよね?」

 

「……なんのこっちゃ?」

 

 

「んー、   時子さんも、今日はちょっとだけ素直になった  ってお話だよ!!」

 

 

 満面の笑みでそう答える彼女に俺はやっぱり首を傾げる事しか出来ず―――ステージで燦然と迷える子豚を導いてる顔なじみの女王様に今度このなぞかけの答えでも聞いてみようと心に決めたのだった。

 

 

 





 華々しく、不気味で愉快な百鬼夜行がテーマパークをこれでもかと練り歩きお菓子や笑顔、何処までも響く笑顔なんかをばら撒いたパレードは大成功のまま終わりを迎えた。

 誰も彼も非日常の中で空想か、幻の様な曖昧な境界に好奇心とちょっとスリルを味わいながらも数多くのアイドル達のパフォーマンスに酔いしれて夢見心地のまま会場を後にしたらしい。そんなこんなで開園以来で最大規模の動員となったイベントは何事もなく終わり、年少組を送り届けたウチの怪物アイドル達はいつものごとく勝利の宴を開くべく〆の挨拶もそこそこに予約していた呑み会場に直行というのも手慣れた流れである。

 本来は報告書やらミーティング的なモノを行うのが一般的らしいが、会社の実質トップの常務も、直属の上司である武内さんやチッヒもここにいるのにそんなものを書くのも馬鹿らしくいつも通りご相伴に預かっている。

 ちなみに、しょぼくれる目の要求に従ってさっさっと帰りたいという要求を無理やり通すとその後が大変なのは実証済みなので素直に隅っこで呑んで座布団で眠りについた方が被害は少ないのである。

 そんな経験を生かした戦法で程よく暴れる姦しい声がBGMと化し、瞼の重さがいよいよ臨界点を超えてきた所で俺の肩をゆすったのは――――





( *´艸`)続きは、君の中に芽吹いた妄想次第さ。ウヒヒヒ。



♡ Happy Hallowe’en my friends 


終わりん♪


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約束 上

_(:3」∠)_今日もやったんでー、と一人声を出すsasakinなのです(笑)

ヽ(^o^)丿今日は沼友の雪見さんからのリクエスト代価である”泰葉”回!!



 さてはて、季節はあっという間に移ろいゆくものであれだけ暑かった日差しはあっという間に心地いいものになって逆に日陰に入れば薄ら寒くなるような有様になってきた。そんな陽気に合わせる訳でもないのだろうけど芸能界のファッションというのも日進月歩、先取り上等してなんぼな世界なので求められるアイディアはもう既に粉雪がちらつく頃の装いなのである。

 まあ、つまり、有体に言えば自分の所属する346プロダクションのロビーに併設されている喫茶店でさっきから空回るデザインラフを書いては消して書いては消してを繰り返しているのは全くそのその作業が進んでいない事からの現実逃避という奴だ。

 

 ついには完全に止まった手からペンを放り出して何杯目かも分からない紅茶をズルズル吸い込み溜息を零すだけの産廃へとなり果てた私“佐藤 心”は気分転換に秋の陽光を燦然と受けて輝く豪奢なロビーに視線を流し、時間を食いつぶす。

 

 かつての一介の地下アイドルであった自分がひょんな出会いから“デレプロ”に拾って貰ったきっかけである衣裳デザインの業務。実はこの仕事がアイドルと兼任で続けさせて貰ってる事は一般にはあまり知られていないが、かつて作られた同僚たちの衣裳のほとんどには関わらせて貰っている。

 それは、ここがトップアイドルになり小早川コーポレーションの援助が受けられるまでに人手が足りなかったという切実な理由もあるし、個性的なアイドル達の意見を忌憚なく聞き出してソレを制作側の可能領域までの落し所を探せる人材というのがいまだに見つからない事が起因しているとはいえ、何よりもやっぱりこの仕事に愛着と誇りがあるからそういう部分で力になれているというのは素直に嬉しいし、誇らしい。

 

 ただ―――それが無限にこなせるほどに才能が溢れているかどうかはやっぱり別問題。

 

 ただでさえ普通のアイドルグループを超える大人数。その上、それら全てがぶっ飛ぶ個性を抱えている子達の特性を掴みつつ、予定されている新規・既存ユニットのイメージを損なわない衣裳で更に季節感まで加わった物の原案を絞りだし続けるのは毎回ひと苦労なのである。

 

 せっかちな事に納期に余裕がある訳でもないが、こういう時に切羽詰まって洗練してない思考を突っ込むと大体の場合において碌なことが無い。

 

だから、こういう時はいっそのこと脳みそを空っぽにして全然別の事をして凝り固まった思考を緩めるというのも一つの技術で―――ちょうどいい時におあつらえ向きの玩具が通りかかるのもいつもの事なのである。

 

 豪奢な時計塔が見下ろすエントランスに現れた全く雰囲気にそぐわない猫背で気だるげなその姿。トレードマークのアホ毛に呑気な欠伸を浮かべる彼“比企谷 八幡”が自分の視界を横切るのはちょうどそんな時だった。

 

 自分の運命を変えた男で

 

 憎らしくも、可愛くて仕様がない。

 

 そんな自分の奥底にある何かを常に刺激する彼に私は嬉々として足を踊らせ近づいていった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 季節は澄み渡る天高き空に、かなこ肥ゆる秋。それと反比例するように削られて行く俺のやる気とボッチゲージ―――ドーモ、社畜の比企谷です。

 

 心の中で大学に行きもせずバイトという名の激務に身を費やす我が身を嘆きながら今日も所属アイドル達を現場に送り届けたり、外回りの挨拶を終えてきた体力ゲージ真っ赤な俺の肩を叩く何者かにワザとや嫌味でなく深く溜息を漏らしてしまう。

 

 自分で言うのもなんだが、色んな事情や成り立ちから所属しているアルバイト先は社内では蛇蝎のごとく嫌われていたりするのだがそんな部署でも売れている事は確かなので接触を図る人間は結構いたりする。というか、俺をバイトじゃなく正社員だと思っている人間も結構な数でかなりげんなりする。そうよね、ステージ発注からスケ管に打ち合わせに予算交渉までしてるのがバイトとは思わないよね? 俺もそう思う。ふざけんな。

 

 そんなブラック満載の職務環境のせいか勘違いも満載な取引や交渉をしてくる人間も多い。なので、今回もその手のものだろうと思って嫌々と振り返れば―――自分より少し低めの視線と、今どき珍しいおかっぱのような髪の毛の少女が柔らかに微笑んでいたので俺の予感は大きく裏切られたのであった、とさ。

 

「突然、すみません。……デレプロのアシスタントさん、で間違いありませんか?」

 

「………そうっすけど。おたくは?」

 

 はにかむように、ちょっとの怯えを混ぜたその表情。折り目正しい仕草に、まっすぐと伸びた背筋。それだけで誰もが育ちのいいお嬢様なのだろうと思う彼女の仕草。百人中百人が嫌悪感なんて抱きようのないその佇まいに俺だけだろう。

 

 “胡散臭い張りぼてがやってきた”だなんて感想を漏らすのは。

 

 その完璧に創られた表情と動作。言ってしまえば、完璧に人間が行う動作をトレースした精巧なアンドロイドのような彼女は俺からすれば随分と気味が悪い。人というのは―――もっと泥臭いのだ。こんな豪華絢爛なエントランスでゾンビのような眼をした男に話しかける人間はもっと忌避感をあらわにするか―――

 

「おーっす! ハチ公、まーたやる気のない目をしやがって!! ちょっとお姉さんとのお茶に付き合えよ!!☆彡」

 

 こんな風に脳みそのネジが全部ぶっ飛んだ人間かのどっちかなのだ。ここ、テストに出るので要チェックだぜ?

 

「……って、ハチ公。また女口説いて。そろそろ刺されるぞ☆彡」

 

「なんで、俺が口説いてる前提なんだよ…見ての通り、声かけられた側だわ」

 

「そういうところだ、ぞっ、と☆彡」

 

 首っ玉に飛びつくように腕を回した佐藤の乱入といつもの軽口の応酬をしているとそのまま首を絞められた――解せぬ。だが、そんな俺たちを見た少女は一瞬だけアンドロイドの仮面を外して無邪気にクスクスと笑いを零しつつも俺たちの阿呆な会話を緩く否定する。

 

「くっ、くくく、いえ、すみません。お二人の仲の良さが妙にツボに入って……失礼、申し遅れました。私の名前は“岡崎 泰葉”と言います。この346のアクターズ部門所属の俳優で――――そちらのプロデューサーの“武内”とお話をさせて頂きたくてお声がけをさせて頂きました」

 

 華のある笑み、というのだろうか? 一寸の隙も無く作られた微笑みの中で唯一、目だけは先ほどの無色透明なモノではなく静かな決意の光を灯した物へと変わって俺たちを睥睨する。だが、そんな明らかに故意ありありの危険そうな女をわざわざ多忙なボスの元へ連れていくほど自分も暇ではなく、上司はもっと忙しい。

 

 目まぐるしくココで面倒ごとを断ち切ろうと思考を巡らせている俺と、ソレを完封するための手管を選りすぐっている彼女の間に能天気な声が響き渡った。

 

「“岡崎 やすは”?……って、おーっ!! 超有名人じゃん。 子役で出てた“冷たい薔薇”も全編みたぞ☆彡 あ、ついでに握手とサインお願いしていい? ウチの部署って嫌われてるからこういう機会って滅多にないんだよね~?」

 

 あっけらかんと、そういって彼女の手を取って笑いかける佐藤に思わず二人揃って毒気を抜かれてしまった。向こうは予想外のリアクションに戸惑いを、こっちはいつもと変わらないその様子に。

 

「……佐藤、お前さんね?」

 

「はいはい、わーってるって。“面倒ごとを引き込むな”って言うんだろ? だけど、こーんな業界の礼節も知ってる大ベテランがわざわざハチ公みたいな木っ端に案内を頼んでる時点でもう大体の正規の方法は試し終わってるわけ。

 お前に断られれば今度は別のアイドルに接触してPの所に行くわけ。それでも、ダメなら今度はもっと小さい子に近づいてくのが目に見えてるんだから―――どうせなら爆弾は目に見えるとこで処理した方が手っ取り早いだろ☆彡」

 

 諭すように声を掛けた佐藤はくだらなそうに手を振って俺のお説教を打ち払い、つらつらとそんな事を言うので思わず顔を顰めてしまう。

 

 普段のおチャラけた側面ばっか見ているせいか忘れがちだがコイツは人の機微に敏く、頭がめっぽう回る。だから、こういう風にグウの音もでない程に理論的な事を詰めてくる事があってソレに言い返せず声を詰まらせた時のコイツの俺を見る目は非常に居心地の悪い柔らかさがあるので非常にやりづらい。――ただ一つだけ反論させて貰うなら、俺は爆弾があると分かったなら即時その場で埋めて見なかった事にする派である。

 

 そんな俺にクスリと笑った佐藤が今度は一転して意地悪気に微笑みつつ振り返って岡崎に声を掛けた。

 

「ま、そんな訳であと腐れなくウチのボスに面会させてやっけど下手な事したら叩きだすつもり満載なんで―――そこんとこ夜・露・死・苦☆彡」

 

 ぴらぴらと“よっちゃん様”とサインしてもらった手帳を振りながらそう凶暴に笑いかける佐藤に目を瞬かせた岡崎は、たまりかねたように吹きだして笑って答えた。

 

「ふ、ふふふふっ、あははっはっ!! いえ、くふっ、すみません、変わった人が多いとも聞いていたのでこういう返答は予想外で……いえ、ここまで言われたなら下手に隠すのもマイナスでしょうから正直に言わせて貰えばこんなに頭が回るとも思っていませんでした」

 

「ほほーう、天下の人気子役にそういわれるとははぁとも鼻が高いな☆彡」

 

「いえ、たった半年で芸能界の―――アイドルという幼い分野とはいえ、トップに躍り出た貴方たちを安くは見積っていたつもりもありませんよ」

 

 ケラケラと無邪気に笑っていた彼女は一瞬でその瞳に深い思慮と、暗い感情を宿して俺たちに相対する。最初の折り目正しさも、無機質で小綺麗な動作だけでもない――明確な敵意と侮蔑。その両方を並々と湛えたその視線。

 

 それに目を丸くした佐藤の小脇を軽くどつきながら俺は小さく嘆息を漏らした。

 

 ほれ見ろ、ろくなことになりゃしない。

 

 年齢が邪魔をする佐藤の渾身のテヘペロに若干の苛立ちを覚えつつ、頭の中で言うべき言葉を纏めている時に―――聞きなれた、低く囁くような声なのに妙に芯を揺らす声が俺の耳朶を揺らした。

 

「比企谷さんに、佐藤さん。―――ただいま出張から戻りましたが……何か問題ですか?」

 

 その無条件に頼ってしまいそうな力強く、微かに感じる強い熱と穏やかさが混ざった声の持ち主である偉丈夫“武内”さんは厳つい見た目に似合わないきょとんとした表情でこちらを眺めている。その後ろには、空港へと出迎えに意気揚々と出ていった“ちひろ”さんと今や世界中からの公演以来が止まない世界の“高垣 楓”さんも何事かと首を傾げている。

 

 そんな最悪のタイミングで鉢合せた彼らに頭痛を感じつつ、説明しようと言葉を纏めている時に―――――彼女は、“岡崎 泰葉”は動いた。

 

 

 舞うように、軽やかに。

 

 切実さを感じる程に力強く。

 

 何より―――先ほどまでの無機質な冷たい仮面を捨て去った、無邪気に頬を染めた少女の顔で。

 

 

「武内さんっ!!!」

 

 

「―――泰葉さん、ですか?」

 

 

 泣きそうなくらい切実な声で―――彼の胸元へと飛び込んだ言ったのだ。

 

 

 彼女の豹変ぶりに思考が追い付かず目を白黒する俺と、佐藤。

 

 意中の男に構って貰うために日々、鎬を削る恋する女二名が涙を溜めて縋りつく少女とソレを優しく抱き留めた瞬間を絶対零度より低い温度で射貫いた事。

 

 その他、エントランスを通り過ぎようとした誰もがそんなドラマティックで意味不明な光景に目を奪われ、満場一致で全く同じ言葉を漏らしたのであった、とさ。

 

皆さん、ご斉話ください。

 

 

 

 

「「「「「「「は?」」」」」」」」

 




_(:3」∠)_へへへ、感じるぜ、修羅場の波動をよぉ…


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約束 中

ヽ(^o^)丿やったー、みんな大好き修羅場回だよ☆彡


 

「ええ、先日の公演については惜しくも見に行くことが出来なかったのですが舞台の上での泰葉さんの活躍を耳にして無念に思ったものです」

 

「本当に酷いです。自分が取ってきた最後の集大成ともいえる舞台をこっちに丸投げしておいて舞台後まで来てくれないなんて―――随分とこっちの新しい子達に夢中なんですね?」

 

「い、いえ、申し訳なくは思っているのですが、そういったつもりは……いえ、コレもいいわけですね。本当にすみません」

 

「……くくっ、相変わらずですね」

 

年頃のように可愛らしく拗ねる様に頬を膨らませた少女“岡崎 泰葉”に対して、その偉丈夫とすら言える巨体を気まずさからか縮こまらせて折り目正しく謝罪する我らがボス“武内”さんの様子が楽しくてしょうがないといった風に頬を綻ばせて許しと意地悪な言葉をじゃれる様に投げかける。

 

 和やかで、気心が知れてる間柄にしか出せない穏やかな空気の中二人が楽し気に隣り合った席で言葉と笑顔を交わすこの空間は―――絶対零度の冷たい雰囲気に包まれているのを気が付いていないのは当人達だけだ。

 

 ほんわかぱっぱな空気を醸す二人の向かいにはニコニコと能面のような笑みでソレを見守る世界の歌姫“高垣 楓”と、この巨大なプロジェクトの財布と計理の全てを鬼のように管理する金庫番“千川 ちひろ”の“武内ガチ勢”筆頭のご両人が揃っていて、想い人に現れた新たな刺客を値踏みするようにその細めた眦の奥で見極めに入っている。

 

 表面上は和やかに見守る二人だが醸し出す空気はもう地獄さながらの冷たさ。なんならちょっと前の夏でもこんな居心地の悪い冷房は即リコール対象なまである。

 

「…おい、佐藤。お前が引き込んだんだから何とかしろよ」

 

「“しゅがは”だっつってんだろ。……いや、ここはハチ公が漢気見せて切り込んでけよ。正直、はぁともこんなん完全予想外だぞ☆彡」

 

 そんなTHE“修羅場”みたいな空気から脱出を図るためその地獄の卓を応接室の端っこで同じく佇んでいる“佐藤 心”に突撃させて隙を作ろうとするがさっきのエントランスでの威勢はどこへやら、完全に掌を返して逃げの姿勢に入った馬鹿と肘で不毛な小競り合いをしているウチに楓さんが舞台を動かした。

 

「ふふふっ、お二人ともとっても仲が良いんですね? 良かったら―――私達にも紹介して頂けませんか、彼女の事」

 

 この時の俺と佐藤の衝撃をなんと表したらいいだろうか?

 

 小競り合いしていた肘を思わずお互い怖すぎて組んじゃったレベルの戦慄。

 

楓さんが、ダジャレを―――挟まなかった だと?

 

 冷たい空気が一転してひりつくプレッシャーに塗り替えられ、部屋中の酸素すら一気に薄くなるような息苦しさ。普段のライブバトルですらココまで相手を威嚇する事のない彼女が切った先制攻撃は並みの新人なら踊る所か歌う事すら満足にできなくであろうそんなレベルの圧力だった。

 

 もっと分かりやすく言うならば――――“私の男に気安く触るな”。

 

 そんな殺意にも似た分かりやす過ぎる暗黙の警告だった。

 

 俺と佐藤がプルプル震えるしか出来なかったそんな圧力の中で――岡崎 泰葉は楽し気に愉悦を湛えた笑みでニッコリと意味ありげに微笑み、一言だけで端的に答えた。

 

 

「 私、武内さんの“初めて”の相手なんです 」

 

 

 空気が、しんだ。

 

 俺と佐藤も、恐さで思わず泣いた。ひぃん。

 

 小町……お兄ちゃん、平和な千葉が恋しいや……。

 

「そうですね、“初めて”武内さんがプロデュースしたのが『落ち目の子役だった』貴女、岡崎さんでした。―――随分と懐かしいお話ですね」

 

 そんな死に切った世界でパーテーションの奥で盗み聞きしていたアイドル達も泡を吹いて失神しそうな壮絶な空気をニコニコと毒をたっぷりと塗った言葉で切り裂いたのは我らが守銭奴“チッヒ”大先生であった。

 

 問題は全く空気が柔らかくなっていない事と、火花が余計に散っていつ大爆発するか分からない恐怖が増したことくらいだろうか? うん、悪化してるね…。

 

「落ち目というには彼女を取り巻く環境が少しだけ特殊なだけだったと自分は認識しています。岡崎さんは、私がこの“デレプロ”のプロデューサーとして抜擢される前に在籍していた“アクターズ部門”で初めて担当させて貰った方なのです。

 

 幼年期から子役やモデルとして活躍していた彼女が成長したその後の方向性を決めかねている時期に丁度、私がその任について色々と彼女と試行錯誤させて貰いました。自分の未熟さもあり、かなりの遠回りをさせてしまいましたが―――彼女は今や346のジュニア部門ではトップランカーとして活躍してくれているのは、自分の誇りです」

 

「い、いえ、今の私があるのは武内さんのお陰です。……貴方がいなかったら、私はきっと潰れていました」

 

「「………」」

 

 チッヒの悪意ある補足にその三白眼にいつもの小さく、それでも全てに火を灯す様な熱量を湛えた瞳と声で堂々と武内さんはそう宣言した。その顔は若かりしき頃の失敗と後悔。ソレを超えてなお諦めずに彼女と共に歩んだ軌跡に恥じるところは無いと言わんばかりに胸を張りこの男は言い切るのだ

 

 その姿に隣で彼の腕を組む岡崎は蜂蜜を溶かしたような甘い微笑みでその熱で頬を染め、向かいに座る二人は酷い頭痛を抱えるかのように額に手を当てて深く溜息を吐いた。

 

「……なるほど。そういった思い入れがある武内君と久々の再会ならちょっと甘えてしまうのは仕方がないですね。ところで、海外公演から戻って早々に次の公演依頼が来てましたよね。その打ち合わせをしたいので部外者の彼女にはちょっと席を外して貰った方がいいかもしれませんね?」

 

「あ、いえ、海外公演はやはり心身共に負担が大きいのでその話は完全休業日3日を挟んでからでも――――「早めに聞いた方が心の準備も出来ますから」――は、はぁ…」

 

「そうですね、段取りや演出も今回は先方の要望が特殊なので早めの本人の要望を聞きだしておけば逆にゆっくり段取りを詰めれるのでその方が休暇としては気が休まるかもしれません」

 

 もはや、あれこれ考えるのも面倒になったのか力技に出た楓さんの圧力に流石の武内さんも息を呑んで頷くしかできない。ココで肝なのはタレントとプロデューサーである二人の距離感を責めればかつての謀反事件のように自分が火傷しかねないのであくまで“お前はもう部外者だ”という所を押し出している所だろう。

 実際に、世間ではそんな休業日を挟んでいる場合ではないくらいに楓さんは今や時の人として引っ張りだこだ。その世界の歌姫の公演依頼に売れっ子とはいえ一俳優が首を突っ込める領分ではない。

 

 それに便乗したチッヒがいそいそと自分のデスクから山済みのファイルの中から引きだしてきたものを机の上に広げて援護する。

 

 普段は犬猿の仲なのにこういう時は完全なるコンビネーションを発揮するので恐るべきは女子の呼吸というべきか、恋の業の深さというかは傍から見ている俺には何とも言えない。だがまあ、これでこの息苦しい空間から解放されると思えば文句はないし――所詮は他人の色恋事情。馬に蹴られたくない俺は今後二度とこの件に関わらないように気を付けるので後はどうぞ好きにさや当てを楽しんで頂きたい。ガハハハッ、こりゃ勝ったながはは。

 

 

 

「……あぁ、すみません。では、手短に私の要件だけを済ませてしまうのでちょっとだけお時間を頂きます。それで、―――武内さんはいつ頃、“私の”担当に戻ってくれるんですか?」

 

 

 

 純粋な瞳で、本当に不思議そうにそう問う少女に  誰もが息を呑んで、偉丈夫を―――見つめた。

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「岡崎さん――――それは、現状では難しい……かと」

 

 そう、苦し気に答えた声に詰めた息を吐いたのは誰だったのか――俺には分からなかった。

 

 パーテーションの向こうで聞き耳を立てているアイドル達なのか、相対する席でその言葉を聞き遂げた二人なのか、恐怖から肩をぴったりくっつけていた元同僚・現衣裳原案担当 兼 アイドルの佐藤からなのか―――それとも自分の物だったのか。

 

 誰の物かは分からないが、きっと全員が零した物だったと変な確信があった。

 

 誰もが知っているから。

 

 この人たらしは、自分たちのプロデューサーは―――誰よりも義理堅く、不器用な人間であると。

 

 そんな男だからこそ誰もが盲目に、熱狂的に彼が用意する道は真摯に自分たちが駆け上がるために用意されたものだと信じて駆け上がることが出来た。どんな道化だとしても、未知の領域だろうと、自分の求める理想とかけ離れていると感じてもソレをこなして見せた先には自分だけではたどり着けない頂に必ずたどり着けると信じられた。

 

 だからこそ、そんな男だからこそその言葉は衝撃的だった。

 

 かつて、自分達よりもその道を共に歩んだ少女のその一言は。

 

 誰も知らない時期に自分達よりも先にその道に進んだ人間の言葉に彼はどっちを選ぶのかという不安は、その一言によって払拭された。そして――――その苦し気に拒絶の言葉を吐いた彼の苦悩と、そんな予想だにしていなかった言葉を掛けられた少女の絶望は想像に難くなく自分たちを苦しめた。

 

 安堵と、憐憫。それが絶秒に交じり合った空気の中―――少女は、透明なガラスのような表情で静かにひとひらの雫を零し、こう呟いた。

 

 

 

「約束したのに――――嘘つき」

 

 

 

 その声は、何処までも遠く深く―――全員の胸に響いて溶けていった。

 




(´ー`)切ない


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約束 後 ①

( *´艸`)今日は泰葉ちゃんの知られざる過去回想!!

 まだまだ初心だった泰葉を見てみんなの心もほっこりさせちゃうぞ!!


 私“岡崎 泰葉”の人生の全ては大体がテレビ局のバックナンバーか舞台公演の録画された記録媒体にあるものが全てだと言ってよかった。

 

 物心ついた頃には夫婦揃って演者だった両親の影響かスタジオや芸能スクールで“子役”になるべくして日常は形作られていたし、ソレに何の疑問を抱くことも無く生活していたので5歳の頃に唐突に降って湧いた“初主演”というオファーに勧められるままに頷いたのがその人生の始まりだろうか?

 

 有名俳優同士のサラブレットというネームバリューもあっただろうし、両親の顔を立てるという大人の事情も多分にあったはずだが―――当時、自分の周囲を見回しても自分以上に芝居の上手い子がいなかったという事実も要因として無くは無かったと思いたい。

 

 何はともあれ、初めて子役としてのドラマ出演というのは大反響と満員御礼のまま幕を下ろして当時の最高視聴率まで獲得するに至り、私は一躍“時の人”として日本中にその名を轟かせる事となった。その反響たるや凄まじいモノで、子供ながらにあのスケジュールをこなしていた事に改めて振り返るとドン引きモノである。

 

 最低限の学業に、苛烈なレッスン。同世代の子供の冷たい視線と、大人達からの満面の笑みと称賛。そして、多忙な両親とのたまにある面会で零される演技へのお小言と―――“誰にも心を許すな”という実用的なアドバイス。だが、碌に育てて貰った覚えもない両親から与えられたその言葉だけは実に有意義なモノだった。

 

 売れていれば、色んな思惑が入り乱れる。にこやかにすり寄る人間は厄介事や悪意を隠していて、気味の悪い程に優しい笑顔で自分を甘やかすマネージャーはいつでも自分が癇癪を起すのを恐れている。逆に、売れている事を鼻にかけていると思われてキツくあたる監督や共演者も多くいる。そんな環境の中でその言葉は至って真っ当な“親の愛”ともいえる至言だった。

 

 端から心を開いていなければ、何かされると思っていれば―――“裏切られた”なんて悲しみは背負う事なく平静でいられたのだから。

 

 甘言を弄する人間には“子供っぽく無知に”、私のご機嫌を過敏に気にする人間には“大人っぽい良い子で”、悪意をもって敵対する人間には“しおらしく服従を”。こんな生活に比べれば台本のある舞台など、つける仮面を迷わず済むぶん楽なものだ。だから、無味無臭な私の芸能生活はつつがなく華々しく過ぎていって―――十年もたたない内に静かにその人気は風化していった。

 

 何があった訳でもない。スキャンダルどころか遊びに行った記憶というのもほぼない枯れた生活を送って学校やスタジオでの収録などを繰り返しているウチに少しずつ出演依頼は目減りしていき、遂にはあれだけ忙しかった日々は自宅で過ごすだけというのも珍しくない様な有様になったのである。

 

 まあ、有体に言えば―――世間に飽きられたという奴だろう。

 

 話題性も、人気作もいつかは風化して忘れ去られて新しい刺激を求めて人は移ろっていく。こうなれば周りの人間も素直なモノで、すり寄って猫撫で声を出していたどこそこの番組プロデューサーとやらは影も見なくなり、あれだけ小まめにご機嫌伺いをしていたマネージャーはメールで申し訳程度に埋まったスケジュールを送って適当な励ましを掛けるのみとなった。むしろ、律儀に嫌味を言いに来る元共演者たちなんかは逆に義理堅く感じるくらい。

 

そんな日々で暇にあかせて作っていたドールハウス作りを一旦やめて、テレビをつけてみれば新作映画に抜擢された新人子役が番宣をたどたどしくも一生懸命にこなしているのを見て思わず笑ってしまう。

 

「ようこそ、地獄の芸能界に」

 

 そんな事を厭味ったらしく可愛くない顔で言えてしまうあたり自分も随分とこの業界に染まってしまったようだ、なんて他人事のように鼻を鳴らして背をうんと伸ばして窓の外を眺めた。

 

 晴天がどこまでも続く青空に小鳥が呑気に羽ばたいてるのを見て知らず息が漏れる。

 

 幼少の頃からここまで駆け抜けてきた。

 

 これ以外の全てを切り捨ててきた。

 

 学校も、友人も、一般家庭のような温かい両親も、遊びも、ぜんぶ―――全部だ。

 

 だから、単純に“舞台”が無くなった今の自分はモノの見事にすっからかん。悔しいとか、悲しいとか、そういう感情すら仮面でしか被った事が無い自分は、自分のためにその感情を発露する方法がさっぱり分からない本当の人形だった。

 

 これから、どうしたものか。そんな自分自身の事を投げやりに考えつつ手慰みに量産した人形を指先でコトリと倒したのと携帯の着信が鳴ったのは同時だった。

 

 久しくなることも無かったその連絡ツール。友人もおらず、両親は滅多な事では連絡を寄越さない。共演者という名のライバルなんてもってのほか。ならば、残った可能性はめっきりご無沙汰になったマネージャーぐらいのものだが―――いい予感はしない。

 

 進まない気分を無理やり奮い起こしてソファーの上に投げ出していたソレを手に取れば、ほらやっぱり。

 

【担当者変更について】

 

 そんな明確で簡潔な題名のメールがなんだか妙に面白くて私はケラケラと笑った。

 

 一人きりで、最低限の調度しかない部屋に響くその声は妙に響き渡って私はもっとケラケラと嗤った。

 

 飽きたら捨てられる、よくある人形の末路は、テレビの向こうで微笑む君の未来だよ?

 

 聞こえる訳もない先達からの忠告を、輝く子役に呪詛のように吐き捨てた。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 かつては自分のスケジュールを中心に全ての日程を決めていたはずのマネージャーがしごく面倒くさそうに日時を指定してきた事に苦笑しつつも承諾したその日。メールで随分と遠回しに書かれていたのを読む限りでは“私も暇じゃないので、新人に引き継ぎますね?”とのこと。いやはや、芸能界とは売れないタレントにはかくも無情なモノらしい。

 

 というか、まあ、彼女の気持ちも分からないではない。あれだけの激務を必死にこなして、子供のお守までやり切ったのにその結果が賞味期限切れの私を担当しているせいで上の方から随分と突かれているんじゃやり切れないだろう。

 ならば、経験豊富なタレントに新人をつけ実践訓練させるというお題目で切り離すのが一番綺麗な締め方という訳だ。

 

 そんな筋書きに苦笑しつつも久々に訪れた346の豪奢なエントランスと時計塔を通り抜けて指定された会議室にたどり着く。既に現マネージャーと後釜さんがいるらしく部屋の中からは人の気配と微かな会話が聞こえてくる。今から島流しを言い渡されるであろう現実にちょっとだけ抵抗するように深く深呼吸をし、静かにその扉をノックして押し開いた先で―――見慣れた妙齢のマネージャーの隣に座る芸能関係者とは思えないほどの偉丈夫と、目が合った。

 

 寡黙そうなのに、まっすぐと人を見るその目が―――妙に居心地の悪さを感じた。

 

「あぁ、学校とか忙しいのに急に呼び出してごめんなさいね? 本当に申し訳ないんだけど、急に担当が増えちゃってどうしても泰葉ちゃんのケアに支障が出そうだったから新しく来たアシストマネージャー君をとりあえずの顔合わせだけでも紹介したくて……でも、心配しないで、メインはそのまま私が継続だから彼とのやり取りで何か問題があればすぐに飛んでいくつもりだから!!」

 

「……いえ、そんな。田代さんが忙しいのは凄く良く分かってますのでむしろ申し訳ないくらいです。本当にいつもありがとうございます」

 

 学校にも碌に行っていないことくらい知っている癖に白々しい、だなんて顔に出すほど私の芸歴は短くない。それに、字面と彼女の振舞いだけで言えばその姿は完璧に長年連れ添ったタレントとの別れを惜しむ姿そのままなのだからきっと舞台に上がってもこの人なら十分に食っていける事だろう。

 そんな思考を完璧な笑顔で隠して私は彼女に勧められるままに椅子に腰かけ、ようやく件の新人さんとの挨拶を交わした。

 

「初めまして、“岡崎 泰葉”と言います。色々と至らない所はあると思うのですが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

 

「こちらこそ……ご挨拶が遅れて申し訳ありません。この度、岡崎さんのアシストマネージャーを務めさせて頂く事になりました“武内 駿輔”と申します。若輩の身ではありますが誠心誠意、岡崎さんと業務に取り組ませて頂ければと思います」

 

 まるで切り抜いたお手本のように交わされた自己紹介はつつがなく名刺を交換へと移り、人当たりの柔らかい微笑みはその仏頂面で目礼されるだけに留まった。天下の岡崎泰葉の満面の笑みにその対応というのは浮足立たない人物だという事を喜んでいいのか、付き合いの悪い人間だと肩を竦めるべきか悩むところだ。

 

 そんな私たちのやり取りを傍で見ていたマネージャーはちょっとだけ眉間を顰めつつも、ソレをあっという間に厚化粧の下に隠しこんで朗らかな声で語り掛けてきた。

 

「ふふっ、少し強面だけど真面目で真摯な人だから安心してね? それで、今後の事なんだけれども―――っと、ごめんなさい。新しいタレントの急用で調整が急に入ってしまって携帯が鳴りっぱなしなの……申し訳ないんだけど、引継ぎは武内君にしておいたから今後の事は二人でお話をお願いしていいかしら?」

 

 わざとらしく鳴らせた携帯に、不甲斐ない自分を恥じるような気まずげな顔を浮かべた彼女はそんな言葉を紡ぎつつもパタパタと手元の書類や筆記用具なんかを纏めてサッと席を立ってもう扉の前にいる。むしろ、ここまで来るといっそ清々しく感じて吹き出しそうになるのを堪えながら後釜さんに向けた微笑みと同じものを使いまわす。

 

「ええ、もちろんです。むしろ―――“働き過ぎで”体を壊さないようにご自愛くださいね? (私の時もそれくらい精力的だったら嬉しかったんですが?」」

 

「…………ありがとう、気を付けるわ。泰葉ちゃんも、頑張って頂戴?(昔くらいに売れたら、考えてあげるわ?)」

 

 サラッと交わした言葉に含まれる“副音声”。コレを聞き逃すようでは芸能界はやっていけないのでしっかりそれが聞き取れるマネージャーがついていた分、私は恵まれていた。さてはて、その点で言えば―――彼はどうだろうか?

 そんな好奇心からしまった扉の音を合図に向いに座る偉丈夫を見やれば、微動だにしない姿勢で彼はこちらをまっすぐ見るばかりだ。聞き取れていなくてこうなのか、聞き取れていてこうなのかは判断が難しい所だが随分と可愛げのない新人さんだ。

 

 そんな彼からボロを引き出すために脳内で作戦会議を開こうとしていると、意外な事に先に口を開いたのは彼の方からだった。

 

「………先ほどのようなやり取りは、昔からずっとだったのでしょうか?」

 

「意外、ですね。てっきりそういう事には踏み込まないか、気が付かないタイプの方だと予想していたので……まあ、正面切っては多分初めてですね。

 子役時代は彼女、私の機嫌を損ねないために必死でしたから担当を外れる時くらいは今までの鬱憤を晴らす機会を上げようかと思いまして」

 

「……そうですか。踏み入った事をお聞きして申し訳ありません。―――改めまして、自己紹介させて頂きます。先月からアクターズ部門のマネージャー班に配属となりました武内と申します。それ以前は研修期間という事で各部門を隔年で回っていましたが、今期からこちらで正式配属となります。そして、貴方の“アシストマネージャー”という任に就かせて貰った訳ですが――――最初に確認させて頂きたい事があります」

 

「……なんでしょうか?」

 

 席から立ち上がり、折り目正しく謝罪する彼にちょっとだけ毒気を抜かれた後にもたらされた質疑にちょっとだけ警戒感が湧く。

 

 さてはて、どの案件だろうか? 芸歴? やる気? スタンス? 芸能活動続行の意思? 大穴で昔の出演作の事なんかも、なんて首筋を撫でて言いずらそうに言葉を選ぶ彼を仮面の奥から眺めて数舜。発された言葉は――

 

「なぜ、岡崎さんは……学校に行かないのでしょうか?」

 

「―――はえ?」

 

 まさかの、お説教であった。

 

 今まで、された事のない経験に目を白黒させているウチに彼は関を切ったかのように真っ直ぐに私の方を見つめつつ、カバンの中から分厚いファイル一冊分の資料を取りだして言葉を畳みかけてくる。

 

「岡崎さんを担当するにあたりあらゆる事を社内の資料で事前確認させて頂きました。出演作や雑誌の特集は勿論、レッスンから共演者の履歴などあらゆる事を、です。いずれも華々しく、実にストイックに舞台や現場に向き合っている事を感じさせるものばかりでしたが……一点だけ明らかにおざなりになっているものがありました」

 

「い、いや、それは今、あんまり関係が……「まだ、私のお話は終わっていません」……はい」

 

 今まで、どんな修羅場現場だろうが、嫌な監督に罵倒され続けリテイクを連発されようが感じた事のない嫌な汗がジワリと滲み出てくるのを感じて話の矛先をずらそうと心見るもぴしゃりと遮られて体を縮める事しか出来なかった。

 

「芸能活動に身をやつしてきた事はまごう事のない事実なのでしょうが、それが学業が得意科目以外は赤点を取っていい理由にはならないと私は考えています。勿論、得手不得手はあって当然ですし多忙な時期に多少は目を瞑らねばならない事はあります。ですが、岡崎さんは最近、仕事が無くても欠席を繰り返していますね?

 これは二年後に受験を控えている岡崎にとってはあまりいい傾向とは言えません」

 

 なんだ、コレは?

 

 なんだか、今まで感じた事のないくらいに気まずいプレッシャーが圧し掛かってきてまともに彼の事を見る事が出来ず目を伏せてしまう。

 言いたいことも、反論も、嫌味も山ほど脳裏を掠めていくのにあまりに真っ直ぐにこちらを窘める様に叱ってくる彼に何とか絞りだすことが出来たのは幼い子供が拗ねる様に口を尖らせて俯きつつ愚痴っぽい弱音だけだった。

 

「………い、いままで学校なんて碌に行ってなかったのに、急にちゃんと通い始めるのって……ダサい……じゃないですか」

 

「“立派”ではあっても、“ダサい”などという事はあり得ません」

 

「…だって、そんなの“売れてない”って言ってるようなモノじゃないですか!!」

 

「“売れていない”というのはプロデュース側の失態であって―――貴女が恥じ入るところなんて一片も存在しません!」

 

「――――――っつ!!! あ、 な、 だってっ だってっ!!」

 

 こちらの主張を一切汲み取ってくれない朴念仁に段々と苛立ちが募ってきて、八つ当たりのように噛みついた言葉は―――安っぽくて、陳腐なモノなのに 

 

誰も、掛けてくれなかったそんな一言だった。

 

 違う。 騙されるな。 思い出せ。

 

 “誰にも、心を開くな”という至言を。

 

 そんな言い訳を許容してしまえば―――“岡崎 泰葉”は取り返しのつかないくらいに、弱くなってしまう。

 

 誰よりも、強く、正確に、完璧だった。だから、全てが上手く回っていた。

 

 そんな機械仕掛けの生き方に―――そんな生ものを挟み込んではいけない。

 

 いけないはずなのに―――私の頬からは、涙がこぼれ 溜め込んでいた鬱憤が口ぎたなく零れ出て、溢れていった。

 

 アンタらが、お前ら全員が“そう”であれと言ったのだろう。

 

 両親が、スタッフが、監督が、プロデューサーが、マネージャーが、共演者が、演出家が、台本作家が、そう教え込んだ。出来なければいらないとすらも無言のまま教え込んだ。ならばやるしかないだろう。ここしか知らない人形が捨てられないために――やり切って見せたのに、

 

 アンタらはあっさりと見限った。

 

 ミスも、失敗もしないように完璧に演じきった先で―――厄介な在庫のように倉庫の奥に放り込んだ。

 

 どうすればよかった? どうしようもないじゃないか?

 

 “自分は失敗しなかった”なんてそんな慰みを胸に倉庫でしたり顔する以外に、出来る事があったというのならばもう……とっくに、やってるのだ。

 

 いまさら、そんな事を言われても―――困る。

 

 「困るん、です。いっ、今更、そんな、事を言われても……」

 

 「……ならば、自分が、あの“岡崎 泰葉”を初プロデューサーさせて頂く―――記念すべき日となりますね」

 

 私のみっともない癇癪を不愛想で仏頂面の強面のまま聞き遂げた彼は全く慣れてもいない事がまる分かりの拙い動作で私の前にしゃがみ込んで手を取り、私の顔を見上げる。だが、それでも、涙で滲んだ私の視界の先には静かなのに決して尽きそうにない熱を吐き出す光を宿して真っ直ぐにこちらを見てそんな事を嘯くのだから思わず、笑ってしまった。

 

「貴方の仕事は“アシストマネージャー”じゃ、ありませんでしたか?」

 

「既にお察しの通り、貴方の担当は自分一人になっているので……兼任という事で一つお願い致します」

 

「……ぷっ。思ったより、身勝手な人なんですね?」

 

「よく、言われます」

 

 私が意趣返しとして零した意地悪に、気まずそうに首筋を撫でる彼がおかしくて私は本当に久々に“自分の顔”で笑ってしまった。

 

 

 これが、後に“魔法使い”と呼ばれる恐れられるプロデューサーと

 

 その初の教え子として長く長く舞台の上で生涯を駆け抜けた大女優の

 

 出会いの物語。

 

 

 

 ただ、この後の打ち合わせで彼が大量の企画書をダース単位で持ってきて私をひっくり返らせた事や、真っ赤っかな私の答案用紙が改善されるまで指導されたり、不器用な父親のように毎日学校の様子を伺ってくるお節介に辟易したりと、再ブレイクするまでの二人きりの時間の物語を知る人間は、ほんの一握り。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

『いや、あの~、勉強や学校に行くって言うのは分かるんですけど……レッスン予定でスケジュールが真っ黒って……』

 

『岡崎さんの失速の原因の一つは“子役”から“女子”への転換時期の一時的なモノだと考えています。なので、ソレを今までの分を補うためだったのですが……少し、削り――『わ~!! やります、やりますから!! そのままでいいです!!』―――そ、そうですか。ですが、友人との遊行など予定が入りましたら遠慮なく言ってください。調整いたしますので』

 

『私、友達いませんけど……?』

 

『…………すみません』

 

『謝らないでください!!』

 

 

――――――

 

 

『“声優オーディション”?……私、一応、女優なんですけど……』

 

『だからこそです。色眼鏡が無い状態で岡崎さんの演技力を声だけで知らしめる格好の機会としてコレを受けて頂きたいのです。逆境や畑違いだからこそソレを押しのける実力が試され、貴方には出来ると私は確信しています』

 

『…………なんだか、どんどんと私の扱いが上手くなってきてますねぇ』

 

 

―――――― 

 

 

『こ、この仕事のオファー……ほ、本当ですか!?』

 

『貴女の輝きを見てくれている人は、私だけではありませんから』

 

 子供の頃から何度も何度も観てきた舞台監督からの、オファー。実力だけでしか選ばないと噂されるあの人から―――端役でもチャンスを貰えた!!

 

 嬉しい、嬉しい―――嬉しいっ!!

 

 でも、心の一番奥にあるのは―――喜ぶ私を本当に優しい目で見つめてくれるこの人が心から素直に称賛してくれてる事かもしれない。

 

 それを、真正面から伝えるには――まだちょっと気恥ずかしい。

 

 

―――――― 

 

 

『……ちょっと、働き過ぎじゃありませんか?』

 

『そうでしょうか? ですが、この書類まで作れればキリが良く――』

 

『2時間前も同じこと言ってたじゃありませんか!! 駄目です、今日の残りのお仕事は明日に回してください!!』

 

『あっ……分かりました。分かりましたので、コンセントから手を離してください』

 

『分ればいいんです………ちなみに、ノートパソコンも置いて行ってくださいね?』

 

『…………はい』

 

 

―――――― 

 

 

『ロールアウト、お疲れさまでした。そして、おめでとうございます』

 

『……私、いままでやらされてたって思ってましたけど――やっぱり芝居が好きみたいです。胸が、こんなにも熱くて、あつくてっつ――ごめん、なさい。うれしい、はずなんですけど…っ』

 

『ようやく、貴女をココまで連れてくる事が出来ました。いえ、貴女だからこそここに来られた。―――本当に、ありがとうございました』

 

 

―――――― 

 

 

『もう、子供じゃないんですからそんな写真撮らなくていいですって!』

 

『一生の記念ですので……改めて高校入学、おめでとうございます。こちらは、入学祝いには少し質素ですが』

 

『これって、万年筆……もっと勉強しなさいってことですかぁ?』

 

『い、いえっ、学業はもう立派に果たされています! ただ、その、女性に贈り物となるとそういった知識に乏しくそんなものに……』

 

『ふふふっ、武内さんっぽいですね! んー、じゃあ、埋め合わせにこの後、デートしましょう!! 美味しいごはんにデザート、夜の観覧車まで付き合ってくださいね!!』

 

『―――そ、それは』

 

『ほらほらっ、行きましょう!! もう、お腹ペコペコなんです!!』

 

 

―――――― 

 

 

 

 

『武内さん、ずっと、ずっと見守っていてください。―――私、絶対に貴女の期待に応えて見せますから』

 

 

 

『私は、貴女の“プロデューサー”ですので』

 

 

 

 

―――――― 

 

 

 

 

 

 

 

 

『新しい部署の総括プロデューサーに―――任命されました』

 

 

『――――えっ?』

 




(・ω・)こいつは、ギルティ……


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約束 後 ②

(´ー`)ようやく、泰葉登場回・完結。 約束は果たしたぜ、ブラザー(笑)



 少女の小さな、だが、深い絶望を湛えた声が部屋の隅から隅まで響き渡った時に空気は張りつめた糸のような緊迫感を孕んで誰もが息を呑んだ。誰一人としてその言葉に声を上げることが出来ずにそれぞれの心中に生まれた重い鉛のような感情に沈黙が溢れ―――ソレを破ったのも、その少女であった。

 

「私は――我慢しました!! 貴方が“責任者が決まるまでの中継ぎだから”という言葉を信じて、困らないように、迷わないように笑顔で見送りました!!

 貴方が残してくれた大舞台の仕事と、綿密なスケジュールをこなし切る頃には全てを終わらして戻って来てくれると信じて必死に、命懸けで応えてきたんです!! 一流の“舞台女優”になった姿で貴方を迎えるために、貴方が教えてくれた大切なモノを全部かかえてここまでやり切った!!

 

 それなのに――貴方はたまの面接の打診すら取り合わず、あまつさえ、戻ってくるどころかこんな問題だらけのプロジェクトを更に大きくしてのめり込んで……私なら、私だったら――――貴方のためにもっと、もっと役立てるのになんで帰って来てくれないんですか!?

 

 

 ……私は、もう、貴方には要らない存在なんですか?」

 

 能面のような笑顔で完全に自身をコントロールしていた人形のような少女の面影は既にそこになく、顔を真っ赤にして感情をむき出しのままの癇癪を起す子供のような…いや、年相応な少女が零れる涙を拭いもせずに声を絞りだす。

 そして、最後に言葉にする事すら恐ろしくて躊躇していたであろう問いを掠れる声で問いかけた彼女は小さな喉鳴りと嗚咽を漏らしながらも武内さんの袖を最後のよすがの様に握り締めつつ俯いてしまう。

 

 見るからに、痛々しい姿だった。

 

 見るからに、惨めな姿だった。

 

 だが、それでも、彼女の“真実”から絞り出されたその姿を笑うことなど――誰が出来ようか。

 

 そんな中で、たった一人だけ冷ややかにその姿に声を掛ける女がいた。

 

「……最初に訂正しておきますが、面会の打診を全て握りつぶしていたのは私であって武内さんは何ら関わっていません。そして、総合的にプロジェクト運営側の観点から貴女のお話への回答は―――“一介の女優のために最高の売り上げを誇る我が部署の最高責任者を引き渡す必要は全く見受けられない”、とだけお答えしておきます」

 

「っ!! ちひ―――千川さん、その言い方はあまりにも…。それに、面会の打診を握り潰したというのは、どういった意図なのでしょうか?」

 

 心胆を凍らせる、という表現があてはまりすぎるその声で淡々と確認事項の様に少女の想いを踏みにじる姿に武内さんですら動揺を隠せないまま聞き逃せない一文を問う。

 

 答えを半ば予想しつつも、聞かないわけにはいかないのだ。

 

「貴方が、先輩が苦しむのが分かっているのに――その要因を近づける訳がないじゃないですか。そして、貴方が負う傷も、罪悪感も、全ては私が請け負うモノです。

 貴方がもし、本当に心からこのプロジェクトの終焉を望むならば私は十全に、完璧にこなして見せます。―――でも、先輩は、たった一人の少女のために自分が人生を変えてしまった女の子数十人を見捨ててそうする事は出来ないでしょう?

 

 だから、――――私が、この問題を綺麗に片付けてあげる。たったそれだけの事ですよ」

 

 余りにも淡々と出されるその理論は一切の無駄がない。感情がない。後悔がない。ただ、自分の中の最優先事項を守るという事だけに特化した、残酷な慈母の微笑みを浮かべて“千川 ちひろ”は何の罪悪感も無いままに目の前の少女を切り捨てる事を選択した。

 

 あまりにも、あまりな無慈悲さに声を上げそうになる武内さんだがその返答に隙は無く何度か口を開きかけ―――結局の所は口を噤んで俯いてしまう。

 俯いた先に自分と初めて芸能界を歩んだ少女の震える手が目に入っても、その手を取ることも振り払う事も出来ない偉丈夫はただただ苦し気にその顔を歪めるだけしかできないのだ。

 

 そのやり取りに、親の仇を見るかのように憤怒に顔を染めた岡崎の視線すらウチの金庫番はいつもの微笑みを返すだけ。そして、その隣に座る楓さんはその視線に下唇を噛みつつもそのオッドアイを逸らすことなく見つめ返す。

 

 かつて、部署どころか会社全体すらも巻き込んで彼女は自分の我儘を貫いた。

 愛する男を手に入れるために全てを掛けてその手を握り止め、全てをひっくり返す覚悟を決めたからこそ彼女は今、ここで武内さんや仲間の隣で笑っている事が出来るのだ。

 

 そうして望むものを手に入れた彼女だからこそ、分かってしまう。

 

 彼女では―――掛け金が足りな過ぎると。

 

 そして、優しすぎる自分の愛した男は苦悩の果てに彼女を選ぶことが出来ないという事も。

 

 だから、冷笑で彼女を路傍の石を見るかのように微笑むちひろさんとは対照的に彼女は全てを飲み込んだ固い表情でその少女の行く末を見守る。誰かを犠牲にしてでも自分は欲しい物を手に入れる事を決めた時から―――彼女はそういう覚悟だって決めているのだから。

 

 

 そんな、煮詰まって、張りつめて、どうあがいたって絶望しかない展開の中で隣り合った肩を冷や汗でだくだくにした佐藤がコツコツと突いてきやがったのでホントにこいつは存在そのものから空気を読むことを学ぶべきだと思う。なんだよ、こんな“SYU☆RA☆BA”な状況でもお前がいるだけでもうギャグ時空になっちゃうだろ? ちょっとは自重しろ。

 

「……なんだよ」

 

「いや、っべーって。まじベーだろ、コレ。どうすんだよっ☆彡 事務所で刃傷沙汰とかマジ勘弁☆彡だぞっ!?」

 

「お前が引き込んだんだから、宣言通りに叩きだせよ。…俺は止めたぞ?」

 

「悪かったって! こんなんフツーは想定できないだろ! 頼む!! こんど、童貞を殺すセーター着てやるから!! 胸も三揉みまでなら許す!!」

 

「お前、煽ってんのか、頼ってんのかナチュラルに分かんねぇんだよなぁ……」

 

 佐藤の冷や汗だらけの顔に肘のド付き合いをするたびに薫る甘い香りにちょっとだけ緊張の糸が緩むのを感じつつも、一瞬だけ佐藤の“対童貞抹殺衣類”の姿を思い浮かべてしまったが……顔と体だけはモデル顔負けなんだよなぁ、コイツ。

 

 天は二持を与えた代わりにこの女から“シリアス”というモノを奪ったのだろう…なんてどうでもいい事を考えながらコソコソ話しつつ、まあ、簡単な解決方法が思い当っていない訳でもない。だが、こんな緊迫した空気の上に明らかにヘイトを買いそうなそんないつもの自分の解決方法を取るメリットは今回全くないわけで。

 

 そんな思考の中でゆらゆら黙秘に偏りかけている俺の天秤は―――はしっと掴まれた袖と縋るような佐藤の眼によって止められてしまう。

 

「……このまま、あの子の気持ちをポッキリ折って捨てちゃったら多分、ここにいるみんなが最後に大笑いできなくなっちまう気がする。だから、私も出来る限り頑張るから……なんかない?」

 

「………そういうとこだぞ、佐藤」

 

 下からお願い風にしおらしく眉根を寄せて微笑む佐藤。

 

 かつて、地下の売れないアイドルとして空回り続けて遂にはその夢すら捨てようとした女のその視線と言葉は懇願というには少しだけ重い哀愁を湛えるものだから意志の弱いボッチには少々強すぎる毒だ。なんだかんだと、ソレに毎回絆される俺も俺で大概なんだよなぁ…なんて他人事のように強制的に傾けられた天秤に溜息を吐きつつも俺はお手本のような修羅場に一歩だけ踏み出して声を上げた。

 

 

 さぁーて、今日も小鬼が舞台をひっかきまわしちゃうぞ☆彡?

 

 

――――――――――

 

 

 

「簡単な解決方法があるんですけど……興味あります?」

 

 硬直した場に全くそぐわない気だるげな声が急に響いた事に誰もが驚きつつも声の主に視線を向けた。ただ、その感情は自分も含めて好意的――とはとても言えたものではなかったけど。

 

 自分のプロデューサーであった人を取り戻そうとする私からは新たな敵の出現に敵意に塗れた眼を、私を切り捨てる様に進めてきたおさげの事務員からは“余計な事をするな”という非難の眼を、世界の歌姫として名を馳せ自分の想い人とタレントとプロデューサーの関係を大きく超えていると言われる女からは意外そうな眼を。そして――苦悩と葛藤に苦しんでいた武内さんからすらちょっとだけ責めるかのような目を向けられたアホ毛の彼は飄々と進み出て肩を竦めるだけで応えた。

 

「比企谷君。コレは、バイトの貴方が口を出す領分ではありません。下がりなさい」

 

「それこそ、妨害工作やらを重ねてきた一介の事務員が口を出す問題でもないし、ここまでややこしくて感情的な問題になったのは8割アンタのせいでしょ? それに、聞くかどうかは武内さんに聞いたのであって、アンタに聞いた訳でもないですから」

 

 ホントに身内同士なのかと疑ってしまうくらいに棘だらけの言葉の応酬と視線の火花に状況を忘れて呆れてしまっていると、その声に小さく肩を揺らした武内さんが弱り切った様に視線を上げて彼に目線を向けた。

 だが、常識的に考えれば――この先の提案は私を切り捨てるという帰結で結ばれる事は想像に難くない。

 

 かつて、社内を騒がした集団クーデターをこの部署が行い未実行のまま成功を収めたのは大金を稼いでいた彼女達とその総括である彼が全力で実行の道筋を整えてしまったからだと聞いている。それに比べ、最近になって人気を回復させ始めただけの私一人が同じことをした所で意味がない。

 

 その結果が分かっていたから、私が取れる手段は“彼の心情に訴える”という選択肢しかなかったのだ。

 彼が苦しむと知っていても、それでも、自分を選んでくれるという微かな希望しか私には縋るものが無かったのに―――その希望は苦悶に歪む彼の零した言葉で粉々に打ち砕かれた。

 

 そんな中で、もたらされるこの男の提案はきっと、私への最終通告になる事だろうという予想を噛みしめながら彼の事をせめてもの抵抗としてぎっと睨みつけ―――

 

 

「岡崎をウチの部署に引き抜けばいいだけの話でしょう?」

 

 

「「「「―――――へ?」」」」

 

 

 予想外の言葉に、誰もが間抜けな顔と声を漏らしてしまったのです。

 

 

――――――――――――

 

 

 

 誰も彼もが間抜けな顔を浮かべ俺を見る中で、チッヒだけはもの凄い顔で睨んでくる。いや、めっちゃおっかない。おしっこ漏れそうだぜ。というか、その表情を見るに最初からこの最適解に気が付いていた癖にそこにもって来させないように思考を誘導していたのだろうからこの女の性悪加減も大概である。

 今後の八つ当たりにちょっとだけ陰鬱な気分になりながら、まあ、佐藤の童貞キラーのセーターを笑ってやるために軽い脳みそと口を働かせることにした。

 

「“タレント攫い”なんて汚名がつくくらい他所からアイドル引き抜いてるんですからそれくらい今更だ。それに、岡崎の要求も“武内さんのプロデュース”という一点ですし、演劇の舞台公演やドラマに出演するのも最近じゃ珍しくないくらいウチのアイドルも出演してるんだから“女優 兼 アイドル”という路線で行きゃいいでしょ。―――問題は、お前がそれでいいかってとこなんだけど、大女優?」

 

「あ、えっ―――の、望むところです!!」

 

「だ、そうですけど……どうします?」

 

 さっきまでの敵意満々の瞳は何処へやら、キラキラと目から落ちた鱗の先に希望と期待に満ち溢れた輝き満点で首をぶんぶん頷く少女。会った当時の御人形っぽさは何処にやったのかと苦笑を零してソレを見届けた後に武内さんに水を向けてみるが――まあ、顎に手を当てつつ黙考するその姿を見る限り聞くまでも無かったかもしれない。

 

 やがて、その深い思考の海から意識を戻した武内さんは深く息を吐いて天を見上げ、真っ直ぐに岡崎の眼にその燃やし尽くすかのような熱量を湛えた瞳を合わせて小さく呟く。

 

「私は、岡崎さんとの約束も十全に守り切れない情けない男です。こんな私なんかを追って今までのキャリアを捨てるなど、絶対にするべきではない選択なのに―――貴女が舞台の頂点へと至る道を間近で見届けたいと思ったのも偽りの無い想いなのです。

 

 私には、もう、そんな資格はないかもしれませんが……もう一度、私を信じてくれるのなら必ず今度は最後まで貴方を導いて見せます」

 

「―――っ!! もっと、早くにそういってください!! 私のプロデューサーは、ずっど、まえがら貴方じかいないんですから!!!」

 

 武内さんの言葉を最後まで待つことなく大粒の涙を流しながらその胸に飛び込んでおいおい泣き始める岡崎。喜ぶべきはその涙が憤怒ではなく、歓喜に濡れている事だろうか。そして、悲しむべきは完全にブちぎれて無表情になっているチッヒと、旦那の誠実さに喜べばいいのか、浮気性に頭を抱えればいいのか微妙な顔で見届けている楓さんが『浮気あいてが“うわっ、期待の星”……30点ですね』なんて虚ろな目でセルフツッコミを入れている所だろうか?

 

 そのカオスな状況にどうやってフェードアウトするべきか悩んでるうちに思い切り後ろから首っ玉に抱き着かれそのままヘッドロックしつつこめかみをごにごにされる。

 

「おいっ、なんだよ~。そんな解決策あるなら早めに言えよ☆彡 このこの~、ほーら、ご褒美にしゅがはのおっぱいを存分に味わっていいぞ☆彡」

 

「いだだだっ、ブラジャー越しの胸って硬いから実質的に全然ご褒美じゃないんだよなぁ……。あと、こっから死ぬほどめんどくさくて死ぬほど嫌味たっぷり言われる交渉が始まるからお前の乳と童貞セーターくらいじゃ全く割に会わない件について―――ででえっでっで!!?」

 

 俺の切実な心の声に律儀に答えた佐藤がさらに首を強く締めたのでもうご褒美とか関係ないただの拷問コントとなり下がった俺たちの背後の扉からぞろぞろと盗み聞きしてたアイドル達が入ってきて好き勝手な事を口ずさむので狭い応接室はさらにカオスの増加の一途を辿っていく。

 

 誰も彼もが好き勝手、想いも熱意も、悔恨も執念もごちゃ混ぜにひた走るこの部署に―――今日また新たなメンバーが加わったのでした、とさ。

 

 

 

 

 

――後日談という名の蛇足――

 

「武内さん! 今日はお弁当に挑戦してきたので食べてみてください!! どうせ、またいっつもカ〇リーメイトばっか食べてるんですよね?」

 

「い、いえ、その……最近はですね」

 

「はっきり言ってあげた方がいいですよー、先輩? 今は美味しい社食で昔からの付き合いのあるカワイイ同僚と毎日ランチデートしてます、ってね!!」

 

「せ、千川……(ギロッ あ、いや、ちひろ、さん。その言い方には少々、誤解が……」

 

「怖いですねー、武内くん。なので、二人でサラッめに、サラメシに行きましょー」

 

「か、楓さん!? ジャケットをそんなに引っ張ってはいけません!!」

 

 

 

ハチ公「………リア充も大変だな」

 

佐藤「お前も貢がれた弁当、そろそろ素直に食ってやれよ☆彡」

 

ハチ公「突き返さなきゃあんなん、腹がはち切れるわ。―――所で、蕎麦食いたくなってきたな……」

 

佐藤「おっ、いいね~。ちょっと足伸ばして“草月”行こうぜ☆彡」

 

ハチ公「うし、巻き込まれる前に行くか~」

 

佐藤「うい~☆彡」

 




_(:3」∠)_誰か……お狐周子のために…課金リクエストくれ……。

3000円にしたから……もう、2万溶かしても引けないんだ………というか、もう、運営マジ許さん(殺意。


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鷹富士 茄子 は ”やれば出来る子” である

( *´艸`)リクエスト第二弾!! 今回”あきあ”様から頂いた内容は ”茄子Goodend(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13861874)で子供が出来ちゃった茄子が事務所で公開発表しちゃう話”です!!

いつものハチャメチャなここの事務所に嵐が巻き起こり、ちょっとだけホロリと来る仕上げ!

_(:3」∠)_いつもの様に頭を空っぽにお楽しみくだされ~!!




 憚りながらも、この“鷹富士 茄子”。ご近所でも家庭内でも『やれば出来る子』という評判で持ちきりでありました。

 

 頭も人並み程度には良く、運動もソコソコ上位。要領も器量も正に箱に詰めておきたいくらいの別嬪さん。更に言うならば磨きに磨いた一発芸は常に親戚とクラス内では大評判でよく“残念美人”との掛け声を貰ったものです。

 だが、人生とはままならないものでこんなに高スペックな私の実力というのは中々発揮させて貰える機会が無かったのも事実でした。

 

 適当に山を張ればテストの範囲は大体当たって、かけっこをすれば自分より足の遅い子達のグループで一位を取り、気まぐれに通学路で拾った猫じゃらし一本が最終的に金の延べ棒に代わる事が日常の生活では能力なんかなくても何時でも一位に輝いてしまい随分と退屈な日々。唯一、私が輝ける時間といえば寝る間も惜しんで練習した一発芸を披露する時くらいのものなのです。

 

 そんな奇妙な『幸運』というモノに幸か不幸か恵まれていた私にも先日、転機が訪れました。

 

 私の心無い暴言のせいで憑いていた神様とやらが壊れる程愛しても1/3も届かない純情な感情をブレイクさせてしまったらしく家出してしまったようで、以来、私の人生で初めての平凡な日々が始まったのです。

 

 DVDをレンタルしに行っても観たい奴は借りられていたり、全力で走らなきゃ電車には乗り遅れるし、株は吟味して買わないと大失敗しちゃう―――普通の日常。

 

 自分には一生縁がないだろうと思っていた、煩わしくも自分自身で選んで歩んでいく人なみな生活。自分自身の力が試されるそんな日々は実に私の好奇心を刺激してきます。“今日は、どんな事が起こるんだろう?”なんて起きるたびに思う。それに―――幸運の神様とやらがいた頃にはどうしても上手くいかなかった彼との関係も進展したのでもう、人生が色づき始めて仕方ない感が半端ないのです!!

 

 ……あぁ、ちょっとだけ余談が過ぎてしまいました。私の人生録なんて閑話休題して、本題に戻りましょう。

 

 えーっ、と? あ、そうそう。私“鷹冨士 茄子”は『やれば出来る子』という所でしたね。そうなんです。昔から言われ続けたその言葉が遂に実証することが出来たというお話でして―――――目の前の妊娠検査薬がハッキリとソレを物語ってくれています。

 

 真ん中の検査結果に真っ直ぐ浮かびあがったライン。それは、どう見ても陽性で、自分の中に新しい命が宿ったという証。

 

 なるほど、“やれば出来る”。

 

 これほど人類史の中で真理言い当てた名言も少ない事でしょう。

 

 処女受胎なんて眉唾の奇跡が起こったのでなければ、心当たりはどう思い返してもあの寂れた海岸で交わった想い人である“彼”とのあの一夜のみ。

 

 ひねくれて、陰気で、ちょっとだけお馬鹿な癖に誰よりも甘くて、子供みたいな純情を捨てきれないお人好しな彼。人との距離で絶対に一線を越えないようにしていた彼に踏み込んでそのまま自分から押し倒した。

 

 それでも―――無理やりでは無かったと、信じたい。

 

 いまさら、不正の一つや二つで揺らぐ面の皮ではないが、彼が迷っていた想いに手を添えただけなのだと誰にでもなく言い訳を紡ぐ。それは、彼を想っている多くの仲間達への言い訳か、コレを聞いた彼がどんな顔を浮かべるかちょっとだけ怖くて震える自分へのエールなのかは定かではないけれど。

 

 

 でも、まぁ――――――何とかなるだろう。

 

 

 なんて生来のお気楽さがモヤモヤした思考をうっちゃって、私は出掛ける準備に取り掛かる。今まではそういう時の根拠のない自信は無尽蔵な幸運によるものだったけれど、今はちょっと違う。

 アイドルを辞めたとしてもお金を稼ぐ術も実力も自分にはある。最悪、実家に帰って梨でももげばいい。だけど、まずはその前に人間は目先の事よりも足元を見なければいけない生き物なのだ。

 

まずは―――にっくき恋敵どもを蹴散らして、ダメダメで根暗な王子様とやらを完全に囲い込んで首を縦に振らせるためにありとあらゆる手を尽くしてからの話である。

 

それに―――なんとなく自分には自信があるのだ。

 

あの日、自分の名前を呼びながら抱きしめてくれた彼は多分きっと、なんだかんだと最後にはいつもの苦笑いを浮かべて自分をまた抱きしめてくれるという自信が。

 

 その先にある、甘く、優しく、楽しい未来に思いを馳せて私は姿見の前で決めポーズ&不敵な笑顔の最終チェック。

 

 いつものちょっとだけ童顔な自分の顔にほっぺを染める赤。スラリとしつつも、そこそこに見栄えのする縁起のいい数字のナイスバディもあとちょっとすれば見納めだが、それも悪くない事を確認しつつも頷いて、玄関に足を向けた。

 

 “やれば出来る子” 鷹富士 茄子――――出陣です!!

 

 

 

--------------

 

 

 

「うい、これが月末までの予定表だ。あくまで“予定”だから細かい変更はアプリの方を見て確認してくれ」

 

「「「「はーい」」」」

 

 都内の一等地に佇む346本社の摩天楼。その一角にある我らが“シンデレラプロジェクト”に与えられた見晴らしと日差しの心地いい事務室に気だるげなアシスト“比企谷”さんの声が響いたのに対して、世間の話題を独占するアイドル達の陽気な返事が揃って返された後にそれぞれが渡された紙の予定表を覗き込みながら姦しく話を弾ませる。

 

 そんな光景を見ているとついつい忘れがちになるけれども、つい半年前まではこんな居心地のいい事務室ではなく、陰気な廊下を渡った先にある半地下でぎゅうぎゅうに詰まりながら笑いあっていたのだから感慨深いものがあるなぁ……なんて独白を一人噛みしめていると隣に座る相方の“多田 李衣菜”ちゃんが人の予定表を覗き込みながら声を掛けてきた。

 

「あれ、みくってこの日は私と別行動なの?」

 

「李衣菜ちゃんが有名バンドの収録に見学行きたいって言ったからでしょー? 菜々さん達に迷惑かけちゃダメだにゃ」

 

「えっ、みくも行くもんだと思ってたのに……」

 

「……いや、興味ないにゃ。というか、最近は付き合いで弾き始めた私の方がギター上手くなってる事にもっと危機感を持った方がいいと思う」

 

「はぁ! みくってそういうとこがロックじゃないよね!!?」

 

「はいはい、ロックじゃないみくは別の収録行ってくるからたのしんでくるにゃ~」

 

 付き合いも大分長くなったおかげか最近は十八番になり始めた“解散芸”もすっかりなりを潜めてムムムッなんて眉を寄せて唸る李衣菜ちゃんに肩を竦める程度で収まるようになってきた。というか、自分で駄々をこねてねじ込んだ癖に私までセットで巻き込めたと思ってるのは流石にちょっと難ありだと思う。

 そんな困った相方に苦笑いを零しつつ応えていれば、さっそく細かい修正か、それとも単純に自分の想い人との関りを増やすためかは分からないが渡された予定表を片手に何人かの仲間達が気だるげにパッドを弄っているアシスタントの比企谷さんの所に集まっていくのが見えた。

 

 気だるげでやる気が無さそうな猫背の彼はぱっと見の第一印象で言えばどうにも胡散臭く感じるのだが、こう見えてこの世間を賑わす大規模プロジェクトの初期メンバーにして今でも多くのアイドル達の面倒を新人・ベテラン問わずに見て回っているこの部署の重要人物でもあるのだ。

 

 二期生である自分との最初の出会いこそ最悪の印象であったが、それがこのひねくれた男の最大のツンデレである事が年少組との一幕で明らかになってしまったのは懐かしい思い出だが―――意外にも面倒見がよく、お人好しな彼に好意を寄せる人は結構多い。

 

 そんな状態なのに修羅場みたいなピりついた空気にならないのはなんだかんだと皆がその空気を楽しみつつ、恋の鞘当てを楽しんでいるせいなのだろう。彼の周りの集まった人はワイワイきゃいきゃいと無理難題だったり、ちょっとした我儘だったり、真剣に今後の方針だったりを彼に投げかけつつも彼もソレにいつもの様に答えていく。

 

 そんないつも通りの日常に誰もが束の間のゆるみを楽しんでいると、元気いっぱいに扉が開かれてそこから飛び込んできた影に誰もが視線を集めた。

 

「おっはよーございます!! 比企谷さん、比企谷さん!! 今日はなんとビックでハッピーなお知らせがあるんですよ~!!」

 

「朝からうっせぇ……。というか、集合時間はもう十分も前に過ぎてるんですけど?」

 

 飛び込んだ勢いそのままに比企谷さんに飛び込んだのは『幸運の女神』という呼び名で名高い“鷹富士 茄子”さんであった。スラリとして清楚な見た目に反して結構ファンキーな彼女はやる事なす事全てがぶっ飛んでいるので彼女の突然の乱入にもみんなが小さく苦笑いを漏らす程度で彼女の動向を見守った。

 結構に過剰なスキンシップに冷たく彼が返す。そんないわゆるテンプレといった風景に誰もがまた心の底ではほっとしているいつもの光景なのであった。

 

 ただ―――

 

「なんと、“おめでた”です!! これから二人で幸せな家庭を築いていきましょうね!!」

 

 今日の悪ふざけはちょっとだけ重かった。

 

「「「「「―――――あはっ、あはははは!!」」」」」」

 

 一瞬だけ凍った時間が数舜を挟んで温かい笑い声と共に動き出す。誰もが彼女の言葉の意味を正しく理解することに時間を擁して、その間で彼女がどんな人物だったかを思い出して自然と笑いが零れたのだ。

 人間は驚かされた反動が大きければ大きい程に笑いも深くなる。なので、彼を狙ってる仲間もそうでない人もそのとびっきりの爆弾が彼女の冗句だと気が付いた瞬間に笑いが止まらなくなって口々に感想を漏らしていく。

 

「あははは、もー、朝から冗談がキツイですねぇ~。そんな事を言って遅刻を誤魔化したって駄目ですよぉ?」

 

「ふふっ、ユーモアというには……ちょっとだけ、内容が過激すぎますね…」

 

「ふーん、不覚にもちょっと面白かったよ? でも、まぁ、多用はしない方がいいんじゃないかな? 私達、これでもアイドルなんだし」

 

「もぉ~、そういうのはまゆ、ビックリするので“メッ”ですよぉ?」

 

「―――はっ!! 私、あまりそういう冗談が分からないので驚きました!! こういうのがプロのビックリという奴なのですね!! 勉強になります!! ぼんばー!!」

 

「……ぁぁ、なるほど、“ジョーク”でしたか。日本語はやっぱり難しいでーす。しとー? ミナミ、どうしましたか?」

 

「え、あ、あぁ、うん……なんでもないよ。ところで、アーニャちゃん。そのナイフってどこから持ってきたの? 危ないよ?」

 

 なんか一部の眼の光が怪しいがおおむね誰もが彼女に朝から一発かまされただけだという事に気が付いたらしく笑い合う。そんな誰もが窘める言葉を紡ぐ中で唯一、本当に何を笑われているのか分からないといった表情を浮かべる茄子さんがキョトンとしたまま事務所中を見回して首を傾げる。

 

「んん? 冗談も何も―――比企谷さんの子供が出来ましたってご報告なんですけど? なんか、間違ってますかね?」

 

 心底不思議そうにそう繰り返す茄子さんに流石にちょっと思う所があったのか彼女の相方である“白菊 ほたる”ちゃんが一歩踏み出して窘める様に彼女に声を掛けた。

 

「もう、茄子さん。最近、お仕事があんまり無くて暇なのは分かりますけどあんまりそういう冗談って良くないと思います。比企谷さんも困って――――比企谷さん?」

 

 譲らぬ彼女に困った子供を窘める様に語り掛けるものの一向に譲らない様子に小さく溜息を吐くほたるちゃん。これでは、どちらが大人なのか分かったものではない。そんな彼女に最終兵器である“想い人”というモノをぶつける事を決断した彼女だが―――どうにもちょっとその最終兵器の様子がおかしい事にそこで気が付いた。

 

 油汗を滴らせ、口は堅く引き結ばれ、視線は誰に合わせるでもなく顔ごと明後日の方向に向けられて誰とも視線を合わせようとしない。

 

 滅多に見た事のない、その様子に誰もが一歩をにじり寄らせる。

 

「……比企谷さん、どうしましたか? 比企谷さん?」

 

「……なんでもない、でひゅ」

 

 眼を眇めて一歩近づいたほたるちゃんにその肩は大きく跳ね、滅多に聞かないその裏返りどもった声。

 

「なんでもない事は無いでしょう? そんなに汗をかいて……体調が悪いんですか? それなら無理せず休みましょう。  それとも―――具合が悪いのは、この状況の方でしょうか?」

 

「………………」

 

「「「「「――――――――」」」」」」

 

 細めた視線に冷気を纏った声にはいつもの薄命さはなくずっしりと重い重圧をもって彼女はもう一歩詰め寄り、ソレに呼応するように皆の視線が突き刺さる。そんな針の筵に包まれた彼の横であっけらかんと空気をぶち破るのは――――やっぱり彼の隣でニコニコと微笑みながら妊娠検査キットを取り出して掲げる頭のおかしいナスビなのであった。

 

 

「この度、鷹富士 茄子。比企谷さんのハートと体を見事に射止めました!! ぶいっ☆」

 

「「「「―――(バッ」」」」

 

「…………………」

 

「「「「「ふ、ふっざけんなーーーーー!!!」」」」」

 

 

 彼女の宣言のすぐあと、高速で比企谷さんの顔を誰もが淡い希望を乗せて仰ぎ見るが何も語らず明後日の方向を見る彼の姿は何よりも雄弁で―――誰もがブチぎれてた事を隠しもせずに彼らの元へと殴り込みに向かって行った姿を見て、一言。

 

 この事務所、マジでロックすぎるにゃ……。

 

 そんな私“前川 みく”の声にならぬ諦観が誰に聞かれることも無く吸い込まれて行ったのにゃ。

 

[newpage]

 

 

「………ハチくーん。これって、どういう事なんですかねぇ?」

 

「わがともぉ……」

 

「ひきがや、さん?……私、よく、わかんないや」

 

 愛梨さんを筆頭に目の光を失いつつ比企谷さんに詰め寄る一派もいれば、

 

「……あっ、そうです。移住……そう、移住をしなければ、なりません。えっと……一夫多妻で伝があるのは……アメリカ支部のライラさんですね……こうはしてられません」

 

「文香さん!? 文香さん、落ち着いてください!!? いや、気持ちは分かるんですけど、“待てるって”約束を破ったクソ野郎ですけど、一旦落ち着きましょう!!??」

 

「一夫多妻……なるほど、そういうのもあるのね」

 

「新田さん!!? 貴女まで何言い始めてるんですか??」

 

 ぶっ飛んだ方法で合法的に現状を解決しようとする一派を涙目のありすちゃんが必死に宥め、

 

「Это невозможно признать до тех пор, пока ребенок желудка не подтвердится. Да, это только немного больно, но, пожалуйста, будьте терпеливы, не так ли? Все сразу. Да, это просто подтверждение. (お腹の子を確認するまで認める訳にはいきません。そう、ちょっと痛いですが我慢してくださいね? すぐに済みます。そう、コレはただの確認なんですから…)」

 

「お、落ち着け? アーニャ、何を言ってるか全然分からねーけどそのナイフと不穏な声音は絶対碌な事を考えてるのは分かったから……取り合わず、一旦茶でもしばこうや。なっ??」

 

「よく、聞こえませんでした。あははっ、おかしいですね。もう一度、よく考えて―――なんて言ったのか 教えてくれませんか? ぼんばー」

 

「止まりなさい、茜殿。今、冷静を欠いてるのは貴女です…。私の戦闘術が出る前に、そこで止まって欲しいであります」

 

 一部の武闘派(ガチ)が殺気立つのを拓海さんや大和さん達が必死に説得し、

 

「お空、蒼い キレイ………」

 

「うふ、うふふふっ、赤ちゃん。赤ちゃん楽しみですねぇ。真っ赤な毛糸で~愛情たっぷり~靴下を編んで~あなたを待つわ~♪」

 

「粘土をっ、こねるっ!! 一身腐乱にっ!! こねる!!」

 

 虚ろだったり、逆に満たされ過ぎて壊れちゃったみたいに自我崩壊している凜・まゆコンビにその他、狂ったように粘土をこね始める肇ちゃん達など現実逃避しているチームもいて、

 

「あちゃ~、ハチ公ついに捕まったかー☆彡」

 

「これは、荒れるわ……というか、まあ、未成年に手を出さなかったから逮捕ではないけど確実に有罪よね」

 

「孕んだ途端に波乱だ~! って奴ですね」

 

「楓ちゃん、はしたないから止めなさい」

 

「比企谷君と茄子ちゃん、仲良かったですもんね…。そっか……」

 

 大人組が感慨深げにだったり、頭を抱えていたり、ひっそりと心の傷を飲み込んでしんみりしたりと事務所内は正に滅茶苦茶の様相を呈している。

 そんな中で何とか被害をまのがれようと部屋の隅でその様子を傍観していると隣の李衣菜ちゃんがちょっと興奮気味に話しかけてくる。

 

「うひょー、まさにロックンロールて感じだね~。……というか、みくは混ざらなくて良かったの?」

 

「……なんでそこでみくが出てくるにゃ」

 

「え~、だって、たまに二人でいい雰囲気になったりしてなかった?」

 

 悪気があるのかないのか、賢いのか賢くないのか、相も変わらず掴めない相方は今日もズカズカと人の心に踏み入ってくる。ただ、それが毎回の様に核心に近い所を貫いてくるのが手に負えないが、長い付き合いでそのいなし方ももう慣れた。

 

「別にそういうんじゃないにゃ。大体がこんな倍率の悪い賭けにベットするほど向こう見ずでもないし、ソレに賭けれない時点で―――その程度の想いだったんだよ」

 

「……そっか、でも、泣きたい気持ちって納得とは別だから。みくが“いいな”って思えるくらい心の整理が終わった時は、いつでもおいでよ」

 

「李衣菜ちゃんの癖に、なかなかロックな台詞にゃ……」

 

「じぶん、ロックローラーなんで」

 

「ばーか」

 

 阿保っぽい会話の応酬の最後に、緩く二人で肩を寄せ合って笑い合う。

 

 違うと否定するために躍起になるのではなく、ちょっとだけ心を素直に吐き出す。そうする事でようやく頭がいい癖に疑問や建前を解さない彼女は最適解を導きだす事が出来るのだ。心を覆う事のない純真無垢なそのあり方が―――今は、ちょっとだけ染みる。

 

 そんなしんみりとしたり、暴れたり、怒ったりしているカオスな感情が渦巻く事務所の中に低く、重たい声が響いたのはそんな時だった。

 

 

「比企谷君と鷹富士さん。―――常務室まで同行願います」

 

 

 それはこの部署を、シンデレラ達を半地下からこの摩天楼の城まで導いた魔法使いと呼ばれる見慣れた偉丈夫の声で―――この部署の最高責任者の武内“プロデューサー”としての声であった。

 

 その重たく、有無を言わさぬ圧力にお祭り騒ぎだった室内は一気に静まり返る中で唯一静かに比企谷さんと茄子さんが頷き答える。

 

「―――分かりました」

 

 だれもが息を呑み見送る事しか出来なかったその背が、硬く重い扉の奥に消えていくのを静かに私たちは見送った。

 

 

 

-------------

 

 

 

 私がこの346を引き継ぐためにアメリカから帰ってきてもう早いモノで1年近くが経とうとしている。

 

 帰って早々に自分の会社の腐敗具合に頭を抱え、親の首ごと改革に乗り切ったのも既にそれくらい前の事だと思えばたったそれくらいしか経っていないのかと思うくらいに濃い日々であったともいえる。

 

 改革うんぬん以前に、取締役も暇ではない。そんな中で全部署の洗い出しと選別、ソレに対外との外渉も熟しているのだからもはや日付の感覚すら働きすぎて無くなりつつあるのだからさもありなんという奴だろう。それに―――ただでさえ忙しいのに、ひっきりなしに問題を起こす馬鹿共までいるというのだから溜まらない。

 

「お前らは、仕事以外でも私になんか恨みでもあるのか……?」

 

「「「「誠に申し訳ありませんでした」」」」

 

 私が頬杖を突きながら零した嫌味に揃って頭のつむじを見せるくらいお辞儀をしてくる問題部署の事務方衆とアイドル一匹。普段では絶対に見せないその従順さが示されるとそれはそれで馬鹿にされているような気分になるから不思議なモノだ。

 だが、今はそんな事に構っている暇がないくらいに火急の案件があるので早々に片付けねばならない。ならないのだが……気が重くてついつい目頭を揉んでしまう。

 

 いかん、皺が増える。なんて分かっていてもやらずにはいられない。

 

 なんたって、―――売れっ子アイドルが事務方のアルバイトと関係をもって妊娠したのだ。これくらいは許してもらわねば。

 

「………状況は、理解した。そして、私も済んだ事に対して騒ぎ立てる程に暇でもないので簡潔に行かせて貰おう。―――鷹富士、とりあえず君はアイドルの続行は不可能だ」

 

「―――はい」

 

 深い溜息を漏らして私が述べた言葉に何の戸惑いもなく頷いたのは当人だけで、他の面子は懸命に零れそうになる言葉を呑み込むために唇を噛みしめている。言いたい事や反論は山の様にあるのだろうがそのどれもが議論に値しない感情論だというのは明白だ。

 本来、こういった見切りというモノを下すのは武内の仕事なのだろうがその顔を見るにソレは期待できそうにない。ちひろが真っ先に私にこの件を伝えたのは全くの正解だったと言っていい。

 

 限られた時間というのはいつだって有効に、効果的に使うべきものなのだから。

 

「幸いにも、仕事も“例の件”で止まっている事もあるため引退宣言は比較的につつがなく可能だろう。そして―――君には“俳優”か“タレント”どちらかに一旦転向してもらう事になるだろうが、どっちがいいかはおいおい決めてくれたまえ」

 

「「「「――――は?」」」」」

 

 私の口から紡がれるこの後の事に誰もが俯き、その裁きを待っていたのだろうが、全く予想外な言葉が続いた事に彼らは理解が追い付かないといった風な間抜けな面を晒す。

 

「なんだ、その顔は。武内」

 

「い、いえ、その……言いにくいのですが、てっきり退職勧告をココにいる全員が受けるものだと思っていましたので……いまだに理解が、及んでいません」

 

 多少は他の役員より先進性があると思っていたが、手癖の首筋をいつもより強めに揉みこみ戸惑いを零す馬鹿に出来の悪い生徒に諭すように言葉を紡いでやる。

 

「コレが、火遊びの結果ならば私も容赦なくそうするし、内密に婦人科にでも連れていきしかるべき処置をしただろう。だが、女が真剣に恋をして結ばれた想いにソレを強いる程に人間を捨てていないし、従いもしない事は明白だ」

 

 そもそもが、私は実力と売り上げ以外では恋愛を禁じた覚えもない。心で育んだ想いが無いまま紡がれた芸が人心に届きなどするものか。だが、処女性がどうしても重要視される“アイドル”という活動には母体の負担と世間のイメージが負担となることは目に見えている。

 

 ならば、発想を変え――――騒ぎになる前に公にして自ら引退に踏み込む事によって世間のイメージを、先入観をぶち壊すのだ。

 

 “アイドルなのに恋をした”のではなく“恋をしたからアイドルを辞めた”という順序に組み替える。勿論、それによって大幅にプロジェクトに影響を受ける事は免れないが致命的ではない。その上で、この“346”という会社が他社とは大きくかけ離れた器を持つことを世間に知らしめることによって部署問わずに多くの原石が見つかるかもしれないスケベ心もある。

 

 その後の彼女の使い道とて無策ではない。

 

 彼女の舞台での実力は目を見張るものがあったし、そもそもがトークからバラエティーまで幅広くこなすのだから“子持ち”としても多くの仕事を斡旋できるし、何なら我が社で起用し続けていればそういう層も開拓できることを考えれば実験としてはそう悪くはない案だ。

 

 “有能には恩恵を” 我が社の方針は何も変わらない。

 

 問題は―――そこで間抜けな顔でほおけてる大馬鹿者の方だ。

 

「彼女の今後に関しては以上だ。会見の準備とお礼参りは出来るだけ華やかで感動を引き出すモノで早急に整えたまえ。―――それで、比企谷。お前は今年で卒業だったな?」

 

「は、はい……」

 

 矢継ぎ早に告げられる方針に決定がなされた時点で目頭を押さえ涙を抑えた武内とソレを支えるちひろ。それに、気負いは無さそうにしていても肩ひじは張ってた鷹富士の横でいまだ俯く比企谷に声を掛ければ何かを覚悟したように答える。

 

 後悔と責任、不安に焦燥。

 

 見るからに小さな器に入りきらない感情を何とか詰め込もうと苦心するその表情を見ただけで碌な事を考えていない事が分かる。

 

 どうせ、取れもしない責任の取り方やパートナーの未来を閉ざしてしまった罪悪感。長年支えてきたプロジェクトの足を引っ張った事への後ろめたさを拭うために短慮な事を考えているのだろう。

 

 だから貴様は―――馬鹿だというのだ。

 

 座り心地のいいチェアから立ち上がり、足音も高く近寄ってシュンと曲がった背筋を正すように手に引っ掴んだ書類をその胸にたたきつける。

 

 内容は “雇用契約書” である。

 

「どうせ責任を取って“ココ”も“大学”も退くとか言うつもりだったのだろう? 馬鹿を言うな。貴様の軽い首一つで収まる話でもないし、そんな自己満足に付き合う程に貴様の身はもう軽くないのだ。

 

 孕ませた男として、嫁と子供の全てに責任をもって生きていけ。

 

 もはや弱音など誰も聞く耳を持たない。

 

 お前に許されるのは全力で働き、養い、誤魔化しの無い愛情を注ぐことのみだ。

 

 それが出来ぬ男に誰がウチのアイドルを嫁がせるものか。

 

 お前はこの女を―――幸せに出来るのか?」

 

「――――っ。 ここで、働かせてください。死ぬ気で、やりきって…見せます」

 

 荒々しく爪を立てられた胸板の書類を、更に強く握り閉めそう呟いた馬鹿に私は小さく頬を緩め――新たな夫婦の新生活に祝福を言祝ぐ。

 

「結構。だが、その言葉には訂正がある。お前には“死ぬ”なんて身勝手はもう許されん。そして―― 一人で抱えられん時は支え合え。それが“夫婦”だ」

 

 そんな当り前の事に言われて気が付いた比企谷が鷹富士に視線を送り、ソレに柔らかく微笑む事で応えた。そんな一歩を踏み出した二人に小さく微笑み―――胸に当てていた手を握り込んで胸倉を掴み上げ、もう片方の手を思い切り握り込む。

 

「あ、あれ? じょ、常務? いま、いい感じに纏まって――え、なじぇ…?」

 

「新生活と懐妊とその他もろもろの言祝ぎは終わったからな……ココからは、向こう見ずで無計画で、私の頭痛と胃痛を際限なく拡張していく大馬鹿者に対する制裁タイムだ。安心しろ―――こう見えて八分殺しは得意な方だ」

 

「あ、っちょ、あ、やばい!! これ、マジのやt――――ぶっ

 

 

「避妊ぐらい!! せんかっ!!!!! この!!  大馬鹿者ぉぉぉっぉぉぉ―――――――!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 私の魂の百連撃が温かく見守る視線の中で軽快な音を立てて比企谷に吸い込まれて、とりあえず、私の気分は大分すっきりとしたモノとなった事は報告しておこう。

 

 

 

 

 

 

――オマケという名のその後の居酒屋でのみんな――

 

 

 

 

 

あい「というか、デレプロの茄子ちゃんの記者会見はいまだに衝撃だったね。“恋するオトメになったので、アイドル引退します!”って満面の笑みでいい切っちゃうのだから。その後の常務の演説もいよいよ346や芸能界に新しい考えがやってきたって感じだ」

 

早苗「いやいや、この歳で警官辞めてアイドルになったけどアレでソレは間違いじゃなかったって思ったもんよ!」

 

瑞樹「わかるわ~、でも、やっぱりメンバーでも動揺が広がったのは確かよね」

 

佐藤「まあ、色々あるんじゃねーの、知らんけど?☆彡 というか、あのあと常務とちょっと話す機会があって“いいの?”って聞いたらさ~」

 

菜々「おぉ!? どんな回答だったんです!!?」

 

佐藤「“いや、禁止にしたらそれこそ君たちが色々と大変…いや、なんでもない。節度を持って励んでくれ”……とかいう訳よ。 おい、何を濁した?? いま、何を濁したんだ常務☆彡????」

 

楓「今季中にこん婚期は、もう根気がいるって事ですね!!(ドヤッ」

 

早苗・瑞樹・佐藤「「「おい、高垣。ちょっと裏こいや」」」

 

 

―――――――― 

 

 

愛梨「山廃、一升瓶――」

 

文香「ワイン、ボトルで――」

 

美波「ウイスキー樽ごと――」

 

夕美「みんなー、そろそろもう立ち直って―――って、酒くさっ!! いつから呑んで…というか、そんな事以前にどんだけ呑んでんの!!?」

 

「「「………つらい」」」

 

 

――――――― 

 

 

凜「真・添・対――花の道に置いて力みの一点を見せずに、しかし、その一点により幽玄を齎し生まれる調和こそが(ブツブツ」

 

まゆ「うふ、うふふふふふ、たくさんアミアミ。赤い毛糸で寒く無い様にいっっぱいアミアミ(モコモコ」

 

藤原「粘土を、ねるっ! 粘土を、練るのよ――肇っ!!」

 

ありす「皆さん! いい加減に現実に戻って来てください!! もう、もうそこら中が謎の創作物で溢れかえって収まりません!! 収まらないんでずぅぅぅ!!(ガチ泣き」

 

 

―――――― 

 

アーニャ「フーっ、ふーっ、……アー、邪魔は、よくありません。いい加減、そこを通してくだサーイ」

 

拓海「ま、まずはいい加減にそのナイフを置けっつってんだろ……。もう、戦い過ぎていい加減にロシア柔術も慣れてきちまっただろうが…」

 

アーニャ「自分だって内匠が寝取られたらそうなるくせに! ズルはいけまセーン!!」

 

拓海「だ、誰が恋してるだ!! ゴラァ!!?」

 

茜「………………」

 

大和「あー、茜殿? もう、そろそろ泣き止んでは……。というか、そうです。カレーでも食べましょう? 何杯でも自分も付き合うであります!!」

 

茜「………ぐずっ(こくん」

 

 

――――――― 

 

紗枝「よかったんどすか?」

 

周子「……だらだらと、甘えすぎてた罰が当たっちゃったかな? ふふっ、落ち込んでる暇なんてないよ。リップスのみんなも傷心で世界中に旅に出ちゃったし、美嘉ちゃんばっかに任せてないで探しに行かなきゃ」

 

紗枝「―――そうどすか。でも、ちょっと泣いてからでも罰は当たらへんやろ?」

 

周子「……うん、ごめん。すぐいつもの周子ちゃんに戻るから、ちょっとだけ、胸かりる」

 

紗枝「よう、堪えましたなぁ」

 

 

―――――― 

 

 

 

 こんな様々に滅茶苦茶な飲み会が各々の気持ちが収まり新たな答えを見つけるまで2か月ちょっと連日連夜行われ続けたり続けられなかったそうな。

 

 

 

チャンチャン♪

 




_(:3」∠)_これで四つあるウチの一つの√という事実……


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【蒼の系譜】

(´ー`)今回のアンケに適当に選ばれたのは、”シャニ沼”(笑)

_(:3」∠)_何度も言うけど、一切やった事ないので適当に調べた内容以外は知らぬ。合っているかもしらぬ。

('ω')それでも良いという勇者はこの3時間の低クオリティ沼に進むがよい(笑)


 

 

 プロデューサーにスカウトされ憧れのアイドルになってしばし経つ今日この頃。

 

 場末の商店街で簡素なお立ち台やFランクの人気もまばらなステージバトルをユニットの真乃やめぐる達と何とかアイドルらしい活動を繰り返していたそんな日々は、下積みといえば聞こえはいいがうだつの上がらない毎日。それに随分と焦れていたように思う。

 勿論、それが大切な事で、そうなっているのは自分の力量不足のせいだという事も重々承知はしていても飲み込み切れない感情からプロデューサーに強くあたってしまった未熟が今では恥ずかしい。

 

 だが、そんな鬱屈はここ最近では嘘の様に多くの仕事や露出の機会が増えてきて今日も今日とてテレビに出演させて貰えて、少ないながらも自己PRの時間まである。

 

 目標であるトップアイドルへと着々と実績を積み重ねていく事の出来るようになったのは―――隣で気だるげな声で電話をしている男“比企谷”さんが来てからが最も顕著だ。

 

 元々が大手346のアシスタントだったらしいのだが、噂では問題を起こしてここに飛ばされたのを社長が拾ったという話がまことしやかに事務所に流れていた。面談の時に顔合わせしたメンバーも多くは語らないし、円香さんに至っては聞いてるこっちが驚くくらいに蛇蝎のごとく嫌っていたので不安に思ったものだ。

 

 だが、気だるげでやる気のないその姿勢に眉をひそめたのは最初の頃だけで、いざ仕事に関われば底辺事務所だったウチに溢れるアイドル達があっという間に暇が無くなるくらいに忙しくなった事を考えれば流石に考えも変わる。

 

 仕事も、頭の良さも、アシスタントの一線を超えない思慮深さで個々人に配慮してくれているのも感じる。そんな人間が問題を起こして飛ばされるという方が現実味が湧かないし、実際に彼を気に入っているメンバーは随分と多い。

 そんな彼に当然のごとく噂の真偽を問いかける子は多いのだが、彼はいつだってニヤリと笑って“そうかもな”と答えるだけ。

 

 だが、まあ、結局は噂だ。

 

 最後は自分で見て、触れたモノ以上の答えは得られないのが世の常。

 

 少なくとも自分には事務所を支えてくれる心強い仲間であると思うし、346時代のコネを使って多くの仕事やチャンスをくれる恩人。それに、なんと言っても今日は―――あの憧れの大先輩“渋谷 凛”さんに会える仕事まで用意してくれたのだから文句なんか出ようもない!!

 

「ええ、はい、分かりましたからいい加減切りますよ? アンタはそっちのライブに集中してください。……あー、もう、分かりましたって。はいはいはい、は~い」

 

「プロデューサーはなんと?」

 

「“最高の機会だから出来る限り凜との会話の機会を設けさせてやってください”……だとさ」

 

「…………それ、出来るなら、私もお願いしたい、ですね」

 

「先方が快諾してくれればな」

 

「むぅ」

 

 長々と電話していた通話を打ち切った彼に問えば予想通りのプロデューサーの気づかいについつい食いついてしまったが、むべなく切り捨てられ唸りながら今回の企画書を睨むほかない。

 

 無機質な紙面の上に踊る文字は『“現役アイドル”! フラワーアレンジメント格付けチェック!!』という題名とその脇に書かれた講師役として呼ばれている大物芸能人の名前。それが“渋谷 凛”さんだ。

 かつて346内で定期的に行われていた総選挙ライブ。数多の強豪の中で頂点に立った“シンデレラ”の一人でありながら、引退後もフラワーアレンジメントの国際コンクールに受賞を繰り返したり実家の花屋を切り盛りする才女というに相応しい人。だけど、テレビ越しで見る彼女はいつだって気取らないでクールに、それでいて華やかに人々を引き込む人間性を持っていた。

 

 ここだけの話で言えば、自分のファッションや振る舞いも多分に彼女への憧れを含んでいる。

 

 そんな憧れの人が来てくれる企画に自分がその他大勢の一人とはいえ呼ばれるのも、その人ともしかしたら個人的にお話できるかもなんて思えば興奮は嫌でも止まりません。そんな中での彼の言葉は冷や水というには十分すぎるでしょう。

 

「まあ、余計な事は考えないで企画に集中しとけ。収録中にあんま酷い出来だとその可能性すら潰えるぞ」

 

「むっ、ご安心ください。今日の為に凛世さんに付きっ切りで一週間華道の特訓をして貰った私に死角はありません」

 

「付け焼刃っていうんだよなぁ、それ。まぁ、自信があるなら結構。精々、最後の方まで残れば個人指導まで行けるだろ、知らんけど」

 

「………勝ち上らねば」

 

 タブレットをタプタプしつつ意地悪を言う彼をちょっとだけ恨めしげに睨みつつも、言われたおざなりな激励に闘志を燃やす。あの憧れ続けた彼女と会うためには先ずは大前提として初戦から勝たねばなりません。そう思えばどうしたってやる気は漲り―――漲りすぎて少々、お花摘みに行きたい気分になってきた…。

 

「――すぐ戻ります」

 

「はいよ、下痢止めが必要なら早めに行ってくれ」

 

「ぶっとばしますよ?」

 

「わりかし冗談じゃない“あるある”なんだよなぁ……」

 

 減らない口の彼にペットボトルの蓋を投げつけつつ扉を荒っぽく締める。優秀なのは分かりますが、あのデリカシーのなさは相も変わらず直らないのは問題です。

 今度、こういう時の為に果穂ちゃんの言ってたペットボトルの蓋をはじき出すおもちゃを常備しておいた方がいいかもしれないと考えつつ私は案内板に従って歩を進めたのであった。

 

 

――――――――― 

 

 

「ふぅ、この、緊張してくると何でもないのに感じる奴はなんなんでしょうか?」

 

 しばし、花園で粘って見たはいいものの少量で事足りてしまった。こうなるとさっきの彼の揶揄した“緊張”というモノを自分が感じているのを嫌でも実感してしまいます。

 意識をすればズシリと圧し掛かる重み。だけど、ソレに抗うには真摯に積み重ねていく事しか方法がない事を自分は知っているし、それ以外を知ろうとも思えないのだ。

 

 それが過ぎてプロデューサーや彼や仲間達に迷惑をかける事があることは自覚しているけど、自分はやっぱりこの方法しか分からない。それに―――彼らもソレを笑って許し、付き合ってくれる事を知ってるから、鏡に映る弱気になりそうな自分のほっぺを強めに叩き気合を入れる。

 

「―――がんばれ、“風野 灯織”」

 

「―――うん、今日はがんばって」

 

「……うん?」

 

「気合、入ってるね」

 

 真っ直ぐに自分に向けたエールになぜか返ってきた返答と、ポンッと肩に置かれた華奢で温かい手の感触に首を傾げつつ振り向けば―――

 

 

 瞳どころが脳内に刻み込まれた、その強く射貫くような茶色い瞳と沙耶の様に艶やかな長髪。柔らかいのに涼やかなサボンの香り。大きくない呟かれる様な声がなぜか万人の耳を釘づける魅力を持つ、憧れ。

 

 

 元トップアイドル“渋谷 凛”が仄かに微笑みながら私の肩を叩いていた。

 

 

 

 

-------------------------

 

 

 

 

「ミルクティーで大丈夫だった?」

 

「は、はい…」

 

 ガコロン、なんて情緒の無い音を響かせた自販機から取り出した缶を私に向かって差し出してくる彼女は小さく微笑み、自分の分であろう派手派手しい色の缶コーヒーを購入しつつさっそくタブを開けてソレに口をつけた。特徴的だったのは飲んだ後にちょっとだけ眉を顰めて苦笑いをこちらに向けてきた事だろうか。

 

「ふふっ、コーヒーって実はそんなに得意じゃないんだけど……なんとなく見栄で呑み続けてるんだよね」

 

「……渋谷さんでも、そんな事ってあるんですね」

 

 私の意外そうな顔に気づかれたのか照れ臭そうにそんな事を言う彼女はテレビ越しに真っ直ぐと遥かな高みを見つめる瞳とは程遠い等身大の22歳の女性で、テレビで見る表情なんかよりずっと可愛らしさを秘めていた素敵な人なんだと素直にそう思ってしまった。

 それに見惚れているウチに彼女は言葉を私に重ねてくれる。

 

「そりゃそうだよ。“クールの代名詞”なんていつの間にか祭り上げられてるのに、ホットチョコレート大好きな甘党だなんてカッコがつかないでしょ? だから、そんな私には敬語なんて要らないから普通に“凜”でいいよ」

 

「い、いえ、そういうつもりで言った訳ではっ!!……でも、あの、その、“凜さん”からで始めさせて頂けると、ありがたい、です……」

 

「ふふっ、真面目だね。じゃあ、私は先に“灯織”って呼ばせてもらおうかな?」

 

「は、はい!!」

 

 トイレから自分の控室への道中でそんな現実か夢のような会話が響いていく。

 

あれから、あまりの出来事にパニックになり自分勝手な自己紹介と控室に帰る旨を伝えて駆け出そうとしたのだが、全く見当違いの方向に駆けだそうとした私を引き止めた凜さんが送ってくれる事を申し出てくれたのだ。

 

 大先輩であり、憧れであり、今日のメインの人にそんな好待遇を受けてどうしたらいいのか混乱の極みにいた私は彼女のその言葉に若干だけ落ち着きを取りもどしつつ――重大なミスに気が付いて、頭を下げる。

 

「あっ、すすみません!! 私、まだ楽屋へ挨拶も済ませてなくて!!」

 

「ん? あぁ、気にしなくていいよ。というか、今回は講師ってのも偉そうで好きじゃないんだけど、判定側だから参加者には楽屋を教えない方針にしてるらしくてね? だから、多分、灯織のプロデューサーもあえて教えてなかったんじゃないかな」

 

「じゃ、じゃあ、やっぱりこうして送って貰うのって拙いんでしょうか…」

 

「ははっ、花に関してはどんな子でも誰に対しても厳しく見るから大丈夫だよ」

 

「………が、頑張ります!」

 

「うん、がんばって」

 

 思っていたよりもずっとさっぱりと話しやすいその人柄と、勝負事でのそのストイックさは自分の思い描いていた憧れそのもので自分でも説明できないくらいに胸の奥底が熱く、叩かれた肩からやる気が漲ってくる。

 

 小学校の頃に両親もいない部屋で膝を抱えていた自分の心に火を着けた憧れは―――間違ってなんかいなかったんだと今更ながらに確信を得て、今すぐにでもどこかで思い切りお話してみたいと湧き上がる欲求を押さえつけてぎゅっと胸元を掴む。この想いは、思い切り自分の全力を今日の仕事にぶつけてからにすべきだ。

 

 そんな想いを新たにした時に自分の楽屋が見えてきた。

 

 この楽しい時間ももう終わりか、なんて一人ひっそり落胆している中で気持ちを切り替えて隣の彼女に目を向けると―――氷ついた様に目を見開いた凜さんがいた。

 

「り、凜さん?」

 

「283、プロダクション? って、あの283?」

 

「え、あ、はい。そういえば名前だけで事務所は言ってませんでしたっけ? 改めまして、283プロダクションのいるみn―――って、凜さん!!?」

 

 呆然と、何とかそう絞り出した彼女の雰囲気に呑まれながらも改めて自己紹介をしようとする私を置き去りにして彼女は目にもとまらぬ疾風の様に駆け出して行って荒々しくその扉を蹴破るように押し入ってしまった。

 

「?? ???」

 

 突然の変貌に訳も分からずあっけに取られた私はなんとか気を取り直して彼女の後を追うが混乱は増すばかりだ。

 

 彼女のような大御所タレントが自分の弱小事務所と関りや確執があるとは考えにくい。他の誰かが粗相をした可能性もないではないが、そもそも、彼女の様に顔通り出来る様な仕事は今回が初めてなのでそれも違うだろう。それにも関わらず彼女があんなに血相を変えてあの部屋に飛び込む理由なんて―――

 

 

「ひ っき っが やぁー―――――!!!」

 

「どうぉっ、な、えっ? は!?―――なんで、お前がココにいるんだ!?」

 

「ひきがやひきがやひきがや―――ん~、はっ! ん~、はっ!! この匂い・味・湿度・温もり!! 間違いなく生比企谷だっ!!!!」

 

「ちょ、やめっ、―――いやぁぁぁっ、シャツをむくなぁっぁぁ!!!」

 

 

 扉の先には、さっきの憧れの大先輩はおらず

 

 大型犬の様に尻尾をブンブン元気に振り回す犬のごとくウチのアシスタントさんに貪りつくちょっと危ない光を瞳に宿した女性と

 

 一張羅のシャツを涎や口紅や、噛み跡でめちゃくたにされつつ押し倒されながら絹を裂くような悲鳴を上げるウチのアシスタントさんがいるだけであった。

 

 風野 灯織 15歳。

 

 人という生き物はかくも恐ろしき多面性を秘めているのかと、大人の階段をこの惨状から学びました……。

 

 

 

…………真乃、めぐる、たすけてぇ。

 



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陽光に影 前編

(/ω\)豪雪ラッシュでアシカの様な鳴き声を上げている。

新作書く時間が取れないから書きかけで放置してた奴をペタリ

これを読む前にこっちを読むとより楽しめます→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12108732




 

「比企谷君、久々に外食などどうでしょうか?」

 

 昼休みを告げる豪奢な時計塔の鐘を聞き、凝りに凝った肩と背中をゴリゴリ、ボキボキ鳴らして今日の昼食に思いを馳せていると珍しいお誘いが掛けられた。その低く呟くような声を追って目を走らせれば、この部署のボスであり、巷で有名な偉丈夫の魔法使い“武内”さんが首元を抑えつつ立って俺を見下ろしている。

 

 厳つい顔に、そのガタイで誤解されがちだが案外と付き合ってみると喜怒哀楽がハッキリしていて分かりやすい人でもある。だからこそ――――首元を押さえて気まずげにする様子から今日は厄介事の相談であることがハッキリと分かってこちらも思わず顔を顰めてしまった。

 

 そもそもが夜勤・残業時の気晴らしでもなく、昼をカロリーメイトで済ませることが問題視されているこの人がわざわざ食堂でもない外食に誘う時点で相当にめんどくさい案件なのは確定である。

 

「……… 一応、お聞きしますけど拒否権はありますか?」

 

「できれば任意同行が一番穏当な結果をもたらしますが…拒否された場合は、複数名のアイドルに囲まれる事が予想されますね」

 

「……今日は、蕎麦な気分ですけど武内さんは何がいいですかね?」

 

「自分は天丼な気分でしたのでちょうどいい店を知っています。今日はささやかながら奢りですので、遠慮はいりません」

 

 無駄な足掻きとは知りつつも聞いた言葉は予想される限り一番に面倒な未来が予想されるもので、俺が現実逃避気味に聞いた返答に武内さんも苦笑いを零しつつ、同情するように言葉を紡いでくれる。

 

 自分の健康管理には数字上でしか興味を示さないくせに、その味覚や食へのこだわりは強いこの人がお勧めするくらいなのだから今日は美味い飯にありつけるという小さな慰めを胸に、“比企谷 八幡”は渋々と席を立った。

 

 

―――――――――

 

 

「“茜”に元気がない、ですか?」

 

「はい。収録や撮影…来月の大規模ライブに向けたレッスンにも影響が出始めているというのも問題ですが……正直、見ていられないくらいに消沈しているようです」

 

 武内さんに連れられて入った小さな蕎麦屋。そこの本当に芯のみを使った蕎麦というのは透き通るように輝くのだと衝撃を受け、その香りと喉越し。味に衝撃を受け、夢中でずるずると啜り、お勧めされた丼物も絶品という他ない逸品であった。

 

 お値段もそこそこではあったがこれは通うくらいの価値はある至福を貪ってひと心地ついて蕎麦湯を啜っている時に切り出されたのは意外な言葉であって思わず首を傾げてしまった。

 

 デレプロ、というか。日本全国を探したってあれほど元気が有り余っている少女なんか見つかりはしないだろうというのが俺の知っている“日野 茜”という少女のはずだ。ソレがどうしてそんな事になっていて、そうした相談が自分の元に来るのかも分らずに俺だって首を傾げるしかない。

 

「……まあ、思春期ですからそういう日もあるのでは?」

 

「――――本気で言ってますか?」

 

「女子の生態には詳しくないもんで」

 

 考えても答えの得られない問いを早々に投げ出して一番ありえそうな結論を答えて残った海老の尻尾をバリバリほうばれば信じられないモノを見たかのように目を見開く向いの偉丈夫。ソレが続けて俺の零した言葉に頭に手を添えてしばらく。

 

「すみません。フリーでいいので一本頂いても?」

 

「珍しいですね。楓さんに毒されてきてません?」

 

俺の軽口に取り合わずにグラスに注いだノンアルコールビールを一足に飲み干した武内さんは深くため息を吐いて胡乱気な視線を俺に向けてくる。

 

「一応、お聞きしますが。………心当たりはありませんか?」

 

「……俺がですか? まさかと思いますけど、俺が原因だって思ってるだなんて事ありませんよね? 俺があいつに影響を与えているだなんて、冗談でしょう?」

 

「“ラグビーワールドカップ”……ココまで言って心当たりはありませんか?」

 

「………? いい試合でしたね。あっ、武内さんはどの試合が一番―――「今はそんな話していません」―――えっ⁉」

 

 最近の最も日本中が湧き上がったあの歴史的な快挙が話題に出された事に首を傾げつつも、いつものサッカーやプロレス談議のような会話かと思って話題を振れば荒々しく飲み干したグラスを叩きつけた音と呟くような声に遮られてしまう。―――えぇ、自分で話題振ったくせにぃ…。これホントにノンアルコールだろうな? こんな武内さんの声は信楽焼の狸と肩を組んで道端で熱唱しやがった成年組のスキャンダル以来だぞ?

 

「…もう、単刀直入に行きましょう。先日の騒動の時に茜さんとのワールドカップを観戦する約束を違えた事が発覚したのが今回の事件の“全て”です。―――――念の為。念のため聞きますが、ここまで言ったら思い当って頂けましたよね?」

 

「あぁ、何の話かと思えば……」

 

 深々と溜息を漏らした武内さんが諦めたように指し示した事柄でようやく何のことか思い至った。だが、その言い方には多分に誤解が含まれていて実に異議ありである。そもそもの発端を思い返して俺はもう一度だけ蕎麦湯で口を湿らせて、自己弁護をさせてもらう。

 

「そもそもが、誘われた当初には仕事が入っていて明確に“行けない”という意思を伝えていた筈ですし、ソレをアイツも納得してました。ソレが当日になって先方の予定が合わなくなって急遽の休みになるのは武内さん自身が認めていましたよね?」

 

「……そうですね。てっきり、自分は茜さんが“当日まで席は取ってますからいつでも連絡してくれ”という言葉を聞いていたのでそのまま合流したものかと思っていました。しかも次の日に比企谷君からラグビーの話題が出たので安心していたのですが―――まさか別の方と見に行っていたとは予想外でした」

 

「社交辞令だと思うでしょ、普通。それに、何が悲しくて世界を股に掛けた“日野重工”の社長の横で気を使いながらラグビー観戦しなきゃなんないんすか……。それだったら、気楽な知り合いと一般席でビール片手に観戦しますよ。休日の過ごし方までとやかく言われる筋合いはありませんね」

 

「……ソレは、そうですが。しかし―――」

 

 俺のにべもない言葉に口ごもる武内さんに重ねて伝えたいが。そもそもが、約束なんてしていないのである。

 

 急な予定変更と、プライベートで付き合いのある恩師が泣き気味の声で誘ってきた試合に行っただけの話だ。それにあの“なんならお友達やご家族の分まで用意しますよ”なんて言葉を真に受けて実行する方が非常識だろう。

 

 それを理由に落ち込み、仕事に影響を出す茜の方に今回は非があるだろう。

 

 腐っても、頭がぶっ飛んでネジが外れていてもアイツは、あいつ等はプロなのだ。いちいちこんな事で腐ってかまってちゃんをされたって困る。

 

 そんなこんなで残りわずかとなった休み時間を指し示せば、武内さんは言い掛けていた言葉を呑み込んでもう一度深くため息を吐くに留めてこの話を締めくくる。

 

「それが、君の意見ならそれでも良いです。……ですが、その事を踏まえて一度だけでも彼女と会話をして貰えませんか? 正直、このままの調子でいられても困るというのが本音でもあります。個人として語ることが無いというのならば、彼女のアシスタント業務の一環として―――彼女の主張も聞いてあげてください」

 

「………ソレは、業務命令ですか?」

 

「できれば、貴方個人の友人としての“推奨”として貰えると嬉しいですが……言い訳が必要ならば“業務命令”にするのもやぶさかではありません」

 

「……プライベートと業務を混同するのはパワハラの第一歩ですよ」

 

 柔らかな苦笑を零しながらそう呟く武内さんに精一杯の皮肉を返すのだが、どうにもそれすら『私は“気狂い”だそうですので、それも今更でしょう』なんて大人の貫禄で返されるのだから敵わない。

 

 そんな彼に憮然としつつも細巻きを加えて件の少女を思い浮かべる。

 

 馬鹿みたいに元気で、うるさくて、騒がしい上に無駄にある運動神経。それに隠すように含めた微かな暗さと繊細さを持つアイツ。そんな彼女に――――俺ごときが何をした所でどうなるとも思えないが……まぁ、久々のスキンシップくらいは取ってやるか…。

 

「一日、遊んでやるくらいなら」

 

「よろしくお願いします」

 

 めんどくささと呆れを蕎麦湯で流し込んだ俺に、目つきの悪い偉丈夫が小さく微笑んで最後の一杯を流し込んだ事で、豪華な昼食と厄介な依頼はここに契約を結ばれてしまったのだったとさまる

 

 

--------------------------------

 

 

 

 さてはて、ボスである武内さんとの昼食後にロビーで別れてからしばしの事。面倒だとは思いながらも楽観していた面があった事は否めない。

 なにせ件の話はあの元気印の“日野 茜”の事なのだ。最近はなぜだかめっきり会う機会も無かったが、アイツの事なのでご飯でも食って昼寝でも挟めばすっかり落ち込んでいた事も忘れて元気に駈けずり回っている事だろうと―――そう思っていたのだが。

 

「なんだ……アレ」

 

「んー、マストレさんに滅茶苦茶怒られてレッスンを追い出されてからずっとあんな感じ。流石の未央ちゃんもお手上げかなぁ……」

 

 予定にあるレッスン室になぜかおらず、ウロウロと日野を探していれば困り顔の未央に連れて来られたアイドル達の控室。そこには、真っ黒なオーラをこれでもかと撒き散らしながら藍子の膝に顔を埋めてブツブツと呪詛を振りまく暗黒太陽“ひの”がおわしました。

 

 余りのキャラ崩壊に絶句している中で頭を掻きながら苦笑する未央が俺の脇をこずいてくるのに何とか反応して問いかけても彼女は顔を顰め、俺の背をグイグイと室内に追いやるだけである。

 

「ほらほら、ハッチ―の心無い対応が純粋な乙女をあんなんにしちゃったんだから早く元気にしてあげないと! あと、あそこは私の指定席なんで長期滞在はお断りだよ!!」

 

「もう後半の理由が八割じゃね?」

 

 そんな会話をしているウチにあっという間に現場に到着し、絶賛奮闘中の藍子に片手をあげて労えば彼女も苦笑を零すだけでソレに応えた。膝元で蹲る日野の頭を撫でる手は慈母のように優しく、暖かでおぎゃりたくなる欲求が湧き上がるが隣で目を光らせるヘタレの王子様(ガチレズ)が噛みついてきかねないので今は当初の目的だけをすますことにしよう。

 

「おい、茜。いつまでも拗ねてんなよ」

 

「―――――」

 

 蹲っている頭をぺしぺし叩いて声を掛けたら、さらに丸まって防御力を上げてしまった。ポ〇モンか何かかな?

 

 その様子を見ていた二人からは盛大に頭を抱えて溜息を吐かれたりしたので、流石の俺もどうやら選択肢を間違ったようだと気が付いた。バッドコミュニケーションという奴だ。しかし、ボッチのコミュ障の俺にはそもそも他の選択肢が浮かんでくる事がないので実質一択問題なのである。つまり、おーるバッドコミュニケーションが平常運転なので異常ない。通りで生まれてこのかた友達ができない訳だ。

 

――――というか、もうまるっきりただの駄々っ子と化した彼女の相手も面倒になってきたので手早く解決させて頂く事にしよう。

 

 なーに、小町も小さい頃はよくこのダンゴムシ形態になって俺を困らせてきたのでノウハウは既にある。拗ねた駄々っ子は“食う 寝る 遊ぶ”をすれば大抵がコロッと機嫌が直ってしまうモノなのだから。

 

 思いついたらすぐ行動。それが出来るボッチの必勝プラン。

 

 携帯でポチポチと連絡を入れ準備が整った事を確認したのち―――ぶすりと無防備にさらされた日野の細っこい脇を指で突いた。

 

「ひぎゅっ!! って、うわ、わわわわっ!!」

 

「お前、腹減ってそうだな。今日は特別に奢ってやるから喜べ」

 

「ちょ、やっ、離してください!! ん―――!! ん―――――!!」

 

 徹底抗戦の構えで丸まっていた彼女が面白いくらい藍子の膝から飛び上がった拍子を逃さず小脇に抱えてその軽い体をえいさほいさと運んでいく。暴れる彼女がポカポカと俺の背を叩いてくるが可愛いもんだ。勿論、彼女の身体能力で本気の抵抗をすれば骨折くらいは覚悟しなければならないが、常日頃から対人ではセーフティを掛けるように訓練した成果が生きている。俺は猛獣の調教師かなにかなのん? #アシスタントとは?

 

 その結果、ご立腹のお嬢様(ガチ令嬢)と誘拐犯(not犯罪)が社内を闊歩するというヤバ目の光景が出来上がった訳だが、警備のおっちゃん達も既に声を掛ける事も無くなってきたのが地味に寂しいものである。いとかなし。

 

 そんなこんなで―――お嬢様のご機嫌取り、開始である。

 

 

―――――― 

 

 

「うわぁ……なんというか、女の扱いが手慣れてるというか、なんというか……」

 

「あ、あははは……女の子というか“小さな子”の扱い、かな?」

 

「肯定しずらいけど、否定も出来ないんだよなぁ……。というか、あーちゃんや?」

 

「なぁに、未央ちゃん?」

 

「………張り合う訳じゃないんだけど、私も久々に膝枕してもらいたいなー、なんて思ったりしちゃったりなんて……その、ねっ?」

 

「え、えー、ここじゃ恥ずかしいから……お家でたっぷりしてあげますね♡」

 

「えへ、えへへへへ///」

 

 

 

---------------

 

 

 

 という訳でやってきました346本社名物でもある“346カフェ”。エントランスに併設カフェなのだが、厳選されたコーヒーや本格的なスイーツが季節ごとに提供され、多くの社員に留まらず一般の顧客にもファンが多いここ。それだけでなく、軽食もボリュームと満足度が高く俺の一押しとも言える逸品がいま―――不機嫌Maxな“暗黒太陽”日野の目の前に供された。

 

 スパイシーな香りと、解けるほどに煮込まれた肉や野菜の優しい香りが完璧に調和したルーの匂いにつやつやと輝く白米が可愛らしくウサギ型に盛られて濛々とその身から湯気を湧き立たせ食べられるのをいまか今かと待ち構えている。

 

 常連のみが知る裏メニュー“346特製カレー”がうさ耳メイドの“菜々さん”によって目の前に置かれた。

 

 長らくここのバイトを続け、いまだに人手が足りない時には手伝いに来るのでもはやアイドルを引退したらここに就職するのではないかともっぱら噂の菜々さんお手製のカレーにぷっくりと膨らませた日野のほっぺはじゅるりと零れた涎と共に萎んでいった。

 

 だが、まだだ。 俺のターンはまだ終わっていない。

 

「菜々さん―――お願いします」

 

「かしこまりました~、きゃはっ」

 

 律儀に決めポーズまでしてくれた菜々さんが後ろのカートから取り出したのは―――山盛りのチーズと、揚げたて特有の香ばしい音を立てる厚切りのとんかつ!!

 

「あ………あぁぁぁ!! そんな!! 豪快に!!!?」

 

「いっちゃうんですよ~! きゃはっ、召し上がれ!! 」

 

 それを遠慮躊躇なくカレーに突っ込んだ事により真の裏メニュー“ウサミンカレー”が完成し―――その誘惑に成すすべなく日野は陥落した。

 

 さっきまでの憂鬱で不機嫌なオーラは何処へやら。にっこにこの笑顔でバラ色に染めた頬はハムスターの様に膨らませて正にこの世の至福を味わっているかのような笑顔。ほれみろ、やっぱ俺のノウハウに抜かりは無かった。

 

 困った時、苦しい時、気分が上がらない時はカロリーと炭水化物なのだ。

 

 わんこそばの様に“はいじゃんじゃん”とお代わりを注いでくれている菜々さんに目だけで急で無茶なお願いを聞いてくれた感謝を伝えれば、向こうもお茶目なウインク一つで答えてくれる。こんな年季の入ったカワイイウサミン星人、俺じゃなきゃとっくにお嫁さんにしてるね。危ねぇ、おちかけてたぜ。

 

 そんな小芝居をして一人脳内で遊びつつ、ご満悦な日野を眺めているとふとした瞬間に目があった。

 

 幸せそうにカレーを味わっていたのに、俺の視線に気が付けば“まだ怒ってます”と言わんばかりにリスみたいなほっぺのまま目を不機嫌そうに逸らしたのが面白くて溜まらず吹き出してしまった。

 

 怒ってるアピールもそこまで行くと可愛らしいもんで、幼い時の小町をついつい思い浮かべてしまいそのままお節介を一つ。

 

「口元、米ついてるぞ」

 

「―――――っ!!///」

 

 ナプキンで彼女の形のいい口元を拭いて笑ってやればなぜか顔も真っ赤にしてまたカレーをかっ込み始めた。いや、カレーをあのスピードで食ってりゃ熱くもなるか。というか、掻っ込まず落ち着いて食えって話じゃなかったかい、いま?

 

 呆れと苦笑、そんな感情も混ぜ混ぜに俺はコーヒーで喉を潤したのであったとさ。

 

 

 

――――――― 

 

 

 

 

「(こ、これは悪い男の子の典型ですねぇ……はぁ、いいなぁ。私もこんな青春ラブコメしたかったぁ……)」

 

「どうしたんすか、菜々さん?」

 

「いや、こうやって被害者は増えてくんだなぁ…とおもいまして(ジト―」

 

「????」

 

 




(´ー`)みんなも、クソ忙しい年末―――いきのびろよ……。


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陽光に影 後編

(/ω\)もう働きたくないでござる←豪雪地帯

_(:3」∠)_というわけで、ようやく暗黒茜ちゃん 完結!!

そして、始まる茜√!! ここから始まる猛烈デレアプローチ!! 誰か書け!!

(・ω・)急がしくて更新鈍いけど、チッヒとか、ハチの日常とか、クリスマスとかボチボチ書いてます。

_(:3」∠)_期待せず、待たれよ…………誰か、代わりにかいて……


 

 爽やかな風が吹き抜け芝草の匂いが通り抜けていき、耳には子供や奥様たちの姦しい声や楽し気な喧騒が遠くで鳴るのを捉えている。そんなうららかな午後の日差しと陽気を頭上の木陰が柔らかく遮って悪戯気に差し込む光は微睡を誘って呑気な欠伸が、咥えた細巻きの煙と共に零れ―――隣で膝を抱えてジトっとした目で睨んでくる“日野 茜”という少女にぶつかって溶けていく。

 

 あれから店のカレーを文字通り平らげてご満悦になった彼女を引き連れて露店のアイスクリームや流行りのタピオカなんかを突きながら膨れた腹を休めるために寄った公園。別に目的地がある訳でもなく、さらに言えば“駄々っ子三原則”に乗っ取りお昼寝も済ませてしまおうと横になってからというモノ彼女はずっとあんな感じだ。

 

世間に浸透しているいつもの快活そうなイメージにはまるでそぐわない仏頂面だがそもそもコイツの根っこは結構に湿っぽく陰気な所があるせいか、それとも、元が美少女なせいなのか不貞腐れた顔も存外に見栄えがする。美人ってのは本当にこういう所で得である。

 

 だが、まあ―――その顔もいい加減に見飽きてきた。

 

「別に機嫌は直さなくていいからそろそろ横になれよ。これじゃまるで俺が無理やりサボりに付き合わせてるみたいだろうが」

 

「………無理やり連れだしてきたのは“比企谷”さんなので概ねそれであってます」

 

「へー、へー、わるうございまし―――ぐえっ」

 

 俺が気だるい体を転がして日野の方を眺めながらそう言えば、ブスっとした顔で不服を申し立てつつも彼女は俺の言葉に従う事にしたらしく固く抱え込んでいた膝を解き―――なぜか俺の腹にその小さな尻をどっかりと乗せてきて俺をその透き通る様な翠色の瞳で覗き込んできた。

 

 燃えるように赤く、輝くように光を発する彼女のパフォーマンスや日々の言動から誰もが彼女を太陽か炎の様だと例える。だが、そんな彼女の瞳をまっすぐと見据えた事のある人間は意外に少ないから知ることはないのだろう。

 

 その瞳は煌めく橙に染まっていない事に。

 

 夕闇に沈む太陽が稀に発するあの不気味な緑閃光の様な不思議で底の見えない淡い翠であることを。

 

 明るく、直情的なその行動の根底にはどこまで続くか分からない深く入り組んだ感情が揺らめいている事を。

 

 それを感じ取ったからこそ、自分以外でその性質を見抜いた物静かな同級生“文香”は反する性質でありながらも彼女に近い場所に居られるのだろう。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そんな身勝手な考察はさておいて、ニコリともせずにこちらを覗き込んでくる少女に意識を戻してみると益々に不機嫌そうな表情を浮かべて固い声を絞りだしてくる。

 

「言い訳は、しないんですか?」

 

「する理由もないし、した所で納得なんてしないだろ?」

 

「…………そう、ですね。そんな気もします」

 

 余りに飄々とした受け答え。

 

 いっそのこと盗人猛々しいとすら言われそうな俺の佇まいに何を想い、何を飲み込んだのか知らないが彼女は吐き出しかけた言葉を苦し気に飲み込んで深い深―い溜息を漏らしつつ肩をガックリと落とし、俺の腕を枕にして寝転んでポツリポツリと恨み言のような独白として零していく。

 

「理屈は、分かるんです。お父様はどうしたって大企業の社長で、私はその一人娘。そんな女の子が無理を言って取ってる席に来る人は嫌でも注目を集めて息が詰まっちゃう事も、純粋にラグビーを楽しめないだろうことも。

 

 分かってても、比企谷さんとあの感動を同じ場所で、同じ時に分かち合っていたかった―――ただの私の我儘です。

 

 別の女の子と比企谷さんが気兼ねなく楽しみたいって言うのも、仕事付き合いのある私に不義理を感じさせないように隠していた事も理屈ではわかります。でも、だから、どんなに言葉や理屈を重ねても―――私は納得なんてしないんです。

 

 だからコレは結局、全部が中途半端な私の 八つ当たりなんです」

 

 そんな彼女の独白は最後に宣言通りぼすりと俺の胸板を軽くパンチをすることによって締めくくられ―――俺はその目尻に浮かぶ一粒の雫をちょっとだけ乱暴にこすりつつ小さく呟くだけで答える。

 

「…………いったぁ」

 

「でも、怒ってない訳じゃないですから」

 

「いだっ」

 

 俺のお道化た対応に、今度は普通にニッコリ笑顔で脇腹をパンチされた。痛い。

 

 今度は自分の目尻に浮かんだ涙をこすりつつ、二撃目、三撃目と俺の脇をパンチしてくる彼女の攻撃を防ぐために彼女が枕にしている俺の腕をヘッドロック風に締めて反撃をしてやる。苦し気に藻掻きつつ“アホ”だの“バカ”だの“浮気者”だのと言われもない暴言を喚くその口を〆るためにごちゃごちゃとプロレスごっこが始まった。

 

 なんだかんだと揉み合いながら格闘しているウチに彼女は何がおかしいのかカラカラと減らず口を叩きながら笑って反抗し、俺もソレを迎撃しつつ小さく笑ってしまった。

 

 そういえば、俺が拗ねた小町を宥める時は結局いつもこうだった気がする。

 

 試行錯誤を凝らし、考え抜いた小細工は大体が効果を発揮せずに最後は二人でこうやって揉みくちゃになりながら暴れて、腹減って、文句言いながら一緒に風呂入って、一緒に寝て――――次の日にはなんで喧嘩してたかも忘れてた。

 

 何がノウハウだ。結局は自分も大人ぶったふりしてクソガキだっただけだ。

 

 クソガキが、斜に構えて、酒飲んで、煙草吹かして―――何も変わらずいつもと変わらない解決方法に行きついている。

 

 そんな自分の成長の無さに呆れるべきか、そんな自分でもお嬢様一人のご機嫌取りが出来る事を喜ぶべきかちょっとだけ悩みつつも俺は結局、いつもの様に苦笑を漏らすだけに留めた。

 

 空は晴天、風は気持ちよく、世は事もなし。

 

 馬鹿みたいに原っぱで揉みくちゃになりつつ騒がしい馬鹿二人の声が、何処までも響き―――――――ま、コイツが落ち着いたら近くの運動場でやっているラグビー部の練習試合を覗きに行くのくらいは付き合ってやるか、なんて俺は呑気に思いついたのだった、とさ。

 

 

 

 

 

 

――その後 という名の 蛇足――

 

 

 

 

「えっ、高校の恩師?」

 

「おん? ああ、その頃から世話になってる先生に誘われてな」

 

「………あ、あはは、そうだったんですか。私はてっきり、事務所の誰かと行ったものかとばかり…」

 

「なんで、芸能人連れてそんな人混みに行くんだよ……。もし連れていかなきゃいけないなら普通にお前の取ってるVIP席に押し込んで、俺だけ一般席に行くまである―――て、あつっ、え? なんで急に体温上がってんの? というか、顔赤くない。 めっちゃ赤くない?」

 

「わ、わたしっ、もしかしたら! もの凄い勘違いをしていたかもしれません!! いえっ、声を掛けてくれなかった事自体はムカついているんですが!! なんだか、もの凄い勘違いをしていたかも知れません、ぼんばーっ!!」

 

「う、うるさい…」

 

「比企谷さん、ラーメンがお好きでしたよね!? お、お詫びに奢りでこの後、オススメのカレーうどん屋に行きましょう!! 絶品です!!」

 

「“うどん”は“ラーメン”と定義していいのかって所から審議が始まるな……」

 

 そんな馬鹿カップル二人組ぽい大声が練習試合に精を出す選手たちの心を締め付けたという話があったとか、無かったとか…とさ。

 

 

 

 

--------------------------------

 

 

 

 

「んじゃ、気を付けて帰れよ」

 

「今日は、ありがとうございました!!」

 

 結局あの後、オススメのカレーうどんを一緒に食べた私を駅まで送り届けた彼“比企谷さん”はいつもの気だるげな雰囲気を漂わせながら最後まで【うどんはラーメンなのか?】という命題に首を傾げながら去っていくのをクスリと笑いながら見送って私は電車の空いている席に腰を下ろして小さく息を吐きます。

 

 それは、最近ずっと抱えていた陰鬱とした気分のモノでなく――ずっと、清々しい溜息だった。

 

 あの日からずっと脳内をよぎっていた嫌な考えは消え去って思い返すのは今日の楽しい出来事や、今まであった彼との楽しい記憶ばかり。

 

 そんな現金な自分に苦笑が漏れてしまうのもしょうがない事だと思います。

 

 自分の家柄が心の中で親しく思っている人との障害になり、生まれて初めて自分が日野家に生まれた事を後悔した。誇りと愛情をもっていた家族を疎ましく思ってしまった。だが、そんな自己嫌悪よりも―――自分以外の誰かが彼の隣であの熱狂の舞台で笑顔を浮かべ、肩を抱き合い、熱狂を分け合ったと知った瞬間にヘドロの様な感情が湧き上がって止まらなくなった。

 

 “そこにいたのは自分の筈なのに” 

 

 そんな身勝手な羨望と嫉妬が、際限なく湧きまとわりつく。

 

 理性が、身に着けた自制が、ソレはまちがっていると幾ら諫めても止まることが無い生まれて初めての想い。

 

 怖かった、悲しかった、情けなかった。そして―――怒りで暴れたくなる想いが止まらなかった。

 

 溢れる激情はいつだって精魂燃え尽きるまで体を動かせば解消できてきたはずなのに、この想いだけは力尽きた体の中でどこまでも大きく、重くなって消えてくれない。そんな事実すら振り払うように我武者羅に体を動かしていたらそれすらも失敗してどうしようも無くなった時に―――彼が来た。

 

 約束を、約束だと思っていたモノを破っても飄々と悪びれない彼に、彼の発した言葉に一気に力を抜かれ、そして、納得してしまったのだ。言い訳を、彼が、自分に許しを請う瞬間を待ち望んでいたはずなのに

 

 “どうせ納得はしないだろ?”

 

 言われてみれば、なるほどその通り。

 

 きっと、彼が土下座をしたって自分はこの黒い感情を収める事も、理解することも無かっただろう。逆に、そんな事をするくらいならば最初からそうしろと更に怒っていた気もする。

 

 悪意もない。理由もない。ただ、その方が楽しめたから。

 

 そんなある意味では最低で、だけれども、文句のつけようのないあっけらかんとした理由はなんだかストンと自分の中に落ちてきて溜め込んだ文句も、怒りも叩きつける勢いをすっかり失ってしまった。そんなガックリと崩れ落ちた自分の物理的抗議にいつもの厭らしい笑い方で相手をしてくれる彼と揉み合ってるウチに分かった。分かってしまった。

 

 あれだけ大好きだったご飯もカレーも、最近はすっかり美味しく感じなかった。

 

 やけくそに振り絞った全力をトレーナーさんにボロクソに怒られるのなんていつもの事なのに凹んだ心はいつもの弾力を失っていつまでも浮かんでこない。

 

 何もかもが、うまくいかず、反応を示さなくなってしまった自分の心は彼が現れて、頭を叩いて、声を掛けてきただけで一気に漲ってしまった。

 

一緒に食べたカレーやアイスは最高に美味しかったし、口元を拭いてくれた時には体全体が熱く痺れる様な甘い感覚が走って眩暈がした。荒っぽく叩いてくる自分の首をふざけて締めてくるその身体の温かさに頬は勝手に緩んで、ただの練習試合だというのに彼が隣にいるだけで――――あの世界が湧いた瞬間よりも心が熱くなった。

 

 きっと、この感情に自分はずっと前から気が付いていた。

 

 でも、形を与えればきっともう自分は止まれないから。

 

 今のままではいられないから、知らないふりをしていた。

 

 でも、この優しくて、甘くて、暖かな場所を欲しがってる人はたくさんいる。

 

 そして、自分よりずっとソレを手に入れられそうな人達はたくさん、たくさんいる。

 

 自分にない知性と落ち着きを持つ友。

 

 彼の傍でずっと支えてきて、支えられてきた狐目の彼女。

 

 何度もぶつかって、傷つけあったからこそ固く結ばれたシンデレラ。

 

 自分と彼女達を並べ、選択を迫ればきっとそっちが選ばれると自分自身が誰よりも分かっていた。だから、自分は拗ねて暴れて―――彼の気を引こうと無様に幼稚に振舞っていた。

 

 でも、もう、そんな自分に構ってくれる彼の甘さに浸かる時期はとっくに過ぎてしまって、心の分水嶺は遠く地平の彼方に置き去りになっている。だって、自分の他の女性が彼の隣にいると考えただけで胸が轢き潰されるように痛みを訴える。

 

 それにあの言葉で気が付いたのだ。

 

 納得なんてするはずがない。

 

 私以外の誰かがそこにいたかもしれない時点で―――納得できるわけがないのだから。

 

 私は―――そこに立つ“理由”が欲しい。

 

 

 思考に耽る内にあっという間に我が家が目の前にあった。随分と考えにぼっとうしていたのだなぁ、なんて他人事のように考えつつも見慣れて愛着のあるその家を眺め小さく頷いて足を勢いよく踏み入れた。

 

 

 そう、まずは走り出す前にやるべきことがある。何事も準備は大切だ。

 

 

 勢いよく扉をあけ放ち家族が驚いた様に目を見開き私を見たのを確認し――私は大きく息をすって 堂々と声を上げた。

 

 

 

「お父様、お母様!――――私 “恋” を しました!!!!」

 

 

 

 まずは、恋愛の最も身近な成功例を参考にするべく―――両親の馴れ初めから聞くことにいたしましょう。

 

 その日、日野家から近隣中に響く絶叫が響いたのはまた別のお話です、ぼんばー♡

 




_(:3」∠)_年明けまでボチボチこうしーん


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とある聖夜の夜 (十時 愛梨の場合)

_(:3」∠)_秋田の大豪雪、ヤバかった…。死ぬかと思った…。


 

 口から零す吐息が白い靄となって小雪がちらつく夜空に線を引く。

 

 故郷である秋田の湿った冷気とは違う乾燥したこの空気に上京したての頃は随分と戸惑ったものだけれども、今では眼を焼くような白銀の世界ではないこの季節にも随分と馴染んでしまった。

 

 かじかんだ手をこすり合わせつつ、その吸い込まれるような暗さを宿した空を見上げて感傷に浸っていればポケットの中から震える携帯が通知を知らせ覗き込んで見れば仲間達から矢継ぎ早に送られる今なお寮で行われているであろう“クリスマスパーティー”の写真や動画達が目に入ってきてついつい笑ってしまった。

 

 かつては、敵対した間柄。

 

 もっといえば、手ひどく裏切られ、捨てられた過去。

 

 そんな自分達がいまなお同じプロジェクトでこうして笑い合えているという現状は滑稽を通りこして不可思議なモノだと笑う他ないだろう。

 

 そんな針の孔より小さな可能性と糸より細い奇跡を紡いで今、私はここにいる。

 

 そして―――――ソレを文字通り、身を削ってソコへ至らせた気だるげな彼への想いがこの冷えた空気の中でも変わらず胸を焦がし続ける。

 

 そんな自分は豪奢なライトアップによって彩られた街の灯りを受けて淡く輝く時計塔の足元からのそのそと歩み出てくる彼の足音にもう一度だけ小さく微笑んで携帯をポケットに滑り込ませつつ振り返る。

 

 それにいつもと変わらないシャツと黒のスキニーパンツを厚手のコートとこの間あげた無個性なネックウォーマーで包んで、エントランスから一歩出た瞬間に襲い来る冷気に恨みがましく身を竦める彼。トレードマークのアホ毛だけはそんな中でも今日も可愛らしく揺れ――私を見つけた彼“比企谷 八幡”はちょっとだけ驚いた顔で疑問の声を漏らした。

 

「………寮でクリスマスパーティーしてんじゃなかったか?」

 

「ええ、ですので皆の王子様が逃亡しないようにこの“十時 愛梨”がお迎えに上がりましたよぉ?」

 

「―――余計なお世話なんだよなぁ」

 

 お道化て優雅にお辞儀をする私に、ガックリと肩を落とし溜息を漏らす彼。

 

 そんないつも通りのやり取りで、最近はメンバーが増えすぎて全く出来ていなかった私の密かなルーティーン。

 

私が甘えて、彼が何のかんのと答えてくれる。

 

 そんなささやかなやり取りだけで胸に留めていた熱は体の隅々まで行き渡り、溢れる熱を彼の冷え切った体に寄り添わせて分け合わせるために腕を強引に取る。めんどくさそうに顔を顰めても振り払いはしないのは、それくらいには彼の中に自分の居場所を作れたと思う微かな優越感。

 

 これだけで寒空の元、長時間待ち伏せした甲斐は合った気がするのは恋した乙女の特権という奴でしょう?

 

「さ、遅ればせながらもクリスマスデートと洒落こみましょう?」

 

「寮までの短い間だけどな―――いでっ」

 

 

 

 聖夜の夜に短くも甘く、馬鹿みたいに無邪気な二人の声が響いた。

 

 

-----------------------

 

 

 

「というか、別に顔出すくらいはするつもりだったからあんな寒いとこで待ち伏せしなくてもよかっただろうに…」

 

「まあ、その言葉の真偽は置いておくとしても――ハチ君はそういう所は相変わらずですねぇ……」

 

 クソ忙しい年末のこの時期。バイトの身には余る溢れる依頼に調整、決算・報告などなどをえいやえいやと千切っては投げ、千切っては投げを繰り返した末にようやく一段落がついて帰路につこうとした時の事である。

 

 無駄に豪奢な346のエントランスを抜けた先にはあでやかな栗毛をツインテールに纏め、整った顔立ちの鼻先を冬の冷気で赤くした“初代シンデレラガール”が雪空を眺めて佇んでいた。その顔は静かで、張りつめていて――粉雪も相まって彼女の普段の朗らかさを感じさせない静かな“美”というモノを感じさせる幻想的な風景だった。

 

 だが、俺にはその顔には嫌な思い出が随分と多く息を呑んでしまう。

 

 彼女を一番初めに裏切った時のあの涙も、二回目の邂逅で対立した時の微笑みも、3回目にプロジェクト解散を伝えられた時の前回のクリスマスの激昂も――全てはこんな透明な笑顔を浮かべていた。

 

 

 だからだろうか

 

  彼女が俺の姿を見つけた時になんの衒いもなく

 

 いつもの様な朗らかな微笑みを浮かべてこちらに手を振った時に

 

   心の底から、安堵の息を零してしまった。

 

 この少女を、もう自分は傷つけなくていいのだと

 

 傷つけてはいないのだと身勝手で、自己嫌悪すら感じるくらいに心の中で胸を撫でおろした。

 

 

 それを誤魔化すように零したお辞儀する彼女への軽口とソレに返ってくる無邪気な声と温もりに苦笑を零しつつもその体温を享受しつつ、緩やかに真っ白な雪道へ足を進めていくついでに零した言葉に深々と溜息を吐かれてしまった。

 

「仕事終わりに女の子が身を震わせながら待ってるなんてロマンチックじゃないですか。そーういう演出って大切なんですよぉ?」

 

「それで鼻水垂らしてるんじゃロマンチックも台無しだな」

 

「口が減りませんねぇ……それとも、ハチ君はもっとストレートに“ちょっとだけでも二人きりの時間が欲しかった”っていう言葉を引き出したいんでしょうか?」

 

「………そういう意味じゃねぇよ」

 

 可愛らしく頬を膨らました顔も一転、ニマニマと意地悪気にこちらを覗き込んでくる彼女に心の中で“もう言っちゃってますよね?”なんて突っ込みつつも言葉は濁して逃げを打つ。

 さすがにこれだけ長い付き合いで、分かりやすく感情を伝えてくる彼女からの思慕というモノに気が付かない訳でもないが――――ソレを勘違いして受け取れるわけもない。

 

 アイドルに、ただのバイト。

 

 シンデレラに、端役の小鬼。

 

 一瞬の感情と特殊な環境から生まれた錯覚を勘違いして、彼女がそれこそ血反吐を吐いて築きあげた栄光に泥を塗る訳にもいかないし、俺もそんな関係になれるだなんて思いあがれる経験はしていない。

 

 だから、コレは彼女の親愛表現なのだ。

 

 そう、落とし込む。

 

 勘違いしないように、踏み外さないように―――いつもの様に過ごせば、いつかはあの時の様に穏やかな終わりを迎えられる。

 

 

 

『怖い、怖いのよ――――比企谷君』

 

 

 

 あの夕焼けに染まる屋上で瞳から雫を零して微笑んだ少女の一言が蘇り、痛む胸の奥底を誤魔化すために細巻きの紫煙と共にその後悔と羞恥、葛藤を白煙と共に吐き出した。

 

「さみぃんだから馬鹿な事いってないでさっさと行くぞー」

 

「あ、照れました? いま、照れましたよね!? えへへへ、素直じゃありませんね~。あっ、ところで一月下旬は秋田に来ますよね? というか、もうチケット取ってるんで今回こそはハチ君にスノボーの魅力を叩き込んであげますからね!?」

 

「うっざ……。いや、いいよもう。俺は一生ソリマスターで。この前も雪山に行って速攻で吹雪遭難したじゃん。山小屋があったから良かったけど、完全に一歩間違えれば死んでた。つまり、家の外には出ないで安全な千葉に引きこもるのがジャスティス」

 

「アレは長野だったからです!! 秋田のゲレンデは安心安全ですから大丈夫です!! 何なら雪かき体験までセットで楽しめる最高のプランまでつけちゃいます!!」

 

「いや、それ普通に罰ゲームだな……」

 

 喧々諤々と、彼女と俺が馬鹿な話を繰り返し新雪に足跡を残していく。

 

 寄り添う温もりと、彼女の微笑みに―――切なさを感じながらも

 

 そんなひと時を楽しいと思ってしまう自分に烏滸がましさを感じつつも

 

 足音は、賑やかで明るいクリスマスの会場へと進んでいく。

 

 

 

 

-------------------------

 

 

  ~書こうとして諦めたクリスマスネタという名の種①~

 

 あらすじ

 

 両親と過ごせないクリスマスを仕事で楽しく過ごそうとする仁奈。だが、そんな悲しい少女のクリスマスを家族ガチ勢のハチ公が許す訳もなく動き出す。

 346常務にご令嬢ズの権力・財力パワーを土下座交渉で借り、アメリカ支部の内匠たちの協力を得て彼女の両親を仕事終わりの仁奈の前に引きずり出した。

 

 重なる貸し! 空飛ぶラプンツェルとイブの橇!! 炸裂するクラリスの元テロリスト(ガチ)流拉致監禁術!! サンバを踊るナターリア!! そして、苦労して取ったディナーの予約を譲らされご立腹のちひろ!!! 

 

 少女の幸せなクリスマスを彼は守れたのか!! メリー―クリスマス!!!

 

 

付録OVA『とある元ヤンと破天荒プロデューサー ひとときの聖夜の逢瀬』

 

 アメリカ支部へ転属されてから会う事の出来なかった拓海と内匠の甘く、切ない物語がひっそりと―――

 

 

-----------------------

 

 

 

 ~書こうとして諦めたクリスマスネタという名の種②~

 

 世はクリスマス。子供ははしゃぎ、家族は微笑み合い、恋人は寄り添うそんな聖夜。そんな雰囲気は346のシンデレラプロジェクトにも広がっていたのだが、時はアイドル戦国時代。当然休みなどもなく各々が仕事に散っていて、そのアシスタントに当然ハチ公も連れていかれている中で

 

「クリスマスってーのに仕事仕事仕事……これじゃ、カリスマJKも偉そうな事いえないねぇ」

 

「良かったな、コラムに書く内容が一つ決まった。“盛るな、働け日本人”って見出しで世のパリピの眼を覚まさせてやれよ」

 

「………悪くない気がしてきたけど、却下」

 

 お疲れのカリスマとダラダラ話す夜のどらいぶ

 

 

 

-----------------------

 

 

 

 ~書こうとして諦めたクリスマスネタという名の種③~

 

 寮でのクリスマスパーティーも終わり、大人組の飲み会に移行し始めた折に帰ろうとするハチ。

 

 他の娘たちは全員泊まる予定なので帰宅するのは彼だけ。そんな彼が玄関を出た時にかかる聞きなれた声。

 

「おにーさん、ちょいと聖夜の散歩と洒落こみまへん?」

 

 振り返った先には見慣れた狐目の妹分。

 

 そんな冒頭から始まる、肌寒い季節の柔らかでゆるやかな二人のお散歩トーク。

 

 

 

 



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比企谷君の日常(クリスマスバージョン)

(/・ω・)/今更だけど、あけおめことよろ♡




 クリスマスってのは世間一般の若者には清く、甘い日だったりするものなのだろう。だが、エリートボッチであり、訓練された社畜である俺はそんなカレンダーに日常を左右されたりなんかしないしむしろ盛りのついたリア充達を視界から消し去り心穏やかに過ごすことなど造作もない。

 

 それに、日本人の困った特性というかなんというか近年では由来や趣旨なんてもはやどうでもいいのだ。年が明ければ酒を飲み、子供の行事にかこつけて酒を飲み、桜が咲いても酒を飲み、海が開けばBBQで酒を飲み、紅葉すれば酒を飲み、仮装して酒を飲み、聖夜が来れば酒を飲む。

 

 むしろ、海外の人達が引くくらいの酒クズ。それが日本人である。

 

 休日返上で働き、睡眠御免の精神で飲み歩くまさに酒乱。

 

 ホントにいつ休んでるの? ほわぃ、じゃぱにーずぴーぽー?

 

 そんな飲み会大好き民族の中でもトップエリートが揃っている俺のバイト先であるアイドルグループが絶好の飲み会日和を見逃すはずもなく―――

 

 

「安部菜々!! 茄子ちゃんに負けず一発芸やります!!」

 

「凄いぜパイセン! もう始める前から事故の匂いしかしない!! よっ、永遠の17歳☆彡!!」

 

「わかるわぁ」

 

「あれ? 私のグラスどれだったかしら?………まあ、呑めば一緒よね」

 

「追加のご飯炊けましたけど食べる人います~?」

 

「あっ、これおにぎりにしてホットプレートで焼いたらロックな焼きおにぎり〆になるんじゃない?」

 

「……李衣菜ちゃん、どんどんと発想と味覚がオジサン化してるにゃ」

 

「うぉぉぉおおお!! ついに腕相撲ドリームマッチ“たくみんVS真奈美さん”ぽよ!!」

 

「私、真奈美に400ペソ」

 

「んー、いや、ここは拓海に期待も込めて500ルピーかな?」

 

「なら、自分はドローに200ガバスであります!!」

 

「うへへへ、仁奈ちゃん……カワイイ」

 

「美優さん、それ杏ちゃんのウサギだにぃ。仁奈ちゃんはとっくに一次会で退場したよ……」

 

 

 絶賛、このような聖夜とかけ離れた地獄絵図が広がっている。いや、ほんとにもう聖夜とか関係全くないね。なんなら場末の安酒場の方がもうちょっとお淑やかなまである。………ほんとガラ悪いな、ウチのアイドル達。

 

 そんなカオスな会場を横目に肩を竦めていると隣から声を掛けられた。

 

「レース中によそ見とか随分と余裕やねぇ、おにーさん?」

 

 ハスキーな関西訛りに引かれて目線だけ動かせば、艶やかな銀糸の髪に意地悪気な狐の様に吊り上がった眦の妹分“塩見 周子”が舌なめずりをしながら画面に映る自分のキャラクターを改造カーでひた走らせている。だが、手慣れてはいるもののコーナリングの甘さやアイテムの使い何処はやはり素人の域を出ない。その程度でこの俺を挑発しようとは臍で茶が沸くぜ。

 

「ふん、どれだけ俺がこのゲームを妹とやり込んだと思っている。レースゲームの肝はF1と同じくルートの把握。このステージなら眼をつぶっていても完璧なコーナリングとドリフトで――――おい、誰だ。最適コースにバナナ撒き散らしたの」

 

「通る道が分かってる馬鹿な獲物ほど狩りやすいものはないですな~?」

 

「紗南……覚えてろよ」

 

 にしし、なんて厭らしい笑みを浮かべるおさげ少女に睨みを効かせ威嚇しているウチにもう一つ隣から絶叫が聞こえてきた。

 

「んごぉ!! なんでジャンプ前に赤甲羅なげてくるんご!! 性格悪りぃべや!!」

 

「悲しいけどこれ、レースなんよね~ん♪」

 

 頭の葉っぱをいきり立たせた山形リンゴが激昂している目の前で彼女のキャラクターであるキノコは哀れ崖下に悲鳴を上げて消えていった。

 

「……おい、赤リンゴ。共同戦線だ。あいつ等を一緒に締めるぞ」

 

「んごぉ!! 絶対に目にものみせてやるんご!!――――ん、なんで雷使わねな? 今使えば二人とも一網打尽だべや?」

 

 俺のアイテム欄が一発逆転アイテムを出したにも関わらず使わない事に首を傾げる田舎娘。そんな彼女のキョトンとした顔を横目に上位二人がジャンプポイントを過ぎ去り、合流した彼女のキャラクターがそこへ至った瞬間にポチっとそのアイテムを発動させた。

 

 悪いけど、これってレースなんすわ。

 

「んごっぉぉぉぉぉぉおおおおお!! おめっ、な、あば、あああああああっつあああぁぁぁ!!」

 

  崖下から復帰リスタートどころが半周前のコースを強制的に走り直しにさせられた彼女の絶叫を横に上位二人は余裕のゴールイン。その後に続く俺も彼女の放った逆転アイテムを悠々と搔い潜り遅れてゴール。最後に残ったのはコントロールを床に投げつけガチギレで暴れまわる哀れな“一緒にゴール詐欺”の被害者の絶叫だけであった。

 

「うわー、おにーさん鬼畜~」

 

「まあ、ルール上は最下位が罰ゲームだから確実性を取るならこっちだよねー。にしし」

 

「ほら、負け犬。最下位記念のクソまず茶の準備が出来てるぞ? 遠慮なくグイっといけ」

 

「おまえ、マジで覚えてろんご!! あきらちゃん!! りあむさん!! あの弱い物いじめのクズどもをぼっこぼこにして欲しいんご!! 息の根を止めて欲しいんごぉっぉお!!」

 

 あのドッキリ女王の幸子すら飲み干すことが叶わなかった激マズコーヒーを前に駄々をこね始めたミスリンゴが泣きついたのは同期で最も仲のいい問題児コンビ。だが、往生際の悪さもさることながら、頼る相手のチョイスを完全に間違えている。

 

「あ、配信準備出来たんでいつでも大丈夫でーす。♯戦う相手間違えた ♯反響期待」

 

「ウハハハハハハハハハ、他人の不幸は蜜の味だなぁ!! ねえ、いまどんな気持ち? どんな気持ち??」

 

「おまえらぁぁぁっ!!」

 

 最後の砦とも言えるユニットの裏切りにブちぎれて襲い掛かるリンゴと返り討ちにしてクソまずコーヒーを口に流し込んでフォロワーを喜ばせる鬼畜二人をケラケラと笑いながら次のゲームを物色する。

 

「んー、次はなにするかなぁ……あ、スマッシュ大乱闘は?」

 

「「絶対に嫌だ」」

 

 そんなあちらこちらで好き勝手、バカ騒ぎにお祭り気分。どいつもこいつも各々でやりたいことをやりたいように。映画を見る奴に語る奴、気分が乗って歌って踊って吸ってんころりん。どこを見回しても自由気ままに今日も騒ぐ口実を見つけた馬鹿共がやりたい放題にするいつもと変わらない光景。

 

 それに対してついた息は安堵か、呆れか―――はたまた、勘違いしそうになる自意識の嘆息か。

 

 その全てが含まれているのだろうけれども、今日くらいは良いだろう。

 

 なんせ今日は、クリスマスって奴なのだから。

 

 俺もしちめんどくさい思考を打ち切って、日本人の性に酔いと共に身をゆだねることにしよう。

 

 

「はーい、みなさーん。子供たちが寝付いた所で恒例のプレゼント交換会(大人の部)をはじめますよ~? 配慮とか全くない完全個人的思考によってえらばれたネタからアダルトグッツまで含めた闇鍋企画、はっじっまっるよ~~~~♡」

 

「「「「「「いえーーーーーーい!!!」」」」」」」

 

 十時のノリノリの声を皮切りにあちらこちらから聞えてくる馬鹿共の歓声に俺は苦笑を漏らして――――このバカ騒ぎに笑う彼女達の姿を目に焼き付けた。

 

 

-------------------------

 

 

 

“果たされた約束”(しゅがは√)

 

 

「さてさて、呑んでるかな~若人?」

 

「………酒ならあっちの席に纏めてますよ、早苗さん」

 

 地獄のプレゼント交換会という阿鼻叫喚を乗り越えてようやく落ち着きを取り戻し始めた会場でひっそりと隅で酒を飲んでいるとどっかりとそのトランジスタグラマーな身体をエロイサンタ服に包んだ早苗さんが絡んできた。さりげなく“あっちいけ”と言ったつもりではあるが聞き入れて貰える所か首に腕を絡めてさらに絡んでくる。

 

「まあ、そんなに邪険にしないで耳を貸しなさいよ。こんな聖夜に彼女もいないで職場の飲み会に参加している君に―――おねーさんがとっておきのプレゼントを持ってきてあげたんだからさ♡」

 

「酒なら間に合ってま―――あででっ」

 

 蠱惑的に耳元で囁きつつその柔らかな凶器で恫喝してくる悪徳女警官。だが、鋼の理性でソレをシャットアウトする俺の耳に割かしガチ目の噛みつきをしてくるので溜まらない。痛みもそうだが、その湿り気のある甘い吐息で新しい性癖に目覚めたらどうしてくれるんだ。

 

 そんな抗議を含めてその小さな顔をわしずかみにして遠ざけるものの、彼女はカラカラ笑って意に介する風もない。そんな彼女に呆れつつも溜息を吐いて声を掛けた。

 

「プレゼントならさっきゲソのポッド貰ったから結構ですよ」

 

「どうせならセクシー下着セット当てれば面白かったのにねぇ…。ま、それとは別にまだ君が貰ってない約束手形を代わりにとりたててあげたから感謝しなさいな」

 

「………マジでなんの話ですか?」

 

「ソレは見てからの お・た・の・し・み♡」

 

 ニヤニヤと笑う彼女に首を傾げていると案外に早くその答えがやってきた事に周囲の喧騒から気が付いた。

 

 さっきまでプレゼント交換の景品や、くだらないよもや話に花を咲かせていた騒がしい会場が質の違うどよめきによって騒がしくなった後に静寂が訪れた。三人寄れば姦しいといわれる女子が数十人も集まっているこの会場ではソレは非常に珍しい事で、また異常事態とも言えたが―――その視線の先を追ってその理由に納得がいった。

 

 いつもは高めに括られたツインテールは解かれ、ただ滑らかに流れ落ちる金色の髪。普段は装飾過多な面白可笑しい服に隠れた豊満な肉付きはその身を隠すにはあまりにも緩いセーターに包まれていて、その背面は隠すどころが情欲をそそるように大胆にさらされて秘所を包む淫靡な紅い下着を更に淫靡に覗かせているのだからこれはもう完全に“衣服”ではなく“セクシーランジェリー”の一種と言われても文句は言えないだろう。

 

 何よりも―――その衣裳に誰よりも恥じ入り、普段見せない程に顔を真っ赤に染めた“佐藤 心”のその表情が 何よりも男の情欲を掻き立てる。

 

「きみ、泰葉ちゃんが乗り込んできた時の心ちゃんの公約を結局取り立ててなかったでしょ? 君は気にしなくても、外で聞いてた私たちはば~ちり覚えてたわけ。だから、こういう日にでも君の日頃のストレス解消に貢献してあげたって寸法よ―――堪能してきなさい?」

 

「……あんたら、やっぱ馬鹿だろ」

 

 御大層な事を言ってはいるが、要は友人の痴態を肴に酒を飲みたいという本音がばればれである。そう零してもにひにひ笑うだけの一部年長組に深く溜息を吐きながらもソファを立ち上がり、顔も真っ赤に体を掻き抱いてる佐藤の元へと足を進めた。

 

「……えろいな」

 

「ぶっとばすぞ☆彡 ………まあ、約束は約束だしな。ほれ、情けないヘタレ童貞くんに最高のしこネタをプレゼントしてやっからありがたく揉んどけ?☆彡」

 

 処女でもあるまいに頬を引きつらせてこちらを挑発してくる馬鹿の言葉に溜息を一つつきつつも、揉まなければこの場も収まらないだろうと観念して彼女の白魚の様にできものひとつない背中を晒している背面に回ると―――信じられないものを見る様な目でようにこっちを振り返ってきた。

 

「なっ、おまっ!! 後ろから!?」

 

「………指定は無かっただろ?」

 

「……………いや、まあ、いっ、いいんだけど、さ」

 

 なんだか不肖不肖といった風に前を向き直る佐藤と周りの黄色い歓声とひりつく痛い視線に辟易しつつもその乳を揉むべく彼女の柔らかい温もりと質感を伝える背中に沿うように体をくっつけると豊かな尻が下腹部に当たり、彼女の形の良い頭頂部から甘く優しい匂いが流れ込んできてなんだか自分の雄が随分と強く刺激される。

 

 そんな揉む前から体の接触で体を跳ねさせる彼女の振動は余計にこちらを高ぶらせるだけなのでぜひやめて欲しい。

 

 事をいたす前に真っ赤になっている彼女にちょっとだけ罪悪感を感じつつもゆっくりとその強張った体の脇から腕を通して彼女のモデル顔負けの豊かな胸を柔らかく持ち上げるように、傷つきやすい果実を扱うように小指からゆっくりと感触を楽しむ様に揉み上げていく――――これで、一回目。

 

「ひうっ―――さ、触り方エロイんだよ!! この童貞☆彡!!」

 

「………あと、二回な」

 

 

 ビクリっと体を跳ねさせた佐藤が何とか笑いに変えるかのように顔も真っ赤に声を上げるが、ソレにこっちは構っている暇はない。

 

 柔らかい、という言葉では表現できないこの感触。

 

 その真相究明をこっちは後二回で至らねばならないのだから、こっちも忙しいのだ。持ち上げていた佐藤の乳をパッと離せば零れる様に手から滑り落ちていき、さっきまでの至福は圧倒間に消え去って虚空だけが俺の手にあった。―――これは、後二回で最高の結論を得られる様に思考を凝らさねばなるまい。

 

「……というか、ちゃんとノーブラできてくれたんだな」

 

「お、お前がブラ越しは固くて嫌だとか言ったせいだろうが、よ☆彡!!」

 

 俺の耳元で囁いた言葉に脛を蹴ってくる佐藤。だが、まあ、結果オーライ。こうして女人の乳を堂々ともめる機会なんて中々ないので精一杯楽しませて頂くとしよう。

 先ほどは傷つけないように、味わうように触ってみたが次は今まで気になってた俗説を検証してみたい好奇心が湧き上がった。

 

 子供の頃にクラスの男子たちで流行っていた遊びで“耳たぶの真下が乳首”というおふざけの遊び。残念ながら友人はいなかったので検証する機会は無かったが気兼ねなく話せるコイツとのこんな機会ならば長年の謎を検証してもいいのではなかろうか。

 

「次、行くぞ?」

 

「ぉ、おう、な、なんかおまえガチすぎじゃ―――って、ひぃうっぅ♡!!!!」

 

 先ほどと変わらない愛撫に近い揉み上げ。違うのは―――狙い定めた乳首かもしれない地点を親指と人差し指で甘く、柔く、それでも狙いを定めてゆっくりと絞るように抓りあげた事だろう。

 

 半信半疑ではあったがこの反応を見るにあの俗説の信ぴょう性は高かったのかもしれない。甘い悲鳴に痛みか快楽か、はたまた驚きかは分からないが彼女の密着した臀部は何かから逃げるかのように逃げ腰になり、俺の股間へとぐりぐり退路を求めて押し付けられる。

 

 おいおい、佐藤さんよ。健全な青少年にそんな事したら起っちゃうだろうが。自重しろ、アイドル。

 

「お、おまえっ、絶対にワザとだろ!!」

 

「ほれー、らすと一回いくぞー」

 

「き・け・よ☆彡!!」

 

 佐藤のせいでmyトマホークが軽く離陸準備を始めたので大事になって大戦開始になる前にさっさと終わらせることにする。うるさいぞ、佐藤。黙ってろ、おっぱい。

 

 さてはて、こうなると最後に“アレ”を試したくなる。

 

 エロ同人ではお馴染みの“アレ”である。

 

 だが、かつての同僚。今の所属アイドルにそんな事をしてもいいのかちょっとだけ逡巡した結果―――酔いも手伝い、まぁ、佐藤だしいっかという結論に至って今度は荒っぽくしたから握り込んでさっきの乳首であろうと思われる地点を  緩く握り閉めてそのまま持ち上げていく。

 

「ひっ、あっ♡ ばかっ、それ―――ひんっ♡」

 

「…………えっろ」

 

 佐藤が痛みか快楽かどちらかは分からないが堪えかねてつま先立ちでその苦痛から逃れようと伸び上がる。奇しくもその体制は仰け反り俺に体を預ける様になり、淫靡に熱い吐息を漏らしながら弱々しく眉根を寄せる普段にはないその表情は自然と俺の口からそう零させるには十分なモノであった。

 

 仰け反る佐藤にソレを見下ろす俺。

 

 どれくらいそうしていたかは分からないが―――水が差されてこの瞬間は終わりを迎える事になる。

 

「「「随分、お楽しみのようですねぇ?」」」

 

 眼の光を失ったアイドル数名。その朗らかで穏やかな微笑みに恐怖を抱いた瞬間に―――不覚にも俺は佐藤の乳首(と思われる)を手放してしまったのである。

 

 聞いたことも無い可愛げな声が一拍、その次の瞬間――俺が次に眼を覚ました時に覚えていたのはアイツのおっぱいの柔らかさと、振り向いた瞬間の本気で顔も真っ赤に涙を溜めた憤怒の表情。そして、的確に人体急所の心中を的確に打ち抜いて行ったアイツの拳の硬さだけであったとさ……。

 

 

 

-----------------------

 

 

 

「あれー♪ 心ちゃん、これ乳首がん立ちじゃな~い♪」

 

「たってない!! あんな童貞のオナニープレイで立つか!!」

 

「うふふっ、その割にはあのかおって、ちょ、暴力反対!!」

 

―――――― 

 

「このっ! この!! 何ですかあのテクニック!! 変態、すけべ、オープンムッツリ!!」

 

「随分とっ、お楽しみっ、の、ご様子でしたね~?」

 

「今度……ゆっくり、二人きりで……お話をする必要がありそうですね?」

 

 顔も真っ赤に暴れるアイドルと、複数のアイドルにぼこぼこにされるバイトがクリスマスの夜にいたとかいないとか。

 

 

 

 




(´ω`*)しゅがはがエロイと思ったものだけがいいねボタンを押しなさい。


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寒苦の寄る辺 プロローグ

_(:3」∠)_春がまちどうしい。



「わざわざ駅まで送って貰ってありがとうございました。それじゃあ、比企谷さんもよいお年を」

 

「あいよ、年越し番組ラッシュお疲れさん。残り少ない冬休みを楽しんでくれ」

 

「ふふっ、お土産楽しみにしていてください―――ほら、茄子さんもいい加減諦めてください」

 

「むが~~  ぷはっ、なんで比企谷さんは一緒に帰らないんですか~!?」

 

「なんで用もないのに県外で年越さなきゃいけないんだよ……」

 

 年末年始の混雑も過ぎ去った駅は人込みも随分まばらになっており不幸系アイドル“白菊 ほたる”とざっくりとした締めの言葉を交わしていると簀巻きにされ猿轡までかまされた相方の“鷹富士 茄子”がモガモガと車を降りまいと抵抗している随分とアレな光景が広がっていて、そんな彼女の絞りだした抗議にこっちも連れなく返して手を追いやるように振ってやる。

 

 年末年始の芸能関係はゆっくりする所が息つく暇もないのは例年どおりである。そんな時期を乗り越え遅れてやってくる遅めの冬休み。

 願掛けも掛けているのかいつも通り最後まで仕事が残っていた二人を無事に送り返す任務が終われば無事に自分にも訪れる久々のオフにわざわざ遠出なんて冗談じゃない。

 

「どうせ一週間もしたら嫌でも顔合わせるんだからさっさと行け。乗り遅れるぞ」

 

「逆転の発想です、比企谷さん。ここで一緒に帰れば美女二人を侍らしてウハウハな一週間を過ごせるというお得プランだと。こりゃ行くっきゃな――ムガムガ」

 

「もう散々その勧誘は失敗したんですから往生際よくしないと皆に怒られますよ。……それでは、今度こそ良いお年を」

 

「ムガーーーー!!」

 

 それでも食い下がるナスビに呆れていると手際よく猿轡と縄を締めなおした白菊が苦笑を浮かべながら小さく頭を下げてベルの鳴るホームへと消えていく。暴れる幸運の女神(笑)とソレを叱りつける彼女の逞しく育った姿にこちらも笑いながら見送って、ようやく肩から降りた荷に力なくハンドルに寄りかかって脱力する。

 長らく続いたイベント三昧に奔走した日々もこれでようやく一段落を迎えたのだ、細巻きの一つくらい燻らせたって文句はあるまい。

 

 さっきの地元への誘いも、休暇中に遊びに行く約束だって数多の所属アイドルから要請されたがこれで最後の一組も無事に交わし切った。こんな根暗なボッチを誘った所で面白い事もないだろうに物好きな奴らだと苦い笑いは意図せず漏れていく。

 

 そうは言っても、なんと言っても、彼女達は芸能人だ。

 

 それも、今や世間を賑わすトップクラスのアイドル。

 

 常日頃から人の眼に曝され注目を集める彼女達が唯一、羽を伸ばせる実家への帰省にわざわざ水を差す様な野暮なんてさせる訳がないだろうに気を使って声を掛けてくれる事に喜ぶべきか、困るかは未だに判然としない。だが、きっと胸の奥でムズムズと勘違いしそうになる“ナニカ”が反応しているという事は嫌がってはいないのだろう、自分は。

 

 そんな自分の気の迷いに小さくかぶりを振って笑い飛ばし、長い付き合いになった愛車のバン君のエンジンを入れる。

 力強く震える車体に、流れてくる温風。そんな変わらないものを感じつつも閑散とした物寂しいオフィス街を滑らせて―――自宅ではない目的地へと向かう。

 

 流れる街灯に、すっかり通常営業に戻った街を眺めながら想う。

 

 そう、誰も彼もが帰る場所を持っている。

 

 何があっても、どうなっても拠り所となってくれる魂の岸部が普通はある。

 

 だが、―――――ソレを持っていない連中だって世の中にはいるのだ。

 

 そんな奴らは、彼女達は―――どこで羽を休めればいい?

 

 そんな答えの出ない問いを、俺は細巻きと共にもみ消して無理やりにかき消した。

 

 

 

-----------------------

 

 

 

「うい、邪魔するぞー」

 

「おかえりーん、思ったよりも早かったねー」

 

 愛車のバン君をボチボチ走らせた先にたどり着いたのは小生意気な後輩が隣に住むアパートではなく、古びた旅館の様な風情を湛えた346女子寮であった。そんなある意味では見慣れた寮の古びた玄関を開ければ段ボールをいくつか抱えた狐目の妹分“塩見 周子”とちょうど鉢合わせになって気の抜けた出迎えの声が掛けられた。

 

「道路も空いてたからな。……ほれ」

 

「………おにーさん、そういうとこやで?」

 

 何とは無しに差し伸べた手は少々の瞬きを挟んで苦笑と共にゆるりとはたき落とされた。

 

「はいはい、さりげない女たらしの御点前は気持ちだけちょーだいしとくわ。……それよりも、お待ちかねのお姫様に顔出したり~」

 

 呆れたように笑う彼女に何かを語り掛ける前に寮のエントランス奥にある談話室から派手に何かをひっくり返す騒々しい物音と慌ただしい足音が響き―――その原因である少女が廊下の角から勢いよく飛び出してくる。

 

「はちさんっ!!」

 

「おいっ、小梅。そんな走んなくても別にハチさん逃げやしねーって!!」

 

 どたどたバッタンバンと軋む床板を鳴らして元気にダイブを決めてきたのは小柄な体に金というかは透き通るかのような髪を持つ顔なじみの少女“白坂 小梅”で、その後を追いつつ窘めるのは切れ長の鋭い目つきに美麗なスタイルを持ったバンドガール“松永 涼”である。

 

 突っ込まれ、思い切り首を抱えられているこっちが心配になる程に細い小梅は爛々と眼を輝かせ、そんな小梅を苦笑と共に見守る松永に周子。

 以上がこのせっかくの遅れてきたお正月休みという機会にも関わらず実家との関係が微妙で珍しく寂しく物静かな女子寮への居残りを決めたメンバーであり――――誰にでもある帰る家を持たぬ奴らである。

 

 一人は、悪い事ではない。

 

 むやみに寄りかかり合う関係なんて反吐が出る。

 

 それを長年にわたってボッチをしていた俺は断言できるし、誰にも文句なんて言わせない真実だと心から思う。

 だけれども、凍える寒空の下で一時の寒風を凌ぐ間ぐらいは“一人モノ”同士で身を寄せ合う事があってもいいではないかと思うようにもなった。

 

 冷たい風が通り抜けた先で、またそれぞれに歩み出す。そのための小さくみじかな協力関係。

 

 海を渡る鳥も隊列で気流を作り、海を渡る蝶も筏の様に身を寄せ合って羽を休めるそうな。ならば、この短い彼女達の冬休みの小さな暇つぶしくらいは付き合ってもいいんじゃないかと―――誰になく俺は言い訳を心の中で零した。

 

「ハチさん! 今日はね、怖い映画いっぱい用意したから一緒に観よ!!」

 

「だー、もうっ。ちょっとは落ち着けって。その前に風呂やら飯やら済ませてからだっての!!」

 

「今日は特別寒いからお正月の皆の持ち寄った特産品フルコース鍋やで~、周子ちゃんとチヨ婆が腕によりをかけてるからお楽しみに~」

 

「…………ま、退屈はし無さそうな正月休みになりそうだ」

 

 

 玄関先、隙間風で冷え込むにも関わらず姦しい彼女達の会話を聞いているだけでなんだか少しだけ空気が和らいだ錯覚を感じつつ俺は小さく鼻を鳴らして寮へと足を踏み入れた。

 




(´ω`*)明るいニュース!!

沖武さんhttps://www.pixiv.net/users/28368080がなんと沼デレの【デュラララ!!EDhttps://www.pixiv.net/artworks/86865318】の絵を書いてくださいました!!

(/ω\)おいらには無理っぽかったので誰か、誰か動画化してください(懇願

(; ・`д・´)作ってくれたら好きなリクエスト頑張って書きます!! 誰か!! だれか~!!



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寒苦の寄る辺(周子√)

(・ω・)なんだか天気予報を見ると春が来るっぽい……よいぞぉ(歓喜

(/・ω・)/というわけで、アンケートに勝った周子ちゃん編。ほんのりと切ない二人の絆と出会い。それと、想いも感じ取って頂けたら幸いです。


周子ちゃんが家を出たきっかけなんかはこっちを読むと書いてます(ステマ→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12918597



 

 年末年始という忙しなくも華やかな季節が過ぎ去り、一年で最も冷え込む大寒がその名に恥じない冷え込みを引き連れてやってきた頃にようやくこの寮にも平穏な日常というモノがやってきた。

 

 人気アイドルグループの女子寮というには少々だけ年季が入りすぎているここも年越しの前後は家に帰る暇のない忙しいみんなが入れ替わり立ち代わりに仮眠だったり休憩だったりを繰り返してまるで野戦病院の様に力尽きたメンバーのお世話にも奔走していたせいで除夜の鐘が鳴ってからようやく年を越したことに気が付けたくらいの白熱具合だったのだ。

 

 そんな忙しい日々が過ぎ去ってようやく遅れてやってきた正月休みに入った頃、一人、二人と収録が終わり帰省していき空っぽになったこの寮で――帰る場所のない人が寄り集まって、ようやく小さな休息を迎えたのであった。

 

 

―――― 

 

 

「いやー、やっぱり寒い冬は鍋だよな。あんな豪勢なのもう二度と食えないかも?」

 

「むぅ、涼さんが一杯盛るから……お腹いっぱいになっちゃった」

 

「別にもう映画見るだけなんだからいいじゃねぇか。小梅はもう少し食って肥えとけ」

 

 全国の特産品の残りをこれでもかと詰め込んだ豪勢な鍋に、千代婆が腕を振るったサイドメニュー。それらを〆までペロリと平らげて舌堤を打った食後の事。誰もがまぁるくなったお腹に満面の笑みで笑い合うそんな平和な光景にこちらも気が緩むのだが―――

 

「………なぁ、もうソロソロ突っ込んでもええかな?」

 

「「「なにが?」」」

 

 談話室の大きなテレビの前で小梅ちゃんを膝に乗せて抱っこするおに―さんに、更にその後ろから抱きすくめる様にソファに座っておにーさんの首に腕を回している涼さん。そんな謎の親密度Maxの状態で本当に不思議そうに首を傾げるお馬鹿三人組に私のこめかみがひくつくのは関西の血が騒ぐからか、理解不能な行動を当たり前とされている呆れからかはちょっと判別がつきがたい。

 

「いや、いやいやいやいや―――近すぎん? ホラー映画をいまから見るにしたって近すぎん?? アンタら、むしろそういうの上級者ちゃいますのん?」

 

「「――――っふ」」

 

 もはや堪えきれない関西の血に従ってツッコミを入れれば、涼さんとおに―さんが小さく遠い目をしつつ小さく笑って答える。

 

「お前は、小梅の気合の入れて選んだホラーを見た事なかったんだっけな」

 

「いや、まあ、好んでみるか言われたら見るほうではないけど」

 

「はははっ、私もさ…ホラーは結構好きで大抵の事ではビビらない自信があったんだ。でも―――小梅の“逸品”はマジでやばいんだ」

 

「…………………参考までに聞くけどどれくらい?」

 

「「体の穴という穴から体液が漏れ出るレベル―――あと、偶にマジで出てくる」」

 

「……………あー、あはは、周子ちゃんだけ仲間外れとか嫌やわぁ。ちょい、おに―さんは男なんやからソコのきや」

 

「やめろ。ここは前後で人身御供を供えてる唯一の安全地帯。新参者のお前の特等席は一番前の小梅の膝枕だ。このジェットストリームフォーメーションの真ん中は不動の俺だ」

 

「理由がクズ過ぎるわ!! というか、一番前とか絶対にヤバい奴やん!! アカン!! そんなん絶対アカン!! じゃんけん!! そう、じゃんけんできめよーや!! ほんなら恨みっこ無しでええやん!!」

 

「やだよっ!! お前が素直に最前列に行けよ!! 俺はここを絶対に動かんぞ!!」

 

 “出る”って、何が。いや、マジで何が???

 

 そんな焦燥感から暴れる私とおに―さんを優し気な微笑みで“今回は、大丈夫だよ?”なんて小さく呟く小梅ちゃんと、遠くを諦めたように見つめる涼さんの横顔を尻目に―――人がいなくなったこの寮に、今日も賑やかな声が喧々諤々と響き渡ったのであった、とさ。

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 

 恐怖のホラー映画鑑賞会も終わり、小梅も草木も眠る丑三つ時、というには少し早い夜の時間。クソ寒い癖に妙に煌々と輝く月夜に響くのは湿気た100円ライターの着火音と季節外れの蛍の様な赤い光点だけだ。

 深く、深く息を吸い込んで流れ込んでくる紫煙の甘さを味わいつつ吐き出して、さっきまで緊張の連続で凝り固まった体の力をゆっくりと抜けば今更になってようやくクソ忙しい時期に区切りがついたのだと自覚した体にドッと疲労と気だるさが追い付いてきて紫煙が切れても詰まっていた溜息とやらは長く続く。

 

 それがようやく切れた頃に、軋んだ非常口の音が響いて管理寮唯一の喫煙所に意地悪気な細眼を携えて顔見知りが現れた。

 

「部屋におらんと思えば、こんな所におったん?」

 

「寝る前の一服がないとどうもな。……ほんで、お前は? まさか怖くて眠れなくなったわけじゃないだろうな?」

 

 “アホ言わんといて”なんてクツクツ笑いを零しながら俺の隣に腰を下ろした“周子”が差し出してきたのは小さく湯気を燻らせるマグカップで、紫煙の煙ったさに仄かに甘い香りが混じった。

 

「お酒はお酒でも、“甘酒”なら乾杯したって文句はないやろ?」

 

「……ま、寝酒にしては少し甘すぎる気もするけどな」

 

 悪戯気に笑ってこちらを見てくるのは日頃から禁酒を言い渡している意趣返しのつもりなのかどうか。そんな彼女の屁理屈に不覚にも笑いを引き出されて素直にソレを受け取りつつマグカップを軽く交わした。

 

「今年も一年間、お疲れさまでした~ん」

 

「ん、お疲れさん」

 

 かちり、と味気ない音を立ててぶつけてみたはいい物の何に対する“乾杯”なのかしばし首を傾げてしまっていると彼女が軽やかにそう告げたのに反射的に反応して素っ気なく返すのみに留まってしまった。

 

 そうしてチビチビと甘酒を啜る彼女を横目に改めて気が付く――――この狐目の少女を拾ってから、早くも3年が経つのだと。

 

 あまりに近くで、あまりに自然に横に居続けたせいかそんな実感を今更ながらに抱いたが、思えば彼女を拾ってここの管理人見習に押し込んでから随分と激動の日々を過ごしてきた。十時がいた時の騒動から、一期生が活動を始めて軌道に乗るまで。そして、トップアイドルになってからは二期生の加入や炎陣、クローネとの激闘―――その中のメンバーの一人にこの不良娘まで含まれて危うくプロジェクトを潰されかけたという、つい最近の大惨事まで含めて言われるまで忘れてしまっていた。

 

 喉元過ぎればなんとやら、とは言うがちょっと自分の無頓着さに呆れてしまったのは無理もない事ではなかろうか。

 

 思い出したら腹が立ってきたので嫌味の一つでも言ってやろうと甘酒を小さく舐めて唇を湿らせていると隣に座る彼女の横顔。それが、見慣れたモノではなくなっていた事に気が付かされた。

 

 細い眼は月明かり以外の灯を宿し、無造作に肩まで伸ばされ括られていた白銀の糸の様な髪は過去を断ち切るようにバッサリとうなじのあたりで揃えられ、その顔は酷く憑き物が落ちたように涼やかだ。

 少なくとも、くたびれた衣服で、全てを諦めたように澱んだ虚ろな瞳で皮肉気な嗤いを浮かべていた“家出少女”はそこにはいない。

 

 それが、なんだか自分の功績でもないのになんだか嬉しくて、ちょっとだけ妬ましく思う卑しさに零れた苦笑を噛み殺しているウチに考えていた嫌味は―――どこかに溶けていってしまった。

 

「昔な、お前を拾った時に自分を重ねてた」

 

「……………おに―さんが身の上話なんて珍しいやん」

 

 代わりに零れたのは 身勝手で自己嫌悪に満ちた戯言だ。

 

 周子は一瞬だけ肩を強張らせ、なんでもない様に月を見上げながらそう答えた。俺も、彼女の方なんか見ることも無くただ月に上る湯気を追いかけながら零れるままに言葉を紡ぐ。

 

 どうせ、ちょっと大きな独り言だ。答えなんか――求めちゃいない。

 

「身勝手で独りよがりの幻想を信じ込んで、そんなもんありゃしないって何度も思い知った癖に目の前にぶら下げられりゃ阿呆みたいに期待を寄せて勝手に失望して――救いようもない馬鹿だった」

 

「…………この話、やめへん?」

 

「だから、お前が濁った眼でヘラヘラと見知らぬ男に声を掛けてきた時に正直に言えば少しだけ救われた。手放したくないもんを諦めて、自棄になっちまおうとする人間が自分だけじゃないと思えて楽になった」

 

「そんなん、ちゃう。おにーさんは……勘違いしとる」

 

 いつしか、月すら眼をそむけて俯く彼女が絞り出すように零した言葉を無視して俺は言の葉を紡ぐ。紡いでいく。

 

「お前を拾って、馬鹿みたいに騒がしい毎日で、何時しかお前は普通に笑えるようになって―――アイドルにまでのし上がった。お前は俺みたいな道を歩まずに済んだ―――だから、もう、 「そんな立派なもんやないっ!!」

 

 滔々と語る俺の言葉は、周子の切り裂くような剣幕の声に遮られてた。

 

 遮られた先にあったはずの言葉が宙に浮いて行き場を失くしているウチに彼女は滾った激情を小さく溜息と共に吐き出して、疲れたように声を絞りだしながら俺の肩にその小さな頭を寄り添わせた。

 

「私な、ここに来る前に人生の全部を否定されたと思ってん。否定した許せん人の保護が無ければそれこそ自分の食い扶持も手に入れられないって現実に押しつぶされてた。

 

 だから、自暴自棄になってどうなってもいいやって思った先でおに―さんに連れられてきたココで“自分自身”を見て、評価して、叱ってくれる人がいるってのが本当に嬉しかった。誰も、私の過去なんて覗かないで今を見て話してくれるのが楽やった。

 

 そんでもな、どんなに皆と楽しくやってても、過去なんか関係あらへんと思っても――皆にはある帰る場所が私には無かった。

 

 おに―さんのいる場所しか、私には安心して帰って来れる場所が無かった。だから、管理人としておに―さんを見送っていくうちにアイドルの皆と一緒にどっかいってしまわれるのが怖くて、離れたくなくて――アンタを追っかけてここまで来た。

 

 今のウチがおにーさんからそう見えるなら―――ソレは全部、おにーさんのお陰なんよ」

 

「……………それこそ、救いようのない勘違いだな」

 

「ええよ。それで――ええ。だから、一生勘違いさせてーや」

 

 弱々しく、それでも決して離さないとでも言うかのようにいつの間にか彼女に握り込まれた手を小さな溜息と共に緩く握るでもなく、離すでもなく俺はそのまま好きにさせた。

 

 もう、俺がココに居られる時間は長くない。

 

 そんな当り前のことを何故か改めて告げる事が出来ずに俺はソレを誤魔化す様に冷めた甘酒を啜って誤魔化した。

 

 染み入る様な冬の冷たさがじわじわと体に伝う中で温もりを伝えてくるその少女を振り払う事も、抱きしめる事も出来ずに俺は小さくこの少女が寄り添う必要のないくらいに暖かな“春”が来ることを祈る。

 

 どうか、この少女が―――凍えないで朗らかに一人でも生きていけるように。

 

 俺は、真摯に祈るのだ。

 




_(:3」∠)_評価……いつも、みんな、ありがとう!!


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『激写! ノクチルの秘蔵オフショット!!』

( *´艸`)雪が止んできてようやく生活にゆとりが出来てきたのでリハビリSS投下(笑)

(・ω・)今回は新天地編の日常回!! 可愛く、生意気で、問題だらけのウチのノクチルとの平凡な日々を感じて頂ければ幸いです(笑)

(´ω`*)こっちの導入編から読むとさらに楽しめます(ステマ→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13600322


(*''ω''*)さあ、いつもの様になんでも許せる広い心でお進みくださいませ~♪


 

「「「「オフショット企画?」」」」

 

 麗らかな日差しの差し込む午後の283事務所。そこにレッスン終わりに呼び止めた人気グループ“ノクチル”の面々が俺の渡した企画書の表紙を見た瞬間に全く同じタイミングで首を傾げた。

 幼馴染4人組という謳い文句に恥じない息の合いっぷりではあるが、その後の反応が全く別々のモノだというのが面白い。

 

「……ふんっ、花も恥じらう女子高生の私生活を覗き見たいとは痴漢も真っ青な変態嗜好ですね“ミスター・出歯亀”」

 

「とりあえず、俺の知る“花も恥じらう女子高生”ってのは社会の窓を全開で人前になんて現れないんだよなぁ……」

 

「っ!! 古い話をいつまでも!!」

 

 真っ先にいつもの様に目を細めてゴミを見るかのような視線で暴言を投げかけてくるのは赤みがかった髪に泣き黒子が特徴的な“樋口 円香”という少女。だが、こんなツンケン出来る女オーラを醸し出してはいるが俺の初面談時にズボンのチャック全開という大失態を犯した間抜け枠でもある。

 以来、噛みつかれるたびにこうして晒し上げられているのに懲りないので最近はドMなんじゃないかと疑い始めている。

 

「やは~円香先輩も懲りないねぇ~。というか、ハチちゃんこれって自分で撮るの~?」

 

「ぴゃっ、う、上手くとれるかなぁ…?でも、オフの格好をカメラマンさんにとられるのも……恥ずかしいし………」

 

「ふふっ、樋口のパンツはいつもエロイのだから大丈夫」

 

「浅倉っ!!」

 

 いつもの茶番が終わったと同時にわちゃわちゃと騒ぎ始める馬鹿犬4人衆を尻目にコーヒーを啜りつつこの企画を前に参加したアイドル達が掲載された週刊誌のサンプルを何枚か取り出してざっくりと概要を説明する。

 

「まあ、基本的のアイドル活動中を数枚。その裏面に自分で撮ったオフショットを数枚乗せるそうだ。人気週刊誌の企画だからコストの割には広告効果が高いからいい感じに頑張ってくれ」

 

「「「はーい」」」

 

「……」

 

 素直な(お返事×3)+仏頂面での返答になんだかそこはかとない不安を感じつつ俺は淡々と企画元から届いた諸注意事項だけを簡単に説明していく。

 

 ………まあ、提出前に検閲入れるから大丈夫だろ。多分、きっと、めいびー。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「という訳で、写真を撮ってきて貰った訳なんですが……まずは、雛と小糸」

 

「はーい、我ながら可愛くとれた~!!」

 

「ぴゃいっ、お母さんと、が、頑張りました!!」

 

 自身満々に胸を張る雛とソレにあやかるように少しだけ自慢げに鼻を鳴らしてドヤ顔をする小糸。その光景になんだか室内犬が褒めて欲しそうにしている風景が思い浮かんでしまいついつい苦笑が零れてしまう。

 そんな中で渡された封筒に印刷されたであろう写真を確認してみれば、雛菜はアイドル活動中の華やかな衣装でライブに臨んでいるものと対比するように、休日の私服姿で公園らしきところで日向ぼっこや散歩ではしゃいでる様子が数枚収められていた。

 

 全力でライブする真剣な顔と休日のリラックスの落差が実に企画内容に沿っていて良く仕上がっているといえるだろう。

 

 小さく安堵の息を漏らしつつ次の小糸の封筒に手を伸ばせば緊張気味にソレを眺める彼女。だが、その緊張とは裏腹に内容は雛と変わらないライブの写真。そして、自宅でいつもよりも幼い雰囲気で学習机で頭を悩ます姿と、休憩なのかちょっとだらしなくソファに倒れ込んでいる姿。どちらも自分で撮ったというよりは母親が隙をついて無防備になった瞬間を抜き出してくれたのだろうが、コレもいい意味で無防備な姿を出せていていい出来だといえる。

 

「………ん、お疲れさん。どっちもいい出来だし大丈夫だろ。このまま使わせて貰うわ。―――問題は、おまえらだ」

 

「ふふっ、期待の眼差しが重いや」

 

「なんですかその目は。私たちの日頃の行いに文句がありそうな眼をして……とんだ言いがかりですね“ミスター・冤罪”」

 

 ジロリと意図した訳でもないけれど半目になる視線を向ければ馬鹿犬4人衆ボケ担当の“浅倉 透”とマヌケ担当の“樋口 円香”が何故かさっきの二人とは別の意味で自信満々といった風情で腕を組んでこちらを見ている。……なぜそんな眼をむけられるのか日頃の行いを鑑みて頂きたい。

 

 この二人、凛々しい見た目と聡明なイメージから世間ではツッコミ役や押さえだと思われている節があるが実際は誰よりも悪乗り・おふざけに突っ走る問題児なのである。そして、この二人が無駄に張り切っている時は大体が碌なことが無いのだ。

 

 既に嫌な予感が立ち込める中で恐る恐る俺はまずは浅倉の封筒から手に取り、その封を切る。中から出てきたのはステージでその顔面偏差値を存分に生かしてカリスマを発揮する写真が数枚と――――“現代の秘境『タマゾン』に潜む伝説の生物ヌッシーに迫る!!”となぜか迫力満点のテロップが加工され、その下のは某河川敷でガッチガチの探検家装備に身を包んだ浅倉が探検隊の旗をもって仁王立ちしていた。

 

 持った時点で違和感は合ったのだが、前の二人とはだいぶ厚みが違いかなりの枚数でその冒険譚は記録されていた。河をボートで渡る写真に、鉈でススキを切り開く姿。その他には焚火を起こして飯盒を焚いたり野営地を作ったりともう色々ツッコミどころしかない。

 

どこの世界に休日にタマゾンで未確認生物を探すアイドルがいるのか?

 

 そして、地味に腹が立つのが全ての写真にテロップが書かれていて地味に興味をそそる完成度を誇る芸の細かさ。いや、お前はこれを頑張るくらいならもっと学校の宿題をしっかり提出しろ。

 

「ふふっ、3徹して頑張った」

 

「使えるか、こんなん」

 

「――――えっ!!!」

 

 鼻息も荒く自慢げに胸を張る彼女にバッサリ没を伝えると彼女は信じられないかとでもいうように崩れ落ちヨヨヨとわざとらしいウソ泣きを開始する―――やかましいわ。

 

「人の努力を上から目線で否定する……ほんと、傲慢な大人」

 

「プロデューサーと頑張って探検したのに……」

 

「試験問題の意図と注意事項をガン無視で回答欄を落書きで埋められてたら落ちるでしょ、普通に」

 

 これは傲慢じゃなくて妥当な判断っていうんだ、ばかやろう。―――というか、あの人もたまの休日に何やってんの??

 

「………お前のは、大丈夫なんだろうな」

 

「誰にモノを言ってるんですか? 私に落ち度なんてあった試し、ないでしょう?」

 

 もうあまりに見下し過ぎて仰け反っちゃてるんだけど…。というか、俺と会ってからお前には落ち度しかないのにどっからその自信はわきでるのん?

 

 そんな溢れそうになる言葉を何とか飲み込んで俺は彼女が差し出した封筒を開けて中身を確認する。最初に目に入ったのは普段から世間で騒がれるクールな雰囲気で観客を魅了するステージの写真。クールな癖にたまに浅倉との掛け合いでボケを返すので小規模なコントの様なやり取りから憎めなさを出している人気アイドル“樋口 円香”の顔である。

 

 そして、その二枚目に現れたのは――――真っ黒なスーツに厳ついサングラス。

 

 豪奢なソファにどっかりと腰を下ろして足を組む“樋口”の両脇には黒く際どいドレスを着た凜世と霧子を侍らして太々しく肩を抱いている。その上、後ろからはその首元に腕を絡めるように夏葉が抱き着いている写真が待ち受けていた。

 

――――どう見てもマフィアのゴットファザーです、どうもありがとうございました。

 

 その他にも有名映画のパロディであろうダンディだったり、ワイルドだったりと悪ふざけ満載の写真が続々と続く。個人的にはランボーのあたりで吹き出しそうになった。

 

 まあ、著作権とかね? 企画への理解とかね? 色々と言いたいことはあるんだけどまず俺が彼女に最も伝えたいことをシンプルに伝えよう。きっと、そうするべきなんだと俺は深く息を吸い込んで――――

 

 

「ばっっっかじゃねえの?」

 

「今のは聞き捨てなりません! この完成度の何処に落ち度があるっていうんですか!!」

 

「落ち度だらけだわ!! どこの世界に事務所の他グループのアイドル侍らしてマフィアごっこの写真撮る馬鹿がいるんだ!! 他所の子に迷惑かけるんじゃありません!!」

 

「みんなノリノリで協力してくれました!!!」

 

「そう言う話じゃねえんだよばーか!! さっさと取り直して来い、この馬鹿犬コンビ!!」

 

「えっ、樋口のはともかく……私のも? ふふっ、うける」

 

「まったく、うけねぇし……どうして、コレが通ると思っちゃたの?」

 

「“とおる”だけに?」

 

「ぶっ飛ばすぞ?―――というか、プロデューサーも呼べ。まとめて説教だ」

 

「ぴゃっ、け、喧嘩はイケません!!」

 

「やは~、みんな仲いいね~♪」

 

 喧々諤々と新興事務所の会議室は今日も暴れ踊り、議論は進まず馬鹿共の喧騒だけが響いたそうな。そんな、阿保らしい日常が最近の俺のスタンダードになりつつあることに俺“比企谷 八幡”は今日も小さく嘆息を零したのであった、とさ。

 

 

 

 ちなみに、この写真は通りかかった社長が面白がってGOサインを出してしまったせいでまんま世間に曝され―――良くも悪くも反響と人気を齎したとか、もたらさなかったとか。

 

 

 終わりん♪

 



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『君の名は』

(/・ω・)/祝え!! デレステ沼に遂にエンディングが完成だ!!→https://twitter.com/OW_LieMaker/status/1355799942850203651

(*''ω''*)動画作成から絵まで全部書いてくれた最強の男”沖竹さんhttps://www.pixiv.net/users/28368080”の渾身の力作をみんなも是非みて悶えて欲しいっす!!

('ω')もう、読むたびにこのエンディングを聞いて浸って欲しい!!てか、聞いて!!(圧力


 

「武内、例の企画の進捗はどうなったの?」

 

「はい、先日の打ち合わせから先方の希望も纏まったらしく―――」

 

 

 かじかむ寒い冬も抜けて日差しに少しずつ暖かさが混じり始めてきた春の事。迷いのないピンヒールの足音も高く、事務所を横切っていく高貴な雰囲気の麗人“財前 時子”が高圧的な声をココの責任者である偉丈夫に投げかけた。

 ぱっと見一回りも年下の人間にそんな態度を取られれば普通の人ならば眉を顰めそうなものだけれど、プロデューサーである“武内”さんは特に気にした風もなくその声に応えて纏めていたファイルを片手に応対を行った。

 

 そこからは何やら小難しい打ち合わせが始まったために聞き耳を立てて見ても内容はさっぱり。早々に無駄な努力を辞めて私は相方の“みく”が入れてくれたミルクティーをズルズル啜る作業に戻り―――ふと浮かんだ疑問を口から零した。

 

「時子さまって意外とプライベートじゃ“ぶたぁっ”とか言わないよね……ビジネスサドなのかな?」

 

「「「「「……………」」」」」

 

「えっ、なに? みんなどしたの??」

 

 レッスン終わりに久々に集まった同期のみんな。さっきまで賑やかにお喋りをしていたはずのなのになぜかその口を一様に閉ざして私の事を信じられないものを見るかのように眺めてきた。そんなに見つめられるとちょっと照れるので辞めて欲しい、などと考えていると思い切り耳を抓られた。

 

「いだだだっ、急に何すんのさ! みく!!」

 

「いや、最近はもう怒りを通り越してちょっと尊敬してきたから敬意を示してるのにゃ」

 

「敬い方が斬新過ぎない??」

 

 必死の反抗も空しく耳が千切れるかと思うくらい引っ張られてようやく解放された私は助けを送ってくれない薄情な同期達に文句の視線を送るも、誰もが相手にする所がされて当然だというった風に呆れの眼を剥けてくるものだから酷い話である。

 

「そう言うのはデリケートな話題なのにズカズカ踏み込むのが李衣菜ちゃんの悪い所にゃ。大体が、日常生活でそんな感じだったら完全にヤバい奴にゃ」

 

「………みくも“にわか猫キャラ”だしね」

 

「いてこますでほんまに?」

 

 私の軽口に今度はグーを振り上げて胸倉を掴み上げてくる彼女を必死に宥めていると、間に割って入ってくれる皆のおねーさん“美波”さんが何とか場を纏めようとしてくれる。

 

「ま、まあまあ、二人とも落ち着こう? というか、時子さんってテレビではそういうのが目立つけれど普通に立派な人なんだからそういう風に言うのは良くないわ」

 

「んー、でも、時子さんって日常的に“あだ名”で呼ぶ人もいるよねぇ」

 

「あ、ソレはわかるにぃ。お豚さんは結構幅広く気分で呼び分けてるけど、それ以外のバリエーションが結構あって聞いてると面白いよねぇ」

 

 無難に纏めようとした話題を混ぜっ返すのは【あんきら】の二人であった。みんなも何を危惧していたのかは知らないが最初の謎の緊迫感は薄れ、その話題に徐々に口を緩ませ始めた。

 

「うーん、未央ちゃんが見てる限りでは“豚”って呼ぶのはファンの人達とか希望者のタレントさんやスタッフさんが多いよねぇ。後は、子供たちの相手をしてるときはすんごく優しい声で“子豚”って呼んでるみたい」

 

「お昼寝や絵本を読み聞かせる時とかもう、聖母感が溢れてますよね!!」

 

「ふふっ、そう考えるとあの口調と態度がご褒美って言われてるのはそういう“保護対象”として見られてる気分なんじゃないかな?」

 

 ニュージェネが今までの時子さんを思い出すように語って小さく笑い合えば、今度はちょっとだけ不満げな声がソレに異を唱えた。

 

「えー、でも、私はこの前のレッスン前に普通に“豚”って呼ばれたよぉ?」

 

「それは、かな子ちゃんが差し入れのホールケーキを一人で食べきっちゃったからだとおもうなぁ……」

 

「「「「初耳ですけど? かな豚ちゃん?」」」」

 

 “やっべ”みたいな顔してかな子ちゃんは視線を逸らすが、豚も泣かずば撃たれまいに。それに甘いものが独り占めされていたという初耳の情報に皆の眼が半眼になって刺さる。女子の中で甘いものの恨みというのは存外に根深いのだ。というか、その場で怒られただけで皆に広まっていなかったのでちゃんとその件は秘密にしてくれていたらしい。やさしい。

 

「後はどんな呼び方があったっけ?」

 

「うーん、大体が時子さんって自分が認めた人は普通に名前で呼んでるけど……“下僕”に“犬”。それに“猫”と“狼”と“タコ”とかは聞いた事あるかなぁ」

 

「シトー? 前の二つはわかりますけど、後半は悪口ちがいますね??」

 

 まだ年少に入るであろうみりあちゃん達が指折り語録を数えているとアーニャちゃんがソレに首を傾げる。確かに、前二つはよく聞く罵倒だけども後半はちょっと個性的過ぎる気がする。そもそも、それで呼ばれてる人って誰だろう?

 

「うむ、“猫”は薬瓶を携える者で“狼”はロキの事よ。最後の赤き悪魔は甘美なる雫に酔いしれるワルキューレを指している(猫は志希ちゃんの事を“猫みたいに性質が悪い”って呼んでからそうなってますし、悪戯好きな麗奈ちゃんの事を“オオカミ少年”になぞらえてそう呼んでるみたいです!! 最後の“タコ”は飲み会で泥酔した大人組の皆さんが真っ赤でグニャグニャだった時に叱り飛ばした時にネーミングされました)」

 

「前半二つは愛称で片付けられたのに最後のはガチのお説教じゃん……。というか、みくはここでも猫とは認めて貰えなかったんだね」

 

「その喧嘩言い値で買うから表でるにゃ。お代はお前のギターと命にゃ」

 

 残酷な事実を励まそうと肩を落としている相棒の背を叩いたらキレられた―――解せぬ。

 

 そんなこんなと、いつもの様に脱線・逸脱ばっかりの馬鹿話は最初に見せた賢い沈黙なんて忘れたかの様にみなが好き勝手にお喋りに興じていると、開いた事務所の扉から現れた人物にもう一つの“愛称”が思い出されて思わず口から零れてしまった。

 

 男の人にしては濡れた羽のように黒く、長い髪と一本だけ跳ねたアホ毛。

 

 ここではないどこか遠くを見ているかの様な茫洋とした昏い瞳。

 

 それなりにあるはず上背は、気だるげに丸められた姿勢。

 

 そんな陰気な雰囲気なのに何処かコミカルで、皮肉気な物言いが特徴的な我らがアシスタント“比企谷 八幡”の姿を見た時に―――彼女が、時子さんが頑なに名前で呼ぼうとしない彼の“愛称”がストンとイメージ通りに落ちてきたのだ。

 

「“鴉”」

 

「――――少なくとも、鳥類に属した記憶はねぇなぁ」

 

 私が思わず零した言葉に誰もがはっとしたように気が付き、そのイメージが皆の中にも同じように当てはまったのかクスクスと笑いが次第に零れてさざめいていく。そんな集まる視線と笑い声に首を傾げつつもいつもの様なひねくれた答えが返ってきてついついおかしくなってしまう。

 

「あははは、いや、時子さんがハチさんの事をそう呼ぶ気持ちがなんとなく分かっちゃって―――て、あだ、あだだだだっ」

 

 零れる笑いの中で事情を説明しようと口を開くと今度はさっき引っ張られたのと逆の耳が抓りあげられて痛みとヒヤッとした感覚に肝が冷えてしまった。痛みに呻きながらなんとか視線をそちらに動かせば、美麗な顔に貫くような冷たい瞳が二つ。噂の渦中である時子さんが呆れたようにこちらを睥睨していた。

 

「噂話も悪口もせめて本人がいない所でするくらいの慎ましさを持ちなさいな。子豚ども?」

 

「ひゃーっ、ごめんなさいごめんなさい! いたいです! 痛い~!!」

 

 キリキリと持ち上げられる耳はみくとは比較にならないくらいの“お仕置き具合”で、相方の愛情はこんな所にまで滲み出ていたのかといつだって失ってから気づく人間の愚かさを心の中でロックンロールしつつ、そんな絆を頼りに救援の視線を向けると皆が両手を上げて降参の意を示しつつ眼を合わせてくれない。

 

 絆とは儚いものだと知った“多田 李衣菜”17の春。

 

「そういや、何で鴉なんだ?」

 

「陰気で、皮肉で、可愛げがない上に懐かないからよ」

 

「“悪口は本人のいない所で”ってありがたいお言葉は何処に行ったんだよ……。まあ、いまさらか。とりあえず、法子を拾いつつ局に送るからその辺で切り上げてくれ」

 

「ふんっ、明日この調教の続きをするから全員覚えておきなさい――――さっさと行くわよ、鴉!!」

 

「いや、お前待ちなんだっつーの」

 

 そんな二人のやり取りの果てにぽいっと投げ捨てるように私の耳は放り投げられ、時子さんは入ってきた時と同じように背筋をシャンと、ピンヒールの足音高くその部屋を後にしていった。ただ、若干、音が大きく聞こえたのは耳がジンジンしているせいで怒っているからでなければいいなぁと希望的観測をして私は耳を擦るのであった、とさ。

 

 

 

 

 

~蛇足 という名の 小話~

 

 

 

「“鴉”、ですか?」

 

「ん、あぁ。なんだか時子が呼びつける時の名前が話題になってたんだが“陰気で、皮肉で、可愛げがない上に懐かない”からそうなったんだとさ。気にしたことも無かったが改めて言われると中々に的を射てるもんだと思ってな」

 

 夜の冷え込みも随分と緩んだ春の夜の事。叔父が出版社から貰ってきた銘酒と大学のレポートを餌に自分の下宿先に呼び出した彼“比企谷”さんが大半が終わったレポートを脇に寄せ、私が注いだグラスを傾けつつ気分転換のようにその話題を漏らして苦笑する。

 

 その時子さんのあけすけなモノの言い様と、いつもの様に些細な話題でも真剣に楽しみ好奇心を爆発させる賑やかな後輩たちの姿を思い浮かべつつ私もクスリと笑ってしまう。そんな楽しい気分を肴に自分もグラスを傾け、その甘く爽やかな酒気を運ぶ液体を口の中で転がしながら水面の波紋を見て思索にふけってみる。

 

 “鴉”というのは最近では都市部のゴミ漁りや、農作物への危害。後は創作物においても多くの場合不吉なモノとして描かれる事が多いせいか基本的には忌避される類の鳥といってもいいでしょう。だけれども、そうでない面が多くあるという事を知っている人間はどれくらいいる事でしょうか?

 

 古来からその高い知力と慧眼で多くの神に愛され重宝された神の使いであると信じられ、時には神自体であるとすら信じられてきた神聖な生物。有名な逸話では北欧神話のオーディン神や八咫烏などが最近では伝わりやすいかもしれません。

 

 神話等を抜いても生物的にも他の鳥類には持たない特徴も多く、人と変わらぬほど発達した視覚に九年以上も覚えた顔を識別するという記憶力と畏怖すら覚える知能の高さ。何よりも苛烈なのは番や巣を守ろうとするときの抵抗の激しさは類を見ない程強く、私の身勝手で独善的な見方をすれば―――どんな鳥よりも愛情が深い。

 

 そんな豆知識とも言える雑学ではあるのですが、少なくともあらゆる分野で教養を収めた彼女“時子“さんはこの知識を知っていないとは思えないのです。

 

 人に疎まれ、嫌悪される鳥でありながら神聖であらゆる神に重宝されたイキモノ。

 

 我が身を顧みない程に愛情が深く、それゆえに、執念深い。

 

 そんなイメージこそを彼に抱いてその呼び名をしているのではと思ってしまい、小さく笑いが込み上げてきます。ソレは自分だけの知っている秘密を知っている人間に出会った小さな喜びと自分以外にもソレを知ってしまっている人間が居るという小さな焦りを含んだ懊悩でもあるのですが、コレも楽しんでこその恋路と思い込むことにします。

 

「………なんだ急に。気味の悪い」

 

「ふふっ、いえ、存外に時子さんも可愛らしい所があると思っただけです」

 

 私の言葉に怪訝そうに眉を顰める彼に微笑むだけで答えてはぐらかす様に杯を進め、ゆっくりと彼のグラスの水面を揺らしもう一度だけ思索にふける。

 こんなあからさまなで意地らしい照れ隠しをつまびらかにするほど無粋ではありませんし、新たな恋敵候補に塩を送る程に余裕のある身分でもないのですから、考えるのは別の事。

 

 

 鴉の逸話にはもう一つ有名なモノがある。

 

 かつては誰もが目を見開くような美しい白羽を持っていた神鳥。

 

 だが、その羽はたった一度の過ちで誰もが目を背ける醜い姿となってしまった。

 

 誉れも崇拝も失ったにも関わらず、知見と慧眼を持ち続けたがゆえに――――遂には、その神性は不吉の象徴とまで言われるほどに堕ち、汚される。

 

 人の侮蔑を受けても役割を果たし続けるその鳥は何を思うのだろうか?

 

 その汚れを注ぐことはできなくとも―――その姿を愛する者がいると、どうしたら聞き遂げさせることが出来るだろうか。

 

 そんな答えのない問いを酒器の水面に映る満月に問いかけて、今日も“鷺沢 文香”という愚かな女は彼の隣に寄り添う。

 

 

 どうか、この傷だらけの鳥に――― 一時でも安らぎを、と祈って。

 



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『その男、甘党につき』  新田美波の場合


今日も明日もいつも通り脳みそすっからかんで妄想日和でいきいきましょー♡(なお、現実は見ないものとする




 

 

 

「………不味くは、ないよね?」

 

 そんな誰に言うでもない一言を零しつつ首を傾げる私はかれこれ数時間も一人でキッチンに立ちその甘い匂いを発する黒い物体を前に立ち尽くしている。

 

 行儀が悪いと思いつつも指にとって舐めてみたソレは程よく甘く、ほんのりビターで口当たりも悪くない実に“優等生”の自分らしいお手本のような味わい。それでいいはずだし、そうなるように作っているのだが味見をするたびに頭をよぎる“あの人”の事を思えばどうしたってコレではいけない様な気がしてきてさっきから何度も味を甘くしたり、苦くしたりといったり来たり。

 

 悩めば悩むほどに正解が分からなくなるその憎い物体になんだかムカムカしてきて文字どうり“もうっ”なんて匙を投げた私は部屋のソファーに八つ当たり気味に飛び込んで不貞寝を決行する。

 

 声にならない呻きをクッションにもごもご上げて、最後に小さな溜息を漏らして天井を仰ぎ見る。

 

バレンタイン。諸説あるモノの親しい人に感謝と親愛を示して贈り物をする日。

 

 真っ白な天井を見上げてぼんやりカレンダーについた赤丸を恨めし気に睨んでしまうのは年頃の乙女としては仕方ない事ではないだろうか? それが、意中の男がいるのならもっと文句も募ろうというモノだ。

 

 もっとこう、チョコなんかと違い好みの分かれないモノであればこんな葛藤を夜更けまでする必要もなく、気軽にテンプレートに沿って熟せるのにそのおかげで世の乙女は無用の悩みと不安を抱える事になる。

 甘すぎるのは嫌いか、見た目が変ではないか。気合が入りすぎて重くはないか、かと言って平凡すぎては埋もれてしまいそうだし、凝りすぎても重たくて面倒だなんて思われたりかもなんて、どれが正解なのか迷いに迷って携帯で適当に調べて出たルーレットでは“市販の板チョコ”なんて出て一人で憤ったりと………思わず溜息だって出る。

 

 だが、ここまで泥沼にはまった今ではその時の判断が恨めしくもある。板チョコとまでは行かないまでもソコソコ有名どころの市販のチョコでもよかったのではないかと思わないでもない。

 

 いまからでもちょっと足を延ばせば大型のデパートならギリギリ間に合うかも、と考えてしばし――今度頭をよぎったのは彼の周りにいる並み居る強力なライバル達の顔に思わず眉間に皺が寄ってしまう。

 

 口うるさく素直じゃない上に可愛げのない自分とは違い、彼への好意も隠さずまっすぐぶつける彼女達。

 そんな彼女達はアイドル業界を見回しても文句なしのトップランカーで、愛嬌があり、思慮があり、勇気があり、何が勝てるかと問われれば自分でも思わず口を噤んでしまう他にないのが現状だ。

 

 そんな彼女達がこの機会を逃す訳もなく、愛情たっぷりの手作りに並べられる自分の味気ない市販品を思い浮かべるとなんとなく惨めで、他のチョコに顔を緩める彼の顔を想えばイラっとしてしまう。

 

「………なに、鼻の下伸ばしてるんですか」

 

 あの成人祝いのバーでの一件の後にあった“海での出来事”。

 

 あの日に自分は少なくともはっきりと彼に好意を伝えているし、答えはいまだ保留になっているとは言えこういったイベントの時くらいはもっと彼も自分に気を使って甘い言葉の一つでも掛けてくるべきではないだろうか?

 そうすれば自分だって普段から彼に―――いけない、思考がどんどん違う方向にそれていって本題から遠ざかっている今考えるのは後数時間後に迫った贈り物の中身である。

 

 溜め込んだ普段の不満がこういう時に八つ当たりのように漏れ出てくるのを諫めて、寄った眉間を揉み解して煮詰まった頭を切り替えるために部屋を見回せば、あるモノが目に入った。

 

 楓さんや皆が海外公演に行くようになってからお土産品は毎回くじ引きで配布されるようになった。そんな恒例のお楽しみ会で引き当てた瓶がオシャレなウイスキー。飲み会なんかではともかく、一人で酒精を嗜むほどにまだ親しめてもいないのでなんとなく部屋のインテリアになっていたソレ。

 

 丸みを帯びた綺麗な瓶に力強く駆ける馬のミニチュアが乗ったソレはなんだか今の気分を変えるには丁度よいものの様に見えてグラスを手に取って冷凍庫から女子会で残ったロックアイスを転がし、小指一本分だけ注いでみれば、飴色に近いその液体はぶわりと濃い木の匂いを部屋中に広げて、それだけで体温が上がってほろ酔い気分にさせられる。

 

 そのまま飲めば自分には濃すぎてむせる事は明白なのでグラスを揺らして氷の音を楽しみながらゆっくりと溶かしてゆく。

 そうすれば濃厚だった香りは柔らかく、頑固さすら感じる飴色は柔らかい琥珀を溶かしたような優し気な色に変わる。

 

 恐る恐る、舐める様に味わえば―――口内にふれたところからゆったりと温かさと独特の甘みが広がっていき思わず小さく息を零してしまう。

 

 甘く、辛く、それでいて――柔らかい。

 

 そんな不思議な感覚は妙に親近感のあるモノで首を傾げて数舜、すぐにソレに思い当って笑ってしまう。

 

 まるでこれはさっきまで自分を悩ませていたにっくい男のようではないかと、酔いも手伝ってクスクスと笑いが零れるのを止められない。

 誰よりも甘い癖に偏屈で頑固。斜に構えて皮肉気に辛辣な文句を零す癖に憎みがたい。味わえば味わう程に他にはどんな楽しみ方があるのかとこっちも面白がって深みに嵌っていく謎の中毒性。

 

 偶然とはいえ、随分とおかしな物だと思い一人笑いながらも胸の内にある負けず嫌いが頭をむくりともたげるのを感じる。

 

 やられっぱなしは性に合わない。悩まされっぱなしというのも腹が立つ。

 

 無垢な奉仕というのはどうにも自分には向かないという事がいま分かった。

 

 馬のミニチュアの上に跨るジョッキーを軽くつつきながらニンマリと笑いながら私はさっきとは違いウキウキとした足取りでキッチンに向かう。

 

 悩まされるよりも悩ますように、跨られるよりも跨って鞭で急き立て、酔わされるよりも抜け出せなくなるくらいに酔わせて中毒に。

 

 守ってばかりで気を揉むくらいなら切り込んで点を取った方がずっと気が楽な性分なのだから―――今日くらいは悪ふざけさせて頂く方に回らせて頂きましょう?

 

 

 さっきまでの唸り声とは対照的な陽気な鼻歌がひっそりと夜のキッチンに響き渡った。

 

 

---------------------

 

 

 例年、この時期は事務署内が騒がしくなるのはいつもの事だけれどもプロダクションも軌道に乗り合併・吸収を繰り返した上にウチのボスが見境なくスカウトしてくるせいか結構な人数になった今年は例年の比でないくらいに姦しかった。

 

 事務方のいるデスクを一枚隔てた所にあるアイドル達の休憩スペースからは友チョコだのなんだので大々的に交換会が行われ、歓声や悲鳴と笑いが絶えず零れてきてその甘い匂いが絶えず流れてきていたくらいである。

 

 だが、まあ、昔ならば自分には縁もゆかりないイベントだったこの日。あるはずもないのに意味もなく下足棚を覗いてしまい、最終的には小町に強請るか母に貰うだけという悲しい過去に比べればお義理でもアイドル達からチョコを貰える今は世間的に見れば世の男衆から縊り殺されかねない環境なのだから文句を言えた立場でもないだろう。

 強いて言えば、頭のおかしいナスビが原寸大チョコを台車に乗せてきた時に思わずラリアットで即座に粉々にしてしまったハプニングがあったくらいの平和な一日だった。

 

 そんなこんなでも仕事はいつもの様に山盛りにある訳で、あっちこっち走り回り書類に頭を悩ますウチに日も暮れてそんなもう一つの恋人たちの聖夜とやらは忙殺されているウチにあっという間に後数時間という所。

 

 武内さんを巡っての恋の鞘当ては延長にもつれ込んでガチ勢たちに引っ張られとっくにドナドナしてしまったし、他の大人組からは“アローン会”という名目で飲み会を開いているらしく事務所でポチポチしているのは俺だけとなっている。さっきから喧しく鳴り響く酒クズどもの呼び出しコールに溜息を一つ漏らしながらも、俺も最後の書類を添付したことを確認して帰り支度を進める。

 

「―――ま、贅沢な悩みか」

 

 職もあり、義理チョコを貰えるくらいには知り合いもいて、偶に煩わしくもなるが酒を飲みかわす誘いが貰える。ボッチとしては弛んでいると言わざるを得ないが―――大学の単位以外は“世は事も無し”で回っているのだから、難しい事はうっちゃって久々に飲みにでも行くとしようとした時に声が掛けられた。

 

「こーんな一杯のチョコを貰っといて、何が“悩み”なんですか?」

 

「………今日は直帰じゃないっけ?」

 

 独り言を拾われた気恥ずかしさと、誰もいなかった筈なのにいきなり自分の真後ろに立っていた所属アイドルである“新田 美波”に思わず跳ね上がったのを誤魔化す様に問いかければ今度は向こうが優し気に垂れた目尻を吊り上げてくる。

 

「いられると何か不都合でもあったんですか?」

 

「まあ、独り言を聞かれるっていう実害は出たな。……んで、なんか忘れもんなら早めにとって来てくれ。俺ももう上がるから手早くな」

 

 わりかしいつもプリプリしているので何が地雷かも警戒する気が失せているので俺も無遠慮に言葉を投げかけられるのだが、向こうももう手慣れたもんで小さく溜息を漏らす程度のモノだ。そんな呆れたような彼女が疲れたように肩から下げたバッグから小さな箱を取り出して俺の前に差し出す。

 

「これが、今日の忘れ物です」

 

「んぁ、お前も律儀だね」

 

 どうにもこの女、わざわざ直帰の現場からこれを届けに会社まで戻ってきたらしい。明日でもよかろうにそんな生真面目さが彼女らしくてつい笑ってしまったが、手間暇かけて届けて来てくれたのだから素直に受け取ろうと手を伸ばしたら――その手は空を掴む羽目になった。

 

「………今時、小学生の悪戯だってもう少し優しいぞ?」

 

「誰が悪戯ですか、だ・れ・が」

 

 肩透かしを食らった俺が消えたチョコの箱を目で追えば彼女はソレを片手で遠ざけ、俺の手をぺちりと叩き落とした。てっきり、期待させて落とす昔懐かしい小学校の頃のイジメをリテイクされているのかと思って悲しみにちょちょ切れそうになっていると彼女は呆れたように俺の持っている袋に指を指す。

 

「どーせ、いま渡したって雑にその袋の中に突っ込む気なんですよね?」

 

「まあ、この量は流石に一気に食えないし……」

 

「 それじゃ、 駄目です 」

 

 問われた事に正直に答えればジトリと半目で睨まれ、目の前で綺麗なラッピングをバリバリ破いた彼女はその綺麗な指がショコラで汚れる事もいとわずに俺の前に突き出してくる。

 そのいきなりの出来事に一歩たじろげば、更に詰められ。二歩下がれば、大きく寄られ遂には自分のデスクに当たり逃げられなくなるほどに追い詰められて仰け反る俺を机の上に乗せた膝で逃がさないとでも言わんばかりにのしかかってそのチョコを突きつける。

 

 口から洩れる言葉は文句か、恐怖か、混乱か―――意味を成すことも出来ずにその突きつけられた劔の切っ先の様なチョコと、差し込んだ月明かりの先でニンマリと微笑みを浮かべる意地悪気な彼女が映る。

 

「ちゃーんと本命用なんですから、私の前でしっかり味わって、とろかして―――酔いしれてくださいね?」

 

 それが、“答えを保留にしてやっている利息だ”と囁く悪魔の様に妖艶な彼女に抗う事も出来ずに口の中に指ごと滑らかなその甘味が差し込まれた。

 

 口に含んだ瞬間に解けていくくらい口当たりのいいショコラはココアパウダーの程よい苦みとその下に隠れていた甘みが程よく調和されていてこんな状況なのに思わず舌が勝手に求めてしまうくらいの完成度。その蠢きと熱によって一気に溶けた先から―――とろみのある液体が舌を焼いた。

 

 甘く、ほろ苦いカカオ類の甘さではない喉と鼻を抜けるような樽木の香ばしさと、酒精独特の甘美。その意表をつく味わいに驚き、それでも抗えずに味わい切った先には細くしなやかなのにヒヤリとした指。その指先に含まれた塩分のせいか微かな塩気が全ての余韻を響かせ思わず唾を呑んでしまった。

 

 まるで、もう一つと強請る浅ましい犬の様に。

 

 そんな俺の様子に満足したのか俺に跨る彼女は普段の健康的な美とはかけ離れた淫靡で意地の悪い微笑みで俺を見下ろしクスクスと笑いを零す。

 

「私と、比企谷さんには一番相応しいチョコじゃありません?」

 

「お前に酒を奢ったのが今の所、人生で一番の失敗かもしれん」

 

 あの酔いつぶれた彼女が零した告白と、ソレを泡沫の夢とはぐらかしたことから始まったあの騒動。その時から時を重ねるごとに彼女は大きく、強く、誰よりも艶めかしく月夜で輝くようになってきた。その発端となった俺に課されたこの刑罰のなんと重たい事か。

 

 俺の上に跨った彼女はそんな小鬼の戯言にもクスリと笑いを零すだけで答えて次の一欠けを俺の前に差し出してくる。

 

 今度は押し込めることも無く、唇の一歩手前で焦らすように―――“今度はお前から食らいつけ”と言う様に。

 

 差し込む月夜に、口に残るショコラの甘み。そして、またがる彼女から伝わる熱と揶揄う様でいながら真っ直ぐと俺を貫くその瞳はさっき飲み込んだウイスキーボンボンのせいか熱を帯び始めた脳内で一枚の絵画の様に見えて思わず眼を瞬かせてしまった。

 

 そんな俺に彼女は優し気に微笑み、一言。

 

 

「存分に―――私に酔ってくださいね♡」

 

 

 

 いくら俺が甘党とは言え、ちょっとこれは―――舌が焼けそうだ。

 

 そんな馬鹿な俺の妄言を聞き遂げることなく二つ目の“彼女”が俺の口に放り込まれたのであった、とさ。

 




ハチP@公式 ED→https://twitter.com/OW_LieMaker/status/1355799942850203651


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『その男、甘党につき』 鷺沢文香の場合

(´ω`*)もう一人のバレンタインは渋アンケートで文香でしたね、ハッピーバレンタイン!

( *´艸`)おいらは十時、時子さま、フレデリカからチョコを貰えてホクホクでした!!やったぜ!!


今日も脳みそ空っぽでお楽しみくださいませ~




 

 かつて恋を後押しした聖人の命日。

 

例年、この時期になると“はて、どうしたものか”と首を傾げる事が恒例となって久しい。

 

 ひょんな事からアイドルという想像もしなかった体験をする事になるまで、薄暗い書斎で毎日の様に本の虫だった自分には世間を賑わすイベントの華やかさと賑やかしさには興奮と期待よりも困惑の方が先だって目が回りそうになる。

 それでも、ここでの日々を隣で過ごしてきた想い人に日頃の感謝と思いを伝える数少ない機会だと思えば分からないなりに奮起して、馴染の書店に今が旬と言わんばかりにポップで彩られた雑誌を購入。

 

 毎回、ここまではスムーズに事が進むのだがここからが長い。

 

 同僚が大きく表紙を飾るその雑誌の中には様々なファッションや店舗、流行りのアイテムが所狭しと並べれていてその多くは恋人や意中の男性を虜にするためのアイディアがこれでもかと掲載されている。華やかな文化というモノに縁が遠い自分にはなかった発想や試みが多く載せられていてそれだけでも二日くらいは考察に費やしてしまいそうだったが―――今回の目的は差し込まれた特集の“手作りチョコレート”と銘打たれた冊子の方である。

 

 初心者でも簡単に出来るものを一手間加えて華やかにしたものや、玄人向けの凝ったレシピ。その他には、恋人と一緒に作るモノやいっそのこと既製品のオススメであったりと世の女性が抱える多くのケースバイケースに沿ったマニュアルがこれでもかと詰め込まれています。

 

 なるほど、現代の多様化した距離感や人間模様には手間暇かければ良いものではない事を如実に伝えてくれる親切なこの手引書は例年購入しているものよりもずっと読みやすく飽きがこない。コレを書いた人はさぞ博識で思いやりの溢れた人なのだろうと著者を確認してみれば―――表紙も飾っていた同期のカリスマJKさんであった。

 

「色んなコラムから才覚を感じてはいましたがこれほどとは………」

 

 最近、事務所でウンウンと頭を抱えていたのはこの記事を書いていたのかと小さく苦笑を零すと共に強力なライバルから送られてきた塩を存分に活用させて頂こうと思い直してもう一度レシピの章へと戻ってどれを作るべきかと思案に耽る。

 

 共に過ごして数年目ともなると塩梅がむずかしく、ああでもないこうでもない等と思っているウチにふと、辺りを見回せばいつの間にか目的地であった駅に到達したことを伝えるアナウンスに急いで席を立ち、事務所への歩みを再開させた。

 

 相も変わらぬ雑踏に少しだけ辟易をしつつも二日後に迫ったイベントのせいか街も人も明るく活気ずいている事を感じてソレを笑えた身分ではないことに一人苦笑を零しつつ通い慣れた時計塔までの道を進めていけば―――その道中にあるドーナッツ店の中に年の離れた友人が険しい顔で電子パッドを睨んでいるのが目に入った。

 

 自分よりもずっと幼いのに目的意識を持ったそのしっかり者の友人はよく仕事でも一緒になるし、今日の収録も被っていたので折角ならば一声かけて行こうかと思い直してそちらに歩を進めていく。

 

 涼やかな鈴の音に、甘い香りと程よい暖房。それだけでも少しだけ冷えに強張っていた体が緩むのを感じつつ、コーヒーを一杯だけ買い求めて彼女に声を掛けようとその背に近づくと彼女が何に悩んでいたのかが分かって思わず声が漏れてしまった。

 

「ありすちゃんも、何を作っていいか迷っているみたいですね?」

 

「ひゃうっ! ふ、ふふふ、文香さん!? いつからそこに!!??」

 

 その声に驚いて飛び上がった野良猫の様な反応をする彼女がつい面白くて、笑いを噛み殺しつつも彼女の隣に腰を下ろしつつも自分がさっきまで読み耽っていた雑誌を出して正直に告白していく。

 

「すみません、事務所に行く途中で見かけたもので声だけでも掛けようかと先ほど。それに、故意は無かったとは言え覗き見は失礼でしたね。それに、私も先ほどまで同じ事で悩んでいたのでつい嬉しくなってしまいまして……」

 

「あ、いえっ、ソレはビックリしただけなので全然いいのですが………その、文香さんもバレンタインデーのチョコを?」

 

「はい。とはいえ、今年は何を作ればいいのかとさっきまで頭を悩ませていたので同じ状態のありすちゃんには勝手ながら親近感を覚えてしまいました」

 

「そ、そうなんです! そもそもが海外では男性からというのが(うんぬんかんぬん」

 

 私の告白に気恥ずかしさと悩んでいた鬱憤が関を切ったのか滂沱の様に語り始める彼女に少しだけ勢いを呑まれつつも、彼女が抱えていた電子パッドを見やればネットで公開されているチョコのレシピが並んでいるのに思わず気持ちが柔らかくなってしまう。

 

 数日後の聖夜は企業の戦略だのなんだのと言ってもやはり乙女にとっては数少ない想いを届けられる機会。それが日頃の感謝であれ、敬愛であれ、恋情だろうと想いに貴賤は無く、昔から一人よりも複数の知恵を集めた方が良いものが出来るのが世の摂理。

 

 どうせ一人で決めかねて頭を悩ませ不安に胸を高鳴らせるのならば、その不安だって二分に割って、作る楽しみを掛け合った方が楽しめるというモノだろう。

 

 そんな自分に都合よくこねくりまわした理屈に乗っ取って私は蘊蓄を語る友人に微笑みかけつつとある提案を投げかけた。

 

「ありすちゃん、良かったら今年は一緒に作って貰えればうれしいんですが―――宜しいでしょうか?」

 

「コレは企業の戦略で日本に渡ってき――――ほえ?」

 

 

 あっけに取られる彼女に、私は雑誌に書かれた名言を指さして答える。

 

 

カリスマJK曰く “なにごとも思い切り、楽しもう☆” 

 

 このやけっぱちに書かれたであろう言葉を、とかく至言であると私は思うのです。

 

 

 

--------------------------

 

 

 

 

「あっ、なんだか生地っぽくなってきました! 凄いです!!」

 

「いい具合ですね。後はこの生地を成形して少し寝かせる……と書いていますね」

 

―――――――― 

 

「ふふっ、切っただけだと全然イチゴに見えませんね」

 

「この先のデコレーションが完成度を左右する工程なので、丁寧に行きましょう。………あ、すみません余熱するのを忘れていたので先にチョコチップを撒いておいてください」

 

―――――――― 

 

「…………焦げてませんよね? これ、ちゃんと火通ってますかね?」

 

「……理論上は、大丈夫なはず……ですけれども」

 

―――――――― 

 

「―――あっ、失敗しました!!」

 

「チョコペンというのも、観てるだけの時は簡単そうなのですけど……案外難しいものですね……」

 

―――――――― 

 

 

 

 

 そんなこんなで後日。二人で決めたイチゴ型のチョコクッキーの制作に取り組んだ私達ですが、普段の料理とは勝手の違う工程に四苦八苦としつつも遂にはその努力は無事に成るに至りました。

 

 食紅を練り込んだピンク色のクッキーは雫状に整えられ、タネに見立てたホワイトチョコチップとヘタを表す緑色のデコレーションチョコ。

 焼き加減の差でいくつかムラは出てしまったものもあったけれど、並べてみればその可愛らしいチョコクッキーは良い出来といってもよく苦労の分だけ感動も一押しです。

 

 隣に立つありすちゃんと思わず手を取り合ってぴょこぴょこ小躍りの様に飛び跳ねて完成を祝っていれば彼女は鼻息も荒く、握りこぶしを突き上げて声を上げます。

 

「ふふふん、こんな出来のいいクッキーを貰えるんですから“あの人”も喜びで打ちひしがれる事間違いなしですね!!」

 

「ふふっ、きっと“比企谷”さんも喜んでくれますね」

 

 完成した興奮で当初の照れ隠しだった“お世話になっているみんな”という部分が抜け落ちているのを指摘するのも無粋なのでその微笑ましい光景に素直に頷いておきます。

 

 焼きたてのクッキーを前に彼の喜ぶ顔と、一月先にある“お返し”まで皮算用して口角が上がりっぱなしのありすちゃん。それは、なんだか一番最初の頃の自分を見ているようでなんだか少しだけむず痒くも温かい気分に浸らせられる。

 

 少なくとも彼にチョコを送る人は結構な数がいて、他の年少組の子も家族か年長組の誰かとお菓子作りに勤しんでいるのであまり過度な期待をさせるのは“少し不味いかな…”と思わないでもない。だけれども、こういう時に先々の事を考えてしまうよりは今はもっと純粋に彼の喜ぶ顔を思い浮かべているほうが健全でしょう。

 

 期待と信頼というのは想いの表れで、それが叶わなかったと言っても恨みを募らせる類のものであってはいけないと思うから。それに、どうしてもそれが欲しければ―――勝ち取ればいい。

 

 だから、私も今は無責任に欲の皮を突っ張って彼女と“ホワイトデー”に彼からどんなお返しデートに連れて行って貰うか悪だくみをするくらいで丁度いいのだと思います。

 

 甘く胸を焦がす恋心も、期待と不安に跳ねる鼓動も、この先の未来でもしかしたら自分の娘とこんな日を迎えるかもという妄想も、他のライバル達に抱くちょっとの嫉妬心も―――

 

“なにごとも思い切り、楽しもう☆”

 

 そんな免罪符を胸に満喫させて頂く事にしようと、そう思うのでした、とさ。

 

 

 

 

=後日談=

 

 

 

「比企谷さん! 何してるんですか!! 早く行かないとイチゴが全部取られちゃいますよ!!?」

 

「そんな気合の入ったイチゴ狩りにはいまだ出くわした事ねぇよ……というか、もうそれ業者レベルだろ」

 

 いまだ風が吹けば少し首を竦める肌寒さはあるとはいえ、日差しは刺さる様な温かさになってきた3月の事。俺とありす、文香で県外ロケに出た帰り道にあるビニールハウスの前で車を止めてえっちらおっちらと歩みを進めている。

 

 それというのも、先月のバレンタインデー。ありがたい事に顔も真っ赤に手作りチョコクッキーを文香と作って来てくれたありすの無邪気な約束に根負けした事が原因である。

 

 ムリだろ、あんな意地らしく涙目で“どっかに連れてって”とかおねだりしてくるのを振り払える訳ないじゃん? その上、文香に助けを求めてもニッコリと“近場でも大丈夫です”とか圧とフォローまで受けられてどうやって断れと?

 

 それ以来、会うたびに何か言いたげに口を開きかけ黙っちゃう小学校6年生への罪悪感が俺の良心を轢きつぶす前に二人の送迎スケジュールを調整して帰りに寄れそうな“イチゴ狩り”で少し早めのホワイトデーと洒落こんだ訳だ。

 

 その結果、小さなお姫様はネタばらししてからテンションが振り切れてにっこにこだし、ありすを挟んで隣の手を握っている同級生の女はソレを微笑まし気に眺めつつ珍しく鼻歌まで歌っている。ソレを見れば、まあ―――素人の痛々しいサプライズという黒歴史が加わらなかったことを素直に喜ぶべきなのかもしれない。

 

 そんな諦観と苦笑を一人漏らしていると、視線を感じて隣に目を向ければ蒼天を溶かしこんだような透き通った瞳が柔らかに細められてこちらに向けられていた。

 

「……なんだよ?」

 

「いえ―――来年も、期待しててくださいね?」

 

「…………ま、期待せず待っとく」

 

 柔らかで、深いその声と表情に――俺は顔に出そうになる羞恥をいつもの気だるげな言葉と一緒のそっぽを向くことで誤魔化した。

 

 

 童貞に、そんな優し気な表情はちょっと刺激が強いのでぜひご遠慮願いたい。

 

 空は青く文香の瞳の様に澄み渡り、甘く優しい匂いを放つ完熟したイチゴはありすのほっぺの様に柔らかい。

 

 ホワイトデー、ソレは“想いを送られた人間”が“送った人の色に染まる”からそんな名前になったのではと邪推して俺はのんびりと引かれるままに足を進めていく。

 

 

 きょうは、絶好のいちご狩り日和だ。

 




(・ω・)さあ、自粛もあと少し。頑張って皆で妄想沼に嵌って引き込まりましょう!!


デレステ沼 ED →https://twitter.com/OW_LieMaker/status/1355799942850203651


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新規√ 【KRONE Producer】 周子編  【ただいま】 前

(´ω`*)pixivで有料リクエストくださった方のための√です。

 ご期待に添える内容かは分かりませんがご要望に添えつつお楽しみいただける√を精一杯書かせて頂きましたので御笑覧頂ければ幸いです。

(・ω・)リクエスト内容は「周子がアイドルになる許可をハチがひっそり両親に貰ってて、そのまま”やめるってよ”√に突入する」。

 可能性は無限大にあるので楽しく書かせて頂きましたww

(´ー`)皆さんの好きな内容をエロも真面目もジャンジャンご依頼お持ちしておりまーす!!

今日も頭を空っぽにお楽しみくださいませ~!!



 『この346に停滞は許されない』

 

 そんな静かな断罪の言葉と共に自らの実父である社長 及び 取締役である重役たち十数名を祖父であり会長の委任状の下で総会の場で首切りを行い、自らがその王座に腰を下ろした女帝“美城常務”と示し合わせたように、その周囲の席を埋めた家臣とも言える新たな重役達。

 

 そのあまりに衝撃的な光景から全社員があっけに取られる中で彼女がさらに度肝を抜いた“全プロジェクトの白紙”という衝撃的な宣言。

 腐った体制から生まれた膿と非効率的な現状の立て直しを図るという名目になされたその言葉は大きく波紋を呼び、会場は荒れに荒れた。

 

 それは辛苦を忍んでようやく始動に漕ぎつけた企画を無にするもので、安定を得ていた者の地盤を揺るがす行為で―――後ろ暗い所がある人間には自らの首を絞めるものであったから。

 

 だが、彼女はその憤怒と混乱をただ冷然と嘲笑うようにその糾弾を受けいれ、たった一言でそれらを黙らせる。

 

『自分の新体制よりも成果を上げるのならば存続を認める』

 

 そんな傲慢な一言で。

 

 服従も、反抗も出来ないのなら口を噤むか出ていくがいい、と冷たく重い言葉を恐怖と共に刻み付けてその総会は締めくくられた。

 

 反応は様々で、困惑するものから憤怒するもの。結託するものから出し抜こうとするもの。ここまでの苦労をおしゃかにされて呆然と膝をつく人も居れば、新たな出世のチャンスに舌なめずりをする人。

 

 そんな混沌とした会場が―――この先の暗雲を示しているかのようにいつまでもさざめいた。

 

 

―――――― 

 

 

 という修羅場からかれこれ2週間が経つ訳だが、今日も今日とて書類にスケジュール調整に予算計上に送迎・打ち合わせ。片しても片しても無限に湧き出てくるお仕事に忙殺される我らが“デレプロ”の日々には全く変化はなく、変わらぬ日常が流れているのであった、とさ。

 

 あれれ~、おかしいな? 何でこういう所だけは業務改善されないんだろ~? ふっしぎだなぁ~??

 

「なんだか、あれだけ大騒ぎして他の部署は大変そうなのにうちだけは変わりませんねぇ?」

 

 八つ当たりのようにだかだかキーボードを指で叩きつつ問い合わせに返信していると、ふんわり甘いココアの香りと湯気が沸き立つカップが机に置かれ手を止める。視線を上げればいつもと変わらず薄着でポヤポヤしている初代シンデレラの“十時 愛梨”が不思議そうに首を傾げている。

 

「そりゃ、ウチみたいな不良部署にゃ関係ないからな」

 

「というと?」

 

 入れてくれたココアを冷ましつつ興味なさげに答えるとコテンとあざとい擬音が付きそうな感じで首を傾げ問われるが、まあ、わりかしそのまんまの意味である。

 

 そもそもが元上層部の汚職に大反抗した末に残ったのがココの“デレプロ”の始まりだ。

 

 その一番の被害者である彼女に多くを語る必要はないだろうが、そういったダーティな部分を切り捨てた代わりに会社からの恩恵はほぼ受けずに独立した稼ぎで運営している状態に近いし、武内さんの上には中西部長が名目上いるがあの人が据え置きだった時点で今更余計なちょっかいを出される事もあるまい。

 

 ただ、ウチがおかしいのであって他はそうはいかない。

 

 枕だのタレントを使った接待だのまでは行かなくとも普通は上司に媚を売り、歓心を買い、上にしかない伝を辿って仕事を引っ張ってくる涙ぐましい努力の末にこの大企業を登りつめた人間が多数だろう。

 

 それらが全て無に帰すどころが、今までの賄賂やら身内のなあなあで済ませていたグレーな部分の全てが自分の首を絞めつける事になるのだから元重役にべったりだった人間ほど顔が青くもなるだろう。しかも、頼みの人事部も常務の側近が重役について全社員を洗い直しているというのだからさあ大変。

 

 そのうえに、文句があれば成果を見せろと言われて反抗できる人間はいくついるものか。

 

 人間は――特に牛後を選んだ人間というのは基本的にはそういった事には向かないのだ。

 

言われた仕事と定まった方程式に則った方法をこなす事には長けていても、爆発的に成果を出すやり方もソレに人を付き従わせる求心力を併せ持つ人間はいない。そもそもがそういうタイプの人間が忌避されていたこの社内ではいなくたって当たり前の話だ。

 

「“売れなきゃ即御取り潰し”なんて無茶な前提条件でここまで来てんだ。いまさら、無駄な余力も繋がりも賄賂も絞られたってでやしねぇよ」

 

「言われてみれば最初からそんな感じでしたねぇ………。でも、まあ、今回の件で少しだけ胸のつかえも―――取れました」

 

「…………そうかい」

 

「ええ、そうなんです」

 

 俺が肩を竦めながら零した文句に彼女は苦笑を浮かべつつ答え――俺の首に緩やかに腕を回して、小さくそう呟く。

 

 デレプロの“本当の意味”での一期生でセンターに選ばれていた彼女。

 

 ただし、その栄光の代償に求められたのは彼女の躰だ。

 

 寂れてしまった故郷の再興を目指してアイドルになることを夢見た少女に待ち受けていたのは反吐が出る程に醜悪な欲望であった。

 

 その悪意を囁いた上層部の面々が今回の件で断罪された事を考えれば―――素直に吉報であったと言ってもいいのではないかと俺は思うのだ。

 

「………ついでに、このクソ忙しい環境も改善してくれりゃ文句もないんだがなぁ」

 

「え~、でもハチ君はなんだかんだ言って働くの大好きじゃないですか~。あっ、それならご褒美に今度デートしてあげます!! トップアイドルを休日に独り占めとか最高のボーナスですねぇ?」

 

「数少ない休日に予定を更に入れられてボーナスもクソもないんだよなぁ…」

 

 重くなった空気を散らすように愚痴を零せば、ケラケラと笑いつつ更に強く抱き着いてくる彼女。ココアとは違う甘い香りと、温もり。そして、彼女がいまこうして無邪気にあの頃の様に笑えているという事実はあの苦労の日々も無駄ではなかったと身勝手な自己満足を俺にもたらしてくれる。

 

 願わくば、もうちょっとだけこの平穏が続けばと願い―――

 

 

 

「比企谷君、常務が面談をしたいとの事です。至急、社長室に向かってください」

 

 

 

 いつだって俺のささやかな希望は儚く散ってゆくのである。

 

 

 

---------------------------

 

 

 首都のど真ん中にそびえたつ巨大な時計塔。その横に併設された更に巨大な346ビルの最奥。一般のエレベーターではたどり着けないようになっている特殊なワンフロアの絨毯は絢爛でフカフカ、内装は歴史ある洋館の様に贅と歴史を存分に振るったしつらえの通路は都内を一望できるガラス張り。

 

 エレベーターの扉が開いた時点で一介の木っ端アルバイトには踏み込むのも躊躇う様なその風情に気圧されつつも何とか秘書らしき女性に促される事でそこに踏み入った。

 

 何とも現実感の湧かない光景に絨毯のせいばかりでもなく足元がフワフワとおぼつかない感覚で落ち着かない。だが、かつて雪ノ下に習ったように顎を引いてきょどらず、ぼーっとしていればなんとなく大物感が出るらしい。ガハハハッ、上手くいった試しはないが勝ったなこりゃガハハハ……はぁ、帰りたい。

 

 現実逃避に勤しんでいるといつの間にかひときわ重厚な扉の前にたどり着き、心の準備も整わぬまま美人の秘書さんがノックを数回。用件を中に伝えれば冷たく重たい声が返ってきて入室を促される。

 

 あ、秘書さんはついてきてくれないの? はちまん、寂しいし、おっかないんだけど?

 

 緊張を誤魔化すために脳内で必死におチャラけるが誰も取り合ってくれるわけもなく跳ねる心臓を抑え込んで入室する。

 

「あぁ、忙しい所を急に呼び出してすまない。この書類だけ片付けてしまうので、楽にしていてくれ」

 

「……失礼します」

 

 扉を押し開いた先には都心を見下ろす様な巨大な一枚ガラスを背に質素ながらも一級品であることが分かるデスクで書類を眺める“女帝”が一瞬だけこちらに視線を寄越してそんなぶっきらぼうな言葉を投げかけてきた。

 

 何とか噛まずに返答をしたものの書類に何やら苛立たし気に書き込むおっかない天下人を前に本気でくつろげる訳もないので足を少し開く程度にしてそのまま待つことにする。息すら極力控えて気配を消してみるが、なんならそのまま存在感の無さから俺を呼び出した事すら忘れてくれないかと願う。頑張れ八幡。今こそクラス中から存在を隠蔽したステルスひっきーの見せどころだ!

 

「…………午後のこの時間で、この気候ともなると微睡んでしまうのも仕方ないとは思わないかね?」

 

「………はい?」

 

 そんな時間潰しの世迷いごとを心の中で考えていると、役に立たない特技をサラッと無視した常務が脈絡もなくそんな事を問いかけてきたせいでついつい間抜けな声が零れてしまった。

 

 意図が掴めず困惑する俺を一瞥してクツクツと笑った彼女は小さく溜息を吐きつつ額を押さえ、もう一方の手でさっきまで読んでいた書類をぴらぴらと振って見せる。

 

「どうにも、長い伝統と歴史を誇る我が社でも人間の性には抗えないらしい。――――だから、こんな寝言にも等しいゴミクズのような陳情を恥ずかしげもなく私の元へと送ってくる」

 

 ぐしゃりと、摘んでいた書類を俺の前で握りつぶした彼女がその笑顔のまま手元の鈴を鳴らして先ほどの秘書さんを呼び出してソレを手渡す。

 

「この営業2課の武藤という男にこの寝言を突き返して来い。“二度目の寝言は聞かん”そう伝えるのも忘れるな」

 

 平坦な声で、感情を揺るがせた形跡もないのに傍で聞いていた他人の俺の心胆すら縮み上がらせるその恫喝。それが、何よりも雄弁に新たなこの塔の支配者の苛烈さと無慈悲さを知らしめる。

 

 固くなって飲み下しにくくなった唾を何とか飲み込んでいるウチに秘書さんは恭しく下がっていき―――いよいよその恐ろしい女帝の視線は俺自身へと向けられる事となった。

 

「ふん、あれだけ分かりやすくレクレーションしてやっても前体制を引きずるモノというのは一定数出てしまうとは度し難いな……。―――さて、互いに暇でもない身だ。本題に入ろう」

 

 多少の疲れを滲ませた彼女がそう吐き捨て、気を取り直したように引出しからファイルを引き出した。

 

「“比企谷 八幡”。21歳で私立W大3回生。一回生の中盤から撮影庶務3課のアルバイトとして346に所属。その数か月後、武内がアイドル部門設立時に引き抜く。以降はそこに専属として送迎・発注・企画段取り・管理等の幅広い業務をこなし現在では事務方の主軸となる。―――以上に間違いはないかね?」

 

「……まあ、概ねは」

 

 淡々と読まれるソレはざっくりとした自分のここでの経歴。だが、取り立てて面白いことを言う必要もないので素直に頷けば彼女はその整った容姿を怜悧に輝かせこちらを射貫く。

 

「ふむ、素行と評判にはいくつかケチはついているがその年齢では破格の実績といってもいいだろう。それに商品であるアイドル達との接し方も多少親しすぎるきらいはあるが多目に見れる範疇でもある。それに、最初期の“あの事件”の時に無勢であった武内側を選んだという性根。総合的に見れば実に有能な人材候補だと言っていい」

 

 続けて語られる言葉は褒められているはずなのだがなぜか首元が真綿で締められていくかの様な感覚が襲い来る。俺が褒められる時というのは大抵、碌なことが無い。だから、その一見甘い言葉の羅列に神経を尖らせ、警戒を引き上げる。

 

 そして、彼女が引き絞っていた鏃は放たれた。

 

「以上の事から私は君を“アルバイト”ではなく“インターン生”として正式に受け入れる事にした。君の実績から鑑みて今までのアルバイト期間の分もそれで再計算した報酬を約束するし、君の進路についても私の名の元に346が保証しよう。――俗にいう“青田買い”という奴に君は晴れて選ばれたという訳だ」

 

つらつらと語られるめでたいお言葉と評価の羅列。普通に聞いてりゃ非の打ちようもない好待遇で大手の346に将来を保証されたのだと諸手を挙げて喜ぶべきなのだろうけれども―――その真意に気が付きついつい心の中で呆れてしまった。

 

 ほーん、どうやら新任の常務様は搦手も達者らしい。

 

 冷たい瞳で口だけは言祝ぐように祝辞を述べる彼女の思惑に気が付き、思わず心の中での呆れた視線がそのまま出てしまうと今度こそ楽し気にその眦を細めこちらを伺っている。

 

 何が、青田買いだ。 何が、実績を鑑みてだ。

 

 そんなおためごかしで良いとこだけを主張するのは大概が詐欺師か、悪魔だけなのだ。

 

 “シンデレラプロジェクト”は単独で莫大な売り上げを誇り、社内からの恩恵を一切受けずに一大部署となっている。だからこそ、今回の施策にも関わらず今まで通りに営業が出来るし、誰の援助も受けないからこそ好きに振舞い、文句があるなら逆に自分達以上の成果を出して見せろと脅せる立場になってしまう程に奇跡の大成果を上げ続けている。

 

 彼女の示した新方針の“支配を受けたくなければ成果を示せ”という基準は既に超えているのだから干渉されるいわれもない。

 

 だが、それが当たり前になっている事こそが異常事態だ。

 

 それだけの売り上げと実績を誇る企画が―――支配下にない状態にしておく方が経営側としては狂気の沙汰だろう。そして、常務はその目的を果たすために“何をすべきか”という事を正確に理解している。

 

 人気絶頂のアイドル達に妨害する?

 

 馬鹿な、ドル箱に火をかけては元も子もない。

 

 権力を傘に仕事に圧力をかける?

 

 デレプロへの依頼を今更本社にお伺いを立てる所などない。全てが直通で話が来るし、346本社との関りを断ってでもという覚悟のある業者だけがウチの常連だ。

 

 “商品”にも、“流通経路”にも崩す場所がないのならばどうする?

 

 答えは簡単だ。

 

 それらの行き先を繰る船頭たる、“裏方”を突き崩せばいいだけなのだから。

 

 それがたった4人しかいないとなれば―――話はもっと簡単だ。

 

 武内さんは論外。チッヒも武内さんを裏切ることはないだろう。美優さんもいるにはいるがもはやアイドルとの兼業になっているのでコレも無視していい。となれば、最後に白羽の矢が立つのは、自分という訳だ。

 

 こういった事が初めてな訳ではない。元重役のオッサン達だって人の陥れ方は十分に承知している有識者の方々ばかりだった。事務方の木っ端のバイト一人を辞めさせれば立ち行かなくなることくらいは十分に理解している。

 

 ただ、それが―――ただのアルバイトというのが彼らの頭痛のタネだったのだ。

 

 社員であれば“会社の圧力”というモノは覿面だ。様々な嫌がらせに、決算、果ては税金処理まで彼らのハンコとサインが無ければ物事は進まないのだからじわじわと追い込んでいけば良かっただけである。それが出来なかったのは俺が“デレプロ“に直通で雇われている形であったから。

 

 誰にどんな勧誘を受けてもボスを通してくれと逃げられ、給金を締め上げようにもデレプロの売り上げは鉄壁の計理の悪魔が握って離さない。そんな俺への最も手っ取り早い首輪として彼女は“インターン”という方法を持ち出してきたのだ。

 

 正式ではないものの公には“会社に属する研修生”として扱われる以上は会社から出される指示に従わねばならない。つまり――“転属”を命じられればソレに従う他はなくなる。

 これを拒否すれば、ただでさえバイトに入りびたりの3年間は何の評定も受けぬ労働となり果て、将来のここでの居場所の消滅を意味するのだ。

 

 何も考えずに素直に頷けば上場企業での実質的な内定を貰ったに等しく、今までの自給換算は就労計算で見直せば結構な差額が入ってくるのは想像に難くない。

 何よりもこの条件を出したのが上役の一人なんてレベルではなく、実質的なこの城の支配者となった彼女から出されたのだから今までの言葉とは重みが違う。

 

 

 受けるにしろ 断るにしろ、だ。

 

 

 そんな彼女の悪魔の提案を俺は――――

 

 

 

 

―――――――― 

 

 

 →・受ける(クローネ√

 

  ・受けない(正規√

 

 

―――――――― 

 

 

 ※この選択肢を選んだ場合はこれまでのフラグ・好感度・開拓√などに多大な影響を与えますが―――それでも選択をしますか?

 

 

 →・Yes

 

  ・No

 

――――――― 

 

 

ピロン♪ 

 

新規√ 【KRONE Producer】 編が解禁されました。

 

 

新たな物語をお楽しみください。

 

 

――――――― 

 

 

 

 

 一瞬のうちにあらゆる思考が脳内に駆け巡る。ここまでの道中にあった様々な出来事や、人生で初めて文句はあれどその先を見届けたいと思った上司である偉丈夫への恩義。そして、その傍らでただの少女から泥や苦悩に塗れつつも駆け上がり続け、遂にはあらゆる人々の心に燈を灯す星となった少女達との日々。

 そして、その最後に閉じた瞼の中で浮かび上がってきたのは――――逃れられぬ孤独に心を苛まれてつつも陽気に笑う狐目の少女の微笑みであった。

 

 数時間にも感じる葛藤。だが、改めて瞳を開けばそれはたったの一瞬の事で小さく一人笑ってしまった。

 

 ただのアルバイトで、ただ流されてここまで来た。

 

 だけど、そんな日々の中で唯一、自分が能動的に行った事の責任だけは取らねばなるまい。

 

 損得勘定も、葛藤も、倫理も飛び越えた最後に瞼の裏に映った答え。

 

 それだけは俺自身でケジメを付けねばならない唯一の事柄だろうから、俺は小さく息を吐いてその言葉を絞りだす。

 

「………そのお話、受けるにあたってもう一つ条件を付けさせて貰っていいですかね?」

 

「――――言ってみたまえ。出来るかどうかはそれから判断しよう」

 

 

 

「“塩見 周子”っていう女の実家に一緒に謝りに行って貰えませんかね?」

 

 

 

 俺の気だるげなその一言を聞いた女帝の大笑いが室内に響いたのは、その数秒後の事であった とさ。

 

 

 

 




ハチP@公式 ED→https://twitter.com/OW_LieMaker/status/1355799942850203651


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新規√【KRONE Producer】 周子編  【ただいま】 中

(・ω・)デレプロの未来はどうなっちまうんだ…


 

 

「おう」

 

「………あー、その、おつかれさまーん」

 

 都内某所の裏路地にひっそりと在るラーメン屋。雑な内装に安っぽい椅子。それに場末のラーメン屋らしく脂ぎった床と手書きのメニュー。それと古びた裸電球が通らしさを醸し出すその店の暖簾をくぐった先で肩を縮こまらせていた狐目の女“塩見 周子”に声を掛ければ実に気まずそうに聞いた事のないくらい歯切れの悪い挨拶が返ってくる。

 

 目も合わせようとしないまま俯く彼女に鼻を鳴らすだけで答えて、どっかりと隣のカウンターに腰を下ろせばこんな豚骨臭が溢れる店内でも彼女特有の白檀の匂いがふわりと薫って、そのギャップに笑いそうになる。

 だが、ソレを顔に出すと百年に一回といっても過言でもないこの女“塩見 周子”のしおらしい態度というモノを見学できなくなるかもしれないので堪え、不愛想な店長にオーダーを簡素に伝えつつ不機嫌オーラをこれでもかと醸し出して隣に女をマジマジとねめつけてやる。

 

 長く肩甲骨あたりまで伸ばされてざっくり纏められていた銀糸の様な髪はうなじのあたりでバッサリと整えられ、見慣れたエプロンに動きやすさ重視の管理人見習としての服は久々に見る彼女の私服に包まれてなんだか見た事のない女のように感じるが、それでも目の前にいるのは―――あの日、夜も更けたこの店で声を掛けてきた彼女そのものなのだ。

 

 変わった髪形と服なんてどうでもいい。

 

 いま、俺の胸を擽るこの感傷の最たる原因は、彼女のその顔だ。

 

 虚ろで濁り切っていた瞳には感情が宿り、気まずげに冷や汗と照れくささを湛えるその顔は退廃的で自暴自棄な雰囲気ではなく悪さをした子犬の様に不安としおらしさの中でも、生きている事を実感させる生気があった。

 

 単身、着の身きのままで実家を飛び出していく当てのないまま最後に、見知らぬ男であった俺に身売りを持ちかけた少女。

 その時の眼を覆うばかりの陰鬱な彼女からは想像もつかない程に明るく、快活になったその姿の対比を楽しみつつも小さく苦笑を漏らして、出てきた麦酒をコップに映して感慨ごと飲み干し言葉を紡ぐ。

 

「なーんで意を決した謀反先にお前がいるんですかねぇ?」

 

「うっ、いや、そのー、……ちゃうねん。もっと本当は劇的におに―さんの前に出場して驚かす予定やってん!! ていうか、何でおに―さんシレっとこっちに寝返っとるん!? 今までの皆との時間を裏切って痛む良心とか普通はあるもんやないん!?」

 

 冷や汗だくだくで弁明をあわあわと捲し立てる周子の頭を乱暴に引っ掴んでその髪をワシワシさせてシェイクしてやると、文句ありありな涙目の瞳でこちらを睨んでくる彼女を鼻で笑いつつ細巻きに灯をつけた。

 

 結論から言えば―――俺のだした条件は杞憂の空回りだったらしい。

 

 そんな自分の間抜けさに嘆息を吐きつつ事の顛末を思い出す。

 

 俺が常務にデレプロを裏切って着くために出した条件は“塩見 周子の生家との和解”であった。

 

 このバイトへ武内さんに引き抜かれる時に俺が出した交換条件が身分証明もままならない家出少女である周子のバイト先と下宿の斡旋であった。正直、その経緯を話せば大分ややこしくはあるのだが、その時の俺は大分ナイーブでついつい見知らぬ自暴自棄な馬鹿にお節介を焼いてしまった。

 

 色々と訝しげにされたものの全ての責任は俺にあるという誓約書の元で周子はデレプロ女子寮という宿とそこの見習い管理人という職を得て人並みの生活を送ることが出来るようになったのだが―――肝心の問題は結局、今日の今日まで触れずに来てしまった。

 

 未成年で、なんの手続きもせずに飛び出した彼女は免許どころが保健証などの公的な身分を示すものは何一つないまま今に至る。

 

 雇用側も、俺も、周子も何か一つボタンを掛け違えていれば実に面倒なことになる綱渡りでここまで来ている事を誰もが見て見ぬふりをしてきていた。だが、そんな状態がいつまでも続けられるとは誰も保証してくれないのだ。だから、俺はあらゆるものを切り捨て恨まれる事を承知でこの妹分の問題解決を選び取った。

 

 例え、周子自体が復縁を望んでいないとしても、天下の大企業の346の代表者と下手人が頭と首を持ち寄って懇切丁寧に詫びを入れれば少なくとも彼女の生家も無体にはするまいという打算の元で出した交換条件。

 

 それを聞いた常務はその怜悧な雰囲気をかなぐり捨て大笑いした上で呆然とする俺に新たに彼女が設立するグループの企画書を投げつけ、そのメンバーに度肝を抜かれる事になった。プロフィールだけでもトップアイドルになることを予感させる少女達の中にシレっと混ざり込む―――隣で頭を抱えて唸っている妹分がいた時の衝撃は今でも忘れない。

 

 見栄えはすると思っていた、歌が上手い事も知っていた。度胸も頭がいい事も長い付き合いで思い知らされたし、その目が―――寮に泊まるアイドルの少女達に憧れを抱いていた事も分かっていた。

 だが、まさかこのタイミングで、この陣営でデビューを勝手に決めているとは夢にも思わなかった。

 

 頭を抱えて悪態を突く俺を楽し気に眺めつつ、新たなボスが出した最初のミッションを脳内で転がしつつも隣でその時と似たような雰囲気で唸る彼女に苦笑する。

 

 常務の手先になると宣言してきたデレプロでも一悶着があったし、俺の裏切り宣言で動揺するどころが怒りに燃え盛る彼女達から宣戦布告まで受けてきた。そのうえ、先に顔合わせを行った常務の集めたメンバー達はどいつもこいつも癖が強すぎる変人奇人、問題児ばかり。

 そんなどっちに転がってもどうせ苦労はしたのだろうな、なんて他人事の様な感想を心の中で漏らしつつ出てきたラーメンのために箸を割る。

 

「おら、とりあえず文句も愚痴も説教もラーメン食ってからだ。覚悟しろ、馬鹿狐」

 

「久々にココのラーメンをおにーさんと食べるのに気が重いとか最悪やん………」

 

 ぶちぶち文句をいいつつ箸を割る彼女を横目に一拍、手を合わせる。

 

「「頂きます」」

 

 あの時と全く変わらない懐かしいラーメンという芸術をすすりながら―――俺はポケットの中に忍ばせた京都行のチケットに思いを馳せた。

 

 

「なぁ、おに―さん。ウチが“アイドル”になった理由が“寂しかったから”なんてゆうたら笑う?」

 

「………いいから、さっさと食え」

 

 

 そんな小さな囁きが小さく耳朶を叩き、俺はソレに答えずはぐらかす。

 

 その孤独の根源はもっと深く重い。その溝に俺が出来るのは薄っぺらい布を被せて隠してやる事だけで埋めてやるには余りに大きすぎるのだ。

 

 だから―――俺は、いつか彼女自身がその根源に向き合えるように手を打とう。

 

 少なくともそれが、彼女を無責任に拾った俺のケジメという奴だ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 そんなこんなで俺がインターンとして迎えられた瞬間に正式にデレプロから常務直属の“KRONE”に引き抜かれ、宣戦布告がなされてから早一週間。

 

 余りに苛烈で強引なその手腕に社内の緊迫感は社内に極限に近い緊張を齎し、一月後のクリスマスに行われるお互いの存続を掛けたライブバトルに対してシンデレラ達が気炎をあげ、“速水 奏”を始めとする常務の隠し玉たちはその存在を密にしながらも着々とパフォーマンスの精度を仕上げていく忙しい日々の中で俺は―――この国最古の古都を訪れていた。

 

 別に暇を持て余してという訳ではない。

 

 自慢にもならないが新ボスである常務は引き抜いた人材を遊ばせておくほどに甘くはなく、クローネ自体はまだ始動していなくともやる事が山積している彼女の秘書の真似事としてついて周りそれこそ前と変わりないくらいに投げられる膨大な仕事に奔走する毎日である。

 

 俺の社畜適性の高さがまた証明されて鬱になりそうだが、そんな中で何とか空けた時間に滑り込ませたこの機会。

 

 すなわち――――周子の実家へのお礼参りである。

 

 俺の交換条件では一緒に頭を下げて貰う、という内容だったはずだが肝心の常務から言われた一言は“嫁の不始末は自分で解決して来い”との冷たいお言葉を賜った。

 

 “話が違う”とか“嫁じゃねぇ”とか色々と言いたいことは溢れてきたのだが、ニマニマと意地の悪い笑みでこちらを見てくる彼女の想定していたプランを聞くに連れていくと俺の思い描く理想のルートは叶いそうにないので結局、一人で来る事になった。

 

 少なくとも、あらゆる書類の手続きをするにあたってどうしたって一度は“両親”の承諾があることに越したことはないのだ。それが“アイドル”なんていう商売で生きていこうと思うならばなおさらだ。それでも、周子がいまの心境で両親の元に頭を下げに行く事は難しい事のこの前のラーメン屋で確認した。

 

 となれば、デビューさせようとした常務はどういうプランだったのかと問えば“未成年だった二年前ならいざ知らず、成人した女がウチに就職したと挨拶する程度でも十分だ”という下手なヤクザよりもシビアでざっくりした計画だった。

 

 まあ、正直、それでも事は成る。

 

 行方も知れなかった娘が大企業でデビューするという一報が入るだけでも実家は騒ぎ立てる事は無くなるのだろうけれども―――ソレは一種の絶縁状に近い。

 

 少なくとも、家族大好き勢の俺からすればそんな結末はちょっと認められそうにない余りに寂しい繋がりの途絶え方だ。喧嘩もするし、腹も立つし、めんどくさいし、心配もかけまくって親不孝もするだろうけど、それでも、繋がってさえいれば“いつかは”と思える選択肢は必要なのだ。

 

 だから、カワイイ妹分の代わりに頭を下げてぶん殴られるくらいは請け負ってやろう。

 

 そんな情けない決意を新たに、いまだ慣れない上物のスーツの襟を正しとある情緒ある和菓子屋の前で足を止める。

 

 年季の入った看板には“塩見屋”という文字。

 

 いつもは人で賑わっているであろう店先には休業の看板が立てかけられ、わざわざ俺の来訪に備えて店じまいしているであろう事が窺えて緊張が胃を締め付けるが、いまさら帰る訳にもいかない。意を決してその引戸を開け、声を張ろうとしたその時―――

 

 

「こんっ、人攫いがぁーーーーーーーーーーっ!!」

 

 

 いぶし銀と頑固さを絵に描いたようなオッサンが般若も真っ青で逃げ出すほどの険しい形相で胸倉を掴み上げ、渾身の右ストレートで俺をお迎えしてくれた。

 

 頭の奥で火花が散る幻覚と鼻を抜けて目玉の裏に痺れるような感覚によろめいて体制を崩せばそのまま思い切り蹴り飛ばされ、道路に尻もちを付いてしまう。いまだに思考が追い付かず体中が発する痛みの信号に体から空気が漏れ出るが、息つく暇もなく馬乗りになられ首を荒っぽく揺さぶられる。

 

「人んちの娘をかどわかしてっ、弄んだ上に!! 今度は、見せもんにするから挨拶に来るだのっ、舐めとんか!! おいっ! 寝とらんで何とか言うてみんかい、ごらぁっ!!」

 

 時間にすれば数秒だろうか? そのオッサンが目を血走らせ俺に跨って罵倒を浴びせつつ拳を振り下ろす事、数回。慌てて店から飛び出てきた店の若い衆がオッサンを無理やり引きはがすまでのその僅かな間におろしたてのスーツはボロボロになり、顔も体も痣だらけ。いやはや、何とも昔からそうだが俺はどうにもビシッと決めるには向かない星の元に生まれたようだ。

 

 だが、俺はいまだに半狂乱で暴れるオッサンやソレを宥めつつも俺に鋭い敵意の眼を向けてくる職人たち。おっかなビックリながらもかつて可愛がっていた看板娘の行方を心配してわざわざ休業にも関わらず残っていた売り子さん達。そんな大勢の誰も彼もが“周子”の事を心配して、ここまで感情を露わにしてくれることが嬉しかった。

 

 なーにが、“ウチの事を心配してくれる人なんてあそこにはおらん”だ。

 

 これだけの人間に心配を掛けさせて、愛されて―――そんな訳がないだろうが。

 

 そんな心の中から零れる苦笑を何とか飲み込みつつ、体中が訴える痛みも眼前も振り切って俺は背を伸ばし立ち上がる。スーツはボロボロ、顔もボコボコ。味方は皆無で、緊張に舌が縺れそうになるがそれら全てを意地で飲み込んであの馬鹿の帰る場所を作るために気合を入れた。

 

 こういう時に、俺の人生で数少ない尊敬する大人たちはいつだってこうだった。

 

 無い意地と、強がりを飲み込んで―――不敵に強気に真っ直ぐと。

 

 

「ご挨拶が遅れました。周子さんを預からせて頂いておりました346プロダクションの“比企谷 八幡”と申します。―――どうか、お話だけでも」

 

 

 愚直に進んでいったのだ。

 

 その背に恥じぬ生き方を今度は―――俺がアイツに見せてやる番なのだ。

 

 

----------------------------

 

 

 店先での騒動からしばし、いまだに俺をぶん殴ろうとする周子の親父さんを後ろからひっぱたき一喝して場を収めてくれたのは和服に身を包んだ妙齢の女性であった。京都訛りは周子より強いが声はそっくりなハスキーな艶のあるモノで、何よりその狐のような眦がそっくりなのですぐに母親なのだろうと見当がつく。

 そんな彼女に促されるまま店の飲食スペースであろう場所に席を移し、十何人に囲まれての親子面談と相成った。

 

「すんまへんなぁ、遠方から来て頂いてお疲れんとこ、ホントは奥に通してお話するべき何やろうけど皆が心配して譲ってくれんからこのままで堪忍おくれやす」

 

「いえ、ご心配はごもっともですので――」

 

「……どうか、されましたん?」

 

「いえ、どうでもいい話なのですが……周子、さんの髪は父親譲りなのだなと思ってしまいまして」

 

 はんなりとそう告げた彼女に慇懃に答えようとしてどうでもいい事に気が付いて言葉を切ってしまったのを目ざとく拾われていうかどうかで少し迷うが、そのまま伝えることにした。

 

 その瞬間に隣で俺を睨んでいた親父さんが目を見開いたので、またぶん殴られるかと思って覚悟を決めていたのだがソレを遮ったのは小さな笑い声だ。クツクツと、堪える様に口元を上品に隠す周子のお袋さんに俺だけでなく店中の誰もが目を丸くした。

 

「いや、いやいや、重ね重ねすんまへんなぁ。……ほんま、あの子は人の縁に恵まれたんやと思って安心したらついホッとしてしまって。あの子を事務的に拾ったり、下心で拾った人間からはそんな言葉出てくるもんやあらしまへん。家を飛び出た馬鹿娘が食いもんにもされず今も真っ当に生きとるんはアンタのお陰なんにこんな仕打ちをしてしまい―――堪忍しておくれやす」

 

 そういって頭を下げるお袋さんに場の誰もが小さく息を呑み、腰を浮かせかけた親父さんも悔し気に鼻を鳴らして席に戻った。

 

 あんな間抜けな一言をそこまで深読みされるのはむず痒いやら、気恥ずかしいやら中々に複雑な面持ちである。急に居心地が悪くなった空気の矛先を誤魔化すために俺は早くも傷だらけになったビジネスバックから小細工用に持ってきたものを差し出しす。

 

「これは?」

 

「自分が行き倒れてた周子さんにラーメンを奢ったあと、寮の管理人のバイトを紹介してからの写真です。少なくとも、彼女は二年間の間は慣れない仕事と環境の中でも笑いながら真面目に自分で日々の糧を得ていました」

 

「「「――――っ」」」

 

 俺が差し出したのは今までのデレプロで撮ってきた写真のデータからアイツが映っているものを現像した写真であった。ソレに誰もが目を見開き、競うように、食い入るように写真を眺め―――誰もが目に涙を浮かべる。

 

 映っているのはたわいもない写真だ。

 

 だるそうに箒を持って掃除してる姿に、大皿にのった飯をみんなでほっついたり、イベントごとにはしゃいだり悪ふざけをしているもの。中には悪戯やサボりがバレて反省させられている写真なんかも含めて―――アイツのなんでもない平和な生活。

 

 そんな何でもない風景はきっとここでも彼女とここにいる全員の中にあったものだったのだろう。だからこそ、芯に響く。

 

「本来は、アイツもここに来て“アイドル”になるため頭を下げるべきなのは百も承知です。ですが、もう少しだけ周子が心の整理をつけられるのを待ってやって貰えないでしょうか?」

 

「……………ほんに、あの子は幸せもんやね」

 

「………………知らんがな」

 

 頭を机にこすりつける勢いで下げ続けた先で―――そんな声が聞こえた。

 

「では、」

 

「ただし、条件があります」

 

 現金にその言葉に食いついた俺を窘める様にぴしゃりとお袋さんが声を挟んだが、ここまで来て躊躇う事もなかろう。どんな条件でも構いはしないつもりでその言葉を待つ。

 

「あの子を守ってやると、ここでうちらに誓ってくれまへんか?」

 

 その真っ直ぐな言葉と、視線と、意味の重さに息を呑む。

 

 誓って、なんになる? どこにそんな保証がある? どこまで、どうやって、何で―――瞬きの内に多くの疑問と否定が交錯する中で煮え立つ思考が急にクリアになる。

 

 そんな事を問われているのではない。

 

 問われているのは“意思”だ。

 

 ならば―――俺の答えはデレプロを裏切った時から、いや、アイツを拾ったあの日からずっと前に決まっていた。

 

 押しつけがましい幻想なんかをお互いに抱かずに、ただ自然に息をするように笑って、怒って、悲しんできたアイツの事である。

 

 答えなんて、考えるまでもない。

 

 

「誓います」

 

 

 アイツを泣かせないためなら、俺は何だってして見せる。

 

 そう誰になく宣言して、俺はそう答えた。

 

 

―――――――――――――― 

 

 

「あれ、おにーさん出張おわった―――って、なにその顔!!?」

 

「わお、ついにデレプロからカチコミが!? フレちゃんの太極拳が火をふいちゃうze!!」

 

「にゃは~、ジャパニーズて思ったより過激なんだね~」

 

「あら、随分と男前になったわねぇ。キス……いる?」

 

「あははは、はっちゃんまるでミイラみたーい!!」

 

「きゃあっ!! なに皆さん馬鹿な事言ってるんですか!! 治療箱は、い、いや、こういう場合はまずひゃ、ひゃくとうば、いや、ひゃくじゅうばん!??」

 

「あー、もう帰って早々うるせぇな……。ちょっと親父狩りにあっただけだよ、おやじ狩り」

 

 お披露目までの情報漏洩阻止のため臨時にクローネ用に借り上げた事務所に諸々の手続きを済ませて久々に顔を出せば相も変わらず騒がしい小娘たちが群がってお祭り騒ぎを始める。だが、詳細を離す訳にもいかないのでテキトーな事を言ってそれぞれをレッスンやら衣装合わせに追い出していくと最後に残った周子が気まずそうに寄ってくる。

 

「……まさかやけど、本当に皆にやられたり、とか?」

 

「それだったら刑事事件にして普通に博打の勝負をする必要もなく勝てたんだけどなぁ」

 

「心配したっとんのに、なにしょーもない事言うてんの。……でもまあ、気を付けてや? 心臓止まるかと思った」

 

 おチャラけて返せば苦笑する彼女。だが、まさかお前の親父にボコボコにされたなんて言える訳もないので肩を竦めて気づかわし気に傷を撫でていた手を掴んで―――ちょっとだけ彼女の瞳を見つめる。

 

「………なに?」

 

「………ん、どうせ二人で謀反したんだ。折角なら勝ってくれよ」

 

「―――ぬふっ、期待しとってーや。おにーさん」

 

 俺の何気ない一言に目を瞬かせた彼女は最後のちょっとだけ気持ち悪い笑い声とにやけが抑えきれないと言わんばかりに顔でそう答えた。

 

 その顔を見れるなら、まあ、折った骨も報われるし―――何本でもおってやろうと思ってしまうあたり俺も大分この女にイカレてしまっているのだろうと、小さく笑って答えた。

 

 

 

 どうか、彼女をいつかあの家へと連れて帰ってやろうとそう俺は新たに誓ったのだ。

 

 

 

 




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新規√【KRONE Producer】 周子編【ただいま】 後

(・ω・)もう一つの周子との結末を御笑覧あれー。


 

 さて、それからどうなったなんてのは思い出すには随分長い時間が経った。

 

 あの世に言う『クローネ事変』は最終的な結末から言えば―――俺たちは負けた。

 

 あれだけ有名どころを引き抜いた上に圧倒的なパフォーマンスを見せたから忘れられがちだが常務が彼女達をかき集めてから実質、二月もないままあのライブバトルに挑んでいたのだから元々が無茶苦茶だったのだ。

 

 それでも、あのデレプロのトップアイドル相手に6対6の勝ち抜き方式で両者最後の一人まで縺れこんだ。もし、“たられば”の話を話が許されるのならば最後に緊急帰国した楓さんが間に合わなければ周子が本来最後の一人であった卯月を破りこちらが勝っていたかも知れないが―――栓のない話だろう。

 そして、最初の宣言通りデレプロは存続を認められ、クローネは常務直轄からデレプロに吸収される形と相成った。

 

 統合された当初はメンバーから愛情たっぷりのお灸(優しい表現)がたっぷりと据えられ連日連夜の飲み会に、一気に増えたメンバーと仕事の依頼で前いた時よりも更に激務と二日酔いに悩まされる日々が続いたのである。だが、まあ、誰もが笑って、競って、戦って日本どころか世界中にその灯を点けて回るくらいには活気の溢れる毎日だった事には間違いない。

 それに、結果的にインターンとなった俺も準社員という扱いで更にこき使われていたので、ナイーブな事を考えている暇は一層無くなって駈けずり回っていた。

 

 走って、奔って、はしって――――気が付けば、今、最後の一歩という所まで来てしまった。

 

 あれから、もう3年が経つ。

 

 そして、デレプロが始動してから数えれば7回目の聖夜が訪れて―――今夜、その歴史は幕を閉じようとしているのだ。

 

 

 

 12月25日。世間一般で言えば聖夜と呼ばれ、神への祈りを捧げるべ清き尊き日。

 

 

 本来は家族で教会に赴き祈りをささげ、ディナーを饗する厳かな日である。遠き東洋に伝わるまでにどんな経緯があったのか随分と本来とはかけ離れてしまった行事になった事を嘆かれる昨今。しかし、今日ばかりは、少なくともココに集った夥しい程の人々に関して言えば本国の巡礼者達以上に真摯な気持ちでココに集っているのかもしれない。

 

 誰も彼もが凍える様な寒さに白い息を洩らしながらも沈痛な顔で、列をなして一点を見つめる。明るくライトアップされた巨大なドーム。そここそは彼らのゴルゴタの丘だ。

 

 大々的に打ち出されているそのポスターや垂れ幕に映る姿は彼らにとっては遠き過去の聖人よりも自分を救って来た信仰の対象ですらあった。

 

 だが、それは、今日終わるのだ。

 

 現代において信仰にすら取って代わった”シンデレラプロジェクト”。

 

 七万にも及ぶ人間が悔恨と惜寂の感情を籠めつつも、その最後のライブを心待ちにその開催を待ちわびていた。

 

 

――――――― 

 

 

 開演前特有の籠ったざわつきが今日ばかりは聞こえてこない異様な空気を感じつつ、慌ただしいスタッフの声すら届かない上質なカーペットが敷かれた廊下を長年連れ添った上司である武内さんと言葉を交わすことも無く常務の執事さんに案内されるままに進んでいく。

 その先にたどり着いた重厚な彫刻で囲まれた高級そうな木製の扉についている取っ手すら触るのを躊躇われる輝きを灯しているのだからそこがいかに一般人に不可侵な領域であるかを知らしめる。

 

笑顔でその扉を指し示され武内さんが大きく息を吐いて、厳ついライオンさんが咥える金のわっかを打ち鳴らし、待つ事数秒。

 

「構わん、入れ」

 

 聞こえてくる変らぬ威圧感たっぷりな声。

 

 それだけでも痛む胃を抑えて、小さくため息を吐いて取っ手に手を掛ける。ココまで来て帰る事もいまさら出来ない。別れ際に浮かべられたアイツらの顔を糧に何とかその取っ手を押し開けば――。

 

暗色系でありながら煌びやかでシックなドレスにシルクのケープをはおった自分の会社のトップである美城専務は一目で分かるほど最高級である事が分かるロングソファーに気だるげに寄りかかり、足元を見ればヒールは脱ぎ散らかされている寛ぎ切った体制で俺達を迎え入れた。

 

近くに据えられたローテーブルには並々とグラスに注がれた赤いワインに華やかなツマミが置かれておりソレを無造作につまんで口に運ぶ姿は、まあ、なんというか長年の付き合いで見慣れたものではあるが少しだけ呆れてしまった。

 

「なんだ、人の顔を珍獣みたいに」

 

「…プロジェクトの集大成に随分とお寛ぎっすね」

 

「バカもん。最高責任者がいまさらあたふたしている様な状況の方が問題だろう」

 

 言われた言葉にそりゃそうかと変に納得してしまう。そんな俺らのやり取りを苦笑して眺めていた武内さんが本来の目的を果たすために報告を行う。

 

「観客の収容が済みました。間もなく、開演出来るかと思います」

 

「そうか。…折角だ、お前達もココで見て行け。お前達にはその資格がある」

 

「いえ、しかし…」

 

「今日の為に用意したスタッフも、機材も、段取りも全てはこれ以上無いものを揃えている。もし何かあるようならば、お前や私が騒いだところでどうにもならん。―――それに、教え子の卒業だ。今日くらいは信頼して、看取ってやれ」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 そういって遠くを見つめる常務の表情は何処までも優しげで、武内さんと俺は深く頭を下げて残りの二つの椅子へと腰を掛けて無線でスタッフ達に開幕の合図を出す。

 

 ステージの照明は静かに落とされていき、静かに、静かに―――その開幕を会場にいる全ての人間に知らしめる。

 

「さあ、目を見開き一片も見逃すな。お前らが魔法を掛けた原石達の輝きを。そして、これからの芸能界を346色へと塗り替えていく暁の眩さを。全てを見届け、誇れ。コレがお前達の集大成だ」

 

 専務の小さく、歌うようなその一言と共に、会場内の明かりが一気に落とされる。

 

 魔法の夜が、やってくる。

 

 

 

----------------------------

 

 

 

 

「レディース!!」

 

「アーンド!!ジェントルメン!!」

 

「今日という清き日にココに集まってくれた、ファンの皆様に限りない感謝を!!」

 

 

 暗転した世界に浮かび上がる三つの影。逆光に照らされたその姿の判別は出来なくてもその声を、ユニット全員がシンデレラに輝く偉業を成した彼女達の声を聞き間違える者はこの場にも、中継されているテレビの先にも、きっと誰もいない。

 

 

「今夜、ここで起こる事がきっと全てが奇跡で成り立ってる!!」

 

「いまだって瞬きをしたらいつもの日常に戻ってしまうじゃないっかって、信じられないくらいです!!」

 

「それでも、夢で終われないから必死にココまで全力で駆け昇って来た!!」

 

「でも、それでも、きっと」

 

「ココがようやくスタートラインだから!!」

 

凛だからこそ!最初に聞いてもらいたい曲は!!」

 

「「「お願い!シンデレラ!!」」」

 

 

 時々不安げな弱さを滲ませる少女達の声はそれでも迷いは無く、力強く示したのは自分達をココまで押し上げてきてくれたこのプロジェクト最初期の、どこまでだって駆けていく意思を歌ったその歌だった。

 

 宣言と共に全ての闇が払われ、眩い光がステージを包む。

 

 焚かれたスモークが晴れ、強烈な光に奪われた視界が戻ってくる頃に並び立つのは、全てのアイドルの頂点にたった15人であった。

 

 沸き立つ大歓声に最初に答えたのは、全ての闇を払う輝きを持つ太陽を背負った少女達。

 

 

「みんな!はぴはぴだにー!!」

 

「最高の聖夜にしてやっから!!アンタらも気合い入れてブっ込んできな!!」

 

「みんな!ありがとーーー!!」

 

「最高のトキメキを経験させてあげる!!」

 

「みんな!!忘れられない夜にしようよ!!みんなの力で!!」

 

 

 彼女らがたった一言ずつ叫ぶだけで会場は嘘の様な熱気に包まれる。歌声が、ダンスが、笑顔が。全てが沈んでいたファン達の心に火をつけていく。熱狂的に高まった会場の雰囲気は留まる事を知らず温度を上げていくかと思われる程だ。しかし、そんな彼らは一瞬だけ桜の花びらが舞ったかのような幻想に戸惑う。

 

 燃え上がる心を優しく諌める様な慈愛に満ちたその声は、季節外れの桜さえ幻視させて魅せる。花びらを背負った少女達がゆったりと躍り出る。

 

 

「みんなー!!大好きだミーン!!」

 

「待ったく、クリスマスまでこんなに杏が働いてるんだからみんなも怠けちゃだめだよー」

 

「島村卯月!!一生懸命頑張ります!!」

 

「う、う~。既に泣きそうだけど、全力でがんばるにゃー!!」

 

「うーん、今夜は最高に面白い夜になりそう!!みんなたのしんでねー!!」

 

 

 その柔らかな華やかさに誰もが癒されそして喜ぶ。飛び出た魅力が無くとも、いや、無いからこそ誰よりも自分達のそばに寄り添い元気をくれる彼女達のその声は何度だって自分達を救って来た事を思い出させてくれる。

 

 そんな、春の木漏れ日の様な優しい声に奪われていた心は、すっと囁くような、それでいて絶対的な存在感を感じさせる声に縫いとめられた。

 

 聞いたものを心から虜にし、石の様に動けなくしてしまうほどの美しさを感じさせる魔性の声が観衆を一瞬で引きつける。

 

「まだまだ、全然たりないでしょ?」

 

「物語にだって無かった新しい世界を一緒に見に行きましょう」

 

「ふふ、悪くないね。…いや、すっごく良い」

 

「クリスマスはゆっくり済まします?ふふ、今日だけはダメですよ?」

 

「最高の祭囃子、聞きたいやろ?」

 

 

 そして、全ての声が、踊りが溶け合って完璧なハーモニーへとなった時に会場から音が消えた。

 

 いや、正確には七万人もの歓声が最高潮に成って時にソレは最早音として人は感知しない。全身を叩く衝撃としか感じる事が出来ない。それでも、少女達の声はかき消されること無く会場の隅まで響き渡る。掠れそうになる声を必死に繋ぎとめ、滴る汗もぬぐう事もせずに全てを伝える事に集中する。

 

 きっと、一人ではすぐにダメになっていた。それでも、歌い続けられるのは、仲間の声が繋ぎとめてくれるから。

 

 永遠にも思える五分も、遂には終わりを迎える。

 

 最後のワンフレーズまで魂を込めて歌った。たった一曲を歌いきっただけで倒れこみそうになる。でも、姿勢は終わっても崩さずに気合いを入れて保つ。

 

 満身創痍なのは観客も同じなのか、さっきまでの激動が嘘のように客席は静まり返っている。

 

 誰もが、息を潜めて、静かに待つ。

 

 そんな沈黙がどれだけ続いたのか、ようやく一つの影が動く。

 

 その人こそは本当の意味での、最初のシンデレラ“高垣 楓”。

 

 全ての始まりが、全ての終わりの始まりを告げる。

 

「始まりは、小さな商店街でした」

 

 何処か遠くを見つめる様に彼女は小さく目を眇めながら小さく語りだす。

 

「ステージなんてとても言えない簡素なお立ち台で、音源はカセットCD、衣装は手作り。お客さん所がこっちをみる人もいないくらいなちっぽけなライブ。そこが初めての一歩でした」

 

「プロデューサーは何度も申し訳なさそうに頭を下げて来てくれましたけど、私はモデルだった時には感じなかった楽しさを感じていました」

 

「回数を重ねる度に、近所の子供と友達になって公園で遊んだり、商店街のみんなが差し入れをしてくれるようになったり、スタッフの皆と帰りに飲みに行った店でお客さんも巻き込んで歌ったり。本当に、笑っちゃうくらいに騒がしくて暖かい毎日がこのプロジェクトの根っこなんだと思います」

 

「そうして、ちょっとずつお客さんが増えて、テレビ局に取り立てて貰ったりなんかしてちょっとずつ歩んでいると後輩が出来ました。明るくて、強くて、ひたむきな可愛い後輩と踊るステージやイベントは目が回るくらい騒がしくて、楽しくて日々はもっと輝きを増していきました」

 

「そうして、いっぱいの輝きは日々を増すたびに強くなっていき、今日、こんなにたくさんの人が駆けつけてくれる程にまで至りました」

 

 そこまで語った彼女は、遠くに向けていた視線を目の前のファン達にゆっくりと向けて静かに言葉を紡ぐ。

 

「そんな”シンデレラプロジェクト”は今日のライブで一旦、終わりを迎えます」

 

 その言葉に先ほどまでの熱狂が嘘のように静まり返った観客が息を呑み悔しそうに、悲しそうに声を洩らす。

 

 なんでなのだ、これからじゃないか、終わらないで欲しい、と訴えかけるファン達に彼女は優しく微笑んで言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう、でも、彼女達という宝石を詰め込んでおくには、このプロジェクトではちょっと小さすぎますから」

 

 その一言に、ファン達は息を呑んだ。

 

「最初は、小さな輝きだったのかもしれません。でも、彼女達は私と同じように仲間と、応援してくれているファンと共にちょっとずつ歩み、真っ暗な夜空でもその存在を示せるくらいに輝ける様になりました。だから、こんな小さなくくりでは無く夜空を照らす星として、彼女達は今日、このプロジェクトを卒業します」

 

「広大な夜空へ旅立つ私たちと、これからも一緒に歩んでくれますか?」

 

 彼女の言葉に、全ての観客が涙をながしつつ大歓声で答える。

 

 そうだ、自分達はプロジェクトに魅かれていた訳ではない。輝く彼女達の笑顔に、姿勢に、心に魅せられていたのではなかったか。

 

 枠組みが無くなって羽ばたこうとする彼女達を自分たちが支えないでどうすると言うのか。それが出来なくて、何がファンだと言うのか。

 

 その思いを載せて必死に声を上げる彼らに、彼女は微笑んで言葉を紡ぐ。

 

「さあ、魔法の夜は始まったばかり。シンデレラの魔性が解けるまで思い切り、踊りましょう?ふふ、良い出来です!!」

 

 こんな時でも変わらぬ彼女にメンバーは肩を落として苦笑し、ファンは大笑いを上げる。

 

 ソレを皮切りにしたのか大音量の音楽が流され、ソレに負けないくらいの大音声がステージに響きわたる。

 

「こんなときでも変わらない楓さん!!流石です!!負けられません!!燃えてきました!!ボンバー!!!」

 

「デレプロも、人気投票の数字なども世界一可愛いボクの前では無意味だと言う事を教えて上げます!!」

 

「ふふ、出鼻にあんなに見せつけられたんじゃこっちまで燃えてきちゃった。私らしくないわね」

 

 入れ替わりに入って来たアイドルに再び歓声が響き渡り、ファン達の興奮が再び高まって行くその姿にはコンサートが始まる前の非壮感など欠片も感じさせず、ただ純粋に楽しんでいる事が窺える。全てを呑みこみ、また決意した彼らの笑顔こそがシンデレラを振るい立たせ―――再びドームは熱狂に包まれた。

 

 

 

----------------------------

 

 

 知っていたつもりだった。分かっていたつもりだった。彼女達が眩過ぎる星々だと言う事など。だが、ソレは勘違いだった。この会場の腹の底にまで響くその熱狂が否応なくソレを証明してくれる。

 

 彼女達はまだ夜空にすら昇ってなどいなかったのだ。

 

 その事実に全身の力が抜けてしまうように深くため息をつく俺に、専務がちょっと得意げにちょっかいを掛けてくる。

 

「ふん、終わりになってようやく自分の周りにいる星の輝きに気が付いたか、愚か者め」

 

「……悔しいながらも返す言葉もありませんね」

 

 いつもなら皮肉や負け惜しみをいう所なのだが、最後くらいは素直に頭を下げても罰は当たるまい。そんな気まぐれで苦笑と共に返せば肩透かしを食らったのか若干だけ目を見開いた専務はクツクツと笑いを零してそのまま言葉を紡ぐ。

 

「長年の教育の効果が出て大変結構。―――阿保みたいな意地を張り続けるよりはそっちの方がずっといいに決まっている。何よりも、女を幸せにするのならば屁理屈ではなく真っ直ぐ言葉を紡いで全力で想いを尽くせ。それが男の甲斐性というモノだ」

 

「あまり女性から男よりも男らしい事を言われると耳が痛いですね」

 

「同感です」

 

「ふん、貴様らが軟弱なだけだたわけどもめ」

 

 そういって彼女が笑う俺たちの薬指には指輪が付けられている。ソレは、俺と周子が。武内さんと楓さんが長い時間の果てにようやく出せた答えの証だ。

 

 この女帝の有難いお言葉は余りに重くまっすぐで、正論なのであっちへこっちへと回り道を繰り返して最近ゴールした俺と武内さんの耳は非常に痛い。だが、この人でなければこんな結末は許されなかっただろう。

 

 そういって俺たちの指に嵌められた指輪を見て笑う彼女は本当に含みなく祝っているようで、不覚にも少しだけカッコいいと思ってしまった。コレが美城式人心掌握術なのか、彼女のカリスマなのか少々判断に迷うが、どうやら自分達は上司に恵まれたのは確かだ。

 

「まあ、いい。お前は、これから始まる演目を見てこれからの事を考えるがいいさ。お前がかつて全てを裏切ってでも守ろうとした女が紡ぐ、世界にたった一人の愛する男の為だけに謳われる歌なのだから」

 

 

 そういって彼女が指差す先には、たった一人のアイドルが降り立った所だった。

 

 会場の熱気を一身に受け、ほんの少しだけ頬に朱が差しているが、その表情に気負いはない。

 

 柳の様にしなやかで、雪のように彼女は静かにステージの中央に立つ。だが、彼女のさっきまでと違い過ぎる衣装にちょっとだけ会場にどよめきが起こる。

 

 銀糸の様な髪を短く後ろに纏め、狐の様なつり上がった眦。そんな彼女が身にまとっているのはさっきまで来ていた煌びやかなドレスではなく、肩を出した特徴的なパーカーにジーンズ生地のショートパンツにしなやかな流線を描くストッキングに包まれたその足。

 

 綺麗でもある。センスだって感じる。だが、ソレは明らかに私服に分類されるもののはず。何故ソレを彼女がいま着て来たのかが分からない。だが、この会場で、たった一人、俺だけには分かってしまった。それが、自分と初めて出会った時の服装である事を。

 

 髪の長さ以外は何一つ変わらないそのいで立ち。だが、だからこそその瞳の奥の輝きとしゃんと伸びた背中があの頃と違う事を俺に知らしめる。

 

 しかし、その意図を読もうとするこっちを余所に、彼女は俯いたままでまったく動かない。

 

 ざわついていた会場もそんな彼女の様子に気がつき、ちょっとずつ音が止んでいく。

 

 どれくらい経っただろうか。今や会場内では喋る所か、音を出すことすら憚られるような雰囲気が包み込む。

 

 そんな中で、ようやく彼女が。”塩見 周子”が口を開いた。

 

『7年前、本当にバカだったあたしは家を追い出されて東京にやって来た』

 

『コレはその時の一張羅。コレと財布、携帯くらいしか持たんまま家出とかいま思い出せばほんまに頭おかしいよね?』

 

 ポツリ、ポツリと語られ、ちょっとだけおどけた言葉に、ちょっとだけ会場に笑いが広がる。

 

『そんなんで、飢え死に寸前だった私に手を差し伸べてくれた人がいた。全然優しくもないし、口うるさいし、ケチだし、捻くれていたけど、バカみたいなお人好しな人だった』

 

『その人の周りには変人ばっかだったけど不思議と人がよってきて、いつだって賑やかだった。そんな楽しそうな雰囲気に当てられていつの間にか私までああなってみたいと思って、うっかりアイドルになっちゃたくらい』

 

 続く彼女の独白は本当に楽しそうに語られるのに、何故か今度は誰も笑う事は無かった。きっと、その先に待っている答えに誰もが息を呑み待つ。それは、そう語る“塩見 周子”が―――今まで見た事もないくらいに華やかで優しい笑顔を浮かべていたから。

 

『だから、アイドルとしての最後もその人のために歌うよ』

 

『本当に馬鹿な私に、”ありがとう”だって今まで伝えられない私にずっと寄り添ってくれたあの人のために!!』

 

『当たり前のように明日も隣に立ってる事を疑わないでいさせてくれる…っ!心から掛け替えのないアンタのためにっ!!』

 

 その震える言葉を皮切りに彼女は視線を上げる。

 

 目に宿るは真っ赤に轟々と燃え盛る決意。全てを呑みこまんとする強過ぎる意志の宿った目に会場全てが引きこまれた。

 

 

『あの人が救って!! 育てて!! 守ってくれた私は世界中の誰よりも輝いているって伝えたいから!! 今度は―――私が貴方の“一番星”になって見せるからっ!!!』

 

 

 その宣言に合わせて曲が流れる。

 

 

 ソレは、ゆく当てのない風のような孤独で自由な少女が、どこにいてでも見失わない輝きと寄る辺を見つけた――喜びの歌であった。

 

 

 

 

会場の全ての人間が、世界がその熱量に呑まれ目を奪われている中で俺だけは小さく苦笑を零してしまった。だって―――

 

 

「もう、とっくにそんなもん超えてるよ」

 

 

 彼女が歌い、舞い、微笑むだけで俺は、いや、そのずっと前。ラーメン屋で拾って何かにつけて文句を零すお前を拾ってからずっとその光に目を奪われていたのだから。

 

 このライブが終わったら――――彼女を抱きしめて真っ直ぐにそう伝える事を俺は心の中で決意したのであった。

 

 

 

 

 

=後日談=

 

 

 

 東京を発ってから三時間と少し。流れる景色はあっという間に見慣れたものに変わって行ってそのあっけなさに少々、鼻白んでしまう。あれだけ遠く思えていた故郷は実際に足を向けてみればこんなにも簡単にこれてしまうような距離だったのだ。まあ、それだって今回の様な事が無ければ踏み出す踏ん切りはつかなかったのだろうから大きな一歩には違いない。

 そんな事をぼんやりと考えつつもどうしたって胃はキリキリとし、気分憂鬱なモノになっていくのは拭えない。

 

 十年近くも喧嘩別れしてから連絡を絶っていた家族との再会。それもアイドルだのなんだのを始める時は常務任せにしていたので顔も出さずに好き勝手やって世間に顔を出しまくった上に、次に会うのが結婚の挨拶で男を引き連れて、なのである。

 

 会う前からあの気性の激しい父と口うるさい母が爆発するのは目に見えている。……というか、本音を言えば。それだけやらかしているにも関わらず今度こそはっきりと拒絶されるのが怖いのだ。

 

 好きにしろ、と。お前なんか他人だ、と言われてしまった時には長い年月をかけて埋めた傷とおに―さんの説得で何とか持ち上げた重い腰はもう二度と上がらなくなる自信がある。

 

 そんなネガティブな思考は一旦始まれば止んでくれることはなく際限なく重くなっていく足取りは遂には止まってしまう。

 

「やっぱ、無理かも……」

 

「ちょっとその決断には遅かったかもな」

 

 朗らかな陽気の中、電車を降りてからテクテクとおにーさんに手を引かれるままに歩いている中でそんな弱気を漏らした頃にはもう懐かしの実家の目の前で息は勝手に詰まって思わず握っていた手を引き寄せて彼の背中に隠れてしまう。

 

「お前がそこまでビビってるの地味に初めて見るな」

 

「な、なぁ、やっぱり今日はその―――」

 

 からかう様に笑いながらも私の肩を優しく抱きしめる彼に遂に緊張の糸が降り切れて、怖気てしまった。

 

 あの日、全てを否定された恐怖が足をすくませる。

 

 あの日、自分の信じていた価値が無くなった無力感を味わいたくない。

 

 あの日――――逃げ出した自分なんか見たくない。

 

 そんな私が彼の袖を引いてきた道を引き返そうとした時に、懐かしい音が聞こえた。

 

 子供の頃から何度も、何度も開け閉めして耳に馴染んだ引戸の音。それは、誰かがあの家から出てきたという証で―――目がつい引き寄せられた。

 

 あれだけ大きくおっかないと思っていたその身体は十年という歳月から一回り小さく見えたが、その眉間に寄せられた頑固な皺。そして、自分が唯一遺伝したと思って毛嫌いしていたその白銀の髪。

 

 それは、あの日、自分を“要らない子”だと切って捨てた憎むべき男で、小さな頃から誰よりもその背中に甘えてきた―――父だった。

 

「しゅう、こ……か?」

 

「――――」

 

 そのしゃがれた声に固まった体と思考は何も返すことが出来ない。子供の様に俯き、立ちすくむしかできない自分の体を優しく抱き留めるおに―さんの手だけが崩れてしまいそうな私の何かを支えていてくれた。

 

「ワシは、わしは――――大馬鹿もんや。ホンマに卑怯やったんは、ワシじゃったんに……大切な一人娘を十年も傷つけて    すまん、周子  っすまん……」

 

そして、その場で膝から崩れ落ちた父の瞳から零れた雫と言葉に私の中に溜まり続けていた何かは関を切った様に溢れ、堪えようもなくその小さくなった父の胸に飛び込んだ。

 

「ごべん!! ずっどっ、ずっど連絡もじなぐでごべんっつ!! 家出してごベンっ!! 店番かっでにさぼってごべんなざいっ!! ごめんっ!! ゴメン!!! ばがで、ばがでごべん!!!」

 

「ええ、もうええ。アンタが生きててよかった……。元気で、良かった。あの日、初めてサボったお前がなにをおもったかも考えんかった。お前が家を出てずっと、ずっとたってから後悔が沸いてきた。馬鹿は、ほんまに大馬鹿だったんは―――ワシじゃ」

 

 言葉になんてできない。自分が何を言ってるのかもどうなっているのかも分からないくらいにぐちゃぐちゃになってひたすら謝る私を懐かしい固い掌で思い切り抱きしめてオトンも泣きながら言葉を紡いでくれる。

 

 ここを飛び出してからひたすらに重ねた澱んだ感情。それを自分は恨みや憎しみだとずっと思っていた。

 

 次に会った時は言いたい事を言い切って、思い切りぶん殴って、砂を掛けて別れを告げてやると心の中でずっと繰り返し唱えてきた。だけど、だけどソレはきっと違っていのだと今なら分かる。

 

 私は、謝りたかったのだ。

 

 悲しかったのだ。

 

 許されたかったのだ。

 

 大好きな家族とたった一度のすれ違いで、たった一言で済んだ過ちを解して、編み直して紡いでいきたかったのだと気が付いた。そして、長い十年近くも及ぶ遠回りの末にその答えに行きついた。

 

 そこからは、私もオトンもひたすら子供みたいに大泣きして、ひたすらそこにいる事を確かめる様に強く、強く抱きしめ合った。

 

 そんな変なとこまで親子だなと思って、また泣いた。

 

 京都の春。晴天の響く馬鹿親子の泣き声は店から出てきた母親が呆れて止めに入るまでどこまでも続いて―――――ようやく私の長い物語は一つの区切りを迎えたのであった。

 

 

 ただいま。 そんな一言をようやく私は言えたのだ。

 

 

 

fin

 




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SSS ~シャニマス ノクチル 編~『方向性』

久々の更新(テヘペロ


 

 

 

「昨日お母さんが、『アンタでもまともに雇ってくれる事務所があるなんて……“お笑い”。しっかり頑張るのよ!!』って涙ぐみつつ激励してきた件について」

 

「「「「…………」」」」

 

 麗らかな日差しの差し込む午後の事。レッスンも終わり特に何をするでもなくダラダラと駄弁っていた幼馴染4人衆“ノクチル”の他愛の無い会話で“浅倉”が思い出したようにそんな事を呟き姦しかった会話は途切れ、それをBGMに事務仕事を片していた俺までが思わず手を止めてしまった。

 

 まとめ役の“小糸”は視線を泳がせフォローすべきか笑うべきか迷い、愉快犯の“雛菜”はニコニコとこの一石がどう転がるか楽しみと言わんばかりに口を閉じ―――俺はこめかみの奥からじわじわ来る頭痛を押さえる様に額に手を当てる事しか出来ない。

 

 そんな空気を作り出した張本人はいつもの様に投げた石の行方も追うことなく呑気に手元のミルクティーを啜って我関せず。

 

 そんな何ともしがたい沈黙の中で一人だけソレに動じぬ女がいた。

 

 沈黙を打ち破る様にパラパラ興味もなさそうに捲っていた雑誌を閉じて顔をあげたのは“樋口 円香”という泣き黒子とクールな瞳が印象的な浅倉と最も付き合いの長い幼馴染の彼女。

 

 付き合いの長さからか、こういった突飛で微妙な話題がぶっこまれた時に反応するのは決まって彼女で――――

 

「……あぁ、だからウチのお父さんも『お父さん、円香の為にネタ作ってきたんだけど読んでみてくれないか…』とか照れ臭そうにクソ寒いギャグばっか書き殴ったノートを持ってきたんだ」

 

 更に混乱を引き起こすのもいつもの事なのである。ああ、クソ、さらに頭が痛くなってきた。

 

「もうキリがないから突っ込んでやるけど……ちゃんと“アイドル”だって否定してきたんだよな?」

 

「はぁ? 女性に向かって白昼堂々“突っ込む”とかいい度胸ですね、このMr.セクハラ。大体が私の事をなんだと思ってるんですか。ちゃんとその場で―――ネタのダメな所を徹底的に追及してボコボコにして来ましたよ」

 

「やめてやれよ!! 娘の事を想って必死にネタを考えて作って、歩み寄ろうとするお父さんにとって殺されるよりキツイ仕打ちだろ!?」

 

 得意げに腕を組んで鼻を鳴らす彼女に俺の良心は遂に耐え切れず追加ツッコミをしてしまう。まず、第一にお笑い芸人になったと思われてる所の否定から入れや。そして、例え辛くても使えなくてもソコは大人になって優しく聞いてやれよ。世の中のお父さんだって頑張っているのだ、そんな仕打ちを受けた次の日はうっかり出勤できなくなるレベルの致命傷不可避である……。

 

「そして、聞いてください。コレがその後にお父さんと練り上げた至高のネタ―――浅倉」

 

「うい、登校前にリビングで合わせた“アレ”だね?」

 

 颯爽と立ち上がる拍子に華麗に放り投げた雑誌が霧子の植木鉢を割ってしまった。そんな一幕は見なかった事にして彼女は相棒の名を呼び現実逃避に奔り、浅倉は不敵に笑ってソレに応える。

 

 そんな事してるから両親から芸人に間違われるのではと心の中で思いつつ、小糸も雛菜も完全にワクワク観戦モードになっているので止める人間はいない事を悟って俺もとりあえず様子を見る事にした。

 

 そして、始まる馬鹿犬コンビの漫才。

 

「私ら巷で噂の女子校生♪」

 

「その名もノクチル♪」

 

「そこのけ、そこのけ、一般ピープル♪」

 

「近づきゃ巻き込まれる、“武勇伝”!! 樋口、いつものやったげて!!」

 

「聞きたいか私の武勇伝! 朝起きて洗顔ごしごし♪ ミントの香り♪」

 

「気がつきゃソイツは歯磨き粉!!」

 

「「WAO!!」」

 

「まだまだあるぜ“武勇伝”!! 浅倉いつものやったげて!!」

 

「聞きたいか私の武勇伝! 近所の河原、子供らキャンピング♪ 1串くれる優しい子供♪」

 

「脇見りゃケース一杯のカエル軍団!!」

 

「「WAO!!」」

 

ぼぼん、おーえんだんっ♪ れげん、ちぇりーぱい♪ ららん、かんげーかい♪―――♪

 

 

「「どやっ」」

 

「ネタの完成度ははともかく……パクリじゃん」

 

「「!!?」」

 

 いつぞや話題を博したコンビ漫才に伝説的なアニメのOPをノリノリでやり切った二人に後輩ズ二人は大爆笑で声援を送っているが、多少お笑いが好きな人とアニメ好きな人は間違いなく知っているネタである。

 

 芸の完成度やオマージュとして受けいられるかどうかはともかく、コレがライブで突発的に披露される前に防げた事は僥倖といっていいだろう。―――というか、芸人じゃなくてアイドルなんだから問題なくてもやられては困るのだけれども。

 

「ふふっ、でもネタは100%自前だよ。……カエル、美味しかった」

 

「ふっ、そんな知識まであるとはさぞ仕事の合間の息抜きが充実してるんですねMr.暇つぶし。歯磨き粉で顔を洗うと危険というメッセージを世間に伝える最高のプランの邪魔はさせません―――なにより、お父さんがこれの放送を楽しみにしてるんです」

 

「いい話風に纏めようとしてもやらせねぇよ、馬鹿共め」

 

「ぴゃっ、でも、これ、私もやりたい…かも」

 

「あはは~、やっぱり先輩たちといるのが一番おもしろ~い」

 

 また姦しくわちゃわちゃし始めた彼女達に深く溜息を吐いて苦笑をポロり。

 

 まあ、限られた青春。限られた時間を常に面白ろ可笑しく過ごそうとするこの無駄な時間すらも振り返ればソレは一生を支えるナニカになってくれる。ソレを本能で分かっているのか、天然かは俺には分からないが――――そんな彼女達の姿はなんとなく眩しく思えて眼を眇めてしまう。

 

 とりあえず、俺がこいつらの為にしてやれる事といえば

 

 二人のご両親に誤解を与えてしまっている“職種”と“方向性”というものをご説明するため家庭訪問の連絡を入れるくらいの事だろう。

 

 

 

「むむっ、まだ結納挨拶には気が早いですよMr.せっかち」

 

「だまれ、馬鹿犬」

 

 

 今日もこの事務所は姦しい。




_(:3」∠)_評価・感想をくれるとむせび泣く


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SSS ~シャニマス ノクチル 編~ 『密談』

(*''ω''*)ひぐち、しゅき


 

 

 

「ねぇ、樋口ってさ。昔から好きな子に構い過ぎて壊しちゃうよね」

 

「……なに、急に」

 

 仕事もオフでレッスンも特にない平日。そんな日は別に何をするわけでもないが私と浅倉はどっちかの部屋でゴロゴロ好き勝手に過ごして時間を潰す。いつもと変わらない日常で今日もご飯に呼ばれるまでそうしてリラックスしていられると思って、お気に入りの芸人を眺めていると急にベッドに寝そべる浅倉からそんな声が掛けられた。

 

 余りに急に話し掛けられるものだからつい手から携帯を落してしまった。別に、私の“そういう事情”が感づかれている事に焦った訳ではない。ないったらないのだ。

 

「馬鹿らしい。自分が好きな人と過ごせてるからってそんなピンクな思考に私まで巻き込まないで」

 

「“りょーすけ君”、“ユウタ”、“けんご”。えーっと、後は―――うわっぷ、うは、ちょっとやめてっ、くふふふふっ!!」

 

「そんなにその口を塞いで欲しいのならっ、お望み通りにっ、してあげる!!」

 

 指折り数えてゆくたびに出てくる名前はかつて自分には重大な意味を持った符号。だけれどもソレをコイツに話した事もないし、隠しきってたはずなのに的確にソレを言い当てていく気恥ずかしさに遂には実力行使に踏み切った。

 

 手元にあったクッションで浅倉の頭をひっぱたき、その憎い口を塞ぐようにグイグイと押しつぶす。それでも聞こえるのはくぐもった笑い声ばかりでなんだか張り合うのも馬鹿らしくなって私は力を抜いて、その代わりに赤く染まってるであろう顔を見られないように枕に顔を埋めた。

 

「いやいやいや、あれだけ独占欲全開な上に意地悪ばっかしてたら嫌でも気が付くって」

 

 そんな私の羞恥など知った事かと言わんばかりに上にのしかかってきた浅倉がポムポム頭を撫でてくるのが無性に悔しいが、いまは反応したら負けなターンである。それに、なんとなく、本当になんとなくではあるが反論はしがたい事をしてきた自覚があるのが癪に障る。

 

 世間の一般で知られる私のイメージとは違い、自分は結構人なつっこい性質である。だから、それが周りと自分の認識のずれから噛み合わず話しかけられる事が極端に少ない。そんな人に飢えている私は幼馴染以外の人と触れ合えば割かしすぐに好意を持つようになってしまったのは自然な流れだろう。

 

 さっき浅倉が上げた名前の他にも仄かな恋心を抱いた男子は幼稚園から高校まで結構な数がいるし、実際に付き合った人も居る。

 

 だが、私にとっての悲劇はそこが始まりだ。

 

 口下手な癖によく回る舌は気恥ずかしさから好意を全て裏返しにして刺々しい言葉で一日中刺しまくり、そのくせ、他の女どころか同性でも自分以外と睦まじくしている所を見れば抑えきれないくらいの怒りから更に攻撃性を増す。

 今まで告白してきた男は二日と持たず逃げ出し、付き合ってすらいない恋心を抱いた男子たちは不登校になったり、泣いたり、鬱になったり、転校していったりとボロボロにしてきてしまった。

 

 浅倉の言う通り、察するなという方が無理かもしれない。というか、幼馴染以外はその光景を“男嫌い”のイジメと捉えていたかもしれないが―――まあ、なんにせよそんな恋愛遍歴を持つ私にとってその話題は色んな意味でタブーなのだ。

 

 それを察しつついきなり持ち出してきた浅倉に少なからず胸に痛みと悲しみが走るのを押さえられない。

 

 だけど、その痛みは―――次の一言でひっくり返される事になる。

 

 

「でも、“比企谷さん”はどんなに樋口がじゃれついても  壊れなくていい感じじゃん?」

 

「………なにを、急に」

 

 心臓が一気に跳ね上がったのを嫌でも感じる。ソレを浅倉に気づかれてないか不安に思いながらも脳内に浮かぶのはあの“変な人”。

 

 大手からの出向という名目で急にウチにやってきた気だるげで不気味な男に当初、私は最大限に警戒をした。少なくとも幼馴染達や他のグループのメンバーは付き合っていて気持ちのいい連中であったし、あの人が良すぎて気味の悪い浅倉の“想い人”であるプロデューサーも葉月さんも、社長も嫌いではなかった。

 

 正直、芸能活動なんてどうでもいいけれど、この居心地のいい環境を壊す異分子に立場を分からせてやるために意気揚々と罵倒を繰り出した私は見事に返り討ちにあってしまったあの日。

 

 そんなファーストコンタクトからいい印象を抱くわけもなく、事あるごとにあの人に噛みついていた訳だけれども。

 

 その暗い瞳の奥に宿る静かな煌めきが、暴言の数々の後に見え隠れする面倒見の良さが、ふとした瞬間に見せる優しい微笑みが、噛みついた私との会話に呆れはすれど傷つかないその懐の広さが―――いつの間にか私の奥深くにしまい込んだ厄介な感情を目覚めさせた。

 

 だが、ソレは。それだけは今度こそ表面に出さずに隠しとおしていたはずだ。

 

 今までに感じた事のないくらい大きなこの想いが破れてしまった時は、本当に自分は立ち直ることはできないと謎の確信があった。だから、見ないように気づかないように丁寧にしまい込んだその感情を余りにあっさりと浅倉は引きずり出す。

 

 その真意が分からない。

 

 そんな疑念と混乱でかき乱されてる私に浅倉の声は子守唄の様に優しく滑り込んでくる。

 

「ねぇ、私さ、勝手に脳内で想い描いている未来があるんだけど………私の隣にはプロデューサーが指輪なんか嵌めて隣にいて、樋口はニコニコしながら比企谷さんと腕組んでて……そんで、その視線の先には私たちの子供が仲良く遊んで、日が暮れたら私達みたいにお互いの家で順番にご飯食べさせて、旅行に行って、幸せに暮らしてんの。

 

 ね、樋口。 それって胸アツじゃない?」

 

 そんな、そんな妄想で空想が詰め込まれたただの願望。

 

 ただ、ソレは妙に確信と自信にあふれていてうっかりと私まで夢想してしまう。

 

 あの人と二人で愛を育んで、ソレを惜しみなく子供たちに注ぎ込み育て上げる。そんな面白みのないテンプレみたいな生活に人生全てを喜んで捧げたいと心から想う。そんで、日常のちょっとした愚痴や苦労なんかは昔から隣にいる浅倉とあの無駄に人のいいプロデューサー夫婦で分け合わせて貰って―――いつかは共に育った子供たちが愛し合うようになって本当の家族になんかなっちゃたりして。

 

 そんな世迷いごとの様な妄想は―――――

 

「胸アツ……かも」

 

「でしょ?」

 

 羞恥に染まっていたはずの自分の貌はいつの間にか脳内の幸せ家族に蕩けさせられて、だらしなく緩んでしまっている。そんな私が呟いた一言に我が意を得たりとばかりに横に寝転んだ浅倉が悪い顔で微笑んでいる。

 

「………プランはあるんでしょうね?」

 

「もち」

 

 私の疑わし気な視線にも自信満々に胸を叩く幼馴染になんだか難しく考えている自分が馬鹿らしくなってつい吹き出してしまった。さてはて、やる以上はもう止まれない。というか、止まれないからしまい込んでいた感情なのだから後は野となれ、山となれだ。

 

 昔からの二人きりの定例会議。

 

 悪だくみは大人にバレないように布団の中でひっそり、こしょこしょと。

 

 零れる笑い声は世界を変える大作戦を祝福するファンファーレだ。

 

 

 さあ、想い 重い 思ひを乗せた恋心で  均衡なんて叩き割ってやろう。

 

 

 私たちなら、やって見せるとも。

 

 

 愛しい男を世界と引き換えに手に入れろ。

 




(´ω`*)うへへ、評価をぽちっとな


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da/da/da 前編

(´ω`*)たまにはなつきちも悪くない


 弦を弾けば、音が出る。

 

 連ねて並べて拍子を取れば、メロディーになる。

 

 長年に渡って愛用したギターは手によく馴染み、寝ぼけて夢の中でまでかき鳴らし鍛えた指は正確にそのコードを奏でて一端の“曲”に仕上げてくれるのを聞き遂げて―――口をへの字に曲げて私は小さくこめかみを掻いた。

 

 当たり前の話だけれども、繰り返しになるけれども―――弦を弾いて、連ねて、拍子を取れば“曲”になる。

 

そんな小学生どころが幼稚園の子でも分かり切った話で、わざわざいう事なんかじゃないのは百も承知。だが、それでは足りない。

 

 仮にも、プロのギタリストで歌に携わっている人間にはもっと別のモノが必要だ。

 

 正確無比な音符を奏でるだけならば機械に頼ればいい。

 

 音程でも、揺らぎでも、癖でも、あるいはそういうモノ全てをひっくるめて現れる“魂”って奴にこそわざわざギャラを払って聞きに来る人間の腹の底に灯を灯すんだと私“木村 夏樹”は考える。

 

いや、正確に弾けるのも聞き分けられるのも最低限の素養だというのを否定するわけでは無いけどな?

 

 今日の自分の音にはどうしたってそういうモノが感じられないのだからしょうがない。

 

 そんな誰に言うでもない言い訳を脳内で呟きながら私は愛しの相棒“アイバニーズ”を脇にそっと置き、ぐでっと一人でソファーにのさばった。

 

 時折、あるのだ。こういう日が。

 

 いつもは一日中弾いていても飽きないし、試行錯誤を繰り返す喜びやいい感じの音が出た時なんて思わず自画自賛で浸ってしばらくトリップしてしまうくらいに没頭するのだが、どれだけやっていてものめり込めずに弾いた音はどこかで聞いた事のあるツマラナイ物しか生み出されない日が。

 

 こういう時に躍起になってしがみついた日は碌なことが無い。

 

 参考や気分転換にお気に入りのナンバーやライブDVDを見ても苛立ちが募るばかりだし、肝心の自分の音にはピクリとも心の琴線が動かないからひたすらにやるせなくなる。

 

 うむ、今日はやめとこう。経験的にも、感覚的にも泥沼になってく奴だコレ。

 

 そうと決まれば気分転換に舵を取るのだが、ここでも問題がある。大体こういう時には私のメイングループである炎陣のメンバーに白羽の矢が立つのだが都合の悪い事に他のメンバーはそれぞれが仕事や趣味の用事でいない。その他といえばカワイイ妹分であるだりーに声を掛けたりするのだがアイツの場合はすぐにロック方面に流れるので今日は鬼門だ。

 その他で言えば、菜々さんがバイトしてる喫茶店にでも顔を出すのだが今はちょうど昼時であんまり構って貰えない可能性が高い。

 

………こうして考えてみると、山ほど同僚のいるこの事務所なのに私の交友関係ってなんだか狭いな。

 

 あっという間に暇つぶしの相手探しに行き詰った私がなんだかジワリと自分の世界の狭さに苦みを覚えている中で聞き覚えのある声が廊下の方から聞えてきた。

 

気だるげで、張りが無い声なのになんだか妙に通る不思議な声。

 

 その声になんだか変な安心感を覚えたのと、むくりと悪戯心が鎌首をもたげたのを感じと同時くらいに事務所の扉が開く。

 

「ええ、はい。そっちのトラプリの企画に関してはつつがなく。問題は来月に迫ったクローネ関係の広告なんですけど――――って、おい?」

 

「あ、もしもし? プロデューサーさんかい?」

 

『その声は……夏樹さんでしょうか?』

 

 ソファーにだらしなく寝そべる私に肩眉をあげた程度で素通りしようとするお気に入りのアシスタント“ハチ”の背に忍びよりスルリとその手から携帯を抜き取って気さくに声を掛ける。そうしてしばしの間があって電話の向こうで自分達を親友から託された偉丈夫の“プロデューサー”が探る様に名を呼んできた。

 

 内匠の奴と違ってこんな時まで折り目正しい彼に苦笑を零しながら、ダメもとで“おねだり”って奴をかましてみる事にする。

 

「あー、急な上に不躾な事は分かってるんだけどさ……その、いまからハチ公の事を借りてっていいかな? 今度の新譜がどうにも上手くいかなくてコイツの意見が聞きたいんだ」

 

『…………しばし、お待ちください』

 

 コツは困ったような笑顔と声。それに、ほんの一匙の薫らせる程度の真実。

 

 その言葉と声色に返ってきた固い声。

 

 横から文句を言おうと乗り出してきたハチの口をスマートに鷲掴みで黙らせて待つ事、数十秒。他の端末であれこれと確認作業をしていたであろうプロデューサーが困った様な笑いを含んだ声で答えを出した。

 

『今後は、できれば事前に相談して頂ければ助かります』

 

「てことは?」

 

『次の新曲、期待させていただきます』

 

 遠回しなそのGOサイン。それがあの男の親友なだけあってやはりこの人も相当にロックな魂を持っている事を私に教えてくれて思わずキスしてやりたくなる。色々あったが、アンタもやっぱいい男だ。この“木村 夏樹”が太鼓判押してやるぜ!!

 

「Thank you. Wizard♪」

 

「星の輝きあっての我々ですから」

 

 精一杯にカッコつけたネイティブな発音に短くもぽえみーな返答で答えたボスはそれだけ言って通話を切る。多分だが、いまからこの胡乱気な目で私を睨んでる男がこれからする予定だった業務にあれこれと調整に動いてくれているのだろう。本当に、自分の思い付きで振り回して申し訳ないがこの埋め合わせは今度にさせて頂こう。

 

 次は、もっと大変な本命を口説き落とさなければならないのだから。

 

「という訳で――――今からちょっとデートしようぜ、ハチ」

 

「……いや、なんでそんなイケメン風のアゴくいで押し通せるとおもっちゃったのん?」

 

 ごり押しで行けるかと思ったが駄目だった。ノリの悪い奴だ。

 

「い~い~だ~ろ~! 他の娘とはよくデートしてんじゃんかよ~!! たまには私にも付き合えよ~!!」

 

「駄々っ子になれって意味じゃねぇからな!? 大体、他の奴だって好き好んでいってねぇし、このまえにお前ら炎陣メンバーに焼肉奢ったばっかだろうが!!」

 

「いや、あれは別口じゃん? それに、今日はマジで何にもでてこねーんだよぉ。ちょっと気分転換に付き合うだけでいいからさー、どっか遊びに連れて行ってくれよぉ。上司の許可付きで遊びに行けるとか最高じゃん?」

 

「そのせいであのパーテーションの向こうからひしひし圧力感じてるんすけど?」

 

 子供のごとく駄々っ子で押し切ろうとしたのだが、より激しいツッコミを喰らってしまった。そして、言われて気が付いたがパーテーションの向こうでこの寸劇を逃さず聞いているであろう鬼会計“ちひろ”さんの不機嫌オーラが空間を歪めているのを感じて思わず苦笑い。

 

 まあ、まあまあまあ、こういう時にこそ実績というのがモノをいう。

 

 ウチのグループから出してる曲の原案は結構な数を私や涼。その他、音楽に精通したメンバーが提供しているのであの言い訳だって嘘でない限り文句は公に言われる事は無いだろう。そのとばっちりをハチが受けるのは心ぐるしいがココまで来たなら私の欲望を今日は優先させて頂こう。

 

 音楽に犠牲とはつきものなのだ。悪いね、パーテーションの影から睨んでる美優さん。

 

 新しい新譜は気合入れるから、今日はちょっとずる休みさせて貰うよ。

 

 いまだにあーだこーだと文句を零すハチの手を無理やり引っ張って私は意気揚々と愛車の停まっている駐輪場へと足を向け、さっきまで何をつま弾いてもときめかなかった自分の胸の内がワクワクしているのを感じつつこの後の予定に胸を高鳴らせる。

 さてはて、何時だって出会った時から自分の予想を上回ってきたこの男が今日はどんなメロディーを自分にもたらすのかが、いまから楽しみでしょうがない。

 

 気だるげな男を引き連れて、今日ばかりはトレードマークのモヒカンも崩した素の自分で――――楽しい楽しいデートを満喫させて頂こう。

 

 

 音楽? そんなの全力で遊んでりゃその内に出てくるだろ?

 

 人生楽しんでない奴のロックなんざ、聞く価値も無いね。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「と、いうわけで―――どこ行く?」

 

「その質問、男にとって鬼門なんだよなぁ……」

 

 とある馬鹿に事務所に入った瞬間に拉致られた哀れなアルバイト“比企谷”です。どうぞよろしく。

 

 という訳で、上司との電話での打ち合わせ中に無理くり連れ出された先の駐輪場。社畜仲間の怨嗟の籠った瞳を背にたどり着いたこの場所で俺はデート行く前に絶対聞かれたくない言葉を投げかけられているのであった(ばばーん ……なんだこれ。

 というか、そういうのはこの無駄にイケイケの“カタナ”のキーを渡してくる前に聞いて欲しかった。跨った後に後ろから腕を回された状態では逃げられない。

 

 それを差し置いてもこの質問は余りに男にとって酷なモノだ。

 

 意に沿わない場所を言えば反発やダルテンションでチクチク刺され、よしんば当りを引けても次回からも外せないプレッシャーを与えられるし、なんなら自分の興味のない場所が高確率で正解なのでどっちにしても地獄の問いなのである。

 

 ただソレは本命の女の子を連れての場合である。

 

 このロックな友人駄々っ子の要請や趣向を彼氏ならば気にしなければいけないという縛りが俺にはない。どうせ仕事が免除されたというのならば俺の趣味全開の場所を提案されたとしても文句は言わせない。なんなら、文句をいえば夏樹をココで叩き落としてでも行く所存だ。

 

「……ガ〇ダム」

 

「へ?」

 

「お台場にガ〇ダムを見に行く。降りるなら―――今、降りろ」

 

「―――その次は?」

 

「ラーメンだ。あそこしか食えないとは知りつつも未だ行けていないリア充の巣窟“お台場”のラーメン。今日という日にしか味わう機会は無いだろう……」

 

「―――――わたし、どっちも滅茶苦茶好きだが?」

 

 ………あれぇ、通っちゃった?

 

 いや、まあ別にいいんだけど。なんだろう、どうせなら一人で楽しむ気まんまんだったから少しだけ肩透かしである。というか、意外と俗な所を好むねスーパーロックンローラー。

 

「いやまあ、それでいいならいいか……。落ちてもわざわざ拾いにはいかんぞ」

 

「なんだ、もっと密着しろってか? このドスケベめ」

 

 ニンマリと笑いながら軽口と共にむぎゅりと押し当てられるふくよかな夏樹の胸部。普段はリーゼントに革ジャンと男勝りの格好で気が付きにくいが髪を下ろして普通の服に身を包んだこいつはかなりの別嬪ダイナマイトである。ただ、ソレを自覚してこういう振る舞いをされると素直に頷くのもなんとなく癪だ。

 

「だまれ、貧乳め」

 

「殺すぞ? お前、あれだろ。巨乳に囲まれ過ぎておかしくなってんのかもしんないけど83ってデカいからな? 言っとくけど、GだぞG?」

 

「……いや、ゴメン。そこまで気にしてるとは思わなくて。冗談です。デカいっす」

 

 耳元でドスの効いた声でオラオラする夏樹の恐怖から逃れるためにエンジンを回し、バイクを急発進させては見るががっしり腰を掴んでいる彼女を振り切る事は叶わず―――お台場までの短いドライブを俺は冷や汗びっしょりで過ごす事になったのはここだけの話である。

 

 

 

………これ、普通に仕事してた方が心労は少なかったんじゃね??

 




_(:3」∠)_増えろ、閲覧者という神


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da/da/da 後編

(´ω`*)なつきち、かわいい。なつきちは、きゅーと


 

 

 というわけで始まった夏樹との強制デート。道すがらに完全ご機嫌斜めだった夏樹の口にたこ焼きを放り込んで立て直しついたお台場で―――

 

「おい、ばかっ、これじゃ全景が入んねぇだろ。もっと肩寄せろって」

 

「あーもー、めんどくせぇからこうすりゃ解決だろ?」

 

 何枚かのシャッター音の後に確認すれば赤いザクとガンダムがそそり立つ雄々しい姿の前に心なしかいつもより目に生気を戻した俺と、その首元に思い切り抱き着いた髪を下ろしたoffモードの夏樹が映っている。

 

 ふむ、慣れない自撮りの割には上手くとれたのではないだろうか?

 

 その他にも何枚も取った写真を見返してニマニマしていると夏樹も覗き込んできて嬉し気に声を上げる。

 

「お、いい感じに映ってんじゃん。アタシにもこれと、これと―――コレ送っといてくれよ」

 

「おう。やっぱ、色んなガンダムがあるけど初代と赤ザクが並んでるの見ると胸熱だよなぁ…」

 

「最新の奴もいいけど、私らが生まれる前にコレが出来てたって単純にすげーよな。それに、小さな頃には分かんなかったけどザクも今じゃ相当にロックで好きだぜ?」

 

「ほぅ、語る舌を持っているようだな……小娘」

 

「3つも離れてねーだろうが、アホ。ほれ、せっかくなら中の売り場もよってこーぜ?」

 

「こういうのに触発されると久々にプラモも作りたくなるな…」

 

「お、意外にハチも男の子してるもんだな。私もなんか買うから今度一緒につくるか」

 

「暇が出来たらな」

 

「なら、また私がゴネって作ってやるよ」

 

「アホか。あれは仕事がなくなるんじゃなくて、後に詰まってるだけなんだよ」

 

「……アンタも大概にワーカホリックだよなぁ」

 

「…………」

 

 そんなこんなで穏やかに始まりを迎えた都会の小島での小散策。すぐ横には嫌というくらい通ったテレビ局や自由の女神さまが鎮座してサボり中の俺らを睨んでいる気もするが今日ばかりは目線を合わせずに逃げさせて頂こう。

 

 あーだこーだと展示されているプラモを見ながら好きなシリーズを語ったり、カフェで出されている微妙なラインナップのドリンクに苦笑いしつつ、お目当てのラーメン屋で舌鼓を打ったりとまるで普通のカップルみたいな時間を過ごしている事に苦笑を漏らす。

 こうして当たり前の様に横に並んで歩いているのは世間を賑わすスーパーロックンローラーで、ソロライブですら何万人も押し掛けるアイドル“木村夏樹”なのである。それが、自分の隣で普通の少女の様に声をあげ笑って、ムキになって反論してきて、のんびりと海を眺めて鼻歌を歌っているのだからそうする他にないだろう。

 

 世間にしられりゃ大爆発待ったなしの案件を綱渡りしているのにも関わらず、自然体で過ごす彼女を見ているとそういう難しい事もどうでもいいかと思えてくる。

 

 そう思わせてしまうのがウチのアイドル達の凄い所で、性質の悪い所でもあるのだけれども。

 

 さてはて、そんな不本意ながらも楽しい美少女とのデートと言う名の気分転換も目的地を回り終えいよいよお開きの時間が迫ってきた。ガンダムも見て、ラーメンを楽しみ、気まぐれに入った騙し絵はおもいの他に楽しい体験だった。気まぐれの気分転換としては十分に満喫して日も落ちてきたので帰ろうと提案しようとする俺の口を彼女はそっと袖を引いて引き止める。

 

 

「―――なぁ、最後の我儘を 聞いてくれないか?」

 

 

 そういって、彼女が指さしたのは――――煌びやかな光を灯す

 

 

 温泉ランドだった。

 

 

[newpage]

 

 

「普通、速攻で個室予約とって突撃する人いる?」

 

「は~、極楽極楽♪ 私は別に大衆浴場でもよかったけど、それで大騒ぎになっても周りの迷惑だろ~? いいじゃん、自分でもいうのもあれだけどこれくらいの贅沢は必要経費だって」

 

 湯煙立ち上る浴槽に肌を晒し合う男女が二人……なんて描写すれば卑猥な雰囲気が立ち込めるだろうが今の俺らにはそんな雰囲気は全く流れていないのであしからず。

 

 電話で予約を取った瞬間に適当な店で、適当に見繕った水着をひっつかんだ夏樹に手を引かれるままに入った噂の温泉ランド。芸能人や業界人の目撃情報が多数寄せられるここでは受付も手慣れたもんなのか間髪入れずにスムーズに個室風呂に通されて今に至る。

 

 その結果、人目もはばからず目の前で水着に着替えようとした彼女にバスタオルを投げつけるなどの一悶着はあったがツッコミに疲れ果てた俺はホカホカと湯気を立て温もりを伝えてくる温泉の誘惑に負けて結局のところ湯船にこの身を沈めたのであった。哀れ戦艦比企谷、お湯の藻屑である。

 

 そんな俺の横には惜しげもなくそのナイスバデェを晒す夏樹が足を伸ばして温泉に浸かり、俺は日頃の疲れからかそんな眼福な光景に目を奪われる暇もなく体の奥から染み出てくる日頃の疲れからか蕩ける様にその身をたゆとうばかり。

 

 健全で結構なのだが、年頃の男女としては興味がなさすぎるのも不健全だなと思わないでもない、と思っていたら

 

「おん? なんだぁ? 貧乳の私の水着には興味ないんじゃないんでしたっけ?? あれれ? おかしいなぁ、なんだかさっきから視線がどっかから凄い感じるなぁ?? どこの誰からの視線なのかなぁ???」

 

「はいはい、巨乳巨乳。わるーございましたよ。……お前も意外と根に持つ奴だな」

 

「へへっ、別に大きさなんて気にして生きては無いけど売られた喧嘩は買う主義なんだ、ぞっと♪」

 

 肩一つ離して座っていた夏樹は俺が降参の白旗を振れば、ムカつく煽り顔を解して肩をドンとぶつける様にあて笑ってそのまま寄り添う。普段の性格からは考えられないくらいに細く、華奢なその身体は女を感じさせるくらいに柔らかできめ細かい癖に触れた部分から感じる熱は熱く、普段脇に置いていた男の部分を刺激する。だが、なんとなく反応するのも負けた気がするので素っ気なく対応。

 

「別に、お前が美人なのは今更いう事でもないだろ」

 

「…………………そういう所なんだよなぁ」

 

 キョトンとした後に困った子供を見るような眼で苦笑して一歩離れる彼女。頬が少し赤いのは湯の温もりのせいか、照れているのかは少し判別がつきがたい。

 

「……でも、まあ、そういうのは抜きにしてもいい気分転換になったよ。ああいう行き詰った時に昔なら泥沼にはまって爆発する事ってよくあったから―――今は、こうやって誰も嫌な思いをさせずに自然体になれるってのは本当にありがたい」

 

「あの湘南で会ってからのお前を見てるとそういうタイプには見えなかったけどなぁ」

 

「ははっ、あれは散々に炎陣メンバーや内匠とやり合った後の私だからな。それに……いや、まあ、自分の事だけで精一杯になる姿もあんまりロックじゃないからさ」

 

 あの湘南で内匠さんに拉致られて訪れた神奈川支部であった時には彼女は実年齢よりずっと落ち着いていて、バランサーのような立ち位置であったとは思う。それでも、譲れない事にはどこまでも頑固に反抗し、悩み、進み続ける生き様だけはあの頃から変わらない。そんな彼女が歯切れも悪く飲み込んだ言葉が何だったのか少しだけ気にはなったが、ソレは語られるまで俺が聞くことでもないんだろう。

 

 そう一人心の中で結論付けて湯船に肩まで浸かり直すと、なぜか少しだけ不機嫌な目で彼女が睨んでくる。

 

「………なんでそこで引いちゃうかなぁ?」

 

「聞いて欲しいのか?」

 

「しね」

 

 理不尽なやり取りの末にお湯を顔に掛けられた泡を食う俺の頬が摘まみ上げられ、グニグニ。化粧と髪を下ろしていつもよりすっぴんの彼女は幾分幼く可愛らしい容姿で頬を膨らませつつ俺にことづける。

 

「そう言うのは聞きだすんじゃなくて引き出すもんだぜ、ハチ。罰として、この後の予定に観覧車も追加だ」

 

「えぇ……意味が分からん」

 

「その後は、バーに行って朝まで呑んで、朝は築地で海鮮丼ってのもいいなぁ」

 

「俺、明日も仕事なんだけど?」

 

「そんなの私が知るか、ばーか」

 

 そういって無邪気に肩を組んでくるロックな少女に呆れつつも俺は溜息を吐いて無抵抗を決め込む。どうせ言っても聞きゃしないし、臍を曲げられて困るのはこっちである。

 

 それに―――この無骨な風で意外と繊細な女の子のたまに来る我儘くらいは飲み干せる男でありたいと思うから。

 

 比企谷 八幡はそんな彼女の悪ふざけに肩を竦めつつも答えてやりたいと思うのだ。

 

 二人きりの浴場に、カラカラとした笑い声が緩やかに木霊した。

 

 どうかこの少女の、一片の暇つぶしになれれば木っ端バイトの残業も報われる事だろう。

 

 そうであればいいな、と 俺は願うのであった、とさ。

 

 

[newpage]

 

 その後、木村夏樹が出した新曲は今までとは違う思春期の恋を歌ったラブソングであり多大な反響と話題をよんで世間を賑わしたのはまあ、俺には関係の無い話だろう。

 

 後は、なぜか事務所のアイドル達が無駄にガンダムに詳しくなって俺の元に話を振りに来るようになったのも俺には関係の無い話だ、きっと、メイビー…………。

 




( *´艸`)次の犠牲者は、もみやでさん ぐふふ


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かなでうぃーくえんど 前編

_(:3」∠)_奏とのなんてこたぁない日常。だが、そういうのもたまには必要なのでござる。



今日も脳みそ空っぽでいってみよー!!☆彡



「いやー、いい画が撮れて最高だったよ! 贔屓にするからまたよろしく!!」

 

「はは、こちらこそよろしくお願いいたします」

 

 快活な笑顔で俺の背を叩きながら激励を飛ばしてきた髭面のディレクターに、いつものごとく気だるげな声で返せばいつも通りの覇気のなさに大笑いしながら去っていく。

 

 豪快さと怖いもの知らずな企画をぶち上げる事で有名な彼は細かい事をネチネチ絡んでこないので割かし好感を抱いている業界人の一人ではあるのだが、いかんせん、その後処理にまで気を回さない所までその性格通りなのは困りものだ。

 

 そう、例えば―――自分の後ろで怒ってますと言わんばかりにブスッと頬を膨らませているミステリアス系アイドル(笑)“速水 奏”という今回の被害者のご機嫌伺いなんてその最たる例だろう。

 

「おーい、いい加減に機嫌直せよ」

 

「……………ふんっ」

 

 そこまで分かりやすいリアクションが返ってくると怒りよりも愛嬌の方が勝るのだから美人というのはつくづく得な生き物だと苦笑を零しつつ、彼女の隣に腰を下ろす。

 

 多少、ポンコツの気はあるモノの基本的に冷静で落ち着きのある彼女がココまで臍を曲げているのはさっきまでの収録が大いに関係している。そう、さっきの監督が極秘裏に進めていた企画の餌食に選ばれたのが彼女だったのである。

 

 始まりは東北のグルメリポートの仕事が彼女の元に舞い込んだトコから始まる。

 

 今まで、そういった仕事にはとんと縁が無かった彼女は喜び勇んでその新しい経験を承諾し、ベテランである瑞樹さんなどからその極意やカメラワークへの配慮に至るまで細かく聞き出して今日という日に備えてきた。

 

 その成果は見事なもんで本当に初めてのリポートとは思えない精度で撮影をこなしていくのでスタッフ全員が目を剥いて、感心してしまう程であった。

 

 これが―――普通の撮影だったなら、の話だが。

 

 さっきのディレクター、業界では知らぬ人のいない“ドッキリ仕掛け人”なのである。

 

 つまり、そういうことである。

 

 スムーズに街並みやグルメのリポートを熟していく彼女の元に事件が起きたのは椀子そばの老舗に入ってからの事。店の内装やちょっとした風情を感じる庭の感想を述べる彼女の姿は実に堂に入っていてこれからはこういう路線もありだななんて思わせる出来のまま訪れた実食の時。

 

 笑顔で差し出された椀子そばを軽快に呑み込んで行き―――10杯目に盛大にむせた。

 

 それもそのはず、出されたのは激マズで有名なお茶で出汁を取った特製悪戯ソバなのだから。だが、彼女もプロである。飲み込むどころが口に含むのも苦痛であろうソバを気合で呑み切り、笑顔でむせてしまったと仕切り直す。単純に凄い。

 

 だが、相手もさるもので想定の範囲内だったのか次に差し出されたのはお酢の原液ソバである。

 

 再び盛大にむせる奏。眉間に皺をよせ涙を溜めて、口元から零れそうなソバを必死に押し隠しつつも何とか完食しようと努力するアイドル的にはギリギリ感と涙ぐましさを感じさせる画が撮れた所でネタばらしをされた。

 

 大爆笑に包まれる会場の中でタレントとしての最後の意地か面白ろ可笑しく“騙された”ことをネタに怒る彼女にシーンを収めた所で無事に収録は終わったのだが―――帰りの車に戻って来てから彼女はずっとこんな感じである。

 

 いや、うん………あの努力を知っている身からすればもうなんも言えねぇっす。

 

 助手席に座る彼女の機嫌が直るまでそっとしとくべきかどうか迷っているとポスリと肩をグーで殴られる感触。恐る恐るそちらを見やれば、涙目でこちらを睨んでる奏さん。

 

「私……今日の為に滅茶苦茶に勉強してきたわよ?」

 

「……はい」

 

「収録中もずっと失敗してないかドキドキしながらリポートしました」

 

「………はい」

 

「最後の激マズ蕎麦もお店に迷惑が掛かっちゃいけないと思って、頑張って食べきって穏便に済ませようと必死に頑張ったの」

 

「…………はい」

 

「貴方――――最初から知ってたわね?」

 

「………………………いや、まあ、はい」

 

「このっ、ばかーーーー!!!!」

 

「いでっ、ごめっ、悪かった!! 悪かったって!! ここまで大掛かりな奴とは聞いてなかったんだ!! あだっ、あだだだだだ!!!」

 

 ふつふつと今まで堪えていた怒りを一気に爆発させた奏が掴みかかって来てひっかいたり、殴ったりと俺の事をけちょんけちょんにしていく。割かし本気で痛いのだが目に涙一杯溜めて、顔も真っ赤に怒る彼女の今日まで重ねた努力を知っている身としては反撃なんて出来るはずもなく彼女の気が済むまで付き合ってやるしかない。

 

 いや、まあ、普通に申し訳なく思ってるしね?

 

 そんなこんなで俺の事をボコボコにした奏は疲れたのか、溜飲が下がったのかは分からないが赤い顔のまま膝を抱えて蹲ってしまう。

 

 重ねた努力が笑い物にされるためだけに使われるなんて、普通に考えれば許しがたい行為だ。だが、彼女が生きているのはそういう事もままある芸能界という世界。こういう時に彼女に求められるのは素早く切り替える精神性なのだろうけれども―――木っ端アルバイトの俺がそんなプロ精神に則った言葉なんて零せるわけもなく、遂には白旗をあげてしまう。

 

「………いや、ホントに悪かったよ。ドッキリ以外の部分もちゃんと使って貰えるように念を押しとくし――――その、なんだ、ご褒美って訳じゃないけどなんかして欲しい事とかあるか?」

 

 情けなく白旗を上げた先に出てくるのがこんな言葉しかないのだから俺も大概だ。今時の幼稚園だってこんな慰めは鼻で笑うだろう。

 

「―――どうせ、口ばっかなんでしょ?」

 

「いや、俺で可能な範囲の……休暇作るとか、やりたいって言ってた歌番組に出るとかくらいなら」

 

「ふーん、乙女の純情を弄んどいて仕事で穴埋めするつもりなのね?」

 

「む」

 

 言われてみればそうである気もする。そもそも仕事嫌い人間な俺からすれば今の提案はキツイ現場の対価に楽な仕事を用意すると言われたようなものだ。普通に考えればソレは対価でもなんでもない気がする。

 

 とはいえ、だ。

 

 それ意外と言われれば俺に出来る事なんて一気に無くなる。まさか、都内のオススメラーメンMAPを渡して彼女が喜ぶわけでは無いだろうし、一気に手詰まり感が出てくる。がはははっ、どうにもならんなコレ。がはははっ。

 

「本当に、反省してる?」

 

「まあ、それなりには……」

 

 困り果てて脳内でから笑いをして思考放棄しているといつの間にかこちらに詰め寄った彼女の琥珀色の瞳で真っ直ぐに睨まれつつそう問われ、思わず頷いてしまう。

 

 その返答を聞き遂げた彼女はさっきまでの不機嫌さは何処へやら―――ニンマリと意地悪気な笑顔を浮かべて俺の鼻先に指を突きつけ、何てことの無いように言葉を紡いだ。

 

 

 

「じゃ、来週末は貴方は一日――― 私の奴隷ね?」

 

 

「は?」

 

 

 

 間抜けな俺の声と、彼女のクスリと蠱惑的で艶のある声が夕凪にひっそりと溶けて消えていった。

 



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かなで うぃーくえんど 後編

_(:3」∠)_お待たせしました、かなでかわいい


 生活というのは忙しなく、月日の流れとは早いもんで奏の奴に宣告された土曜日はあっという間に訪れた。

 普通の大学生といえば日々を遊び惚けて愉快に過ごすのが常であるのだろうけれども、社畜バイトの俺といえばこんな週末の一日の休みを捻出するのも一苦労で大学の講義を何コマかサボらねばならない羽目になってしまった。こんな労働環境、絶対間違ってるよ!!

 

 とまあ、嘆きなれた愚痴を零しつつ電車で揺られること数十分。

 

 普段が愛車バン君での移動に慣れてしまったせいか人の多い電車に乗ることに微妙な息苦しさを覚えつつ、指定された待ち合わせ場所に少し早めに到着したのだが―――待ち合わせの時計塔には既に彼女はいて、イライラと何度も時計を見ては足踏みを繰り返していた。

 

 えぇ…行きたくねぇなぁ……。

 

 待ち合わせは10時で間違いないはずで、時計はそれより20分も早い。これだけ早めの到着をしているのにあれだけ苛立っているというのならどんだけ前からいたんだよ。最近の子は10分前集合とか反対派じゃなかったのん?

 

 そんな遠目にも分かる彼女の動向にげんなりして行くべきかどうか判断を鈍らせていると、その脇でひそひそと何か話しつつ奏を盗み見ていた男二人組がひょこひょこ寄っていくのが見えた。金髪のベッカムヘアーと茶髪のロン毛、服装は少しチャラいものの奇抜過ぎない今時の若者といった風情の二人組である。

 

 ほう、なんて間の抜けた感嘆が漏れてしまった。

 

 普段が近すぎて感覚が麻痺してしまっているが奏を始めとするウチのアイドル達は100人いれば97人が振り返る美人揃いで、残りの3人は他のメンバーに目を向けるという魔窟である。そんな逸材が街中であからさまに“待ち人こず”な状態で待ち合わせスポットに居ればこんな風になるのかと謎の新鮮味を感じてしまったせいかもしれない。

 

 そんな呑気な思考の元でぼんやりとその光景を見学してみる。

 

 まずは先制のロン毛がイライラとする奏に気安く声を掛けるも睨まれ勢い減退。ソレを取りなすように金髪が笑顔で割って入り明るくアピールトーク。なんだか普段はこんな事しないだとか、奏の容姿を褒めそやしたり等の多様な切り口で警戒を解きほぐそうとするが、それすらも奏の冷たい目線に少しづつ減退していく。

 

 いや、リア充の世界などとんと知らぬままここまで年を重ねてしまったが聞いてる限りは全然減点対象な部分が無い見事なトークであったと思う。それですらこんな冷たい扱いを受けるのだから世のナンパ師はマジで凄いと尊敬の念を抱かざる得ない。俺なら速攻で引きこもって後は家から出ないまである。

 

 それでも挫けぬファイティングスピリッツで何とかお茶に誘うチャラ男2人組を心の中で応援していると―――――ギロリとコチラに奏の冷たい視線が突き刺さった。

 

 あ、やっべ。

 

 ツカツカと凄まじい勢いで猛進してくる奏の迫力に押されながら、何か言う前に耳を掴まれズルズルとさっきのナンパされていたチャラ男達の前に引きずり出される。

 

「悪いわね、ツレが来たみたいだから遠慮して貰えるかしら?」

 

「奏、奏さん? いたい、めっちゃ痛いっす。あれ、聞こえてます? かなでさーん?」

 

「「…………え、コレ??」」

 

 まさかの現代で市中引き回しにあった俺が耳を引っ張られたまま必死に懇願を繰り返していると、チャラ男コンビが呆然といった風体のまま失礼にも指を指してくる。人に指を指すなって教わんなかったのかい? 俺は後ろ指刺されないように生きなさいと母ちゃんに言われて育ったがどうにもこの様子では守れなかったらしい。残念、無念である。

 

「これよっ!! 文句ある!!?」

 

「「…………いや、うん、すんませんした」」

 

 ぶち切れ気味の奏の一喝にしばし顔を見合わせたコンビがなんだか申し訳なさそうにすごすごと帰っていく最中に『特殊性癖じゃしょーがねーよな~』とか呟いてるのだが、俺の顔見てその反応は中々に傷つくんだぜ? どういうことだってばよ……。

 

 さてはて、そんな茶番劇に終焉を迎えて何より一件落着と相成る訳もなくいまだに俺の耳をひっつかんだまま睨みつけてくる奏もとい今日のご主人様がおもむろに口を開く。

 

「いつからいたの?」

 

「……イライラしてチャラ男に声かけられるあたりから?」

 

「ほぼ最初からじゃない……」

 

 イライラも一周回ると消沈してしまうモノらしく、ガックリと肩を落とす奏にようやく耳を開放される。流石にこれでやったぜと喜べるような経験をしていないので神妙に気を付けの態勢を取り、これから来るであろうお裁きを右から左へ聞き流す準備を整えた。

 そんな俺の思惑もお見通しなのか深く溜息を吐いた彼女はそれでも何とか口を開く。

 

「言っても無駄だろうけど……女を待たせるなんて落第レベルよ?」

 

「すんません」

 

 そっちが早く来すぎだというツッコミは藪蛇である。ここ、テスト出ますよ?

 

「私がついて行ってたらどうするつもりだったのよ?」

 

「……事務所に報告?」

 

 流石にふざけ過ぎたのか頭を叩かれた。いや、でも、結果の分かり切っている事を心配するのも無駄な気がするのだから答えはあんまり変わらないだろうけれども。そんな事をぶつくさと呟けば、キョトンとした後に少しだけ頬を染めて口をもごもごさせるのだからやはり年頃の乙女というのは分からない。

 

「とりあえずは、ひねくれた信頼の形という事にしておいてあげる。それよりも―――問題はその服よ!!」

 

 なんだか良く分からないが不問にされたみたいなので胸を撫でおろしていると、また何かの怒りが再燃したのか奏は俺を指差し睨んでくる。コロコロと感情表現が激しい奴だ。

 

 彼女に指摘された自分の格好を確認すれば、千葉県民の正装である千葉Tシャツに少し年季の入った愛用のパーカーとそれに小町がとりあえずこれだけ着ておけば何とかなるというウニクロプレゼンツである黒のスキニーパンツ。足元はどっかのスーパーで投げ売りしていたオシャレスニーカー。

 

 この無難な格好の一体何が彼女の逆鱗に障ったのか、解せぬ。

 

「………一応、聞いておくけど。普段の仕事着の方がまだましだっていう自覚はある?」

 

「いや、動きやすい分だけこっちの方が好みの格好ではある」

 

 そんな俺の答えにいよいよ頭を抱えて深い溜息を漏らし始める奏をぼんやり眺めていると何も悪くないはずなのに罪悪感を感じるから不思議なモノだ。ちなみに、もっと言えば普段のバイトで着ている白シャツに黒のスキニーだってチッヒに怒られて着せられるモノなので好んで着ている訳でないのだ。

 

 送迎や裏方業務に、何ならたまに設営の手伝いだってするのだからジャージでもいいくらいなのだがいつの間にか打ち合わせや交渉なんかまでやらされるようになった都合上でアレになっているだけなのである。……いや、いまだに考えてもバイトにさせる仕事じゃないでしょコレ。

 

 そんな自分の仕事に対して疑問と愚痴を脳内で零していると、息を吐き切った奏が顔をあげ無言で俺の手を引いて歩き始めた。

 

「予定変更よ。ホントは映画の時間まで私の買い物に付き合わせるつもりだったけど―――連れまわす奴隷があまりにみすぼらしいんじゃ私の方が笑い物だわ」

 

「どこ行くんだ?」

 

「貴方の服を買いに行くのっ!!」

 

 奏は額に青筋を浮かべながらズンズン足を進めながら、普段は足を踏み入れることも無いお高めのデパートに俺を引っ張っていく。その光景を見ている周りの人々の視線は嗤っているというよりはなんだか生暖かいものばかりで俺まで居心地が悪くなってしまう。

 それならいっそ、ココで解散した方が有意義なんじゃない? とか言ってみる勇気はプンプンしている彼女に対してどうにも出てこなかった俺ガイル。

 

 どうにも、今日も優雅な休日には程遠い一日になりそうだと俺は小さく溜息を零した。

 

 

------------------

 

 

 

「コレと、コレと―――コレを合わせても彼氏さんに似合いそうですよねっ!」

 

「……いいわね。それも一揃えこの人のサイズで用意しておいて」

 

 と、奏のお気に入りのブランドという店に連れ込まれてからしばし。しばらく奏の着せ替え人形とかしてあれこれ試着させられていたのだが、興味深げにこちらを覗いていた店員達も販売チャンスだと思ったのか自分のオススメを山と抱えてソレに加わってもはや俺の理解のキャパシティはとっくに超えてしまっている。

 

 フォーマルな奴にカジュアル、アメカジ系やスポーツ色などはまだわかったがノームコアだのなんだのと出て来たあたりで訳が分からなくなり、試着するたびに営業そっちのけでカメラのフラッシュを焚く女衆。仕事しろ。

 

 流石に、ロック系の革ジャンまで持って来られた所で拒否をした。そうしてようやく着せ替え遊びから真面目なコーディネートに移ったは良いのだが―――さっきからバカスカ籠に突っ込んでるその服は誰が買うの? 一、二着の話かと思ったら既に一週間日替わりで着まわせるぐらいセットで購入してない?? 店員さんも笑顔でホクホクが止まらなくなっちゃってるよ??

 

「………おい、そんなに要らないだろ」

 

「駄目よ。貴方、こんな機会でもない限り絶対にまともな服なんて買わないんだからこの機会に一通り気分で選べるくらいは揃えなさい」

 

「お前は俺のカーちゃんかよ。いや、というか、別におかしな服では無かったでしょ……千葉T」

 

「「……………」」

 

 なんで店員さんまで揃って哀れさ満点の溜息を吐いてんだよ。

 

 おい、シレっと服をまたツッコむな。

 

 そんな俺の真っ当な主張は誰にも聞き遂げられることも無く、キャイキャイと服の話題で盛り上がる姦しい声にかき消されるのであった、とさ。

 

 

―――――――― 

 

 

「うん、今日はこんな所でいいかしら?」

 

「ふふっ、これで今度からのデートもばっちりですね」

 

 心行くまで彼の着せ替えで遊んだ私の満足げな一言に、一緒にコーディネートしていた馴染みの店員さんが茶目っ気交じりのからかいを掛けてくる。自分がアイドルだと知らない訳ではないのだが、嫌味も無く普通にそう声を掛けてくれるのがなんだか少しだけ気恥ずかしくて微笑むだけで返事とする。

 

 そんな私にニコリと笑いかけて籠を持って会計に離れていく彼女を見送った後に自分の後ろで不機嫌そうにしている今日の連れ合いである“奴隷”君に目を向ける。

 

 いつもと変わらない澱んだ気だるげな眼はガラスの双眸に遮られ柔らかくなり、後ろで結わえただけの髪は一度解いていつもよりずっと高い位置でポニーテール風に括り直す。それだけでも普段の陰険さが無くなり知的な風貌に見えるのは惚れた弱みか、単純に彼の顔の作りの良さかは判断に迷う所だ。

 

 それに何より、一番の成果といえばその服装だろう。

 

 最初に来た時の近所のコンビニに行くのですら躊躇うようなくたびれたパーカーに謎の地元Tシャツ。普段から見ているスキニーよりもずっと使い込んでるのか毛羽だったパンツ―――――あれをナンパ男たちの前に出さなければいけなかった自分の恥じらいをいかばかりこの男は理解しているのかいないのか。

 

 それが尽力の結果、今ではこのまま撮影だと言われても何とかなりそうなくらいまでには至ったのである。

 

 清潔感のある白いシャツに網目が大きめのニットカーディガンで甘すぎず、締めすぎず纏めたトップスに、なんだかんだとスタイルのいい彼の足を見せられるタイトなグレーのスラックス。

 

 現場で見る無難なシャツ姿も嫌いではないのだが、こういった甘さが混じる服装の彼が隣を歩くというのはなんだか特別な関係でしか見れない一面を知っている優越感を私にもたらしてくれる。それに、慣れないオシャレにブスッとした表情を浮かべる彼はなんだかお仕着せされて不機嫌なブルドックの様で少しだけ可愛く思えてしまうのだから私の脳みそも大概にやられているみたいだ。

 

 そんな“自分専用”の彼を満喫するように周りをゆっくり眺めまわしていると後ろの回った時に目が惹かれたある部分。

 

 いつもはその無造作に纏められた髪で隠れている―――うなじ。

 

 その見慣れない白く滑らかな曲線が目に入った瞬間になんだかゾクリとした感覚が走り、知らず食い入るように見つめてしまう。

 

 誰も見たことのないであろうこの無防備にさらされた首筋。これに自分の口紅で証をつけたらどれだけ気持ちいいだろうか? 噛み跡が残るくらい強く噛みしめたらどんな声を出すだろうか? 今日だけでなく自分の“モノ”として―――首輪をつけて括れたらどれだけの多幸感に包まれるだろうか?

 

 そんな彼の尊厳を貶める冒涜的な思考が粘り気の強い甘味の様に私の思考を犯していく。

 

 それに釣られるように無意識に伸ばしたその指が彼に触れるか否かの境目で―――彼が振り向いた。

 

「もう気が済んだならいいだろ。これ以上は流石に付き合えん」

 

「――――っ、あ、な、何を言ってるのよ。まだ、肝心の私の服を選んでくれてないじゃない」

 

 呆れたようにこちらを振り向いて肩を竦めるいつもの動作。それなのに自分好みに整えた見た目とさっきまでの思考の危うさから跳ねあがる心臓をなんとか押さえて、それがバレないように咄嗟に近くにあった二着の服を手に持って彼の前に突き出す。

 

 苦し紛れのその行動に彼は一瞬だけ怪訝そうに眉を寄せたが、しばしその二着を見比べた後におもむろに左の方を指さした。

 

「どっちでもいいが……まあ、そっちの方が無難なんじゃねぇの? しらんけど」

 

 いまさらながらに突き出した服を自分で確認してみれば右は肩ぐりから胸元までが大きく開いたデザインで、左の方はゆったりとしながらも落ち着いたデザインのものだった。その選択に自分で聞いたくせに意外そうに眼を見開いてしまう。

 

「聞いといてあれだけど、もっとおっぱいが零れそうな服が好みだと思ってたわ…」

 

「お前は俺の事をなんだと思ってるんだ……」

 

 げんなりとした顔で肩を落とす彼だが、こちらにだって言い分はあるのだ。

 

 彼の周りには多くの好意を持っている女の子が多数いるのは今更の事だが、その中でも露出の多い女の子と話しているふとした瞬間に彼が胸やお尻を目で追っているのを気が付かないとでも思っているのだろうか? 

 

 そんな思考は口に出さずとも目で十分に伝わるようで、彼は呆れたように言い訳を口から零す。

 

「いや、“本能的動き”と“好み”は別問題でしょ……。そういうのが無いとは言わんが、普通に隣を歩く分には色々としまっておいて貰った方が気が楽なのは確かだな」

 

「………ふーん、そういうものなのかしら」

 

「男は色々と繊細なんだよ、っと」

 

「あ、ちょっと!」

 

 なんだか分かったような、分からない様な彼の説明に首を傾げていると苦笑を零した彼が私からさっきの服を奪い取って会計の方へと向かって行ってしまう。

 

「それは、自分で買うわ!」

 

「もう流石に付き合いきれんからな、会計も一緒の方が早く済む。映画を見る前に飯くらいは食わせてくれ」

 

 慌てて追いかけて抗議する私に彼は取り合うことも無くカウンターでさっさと会計を済ませてしまう。私の静止も聞かずにカード決済をニコニコと済ませてしまう顔なじみの店員さんに恨みがましい視線を送りつつも彼はワシワシと私の頭を掻き交ぜる。

 

「この後の飯はお前の奢りな」

 

「…………服代だって半分は出すつもりだったわよ」

 

 私の負け惜しみの様な呟きに、今度こそ店員と彼は声を出して笑う。なんだか、それが非常に居たたまれなくてまた彼を睨みつけようとするのだが―――いつもよりずっと柔らかいその表情に毒気を抜かれてしまった。

 

「会計まで出番を取られたんじゃいよいよ男の立つ瀬がなくなるからな、素直に奢られとけ」

 

 そんな一言に、私はなんとなく拗ねた子供の様に顔を逸らすことでしか答えられなかったであった、とさ。

 

 

------------------

 

 

 

「………映画って、まさかこれかよ」

 

「最近話題だし、丁度いいでしょ?」

 

 そんなこんなで服を買い終えた私たちは彼が無性に食べたくなったというピザを二人で食べている時にこれから見る映画の話題になったのだが―――どうにも彼の反応が芳しくない。

 

 流行というのもあったし、彼もこの映画の話題で奈緒や比奈さんと語っていた事があったのを覚えているのでハズレではないと思うのだが、そんなに不味かっただろうか?

 

「いや、というか、お前ってこの作品好きだっけ?」

 

「まあ、隠れオタクの教養として原作漫画は基礎知識として読んでくらいね。映画版やアニメはあんまり好みじゃなかったから見てないけど―――結末は大体一緒でしょ」

 

「奏」

 

「へ、って、ちょっと! 急に何よ!?」

 

 伸びるピザのチーズを零さないようにハムハムしながら食べつつ彼の質問に答えていると真剣な顔の彼がこちらに詰め寄って来てまっすぐに見つめてくる。

 

 いや、そういうのも求められればやぶさかではないのだけれども今、このピザであぶらっぽくなった唇同士でファーストキスというのは乙女的に最悪だ。せめて、やるにしてももっとシュチュエーションで雰囲気を考慮した流れで――――等々と暴走気味の思考で顔を真っ赤にしていると彼が口を開いた。

 

「やめとけ」

 

「――――へ? やめとけって、この映画の事? なんでよ?」

 

「語ることは難しい。でも、せめて見るなら歴代の映画版を見てからの方がいい」

 

 私の思考をぶった切る様に言葉短くそういった彼。だが、こっちの質問にも碌に答えることも無くもごもごと言い渋る彼の態度が自分の勘違いも含めて、なんだか可笑しくてつい笑ってしまう。

 

「ふふっ、まあファンからしたらいきなり最終章をみるってのが邪道に感じるのも分かるけれども大丈夫よ。ほら、SWだってどこから見ても面白いし、多少の突飛な話の変更は映画化にはよくある話じゃない。―――なにより、B級映画で鍛えた私ならどんな展開もカワイイ物として見逃してあげられるわ!!」

 

「いや、むしろ完全に初見の無知識状態なら俺もココまで止めないんだが―――いや、マジで止めといた方がいいって」

 

 しつこく食い止めてくる彼にこっちも溜息一つで答えて最後のピザを飲み込みつつ席を立つ。

 

 

 

「大丈夫だって。それに、この機会を逃したら貴方だっていつ見に来れるか分からないでしょう? ほら、そろそろ開場時間だし行きましょ――――シン〇ヴァンゲリオン」

 

「……………」

 

 

-------------------

 

 

 

 ぞろぞろと流れる人込みに乗って俺らも映画館の外に出たのだが、その間は終始無言である。

 

 外に出てしばらく、意識も怪しい奏は手を引かれるがままに俺の後を付いてきたのだがついにその手を引き止められる微かな力に俺も素直に足を止めて振り返る。その先にいたのは映画館に入る前は嬉し気にニコニコしてたはずの奏が―――無表情でこちらを見つめている。

 

 可哀そうな事に、あの場にいた多くの人間同様に脳みそを破壊されてしまったらしい。

 

 かくいう俺も今すぐ材木座あたりに電話してネタバレと感想を超早口でまくしたてたくて仕方がない気持ちで一杯になってしまっている。この胸の中に渦巻く糞デカ感情をあのデブをネタバレ殺しでむせび泣かせることで発散したくてたまらない。

 

 そんな俺自身も平常状態とは言えない中で何とか奏が次の言葉を発するまでを根気強く待っていると―――ついに彼女が口を開いた。

 

「……いますぐ、」

 

「は?」

 

「今すぐ、全編見直ししに行くわよ!! ビデオ屋―――いや、いまからじゃ借りれない。いえ、どうせ貴方の事だから全部DVD持ってるんでしょ!? デートなんて中止よ、中止!! ここからは徹夜で全て見直して、徹底討論するわ!!」

 

「お、おいっ、俺の家に来るつもりか!? 絶対やだぞ!! 貸すから家で一人で見てろ!!」

 

「ふざけんじゃないわよ、家で一人で見たら感想も討論も言えないでしょ!? ああっ、もうっ、こんな事になるなら先に言いなさいよ馬鹿っ!!」

 

「いったけど? 八幡ちゃんと止めたけど?? あ、ちょ、服伸びるのびる!!」

 

 もはや、発狂に近い形で俺の袖をつかんで駅に走り出そうとする奏と抵抗する俺。だが、不思議な事に映画館から出てくる人々は誰もがそんな光景に奇異の眼も向けることなく訳知り顔で微笑んで通り過ぎて行く。―――コレが、魂の浄化を受けた人類の余裕か。いや、そんなんでいいのか人類。もっとちゃんとしろ、人類。

 

 

 結局のところ、暴走した奏を止める事は叶わず必死の折衷案として家の近くにあるレンタルルームを借りて徹夜の作品完走耐久走が始まって、俺も奏も寝不足のまま出勤・通学をするという何とも嬉しくない“朝帰り”とやらを決める事になるのだが―――ソレはまた別の話だろう。

 

 今回得られた教訓は―――シリーズ物映画は余裕を持って復習する事と、デートにはオシャレをしていかないと女の子に怒られる、というこの先のボッチ人生ではあまり使えないモノばかりが残ったのであった、とさ。

 

 

ちゃんちゃん♪

 

 




_(:3」∠)_だれか、ほめて…


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美波√ =偽りの無い言葉= chapter①

_(:3」∠)_そろそろ書くか、美波√続編。

前のお話から読んで頂けると嬉しいです→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10395940


('ω')おいらは大人に憧れてた。なんでもできるって信じてた。理不尽なんてなくて、やっただけ結果がついてくると思ってた。

 その答えは、いまだに出てこないんだ。教えてくれよ、誰か。

 後悔か、不屈か、欺瞞か。

 そんな大人と子供の狭間で揺れ動く彼女の物語。


 揺蕩う意識がぼんやりと浮き上がってきて、最初に感じたのは緩やかな布団が伝えてくる温もりと柔らかさ。それに続いてやってきたのは瞼を透けて刺さってくる朝日の眩さ。

 毎朝の事ではあるけれども、この微睡の心地よさから抜け出すのが惜しくて未練がましくも布団を目深に被ってささやかな抵抗を試みる。

 

 今は、何時だろうか? あと、何分は二度寝を楽しめるか? 

 

 そんな判然としない意識で時計を確認しようとしたところでふっ、と普段にない感覚が自分の鼻孔を撫でた。

 

 自分のモノではない香水と、微かな紫煙の煙たさを纏ったその香り。それは、今まさに自分が頭から被っている柔らかなお布団から確かに薫っていて、ソレに気が付けば普段の日常との数多の差異に一気に気が付いてしまう。

 

 質素なグレーの布団カバーに、高さの違う枕。慌てて布団から飛び起きて周りを確認すれば見慣れないコンクリートが打ちっぱなしの壁に、明らかに男物と思われる無骨な調度品が数点並ぶ部屋。

 

 確かめるまでもなく自分の部屋ではないその光景に寝ぼけていた脳内が一気にフル回転して何がどうなっているのかを必死に模索し―――昨日の夜の出来事が瞬く間に駆け抜けていった。

 

 幻想的なランプに照らされたバー。

 

 味覚を戸惑わせた初めての味。

 

 自分が憧れていた世界に踏み込み、得た高揚感。

 

 楽しく弾む会話と、自分の横で気だるげに微笑んでいた彼。

 

 そして――――そんな彼に告げてしまった想い。

 

 そこまでが走馬灯の様に流れていったのに、そこを最後に自分の記憶はぷっつりと途絶えている。その一番の踏ん張りどころで意識を途絶えさせた昨日の自分が最高に恨めしく今からでもひっぱたいてやりたいくらいの激情が自分の身を悶えさせる。

 

 そして、なによりもである。

 

 途切れた記憶の最後と、今の状況を繋ぎ合わせれば更に自分の脳内は沸騰していくのを止められない。女である自分が想いを告げて、男はソレを聞き届け―――次に眼を覚ました時には明らかに男性の部屋で眼を覚ました。

 

 それは、俗にいう、なんと言うのか……“お持ち帰り”されてしまったというのが一番しっくりくる状況ではないだろうか?

 

 慌てて確認した身だしなみは昨日の気合を入れた服ではなく白シャツ一枚を羽織った程度のモノで、その他に特に乱れも無く体に違和感は無い。だが、初めての経験であるがゆえにそれが事後のスタンダードなのかどうかすらも分からない。

 

 ど、えっ、まさかとは思うが私の初体験は意識の無いまま泥酔して終わってしまったのだろうか?

 

 そんな考え得る限り最悪な状況に私は頭を抱えて悶絶する。

 

「かんっぜんに、大失敗じゃない……」

 

 あれだけ長い間に秘めていた想いを身勝手にぶつけておいて、自分は呑気に夢の世界に旅だってしまった。その先に酔いつぶれた自分がどんな振る舞いをしたのか想像しただけで頭が痛くなる。

 

 いつも理性で押さえていた欲望が曝け出されてしまったのか、初めての経験に自分はどう反応したのか、彼のその時の表情はどんなものだったのか――――全てが酔いの彼方に消えてしまったその貴重なモノは自分には欠片も残っていない。

 

 それが、ひたすらに悔しくて悲しい。

 

 そんな後悔の中でも不思議と――――嫌悪感というモノは出てこなかった。

 

 浮かぶのは、自分の失態と焦がれていた“その先”の熱を覚えていられなかったという喪失感だけ。

 

 そんな湧き上がる熱と、恥と、言い表せない諸々に一人で悶えていると部屋に一つだけある扉の奥から人の気配を感じ、思い切り肩を跳ねさせる。

 

 それは、想い続けていた彼のものかもしれないと思えば先ほど以上に顔は赤く染まり、脳は真っ赤に煮えたぎり、何ならその姿が見える前に窓から続くベランダから脱走を試みようとしてしまう程。勝手に逃避に奔ろうとする体を必死で宥めれば気が付く。

 

自分がシャツ以外は少しだけ気合の入った下着だけの半裸に近い状態だという事。

 

 引くも、責めるも出来ずにただ固まって混乱する私を時間が待ってくれるわけもなく、無慈悲にその扉は開かれ――――その先から現れたのは、昨日の夜に鮮やかな腕前で自分を迎えてくれたバーテンダー“神木”さん。

 

「やぁ、おはよう“美波”君。―――現れたのが愛しの“比企谷”君でなくて申し訳ない限りだよ」

 

「あ、え…と、 お、おはよう、ございます?」

 

 クスリと笑った後に意地悪気に笑う猫のような彼女に私が返せたのは、そんな間抜けな朝の挨拶だけであった、とさ。

 

 

------------------ 

 

 

「くくくっ、酷い男だと思わないかい? こんな美女が目の前で寝息を立てているのに私に万札数枚とメモだけ残して預けて行くなんて自分の教育不足を恥じ入るばかりだよ」

 

「いや、その……本当にご迷惑をおかけいたしました」

 

 質素な部屋に立ち込めるコーヒーと彼女が買ってきてくれた焼きたてのクロワッサンの甘く優しい匂いが立ち込める中で、楽し気に笑う彼女と羞恥に顔を俯かせる私。

 そんな彼女の口から告げられたのはなんとも色気のない無難な真実で、空回った脳みそで夢想したあれこれが際限なく自分のムッツリ加減を責めたて居たたまれなさは倍増だ。

 

 何てことは無い、酔いつぶれた自分はあのまま眠りに落ちて店に置いて行かれたらしい。気を利かせて席を外してくれていた彼女が戻ってくれば、質素なメモ書きと共に残された私の処遇に悩んだ末に店の二階にある部屋へ寝かしつけてくれたらしい。

 

 初対面で、一体どれだけの迷惑をかけてしまったのかと思えば顔なんてあげられるはずもない。だが、それでも彼女はカラカラ笑うばかり。

 

「まあ、こうしてお酒の味を誰もが覚えていく。それに、君より少し早く社会に出た人間からのアドバイスを一ついいかな?」

 

「……謹んで聞かせて頂きます」

 

 縮こまって応える私にニヤリと一言。

 

「“酒の席での事を次の日に口に出すな”。それが常識ある大人が身に着けているマナーって奴さ。――――さあ、分かったなら朝飯にしよう。ここのクロワッサンは自慢じゃないが、ちょっとしたものだよ?」

 

「………ふふっ、神木さんってかっこいいですね」

 

 ウインク一つと共にそういった彼女は豪快にパンに齧りついて、話を終わらせた。

 

 その仕草の一つ一つがカッコよくて、可愛くて、おっきく見えて思わずそういって笑ってしまった私に彼女は肩を竦めるだけで答えた。そんな動作も、見慣れたあの気だるげなアシスタントさんも憧れたのかもしれないと思ってついつい笑ってしまった。

 

 やけ気味に大きく口を開けて齧り付いたクロワッサンは―――彼女の言葉通り、ちょっとしたものだった。

 

 

――――――――――――― 

 

 

 神木さんに朝食をご馳走になり、楽しい時間を過ごしてしばし。

 

 時間というモノは黙っていても流れていくモノで、それが楽しい時間ならばあっという間だ。そうこうしているウチに時間は昼に差し掛かり始めて自分もソロソロ午後のレッスンの為にココを出なけれなならない時間になってしまった。

 

 名残惜しさを感じつつも店を出ようとした私を見送ってくれる彼女に深々と頭を下げてお礼を述べる。

 

「ほんっとうに、ご迷惑をおかけしました!!」

 

「なに、私も久々に若い娘さんとお喋り出来て若返った気分だ。次も、懲りずに遊びに来てくれよ」

 

 ゆたりと紫煙と共に微笑む彼女に少しの気恥ずかしさと、嬉しさを込めて私は笑顔で答えて背を向けて歩み出した。初めての体験。初めての失敗。そして―――それによってこうして結ばれた縁があるのならば、それもまた良い経験だったのだろう、と一人苦笑を零して。

 

 そんな、浮かれた気分だったせいもあるからだろうか。

 

 彼女が呟くように零した言葉は―――ついぞ、私が本当に理解することは無かった。

 

 

 

『“大人”に嫌気がさしたら、またおいで』

 

 

 

 その言葉を、私は後数刻後に身をもって知ることになるなんて思っても見なかったのだから。

 

 

------------------

 

 

 

 通い慣れた事務所への道。それも何故か今日は不思議と活気づいて見えるのは、昨日の体験の高揚感が残っているせいかもしれない。さっきまで自分の大失敗に頭を抱えていたのに励まされただけでここまで持ち直す自分の現金さに少しだけ呆れてしまう。

 

 それに、問題は一つ減っただけで全て解決していないというのもこの心臓を高鳴らせている大きな理由だ。

 

 そう、自分は昨日の夜に―――踏み出してしまったのだ。

 

 あの気だるげな風貌で皆を支える影のような男に、いつも叱り飛ばして噛みついていた彼に、自分の心を惹きつけ続ける想い人にその想いを隠すことなく打ち明けてしまった。

 

 その答えは未だに私は知らない。

 

 それでも、彼と過ごした日々や、彼のふとした時に見せる優し気な表情から―――期待は拭えないのだ。

 

 例え、その期待に添えない結果であったとしても今まで飲み込み続けた想いを隠さなくて良くなった今ならば時間をかけてでも振り向かせて見せる。少なくとも、長い時間をかけてなけなしのプライドで隠していた、そういう行動を我慢しなくていいと思えばやりようはいくらでもある。

 

 自分は、もう彼に頭を撫でられるだけの子供ではなくなった。

 

 同じ立場で、同じ目線で、杯を酌み交わせる“大人”というステージにようやく立てた。

 

 ならば、後はその腕を絡め、その瞳に真っ直ぐ自分の想いを向けさせるだけ。

 

 それが一周回って自分を爽快な気分にさせて足をいそがせる。

 

 早く、早く彼の答えをと願い、事務所より先に彼が良くいる非常階段下の喫煙所へと足を向け―――彼がいた。

 

 鴉の羽のような黒い髪にアホ毛を一本靡かせて、姿勢さえ良ければ映えるそのスタイルのいい体をシャツと黒のスキニーに包んだ気だるげな彼は今日もそこで気だるげな雰囲気のまま紫煙を燻らせている。

 

 会いに来たはずなのに、その姿を見れば昨夜の告白が脳内をよぎり途端に恥ずかしくなってしまう。ソレをいつもは怒った振りをして誤魔化してきた。だって、そうでもして何かで隠さなければこの想いはきっとすぐに伝わってしまったから。

 

 でも、もうそんな子供の様な嘘はやめよう。

 

 照れ隠しで握ってきた拳を緩めて、素直に―――この胸に溢れる思いを真っ直ぐに彼に届けよう。

 

 それが、私“新田 美波”が大人になれたという証明の一歩にしようと踏み出した

 

 瞬間に、彼の眼が私の一歩を  踏み留めた。

 

 紫煙と、野暮ったい長い髪の隙間から覗く胡乱気な瞳。

 

 見慣れたソレは――――何故かいつもより、ずっと遠く感じる。

 

 嫌な感触に引きつりそうになる喉を必死に動かして、何とか言葉を紡ぐ。

 

「き、昨日はありがとうございました。でも、声、掛けてくれたら、良かったのに」

 

「―――おう、二日酔いは無さそうで何より。次からは寝る前にそうするよ」

 

 声も、瞳も、言葉も何もがいつも通り。ぶっきらぼうでデリカシーのない変わらぬ彼。肩を竦めるのも、冷笑に見える苦笑も見慣れた動作なのに――――それが、余りに普段通り過ぎて恐ろしい。

 

 暗く陰ったビルの隙間にあるこの場所に冷たい風が吹く。

 

 それがさっきまでの自分の中に宿っていた熱と想い。そして、昨日の夜に彼に愛の言葉を告げたという確かにあったはずの現実の有無すら不確かにかき消そうと吹きすさぶ。

 

 それが、嘘では無かったと。夢現で零した言葉ではないと証明するために必死に生唾がへばり付く喉を震わせて言葉を紡ごうとした最中、彼が頼りなげに揺れていた細巻きの灯を捻り潰してソレを遮った。

 

 何てことは無い。煙草をもみ消し、吸い終わったから戻って行く。

 

 そんな当り前の行為が今は全てが自分の動きを否定する楔となって息を呑む。

 

 乾いた足音が、風に交じって自分の真横に並んだ時に――――囁くような声で彼が呟く。

 

 

「酒を飲んだ時の話は、あんま覚えてないんだ。俺も酔ってたからな。―――――お前も、そうだろ?」

 

「―――――ッ」

 

 

 

 そんなゾッとするくらいに冷たく、昏い声。

 

 それに息を呑み―――だが、乾ききった口内を無理やり動かして否定を紡ぐ。

 

 確かに、酔っていた。

 

 初めての大人への階段を想い人と共に踏み出し、憧れに足る年長者と言葉を交わし楽しい時間を過ごし、初めての酒精が齎す高揚感にはしゃぎ―――全てに酔ってはいた。

 

 だけれども―――― それでも  語った言葉に嘘なんてない。

 

 酔っていたからこそ、私の本当の想いを語れた。

 

 長い間、蓋をし続けた想いをあの時だからこそ隠すことなく打ち明けられた。

 

 はっきり、全てを 覚えている。

 

 重ねた日々に、重ねた想いの全ては酔いに任せたうわごとで何か無かった。

 

 そう、彼に伝えようと喉を振るわせようとしたその時に

 

 

 重たく冷たい鉄の非常出口の扉が硬質な音を立てて閉じたのは、同時だった。

 

 

 残ったのは、瞼に焼き付いた彼の背中と―――嗚咽を漏らしてその場に蹲る私だけ。

 

 

 あれだけの想いを込めた言葉は―――――

 

 

 

  ――――“酔っていた” そんな一言で片づけられてしまうモノだったのか。

 

 

 

 そんな私の慟哭に ただ風だけが無感情な声で答えた。

 



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美波√ =迷い、惑い、彼と彼女は蹲る= chapter②

('ω')続くぜ、激重 ミナミィ√!!

がんばれ、おれ!! 走り抜けろ、おれ!!

( *´艸`)いつもみんな、コメント・評価・ブクマありがとうございます!!




 賑やかで明るい声が響くこの事務所の名物とすらなり始めている宴会。

 

 それの開催のきっかけは本当に様々でライブの打ち上げだったり、収録の慰労会だったり、色んなイベントがあっても無くても様々な口実をつけて結構な頻度で開催されるコレは規模の大小はあれども、総じて姦しく楽しい時間が齎される。

 

 その例に漏れず、今日も誰もが自由に日頃の疲れやストレスへの反抗だと言わんばかりに盛り上がっている。そんな光景を横目に私“新田 美波”は自問自答する。

 

 成人を迎え、何の衒いも無く摂取することを許された手元の酒杯をゆるりと回して誰にでもなく心の中で問い詰める。

 

 明るく、楽しく、陽気な気分も齎してくれるこの酒精に自分はずっと昔から憧れていた。というか、正確に言えばデレプロに入ってからコレを呑んで楽し気に語る年長の人々を見たからこそ興味を持ったというべきだろうか。

 大学でもそういう機会は無かったわけでは無いが、お酒を含まなくても十分に会話だけで楽しめたし、世話焼きな自分の性分か呑み過ぎた友人や先輩たちの世話をすることが多かったので無い方が楽かもとすら思っていた。

 

 だけれども、普段は年長として面倒を見てくれる彼女達がこの時ばかりは空気を緩め、自分の趣向に正直になる瞬間を見ると羨ましくも思えたのだ。

 

 好きも、嫌いも。

 

 疑問も、提案も。

 

 心の内をこの時ばかりは素直に打ち明けられるその様子は、色んな方面で意地っ張りな自分には余りにも魅力的な“言い訳”であった。いや、もっと正直に白状するのならば―――酔いに任せた勢いで自分の想い人に素直に甘えに行く彼女達が恨めしかったのだと思う。

 

 そんな時ばかりは、いつも素っ気なくあしらう彼も酒精で寛大になっているのか激しく抵抗もせずに眉を顰めるばかりだったというのも自分の年齢を恨めしく思った大きな要因でもある。

 

 『“大人”ならば、ソレが許される』

 

 そんな酔った彼らを引き剝がしながらいつも心の中で焦れていた憧憬へ遂に自分はなることが出来た。

 

 自分の誕生日のその日。自分は例年になく高鳴る鼓動を押さえる事が出来ずに、急き立てられる様に事務所へと足を走らせ、目的の彼を呼び止める。

アイドルとしての立場だとか、いつも口うるさく喚いている品行なんてその時ばかりは構っている暇なんてない。

 

 彼と出会ってから1年ちょっと。いつ、誰が彼を攫ってしまうかと常に怯えてきた。

 

 自分たちが来る前から深い絆を結んでいた初期メンバー。

 

 同じ大学に通い、多くの接点を持つ清楚で知的な彼女。

 

 デレプロ創設時から彼と歩んできて、女の自分から見ても可愛らしい彼女。

 

 そして――――誰よりも自然に彼の隣に並ぶ、風の様な狐目の少女。

 

 誰もが彼に並々ならぬ感情を向けている事なんて、嫌でも分かる。

 

 だけど、“大人”になった自分ならば。

 

 素直になれる“言い訳”を手に入れたならば―――もう、堪える事なんて出来なかった。

 

 誰かに取られるくらいならば、自分が彼を射止めてしまおうと決意して渋る彼にごねてごねて無理やり首を縦に振らせ、初めての経験を踏み台に遂に彼への偽りの無い想いを口にすることが出来たのだ。

 

 それが、どうしてこんな事になってしまったのだろうか?

 

 あれから、彼は本当に何もなかったかのように変わらなかった。

 

 送迎も、仕事の打ち合わせも、メンバーとの接し方も、普段の気だるげな雰囲気も何一つとして変わらない。まるで本当にあの夜には何もなかったかのように振舞ってしまえる彼が、不気味ですらあって私は今日まで遂に声を掛ける機会を見失ったままだ。

 

 無言で、何も語らない彼にあの話をしてしまえば今度こそ――――決定的な何かが閉ざされてしまうという確かな予感が私を縛り付け、口を紡がせる。

 

 ゆたり、ゆたりと氷もとっくに解け切ってしまったグラスを回し続け、問いかける。

 

 貴方は、素直になることを許してくれる免罪符ではなかったのか?

 

 貴方は、たゆとう甘い夢をなぜかき消してしまうのか?

 

 貴方は―――――もっと、明るく暖かな世界へ誘ってくれるものではなかったのか?

 

 私は―――どうすればよかったというのですか?

 

 八つ当たりというのも的外れな私の糾弾に、当然のように答えは無く

 

 代わりに、鈴の様に可憐な声が隣から掛けられた。

 

「アー、ミナミ。具合悪い、デスか?」

 

「アーニャちゃん……。大丈夫、ちょっと、ぼんやりしちゃってただけだから」

 

 自分のユニットの相方で、年下の親友であるハーフの少女の気遣いが少しだけ今は煩わしくてぎこちなく微笑む事で短く答える。

 

 誰かに、気を使われるのが最近は煩わしいと思う事が増えてしまって最近はこうした表情を浮かべる事が多くなってしまった。

 

 心配され、ソレを受け入れて全てを吐きだせればどれだけ楽だったろうか。だけれども、こんな話を誰に出来る訳もない。ましてやソレが―――同じ想い人を抱えているであろう少女や仲間達になんて話せるわけがない。

 

 色々と心配そうに声を掛けてくれる彼女に腹の底でそんな醜い感情と打算を巡らせている自分にどうしようもない嫌悪感が湧き上がる。

 

 こんなはずでは、無かった。

 

 どうして、こうなってしまったのか?

 

 どうして貴方は―――ここにいる皆への様に私に多幸感を与えてくれないのか。

 

 ガラリと開いた居酒屋の扉から遅れて合流した事務方メンバーが入ってきた事によって歓声が上がる会場の中で、私だけは手の中で無感情に揺れる酒精を私は恨めし気に睨みつけ、唇を噛みしめた。

 

 

 自分は、何を間違えてしまったのだろうか?

 

 そんな答えの出ない自問自答が、また繰り返された。

 

 

 

------------------

 

 

 

「……ハチ君、美波ちゃんとなんかありました~?」

 

「なんだ、藪からスティックに」

 

 菜々さん考案の新メニュー決定祝いだか、拓海の愛車の車検祝いだか、もはや何を祝したのかも分からない宴会。それに俺が呼ばれるのはわりかしいつもの事なのだが、今日は珍しく武内さん達も都合がついたため参加と相成った。

 

 多忙すぎて顔をそんなに出せない武内さんが来るとあってここぞとばかりにメンバーが連れ去っていきあーだこーだとその背を叩きながら酌をして盛り上がっているので今日は比較的に俺ものんびりと酒とつまみを突けていた。そんな俺の横にノソリと腰をおろして絡んでくる影が一つ。

 

 柔らかな栗毛をツインテールにした初代シンデレラ“十時 愛梨”がグラスを片手に俺の背中に圧し掛かってくる。体の細さに反して豊かに実った胸部を惜しげもなく当ててくるのはいつもの事なので反応しないように意識を必死に目の前のから揚げに集中。秘儀・から揚げの呼吸だってばよ。

 

「ハチ君って、嘘とか誤魔化しがいつまでたってもド下手糞ですよねぇ…」

 

 そんな俺のわざとらしい茶化しに呆れたような溜息を漏らす十時がジト目で俺の事を睨んでくる。

 

「別に何にもねぇよ。普通に仕事して、普通に会話もしてんだろ?」

 

「美波ちゃんの誕生日の次の日からですかねぇ、様子がおかしいの。普段どおりの脚本を二人してこなしてるみたいな変な間合いが出てきたのはその頃から」

 

 余りにピンポイントで“あの日”を指摘され、危うく反応しかけてしまう。だが、それは俺が肯定も否定もしなければただの十時の仮定というだけで終わる話だ。一番してはならないのは反応を読み取られてカマかけに乗ってしまう事。そうすればただの与太話で終われるのだ。

 

「なーんて考えてるのかもしれませんけど、誕生日当日のお誘いは全部断って、次の日にあんなぎこちない空気の美波ちゃん見れば勘のいい人はみんな気が付いてますから。美波ちゃんが小綺麗に繕うのが上手いから、大事にもなってませんけどね。

 それに、その日以降からハチ君が美波ちゃんと二人きりにならないように上手く調整してるのもバレバレ。私を騙そうとするならもーちょっと丁寧に頑張ってくださいね」

 

 ニンマリと笑いながら梅酒で喉を潤す十時に言い返す言葉も無いのでとりあえず“ぐう”とだけ唸って返し、そのムカつく口を黙らせるためにから揚げを突っ込んで黙らせる。

 

 とはいえ、わざわざ十時に言われるまでもなくなんとなく年長組は察してくれていることぐらい百も承知だ。だが、普段はおチャラけている年長組もあれで立派な大人なために気が付いても触らずにいてくれる良識を持ち合わせている。ソレをわざわざほっつきに来たコイツがガキなのである。

 

「“調子に乗って酔いつぶれたアイツをマスターに預けて置いていって、その酒癖の悪さを揶揄ったら怒った”。―――ほれ、蓋を開けて見りゃそんなもんだ。大した話でもないだろ?」

 

「相変わらず、ダメな王子様ですねぇ……」

 

 俺の説明の何が不満なのか大きく溜息を漏らした彼女は、首に回していた腕を緩くふざける様に締め付けて困った子供を叱りつける様に俺を窘める。

 

「答えの無い解答欄の苦しさはハチ君が一番知っているんじゃないですか?」

 

「…………」

 

「なら、お酒とか嘘で逃げる“カッコ悪い大人”だけじゃなくて―――真剣に迷って悩める“カッコいい大人”な部分も見せてあげてください。少なくとも、ソレが“初めて”を引導した人の責任、って奴ですよ?」

 

 だんまりを決め込む俺に柔らかく微笑んだ彼女は、そういって俺の頭をポンポンと撫でつける様に叩いて席を立つ。

 

「…………“カッコいい大人”、ねぇ」

 

 のんびりと離れていき、他のグループに交じって何事も無かった様にはしゃいで会話を始める彼女の後ろ姿に俺は溜息一つ零して、麦酒でその苦みを流し込んだ。

 

 ずっと、俺の様に答えのない解答欄の前で佇んでいるその姿がカッコいい大人なんてモノだとは到底思えない。そんな俺が泡沫の想いに酔っているアイツに応えられるものなど、無い。

 

 ドン詰まりの人間への問いかけの答えなど出せる訳がなく、不毛のまま貴重な時間は過ぎ去っていく。そんな、分かり切った結末なんかをわざわざ体験させるのが大人の責務だと割り切れる程に―――俺は、強くない。

 

 だから、この胸に奔る苦みを喉と脳細胞を焼く酒精の熱で誤魔化し、その泡沫が弾けるのを静かに待とう。そうすれば、いつかは時間という停滞の砂が緩く彼女の幻想を冷ましてくれて―――誰も傷を背負わずに済む優しい終わりがやってくる。

 

 

 もう、俺は―――――――誰かの傷なんか、背負いたくないのだ。

 

 

 胸に奔る昔の後悔の痛みを誤魔化す様に、俺は粗雑にグラスの中身を胃に流し込んだ。

 

 

 

 

 

~蛇足 という名の 同じ会場での一幕~

 

 

 

楓「うふふふふっ、いいですねぇ。いっつも武内君が宴会に来なくてえ~んかいっ!て思ってたので今日はいつもよりずっと飲めちゃいそうです!!」

 

武「か、楓さん。いくら何でもピッチが早過ぎです……。今日は付き合いますので、せめてもう少し押さえてください」

 

ちっひ「あ、武内さん。この量だとちょっと食べきれないんでよかったらシェアしませんか―――って、なんで間に割り込んでくるんですかねぇ、泰葉ちゃん?」

 

泰葉「シェアするなら取り皿が必要かと思いまして(いそいそ」

 

きらり「えへへ、武ちゃん。ご飯まだだと思うからお腹に溜まりそうなの取ってあげるにぃ?」

 

瑞樹「ちょっと、ちょっと、みんな。珍しくプロデューサーくんが来たんだから喧嘩しないの。まずは乾杯から皆で始めなきゃ駄目よ~」

 

佐藤「うは、修羅場に女神現るww」

 

菜々「は、はは、……瑞樹さんがいて良かったですねぇ。というか、美優さん? か、顔が怖いんですけど?」

 

美優「…………(ぷくー」

 

未央「あー、狙ってたハッチ―を取られちゃってご機嫌斜めだねー」

 

まゆ「こういう時の抜け駆けの技術は学ぶところがありますねぇ……」

 

拓海「たく、どいつもこいつも色ボケしやがって」

 

里奈「内匠が女の子と話してるときはたくみんもあんな感じぽよ~(笑)」

 

拓海「ん、んなぁわけねぇだろっつ!!」

 

幸子「は、ははははっ、さあさあ、とりあえず乾杯しましょう! カワイイこの僕が音頭を取りますからとりあえず、皆さん乾杯しましょっ!! ねっ!! ねっ!!!」

 

 

 

 

 



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美波√ =そして、新田 美波は夜を駆ける= chapter③

(・ω・)さて、皆様の日々の彩りになれれば幸いと思って書いてる美波√もいよいよクライマックスに向けてはしりだします。もう少しだけお付き合いいただければ幸いでありんす♡


( *´艸`)今日も脳みそ空っぽでいってみよー!!


ハチP@公式 ED→https://twitter.com/OW_LieMaker/status/1355799942850203651



「んじゃ、これでこの現場は上がりになる。サンプルは近日中に届けてくれるそうだから事務所に届き次第、確認頼む。お疲れさん」

 

「………あの、」

 

「あぁ、すまん。この後も何件か回っていくから送迎は無しだ。直帰で宜しく」

 

 淡々と述べられる事務報告は言葉を差し込む隙間なく完結されて、それでもと思って言葉を振り絞ろうとした時には彼はもう現場スタッフや鳴りやまない電話に呼び出されてなんの感慨も無く私にその背を向け、去っていく。

 

 伸ばしかけた手は何を掴むでもなく茫洋と漂って力なく空を握って項垂れた。

 

 仕事に忙殺されてしまったのもあるが、時間の流れはあっという間に過ぎ去って自分が成人を迎えたあの日からもう二月も過ぎ去ってしまった。その間に何が変わった訳でもなく、彼との関係はあの日のままだ。

 

 直接的な拒否すらも無く、ただ自分との間に見えない幕を張ってしまった彼は本当に自然に自分との距離を保ち続けている。傍目から見れば何も変わらない事務的に仕事を熟す彼に、タレントとして十全にサポートを受けている自分。

 

 この環境に、誰が文句をつけられるだろうか?

 

 だって、彼はアシスタントで――――私はアイドル“新田 美波”だ。

 

 本来はコレが正しく清い関係なのである。

 

 それが途方もなく悲しくて、虚しいと感じてしまうのは私が彼に“それ以上”を求めてしまった自業自得以外の何物でもないのだから。

 

 だから、でも、それでも、いや、

 

 誰に語り掛けるでもない。答えを得られるでもない否定と願望、希望と絶望の自問自答をどれだけ繰り返したのかも分からなくなってきて、やるせなさと疲労感がドッと押し寄せてきた。

 

 撮影所の出口へと向かう無機質な廊下で、私はその冷たい壁に静かに寄りかかって溜息を一つ漏らす。

 

 もう、何も考えたくなかった。

 

 答えの出ない問題へ問い続ける事に、疲れてしまった。

 

 なんだか、無性に全てを投げだしたくなって――――ふと、思い付いく。

 

 そうか、だから“大人”はお酒を飲むのかと。

 

 子供の頃に父に聞いた“大人しか分からない味”というのは、こんなのにも苦みを含んだものだったのかと今更ながらにあの複雑な微笑みの意味に気が付いた。

 

 やり切れない思いと、ままならない現実。ソレを飲み下して夜を超えるために彼らはあの甘露によって酔い、笑い、それらに目を逸らして眠りにつく。その重軽度の差はあれども、誰もがそうして心を守っている。

 

 ならば、今の自分は十分に“大人”じゃないか。

 

 そんな自嘲に一人でクツクツと声を押さえて笑い、ひとしきり笑った後に深く溜息を吐いた。

 

「お酒でも、呑みにいこうかな……」

 

 誰に呟く訳でもなく私はそんな言葉を漏らして、フラフラと廊下の歩みを再開させた。

 

 考えなしに動かし始めた足ではあるが、脳内によぎるのは自分が初めて酒精を嗜んだあの店。あそこで感じた多幸感と、思い出と、店主である“神木”さんが別れ際に零した“大人に疲れたらまたおいで”という言葉の魔力に従い、自然とそこへ向いていく。

 

 浴びる程に酒精に呑まれ

 

 自暴自棄なほどに鬱屈を吐き出して

 

 そうしてみれば、このズッシリとわだかまる感情にも整理がつくだろうかと投げやりに思考を走らせて私は、夜風の冷たくなってきた街へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 人込み溢れる街並みからほんの少しだけ郊外に入った路地。そこにあの日と変わらずに淡いランプの光に照らされる重厚な木製の扉。

 

 時代に取り残されたかのような古めかしいその佇まいに初めてここに来たときはなんだか別の世界に入り込んでしまったかのような高揚感と不安に胸を高鳴らせつつも、見慣れた想い人の背中に縋りつく思いで踏み込んだ新世界。

 

 だが、あの日に感じた胸の高鳴りと想い。ソレは目の前にあの背中が無いという現実一つでこんなにも変わってしまうのかと驚いた。

 

 自分はもう、あの高鳴りを味わう事は無いのだなと身勝手な感傷に浸りつつもその扉を押し開く。

 

その抵抗の無さが、少しだけ寂しい。

 

 そして、涼やかなベルの音と共に広がったステンドグラスの緩やかな光に包まれた店内には猫のような瞳に短く艶やかな髪を湛えた神木さんと―――負けないくらい艶やかな長髪を流すスタイリッシュな美女がいた。

仮にも芸能事務所に勤め、元とは言えトップレベルのモデルとして生活していた仲間に見慣れた私ですら眼を奪われてしまうようなその姿に息を呑む。

 

 質素なカッターシャツにベスト。それに黒のパンツスーツは彼女のスタイルの良さを遺憾なく発揮しているのにも関わらずにその出で立ちが嫌味なくシンプルにカッコイイと思わせ、納得を齎す。

 それにも関わらず妙齢である事は分かるのに、とろりとした瞳には色気と子供の無邪気さが矛盾なく両立して輝いていて――――プロデューサーがここにいれば間違いなく名刺を差し出しただろうなんて思ってしまった。

 

 どれくらいそうしていたのか、固まった私に“彼女”は陽気に手をあげ声を掛けてきた。

 

「やあやあ、こんな寂れた店にわざわざ一人で来るとは酔狂な子だ。折角なら一緒に呑もう!! 男日照りの寂しい宴会と行こうじゃないか!!―――いでっ」

 

「君はいい加減に呑み過ぎだ。そんな事だから男も後輩も寄り付かないんだろう?」

 

「ちがぁう!! 最近の奴らが軟弱すぎるんだ!!」

 

 ステンドグラスのランプに照らされた幻想的な美女二人。それに見惚れ、息を呑んでいたのは一瞬の事で、その空気をうっちゃる様に陽気に手を振ってきた女性とその頭をこずく神木さん。

 

 急におんおんと鳴き始める彼女に呆れたように鼻を鳴らすその姿に思わずさっきまでの自分の鬱屈を忘れて思わず吹き出してしまった。それは、二人の慣れ親しんだゆえの空気や、その裏に滲み出る信頼を見てしまったせいかもしれない。

 

 入り口でクツクツと笑う私に困った様に肩を竦める神木さんがゆるりと席を進めてくれた。

 

「すまないね、今日は少しだけ喧しい珍獣が居座ってるんだ。何ならもう追い返すから少しだけ待っていてくれないかな?」

 

「いえ、こちらこそお邪魔してしまってすみません」

 

 勧められるがままに腰を下ろした私に苦笑で答えた神木さんはメニューを出してくれようとするが―――その前にうなだれていた彼女が髪をかき上げて陽気に手を振ってくる。

 

「邪魔なもんか。この嫌味な女にさっきまでいじめられていて大変だったんだ。―――私の名前は“平塚”。普段は安月給でこき使われる公務員さ」

 

「初めまして。私は、その――“美波”といいます」

 

 自然な笑顔でそう自己紹介と共に手を差し出してくる彼女に一瞬だけ答えに迷い、下の名前だけを簡素に名乗る。この様子ではタレントとしての自分は知っていそうにはないが、この“平塚”さんには素のままの自分で接して貰いたいと思ったから。

 

「うむ、実にいい名前だ。君の風情にあった爽やかな雰囲気を感じさせる。だけど、それとは別に少しだけささくれているようにも見える――――そんな君には私から………そうだな、“マティーニ”を送ろう」

 

「おい、酔い過ぎだ。あんまりオイタが過ぎるなら本当に叩きだすぞ?」

 

 ニヤリと笑ってそういう彼女に、少しだけ苛立ちを混ぜた神木さんの声。ピリッとだけ走ったその空気に少しだけ気後れしながらも思い出す。

 

 あの日、彼はじめてのお酒を嗜むという事で、付け焼刃の予習した“カクテルに含められた意味”を。いま思えば、そんな事にすら事前に調べる自分の生真面目さと杓子定規な性格に笑いそうにも成るが――――彼女の勧めてくれたカクテルの意味が分かるのだから、なんとなく無駄ではない時間だったのではないかと思う。

 

 “マティーニ”。

 

 それは、ジンとドライベルモットで作る度数の高いカクテルで様々な映画や著名人に愛されたシンプル故に深いその味わい。そして――ソレに含まれた言葉は“棘のある美しさ”。

 

 その意味が、選択が、彼女のニンマリとした笑みが―――久しく忘れていた私の負けず嫌いに火を着ける。

 

「それで、お願いします」

 

「…………かしこまりました、レディ」

 

 にっこりと、笑顔で頼んだはずなのに渋面を作った後に深々と溜息を吐いた神木さんは変わらぬ鮮やかで魅惑的な手腕であっという間に私の前にそのグラスを差し出す。

 

 差し出された瀟洒なグラスには無色透明なジンとチロリと乗った可愛らしいオリーブの実。その可憐さには合わない強烈な味わいと度数を誇るという事だけは知識として知っているが―――どうせ、味など元々大して分からない。

 

 ならば、味わうよりはこの苛立ちを少しでも発散させるために活用すべきだろうと思いって一足に飲み干す。

 

 顔を顰める神木さんと、楽しそうに感嘆を漏らす彼女。

 

 だが、もとより今日は酔いつぶれるつもりで来たのだから構いはしない。潰れたのならばその辺に投げ捨ててくれ。

 

 そんなやけっぱちな私の味覚に最初に来たのは――――辛さと、苦さ。

 

 その後に、来るのは酒精特有のえぐみと甘さ。

 

 最後に、お供え程度のささやかさで来る爽やかさ。

 

 えずきそうになる胃腸を黙らせ、必死に嚥下して、その辛さを示すかのように乱暴にグラスをデスクに叩きつける。

 

 端的な感想で言えば、不味かった。

 

 更に言えば、すきっ腹に急にこれを流し込まれた体はブーイングの大合唱だ。

 

 だが、そんな気分最悪なままに私は睨むように、誇る様に“平塚”さんをねめつけニンマリと笑い返してやる。

 

 舐めんな。

 

 そんなシンプルな敵意の感情を隠すことも無く晒せば―――彼女は、変わらず微笑んだまま同じ酒を簡単に飲み干し、私の前で杯を振る。

 

 

 

――――ねぶらんな、やっちゃろうやないかい。

 

 

 

 そんな私達を横目に、神木さんが深く溜息を吐いて閉店の看板を掛けた事で―――ゴングは静かになった。

 

 

------------------

 

 

 

「わははは、いい飲みっぷりじゃないか」

 

「まら、勝敗はついてないれす……われぇ、ぶち泣かせたるわぃ」

 

「いい加減にしないか。これ以上するなら二人ともお灸を据えさせて貰うことになるぞ?」

 

 目が、世界が回る。体に染みついて隠していた方言を隠す余裕もないが、それでも負けを認めるのが嫌で必死に隣で愉快気に笑う彼女をねめつける。だが、その視線は間に座った神木さんに遮られて窘められる事で終わりを迎えてしまった。

 

 代わりに差し出されたのは冷えたお冷と、デコピン。

 

 そこで、自分が前回も潰れて迷惑をかけてしまった事を今更ながらに思い出してしまっては引き下がらない訳にはいかない。軽めに弾かれた額を擦りつつも、口に含んだ水は今までの人生で一番おいしく感じたかもしれない。

 

「おぉ、怖い怖い。だが、あんな顔して酒を飲みに来ていたのだから“遅かれ早かれ”という奴だったろう。――――ふふっ、美波君。お酒を飲んでクダを巻くときのコツは“自分がこの世で最も不幸なんだ”と嘆き切ってみる事。

 

そうしている内になんだか次は怒りが湧き上がってきて、散々に当たり散らすと実に爽快な気分になり、自分が何を悩んでいたのか馬鹿馬鹿しくなるくらいに簡単に解決方法が思い浮かんだりする。

 

 辛い時に明るく振舞った所で得なんかないぞ、辛いときは思い切り暴れてやれ。そのために神は人に感情を与え、酒は酔いを我々に与えたのだからな」

 

 得意げにニヒルに、何処か見慣れた笑顔でそんな無茶苦茶な事を言う平塚さんはカウンターから手を伸ばして適当な酒を継ぎ足してガハハハと大笑いしながら杯を重ねていく。

 

その姿はだらしない大人の典型例に見えるのだが、今だけはそれが彼女の自由さと大雑把さが表しているようで――――見習ってみる事にした。

 

「おい、静。若い子に変な理屈をおしえr「…………………告白をしてから、距離を置かれたんです」

 

「へ?」

 

「お」

 

 神木さんの言葉を遮った私の自分でも驚くくらい低い声に二人の反応はそれぞれだった。

 

 驚きと気まずさに困った顔をする神木さんと、降って湧いた恋バナの気配に目を輝かせる平塚さん。

 

 だけれども、試しに彼女の言うとおりに自分の中にある感情と現状についてとことん深く潜った私にはそんな事はどうでもよくなって――揺らしたグラスの水面の上に次々に言葉が零れ出てくる。

 

「私、こう見えても結構、慎重に距離を縮めてきたつもりです。レッスンもライブも、皆のまとめ役も必死に頑張ってきたし、大学だってないがしろにならないように努力してきました。そんな中で人嫌いな彼をこんな所に連れて来れるくらいには信頼も感情も重ねてくれるように―――慎重に、やってきたんです」

 

「……美波君」

 

「ふむ」

 

 呼びかける声も、適当な相槌も今は遠く、どうでもいい。

 

 そう、私は慎重にやってきた。配慮してきた。丁寧にやってきた。

 

 それが、なんでこうなる。

 

 答えすらも無く、向き合うことも無く―――なぜ逃げる。

 

 何で、私が――――こんな惨めな想いをしなければならないのか?

 

 彼への想いとか、事情とか、立場とかそんな様々な自分を締め付けていた色んなものが今はただただ煩わしいし、どうでもよくなってひたすらに苛立ちという炎を滾らせていく燃料となって腹の底を煮る。

 

「……なんか、おかしくないですか?」

 

「み、美波君?」

 

「うむうむ」

 

 私の問いかけに応えは返ってこない。

 

 当然だ、だって私はなんにもおかしくないのだから。

 

 おかしいのは、馬鹿にしてるのは―――あのコソコソ逃げ回る“卑怯者”の方なのだから。

 

 何が“酒が入ったから覚えてない”だぁ? 頭が涌いているのかしら?

 

 ならなんで逃げ回って、眼を合わせない? なんで、胸を張らない?

 

 大体が、そんなことしといて何が“大人”だと言うのか。やっている事は小さな子供が気まずくて嘘をついているのとなんらかわりゃしないじゃないか。お酒を言い訳に、ガキみたいな言い分を押し通そうとしているだけなのだから臍で茶が沸く。

 

 酒が入ろうが、意識がなかろうが―――無かった事になんてなる訳がない。

 

 この想いが、言葉が、重ねた時間が無かった事になんてなるものか。

 

 させて、なるものか。

 

 そんな当然の事に今更になって気が付いた。

 

 やはり、年長のいう事というのは聞くものだ。見失っていた筋も、解決方法も全ては何を悩んでいたのかすら分からなくなってしまうくらいにスラリと見つかってしまった。

 

 落ち込んで、怒って、暴れて―――頭を空っぽにすれば最後に残るのは譲れない“想い”だけ。

 

 それが投げ捨てられない以上は答えなんて、一つしかないのだから。

 

 思いのほかあっさりと見つかった解決方法が見つかったからには、こんな所でのんびりしている場合なんかじゃない。久しく跳ねる鼓動と、目まぐるしく脳内を走る思考の嵐に足は急き立てられ跳ねる様に席を立つ。

 

「今日は、ありがとうございました!! 美波、行きます!!」

 

「お、おいっ、美波君!! いま、タクシーを呼ぶから少しまちなさい!!」

 

「あははは、なんだ。最初にみた人でも刺し殺しそうな顔よりもそっちの方がずっといいじゃないか!! いけいけ、突っ走れ!! “大人”なんてのは、突っ走れなくなったクソガキの負け惜しみでしかないぞ若人!!」

 

 心配から声を上げる神木さんと、カラカラ笑って杯を振る平塚さん。

 

 なるほど、こんな美女二人に囲まれて初めてのお酒を味わったというのなら“あの人”もさぞいい夜を過ごした事だろう。それが今は羨ましくも、普通にムカつく。

 

 そんな二人に大きく一度だけ頭を下げて夜の街を駆け抜ける。

 

 道行く誰もが驚きに振り返るが、構うものか。

 

 いま、私は久々に“生きている”のだ。

 

 あんな惨めに死んだように生きていくくらいなら―――思い切り生きて、死んでやる。

 

 体中から噴き出す汗に、零れる熱い吐息。散っていく雫。

 

 こんな叫び出したくなるような感情を人に植え付けておきながら逃げるなんて許してやるモノか。終わらしてやるモノか。

 

 その斜に構えて影だけを見つめて過ごすあの馬鹿の胸倉を掴んで、今度こそ思い知らせてやる。

 

 

 そのために―――――私“新田 美波”は夜を駆け抜けて、あらゆる根回しに駆け出した。

 

 

 秋の月が、呆れたように笑った気がする。

 

 

 

 

 

=蛇足=

 

 

「静……君はいつまでたってもガキのままだな」

 

「おおとも、私はいつだって心身共にピチピチだ」

 

「言葉が古いんだよ、アラサー」

 

 頭を大きく下げて駆け出していった少女を見送ってしばし、喉を鳴らしていつまでも笑う私に責めるような眼を向けてくる親友の“神木 類”に胸をはって答えれば言葉のナイフをざっくりと突き立てられた。ぴえん。

 

 大体、お前だって年は変わらないだろクソが。

 

「いいのさ。めそめそと泣き寝入りして不貞腐れるくらいなら焼き切れるまで駆け抜けた方が健康的だろう」

 

「………君が言うのかい、それを?」

 

「馬鹿言え、私だからこそさ」

 

 顔を苦らせて彼女がそう呟くのに私は細巻きを取り出して煙を燻らせながらかつてに想いを馳せる。

 

 そうとも、私だって昔からこんなに達観していたわけでは無い。

 

 ままならぬ事に怒り、泣いて、喚いて、反抗して、あらゆる感情に呑まれて自暴自棄になりもした。心の底から願ってやまない想いだってあった。

 

 世の誰もが忘れ、眼を瞑っているだろうけれども“大人”だって“子供”だった時期があったのだ。

 

 それが、良い記憶かどうかはさておいてとしてもだ。

 

 揺らぐ紫煙に、ブランデーで風味をつけてその熱い甘露を含んでかつての自分を悼み―――お気に入りで、いまだに目が離せない気だるげな教え子を思い浮かべる。

 

 かつての自分に重ね、教師としての一歩を超えるくらいに目を掛けたあの男。

 

 求め続けた理想へと手を伸ばしかけ、微かに届かなかった彼。

 

 彼に語った、いつかの辻褄は――――彼には見つけられたのだろうか?

 

 そんな栓の無い思惑を弄んで、私はゆたりと煙を天井に吐き出した。

 



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美波√ 『これが泡沫の夢というのならば――』 chapter④

さあ、今日も頭をからっぽに広い心で言ってみよー!!


 耳をつく潮騒の騒めきや風に浜辺特有の磯の香りと、べたつきが混じって肌を撫でる。

 

 遮蔽物が無いせいか日差しも遠慮なく肌に刺さってくるのだが、季節は旬とも言える真夏も過ぎ去り秋の入り口となったせいか汗ばむ肌はあっという間に乾かされ熱を奪われて行く。

 

 人混み溢れる季節の海は嫌いだが、この時期の海辺というのは閑散としていてただただ静かな波の音だけが響く。そして、寄っては引いていく漣と呑気に響くカモメの声は何処までも透き通る晴天と相まって何故か郷愁のようなモノを引き出させて、うっかり記憶の奥底に沈めこんだ遠い過去の悔恨まで揺さぶってくるのだから質が悪い。

 

 近寄っては、引っ込んでいき。

 

 追いかけて掴めば、手から零れていく。

 

 そんな様子が、自分のかつての掛けがえのない“本物”だと信じていたモノとそっくりで知らず眉間に皺を寄せて思わず首を振る。

 

 信じたモノが理想を違い、自分の期待にそぐわなかったと言って貶めるというのは害悪で醜悪で、救いようがない。そうであっても構わないと心から想って自分は手を伸ばして、その手が届かない事を知ってその手を抱き込んだ。

 

 苦く、酸っぱく、辛いと知りつつも手にしたその真実の実は残酷に教訓だけを残して嘲笑う様に消えていってしまった。

 

 ある人は、俺を“理性の怪物”と呼んだ。

 

 それは畏敬を含んだものではなく―――“人”らしく振舞おうとする小鬼の身の程知らずを嘲笑った侮蔑であったし、心からの忠言であったのだと今ならば分かる。

 

 怪物が、人の心になど寄り添えるものか。

 

 そのカラカラに乾燥した事実だけがあの俺の間違いだらけの青春で得られた真実だ。

 

 だから、

 

 澄み渡った蒼天の元で白いワンピースに身を包んでカメラに微笑んでいる彼女“新田 美波”を眺めつつ思う。

 

 成人し、大人へと踏み込んだ日に彼女が零した自分への恋慕の言葉――――それは、泡沫の夢に詰め込まれた想いなのだと。

 

 限られた環境で、特殊な経験を共にし、最も近しかった異性に弱って浮かれた心が齎した幻想。そんな彼女の想いは時間が経ち、現実を知ってゆくにつれて色を失い萎んでいき最後には地面に落ちて弾けてしまうだろう。

 

 分かり切った結末だ。

 

 だから、優しい停滞という毒を、クスリとして彼女に処方した。

 

 どんな想いも、記憶も全ては時間によって熱も色も失っていく。

 

 それが、最良なのだ。

 

 小鬼に勘違いから抱いてしまった想いなど弾けさせるまでもなく沈めてしまうべきなのだ。だから――――この、武内さんに仕組まれて大した仕事でもないのに二人きりで行かされたこの撮影も何事もなく終わらせよう。

 

 何かを、期待なんてしないでくれ。

 

 向き合って出した答えの全てが救いだなんて傲慢だ。

 

 どうか、もう、この小鬼を静かに泥の中で寝かせてくれ。

 

 

 そんな俺の独白は 誰に聞かれることも無く紫煙と共に海風に攫われて行ってしまった。

 

-------------------------

 

 

「以上で撮影は終了です! わざわざこんな遠方までご足労頂きありがとうございました!! なんか、今日の新田さんは気圧されるぐらいに凄くて本当に見惚れちゃいましたよ!!」

 

「ふふっ、お世辞でもそう言って貰えると嬉しいです。こちらこそ地域のPR広告に声を掛けて頂けるなんて本当に光栄でした。これからも頑張りますので、よろしくお願いします!!」

 

 そんな定型文の様な会話を美波とカメラマンが交わしている横でこちらは企画プロデューサーと最後の規約確認と告知時期について無味乾燥に淡々とこなしていく。

 

 昼頃から行われていた撮影は順調に進みはしたものの、終わってみればあれだけ高くにあった日は海の彼方に沈みかけ最後の抵抗と言わんばかりに眩い紅霞で空を彩っている。

 

 秋口に入ってからは日没がいつの間にか忍び寄る様に昼を侵食していき、気が付けば木枯らしと共に冬を連れてくる。この季節の移り変わりをなんとは無しに感じる瞬間が変に感慨深くて自分は嫌いではない。

 

「では、そのような段取りで進めさせて頂きます」

 

「―――ええ、はい。よろしくお願いいたします」

 

余計な事に思考を走らせているウチにそう締めくくられた言葉で意識を引き戻され、最後の書類と聞き流していた言葉を反芻して問題ない事を確認。形ばかりの握手を済ませれば向こう方のプロデューサーの合図で制作陣はぞろぞろと引き上げていく。

 

 仕事は順調。天気も時間も問題なし。世は事も無し。

 

 やるべきことをやったのならば、後はさっさと帰るだけだ。

 

「ん、依頼終了。悪いけどこのまま空港に行ってトンボ帰りだな」

 

「……それは構いませんけど、どうやって帰るんです?」

 

「は? どうって来た車で―――」

 

 隣で走り去るスタッフ達に手を振って見送っていた美波に声を掛ければ素っ頓狂な事を問われ、ちょっとの呆れを含めて言い返そうとすれば―――俺の腰につけていたはずの車のキーが何故か彼女の手元にあり、ニンマリとしながら彼女はソレを手の中で弄んでいる。

 

 俺が気を逸らしているウチに抜き取られたらしいが、ソレにしては余りに鮮やかな手並みで普通に驚きから眼を見開いてしまった。

 

「おい」

 

「ふふっ、せっかくこんないい景色なんですから少しお散歩しましょう?」

 

 鍵を取り返そうとする俺の腕からスルリと身を躱した彼女は揶揄うように声を弾ませ、足をステップでも踏むかのように軽やかに砂浜を滑らせていく。

 

 夕暮れの浜辺で挑発的な微笑みで俺を一歩先で眺める彼女はなんだか誰なのかを見失いそうになる不気味さと怖さを湛えているが―――従わなければ意地でも返さないだろうという予感から、俺は小さく溜息を吐いてその後に随伴することにした。

 

 そんな俺を楽し気に笑った彼女は気ままに、踊るように潮騒を背景に夕暮れの浜辺を歩いてゆく。

 

 お互いに、声は発さない。

 

 ただ、歩く。

 

 せめて、昏くなる前に飽きてくれればいいのだがなんて思いつつもその背を追っていると、砂浜はいつか終わりを迎え小さな防波堤へと景色は変わりゆく。硬質なコンクリートになってもその足音の軽やかさは変わらぬまま彼女は進み、ようやく声を発した。

 

「私、海育ちだからこういう所は故郷を思い出して結構好きなんです」

 

「………」

 

「昔は、弟が出来る前は防波堤の上に上がったりしてよくパパに怒られました」

 

「………」

 

「“危ないぞ!” “落ちたらどうするんだ!”なんて、いつもは絶対に怒らないパパがその時だけは本気で怒鳴ってよく泣いていました」

 

 彼女が楽しそうに笑って話すのに答えることも無く紫煙を吹かして聞き流す。

 

 だって、そうだろう? それは仕事の一線を超えるプライベートな話だ。聞く必要も無ければ、聞いたところで彼女に関わる気が無ければ意味も無い情報だ。

 

 そんな知識は感覚を鈍らせる。

 

 踏み越えてはいけない“私人”と“公人”での付き合いの境界を曖昧にさせる危険な言葉。

 

 だから、彼女が気が済むまで郷愁に付き合い、そして、何事も無かった様に鍵を返して貰って帰る。俺がやるべきことは何も変わらない。

 

「別に、聞かなくてもいいですよ。“酔っ払いの戯言”なので」

 

 目を瞑り、紫煙を燻らせる微かな間に差し込まれた彼女の声はさっきと違い上から振りかけられるモノで―――“ちゃぷり”なんて聞きなれた水音が妙に耳を付いた。

 

 それに慌てて視線を走らせれば、いつの間にか2mは超える堤防の上に佇む美波。その片手には見慣れた琥珀色の瓶が半分ほど開けられた状態で握られている。夕焼けのせいだけでなく、赤みを増した彼女の顔はただただ穏やかに微笑んでいて―――ソレが言い様のないくらい不穏で、自分の何かが警鐘を鳴らす。

 

「おい、降りてこい。…少なくとも、酒を片手に上がる様な所じゃない」

 

「あら、久々にこっちを見てくれるんですね? お酒が入ってるときの方がお話はしやすいのかしら?」

 

 クスクスとケラケラと堤防の上で躰を揺らす彼女は不安定で、不確かで見ているこっちが息を呑み、心臓を締め付けられる。

 

 何が、とは言えないがとにかく今の美波は非常に危なっかしい。この状態で放置するわけにもいかず俺は何とか彼女を刺激しない様な言葉を選んで、少しずつ距離を縮めて声を掛け続ける。

 

「とりあえず、わかった。そこから降りてから愚痴でもなんでも聞いてやるから、ゆっくり座ってくれ。頼むから、動くなよ?」

 

「ふふっ、おかしな人ですね。私は最初に言ったじゃないですか。“聞かなくてもいい”って。だから、今から私が言う言葉はきっと比企谷さんの言う通りの勘違いの、思い違いの、弾けて消える儚い妄想なんです」

 

「まて、頼む。土下座でもなんでもするから今は落ち着け。お前は、今、ちょっと普通じゃない。殴っても、蹴っても、何をしてもいいから―――俺がそこに行くまで動くな」

 

 分からない。彼女が何を言ってるのかも、求めてるのかも、どうすべきなのかも何一つとして分からない。だが、それでも、本当に楽し気に笑って囁く彼女の言葉が―――今はひたすらに危うくて必死に呼び止める。

 

 ゆっくりと、それでもようやく堤防の上部に登る用だと思わしきロープまでたどり着いた俺がソレを手繰って引き寄せた時に彼女はこんな時に不釣り合いなくらいに華やかな笑顔を浮かべて俺に言葉を投げかけた。

 

 

「私、貴方の事が嫌いでした」

 

 

 それは、あの日。彼女が酩酊の中で繰りだした

 

 

「やればできるくせに、やる気無さそうに振舞うのが癪に障りました」

 

 

言葉で。

 

 

「私が必死にメンバーをまとめようとしてるのに、簡単にソレをしちゃえるのが悔しかった」

 

 

 あの時と、一字一句変わらぬまま

 

 

「見返してやろうと頑張っても、相手にされないのが、屈辱でした」

 

 

 熱量も、想いも、

 

 

「私に心を開いてくれない子が、貴方には開くのが納得できませんでした」

 

 

 何もかも変わらぬまま

 

 

「意地悪なスタッフにどんな嫌味を言われても言い返さないのが情けなかったです」

 

 

 繰り返される。

 

 

「そのくせ、私たちが悪く言われたときは引くぐらいに嫌味たらしく言い返して怖かったです」

 

 

 変わったのは

 

 

「自分だって疲れてるくせに、疲れて眠っている子がいるとわざと道を間違えて遠回りするのがわざとらしいです」

 

 

「夜遅くまで居残りしても、絶対に残って送ってくれるのが申し訳なくて苦しかったです。ほかにも―――」

 

 

 彼女のその瞳が蕩けた蜂蜜の様な甘さを湛えたモノではなく

 

 

「私が、困ってるときに、必ず、――― 助けに来てくれて、優しくて、お人好しで、たまに子供みたいな意地張って、馬鹿で、女たらしで、むじかくで、ほかにも、いっぱい―――、いっぱい、――――悪いところを見つけて、嫌いになろうとして、言い訳を作って、頑張って壁を作ってるのに、嫌いになれない貴方が――――――――」

 

 

 世界を焼く夕焼けよりも熱く、迫りくる宵闇よりも深い決意を湛えている事だけだった。

 

 

    「好きなんです」

 

 

 そんな一言を残し、彼女は――――堤防の先。

 

 昏く、無感情に波打つ海へと  その身を投げ出した。

 

 

 世界が、コマ割りのようにゆっくりと動く世界で自分の喉から変な息が漏れたのだけが嫌に耳につき―――何も考える間もなく堤防をよじ登りそのまま海へと飛び込んだ。

 

 秋口に入った海はもはやかじかむような冷たさで一瞬にして体中の熱を奪い去り、服が吸い込んだ水分が手足を鉛のように重たくし無感情な波のうねりで自分を飲み込んでしまおうと襲い来る。

 

 そんな全てがくそったれに感じる状況で、眼が海水で焼かれるように痛む中で必死に脳髄と腹の底から普段使わずに貯蔵している気合を絞りだして必死に水をかき分け探す。

 

 探す。探す。さがす。探す。寒い。痛い。手足が重くなってきた。探せ。何分潜った?いま俺は何処にいる?探す。さがす。さがす。くるしい。ちくしょう。馬鹿か?どこだ、どこだどこだどこだどこだどこだ――――見つけた。

 

 陽の差さない仄暗い海の中で――――白いワンピースが揺らぎ、投げ入れられた百合の花のように沈んでいく馬鹿野郎をようやく見つけた。

 

 息苦しさと、寒さと、痛さとその他もろもろを全て無視して力任せに美波を抱えたまま必死に水面を目指して手足をばたつかせる。もはや、朦朧としてきた意識の中で悪態も文句も鳴りやむ事は無い。人ってのは浮く生き物じゃなかったのかよ? クソが、おもてぇんだよ馬鹿!!

 

 それでも、この大馬鹿に怒鳴ってやるまで俺は死んでやる訳にはいかない。

 

 そんなもう何も考える事の出来ないくらいに朦朧とした意識の中でその怒りの火種だけを頼りに俺は―――――ついに、久々の呼吸という偉業を達成したのだった。

 

 

-------------------------

 

 

 

 

「ぐぇっほっ、かふっ、げほっ――――おまえな、酔ってるからってなんでも許されると思ったら、げっほ、大間違い、だからな…げぇ」

 

「かふっ―――――でも、来てくれたじゃないですか」

 

 びじゃりと、体中から海水を滴らせ命からがら何とか浅瀬までたどり着いた俺が美波もろとも砂まみれになることも構わずに崩れ落ち、何とか絞り出した一言に同じようにむせ返していた美波がそんな事を言うモノだからいよいよ堪忍袋の緒が切れて乱暴にその肩を掴もうとし――――逆に掴みかかってきた美波に胸倉を掴まれ押し倒される。

 

「あの想いが!! 勘違いで、簡単に消えていく泡沫の感情だっていうならあのまま死なせてくれれば良かったんです!! この想いが埋もれて、かき消されるくらいなら、私は今日、この場で死んでも何の悔いもありませんでした!!―――――――――なのに、なんで貴方は、そんな簡単に私の“恋”を“勘違い”だなんて切り捨てちゃうんですか……!!

 

 振ってもいいのに、分からなくてもいいのに、届かなくてもいい。

 

 でも、――――この想いを無かった事にするのだけは、死んでもいや、なんです!!」

 

 

 体中から滴る海水とは違う、しょっぱい塩水が俺の頬を濡らす。

 

 普段からしっかり者で、お節介で、生真面目な癖に抜けていて、実は負けず嫌いで、わりかし悪戯好きで、したたかで、本当は弱みを見せるのを誰よりも嫌う意地っ張りな俺のよく知る“ただの少女”が―――顔をくしゃくしゃにして、子供のように俺を睨みながら泣きじゃくってそんな言葉を紡ぐ。

 

 頬を濡らす雫は温かく、痛い。

 

 この痛みが、俺は恐かった。

 

 この痛みすら厭わないくらいに、誰かを愛する事がどうしようもなく怖い。

 

 いつだって飢えている俺の中の小鬼は、それに全てを投げだしてしまう。

 

 そして、全てを台無しにする。

 

 何度も繰り返し、信じ、今度こそはと願った最後。

 

 それを失った時に信じるのも、望むのも、期待するのも固く戒めて瞳も耳も、五感の全てを塞いできた。

 

 なのに、なんで、どうして今更にこんな女を俺の元に連れてくる?

 

 神様とやらの意地の悪さにホトホト呆れかえってしまう。

 

 自分とのまやかしの様な交流のために命すらかけてしまうその姿は、余りに俺の長年かけて築いてきた生き方を揺るがせる。

 

 それでも、なお。

 

 ここまでされて―――――俺には分からないのだ。

 

 震える彼女の肩を抱きしめ、涙を拭った先。

 

 “人未満”の怪物が―――彼女の全てを壊してしまうのではないかと。

 

 人生を歪めてしまう恐怖に―――また“彼女”のように離れて行ってしまうのではないかと。

 

 だから、俺は、答えを得る事のない小鬼“比企谷 八幡”は―――彼女の背を軽く撫でてやる事しか出来ない代わりに口を噤み、ただ静かに“ゴメン”とだけ繰り返し許しを乞うた。

 

 夕闇は、もう星が煌めき間抜けな俺たちを嗤っていた。

 

 

 

 

=”おまけ”という名の蛇足=

 

 

「「…………………」」

 

 

 あれからしばし。俺たちはしなびた旅館にて気まずい空気のままちゃぶ台越しに無言の時間を過ごしている。

 

 まあ、端的に言えば9月に入った夕方の海は殺人級に冷たく、大泣きしてたり、ナイーブな気分になっていた俺らに寒風で止めを刺して低体温症待った無しな状況に追い込まれたのである。それに加えて目の前の下手人、海に飛び込んだ際に車の鍵を失くしやがったせいで帰ることも出来なくなったため身体をびしょ濡れで震わせた男女二人で近くに一件だけあった民宿に転がり込んで一命を取り留めた……はいいのだがどっかのラブコメよろしく一部屋しか空いてないという理由でこんな地獄絵図である。

 

 ラッキースケベとか思ったお前ら、甘いぞ?

 

 入水自殺未遂と巻き込まれた人間。告った人間と保留中が同じ部屋にいると想像してもらえればこの地獄が分かるだろうか?

 

 幸いにして車の鍵は開いていたので荷物やタブレットは取り出せて武内さん達への事情説明や衣服類は取り出せたのが不幸中の幸いか。それでも、この気まずい面子で一晩顔を合わせるというのはかなりきついものがあるのである。

 

「………いや、とりあえず、もう、寝るか」

 

「………比企谷さん、隣の寝室の状況見ました?」

 

「は? いや、見てないけど」

 

「大き目のお布団に、枕が二つ。ティッシュ完備でした……」

 

「……………」

 

 あの婆ぁ、どうにも余計な気が周りすぎる熟練女将らしい。ただ、今日ばかりは余計なお世話である。

 その情報に顔を顰める俺にしばし顔を赤くしていた美波が、不意にクスリと笑いを零した。

 

 さっきまでの居たたまれない空気と現状に余りに合わないその挙動に俺が驚いていると彼女は遂に笑いがこらえきれないといった様に笑いだし、クツクツ笑いながら俺に声を掛けてきた。

 

「ふっ、ふふふ、いや、ごめんなさい。こんなテンプレな状況に自分が巡り合うとは思っても見なかったのでつい。――――私は、そのまま褥を一緒にっていうのも悪くないと思いますけど………多分、比企谷さんが嫌がると思うのでやめておきます」

 

「………おきづかいどーも」

 

 そんな彼女のコメントに困る言葉に返せる言葉もなく俺はぶっきらぼうにそう答える他にない。年上としてどうなのかと思わないでも無いけれども、語れば語る程に藪蛇になって墓穴を掘りぬくのだからこれくらいが丁度いい。

 

 そんな俺の様子すらも楽し気に笑う彼女はゆたりと浴衣姿の肢体を揺らして部屋に備え付けられている冷蔵庫から黒い瓶を取り出して艶やかに笑って言葉を紡ぐ。

 

「私の気持ちも覚悟も、今日伝えきりました。だから、後は比企谷さんと今後の私に期待という事にしておきます。なので、どうせ今日は眠れないのなら付き合ってください。

 “好き”とか“嫌い”じゃなくて、“アイドル”でも“アシスタント”でも無くて―――“新田 美波”と“比企谷 八幡”の二人でお酒を楽しんで、どうでもいいお話をしましょう?」

 

 それは、あまりにも華やかで柔らかな微笑みで思わず俺は息を呑んでしまった。

 

 “少女”ではない艶やかさで、“大人”では出せない無邪気さでそう微笑む彼女。

 

 だが、その根元にある彼女の生真面目さとおおらかさになんだか難しく考えている自分の方が馬鹿らしくなって―――ついには肩を竦めてそのグラスを受け取ってしまった。

 

 嬉し気に麦酒を注ぎ、自らもその酒精に頬を綻ばせる彼女を眺めつつ疲れ切った灰色の脳細胞を震わせ脳内で静かに独白する。

 

 目の前で泡立つ琥珀色の液体は、楽しく、愉快で、浮き立つような明るい時間を齎してくれる。だが、ソレはいつか消えゆく快楽だ。だけれども、浮き立つ気分に釣られた言葉は―――本音だけを吊り上げる。

 

 無いものは出てこないし、隠していた汚い想いすらもこの泡は取り除いて曝け出す。

 

 いつか、誰かが言った。

 

 

“君は酔えないよ”、と。

 

 

 その予言は正しく、どれだけ酩酊した所で覚めた自分が常に自分を冷たく見つめていた。

 

 だから、俺は試してみたいのだ。

 

 そんなクソみたいな自意識すら振り切った先に――――浮き出てくる本音を。

 

 この、泡沫の想いと共に“弾けて死んでもいい”なんていう大馬鹿の様な後先考えぬような自分の本心をしって見たくて、俺は一足にグラスを飲み干して財布を手に取った。

 

「今日の講習は“酔いつぶれた後の悲惨さ”にしてやるよ。酒、買い足しに行くぞ」

 

「私だってあれから楓さん達に鍛えられましたから―――返り討ちです!」

 

 阿保みたいなことをニマリと厭らし気に頬を歪め声を掛ければ、かかってこいといわんばかりの彼女が生来の負けず嫌いを発揮して席を立って腕を組んでくる。

 

 阿呆二人がゆらゆらと、さっきまでのすったもんだも忘れて潮騒を背に酒を買い求めフラフラと。

 

 彼女の慟哭と決意に未だ答えは出せないけれども―――いつか、かつて合わさることの無かった辻褄に“彼女”が合わさる日が来ればいいなと想いながら俺は響く波の音と腕から伝わる温もりに静かに願いを込めて息を吐いた。

 

 

 癇に障った潮風が―――今はなんだか妙に心地よく感じた。

 



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#179 美波√ 序章 完 =仲直り=

(*''ω''*)これにて美波√は一旦・了!!

(´ω`*)あー、つかれたー。このプロット思い描いてから早3年?これ書くまでマジ何年やる気溜めてたか分からん(笑)

_(:3」∠)_まあ、これで気兼ねなく美波も正ヒロインとしていちゃつかせられるね(笑)

クリスマスとか、バレンタインデーとか、いろいろなイベントも作品群にあるのでよければ探してね~!!


「ちょっとっ、比企谷さん! 髪の毛もシャツもぐちゃぐちゃなんですから最低限は整えてくださいってば!!」

 

「いや、慣れたスタジオだしいいでしょ別に…」

 

「駄目です。見た目が全てとは言いませんけど、最低限の身だしなみはエチケット。少なくとも、仮眠明けの格好は普通に失礼です」

 

「はいはい、わーった。わーりました」

 

「返事は一回!!」

 

 事務所に響く賑やかな声にいつもの風景とも言える掛け合いが混じる。

 

 寝起きの気だるげな風情を隠そうともしない彼“ハチ”君と、世話女房よろしくそんな彼を叱り飛ばしてあれこれと世話を焼く彼女“美波”ちゃん。

 

 生真面目で世話焼きな彼女とズボラな彼のお決まりのやり取りは見慣れたものだったはずなのに最近ではついぞ見なくなって久しい。ソレが復活したことを喜んでいいのやら、焦った方がいいのやら乙女心としては複雑な気分でソレを横目で眺め小さく息を吐く。

 

「“敵に塩を送る”…とはよく聞く慣用句ではありますけど、十時さんがそうするとは少し意外でした」

 

「むむっ、文香ちゃんも意外と毒を吐きますねぇ」

 

 そんな私の耳に滑り込むのは呟くような声なのに人の意識を不思議と引き止める声。

 

 それに引かれて目線を滑らせれば眼を覆うように垂らされた艶やかな黒髪のベールの奥から覗く空を切り抜いたような瞳が悪戯気に手元の本からこちらに映されていて、こちらも不敵に頬を引き上げて答えてやる。

 

 この事務所で多くの人がハチ君に好意を寄せているのは今更だが、その中でも自分の中の要警戒欄に乗る数少ない女の子。

 

 大学の同級生で、彼に救われ、多くの時間を共に過ごし、想いを交わしてきた知的で穏やかな上に自分にも負けない身体的魅力を誇る彼女“鷺沢 文香”ちゃん。そんな彼女の挑発ともとれる言葉に肩を竦めて私は答える。

 

「私だってライバルは減ってくれるに越したことはありませんけどねぇ……でも、それでハチ君や周りが変な空気になるのは勘弁です。その他の子が凹むだけなら構いやしないんですけど、傷つけた事をきっとハチ君は後悔しますから」

 

「…………ふふっ、やはり十時さんは強いですね」

 

 お道化つつ答えるが、瞳に込めた私の決意を確かに彼女は汲み取ったようで一際に柔らかく微笑んで本を閉じ言葉を紡ぐ。

 

「“敵に塩を送る”という言葉は長年に渡って争った武田軍が困窮した際に上杉氏が塩を送った事から生まれたそうです。ただ、この真偽は未だに判然としておらず謎に包まれていますが―――同盟破綻から塩を得られぬ甲州の民を救うために上杉氏は“義”を示したという説を知っていると、そういうモノなのかもしれませんね」

 

「そこまでするのに和解できない、ってとこまでがワンセットなのが悲しい人の性ですけどね?」

 

 そんな私の軽口に二人揃って吹き出してしまう。

 

 そうとも。かつての戦国武将たちだって民を苦しめたかったわけでは無い。むしろ、豊かに幸せに暮らせるようにと誰もが戦に出向いた。

 

 だけれども悲しいかな、天下は一つだけ。

 

 焼け野原の天下を治めた所で意味などない。

 

 勝ち取った天下を思い切り抱き寄せ、その幸せを万民に行き渡らせてこその天下泰平。

 

 それは―――恋だって変わらないでしょう?

 

 幸せそうにかつての日常を楽しむ美波ちゃんをチロリと睨みつつ席を立つ。さてはて、十分に塩も送った事ですし民も潤った事でしょう。ならば、後は存分に征服させて頂いてもいい頃合いだと私は思うのです。

 

「文香ちゃんも行きます?」

 

「いえ、私は後でのんびりと」

 

「くそぅ、その余裕を絶対に崩してあげますからねぇ?」

 

 にっこりと答えるその笑顔を恨めしく思いながら、私は意気揚々と夫婦漫才(非公認)を続けている想い人とライバルの元へと最高の笑顔を固めつつ突貫する。

 

 

 手助けはここまでですよぉ、美波ちゃん。

 

 ここから先は絶対に譲ってあげませんから――――正妻の貫禄って奴を見せつけて私の完勝まで突っ切らせていただきます!!

 

 

 

「はっちくーーーーーーーーん!!」

 

「どわっ、ちょっ、ばっ!!」

 

「え? きゃ!?」

 

 

 その後、ちょっとタックルの勢いが余り過ぎて3人で年少組にはお見せできないあられもない体勢になってしまったのは……まぁ、ご愛嬌という奴でしょう?

 

 

 ちゃんちゃん♪

 

 

 

-------------------------

 

 

 

 もはや通い慣れたように感じる都内から少し外れた郊外の裏路地。

 

 この短期間の間に随分と酸いも甘いもこの通りで抱えたまま歩いてしまったけれど、今日は運のいい事に“甘い”気分でこの道を踏みしめられる事に感謝しつつ隣で中々進まない足を急き立てる様に引っ張り、見慣れたアンティークな扉を開く。

 

 涼やかなベルの音に、色とりどりのステンドグラスのランプの灯りに照らされた柔らかい室内。そして―――特徴的なネコ目を驚きに見開く馴染のマスター“神木”さんの驚く顔。

 

 それを見られただけでも今日、ここをごねる彼を無理やりに連れてきた甲斐があったというモノだろう。

 

「席、空いてます?」

 

「――――ああ、もちろんだとも。隣の彼のお陰か今日も君たちの貸し切り状態。やはり週3のペースで通って貰った方が私的には嬉しいくらいかな。 もちろん、隣の彼女を連れてね?」

 

「もっと働け、個人経営」

 

 そんな彼の憎まれ口に遂に笑いを押さえきれなくなった私たちがクスクスと笑いを零すともっと不機嫌になった彼“比企谷”さんがブスッとして出て行こうとするのを私と神木さんの二人でまぁまぁと取り押さえて無理やり席に座らせる。

 

 その際に神木さんがサラッと“close”の立て札を掛けてくれたのに小さく笑って感謝を伝えれば、彼女も控えめなウインクで返してくれる。そんな何てことの無いやり取りが“常連”っぽくてついつい嬉しくなって心は浮足立つ。

 

「さて、さてさてさて。今日ここに二人で来たという事は私はもしかして秘蔵のシャンパンでも開けなければならないという事かな、若人たちよ?」

 

「くふふっ、残念ながら“まだ”そこまでは行ってないですけど……でも、いつかの楽しみにソレは取っておいて貰えると嬉しいです!!」

 

「…………おい、こんないい娘にココまで言わせて君は何をしてるんだ?」

 

「そんなことを言えるのもこいつの泥酔状態を見るまでですよ。泣くわ、暴れるわ、絡んで来るわ、方言はこわ―――いでっ!!」

 

 神木さんに睨まれ余計な事を口走る彼の足をカウンターの下で踏みつけながら黙らせる。

 

 いや、ちょっとあの日は酔った勢いで日頃から溜まった鬱憤や想いを発散しすぎてしまったきらいはあるがそもそもの原因が彼なのだ。その上にいえば、“酔った出来事を次の日に持ち越さない”。ソレが大人のルールなのである。

 

 大体、広島弁は恐くない。

 

 関東の言葉が軟弱すぎるのだ。

 

 美波、悪くないもん。

 

「いや、広島弁は恐くないとしても泥酔状態のお前は―――」

 

「学習能力がないんですか、貴方は?」

 

 再び軽口を開く彼の足を踏みつけながら睨めば、今度こそ神木さんは堪えきれないというように大笑いをして私たちの仲裁へと入ってくれる。

 

「はっはっはっ、いや、いやいや。良い先輩後輩関係を築けているようで何より。その後の事は今後に期待させて頂くとして―――そろそろ喉が渇いてきた頃合いじゃないかな?」

 

ひとしきり私達の様子に腹を抱えて笑った彼女はクツクツと笑いを零しつつもそう言葉を紡いだ。その瞳は嬉しそうに細められつつも背筋を伸ばして真っ直ぐと自分達を見つめるその瞳は彼女の私人としてのモノでなく“バーテンダー”としての公人としてのモノで思わず私達もじゃれ合いを辞めて背筋を伸ばしてしまう。

 

「そうだねぇ、今日の君達にはどんなのがいいか。………ふむ、そうだな。コレがいい」

 

 ゆたりと細巻きを燻らせた彼女が優しげに微笑んで中空を眺める事しばし。微笑んだ彼女はいつもの人の視線を惹きつけるカクテルの妙技でなく静かにボトルを取りマドラーで緩くかき混ぜるだけ。たったそれだけの動作なのに私たちは眼を縫い付けられたようにソレを見つめて息を呑み、グラスが差し出されるのを見つめてしまった。

 

「“モスコミュール”。コレの奥深さや、味わいについては置いておくとして―――カクテル言葉は“仲直り”。今日の君たちにこれ以上にふさわしいモノは無いだろう?」

 

「「…………まぁ、別に? 喧嘩もしてませんけど?」」

 

 まったく同じタイミングでそう言い放つ意地っ張りな私達に苦笑する神木さん。だけれども、せっかく作ってくれたお酒を無駄にするのも悪いのでゆったりと手を伸ばし、お互いに気まずそうな顔を浮かべる彼と形ばかりの乾杯を交わす。

 

 ガラスを鳴らす軽やかな音とジャズ。

 

 温かく見守ってくれる友人。

 

 そんな柔らかな世界で交わした彼との“仲直り”の盃は―――爽やかで、甘く、渋い、これからの二人の未来を指し示しているようで、ついつい笑ってしまった。

 

 きっと、自分が子供の頃に思い描いていた甘い甘い恋愛なんかは望むべくも無いのだろうけれども。こうして喧嘩して、諫められ、お互いに気まずげにここに来て“仲直り”する。

 

 そんないつか来るささやかな日常。

 

 それが、彼との日常になればいいなと心の中で願い―――私は、小さく微笑んでこう呟いた。

 

 

 

「喧嘩したらまたここに来ましょうね、比企谷さん?」

 

「………気がむいたらな?」

 

 

 

 そんな彼の可愛げのない一言に、私達は―――大きく笑った。

 

 

 



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ヒマワリとワンピースとデートと

_(:3」∠)_やすみをください(切実

(*''ω''*)という訳でようやきゅ夕美ちゃんデート回です!!

待たせた夕美Pごめんね!!(テヘペロ

('ω')ゆうみ、可愛いよね……


という訳で、いつもの様に脳みそかろっぽでおたのしみくだしゃー♪




 ステージの上で、無我夢中でステップを踏み込んだ。

 

 緊張から真っ白になる頭。それでも、それこそ比喩抜きで泣きじゃくるくらいにしごかれた体と口は振り付けと歌を淀みなく紡いでくれる。

 

 アイドルに成りたての頃はそれこそなんでこんなに追い詰められなきゃいけないのかと腐りそうにもなったが今なら分かる。ここ一番で人間が絞りだせるのは夢でうなされるくらいに刻まれた血と汗の結晶だけだからだ。

 

 ならば、大歓声とプレッシャーで役に立たない脳みそと体はかつてのしごかれた自分に任せて、せめて意識だけは満面の笑みを渾身の力でかたどろう。

 

 上がった息が苦しく、滴る汗で視界が滲んでも―――それだけはやり切って見せる。

 

 だって、私は―――― “相葉 夕美”はもう“アイドル”なのだから!!

 

 そして、最後の振り付けを完璧に決め切った先で更なる大歓声が場内に響き渡る。その声は悲喜こもごもで喜びと無念が入り混じった物。ここがライブバトルという戦場である限り必ず生まれる勝者と敗者。それの明暗が自分の背後にあるバックスクリーンに映し出されているのだろう。

 

 最後の一滴まで絞りだした中で、ゆっくりとその結果を確かめる。

 

 【67:33】

 

 華々しく輝く蛍光版に映されたのは――――自らの勝利であった。

 

『Bランク・ライブバトル決勝トーナメントを制したのは、新人“相葉 夕美”さんです!! あの346プロから突如として現れ、一気にここまで駆け上がってきた大型ルーキーが見事に古豪の92プロや2525プロの昇格を阻みました!!

 際限なく生まれてくるその層の厚さは業界最大手の底力を物語っている!! この勝利は偶然か? それとも、芸能界を一色に染め上げようとする346の無慈悲な一手か!?

 

 今後のAランクトーナメントで彼女の進退に目が離せません!!!』

 

 会場中に鳴り響くナレーションに人々は更に熱狂し祝福や、悔し気な想いを乗せて応える。横では決勝を競った相手が項垂れ、涙を零しながら舞台袖に下がっていくのに少しだけ胸の奥を締め付けられながらも私は精一杯に笑顔を作って会場に手を振り返す。

 

 少なくとも、自分はここまで応援してくれたファン達のお陰でここに立っている。

 

 ならば、今だけは素直に勝利を喜び彼らと分かち合おう。

 

 それが、勝者の私の義務だと思うし――――本当に張り合うべき相手はもっともっと先にいるのだから、こんな所で悩んでいる暇なんか恋する乙女には無いのである。

 

 笑顔と勝手に零れる涙で頬を濡らしながらも、MCが持ってきたマイクで会場中に感謝の言葉を述べながら私はゆっくりと舞台を降り立った。

 

 

 

-----------------

 

 

 

「おつかれさん――っと」

 

「あ、あははは……ライブバトルが終わったら急に力が抜けちゃって」

 

 なんとか笑顔のまま終え、下がった舞台裏で暗闇に紛れる様に気だるげでぶっきらぼうな声を掛けてくる彼“比企谷さん”に声を返そうとしたところでかっくりと膝の力が抜けてしまった。

 

 転びそうになる私を咄嗟に支えてくれた彼の行為に甘えつつも乙女としては少しだけ言葉にできない煩悶。

 

 汗だくだし、匂いとかその、ね?

 

 それに、細身に見えても意外としっかりした身体とか体温とかもこう身近にあると余計に意識してしまって気恥ずかしいのですぐに離れたいのだが、もう少しこのままでいたいとかも思っちゃたりなどなど色々と複雑なのである。

 

 そんな自分の想いを知ってか知らずか、肩を支えたまま控室まで連れて行ってくれた彼に甘えて椅子に腰を下ろした所で一段落。名残惜しむ私から彼は離れてあっさりと離れて行ってしまう。……むう。

 

「まあ、順当に勝ち上がったようで何より。おめでとさん」

 

「えぇー、あれだけ苦労して勝ち上がったのに冷たいなぁ。もっと温かい言葉を掛けてくれないとお花だって咲いてくれないよ?」

 

「負けるとも思ってなかったしな。それに、祝福ならこの後に雪崩れ込んでくる奴らに過剰摂取気味に注がれるから俺からはこんくらいで丁度いいだろ?」

 

「ふふっ、信頼が重いなぁ…。それに、そういう問題でもないのー」

 

 頬を膨らまして反論する私に肩を竦めるだけで応える彼。そういってくれるのは嬉しいが、そういう問題ではないのだ。

 

 アイドルとしてはどうかと思うが、自分がこんな世界に飛び込んだきかっけとなった彼から掛けられる“栄養”からしか得られない特別な成分というのがあるのだからそういうのでは困るのだ。栄養過多で枯れちゃう花も多いが私に限って言えば与えられれば与えられるだけ成長するタイプなので是非ともじゃんじゃんかけて欲しい。意外と私は底なしに構って欲しがり屋なのである。

 

「もっと形のある祝福がほしい! んー、たとえば……そうっ! 明日からのお休みに遊びに行くとか分かりやすいご褒美が欲しいな!!」

 

「はぁ? 普通にやだけど」

 

 案の定、渋る彼。だけどもそれくらいは想定内なのでここからの粘りが重要なのは他の彼に懸想している先輩方から勉強済みなのです。何度も読み返したスケジュールでは彼が珍しくオフになっている事も確認済み。ん? 意外と余裕あったじゃないかって? それとこれは別口なので無問題です。

 

「………そうだよね。ホントにたまにしかない休日をこんな園芸くらいしか趣味の無い女と過ごすなんて嫌だよね。うん、ごめんね? ちょっとトーナメント勝ち上がったくらいで調子に乗って……。うん、いいよ。明日は私一人で部屋でお花の植替えでもして静かに過ごす。いや、こんなんじゃ駄目だよね。明日は休業日だけど次に備えて自主レッスンでもしようかな―――卯月ちゃんでも誘って」

 

「おいばかやめろ死ぬ気か? 分かった! 分かったから!! 午後位なら付き合うから遠回しな自殺はやめろ!!」

 

「やったぁ!!」

 

「……お前って意外に性悪だよな?」

 

 万歳して喜ぶ私にガックリと肩を落とす彼の恨めし気な目に思わず笑ってしまう。だけども言質を取ったらこちらのモノ。気分はすっかりお祭り気分で明日の予定についつい浮足立ってしまう。

 というか、あの“微笑みの修羅”と呼ばれる六代目シンデレラガール卯月ちゃんと制限時間の無い自主レッスンをした場合は本気でヤバいので彼が引き留めてくれと心底ほっとした分喜びも倍増しである。

 

「うふふっ、可愛いお花には毒があるもんだよ♪」

 

「食わされる方は笑いごとじゃないんだよなぁ……」

 

 そんな私たちの会話を皮切りに控室の扉の奥から仲間達の騒がしくも楽し気な声が聞こえて来て、二人きりの時間はどうにも終わりらしい。ノックされる扉にゆっくりと立ち上がりつつ彼に最後の一指し。

 

「明日、楽しみにしてますね?」

 

「俺の休日はいつやって来るんだ……」

 

 そんな彼の情けないため息を、私はクスリと笑って答えるのであった。

 

 

 まぁまぁ、私という花を愛でてゆっくり過ごすお休みも―――そんなに悪くないもんだよ?

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「というわけで来ました、横須賀のひまわり畑!!」

 

「結局は花関係なんかい…」

 

 脅迫にも近い“暇つぶし要請”もあの後の打ち上げを挟めばあっという間に約束の時刻となり、寝たふりをして誤魔化そうにも鳴りやまない電話。それに根負けして遂にはこんな所まで引っ張られて来てしまった。

 

 浜風に乗る潮の匂いに海の漣。そんなもんに夏がいよいよやって来るなぁなんてのんびりとレンタカーの窓から流れてくる風を感じつつ走らせていれば相葉ナビが指し示したのは海沿いにある大規模な公園施設とアミューズメント施設が混ぜられたようなゲート。

 

 そこをくぐれば広がるのは目の前一杯に広がる―――黄色い太陽の畑であった。

 

 “ヒマワリ” キク科の一年草で原産は北アメリカ。高さ3mほどに成長し、大きな一輪に見えるが実際は多数の花が集まりこの形を成しているのだとか云々かんぬん―――夕美植物図鑑より。

 

そんな聞きかじったくらいの知識しかない俺だが、目の前に壮大なヒマワリ畑が広がると理屈とかは置いといて単純に“すげぇ”と思って息を呑むくらいしかできない。

 夏本番は少し早いが、それでもぶっとい茎で立ち上がり眼を覚ます様な生命力を感じさせるその輝きは意地で絞り出した嫌味を最後に、茶々を入れる隙のないくらいに俺を圧倒させた。

 

「んふふ、藤とか有名な植物園とか色々と有名どころで悩んだんだけど……やっぱり夏はヒマワリだよね!」

 

「まぁ、運転手をした分くらいの労力は報われたのは確かだな」

 

 言葉を失って見惚れる俺の前に躍り出た相葉は真っ白なワンピースに白い日除け帽の眩しすぎる装いと輝く笑顔で俺に笑いかけてくるもんだから、俺も思わず眼を眇めてしまうのを誤魔化す様に苦笑で返す。

 

 そんな男の浅知恵なんかお見通しなのかクスクスと笑いを零した彼女が余りに自然で無邪気に俺の手を取ってそのヒマワリ畑へと誘っていく。

 

「ならここからは“楽しみ”が増えてくだけだね! ここって凄い遊べる所らしいから、思い切り羽を伸ばそう!!」

 

「おいっ、あんま引っ張んな」

 

 そんな眩しすぎるくらいの彼女の笑顔をに引き連れられて――――俺たちの休日が始まったのであった。

 

 

 

---------------------------------------

 

 

「あははっ、凄いねここ! 思ってたよりずっと飽きが来ないや!」

 

「だからってワンピースで芝のスライダー転げるとは思わなかったけどな……」

 

 すっかり日が沈むまで遊び惚けた夕方、帰る前の一休みとカフェで限定のシェイクとやらで喉を潤していると今日の事を振り返った相葉が本当に楽しそうに笑っている。

 あちこちと一日では廻り切れないくらいに広い園内を駆け足気味に回ってきた中で本当にバリエーションが豊富なアトラクションを彼女は思う存分駆け巡った。

 

 水あそび場があれば濡れるのを構わず突貫し、温室では様々な工夫を事細かにメモし職員を質問攻めにし、ゴーカートでは盛大にスリップし、動物に囲まれ右往左往したりし―――終いには芝ソリに無謀にもチャレンジして巻き込まれた俺ごと一緒に白いワンピースを芝塗れにして、大笑いしていたのだから笑うしかない。

 

 引っ張りまわされ、疲れるには疲れたのだが―――なんとなく満たされたような謎の充足感。

 

 アルバイトという社畜に成り果てて疲労とは随分長い付き合いになったが、鈍い重たさを感じるそれではなく素直に眠りに落ちてきそうな充足感ある疲れというのは随分と久しい。

 

それこそ、遠い昔の子供の頃以来のモノではないだろうか?

 

 そんな久しくて懐かしい感覚を味わってなんとなく郷愁に駆られている中で、ジッとこちらを見つめる瞳が一対。

 

「……なんだよ」

 

「ん、そういう優しい顔も出来るんだなぁと思って」

 

「………いつも通りだろ」

 

「はいはい、そういう事にしておきますよーっと」

 

 ニマニマと気持ち悪い顔を浮かべる相葉に未使用で置いていたお手拭きを投げつけ遺憾の意を表明しつつ俺は席を立つ。

 

「―――近くに温泉もあるらしいから、せっかくならその泥だらけの顔も洗っていくか」

 

「えっ、うそっ! まだ汚れついてる!?」

 

「ドロドロだな。主に面の皮が」

 

「ちょっと、どういう意味!?」

 

 ニコニコと少女と母親が混ざったような優し気な顔立ちに、焦った顔、怒った顔。笑った顔にわりかし打たれ弱い顔。意外に分かりやすい悪だくみした時の顔。どれもこれもが百面相のようにコロコロと変わる彼女のせいで、普段は鉄壁を誇る俺の顔が特にひどい。

 

 だから、こういう時は心と体に生まれた“勘違い”という毒素を温泉でデトックスして仕切り直さねばならない。そして、ソレはそうとしても、心の膿を出し切る前についでの恥のかき捨てと行こう。

 

 わんにゃーきゅあーきゃー俺の隣で文句を零す彼女に一言だけ振り返ることも無く俺は聞こえるか聞こえないかのキワ戦で呟く。

 

 

「……まあ、その、なんだ。思いのほか楽しかった。ありがとう」

 

 

「――――――へ? ちょっと! いまのもう一度!! 聞こえなかった!! もういっかいだけおねがい!!」

 

「あー、うるせぇな。何も言ってない! お前の空耳だ!!」

 

「うそ! 絶対に言った!! ね~、もう一回だけおねがい!!」

 

 わんにゃーキャーキャー、馬鹿みたいな意地の張り合いをする夕闇を歩く二人を見渡す限りのひまわり達が野暮は無用だと眼を瞑って俯いていく。

 

 まったくもって、花って奴は人よりも慎み深くて助かる。

 

 ついでに、この俺のドロドロに溶けてしまった表情に浮かぶ朱も夕焼けのせいにしてくれないかと俺は誰に呟くでもなく心の中でそう願うのであった、とさ。

 

 




(´ω`*)評価くれると嬉しくて泣く


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文香選挙応援SS 【教鞭の貴方】

(・ω・)俺はな、誓ったんだ。――――あの娘を勝たせるって。


「以上の事から、古文は全ての単語が分からなくても前後の脈絡から物語の流れを読み取ることが出来ます。好きな方でしたらソレを調べるのが楽しみにもなりますが、テストという限られた知識での事なら細部にこだわらず分かる部分を埋めていくのが良いかもしれません」

 

「あー、そっかぁ。一問に拘って時間を潰すより分かる部分を呼んだ方が点数は高いですもんねぇ……」

 

「私は、恥ずかしながらも……物語に没頭しすぎて記入を忘れて赤点を取った事がありますよ?」

 

「うっそ、文香さんも赤点とかとったことあるんだ!!」

 

「ソレは、ちょっと意外だけど……文香さんらしいといえばらしいね」

 

 机一杯に広げられた問題集。懐かしい教科書に抜粋された物語の抜粋を解説しているウチに零した自分の過去の笑い話を交えればデレプロの後輩であり、仲間であるトライアドプリズムの三人が楽し気な笑いを零してしばしの雑談に興じます。

 

 そんな光景に小さく相槌を挟みながら、ちらりと視線を借り切った会社の会議室に走らせればあちこちで苦手な教科に頭を悩ませる高校生組がちらほら。それに熱血的だったり、冷静にだったりと方法は様々ですが年長の大学生組や年長組がサポートについて問題に取り組んでいる光景が広がっています。

 

 幅広い年齢の乙女が集まるこのプロジェクトは当然のことながら学徒も多くいて、試験前や受験シーズンが近ずくとこういった光景が風物詩のように広がる。

 

 総責任者のプロデューサー自身も“学業との両立”を掲げており、そのおかげか多くの生徒はアイドルという過酷な業務を抱えているにも関わらず学業がおろそかになることが少ないのがこの事務所の美点といってもいいでしょう。

 そんな恒例の行事の中でつい目をやってしまうのは―――やっぱり自分の意中の人だというのは仕方のない事だと思うのです。

 

「丸暗記を出来るなら世話無いが大体は無理だ。なら、せめて覚えやすいように工夫しろ。例えば、あれこれと種類があって覚えにくい変格活用一つにとっても形容詞なら『トヨタ”カロ“ ーラ ”かっ“ く” い“ い ”けれ“ ど』―――と覚えりゃ一発だ。

 

 いいか、少ない脳みそに無理して詰め込むな。いや、正確には押し込む量は無理のない範囲で残りは他の部分で補え。お前らが今から覚えるのはこの表と、俺が教える“魔法の言葉”だけだ。ソレを間違えずにやり切れば問題自体が理解できてなくても点数は取れる」

 

 特に文系科目に苦手意識を持っている子達が集められた席で教鞭を振るう気だるげな彼“比企谷さん”。

 

 意外に思われる事も多いのですが、彼の講義は非常に分かりやすく丁寧で、既存の苦手意識を拭いさるウィットさに富んでいて非常に人気があります。

 

 最初はちひろさんに脅されて渋々といった具合ではありましたが、回数を重ねるごとに元々の凝り性と面倒見の良さが出て来て彼の授業は試験前以外ですら開催を要望されるくらいになって多忙さが更に増したのは笑うべきか、溜息をつくべきかは判断に困るところではあります。

 

「……あれだけの講義やってるなら本職に出来るんじゃない?」

 

「あー、わかるかも。将来は有名どこの塾にでも出てきそうww。比企谷先生の生授業を抜け駆けで受けた奈緒さんはどー思います??」

 

「ちょ、加蓮、その話は蒸し返すなよ!!…………いや、でも、まあやっぱ分かりやすかったし、凄い才能あるとは思ったけどさ」

 

 そちらに視線を奪われていると自分が担当している3人組からそんな声が聞こえてきてようやく我に返る。そして、彼が褒められているのが自分の事の様でくすぐったい気分と彼の教育実習で“教師”としての彼を見ている奈緒さんに少しだけ羨望の念が湧き上がる。

 

「………そういえば、学校での彼はどんな感じだったのですか?」

 

「へ? ……いや、顔は良いし、普通の先生とは違ったからそれなりに人気はあったよ? 授業も分かりやすいし。でも、他の先生には良く怒られてたかな」

 

「あははっ、なんか目に浮かぶかも!」

 

「……もう、ホントにしょうがない奴だよね」

 

 私が気になって投げかけた質問に皮肉交じりで、それでも隠しきれない親愛の念が込められた奈緒さんの声に柔らかな微笑みで応える二人。そんな暖かな空気が流れ私もクスリと声を漏らして少しだけ夢想します。

 

 あの、物語の世界に没頭していた私の冴えない学生生活も―――彼の様な先生がいればいっぱしの女子学生のように淡い恋心の一つでも抱いたのでしょうか?

 

 その答えは、いまさら得られそうには無いけれど

 

「くっちゃべってないで問題をさっさと解け、阿呆トリオ。文香もこいつらの話術に乗って騙されるな。気がつきゃ雑談で終わらせようとしてやがるんだからこいつ等」

 

 耳に馴染んだその声が気安くかけてくる声と、距離を感じさせないその間合いで自分の隣に立つこの“同級生”という立ち位置に心の底から居心地の良さを感じている現状では少々だけ欲張りな願いかもしれません。

 

「いえ、私自身も興味深いお話でした。今度は、私も後学のため比企谷さんの教鞭を受けてみるのも面白いかもしれません」

 

「……かんべんしてくれ」

 

 げんなりと肩を落とす彼についコロコロと笑いを零してしまいます。

 

 教師の彼と、私。

 

 そんな楽し気なワンシーンを夢想しながらも三人からやんやと文句を言われている彼を見つめながら想います。

 

 それは、二人で読んだ書の感想を対等に語り合う時間とどちらが甘美なのか、と。

 

 きっと、どちらも負けないくらいに楽しい時間なのだろうなぁなんて思いつつも私も今日本来の責務を果たすべく参考書をゆたりと閉じ、言葉を紡ぎました。

 

「ふふっ、では、比企谷さんに問題が無いと知らしめるために今から赤本から出題させていただきます。――――頑張って、見返してやりましょう」

 

 楽し気な声から一転、悲鳴をあげる彼女達に微笑みかけながら私は―――昔の制服をどこにしまったかの記憶を探ってゆくのでした。

 

 

 気だるげな新米教師に、暗い文学高校生。夕方の図書室。

 

 

 ふむ、意外に、悪くないかもしれません。

 

 今度、彼がウチに来た時に揶揄うネタが出来た事を喜びつつ、私はこの国最高学府の赤本をコピーするために席を立ったのでした、とさ♪

 




(●ω●)みな、文香という沼にはまれ(暗黒の意思


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文香選挙応援SS 【夕餉の献立】

(・ω・)短いけど、こういう尊い文香との日常をあげて皆の票を巻き上げるのじゃ!(笑)

( *´艸`)清き一票をどうか文香によろしくお願いいたします!!



 奇妙な縁から“アイドル”という仕事をさせて貰っているものの、やはり日々の生活というモノは無くなりはしないモノです。

 

 大学に、家事に、私事での様々な事。そういった日常の色んな雑事は実家にいた頃は恥ずかしながらも大部分を家族に肩代わりしてもらって自分は書の世界に引きこもっていた事が多く、今になって感じる実家のありがたみというモノを恥ずかしながらも実感させられます。

 

 ただ、自分が下宿させて貰っている住まいの家主である叔父も執筆以外の事にはとんと無頓着な方なのでほおって置けば食事も洗濯も掃除も稀にしかしない以上は自分がやるほかなく、最初期は結構に面倒な事柄だと思っていたのは確か。

 だけれども、そんな自分が今や鼻歌混じりに買い物用のエコバックを片手に商店街を歩くようになるのだから世の中は分からないものです。

 

「今日は……何がいいでしょうか?」

 

「トマト以外なら何でもいい」

 

 賑やかな商店街に並ぶ多くの特売のチラシや呼びかけの声に悩みつつも、結局は口に運ぶ人の意見を聞くことにしたのですが返ってくるのはぶっきらぼうな一言。コレが怒こってる訳でもなく、本当にそう思っているのらしいのがコチラも溜息を返すしかなくなんとなく想い人の同級生に避難の眼を向けてしまいます。

 

「そう言われるのが一番困る…というのを“比企谷”さんはご存じでしょうか?」

 

「いや、とは言ってもな。特に要望があるわけでも――――ない訳でもないな」

 

 困ったように眉根を寄せて首筋を擦る彼が周りをぐるりと見渡して、ある一点を見つめて急に意見を翻す。

 

 そんな彼を珍しく思いながら彼の視線を追いかければ馴染の八百屋さんの店頭に並べられたのは旬を迎えた色とりどりの夏野菜たち。更にその中で彼がしげしげと眺めているものを追って行けば―――――暗褐色の肌を瑞々しく誇る夏野菜の大御所“ナス”へとたどり着きました。

 

 煮て良し、焼いて良し、炒めて良し、漬けて良しの正に万能選手とも言えるその野菜。

 

 材料さえ決まれば料理が得手という訳でもない私でも献立を考え、ソレに合う2,3品を考えるのは簡単な工程といえます。

 

「あぁ、いいですね。今の時期は特に身が張り、瑞々しく暑くなってきて弱った体にも精が付きそうなので」

 

「買い物なんて滅多にしないからあれだけど、こうしてみると無性に食いたくなる時があるよなコイツも」

 

 さっきまで恒例となった私の下宿でのレポート課題も食事も渋っていたのが嘘のようにウキウキと色んな種類の茄子を品定めしている彼がなんだかいつもよりも子供らしくてついついクスリと笑ってしまう。

 

 あれこれと弁舌や理屈、その他を齎して彼をよく家に招いているのですが―――結局は最後に色恋でモノを言うのは胃袋を掴むというのが実感してしまうのですから人間とは現金なモノだと思うのです。

 

「お、文香ちゃん。今日は彼氏と仲良くお買い物かい?」

 

「――はい、たまには荷物持ちでもして頂こうかと」

 

「おい、誰が彼氏だ」

 

 すっかり顔なじみとなった八百屋の女将さんの威勢のいいからかいの声も今ではなんのその。シレっと頷く私に突っ込む彼。

 

 言霊というモノもありますし、言い続ける事で“そうなる”という事もあるでしょう。

 

 その成果か偶に二人で訪れるこの商店街では多くの方がそう認識してくださっていますし―――こうして、オマケで多くの野菜もサービスして貰えるのですから悪い事ばかりではないと思うのです。

 

 あーだこーだと言い訳して女将さんに肩を叩かれ叱られている彼を眺めつつ、私“鷺沢 文香”は遠くない日に“そうなる”予定なのですから、あながち嘘でもないですよね?

 

 なんて、言い訳を心の中で呟いたのであります。

 




(●ω●)みんな一緒に沼に沈もうぜ??


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【時子様ボイス応援SS  -指輪- 】

(*''ω''*)時子、俺をふんでくれっ!!← 


 

「分相応というモノを知りなさい?」

 

「えー、でもこのドーナッツみたいな指輪すっごい可愛いし今だけしか買えないんだよー?」

 

 いつもと変わらぬ社会人よりも社畜として駆け回って一段落を迎えた午後の事。いろんな諸々の打ち合わせだったり、送迎だったりが終わったかと思えば山済みにされた書類の山に溜息を吐きつつ取り組んでいるとパーテーションの向こうにあるアイドル達の談話室的なスペースから何かを言い合う声が聞こえ作業の手を止めた。

 

 別に姦しいのはいつもの事なので気にするような事ではないのだが、その言い合う二人の声は珍しくなんとは無しに覗き込めばいつもは仲睦まじい我らが女王様の“財前 時子”と“椎名 法子”がとある雑誌を覗き込みながら何かを揉めている。

 

 なんだかんだ面倒見のいい時子と、無邪気に懐く法子の仲良しコンビである二人にしては珍しい光景に興味がそそられて休憩ついでにその原因を覗き込む。

 

「あっ、ハチさん!! ね~、この指輪すっごく可愛いでしょ!! 最近はお仕事も順調だし、ご褒美に買ってみてもいいよね!!」

 

「……鴉、分かってるとは思うけど甘やかせて図に乗らせるような軽挙妄動は慎みなさい」

 

「ほーん、そういうアレか」

 

 味方を見つけたと言わんばかりに甘えた声を出す法子に、溜息と共に額を押さえた時子が俺に睨みを利かせる。そんな対照的な二人の原因は何かと思って彼女が開いていた雑誌のページに映っていたもので俺はついつい苦笑いを浮かべてしまう。

 

 雑誌の見開きに映るのは、乙女の指で淡い桃色の輝きを放つリング。

 

 俗にいう、“指輪”という奴だった。

 

 現代では乙女たちのアクセサリーや婚姻の証としての意味合いが強いが、そのルーツは古く長い。

 

 本来は魔除けや身分証明、その他にも変わり種で言えば武器としての意味合いもあったり拘束具としての仕様用途もあったという実に興味深いものである。だが、いまの状況で用途を問われるのならば、間違いなく年頃の少女が当然のように抱く憧れからの可愛らしい背伸びというのが妥当な所だろう。

 

 だが、そういった変化に難を示すほど時子が狭量ではない事も俺は知っている。

 

 そんな彼女が難色を示しているのはその華やかなページの端に描かれている子供のお小遣いで買うには桁外れな金額のせいだろう。

 

 お値段驚きの15万6千円。

 

 法子の稼ぎなら無理なく買ってしまえる金額だが、そういった金銭感覚に慣れてしまう事を時子は懸念しているのだろう。生まれながらにブルジョアな時子からすれば大した金額ではないのだろうが、そういった彼女だからこそ金の欲というモノへの理解は深く厳しい。

 

 欲というモノは際限がない。

 

 満たされたと思えば、すぐに飢えが来て次のモノへと目移りをしていくのが人間の性。それが、心の成長が未熟にも関わらず莫大な稼ぎをあげている子供にどんな影響を与えるかを心配しての事だろう。

 

本当に、何とも世話焼きで愛情深い事である。

 

 別に法子だって両親にお金を預けているのだから家でも怒られるし、止められるのは目に見えているのにわざわざ厳しい言葉を掛けるのだからもはやそういう他にあるまい。

 

 そんな二人の相反する視線に少しだけ頭を悩ませ、俺は妙案を思いつく。

 

 少々だけ子供騙しではあるが、まあ、今回の件に関しては妥当な所だろうなんてほくそ笑みながら俺は言葉を紡いだ。

 

 

「よし、そんなのよりもっといいのを俺が贈ってやろう」

 

 

 形の良い眉を怪訝に寄せた時子と、眼を期待に輝かせる法子のコントラストに俺は小さく笑いつつも二人の手を引いて歩きだしたのであった、とさ。

 

 

-----------------

 

 

 

 さてはて、対照的な二人を引き連れやってきたのは美城の誇る時計塔が見下ろす屋上庭園。屋上にも関わらず四季折々の草花と野原が広がる休憩時間の人気スペース。だが、休憩時間も過ぎた今では風が緩く吹き抜け、誰もおらず独占状態である。

 

 そんな中で二人に飲み物を持たせベンチで待たせる事、数分。

 

 ちまちまと野原で作業していた俺が会心の出来となったソレを手に潜ませ、不思議そうにこちらを眺めていた法子の元へ戻って来て緩やかにその手を取って―――指に嵌めてやる。

 

「うわっ!! カワイイ!!」

 

「高級品じゃなくて悪いけどな、まだお前らの世代にはこっちの方が似合うぞ?」

 

「……………ふんっ」

 

 法子の細くしなやかで幼い指に嵌められたのはシロツメクサの可愛らしい花弁がクローバーによって引き立てられた可愛らしい指輪。

 

 その素朴で、質素な出で立ちの指輪を心底楽しそうに、嬉しそうにはしゃいで眺める法子の表情にクスリとしながらも彼女の頭を緩く撫でてやる。

 

「ああいうのが欲しくなるのも分かるけど、もうちょっとこういうので練習してからの方がいいかもな?――――それが枯れたならまた俺が作ってやるからさ」

 

「えへへへっ、これすっごく可愛い!! ねぇねぇ、これってどうやって作ったの!?」

 

 感情が高ぶったのか俺の首っ玉に飛びつき興奮のまま作り方を強請る彼女を抱えつつ俺は原っぱの方に足を進めていく。

 

「こんなの序の口だぞ? これさえ極めれば指輪にネックレス、花冠まで思いのまま好きに作れるようになる」

 

「ドーナッツ天国じゃん!!」

 

 そんなブレない彼女の歓喜の声に苦笑を漏らしつつ、穏やかな天気の野原に彼女を下ろして丁寧に作り方を教え、慣れないながらに一番いい花を真剣に吟味して結っていく彼女を眺め、俺はかつて小町にコレを作ってあげたかつての日を思い出した。

 

 妹を楽しませるために調べたこんな知識が役に立つ日が来るのだから―――人生、分からないもんだ。

 

 そう独白した俺を、緩やかな風が撫でていった。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「雑学も納めとくもんだ」

 

「鴉の浅知恵にしては上出来ね」

 

 あれから法子に作り方を教えてしばし、すっかり花飾り作りに夢中になった彼女の元を離れて美味くもないだろう自販機のコーヒーを啜る彼女の座るベンチに戻り、声を掛ければいつもより少しだけ柔らかい声が返ってくる。

 

「別に、値段はともかくああいう事に興味が出るのは自然な事なんだろうけどな」

 

「高価だとか、安物だとかそういう問題ではないわ。そういうモノを身に着ける時は意義と意味を理解して置かなければいつかモノを金額でしかモノを測れなくなる。――――あの子が信念を持って選び、買い取るのならば私だって反対したりしないわよ」

 

 そういって少しだけ疲れたように溜息を漏らす時子の珍しい姿が育児に悩む母親の様でつい笑ってしまう。ギロリと睨まれるがそれも照れ隠しと分かればカワイイ物だ。

 

「ほれ、そんなお前にもエールをくれてやろう」

 

「…………はんっ、こんな子供騙しで機嫌が直ると思ってるなら、相当な愚物ね」

 

 時子の視線に苦笑を返しつつも、ゆるりと空いている手を取ってさっきセットで作った花の指輪を差し込んでやる。一瞬だけ驚きに目を見開いた彼女がマジマジとソレを眺めた後にいつもの様に不敵に傲慢不遜な笑みを浮かべてこちらを見てくるので俺は小さく肩を竦めて応える他にない。

 

「要らないなら返してくれてもいいぞ?」

 

「渡した物を返せとは見下げ果てた男ね。―――大体、この指にリングを嵌めた意味すら理解してない癖によくそんな口を叩けたものだわ」

 

「意味?」

 

「おだまり、愚物」

 

 そうは言われてもこちとら男やもめのボッチである。左手薬指は結婚指輪だと分かるが逆側の右手薬指は何の意味があったかなど知る訳もない。単純に取った手の、サイズ的に嵌めやすい指に嵌めただけなのだが……まあ、帰ってから調べればいいだろう。調べてヤバい意味だったら知らん顔で通せばいいだけなのだ。へーきへーき。

 

「時子さんにプレゼントっ!!」

 

 そんな事を考えていれば今度はいつの間にか俺たちのベンチの後ろ側に忍びこんでいた法子が俺たちの会話をぶっちぎり、特大の花冠を時子の頭におっかぶせたのであった。

 

「ちょ、やめなさい!!」

 

「えへへー、時子さんかわいい!! 花嫁さんみたい!!」

 

 シロツメクサやネジバナ、その他にも多くの花を編みこまれた花冠。

 

 それを被り困ったように窘める時子と、嬉しそうにお揃いの花冠を被っている法子のじゃれ合いを見ていると柄にもなく少しだけ可笑しくて笑ってしまう。

 

 世間では恐れ敬われている時子。

 

 だが、そんな彼女がプライベートで親しい女の子相手にこんな優し気な表情を浮かべていると知れば――――随分とまた世間は騒ぐのだろうなと思い、俺はソレを飲み込んだ。

 

 天気は快晴、風は穏やかで、少女達は今日も華やかに微笑んでいる。

 

 

 今日も、いい日和である。

 

 

 そんな益体もない事を“比企谷 八幡”は無責任に透き通る青空に零したのであった、とさ。

 




(*''ω''*)時子はきゅーと属性。異論は認めない(暴論


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文香選挙応援SS 【批評の善悪とは?】

('ω')皆、文香をすきになーれ♪♡(情緒不安定


(*''ω''*)今日も脳みそ空っぽでいってみよおーーー!!


「むぅぅぅっ」

 

「…………どうかされましたか、ありすちゃん?」

 

 宣伝写真の撮影や次回のライブの衣裳合わせ等の比較的に忙しくない業務を終えて事務所に顔を出した私の前で、年下の友人でありユニットの相方でもある“橘 ありす”ちゃんが電子パッドを睨みながら不機嫌そうに唸っているのが目に入りました。

 

 普段からしっかり者の子ではあるのですが、自分の中の感情には年相応に素直に発散するのでこういった時は大体何かに悩んでいるか憤っている事が多い。

 

 それは人の機微にはとんと疎い私にはむしろありがたい事で、何か力になれればと思い彼女の隣に腰を掛けつつ声を掛ければ彼女は溜まりかねた鬱憤を晴らす様に私“鷺沢 文香”へと開いていたホームページを差し出してきます。

 

「文香さんっ、この間の収録で一緒になったコメンテーターのホームページを見てください!! 私たちが紹介した本の事をこんなに悪く書いてるんです!! しかも、言ってる事が物語の本質を欠片も読み取ってない的外れな事ばっかり!!」

 

 予想を上回る剣幕で差し出されたページの脇に映る男性は―――えー、はい、まあ、言われてみればこういう方もいたような……いなかったような……自分の対人記憶力の低さは言い訳のしようもないのを恥じ入るばかりです。

 

 とはいえ、そこが本題ではない様なので問題のレビューをちらり。

 

 書かれた題名は確かにいつぞやの収録の時に紹介したいくつかのオススメの短編集。

 

 余談ではありますが、こういったオススメというモノを私達の様なアイドルや芸能人が紹介するのは実に多くの制約や配慮がいるために権利が切れた物や、公開されたモノ。その他には統計の上で上位に乗ったモノにコメントや感想を当り障りのないように紹介するという実に面倒ごとが多い。

 

 読書好きとして多くの人に認知して頂いてる身の上としては今の旬を好きに語れないという、もどかしい所はあるのですが、そういったモノの中でも名作は多くいつだって自分の中のオススメを紹介しているつもりではいます。

 

 歴史的にも、過去の著名人や大御所たちの評価的にも良い名作だったとは思うのだが――――書き連ねている批評はなんと言ったものか……実に挑戦的な切り口でした。

 

 つらつらと書かれたそのレビューは主人公の出自の批判から始まり、物語のご都合主義を徹底的に糾弾し、結末にはそういう解釈もあるのかと驚きと新鮮味すらも感じさせる辛口具合。そこから始まる著者の人格的問題や思想の危険性を大いに語る内容はなんとなくこれ自体が新たな作風の書籍なのではないかと思ってしまう。

 

「…………ふむ、内容の好き嫌いはともかく……読みごたえは凄いボリュームですね」

 

「なんでちょっと感心してるんですか!?……というか、もっと酷いのはその先です!!」

 

 

 その一種の熱量に謎の感銘を受けていると、ありすちゃんに怒られてしまいます。そんな私に呆れたように深い溜息を吐いた彼女は気を取り直したように画面をスクロールして次のページに進み画面を突き破らんばかりに指し示す。

 

 “知識の浅いにわか文学少女がネットから一夜漬けで探してきた苦し紛れの作品。コレを勧める時点で【アイドル】という浮ついた職業の涙ぐましいキャラ作りという事が証明された”

 

 そんな一文の背景には私の宣伝用の写真が貼られ、つらつらと先ほどの作品評と同じくらいの分量で私の容姿や撮影時の挙動に、普段の私生活の不真面目さをこき下ろしたうえで、昨今のアイドルや芸能界。ひいては現代社会への持論が展開され大いに嘆かれている。

 

「あの名作短編集をこんな批評するのも大概ですけど、共演した人間の事をこんな風に書くなんてもうとっくに限度を超えています!! これは事務所を通して徹底的に抗議するべき案件です!!」

 

「あ、でも、ありすちゃんの事は“少しおませな少女、今後に期待”って書いてありますよ?」

 

「それ、褒められてないですからね!!? むしろ、馬鹿にされてますから!!!」

 

 私の決死のフォローも届かずに激情のまま地団駄を踏んで暴れる彼女にどうしたものかと思いつつ、改めてその人のホームページに目を滑らせる。

 

 このページだけでなく多くの著書や最新作。その他の共演者の事も似たような論法で扱き下ろしており、ならばと彼のオススメとなった書籍を眺めて見れば最近話題のモノから昔の名作をさっきとは別のベクトルで褒めそやして、ソレがどういった良い影響をあたえるのかと熱弁を振るっている。

 

 その内容は頷ける物もあれば、そうなのか? と首を傾げるモノもある。

 

 隣にて涙目交じりで暴れ狂うありすちゃんに片手間で相槌を答えながら読み進めているウチに―――思わずクスリと笑いが零れた。

 

「………………文香さん、こんな事実無根の悪口を書かれて悔しくないんですか! というか、私の話を全然さっきから聞いてませんね!?」

 

「あ、いえ、そういう訳ではないのですけれども……」

 

 私の為に怒ってくれているありすちゃんに対して少々だけ不誠実な態度であったことを恥じ入りながらも、彼女の問いに応えるべく思考を紡ぐ。

 

 さて、怒っているかどうかと聞かれれば答えは“否”となるのだろう。

 

 作品の受け取り方というモノは千差万別。それがどれだけ歴史的な名著であろうとも面白い人も居れば逆もしかり。むしろ、興味すら引かれずに手に取ってみる事さえない事の多い“書”という知識の形態で言えば批評を受けた時点で世に出された証を残す大成果といっても過言ではない。

 

 その“書”を読んだ人がその後に見えた景色というのも同様だ。

 

 単純にその世界の情景に浸り想いを馳せるのか、その世界観から自分の現在地を測るのか、単純に知識の一つとして脳内の片隅に放り込み次の書に反復的に戻って行くのか―――全ては読者の自由なのである。

 

 むしろ、“答え”の統一された物語ほど不健全で、気味の悪い物はない。

 

 書いてる著者たちだって“正解”を書きたくて筆を執っている訳ではないだろう。

 

 そのどちらかであっても“人”という不安定な生物が確定的なモノを生み出す様になってしまえば、ソレは正常な状態とは言い難い。

 

 人は、揺らぐのだ。

 

 揺らぎ、迷い、それでも――――這い蹲って、泥にまみれてなお、前に進む。

 

 そんな苦渋の果てに生まれた“作品”。そして、生まれる”批評“。

 

 それら全ては、すべからく美しく尊い。

 

 だから、まあ、怒るというよりは素直に感心する。

 

 自分にはない切り口の解釈は揺らぐ世界に広がりを与えてくれるのだから―――怒りなど沸き立つはずもない。

 

 それに、自分自身の事となればソレはもっと顕著に“否”と答えらる。

 

 ここに書かれている通りに自分は文学を語るには余りにも浅学で薄っぺらく、蔵書量も大したものではない。その上に大学もアイドルとの兼業で勤勉に通っているとも言い難いし、人柄だってここに来る前は立派なコミュニケーション能力に難有りな引きこもり本の虫。

 誰とも合わない、関わらないとなれば3日ほど飲まず食わず身を清めることも無く書に読みふけるズボラを超えた活字中毒一歩手前の人間が“ズボラ人間”と言われた所で何の反論が出来ようか? いや、できない(確信)

 

 そんな私の答えに、可愛らしくむくれるありすちゃんを眺めて微笑みつつ―――その小さな体を引き寄せ抱きしめる。

 

「でも、そんな私の事でも“怒ってくれる友達”がいてくれる事は心から嬉しいんですよ?」

 

「むぅぅぅぅ……私は、友達が悪く言われるのも、好きな作品が馬鹿にされるのも“嫌”です」

 

 不機嫌そうに唸ってそう呟く彼女が可愛らしくて、愛おしくて―――今度こそ私は笑ってしまう。

 

 本当に、自分にはもったいない友人だ。

 

 さあ、この大切でかけがえのない友人の機嫌を直して頂くためにロビーにあるカフェで美味しい紅茶とケーキでも菜々さんに頂きに行くとしましょう。

 

 そんな思考を最後に、頬を膨らますありすちゃんと共に私は事務所を後にしたのでした、とさ。

 

 

 

 

―――後日談―――

 

 

 

 

瑞樹「うっわ、まーたこの親父が文香ちゃんの悪口言ってるわ~」

 

菜々「もうっ、なんでこういう人がいつまでものさばってるのか納得できません!」

 

佐藤「おーい、こういうのに対応するのが仕事じゃねーのか、よっと☆彡」

 

ハチ公「いでっ………まあ、結構に厳重な勧告は出してるんだが…」

 

佐藤「言い訳は男らしくねぇぞー」

 

ハチ公「……見てりゃ分かる」

 

コメンテーター『全く、あの鷺沢さんには呆れてモノが言えないね。この前の講演でのコメントや書籍の促販イベントは3回も噛んで、どもってもっとしっかりしてもらわないとこっちの心臓が持たないよ。それに、この間のグラビアの格好といったらあんな際どい恰好で映るなんてプロデューサーは何を考えてるんだか。彼女はもっとそういう方面じゃなくてだね――――うんぬんかんぬん』

 

全員「「「「――――――うっわ」」」」

 

ハチ公「……まあ、2度と共演はないが、ある意味では有力な広告塔ではある」

 

 

 そんな一幕に、張本人だけは気が付きもせずにお気に入りのシリーズ最新刊に没頭していたとかいないとか。

 

 はてさて、世の中とは好きも嫌いも、善も悪も、良し悪しすらも曖昧に混ざり合って転がっていき―――――その果てとは神様のみぞ知るところ。

 

 それがいいか悪いかも――――きっと誰もが勝手に決めるのだろう。

 




(/・ω・)/投票と評価をくれないとむせび泣く(脅迫


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デレステSSS =それゆけ、りあむちゃん TAKE②=

_(:3」∠)_pixivの方で溜まってきたのでソロソロ更新します。



(*''▽'')さあ、更新が待ちきれない人はこっちで先に読んじゃいましょう!(笑)→https://www.pixiv.net/users/3364757/novels


 

 牧場の朝は早い。……いや、というか、昨日の夜中に子牛の出産でたたき起こされたからほぼ寝てないに等しいのだが、まあ、とにかく早いのだ。

 

 清廉な朝の空気と日差しをカーテンを開けて取り込み、猛々しく萌える山々と草原を見つめるたびに俗世からの汚れが濯がれ生まれ変わる様な気持ちになりながらもハンガーにかけられた愛用のツナギに袖を通す。

 

 あの日、雫ちゃんから手渡されたこのツナギもたったの3か月であちこちがくたびれたり、擦り切れたりしてしまったが今では最初のような嫌悪感も無くむしろこびりついた汚れの一つ一つが誇らしい。

 

 そんな自分の変化は、追い出されるようにココにやってきた裸一貫の状態で築き上げた一つの重大な足跡なの――――「りあむちゃん~? はやくご飯食べないとかたずけちゃいますよ~」

 

「あ、はいっ、い、いますぐ行きますから! ていうか、みんなご飯食べる速度が異常すぎるよ!!」

 

 後ろから掛けられる雫ちゃんの聞きなれた穏やかでのんびりとした声に隠れた急かす色にビクつきながらも慌てて部屋を飛び出る。飛び出た頃にはもう姿が無いくらいの忙しなさ。気持ち急ぎ足で食卓に続いて入れば明るく大きな挨拶が及川家の皆さんと従業員さんから掛けられる。

 

 ……うん、毎回思うけどすげえ光景だな。

 

 食う量もそうだけど、もうみんな嚙んでないじゃん。流し込んでるじゃん?

 

 あっけに取られているウチに次々と完食して席を立つ皆に置いてかれないように慌てて私もご飯に飛びつき必死に流し込んで、そのまま席を立つ。

 

 自分の喉を通り切らない内に駆け出すのは牛舎。そこでは腹をすかして嘶きの声を上げる牛達が『飯はよ』と言わんばかりの非難の目を向けている。うるさいな、こっちだってまだ碌に飲み込んでないんだからちょっとは待ってくれても罰はあたらないだろぉ!!

 

 荒ぶる彼らの腹を満たすためにフォークを手に取り牧草をこれでもかと巻き上げ、次々と餌場にほおりこんで、かたずけしてる間に搾乳が始まって、豪快に跳ねとんだ糞を掻い潜り片付けて、掃除して、放牧して、ご飯食べて、また畑とか柵の補修に走り回って、放牧して返ってこない牛を泣きながら探して、ご飯を食べて―――すっからかんの状態で布団に倒れ込む。

 

 こんな毎日がもう3か月も続いている。

 

 だけれども、なんだか都会の人込みで四角い画面ばかりに捕らわれていた時の様な息苦しさは感じない。

 

 なんだか―――生きてるって感じだ。

 

 罰則でココに送り込まれた時にはもう終わりだと思ったけどこんな生活も悪くないなんて思えるくらいに私は変われたのだ。

 

 失敗もするし、愚痴も吐くし、怒られるけど、ココの皆は『家族なんだから気にすんな』といって笑ってくれる。それから、ここに来てから本当に迷惑かけっぱなしの雫ちゃんにも凄く救われてるし、あっちではみる事の出来なかった逞しくて輝いてる姿を知れてもっと好きになってしまった。

 

 ただ、ちょっとその朗らかな笑顔に陰りが見えてきたのが少し気がかり。

 

 原因は自分のお目付け役として一緒に送られた“あの人”のせいなのは明白。

 

 それこそ及川家の皆が『雫が婿を連れて帰ってきた!』なんてお祭り騒ぎになった彼も当然のように牧場の仕事をさせられ僕と一緒に息も絶え絶えだったのだがそれなりに小器用で社畜慣れしていたせいかスグに適応していた。

 

 雫ちゃんと並んで仕事をする姿は本当の新婚夫婦みたいで微笑ましく、隣に立つ彼女もなんだかその時ばかりは少女のように無邪気で眩しかったのだが―――僕に問題がなく働けると判断された先月から一足先に東京の方に戻ってしまったのだ。

 

 誰もが惜しむように引き留めようとしたのだが、誰よりも傍に居たいであろう彼女が笑顔で送り出すのにそれ以上の言葉は掛けられなかった。

 

 それ以来、時たま寂しそうな顔をする彼女を見るとなんだか……やむ。

 

 いや、東京のプロデュース業も人がいなくて大変なのは分かるけどさ、女の子にあんな顔をさせてまで優先すべきなのだろうかと思わないでもない。

 

 長らくに渡るここでの生活で完全に優先順位がひっくり返っている自分の価値観に気が付かぬまま寝返りを打ったころに雫ちゃんが廊下から声を掛けてきたので心臓が飛び出そうなくらいに跳ね上がってしまった。

 

「あの~、りあむちゃんおきてますかぁ?」

 

「は、はいっ! 今度は子牛? 鶏? 雨!? いますぐ行きますっ!!」

 

「あ、いえ~、牧場の仕事じゃなくて、お客さんです~」

 

「はへ?」

 

 お客さん? このクソ辺境にわざわざ、僕に?? 

 

何で??

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

「あっ、りあむさん! おひさしぶりでしゅっ!!」

 

「歌鈴ちゃん!? こんな所にどうしたの!!」

 

 雫ちゃんに案内されて来た客間にて私を待っていたのは小柄で可愛らしい巫女服アイドルの“道明寺 歌鈴”ちゃんであった。久々に見る生アイドルの眩さと、気持ちお花みたいな香り。それに特徴的な噛み癖に僕のテンションは余裕でぶち抜ける。そして、それと同時に首も傾げてしまった。

 

 売れっ子である彼女がわざわざこんな辺境に来る理由の心当たりも無く、ましてや僕を心配してというにはあんまり今まで関りは無い。いや、あかりちゃん達も手紙一回くれたっきりだ。お前らはもっと心配しろ定期。

 

「ほわわっ、また嚙んじゃった…。えへへ、今日はね、りあむさんに良いお知らせと悪いお知らせがあるんですけど―――どっちからがいいでしょうか?」

 

「え、こわ。その選択肢って絶対にどっちも悪い前振りじゃん……。えーと、じゃあ、いい方からで」

 

「おめでとうございましゅ!! りあむさんの謹慎が解除されました!」

 

「………へ?――――う、うぉぉぉぉぉぉおお!! マジか!? マジで!!? マジのいいニュースじゃん!! あのおばさんもいいとこあんじゃん!! よっっしゃぁぁっ!!」

 

 きた。

 

 ついに、この時が来た!!

 

 僕の真面目な仕事ぶりはちゃんと届いていたらしい。慣れて来て、馴染んできたとはいえやっぱり皆には会いたいし、心の安定のために寝る間も惜しんで擦り切れるくらい読んだアイドル雑誌のライブは今でも行きたくてしょうがない。

 

 だって、それは僕の人生の根っこなんだもん。

 

 あの推し達のライブに駆けつけられると思うと今から胸がおど 「それで、悪い方のおしらせなんですけど……次はコレがりあむさんの仕事着になります」

 

「……みこ、ふく?」

 

「はい、次は私の実家の本流の大社の方で人手が足りなくて…」

 

「い、いやいやいや、ちょ、ちょっと待って。全然理解が追い付かないんだけど?? ここに送られたのって僕の炎上が理由だよね? ここ来てから僕携帯もなんにも使ってないんだけどまだあのオバサンおこなの? いい加減に労務局に駆け込むぞ??」

 

「………りあむさんが変身した手紙の中に書かれてた内容と写真がたまたま常務に見つかりまして――――貴方がこんな事かいて寄越すから」

 

 そういって彼女が差し出した手紙は確かにあかりちゃん達に返信した僕の書いたもので、クシャクシャに歪んだその紙の一部が荒々しくマーキングされて怒りがこれでもかと表されている。

 

内容は―――『雫ちゃん達の姉妹(乳牛)と共同生活、ちょー爆乳ww 僕も負けてらんないなこりゃwww』←武内、いますぐコイツをクビにしろ(#^ω^)by 美城

 

「これかぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁあ!! 悪気はなかったんだよぉぉぉっぉ!! ちょっとしたお茶目のつもりだったんだよぉぉぉぉぉっ!!!」

 

「折角認められかけてたのに、なんでこんな迂闊な事かいちゃうんでしゅかぁ……」

 

 崩れ落ち、号泣するように崩れ落ちた僕に涙声の歌鈴ちゃんの声が掛けられる。

 

「携帯はっ!?」

 

「要りません。繋がらないので」

 

「お財布は!!?」

 

「い、要りません。俗世の汚れは持ち込み禁止でしゅ」

 

「ティッシュは!?」

 

「川と葉っぱがありますので…」

 

「雑誌は!!!?」

 

「……まぁ、うーん、バレなければ、多分」

 

「ぼ、ぼくは、今度は、どんなところに送られるの?」

 

「………清廉とした、厳かで、滝の綺麗なところです、ね」

 

「明らかに滝行まであるんじゃねーーーかよぉぉぉぉ!!」

 

 及川牧場に、僕の悲痛な叫び声が轟いた。

 

 

 

 

=蛇足=

 

 

 

「よう、久しぶり」

 

「ふふっ、二月くらいしか離れてないのになんだかすごーく長く感じましたぁ。やっぱり、慣れってこわいですねぇ」

 

 りあむちゃんを歌鈴ちゃんと引き合わせた後に逸る足と鼓動を押さえて、それでもなお急いでしまうのはどうしようもない。そして、開いた玄関の向こうに揺らぐ季節外れの蛍のような紅点に、草木の湿った匂いに混ざる紫煙の香り。

 

 宵闇に混ざるように気だるげに細巻きを吹かす“彼”。

 

 東京では毎日傍に居て、こっちに付き添いで来くれていた間はそれこそ朝から晩まで隣り合ってわざわざ見る事もしなくなっていたそのシルエットになんだか無性に泣きたくなる。

 

 だけれども、まだ、そうするには彼との心の距離は少しだけ遠くて、臆病な彼はきっと困ってしまうから―――心のままに飛びつきたくなる自分を少しだけ抑えてゆっくり彼の隣で微笑むだけに留め揶揄うような言葉を紡ぐ。

 

「こっちでもあっちでも狂って働いてたせいか体感的には1週間も経ってないんだよなぁ…」

 

「うふふっ、こっち一本に絞ってくれても全然うちはウエルカムなんですけどぉ?」

 

「どこもかしこも人手不足だなぁ」

 

 そういう意味ではないのだけれども、肩を竦めて簡単に言葉を流してしまう彼に知らず肩は落ちてしまう。だけども、まあ、こういう人なのは織り込み済み。焦らずやっていこうと決めたのだから今は私もわざとらしい溜息一つで収め、彼の体温を感じるくらいの距離で隣に佇んだ。

 

「まぁ、お陰様で叔父も明日には退院できるそうなので――明日から、またよろしくお願いしますね?」

 

「……もう少しこっちに残ってても大丈夫なんだぞ?」

 

「ふふっ、りあむちゃんのお陰で就職希望者が一杯きてるそうなので大丈夫だと思います。それに――――次の農繁期は比企谷さんも連れて帰ってもーっと楽をさせてあげるよていですから」

 

 ニマリと笑う私に今度こそ苦笑を零して降参する彼に私も無邪気に笑ってしまう。

 

 ゆっくりやっていくとは決めていても―――あんまりうかうか放牧してると狼たちにもっていかれてしまいますから。彼が、気が付かないくらいにおっきな柵で囲い込んでから距離を縮めていく準備だけは着々と進めさせて行かせて貰います。

 

 さてはて、この迂闊なカワイく愛おしい牛さんは―――ソレに気が付いているのかいないのか。

 

 ノー天気に笑う彼が可笑しくて、私はもっとコロコロと笑ってしまいした、とさ♪

 




(・ω・)りあむの旅はまだまだこれから……だっ!!


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『仁義なき争い』

(´ω`*)今日は特別に連続更新(笑)


('◇')ゞもっと読みたい人は全部pixivにあるであります!→https://www.pixiv.net/users/3364757/novels


 

 ここは芸能界最大手346プロダクション。

 

 都心にありつつもその摩天楼と歴史を感じる時計塔は高々と聳え立ち、行きかう人々は誰もが世間の目を惹きつけるトップタレントであったり、業界の誰もがその動向から目を離せない仕掛け人だったりする正に選ばれた者たちのみが集う誇り高き芸能事務所である。

 

 そんな煌びやかなビルの一角に歩く乙女たちのグループ“Lipps”もまた世間に知らぬモノがいない少女達で、今日も今日とて圧倒的なパフォーマンスで仕事を熟ししばしの時間の休暇への想いを馳せて明るく声を交わしていたのであった。

 

「うーん、今日の収録が終わればお休み♪ 明日はフレちゃん久々に羽を伸ばしちゃう!」

 

「にゃははは、フレちゃんご機嫌だねぇ。うーん、私も久々についてって失踪しちゃおうかにゃー♪」

 

「それは失踪じゃなくて普通に遊びに行ってるだけじゃない?………うん、でも、久々に皆で遊びに行くのもいいかも!☆ えへへ、私もちょっと行ってみたいいい店みつけてるんだよね~。奏も行くでしょ?」

 

「うーん、そうねぇ……映画に一本付き合って貰えるならいいわよ。なんとこのご時世に全部が着ぐるみで撮影しているとびっきりのB級が―――――「あー、はいはい、その映画はまた今度いこーねー。それより、周子ちゃん新しい和菓子のお店が気になるな~ん」

 

 フランス人形のごとく整った金髪少女“フレデリカ”に猫毛のケミカル少女“志希”が抱き着きいちゃつくのに苦笑しつつも明日の予定を調整し始めるピンク髪が特徴的なギャル“美嘉”が残りのメンバーに確認を取る。それに勿体をつけながら答える“奏”に茶々を入れつつB級映画という地獄の回避を図る“周子”。

 

 そのやり取りだけで彼女達が普段からどんな関係や補い方をしているのかを見て取れる微笑ましい光景が広がっていて、年頃の少女達が口を開けば華やかな会話が花開くのは自然の光景。

 

 あーでもない、こーでもないと姦しく明日の予定に思いを馳せていたのだが―――その平和な時間は突如として終わりを迎えたのであった。

 

「「――――――っ」」

 

「だーかーらー、国外は流石に遠いって………フレデリカ? 志希?」

 

 始まりはお互いに絡まるようにイチャついてふざけ合っていたせいで2歩ほど後ろを歩いていた二人。パリに行きたいだの、本場のケバブが食べたいだのと好き勝手言っていた二人に苦笑しつつ対案を出そうとした美嘉が唐突に切れた声を不審に思い振り返れば―――無言のまま倒れ伏す二人が目に入り息を呑む。

 

「だ、大丈夫っ、二人とも!?」

 

 いつもの悪ふざけかと思ったのも数舜、苦し気なその様子に慌てて駆け寄った美嘉が慌てて介抱するも二人は白目と泡を吹いて呻くばかり。

 

 芸能人として非常時への警戒心は常に抱いているものの、こんな事態に事務所のビルの中で鉢会うとは思っていなかったために焦りは募っていく。なんならばいつも大規模な騒ぎを起こす二人が被害者になっているというレアなケースにも混乱は増すばかりだ。

 

 とりあえずは早く二人を医務室に連れて行かなければと残る二人に救援を求めようと振り返れば―――――残る二人も無言のまま壁に寄りかかるように崩れ落ちていた。

 

「奏っ! 周子!?」

 

 そんな、なんで、一体何が。そんな思考が空回る中でも彼女はその真っすぐで美しい性根に従い迷いを切り捨ててすぐさま残りの仲間の元へと駆けていく。

 

「どうしたの!? どこか痛い? 今すぐ誰か呼ぶから少しだけ―――」

 

「み、か……」

 

 息も切れ切れな弱々しいリーダーの声。だが、反応があっただけでも今はありがたい。

 

 謎だらけな状況の中で彼女達を助けられる切っ掛けの一欠けらでも得られれば御の字。その掠れた声を聞き逃すまいとかがみ込み、耳を近づけ――――「逃げ…て。わ、な……よ」―――そんな意味不明の言葉に疑問を抱いた瞬間に体験した事のない衝撃が貫いた。

 

 倒れ込んだ奏に寄り添うために膝をつき、お尻を突き出す様な形になっていた私の下半身から脳天まで貫いていくような衝撃と苦痛。そして、今もなお容赦なく私のデリケートゾーンに突き立てられる細い“何か”。

 

 余りの未体験に力なくそのまま床に崩れ落ちる私の目に辛うじて映ったのは、見慣れた着ぐるみに可愛らしい容姿。そして、幼さゆえの無邪気な残酷さで微笑む最年少のアイドル仲間“仁奈ちゃん”のニヒルな笑顔であった。

 

「な、ん……で……」

 

「隙を見せた奴からやられて行く――そういう世界なんでごぜーますよ、美嘉」

 

 自分を貫いたであろう2本指を拳銃のごとく吹きそう呟く幼女―――おい、なんで今匂いを嗅いで眉を顰めたクソガキ。

 

「う、ぎ…ぎぎっ、ぎぎ……アンタ、こんな事してタダで済むと思ってないでしょうねぇ!」

 

「うきゃーーっ、怒ったでやがります~! 撤退、撤退~~!!」

 

 いまだに吐き気が襲う中、気合で彼女にお仕置きをするために立ち上がろうとするも彼女は大声で楽し気に走り去っていき、その背を追う物陰から出てきた数人。

 単独犯ではない事と、その手慣れた犯行に他の仲間達が新たな被害者にならないように祈りつつ――――私は追う事も出来ず崩れ落ちた。

 

 奏の“もうお嫁に行けない”だの、フレデリカの“…あ、これ、ぜったいいったわ”などとメソメソと絶望の入り混じった声だけが無慈悲に廊下に響く中で私は意識を手放したのであった、とさ。

 

 

 

 

『case by 木場 真奈美』

 

 

 

 この346にアイドルとしてから所属してしばし経つが環境の変化としての面でいえば実に得るモノの多かったと言えるだろう。

 

 誰にも負けない事を、進化し続ける事を信念として故郷を飛び出して海を渡り、様々な環境で自らを磨きあげて確固たる自信を築いてきた。その中では結構に業界でも名が知れてありがたい事に帰って来てからも食うに困ることも無く生活は出来ていた。

 だが、そこから先というモノに明確なビジョンが無くなりかけてきた時にココに招かれてからは実に多くの経験と仲間に恵まれたし、業界最大手と呼ばれるだけあって器具からコーチにレッスンプランは間違いなく今が最上級のモノを甘受していると思う。

 

 それに―――いままで自分の信念を守るためにやっていた面倒なプロデュース関連の雑務を誰かに安心して任せて、パフォーマンスの向上だけに集中できるというのが一番大きい。

 

 愚直で見た目にそぐわない情熱を持つプロデューサーに、気だるげに振舞っている癖に誰よりもその身を削りアイドル達に寄り添うアシスタント君。

 

 こればっかりは、縁というモノだけは自分で揃えようと思っても上手くいくものではない。

 

 だからこそ、その幸運に報いるために私は自分を磨き上げる事に一層に邁進するのだ。

 

 そんな決意と共にあげていたベンチプレスをバーに乗せて、大きく息を吐きつつ体を起こして記録を書き込んで行く。記録更新の自己ベスト。伸び悩んでいたモノが目に見えて高みに上っていくというのはいつ見ても気持ちがいい。

 

 そんな喜びに少しだけ微笑みつつも、後ろから忍び寄る影を見逃す事はない。

 

 ここに来てからもう一つ面白い変化があった。

 

 自分の周りにはいつだって自信に満ち溢れ、ソレに違わぬ実力者たちが揃っていたモノだが――――後先を考えない無謀なチャレンジャーというものは最近めっきり見なくなっていた。

 

 だが、いいことか悪い事かココにいる仲間達はそんな奴らに溢れていた。

 

 それがいい事とか悪いかはさておいて、挑戦者のチャレンジを無下にするほど枯れてはいないので私は忍び寄る足音をワザと気が付かないように捨て置く。

 

 私の鼻歌に、背後から迫る影。

 

 それが一拍の呼吸を詰めたのを心の目で見極め―――私は迎え撃った。

 

「えぇっ!!」

 

「――――気の抜けた相手へ仕掛けるタイミングと、気配を消すところまでは良かったが、少しだけ焦り過ぎたようだね」

 

 私の背後に立つ小さな刺客である“竜崎 薫”君は突き出した指が私の臀部に挟み込まれ抜くも刺すも出来なくなって捕らわれた事に驚愕の声をあげて、ニヤリとしてやった私にあわあわとする彼女が少しだけ可笑しくて笑いそうになる。

 

 彼女がしようとしていた悪戯はまあ、いわゆる“カンチョ―”という奴である。

 

 ちょっとやんちゃだった方には馴染の悪戯であろうけれども、ピストル型に構えた手で相手の肛門部を貫くという何とも無邪気な割には殺傷性の高い悪戯である。自分はついぞ試す事は無かったが、クラスの男子や女子が悪ふざけでそういったじゃれ合いをしていたのを見て対策のシュミレートは済んでいた。………まあ、この歳で使う事になるとは思わなかったがね。

 

 私のトレーニングウエアの臀部にがっちりと指を捕えられた薫君に不敵に微笑みながら声を掛ける。

 

「さてはて、幼い君たちがこういった事にはしゃぐのは分かるのだけれどもね、やった以上は報いを受けなければならないという事を今日は身をもってしって――――「あ、いたいた。木場さん、今度の写真撮影の件なん、です……け、ど」―――――っ!!」

 

 ひょっこりとトレーニング室の扉から顔を出したアシスタント君こと“比企谷“。

 

 気だるげだが、誰よりも純粋で真摯に人と向き合う……まあ、自分の琴線に触れる彼。

 

 そんな彼が眉を顰めてこの状況に首を傾げた。

 

 憚りながらも“クールビューティー”として名高い自分が、トレーニング室で汗だくなタイトなトレーニングウェアに身を包んでいる中――――小学生の指をケツで挟んで拘束してドヤ顔を晒している。

 

 そんな光景を粉をかけている男に見られて……というか、異性に見られて羞恥を覚えない程に女を捨ててはいない。

 

「……落ち着いてくれ、君はいま大きな誤解をして」

 

 そう、そんな甘さが命取りとなった。

 

 焦りつつ慌てて誤解を解こうと赤面しながら彼に説明をするため意識を向けた瞬間に確かに私は背後への警戒を怠ってしまったのだ。

 

「いる―――――う“ぐぅっ!!」

 

「えっへへへー、隙ありすきあり~♪」

 

 ズムリ、と私の菊門に深々と容赦なく突き立てられた尖塔。

 

 楽し気に彼の脇をすり抜けていく彼女に、全身の力が抜けて倒れ込んだ私。

 

 痛く、苦しく、そして、何よりも今は恥ずかしい。

 

 何が悲しくて25歳にもなって年下の想い人の前でカンチョウに悶絶する姿を見られなければならないのか。この世に神はいないかと思う程の非道な仕打ちはあんまりではないだろうか?

 

「あ、あ~、その、出直します。はい。なんか、その、色々と取り込み中だったみたいなんで………」

 

「まて、まてっ、ハチ!! 君は今、絶対に色んな事を誤解している!! おいっ、扉をしめ―――おーーーーーいっ!!」

 

 余りに悲痛な叫びが346に木霊したとか、しないとか。

 

 

 

 

『case by 阿部 菜々』

 

 

 

「ん“きゅぅっ!!!」

 

「菜々ぱいせーーーーーん!!」

 

「あーはっはっはっ、悪く思わない事ね! これで3000ポイントは頂きよ!!」

 

 ズドッっと容赦のない音と共にとあるウサギはテレビでは流せない声を漏らし倒れ伏し、その脇にいた戦友である佐藤は高笑いをしながら去っていく悪戯系アイドルに持っていたポーチを投げつけながら彼女を抱き起した。

 

「パイセン! 意識をしっかり!! 傷は浅くないぞ!!」

 

「―――っ、―――――ぁ」

 

「えっ!? 何すか?? 聞こえないッス☆彡!!」

 

「―――――」

 

「………そ、そんなっ、なんで今まで言ってくれなかったんすか!!」

 

「言える訳、無いじゃないですか」

 

 息も絶え絶えな菜々の声を何とか聴き遂げようと彼女は更に耳を寄せ―――衝撃の真実に打ち震えた。

 

 この小さな体で、可愛らしい容姿でそれでも彼女は不屈の魂で遂には地下に泥ウサギから月に映るウサギにまで上り詰めた傑物だ。だが、その代償と覚悟を自分は全く理解できていなかったのだ。

 

 体力がなくなってきたのも知っていた。

 

 腰が悪いのも知っていた。

 

 だが―――――まさか、お尻にまで“爆弾”を抱えていたなんて知らなかった。

 

 「ぱいせーーーーーーーん!!」

 

 佐藤は激怒した。寄る年波も理解せずに無邪気に人の爆弾を破裂させた邪知暴虐の少女達を許しはすまいと怒りにその拳を握り閉めたのであった。

 

 

 

 

『case by 鷺沢 文香』

 

 

 年少組の間で突如流行った“カンチョウゲーム”。詳細は未だ首謀者が掴まっていないせいで明らかになっていないが彼女らの逃走時に残された証言からどうにも人物によって得点が付けられているらしく獲得点数で優勝者が決まるらしい。

 

そんな魔のゲームに次々と犠牲者は積み重なり、誰もが尻を隠して疑心暗鬼になった事務所の中で姉妹のように仲のいい二人“鷺沢 文香”と“橘 ありす”は怯えつつも気心の知れた二人でいられる事に胸を撫でおろしていた。

 

「お、恐ろしい企画が始まってしまいました……私達も気を付けましょう、ありすちゃん」

 

「本当にナンセンスでノットシンキングな遊びです!!」

 

 同期達の暴挙に憤慨してる彼女を見て少しだけ頬を緩め、文香は気分を入れ替えようと席を立ち――――

 

「あ、りす……ちゃん?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい―――でも、文香さんをやれば2万ポイントなんです」

 

 力なく崩れた体と、いまだに強く残る尻の異物感。その正体が泣きながら千年殺しの指を象る実の妹のように思っていた友人によって齎された事を知り……彼女はこの世の無常を嘆きながら力なく意識を手放したのであった。

 

 

 

 

=本日のオチという名の蛇足=

 

 

 

 阿鼻叫喚の地獄と化した346プロダクションの中で俺は元凶と思われる二人の元を訪ねてとある休憩室の扉を開けば気だるげに冷房を利かせた部屋で炬燵に包まるクソガキ代表たちが呑気にせんべいを齧っていた。

 

「あれ、ハチ君どったの?」

 

「あー、サボりにきたんだ~。いいつけてやろー!」

 

「喧しい、クソガキども。……あの騒ぎは何なんだ。どうせお前らの差し金なんだから早く畳んでこい」

 

「えー、今回は私達じゃないよ~。というか、私達がやるならあんな温い事しないもん」

 

「というか、大元を言えばハチ君のせいでもある」

 

「はぁ? 俺が元凶??」

 

 菜々さんの痔が爆発したり、真奈美さんが見た事もないくらい凹んでたり、文香が引きこもったり、美嘉が未だにケツを押さえてひょこひょこ歩いたり、美優さんが艶めいた声を事務所に響かせてしまったりと大惨事が相次ぐこの大騒動が温いという言葉に恐怖を覚えつつ聞き捨てならない事を聞いてしまった。

 

「…なんで俺のせいなんだよ?」

 

「ハチ君、今度の遊園地ロケについてくんでしょ?――――年少組5人限定の」

 

「――――そういやそんな企画もあったな」

 

「ソレが答えだねぇ……まあ、みりあと莉嘉ちゃんは前にプライベートでハチ君といったから興味ないけど」

 

「????」

 

「「………これだよ」」

 

 彼女らの言葉の意味が分からず首を傾げる俺に、おおきく、ふかーく溜息を吐いた二人のあきれ顔が妙に脳に焼き付き――――今日も346プロダクションの摩天楼には濁った悲鳴が響くのであった、とさ。

 




(/・ω・)/お尻にぶすっとなー♪


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進む路は祭囃子のごとく揺らめいて 前編

(*''▽'')さー、今日も脳みそ空っぽでいってみよー!!


『カメラに映るのは見渡す限りの田畑に行きかう軽トラ。人よりも鹿やウサギ、猪に熊という野生動物こそが覇権を握っているのだと言わんばかりの田園風景が地平線と蒼天の帳で締められたその地方都市に――――そのカリスマは現れた!!』

 

「○○県○○市のみんな、やっほー☆ 今日の“いきなり☆シンデレラ!”でココに来たのは私“城ヶ崎 美嘉”!! 一通の悩めるお便りに今回もバシッと解決に導いてくよ☆!!」

 

 カメラの向こうから出された入りのタイミングに合わせて軽快なポーズと共に番組冒頭の決め台詞を高らかに宣言することで収録は始まった。

 

 さっきまで気さくに会話をしていたスタッフの雰囲気は引き締まり、誰もが私の交わすゆるめの司会進行とは対照的にその一片もミスを許さないように仕事に徹しているのを感じつつ―――私は笑顔を張りつけながらも徹底的に確認してきた流れを入念に脳内でトレースし、丁寧に番組を進めていく。

 

 『所詮、編集があるから何とかなる』なんて甘えは許されない。

 

 全力を絞り切って、どのシーンを表に出すかをスタッフに悩ませるくらいに見どころを作るのが私の仕事で、腕の見せ所。

 

 業界最大手の346の新設部署というご立派な看板も、内部のドロドロで毎日が綱渡り状態なのだから必死にもなるし―――まあ、本来の性分から適度に手を抜くというのが上手くない私には案外とこういうスタイルは性に合っている。

 

 自分は、分を弁えている方だとはと思うし、勘違いだって出来る立ち位置でもない。でも、だからこそ―――自分に出来る全力はいつだって把握できていて、ソレを絞りだす事に戸惑いなんてない。

 

 そんな事を心の中で噛みしめながらいよいよこの企画の肝である視聴者からのお悩み相談のメールの開封を行う。

 

 この“いきなり☆シンデレラ”は手紙を貰った相談者の地域に出向き、些細な悩みから結構大掛かりな相談までを解決するという趣旨の番組でゴールデンタイムとは行かないモノの結構な視聴率を誇るウチの屋台骨とも言える企画。寄せられた手紙の中でプロデューサーがこれはと思うアイドルを派遣して現地で内容を知らされる為にこっちも内容は開けるまで分からない為にいつもその封筒を開けるまでドキドキなのである。

 

 余談ではあるが、幸子ちゃんは町御こしのキャンペーンガールになり神輿の頂点で“カワイイ”を半泣きで叫んだり、小梅ちゃんの心霊レポであったり、楓さんの酒蔵の容赦ない品評会で杜氏が半泣きに成ったりという回は未だに神回であったと語り草だ。……一介のJkにそんな大層な期待を背負わせられても荷が重いのだけれど。

 

そんな緊張と共に空けた封筒に込められた“願い”は随分と可愛らしく、それでも年頃の乙女としては切実な思いが込められた可愛らしい便箋であった。

 

「今日の相談は……『オシャレがしたいのにド田舎過ぎて全然お店がありません! どうしたら少しでも美嘉ちゃんのようにオシャレに近づけるでしょうか?』 ……てさ☆!」

 

 あぁ、なるほど。やっぱりあのプロデューサーの目に狂いはない。

 

 この依頼ならば誰よりも私以外の適任はいないだろう。

 

 生まれついてから飾る事も無く美貌に恵まれ、意識することなく、息をするようにセンスに恵まれた仲間達はそもそもが“より綺麗に”と思ったり、“自分らしくオシャレにありたい”という願望にはとんと無頓着。

 

 だからこそ―――埼玉のド田舎でもがき苦しんできた私こそがこの企画には相応しい。

 

 さて、出来る事もやるべきことも分かった。

 

 ならば――――後は意地と見栄と根性で塗り固めた“カリスマJK 城ヶ崎 美嘉”が悩める子羊たちに道を示し、導いてやるだけの事である。

 

 

「オシャレな小物や服が売っているお店が無い田舎に生まれたJK、諦めるにはまだ全然早い☆! そんな絶望を抱いてるみんなには都会には無い最高のファッションを提供してくれる最高の店を紹介するよ―――その名も“大型ホームセンター”っ☆!!」

 

 とびっきりの決めポーズで宣言したその一言にスタッフすら唖然とする現場の中で―――気だるげな男だけが呆れたように肩を竦めたのが見えて知れずニヤリと笑ってしまった。

 

 

――――――― 

 

 

「はいっ、という訳で今日紹介した自家製カリスマ小物たちを身に着けたコーディネートで今日のおさらいをしていくねっ☆」

 

 締めの場面用のカメラが回った合図を確認して出来る限り華やかな声と姿勢で映った自分の姿を確認しつつもゆっくりと今日の成果を見やすいように映してゆく。

 

 最近はオシャレで安価になってきたアウトドア用の衣服にアレンジを加えた私を彩るのはレザー工芸品コーナーにある格安の端材で編み込んだ皮のアクセサリーに、文字型に刻まれた木片を筆箱や小物に接着してオリジナル感を出した小物類。針金や銅線を編みこんで作ったブレスレットに等々に―――指に輝くシルバークレイで作った世界で一つだけの指輪。

 

 これら全てを合わせても2万から少し足が出るくらい。単品ならば数百円程度の出費なのだから寂しい女子高生のお財布にも無理は出ないだろう。

 

 ブランド物に憧れるのは分かるけれども、そういうのは大切な一個を持てばいい。

 

 だけれども、それだけで満足できない貪欲なお年頃。

 

 そういったちっぽけだけれども譲りたくないプライドを今日の番組で何処かの誰かを満たしてくれる知恵になればいいな、と想いながら笑顔で私はカメラに手を振りその日の収録を終えたのであった、とさ。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「にしししっ、どーよ。今日の収録もばーっちりだったでしょ?」

 

「はいはい、カリスマカリスマ」

 

「なんだか労い方がどんどん雑になってくんだよなぁ……」

 

 いつの間にかホームセンターの中に出来た女子高生の人垣にファンサービスを振りまき、撮影スタッフとささやかな食事を定食屋で取った後の帰り道。別れゆくスタッフ達に大きく手を振り見えなくなった頃に不愛想な顔で運転する俺“比企谷”に声を掛けてくるカリスマに苦笑を零してそんな返しをするのが精一杯。

 

「だいたい、アレって半分くらい俺が年少組に教えてた奴だろ?」

 

「バレたか。というか、あれはあれで本当に感心したし勉強になった。―――無事にこうして芸の肥しにもなった訳だしね?」

 

 俺のチクリとした嫌味に悪びれもせずに舌を出して答える美嘉にいよいよ俺だって肩を竦めるしかない。

 

 いつだか妹の小町が家で作っていた“ミサンガ”。

 

 なんでも体育祭での結束のために作ったそうなのだが、思いのほか面白そうでやってみたら無駄に嵌って大量生産してしまい小町のクラス中どころか学年中に配ってしまった黒歴史。だが、ああいうのは意外と嵌るモノで皮でもなんでも編み方の理屈は一緒なせいか無駄にジョイフル本田に通ったものだ。

 

 その結果、一時期ホームセンターマニアになった俺の知識を持って小梅や莉嘉たちちびっこ共の暇つぶしにあてがっていたのだが……世の中なにが得になるか分からないモノである。

 

「ま、手芸にもやっぱセンスがいるもんだと痛感したのは間違いないな」

 

「えー、比企谷さんが作ったこのシンプルなミサンガも結構私はすきだけどなぁ……私の今日紹介したのだって流行りそうな物に当て嵌めただけだし、最終的にはこういうのって真心でしょ?」

 

 彼女の一を聞いて十を知る強化版アクセサリーたちの出来を見てそう呟いたのだが、少しだけ照れ臭そうに手元に巻いたパッとしないピンクのミサンガを見てそんな事を宣うカリスマギャル。

 

 おい、やめろ。年少組だけでは不公平だと抗議されて渋々つくったソレにそんなものは籠っていない。むしろ持ち上げられるだけ背中が痒くなって溜まらん。

 

「まっ、いいじゃん、照れるな照れるな☆ そういう所に救われてる人も一杯いると思うから素直に褒められときなよ」

 

「運転中に肩を叩くな」

 

 そう締めくくった彼女がケラケラ笑いながら肩をバシバシしてくるのに溜息を一つ。空気を切り替えるために窓を開けて換気をすれば――――初夏の濃い草木と匂いと虫の恋歌。それに、遠くに祭囃子が聞こえてくる。

 

 山間の小さな神社に立てられた弱々しい提灯の灯りに、田んぼを楽し気に駆けて行く幼子達。

 

 それが黄昏時に溶けて消えゆく長閑な光景にしばし見惚れていると、叩かれていた肩はいつの間にか緩く握りしめられている事に気が付いた。

 

「寄ってみるか?」

 

「えっ、あ、……うん、ちょっとだけ寄ってみたい、かな?」

 

 同じようにその子供たちをぼんやりと眺めていた美嘉に問いかければ、夢現から覚めたように遠慮がちに応える。

 いつもの自信に満ちたモノと違って、なんだかひどく脆く砕けそうな表情でそう答えるモノだからいつもの様に茶化すことも無く俺はハンドルを切ってその小さな夏祭りへ行く先を変更したのであった。

 

「変装だけはしとけよ。流石に普通の人込みで囲まれたらかなわん」

 

「有名税も楽じゃないよねぇ……」

 

 そう苦笑して答えた彼女がその艶やかな桃色の髪をキャップで隠し、伊達眼鏡で燃えるような意志の強さを宿す萱色の瞳を隠すが大して変わり映えが無かったので肩を竦めるしかない。

 

 まったく―――祭りも自由に楽しめないとはアイドルとはとかく不便なモノである。

 

 人混みを楽しむ気も無いボッチがそう笑う滑稽さに自嘲をしつつも、車は宵闇に染まるあぜ道をゆるりと進んでいくのであった。

 




_(:3」∠)_ 渋で先読みできるので気になる方はそちらにどうぞ→https://www.pixiv.net/novel/series/624470


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進む路は祭囃子のごとく揺らめいて 中編

(´ー`)なんで俺の人生には美嘉との夏祭りデートというイベントが無いんだ…(絶望

という訳で、今日も脳みそ空っぽでいってみよーー


 夏の夕刻特有の湿り気を帯びた草木の匂いと共に流れ込む涼やかな風が吹き抜け、夕日に深く染まった入道雲とひぐらしの鳴声、そして、添え物程度に流れるお囃子が“寂れた村祭り”という風情を醸し出していて郷愁を誘う。

 

 日本の中心地“千葉”出身の俺からすれば神社の参道に並んだ一巡り5分も掛からない出店は物寂しくも感じるが、それでも石段を駆けあがってくる子供達や親子ずれの楽し気な様子を見れば小さくともここはやはり催事の場所なのだと気持ちが綻んだ。

 

「へぇ~、なんか人込みも無くていい感じじゃん☆」

 

「まぁ、ソコは同感だな」

 

 なんとなく在りもしないノスタルジーに浸っていると隣で並んで境内を眺めていたギャル“美嘉”が少しだけ楽し気にそう呟くのに相槌を打てば、いつもの姉御肌は何処へやら子供のように待ちきれないと言わんばかりに俺の袖を引いて先を促した。

 

「ほらほら、そんな顰め面してないでどれから行く? 定番から言えばたこ焼きとか粉モノでお腹膨らませてからゆっくり遊ぶとかだけど―――」

 

「……いや、ちょっと待て」

 

 無邪気に笑いながら先を促す彼女のプランを一旦遮って黙考をしばし。

 

 不審げに眉を顰めるのを横目に脳内であれこれと明日の予定だったり事前調査していた近隣のマップを脳内で総ざらいした末に――――今日はビールを飲んでも明日の仕事に間に合う事が判明した俺の行動は早かった。

 

 歩いて行ける近場の宿に予約をすまし、今日は車のトラブルで帰れなくなったというやんごとなき報告をちっひーに送り、近くの住民に車を置かせて貰う許可を貰った俺は意気揚々と唖然とする美嘉の元へ戻ってサムズアップ。

 

「よし、という訳でとりあえず今日は泊まりだからまずはビールから飲んでいいか?」

 

「………アンタって、偶に見せるそのやる気をなんでいつも出さないの?」

 

 喧しい。いっつも全開で働いてると更にその先を要求されるのが社会人なのだ。だから、いつも6割で働いて、偶にやる気を見せるだけで評価が上がるという社畜マジックを知らない奴だけが俺に後ろ指を差す。

 

 そして、学生の頃はなんとも思わなかったが酒の味を知ってから来る祭りは地味に初めてのせいか、焼鳥に焼きそば、牛串にたこ焼き、酢だこに焼きおにぎりの香ばしい匂いを嗅いでいると“酒、飲まずにはいられないっ”となるのだから仕方ない。次からは徒歩で帰れる時に寄ろうと反省しましたひきがやはちまん、まる

 

「えっ、ていうか今日は泊まりとか聞いてないからなんも用意してないんだけど!? ちょ、どうすんのさ!!」

 

「さっきホームセンターで買った奴きときゃいいだろ? 別にパンツくらい3日4日変えなくたって死にゃしな―――いでっ! いででででっ!?」

 

「乙女をなめんなしっ!! 男とは根本的に違うん、だっ、っつーーの!!」

 

 げしげしと人の尻を容赦なく蹴飛ばしてくる美嘉。ふうむ、どうにもパンツの替えを心配している訳ではないらしい……その昔、十時にも急な出張で怒られた事がある気がするがとんと思い出せないし、今でも何を怒っていたのか理解する前に向こうが折れたので未だに分からん。

 

 というか、周りの微笑ましい視線も痛いし、もう喉が完全に乾いてビールが飲みたくて仕方がないので茶番もソコソコにしまわせて頂こう。

 

「まぁまぁ、ほれコレを見ろ」

 

「……なにこれ、花火?」

 

「おう、さっき駐車許可証を貰った時に渡された。この祭りの締めに花火が上がるんだがソレが終わる頃にはもう9時だ。そっから都内に帰っても12時ちょっと前。お前の電車も間に合わんし、送ったとしても12時過ぎ。なら、明日の朝に出た方が体調も予定も余裕がある。――――なら、もういっそのことのんびりした方が得だろ?」

 

「………なーんか丸め込まれてる気もするけど、結局はビールが飲みたいだけでしょ?」

 

「金にモノを言わせる大人の祭りの楽しみ方を教えてやろう」

 

「サイテーな楽しみ方だなぁ……」

 

 呆れたような溜息を漏らして半目で睨んでくる美嘉。だが、帰宅は諦めてくれたようでポチポチと携帯を弄り始めたので家に連絡を入れてくれているのだろう。

 それを幸いにと、とりあえずビールを売っている売店にて大カップで生を一つ。ソレとついでに懐かしの瓶ラムネを購入して彼女に差し出す。

 

 呆れも通り越すと苦笑に代わるらしく、彼女はソレを景気よく開けてゆたりと俺のカップにぶつけてきた。

 

「ま、どうせ言っても聞かないんだろーし? 今日くらいは付き合ってあげますか」

 

「おう、諦めが良くて助かる。――――ま、とりあえず」

 

 

「「お疲れさん」」

 

 

 夜の帳が降りきった山間。頼りない提灯の灯りと祭囃子の中で弾ける炭酸に交わって―――クスリとどちらか、あるいは二人の笑い声がとけていった。

 

 

――――――――

 

 

 

「えっ、なにこれ? 金魚すくいって紙ポイじゃないの??」

 

「俺も噂にしか聞いた事が無いが、モナカのポイとか本当にあるんだな……」

 

「文句があるならやらなくてイイよ」

 

 あの乾杯からつれづれと適当に二人で出店を冷やかしながら歩いていたのだが、かつて妹の為に何匹の金魚を釣ってやった事があるかと妙なシスコン抗争が起きてどっちが妹を愛しているかを金魚すくいの勝敗で白黒つける事になったのだが―――渡されたポイに二人して膠着してしまった。

 

 十時から聞いた事があるのだが、まさかこのコンプライアンスが重要視されている現代で実在するとは思えず鼻で笑った幻のアコギ商法に出会って俺たちは固まってしまった。

 

 意気揚々と腕まくりして金魚すくいに挑んだ俺たちに配られたのは洗濯ばさみで挟まれただけの半割のモナカ。

 知っての通り水にめっぽう弱いコレを水につければモノの数秒でふやけて金魚を掬うどころではないだろう。だが、不機嫌そうな店主はおろか他の子どもたちは疑問も無く挑戦し破れつつも数匹の金魚を捕えている―――え、これで取れるってマ?

 

 十時、すまん。お前の証言てマジだったんだな……。

 

「………水につけて数秒で破けたんだけど」

 

「すげぇ、そのまま金魚の餌になる仕組みなんだな」

 

「次いかないなら他の子に譲って貰っていい?」

 

 システムもすげぇけど店主の態度もすげぇな。―――だが、社畜バイトの給料を甘く見るなよ?

 

「親父―――モナカ20枚くれ」

 

「――――っつ!!」

 

「あ、アンタ馬鹿ぁっ!? こんな事に6000円とか完璧な無駄遣いだよっ!?」

 

「ソレは―――俺たちの妹への愛より重い値段か?」

 

「――――っつ!!!?」

 

 その一言に息を呑んだ美嘉に俺は不敵に微笑む。

 

「安心しろ。妹への愛はプライスレス。10枚はお前の分だ。―――勝負を続けようか?」

 

「………上等」

 

「……(変なのきちゃったなぁ)」

 

 その後、俺と美嘉のデットヒート60枚に及び、いつの間にか増えた観客たちに見守られながらお互い3匹を吊り上げた所でお互いの健闘を称えて終わりを迎えたのであった―――のちに言うヒグラシ山シスコンバトルの元となったのは別の話。

 

 

 

 




=蛇足=

「まいったよ。アンタらの情熱には俺も久々に熱くされた―――この6匹、大切に育ててくれよな」

「「あ、ペット飼えないんでそのまま戻してください」」

「いや、持ち帰らないんかーい……」


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進む路は祭囃子のごとく揺らめいて 後編

(・ω・)夏も終わりですね…(せつなひ


_(:3」∠)_→こっちより諸々と先行公開してるのはここ→https://www.pixiv.net/dashboard/works


 少し年季は感じるものの丁寧に管理されているのだと分かる民宿の湯船は並々と注がれた温泉に満たされていて、ゆっくりと肩まで浸かった頃には知らず知らずのうちに体の中で溜まっていた疲労を溶かしてくれるようで思わず深く息を吐いてしまった。

 

 ただ、ソレはいつものような仕事の疲れやレッスンのモノとは違う。

 

 アイドルを――いや、読モとして雑誌に取り上げて貰えるようになってからはとんと縁がなかった無邪気にはしゃいだ時特有の満足感をもたらすソレ。

 

 妹や自分に憧れを持つ同級生に目と気を配り続けることも無い本当に自分が思うがままに遊ぶ時間を本当に久々に楽しんだのだなぁ、なんて考えてクスリと笑ってしまう。

 

 そう思えば今日みたいな唐突な“お泊り”を決行した彼に少しだけ感謝してやってもいいかもしれない。

 

 気だるげで、瞳の奥に底の見えない仄暗さを宿すアシスタントの“比企谷さん”。

 

 ぶっきらぼうで、愛想が無くて、捻くれてて、やる気なんか微塵も見せない癖に妙に面倒見がよく細々と働き続ける彼と過ごす時間も思い返せばもう1年半。346本社のエントランスで彼と出会ってから過ごした様々な出来事は生半可でない密度と熱量をもって私の胸に刻まれている。

 

 デレプロの成り立ちを聞いた時の絶望も、十時さん達とぶつかったライブバトルも、紗枝ちゃんがスポンサーになる条件で出された初めての大規模ステージも、クリスマスに迎えたデレプロ解散の危機も、新人たちが来た時の憎まれ役を演じた時も―――プロデューサーへの恋心が破れたバレンタインも。

 

なんだかんだと彼は自分達の傍にずっといてくれた大切な“仲間”で“戦友”だ。

 

 もしかしたら、今日はそんな彼が密かに疲れを溜めていた自分に気を使ってくれた余暇だったのかもと思えば知れずに頬は綻んでしまう。

 

 不器用な奴め。

 

 そう苦笑を零しつつ私はほんのりと温まった体を湯船から引き上げて、お風呂場を後にしたのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「ほーれ、湯上り浴衣姿のカリスマJKだぞっ、と☆」

 

「はいはい、カリスマカリスマ」

 

「せめて見てから言え、しっ!」

 

 あっ、違うわ。これ完全に自分が休みたいから駄々こねただけだわ、コイツ。

 

 風呂上がりに乙女の柔肌を旅館の浴衣で包んだ私がモデルポージングまで決めたやったにも関わらず、女将さん達が用意してくれた縁側で寝転んで振り向きもせずにビールを啜るダメ男に蹴りを軽く一発入れて私は大きくため息を零したのであった。

 

 蹴られても胡乱気に零れたビールを拭くだけでまたぼんやりと夜空を眺める彼に怒るのも馬鹿らしくなって私はその隣に腰を下ろし、彼が大量に買い占めた出店のおつまみを口に放り込んで嫌味をチクリ。

 

「こういうのってお祭りで食べるから雰囲気があるのに、持ち帰って並べるのは無粋じゃない?」

 

「食べ歩きは行儀が悪いって躾けられてたからな。それに、わざわざ蚊に刺されながら人込みに行かなくたって快適に呑めるならそっちの方が良いに決まってるだろ。―――ましてや、カップルがいちゃつく神社や公園でなんて酒が不味くなって敵わん」

 

「なんだか、後半のせいでただの独り者の僻みにきこえるんだよなぁ……」

 

 そういって私がカラカラ笑えば彼は不貞腐れた様に鼻を鳴らして細巻きに灯をつけた。

 

 まあ、マナーだのなんだの言い合う仲でもない無いし、そんなに煙草に嫌悪感を持っている訳でもないので私も揃って彼の吹き出す紫煙が空に揺らめくのを眼で追いながら肩を竦めるにとどめる。

 

 そもそもが、この男は独り者というには程遠い癖に何をいっているのやら。

 

 彼と軽口を叩き合う銀糸の髪を持つ狐目少女。

 

 好意を隠すことなく伝えてぶつかる初代シンデレラ。

 

 秘めやかに、それでも、はっきり分かるくらいに想いを募らせる文学少女の同期。

 

 幼いながら彼にべったりな霊感少女。

 

 ちょっと重めの愛を捧げる仙台っ子。

 

 友人のような距離感で、それでも、女にははっきりと分かる情を寄せる衣服担当の元地下アイドル。

 

 その他にも、新入生や成年組の誰もが彼に親しみを持っていて、彼がちょっと。半歩でも踏み出せばその想いはきっと幸せな結末を迎えるだろうにその自覚があるのかないのか、自分なんかとこんな場所で一晩を過ごすこの男だって相当に悪人だ。自覚がない分だけ更に性質が悪い。

 

「……比企谷さんって絶対にいつか刺されると思う」

 

「急に何? 犯行予告?? 次に会うときは法廷か病院なの??」

 

「うっさい、女の敵め」

 

 あぁ、こんな時には少しだけ成人組がうらやましい。

 

 この全部をぶちまけて説教したくなるモヤモヤをきっと彼女達は酒精と共に飲み込んでいるのだろうから。私は変わりにそんな鬱屈を女将さんが氷バケツで冷やしていたサイダーで飲み干したのであった。

 

 そんな何とも言えない思いを飲み下しながら、ふと気が付く。そういえば、こんなダメ人間でも彼は一応、有名私立大学に在籍していたはず。

 

 お互いに素面で、普段の忙しい時には話そうとも思い付きはしなかっただろうけれども、ほろ酔い気味でいつもより口が軽くなっている彼にならずっと抱えていたモノを参考程度に聞いてみる絶好の機会かもしれない。

 

「ね、比企谷さん。大学ってどんな感じなの?」

 

「聞く相手が明らかにまちがってんだよなぁ……」

 

「そう言うのはいいから、ほらっ、聞かれた事にちゃきちゃき答える!」

 

「どうっ、て言われてもなぁ。―――まぁ、高校時代よりはずっと自由が利く。俺みたいにずっとバイトさせられていても必修だけは落とさず取っていれば基本は何してても文句を言われることも無いし、免許も酒も飲める“成人”って身分はやっぱり便利だ。

 

 そう思って遊び惚けてる奴だって多いし、逆に目的をもって入った奴らは色んな単位やサークルに顔出して自分磨きしてるのもいれば一点集中で勉学に励んでいる奴もいる。

 

 どれがいいとか、悪いって話は置いておいても、そういう行動を自分で選べる“時間”っていうのがあるのはやっぱり“恵まれている”って事なんだと俺は思う」

 

「ふーん、……そっか」

 

 思いのほか、ちゃんと帰ってきたその言葉に驚き、少しだけ悩みが深まったせいで声は知れずに素っ気なく短いものになってしまった。

 ずっと、デレプロに入ってからも、軌道に乗って一杯のお仕事を個人でも貰えるようになってからすら私の中でちりつく焦燥感の火がまた揺れて少しだけ切なくなる。

 

 “私は、いつまでこの仕事を続けられるのだろう?”

 

 人気絶頂の只中にいるカリスマJKがそんな疑念を常に抱えているんて、誰に言えると言うのか。

 

 ライトの光を浴びたくて、もがき苦しんでいる億千の少女達を踏み台に照らして貰っている自分がそんな不安からいつでも逃げ出したいと願っているなんて―――どの口ではけると言うのか。

 

 だが、だけれども――――そのライトを外された瞬間に私には何が残る?

 

 このまま業界に入って、人気が続く限り走り続けて、やがて注目が無くなった時に残るのは高卒で職歴も何もない“ただの元芸能人”というだけの自分はどうやって生きていけばいいというのだ。

 何より自分なんかには出来過ぎな今の“アイドル 城ヶ崎 美嘉”という余りに御大層な仮面の重みに自分は一体いつまで耐えられのか分からない。

 

だが、来年に控えた“受験”の事を思えばもう少しでその選択は否応なく私に突きつけられる。

 

 “アイドル”か“一般人”か。

 

 仲間の誰もが、そんな事で私が悩んでいるかなんて思いもしないだろう。

 

 ましてや―――いつも私に憧れの目を向ける妹なんて、なおさらだ。

 

 そんな重すぎる期待の水圧が、塗り固めた私の虚栄にジワリと染みこみ足元から濡らしていく。

 

「…………私には、あんま関係ない話、か」

 

「馬鹿言え、受験するなら今からしっかり準備しとけ。“アイドル”だからって裏口入学させてくれる方法なんか俺はしらんぞ」

 

「―――――えっ?」

 

 冷たく、しみ込むその孤独に浸った私に掛けられるのはあんまりにもぶっきらぼうで興味の無さそうな呆れた声で、私は思わず間抜けな声を出してしまった。

 

 驚きと共に向けた視線に彼は怪訝な顔で当たり前のように答える。

 

「このご時世に経済的に行ける余裕と頭があるのに行かない理由も無いだろ? 高卒と大卒の基本給の差だけでも入っとく価値はある。仕事と両立がきついなら調整もしてやるし、武内さんだって反対なんかしない。そもそもが―――」

 

「――――行って、いいの…かな?」

 

「行きたくないのか?」

 

 不思議そうに返された言葉に、なんと答えたものか。

 

 行ってみたい、とは思う。でも、“何か”を学びたいとかは考えた事が無かったので具体的に聞かれればどう答えればいいのか分からなかった。

 

 文学が好きで進学した文香ちゃんや、地元を明るくするために社会と経済を先行した十時さんとは違った明確な目的がぱっと思い浮かべる事が出来ないのだが―――そんな当り前の“高校生”のような悩みを自分からしたのは、初めてだった事に気が付いた。

 

 周りから言われる“当然、すぐ芸能活動に専念”という言葉に流されて考えることも無かった“別の進路”というモノ。

 

 私は―――何がしたい?

 

「言っとくが、目的なんてもって大学行くやつの方が稀だぞ。行ってから考える奴だって多いし、違うと感じれば辞めたっていい。そういう選択肢も自由に選べる」

 

「………アンタはなんで大学に?」

 

「専業主夫になるため、養ってくれる嫁探し」

 

「くくっ、それで社畜バイトになってるんだから世話無いね」

 

「…………こんなはずでは」

 

 私が意地悪気に返した言葉に彼は思い切り眉を寄せて顔を顰めたのが可笑しくてゲラゲラ笑ってしまった。

 

 こんな甲斐甲斐しく働く“ヒモ男”がいてたまるか、ばーか。

 

 ケラケラ笑う私となんだかへんてこな理屈をこねまわし始めた彼の会話は、夜空を切り裂く緩やかな音に遮られ――――星の帳に咲いた大輪によって打ち切られる。

 

 小さな村祭りにしては、豪華に打ち上げれらていく花火の輝きと音を二人して無言で目を奪われ、魅入った。

 

 打ち上げられては消えてゆくその大輪は、何処に行き何を想うのだろうか?

 

 咲かせて散った事を誇ったのか、惜しみながら塵と消えゆくのか。

 

 そんな答えの無い疑問の中で一つだけ確かな事がある。

 

 きっと私はまだ――――あんな風に咲きほこれてすらいない。

 

 やれることは全てやり切って、考えを止めることなく悩み切って、それでも迷い苦しんで最後まで胃が締め付けられる想いを抱えていく事にはなるのだろうけれども、そんな“自分自身”で出した道を走っていかなければきっといつか後悔する気がするのだ。

 

 そんな当然の事を今更に気が付いた私は、緩やかに微笑んで

 

 相も変わらず何を考えているかも分からないが、無邪気にその光に目を輝かせる隣の彼を盗み見た。

 

 

 焚きつけた責任は、きっちり取って貰うからね―――比企谷。

 

 

 そんな私の呟きは、締めに上げられた特大の花火の轟音と共に夜風へと溶けていったのであった、とさ。

 

 

 

 

 





 =蛇足=

 とあるラジオ番組にて

MC『―――はい、という訳でお便りに書かれていた“進学についての不安“へのアドバイスはこんな所ですかねぇ? そういえば、”カリスマJK“の美嘉は再来年卒業したら”カリスマモデル“になる訳だけどその後はどんな感じで展望を広めていくのかな?』

美嘉『え~、なんか呼び名がやっつけだなぁ……。というか、私は進学希望なんで専業モデルとか芸能入りはまだまだ先の事かなって思ってるんだ☆』

MC『……え?』

346事務所『……え??』

デレステ『……え???』

リスナー『『『『……………え????』』』』

美嘉『―――――へ? あれ、これまだ言ってなかったっけ??』

 その後、346本社とラジオ局の電話と回線がパンクする騒ぎとなりとある社畜バイトが過労死寸前まであちこちに事情説明に回る事になったのはまた別のお話である。


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『棟方 愛海の御山訪問=弟子入り編=』

(・ω・)今回は結構責めたギリギリえってぃR17?くらいなので読む方は覚悟を決めて、頭を空っぽにしてお楽しみください(笑)。

今回の奴の前に読むと倍楽しめる前話→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14348539#3



(/・ω・)/そして、いつも誤字してくれるありがたいお方々本当に助かります!!

ありがとうございます!!


 

「師匠―――このわたくしめにどうか一片でもそのクライミング技術を伝授して頂けないでしょうか?」

 

「………バカじゃないの?」

 

 深く深く頭を下げ、それでも視線は熱く揺らめく魂を乗せて真っ直ぐに見つめてくる少女の名前は“棟方 愛海“といふモノなりけり。

 そのあまりの真摯な姿を見ればどんな気難しい巨匠でも“まぁ、テストくらいはしてやるか”なんて甘っちょろい事を考えてしまうのだろう。だが、俺は知っている。

 

 この馬鹿がいう所の“クライミング”や“登山”とは――――女性にたわわに実ったおっぱいを揉みしだくという意味だという事を。

 

 もう一回いう。

 

 馬鹿じゃねぇの?

 

 世界中の登山家に謝れ、おっぱいキチめ。

 

 そんな彼女の懇願を何事も無かったかのようにスルーして俺はデスクへ山済みになっている書類の処理に戻ったのである。

 

「し、師匠っ! そんな冷たい事言わずに何とかお願いします!! 自分、師匠のテクニックを少しでも知りたいんです!! ね~、お・ね・が・い~~~!!」

 

「えーい、引っ付くな鬱陶しい! 大体、俺がいつ胸を揉みしだいたっていうんだ!! そんな貴重な機会があれば大切に脳内保管しているわい!! 返答によっちゃ出るとこ出て貰うからな!!」

 

 首っ玉に抱き着き耳元でがなって仕事の妨害をしてくる彼女を必死に引きはがしながら怒鳴れば急にスンと大人しく冷たい目でこちらを睨んでくる。

 

「―――佐藤さんのおっぱいを3揉みで昇天させたって噂になってますよ」

 

「…………当局はその事実を把握しておりません」

 

「否定はしないんですね?」

 

「あ、出先で貰ったお菓子あるけど食う?」

 

「話の誤魔化し方が雑っ!!」

 

 そういえば揉んだわ。すっかり忘れてたけど、あの酒の席で佐藤が“借りの返済”という事で童貞殺害セーターの上から3回だけ揉んでいいというので真理探究の為にクライミングを楽しんだのを今思い出した。やっべ、出るとこに連れてかれるのは俺の方でしたか(テヘペロ。

 

「というか、童貞の3揉みで崩れ落ちたアイツのおっぱいが雑魚すぎだったんじゃない? 八幡、別に悪く無くない??」

 

「うわぁ、最低だなこの人……。まあ、いいです。どうか私にもその神の3手をご教授お願い致します。この通り!!」

 

「こんなパイキチに最低呼ばわりされて言い返せない日が来るとは……というか、仮にもアイドルの発する願い事では無いんだよなぁ」

 

「ちなみに、聞き入れてもらえない場合は佐藤さんとの事をちひろさんに言いつけます」

 

 ペコペコしていた彼女に鼻を鳴らすだけで答えて仕事に戻ろうとした時に満面の厭らしい笑みで脅迫してきやがったその言葉に手が止まった。……いや、チッヒは駄目でしょ、君。めっちゃ怖いからね? あのサイコパス守銭奴。

 

 ちらりと様子を伺えばマジの目をしてやがったのでいよいよ手をあげ降参し、俺はクルクルと椅子を回転させて悩む。こうなってしまえばいっそのこと適当に済ませて終わらせてしまった方が早いだろう。

 

 そんな事を考えていると、ちょうど事務所の扉が開かれたのは同時であった。

 

「お疲れ様で―――あら、珍しい組み合わせね?」

 

 そんな事を呑気に口ずさんだのは―――紫紺の髪を流し、その美貌故に日本男児の美的センスのハードルを上げすぎ問題でよく話題になる顔面偏差値ぶっ飛びグループ『LIPPS』のリーダー“速水 奏”であった。

 

 

---------------------------------------------

 

 

 

「馬鹿じゃないの、貴方たち??」

 

「「そこをなんとか……」」

 

 事務所について早々に『胸を揉ませろ』なんて非常識な事を言い始めた二人はほっぺの紅葉と頭のたんこぶを仲良く並べて事務所の床に正座させてられてなお諦めない。その姿勢だけは感心するが―――

 

「バカじゃないの?? いや、ごめんなさい……クソ馬鹿だったわね」

 

「「言われてますよ、比企谷(愛海)さん」」

 

 心の底から湧き上がる冷たい感情のまま吐き捨ててもコントのようにお互いを突っつき合うその姿に呆れて溜息を吐いていると、急に二人してボソボソと何かを話し始める。

 

「………たった3回くらいで、意外とケチだよな」

 

「いやいや、そういう事は言うもんじゃありませんよ。お山は人それぞれ。たった3回でも耐えきれないくらいに敏感なのかもしれませんし、優しくしてあげるのが人情ですって」

 

「まぁ、そうだな。たった3回も堪えれないクソザコおっぱいに無理させる訳に行かないもんな……他をあたろう」

 

 

「―――――上等よ、このすっとこどっこいども」

 

 

 私は脳内で鳴ったゴングの音と共に羽織っていたコートを投げ捨てた。

 

 

―――――――― 

 

 

「で、何をすればいいわけ?」

 

「愛海が3回揉むのを堪えてくれれば無事に解散だ。というか、俺もルールが良く分からん」

 

「なんで貴方もよく分かってないのよ……あと、お代はきっっちり後日貰うから―――あと、心さんの件も逃がさないわよ?」

 

「………(ぴゅーぴゅー」

 

 下手糞な口笛で誤魔化そうとする彼を、肩眉をあげてわざとらしく睨みつつ内心で私は少しだけ笑った。

 

 まぁ、彼に揉まれる訳でもないなら別にこちらに実害は少ない。そもそも、アイドル仲間でのこういった悪ふざけは更衣室などで日常的に起きているのだ。別に愛海ちゃんに揉まれた所でどうという事も無い。

 

それで彼に貸しを作れると思えば安い出費だろう。

 

「はい、どうぞ。こんな阿保らしい事はさっさと終わらせてちょうだい」

 

「し、失礼しますっ!!」

 

 私が腕を軽く降参するように上げれば無駄に緊張した大声で愛海ちゃんが脇から手を差し込んでくる。身長差を改善するために箱の上に乗った彼女の荒っぽい吐息がくすぐったくてつい笑いそうになるのを堪えつつその手を受け入れた。

 

 だが―――思った以上に特になんという事もない。

 

 興奮で震え気味の手が下から私のバストを持ち上げゆっくりと揉むが別に大した刺激でもなく、恐らく耳たぶから探しているのか乳首の位置を緩く握ろうとした試みはブラの上からでは擽ったい程度。最後に抓りあげようと握り込んだ指は快楽というよりも普通にちょっと痛かったので眉を顰めた。

 

 最初は興奮気味に声を荒げていた愛海ちゃんも私の反応が余りに淡白だったせいで楽しむよりも困惑が強くなって、いまでは何度も“あ、あれ?”なんて首を傾げている始末。

 

 まあ、うん。こんなものだろう。

 

 というか、これであの男がどう心さんを触ったのかを把握できたのでこの後に散々揶揄ってやろうと心に決めてニマリと彼の方を見てやる。

 

「ふふっ、ご自慢のテクニックは通じなかったみたいね?」

 

「―――お、終わったか? 冷蔵庫に貰った菓子あるから食べていいぞ」

 

「おい」

 

 この男、普通にこっちも見ずに事務仕事してやがった。私は“速水 奏”だぞ? 私のこんなシーン、出す所に出せばどれだけ貴重品扱いされるか分かってる??

 

「し、師匠っ! 教えてください、私の何が駄目だったんですかっ!!」

 

「いや、童貞の俺に聞かれても………」

 

 私がムカつきを発散するために彼に文句を言う前に愛海ちゃんが彼に思い切り泣きながら飛びつき駄々をこね、そのタイミングを失ってしまった………ふぅん、童貞なのね。ふぅん。

 

「お手本をっ! お手本を見せてください!! これで駄目だったら、私も諦めがつきますから!!」

 

「いや、もう今の時点で諦めてよ……。だいたい、俺が触ったら不味いから」

 

 もう床にのさばり駄々っ子のごとく暴れる愛海ちゃんがを呆れたように眺め、溜息を吐く彼が面白く。それに―――まあさっきの事を考えれば大したことでもないだろうという考えが“童貞”の彼を揶揄ってやる余裕を生み出した。

 

「まぁ、私は構わないわよ? 哀れな童貞さんに多少はサービスしてあげても」

 

「隠れオタクの生娘がなんか言ってるぞ……」

 

「ぶっ殺すわよ」

 

 私がバストを寄せてあげて挑発すれば彼はいつもの減らず口で返してくる。そんな売り言葉に買い言葉で私はカチンときて彼に胸を差し出した。

 

「さ、今後こんな機会も訪れないでしょうし、じっくり味わう事ね?」

 

「なんでそんな乗り気なの??………まぁ、実際に触る訳にもいかんし振りだけな。お前もコレが終われば後は駄々こねんなよ」

 

「はいっ!!」

 

 その無駄に元気な声に二人揃って苦笑を零し、ソレを合図に彼がゆったりと私の背に回った。

 

 さっきとは違う、大きくて硬くて熱いとはっきり分かる存在が自分の背面に立つという感覚の違いに自然と体が強張る。

 

 愛海ちゃんの時のような可愛らしさにほんの少しだけ気持ち悪さが混じったあの気配をパグだと例えるのならば、息を荒げることも無く自分を満遍なく検分するその重く冷たい気配は捕食者が品定めする時のそれだ。

 

「脇、すこし開け」

 

「―――っ」

 

 耳元で鳴るその低めの声が思考よりも先に体を支配し、反射的に従った。それでも意地で悲鳴だけは漏らすまいと噛みしめた唇は微かな彼との衣擦れを感じるだけで緩み、荒い呼吸が漏れ出ていく。

 

 自分の脇から差し込まれた大きく、硬い手。

 

 背中に触れ合わなくても感じる捕食者の圧。

 

 ここまで今更な状況になって私は理解した。

 

 哀れな獲物は、もう、逃げられない。

 

 そういう域に踏み込んでしまったのだと。

 

 だが、その脳内に溢れる恐怖の中には確かに、微かにある感情がバグを引き起こす。

 

 その爪が自らに食い込み、その牙が首元に突き刺され貪られるその瞬間が脳内に流れるたびに体は熱く、呼吸は乱れていく。

 

 怖い。でも、抗いがたい快楽の予感も感じる。

 

 自らの無駄に豊かに実った胸に、ソレが今から訪れると考えれば体は勝手に高まってゆき―――ブラの中で固くなったサクランボが擦れて歯止めが利かなくなる。

 

 はやく、はやく私を食べて。

 

 そんな事すら思い始めた私の躰に―――その手は決して触れようとしない。

 

 捕えた獲物をいたぶるように、触れそうで触れない絶妙な距離で私の肢体をなめまわす様に揺らめいて、焦らされる。どこまでも。

 

 太ももを、お腹を、腰を、臍を、首筋をただ揺らめくだけで私の躰はその愛撫を夢想して疼きを増してゆく。

 

 触られて、いないのに―――私の躰は完全に支配されていた。

 

 だが、達するには一歩足りない。

 

 彼はソレを分かっているから、懇願されるまで焦らすつもりなのだと分かった。

 

 そう、なにせ条件は“3回胸を揉む”までなのだから彼はじっくりと私の心が折れるまで楽しんでいればいいだけ。つまり、最初から私は負けていたのだ。

 

 羞恥と敗北感。だが、ソレを超える快楽への焦がれが私の最後の理性を溶かしつくす。

 

「――――っん♡」

 

「…………」

 

 たったそれだけの呟き。だが、自ら顔を真っ赤に染めつつもはしたなく自ら胸を差し出すという雌という生物にとっての全面降伏。その事実が自分の惨めさと快楽への期待を更に燃え上がらせてゆく。

 

 だが、彼はそれでも焦らず私を追い詰めていく。

 

 彼が指さす先には――――目を皿のようにして私を見つめる愛海ちゃんが、いた。

 

 いつもは明るく元気な後輩の少女が発情期の猿のように顔を赤くしつつ自らの股間をもどかしそうに押さえて“私”を見つめていた。

 

 触られてすらいないのに躰を解され、遂には自ら胸を差し出した無様としか言いようのない光景の全てを見られていたという事実が私を一瞬だけ正気に戻し彼を振り払うために体に力を籠めようとし―――――私の躰は差し出された快楽にあっという間にまた捕らわれた。

 

「――――っぁ♡♡」

 

 ようやく、その指は私のおっぱいの元へと行きついてくれた。たったそれだけの事で、なけなしの羞恥心はこれから起こることへの期待に溶かされてしまった。

 

 触られていない。だが、確かにその圧を体は感じる。

 

 焦らされ、火照り切った体はその刺激に餓えきっていて、視界の隅に移る愛海ちゃんには興奮から荒い息を漏らして情けない顔をしている私が映っている事だろう。

 

 だが、どうでもいい。

 

 その全てが一切合切どうでもいい。

 

“はやく―――私をむさぼって”というたったそれだけの願いは、ようやく満たされた。

 

「一回目」

 

「はひっ♡」

 

 短い声と共に彼の骨ばった手が―――私の張りつめ切った乳首の真上で何度も回される。

 

 触れられてもいないのに乳輪はムズムズと快楽を溜め込んで、もはやブラジャーに突き刺さる勢いで充血した頂点を更に張りつめさせていく。

 

「んひっ♡ あっ、あっ♡♡ いひわるしない、れぇ♡♡♡」

 

「動くな、やりにくい」

 

「んぁっっ♡!!」

 

 最後の仕上げと言わんばかりにその指は、私の充血しきった乳首を弾くようにデコピンをして私の躰を跳ねさせる。

 

 ここまで一切触られていないというのに、服従しきった躰は正確に彼が思い描く刺激を脳内で再現して私を追い詰めていく。

 

「二回目」

 

「ふーっ♡ ふーっ♡」

 

 もう、なにも考えられない。ただ、彼の指がどう動くのかだけを犬のように舌と涎を垂らしながら待つ事だけが私の全てであった。

 

「――――あ、ぁぁ、あっ、そ、それやぁ♡♡」

 

 そんな私の懇願など聞き遂げられる訳もなく“カリカリっ♡カリカリっ♡”と私のおっぱいの先端を何度も何度も丹念に優しくひっかき、脳みそを破壊してゆく。

 

 物足りない。圧倒的に物足りないのに―――体はひたすら熱く、焦がれてゆく。

 

 彼に媚びねだる為に本能が勝手にオシリを彼の股間に押し付けようとするが“ルールに縛られた”私はその苦しみから解放される事は無かった。

 

 彼は私のお尻や体を小器用に避け、ひたすらに乳首を掻くように空を撫でる。

 

「やぁっ♡ もうるーるなんていいかりゃっ♡♡ おねがひっ♡♡!!」

 

「……二回目、終わり」

 

 私のこっびこびな懇願とハメ乞いの返答として聞こえてきたのは―――小さな溜息と、落胆したような冷たい声。

 

 その事実に血の気が引く。

 

 ココで終わられたら、私はきっと壊れる。

 

 壊れたまま、どうしようもなくなる。

 

 そんな恐怖に震え泣きそうな私に気だるげで、それでいていつものような優し気な声が耳を撫でた。

 

「最後、どうしたい?」

 

「――――おもいきり♡ おもいきりすごいのがほしいのっ♡♡」

 

「はいはいっ、と」

 

「―――――あ、」

 

 その瞬間に、私は声もあげる事も出来なかった。

 

 今までの錯覚ではない、焦がれに焦がれた本物の触角。

 

 それが、遠慮会釈なく―――――私のおっぱいを握り潰すかのように思い切り力を込めて抱き潰す。

 

 こりっこり♡になった先端も、解されきって全てが快楽に代わる器官となったおっぱいも、おっぱいのGスポットとも呼ばれるスペンス乳腺もただただ与えられる刺激全てが脊髄を通して私の脳みそを溶かしつくして獣の喜びだけで満たしてゆく。

 

「――――――っは♡♡ あ、ぁ――――ひっ♡♡ んぉっ♡♡―――あsdfghjg♡♡♡♡ 」

 

 何秒、何分? どれだけたったかなんて分からない。

 

 びしょびしょになったショーツも、小鹿のごとく震える足は彼の支え無しでは立っている事もままならずオッパイだけで躰が支えられ放心する事幾ばく。

 

 快楽で焼き切れた脳が意識を途切れさせる私の視界に最後に移ったのは―――身体を震わせつつ陶然とした表情で私の痴態を食い入るように見つめる愛海ちゃんであった。

 

 たったこの一回の過ちで私は、もう後戻りできないモノを知ってしまったのだとこの時に理解し、意識を手放した。

 

 

---------------------------------------------

 

 

「…………えっ、こわ」

 

 最後の一回しか揉んでないのに身体を跳ねさせて失神した奏をビビりながらソファーにほおり投げると急に冷静になった俺の口から自然とそんな言葉が零れた。

 

 え、いや、やれって言われた最後以外は俺一回も触ってないよ??

 

 どうせやるならネタっぽくなるようスケベ親父風にお道化てエアオッパイをキメていただけなのになんだかどんどんと様子がおかしくなってきたので二回目からもう辞めようと俺は想っていた。気絶するくらい気持ち悪いなら最後まで意地を張らなくて良かったのに……地味に傷つくな。

 

 まぁ、いいか。佐藤に負けず劣らずの乳を最後に楽しめたのだから良しとしておこう。

 

 そう、心の中で纏めて俺は愛海の方へ振り返ると――――笑顔の般若がそこにいた。

 

「ハ~チ~君♪ 何してるんです?」

 

「比企谷さん~、浮気は感心しません~」

 

 我がデレプロの初代シンデレラ様と、プロジェクト内で最強のおっぱいを持つ酪農娘が表情とは全く違う冷たい声で俺を氷つかせたのであった、とさ。

 

 え、こんかい、おれ悪く無くない??

 

 

 ちゃんちゃん♪

 

 

 

 

=蛇足=

 

 

十時「揉むなら私の揉んだらいいじゃないですかぁ~!!」

 

雫「こういうのには順番があるとおもいますぅっ!!」

 

 

 

愛海「――――これが、本当の御山。コレが最高峰のテクニック。……わたし、こんなのしったら、もう  」

 

 

 

 この日、とあるお山系アイドルが密かに覚醒したことを誰も知らない。

 




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日常SSS 『お姫様だっこ』

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「……ちょっと、おにーさん。“コレ”やろーや」

 

「はぁ?」

 

「はしたない事言わんの、周子はん」

 

 今日も今日とて大学をサボってバイトで社畜として汗を流す毎日。そんな中で不意に生まれた隙間時間にようやく事務所で腰を下ろせたかと思えば、先に休憩に入っていた妹分であり所属アイドルの“周子”がテレビを指さし唐突にそんな事を言い始めた。

 

 彼女が指さした先を眼で追えば、どっかのプロデューサーがアイドルの事をライブ会場でいわゆる“お姫様抱っこ”という奴をかまして満面の笑顔で映り込んでいる。

 

 そのサプライズに賛否はあるようだが、画面の向こうでは大いに盛り上がってるのを眺めた後に改めて周子を見れば興味津々といった風情で俺の裾を掴みやる気満々のご様子。

 そんな彼女に相方の“紗枝”も飽きれた風に溜息を漏らして窘める。

 

「えぇー、減るもんでもないしいいやんなぁ。それに乙女として生まれたからにはいつ何時こういう事態になっても大丈夫なように訓練しとかないとさ。――という訳で、どーんっ!」

 

「ぐえっ、ばかっ、普通に重たいっつーの!?」

 

 拗ねたように紗枝に反論した彼女はそのまま悪戯気に頬を吊り上げて、ソファーに凭れる俺の腿の上にその形のいいケツをどっかりと乗せやがったのである。

 あの“塩見 周子”が首に腕を絡ませ、ケツを膝の上に乗せているその柔らかい肢体を寄せているというのは全国の男子垂涎もののシュチュエーションなのだろうけど、夜勤続きで鈍った頭ではでかい猫に絡まれた鬱陶しさの方がやや勝る。

 

 彼女特有の白檀の香りが鼻孔に流れ込んでくるのにやや眠気を誘われながらも、耳元でがなる彼女に素っ気なく対応する。

 

「大袈裟やなぁ、ほら、気張りー。こんな機会は冴えんアシスタント君にはもう二度と巡ってこーへんかもよー♪」

 

「果てしなく上から目線なのが腹立つな……普通に疲れてるから一回やったら終わりだぞ っと」

 

「うわっ、うわははっ、紗枝はんヤバいわコレっ! 思ってたよりも恐いけど、めっちゃ楽しいで!! 紗枝はんも今のウチにならんどきって!!」

 

「もー、比企谷はんわ周子はんに甘すぎやわ。―――まあ、貰えるもんはウチももろとこかなぁ♪」

 

「いや、京娘の奥ゆかしさは何処に行ったんだよ…」

 

 こうなれば意地になって動かないと観念した俺が絡みつく周子の肩と膝裏を支えてどっこらしょういち、っと立ち上がればそれなりに重いものの意外にも簡単に立ち上がれることが出来た、は良いのだが。

 

 大興奮で小娘のごとくはしゃぐ周子が暴れるせいで重心が揺れて抱えずらい。

 

 安定のために体を強めに抱えれば今度は静かになってニッコニコ笑顔で頬を染めるのでなんとなく気まずくなるし、いつの間にか紗枝まで早く変われと並び裾を引っ張る。

 

 この幼馴染コンビーーー揃って図々しすぎである。

 

「ほれ、終わりっ。お前も一回やったら終わりだからな」

 

「分かっとります、わかっとります―――って、うきゃあっ♪」

 

 ご満悦な周子をソファへ雑にうっちゃり、待ちきれないといった風情で首に手を回した彼女を抱え上げてやるとこっちもいつもの奥ゆかしさは何処へやら年頃の乙女のごとくはしゃいだ声を上げる。

 

「む、周子よりは軽いな」

 

「ふふーん、ウチは体重もお淑やかやさかいなぁ。――人足はん、このまま小早川コーポレーションまでよろしゅうたのんますー♪」

 

 周子とは違う金木犀のような香と艶やかな黒髪をくすぐったく感じつつ抱えているとほっぺをべチベチされそんなリクエストまで出してきやがった、生意気な奴である。

 

 要望どうり抱えたまま歩いてやり――丁度、その辺に放置していた手頃な段ボールに紗枝をすっぽり嵌めこんで下ろしてやった。

 

「ほえ?」

 

「要望どうりコーポレーションまで速達で送ってやるよ。ちょうど“割れ物注意“のステッカーも張ってるしな?」

 

「ぶはっ、あははははっ、これならタクシー代も浮いてお得やねぇ紗枝はん!! あ、ついでに“逆さま厳禁”も張ってあげる!! 今日のでれぽの話題は紗枝さんで持ち切りだよっ!!」

 

「ちょ、蓋しめっ、こらっ、撮ったらあきまへ―――やめーやっ、ごらぁっ!!」

 

 結局、丁寧に梱包された紗枝の速達便の写真がその日のでれぽのMVPに輝いたそうな……あー、腰いてー。

 

 

 

 

 

=オマケ=

 

 

楓「武内さーん……んっ!」

 

武内「……やりませんよ?」

 

楓「………? あっ、すみませんこれじゃ持ちにくいですよね」

 

武内「いえ、体勢の問題ではなく…」

 

楓「んもーっ、なんでそんな我儘なんですかっ!」

 

武内「いや、逆切れされても…… 一回だけですよ?」

 

楓「♪」

 

 

―――― 

 

きらり「きらりみたいなデカ女が、あんなのに憧れるなんて……ははっ、いや、なんでもないにぃ。なんでも―――ないです、から……」

 

武内「――――いえ、やりましょう。諸星さんにそんな顔をさせる訳にはいきませんっ」

 

きらり「たけちゃん……ありがとう、だにぃ~!(けろっ」

 

武内「――――(白目」

 

―――― 

 

泰葉「まさか、私は駄目とか言いませんよね?」

 

武内「いえ、その、する理由が無いと言いますか……」

 

泰葉「はぁ? 他の二人にはあったんですか? あるならお聞きしますけど?? というか昔はよくやってくれたじゃないですか!!」

 

武内「いや、その、ですね。もう、泰葉さんも立派な女性として軽々しくそういう事は出来ないと言いますか、あれは子供だったからといいますか……」

 

泰葉「あー、もう五月蠅いですね!! 今更そんなの聞きません!!―――えいっ!!」

 

武内「や、泰葉さん危ないですっ!? 分かりましたっ、分かりましたから飛び掛からないでくださいっ」

 

泰葉「えへへへっ、昔やってくれたグルグル回る奴も忘れずやってくださいね?」

 

武内「はぁ……かしこまりました」

 

泰葉「♪」

 

 

―――― 

 

 

武内「……なぜこんな事に(腰さすり」

 

チッヒ「……先輩、ちょっとお話が♡」

 

武内「ち、ちひろさんっ(びくっ」

 

チッヒ「私も、たまには童心に帰りたいなぁ~。毎日毎日、がんばってるんだけどなぁ~(チラチラ」

 

武内「………恨みますよ、比企谷君(ガックリ」

 




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好きこそものの上手なれ

(/・ω・)/あきらちゃん回投稿!!


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「その話、マジ…ですか?」

 

「おう、前の雑誌で評判が良かったから面白がった編集さんが特集組んでくれるとさ。おめっとさん」

 

「――~っしゃ!」

 

 ユニ募のミニライブも無事にりあむさんが炎上し、いつものように乗り切った土曜の昼下がり。いつものように同伴してくれたやる気なさげなアシスタントの“比企谷”さんから珍しく自分が呼び止められ、告げられた内容に思わず柄にもないガッツポーズをしてしまった。

 

 だが、構うもんか。

 

 “悟り世代”だなんて呼ばれることも多いけど、嬉しいときは喜ぶし、ムカつくときには普通に怒る。この胸に溢れる感情を周りの評価に合わせて押し殺す方が馬鹿馬鹿しい。

 

 ましてやそれが、自分が好きなものを評価された時ならば猶更。

 

「ふ、ふふふっ、#砂塚あきら #モデル本格デビュー #来てるコレ」

 

「喜んで貰えたようで何より。……ほんで、早速で悪いが今から衣装の要望を纏めて向こうに送っときたいから時間取れるか?」

 

「いや、全然大丈夫デス。むしろ、この件に関しては兄ぃとのゲームなんて後回し確定」

 

 鼻息荒く詰め寄る私に苦笑を零しながら『どこのお兄ちゃんも大変だな』なんて呟く彼が愛用の業務タブレットを抱えてついてくるように指示をする。

 

 その後ろ姿に軽い足取りを跳ねさせて着いていきながら、しばし彼について振り返る。

 

 それなりの上背は緩く猫背になり気だるさを醸し、男の人にしては長めの艶のある髪をざっくり乱暴に纏めただけの中で柔らかそうなアホ毛が特徴的な彼だがこう見えてウチのプロダクションの屋台骨の一人らしい。

 

 膨大な人数のアイドルの実地でのスケジュールをほぼ一人で調整し、色んな現場での要望や問題は無難に纏めてつつがなく進行していく実質的なマネージャー業を請け負うせいでその目の下の濃いクマが取れないのかと思えばその気だるげな風貌も中々責められるものではない。

 

 それに、こう見えて面倒見がいいせいか多くのアイドル達からも慕われているのは周知の事実。それが色恋だったり、親愛だったりと形は数あれど少なくとも信頼はしていい人物だと思う。

 何より、あのウチのピンク髪の問題児が何度問題を起こしても見捨てずに構い続けてるお人よし加減を見ていれば初期の不信感はさっぱり綺麗に消えている。

 

「ねっ、今回の企画ってどんなん何デス?」

 

「人気動画配信者がオススメする“次に来るコーデ7選”ってのをやりたいらしい。最近はそっち系を目指す人間も多いから需要があんだろ……知らんけど」

 

「ほーん、いいですねぇ。こういう自由度が高いのってゲームでも何でもテンションあがるっ♪」

 

 途中の自販機で希望を聞かれたついでに概要を聞いて更に興奮は高まっていくが――彼が自分自身の分以外にもう一回飲み物を購入したのに首をかしげてしまう。

 

「……喉かわいてるんですか?」

 

「いや、コレは別口だな」

 

「??」

 

 その言葉の意味が分からず首を傾げる私を置いてそのまますぐ近くの会議室へとさっさと入って行ってしまうので慌てて後を追い―――その先にあった光景に目を見張る。

 

「待たせたか?」

 

「いんやー、こっちも今さっき打ち合わせ終わったとこだぞ、っと☆彡」

 

 彼が気さくに声を掛けたのに答えるのは絶世の美女。

 

 艶やかで軽やかなブロンドの髪は緩く纏められ、知性を宿す翡翠のような瞳は金縁の丸眼鏡の奥で柔らかく光りつつ子供のような無邪気さも内包している。そして、そのスタイルのいい体を包むのは純白のブラウスにシックな黒のフレアスカートがその清楚な雰囲気に甘さを足して女の私でも見とれる程に整えられたファッション。

 

 そんな声を掛けるのを戸惑うほどの美女に気安く話しかける彼も大概だが――――問題は、自分がその人物に抱いた既視感だ。

 こんな美女一回あったら忘れるわけがない。だけれども、その蓮っ葉で特徴的な口調と気負いのない笑い方。それが脳内でちらつく知り合いの像と重なり息をのむ。

 

「――――まさか #心さん? #うそでしょ??」

 

「おいーす、あきらちゃん。今日はおねーさんがバシッと要望を聞き出しちゃうぞ☆彡」

 

 清楚で可憐そのものの姿で彼女はテレビでよく見かける“佐藤 心”そのまんまの笑顔で自分に手を振るのであったのに私は眩暈を覚えたのであった、とさ。

 

 

 ――――プロデュースの方向性、絶対に間違えてるでしょ…。

 

 

――――――――――――――

 

 

 

「なはははっ、この格好で会うと大概の娘は同じ反応しやがるからな。ありすちゃんの時なんてしばらく気が付かないで笑いを堪えるのに大変だったんだぞ?☆彡」

 

「……いや、失礼は承知デスけど、気が付けって方が無理ゲーでしょコレ」

 

 結局あの後、固まる私を促して座らせたハチさんは手持ちの資料と概要を心さんにざっくりと伝えるだけ伝えてさっさと出て行ってしまい二人きりとなった。

 まるでいつもと雰囲気の違う彼女になんと声を掛けたものかと気まずい感じでしこもこしているウチに彼女が声を掛けてきてくれたことによって何とか会話の糸口が戻ってくる。

 

「というか、#なんで心さん? #いつもの衣装さんはいずこ?」

 

「あー、今日はいつもの人別件で動けないらしくてな。紗枝ちゃんも遠征ライブでいないし、とりあえずの叩き台だけは私が纏めとく事になったの。まあ、代打ってやつだな☆彡」

 

「……え、心さんってファッション系のお仕事関連の人でしたっけ?」

 

「んー、というか、初期のデレプロの衣装は全部私の手縫いだぞ? まあ、小早川コーポレーションがスポンサーに着いてからは流石に作るのはやってないけど原案会議とかふつーに呼ばれるし、聞き取りが難しい娘の要望確認はいまだ暇見つけてやってるんだわ」

 

「え“?」

 

 自分の不安と疑いの入り混じった探りの言葉。それに渡された企画書を流し見しつつ答える彼女の投げやりな返答は私の度肝を抜くにはあまりに十分な内容だった。

 

 自分が知っている彼女は“地下アイドルあがりのキワモノ枠”のおねーさんというモノ。

 

 もちろん、竹を割ったような清々しい性格も面倒見のいい姉御肌な所は好ましくおもっているし、動画配信者の端くれとして彼女のカメラワークや間の取り方や聞き取りやすい声など瞠目するほどに上手いことは尊敬すらしている。

 

 だが、初期のデレプロのステージ衣装。

 

 それは、いってしまえば“オリジナル9”と呼ばれた初期メンバー達が身に纏い―――パフォーマンスとともに完成度の高さで世間を騒がせた伝説の一品。

いまやウチの衣装室に大切に展示されている超プレミアム品を作り出したのが彼女だなんて事実はそのイメージをぶち壊すには十分すぎる情報であった。

 

「え―――#心さん #もしかしてすごい人?」

 

「なははっ、地下アイドルてのは兼業がなきゃやってけないってだけだよ。だから、一応は服飾デザインに関してはセミプロだから安心していいぞ、っと☆彡」

 

 意外過ぎる事実に唖然とする自分の前で悪戯気に微笑む彼女に内心を見透かされていたバツの悪さから肩をすくめてしまいつつ、差し出された雑誌をのぞき込む。

 

「……コレが今度、特集してくれるっていう雑誌ですか?」

 

「そ。元々がネット関連や動画の情報誌なんだけど、アニメ声優や配信者の写真も最近は力を入れてる雑誌らしいわ。んーで、今回のお声があきらちゃんに掛かったてわけ。……これが今までの既刊サンプルね」

 

「…………うん、これ、自分好みの雑誌かも」

 

「どんな趣味も高じれば一芸ってな。んじゃ、内容の打ち合わせだけど、7ページも貰えるからシーン配分と、要望に一番近いスタイル洗い出して服のメーカーにOK貰えるかどうかから洗い出してくか☆彡」

 

「はいっ、デス」

 

 少しだけ気まずい疚しさを抱えたまま差し出された雑誌を眺めたのだが、思ったよりもちゃんとした雑誌に自分が特集されるという嬉しさと、気負いなく柔らかに自分の希望を聞き出してくれる心さんの話術に気が付けば―――全然関係ない自分の想いまで時間を忘れて語ってしまっていた。

 

 いま、思い返せば、これはちょっとハズイな。反省。

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

「……うぅ、すみません。調子にノリスギました」

 

「んー? 好きなことに夢中になるなんてフツーだし、それを聞くための打合せなんだから気にすんなって☆彡」

 

 あれから小一時間。ベラベラ、ベラベラと止めどなく語りまくっていた自分の痛さに気が付いた私が顔を真っ赤に俯いてもそういってくれる心さんに心の中で深く頭を下げ、ぬるくなった缶コーヒーをジルジル啜る。

 

 これじゃ自分もりあむサンを笑えないキモオタじゃないか。

 

 内心で猛省しつつ、ちらりと心さんを盗み見る。

 

 こんな素人小娘の持論を長々と聞かされたのに嫌そうな顔も浮かべず付き合ってくれた彼女はいま手早くメモした概要を元にラフデッサンと候補となる服を丁寧に細かく書き連ねて鼻歌を奏でていて―――その姿は、服装も交わって本当に綺麗だと目を奪われた。

 

 美人で、気遣い上手で、センスが良く、仕事もできる。

 

 この世の女性のトップに間違いなくいるであろう彼女を見てしまったからこそ沸く疑問。それを―――

 

「なーんで普段はあんな恰好してんのか不思議?」

 

「えっ、あ、いやーーっ!」

 

「顔に書いてんぞ☆彡」

 

 見事に見抜かれて息を詰まらせてしまった。

 

 だが、こんなにみっともなく反応してしまった以上は隠すことも出来ずに開き直っておずおずと頷いてしまう。

 

「あの、ホントに自分は、ファッションは自分の好きにやるのが一番だと思ってるんですけど……その、でも、やっぱり笑われるのってしんどくないのかな、って」

 

「んふふふっ、新入生組はある意味ではホントにピュアだからおねーさん好きだぞ☆彡。そーだなぁ……まあ、いっつもこの格好でいれば笑われることも無いと思うし、昔と違って今はこっちの道でもお仕事関係で食うに困ることも無いと思うよ、実際」

 

 かなり失礼な話をしてしまったと思うのだが、彼女はそれすら優しく微笑んで受け止めてペンをその形のいい唇に当てて空を仰ぐ。まるで、そうなっていた未来を創造するように。

 

「綺麗な服で清楚にキメて、お仕事もそこそこにクリエイティブで、自分の作った衣装が輝いてる子たちを煌めかせて―――たまには男から声を掛けられて洒落たホテルでディナーに誘われたりなんてしてな?」

 

「……………」

 

 そう。そんな一般的な人なら誰でも憧れる平均以上の暮らし。そのすべてが何不自由なく手に入る彼女が―――そうはならなかった理由。

 

「でも、それは“やりたい事”じゃなかったんだろ。結局」

 

 それは、あまりにも単純で、清々しい割り切りだった。

 

熱意とか、夢とか、理想とか、そういうもっと熱く譲れない何かがあるのかと身構えていた自分の中に不思議と違和感も、嫌悪もなくその言葉は胸の奥底に落ちていく。

 

「売れなくても、笑われても、生活が苦しくて賞味期限ぎりぎりの女友達同士で集まって安酒あおる毎日でも―――私はこっちの方がよかったってだけなんだよ、結局」

 

「――――あはっ、その結果が大人気アイドルって最強すぎデスよ」

 

「そうそう、趣味も極めりゃ芸になんだよっ☆彡」

 

 胸の奥に落ちた言葉は緩やかな波紋を広げ―――あたたかな笑いとなってこぼれ出た。

 

 そんな私を彼女はカラカラ笑って書き上げたデッサンを並べ、意見や修正点を聞いてくれる。柔らかで、あたたかなその線で描かれたラフはまるで、彼女の人柄の様で私の目を引き付ける。これが――――彼女の人生の縮図なのだろう。

 

 だから、私も

 

 自分なんかを見てくれる人たちを、こんなあたたかな気持ちに出来ればいい。

 

 そんな柄にもないことを、考えた。

 

 

 

 

=本日の蛇足=

 

 

 ラフを眺めながらうんうんと唸り理想のコーデを考える後輩を眺めつつ、温いミルクティーを啜って小さく微笑んでしまう。

 

 新たにデレプロに入った新人たちは誰もかも個性的で話題を毎日のように量産しているが、こういう風に真剣に好きなものには全力でぶつかる姿を見ていると皆が素直にいい子たちだと思うし、微笑ましい。

 

 この光景を見られただけで次回の大規模ライブの衣装会議でくそ忙しい中で時間を取った甲斐もあるというモノだ。

 

 そんな無茶ぶりをしてきた馬鹿を思い浮かべて、ミルクティーをもう一口。

 

 さっきの言葉に一個だけ混ぜた嘘を思い返す。

 

 今の人生に不満なんてありはしないけれど―――かつては揺らいで、道を捨てかけたことだってある。

 

 今と変わらないこじゃれた恰好で、自分を拾ってここに連れてきた男とそんな生活でも送れば十分じゃないかと思い、地下アイドルであることを辞めようとした。だけど、最後の一回だと女々しくも縋った未練のライブに偶然来たアイツは、嗤わなかったのだ。

 

 いつもと変わらない気だるげで、淀んだその瞳のままで

 

 ただ、見届けた。ただ、認めてくれた。

 

 好きなことを好きにやり切って、好きなものを好きなままでいていいと言ってくれた。

 

 その言葉に、人の人生を変えてしまう力があることも自覚しないままに紫煙とともにそんな言葉を投げかけてくるのだから溜らない。

 

 

「………責任とれよ? ばーかっ☆彡」

 

 

 口の中で小さく囁いた悪態にあきらちゃんが首を傾げたのがおかしくて、私は心の中に燻る恋心をゆったりと楽しんだ。

 

 本当に、厄介な男である。

 




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身だしなみの本懐

(・ω・)マイナーキャラついでにボイス記念で書いたのは”西園寺嬢”!

( `ー´)ノ初めて調べたけど中々いいキャラしてるね、この子(笑)

というわけで、今日もなんでも許せる人は仕事の息抜きにどうぞ~♪


「…もう我慢なりませんわ」

 

 絢爛な時計塔を擁す346本社にひっそりとあるデレプロ事務室。多くのアイドルが忙しなく行きかい、また、寛ぐことの多いその場所でそんな声が溜りかねたかのように呟かれ、多くの視線を集めた。

 

 その先にいるのは柔らかなウェーブのかかったピンク髪を持ち、見るからにご令嬢といった雰囲気を醸し出す少女が一人。

 

 彼女の名前は“西園寺 琴歌”。西園寺という名前だけでも知らない人間はいない財界の大御所の愛娘であり、既に根強いファンを多く抱える売り出し中の新人アイドルだ。お淑やかで礼儀正しいのに格式張らず、何事にも夢中で取り組むその姿勢を見ていれば彼女を嫌う人間に出会う方が難しいだろう。

 

 だが、そんな彼女が手に持つティーカップを震わせ、そんな言葉を漏らすほどに何かを我慢していたのだとなれば穏やかではない。

 

「どしたん、琴歌ちゃん? なんか悩んでんなら唯たちに相談してみそっ♪」

 

「そうそう、一人で抱え込むなんて今時ナンセンスの極みだぜ?」

 

 その呟きに合いの手を入れるのは最近ユニットを組み、絆を深めた二人の友人“大槻 唯”と“桐生 つかさ”。

 どちらもKRONE関連や殴り込み営業からのライブバトルなどすったもんだの末にデレプロに加入して日が浅いものの、その生来の気質からあっという間に馴染んでしまいのんびりとこうして茶を囲むほどの協調性の持ち主たち。

 

 そんな二人の気遣いに綻びながら笑顔で応えた彼女は勢いよく席を立ち、ズビシッとその綺麗な指を一点に差し向ける。

 

「誰も指摘しないので黙っていましたが―――いい加減に服装を正してくださいませ、比企谷様っ!!」

 

「「…………あー、そういう事」」

 

「いま、忙しいから、あとでな」

 

 琴歌の凛々しい叱責の声になにやら納得したようなギャル二人の声と、“コレはめんどくさい奴に絡まれたぞ”と顔をしかめるのを隠しもしない目の腐った気だるげなアシスタントがやる気のない声で誤魔化したのが今日の騒動の始まりであった、とさ。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「比企谷様、衣食住の頭に“衣”が来る理由について今更に語りはしませんが“身だしなみ”というのは礼節のみならず他者への気遣いから来るものです。自尊心から来る過剰な装飾が冷たくあしらわれるのは言わずもながですが―――だからと言って、身だしなみを捨て去るというのもまた相手に大きな誤解を与えるのです」

 

「その話、カップラーメン作るより長くなる?」

 

「比企谷様の態度しだいですわ」

 

 私の指摘を聞く様子もなく無視しようとした比企谷様をパソコンの前から談話スペースに引っ張り込んだのですが、わたくしのお話を真面目に聞いてくださる素振りもない彼についつい頬が膨らんでしまいます。

 

 このお方、私が加入させてもらった当時からお世話になり色んな方面で助けられているこのプロジェクトのアシスタントさんなのですが、たびたびこうした不真面目な態度を取られるのは毎回いかがなものかと思っておりますの。

 

 猫舌なのか何度もティーカップを吹いて冷ます彼。

 

 カラスの濡羽のような髪をざっくりと後ろで括り、その中でも柔らかそうなアホ毛を揺らす頭部。整った顔立ちにも関わらず、暗く淀んだ瞳と深い隈がその印象を台無しにし、スタイルの良い細くしなやかな身体は―――皺だらけのシャツと毛玉や謎の汚れがこびりついた黒いスキニーパンツ。

 

 もちろん外見だけで人を判断するのは愚かの極みですが、素体もよく仕事も有能な彼がのその服装で明らかに多くの人から不当な評価を受ける元となっているのであれば心を鬼にしてでも指摘しなければ西園寺の名が廃りますわ。

 

「……比企谷様、私の個人的な美意識の問題ではないのです。これだけ身を粉にして働いてる貴方が色んな人に不当に軽んじられている現状が私には耐えられない。だから、必要ならば資金だって援助しますし、なんなら洗濯だって拙いながら私が請け負います。どうか、この我儘を聞き入れてはくださいませんか?」

 

 そう、私が我慢ならないのは“そこ”なのです。

 

 彼のシャツが皺だらけなのは帰る間もないほど私たちの仕事に付き合い、遅くまで調整や準備に駆けずりまわっていてくれているせいだとも知っているし、彼のズボンに着いた色んな汚れはよく小さい子達の面倒を見て、色んな現場で必要ならスタッフに交じって地面に膝を付けて細かく説明を受けているからだと知っている。

 

 なのにも関わらず、たまに現場に現れる上層部の方や名高いディレクターさんなんかが彼の事を指さし笑うことに何度歯噛みしたことか。

 いつか、それが堪えきれずに爆発してしまう前に彼らの鼻を明かしてやりたいと私は強く思うのです。

 

『私のマネージャーは汗水かかずにいる人に笑われるような人間ではない』、と。

 

 だというのに、この人は―――

 

「言わせときゃいいだろ別に。実際にただのアルバイトだしな。……というか、そんなんで援助だの洗濯だの逆に重いわ」

 

「だからっ、そういう問題ではなくですねぇっ!!」

 

「はーいはい、ストップすとっぷ~。二人が喧嘩したってしょうがないじゃーん?」

 

 分からず屋な彼につい熱くなってしまった私と彼の間に唯さんが仲裁に入って下さり、やり場のない苛立ちだけが私の中にたまったまま席に着き直します。

 

「ふーむ、気持ちは分かるぜ? というか、人間どんなに言い繕っても第一印象が八割だからな。私もコイツを最初に呼び止めた時に舐めてかかった過去もあるからお偉方のおっさんの気持ちも同調できる。……まあ、とはいえこのまま行っても平行線なのも明白、と」

 

「お二人からも何とか説得してくださいまし!」

 

「うーん、私は嫌いじゃないからなんとも言えないけど―――あっ、でも逆に面白いこと思いついたかも♪」

 

「おっ、いいね。唯のフラッシュアイディアは毎回はずれがねーから拝聴するぜ?」

 

 私の呼びかけに二人は悪い笑みを浮かべてこしょこしょと内緒話を始めてしまい、なんだか少しだけ仲間外れにされた気分でさみしいです。それに、ズルズルと音を立てて冷めたコーヒーをどこ吹く風といった感じで啜る彼にも少しだけムカつきます。

 

 もうっ! わたくしは貴方の心配をしているのですよ!?

 

「お、いいじゃん。私の会社もそろそろそっち方面に乗り出してみたかったからちょうどいいサンプルになりそうだ」

 

「だしょー。唯も前から密かにこういうのやってみたかったんだ~!」

 

「あの…どういったお話に相なったのでしょうか?」

 

 なんだか、どんどん盛り上がるお二人に興味がそそられて聞いてみれば二人は満面の笑みで振り返り応えてくれます。

 

「「“ドキドキ☆ハチ公お着替え選手権”開催っしょ!!」」

 

「「……は?」」

 

 

 余りに突飛なその一言に喧嘩真っ最中の私と比企谷様はそろって間の抜けた声と顔を見合わせてしまったのでした。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「というわけで~、ちゃんゆいプレゼンツ企画のはじまりはじまり~♪」

 

「……なにがどういう訳なのでしょうか?」

 

 あれから首を傾げた私たちは唯さんたちに346本社の衣装室に連れ込まれ、そのまま彼女が高らかに宣言した規格にはてなを浮かべたままとりあえず拍手で迎えます。

 

「まあまあ、琴歌の言いたいことはよくわかるけどさ、ああいう手合いの男はまず身だしなみの基礎から知らないってのがよくあるパターンで、知らないことを押しつけても理解できないから響いてかない。

 そんなら、お手本を体験させてやって“おしゃれ”も悪くないって実感させるとこから始めるのが近道って訳」

 

「そうそう、女の子だけじゃなくて男の子だってカッコよくなった自分を見れば気分が上がってくもんだって唯たちで教えてあげよーよ♪」

 

 唯さんとつかささんに言われた言葉に私は深く感銘を受け、思わず口元を押さえてしまいます。

 

 確かに、やったことのない事柄を押しつけられ非難されれば内容を知る前に人は嫌悪感を抱き遠ざけてしまおうとするのは自明の理。

 彼に“身だしなみ”というモノを身に着けて貰おうと思うならばまずは興味をもってもらわなければ始まらないという大前提を私はすっかり見落としていたことに気が付かされ恥ずかしくなってしまいました。

 

「…わたくし、ココに来てから本当に多くの事に気が付かされますわ」

 

「あははっ、琴歌ちゃんってば真面目だなぁ。そんな難しいことは置いといてたのしもーよ!―――というわけで、ゆい特性はっちーコーディネートはこれだ!!」

 

 感嘆とともに自分の不甲斐なさを恥じる私に明るく笑いかけてくれる唯さんが勢いよくカーテンを開け放ち―――その先に現れた男性が誰か一瞬分からず目を白黒させてしまいます。

 

「……陽キャには陰キャの心理は一生理解してもらえない定めなのん?」

 

 ただ、そのよく分からない屁理屈を捏ねる声は確かに聞き覚えのある声で。

 

 それが“彼”なのだと私に知らしめる。

 

 いつも乱雑に纏められた髪は丁寧に撫でおろされ、細身のその身体から来る刺々しい印象は甘い雰囲気のニットカーディガンとネイビーシャツによって引き締まっているのに柔らかい印象で纏められている姿は人目をいい意味で惹きつけホッとさせる。

 

 これに彼がいつも愛用しているタブレットなんかを小脇に抱えさせれば誰もがキャンパスで彼に注目するであろう“出来る大学生”といった風貌。

 

 それを着こなしているのが他でもない彼だという事にはしたなくも興奮が抑えきれない。

 

「唯さん、エレガントです! あの比企谷さんをこんな小奇麗に纏めるだなんて素晴らしいですわ!!」

 

「えへへ~。けっこうイケイケ系と迷ったんだけどはっちーはこっちの方が似合うと思たんだよね! よくない? こんなアシスタント君隣に侍らして現場歩くってちょーイケてない??」

 

「いけいけですわ、唯さん!!」

 

「会話が美女はべらしたオッサンみたいな内容なってるけど、いいのかコレ?」

 

「ばっか、美形はべらして気分良くなるのは男だけの特権じゃねーぞハチ公―――ほれ、次はアタシの番だ。こっちきな!」

 

 キャッキャッと唯さんと手を取り合いはしゃいでいるウチに比企谷様はつかささんに連れられまた更衣室のカーテンの奥に消えてしまいます。あぁ、せっかくですから写真を何枚か取りたかったのですけど……。

 

「ねー、ねー、琴歌ちゃんはどんな系で責めるー?」

 

「へ? これ、わたくしも参加していいんですの?」

 

 名残惜しく思いつつそのカーテンを眺めていると横からかけられた声に間の抜けた返答をしてしまい唯さんに笑われてしまいます。

 

「当ったり前じゃん。どうせなら彼氏には一番してほしい恰好で隣に立って欲しいよね~」

 

「かっ、彼氏とかそういうのなんかではっ!?」

 

「ほえ? 琴歌ちゃんははっちーの事嫌いなの?」

 

「い、いえっ、嫌いというわけではないのですけど、そういうのはもっと時間と段階を踏んで……」

 

「なははは、えー、好きなら彼氏にしたいとか思うじゃん普通さ」

 

「――――っ、な、う――あうぅ」

 

 唐突に投げかけられた言葉と、理論に応えられず一気に熱くなった頬を抱えてうずくまるしかできない。

 

 それは生まれてこの方考えたことも無い思考で――いわれてみれば、それ以外の感情で表現することも出来ない気がしてきて頭には混乱が広がっていく。

 

 いえ、間違いなく彼の事は嫌いではないのですけれども……なんというか、仕事はできる方なのに何故かほっとけないというか、ついお世話をしたくなる危うさがあるといいますか―――つまり、これは“恋”ではなく “××”?

 

「――――っ!!!?」

 

「琴歌ちゃんてば百面相で、おもろっ!」

 

「おーい、出来たぞー。これが“GARU”代表取締役の渾身の“出来る男コーデ”だっっつーの!!」

 

 思考が少々に先走って暴走する寸前で踏みとどまりの声をあげたのはつかささん。

 

 あっけらんかと華々しく開け放たれたカーテンの先に現れた比企谷様にそんな思考も遮られた筈なのですが―――なんだかさっきより色めいて見えるのは錯覚でしょうか…?

 

 先ほどとは違い、全体のシルエットが明確なゆえに際立つそのスタイルの良さ。

 

 真っ白で糊のきいたVネックの白いTシャツに簡素ながらも作りのいいジャケット。それだけなら軽薄な感じが際立つのをタイトながらもスタイリッシュなジーンズと小物によって堅苦しすぎず、かつ、小奇麗に彩られたその姿は退廃的な瞳と合わさって思わず生唾を呑んでしまうような色気が漂っています。

 

 こ、これは、危険です。何がとは言えませんが、鎖骨とか、お尻とか、色んなラインが否応なく目に飛び込んでよくない妄想を掻き立てる危ない恰好です…。

 

「うひゃ~、つかさちゃん攻めるね~♪ 絶対に女の子食い荒らしてる悪いディレクターじゃん、こんなの~!」

 

「ふふんっ、だろー? 仕事する上でもやっぱ色気のあるなしで対応って変わるからな。かといってチャラすぎてると軽んじられるし、絶妙なバランスを攻めてみたわけよ!」

 

「ぴちぴち過ぎて動きずらいし、こんなんで一日デスクワークとか拷問でしょ…」

 

「「おしゃれは我慢!!」」

 

「……女子ってたいへんだなぁ」

 

 変わらず悪態を突いてる彼がやりこめられているのを横目についつい携帯で写真を収めようとする手を戒めつつ、彼の見慣れない姿についつい見惚れてしまって言葉がうまく出てきません。

 

 言い出しっぺの自分が身だしなみについて説いておきながら、いざ彼がおしゃれしてみれば諭すことも出来ずに見惚れるだけとは、西園寺家の者として余りにひどい体たらく。

 

 そんな私に、彼の声がかかります。

 

「ほんで、お前で最後か?―――なんでもいいから手早く済ませてくれよ?」

 

「あ、う――――わ、わたくしは」

 

 彼に、私が伝えるべきこととは

 

 私が、彼にしてあげなければならないことは

 

 それを、もう一度だけ自分に問いかけ―――私は覚悟を決めて彼の手を取ったのでした。

 

 

 

――――――――――――

 

 

「ほえ? これが琴歌ちゃんのコーデ??」

 

「ん~、なんつうか、らしいっちゃらしいのか?」

 

「これで、いいんですのよ」

 

 私がカーテンを開け放った先で二人が驚いたように目を丸め、その後に力なく苦笑するのに私は胸を張って答えます。だけども二人の反応も当然といえば当然のことで、私が引き連れた彼の服装は―――“元のまんま”だったのだから。

 

 ただし“綺麗に皺を伸ばし、汚れも丁寧に落としたもの”という注釈はつきますが、ね?

 

「お二人のご意見を聞きよくよく考えたのですが、やはり私が今回彼に伝えたかったのはこういう事なのだと思います」

 

 華美で素敵な衣装は素敵だけれども

 

 元からある資質を磨くのはとても大切なことだけれども

 

 そんなことよりも自分が一番“ありのままでいられる”事を大切にして、受け入れることがまずはきっと肝要だから。その中で、他人への配慮を忘れない最低限をこなすだけで“こんなに見違える。

 

「比企谷様、何も私が言っているのは“おしゃれ”をしなさいという事ではなく“身だしなみ”を整えるという事です! いつもの服を綺麗に整えるだけでこんなにも見違えるのですから、以後ご留意くださいませ?」

 

「………ま、余裕があるときはな」

 

 小さく頬を膨らませた私の注意にバツが悪そうにそんな返事を返す姿はまるで小さな子どもが拗ねているようで、私は遂には根負けしてクスリと笑ってしまいます。

 

 しかし、ふむ……ただそれだけというのも工夫がないと思い至った私は壁に並んでいる伊達眼鏡を見てふと思いつきます。

 

 視力が悪いとは聞いたことがありませんが、この瞳の淀みと隈を隠すにはちょうどいいかと思い手に取ったそれを彼に試しにかけてみて―――

 

「―――あ」

 

 その光に捕らわれる。

 

 昏く、淀んだ上澄みはレンズで霞みゆき――その奥で煌めく光。

 

 それが、まっすぐに私の奥に飛び込んで―――焼き付く。

 

「………目は節穴以外の疾患はねぇよ」

 

「えー、はっちー眼鏡いいじゃーん! 頭よさそうにみえる!!」

 

「その発言がもうすでに頭悪いぞ、大槻」

 

「この私としたことが眼鏡を入れ忘れたかぁ……くそ、次の企画にぜってー生かす」

 

 すげなく冗談と共に外されたその眼鏡、そして、彼に話しかける二人の声が遠く聞こえ―――私の中で五月蠅いくらいに早鐘を打つ鼓動と、焼ける程に熱くなった頬を感じながら私は彼から目を離すことができなかった。

 

 

 あの痛々しいほどに眩い光が、いつまでも いつまでも―――私を焼き続けた。

 

 

 

=本日の蛇足=

 

つかさ「そういや、なんでアンタが居ながらあんなだらしない恰好を許してんだ?」

 

紗枝「ほんま順応早いお方やなぁ…。んー、まあ、その件はそうせざるえん理由があるゆうことどすえ」

 

つかさ「いつまでも過去の事を引きずるなんてナンセンスだろ?―――んで、その理由ってのは?」

 

紗枝「単純に言えば“悪い虫よけ”、やなぁ」

 

つかさ「…………ほーん、まあ、なんとなく分かった」

 

 

――――― 

 

 

 かつて、とあるプロダクションのアシスタントが小奇麗な恰好であちこちに出回り、業界関係者のみに留まらず街ゆく女人や飲みに行った居酒屋で次々と声を掛けられる事案が発生し“シンデレラ会議”という会合でアシスタント君の服装が厳しく規制された経緯があったことを彼女たちが知るのはもうちょっと後の出来事だったとか、違うとか。

 

 何はともあれ、今日も346プロダクションは平和であったとさ、ちゃんちゃん♪

 




_(:3」∠)_誰か、俺に灯油代リクエストくれ……(切実


お仕事こちらから→https://www.pixiv.net/users/3364757


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比企谷の男たち

(・ω・)というわけで、くじを適当に引いたら”戸塚”と”LIPPs(ヤンデレ)”の二枚を引き当てたので書きました。

1、武内 2、設営・設備の中川君 3,有名カメラマンのおねい系おっさん
4,雑誌の編集優男 5,765P 赤羽

と続きます。腐ってる海老名さん大喜びのネタがいっぱいです。



 

「……LIPPs会議、招集~」

 

「「「「?」」」」

 

 ありがたいことに毎日仕事に追われ、満員御礼の忙しいアイドル生活。そんな日々も狂ったように働き続けていれば“ぽんっ”と暇になる瞬間が訪れたりもする。

 

 他の現場の兼ね合いだったり、準備期間だったり、単に息抜きの休暇だったりと理由は様々なのだけれども最近はこのメンバーで固まって動くことも多かったせいかそれが重なり、自宅に帰るのも億劫で346寮に泊まり込み日差しの暖かな談話室でだらけていた時のことであった。

 

 忙しい生活に慣れてしまうと、いざ暇になると何をしたらいいのか分からなくなる――なんてこの年で体験するには早すぎるなぁと私“城ケ崎 美嘉”が苦笑をかみ殺しているときに挙げられたメンバーの“志希ちゃん”の号令に一瞬だけ顔を見合わせた私たちが顔を見合わせ、なんとはなしにそれぞれが正座をして向き直る。

 

 はて、今度はこの天才少女はどんな思い付きを閃いたのやら?

 

 警戒と好奇心を半々にその視線を気難しそうに眉を寄せる彼女に向けつつ、待つこと数分。

 

「…………“彼”って、ゲイじゃないよね?」

 

「「「っ!?」」」

 

 とんでもない爆弾が投げ込まれた。

 

 いや、ちょ、それは本当に踏み込んではいけない領域だ。今すぐに、笑いに変えなければきっと地獄が待ち受けている―――そう思い口を開こうとして、その先が出てこない。

 

 私たちの間で“彼”といえば、あの気だるげでやる気のないくせにお人好しな“アイツ”のこと。

 

 多くのアイドルを抱えるこの事務所の雑務を一手に引き受けるアイツはなんだかんだと言われつつも多くの好意が向けられているのは周知の事実だし、この面子もその例外ではない。

 

 この中で一番付き合いの長い周子ちゃんは言うまでもなく、誕生日以来明らかに接し方の変わったフレちゃんと志希ちゃん。オタばれをしてから一気に距離の近くなった奏ちゃんに、その、バレンタインの日に明確な一歩を踏み出してしまった私。

 

 虎視眈々とその隣を狙う誰もが、真っ先に否定しなければならないその可能性を―――誰もが否定の声を上げようとして詰まってしまったのだ。

 

 一気に重くなって誰もが目を泳がせる中で何とか立ち直り声をあげたのは我らがリーダー“速水 奏”である。

 

「………ふふっ、志希。貴方の仮説はいつも突飛ね。いきなりどうしたのよ?」

 

 柔らかく、そして、おいたをした子供を窘めるようなその声は余裕たっぷりで固くなった空気を解すには十分だ。その逃がすわけにはいかない波に乗るために私も口を開こうとして―――

 

「いや、この事務所の女の子にあれだけアタックされて誰にも靡かないってだけでもう十分すぎるでしょ、根拠は」

 

「「「「………」」」」

 

 続く言葉に誰もが目を伏せた。

 

 やめようよ。そういう、なんていうか、人を問答無用に黙らせるの、めようよ。

 

「うん、まあ、フレちゃんもね、たまに思っちゃう事もあるよ? でもね、女の子に興味がないわけじゃない事も確認されてる訳だしそう結論を急ぐ話でもないと思うしるぶぷれ?」

 

「そ、そうそう、346ビーチに行ったときとか、奏ちゃんや心さんの胸揉んだりとかムカつくけど結構なオープンムッツリじゃんアイツ! 大丈夫だって!!」

 

「……ふーん、まあ、確かにね。うん。ちょっといきなりゲイ呼ばわりはあれだったかも。志希ちゃん反省反省―――んで、あのバイの話に戻るんだけど」

 

「「「「何一つ納得してない」」」」

 

 私とフレちゃんのフォローも空しく冷めた目をする志希ちゃんはA4サイズの紙を取り出して私たちの前に差し出した。

 

 差し出されれば確認しない訳にもいかず、みんなでそれを覗き込めば名前の羅列がぎっしりと並んだ名簿表。その真意は分からないが、その中には仕事でお世話になることの多いスタッフさんの名前が見られる。

 

「なんやの、これ?」

 

「“彼”の携帯履歴から割り出した“怪しい人物リスト”」

 

「「「「  」」」」

 

 いや、こわいよ。しきちゃん。

 

 言いたいことはいっぱいあるけどね? もう、アイツのセクシャル属性うんぬんより今はただただ人の携帯を……それも、50人は下らないリストを作りあげる志希ちゃんが怖いよ私は。

 

「と、というか、人の携帯を盗み見るとか倫理観は置いといても履歴には女の人とかもあるわけじゃん。そっちはなんでリスト化されてないの?」

 

「んー、そっちもそっちで調べたんだけど大体の人は後難を感じてリタイアしてたから今回は除外かな。まあ、小早川コーポレーションに財前財閥、日野重工、西園寺グループ。そのほかにシンデレラガールとか著名人相手に張り合おうっていう気概のある人は少数だし、そこまで来たらもう正面から叩き潰すしかないでしょ」

 

 なにさらっと怖いこと言っているのこの子は……。

 

 でも、まあ、確かに。

 

 あんまりに近くに居過ぎて忘れそうになるけどココにいる娘の多くは結構にすごい人だったり、いいとこの娘さんだった。その娘たちが狙っている男を火遊び程度の気持ちで近寄る勇気のある女はそれこそ本気の本気だろう。

 

 かくいう自分だって今更そんなことで引こうとは思いもしていないのが何よりの証左。

 

 そして、理論的に云えば真っ向から“叩き潰す宣言”をされたにも等しいのだがそれはお互い様なのだから苦笑で済ませるしかない。

 

「……みんな、他人事のように笑ってるけど“コレ”を見ても笑ってられるかにゃ?」

 

「「「「―――は?」」」」

 

 差し出された写真には 見たことも無い笑顔で隣に誰かを連れ添って歩く“アイツ”。

 

 後ろ姿にその少女の顔は見えないが、華奢で細く、それでいながらも沙耶のような銀髪はボーイッシュにショートに纏められていて美人なことは容易に想像がつく。もしかしたら―――顔面偏差値のバグと呼ばれている自分たちに匹敵するのではないかと思うほどに。

 

 ぐしゃり、とその写真を握りつぶしたのは――いつも風のようにつかみどころのない周子ちゃん。

 なまじ似た容姿の娘が自分でも見たことのない浮かれた顔をアイツに浮かべさせたという事実は彼女の瞳から感情を抜き去るには十分すぎる屈辱だったらしい。

 

「都ちゃんから入手したこの写真を見た皆には死刑の事しか頭にないだろうけど……この人物は骨格から間違いなく“男性”だよ……認めたくないけどね」

 

「「「「噓でしょっ!!?」」」」

 

 志希ちゃんの言葉に誰もが目を剥いてくしゃくしゃになった写真を改めて見直せば―――確かに、よくよく見れば女性らしいふくらみがない、気がする?

 

 だが、それでも、一番の問題は―――アイツの表情だった。

 

 だらしなく緩み切り、浮足立ったような笑顔。

 

 頬はいつもより張りがあり、目の隈はいつもより薄く生気があふれている気がするその様子はまさにどこにでもいる“憧れの女の子とデートしている男子大学生”そのまんまである。

 

 こんな顔、この中の誰か一人でも見たことがあるだろうか?

 

 そんな疑問が、冒頭の疑惑に私たちを立ち戻らせる。

 

 

「「「「…………まさか」」」」

 

 

「LIPPs会議 “アシスタント:比企谷 八幡”の性的志向調査―――全会一致でいいかにゃ?」

 

 

「「「「異議なし」」」」

 

私たちは剣呑な光を宿すチャシャ猫の導きに迷うことなく頷き、あのアホンダラの素行調査に乗り出したのであった、とさ。

 

 

 晴れやかな晴天の奥に―――暗雲が立ち込めた。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

LIPPs会議 調査記録№1  346プロダクション シンデレラプロジェクト ”プロデューサー:武内 駿介”

 

 

 

 




(/・ω・)/つづきません♡


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歳月は女を磨き、男は研磨する

_(:3」∠)_はい、というわけで遅れてやってきた文香・樋口誕生日SS!! 遅れてごめんね!!

(´ω`*)どういう√なのかこっちを読んでから来ると倍楽しめます→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13600322



 局からの帰り道。

 

 もはや見慣れた街並みの街灯は濃く色づいた銀杏の落ち葉によっていつもより艶やかに、柔らかく目に映る。

 

 助手席からすることも無く、覗くはすれ違う車たちの対流に翻弄されて舞い上がっては風に乗りどこかへ飛んで行ってしまう。そんな光景に羨望と憐れみを同時に抱いてしまうのは人間ゆえの身勝手か―――これから自分自身もどこかへ連れていかれる境遇故か。

 

「………仕事は終わったのに事務所に戻るんですか、Mr.労働超過?」

 

「仕事の終わりは小間使いの俺が決められる事じゃないからな。叶う事なら俺もお前を駅に放り出して直帰を決め込みたい、切実に」

 

「ほんと、サイテーな男ですね」

 

 私“樋口 円香”のため息交じりの嫌味にも肩をすくめるだけで飄々と答える男“比企谷”。

 

 コイツがウチの事務所に“出向”という名目で大手から飛ばされて来てもう一年が過ぎた頃。

 

あれだけ暇だった芸能活動はいつの間にか波に乗り、夢だおとぎ話だと呼ばれたW.I.N.G優勝にも現実感が出てきた。そうなるまでにこの男と過ごした時間は薄いものではないし―――つまりは予定調和。

 

 いつものやり取りに、いつもの終着点。

 

 それが心のどこかで心地いいと思ってしまうのも、まあ、いつものこと。

 

 ただ、その心地よさの奥底にソワソワと落ち着かない期待感というモノが覗くのは今日という“特別な日”のせいだろう。

 

「……それで、わざわざ事務所に顔出しする用事というのは何ですか。内容いかんによってはメールで済ませて欲しいんですけど?」

 

「帰ってから説明すんのになんで2度手間しなきゃいけないんだよ。あと十分くらいでつくんだから、そん時でいいだろーが」

 

「ほーん、概要説明も出来ないとは随分な“悪だくみ”でもしてるんじゃないですか?」

 

「ウザがらみにも程があんだろ……なんなんだ、一体」

 

 運転する彼の顔を覗き込むように睨みつつ、肩を指先でぐりぐり。言葉を重ねるが呆れたようにため息を落とす彼に変化は見られずに内心つまらない。

 あの幼馴染の想い人たる優男プロデューサーならばこれくらい弄れば顔に出るくらいの可愛げがあるのに、こっちはなんとつまらないことか。このMr.厚顔め。

 

 だが、脇が甘い。

 

 そんなポーカーフェイスを決め込んでいても状況証拠はすでに挙がっているのだから、むしろ滑稽とすら言える。

 

 事務所にいるこちらの身内から、本日は事務所で“私のサプライズバースデー”が企画されている事も、彼の机の下に花束と“小包”があることは確認済み。

 

 こんなそっけない態度をしている癖に内心ではこの企画がバレでもしないかヒヤヒヤしていると思えば――――随分とお可愛いことだ。

 

 久方ぶりに感じるこの男への勝利の予感に脳内の夢想は止まらない。

 

 バレてないと思い込んで神妙に事務所の扉を開けた先で鳴らされるクラッカーと幼馴染達の祝福の言葉。それに意表を突かれたと思い込んでいる私に向かって花束とプレゼント用にラッピングされた小包をぶっきらぼうに差し出してくるコイツ。

 

 それを驚いたふりして受け取ってやり―――中身は何だろうか?

 

 自分が欲しいと言っていた小物だろうか。それとも、何かのアクセサリー?

 

 女の子にアクセサリーを送るとか独占欲丸出しでまるで余裕がない。大人の男としてそういう配慮とか全然なさそうだし、センスだって怪しいしホントに罰ゲームなまである。―――まあ? かわいそうだし、勿体ないから次の日からはお情けでつけてあげますけど??

 

 いかん、思考にノイズが走った。

 

 ………そう、そうだ。

 

 受け取ったら、笑顔でネタ晴らしをしてやるのだ。

 

 いつも人を見透かしたような事ばかり言うお前のことだって、丸っとお見通しなのだと分からせてやらねばならない。

 

 それで、悔しがるコイツを肴にケーキをほおばり最高のバースデーとなる完璧な計画。

 

 明日はお互いオフなのは念入りに確認済み。口惜しさと混乱で慌てふためく彼の揚げ足を取って、搦手を使って、友軍の援護射撃で包囲して彼に女心が何たるかを貴重な休日を費やしてレクチャーしてやる。

 

 自分以外にこんな事をすれば今の時代はセクハラだと言われても文句は言えない。

 

 事務所から犯罪者を出さないための予防措置。

 

 それ以上でも以下でもない彼とのデー………“教育”。

 

 頭に止めどなく走るノイズをかき消しながら、際限なく緩みそうになる頬を引き締めて彼を追い詰めるためにギンと目力を入れて睨んでやる。

 

「………その顔はどういう感情発露なんだよ」

 

「―――」

 

 失敬な。

 

 無礼な彼に肩パンを一つ叩き込んで、念のため窓ガラスで自分の顔を確認してみれば―――ゆっるゆるな顔でニコニコしている変な生物がいた。

 

 ………おかしい、怪奇現象かな?

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 「「「「「円香(ちゃん、せんぱい、樋口)! ハッピーバースデー!!!」」」」」

 

 彼の肩をサンドバックにしつつ駐車場から事務所に入れば、目に飛び込むのは予想した通りで、ここ数年のうち見慣れた光景。

 

 でも―――それは決して自分の胸の奥に響かない訳ではないのだ。

 

 軽快な音と共にきらめきを放つクラッカーの色紙に、あったかな空気と、へそ曲がりな自分にも嫌な顔せずに自然体でそばにいてくれる仲間たち。

 それが必ず自分をこうして向かい入れてくれることに確かな“寄る辺”を感じて私は息を突き、毎年綻んでしまう。

 

 ココが私の居場所だと、何度でも確信する大切な日。

 

 そして、今年からはそこにもう一対のへそ曲がりが加わっ――――

 

 

「んじゃ、俺は用事あるから帰るぞ。遅くなってもいいけどちゃんとプロデューサーに送って貰えよ。おつかれさーん」

 

 

 らなかった。

 

 笑顔で揶揄うように目くばせをした幼馴染達の奥から花束と小包を抱えた彼は、颯爽と見慣れた皮肉気な笑顔でそう簡素に言い残してさっさと事務所の階段を降り消えてしまった。

 

「「「「――――え?」」」」

 

 コツコツとなんの未練もなく消えていく彼の足音を誰もが凍り付いて見送り、私は上げかけた手の行き場を失ったまま―――とりあえず、プロデューサーの鳩尾を打ち抜いた。

 

「おぐふっ!!!」

 

「―――――だれか、説明」

 

「「「「………」」」」

 

 的確に急所を打ち抜かれスローモーションで崩れ落ちるプロデューサーを横目に私の自分でも驚くほど冷え切った声に幼馴染の誰もが目をそらした。

 

 おかしい。

 

 浅倉を介しプロデューサーからサプライズの誘いを彼に送り

 

 雛を使って私の誕生日と好みを覚え込ませ

 

 小糸から入念な計画の経過観察と成果の報告を受けていた今回の“比企谷アシスタント:まどかラブラブ甘々バースデーデート作戦”は間違いなく成功するはずだったのだ。

 

 なのに、なぜ―――なぜ私は

 

 

「ひきがやぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁっつ!!!!!!」

 

 

 こんな号泣しながらプロデューサーをボコボコにしているのだろうか、だれか、おしえて?

 

 

「ぴゃぁぁっ、円香ちゃん! プロデューサーがしんじゃうよ!!?」

 

「や、ははは……これは流石に雛菜もわらえない、かも」

 

「ひぐちっ! 顔はやばいっ!! ボディだよボディ!!」

 

「ま、まどか――お前の哀しみ、俺がっ、うkrっ うがっ、 ちょっ―――あでぇっ!?」

 

 この日、私の誕生日は荒れに荒れた事をお伝えしておこう。

 

 ちくしょうめ。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 風も冷え込みを強め、捲ったばかりだと思った暦はもう年末に差し掛かっているという事を嫌でも思い知らされ、一年がこんなに早くめぐる様になったのは歳のせいか、はたまた自分の歩みを進める気力が衰えてきたせいかは微妙なところ。

 

 いま出向している事務所のプロデューサーに誘われた樋口のサプライズパーティー。

 

 忙しさにかまけて不参加を伝え忘れていたのだが、事務所を出た時に聞こえた大盛り上がりからあちらはあちらで愉しくパーティーを始めたのだろう。

 

 箸が転がっても楽しい年頃の彼女たち。そんな彼女たちが楽しむ光景に自分は水を差すだけだろうし、何よりも眩すぎて酔いよりも先に眩暈を覚えてしまいそうでやはりそれなりに年を食ったのだと自覚してしまう。

 

「若人は若人と、年寄りは年寄りと、ってか?」

 

 そんな皮肉を口の中で転がし笑いをかみ殺しつつ、“約束”の店にたどり着いて首を巡らせたところ―――馴染んだ顔がうつらうつらと微睡んでいるのを目に止めた。

 

 多少は気を遣って足音を控えめにその席に近寄っては見たのだが、気配か何なのか漕いでいた船はぴたりと止んでその空を溶かしたような瞳が自分を捉えた。

 

 沙耶のような黒髪に特徴的な髪留め。緩いながらも清楚な服装を少しだけ厚めに着込んだその姿はなんだか隠居した老婦人の典型のように思えて先ほどの皮肉にあいまってつい笑ってしまう。

 

「待たせたか?」

 

「いえ、待ちきれず…少々だけ、早く来すぎてしまったようです」

 

 “子供みたいですね”なんて口元を押さえてコロコロ笑う彼女の名前は“鷺沢 文香”。

 

 今や伝説として語り継がれる“シンデレラプロジェクト”というアイドルグループの創始メンバーの一人にして、拡大に拡大を続けたそのプロジェクトの頂点“シンデレラガール”にまで上り詰めた傑物。そして、俺の大学の同期であり、私生活でもちょっとだけ深く関わったことのある読書中毒気味の“友人”だ。

 

 最初期では絶対に見ることが出来ず、いまはもう見慣れたその笑顔も昔に比べて幼さは完全に抜けきって誰もが振り向く可憐さだけがそこに咲く。

 

 そんな彼女に肩をすくめるだけで応えて、持っていた荷物を彼女の前に座るついでに差し出した。

 

「歳をとっても残念ながらお互いに成長は見られないな。ほれ、誕プレ」

 

「でも、こうして強請る前にプレゼントを用意してくれるくらいには進歩はしてますので良いことです。―――開けてみても?」

 

 “無視した年にお前が滅茶苦茶すねたからだろうが”なんて一言を呑み込むことが出来たのも年の功という事にして苦笑いをかみ殺し、彼女に頷く。

 

 毎年、たいして変わり映えもしないモノしか送っていないというのに律儀に嬉しそうにそう聞く彼女。毎回、この光景が一番に緊張し、少しだけ嬉しく思ってしまう男の単純さはきっと年齢は関係ない。

 

「これは――メガネストラップ、ですか」

 

「このまえ、家で眼鏡なくしたって騒いでたろ?」

 

 彼女が小包からそれを取り出し、しばし悩んだ末に正解したその黒い鎖に碧い宝石が揺れる“ソレ”。

 

 彼女が本の読み過ぎで衰えてきた視力を補うために最近かけ始めた眼鏡をこいつは結構な頻度で失くすので実用優先で選んだものだが、それなりに小奇麗な店で買ったので彼女の見栄えにも負けないだろう。

 

「というか、今どきあんな古典のギャグに付き合わされる身にもなれ」

 

「……慣れてないんですから、仕方ないことでしょう?」

 

 しばし嬉し気にそれを手の中で弄んでいた彼女を揶揄うように、結局頭の上にのせていた当時を思い出して笑っていると、少しだけ拗ねた彼女は花束に顔を埋めて誤魔化したのが更におかしくて笑ってしまう。

 

「比企谷さんは、年を重ねるたびに子供じみてきました」

 

「なんなら前みたいに捻くれようか?」

 

「――――ふふっ」

 

 完全にご機嫌を損ねた文香の嫌味におどけて答えれば、目を一瞬だけ見開いた文香が今度は一転してクスクスと笑いだすのだから気味が悪い。

 

「なんだ、急に」

 

「い、いえ、比企谷さんが来る前にちょうどその頃の夢……暗い部屋で一人本を読む女の子と一緒に開いた本。その内容がかつての大冒険でした。

 

 捻くれた青年と、引きこもりの女。

 

 偏屈なおじさんによって知り合って、運命の糸に紡がれた二人は大きなお城の中でもめぐり合った。

 

 毎日、毎日がお祭り騒ぎのお城で愉快に歌って踊って、泣いて笑って、挑んで挫けて――時には心を壊してしまいそうになったけど、あれだけの物語を重ねてもその本は半分も読めていません。

 

 青年がひょんなことからお城を飛び出した後は、“一体どうなるんだろう”と胸を弾ませて少女と話していたら―――いい所で起こされてしまいました」

 

「………そんで、そのあとはどうなるんだ?」

 

 揶揄うようにそんな夢の内容を語る彼女に絶賛お城飛び出し中の“青年”としては肩身が狭く、不貞腐れつつそんなことを問う。

 

「さてはて、でも――――とりあえず、しばらく会えなかった寂しさを埋め合わせて貰うために美味しいディナーと明日はきっと奉仕精神を見せてくれると私は信じていますね?」

 

 ぬけぬけと、そんな事をやったばかりのプレゼントを眼鏡に着けつつ小首をかしげる目の前の女。

 

 それがあどけなくて、あざとくて―――不覚にも“可愛い”と思わされてしまう。

 

 重ねた年月と、経験を吸った彼女はいつの間にか臆病で無垢な少女ではなく立派な魔女となってしまったらしい。

 

 ならば、その若さの秘訣は―――男の生命力に違いない。

 

 彼女は若く強く美しくなり、男は愚かにもソレを喜び自らわが身を差し出す。

 

 まったくもって―――――女子に男子は一生敵わないようにできているらしい。

 

 そんな独白を頭の中だけで呟き苦笑して、俺は彼女のこれ見よがしに揺らされる手を取ってエスコートしてやる事にした。

 

 

 ま、アインシュタインだって言ってたろ?

 

『綺麗な女の子とのおしゃべりの時間は一瞬ですぎさる』、と。

 

 

 どおりで最近は暦も進みが早い訳だ。

 

 

 そして、そんな年の取り方を―――いまなら、悪くないと俺は微笑む文香を見て

 

 

 

 心からそう思ったんだ。

 

 

 




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とある哀しき人外の昔話

( `ー´)ノ明日も仕事、細かいことが気にならない人は頭を空っぽにお楽しくだされー♡


「ねー、ねー、芳乃~。暇なのでなんかお話してほしーでごぜーますよ」

 

「ほー、急な無茶ぶりでしてー」

 

 秋口に入った日暮れというのは存外に早い。

 

 レッスンも仕事も終わって早く帰りたい気持ちいっぱいのお子様アイドル“仁奈”には悪いが一人で帰すのも危ないし、仕事ももう少しでひと段落つきそうなので送っていく事にしたのだが、その待ち時間が退屈だったのか事務所にいた芳乃の膝元でそんなことを強請りだした。

 

 呑気に歌舞伎揚げと緑茶を啜っていた現人神系アイドルの“芳乃”もそんな事を言いつつもじゃれてくる仁奈の喉元を猫のように撫でながらあやしつつ、リクエストに答えるためか目をしばし遠くにやって脳内の小話を探している様子で―――チロリと俺を見た。

 

 その真意が何だったのかは分からないが小さく微笑んだ彼女はその特徴的な間延びした声を紡いで、ゆったりと語りだす。

 

 それは、とおい とおい 昔の物語。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 それは雪も解け切り、若草萌ゆる春のことであった。

 

 ギシギシと五月蠅くなる床板を踏みしめて呼び出された“親父”殿の広間に顔を覗かせれば、家の主だった面子はすでにそろい踏みしており、それぞれが気楽な様子で声をあげて何事かを話している。

 

「お、若君のご到着じゃ」

 

「殿より遅れてくるとは大物であることだ」

 

「大方、嫁御のご機嫌取りでもしていたのだろうよ」

 

「やかましい、暇人どもめ。―――親父殿、“一幡”遅ればせながら参りました」

 

 顔を覗かせた俺に揶揄いの声を気安く投げてくる家臣共に悪態を突きつつも、この館の主に深く頭を下げる。

 

「おう、来たか。忙しいだろうに悪いな」

 

 最奥で扇子を弄びながら寛いでいた禿頭の男。この鎌倉においては知らぬものの居らぬ重鎮の一人であり、一大勢力“比企”の棟梁である彼はその肩書には到底似つかわしくない朗らかな顔立ちと気さくさで俺に手をあげ労う。

 

 本家の格式張った奴らや、嫌味な貴族共とは違って当主がこんな事だから下に付くもの共もさっきのように緩く呑気になっていく。

 

 だが、そんなこの家の朗らかさが俺は昔から好きであった。

 

「それで、今日の用事というのは―――そこな娘の事ですか?」

 

 人が挨拶をしてる間もやいのやいのと騒ぐむさ苦しい連中の中心で紅一点……というには少々だけ若い少女がぼんやりと座り込んでいた。

 

 服はその辺の漁村に居そうな質素な出で立ちで、顔も可愛らしくはあるが欲よりも先に愛でる感情が沸くもの。これだけの野郎衆に囲まれて怯えないという肝の座りは珍しいが、わざわざ郎党一同が集まって騒ぐほどでもないと思うのが正直な所。

 

「まさかとは思いますが、これを室に入れるかどうかで呼び出された訳でもあるまいに」

 

「ん、まあ、どうしたモノかと思ってなぁ」

 

「………まさか、本気ですか?」

 

 軽口のつもりで放った言葉に頭を掻いて答える親父殿に呆れてしまった。

 

 幼女趣味も早い婚儀も珍しいものではないが、多くは政略結婚によるものだ。そして、もうすでに結構な歳になるはずの彼がいまさら村娘を娶るとは完全に想定外である。

 

「ま、まあ、よろしいのでは。母様方には我らからも気を回しておきますゆえ――」

 

 想定外の展開と、この後に訪れる荒れ狂う奥の修羅場に巻き込まれないようにお茶を濁してそそくさと広間を去ろうとする俺を

 

「ふむ、一幡……人魚の肉を食った女は“人”と“化生”どちらを産むと思う?」

 

 そんな一言が凍り付かせた。

 

「いま、なんと?」

 

「人魚の肉を食ったらしい、と言った。―――最近、浜辺を荒らす賊どもを掃討していた途中、焼き払われた村外れの洞窟で矢に塗れて倒れていたのがこの娘よ。その脇に転がっていたのが伝承に聞く“魚の半身を持った女”の遺骸だった。

 

 まあ、そっちは腐乱して見れたものではなかったが、特筆すべきはその死体に残った歯形と全身に矢傷を負ってなお生きていたこの娘よ。

 

 人魚の方は辛うじて食えそうな一部を残して焼いたが、この娘まで焼くのは流石に儂には出来なんだ。出来なんだが………そうなると困ったのは矢を抜いた瞬間から傷が癒えてしまったこの娘の処遇。―――はて、どうしたモノか」

 

 どうしたモノか、ではない。

 

 その時に心を鬼にしてでも焼き払っておくべきだったのだ。

 

 そんな俺の零れ出そうになる罵倒を何とか呑み込んで、もう一度その少女に目を見やる。

 

 聞くに哀れな境遇の少女だがその瞳に力はなく、茫洋とただ天井を眺めるばかり。生まれた村を焼かれてしまったモノにとっては珍しくもない様子だが、その身体のどこにも戦火を潜った跡など見当たらず綺麗なものだ。

 

 これが親父殿の零した言葉でなければ揶揄われていると思ったことだろう。

 

 そして―――その少女の前に置かれた三宝に乗った塩肉。

 

 それが、生々しい現実感をもってさっきとは違う汗が滲み出る。

 

 一口食えば不老不死となり、どんな病もたちどころに治ると呼ばれた妙薬。

 

 だが、それは―――人の理から外れた文字通りの“人外”だ。

 

 俺はそもそも人が嫌いだ。

 

 だが、例え死ぬことになってでも“人”を捨てようとは思わない。

 

 そんな頭にある矜持と、死ぬ間際にちらついた生への細い糸に飛びついてしまった哀れな少女を責める無意味さと惨さも分かってしまうゆえに深く息を吐いて腰をその場にどっかりと下ろした。

 

「それで―――どうするおつもりなのです?」

 

「それを聞きたくてお前を呼んだのだ」

 

 丸投げか、くそ爺め。

 

 普通に考えれば、天皇か将軍に揃って献上するのが正道。一大勢力になりつつあるとはいえこんな谷に引きこもってる一族には確実に“不老不死”なんて持て余す代物だ。

 

 だが、ココで面倒なのがウチの欲のなさだ。

 

 これを献上すれば天皇の覚えもめでたく次代の権趨は完全に我らのモノになるであろうが、そんなものはココにいる誰もが望んじゃいない。

 ソコソコに困らない程度の地位と土地があれば誰かに適度に平伏し、のんびりとくらしたいと思っている怠け者共の巣窟なのだ、ココは。

 

 ならば―――

 

「全部、隠しましょう。人魚なんて居らず、村を焼かれた少女を親父殿が哀れに思って拾ってやった……そういう事にしてこの件は全て忘れる。各々方、それでよろしいか?」

 

「「「異議なーし」」」

 

 もう全部忘れよ? という俺の意見に誰もが満場一致で賛成。誰もかれもが厄介ごとが片付いたと胸を撫でおろしまたガヤガヤと騒ぎだす。終いには真昼間だというのに女中を捕まえて酒をもってこさせる奴までいるのだからホントにこいつら緩すぎである。

 

「うむ、お前がそういうなら皆も納得じゃろう―――ほれ、芳乃。こやつがお前の新しい主人だ。挨拶なさい」

 

「………」

 

「――――えっ?」

 

 親父殿がそんな光景を眩し気に眺めて微笑みながら少女にそんな事を言いつけ、それに茫洋と頭を下げてくる“芳乃”とかいう少女。その流れに間抜けな声が漏れ出てしまった。

 

 親父殿が面倒みるんじゃないのん??

 

「お前んとこは3人も嫁御を同時に孕ませていま大変だろう。身の周りの世話をさせながら色々と教えてやるがよい。あと、この肉も処分しといて……儂もうこれ以上呪われたくないもん」

 

「………」

 

「――――あれっ???」

 

 流れるような押しつけに、ポロリと漏らされた本音。それに無言のまま俺の傍によってきてもう一度ぺこりと頭を下げる少女にあっけに取られ呆然とする俺をよそに宴会はやいのやいのと大盛り上がりをみせつつあったのだ、とさ。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 住んでいた村を焼かれ、転がる様に逃げ出した。

 

 幸いだったのは孤児であったために身内はなく、散々にこき使われていたせいで誰が死んでも胸の内が済々したくらいで済んだこと。

 

 不幸だったのは背中に燃えるような痛みを感じつつも――洞窟まで逃げきれてしまったことだ。

 

 嫌なことがあった時、耐え切れず泣くときに夜中にひっそりと訪れていたソコに足を向けたのはほぼ無意識で、たどり着いた時には既に目は霞んでいた。それでも、そこにいた先客には目を剥いてしまった。

 

 下半身は滑りを帯びた鱗にてらついて、豊かな乳房に白魚のような肌。

 

 子供を驚かす童歌の通りだったのはそこまで。その顔は魚の目玉のようにぎょろついて、頬まで裂けた口の中には鋭い牙が幾重にも連なっている。

 

 人を海に連れ込み、貪るという“化生”。

 

 それが実在していたことに息を呑み、冥途の土産にとその姿を見てみたくて近寄った。

 

 最初こそ異様に飲まれて気が付かなかったがその化生の脇は“鰐”か何かに嚙みちぎられたのか大部分が欠けており、飛び出そうな目玉は悪くなった魚のように白く濁っているので死んでから結構な時間が経っているのだろう。

 

 痛む背中から折れかけていた矢の柄を折り、投げつけてみても反応がないことを確かめてその生臭い死体に近づいた所で―――倒れた。

 

 驚きですっかり忘れていたが、自分は死にかけていたのだったと思い出しておかしくなった。

 

 あれだけ痛かった背中も今はじんわりと暖かいくらいのもので、その対比なのか体は冷え込んで心地いい。力も入らず、目も霞ゆく中で短い人生を振り返ってみたが本当に短く、毎日雑用と憂さ晴らしに使われていただけの毎日なので一瞬で振り返り終わってしまった。

 

 そんな自分を嘲笑って―――意識が途切れる間際に渾身の力で何かを噛んで八つ当たりをした。

 

 今までの人生で抑え込んできた憎しみすべてを込めて、最後に自由に動く口で何かに嚙みついた気がするが――――もう、どうでもいい。

 

 

 

―――――――― 

 

 

 終わったと思った人生は、意外にもその先が続いていた。

 

 瞼の上からすら差し込む陽光に耐えかねて開いた瞳の先には禿頭の老人を始めとしたいかつい武者が私を覗き込んでいて、海賊に捕らえられたかと思い背筋が凍ったが――跳ね起きた私を押さえる手の平の柔らかさが荒くれモノのそれではない。

 そして、よくよく見れば野盗とは比べ物にならないくらいに揃えられた具足に立派な旗印。

 

 何よりも、私に微笑みかけ握り飯を差し出してくる老人の暖かな笑顔と甘いコメの匂いに私はおそるおそると その手を取ったのだ。

 

 それから紆余曲折。

 

 手ひどい仕打ちには合わないらしいと安堵してからしばらく、彼らの行軍に付き添い連れられたのは見たことも無い立派なお屋敷で――――私の主人として紹介された“若武者”。

 

 育ちは良さそうなのにどこか気だるげで疲れた様子が板についた男が私の人生の始まりで、最も幸福な時間の始まりであった。

 

 初めは気難しそうな顔でぶつくさと文句をいいつつ私の手を引く彼に委縮もしていたのだが、どうにも自覚はないが化生となった自分を普通の女中として扱い、奥方様や若君たちには甘い彼がどうにも嫌いにはなれずに私は彼の家に溶け込んでいった。

 

 

――――― 

 

「芳乃~、おなごはもっとお淑やかにおはなししなければなりません~」

 

「えっ、あの…分かりましたの、でして??」

 

「あはははっ、変な話し方じゃっ!」

 

「わらわが教えてあげまする~」

 

「は、はぁ」

 

「これっ、芳乃の仕事の邪魔をするでないぞ!」

 

「「「「母様がおこった~」」」」

 

 

―――― 

 

 

「芳乃、随分と読み書きも上達してきましたね」

 

「奥方様達のお陰でありますればー」

 

「ふふっ、無理に畏まらず普通に話しても構いませんよ?」

 

「……娘様方に怒られてしまいますゆえにー」

 

「なにを言いますか。貴女とて私は娘のように思っているのですよ」

 

「――――ありがたき、お言葉ー」

 

 

――――― 

 

 

「芳乃、なんか菓子ないか。干し柿でもいいぞ」

 

「奥方様達から食べ過ぎだと怒られたばかりではありませんでしたかー?」

 

「仕事してると甘いもんが欲しくなんだよ」

 

「最近は写経や趣味の絵巻を眺めているだけではありませぬか……一個だけなのでしてー」

 

「お前のそういう物分かりのいいとこが俺は気に入っているぞ」

 

「嬉しくないお言葉なのでしてー」

 

 

――――― 

 

 

 ほんとうに、楽しく穏やかな日々が 過ぎてゆきました。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「敵はおおよそ3万ほど。我らを討つには少々数が足りぬようで」

 

「一人100人倒せば楽勝だな」

 

「かははっ、我ら比企一党には容易すぎることですな!!――しからば、お先に失礼仕る!!」

 

「おう、先に逝っとけ」

 

 賑やかに笑いながら立ち去る家臣たちへ“あの世でまたな”などと小さく呟く主の脇で点てた茶を差し出し、わたくしは里の外に広がる圧倒的な敵方の軍勢に呆れたため息を漏らしてしまいます。

 

「しかし、一領主を落とすためによくぞここまで人をかき集めたものでしてー」

 

「本当に世の中は阿呆ばかりで嫌になるな。―――天下を譲ると言っても聞かん叔父上に、そんな愚物を説得するために刀も下げずに赴き殺された親父殿。欲の皮を突っ張る大名に、逃げりゃいいのにやる気満々の馬鹿な家臣共。それに、ガキを抱えて俺と心中しようとする嫁に人外女中」

 

「ふむー、人気者は辛いのでしてー。心中お察しいたしますー」

 

「ならさっさと逃げろよ。そもそもお前はそこまで義理立てすることも無いだろうに」

 

「元々が一度死んだ身でありますしー、どうせならば死ぬときは好いた方々と逝きたいとここに居て思いましたー。……一人で生きながらえるのは、寂しすぎますゆえー」

 

 呆れたようにこちらを見ていた彼は少しだけ眉を顰めて、語ります。

 

「人魚の肉は“不老”ではあっても“不死”ではない、とはホントかね?」

 

「はて、老いはないのは確かのようですがー出来ればホントであれば貴方様についていけるので助かりますー」

 

「だから、そこまでされる義理は―――」

 

「貴方様を好いておると、そう何度も言っておりますー。死ぬには十分すぎる義理でありますればー」

 

 何度も何度も繰り返してきた問答を、ついには秘めてきた言葉でぴしゃりと黙らせた。そこから先はもう何にもない。

 惚れた腫れたは理屈ではどうあっても動かない。それは気が狂うほどに最後まで逃げるため離されることに抵抗されていた奥方様の事でようやく朴念仁なこの主も思い知ったことだろうから。

 

「…………だから、阿呆ばかりだというんだ」

 

「だからこそ、この里はあんなにも平和だったのでしてー」

 

 不貞腐れ干し柿をかじる彼にクスクス笑いながら、彼の茶碗からお茶を少し飲ませてもらい、腰を上げた。

 

「せっかくの死出の旅ですから、再会の祈祷も込めて一舞ふるまいましょー」

 

「地獄でか?」

 

「もちろんでしてー」

 

 私たちの皮肉にまた声を漏らして笑いつつ、彼が蝋を倒しまいていた油を舐めるように火の手は広がっていき、鎌倉でも有数の寺はあっという間に燃え上がり、すべては灰になっていく。

 

 滴る汗も、焼けただれる肌も無視をして、膝に肘をついてのんびりと業火の中で私を微笑み見つめる愛しき男にすべてをささげるつもりで舞う、舞う、舞い踊る。

 

 こんな時でも彼はあがかない。

 

 目の前の仏像の中に生きながらえる術である“人魚の肉”があると知っていても手を伸ばさない。

 

 あるがままに人を忌んで、あるがままに人として生きて、あるがままに死んでいく。

 

 その生きざまが尊くて、悲しかった。

 

 そして、いとおしかった。

 

 全てが灰になって消えてゆく中で――――私の最後の踏み込みと共に、すべては瓦礫の下へと呑まれて行く。

 

 嗚呼、愛しき君よ。

 

 どうか、彼岸の岸辺で今度こそ。

 

 貴方の手を取りましょう。

 

 それまでは、どうか さようなら。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「それで、二人はあの世で再会できたのでごぜーますか?」

 

「いえ、残念ながら化生の女は全てが灰になった廃墟の中で一人目を覚ましてこの世の無常をこれでもかと嘆いたのでしてー」

 

 そう、その慟哭は比企の民の怨念と恐れられ何百年もその地を忌地として人々が避けるくらいには激しく響いたというほどに――。

 

「彼岸の水面に渡ることも出来ず、此の世に残ってしまった女はそれでも再開の誓いを果たす為に愛しき君が輪廻の輪を潜り戻ってくるまで待つことに致しましたのでしてー。

 

 化生とは言え何の力も持たぬ女は日本各地の霊験あらたかな場をめぐり、様々な、本当に見境なくあらゆるものへ弟子入りをして異能の一端を身に着けて彼の君がこの世に戻られた時に必死に備え、幾年も幾年も待ち続けましたのでありますー」

 

 話に聞き入る仁奈殿が悲し気に眉を顰め、裾を握りしめます。

 

 幼子には遣る瀬無いお話かもしれませぬ。

 

 ですが、物語の締めは“幸せ”で終わるものだとずっと昔から決まっている。

 

 積み重ねた思いは報われると、相場が決まっている。

 

 そうであったと――わたくしは知っているのですから。

 

「そして、その悲願は 「愛した男と無事に再会して報われました、とさ」 ……話のオチを横取りするのは頂けないのでしてー」

 

 わたくしの言葉を遮り、仁奈殿を後ろから抱きしめた“彼の君”に不満げに頬を膨らませて抗議をすれば呆れたような顔で窘められた。

 

「脇で聞いてたけど子守話にするような密度じゃねーよ、阿呆。大体が比企の一幡は死んだときまだ幼いはずじゃなかったか?」

 

「ふふふー、歴史とは語られない部分が8割なのでしてー」

 

「そーかい、なら俺は建設的に仁奈と今日の晩飯デートについてでも語るとするかね」

 

「おーっ、仁奈おなかペコペコなのでごぜーますよ!!」

 

 気だるげな風貌と暗い瞳。それでもなお、幼子をあやすときの貌は甘く優しいその姿は―――あのかつての日々で目に焼き付けた姿そのもので。

 

 茫洋と世俗を渡るのも疲れ果て、離島で神事の真似事を惰性で繰り返すだけとなっていたわたくしの瞳に飛び込んだ彼の姿。

 失せモノ探しの権能を得てからも、いや、得たからこそ“此の世”にはいないという事が分かりすべてに失望していた世界に一瞬で光を取り戻したその存在。

 

 もう、離しはすまい。

 

 離れてなるものかと妄執にも近い思いを胸に、重ねてきた歳月で溜め込んだ全てをつぎ込んで彼の傍にわたくしは今ここに居る。

 

 そして、彼の君は一つだけ勘違いをしていることがある。

 

 再会しただけで満足など、するものか。

 

 今度こそ、その手の温もりを

 

 肌の柔らかさを

 

 その眩いばかりに清すぎる性根の全てに

 

 自分を刻みたい。

 

 また彼岸に渡るその日が来たとしても―――今度は、来世でも私を覚えているように。

 

 彼の全てをわたくしで染めてこそ数世紀待った甲斐があるというモノ。

 

「彼の君―、わたくしはハンバーグの気分でしてー」

 

「えー、仁奈はグラタンがいいでごぜーますよー」

 

「なんでしれっとお前まで着いてくるのかは置いといて……ならサイゼでいいじゃん。なんでもあるよ??」

 

 だけれども―――からり、ころりと木下駄を鳴らし 

 

 貴方の肩に寄り添い、自然に甘えられるこの時間を

 

 もうしばし味わっていたい。

 

 それもまた、心からの本音なのでしてー。

 

 

 

 

 あの燃え行く寺院の煤の匂いは――――現世ではもうしない。

 

 

 

 それが、心安らかで

 

     少しだけ寂しいと思うのは

 

 

 

 郷愁誘う、秋風のせいにして  わたくしは  彼の肩に殊更に寄り添った。

 

 

 

 

 




(・ω・)いろんなの載せてるのはこっち→https://www.pixiv.net/users/3364757


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上条 春菜は眼鏡を布教したい

(´ω`*)というわけで今回の熱い有料リクエストは『上条 春菜』ちゃんです!!

( `ー´)ノ世界を眼鏡の眩さで救おうとする”眼鏡教”の忠実な信徒たる彼女の奮闘と乙女心、そして、デレプロに訪れる修羅場をどうぞお楽しみくださいませー✨✨

(・ω・)さあ、今日も脳みそ空っぽでいってみよー!!

このお話の前に読むと倍楽しめるお話→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12108732

                 →https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16159905

                 →https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12546020


 私こと“上条 春菜”は悩んでいた。

 

 いや、より正確に言えば常に悩み続けていると言っていい。

 

 朝昼夜のいつ何時も私の脳内では人類至高の開発であり、全文明の中で最も格式高いフォルムを持つ『眼鏡』の素晴らしさを世界にどうやって発信していくかと試行錯誤を繰り返しているのだ。

 

 アイドルになったのだって、言ってしまえばその活動の一端に過ぎない。

 

 個人で眼鏡の素晴らしさを広めるよりも多数のメディアを通して拡散する方が効率的であり、より深いディテールを伝えることが出来るからという単純明快な理屈によるものだ。―――まあ、ここ最近はこの活動も楽しんでないと言えば嘘になるのだけれども。

 

 ともあれ、その活動のお陰で転がり込んできたチャンスに私の脳細胞は“いつもより多めに回しておりま~す♪”な状態で悩んでいるのです。

 

 私の前に置かれている企画書。

 

 その表題に大きく書かれた『真正眼鏡キチアイドル“上条春菜”のガチ恋眼鏡男子ファッション特集!!』という文字。

 

 私も購読している最大手の眼鏡系雑誌であり、鋭敏な眼鏡情報や考察が売りの筈なのだが……編集者は仕事のし過ぎで少しおかしくなってしまったのではないかと疑うタイトルと企画である。

 だけれども、これは千載一遇のチャンスであり私の情熱が一流眼鏡愛好家達にも認められたという証左。

 

 このチャンスをどう生かせば世界を眼鏡で染められるかと必死に頭を悩ませている中で―――メガネの神は私に天啓を齎した。

 

「さまっす」

 

 気だるげに開いた事務所の扉から現れた我がデレプロの古参アシスタントの“比企谷”さん。

 

 黒い髪を雑に後ろで束ね、フワフワ揺れる特徴的なアホ毛と暗く淀んだ瞳をもつ彼は口の中で呟くような挨拶をしながらのそのそと自分の事務机に歩いていくいつもの光景で私の脳内にスパークが走ったのだ。

 

 こんな彼だが多くのアイドルが懐いたり、懸想したりと以外にもこのプロジェクトでは人気者でいわゆるマスコット的な感じになりつつある。

 

 そう、飛ぶ鳥落とす勢いの“シンデレラ”が集うこの“デレプロ”で、だ。

 

 それはつまり、彼を“眼鏡大好き教”に入信させれば芋ずる式に他のアイドル達も彼の気を引こうと眼鏡女子に大変身。その姿を見た世間はこぞって眼鏡を求めるようになるだろう。

 

 そんな悪魔の方程式が脳内によぎった瞬間に、私の心臓が大きく高鳴るのを感じる。

 

 焦るな、上条 春菜。

 

 この計画は世界のスタンダードを眼鏡で染め上げる前段階として失敗は許されない一大事業。

 

 逸る心を必死に宥めながらターゲットの様子を盗み見て冷静に、自然に彼を誘導する導入を思案して、そのチャンスを逃さず―――いまだっ。

 

 

「あ、比企谷さん。眼鏡いかがです?」

 

「黙って座ってろ、眼鏡キチ」

 

 

 彼がパソコンの前で目頭を揉み解した瞬間にかけた自然な一言はバッサリと心無い一言で断ち切られてしまった………解せぬ。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「いや、いやいやいやいや、比企谷さんは勘違いしてますよ。今回はいつもの眼鏡教の勧誘じゃないんですってば。真面目な話なんでちょっとこっちに来て座ってください! ほらっ、ほらほらっ!!」

 

「もう入り口が怪しい宗教勧誘と同じ文句なんだよなぁ……忙しいから、五分だけだぞ」

 

 裾を引っ張り、駄々を捏ねた私が言うのもなんですが、その最後の一言も怪しい勧誘に乗せられちゃう人の決まり文句なんじゃないかと思ったり思わなかったり――そういうちょろい所がたぶん人気の秘訣なんでしょうかね?

 

 そんな訝しむ彼を宥めながらソファーに座らせ、咳ばらいを一つ。私は人差し指を立てて講師のように彼に眼鏡の魅力をPRしてゆきます。

 

「これはマジな話ですが――比企谷さんの眼は世紀末レベルで廃れているんです」

 

「よしっ、話は終わりだな」

 

「あっ、ちょよよっと! まぁってくださいよー!! お話はココから何ですってばーーっ!!」

 

 見たことも無いくらい爽やかな笑顔で席を立とうとする彼の腰にしがみついて引き留めようと格闘すること数分、ようやく私の粘りに折れた彼が呆れたように席に着き直したことに胸を撫でおろしつつ、改めて咳ばらいをして仕切り直します。

 

「では改めて……比企谷さんは平均何時間くらいパソコンやタブレットでお仕事をされていますか?」

 

「………まぁ、送迎の運転以外は大体がにらめっこ状態だな」

 

「そうですよね。そんな長時間の事務作業での疲れは眼精疲労や肩こり等がひどいことははた目から見ても一目瞭然。そんな比企谷さんに今回オススメしたいアイテムは―――“ブルーライトカットめがね~”」

 

 携帯を操作し、例の青い猫型ロボットの道具効果音と共に私が眼鏡バックから取り出したのは最近では珍しくもなくなった対PC用眼鏡。

 今更にこの製品の効能を語る必要も感じませんが、ざっくり言うならば“目に刺激の強い光を押さえてくれるフィルター”といった所でしょうか?

 

「意外とまともな促販で驚いてる……でも、お高いんでしょう?」

 

「いえいえ、旦那。今なら  ちょっと失礼。」

 

 チクリとした揶揄いと苦笑を零して乗ってくれる彼に気分を良くしつつ、アタッシュケースの中から携帯できるサイズに秋葉ちゃんに改造してもらったオートレフで彼の視力を簡易測定。それに合わせたレンズをフレームにはめ直して―――完成。

 

 顔立ちがスマートなのでノンフレームだと少し鋭角過ぎて近寄りがたい雰囲気になってしまうため、少し肉厚な黒縁ボストン型をチョイス。

 

 それを彼の顔にそっとかけて、にんまりとその出来にほくそ笑んでしまう。

 

「なんと今なら、この企画に出てくれるだけで無料プレゼントでございます」

 

「なんでオートレフを携帯してんのかとか、眼鏡を即席で作れるのか、とか疑問は絶えないけれど……やっぱ、タダほどたけぇもんは無いんだと思いました ひきがやはちまん まる」

 

 恭しく机の上の企画書を突きつければ、途端にげんなりした顔で肩を落としやってられんと眼鏡をはずそうとする彼に取りすがって泣き落としを慣行してみる。

 

「お願いしますっ! ちょっと、ちょっと写真撮るだけですからお願いっ!! お~ね~が~い~っ!!」

 

「やだ。というか、買うより高くついてんじゃねえかよ。編集さんもこまっちゃうから普通にモデルさんにお願いしなさい」

 

 駄々っ子のごとく床にしゃがみこんでジタバタ彼を引き止めますが、今度こそ彼は話を打ち切るつもりなのかズンズン机の方へと私をひきずったまま進んでゆくのに焦りは募ります。

 

 そうじゃないのだ。

 

 普通のモデルを飾り立てて企画が成功しただけでは何の意味もないままこのチャンスがお流れになってしまう。そもそもがファッションに眼鏡をかけている時点で完璧なのだから被写体はマネキンだって構わないくらいである。

 

 問題はその絵面で彼に“お、眼鏡もイケてんじゃん”とこちら側に引き込むことによってこの計画は初めて意味を持つ。

 ここでなんとしてでも彼に眼鏡の良さを教え込むためには是が非でも彼に眼鏡の魅力を体験してみて貰わなければならない。

 

 彼に引きずられつつも、必死に頭を巡らせていると―――“解決策”が脳裏をよぎった。

 

 ある日、経理のビックボス“ちひろ”さんが全アイドルに配ったとあるチケット。

 

 曰く、日頃の労いだとか。

 

 曰く、機会均等のための処置だとか。

 

 曰く、これやるから黙って働けだとか。

 

 言い聞かされた理由は様々あったが、問題はそのチケットの効能だ。

 

 そのチケットの名は“わがままチケット”。

 

『事務方の社員がアイドルの要求に可能な限り応えてあげる』という魔法の切符。

 

 誰もがここぞという時まで取っておこうと大切に保管しているそれの切り時は―――今である、と私の本能が囁いた。

 

「ち“ひ”ろさーーーん!! “わがままチケット”使用しますっ!! 要求は『比企谷さんが私のオススメ眼鏡コーディネートで撮影して、その恰好で一月過ごす』ですっ!!」

 

「なっ―――」

 

「はい、受領しました。……比企谷君、業務命令です。めんどくさいんでサッサと着せ替え人形になってください」

 

 私の絶叫に啞然とする比企谷さんと、私達のごたごたに我関せずと膨大な書類を処理していたちひろさんが興味も無さげにそう言い切ることにより私の計画は成就したのであった。

 

 ちひろさんに食ってかかる比企谷さんを横目に盛大にガッツポーズを決めながら、彼をどんなふうに飾り立てるかをウキウキとシュミレートしていく。

 

 ちひろさんがああ言った以上は覆ることも無いだろうし……本音でいえば、結構この企画は個人的に楽しみにしていた事もある。

 

 いつもくたびれたシャツに黒のスキニーパンツで統一しているせいで代り映えのない彼ですが、その淀んだ瞳を眼鏡で隠せば化けるとずっと前から思っていたうえ、そもそもの素体は悪くないのだ。

 

 スラリとした手足に意外と引き締まっているその身体は何を着せても映えるであろうし、そもそも顔の造形も悪くない。いや、むしろ世間一般の基準でいえば十分に整っている部類に入る。

 特に手入れをしているわけでもなさそうな髪は鴉の濡羽色の艶やかで柔らかく、昏ささえ除けば気だるげな瞳は色気すら感じさせる。

 

 誰にも振り向かれることの無かった根暗男子が一変して世間の注目を集めるという漫画のようなドッキリを自分で起こせると想えば胸とテンションは勝手に高まってワクワクとした高揚感が沸いてくる。

 

 人の視線や評価というのはきっと人格にすごく影響すると思う。

 

 だから、私の渾身のコーディネートで好意的な感情を多く向けられればきっと彼も今より少しだけ明るくなるに違いない。

 

 卑屈で、捻くれていて、いつだっていじけているような態度の彼。

 

 そんな彼を、きっとこの企画で変えて見せよう。

 

 毎日ぶつぶつ文句を言いながらも目がしょぼくれるくらいに私たちを支えてくれる彼が“自分も案外すてたもんじゃない”と思えるようにして見せよう。

 

 私が眼鏡と出会って人生が変わったように、彼の人生だって眼鏡で変えて見せる。

 

 そう静かに決意して私は気合を入れて彼を衣装部屋に引っ張り込む段取りを進めたのであった、とさ。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 話には聞いていた。

 

 話には聞いていたのだが……聞くと見るとでは大違いだという事を恥ずかしながら初めて体感した私“三船 美優” 26の秋です。

 

「ひき、がやさんです、よね?」

 

「その手の揶揄いはもう飽きるくらいやりましたよ、美優さん」

 

 春菜ちゃんがついに噂のチケットを使ったとのことでプロジェクト内はにわかに色めきだして、その結果が面白可笑しく広がっていたせいでしょうか。彼は私の反応にも呆れたように肩をすくめるだけで苦笑いを浮かべるばかりです。

 

「あ、そういうつもりでは無かったんですが……ふふっ、でもお世辞抜きで本当に見違えましたよ」

 

「おかげで気分は見世物小屋のクマですよ」

 

 そう皮肉る彼に思わず吹き出して笑ってしまいました。でも、まあ、いいえて妙だと思ってしまったのだから大目に見て欲しいものです。

 

 仕事の関係で“例の撮影”から事務所によることの無かった彼とはすれ違うことが多かったのですが、久々にあった彼は見慣れた姿ではなく――文字通り、見違えたのですから。

 

 スラリとしたその脚はタイトなジーンズで惜しげもなくシルエットを際立たせ、それを補うように無骨なブーツ。いつもはヨレたシャツでだらしなく見えていた上半身はチェック柄のシャツとカーディガンで緩く纏められて“アメカジ”特有の緩さが程よくフォーマルな感じで緩和されてバランスがいい。

 

 それに―――何よりもその目元だ。

 

 いつもはまっすぐに目があえば息を呑んでしまう位に深く昏い瞳が今はレンズと丸みを帯びたフレームに遮られて、皮肉気な苦笑もただただ柔和な雰囲気を醸すだけであった。

 

 ………これは、少しまずい。

 

 見慣れた同僚の彼。

 

 そんな彼と隣を並んで社内を歩いているだけにも関わらず、何気ない仕草が刺さってきて勝手に鼓動を高めていく。

 

 いえ、いつもの彼の恰好も気兼ねせずにいられて好きなのですが……こう、まるで私生活の彼を覗き見してるようなドキドキ感があると言いますか……。

 

「美優さん、どうかしたんすか?」

 

「ひぇあっ、い、いえ、何でもないです! そ、それよりも今日は久々にご飯でも――」

 

「比企谷君……て、君でいいのかしら?」

 

「「?」」

 

 エレベーターを待つ少しの間、思わず彼の横顔を盗み見て見惚れていると唐突に覗き込まれ息をのみ、意味の分からない流れのままランチを誘おうとしてしまった。

 

そんな瞬間、聞きなれない声が掛けられてお互いに思わず声がする方に振りかえる。

 

 振り返った先にいたのは社内でも何度か見たことのある派手めのスーツを着こなした凛々しい女性社員が蠱惑的な笑顔を浮かべながらこちらを品定めするように腕を組んで立っていた。

 

 お互いに面識があるのかと目くばせをしあうモノの、社内でも有数の嫌われ者の我がプロジェクトの下っ端である私たちに当然ほかの社員と交流があるわけもなく結局は相手に要件を聞く羽目となったのです。

 

「一応、自分の事ですけど……何か御用ですか?」

 

「ふふっ、そんな素っ気なくしないでよ。すれ違いはあっても同じ会社の仲間じゃない」

 

「…………」

 

 何でしょうか、端的に答えた比企谷さんの腕を華やかな笑顔を浮かべつつ撫でるようにタッチする彼女の行動が私の胸の内に随分とささくれを生み出します。ですが、まあ、口をはさむ間柄でもない訳ですし呑み込みます。

 

 ええ、大人ですから。呑み込みますとも。

 

「この間の雑誌の撮影を偶然見たんだけど、良かったわ。いつものだらしない恰好はもしかしてフェイクだったりするのかしら?」

 

「はぁ、まぁ、成り行きでああなっただけなので……普段も不便も無いですし」

 

「あら、じゃあアレからオシャレに目覚めた感じ? 私、なんだか貴方に興味が沸いてきたみたいなの―――せっかくだから他部署との交流ってことで今晩ディナーでも 「あっ、エレベーター来ましたよ比企谷さん」 ―――は?」

 

 よく分からない理屈をベラベラと、出るとこ出ればセクハラ事案級に気安く彼の腕を撫でまわす女の手と文言を叩き切る様にそう言い放って、少し強引に彼の手を引いてエレベーターに滑り込みます。

 

 何が起こったか分からないといった顔で呆ける女に振り返って、出来る限り柔和な笑顔で微笑みかける。

 

「…他部署交流いいですね。今度、ウチの上司のちひろさんやアイドルのみんなも誘ってぜひ行きましょう。―――“女子会”、楽しみにしてますね?」

 

「えっ、いやっ、ちょっ――」

 

 ちひろさんや悪名高いウチの酒豪たちの名前を聞いて青ざめる彼女をシャットアウトするようにエレベーターの扉を閉じてお別れを済ましてしばし。ゆっくりと振り返って彼に微笑みかけます。

 

「比企谷さん」

 

「は、はいっ……」

 

 なぜか声と顔を引きつらせる彼がおかしくてつい笑ってしまいます。

 

 おかしな人です。

 

 私はいま、満面の笑みで彼と接しているはずなんですけれども、目の前で何故か叱られる小さな子供のように所在なさげにしている“オシャレな”彼に、私はそういえば伝え忘れていたことがあると思い出して言葉を紡いだ。

 

「―――よかったですね、美人に声を掛けられて?」

 

「…………いえ、あの、美優さん、なんか怒って、ます?」

 

「 は? 」

 

「いえ、何でもないっす」

 

 私の問いに委縮しきった彼がそんな事をきくものだから柄にもなくドスの効いた声が出てしまいました。

 

 怒ってなんていませんよ。ええ、もちろん。怒る理由がありませんから。

 

 そう心の中で何度もぶちぶち文句を零しつつ、無言のままエスカレーターは上っていくのでした、とさ。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 その光景は、まるで狐につままれているかのような衝撃を私“鷺沢 文香”に齎しました。

 

 アイドルなんて身に余る職についてはいるものの、本分は大学生。当然のごとく毎日大学に通っている訳なのですが―――通いなれた構内で見慣れない光景に出くわしてしまった私はただただ呆然とその目を見開くことしかできません。

 

 視線の先にいるのは大学の同期であり、所属している芸能事務所でアシスタントのバイトをしている顔見知りの“比企谷”さん。

 

 彼もまたここの大学生なので構内にいることは全く不思議ではないし、むしろバイトに傾倒しすぎていて進級すら危うくなってきているので大学に来ている事自体は喜ばしいし、もっと出席するべきだと切に思います。

 

 ですが、それは

 

 少なくとも―――学業に精を出すためであって

 

 チャラついた格好に眼鏡なんかで印象まで変え、大学の女子に持て囃されるために出席するなど学徒にあるまじき行為ではないでしょうか?

 

 いえ、そうに違いありません。

 

 ならば、日頃からお世話になっている分の恩返しに彼の眼を覚まさせてあげるのは実に違和感のない自然な成り行きと言えるでしょう。Q.E.D証明完了です。

 

「比企谷さん」

 

「「「「「   」」」」」

 

「お。ふみ…か、さん?」

 

 姦しく彼の周りで騒いでいた女子の方々は私の声に含まれた棘に気が付いたのか気まずそうに眼を反らし、そそくさと何やら用事を思い出したのかこの場を後にしていきます。

 そして、その場に残ったのは普段では絶対に見ることの無いめかし込んだ彼が呑気に手を上げようとしてようやく異変に気が付きます。

 

 いつもは雑に結ぶだけの髪はワックスで緩やかに波打って、黒縁の眼鏡と合わさって色香を出す目元。

 緩めのセーターから覗く鎖骨に、普段はいている黒のスキニーより少しだけ上等な生地のソレは退廃的なのに人を引き付ける実に不健全な大学生そのものといった恰好。

 

 事情は聞き及んではいるものの―――非常に胸の内がざわつくのを押さえられません。

 

 彼の内面を知ることの無い有象無象が、見た目だけに惹かれて触れようとする行為や感情その全てが煩わしく、苛立たしい。

 

 何のかんのと最もらしい言い分を並べ立て見たものの結局の所、コレは個人的な独占欲。

 

 そんな複雑な胸の内を知ってか知らずか彼は間の抜けた顔で訝し気にこちらを見やり、

 

「……もしかして、お前もなんか怒ってる?」

 

「…………いま、それら全てが呆れに変わったところです」

 

 そんなことを悪びれなく言ってくるのだから、私だって大きな溜息で応える他にないでしょう。

 

「遊ぶのも結構ですけど、早く講義に行かないと本当に必修単位落としますよ、比企谷さん」

 

「いやホントにね。さっき教授にあったら普通に嫌味言われたんだけど、代返完全バレてるね、あれ。どうなってんの??」

 

「貴方は、悪目立ちしてますから……」

 

「そんな馬鹿な」

 

 見た目が変わっても、周囲の見る目が変わっても―――くだらない事ばかり口走る貴方が変わっていないことに少しだけ安堵の息をついて私たちは講堂を目指し、歩を進めたのでした。

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「いや~、モテる男はつらいねーハチくん。ちょーとイメチェンしたら女の子入れ食い状態なんて羨ましいですね~?? もういっそアシスタントなんか辞めてアイドルになっちゃう? もう雑誌デビューも決めちゃったことですし~、マジ恋コーディネートで仲良く腕組んだツーショットまで撮ったんですよね~?」

 

「と、十時さん、いや、好きでやってる訳じゃなくてね??」

 

「言い訳無用です!! 別の女にこんな簡単に染められて、このっ、このっ!! というか、春菜ちゃんやら美波ちゃんとは普通に雑誌出てるのに何で私とかはいまだに無いんですか!! 私、シンデレラガールですよ!! 初代の!! うわーーーーん!!!!」

 

「いでっ、ばかっ、やめろっちゅうに。というか、ドサクサで脱ぐなアホッ!!」

 

 

 ジタバタ ドタバタ

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「一体なんだってんだ……」

 

 上条に付き合わされた撮影からしばしの事。

 

 ご丁寧に上条が撮影後に全ての衣装を買い取って細かく着回しの予定表を渡された以上は面倒でも応えた方がいいかと諦めの境地でそれに従っているのだが、揶揄われたり、見慣れない人間に声を掛けられたり、理不尽に不機嫌になられたりと面倒事ばかりが山積して体力と気力をガリガリと削られる日々。

 

 そんな状態でも別に仕事の量が減るわけでもなく、ついにはどっかりとソファーに腰を落としてそのまま仰向けに倒れ込んで悪態を漏らす。

 

 服はいつもの着慣れたものでなくこじゃれたジャケットのせいか違和感が拭えず、寝転ぶにも少々だけ座りが悪く疲労感は倍ドンであった。

 

「お、噂のモテモテ男やーん」

 

「いま超絶不機嫌だから塩対応だぞ、周子」

 

 そんな息抜きの一時に耳に飛び込んでくる聞きなれた妹分の家出少女の声でついつい素っ気なく対応してしまう。

 

「なははっ、まあまあ。お疲れのおにーさんに周子ちゃんが甘味を差し入れして進ぜよう」

 

 絹糸のような銀糸の髪から覗く細い狐目に、いつもと変わらないトーンのハスキーな関西弁が耳に馴染んだせいだろうか。

 差し出されたポッキーを飼育小屋のウサギのごとく加え込んで押し込まれるままにその甘味を咀嚼していけば、口の中に広がるチョコとプレッツェルの味わいに張り詰めていた気分が少しだけ和らいだ。

 

「ほうほう、噂には聞いてたけど中々イケメンに仕上げてもろてよかったやん。結構、キレイなおねーさんに声を掛けられてるってタレコミもありまっせ、おにーさん?」

 

「馬鹿め。急に優しく声を掛けてくる美人の八割は壺の販売なんだ。比企谷家の家長が幾度もひっかかった体験談だから間違いない」

 

「おにーさんのオトンへの突っ込みは置いといて、残り二割は?」

 

「美人局か、宗教勧誘」

 

「世の中は思ってたよりも荒んでるんやねぇ」

 

 “まぁ、初対面でお兄さんに売春を持ち掛けた身で言えることではないけど”なんて笑っていいのか分からない過去の話をカラカラという彼女に肩をすくめるだけで応えて、甘味で乾いた喉を潤したくなってきた。

 

「周子、喉乾いた。茶いれてくれ」

 

「えー、なんや面倒な。……緑茶でええのん?」

 

「おう」

 

 我ながら偉そうに不遜に答えれば、文句と苦笑を零しつつなんのかんのと入れに行ってくれた彼女に甘えることにした。

 減らず口は変わらないが、彼女なりに気を遣ってくれているのは分かるので今は妹分の気遣いに素直に甘えることにしよう。

 

 彼女が備え付けのポットでやっすいティーバッグからこしだす緑茶を入れてくれる間にしばし独白。

 

 自分の身体を堅苦しく包むオサレな服に、上条が丁寧に調整してくれた眼鏡。ついでに言えばいつもより数分ほど時間をかけた髪の毛の整髪料が漂わす甘い匂い。

 どれもこれもが普段なら絶対にすることの無い身だしなみへの努力は間違いなく多くの変化を齎したのだと思う。

 

 真偽は置いておいても見知らぬ女性から声を掛けられることは増え、仕事先でもいくつかの気遣いをしてくれる人間が現れ、道行く人々からの視線は好奇や侮蔑から敬意や品定めするようなものへと変わりつつある。

 

 それの是非は置いておいて、人は見た目でこうも変われる。

 

 個人の資質という面でなく、その分の努力で上積みした分は間違いなく違う立ち位置に立てるのならばこの努力と煩わしさにはきっと価値がある。

 衣食住の順にしろ、満たされて初めて礼節に至るという訓示にしろ、それはきっと真実なのだ。

 

 その努力と見栄えによる変化を否定はすまい。

 

 しはするまいが―――

 

「ぷはっ、ちょお、眼鏡かけながらお茶啜ったら曇るに決まっとるやん。目がそこまで悪い訳でもないんやから外してのみーや」

 

「……おう」

 

 眼鏡があろうとなかろうと、服が良かろうと悪かろうと―――変わらずに傍で気楽に笑ってくれる人間が傍にいてくれるという幸運はきっとそれよりも得難い事なのだとガラス越しの曇った眼鏡の先でもゲラゲラ変わらぬ眩さを誇る妹分を見て俺は少しだけ強張った頬を緩めたのであった。

 

 猫舌の自分用に程よく冷まされた緑茶が、穏やかな空気の中で啜る音が呑気に響く。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

「うひ、うひひっ。雑誌の広告力はホントに侮れませんねぇ」

 

 秋も終盤の麗らかな午後の事。レッスンを終えた私は346に併設されているカフェで携帯を眺めつつ気味の悪い笑みを浮かべてしまう。

 

 画面に浮かぶのは先月発売された例の雑誌の評判。そして、その主役となっているのが自分自身で生み出した珠玉の眼鏡コーデ男子の事なのだからついつい浮かれてしまうのも仕方のない事だろう。

 

 初めはモデル指定……というか、冴えない事務アシスタントを連れてきた私を胡乱気に見つめていた編集部とカメラマン達だが、私が全力で生み出したコーデで比企谷さんを着飾ればその目の色と熱はあっという間に切り替わり―――最後には“眼鏡は全人類を救う”という共通認識で熱く握手を交わすほどの出来栄えとなった。

 

 その評判は上々。

 

 そして、あちこちから聞く“彼”のその後も各所で好評だと聞くので私は実にやり切った気分で甘い甘いミルクティーに舌鼓を打って満足感に浸るのであった。

 

 私は眼鏡の魅力を広げれてホクホク、比企谷さんはモテモテになってウキウキ。

 

 世界広しと言えどもこんなにwin-winな関係というのも珍しいのではないかと思わず自分を褒め称えたくなって今日はご褒美にケーキをもう一つ頼んじゃおうとメニューを開いた所で――――私を囲む影にようやく気が付いた。

 

「あ、あれ……皆さん、いつからそこに??」

 

「「「―――(スッ」」」」

 

 その無言の笑顔に秘められた迫力に引きつる私に差し出されたのは―――見慣れた金縁で装飾された真っ赤な便箋。

それは、我がプロジェクトのアイドル達の間で重大問題が起きた時のみに召集される“シンデレラ会議”の『招待状』。

 

 そして、その“主題”となる人物にこうした『お迎え』が来るのもいつもの流れで――

 

 流れ出る冷や汗をぬぐうことも無く脱兎のごとく逃げ出そうとした私はあっという間に捕らえられ、抵抗敵わぬまま簀巻きにされて運び出されていくのでした。

 

 平日の真昼間にカフェでうら若き乙女が拉致されているというのに、誰も目を合わせようともしないでその暴虐を見送る冷たい会社員たちに私がこの会社の闇を感じた恐ろしい一幕です。

 

 どうなってんだ、この会社。

 

 

 

--------------------

 

 

 

「それでは、第24回シンデレラ会議を開催します。沈黙は賛同と見なします」

 

「んぅ~――tっつ!!」

 

「……異議が無いようなので、議題を進行しますね」

 

 簀巻きにされた私の全力アピールは本の仮面をかぶった同僚に華麗にスルーされ無慈悲にも進行されていく。……というか、いつもは事前告知とかがあったりするのだが今回は一体なにが問題だったのかいまだによく分からない。

 

 最近は眼鏡教の熱心な布教も控えているし、私が議題に挙げられる事なんてあっただろうか?

 

「さて、今回の議題をあげる前に件の雑誌から説明に入るべきでしょうね」

 

「「「「―――おぉっ」」」」

 

 通称“ブック”と呼ばれる本の仮面をかぶった彼女がスクリーンにとある画像を映しだし、その光景に小さく場内はひそひそ話でさざめいていく。

 なにせ、画面にデカデカと写されたのは“例の雑誌”に乗った比企谷さんと私のツーショット。改めてこうして見られると気恥ずかしさもありますが、その出来栄えに我ながら感心してしまいます。

 

「ブック、このデータは後程もらえると思っても?」

 

「希望者には配布します。ですが、その前に本題を協議しましょう。ととき……アップル仮面さん、この会議の問題点をお願いします」

 

 ブックから議題を引き継いだ愛梨さ…アップル仮面が冷たい表情で頷き、スクリーンを差し替えます。

 そこに移るのは―――色んな女性に声を掛けられている比企谷さんの姿が捉えられた写真の数々。

 

「んん~、もっへはひょひょうでふね(おー、結果は上々ですね」

 

「「「―――チッ」」」」

 

 私の一言か、それとも、その写真にかは定かでありませんがものっそい舌打ちがでかでかと室内に響きます。アイドルがそれでいいのかと思わないでもないですが、今はその仮面の下の表情が見えないことが唯一の救いでした。

 

 というか、この会議………もしかして

 

「彼が見なしだみに気を遣うようになったのは大変喜ばしい事ですが……このように本来の業務に支障をきたすほど他の部署にちょっかいを掛けられては我々のサポートが行き届かない可能性があると示唆します。皆さん、心あたりがあれば報告をお願いします」

 

「変な女子社員に業務外で話しかけられてうつつを浮かしてました、ね」

 

「飲み会中にトイレから帰ってこないと思ったら別の女にナンパされてたぞ☆彡」

 

「大学で不順異性交遊に発展しそうでした」

 

「あ、撮影現場でADの子に連絡先貰ってるの見ましたねぇ」

 

「えっ、ちょっと楓ちゃん! そういう面白い話題はもっと早く言ってくれなきゃ!!」

 

「……うふふっ、まゆ、そのお話もっと詳しくお聞きしたいですぅ」

 

「リバーアイランドさん、コクーンさん、本名でとりますえ。しかし、ほんっまに――ええご身分ですわなぁ。あやかりたいことですわぁ(ミキッ」

 

「さいってー★」

 

 ワイワイ、ガヤガヤ。

 

 なんて賑やかで、姦しい声が薄暗くされた会議室に響くのですが――その声にはどこか何故か苛立ちが多分に含まれているように感じられながらも少しづつ収まっていく声は、無言の圧力に収斂されて冷たく色とりどりの瞳が私を捉えてゆく。

 

 この場ってもしかして

 

「なぁ、春菜ちゃん?」

 

「は、はひぃっ!」

 

 重すぎる視線たちのプレッシャーに止まらない冷や汗が体を濡らしていく中でぬらりと背後から狐の仮面が私に囁く。

 

 平坦で、熱がない。それでいながら、芯を捉えて離さないその掠れた関西弁が私の名を穏やかに呼ぶのに声が勝手に引きつった。

 

「皆は別に怒っとるわけやのうてな、変な虫がうっかり大切な仲間に針でも刺さんか心配しとるだけなんよ。ましてや、それがポッと出のもんやったら目も当てられん――そうは思わへん?」

 

「―――(ぶんっ、ぶんっ」

 

「うんうん、そうやんなぁ。春菜ちゃんも同じ思いで嬉しいわぁ。………そんでなぁ、皆からもお願いがあるんよぉ」

 

「――――――――(白目」

 

 仮面の下でニコニコしているであろう彼女の貌と穏やかで甘えるような声。

 

 普段の日常で、それを見せられればあらゆる男が大手を振って、悦び勇んで彼女の願いを叶えようと腕まくりするのであろうが―――その細くしなやかな指に付いた鋭い爪を喉元に突きつけられながらなら何人が残るのかぜひ試したい。

 

 なんなら、それを断る勇気を持てる男が何人いるかも教えて欲しい。

 

 ちなみに私には無理である。

 

 

 

「おにーさんに出した“わがままチケット”―――帳消しにして貰えたりせんかなー、ってね?」

 

 

 

 ツプリと、首筋の動脈に食い込んだ爪と共に漏らされた“お願い”に私はあっけなく首を縦に振ったのである。

 

 こうなる様にセッティングされた場で―――他に私が出来ることは何があるというのか。

 

 私がガックリと項垂れるように首を縦に振ったことを皮切りに盛大な拍手が鳴り響き、一気にふみかさ…ブックに先ほどのデータを貰いに行く皆さん。

 いやはや、この様子では眼鏡の魅力を全世界に伝える壮大な計画はもうしばらく先送りになりそうである。

 

 そんな私の嘆きをよそに会議は踊り、会話は姦しく盛り上がりを見せてゆくのでありました、とさ。

 

 

 

 

 

=後日談=

 

 

 あの恐怖の体験から数日。

 

 今日も今日とて世界に眼鏡の魅力を伝えるための一手を考えながら事務所のドアを開くと、あのいかしたファッションが見る影もなくいつものシャツと黒パンツの彼がそこにいて黙々と書類を処理していた――――見覚えのある“眼鏡”をひっかけて。

 

「え、あれっ、その眼鏡……」

 

「おう、服はともかくこの眼鏡いいな。マジで重宝してるわ」

 

「――――っ」

 

 胡乱気な顔つきで、張りの無い気だるげな声で、いつもと何ら変わらない彼のはずなのに―――皮肉気な笑顔の中にちょっとだけ照れと無邪気さを込めて笑う彼が不覚にも自分の乙女心を揺らしてくる。

 

 あぁ、なるほど。

 

 みんな、この表情を盗られたくなくてあんなに大騒ぎしていたのか、と今更ながらの納得が胸の内にはまり込んでついつい笑ってしまった。

 

 皮肉気で、無頓着で、素直でなくて、卑屈だが―――人の大切な部分は絶対に踏みにじらない彼のお人好しさ加減に綻んだ胸の内で彼に声を掛ける。

 

 今度は、眼鏡の為でなく  彼自身をもっと知ってみたくなったから。

 

 上条 春菜は 初めて眼鏡以外の何かに興味を持ち、歩み寄ったのである。

 




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神谷 奈緒はそうして彼を一つ知った

_(:3」∠)_ついに来たわね、冬将軍っ!!(毎年言ってる

(/・ω・)/さて、忙しい冬のお供にモフモフの奈緒でみんなも暖をとってくれ!!

ずっと昔にネタの種に前編を書いてから(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13379744#2)からついに本編へ(笑)

('◇')ゞさあ、今日も脳みそ空っぽでいってみよー♡

ちなみに、ハチ公が刺されて入院してる経緯はこちら→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12440260


 

「……教育実習?」

 

「ええ、なもんで一月ほど欠勤させてもらうっす」

 

 俺から出された不在時のスケジュールを訝し気に眺めた緑色の上司が俺の一言に目を丸くして驚きをあらわにしている。言いたいことはなんとなく察することが出来るがそこまで驚かなくてもいいようなものだとも思うのだが。

 

「いや、あの激務の中でよく資格と単位が取れたという驚きも勿論ですけど……今更、別の進路を選択肢に入れている事も驚きまして。ここまで来たら普通にウチに入社でよくないですか?」

 

 “面接抜きで顔パス入社ですよ?”なんてホントに不思議そうにそういうのだからこのエビフライおさげにこちらだって顔を顰めるしかない。なんやかんやと大学四年間をココのバイト漬けで終わらせてしまう所ではあるが、この社畜生活が今後も続くと思えば嫌でもぞっとする未来図である。それが例え世間一般ではこれ以上ないくらいの一流企業であっても願い下げだ。

 

―――それに、意図して取った訳でもないが就職課のおばちゃんがお節介で教えてくれたこの申し出にかつての恩師の一言が脳裏をよぎった。

 

 “意外と向いてるかもしれないぞ、教師”

 

 紫煙を燻らせながら誰よりも俺を導いたあの憧れがからかう様に、謳うように言ったあの言葉。

 

 別に教師になりたいわけではないし、なれるとも思ってなんかしていないがかつて彼女が見ていた景色というモノを見学してやるのも面白いかもしれないと思って申し込んだ申請は思いのほかあっさり通って、慌ててスケジュールや代理の人間を整えて今に至る。

 

 自分を本当に不思議そうに眺める彼女に肩を竦めて答えれば、しばらく頭を手持ちのペンで掻いた彼女は黙考の末に決断をしたらしく―――その隅っこにある枠に印鑑を押してこちらに返してくる。

 

「ま、たまには息抜きも必要…という事にしておきましょう。スケジュール調整もいまの所は慌ただしくないですしね」

 

「いや、別に遊びに行くわけではないんですけどね?」

 

「社会科見学という名の物見遊山以外の何物でもないでしょう、こんなモノ。あと、コレは忠告ですけど―――下手に辞めようなんてすると君、また刺されますよ?」

 

「問題発言と名誉棄損が多すぎてツッコミきれないッス」

 

 実習の方はともかく刺されるってなんだ。現代日本でそんな何回も刺されてたまるか馬鹿野郎。そんな事を抗議しようと思えばまるで邪魔な犬を払うかのように腕を振る彼女が隣に積んである膨大な決済書類を引き寄せたのでお喋りはここまでらしい。

 

 普段のサイコパスと笑顔の仮面に騙されがちだが、この人もこの巨大なプロジェクトの計理や出納の全てを一人で受け持っている超仕事廃人。用件が無事に済んだならここに長居をする必要も無かろうと次のもう一個のハンコを貰いに奥にある武内さんの執務室に足を向けた所で思い出したかのように声を掛けられた。

 

「あ、そうそう。そろそろ、そういう入社に関する話が常務や武内さんからも来ると思うんで心の準備はしといてください。――――賢い選択を期待してますよ、比企谷君?」

 

「―――だから、入りませんって」

 

 さらっと、興味もなさそうに零されたその一言。結構に機密事項だったのではとボブこと俺は訝しみながら肩を竦めて彼女に背を向け、歩みを再開する。良くも悪くも、俺の大学生活も選択のタイムリミットも近づいている事だけは嫌でも実感させられるそんな午後の一幕は、いったんこれで幕を閉じたのだとさ まる

 

 

=とある事務員のどうでもいい呟き=

 

 

「ほんと、可愛くない部下ですねぇ。というか、彼は総武校出身でしたっけ?…………ん? あれ、もう一人そんなの学校の高校生が―――――」

 

 アイドルのプロフィールが纏められた冊子を引き抜いてページを流してゆけば、自分の記憶に誤りが無かった事を知って思わず頭を押さえてしまった。

 

「“神谷 奈緒”ちゃんのいる学校じゃない」

 

 

 そんな誰にも聞き遂げられない運命の悪戯を緑の悪魔は、めんどくさそうに冊子と共にそんな事実も見なかった事にして、箪笥の中に閉じてしまったのであった、とさ。

 

 

 

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 人生という奴はいつだって予想外な事に溢れているもんだと私“神谷 奈緒”は思う。

 

 例えば、幼馴染の加蓮が入院中に知り合った“腹を刺された”とかいうヤバ気な大学生にいつの間にか恋をしていたりだとか、そんな彼を追っかけて殴り込んだ事務所でアイドルデビューしたりだとか―――そのドサクサに紛れて自分までうっかりアイドルになってしまったりだとか………まあ、本当に人生どう転ぶか分かったものではない。

 

 平々凡々に生きてきた女子高生としてはそんなシンデレラストーリーにときめかない訳でもないけれども

 

 その親友の意中の相手こと“腹をぶっ刺され入院していた大学生”で“自分の事務所のアシスタント”がしれっとした顔で朝のHRに入ってくるなんて予想外は

 

 流石に心臓に悪すぎるだろ、常考。

 

「はい、というわけで2週間という短い期間ではありますが教育実習生としてみんなの仲間となる“比企谷君”です。では、比企谷君からも挨拶を――「なっんでアンタがココにいるんだよっ!!」――……えっと、神谷さんは比企谷君と何か?」

 

 あまりの急展開に思わず渾身のツッコミをかましてしまい、担任どころかクラス中の視線を集めてしまった私が“ヤバイ”と焦るも後の祭り。このややこしい関係をなんと説明すればいいのか脳みそがパニック状態になっていると聞きなれた気だるげな声がクラスに響いた。

 

「えー、神谷さんには昨日の帰宅途中で落とした財布を拾って貰ったのですがこんなところで会うとは僕も驚いています。ついでに自己紹介もさせて貰いますが……これで“比企谷 八幡”と読みます。“ヒキタニ”ではないので短い間ですが、よろしくお願いします」

 

 つらつらと猫背気味の背中をスーツで包んだ見慣れたはずの男が、聞きなれない呟くような敬語なのに変に響く声で自己紹介と事情説明をしたことでみんなの好奇の視線はあっという間に“新しい玩具”へと引き戻されていった。

 

「え、ヒッキー先生てばアイドルに財布拾って貰えるとかヤバくない?」

 

「ロマンティック~!! あ、先生彼女いますか~!?」

 

「え、OBだよね! 昔は何部にいたんですか!?」

 

「趣味はなにっ?」

 

「……はい、個人的な質問等はHR後に忘れてください。彼女は画面の奥にいっぱいいます。趣味はゲームと読書ですが一人で浸りたいタイプのオタクなので、語りとかそういうのはご遠慮願います。以上」

 

「「「「「wwww」」」」」」

 

 次々と投げかけられる遠慮も分別も無い揶揄い交じりの質問。だが、あの大所帯の事務所で務めているのは伊達ではないのかサラリと煙に巻いて会話を打ち切ってしまう。

 その手腕と見たことも無い“玩具”の反応にクラスは大いにさざめき、それを制する担任の声でようやく朝のHRは始まりを迎えた。

 

 かくいう私もなんだかよく分からないがキリキリ痛む胃を抱えながらせめてもの反抗に“アイツ”を睨んでやるが……その気だるげな瞳をちらりとも向けないその態度に一層腹がたっただけなのであった。

 

 

 本当に――この男と関わってから私の人生は“予想外”ばっかりである。

 

 

 その心労に私は今日も深くため息をついたのであった、とさ。

 

 

 

---------------------------

 

 

 

「こらっ、ハチ君がいないからって皆だらけすぎよ! まだ彼が教育実習に行ってから1週間経ってないのにそんなんでどうするの!!」

 

「そうはいっても……」

 

「女所帯だけになると……」

 

「な~んか、気が緩むよね~」

 

「みずきちゃ~ん、お水ちょうだーい。頭いたっ…飲み過ぎたわぁ」

 

「右に、同じく」

 

 所と時間はあっという間に過ぎ去ってデレプロの事務所での事。

 

 瑞樹さんが腰に手を当ててだらしない恰好でだらけるメンバー達を叱り飛ばしてみるのだが反応は芳しくない。

 

 彼が“教育実習”で2週間ほど不在になるというのは前もって告知されていたし、それに関しては誰もが仕方のないことだと笑顔で送り出したり、それをダシに彼との会話に花を咲かせていた。

 それに、何よりも彼が事務所や寮に姿を現さなくなった当初はそれぞれが久々の羽を伸ばすチャンスだと思って大いに盛り上がってすらいたのである。

 

 どれだけ仲が良く、気を許し合っているとは言っても男と女。

 

 やはり同じ空間にいればそれなりに気は遣うモノで、普段は話せない事柄や、仕事での愚痴にセクハラまがいの監督たちへの悪口なんかは勿論のこと、普段の服装や化粧、行動ですらワンランク落として過ごせる生活を満喫していた。

 

 世間一般でいう女子高が男子たちの想像と隔絶した世界であると言えばその実態を思い浮かべやすいだろうか?

 そして、そんな生活も早1週間が経とうとしているのだが――まあ、見事に事務所内はだらけ切った雰囲気が充満してしまったという体たらく。

 

 いつもはそれなりに気を遣っている服装はジャージや緩めのモノに統一され、よしんばスカートを履いている娘も見られて困る相手もいないので腿が覗こうが、パンツが見えようが気にもしない。

 

 元々が家庭的で綺麗好きな少女たちも多くいるが、意中の相手のいない事務所にそもそもそんなに顔を出さなかったり、離れ離れになったショックのせいかうわの空でいつものように微に入り細を穿つような掃除等は見られないため微妙なラインで事務所は生活感というか雑然としていた。

 

 

 そして、極めつけは成人組である。

 

 いつもは嫌味や強制送還なんかでストップをかけられていた彼女たちの飲み会は止める人材がいないせいか過激さを増してほぼ連日の二日酔いという有様。……もう、アイドルというよりアル中のおっさんである。

 

「………皆さん、いいご身分ですね」

 

「そんなに暇なら是非とも手伝って貰いたいもんだわ」

 

「私、こんな鬼のような事務処理に追われるためにアイドルに復帰したのかしら…ふふっ」

 

 そして、そんなだらけ切ったメンバーに絶対零度の嫌味と視線を投げかけるのは“バレンタイン反省会”のお姉さま方。

 パーテーション一枚区切った先の事務方スペースでは鬼のような分量の書類が山積みになり、鳴りやまない電話等にアイドル活動片手間で対応し続けている彼女たちの様相はここ数日で本当にやつれて鬼気迫っている。

 

 というか、元事務方の美優さんは勿論のこと、有能秘書だった和久井さんに事務経験もある瞳子さんの三人がつきっきりになって裁いているにも関わらず一向に減らない仕事量の方がヤバい。

 

 これで繫忙期ではないのだというのだからあの男はどれだけ社畜だったというのか……。

 

 そんなこんなで殺伐となり、軋んだ空気に待ったをかけたのは我らがまとめ役“瑞樹”さんである。

 今までは大目に見てきたこのダラケもこれ以上の放置はまずいと感じたのか寝転んで動かない面子を引っ張り上げ、二日酔いの飲んべい達にサプリを投与して立ち直りを図るがやはり多勢に無勢。彼女は増援を増やすために声を上げた。

 

「まったくもう! ほら、美波ちゃんからも皆にビシッと言ってあげて!!」

 

「……ほえ、あっ、――いや、コレは違うくてですね……」

 

 唐突に名前を呼ばれたデレプロ2期リーダーにしてみんなの頼れるお姉さん“新田 美波”。

 

 アシスタントのハチさんが出ていく時には『こっちはしっかり見てますから、真面目に頑張ってきてくださいね?』なんて微笑みながらその背を叩いた頼りがいのある美少女はいま――――くたびれた高校ジャージに身を包み、人を駄目にするソファーにどっぷりと腰を沈めてポテチをつまんでいるあまりにも見るに堪えない自堕落ぷりを今更バツが悪そうに恥じらう。

 

 この姿のどこにあの時の言葉があったのだろうか、本気で問い詰めたい。

 

「ふふっ、ミナーミ。ぷにぷにしてきて可愛いデース」

 

「ち、ちがうのっ! アーニャちゃん、コレは違うから!!」

 

 その堕落ソファーの脇に飼い猫よろしく侍っていたアーニャちゃんから脇をつままれ顔を真っ赤にする彼女に流石の瑞樹さんも呆れて別の切り口へとシフトチェンジした。

 

「み、美優ちゃん、るみちゃんっ、瞳子ちゃん! 私にできることがあったら何でも手伝うから行ってね?」

 

「いえ、中途半端に手を出される方が大変なので……」

 

「じゃあタイムスケジュールについて何だけど――ごめん、電話だわ。……分かったわ、代わりに私が送迎に行くから拓海たちにも応援を要請しておいて。瑞樹ちゃん、この話はあとよっ!!」

 

「領収書は全て揃えて出してください。 なくすな、くしゃるな、すてるな、後出しするな」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 ついにはシュンとして肩を落としてしまった瑞樹さんに流石に居心地が悪くなってきたのかだらけていたメンバーものそのそと自分たちが散らかした分くらいはと片付けを開始し始めた―――が、部屋には相も変わらずだらけた空気と殺伐さが色濃く残っていた。

 

 そんな空気の中、私はめっちゃ気まずい気分で押し潰されそうナウ。

 

 えっ、なにこれ。あの人いないだけでこんな空気悪くなんの??

 

 えっ、なにこれ―――こっわ(恐)。

 

 こんな空気の中で今更『あぁ、アイツならウチの学校で元気にやってるよ!』なんて言い出せるほどに私は命知らずでもないし、強メンタルでもないのでこうして冷や汗をかきながら俯く他にないのであった。

 というか、最初の最初にそのことを言おうとしたのだがみんなして『むしろいなくて済々するわね、がははっ』とか和気あいあいと笑い合ってたじゃん!! そんな空気なら“まあいっか”とかなるじゃん!! 全然だめだったじゃん!!(泣)

 

「はぁ~、だっる。というか、ハチさんもさぁ連絡くらいしてくれてもいいじゃんかよね~。携帯も“武内さんとかちひろさんの緊急の奴しか出ない”とか言って本当に出てくれないし……私の乙女心が痛んでるのは超緊急案件な訳じゃん?」

 

「は、はははっ、まあハチさんも将来がかかってる大切な研修だからな! こういう時こそでんと構えとくのいい女だとわたしぁ思うなぁ~っ!」

 

「……そうかなぁ。そういうもんかなぁ??」

 

「そうそうそうっ! いい女ってのはそういうもんだって、だから元気出せよ!!」

 

「ぷっ、ふふっ、なんで奈緒がそんなに慌ててんのよ。……うん、でもちょっと元気出たかも。奈緒にはいっつも元気貰ってばっかだね。さすが―――親友」

 

「――――っう」

 

 ふわりと花開くような柔らかな笑顔で目元の涙をぬぐってそう呟く加蓮に胸が締め付けられる。

 

 すまん、親友。いま絶賛お前がぶち切れ確定の秘密を抱えてる私をどうか許せ親友。

 

「よっし。ほーら、凛もいつまでも虚無ってないで……って、何そのシャツ?」

 

「……比企谷の、シャツ。最後の、一枚」

 

「「いや、何やってんの???」」

 

 そんな様々なすったもんだが起きているデレプロは、微かな軋みを含んだままでもとりあえずはその時計の針を再び進ませていったのである。

 

 たった一つの空席が齎すその虚ろさが、ジワリジワリと染みるように全員の心に穴をあけているのを感じる嫌な感触を―――誰もが感じていたのであった。

 

 

―――――――――――――

 

 

「ね、ね、ヒッキーの携帯番号教えてよ! 相談したいことがあってさ~」

 

「あ、あの先生。授業で分かんないことがあって……」

 

「な~、ヒッキー。早く部活いこうぜ!」

 

「進路ってどうやって決めました??」

 

「せんせいっ、このゲームまじでオススメ! 一緒にやろうぜ!!」

 

「それは禁則事項です。あと進路相談は支援課の榴ヶ岡先生に聞け。質問は後で職員室に来てくれ。今日は教材研究の日だから俺は不参加、そして、進路は数学が壊滅的だったから文系一本で決めた。……二子玉川君はゲームより宿題やれ。お前マジで留年ギリギリじゃねーかよ」

 

 そんなこっちの憂鬱と苦労も知らずに、今日も和気藹々と生徒に囲まれているハチさんを見ていると理不尽にも怒りたくもなる。

 というか、この人。自分ではボッチとか嫌われ者とかいう割にはボッチ要素ゼロなんだが? ボッチ舐めてんのか、お??

 

「なになに奈緒ちゃん、先生をみんなに取られて嫉妬かーい?」

 

「いや、マジでそういうじゃないから。……というか、凄い人気だなホント」

 

「あー、でも分かる気がするー。なんか普通の先生とかみたいに上から目線でもないし、普通の教育実習の先生みたいに無駄に熱血でもいい子ぶっても無いから“先生”っていうよりは“ダメなお兄ちゃん”って感じ? 話もヘンテコで面白いし、なんだかんだ根気強くわかんないとこ教えてくれるし――邪険にするくせに馬鹿にはしないんだよね」

 

「………まさか」

 

「いひひっ、年上彼氏っていいよねぇ?」

 

「わぁ~っ! やめろっ、友達のそういう生々しいの私は聞きたくないぞ!?」

 

 にんまりと厭らし気に笑う友人から慄いて距離をとればカラカラと笑うその姿から揶揄われていたのだと察して自然と頬が膨らむ。

 

「あははは、奈緒のそういうとこ久々に見れたなぁ! ふふっ、でも割かしチャンスがあれば結構本気だよ~。この会話も牽制だったりするのだ」

 

「女子、こわっ」

 

 そんな漫才を挟みながら笑い合いつつ、事務所で彼に思いを寄せている面子を思い浮かべ背筋がブルリとする。1週間ちょっといなかっただけであそこまで荒れた事務所の乙女たちと、その彼を明確に狙っている層々たる面子を知ってもなお狙うのはまさに命知らずという他ない所業なのだと私は知っている。

 

 それに―――あの男が、そう簡単に靡くとも思えなかった。

 

 確かに、第一印象とは違い面倒見もよく付き合いもいいというのは知っていはいるが、あの昏い瞳が自分たちを見つめる時に浮かべる感情が……あまりにも遠い。

 どんな熱量をもって接してくる女の子にも遠くの太陽を見るように眩そうに眼を眇めるあの瞬間が、どうしても自分があの人を信じきれない最大の要因でもある。

 

 私は、あの猜疑に満ちた瞳を向けられる度に息が詰まる。

 

 こわい、と思う。

 

 隣にいるはずなのに、そう思っているのに―――薄い書割のように手を伸ばせば簡単に破けて消えてしまいそうなその気味の悪さがいつまでも拭えないのだ。

 

 だから、神谷 奈緒はこの人を未だに測りかねている。

 

 

 

---------------------------

 

 

 

「………たった数年でも懐かしく感じるもんだな」

 

 すったもんだにてんやわんやの教育実習が始まって、気が付けば残り2日。

 

 朝の朝礼から始まり授業参観に、指導講話、学級活動に教材研究、研究授業とその他もろもろを必死に乗り越えたかと思えば合評会でご指導・ご鞭撻を頂くというミチミチのスケジュールもようやく終わりが見えてきた中で清掃監督という名目で唯一自由に構内を動き回れる時間で気まぐれに立ち寄った空き教室。

 

 そこはかつて自分が強制的に入部させられた部室で、何のかんのと多くの日々を重ねて次の世代に渡した昔日の残滓。

 

 古びた教室の匂いと吹き込む風に揺れるカーテン。

 

文庫のページをめくる規則的な音と紅茶の香り。

 

 差し込む夕日に眩く微笑む二人と始まった俺の間違いだらけの青春の始まりの場。

 

 あの時の選択も、その後の選択も回答欄は何度も書いては消しての繰り返しで小汚い四角の枠はいまだに空白のまま。

 

 正しかったのか、間違っていたのか 

 

 純粋だったのか、不純だったのか

 

 わかりゃしないし、そもそもが分かろうと調べる気も無いのだ。

 

 過ぎ去った日々は戻らないし、白紙のまま過ごした自分の人生をいまさら悔やむ気もない。

 

 だから、今はもう誰も座らなくなったこの教室でただその日々を撫でる。

 

 自分の手から滑り落ちていった真実の果実が記憶の海の底で緩やかにたゆとうのをただただ眺め、それは本当はどんな味だったのかを懐かしくあいつらと語るくらいで丁度いい。

 

 青春なんて言うのは、きっとそれくらいでちょうどいい。

 

 そんな事を考え浸る自分に苦笑を零していると、教室の入り口に誰かが佇んでいるのに気が付いた。

 

「……なんだ、神谷か」

 

「………う、おう。ハチさんこそ、こんなとこで何してんだよ?」

 

「母校を懐かしんでたんだよ」

 

「くくっ、なんかそういうのあんま似合わないな」

 

「自覚してっからほっとけ」

 

 のんびりと瞼を開けてそちらを確認すれば、なんとなく気まずそうに教室に入ってくる神谷に軽口を叩けばようやく気持ちもほぐれたのか肩を揺らして彼女は笑った。

 

 千葉から通っているとは聞いていたものの、まさか総武にコイツがいるとは思っていなかったので朝から度肝を抜かれたし、大声でツッコんできたコイツの天性のツッコみ力にも呆れ果てのを今でも覚えている。

 とはいえ、上手く誤魔化してからもボロを出さないように意図的に避けていたので実質的にコレがここでのファーストコンタクトである。

 

 意外、というか普通に優等生だし、成績も問題なし。

 

 教員としては実に“いい生徒”であり、身内としては“面白ネタ”のあさりがいの無い奴である。なんなら出会い頭にドロップキックをかましてきたルミルミの方に手を焼いたくらいである。

 

 ルミルミはもう少し見習ってもろて。

 

「――――ハチさんって、どんな学生だったんだ?」

 

「…当時の恩師に鉄拳を何度も食らう位には捻くれてたのは確かだな」

 

 “分かる気がする”なんて言って笑う彼女になんとなくサウダージな気分だったせいもあり、ポツリポツリと昔の事を零してしまった。

 

 リア充爆発しろを形にした学園生活の感想文やら、どいつもこいつも面倒臭い知人たちとの出来事、失敗や手痛い後悔。生意気な後輩の事や、可愛い妹の事―――二人の大切な“友人”の事。

 

 何てことない、かけがえのないあの日々を。

 

 そんな日々を彼女は感情豊かに笑ったり、呆れたり、怒ったりしつつも言葉少なくも真剣に耳を傾け、何度も“もっとないか”と話をねだる。だが、時間は有限だ。

 

 そして、過去を懐かしみ縋るのは―――心が弱っている証拠だ。

 

 何事も程々に楽しんで、人は前を向き直らねばならない。

 

「さ、昔話は終わりだ。そろそろ戻んないと怒られちまう」

 

「……わたし、さ。ハチさんって現実感が薄くて、正直言えば気味が悪いと思ってたんだ」

 

 そう話を切り上げようと腰を浮かしかけた俺に神谷 奈緒は一瞬だけ息を呑んでそう呟いた。その顔があんまりにもバツが悪そうで、罪悪感に満ちたものなので言われたこっちの方が思わず苦笑してしまう。

 

「でも、そんな訳ない。誰にだって過去は有って、当たり前に一生懸命生きてきたに決まってる。何より――あんな優しい顔で友達の事を語れる人が、薄っぺらなわけがないよな!!」

 

 そんな自身の罪悪感を振り切って、太陽のように笑う少女。

 

 あの事務所の誰もがこんな笑顔をくったなく向けてくるから、失敗ばかりの人生を送ってきた俺にはどうにも眩すぎて目を眇めてしまう。

 

だけれども、だ。

 

 その眩い笑顔は俺には一生浮かべることなんかできやしないけれども、

 

 踏みしだいてきた道には恥しか散らばってやしないけれど、

 

 割かしこんな自分が俺は気に入っているのだ。

 

 だから、胸を張って、いつもの小鬼らしく厭らしい笑みを浮かべてこう答えてやるのさ。

 

 

「“青春”ってのは、お前らだけにあった訳じゃないんだぜ?」

 

 

 精一杯のカッコつけは、少女の無垢な大爆笑に包まれて静かに夕闇に呑まれてゆく。

 

 

 どうか、彼女たちも傷だらけで走り抜けたその青春の果てで――いつか今日という日を思い出して笑ってくれればいいな、と俺は静かに祈ったのであった。

 

 

 

 

=後日談=

 

 

 

美優「比企谷さんっ! もう、もうっ、絶対にいなくならないでください!!(泣」

 

和久井「これが入社の契約書よ。大丈夫、私がしっかりサポートするから(ニッコリ」

 

瞳子「―――私、もう、アイドルに戻っていいんです、か?(ハイライトオフ」

 

 久々に事務所に来たらいつも手伝ってくれるアイドル達が血走った目でボロボロになって迎えてくれていた。俺の脳内でボブは『戻ってきたのは失敗だったのでは?』と訝しんでチッヒにすぐ消されていた。なむさん。

 

マストレ「キビキビ動けっ! この豚共がっ!!!」

 

多数「「「「ひぃっ」」」」

 

 窓から見える中庭では軍服に身を包んだアイドル達がなんかブートキャンプトレーニングでマストレさんにしごかれている……なんで?

 ちなみに、その中の成人勢の大部分が首から“禁酒中”という立札をぶら下げているが―――こっちはもう見慣れているのでいつもの事だろう。

 

 そんな相も変わらないこの事務所に呆れていると続々と入り口からブートキャンプを免除されたアイドル達がやってきてこっちに群がってくる。

 

まゆ「ハチさん、まゆと~っても寂しかったです!!」

 

周子「お、おかえりーん」

 

文香「ふふっ、無事に単位は、取得できて一安心ですね」

 

なすび「ひっきがっやさーん! 教育実習の成果を私にも“夜の個人授業”で見せてください!! 何なら、私が教師役でもいいです――あべしっ」

 

加蓮「ちょっと~、ホントに一切連絡でないとかさ~。この埋め合わせはポテト10個じゃたりないよー?」

 

島村「島村卯月、がんばりましたっ!!(ダブルピース」

 

川島「お、お帰り……ふふっ、おねーさん、子育ての大変さを痛感する2週間だったわ…(がくっ」

 

木村「おつかれさん。こっちはそれなりにハードな2週間だったぜ~(笑)」

 

 それなりに忙しい売れっ子たちだろうにわざわざアルバイトの顔を身に事務所に寄った連中も多いらしく、囲まれ好き好きに話しかけてくるけれども――たかが2週間で大袈裟な。

 

 そんな過剰な出迎えに苦笑しつつも、これじゃ実習中と大した変わりがないなと呆れてしまう。

 

 みんな、目新しい玩具が大好きなで構わずにいられない。

 

 人間性とか、カリスマ性に惹かれてる訳じゃないのが悲しい所である。

 

というか――――

 

木場「まぁまぁ、積もる話は今日の肴にとって置くとしようじゃないか」

 

 そもそも――

 

ハチ公「いや、大体の所は神谷に聞いてるでしょうにわざわざ話すことでも……」

 

全員「「「「え?」」」」

 

奈緒「――――(白目」

 

 

 その後、簀巻きにされてどこかに連れ去られていた神谷がどうなったのか……俺には分からなかったのであった、とさ。

 

 

ちゃんちゃん♪

 

 

 




(・ω・)もっと色々読みたい人はこっちへ→https://www.pixiv.net/users/3364757


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比企谷家の決戦前夜(三船√)

(/・ω・)/渋の方でやった”見てみたい結婚後のアイドルとの生活”のアンケートで美優さんが勝ち上ったので、今日は奥さんになった美優さんを頭空っぽでお楽しみくだされ~!!

渋垢→https://www.pixiv.net/users/3364757/novels


 世間でよく言う『結婚すれば性格が変わる』という通説。

 

 それは間違いでもないし、正確でもないというのが私“比企谷 美優”の所感です。

 

 一般的には良い意味で使われる事の少ない言葉なのでしょうけれども、結婚という一大事を超えて結ばれた相手にはそれまで出せなかった“素”の部分が見えてしまうのは致し方ない部分でもありますし、相手を思えばこそ心を鬼にして臨まなければならないという事もあるでしょう。

 

 そう――ちょうど今の私のように。

 

「アナタ、念のための確認ですけど―――まさか“ソレ”を明日、持っていくつもりじゃありませんよね?」

 

「は、何言ってんすか? この他にも収音機にラフ版も現地配送で借りてるんで抜かりなく愛娘の勇姿は永久保存される予定ですけど??」

 

 リビングいっぱいに広げられた娘の名前や写真のプリントが印刷された法被にペンライト。その他にも横断幕やら明らかにテレビ局で使うようなビデオカメラ、音響機器などなどひと昔前のアイドル稼業をしていた時には見慣れたアイテムが目白押し。

 

 それを一つ一つ小躍りするように確認してチェック一覧片手にニコニコと私の問いに答える愛しの馬鹿旦那“比企谷 八幡”その人に思わずこめかみがひくついてしまうのを感じます。

 

 一般的に旦那は“結婚すればダラケはじめる”という通説に反するようにこの人はマメだし、家族愛にも疑いはない。たまの休日にだって家族最優先にしてくれる良い旦那様だと心から思う。思うのだが―――実の娘が『あとはママに任せます』とうんざりした顔で自室に引き上げてしまうその過剰供給はちょっと難あり、かしら?

 

 ウキウキと会心のグッツを数える彼に今から言わねばならない言葉を放つことが実に胸が痛い。胸が痛いが、妻としてこの暴走を止める義務が私にはあるのです。

 

「アナタ―――それ、全部置いて行ってくださいね?」

 

「―――え?」

 

「中川さんに頼んでるであろう撮影機材も一式全部キャンセルです」

 

「―――――へ???」

 

 最愛の妻が何を言っているのか本当に分からないといった様子できょとんとしている彼が可愛らしく見えてついつい甘くなりそうな自分を制し、小さく息を吸い込んで――

 

「運動会にそんなもん持っていける訳ないでしょうっ! 常識で考えてくださいっ!!」

 

 心を鬼にして雷声一喝。

 

 千葉の閑静な住宅街中に響き渡るような私のお叱りに“ひえっ”なんて言いながら首を竦める彼にノシノシと距離を詰めていき床に並べられたグッツ類をテキパキと片付けていく。

 

 本当に仕事で忙しいはずなんですがいつの間に作ったんでしょうかコレ?

 

「ちょ、ちょっと待ってください美優さん。娘の一世一代の大舞台、これを完全に納めないのは人類の損失といっても過言ではない。それに親戚や知り合い連中にDVD化して配るのに低クオリティなものを作るわけにはいかないでしょ!?」

 

 次々と段ボールに戻していく私の腰に縋りつくように絡んでどうしようもない事をわめく彼に冷たい目で応じつつ答えます。

 

「それ以上に娘の貴重な青春がガチの撮影機材揃えて臨む馬鹿親によって損なわれる方が大問題ですよ。というか、親戚も皆さんもそんなもの配られても困るだけです。―――あぁ、中川さんですか? いつもお世話になっております比企谷です。ウチの親バカ亭主がお願いしてた件なんですが……あ、こちらこそ助かります。はい。はい。ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。また改めてご挨拶に伺いますね。はい、失礼いたします」

 

「…………え、おい。今の電話って」

 

「中川さんも『困ってたから助かった』だそうです。ほら、片付けの邪魔ですからさっさとお風呂にでも入ってきてくださいな」

 

「な、中川ぁぁぁああああっつーーーーーーー!! 裏切ったなあぁぁぁぁっ!!!」

 

 長年連れ添ってきた妻と仕事仲間に裏切られた彼の慟哭が千葉の住宅地に響き渡り、後日、ご近所さんから楽し気に揶揄われる事を想像して私は小さくため息をつきました。

 

こんな騒がしく、子煩悩な旦那様“比企谷 八幡”さんと結婚して早10年。

 

 彼と出会うまでの日々や、彼と結ばれるまでにあった様々な軌跡を考えれば信じられないくらいに普通で、当たり前で、穏やかな日常の中に私たちは生活しています。

 それを思えば―――彼がこんな駄々っ子のように振舞う姿というのは、やっぱりそれはとても“幸せな毎日”なのかもしれません。

 

 そんな事を一人独白しつつ、ソロっと娘の名前入りペンライトをポケットに忍び込ませようとする彼の手を“ぺちり”と叩き落としたのでした、とさ。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 俺こと“比企谷 八幡”は激怒していた。

 

 最愛の愛娘にして、マイスイートエンジェルである“美八(みや)”の晴れ舞台のために血眼で用意した応援グッツと撮影機材一式(プロ仕様&プロカメラマン込み)を邪知暴虐の鬼嫁によって全て水泡に帰されてしまったからだ。

 

 その怒りは風呂でポカポカの湯に浸かっても晴れず、晩酌のビールを飲み干しても揺らぐことも無く―――仕方なく困ったような微笑みで手招きする美人な嫁の太ももに顔を埋めても一向に収まることを知らない。

 

「もう、いい加減に機嫌を直してください」

 

「………仕事そっちのけで頑張ったのになぁ」

 

「いや、それは仕事を優先してくださいな……」

 

 ええい、五月蠅い。娘の懸命に走る姿を永久保存すること以上に最優先なモノはこの世に存在しないのだ。それを力説してやろうと顔をあげかけたら先読みした美優さんに出産してから更に大きくなったオッパイで挟まれ口を塞がれた―――湯上りのせいかノーブラな上にフローラルな香りで思わず意識を反らされてしまっ――ふがふが 小癪な。

 

「というか、去年の“秋八(しゅうや)”の時はそんな大騒ぎしてなかったのに差を付けたら可哀そうじゃないですか」

 

「いや、野郎の走る姿とか配られても誰得なんすか。男児には塩対応はウチの伝統ある教育方針っす」

 

 基本、野郎はほっといても育つのだ。これは俺と親父が証明しているので間違いない。だが、娘には好かれたいので全力で構いに行く。これにより小町のようなカワイイ娘が出来上がる。これも経験則で間違いないのである。

 

「だから秋八にも美八にも呆れられるんですよ……。というか、去年くらいで丁度いいんですよ。カメラ片手に一生懸命走ってる姿を応援して、勝っても負けても褒めてあげてお弁当を一緒に突いて送り出すだけで十分楽しかったでしょう?」

 

「うーむ、でも折角応援ソングと振り付けも作って大志と練習したしなぁ…」

 

「多分、それを実行したら一生口きいて貰えませんよ。私が保証します。あと、妹婿まで巻き込まないでくださいな……」

 

 それでも掛けた手間暇が惜しくて渋っていればベチリと頭を叩かれた。だが、冷静に考えれば親父も似たようなことをしてて小町に口きいて貰えなくなってたので一理はあるのかもしれない。

 

 悔しいながらもこの計画はお蔵入りとなってしまう予感を感じながらも、悔しいので目の前にある嫁のたわわなオッパイを揉みしだいて怒りの発散に努める。

 

 付き合いたての頃や新婚時代は微かなタッチですらお互いに頬を赤らめてイチャイチャしたものだが、今では“好きですよねぇ”なんてソファに押し倒されているような状態にも関わらず一心不乱に揉みしだく俺の頭を幼子のごとく撫でながら微笑んでくるのだからこなれてしまった。はちまん、悔しいですっ。

 

 あぁ、気弱で流されやすく幸薄そうであった美優さんは遥か昔。

 

というか、最終的に何万人ものファンの前で歌って踊り、百戦錬磨のロケ経験者になって世間を賑わせたトップアイドルが紆余曲折の果てに自分なんかの癇癪に付き合ってくれているだけでも世の男からは吊るされ極刑にされても文句は言えない身ではあるのだけれども。

 

 それでも、俺に褌を一丁にしてそのケツにヤバイくらい興奮しつつ頬ずりしていた特殊プレイに余裕のない獣おせっせに励んでいた初心な頃の美優さんが恋しくなるのは男として当然の―――いだだだだだ。

 

「余計な事を考えていた顔です」

 

「むひふでふ(無実です」

 

 嫁との美しくも情熱的な日々を思い返しているとにこやかな笑顔のままほっぺを抓りあげられる。結婚して五年ほど経過してからたまに俺の脳内が覗けるんじゃないかと思う位に勘がいいのは喜ぶべきか、困るべきか悩みどころである。

 

 つねられていた頬を擦って拗ねていると、今度は頭ごと抱えられて―――慈しむような声でささやかれた。

 

「忙しい中で家族のために一生懸命になってくれるのは嬉しいですけど、折角のこういう機会はカメラとかなんかじゃなくて貴方の瞳に焼き付けてくださいな。

 お仕事みたいに張り詰める必要なんてないんですから素直にあの子たちの成長を見て喜んで上げましょう?」

 

「……………わかった。分かりましたから、その、離して貰っていいですか、ね」

 

「ふふっ、貴方はこういう時は昔と変わらず初心なままで可愛いと思いますよ?」

 

 その甘やかすような、自分の全てを受け入れてくれそうな甘やかな声と抱きしめる肌の温もりになんだか急に気恥ずかしくなって早々に降参をしたのだが聖母たる鬼嫁は攻勢の手を緩めてくれない。

 

 耳元でクスクス笑う彼女に“姉さん女房”の厄介さを感じつつ、とどめの一言が放たれた。

 

 

「――――――明日いい子に出来たら、二人っきりで『大人の運動会』してあげますから、ね?」

 

 

「――――――――」

 

 

 熱く、甘く、粘りつくような色気を宿した声で脳髄を痺れさせ、触るか否かの強さでツボを心得切った愚息を撫でまわした愛しの妻は、我が人生最高の女は悪戯っぽく微笑みつつ余韻だけを残して俺をソファに置き去りにして寝室に消えていく。

 

 よき母で、良き妻で、善き伴侶で  最高に“ワルイ女”になってしまった彼女に

 

 どうにも俺は一生尻に敷かれてしまう運命らしい事を悟って俺はソファに仰向けに倒れ込んだ。

 

 さてはて―――――年甲斐もなく元気にさせられてしまった愚息は、明日まで堪え性が持つのかどうか。

 

 それが、俺がいま最も脳みそを絞らねばならない命題へとまんまとすり替えれてしまったのである。

 

 

 

 リア充って、ほんと猿。

 

 

 

 ちゃんちゃん♪

 

 

 

 

=後日談という名のオチ=

 

 

 

大志「お義兄さん! 自分、全パート完璧にしてきたっすよ!! 美八ちゃんとウチの“錦(にしき)”の活躍、魂を燃やして応援しましょう!!」

 

ハチ公「は? そんなん他の父兄に迷惑だろ。……一般常識で考えろよ、常考」

 

大志「――――へ?」

 

小町「ほら~、ウチのお兄ちゃんのいう事なんて真に受けるからこうなるんだよ~。というか、アレまじで錦ちゃんの出番でやったら家に入れないからね、小町」

 

美優「ご、ゴメンね、大志君」

 

大志「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっん! 必死にマスターしてきたのにぃぃぃぃいいいっ!!!」

 

 

 その後しばし、川崎家の長女はクラスメイトから『開会前から号泣した錦パパ』の件で弄られて家の中で大志に冷たくなったというお話が合ったとか、なかったとか、さ。

 




_(:3」∠)_ 褌プレイを楽しむ美優さんはこちらでどうぞ→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13938381


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ロシアより愛を込めて、婿へ問う

(・ω・)冬囲いが終わればやってくるのは雪と忘年会ラッシュ……日本人ってホントお休みがないいちぞくだね(絶望

_(:3」∠)_というわけで、年末にまさかの”あにゃ”投下。

 ロシア美女かわいいからしかたないね?

 さあ、今日も脳みそ空っぽでいってみよー!


 ちらりちらりと舞う雪は街の眩いイルミネーションに彩られて星々が地上に落ちてきたような幻想さを私の瞳に齎す。

 

 自分の生まれ育った二つの故郷ではこうはいかない。

 

 ロシアでは強い吹雪ともに吹き付ける雪の粒は寒さと相まって刃物のように襲いかかってくるし、北海道にいた頃の雪の効果音は“チラチラ”なんて可愛いモノではなく“モサモサ”とまるでサモエド犬の抜け毛のように降りしきりそのまま埋まってしまいそうな勢いであった。

 

 まあ、そんな訳で、自分の短い人生経験とはいえこんな穏やかな雪もあるのだという事を知り世界の広さへの感動を白い吐息と共に吐き出していると、聞きなれた靴の音が雑踏に交じったのを捉え思わず頬が綻んでしまった。

 

 父のような重たいモノでもなく、母のような軽快なモノでもない。

 

 もちろん、遠い祖国にいる祖父母の落ち着いた足音でもない。

 

 今まで自分が住んできた地域は贔屓目に見てもきっと生き抜くには過酷な条件の多い土地だったとは思うけれども、自分はそんな土地だったからこそ自分を迎えに来てくれる“家族”の温もりが大好きだった。

 

 そんな家族と新たな世界が見たくて離れて暮らしたこの土地で見つけた新たな温もり。

 

 どこか気だるげに。でも、気遣いか臆病さを覗かせる密やかな足音。

 

 社交的なんてお世辞にも言えないけれど、言葉が分からない私に不器用にも手を伸ばしてくれるお人好しな彼。

 

 口では素直でないくせに、なんだかんだと面倒を見てしまう彼に最初に抱いた感情はきっと親愛。それから更に彼を知って抱いた感情はきっと“家族”へ向けるもので。

 いま、この肌を撫でる風の冷たさすら心地よく感じさせるこの胸の中に宿る熱は―――きっと  “恋”  と呼ばれるものだ。

 

 そんなくすぐったい独白に小さくマフラーの中で笑いをかみ殺しつつ、彼に呼ばれるのをわざと待つ。

 

 近づく足音はやがて止み、触れそうで触れないいつもの距離で待ちわびた“声”が漏らされた。

 

『ん、仕事は無事終了―――帰るぞ、アーニャ』

 

『ん~、んふふっ、減点ですよ“ハチ”。こんな綺麗な夜はロマンティックにデートに誘うのが紳士のマナーです』

 

 私と二人だけの時に彼がひっそり使ってくれる祖国の言葉。

 

 人気者の彼“ハチマン・ヒキガヤ”が、今だけは私の独り占めという高揚感は元々がおしゃべり好きな私“アナスタシア・アラフォヴァ”に軽口を叩かせるには十分で、毎回ちょっとだけ彼を困らせてやりたくなってしまう。

 

『やだよ、さみーもん。俺はお前を寮にさっさと送って温かい我が家でおでんをほっつくんだよ』

 

『あら、それなら名案がありますよ――ほら、こうすれば温かいでしょ?』

 

『―――もう、ほんと外国人の距離感近すぎなんだよなぁ。パーソナルスペースって知ってる?』

 

「Oh…I can’t speak English」

 

『めんどくさぁ……』

 

 素っ気なくする彼にムッとしたので、その腕に有無言わせず抱き着いて論破してやったのだが―――どうにも彼は誰にでもこうするのが外人の“普通”だと勘違いしてるのか、まるで猫か犬がじゃれついてきたくらいの反応。

 

……いや、家族ならともかく好きでもない異性にこんな事しませんから。

 

 そんな説明ももう説明し尽くしてもこれである。ならば、まあ、コレはコレで好都合なので無邪気を振舞って利用させて貰います。―――――良き狩人というのは勇猛さの他にも忍耐と上手く環境を使いこなせるモノですから、ね。

 

 そんなこんなで腕をもっと強く引き寄せ、彼のコートからする紫煙と紅茶の香水、そして、ほんの少しの男性の匂いをゆったりと味わいながらわざとらしく彼にじゃれつきます。

 

 パパとも、グランパとも違う。だけれども、その身体は確かに固くて熱い。

 

 めんど臭さそうにしながらも歩く歩幅をゆったりと合わせ、私の軽口に付き合ってくれる彼。

 

『ね、ハチ。いい事考え付きました。このままコンビニでおでんを買って車で食べましょう。私もお腹ペコペコですし、ご飯は一人で食べるより二人の方が美味しいですよ!』

 

『………それ食ったら大人しく帰れよ』

 

『んふふふ~、まあまあそう言わずに雪見デートと洒落込みましょう♪』

 

「ほんっと、日本語の時とキャラ違うな……コイツ」

 

 最後にボソッと彼が日本語で漏らした悪態。

 

 聞かなかったふりをしてあげるけど、ちゃんと聞こえている。

 

 キャラが、いや、性格が変わるのは言語のせいなんかではない。というか、性格なんて多重人格でもあるまいし早々に変えられる訳がない。

 

 それがもし変わっていると感じているのなら――いい傾向だ。

 

 “私”が“こうなる”のは――――貴方の前だけだって、彼はきっと嫌でも気が付くだろうから。

 

 そうなる様に、まずは小さなことからコツコツと。

 

 私は一世一代の狩りを、目の前ののんびりとした羊を前に涎を押さえて微笑んだ。

 

 さて、この愛しくて堪らない羊は―――最後にどんな声で鳴いてくれるのか。

 

 隣で何のおでんを買うかをつらつら考える“獲物”を横目に私はバレない様に小さくほくそ笑んだのであった、とさ。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 季節の移ろいは無情なもんであっという間に季節は冬。年末真っ盛り。

 

 ただでさえ師匠も走り回る師走だっていうのに、キリストさんまでおぎゃっちゃう記念日も目前まで迫ってきている。それどころがもうバイト先の芸能事務所ではクリスマスの収録はとっくに終わり、今は正月特番や特集にてんてこ舞い。

 

 一週間が三日に感じる“りあるタイムリープ”真っ最中の今日この頃。

 

 なに、宗教のガラパゴス諸島と呼ばれるこの国では時空まで歪んでるのん? いや、騙されるな。ただただ職場に体よくつかわれ就労感覚が狂ってるだけでござる。立ち上がれ労規よ! 

 などなど、脳内でジークじおんしながら今日最後の撮影スタッフとのあいさつ回りと雑誌の掲載時期なんかをつつがなく打ち合わせし終えてゆく。

 

 悲しいけどこれ、お仕事なのよね……。

 

 というか、こっちも忙しいがあっちも正月返上で編集だというのだから挨拶もそこそこに手早く撤収に移っていく。

 

 あっという間に人がいなくなった撮影現場に残る意味もなく、少し離れた所で待たせている今日の付き添い相手を探して首を巡らせば―――目を凝らすまでもなくすぐにその後ろ姿を見つけられた。

 

 雑多な都内の街並みには溶け込み切れないその背中。

 

 自分の妹分である周子の髪を銀糸だとするのならば、彼女の――“アナスタシア”の髪は白金。

 

 そのいっそ浮世離れした髪と舞い散る儚い粉雪を見つめる姿はこの雑多な街並みにはあまりに異質で、何ならば彼女の周りには息を詰めてしまうほど冷え切った湖畔が見えてしまうほどにその周囲は洗練としているようにすら思える。

 

 人が、触れるべきでない神聖。

 

 それは、幽世と親しむ少女であったり

 

 神域にて祭られ現人神と孤島で崇められていた少女であったり

 

 神に愛されているという幸運な女がたまに見せる澄んだ瞳であったり

 

 このバイトについてから何度か経験したそんな緊迫感。

 

 それに劣らぬ彼女のその背に声を掛けるか一瞬だけ躊躇うが―――まあ、考えるだけ無駄である。

 

 妖精だろうが、バケモンだろうが、霊感少女であろうが、吸血鬼と従者であろうが、不幸・幸運少女であろうが、ヤンキー娘だろうが、スーパーアイドルだろうが、読書ジャンキーだろうが―――俺に怖くない女子はいない。

 

 なぜならば

 

『ん、仕事は無事終了―――帰るぞ、アーニャ』

 

『ん~、んふふっ、減点ですよ“ハチ”。こんな綺麗な夜はロマンティックにデートに誘うのが紳士のマナーです』

 

 そんな別次元の生き物であってくれればよかったのに、誰も彼もが俺の些細な一言に笑い、怒り、呆れ、哀しみ、楽し気に微笑んでくるからだ。

 関わるまいと、踏み込むまいと決めた自分への戒めを簡単に揺るがしてくる無邪気なその姿の方が俺はずっと怖い。

 

 それならばいっそ、理解できない別の生き物であってほしかったと願う位には。

 

『―――――、――』

 

『―――――――、――』

 

 必死に緩みそうになる思考を引き締めながら、無邪気に日本のイルミネーションや雪、コンビニのおでんの具材に目を輝かせながら明るく語りかけてくる“アーニャ”こと“アナスタシア”。

 

 ロシア語で語る時だけ見えてくる彼女の少しだけ辟易する減らず口と、年相応の小生意気さにいつものように適当な相槌を打ちながらも何とか送迎用のバンへと乗り込んでようやく和らいだ寒気に息をつく。

 

『うわぁ、いい匂いですけど、湯気で窓真っ白ですね!』

 

『そらこんだけ寒けりゃな。あー、くそ。酒が欲しくなるな』

 

 体に纏わりつく冷えを追い払うためにエンジンをかけ暖房を掛けるものの、なんせオンボロ車。暖気が済むまではしばし時間がかかるので途中で買ったおでんが今はありがたくも恨めしい。

 

 ポロリと零した酒の話題をアーニャが目ざとく拾ってきた。

 

『あ、そうです。パパが今度はオーロラを見に来いと言っていました。――ふふっ、気に入って貰えたようで何よりです!』

 

『なんで二か月前に行ったばっかのロシアにトンボ返りしなきゃなんねんだよ……というか、もうウォッカもキノコもボルシチもロシア柔術もしばらくはNoセンキューだ』

 

 熱々のたこ串をほおばりながら横のアーニャから漏らされた報せは何とも滅入るものであった。

 

 たまたま収録でロシアへとロケに行く仕事が舞い込んだのであるが、流石に祖国とはいえ未成年を海外ロケに保護者なしでほおり出すわけにもいかないし、コミュニケーション能力に難のある輝子までいたので結局は同伴することになったのだが―――まあ、アーニャの父親と祖父に随分と可愛がっていただいた。(相撲部屋的な意味で

 

 なぜかロケの撮影中にガイド代わりについて回り、俺を常に圧迫面接ばりに追い詰めつつ毎晩しこたまウォッカを飲まされた。

 

 意識も朦朧としながらもパパsの泥酔お説教を聞き、二日酔い気味の朝に笑顔でボルシチを頂いて出勤。最後には釣り勝負でオーパオーパと叫び合い、かかってこいと言われ何故か川辺で投げ飛ばされまくるマジでロケより俺の方がキツイ旅路であった……いや、うん。愛娘を見世物にしてる会社の人間をしばきたくなるのは分かる。うん。

 

『パパもグランパも若い人に威張れる機会少ないからウキウキしてました。ハチが来て毎日とても張り切ってましたよ!』

 

『そのおかげで死にかけてるんだよなぁ……』

 

 俺のげんなりした顔の何がおかしいのかコロコロ笑いながら労うように割った大根を俺の口に押し込んでくるアーニャ。

 

『ふふっ、何度負けても立ち上がるハチはとても素敵でしたよ?』

 

『………ときめきポイントが体育会系なんだよなぁ、ロシア人』

 

 出汁が染み染みになった大根が口の中でほどけていくのを感じながら、呆れたようにそう呟けば“負けても屈さなければ不敗。それが大切なんです”と悪びれなくそう呟く彼女にいよいよ呆れ果てて、逆に感心した。

 

 変に生真面目で熱血で意地っ張り。だけど、朗らかでちょっとズボラ。

 

 そんな相反する性質を当たり前のように持ち合わせるからこそあの大国はきっと繁栄してきたのだろう。

 

 そんな事を極東の島国の小市民として思い浮かべつつ――俺は再び差し出された大根を頬張りつつニコニコ笑顔の少女を横目に呑気に考える。

 

 まぁ、オーロラを見に行くお誘いは折角だがご勘弁願おう。

 

 こちとら宗教のガラパゴス諸島の住人。

 

 クリスマスで髭づらの聖人が来たかと思えば、初日の出の山頂を目指して干支が駆け抜けて、神頼みの受験生が試験に阿鼻叫喚し、鬼をマメで追い払っているうちにお雛様が嫁入りのてんやわんやしながら鯉が天を泳ぐ。

 

 年中無休でお祝いに勤しむこの国は忙しなく、それに随伴するアイドルも忙しい。

 

 だから、のんびりと極北でオーロラを待ってサウナで整う生活も憧れないではないが―――今度は彼女の家族を招いて案内してやろう。

 

 どっかの偉い人が言ったそうな。

 

 ロシアの秋は二度目の春である、と。

 

 ならば、この無邪気に笑う愛娘が異国でどんな春を過ごし、どんな仲間と青春を送り、どんな世界で生きているのかを見せてやりたいと思う。

 少なくとも、家族ガチ勢の俺としては―――あの過保護な親父さん達をちょっとでも安心させてやるにはそれくらいしか思いつかないから。

 

「オーロラは見に行けないし、ウォッカも飲み飽きたから―――桜を見に、日本酒でも飲みに来いって伝えとけ」

 

「――――ダー!! みんな とっても喜びマース!!」

 

 さっきとは打って変わってキラキラと顔を輝かせ、ウキウキと早速メールを開く彼女に苦笑しつつ前を向けば湯気はすっかりと暖気で払われて、雪の止んだ夜空は――――冬の澄んだ満天の星空が広がっていた。

 

 

 

 まぁ、ロシアの秋の空も捨てがたいが――――この空もそう悪くない。

 

 

 

 あの大酒飲みで厳つい一家が来日した時には、どこに連れていくべきかしばし思案しながら俺は緩やかに帰路へ向かってアクセルを踏んだのであった、とさ。

 




コッチの方が無差別にいっぱい書いてます→https://www.pixiv.net/users/3364757/novels


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捨てられないモノ と 増えていくモノ

(・ω・)あけおめことよろ、ですわ!!

_(:3」∠)_という事で去年の年末ネタの周子をぽちっとな。


(/・ω・)/頭を空っぽにしてお楽しみ頂ければ幸いです!!いえーい!!


周子√ 最終章はこちら→https://www.pixiv.net/novel/series/923084




「周子さん、予備のゴミ袋ってどこにありましたっけ?」

 

「あー、確か食堂脇の階段棚で……たぶん、右上の白いダンボールに仰山はいっとるはず~」

 

 “了解ですー”なんてトテトテ幸子ちゃんが走っていく脇を雑巾がけレースに精を出すちみっこたちがドリフトをかまし行き、ソレを手慣れた様子で避けて歩く乙女たちの手には各々が配分された掃除用具。

 

 忙しく行きかい、各所で起きたトラブルに騒がしい声が響いたりするものの、基本的には雑談の片手間に穏やかな空気でこの“346寮”大掃除は粛々と進んでいく。

 

普段は世間を賑わすトップアイドルの彼女たち。

 

 だが、そんな事は感じさせないありのままの乙女の姿は普段の喧騒や熾烈さから遠く離れた世界の風景で、忘れかけていた“日常”という奴を思い出させるには実にちょうどいいイベントとなっているらしくその顔はどこか穏やかだ。

 

 ましてや年の瀬は稼業柄、のんびりと仕事納めという訳にもいかないので年が明けてしばし立ったこの時期はそういう張り詰めた糸をちょっとずつ解すにはちょうどいいイベントな為か寮に住んでないアイドル達まで“気分転換に”なんて参加してくれているので―――管理人の千代婆と管理人見習いだった私“塩見 周子”の二人でやっていた頃に比べれば雲泥の差がある。

 

 この元旅館だったという無駄にデカい346寮。

 

 寮住みアイドルと常務の間で起こった『改築事変』が起きる前はもっとオンボロで今よりずっと掃除に手間暇が掛かっていた頃の寂し気な光景と今の光景が眼下で重なり、思わずクスリと笑いを零してしまう。

 

 そんなかつては隙間風すら吹き込んで人もまばらだったココが、今や綺麗に補修されこんなにも賑わっている。

 その光景が嬉しくもあり、時間の流れの速さも感じさせてちょっとだけ切なさも感じてしまうのは何とも身勝手な感傷だ。

 

 気持ちを切り替えるように手に持っていた段ボールを抱え直し、すわ片付けへ……なんて思った矢先の事。

 

「みるでごぜーますっ! これが箱根で唸らせた伝説のっ、ヘアピンどりふとぉっ―――はれっ!?」

 

「「「「あーーっ!!」」」」

 

「どわっち!?」

 

 談話室から玄関に続きますコースから現れましたのは冬休みを利用してお泊りに来ていた“市原 仁奈”ちゃん9歳児。後続を更に大きく引き離す見事な逃げを見せる中で更にスピード上げますが、迫るは最大の難所“談話室カーブ”!

 このまま減速せずにツッコめばコースアウトは必至。それを補うかのように彼女はその小さなお膝を地面に擦りドリフトを試みるが―――残念な事に角から急に現れた障害物である私の事までは計算に入れ忘れていたようで後続のちみっこたちの声を受けつつも私を巻き込んで派手にクラッシュしてしまったのであった、とさ。

 

 見事の横膝カックンを受けオッサン臭い叫び声で崩れ落ちる私と、見事にぶっ散らかる段ボールの中身が程よく悲惨な事故現場を彩っている。

 

「もぉ~っ、急な飛び出しはあぶねーでごぜーますよぉ!」

 

「しれっと自分が被害者みたいな雰囲気を出して誤魔化そうとするんじゃないっつーの」

 

「あばばばばっ」

 

 あ~あ~、なんてため息を付きつつ最近急激に悪知恵をつけ始めた彼女の頭をこぶしで挟んでゴニゴニして折檻してやる。全く、小さな子供たちは事務所のメンバーの良い所も悪い所もグングン吸収していくので喜ぶべきやら、呆れるべきやら。

 

「「「周子さん、ごめんなさーい」」」

 

「ほんま一生懸命に掃除してくれるのも、楽しんでやるのもええけど塩梅が大切だよーん?」

 

 薫ちゃんなどなど後続レーサー達もわらわら集まって謝りに来たのに軽くデコピンを食らわしながら小言を一つ。ま、コレで勘弁して進ぜよう。

 

 気持ちを切り替えて散らばった中身を回収に動き出す。

 

 そもそも、幸か不幸か中身もまだそんな詰めて無かったので被害はそこまで甚大という訳でもないのが救いか。

 

 自分がアイドルになる前。まだ管理人見習いだった時にロビーや食堂、談話室なんかに置いていた個人的な小物たち。

 買い出し用のメモだったり、手書きで手順を書いた古式ボイラーの使い方。その他にも自分用の手袋や足場台に肩もみ棒、なんとなく気に入って置いていた置物などなど――まあ、管理人業が出来なくなってきた上に、当番制が採用されてからめっきり使う事の無くなってきたこれらを片付けていたわけである。

 

 まあ、いらないと言えばいらないモノばかりなのだけれどスッパリ捨ててしまうのも寂しい気がして自室にてとりあえず審議にかけていくつもりであった。

 

 散らばったそれらをちみっこたちに手伝って貰いながらダンボールに詰め直していると仁奈ちゃんが大きな声で“ソレ”を手に取る。

 

「おーっ、すげぇでごぜーます! これって飴でありやがりますか?」

 

「ふふっ、凄いやろ。でも、食べたらアカンで。――もう2年以上も前の奴やから」

 

 彼女が目を輝かせながら持っているのは棒に可愛らしく付けられた干支の飴細工セット。それが結構いい出来なので他の子達もきゃいきゃいと集まってその可愛らしい飴に好き好きに感想を零していく。

 

「わっ、でもこんな可愛かったら食べるの勿体ないよね~」

 

「千枝も今度探してみます!」

 

「ほえー、こずえもほしー」

 

 それらを囲んではしゃぐ彼女たちに苦笑をしつつも思い返す。

 

 かつてこの寮でソレを持ってきた男と、自分の小さな昔の思い出を。

 

 仕事の合間にすぐに食べきってやろうと思いつつ―――結局、今日まで食べることが出来ずにずっと飾り続けるだけだった、淡く暖かい あの日々を。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 時は年末、世はぱーりない。だというのにも関わらず、超絶美少女看板管理人娘こと私”塩見 周子”の手には――使い込まれたデッキブラシが一本。

 ちくせう、なんでこのくそ寒い中で無駄にデカい風呂場の掃除に汗水たらさにゃならんのか。全く持ってかったるいことこの上ない。

 

 クソみたいな実家から家出し、当てもないまま東京に流れてきた私が拾われてからもう早1年半。

 

 なんのかんのと言いながらも身分証明もままならない自分が曲がりなりにも3食寝床付きでココに雇って貰えているのは幸運な事だとは思うのだけれども、何を隠そうこのオンボロ寮は一応“アイドル”達が住んでいるのでその華やかな生活に比べると対比で愚痴の一つも出したくなるというモノ。

 

 プロジェクト初期こそ軌道に乗るまですったもんだあったが、結果を出し続け、幼馴染の紗枝ちゃんがスポンサーに着いてからはあっという間に人気に火がついた。今日だって寮はもぬけの殻で、みんなテレビの向こうで華やかに活動に精を出している。

 

 普段がみんなと仲良く、なまじ一緒に生活をしているせいかこういう時になんだか身勝手にも置いて行かれてしまったかのような寂しさが沸き上がるのは如何ともしがたい。

 

 そんな自分の情けない“かまってちゃん思考”に苦笑を零しつつ―――鏡をチラリ。

 

 私だって、そんな悪い見た目ではないと思うのだけれど。

 

 湯気に濡れた鏡に映るツナギの上半分を腰にまとめた姿で立つ見慣れた自分の姿はムカつく親父譲りの銀糸のような髪に、母親方から遺伝した細い目尻の京美人顔。その下にある身体だって十時ちゃんほどではないにしろ肉付きもいいし、手足も細い。

 関西の血か実家の店番の成果か話せと言われればいくらでも話せるし、勘働きだって、センスだって悪くはない、はず。

 

 それに―――

 

 湯気はスモークで ブラシをマイクに。

 

 一段下がった湯舟は満員の観客席。

 

 かんかんに温まった客席へ不敵に微笑んで、テレビで見た彼女たちのステップや振り付けを“見たまんまに”自分の身体で再現する。

 

 時に激しく、時にしとやかに 脳内で流れる伴奏に合わせて―――喉を鳴らす。

 

 大きな風呂での反響がマイクのエコーの様で、気分が上がる。

 

 ほらみろ、出来るじゃないか。私だって、―――わたしだって  。

 

『未成年の――ましてや、ご両親の了承も得ぬままスカウトは 残念ながら……』

 

 そう零しかけた所で、偉丈夫のプロデューサーが気まずそうにそう零したの姿が脳内に流れ、手足が止まった。

 

 冗談交じりに、でも、少なくない淡い期待を込めた私の心を折るには十分すぎるその一言がジクジクと私の昏い感情に火をくべていった。

 それが、遠回しな彼の“気遣い”だという事は頭では分かっていても、あの自分をあっさり捨てた家に頭を下げて赦しを乞いに行くなどと考えただけで頭の中を掻きむしりたくなるくらいに嫌悪感を沸き上がらせた。

 

 実力だけでいいじゃん。

 

 誰にだって負けないから―――私を見ろよ。

 

 誰でもいいから  誰か  私自身を―――――“  ”してよ。

 

「なんだ、コンサートと風呂掃除はもう終わったのか?」

 

 声にならない嗚咽が漏れ出そうになった時、耳朶を打った聞きなれた気だるげな声。

 

 あの日、自暴自棄になって身売りしようとした少女を何故かこのオンボロ寮に拾って押し込んだ変なアルバイトの男が胡乱気に風呂場の入り口からこちらを見つめていた。

 この世の全てを諦めてしまったかのようなその昏い瞳と、冷笑を含んだような声はいつもと変わらないまま、そこにいる―――いてくれる。

 

「ちょいちょーい、一応ここは男子禁制のアイドル寮やで“おにーさん”。なにシレっと風呂場まで入ってきとんねーん」

 

「守銭奴に大掃除の手伝いに派遣されてなきゃわざわざこんわ、こんなとこ。そんで、来てみればご機嫌な歌声で掃除サボってる馬鹿までいるんだからもう逆に謝ってほしいレベル」

 

「風呂掃除は歌いながらやるもんやってドリフの頃から決まってんねん。……というか、おにーさんあっちのお仕事終わったん?」

 

「全員、紅白の会場に無事送り届けたからな。後は武内さんがいればいいそうだ」

 

 そんな事を言いながら並々と揺れる湯舟に手を突っ込みながら暖を取るおにーさんを横目にしていると、さっきまでの胸のさざめきがあっという間に収まっていくのを感じて自分の現金さに笑ってしまった。

 

 誰もいない寮に覚える寂しさも、実力だけを見て貰えない口惜しさも、実家へと燻る怒りも―――この気だるげな姿を見ていると肩肘張っている自分の方が間抜けな気がしてくるのだ。

 

 それに

 

「お客さん、なんなら温まるまでの間、しゅーこちゃんの歌声もサービスしよっか?」

 

「いいから掃除しなさいよ………どうせ歌うならウチの奴以外で頼む。もう仕事の曲きいてるだけで最近憂鬱になるくらい耳タコなんだよ」

 

「ファンに聞かれたら殺されんで、おにーさん……ふーむ、んじゃあコレが“しゅーこちゃん初ライブ”記念やねぇ。お代は期待してるよ~ん?」

 

「この、帰りに出店で買ってきた飴細工をくれてやろう」

 

 “なんやの、しけとんな~”なんて文句を零しながら、私はデッキブラシを改めて持ち直して考える。

 

 私の人生ってのは――惰性に流されてきただけのちっぽけなもんで、悔しくて、やりきれなくて、全然納得なんて出来ていないけれども、管理人の仕事だってだるくて仕方ないけれども。

 あの日、“誰でもない私”を拾ってくれた彼がいつものように意地悪気な顔で微笑んで私の元へ帰ってきてくれるのならばそんなのはどうでもいい。

 

 誰に置いて行かれても、誰にも見られていなくても―――彼だけにこの声が届けばいいと心から今は思うから。

 

 そんな彼が雑にポケットから出した飴細工にケラケラ笑いながら、彼にどんな歌を届けようかと静かに私は心の中で自分の歌える歌を探したのであった。

 

 こんな幸せな時間がいつまでも続くことを柄にもなく祈りながら、そう願った。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

「なんだ、まだ食ってなかったのかソレ」

 

 そんな他愛もない思い出にどれくらい浸っていただろうか。

 

 今年も今年とて季節外れの大掃除に駆り出された彼が、上から覗き込んだ影と共に零された変わらない呆れた声。それがあんまりにあのときのまま過ぎてつい笑いが零れてしまった。

 

「なんや、うかうか半年も飾ってたら今度は食べるのが怖なってきてなぁ」

 

 とはいえ、本人にあの時のやさぐれていた気持ちを放り込むのは流石に恥ずかしくて適当な言葉で煙に巻く。長い付き合いであるがゆえに“想い人との思い出を残したくて”なんて文言冗談でもちょっと勇気がいりすぎるし、それに、こうして見つかりたくなくてダンボールに入れてこそこそ運んでいたというのもある。

 

 そんな私に彼は呆れたように肩をすくめて、荷物を脇に置き――仁奈ちゃんの持っていたネズミの飴を迷いなく口に放り込んでしまう。その唐突な行動に子供たちと一緒に目を丸くしていると、しばしそれを口の中で転がしていた彼が小さく頷く。

 

「確か飴ってでんぷんだから悪くなんないらしいけど……舐めた感じ、普通の飴だな」

 

「ちょっと、子供たちが真似したらどうすんのさ。それに、人のもん勝手にたべんといてーや!」

 

「2年も飾ってたらもう十分だろーが。ほれ、お前らも真面目に掃除すりゃ飴くらい買ってやるから散れ散れ。そして、俺を早く帰らせてくれ」

 

 そんな分かりやすい“飴玉”の効果は覿面で、子供たちは鼻息荒くどんな飴を買ってもらうかを姦しく相談しながら掃除へと戻っていく。そんな微笑ましい光景を横目に、ちょっとだけ甘えるように彼の袖をつかんでチロリと睨んでみる。

 

「もちろん、日々お仕事を頑張ってるウチにも期待しててええやん、な?」

 

「……子供に張り合うなよ」

 

 げんなりとした彼に今度こそ堪えきれずにケラケラ笑って、その腕に抱き着いて。

 

 胸にたゆとう暖かな思い出も捨てがたいけれど、変わらず傍にいてくれる彼から毎年新しい思い出を重ねていくというのも悪くない。

 

 こうして、いつまでも ずっと

 

 穏やかで、優しい日々が続いてくれることを祈って―――私は彼の腕を強く引き寄せた。

 

 “愛して” という家無き少女の声なき叫びは もう 聞こえない。

 

 




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二人の年末

_(:3」∠)_去年の書き納めはふみふみです!! 皆さんお世話になりました!!


(/・ω・)/さあ、頭を空っぽにいってみよー!!



 のそりと足を突っ込んだが最後、普段から存在が疑われていたやる気と緊張感はあっという間に雲隠れしてベガスへさよならバイバイ。もう彼らが戻ってくることは無いと思われるおーばー。

 そんな旅立つ彼らに心の中で手を振りながら俺“比企谷 八幡”は身体を更に滑らせ肩までどっぷりと炬燵の中へと潜り込み、その仄かな温みに体の芯をトロかせて全身の力を抜いた。

 

 あっという間に沁み込んでくる眠気にうつらうつらしつつも流れるテレビを何とはなしに眺めれば自分のバイト先である芸能事務所のアイドル達がゴールデン番組にも関わらず大暴れして場を賑わせているのを見て呆れのため息を一つ。

 

 芸能事務所としても異例の大所帯というのもあるけれど、それぞれが個性の暴力のような奴らで3秒に一回はお祭り騒ぎを引き起こすのだからあれほど芸能界向きの奴らも他にいるまい。

 

 いよいよ本格的になってきた冬の寒さも吹き飛ばすような彼女たちの舞台袖にいつもは自分もいたりするのだが、今日ばかりはお茶の間で見学させて頂く側である。

 

 それというのも――――

 

「無事、店の戸締りも終わりましたから……これで試験に論文提出、ウチの大掃除まで年末への準備は万端ですね」

 

「おかげで貴重な年末前の休みは消滅したけどな」

 

「一年分の代返と論文の代筆の代価としては安いモノ、だと思っていただければ」

 

 カラリと小気味の良い音を響かせて店からお茶の間に戻ってきたのは大学の同期であり、バイト先のアイドルである“鷺沢 文香”その人。

 俺の嫌味にも彼女がクスリと意地悪気に微笑んでそう返すだけで俺としては耳を塞いで明後日の方向を睨むことになる。

 

 バイト先の連中はすっかり忘れがちではあるがこちとら現役大学生なのである。

 

 日夜ずっと社畜として働いている生活を送っているにも関わらず俺がまだその籍を失っていないのは同期の彼女の全面的な支援によるものと、OBである上司二人から教わった最適単位履修の口伝があってこそのモノ。

 

 なので、試験期間でバイトを休んでいる間はずっと勉強を教えて貰っているし、論文に至ってはもうほとんど書いて貰っている身分の俺は試験最終日に彼女が『あぁ、そういえば仕事で忙しくなる前に下宿の大掃除を済ませなければなぁ……(チラリ』なんてワザとらしく呟けば拒否権などなく、“自主的に”お手伝いをする羽目になるわけだ。

 

 完全に尻に敷かれてますね、はい。おぅ、ふぁっきゅー。

 

「ふふっ、でも助かりました。店の本だけならばともかく、家の方はやはり比企谷さんがいなければやり切れなかったと思いますので」

 

「346寮の大掃除で毎年こき使われてるせいで手慣れちまったよ……」

 

「悪い事ではないと、思います」

 

 そんな軽口を叩き合い彼女がそう微笑んでまとめた所で、台所への襖を開いていく。

 

「それに、いつもお世話になっている分のお心づけもちゃんと用意していますから」

 

「――――うぉ、すっげぇなそれ」

 

 ほどなくして戻ってきた彼女が持っていたのは“大きな鍋”と“ブリ刺”。それだけで彼女のいう“ご褒美”とやらが分かって思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 次々とテーブルに並べられていく豪華な品々にさっきまでの疲労は吹き飛んで、今度は現金に腹の虫がなり始めるのだから男子ってホントばか。

 

「実家に今年も帰れそうにないと伝えたらブリ一匹送ってきてくれたんですが、叔父と私だけでは余らせてしまいますから………“年取り料理”にはちょっと早いかもしれませんけど、二人で内緒の贅沢と洒落込みましょう」

 

「鷺沢家はスケールがデカいな……」

 

 クスリと悪戯っぽく口元に指を当てた彼女はそのまま鍋に火をかけ――その“ブリしゃぶ”の段取りをテキパキと進めてくれる姿を手伝えることも無くぼんやりと眺めつつなんとなく過剰に貰い過ぎている気がして居心地が悪い。

 

 というか、文香がアイドルになってから一度も正月に実家に帰れていないというのも申し訳なさすぎるし、その上、娘を想って送った御馳走をどこの馬の骨とも知らない男(単位寄生虫)がご相伴にあずかっていると知られたら普通に殺されそうだ。

 

「あぁ、そうです。そういえば叔父が出版社から貰って来た良いお酒も折角ですから飲ませて貰いましょう」

 

「いや、そこまでは流石に……」

 

「どうせ下戸の叔父が一口飲んだ後は料理酒になってしまう運命ですから、呑まれた方がお酒も嬉しいでしょうから」

 

 そうコロコロ笑いながら彼女はくつくつ煮立ち始めた鍋にひと回しその高そうな酒をふりかけ、花みたいな甘い匂いが広がったのを確認してグラスへとそれを注いでゆく。

 

 外では割かし引っ込み思案である彼女であるが、家の中では割かし遠慮が無く強引な家弁慶なところがあり、それに毎回押し切られつつなんだかんだと首を縦に振らされてしまう。

 

 NOと言え日本男児になりたいもんだね、まったく。

 

 だが、やる気も意気地も、緊張感も全てがベガスに飛び去ってしまった俺には目の前でてらてらと輝く脂の乗ったブリと瑞々しい野菜。そして、金色に輝く出汁と柚子薫るポン酢を前にして簡単に意思は揺らめいて。

 ニコニコとグラスに酌を受けるのを待っている美人な同級生と見るからに名のある銘酒を目の前に試験と肉体労働でくたくたになった心身はあっという間に白旗を上げたのだ。

 

「ちょっと早いですけど―――今年もお世話になりました」

 

「ま、こっから休みなんてお互い無いから丁度いいだろ……ん、おつさんでした」

 

 チリン、なんて杯を交わしたグラスが可憐に鳴り小さな喉鳴りが部屋に響き――流し込んだ後の小さな息をお互いついて苦笑を零し合う。

 

「こりゃ料理酒にするには勿体なさすぎる酒だな」

 

「ふふっ、楓さんたちが見たら卒倒しそうですね。―――さ、そろそろ鍋もいい頃合いですから頂きましょうか」

 

「ん、そんじゃご相伴に預かりますか、っと」

 

 そこからは特に語ることも無い。ブリしゃぶの旨さに感動したり、お互いの地元の年末のローカルネタを話しつつ話題はあっちにふらふら、コッチにふらふら。

 テレビに映る同僚や他の事務所の面子の話題で盛り上がり、本だの店の特売がCMで流れれば小まめにメモをしたり、どっかで時間をとれそうにないかと頭を捻ったり。

 

 なんだか若い男女二人が揃っている割には、色気もない熟年夫婦のようなやり取り。

 

 どうにも“本の虫”と“ボッチ”は同じ個人主義な生き方に特化しすぎたせいで色気や艶というモノをすっかりと何処かに落っことして来てしまったようで―――それが妙な居心地の良さを感じさせる時間を齎した。

 

 そんなこんなで、あれだけあったブリも野菜も綺麗に胃袋に消え去り。〆の信州ソバまで平らげた俺達はもう炬燵から立ち上がるのも面倒で、いつの間にか隣に移ってきていた文香は酔いが回ったのかずっと上機嫌にコロコロ笑っている。

 

 対面に座っている時に足がぶつかるドキドキよりかは心臓にいいが、寄りかかられた小さな頭から薫る甘い匂いは緊張よりも先に眠気を誘う。

 

「む、呑み過ぎたか。滅茶苦茶眠いな」

 

「試験中、というか、ずっと今日まで忙しかったですから……叔父も今日は受賞先のホテルで泊まるそうなので、このまま少し横になって休みます、か?」

 

 なんだ、あの爺さん帰ってこないのか。

 

 喧々と五月蠅い爺さんなので御馳走を食って横になっていればどやされるかと思って身構えていたが、帰ってこないと分かればいよいよ瞼が重くなってきた。

 机を見れば一升瓶はもうほとんど空で、普段からあまり酔っぱらいはしないものの寝酒としての効果は流石に十分すぎる。

 

「わり、ちょっと寝る。起きたら適当に かたずけて 帰るから   部屋、戻って く、れ」

 

 

「―――――はい、おやすみなさい。比企谷さん」

 

 

 そう思えば睡魔を留めるモノはなく、ぼんやりと暖かくなった体をそのまま仰向けに倒れ込んで意識をあっさりと手放す。

 

 畳の匂いと炬燵のヒーターの熱。遠くなっていくテレビの音に―――なんだか甘くて、柔らかい何かの感触を頬に感じながら俺は夢の世界へと落ちてゆく。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

アイドルとしての仕事に、大学の両立。それにお世話になっている彼の補助も決して楽なモノではないけれど―――こういった役得があるのならば苦ではない。

 

 年末は世間の男女が一気に距離を縮める絶好の機会だというのはあらゆる書籍から聞き及んではいたのだが、こと“アイドル”という職種に限って言えばそんな目論見は遠い世界のおとぎ話と知ったのは2年前から。

 

 クリスマスが始まる前に収録は全て終わっていて、大晦日のライブ前には正月の収録は全て終わり、何なら気の早いファッション誌では既にもう春物の撮影も始まるというある意味季節感というモノに最も遠い稼業。

 

 そんな生活を送る中で想い人と二人きりの時間を確保するのはもう天文学的確率で厳しいのです。

 

 他の同僚の娘たちもその現実に打ちのめされながらもなんだかんだと安心している節すらあるのですが、私だけは。

 

 彼の大学の同学部同期である私だけはその法則からちょっとだけ抜け出せます。

 

 試験とレポートを質に彼を下宿におびき寄せる、なんて言うと人聞きが悪いですがこれをしなければ普通に彼が留年と落第をしてしまうので仕方のない事なんです。ついでに言えば、最終日にちょっと早い年越し気分を味わうのも同期としては珍しくない慰労会の範囲といって良いでしょう。

 

 その成果か、それとも長年の付き合いのせいか、普段から手負いの獣のごとく警戒心と猜疑心の強い彼がご覧の有様。

 

 お腹を満たされ、良い酒気で少しだけ緩んだ顔で何とも無防備に炬燵で眠り込む姿はなんとなく自分の中の独占欲と達成感。それと、ちょっとだけむず痒いナニカが沸き立つのを感じます。

 

 普段は顰められた眉間が緩み、安心しきった貌はいつもより幼く可愛げがある。

 

 そんな顔を見てると『あわよくば』なんて期待していた自分が少しだけ恥ずかしくて苦笑を零してしまった。

 さて、かといってこのまま素直に部屋に帰るのも勿体ないし――何より私も酒精でかなり意識がとろりと溶け出しているのを感じる。

 

 目の前には好いた男がいて、炬燵は暖かく、部屋はきっと冷えている。

 

 なら、今日はもう少しだけ“いい想い”をしてもきっと罰は当たらないだろう、なんて言い訳をつらつら重ねて私は彼の腕に頭を潜らせてその胸元に身をひしと寄せ、小さく息を吐いた。

 

 

 すぐそばに感じる彼によって暖かく、満たされる。

 

 

 この温もりをきっと来年はもうちょっと近くして、満たされたい。

 

 

 そんな小さな祈りを込めて私は静かに眠りに落ちたのであった、とさ。

 




(・ω・)ほかにもいっぱい載せてるのはこっち→https://www.pixiv.net/users/3364757/novels


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『Catch on pride』 chapter ①

_(:3」∠)_久々に本編のお話投下!


(・ω・)さー、今日も暇つぶしにどうぞよんでってーん。



 

 さてはて、季節は春も過ぎ去り若草萌え空気に湿り気を帯び始めた時期のこと。

 

 煙草というのは長らく吸って気が付いたがどうにも銘柄だけでなくその日の気温や湿度、体調なんかで味が変わるらしい。

 恩師の真似をして吸っていた七つ星の銘柄は元々少し甘い匂いと、重めの煙が特徴的であるのだが、カラカラに日照りで干されている煙草はほんのり辛かったり、逆に湿り過ぎているとくどかったりと色々ある。……たまに当たるビックリするくらいマズイ煙草は一体なんなんだろうね?

 

 閑話休題。

 

 なにはともあれ、クタクタに疲れている体と頭。春過ぎの上着無しでもちょうどいい気温と湿った空気に充てられた煙草は格別に甘く、ふくよかで実に満たされた味を俺の肺に齎してくれた。

 

 吐き出した息に交じった紫煙は緩やかに路地を登っていき、吸う空気はその余韻をじんわりと伝えてくれる。そんな過不足ない時間をボンヤリと目で煙を追う事で満喫していると耳障りな防火扉の開く音で俺の至福の時間は終わりを迎えたのであった、とさ。

 

「………本当にこんなトコに居た」

 

「契約解除の手続きならちひろさんの方が早いぞ」

 

「―――っ、ホントに…ムカつく奴」

 

 軋んだ分厚い扉の先から現れたのは黒く艶やかな長髪を腰まで伸ばしたスタイルの良い少女“渋谷 凛”。

 自分のバイト先である芸能事務所に最近2期生として入ってきたウチの一人であるが、その整った顔に浮かぶ不快そうな表情の通り仲良くやれているわけではない。

 

 まあ、入会早々に『煽ってきた人間』というのを差し引いても見るからに根暗でズボラそうな大学生――というか異性に対して年頃の少女が抱く印象から考えれば実に適正な反応ともいえる。物騒な世の中、いつだって警戒心は忘れず身に着けてて花丸あげちゃうぜ☆彡

 

 そんな彼女がわざわざ俺を探してこんなトコに来たという時点でいよいよ“辞める”気になったのかと思い煙草を片手に続く言葉を待っているのだが彼女はその扉の前から動かないままジッとこちらを睨むばかりである。

 

「……なんだよ?」

 

「……………コレ、見て」

 

 焦れた俺の一言に今度こそ苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた彼女。だが、それでも何かを呑み込んだのか彼女はその制服のポケットから携帯を取り出してそれを突き出して見せつけた。

 

 その小さな画面に映り込むのは軽快な音楽と共に合わせて踊り、歌う彼女の同期達。

 

 先々週に行われた彼女たち新規メンバーに先輩アイドル達が行った“洗礼”の効果は実に顕著に表れていて、拙く幼かった彼女たちのダンスは見違えるほどの練度を誇っている。

 誰もが的確に振り付けをこなし、パートは安定して歌い分けられ――何よりもその顔からはお遊戯会のような緩さは全て取り払われて引き締まっている。

 

 活動を始めて3か月そこそこだと考えれば破格の成長。

 

 それを見せつけている彼女の顔は―――どうにも自慢しに来たといった誇らしげなものではない。

 

「どう思う?」

 

「………………曖昧な問いだな」

 

「思ったまま、言ってくれればいいから」

 

 そういうのが一番困る。大体の場合が正解することは困難で、失敗した場合はなんのメリットもなくこちらに復帰不能なペナルティが課される魔の問いだと自覚があるのかないのか……まあ、ヘイト値に関しては今更なのでしったことではないのだけれども。

 

「ミスもない。ズレもない。―――まさにお手本のような動きだな」

 

「………それで?」

 

 なるほど、聞きたいのはソレか。

 

 探る様にこちらを覗き込んでくる彼女の意外なしたたかさに呆れながら俺はもう一度ゆっくりと短くなった細巻きを吸い込んで味わう。

 わざわざ言いにくく、認めたくない最後のワンピースを他人に指摘させようとする手管は小賢しくも感じるし、その年頃特有の自意識の高さは微笑ましくすら感じる。

 

 だが、俺がそうだったように。

 

 あの間違い続けた青春で大怪我した“俺達”がそうだったように。

 

 出てしまったどん詰まりの「解」を何度でもぶち壊してくれる人間がきっと人生には必要なのだ。

 

 そんなハズレ籤を―――せめて厭らしく笑いながら引いてやる。

 

 これも責任のない年長者の務め、という奴だろうから。

 

 

「完璧でツッコミどころがなくて――ついでに言えば“見所”すらも欠片もありゃしないな」

 

「――――っ!! ……そう、だよね」

 

 

 俺の軽薄に吐かれた言葉の毒に顔を怒りに染めて睨みつけてきたのも一瞬。だが、必死に何かを呑み下した彼女は自らで飲み込み切れなかったその“問題点”をようやく絞り出すように認めて、悔し気に俯いた。

 

 呑み込んだのはプライドか、怒りか、自分たちの努力への失望か。

 

 分かりはしないけれども。分かった振りなんて死んでもしてやらないけれど。

 

 頬くらいは反射的に張られる覚悟をしていただけにそのただただ悔し気に俯いてしまう姿が痛ましく、後味が非常に苦々しい。

 

 自分たちの憧れであった先輩アイドル達の圧倒的なパフォーマンスに自分達が『お遊戯』の域を超えていなかった事を思い知らされた後に挫けることなく奮起して努力をしてきた彼女たち。

 

 慣れない学業との両立と仕事とレッスンに苦しみながらもたった一曲とはいえ短期間でメンバー一丸となってこのクオリティにまで磨き上げたのに―――いや、磨き上げたからこそその差に絶望をしてしまうほどの隔たりがあったことに気が付いてしまう。

 

 ただ、ミスがないだけなのだ。

 

 そこに熱狂はなく、喝采もなく、誇らしさも、歓喜もない。

 

 あのふらっとレッスン室にやってきて着の身着のまま躍っただけで自分たちの目と心を奪っていった彼女たちの“ライブ”とは余りに隔絶したその差がどうやって埋めるべきなのかを完全に見失ってしまった。

 

 そんな認めたくない一言を、認めたくて彼女はせめて嫌な役目を心痛まない自分に指摘して貰いに来たのだ。

 

 それでも、彼女はその葛藤を呑み込んだ。

 

 手段はどうあれ呑み込んだのだ。

 

 ならば、後は進むにしろ諦めるにしろ自分たちで決められるだろう。

 

 今度こそ契約解除の準備を何人か進めなければいけないだろうな、なんて憂鬱に想いながらも打ちひしがれる彼女の脇を通って一人にしてやろうとするのだが―――すれ違いざま裾を掴まれ引き留められた。

 

「………なんとか、してよ」

 

「は?」

 

「アンタ、“アシスタント”なんだから何とかしてよっ!」

 

「はぁっ!? どういう理屈なのんそれは??」

 

 小さく、掠れるような声の後に犬もかくやという位に犬歯をむき出しにして俺の裾を握りしめて癇癪を起した彼女にこっちが面を喰らってしまう。

 

「プロデューサーが最初の顔合わせで言ってたじゃん―――“困った事があればアンタに相談しろ”って!! こっちは困ってんだから何とかしてよ!!」

 

「それは仕事の調整とかそういう意味だろうがっ! そもそもダンスとか未経験の俺が何をアドバイスしろってんだよ!!」

 

「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさーーいっ! 何とかしろって言ってるんだから何か考えてよ!! お給料貰ってんでしょ!! 人の事を勝手にスカウトしてきて置いてそのあとは知らん顔なんて通るわけないじゃん!!」

 

「スカウトしたのは俺じゃねぇ!!」

 

「プロデューサーが滅多にいないんだからアンタが代理でしょ!!」

 

 さっきまでのしおらしさは何処へやら、目尻に涙を溜めた彼女を引き離そうと裾を引っ張るがついには駄々っ子みたいにその場にうずくまって引き止めに掛かってきた彼女に根負けするまでその喧騒はしばし続いたのである。

 

 こうして俺は再び余計な業務を抱え込み、また大学の単位履修に頭を抱える事に相成ったのであった。

 

 ちなみに俺のシャツはちょっと伸びたし、渋谷が駄々っ子になりしゃがみこんだ時に見えたパンツは青だった。

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

 最初は偉丈夫のプロデューサーが熱心に勧誘してきて『夢中になれるモノ』なんてもののきっかけが見つかれば良いなと思って受けたスカウトであったけれど、知り合った仲間たちはみんな個性的で面白かったし、初めて見たライブというのも胸が熱くなった。

 

 それを目指して頑張ってきた中で当の憧れであったアイドル達に実力差を叩きつけられて煽られた“あの日”から本当の本気で頑張ってきたつもりだ。

 

 お互いの悪いとこも、良いとこも。苦手な所も、得意な所も。

 

 全部をしっかり話し合って、何度も何度も改善策をみんなで話し合って完成をしたあの一曲を完璧にやり切った時には全員で喜び、抱き合った。

 

 だけれども、もう私たちは“その先”を知ってしまっている。

 

 ミスもなく、完璧に踊り切り抱き合っていた私達。でも誰ともなく声は小さくなっていき、振り切れていたテンションは撮影していた動画を見直す頃には完全に冷たく重苦しいモノになってしまっていた。

 

 何度見ても、どう贔屓目に見ても―――“ミスがない”というそれだけのパフォーマンス。

 

 みくや李衣菜が場を盛り上げようと明るく振舞い、美波がここまで来たことを激励して皆がそれに応えようとしてはいたが空回りする声と笑顔はやがて小さくなっていき遣る瀬無い雰囲気のまま解散となった。

 

 何がいけなかったのか?

 

 何が悪かったのか?

 

 ミスもなく、完璧にやり切ったにも関わらず至れないのであれば―――もうどうしようもないではないか。

 

 そんな絶望に誰もが苛まされていたのがハッキリと分かってしまう。

 

 誰もが底冷えするような笑顔でやり過ごし、足早に解散していくのを見送りながら夕闇に染まりつつある空を見て自分に問う。

 

 もう、いいんじゃないか?――――“やるだけやったじゃん。”

 

 あれだけやってダメならその程度だったてことでしょ?――――“そうかも。”

 

 結構大変だってわかったし、引き際だよ?――――“    ”  

 

 花子の散歩とか、家の手伝いとかやることあるしさ?――――“    ”

 

 別に熱くなるほどのことじy―――――“うるさいっ!!”

 

 勝手に自分の事を決めつけてくる“自分”を思い切り睨みながら心の中で叫ぶ。

 

 “そういうの”が嫌で、そんな自分が嫌であのスカウトを受けたんじゃないか。

 

 しった風な顔で、怪我をするのが怖くて、醒めてるふりして傷がつかない様に全部から距離をとって眺めていただけのヤな奴。

 

 でも、自分はもう知ってしまったんだ。

 

 そんな自分にはない想いを抱えて走っている人の熱を。

 

 養成所で一人になっても諦めなかった“卯月”。

 

 なんでも興味をもって体当たりで挑んでく“未央”。

 

 自分の世界を絶対に曲げないで貫く“蘭子”。

 

 臆病なのに一生懸命な“智恵理”。

 

 他にも、みんな、いっぱい。誰もがその命を燃やして本気で生きている。

 

 そんな生き方を見て、知って、触れてしまったから―――あの熱がこんな切ない終わり方を迎えるなんて今の私には絶対に許容できない。

 

 だから、私は “渋谷 凛” は走り出した。

 

 自分たちで積み上げたもので足りないのであれば、何かを引っ張り出すために。

 

 そのせいで今まで積み上げたものが一度全部壊れてしまうとしても。

 

 あの努力の全てが泡と消え去ってしまうとしても―――そんなちっちゃなプライド飲み下して見せるとも。

 

 脳裏に浮かぶのは大嫌いなあの昏い目をした男。

 

 人の勘に触り、やる気をそぐことばかりを言うアイツではあるが――彼が零した言葉の数々が今の状況を予見したモノであるとするならば、解決策だってあるはずだと仄かな期待を抱いて私は彼が良くいるという喫煙所へと足を向けたのだった。

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 さてはて、渋谷のせいで厄介なタスクを抱え込んでしまい深くため息を付く。そもそもがただの大学生のバイトにどうしろというのだ、こんな問題。

 そんな事を頭の中で何度も何度も愚痴りながらも、とりあえず明日また全員を集合させとけとかその場しのぎな指示を出して帰らせた渋谷。

 

なんとかあの狂犬を納得させる解決策を捻り出そうとして――閃いた。

 

 W大に小細工と運と文系のみで入学した脳みそは伊達ではない。

 

 そんな自画自賛をしながら俺は携帯を取り出して掛けなれた番号を呼び出したのであった、とさ。

 

 

 




(・ω・)こっちが本連載なので色々乗ってます→https://www.pixiv.net/users/3364757


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『Catch on pride』 chapter ②

('◇')ゞさあ、今日もなんでも許せる人のみ頭を空っぽにお楽しみくだされ~♡



 流れる伴奏に合わせてもはや体に染みついた振り付けと、歌詞が勝手に零れ出ていく。

 

 しみ出す汗に、誰もミスをしないかと張り詰めた緊張は精神を摩耗しつつ、それでも的確にダンスは進んでいき―――最後のステップで終わりを迎えた。

 

「「「「……………」」」」

 

 もう何度目かも分からない与えられた課題曲の練習はつつがなく終わり、もうマストレさん達に怒鳴られる事なんてない完成度を誇っている。後は、コレを来る初ライブの時にお披露目をすれば晴れて自分達もアイドルになるのだ。

 

 だというのにも関わらず室内は誰もが明るい顔を浮かべることはなく―――誰かがくたびれたかのようなため息を一つ漏らす有様。

 

 そんな空気に耐えかねたのかリーダーである美波さんが努めて明るい声を出して激励する。

 

「み、みんな凄いわ! たったの2か月でこの完成度なんだから自信をもって行こうっ!」

 

「そ、そうにゃっ。普通に初めてのメンバーがいる中でコレは凄い事なんだからもっとみんな胸を張るべきなんだにゃ!!………でもでも、李衣菜ちゃんはステップ何回か危なかったよね~?」

 

「えっ、そ、そそそそんな事ないし~」

 

「あははっ、李衣菜ちゃんが本番でミスしてもみりあがちゃんとフォローしてあげるね!」

 

「な、なにおうっ!」

 

 そんな明るい会話で沈み切っていた室内の空気は少しだけ持ち直すが、やはりそれは表面上を取り繕っているだけでどこか空々しい。

 

「………んじゃ、問題ないってことで杏は帰ってねるね~」

 

「あ、杏ちゃん!」

 

「なに?」

 

 そんな茶番に付き合っていられないと言った風に部屋を出ようとする杏を美波が呼び止めるけれども、気だるげなその声と視線が“あの男”と重なったのか少しだけ怯み、それでも気を取り直して彼女は言葉を紡ぐ。

 

「その…もう本番まで近いしもう少しだけ練習していきましょう? 少しでもクオリティを上げて、万全の状態で」

 

「何回やってももうこれ以上は意味ないでしょ」

 

「――――っ!」

 

 いっそのこと清々しい程に言い切るその姿に、そして、誰もが密かに心の中で思っていた核心に触れられて美波以外も俯いて言葉を呑んでしまう。

 

「ミスもない。直すとこもない。調整できるところは全てやった。……プロとしては十分にタスクをこなしてると杏は思うよ? 皆よく勘違いしてるけど今は初めてだから一曲覚えるだけで済んでるけど活動が本格化したら仕事に複数の曲を同時進行していくんだからオッケーが出たならその時間を他に使うべきなんだ。

 少なくとも、具体的な話もなく“とにかく頑張ればいいものが出来る”なんて思考に杏は巻き込まれたくないかな」

 

「杏ちゅぁん、言い過ぎだにぃ?」

 

「うえっぷっ」

 

 つらつらと吐かれる正論をきらりが抱き着いて留める。

 

 ホールドした杏に可愛らしくお説教をするきらりだが、彼女が本当に間に入って仲裁したのは無意識に一歩踏み出していた美波の方だろう。

 

 まとめ役として、リーダーとして誰よりも苦心して皆をここまで纏めてきた彼女は、その仲間から自分の労を否定されたせいか―――知らず一歩を踏み出していた。

 

 その一歩の先がどうなっていたのか、それは多分本人にだって分かっていないだろう。

 

 だが、決定的な事件がすんでで食い止められただけで現状は変わらない。

 

 杏の言った“正論”という毒は―――メンバー全員の心に確かに注がれてしまったのだから。

 

 苦労し、努力し、励まし合いここまで仕上げた結果は“あの時”のダンスには程遠く、何よりも彼女たちは自分達の数倍は忙しい合間を縫ってそれを仕上げているという事実。

 いまですら朝から晩まで練習に身を費やして“たった一曲”を仕上げた私達にはパフォーマンスですら及ばない自分達には底なしの不安を与える。

 

 それが、多分みんな口に出さないだけで分かっていたから。

 

 あの時、言われた言葉が重くのしかかる

 

“さっさと尻尾巻いて逃げた方が―――賢い選択だよ?”

 

 桃色の髪を持つ彼女に、鳶のような鋭く燃える瞳に試されるように問われた言葉。

 

 その意味を私たちは――――

 

 

「お、なんだ。まだ全員残ってたか」

 

 

 たどり着いてしまう前に飄々とレッスン室の扉から現れた闖入者からの一言で意識を反らされた。

 

 細身をシャツと黒のスキニーパンツで包み込み、男にしては少し長めの髪を雑に束ねた中で一本だけ揺れるアホ毛。そして、何よりも特徴的なのはその髪の間から覗く底が無いかのように淀んだ昏い瞳。

 

 あのカリスマとは違った意味で人を恐れさせる不思議なその不気味さにメンバーの誰もが沈んでいた気持ちを脇に置いて一歩引く。

 

 いや、現れただけでここまでヘイトを集めるというのもある意味才能なんでは無かろうか?

 

「………何しに来たの」

 

「お前が呼んだんだろうが」

 

 詰まりそうになる喉を何とか絞って私“渋谷 凛”が問えば、呆れた顔でそのゾンビ―――“比企谷 八幡”が応えたのであった。

 

 うん、いや、そうなんだけど……なんかもっとこう無いのだろうか。一発逆転の案を持ってきたような明るい演出的な奴とか。これではただ不審者がレッスン室に侵入してきた不祥事に近い。智恵理に至っては防犯用の擦股に手を伸ばしてるし。

 

 閑話休題。

 

 アイツの発言のせいでみんなの注目が私に移る。

 

 うぅ……あまり、そう注目されると話にくいんだけどダンマリという訳にもいかない。私はつっかえそうになる声を何とか纏めて言葉にする。

 

「杏の言う通り私達にいま必要なのは“改善策”だよ。みんなで頑張ってここまで仕上げたダンスだけどこのままじゃ絶対に“アイツ等”に勝てない。なら、恥を忍んででも外部からの意見を取り入れた方がいいと思ったんだ」

 

「……なんだ、意外とそれなりに見るとこあるもんだね」

 

「あ・ん・ず・ちゃ~・ん?」

 

「あだ、あだだだっ、きらりマジで締まってるってば!!」

 

 私の言葉に皆がしばらく黙り込み、迷いを見せている中で時を動かしたのは杏の一言だった。相も変わらず不器用で斜に構えているけれども、きっと彼女が言いたかった事と概ね同じだったらしくその理解が全員に染みわたってようやく顔に笑顔が戻ってくる。

 

「そう、よね。今は意地を張っている場合じゃない、か」

 

「賢明なる采配、大儀である!(すごいです!)」

 

「うふふー、しぶりんったらいつの間にこんな手を打ってたんだよ~!」

 

「凜ちゃん、私かんどうしました!!」

 

「ハラショー!!」

 

「ふぇぇ、あの、つまり……擦股はいらないってことですかぁ?」

 

「智恵理ちゃんって意外と“アレ”だよねぇ~?」

 

 そんな戸惑いや葛藤を呑み込んで皆がようやく顔を上げてくれた。

 

 悔しさはあるけれども、さっきまでの出口のない閉塞感とは違った熱が室内に再び籠ってきたことを肌で感じて私もなんだか熱くなってくる。

 そう、今は納得できなくても―――きっとライブであいつらを見返してやるために今は恥を忍んででも前に進むべき時だと思うから。

 

 私は瞳に力を籠め直して改めて問う。

 

「それで、私たちはどうすればいい?」

 

 陰気で勘に触る言葉も今だけは呑み込んでみせると覚悟をもって臨み―――

 

「いや、俺が知るわけないだろそんなん」

 

「「「「「へ?」」」」」

 

 盛大に肩透かしを食らって全員ずっこけた。

 

 すごい。コレ、コント以外でも本当に起こるんだ………。

 

 そんな謎の感動が沸き上がったが今はそんなの脇に置いて噛みつく勢いであのバカの胸元を掴み上げる。

 

「アンタ……おちょくりに来たわけ??」

 

「いや、素人の意見でそんな劇的な変化起こるわけないだろーが。だから―――プロを連れてきたぞ」

 

「は?」

 

 もしそうだったら本気でぶん殴ってやろうと思って問い詰めれば、本気で呆れた顔をした比企谷が私を見下ろしたまま開きっぱなしだった扉の奥を指し示し――今度こそ絶句した。

 

 なにせ、そこにいたのは――――

 

 

「ふふーん、皆さん。プロの僕から見ても見事なズッコケでした。これならいつバラエティのお仕事が来ても大丈夫ですね!!」

 

 

 天下のシンデレラプロジェクトの創立メンバーの一人であり、昨今あらゆるバラエティで見ない日は無い超有名人にして――――目下、最大の目標で敵の一人である『輿水 幸子』その人があっけらかんと笑いながら君臨していた。

 

 そんな立て続けに起こる珍事に、いよいよメンバーの皆も、私も、馬鹿みたいに口を開け呆然とすることしかできなかったのだと、さ。

 

 

 

---------------------------------

 

 

 渋谷に“何とかしろ”、とか駄々を捏ねられたその日に俺が思いついた解決策は妙案というにはシンプルで真っ当な結論であった。

 

 見ただけで“良い”や“悪い”というのは素人にだって出来るが、ではそうすれば向上していくかというプランと手法を示せるのがプロとの絶対的で確定的な差であるのだから 素人の俺があーだこーだ言ったとこでパフォーマンスなんて上がるわけがない。

 

 なら、プロを頼るしかない。

 

 そして、次の命題は“なんのプロ”を頼るかである。

 

 振り付け・トレーニング・ダンス・歌なんかの全てのレッスンは青木姉妹たちが完全サポートしているので今更口を挟むことではない。彼女たちが今口を出していないという事はその部分の基準値は十分に満たしているという事で、別の視点からのアプローチすべきなのだ。

 そして、別に俺だって選択肢が多い訳ではないので結論はいつだってシンプルに収斂していく。

 

 青木姉妹は“レッスン”のプロであって――――“アイドル”のプロではない。

 

 ならば―――最高の教師がすぐ目の前にいるのだから使わない手はないだろう?

 

 そんな当たり前の答えを得た俺はすぐさま行動に移したわけである。

 

 “何とかしろ”なんて無茶ぶりマックスな依頼は出来る外注に“何とかしろ”と言いつけて中抜きだけ得るというのが賢い大人のお仕事の仕方なのである。ガハハハッ、勝ったなコレはガハハハッ。

 なお、その代償に俺は幸子の来週のアマゾンロケに同伴させられる事になったがどうやってバックレるかが目下の問題であるのは見ないことにしよう。

 

 閑話休題。

 

 俺のスマートな解決案にしばし唖然としていた彼女たちであるが、徐々に理解が追いついてきたのか―――あべしっ。

 

 渋谷にほっぺを打ち抜かれた。解せぬ。

 

「アンタは! ほんっとにアンタって!! こんのーーっ!!」

 

「いでっ、ばかっ、やめっ―――ぐおっぉ!!」

 

「なに仲良くいちゃついてんですか……さて、皆さんもあんな感じで煽られて僕たちに想う事があると思いますが、最初にこれだけは言わせて貰います」

 

 俺にマウントポジションで殴りかかってきた渋谷を止めることもせず幸子はいつものカワイイ笑顔のまま新人メンバーを見まわし、何かの講師かのように指を一本たてて言葉を紡ぐ。

 

 その間に、全員が肩に力を入れ身構えているなか―――

 

「皆さんのダンス、実に完成度が高く感動しましたよ♪」

 

「「「「「………へ?」」」」」

 

 その言葉にまた肩を透かされて―――注目集められる。いや、“集めさせられてしまう”。

 

 それが、聞く耳も持ちたくない“敵”の言葉だったはずにも関わらず、だ。

 

 そんな彼女たちの反応に気分を良くしたように幸子は訥々と言葉を紡いで彼女たちの注目を更に集めていく。

 

「ふふーん、怒られるとかダメ出しをされる思いましたか? というか、未経験者を含めて2か月であそこまでは当時の僕らだって出来なかった凄い勢いの上達なのですからケチなんかつけられませんよ。むしろ、僕たちの時なんて青木さんが怒鳴りすぎて酸欠で一回倒れたくらいですからね!」

 

 内心を言い当て、そのうえで自分たちの失敗談で笑いをとって心に隙間と緩みを作って更に引き寄せる。

 

「その青木さんが“お前らと違って、いう事がなくなってきて困る”なんて言うんですからもっと胸を張っていいですよ、皆さん!!」

 

 さっきまでの敵愾心は何処へやら。いや、“比較”から来るその感情だからこそ持ち上げられていると分かっていても思わず態度は軟化させられるのを止められない。そもそもがその話の信憑性だって裏はとれていないというのに鵜呑みしてしまう。

 

「青木さんがそういうのならばもう“基礎”の部分は十分に出来上がってきたという事です! ならば、最近の皆さんの伸び悩みの原因はそこではなく別のアプローチを加えていけばもーっとカワイイパフォーマンスが出来ると保証します!!」

 

 もうここまでくれば、アッと言う間である。

 

 どれもがその言葉に聞き入り、どうするべきなのかという結論を得るために前のめりとなってしまった。―――さっきまで“敵”だと思っていた印象は完全に“頼れる味方”として疑うという思考を奪い去ってしまった。

 

 人の心理というのは複雑に見えて実に単純だ。

 

 ヤンキーが子猫に優しくしてるワンシーンのように、取調室で怖い職員と優しい職員を交互に並べておくだけで勝手に好感度が変動するように、複数人の誘拐監禁状態では加害者に気に入られる事により序列を作ろうとしたり―――正逆のふり幅が大きいほどに人は簡単に騙される。

 

 もう誰も幸子がこれから伝える助言を疑う事もせず、素直に吸収していくだろう。

 

 それは、いま俺に跨って唖然としている渋谷が望んだ“何とかする”という依頼を十全にこなす解決方法であるし、自分の人選は適正であったという証左の光景であった。

 

「実はあの時は美嘉さんに急に集められて僕らも慌ててこのレッスン室に来たので結構ダンスはボロボロだったんですよ? でも、そう見えないで誤魔化せたのは経験もありますけど―――“基礎を崩す”事に慣れていたからなんです」

 

「ダー、アーニャそれ学校で習ったデス! “守破離”という奴ですネ?」

 

「むむっ、やりますねアーニャさん。台詞を取られちゃいましたが……そういう事です。コレは楓さんの受け売りなんですが『私達は“歌手”でもなく、“ダンサー”でもなく―――人に笑顔と元気を届ける“アイドル”なんだ』、と言っていました。

 もちろん、基礎をおろそかにしていい訳ではないですがもっと自分の好きなものを組み込んで自由に人を元気に届ける工夫をすべきだと思うんです!」

 

 その一言に顔を見合わせ、考えもしなかった思考に驚く彼女たち。

 

 気づきさえ得れば――――やりたいことは無限大に広がって。

 

「じゃ、じゃあみくの振り付けももっと猫っぽくしていいってことかにゃっ!?」

 

「わ、私はもっとロックに!!」

 

「幽玄なる美を!!(私ももっとカッコいい見せ場欲しい!)」

 

「うきゃー、きらりはもっとはぴはぴなの入れたいにぃ。杏ちゃんーは?」

 

「杏はもうちょっと出番減らしてもいいかなー♪」

 

「衣装にアーニャの好きな星入れて見たいデース! ミナミィは何がいいですカ?」

 

「えっ、あ、あの、私は……ど、どうしよう??」

 

 そんな色めき立つ彼女たちにニマニマと見届けながら幸子が纏めに入る。

 

「ふふーん、皆さんも中々分かってきましたね。とりあえずやりたいことを今から書き出しまくって比企谷さんにぶん投げましょう。調整はアシスタント仕事ですから衣装とか進行関係は何とかしてくれるはずですので――後は、振り付けは前回の僕らが出たライブを参考にどれくらいまでならはっちゃけて崩してもいいか確認してからベテトレさんに相談しましょうかね?

 

 さーみなさん、ここからがアイドルの楽しいところですよ! ドンドン案を出して、バリバリ可愛くなっていきましょーー♪」

 

「「「「おーー♪」」」」

 

 

 さっきまでのお通夜ムードは何処へやら、ホワイトボードいっぱいにやりたい事を書き連ねていく彼女たちにまた仕事が増えるなぁなんて思いながらため息を付いているといまだに呆然と俺に馬乗りになっている渋谷がつぶやいた。

 

「す、すごい……」

 

「こういう人を導いて昂らせるってことなら俺はアイツ以上の人間を知らないな。他の一期生だって方法は違うがみんな多分同じ結果を出せたと思うけど、やっぱりアイツには敵わん」

 

 そう俺が呟くのに彼女は少しだけ悔しそうに唇を噛みしめて、自らを嗤った。

 

「なにそれ、結局は私たちの一人相撲だったってこと?」

 

「……偉大な賢者は敵に学ぶらしいぞ。なら、今のうちに盗めるだけ盗んどけよ、ルーキーアイドル」

 

「アシスタントくせに、小賢そうなのがなんか……ムカつく」

 

 そんな悪態と軽めのパンチを胸元に堕として俺を呻かせた後に彼女は微かに笑ってメンバーの元へと戻っていく。その後ろ姿と、さっきまでの雰囲気が嘘のようにこれからのライブに心躍らせる彼女たちを見てため息を一つ。

 

 最初の一年。おとり潰しから始まるてんやわんやの激動の時代を駆け抜けた。

 

 それこそ、一歩間違えば今は無かった日々の連続だ。

 

 だけれどもその軌跡は確かに残って、次の世代の道しるべとなって導いてくれる。

 

 そんな光景を目の前にすればあの日々も無駄ではなかったのではないかと甘っちょろい幻想を思い浮かべて、鼻で笑って吹き飛ばす。

 

 自己憐憫と陶酔は消えない傷の第一歩。

 

 だから、でも、どうか彼女たちのあの笑顔はそんな傷がつかない事を祈るくらいは卑屈な小鬼にも許されないだろうかと俺は小さく祈ったのである。

 

 どうか、善き旅路であらんことを。

 

 彼女たちにも、アイツ等にも―――等しく祈ったのであった、とさ。

 

 

 

「比企谷さーん、今からステージにワイヤーアクション入れられますー?」

 

「ふざけんな、予算が軽く2倍はぶっとぶわ!!」

 

 

 

 さてはて、騒がしい日常はそんな思索はよそに待ってはくれないらしく、俺は重たい腰を上げて彼女たちの元へ足をすすめたのである。

 




_(:3」∠)_評価…ほちぃ(乞食感


(・ω・)いっぱい色々読みたい人はこっちに全部あります→https://www.pixiv.net/users/3364757


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『Catch on pride』 chapter Last

(・ω・)2月に入ってから雪将軍が本気出して来てつらい……。

(/・ω・)/はい、という訳でニューフェイス編のデビューライブのお話はこれにて落着ですね!

これが後々に加入してくる”新人研修”という名の伝統になるのはまた別のお話ですね(笑)

この後、新人を迎えたデレプロは炎陣とバトルしたり、秋の765合同ライブに向けて頑張ったり、常務率いるクローネとバトルしたり激動の時代が加速していきますが……まあ、それはまた別の機会に。

という訳で、今日もなんでも許せる方は脳みそ空っぽでいってみよー!!♡


「トーク…舞台上でお話をする機会も多くありますが、飾らず素直にお話をした方がいいかもしれません。私のような…本の虫の蘊蓄でも皆さん……根気強く聞いてくださるいい方ばかりですので……」

 

「そうですっ! 現に私もよく進行の内容がボンバーして真っ白になるのですが、皆が耳打ちしてフォローしてくれるのでなんとかなっていますからっ!!」

 

「……いえ、その、茜さんはもう少し頑張った方がいいかもしれ、ません」

 

「あれっ!?」

 

 茜と文香のやり取りを聞いていた2期生が堪えきれず笑いだしてしまう事で場の空気は更に朗らかになって新人ゆえに不安に思っていた部分の相談が次から次へとされるようになりその一個一個に丁寧に答える二人。

 

 もう何度目かになる“新人交流会”なる催しは最初の敵愾心が嘘のようにほぐれ切って、スケジュールの関係でバラバラにしか顔を出せない一期生だが、その時間を設けるたびに格段に彼女たちのパフォーマンスが上がっていくのでやはり先達からの会話で得るものは多いのだろう―――まあ、ボッチにはその手法が取れないので常に一人で最善手を探していく羽目になるのだが……はちまん、寂しくないもんっ!

 

 そんな独白を脳内で零しつつ、隣でその光景を微笑ましく眺める偉丈夫のボス『武内』さんに声を掛ける。

 

「少しだけ意外でした」

 

「意外、とは?」

 

「武内さんはこういう問題が起きてた時に一番に出張ってくるもんかと」

 

「あぁ……以前なら、そうだったかもしれません」

 

 俺の素朴な疑問と“おかげで苦労させられました”というささやかな皮肉に苦笑して応えた武内さんは首筋を撫でるいつもの動作をして考えを纏めた後に言葉を紡ぐ。

 

「十時さんの時も……一期が始まった頃の時も、自分は『プロデューサー』という仕事は演者を鼓舞し、寄り添い、時に激励することによってパフォーマンスを発揮して貰えるようにするのが仕事だと思っていたのです」

 

「………なんにも間違ってない、と思いますけど?」

 

 そう恥じ入る様に呟く武内さんに首を傾げながら俺が問えば、彼は楽し気に唇を緩めて首を横に振ってこたえる。

 

「いえ、比企谷君や皆さんを見ていて思い改めました。彼女たちに寄り添い全てをお膳立てするのではなく、彼女たち自身が悩み、苦しんだ果てに選び取った道を整えていく事こそが自分の仕事なのだと。そして、その悩み苦しむ期間こそが―――“可能性”という代えがたい彼女たちの貴重な機会なのだともしりました」

 

「………それは、」

 

 ある意味では正論で、そして、残酷な答えである。

 

 だが、子の全ての道を整えるのが親心ではない様に。

 

 蛹が孵化する瞬間に手を加えることが酷く歪な結果を齎すように。

 

 もどかしく、そのままダメになってしまうかもしれない事に固唾を飲むというずっと苦しい選択をこの偉丈夫は選び取り―――見守ることを選んだらしい。

 

 自らで魚を取り与え続ける方がずっと楽であろうに、自らが思いつかなかった方法を生み出す可能性が見たいとこの強欲な男は嘯いた。それが眩しくて、カッコよくて捻くれた小鬼である俺は軽口でお茶を濁す。

 

「“木の上に立って見る”とは言いますけど、実際の所は高みの見物ですよね?」

 

「親自身が導けずとも、支える人間がいてくれるから安心していられるのでしょう」

 

 シレっとそんな事を返して微笑んでくるのだからこの男の人たらしも大概である。いい加減にしないと嫁と小姑の両方に刺されんぞぃ?

 

 嫌そうな顔で肩を竦めて武内さんに応えていると眺めていた向こうからお呼びの声が掛かった。

 

「比企谷、ライブでの登場にもう少し工夫をしたいんだけど今から変更って間に合う?」

 

「……いや、総責任者が横にいるんだからそっちに聞きなさいよ」

 

「うっ、だって、アンタの方が言いやすいし…」

 

 俺が呆れてそういうと渋谷が少しだけ気まずそうに武内さんを伺った。それに苦笑で彼も応えてしばし間をもって答えた。

 

「概要をお聞きしてからになりますが―――多少の変更は問題ありません。そういった貴方達の挑戦したいという意欲に応えることが我々の職務ですので」

 

「――――うんっ!」

 

 武内さんのその返答に花が咲くように微笑んで彼女は再びメンバー輪に戻っていきみっちりと書き込まれたホワイトボードの余白を更に埋めて盛り上がっていく。その光景自体は微笑ましいのだが―――

 

「予算と調整はどーすんすか」

 

「………後で打ち合わせをよろしくお願いします」

 

 実務の方はもうてんてこ舞いのキュウキュウなのである。そのうえ、最初は渋々ながらうなずいていたウチの金庫番だってソロソロ頭の上に角が生えてきそうな予算オーバー。

 

 そんな世知辛い実情に肩をガックリ落としながらも、少女たちの姦しく賑やかな舞踏会は刻一刻と近づいてきていて―――そのステージが輝かしいモノになるかどうかは、神のみぞが知る、という奴だろう。

 

 まったくもって、あーめんハレルヤ ピーナッツバター。

 

 信じてもいやしない神様に悪態を突きながら脳内でスケジュール表の修正を行う哀しき社畜バイトの一日はつつがなく過ぎてゆくのであった、とさ。

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 そして、月日はあっという間に流れに流れ梅雨の小雨が珍しく止んだ睦月の事。

 

『みんなーっ、まだまだへこたれるには早いよーっ!!』

 

『湿気も熱もボンバーっ! 今日のライブはココからがっ 本番ですっ!! ボンバーーーっっッ!!!』

 

 美嘉と茜の喝に応えるのは既に2時間も大歓声を空に響かせている4万人ホールにびっしりの超満員のファンたち。彼らの歓声とその団結力たるや恐ろしく、響く声は雷声。曲が始まるたびに振られるライトやプラカード、横断幕は完全な統率で会場を彩ってアイドル達を奮い立たせる。

 

 スタッフが先導したわけでもないのに、ファン同士で示し合わせて訓練してきたという恐るべき猛者たちがひしめくその会場にはいつもとまた違った熱が籠っていてどこかソワソワと忙しない。

 

 そんな空気を敏感に感じ取った我らがリーダーである“高垣 楓”が悪戯に微笑んで問いかける。

 

『ふふっ、皆さんなんだか気もそぞろですね~。私の駄洒落で“オチついて”置きますか~?』

 

『大阪出身としてはそんな鬼みたいな行為させないわよ、楓ちゃん』

 

『いや、実質もう半分くらいかまされてんすわ~。いじめ ダメ、絶対☆彡』

 

『あー、もう、何やってるんですか皆さん! 僕たちはアイドルなんですからコントなら番組でやってください!!』

 

 年長組の掛け合いに緩い笑いが広まっていくのを幸子が叩き切り、楽曲から夢うつつの熱狂から観客たちの思考は少しづつ引き戻される。そして、引き戻されたがゆえに告知されていた“ビッグイベント”はまだかまだかと焦らされて期待は募っていってしまう。

 

 そんな空気を楽しむように焦らしては茶化し、茶化しては気を持たせファンはなすすべもなく弄ばれ―――それが最高潮になった頃にカリスマJKとして熱狂的な支持をもつ“城ケ崎 美嘉”が一歩出て全ての視線を搔っ攫う。

 

 会場の緩やかな笑いの声は彼女の張り詰めた空気によって一瞬で沈黙する。

 

 そんな無音の世界で三拍だけ深呼吸をした美嘉がその瞳を開けて会場を見まわした。

 

『みんな、ごめんね。ちょっとだけ時間を貰って良いかな?』

 

 それは進行の台本には載っていなかった完全なアドリブと独断。だけれども、メンバーは勿論、スタッフの誰一人としてその行為を咎めるものはなく粛々と彼女のサポートへと全ての工程を変化させてゆく。

 

 メンバーは一歩引き彼女を際立たせ、照明は彼女のみを自然に照らし――会場のファンたちは暖かな声でソレを迎え入れた。

 

『ありがとう―――ふふっ、そんな声を掛けられるくらいにお客さんが来てくれるようになったのがたったの一年くらい前の事だったなんて自分でもちょっと信じられない話だよね。

 うん、そう。たった一年ちょっとの短い時間なんだけど―――断言できるくらいに今までの人生で一番濃くて、必死に走り抜けた時間だった。

 

 そんな私達が今あるのはここに居るみんなや、仲間や、スタッフや、プロデューサーを始めとする色んな人たちが支えてくれたからだって心から思う。本当にありがとう』

 

 いつもは勝気で、どこまでも力強いその声と瞳はしっとりと柔らかくその会場の全てを見渡し、静かに頭を下げた。

 そんな光景に古参といわれる初期からのファンは涙ぐみ、新規のファンは意外そうに眼を丸くしつつその光景にあたたかな声で応える。

 

『そして、今日からそんな私達に新しい仲間が増える』

 

 その声に会場は息を呑んだ。

 

 明言をぼかされてきた今日のメインイベントであり、その発表に引き寄せられたのでは――――なく。

 

 その瞳と声に宿る熱と光に、誰もが圧倒されたから。

 

 鳶色の瞳は爛々と鷹のような眼光を宿し、不敵に笑う口元は肉食獣のように吊り上がり―――さっきまでのお淑やかさなどなかったかのように腰に手を当て会場を睥睨するその姿はまさに“カリスマ”と呼ばれる先駆者にして道しるべたる眩い星そのもの。

 

 そんな彼女は好戦的な笑みのまま会場にいる人間の胸に――灯をともす。

 

『そんな私達に泥を塗るようなライブはすんなよ――ニューフェイスども?★』

 

 そういって不敵に笑った彼女が放り投げたマイクは後方に飛んで行き

 

 それを―――掴むものがいた。

 

 彼女に絞られていたピンライトが軌跡を追うように照らした先に居たのは一人の少女。

 

 煌びやかな純白の衣装に身を包み、肩までかかる髪は沙耶のようにまっすぐと滑らか。だけれども、その顔はいまだに伏せられて伺う事が出来ず誰もが身を乗り出して引き寄せられ

 

『――――そっちこそ、後で吠えづらかかないでよ?』

 

 キッと引き上げられた顔に浮かぶのは不敵な笑みと、どこまでも透き通る凛とした声。

 

 その蒼い瞳が大スクリーンにアップされ誰もが息を呑んだ瞬間に大音量のBGMが会場に響き渡り、絞られていた照明は華々しく踊り狂い―――爆音と共に奈落から飛び出してきた少女たちにその声は歓喜の絶叫に変えられた。

 

 誰も彼もが見たことの無い顔ばかり。

 

 これが噂に聞いた新人たちなのだと理解が追いついても、そんな事を熟考する暇は観客たちには与えられない。

 

 ハイレベルに磨き上げられたダンスと歌。そして、これでもかと個性を溢れさせた先輩アイドル達に負けないくらいに節々にアピールされる自己主張は“これこそが自己紹介だ”と言わんばかりに初見のファンたちの脳裏にその全てを焼き付けていく。

 このパフォーマンスを見て、このクオリティと個性を知って――彼女たちを2番煎じだの、先輩アイドルの人気にお零れを貰っているなどと嗤うモノはいないと断言できる。

 

 なんならば、どこの世界にお披露目のライブで先輩アイドルとあんなにバチバチする阿呆がいるというのか。

 

 だが、だからこそ“2期生”という色眼鏡はもうない。

 

 新たな“シンデレラ”が舞踏会に上がっただけなのだと、会場の誰もが熱狂のうちその事を理解し、少女たちが命を燃やす輝きを夕闇に閃かせたその瞬きは―――また世界に新たな輝きを灯したのであった。

 

 

 

 

=蛇足 という名の 舞台裏=

 

 

 

「「「「「みんな、ありがとうございましたっーーー!!!」」」」」

 

 初ライブも恙なく終わり、全員でのカーテンコール終えてようやくスタッフ全員が安堵の息を吐いたのも束の間。

 帰ってきた新人たちの前に美嘉が立ちふさがり、固い顔でそれに対峙する新人たちに舞台裏での緊張感は弾けんばかりに高まって向かい合う。

 

 そんな一触即発の空気で先に動いたのは美嘉で

 

「ま、そこそこ、やる……うっ、うぇぇっ じゃ、ん。 無事に おわてっで ひっぐっ―――よかったぁぁぁ!」

 

 最後まで“悪役”になり切れないところがこのカリスマが憎めない所である。

 

 新人を差し置いて、メイクもボロボロに号泣する美嘉に見返してやろうと奮起していた新人たちは面を喰らっておろ突くばかり。まるで狐か何かに騙されているかのような有様に陥っているのを他の一期生が苦笑しながら間に入って事情を漏らしていく。

 

「美嘉ちゃん、貴方達が上手くなれるならってわざわざあんな憎まれ役買ってたんですよ」

 

「本当に誰に似たのかやり方が不器用よね、わかるわ~」

 

「心配でしょっちゅうバレない様にレッスン室覗きに行って一喜一憂して、自分でいえばいいのに気になった点を私達にメモの束わたして指導させてたんですよぉ?」

 

「変更で詰まったタイムスケジュールも自分の出番をほとんど潰して譲ったり……ホントにお人好しというか、過保護というか見てるこっちが呆れてしまいましたわぁ」

 

「むむっ、熱く美しい青春ですね! 私も燃えてきました!!」

 

「茜さん……衣装が崩れますから…落ち着きましょう」

 

「まあ、おかげで劇的に上達してったんだから結果オーライってことで☆彡」

 

「いい話ですねぇ……と、いうか皆さん! もう次の出番ですよ、急ぎましょう!!」

 

 そんなアレコレの果てにあっという間に次の出番が来た彼女たちがステージへと去っていき、もちろん美嘉も崩れたメイクを最低限整えて次の曲の準備に向かおうとして―――呆ける新人たちに抱き着いて囁いた。

 

「これからもよろしく、戦友」

 

 そういって未だに目尻に涙を溜めながら、勝気な笑顔で走り去っていく。

 

「……かっこ、いぃ」

 

 阿呆のように呆ける新人たちの誰が呟いたのか、はたまた、ソレは彼女の最愛の妹からだったような気もするが―――そこを言及するのは野暮というモノだろう。

 

 舞台袖からその様子を除いてほっこりとしていたスタッフさん達を手振りで促して、俺も残りのつまりに詰まったスケジュールの消化に奔走することにしたのである。

 

 さてはて、忙しいのはここからである。

 

 ライブしかり、今後の活動しかり全てはようやく始まったばかり。

 

 初っ端の活動が再開する前からこんな気疲れが絶え間ないというのだから先が思いやられるが――――ようやく遅れてきたライブ成功を泣きながら祝い合う新人たち。

 

 彼女たちの契約解除の書類を作るのは

 

 まだまだ先になりそうだ。

 

 そんな事を心の中でクスリと嗤って、絶え間なく流れる無線機に指示を返してゆくのであった、とさ。

 




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恋の聖夜に臨む乙女たち

(*‘∀‘)今更にバレンタイン企画をポイッとな


 

 雪のチラつく都内の公園。白い息をくゆらせながら肩を寄せ合う男女。

 

 無言のまま、それでも気まずくなることは無く、お互いの温もりを分け合う二人。そんな満たされた時間の中で先に動いたのは―――女であった。

 

 都内、眠ることの無い街並みの明かりを背にその豊かなブロンドを靡かせて振り返った女はいつものおちゃらけた雰囲気はついぞ見せぬまま、少しだけ照れくさそうにはにかんでバックからとある小包を取り出して微笑んだ。

 

「こんな日くらい、私だってマジになるんだぞ?☆彡」

 

 いつもと違う雰囲気に戸惑いながらそれを受け取った男は促されて開けた中身に息を呑んで、無言のまま女を抱きしめた。

 

 世界に音は無く、闇の帳に浮かぶのは永遠の愛を誓うかのように抱き合う男女のみ。

 

 男が力の限り抱きしめるのに苦笑しつつも、女は空を見上げて小さくウインクを一つ零し―――

 

『特別な日に、特別なチョコを。“COUER”新発売』

 

 

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「はい、かーーっと!! 完璧だよっ、しゅがはちゃーーん!!」

 

 そんなナレーションと共にけたたましく公園に響く声。

 

 それを合図に幻想的だった公園は一気に照らし出され、現れるのは大量のスタッフと機材。一瞬前までは自分たちの息が画面に映り込んだりしない様に息すら潜めていたスタッフ達は一斉に立ち上がり各種諸々の確認や作業に騒がしく活気づいていく。

 さっきまでの神秘的な公園は何処へやら、いっきにお祭り騒ぎになった撮影現場に苦笑を漏らしていると、目の前のさっきまで自分を抱きしめていた俳優の色男が少しだけ興奮気味に声を掛けてきた。

 

「佐藤さん。俺、一瞬だけホントに見惚れちゃいそうだったよ!」

 

「一瞬だけじゃなくてずっと見惚れてろよ、こらっ☆彡」

 

「だはははっ、やめとけやめとけ。下手に手なんか出すとしゅがはちゃんはともかく346のおっかなーいプロデューサーが飛んできて指詰められちまうぞー?」

 

「ひえっ、おっかねぇなぁ」

 

 そんな気安いやり取りに忙しなかった現場に笑いが零れ、しばしチェック待ちの間に雑談を重ねる。

 

「まあー、しかし。改めて見るとこのいつもとのギャップが凄まじいよなぁ。いっそのこと、この路線で責めればシンデレラだって夢じゃないんじゃないか?」

 

 軽口もソコソコに、監督がしげしげと私“佐藤 心”を眺めまわした後にそう呟く。もう何度目かも分からないその言葉に返す返答も手慣れたものだ。

 

「おいおいおい~、私のいつもの恰好に文句があるならひざ詰めで朝まで聞いてやんぞーう☆彡 というか、こういうのはチラ見せだから効果があるんっだっつーの」

 

 “いつもの”という私のユニフォームは髪を二つに分けたツインテールに原色とフリルをふんだんにあしらったお手製衣装。ついでにパタパタ可愛い天使の羽根つきである。だが、今の私は―――なんということでしょう。

 

 年甲斐もなく分けられていた髪はアイロンによって緩く巻かれ、その隠れたわがままボディを包むのはこじゃれたセーターに軽やかなフレアスカート。その上に華美ではないが品のあるコートを纏い、ボルドーのマフラーを巻いた姿はまさに『カワイイ出来る女』を体現したファッション。

 お茶の間でお馴染みのちょい痛々しい年甲斐の無い、バラエティー番組でも体当たり取材でもなんでもござれな“佐藤 心”がこんなにも新しく生まれ変わったのです!

 

 そして、ついでに言えば……

 

「大体、この格好じゃいつものバラエティー番組であの視聴率はとれねぇからなっ☆彡」

 

「「た、逞しいっ、しゅがは姐さん!!」」

 

 おどけて平伏する男どもにカラカラ笑いながら答えつつ、他のスタッフ達にも声を掛けて回るが概ね出来は好調のようで問題が起こる気配はない。一発撮りで帰宅できる高揚感に少しだけニマニマしながら、スタッフの女の子が零した一言にぎくりと息を呑んだ。

 

「んーっ、やっぱりめっちゃ美人ですよね~心さん! これなら来月のバレンタインは本命だってイチコロ間違い無しですって!!」

 

「……おいおーい、一応はアイドルなんだってこと覚えてますかー? というか、私にそんな噂があったことないだろーがよっ☆彡」

 

「えー、ホントにいないんですかぁ? ほら、デレプロのプロデューサーさんとか、共演している俳優さんとか実際は心さんに迫られてNOって言えないでしょっ!」

 

 無邪気にそう語る彼女。そんな彼女が零す内容がよもやま話の類であった事に隠しながらため息を一つ零し、口の中でごちる。

 

 そう簡単に堕とせる男ならば苦労はしていないのだ。

 

 そんな独白に浮かぶのは、自分の人生を変えてしまったあの気だるげな男の姿。

 

 フリーランスの売れないデザイナーであり、望み薄だと分かっていても想いを断ち切れず惰性で続けていた地下アイドル生活。そんな全てをひっくり返した恩人であり、友人であり、仲間であり―――密かに自分が想いを寄せるあのひねくれもの。

 

 そんな彼が今日のようなシチュエーションだったら、どうなるかしばし考え首を緩く振った。

 

 やっぱり、そう簡単に堕とせたら苦労はないのである。

 

 皮肉気な微笑みを浮かべるあの男を思い浮かべ、こっちだって笑うしかない。

 

「いくら命知らずな私だって、世紀末歌姫を敵に回してまで特攻決める勇気はないんだぞっと?☆彡」

 

「え、うっそ、やっぱり噂ってマジなんだ!! うきゃーーっ!! めっちゃ滾る奴じゃないですかーーー!!」

 

 分かりやすくチラつかせた大御所の色恋の匂いに大興奮で誘導されてくれる彼女に適当に相槌を打ちながらいなして、話題がそれた事にほっと胸を撫でおろす。そして、いそいそと撤収準備に入った彼らに紛れてロケバスに乗り込んだ。

 

 ポケットから取り出した渾身のデコリを入れた携帯に今日の首尾をポチポチ。しばし間が開いて返ってくる返信はやっぱり素っ気ないモノ。それが妙にらしさを感じて私は小さく苦笑を噛み殺す。

 

『一発OK! 出来栄えみて惚れんなよ~?☆彡』

 

『了解。直帰で桶』

 

 過労のせいか、それとも寝不足か。微妙にごじったソレにクスリと笑いを零しながら返信をしたためる。

 

 甘く、優しいもう一つの聖夜ってのも悪くはないけれども。

 

 私たちの関係には塩辛い焼き鳥を並んで頬張り、馬鹿話を交わすくらいで今は丁度いい。

 

 でも―――今年はちょっと本気で誘惑してみるか、なんて思ったり思わなかったり?

 

 そんな思惑を心の奥底で弄び楽しみながら私はもう一度指を躍らせる。

 

 

 

『今から事務所戻るから、呑みに行くぞ ハチ公!!☆彡』

 

 

 

 このメールを見て顔をしかめる彼を思い浮かんで、私はもう一回笑いを噛み殺しつつ俯いた。

 

 今の顔は―――CM用に撮った微笑よりもずっと蕩けてしまっているだろうから。

 

 

 

 

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= 蛇足① バレンタイン反省会 パート①=

 

 

 

「……という訳で今年はちょっと攻めたチョコでアピールしてみようかと思っている訳なんです」

 

「“今年は”?」

 

「私の記憶が正しければ去年も相当に攻めてたと思うのだけれども……」

 

 毎年恒例となりつつある恋の聖夜前の会合。誰が呼んだか“バレンタイン反省会”なんても揶揄されるこの集まりは幹事である彼女“三船 美優”が、目が痛くなるほど細かく書き込まれたフリップボードの長々とした説明をもって今年も開催を迎えたのである。

 

 そんな説明を半ば聞き流しながら呆れた声を上げて蒸し返すのは私“和久井 留美”と“服部 瞳子”。

 

 彼女の部屋で秘めやかに行われるこの会合は基本お泊り形式なのでパジャマに缶チューハイ片手というラフさも相まって完全に空気はプライベートなモノ。ゆえに声と言葉にはいつもの遠慮は無く、友人としてつっけどんなものになっていく。

 

「だいたい、他の人とは明らかに違う包装に気合の入りまくった手作りチョコの時点で普通に本命確定演出なのよ……むしろ、あれを渡した次の日に平常運転だった貴方達に引いたわ、正直」

 

「い、いや、だって他の子も気合を入れて作って来ますから見劣りしない様にと……」

 

「もうあの中で目を引く方法といえば茄子ちゃんみたいに等身大チョコを作るくらいのモノよね、実際……」

 

 瞳子が若干呆れた声で責めるのに項垂れる美優ちゃん。

 

 だが、彼女の想い人たるアシスタントのバイト君を狙っている娘は実際問題かなり多い上に、基本的にガチ勢なので世間でいえば受け取った時点でもう告白成功といってもいいようなチョコは目立つことなく“イベント”として処理されてしまう。

 

 だが、それに負けじと彼女の作るチョコも一般的に“重すぎる”といってもいい域に達しているのは少々見ていて危うい感じである。

 

「でも、だからといってケーキの中に指輪を入れるのはどうかと思うの……」

 

「もう普通に恐怖の対象よね……あの“まゆ”ちゃんですら衛生管理は徹底しているというのにコレはもう完全に一線を越えているわよ、美優ちゃん」

 

「う、うぅぅぅぅぅっ、昔は期待され過ぎてセクハラに苦しんでたのになんで今は逆に相手にされない事に苦しまなきゃいけないんですかぁ……」

 

 みっちりと書き込まれた内容をあっさり却下された彼女は今度こそふてくされるように項垂れて、闇の深い事を呟きながら炬燵の中に引きこもってしまった。

 

 これは―――かなり追い込まれているわねぇ。

 

 普段はおっとりしながらもしっかり者の彼女の情けない姿に不謹慎ながら少しだけ笑ってしまいつつ同情もする。

 

 私たちの所属するデレプロはアイドルの事務所としては珍しい事に20代半ばから後半のメンバーを多く雇っているため肩身も狭くならずこうして集まれるのだが、この時期になると話は少し変わってくる。

 

 正月やクリスマス、七夕など各種イベントは仕事柄イベントで抜け駆けすることはほとんどないし、大体が寮なんかで宴会を開くのである意味は公平に機会が齎されていると言ってもいいのだが―――バレンタインだけはもう完全に個人へのイベントなので“彼”や“プロデューサー”を本気で狙っている娘たちの間にはそれぞれが戦に向けて散っていく。

 

 そうして個人であったり、連盟であったり、ガチ勢ではない面子の助言などを得ながら来るべき日に備えるのだ。

 

 そして、この反省会はそんな数多ある寄合の一つ、という訳だ。

 

 だが、問題は友人が犯罪行為に走らない様に引き留めるか、“ヤバイ女”にならない様に助言してやるしかできないのが実情である。

 仕事に関してはいくらでも代案やスケジュール調整、プレゼンをすることが出来るのだが色恋ばっかりはこの可愛らしい友人の健闘を見守って背を押してやるしかできない。

 

 そんな行き詰った空気を切り替えるために私は高みの見物を決め込んでいるもう一人の参戦者に水を向けることにする。

 

「瞳子、貴方こそプロデューサー用に作戦を立てた方がいいんじゃない? あっちはハチ君とこみたいにほのぼのした取り合いじゃなく……なんていうか、その、――ガチ修羅場になるわけだし」

 

「んぇっ、折角脳内の嫌な所をトリミングして幸せなバレンタインを思い浮かべてたのに嫌な事言わないでよ………まあ、こっちはホラ、“私の人生に責任を持つ”っていう言質を取ってるわけだし最後に勝てばいいのよ」

 

――――こっちの思考回路も大概であった。

 

 私の白い目を逃れるように彼女もまた炬燵の中へと退避して、同じく丸まっている美優ちゃんと妄想の世界へ逃げ込んでしまう。

 

「えへへへへ、比企谷君の指のサイズ実はコッソリ測っちゃいましてぇ」

 

「えー、なにそのテクニック。私にも後で教えてね? 私は実はコッソリ武内プロデューサーのセーター編んでるんだけど彼の身体って大きいから大変で」

 

「……………駄目だコイツら、遅すぎたんだわ」

 

 

 恋の聖夜まであと一月。

 

乙女たちの会議はまだまだ続く。

 

 

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=蛇足②  “アメリカン・スタイル”=

 

 

 

 

木場「…………ハチ、今日はバレンタインデーの筈だろう?」

 

ハチ「え、あぁ、はい。そっすね」

 

木場「“そうっすね”じゃないだろう、まったく。―――ほれ、早くしたまえ」

 

ハチ「なにがっすか????」

 

木場「(*‘∀‘)なにって……バレンタインデーなんだから男性から親しい女性にハグとキスとプレゼントとディナーに誘うのは当たり前だろう。あんまりレディを焦らすものではないぞ?(ワクワク」

 

ハチ「……………え??」

 

木場「……………え???」

 

 

「「―――――え?――――――」」




(´ω`*)更新が頻繁なのはコッチですね~→https://www.pixiv.net/users/3364757


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