亜種特異点、剣 『腥風悽愴死決死合二十二騎』<寛永六年駿河国> (hR2)
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第一試合、セイバーアルトリア対セイバー衛宮士郎

 

 ただ、死狂いなり————。

 

 

 

 可視化できるほどの殺意と剣気が、空間を支配している。

 

 例えようもなく歪んで見えるその光景が告げるのは、

 これより始まる血で血を洗う剣の決闘劇の幕開け。

 

 すでに死臭漂い始めんとする広場こそ、今宵、剣と剣の決戦場となる。

 

「面を上げよ。

 此度の儀を執り仕切る駿河大納言忠長である」

 

 凶相を顔に貼り付ける色白の美男が、厳かな声を上げる。

 

「フム…………壮観よな。

 揃いも揃った剣の英霊が二十二騎。

 古くは神代、新しきは遥か未来の先に至るまで。

 これほどの剣豪達が一堂に会す機会など、もう二度はあるまいて。

 こうして思えば…………、(ぬし)らが勢揃いするのは魔神柱なる痴れ者どもを誅した時以来か。

 三ヶ月————皆、よくぞ耐えた」

 

 隠しきれない戦いへの意志が、居並ぶ剣士達から膨れ上がる。

 

「此度の我ら、所詮泡沫と消え去る剪定される幻なれど、

 案ずるな、ここにいるカルデアのマスターが、全てを記録する。

 お主らが、いかに戦い、いかに勝ち、そしていかに斬ったのかを」

 

 忠長の張り上げる声が、狂気を帯び始める。

 

「剣で奪われた誇りは、剣でしか取り返すことはできぬ!

 剣でつけられた傷は、剣でしか癒すことはできぬ!

 剣で傷つけられた恨みは、剣で斬ることでしか晴らすことはできぬのだ!

 

 宿敵、怨敵、仇敵、好敵手! 主らが戦うべき相手は、今ここにおる!!

 

 死して果たせなかった想い、死したが故に積もり積もった恨み、死していようが遂げねばならぬ本懐————その全て、清算する時は今ぞ!!

 

 死狂え————、武士(もののふ)達よ。

 

 只今より、『駿河城御前試合十一番勝負』を執り行う!!」

 

 

 

 決して後戻りできない宣言(決闘宝具)が、今、下されてしまった。

 

 

 

「一番手の者、出ませェェェェェェェェェェい!」

 

 

 

 二人の剣士が、前へと進み出る。

 

 

 

  □ 「約束は、」    □

→ □ 「守ってください」 □ ←

 

 

 

「フン。

 誰にもの申しているつもりだ、このたわけが。

 くだらぬこと抜かすとその素首すぐさま切り飛ばすぞ」

 

 

 

 聖杯を所有する忠長の敷いた法により、決闘に臨む両者は、()()()()()()()()()()()死力を尽くして殺し合わねばならない。

 

 それを理解した者、理解させられた者が————ここに、いる。

 

 

 

「フッ、いきなり此奴が出張りよるか。

 およそ聖剣の担い手という分類では此奴を超える者はおるまい、

 

 一番手西の方、セイバー、アルトリア・ペンドラゴン!」

 

 

 

 結えられし金糸の髪、燦然と輝く白銀の甲冑、

 翠の両眼に灯る決意の剣気。

 

 ここに、最強の騎士王が降臨する。

 

 

 

「…………であるならば、対する敵手はこの者しかおるまいて。

 

 一番手東の方、セイバー衛宮士郎!」

 

 

 

 王の鋭き眼光を受け止めるのは、名を知る者など誰もいない、とある英霊。

 寸鉄すら帯びぬ異様な態なれど、その内面には無限の剣が秘められている。

 

 

 

『え……?

 えみや、しろう?』

 

 

 

  □ 「エミヤ的な?」 □

→ □ 「村正さん?」  □ ← 

 

 

 

『うーん、計測結果をざっと見た感じアーチャーエミヤに近いかな。

 もしかしたら、千子村正が依代とした人間————の、英霊バージョン、ってとこか?

 ただ————クラスを強制的にセイバーにさせられたのだとしても、アーチャーエミヤともエミヤ・オルタとも違う、別人だ』

 

 

 

 事ここに至り————

 両者、語る言葉など、もはや何もない。

 

 二人が視線を交差させたのは、秒あったかなかったか。

 セイバー・アルトリア、腰の()より聖剣を抜き放つ。

 

 その輝きに————、

 目を奪われぬ剣士など、この場に存在しない。

 

 

 

『って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

 せ、せ、せ、先輩、先輩、先輩!!

 見えてますか、見えてますか!?

 これって私の見間違いじゃないですよね!?』

 

 

 

  □ 「鞘が————!?」 □

→ □ 「————ある!?」 □ ← 

 

 

 

「……………………。

 ————I am the bone of my sword(体は 剣で 出来ている)

 

 

 

  □ 「いきなり————!?」 □

→ □ 「————早くない!?」 □ ← 

 

 

 

 驚きの余り事態を全く理解できていないカルデアの者達を他所に、

 お互いたった一度も剣を振るわずして、勝負は最高潮へと高まっていく。

 

 

 

「————Steel is my body(血潮は鉄で), and fire is my blood(心は硝子)

 

 

 

『オーケー、ひとまずざっくり解析が終わった。

 まずはアルトリアの鞘だ。

 聖剣(エクスカリバー)と共鳴するパターンが見受けられる。

 まず間違えなく本物だ。

 永遠に失われたはずのものをどうして持っているのか分からないけど————、あれは聖剣(エクスカリバー)と対をなす正統なもの…………、聖鞘だ』

 

 

 

「————I have created over a thousand blades(幾たびの戦場を超えて不敗).

     Unaware of loss(ただの一度の敗走もなく、).

     Nor aware of gain(ただの一度の勝利もない)

 

 

 

『そして、えみや、か。

 聖杯による変質の変動幅とクラスセイバーを考慮しても、うーん、こいつは格が落ちる。

 エミヤ自体さして高位の英霊じゃないけど、あのえみやは更に下だ、

 アルトリアとは比べ物にならないくらいにね』

 

 

 

「————Withstood pain to create weapons(担い手はここに独り).

     waiting for one’s arrival(剣の丘で鉄を鍛つ)

 

 

 

『エミヤさんの真名は、えみやしろうさん、ってことですか?』

 

『どうだろうね。

 ただ一つ言えるのが————、

 ()()()()()()()()()()()()()

 無尽蔵に近い反則級の魔力が供給されている』

 

『つまり————?』

 

『つまり、あのアルトリアは百回でも二百回でも聖剣をぶっ放し放題ってこと。

 加えて聖鞘の加護もある。

 ほぼ不死身なんじゃないか。

 そもそも各ステータスの値がとんでもないことになってる。

 断言してもいいが————…………』

 

 

 

「————I have no regrets, This is the only path(ならば、 我が■■■■■は■■■)

 

 

 

『————あのアルトリアは、無敵に近い』

 

 

 

「————My whole life ■■(■■■は、) ”unlimited blade works”(無限の剣で出来ていた)

 

 

 

 

 

 世界を隔てる炎が走り、

 英霊の心象が新たな世界となってここに顕界する。

 

 

 

 無限の剣製————。

 

 

 

 しかし、

 

『空が…………!』

 

 ————赤い。

 

 

 それは昇る朝日を待つ、黄金に染まる、暁の空。

 

 全ての剣が地面と垂直に刺さる剣の丘は————例えようもない澄み切った空気が流れている。

 

 朱に煌めくその大空には、自らの役割を自嘲するような歯車は一つもない。

 

 静謐な、物悲しくも、晴れやかな世界。

 

 空にはただ————

 

 極天に、遥か貴い一つの星。

 

 彼が追い続けた…………彼女という星。

 

 その光は、この丘にあるどんな剣の刃よりも、ただ美しい。

 

 

 

 この空間が意味するものを分かるのは二人しかいない————

 

 これは彼と彼女が共に過ごした最後の時、しなければならなかった永遠の別れ、最後の伝えた自分の気持ち。

 

 そして、この衛宮士郎とこのアルトリア・ペンドラゴンこそ、その————…………

 

 

 

「————ハァッ!」

 

 

 

 突として戟音が響く。

 

 炎が視界を奪うのを利用し、いつの間にか投擲されていた二振りの刃。

 暗殺者の短剣の如く音なく死角から迫るそれを、アルトリア、一瞥もせず一刀の下に斬って捨てる。

 

 そう、もはや言葉など誰が必要とするものか。

 

 

 

 あるのはただ————剣だけ。

 

 

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 獅子にして竜、竜にして騎士、騎士にして王、王にして————剣。

 

 己の内に未だ燻り残る残滓を全て吹き飛ばすかのように、アルトリア————吼える。

 

 大地が、爆ぜた。

 

 宝具解放にも等しい大量の魔力を一気に両足より放出。

 丘の一部を陥没させ、星が鍛えた黄金の刃を手に、破壊の閃光となって戦場を駆ける。

 

 振り抜かれる刃。

 

 受け止めるべく双刃が構えられるも、

 

 

 

「——————がっ!?」

 

 

 

 魔力が爆裂し、セイバー衛宮の身体を蹴鞠のように後方へ飛ばす。

 

 斬撃に乗せられたその威力————!

 

 竜の腕の一振りよりも、竜の尾撃の叩きつけよりも、零が二つは多い桁違いの一刀。

 

 竜の息吹(ドラゴン・ブレス)————最強の幻想種が持つ最強の攻撃手段を、凝縮して刃の乗せて斬撃と成し、刃合わさるやこれを解放、この丘の主人を吹き飛ばしたのだ。

 

 

 

 騎士王の追尾する様は、雷光の如く。

 光帯を後に残しながら、開いた距離を一気に零にすべく肉薄し、

 

 

「くっ!!」

 

 

 

 再度の爆発。

 

 吹き荒れる魔力の本流が嵐となり、結界内に存在する剣もろともどこか遠くへ飛ばそうとする。

 

 竜の進撃、騎士王の覇。

 

 全てを超越する黄金の聖剣が繰り広げる圧倒的暴力は、

 剣の技というくくりで認識して良いものでは決してない。

 

 刃風ただ凄まじく、剣に乗る竜の激昂は、まともに食らえばたった一度で消滅する。

 

 突きつけられる桁違いの威力、圧力、魔力を前に、

 

 

 

 錬鉄の魔術使いは、

 

 

 

「————I am the bone of my sword(我が骨子は、■■■■■■)

 

 

 

 ————鉄を鍛つ。

 

 

 

 双刃の中に眠る錬鉄の英霊が持つ必殺を、己が血肉とし心鉄とする。

 

 投擲される二振りの刃。

 空を切り裂いて騎士王の首を切断すべく、流星となる。

 

 しかし、

 

 ————届かない。

 

 

 

 鶴翼三連では、今のアルトリアには決して届かないと、セイバー衛宮は気付いている。

 

 聖鞘を持っているだけでなく、聖杯からの無尽蔵な魔力供給がある。

 

 六の射線では、そもそも回避されてしまう可能性が高い。

 

 

 

 必殺へと至るはずの攻撃の組み立て、確殺へ繋がるはずの布石も、

 桁外れの魔力、あり得てはいけない出力を息吸うかのように実現するこのアルトリアの前では、捌かれてしまう。

 

 速度が違う、筋力が違う、パワーが違う、何よりも————次元が違う。

 

 永遠に失った鞘を持っていること自体、本来ならばあり得ない。

 それに加えて聖杯との接続もある————そう、このアルトリアには、鶴翼の六本檻は強引にねじ切られてしまう。

 

 

 

 ————届かない、なら————

 

 

 

 連続投影、連続投擲。

 合間なく次々と投げ続けられる陽剣干将と陰剣莫耶。

 

 雷撃の如き方向転換と加速を続けるアルトリアへ、鍛冶匠は刃を飛ばし続ける。

 

 

 

「————鶴翼欠落不(しんぎ むけつにしてばんじゃく)————」

 

 

 

 弧を描く軌跡、惹かれ合う夫婦剣。

 宙を切り裂いて飛ぶ刃の数は、既に六。

 

「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

 だが、竜が蹂躙する。

 

 襲来する短刀を躱し、弾き、吹き飛ばす。

 

 そして————両者は斬り結び合う。

 

 己の命を狙う全ての刃の位置と軌道を理解し、次なる軌跡を予測できているが故に————

 斬撃と同時に離脱、そして、更なる剣戟を加えるために————再接近。

 

 数が足りない。

 望み得る限り最上の状態であるこのアルトリアを捕まえるには、第一に圧倒的に数が足りない。

 

 何より、致命傷では駄目なのだ。

 

 聖鞘を持っている今の騎士王には、断頭では足りない、心臓を潰しただけでは届かない、霊核を砕けたとしても————法外な魔力使用による強引な再生で傷が塞がってしまう。

 

 

 

 ならば————

 

 

 

「————心技泰山至(ちから やまをぬき)————」

 

 

 

 足りないのなら、足せばいい。

 もっと、もっと、もっともっともっと!

 

 限界など、認めない。

 自壊する定めとて、平然と受け入れ、だからどうしたと言ってみせよう。

 

 

 

 彼女という星を追い続けてきた道のりは、決して平坦なものではなかった。

 己を呪い膝をつきそうになったことなど、幾度となくある。

 

 だけど、

 

 今の自分を、彼女という星が輝いていてくれたからこそ走り続けられた自分を————

 

 彼女に何も見せられず、無様に負けるなど————誰が認められるって言うんだ!

 

 

 

 圧倒的な竜の戦に押され続けた衛宮の双眸に、剣が宿る。 

 

 

 

「————心技黄河渡(つるぎ みずをわかつ)————」

 

 

 

 放たれ続ける干将莫耶。

 

 宙を駆け抜けるその数は、六どころではなく、この時点で実に二十八。

 全ての刃が入り乱れ、惹かれ合い、再び一つとなる。

 

 その刃群の飛び交う様こそ奇々怪界、複雑怪奇。

 限りなく投影し続けるセイバー衛宮の異質を前に、かの騎士王を持ってしても予測困難な剣の檻が形作られ始める。

 

 万人の()に匹敵する英雄豪傑をもってして何もさせずに八つ裂きにし得るセイバー衛宮の敷いた乱刃剣陣の中にいながら————

 

 騎士王は、ただ聖剣一つを手に真っ向より受けて立つ。

 

 

 

 攻撃と防御の天秤の針が、遂に、逆転の時を迎える。

 

 

 

「————ッ!!」

 

 

 

 増え続ける刃、飛ばし続ける決意の剣。

 

 鷹の目を持つ射手が見定める勝利への筋書きを、全ての刃が意志を持って描き出す。

 

 天賦の才などない凡人であるが故に築き上げた戦闘理論、

 積み上げてきた経験だけが可能とする次なる敵手の行動予測、

 

 しかし、射手であり剣士であり鍛冶匠である戦士が構築した刃獄の中にいるのは鳥などではない。

 

 獅子なのだ、竜なのだ、騎士王なのだ、アルトリア・ペンドラゴンなのだ。

 

 如何な数を増やそうとも、聖剣聖鞘を帯び聖杯と繋がるこのセイバーこそ、

 アルトリアという存在が望み得る全ての可能性の中で最上にして至高にいる最強の騎士王である。

 

 如何な奇手にて数を増やそうとも、決して命を奪えることはない。

 

 だから、

 

 手を伸ばす————届かない、

 

 跳躍する————届かない、

 

 助走を付けてもう一度————なおも届かない。

 

 空に浮かぶ星に手を伸ばしても————届くはずがないではないか。

 

 

 

 しかし…………!

 

 十五の夜を彼女という剣と共に乗り越え、

 永遠に留まっていたいという想いを振り切り、()()丘で別れを遂げたのが、この衛宮士郎であるのだから、

 

 このくらいの距離の差など、全く問題にならない。

 

 そうでなければ————彼女という星に辿り着くことなど、永遠にできなかったはずだから!

 

 

 

「————唯名別天納(せいめい りきゅうにとどき)————」

 

 

 

 その右手に莫耶が何度目か分からぬ姿を現し、

 ところが、同時にあるはずの干将は左手になく、未だ左は空拳のまま。

 

「————!?」

 

 自分を狙う五十を超える刃が高速で飛び交う戦場で、敵対者から放たれるそんな微かな違和感など、誰が気付くというのか?

 

 だが————!

 

 そんな微小の違和感を、とっさの防衛へと回すことのできる瞬間の判断力の大胆さこそ、

 この騎士王をして最強の剣士たらしめる要因である。

 

 あり得るはずもない場所、角度から襲来するセイバー衛宮の双剣、

 

 瞬時にして()()()()()()()()()()()衛宮の攻撃を皮一枚で回避し、自身を貫こうとする十二の刃を、薙ぎ払い、

 その攻撃の隙を狙ってくる二十の刃群から両足に集中させた魔力を爆発させ離脱する。

 

 

 

『え、え、え、えええぇぇぇぇぇ!?』

 

 

 

 そして始まる不可解な剣舞。

 

 宙を舞い地を走る刃の元へ流れるような空間転移を見せ、投擲、投影、再度の転移。

 本来ならばあり得るはずもない多数の投影もさることながら、できるはずのない瞬間移動を幾度も見せ————

 

「シッ————!」

 

 己自身の斬撃を持ってして騎士王の命を奪わんとする。

 

『因果の操作!

 決して離れることなく惹かれ合い、一つに巡り会うのがこの夫婦剣であるならば、

 左手に干将を持っているならば、右手に莫耶が無くてはおかしい————いや、必ず再会するのだからと自分自身を剣の元へ転移しているのか!』

 

『で、でも! それっておかしくないですか!?

 本来の宝具が持つ能力を超えてます、こんなこと!

 エミヤさんだってこんなデタラメできないはずです!』

 

 

 

「これこそが、セイバー衛宮のセイバー衛宮たる所以(宝具)であるわ」

 

 

 

→ □ 「か、解説を! 解説をプリーズ希望します!」   □ ←

  □ 「殿! それがしはさっぱり合点がいきませぬぞ!」 □

 

 

 

「宝具という幻想に変質を加え、矢として放ち爆発させる、『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』こそがエミヤの真骨頂であるならば…………、

 

 幻想と正しく向き合い、秘められた想い、託された願い、積み上げ語り継がれてきた伝説、果たせなかった非業を全て理解した上で()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()————『遥か貴き幻想(エンピリアル・ファンタズム)』こそが、セイバー衛宮の真骨頂であるわ。

 

 遥か果て遠い()を手に掴むため、()という限界を決して認めず、更なる高みへと飛び立ち————そして掴む…………これぞあやつの流儀よ」

 

『で、でも!

 それって、宝具として事象化している伝説に新しい別の概念を付加するようなものですよね!?

 いくら聖杯と繋がっているからって、そんなことは絶対に、』

 

「できる、できるのよ、おうよ、できるとも。

 それをできる男こそが————、あの衛宮士郎であるわ。

 いつかこの星がのうなる日がこようとも、こんなインチキ紛いの曲芸ができるのは、あの衛宮をおいてあるまいて」

 

 

 

 彼女という星を目指し、その輝きに負けないようにと走り続け————

 

 彼女が待つ草原で、再会を果たすのが、この衛宮士郎である。

 

 空を浮かぶアルトリアという星に、遂に手を届かせたという偉業こそが、セイバー衛宮が持つ、固有結界『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』と並ぶもう一つの宝具。

 

 限界など、存在するものかと、走り続けて挑み続けて————遂に叶えたが故に、

 

 宝具が持つ幻想を、更に上へと昇華させるのが、その宝具の真の姿。

 

 

 

「————両雄共命別(われら ともにてんをいだかず)————」

 

 

 

 その詠唱が、全ての干将莫耶の刃を誇大化、硬質化させた。

 

 

 

「さあ、見せてやれ、突きつけてやるがよいわ。

 お主がいかに走り————いかに、戦ってきたのかを!!」

 

「————くっ————!!」

 

 アルトリアの顔色が、一気に青ざめる。

 

 空に走る五十三の干将と、対となる同数五十三の莫耶、

 そしてセイバー衛宮の両手が握る一組の干将莫耶。

 

 その全ての刃が寸毫の時間的狂いもなく、全てが同時に襲来し、己を()()()()()光景が見えるからだ。

 何より、全ての方向から空間的に押し潰すように襲いかかってくる射線には、回避する隙間も防御する手立ても、全てが微塵も存在しない!

 

 

 

 都合、百八の翼刃が一へと収束する死刻の剣舞の真なる名こそ、

 

 鶴翼三連改め————

 

 

 

「————鶴翼(ソニック・)           

 

 

 

 

 

「————『全て遠き理想郷(アヴァロン)』————!」

 

 

 

 

 

 世に姿を現わす貴き理想、絶対の城壁。

 

 世界を隔てる障壁となる白光が、全ての斬撃を拒絶する。

 

 騎士なる王が掲げる理想にして、この世界が持つ最も貴き幻想。

 

 それは襲来する全ての刃を受け止め、停止させ————

 

 

 

 ————弾き飛ばす。

 

 

 

「くっ————!」

 

 積み重ねた仕掛けが創り上げた必殺が、騎士王が失ったはずの宝具の解放により、呆気なく瓦解する。

 

 吹き飛ばされながらも右手を伸ばし、地面に刺さる剣の柄を握り、地面へと着地し強引に体勢を立て直す。

 

『あの、塊は————!?』

 

 

 

 そして、

 

 

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 

 

 英雄が、吼えた。

 

 

 

 その手に持つのは、剣というには余りにも大きすぎる、ただの塊。

 大きく、分厚く、重く、剣などとは到底呼べない無骨すぎる代物。

 

 ただ、その塊を剣として扱った英雄が、ただ一人だけ存在する。

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 

 

 猛々しく吼えその塊を振りかざし、

 

 

 

「ハァァァァァァァァァァァァァッ!」

 

 

 

 騎士王の聖剣と激突する。

 

 

 

 その塊の深淵が記憶する最強の闘士こそ、戦士が持ちうる力量・技能において頂点足りうる存在。

 

 セイバー衛宮、干将莫耶に眠るエミヤの次は、今の騎士王に対抗しうる最大の力の持ち主を装填せんとする。

 

 

 

 ただ刃風が鳴り響き、

 剣戟音が、一つ、また一つと、高々と歌い上げるその戦調べは————互角。

 

 

 

『なんだっ!?

 霊基パターンが、変わり————過ぎだ!

 こんな投影なんて、存在するのか!?

 あいつ————あの、えみや、ヘラクレスそのものになるつもりなのか!?』

 

 竜の暴威を剣に乗せる騎士王の刃に、

 最強の戦士へと変貌を始める魔術使いが、燃える勇猛を剣に乗せて、その塊を振り抜く。

 

 一歩も退かぬ互角と撃ち合えたのは、しかし、数にすればたった四合だけだった。

 

「————がっッッ!?」

 

 左肩と右肘が、内側より破裂する。

 

 自らの霊気を書き換えようかという過剰投影。

 それはまるで、聳え立つ断崖の縁へフルスロットルのままノーブレーキで突っ込むかのような狂気の自壊行為。

 

 如何な聖杯からの桁外れの魔力供給があろうとも、己の分の限界を超える行為には、取り返しのつかない代償を支払わなければならない。

 

 干将莫耶の内にあるエミヤを投影し装填するのとは、わけが違う。

 エミヤとセイバー衛宮の魔術的相性の良さが、百八もの干将莫耶の投影を可能にしたのだ。

 

 何の縁もない英霊であれば————己の身体が内側から自壊するのは自明の道理。

 

 加え、

 

 二人は、斬り合っている。

 

 剣の衝撃を受け止めきれない肉体は、崩壊の速度を加速する。

 

 ヘラクレスの斧剣は、ヘラクレスの肉体だからこそ耐えられる。

 受け止めきれない力は、崩壊した部分を更に爆ぜ狂わす。

 

 しかし、

 止まらない、止まれない、止まるわけが————ないのだ。

 

 

 

「ああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

 セイバー衛宮の瞳に宿るのは、間違えようもなく正気の、戦闘者としての輝き。

 

 自死する秒手前だというのに、その狂気の沙汰を完璧に理解し、肯定した上で、アクセルを踏み込む。

 

 その異常過ぎるあり方に、居並ぶ誰もが信じられないものを見たという顔をする。

 

 ただ一人————

 対敵する騎士だけは、知っている。

 この人物が()()()()()()であると、誰よりもよく知っている。

 相手が燃やすその炎に負けてなるものかと、全身の血脈に滾る熱量を一気に火走らせ、

 

「ウオオオオオオォォォォォォォォォ!!」

 

 叩き、つける!

 

 

 

 二つ、爆発が生じた。

 

 竜の一撃がまず一つ。

 そして、それに応じた剣を見舞ったセイバー衛宮の肉体の頭部、首、左胸が、三点同時に爆裂したのだ。

 

 血肉が飛び散り、その内側を刃のような何かが侵食している。

 

 絶命————自死————当然の帰路。

 

 自分の肉体が発する危険信号を無視した愚か者の末路

 

 

 

 ————では、なかった。

 

 

 

「————ッ————」

 

「やはり————!」

 

『…………え?』

 

『な…………!?』

 

 

 

 死したはずの唇が、動き、

 

 

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

 あり得るはずもない、勇者の雄叫びが、戦闘が続行することを告げる咆哮となる。

 

 全ての傷が、時が巻き戻るかのように修復修繕されて行き、

 

 

 

 ————ここに、完璧なる、ギリシャ最強の大英雄が顕現する。

 

 

 

十二の試練(ゴッド・ハンド)!?

 あの宝具もコピーしたっていうのか!?』

 

 己を絶命させた過剰投影という死を試練として踏破した英雄に、同じ因子で傷つくことはない。

 

 すなわち————

 

 如何な深淵から剣の記憶を引き出し限界を超える禁忌へ踏み込んだとしても、今この時、宝具『十二の試練(ゴッド・ハンド)』が発動している間は、強制的に無効化される。

 

 その瞳が、狂気などでは決してない、勇者のみが持ち得る紅光を放つ。

 

 決意と共に振り抜かれた渾身の塊剣の圧撃。

 大気を死滅させて突き進むその刀身が、応じる黄金の聖剣とぶつかり合い、

 

「————くッ————!!」

 

 ————押し返す。

 

 

 

 戦闘開始より五分と四十七秒、

 初めてこの時、セイバーアルトリア、純粋な力勝負にて押し負ける。

 

 

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

 常人の魂など瞬時に吹き飛ばす、裂帛の気合。

 猛々しいことこと上なく、その声が導くのは、

 

 大英雄の放つ、渾身の斬撃。

 

 竜と大英雄の撃ち合いは、生じる余波だけで熟練の魔導師ですら即死するほどの暴威。

 

 だが、アルトリアの顔に浮かぶ汗は、それだけではないことを告げていた。

 

 ————()()()()()()()…………!

 

 ギリシャ神話の主神たる全知全能の神の息子として与えられた才能と肉体。

 数々の神獣を圧倒する力、神ですら踏破することは絶対不可能な業業を切り抜けてきた才覚。

 

 それは、セイバー衛宮をして絶対に持ち得るはずのない、天賦の才に他ならない。

 

 ————シロウ、貴方という人は、一体どこまで…………!

 

 自分は何度このマスターに驚かされれば済むのかと、心のざわめきが汗となって滴り落ちれいる。

 

 一太刀、一太刀、剣を振るう毎に強くなっている。

 

 

 

『この数値…………!

 こいつは、ヘラクレスはヘラクレスでも、バーサーカーヘラクレスでも、巨英雄ヘラクレス(ヘラクレス・メガロス)とも、違う…………!

 間違いない…………()()()()()()()()()だ…………!』

 

 

 

 だが、それは、カルデアの観測・解析技術に罪はないが、厳密には否。

 万能の天才をして見誤る更なる深淵へと進んでいることを、刃打ち合う騎士王は気付いている。

 

 衛宮士郎が絶対に持ち得ない、天才(ヘラクレス)として持つ天賦と才覚と、自身が凡人として培ってきた戦闘技術が練り合わさって混ざり合い、一つの形に到達しようとしている。

 

 才能と努力、才覚と技巧、天賦と理論————あり得るはずのない天才と凡人という両極端に存在する二人の剣士としての力が、一つの剣として世に生まれ出ようとしているのだ。

 

 

 

「くッ————!!」

 

 

 

 打ち合う刀身より伝わる尋常でない力。

 それを支える、数え切れない戦場を駆け抜けてきた証である経験と技術。

 

 

 

 ————ああ、シロウ…………、本当に…………!

 

 

 

 それが、どうしようもなく、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 だが、この『駿河城御前試合十一番勝負』の参加者として、手を抜くことは絶対に不可能。

 死力を尽くした生きるか死ぬかの戦いを執り行う()()()()()()()を参加者たる二人は負っている。

 

 

 

 剛刃が三度の剣嵐を巻き起こし、

 生ずる三度の斬打と斬打の激突は、信じられない光景を現実とした。

 

 

 

『あの、アルトリアさんが…………!!』

 

 

 

  □ 「打ち————!?」  □   

→ □ 「————負けた!?」 □ ←

 

 

 

 弾かれる聖剣、崩された体勢、

 そして生じる————切り札を起動させて余りある、絶対的な隙。

 

 アーサー王として存在できるありとあらゆる可能性の中で、最上最高最強の状態であるはずのアルトリア・ペンドラゴンが、剣と剣の真正面からの撃ち合いで、上を行かれたのだ。

 

 

 

「————I am the bone of my sword(体は 剣で 出来ている)————」

 

 

 

 沈み込む腰、万力が込められた左腕、歌い上げられる詠唱節。

 

 剣の深淵より顕された大英雄の剛剣が欲するのは、

 

 ————竜の御首。

 

 

 

 一瞬、ほんの僅かだが、全ての音が止まった。

 

 世界が息をするのを止めた。

 

 これより始まる新しき神話の一ページを見逃すまいとして。

 

 

 

 ここで一つ、誤算が生じる。

 

 

 

 当の二人は言うに及ばず、この場にいる誰一人として気付くことなく、遠く離れたカルデアのモニターの前にいる二人も、この時は気付けなかった。

 

 後日、戦闘記録を丁寧に追っていたマシュ・キリエライトがその最初の発見者となる。

 

 この場所、駿河国、すなわち日ノ本において、西洋の()は存在しない。

 

 中華の()、すなわち、翼がなく四本の足で空を飛ぶ()は存在するが、

 有翼の、炎を吐いて毒を散らし、人を害する悪意の存在としての()は、存在しないのだ。

 

 が、代わりになるものは、挙げられる。

 

 それは、蛇である。

 

 翼はなくとも、炎や毒を吐き、人々を苦しめる存在として、日ノ本の蛇は、西洋の()足り得るのだ。

 

 つまり、今彼らが戦っているこの決闘場において、蛇は()と同等に扱われる。

 

 すなわち————

 

 百頭の()を殲滅した討伐譚を基にした()殺しの剣撃は、

 日ノ本では蛇は()と扱われるが故に、この宝具、()()()の特性が自然発生している。

 

 そしてその最終断こそは、幾度潰しても何度でも再生する不死身の頭を殲滅した一撃。

 

 故に、竜殺しであり再生封じの不死殺し。

 今のセイバーアルトリアを斬滅し得る剣技となるのだ。

 

 

 

 超高速で踊り続ける瞬撃の連斬が、

 その真名の解放と共に、全行程を一瞬で完遂せんと疾駆する————!

 

 

 

「————『是、射殺す百頭(ナインライブズブライドワークス)』!!」

 

 

 

 放たれる剣、殺し得る力、連なり襲いかかる竜殺しの殺撃。

 

 その終焉を前にして、

 

「      ッッ!!!!」

 

 セイバーアルトリア、逃げるのでも、聖鞘を掲げるのでもなく、聖剣を構えてこれを迎え撃つ。

 

 

 

 これは、彼女のマスターであった人物が積み上げ続けた、剣の答え。

 

 この()からだけは、自分は逃げることは許されない。

 

 

 

(——————問おう。貴方が、私のマスターか——————)

 

 

 

 彼女がかつて剣に誓った一つの約束。

 

 その言葉を言った自分が、鞘を展開してやり過ごすなど、自らの誇りが決して許さない。

 

 そんな自分を許して良しとしてしまうほど————

 アルトリア・ペンドラゴンという人物は己に甘いわけがないではないか!

 

 

 

 振り抜かれる塊剣に、黄金の輝きを増した聖剣が応じる。

 

 

 

 星の願いを核とする聖剣は、無論のこと、少年だった彼のことを覚えている。

 そして、その少年が聖剣である自分に何をしてくれたのかも。

 

 主と剣、その組み合わせが複雑に混ざり合い、互いが互いを高めあい、

 

 必殺を期した大英雄の剣へ、思いの丈をぶつける————!

 

 

 

 一、二、三、四、五————!!

 

 

 

 打ち、合った。

 打ち合えたのだ。

 

 決して下を見ず諦めず挑み続けるのは、何も彼だけの専売特許ではない。

 

 彼女とて、負けられぬ想いの強さは、彼と比して劣るものでは決してない。

 

 

 

 六、身体を装甲ごと両断する一刀を身をよじって躱し、

 

 七、切り返しの一刃に、聖剣をぶち当てて致命を避ける。

 

 左肩を持っていかれたが、まだ戦える!

 

 八! 読み、切った!

 

 打ち下ろされる剣の軌道を、まるでこの光景を未来視したかのようにギリギリで躱し、

 

 腰の装甲が弾け飛ぶも、次なるは————!

 

 九、その一刀こそ————!

 

 ————駄目だ、剣では間に合わないッ!

 

 

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 鞘を得て不要となった風王結界を頭部に集中させ、

 天地諸共両断せんとする最強の一撃へ、

 その剣の腹へ頭をぶつけ、その軌道を僅かに逸らす。

 

『凌いだってのか!?』

 

『凄い!』

 

 

 

  □ 「でもダメージは大きい!」       □

→ □ 「あれだけのダメージに抑えるなんて!」 □ ←      

 

 

 

 頭が削り取られ、視界の半分が赤に染まっている。

 肩、膝、腰に深い斬傷があるも、敵が持つ最大の

 

 

 

「————I am the bone of my sword(我が骨子は、星輝をも掴む)————」

 

 

 

「————————な————————?」

 

 

 

『え…………?』

 

『…………は?』

 

 

 

  □ 「なん…………!?」 □

→ □ 「…………だと!?」 □ ←

 

 

 

 必殺を放ち終えたはずの剣士の瞳が、真紅に燃える。

 

 そして、手に持つ塊剣が、狂気ではなく剛勇を持って握るべき正統な斧剣へと変貌する。

 

「クハハハハハハハハハハ! これぞセイバー衛宮よな!

 討伐劇を()()()剣技など、お主にはちとぬるかろうて!

 ————()()()()

 百を討つ百()()()()を持って行くのが、お主の道であろう!

 ————見せてやるがよい、この剣の丘にて、お主という男が、いかにして剣の()を鍛え上げるのかを!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————『是、射鏖す百頭(■■■■■■■■■■■■■)』」

 

 

 

 死の大嵐が、全てを削り殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 恐ろしいことに、剣技の展開時間は『射殺す百頭(ナインライブズ)』と変わっていない。

 

 十倍以上の超高速で振り抜かれる刃は、もはや剣という範疇を超えた終焉そのものだった。

 

 

 

『…………アル、ト、リア…………さん…………の…………霊基、消滅……確、認、しまし、た…………』

 

 

 

 ただ聖鞘だけを一つ残して、

 

 青き騎士王は、甲冑もドレスも、身体も、僅かな欠片もなく、血の一滴すら斬り滅ぼされて、

 

 ありとあらゆる全てのものが、斬鏖されていた

 

 

 

 

 

 ————はずが、

 

 

 

 

 

『バ————!?』

 

『なぇぇぇぇ!?』

 

 

 

→ □ 「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」 □ ←

  □ 「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」 □

 

 

 

 ————復活する。

 

 騎士王は、死なず。

 敗北の字は、ここに、書き換えられる。

 

 

 

 ————王はここに、健在なり。

 

 

 

 あり得ない、あり得るはずがない、あり得てはいけないはずだ。

 万能の天才をして、ふざけるのもいい加減にしろという光景が繰り広げられている。

 

 霊子の欠片すら残さず、あらゆるものが斬鏖されたはずの英霊が、零から、死から、消滅から、蘇ったのだ。

 

 ただ一つ、ただ一つだけ、誰もが読み間違えていたものがあった。

 

 

 

 ————すみません、シロウ、やはり私はどうしても…………、

 

 

 

 それは唯一つ、たった一つの、でも決して譲れない、大切なもの。

 

 

 

 ————私は、どうしても…………貴方には、負けたくないのです。

 

 

 

 それは、意地。

 騎士として、戦士として、胸に抱くどうしようもない感情。

 その想いは、聖鞘と、深く、深く、同調し————

 

 何よりも、

 

 ()()()()()()()()()()()()が、彼女を絶対の敗北から蘇らせたのだ。

 

 竜殺し、再生封じの不死殺し、霊基の完全消失…………

 聖杯から供給される法外な魔力量、あらゆる可能性における最強のアルトリア、聖鞘の加護…………

 

 

 

 そんな要因よりも、

 ()()()()()()()()()()()()()()が、この死闘の終結に待ったをかけた。

 

 

 

 必殺を超える必殺を放った()()()()()()()()()()()()()を、王が引き抜く。

 

 間が、あったのだ。

 

 その百連撃が開始される直前に、不自然な空白の硬直が。

 

 ここは、忠長が聖杯を使って敷いた世界である。

 そこに存在する絶対遵守の義務、

 

『駿河城御前試合十一番勝負で戦う二人は、死力を尽くして殺し合わなければならない』

 

 例えお互いにどんな感情があろうとも、手加減など許されず殺し合う定め。

 

 それを了承した者、させられた者だけが、この特異点でサーヴァントとして存在できている。

 

 だが、彼は無論のこと分かっていた。

 このままこの宝具を使ってしまったら、彼女を確実に殺してしまうのだと。

 

 その事実を前に、この衛宮士郎という人物は、手を止めないでいられるのだろうか?

 

 生じた空白に、セイバーアルトリア、何と、心臓を貰いに聖剣を突き立てた。

 

十二の試練(ゴッド・ハンド)』を展開している彼は、心臓を穿たれたとて、死にはしない。

 相討ち狙い? それは、否。

 

 何故ならば、その一閃は、まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があったからだ。

 

 そして、斧剣が振り抜かれ、意地が再度、騎士王を地に立たせる。

 

 

 

 振り出し————瞬時にして、傷は塞がり再生する。

 己を殺し得た試練として見なされた聖剣は、もう、セイバー衛宮を傷つけることは能われない。

 

 

 

 だからこそ、いや、それ故に?

 聖剣をぽいと無造作に放り出し、

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 竜が、再度、そして高らかに吠えた。

 

 雨あられと放たれるは、竜の連打、連打、連打! 連打連打連打連打!

 そのどれもが全て、先ほど消滅から免れたとは思えないほどの技の冴え、力の乗り!

 

 加え、その一撃一撃に込められる魔力こそ————!

 

 爆裂する。

 手を砕き、膝を折り、胸部を陥没させ、

 

 右足を振り抜き、顎を完全に破壊する。

 

 だが————

 そのどれもが、絶命には到達せず、致命の一歩手前で止められていた、

 

 

 

「ちェすトォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

  □ 「その叫び声は、」    □ 

→ □ 「おかしくないーー!?」 □ ←

 

 

 

 奇怪な叫び声は、鋭刃化された風の結界を右手に纏わり付かせて振り抜かれたもの。

 刃よりも鋭い手刀の一撃が、未だ斧剣を握ったまま離さない、セイバー衛宮の左腕を両断した。

 

 

 

「             ぁ              」

 

 

 

 切り裂いた風が、王の元へと聖剣を運ぶ。

 

 セイバー衛宮が『十二の試練(ゴッド・ハンド)』を維持させていられるのは、斧剣に眠るヘラクレスそのものと、接続し、同調し、装填しているからである。

 

 つまり、物理的かつ魔術的に繋がっているからこその反則技。

 

 ならば、その接続を絶ってしまえば————

 

 当然の帰結、カルデアのモニターが示す全ての数値がセイバーヘラクレスから、セイバー衛宮へと元に戻り、

 

 全身を砕かれ、膝を折られ、左腕を切断され、立つことすらもおぼつかない虫の息。

 もはや言葉を発することのできない今の衛宮に、為すすべなど、あるというのか?

 

 残る右手の内、剣を握る上で重要な親指、薬指、小指の三本を予め砕いておいて使い物にならなくしているという用意の良さ。

 

 黄金の剣が振りかぶられ、

 絶命の瞬間、勝負の決着、

 死闘に幕を降ろすべく————

 

 ————断頭の刃が、走った。

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、一つの約束があった。

 

 

 

 

 

 

 

(——————お前が守れ——————)

 

 

 

 それは、大英雄から彼へ、男から男へと託された、言葉なき声による男と男の約束。

 

 果たして、その約束は果たされたのだろうか?

 

 第一、ここにいる()は、その()ではない。

 少女の命を託された()ではないのだ。

 

 五と四十から万華鏡のように広がり続ける戦争の結末は、

 もはや誰の目にも定かではない。

 

 ただ————、

 もしその()に聞く事が出来たのなら…………

 その約束は守れなかったと、力なく答えるだろう。

 

 彼が全てを投げ打ってでも守ると誓い、

 もう一度彼女が笑顔を取り戻せるのならば、どんなことでもしてみせるとまで愛した女性は、

 その少女ではないからだ。

 

 

 

 ただ、その少女は————、

 どこまでも不器用で、頑固で、意地っ張りの分からず屋で————

 呆れるぐらいに真っ直ぐで、ほんのちょっぴりだけならかっこいいと認めてあげなくもない、自慢の弟を救うため、

 

 

 

 じゃあねと呟き、

 

 ニッコリ笑って、

 

 自分の命を捧げたことだろう。

 

 

 

 孤独と復讐に凍える少女の心を溶かしたのは、彼の優しさという温もり。

 

 己では決して与えることのできなかったその暖かさを与えてくれた彼に対し、

 少女を託した英雄は何を思うだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて————、一つの約束が、あったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ば、か、な………………」

 

『————————は……………………?』

 

『……………………嘘……………………!』

 

 

 

 

 

  □ 「受け、」     □ 

→ □ 「止めてるぅ!?」 □ ←

 

 

 

 

 

 ————『十二の試練(ゴッド・ハンド)』、健在。

 

 

 

 

 

 大英雄から託された()()()()()()()()()を踏破した英雄へ、

 

 その報酬が、今、支払われる。

 

 

 

 すでに乗り越えた試練である聖剣の首打ちを完全に無効化し、

 半死状態であった肉体が完璧に復元されていく。

 

 

 

 それは、

 

 自分を守ると誓ってくれた彼女を殺さなくてはならなかった()から、

 

 彼女という星を何処までも追い続けた()への、

 

 誰からも知られることのない贈り物。

 

 

 

『ふざけるなよ、こいつら!

 デタラメも大概にしろッ!!』

 

 

 

→ □ 「気持ちは分かるけど落ち着いて、ダヴィンチちゃん!」 □ ←

  □ 「一体全体どういうことだってばよ!?」        □ 

 

 

 

『今のは、まるで、()()()()()()()()()()()()()みたいじゃないか…………!

 ————ありえない…………!

 ギリシャ最大の偉業を成し遂げ、その死後に神の位にまで到達したあのヘラクレスが…………!

 何の理由があって、えみや(こいつ)を助けるっていうんだ…………!!』

 

 

 

 聖杯の保有者でありこの特異点の核となっている影響で全ての情報にアクセス可能な忠長ですら、何が起こったのか全く読み取れない異常事態。

 

 

 

 忠長は、二人の英霊が繰り広げる人智を超えた死闘を食い入るように見る。

 その青白い顔がほんのりと紅色に染まる。

 

 誰よりも聡明であるが故に、誰よりもダメージを受けてしまった天才は、

 ため息を大きく一つだけつき、これ以上突っ込むのは無駄だと悟り、すぐさま平静を取り戻す。

 

 その天才の隣でモニターを見るマシュ・キリエライトは、

 自分の胸の奥深くを強く揺さぶる騎士王の姿と、

 その騎士王と一歩も引かずに闘い続ける衛宮士郎(えみや・しろう)なる英霊に在り方に心動かされ、

 両者の一挙手一投足を決して見逃すものかと、瞬きもせず目を見開く。

 

 そしてカルデアのマスターは————、

 

 

 

  □ 立会人の役割に徹しよう、と思った         □

→ □ カルデアのマスターとして、ここにいよう、と思った □ ←

 

 

 

 この事態に、誰よりも早く反応したのは、

 

 意外にも、いや、やはりと言うべきか、

 

 

 

「————光よ…………!」

 

 

 

 対戦相手たる騎士王であった。

 

 衛宮士郎なる存在が、自分の理解の範疇の外にいることなど、

 彼と共に潜り抜けた夜を思えば、火を見るよりも明らか。

 

 

 

 故に、彼を討ち取るのであれば————

 

 己が持つ、最強の一でなくてはならない。

 

 

 

 遅れること僅か、セイバー衛宮、剣の丘を全速力で突っ走り、

 一つの剣を、抜き放った。

 

 

 

「————I am the bone of my sword(体は 剣で 出来ている)————」

 

 

 

 光が、溢れ出す。

 朝焼けの空を、全ての闇を打ち払わんと、激しく、強く、貴く————

 

 

 

 ————二つの光が、二振りの聖剣が、その真なる名を、示そうとしている。

 

 

 

 その聖剣が表すは、いわば月の光————

 星への貴き願いによって鍛え上げられたその刃の輝きは、

 担い手の決意によって、森羅万象の闇を照らし出し、これを討つ。

 

 その聖剣が示すは、正に太陽の赫灼————

 柄に秘められし炎だけが知る、真の主人の最奥にある高潔なる忠義の心が、

 新たな日輪となって顕現し、悪鬼羅刹の悉くを焼き滅ぼす。

 

 

 

「束ねるは星の息吹、輝ける命の本流————!」

「この剣は、太陽の現身。あらゆる不浄を清める焔の陽炎————!」

 

 

 

 光が、収束し、

 最貴の刃となりて振り抜かれる極光の斬撃こそ————!!

 

 光が、爆裂し、

 轟焔を従えながらに爆ぜ続ける極炎の斬撃こそ————!!

 

 

 

「————『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』————!!!」

「————『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』————!!!」

 

 

 

 光と光、聖剣と聖剣。

 

 本来ならば衝突するはずのない、最も貴き伝承を持つ二振りの光刃が、真正面から激突する!

 

 

 

 光と光がぶつかり合って喰らい合い、

 光が光を飲み込まんとする。

 

 吹き荒れる嵐、のたうち回る魔力流。

 展開されている固有結界を斬り開いて蒸発させ、二つの究極が更なる輝きとなる。

 

「くッッッ——————!!」

 

 刃となった光の一閃が、燃え盛る太陽の大爆炎を斬り裂く!

 

 天秤が水平になったのは、ほんの僅かであった。

 約束された勝利を賜る聖光の一刀が、太陽の光爆を貫いて進む。

 

 仮に、『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』が、正当なる持ち主によって宝具解放されたとて、今のアルトリアに打ち勝つ可能性があったかどうか。

 それほどまでにこの騎士王は、かつて円卓に集った騎士の理解が及ばないほどの最高の状態である。

 

 これに対しセイバー衛宮の手が握るのは、剣の丘に登録されている歴とした聖剣なれど、格が落ちている。

 

 神造兵器である『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の姉妹剣である『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』を、十全な状態で登録することなど、いかな錬鉄の魔術師と言えども不可能。

 

 不完全な聖剣による極炎の一撃、

 対するは、全てにおいて最高の状態である騎士王が放つ光の剣閃。

 

 全てを月の光が埋め尽くし————

 ————この剣の丘の主人を倒すべく、一直線に薙ぎ払い————!

 

 

 

「————I am the bone of my sword(体は 剣で 出来ている)————!」

 

 

 

 これは予測された未来、分かっていた結果。

 この輝きを追い続けて、誰よりも走ってもがいて生きてきたのが————この、衛宮士郎なのだから。

 

 足りないのなら手を伸ばせ、それでもダメなら————!

 

 

 

 

 

「————『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』!!」

 

 付け足せばいい!

 

 

 

 

 

 開かれる七枚の花弁、この丘に存在する中での、最硬の護り。

 己が持つ最強の防壁を展開し、光の刃を防ぐべく————花開く!

 

 

 

「そうか、()()使()()であったな、お主は!

 剣と盾の同時展開————!

 クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!

 なるほど、確かに確かに!

 太陽の正騎士ならば、()()()()()()()()()のう!

 どこまでも無理を押しせば気がすむと言うつもりだ、衛宮士郎よ!」

 

 

 

 だが、

 

 

 

  □ 「いきなり    !?」 □

→ □ 「    六枚消滅!?」 □ ←

 

 

 

 瞬にして盾が蒸発する。

 コンマに満たない極僅かの時間すら、騎士王の聖剣の前では耐えられない。

 

 斬り滅ぼされた花弁からの激痛が、左腕に鮮血の赤を走らせる。

 

『でも!

 アイアスの最後の一枚は、あのアキレウスの一投をも防ぎきったはずです!』

 

 か細く、しかししっかと開く最後の一枚。

 

 そして、

 

 決して朽ちることのない闘志こそが、月光に斬り払われて消滅しかけた太陽の爆熱に油となって降り注ぎ、再炎上、

 更なる炎を極天まで滾らせながら、限界すら焼き尽くさんと、ただ————燃える!!

 

 

 

 

「うおおおおおおおォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 

 

 だが、光が全てを飲み込んで————

 

 

 

 

 

 空へと伸びる光の柱だけが、約束された勝利の到来を告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突き抜けた光の激流が、戦場に静寂をもたらす。

 

 衝突の余波により、九割以上斬り飛ばされた固有結界であったが、

 聖杯から送られる魔力が、斬り裂かれた主人の心象風景を繋ぎ止め、生じた穴を復元する。

 

 無限に連なるはずの剣達は、激突の余波でほとんどが吹き飛び、もう数えるほどしか残っていない。

 

 そして、この丘の主人は————…………

 

『勝負あったな。

 まだ戦えるみたいだけど、あのえみやじゃアルトリアのエクスカリバーは防ぎきれない。

 なら後は力押しの連発で、詰みだ』

 

 

 

  □ 「その発言はフラグじゃ?」 □        

→ □ 「まだ、ある、と思う」   □ ←     

 

 

 

 身体から黒い煙を立ち上らせながら、

 それでもなお、セイバー衛宮は、前へ、前へと進み続ける。

 

 大海原のように波打つ刀身を持つ長大な両手大剣を、一気に抜き取り、

 己が自身を刃そのものとする突撃を、敢行する。

 

「余もそこな間抜け面に賛成ぞ。

 命永らえている故、よく凌いだと褒めるべきであろう」

 

『……………………』

 

「とは言え、聖剣を続け打ちされたらセイバー衛宮の不利か。

 あやつが他の対抗手段を持っておらぬとは、考えられぬが…………。

 攻め続けて宝具解放のいとまを与えぬのが肝要か」

 

 再び剣戟音を二人が響かせる。

 

 先のヘラクレスの時とはうって変わり、迅雷に匹敵する檄速で精妙な歩法を刻み続け、アルトリアに的を絞らせない。

 

 

 

「————I am the bone of my sword(我が骨子は、星輝をも掴む)————」

 

 

 

 紡がれる、剣の真名、打ち立てられし伝説の言霊。

 

 先の『輪転する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』とは違い、激しさではなく疾さ。

 音速を嘲笑うかのようなステップワークから繰り出されるのは、無限へ到達せんとする刺突の穿壁。

 

 貫かれた音の壁が幾度も幾度も悲鳴を上げる。

 管弦楽団の演奏のように鳴り響くその奇妙な破裂音に混じるのは、騎士王の身体から噴き上がる鮮血の調べ。

 

 だが、届かない。

 

 聖剣と聖鞘による加護が、どんな傷を負ったとしても、騎士王を完璧な姿へと修復する。

 

 その剣に勝る黄金の輝きはなく、

 その鞘が護る玉体は傷一つない。

 

 完璧であると同時に最強、最高でありながら至高。

 

 

 

 その輝きこそ…………

 

 最高の騎士が円卓に集う場において、

 

 ただ一人だけ冠を頂くことを許された最高の騎士、騎士なる王の証である。

 

 

 

『…………グスン…………、

 あの、あのえみやさんって、エミヤさんとは違うんですよね?』

 

「違う。

 あれなる衛宮士郎こそは、その功績と偉業を世界から認められた、正真正銘の英霊である」

 

『へぇ、その功績ってのは?』

 

「無論、一人の女子(おなご)を救い、人類未踏の地に足を踏み入れた、うむ、これぞ」

 

 

 

  □ 「つまり、医者?」  □

→ □ 「つまり、冒険家?」 □ ←

 

 

 

「うつけが。

 戯けたことを申すな。

 あの者の何処が医の者か、旅人か。

 あやつは根っからの魔術使いであるわ」

 

 

 

 そう、彼が救ったはずの人々はもっと大勢いるはずだが、世界が救ったと認めたのはたった一人だけ。

 

 

 

「通常の召喚ならば使い勝手の良い存在である()()()が呼ばれる故、()()()()が呼ばれることは、まず、ない。

 それに…………クククク…………もう一人、衛宮でもエミヤでもない刀匠としての顔もあるようじゃのう…………ククククク…………」

 

 

 

 彼は、アルトリアという少女を救ったのだ。

 

 滅びの丘で永劫なるやり直しを求め続ける少女の心を救ったのだ。

 

 

 

 そして、神秘消え失せたはずの近代の人間でありながら、

 

 アーサー王が眠るとされる、この世に存在するかどうかすら定かではない理想郷へ、生きた人間として足を踏み入れた。

 

 

 

 その少女が、人理が持つ重要な存在事象の一つである『騎士』そのものであり、それに付属する概念である『騎士道』と同等の人物であったからこそ、

 

 たった一人だけの救生は、確かな偉業として世界から認められた。

 

 

 

 辿り着いた草原を歩きながら、彼はふと思ってしまった。

 

 果たして自分は、彼女の輝きに相応しい男になれたのだろうか。

 

 そんな疑問は、彼女を見たら全部吹っ飛んでしまうだろうことは、分かっているけど————

 

 確かめてみたい、本当にどれだけそばに近づけたのかを。

 

 証明、してみたい————

 

 君がいてくれたから、俺は、ここまで歩き続けることができたのだと。

 君が照らし続けてくれたから、俺は、ここに来ることができたのだと。

 

 

 

 もし、できるのならば君自身に————…………

 

 

 

 それは、あり得るはずもない、if。

 

 起こり得ない、if。

 

 

 

 だが…………

 

 その願望を、聖杯が聞き届けた。

 

 

 

『………………』

 

 戦いは、激しさを増す。

 

 セイバー衛宮、アルトリアに聖剣を解放させまいと、速攻による連撃を主軸に戦闘を構築する。

 

 己の身体が上げる激痛と悲鳴とエラーを、

 だからどうしたもっと行くぞと、血肉を捧げ続ける。

 

 届くのだが————、届かない。

 

『………………………………』

 

 打ち合える、斬り合える、戦える。

 無論、それだけで終わらない。

 

 ————斬風疾走。

 

 斬り裂かれた騎士王の身体より血が吹き上がるが————、

 修復されてしまう。

 

 だが、

 一体どうして、騎士王を傷つけることができるのか?

 

 それは、剣に潜在されている記憶を自身へと投影し、正式な持ち主として扱うからではない。

 

 さらにもう一つ押し上げるのだ。

 

 だがその代償で、セイバー衛宮の内部の状態は見るも無残なぼろぼろのぐちゃぐちゃ。

 

 発狂死するほどの激痛に苛われているはずだが、そんな様子は全くない。

 むしろ、その痛みすらも剣を振る力に変えているかのような、冷静にして沈着、勇猛であり果敢な太刀さばき。

 

 凡人の剣であるセイバー衛宮の剣術は、誰もが習得できるものである。

 しかし、これほどの修練を積み重ね、誰一人真似ることのできない不断なる努力を続けることは、やはり不可能。

 

 誰もができるはずの、誰もができない剣。

 

 セイバー衛宮の剣は、剣を使う上で全ての剣術流派に共通項として存在する、いわば()()()としての剣である。

 

 体捌きによる斬撃の生成、全身各部位の完全同期、体幹、最小動作による見切ること困難な仕掛け、虚実の駆け引き、読み、戦闘構築————

 英霊と渡り合えるだけの力を、基礎の積み重ねだけで実現している。

 

 本来であればこの基礎に加え、自分が得意な()を伸ばしたり、誰も真似できない自身の天賦を使った()を伸ばすものだが————基礎を鍛えることしか叶わなかった。

 

 そして、投影装填により得られる英霊の技巧・才覚・才能を自身の基礎値の上に展開することで、騎士王の上を行く剣術を実現している。

 

 ヘラクレスのような力を基点とする剛の剣も、

 緻密な計算と幾何学的な理論に導かれる理の剣も、

 こちらの意識を読み取らせない無我の境地に代表される心の剣も使いこなす。

 

 これに加え、剣の幻想を一段階上へ昇華する異常極まりない宝具————。

 

 その宝具こそ、セイバー衛宮をしてセイバー衛宮たらしめる、英雄としての骨格。

無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』と並ぐ宝具であり、セイバー衛宮の成し遂げた偉業が宝具となったもの。

 

 

 

 ————宝具、『剣の主(stay night)』。

 

 

 

 ()()()()()()()()()持ち主(マスター)にして、主人(マスター)

 

 

 

 彼女という剣と共に夜を潜り抜けて勝利し、

 

 届くはずもない彼女という星へ手を伸ばし続けて走り続け、

 

 そしてついに、彼女の待つ草原で再会を果たす————

 

 

 

 その偉業・伝説こそが、『剣の主(stay night)』。

 

 

 

 剣に眠る全ての記憶、想念、願い、葛藤、苦悩、理想————

 その全てを理解し、もっと先へと概念を昇華させ、()()()()

 

 だからこそ、『剣の主(stay night)』は、宝具()が知っているはずの最高の真名解放(一撃)よりも更なる高みへと至る。

 

 故に、この状態のアルトリアを殺すに足る剣の一振りを繰り出せるのだ。

 

 

 

 セイバー衛宮の手に持つ新たな剣が、幾千幾万もの無数の刃へと分裂する。

 

 その一本一本が必殺の意志を持ち、

 錬鉄の魔術使いが、その剣の銘を世界に切る。

 

 無尽の刃が球体状に一斉に広がり、騎士王を刃の球檻へと閉じ込め、

 蛇髪の怪物の首を刈り取った一撃が、竜の首を狙う。

 

「——————!」

 

 一へと圧し潰れながらに幾千万もの斬線が、騎士王の防衛を嘲笑いながら確かにその首を刎ねる。

 それは怪女の首のみならず、髪となっている蛇の首をも一つ残らず刈り斬る業であった。

 

 

 

 しかし、だがしかし…………

 

 ————復活する。

 

 倒れない、膝をつかない、もう二度と地に伏すことはないというのか。

 

 

 

『うーん、若干慣れちゃった感があるけど、冷静に考えなくてもこれはおかしい。

 今のは————やはりハルパーだね。

 大量の魔力を聖鞘につぎ込んで強引に治癒するっていう理屈は分かるんだけど、こんな反則を見せつけられちゃうと、どうもなぁ〜』

 

 

 

  □ 「やっぱり鞘がポイント?」 □

→ □ 「力こそパワー理論?」   □ ←

 

 

 

『あのエクスカリバーの鞘をアーサー王は()()()()()()はずなんだ。

 英霊として世に現れる形としては、()()()()()()()()、本来ならね。

 だからこそ、今回みたいな異質な特異点だから顕界できたともいえるんだけど…………うーん…………。

 それとも、鞘を持った完全体のアーサー王は、これほどまでに強いのか?』

 

『…………ぐす…………。

 その、違うと思います…………』

 

 

 

  □ 「どういうこと?」 □

→ □ 「何か気付いた?」 □ ←

 

 

 

『ぐすん、上手く、言えないんですけど…………。

 その、アーサー王がエクスカリバーの鞘を持っているから凄い、っていうのは、違うと思います』

 

『つまり?』

 

 

 

『その…………()()()()()()()()()()()()()()()()()から、凄いんだと思います』

 

 

 

『ん? まぁアーサー王とキャメロットの崩壊は、王が鞘を失ったことも一因だ。

 アーサー王としてはずっと探していた鞘を得られたんだ。

 相性は最高だし、喜びもひとしおってことさ』

 

 

 

『………………ぐすん………………』

 

 

 

  □ 「もしかしてマシュ、」 □

→ □ 「泣いてるの?」    □ ←

 

 

 

『ぐすん、すいません…………!

 私、泣いたらダメだっているのは、分かってるんですけど…………。

 でも、涙が…………止まりません…………!』

 

 

 

 死より蘇り、消滅を聖鞘で拒絶したとしても、強引な治癒は神経そのものに雷撃が放たれたような苦痛を与え、

 断頭された傷は治ったとしても、痕跡は消えない。

 

 青であるはずのドレスは血の紅で染まり、白銀の輝きを示すはずの甲冑はただ赤く、この戦いは騎士王が経験したどんな戦争よりも厳しいと物語る。

 

 

 

『だって…………アルトリアさんが、アルトリアさんが…………!』

 

 

 

 少年のような幼く端正な顔も咲き誇るような金の髪も、流れた血を吸って変色している。

 

 

 

 凄惨な闘争、

 

 激し過ぎる死闘。

 

 その最中において————

 

 

 

『あんなに幸せそうに笑っているの、私、初めて見ます…………!』

 

 

 

→ □ 「——————!」 □ ←

 

 

 

「ははは」

 

「ふふふ」

 

 

 

 笑っている、笑っているのだ。

 

 死力を尽くして殺し合わねばならないという律の元で、

 己の限界を突き破る力を振り絞り、刃を打ち合わせているというのに————

 

 二人は、笑い合っている。

 

 

 

 ————ああやっぱりセイバーはこれくらいじゃ倒れないよな。

 

 と、彼は朗らかに笑い、

 

 

 

 ————当たり前です、シロウ

 

 ————これしきの攻撃で私が倒れると思っているのですか?

 

 と、彼の笑顔を見て、彼女はどこまでも幸せそうに微笑む。

 

 

 

 この場に居並ぶ英霊達は、この二人は何度も共に死線をくぐり抜けた戦友同士なのだろうと思い、

 

 カルデアのマスターとマシュ・キリエライトは、自分達はまだ、この二人のように笑い合えないかも知れないけど…………

 あともう少し絆を深めることができればきっと————と、確信し、

 

 遠く離れた理想郷の片隅から、微睡みの中でこの光景を夢視る花の魔術師は、

 長年お互いを思い合っていた恋人同士が、再会できた嬉しさのあまりただじゃれ合っているにすぎない、と思うだろう。

 

 

 

  □ 「あの、忠長、さん?」      □ 

→ □ 「殿、申し上げたき議があって候」 □ ←

 

 

 

「なんぞ?

 くだらぬ礼はいらぬ、はよ申せ」

 

 

 

  □ 「もしかしてこの二人、」   □ 

→ □ 「知り合いだったりします?」 □ ←

 

 

 

「——————————————!

 ク、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!

 余を笑い殺す気か、カルデアの!

 お主という阿呆は超特大級のクソたわけよのう!

 クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!

 言うに事欠いて、知り合いだったりしますときたか!

 クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

 

→ □ 「そんなに笑わなくても、」 □ ←

  □ 「いいのに……」      □ 

 

 

 

「さてなぁ。

 あやつらは知り合いやもしれぬし、赤の他人かもしれぬ。

 どちらにせよ主が知る必要はない、それは無粋というものぞ。

 お主らはただ、こやつらが如何に戦い、如何に勝ち、如何に負けたかを記録するだけで良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————シロウ

 

 

 私は、こういったことに詳しくはありませんし…………その、皆の話を聞いたり相談に乗っていただけの身です。

 

 偉そうなことを言えないと言いますか、つまり、ええと、その…………

 

 いいですか、シロウ

 

 

 

(————————シロウ、貴方を愛している————————)

 

 

 

 女性から愛を告白されたのならば、

 

 それに対する何らかの返答をするというのが殿方の務めではないのですか?

 

 

 

 私は、まだ、聞いていません、貴方の、答えを。

 

 

 

 私は、ここで、貴方を待ちます。

 

 

 

 私は————、

 

 貴方の温もりに包まれながら、貴方の声で、貴方の言葉で、貴方の答えを、聞きたいのです。

 

 

 

 その時が、来るまで、私は、ここで、貴方を待ち続けます。

 

 

 

 だから、私は、誰にも、もう、負けるわけにはいかないのです。

 

 

 

 例えそれが、愛しい貴方であったのだとしても…………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両者は戦い続け、観測者達はその全てを記録する。

 

 アルトリアとセイバー衛宮、両雄共に聖杯と繋がっている事実が、観測における不確定性を増大させる。

 

 

 

『どうにも、おかしい。

 やっぱりこれは、おかしいぞ。

 全部が全部おかし過ぎてて、異常が正常になってるけど、

 セイバー衛宮の耐久力、これは絶対におかしい』

 

『霊基パターンが変わり過ぎてもう何が何やら…………。

 クラスはセイバーのみならず、アーチャー、ランサー、アサシン、ライダー…………キャスターやバーサーカーもありました。

 剣の中に眠る本来の担い手を自身へ投影し、真名解放を『遥か貴き幻想(エンピリアル・ファンタズム)』で一つ上へ押し上げて叩き込む————

 ですがそれは、いくら聖杯から魔力が潤沢に供給されているといっても、踏み込んではいけない領分ではないでしょうか?』

 

『一度や二度なら分かる、三度や四度でもオーケーとしよう。

 でも、これだけの速度で、これだけの回数の無茶をしてるんだ、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

  □ 「『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』の中なんだから、」 □  

→ □ 「エクスカリバーの鞘があるんじゃ?」   □ ←

 

 

 

『あ————!

 そうです先輩、その通りです!

 聖鞘は剣という属性を持っていますので、この結界内のどこかにあるはずです!

 神造兵器の聖剣と一対を成すものですので、完璧にはコピーできないはずですが、

 それでも持ち主の傷を癒すという加護は発揮してくれるはずです!』

 

『うーん…………どころが、無いんだなこれが。

 ()()()()()()()()()()()()()

 仮にあったとしても、その加護は正統な持ち主の()()()()()()()()()()()()()()

 聖杯の魔力を強引に注ぎ込んだとしても大した効果は得られないんじゃないか』

 

「だゔぃんちよ、主ならよう知っておるはず」

 

『? というと?』

 

()()()のやることなすこと全てに理屈立てて論説しようなど、無駄なこと。

 ()()()が命を張って()鹿()をやっておる、

 ()()()()()()()()()()()()()鹿()故、常人(主ら)にはよう分からぬ————それだけのことぞ」

 

『…………そういう君は全て分かった上で喋っている、

 そう思うのは気のせいかな?』

 

「さてのぅ」

 

 

 

 忠長は無論のことカルデア側の疑問全てに答えられるが、話す気はない。

 

 全てを知っている身からすれば、この二人の恋路に口を出すなど無粋の極みと断じている。

 

 

 

 聖鞘は存在する、

 

 そしてその加護があるからこそセイバー衛宮の無茶が押し通っている。

 

 その場所とは、

 

 ————セイバー衛宮の体内である。

 

 

 

 彼にとって聖鞘があるべき場所は、彼女の手元しかない。

 もしそこ以外にあることが許される場所は————それはあの夜を駆け抜けた時のように、自分の体内しかないであろう。

 

 さてその聖鞘は、果たして偽物と呼んでよいのだろうか?

 

 彼女が持つ聖鞘こそ、彼が自らの体内から()()したものであり、何よりも…………

 

 

 

(——————やっと気づいた。シロウは、私の鞘だったのですね——————)

 

 

 

 すなわち、体内にある聖鞘は、極めて本物に近い————否、本物と断言してもいい。

 

 

 

 加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ヘラクレスを倒す前に、そして、あの夜…………

 ————()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 繋がっている以上、セイバー衛宮の中に存在する聖鞘は、持ち主の身体を癒す加護を発揮する。

 

 聖剣につけられた傷を癒すことは難しいが、過剰投影による身体の崩壊ならば治癒できる。

 

 

 

 ところが、彼からすれば聖鞘は()()()()ものであり、()()()()()()()()()()()()

 

 体内(そこ)()()()()()()()()()()()()が、返還した以上()()()()()()()

 

 あるのかないのか————、

 魔術的に極めて不安定な状態となってしまっている。

 

 聖杯からの膨大な魔力を使った異次元の戦いが繰り広げられている。

 その()()に完全に紛れる形となってしまい、カルデアの技術力をもってしても存在を検出できていない。

 

 

 

 これは戦う二人には、あずかり知らぬこと。

 

 セイバー衛宮からすれば不確かな再生力をあてにした立ち回りなど、消極的過ぎる。

 そんな悪手をこのアルトリア相手に打てば、あっという間に圧殺される。

 

 先手先手に攻め続けることで機動的有利を維持し、相手に聖剣を解放する(いとま)を与えないことがまず第一義。

 

 アルトリアにしても、自分の魔力が対戦相手へ流れていると気付けたとして、

 彼との結び付きを断つようなことを果たしてするだろうか?

 

 しかも、

 この戦い、余裕などどこにもない。

 相手は、全てが揃いすぎている今の自分を()()()し、まだ()()()

 

 目の前の一撃一撃に意識を張り巡らせ、

 錬鉄の魔術使いが組み立てる必殺への道を、全て拒否しなくてはならない。

 

 

 

 セイバー衛宮は、鞘による再生速度よりもかなり速く己の身体を酷使している。

 自分の魂すらも一瞬で吹き飛ばすような深度まで踏み入ってしまえば、聖鞘の加護など関係ない、そこで終わりだ。

 

 

 

 だが…………

 

 この意図せずして発生している彼女との繋がりと彼女からの加護こそ、

 

 ————限界を踏み越えていく衛宮士郎にとって、何よりも心強い味方となるだろう。

 

 

 

 

 

『サーヴァントとして聖杯保有者である君に聞きたいんだけど、いいかな?』

 

「ぬ?」

 

『あのアルトリア、君はどう見る?

 こっちでモニタリングしてる数値は、はっきりいってバグレベル。

 聖鞘と聖杯によるバックアップがあるとはいえ、サーヴァントが持っていい霊的レベルをぶっちぎって超越してる』

 

 

 

「あれなるアルトリアこそ…………」

 

 剣戟が、響く。

 

()()()()()()()()、ズバリそのものである」

 

『人理における騎士?』

 

「日ノ本の武士と並び立つ存在・事象である、騎士、そのものであり、騎士道という概念と等しく結び付けられる存在である。

 仮にあやつがその聖剣を掲げ、召集の号令を下したとすればどうなるか分かるか?」

 

 

 

→ □ 「かっこいい、とか?」      □ ←

  □ 「円卓の騎士が全員集合、とか?」 □ 

 

 

 

「円卓に座する残りの十二騎、王の旗に集った全ての騎士が勢ぞろいするだけでは終わらぬ。

 過去、現在、未来において、ありとあらゆる騎士、その全てを呼び寄せる。

 

 騎士と関わりがあった者、騎士に救われた者、騎士の冒険譚に心踊らせた者、騎士のようになりたいと思った者、心に騎士を持つ者————騎士という言葉や属性に僅かでも()()()存在、

 

 それら全ての『騎士』を呼び寄せ、王として統べる。

 だからこそ、あやつは騎士であり騎士達の王である。

 

 千軍、万軍どころの話ではない。

 数多きこと限りない(八百万)と呼びたいところだが、この国の数の測り方で西方の者らを数えるは興がないか。

 

 すなわちこれぞ、聖杯を用いた万象の根源を介する『人理による騎士への絶対招集権』である」

 

 

 

  □ 「じゃその宝具を使っちゃえば、」   □ 

→ □ 「勝負はあっという間につくんじゃ?」 □ ←

 

 

 

「カルデアの、のうカルデアの、カ、ル、デ、ア、の。

 お主のすっからかんの空っぽ頭は、叩けばうつけの音がよう響くのぅ」

 

 

 

→ □ 「痛たたたた! 暴力反対、暴力反対!」 □ ←

  □ 「殿! ご乱行はおやめくだされ!」   □ 

 

 

 

「たわけめが。

 お主は女子(おなご)の心というものがまるで分かっておらぬのう。

 よもやお主————女子(おなご)を知らぬか?」

 

 

 

→ □ 「へ?」  □ ←

  □ 「はい?」 □ 

 

 

 

「その粗末なイチモツおっ立てて、ましゅかだゔぃんちへ子種解☆放したことはあるかと聞いておる!」

 

『ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!』

 

『!!??!!!!????!?!?!?!?!!!?????????!?!?!?!?!?』

 

 

 

→ □ 「セクハラ! セクハラはいけません!」  □ ←

  □ 「どどどど童貞ちゃうわ!」        □ 

  □ 「ご覧の通り、私、女なんですけどぉ!!」 □ 

 

 

 

「腑抜けが。

 日ノ本の未来は暗いの〜ぅ」

 

『………………』

 

『………………』

 

 

 

  □ 「………………」 □ 

→ □ 「………………」 □ ←

 

 

 

『なんかマシュが帰ったら二人っきりで一晩中話したいことがあるみたいだから、ヨロシク』

 

『————!? ダヴィンチちゃん!』

 

 

 

 

 

「腹に気を入れよ、眼を見開け、幕が近いぞ」

 

 

 

『!』

 

『!』

 

 

 

  □ 「!!」 □ 

→ □ 「!!」 □ ←

 

 

 

 剣の丘に、残る剣は、六。

 

「クククク、全くあやつめ。

 最後の最後にどえらいものを残しよるわ」

 

 

 

「ハァッッ!!」

 

 流星となって駆け抜ける聖剣の刃。

 残像すら生み出す速度によって操られた剣意は、斬光の怒涛となって乱れ飛ぶ。

 

 なれば、敵手が作り出すは、

 

(オン)摩利支曳(マリシエイ)娑婆訶(ソワカ)

 

 ————虚ろなる陽炎の陣。

 刀の柄を握りながら両手で結印を続け、唱えられたるは朧なる真言。

 

「——————ッッ!?」

 

 聖剣により斬られるや、セイバー衛宮、霞となって宙に立ち消える。

 が————!

 

 地面より陽炎の如くゆらりと湧き上がる。

 その数、一などではなく九。

 

 しかしアルトリア、それらすべてが実のない虚像であると瞬時に看破。

 

 これは布石————次なる一手に大技を仕掛けるための前段階に過ぎない。

 その証拠に、全セイバー衛宮の足元の影が膨れ上がり————黒影の竜身が九つの鎌首をもたげているではないか!

 

「風よ………………、吹き荒れろッッ!!」

 

 王命により風は幾百もの細かい断層になり、その一つ一つが砲弾の勢いでもってして周囲全てを薙ぎ払う。

 込められている竜の魔力。

 颶風は正しく圧倒的な破壊兵器となり、陽炎はおろか、丘そのものに幾条もの途方もなく深い斬線を刻む。

 

「——————ッ………………ッ!!」

 

 残る剣の影に潜行していたセイバー衛宮、いいのを一発派手に貰って後方へ飛ばされるも、

 流れ落ちる血をそのままに剣を引き抜き、

 

「ガハッ——————ゴフ、ゴハァッ!!

 ………………ブ、ペッ………………!」

 

 盛大に吐血、そして、

 

「——————I am the bone of my sword(体は 剣で 出来ている)——————」

 

 ————剣を鍛つ。

 

 

 

 

 

『もう駄目だな、あのえみやは。

 これだけ無茶やってるんだ。

 あそこまで行っちゃったら、座に格納されてる大元の情報まで汚染され尽くされているはずだ』

 

 セイバー衛宮の身体から流れ出す血は、もはや海。

 肉は爆ぜ骨は剣と成り代わり、もはやこれを人型と呼んでよいか定かではない。

 

 苦痛は魂すらも蝕み、ただ激痛だけが持つことを許される感情。

 

「ククククク。

 仮に、であるが————、あーさー王が傷を癒すとされる理想郷へでもたどり着ければ、何とかなるじゃろ」

 

 

 

 ただ、その瞳、決して死んでいない、勝負を諦めていない。

 

 勝つために————挑み続けている!

 

 

 

→ □ 「後、三本!」 □ ←

 

 

 

 その剣が遂に抜かれ、

 

 

 

「——————————————————!!」

 

『——————!?』

 

『——————!?』

 

 

 

  □ 「————!?」 □ 

→ □ 「————!?」 □ ←

 

 

 

 世界が、恐れおののいた。

 

 

 

「————I am the bone of my sword(体は 剣で 出来ている)————」

 

 

 

 だというのに、

 何のためらいも躊躇も見せず、セイバー衛宮、神の禁忌へと当然の如く手を伸ばす。

 

 

 

 抜かれたるは一振りの太刀。

 

 

 

 その意匠、星が鍛えた聖剣と比較するならば、ただただ荒々しい。

 

 見てしまっただけで、魂まで叩っ斬られるほどの異常なる神の武威そのもの。

 

 忠長の敷いた結界がなければ、肉体的にはただの人間であるカルデアのマスターなど、その刀身が完全に姿を現した時点で原子レベルで粉微塵に斬り殺されていた。

 

 

 

 この剣の中へと己を潜らせるセイバー衛宮、

 

 犯す禁忌は一つではなく————三つ。

 

 

 

 一つ、神剣の使用。

 

無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』に登録された時点で本来の神造兵器としての位格は、かなり落ちている。

 それでも、例え英霊であったとしても正当なる持ち主でない以上、握り、振るうことなど許されない。

 

 二つ、剣神への同調。

 

 この神剣を持って日ノ本最凶最悪の神獣を討伐した日ノ本最強の武神にして剣神へ、接続し同調し自身へと装填しようとしている。

 

 三つ、神武の再現。

 

 ヘラクレスが百頭の蛇を退治した技術を剣技としたように、剣神がこの神剣で成し遂げた神武を宝具として解放しようとしている。

 

 

 

 体内の回路が百を優に超えるエラーを吐く。

 修復不可能な欠損が一気に千を超え万へと突破する。

 

 

 

 だが、アルトリアは知っている。

 

 だからこそ、自分が持つ最大の攻撃手段で対抗するしかないと、聖剣を起動する。

 

 

 

 彼にとって、できるかどうかは問題ではないのだと、誰よりも分かっている。

 

 やる————成し遂げる。

 

 自分を省みないどこまでも真っ直ぐなひたむきさこそ————

 彼女が何よりも愛しいと感じる彼の心でありその在り方なのだから。

 

 

 

『えみやさんの霊圧、上昇し続けてます!

 しかも霊基レベルが、とんでもないことになってます!

 これは————まさか…………でも、そんな…………!!』

 

『あの神造兵器のパチモノの中にある神霊を投影するつもりなのか!?

 流石に冗談が過ぎる!!

 こっちなんか、一瞬で欠片も残さず消し飛ばされるぞ!

 神降ろしを宝具として持つキャスターならともかく、セイバーの投影魔術ごときが神霊をコピーできるものか!!

 魔力(燃料)がいくら多くても、あいつが使うことのできる限界量はたかがしれてる!』

 

 

 

 

 

 セイバー衛宮、剣の深淵に()るモノへと————手を伸ばす。

 

 存在の次元が違う、神霊との接触。

 

 微かに覗きこんだだけで即座に消滅させられてもおかしくない武威を滾らせる、神霊。

 

 

 

 その神霊こそは、

 

 日ノ本最強の武を誇る武神であり、

 日ノ本最高の剣業を持つ剣神であり、

 日ノ本最悪の神獣を討伐した英雄神。

 

 

 

 無造作に、触ろうとする。

 

 それは、人間も、英霊も、手を出すことなど決して許されない(禁断)の領域。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   っ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが消し飛ばされ、

 

 己という個すらも、絶無となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   ッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あらゆるモノが消えたはずなのに、消失させられたはずなのに、

 

 残っているものが、一つだけ、あった。

 

 

 

 

 

 

 

(——————問おう。貴方が、私のマスターか——————)

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりが穏やかに差し込む薄暗い蔵の中で、

 

 ————彼は、運命と出会った。

 

 

 

 その光景と誓いは、

 

 ————例え、地獄に落ちようとも忘れられることはない、魂に焼き付いた原風景。

 

 

 

 

 

 だから、

 

 ()調()()()()()

 

 消失させられたはずの衛宮士郎という存在が、一から急速に再構築されていく。

 

 

 

 武神は、何故、神獣を討伐したのだろうか?

 

 ————命令が下ったから?

 

 ————民草から助けを求められたから?

 

 ————己の力を試してみたくなったから?

 

 ————討伐する宿命を背負っていたから?

 

 ————命を賭けた闘争をしたかったから?

 

 ————褒美を手に入れたいと思ったから?

 

 

 

 どれも全て否。

 

 

 

 武神は————

 

 

 

 心奪われたのだ、神獣に捧げられる死すべき定めを負った少女に。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が故に、

 

 神獣をその剣で滅ぼしたのだ。

 

 

 

 そう、それは、

 

 

 

 

 

(————————断る。俺には、セイバー以上に欲しいものなんて、ない————————)

 

 

 

 

 

 全く、同じ。

 

 自己のあり方を定義する、いわば存在の根源とでも呼ぶべき大本が、鏡に映ったかのように瓜二つなのだ。

 

 

 

 だから、投影できる、装填————できる。

 

 本来ならばあり得るはずもない神霊の投影という禁忌は、この衛宮士郎とこの武神に限り、

 

 両者は()()()()()()()()()()()調()()()()()のだから。

 

 

 

 錬鉄の魔術使いは神へと至り、剣の深淵は彼を握る。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という想いこそが、己に触れた源泉(理由)だったと知り、

 

 その存在は、大きく一つ、嗤い、

 

 ————そして、大きく一つ、頷いた。

 

 

 

 

 

『霊基レベルが、上昇して————じょ、上昇し、え、え、え、えぇぇぇぇぇぇ!?

 これって、このままだと!!

 まさか、本当に、本当にできちゃうんでしょうか!?』

 

『————来たか来たか来やがったかッ!?』

 

 

 

 ——————神霊顕象、

 

 ——————神器顕現、

 

 ——————神武顕界。

 

 

 

 カルデアのモニターに、神域に到達する存在の出現を知らせる警告が鳴り響く。

 

 

 

『え、えみやさん、し、神霊クラスへの突破を確認ッ!!

 それだけじゃなく、剣も書き換えてます!!

 剣も同じく、上昇を続け————今、神域へ入りました!!』

 

『ああくそ!!

 こうなったらとことんまで見せてもらおうじゃないか!!

 神サマが振るう、宝具の一撃ってやつを!!』

 

 

 

 

 

 ここに、

 

 

 

 ——————日ノ本最強の武神が、その神剣を天高く掲げ、神武を為す。

 

 

 

 

 

 紛れもない贋作、どうしようもない模造品、然れども、

 

 

 

 ——————その男の生き様と信念、神すらも凌駕する。

 

 

 

 

 

「束ねるは星の息吹、輝ける命の本流————!!」

 

夜句茂多菟(八雲立つ)伊弩毛夜覇餓岐(出雲八重垣)菟磨語昧爾(妻籠みに)夜覇餓枳都倶盧(八重垣作る)贈廼夜覇餓岐廻(その八重垣を)————!!」

 

 

 

 天貫く極大の光柱を喚ぶ最強の英雄の放つ大斬撃と、

 

 天統べる叢雲すら斬断する究極の武によって練られた神斬撃が、

 

 

 

「————『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』————!!!」

 

「————『布都斯魂剣(ふつしみたまのつるぎ)天羽々斬(あめのはばきり)』————!!!」

 

 

 

 人類が持つ究極の聖剣と、神が振るうはずの殲滅の神剣が、振り抜かれる————!!

 

 

 

 全てを吹き飛ばさんとする聖剣の一撃、突き進む騎士王の決意、

 

 ————光が、世界を一直線に穿ち抜く!

 

 叩き込まれる神域の一刀。

 

 が、

 

 光が全てを飲み込む。

 

 最強の聖剣、最強の担い手、最強の一振り、

 この『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』こそが最強の一。 

 

 霊格ならば神域に達する一撃に、打ち勝つ。

 

 

 

 そう、

 

 ————英雄は、神を殺し得るのだから。

 

 

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァアアアアアアアア!!」 

 

 

 

「——————————————!?」

 

 

 

 一太刀目を飲み込んだ光柱へ、()()()()が撃ち込まれる。

 

 剣神が斬り滅ぼした神獣こそ、八の頭と八の尾を持つ叢雲そのものである大蛇。

 その神蛇を討ち滅ぼした剣技であるが故に————、

 

 

 

 ————セイバー衛宮の放つ剣戟こそは、十六連斬。

 

 

 

 刹那の間すらなく次々と叩き込まれる刃、刃、そして更なる刃!

 

 世界そのものすら斬滅させんと狂奔し続ける剣舞こそ————神の御技。

 

 

 

 内側より爆裂し、消滅しかかる全身を、気迫と信念だけで動かし、

 

 ————ただ、剣を、振るう。

 

 

 

「——————————ぐっ!?」

 

 

 

 六太刀目、両者が拮抗する、拮抗してしまう。

 

 

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

 あらん限りの力を剣へ込め、

 両雄、使うことのできる全ての魔力、自らが持つ最後に一滴までをも燃やしながら、

 

 ————剣を振るう。

 

 

「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 

 大上段から振り下ろされた神剣は、

 

 この星でもっとも貴い勝利への光を真っ二つに両断した。

 

 

 

『き、斬った!!??』

 

『————エクスカリバーが……!!

 あのアルトリアの、あのカリバーの、上を行ったってのか!?』

 

 

 

 返す刃は、十四太刀目!

 

 

 

「————『全て遠き理想郷(アヴァロン)』!!」

 

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の極光が叩っ斬られるや否や、強引すぎる聖鞘の解放。

 

 彼女のマスターが血を吐きながら戦っているのだ、

 サーヴァントである自分が休んでいい道理など、何もない!

 

 

 

 その貴き理想は、外界の全てを遮断する絶対無欠の完璧なる守り。

 

 

 

 が、

 

 

 

『え——————!?』

 

『ちょ!?』

 

「なんと————!!」

 

 

 

 絶対無敵のはずの城塞が、破られる。

 

 

 

 いや、破れてはいない、斬れてはいない、

 そんなことは、できるはずがない。

 

 そして、

 

 この衛宮士郎だけは、どんな手段を持ってしても、聖鞘を傷つけることはできない。

 

 

 

 しかし、ならば存在もろとも虚無の海へ直葬してくれんと、

 

 実と虚を分かつ()()()()を切り開き、虚数世界へと斬り飛ばしたのだ。

 

 

 

 武神が斬り殺した神獣こそ、叢雲を統べる権能を持つ神獣であり、(叢雲)そのものである。

 

 (天叢雲)を支配する神を屠る神武であるが故に、

 

 ——————創世記・神代にて(世界)を実と虚に分けた理すら、この神撃は死滅させ得る。

 

 

 

 

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 

 

 

 

 竜は吼え、舞い戻る。

 

 何度でも、何度でも、何度でも——————!!

 

 

 

 待たねばならぬ、人がいる。

 

 聞かねばならぬ、言葉がある。

 

 告げねばならぬ、想いがある。

 

 

 

 ——————だから——————!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———————————————負けられない—————————————————!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  □ 「————————しのぎ、」   □ 

→ □ 「————————きった!!!」 □ ←

 

 

 

 いくつもの微小な特異点を発生させながら、

 

 この世の理すら破壊する宝具と、この世に存在する上で最強の防御を実現する宝具との打ち合いが、

 

 ようやく集結する。

 

 

 

 二人とも、満身創痍。

 肉体的にも、魔術的にも、精神的にも、魂的にも、

 限界を突き破った反動により指一本動かすことすら困難な状況。

 

 

 

 神の禁忌を犯したセイバー衛宮は、その代償を支払う。

 自らを消滅させようとする何かから、歯を食いしばってこの世界へとしがみつく。

 

 

 

『えみやさん、まだ神霊クラスの状態を保っています!』

 

『流石に剣は砕けたか!

 後二本しか刺さってないぞ!

 どうする!?』

 

 

 

 アルトリアが、動いた。

 

 聖鞘による治療の加護は、決して止まることないのだから。

 

 

 

 長く続いた死闘に終止符を打つべく、

 

 聖剣を構え直して————!!

 

 

 

 

 

「————『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!」

 

 

 

 

 

 ————聖槍の、投擲。

 

 

 

 

 

 この時、セイバーアルトリアの使用可能な宝具数は、十を超えていた。

 

 あらゆる可能性の中で最も強いアルトリアであり、全てにおいて完璧なアルトリアが、聖杯によりこの特異点に召喚された。

 

 英霊として様々な顔をアルトリアは持つ。

 

 それらの全ての側面・可能性を足し合わせ、

 彼と共にあの夜を駆け抜けた彼女へとその知識・経験・能力・宝具を付加することで、

 セイバー衛宮が戦いたいと望んだ最上最高最強完全無欠のアルトリアを実現している。

 

 そう、獅子王はおろか、ありとあらゆるアルトリアのスキルや宝具を所有している。

 

 それだけではなく、あらゆる可能性においても最強な存在とするため、

 カルデアが全く確認できていない側面のアルトリアも、多数組み込まれている。

 

 忠長が、()()()()()()()()()()()()()()ように召喚した故、クラスはセイバーになっているが、

 本質的には、()()()()()()()()こそが、このアルトリア・ペンドラゴンを最も正しく表している。

 

 この中で、このアルトリアの切り札となるのは、()()()()()()()

 

 

 

 彼に仇なす全ての害悪を斬り伏せた聖剣と、

 

 彼の命を護り彼から返還された聖鞘だけが、

 

 彼女、アルトリア・ペンドラゴンが、彼という存在と相対する上で切り札となる。

 

 

 

 この投擲こそ、逆光剣(フラガラック)封じ。

 

 聖剣の一振りと同等以上の出力がある宝具の一撃が逆光剣のトリガーにならないというのは、タチの悪い冗談にしか思えないが————

 

 事実、そうなのだ。

 

 

 

 そう————、

 

 マスターの前で、同じ技で二度目の敗北を喫するなど、己の魂が決して許さない!!

 

 

 

 世界を分かつ、槍の一、

 騎士王が持つ、もう一つの光————。

 

 不安定な状態に陥ったこの世界へ止めを刺すに値する光が、

 セイバー衛宮の霊核へと真っ直ぐに伸びる。

 

 

 

 その光を前に、

 

 

 

 「————■ ■■ ■■■ ■■■■ ■■ ■■ ■■■■■————」

 

 

 

 

 彼は、

 

 地より、

 

 ————剣を引き抜いた。

 

 

 

 

 

 瞬間、

 

 世界が、停止した。

 

 

 

 

 

 ————ああ、シロウ、一体どうしてその剣がここにあるのですか?

 

 その剣は、正統な継承者ですら触ることはおろか見ることすらできないはずでしょう?

 

 貴方は一体どんな無茶をして————。

 

 

 

 

 

  □ 「あの刀は————!」   □      

→ □ 「村正さんの————!!」 □ ← 

 

 

 

 否、その原典であるべき剣の、どうしようもない紛い物。

 

 あの刀が実現するのは、鍛冶匠が生涯捧げて追い求めた宿業からの解放、悲しみからの清算。

 

 これは、その源となるべき剣。

 

 

 

『そうか、だからあの神霊なのか!!

 大蛇の体内からあの剣を取り出したのは、あの武神だ!

 あの武神こそが、()()()()()()()()()なんだッ!!

 ()()()使()()()()()()————そう言いたいわけか!!』

 

 

 

 神代より継承されてきたその剣は、

 

 この国の人々が剣へと託した願いによって、鍛えられてきた。

 

 

 

 日ノ本では、

 

 矛を止めると書いて、武と読む。

 

 争いを平定するだけではなく、争いそのものを起こさせないことこそ、武の本質、武の役割。

 

 

 

 しかし、人が人として生きていく上でどうしても発生してしまうものがある。

 

 そういった非業を清算し断ち切るのが村正の刀であるならば、

 

 その源流たるこの剣は、人を傷つけようとする森羅万象を滅却する。

 

 

 

 人々の願いを星が鍛え上げたのが、アルトリアの持つ聖剣であるならば、

 

 何千年もの間、人々が剣へ捧げる平和への想いによって鍛え上げられたのが、

 

 ————この一振り。

 

 

 

 力を善悪清濁といった方向性ではなく、争いの火種となり得るかという絶対量により判定し、

 

 力そのものを吸収し、未だ戦わんと欲するモノを、討ち亡ぼす。

 

 

 

 眼前まで迫っていた聖槍の閃光が、

 

 緋に燃え上がり焔となって、セイバー衛宮の掲げる剣の刀身へと吸い込まれていく。

 

 

 

 本来であれば、この剣は、サーヴァントや聖杯すらも吸収する。

 

 力の絶対量が多ければ多いほど、この剣によって平定されてしまう定め。

 

 故に、この剣が振るわれることはない。

 

 

 

 しかし、位格の数段落ちた不完全な贋作であるからこそ、

 

 ————振るうことが、可能となる。

 

 

 

 

 

「今なお求める究極の一刀、

 

 其は、魂を断ち魄を断ち人を断つ戦の刃にあらず、

 

 我らが業が求めるは、遥か貴き理想、

 

 争いを切り、戦いを切り、修羅を切る。

 

 ————即ち、戦乱からの解放なり」

 

 

 

 その刀身が、赫赫とした焔の乱嵐を吐き出しながら、ただひたすらに己を燃やす。

 

 

 

「…………其処に至るは数多の戦火。

 

 千の刀、万の刀を象り、築きに築いた屍山血河。

 

 此処に辿るはあらゆる聚斂、

 

 此処に示すはあらゆる理想、

 

 此処に積もるはあらゆる悲哀、

 

 我らが生の全ては、この一振りを成すために。

 

 剣の心魂、此処にあり————!」

 

 

 

 数多の人々が祈り続けた平和への渇望を刃と為す、無比無双なる究極の一太刀こそ、

 

 

 

「————『都牟刈(ツムカリ)草薙(クサナギ)』————!!」

                

 

 

 万象を喰らいて飲み込む緋熾の轟焔が、あらゆる戦業を断滅しながら神進する!

 

 争いの平定を望みながら究極の神撃を実現という、

 二律相克な神武の焱薙が、空間に存在する微小な波動すらも吸収し、

 

 ————天地万物有象無象を無燼へ帰し和合せんと、神なる斬がただ焼き尽くす。

 

 

 

 紛い物であるはずの神造兵器が生み出した神焱を前に、アルトリア、

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』や『全て遠き理想郷(アヴァロン)』では、この一刀には対抗できない可能性をあることを感知。

 

 如何な威力、如何な防壁で対抗しようとしても、

 それが力である以上、全ては吸収され、敵の威力を倍加させてしまう。

 

 いうなればこの焔の剣斬は、宝具解放に対するカウンター技。

 

 吸収反射限界まで『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』で押し切るか、

全て遠き理想郷(アヴァロン)』による妖精郷との絶壁を、吸収されるよりも多く生成し続けるか。

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)』の壁は、この類の仕掛けは全て寄せ付けずシャットアウトする。

 

 しかし、

 

 ここが日ノ本という場所であり、『草薙(クサナギ)』を冠する一撃である以上、

 それが贋作であったとしても、人々の蓄積し続けた想いが加わり、危険な変質をしている。

 

 

 

 彼女達は願いを叶えるために集まっている。

 

 最高最強の状態のアルトリア・ペンドラゴンと戦いたいというのが彼の願いであり、

 

 自分を救ってくれた衛宮士郎が、

 自分を乗り越えた証を見せたいという大変巫山戯た挑戦状を出してきたので、これを完膚なきまでに叩き伏せたい、

 というのが彼女の願いである、

 

 そして、聖杯所有者の忠長の願いとは、武が見たい————それだけである。

 

 この特異点全てが、忠長の作り出したもの。

 

 彼の宝具『駿河城御前試合十一番勝負』を成立させるために、全てのものが存在している。

 

 

 

 限界したサーヴァントの全てが、『駿河城御前試合十一番勝負』で対戦する相手と戦うこと()()が願いである。

 

 その勝負を最高の状態でするため、魔力がなくて宝具が打てないという非常に現実的な問題を、忠長が、げに白ける、としてこれを一蹴、一切認めず、

 二十二騎、全てのサーヴァントが聖杯とのリンク及びアクセスを認められている。

 

 

 

 相手と死力を尽くして戦うことこそが、この特異点の全サーヴァントの望みであり、

 

 かつ、()()()()()()()であり、()()()()()のだ。

 

 聖杯と繋がっているのであれば、接続を悪用するものも出る可能性はあった。

 

 だが、

 

 忠長の、ただ武を見たいという、どこまでも混じりっけのない純度百パーセントの純粋過ぎる願望が、

 

 ただ相手と戦いたい、という()()()()()()()()()()英霊を二十二騎、剣の英霊として召喚することに成功したのだ。

 

 それを理解し実行できるもの達だけを、忠長の純粋すぎる願いが呼び寄せた。

 

 

 

 この特異点に存在する()()()()()()()()()()()()()いて、()()()()()という異常な下地が、

 この特異点が成立してからの約三ヶ月という時間で成立してしまっている。

 

 

 

草薙(クサナギ)』という名前を冠すること、

 

 本物の神剣へ向けられる()()の全てが、セイバー衛宮が握る贋作のはずの神剣へ流れ込んでしまい、

 

 かつ、()()()()()というこの特異点の異常なる性質が、

 セイバー衛宮の宝具へと流れ込んだ()()に、本来ならばあり得ない変質を加えた。

 

 この日、この時、この場所、この勝負の中という超限定された条件の中でではあるが、

全て遠き理想郷(アヴァロン)』の隔壁への搦め手として()()()()()()()

 

 

 

 

 

 アルトリアは、選択しなければならない。

 

 聖剣で押し切るか、聖鞘で凌ぐか————………………。

 

 

 

 眼前へと迫り、視界全てを覆い尽くす勢いで燃え広がる神の焔を前に

 

 

 

 

 

 彼女は、

 

 ————聖剣を、鞘に収めた。

 

 

 

 

 

『————!?』

 

『ん!!??』

 

 

 

 

 

 そして、

 

 ————()()()()を、起動する。

 

 

 

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と『全て遠き理想郷(アヴァロン)』の()()()()ではない。

 

 厳密に言えば————()()()()()()()()()()()

 

 彼女本人に問えば、恐らく、違うと答えるであろう。

 

 

 

 

 

 アルトリアがこの地に現界してから、およそ、三ヶ月。

 

 彼女は、何をしていたのであろうか?

 

 

 

 彼女は、

 

 ()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 このアルトリアは、この衛宮士郎のサーヴァントだった彼女であり、彼と結ばれ、あの草原で待ち続ける彼女である。

 

 その彼女に、アルトリアというあらゆる可能性の中で最強の存在となるべく、

 ありとあらゆるアルトリアが持つ知識・記憶・技能・スキル・能力・宝具を与え、それらが使用可能となった存在————

 

 それが、彼女。

 

 

 

 それもこれも、聖杯との接続がなされているからである。

 

 対戦者であるセイバー衛宮が()()()()()()()()()()という望みを持ち、

 かつ、それを実現するために忠長が聖杯を使って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を実現させている。

 

 

 

 彼女は、あの夜を彼と共に駆け抜けた中で、()()()()()()()()()()あの彼女である。

 

 その彼女が、何も食べない、何も飲まないなど、するだろうか?

 

 

 

 ()()のだ。

 

 何も飲まない、何も食べないなど、サーヴァントにとっては可能であり、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

 

 そも、ここには、()()()()

 

 彼女が会いたいと願い、ずっと待ち続けている彼がいるのだ。

 

 握り飯だのお団子だの肉料理のために猪を狩るだのと言ってる状況ではない。

 

 彼を探して抱きつけばいい、想いの丈をぶちまければいい、

 

 夜を通して————彼と存分に愛し合えばいい。

 

 

 

 忠長は、いかなる決闘行為も禁止している。

 

 しかし、()()()()

 

 決闘者達が、()()()()()()()()()()()()であるし、()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

 

 

 だから、彼が彼女に会いに行くのも自由であるし、

 

 彼女が彼と何をしようが、それが生き死にの決闘行為でなければ、()()()()

 

 

 

 しかし、

 

 二人は、()()()()()()()()()

 

 

 

 二十二騎のサーヴァント達が三ヶ月前に倒した魔神柱の数は、()

 

 図らずも、別々の魔神柱と戦っていたのだ。

 

 

 

 つまり、

 

 二人は三ヶ月間何をしていたかというと————

 

 

 

 準備をしていた、稽古をしていた、修行をしていた。

 

 今日という日において、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 彼は、彼女という目標を越えるために、剣を鍛え、

 

 彼女は、彼にだけはもう負けてなるものかと、剣を振るっていたのだ。

 

 

 

 彼が自分を追い続けてくれただけではなく、

 

 ついそこにまで————そう、自分の待つ草原にまで来てくれていることを、彼女は知っている。

 

 そのことを知った彼女の喜びを一体どういった言葉を並べれば、表現できるというのか?

 

 

 

 嬉しかった、ただ嬉しかった。

 

 飛び上がり踊り出し————そういう自分を抑えることなど、絶対にできないくらいに。

 

 

 

 無論のこと、彼が自分に挑戦状を叩きつけてくれたことも、嬉しかった。

 

 腹などまるで立たなかった。

 

 きっと彼ならば、本当に私よりも強くなっているかもしれないと、

 

 嬉しかった、嬉しかった、とてもとても————嬉しかった。

 

 全く私は、一体どこまで彼を愛してしまっているのかと、真剣に悩まなくてはいけないほどに。

 

 

 

 一体彼はどんな人になっているのだろうか?

 

 料理の腕も無論気にはなったことは否定できないが、

 

 最強の自分と戦ってみたい、ということは、勝つ自信があるのだろう。

 

 剣は? 魔術は?

 

 

 

 戦闘者としてどれだけ強くなっているのだろうか?

 

 剣士としてどれだけ強くなっているのだろうか?

 

 魔術師、いや魔術使いとしてどれほどの高みにいるのか?

 

 

 

 だからこそ————()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ————()()()()()()()()()()()()()()

 

 この真剣勝負で、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 彼のことを、一目でも見てみたい。

 

 彼の声を、ほんのちょっとでも聞いてみたい。

 

 彼の温もりに、ほんのわずかでも触れていたい。

 

 

 

 でもそれは、今やることではないはずだ。

 

 彼はもう来てくれているのだから。

 

 この勝負が終わりさえすれば————私は、彼と、あの場所で、再会できる。

 

 するべきこと、してほしいこと、してあげたいこと…………

 

 それは全部、この勝負が終わったらの話。

 

 そう思えば何とか————この特異点で彼と会うことは我慢できそうだった。

 

 

 

 だからこそこの地でするべきは、

 

 ————勝つ、ただそれだけ。

 

 それに比べれば、睡眠や食事など、()()()()()()、いや()()()()()()

 

 ————()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう断言できるほどに、剣士としての彼女は昂り極まっていた。

 

 

 

 この三ヶ月間、修道騎士を遥かに超えるストイックさで彼女が積んだ剣の研鑽は、

 

 生前のどんなものよりも激しく、厳しい。

 

 何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 この駿河国に、彼女に剣を教える存在がおり、彼女の剣術を引き上げたとする。

 

 すると、アルトリアという存在が持つ剣術に確率論的な揺らぎが生じる。

 

 このアルトリアこそは、

 

 ()()()()()()()()()()()最強のアルトリアであり、()()()()()()()()()()()()()()()()()、そしてそれが()()()()()()()である。

 

 この特異点に存在するアルトリアに限り、

 

 ————成長することができる。

 

 

 

 そして、彼女には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 気持ち・意地的な話ではなく、剣の術技的な話で、である。

 

 

 

 ————鞘だ。

 

 聖鞘は永遠に失われたもの。

 

 自分以外のアルトリアには鞘がない。

 

 だから聖鞘の真名解放練習をした、なんて話ではもちろんない。

 

 

 

 彼女は()()使()()()()を習得しなければならなかった。

 

 

 

 聖剣と聖鞘は、本来ならば()()()()()()()()()()

 

 アーサー王という武名、剣名、伝説が大きくなりすぎてしまったことに加え、

 

 聖鞘が永遠に王の手から失われてしまったため、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()、など誰も知らない。

 

 

 

 聖剣と聖鞘はそれぞれ独立した幻想を持つ最高の宝具であるが、

 

 聖剣にはその刃を収める鞘がなければならず、

 

 聖鞘には己が護るべき剣がなければ意味を成さない。

 

 剣と鞘はお互いがなければダメなのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 それは、()()()()()()()()()と、()()()()()()()()が両者なくてはならない。

 

 アルトリアが聖鞘を取り戻し、聖剣と聖鞘が揃っただけでは片手落ち。

 

 衛宮士郎という正統な(アルトリアの)鞘があってこそ、本当の意味でのエクスカリバー(アルトリア)となる。

 

 これら二組の()()()()()()()()()()()()が四つ全て揃っていなければならない。

 

 

 

 彼からの挑戦であるならば、必ずこちらを倒す手段は用意しているはず————。

 

 だからこそ彼女は、()()()()を磨き上げなければならなかった。

 

 

 

 彼女はこの三ヶ月、ただひたすら剣の修行に没頭していた。

 

 どんな修練を積んでいたかは、今の彼女の()()をみれば一目瞭然であろう。

 

 

 

 この駿河国に召喚されたサーヴァントの中には、()()()()()()()()としかいえない英霊がいる。

 

 死してなお、いや、生から解放されたが故に、剣が持つ技術への研究開発・進化発展にしか興味なく、それ以外のことを何一つしない、魂の最奥に至るまで根っからの愛すべき剣術マニア(バカ)である。

 

 彼女はそういった英霊達から剣を習った、習わなければならなかった。

 

 勝つために必要となる()()()()()()()()()()()を日ノ本の剣術家から教わり、

 

 一人、修練に修練を重ね————自得、自解したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 すなわち、

 

 ————————()()、である。

 

 

 

 

 

 

 

 見て取れるほどに天へと垂直に屹立する身体の正中線、

 

 沈められ蓄えられ、もう一つの竜の心臓があるかと思わせるほど活性化している腰の丹田、

 

 柳のようでありながら巌のようであり嵐でもある、雷震を超越する発撃を可能とする身体、

 

 凪の湖面であると同時に竜の核熱へと瞬転する息吹、

 

 自他の中心線上に位置している両の拳と鞘の鯉口、

 

 全身に走る経絡・回路・血脈に、暴走するほどに満ち溢れる竜の因子、

 

 ついに一つへと巡り会えた、聖剣と聖鞘、自分とシロウ

 

 

 

 剣術の精髄といわれる日ノ本の居合術の妙技こそ、

 

 ()()()()()()()()になった刀剣における戦闘術の極みであり、

 

 居合こそが、全てが揃った()()()()()()()()()()()()()()を使う上で()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 

 

 そして、彼女へ()()()()()()()()()()()は、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 一つになった聖剣と聖鞘が、共鳴を開始する。

 

 

 

 

 

 三ヶ月、

 

 彼女は剣を振るい続けた、

 

 ————剣を、抜き続けた。

 

 それは地獄すらぬる過ぎて欠伸が出てしまいそうな修練の日々。

 

 例え英霊であったとしても一刻も持たずに死滅してしまいそうな煉獄に等しい修行。

 

 天に愛されていると断言できる才能を持つ天才が、人外を遥かに超える努力を重ね続けたのだ。

 

 

 

 ————その全ては、この一刀のため。

 

 

 

 ただ、三ヶ月という時間は短過ぎた。

 

 彼女の持つ剣術形態には、鞘からの抜剣の一撃で相手を倒すという思想自体がなかったのだ。

 

 居合とは、日ノ本の剣術家達が辿り着いた剣における究極的な解答の一つ。

 

 いかなアルトリア・ペンドラゴンが寝食を忘れて励み続けたとしても…………短過ぎた。

 

 反りのない聖剣でいかに抜刀と発剣を合わせるかというそもそも論から始まったのだから。

 

 故に、彼女が()()()()を使う上で絶対必要となる()()

 

 

 

 ————それだけを彼女は抜き続け、そして、完成させた。

 

 

 

 目の前に自らを消滅させて余りある宝具の一撃が迫っているというのに、

 

 その心中、まるでなにも揺らぎがない。

 

 ただ一つの想いが内面を支配し、

 

 ここに、彼女の気剣体は究極の合一に至る。

 

 

 

 彼女が極めた一刀こそ、居合における基本であり応用であり最奥であり極致である、()()()()

 

 ————左半身による鞘送りと右半身による発剣。

 

 基本骨子を言葉にしてしまえばわずか一行足らずの言葉に集約されてしまうが、

 

 この言葉の術技的重みを知る者だけが、剣と鞘の一心同体の戦技、居合を知るのだ。

 

 そして————…………

 

 

 

 

 

 

 

 左手に(貴方)を、

 

 右手に()を、

 

 ようやく巡り会えた聖鞘(貴方)聖剣()は、

 

 ————————やっと、一つに(再会する)————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに、()()()()が、起動する。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と『全て遠き理想郷(アヴァロン)』が、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「————————()()()()()()()()()————————」

 

 

 

 

 

 

 

『え…………???』

 

『な——————???』

 

 

 

 

 

 

 

 途端、

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と『全て遠き理想郷(アヴァロン)』が()()()()にて発動し、

 

 一瞬にして、聖鞘内の限界量を突破する。

 

 あり得てはいけない量と規模の、約束された勝利を祝う黄金の光と、全て遠くなってしまった理想を隔つ絶対の壁が、

 

 鞘内部へと呼ばれ続け、解放され続け、

 

 ——————暴走を開始する。

 

 わずかな空間的隙間の中で、

 

 最強の破壊力を持つ貴き光と、最強の防御力を持つ絶対の壁が、

 

 走り続けて回り続け、交わり続けて混ざり続け、圧縮され続け収斂され続け、

 

 止まることのない暴走と、もっともっとと解放され続ける暴走が更なる超暴へと繋がり、

 

 狂えんばかりに一つへと収束し————()()()()への道を、突っ走る。

 

 

 

 

 

『——————!!!???』

 

『——————!!!???』

 

 

 

 

  □ 「——————!!!???」 □     

→ □ 「——————!!!???」 □ ←    

 

 

 

 

 全ての力が出口を求めて、暴れ続け叫び続け、

 

 伝わる振動が世界を激しく、そして大きく揺らし出さんとする。

 

 その源たる聖剣と聖鞘を握る彼女は——————

 

 

 

 ——————居合の()()の構えから、微動だにしていない。

 

 

 

 秒の後に己を焼き尽くす焔が視界全てを埋め尽くしているというのに、

 

 その両手に、一つになった聖剣と聖鞘(エクスカリバー)を持ち、荒れ狂う力を強引に抑え続ける。

 

 

 

 そして、

 

 全てが、限界の限界の限界を突破して、

 

 ——————()()が、真の姿を顕し出す。

 

 

 

『————————!!!!!?????』

 

『————————!!!!!?????』

 

 

 

 

 

 その時、彼女は——————

 

 

 

 ——————彼と全く同じ己の内側へ潜る言葉で、とても懐かしい思い出に触れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とても、色々なことがあった。

 

 

 

 私達は、出会い、戦い、歩み、笑い、怒り、傷つき、涙し、愛し、そして————別れた。

 

 

 

 楽しいことばかりでは、決してなかった。

 

 

 

 辛いことも、悲しいことも、喧嘩したことだって————あった。

 

 

 

 二人で、色々なことを乗り越えた。

 

 

 

 そのどれもが全て、黄金に輝く————大切な思い出。

 

 

 

 ねえ、シロウ、覚えていますか?

 

 

 

 あの時、私は貴方にこう言いましたよね?

 

 

 

 

 

(——————ふざけているのですか貴方は………………!

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()など、そのような不正を欲しがってどうするのですっっっっっ!!!

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 あの時の私の答え、

 

 

 

 この一刀をもって、訂正とさせてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焔が全てを喰らいて呑み込み、何もかもを焼き尽くす瞬前

 

 

 

 鯉口が切られ

 

 

 

 ————————宝具 解放

 

 

 

 

 

「                           」

 

 

 

 

 

 絶人の剣士による窮極なる一へと至った居合(宝具)の絶閃が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に、

 

 カルデアのマスターからこの宝具について聞かれたマシュ・キリエライトは、

 

 こう、語ったとされる。

 

 

 

『すいません、先輩…………。

 

 どうも、計測機器が故障しちゃってたみたいなんです、あの時。

 

 その、あの…………何と言いますか、どうあっても絶対にあり得ないと言いますか…………。

 

 魔術的、兵装的、概念的、伝説的に、何もかもあり得ないわけですし…………。

 

 …………何よりも、物理的に絶対あり得ないことになっちゃってまして…………。

 

 ですので、機械が故障しちゃってたはずなんです。

 

 こちらのミスで、こんな結果になってしまってすみません』

 

 

 

   □ 『じゃあ、』         □   

→  □ 『機械の故障でもいいから、』 □ ← 

 

 

 

   □ 『マシュ自身はどう思うのか、』 □   

→  □ 『教えてくれない?』      □ ← 

 

 

 

『…………私の意見、ですか?

 

 あの、その…………あくまで、私の、ですよ?

 

 あの数値が、もし、全部、正しかったのなら…………

 

 もし、もしも、もしも、故障じゃなくて、全部、正しかったとしたら…………

 

 あの時の、アルトリアさんの、居合の一撃は………………

 

 

 

 ————————光を、超えていたのかもしれません』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やった、か……………………?』

 

 

 

 

 

  □ 「———あ———!」 □       

→ □ 「まだ………………!」 □ ←   

 

 

 

 

 

 動いた、そして、

 

 ————立ち上がる。

 

 彼は、まだ、戦おうとする。

 

 その荒い息が、確かに、微かに聞こえる。

 

 

 

 傷口を押さえながら、足を引きずりながら、

 

 それでも前へ、少しずつ進む。

 

 

 

 神への禁忌を犯し、宝具をくらい、

 

 全身、傷だらけでのぼろぼろで、無事な箇所などどこにもない。

 

 身体は、もう向こう側が透けて見えるほど、間違えようもない限界。

 

 

 

 それでも進み、

 

 もはやどうして残っているのか分からない、固有結界がかろうじて存在する地点へと歩み、

 

 

 

 最後に残った剣の柄を、握り、

 

「…………………………」

 

 動きが、止まる。

 

 その剣を食い入るようにじっと見つめ、あらゆる行動が停止する。

 

 

 

 彼の両手に、彼女の手が、そっと重なる。

 

 

 

 彼が顔を上げ、二人の視線がぶつかり、

 

 

 

「ははっ」

 

「ふふふ」

 

 

 

 笑い、合う。

 

 

 

「流石にこいつでセイバーを倒すってのは、どうもな」

 

「そうですか?

 

 シロウがなさりたいのであれば、私は別に止めませんが。

 

 もっとも、私を倒すことなど百パーセント絶対に不可能と断言しておきます」

 

 

 

「はははは」

 

「ふふふふ」

 

 

 

 彼女の持つ黄金とは異なる金色の煌めきは、

 

 ————二人が一つになった大切な思い出。

 

 

 

「見事でした、シロウ」

 

 

 

 その言葉を聞き、彼の身体が光に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 果たして自分は、

 

 彼女の輝きに相応しい男になれたのかどうか、

 

 やっぱり、まだ、確信は持てない。

 

 

 

 でもこれ以上彼女を待たせるなんて、

 

 今の自分には、到底、できそうもない。

 

 

 

 

 

(————————シロウ、貴方を愛している————————)

 

 

 

 

 

 彼女の待つ草原へ戻り、

 

 

 

 ————答えを、伝えないと。

 

 

 

 さあ、彼女に、会いに行こう————————。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「両者逝ったか————。

 

 セイバー衛宮の消滅により、セイバーアルトリアの勝利————、

 

 ————とは、ならぬわ。

 

 よいか、皆の者!

 

 釈迦に法を説く愚を知らぬ余ではないが、心せよ!

 

 相手を斬り殺し、勝者となって生きるか、

 

 相手に斬り殺され、敗者となって死するか、

 

 斬って生きるか斬られて死ぬか、この二つ以外の結末など、断じて認められぬ!!

 

 

 

 よってこの勝負、()()()()()()とする!!

 

 

 

 それでは二番手の者、出ませェェェェェェェェェェい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(完)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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