メガネ端正(転生) (飯妃旅立)
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原作前編
1.目覚め


どうも、バナキナスバナナスと申します。
略してバナナです。

グレイセスの転生モノです。


 目を開けたら、気難しそうな男の顔がドアップにあった。

 

「レイモン。お前の名は、レイモンだ。

 オズウェル家を継ぐ立派な男になれ。いいな?」

 

「あぁぶ……」

 

 そして上手く喋る事ができない。

 把握した。

 これが、転生か!

 

 

 

 

 

 

 

 レイモン・オズウェル。

 それが俺に付けられた名前だ。

ここ、広大な砂漠(ストラタ)のど真ん中に位置するオアシス、首都ユ・リベルテの中でもかなりの実業家であるガリード・オズウェルの甥として生まれ、いずれ家を継ぐ者として丹念な勉強と訓練を積まされている。

 

 決して積んでいるわけではない。積まされているんだ。

 俺は、決して、決して、家を継ぎたいなどとは思っていないのだから。

 

 無論オズウェル家に文句があるわけではない。潤沢な財産に地位はここストラタではなかなか手に入らないものだし、外に出ればむせ返るような熱気が肌を焼く中で、この家は大輝石の技術を用いて作られた冷房のガンガンに効いた涼しい空間であり、快適極まりないのだから。

 では何故家を継ぎたくないか。

 

 とても簡単である。

 

 ――自分より遥かに優秀な弟が来るとわかっていて、誰がふんぞり返って家なんか継ぐかよ!

 

 今はまだ、彼は生まれてすらいないだろう。

 だが、いずれ来る。必ず来る。俺は知っている。

 

 だが、今は雌伏の時だ。

 叔父ガリードは実業家。現時点で政治に向かないとでも判断されれば、即軍に入れられる事だろう。それは嫌だ。冷房の効いた空間にいたい。

 だから、俺がハメを外すのは彼が来てから……ある程度彼が「使える」と判断されて、ガリードの目が彼へと向いてからだ。

 

 そのために今は力を養い、知を蓄え、刃を磨ごう。

 

 いつか必ず――アンマルチアの里でのんびり暮らす為に!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい? 謁見……ですか? 私が」

 

「そうだ。大統領に、お前の顔見せをする事になった。いいか、くれぐれも粗相はするなよ」

 

「はい。それで、日時の程は……」

 

「今日だ。すぐに迎うぞ」

 

「oh…」

 

 今日も今日とて勉学訓練! と意気込んでいたらコレである。

 大統領。このストラタ共和国の国家元首を指す言葉である。

 名を、ダヴィド・パラディ。非常にダンディな黒豹を彷彿とさせる声の持ち主で、また非常にやり手のお方である。

 

 しかし、珍しい。

 こんな急な予定を組むなんて。叔父も大統領も綿密な計画を練るタイプだと思っていたのだが。

 

 ともあれ、支度をしなければならないだろう。

 

 度の入っていないメガネを中指で上げる。髪型良し。唇良し。

 準備万端!

 

 

 

 

 

 

 

 

 青を基調とした、水に溢れた空間。

 この砂漠において権威を示すに最も適しているだろうソレは、視覚的にも涼しさを与えてくれる。

 まぁ、そんなものが無くとも俺の身体は冷えているのだが。

 

「君がレイモンか。そうか……。顔をあげたまえ」

 

「はっ」

 

 片膝をついたまま、頭を上げる。

 目を合わせる。非常に力のある瞳だ。だが、俺だって負けないぞ。

 ここで負ければ、ガリードに用済みの烙印を押されてしまうだろうことは目に見えている。

 

 俺にとってこの国は踏み台でしかないと、それくらいの気持ちで見つめ返す!

 

「……良い目だ。ガリードに似て、目的を果たすためならば努力を惜しまない瞳だな。

 よろしい。ガリード、レイモン君をしばし借りるぞ。何、二人きりで話してみたいだけだ」

 

「……わかりました。レイモン、決して」

 

「粗相はするな、ですね。わかっていますよ」

 

「なら良い」

 

 ガリードは顔を伏せたままだ。

 

 俺は大統領に手招きをされて、一度頭を下げたのちに立ち上がり、彼の後を追った。

 

 

 

 

「楽にしてくれていい。特に政治に関わるような話題でもないのでね」

 

「では」

 

 足を開く。

 手は後ろに組んだままだ。

 

「……先程はガリードに似ていると言ったが、訂正しよう。

 君はガリードよりも遥かに野心家だな。既にやりたい事が決まっている。そんな目をしている」

 

 ……これだから人の上に立つ人間ってのは。

 余程俺がわかりやすいのか、余程この人が見識に優れているのか。

 まぁ、両方なんだろうけど。

 

 とかく、見透かされているなら取り繕う必要もない。

 

「お見通しのようで。であれば、私が叔父に対してどのような思いを抱いているのかも?」

 

「歯牙にもかけていない、といった所かな? この広大なストラタ砂漠でさえ、君にとっては踏み台の一つでしかないように見えるよ」

 

「……御見逸れしました。今までの態度を詫びさせていただきます」

 

 姿勢を()()

 楽にしてくれ、と言われたにも拘らずそれに従わなかったのは、ささやかな反抗と言った所だろうか。くれぐれも粗相はするなよ、と念を押されたからな。いきなり粗相をしてみたわけだ。

 

「中々にユーモアの溢れる子のようだ。あの堅物に育てられたにしては、非常に融通の効く性格のようでもあるな」

 

「生来なもので」

 

「全く、今年で六つの子供の言葉ではないな。気に入った。今までの無礼を許そう」

 

「ありがたく」

 

 どうせ大統領も無礼だなんて思っていないし、俺も無礼を働いたなんて思っていない。

 この茶番劇はただのじゃれ合いだ。多分、俺の性格は先程の謁見で全て見抜かれているのだろう。

 その上でこの人は俺を部屋に呼んだのだ。

 

 であるならば、ガリードにするような演技をしていても仕方がない。

 

「さて……少々真面目な話をしよう。

 これに覚えがあるかね?」

 

 パサッと軽い音を立てて机に置かれたのは、紙の束だ。

 政治的な話をするつもりはないと言っていたのに、真面目な話と来た。

 

「拝見いたします」

 

 断りを入れて、束を手に取る。

 

 あっ。

 

「それは我が国の大輝石(バルキネスクリアス)……大蒼海石(デュープルマル)の精巧なスケッチ画だ」

 

「……ええ、上手く描けたと自負しております」

 

「素直でよろしい。そう、その絵は君が描いたものだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()スケッチ画だ」

 

 確かに、生で見たのは先日ガリードに連れられて見に行ったのが初めてだった。

 だが、生じゃなければ、それはもう何度も何度も見ている。用向きは中の存在。あと炎集め。

 何より俺は大輝石が好きだったから、というかアンマルチア族の技術が好きだったから、それはもう舐めるようにみている。スケッチ画くらいはお茶の子さいさいである。

 

「ガリードは君を軍に入れようとしているようだったが……どうだろう。大煇石の研究員になってみる気はないかね?」

 

 おっと話が飛んだぞ。

 正確に言えば俺が話を聞いていなかった、という方が正しいのだが。

 

 しかし、研究員か。

 

 炎天下の中、大蒼海石の涼しさがあるとはいえ、日中ずっと外で研究?

 しかもあの辺魔物でるのに?

 

 嫌だぁ……。

 

「君は我が国の研究に大いに貢献してくれると信じている。どうかね。なんであれば、ある程度の願いも聞いてあげよう」

 

「六つの子供に何を求めているのかわかりませんが、そうですね……いくつかの条件を飲んで下さるのであれば、引き受けましょう」

 

 くれるというのなら貰おう。

 六つの子供が一丁前に出す条件なんてものを飲めるような国家元首ならば、だが。

 

「いいだろう」

 

「うぇっ」

 

 あ、変な声が。

 いや! そんな事より!

 

 内容も聞かずにいいだろうって……おいおい!

 

「……国家元首として、流石に条件の内容を聞かずに頷くのはどうかと」

 

「君はこの国の事を思ってはいないが、滅ぼしたいと思っているようにも見えないからな。問題ないと判断したまでさ」

 

「……恐ろしい人だ」

 

 一生勝てる気がしない。

 よくもまぁガリードはこの人に反旗を翻そうと思ったな。

 

「それで、条件とは別に……何か欲しいものはないかね? ガリードの事だ、どうせ甥に欲しい物など聞けないだろう」

 

「いえ、聞いてきますよ。聞いたところで叶えるつもりがないだけで。無論、こちらもそれ前提でおりますので、叔父に願うことなど一つもありません」

 

「それはいけないな。悲しい事だ。

 子供はもっと子供らしく欲しい物を言うべきだ。それで、何が欲しいかね?」

 

「……では、練磨道具を。宝石練磨は前々からやってみたい事でしたので」

 

「全く子供らしくない……が、いいだろう。後日、研究員として出向いた時に与える事としよう」

 

「ありがたく」

 

 化かし合いが終わる。

 最後には二人とも肩を竦めて、笑い合った。

 

 全く以て……楽しい時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ると、物凄く険しい表情のガリードに見つめられた。何かを言いかけたようだが、言って来なかった。

 研究員になれば勉学の時間が減る。だが、同時に大統領に知性を認められたという事でもある。

 自分好みに育てたい一方で、有用な大統領とのパイプが出来た事に板挟みになり、結局何も言えなかった、という所かね。

 

 与えられた自室に戻る。

 

 煩わしいメガネを外せば、ようやく肩の力が抜ける。

 

「あー……緊張したわー……」

 

 服を畳んで、そのままベッドにIN!

 手足を投げ出して天井を見る。

 

 いやはや。

 

 あの子が来るまでの間、もう少し好きにやらせてもらおうかね。

 

 




大輝石の中でもグローアンディが一番好きです(

2018/6/23 諸々修正


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2.見つけ

捏造設定・独自解釈が沢山出てきます。
あとご都合主義感あります。


「暑いな……」

 

 思っていた通り。

 そして、想像以上に。

 

 普段快適な冷房空間で勉学に励み、室内の鍛錬場で訓練をしていただけに、この直射日光と砂の照り返しは非常に煩わしい。

 

 かめにんという謎の生物が駆る亀車に乗る事数十分。

 俺は今、ストラタの大輝石こと大蒼海石(デュープルマル)が鎮座するストラタ砂漠・遺跡群に来ていた。

 いくら鍛錬を積んでいるとはいえ、実業家ガリードの甥、それもまだ六つという事もあって護衛付きである。通常の魔物しか出ないとはいえ、危険である事に変わりないからな。

 

 そして今、砂漠からは多少マシになった暑さを乗り越え、大輝石・大蒼海石の元へと辿り着いた次第である。

 

「今日は下見と聞いております。顔合わせとも。研究員の詰所が近くにありますので、そちらへ行かれますか?」

 

「いや、詰所にいる者に何を問うても実はないだろうさ。やはり現場で、大蒼海石に齧り付いてでも研究を続ける者でなくてはね」

 

 詰所が有った事なんて知らなかったし、出来る事ならすぐにでも退避したいのだが、そこは鋼の精神で押さえつける。

 今日は研究員デビューの日。しっかりと輝石についての勉学を受けたわけでもない俺がそこへ混じるのだ。ハナから「暑さに文句を言うお飾り」だのと思われてはたまったものではない。

 

「……しかし」

 

 いつみても、美しいと……そう思う。

 ウィンドル王国の大翠緑石(グローアンディ)、ストラタ共和国の大蒼海石(デュープルマル)、フェンデル帝国の大紅蓮石(フォルブランニル)

 三つの大輝石の中でも、特に流麗であるのはやはり大蒼海石(デュープルマル)だろう。

 

 先端と根元の波打つような形状。

 存在するだけで水の原素(エレス)を拡散させるため、周囲に水源を起こすその威光。

 ストラタの繁栄の要であり、ユ・リベルテが首都として力を付ける事ができたのも間違いなくこの大蒼海石(デュープルマル)のおかげであるだろう。

 

 大蒼海石(デュープルマル)の手前で待機の格好で立ち止まった護衛の二人を置いて、その蒼き建造物の元へと歩み寄る。

 

「そこの君。我々は研究で忙しいのだ。観光は後にしてくれないか」

 

 と、眼鏡をかけた研究員だろう男性が声を掛けてきた。

 観光、ね。まぁ、そう見えるなら仕方がない。

 仕方がないが、対処する意味もないだろう。

 

「……まだ十九年前だというのに、ここまで弱いのか……」

 

「おいっ、聞こえているだろう! 遊びに来たなら帰れと言っているんだ!」

 

「さて、どこまで出来るものやら。どうです? コイツの不調を改善する目途は立ってるんですか、研究所長?」

 

 コンコン、と大蒼海石(デュープルマル)を手の甲で叩きながら問いかける。

 あぁ、ひんやりしてて気持ちいい~……。

 

「……ただの子供かと思ったが、思ったより知性はあるようだ。大統領から子供を研究メンバーに加えると言われた時は少々あの方を疑ってしまったが……」

 

「ええ、私も驚いていますよ。ですが、残念ながら既に決定した事です。それで、どうでしょうか? 所長、貴方の目から見て、私はただの観光客か、研究員か」

 

「ふん、未だ私しか気付いていない大蒼海石(デュープルマル)の不調を一目で見抜いた者を観光客になどできるわけがないだろう。

 レイモン・オズウェル。君を我がチームに加えよう。

 同時に、君の事はオズウェル家の子供、ではなく一研究員として扱う事になるが、良いな?」

 

「無論です。ただ、一研究員の身に甘んじるつもりはありませんので、そこはご理解いただければ」

 

 好き勝手やるなら、やはりある程度の地位は必要だ。

 所長にまで上り詰めるつもりはない。そこまで行くと、今度は止められなくなるからな。

 副所長か、チーフか。その辺りがベストだ。

 

「その自信が口先だけで無い事を願うがな。

 それで、レイモン。お前はこの大蒼海石(デュープルマル)の不調、どう見ている?」

 

「……メンテナンス不足、及び外的要因でしょうか。少なくとも我々にどうこう出来る不調ではありません」

 

「ふん、結論は同じか。

 私も大煇石は人工物だと推測している。メンテナンスが酷く長い間行われていないだろうこともな。

 しかし、外的要因と言ったな。それは、なんだ」

 

「はっきりとはわかりません。ですが、近い内……二十年以内には、はっきりしたものになるかと」

 

「そうか。だが、不調そのものを取り除けなくとも、遅らせる事は出来る。違うか?」

 

「いいえ、違いません。

 まず、原素(エレス)の抽出時の効率化、首都ユ・リベルテを流れる水も表面の部分は残して必要でない部分を削りましょう。それだけで随分と変わるはずです」

 

「それをお上が了承すると思うか?」

 

「いいえ。

 ですから、大統領と私と所長、この三人のみが知り得る秘密としましょう。工事はオズウェル家の中でも特に無知である者を使って行います。それならば、秘密が漏れる事もありません」

 

「……よくもまぁ、往来でそんな話を口にできるな。誰が聞いているとも知れないというのに」

 

「此処にいる研究員は皆熱心ですからね。実業家の一人息子と、それの対応に忙しい所長の言い争いなど聞いている暇はありませんよ。

 何より、これでも鍛えておりますので。誰かが聞き耳を立てていようものなら、こんな話はしませんよ」

 

「ふん。食えない子供だな。可愛げが全くない」

 

「生来ですので」

 

 威嚇しあいが終わった。

 俺が肩を竦めると、所長はニヤリと笑う。

 

 共犯結構、と言った所か。

 食えないのはどっちだよ、全く。

 

「まぁ、これからよろしく頼むぞ。期待はしておいてやる」

 

「それはどーも。盛大に裏切ってあげますよ」

 

「それは楽しみだ」

 

 これだから人の上に立つ人間ってのは……。

 

 

 

 

 

 

 七歳になった。

 

 俺が生まれる一年前、フェンデルでは相当な規模の改革運動なるものがあったと、謎生物かめにんから聞いた。

 そういえば二十年前か、と独り言ちる。だって、どうしようもない。

 大紅蓮石(フォルブランニル)をどうにかできるのは、やはり彼女しかいないだろうし。

 俺はあくまでアンマルチア族の技術のファンなのであって、技術者ではないのだから。

 

 ちなみにこのかめにんは砂漠で魔物に襲われていた所を助け、仲良くなった一人である。あの黒いのや別世界の白いの、端末の小さいの以外彼らを判別する術が無いので同一人物かどうかすらもわからないのだが、まぁどうでもいい事だろう。

 

「ううーん、ストラタ砂漠の遺跡、ッスか……。石柱群なら良く見かけるッスけどねぇ」

 

「あぁ、そういうのでいい。出来れば片端からマップに書き記してもらいたいくらいだが、そこまでの負担を掛けるつもりはないからな。

 ユ・リベルテ周辺でそう言った石柱群を見つけたら、適当な方向を教えてくれるだけでいいんだ」

 

 かなり仲良くなった事もあって、口調もかなり砕けたものにしている。

 対外用の優しい口調は自分でも吐きそうになる程辛いのでありがたい。

 

 かめにんは商売人。自身の不利益になると判断すれば、例え甲羅を割られたって口を割らない筈だ。

 

「ん、わかったッス! 他でもない、レイモンさんの頼みッスからね~! ぼくは受けた恩は恩で返すっすよ!」

 

「ああ、ありがとう。だが、それでお前が危険な目にあっては本末転倒だからな。良いか、深入りはするなよ」

 

「勿論っす! それじゃ、そろそろ出発するっす~。またのご利用、お待ちしているっす~!」

 

 大きく手を振るかめにんに、俺は小さく手を振りかえした。

 ご利用。

 かめにんショップの事ではない。無論そちらも利用しているが。

 だが、今回は(今回も?)利用したのは亀車の方である。

 

「……さて、と」

 

 ユ・リベルテにはない涼しい風が吹き渡る。

 遠くに見える高い建物。あれが、今回の目的地だ。

 

 正直あの吊り橋を亀車で渡ると言い出した時は(知っていたにも拘らず)流石に肝を冷やしたが、存外丈夫も丈夫。「いつも通ってるッスから~」などという軽い言葉は嘘ではなかったようで、危なげも無く此処へ辿り着けた。

 

「レイモン様。これを」

 

「ああ、ありがとう。お前はこの街に不審人物がいないか探っておいてくれ」

 

「ハッ」

 

 部下……というよりはオズウェル家の、中でも俺直属の私兵であるソイツから貰った紙を見る。

 これは依頼書だ。町の住民や研究者が出しているソレ。

 本来こういったものについては、俺は出す側であり、解決する側ではないのだが、それもこれも報酬のためである。

 

 輝術……そう呼ばれる技術は、原素(エレス)を扱って行う攻撃、ないしは回復術や武技の事を指す。そして、その術技らを完全に自分の物にするには原素(エレス)を使用できる器が必要だ。

 形だけを真似るならば誰にだって出来るだろう。

 だが、モノにするとなると器の成長が必要になってくる。

 

 そこで必要になるのが、こういった依頼の報酬にあるSPだ。

 マスタリーCOOLやマスタリーEXといった秘薬で無理矢理成長させる事は出来るが、経験と実力が伴う依頼の方が得てしてSPの量は多い傾向にある。

 報酬とは言うが、別に依頼人がSPを支払っているわけではない。

 ただ、己がその依頼を解決した、という事に対し、器の成長という形で応えているだけである。

 であるのだが、本来の報酬であるガルドやアイテムの受け取り時に成長する事が多い物だから、分かりやすく報酬と言っているのだ。

 

 輝術はこの星において最も大事な要素。育てないわけには行かない。

 また、覚えられる輝術は器の広がりの傾向によって分別され、それぞれが「称号」という名で括られている。

 称号は経験が形作るモノで、その習得方法は多岐に渡る。

 同じ輝術を使い続けたり、特定の速度で敵を殲滅したり、普段着ない衣装をつけてみたり。

 だが、どの称号も「経験する事」をトリガーに習得できるので、己の器をうんと広げたいのであれば、見聞を広める事が何よりも大事なのである。

 

 話が逸れたが、今回依頼の書かれた紙を部下に持ってこさせたのは、器を広げるためのSPを得るためだという事を言いたかった。

 

 自身の持ち物で都合できる物をピックアップし、宿の主にそれを渡す。

 その時点で宿の主に渡されていた報酬と共にSPが入る仕組みであり、依頼者からの感謝などは次、宿に訪れた時などに見る事が出来るのだ。

 なお、誰が依頼を達成したのかは基本的には知らされないシステムになっている。依頼者から直接依頼を受けた場合は別だが。

 

「……ん?」

 

 依頼物を次々と納品していると、トタタ、と小さな女の子が宿へ近づいてきた。

 紙と……バナナを持っている。

 

「あの、これお願いします」

 

 俺の前を通り、宿の主にそれを渡す少女。宿の主は俺が誰なのか知っているのだろう、若干煩わしそうにしながらも、同じように俺の手前無碍にも出来ずに対応する。

 

「報酬がフルーツか……。お嬢さん、手数料は持っているのかな?」

 

「えっ……あ、その……」

 

 手数料。

 当たり前であるのだが、宿屋の依頼管理は慈善事業ではない。

 報酬やガルドの管理に依頼の管理と、ロハでやるには些か仕事量が多すぎる。

 そこで、ある程度の金額……取引手数料を宿屋に収めるのが常識なのだ。

 

 だが、少女はあまり身なりが良いとは言えない。紙とバナナしか持っていないようにさえ見て取れる。

 今現在言いよどんでいる事から、それは当たりなのだろう。

 

「すまんね、お嬢さん。ウチも商売なんだ。申し訳ないが、その依頼は――」

 

「では、俺が承ろう。報酬は前払いでな。それなら管理をする必要もないだろう?」

 

 まぁ、これも何かの縁である。

 予定が崩れる事をガリードは怒るかもしれないが、彼の叱りなどカーカーの羽ばたきにも劣る煩わしさだ。問題は無い。

 俺の護衛役も文句を言う奴はいない。そもそも此奴らは俺に口出しをする事がない。

 

「あの……?」

 

「宿屋もそれで構わないか? 依頼を横取りする形になってしまうが……」

 

「ええ、問題ありません。ウチの前で依頼契約が行われたに過ぎませんからね」

 

「ほう、中々いい性格をしているな。今日はあちらで泊まるつもりだったが、ここの宿を予約しておこう」

 

「これはこれは、ありがとうございます」

 

 少女を置いてけぼりに話を進める。

 依頼は宿屋を通すのが暗黙の了解。そう言った風潮が、このストラタ国だけでなく他の二国にも共通した考え方として根付いている。

 それを堂々と無視したにも拘らず、この言いぐさだ。

 恐らくオズウェル家に恩を売っておいた方が良いと考えたのだろう。俺はそう言う素直な奴が大好きだ。

 

「さて、じゃあ場所を移すか。君、どこか風の凌げる場所を知らないか?」

 

「それでしたら、ウチの陰をお使いください。誰も来ませんよ」

 

「……なるほど。良い考えだ。俺が年端もいかない少女を路地裏に引き込んだように見える素晴らしい考えだな」

 

「いえいえ、それほどでも」

 

 狸め。

 くそ、大統領といい所長といいこの宿屋といい、化け狸しかいないのかこの国は!

 

「えと……こっち、です」

 

「ほう、良い場所があるのか。素晴らしい。ということだ、宿屋。また夜に伺う」

 

「ええ、お待ちしております」

 

 宿屋に断りを入れ、少女に案内を促す。

 少女は一つ頷くと、トタトタと歩きはじめた。逐一俺が付いてきているかを窺いながら、少々細い道を歩いていく。

 

 この辺りは()()()()()()()()だな。なるほど、新鮮だ。

 

「ここ……です」

 

 連れてこられたのは小さな民家。

 

「……無人のようだが」

 

「今、お母さん……出かけてるから」

 

「ほう。とすると君は、親の居ない時間を見計らって宿へ依頼を出しに来たという事か」

 

「見つかったら、また没収される……」

 

 少女は俯き気味に言う。

 ちなみに丁寧に喋っているものの敬語でないのは、少女が俺の身分を知らないことに加え、俺と同い年くらいであるからだろう。

 

「それで、宿に何を依頼しようとしていたんだ?」

 

「……欲しい素材があって」

 

「ほう。それはどんな?」

 

「……レアメタル、コモンメタル、クリアコア、竜のうろこ……」

 

「待て待て待て。君はそんなものとの引き換えの報酬にバナナ一つを用意したのか?」

 

 まだまだたくさんあるような口ぶりだったが、今挙げられた四つでさえそれなりに珍しいものだ。

 それを、何故こんな年端もいかない少女が欲しがるのか。

 あと、バナナ一本で引き受けてくれる奴がいると本当に思っていたのか。

 

「……でも、これは絶対に役に立つ……」

 

「これ? ……それは、設計図か?」

 

「うん。旅人さんに貰ったの……」

 

 少女の持つその紙。

 それを覗き見る。

 

「これは……エレスポットか!?」

 

「すごい。なんで私が考えた名前、知ってるの?」

 

 知っていたからだ。

 そんな事より、何故エレスポットの設計図なんかが……。いや、設計図というより調合図と言った方が正しいか。

 各種様々なレア素材で形成した壺を……ほう。

 

 そういえば、生まれて七年になる現在に至っても誰かがエレスポットを使っている、という所を見た事が無かった。

 軍人の持つものだから、という先入観からなかなかお目に掛かれないのかとも思っていたが、どうやら違うらしい。

 

 まだ造られていないのだ。

 エレスポットという不思議便利アイテムは。

 

「君、名前は?」

 

「……イマスタ」

 

「そうか。俺はレイモンだ。コレの完成に協力したい。そして完成の暁には、これを販売する権利……利益の四割を頂きたい」

 

「……信じてくれるの?」

 

 少女はいきなり気を張った俺に怯えるように問うた。

 信じてくれる、と来たか。むしろ俺の話を信じてくれるのか、と問いたい所なんだがな。

 

「何がだ?」

 

「これ……エレスポットが、作れるって事」

 

「無論だ。俺にはもう完成したエレスポットまで見えている」

 

「……お母さんは信じてくれなかった」

 

「案ずるな。これは確実に完成する。完成し、他国や軍へ回せば利益も跳ね上がるだろう。どうだ、共にこれを造らないか?」

 

「……うん。一緒につくろう。エレスポット」

 

 心の中でガッツポーズをする。

 レア素材ばかりといえど、集められない素材ではないのが救いだ。

 フォドラの素材なんかを提示されて居たらお手上げだからな。

 

 エレスポット。

 セットしたアイテムを確率で増やしたり、戦闘中に料理の効果を発生させたり、魔導書のセットで様々な恩恵が得られる不思議な壺。

 各種店でゲージをチャージをしないと使えなくなってしまうが、ガルドさえあれば半永久的に使用できる余りにも便利な壺だ。

 

 確かにこんなものが遥か昔からあるのなら、様々な分野において研究や生産が進んでいたはずだし、フェンデル帝国ももう少し豊かになっていただろう。

 なるほど、これは最近開発されたものだったのか。

 

 しかしラッキーだ。

 これを、オズウェル家ではなくレイモン(おれ)個人名義に紐つけられるとは。

 

 上手く行けば、オズウェル家をも凌ぐ財産源が得られるぞ。

 無論、この少女……イマスタとその家族も養おうじゃないか。

 詐欺をするほど、俺は堕ちていないからな。

 

「何分、珍しい素材ばかりだ。すべて集めるのは少々時間がかかるかもしれないが……」

 

「……わかってる。その間、勉強、してる」

 

「ほう?」

 

「……私、セイブル・イゾレの、研究施設で……見習いしてる」

 

「それは、奇遇だな」

 

「?」

 

「俺はユ・リベルテで大蒼海石(デュープルマル)の研究をしている。ともに研究員だ」

 

「……一緒、だね」

 

 イマスタは笑う。

 俺も笑う。

 

 久しぶりに、疲労の無い笑顔が出せた気がする。

 ……無邪気っていいなぁ。

 

 




エレスポット、作中でも言ってますが、昔からあるんならもう少し世界が全体的に豊かになると思うんですよね。主に食材を増やすと言う意味で。
エナジー以外の何も消費しないで食材を増やせる壺。それが活用されていないのは、やっぱり極最近でてきたものだから、なんじゃないかと思ってます。
攻略本とか持ってないんで間違ってたらごめんなさい。

2018/6/23 諸々修正


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3.しらべ

また独自解釈が出てきます。捏造設定も。



 

 さて、思わぬところで寄り道が発生してしまったが、本来の用向き……ここ、セイブル・イゾレに来た目的を果たさなければならないだろう。

 イマスタの家から出て、そのまま視覚範囲内にある背の高い建物……塔と言って差し支えないだろうそこに向かう。

 

 塔入口右手の石化した魔本の近くの地面から千切られたページを拝借しておく。

 ここへきたらこれを採取するのは基本である。

 

 元から高所という事もあって強風の吹き荒ぶセイブル・イゾレはストラタ共和国にしては比較的涼しいのだが、この研究施設は快適と言っても過言ではない温度に保たれているようで、なるほど、ここなら研究も進むだろうことが伺える。

 

 とりあえず研究員……ではなく、ストラタ軍の兵士に書簡を渡し、待つ事五分。

 

「やぁ。君が大蒼海石(デュープルマル)調査所の所長の手紙にあった期待の新人君でいいのかな?」

 

 ちょっと太り気味の、にこやかな男。

 まーた狸だよ。

 彼らの周りはさっぱりとした人間が多かっただけに、非常に残念だ。類は友を呼ぶとでもいうのか。

 

「いえ、金持ちの調子に乗ったガキと書かれていた方ですね。レイモンと言います」

 

「お、重要書類だというのに、中身を勝手にみたのかい?」

 

「まさか。 

 まだ会って間もないですが、所長(あの人)のことです。口が裂けても紹介文に期待の新人、なんて書かないでしょうから。俺の印象が悪くなる文面である事など、容易に想像が出来ます」

 

「……いいね。うん、凄く良い。

 もしこれで君が認められていたのか、みたいな顔をしようものなら雑用を任せるつもりだったけど……気が変わった。おいで。君が求めている書物はこっちだよ」

 

 ほら、狸だ。

 あぁ、イマスタとの時間が恋しい。愛恋の類いではなく、気を張らなくていいと言う空間が。

 

 本棚に立てかけられただけの梯子を昇る。

 ロックガガンが近くにいるこの地域で……耐震構造とか大丈夫なのか、ここ。

 

「これだ。放射系輝術に関する論文……君が求めていたのはコレで間違いないかい?」

 

「はい。ですが、それ以外の書物の閲覧許可も頂きたいですね」

 

「貪欲だねぇ。遅刻してくるから知識の欠片も無い子供だと思っていたけれど、存外も存外。まぁ、知識を求めるのならば、ここはそれに答えるまでさ。いいよ、好きに見てくれて。

 ただ、見終わった本はしっかり元の場所に戻してね」

 

「ありがとうございます」

 

 じゃ、僕は下にいるから。

 そう言って降りて行く施設長から眼を外し、本の内容へと目を落とす。

 

 今回俺がこのセイブル・イゾレに来た理由は二つ。

 一つは、俺が大蒼海石(デュープルマル)の研究チームに入った、という事に関しての顔合わせ。研究員は横の繋がりが結構大事なようで、特に重要な大煇石と輝術の研究員はいつどこでどのような状態であっても情報共有が出来るように、顔を合わせておくのが基本らしいのだ。

 多分それは、危機的な状況に陥った時、自身の叡智を知り合いの研究員に託せるようにするためのものなのだろうな。

 

 そしてもう一つの理由。

 それは、俺の戦闘スタイルの確立に起因する。

 

 十八年後、俺の弟になる彼は、全く新しいスタイルの術技を獲得していた。あの武器も術技も、今のストラタにはないものだ。

 このストラタ国は世界最大の輝術研究国。七年であれを創る事ができるのならば、俺の理想とする武器だって開発出来るんじゃないか? と考えた次第である。

 

 そのために必要だったのが知識だ。

 アンマルチアの技術についてこそにわかな知識があるものの、武器類に関しては無知も良い所。輝術は幼い頃から(今も十分に幼いのだが)練習していただけに、そこそこ扱いには自信があるので、ならばいっそ俺流のスタイル、というのを確立してみたくなったのだ。

 

「……特定の原素(エレス)の放出。どの原素(エレス)がどの原素(エレス)に強い、みたいな事は無いと思ったが……性質はやはり違うか」

 

 そのスタイルというのは、弓。それも複合弓(コンポジットボウ)と呼ばれる、非常に威力の高い弓である。

 無論ウィンドル兵に弓使いはいるし、ストラタの砂漠を彷徨っているハンターにボウガン使いは存在するので、少数とはいえ弓を使うものがいないわけではない。

 

 だが、輝術……攻撃術を飛ばす弓兵は、俺の知る限り未来の弟である彼しかいないはずだ。

 それに彼も秘奥義の中でそれを使っているに過ぎず、常に使う者は見た事が無い。

 

 あの不思議双両刃剣が創造出来るのであれば、その中間地点にあるだろう弓は存外簡単に造れるんじゃないか、というのが発想の源でもある。

 

「スピーディにダメージを与えられるのは、やはり風の原素(エレス)か。ウィンドニードルやエアプレッシャーの有用性は計り知れんな……」

 

 なお、弓使いが少ないのは(ひとえ)に銃器が発達しているからだと思われる。

 ウィンドルはあまり流通していないようだが、ストラタとフェンデルではバリバリに使われている銃器。確実に矢よりも速く、遠くまで飛ぶ攻撃手段があるのだから、色々と計算が必要で威力の弱い弓を使おう、なんて輩は少ないのだろう。

 

「汎用性の面においては水の原素(エレス)が光るな……。水、氷と使い分けができれば、様々な面での戦法が確立できそうだ」

 

 出来る事なら弓はいくつものパーツで構成したい。分解、もしくは折り畳みが可能なら尚良しだ。

 子供の身体で複合弓を持つのなら、背負うくらいしか術は無いだろう。

 であるならば、折り畳めた方がいい。

 成長に合わせて弓の大きさを変える、なんて事は流石に期待し過ぎだろうから、始めから大きな弓を造り、俺が出来るだけ早く成長する……これが理想だな。

 

「広範囲、そして大破壊はやはり火の原素(エレス)か。貫通力も期待できる……だが、少々扱いは難しいようだな。まぁ、簡単ならフェンデルはもう少し発展しているだろう」

 

 ちなみにだが、攻撃術の中には威圧術という特殊な分類の術が存在する。

 放出する原素(エレス)に威圧の心を込める事で、対人戦において無類の強さを発揮する術だ。

 他者を威圧する心が必要で、それには相応の自信が必要である。使用するのであれば、軍上層部に所属する軍人や国王といったレベルの存在でなければいけないだろう。

 

「……原素(エレス)の複合も考えなければな。単一の性質ばかりに(かま)けていては、足元を掬われるだろう。

 問題は暴星対策か……。光子が無い以上、身を護る術を身に着けておかないといけないな」

 

 術はこんな所か。

 とりあえず完成形は見えてきた。次に必要なのは、装備……そして宝石だな。

 どれほど強い術技を覚えていても、チェインキャパが低ければ意味が無い。

 チェインキャパ……CCと呼ばれているそれは、その名の通り連携の許容、要するにどれだけ呼吸が持つか、という概念を明言化したものである。

 

 術技の連携を行う際、どれほど効率よく呼吸が出来るかは、非常に重要な要素だ。

 呼吸と言っても酸素だけの話ではない。原素(エレス)の呼吸も絡んでくる。

 一つの術技を使うのに一呼吸。次の術技に繋げる際、タイミングによっては無駄な動きが生まれ、必要以上の酸素と原素(エレス)を消費してしまう。反対に極めてキレのいいタイミングで動けば、効率よく酸素と原素(エレス)を活用できる。

 

 これがチェインキャパの概要だ。

 そして世の中に存在する装備や宝石には、これを手助けする恩恵をもたらすものがいくつか見つかっている。

 肺活量、原素(エレス)許容量を底上げしてくれるのだ。

 

 息が切れるまでの時間が長くなれば、そこにたくさんの連携を入れる事が出来る。

 単純な話ではあるが、非常に重要な事だ。何故なら、威力の高い術技ほど一度に使う酸素と原素(エレス)は膨大な物となってくるのだから。

 上限と下限、そのどちらをも増やすことが出来れば、戦闘に置いて非常に心強い助けとなるだろう。

 

「……やはりエクシード、そしてライズ……幸いにして岩石砂漠にエクシードを落とす奴がいたはずだ。大砂漠の北にはライズも……」

 

 早いうちに秘核までは持っておきたい。無論神魔が手に入るならばそれに越したことは無いが、そこまで行けるとは思っていない。

 貰った練磨道具は既に使用している。錬石を錬昌にする事は成功したのだ。かなり時間はかかったが。

 あれをたったの三十分で成し遂げられるマーレンという女性には感服だ。

 

「……性質の開放がどうなっているかわからん現状、デンジャラスさを目指し、武器CC成長の倍率を高めて……」

 

「レイモン君」

 

 ぶつぶつと呟きながら思考に耽っていた所、横合いから声を掛けられた。

 ……俺としたことが。もし彼が暗殺者であったら殺されていたな。

 

「はい」

 

「自身の興味を引く内容に没頭し、時間を忘れるのは僕達研究員の基本だから、それを咎めるつもりはないけれど……そろそろ夜ということでね。宿を取っているんだろう? 研究は一旦ここまでにして、一度帰ったらどうだい?」

 

「……なるほど。そんなに時間が経っていましたか。

 わかりました。今日は一度宿に戻らせていただきます」

 

「それがいい。明日が出立なのは知っているけど、セイブル・イゾレはいつでも君の来訪を歓迎する。また時間があいたら来るといい」

 

「重ね重ね、ありがとうございます。

 ……さらに重ねて、お願いしたい事があるのですが」

 

「うん? 何かな」

 

「そこの棚に無造作に置かれているダマスカス鋼と柔らかい石、火浣布(かかんぷ)を譲ってはいただけないでしょうか」

 

「ふむ? 別に構わないよ。ダマスカス鋼の研究は終わっているし、柔らかい石も特に珍しい発見は無かったからね。火浣布に至ってはフェンデル地方の動物の革なら大体が同じ性質を持っている様だし」

 

「では、いただきます」

 

 早速エレスポットの材料三つを入手だ。 

 なお、千切れたページも材料の一つである。他の用途にも使用するつもりだが。

 

「それでは、ありがとうございました」

 

「うん、気を付けて帰るんだよ」

 

 施設長に頭を下げて、塔を出る。

 成程。

 

 夜の砂漠。それも高所は――。

 

「寒いな……なるほど、冷房だけでなく暖房の必要もあるのか、ここは」

 

「レイモン様。上着をどうぞ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 塔の出口で待っていた部下に上着を貰い、歩きはじめる。

 一定の距離を開けてついてくる部下に少々申し訳ない事をしたなと思いながら、昼間の宿へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイブル・イゾレを出立し、ユ・リベルテへと帰る道中の事だった。

 

「む……」

 

 地鳴り……地響きという方が正しいか。

 亀車に乗っているというのに、その振動は強く大きく感じる。

 地震か?

 

「ロックガガンが移動してるんでさぁ。さ、ガガンの食事に巻き込まれないように行きましょうさね」

 

 相乗りになった研究者が軽い口調で言う。

 かめにんが「わかってるっす!」と元気よく答え、多少トータスの歩行速度が上がったように思える。

 

「……ロックガガン。一度は見てみたいが……」

 

「遠目で見る分には雄大で、自然の凄さって奴を感じますがね。正面に立ったらもう身の竦む思いをしまさぁよ。ああいうのを畏怖っていうんでしょうかねぇ」

 

「会った事があるのか?」

 

「ええ。それも極至近距離で。あの時は死を覚悟しましたねぇ」

 

 ロックガガン。

 甲羅や爪、顔の形状からしてトータスの一種なのだと思われるが、余りにも生体が謎に包まれているため正確な事は一切不明。

 超巨大な、セイブル・イゾレでは大切な存在として扱われてきた非常に強力な生物である。

 

 俺の予想では、この星ことエフィネアが荒野だった時代を脱した直後……つまり千年以上前に生まれたトータスが、何らかの因果……主に溢れかえった原素(エレス)を吸収すると言う形で()()()()()()()()()()古代種なのではないかと思う。

 つまるところ、現在存在するトータスのご先祖様だな。

 

「……地響きが収まったか」

 

「食事場についたんでしょうなぁ。いやはや、我々人間では到底手を出せない存在ですが、それでも食事は必要と。

 ということで、我々も食事と行こうじゃありませんか」

 

 背負っていた袋から保存食を取り出す研究員。

 ビーカンに干し肉……。

 こういってはなんだが、今まで一応上流階級のような立ち位置で、それに伴った食事をしていたがために、ひどく新鮮だ。

 

「レイモン様。毒見いたします」

 

「あ、あぁ……平気だとは思うが、頼む」

 

 どこの誰とも知れない物に差し出された物をはいそうですか、と食べるわけには行かない。一応、オズウェル家唯一の子供だからな。

 問題は無かったようで、俺もそれに手を出す。

 

「……」

 

「保存食はお口にあわねぇですかい?」

 

「……いや、新鮮……というよりは、懐かしいなと思ってな。この塩辛さ……酒が欲しくなる」

 

 そう呟くと、ギョッとした目で見られた。

 なんだ?

 

 あ。

 

「流石に……その歳で酒は止めた方がいいんじゃねえかと思いますが……ああいや、俺達庶民にはわからない世界があるのか……」

 

「レイモン様、至急ワインを取り寄せましょうか?」

 

「い、いや! 良い、違うんだ。あ、しかし、赤ワインは……ゴホン。忘れてくれ」

 

 そうだった。

 俺、七歳児だった……。

 

「ついたっす~、ユ・リベルテっすよー」

 

「お。

 そんじゃ、またご縁がありましたら。これにて失礼しまさぁ」

 

「……くれぐれも、オズウェル家の子供が酒におぼれている、なんて情報を売ろうなどと考えるなよ? お前もまだ死にたくは無かろう?」

 

「げっ、バレてた。

 ……見逃してくれたりはしませんかね?」

 

 まぁ、口調が粗暴過ぎたな。

 コイツは研究員なんかではなく、砂漠を生きる盗賊だ。

 その服は本当の研究員から奪ったものだろうか。

 

「……お前、身寄りはあるのか? 仲間は?」

 

「はい?

 いや、俺ぁ独りでやってますが……」

 

「ふむ。

 俺の部下になる気はないか?」

 

 ヘッドハンティングだ。

 砂漠で独り生きられる盗賊。有能に違いないだろう。

 

「……そんな美味い話、俺が信じるとでも思いまさぁか?」

 

「思う。だから問うた。

 お前は、美味い話は利用し、自身に被害が向きそうになれば即座に逃げる。そう言うタイプだからだ」

 

「へっ。随分と……お坊ちゃまらしくないガキのようで。

 けど、残念。俺は誰かの下につくのが嫌で、独りでいるんでさぁ。というワケで、逃げさせてもらいまさぁ……!?」

 

「残念だったな。俺は欲しいモノを欲しいままにしておけないタチでね。

 ユ・リベルテに亀車が付いた時点で、俺の私兵が出迎えに来る事はわかっていた。後は合図をして、亀車を取り囲むだけだ。何、お前を捕縛するわけじゃあない。指導し、必ず有能な部下に仕立て上げてやる」

 

「それを捕縛っていうんじゃ――」

 

「かめにん、驚かせてすまなかったな。駄賃を三倍払う。それで許してはくれないか」

 

「いえいえ! 亀車を妨害する盗賊を一人更生したんすから、お詫びなんていらないっすよ!」

 

「そうか。

 では、また利用させてもらおう。信用の置ける商人はありがたいからな」

 

「どもっす!」

 

 私兵に囲われ、連れ去られていく盗賊を後目にかめにん(襲われていた奴ではないらしい)と会話をする。

 どうにか識別方法はないものか。

 

「それじゃ、またのご利用お待ちしてるっす~!」

 

 ブンブンと手を振るかめにんを後にして、帰路に就く。

 イマスタもそうだが、やはり無邪気な存在はいいな……。無論かめにんは商売人なので商売の事となれば気は抜けないのだが、こういうカラっとした関係は好みであるのだ。

 

 商業区を抜け、オズウェル邸へ辿り着く。

 

 ガリードは帰ってきた俺を見ても、何も言わなかった。

 当たり前だ。今回セイブル・イゾレに行きたいと言ったのは他ならぬ俺であり、顔合わせという用事はあくまでついでで、戦闘スタイルの確立のための知識収集は初めて俺がガリードに対して言った「わがまま」なのだから。

 「わがまま」を言わない子供を好むだろうガリードが、俺に対して抱く想いなど煩わしさしかないだろう。

 

 一応俺はただ今戻りました、とだけ言って自室へ。

 

 メガネを外し、着替えを畳み、そしてベッドへ倒れ込んだ。

 

「……冷房ってやっぱサイコーだな……」

 

 いやはや。

 亀車、暑いよ。

 

 

 




結局原素撃つならコンポジットボウである必要なくね? と思われた方。
……まぁその通りなんですけどね。

2018/6/23 諸々修正


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4.出会い

オリキャラ注意。


 

 八歳になった。

 

 ダヴィド大統領と所長、俺と俺の部下で秘密裡におこなっている水道工事もようやく三割進んだ、と言った所で、大蒼海石(デュープルマル)から搾り取る水の原素(エレス)の削減に遅々とではあるが近づいている。

 といってもこの三割は土地面積的な意味での三割だ。

 住民に悟らせないように内面を削るのは中々難しい作業で、特に居住区では一層の慎重な作業が求められるだろう。

 

 だから、作業の全体で見ればまだ一割にもいっていない。

 残り十七年。いっそのこと盛大に使ってしまえばいい、などと囁く悪魔もいないわけではないのだが、やはり俺の愛した大煇石。出来るだけ元気でいて欲しいと思う。

 

 ユ・リベルテの事はこのくらいでいいだろう。

 

 俺が今執心しているのは、何を隠そうエレスポットである。

 素材集めは着々と進行しており、何度かセイブル・イゾレに行ってはイマスタと共に議論を行う日々。何の議論かと言えば、「エレスポットはどのようにしてこれを可能としているか」についてだ。

 俺は然ることながら、イマスタも既にエレスポットは実現可能なものとしてとらえている。

 故に、この設計図をくれた旅人が何者であるのか。これはどういう経緯から出来た設計図なのか、熱く熱く語っているのだ。

 

 なお、イマスタの母親は俺が説得した。

 何、娘が金持ちの子供と仲良くなり、想像の話をしているだけでお金を貰えると言うのなら、喰いつくのも当たり前だろう。

 とはいえイマスタの母親は子供思いで、娘を騙すつもりならたとえ大統領の子であっても容赦しないときつく念を押された。

 無論だと答えたが、正直羨ましいと思いながらの返答だった。

 オズウェル家は非常に複雑な家庭故、俺はあまり母の温もりに触れずに育ってきたのだ。

 

 もっとも、精神年齢が自身より下の母親に温もりを求めるほど俺は人恋しくない。

 特に問題はなかった。

 

 で、現在。

 

「凍牙!」

 

 弓から放たれた水の原素(エレス)。それは射出時の流水であった頃の勢いを保ったままに凍りつき、速度とでこぼこした長球形を保ってグラニットータスに直撃する。

 が、流石にトータス系らしくその体表は硬い。鈍重故に危険はないものの、今の俺の火力ではなかなか難しそうだ。

 

「手を貸すか?」

 

「結構だ!」

 

 今度は原素(エレス)のみではなく、しっかりと矢も番える。

 狙いを定める必要はない。この距離と相手の図体の大きさがあれば、適当に射ても当たる。

 だから、集中すべきは原素(エレス)の扱いの方だ。

 水の原素(エレス)の拡散し波打つ特性をしっかりと引き出し――接敵する!

 

「扇氷閃!」

 

 ほぼ零距離から放たれた矢は斜め上に向かって五つに拡散する。

 そこにあるのはもちろんグラニットータスの図体だ。俺の身体の小ささも相俟って、五本の矢は余すことなくグラニットータスの身体を刺し貫く。

 

「ハッ……くそ、息が持たないか……!」

 

 そのまま続けざまに威力の高い術技を使おうとしたのだが、子供の身ではCCが足りない。

 仕方がないので、踏みつぶされる前に離脱する。

 

「絶望的なまでにCC不足だな……体感でしかないが、下限6の上限10と言った所か……」

 

「諦めるか?」

 

「ハ、そんなわけがないだろう。大人しくそこでみていろ!」

 

 次も矢を番える。

 矢を番えず、原素(エレス)だけで行う射撃は無限に行えるが、威力に難がある。矢を番えて行う射撃は、矢の数は有限だが、高威力を叩き出せる。前者がアーツで後者がバーストだな。

 

「ふぅ……」

 

 CCが足りず、連携が行えないというのなら。

 一度の消費で済む高威力の射撃で以て、これを補えばいい。

 

「……三叉槍(さんさそう)!」

 

 右足を前に、左足を下り、ほぼしゃがんだ様な体勢で行う射撃。

 風と火の原素(エレス)を纏って放たれた矢は、風の原素(エレス)によって地面スレスレを這うようにして進みながら、三つに分かれる。

 矢は地を這うごとに威力を増し、砂や石を巻き込みながら曲線を描いてグラニットータスに向かう。

 

 そしてグラニットータスに接敵した瞬間、噴火を思わせる勢いで火の原素(エレス)がその身体を貫いた。

 

 倒れるグラニットータス。

 

「……まだまだ改善の余地があるな」

 

「ま、八歳でこれなら大したモンだよ。ストラタ兵としてみりゃ落第も良い所だがな」

 

 先程から茶々を入れて来ていた男――現ストラタ軍少佐を務めるこの男は、なんと休暇中たまたま通りかかっただけの、本当になんでもない縁の存在だ。

 もっとも、二人して砂嵐に遭遇し、遭難しているという点をみれば、既に何でもない間柄とはいえなくなっているのかもしれないが。

 

「喉は渇いてねぇか?」

 

「大丈夫だ。無理をするつもりはないが、砂漠で必要以上の水分は発汗を促す。衣服が濡れるのは避けたいからな」

 

「ハハ、しっかりしてやがる」

 

 ストラタ砂漠は広大だ。

 俺の部下が必死に探してくれているとは思うが、見つかるまでにそれなりの時間がかかると思われる。

 その間生き抜かなくてはならない。

 

「しかし、グラニットータスがいるってこたぁ……」

 

「ここはストラタ大砂漠の東側。西へ行けばユ・リベルテに、東へ行けばセイブル・イゾレに着ける……と考えるのは些か浅はかだろうな」

 

「まぁ、ここが砂漠じゃなけりゃそれでいいんだがな」

 

 ストラタ大砂漠全体から見れば、ユ・リベルテもセイブル・イゾレも小さな一角でしかない。

 東西へ向かった所で、砂山や海に突き当たってしまえば通り過ぎているし、かといって頃合いを見て南北へ進めばさらに遭難する事だろう。

 こういう場合は動かないのが一番であるのだが、水分や食料、何より夜の寒さをしのげる場所が必要な以上、動かなければ死んでしまう。

 

 現在俺がこうして戦っているのは、いざという時……強敵が現れた時などに、この男に万全の状態でいてもらうためだ。

 俺などよりも遥かに強いだろうこの男を温存して於けば、例え俺が倒れたとしても背負って行ってもらえるだろうしな。

 

「っ……地鳴り……ロックガガンが近くにいるのか!」

 

「不味いな、食事に巻き込まれるのもそうだが、移動に巻き込まれても終わりだぞ。亀車ならそういったものを感知して離れられるはずだが、俺達にはどうしようもない」

 

「……ロックガガンは植物、サボテンが主食だったはずだ。出来るだけサボテンから離れるぞ」

 

「へぇ、あんなナリしてサボテン食って生きてんのか。お前、良く知ってたな」

 

 ロックガガンの生体は謎に包まれている。

 セイブル・イゾレでも日夜研究がおこなわれているのだ。ユ・リベルテの住民が彼の存在について全く知らないのも無理はない。

 

「サボテンを食べる際に、大量の砂と一緒に魔物や旅人を飲み込んでしまうんだ。

 奴にとって特に害のあるものではないからな。どうする、ロックガガンの体内なら冷え込みを防げるぞ」

 

「冗談が上手いな、最近の子供ってのは。

 そういう冗談はユ・リベルテに無事帰ってから聞かせてくれ。飽きるほどにな」

 

「ああ。だが、幸運かもしれない。

 ロックガガンの食事場はある程度決まっている。奴が現れた場所から現在地を割り出せるかもしれん」

 

「かもしれない、か。

 まぁ、それくらいしか手がかりがねぇんならしょうがねえ。ここがその食事場じゃねえことを祈りつつ、周囲を警戒しておくか」

 

 軽い言葉を吐きながら、真剣に周囲を探る男。

 地響きは遠くなっていっている。だから、どこに這い出てくるかを見逃さないようにしているのだ。

 身長的に、俺では砂丘に阻まれてしまうからな。

 

「……あれか? 北……10時の方向に、茶色の奴がいるぜ。距離は……あぁ、巨大すぎて遠近感がわからねぇが、30はあるな」

 

「10時。とすると……」

 

 足元の砂漠に魔物の爪で簡易的な地図を描く。

 ストラタ大砂漠の大まかな形、ユ・リベルテ、セイブル・イゾレの位置。現在自分たちがいるであろう区域と、ロックガガンの現れた場所。距離。

 とすると……。

 

「1時の方角に向かって直進だ。日が落ちない内に突っ切れば、セイブル・イゾレに辿り着けるだろう」

 

「おう、じゃあ行くか」

 

 そこまで距離が離れていなくてよかった。

 俺達は魔物を無視して、全速で砂漠を駆ける。

 

 砂丘が、砂が俺達を妨害する。

 だが――。

 

「見えた! セイブル・イゾレの研究塔だ!」

 

 俺の身長でも見える、あの塔。

 今一層の力を脚に入れ、

 

「小僧、下がれ!!」

 

 短い付き合いとはいえ聞いた事の無い程に切迫した声の男に首根を掴まれ、引き戻された。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――!

 大量の砂と風を纏うそれは、俺と男を軽々と吹き飛ばした。

 

「くそッ、今のがロックガガンか!」

 

「風の攻撃術でクッションを造れないのか!」

 

「無理だ! この暴風の中じゃ原素(エレス)を操るどころじゃない!」

 

 男が輝術を使えるというのでそれに頼ったのだが、ダメだった。

 仕方がない。

 何故できるか、何故再現できたのかわからなかったから、怖くて封印していたあの術技を使うしかないか!

 

「おい、俺の腰に掴まれ! 飛ぶぞ!」

 

「はぁ!? 気でも触れたか、既に飛んでんだろ!」

 

「冗談言ってる暇があるなら早くしろ!」

 

 首根を掴んでいた男が空中で身を捻り、俺の腰をがっちりとホールドする。

 砂嵐、否、大竜巻が吹き荒れる中で、弓を構えた。

 

「どこかに……魔物は……いた、マンドラタント!」

 

 この最悪の視界で見つけられた事は幸運と言うほかないだろう。

 

 自身の内に水の原素(エレス)を集中させ、それを火の原素(エレス)で昇華させるイメージを造り出す。

 

「成功しろよ……陽炎!」

 

 俺と男の姿は、砂塵の中から一瞬にして掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイブル・イゾレの宿屋。その一室。

 

「互いの無事と、万物(なに)よりも美味え水に在り付けた事を祝って――」

 

「「乾杯!」」

 

 カチン、と、涼しい音が鳴り響いた。

 

 ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干すのは、酒や果実水ではなく、ただの水。

 冷えてすらいない、本当にただの水を、しかし二人は最高の飲み物だと言わんばかりの顔で飲み干す。

 

「っ……っかぁ~! 生き返るってな、こういう事を言うんだろうな!」

 

「文字通りな。

 本当に、どちらかが死ぬという事がなくてよかった」

 

「ロックガガンの移動に巻き込まれた時は流石に覚悟したけどな! ハッハッハ!」

 

 全く以て笑い事ではないが、まぁ俺も笑っておく。

 狸共とも、イマスタとも違う、突き抜けるような快活さは、傍にいて楽しくなるものだ。

 未来の弟君も似たような性質の女性に惚れている事だし、これはオズウェル家の宿命なのかもしれんな。

 

「改めて、礼を言っておこう。あの時助けてくれて本当にありがとう。アンタがいなければ、俺はロックガガンに踏みつぶされていたか撥ねられていたか、どちらにしろ死んでいた事だろう。

 本当に感謝している」

 

「お互い様だろ。お前がいなければ今頃俺は自分の現在地も分からずに砂漠を彷徨っていただろうし、あの砂嵐の中で助かったのはお前のおかげだ。俺からも礼を言うぜ」

 

 お相子だと、男は言う。

 男。そういえば、名前を聞いていなかったし、言っていなかったな。

 

「俺の名はレイモン。レイモン・オズウェルという。出来るのなら、アンタの名前を聞かせて欲しい」

 

「オズウェル……? へぇ、お前が例の神童だったのか。通りで。

 俺はモーリスって名前だ。さっきも言ったが、軍で少佐の地位を預かってる」

 

 神童。

 そんな風に呼ばれているのは知らなかった。

 ガリードは絶対そんな事言わないだろうし、所長も同じ。

 とすると……情報源は大統領か?

 

「オズウェル家とは関係なく、モーリス、お前とは個人的に仲良くしたいと思っているぞ」

 

「おいおい、軍人に私情を挟めってか?」

 

「そうは言わんさ。単純に、飲み仲間になって欲しいって事だよ」

 

「……お前、いくつだよ」

 

 あっ。

 

「……成人したら、に決まってるだろ? 俺が今八歳。俺が成人する頃には、お前もいい年だ。引退しているやもしれないし、大出世しているやもしれん。少なくとも少佐じゃあないだろう。

 なら、一緒に飲む時間も増えるというものだ」

 

「ふむ。

 ま、そう言う事なら大歓迎だぜ。お前といればいい酒も飲めそうだしな」

 

「ほう、オズウェル家の神童を財布扱いか。

 本当に出世しそうだな、お前」

 

「ハッハッハ、お前が成人する頃には幸せな家庭を築いてとことん悔しがらせてやるよ」

 

 そうか、それは楽しみだ。

 

 俺達はもう一度笑い合って、グラスを鳴らすのだった。

 




皆さんお気づきかと思われますが、グレイセス世界(というかエフィネアとフォドラ)は
超 絶 広 い です。
ラントの裏山から見える海。あれ、位置的にバロニア左上(フェンデルとウィンドルが挟んでいる)湾なのですが、羅針帯と水平線しか見えません。
また、シャトル発射時のムービーでも周囲に大陸は見えませんでした。
あの速さで射出されるシャトル(地球を抜け出すのに必要なロケットの速度が4万km/h弱。性能はもう少し良い物と思われる)の滑走路なので、最低でも555kmくらいはあると思います。(東京から兵庫県の真ん中くらいまでの距離)。

ちなみに、フォドラからエフィネアへ帰ってくるまでの時間は凡そ16秒。
5万km/hくらいは出ていると考えて、(ただムービー視る限り加速度は余り無い感じ)エフィネア・フォドラ間の距離は222km(月と地球の距離が約38万km)。
フォドラのシャトル発射口から見えるエフィネアの見かけの大きさは、丁度地球から見て海王星が月の位置にあった場合とおなじくらい。(地球の半径6,371km、海王星の半径24,622lm)だというのにフォドラはエフィネアの何倍もの大きさを誇っている。
=エフィネアはフォドラにかなり近い位置にあるという結論になるので、222kmも信憑性あがるかな?
加速度は全く考えてません。だからもう少し遠いかも。

ゲームではデフォルメされていましたが、原作では物凄い距離を移動していたようですね。シャトルのマップ画面は流石にデフォルメし過ぎて時空が歪んでいましたが。


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5.ぎねん

オリキャラ注意(キャラ自体は存在するが名前がオリジナル)


 

 九歳になった。

 モーリスの奴が昇級したという、一応それなりに祝った出来事もあったが、それは置いておこう。

 

 そんな事より大事な出来事があったのだ。

 即ち。

 

「……完成、だな」

 

「うん。……やったね」

 

 エレスポットの完成である。

 素材が素材なだけに、未だ量産とはいかないまでも、一個目はしっかりと完成にこぎつける事が出来た。

 仕組みとしては、世界に存在する原素(エレス)を吸収し、指定されたアイテムの形へ固めるという単純なもの。恐らくはアンマルチア族……というよりフォドラの民が行っていた輝石(クリアス)造りの技術を使ったものなのだろう。

 エレスポットを持って各地を歩く事で、エレスポットの中にゆっくりと原素(エレス)が溜まって行く。亀車などの乗り物では原素(エレス)が遮られてしまうため、あくまで徒歩、もしくは走行が肝になる。

 レアなアイテムであればある程、必要な原素(エレス)の量は多くなり、さらに形成も難しくなる。逆に必要原素(エレス)が少ないアイテムはかなりの頻度で量産可能なようだ。

 この時、必要原素(エレス)とエレスエナジーは違うものとしてとらえて欲しい。

 エレスエナジーはエレスポットを稼働させるに必要な原素(エレス)を指し、必要原素(エレス)はアイテムの形成に必要な原素(エレス)を指す。

エレスエナジーの原素(エレス)はどんな原素(エレス)でもいいため即座にチャージが可能だが、必要原素(エレス)の方は厳選の必要があるために移動が必要というわけだ。

 

「イマスタ。契約通り、これは俺の方が販売する、という事でいいんだな?」

 

「うん。私がやったのは、設計図の保管と仕上げだけ……。それに、私が売ってるってバレたら、危ない。でしょ?」

 

「……そうだな。だが、利益の六割はそちらに回す。それも契約だからな。

 どうする、イマスタ。ユ・リベルテに来ても良いんだぞ」

 

「ん。でも、セイブル・イゾレにいないと研究が続けられない」

 

「エレスポットの完成では満足できないのか?」

 

「ふふん。レイモン、研究にゴールはないんだよ……!」

 

 ドヤ顔で胸を張られた。

 お? なんか悔しいぞ。一応研究者の端くれとしてのプライドがあったのかな、俺にも。

 

「……そうか。そうだな。ゴールはないよな」

 

「うん。それに……エレスポットを、もっと少ない材料で量産できるようにならないと……便利、って言えない」

 

「あぁ、それは俺も思っていた。ストラタだけじゃない。ウィンドル、フェンデルの国民全員にエレスポットが行きわたる様になれば……少なくとも、飢餓で死ぬ奴の数は減らせるはずだ」

 

 もっとも、伴って人口も増えるだろうから、いなくなる事だけはないだろうが。

 それは、口にしない。

 

「レイモン、絶対広めてね?」

 

「安心しろ。既にストラタ軍との伝手は得ている。それも、信用できる奴をな」

 

「流石」

 

 つくづく良縁に恵まれている。

 家族以外な! あ、未来の弟君は別だぞ。

 

「それじゃあイマスタ。改めて」

 

「うん。エレスポットの完成を祝って……」

 

「「乾杯!」」

 

 勿論、果実水である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歩いてるとアイテムが出てくる不思議な壺、ねぇ……。

 出会った時から思ってたけど、お前俺の事馬鹿にしてねぇ?」

 

「馬鹿にしているわけがないだろう。ストラタ共和国第一情報統括部国防対策本部中佐殿」

 

「馬鹿にしてるよなぁ」

 

 早速、モーリスにプレゼントである。

 昇任祝い兼テスターと言った所か。

 

「ま、他ならんレイモンの言葉だ。信じてやるよ」

 

「助かる。各地のかめにんに言えば、エレスエナジーをチャージしてくれるよう話は通してあるから、活用してくれ。あぁ、ガルドは必要だぞ」

 

「金取んのかよ。

 あぁ、まぁいい。ちょっとは給料も増えたからなぁ」

 

 現状唯一の完成品をモーリスに渡したのは、偏に信頼からである。

 その人となりはこの一年で良く理解している。また、中佐という雑……フットワークの軽い地位の彼は、よく遠征に出て行く事が多い。移動距離も多いはずだ。

 

「で?」

 

「で、とは」

 

「とぼけんなよ。天下の神童レイモン・オズウェルサマが、これ一つを渡すためだけに軍の駐屯地くんだりまで来ないだろ。

 なんかあったんだろ? 良いから話せよ」

 

「ふん。それを渡すのはそれなりの一大イベントなんだがな。

 まぁ、正解だ。

 モーリス、お前の伝手を頼りたい」

 

「伝手だぁ? ……いいか、軍人に私情は」

 

「大統領からの許可証も出ている。政治に私情を挟まない大統領からのな」

 

 ピラ、とその紙を見せれば、黙り込むモーリス。

 ちなみに私情成分マシマシである。勿論政治的な観点も考慮されての事なので、私情だけで許可証を出したわけではない。そこまで大統領は甘くない。

 

「……武器開発部か。わーった。わーったよ。どうせお前が前に言ってた弓だろ?

 お前の価値が高いとかなんかで、自衛用の武器を造らせる……どうせそんなとこだろ」

 

「ほう、素晴らしいなモーリス。正解だ。

 ついでに言うと、大輝石研究のためにウィンドルに出向く事になった故に、万が一を考えて、という修飾が頭につく。表向きは観光だがな」

 

 そう、此度俺はウィンドルへ出向く次第となった。

 国民の何割かが、口には出さないものの狙っている……ウィンドルという資源溢れる国へ。

 表向きは観光、裏向きは大輝石の研究、渦巻く陰謀は情報収集で、俺の思惑は全く別のところ。

 

 嫌になる程様々な思いが絡み付いた小旅行である。

 

「……そうか。じゃあ、適当な武器じゃダメだな」

 

「なんだ、心配してくれているのか? 安心しろ、護衛は付く」

 

「当たり前だ、バカ。

どこに九歳の子供を一人で旅に出す奴が……あー、まぁ、あのガリード・オズウェルならやりかねねぇが……」

 

「ガリードをよく理解しているようで何よりだ。とはいえ、今回の遠征を決めたのは大統領だからな。ガリードも多少は噛んでいるだろうが、薄いだろう」

 

 ガリードが自身の持ち物をたやすく手放すはずがないのだ。

 交流があるとはいえ、それも細い。他国に可能性を送り出すなどしたくはなかっただろう。

 それでも許可を出したのは、メリットの大きさを考えて、か。

 

「とにかく、わかった。

 腕のいい奴を紹介するさ」

 

「頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十歳になった。

 武器開発に一年かかったのだ。折り畳み式の複合弓程度に何を、と思うかもしれないが、新しい武器を創ると言うのは中々に時間のかかる物で、なんであればかなり早い方だと言えるだろう。

 

 そして今日、俺はウィンドルに旅立つ。

 期間は二か月。二カ月の間に大煇石・大翠緑石(グローアンディ)大蒼海石(デュープルマル)の違い、国政情勢、正確な地図などを覚えなければいけない。

 

 もっとも、後ろ二つはそこまで気にしなくても良い事だ。ウィンドル所かエフィネア全土の地図が頭に入っている。シャトル様様だな。

 まぁ、()()()()()()()()に関してはその限りではないので、その辺は留意する必要があるだろう。

 

 他国での動作を確認するために、エレスポット第二号も持ってきた。

 一応お忍び、的な旅行なので見送りは無い。護衛はついているが、接触する事も無い。

 

「キミ、一人? ママとはぐれちゃったの?」

 

 さぁ船に乗ろう、という所で声を掛けられた。

 まぁ確かに十の子供が一人で、というのは珍しいかもしれないが、後一年もすれば彼らと同い年だ。声を掛けてきたのには何か裏がある、と見た方がいい。

 振り向くと、ストラタ人女性の基本例、みたいな恰好をした女性が俺を見下ろしていた。

 

「いえ、私は最初から一人ですよ。

 大人に無理を言って、一人で観光に行くんです」

 

 にっこりと笑う。

 外交スマーイル。

 

「へぇ、偉いのね!

 ねね、これも何かの縁だと思うし……バロニアまでの船旅、一緒に行かない?」

 

「お姉さんが良ければ」

 

「ええ、大歓迎よ!」

 

 怪しい。

 これも何かの縁、なんて言葉も怪しいし、一緒に行こうとするのも怪しい。

 護衛にだけわかる合図で、警戒を強めるようにサインする。

 

「私はイライザっていうの。名前、教えてくれる?」

 

「私はライモンと言います。イライザお姉さん、短い間ですが、よろしくお願いしますね」

 

 フ、レイモン少年は弱冠十歳にして甘いマスクを身に着けているのだ……!

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、観光と研究……本当にすごいのね、ライモン君」

 

「研究と言っても植物のスケッチをするだけですけどね」

 

「ううん、十分凄いよ! 私なんて、もう二十過ぎるのに……独り身でフラフラしてるし」

 

 それを子供に言ってどうするんだ。

 ますます怪しい。まさかハニートラップか? 十歳に?

 必要以上に褒めてくるのも、おだてているようにしか見えん。

 

「ところで、背負ってるそれって……弓、だよね? ストラタではあんまり見ないけど……」

 

「ええ、お気に入りでして。

 叶う事なら、ウィンドル軍のアーチャーにご指導願いたいくらいですが、流石にそれは厳しいですよね」

 

「そうかなぁ、頼めばパパっと教えてくれるんじゃない?」

 

 白々しい。

 そんなわけがない事なんて、民間人でもわかるわ。

 

 怪し過ぎて逆に怪しくなくなってきたぞ。まさかそれが狙いか。

 

「イライザお姉さん。今日はお互い疲れている事ですし、そろそろ休みませんか?」

 

「あれ、良く私が疲れてるってわかったね。ふぁふ……ん、眠いし……。

 あ、ママが恋しかったら、お姉さんのベッドで一緒に寝てもいいのよ?」

 

「ハハハ、遠慮しておきますよ。眠れなくなってしまいそうですし」

 

「えっ……」

 

「私は人が隣にいるとなかなか寝付けないんです。申し訳ありません」

 

「あ、そ、そうよね。うん、わかった。なら仕方ないわ」

 

 ……?

 ハニートラップじゃないのか。

 

「それじゃ、おやすみなさい。良い夢を、ライモン」

 

「ええ、イライザお姉さんも」

 

 さて、どんなアクションを起こしてくるか……。

 

 

 

 

 

 

 

 起こしてこなかった。

 警戒損である。結局眠れなかった。

 

「ふぁぁ……あ、おはよーライモン君」

 

「ええ、おはようございます」

 

 対し、イライザはぐっすり眠ったらしい。部下の調べで、彼女はユ・リベルテ出身である事、独身である事くらいはわかっている。船旅故に集められる情報が少ないのだ。身分証明書なんかがあるわけでもないからな。

 ちなみに昨日部下と議論した結果、怪しいだけの一般人説が有力である。

 その場合俺は、適当なウィンドルの魔物に寝不足のストレスをぶつける事となるだろう。

 

「お昼にはライオットピークに着くと思うけど……ライモン君、闘技場に挑戦したりする?」

 

「……あぁ、そういえばそんなものもありましたね」

 

 全く眼中になかった。

 そうか、ライオットピークか。

 確か、船がライオットピークに寄港してからラント行が出港するまで三時間くらいはあるんだったな。

 

「ふむ。

 非常に興味はそそられますが、やめておきますよ。私はまだ弓兵と名乗れるほどの技量は身に着けておりませんので」

 

「まぁ、本物の魔物を使うらしいし、危ないよね」

 

 俺の戦闘力を見ておきたい、という話題提起かと思ったが、そうでもないのか。

 本当になんなんだ……?

 

 ……賭けてみるか。

 

「イライザお姉さん。

 ――オズウェルという名前に、聞き覚えは?」

 

「え? オズウェルさん?

 区は違うけど、知ってるよー。広場の北の方におっきな家持ってる人でしょ?」

 

「……そうですか。ありがとうございます」

 

 知らないフリをするわけでも、詳しく知っているわけでもないか。ウチは広場の東だし。

 ……狸に囲まれ過ぎて、変な先入観が出来ていたか?

 

「ふぅ。

 ……全く、天然には敵いませんね……」

 

「あ、今馬鹿にされた気がする!」

 

「なんでそう言う所だけは鋭いんですか……」

 

 メガネを中指で戻しながら、ため息を吐く。

 ……未来の弟君はこういう女性を……うむ。

 

 頑張れ! レイモン兄さんは応援しているぞ!

 

 




外交用口調のレイモンはちょっとイケメンムーブです。


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6.みれん

※かなりご都合主義な部分があります。ご注意ください。



 ウィンドル国・バロニアに着いた。

 イライザとは早々に別れ、宿屋へ。イライザはそのままグレルサイドまで歩いていくらしい。正直、多少なりとも情が湧いているだけに心配だ。

 だが部下を護衛に就かせる、なんて事が出来るわけもない。

 ちなみに俺に付いている護衛と部下は別々で、護衛はストラタ軍兵、部下は私兵である。

 

「……ふむ」

 

 しかし、気になる事は気になる。

 どうせ二ヶ月も滞在するのだ。その内の始まりの数日くらい、他者との良縁を守ったってバチは当たらないんじゃないか?

 

 それに……。

 

「……ウォールブリッジ。今なら入れるはずだしな……ということは」

 

 上手く行けば、アンマルチア族の遺跡……ウォールブリッジ地下遺跡へ入れるかもしれない。

 となれば……行くしかないよな!

 

「レイモン様、大翠緑石(グローアンディ)周辺から人影が無くなり……レイモン様? 何故旅支度を……」

 

「バロニアを出るからだ。ウォールブリッジを通ってグレルサイドへ向かう。護衛の奴らを撒きたい。二時間ほどで良い。協力しろ」

 

「……また”研究”ですか?」

 

「ほう、言うようになったな。

 そうだ。研究だ。文句は無いだろう? それと、この国ではライモンと呼べ」

 

 俺の私兵は、俺が度々”研究”と称してストラタ砂漠各地に点在する遺跡の調査をしている事を知っている。かめにんに調べてもらっている奴だ。

 例の熱線装置がある遺跡はオル・レイユの東側だが、レベル帯を考えても今の俺では無理がある。それはもう少し大人になってからだな。そもそも開くかどうかわからんし。

 だが、ストラタに或る遺跡はそれらだけではないのだ。

 各地にある石柱群。トラップの様にせり上がる赤壁、明らかに人の手が加えられた岩石。

 それらは全て、アンマルチア族の痕跡……もしくは、遥か過去にこの地にあっただろう王国の名残だと考えている。

 

 それを調べるのは、いわば趣味だ。趣味100%だ。

 それでも部下たちが黙認してくれているのは、余程俺が楽しそうだから、らしい。聞いた話だから確実ではないが。

 

「わかりました。撒くのは……ウォールブリッジに着いてから、でよろしいでしょうか?」

 

「素晴らしい。俺の考えを先読みできるなら、お前はいずれ俺の影武者を任せられそうだな」

 

「謹んで遠慮させていただきます」

 

 ……前は無言で付き従うだけだったこいつらが、こうやって冗談交じりにも口を出してくるようになったのは、まぁ嬉しい事だ。

 そしてそういう奴らには、俺は羽振りを惜しまない。

 既に研究員として給料も得ている。そろそろオズウェル家からの給金を、俺からのものに切り替えても良いかもしれないな。

 

「それでは、頼んだぞ。

 あぁ、楽しみで仕方がない」

 

 ……あ、イライザの事は忘れてないぞ。

 そう、そっちが主目的だからな!

 

 

 

 

 

 

 

 道中の敵は問題なかった。

 ウィンドルが温暖な気候であるためか、ストラタよりも外皮の柔らかい生物ばかりなのだ。その分素早かったり毒をもっていたりしたが、遠距離で仕留める俺には関係の無い事。

 

 そうして辿り着いたウォールブリッジ。

 一応道中でイライザの事を聞いたのだが、収穫は無し。なんだ、追い越してしまったか?

 

「少年、一人か?」

 

 ウォールブリッジの前に立つウィンドル兵が尋ねてきた。職業熱心大いに結構。だが今は誤魔化されてくれ、頼むぞ。

 

「はい。ウィンドルの観光をしているんです」

 

「……見た所十を数える程だと思うが、保護者はいないのか?」

 

「一人で行くのに意味があるんです。親がいると、それに頼ってしまいますから」

 

 心の中のモーリスが、「お前が親に……頼る??」という、なんともふざけた顔をしていたので弓で射ておいた。

 ちなみに隣には所長もいたので纏めて覇道滅封だ。出来ないけど。

 

「へぇ、偉いんだな。

 おっと、後ろが詰まってるな。少年、観光は構わない。が、一応言っておく。

 ヘンな場所には入るなよ? それと、トイレは今見えている一番奥、右側の基部を曲がってさらに右だ」

 

「ありがとうございます。割と我慢してました」

 

「ハハ! それじゃ、達者でな! 君は外国人だが、剣と風の導きがある事を願っているよ!」

 

 ……いや、いや。

 いやはや……。なんだろう、国土とか大煇石って、性格にも影響するのかな。

 

 イマスタやモーリスは砂みたいにカラッとした性格。ガリードや所長、施設長や宿屋は水と砂を合わせたドロっとした性格。イライザはサラサラ人の心に入ってくる水みたいな性格だった。

 そして今のウィンドル兵は、風の様に爽やかな性格だ。

 そういえば彼らと敵対するセルディク公も、毒仕込みなんかは確かに粘質だけど、有り方は竜巻のようだったな、と思う。

 

「……とすると、俺は……」

 

 ……まぁ、俺の性格はストラタに育てられたものじゃないしな。

 強いて言えば、コンクリートのような、ひどく脆いものなのだろう。

 

 そんなことより。

 

「右手、ね。 

 いやぁ、ラッキー」

 

 右手といえば、地下遺跡へのワープがある方じゃないか。

 トイレなんか嘘だ……が、一応行っておこう。タイムリミットは二時間。

 めいっぱい楽しむためにな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……慣れない感覚……だ……ぉぉぉおお……」

 

 初めてのワープに若干酔いを覚えていた俺だったが、視界に入ってきた光景にその全てが吹き飛んで行った。

 薄い、靄のような緑。浮遊する石柱群。

まるで鼓動を繰り返すかのように明滅を続ける床。

 

 間違いない。

 アンマルチア族特有の、いや、フォドラの民特有の色彩。

 

「……やべぇ、興奮する」

 

 取り繕う意味も無い。

 

 外とは空気中の原素(エレス)含有量も違うらしい。明らかに風の原素(エレス)が多い。どこかで風機遺跡と繋がっているのかもしれないな。

 大翠緑石(グローアンディ)から流れてきた風の原素(エレス)が充満していると考えれば、不思議な事は無い。テロスアステュを浮遊させていたのも原素(エレス)だったはずだし、ここも同じ技術が使われていると考えて良いだろう。

 

「……だが、魔物は湧いている、か。全く、どうしたらこの中で生きていられるんだ」

 

 ……いやでも待てよ?

 此奴ら……古代種である可能性が高くないか? アンマルチア族がこの遺跡を創って、放置してからの云百年か。俺は生物学に関してはてんでさっぱりだが、非常にレアな魔物なんじゃ。

 

 確かここにいるラプトルやリザードは、ケイヴラプトルとリザードという名前で……フォドラにそいつらの原種が、他地域に亜種や変異種がいるんだよな。

 なら、やはりコイツらがエフィネア産における最初の種か。

 どうする? 持ち帰ってみるか? 奴らは大体20lv。足場が狭い以上囲まれたら不味いが、遠くから狙い撃ちをする分には問題ない……と思いたいが。

 

「……いや、遺跡を傷付ける可能性を考慮しろ。……弓は突発事象に弱い。銃とは違うんだ」

 

 特に風の原素(エレス)が充満したここでは、何が起きるかわからない。

 やはりここは、できるだけ戦闘を避ける方向で行くべきだ。

 

「……やっぱコレだよな。風の原素(エレス)は使わないし……陽炎!」

 

 自身に水の原素(エレス)を充満させて、火の原素(エレス)で昇華させるイメージ。

 この一年で随分とモノにしたそれで、周囲を浮遊する石柱群をとびとびに移動する。

 

 これ、落ちたらどこへ行くかわからないからな。

 慎重に、だ。

 

「……見つけた!」

 

 そして、それが見えた。

 

 情報を映し出す機械のようなもの。

 浮遊する石版の端末。

 

 間違いない。あれが中心部だ。

 

「……さて、俺に操作が出来るかどうか……」

 

 後はそれが、一番の問題だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう言う考え方も……」

 

 ある程度操作は出来た。流石に彼女の様にぱちぽちーっと、では無理だったが、なまじコンピューターというものになれているだけあってか、少しはわかるのだ。

 だが、ここに残っている情報はほとんどない。

 というのも、ここは主にプロトス1に関する情報のみを記録・管理し保存するためだけの場所のようで、しかしそれもある意味納得と言えるかもしれない。

 

 ここは、ラムダの逃げ延びてきた地点のちょうど反対側だ。プロトス1自体はアンマルチアの人達にとってどうでもいい存在……というか、兵器以上の価値は見出していなかっただろうし、ラムダと対消滅してくれるのならばそれも結構と考えていたと思う。

 だから、プロトス1を守るための施設ではないのだ、ここは。

 プロトス1を再構成するための……対消滅や分滅保全が間に合わなかった場合、フォドラの設備が無い状態でプロトス1をもう一度造り出すための施設であると考えられる。

 

 だからこそ、あの時一番にプロトス1の姿が映し出されたのだろう。

 

「……なら、ここに……光子が、補充用の光子が用意されている可能性は無いか?」

 

 プロトス1を形作る光子という、原素(エレス)とは全く違う粒子。

 どんな形にもなれ、分裂しようが時間が経とうが関係なしに存在し続ける埒外の粒子だ。

 何より、ラムダに対して絶対の特攻性を持つ粒子でもある。もっとも、ラムダの攻撃もまた光子に対して絶対の特攻性を持っているのだが。

 

「……再構成。再装填……んん、アンマルチアの言葉はよくわからん……英語に統一しろ英語に」

 

 流れる単語から共通の物を抜き出し、それを消したり付け加えたりして、それによって何が起きるかを見て意味を知る。

 逆引きのようなものだ。字の読めない字引き。

 

「再生……再生を願うは我が真なる祈りなり……光よ形を宿し、具現せよ……」

 

 ……ダメか。

 そりゃそうだ。俺に光子は無いのだから。

 でも、アプローチはこれで合ってる気がするんだよな……。

 

「再生じゃないな……再誕? んん……いや、まずは集めないといけないか。

 光よ集え……あぁ、いや、接続してないんだから、俺が言っても意味は無い。打ち込めばいいのか? 

 光……うぉぉぉ、アンマルチア語で光ってなんていうんだ……きゅぴーん☆とかか……」

 

 タイムリミットがあるだけに焦る。

 でも大事な事なのだ。暴星対策は、弱くてもいいから無くてはならない。

 教官とかヴァニッシュフロウ以外暴星特攻ついてないからすんごい疲れるんだよな!

 

 くそっ、どうにかして……どうにかして光子を獲得したい!

 

「光……いや、俺の場合光子から働きかけるより、原素(エレス)から働きかけた方がいいんじゃないか?

 ……意思に答え具現せよ……違うな」

 

 時間だけが過ぎて行く。

 そろそろ不味いな……。

 

原素(エレス)……原素(エレス)をどうにかして、アンマルチア由来の……」

 

 要は俺とこの装置に繋がりが出来ればいい。

 そのバイパスさえつながれば、何とかなりそうなのに……流石に端末に腕を突っ込むわけにもいかないよな……。

 

 ――エレスポットからレアメタルが出現しました。

 

「え。

 ……あ!」

 

 そのアナウンスが実際にあったわけじゃない。

 ただ、腰に付けているエレスポットが急にずっしり重くなった事と、レアメタルしかセットしていなかった事で、脳が勝手にそう判断したんだ。

 そして素晴らしいタイミングだ。そうだ、あるじゃないか。

 

 アンマルチア族、ひいてはフォドラ由来の技術を用いて作られた、不思議な壺が!

 

「エレスポット……接続ポートに直置きでいいか? いいだろ。イケるイケる!」

 

 端末のポートにエレスポットを置き、その首を掴む。

 そして今まで散々調べていた言葉を使い、打ち込む。

 

「『光、集める、光、送る、願う』……あー、『ラムダ、必滅』!」

 

 文法とかはよくわからない。

 ただの単語の羅列。だが、彼女の適当なキー打ちで何とかなった所を鑑みるに、例え彼女が天才だからだとしても、ある程度許容範囲は広いのだと願う!

 

 果たして――。

 

 





理屈(暴論):
1.プロトス1はフォドラ由来の技術。全身を光子で構成しているが、武器や防具の類いは光子ではなかった。
→この事から、プロトス1及び光子技術は他の物へ伝播し、力を伝えたり馴染ませる事が出来そう。
また、作中通りの施設であれば、その際の武具はフォドラ由来、もしくはアンマルチア族由来の物である可能性が高い。

2.エレスポットは恐らくアンマルチア族の技術。前話でも考察したけど、恐らく輝石技術の副産物と思われる。

3.よってプロトス1を再構成、ないしは失った光子を充填する場合、アンマルチア族由来の素材を身に付けながらでの事になる可能性がある(ここが特に暴論)。

4.機械にエレスポットを「プロトス1が身に着けている武具」であると誤認させると同時に、プロトス1が他者の原素(エレス)及び光子の再生に用いるワードを使用してレイモンを「プロトス1である」とさらに誤認させることで、光子を注入させようとした。


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7.出会い

なお、サブタイトルは被ります。

またご都合主義です。


 

「ライモン様。丁度二時間のお手洗い、腹痛は収まりましたか?」

 

「よく口が回るじゃないか。まぁ、そうだな。

 非常に有意義な時間だったし、なにより飛び切りの収穫があった。今ならモーリスの奴に80年モノのワインを奢っても良いくらいには気分が良いぞ」

 

「ふむ。明日の天気は晴れのち槍でしょうから、鋼鉄の傘を準備した方がよろしいかと」

 

「本当に口が回るようになったなオイ。

 ……まぁ、今は良い。それより、ウォールブリッジをイライザが通った形跡はあったか?」

 

「いえ。一人にバロニアまで確認させに行った所、そもそもこちらの街道には来ていないようですね」

 

「ええ……じゃあなんだ、アイツどこ行ったんだ……?」

 

「さぁ、そこまでは」

 

 ホクホク顔でウォールブリッジ地下遺跡から出てきた俺を待っていたのは、この何とも言えない報告だった。

 あの性格ならどこでもなんだかんだやっていけるようには思えるが、同時にフェンデルの改革運動の失敗が近年に有った事を考えると、やはり少々心配だ。

 特にこちらへ来ていないというのなら、行った場所はラント、もしくはオーレン村の方面。今の時期であればオーレン村はただの林業村だから心配はないだろうが、問題はラントの方だ。

 

 今のラントは(というか色々ある前のラントは)、フェンデルとの緊張状態がかなりのものになっているはず。

証拠にバロニアとグレルサイドにはいたストラタの観光客や旅人が、ラントにはいなかったのだから。西ラント街道にいたストラタ人女性が珍しがられていたくらいだしな。

 ストラタ人が戦争に巻き込まれないようにするため、という事もあるだろうし、ラント側が受け入れを拒否していた可能性も高い。

 

 何にせよ、今ラントに行くのはあんまりオススメ出来ないと言う話だ。

 

 イライザがこういう事を考えているかどうか……考えているならば、向かった先はオーレン村という事になるが、あんな何にもない田舎村にわざわざ行くか?

 まぁ観光という面で見れば……あぁ、現実逃避はやめよう。

 

 アイツはグレルサイドへ行くと言っていたんだ。

 こっちにいないのなら、あっちにいったとみるべきだろう。

 

「グレルサイドへ行くぞ。研究材料は特にないからな、宿で疲労を取ったらすぐにラントへ向かおう」

 

「ラント領には研究材料があるのですか?」

 

「ああ、あるぞ。とびきりのがな」

 

「……それは、天然成人女性の生態、とかではないですよね」

 

「お前、口数が増えた分ジョークセンスは落ちたな。もう少し捻らないと減俸するぞ」

 

「それは素晴らしい。ライモン様程のジョークセンスをお持ちの方を笑わせられるとなれば、私は芸人として食べて行けるでしょうから」

 

「減点だ。で、支度は出来ているのか?」

 

「ええ、全員出立可能です」

 

「そうか。及第点だな」

 

 この部下は俺がまだ歩けもしない頃から付いている、所謂古参の部下であり、それなりの数がいる俺の私兵のまとめ役でもある。

 昔はただ付き従うだけで会話なんて全くなかったのだが、ここ最近……俺が研究員の肩書を得たくらいから、かなり話しかけてくるようになった。

 俺はコイツの癖とか嗜好とかを知っているし、コイツもまたそれは同じ。

 身体年齢こそ違えど、十年二十年来の親友のようなノリでいてくれるコイツには感謝している。

 

「少々急ぐ。

 道中の露払いは任せてやる。出来るな?」

 

「無論です。例えライモン様がダークボトルを頭から浴びていようと、魔物が襲ってくることは無いでしょう」

 

「それはいい考えだ。すぐにダークボトルを用意してくれ。背後からお前にかけてやる」

 

「謹んでご遠慮いたします」

 

 そう言って肩をすくめて、無駄に優雅な礼をした後、奴は駆けて行った。

 ウォールブリッジの方向に。

 

 そう、俺はウォールブリッジ地下遺跡を抜けて、グレルサイド街道に出ていたのだ。

 にも拘らず出てきた俺を直ぐ見つける事が出来たのは、奴の先見の明によるものか、はたまた単純に目が良くて足が速かっただけか。

 どちらにしろ、重宝したい部下である。

 

「さて……」

 

 エレスポットを取り出し、原素(エレス)の指向性を「ドリア」に変える。

料理をセットする場合、その料理を原素(エレス)から形成するのではなく、料理が持つ原素(エレス)指向性(こうか)を再現するように設計されている。

 ドリアの効果はHP14%回復。そして、フィールド移動速度UP。

 

 セットした瞬間、ウォールブリッジ地下遺跡で溜まっていた足の疲労がふっと無くなり、さらには身体も軽く感じている。

 原素(エレス)が状態異常にも関係してくることはラスタ・カナンで証明されているからな。恐らく「疲労」を原素(エレス)で中和した、と言った所か。

 

「さて、言質は取ったぞ。

 これで魔物が一匹でも出てきたら、本当に減俸するからな……!」

 

 俺は駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供の歩幅とはいえ、それなりの速度で駆けぬけているはずなのに、本当に一匹も魔物が出てこない事に舌を巻きながらの、グレル旧街道。

 このまま西ラント街道へ突っ切る……というのが理想だったのが、少々面倒なものを発見してしまった。

 

「――やっぱいるじゃないか、魔物! 減俸だ! 手伝え!」

 

「失礼、寄り道は想定していませんでした」

 

 グレル街道・グレイル湖の逆側の茂み。人の手が入っていないその軽い林の中で、誰かが襲われている。

 これが盗賊なんかだったら自分の運の無さを呪えと見放していただろうが、襲われているのが見るからに戦えなそうな中年のおっさんともなれば、少々違う。

 だって戦えない独りぼっちの中年のおっさんだぞ。

 

 ――コネクションを造るには最適じゃないか!

 

「凍牙ァ!」

 

 三つ折りに畳まれていた複合弓を背から引き抜き、瞬時に弓の形に戻して原素(エレス)を発射する。矢を番えない、水の原素(エレス)だけの凍牙だ。

 鋭く射られた氷の礫が魔物――ウルフに直撃する。弱そうだ、が……数が多いな。襲われている奴は出血している可能性がある。

 

「火の原素(エレス)は流石に怖いな……魔物は引きつける、お前らは隙をついて救助しろ! 多少手荒くても構わん!」

 

「一人くらいつけなくて大丈夫ですか?」

 

「誰に物を言っている!

 と、言いたい所だが! 救助したらとっとと救援に来い! この数は無理だ!」

 

「流石ですねライモン様。潔い」

 

 立て続けに術技としての形を成さない原素(エレス)(かい)を魔物一匹一匹にぶつける。ヘイトをこっちに向かせるためだ。

 暗がりにいた魔物はどうやらウルフ種だけのようで、ウルフ5匹にタイニーウルフが8匹と、ご近所づきあいのハンティングタイムだったらしい。一匹居候がいるようだが。

 

「森から出てこい! 俺が相手をしてやる!」

 

 魔物に対し、言葉が通じるわけではない。

 だが、威嚇している事は伝わるはずだ。

 

 案の定、遠吠えを上げて森から出てくるウルフ達。

 

「馬鹿め、森から出てしまえばこっちのものだ!」

 

 火の原素(エレス)と風の原素(エレス)を番えた矢に螺旋状に絡み合わせ、力の限り引き絞る。

 狙いは一番大きいウルフ。リーダーが死ねば、士気も下がるはずだ。

 

「轟天!」

 

 放たれた矢は雷迅の如く飛び、一直線にウルフへと向かう。

 しかし、直線であるからこそ避けやすかったのだろう。一番大きいウルフは素早い動きでそれを避けた。

 

 直後、そのウルフと、周囲にいたタイニーウルフを巻き込むようにして雷が落ちる。

 

「はン、手元に雷を発生させたら感電するだろうが! そんなことも分からないか、馬鹿め!」

 

 なお、戦闘中の俺は軽い原素(エレス)ハイになっているらしく、いつもより口調が粗暴であるのだが、俺本人は覚えていないので勘弁してほしい。

 

「向かってくるか……それは賢い! 認めよう、囲まれたら弓使いはどうしようもない!」

 

 だが、それを考えていない俺ではない。

 前方に風の原素(エレス)を発生させ、それを蹴って飛びあがる。

 さらに上空へ向かって矢を三本、これまた風の原素(エレス)を纏わせて射た。

 

 仰向けになった身体をバク転するように回転させ、下向きになった身体でさらに風の原素(エレス)を集中させる。ここ一年でCCを重点的に鍛え上げたのだ。3連携までは、なんとかなるようになった。

 

「虚空閃!」

 

 下向き30度程の角度で強く引き絞った矢を放つ。風の原素(エレス)が螺旋を描き、ドリルが如く推進力を以てウルフを刺し貫く。さらに背後にいた奴も潰すことに成功した。

 あとは重力のまま落ちるだけ、そう見たのだろう、復讐に駆られたタイニーウルフが突進の姿勢を取るのが見える。

 

「まだ終わらんぞ、鷲羽(しゅうう)!」

 

 先程上空にはなった三本の矢。

 それが、まるで狙い澄ましたかのような軌道でタイニーウルフを三匹、地へと縫い止めた。

 その隙に着地。バックステップで距離を取る。

 

「っは……はぁ、はぁ……くそ、エクシード9くらい欲しい……」

 

 本音が零れるが、まだウルフは残っている。

 CCの回復し(息を整えて)、再度弓を構え。

 

「――お待たせいたしました、ライモン様。お見事です」

 

「……ふん、秒と掛からず全滅させたお前らにはまだ及ばん」

 

「それは当たり前というものです。あなたは護衛対象、我々は護衛。

 護衛対象が護衛より強くてどうするというのですか。それでは」

 

 俺の部下ではない、護衛の方の奴らにウルフは全滅させられた。

 ストラタ兵。わかってはいたが、全く及ばないな……。

 

「お疲れ様です、ライモン様。どうかお気になさらぬよう。もっとも、貴方にそんなナイーブな心があるとは思えませんが」

 

「素晴らしいな。疲労を覚える主に対して吐く言葉としては最上級だ。褒めてやる」

 

「ありがたき幸せ」

 

 ……コイツはコイツで……あぁ、別にいいんだけどな。

 こう……もうちょっと労いというか……あ、お疲れ様ですって言ってやがる。

 

「それで、襲われていた奴は無事だったのか?」

 

「はい。すでに神聖術による治癒も施してあります」

 

()()()()素直に素晴らしい対応だ。意識は?」

 

「問題ありません。あと、()()()()です」

 

 はいはい。

 わかったわかった。

 俺の負けだよ、減俸とか言わないから早く話を進めてくれ!

 

「こちらへ」

 

「……コイツ」

 

 本当に……良い縁ばかりだな、俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじさん、意識ははっきりしていますか?」

 

「……ああ。助けてくれて、感謝しているよ」

 

 部下と護衛に周囲を見張らせて、木陰でおっさんと会話をする。

 妙に既視感のある顔だな。ウィンドル人のようだが。

 

「おじさん、名前は? 家と名前を教えてくれれば、送り届けますが……」

 

「……アドル。アドルという。……家はもうない」

 

 ……無駄足か。

 浮浪者を助けたのか。いらんコネだな。犬も食わん。

 

「そうですか。どこかアテは?」

 

「無いな……。他人に頼らない生き方をしてきた……。繋がりは、どこにもない」

 

 最高に使えない人材じゃあないか。

 あの盗賊より使えないぞ、ウルフに負けてるくらいだし。

 うわ、こんなおっさんよりイライザの方が優先事項上だぞ……。

 

「ふむ。

 では、一番近いラント領へ送って行こうと思いますが、よろしいでしょうか? ラント領主に言えば、多少なりとも――」

 

「ダメだ。ラント領だけは、ラント領主だけは……頼れん」

 

「……ふむ?」

 

 アテがない、そう言っていた。

 家は()()ないと言っていた。

 

 そしてこの既視感ある顔。ブラウンと赤紫を足して割ったような色味の髪に、小麦色の肌。不器用そうな顔。

 

「……おじさん、本名を教えてください。場合によっては私が()()()()()()

 

「……! 君は……」

 

「私はストラタで、それなりの地位を持っています。ウィンドルからの亡命者一人、匿う事は難しくありません。

 なお、これを拒否する場合、泣いて暴れてもラント領へ連れて行きます」

 

 欲しいと思った。

 これはガリードを笑えないな。

 

 コイツは、良いカードになると……心の奥で嗤っている自分がいる。

 

「……アドルフだ。アドルフ・ラント。

 実の弟に領主の座を追われ、ラントからも追われた……憐れな長男坊だよ」

 

 おっさんは、自虐するようにそう言った。

 

 




アストンパパは見た目の年齢が若すぎるんですけど、原作(幼少期)39歳、(青年期)46歳、今の作中だと31歳ですね。
アスベルが領主になったのは突発事象だったわけで、普通領主って26~35くらいの間で交代すると(継ぐと)思われるので、ご都合主義で丁度今の時期になりました。


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8.見つけ

永遠のライバルである奴との邂逅


 

「止まってくれ、少年。

 今ラントは少々緊張状態にある。用向きが重要なものではないのなら、遠路はるばる申し訳ないが引き返してくれると助かる」

 

「そうですか……いえ、別に入らなくても問題は無いんです。

 ただ、人を探していて……」

 

「人? ……特徴を教えてくれ。俺はひがなずっとここで警備をしている。ここを通ったのならば、俺が見ているはずだからな」

 

「本当ですか?

 ええと、2人いるんですけど……1人は……なんというか、天然でおっちょこちょいで、元気だけが取り柄、みたいなストラタ人女性で」

 

「見た目にそぐわず辛辣だな、少年。

 しかし、残念だがここ数日でストラタ人女性を見た覚えはないぞ」

 

「……いや、本当にどこいった。

 あ、ええと、それでですね。もう1人なんですけど……」

 

 

「――アストン、という人を探しています」

 

 

 

 

 

 

 話を聞けば、アドルフ・ラントが家を追い出されてから既に五年の月日が経っているらしい。その間浮浪の身で、行くあても無く彷徨っていた所、とうとう生きる気力を失って林の中へ身投げする所だったとか。

 魔物を狩ればガルドを稼げる世界が故の放浪力だな。

 

 彼は素直に俺達の元に匿われる事を受け入れた。

 その際、

 

「政治のカードにしてくれてもいい。……俺の愛したラントは、もうどこにもないからな」

 

 という旨の発言をしてたので、大いにこれを利用する事にする。

 恐らく常日頃であれば絶対に言わない、そうとう参っていたからこそ出た言葉なのだろうが、発言は取り消せない。盛大に使わせてもらおう。

 

 ということで、早速一筆書かせたのだ。

 

 実の弟、アストンへ向けた手紙を。

 

 それを民兵隊長だろう男に見せれば、この通り。

 俺は今、厳重な警備(と言っても民兵二人程だが)を付けられ、ラント領に招待されている。

 ちなみにイライザに関してはもうほぼほぼ諦めている。部下にハンドサインで周囲警戒は伝えてあるのだが、予感的に多分来ることは無いだろう。

 

「……君が、アドルフからの手紙を授かったという少年か?」

 

「おじさんは?」

 

「あぁ、すまない。

 お……私はアストン・ラント。ここの領主を務めている」

 

 アドルフと酷似した姿の、まだ三十そこらの男性が現れる。

 この頃からそのしかめっ面は変わらないのな。なんだ、ラントで生まれた兄弟は必ず弟が仏頂面になるのか。

 

「あぁ、あなたがアストンさんですか。

 はい、私がアドルフおじさんから手紙を授かった者です」

 

「詳しく話を聞かせて欲しい。あの人は……兄さんは、今どこにいるんだ?」

 

 アストン・ラントの顔は仏頂面だが、どこか焦りが見えている。

 アドルフを死に追いやったと思っているんだったか。そこに舞い込んだ……まぁ、一応吉報。それも実の兄ともなれば、心配するのは当然か?

 

「アドルフおじさんとはストラタで出会いました。その時、先程の手紙をアストンさんに届けてほしいと。私が丁度船の出港待ちをしていた時でしたので、追いかける暇も無く……」

 

「……そうか。兄さんはストラタにいるのか。

 ……無事、なんだな」

 

 心から安堵した、という表情のアストン。

 

 だが、それだけの事を伝えるために此処に来たのではない。

 

「それと、こちらは手紙ではないので信用度には欠けると思うのですが……伝言が」

 

「伝言?」

 

 これは、毒だ。

 彼を確実に来させるための。俺が家を出るための。

 ただ、微かな罅にしかならない毒。

 

「『俺はもうラントへ戻る気はない。お前達とも縁を切る。俺の愛したラントはもう存在しない』……以上です」

 

「……!

 そう、か……そう、だよな……。

 ……ありがとう、少年。ライモンと言ったか……まだ十を数えるくらいだろうに、この手紙と、伝言。届けてくれて感謝する」

 

 これはアドルフが本当に言った言葉だが、伝言とは頼まれていない。

 俺が使えると判断したからこその、言葉だ。

 

「……あの、それで……ですね。少しお願いがあるのですが……」

 

「なんだ?」

 

「少々疲れてしまって……一晩だけ、ラント領で休ませてもらえないでしょうか」

 

 疲れているのは事実だ。グレルサイドから全力疾走をしてきたからな。ドリア程度では補えない疲労が足に溜まっている。

 

「……勿論、問題は無い。なんであれば、この家に泊まるか? 良いだろう、フレデリック」

 

「では、客間を準備いたします。しばしお待ちください」

 

 アストンが初老の男に声を掛けた。ずっと控えていた男だ。

 ……この頃からノパーソでプロマイド集めてたのかな。

 

「少々時間がかかる。何分、最近は客人など全く来なかったからな。

 その間、ラントを見て回ると良い。疲れているのなら、中庭のベンチに座っていてくれ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 やはり身内の手紙を持ってきた、という事実は強いな。

 仮初とはいえ、既に「仲間」という括りに入れられているのだろう。

 

 いやはや。

 動きやすいな。

 

「あなた、お話は終わりましたか?」

 

「ケリーか。丁度いい、入ってくれ」

 

 ノックと共に、凛とした女性の声がかかる。

 扉が開き、入ってきたのは、青髪の女性。

 一瞬、一瞬ではあったが、扉の向こうでメイドに抱かれている三歳か二歳くらいの幼児二人の姿が見えた。

 

 アストンやアドルフと同じ髪色の子と、目の前の女性と同じ髪色の子。

 

 ――今はまだ、初めましてはいわないぞ。未来の弟君。

 

「この子は……?」

 

「君が来た時には既にいなかったから分からないとは思うが……私の兄、アドルフの手紙を届けに来てくれた少年だ」

 

「まぁ……」

 

 その言尻に、「あなたが常に後悔していると言っていた、あの?」というようなニュアンスの吐息が漏れる。まぁ、今のアストンの顔からはかなり険がとれているからな。

 あの伝言も、どう作用したのかはわからんが……まぁまぁ吹っ切れてはいるのだろう。

 

「ライモンと申します」

 

「あら、これはご丁寧に。

 私はケリー・ラント。まだ幼いと言うのに……私からも、感謝をしますね」

 

「いえ、託を届けるのは、旅人として当たり前の事ですから」

 

 ちなみにこれはイライザから習った作法である。

 この国というかこの世界全域において旅人というのは非常に多く、死の危険も非常に近い事から、誰かに何かを託ったのならば、可能な限り叶えてやるのだとか。

 イライザの言葉なので今一信用性に欠けるが、良い風習だとは思っている。

 

「では、そろそろ失礼いたします。豊かなラント領、ゆっくりと見て回らせていただきますね」

 

「あぁ、楽しんでくれ」

 

 アストンとケリー、どちらもへ一度ずつ頭を下げて、部屋を出る。

 言ってはいなかったが、執務室にいたのだ、今まで。多少なりとミーハー精神はあったが、アンマルチア族の技術でもないので興奮はしなかった。

 あのパスワード宝箱がすでにあるとは思わなかったが。アレ誰が置いたんだ?

 

 メイドの開ける扉を潜り、外へ出る。

 

 いい天気だ。アストンが整備していると言う花壇も、非常に美しい。

 

 “研究”は夜に行うとして……Let’s 観光である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 想像していた通り、豊かで長閑ではあるものの、何もないラント。

 林檎の樹や風車こそストラタには無いモノなので面白いとは思うのだが、興味をそそられる、という程ではない。

 ストラタ人特有の蒼を基調としたこの服が珍しいのか、ラント領の住民が遠巻きにこちらを眺めているが、話しかけてくる様子は無い。だから、その……暇である。

 圧倒的に。

 

「おい、お前」

 

「ん?」

 

 と、ようやく声を掛けられた。

 威圧的に。

 

「オマエ、ストラタ人だろ? 今ラント領はキンチョー状態にあるんだ。ヘンな事はするなよ!」

 

「おや……出会い頭に失礼な人ですね。私は招待されたというのに」

 

 短髪、銀の髪の……子供。

 同い年くらいだろうか? 無邪気なのは良い事だが、無礼なのはどうかな。

 イマスタを見習え、ガキ。

 

「ふん! お前、なんか胡散臭いんだよ! それに、なんか気に食わねえ!」

 

「感情的ですね。論理的ではない。

 誠に申し訳ないのですが、私は君みたいな本能だけで喋る獣が苦手でして……出来る事なら、早急に私の視界から消え失せてくれると助かるのですが」

 

 なんか気に食わない、というのは同意しよう。

 思わずどこぞの陰険眼鏡死霊術師の口調を真似てしまうくらいには、俺はこのガキが嫌いである。

 なんだろう……こう……魂的な意味で。

 

「へっ、正体を現したな! オマエみたいな奴の事を、インギンブレーっていうんだろ。どうせ領主様たちには良い顔して、心の中ではなんとも思ってないんだ」

 

「難しい言葉を知っていますねぇ。

 ではこんな言葉を知っていますか? 杓子定規というのですが……」

 

「知らねえけど、馬鹿にしてるのはわかるぞ……!」

 

 肩をすくめる。

 話にならないタイプは苦手だ。しかし、この顔なんか既視感があるな。

 

「では頑固一徹ならどうでしょう。無知蒙昧でも良いですよ」

 

「ネチネチネチネチうるせえ! 勝負しろ! その方が速え!」

 

「脳筋馬鹿、と……。

 しかし勝負ときましたか。困りましたね……まぁ、子供の喧嘩と思ってくれることを願いましょうか」

 

 弓を抜く。これは折り畳んである奴ではなく、カモフラージュ用に身に着けている子供用の大きさの弓だ。

 原素(エレス)も打ち出せるしそこそこの威力は出るが、そこそこ止まりである。

 俺が弓を抜いたと同時くらいか、ガキも剣を抜く。剣……木刀か。当たったら痛そうだな。

 

「ヘン、弓使いか。遠くからネチネチやるお前にはお似合いだな!」

 

「おや、ウィンドル兵にもアーチャーはいたと記憶しているのですが……彼らも侮辱する気ですか? 流石脳筋、目の前の事しか見えないようだ」

 

「言ってろ!」

 

 斬りかかってくるガキ。

 思ったより早い。鍛えているな?

 恐らく父親が民兵……ん? 民兵?

 

「てやぁ!」

 

「おっと」

 

 今、一瞬何かを掴みかけたような。

 そのせいで反応が遅れてしまったが、問題は無い。

 身体を逸らして木刀の袈裟斬りを避け、ほぼ仰向けのような姿勢で原素(エレス)を番える。

 

「はっ!」

 

 術技にしない、ただの原素(エレス)塊。

 だが子供には十分痛いはずだ。これに懲りたら、格上を見分ける努力を――、

 

「あぶねっ!?」

 

「……木刀で叩き落しただと」

 

 いや、咄嗟に払った木刀が丁度原素(エレス)塊を捉えたという所だろうが……。

 ……原素(エレス)塊の弾速も考える必要が出て来たな。あと、迎撃された時用の仕込みも。

 

「へン、こんくらいで驚いてんな! 根暗メガネ! 今度はこっちから行くぜ!」

 

「……先程から喧しいですねぇ。

少しは口を閉じる事が出来ないか、野犬。煩わしいぞ」

 

 バースト技は流石に使わないが、アーツ技くらいなら使っても大丈夫だろう。

 自身の内にある原素(エレス)に指向性を持たせ、弓に番え――。

 

「こら! けほっ、なにしてるの!」

 

 咳混じりの少女の声に、止められた。

舌足らずな幼い少女の声。

 

「けほっ、けほっ。街の中で暴れちゃダメでしょ!」

 

「シェ、シェリア!? 違うんだ……いや、それよりお前出てきちゃダメだろ! 寝てろよ!」

 

 シェリア、だと?

 ……確かに言われてみれば……真紅を思わせる赤髪に、後ろに括った三つ編み。

 まだ言葉が喋れるようになって間もないだろう、弱い三つほどの少女だというのに、溢れんばかりの負けん気。

 

 ……シェリア・バーンズ。

 史実において、俺ことレイモン・オズウェルが好きになる女性、か……。

 

 ……無いな。

 俺はどちらかというとイマスタのような静かな子が好みなんだ。うん。どちらかと言えばだぞ?

 シェリア・バーンズはシェリア・バーンズで良い子だと思うので、末永く彼とイッチャイチャしていてくれ。

 

「もう、バリー! けほっ、喧嘩はだめって言ったでしょ!」

 

「け、喧嘩じゃ……」

 

 あぁ、やはり。

 やはりコイツがバリーなんだな。

 

 まぁ、身体的特徴と圧倒的なまでの性格の不一致から薄々気付いてはいた。

 遥か未来、俺と彼とコイツで、この少女を取り合うのか。

 

 いや、前から思ってはいたが……歳の差ありすぎじゃねえ?

 今彼女三歳くらいだろ? でオマエ十歳くらいだろ?

 ……あぁ、でも恋を自覚するのが十四歳くらいだとしたら……彼女は七歳。まぁ、まぁ……なのか? ……うーん。

 理解できん。が、頑張れ。気には食わんが応援だけはしといてやろう。

 

「……気が削がれましたね。この勝負は預けておきましょう。十五年後にでも、ね」

 

 返事を待たずして、その場を去る。

 余り観光は出来なかったが、時間が時間だ。夕食も馳走してくれるとの話だったので、早々に帰らせていただこう。

 

 ……なんか久しぶりに子供相手にムキになったな。

 俺らしくも……ある、のか? わからんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 夕食を頂き(非常に美味しかった)、誰もが寝静まった深夜。

 と言っても見張りの民兵は普通に起きているだろうから、本当に誰もが、というわけではないのだろうが。

 

 客間に用意された自身のベッドにまるで子供がくるまって寝ているかのような膨らみを持たせて、眠る前から開けていた窓から外に出る。無論、音は立てない。

 弓使いとして、そういう気配を消す技術は散々訓練したからな。モーリス相手に。

 

 そして、ラント領外……北西の方向、上空で不自然に旋回を繰り返している()()()()()()()()へ向けて、

 

「――陽炎」

 

 いやぁ、便利である。絶影も速く覚えたいものだ。

 

 パッと切り替わった視界と浮遊感。

 この術技、割と怖い原理で在る事が最近分かったのだが、まぁ気にしてはいられない。そんな事を言っていたらアンマルチアの技術も追っていられないし、強さの探求も出来ないし。

 

 重力に引かれて落ちる身体。若干の恐怖と、全幅の信頼を込めてそのまま落ちる。

 

「はい、と。短い間の空の旅、楽しめましたか?」

 

「存外な。イーグルの群れがいたら、飛び移って空を旅行するのもいいかもしれん」

 

「囲まれてつつかれて穴だらけになりそうですね」

 

「真面目に返すなよ。冗談だ」

 

 俺を受け止めたのは、勿論例の部下。

 ちなみにデゼールイーグルの脚に紐を付けて旋回させていたのもコイツである。

 

 俺が夜に動く事はわかっていたから、脱出手段を造ったのだ。

 

「護衛の奴らは?」

 

「足止めを。今なら自由ですよ」

 

「そうか。では、付いて来い。臨時パーティだ」

 

「御意に」

 

 俺が弓使いで、コイツは短剣使い。多少なりとも神聖術も使えるらしいが、攻撃術の方が得意だとか。

 明らかに俺が後衛だというのに、俺が先陣を切って進む。まぁ俺しか場所を知らないから当たり前なのだが。

 

 北ラント街道の林の中を進む。

 流石に街道沿いには兵士がいるようだ。まぁ、フェンデルとの国境がすぐそばだからな。

 夜中に入り込む事なんて定石中の定石だろうし。

 

 右へ曲がる。

 兵士の姿はこの辺にはない。

 

 そして辿り着いたのは花畑――ではなく、その前にある泉。湧水と言ってもいいくらいの、小さな場所。

 

「……ここは?」

 

「ここは地理的に各種原素(エレス)の集う場所でな。

 地質的にも、水質的にも、非常に豊富な栄養とエネルギーを持っている。そこの水を飲んでみろ」

 

「はぁ……。では。

 ん――これは……!」

 

「不老長寿の薬、エリクシール。アレも原素(エレス)を奇跡的な配合で組み合わせたものだが、なんとここの湧水は、それが自然に行われているのさ。

 もしくは、過去の一族が、ここの水を参考に調合した可能性もあるが」

 

 風機遺跡やウォールブリッジ地下遺跡がほど近く、何よりシャトル発射装置がすぐそばにあるのだから、可能性としては高いかもしれない。

 

「目的はこれ、でしょうか?」

 

「あぁ。ライフボトルの空瓶をこれでもかと持ってこさせたのはこのためだ」

 

「……とうとう気をやってしまったのかと思いましたが、そういう事でしたか」

 

「夜の内に、持ってきた瓶全てにこの水を入れるんだ。勿論迅速に、気付かれずに、な」

 

「全く、人遣いが荒いですね……まぁやりますが」

 

「お前、ほとほと舌が回るようになったな。大いに結構だが、仕事はこなせよ?」

 

「無論です」

 

 暗闇で見えないが、恐らくドヤ顔をしているだろうことはわかる。ちょっとウザい。

 

「帰り用の部下は?」

 

「ラント家の屋根に潜ませています」

 

「まるでNINJAだな……」

 

 陽炎は別に魔物相手だけでなくとも使えるので、部下を一人潜ませておいたのだ。

 行きと同じ方法で飛ぶ。そして、帰る。

 陽炎様様である。

 

「では、明日の昼までお休みください」

 

「ああ。フェンデル軍を見かけた場合は、交戦せずに逃げろよ」

 

「はい」

 

 林の中へ入って行く部下を後目に、泉の水をごくり。

 ……美味え。

 

「帰るか」

 

 その後、特にアクシデントも無く、客間のベッドに帰還する事が出来た。

 

 




プロトス1がいた花畑の説明は原作の作中でされていますから、同じようにあの泉もそういうことだと思ってください。
今回は非常にセコいレイモン君でした。


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9.もとめ

今回あんまり話進みません。


「お世話になりました」

 

「こちらこそ、兄さんの手紙を届けてくれた事、感謝している。君の道中に剣と風の導きがある事を祈っているぞ」

 

「ありがとうございます。では」

 

 

 

 そんな感じで、滞りなくラント領を出る事が出来た。

 エリクシール計1300本とラント領主との繋がり。さらに、ラント元次期継承者の入手。

 ガリードへの土産としては十分だ。政治の事に関してはガリードの方が上手いだろうから、繋がりの方はそのまま献上するつもりである。

 

 東ラント道へ出る。

 小川に溜まる煇石の欠片に、この土地の原素(エレス)含有量をほとほと感じながら歩く。

 ラント領から死角に来た所で、

 

「お疲れ様です。周囲、監視の目はありません」

 

 部下が出てきた。

 相も変わらず、仕事は出来る奴だ。

 

「バロニアへ戻るぞ。一人、先行させて宿を取っておけ。長期滞在になるからな」

 

「例のお嬢さんはもう良いので?」

 

「良くない。

 だが、いないのだから仕方がない。というか、アタリはついている」

 

「そうですか。

 では、デゼールイーグルはどうしましょうか? まだ持っていた方がよろしいでしょうか」

 

「……あー、陽炎用にか? いや、アレはお前達が思っているより怖い原理の武技でな……日常的に多用したいとは思えん。普通に歩いていくから、デゼールイーグルは……あぁ、ストラタの魔物だったな、ソイツ」

 

「ええ、放すと生態系の破壊の恐れがあると共に、ライモン様に疑惑の念がかかる恐れも」

 

「まぁ、どうにかしろ。出来るだろ?」

 

「……最近指示が雑になってきましたね。信頼されていると言えば聞こえはいいですが……」

 

「言葉の先を読むなよ。だが敢えて言うぞ。信頼も信用もしている。任せた」

 

「御意に」

 

 そう言って離れる部下。

 さて……急用が無い、久しぶりののんびりとした時間だ。

 

 ゆったり行きますかね……。

 

 

 

 

 

 

 

 歩きながら考える。

 考えるのは陽炎についてだ。

 

 陽炎。ターゲットがいる場合、距離を無視してワープのような事が出来る武技。

 初めは形だけをマネて、どういう原理かもわからずに発動していた怖い武技。

 今は原理を知り、余計に怖くなった武技である。便利だから使うのだが。

 

 この世界の生物は、プロトス1やラムダのような存在を除き、人間も魔物も原素(エレス)の結合によって形を成している。

 防御力とはどれほど結合が硬いか、で。

 攻撃力とはどれほど結合を破壊できるか、なのだ。

 

 その前提知識を持ってもらったうえで、陽炎という武技について語ろう。

 

 陽炎は、自身の内に水の原素(エレス)を発生させ、()()()()()()()()()()()()()()()()()後、火の原素(エレス)でこれを昇華。方向性を持たせて運ぶ、という武技である。

 ようは一度気化しているのだ、この武技は。

 

 彼らも瞬間移動系の術技はいくつか使用していたが、彼らの場合は光子によるもの。元から分裂と再結合が出来る設定で造られている光子と、世界を流転し別たれれば別たれたままである原素(エレス)とでは扱いが違う。

 今の俺がこうして存在できているのは、陽炎という技へのイメージが強かったから……だとしか思えない。この技の結果を知らずに発動する者がいたのなら、たちまち世界に原素(エレス)として散ってしまうだろうから。

 

 まぁ、便利だから使うのだが。

 決して多用はしたくない武技である。

 

「……だからというのはおかしな話なんだがな……」

 

 目の前に現れたチュンチュンに対し、いつもの感覚で陽炎の準備をする。

 そしてそこに、枠組みをつくるような感覚で……光子を注ぐ。

 

「……絶影」

 

 昨日、早く習得したいなんて嘯いてはいたが、既に形は出来ているのだ。

 

 陽炎と同じくチュンチュンの頭上に文字通り出現した俺。

 陽炎と違うのは、風の原素(エレス)で造り出した真空刃と共に行う蹴りであり、三原素(エレス)と光子を使用した、完全な上位互換であるという点だろうか。

 その分CCを多く消費するが、再結合する光子を使用しているために散り散りになる可能性が少ない、理想的な技である。

 

「ぐっ……」

 

 完成しているなら、であるが。

 

 出来ているのは形だけ。

 まだ獲得したばかりの光子を十全に扱えていないせいか、少量とはいえ自身の原素(エレス)()()()()()()()

 逃がしてしまう量は距離に比例し、今行った10mの跳躍で体感ではあるがライフを5%ほど持って行かれた。明確なダメージを受けるのだ。

 

 ――「跳躍弓兵」の称号を入手。

 

 そんなアナウンスが聞こえたような、聞こえなかったような。

 まぁ、来るとは思っていた。前にも説明したが、称号とは器を広げる為に必要なもの。今まで持っていた「道楽少年」と「見習い研究員」、「ポットクリエイター」に「エネミー博士」、「凍牙の誇り」に続く六個目の称号。十歳にしてこれが多いのか少ないのかは、よくわからん。

 

 というか今更であるが道楽少年って……。

 いやまぁ、その通りなんだけどさ。

 

 じゃ、またバロニアについたら依頼書漁りでもしますかね……。

 

 

 

 

 

 

 

 バロニアに着いた。

 まだ宿へは行かない。そのまま、北バロニア道へと突き進む。

 

 前方。500m程。

 この緑溢れる国で良く目立つ、特徴的な蒼発見!

 

 子供用の弓を抜き、番えるのは――吸盤付きの矢!

 

「紅蓮!!」

 

 少量の火の原素(エレス)を混ぜて、行け!

 

「――ぁぃた!?」

 

 矢はのんびり歩いていやがった彼女の額へヒット!

 射角、風向きなどを全て計算して放った、最高の一射だったと言えるだろう。

 ちなみに少量の火の原素(エレス)が混じっているため暖かく、血流を良くするため痕は残らない素敵仕様。

 女性の事も考えられるレイモン・オズウェル。流石紳士。流石端正メガネ。

 

「イライザ!」

 

「うぇぇぇ……頭を、頭を射抜かれたぁ……ありゃ、吸盤? って、ライモン君?」

 

「ライモン君? じゃない! 探したんだぞ! なんで普通にオーレン村に行ってんだ!」

 

「出会い頭に怒られた!? っていうか、本当にライモン君? お、おかしいナ~、ライモン君はもっとこう……敬語で、私みたいなのでもお姉さん呼びしてくれる良い子のはずなのにナ~」

 

 じゃかあしい。

 一番に考えた可能性だったことが腹立たしいんだ。

 グレルサイドに行くと言っていたから、ラントのはず。違った。

 コイツ、グレルサイドがどこにあるかもわかってなかったじゃないか……!

 

「もしかして……何か心配かけた?」

 

「……いや、俺の早とちりだ。イライザは何も悪くない」

 

「いやいや! 怒ってるよ、怒ってるよライモン君! 怒髪天を突くって感じだよ!」

 

「安心しろ。もう怒っていない。あ、吸盤矢は返してもらうぞ」

 

 きゅぽん。

 うむ、良い音だ。流石ストラタ軍事開発部が血と涙と悪ノリを込めて創り上げたジョークグッズ。あっぱれだ。

 

「え、ええと……もしかして、私がグレルサイドにいると思って……追いかけてくれてたり?」

 

「ウォールブリッジ、グレルサイド、ラントまで探したが特に問題は無い。イライザは何も悪くないからな。早とちりした俺が悪い」

 

「ご、ごめんね!? お願い、お願いだからあの心優しいライモン君に戻って~!」

 

 ……あ、そういう。

 俺が怒っているからこの口調だと思ってたのね。

 ……天然、かぁ。俺もまだまだだなぁ。

 

「……はぁ。一応言っておきますけど、あっちが素です。これは外交用の口調。まぁ、これがいいと言うのならコレにしますが」

 

「うん、それがいい!」

 

「流石イライザお姉さん。自分に正直だ。

 それで、オーレン村はどうでした? 一泊したようですが」

 

「んー、特に何もないトコだったけど、林業は結構興味深かったなぁ。ほら、ストラタって林、無いじゃない? あったら大統領を上げて丁重に保護されるくらいなのに……あんなにバッサバッサと」

 

「ストラタというか、ユ・リベルテに限って言えば大蒼海石(デュープルマル)を用いた植林農地は存在しますけどね。ユ・リベルテの家が砂や石で出来ているとでも思っていたのですか?」

 

「え? でもウィンドルから木材を輸入しているよね?」

 

「……存外学はあるのですね。失礼しました。

 確かにウィンドルから輸入を行っていますが、輸入分だけでは足りませんよ。ストラタは大国家。増え続ける人口に対しては少なすぎます。

 よって、今は自国の植林事業で賄っている部分が多いんです」

 

「ほへぇ~……ライモン君、物知りだねぇ。えらいえらい」

 

 ……まぁ、撫でられるのは悪い気はしない。

 が、納得は行かない。

 

「はぁ……。それで、いつグレルサイドへ行くのですか?」

 

「んー。明日にでも?」

 

「護衛しますよ。なんだかんだ言ってグレルサイド自体は良く見れませんでしたからね。

 正直、イライザお姉さん一人を旅させるのは心配なんです」

 

「あはは……それ、モーリスにも言われたなぁ」

 

「え」

 

 え。

 え?

 

「モーリス?」

 

「あ、うん。幼馴染というか……単純に家が隣というか。

 『お前が一人旅ィ? やめとけやめとけ、魔物の餌になるのがオチだぞ』って。

 悔しかったから、誰にも言わずに出てきました、みたいな……」

 

 ……ちゃんと首輪にぎっとけよ!

 つーか幼馴染って……幼馴染って!

 俺にはいなかったぞ幼馴染! 現在進行形! なぜ! Why!?

 

「……尚更イライザお姉さんを守る理由が出来ました。貴女に何かあったら、その彼に顔向けできません」

 

「あはは、大袈裟だなぁ。大丈夫だよ、ウィンドルは平和な国なんだから」

 

 フェンデルとの小競り合いも知らないのか……。

 この人、旅させちゃダメなタイプだな、完全に。

 

 モーリス、大丈夫だ。俺が責任もって連れ帰ってやる。

 

「ふぅ。

 まぁ、付いていくのは決定事項です。不満はありますか?」

 

「え? ないない! むしろライモン君みたいな美少年と一緒にいられるのは嬉しいって言うか……あ、恋愛対象って意味じゃないよ?」

 

「わかってますよ?」

 

 そうだったら怖い。

 ……いやまぁ、イライザは確かに美人なのだが。

 

「では、バロニアへ帰りましょうか。宿は取ってありますので」

 

「おぉ、気が効くぅ!」

 

 溜息を吐く。

 

 今日はゆっくりベッドで寝たい……。

 

 




ようやく日間・透明から抜け出せた……。ありがとうございます。


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10.しあい

ちょっとギャグ寄りです。


 早い物で、ウィンドル国に来てから既に三週間の月日が経った。

 

 イライザは初めの一週間で帰り、俺は毎日研究の日々。

 別段人間関係に何か進展があったと言う事も、研究において大発見があったということもない。想像通り、大翠緑石(グローアンディ)大蒼海石(デュープルマル)に違いは全くない事がわかっただけだ。

 大蒼海石(デュープルマル)が不調に見えるのは、ユ・リベルテという首都が無駄に、贅沢に、意味の無い原素(エレス)を消費し続けているがため。自業自得である。

 

 グレルサイドに行ってもめぼしい物は無かったし、ラントに行く理由も無い。

 一昨日はオーレン村にも行ってみたのだが、収穫は無し。

 

 さて困ったな、というのが現状である。

 

 風機遺跡は行ってみたいが、敵が強すぎる事は分かりきっているので却下。

 海辺の洞窟はラント領に近すぎるので却下。フェンデルにも近いしな。

 王都地下なんてもっての外だ。国際問題になりかねん。

 ウォールブリッジ地下遺跡は……個人的には行きたい、が……護衛の奴らを撒くのも面倒な上に、余り何度も行くとウィンドル兵に顔を覚えられてしまうだろう。

 

 さて困ったな。本当に困ったな。

 

「という事だ。何か外部で変わった動きは無いか?」

 

「全く意味がわかりませんが、変わった動きはありましたよ。フェンデルから、亡命者が幾人か出たそうです。ライオットピークで見かけたとの事」

 

「……それを聞かせて、俺にどうしろと?」

 

「さぁ? 変わった事はあったか、と聞かれましたから答えたまでですし……強いて言えば、アドルフ・ラントのようにヘッドハンティングに行かれるのでは、と」

 

「あれは偶然だ。狙ったわけじゃない。

 あぁ、だが……その亡命者、身体的特徴は何か聞いていないか?」

 

「おぉ、流石ですライモン様。貪欲ここに極まれり。ああっと矢を番えないでくださいここ室内ですので。

 ええと、ローブを深くかぶっていたようなので顔はわかりませんが、身長が高くガタイの良さそうな男だった、と。声色からの判断なので、ベアのような女の可能性は捨てきれませんが」

 

「何故そんな限りなく低い可能性を……あぁいや、もういい。お前がツッコミ待ちなのはわかったし、俺で遊んでいるのも分かっている。

 それで、他にはないのか。俺はその亡命者に興味は無いぞ」

 

 誰か大体わかったし。

 

「ふむ、流石道楽息子、我儘だ。

 ……あれ、怒らないのですか?」

 

「あぁ。

どうした、もうお前に引き出しは無いのか」

 

「……では、明日の朝にはライモン様が嫌になる程情報をかき集めて参りますので」

 

「この平和な国で、そんなに事件が起こるもんかね……」

 

 つまり変わった事はもうないと。

 ……どうするか。何にもする事が無いぞあと一ヶ月と一週間。

 

「……果報は寝て待てというが……」

 

「一応、護衛の方々はライモン様の行動を報告する義務がありますので、報告書には三週間を過ぎた辺りから宿屋でダラダラし始める、と書かれてしまう事になりますね」

 

「……とりあえず散歩でも行くか。歩いていれば何かしら見つかるだろう」

 

「それが最善かと」

 

 街中でダークボトルでも被っていれば厄介事が……あ、いや、流石に迷惑になりそうだからやめておこう。

 その代り、と言っては何だが。

 

「何突っ立ってる。お前も来い」

 

「えぇ……」

 

 嫌そうな顔のコイツも、巻き込もう。

 

 

 

 

 

 

 

 宿屋を出てすぐの左手。

 そこに、重厚に居を構える騎士学校がある。ちなみにまだ例の銅像は無い。

 

「騎士学校、か……。一ストラタ国民としては、少々古臭いイメージが捨てきれんな。騎士など、物語に出てくる存在だろう?」

 

「そうですね。ストラタにあるのは軍事学校くらいですし……かつて栄えた、とライモン様が言っている王国にはあったのかもしれませんが」

 

「だが、ウィンドルでは実際にそれが続いていて、尚且つストラタ(俺達)やフェンデルとも渡り合えるほどの勢力を持っているのだから、頭が下がる。

 なんともまぁ非効率極まりないと言うか、だからこそ個人個人の力が異様というか……」

 

 ストラタは軍を育てる事に重きを置いている。群れでの狩り、群れでの生活。人口面において他二国を圧倒し、且つ住める場所が少ないが故の連携。だが、いくつもの国が集まった共和国であるから、心休まる場所は少ない。

 

 対してウィンドルは個を育てる事に重きを置いている。騎士一人一人が一騎当千の働きをし、そこに至れなかった者が穴を埋めるように走り回る。王を崇め、王に従う、まさに理想の騎士像か。

 もっとも、頂点(そこ)に渦巻く陰謀は悲しいかな、ストラタのそれよりも悲惨で陰険であるという。

 

 フェンデルは個人も軍も捨て、機械と兵装を揃えて底上げを図った国だ。

 誰もが持つ事の出来る強力な武器、強力な機械を従え、個も軍も無視するが故に痛快痛快。陰謀も策略も無い。ただ、仄暗い憎しみが、行き場の無いそれが国全体に広がっている。

 松明では足元は照らせない、ということかね。

 

「……ん?」

 

 と、こちら二人をじーっと見つめてくる視線に気が付いた。

 金髪の少女。吊目美人。これは将来有望。

 

「あの……私達に何か……?」

 

「……貴方、そこそこやるわね。私と勝負しないかしら?」

 

 ……これは馬鹿にされているのか? それとも認められているのか?

 そこそこってなんだよそこそこって。

 

「ええと……あ、私はライモンという者です。お嬢さんは……?」

 

「私はヴィクトリア。このウィンドルを守る剣……の、見習いよ」

 

 ……な、なんだってー!?

 

 この少女が、あの?

 あ、いやでもそうか……八年後において彼らがバロニアに来た時、彼女は学生だったんだ。そう考えれば、俺と同い年か少し上くらいでも不思議はない……。

 守る剣が騎士だとすれば、騎士見習い。つまり騎士学校に入ってすらいない時期か。

 強いのか弱いのかよくわからんが、正直トラウマというか、あの秘奥義は、その。

 

「ライモン、相手をしてやりなさい」

 

「……わかりました」

 

 部下には人前では俺を呼び捨てるように言いつけてある。小さな子供を様付けしていると、それだけで勘繰られてしまうからな。

 だが、今回はそれを良い事に、良い様に使われたらしい。

 そんないかにも「師匠(せんせい)」みたいな口調で言われたら、反論するのも不自然になる。

 

 後で覚えておけよ。

 

「話の分かる指導者じゃない。見た所ストラタ人みたいだけど……ストラタ人にも、騎士道を弁えている人がいるのね」

 

 そんなワケあるか。

 コイツが持ち合わせているのは主人を弄る外道だけだ。

 

「ヴィクトリアさん、場所を移しませんか? 流石に街中では互いに本気も出し難いでしょうし……」

 

「いいわね、ノリ気じゃない。じゃあ付いてきて。北バロニア街道のちょっと逸れた所に、良い広場があるのよ」

 

 ヴィクトリア嬢はニヤりと口角を上げて言う。

 今でこそメガネをかけてはいないが、未来に置いて彼女もメガネをかけし者の一人。

 

 同じメガニストとしては、負けられない。

 

 ――駆け出しメガニストの称号を入手。

 

 そういう習得の仕方もあるのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 連れられてきた場所は、彼女が言っていた通り開けた場所。

 周りには砕かれた岩が転がり、地面は良く踏み慣らされている。

 

「……まさかとは思いますけど、ここはヴィクトリアさんの修行場、だったり……」

 

「へぇ、よくわかったわね。そう、ここは私の修行場。周りの岩は、私の槍で粉々にした残骸よ。

 どう、怖気づいた?」

 

 背負っていた槍をグルグルと回しながら、ヴィクトリア嬢は蠱惑的に笑う。

 教官、早く貰って上げて下さい。

 

「……まさか。

 同年代と闘う、というのは……(あの獣を除いて)中々ない経験ですからね。少々、ワクワクしていますよ」

 

 俺も弓を抜く。

 子供用の弓ではない。折り畳み式の複合弓だ。

 

「! 流石ストラタ、わけのわからない武器を……」

 

「いえいえ、これは折り畳む事が出来ると言う以外、何の変哲もない弓ですよ。

 両刃剣に変形したり、銃に変形したりしませんから」

 

「よくわからないけど、隠し玉は無いっていいたいのね? ええ、わかったわ! 槍と弓、尋常なる勝負を行いましょう!」

 

「あ、では審判は私が。流石に危険と判断したら止めますので、全力でどうぞ」

 

 部下がちゃっかりと審判ポジションに入っている。

 まぁ、コイツなら問題はないだろう。しかし全力か。

 

 光子は使わないとしても……バースト技はガンガンに使って行きますかね。

 

「それでは、両者構え……始め! と言ったら始めて」

 

「凍牙ァ!」

 

「ストライダースピア!」

 

「……しくしく」

 

 お前のボケに付き合うほど暇じゃないんだ。

 

 まずは小手調べと、俺の放った凍牙。矢を使っていないただの氷の礫がヴィクトリア嬢の腹目がけて飛来するが、ヴィクトリア嬢は槍の一突きでこれを相殺。どころか、その勢いを保ったまま肉薄してくる。

 

「ウィンドスピア!」

 

落葉(らくよう)

 

 風の原素(エレス)を纏った横薙ぎ。少女の出す速度じゃない。

 が、俺も風の原素(エレス)を纏って強制的に後方へ後退する。陽炎や絶影とは違い、単純にすばやく移動するだけの武技だ。

 

 ヴィクトリア嬢は間合いを詰めたい。俺は間合いを開けたい。

 このままだといたちごっこになる未来は簡単に予想できるので、少々トリッキーに行かせてもらう。

 

観星(かんせい)! 鷲羽(しゅうう)!」

 

「馬鹿にしているの!?」

 

 直上に放つ矢、計五本。

 無論そんな隙を逃すはずも無く、ヴィクトリア嬢が高速の突きを放ってくる。

 避ける事は出来ない。だから、甘んじて受ける。

 

「ぐっ……恵み雨!」

 

 もろに槍を食らいながら、さらに一本原素(エレス)塊を射る。

 その矢はすぐに落ちてきて、俺の頭頂部に突き刺さった。

 

「何をッ!?」

 

「何、ただの神聖術ですよ……奇抜な、ね!」

 

 全ての生物は原素(エレス)の結合によって形を成している。

 結合の弱くなった原素(エレス)を失えばダメージを受けるし、それが深刻な物となれば死が訪れる。

 

 それを癒すのが神聖術だ。

 神聖術……回復術と言った方がわかりやすいか?

 回復術は、対象が失った原素(エレス)を補充する。必要な原素(エレス)を見極める事が治癒術師としての技量に繋がり、効率にも繋がる。

 

 今回俺が使った恵み雨は、本来であれば味方全員のHPを30%回復するというもの。だが、これを行うには味方全員の基礎原素(エレス)情報を知っておく必要があるし、何より今は一人だ。

 回復するのが己だけならば、自身が失った原素(エレス)を集めてくる働きをする原素(エレス)塊を射ればいいだけの事。ここはウィンドル。ラントの裏山程ではないが、原素(エレス)には事欠かない。

 

 失った原素(エレス)の大部分を回復した俺は、バックステップでその場を飛び退く。

 

「頭上注意です……三叉槍(さんさそう)!」

 

「フェイクッ……違う、どっちも!?」

 

 地を這い縋る三叉槍。高速で移動しながら二つを避けるのは流石と言うほかないが、空より飛来した鷲羽は避けられなかったようで、二射、被弾するヴィクトリア嬢。

 さらに三叉槍の最後の一撃が突き刺さり、そこへ――。

 

「言ったでしょう? 頭上注意、ですよ」

 

 高速で落下してきた巨大な岩石が、ヴィクトリア嬢を押し潰、

 

「そこまで」

 

 さずに、パカッと二つに割れた。

 ……コイツ、短剣で切ったのか。

 

「ライモン。やり過ぎです。女性の顔に傷をつける所でしたよ?」

 

「……騎士に対して、そのような気遣いは無礼と判断したのですが……」

 

「彼女は騎士見習い。騎士ではありません。まだ騎士になる道を選ばない可能性だってあるのですから……おや?」

 

 つい先ほどまでは俯いていたヴィクトリア嬢だったが、部下が「騎士ではありません」と言った辺りから震え始め、部下の言葉が終わるころには「ふ、ふふ……ふふふふ」という恐ろしい笑いが漏れていた。

 

「……ええ、わかったわ。よくわかった。人間は自然には逆らえない……ええ、いい経験をしたわ。

 私が騎士じゃない? 騎士にならない可能性がある? ですって……? 

ふふふ……見てなさい、次会った時は立派な騎士になって……倍返ししてやるんだから……!」

 

 部下に「おい、お前の責任だろ。宥めろよ」という視線を送る。

 「元々はライモン様がやり過ぎたのが原因です。ライモン様が宥めてください」という抗議が帰ってきた。

 

「ええと、ヴィクトリアさん?」

 

「何よ」

 

「すみません、私は幼少から訓練をしているもので……いえ、だからこそ手加減というものを磨かなければいけませんね。本当に申し訳ありません」

 

「へ、へぇ……どこまでも馬鹿にするのね。いいわ、もう、もういいわ。

 その慇懃無礼な態度、最初から気にくわなかったのよ……ふふ、ふふふ……」

 

 「火の原素(エレス)に油を近づけましたね。流石はライモン様、原素(エレス)の扱いならお手の物だ」という目線が突き刺さる。うるせぇ。

 

「えっと……アイスキャンディー、奢りましょうか?」

 

 ブツン、と何かが切れた音がした。

 気がした。

 

 ヴィクトリア嬢はフラフラと立ち上がる。

 

「……手合せ、感謝するわ。

 ただし、次死合う時は……ぜっっっったい後悔させるから」

 

 なんか字が違わなかったですかねぇ!

 なんてツッコミを入れる暇なく、ヴィクトリア嬢は林の向こう……バロニアの方へ消えて行った。

 

 溜息。

 

「……残り一か月と一週間。彼女に見つかったら大岩でも落とされそうですね」

 

「言うな。言うと現実になるぞ。あと、彼女の仕返し対象には多分お前も入っているからな」

 

「わぁ」

 

 間の抜けた声を出す部下に、もう一度溜息を吐く。

 

 ……ほーら、散歩したら厄介事だよ。

 




ちなみにレイモンの術技ですが、基本的にテレジアのディセンダー(狩人)が使う術技を漢字にしたり、そのまま使っていたりするものになっております。
例:三叉槍→トライデント。 恵み雨→ハーベストレイン。 etc.1

特にテレジアのディセンダーと関わりがあったりすることはnothingなので、そこの釈明だけはしておきますね。


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11.見つけ

ちょっと遅れましたね。
土曜日は用事あるので1時更新できません。そのつもりで。


 

 原素(エレス)の中には、生物全般が嫌う原素(エレス)、というものが存在している。

 攻撃術や武技についた特攻、あれの寄せ集めみたいなモンと考えてくれればいい。

 だが、嫌うと言っても「なんか嫌だな」程度の濃度であって、平時の人間くらいの頭があればその空間だけを隔離して近づかない、なんてことは無い。

 追い込まれたり追いかけたりして余裕が無くなっている、もしくは興奮していると無意識に避けたくなるようだが。

 

 とかく、空気中そこかしこ、特に街やダンジョンにいる生物たちから追い出されるようにした「縄張りの区切り」みたいな場所に、その原素(エレス)は集まっているのだ。色は白。

 

 人、それをセーブポイントと言う。

 

「……と言ってもセーブが出来るわけじゃないんだろうがな。死んで試すなんてするわけないし」

 

「ライモン様、独り言は奇特な方に見られますよ?」

 

「うるせえ」

 

 少なくともエフィネアにおいて、火、水、風の三色の原素(エレス)は生物に必要なものである。

 だから、コレの事を敢えて形にするのなら、状態異常を引き起こす原素(エレス)の残りカス、みたいなものだろう。状態異常を引き起こすほどの力は無いが、魔物は寄って来なくなる。

  

 コレをどうにか採取出来れば魔物対策において色々有利になると思うんだが、このしゅわしゅわその場から全く動こうとしない。容器に入れようとしてもふわっと逃げる。多分、容器を形作っている原素(エレス)の間を抜けているんだろう。

 さらに俺自身も生物に含まれるので、このしゅわしゅわがどうも気にくわない。採取できない事への興奮と長く居すぎた事が原因だろうが、なんとも不思議なイラ立ちだった。

 

「失礼ながら言わせてもらいますと、ソレを採取しようなどという考えを起こすライモン様は既に奇特ですね」

 

「護衛のお前まで舌が回るようになったのか。伝染病か?」

 

 とうとう護衛のストラタ兵まで部下(ヤツ)の毒に……。

 いや、元からその気はあったんだが。薄々勘付いてはいたが。

 

「……まぁ、取れんモンの前でうだうだしていても仕方がない。

 そろそろ行くか」

 

「はい。既に乗船代は支払っています」

 

「忘れ物も無かったですよ。流石ですねライモン様」

 

「口調はそっくりだな。見た目全然似てないのに」

 

 護衛はよくいるストラタ兵の青い服。

 部下は未来で俺が来ていたような服を着ている。だから、視覚上の判別は全く難しくない。強いて見分ける方法があるとするならば、過度にツッコミを期待して俺を弄ってくる方が部下だ。

 

 ……それでいいのか部下。

 

「二ヶ月。

 長いと思ったが、早い物だったな。それもこれも、始めの一週間というか二日でウィンドル全土を一周させられた事が原因だと思うんだが、どうだ」

 

「そこについては同意いたしますね。一周させられたり逆走させられたり。情報収集にも駆けずり回りましたし」

 

「立場上、余り言ってはいけないのはわかっているのですが……まぁ、同意を返しておきます。とはいえ、ストラタに帰れば護衛達(わたくしども)は長期休暇に入りますので……特に問題はありませんね」

 

 ずるい。

 ずるいぞお前。

 

「……まぁ、なにはともあれ、だ。

 それなりに楽しかったぞ、ウィンドル。立場上、そこまで頻繁に来ると言う事は出来んだろうが……一日二日であれば、また来たいと思える場所だった。

 次は懸念事項が無い、ただの旅行として来させてもらう。……行くぞ」

 

「御意に」

 

 こうして。

 

 滞りなく、俺のウィンドル小旅行は終わりを迎えたのだった。

 ……ヴィクトリア嬢は、もうすぐあの人が来るから、なんだ、頑張れよ! バリーも応援だけはしておくぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一歳になった。

 

 大翠緑石(グローアンディ)の研究結果を所長に伝えると、「だろうな」という反応で、やはり予想していたらしい。一応施設長にも意見を求めてみたが、「だろうね」という反応だ。

 そう、少なくとも現時点での不調は奴のせいではない。

 ただの使い過ぎ、フォドラの二の舞である。

 

 モーリスは順調にエレスポットの使い方を心得てきたようで、アイテム・料理のセット共に問題ないようだ。頃合いを見て魔導書も作ってみたいのだが、如何せん造り方がわからない。

 イマスタに「エレスポットの効果を高める書物のような物」を考えてみてくれと依頼はしてあるのだが、難航している様だ。

 

 なお、イライザには再会できた。

 口ぶりからして居住区の西側にいる事はわかっていたからな。というかモーリスに問い詰めれば一発だった。

 ところでこの二人、なんだかとても……仲がいいと言うか、見ていて微笑ましいと言うか、まぁ、くっつきそうだな、感はある。

 

 ガリードは顰め面のまま、多少喜んでいるようだった。

 俺が無事に帰ってきた事……であるはずがなく、ラント領主との繋がりに、だ。

 俺が名を騙っていた部分はまぁなんとか言い訳するだろ。

 

 大統領だけは相変わらず、何を考えているのか全く読めなかった。

 指示されたラントの地図を渡しても、「ふむ」。

 大煇石や国土に関する論文を渡しても、「ふむ」。

 本当、胃に悪い。やめて欲しい。あの人との会話は楽しいんだがなぁ。

 

 そんな感じで、もっぱらエレスポットと大煇石の効率工事、この二つを主軸に頑張っていたら、十一歳になっていた。早すぎる。

 

「で、なんだ。誕生日の俺を呼び出すなんて、プレゼントか?」

 

「おい、本当にそうだったとして、それをお前が言ったらサプライズにならねえだろ。ついでに言うとお前が今日誕生日なのは今知った」

 

「うーん、ウィンドルで会ったあの綺麗なライモン君はどこへ……えぐえぐ、お姉さん悲しい」

 

 そんな誕生日に、俺はモーリスとイライザに呼び出されている。

 大体用件はわかった。わかったから区切らなかった。

 

「本名はレイモンだ。イライザ、モーリス。どうせお前らの結婚報告だろう。

 俺は忙しいんだ。違うならとっとと言ってくれ」

 

「……なんでわかった」

 

「えー! なんでわかったのー!?」

 

 分かりやすすぎるからだよ!!

 夜中に呼び出して、神妙な顔して、「話がある」なんてあからさまだろうが!

 

 別に俺に言う必要はないのに、わざわざ言うのは……あぁ。

 

「軍を辞めるのか?」

 

「お前は……なんつーか、面白みというか……そうやって全部先読みしてると人生つまらなくなるぞ?」

 

「エレスポットはお前が信用できる奴に渡してくれ。アレは軍人の持ち物だからな」

 

 やれやれ、折角出来た軍部との繋がりもパァか。

 遥か未来の弟君のためにコネでも、と考えていたが……どうせあの子は自力で辿り着く。

 余計なお世話だった、という事にしておこうかね。

 

「もー、ちょっとは驚いてくれてもいいのに……」

 

「すでに子供がいる、とかだったら驚くけどな。

 ……なんだ、その目は」

 

 なんだその間は。

 

「まぁ、その、なんだ、来年には生まれる予定だ」

 

「えへへ……」

 

 イライザがお腹を叩く。叩くな。悪影響が出るだろ。

 ……これは十一歳の子供としてどういう対応をすべきだ? 「お盛んだな」は流石にセクハラが過ぎるだろう。しかし俺のキャラで何も知らないフリというのは……。

 いや、ここはノータッチ……いや、しかし、ううん。

 

「……名前は考えてあるのか?」

 

 日和ったなぁ……。

 

「おう。

 男なら、イザリス」

 

「女の子ならモイラだねー」

 

「お前らの名前を合わせただけじゃないか。……あぁ、いや。

 いい感じにハイブリットになって、いい感じに良い子になりそうだな」

 

「お前、それは俺達が単体だと難があると言っているように聞こえるんだが?」

 

「そう言っているつもりだが? 特にイライザ。お前が常識を教えられるとは思わないからな。是非とも教育はモーリスに任せてくれ」

 

「酷過ぎるぅ……」

 

 しかし、イザリスか。

 ……暗黒な魂に出てきそうな……いやいや、なんでもない。

 

「一応、友人として言っておく。

 おめでとう。幸せになれ、馬鹿ども」

 

「おう」

 

「うん……って、馬鹿ども!?」

 

 とっとと安全圏に行って、ぬくぬく幸せを噛みしめやがれ。

 暴星魔物が出てきたら安全は減るんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイモン様。お待たせいたしました」

 

「ああ。気取られてはいないな?」

 

「はい。

 ……ガリード様には、ですが」

 

「あぁ、大統領にはバレているだろうが、問題ない。此処に来るまでに妨害が無いと言う事は、黙認だ。

 それより、候補地を探すぞ。抜けていられる時間はあまりないんだ」

 

「御意」

 

 ここはストラタ大砂漠・西……の、もっと西。

 ストラタという大陸の最西端と言っても過言ではない場所だ。

 

 そんな偏狭くんだりにまで来て俺と部下(コイツ)が何をしているかと言えば、簡潔に言うと土地探しである。

 詳しく言うなら、「ストラタ最大の避暑地・スパリゾートを建設するための土地探し」である。この辺りに適所がある事は分かっているからな。

 最も水の原素(エレス)に富んだ、大蒼海石(デュープルマル)原素(エレス)を引いてこなくても良い場所が必要なのだ。

 

 この辺りには緑があるし、砂漠からの砂や風は標高の高い山が遮ってくれる。

 海風も心地良く、何故人が住んでいないのか、というレベルである。

 

 まぁ、理由はわかっている。

 大蒼海石(デュープルマル)が遠いから、だ。大煇石から抽出できる原素(エレス)は便利だからな。そこを中心として町が発達するのはなんらおかしいことではない。

 それに、こちら側からではフェンデルもウィンドルも遠い。ライオットピークがある以上、反対側に集結した方がいいのだ。

 

「凍牙! ……流石に魔物は多いか」

 

「まぁ、人間がいませんからね。この自然にリゾートを造ろうと言う私達こそ、何の疑いも無く侵略者でしょう」

 

「震天! はは、何の言い逃れもできんな!」

 

 それでもやる。

 資金源という打算もあるが、いずれは「大蒼海石(デュープルマル)に頼らない生活」も出来るのだ、ということを知ってもらいたいがためのリゾートだ。

 普段の生活よりも快適且つ住みやすい空間が大煇石の恩恵無しで造られていると知ったら、全員とは行かないまでもそれなりの数がこの海岸線に移住するのではないかと思っている。

 

 そうすれば大蒼海石(デュープルマル)も安泰だ。今の様に過剰に原素(エレス)を吸われる事無く、ただ必要最低限の原素(エレス)と、”象徴”としてそこにあってくれる。

 ストラタを想ってではない。あくまで大煇石を想っての事だ。

 

「ふむ。

 まぁ、この辺だろうな」

 

「そうですね。海に近く、水の原素(エレス)が豊富で……何より涼しい。ストラタにこんな場所があったとは、驚きですよ」

 

「この国に生まれたのならそれは仕方がないさ。ストラタとは暑い物。それは他国民以上にストラタ人が知っている事だ。

 今更避暑地を探そう、なんて発想は出てこないさ」

 

 ウィンドルの資源を狙っている奴らも、あくまでウィンドルは”資源”であって、そこに移住しようと考えているものはほとんどいない。

 ストラタという国に住まうのは当たり前で、誇りで、常識で。

 だから、奪う事こそ考えれど、この砂漠を捨てようとする者は誰一人としていないのだ。

 

「よし、下見は終わりだ。

 資材と人材を運び込み、建設を開始するぞ。費用は勿論、雇った護衛にはエリクシールの大盤振る舞いだ」

 

「そのために……。

 全く、レイモン様はなんというか……いえ、言わないで置きましょう」

 

「ふん、わかっていたくせに白々しい」

 

 こうして、ストラタ最大級の避暑地の建設が始まった。

 

 




イザリスの混沌……ウッアタマガッ


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12.助言者

説明&研究会。
専門用語?多目です。


 回復術がどのようにしてPTメンバーを癒しているか、について話したことがあっただろうか。

 簡単に言えば、治癒術師が対象者の原素(エレス)組成を把握し、失った原素(エレス)を補填する事で回復と成している。治癒術師に求められるのは対象者がどの原素(エレス)を失ったのか、という判別と、どの程度の量失ったのか、という計測だ。

 光子を使用した治癒術はまたプロセスが違う様なのでここでは割愛するが、ここで前提として分かって欲しいのは「原素(エレス)組成を正しく見極める事で対象に干渉できる」という事である。

 

 さて、十二歳になった俺とイマスタは、今尚魔導書に苦戦している。

 モーリスとイライザの娘が生まれただとか、エレスポットの注文がようやく出てきただとか(これは嬉しいが)、スパリゾートの開発が順調だとか、そういう話は置いて於いて。

 

 まず、基本的な所からおさらいしようと思う。

 

「イマスタ。エレスポットがアイテムを生成する仕組みを、簡潔に頼む」

 

「うん。

 エレスポットは周囲の原素(エレス)をゆっくりと溜めこむことが出来る、壺。

 亀車や他の乗り物では自然原素(エレス)の吸収が阻害されてしまうため、自分で歩く必要がある」

 

 言葉を区切るイマスタ。

 一応補足説明をすると、原素(エレス)をゆっくりと溜めこむのは厳選の必要があるためだ。どんな原素(エレス)でも良い、というわけではなく、必要な原素(エレス)だけを溜めこむ必要があるため、その判別にかかる最速の時間が「ゆっくり」であるというだけ。

 また、乗り物に関しては「人間の走行速度」以上のものだと無理という事がわかっている。軍用魔物なんかに乗った時ではいくら粘ってもアイテム形成はされなかったそうだ。検証者モーリス。

 

「集めた原素(エレス)を使って、エレスポットはアイテムの形成を行う。

 この世の物品は全て原素(エレス)の結合で出来ているから、そのアイテムの原素(エレス)組成の記録を登録する事で、エレスポットがそれを収集、形成する仕組み。

 でも、形成が成功するかどうかは運次第。簡単な組成のものならすぐに、且つ簡単にできるけど、複雑な奴だと一週間以上かかったりする」

 

 さらに、複雑な奴は使用エナジーも多い。高CPU使用率のアプリケーションを使うPCが多く電力を消費する、みたいなものだ。それで壊れると言う事は無いが、負荷はかかっているという事である。

 ちなみに生物の組成は登録できない。ただし、生物であったモノは登録できる。

 要は生き物というのは常に組成が変わっているもので、無論身体の大部分は変わらないが、何を食べた、どこで過ごしただとかで微妙な差異が出てくる。

 エレスポットはそういう差異に弱い。その時に設定した組成以外は創る事が出来ないのだ。

 あと、大きすぎるってのも理由の一つだな。エレスポットはあくまで携行できる壺。あまり大きい物は形成出来ない。

 

 生物であったモノ、つまり死骸や身体の一部であれば、その組成が変わる事は滅多にないので、基本的には対応可能、という話である。ただし、何々というモンスターのどこ、という指定は難しいようで、何々という系統モンスターのどこ、という大まかな括りでないと設定は出来ない。

 死骸や身体の一部もまた、大きすぎると設定不可である。

 

「ありがとう、イマスタ。

 ついでに、エナジーについての説明も頼む」

 

「ん。

 エレスポットが稼働するには、エレスエナジーが必要。これはアイテムの形成に必要な原素(エレス)とは別物。

 エレスエナジーは、原素(エレス)であればなんでもいい。どんな偏りがあっても、どれほど複雑でも、なんでもいい。現状はかめにんに頼む事でエナジーの補充が可能だけど、ゆくゆくは武器屋とか道具屋、宿屋とかでも補充可能になるのが理想」

 

「あぁ、問題ないな。流石はイマスタだ。

 じゃあ、次は俺の番だ。一旦座ってくれ」

 

「うん」

 

 コルクボードに張り付けてあった「エレスポット:アイテム形成に関する図説」を剥がしながら、イマスタが席に戻る。

 今度は俺が、「エレスポット:料理の効果発揮プロセスに関する図説」を貼り付ける。

 

「エレスポットにはアイテムの外に、料理を登録する事が出来る。

 料理そのものに効果があるのは知っているな? 原素(エレス)の結合体である食材を調理(デュアライズ)したものが料理だ。これに関しては古来から、ただの丸焼肉であっても元食材と違う効果が見受けられた。

 それはある意味、食した者の糧になった原素(エレス)が身体の内側で治癒術を発揮している、と考えても良いだろう。実際体力や傷も回復するしな」

 

「質問。レイモンの好きな料理は?」

 

「マーボーカレーだ。何処へ行くにしても、最も頼りになる料理だからな。

 続けるぞ。

 エレスポットに料理の組成を登録すると、特定のある条件下においてのみ、料理の効果を再現してくれる。指定される条件は戦闘開始から何秒経ったか、だったり、仲間の傷がどれほど深刻になったか、だったりと様々だ。

 この条件指定については未だ謎が多いが、俺の推測として『戦闘で発生する余剰原素(エレス)に反応している』のではないかと考えている。もう少し深く言うと、余剰原素(エレス)及び結合解除原素(エレス)だな」

 

 既に理解している事だろうに、律儀にもノートを取るイマスタ。

 もしここにいるのがイライザだったら、ノートに書かれているのは落書きだった事だろう。

 

「戦闘に於いて、術技を使用した際などに込められた原素(エレス)と実際に使用された原素(エレス)の差分が、余剰原素(エレス)として大気中に拡散する。これは戦闘をする者であればだれでも知っている事だ。目には見えないが、明言化したものとしてエレスゲージ、という言葉があるくらいにはな。

 人間側が得意とする余剰原素(エレス)と魔物側が得意とする余剰原素(エレス)という違いはあるが、まぁ余剰原素(エレス)は余剰原素(エレス)だ。

 エレスポットの指定する「戦闘開始から○○秒経過」や「○○ヒット以上」、あと「戦闘時間○○秒以下」なんかはこの余剰原素(エレス)に反応、この際の原素(エレス)で再現できる料理の効果を再現している、という見方だ」

 

 他にも色々条件はあるが、代表的な物で許してほしい。

 

「そして結合解除原素(エレス)

 これはダメージによって戦闘者・魔物が失った原素(エレス)の事だな。打撃、斬撃、射撃に術。何かしらのダメージのよって失った原素(エレス)が大気中に拡散し、これもまたエレスゲージになるんだが、エレスポットも反応する。

 「○○のHPが○○%以下」や「誰かが戦闘不能」、さっきの「○○ヒット以上」も半分はコレに該当しているんだろう。

 状態異常に反応するのは、状態異常に関する原素(エレス)に反応しているとみるのが一番だな。そこは考察の余地も無い。

 とにかく、この際に出てきた結合解除原素(エレス)で再現できる料理の効果を見繕って『条件』としているのだと思われる」

 

 戦闘中、戦闘後の違いはほとんどない。あるとすれば、溜まって行く途中で反応しているか、溜まった後に反応しているかの違いくらいだ。

 ちなみに料理の再現に使用するのも溜めた原素(エレス)である。エレスゲージが減るのは、アイテム形成の理屈と同じ。決してエレスゲージを消費しているわけではない。

 

「ここまではいいか」

 

「うん。

 

 ――おじさんも、大丈夫?」

 

「……あぁ、まぁ……理解は出来る……と、思う」

 

 そう。

 こうやっておさらいをしていたのには、理由がある。

 エレスポット開発は極秘事項。俺とイマスタ、俺の私兵しか与り知らぬ話である。販売は俺が行っているので俺が関わっているのは知られていると思うけどな。

 だが、それだけでは立ちいかなくなると言うのも事実。私兵は俺の部下だし、イマスタは年端もいかない少女だ。

 誰か、俺の部下ではないもので且つ信用が置けて、自衛もある程度こなせる者を巻き込みたかった。

 

 そこで白羽の矢が当たったのが、コイツである。

 

「アドルフ。疑問は先延ばしにするなよ? 聞きたい事があったらすぐに言え」

 

 アドルフ・ラント。

 此度のウィンドル遠征で俺が手に入れた、一番の品。

 ガリードに引き渡すのは止めた。奴に渡したのはラント領主からの感謝状のみだ。

 

「……いや、なんというか……俺の二回り以上年下の子供に、教えられているというのがな……」

 

「なんだ、そんな事か。

 気にするな。イマスタも俺もことエレスポットにおいては専門家だ。だが、他の教養には欠ける。総合的に見ればアドルフ、お前の方がはるか上の大人だ。それは俺もイマスタも認めている事だぞ」

 

「うん。ウィンドルの話、面白い」

 

 イマスタの認め方はちょっと違うようだが。

 

「……そうだな、ま、新しい人生の始まりだ……識者から授業を受ける、なんて贅沢、感謝しないとだな……」

 

 アドルフは流石次期領主候補だっただけあって、頭がいい。どこぞのマモレナカッタ人とは大違いだ。まぁ、彼も領主候補としての訓練を積んでいれば、どうなっていたかはわからないが。

 

「よさそうだな。

 じゃあ本題に入るぞ」

 

 「エレスポット:料理の効果発揮プロセスに関する図説」を剥がし、近くの机に丸めてあった「エレスポット:魔導書作成に関する図説」を貼り付ける。

 本題はコレである。勿論アドルフにエレスポットの知識を覚えさせると言う意味では前の二つも本題なのだが、俺とイマスタでは思いつく事の出来なかった新しい風を取り入れる為に、風に因んでウィンドル出身のアドルフを呼んだのだ。嘘である。新しい風云々は後付けだ。

 

「続けて俺が説明するぞ。

 魔導書というのは、効果的には料理に似ている。が、違うのは発動条件だ。

 魔導書をエレスポットにセットすると、その効果はセットした時点から発揮される。外すまで、な。

 つまり、この書物自体にとんでもない量の原素(エレス)が籠められていて、余剰原素(エレス)や結合解除原素(エレス)を必要とせずに、エレスエナジーの消費(=エレスポットの稼働)だけで効果が発揮できる代物という事だ。理論上は、な」

 

「理論上?」

 

「ああ。

 魔導書はまだ開発に至っていない。そのための外部知識としてお前(アドルフ)を呼んだ。

 一応、イマスタと俺の研究によって、さっき言った事だけはわかっている、というのが現状だ」

 

 つまり、全然わかっていないのである。

 私兵を使って三国を探させている(と言ってもフェンデルは余り行けていない)が、それらしきものは見つからず。やはり生成されていないというのが有力だと思っている。

 

「造る……に、おいて、何が問題なんだ?

 素人の耳にゃ、原素(エレス)を溜めこめる書物が作れて、そこに効果を持たせる事が出来るなら解決、という風に聞こえるんだが……」

 

原素(エレス)を溜めこめる書物は確かに造れる。武器に使用されている原素(エレス)貯蔵装置をハードカバーに転用すればいいだけだから。ただし、その場合溜めこめる原素(エレス)は非常に少なくなる」

 

「武器の原素(エレス)貯蔵装置ってのは、あくまで使用者が原素(エレス)を込めて使う事を前提にしている。だからあんだけ小さいんだ。

 だが、本の状態の時点で膨大な原素(エレス)を常にため込んでいるとなると、現状の科学力では無理だな」

 

 あるいは、フォドラにおける煇石造りの知識があれば、話は違ったのだろうが。

 少なくとも俺達に、エレスポットに設定できるほど小さな書物へ埋め込める装置の開発技術は無い。

 

「効果を持たせる、というのも至難。料理では到達しえない効果が理想形だけど、問題はどうやってエレスポットにその効果の指向性を持たせるか。そこの変更方法を私達は知らない」

 

 コードプリセットは持っているが、コードの記述方法は知らないのだ、俺達は。

 それを知っているのなら、恐らくこの世の全てを造り出す事だって可能だろう。

 

 あるいは、星の核の複製でさえも。

 

「ほー……八方塞がり、ってわけだ。

 んじゃ、もう一つ聞いてもいいか?」

 

「ああ。現状の俺達ではこれ以上の発展は無理だ。お前が頼みの綱なんだ」

 

「武器に使用されている原素(エレス)貯蔵装置なんだが、アレをバラして小型化・改造してみるってのはどうかね。大容量の貯蔵じゃなく、それこそそのエレスポットのように、周囲から原素(エレス)を吸収するような」

 

 ――……。

 ……ん?

 ……うん。

 

「採用だ。挑戦あるのみ」

 

「流石は大人。かっこいー。あこがれるー」

 

 外にいる部下に合図。入ってきたソイツに、適当な武器を持ってくるように言う。

 ちなみにここはイマスタの家である。

 

「効果の方はどうだ? 何か思いつかないか?」

 

「いや、そっちについてはさっぱりだ。俺はその効果とやらを体験した事はねえし……。

 だが、その設計図の文字や話を聞いている限り、エレスポットという物自体お前達が一から考え出した、ってワケじゃないんだろう? だったら、世界のどっかに魔導書があるんじゃないのか?」

 

「その可能性はとうの昔に考えて、探させている。が、一向に見つかる気配が無い。ついでに言うと、既存の物だけで満足しては、量産が出来んだろう。生産方法を考えるべきだ」

 

「ふむ。

 ……んじゃあ、イマスタの嬢ちゃんが持ってる設計図、だったか? それみたいに、魔導書に関する設計図がどっかにあるんじゃないか?」

 

 一瞬の空白。

 一瞬の間。

 

 そしてイマスタと俺、二人同時に顔を見合わせる。

 

「古い本……記述内容は難解……」

 

「魔導書という名前、あれも魔法の本……」

 

「「お硬い本!」」

 

 そうだ、あの時に気付くべきだった。

 エレスポットの錬成。その時に、千切られたページを必要とした。

 それはつまり、エレスポットというものが発明された際、既にあの石化した本はあったと考えるのだ。

 

「……必要な犠牲だよな、イマスタ」

 

「うん。後で偽物をおいておけばバレない」

 

「お前ら、なんか不穏な言葉吐いてねぇか?」

 

 研究に犠牲はつきものである。

 生物であれば俺もまだ躊躇するが、石なら別だ。

 

「レイモン様、武器を購入してきました」

 

「丁度いいところへ来た。

 私兵団を集めろ。少々危険に打って出るぞ」

 

「はい?」

 

 いやはや、流石である。

 流石ウィンドル人。良い風が吹きまくっている!

 

「……まぁ、いいか。いずれは人の為になる、って話なら」

 

 アドルフが何かを納得しているが、いやぁどうでもいい!

 さぁ、すぐに作戦を練ろう。

 

 破壊しないように、且つばれないように。

 

 あの本を運び出すぞ!

 




星の核の複製方法も気になっていたんですよね。複製した、ということだけはわかっていたんですが。
んで、これくらいしか理屈は思い浮かびませんでした。


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13.魔導書

この辺りはスピーディに。


 十三歳になった。

 この歳はそこまで多くのイベントは無かったのだが、粒の一つ一つが大きい。

 まず、魔導書が完成した。

 

 俺とイマスタの読み通り、セイブル・イゾレの研究施設横の通称”お硬い本”は魔導書の設計図と言っても過言ではないものだった。正確に言うと、”魔導”なるものがアンマルチア由来っぽい文字で幾頁にも渡って書かれた教本のようなものだった。

 魔導の使用方法こそ書かれてはいなかったが、これを記述した紙面を綴じた”仮称原素(エレス)吸収魔導書試作型一号”をエレスポットにセットしてみると、見事に効果を得る事が出来たのだ。

 もっとも、原素(エレス)吸収装置の方が早々に音を上げてしまい、魔導書の効果も伴って切れてしまったのだが。

 

 とにかく、アドルフの発想通りこの本こそが設計図である事はわかった。

 復元が難しいので慎重な作業になるものの、既に俺が()()()()()魔導書の半分は抽出出来ている。本来ならばこの言語を一から学ぶ機会があればいいのだが、流石にそれは贅沢だ。いつかアンマルチア族の里に移住した時に、長ガウスに頼み込むとしよう。

 これにより、量産……にまではまだありつけていないが、装置の方が完成すればすぐにでも現エレスポット所持者に魔導書を渡せるように……。

 

 いや。

 世界のどこかにある、という事にして、隠しておいた方がいいか?

 俺達がこういうものを造り出せる、というのは……そうだな……エレスポットの仲介業者もかめにんにして、かめにん達に自身の思うここぞという”隠し場所”へ、魔導書を隠してもらって……。

 

 魔導書は料理よりも効果がピーキーなので、有体に言えば弱い奴が強い魔導書を持つと危ないのだ。

 例えば「熱血の魔導書」。これは「命中以外のステータスを半分にして獲得経験値を倍にする」という効果を持つのだが、技量のあるものがこれを使うなら何の問題も無い。が、無い者が使用してみろ。悲惨な未来しかみえないぞ。

 

 強い魔導書を得るには、それなりの秘境を踏破できる人材でなければダメ、という事にしなければ……。

 かめにんネットワークに頼めば完璧にこなしてくれるだろう。彼らは顧客の願いを完遂する事に関してはプロだからな。

 

 魔導書の話はこれくらいにしておこう。

 どの道今アドルフとイマスタと私兵の内の武器に造詣の深い物が行っている小型化・改良が終わらなければ次のステップへは進めないからな。

 

 

 次に、ユ・リベルテにおける水道工事が終了した。

 外見に見える水の原素(エレス)の使用箇所は全く触れずに、内側に流れていた無駄な水道の排除、及び冷房設備等の効率化は、大統領の助けがあったこともあってスムーズに終わったのだ。

 余程気温の変化に敏感な奴以外、今までガンガンに冷えていたユ・リベルテの建物内の温度が1度上がった事になど気付けはしまい。特に宿屋な。冷房強すぎ。

 

 大統領が「私の私室は冷房無しでも良いぞ」などとほざいていたが、それで倒れられては元も子もない。暑さは決して我慢でどうにかなるものではないからな。

 適度なら大蒼海石(デュープルマル)に悪影響も無いのだ。適度なら。

 

 最後に、スパリゾート。

 潤沢な資金、世界最大の人口を誇るストラタ、働き手には事欠くはずもなく。

 木材の多さも相俟って、かつてない速度で建設は終了した。エリクシールの大盤振る舞いも効いたな。普段は慎重派の護衛や傭兵たちが、エリクシール片手に獅子奮迅の勢いで魔物を駆逐していく様は圧巻の一言。

 また、人間が一極集中したことで、前に話した「生物が嫌う原素(エレス)」が押し出され、セーブポイント(以下、白原素(エレス))が出現した事が一番の理由かもしれない。

 スパリゾートの敷地を転々と囲う様に出現した白原素(エレス)は、良い魔物避けになる。稀に宿屋などのように敷地内に白原素(エレス)が発生してしまう事もあり、少々懸念はしていたのだが、大丈夫だったようだ。

 大蒼海石(デュープルマル)原素(エレス)を一切使用していない、輝術と通常の煇石だけで造られたリゾート。ちなみに海に関しては、もう少しクオリティの高い物にさせてもらった。史実におけるあの海は流石にチープすぎる。

 

 第一訪問者大統領を皮切りに、少しずつではあるが着々とお客様も増えている。

 あの人が夜会か何かで広めてくれているのだろう。頭が下がる。まぁ、大蒼海石(デュープルマル)の為を想っての施設であるし、何よりあの人が一番楽しんでいたからな……。

 政治に私情は持ち込まないが、プライベートならガンガン悪ノリしてくれる良い大人……もとい、悪い大人である。

 

 ちなみに変装こそしていたがガリードも来ていた。

 多分遊びに来たんじゃなく内情視察かなんかだろう。遊びに来たとか……ないない。

 

 ないよな?

 

 そんな感じの、十三歳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十四歳になった。

 この年頃になると、ある病が流行する。

 此方の世界に中学なんてものは存在しないため、名付けられていないソレだが、見事にイマスタが罹患してしまった。

 

「……イマスタ」

 

「なんだ? レイモン」

 

「お前、その口調……」

 

「口調? ふん、何を言う。

 私は元からこの口調だ。それより、エレスポットの使用状況はどうだ」

 

 これである。

 誰に似たのか、粗暴過ぎる口調になってしまって……。

 アドルフか。アドルフが悪いのか。

 

「……ストラタは国防本部を中心に、ウィンドルは近衛兵を中心に着々と広まっているみたいだな。フェンデルの方はかめにん伝えでしかわからんが、浸透率は微妙らしい。あそこは外部からの干渉を極端に嫌うからな……」

 

「そうか。

 軍人の価値はエレスポットをどれだけ使い込んだかで決まる。是非ともこれからも使用を続けて欲しいものだ」

 

 補足説明すると、エレスポットは自身で歩き、闘わなければ成長していかない。

 故に成長したエレスポットを持っている事が歴戦の証明になるのだ。と、言いたいんだと思う。

 

「そっちこそ、装置の改良はどうなってるんだ?」

 

「ふん、聞いて驚け。

 完成した。完璧にな。エレスポットの集積原素(エレス)の内、アイテムを形成できなかった際の余剰原素(エレス)及び雑原素(エレス)を再利用し、魔導書のエナジーとする方法だ。

 アドルフおじさんと心からハイタッチをする日が来るとは思ってなかったぞ」

 

 それは朗報だ。

 

「もちろん、アドルフおじさんをリーダーに既に製作作業を開始している。明日には製本版が上がるだろう」

 

「素晴らしいなイマスタ。それと、その口調にアドルフおじさんはむしろ可愛らしいぞ」

 

「ム……ごほん。アドルフはメキメキと力を付けている。私達も一層精進しないとな」

 

「ありゃ、藪蛇だったか……」

 

 すまんアドルフ。

 

「ふむ……ま、研究がひと段落ついたというなら……少しだけ、休養にでも行かないか?」

 

「休養?」

 

「ああ。

 最近、ストラタの秘境にリゾートが出来たんだ。アドルフと、なんならお前の母親も含めて羽を伸ばしに行くと言うのはどうだろう」

 

「……ちょっと相談してみる」

 

 おお、素に戻った。

 こっちの方が可愛いと思うぞ、俺は。

 

「そこで改めて、みんなで乾杯をしよう。

 お前の母親にもそろそろちゃんと事情を話した方がいいだろうしな」

 

「ん」

 

 さて、職権乱用して貸切にするとしますかね……。

 

 後日行われたお疲れ様の会では、イマスタの母親に無事理解を得る事が出来た上に、ストラタの商業施設……宿屋や武器屋、道具屋などでエレスゲージのチャージを委託できないか聞いてみる、との意見を貰った。

 なんでもイマスタの母親はセイブル・イゾレの道具屋で働いているらしく、商人は横のつながりも多いのだとか。

 ありがたい限りだ。

 

 そんな感じで、乾杯の音頭とグラスのぶつかる音と共に、十四歳の年は流れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 十五歳になった。

 イマスタの口調は相変わらず。もう諦めた。

 アドルフに問い詰めた所「ちったぁ鏡をみやがれ」と言われたが何の事だか全く分からない。ウィンドルの諺だろうか。

 

 別段ピックアップする事柄でもないのだが、モーリスとイライザの子供が順調に育っているらしい。現在三歳。

 どこぞの光子の塊を彷彿とさせる顔立ちに、薄桃色の髪。イライザが赤髪なのでその遺伝だろうが、髪色も相俟ってやっぱりプロトス1を思い浮かべてしまう。これでツインテールになんかしたらそっくりになるんじゃないか?

 

空破(くうは)――」

 

「ッ!」

 

絶掌撃(ぜっしょうげき)!!」

 

「落葉!」

 

 そんなことを考えていたら、隙を突かれて危ない所だった。

 対峙しているのはモーリス。引退して四年経つというのに、腕に衰えは見られない。

 

「俺を相手に考え事かぁ? 随分と余裕になったな」

 

「ああ、いつモーリスが娘に拒絶されるのか楽しみでな。イライザ、お前が父親に忌避感を抱いたのは何歳くらいだった?」

 

「へ?

 えーっと……十歳くらいかな?」

 

「あと七年だモーリス。クク、せいぜい愛される父親になれよ」

 

「……手加減無しだ、レイモン。お前は俺を怒らせた……!」

 

 ふん、世の中の父親の98%が経験する事だ。

 せいぜい頑張れよ、パパ。

 

「丁度いい、俺も秘奥義の開発に着手していてな。

 受けてもらうぞ、モーリス」

 

「ほう? グラニットータスに苦戦していたガキがほざくじゃねぇか」

 

 ちなみにお互い装備している武器は木刀と子供用の弓。

 怪我は極力しない方向だ。

 

「やれやれ、何年前の話を持ち出しているのか……。

 ……だがまぁ、成長というものを見せるには良い比較対象だな」

 

 真っ直ぐ、正鵠に矢を番える。

 秘奥義という術技は、莫大な原素(エレス)を消費する。

 そのため普段はエレスゲージ(余剰原素(エレス))が満タンの時や必要量のコンボを決めた時でないと使用できないのだが、そこは金の力。

 アルカナボトルさんで一気に余剰原素(エレス)を追加、俺の周囲だけを一時的なエレスライズを起こす。

 あとは、爆発のキーとなる一連携目を起こせば完璧だ。

 

 そしてそれは、もう射てある。

 

「鷲羽!」

 

「何ッ!?」

 

 天から降ってきた一つの原素(エレス)塊がモーリスの肩に直撃する。ダメージこそ無いような物だが、きっかけは出来た。

 

「覚悟は出来たか? 無様に舞え……アンタディッドプレイス!」

 

 なお、戦闘中の俺は原素(エレス)ハイに……。

 

 実矢を伴わない、原素(エレス)の矢がモーリスに突き刺さり、そしてそのままその身体に溶ける。

 この秘奥義はダメージを持たない。そう言う意味では、かなり弱い部類の秘奥義だろう。

 だが。

 

「……」

 

「動けんだろう?

 鈍足と石化、麻痺と弱体、凍結に封印……大凡敵をその場に縫い付ける状態異常を引き起こす原素(エレス)を纏めてプレゼントする技だ」

 

 モーリスは動けない。

 性質上単体にしか効果の無い秘奥義だし、相手に想像以上の耐性があれば無駄になると言っても過言ではない秘奥義だが、事初見の人間や魔物相手には強い。

 

 動けないモーリスに向かって、紅蓮を放つ。

 

 有効打一撃。

 これが試合の判定だ。

 

「ほれ、パナシーアボトル」

 

「……お前らしいっちゃお前らしいが、相手が複数の時は回復されて終わりじゃねえか?」

 

「複数相手だったら別の戦法を取る。単体相手だったらこの上なく有効だろう? 勿論、始めに一度状態異常にして、エレスポットの料理対策を取る事も忘れないぞ」

 

「なるほどね……。

 すまん、イライザ! 負けた!」

 

「え? あ、どっちも応援してたから特に残念に思ってなかったカモ……」

 

「あ、レイモン様勝利おめでとうございますー。かっこよかったですよー『覚悟は出来たか? 無様に舞え……』って!」

 

「うるせえ減俸だお前なんかばーかばーか」

 

 イライザと娘の護衛用に付いてきていた部下が死ぬほどウザイ。

 違うんです。ほら、俺も十五歳だから、みたいな?

 いや、あの文言は戦闘中の俺が言ってるのであって俺じゃなくてだな。

 

「次、やる機会があったら俺が勝つぞ。最初から手加減抜きでな」

 

「そうしてくれ。

 立場上、本気の戦闘なんかとは中々出会えないんでな」

 

 そんなことがあったら、部下の職務怠慢である。

 ……近い将来、ヴィクトリア嬢辺りが挑んできそうではあるけれど。

 

「あ、じゃあ。

 二人とも、お疲れ様! モイちゃん、どっちがかっこよかった?」

 

「ぅ」

 

「レイモン君だって!」

 

 ドヤァァ……!

 

「飼い主はペットに似るな……」

 

「失礼な。モーリスさん、私をレイモン様と一緒にしないでください!」

 

「こっちのセリフだよ!!」

 

 そんな感じで、十五歳。

 




アンタディッドプレイス Lv1 秘奥義

エレスライズ中、連携中に発動可能。
極密度の状態異常原素をあなたにお裾分け。
ダメージは無い。


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14.出会い

前半研究

後半、ついに……


 十六歳になった。

 

 原則、この年までに軍学校に入らないのであれば、軍人への道は閉ざされる……と、モーリスが言っていた。原則というのは、余りにも秀でた才があれば歳が過ぎていても問題ないという事だ。まぁ、そういう人材は何故かウィンドルに集中しているので、ストラタに現れるという前例はほとんどないらしいのだが。

 ちなみに下は十二歳から門扉を開いている。無論死地に向かわせるような外道を大統領が許すはずも無く、十二から十七までを二年刻みで小等、高等、専攻と分け、専攻の中で自身の進みたい軍部に志願する、という仕組みだ。

 

 もっとも、ストラタ軍になど入る気がサラッサラ無い俺にとっては、さほど興味のある事柄ではないのだが。

 

 ……まぁ、大蒼海石(デュープルマル)の研究所は括り的に「ストラタ国防軍第四情報統括本部大煇石研究本部」という部署に入っているので、既に軍人と言われれば軍人である。何の拘束も無いが。あっても知らん。

 

 早々にガリードは俺を軍に入れる事を諦めているし、大統領もハナからそのつもり。

 モーリスでさえ俺が軍に入るなどとは欠片も思っていなかったらしい。イライザから聞いた。

 

 というわけで、一応、この時点で……家を出る前準備は整ったわけだ。

 後は大蒼海石(デュープルマル)に類する問題の解決、ガリードの未来の弟君に家督を譲ろうと言う気概の確認、そんでまぁ、モーリスとイライザの子の十二歳くらいまでの成長確認か?

 とかく時間しか解決しようの無い事柄を済ませてしまえば、晴れて自由の身。

 アンマルチア族の里に移住する、その日はもうすぐである。断られたらどうしようとかは考えない。

 

 現状確認はこれくらいで。

 この歳でピックアップすべき出来事は、やはりエレスポットに関する事だ。

 

 エレスポットの普及率はかなり順調である。便利である事、そして大統領が使用に言及した事が相俟って、注文が止まない。イマスタとアドルフ、俺で日がな効率化を図っているエレスポットは既に試作段階の半分以下の材料で錬成可能であり、魔導書もほぼすべてを作り上げる事が出来た。

 そもそもの話をすると、試作型一号(モーリスに上げた奴)と試作型二号(ウィンドルに持って行った奴)はセット数16の、所謂最終段階のエレスポットである。

 

 最近の効率化で判明したのだが、エレスポットの中にある原素(エレス)には、アイテム形成に使用する必要原素(エレス)、アイテム形成に失敗した時に生じる余剰原素(エレス)と雑原素(エレス)、そして白原素(エレス)を含む雑原素(エレス)にすら分類されない細々とした原素(エレス)、仮称廃棄原素(エレス)が存在している。

 内、余剰原素(エレス)と雑原素(エレス)は魔導書の稼働に使用しているのだが、廃棄原素(エレス)は全くの未使用だ。結合段階で変異・破損した原素(エレス)がこれになるのだが、どんどん溜まって行くはずの廃棄原素(エレス)は何故かエレスポット内のどこにも見受けられない。

 そこでいくつかの実験や検証を経た所、廃棄原素(エレス)はエレスポット自身の成長に使用されている事がわかったのだ。

 

 変異・破損が起きやすい料理の効果再現時に生成される廃棄原素(エレス)

 これを使用し、成長するエレスポットはそのセット数を増やしていく。

 現在製造している半分以下の材料のエレスポットは、セット数4の、所謂初期段階エレスポット。これに料理を設定し、廃棄原素(エレス)を溜めて行くことでいずれはセット数16の最終段階エレスポットにまで成長する、という仕組みである。

 

 よって、現在販売しているエレスポットは全て初期段階、セット数4のエレスポットになる。今まで出回っていた最終段階エレスポットは数が少ないし、かめにん達の思う「各国の信頼できる強者」達にしか渡されていないはずなので、そこまで問題にはならない……と、思う。思いたい。

 

 兎にも角にも角煮にも、エレスポットの開発はほぼ終了と言える。

 イマスタの母親の尽力によって街の道具屋や宿屋、武器屋でもエレスエナジーの補充が出来るようになったからな。かめにんが「独占売り上げが減るっす……」と嘆いていたが、そこは勘弁してほしい所である。

 

 で。

 

 で、今やっている事が、この”ほぼ”の部分。

 即ち、新たなる魔導書の製造である。

 

「……もう一度ウォールブリッジへ行きたい……というかもう里へ行きたい……辞書。辞書プリーズ」

 

 地下遺跡の装置で散見した言葉。

 主にプロトス1に関する情報だろうアレと同じ単語を抜き出し、それが使用されている魔導書の効果と比較して、他の部分の言葉の意味を返す。

 非常に地味で地道で、途方もない作業だ。

 

「……そもそもアンマルチアって、アマルコルドの捩りだろ……? エム・エルコルド……私は覚えている。だから、基本的な部分はイタリア語の言い替えや捩り……と考えれば、はぁ、なるほど……そうか、ふむ……」

 

 アンマルチアの綴はAmarcian。-ianは○○の人々の意味なので、Amarcの人々。アマルクといえばアマルコルド。エム・エルコルドの訛ったもの。

 フォドラのヒューマノイドが「……チア族」と発言をしていたので、千年前の時点で既に”アンマルチア”という言葉は有ったと言う事になる。

 よって、エム・エルコルドの意味……「私は覚えている」を転じて、「忘れられない一族」「忘れてはならない一族」という意味だと思うのだが、フォドラの民にとってエフィネア開発を進め、追放する形となったアンマルチア族を「忘れてはならない一族」と綴る意味が理解できていない。

 

 あ、アンマルチア族についての話になってしまった。

 今考えるべきは文字の方だって。

 

「でもプロトス1の詠唱含む言語はエフィネアの言葉だしなぁ。アンマルチア族は帰属したと考えれば不思議じゃあないが、プロトス1までこちらに合せるのは何故だ? それとも翻訳機能でもあるのか?」

 

 ……まぁ、有り得ない話ではない。

 というか、あぁ、そのためのウォールブリッジ地下遺跡か?

 エフィネア用に調整するための……そうだ、ラスタ・カナンにあった観測装置や風機遺跡にあった天候操作装置のように、遠隔で情報を伝える技術に関しては凄まじい発達をしているんだ。

 なるほど……ウォールブリッジ地下遺跡でプロトス1の知識情報なんかを書き換えられるのだとすれば、これほど良いリモートコントローラーは無い。自分たちは安全圏で、ラムダ必滅のためにプロトス1を操作……とまでは行かないかもしれないが、誘導できるというのなら、あそこを廃棄しなかった理由もうかがえる。

 

 あ、地下遺跡の話になってしまった。

 今考えるべきは言語の方だって。

 

「待てよ?

 フォドラの記録室の文字を、彼らは読む事が出来たよな……。

 つまりエフィネアとフォドラ、言語は変わらないのか?

 あ、いや、そうか。こちらの言葉はアンマルチア族が広めたもののはずなんだから、変わらないのは当たり前……ということは」

 

 という事は、この魔導書に使われている言語は……所謂プログラミング言語。

 地下遺跡で俺が見たのはコードそのもので、記録の方は別にあるのか?

 そうか、でもそう考えるとこのしっちゃかめっちゃかな記述もしっくりくるぞ……。

 

「……このinizionerという条件の元……Funzionien polmonightをunohnだけpotenziamenireaする……」

 

 丁度近くに会った先制の魔導書を教本に理解を進める。

 これで新しい物が生み出せるかどうかと問われれば、まだ顔を顰めざるを得ない。

 だが、一歩、また一歩とアンマルチアの叡智に近づいた気がする。

 

 ……英知の蔵に辞書とかあったりしてな。

 

 そんな研究で、十六歳は通り過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十七歳も通り過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 十八歳になった。

 

 新しい魔導書がようやく完成し、十三日に及ぶ貫徹から凄まじい虚脱感と疲労に襲われている俺だが、そんなことをおくびにも出さずに直立不動している。嘘だ。眠い。さっきから口の中でなんど欠伸をした事か。

 

 だが、流石に今日は、今日くらいはしっかりせねばなるまい。

 

 何故なら――。

 

「レイモン。

 今日を以て、お前をオズウェル家の継承者候補から外す。以後、この者が私の次にオズウェル家を引く存在となる。いいな?」

 

「……はい」

 

「ふん。相変わらず何を考えているかわからんな。

 さぁ、義兄となる存在に挨拶をしなさい。……出来るな?」

 

 ガリードの後ろから、これでもかという程に怯えている青髪の少年が現れる。

 ガリードの脚にひしっとしがみつき、煩わしそうにしているものの珍しく困っているガリードに背を押され、少年がよろけながらも前に出た。

 

「ヒュ、ヒューバート・ラント……です」

 

「ほう、君が、ですか。

 ですが、ラント姓を名乗るのは良くないですね。既に君はオズウェル家の養子。であれば、オズウェル姓を名乗る必要があります。でなければ、君の父親に迷惑がかかってしまいますよ?」

 

 出来るだけ、感情を表に出さないように。

 今表に出すとぶっきらぼうになってしまう。

 

「ひっ……あ、その……ヒューバート、お、オズウェル……です」

 

「はい。

 私はレイモン・オズウェル。つい先ほどまでこの家の継承者だった男であり……今は、そうですね、突然現れた義弟君にその座を追われた、しがない男でしょうか?」

 

 ふ、素晴らしいギャグセンスだレイモン。

 部下のアイツに「レイモン様のギャクセンスを越える事は誰にもできませんよ」と言わしめたこのセンスがあれば、怯える子も泣く子も笑顔に――、

 

「う、うぅぅ……!」

 

「……あまり虐めてやるな。

 ヒューバート。お前はこれから、オズウェル家の一員だ。そこな親不孝者と違う、オズウェル家に明るい未来を齎す存在となってくれることを切に願っている。その為の教育であれば、あらゆるものをお前に贈ろう。

 いいな? ゆめ、そこな教育も金も時間も無駄にするような粗忽者に影響されてはいけないぞ」

 

 あ、やっぱりそう思われてたんですね。

 まぁそりゃあそうだ。幼くは神童なんて呼ばれて、少しは期待しただろう甥が、今や怪しげな研究に日を潰す、オズウェル家に対してほとんど益を生まない存在になってしまったからなぁ。

 まぁそれが狙いではあるんだけど。

 

 というか虐めた覚えはないんですけど?

 

「それで、叔父上。今後の私の立場は如何に? このまま追放ですか?」

 

「そのような事をするはずがないだろう。お前にどれほどの金をかけたと思っている。

 ――レイモン。お前はヒューバートの秘書をしろ。教育、戦闘、オズウェル家としての在り方に至るまで、お前の知識をヒューバートに授けるのだ。

 いいか、お前の行っている怪しげな研究や、放蕩癖を教えるなよ。私兵の者にも監視をさせる。ゆめ、忘れない事だ」

 

「……私が、こんな子供の、秘書……ですか」

 

 チラッとヒューバート君を見る。

 君も嫌だよね、俺みたいなのが秘書になるのは!

 

「ひっ……」

 

「何か文句があるのか?」

 

「……いえ、特には」

 

「そうか。

 ヒューバート。レイモンに嫌気が差した場合は、直接私に言う事だ。その場合は此奴を解任し、他の者を秘書に充てる。

 そうなれば晴れてオズウェル家から追放してやろう。せいぜいヒューバートに好かれる性格になる事だな」

 

「ええ、精進しますよ」

 

 

 にこやかに言う。

 言質は取った。

 

 七年と半年後……全てが終わったら、堂々と家を出させてもらおう!

 

 まずは睡眠だ! 眠い!

 




はい、という事で、スピーディに原作開始七年前です(幼少期という意味では既に原作突入)。

以下付録 レイモンのアーツ技
CC1 - CC2 - CC3   - CC4
凍牙 - 鷲羽 - 扇氷閃 - 雹雨
紅蓮 - 衝破 - 龍炎閃 - 三叉槍
落葉 - 陽炎 - 虚空閃 - 交光線
轟天 - 星覇 - 烈火閃 - 星観

絶影や恵み雨なんかはバースト技です。


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15、おしえ

ついにアイツの名前が明らかになります。


 まだ十八歳である。

 

 生まれる前からその存在を知っていた義弟君こと、ヒューバート。

 遥か未来では単騎でラムダやらフォドラクイーンやらを倒しきるポテンシャルのある彼は(まぁ彼らは全員出来るのだが)、今はただの幼い子供だ。

 むしろ十一歳までをストラタで過ごしていない分、常識や知識と言った部分に周囲の子供達と隔絶した差異が出てしまっているだろう。

 

 俺はその穴埋め役。その上で、軍人に必要な知識などは彼が自ら吸収していくだろうからな。

 

「おはようございます、ヒューバート」

 

「お、おはよう……ございます……レイモンさん」

 

「はは、何度も言っていますが、私の事はレイモン、もしくは義兄(にい)さんで良いのですよ?」

 

「ひっ……ご、ごめんなさい……」

 

 ……まぁ、こういう反応をされれば流石にわかる。

 ヒューバートが来てから何度も部下のアイツと会議を開いているのだ。そこで、しっかり指摘されている。

 「失礼ながらレイモン様。貴方の外交用の口調は、普段の粗暴なものよりよっぽど怖いですよ?」と。イライザですら「あー、うん。もう戻さないでいいカナ……」などとそっぽを向く始末。

 

 これだけにこやかにしているのに何故なのか、は全く分かっていないのだが、指摘されたのだから仕方がない。

 ただ、俺はこれ以上の優しく仕方を知らない。素に戻れば「馬鹿め」だの「うるせえ」だの、少々とは言い難い程に粗暴な言葉が出て来てしまうので、自己暗示アイテム:メガネをかけている間くらいでないと優しい対応が出来ないのだ。

 

 なので、申し訳ないが我慢してもらおう。

 何、俺の解任権は彼の方にある。本当に我慢できなくなれば、すぐにでもポイだ。

 それをしないのであれば、まだ余裕があるのだと取る。

 

「まぁ、呼び名など些末な問題です。

 さて、ヒューバート。叔父ガリードはああ言っていましたが、貴方にはいくつかの選択肢がある。

 1つ。オズウェル家の当主を目指し、武から手を離し、勉学にのみ励む道。これは余りお勧めしませんね。将来ガリードのようになりたければまぁ、知りませんが。

 2つ。貴方の歳だと、ちょうど一年後から入校できるストラタ軍学校に入り、国を守る道。無論勉学も求められますし、国防ですから危険な事もあります。まぁ、努力が実ると言う点では最もわかりやすい道かもしれませんね。

 最後に、3つ。

 

 ご両親も、私も、ガリードも、ストラタという国も、ウィンドルという国も……全てを無視して旅に出て、彼方への安住の地を探す、という道です」

 

 他にも探そうと思えばあるのだろうが、提示できる道はこの3つだ。

 勿論、俺が選んだのは三つ目。だが、この道は俺のような特異性が無ければ茨の道だ。

 そして一つ目と二つ目は、まぁなんというか……。もし俺がこの二つを前にどちらかを選べと言われたら、即刻二つ目を選ぶだろう。

 あのガリードの様になりたい、なんて思う奴がいるとは思えない。

 ……常に仏頂面で、人生楽しいのかなアイツ。

 

 だからと言って、軍に入る道をはいそうですか、と選べるわけではないのだろう。

 戦隊ヒーローに憧れる程度には戦闘を好む者だとしても、それはそれ。これはこれ。

 今までラント領の息子として育ってきた彼が、史実に於いて軍を志したのは何がきっかけだったのか。

 それが起きない内は――、

 

「ぐ……」

 

「はい?」

 

「うっ……ぅぅぅ……ぐ、軍に……ストラタ軍に、入りたい……です」

 

 ……へぇ?

 

「あ、ぃゃ、その……」

 

「つまり、2つ目の選択肢を選ぶと。

 どれがどれよりも、とは言いませんが、茨の道ですよ? 何故ならこの道は、明確な力が必要です。ヒューバート。失礼ながら君には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ス、と。

 (多分)俺の流し目に怯えきっていたヒューバートの瞳に、光が戻る。

 なるほど。

 彼の兄が、自身の力の無さを実感したように。

 彼もまた、その手に無いソレを欲しているのか。いやはや、アストン・ラントに捨てられたと思い込んでいる、つまるところ自身を被害者だとしか思えないタイプかと思えば、いやいやはやはや。

 

 流石ウィンドル国民。

 立派な騎士様じゃあないか。

 

「……軍に、ストラタ軍に入ります……!」

 

「フ……今の言葉が、単なる私への反抗だけでない事を祈りますよ。

 では、ヒューバート。貴方は十一歳までを他国で過ごした分、同年代のストラタ生まれで軍を目指す子供より、酷く劣っている事を自覚してください。ストラタ国民であれば誰もが知っている国土、天候、魔物への対処。それを貴方は一から覚えなければならない」

 

 特に天候への無知は命取りだ。

 ユ・リベルテの貴族の子供はどうか知らんが、セイブル・イゾレの子供ならば例え習った事が無くとも、強風や砂嵐、無風状態といった突然の天候の変化に対して適切な対処法を知っている。

 ユ・リベルテの子供達でも、砂漠に於いて水は飲みすぎてはいけない、くらいの常識はあるだろう。

 

 だが、ウィンドル国から来た旅人が年々砂漠で遭難・脱水症状での死亡等の事故が相次ぐように、砂漠の無い国の彼らは大人であっても対処知識が無い。

 ストラタ生まれの子供達が生きていく上で知っている常識、その十二年分を、彼は最悪高等へ上がる歳、十四歳までの三年間で覚えきらなければいけない。

 勿論その間の身体づくりも欠かせないし、資産運用に関する横やりが必ずガリードから入って来るのでそれも処理する必要がある。

 

 俺の様に旅に出る腹積もりであればその分ではないのだろうが、この瞳を見る限りその可能性は全くないのだろう。

 

「それでも、やりますか?」

 

「……はい!」

 

 おぉ、びっくりした。

 いつもの尻すぼみな返事かと思えば、なんだなんだ。

 元気な返事もできるじゃあないか。

 

「ふむ。まぁ、やる気だけはあるようだ。それが口先だけでない事を祈りますよ。

 あぁ、途中で辞めても構いませんからね。困るのはガリードと貴方だけ。私にデメリットはありません。

 では早速、勉学を始めましょうか。

 授業中、コクりとでもしたらやる気が無いと見做しますので、そのつもりでお願いします」

 

「ぅぁ……、……はい!」

 

 では、ここからは優しさも捨てよう。

 十二年を三年に圧縮するのだ。なまっちょろい授業速度では、到底追い付けない。

 なお、俺の授業に教本は無い。教えるべき事柄はすべて頭に入っている。無論ノートを取るかどうかは彼の自由だがね。

 今日の授業はノートを取る必要のない内容にするつもりだが、この授業が終わった後、筆記具が欲しいと言い出すかどうかで見限りはつけるつもりである。

 

「あ、あの!」

 

「家の中ですから、あまり大きな声を出さないように。

 それで、なんですか?」

 

「ぅ、ごめんなさい……。

 ……その、何か、紙……とか、書く物……とか、もらえ、ますか……?」

 

「……いいでしょう。

 ただし、これからはオズウェル家の子として、家族として、『貰えますか』ではなく『欲しい』と言ってください。今でこそ教育の立場としてこうして話していますが、本来貴方の方が私に指示を出す立場。上に立つ者は上に立つ者なりの目線というものがあります。

 そして、一々謝らないでください。オズウェル家の品位が落ちますよ?」

 

 謝ろうとしたヒューバートに釘を刺す。

 謝るべき場面で謝る事が出来るのは良い事だ。美徳であるし、人間関係も円滑になる。

 だが、謝り過ぎればそれは毒だ。謝罪の重みが軽くなって行き、「言葉だけ謝れば良いと思っている」などと誹りを受けかねない。

 

「ご……ぅ、は、はい!」

 

「大声を出さないこと」

 

「うぅ……」

 

 だが、まぁ。

 初めから筆記具を欲したのは、評価に値する。

 

「では、出かけましょうか」

 

「えっ……?」

 

「貴方の筆記具を買いに行くのですよ。

 私の使い古した物では、少々耐久性に難がありますからね。あぁ、お金に関して貴方が気を揉む事は一切ありません。私は貴方の秘書ですから、貴方の欲す物の代金は私が支払う事になります。

 ですから、ええ。

 購入した物は、大切に扱ってくださいね?」

 

 これは本音。

 元から物は大切にする方だとは思うのだが、流石に買い与えた物を一週間二週間で壊されたらたまったものではない。よくペンだの靴だのを一週間二週間でボロボロにし、「努力の証」だのと言われる事例があるが、そんなのは嘘である。

 自身のスキルを高める事に集中するあまり、「物を大切にする」という常識以前の問題を無視した結果の成れの果て。

 俺はヒューバートに、そんな身勝手で傲慢な言葉を吐くような子供になって欲しくは無い。

 

「……はい!」

 

「大声を出さないように」

 

「ぁぅぅ……」

 

 では、出かけよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半年が経った。

 

「ふむ……筆記は満点ですね。

 ……嬉しそうな顔をしていますが、ストラタの子供であればこれは出来て当然の問題です。この程度に達成感を覚えているようでは、先が思いやられますね」

 

「ぅ……」

 

「ですが、まぁ……行いに対しての報酬はあげましょう。

 ストラタの子供であっても、一つ二つの我儘は言いますからね」

 

「……報酬、です……か?」

 

「はい。報酬です。 

 何か欲しい物はありませんか? オズウェル家の資金力を以てすれば、早々購入できない物はありませんよ。あぁ、ガリードからの愛、などという存在しない物に付いては別ですが」

 

「……ぼくは、その……義兄さんの持ってる、それ……が欲しい……です」

 

 それ。

 

 ヒューバートの指が指し示す先にあるのは、流石に経年劣化で使い古された(今でも現役だが)、宝石の練磨道具。大統領から貰ったヤツである。

 

「……こんなものでいいのですか? 確かに子供が欲すには値が張りますが……もう少し高級な物でも良いのですよ?」

 

「あれが、いい……です」

 

「ふむ。

 わかりました。流石にこれについては大統領から直々に頂いた物ですから差し上げる、というわけにはいきませんが、新しい練磨道具を買ってあげましょう」

 

 「大統領から~」のくだりでヒューバートが目を剥く。

 まぁ、今思えば確かに……大統領と個人的なつながりがあるって、それなりに凄い事だよな。

 

「さて、では座学に関しては一区切りです。

 これからは、武術に関する授業も行おうと思っています。

 が、私は弓兵。貴方は双剣を使うということでしたね。そちらの技術に関しては、軍学校に入学してから自身で研鑽してください。

 私から教えられるのは弓の技術だけ。学ぶ必要が無いと思うのであれば、この授業に関しては体力作りだけとなりますが……」

 

「い、いいえ……教えて、ください。

 義兄さんの弓の技術は凄いって……聞きました」

 

「おや、もう友達が出来たのですか?

 いえ、それにしても私の弓を見た事のある子供がいるとは……」

 

「あの、その……ダイランさんに……」

 

 ……?

 だいらん??

 

「あ、私の名前ですね。レイモン様は滅多に呼んで下さりませんが、ダイランといいます」

 

「……なるほど。

 ヒューバート。この男の言葉は九割方嘘ですので、真に受けないように」

 

「えっ……は、はい……」

 

 流石に「えーひどいなー」などというふざけ方はしないコイツであるが、一応監視役としてここにいる。報告などはしっかり行っているので、ガリードにも信用されているのだ。意外な事に。

 もっとも、(レイモン)の軌道修正が出来なかったので、こうしてお目付け役などという面倒なポジションに左遷されたとも言えるのだが。

 

「こほん。

 まぁ、いいでしょう。私の弓の技術、全てとは言いませんが……貴方に授けますよ」

 

「お、お願いします!」

 

「大声を出さないように」

 

「うぅう……」

 

 

 そんな感じで、十八歳。

 




ちなみに描写はしませんでしたが、授業中のレイモンはメガネを黒縁に変えています。


あと匿名解除しました。


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16.春一番

前半シリアス
中盤悩み
後半ギャグ

の構成でお送りいたします。


 十九歳になった。

 ヒューバートは十二歳になり、軍学校の扉を叩く事の出来る歳である。

 が、同年代の子供達と同じ知識水準かと問われれば、まだまだ、という所。

 

 元来の性格から図鑑などを見るのが好きなようで、ストラタにいる魔物や生物に関する知識は教えずとも吸収して行った。懸念していた天候に関しても、スポンジが水を吸う様にどんどん覚えて行く。

 体力作りにも果敢に励み、最近は恐らくサンオイルスターのものであろう、珍妙な……もとい、所々実用よりかっこよさを求めてるよな感のある術技を編み出している。

 

 それでも、まだまだ。

 

 だが。

 

「……本気ですか? 現在の貴方程度の実力では、知識も、戦闘能力も、全てが皆に劣ります。ヒューバート。貴方が個人であれば、どうぞ御勝手にと、どうぞ馬鹿にされてきてくださいと送った事でしょう。

 ですが、貴方はオズウェル家の顔。オズウェル家という格に泥を塗ってはならない存在。

 故に、劣っていようとも追い付かなかろうとも、常にトップを走る必要があります。

 残念ですが、私には貴方程度がそれを行えるようには……到底見えませんね」

 

 本当はオズウェル家の格なんざどうでもいい。

 家出するつもりマンマンで、既に堕ちた神童なんて呼ばれている俺の方が泥を塗りたくっているのだが、立場上言わなければならない事だ。

 

 この歳でもう、軍に入りたいなどという義弟には。

 

「そ、れは……レイモン、あなたの……目が、僕を見誤っているだけです……!」

 

「……ほう」

 

 だが、ヒューバートは十二歳にして。

 たかだか一年、未だに仲良くなったとは言い切れない俺に対して、ここまでの啖呵を切った。

 片鱗、という奴か。そうだよなぁ、未来ではどんな相手にも「覚悟を決めろ!」とか「派手に踊れ!」とか言えちゃう子だもんなぁ。

 

 俺程度じゃ、歯牙にもかけないか。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 なれば、なればこそだ。

 この子が、果たしてどこまでやれるか。

 見届けるのもまた、一興だろう。史実に於いてどの歳で軍に入ったのか分からない以上、博打に近い行為だが――ふん、オズウェル家の命運なんざ知った事か。

 そこで潰れるのなら、そこまでだ。別に彼がいなかろうと、プロトス1と未来のラント領主は世界を救う事だろう。

 

 いつもの甲高い外交用の声を辞めて、素に戻る。

 メガネを外す。

 

「しかし、そこまで言うのだったら、好きにするといい。

 止めはせん。ガリードは俺が説得してやろう。

 だが、何も為し得ずに帰ってきたのならば、その時は――」

 

「……」

 

 俺の雰囲気の変化に驚いている様子のヒューバートだったが、しかし戸惑う事無く、しっかりと俺の言葉を聞いている。

 良い子だ。偉い。これがイライザだったら「えぇーっ!? なんで!? さっきの綺麗なレイモン君は!?」とかなんとか喚いている。アイツもうそろそろ三十路なんだがな。

 

「その時は、お前に許された自由はすべて消えると思え。ガリードの傀儡となり、金を増やすためだけの政治の道具――いや、落ちこぼれにはそんな地位すらも与えられんだろうな。

 まぁ、ゴミを押し付けられたとして、ガリードがアストン・ラントに文句を付ける事は想像に難くない。はは、そうすれば奴らの元に帰る事が出来るやもしれんぞ?

 使い道のないゴミとして、だがな」

 

 うーん、いや。

 丁寧に喋らないと口が回る舌が回る。

 喋りやすい……。ついつい饒舌になってしまうな。

 

「一度言った言葉は取り消せん。書類は自分で調べ、自分で書け。

 寮制度を使用するかどうかは自分で決めろ。いいな?」

 

 ストラタ軍学校には寮制度が存在している。

 群を主とするストラタは、普段の生活から群れる事を良しとし、それゆえの団結力も期待しているのだ。ウィンドルの騎士学校にも寮はあるようだが、そちらはなんと個室らしい。まぁ、騎士故に最悪の状況に陥った時、一人でも生きていけるようにするためのものだろうな。

 

 話が逸れた。

 

 改めてヒューバートを見る。

 そこには、強い意志を持った……未来の少佐殿の姿があった。

 

「はい。レイモン、貴方の手は煩わせません」

 

「そうか。

 では、お前にこれをやろう」

 

 懐からソレを取り出す。

 本当は誕生日プレゼント、的なノリで持ってきたものだが、良い機会だ。

 毒として使わせてもらおう。

 

「……これは」

 

「神珠ウォライズ。

 装備するだけで、手軽に、簡単に、苦労する事無く強さを得られる宝石だ。

 どうしても追い付けない相手や、自身の才の無さに嘆いた時は使うといい」

 

「……いりません」

 

「いや、持って行け。

 お前がどれほど意地をはろうと、お前がオズウェル家の顔である事に変わりは無い。

 泥を塗りそうになったら使え。使わなければならん。それは気持ちの問題ではなく、義務だ」

 

 押し付ける。

 攻撃・防御+40、下限CC+3のお手軽強化宝石。

 さてはて、これを使う魅力に勝てるか、それとも使う必要が無いくらい強くなるか……。

 

「……わかりました」

 

 神珠を受け取るヒューバート。

 ちなみに現状俺が研磨した中で最高クラスの宝石である。元は誕生日プレゼントだからね。そりゃ今あげられるもので一番良い物を上げるよね。

 

「ふん、せいぜい気張る事だな」

 

「はい!」

 

「良い返事だ。軍では声を張り上げて行け」

 

 ならば、教える事はもうない。

 勝手に覚えろ。俺は……ガリードの説得手段でも考えるかね……。

 

「……頑張れよ」

 

 既に頑張っているのだろうが――まぁ、応援はしておくぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか」

 

 ガリードにヒューバートが軍門を叩いた事を話した直後の反応がこれだ。

 もっと怒る、怒り狂うと思っていただけに、拍子抜けである。

 

「ふん、お前でもそのような顔をするのか。これは気分が良いな。

 大方、あの子が軍に入る事に、私が反対しないのが疑問なのだろう?」

 

「……はい。

 理由を聞いてもよろしいですか?」

 

「ク、お前にわからんことがあって、私がわかっているというのは……愉快だな。

 教える義理も無い。自身で考えろ。尤も、お前には教えてこなかったものだ。お前では理解できんだろうが、な」

 

 こんな上機嫌のガリードは初めてだ。

 いつも爪を噛み、気難しい顔で何かを考えているガリードが、今だけは微かにではあるものの、口元に笑みを浮かべている。

 俺の不明がそんなに嬉しいのか? いや……普段から粗忽者なんて言っているのだから、俺を見下しているはず。そんな俺に勝った所でここまで喜ぶはずもない。

 

「本当にわからない、という顔だな、レイモン。

 実に愉快だ。もう下がって良いぞ。お前に言う事は何もない」

 

 やはり答えはくれないか。

 なんだ、俺に教えてこなかったものって。そこまで多くを教わった覚えがそもそもないんだが?

 ……ヒューバートを怒らない理由? が、俺に教えなかったもの……?

 

 結局答えは出る事無く、多少のモヤモヤを残したまま……ヒューバートは軍の門を通り抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、それは多分だけどー」

 

「イライザ、やめとけ。こういうのは自分で気付く方がいいんだ」

 

 ガリードとの話をイライザとモーリスにしたところ、こういう反応が帰ってきた。

 どうやら二人は一瞬で気付いたらしい。なんだ、天然とかか? 馬鹿さ加減とか?」

 

「声に出てるぞ」

 

「おぉ、気付かなかった」

 

 しかし、自分で気付く方がいい、と来たか。

 なら緊急性は無いな。誰かに指摘される必要があるものならば、すぐにでもと来たのだが……だったら、別に気付かなくても良い。

 疑問は残るが、それだけだ。

 ヒューバートは無事に軍学校に入った。ガリードは上機嫌で、俺もヒューバートに期待している。

 誰も損をしない。素晴らしいじゃないか。

 

「ま、アレだな。

 お前もそろそろいい歳だろ? 好きな奴でも出来れば、自ずと気付くだろ」

 

「あ、そういえばレイモン君って恋愛はどうなの? 好きな子とか、いないのー?」

 

 既に眠ったらしい娘の居る部屋を見て、柔らかく笑う二人。

 見せつけやがるぜ。

 

「……いないな。今のところ結婚する予定も無い」

 

 特に思い当たる女性は見つからない。

 そもそも俺は六年後には家を、国を出て、アンマルチアの里に移住するつもりなのだ。

 結婚なんか欠片も考えていない。あの里で、英知と技術に溺れて死ぬ、くらいの未来設計だった。

 

「イマスタちゃんは?」

 

「イマスタは妹のようなものだな。そこに恋愛感情は無い。強いて言えば、共同開発者……つまりは仲間だ」

 

「じゃあ……って、ありゃ?」

 

「レイモン、お前……女ッ気無えなぁ。研究ばっかしてるからだぞ」

 

「無くても問題は無い。

 あったら面倒だろう。お前らのように最初から関係性があるならともかく、今から互いの人となりを知って好き合う、なんか面倒でたまらない。俺の恋人は技術だ。残念ながら、お前達の期待するような話は欠片も無いぞ」

 

 アンマルチアの技術こそが、恋人である。

 憧れてやまない。もし結婚するならアンマルチアの人々が良い。する気はないが。

 

「寂しい奴だな……あぁ、だが、お前の面倒見てやれる女なんて早々いないだろうな……」

 

「あー……」

 

「そう言う事にしておこう。

 実は得られなかったが、問題は解消した。礼を言うぞ」

 

「おう。たまにゃ昼に来い。歓迎するからよ」

 

「ふふん、私の料理を振る舞ってあげるよ!」

 

 そう言えば料理はイライザがやってるのか。

 ……大丈夫なのか?

 

「む! 声に出さなくても、その目は『お前、料理作れるのか?』っていう目だね! ふふん、残念でした! 私、料理だけは得意なんだから!」

 

「あまり大声を出すと娘が起きるぞ」

 

「あっ……ホントだからね?」

 

「あぁ、コイツの飯は美味いぞ。飯は」

 

 そうか。

 なら、いつか食べさせて貰おう。

 

 いつになるかはわからないが。

 

「じゃあ、今日の所は帰る。

 夜分遅くに、助かった」

 

「おう」

 

「気を付けてねー」

 

 会釈を一つし、家を出る。

 時刻は夜。満天の星空が広がっている。

 

「……俺に無いもの、ね……」

 

 まぁ、大体の見当はついたが。

 それを欲しいとも、思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十歳になった。

 ヒューバートが軍に行ってから早一年。ちなみに寮制度を選択していて、休日たまに帰ってくる以外はずっと寮か学校にいるらしい。

 

 史実でもそうだったのかは定かではないが、果たして十二十三の子供がいきなり自身の身の回りの世話を行えるものなのだろうか。

 ……まぁ、何とかなっているから――ヒューバートが努力しているという話を、風のうわさで聞くのだろうが。

 

「ですから、この辺りには余り来たくないと……」

 

「でも、この辺りにあるらしいのよ~、噂のクレープ屋さん!」

 

 ん?

 聞き覚えのあり過ぎる声と……聞いた事の無い少女の声。

 

 ……ニヤリ。

 

 物陰に隠れる。

 

「いいですか、軍人たるもの、例え休日でも気を抜いては……」

 

「何言ってるのよ、休日だからこそ羽を伸ばすんでしょ。羽を休めて、学校ではバリバリ勉強する。そっちの方が軍人として正しいと思うんだけど、どう?」

 

「ぐ……。

 ま、まぁ良いでしょう。確かに休養は必要ですからね。

 ……ただ、出来る事ならこちらの区画には来たくなかったのですが……」

 

「さっきから何を嫌がってるの? あ、もしかして実家があるから?」

 

「……それがわかっているのでしたら、そのクレープとやらを購入した後、即刻にでもこの場を離れたいですね」

 

「えー、なんで? そりゃ私なんかと一緒にいるのを見られたら……困るかもしれないけど」

 

「どうしてそうなるのですか。別に、貴女と一緒にいる事が僕のマイナスになる、なんてことはありませんよ」

 

「……ありがと。

 あ、クレープ屋さん発見! こっちこっち!」

 

「わわ、引っ張らないでください!」

 

 ……おいおいおいおい、なんだかいい雰囲気じゃないか!

 え? 春? ヒューバートに春到来?

 義兄を差し置いて、やるな! 頑張れヒューバート!

 

「ん~、美味しい!

 はい、あーん」

 

「いえ、自分で食べられますから……」

 

「あ~ん」

 

「……はぁ」

 

 学生時代の青春は、得てして長続きはしないものだ。ましてや軍人同士ならば。

 だが、それはそれ、これはこれ。

 大いに楽しむといい。オズウェル家での鬱屈とした環境より、そういう甘酸っぱいイベントが多くなれば彼にとってもプラスだろうしな。

 

「それにしても、これ……本当に貰ってよかったの?」

 

「何度目ですか、その質問。

 ……良いんですよ。僕にはもう、必要ありませんから」

 

「でも、去年はヒューバート、『義兄さんに貰った数少ない物だから……』とか言って、大切そうにメンテナンスしてたじゃない」

 

「うっ……その、去年の口調を真似るのはやめてください。

 ……確かに、去年までは……それを手放すなどという考えはありませんでした。ですが、僕はもう道を決めたんです。その道に於いて、宝石を練磨している暇はありませんから」

 

 へぇ。

 俺が買って上げた練磨道具を譲ったのか。

 という事は、彼女が……。

 

「……ねぇ、ヒューバート。

 よく話に出てくるお義兄さんって、どんな人なの?」

 

「貴女も噂くらいは耳にした事があるのでは?

 容姿端麗、頭脳明晰。非の打ちどころの無い好青年ですよ」

 

「そういうのじゃなくて、ヒューバートから見たお義兄さんの話が聞きたいなって」

 

 ……さてはて。

 俺はどう思われているのか。

 

「……不気味な人です」

 

「不気味?」

 

「ええ――何を考えているのか、まるでわからない。丁寧な言葉の裏腹に、こちらを見下しているような冷たい印象と、何かを期待しているような、羨望のような眼差しと……。

 大凡、僕のような子供に……当主の座を奪った僕に向ける視線としては、些か複雑すぎるそれを向けてくる、怖い人」

 

 ……あーらら。

 

「それが、軍学校に入る直前までの印象でしたね」

 

「今は違うの?」

 

「……わかりません。

 ただ、僕が軍に入る前に見せた素の義兄さんは……口調こそ此方を見下すものでしたが、声色に込められていたのは純粋な期待だった。恐ろしい程に純粋な期待。まるで僕が辿り着く果てを知っているかのような、今まで見た事の無い表情で。

 ……義兄さんはエレスポットの開発を行った、紛れもない天才です。幼くは大蒼海石(デュープルマル)の研究チームに入り、研究所長と対等に渡り合っていたとか。

 砂漠で遭難した佐官を救出したり、大統領と直接の繋がりが有ったり……とにかく、信じられないような逸話ばかりを持つ人だ。

 ……だというのに、何故でしょうね。あの人が僕に期待をするのは。

 僕はあの人に、何を求められているのか……よく、わからなくて。だから、不気味なんです」

 

 ヒューバートの長い独白が終わった。

 

 そうか。俺の期待……なまじ未来をしっているからこそ生じていた期待は、彼を追い詰めていたのか。

 これは申し訳のない事をした。

 

「……ヒューバート、お義兄さんが……怖いのかしら?」

 

「いいえ。

 怖くはありません。恐ろしいと思う事も、不気味と思う事もありますが、怖くはありません」

 

「どうして?」

 

「……陳腐な表現なので、あまり使いたくはないのですが……。

 家族愛、とでもいうのでしょうか。義父さんも義兄さんも、全く表には出しませんが……ちゃんと僕を愛してくれている。それだけは、わかるんです」

 

 ……盗み聞きなんてするもんじゃないなぁ。

 いやぁ……そんなもの、俺にあったかね。

 

「さて、そろそろ行きますよ。

 貴女であるから、ではなく、僕が女性と一緒にいる所を見られたら……間違いなく義兄さんはネチネチと分かりづらくからかってくるので」

 

「あ、そういう……」

 

 うむ。

 からかうつもりはあった。認めよう。

 

「……いつかお義兄さんにも会ってみたいな」

 

「やめておいた方がいい。

 ……いえ、本当に。悪い事はいいませんから」

 

「えー、尚更会ってみたいなぁ。

 ストラタに来たばっかりの頃のヒューバートの話とか聞きたい!」

 

「やめてください!」

 

 二人が去っていく。

 いやぁ……青春だぁね。

 




ちなみに誰かに声を掛けられたら顔を見られる前に陽炎か絶影で離脱するつもりだったようです。


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17.きづき

※かなり短い。
文字数伸びなかった……



 二十一歳になった。

 

 最近大蒼海石(デュープルマル)の調子がすこぶる悪い。

 効率化もしたし、少ない知識でケアもしている。まだ奴が本格的に動くまで四年はあるはずだ。

 だというのに、何故。

 

「……まさか」

 

 食事に毒を仕込む、という行為は、簡単そうに見えて実は中々至難な業である。

 その食事を対象者が必ず食べるという確信が無ければ出来る事ではないし、仮に殺すことが出来たとしても、食事をそのままの状態で置いておく、という事が滅多にない以上、誰が仕込んだのかはバレやすい。

 

 その対象が王族ともなれば、尚更だ。

 

 数いる毒見を潜り抜け、メイドやコックの視線を掻い潜り、毒を盛る。

 それには何度かの試行錯誤が必要だろうし、いきなり大量の毒を仕込めば足も着きやすい。

 

 現ウィンドル王国国王、ファーディナンド四世と、その息子。

 彼らがその、”試行錯誤”に充てられているのだとすれば……。

 

 既に巣食っているだろう奴が、反応してもおかしい事ではないのだ。

 

「……だが、どうしようもない」

 

 どうしようもない。

 俺はストラタの人間であり、且つ相手は王族ときた。いや、まぁ、大統領と直接つながりのある俺では説得力に欠けるだろうが、ウィンドル王国の王族というのはそんな気軽な存在ではないのだ。

 

 勿論、全てを無視して事の発端となったあの大公を殺す、という手段もあるのだろう。

 そうすればあの王子の暴走は止まる。

 

 そしてその代り、ウィンドルとストラタは全面戦争になるだろうな。ストラタの手の者とバレなければ、疑心暗鬼が蔓延して結局暴走に繋がるやもしれん。

 そもそも暴走を止めた所で、それでは何の解決にもならない。ただ、問題を先延ばしにするだけだ。

 

 理解者。利用される者。対抗する存在。そして、真の理解者。

 

 必要な駒の揃っている今でなければ、奴を憎しみから解放する事は不可能だ。

 

 根本の原因が分かっているにも拘らずどうにかできないのは心苦しいが……。

 

「すまん、あと四年……耐えてくれ」

 

 大蒼海石(デュープルマル)は、ただ黙してそこに在るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十二歳になった。

 ヒューバートが軍学校に入って早四年目となる。この歳、高等部で己の進路をある程度決め、来年には選択、再来年には実際に軍の見習いとして従軍する……のが、()()()()()

 

 その噂は、ガリードの耳にも届いているらしい。

 

「ヒューバートがスキップを選択したようですね。貴方も鼻が高いのでは?」

 

「ふん、オズウェル家の者ならば当然だ。お前と違ってな」

 

「これは失礼を」

 

 そう、ヒューバートはスキップを選択した。

 スキップ……所謂飛び級の事だ。高等部の後半で習うべきことを全て一年目に終わらせて、専攻部へ行ったのである。勿論俺達が手を回したわけでも、ヒューバートが金をチラつかせたわけでもない。

 単純な実力と、貪欲なまでの姿勢が評価されたのだ。

 

 ガリードもこうは言っているが、その面持ちは果たして如何な物か。

 思考が鈍るから、と言って滅多に口にしないワインを開けている辺り、丸わかりだがな。

 

「……お前は、この家が嫌いか」

 

 唐突にガリードは、そんなことをのたまった。

 何の話だ?

 

「いえ、特にそんなことは……」

 

「ふん、そうだろうな。お前は、私も、この家も、この国さえも……全く以て、興味が無い。私がお前を心底憎んでいたとしても、お前は何も思わないのだろうな」

 

 やけに饒舌なガリードが、俺を振り向くことなく窓を向いて話し続ける。

 

 まぁ、正解だ。この家に興味なんかないし、ストラタに固執するつもりもない。

 憎まれたところで、何の情もわいてこない。

 いつも通りだ。

 

「お前は、私ですら持っている物を持っていない。

 それは必ず、お前を滅ぼす牙となるだろう。ふん、もう下がっていいぞ」

 

「はい」

 

 俺を滅ぼす牙、と来たか。

 ガリードがこういう抽象的な表現をするのは稀だが、ないわけではない。

 言いたい事はわかる。それが必要だと思えないだけで、何が無いと言われているのかもわかる。

 

 であるならば、問題は無いだろう。

 ヒューバートは俺からそれを感じていてくれたようだし、俺は知らないが、ある様には見えるのだろうから。

 

 それより、次の休日にはヒューバートを祝う準備でもしていようかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十三歳になった。

 

 流石に海外情勢にも敏感になる。特にウィンドル国について。

 部下にも一応調べさせてはいるが、帰ってくる情報は大体想像通り。

 

 王室の闇。腐敗。

 正直に言えばストラタのお上も似たような物なのだが、ウィンドルのものは苛烈に酷い。

 

 これだけのピースが揃っていて、何故誰も犯行を予測しないのだ、ってくらいには酷い。

 

 

 大蒼海石(デュープルマル)の研究は、一つの節目を迎えた。

 即ち、手立て無し。

 

 これ以上は、何をしても……ケアをしても、効率化を図ろうとも、一切合財全部無駄。

 どうしようもない、という結論が出てしまったのだ。

 

 衰退していくしかない。だが、あの日所長に言った二十年以内という刻限も迫っている。

 所長もそれに気付いているのか、それとも何かを確信しているのか。

 

 悲壮感の漂う研究チームで、俺と所長だけが焦りを見せていない。

 

「……大蒼海石(デュープルマル)の研究班についてから、俺は三十年、コイツを見てきた。

 ……つらいな。我が子のようなものだ。それが、元気を失っていく姿を……見ているだけというのは」

 

「父親気取りですか。勘違い甚だしいですね」

 

「こんな時くらい、お前も感傷に浸ったらどうだ? ()()()

 

「感傷に浸って大蒼海石(デュープルマル)が元気を取り戻すなら、いくらでもやりますよ。ですが、そんなことがあるはずもない。であれば、無意味です」

 

「け、いつまでたっても可愛げのない子供だな」

 

「もう二十三ですからね。所長こそ、そろそろ家内に目を向けて上げたらどうです? もう貴方にできる事はないわけですし」

 

「余計なお世話だ。

 しかしその言い方、まるでお前にはできる事がある、と言っているように聞こえるぞ」

 

「ええ、そう言っています」

 

 炎天がお互いを焼く。無理だとわかっていながらも懸命に研究を続ける部下たちを差し置いて、涼しい場所に等帰るなんてことは出来ない。

 

「……じゃあ、その手に持っているものはなんだ」

 

()()ですよ」

 

 書類を所長へ差し向ける。

 今日かぎりを以て、この研究チームを離れるという旨の書かれた辞表だ。

 

「……十七年前、お前が言っていた外的要因、か?」

 

「おぉ、良く覚えていましたね、そんな言葉。

 ま、そんな所です。その為には、研究チームにはいられないんですよね」

 

 前にも言ったが、研究本部は国防軍に所属している。

 俺は今から、国への攻撃を見逃し、果ては大蒼海石(デュープルマル)原素(エレス)を吸わせる事も見逃さなければならない。

 

 そんな者が研究チームにいていいはずがない。

 なにより、ヒューバートが専攻とはいえ軍入りするのだ。

 知っていて見過ごした者がいては、彼のウィークポイントになってしまうだろうから。

 

「所長。諦めて帰れ、というのは何もからかいだけではありません。

 貴方には少なからず世話になりました。だから、助言です。聞くも聞かぬも貴方の自由ですが……もしもの可能性は、考えておいた方がいい」

 

 研究チームとここの護衛は、最も死に近いのだから。

 

「どこへ行く気だ」

 

「あぁ、まだ行きませんよ。

 行くための準備をするだけですから」

 

「答えになってないぞ」

 

 答えていないのだから当たり前だ。

 そう、準備だ。

 

 もし、俗語に例えるのなら――レベル上げ、である。

 

「それでは、受理、お願いしますね」

 

「……ああ」

 

 こうして俺は、大統領の勅命たる研究チーム入りを、自身の意思で辞めた。

 当然それは悪い噂となって広がり、堕ちた神童という名はさらに広まる事となる。

 

 特に問題は無いな。

 

 

 さて――未踏の砂漠へ、向かいましょうかね。

 

 




プロット上、次の話で原作前編終わりですね。


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18.しあい

活動報告にも書きましたが、土曜日は休筆日になります。
そいでは。


 

 二十四歳になった。

 

 アンマルチアの鍵が無いので開く事が無い遺跡の扉に少々モヤモヤしながら、レベル60帯の砂漠で戦う事一年。勿論帰らなかったわけではないので失踪扱い、とかにはなっていないが、研究に明け暮れていたかと思えばチームを辞め、ふらふら姿を消すようになったとして、ガリード含むユ・リベルテ国民にはあまりよく思われていないようだ。

 

 まぁそんなことはどうだっていいのだが。

 

 モーリスとイライザは俺を理解してくれているし、プロトス1に似てきた事で(俺の中で)有名な二人の娘は俺を慕ってくれている。イマスタとイマスタの母親も同じく。

 所長と施設長は会ってないからわからないが、二人とも悪口を言うタマではない……と、思っている。

 

 やることはやった。

 俺が準備出来る物はすべて準備した。奴を改心させる事は、恐らく俺にできる事ではない。

 俺のやるべきは、少しでも被害を減らす事だ。

 

 だから――。

 

「で、なんだってんだ? こんな夜更けに呼び出しやがって……」

 

「アドルフ。お前に聞いておきたい事が合ってな」

 

 コイツを呼び出した。

 

「聞いておきたい事? ……ラントの話か」

 

「ああ。だが、お前が思っているような戦略的な話じゃない。

 ――ラント領に……お前の弟に、もう会わなくてもいいのかと、聞きたいんだ」

 

 それは、もしかしたら、罪悪感と呼ばれるものだったのかもしれない。

 知っている事を言わない、隠しておくことへの罪悪感ではない。

 

 アドルフという、既に身内の存在が、負い目を追ってしまう可能性をみすみすと見過ごす……裏切りという行為への罪悪感。

 

「……俺を捨てたラントに、今更戻りたいと思うわけねぇだろ。アイツの息子……ヒューバートもアイツを恨んでる。親父もアイツも、人の心がわからねぇのさ」

 

「そうか。

 わかった」

 

 なら、問題は無い。

 

「……なんで、今なんだ?」

 

「フェンデルの動きが怪しい。今までにない程にな。

 近々……一年以内には、一悶着あるかもしれない。だから、意思確認をしておきたかったんだ」

 

「なるほどね……。

 だが、もう俺はラントの民じゃねえ。俺の愛したラントは消えてなくなっちまったからな」

 

「ああ、そうだったな。

 俺はもうラントに対してどうする、という事は無い。俺はな」

 

「……含みがあるように聞こえるんだが?」

 

「どうとるかはお前次第だ。お前が考えろ。俺も義理とはいえ兄になったからな。これはヒューバートに対する誠意だ。お前にでも、お前の弟にでもない」

 

「……」

 

 話は終わりだ。

 もう、俺は知らん。

 

 

 

 

 

 

「ヒューバート」

 

「……義兄さん」

 

 ヒューバートが軍学校から帰ってくる日にちと、俺が未踏の砂漠から帰ってくる日が中々噛み合わなかったため、最近会えていなかった。

 大凡四か月ぶりに見るヒューバートは、特に変わっていなかった。が、正式に軍入りしてから精悍な顔立ちになっていて、若干、疲れが増したようにも見える。若き尉官。オズウェル大尉。やっかみも多いんだろうな。

 

「義兄さん」

 

「なんですか?」

 

 改めて、というように。

 ヒューバートは、佇まいを直して、俺に向き合った。ちなみに秘書という立場は解かれていないので、こうして家に居る時は丁寧語が基本である。

 

「手合せを、お願いしたい」

 

「……若き士官、ヒューバート・オズウェル大尉の的になれと? やれやれ、酷い事を考え付く物ですね」

 

「お願いします、義兄さん」

 

「……」

 

 わからない。

 ヒューバートが何を考えているのかわからない。折角の休日なのだから、彼女とでも過ごせばいいのに。

 

 ヒューバートがそれを抜く。

 不思議な形状をした、金属の塊。

 

「これに弓の機構を取り付ける時、兄弟揃って無茶な注文をすると、呆れたように笑われました。義兄さんは、その木の弓以外に……折り畳み式の弓をもっているそうですね。僕との訓練や弓の指導では、使わなかったそれを」

 

「……顧客の情報を漏らすとは、どうかしているな。開発部は」

 

「僕は身内ですし、何より開発部は商業施設ではありませんので」

 

 メガネを外す。

 そう、このメガネこそが改良・小型化の末に実現した複合弓――なんてことはない。

 ただ、自己暗示を切っただけだ。

 

 背中に忍ばせてあった全長30cm程の楕円形の鉄筒を取り出し……展開。

 一応ボタン一つで展開できるとかいうロマンあふれる機構だったのだが、誤作動を考えてそれは出来ないようにしてある。開発部は遊びが多すぎると思うんだ。

 

「いいだろう。砂漠へ出るぞ」

 

 どこか、ワクワクしている自分もいるしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めに言っておく。ヒューバート」

 

「はい」

 

「見ての通り、俺は弓兵だ。故に、遠距離からの一方的な狙撃を得意としている。対してお前は両刃剣、双剣、双銃と、中近距離の戦闘が得意だ」

 

「そうですね」

 

「よって、戦闘と呼べるそれではない……一方的な試合(ワンサイドゲーム)になる可能性も承知しておけよ」

 

「無論です」

 

 俺が距離を取るのが早いか、ヒューバートが距離を詰めるのが早いか。

 その勝負だ。

 

「もう一つ」

 

「……なんですか」

 

「佐官への昇任おめでとう。

 それでは、試合、開始だ」

 

 暑い風が、吹き荒れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「陽炎」

 

「ッ!」

 

 バックステップを選択する。義兄さんの得意技。危険すぎると言って原理すら教えてくれなかった、解明する事の敵わなかった不可思議な跳躍術。

 遠距離からの戦いを得意としている、など、ブラフにしか聞こえなかった。

 だから即座に反応できた。

 

 今まで僕の頭のあった位置を、義兄さんの突き蹴りが通り過ぎる。

 

「ハッ!」

 

 基本の一。弧月。

 どのような状況にも対応できる、両剣技の基礎の基礎。

 

「落葉」

 

 だがそれは、宙に舞う砂を切るように残像を切り捨てただけで、義兄さんには一切のダメージを与えていない。

 だが、遠距離のアドバンテージをわざわざ捨ててくれたのだ。攻め時だろう。

 

「断雷牙!」

 

 左にステップを行いながらの斬撃。風と火の原素(エレス)に働きかけ、雷を落とす。

 斬撃、雷共に直撃。やはり高速の近接攻撃に弱い!

 

「それは悪手だ、ヒューバート。痛みに怯む魔物ばかりではないぞ」

 

 義兄さんは、それらすべてをものともせず、弓を番えている!

 

「龍炎閃!」

 

「くっ、スカーレット! グゥッ!」

 

 左に避けつつ射撃。肩を龍の形をした炎が突き抜ける。

 一瞬、義兄さんが弓を天へ向けているのが見えた。

 

「残念、フェイクだよ。三叉槍!」

 

 地を這う風と火の刃。

 あれは確か、着弾と同時に火の原素(エレス)を吐き出す術。

 

 ならば、手前で着弾させてしまえばいい!

 

「ミスティアーク! ガァッ!?」

 

 頭上からの、衝撃――!?

 こちらもフェイクか!

 

「星観……超高空に集めた砂や岩石なんかを纏めて落とす武技だ。火の原素(エレス)を使用する武技などに共通する派手な目くらましの後なんかに使うと効果的だな。三叉槍が入ればそれに越したことはないが、止められる事、避けられる事も多い」

 

「随分……余裕ですね……クラックビースト!」

 

「何ッ!」

 

 義兄さんがわざわざ時間稼ぎをしてくれていたので、その間に詠唱を完了する。

 どこまでも追いすがる氷の猟犬。義兄さんが落葉で逃げようとも関係ない。

 

 その間に次の詠唱をする。

 

「陽炎!」

 

「ティルトビート!」

 

 来ると思っていた。逃げ切れないのなら逃げなければいいと、詠唱をしている此方を狙ってくると。

 案の定僕の目の前に出現した義兄さんに、連射を見舞う。

 

「ハ――ブラフか……虚空閃!」

 

 だが、義兄さんも返す刀で真空の刃を放ってきた。

 さらに上空へ風塊を放つ。

 

「させません! リヴグラヴィティ!」

 

「落葉!」

 

 重力場から離脱する義兄さん。そこへ、未だに残留していた氷の猟犬が喰らい付く!

 まだ残っているとは思っていなかったのだろう、諸にダメージを食らって膝を突く義兄さんに、しかし油断する事は無い。

 

「鷲羽……」

 

「やはり、ですか」

 

 降り注ぐ三つの風塊を両剣で叩き落す。

 まただ。

 

「……俺の負けだ、ヒューバート。戦術負け。本当に強く、」

 

「義兄さん。嘘を吐かないでください」

 

「……」

 

「義兄さんはまだ、一度も矢を使っていない……。そのような状態の義兄さんを倒しても、勝ったとは言えません」

 

「何を言うかと思えば……確かに俺はアーツ技……原素(エレス)塊による攻撃しかしなかった。だが、その戦術を選択したのは俺だ。それを打ち負かしたのだから、お前は俺に勝った。違うか?」

 

「違います」

 

 断言する。

 

「先程義兄さんは、痛みに怯む魔物ばかりではないと、そう言いました。それは実戦を想定しての事でしょう? ですが、実戦で実矢を一切使用しない、という選択肢を取る事はありません。それは、数年前の義兄さんとの稽古の際に教えられた事です。

 つまり貴方は、僕にだけ実戦形式を強いて、自分は手心を加え、稽古でもするような腹積もりで矢を抜かなかった。この時点で対等ではありません。ですから、まだ試合は始まってすらいない。試合というのは対等な立場で行うものです」

 

「……恵み雨」

 

 何を思ったか、義兄さんが矢を一つ、天に向かって射放つ。

 それは僕と義兄さん、双方に降り注ぎ……傷やダメージが、全て回復した。

 

「ふん。

 身内だからと、甘えていたようだな。俺は。

 わかった。手を抜いていた事を謝ろう。そして、本気を出そう。いずれお前は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 背負っていた矢筒から矢を取り出し、番える義兄さん。

 静かにそれを引いていく。

 

「大牙」

 

 放たれたそれは――瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なッ」

 

「屠龍!」

 

 さらに放たれる四本の矢。僕のクラックビーストと同じく追尾するらしい矢は、極太の矢を避けようとした足を狙撃する。

 不味い――。

 

 だが、まだだ!

 

「空破、絶掌撃!」

 

 僕なりに、義兄さんの陽炎を取り込んだ、一瞬だけこの世から消える武技。

 それは突きから始まり、二段目の突きを放つ瞬間、一瞬で敵の後方に移動する。敵とは即ち、この矢!

 

 躱した!

 

 

 

「――絶影」

 

 

 

 その声は、背後から聞こえて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十五歳になった。

 

 さぁ、全てが始まるぞ。

 

 

 




ヒューバート単独イベント

レイモン・オズウェル討伐 Lv62


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19.野心家

原作開始!!(原作に介入するとは言ってない)


 

「……行ったか。ふん、血の繋がりとやらがそんなにも強固なのか、それとも後悔しないためか……。

 あぁ、いや……この世界は、『守る強さを知る』世界だったな」

 

 旅人の装備一式と、ルーンソード一本。

 部屋に置いてあったそれが、忽然と姿を消した。

 

 発破はかけたが、正直行く可能性は低いと思っていた。それほど、アイツの故郷に対する恨みは深かったからだ。

 それに、単身で向かうと言う事は……死をも、覚悟している証。

 それほどの価値があの領主にあるのか?

 

 寡黙という免罪符で、真意を伝えられなかった男。

 史実ではその死と、子供達の成長によってようやく真意がわかったほどに、口下手で、コミュニケーションを主とする領主では考えられない程の、あの男に。

 

 血か、それとも思い出か。

 

 弟を守るという、兄としての矜持か。

 

「……困るんだがな。エレスポット開発に関する自衛の出来る錬成士として育てた奴に、勝手に死なれるのは。

 俺はもう手を出さん。そう言った。

 だから、勝手に行って、勝手に守って……勝手に帰ってこいよ」

 

 言葉は煤けた部屋に消えて行く。

 それが難しい事だということくらい、わかっている。

 

 俺にとって奴は「手ずから育てた」という以外の付加価値を持っていない。

 だから、もしいなくなったとしても、「そうか」くらいの感想しか出てこないだろう。

 

 だが、あの子は……イマスタはどうか。

 明言していなかったが、あの子には父親がいない。母親があくせく働く事で生計を保ってきた一家だ。だから、というわけではないのかもしれないが、イマスタはアイツに懐いていた。

 いなくなったら、イマスタは悲しむだろうな。

 アイツはどうでもいいが、イマスタは妹のような存在だ。悲しませたくないという想いは……少しは、ある。あるな。

 

 良かった、人並の感情が……俺にもあるようで。

 

「……はぁ。

 俺はもう手を出さん。俺はな。

 最近仕事が少なくて、暇してただろ? 万が一の時だけでいい。何もないなら、そのまま帰ってこい。お前が死ぬのも許さん。

 

 出来るか」

 

「御意」

 

 ……いかんな、情に絆されすぎると、ろくな結果を生まない。

 ()()()()()部下を一人失う可能性もあるというのに、何をしているんだ俺は。

 

 さて。

 俺は俺で、やる事をやって……あいつらの帰りを待ちますかね。

 心配はしないぞ。してやるものか、馬鹿め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大統領」

 

「うむ、来たか」

 

 数日後、俺は大統領に呼ばれて彼の執務室に来ていた。

 既に軍属で無い俺を個室に呼び出すなど国のトップとしては言語道断なのだが、それほど信頼されているということなのだろう。それにしたって危ないが。

 ちなみにこれはガリードを通しての呼び出し。故、何が目的かは大体理解している。

 

「もう研究チームは抜けましたが?」

 

「話が早くて何よりだ。

 君には、ストラタ国防軍()()情報統括本部特殊魔物対策本部特別顧問として、仮入隊を依頼する」

 

「おっと、お願いではなく依頼。なるほど、私が数多くの依頼をこなしている事を御存じのようで」

 

「ふふ、気付いていないだろうが、君は有名だからな。

 そして、ストラタ国防軍第三情報統括本部特殊魔物対策本部特別顧問レイモン・オズウェル。君に、ウィンドルとストラタを結ぶ同盟の使者としての役割を担ってもらいたい」

 

「想像通りですね。ですから、いいんですか? なんて問いかけはしません。

 ただ、お願いがあります」

 

「ふむ。

 ――姓を捨てたい、という旨かな?」

 

「……やはり敵いませんね、大統領には。何時まで経っても足元が見えない。

 この橋渡しを無事終える事が出来たら……オズウェル姓を捨て、国を出る許可を頂きたい。元から出るつもりはありましたが、どうせなら、円満に出て行きたいですからね。

 追放という形なら尚良しでしたが……使者を追放というのは、大統領として外聞が良くないでしょう。ですから、レイモン・オズウェルという者はそのままに、私に新しくライモンの名を頂きたいのです」

 

「……今やオズウェル家は、若き将校を輩出し、資産も多く持つストラタ有数の大家だ。

 それを自ら捨てるのは、何故だ。この美しいストラタを捨てるのは、どういう理由か。

 昔から気になっていた。それを、教えて欲しい」

 

 真っ向から聞かれるとは思っていなかったために、少しだけ面食らう。

 

 大統領の目は真剣だ。俺という人間を見極めようと、本気で探りに来ている。

 そりゃあそうだ。

 ここで逃がした後、味方となるか、脅威となるか……国家元首として見極めねばならないのだから。

 

 あぁ、だから二人きりになったんだな。

 俺が本音を言うように。

 

 そして俺は、これを隠す気がない。

 

大煇石(バルキネスクリアス)。我が国の大蒼海石(デュープルマル)、ウィンドルの大翠緑石(グローアンディ)、フェンデルの大紅蓮石(フォルブランニル)

 美しい石だと、そう思いませんか。造形も、役割も、その在り方も。佇まいで生物を圧倒し、その性質で生物を祝福する。私達では絶対に作り得ない、奇跡の境地」

 

「……そうだな。大煇石なしでは、三国全て、ここまでの発展を遂げる事は無かっただろう。見た目も、在り方も、美しいものだと思う。

 それが、どうしたというのかね? まさか新しい大煇石を求めて旅立ちたい、とでも」

 

「いいえ、大統領。

 新しい大煇石などありません。大煇石と呼ばれるものは、あの三つしかない。それは絶対だ。見つかっていないだけ、という可能性はゼロです。

 それはなぜか。

 それは――大輝石が、人工物だからです。そしてその役割は火、風、水の原素(エレス)の循環と流転。この星の気候は意図して造られた物であり、大煇石によってその制御が為されています。水の原素(エレス)の抽出は、その機能のほんの一部でしかありません」

 

 二の句を継げない大統領を前に、少々熱を入れて口を開く。

 

「素晴らしいと思いませんか、大統領。

 あれほどのモノが人工物。大煇石についている装飾だけでなく、その輝石そのものが――人工物なのです。

 私は、あの技術に恋焦がれています。その技術を有す一族を知っています。その一族の扱う言語を研究し、エレスポットをも造り出しました。

 ……ストラタ(ここ)に居ては、彼らの技術が遠く恋しいのです。私は一族の里に移住したい。移住し、研究の日々に明け暮れたい。

 申し訳ないが、ストラタの平和も、オズウェル家の繁栄も、弟の昇任も、全てどうでもいい。この願望の前には、ですが。

 

 ……もう止まれないのです。その為だけに生きてきたが故に。その為だけに私は、ここにいる」

 

 多少熱っぽくはしたが、全て本心だ。

 移住する、という要素を除けば、ストラタの平和も、弟の昇任も喜ばしい事ではある(オズウェル家の繁栄は心底どうでもいい)が、アンマルチアの里への移住の前には雪が解けるように瓦解する。

 

「……それは、いつからだ? レイモン、君は……いつから、その技術に焦がれていた?」

 

「――生来、なもので」

 

 いつぞやの返しを。

 それを考えなかったことなど、今生において、ただの一度たりともない。

 

「同盟の使者の件、ありがたく。

 書簡などは用意してありますか?」

 

「あ……あぁ。すでに、作成してある。

 予定は問題ないかね? あっても、キャンセルしてもらう次第になるが」

 

「問題ありません。

 全ての予定は、この使いが終わった後消え去るように調整してありますので」

 

 初めから、この使者の案件が無くとも国を出る予定だったのだ。

 エレスポットの発注は俺個人へのもの。秘書の任は、前回ヒューバートと闘った時に解かれている。

 他、俺を縛る物は全て排除した。

 

「……まだ、お世話になりましたとは言わないで置きますよ。名前も貰っていませんし」

 

「……もしかしたら、言わないで良い未来が来るのではないかと……期待していたのだがね。

 意志は強いようだ。君はガリードよりも遥かに野心家だと過去に称したが……訂正しよう。

 この私よりも、この国の誰よりも野心家だ。生来の野心家だな」

 

 ――「生来の野心家」の称号を入手。

 

 ……おー、確かに称号だわな。

 大統領に認められた称号だわ。一気にシリアス吹き飛んだが、まぁ、うん。

 

「それでは、行ってまいります」

 

「うむ。頼んだぞ」

 

 ――「二国同盟の使者」の称号を入手。

 

 ラッシュだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダイランさんがいないのは意外ですね……からかい過ぎで解雇でもされました?」

 

「俺は護衛が毎回アンタなのが意外だがな。アイツは今別件だ。アイツにしか頼めんことを命じてある。俺は俺で、俺が出来る事をやるだけさ」

 

「でも、わかっているんですか?

 同盟の使者は、それなりに危険が付き纏いますよ」

 

「ふん、そんなものどこに至って同じだろう。同じになる。

 しかし、船旅というのはいつも思うが暇だな。何かないのか、余興は」

 

「うわー、今の言葉、お金持ちのお坊ちゃまっぽくてとても感じ悪いですよ」

 

「ああ、今自分で言っていて少し引いた」

 

 バロニアへ向かう船の上。

 俺と護衛しかいない甲板の上で、潮風を感じながら話す。

 

 前方から、バロニアからの帰りだろう船が向かってくるのが見えた。

 何かが飛来する。

 

「ッ伏せてください!」

 

「ああいや、これは問題ない」

 

 流石に護衛というか、しっかりとそれが何かを見極めて俺を守ろうとする護衛に、しかし制止する。絡ませるようにしてそれを掴み取れば、鏃の無い矢。真ん中には紙が結ばれている。

 

「それは……?」

 

「んー……届くかね……」

 

「レイモン様? 何を……」

 

 すれ違う船に対し、複合弓を組み上げて狙いを定める。

 あいつらの組成は理解している。どこを怪我しているのか、しっかり書いてあった。

 

「――恵み雨」

 

 相対速度、風向き、その他諸々を考えて射出された矢は、綺麗にすれ違う船の甲板へ向かって飛ぶ。

 

 そして、そこにいた二人……意識が無いのか、抱えられたまま動かなかった一人とそれを抱えて微動だにしなかった一人に、恵み雨が降り注いだ。

 恵み雨のHP回復量は30%。オル・レイユにつけば宿屋もある。

 保つだろう。そう信じるしかない。

 

「……今のは」

 

「アイツだよ。ふん、しぶとい奴らだ。

 ……まぁ、良かった。そうは思ってやるさ」

 

 矢文は所々に血が滲んでいて、戦闘の激しさを物語っている。

 書かれた怪我は数十に及び、二人合わせると三ケタを超える。

 

 それでも、アイツは命令通り生きて帰ってきた。

 帰ったら休暇くらいは出してやるか。

 

「……懸念事項が一つ消えた。

 おぉ? 俺、しっかり心配してたんじゃないか。はは、これは驚いた」

 

「……一つ余計な事言っても良いですか?」

 

「ダメだ。余計な事だとわかってるなら言うな阿呆」

 

「目、潤んでますよ」

 

「護衛対象の言う事を聞けよ馬鹿め」

 

 ……ふん、良かったよ。

 あぁ、アイツは家族だからな。良かったよ。これで良いかばーかばーか。

 

 

 海風の塩辛さを舌に感じながら、船はバロニア港へ着く――。

 

 




レイモンたちの乗る船がバロニア港へ着く前にアスベル・シェリアがラントへ向かった、くらいの時間軸ですね。


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原作開始
20.じゆう


此処からようやく原作介入になります。



 

 そもそも、この同盟の話が持ち上がったのは前ウィンドル国王であるファーディナンド四世が急逝した事に由来する。つい先日のこと、だそうだ。

 まぁ、嘘だろう。前々から行っていた毒殺が功を奏した、とでもいう奴だ。俺がこう言うのはおかしいのだろうが。

 

 現国王は民に愛されたファーディナンド四世ではなく、その座を虎視眈々と狙っていた弟のセルディク。ウィンドルは兄弟に呪いか何かを持っているのか? 「兄を追いやる弟」という構図が立て続けに三件も……いやぁ、義兄の身としては恐ろしいね。

 

 とまぁ、こういう次第で、当然だが正当継承者に当たるファーディナンド四世の息子がセルディクにとって邪魔者になるのは自明の理。毒を盛り、刺客を差し向けて暗殺を試みるのも当たり前。

 そして身の危機を察したその息子が逃げるのも、――その息子の中にいる、「裏切り」という言葉に人一倍敏感なアイツが息子を誑かすのも……ひどく、当たり前の事だ。

 

 証拠と言うべきかはわからないが、俺の中にある光子がひどく疼いている。

 彼らと違い、俺の光子は託されたわけではない真実外付け機能である。だから、初期のプロトス1と同じく、最初に込められた”設定”を真に受けやすいのだ。

 ――即ち、「ラムダ、必滅」。

 

「お待たせいたしました。準備が整いました」

 

「ああ、ありがとうございます」

 

 光子の疼きは王国の地下へ向かっている。

 

 そこに奴がいるのだと言う事がありありとわかる。が、今は同盟の使者としての仕事が最優先。

 

「こちらへ」

 

 ……所でウィンドル国の騎士や兵士のつけているその仮面……国民だけじゃなく外国人にも不安を抱かせると思うんだが、もうちょっとデザインどうにかならなかったのか。目元が暗すぎて怖いぞ、普通に。

 

 扉が開く。

 

 長いカーペットと、その向こうに階段があり、その上に在る玉座で額に険を寄せた男が肘をついて此方を見ている。オイ、同盟国の使者だぞ。なんだその態度は。絶影してやろうか。

 なんてことはおくびにも出さず、膝を突く。

 

「ストラタ国は首都ユ・リベルテより、大統領ダヴィド・パラディの使者として、フェンデル国という脅威に対抗するための二国間同盟の締結を求め、参りました」

 

 書簡を傍仕えの騎士に渡す。

 それがセルディクへと渡り、目を通す。

 

「……ああ、大義であった。これより、我がウィンドルとストラタは手を取り合い、フェンデルという脅威へ対抗していく事を約束しよう。ここに同盟は為された。両国の更なる繁栄を願う」

 

「ありがとうございます」

 

 簡易にして簡素。

 大々的に国民に知らせる同盟ではないためか、周囲には数少ない騎士しか存在しない。

 

「ストラタの使者よ。フェンデルに対抗する取り組みとして、国境近くの()()()、ラント領の守護を頼みたい。昨今、フェンデルの工作が激化している。ラントの領主は現在()()()でな、防衛の強化に協力してはくれないか」

 

「守護。

 それは、ストラタにウィンドルとフェンデルを隔てる壁になれと……そう仰っていると、そう取っても問題はありませんか?」

 

 不敬な問い。

 だが、そう言う事だろう。単なる守護など、こちらを軽視しているとしか思えん。

 

「……ラント領を、ストラタ国の一部として明け渡そう。同盟の為の、こちらの()()である」

 

「ありがとうございます。

 自国領であれば、全霊を以て守護しなければなりません。こちらも()()として、最も信頼できる者を守護にあたらせましょう」

 

「ああ――両国が手を取り合い、必ずや脅威を打ち倒し、未来を掴むことを……私も願っている」

 

「それでは早速国に帰り、大統領に報告へ向かわせていただきます」

 

「うむ、下がって良いぞ。

 使者殿のお帰りだ。案内と見送りを」

 

「ハッ」

 

 滞りなく。

 そもそもウィンドル側から持ちかけてきた話だ。譲歩できる部分は出来る限り譲歩して、ストラタを味方につける。合理的な判断なのだろう、少なくとも彼の中では。

 

 礼をし、騎士に案内されて王城を出る。

 そのままバロニア港へ向かい、特別仕様のライオットピークへ向かわない船(=直行便)を使用してストラタへ向かう。

 滞りなど、あるわけもなく。

 

 同盟が為された以上、そして正式にラントが明け渡された以上、「最も信頼できる者」を派遣しなければいけなくなった大統領は、すぐさま彼を手配する。

 

 しっかりとした家柄を持ち、近年最も実績を上げている若き将校、ヒューバート・オズウェル少佐を。

 

 

 

 

 

 

 

「レイモン君。本当に、姓を捨てるのかね?」

 

「はい、大統領。私の意思に揺らぎは有りません。

 ストラタ国防軍第三情報統括本部特殊魔物対策本部特別顧問は辞退させていただきます」

 

「むぅ……いや、その願いを聞き入れたのは私だったな。

 レイモン・オズウェル。君からその名を、姓を剥奪する。これからはライモンとでも名乗るが良い。君が築いた研究成果の功績、軍部への貢献、オズウェル家の者としての、私への注力。その全てが無かったこととなる。

 良いか?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 ……ようやくだ。

 

 ようやく、俺は自由になる。

 勿論国防の真似事はするつもりだ。イマスタやモーリス達を捨て置けるほど、俺は冷酷になったつもりはないからな。

  

 資金は潤沢にある。俺の部下はオズウェル家の私兵ではなく、俺の私兵。拠点はスパリゾート近くだから、オズウェル家とは関係が無い。組織力に不足は無い。

 はは、素晴らしいな現状。再スタートと呼ぶにふさわしい。

 

「……寂しくなるな」

 

「そうですね。これからは気軽に会える仲でもなくなってしまいます。ストラタへ密入国をさせていただけるのならば、その限りではありませんが」

 

「わざわざ密入国をするのか? 正式な手続きの元会いに来ればいいだろう」

 

「正式な手続きをしていては、ただの旅人が大統領に謁見するなどという事は出来ませんから」

 

「……ふむ。なるほど、確かにそうだ。

 ならば、私が選挙に落選すればよいのだな? そうすれば市井の一人として、君と酒盛りが出来る」

 

「それは楽しみだ。

 ……貴方と出会ってから、二十年以上。本当にお世話になりました」

 

「こちらも、君には苦労をかけた。その才を逃すまいと、わざわざ研究チームなどという君が興味を持ちそうな立場に縛り付けるくらいには、私は君を評価していたよ」

 

「……では、置き土産として一つ。

 大蒼海石(デュープルマル)は、近々史上最大の危機に陥る事でしょう。これは予測ではなく、予言と取ってもらっても構いません。

 その時、貴方が国民をどう鎮めるか。それが次の選挙に関わる大事な要素の一つとなるはずです」

 

「……それは」

 

「あぁ、大蒼海石(デュープルマル)の危機に関してはご安心を。それはなるべくしてなる事。必ずや、元の姿を取り戻す日が来ます。

 ……それを早める事は、研究者の努力に左右されるでしょうが。所長頑張れ、と言った所ですね。私はもう手伝えませんから」

 

 手伝っても良いが、手伝わせてくれないだろう。

 所長ぐっらっく。

 

「……ガリードには挨拶をしたのか?」

 

「いいえ。叔父に対する言葉など、一つもありません。

 残念ながら私はソレを持っていないらしいのです。他ならぬ叔父曰く、ですが。

 ですので、私は親不孝者として、何も言わずに去りたいと思います」

 

「そうか。

 ……そうか」

 

 大統領は何か思う所があるのだろう。

 まぁ、この人も”親”だからな。俺にはないソレを持っているのかもしれない。

 

 さて、じゃあ……そろそろ。

 

「それでは、大統領。

 ストラタはどうか知りませんが、貴方の健康と幸せは願っています。さようなら」

 

「……ああ。また、いつか会おう」

 

「はい」

 

 この先に待ち受ける、全ての不幸が、どうか貴方を刺し貫かぬ事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウォールブリッジ。

 ここは今、厳戒態勢が敷かれている。所謂緊張状態という奴だ。

 

 なんでも逃げ出した手配者がここに来る可能性があるのだとか。

 一市井の者としては、恐ろしい限りである。

 

「だから、申し訳ない。十五年ぶりのウィンドルを楽しんでほしかったが……今はバロニアに、いいや、国に帰った方が身のためだぞ」

 

「……覚えていてくれたんですか?」

 

「勿論だとも。

 といっても、私だけだとは思うがね。なんせ他の者は十年も二十年も外の警備などやらされない。私のようなうだつの上がらない騎士だけが、こうしてここを守り続けているのだ」

 

「……怖い国ですね、ウィンドル。貴方レベルの騎士がうだつの上がらない、ですか……」

 

「はは、まぁそう言う事もあるということさ。

 さぁ、帰りなさい。今ここを通す事は出来ないよ」

 

「はい。

 お仕事、頑張ってください」

 

「ああ、ありがとう。

 十五年前と同じく、君に剣と風の導きを」

 

 レベルにして80を超えていそうな騎士に門前払いにされてしまった。

 まぁ、分かっていた事ではあるのだが。なんだあの騎士怖すぎるだろ。

 

 さて、今俺は、見ての通り聞いての通り、ウィンドルはウォールブリッジにいる。

 装いはストラタの旅人のそれで、念のためメガネはサングラスに変更してある。だからまさかバレるとは思っていなかったのだが、彼以外には特に声を掛けられなかったので、彼だけが特別なのだろうと思う。思いたい。

 

 で、何故俺がこんな所にいるのか。

 とっととアンマルチアの里行けよ。そう思った方も多かろう。

 が、アンマルチアの里の入り口はフェンデルにあり、フェンデルは現在緊張状態。というか鎖国状態だ。船は出ていても外国人は乗れないので、行くことは叶わない。

 

 ならば密入国を、とも一応考えたが、流石にリスクが大きすぎる。

 俺は寒い場所にまだ慣れていないし、弓を扱う以上は気候の把握なんかも重要になってくる。事を起こすには性急すぎるのだ。

 

 そんなことをするくらいなら、時を待って、今こちらの国で出来る事をした方がいい。

 それ即ち、ウォールブリッジ地下遺跡の再調査である。新しい魔導書のいくつかは作ったが、未だにわからない単語も多い。

 

 であるならば、沢山の資料が眠る場所で、分かる人に聞けばいい。

 

「……先に行っているか。いつ来るかもわからんし。そこで寝てると思ったんだがなぁ……」

 

 ウォールブリッジ手前の、地下遺跡への入り口。その近辺の樹の根に彼女を探したのだが、見つからなかった。まだ遺跡の中にいるのか?

 まぁ、今会った所で何を話すべくもなし。

 先に行かせてもらうとしよう。

 

 ワープゾーンに立ち、意思を込める。

 

 このワープゾーン、原理は陽炎や絶影と大体同じである。

 

 身体を原素(エレス)に分解し、別の場所で再構成するという……今にして思えばエレスポットと似た原理で行われているこれは、行先が決定されている分陽炎のようにバラバラになる事も、絶影のように取りこぼすという事も無い。

 もちろん、エレスポットのように形成失敗も無いらしい。あったら怖すぎる。そんなの実用化しないだろう。

 

 この機構そのものも調べればエレスポットに大いに役立つと思うのだが、こんな場所のを調べるよりアンマルチアの里にある物を調べた方がはるかに有意義だろう。メンテもされているだろうしな。

 

 さて、風の原素(エレス)溢れる空間に降り立った。んー、懐かしい。

 そして感慨深いな……。前に来た時も、俺はライモンだった。

 

 今もライモンだ。ライモンって誰だよ。

 

「ふぅ……あぁ、いい原素(エレス)だ……」

 

 大きく深呼吸をすれば、風の原素(エレス)が体内に行きわたる。

 輝術を扱う弓は原素(エレス)を多く消費するからな。あまり関係ないとは思うが、こうして補充するのも悪くは無い。多分吸った傍から出て行っているとは思うが。

 

 さて、移動する床を使用する……と、彼らが来られなくなってしまうので、ここ数年で完全にモノにした陽炎で移動する。もうバラバラになる事は無い、と思う。

 頭に叩き込んであるマップを元にひょいひょいと飛んで行く事二分弱。

 そこを発見した。

 

 彼女はいない。

 

「……ま、広いからな」

 

 史実においては機能の終了した、もしくは壊れてしまった移動装置の先の離れ小島にはいけなかったが、俺には関係が無い。故に、最短ルートを辿っているので、彼女たちが通り得るルートからはかけ離れた場所を通っている。

 故に、すれ違う事もある、ということだ。

 

 さて、辿り着いたプロトス1の記録設備。

 

 彼女に倣って言うならパチポチーと操作して、プロトス1の記録……ではなく、この機械に記述された設定(システム)の方を引き出す。

 

 表示されるコード。昔はほとんどわからなかったが、今になっては大凡五割が理解できる。読めるというのは、はは、快感だな。残りの五割はまだまだわからないのだが。

 ま、それに関しては圧倒的知識量不足だ。文法や記述方式は理解していても、単語の意味が解らなければ意味が無い、というヤツだな。

 

「……記録、保持……書き込みもできるのか。ああ、出来るわな、それは。ふーむ……魔導書……魔法? あぁ、お? んー……ははー」

 

 一人であるのを良い事に、ぶつぶつと独り言を呟きながら操作を続ける。

 メモは取らない。紙媒体残しておくほど俺は用心浅くない。頭に叩き込めば覚えるしな。

 

「共有……観測……保全、再生、再構成。浄化? 浄化……ああ、原素(エレス)のか。状態異常……そういえばプロトス1の術技は英語なんだよな。ああいや、英語以外もあるか。そこにこだわりはないのかね……」

 

 単語の意味は分からずとも、その単語がもたらす効果の方を記述として読み取れば、おおよその意味は推測できる。どう考えてもわからないものだけをピックアップし、後で聞くために覚えておく。

 いや、いや。

 参考資料があるって素晴らしいな。

 

 カァン、という……硬質な音が鳴り響いた。

 複数人の足音。ピリ、とした気配。

 

「……何者だ!」

 

 先頭を行っていた若者が、腰だめに剣を構え――俺に問うた。

 この声、はは、感慨深いな。

 一応再会になるのか? それとも初めましてか?

 

 ははは……そして、そして……彼女が、夢に焦がれた、あの一族の末裔!

 

「私は旅人のライモンという者です。あなた方こそ、何者で? ここは早々迷い込むような場所ではありませんが……」

 

「あーっ! ねぇねぇ! その装置、壊してないよね!?」

 

「あ、おい、パスカル!」

 

 青年と俺の話なんか知ったこっちゃないというマイペースさで、彼女が走り込んでくる。

 そして俺が操作していたパッドをパチポチーとやり始めた。よどみのない操作は、理解していないとは思えない程に適確だ。俺が辿り着いた解法を全て知っていたかのように操作していく。

 これが、本物か。

 

「ふぃー、よかった。特に壊れてはないみたいだね」

 

「勿論、それを壊すほど私は愚かではありませんよ。なんせ、アンマルチア族の貴重な遺跡だ。ところで貴女は……」

 

「ん? あたし? あたしはパスカル!」

 

「そうですか。ではパスカルさん、ここの記述なのですが、ちょっと分からない部分がありまして……」

 

「え? なになに~? どれどれ……ふんふん、ここは多分時間に関する記述だねー。どれほどの時間が経ったか、とか、どれほどの間使用するか、みたいな!」

 

「……おぉ、なるほど! つまりこちらは、時間経過における空間含有原素(エレス)量の増加比率ですね!」

 

「ん~、でもそれだけじゃない感じがするよ? それにしては余計な要素が多すぎるっていうか……」

 

「……増加比率じゃなくて、影響予測という事でしょうか?」

 

「それだ!」

 

 す、すごい。

 こちらが疑念に思う事を即座に解決しただけでなく、俺が疑念にすら思わなかった部分を気付いてくれる。余計な要素が多すぎる、なんて考えもしなかった!

 おぉ、おぉおぉ……た、楽しい。ずっとここで研究していたい!

 

「……あの、」

 

「ん? 

 あ、えーと……」

 

 視線を向ければ、どうしていいのか分からない、と言った佇まいで此方を見遣る青年と、その後ろに隠れる少女、そして俺に厳しい目線を向けている青年。ま、ストラタ人の格好だからな。

 

「俺はアスベルといいます。こっちはソフィ。そして……」

 

「僕はリチャードだ。ライモンさん、どうしてこんな場所にいるのか、聞いてもいいかい?」

 

 声色は優しいが、心情は暗い。

 光子に反応している、というわけではないのだろう。単純にストラタ人だからだろうな。同盟協定はリチャードの想う所ではないわけだし。

 

「数年前、ウィンドルに観光に来た時に偶然ここを見つけましてね。以来、ウィンドルに来るたびに此処へ通っているのですよ。おかげである程度の操作も覚えました」

 

「ってことは……ライモンさんもソフィの幻を見た事があるんですか?」

 

 この質問は、この装置がプロトス1を映し出すためだけの物、と思っているが故のものだろう。

 そして答えは、

 

「はい、ありますよ。ソフィ……そこの少女の事で良いのですよね」

 

 モーリスの娘に良く似ている彼女。

 勿論、見た事がある。というか研究させてもらっている。

 

「ほら、あたしの言った事、嘘じゃなかったでしょ?」

 

「うーん……まだ実物を見たわけじゃないからな……」

 

 ま、エフィネアの民にとって映像装置、なんてものは見た事も無いだろう。フェンデルにあるものでも平面、まさか投射装置など、夢にも思わん。

 信じられないというか、想像できないのは当たり前である。

 さて、実物を見せよう……という前に。

 

「……何か、来る。変な足音が近づいてくる!」

 




ほんとは一万字ありましたが分割。


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21.出会い

今回からGC(グルーヴィチャット)を入れます。仲間が出来たので。
基本的にストーリーに関わらない、読まなくても良いチャットですので、話の最下部に設置しています。


 

 背負っていた木の弓を抜く。

 複合弓はまだ封印だ。ここのレベル帯、そんなに高くないしな。

 

「……古代遺跡ですからね。古代より生き永らえたリザードの変異種、と言った所でしょう。餌の少ない空間だ。私達の醸し出す美味しそうな匂いにつられてやってきたのでは?」

 

「弓兵か……アスベル、ソフィ! 君達には前衛を頼みたい! 僕らは援護する! パスカルさん、貴女は遊撃を!」

 

「はいはーいっとぉ!」

 

「わかった!」

 

 まぁ、史実と違ってわざわざ四人で戦ってやることもない。確かに神聖術の対象としては四人以内が最も効率が良いとされているが、出来ない事でもない。

 ただ、気を付けるべきは……。

 

「皆さん、敵は石化の原素(エレス)を多く含有しているようです。瞳を使用する攻撃にあたらないよう、ご注意を!」

 

「わかった……アタラキシア!」

 

 早速プロトス1……いや、ソフィが自己の状態異常防止の光子を纏う。頼もしい。

 しかし、アスベル・ラントは対抗策を持たない。この狭い足場で攻めあぐねるのも危ないか。

 

「リチャードさん、奴を一瞬でも拘束する術はお持ちですか?」

 

「! わかった、来たれ闇の眷属……開くは絶望の扉!」

 

 詠唱を聞き、想像通りのそれに安心して弓に矢を二本番え、引き絞る。

 

「シェイドインペリアル!」

 

 変異種リザード……メルクリウスの下に闇色のゲートが開き、その身体を引きずり込まんと奴を縫い止める。

 

「ハッ!」

 

 その一瞬の隙をついて、両目を射抜いた。

 ビューティホー。あ、ヘイトこっち向いた。

 

「こっちだ! ハッ、水影身!」

 

「やぁ! 連撃!」

 

 だが、そこは前衛二人。

 怖い物は無いとばかりに攻めに攻める。

 

「よっ、フリージング!」

 

 中距離からはパスカルが原素(エレス)塊を打ちだし、足止めを兼ねた攻撃。さらにそこへ、原素(エレス)組成把握によって味方にあたる事の無い威圧術、リチャードのアベンジャーバイトがメルクリウスをかみ砕く。

 

「凍牙!」

 

「雷斬衝!」

 

「刹破衝!」

 

 石化の出来ないメルクリウスなど、ちょっと攻撃力の高いリザードと同じ。

 ましてやこちらは五人。負けるはずも、なかった。

 

 ……勿体無いとは思ったが、背に腹は代えられない。

 HPを削り取られ、ゆっくりと沈むメルクリウスに、お疲れ様を心内で送った。

 

 

 

 

 

 

 

「とんだ邪魔が入ったな」

 

「じゃ、気を取り直して~、ぴこぴこ、ぽん!」

 

 パスカルが装置を操作する。

 すると、中央に浮かんでいた石版が展開した。

 

「動いた……」

 

 さらに、石版のあったポッドの基部のような場所に、ソフィの投影が映写される。

 

「わたし……?」

 

「これがパスカルさんの言っていた、ソフィの幻なのかい?」

 

 パスカルが頷く。

 俺はその横で、彼女の手元を学習する。なるほど、いやはや、俺の操作のなんと無駄の多い事か。そうか、そこ省略して良いんだな……いやぁ……いやぁ! 勉強になる!

 

 しかしこの施設、奴に見せていいものなのかね。

 あんまり見せない方がいいと思うんだが……ああいや、奴は自分の研究内容なんかは知らないか。

 

 そうこうしている内に、ソフィの投射が消える。

 エネルギー切れではなく、スリープモードだな。

 

「ソフィ、アレを見て、何か思い出したか?」

 

「ううん……」

 

「ソフィと関係があるのかも、アレを見ただけでは何とも言えないね……」

 

「……その少女、記憶喪失なのですか?」

 

 知っているが、知っていたらおかしいので聞く。

 四人とも、そう言えば説明してなかったな、という顔をした。

 まぁ、ソフィが記憶喪失気味で、ソフィの幻を見たと言うパスカルの証言の元、ここへきて、もしかしたらその幻を見れば記憶が戻るかもしれないと期待していた、という事である。

 

「ふむ」

 

「説明書きでもあればよかったんだけどねー。ライモンは何か知らないの?」

 

「私が知っているのは、この装置が記録装置であると言う事。映し出された少女が、ある目的を持っていた、という事くらいですね」

 

「目的……?」

 

 隣にいるリチャードの中の奴の事も考えて、出して良い情報と出してはいけない情報を精査する。

 ……ソフィの純粋な瞳をヒューバートは苦手にしていたが、なるほど、これはクるな。

 自分が悪い事をしているような、そんな錯覚に陥る。

 

「目的そのものはわかりません。

 ただ、ラムダと呼ばれる存在に対して、なんらかのプロセスを行う事が記されていましたよ」

 

「ラ……ムダ……? どこかで、聞いた事が……あるような」

 

「他に、何か知りませんか?」

 

「残念ながら」

 

 肩をすくめる。

 それ以上は、今出すのは無理だ。奴がいない所ならいいんだがな。

 

「とりあえず、こうしてここで考えていても仕方がない。先に進もう。すぐに答えが出る事でもないだろうし、ね」

 

「ああ、そうだな。

 ……ライモンさんは、まだここに?」

 

「ふむ。

 先に進む……というのは、グレルサイドへ行く、と取っても問題ありませんか?」

 

「はい。俺達はそのために此処に来ました」

 

「では、同行させてもらってもよろしいでしょうか? なんでも緊張状態だとかでウォールブリッジを通り抜けられなくてですね。グレルサイドへ行きたいのですが」

 

 そう言うと、リチャードの顔がさらに険しくなる。

 まぁ、この時期にグレルサイドへ行きたいというストラタ人。怪し過ぎるわな。

 

「……どうしてグレルサイドへ?」

 

「鮎です」

 

「……は?」

 

「グレイル湖畔で釣れる鮎……私は、それを食べに来ました」

 

 ちなみにこれは本当である。

 前回の二ヶ月旅行の時に食べた鮎の塩焼きが、涙が出るほどに美味しかったので、絶対に食べると言う強い意志を持ってきた。

 考えただけでも涎が出る。ちなみにグレイルアユという品種だ。

 

「……リチャード、お前が決めてくれ」

 

「……わかった。ライモンさん、グレルサイドまでの道のり、一緒に行こう」

 

「ありがとうございます」

 

 信用されたわけではないのだろう。

 だが、目を離すと面倒、とでも思われたか。ま、本名を名乗っている以上……俺がストラタ政府と繋がりのある人間だった場合、不味いからな。同盟協定を結んだのは叔父のセルディク。リチャード殿下はいないことになっているのだから。

 

「話は終わった? じゃ、れっつらごー!」

 

「あ、その前にパスカルさん、ここなんですけど……」

 

「……また今度にしてくれないか」

 

 はーい。

 

 

 

 

 

 

 

GC「調査推察趣味煇石」

 

 地下遺跡。そこに浮かぶ、活動を終えた巨大な煇石を前にして。

 

「なぁ、パスカル。どうしてここの輝石は浮いているんだ? 俺達の身体は浮いていないのに……」

「ほぇ? う~ん、風の原素(エレス)が多く集まってるからじゃないかな~? こう、ふわ~っと!」

「そもそも原素(エレス)というのは、密度が高くなると固形化した原素(エレス)を浮かせる性質があるのですよ。極密度の原素(エレス)空間ではしばしばみられる現象ですね。

 ちなみに人間や魔物の身体が浮かないのは、原素(エレス)組成が常に変化しているからです。固形化した原素(エレス)と認識されていないのでしょうね。さらに言えば、この地面……この表面に施されたコーティングが原素(エレス)を強く吸収する造りになっているんです。つまり、この足場の上だけは原素(エレス)密度が低いんですね」

「……何を言っているのかさっぱりわからないんだが」

「ライモンさんも考古学者なのかい?」

「いえ、私はどちらかといえば研究者ですね。原素(エレス)の研究者です」

「なるほど……」

「でも、輝石は原素(エレス)を吸収するものだろ? こんなにたくさん輝石があったら、ここにある原素(エレス)はどんどん輝石に吸収されていくんじゃないか?」

「はい、勿論です。ですが、それ以上に供給が多いとしたら? 周囲に在る巨大輝石が吸収する原素(エレス)量より、ここに流入する風の原素(エレス)量がはるかに上回っているとしたら、答えはわかりますよね」

「密度があがり、輝石は浮き……やがて活動を終えた輝石はこうしてただただ漂うだけの存在になる、か」

「はい。尤も、この規模の輝石が吸収活動の寿命を迎えるには少なくとも五百年以上の月日が必要です。活動中は不砕……というか、欠けた傍から周囲の原素(エレス)を吸収、修復するはずなので、この輝石が砕けたのは少なくとも寿命を迎えた後。しかし、この輝石を砕き得るような存在が魔物の中にいるとは思えません。

 つまりこの輝石は、単なる経年劣化によって砕けたと考えるべきでしょう。輝石が経年劣化によって砕ける程の月日という事は、二百年かそこらですね。つまり、どう少なく見積もっても七百年前にはこの輝石が存在していた、という事です」

「七百年前……想像もつかないな」

「上に流れてるでっかい川が出来た時代考察からしても、そのくらいが妥当だね~。最初にこの遺跡があって、上を川が通るようになって、その川の上にウォールブリッジを建てたんだろうね」

「アンマルチア族というのは……計り知れないな」

 

 




パスカルがいると色々楽だ……


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22.鮎塩焼

あんまり原作変わってません。


 

 無事にウォールブリッジ内部を抜け、ウォールブリッジの対岸、グレルサイドへと向かう道に出た。

 改めて俺とパスカルがその道程に同伴する事を認めたリチャードは、しかし立ち止まってしまう。心配して駆けつけたアスベルと、意を決したようにリチャードへ触れようとするソフィの手を、リチャードは振り払った。

 

 一部始終はこんな所か。

 まぁ、ラムダを滅しうる光子の塊に触れられるなど、恐ろしくてたまらないだろうからな。完全体ではない今は特に。

 

「休みますか?」

 

「……いや、先を急ごう」

 

 アスベル・ラントに「休ませなくていいんですか?」という目線を送るも、首を振られてしまった。あくまで、リチャードの意思を最優先にするようだ。

 

 こちらも肩をすくめて、歩き出す。

 ソフィが何かを考え込んでいるようだが、まぁ、感覚の事だろう。

 どうしてこんなに、嫌な気持ちになるのか、という。

 

 アスベルとリチャードが先導する中、俺とパスカルは最後尾で装置や言語についての話で大いに盛り上がった。といってもパスカルはいきなり話を変えて俺の事を聞いて来たり、ソフィを触りに行ったりしたので、量自体はそんなに多くないのだが。

 それでも、ためになる時間だったといえるだろう。

 

 そして一行は、伝統の湖畔街グレルサイドへ辿り着く――。

 

 

 

 

 

「今は非常事態に付き、許可なきものを街へ入れる事は出来ぬ!」

 

「あ、貴方様はもしや、王子殿下であらせられますか!?」

 

「しょ、少々お待ちください! 公爵様にお知らせしてまいります!」

 

 グレルサイドへ足を踏み入れてすぐの事である。

 パスカルと俺、二人の視線がリチャードへ集まる。

 

「へぇ~、リチャードって王子様だったんだ。偉いんだね~」

 

「あぁ、ウィンドルは王族制でしたね。完全に忘れていました」

 

 はは、と笑う。

 どの口が、と、まぁ。

 この口が、である。胸を張ろう。そして俺はもうレイモンではなくライモンなので、この口でも無かった。

 

「お待たせいたしました! どうぞお通り下さい」

 

 今までの人生で最も早く走った、くらいの速度で帰ってきた兵士は、息を切らせるという無礼をする事無く言い切る。職業人だぁな。

 そうして、ストラタ人でありながら……俺はいとも簡単に、グレルサイドへ入る事ができた。

 

「それでは、私はこの辺りで」

 

「え? 一緒に行かないの~?」

 

「はは、私はあくまでグレルサイドへ来たかっただけですからね。まさかストラタ人が、王子殿下や公爵様との会話に入れるはずもないですし。どうやらあなた方は急ぎのご様子。

 私はアユを食べられればそれでいいので、さっそく釣りに向かいますよ」

 

「そっか~」

 

 むしろここで、パスカルが当たり前のように付いて行ったことが不思議なんだがな。

 ソフィに触りたいから。そう言われれば、そうか。と納得してしまう俺もいるんだが。

 

「リチャード様、アスベル、ソフィ。そしてパスカルさん。

 また縁があったら会いましょう。私の予感では、そう遠くない未来で会えるような気がしますよ」

 

 アスベルとリチャードは頷いて、ソフィは小さく手を振って。

 

「ばいば~い!」

 

 パスカルは、大きく手を振って、俺を見送る。

 グレルサイド西、港へ向かう連絡路に入って――陽炎。

 

 近くの家の屋根に飛び、身をひそめる。

 ターゲットがいないままに飛ぶ陽炎も、大分安定したな。まぁ地下遺跡で散々使っているのだが。

 

「ふぅ……。さて、アユ食ってから……動きはじめますかね」

 

 サングラスを中指で持ち上げ、ストラタ人旅行客の装いを解く。

 着替えるのはウィンドル国の旅人の装い。顔を隠すこの衣装は、街で過ごすにはもってこいなのだ。

 

 今、彼らはデール公と共に今後の戦略を立てている事だろう。

 まずは矢の補充だな。即席矢も作れない事はないのだが、補充はしておいた方がいい。ちなみに俺のエレスポットはセット数16。内1つは矢をセットしてある。アイテム形成もしやすいらしく、どこぞのアイスキャンディーの棒並の確率で生成されてくれるので、重宝している。

 

「決戦は明日か……ふん、目的を果たすためとはいえ、他国の国政に首を突っ込むのはどうかとは思うがな」

 

 俺の目的は、アンマルチアの里へ移住する事だけではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「剣と風の導きを!」

 

 大勢の声がグレルサイドへ響き渡る。

 兵士の行進。始まったか。

 

 その後、出て行く彼ら。

 史実通り山賊と、茂みに隠れる宿屋の息子。

 まだ出るべきではない。

 

「……インスペクトアイ」

 

 光子を使い、目に望遠の役割をするレンズを造り出す。

 

 見たいのは、パスカルの契約だ。

 

 山賊を倒した一行。その頭が去った場所に、風の原素(エレス)を纏った輝石が落ちているのを発見する。

 アンマルチア族の血に反応し、出てくるのは色輝竜・大翠緑竜の使いであるグリムシルフィ。その契約の様子を、原素(エレス)の一つ一つさえも見逃さないように観察する。

 

「……なるほど。管理者権限のようなものか。輝石の中に溜まった原素(エレス)に意思を持たせているのだろうが……そこの仕組みが今一わからん。なんだ、意思を持たせるって」

 

 ヒューマノイドと同じ原理か? 確かヒューマノイドには光子が使われていないはず……だが、それはあの形で、メモリがあるからであって……ん、わからん。

 やはり直接見に行くしかないか。

 

「――陽炎」

 

 さて、先回りしますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に四人が出現する。

 警戒に武器を構える四人。勿論、その視界に俺が入る。

 

「なッ……」

 

「ライモン!?」

 

「やっほー! こんなとこで出会うなんて奇遇だね~!」

 

「……やはり、出会った時からおかしいとは思っていたけど……貴方は何者だい?」

 

 パスカルの天然を無視して、リチャードが俺を睨みつける。

 アスベル・ラントも同様に剣に手を添えていた。

 

「前にも言ったでしょう? 私はしがない旅人ですよ。

 ウォールブリッジの南側の橋を降ろし、門を開けるのですよね? そして、北の橋をあげる……こんな所でしょうか」

 

「さっきリチャードが言ってた事……聞いてたみたい……」

 

「もう一度聞くよ。

 貴方は何者か。僕達の、敵か、味方か」

 

「もう一度言いますよ。

 私はただの旅人です。敵か味方かで言えば、勿論味方ですね。なんせ、北の橋を上げる手伝いをしようとしているのですから」

 

 ちなみに今はストラタ人の装いである。

 陽炎よりも飛距離のある絶影を以てすれば、川べりからウォールブリッジの警邏をする兵士に向かって飛ぶことなどたやすい。

 ちなみに殺してはいないぞ。縛って凍らせて眠らせてあるだけだ。

 

「北橋を……?」

 

「アスベル、ダメだよ。例えどんな目的があったとしても、この戦いに外国人を関わらせるわけにはいかない。これは内乱なんだ」

 

「パスカルさんやソフィもウィンドル国民ではないでしょう?」

 

「うん、あたしはこの国の人間じゃないよー」

 

「……よく、わからない……」

 

 この国の民はリチャードとアスベルだけ。

 外国人、なんて言ってしまえば二人だけになってしまう。

 

「私を信用できないのはわかります。ですからまぁ、昨夜の鮎に誓って、あなた方を裏切らないと約束しましょう。もしこれを反故にするならば、私は一生あの鮎を食せません。

 我ながら恐ろし過ぎる代償ではありますが……どうでしょうか?」

 

「た、確かにあの鮎は美味かったが……そんなものに誓われてもな」

 

「……わかった。ここで問答しているだけ時間が無駄になる。

 ライモン、貴方は北橋を上げる。僕達は中央塔に鍵を取りに行って、南橋をかけ、南門を開ける。ただし、僕達が中央塔に辿り着くまでに北橋を上げられなかったら……」

 

「その時は、そうですね。

 ――セルディク大公の増援を、私が迎撃しましょう」

 

「……OK、それで行こう。アスベル、パスカルさん、ソフィ。先を急ぐよ」

 

「あ、あぁ……」

 

「ん、話は終わった? じゃ、またね~!」

 

「……」

 

「ええ、また」

 

 ここで俺と一線交える時間が惜しいと判断したか。

 やはり暴走しなければ慧眼だな。

 

 さて、それでは仕事をしますかね。

 廊下に出る。

 

「貴様、何者だッ!」

 

「――陽炎」

 

 ――「飛躍弓兵」の称号を入手。

 

 陽炎使い過ぎかな?

 

 

 

 

 

GC「グレイルアユって……」

 

 グレルサイドへ向かう途中。

 

「ねーねーライモン! グレイルアユってそんなに美味しいの?」

「はい、あれは食べたら病み付きになりますよ。主張し過ぎない塩と、ほくほくに油の乗った身。今でも思い出して涎が止まりません」

「僕は食べた事が無いな……そんなに美味しいものなのかい?」

「漁を行っているわけではなく、地元住民の方が釣りで獲ってきているんですよ。私は釣りのやり方まで教えてもらって、もう自分で釣る事も出来ますがね」

「釣りかー、あたしは苦手だなー。すぐ眠くなっちゃうし」

「何、釣り針に引っかからなかったら直接射止めればいいんですよ」

「それはもう、釣りとは言えない気がするな……」

 

 

 

 

GC「グレイルアユって!」

 

 グレルサイドで過ごす夜。

 

「あ、いたいた! おーいライモーン! もしかして今料理中ー!?」

「おや、パスカルさん。ええ、いましがたグレイルアユが焼ける所ですよ。どうです、一緒に食べて行きませんか」

「え、いいの!? 食べる食べる!」

 

「さ、どうぞ。熱いのでお気を付け下さい」

「おぉ~……これ、ホントに自然由来の鮎? 品種改良されてるとかじゃなく?」

「古代種である可能性はありますね。この辺りは外敵が少ないので、進化する必要もありませんし」

「あぁ~、そうかもね。

 よーし、いただきまーす! ふーっ、ふー……はぐっ」

「もぐ……もぐ……」

「はふ……はふっ……」

「ふぃ~、これは……満点でーす! ねね、ソフィ達にも持って行っていい?」

「ええ、構いません。

 が、その前に一つ教えていただけませんか?」

「んん? 何々? 本? 奉……納の魔導書?」

「私、エレスポットの研究も行っていましてね。これはオリジナルの魔導書になるのですが……」

「へぇ~……あ、もしかして教えて欲しいのってここ? この消費エナジー量効率化って付箋が入ってる」

「はい。現状だとアイテム生成時の消費エナジー量が8倍と、使い物にならなくて……」

「んー、これさ、ここの記述余計じゃない? ここをこうして、こっちでこれを囲めば……」

「……なるほど。これで4倍、半分にまで減らせましたね」

「あとは……うーん、うん、後は少しずつ削って行けば、もうちょっとは抑えられそうだと思うよ!」

「はい、ありがとうございます。もう少し頑張ってみます」

「ありゃ!? 話してる間にさめちゃった……ちらっ」

「ええ、勿論。今射ますから、お待ちを……鷲羽!」

「わ、矢が降ってきて……刺さった! すっごーい、それ、どうやって狙い定めてんの?」

「ここら一体にいる一定以上の大きさを持つ魚の原素(エレス)組成を把握しているだけですよ。回復術である程度の場所を掴めば、誰でも出来ます」

「ほっほー、あたしも今度やってみよっと! って、また冷めちゃうね。それじゃ、おやすみ~!」

「ええ、おやすみなさい」

 

 




ちなみにライモンは地下遺跡だろうがウォールブリッジの中だろうが関係なしにサングラスかけてます。


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23.兄弟達

GC無し。
ご都合主義というか、テンプレみたいなの有り(グレイセスssが少ないのでテンプレとは言えないかもしれない)




 

 アンマルチア族の技術とはかけ離れて原始的なレバーをガコン、と下ろす。

 滑車と鎖の音。

 木材の軋む音。

 

 外へ出てしっかりと橋を確認すれば、北橋が完全に上がっているのが見て取れた。

 これで、仕事は果たしたな。

 

「――!?」

 

 バッと振り返り、弓を構える。だが、誰もいない。

 悪寒。いや、疼きとでもいうべきか?

 

 今何か、心の底から唾棄すべきモノが現れたような。

 

「ああ……今のが、……ラムダか」

 

 そうか。

 そうだった。確か、リチャードは中央塔で兵士に斬られて……。

 宿主の治癒の為に一度表出した、という所だろう。

 

 俺の中の光子が、「ラムダ、必滅」と騒いだのだ。

 

「……あの時はがむしゃらに入力してしまったが……早まったか?」

 

 分滅保全……守りたい意志の乗っていない、純度の高い光子。

 即ち、対ラムダ特攻のためだけの光子だ。それが俺の体内にある。絶影を見ればわかるのだが、どうにも俺の体か、もしくは魂とやらは光子の方を優先し、原素(エレス)を疎かにする傾向があるようで。

 こうやって過敏に反応してしまうのだと思う。少々面倒だが、手放す気はない。手放し方もわからんしな。

 

 さて……後は、信用を得るための一手を打つだけだ。

 

 やらなくても、問題は無いのかもしれない。

 だが、確実にしたい。

 確実に――彼らに、「仲間」と思われる必要がある。

 

「……メガネ良し。今はサングラスですけどね?」

 

 虚空に向かって肩をすくめて、薄く笑う。

 さぁ、ライモン。目的と欲望の為に、ガラでもないことを本気でやれよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「恵み雨」

 

 ウォールブリッジ・地上階。

 橋の上。

 

 そこに倒れている兵士を一人一人確認して、無理をしない範囲……四人ずつくらいを対象に癒しの原素(エレス)塊を降り注がせる。

 勿論使っているのは木弓。複合弓を使っても回復量はほとんど変わらないしな。

 新国王陛下殿の兵士・騎士、グレルサイド民兵も関係無しに癒して回る。

 

「あの!」

 

「うん? 私に何か用ですか、美しいお嬢さん?」

 

 フ、これがユ・リベルテのお嬢様、女の子相手に鍛えた史実仕様レイモン・オズウェル様……! 今はライモンだが、その吐きそうなキザったらしさは健在だ!

 このモードは心底心身にダメージが大きいので滅多には使わないが、仕方のない。仕方のない事だ。仕方のない事ならば、割り切るしかない。

 

「お、おじょ……? あ、いえ、そうではなくて……私はラント領で結成された救護組織の者です。失礼ですが、あなたは……?」

 

「あぁ、これは失礼を。

 私はライモン。ストラタからの旅行者なのですが、ウォールブリッジ内で迷っている内に闘いが始まってしまいましてね。つい先ほど終止符が打たれたようだったので出て来てみると、兵士様方が倒れているではないですか。

 これでも旅人、ある程度の治癒の心得は持っています。少しでも皆様のお力になれればな、と、治癒を施して回っていた所なのですよ」

 

「……他国民でありながら、兵士の方々の治療をして下さった事……ウィンドル国民として、感謝をいたします。もしよろしければ、こちらの治癒術師と連携を取っていただけませんか? 傷ついた人を、一刻も早く楽にしてあげたいんです」

 

「勿論、協力いたしますよ、美しいお嬢さん。

 ですが、申し訳ありません。原素(エレス)組成の把握が十全に出来ない今、重傷人の治癒は私では難しい。軽傷の者の治癒をお任せいただけると助かります」

 

「はい。重傷人は私が。

 ライモンさんは、あちらでまとまっている方々をお願いします」

 

 美しいお嬢さん、のまま名乗らないな。警戒されているのか?

 まぁ、今ラントを占領しているだろうストラタの民だからな。無意識の敵愾心が出てしまうのは当たり前か。

 

 とりあえず割り振られた通り、軽傷の……つまり動ける者で集まっている場所に行って、恵み雨を施す。この技、見た目が矢なものだから一瞬警戒されるのだが、俺ではヒールウィンドを習得できなかったので勘弁してほしい。

 まぁ、高空から降ってくる矢が頭頂に刺さるって、絵面的に凄く怖いのは分かるよ。

 

「ライモン!」

 

「はいはい、……と、アスベル。パスカルさんに、ソフィも。どうやら上手くいったようですね」

 

「あ、あぁ……それより、ライモンはここで何を?」

 

「そこの可憐なお嬢さんのお手伝い、という所です。私も治癒術が扱えますので」

 

「か、可憐なお嬢さん? ……、……? ……あぁ! シェリアの事か!」

 

 素晴らしい。期待通りの反応だヤングナイト。

 殴っていいぞ、シェリア・バーンズ。

 

「アスベル、ライモンさんと知り合いなの?」

 

「あぁ、ちょっとな」

 

 そしてその深く語らない所、親父さんにそっくりだぞ。

 そんなことより、先程から黙して語らないソフィが気になるのだが。パスカルはまぁ、気分屋だからいいとしても。

 

「あの、ライモンさん」

 

「重傷者の治癒は終わったようですね。後はお任せください。

 流石に公爵様やリチャード殿下の集まる場所へ、ストラタ人が行くのは場違いが過ぎるでしょう?」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「……聞いていたのか。でも、全体的に怪しい人だが、怪しいだけで良い人なのかもしれないな」

 

 小声で呟くアスベル・ラント。あ、ちゃんと怪しいとは思われていたのか。

 純粋に信じて貰えていると2%くらいは期待していたんだが。

 あと全体的に怪しい人とは。存在自体が? まぁお前さんのように真っ白とは、そりゃあ行かんさな。

 

 ウォールブリッジ内部に入って行く四人を見送って、再度弓を取る。

 さて、感覚的にあと少しで「恵雨の誇り」を取れるだろうし、頑張りますかね。

 

 ……今の状態のリチャードにストラタ人(おれ)が近づくと、最悪殺されそうだしな。

 

 

 

 

 

 

 

「ライモンさん! どちらへ……?」

 

 話し合いが終わったらしいシェリア・バーンズが、息を切らせて走ってきた。

 ここはもう、ウォールブリッジの外だ。

 

「役目が終わったので、また旅に出るのですよ。今のウィンドルは少々物々しいので、国に帰る事も検討していますが」

 

「そう、ですか……すみません。お礼をする事も出来ずに……」

 

「……ここだけの話、今あの砦にいるのは……身の危険を感じますからね」

 

「……!」

 

「お嬢さんはラントの民なのでしょう? バロニアに向かうにはラントを通るか、山道を迂回しなければならない。同国民として通行を願い出るつもりではありますが、ストラタ軍は頭が固いですから、山道コースになりそうです。

 もしお礼がしたいというのであれば、ラントの抜け道なんてものを教えていただけるとありがたいのですが……いえ、はは、無茶を言いましたね。忘れてください」

 

「……山側の、風車の裏に……墓地があります。ストラタの軍はそこに警備をほとんどおいていませんでした。そちらを通れば……あるいは。

 ……どうか、御無事で」

 

 おぉ、本当に教えてくれるとは思わなんだ。

 それに、アスベル・ラントが使う用水路の方ではなく……墓地、ね。

 グレイセス世界、普通に死霊系のモンスターがいるからお化けなんてのは怖くないんだが……ヒューバートがわざわざ手薄になるような場所を造るかね……?

 

 ちょっと気になる、が……。

 ふむ。

 ま、今は雌伏の時だ。

 あの花畑で、昼寝でもしていようかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……アスベル・ラント達が水路を通ってラント領へ入って行くのが見えた。

 という事は、バロニア側の……おぉ、大隊クラスがいるんじゃないか? ハッハッハ、こっちの相手は無理だな。親衛隊がいないとはいえ、グレルサイドの民兵に……ウォールブリッジの兵までいるじゃないか。

 ということは、史実通り……男三人で戦う事になるだろう、あっちに行きますかね。

 

 

 

「そうか……本気なんだね。そうか……君も僕に逆らうのか。

 所詮は……君も……!」

 

 凄むリチャード。剣を抜き、風の原素(エレス)がそこに集中する。

 増幅は憎しみが。裏切りと、何よりも友情の鎖の破壊が、彼を、奴をざわめき立てる。

 

 そしてそれは、放たれた。

 風の暴力。殺意の塊。大凡、友人に向けるものでも、友人の肉親に向けるものでもないそれは、ヒューバートへと向かって直進する。

 

 

 

「――絶影」

 

 

 

 が、こちとらそのタイミングを窺っていたのだ。

 目的の為に、一人一人を信用させる必要がある。ただでさえ胡散臭い自覚があるのだから、尚更に。

 あんな密閉空間に()()するには、完全に信用してもらう必要があるために。

 

 風の原素(エレス)。闘気を混ぜ込んだそれは、確かに脅威だが……増幅元が(ラムダ)であれば、弾くにも抵抗するにも活路があると言うもの。

 それでもこちらのHPを削ってくるのは流石としか言いようがないが……同時に覆し様の無いLv.差(じつりょく)という物がある。ラムダそのもの相手では俺が負けるだろうが、今の状態のリチャードに負ける道理はない。

 

 弾き返す。

 

「今の技は……!」

 

「ライモン!?」

 

 本命はあくまでソフィだ。

 だが、彼女の到着までの僅かな間……暴星に対する実力試しと、疼いて仕方がない光子のストレス解消に付き合ってもらうぞ、リチャード陛下!

 

「アスベルといい、君といい……ぼくを、僕に刃向うか……!」

 

「いえいえ、とんでもない。刃向ってなどいませんよ、陛下。

 私は初めから、貴方の敵ですとも。私が味方をしていたのはソフィであって、決して、貴方ではありませんよ」

 

 微かに、矢先に光子をチラつかせる。

 お、目の色が変わったな。あ、これは比喩だぞ。

 

「そうか……貴様……貴様も!」

 

「そう言う事です。

 ……君達は下がっていなさい。守る戦いというのは不得手でしてね……」

 

「しね……しね、しね! しねぇぇぇぇええええ!」

 

「周りに人がいない方が、戦いやすい」

 

 絶影でリチャード陛下殿の背後を取る。そのまま無言で虚空閃。入った。が、すぐに治ったか。もうほぼほぼラムダだな。人間の治癒速度じゃあない。

 振り向き様の切り払いを落葉で避け、天空に三射。さらに一射。

 

 目の前に迫る風の原素(エレス)を陽炎で避けて、鷲羽、星観。

 しかし目立ったダメージ無し。このレベル差があってこれか。やっぱり俺の光子量では、今の状態には勝ち得ないって事だろうな。

 

「ちょこまかと……!」

 

「ライモン! 待ってくれ! リチャード、話を聞いてくれ!」

 

「うるさい! うるさい、うるさい……まずはお前から死ね、アスベル!」

 

 ヘイトがアスベル・ラントへ向かう。衝破で吹っ飛ばす……という手が一瞬浮かんだが、同時に膨大な量の光子の気配を感じ、弓を収めた。

 

「だめ!」

 

 流星のように飛来したソフィが、リチャード陛下殿に突撃する。意思によって溢れ出る光子は、俺の持つ最大量をはるかに上回る。流石全身光子。俺に出番は無かったようだ。

 

「アスベル、そこのストラタ軍人! 離れますよ!」

 

「だ、だが!」

 

「今は、です。彼女ならば、必ず活路を開いてくれます。そこなストラタ軍人も、いいですね?」

 

「……はい」

 

 激しい攻防を繰り広げる二人。

 ソフィの「守る」という言葉に反応し、ヒューバートの内から光子が彼女に戻って行く。

 

 これで、完全。

 だが、本調子ではない。

 

「……俺は」

 

 次第に劣勢になって行くソフィを見て、アスベル・ラントが震えるように呟く。

 

 ……守る、か。

 彼や彼女のように、命を捨ててまで、と思った事は無いが……俺にも少しはある。

 だが、それによって通常以上の力が出るなど、眉唾でしかないと。史実を見てきたにも拘らず、それは起こり得る事ではないと、どこかで感じていたんだがな。

 

 こうも変わっていく様を見せつけられると……ガリードの言っていた俺に無いモノが、欲しくもなるというものだ。

 

「また、守れないのか……」

 

 その震えが、覚悟に変わる。

 あの時を、繰り返さぬように。

 

 ソフィが倒れる。リチャードが、剣を、

 

「やめろぉぉぉおおおおお!!」

 

 ――その胸を、凄まじい速度で駆けぬけたアスベルが、切り裂いた。

 

 苦しみにフラつくリチャード。だが、それよりも……それよりも、親友に、言葉や態度だけではなく、明確に。

 剣を向けられた。命を狙われたという事実が、憎しみを増加させ、倍化させ、溢れ出させる。

 

「裏切ったな……裏切ったなぁああああああああああああああ!!」

 

 どろりと、怨念のような、怨嗟のような、赤黒いそれが滲みだす。

 俺の中の光子が叫ぶ。滅せ、滅せ、必ず滅せと。

 そんな使命に興味はないが、ハハ、初めてじゃないか?

 

 前衛に並び立つ、二人。ラントの兄弟。

 俺を含め、兄弟義兄弟が、協力して敵を打ち倒さんとしている。

 

 ヒューバートとの共闘。

 

 

()()()()、合わせてください!」

 

「あぁ、わかった!」

 

 ……あぁ、わかった!

 








ちなみに原作でレイモンが初登場するシーンはカット


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24.わかれ

ちょっと遅れた


「紅蓮、衝破!」

 

 開幕、火の原素(エレス)を纏った矢と、地面に落下し、地中で爆ぜるこれまた火の原素(エレス)を纏った矢を連射する。

 そしてそれが着弾する前に陽炎で接敵、虚空閃。落葉で離脱。

 CCを9消費する、一番使い勝手のいいヒットアンドアウェイのコンボだ。

 

「ハッ、断雷牙! 崩爆華!」

 

「衝皇震! 邪霊一閃!」

 

 衝破の主目的はダメージではなく目隠し。それを知っているヒューバートが左に回り込みながらの攻撃、それを見たアスベル・ラントが即座に合せて薙ぎ払いからの右へ斬り抜け。

 ヒューバートというファクターが、俺とアスベル・ラントの連携を繋ぐ。

 

「消えろぉぉお!!」

 

 悲鳴のような音と共に、リチャード陛下殿が赤いオーラを纏う。

 ソフィはまだ回復しきっていない。

 

「絶影!」

 

 そんな彼の背後に回って真空刃に光子を混ぜ、放つ。

 割れるような音と共に、そのオーラが割れた。絶影は暴星特攻ありか。さっきの戦いで光子を混ぜ込んでいるにも拘らず効かなかった術技がいくつか見られたからな。こういうのは、出来るだけ事前に把握しておきたかった。

 

「ハァア!」

 

「グッ!」

 

 絶影も陽炎も、初見相手には無類の強さを発揮する。だが、それ以降からは少しずつ相手が慣れてしまう。

 絶影なら背後に、陽炎なら頭頂に。

 来るとわかっているなら、迎撃できないはずもない。

 

「ライモン!」

 

「目を離さないでください! 私には回復手段があります!」

 

「みんなを……守る。リーンカーネーション!」

 

 回復を行おうと思った矢先、自身の光子が復元、原素(エレス)の結合解除までもが再結合されたことを感じた。

 これが、光子による回復。

 原素(エレス)で行う恵み雨と、全くプロセスが違うじゃないか!

 

 そんな知的好奇心を満たしたい所ではあったのだが、まだ本調子じゃないだろうソフィを()()から救うために陽炎で飛ぶ。

 動けないヒーラーなど、格好の的なのだから。

 

「アスベル、これを使いなさい!」

 

 ソフィの身体を抱き起し、ただの跳躍。

 その後ろを風の原素(エレス)の暴風が吹き荒れる。ターゲットが無い状態での陽炎や絶影は他人を抱えながら使えるか試したことが無い。

 振り向きざまに投げるのは、一つのボトル。

 

 アルカナボトルだ。

 

「終わらせてやる! 全てを切り裂く! 獣破、轟衝斬!!」

 

 此方に目線をやるヒューバート。その目が物語っているのは、「僕には無いんですか」だろうか。一応、目の前にいるのは(化け物染みているとはいえ)リチャード陛下殿なんだがな。

 

 まぁいいと、アルカナボトルを放る。

 

「派手に踊れ! アンスタンヴァルス!」

 

 だが、決して弱くない二人分の秘奥義を使ってもまだ、リチャード陛下殿は倒れない。

 

「もう……大丈夫。みんなを……守らなきゃ」

 

「わかりました。回復は私が行います。ソフィ、貴方は暴星を出来得る限り抑えてください」

 

 爆発的な勢いで駆けだすソフィ。

 その身体は刹那でリチャードに接敵し、光あふるる拳がその胴体に突き刺さった。

 

 見るからに、減衰する赤黒い靄。

 対ラムダ特攻兵器。その名を冠するだけはある。

 

「恵み雨!」

 

 ……前衛三人。回復術メインではないとはいえ、全体体力を30%回復できる後衛一人。

 回復だけでなく、勿論攻撃も行う。

 ヒューバートはそれを見ずとも避け、アスベルはヒューバートに合せ、ソフィは二人に合せる。

 誤射など有り得ない。そんな、信頼の置ける関係。

 ヒューバートが連携の要である事に気付いたのか、先程からヒューバートの被弾が多いが……。

 

「使い時、か……。

 ふん、潤沢な資源があるんだ。出し惜しむべくもなし」

 

 呟く。

 取り出すは、アルカナボトル四個。

 いつぞやのモーリス戦で使った、お金の力である。

 

 エレスゲージが一気にLv.2まで上昇する。

 

「光に消えろ――影楼!」

 

 光子を混ぜ込んだ原素(エレス)を爆発させ、ソレの元へ一瞬で移動する。

 ソレ――リチャードの影へと辿り着く前、通り抜け様に彼の身体を光子で包み込み、背後から矢で背中を思い切り刺す。

 そしてその矢が、まばゆい光に包まれて爆発した。

 

「カ……」

 

「錬気、轟縮!!」

 

 そこへさらに、ソフィの最大規模で圧縮された光子の螺旋が彼の腹部を穿ち撃つ。

 前と後ろ、両側からの光子。

 

 それは確実に奴の暴星を減衰、否、削り取った。

 

「――解放します! 必中必倒! クリティカルブレード!!」

 

 コンボによる余剰原素(エレス)の充満。

 それにより、ソフィが秘奥義を開帳する。

 

 リチャードを、吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 その後の展開は俺の知っている通りだった。

 

 恐らくラムダの力だろうそれと、光子のぶつかり合い。

 守る者が中にいるソフィがこの拮抗に勝利し、しかしなおも引き下がろうとしないリチャードをデール公が介抱。彼を連れて、撤退。

 

 その撤退には勿論、アスベル・ラントは含まれない。

 

 そして、記憶を取り戻したソフィ。

 ヒューバートに分滅保全し(あずけ)ていた光子が、その記憶をよみがえらせたのだろう。

 あの場所にいた三人と、語り合う。

 

 俺はと言えば、少し離れた位置で一休みだ。

 流石に少々疲れた。実戦で第二秘奥義を使うのは久しぶりだったしな。

 

 街の被害は甚大。

 あちらこちらで輝術が飛び交い合ったのだろう、焦げ付く匂いが鼻について止まない。

 感傷に浸る程の情は持ち合わせていないが、死んだ者がいるのなら偲ぶ程度はしてやろう。

 あぁ、それよりも回復が優先だな。

 

 木弓を手に取り、腰を上げる。

 

 ストラタ軍の幹部だろう二人が向かってくるのとすれ違いながら、少しだけ笑う。

 史実であれば、あの駆けつける者の中に、レイモンはいたのだ。

 

 正反対の方向に向かっている事実が、なんだか面白かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか貴方だったとは思いませんでした……見違えるほど、いえ、あの時からご立派でしたな」

 

「はは、貴方には及びませんよ、フレデリックさん。

 十五年の月日が過ぎたと言うのに、体捌きに全く衰えが見られない。ウィンドル人というのは皆そうなのですか?」

 

「こんな老骨に何を、と言いたいところですが……どうやら、貴方の目は誤魔化せないご様子。私はいざという時の旦那様の剣となる者。

 身体を鍛える事を辞めるわけには行かないのです。ぎっくり腰も、治りましたからね」

 

 ラント家。

 そこの階段を、廊下を、ゆっくりと進む。

 隣にいるのはフレデリック。前にいるのは、いつぞやアスベルとヒューバートの足止めを手伝っていた一番の古株らしいメイド。

 

 家の奥へ、奥へと進んでいく。

 風に薬品の匂いが混じってきたか、と思った所で、メイドが止まった。

 扉。

 

「こちらです」

 

「どうぞ、ライモン君」

 

「失礼します」

 

 部屋に入る。

 

 そこには、全身、至る所に包帯の巻かれた――アストン・ラントがいた。

 胸は上下しているが、眠っている。

 

「先日……フェンデルとの争いの最中に、旦那様は敵の凶刃を受け、重傷を負われました。

 その時偶然その場にいたストラタ人の旅人二人の助力が無ければ、旦那様はこの世を去っていたやもしれません」

 

「……そうですか。今、命に別状は?」

 

「ありません。安静にしていれば、二月はかかるでしょうが、死ぬことは無いとの見込みです」

 

「安心しました」

 

 ストラタ人の旅人二人、ね……。

 もちっと格好考えろよ。ウィンドル人用のローブなんてその辺で売ってるだろ。

 

 ……あぁ、片方がストラタ人で片方がウィンドル人だと変だから、仕方なく合わせたのか。先行した馬鹿の方に。

 

「その二人は、今どちらへ?」

 

「それが……礼をしようとした矢先、煙のように消えてしまいまして。

 ライモンさんは、ご存じありませんか?」

 

「――さぁ、無いですね。ただまぁ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ま、これで伝わるだろう。

 フレデリックなら、わかってくれるはずだ。

 

「……ありがとう、ございます」

 

「何に礼を言われているのかわかりませんね」

 

「あのような下手な変装で、旦那様はまだしも私を欺けるとお思いですか?」

 

「割と辛辣ですね、フレデリックさん。彼なりに頑張っていたと思うのですが」

 

「旦那様と同じく、私は彼を幼少のころから見ています。バレバレ、という奴ですよ」

 

 だ、そうだぞ。

 帰ったら一言一句丁寧に伝えてやろう。

 

「さて、そろそろ私は失礼します。アストンさんの生死がずっと気がかりでしたが……本当に、生きていてよかったです」

 

「重ね重ね、ありがとうございました」

 

 頭を下げるフレデリックを後に、部屋を出る。

 ま、繋がりは分かりやすすぎるもんなぁ。

 礼を言われて悪い気はしないが、良い気になる事も無い。

 

 俺は別に、何もしていないのだから。

 礼はあいつらに届けておくよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アストン・ラントの様子を見に行った帰り。

 

 ばったりと……「そこなストラタ軍人」こと、ヒューバート・オズウェル少佐殿に鉢合わせてしまった。

 

「……確か、ライモンさん、と言いましたか。何故この屋敷に?」

 

「フレデリックさんとは旧知の仲でしてね。昔話に、花を咲かせていたのですよ」

 

「……そうですか」

 

 ライモンである事を肯定する。

 それは、レイモンではない事を肯定する事にもつながる。

 

 ヒューバートに、俺が国を出たという事実が伝わっているかどうかはわからないが、既に俺は身寄りのない旅人。

 ウィンドル国民と仲のいい旅人と親しくしているところなど、少なくとも現状他人に見られて良い利益は産まないだろう。

 

「それでは」

 

 背を向け、歩き出す。

 いずれは共に戦うこともあろうが、ここではっきりと、決別だ。

 もう俺は、オズウェル家の人間でも、ましてやストラタ国民でもないのだから。

 

 

 

「――貴方も、僕を捨てるんですか」

 

 

 

 踏み出そうとした足を止める。

 振り返らない。振り返っていいのは、レイモン・オズウェルだけだ。

 

「……()()()()()()()()()()()()()

 あなたが誰かに捨てられたと思っているのならば、それは全て()()()()()

 

「ッ、貴方に何が!」

 

「しっかりと、父親と話をしなさい。どちらも仏頂面ではありますが……()()()の方が、まだ話の分かる人だと思いますよ。

 それと――」

 

 服の下から矢を取り出し、ヒューバートに向けて投げつける。

 それはヒューバートが反応するよりも前に彼の目の前へ辿り着き、ポンという軽い音を立てた。

 出てくるのは、花束。

 

「少々遅くなりましたが、出世祝いと誕生日祝いです。

 ()()()()()()()()()()()()。もうお前とは家族でいられない」

 

 後ろ手をふって歩き出す。

 

 一応、毎年誕生日プレゼントを上げていたが……十八歳までで、十分だろう。

 もう彼は、年下に上げる側の年齢だ。

 

 色々な意味を込めて――プレゼントフォーユー。

 




文字数伸びないなー


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25.うらみ

オリジナル?展開アリ
外道行為アリ。


 

 ラント領・墓地。

 ラントの人間でさえ滅多に来ることの無いと言うこの場所は、なるほど警備も見当たらず、非常に静かだ。

 暴走したリチャード陛下こそそうであったが、元来ウィンドル人もストラタ人も死者を利用したり辱めたりすることは無い。風の気質か、水の気質か。はたまた、フォドラの二の舞とならぬように……アンマルチアの民が、エフィネアに生まれた人々にそういう概念を決して与えなかったか。

 人間に似せたヒューマノイド。死の際に意識を移したヒューマノイド。

 どれもこれも、決して、遍く広がって欲しい技術ではないからな。

 

 そんな墓地近くの木陰で休んでいると、街の方から二人……アスベルとソフィが歩いてきた。

 

「隣、いいか?」

 

「ええ、かまいませんよ」

 

 俺がここにいることを知っているのは……シェリア・バーンズか?

 ま、誰か住民が見ていたのやもしれんが。

 

「……ライモン。

 お前は、一体何者なんだ? あの時……リチャードとの戦いで、お前が使っていた力は……」

 

「ソフィと同じ力ですよ。ああいえ、アスベル、あなたとも」

 

「ッ! お前は、この力が何か……知っているのか?」

 

「いいえ。これがなんであるかは知りません。ですが、使えるようになった時から……鍛錬は欠かしませんでしたから」

 

 光子がなんであるか。

 対ラムダ消滅用に造られた、原素(エレス)を基にした粒子。

 だが、これがなんであるかは知らない。何が原料なのか、どういう製法で造られているのかまでは、俺の領分に無い。

 だから、嘘ではないと胸を張ろう。

 

「使えるようになってから? お前はいつ、その力を手にしたんだ?」

 

「十五年前ですね。貴方達と出会ったあの遺跡……あそこに初めて入った時、入手しました」

 

 アスベル・ラントの口から、「七年前では、ないか……」という呟きが漏れた。ソフィのいなくなったタイミングでは、確かにないな。

 ソフィの力と同じとは言ったが、厳密にはアスベル・ラントの持つ力とは違う。

 あくまでソフィの力と同じなだけだ。

 

「……ライモンは、リチャードの、敵、なの?」

 

「正確には貴女の味方ですよ、ソフィ。貴女が彼と敵対するのならば、私は喜び勇んでこの力を彼の撃退へ使います」

 

「ライモン、お前はソフィの事を知っていたのか?」

 

「いえいえ、知りませんでしたよ。

 ソフィ、貴女が戦闘をしているところを見るまでは、ね。

 前にも言いましたが、私は原素(エレス)の研究者なのです。当然、この力の事も研究していました。

 そしてソフィ、貴女の扱う力こそが、この力の源流なのだと気付いたのです」

 

「それで、ソフィの味方だと……?」

 

「ええ、ソフィに死なれてもらっては困るので」

 

「まさか……ソフィを研究、」

 

「そんなことはしませんよ。この力については、これ以上調べ用が無い、という所まで調べましたから。それに、一人の女の子をどうこうしてまで調べたい事でもありませんしね。

 私の本命は、あくまで原素(エレス)なので」

 

「そうか……っと、忘れる所だった。

 ライモン。俺達はこれから、ストラタへ向かう事になった。確か国に帰るつもり、とか言っていたよな。一緒に来ないか?」

 

「ええ、勿論です」

 

 さぁ……ある程度、仲間と認められたかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

「シェリアがいない?」

 

 心臓が跳ねた。

 ……何?

 

「ライモン、見ていないか?」

 

「申し訳ありません、ずっとあの場所で昼寝をしていたもので……」

 

「オレも見ていないな」

 

「ソフィ、パスカルはどうだ?」

 

「見てない」

 

「あたしも~」

 

 思考の底が冷えて行く。

 何故、シェリア・バーンズがいない? ()()()()()()()()()()

 

 では……誰だ。

 

「忙しいのかな……今度はちゃんと、行ってくると伝えたかったんだが」

 

「兄さん!」

 

 ヒューバートが走ってくる。

 その手に握られているのは、紙。

 

「ヒューバート。どうしたんだ?」

 

「……執務室の扉の前に、こんなものが」

 

「これは? ……なんだって!?」

 

 ……下手人がわからない。

 彼女の掴まっている場所は変わらないのかもしれないが、もしもを考えると下手に動けない。

 史実通り押し花を落としてくれていればいいのだが……。

 

「アスベル?」

 

「シェリアが……誘拐された。ストラタ行きを止めなければ、シェリアを殺すと……」

 

「オズウェル少佐殿。最近、というか、この進駐軍を設立するにあたって、貴方の率いる隊に最も新しく編入した人物は誰ですか」

 

「……! そうか、オズウェル家の……僕のお目付け役として派遣された者がいます」

 

 矢張りか。

 レイモンという監視役がいないのだから、ガリードは他の誰かを宛がうと思っていた。

 そいつは史実のレイモンのように、オズウェル家の不利益となる行動をとるヒューバートを妨害して当たり前なのだ。さらに言えば、レイモンよりも立場の緩い……動きやすい地位にいるだろうソイツなら、誘拐もたやすい。

 

「その者の名、特徴は?」

 

「特徴はこれといってありませんが、短剣術を使用します。名はアクウェル。細身の男です」

 

 ……ふぅ。

  

 そうか。そういう所にツケが回って来るのか。

 まぁ、でも良かったよ。

 知っている奴で。

 

「インスペクトアイ」

 

「ライモン?」

 

 インスペクトアイとは名ばかりの、光子で造り上げた望遠鏡の役割をするレンズを片目に展開する。術技ではない。光子を使用していると言うか、形を変えているだけだしな。

 コレの役割は単純に、遠くをよく見えるようにするという、本当に望遠鏡の働きをするのみだ。

 

 ゆっくりと全方位を見渡していく。

 周囲の人間、モンスターの原素(エレス)組成。個人個人、各個体で違うそれを見分けながら、目的の物を探す。

 治癒術師なら多分みんな出来る事だ。望遠鏡という物がこの世界に在るのかどうかは知らんが。まぁ双眼鏡はあるだろ。多分。顕微鏡はあるんだし。

 

「こうしていても仕方がない。とりあえず、手分けをしてシェリアを探そう!」

 

「兄さん、まってください。

 ……ライモン。()()()()()?」

 

「見つけました。……西ラント街道の小屋にその男と……寝かされた状態の人間一人。他、外にサーブルボアとグラニットータス、人間二人」

 

「何……?」

 

 マリク・シザースが懐疑の目を向けて来るが、その場合ではない。

 これはある意味俺の不始末だ。こればかりは、俺に責任がある。

 

「西ラント街道だな! いくぞ、みんな!」

 

 だが、アスベル・ラントは一切疑いもせずに駆けだしたではないか。

 俺が言うのもなんだが、そんなにあっさり信用してもいいのか。マリク・シザースの疑いこそがもっともで、俺は怪しまれる行動ばかりを取っている自覚があるのだが。

 

「兄さんは、既に貴方を身内として見ているようですね。排他的な貴方では及びつかない思想でしょうが……兄さんは、甘いんです」

 

「……いえ、貴方にそっくりですよ。同じくらい甘い貴方に、ね」

 

 走り出す。

 

 ふん、仲間とみられるためにお人好しのような演技を続けていたが……もしかしたら、一切の必要が無かったのかもしれないな。

 杞憂。いや、徒労か?

 それなら初めから素の口調でいればよかった。丁寧語、自分でもちょっと嫌いなんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シェリア!」

 

 自分で脱出を試みたのだろう、シェリア・バーンズが小屋を抜け出している。

 だが、周囲にはストラタ軍人の格好をした人間二人、サーブルボア、グラニットータス。

 

 そして、小賢しい顔をした……オズウェル家の私兵。

 

 それらが、シェリア・バーンズを囲い、今にも襲い掛からんとしていた。

 

「陽炎!」

 

 先行していたアスベル・ラント達を追い抜いて、その私兵の男の頭頂に跳躍。

 そのまま何の捻りも無い回し蹴りで、側頭部を蹴り飛ばす。

 

「ッテェ!?」

 

 ふん、もう取り繕えていないのか。 

 流石は――元盗賊。

 

「ライモンさん!?」

 

「シェリアさん、申し訳ない。

 魔物の相手は苦手でしてね。まぁ、コイツの処理は任せてください」

 

 返事を待たずに、再度接敵して紅蓮。避ける奴にさらに追撃をし、彼女から距離を取る。

 だが、奴も然ることながら……短剣を使用し、こなれた体捌きで俺の弓を防ぎ始めた。

 

「ヘッ、誰かと思いやぁ……まさかまさかの大本命! アンタだったとは思いやせんでしたよ!」

 

「なるほど、いつの間にか私ではなくガリードの方へ取り入っていたようだ」

 

「へん、次期当主の元で好き勝手やれるならまぁ従っても良いか、なんて考えてたオレを裏切ったのはアンタの方だ。家を出るだぁ? そんな事は聞いてねぇ。アンタがそう言う事をするってんなら、オレもオレのやりたいようにやらせてもらうだけだ。

 幸い、アンタのトコで実力は十分に育ったからな!」

 

 部下のアイツを彷彿とさせる短剣術。

 当たり前だ。アイツが育てたのだから。

 

 アクウェル。

 その名は……何時の日か、俺がヘッドハンティングした盗賊の名である。

 

「ガリードサマへの恩義も忘れて、敵国でボーイミーツガールですかい? ハッ、反吐が出る! 蛇咬牙突!」

 

「恩義? おかしなことを言う。

 私があの男に、恩義を抱く? ハ、有り得ませんね。

 初めから俺は、あの男もストラタも、視界にすら入れていないぞ、馬鹿め」

 

 カニタマ、チョコパイの発動を確認しつつ、火傷の原素(エレス)を自分に打ち込む。ポトフの効果を再現。

 コイツの実力は高い。レベルで言えば、俺と同じくらいはあるかもしれない。部下のアイツが俺より強いからな。可能性はある。

 だから、エレスポット……料理によるバフを、今盛れるだけ盛って、確実に仕留めさせてもらう。

 

「三叉槍!」

 

「下からの二連射撃、と見せかけて、上空からの三射もしくは四射、時間差で下からのに連射撃、ですよね。アンタの攻撃はもう見切っている!」

 

 宣言通り、全て防がれ、避けられた。

 アルカナボトルを割る。

 

「馬鹿が、そんなもの、任意で変えられなくてどうする。轟天!」

 

「落雷を誘発させる矢――グッ!?」

 

 轟天と言いつつ、放ったのは衝破だ。

 そして一連携目があれば、十分だ。

 

「覚悟は出来たか? 無様に舞え……アンタディッドプレイス!」

 

 原素(エレス)塊を射る。

 それは奴の胸に吸い込まれ――。

 

「それも、知ってるって、の……」

 

「馬鹿め。

 それは矢ではなく原素(エレス)塊だぞ? 短剣で叩き落とせば、持ち手に吸収されるのは道理だろうが」

 

 いつかモーリスに使った、第一秘奥義。

 ダメージの無い状態異常のフルコース。

 

「……お前の道を捻じ曲げたのは俺だ。あのまま盗賊として死んでいた方が幸せだっただろう。そして、お前の道を閉ざすのも俺だ。この仕事ぶりが評価されれば、あるいはオズウェル家の私兵として、最高の地位を与えられただろう。

 運が悪かったな、アクウェル。俺に出会ったのが……俺と同じ亀車に乗ったのが、運の尽きだ。俺を一番恨んでいるはずのお前が、俺の代わりをしたのは……皮肉だがな」

 

 いやはや。

 シェリア・バーンズには、申し訳のない事をしたな。

 それでは、俺を恨んでくれ。また来世で会おう。地獄かもしれないがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェリア・バーンズとアスベル・ラントの痴話喧嘩も終局を見せた。

 俺は不始末を処理した。うん、万々歳だな。

 

「ライモンさん、さっきの人は……」

 

「……申し訳ありません。追い詰めたのですが、川の方に逃げられてしまいまして……」

 

「まだ警戒が必要かもしれない、か」

 

「健を射抜いたので、当分戦闘は不可能かと思われますがね」

 

 剣ごと射抜いたので、一生戦闘は不可能かと思われますがね。

 始末したと言えば、シェリア・バーンズに悪印象を抱かれる。折角アスベル・ラントが身内認定をしてくれているのだ。不和は避けたい。

 ……「私、疑っています」というあからさますぎる目線を向けてくるマリク・シザースも、いずれは信用させなければいけないのだが……中々。

 

「ともかく、シェリアが無事だった事を報告に戻ろう」

 

「ええ」

 

 ……逃げられた、などと。ふん、ヒューバートならわかるだろうな。

 警戒の必要なし。そう判断する事も容易く予想できる。

 それがマリク・シザースに見抜かれなければいいのだが……アイツ、わかりやすいからなぁ。兄と似て。

 

 さてはて……もうすぐ、ストラタに出戻りだな。

 




シェリアと会話した直後からだいぶ離れた所で戦ってるので会話は聞かれていません。


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26.わかい

オリジナル展開アリ



「……父さん」

 

 義兄(本来は従兄と言うべき)に言われなければ、そこに来ることは無かっただろうと、ヒューバートは眉間に皺を寄せた。

 ラント領主邸、最奥。

 この家の悉くを破壊でもされない限り、戦火の届く事の無いだろう部屋。

 

 ヒューバートが一歩踏み出せずに佇んでいる扉の向こうに、彼の父親が眠っている。

 

 シェリアの治癒を受けて尚、安静と睡眠を多く必要とする重傷を負ったという父親。

 領主としての責任能力を果たす事は出来ないと判断されたが故に、ヒューバートが今ここにいる。

 義兄は話してみろと言った。

 なんでも、義兄は過去、この家に立ち寄った事があるらしいのだ。その時、幼いヒューバート達も見ていると。

 

 フレデリックらにライモンと名乗る旅人の正体がヒューバートの義兄である事は知られていない。言う必要性も感じられないし、義兄が言わない事を自分が言ってしまうのは憚られるような気がして、ヒューバートはその事には口を噤んでいた。

 

「……全く、女々しい事この上ない。

 義兄さんの言葉を真に受ける必要なんてないのですから、わざわざ……僕を捨てたあの人に話を聞きに行くことなど、そもそも僕は忙しいのですから、これほど無駄な事は……」

 

『ヒューバート?』

 

 ぶつぶつと扉の前で呟いていたヒューバートに、内から声がかかった。

 母、ケリーの声だ。

 特に高い防音性があるというわけでもない扉は、なんということもなく、ヒューバートの迷いをそのまま部屋の中に流していたのだろう。

 事実に赤面しながらも、ここまで来たのならば引き下がる事は出来ないと、軍部を昇り詰めるまでに培ってきた矜持が後背を押す。

 

「……失礼します」

 

 そして扉を、開いた。

 

 最奥の部屋であるが、中は通気性に富み、少々高い位置にある窓から光も差している。

 幼い頃は終ぞ、この部屋に入った事は無かったな、などと思いながら、父親のベッドにゆっくりと近づいていくヒューバート。

 母ケリーは父親の枕横で果物を剥いているようだ。

 

「来てくれたのですね」

 

「……特に用件があったわけではありません。ただ、この地の守護を任された者として、前領主の監視をする事は義務ですから」

 

「ええ、それで構いません。

 ふふ、丁度良かった。あなた、ヒューバートが来てくれましたよ」

 

「……あぁ」

 

 ヒューバートの肩がビクと跳ねる。

 起きているとは思っていなかったのだ。寝顔を確認するくらいで、それで終わると思っていた。

 

「……寝ていなくて大丈夫なのですか?」

 

「先程までぐっすり眠っていたのですよ。あなたが部屋の外に立つ少し前くらいに目を覚まして……」

 

「…………夢を、見ていた」

 

 ヒューバートとケリーの話を遮って、父親――アストンがぽつりと呟いた。

 今にも消え行ってしまいそうな声に、反射的に彼の顔をみるヒューバート。

 

「……私がフェンデルの凶刃に……倒れ、息を引き取り……おまえたち、兄弟が仲を違え、対立し……ケリー、とも、決別し……家族が、バラバラとなってしまう……夢だった」

 

「それは……」

 

 有り得た未来だ、と。

 ヒューバートはメガネの奥で想定する。

 今でさえ、ほとんどそこに近い現状だ。

 兄との対立。兄アスベルがあそこまで甘くなければ、例えばそう、話に聞く叔父のように全面対立をしてこようものなら、最悪ヒューバートは兄をその手にかけていたかもしれない。

 母ケリーとも、今の機会が無ければ……足を運ぶことすらなかっただろう。

 

 針の上に立つようなバランスで、ギリギリラント家の縁は繋がれている。

 

「……ヒューバート。これは、私の言い訳でしかない。だが……兄に、よく似た人に……素直になれと、言われてしまった。もっと馬鹿になれ、と。

 上手く……纏められる、自信は無いが……私の想いを、聞いてはくれないだろうか……」

 

 父は笑っていた。

 苦笑していた。腕を動かす事もままならないから顔だけだが、もし腕が動くのならば、その手で目を隠して笑っていた事だろう。

 

 笑いながら、泣いていた。

 

 アストンはぼそぼそと、ポツポツと話し始める。

 

 自分にはアドルフという兄がいたこと。跡継ぎであった兄と自分は仲が良かった事。

 だが、父親の意向と兄の考えがぶつかり、兄は跡継ぎから外された挙句、自分との対立の末にラントを追われ、行方をくらましてしまった事。

 旅人のおかげで兄が生きている事こそ知ったが、連絡は無く、後悔だけが募っていた事。

 自分の子供達も同じ末路を辿るかもしれないと思うと恐ろしくて、兄は必ず跡継ぎに、そして弟は自由に勉強をさせてやれる場で、伸び伸びと育って欲しいと考えていた事。

 

 もっと兄と、父親と話し合えばよかった。

 私兵をストラタへ出し、兄を探しに行けばよかった。待っているだけだった。

 恐ろしさに身を震わせるだけでなく、しっかりと……お前達の意見も、聞いてやるべきだった。

 

 訥々と語る父の目からは涙が溢れ、口元は自嘲にゆがみ、時折苦しそうに咳き込む。

 言い訳でしかない。そう思う自分も確かに居ると、ヒューバートは歯を噛みしめる。

 

 同時に、初めて見た父の人間らしさに、こんなにも脆い人だったのかと、鋼鉄のようなイメージのあった父親像に罅が入って行くのを感じた。

 ともすれば、兄よりも脆い。脆くて、弱くて……人の上に立つ事に、余りにも向いていない。それは領主にも、父親という役割にも言える事だ。

 

「お前の気持ちを、アスベルの気持ちを……何も考えていなかった。私は、ただ、私が恐ろしかった。あの時の父親のように、お前達と意見がぶつかりあって……何もかも失ってしまうのではないかと、恐ろしかった。

 すまない。何を言っても、もう遅い……。だが、すまなかった。ヒューバート。怖かっただろう。辛かっただろう。心細かっただろう。

 恨んでくれ。恨まれなければいけない。父親とすら呼べない。私は、私は……」

 

 熱に浮かされたように謝り続ける父。

 ヒューバートは、眼鏡を上げる。

 

「自惚れないでください。

 僕は別に、あなたを恨んでなどいません。今の地位があるのはあなたのおかげのようなものですからね。僕はこの地位に、満足している。

 ですから、謝る必要はありません。そんなものに意味は無いし、これ以上の言い訳は聞きたくありません」

 

 冷たい言葉だと、ヒューバートは自嘲する。

 だが、この父親の在り方がようやく見えた。

 

「ヒュー、バート……」

 

「忘れないでください。貴方は僕の、兄さんと僕の父親です。父親と呼べない? 

 簡単に責任を放棄しないでください。貴方には、僕と兄さんの父親であると言う責務がある。辞める事も、ましてや勝手に死ぬことも許されません。何故なら、今まで貴方は父親としての責務を放棄してきたのだから。これからの人生で、それを償う必要があります」

 

 思い出すのは義父と義兄。

 この二存在はとても冷酷だったが、しっかりとヒューバートの意見を聞き入れ、その上で導きを出した。父親として、先に生まれた者として。子に、弟に、その役割を全うしていた。

 父親らしさという面で見れば、よっぽどあちらの義父の方が”らしい”。性格面、人間性にややどころではない難があるが、父親という括りでならば、彼の方が目の前で泣く男より数段上であると言えるだろう。

 

「理解しました。

 僕は捨てられてなど、いなかった。捨てられる以前の問題ですね。

 貴方がしっかりと父親が出来ていなかった。それだけです。寡黙と言えば聞こえはいいですが、多くを語らずして人の上に立つことなど出来るはずがありません。そんなものについていく存在は、ただ狂信しているに過ぎない。

 ……その怪我が治ったら、父親になってください。母さんを、兄さんをしっかり愛してあげてください。

 僕は良いです。僕はもう、この家の子供ではありませんから」

 

 自身はヒューバート・オズウェル。

 ヒューバート・ラントはもういないのだと。

 

「――それは……違う。

 ヒューバート。お前は、確かに、私の息子だ……それだけは、そこだけは……譲れない」

 

 だが、今の今まで弱々しかった父親の、その確固たる声に引き戻された。

 泣きはらした目で、しかし非常に強い視線でヒューバートを見ている。絶対に逃してなるものか、と。

 その気勢に、たじろいだ。

 

「と、とにかく!

 今は安静にしてください。責務を全うするのも、今までの清算をするのも、全ては完治してからです。死んでしまっては元も子もありませんから」

 

「……あぁ。

 ありがとう、ヒューバート」

 

 そう言って。

 カク、と首を脱力させ、父は意識を手放した。

 一瞬冷たいものがヒューバートの背筋を走るが、すぐに布団が上下をし始めたのを見て……安堵のため息を吐く。

 

「ヒューバート」

 

「……なんですか」

 

 母ケリーが、優しい声で言う。

 父の汗を拭きながら、剥き終った果物を皿において。

 

「私も、この人の意見に合せるばかりで……あなたたちと、しっかり話す事ができていませんでした。ごめんなさい。

 私がこの家に来た時は、しっかりと言葉を発せていたはずなのに……利発な貴方達に、甘えていたようですね。ヒューバート。私の事も……母と、認めてくれますか?」

 

「……無論です。母さん。

 僕が認めずとも……貴女は、僕と兄さんの母親ですよ」

 

「ええ……ありがとう」

 

 にこりと笑うケリー。

 ヒューバートは、なんだかいたたまれなくなって後ろを向く。

 

「そ、それでは僕はこれで。まだまだ処理しなければならない仕事が溜まっていますので」

 

「ヒューバート」

 

「まだ何かあるんですか……?」

 

「後で、差し入れを持って行きますね。何かリクエストはありますか?」

 

「……では、母さんの得意な物でお願いします」

 

「まぁ……難しい、ですね……でも、わかりました。楽しみに待っていてください」

 

「……はい」

 

 ヒューバートは扉を開け、その部屋を出た。

 無言で廊下を渡り、執務室へと戻って、椅子に深く座る。

 そして、大きく深呼吸をする。

 

「……ふぅ」

 

 ふと、机に置かれた花束が目に入った。

 

 ――あなたが誰かに捨てられたと思っているのならば、それは全て間違いです。

 

「……?」

 

 その花束が妙に()()気がして、ヒューバートはその花束を解く。

 中から、十数枚程の丸められた紙が出てきた。

 

 それは、アスベルからヒューバートへ向けて贈られた、手紙。

 

「……やはり不気味な人だ」

 

 不気味というか、不器用というか。

 気付かなかったらどうするつもりだったんだ、と思わざるを得ないその”誕生日祝い”に苦笑と苦言を漏らしながら……いつの間にか消えていた胸の”しこり”に気付く事も無く、ヒューバートはその手紙を丁寧に読み始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オル・レイユ行きの船に乗船した。

 

「ちょっといいか」

 

「はい、なんでしょうかマリクさん」

 

 俺も教官と呼ぶことも吝かではなかったのだが、それはもう少し先に取っておく事にした。

 潮風が心地よい。

 

「ライモン。お前はストラタの出身だったな。オレ達は誰もストラタに行ったことが無い。何か注意事項はあるか?」

 

「ふむ。まず、暑い事ですかね。それはもう暑いです。しかし水ばかり飲んでいると、必要以上の発汗が促され、逆に水分不足になります。水分補給は適度に行ってください」

 

「なるほど。まぁ、気候の事は大体想像が付いている。国風に関して何かないか?」

 

「それでしたらまず、砂漠では助け合いが基本です。盗賊に関してはその限りではありませんが、研究員の格好をしている人間や旅人が困っていたら、積極的に助けてあげてください。大いなる自然の前では人間は等しく無力ですからね。

 それと、これはストラタ全体に言える事なのですが……少々、他国の人間を見下しているきらいがあります。無意識程度のものがほとんどですがね。オル・レイユは貿易街なだけあって、その性質は非常に薄いですが……首都ユ・リベルテは選民思想の強い所があります。

 他国からの旅人と言うだけで足元を見られる可能性がありますので、お気を付けを」

 

「豊かな国だからこそ、か……」

 

 フェンデルの出身者としては思う所があるのだろう。

 あそこもあそこで、貧しいが故に足元を見て来る場所だからな。貧しくても、富んでいても、商人はそうなってしまう。ウィンドルが特異なんだ。本当は。

 

「ところで、ライモン。

 一つ聞きたい事があるのだが」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「ヴィクトリア。この名前に聞き覚えはないか」

 

 ……。

 

「あり、ますが……ええと……」

 

「オレの教え子……同僚に、ヴィクトリアという女傑がいる。ソイツは幼い頃、ライモンと名乗るストラタ人に屈辱的な敗北を喫したそうだ。次に会ったら泣いて謝るまでボコボコにすると意気込んでいたが、そのライモンと相違はないか」

 

「いえ、違いますね。私は女性に屈辱的なコトをするほど野蛮ではないので。

 多分違うライモンですね。ライモンって多分結構いますよストラタには。私ではないですねーやっぱり聞き覚えもないですねー」

 

「弓を扱うストラタ人のライモンはそんなにいるのか」

 

「ええ沢山いますよ。五人居たらその内の三人はライモンですよ」

 

「ヴィクトリアを負かす使い手が、そんなにいるのか。恐ろしい場所だな、ストラタ」

 

「ええ、本当に」

 

 ……騎士学校周辺には寄らないようにしよう。

 

 船はオル・レイユ港へと寄港する――。

 

 

 

 

GC「料理出来るの?」

 

 ラントの港にて。

 

「船内の食堂は少々値段が張りますからね、港で腹ごしらえをしておくことをおすすめしますよ」

「そうなのか。うーん、と、言われてもな……」

「ライモン、何をしているの?」

「料理の準備です。折角食材を持っているのですから、港で購入する必要もないですしね」

「ライモンさん、お料理できるんですか?」

「旅人ですからね。野宿をする事もしばしばありますから、必要最低限は出来ないと。慣れてくると味の向上を求めるもので……はは、一種の趣味ですよ」

「じゃあさー、シェリア達のご飯作ってあげてよ! あたしは今あんまりお腹空いてないからさー」

「それは構いませんが……後でお腹が空いても、何もありませんよ? 流石に船内で調理となると難しいですし……」

「そうよ、パスカル。食べられるときに食べておいた方がいいわ。ね、アスベル」

「え? あ、あぁ。いつ食べられなくなるかわからないから、食べられるときに食べておくのが旅の基本……でしたよね、教官」

「そうだ。騎士は遠征をする事も多いからな。もっとも、オレは既に騎士じゃないが」

「え~、一食くらい抜いたって大丈夫だって~」

「とりあえず焼き鳥丼でいいですかね。パスカルさんは脂っこいもの苦手そうなので、塩で」

「ム。オレも塩で頼む」

「塩? ……シェリア、焼き鳥丼は塩がいいの?」

「私は普通にタレが好きだけど……アスベルはどうする?」

「俺もタレが好きかな。ソフィ、甘いのとしょっぱいの、どっちがいい?」

「ん……甘いの」

「アスベル、シェリアさん、ソフィがタレで、パスカルさんとマリクさんが塩ですね。丁度いいので私も塩にします」

「お腹空いてないんだけどなぁ~~」

 

 

 




プレゼントフォーユー。


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27.じゆう

熱中症にはなっていませんが、単純に体力が無かったです。
なんで休筆日ですが溜まっていた分を投稿……できるといいな。


 

「……」

 

「どうした。何か、気候などに懸念があるのか?」

 

「いえ、気候ではなく……生態系の方ですね」

 

 オル・レイユへ降り立った俺達。だが、覚えのある地響きに立ち止まった。

 モーリスとの関係が出来た切っ掛け。なんなら、アクウェルとの関係が出来た切っ掛けでもあるだろう。後者の関係は断ち切ったのだが。

 

「ロックガガンが、暴れているようです」

 

「ロックガガン……?」

 

「別名、岩石獣と呼ばれる超大型の魔物ですよ。一応、トータス系と考えられています。

 何分一体のみしか確認されていませんのでね、はっきりとしたことは何も。

 普段はおとなしく、人の住まう場所に出てくる事は無いのですが……ふむ」

 

「この港から出られないんですか?」

 

「いえ、ロックガガンが出て来られるのは砂漠地帯のみ。オル・レイユとセイブル・イゾレの間に在る地域はどちらかと言えば岩石地帯……ロックガガンが来ることはできません。

 とりあえずは、セイブル・イゾレを目指し、その後どうするか考えるべきでしょうね」

 

「よし、それでいこう!」

 

 さて、俺は俺で少々細工を五郎次郎……もとい、ご覧じろう。

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠を進む。

 

「ライモンは、ストラタで生まれた……だよね?」

 

「はい、ソフィ。私はユ・リベルテで生まれました」

 

「ストラタじゃ、ないの?」

 

「ストラタという国の、ユ・リベルテという街ですよ。ウィンドルという国のラントで生まれたアスベルと同じです」

 

「ライモンとアスベルは、同じ?」

 

「はい。同じです」

 

「いや、全然違うと思うんだが……」

 

 思えば、こういうタイプの天然はあまりいなかったからな……。

 イライザも天然と言えば天然なのだが、アレは”周りに迷惑をかけるタイプの天然”なので、ソフィとは違う。イマスタは無口なだけで天然ではないし。

 いやー……癒される。戦闘や研究の時以外がこうやって何も考えずに話せる存在と一緒にいたいよなー。

 

「……なら、私は……? 私は、どこで生まれたんだろう……」

 

「ソフィ……」

 

 ……答えを知っている分、罪悪感が凄いな。

 だがまぁ、知るべき時に知る事が出来る答えならば、俺が先んじて知識を出すのは間違いだ。心の成長もある。いきなり自分が異星人だと、人間ですらないと聞かされて、その時のダメージは計り知れん。俺なら……まぁ、「へぇ?」くらいで済ませられるのだが。

 俺を基準にしたらいけないことは、うん、わかっている。

 

「ライモンは、帰る場所、ある?」

 

「帰る場所、ですか?」

 

 唐突だな。何か答えが出たのか?

 しかし、帰る場所、ね……。

 

「うーん、帰る場所は……無いですね。拠点と呼べる場所はありますが……あくまで拠点ですし」

 

「ないの?」

 

「はい。恥ずかしながら、家を出たままでして。もう帰る事はありませんし……どこか、安住の地を見つけるまでは、家無し子ですねぇ」

 

「ふむ。ユ・リベルテというのはストラタの首都だろう。ある程度の生活が保証されているものと見ているが……それでも家を出たのか?」

 

「事情は人それぞれですよ、マリクさん。貴方も、そうでしょう?」

 

「教官も家出したの?」

 

「いや、オレは……そうだな。そういう意味では、家出になるのかもしれん」

 

「家出は、楽しいの?」

 

「私は楽しいですよ。自由とはこれほど素晴らしいものなのかと、実感している真っ只中です」

 

「楽しいかどうかはわからんが、確かに自由である事に間違いはないな。自由故の不自由というのもあるが……」

 

 もっとも、俺は家に居た時から自由にやっていた節はあるのだが。

 しかし自由故の不自由か。 

 

 確かに、今の俺はかなり不自由だな。素を曝け出す事もままならん。

 

「私も家出したら……楽しい、のかな」

 

「はいはいそこまでです! 教官もライモンさんも、良い歳したオトナなんですから、ソフィに変な事教えないでください!」

 

「そうそう~、別に家出しなくたって楽しいし自由だよ~!」

 

「パスカルはな……」

 

 しかしアスベル・ラント。お前の今の状態は家出扱いになるのではないか?

 とは、勿論言わない。

 

 ソフィも家出というか……星出? あ、それなら俺とマリク・シザースは国出か。

 結論から言えば、どこにいようが……どこに所属していようが、自分さえ楽しくて自由なら、それは本当、と。

 そんな、陳腐でありきたりな答えが、真実なのだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 セイブル・イゾレに着いた。

 

「さて、少し私は離脱しますよ。旧知の間柄に挨拶などがありますのでね」

 

「わかった。それじゃあ、後で宿屋に集合にしよう」

 

「わかりました」

 

 アスベル達一行から離れる。

 向かう場所は勿論、イマスタの家。

 

 イマスタの家はセイブル・イゾレの研究塔の奥の方にあるので、地元民でなければ知らないような細道でしか向かえない。アスベル・ラント達では辿り着けないだろう。

 

 研究塔周辺の研究員、三十代四十代くらいが多いか? その年代の研究員たちに会釈をしながら進む。皆、一度は話した事のある知り合いだ。

 道具屋や武具屋の店主とも、エレスポットの関係で大分助力してもらった。

 そういえばアスベル・ラントの持つエレスポットは、セット数如何程にまで成長しているのかね。

 

「ん?」

 

 ……家に気配が無い。

 外出中か。そりゃ残念。

 

 ま、そんなこともある。

 そう思って来た道を戻ろうと――。

 

「おや。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なにをしているんですか大統領。護衛も付けずに」

 

「はっはっは、何、君の真似事だよ。お忍び、という奴だ」

 

 大統領と、出くわした。

 あ、後ろにイマスタもいるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「研究塔で調べることがあってな。少々足を運んでいたわけだ。

 まさか、君に出会えるとは思っていなかったがね」

 

「そこまで予見されて居たら、私は貴方の国を出たりしませんでしたよ」

 

「……? レイモン、その口調はなんだ? 気持ち悪い」

 

 サングラスは外してあるが、大統領の手前口調を外交用にしていたのに、これだ。

 確かにイマスタとは出会った時から素の口調だったか……。

 

「私もプライベート。どんな口調でも気にしないぞ」

 

「……はぁ。いや、まぁ……ここの所ずっとあの気持ちの悪い口調だったからな。

 こうして気楽に話せるのは、割と助かる。ぅ、あ゛あ゛~っ!」

 

 大きく伸びをする。パキポキと肩や首が鳴り、すっきりとした感覚が戻ってくる。

 

「レイモン、おじさん臭いぞ」

 

「もう二十五だからな。十分おじさんさ。それと、イマスタ。俺はレイモンの名は捨てた。これからはライモンと呼んでくれ」

 

「……ほとんど変わってないじゃないか。でも、家を出たという噂は本当だったんだな」

 

「お、セイブル・イゾレまで噂が広まっていたのか。大統領、話を漏らしたのは誰だと思います?」

 

「私だな」

 

「だと思いましたよ。ガリードがオズウェル家の醜聞を言いふらすワケもないですし」

 

 大統領発信というか、大統領の私兵発信で俺の家出を言いふらしてくれた方が情報規制もしやすいのだ。噂の尾ひれが変に突く前に、こちらで操作しようと言う魂胆だな。

 オープン戦法である。

 

「レイ……ライモン。私達と一緒に暮らす、という選択肢は無かったのか?」

 

「まぁ、あったにはあったさ。スパ・リゾート(都合のいい場所)も持っているんだ、そこに皆を招致して、そこの経営やったりなんだりで過ごすでも良し、セイブル・イゾレに永住して研究をするのも良し。

 だがな、俺は全てを捨ててでもやりたい事がある。行きたい場所があるんだ。

 だから、すまないがここでは暮らせない」

 

「……ふん、別にいい。

 それより、口調が戻っていないぞ。普段のレ……ライモンは、もっとこう……ぶっきらぼうで、乱暴な口調だ」

 

 ……大統領の前だから遠慮しているんですけどねぇ。

 どうやらイマスタはお気に召さないようで。見れば、大統領はニヤニヤしている。

 

「……ふん、これでいいか?」

 

「うむ。それでこそいつものレ、ライモンだ」

 

「ク、尻に敷かれているな。スパ・リゾートでもチラと見かけたことがあったが、良い子ではないか」

 

「まぁ、そうだな。俺に憧れ、俺の口調を真似てしまうくらいには良い子だ。

 もっと可愛げのある口調だったのになぁ」

 

「う、うるさい! もうこれで染み付いてしまっている! 今更変えられない!」

 

 ま、今も可愛いのだが。

 可愛い妹である。

 

「で、大統領。

 本題……というか、ロックガガンについては、どうお考えで?」

 

「……難しい所だ」

 

「ふん、ロックガガンは大切な生き物だ。もし殺す、などというようであれば、私達セイブル・イゾレの民は全力で反抗するぞ。国が割れる程にな」

 

「それも、確かに民衆の本音だな、お嬢さん。

 だが、街道が使えないので始末してほしい、という声も確かに上がっているのだ。かくいう私も、ここ数日首都へ帰れずに立ち往生している」

 

 解決策を知っているだけに、俺に焦りは無い。

 だが、街道を使えない人も、ロックガガンを大切にする人も、これからの未来が不明故に焦りと不安が押し寄せているのだろう。

 

「だが、ここでライモン君に出会えたのは僥倖だった。

 知恵を、貸してほしい。エレスポットの開発や大蒼海石(デュープルマル)の研究にあれほど貢献してくれた君ならば、何かいい知恵があるのではないかと期待している」

 

「エレスポットの開発? ……あぁ、ライモンがすべてやった事にしたんだったか」

 

「イマスタ。相手は存外口が軽い事で有名な大統領だぞ。余計な事は言わない方がいい」

 

 もう遅いようだが。

 大統領は流石に知らなかったのだろう、目を見開いてイマスタを見ている。

 

 ふふん、そうだ。

 俺の妹分は凄いのだ。俺と同じか、いや、零からここまでを成し遂げた分、俺よりも頭がいい。

 

「……色々聞いてみたい事が出てきたが、それは一度端に置こう。

 改めて、ライモン君、そして……イマスタさん、と言ったか。

 君達に、知恵を頂きたい。全ての国民が笑顔になれる、最良の道筋を」

 

 頭を下げる大統領。

 ここまでされて、黙っているなんて出来るはずもないわな。

 

「……問題ないようだぞ、大統領。

 ライモンがこの目をしている時は、何も問題が無い時だ。多分、既に解決策も解決のための準備も、手段も人材も、全部揃っている」

 

「そう、なのか?

 いや、イマスタ君はライモン君の事を良く知っているのだな……」

 

「ずっと一緒にいたからな!

 それで、ライモン。どうなんだ?」

 

 ……目、ねぇ。

 よくある表現だが、俺には今一理解できないソレ。

 だが、正解だ。是非ともその見抜く技能、俺に分けて欲しい。

 

「正解だ。

 もうすぐ、問題は解決する。なにも不安に思う事は無い」

 

「ほらな。

 どうせ、お前のいう安住の地とやらもアタリがついているんだろう。まるでこれから探す、かのように言っているが、そこへの行き方さえもわかっている。だから国にも家にも未練が無い。違うか?」

 

「正解、正解だイマスタ。

 どうやらお前には敵わないらしいな」

 

「ふふん」

 

 胸を張るイマスタ。

 ……そんなにわかりやすいかね、俺は。

 

「凄いな、君は。

 私の秘書官にならないか? 相手を見抜く才は、非常に稀有なものだ」

 

「断る。

 私は研究員だ。エレスポットを遍く人に広めるという使命がある。大統領の秘書官など、忙殺される未来が見えている。お断りだ」

 

「ハ、フラれたな大統領。

 イマスタ程の人材はもう現れんだろうさ。強引な男は嫌われるってな、そう言う事だ」

 

「……それは妻にも言われた言葉だな……」

 

 あ、琴線に触れてしまったか。

 大統領が影を帯びる。

 

「……さて、そろそろ俺は行く。

 ロックガガンの問題を解決するというのもあるが……目的の為に、手段は択ばないタチなんでな」

 

「ん。

 ……また、()()()()()?」

 

「……あぁ。また来るよ」

 

 来るさ。またな。

 

 

 

 

GC「真実の塩」

 

「見て見て! この塩、嘘つきが舐めると甘いんだって!」

「私達の中にうそつきなんかいないわよ?」

「でも、折角だしみんなで舐めて見ないか?」

「誰がうそつきかな~? はむ、もぐもぐ……うわぁ、しょっぱいよ~! アスベルは~?」

「うぇっ、しょっぱい! 口に入れ過ぎた!」

「うん……しょっぱい。シェリア、しょっぱいね……」

「え? えっと……ぺっぺっ! しょっぱ~い♪」

「おや、マリクさん。ノーリアクションですか?」

「そちらこそ、何か反応したらどうなんだ?」

「まぁ私はストラタ人ですからね。塩辛い物には慣れています。もっとも、甘いとは感じませんよ。私はうそつきではありませんので」

「オレも、甘いとは感じないな」

「え……えっと、教官も、ライモンさんも、血圧上がっちゃいますよ?」

「おい」

「ひどくないですか」

 






ちなみに砂糖ばりに甘かったみたいですよ?


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28.まもる

オリ展開?
でもこれはいれなければいけなかった。


「へぇ……ここで実際に輝術の研究をしているのね……」

 

 イマスタ、大統領と別れて研究塔に入ると、丁度アスベル達一行の姿があった。

 僅かだが水の原素(エレス)が活性化しているのを見るに、大蒼海竜の僕との契約はすでに済ませてしまったらしい。一応、俺がずっと研究し続けた大蒼海石(デュープルマル)の番人。話してみたい感じは多少なりともあったが……ま、些細な事だ。

 

「……ライモン、おかえり」

 

 と、普段から極力足音を消しているにも拘らずソフィが俺に気付く。

 なんだ? 光子の気配でも察知しているのか?

 

「ええ、ただいま戻りました。

 おや、睡魔球を見ていたのですか?」

 

「ライモンはこれを知っているのか?」

 

「はい。原素(エレス)は組成や密度によって状態異常を引き起こします。その研究の延長線に、睡眠という状態異常を魔物に付与できないか、そういった研究をしていたのですよ。

 もしこれが武器や輝術に転用できれば、魔物を眠らせて無傷で捕獲する事が出来ますからね。研究の幅も広がります。

 もっとも、今はそこにある睡魔球のように設置形態でしか運用はできませんが」

 

「へぇ~、この目みたいのが……右……左……面白い……ぐご~っ」

 

「パスカル……だいじょ……すぅ……」

 

「何二人してふざけてるのよ……いい、かげん……に……」

 

 人間相手にはこのように、効果覿面である、

 ちなみに催眠術師的な振り子で眠らせているわけではない。それはあくまでプラシーボ効果というか、自身の周囲に在る原素(エレス)組成が組み変わっていくことを悟らせないためのミスディレクションで、実際の眠気には影響していない。はずだ。勝手に騙される奴は知らん。

 

 回復術の応用というか、常日頃から大気中の原素(エレス)組成の観察をしている俺の目には、しっかりとその様子が見えている。

 ので、その範囲に近づかなければ眠る事は無い。

 あ、アスベル・ラントも堕ちたな。マリク・シザースも……一番に落ちていたのか。

 

「……これは叩き起こさにゃならんのか?」

 

 ……ま、しばしの休息を、ってな。

 どうせ急いだって……事態が好転するわけでもなんし。

 

 ぐっどどりーむ、ソフィ。

 

「相変わらず人が悪いねぇ、君も」

 

「貴方に言われては終わりですね、私も」

 

 出て来なくていいぞ、狸め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らが目覚めて、数分後。

 俺達はセイブル・イゾレを後にして、ストラタ砂漠へと歩を進めていた。

 ちなみに俺も一緒に眠ってしまった事にしてある。

 

「ねぇねぇライモン! ロックガガンってどこに出るの? 会ってみたいなぁ~!」

 

「ちょっとやめなさいよ、パスカル。本当に出てきたらどうするのよ」

 

「ロックガガン……出てきたら、こまるの?」

 

「そりゃ……だって、ロックでガガーンな魔物よ? 絶対危険じゃない!」

 

「ガガーン……」

 

 シェリア・バーンズも中々にバ……天然だよなぁ、などと思いつつ、苦笑しながら先導する。

 地鳴り的にかなり近いが……さて、俺はどうするかね。

 

 食われるのは、研究者として吝かではない。

 だが、俺は生物学者ではないし……中の様子も大体知っている。

 

 なにより、先程セイブル・イゾレを出る前に、かめにんから気になる情報を仕入れているのだ。

 なんでも、「モーリスさんがライモンさんを探してたっす!」とのこと。

 

 アイツが俺を頼る。

 それは、のっぴきならない異常事態だ。

 

 そして、俺にはその異常事態に心当たりがあった。

 

「揺れてる……」

 

「……不味い。砂嵐が……!」

 

 ロックガガンが出現する時の前兆である、砂嵐。

 ロックガガンが巻き上げた物、だけではない。奴の通り道に砂嵐が起こるのは、何か原理があるものと見られている。まだ肝心の原理は足元すらつかめていないが。

 

 弓を掴む。

 

「みんな、あっちを見て!」

 

 シェリア・バーンズの指差す方向。

 そこには……懐かしき、超巨大生物の姿があった。

 

 ロックガガン。

 ストラタ、否、エフィネアやフォドラを見ても恐らく最大であろうトータス種の先祖。

 

 それが、こちらへ物凄い速度で向かってくる。

 

「わー、この大きさはあたしでも流石に予想外……っていうか、こっちくるよ!?」

 

 そしてロックガガンはその大口を開け――。

 

「うわああああああああ!?」

 

 ()()を、パクりと飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行ったか。

 全く……なんでもかんでも飲み込むからそうなるんだ。千年生きていたら、食っちゃ悪いモンと良いモンの区別くらいつけろ、亀が」

 

 勿論、俺は絶影で回避している。

 近くの砂丘まで退避し、ロックガガンが過ぎ去るのを待っていたのだ。

 

「……一寸法師……いや、どちらかというと段々飲みか? ふん、マイナーだな」

 

 ああ、そんな冗談を言っている場合ではなかった。

 

 旅のバックパックから、古い地図……むかしかめにんに造ってもらった、ストラタに点在する石柱群の場所が書かれたそれを取り出す。

 書き写したものを、40枚。

 肩の後ろに差し出せば、それが引き抜かれた。

 

「傷は?」

 

「流石に治りました。と、言えたら上出来でしたが……まだ内臓系にダメージが残ったままですね。戦闘は御免蒙りたい所です」

 

「そうか。走るのは出来るな?」

 

「無論です」

 

 よし、と立ち上がる。

 

 振り返れば、既にオズウェル家のものではない……俺の私兵としての装束に身を包んだ者達が――ざっと二百名弱。

 ふん、ほとんどが残ったか。酔狂な奴らめ。俺の傍にいても、大して甘い蜜は吸えないと思うんだがな。

 

「モーリスが俺を頼ってきた。

 それの意味する所は、強さや知識ではなく、組織力を欲していると言う事だ。

 そして奴がそこまで執着するもの。それは、妻と娘。

 イライザはアレでいて砂漠の旅には慣れている。問題は、娘……モイラの方だ。

 

 モイラが迷子になったか、魔物に襲われてはぐれたか……なんにせよ、事態は一刻を争うだろう。

 捜せ。俺が独立して初めての任務だ。良いか、絶対に救えよ?

 お前達も、俺が唯一の友人を失くしてヘコむ姿は見たくないだろう?」

 

「ライモン様、前置きが長いです。もう行っていいですか? 私もモイラちゃん好きなので早く行きたいんですけど」

 

「普段ならうるさいとでもいう所だが、そうだな。

 行け! 俺も捜索に参加する。良いか、子供が隠れられる石柱群か、魔物の死骸がある場所を重点的に探せよ!」

 

 その言葉と同時に各方向に散っていく私兵達。

 

「……インスペクトアイ」

 

 モーリスの娘の原素(エレス)組成など覚えていない。回復する機会なんて、当たり前だが無かったからな。

 だからこれは、単純な望遠鏡としての役割で発動させただけだ。

 

「……クソが。砂漠なんて吹き飛んじまえ」

 

 だが、砂風と砂丘のせいで、見えない。

 ……史実の通りなら……ストラタ大砂漠の、西。

 

「絶影……絶影……絶影……絶影……絶影……絶影……絶影……くっ、CC切れがこんなにも恨めしいのは、モーリスと出会った時以来だな……!」

 

 最近ライシードの宝石造りを疎かにしていた自分が悔やまれる。

 CCの増える装備が欲しい所だ。

 

「……焦るな。将が焦っても、弓兵が焦っても……良い結果は生まない。

 ……冷静になれよ……」

 

 インスペクトアイで西の砂漠の方を見る。

 

「ん?」

 

 今一瞬……何か、覚えのある原素(エレス)が活性化したような。

 憶えのある……具体的に言えば、俺の原素(エレス)が。

 

「俺の原素(エレス)、だと? なんでそんなものが……」

 

 ……考えていても仕方がない。

 あそこに向かってみよう。

 

「――絶影」

 

 祈りたい神はいないが……いや、守りたいと思えば、それが強さになる世界だったな。

 俺は、親友とその娘を守りたい。

 

 ハハ。

 こんな薄っぺらい意思でも、それが祈りとなるのならば――彼女を、救えるのならば。

 祈る価値もあるというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイモン! 頼む、頼みたい事がある! 俺の娘を……モイラを、探してくれ!」

 

「……もうレイモンじゃない。俺は、ライモンだ」

 

「んなこたどうだっていいんだよ! モイラが、ちょっと目を離した隙に……俺は、俺はッ!」

 

「モーリスと仲良くしていたレイモンはもういない。俺は旅人ライモンだ。

 お前の頼みをタダで聞いてやる謂れはないな」

 

「ッ……!? てめぇ……、……いや、金は払う。だから……頼む」

 

「おう、たらふく酒と料理……あ、料理はイライザのでいいな。なんだかんだいってお前の家で食べる事無かったからな、楽しみだ」

 

「は? 何言って……」

 

「……お父さん?」

 

 俺の背後から、ひょこりと顔を出す少女。

 ソフィと酷似した顔立ちにツインテール。髪色まで似ている。

 

「……モイ、ラ」

 

「馬鹿が。俺を舐めるなよ、モーリス。

 ()()の頼みなんざ、頼まれなくても聞いてやる。もっとも、今回ばかりはお前の殊勝な心がけに助けられた分はあるだろうがな」

 

 ほらよ、と投げる。

 震える手でそれをキャッチするモーリス。それは、ロケットだ。

 モーリスとイライザ、抱かれたモイラ。そんな「幸せ家族」の絵が入れられた……小さなロケット。

 中には、色の具墨んだ宝石が入れられている。

 

「お父さん!」

 

「あ……ああ……あぁ、良かった……」

 

 モーリスに抱き着くモイラ。彼女を抱きしめるモーリス。

 ふん、立派にパパの顔だな。

 

「……アレは俺のアンタディッドプレイスか。結晶化するなんて知らなかったな……」

 

 そう。

 すでにその効果は失われているが、具墨んだ色の宝石は俺の秘奥義の残り滓である。

 状態異常を持つ原素(エレス)をまとめてプレゼントする秘奥義。その性質上、俺の原素(エレス)は勿論周囲の原素(エレス)を他の秘奥義よりもさらに膨大に使用する。

 そのせいか、一点に集められた原素(エレス)が結晶化するようなのだ。

 

 となると……アクウェルの体にも俺の原素(エレス)の宝石が付着している可能性があるな。死体を洗われると少々厄介か……くそ、秘奥義の残滓なんて考えもしなかったぞ。

 死体を回収……いや、海の藻屑だろう流石に……だが、万が一もあるか。

 何も無ければそれでいいんだが……悪い予感というのは往々にして当たるものだからなぁ。

 

「おい……レイモン! ……ライモン!」

 

「あ? あぁ、ん? どうした、感動の再会は終わったか?」

 

「……心から、礼を言う。一度目は俺の命を、二度目は妻を、三度目は娘を……助けられた。

 お前には、感謝してもしきれ」

 

「あー、いい、いい。そういうのは求めていない。お前に感謝されたところで得るモノは何一つないしな。

 今回モイラを見つけられたのはお前が俺の原素(エレス)結晶をロケットに入れていた事が原因だし、一度目はお互い様、イライザに至っては取り越し苦労で何もしていない。

 強いて言うならモイラが咄嗟に放ったソレが魔物を後退させたという点で俺が守ったと言えるのかもしれないが……そこに恩を着せるほど俺は厚かましくない。

 ただし、お前は俺に依頼をして、俺はそれを達成した。その事実は変わらん。

 故に酒と料理を要求する。いつか一緒に飲もうと約束したよな? イライザの料理を振る舞ってくれるとも。

 それを果たせ。それが正当報酬だ」

 

「……はぁ。

 わかった。わかったわかったわーかったわーかった!! 待ってろ。てめぇの腹がはち切れるくらい食べさせてやる。

 まぁ、イライザが泣き止んだらになるだろうから、遅いぞ。今日は泊まって行け、いいな?」

 

「良くないな。俺は忙しいんだ。依頼をこなしただけで十二分に時間を使ったのだから、いい加減解放しろ」

 

 まぁ、抜け出すのに一日もかからない事は知っているが。

 どうせ大統領に会うワケにはいかん。ガリードも同じ。

 

 だが、大蒼海石(デュープルマル)の研究チームは……多少なりと、恩がある。

 それに……俺の中の光子が、うるさいしな。

 

「……呆れたぜ。お前さん、自由になってもまだ忙しいのか。ちと生き急ぎ過ぎてねぇか?」

 

「ふん、やりたい事があるからな。それを終えたら、今度こそゆっくりするさ。

 さ、早い所イライザの元へ向かってやれよ。心配、しているんだろ? アイツが泣き止んだ後に食事と酒な。それは忘れないからな」

 

「……ああ。

 モイラ、帰るぞ。お母さんが……痛いくらい抱きしめてくるだろうけどな」

 

「うん、帰る……」

 

「俺は宿屋にいる。準備が出来たら呼びに来い。それくらいはしてくれるだろ?」

 

「はいはい、わかりましたよお坊ちゃん」

 

「元、お坊ちゃんだ」

 

 肩をすくめる。

 

 モーリスとモイラは、笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GC「強制休暇」

 

宿屋のライモン

 

「ミッションコンプリート、ですねー」

「ああ。お前達が周囲の魔物を殲滅していなければ、あそこまで容易には辿り着けなかった。感謝している」

「……うわ、気持ちが悪い」

「大丈夫か? 傷が開いたんじゃないのか?」

「ぞぞぞぞっ! ライモン様が私を素直に心配するなんて……ハッ、偽物ですね!?」

「アンタディッドプレイス。……ふん、やっぱりな。これを避けられない程度には重傷じゃないか、お前」

「……」

「……お前達も、傷だらけだな。捜索を優先して己が身を願みなかったと言う所だろうが……馬鹿が。お前達が死んだら意味が無いんだ。お前達は、俺の所有物であると自覚しろ」

「……」

「だが、助かった。薄っぺらい意思だが、守りたいものを守れた。

 感謝する。ゆっくり休め」

「……あの」

「ん?」

「そろそろダイラン様にパナシーアボトルを……」

「あぁ、いいんだよ。コイツはこうやって無理矢理固めないとすぐ働き出すだろう? いつもより多めに原素(エレス)を込めたからな。ふん、強制的に休め、馬鹿が」

「……それもそうですね」

「俺も、眠る。流石に疲れた。

 ……お前達も、しっかり休めよ。これから馬車馬のように働いてもらうつもりだからな」

「ハッ! ……おやすみなさい、ライモン様」

「あぁ……冷房、やっぱりいい、な……」

 

 




ちょっとした小話

そもそもこの二次創作を始めたのは、「モイラを救いたかったから」です。
はい。
モイラを救いたかったので、原作一本分のプロット組んで、ライモン君を造りました。
なので、この話で一つの節目になります。
章題的には何も変わりませんが、私の心の節目ですね。
そんな小話でした。


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29.へんか

原作改変多目


「……どういう事だ?」

 

 モーリス一家との食事会を経て、昼過ぎ。

 イライザが自慢するだけあってその料理は美味しく、母の味というものを知らない俺の舌にも良く馴染むものだった。

 その後は家族水入らず、酒はまた今度に取っておいてくれと託けて、彼の家を出てきた次第である。

 

 そして現在、俺は大統領府の裏……大統領の執務室にある窓のすぐそばで、聞き耳を立てていた。中にいるのはアスベル・ラント、ガリード、大統領。信書の話と、ガリードの横暴についての話……だと、思っていたんだがな。

 

『セルディク大公との同盟、我が軍の進駐。

 君の主導も大きい所だが、確かに君と、君の息子達には助けられてきた』

 

『いえ、そのようなことは……』

 

『ラント政策はオズウェル家の貢献による部分が大きい。君の行為は些か目に余る部分も多いが、それを補って打ち消し得る功績だと考えている』

 

『……ありがたいお言葉です』

 

 本来、糾弾されて然るべきガリードの暗躍染みた行為。

 だが、危険極まる同盟の使者とラント領への進駐、この二つを俺達がこなしたことで、それを帳消しにしてやると大統領は言っている。使者がライモンではなく、レイモン・オズウェルだったからこその言葉だ。

 

『オズウェル。君はまだ、ラント領に関する政策を自身の手で行いたいと……そう思っているかね?』

 

『……()()

 

 ……何?

 その答えは、予想外だ。いや、そもそも……なぜこんなに落ち着いた声を。

 

『ほう? 君はこの案件から手を引くと、そうとってもかまわないかね?』

 

『はい……ヒューバートに、全てを一任する所存でございます』

 

『……ふむ』

 

『あ、ありがとうございます!』

 

 本当にコイツ、ガリードか?

 誰かが入れ替わっているんじゃ……。

 

 あ、いや、そうか。

 俺がいなくなった今、跡継ぎ候補はもうヒューバートしかいない。

 ガリードとしても、ヒューバートの意向に沿わない結果になる事は避けたいのだ。

 

 ……そう言う事、だよな?

 

『オズウェル、もう下がっていいぞ』

 

『はっ。

 ……アスベル・ラント。君がまともな兄であってくれることを祈るぞ』

 

『え?』

 

 あ~。まともじゃない兄の方にはもううんざりって事ですか。

 そりゃ、こちらから願い下げだが……ま、結果オーライ、という所か?

 

 何がガリードの心情を変えたのかは、よくわからないままだが。

 

 アスベル・ラントと大統領だけになった部屋では、今のままではいずれヒューバートを更迭せざるを得ないと言う事、それは輝石の採掘量がどうしても間に合わないからだという事が話されている。

 確かにストラタは輝石を大量に消費するが、その辺は節約工事で大分寿命が延びているはず。なるほど、間に合わなくなるのは当分先だが、確かにそれでも”いずれ”だな。

 

『何もせずに諦めたくないんです』

 

『そうか……良い結果が出る事を祈っているよ』

 

 そしてその解決に、アスベル・ラントが乗り出す。

 一朝一夕に解決できることではない。確かに、アスベル・ラントだけではそうだろう。

 だが、パスカルを始め……なんだかんだと知恵者や特異者が揃っているパーティだ。

 そこにアテを見出すのは、確かに無謀な事ではない。

 

 アスベル・ラントが部屋を出て行く音が聞こえる。

 数拍おいて、執務室の窓が開かれた。空調の作用をする輝術の効果によって、熱気が部屋に入り込む事は無い。

 

「盗み聞きとは感心しないな。ましてや君はもうストラタ人ではないのだ。国家転覆罪などに問われても弁護は出来ないぞ」

 

「その時は星の外にでも逃げますよ。

 それより、ガリードのあの態度はなんですか? 正直、別人かと見紛うものでしたが」

 

「おや? 素の口調とやらで話してはくれないのかね?」

 

「……イマスタがいない以上、問題は無いかと思いますが?」

 

「ふふ、そう言う事にしておこう。

 それで、オズウェルの話だったな。私も驚いているよ。あれほど躍起になっていたオズウェルが、こうも簡単に手を引くなど……昔の彼ならば、考えられない事態だ」

 

 いや本当に。

 舌うちもしない、文句も垂れない、抵抗もしない。

 ん、昔?

 

「今は違うと?」

 

「家族である……家族であった君が気付いていないにも拘らず私が言うのはおかしな話であるのだがな。

 ヒューバート君がストラタ国に来てから、軍の将校になってから、そして君が放蕩を始めてから……節目節目を挟んで、彼はヒューバート君に信を置く様になっている。オズウェル家の方針すらも任せるほどにな。

 手塩をかけたはずの君の反意が、相当堪えたのだろう。ヒューバート君に注ぎ込んだ時間と金を不意にしてなるものかと、最近の彼は”良い父親”だぞ」

 

 ……そりゃ、知らなかった。

 奴にそんな殊勝な心がけがあったのか。

 

 良い父親、ね……。笑い種だが。

 

「アスベル君たちの旅に、君も同行しているのだろう?

 君は、頼りにされているのではないかね?」

 

「……だと、良いんですがね。

 怪しい自覚はありますから。むしろある程度疑ってくれた方がこちらの心情は楽なのですが……大統領も見た通り、彼ですから」

 

「ふ、確かに……あれほど真っ直ぐな青年は中々育たないだろうな。生来の気質、ウィンドルの気質……そして、遺伝と意志。

 わが国には中々いない人材だ。逸材、といっても過言ではない。

 だが、政治には向かんな。あれはやはり、騎士という言葉が最もしっくりくるのだろう」

 

「おっしゃる通りで。

 汚れ者には、いささか眩しい存在ですよ」

 

 ソフィ含めて、な。

 純粋で素直とは、ただそれだけで日陰者を焼きつけるらしい。

 

「それでは、そろそろ行かせてもらいます」

 

「うむ。

 ……時にライモン君」

 

「はい?」

 

「君は今フリーである、という事だが……君を傭兵として雇う事は、可能かね?」

 

「不可能ですね。私は傭兵ではなく旅人。

 宿屋に依頼を出して、それに私の目が止まれば、そう言う事も吝かではありませんが……直接のご依頼は受け付けておりません」

 

「ぬぅ……」

 

「ですから大煇石の研究およびアンマルチア族の遺構に関する知識の披露などは、ご遠慮いたします」

 

「アンマルチア族についての事まで知っていたのか……ぬぅ、やはり惜しい人材を逃したようだ」

 

「いえいえ。それでは、失礼します」

 

 絶影……なんて使うはずも無く。

 普通に歩いてその場を離れる。

 

「……あぁ、私からも一つだけ」

 

「何かね?」

 

「いつか――大蒼海石(デュープルマル)に危機が訪れると。そう、言いました。

 それはもう、後ほんの少しの事でしょう。ですが、同時に……」

 

 これは、言わなくても良い事だ。

 言わずとも勝手に、この人は見抜くだろうから。

 それでも。

 

「その危機を救うのは、彼らです。今、全ての事象に追い風と波が来ている。危機も、救いも、今までとは比べようもない速度で、進み始めている。

 時代の波を逃さないよう、気を付けてください」

 

「……いつになく難解な言葉だが、わかった。気を付けるとしよう」

 

「それでは、失礼」

 

 さて……感動の再会と参りますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、皆さん。ご無事でしたか」

 

「ライモン!? 無事って……お前の方こそ無事だったのか!?」

 

「てっきり私達とは違う場所に飲み込まれて……溶かされてしまったのだと……」

 

「ライモン、どうやって出てきたの?」

 

 ストラタ、西の砂漠。

 そこで、まるで奇遇、とでもいうような風体で合流する。マリク・シザースの懐疑が強まっているが無視無視。

 

「あぁ、私はロックガガンに飲み込まれていませんよ。むしろ貴方達が目の前で飲み込まれた私の気持ちを考えてくださると嬉しいのですが」

 

「あ……そう、だよな。

 すまない、心配をかけた。この通り、みんな無事だ」

 

「ええ、そのようで。何よりです」

 

 素直だなぁ。素直だし謙虚だし……。

 いやほんと。

 灰になってしまいそうだぞ。

 

「そうだ、ライモンも一緒に来てくれないか? 俺達、これから大蒼海石(デュープルマル)の調査に向かうんだが……」

 

「あそこは一般人ですと近づけませんよ?」

 

「大統領に身分証をもらってある。確か、原素(エレス)の研究者と言っていたよな。お前の知恵を貸してほしい」

 

「……ええ、わかりました。では、大蒼海石(デュープルマル)の元まで案内しますよ」

 

「ありがとう!」

 

 ……さて、正念場かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何者だ! ここは関係者以外立ち入り……? ん? レイ」

 

「久しぶりですね、ジョッシュ。今回は大統領の命で大煇石・大蒼海石(デュープルマル)の調査に参りました。

 ……私の事はライモンと呼ぶように皆さんに伝えてください。こちらも大統領からの命です」

 

 ボソッと呟く。

 レイモンの名を捨て、ライモンと命名されたのだ。

 大統領の命だな。大統領の名かもしれない。

 

「……わかった。

 皆さんも失礼しました。どうぞ、お通り下さい」

 

「ありがとうございます。さ、行きましょう」

 

 ここにいる全員と知り合いなので、流石に騙しとおすのは無理と判断している。

 特に所長は騙せる気もしないしな。

 

「ライモン? 知り合いなのか?」

 

「はい。私はここの研究チームにいたことがあるんですよ。既に辞めた身ではありますが」

 

「そうだったのか!?」

 

 あれ、言ってませんでしたっけ、などと嘯く。

 ちなみに言った覚えはない。

 

「研究員とも知り合いですからね。多少の融通は効かせられますよ」

 

「助かる。パスカルと共に、その知恵を貸してほしい」

 

「ええ、勿論です」

 

 若干一名の視線が凄まじく強いが、シェリア・バーンズとアスベル・ラントから尊敬の念すら籠った視線が放たれる。そんな大したことはやっていないんだがな。

 

「最近石柱の倒壊があったようで、進めなくなっているところも多いですが……アンマルチア族の遺構を抜ければ、大蒼海石(デュープルマル)の元まで辿り着けるようになっていますので、ささっと行きましょう」

 

「ああ!」

 

 解き方は頭に入っている。

 どうもアンマルチア族の血に反応しているらしく、ストラタ人が何度パズルをクリアしても元の状態に戻ってしまうのだが、パスカルが今しがた通り過ぎた通路の遺構は既に役目を終え、ただの通路と化していた。

 これで通りやすくもなるな。

 

 一行は大蒼海石(デュープルマル)の元へ急ぐ――。

 

 

 

 

GC「ここってさ」

 

 騎士の炎前

 

「ねね、ライモン。ここってさ、やっぱり大昔の国だったのかなぁ」

「私もそう睨んでいますよ。大蒼海石(デュープルマル)の元に集まった人間が築き上げた街。もしくは国。

 ですが、彼らは大蒼海石(デュープルマル)の仕組みをしっかりと理解していなかった。水の原素(エレス)を引き寄せる大蒼海石(デュープルマル)は次第にストラタの国土を砂漠化していき、人々を苦しめたのでしょうね。もしかしたら、他の街から滅ぼされたのかもしれません。水を独占する悪逆国家として」

「なるほどね~。だからああいう、壁みたいにせり上がってくる石柱群があるんだ。あれってバリケードみたいなものだよねー」

「……その考えは無かったですね。勉強になります」

「その線で行くと、もしかしたらユ・リベルテの元となった国は、ここにあった国を滅ぼした国かも知れないねぇ。戦勝国として大蒼海石(デュープルマル)の技術、原素(エレス)を引いてくる権利を得た、みたいな」

「それによってユ・リベルテは発展。離れていたからこそ大蒼海石(デュープルマル)の影響を受け過ぎる事無く、反対に戦争で物資を失ったどころか国交も途絶えた大蒼海石(デュープルマル)近辺の国は消滅……」

「全部仮説だけどねぇ」

「それを考えている間が楽しいんですよ」

「わかるな~」

 

「ぜんっぜんわからないけど……ま、楽しそうだから放っておきましょ」

 

 

 

 

GC「海と島」

 

 合流直後

 

「ライモン」

「はい、なんでしょうか、ソフィ」

「ロックガガンの中にね、家があってね」

「へぇ……それは凄い。大きい大きいとは思っていましたが、そんなに大きいとは」

「でね、家の中にあったこれ……ここに映ってるのって、もしかしてライモン?」

「へ? ……こ、れは」

「それでね、これ、研究日誌? だって」

「……ウェル。貴方、そんな所にいたのですか……」

「知ってる人?」

「はい。

 ……数年前に行方不明になった、研究員の一人ですよ。そうですか……」

「あのね、これ、外の研究者に渡してほしい、って」

「ええ、確かに受け取り――」

「僕はもう少しここで研究していくから気にしないでくれ! って」

「生きとるんかい。……おっと失礼」

「いきとるんかい?」

「ええ、イキトルン海という場所がありましてね……」

「ライモンさん……教官と言い貴方と言い、ソフィに変な嘘教えないでください!」

「ちなみに今のシェリアさんみたいな人達が集まっているイカリシン島なんてのもありますよ」

「ありません!」

 

 




ちなみにソフィはテンネン湖


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30.しこみ

地味な伏線(なってない)回収


 ここの遺構はそう大したものではない。侵入者を防ぐと言うか、妨害するための遺構であるが、クリアできないものではないのだから。

 そうして、なんなくそれらを攻略した一行は大蒼海石(デュープルマル)へと辿り着く。

 

「すっごーい! これがストラタの大輝石、大蒼海石(デュープルマル)なんだねぇ。初めて見たよ~。でも、ちょっとくすんでるねぇ」

 

「リゼット、話は伝わっていますか?」

 

「あぁ、聞いてるよ。大統領の許可があるのなら、調査は構わない」

 

「……所長は?」

 

「あそこでふんぞり返ってる」

 

 すぐ近くにいた研究員の知り合いに一応許可を取って、パスカルを放す。

 余計な知識は要らないだろう。俺達が積み上げた十数年なんぞ、彼女の前には数秒で事足りる。

 

「パスカルさん。基部に破損部位があります。直していただけますか?」

 

「副……ライモン? 何を言って……」

 

「あ、ホントだ。明らかに壊れてる部分があるねぇ。じゃ、ちゃちゃっと直しちゃいますか!」

 

 そう言って取り出したるは、ドリルとハンマー。

 その大雑把な工事も確かに見たい。見て、盗みたい。

 

 だが、優先事項はもう一つの方を向く。

 弓を取り、背後へ強く引いていく。

 

「……ライモン?」

 

「時間を稼ぎます。パスカルさんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 原素(エレス)を矢に集中させる。

 エレスポットの原理。記憶と複製、再現。

 元となる矢の原素(エレス)組成を記憶し、それを八倍にして滞空させ、さらにそれを八倍、もう一度八倍にして、結合を行っていない同じ原素(エレス)組成の巨大な塊を造り出す。

 

 そしてそれを、思い切り打ち放つ!

 

「大牙ァ!」

 

 弓から放たれた矢に引きずられるようにして目に見えない原素(エレス)塊が刺激を受け、その形成を開始する。矢は構造が単純なため、形成に失敗する事はほぼほぼない。

 そうして形成の終わった矢は、極太の矢となって、元の矢と同じ速度で突き進む。

 

「なッ!?」

 

「陽炎!」

 

 さらにはその矢へと飛び乗り、遠方から来るソレに向けて突っ込んでいく。

 原素(エレス)を吸い取るのは、未来の為に甘んじて受け入れよう。

 だが、極力抵抗させていただく。ここにいる彼らを守るなどという崇高な気持ちは持ち合わせていないが――俺の信用に役立ってもらうぞ、リチャード陛下。

 

 早くも俺を視認したらしい陛下殿は、迎撃の為だろう、剣先に風の原素(エレス)塊を溜め、こちらにそれを向けている。

 悠長な事だ。

 

「……ふん、ミサイルは……再加速するものだと、教わらなかったか?」

 

 極太の矢の上で、弓を構える。

 進行方向とは逆向きに。

 

 番えるは、超高密度に圧縮した火の原素(エレス)

 

雁金(かりがね)!」

 

 それはいっそ、清々しいまでの――火力。

 地上で使うには被害が甚大すぎる、超広範囲にまで届く爆発力を、推進力として使用する!

 

 本当に悠長な事だ。

 お前がその顔を驚愕に染め、原素(エレス)塊を放とうとしているその切っ先に――、既に、俺の矢は届いている。

 これぞ、ライモン流加速式大牙。本来は対ロックガガン用に造り出した術技だが、まぁ、相手も人間であって人間ではないようなものだ。

 問題は無いだろう。

 

 爆発と着弾で黒煙が立ち込める。

 

「……やって、ないんだろうな」

 

 その言葉に返事をするかのように、黒煙を切り裂いて風の原素(エレス)塊が射出された。その程度であれば避けるのは簡単だが、その隙にデーモンに乗った陛下殿は大蒼海石(デュープルマル)の方向へ飛んで行ってしまう。

 最初から歯牙にすらかけられていない。幾匹かのデーモンを落としたにもかかわらず、それを気にする素振りも無い。まぁ、こいつらに関してはいくらでも生み落せるんだったか。

 

「……すまない、大蒼海石(デュープルマル)。仕込みはしたが、それはお前を守るためのものではない。所長のように親を気取る程思い上がったつもりはないが……お前の生気が無くなっていくのを、俺は見逃す。

 ……すまない」

 

 大蒼海石(デュープルマル)付近で戦闘が始まった。

 恐らくアスベル・ラント達が抵抗しているのだろう。

 

 だが、それも束の間……デーモン種、ディス・パテル二匹の相手をしている間に、陛下殿が大蒼海石(デュープルマル)に手を掛けたのが見えた。

 その原素(エレス)が、吸収されていく。

 

「……すまない。

 すまないな、リチャード陛下殿。流石に十七年研究チームにいて……仕掛けの一つも作っていない程、俺は楽観的ではない。

 爆ぜろ」

 

 ボンッ! と……リチャード陛下殿が爆炎に包まれた。

 先程、パスカルに見逃してほしいと伝えていたソレ。

 

 フェンデル産の、火の輝石。

 

 大蒼海石(デュープルマル)の膨大な水の原素(エレス)の中にあっては鎮静化していたそれだが、取り出され陛下殿の風の原素(エレス)に触れる事で、一気に着火・爆発まで持っていくように調整して於いた。

 

 爆炎の中、大蒼海石(デュープルマル)のほぼすべての原素(エレス)を吸い取ったのだろうリチャード陛下殿と、目が合った気がした。

 親指を(Thumbs)下に向け(down)(&)そのまま首を(You’re)横に掻っ切る動作(dead)

 

 流石に遠すぎて表情はわからないが、恐らく不快にそれを歪めている事だろう。

 だが、こちらに向かってくるということはなく、そのまま飛び去ってしまう。

 

 後に遺されたのは、色を失った大きな煇石。大煇石とは最早呼べない、残り滓。

 

 さて、彼らの元に戻るかね。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし……いったい何が起こったと言うのだ」

 

 ソフィが蹲っている。恐らく、俺と同じく……ラムダを、リチャードを滅せと騒ぎ立てる光子に、必死で抵抗しているのだろう。全身が光子だからこそ、その影響は俺より強く、深い。

 個人の意見を言わせてもらうならば、友だからと、仲間だからといって弓を鈍らせる事はない。それが親しいものであればあるほど、非道を行うのならばこの手で処断する。

 とはいえ、アスベル・ラントもソフィも”優しい”からな。

 俺とは対極の存在であると言える。彼らの出す答えは、俺とは違うものになるだろうことはわかるさ。

 

大蒼海石(デュープルマル)原素(エレス)を吸収されました」

 

「お手上げ。こうなったらあたしにももうどうにもできないよ」

 

「……なんてことだ。大煇石がなくなったら、我が国の将来はどうなるんだ?」

 

 悲観的なリゼット。まぁ、未来を知らぬ者ならば、当然の反応か。

 

 ザリ、と後ろで砂を踏みしめる音がした。

 

「遅いおかえりだな、()()()

……わざわざ基盤部に爆弾を仕込み、節約工事の裏で余剰原素(エレス)を溜めこむための輝石タンクを造っていたお前は、こうなる事を予見していたんじゃないのか。……いや、節約工事すらも……」

 

「これはこれは、所長。お久しぶりです。私はもう、副所長ではありませんので、その呼称は不明確かと。

 そして、爆弾を仕込んでいた……というのは、全く覚えがありませんね。確かに余剰原素(エレス)を溜めこむためのタンクは作っていましたが、こんな突発的異常事態に対するものではありませんよ? 勿論、節約工事も同じです」

 

「……そういうことにしたいのか」

 

 ……あぁ、そうだよ。

 

「リゼット! 嘆くな、どこぞの馬鹿が置き土産に遺した装置がある! 十七年分の余剰原素(エレス)だ、ユ・リベルテ全土に回すとしても、二週間は持つ! 一週間だ。一週間で……大蒼海石(デュープルマル)を復活させるぞ!

 なんのための研究チームだ! なんのための数十年だ! 俺達の底力を見せつけろ!」

 

「所長……はい! お前達、すぐに計測にかかれ! なんとしてでも復活させるぞ!」

 

「「おおーッ!」」

 

 問題はなさそうだ。

 爆発で陛下殿はタンクに気付かなかったようだしな。節約工事をした分、史実よりユ・リベルテが使用する水の原素(エレス)量も少ない。

 その間にすべてを解決すればいいだけだ。

 

 ――「影の副所長」の称号を入手。

 

 ……今か?

 なんで今なんだ。

 

「……副所長。早く、原因を取り除いてこい。お前ならばそれが出来るんだろう?」

 

 あぁ。

 まだ……仲間だと、思ってくれてるって事か。

 そりゃまた、頑固な事で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒューバート!? お前、どうしてここに……」

 

「状況が変わったんです」

 

 流石にここで離脱は出来ない。ので、仕方なく他の面々と共に大統領府へと入った。

 勿論サングラスはつけたまま。

 

 執務室へ行くと、そこにいたのはヒューバートと大統領。

 ヒューバート、大統領は代わる代わる言う。状況が一変したと。

 

 ラント周辺から王国軍が撤退した事。それはウィンドルの大煇石、大翠緑石(グローアンディ)から原素(エレス)が失われた……正確に言えば、リチャード陛下殿がその原素(エレス)を全て吸収し、失踪した事によるものであるという事。

 今王都では混乱が起きており、それを鎮める為に王国軍は動けない事。

 

「解決すべき問題はふたつだ。

 ひとつは、大煇石が失われた事への対処。

 そしてもうひとつは、リチャード陛下の目的と行方を判明させる事だ」

 

「閣下、一つ目の問題は、既に動き始めています。

 なんでも大蒼海石(デュープルマル)の余剰原素(エレス)を保存していたようで、二週間程度であれば持たせることが出来ると、大蒼海石(デュープルマル)の研究所長から託っております」

 

「ほう? それは確かに僥倖だが……先を見据えれば、なるほど、そのために報告の手間も惜しんで君達に任せたというわけか」

 

 ほう? と大統領が俺を見るが、手振りすらしない。

 マリク・シザースの前でそういう行動はやめていただきたいのだが。

 

「こうなるともう、国同士で角突き合っている場合ではなさそうだな」

 

「二つの大煇石がこうなった以上、残る一つも狙われると考えた方が自然です。リチャード陛下は次に、フェンデルへ向かうでしょう」

 

 少しだけ、拳に力が入るのを感じた。

 ようやく、か。

 

「アスベル君に頼みがある。

 リチャード陛下の追跡を引き受けてはくれないだろうか」

 

 アスベル・ラントにリチャード陛下殿の追跡を頼む。

 それは、フェンデルへ向かえという事であるし、パスカルの力を以て調査、防衛を頼みたいということでもある。

 

「わかりました」

 

 渇いていた舌や咥内が潤ってくるのを感じる。

 ふん、夢を前に唾液が分泌される、か。とんだジャンキーだな。

 

「そしてヒューバート。君もアスベル君たちに同行しろ」

 

「大統領!? し、しかし僕は」

 

 大統領はヒューバートの選出したものをラントの後任にしてよいと言う。王国軍が実質不能になっている今、ヒューバート程の采配が無くても大丈夫だろうしな。

 ストラタ軍の将校が旅に同行するのだ、ストラタ側としても他国の者だけに任せきりというわけではなく、しっかりとリスクを追っている言い分にもなる。

 それでも不安だと食い下がるヒューバートに、大統領は少々笑いながら一言。

 

「なに、不安が残るのならば君がしっかりすればいい。そうだろう?」

 

「……ああもう、わかりました!

 ……よろしく頼みますよ、にいさん」

 

「ああ……よろしく」

 

 俺は返事を、しない。

 

 

 

 

 

 

 

GC「狸たち」

 

 アスベルとヒューバートが戦っている最中

 

「大統領閣下とも繋がりがあったとはな。一介の研究者……いや、副所長殿ならば、当然か?」

「誰の事を話しているのか、主語がなければわかりませんよ?」

「フ、そうか。しらばくれるのならば、そういうことにしておいてやろう」

「ええ、その方が身のためです」

「……」

「……」

「……ところで、どう見る、この試合」

「アスベルが勝つでしょうね」

「それはアスベルの実力を見て、か? それともヒューバートが勝ちを譲るつもりだからか?」

「ヒューバートさんが弱いから、です」

「ほう?」

「今の未熟さでは、アスベルには勝てませんよ。勝ちを譲って兄を立てるなどと考えている時点で戦闘者としては三流だ。相手を試す事が出来るのも、相手と隔絶した実力がある場合だけですから」

「辛辣だな。ヒューバートに何か思う所があるのか?」

「いいえ? 特には」

「……それは本心のようだな」

「しかし、暑いですね……凍牙。ふぅ……」

「大気中に含まれる水の原素(エレス)がこれほど少ない砂漠で、よくそんなほいほいと氷を形作れるものだな。その辺りからもお前の実力が垣間見えるが」

「あぁ、これはそんな難しい事はしていませんよ。通常、術技に使う原素(エレス)は攻撃の為に射出するものですから、維持が非常に困難で、だから周囲の原素(エレス)を使って形成補助をする必要があるのですが、攻撃に使わずに保持にのみ努めれば、自身の原素(エレス)組成から水の原素(エレス)だけを抜き取って形成するだけでいいのです」

「だが、そんなことをすれば結局水分不足になるのではないか?」

「あくまで抜き取るのは水の原素(エレス)ですよ。水分ではない。もっとも、確かにやり過ぎれば生命活動に必要な水の原素(エレス)さえも抜き取ってしまうので危険ですが、回復術によって補充、もしくは海に出て水の原素(エレス)を回収してしまえば問題はありません。なんならエレスポットからも吸収できますよ。エレスポットは原素(エレス)貯蔵庫としても優秀ですから」

「ほう? エレスポットを持っているのか。それは軍人の持ち物なんだがな。お前は軍に居た事があるのか?」

「ええ、研究チームはストラタ軍所属ですからね」

「……ところで、自身の原素(エレス)からの形成についてだが……」

「ちょ、ちょっとアスベル!? ヒューバートが怪我したって……なんで……って、タイヘン! 今治すから、じっとしていて!」

「教官、ヒューバートとアスベル、喧嘩したの?」

「ム……いや、あれはじゃれ合いのようなものだ。気にしなくていいぞ」

「なんだったらソフィもヒューバートさんの所へ行ってあげてください。多分、顔をひきつらせながら喧嘩ではないと言ってくれますよ」

「……うん、わかった。行ってみる」

「一応私も向かいましょうか。治癒術が使える事ですし。

 どこぞの、治癒術も使えない攻撃一辺倒の術師さんとは違うのです」

「余計なお世話だ」

 

 

 

GC「練磨道具」

 

 サブイベント、マーレンの練磨道具探しを終えて。

 ライモン、マーレンの二人。

 

「……あの」

「はい?」

「レイモンさん……です、よね? ヒューバートのお義兄さんの……」

「いえいえ、私はライモン。旅人です」

「そう言う事にしなければならない、ということですか。わかりました。私も元軍人ですから、受け入れます。

 ですが、謝罪とお礼だけは言わせてもらえませんか?」

「……謝罪とお礼、ですか」

「はい。

 この練磨道具……もう、ボロボロになってしまったけれど、元は貴方がヒューバートに買い与えてくれたものだと聞いています。

 ヒューバートからは、こうも聞いています。『使い込んだ程度でボロボロにしてしまうようならば、それは大切にしていない証拠です』と、そう言ったそうですね。

 私は……乱暴に扱ったつもりはありませんけど、大切なこれをこんな風にしてしまった時点で、確かに大切にしていたとは言えないのかもしれません。ですから、謝罪します。ヒューバートの思い出の品を、こんなにしてしまって……ごめんなさい」

「……やれやれ。私は何も言っていませんが、恐らくその男はこう言ったのだと思いますよ? 『道具の機嫌を無視して酷使したのならば、それは使い込んだとは言えません。単純に壊しただけです。ですが、どうしても道具は使えば劣化します。道具に寄り添い、技術を十全に使い、ケアを怠らなかったとしても、いつしか壊れる事でしょう。それは仕方がない。ですから、出来るだけそこに至らぬよう、ゆめ、大切に扱う事を心掛けなさい。それは毎日使っても五年は保つでしょう。もしこの一年や二年で壊れてしまうようならば、それは大切にしなかった証拠です』とね」

「……ヒューバート、端折りすぎ……?」

「黙って渡す、などという不器用な結果にならなかったのは良かった。ですが、言葉が足りませんね。自分がされてきたことだと言うのに、どうして克服できないのか、不思議でなりません。

 ……と、思っていると思いますよ、その男は」

「……はい」

「マーレンさん。練磨道具の耐久年数は大体五年です。ですから、それはお守りとして。

 捨てる事は無い、どこかへ飾っておけばいい。その上で、新しい練磨道具を買って、是非とも夢を追いかけ続ける事を提唱しますよ」

「……ありがとうございます」

「以上でしょうか?」

「あの、お礼も……あって」

「あぁ、そうでしたね。しかし礼を言われる事など……」

「私がこの夢を見つける事が出来たのは、ヒューバートが思いつめたような顔で握っていた宝石が要因なんです」

「……あぁ」

「神珠ウォライズ。今思い出しても美しい宝石。

 あれ、お義兄さんが磨いたもの、なんですよね」

「らしいですね?」

「ありがとうございます。私はあれを見たからこそ、この道があるのだと知りました」

「……捨てる神あれば拾う神あり、ですかね……」

「はい?」

「いえいえ、なんでもありません。まぁ、そのお礼は多分、その男に届いていると思いますよ。私は知りませんが」

「……本当にありがとうございました。ヒューバート共々、お気をつけて」

「ええ、こちらこそありがとうございます」

 




熱いからか、自転車のタイヤがよくパンクする……ゴムノビール。
上記理由により遅れました()


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sub1.「裏・闘技場での一幕」

本編ストーリーにそこまで関わらないサブストーリーです。
捏造設定あり。


 

 都合よくフェンデル軍の小隊が闘技島を訪れているとのことで、それに紛れ込んでフェンデルに潜入する算段となった。

 ストラタ軍の密偵に手引きしてもらい、そこを糸口にするようだ。

 

 面々は船に乗り込み、ライオットピークまでの時間を思い思いに過ごす――。

 

 

 

 

 

 

「……そうか。それを俺に言って、なんになる?」

 

「……いえ、差し出がましい発言をしました」

 

「いくら気安い言葉を使うとはいえ、俺とアイツは上司と部下。任務に私情を挟むなよ。死ぬぞ」

 

「それでも……いえ、なんでもありません」

 

「ふん、じゃあ下がれ。……余り踏み入った情を持つな。疲れるだけだぞ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライオットピークに着いた。

 知り合いがいると言って、少しだけ別行動をとらせてもらう。

 ヒューバートとマリク・シザースには鋭い視線を向けられたが、知った事ではない。

 

 

 

「どこへ行く気ですか」

 

 ライオットピーク、観客席側から本部側へ行く廊下。

 そこで、とうとう呼び止められた。

 ヒューバート。

 

「旧友に会いに行くのですよ。これでも世界中を旅していましてね、各国に友達がいるのです。七百人くらいいますよ」

 

「とぼけないでください。旧友に会いに行こうという人が、何故グミやパナシーアボトルを補充するんですか。わざわざ()()複合弓まで持ち出して……それでは、戦いに行くと言っているようなものです」

 

「はて……複合弓ですか。私はこの木弓しか持っていませんが……。あと、アイテムを補充したのは単純に足りなかったからですよ。ストラタで買い忘れましてね」

 

「……だから……いえ、いいです。では、僕も貴方の旧友とやらに会わせていただきたい。まだ貴方がフェンデルのスパイでないと断ずことが出来ているわけではありませんからね。もしかしたら、僕達を全滅させるための手立てをフェンデルに相談しに行くのかもしれない。

 やましい事が無ければ、僕の同行を許せると思いますが?」

 

 一瞬、逡巡。

 すぐに答えは出る。

 

「わかりました。一緒に行きましょうか。

 ですが、私の旧友の友人たちは少々手荒な歓迎を得意としていましてね……心してください」

 

 歩み始める。

 俺の後ろ――ではなく、横に、ヒューバートは並び歩き始めた。

 

 その事に多少の苦笑を覚えつつ……闘技島本部を目指す――。

 

 

 

 

 

 

 歓声が響く。

 ここ、ライオットピークには、表の闘技場とは別にもう一つの闘技場……裏というか、地下闘技場、のようなものがある。

 こちらは所謂違法賭博闘技場。何処の国にも属さない自由地域だから違法も何もないのだが、表の闘技委員会にすら良く思われていないという意味で、違法なのだ。

 

 そしてここに集う戦士は皆、表で言う力試しが目的……というわけではなく、各国における”自国で処理したくない罪人”や”罪を犯した軍人”、”国家秘密を握ってしまった傭兵”などが放り込まれる、実質の処刑場。

 明らかにレベルの違う魔物と戦わせてその様子を楽しむ場合もあれば、罪人同士を争わせて賭博をするといった悪趣味極まるものまで、様々。

 

 だが、共通して言える点は、往々にして――。

 

『さぁ、次の挑戦者は経歴不詳、年齢不詳、罪名不詳の不詳コンビ! 登録名は……あー、サンオイルスターレッドとサンオイルスターメガネ! よくわからないが、果たしてコイツラは死なずにここを抜け出すことが出来るのかァ~!?』

 

 その生は、保証されていない、という事だ。

 

 

 

 

 

 

 

「凍牙ァ!」

 

「断雷牙!」

 

 降り注ぐ雷の中を、氷の礫が駆け抜ける。

 着弾したソレは対象を即座に凍らせ、後から射られた矢によって粉々に砕け散った。

 

「ギャアッ!?」

 

「鷲羽、扇氷閃!」

 

 上空に射た矢が頭頂を避けて第六頸椎へと突き刺さり、想像を絶する痛みに悶絶する左腕と右足を更に縫い止め、そこに氷の矢が飛来する。

 ゴ、と無骨な衝突音を上げて、額から血を流して泡を吹き倒れるソイツに目もくれず、次の相手に弓を向ける。

 

「雷牙、招来!」

 

 振り回す両刃剣が風の原素(エレス)と火の原素(エレス)を刺激し、周囲に雷が降り注ぐ。振り回す者は決してそれにあたる事無く、周囲の敵は悉くを食らって足止めをされる。

 少しでも仰け反れば、すぐさま両刃がその肢を切り裂き、矢が頭を貫く。

 

「行動不能にするなど考えてはなりません。首を切りなさい。相手は必死の狂戦士。生命活動を終えるその時まで戦い続けます」

 

「……わかっています。先程は切っ先が逸れただけです」

 

「それなら良いのですがね。ッ、衝破!」

 

 一瞬、背中合わせになった時の会話。

 そしてすぐにまた敵影。

 

 休みなく繰り広げられるこれを、既に一時間は行っているだろう。

 終わりなき戦い、という事は無い。しっかりと、抜け出せるようにはなっている。それは恐らく、闘技島としての矜持なのだろう。

 

『強い、強い! サンオイルスターレッドのよくわからない武器が広範囲にダメージを与えて、サンオイルスターメガネの弓が確実に全てを仕留めて行く! 連携、ここに極まれり! あと残酷! 見ていて清々しい程に残酷な殺し方が痺れるゼ! もっと盛り上がれーぇィ!』

 

「……下劣な。虎牙破斬! 崩爆華!」

 

「裏の世界などこんなものですよ。いつかは全て潰したいと思えど、必要悪であるのも事実。何より、潰すメリットがありません。私には関係の無い事ですし、ね。龍炎閃!」

 

「ハッ! セイ! 関係の無い事、ですか……貴方がこんなに頑張るのですから、それほど旧友とやらが大事なのだと思っていたのですが」

 

「私が大事にしているワケではありませんよ。交光線」

 

 弓から撃ち放たれた周期的変化をする光の矢が、真正面にいた大男をぶち抜いた。

 

 一瞬の静寂。

 

『オォーッ! 挑戦者、ついに全ての()()を打ち負かした! さぁ、ここからが本番だゼ!』

 

「……ライモンさん」

 

「今までの敵は全て一度も勝ち上がれずに、しかし死ななかった”程度”を評価されて駆り出された雑魚なんですよ。怪我を治癒してもらう事も、病を収めてもらう事も出来ず、寄る老いと死に怯えながら戦い続ける者達です。

 彼らはこの終わりない戦いから逃れたい。死を望んでいます。殺せといったのは、そう言う意味も含まれているのですよ」

 

「……非道な」

 

「さて、ここからが本番です。私はここの次……つまり、一度でも勝ちあがった事のある者達と戦わせられる勝ち上がり戦にいるだろう、とあるストラタ軍人を助けるために来ました。彼の者が出てきたら、全てを欺いて逃げますよ」

 

「わかりました」

 

 対面の檻が開く。

 そこから出てきたのは――いつも、俺の護衛をしてくれていた、あのストラタ軍人。

 

 一発目から大本命だ。

 

「陽炎」

 

「ッ、空破絶掌撃!」

 

 陽炎で飛び、首根を掴み、観客席より少し出っ張った所で実況をしている男が乗ったゴンドラに向けて――大牙。

 男が実況する暇もない速度でゴンドラに突き刺さった矢は、消える事無く俺達の足場になる。

 

 突きの動作と共に文字通り飛んできたヒューバートと元護衛の胴体にしっかりと縄を巻き付け、少し上空に向かって大牙を撃つ。引っ張られるヒューバートと元護衛。

 

「任せたぞ! 追手を殲滅したら俺もすぐ行く!」

 

「! わかりました! 気を付けてください!」

 

「ふん……誰に物を言っているんだ」

 

 警報と共にぞろぞろと出てきたライオットピークの猛者達を眺めながら、複合弓を握りしめる。

 気分の高揚をしっかりと噛み砕きながら、弓を正鵠に構えた。

 

「最近、まともに本気を出していなかったからな……鬱憤を晴らさせてもらおう。景気よくな!」

 

 この程度の敵に後れを取る程――鈍ってはいないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ライモンさん、結局あのストラタ軍人はどういう罪でここにいたんですか?」

 

「冤罪、という奴です。ガリードの差し金か、はたまた他の誰かか……。レイモン・オズウェルを(かどわか)し、国家転覆を企んだ、なんて容疑がかけられていました」

 

「……それは」

 

「ストラタ国内で処刑すれば、必ず大統領の目につきますからね。レイモン・オズウェルとやらが誰かは知りませんが、あの人は私の旧友ですので、助けた次第です。

 ストラタ軍人である貴方はこれを国に報告しますか?」

 

「ここからどんな形であっても抜け出す事が出来れば、罪は無くなるのでしょう? 冤罪で掴まっていた人の罪が無くなったのです。それ以上、報告する事は見当たりませんね」

 

「……多少は融通が利くようになったじゃないか」

 

 それは誰の影響かね……。

 少なくとも、俺ではないのだろうが。

 

 

 




バッバババッバババッバババッバババッバッバードゴッ
死んだ魚介を浸食するぜ! サンオイルスターメガネ!


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31.むかし

いつもより2000字くらい少ないです。
繋ぎ回ということで、よしなに。


 

 ヒューバートとちょっとした些事を終えて、アスベル達の元へ帰ってきた。

 というか、今まさにトラブル――フェンリル軍との諍いに間に合ったようだ。

 

 既に密偵はバレているらしく、しかしいい感じに相手が挑発に乗ってくれたので、そのまま便乗。ライオットピークにて之を打ち負かす次第となった。

 

 ただ、今回ばかりは旅での戦闘とは違い、人数制限が史実通り。つまり、四人まで。

 バランスを考え、俺とパスカルは観戦席へ。とはいえそれなりの戦闘力を有し、さらには因縁ありという事で、ライオットピーク運営から監視役が付けられ、特別貴賓席(という名の監視席)での観戦となった。

 パスカルはこのほぼ貸切状態である観戦席にいたく喜んでいたが、俺は本心から喜べていない。まぁ、恐らく監視役が付けられる原因が俺とヒューバートである、という理由もあるのだが、それ以前にこの監視役の男が大きな要因である。

 

 どこぞのレンズ会社の幹部がつけていそうな黒衣を纏った、男。

 

 通称、黒衣の番人。

 

「……」

 

 無言で座っているこの男は、只者ではない。

 というかヴェイグ・リュングベルその人なので、間違ってもおちょくるつもりはない。真面目過ぎて洒落が通じないからな。

 

「……」

 

「……」

 

「へぇ~。ここの仕組み、前時代的だけど洗練されてるねぇ。アンマルチアの技術とはちょっと違うっていうか、すっごい埃臭いけど逆に新しいかも!」

 

 元から話しかけられなければ話す方ではない俺と、寡黙極まりないヴェイグ・リュングベル。そして興味のある事が一つでもあれば自分の世界に入ってしまうパスカル。

 別に悪いわけではないのだが、無言の空間になるのは必然だった。

 

 だからこそ、

 

「……お前は、何が目的だ?」

 

 彼が話しかけてきたのは、意外以外の何物でもなかった。

 

「何が目的、といいますと……? あ、私はライモン。ただのライモンです」

 

「……俺はこの塔の上で、お前達の旅を見てきた。その中で、ただ異質。お前は、何者だ?」

 

 ……史実でもそう言っていたのだが、いやはや、意味の解らん視力である。

 この世界がどんだけ広いと思っているんだ。

 だがまぁ、ヴェイグ・リュングベルの元居た世界でも似たような事を彼の仲間がしていたしなぁ。

 

「私は私ですよ。貴方には関わり合いの無い事だ。あぁ、でもこれは渡しておきます」

 

 懐から三枚のチケットを取り出す。

 それを差し出した。

 

「……これは?」

 

「スパリゾート特別優待券ですね。このお仕事に疲れましたら、仲の良い方をつれて是非どうぞ」

 

「……」

 

 受け取るヴェイグ・リュングベル。うん、贈り物を素直に受け取るのは良い事だ。

 足技の彼女、聖女の彼女を引き連れてバカンスにでもいくといい。

 ちなみに特別優待券は、疑似海ことプール無料は勿論のこと、水着貸出し無料、宿泊費8割カットの一週間分。まさに特別な優待券である。

 

 職権乱用ではないぞ。ライオットピークのトップにスパリゾートの良さを知ってもらえば、儲けに設けているライオットピーク運営からも客が入る。日々の戦闘、魔物の世話に疲れたライオットピーク運営や猛者たちが来るのだ。無論、リゾート内での暴力沙汰は俺の私兵が速やかに”対処”する。

 経営学は一通りガリードから学んで――と。

 

「……」

 

 アスベル・ラント達に敗北したフェンデル兵が、密偵――人質であるストラタ軍人に武器を構えた。

 敗北者が再度武器を構えるのは、ここライオットピークではご法度。

 (ルール)を守らないのであれば、番人が出るのは当然。

 

 ヴェイグ・リュングベル――否、黒衣の番人は、15mはあろうかという貴賓席から飛び降り、音も無く(無論衣服がはためく音はあったが)着地。

 そのままなんでもないかのようにフェンデル兵を昏倒させた。

 

 無手で、よくやる。

 最も、大剣を片手で持つような男だ。その腕力、膂力は計り知れんがな。

 

「パスカルさん、決着が付いたようです。向かいましょうか」

 

「あれ? いつのまに?」

 

 この天然さも、計り知れんが。

 

 

 

 

 ベラニック行の船が手配出来た。

 船に乗り込み、ベラニックを目指す。

 

 

 

 

 

 

 

「……ガリードに動き無し、か。……ふむ」

 

「ライモン様の言っていた謀反の兆しは一切ないようですよ? 私兵を集めている様子も、大統領府を探っている様子も無し。むしろヒューバート様に家の諸々を継ぐためでしょうか、家に関する書類を記している所を散見しているとの報告もあるほどで。

 確かに二、三年前までのガリード様は目に余るところもありましたが、今はそれほどでも……」

 

「何、俺が出家した事でタイミングを逃した、くらいの理由だろう。準備が整えば奴は離反するさ。そういう男だからな」

 

「……まぁ、我々は貴方の手足ですから、貴方の命に従いますけどね。

 それともう一件。調査を命じられていたオーレンの森ですが、狂ったように哄笑する鉤爪を付けた男と部下四名が戦闘、内二名が負傷しましたが、無事に撃破したとのことです。あ、怖い顔をしているので言っておきますが、こちらから仕掛けたわけではなく相手が襲い掛かってきたとのこと。逃走をはかったものの、外をうろついていたウィンドル兵に見つかりかねないため、やむなく、と。

 負傷はそこまで大きなものではありません。既に治癒術で回復後、安静のために一か月間の休暇を取らせています。家族もいますからね」

 

「……だから怒らないで上げて欲しい、と?」

 

「まぁ、有体に言えば」

 

「ふん、元より怒る要素が見当たらん。しかし、負傷者に休暇か。良い制度だ。

 お前も休暇を取るか? 余程酷いけがをしていたようだが?」

 

「そうしたいのはやまやまなのですが、どうにも手のかかるお坊ちゃまがいましてねぇ。私の分まで彼女には休んでもらって、私はキリキリ働きますよ」

 

「お前が良いならいいがな。

 そういえばアドルフはどうした? まだ絶対安静か?」

 

「いえ、日常生活に問題ない程には回復しました。

 今はイマスタちゃんと『レイモンが解読したっていうあの言語絶対解読してやるぞ勉強会』で鋭意勉強中ですね」

 

「……レイモンって誰だよ、とだけ言っておこう」

 

「伝えておきましょう」

 

 船はベラニックへ向かう――。

 

 

 

 

 

 

 

「ねね、ライモンの昔ってどんなのだったの?」

 

「おやパスカルさん。藪からスティックに何事で?」

 

「ん、ちょっとそんな話題になってね~。で、どうだったの? 昔からそのサングラスだった?」

 

 部屋を出て甲板に向かうと、一同がそろい踏みしていた。

 どうやらマリク・シザースの過去を聞いて、それを拒否されたためか、他の人にも何でもいいので聞いて回っている……という流れらしい。

 

 しかし、俺の昔、か。

 ヒューバートの視線がヒシヒシと。

 

「ふむ、そこまで大した物ではありませんよ?

 ストラタ出身ですからね、砂漠を旅したり、生物や気候について良く学んだり……そう、良く学ぶ子でした。

 最も、齢六つを数えた辺りで原素(エレス)に魅了されてしまい、研究者の道を選んだので……今いるストラタの子供ほど、ヤンチャではなかったかもしれませんね」

 

「そこからずっと研究者? なんで研究チームやめちゃったの?」

 

「家出しまして。元から家族とはあまり仲が良くなかったのですが、ストラタ国外に夢が出来ましてね。これを機にと、袂を別けた次第です。”優秀な弟”がいましたからね、家の事は心配していませんよ」

 

「へぇ~」

 

 ふむ、そう言う意味では、大人になってからようやく”ヤンチャ”をしたと、そう言えるのではないだろうか。

 ハ、年甲斐の無い話だな。

 

「でも、ご家族は心配しているんじゃないですか? どれほど仲が悪くても、家族……なんですし」

 

「ハッハッハ、それは有り得ませんよ。そも、実父ではありませんし……何より、私は目の上のたんこぶでしたからね。今は一人残った息子の方が大切でしょうから」

 

「……そう、ですか」

 

 シェリア・バーンズはまぁ、家庭環境が家庭環境だからな。

 色々思う所があるのだろう。

 ラント兄弟も、パスカルも、兄弟と姉妹、色々あるのかもしれんが……俺には無いな、それは。仲間、意識共同体としての絆というかリードならまだしも、家族だからと心配するような関係ではないのだ、俺とオズウェル家は。

 

 

「……『縁を切る程だったのか。……そうか』」

 

「ヒューバート?」

 

「……僕にも義兄(ぎけい)がいましてね。ライモンさんと同じように家を出て行ったのですが……それを知った時の、義父の言葉です。僕から見ても冷酷な義父ですが……彼なりに、……いえ、やっぱりなんでもありません」

 

 そう、何でもない方が楽だぞ、ヒューバート。

 敵対者に同情すれば、行先は地獄だ。例え家族でもな。

 

「そろそろベラニックに着きます。気温が低いですから、体調・体温にはお気を付け下さい」

 

 念願まで――あと、少し。

 

 

「もしかしたら、彼なりに……傷ついていたのかもしれません。真相は聴いてみない事にはわかりませんが」

 




本編はもう割と中盤手前というのは嘘です。もう中盤ですね


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32.きたん

いつも通り更新期間伸びて行くヤーツ


 ベラニック南の港に着いた。

 想像通りの寒さ。これはしっかり慣れておかなければ、ここぞと言う時に手足が動かない、なんてことになりそうだな。

 それに雪が降っている。絶影は光子がなんとかするのでいいのだが、陽炎は不味いかもしれない。万が一にも雪を取り込んで身体を再構成した場合、臓器のどこかに水溜りが出現する事になりかねん。

 

「大煇石の場所ははっきりしませんでした。ただ、集めた情報を総合すると、帝都ザヴェートからそう離れた所ではないようです」

 

「そうですか。しかしザヴェートは遠い。とりあえずベラニックの街を目指しましょう」

 

 フェンデル兵の格好をした密偵と話すヒューバート。

 その格好――ストラタ軍の青い装束――のままフェンデル兵と話すのは些か無理があると思うのだが、どうだろうか。

 

 ともあれ、一行は雪国の道を進む――。

 

 

 

 

 

 

「なんだこの大穴は!」

 

「……恐らく火の輝石の暴発でしょうね。風の輝石が風を纏い、風を放つように。水の輝石が水を滴らせ、熱を奪うように。

 火の輝石も、火を燻らせ、熱を放ちます。性質上、扱いはとても難しい。励起状態の火の輝石を地面に埋めておくだけで地雷……ああ、いえ、致死性の高いトラップにする事も出来ますよ。敵が踏んだ瞬間にBOMB! という次第でね」

 

「詳しいな。その使い方はオレも知らなかった。何か、そういうものを造っていたことがあるのか?」

 

「いえいえ、私は原素(エレス)の研究者ですから。実践もしない使い道などいくらでも思いつきますとも」

 

「そうか」

 

 もっとも、この方法は俺のように原素(エレス)を見極められる者が一人でもいれば無力化される。地面に不自然な火の原素(エレス)があればわかりやすいからな。ウィンドル以外の国は大気中の原素(エレス)も多くは無いし、地中であれば尚更。

 だが、見つけられなかった場合は非常に厄介だろう。軍隊に対しても兵士一人に対しても痛烈なダメージを与える兵器になるはずだ。

 科学と兵器が切っても切り離せぬ仲なのは、どこも同じかね。

 

「怖いんだね、火の輝石って……」

 

「使い方次第ですよ。恐らくこの先のベラニックにあるでしょうが、人々の役に立つものも多々あります。

あと、あまり知られてはいませんが、活動を停止した火の輝石を細かく砕いたものと、鉄粉、水、塩類、あと炭ですかね。

 これらを合わせて布袋にでも入れておけば、一週間ほど保つ暖かい袋が出来上がります」

 

「……そんなに長い間保つのか?」

 

「はい。もっとも、フェンデルにおいて火の輝石を個人で使うのは少々難しいですからね。試行が少なければ実用にも至らないのは道理というもの。使用されている方は少ないかと」

 

 カイロに火の輝石を足しただけのそれだが、火の輝石は熱を放つ効果を持つ。活動を停止したとしても、その温もりが完全に消え去るには数十年が必要で、非常に冷めにくい性質を持っている。熱されやすく、冷めにくい性質だ。

 布袋にする理由は酸化を遅くするため。低温火傷を防止するためなどいろいろ理由はあるが、最たるは「紙袋が造れないから」である。アレを造るには専用の紙から造らないといけないからな。

 このカイロの主熱源はあくまで火の輝石。他の触媒や促進剤で熱を発生させ、火の輝石に蓄えさせる事で長持ちさせる。さらに熱を逃がさない様、断熱材の効果も期待している。

 

 捨てる神あれば拾う神あり、といったところかね。

 

「……あんまりもたもたしていると、疑いの目を向けられるかもしれない。ベラニックに急ごう」

 

 アスベル・ラントの言葉に頷く。

 見渡せば、多少なりと懐疑の目を向けてくるフェンデル兵がちらりほらり。

 こんな暗い寒空の下でサングラスをかけているけどワタシアヤシイモノジャアリマセーン。

 

 一行はベラニックへ急ぐ――。

 

 

 

 

 

 忌憚の寒村ベラニック。

 その名の通り、寒村――どこもかしこも触れば崩れてしまうんじゃないかと思うようなボロ屋ばかりで、街とはいえない、今にも絶えてしまいそうな様相を見せていた。

 街の人に大煇石について聞く、という事になったのだが、どうせ大した情報は出てこないだろう。こういう住人が限界の場所は、よそ者に厳しいのだから。

 

「……では、手分けして。日没頃、宿屋に合流しましょう」

 

「ああ」

 

 そう言って別れた俺は、すぐにその辺りのボロ屋の裏へ身を隠す。

 私兵部隊にだけわかる、非常に分かりづらい印の下に文を入れた布を埋め、街中に戻り、

 

「少し、良いか」

 

「……これはこれは、マリクさん。何用で?」

 

 マリク・シザースに捕まった。

 

 

 

 

 

「お前は大気中の原素(エレス)を見極められるようだな。前々から何でもない事のように話していたが、それは稀有な才能だ。……その才を見込んで、頼みがある」

 

 治癒術を扱う者ならだれでもできると思うのだが……もしや違うのだろうか。

 マリク・シザースに連れられ、道中で話を聞く。

 

「地面に埋まった輝石の欠片拾い……この子らの分を、今日だけで良い、手伝ってやってくれないか」

 

「今日知った楽は明日に苦を生みますよ?」

 

「……頼む」

 

 俺は原素(エレス)の無い世界を知っている。原素(エレス)の無い風景を知っている。

 だから、原素(エレス)は非常に異質に映る。

 だが、この世界の……元からこの世界しか知らない住民は違うのかもしれない。その色があることは当たり前で、認識は無意識で、原素(エレス)は景色の一部で。

 なれば、なるほど。確かに俺の視界は稀有なのかもしれないな。

 

「……わかりました」

 

 何故見つけられないのかわからないくらい主張している輝石を、取り出した一本の矢でほじくり返していく。表層に在る非常に細かいもの。少し掘った所にある指の間に挟める程度の大きさのもの。かなり深い所にあるこぶし大のものは……やめておくか。

 

 この辺りに在るものはある程度掘り出した。枯渇しないようにある程度で留めてある。

 

「これだけあれば、十分ですか?」

 

「……うん。ありがとう、おじちゃん」

 

 残酷な事をするものだ、と思う。

 毎日の苦労の中に降ってわいた幸運。楽を知ってしまったが故に、明日からの”今まで堪えられていた労働”が”耐え難い苦痛”に変わる。

 同情は何も生まない。強いて言えば、苦しみだけが生まれ出でるか。

 

 俺が掘り返した輝石を布袋に集め、こちらを何度か振り返りつつもトタトタと駆けて行く子供達を見送りながら、マリク・シザースの顔を見る。

 その表情は硬い。

 

「随分とフェンデル人に肩入れしますね。過去がどうであれ、ウィンドルの元騎士。フェンデルは敵国でしょう?」

 

「……子供だぞ」

 

「子供でも、フェンデル人です。ウィンドルやストラタに恨みを抱いているかもしれません。旅人のウィンドル人に憐れまれたとあっては、それが憎しみに変わる可能性もあります。

 敵対者に同情しても、いい結果は生みませんよ」

 

「お前は……」

 

「もっとも、私はこの国と敵対しているわけではありませんから、そこに何の感情もありませんが。積極的に助けるつもりも、敵対するつもりもありませんよ」

 

 子供達が宿屋に入ったのを確認して、手に持っていた矢を思い切り地面に突き刺す。凍牙でソレを凍らせ、衝破で掘り返す。

 出てきたのは、先程見つけたこぶし大の火の輝石。凍らせたのはまだ生きているからだ。

 

 それを軽く手前に放り投げ、木弓を抜き放ちながら虚空閃。

 

 凍った火の輝石はバラバラに砕け、地面に降り注いだ。

 

「ですから、これは手向けです。フェンデル人に、ではなく、これからお世話になる宿屋の子供に、ですがね」

 

「……そうか」

 

「何してるんですか? 行きますよ?」

 

「何?」

 

「ストラテイムの角。不純物の少ない物を見抜いてあげますから、とっとと狩りに行きましょう。あの程度の輝石で足りるものですか。今日の宿が最低限温まるよう、五本……いえ、十本は欲しいですかね」

 

「お前……」

 

 フェンデルに来てからほとんど動いていなかったしな。

 良い肩慣らし兼、信用度上げと言った所か?

 

 弓兵と後衛術者、パーティとしてみればバランスの悪い事この上ないが、個人で見れば俺とマリク・シザースの相性はいい。

 戦場を縦横無尽に駆け回って矢を放つ俺と、一部の技を除いてほとんど動かないマリク・シザース。遊撃手と後衛という、ツーマンセルではよくある構成なのだ。

 

「アスベル達に気取られたとあっては、格好もつかないでしょう。わざわざ独りの私に頼み込んできたのですからね。日没前にさっさと行きますよ」

 

「……ああ」

 

 その声色は、少しだけ――明るかった。

 

 

 

 

GC「ダークかめにん」

 

 ラントとフェンデル国境付近にて

 

「トータス! トータス! 国境は渡れないっスよ! でも……」

「でも? なんだ?」

「チップを握らせれば抜け道を使ってラント側に渡してくれる、渡し屋という奴ですね」

「ラントに帰れるのか!?」

「はい。ですが、私がその抜け道を知っているのでお金を握らせる意味はありませんね」

「……そんなもの、何故貴方が知っているんです?」

「旅人の知恵ですよ。知っている人はそれなりにいると思いますよ? ま、旅に慣れていない……アスベル達のようなカモ相手にぼったくりをして稼ぐ闇商人というのも多いのですがね。ね、ダークかめにんさん」

「うっ……ひ、冷やかしならとっととどっかいけっす! 営業妨害っす!」

「いえいえ、はい、1000ガルドです。連れて行ってくれるのでしょう? 安全に、確実に、バレないルートで。専門分野は専門家に任せますよ、旅人のにわかな知識じゃなくて、ね」

「め、目が笑ってねっす……」

「おや? 私はサングラスをかけていますから、目など見えない筈なのですが……はは、この大所帯を連れるのは流石のダークかめにんさんでも無理で、緊張しているのですかね?」

「なん……なんなんすか! おれがアンタになんかしたっすか!」

「ええ――私はかめにんと仲が良くて。ダークかめにんを見つけたら、捕えるようにと――」

「逃げるが勝ちっす!」

「……さて、アスベル。ラントへ行きましょうか」

「あ……ああ。あれはいいのか?」

「ええ、もう原素(エレス)組成は覚えましたので、ね」

 

 

 

GC「オトナーズ」

 

 ベラニック宿屋にて。

 

「あがあああああ寒くて眠れないようぅぅ……あれ、教官にライモン? 二人も寒くて眠れないの?」

「今夜は冷えるからな」

「私は寒さに慣れたくて」

「どうだ、一杯。酒でも飲めば、暖かく眠れるだろう」

「お、いいね~! いただこうかな!」

「ちょっと待ってろ、二人分、つくってやる」

「手馴れてますねぇ。マリクさんは教官になる前、バーテンダーでもやられていたのですか?」

「……さぁな」

「ほら、出来たぞ」

「おー、美味しそ! いただきまーす……んぐんぐ、ぷはぁ! 良い味~!」

「いやぁ、本当に。ストラタではワインがメインでしたが……火酒のカクテルもいいものですね」

「ところでさ~……教官ってもてるでしょ」

「なんだ、唐突に」

「多少の秘密があった方が女の子にもてるって聞いた事があるよ」

「秘密というわけではない。他人に誇れるような過去がないだけだ。秘密というのなら、そこの男は秘密だらけではないか?」

「ん~、ライモンは秘密がありすぎてもてるもてない以前に警戒されちゃいそうだよね~」

「おっとこっちに飛び火しましたか。勝手にやっててくれませんかねそういう話は」

「お前もいい歳だろう。良いのか、独り身のままで」

「そっくりそのままお返しいたします、アラフォー独身男性殿」

「……」

「誇れるような過去かぁ。あたしも昔は失敗ばっかりしてたから、ちょっと気持ちわかるなぁ」

「昔も、ではなく今も、じゃないですか。あなたは」

「そうとも言う! って、あれ、弟くん? 眠れないの? お酒飲む? って、弟くんはまだ子供だったか~」

「……酒が飲めない年齢というだけです。子ども扱いしないでいただきたい」

「ヒューバートさん、そろそろ温まってきただろう彼女を部屋に送り届けてやってくれませんか? 元気な分、アルコールの巡りも早いようですから」

「……はぁ。これだから酔っぱらいは……」

「え~らいようぶあお~……ひとりでかえれるよ~~~」

「ちょっ、ふらついてるじゃないですか! ああ、もう! はい、とっとと帰りますよ! 

 ……お二人も早めに切り上げてください。一時の休息は一時だからこそ許されるんです」

「ええ、もう少し飲んだら眠りますよ」

「……」

 

「少し、驚いている」

「何にですか?」

「あの男……ヒューバートは、一時の休息など必要ない、と言うタイプだと思っていたのだがな」

「ああ……まぁ、反面教師でもいたんじゃないですか? 一時も休息しないで倒れてしまうような馬鹿とか」

「アスベルのことか?」

「いえいえ。彼の父親のことですよ」

「……なるほどな」

「もう一杯、お願いできますか?」

「……ああ」

 

 



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33.りはん

思ったより時間が経っていた


 

 宿屋。

 ストラテイムの角から取れた豊富な火の原素(エレス)がストーブを動かしているが、宿屋全体を賄うには足りない。そもそもストーブ一基で全体に暖を届けるというのは土台無理な話なのだ。せめて二基……いや、三基くらいはないと。

 とはいえ、この寒村の宿屋にそんな金があるはずもなく。

 その寒さに顔を顰めながら、ヒューバートやアスベルが眠りに就いた部屋を出て、廊下――階段上――で眠くなるまで思考実験をしていた時の事だった。

 

 階下……一階から、哀愁の籠った歌が聞こえてくる。

 

 理想に燃える二人の男。

 内一人はその理想(ユメ)に敗れ、国を去る。

 国を出た男は見失った理想を探し続け、残った一人は――。

 

 メロディはしっかりしているが、詞がしっかり乗っていない。

 即興で合わせているだけなのだろう。

 

「何か思う所が?」

 

「いや、特には無いさ。

 俺の夢は奴らの持つ不確かな理想(ソレ)じゃあなく、確信をもって”ある”と断言できる目的(ユメ)だ。立場も環境も、思想も。何もかも違う。何を言う資格も無いし、何を言おうとも思わん」

 

「そうですか。

 そろそろ、出立します。合流はザヴェートの宿屋で?」

 

「ああ。しくじるなよ。

 そして、危機を悟ったらすぐに逃げろ。フェンデルはお前が思っているより強敵だ」

 

「御意に」

 

 廊下の窓越しにそんな話をして、俺も部屋に戻る。

 寒さで眠れないなど、お坊ちゃまらしい言葉を吐いている場合ではないな。

 一応言い訳をさせてもらうと俺はストラタ国民だから、慣れていないのだ。いやホントに。ヒューバートは幼少時にはまだウィンドルにいただろう、そう、俺は純ストラタ人故に暑さは大丈夫でも寒さは、だな。

 ……見苦しい言い訳を脳内で終えて。

 

 即席懐炉を脚と腹で抱きながら、眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

「昨日、村の人から聞いた限りでは、フェンデルの大煇石こと大紅蓮石(フォルブランニル)は、やはりザヴェート近郊にあるようですね」

 

「ええ、私の聴いた情報とも合致します。ザヴェートで研究が行われているのなら、その周辺に研究対象があるのはなんらおかしな事ではありませんからね」

 

「……」

 

「どうしました、兄さん?」

 

「いや……なんか、ヒューバートとライモンって、似てるなぁと」

 

「なッ……何を言い出すんですか! 僕はこんな胡散臭いつもりはありません!」

 

「私もこんな未熟なつもりはありませんねぇ」

 

「ほんとだ、似てるね」

 

 ――そんな一幕が朝にあった。

 

 鋭いと褒めるべきか、鈍いと貶すべきか。

 まぁ、天然アスベル・ラントのせいで、マリク・シザースの疑念が納得に変わってしまったようだが。

 俺としては別に似ている事に対して特に文句はないのだが、あそこで反論しないのは不自然だろう。むしろ”そういうボロを出す奴だ”という認識を植え付けられる良い機会だ。

 とまぁ、そんなことがあって、少しだけ突出しがちなヒューバートを先頭にフェンデル山岳トンネルを進む。

 

 雪山のトンネル。外よりは暖かい、なんて思うなかれ、意図的にだろう平らに掘削された地面と上方及び右方に吹き抜ける形に造られているこのトンネルは、まるで氷室のようなつくりになっており、外よりもかなり寒い。

 何よりすぐそこにベラニックがあるのにも拘らず魔物が沸いているという素敵仕様。機械化が進んでいるなら整備して駆除しろよ。危ないだろ。

 

「ねぇねぇ、ライモンはさ、フェンデルの大煇石の研究がどーなってるのかとか、考えてる?」

 

「はい? まぁ、それなりには。戦闘中に話す内容ではないと思いながらも一人で張り切ってくれる軍人がいるので話し相手になりますよ」

 

「あ、頑張れー、弟くーん。

 それで、どうかな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうですねぇ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やっぱりそうだよねぇ」

 

 俺達の分まで必死に動いているヒューバートとマリク・シザースに聞かせるように、聞こえるようなギリギリの音量と具体的な名詞を使わない曖昧な会話をする。

 パスカルのそれは無意識なのだろうが、いやはや、天然でやってのけるのには恐れ入る。

 実際問題、前衛三人と後衛二人という理想的なパーティなので、俺達の踏み入る隙間はないのだ。俺もパスカルもトリッキーな遊撃手だからな。

 

「あ、ところでですね、パスカルさん。

 火の輝術について少し聞きたい事が」

 

「ん、オッケー。何が聞きたいのかね?」

 

「ええ、直線状に放出する際の余剰原素(エレス)の削減についてなんですけど……」

 

 まだ大紅蓮竜と契約していないパスカルだが、その知識は今聞いておきたい。

 何故ならこの後で、少しだけ……彼らの元を離れなければいけないから。

 

「ん~、あたしも火の原素(エレス)はそんなに得意じゃないけど、わかった、考えてみるよー」

 

「お願いします」

 

 考える事を放棄したわけではないが、時に答えを見るのも大事な飛躍の一つだ。

 要らない時間をかけてまで悩むより、答えを知る人に聞いて、さらにその先を研究した方がはるかに効率良く、益のある事だと思う。

 

 そんな感じで。

 ろくすっぽ戦わないまま、俺とパスカルは山岳トンネルを抜けたのだった――。

 

 

 

 

 

 

「あーっ! レイもがっ」

 

 トンネルを抜けた直後、俺の昔の名前を口走ろうとした馬鹿の口に雪を投げ入れる。

 

「おや、久しぶりですね、頭と口が繋がっていない事で有名なウィル君。私はライモンですよ、覚えていますか?」

 

 ちなみにロックガガンの腹の中にいたのはウェル君である。

 兄弟揃って天才なのだが、兄弟揃って馬鹿なのだ。

 

「けほっ、けほっ、つめてー!

 レ……ライモン、なんでこんな所にいるんだよ! っていうか、あーっ!」

 

 ウィルは俺に怒鳴ったかと思えば、すぐに目移りし――アスベルに向かって指を差しながら声を上げる。

 その指を叩き落とした。

 

「いてっ、何すんだ!

 って、そうじゃない。そんなことより、それ、ロックガガンの笛!」

 

「あ、はい、そうですけど……」

 

「ダメですよ、アスベル。会話は通じません。

 そしてあなたが欲しいのはこれでしょう、ウィル」

 

 フィルムケース……のようなものに入れたロックガガンの毛を見せる。

 こういう話の通じない輩に対する準備は万端にしておくのが基本だ。何故なら、笛を返さないなら毛を持ってこいの一点張りになることがわかりきっているから。

 しかもアスベル・ラントのような善人はそれを無視する事が出来ない。

 であれば、ここで解決してしまうのが最善である。

 

「おーっ! おーっ! 昔から気が利く奴だとは思ってたけど、ここまで気の利く奴だとは思ってなかった。んじゃ貰ってくよ」

 

「はいはい」

 

 ちなみに見返りを求めるのも無駄である。

 奴は心の底から世界が自分を中心に回っていると思っているタイプなので、奉仕を奉仕とも思わない、所謂関わってはいけないタイプなのだ。

 こうやってあしらうのが一番。

 

「ほう? どこにいるとも知れなかった旧知の研究員の欲するものを偶然持っていた、というのか」

 

「たまたまですよ。偶然です」

 

「フッ。偶然、か。恐ろしい偶然もあったものだ」

 

「ハハハハ」

 

 もうバレているのは知っているから、そろそろ面倒なかまかけを止めてはいただけないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 帝都行の船に乗る。

 

 甲板の上で一人悩むソフィ。

 声を掛けるべきかは、割と本気で悩んでいた。

 

 ソフィ――プロトス1は、恐らく死ぬ事の無い存在だ。

 

 転生(てんしょう)という余りに得難い経験をした俺ですら、死ぬ。その先があると思うのは楽観が過ぎる。ま、あったらいいとは思うがな。

 俺も、アスベル・ラントも、ヒューバートも、マリク・シザースも、パスカルも、シェリア・バーンズも――死ぬ。

 彼女はそれに耐えきれるのだろうか。

 近い未来、彼女は自身の存在意義の一つを失う。

 時が進むにつれて、彼女を縛るモノは無くなっていく。

 

 なんと残酷か。そう思う。

 

 対策手段は三つ。

 一つは、ウォールブリッジ地下遺跡かフォドラで、彼女の人格消去(リセット)を行う事。光子を失って記憶を喪失する事が出来たのだ。新しく光子を入れ替えてやれば、恐らく出来ない話ではない。

 二つ目は、その素体を完全に破壊する事。ラムダのような精神体になってしまうかどうかはわからないが、分滅保全をする前に破壊してしまえば、プロトス1は機能を終えるだろう。ただしこれは、彼女自身が自らの意志で行えるとは思えない。

 そして最後、三つ目は――。

 

「何者かもわからない人間を、信用はできません」

 

 流石ヒューバート。

 タイミングは最悪だな。タイミングを失うのはラント家の宿業なのか?

 

 ……いや。

 一人、克服した奴もいたか。

 

 まぁ、ヒューバート達が出てきた以上、俺が声を掛けるというわけにはいかない。

 何者かもわからない人間は、大人しく船室に戻るとしますかね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄軋む重帝都ザヴェートに着いた。

 各自情報を集める事となったので、そのまま宿屋に直行する。

 

「首尾はどうだ」

 

「万事上手くいきました。総統閣下殿はライモン様にお会いになられるとのことです」

 

「そうか。余程手厚い歓迎を受けたようだな」

 

「ええ……機械兵自体はどうということはないのですが、面倒な仕掛けと蒸気熱で散々な目に遭いました。あの建物作った奴はどうかしてますね」

 

「律儀に中から行ったのか? 真面目だな」

 

「生憎ですがね、私はライモン様のように”自身の原素(エレス)組織を希薄にして風に流し、目的地で再構成する”などという原理を聞いても意味の解らない所業は行えないのです。ライモン様もどうかしていますよ」

 

「それは重畳。

 さて、部下が手足に火傷してまで掴み取ってくれた機会(チャンス)だ。無駄にはしないさ」

 

 部下の持ってきた招待状を懐にしまう。

 そして一筆、アスベル・ラント達へ文を残す。

 

 一時的にだが……さようなら、だ。

 




ちなみに雪降る中でもライモンはサングラスかけてます。


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34.りよう

連続投稿。


 苦渋の決断、というのはこういうものを指すのだろうな、等と思いながら、フェンデル政府塔のエレベーターを上がる。勿論、役員用のものだ。

 今頃アスベル・ラント達はアンマルチア族の里に行っている事だろう。

 行きたかった。ほんっとうに、行きたかった。

 

 が。

 

 目先の利益に囚われていては、その後得られる全ての利益を失うというもの。

 

 俺がアンマルチアの里に移住するためには、色々と必要な事があるのだ。

 その一つが、これである。

 

「初めまして、フェンデル政府……オイゲン総統閣下」

 

「ふん。お前が昨日の間者の主か。部下に似て、人を小馬鹿にした態度をとる奴だ」

 

「はは、性分なもので。

 それで、答えをいただけるでしょうか? ――私を、貴方の部下にしてほしい、という願いの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……!?」

 

 肩を竦めながらその手紙を見せてきた弟に、兄であるアスベルは驚愕の声を上げた。

 弟――ヒューバートは、溜息を一つ吐いてから、その文面を声に出して読み始める。

 

「……『心優しい皆様へ。皆様のおかげで私は無事、フェンデルに辿り着く事が出来ました。帝都ザヴェートへの()()まで上手くいくとは思ってもみませんでしたが。さて、突然ですが、この辺りで私は失礼させていただきますね。いずれまた会う機会もあるでしょうが、その時は()()()()お願いします。 ライモン』と……。ふざけた文章ですね」

 

「ライモン、いなくなっちゃったの……?」

 

「そんな、ライモンさん……もしかして、私達を利用して!?」

 

 呆れたような、怒ったような声のヒューバートとは裏腹に、悲しそうな声を出すのはソフィとシェリア。それは当然だ。怪しい怪しいと思いながらも、なんだかんだ協力してくれた――兵士の治癒も行ってくれた旅の同行者が、自分達を利用していただけ、などと。

 人の良い面々にとっては、有り得ない事だったのだろう。

 

 反して。

 

「目に見えていた事ではあるな。常々、奴は怪しい行動をしていた」

 

「貴方も人の事は言えないと思いますが、そうですね。あの方は明確な目的無く今回の旅に同行し、異様な知識を見せていました。同じストラタ人として考えても、おかしいと感じる程に」

 

 人を疑う事に慣れている二人は、当然。そう言っているような態度だ。

 マリクも、ヒューバートも。ライモンが自ら達を利用していた、という事実に何ら疑いを持っていない。むしろそれ以外考えられないとでも言いたげである。

 

「うーん、もしかしてライモン、フェンデルの大煇石の研究に加わるつもりなのかなぁ。まずいまずいまずいよ~。ライモンは火の原素(エレス)がどれほど危険かわかってるだろうけど、少しでも無理をすればドカーンじゃすまないよ~!」

 

 そして特に彼と親交の深かったパスカルは、その行く末を案じていた。

 彼女をしてあの弓使いの知識には目を瞠るものがあったが、それでも大煇石を操るには足りない事を知っているのだ。そして、足りない知識であれを扱えば、どうなるのかも。

 彼が死ぬ、だけでは済まない。

 フェンデル全土が吹き飛び、隣接するウィンドルはもちろん、闘技島やストラタまでもが焦土になる恐れがあるのだ。

 彼女が焦るのもわかるというものだろう。

 

「……とにかく、調査を続行しよう。いつ教官の偽部隊証がバレて、兵士が戻ってくるかもわからない」

 

「それがいいだろう」

 

 蟠りは残った。

 だが、やらねばならない事が他にある。

 

 アスベル達は、その少しもやもやとした心を抱えたまま……大煇石の聞き込み調査に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、それはこういう形でどうでしょう。どうせ近接攻撃はしないのですから、刃を捨てて銃器を増やした方が効率が良いと思いませんか?」

 

「耐久型……ですか。でしたら、自爆機能を付けましょう。敵が必死の思いで壊したそれが、爆発する。耐久型ですからね、寄ってたかって攻撃してくると思いますよ。あぁ、近接攻撃を弱く設定しましょう。そうすれば……」

 

「いいですか、弓はこう構え、こうすると飛ぶのです。技術力を謳うなら、私の弓を真似して見せなさい。狙撃ライフル? ええ、それはそれで開発していてください。弓とライフルでは、同じ狙撃でも用途が違います」

 

 あくせく働く。

 重厚な機械を作る事は出来ても、実戦経験なんてものをしたことがない研究員・技術者ばかり故に、こういう話を聞けるのはまたとない機会なんだと。確かに、カーツ・ベッセルには聞けないわな。

 ウィンドルの騎士、ストラタの軍人。

 人間の力だけで戦う、という発想はフェンデル人には無いらしく、新しい風が吹いてきたととても楽しそうだ。これはいずれパワードスーツとか作りそうだな。

 

「ライモンさん、先程の原素(エレス)原理について、もう一度お願いしてもよろしいでしょうか? 浅学の身では一度で理解する事が出来ず……」

 

「ええ、問題ありませんよ。

 ここではなんですから、どこかコルクボードのある場所はありませんか? 大きな紙とペンがあれば尚良いのですが」

 

「それでしたら、新入役員への説明室が開いています。こちらです」

 

 そして技術省の技術者たちは勤勉で、礼儀正しい。非常に心地良い。

 技術や知識を持っている者に対してはとことんその技術を盗んでやろうとするのだ。自身のプライドなど初めからない。あるとすれば、貪欲に知識を吸収する己に対してのみのものだろう。

 中には俺よりも二回りは年上だろう技術者もいる。それでも勤勉。

 それは、この場にいる全員が全員、過酷な環境を変えたいと。寒さと餓えを耐え凌ぐ家族を救いたいと、そう考えているから……だと、先程教えられた。

 家族のために、ね。

 俺には……よくわからんが、まぁ。頑張ってくれ、としか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたがライモン? 初めまして、私はフェルマーというの。技術省の子達が、期待の新人が入ったって大騒ぎしていたわよ」

 

「これはこれは。どうぞ、お座りになってください。身籠る方を立たせて自分が座っている程常識外れではありませんよ」

 

「あら、わかるの? ふふ、じゃあお言葉に甘えるわね」

 

 総統閣下から与えられた自室に訪ねてきた女性に、自信が座っていた椅子への着席を促す。

 アンマルチア族。腹部に彼女とは違う原素(エレス)組成の塊。誰が見ても、身重である。

 

「それで、何用でしょうか? 機械工学に関しては専門外故、口出しを咎めに来たのでしょうか」

 

「そんなことしないわ。みんな、新しい発想だー、これなら家族に少しだけ楽をさせてやれるー、って、盛り上がっているもの。

 聞きたい事があってきたのではないの。貴方の顔を見てみたくて」

 

「はぁ……私の顔、ですか」

 

 なんだろうか。彼女は夫がいるし、腹に子を持つ身。

 いくらレイモン・オズウェルが端正な顔立ちをしているからと言って、いやいやまさかそんなそんな。

 

「……ええ、もうじっくり見させてもらったわ。

 初対面でこんなことを言うのは……失礼だって、わかっているけれど。技術省の子達が、それだけは怖い、って言っていたから、聞くわね」

 

「はぁ」

 

「貴方……人を何で判断しているの? こうして対面してみてわかる。貴方は、私達と機械、それに魔物の区別がついていない……そう言う風に感じるわ」

 

 ……おお。

 言われてみれば、確かに。

 確かに――区別、ついていないな。全部原素(エレス)だし。

 

「それが気味悪がられていた、ということを、わざわざ教えに来てくださったのですね。ありがとうございます」

 

「……凄いわね。サングラスで目が見えないのに、見る目を変えた、というのがわかるなんて。貴方、役者に向いているわ」

 

「それは生来のものですね……」

 

 要は人を原素(エレス)組成で判断するのを止めろ、と言う事だ。

 確かに失礼だったかな。

 以後、気を付けるとしよう。

 

「忠告、ありがとうございました」

 

「こちらこそ失礼な事を聞いてごめんなさいね」

 

 いやいや。

 得難い経験、ですよ。

 

 



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35.しばい

わかりづらい伏線を張っていたアレ
増量版


「……」

 

「どうかされましたか?」

 

「……原素(エレス)の抽出までは出来ているようですが……」

 

「おぉ、そんなことまでわかるのですか!? えぇ、そうです。大紅蓮石(フォルブランニル)から莫大な量の原素(エレス)を抽出し、国中へ循環させる。そうすれば、フェンデルは極寒の国を脱却し――」

 

「循環させる? 火の原素(エレス)を?」

 

「はい! 今は火の原素(エレス)で温めた空気をパイプから国中へ送り届けていますが、いずれは原素(エレス)そのものを送り届ける事でロスを減らし、各家庭がそれぞれ強弱をつけて原素(エレス)を供給できる環境を構築していて――」

 

 ――国が吹き飛ぶ未来しか見えんが。

 

 やっぱりか、と心の中で溜め息を吐く。

 パスカルの未完成の研究を持ち出して作られた原素(エレス)抽出装置。

 だが、この機構には明らかな欠陥がある。

 

 一定以上の原素(エレス)が蓄えられると、制御が利かなくなり――ドカン! なのだ。

 

「火の原素(エレス)――その性質について、あなたはどこまで知っていますか?」

 

「はぁ。ええと、火の原素(エレス)は周囲に熱を放ち続ける性質があり、強打することで爆発的な放熱をする、ですよね?」

 

「放熱は留まる所を知らず、です。

……親指の先程の大きさの、励起状態の火の輝石をハンマーで叩き割ったとして、半径何mに放熱するか。わかりますか?」

 

「うーん、5mくらい……でしょうかね?」

 

「いいえ。その、凡そ10倍――半径50mを更地に変え、周囲に炎を巻き散らすでしょうね」

 

 だから、武器などに使う火の原素(エレス)結晶は粉状のものを使う。

 地面に埋まっているような、鎮静状態にあるものなら叩き割る事もできる。その場合熱は大して生まれないがな。ああ、ただ叩き割ればいいってわけじゃないぞ。壊点を原素(エレス)組成で見極めて、その点に貫通力の高い打撃を与える必要がある。

 なお、暖房器具などに使われる原素(エレス)結晶は素人が拾ってくるだけあって大きなものもあるのだが、抽出装置が()()()()安全なのだ。

 

 ついでにいうなら、大紅蓮石(フォルブランニル)の抽出装置は大紅蓮石(フォルブランニル)に対して圧力をかける仕組みである。

 逃げ場のない圧力をかけ続けると、励起状態から臨界に達し、暴走を制御できなくなる。

 

「……それは」

 

「では、親指の先程の大きさの、励起状態の火の輝石……これを砕ける勢いでぶつけた場合、どれほどの()()を齎すと考えますか?」

 

「……政府塔がすべて吹き飛ぶくらい……ですか?」

 

「自身の常識を捨て、予測を修正した事は褒められるべきでしょう。

 ですが、あまりにも楽観的過ぎる。

 指先大の、励起状態にある二つの火の輝石。これらが双方砕ける勢いでぶつかり合えば――」

 

 

 

「ザヴェートが、地図から消えてなくなるでしょうね」

 

 

 

 そんなものを。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言っているのだ。

 この機構プロセスではどうやっても励起状態から鎮静化出来ない――あるいは、アンマルチア族きっての天才たるパスカルが”カチャコチャ”やればどうにかなるのかもしれないが、少なくとも俺では技術力が足りない。

 

「……ですが、この研究を中止にする事はもう……」

 

「この研究のために国民に苦難を敷いてきて……他国へも攻撃を仕掛けている。政府塔に務めているものでさえ、裕福な生活をしている者はいない。

 ……その点は……ストラタやウィンドルより優れているといえるでしょう。誰もが国をよくするために心血を注いでいる。楽をする事を考える者は一人としていない。

 ――その代償に、必滅の未来が待っているとしても」

 

「……ライモンさんの知識で、どうにかすることは……」

 

「時間と資金があれば。

 ですが、ないのでしょう?」

 

「うっ……」

 

「……この話は胸にしまっておいてください。誰もがあなたと同じ心境でしょうから。

 『そんなことを言われたってもうどうしようもない。やらないで後悔するよりやって後悔した方がいい』――そんなところですか」

 

 やって後悔した後の後味を知らないヤツのセリフだが……ま、失敗したら全てが吹き飛ぶからな。後悔する間も与えられん。

 

 あるいは、それを利用して”空に穴をあける”事が出来れば、話は別なのかもしれないがな。

 

「さて、と。

 私はそろそろ、行きますね。……カーツ様に呼ばれていますので」

 

「……っ」

 

 こぶしを握り締める音か、歯を食いしばる音か。

 はて、俺にはさっぱり、わからんな。

 

 見えている破滅を選ぶ道と、見えない暗闇を選ぶ道と――どちらも、国を捨ててしまえばいい話だと思うんだが。

 

 

 

 

 

 

 

「それではこれより、大煇石から原素(エレス)を抽出する実験を開始いたします」

 

「……」

 

 流氷の中にある、氷窟――そのさらに奥。

 吹き抜けになっているそこに、それ――大紅蓮石(フォルブランニル)は鎮座していた。

 

 そこにいる人間は数少ない。

 フェンデル帝国軍総統――オイゲン。

 フェンデル軍事技術省将校――カーツ・ベッセル。

 フェンデル兵が一人に、研究員が一人。

 

 そして、短期間も短期間でこの場に居合わせる事の適った――旅の原素(エレス)研究者、ライモン。

 

 この、たった五人が今――フェンデルという国の命運を決める、輝かしい実験を始めようとしていた。

 

 カーツの指示で、研究員が装置を稼働させる。

 

 ゆるやかに……そして、段々早く。

 圧力を与える装置が動き始める。

 

 仄かに光る大紅蓮石(フォルブランニル)

 

「これだけか? 期待していた光ではないな。もっと圧力を上げよ!」

 

「……」

 

 一瞬だけ。

 心配そうに……研究員の男がライモンを見るが、ライモンは何も言わない。

 この氷窟にあってなお、そのサングラスを取らないまま、実験を眺めているだけだ。

 研究員の男は意を決して、圧力を高めていく。

 

 段々と。

 段々と。

 

 大紅蓮石(フォルブランニル)に眠るエネルギーが、その頭角を現し始めた――ところで。

 

 その場に、闖入者が現れた。

 

「マリク……!? お前、何故ここに」

「カーツ! 今すぐに実験をやめろ!」

 

 マリク・シザース……及び、アスベル・ラント一行である。

 彼らの視線は一度カーツを向き――そして、そのすぐ手前にいる男に集まった。

 

「ライモン……?」

 

 サングラスをかけた、旅の装束の男。

 背中に木弓を背負い、アスベル達を射るように見つめる。

 

「これは、これは……みなさん。お早い到着ですね」

「何……? 知り合いか。いや、お前が手引きしたのか?」

「いいえ。それは、苦労してこの場を探り当てた彼らに失礼ですよ。

 私はただ――」

 

 男――ライモンは立ち上がり、背中の木弓を引き抜く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 何の躊躇いもなく、ライモンはアスベル達へ原素(エレス)塊を撃ち放った。

 

 

 

 

 

 

「斬風牙!」

 

 その原素(エレス)塊を、両刃剣が見事に叩き落す。

 不意打ち気味に放たれたそれだというのに、タイミングは完璧だった。

 

「何ぼさっとしてるんですか、兄さん! 彼の戦闘スタイルは知っているでしょう! 呆けていると、殺されますよ!」

 

「だ、だが、俺達にはライモンと戦う理由がない!」

 

「あります! 僕たちは早く彼を倒して、実験を中止させなければならない!」

 

 原素(エレス)塊が三つ、氷窟の天へと放たれる。

 数拍遅れて地を這う三叉の原素(エレス)塊がアスベル――否、後ろのシェリアへと襲い掛かってきた。

 

「流星、雷牙、詔来!」

 

 だが、それすらもかろやかに――流れるように防ぎきるヒューバート。

 見切っている――誰もがそう思った。

 

「ヒューバート! ここは任せてもいい、」

 

「兄さん! 伏せてください!」

 

 だからライモンの相手をヒューバートに任せ、自分たちはカーツ達を止める――その判断は恐らく間違っていなかったのだろう。少なくとも”やらなければならない事”をやるためには必要な判断だった。

 

 だが、その油断が――話すときは相手の目を見る、普段は長所であるはずのアスベルのその行動は、致命的な隙。

 

「陽炎」

 

 その声は、アスベルの後ろから聞こえてきた。

 

 ゆっくりと流れていく時間の中で、先ほどまでライモンのいた場所に視線を向けるアスベル。だが、当然のように……彼はいない。

 そして自身の首筋へ迫ってくる、斬撃の空圧。

 

 それが、首に、触れ。

 

 

「空破、絶掌撃!」

 

 

 瞬間。

 自身の身体を()り抜けたヒューバートの打撃が、ソレと克ち合った。

 

 アスベルの身体にある間は再構成をせず、ライモンの斬撃――虚空閃とぶつかる瞬間から武器の構成を行う、その技術は、紛れもなく。

 

「……驚いたな」

 

 ぼそ、と。

 ライモンに素を出させてしまう程の再現度。

 

 まさしく、ライモンの扱う陽炎と全く同じ原理の攻撃だった。

 

「最後に貴方と戦ったあの日から……研鑽は惜しみませんでしたから」

 

 それは多分、アスベルにだけは聞こえてしまったのだろう。

 自身の身体に何が起きたのかわからず、弟がすり抜けていった体をマジマジと見つめる彼が、「え?」と二人を向いたのだから。

 

「ハ――大口を叩く様になったようですね。それは重畳。

 気が変わりました。アスベル達は狙わずに、貴方だけと踊りましょう」

 

「兄さん! 気をつけてください! 彼の言葉は一切信用してはいけません!」

 

 その言葉の通りだった。

 フ、と消失したライモンが、シェリアの背後に表れる。

 

 ヒューバートの射程外。

 

「ッ、シェリ――」

 

 アスベルの時と同じく、首を狙った一撃。

 だが。

 

「ガッ!?」

 

 大きく……ライモンの身体が吹き飛ばされた。

 シェリアは何もしていない。ヒューバートは何もできなかった。

 

 マリクでも、ソフィでも、パスカルでもない。

 

 それは、ヒューバートの背後から放たれた――斬撃による一撃だ。

 葬刃。距離も時間も障害もすべて無視する、神速の居合術。

 

「に、い……さん……」

 

「……ヒューバート。ライモンの相手は俺とお前でやる。背中は任せていいか?」

 

「……まったく」

 

 数刻前、パスカルとフーリエ……なんでも軽々と熟してしまう妹と、どれほど努力しても妹を追い越す事の出来ない姉を見てきた。

 

 本当に。

 貴方と言う人は。

 

「……わかりました。ですが、僕の背中も任せますので……絶対に油断しないでください。彼は僕よりも……兄さんよりも、いいえ、もしかしたらリチャード国王よりも……強い」

 

「ああ、わかった! みんな、装置を頼む!」

 

 自身の領域を軽々と超えていく――もしくは、自身が辿り着いてすらいなかったのかもしれない兄の”位置”に、ヒューバートはそれでもと足をかけた。

 同じく――足元の全く見えない義兄を、倒すために。

 

 

 

 

 

 

 

 葬刃。

 原理はわかる。要は原素(エレス)組成を切断しているだけだ。この世界は全てが原素(エレス)で出来ているが故に、衝撃は伝播しやすい。

 だからといってただ素振りをしたくらいで地面が割れるわけがないし、どれほど力強く空間を強打したという所で遠くの建物が凹むわけではない。まぁ原素(エレス)密度が極端に高い空間なら話は別だが。

 

 だが、切断となれば話は違う。

 切断――より正確に言うなら割断か。

 

 必要なのは速さ。

 文字通り神速――目に見えないレベルの、どころか音すらも超える程の超速で振るわれた刀は空気中の原素(エレス)を押し出し加速させ、障害物の原素(エレス)結合の隙間を通り抜け、対象の直前で減速させる。それを敵にぶつけて、割断を起こす。

 最も、それだけでは圧倒的に速さが足りない。

 ここに補助を加えているのが光子だ。

 光子は互いが互いを引き寄せる性質を持っており、その結合速度は原素(エレス)よりも高い。

 一部の光子が先行して対象をマーキングし、そこへ向かって振るわれた刀によって押し出された原素(エレス)が後続の光子によって加速。

 簡略化した原理はこんな所かね。

 

 なお、稀に即死する。恐ろしい勢いの斬撃が零距離で放たれているようなものだからな。

 真っ二つになるのは仕方のないことだろう。

 

 光子の引き合う性質が無ければ出来ない事だ。

 だが――既にモノにしている。恐ろしい成長速度だと思う。彼が光子の存在を知覚したのは、つい最近の事だというのに。

 脅威を覚えるとも。

 

「いやぁ……流石はアスベル。強いですね」

 

「ライモン! お前の目的はなんだ! お前なら、大紅蓮石(フォルブランニル)の危険性も知っているだろ!?」

 

 世間話のようなトーンと共に、殺意以外の何物も籠っていない矢が飛来する。

 原素(エレス)塊ではない。実戦で使う、反り返しのついた矢だ。刺されば人体など容易く貫通してしまうような。そんな――凶器。

 

「勿論。上手くいけば、などとは言いません。アレは確実に失敗する。直接装置と、子供が弄ったような改良とやらを見ましたよ。アレで失敗しないほうが不思議なくらいだ」

 

 アスベルとヒューバートは回避に専念しつつ、どうにかして距離をつめようとする。

 だが、そこは弓の本領。空から、地から、まっすぐに、湾曲して。

 四方八方から飛来する、全てが致命傷を狙った矢に、思うように進むことが出来ない。

 

 しかしながらアスベルの葬刃、ヒューバートの銃撃は多少なりともライモンにダメージを与えているし、ライモンの弓矢とて限りがあるはずだ。ならば、必ず勝機はある。

 

「それがわかっていて、お前は……!」

 

 と、思っているんだろうなぁ。

 俺の矢はエレスポットで複製しているから、限りはないに等しいんだが。

 

「それがわかっていて尚――諦めきれない夢です。私にも命をとしてでもやり遂げたい事がある。それだけの話ですよ」

 

 今、一つ嘘を吐いた。

 私にも、ではなく、私には、が本音だ。

 

 カーツ・ベッセルの夢にも、オイゲン総統の夢にも、全く興味はない。

 だが――確かに俺には、夢があるから。

 

 万が一にでも、装置を止めさせるようなことがあってはならない。

 そして、万が一にでも。

 俺の夢のために。

 

「あぁ、大煇石が!」

 

 カーツ・ベッセルを――死なせてはならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大紅蓮石(フォルブランニル)が暴走を始める。

 最大にされた圧力は容易く臨界を突破し、緊急停止機構などという子供の玩具の制御をものともしない。

 

 残る手段は、大紅蓮石(フォルブランニル)と装置を繋ぐパイプを破壊することだけ。

 フーリエの努力を、世界の滅びという結果にしたくないパスカルが止めようとするが、それをカーツ・ベッセルが制止した。

 

 自身に、その責務があると。

 

 そしてそのパイプへ、自らの武器を――、

 

「それを止めるために、このクソ寒い中ついてきたんですよ!」

 

 全くの意識外からの蹴撃。

 絶影――陽炎よりも遠く、速く、そして正確な移動を可能にするその長距離移動術からの、何の変哲もない蹴り。

 それがカーツ・ベッセルの左側頭部へと突き刺さった。

 

「ガッ!?」

 

 先の戦闘――マリク・シザース、シェリア・バーンズ、ソフィ、パスカルと対峙していた疲労は、カーツ・ベッセルが普段なら取る事の出来る受け身を阻害する。

 

 誰も止められない。

 アスベルの葬刃も、放つにはあまりにも危険すぎる。

 

「ライモン、無茶だよ!」

 

「パスカルさん。

 何のために、直線状に放出する際の余剰原素(エレス)の削減について聞いたのか……今の貴女なら、わかるでしょう?」

 

 それは、ライモンがアスベル達の元を離れる前の話だ。

 余剰原素(エレス)の削減。

 

 今の状況に置き換えて言うなら――余波の減少。

 

「そんなの、大紅蓮石(フォルブランニル)の暴走する原素(エレス)全部を把握出来なきゃ無理だって!」

 

「そんなもの――とうに」

 

 俺が何年大煇石を研究していると思っている。

 何のために技術将校へ取り入り、そこの研究資料――装置の方ではなく、大紅蓮石(フォルブランニル)の研究資料を読み漁ったと思っている。

 時間はあった。知識を得た。

 そして、原素(エレス)のひとつひとつを見極められる目がある!

 

 パイプ――ではなく、大紅蓮石(フォルブランニル)から直接火の原素(エレス)を巻き上げる。当然圧縮された火の原素(エレス)は放熱を始めるが、無理矢理それを光子で包み込んで、熱を逃がさない。

 その代わり手元……弓を引いている手が火傷、どころか溶解を始めるが、ポトフ、そしてマーボーナスの効果発動。火傷を防止し、HPを継続回復。無論、溶かされた皮膚は治癒しないが、そんなものは後でいい。

 

 

「アンタディッドォォォ、プレェイス――ッ!」

 

 

 原素(エレス)を固めて放つ秘奥義。

 本来は状態異常を引き起こす原素(エレス)だけを集めるものだが、性質程度いくらでも変えられる。まぁ、今回は一応火傷単一か。

 

 ちなみに叫ぶ必要はなかった。

 これはあくまで、「必死でカーツ・ベッセルを守る」というポーズだ。結構厳しい状況だったのは間違いないがな。

 

 原素(エレス)塊は爆発的な勢いと共に上空へと放たれていき――多少、氷窟の内壁を抉って、外へと――天へと放出された。ザヴェート上空では足りない。勢いは失われることなく、空へ空へ――ここにいる誰もが、ライモン以外の誰もが視認できぬ上空にまで撃ち上がる。

 

 そしてその高温の塊はエフィネアを覆う水膜に着弾し――カッ、と。

 

 眩い光を放ち、消えた。

 

「今なら装置は止まります。早く!」

 

「は、はい!」

 

 ガコン、と緊急停止機構、及び出力調整レバーが下げられる。

 まぁ、エフィネアを覆う水膜はストラタ、フェンデル両国にある熱線照射装置を重ね合わせなければ穴を開けられない程の強度だからな。この程度ではああなると目に見えていたが……少しだけ、期待した。

 

「……ふぅ」

 

「ライモン!」

 

「大丈夫か!?」

 

 ソフィとアスベルが駆け寄ってくる。

 なんだ、どう見ても大丈夫だろう。大紅蓮石(フォルブランニル)の暴走は終わっているし、カーツ・ベッセルも……まぁ倒れちゃいるが、無事。パスカルにも怪我はない。

 

 この状況はほぼ理想に等しい。

 フェンデル政府側に、さも同情したかのような動機でついて、カーツ・ベッセル及びオイゲン総統を守り、アスベル・ラント達も守る。

 アスベル・ラント達にも、フェンデル政府にも信用されるための、ガラにもない大芝居。

 

 拍手喝采モノだろう?

 

「今治しますから、ヒューバート! 手伝って!」

 

「っ、わかりました! 全く、無茶にも程がある!」

 

 ……あぁ。

 手、溶けてたな。そういえば。

 

「……君は……何故、こんな真似を……全く無関係の、我が国……」

 

「理由はありませんよ。ただ、まぁ。強いて言うのならば

 ここで貴方に死なれるわけにはいかなかった、というだけです。貴方は色々なものを背負っているのですから」

 

 ザヴェートが吹き飛んだら、クルメン*1も被害を受ける。そうなったらアンマルチア族の里へ通じる転送装置も被害を受けかねない、というのも理由の一つ。

 オイゲン総統とカーツ・ベッセル技術将校を死守した、という証人が――当人が必要なのも一つ。

 

 そして、誰よりも俺を疑っていたマリク・シザースを、完全に信用させるため、という理由が、一番かね。

 

「……そうか……ライモン。そして、パスカルさんと言ったか……貴方達ならば、研究を完成させることは可能だろうか?」

 

「私が役に立つかはわかりません。でも、パスカルさん、出来ますよね」

 

「大煇石の制御。大変な仕事だけど……うん、任されたよ。ライモンも協力してほしいかな」

 

「私にできる事があれば」

 

「……頼もしいな」

 

 ただ、と。

 手の治癒がある程度終わった事を見てから……、長年使った――最早愛用と言っても過言ではなかった、火の原素(エレス)によって焦げ折れた木弓を背に戻し、折りたたんでいたソレを取り出す。

 

「ライモンさん……?」

 

「あなた方がここへ来た、本来の目的……思い出してください」

 

「……まさかッ!」

 

 ヒューバートが――空を見上げる。

 

 そこに。

 

「ようやく見つけたぞ……これで、三つ目だ……!」

 

 暴星魔物に乗った、リチャード国王が現れた。

 

 

「絶影」

 

「フンッ!」

 

「……ラムダか」

 

 完全に不意を突けたと思ったんだがな。

 足をしっかり掴まれてしまった。リチャード国王の顔が嗜虐的に歪む。

 

「しかし残念」

 

 絶影。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そしてアスベル達の元に戻り――膝をついた。

 足の再構築のために他から寄せ集めを行ったが……これは、不味いな。

 既に料理の効果は発動しない。先ほど使い切った。

 

 体感、残りHPは15%もない。

 トカゲの尻尾切……多用は無理だな。いつか死ぬぞ。

 

「ふん、逃げタか……まぁいい」

 

 そうして。

 

 アスベルの突貫、そしてカーツとマリクの必死の攻撃もものともせず、リチャード国王は大紅蓮石(フォルブランニル)原素(エレス)を吸収し、去っていく。

 

 これに憤慨したオイゲン総統がアスベル達に手をかけようとするが、そこへポアソン*2が長の代理として登場。

 長に逆らえぬオイゲンは、渋々と帰投することとなった。

 痛む体を武器で支えながら、カーツ・ベッセルも後を追う。

 

「カーツ!」

 

「……マリク。俺は諦めんぞ。俺は俺のやる事をする。お前は、お前が出来ることをしてくれ。……()()()()()()()()

 

「……ああ!」

 

 そんな事があって。

 

 俺は瀕死のまま――アンマルチア族の里へと運ばれるのだった。

 

 何故か、マリク・シザースに俵抱きにされて。

 

 

*1
ザヴェート山の名前

*2
アンマルチア族の次期長老




何故かっていうか教官が一番体格いいからなんですけどね。


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36.かんき

遅くなり申した


 

 覚醒と同時に、未だ治されていないらしい指に原素(エレス)を集め、修復する。

 同時、不足した体中の原素(エレス)を完全に補充した。

 

 あまりにも。

 余りにも――恐ろしい程に潤沢な原素(エレス)含有率を誇るその大気に、体ではなく魂の部分が歓喜の声をあげるのが分かった。

 

 ここが。ここが。ここが!

 

 ここがアンマルチアの里か!

 

 

 

 

 

 

「目を覚ましたと聞いて駆けつけてみれば、なんですかこの……惨状は」

 

「あ、弟君。

 いや~、あたしも流石に今はまだ安静にしといた方がいいんじゃないかなーって思うんだけどね。ライモンが、目覚めてすぐの第一声が『何か書き留めるものをください、パスカルさん』だったから仕方なかったんだよ」

 

「……まぁ、昔から……何かを思いついたかと思えば、周囲の目も気にせずに、一心不乱に怪し気な研究をしている人ではありましたが」

 

「うん? 昔からって?」

 

「っ、い、いえ。なんでもありません。

 それよりパスカルさん。ライモンさんは食事をとったのでしょうか……?」

 

「え? ううん、まだだと思うよ? 起きてからずっとコレだもん」

 

「っ! ……あなたという人は!

 僕だけじゃなく、兄さんやソフィ達にまで心配をかけていた事を自覚してください!」

 

「うん? あぁ、ヒューバート。おはようございます。心配をかけてしまったことは謝りましょう。素直に。申し訳ございません。ですが、今の私を止める事は例え大統領でも不可能でしょう。お願いします。今は研究させてください」

 

「うっ! この人が素直な気持ちを言うなんて恐ろしいッ……」

 

「流石にそれはヒドくないですか」

 

 そんな朝の一幕があって。

 

 アンマルチアの里の各地に散らばって待機していたらしいアスベル達も集合し、無理矢理食事をさせられた俺は、かといって解放されるわけでなく、尋問タイムである。

 早く研究がしたい。いや、話ている間にも脳内で考えは纏めてあるのだが、手元に書き残したいというのは研究者の正当欲求である。

 

「はじめに聞かせてください……ライモンさん。

 貴方が私達の旅に同行した理由は、フェンデルに潜入するためだったんですか?」

 

「いえ? そんなことはありませんよ。そもそも私が貴方たちの旅に同行することになったのは、大統領の言が由来です。あの時点で私にとってフェンデルは敵国、ないしは興味の対象ではなかったでしょうね」

 

「でも……それならどうして、ザウェートであんな手紙を」

 

 シェリア・バーンズが不安気な瞳で、少しだけ責めるような口調で問うてくる。

 まぁ、シェリア・バーンズの言う通りだ。フェンデルに、ひいてはザウェート政府に取り入るためにこの一行についてきた。正確な目的を言うなら――、

 

「ベラニックでこの国の実態を知りました。ウィンドルのような豊かさも、ストラタのような潤いも持たぬ、荒れた土地。大紅蓮石(フォルブランニル)の性質は知っていましたからね。この国で行われている研究にはすぐにアタリがつきましたよ。その危険性も。

 未来に、近い破滅か、遠い破滅しか残っていない。そんな国を前にして心が痛まない程、私は冷酷な人間にはなれなかったのです」

 

 どの口が言ってるんですか? という目線がごく一部から飛んでくるが、完全に無視。

 

「そんな折、ザウェートの街にいた研究者と知り合いになりまして、研究者として迎え入れていただけることになりました。……しかしストラタ出身者という身の上では正面から政府塔に行くことは出来ず、あのような……夜逃げの様な形で皆さんの元を離れざるを得なかった、という次第です」

 

「そんな取ってつけたような理由で僕たちが納得すると、」

 

「いや、この際オレ達の元を離れた理由はどうでもいい。

 ライモン。一つだけ聞かせてくれ。あの場で……あの、暴走する大紅蓮石(フォルブランニル)を止めようとしたカーツを守った理由はなんだ。お前に何の義理がある?」

 

 今度はマリク・シザースだ。

 取ってつけた動機で「そうだったのか……」みたいな顔をしているのはアスベルとソフィだけで、パスカルは読み取れない、シェリア・バーンズ、ヒューバート、マリク・シザースは一切信じていない様子だった。

 シェリア・バーンズに疑われすぎなきらいがあるな。気を付けないと。

 

 そんな中で、マリク・シザースのこの問い。

 

「何の義理もありませんよ。強いて言えば、一時の上司でしょうか」

 

「だが、お前は自らの身も省みずに奴を守った。何故だ」

 

「……あの場でも言いましたが。

 私はこれでも夢追い人でしてね。あんな、国民全体が夢を追っているような国で、その夢を一身に受けて邁進する人間を……みすみす死なせるなんて事は出来ないんですよ。それをするのは、それを見捨てるのは、私自身の夢を諦める事と同義です。

 何より、あの場であの現象をどうにかする技術と知識が私にはありましたから。適材適所ですよ」

 

「……そうか。わかった」

 

 納得したのか、それとも諦めたのか。

 マリク・シザースはそれ以上言う事がないらしく、その口を閉じた。

 

「それで、どうするの?」

 

「どうする、って、何がだ?」

 

「ライモンの事。()()()()()()()()()()()()()()って話」

 

 パスカルがその言葉を発した瞬間、沈黙が降りたのを感じた。

 俺が原素(エレス)不足で眠っていた間に何か話し合いがあったのだろう。

 

 そしてその内容は、まぁ想像はつく。

 

「……僕は、連れて行ってもいいと思いますよ」

 

 口火を切ったのは意外にもヒューバート。

 他の面々にとっても意外だったようで、それぞれが一斉にヒューバートを見る。

 

「な、なんですか。戦力面や知識面を鑑みれば妥当な線でしょう? 確かにパスカルさんの知識や技術力は目を見張るものがありますが、僕たちとの知識差がありすぎます。パスカルさんの天才性と僕たちを繋ぐ橋渡しのような役目は必要かと」

 

「……ふむ。まぁ、オレも異存はないぞ。アスベル、どうだ?」

 

「俺も、ライモンにはついて来てほしいと思う。だが、約束してくれ。今回の事みたいに……一人で背負い込んで、最後に大けがをするようなことはもうしないと」

 

「そう、ね……私からもお願いします。ライモンさん」

 

「あ、ちなみにあたしはおーるおっけ~! ライモンと話すのは楽しいし、結構発見もあるからね~」

 

 特に反対意見はなく――最早誰が、「ライモン()を置いていく」という話を切り出したのかわからない程スムーズに、俺の再同行が決定した。

 一人を除いて。

 

「……」

 

「ソフィ?」

 

 意外や意外。

 彼女は――ソフィは、俺をまっすぐに見つめて、無言。

 

「……――ライモン」

 

 長い沈黙を破って、その小さな口が開く。

 

 

「あなたは――リチャードの、敵?」

 

 

 吸い込まれるような、紫水晶(アメジスト)を彷彿とさせる大きな瞳。

 リチャード国王の、敵か味方か。

 

「私は、ラムダの敵です。リチャード国王の敵ではありませんよ」

 

 ラムダの完全な覚醒が近いからだろう。

 ひどく煩い。ラムダを殺せと、ラムダを滅せと。

 ラムダ必滅なんてワードを使った自分が悪いのだが、もうこうなってしまっては実行するに他ないだろう。

 ()()()()()については、若きラント領主に任せるのだし。

 

「……そう」

 

 ソフィは一つ頷くと、アスベルへもう一度頷いた。

 許可はとれたのかね?

 

「それじゃあ私は研究に、」

 

「よし、じゃあパスカル。英知の蔵に向かおう。星の核(ラスタリア)について、調べるんだ」

 

「ほいさ!」

 

 それじゃあ私は研究に――向かいません。

 向かいませんとも。

 

「英知の蔵。入れるのですか」

 

「うん、婆様から許可はもらってあるよ~」

 

「? 待ってください、どうしてライモンさんが英知の蔵の存在を知っているのですか? 僕たちが英知の蔵の存在を知ったのは貴方と別行動中だったはずですが……」

 

「そんな……私を誰だと思ってるんですか! 無類のアンマルチア族フリークですよ!? 英知の蔵の存在なんて初めから知っていましたよ!」

 

 興奮気味に話す。

 知っていたさ。知っていたに決まってる。

 だってそこに、求めていた全てがある!

 

「そ、そうですか……」

 

「話はまとまった?

 じゃあ、れっつらごー!」

 

 てってれー!

 

「あ、姉さま。水を差すようで悪いのですが、彼にはばばさまの方から話があるそうなので、お借りしていきますね」

 

 ……テンションがガタ落ちしたのは、言うまでもない事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポアソンさん、と言いましたか。はじめまして、ではありませんね。アスベル達の件ではお世話になりました。改めまして、私はライモン。原素(エレス)の研究を行っています」

 

「これはご丁寧にありがとうございます。ただ、この場におけるわたしは長ガウスの口ですので、今は長の話をきいてくださると助かります」

 

 通された長の間。

 仕切られた空間の向こうにいるだろうガウスが、俺に何の用なのか。

 

「長はこう申しております――まずは、大紅蓮石(フォルブランニル)の鎮静に深い感謝を。あれほどの励起状態にあった大煇石を前に、死人が一人も出なかったのは奇跡だ、と」

 

「事前にパスカルさんから直線状に火の原素(エレス)を放射した場合の減衰率や低減率を教えてもらっていましたからね。ある程度は予測できていた事態故、ですよ」

 

「――それが予測できるという点だけで、そなたは()()()()()()どんな生物とも違う思考を持っているといえるだろう。誇れる視点である」

 

「勿体なきお言葉です」

 

 引っかかる言い方ではあったが、そこに引っかかるのは相手の思う壺だ。

 しかし、なんでこんな遠方くんだりにまできて腹の探り合いをせにゃならんのか。英知の蔵ヤッホーイウェイウェイさせてくれよ。

 

「――故に、問いたい。そなたは何者か。

 エレスポットの製造は、たとえ設計書を持っていたとしても、エフィネアの人間であれば――エフィネアの知識だけでは、造り得ぬはずだ。作ろうとも思えぬはずだ。そなたが所持する書きかけの魔導書も同じ。それは、アンマルチア族でさえ既に読み書きできる者の少なくなった言語で書かれている。

 こう言ってはなんだが、たかだか一原素(エレス)の研究者程度に読み解ける代物ではない」

 

「……エレスポットの製造、とは? それに魔導書とは……」

 

「――既に調べはついている。しらばっくれる必要はない。ライモン。否、レイモン・オズウェル。この場には私とポアソン以外の人間は来ない」

 

 ……怖い怖い。

 どうやって調べを付けたのか。伊達に長ではない、ということか。はたまた、俺のように私兵を持っているか……って、ああ。

 そういえばあいつら今何してるんだろうな。もしや探されてる? 流石にアンマルチア族の里へ入れてないだろうし……。

 

 ……まぁ、いいか。

 

「……はぁ。いや、いや。いやはや。

 恐ろしいですね、アンマルチア族の長ガウス。それで、私が何者か、でしたか……。

 しかし、その答えを私は持ち合わせていないのですよ。長ガウス。ただ一つ言えることは、私はここに――アンマルチア族の里に移住するために、世界各地の痕跡を集めてきました。それが思考と視点の理由になりますか?」

 

 俺が何者か、など。

 今となっては答えを持たない。レイモン・オズウェルではない誰か――そんな曖昧な答えしか、出せない。

 だからこそ、俺はライモンだ。もう、レイモン・オズウェルはどこにもいない。

 

「――そうか。承知した。大紅蓮石(フォルブランニル)の鎮静の貢献を鑑みて、住居を一つ用意しよう」

 

「――……ありがとうございます」

 

 下がっていたテンションが急上昇しすぎて、一瞬言葉が出なかった。

 こんなにあっさりと。

 サラっと。夢が叶ってしまった。

 

 おい、夢追い人とはいったい。

 

「――もう下がっても良い。追って、住居の件は知らせよう……との事です。ライモン様、ばば様からのお話は以上となります」

 

「……え、あ、ああ。はい。ええと、ありがとうございます……」

 

 とりあえず里の住民全員から信用を得て、そこからポアソンとガウスの信頼を得て、いっぱしの技術者になって認められて、ようやく……くらいの気持ちでいたんだが……。

 本当にいいのか?

 

 促されるままに里の方へ戻る。

 ……いいのか。

 

 ……いいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「孤島へ向かおう」

 

 星の核(ラスタリア)のある場所を突き止めたアスベルが言う。

 異存はない。アンマルチア族の里の移住権を手に入れた今、無理に英知の蔵に入る必要もなくなったしな。

 

 一行は闘技島横の孤島へ向かう――。

 

 

 

 

 

GC 「ここはどこ?」

 

「なぁ、パスカル。ここってどこなんだ?」

「ん~? アンマルチア族の里だよ?」

「あ、いや、そうじゃなくて……ここはどこにあるんだ?」

「パスカルさん。おそらく兄さんは、このアンマルチア族の里という場所そのものがどこにあるのかを問いたいのだと思います」

「なるほどー! でも、考えた事もなかったなぁ。見渡す限り真っ白だし。ライモンはどう思う?」

「クルメンの地下だと思いますよ。アンマルチア族のテレポーターは噴出する光子の向きから見ても、水平移動というよりは垂直移動を行うものがほとんどのようですから、クルメンの地下か上空、ですが基本上空にはこれほど高密度な原素(エレス)溜まりは存在できません。上空の方が原素(エレス)のながれが強いことや、羅針帯に妨害されるためですね。その点地下であれば問題ありません。どころか、地下は原素(エレス)溜まりができやすい傾向にあります。クルメン自体、本来活火山であるはずなのに、休火山のような動きをしていますよね。これは中のマグマや火の原素(エレス)が強制的に奪われたためです。ええ、お分かりの通り大紅蓮石(フォルブランニル)に火の原素(エレス)が集まってしまっているため、クルメンは無理矢理その活動を終えさせられているのでしょう。ですが、元々が活火山であることに違いはありません。巨大な原素(エレス)の貯蔵庫足り得るのですよ。もともと火の原素(エレス)が詰まっていた空間に、大煇石には劣るでしょうが、それなりの原素(エレス)を放出し続ける輝石を詰め込めば、人工的な原素(エレス)溜まりの完成です。以前お話ししました通り、高密度に圧縮された原素(エレス)は物質化した原素(エレス)を浮遊させる性質があります。それを利用して、この居住区を作り上げたのかと。最も、大紅蓮石(フォルブランニル)が近すぎる事はここにも影響しているのでしょうね、大気中の火の原素(エレス)はかなりすくなく、風の原素(エレス)と水の原素(エレス)で満ちているのがわかります」

「……ライモン、活き活きしてる」

「何を言っているかはさっぱりわかりませんが、本人が楽しそうなので放っておきましょう」

「は、ははは……研究者ってすごいんだな……」

 

 

 

GC 「機を見て」

 

「……」

「どうした、ヒューバート。ライモンをじっとみつめているようだが」

「なっ、み、見つめてなどいません! ただ……」

「ただ、なんだ?」

「……彼の弓は、大紅蓮石(フォルブランニル)の一件で燃え尽きました。ですが、そもそも彼の本来の獲物はあのような木弓ではないはずです。これからは元の弓を使用するはず……ですから、それを取り出す瞬間を見張っていたわけですよ」

「取り出す瞬間?」

「これ以上はストラタの軍事機密になりますので」

「ふむ? つまり、折り畳み可能な弓というワケか。それもかなり小型……展開時は大きな弓になるということか?」

「……何も言いませんっ」

「ふ、本当にお前はわかりやすいな。しかし、わからんな。それを何故見張っていたんだ?」

「……何故でしょうね。まぁ、気になったからです」

「そうか。オレも気になるから、ここで見ている事としよう」

「……激しく邪魔なのですが」

「問題ない」

「ぼ・く・が! 問題あるといっているんです!」

「騒ぐとバレるぞ」

 

 

 

「……ま、仲が良いのは良い事だろう。ふん、ちゃんと楽しそうじゃあないか、ヒューバート。リベンジマッチは、また今度だな」

 

 

 

 

GC 「夢以上の」

 

「ねーねーライモン」

「なんですか、パスカルさん」

「ちょっとそのレポート見せてほしいんだけどさ」

「ええ、どうぞ。交換条件ではないですが、私にその工具見せてもらっても?」

「え? いいよいいよー。じゃんじゃん見て~。で、どれどれ~? あぁ、なるほどー、確かにそこをそうすれば励起状態は……熱を制御できないなら、使ってしまえばいい、かぁ。でもあの莫大なエネルギーを使う方法となると、限られてきそうだね~」

「効率のいい装置ではなく、効率の悪い装置を作るという手段も考えましたが、それではあまりに勿体ない。お、おお、ここがそう動く、おおっ!? 伸びた……いえ、これはっ!」

「だよねー。でも、熱ってエネルギーとしては行き止まりなんだよねぇ。あれ、こっちの資料は……精霊? ブラドフランム……なるほど、火の原素(エレス)自身に集ってもらうってことね」

「はい、それには長い道のりが必要ですが……原素(エレス)そのものに意思を持たせる事は、私の研究分野でもあります。基盤としては魔導書のような特定条件下に起きる原素(エレス)の形成・結合・分解を元に、それを自己管理するモノを作ってしまえばいいかと。うわ、パスカルさんこのレンチ凄まじいですね。一ついただけませんか?」

「いいよー。で、自己管理かぁ。うーん、それで言うと、お姉ちゃんの生物学も絡められるかもしれないなぁ」

「魔物の研究ですか……魔物自体は原素(エレス)でしかないのですが……いや、でも、ああ、そうか。そうか……あの荒れ果てた場所でも……なら……」

「「閃いた!」」

「火の原素(エレス)を糧として、周囲に熱を発する植物を作っちゃえばいいんだ!」

「火の原素(エレス)を糧として、周囲の冷気を奪う魔物を生み出すというのはどうでしょうか?」

「えー、植物の品種改良の方がいいよー。この辺り、緑豊かになったほうが良いじゃん?」

「魔物なら飼いならせますが、植物だと思わぬところへ生えてしまうかもしれません。基本植物は制御できないものです。一度増えたら絶滅はなかなか難しいですし。その点、魔物であれば制御はしやすいかと」

「……お姉ちゃんが許可してくれるかなぁ」

「ふむ……なら、トレント系の魔物でどうでしょうか。魔物であり植物。お姉さんも、新しいジャンルの魔物の研究ならば少しは譲歩もくださるのでは?」

「うーん……うん、うん。なんか出来そうな気がしてきた!

 火の原素(エレス)をたべて、自分の周囲の気温を管理する魔物……よーし、そうとなればソッチ方面も勉強だー!」

「付き合いますよ。私も生物学は苦手ですが、原素(エレス)組成の話であれば別ですから」

「うんうん、一緒に頑張ろう!」

「はい」

 

 

「夢は叶ったが、まだ半分。

 それ以上に……楽しい時間だな。本当に」





 ライモンは基本、苦労せずに手に入るものに対して懐疑から入るタイプです。
 あんまりにもあっさりと叶ってしまうと、全く受け入れようとしません。ひねくれものですね。


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37.ことう

バトル6割


 闘技島の横の島へ向かうため、アンマルチア族の里を出た後、身支度を整えるという目的でザウェートに寄り、一旦解散した一行。といっても事は一刻を争うため、短時間で済ませることを念頭に、それぞれが必要なものを揃え始めた中。

 

「……」

 

 ヒューバートだ。

 

 俺の後をつけてきた、というワケじゃあない。

 むしろ堂々と、「また離脱されても困りますから」なんて言いのけてついてきたのだ。

 

「どうかしたんですか?」

 

 ぶっきらぼうに。

 

「どうかしたのか、はこちらの台詞なのですが。まさか、今更どこかに行くように見えますか?」

 

「前例がいくつもありますので」

 

 それを言われると痛いな。

 確かに、度々無言で消えている。

 

「どうせダイランさんたちに会うのでしょう。僕も用がありますので、早く呼び出してもらえませんか」

 

「……まぁ、いいだろう」

 

 しっかりと周囲の原素(エレス)を見てから、いつも使うものとは比べ物にならないほどにか細い紅蓮を空に撃つ。

 先の大紅蓮石(フォルブランニル)の一件で、火の原素(エレス)の扱いに向上が見られるな。

 

 一分と数えぬ内に、建物の陰からアイツが現れた。

 原素(エレス)は……問題ないな。エリクシールでも使って全快したか?

 まぁ、アップルグミ一つでもかなりの滋養強壮効果が見込めるしな……この世界、体を治す手段は結構転がっているものだ。すべてが原素(エレス)で出来た世界なだけはある。

 

「ライモン様。それに、ヒューバート。まさかお二人が並ぶ姿をこの目で見る日が来ようとは……私、感涙ですよ」

 

「ウザ絡みをするな。これでも俺は気分がいいんだ。手が滑って第二秘奥義でもぶち込みたくなる」

 

「それは怖い」

 

 まぁ、探させただろうし、この辺でいいだろう。

 それより、一つ。

 

「……お前、呼び捨てなんだな。それなりに意外だが」

 

「あぁ、ヒューバートのことですか? 呼び捨てでいいです、とのことですので。私たちはもうオズウェル家に関係のない身。様付けはおかしいですし、さん付けは嫌がりますのでこういう風に。

 嫉妬しましたかぁ?」

 

 無視する。

 

「命令だ。護衛含め、お前たちはついてくるな。その上で、セイブルイゾレに集結。あとはまぁ、オル・レイユにもだな。命は捨てるな。だが守れ。以上」

 

「……命令、ですか」

 

「ああ」

 

 過保護はいらない。

 世界の中心の孤島に万が一取り残されても事だし、それより気にすべき事がある。

 こいつらに暴星の相手は難しいかもしれないが、有効打が与えられずとも撃退は出来るはずだ。

 

「御意に。それで、ヒューバート。あなたは何の用ですか?」

 

「……」

 

 真剣な顔で。

 どこか、悲痛そうな顔で。

 

 なんだ?

 

「……謝罪を。

 僕がついていながら、ダイランさん達の見て居ないところで、ライモンさんに重傷を負わせました。万が一の時は頼みます、と言われていたのに、この様です。申し訳ありません」

 

 なんだそれは。

 ……何を、というか、誰に、というか。

 ヒューバートに頼むことではないし──ヒューバートが謝ることでも、ないだろうに。

 

「もともと私たちの仕事を、無理な場合だけ、という依頼……いえ、口約束のようなものでしたから、気にしないでください。あとライモン様はそんな怖い目でこちらを見ないでください」

 

「減給だな」

 

「それは甘んじて受けますよ」

 

 ヒューバートがこいつらと接触していたのは知っていたが、まさかそんなやり取りをしているとは夢にも思っていなかった。

 つまり、なんだ。

 俺はヒューバートにとって守る対象にあった、ということか?

 

 ふん。

 

「ウチの部下が、迷惑をかけたな」

 

「……そうですね。これからは僕に謝らせないよう、自分の体を大切にしていただけると助かります」

 

 心配までされていると来た。

 ……いけないな。気が抜けるにもほどがある。

 大紅蓮石(フォルブランニル)の一件は、反省点として今後に生かすとしようか。

 

「そろそろ戻りましょう。遅くなって良いことなどありません」

 

「ああ。お前たち、いいか。くれぐれも命を大事にしろよ」

 

「ブーメランって知ってます?」

 

 うるさい。

 

 

 

 

 

 世界の中心の孤島へ向かう船の中。

 

 船がフェンデルの……大紅蓮石(フォルブランニル)の領域を抜けたため、使えるようになったメンテナンス器具一式を展開。折り畳み式の複合弓を取り出し、油を差す、埃を取るなどといった細々とした事から、動作テスト、弦の張りなどの感覚的な部分までを行っていく。

 次いで、エレスポットのセット料理の見直し、魔導書の組み合わせ、長らくおろそかにしていた宝石の錬磨などを行う。

 

 まだ、その時ではない。

 とはいえ、前哨戦に近いものであるのは確かだ。

 

 準備は入念に行いたい。

 

 ……一応、手紙も書いておくかね。

 

 この先に待ち受ける未来に備えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが世界の中心の孤島……本当に何もない島、なんだな」

 

「リチャード国王はいないようですね。それらしい原素(エレス)が見えません」

 

「何か手掛かりとなるものがあるかもしれん。一応、探索するのも手だろうな」

 

 世界の中心の孤島──。

 

 遮蔽物の何もない空は、羅針帯がよく見える。

 雲は多けれど、透き通るような青空の向こうに水膜と、限りない宇宙が広がっているのだろう。

 

 そしてその一面の水原素(エレス)に染まらぬ、暴星の色。

 

「探索している暇は、ないようですね」

 

 急襲するそれに、しかしこちらから仕掛ける事はない。

 

 降り立つ彼を、そして震える少女を見て、少しだけため息。

 複合弓を展開した。

 

「リチャード!? その体は一体……!」

 

 俺の目には暴風が。

 そうでなくとも、見えるだろう。高密度に圧縮された三原素(エレス)の嵐。暴星では抑えきれぬ、ヒトの身にはあまり余る三つの大煇石の原素(エレス)が噴出を始めている。

 

 にもかかわらず、リチャード国王は歩みを止めず。

 

「リチャード! とまれ! これ以上進むな!」

 

 アスベル・ラントの声は、届かない。

 

「……黙れ。黙れ。ここまで来たのだ。ようやく、ここに来たのだ」

 

 その声色はすでにリチャード国王のものではなく。

 

「邪魔を、するなァァァァア!!」

 

 その姿は──俺の、滅ぼすべき”敵”だった。

 

 

 

「絶影」

 

 リチャード国王が後頭部をガードする。

 

 その顔面を、思いっきり蹴っ飛ばした。

 

 ──同じ場所にしか移動できない技なワケがないだろう!

 

 そんな不便な術技、俺は使用しない。自身の命に関わるものを改良しないはずがない。

 まぁ、今までの木弓では原素(エレス)の伝導率が悪く、敵の後頭部という位置指定で飛ぶ方が楽であったのは認めるが。

 

 この複合弓(ゆみ)であれば、そういう効率も気にしないでいいからな。

 

「ミスティーアーク!」

 

「落葉」

 

 ヒューバートの援護射撃。その弾道など目を瞑っていてもわかる。

 故にリチャード国王から目を離さぬまま落葉で離脱し、マリク・シザースの横に降り立つ。

 既にフリジットコフィンの詠唱を始めている彼の横で、天空へ向けて星観を発射。

 

紫電滅天翔(しでんめってんしょう)!」

 

「フレアショット!」

 

 アスベル・ラントの連続突き。その合間を縫うようにして放たれた炎の弾丸が、連続突きの隙を埋める。

 戦場に散らばる余剰原素(エレス)と結合解除原素(エレス)を星観へと集めつつ、三叉槍で牽制。

 

 マリク・シザースのフリジットコフィンが完成し、それの滑り出しが行われた瞬間に前衛二人が飛びのいた。

 

 追撃。

 それを天空の岩石によって潰し、フリジットコフィンが突き刺さる。

 

「──……よ散れェ! 薔薇のように!」

 

 凍り付いた──かに思われたリチャード国王が、氷を散らしながら爆発的な推進力を以てアスベル・ラントに秘奥義を放つ。

 

「ブラッディ・ローズ!」

 

「ヒール!」

 

 四人で戦う、なんて縛りはない。

 十二分に離れたシェリア・バーンズとソフィが、アスベル・ラントから失われた原素(エレス)の補填を行う。

 

「クラックビースト! せいっ! 断雷牙! 崩爆華! 雷牙、招来!」

 

 一瞬硬直したアスベル・ラントの代わりに怒涛の連撃を行うヒューバート。

 だが、そんなことをすればCC切れは明白だ。

 無論そんなことはヒューバートもわかっていて、そのために残していたのだろう最後のCCでバックステップ。

 止まった連撃を繋げるのは、もちろん俺の役割だ。

 

 絶影。どこからでも一撃入れられるというのはほとほと有用性が高く、少ないとはいえ光子を持つ俺をリチャード国王は無視できない。

 

「アベンジャーバイト!」

 

「ッ、虚空閃!」

 

 弓兵にもかかわらず遊撃、そして頻繁に接近を行う俺のスタイルは、総じて防御力にかける。

 アベンジャーバイトは風の原素(エレス)を用いた高速詠唱・広範囲・高威力と三点セット揃い踏みの優秀な術だ。

 

 まともに食らって、まさか半分も体力を削られるとは思っていなかった。

 リチャード国王……というか、ラムダとの経験値(レベル)差が無視できないほど縮まっている、という事だ。

 

「紡ぎしは大層、幸福をもたらす光の奇跡に名を与うる! フェアリーサークル!」

 

 シェリア・バーンズの回復を受ける。……正直、俺の恵み雨なんかとは比べ物にならない高効率・回復量だ。

 光子の力もあるとはいえ……俺も回復術に着手するべきか?

 

「かわしの極意! トリッピング! さらに百発百中! インサイト!」

 

「それは、ありがたい!」

 

 二つのバフ。

 感覚が鋭敏になり、より深い部分の原素(エレス)にアクセスできるようになったのを感じる。

 さらに、自身の原素(エレス)がより自在に制御できるようになったことも。

 

 ほかの人間がこの術技を受けて同じように感じているかは知らないが、凄まじく有用な術技であると痛感する。神聖術、侮りがたいな。

 

「悪しきよ、滅せよ!」

 

「交光線!」

 

 氷の二連撃。火と風の原素(エレス)の交差矢。

 ヒューバートを介さぬ俺とアスベル・ラントの連携は決していいとは言えないが、一拍遅れて俺が避ければいい話。敵に張り付くスタイルのアスベル・ラントと、直線的な攻撃が多めな俺では微妙に立ち位置が被るのだ。

 

「リヴグラビティ!」

 

「ヴァニッシュフロウ!」

 

 ヒューバートとマリク・シザースによる拘束術がリチャード国王を絡めとる。

 

 膨大な熱量。頭上。

 アスベル・ラントの首根を掴んで自らごと落葉で離脱。

 

「揺り起こせ贖うは我が振るう灰燼の剛腕!」

 

 空を、炎剣が割く。

 

「ブラドフランム!!」

 

 そのサイズ──通常の、五倍はあろうか。

 

 火の原素(エレス)の収縮率、余剰原素(エレス)の一切を生まない制御率、熱量、温度、全てが最高。

 これは──ブラドフランム本人に手伝ってもらっているのか?

 

「──!」

 

 一瞬視界が真っ白に染まる。

 莫大な熱。しかしそれが、一点に収斂されていくのを感じた。

 

「連撃、刹破衝、烈孔斬滅! 点穴、縛態!」

 

 すべてが一点に集まる。

 そして。

 

「燃えろ! 焼き、尽くす! 火龍炎舞!」

 

 その蹴撃が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GC「ライモンは友達いるの?」

 

「……友達、ですか」

「うん。友達。ライモンにも、いるのかな、って」

「まぁ、いますよ。とても少ないですが」

「……そっか」

「リチャード国王の事ですか?」

「うん。わたしは、リチャードのこと……倒さなきゃ、って思ってる。でも、リチャードは友達……」

「……私も、リチャード国王は倒さなければならないと感じています。そして私は、リチャード国王の友達ではありません」

「……」

「ソフィ。出来ないのであれば──私がやりましょうか」

「……だめ。それは……だめ、だと思う。よく、わからないけど……」

「……ま、私はあなたに従いますよ。最後の手段とでも考えておいてください」

「……」

「ちなみに私は、友達でも……いえ、なんでもありません。それでは」

「……」

 

 

 

「全く、ガラにないことをすると余計なことを口走る……プロトス1を守る事も思考に侵食しているのか?」

 

 

 

 

GC「家族でも」

 

「ライモン」

「おや、マリクさん。何用で?」

「一つ、聞いておきたいことがあってな……」

「はあ」

「お前は、敵が……倒さなければならない相手が、肉親や恋人であろうとも、刃を向けることが出来るか」

「出来ますね。極力、倒さなければならない事態を避けようと徹するでしょうが、それが必須になった段階で手を下します。もっとも、私が向けるのは刃ではなく番えた矢ですが」

「……そうか」

「見下しますか?」

「いや……それくらいの非情さも、必要だろう。特にお前のような立場では、殊更にな」

「立場、ですか?」

「フッ、なんでもないさ。

 ……アスベル達はまだ若い。それが悪いとは言わん。むしろ、オレ達のような煤汚れた人生を歩んでほしくはない。

 だがそれだけではどうにもならん事態が起きることもあるだろう」

「わかっていますよ」

「そうか。なら、いい」

「ええ」

 

 

「……まぁ、貴方が煤汚れているとは思いませんがね」

 

 

 

 

 

GC「コレクション」

 

「ライモンさん……これは?」

「シェリアさん。見ての通り、メガネとサングラスですよ」

「こんなにいっぱい……好きなんですか?」

「まぁ、四六時中かけているくらいには」

「……へぇ、こんな形のも。こんな……へぇ」

「おや、シェリアさん……メガネの扱い方を心得ていますね。知識のない人が扱うと、メガネが痛む原因となるのですが」

「普段からヒューバートに教わっていて、」

「ねちっこくお小言を貰っていたりします?」

「……否定はしません」

「まぁ、物の扱いについては散々教え……られてきたでしょうからね。なんせ、あのオズウェル家の子息だ。ああ、いえ。すみません、貴女にとってはラント家の子息でしたか」

「そんな、気にしませんから……。

 なんでも、口煩いお兄さんがいたらしくて、物を大事にする姿勢はすべてその人に学んだとかで。私は兄弟姉妹というものがいなかったから……アスベルとヒューバートの関係も、ヒューバートとそのお兄さんの関係も、少しだけうらやましく思います」

「……そんなに良いものであったかは……いえ、失言でしたね。申し訳ありません」

「ところで……なんでこんなにたくさんのメガネを持ち歩いているんですか? ライモンさん、サングラスを変えたりして……ないですよね」

「変えてますよ、実は。コレとコレと、あとソレとか。見た目は似ていますけど、フレームの形やグラスの濃度が違うんです」

「……同じに見えますけど」

「まぁ、これについては高位のメガネーではないと判別不可能でしょうね」

「あ、それ。ヒューバートも同じ事を言ってました」

「……そうですか」

 

 ──ダブルメガネーの称号を取得しました。

 

「……要らないですね」

「?」

「いえ、なんでも」

 




ダイラン含むライモンの部下たちは度々減給を食らっていますが、世界水準的に見てもかなりの高給取りです。
ただめちゃくちゃ危険です。ただし好きな時に休日取れます。ライモンが危険な事してない時はみんなでスポーツしてたりします。
スパリゾートは自腹です。


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