嘆き、絶望し、彼は魔王となった (スペシャルティアイス)
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prologue 終わる世界

青空に雲が流れ、そよ風が緑葉をささめ揺らすその森は静かであった。動物の鳴き声、虫の羽音、動物の息吹は全く感じない。

 

『……』

 

木立の隙間から顔が、死形が双つ見えた。フードから覗いた無表情の水死体色の顔色で、宙空を浮遊する最上位死霊らは歩くほどの速度でまっすぐに森を進む。片方は怖ろしき絶望のオーラⅤを纏って。

 

『……』

 

死霊の後ろには道があった。物言わぬ屍が連なった道があった。老いも若きも人も亜人も異形も伏した道があった。森を、草原を、砂漠を、山岳を、海面を、国であった廃墟を繋ぎ埋め尽くす屍の道があった。

ふと瘴気が途絶える。すると入れ替わるようにもう一方の死霊が絶望のオーラⅤを放つ。彼らはこうしてスキルのリキャストタイムを埋めながら進んできたのだ。

 

『……』

 

そして左右等間隔に同じ光景が見える。絶望のオーラの効果範囲が被らない真横の軸上に、同種の死霊二匹が同じく絶望のオーラをまき散らす。

そしてさらに隣に同じ死霊が続き、それがどこまでも続いていた。その横列はひたすらに死を振りまき屍を重ねていく。穀物を収穫するかのように丁寧に丁寧に、丹念に丹念に精魂込めて隅から隅まで刈り取っていく。

ただただ主の願いの下、悲嘆の火炉に怨嗟という燃料を焚きくべ命を刈り捨て進んでいく機械のようだ。

 

『……』

 

死列が去った木の洞に《不可視化》が解除されて異形が姿を現した。四本腕に灰色がかった体色の女の亜人、魔現人(マーギロス)だ。

彼女はかつて一族の長としてここより離れたアベリオン丘隆にて君臨していたが、突如現れた死霊の群れによって部族は皆殺しにされ己一人ひたすらに駆け逃げてきたのだ。

それは直感だった。自分の持つ死の守りがアレらには通用しないという虫の知らせに従って逃げたのだがまさしくその通り。

彼女の持つ《アームバンド・オブ・デスガード》は一日に一回だけ死に誘う魔法への絶対防御を備えるという破格のマジックアイテムであったが、今に限って言えばそれは効果がない。

死霊らの放つそれは魔法ではなくスキルによるもののため、即死を防げず結局はこうして物言わぬ屍の一つとなっていたのだった。

 

『……』

「ふむ、異形か。ならばその躰、偉大なる御方に捧ぐがよい」

 

死霊の葬列の後から続いたのは、輝く紫色の宝玉を握った 死の支配者の将軍 (オーバーロード・ジェネラル)

彼女は幸いである。第二の生にて、生前より強力な上位死霊に生まれ変わり奉仕する喜びを得たのだから。

彼女は幸いである。人間であったのなら打ち捨てられ虫の餌となるだけだったのだから。

死の支配者の将軍のかざした杖先から生じた闇がその死体を包み、魔現人だったものが一跳ねして変質していく。肉は解け靄が集まり、そこには先ほどの最上位死霊が生まれ出でた。

 

『オオォォァァァァァァ』

「そう、その通り。人間、人という種を絶やすのだ。人間種が存在したという記録を消し去るのだ。偉大なるモモンガ様の、そしてその愛し子である守護者を苛ませる存在・意義をこの星から滅却させよ。

これは戦争だ。生存戦争なのだ。彼奴らの存在はアインズ・ウール・ゴウンへの猛毒であり雑菌であり寄生虫であり、記憶は宿主を殺す忌まわしき病だ。

ゆえに滅べ人間よ。どこに隠れようと廃滅させてやるぞ人間よ。三千世界より疾く疾く消し去ってくれよう」

 

呪詛を口に憎悪は眼窩に、 死の支配者の将軍 (オーバーロード・ジェネラル)率いる死の軍勢は南進する。ここは人類絶滅への遠征が始まった法国の首都から僅かに進んだ聖王国の南半分の地点。

人は絶やす。その過程で亜人や異形がいくら滅んでも構わぬし滅ばなくても構わない、どうでもいい。だがヒトは、ニンゲンは駄目ダ。

 

“俺”のダイじナ仲間ヲ侵し、冒シ、オかシに犯しタにんゲンは許サナイ。

 

……どうやら創造の際に混じりこんだ強い思念が死の支配者の将軍の思考をかき乱したようだ。

彼は思わず膝をついて震える。吐いた息は陶然としていて、己の中に息吹く神の祈りに魂を震わせたのだ。

 

「おぉ……偉大なる御方よ、分かっております理解しておりますとも。一刻一塵、一刹那でも早く貴方様のいと貴き願い、果たして見せます!!」

 

西から東へ大陸を横断するその列は南へ進む。北へ進んだ己の主のため、その願いのため。

例えその骨と霊体が塵になろうとも本望なのだから。

 

 

***

 

 

斜陽に照らされたアーグランド評議国最後のその都は、城壁沿いに隙間なくアンデッドの兵に囲まれていた。そしてその遥か上空にて対峙する竜王と不死の王。

 

「白金の竜王よ。お前は唯一、我が友を守った存在だ。だから私はお前を殺したくないしお前が大切にする国を侵したくない……だから頼む!人間をっ!!……一人残らず引き渡せ」

 

一瞬だけ硬直してから滑らかに言葉を吐いたモモンガは言動とは逆にどこか不自然だった。道化に真剣に向き合うかのように心にも思わぬ言動がその端々に感じられてしょうがない。

その呼びかけに悠然とした———風を装うのは唯一の竜、国を人質に取られながらもこの状況を何とかしようと彼、ツァインドルクス=ヴァイシオンは必死だった。

 

「……私は失望したよモモンガ。契約を反故にする気なのかい?これでは君に託した彼の、タブラの意思は———」

「次にタブラさんの名を口にしてみろ……。その手足と羽を捥いで地を這う地虫に落とすぞ。———アルベド、今は抑えよ」

 

モモンガの呼びかけに、いつの間にか生じた中空のヒビがゆっくりと消えていった。その裂け目から僅かに、血走った黄眼が垣間見えた気がした。

そしてモモンガは唐突に叫んだ。

 

「なあ竜王よ!()わかったんだ。過ぎた時は取り戻せない。それは真理だ。だからこれからの明日を、未来を見据えていかなきゃいけない!タブラさんが残したものにはそんなメッセージが込められていたんだ!!」

 

あどけない純朴な青年、鈴木悟の声音でモモンガは両手を広げてツァインドルクス=ヴァイシオン、ツアーに呼びかける。それを警戒、胡乱げに受け止める竜王。

 

みんな(・・・)を救い出すんだ!そのためには人間(・・)を一人残らず消さないといけない。……まあ命なら何でもいいのだけどね。所詮は経験値だ」

 

小声で囁いたモモンガは己の両腕に装備した強欲と無欲を、その下の指輪を籠手越しに撫でた。

その呟きをツアーの鋭敏な聴覚はしっかりと捕えていた。しかしそれ以上に困惑する。先ほどから目の前の骸骨魔法詠唱者、波長というか雰囲気が一致しないのだ。

最初は長い年月を過ごした絶対者、しかし時折のぞかせるものはどこにでもいそうな凡夫な青年。

それがスイッチのように瞬時に交互に入れ替わって顔をのぞかせる。

 

「私は彼が残したものの中身を知らない。だからなぜ君がその結論に至ったかは推論しかできないのだけど」

「……お前の考えなどどうでもよい。それで人間を差し出すのか、どうなのだ?」

 

超越者の声音に戻ったモモンガにツアーは再び話を引き延ばそうと口を開こうとして、しかしそれは許されなかった。

 

「!?」

 

突如大地が震え、アーグランドの都中の地表に亀裂が走り、そこから無色のガスが吹き出し始めたのだ。

 

「くそっ……!?」

 

次々と倒れていくアーグランドの国民、亜人、異形種たち。亀裂はなおも蜘蛛の巣上に広がり、そのガスに晒されたものらは少なくない数が息の根を止められていく。

そして轟音と共に門が爆ぜ、都の入り口から雪崩打って攻め寄せる死の軍勢。ガスから逃れたアーグランドの民たちを喜々として血肉の塊へと変えていく。

今は種族特性としてかガスの効かなかった者たちがナザリックの軍勢に必死に抵抗しているのが上空から見えた。

しかしそれも直に収束するだろう。ツアーが介入しない限りは。

 

「遅きに失したかっ」

 

ツアーは事前に代価の発生する寸前まで詠唱していた魔法を発動させる。

始原の魔法、そのうちの一つであるそれは莫大な数の命を磨り潰して発動する。純粋な破壊を引き起こすこの魔法は、この世界に元からあったものがゆえに始原の名を冠する。

残ったアーグランド全ての民を消費して己すら巻き込み、目の前の存在を消し飛ばすために使うのだ。

 

(はた迷惑な話だねまったく!なぜ私が傲慢な法国の尻を拭わなければっ)

 

全ての原因は八欲王と六大神の降臨が端を発した。厳密には八欲王最強の一人が法国に取り込まれ、人間種の拡大に貢献してしまったのが原因だ。

そして生息域を拡大し勢力を伸ばした法国は堕落した。

神の御名の下に亜人種・異形種を虐殺し、法国民以外の人類を蛮族と蔑みながら次々と領土を拡大していったのだ。

その流れを何度もツアーは止めんとしたが、寿命のない異形種である最強の八欲王に阻まれてきた。

しかしそれも数か月前に終わった。全ては目の前に現れたモモンガ、そしてナザリックというギルド集団によって、法国の主戦力ごとその首都が灰燼に帰したのだ。

法国に滅ぼされた者の遺族を率いて数百年もの時を抵抗していた魔王がナザリックに合流するとともに、瞬く間にすべてが終わったとツアーは記憶している。

 

収束する始原の魔法の莫大なエネルギーを目の当たりにしても、モモンガは微動だにせずツアーを、その力場を眺めたままだ。

 

「ほう、それが始原の魔法か。この世界の 原 初 (オリジナル)、実に興味深い」

「滅べッ!異界の禍神め!!」

 

まさか彼もいきなりモモンガがこのような虐殺を行うとは思ってもいなかった。

タブラ・スマラグディナからよく聞かされたアインズ・ウール・ゴウンというギルド、そのメンバーたちの話。

そのまとめ役であった心優しきギルドマスター、そして数か月前に目の当たりにした本人。

絶望という言葉が生ぬるいほどに絶望し、流れぬ涙を流し幼子のように泣き叫び法国を、人間種を呪ったモモンガという存在。

その姿が今は亡きツアーの友人であった十三英雄のリーダーと被り、僅かでも同情してしまったのがここに至り、ツアーは致命的な間違いを犯してしまったのだ。

 

(さらばだ悲しき化物。君のことはタブラの傍に墓をしつらえておくよ)

 

星の今際の煌きにも似た光が己も飲み込もうとする中でツアーは目を閉じる。術者であっても半死するダメージは負うだろうが現状でこれ以外の選択肢はなかった。

最後の竜王として、この世界を汚すユグドラシルの影響を少しでも薄めるのは竜王としての役目なのだから。

 

「……!?どうして、痛みがないっ」

 

しかし感じるはずの痛みを感じず、目を開いたツアーが見たのは先ほどと変わらぬ風景。始原の魔法のエネルギーは何処かへと消え、己へ掌を向けたモモンガにも傷一つない。

 

「な、何故だ!?どうして魔法が!?」

「フフ、クククッ,フハァハッハハハッハッハ」

 

肩を揺らし、狂ったように哄笑する骸骨にツアーは目を剥く。状況からすれば必殺ともいえる始原の魔法をモモンガが無効としてしまったのは明白なのだから。

八欲王や六大神ですら不可能だったことを、たった一人で彼は為したのだろうか?

 

「感謝するぞツアー!実験は成功した!!……タブラさん、あなたは本当に、本当にすごい人だよ。ありがとう、タブラさん……」

 

指輪のはまった拳を抱きしめ解き、胸を張ったモモンガから天地に響き渡るような大喝が発せられた。

 

「全てのナザリックの者たちよ!私はここに誓う!!大願を現実のものとし、私は残された三十六を守りぬく!!そしていずれ還る四を迎え、我ラの黄金の日ビを取リ戻すノダアアァァァ!!」

「な、なにを……!?モモンガ、君は一体なに……ぐっ!?」

 

呆然としたツアーが,突如走った痛みに頭を抱えその相貌を歪めた。それをモモンガは柔らかな声音で呼びかける。

 

「安心しろよツアー。お前と、人間を除いたお前たち評議国民は元通りにしよう。……だってタブラさんに良くしてくれた恩人?恩竜だからな」

「な、なら何故、こんな真、似……を……」

 

意識が途絶え墜落していくツアーに目もくれず、モモンガは遥かな北を見据える。その先は未知であり、これがユグドラシルであれば未開を探索せんと心を弾んだものとしていただろう。

だが今の彼にはやることがある。

 

「さて、まずは人間を根絶やさないとなぁ」

 

青年の声だけが東から到着した黄昏に残り、異形の姿はいつのまにか消えていた。

 



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#1 虚飾の国の堕ちた聖騎士

捏造ポイント

今作では
・傾城傾国について
 効果は被使用者の死亡→蘇生で回復する。また使用者が死亡しても洗脳効果は解除されない
 対象は一人枠であり、別の者を洗脳するには洗脳済みの者を死亡させて枠を開ける必要がある

・フォンチュルヌ・ベロア様式→フォンテーヌブロー宮殿のもじり。



 

スレイン法国の首都、最奥の白亜の神殿群は外観の精緻な芸術的価値さもさることながら、その内部はいかにも豪奢であった。

百年前に増築された大聖堂の内部は、高い天井と四方の壁に彩り豊かなモザイク壁画で覆われており、五百年前にあった六大神と七欲王の争いを物語調に刻んだ迫力ある芸術作品である。

ここは一般信者にも解放されており、布施をすることで数分の間に見学や祈りを捧げることができるのだ。

さらに布施を重ねることで、その奥にある六大神縁の品々のレプリカを安置した博物館に入ることも可能らしい。

七欲王(・・・)に勝利した際に身に着けていたといわれる装備品や神の血を受けた瓶など、信者として一度はそれを眼に焼き付けたい思うのは当然のことである。

さて、そうした観光区画から離れた中央神殿は神官たちが詰める場所である。汚れ一つない内壁を維持するには魔法を使っていることは想像に難くないが、一般神官たちは掃除をあえて手作業で行っている。日々の祈りや雑務を終えた一日の終わりに、それぞれの持ち場を掃除するのだ。

だが中には例外もある。働きを見初められた見た目のよい神官や信者(・・・・・・・・・・・)は、国の最高執行機関に属する者らが会議に使用する場の清掃という名誉ある仕事など(・・)を任されるのである。

 

「今日は貴女が上階の清掃ですか」

「は、はい区画長。精魂込め、心底よりご奉仕したいと思います……」

「ええ結構なことです。あなたの献身に神はお喜びでしょう」

 

見目麗しい女神官が年嵩の女神官に見送られ、輝くミスリル製の手すりのついた階段をうつむき加減に上っていく。

上がった先は両開きの扉に槍を手にした二人の神官兵と、扉から左右の壁に沿った通路があった。

足早にしかし静々と左側の通路に去り行く女神官を意味ありげに見送り、神官兵らは雑談する。

 

「ったくお偉方は羨ましいねえ。うまいもん食って惰眠を貪り綺麗なおべべで着飾って、更にあんな別嬪を好きにできるんだからよォ」

「まったくだ。俺も出世してえなー」

「そういや第六聖堂騎士団のベリュース団長、今の遠征を最後に水の神官長付きに出世するらしいぜ」

「マ、マジかよ!?……どんだけ袖に通したんだか。ゴマすっときゃよかったかな」

「やめとけやめとけ。お守のロンデスを忘れたか?あいつの胃、ストレスで治癒魔法でも三日保たないらしいぜ~」

「あのマジメ君か。あいつも一緒に楽しめばいいのに、馬鹿だよなぁ」

 

そんな軽口を叩く神官兵の扉越しには、深紅の絨毯の敷かれた空間があった。内装は法国の黄金時代と呼ばれたフォンチュルヌ・ベロア様式で、六大神の故事になぞらえた壁画が見て取れる。

談話室らしく貴金属で縁取りされた透明なガラスのテーブルとイスが揃えられ、常時であればそこには酒精に酔った高位神官たちが異性に酌をされながら噂話に花咲かせる謀略の片所であっただろう。

さらに奥に位置する大広間には、金銀をあしらったシャンデリアに白金拵えの円卓とイスが据えられていた。

そここそ国の首脳陣が集まる部屋であり、普段なら病欠という名のサボタージュで空席が目立つが、今日はそのほとんどが埋まっていた。

 

「かかか神を、そして我らを恐れぬこの所業ォ!!いかにして正義の鉄槌を下そうか!!」

 

水の神官長であるジネディーヌ・デラン・グェルフィは、その司る領分に反し激憤に任せ老齢らしい皺だらけの掌でヒステリックに机をひっ叩いていた。

 

「水の神殿が受けた被害は甚大だな。特に巫女姫、木偶ではあるがあの肢体は実に具合がよかったのだがなぁ。それも今は瓦礫の下か惜しいことよ」

「……この場に女性もいることを忘れてないかしら、イヴォン?」

「クカカ!なんだベレニス、猥談一つやるのにも賄賂を欲するのか?ん?いくら包んでやればご許可頂けるのかな?それとも鉱山でも進呈いたしますかな?」

「あなたの脳味噌は下半身にあるの?発情期の猿が紳士に思えてくるわ。本当に、世界には驚きが満ちているものね」

「双方お控えください。今日の議題は非常に重要なもの、今しばらく耳を傾けて頂きたい」

 

光の神官長であるイヴォン・ジャスナ・ドラクロウから火の女性神官長ベレニス・ナグア・サンティニへの当て擦りは、土の神官長であるレイモン・ザーグ・ローランサンの一言で断ち切られた。

双方は拗ねたように憮然と口を閉じ、状況の説明をレイモンが続けた。

 

「リ・エスティーゼ王国領南東、帝国との国境での軍事作戦は第六聖堂騎士団及び陽光聖典による王国戦士長の暗殺が目的にあり、騎士団は帝国騎士へ変装した上での欺罔作戦でありました。

しかしその最中に、陽光聖典隊長ニグンに持たせた魔封じの水晶による最高位天使の召喚を感知。水の神殿の巫女による監視を始めたところ、巫女を爆心地に水の神殿が崩壊。人的被害だけでも八割が使えなくなり、その半分は死体すら確保できません」

「問題は陽光聖典全滅の疑い及び国宝である魔封じの水晶が使われたという事実、そして監視していた水の神殿が壊滅したことか。爆発の原因は?」

「現在調査中です」

「鉄槌、鉄槌ィじゃ!!神罰など待ってられるかっ。こ、この際、陽光聖典が消息を絶った周囲を漆黒聖典や番外席次で王国民もろとも消し飛ばすべきだろうが!!」

 

風の神官長ドミニク・イーレ・パルトゥーシュとレイモンの門答に被さるように怒鳴ったのはジネディーヌだった。己の領分に被害があったことで弱みに付け込まれることを警戒して、何処かに責任を押し付けたい気持ちの表れか。

被害に関しては寄進を募れば問題ない。信者らから金などいくらでも絞り出せるのだし、竜王国など植民地からの奴隷輸出を増やせばお釣りすらついてこよう。

 

「ふむ。まあ評議国との盟約もあってないようなもの。番外席次を出しても奴がいれば竜王も抑えられましょう、何の問題もありますまい。いや、むしろ奴を単騎で出してやればよい。油虫のようにしぶといやつですし、万に一つ敗れることもありますまい」

「それでよいのでは。軍や聖典の出動にはそれなりの費用も掛かりますし。あの虫を使うのであれば移動と周囲の殲滅も含め三日で片が付きますし、餌はそこいらの木の根でも齧らせればよろしい。

……今回の遠征は私、反対でしたしな。騎士団や聖典の遺族への補償など頭が痛いことこの上ない。そして魔封じの水晶と水の大神殿の被害の責任はどこにあるので?おお、そうでした!この作戦を提起されたのはグェルフィ老でしたねぇ」

 

ドミニクの追従に、闇の神官長マクシミリアン・オレイオ・ラギエはニヤつきながらペレニスに水を向ける。

これにペレニスは怒りに赤くなった顔を更に赤くさせ怒鳴りつけた。

 

「こここの小童めぇ!!今は状況を速やかに収めるべきじゃろうがっ。それを足の引っ張り合いに利用するとは、国益を考える頭もないかァ!?」

「おやおやご老体。そう興奮されるとあなたの神殿のように爆発してしまいますよ?」

「マ、マクシミリアンッ!ききっ貴様ぁぁぁ!!」

 

掴みかからんばかりに興奮するペレニスを宥めながら、レイモンはマクシミリアンに鋭い目を向けた。

 

「ラギエ殿。亡くなられた方も多い此度のことを、そう揶揄するのはいかがなものでしょうか?」

「ふん。建物は金を出して作らねばならんしマジックアイテムはもう手に入らぬかもしれぬものも多い。勝手に増える人間を惜しむ理由がどこにある?

巫女姫とて第一位階を使える程度の処女の娘を、魔力を引き上げる紫粉で薬漬けにしてやればいくらでも替えがきこう」

「おいおいマクシミリアンよ!美しい処女をあたら無駄にするのは世の損失だろうが」

「チッ」

 

下世話な笑みを浮かべるイヴォンにジオディーヌは舌打ちして席を立つ。

 

「サンティニ殿。会議はまだ」

「レイモン、貴方が適当にまとめておきなさい。結局のところ元漆黒聖典の貴方こそ最適な判断が下せるでしょう?

これ以上種馬もどきの畜生と同じ空間にいるより、いもしない神に祈ったほうがましよ」

「フフっ、さすが懐と袖に“神”を忍ばせるのがお上手な方は言うことが違いますな。次の金貨の改鋳にはあなたの顔を彫ったベレニス金貨などいかがですかな?」

「ッ!!」

 

ドミニクの揶揄に荒々しく扉を閉めることで応えたジオディーヌは去っていった

溜息をついたレイモンが扉から円卓に目を向け、いまだ状況を軽く考えている者たちに淡々と告げる。

 

「私からは虫、大罪人を差し向けること。かつ漆黒聖典、そしてカイレ様の派遣を提案します」

「そうじゃ!その通り!!」

「……その理由を聞かせてくれるかなレイモン?」

 

手を打つペレニスを見ず、マクシミリアンを始めとした神官長へ向けてレイモンは理由を述べる。

 

「陽光聖典が消息を絶った地点は、トプの大森林にほど近い場所です。この名、聞き覚えがあるはずでは」

「まさか……破滅の竜王か?」

「まったくの無関係、とは言い切れません。不測の事態は常に留意すべきでしょう。漆黒聖典はあくまで現場指揮と調査を、虫には戦闘を行ってもらうのが最善かと。

そして虫や漆黒聖典を超えるもの、仮に破滅の竜王であったときは虫を自死させ、カイレ様にケイ・セケ・コゥクを破滅の竜王へ仕掛けて頂きます」

 

レイモンの提案にイヴォンが頷く。

 

「それはよい!虫なんぞよりもよい手駒が手に入るのなら私は賛成だ」

「然り。そもそも奴は気味が悪くてかなわん。両目から体液なぞを流すさまなぞ燃やし尽くしてやりたいわ」

 

眉をしかめたドミニクの意見に、レイモンを除いた神官長らは同意見のようだ。その後はさしたる修正もなくレイモンの意見で作戦を行うことが決まり解散となった。

 

 

 

レイモンは自分の居室に戻り、今回の作戦概要書を作る。普通ならそれに執行伺いと資料を併せて全神官長・三機関長・軍事元帥の同意を経て関係部署への通達、作戦開始となる。

しかし今回は漆黒聖典の案件ということで例外である。

 

「白金貨を用意せねばな」

 

しかし話を通すのに少なくない賄賂、金銭を用意しなくてはならない。

法国は二百年前の大改革により、上の人間ほど多くの給与をもらうことになった。考えてみれば当たり前の話である。国のために重い責任を持つものが何故誰よりも安い金で暮らさなくてはいけないのかと。

そもそも高い給与であることを約束してこそ、有能な人材の確保や国へ尽くそうとする気概を養えるのではないかという意見が増えたのだ。

ちょうどそのころ、亜人や異業種を大罪人によって駆逐させた土地が農業に適した土地となり、法国が豊かになり始めた時代だったのも関係している。

しかし現代、進みすぎた拝金主義は賄賂なしには動かぬ者が大多数となり、誰も彼もが金と権力を求める国となってしまった。

 

「大罪人、か……」

 

そのような国を五百年生きた者がいる。

大罪人、皆が“虫”と蔑むそれは異形種の化物である。昆虫が人型となったような姿で、その力と頑丈さ速さは人間を遥かに凌駕し、また確かな知性をもって高度な剣術を操る絶対強者であった。

そして幾多の法国の国難を救った存在でもあり、彼の正体を知る者らは怖れか畏れ、もしくはその両方を抱く。

 

「……誰も知らんのだ。この平和が、底のない闇に張られた一本の綱の上の均衡であることに」

 

その正体こそかつての六大神が国宝であるケイ・セケ・コゥクで洗脳した、歴史から葬られた八人目の七欲王、最強の欲王その人である。

世に混沌を齎した七欲王を法国の祖神である六大神が討ち果たした、それが今日の表の歴史である。しかし真実は違う。七欲王は本来八人存在し、六大神らが正面から倒すことは不可能と判断した者がその八人目であり、歴史に隠匿された今日の法国の盾ともいうべき存在なのである。

何故レイモンがそんなことを考えていたかというと、その存在に会うため地下牢へと向かっていたからだ

地下牢獄の上に立つ棟に入ると見張りを行っているはずの看守は一人もおらず、苦虫をかみつぶした風でレイモンは地下に下り始めた。

実際はただの餌係であるその看守らが真面目に控えるはずもなく、どこぞで暇をつぶすか別部署でコネづくりに勤しんでいるのだろう。

中に棲む存在から考えれば何の障害にもならないアダマンタイト製の檻を抜け、湿気と腐臭、血生臭さが混じった伽藍とした空間を奥へと進む。

ここには一日に二度、罪人や奴隷である蛮族、亜人、モンスターなどの異形が放り込まれる。その目的はただ一つしかない。

 

「おや、久しい方ですね。たしかレイモンさんでしたか?お久しぶりです」

「!?っ、そこですか」

 

そうして見えてきたのは床に座り込み、亜人を喰らう全身鎧の騎士だった。兜を外し四つん這いになって、頭を亜人の腹に突っ込ませ、皮と骨を残して臓腑と肉を綺麗に貪っている。

背を向けたままの異形は喰らいながらも、レイモンよりも先にその気配を察知して背中越しに呼びかけたのだ。

 

「……ええ。十年ぶりかと思いますよ“盾”の八欲王」

 

虫の異形は中空から取り出した布で顔を拭い、それから兜を被って振り返った。

薄汚れたアダマンタイト製の全身鎧に身を包み、背のマントは破れ切れて肩口を覆うだけでその用途を満たしていない。

しかし腰に佩いた剣と盾だけは場違いなほどに輝き、それの精確な価値はかつての六大神の装備に迫る代物だろう。

ただ一つ奇妙なことに、兜の目の部分からは絶えず緑色の体液、人間でいうところの血液が左右に一つずつ眼下へ流れを作っていた。まるで涙を流すかのようなそれは絶えず流れていく。

しかし彼はそれを気にもしていない明るい声音でレイモンに応対する。

 

「仕事です。貴方には、現在の漆黒聖典たちと共に大森林周辺へ向かっていただきます。そこで発生する全ての戦闘行為で法国に仇なす者を滅ぼすこと。そして漆黒聖典隊長、第一席次の命令に従ってもらいます」

「なるほど。つまりはいつも通りということですね。わかりました、この身にかけて全てを切って捨てましょう」

 

そう言って立てた剣を顔の前に掲げ、八欲王は騎士の誓いを口にした。

レイモンはそれを無表情で見据え、言葉を重ねた。

 

「……そういえば、番外席次はこちらにきていますか?」

 

レイモンのこの問いに騎士は首をかしげて答えた。

 

「ええと、もうしばらく見ていませんね。おそらく彼のところに行っているのでは?」

「あなたは、それに思うところはないのですか……?」

 

顔をついに強張らせたレイモンの問いに、騎士は緑色の血涙を流しながら答える。

 

「いいえ、何も。たしか前にもその質問をされましたよね。何か意味でも?」

「……すみません。くだらない質問でした」

 

彼は傀儡だ。現代にも伝わるケイ・セケ・コゥクによる最初にして最後に束縛された者。

レイモンは知らない。かつて八欲王最強にして、仲間たちを命に代えても元の世界に戻そうと奮起した彼が、間違いなく高潔な騎士であったことを。

今は傾城傾国の担い手か漆黒聖典を統べる者のみの命令に服従する彼の真名を。

 

「すべては人類を守るために。誰かが困っていたら助けるのは当たり前ですから」

 

たっち・みーという名を。

 

 

 

 



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#2 月下の始末、月下の決闘

今話は書籍版2巻と3巻から開始です

また、たっちさんの外見は100%捏造です


街外れの人気のない場所に男女が二人、互いの体を寄せ合わせている。

こう聞くと何やら色気のある風に感じられるが、骨だけのアンデッドと血まみれの女がその当事者であれば先ほどの感想はまったく違う意味を持ってくる。

深夜の墓地、数え切れぬアンデッド、オーバーロードの腕の中で血反吐を吐きながら抵抗する女殺人鬼クレマンティーヌ。

 

「クソ、クソックソガァァァァァァ!!」

「そんなに暴れるな」

 

レベル100の腕力でゆっくりと絞め殺そう、己の中に残る苛立ちからそんな手段をとるため、モモンガから名を変えたアインズは腕に力を籠める。

 

「お前だって、あれを殺すのに時間をかけたのだろう?だから私だって、ゆっくりやってやるさ」

 

あの気のいい冒険者たち、漆黒の剣を殺された苛立ち、不快さを消化するために。

女のしなやかな筋肉越しの骨が折れる感触を感じたが、存外人間の肉体というのは脆いようで、必死に抗うクレマンティーヌの力も少しずつ弱くなっていく。その必死さが滑稽で、しかし煩わしく感じていっそ終わらせるかと考え直す。

 

「死の舞踊か」

 

少し、それこそ枯れ木を折る程度の力を更に腕に加える。それだけで柔らかなクレマンティーヌの筋肉の内側、臓腑の芯が爆ぜた。

その痛みというより衝撃によって、彼女の裡から断末魔と共に情念が迸る。

 

「あの虫野郎といいなんであたしより強いんだよぉぉぉぉぉぉ!!」

 

吐き散らされた血が夜の空気に散り舞い、鉄臭い香りがアインズの嗅覚をくすぐる。しかしそれも消え、後には静寂が残った。

生きていた躰を粗雑に取り落とし、今際の女が放った言葉を反芻してみる。

 

(この程度より強いというのもたかが知れている、か?いや油断するな。もしかしたら他プレイヤーの可能性は?またこの世界特有の強者という可能性、そうンフィーレアのような特殊な  タレント  (生まれながらの異能)  もちかもしれない)

 

そう考えるとこの女のもつ情報が惜しい気持ちが湧く。しかしそれを上回る動機が、アインズにこの死体を朽ち置かせるという選択肢を取らせた。

 

「それにしても虫野郎、か」

 

高レベルの昆虫NPCである恐怖公やコキュートスを思い出すも、いまだ拠点であるナザリック地下大墳墓から出ていない彼らをこの女が知っていたはずもない。では彼女の言った虫野郎とは一体?

 

(……今は残った仕事を片付けるか)

 

そう思い直したアインズは、青ざめた月光に照らされる霊廟の入り口に目を向けた。そこにいるだろうンフィーレア少年を助け、アンデッドの軍勢の原因を排除するという目的を果たすために。

 

 

 

夜半の月が輝くも、その光が差し込まぬ洞窟の中は血の臭いで充満していた。只人ならえずくその鉄臭さは、人外であるヴァンパイアにとっては恍惚へ誘う阿片の薫煙だ。

 

「くひゃっひゃっああはははっは」

 

男たち、野盗であろうその集団はたった一人、一匹の存在に蹂躙されていた。断末魔が輪唱し、反響したその叫びは幾重にもなって化物の耳に届く。

 

「いいねぇ、いいねぇええええええ!!」

 

そのたびに襤褸を纏い乱杭歯から長舌と涎を垂らした真祖、吸血鬼は嗤い狂う。もっと聞かせて、啼いて、私を悦ばせて!と。その化物、名をシャルティアというが彼女の常はこのような醜姿ではないのだが、久方ぶりの血に当てられ《血の狂乱》が発動してしまっていた。

攻撃力が上がり判断能力を失ったその姿はまさしく狂乱、しかしこの場に彼女を止められるものはいない。洞窟の中には大の男が数十人いたようだが、そのほとんどが血の池の一部分になって床を濡らしていた。

そうして奥へと進んだシャルティアだったが、ある男を一人取り逃がしたことに気づき痛恨の叫びをあげる。

 

「シャルティア様。複数の何者かがこちらに近づきつつあります」

 

下僕である吸血鬼の花嫁の報告にシャルティアは快哉を心の中で上げた。 主菜 (メイオンディッシュ)は逃げたが 菓子 (デザート)がやってきたのだと。

洞窟の外には数人の冒険者、うち一人は若い女であった。その事実に好色なシャルティアは口角を上げる。吸血鬼が好むのは乙女の血と古来より決まっているのだ。

 

「殺したィ潰してぇぐちゃぐちゃにしたいぃぃ」

 

しかしシャルティアの脳裏に主人より言われた言葉がひっかかり、見えなくなった。主人であるアインズ様より仰せつかった“武技や タレント (生まれながらの異能) を持つ人間を探し確保せよ”という命令が。

血の狂乱の衝動がシャルティアを煽る。“欲望を満たせ。鮮血で喉を潤せ。全てはお前の獲物だ”だから彼女は奔った。銀の武器を手に抵抗しようとした全てを、瞬時に首を刈り取りその血を舐める。

 

「甘いぃぃ」

 

特に赤毛の女の血は、恐怖が血にまで浸透したのか実にシャルティア好みの風味で笑みが止まらなかった。

この世界に来てからの初めての蹂躙に心を躍らせ、血の甘さに酔いしれたがゆえにその気配に気づくのが遅かった。

 

「真祖とは、久しぶりに見たな。ユグドラシルからの来訪者が現れ始めたか?」

「うあぁぁ?」

 

振り返ったシャルティアの目の前には鎧姿が一人。粗末な鎧と外套の切れ端が肩に乗り、腰の剣だけが輝いていた。その貧相な姿にも関わらずシャルティアは目が離せない。

 

「う、うそぉ……なんで、どうして」

 

暴走していてもなお感じた衝撃に彼女の瞳に輝きが戻っていく。ゆっくりと、その騎士に呆然と相対する。

目の前の人物から確かな上位者の気配を、主人であるモモンガ——今はアインズと名乗っているが——と同じものを感じたのだから。

わかる、わかってしまうのだ。なぜなら親ともいうべき至高の御方々の気配とは、それほどまでに圧倒的なものであり、彼らの被創造物であるシャルティアらナザリックの守護者にとっては心が暖かく満たされるものなのだから。

 

白刃が走る。

 

「えっ」

 

無防備にそれを受け止めたシャルティアの身体は小さな衝撃しか感じなかった。目の前の騎士は構えを取らぬままだったが、その手には先程まで無かった抜身の剣が握られている。

 

「っく、かっ……!?」

 

遅ればせながら地面を蹴って後方に下がり着地する、と同時にその両の肩口に血の珠が線状に走り鮮血が噴き出した。

 

「ぎぃいぃぃ!?」

「硬いな。竜王の頸より硬いとはレベルは80、いや90。所詮はこの武器ならこんなものか」

 

騎士は独り言をこぼしながら、肩口を抑えてうずくまるシャルティアへ近づく。

そんな騎士へ顔を上げた彼女の顔は普段の美少女のものに戻り、見開かれた瞳は濡れていた。

 

「な、なぜ……?至高の御方の気配がする、のにどうして、私を」

 

やっと会えたはずなのだ。アインズ様以外の至高の御方、このことをナザリックの皆に伝えればどれだけの歓喜に包まれるか。特に愛しいアインズ様がどれだけお喜びになるか。

廓言葉を忘れ、呆けながら涙を流すシャルティアへ再び剣閃が迫る。

 

「ギィィ!?」

 

今度は己の意思で確かに躱した筈だった、にもかかわらず身にまとった襤褸ごとシャルティアの身体に切れ目が走った。

 

「シャルティア様ァ!!」

 

追いついた吸血姫の下僕たちが身を挺して主人を害する者の前に立つ。

 

「やめろ!お前たちじゃ」

 

どさりと、倒れこむ音が四つ重なった。真っ二つになった二人の吸血姫の花嫁が地に伏した音だ。

この光景に目を見開いたシャルティアは手に己の武装、スポイトランスを握る。そして震える穂先で己の下僕を殺した騎士へと向けた。

 

「お、おまえは誰だ!?なぜ至高の御方の、ナザリック至高の四十一人の気を纏っているッ?!」

 

その言葉に騎士の歩みが止まった。

 

「ナザ、リック……?ナザリック、ナザリック地下大墳墓……アインズ・ウール・ゴウン。懐かしい、ギルドの名だ」

「ッ!?やはりおまえ、あなたは至高の」

 

身を乗り出したシャルティアだが、咄嗟にスポイトランスで防御する。目の前には己の首元に剣を振り下ろした状態で鍔競る騎士がいた。凄まじい速さで迫ったその斬撃は、レベル100であるはずのシャルティアであっても押されるほどの圧がある。

と同時に騎士の鉄仮面の目元から緑色の血がこぼれ、シャルティアの顔に落ちた。

 

「な、なんで……!?どうして、攻撃されるのですか!?私は、私はシャルティア・ブラッドフォールン!!ペロロンチーノ様に創造された守護者です!だからあなたの敵ではありません!!」

「ペロロンチーノ、ペロロンチーノ……あぁ……彼は、今もあそこにいるのか?」

「!??ペ、ペロロンチーノ様が何処に——きゃうッ!?」

 

戦闘の中で不覚にも期待に心臓を跳ねさせたその隙は大きかった。破城槌をうちつけられたかのような衝撃と共にシャルティアは吹き飛ばされ、勢いを殺せぬまま地面を転がる。口に土の味を感じながらも、シャルティアの心に苦いものは浮かばない。

 

「ペロロンチーノ様が、この地にいる……!!」

 

ペロロンチーノ様、地に伏したままにその名を口にすると驚くほどの勇気が湧き、その存在がここにいると自覚したとたんシャルティアの四肢に力が漲った。

彼女の足元が爆ぜる。と同時に騎士に向け槍を構えた突撃するシャルティアが見えた。

 

「ハァァァァッ!」

「シッ!」

 

騎士はその渾身の突きをいなし、受けた勢いを利用した薙ぎ払いが今度こそその細首を刎ねんと迫る。しかしシャルティアは、その膂力でもって無理やり握り上げたスポイトランスの柄頭でその一刀を受け止めた。人外の動体視力と剛力による受けであったが、騎士もまた常人離れした反応速度で間合いを詰め彼女の腹部に膝蹴りを叩き込む。

 

「ッ!?」

 

華奢な少女の体躯がくの字状にかしぎ腹部が膝鎧の形にへこんだ。どんなに頑丈な生き物でも、内臓にダメージを受け無理やり呼気を吐き出させられればその動きを止めてしまう。それは呼吸を必要とする生物では避けられぬものだ。

 

「クアァァァ!!」

「!?」

 

しかしシャルティアはアンデッド、その血は冷たく内臓器官は初めから機能していない吸血鬼だ。ゆえに生物なら生じるはずの隙は生まれず、騎士の胸へ向け槍を突き込んだ。

剣で受けるにもその一槍の勢いはそれで止められそうもなく、かといっていなすには膝蹴りを加えた直後で体勢が整っていない。そのため騎士は体を捻ってシャルティアの一撃を躱さんとしつつ、剣を持たぬ片手で槍を弾き飛ばそうと振るう。

 

「ぐっ」

 

アダマンタイト製の籠手ごと切り飛ばされた騎士の手首から先が宙に舞うが、その槍の穂先は騎士のこめかみを少し掠るに留まった。

片手を失った相手に追撃せんとシャルティアは腕に力を込める。

彼女が至高の御方の気配あるものにこうして攻撃を重ねられるのには理由がある。一つは彼女の“頭がよくない”という設定。頭がよくない、単純だからこそ目の前の戦闘に全力で向かうことができる。目の前の人物は何か深い思惑のもとに動いているのかも、はたまた人質をとられ不本意な戦闘を強いられているのかも。そうした余計な思考を彼女は抱かない。何故なら創造主にそう設定されたから。

そしてもう一つの最大の理由が。

 

(ペロロンチーノ様っ)

 

ペロロンチーノ、爆撃の翼王と呼ばれた遠距離戦のエキスパート。その一射から逃れえるものはなく、九陽を墜とした武神の弓を手に戦場を支配した者。シャルティアの創造主であり、他の何者をもっても替えがきかぬ存在。それはナザリックに残られた慈悲深き彼の存在であっても例外ではない。

 

「貫けえぇぇぇ!!」

「……不味い、か」

 

アインズかペロロンチーノ、二つのうちの一つをとれとなれば、彼女は血を吐き懊悩しつつもペロロンチーノを選ぶだろう。それほどまでに至高の御方、その中の己が創造主という存在は重いのだ。その存在の情報、それは彼女にとってどんな美姫や享楽よりも優先され、正体不明の至高の御方?を相手にしても戦闘できていたのはそのためだ。

そしてシャルティアの全力の一撃を、ヒビの入った兜と片手の剣でもって騎士は迎えようとする。

 

『虫よ、“盾”を使うことを許可します』

 

何処からか聞こえた少年の声が耳に届くもシャルティアの一撃は止まらない。躊躇なく突き込んだ槍の感触に固いものが混じり、そして彼女は吹き飛んだ。

 

「ぐうぅ……ゲホッガハァッ」

 

先ほどの吹き飛ばしとは比にならないダメージがシャルティアの全身を貫く。水平に飛んだ体が数本の木々を薙ぎ飛ばしようやく止まった時、シャルティアの意識は強制的に朦朧となっていた。

 

(う、そ……これ、気絶(スタン)

 

耐性によりすぐに頭を振って意識を取り戻し、彼方に見えた騎士と初めて見る人間を目にシャルティアは体を起こそうとし、動けなくなった。

隻腕の騎士の手には剣ではなく円盾が握られ、祈りを捧げる女神のレリーフの周囲に無数のルーンが刻まれたその盾は間違いなく一級品である。そしてその騎士に某か話しかける長い黒髪の少年、人間らしい。

 

「あ、あぁ……!?そんな、嘘……あの顔、あれは」

 

しかしそれらにシャルティアは動きを止めたのではない。

ひび割れ零れ落ちた金属片が騎士の足元に散らばっていた。砕けた兜、そのアダマンタイトの欠片に反射した月光が揺らぐ。騎士の素顔は昆虫らしい黒いキチン質の甲殻に銀の筋が走り、光のない赤い複眼から止めどなく緑血が流れたものだった。

 

「たっち・みー様……たっち・みー様、なのですか?!」

 

叫ぶように呼び掛けるも騎士は意に介さず、流れる血涙をそのままに盾を構えシャルティアへ跳んだ。蹴った地面が爆砕し轟音を伴った衝撃が円上に周辺を薙ぎ広がる。しかしその衝撃波よりも早く、盾を構えた騎士が超音速でシャルティアに突っ込んできた。

莫大なエネルギーを乗せたその突貫をシャルティアは避けようとし、思い返す。

 

(さっきからの攻撃、もしかして必中効果のあるスキル?であればこれもっ)

 

回避した後のリスクを考え、騎士の一撃が己に届く瞬間に備えた。日に二度しか行使できないスキルだが、ここが使いどころだとシャルティアは確信する。

 

「不浄衝撃盾!」

 

シャルティアが翳した手の先に赤黒色の力場が顕れ、しかし騎士は躊躇なくそれに突き進む。

最高の盾の防御と最強の盾の攻撃が触れ合い、爆ぜた。莫大なエネルギーの衝突に大気が震え、周囲の地形を巻き込んだ衝撃波が二人を震源地に大地を蹂躙していく。

その中で騎士の攻撃をシャルティアは凌ぎきった。自分へ向かってくる圧が消え、開けた視界には蜘蛛の巣上にヒビの入った盾を構えた姿勢のまま静止する騎士の姿。

 

「これで、終わりですねっ」

 

まずは相手を行動不能にしようと槍を突かんとして、

 

「そう。これで終わりだ」

「……えっ?」

 

澄んだ音と共についに破損する盾。しかし砕け散って宙を舞う破片が光り出し、再び騎士の腕で一つとなって実体を持たない光の盾となる。

 

「《 盾 撃 (シールドバッシュ)》」

 

生じるはずの遅延もなく、先ほどと同じ攻撃がシャルティアに迫り、直撃した。

 

「……っぁ」

 

完全装備でない襤褸のままに受けたその一撃は強烈だった。声も出せないまま、今度こそ完全な《状態異常(気絶)》が彼女を捕えた。

薄れゆく意識の中、彼女は目の前のたっち・みーに手を伸ばす。

 

(アインズ様、そしてペロロンチーノ様……ごめんなさい)

 

ナザリック最強の一人にして、純銀の聖騎士と呼ばれたワールドチャンピオン。かつては最前線にて仲間の盾として攻撃を受けつつも、数多の敵をその剣技で切り伏せた勇姿。

しかし薄汚れた姿と粗末な装備の目の前の御方はあの頃とは余りにかけ離れ、完全ではないシャルティアに手を切り飛ばされ満身創痍になるほど弱っていた。その事実が、場違いではあったがシャルティアは悲しかった。

そして絶えず血涙を流す姿が、彼が悔恨のあまり泣き叫んでいるように見えて更に悲しみが誘われた。

 

(たっち・みー様。なぜ、貴方は泣いておられるのですか……?)

 

その思いを抱えながら、シャルティア・ブラッドフォールンの意識は闇に沈んでいった。

 

 

 



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#3 狂い始めた物語

この世界に来てからはあっという間だった。ただの平サラリーマンだった俺が、今では多くのNPCから支配者として望まれるオーバーロード、元はDMMOのユグドラシルのキャラに自分の体が変化して今に至っていた。

カルネ村、エ・ランテル、トプの森などの冒険はなかなかに楽しく充実したものであった。もちろん楽しいだけではなかったが、それでもあの病んだ世界にいるよりかは絶対にマシだと断言できる。

エ・ランテルでのアンデッドの大発生事件を解決したのち、諸々の報告や情報のすり合わせのためにナザリックに戻ってきていた。

 

「アインズ様。シャルティア・ブラッドフォールンが帰還しました」

 

自分の命令を完遂して戻ってきたのだろうか?いやそれにしては早すぎる、何かあったのだろうか。

玉座の間での報告は、なぜか普段よりも張り詰めた表情のアルベドが印象的であった。

 

「しかし少なくないダメージ負っており、現在治療中であります」

 

驚きに声が漏れ、そして精神安定のスキルが発動した。

シャルティア・ブラッドフォールン。ギルドメンバーの一人であるペロロンチーノが作ったナザリック地下大墳墓第一から第三階層の階層守護者であり、自分を慕うNPCの一人。

NPCたちはかつての仲間たちの残した思い出であり、現実となった彼ら彼女らは己にとって守るべき存在だ。

そんなシャルティアがダメ-ジを?NPCの中でも戦闘に瑕疵が少なく純粋な近接戦闘なら自分にも勝利し得る彼女が怪我を?

弾かれたように立ち上がりシャルティアの所在をアルベドに尋ねる。無事をこの目で確認するのに気が逸った。

 

「シャルティアは現在治療中であり報告は私から———」

 

語気を強めたアルベドだったが、取次ぎ役のメイドの静止の声に途切れ、自分もそちらに気が向く。

 

「お、お待ちください!今はアルベド様と」

「責任はとるでありんす!今は緊急、火急のご報告をしなくてはならないのっ」

 

慌てた金髪のメイドの脇を抜け、アインズとアルベドの前に進み出たのはシャルティアだった。

怪我をしたと聞いたが、その姿は普段通りで足取りもどこかを患った様子もなく胸をなでおろす。

しかし主人の意もなく玉座の間に入り込んだこの行為、礼を失した狼藉にアルベドの眦が危険な角度を描く。

しかし自分はと言えば、一方のシャルティアの必死といってよい形相で、普段見ないその表情に気圧されていた。俺のそんな気持ちはアンデッドの骨面には出ることなく、面前に進み出たシャルティアが跪くのをただ見ていた。

堪えきれなくなったアルベドが口を開こうとするのを手で制し、まず怪我は大丈夫なのか問うた。

 

「ご心配いただきありがとうございます。そしてここまでの無礼、平に伏してお詫びいたします。ですがそれはっ!一刻も早くアインズ様にご報告する仕儀故のこととご理解いただければ幸いです!」

 

普段の彼女らしくないその畏まった物言いに戸惑ってしまう。落ち着かなさにひじ掛けを撫で、シャルティアの報告とやらに耳を傾けようとした。

アルベドもまた聴く体制に入った自分を見て、シャルティアに向け促すように目線を送る。

シャルティアが両目を閉じ、軽く深呼吸して口を開いた。

 

「アインズ様からの任務中にて至高の御方が一人、たっち・みー様に遭遇、襲撃されました」

 

その言葉に、自分の中の何かにヒビが入っタのを感じた。

 

 

 

ナザリックの表層に《転移門》の渦が現れる。そこから出たのは白髪の執事と金髪のメイド、セバス・チャンとソリュシャン・イプシロンだった。二人の表情に些かの戸惑いが見て取れるのは気のせいではない。

彼らの任務、王都での情報収集の無期限中止、ナザリック外の全下僕の引き上げた上での警戒レベル最高引き上げ。

二人は墳墓の中を進みながら考える。何か自分たちに不手際があったのかと。

 

「セバス様。此度の緊急招集に心当たりは」

「さて、わかりかねますね。私の把握する情報は行動を共にしていた貴女とさほど差はありませんから」

「……失礼しました」

 

彼女に気にせずと返し、セバスは己の記憶を改めて探るも心当たりには思い当たらない。

ソリュシャンと共に第三階層を抜け、今通り過ぎた墳墓の領域にも普段よりも多くのPOPモンスターや暗殺技能を持つ下僕が潜んでいるのが見て取れた。

その状況にセバスの脳裏にうっすらと浮かぶ記憶がある。かつてナザリックへ1500人のプレイヤーが攻め込んだ大防衛戦だ。

己の主らが忙しなく準備していたあの空気に似たものが、今のナザリックが包んでいる気がした。

 

(たっち・みー様……)

 

セバスは考えてしまう。この状況で己の創造主がもし、いらっしゃればと。

 

(たっち・みー様であればきっと率先して前線へ赴こうとするでしょう、ナザリックの盾となるべく。我が創造主としては実に誇らしいですが、仕えるべき主としては後方で構えていていただきたいですかね)

 

益体なきことを考えながら進む内に第九階層に到着したようだ。連絡では守護者らが使う小会議室に集まるようにということである。

その途中で、他のプレアデスらと合流するためにソリュシャンは別行動をとるようだった。

 

「それでは失礼しますセバス様」

「ご苦労様です。また、任務を共にするときはよろしくお願いしますね」

 

頭を下げて辞すソリュシャンを見送り、セバスは再び目的地を目指す。

たどり着いたそ両開きの扉の前には、第五階層守護者コキュートス直轄の守護騎士が守衛として立っていた。

セバスの姿に気が付くと敬礼し、中へ確認の声をかけてから室内へ導いた。

 

「失礼します」

 

声をかけた室内は剣呑な空気であった。

まず感じたのは己への敵意。その元を辿ればシャルティアへとたどり着いた。まるで野に放たれた檻に入れるべき野獣を見るような、そんな敵意を向けられセバスは戸惑う。

その様子ににこやかな、けれどセバスにとってはどこか皮肉気に感じる笑顔を向ける者がいた。

 

「ようやく到着かいセバス。執事として時間にルーズなのは問題でないのかな」

「連絡通りの時間かとは思いますが、デミウルゴス様」

「心構えの問題だよ。それと私への敬称は結構。君とは役職の差はあれど生み出された意義は一緒の筈さ……少なくとも私はそう信じているよ」

 

最後は小声であったが、デミウルゴスのその言葉は確かにセバスの耳に届いていた。そのいつもと違う同僚の悪魔の様子に調子が狂う気がした。

そんな彼へアルベドは着席をすすめる。

 

「それでは席についてちょうだいセバス。みんなには途中まで説明したけれど、貴方には初めの部分から聞く義務があるのだから」

「わかりました。……ところで、連絡でアインズ様がお休みになっておられると受けましたが?」

 

そう尋ねられた彼女はいつもの微笑みを湛えておらず、何かを押し殺すような強張った顔だった。

 

「その通りよ。アインズ様は自室にてお休みになっておられるわ」

「アンデッドであらせられる御方が、何故休んで——」

「セバス、アルベドの言は事実だ。そしてこれから君が聞かされることも事実であると言い添えておくよ」

 

ここで初めてデミウルゴスがセバスをまっすぐに見据えた。普段の笑顔はなく、その目はどこまでも真剣だった。

尋常ならざる空気にセバスはようやく周囲を伺う。双子のダークエルフ、弟は姉の袖を掴んで気弱な声を上げていた。

 

「お、お姉ちゃん……」

「マーレ、今は黙ってて」

 

闊達なアウラらしくない沈痛な顔で、なぜか時折シャルティアを伺っている。

もう一人のコキュートスといえば腕を組み、口元から無意識か何度も低温の溜息を吐き出している。

 

「ムゥ」

 

そんな守護者らの様子は、統括者であるアルベドがこれから発するものがそれほどまでの議題であるのかとセバスは考える。

しかし、その想像の遥か上を行く衝撃がセバスを襲った。

 

「たっち・みー様が発見されたわ」

「……は……?」

 

口を半開きに呆けたように問い返す姿はナザリックの執事にあるまじきものだったが、この場にセバスと同じ立場になっても平静でいられるのは一人しかいないだろう。

震える手を抑えて絞りだすような声でセバスは尋ねる。

 

「わ、我が創造主を……たっち・みー様を、見つけたというのは真実ですか!?」

「ええ。少なくとも私は、シャルティアからそう報告を受けたわ」

 

その事実をようやく飲み込み、弾けるような喜びの感情が湧くが表には出さない、ように努力する。

目線をシャルティアに向けると、鋭いまなざしが返ってきた。

 

「シャルティア様。我が創造主は何処に」

「私への様付けもいらんせんでありんす。場所はエ・ランテル近郊の森。武技を有する者を探すというアインズ様の命令の中で、幾人かの人間を殺した直後にかの御方に不意打ちされたでありんす。ただとどめは刺されず捨て置かれ、報告のために急ぎ帰還いたしんした」

 

シャルティアの言葉にセバスの目が光る。

 

「我が創造主は正義を尤もとする御方。貴方が人間を殺した様子に思うところがあったのではと推察しますが」

「へえぇぇ。それじゃあアインズ様の勅を邪魔したことはどう考えているのかしら?その時の私の行動はアインズ様の指示に従った結果よ?木っ端の如き人間の命はナザリックの主であらせられる御方の意に勝ると、そう言うの?セバスゥ」

 

廓言葉が消えうせ、漏れ出したシャルティアの殺気が紅い色となって部屋を染める。その意を跳ね返すかのように、陰った目元に眼光を赤く光らせたセバスの闘気が拮抗する。

そんな隣のシャルティアの姿に、焦りというか追い詰められたような雰囲気をアウラは感じていた。出来の悪い妹のような放っておけないシャルティアのその様子が、アウラの心を波立たせる。

 

「ねえシャルティア。たっち・みー様に攻撃されたのがショックだったのはわかるけど、それにしたってセバスへの態度はないんじゃない」

 

そう言ったアウラをシャルティアは睨み、そして俯いた。

 

「えっ?」

 

誰かが声を上げた。

シャルティアが肩を震わせ爪が食い込むほどにこぶしを握り、その伏せた目から透明な雫が落ちたのだ。

重なるごとに色を濃くする円が床に八つに吸い込まれたとき、ハッとしたアウラとマーレがシャルティアに駆け寄る。

 

「ちょっとアンタ、どうしたのよ!?」

「ど、どこか痛いんですか!?」

「ぢがうの……。なんで、あの時たっち・みー様から聞けなかったのか。それが、悔しくて悔しくて」

「ナニヲ、聞ケナカッタトイウノダ?」

 

目元を力任せに拭ったシャルティアがコキュートスの問いに答える。

 

「あの御方は、ペロロンチーノ様の居場所を知っているようなの」

 

その言葉にアルベドを除いた全員が衝撃を受けた。

 

「それは本当なのですか!?」

「え、ええ嘘!?たっち・みー様だけでなくペロロンチーノ様まで」

 

デミウルゴスとアウラの驚愕の声にシャルティアは頷く。それに対して静観していたアルベドが口を開いた。

 

「シャルティア。たっち・みー様はペロロンチーノ様がこの世界におられることを断言したの?」

 

その言葉にシャルティアは思い出す。

鍔競合いの中で、自分の問いに呆けたように騎士がつぶやいたその言葉は。

 

“ペロロンチーノ、ペロロンチーノ……あぁ……彼は、今もあそこにいるのか?”

 

“あそこ”とはどこを指すのか。この世界か、はたまた至高の御方々の言う リアル か。もしかしたら自分は早とちりしてしまったのではないのか。

 

「言って、ない……かも」

「……デハ、マダ確定トイウワケデハナイノカ」

「で、でもでも!この世界におられる可能性もあるんですよね?」

 

落胆したコキュートスの言葉を打ち消そうと、マーレが励ますような調子で皆に呼びかける。

気落ちし、シャルティアは崩れ落ちるように椅子に座った。先ほどまで感じていた、たっち・みーへの激情はすっかり下火だ。

そんな彼女へ、先ほどまで殺気をぶつけ合っていたセバスは声をかけられなかった。

 

「シャルティア……」

 

デミウルゴスは一瞥し、次いでアルベドを見る。

 

「アインズ様は、このことをご存じなのですか?」

「ええ、すべて把握していらっしゃるわ。かくいう私もその傍らで聞いていたのだけど」

「そうですか……。では何故、皆の前でシャルティアに言わせた(・・・・)のです。これではあまりに彼女が哀れではありませんか」

 

仲間思いの悪魔の言には確かな労りがあった。ナザリック以外の者には残酷なデミウルゴスだが、逆説的にナザリックの者にはどこまでも甘い。

 

「そうね。でもまずは状況の説明の続きをしてもいいかしら?」

 

続くアルベドの言葉に皆、静かに耳を傾ける。

シャルティアの初となるナザリック外への活動、この世界特有の武技やタレントを持つ人間の捕獲。

そのためエ・ランテルから王都へ向けて出発するセバスとソリュシャンに同行し、二人を食い物にしようとした傭兵団を標的として殲滅。残念ながらシャルティアのお眼鏡に適う者はおらず、そればかりか血に酔ったシャルティアが《血の狂乱》を発動させ暴走してしまう。

そんな時に出会ったのがたっち・みーであったらしい。

彼は有無を言わさず襲い掛かってきたようで、しゃべる内容もどこか要領を得ず、不快なことに人間と行動を共にしていた。

しかし最終的にシャルティアは彼に敗れ気絶を付与され意識を失ったという。

そして気が付けばたっち・みーの姿はなく、傷ついた体を動かし《転移門》を開いてナザリックに帰還、ある程度の回復を済ませてアインズへ急ぎ報告と、ペロロンチーノ捜索の嘆願をしたという。

 

たっち・みー発見までしか話を把握していなかったセバスとシャルティアを除いた守護者らもようやく得心がいったようであった。

各々がそのアルベドの話を反芻している中でデミウルゴスが口を開く。

 

「アインズ様はどのような指示をしたのですかアルベド」

 

ほとんどをナザリック外で活動していたデミウルゴスにとって、現状を統括者の口から改めて確認したいと思ったが故の質問だった。

 

「全ての人員のナザリックへの引き上げ、及び防衛警戒レベルを最大まで引き上げること。委細は任せるとの仰せよ」

「……なるほど。入り口である浅い層の布陣でまさかとは思いましたが……そういうことですか」

 

無表情のアルベドと険しい様子のデミウルゴスに他の守護者から声が上がった。

 

「……二人ダケデ納得セズニ説明シテクレナイカ?」

「ど、どういうことですかアルベドさん」

 

二人の疑問にアルベドは目を閉じ、一瞬だけ思考したようだった。

 

「ふぅ……まずは、そうね。いくつか不可解な点はあるけれど、何故シャルティアが生きていたのか」

「どういう意味よそれっ!」

 

呆然とするシャルティアに替わり激昂したのはアウラだった。まるで挑みかかるようにアルベドを睨んでいる。

 

「落ち着きなさいアウラ。いいこと?たっち・みー様は至高の御方々の中でも特にその武威を誇る御方。いくら戦闘特化のシャルティアであれ苦戦することはあっても、満身創痍となるまで追い込まれるなんてありえないことよ」

「あ、そっか」

「確カニ、ソノ通リダ」

 

このことはシャルティアも気になっていた。確かに武器以外の装備を換装する暇はなかったため防具なしで戦ったが、精神的疲労を無視すればダメージはスポイトランスのおかげで危険域には至っていなかった。

そしてかの御方の盾と剣を除く装備はあまりにも貧相で、ただの門番ともいえるナザリック・オールドガーダーの装備に劣るのも何故か。

 

「装備にしてもそう。おそらく補給の利かない状況に長期に渡って在ったことが推し量れるわ。その関係で人間種と行動を共にしているという線もあるけれど」

「しかし、今重要なのはそこではありません。何故倒せたシャルティアをわざと生かしたのかということです。兵法の中にわざと逃がした敵を追跡し敵拠点へ案内させるというものがあります。そしてアルベドが差配した現在のナザリックの防衛警戒度、時間稼ぎの大勢のPOPモンスター、そして第三階層までの細い隘路に潜ませた潜伏特化の傭兵モンスターは近接職の弱点を突く対抗措置です」

 

デミウルゴスのその言葉にセバスを始めとして、他の守護者も驚愕の表情となる。

 

まさか——!?

 

「至高の御方、純銀の聖騎士であらせられるたっち・みー様によるナザリック地下大墳墓の特定、及び襲撃を私は警戒しているわ」

 

そう言い切ったアルベドの静かな言葉が、主人のいない部屋に反響した。

 

 

 



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