ベル君に憑依して英雄を目指すのは間違っているだろうか? (超高校級の切望)
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白髪赤目の少年

 白髪赤目の少年はナイフを振るう。

 鮮血が舞う。また振るう。ゴギャリと首の骨に当たりナイフが止まる。その隙をつき後ろから敵が迫ってきたがナイフから手を離すと人差し指と親指でソイツの目を潰す。

 

「─────!!?」

 

 痛みから反射的に目を押さえ武器を手放す。その武器を空中で掴み男の首を切る。勢いそのまま左から迫ってきた敵の腕を切り落とし落ちてきた短刀の柄を膝で蹴り上げ顎下に打ち込む。男の額から先端が飛び出した。

 

「に、逃げろ……!」

「逃がすか」

 

 少年は懐から数本の短刀を取り出し投げつける。首の後ろから頸椎に見事に刺さり命を奪う。

 

 

「……………」

 

 ダンジョン都市オラリオに訪れた一つの影。白い髪をざんばらに伸ばし赤い瞳で周囲を見渡す。顔には幾つもの傷があった。鋭い刀傷、猛獣の爪に抉られたような傷など様々だ。

 黒いボロボロの布に身を包み幽鬼のような存在感を放っていた。

 ここはダンジョン都市。数多の者が富と栄光を求めて訪れる。

 モンスターの溢れるダンジョンという地下空間。そこでモンスターを倒し名を上げるのだ。また、モンスターの落とす魔石を手に入れれば金になる。

 ある者は種族復興のための道標になるために、ある者は弱く何も出来なかった自分を否定するために、ある者はひたすら力を求めて。様々な夢を胸にダンジョンに挑む者達を、人は冒険者と呼んだ。

 しかし冒険者と言えど死なれると大変なのでダンジョンに入るには神の恩恵(ファルナ)を刻み込まなくてはならない。

 故に少年は自分に恩恵を与えてくれる神を探すことにした。差し当たり、ファミリアを見て回ろう。と、歩き出そうとした時……

 

「へい!そこの君!」

「…………」

 

 不意に声をかけられ振り向くと黒髪の少女が居た。その胸だけはデカいが、身長的に子供だろう。

 

「何だ?」

「僕と一緒にオラリオ一のファミリアを目指さないかい!」

「解った。よろしく頼む…」

「まあそうだよね。いきなりこんなこと言われても解るわけ………解ったぁ!?」

 

 面白いぐらい驚愕するロリ巨乳。少年は気にせず頷く。

 

「ファミリアの勧誘だろ?解った………神の恩恵を、英雄になる足掛かりを得られるならどうでも良い」

「英雄?英雄かぁ……うん!きっとなれるよ!」

 

 ニコリと笑うロリ巨乳。馬鹿にするでもなく、純粋な応援。素直に受け取っておこうと決める少年。

 

「それじゃあ早速『神の恩恵』(ファルナ)を刻むよ!ささ、おいでおいで!あ、と………自己紹介がまだだったね。僕はヘスティア。【ヘスティア・ファミリア】の主神さ!」

「ベル・クラネル………英雄になる義務のある凡夫だ」

 

 

 

 

「…………ありゃ?」

「どうした神」

「僕のことは親しみを込めてヘスティア、もしくは神様と呼びなさい。んーん、何でもないよ。『神の恩恵』(ファルナ)刻むの初めてだからさ」

「そうか」

 

 ベルはそれだけ言うとダンジョンに潜るためギルドに向かった。

 

 

 

 

「……………」

 

 ダンジョンの中で壁に背を預け眠っている者がいる。この光景を見たら、誰もが自殺志願者だと思うことだろう。何せダンジョンは常に中の人間を殺そうとする怪物の腹の中なのだから。今も、ピシリと音を立て壁から蟻が生まれる。その蟻は眠っている愚か者を食いちぎろうと顎を開き、その中央にナイフが突き刺さる。

 

「──────!?」

 

 ジタバタ暴れる蟻の名はキラーアント。死にかけると仲間を呼ぶフェロモンを放つ。今まさに放って居るであろうキラーアントの頭を鉄板仕込みの靴で踏みつけナイフを押し込み殺すとやってくる気配に目を細める。

 

「……【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄へ堕ちろ】」

 

 魔法の詠唱。

 キラーアントの群の攻撃を避けながら少年、ベルは呪文を唱える。するとベルの身体に不気味な文様が現れる。それはまるで戒めの鎖のように絡み付く。

 

「────!」

 

 次の瞬間、ベルの姿がかき消える。そしてキラーアント達が突然何かに潰され、抉られ、切られ、殴られ絶命していく。フェロモンを流す暇もない。やがて辺りには死体だけが散らばる。その中央に再びベルが現れた。身体中体液でベトベトだ。

 ベルはモンスターの死骸を解体していき魔石を取り出す。そして全て取り終えると地上に向かって歩き出した。

 

 

 

「あ、ベ……ベル君!?」

 

 ベルを出迎えたのは眼鏡のハーフエルフ。その顔はまるで幽霊でも見ているかのようだ。

 

「生きてたの?」

「ああ」

「じゃ、じゃあ一週間何してたの?もう、出る時もキチンと報告してほしいなぁ」

「だから来たろ?」

「へ?いや、今回じゃなくて」

「一週間ずっとダンジョンに潜っていた。これ、魔石。換金を頼む」

 

 そう言うとベルは何処からともなく大量の魔石をゴトゴト机に乗せる。ハーフエルフ、エイナはしばしポカンとして、そして絶叫してから説教してきた。

 

 

 

 

「たりない。もっとだ、もっと強く、もっと………もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと」

 

 ファミリアに戻ったベルはベッドの中で何度もつぶやく。

 思い浮かべる自身の姿は、まさに英雄。数多の悲しみを払い、類を見ぬ速度でレベルを上げる、そんな主人公の姿。ベルはその姿を夢見ながら目を閉じる。一週間ぶりの深い眠りに落ちた。




ベル・クラネル。
 Lv.1
 力:H102
 耐久:G207
 器用:H152
 敏捷:F362
 魔力:F305
対異常:F
精神安定:D
技能修得:C
鍛冶:E
《魔法》
【虚像の英雄】(ベル・クラネル)
階位昇華(レベル・ブースト)
・発動対象は術者限定
・発動後、半日の要間隔(インターバル)
・詠唱式【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄へ堕ちろ】
【エルトール】
付与魔法(エンチャント)
・雷属性
・速攻魔法
《スキル》
【羨望一途】(リアリス・フレーゼ)
・早熟する。
・羨望の続く限り効果持続
・無力感を感じるほど効果向上
【英雄義務】(アルゴノゥト)
・敵対時に置けるチャージ実行権
【嫉妬の龍】(レヴィアタン)
・敵対時に置ける相手のステイタス一時簒奪
【操作画面】(メニュー)
・自己ステイタスの閲覧可能
・討伐モンスター図鑑自動作成
・マップ表示
・索敵
・アイテム収納空間作成

主人公
親友から大まかに内容を聞かされ読もうとしたその日に死んだ男が憑依したベル・クラネル。
主人公がレベル1では倒せないとされているミノタウロスを倒したという事や、いろんな人間を救っていると聞かされており、そうなろうとしている。


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黒雷の少年

 今日も今日とてモンスターを狩るベル。場所は七階層。新人の冒険者が訪れて良い場所では無い。が、ベルはそこにいた。

 ステイタスの伸びしろが落ちてきた。寧ろ今までが異常だっただけだとヘスティアは言うがベルは早く、もっと早く強くなりたかった。

 強くなるためには経験を積まなくてはならない。雑魚をプチプチ潰したところで、ゲームと違いレベルアップは出来ない。故にベルは下に向かう。

 強くなれ、全てを救えと幻影のベル・クラネルが囁くのだ。きっとこれは自分が勝手に見ている虚像だ。しかしこの声は鳴り止まない。強くならないと、常に耳元で囁き続ける。

 

「────黙れ。強くなれば良いんだろ、救えばいいんだろ………解ってるから、静かにしろ」

 

──来るよ──

 

「……あ?」

 

 普段は決して言ってこない単語。だが訝しみながらも短剣を抜き構えるベル。これはあくまで幻影なので、所謂ベルの虫の報せを言葉にするだけだ。これにかなり救われている。

 

「───ッ!!」

 

 大きな気配を感じて反射的に投擲用のナイフと近接用のナイフを構える。現れたのは、牛頭人身の巨大な怪物ミノタウロス。

ミノタウロス………この身体の本来の持ち主、主人公(ベル・クラネル)がレベル1の時点で倒した敵。

 

「オオオオオオオオオ!!」

 

 全身の毛が逆立つ。肌が粟立つ。初めて感じる濃密な恐怖。外のモンスターや盗賊とは比較にならない存在がそこに居た。

 

「グオォォォ!」

「ッ!チィ!」

 

 迫ってきた拳。人の命を容易く奪うそれに対して、ベルは受け止めることを諦め柄尻でミノタウロスの手首を叩きそらさせる。地面を砕いたミノタウロスの腕にナイフを振り下ろす。

 

「───っそだろ、マジか………!」

 

 薄皮と、ほんの僅かな肉が斬れただけ。驚愕しているベルに向かってミノタウロスが反対の拳で殴りかかってくる。ベルは飛び退き距離を取ると姿勢を戻そうとしているミノタウロスに向かって投擲用のナイフを投げる準備をする。

 

【刺し穿て】(エルトール)!」

 

 雷を帯びたナイフは弾かれるように飛びミノタウロスに突き刺さる。が、数ミリから数センチの深さになっただけだ。大してダメージは無さそうだ。

 次に取り出したのはモンスターの爪や牙、鱗を加工した投擲用ナイフ。

 

【刺し穿て】(エルトール)!」

 

 此方は加速させることが出来ないので回転を加え四方から迫らせるように飛ばす。その間にベルは詠唱を開始する。

 

「【呪われろ呪われろ偽りの───】ッチ!」

「ブモォォォォォ!」

 

 詠唱を唱える前にミノタウロスの拳が迫る。忌々しげに舌打ちしたベルは半身になってかわすが肩を拳が掠める。

 

「───!!」

 

 肩の骨がミシミシ悲鳴を上げる。左腕は、折れていないが暫く使い物にならない。

 本当にこれをレベル1で倒したのだとしたら正史のベル・クラネルはとんだ天才だ。だからこそ、ここで越えなくてはならない。せめて並び立たなくてはならない。

 

【打ち砕け】(エルトール)!」

 

 雷を纏ったナイフがミノタウロスの拳とぶつかり合う。バチチィ!と雷が僅かに斬れた傷からミノタウロスの腕を中から焼く。

 

「ブオオォォ!?」

「───ッ!」

 

 右腕は、痛い………が、動く。すぐさま近接用ナイフを放り投げ投擲用ナイフをミノタウロスの左目に向かって投げる。

 ベルは壁を蹴り天井を蹴り再び壁を蹴りながらミノタウロスの背後に回る。死角にはいるように左目側に飛んだのでミノタウロスには消えたように見えただろう。

 空中で掴んだナイフを構え再び詠唱するベル。

 

「【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄に堕ちろ】!」

 

 ベルが、加速する。地を蹴り駆け抜けナイフを振るう。今度は数センチ刺さる。再び振るう。ミノタウロスの胸に赤い線が走った。

 

「グオオォォ!」

「───!」

 

 ミノタウロスがダメージを無視して両手を振り上げ頭上で組むと振り下ろしてくる。後方に飛び退くが爆弾でも爆発したかのように地面が砕け礫が散弾のように飛んでくる。

 

「───ぎぁ」

「オオオオォォ!」

 

 体に突き刺さる礫。目を守るために腕を交差させると隙だらけの腹にミノタウロスの拳がめり込む。

 

「か、え──ごはっ!」

 

 殴られた瞬間、悲鳴すら上げられなかった。壁に当たって漸く肺の中の空気を吐き出すことで声が絞り出せた。

 視界がチカチカと暗転する。身体に刻まれた禍々しい紋様による強化が無ければ今の一撃で死んでいただろう。

 

「俺の、前に………立ちはだかるなぁぁぁぁ!」

 

 ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ!!!

 

 複数の虫が詰まった箱で、虫が身体を摺り合わせる様な不快な音が響きベルの身体を黒紫の光が包み込む。

 

【ぶっ潰せ】(エルトォォォル)!」

「──────!」

 

 ベルが使ったスキルは【英雄義務】(アルゴノゥト)。チャージ時間に対して威力を上げるスキルだ。凡そ三秒のチャージでは大して威力は上がらないが階位昇華(レベル・ブースト)の魔法も加わりその威力は大幅に上昇。

 ナイフを振り下ろすとその動きに合わせるように黒雷がミノタウロスに落ちる。

 

「ガアァァァァァ!?」

「らあぁ!」

 

 雷により動きが止まったミノタウロスに向かってナイフを振り下ろす。ミノタウロスもギリギリ反応して、頭突きをかまして来た。ナイフと角がぶつかり、どちらも砕ける。

 

「…………グフ」

 

 ミノタウロスは笑う。此方にはまだ主武器(メインウェポン)である強靱な肉体が残っている。が、目の前の少年の牙は折られた。

 

「ブオオオオ!!」

「なめ、るな……なめるな怪物がぁぁぁぁ!」

 

 ギチギチギチギチギチギチ!!

 

 ベルは懐から取り出した投擲用ナイフを爪のように構えミノタウロスの拳に横から当てる。拳が逸れる。ナイフに罅が入る。再び振るわれ、逸らされる。ナイフが二本砕け散る。そこで蹴りを放つ。ミノタウロスの向こう脛にナイフが刺さりベルの体が吹き飛ばされる。天井に着地したベルは投擲用ナイフを投げ新たに三本構えると天井を蹴る。

 ミノタウロスが拳をベルに向かって伸ばすとナイフで逸らされ、ベルは勢いそのままミノタウロスの腕の上を回転する。ミノタウロスの腕に小さな傷が足跡のように複数刻まれる。

 

「グ、ブォォ!」

「うるせぇよ」

 

 砕けたナイフを捨て新しいナイフに変えるベル。ギチギチギチと先程から聞こえる音。ベルのチャージが続いている証拠だ。

 

「ブルアァァァァ!!」

「ああぁぁぁぁ!!」

 

 ギチギチギチチチチチ!

 

 拳を逸らす。ナイフが砕ける。捨てる、新しいのを取り出し再び逸らす。拳が振るわれる。逸らす。ナイフが砕ける。

 拳を振るう。逸らされる。ナイフを砕く。新しいナイフが取り出される。拳を振るって、また逸らされる。

 何度も繰り返される同じ動作。両者とも攻めきれない。いや、ベルのナイフが尽きた。

 

「ッ!!オアァァァァァ!」

 

 その時のミノタウロスの叫びは何の意味があったのか。勝利の咆哮か、或いは相手が不利になって漸く勝機を見いだせた自分への叱責か。しかし、それは傲りだ。

 チャージされた黒雷がベルの掌で輝く。

 

「オオオオオ!!!」

【轟け】(エルトォォォォォル)!!!」

 

 ミノタウロスの剛腕と黒雷を纏った拳がぶつかり合う。ミノタウロスの片腕が炭化し砕けベルの右腕が折れる。

 ミノタウロスにはまだ左腕が残っている。ベルは、もう両手とも動かない。

 

「があ!」

「ぐお!?」

 

 ゴン!とベルの頭突きがミノタウロスの顎を打ち上げる。が、それだけ。もはやベルの紋様も消えステイタスも元に戻っている。ベルの負けだ。ミノタウロスはベルの頭を掴み上げ、投げつけた。

 

「ぐあ!」

「きゃ!」

 

 投げつけられたベルを受け止めたのは金髪の少女。ミノタウロスは背を向け逃げ出す。理解したのだ。この少女は自分と互角に渡り合った少年より高みにいると。

 

「待てごらぁ!逃げんな、俺以外を見て、逃げでんじゃねぇぇぇ!!」

「……………」

「俺を見ろ、てめぇの敵はベル・クラネル()だろうが!」

 

 ミノタウロスは一度だけ自分の腕と片目を奪った少年を一瞥する。そして、やはり止まらず走り出した。

 

 

 

────────────

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは目の前の光景に目を奪われていた。

 上層にいた冒険者が、アイズの所属するロキ・ファミリアの失態で上層へと逃げ出したミノタウロスと戦っていたのだ。

 ミノタウロスは適性レベル2のモンスターだ。上層を彷徨く、それもソロで彷徨く冒険者は大概がLv.1。数人のパーティーならともかく、単身でミノタウロスと渡り合えるはずがない。

 ならばLv.2という事か?しかしあの白い髪、あんな特徴的な冒険者が無名とは思えない。

 やがて両者の拮抗が崩れた。少年がマントの中に隠していたナイフが尽きたのだ。助けなくては、駆け出そうとしたアイズが見たのは禍々しい黒雷。

 黒雷を纏った拳はミノタウロスの片腕を砕いた。が、そこまで。少年は肩で浅い呼吸を繰り返しもはや動けない。ミノタウロスが少年の頭を掴み、アイズがその腕を斬ろうとした瞬間少年が自分に向かって飛んできた。いや、投げ飛ばされたと言うべきか。

 ミノタウロスはアイズを見ると逃げ出した。追うべきか、しかしこの傷だらけの少年を置いていくわけには───

 

「待てごらぁ!逃げんな、俺以外を見て、逃げでんじゃねぇぇぇ!!」

 

 と、少年はフラフラと身を起こそうとして叫ぶ。その目に映るのは闘志。これだけ傷つきながらも少年はまだ諦めていない。

 

「俺を見ろ、てめぇの敵は俺だろうが!」

 

 少年はミノタウロスが自分ではなく突然現れた知らぬ少女を恐れ逃げたのを察したのか怒り心頭にほえる。その言葉が通じたのかは知らないが、ミノタウロスは確かに少年を見てから去っていった。

 

「待ち、やがれ……俺は、お前に………ミノタウロスに………」

 

 そこまで言って少年は気絶した。傷もそうだが精神枯渇(マインド・ゼロ)にもなっているのだろう。アイズは懐から取り出したポーションとエリクサーを飲ませる。呼吸は、とりあえず落ち着いた。

 少年をおぶると上に向かって歩く。勝手に先に地上に戻ったら怒られるだろうか?しかし今回は緊急事態だ。放置するわけにも行かない。

 

 

 

 

「ねぇ……」

「はい?あ………アイズ・ヴァレンシュタインさん!?」

 

 地上に出た時一番近くにいた黒髪眼鏡の職員に話しかける。アイズは有名人だ。直ぐに視線が集まるが気にせず背負っていた少年を渡す。

 

「この子お願い」

「え?あ、はい………って、ベル君!?」

「………知ってるの?」

「知っているというか、担当なので」

「…………そう」

 

 ならこの子の事を少し知ってるかも、と少し期待する。

 

「この子の名前は?」

「ベル・クラネルです。それにしても、何でこんなに……」

「ミノタウロスと戦ってた。私達のせい、ごめんなさい」

 

 と、アイズが謝罪してから事情を説明する。職員、エイナと言うらしい女性ははぁ、と頭を押さえた。

 

「ベル君ったら七階層まで?全く……それにミノタウロスなんて、直ぐに逃げるべきなのに。ベル君を助けてくれてありがとうございます」

「………その子、冒険者になって何年?」

 

 ふと気になった。ある程度冒険者をしていれば、七階層までなら怒られることでもないだろう。なのにエイナは新人冒険者が無茶をした時のような反応をしていた。自分も過去、担当の職員にされたことがあるので直ぐわかる。

 

「へ?あ、えっと……半月ですけど」

「…………びっくり」

 

 半月で七階層に来て、更にミノタウロスと渡り合う。しかも単身で。

 

「………ベル………ベル・クラネル………」

 

 覚えておこう。アイズはエイナの腕の中で眠るベルの頭を撫でてその場から去った。




感想キボンヌ!


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主神と担当の説教

情け無いなぁ、そんなんで救えるの?

 

──黙れ──

 

黙らせてみろよ。これは君の勝手な妄想だ

 

──解ってる。けど、うるせぇ──

 

 知っている。解っている。聞かされただけのベル・クラネルという人物は、少なくともこんなことを言う人物ではないと想像できる。これは勝手な罪悪感。

 勝手に想像した理想に押しつぶされそうになっているだけ。

 瓜二つの少年が向き合う。首筋を隠すほど伸びた白い髪、睨み付ける赤い瞳と柔らかく笑う赤い瞳。

 そして片方の顔には傷一つない。それが彼の理想だから。何者にも傷つけることが叶わぬ英雄の姿だから。

 

──早く強くなりなよ?──

 

 虚像の英雄(ベル・クラネル)が嘲る。

 

解っている

 

 英雄を羨望する者(ベル・クラネル)が睨み付ける。

 夢は夢。やがて二人の影が佇む空間は闇に飲まれる。

 

 

 

「…………知らない天井だ」

 

 まさか自分がこんなテンプレを味わうなんてと思いながら上体を起こす。そして気付く。腕が治っていた。左肩は脱臼なので治癒してなかったが無理やりゴギャリとはめ込みグルグル動かす。少し違和感と痛みがあるが問題はない。

 

「あ、ベル君起きたの!?」

「…………エレナ」

「…………エイナね。全く、何時覚えてくれるのよ」

「必要があればな。換金はエイナ相手である必要もないし」

「それでも私はベル君の担当なの!解った?」

「………善処する」

 

 それ解ってない人が言う台詞だよね、と呆れるエイナ。ベルは無言で目を逸らした。ここはどうやらギルドらしいと理解したベルは立ち上がろうとしたがエイナがニッコリと黒いオーラを放ちながら此方を見ているのに気付いた。

 

「そ・れ・よ・り……聞いたよ?ミノタウロスと戦ったんだって?何でそんな無茶をするの!」

「英雄になるためだ」

 

 それだけ返す。エイナはムッと眉根を寄せた。

 

「良い、ベル君?冒険者は冒険をしてはならない。これは鉄則」

「冒険しなくちゃ強くなれない。だからそれは断る」

「断らない!命あっての物種だよ!」

「命なんて惜しくない」

 

 どうせ偽りの命だ。本物が為した救いを、一つでも行えるならこんな命惜しくはない。

 

「そんな事言って、本当に死んだらどうするの?」

「誰も悲しまないさ」

「私は悲しいよ」

「会ったばかりの一冒険者が死ぬのがか?」

「もう、ベル君はどうして自分の中の価値基準が低いかなー……」

 

 話してみて解った。彼は自分の命を本当に何とも思っていない。そしてそれは周りも同様だと考えている。

 

「少しはお姉さんの言うこと聞きなさい」

「は、お姉さん………?エルフって長命って聞いたからてっきりババ──」

 

 殴った自分は悪くない。決してだ。

 

 

 ベルは散々説教された後漸く解放された。いくらエルフが長命だからといって成長まで緩やかと決めつけるのは早計だったし、女性に年齢について触れるのはタブーだったかと反省した。そこだけは。

 ダンジョンに関しては反省する気はない。これからも潜り続けるつもりだ。

 ベルは立ち止まり脳内に操作画面(メニュー)を移す。ゲームのメニューのように浮かんだ画面からアイテム、武器を選択しマントの中に数本の投擲用のナイフと近接用のナイフを顕現させる。

 急に立ち止まったベルに周囲の視線が集まるが気にせず歩き出した。何時かアイテムの顕現を戦闘中に行えるようにしなくては。そうでなくてはまた今回のようなことになる。

 ひとまずの鍛錬目標を決めたベルは本拠である教会の扉を開ける。

 

「ベルくーん!」

「……………」

 

 ヒョイとかわすとすっころんだヘスティアは地面をズザー!と滑った。

 

「何で避けるのさ!?」

「疲れてるからな。もう寝たい。余計な体力を使いたくない」

「僕を抱き止めるのが余計だって!?」

 

 ガーッ!とほえるヘスティアにベルははぁ、とため息を吐く。

 

「抱きしめて欲しいならベッドの上で抱いてやる。だから寝かせろ」

「ふぇ!?べ、ベッドってそんな………って、寝るんかい!」

「そっちの意味で抱いてほしいのか?」

「ち、違わい!」

「なら寝るぞ」

 

 その後ヘスティアは思った。本当に寝やがったよ此奴、と。しかしまあ、初めての眷属に抱き締められて眠るのは悪い気はしなかった。次の日、早速ステイタスを更新することにした。

 

 

 

 

「はあー!?」

 

 ヘスティアは書かれたステイタスを見て叫ぶ。現状のステイタスは

 

 

『Lv.1

 力:H102→D502(+400)

 耐久:G207→S912(+705)

 器用:H152→D561(+409)

 敏捷:F362→A872(+510)

 魔力:F305→S905(+600)

対異常:F

精神安定:D

技能習得:C

鍛冶:E

《魔法》

【虚像の英雄】(ベル・クラネル)

階位昇華(レベル・ブースト)

・発動対象は術者限定

・発動後、半日の要間隔(インターバル)

・詠唱式【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄へ堕ちろ】

【エルトール】

付与魔法(エンチャント)

・雷属性

・速攻魔法

《スキル》

【羨望一途】(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・羨望の続く限り効果持続

・無力感を感じるほど効果向上

【英雄義務】(アルゴノゥト)

・敵対時に於けるチャージ実行権

【嫉妬の龍】(レヴィアタン)

・敵対時に於ける相手のステイタス一時簒奪

【操作画面】(メニュー)

・自己ステイタスの閲覧可能

・討伐モンスター図鑑自動作成

・マップ表示

・索敵

・アイテム収納空間作成

【不屈の闘志】(ベルセルク)

・肉体の修復

・体力、魔力を消費する』

 

 通算ステイタス2624アップ。オマケに新たなスキルまで。これも【羨望一途】(リアリス・フレーゼ)の影響だとでも言うのだろうか?

 ていうか何だこのスキル、どんな体験したら目覚める。

 

「………ベル君、今回なんか大怪我した?」

「ええっと………ミノタウロスに左肩外されて右腕折られた。流石にまずかったな……次からは効果の高い回復薬持ってかねーと」

 

 成る程。戦えない状態になって、それでも諦めない意志が新たなスキルを……なら納得………

 

「するか!何だよミノタウロスって、戦ったの!?」

「ああ」

「何で!?そんなに深く潜ったの!?」

「いや、七階層に上がってきた」

 

 だから俺は悪くないというベルになら逃げろと叱るヘスティア。君が死んだら悲しいよと言うとベルはぐっと言葉に詰まった。

 

「…………気をつける」

「そうしてくれ……はい、これが君のステイタス」

 

 【羨望一途】(リアリス・フレーゼ)の部分だけ消しベルにステイタスを渡すヘスティア。

 他のスキルもだが、このスキルは特に娯楽に飢えた神々の目につくだろう。と言うかLv.1の時点で発展アビリティがあるのもおかしい。

 いや、今までのベルの人生を考えれば神の恩恵(ファルナ)を刻むこと自体がランクアップと見なされたと判断すればギリギリ………。

 

「ま、兎に角ベル君。暫くダンジョンは五階層以下に潜るの禁止。破ったら一年は更新してあげないからね」

「………解った」

「神に嘘は通じないよ」

「……………………解った」

「よろしい」

 

 流石にステイタスが上がらなくなるのは困るので、素直に従うことにした。

 

 

 

 仕方ない、今は金集めに専念しよう。

 昨日の件で解ったが、下に向かえば向かうほど堅い武器が必要になる。鍛冶師擬きの自分が作る剣ではやがて限界がくるだろう。

 と、ダンジョンに向かいながら思考するベル。そんなベルに声をかける者がいた。

 

「あの、これ落とされましたよ?」

「………………」

「え、あれ……ちょっと!?」

 

 振り返った先に居たのは銀髪の女性。彼女が持っていたのがナイフなら立ち止まったが持っていたのは魔石。全て異空間にしまってあるそれを落とすはずがないので怪しいから無視する事にした。

 

「ま、待ってください!騙そうとしたのは謝るので話聞いてぇ!貴方、ルーキーですよね?」

「………………」

 

 ベルは面倒くさそうに足を止め振り返った。

 

「コホン………えっとですね、実は私飲食店に勤めてまして、知り合った冒険者の方をお得意様にしたいなぁ、と………」

「飲食店?」

「はい!結構人気なんですよ?」

「あざとい店員目当てか?それとも料理がキチンと美味いのか?」

「あざと──!?ま、まあどっちも……ですかね。店員は可愛い子多いし、ミア母さんの料理も美味しいですよ?」

「そうか、今夜よらせてもらおう」

 

 ベルはそう言うと歩きだそうとして………

 

「落とし物どうも」

 

 と、魔石を受け取った。

 

「あ!狡い、騙されてないくせに!」

 

 

 

 オラリオの中央に聳える巨大な塔、バベル。その最上階で下界を見下ろす美しい女性がいた。男も女も、老いも若いも関係なく見惚れそうな美女はほぅ、と悩ましげなため息を吐いた。

 目に映るのは不気味で、しかし美しい魂。純粋な器を内側から染め上げるような黒い炎。そう形容する他ない。

 白い輝きも、その中の黒い炎も、どちらもより一層濃くしたい。そして、この手で愛でたい。

 

 

 

 

 ダンジョンで一匹のミノタウロスが壁に頭を叩きつけられ絶命した。そんな離れ業を行えるのは高い力補正のある中堅以上の冒険者か、同じ怪物。今回は後者であった。

 同胞を殺したミノタウロスは片手で何とか同胞の死体から魔石を取り出すと口に含む。

 湧き上がる全能感。直ぐにでも目的を達したくなるが、堪える。

 知性、と呼ぶには未だ未熟な、本能とは別の何かを持ったミノタウロスは同族を探して歩く。その左目からグチグチと生々しい音が聞こえ、深く刺さっていたナイフが落ちる。

 

「…………ブルル」

 

 そのナイフを踏みつけミノタウロスは歩く。怒りとは違う、憎悪とは違う。しかし自分の片目と片腕を奪った白髪の少年を思い浮かべ歩き出す。

 天上と地下で、二つの存在が一人の少年を求めていた。




Lv.1の時点での発展アビリティ。これが唯一の転生特典だったりする


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ロキ・ファミリア

やったぜお気に入り三桁!(≧∇≦)b
感想は未だ一桁(´・ω・`)


 ガツガツムシャムシャとベルは運ばれてくる料理を飲み込んでいく。

 キラーアントを使いチマチマ魔石を稼ぐのは時間はかかるが効率はいい。特にベルは収納スキル持ち。一度に換金できる金額も多く、頼めるだけ頼もうと注文する。

 

「すいませんドワーフの火樽酒追加で。後、このステーキ」

「は、はいにゃ!」

 

 スープを水でも飲むかのようにゴクゴク具ごと飲み干すベル。何を隠そうベルは大食漢である。前世から。前世の友人にはお前は不知火か、とか魔人と一緒に探偵やるのか?と言われたりした。

 と、そんなベルの大食いを見て賭事を始めていた冒険者達が不意に入り口を見る。ベルは気にせず食事を続けた。

 

 

 

「………………」

 

 何だろうあの机。

 アイズは大量の食器が積まれた机を見て首を傾げる。机は小さく椅子は一つ、一人用の席なのだろうが置かれている食器の数が尋常ではない。店員は慌てて食器を運び、新たな料理が追加される。

 

「ミア母さん!肉の在庫が無くなりそうです!」

「何だって!?くそ、追加を買ってきな!」

「「アイアイサー」」

「なんや今日は忙しそうやなぁ」

「シルが本当に大食漢を連れてきてしまって……」

 

 はぁ、と呆れたように言うのは金髪のエルフ、リュー・リオン。ここの店員の一人だ。

 

「ふーん。どんなデブなん?」

「いえ、見た目は可愛らしい少年です。少し目つきが悪くて傷が目立ちますが」

「あんな大食いやったら有名になりそうやけど、来たばかりか?ま、ええわ。案内よろしく~」

 

 今回【ロキ・ファミリア】は遠征後の宴できた。ならばそちらを優先する。それでなければエルフのリューが可愛らしいと称した相手に興味あったが今回は止めておく。

 

 

 

「なあアイズ!あの時の話してやれよ、ミノタウロスん時の身の程知らず!」

 

 酒が回ったのか陽気になったウェアウルフのベートがアイズに向かって叫ぶ。アイズは身の程知らず?と首を傾げた。

 

「声しか聞こえてこなかったけど、ミノタウロス相手に逃げるなとか啖呵切ってた奴だよ。お前、ボコボコにされてたそいつ運ぶために先に帰ったんだろ?はっ!雑魚が何調子付いてんだか」

「まじかよ!そんな奴が!?」

「蛮勇と勇気を履き違えてるね!」

 

 ケラケラ笑う【ロキ・ファミリア】のメンバー。小人族(パルゥム)の団長やハイエルフの女性、ドワーフの男は顔をしかめアマゾネス姉妹の片割れはどうでも良さそうに、もう片方は笑うことかな?良いと思うけど、と首を傾げているが。そして、アイズの一言で嘲笑が止まる。

 

「ベル君は雑魚じゃないよ」

 

 ブフゥ!と【ロキ・ファミリア】の殆どが口の中の物を吹き出した。ベルはん?誰か呼んだかと周囲を見回すが積まれた食器のせいで気づかなかった。

 シルやリューはチラリとベルの居る席を見たが食器のせいでどんな反応をしているのか解らなかった。

 

「な、なあアイズたん………その子、アイズたんの知り合いだったん?」

 

 散々笑ってしまったロキは恐る恐る尋ねる。知人を馬鹿にされて怒らない者はいないだろう。彼女に嫌われて、ファミリアから脱退されたらショックで死ねる。神だから死なないけど。

 

「違う」

 

 と、首を横に振るアイズ。ホッとしたが知り合いでないなら何故名前を知っているのだろうか。

 

「彼を運んだ時、担当の職員に聞いた」

「そっか。それで……」

「…………で、そいつの何処が雑魚じゃねーんだよ。ミノタウロス如きにボコボコにされてんだろ?」

 

 ベートが不機嫌そうに言う。アイズが知ったばかりの男を庇うのが面白くないんだろう。

 

「そのミノタウロス、片腕と片目を失った。全部その人がやった」

 

 と、アイズの発言に周囲がざわめく。ミノタウロスはLv.2が適正とされるモンスターだ。七階層に居るはずの冒険者が相手できるとは思えない。

 

「けっ!だからどうした。なら其奴も下に向かう途中のLv.2だったってだけの話だろ」

「その人、冒険者になって半月だって」

 

 再び動揺する周囲。ベルは信じられないものを見る目でみているシルに首を傾げながらお代わりを注文する。流石に腹も落ち着いてきたのかペースが落ち、食器の山も消えていく。

 

「いやいや流石に冗談でしょ」

「確かに言ってた………私もその戦い、見てたし」

「見てた?直ぐ助けなかったのかい?」

 

 と、団長のフィンが首を傾げる。彼女らしからぬ行動に疑問を持ったのだ。と、アイズは言いづらそうにモジモジする。

 

「……その、見惚れてて。あの子とミノタウロスの戦いに」

 

 もちろん一級冒険者であるアイズからすれば、あの時のベルとミノタウロスがもし同時に自分に襲いかかってきても倒せただろう。が、ベルが見せたのは不屈の闘志。

 

「左肩が外れて、右腕が折れてても諦めてなかった。私がいなかったら確かに死んでたけど、あの子は立派な冒険者」

「ほう、今時珍しい。そんな者が………」

「興味深いね。しかも、半月か………」

 

 半月、半月となると文字通り駆け出しだ。今でこそオラリオトップクラスの実力者であるフィンにリヴェリア、ガレスは果たして自分が半月でミノタウロスの腕と目を奪えたか?と考える。無理だろう。膂力に優れたガレスや魔法を使えるリヴェリアなら可能性はある。尤も、リヴェリアの場合詠唱する時間があれば、だが。流石に半月の時点で並行詠唱は覚えていない。

 フィンは、論外。叩き潰されて終わりだ。

 

「どんな子なんだい?」

「えっと、顔に傷跡が在ったけど……可愛い?髪が白くて目が赤くて………兎みたい。あ、あんな感じ…………あ」

「あん?」

 

 食器の山があった机はだいぶ綺麗になっており、そこに座っていたデザートを食う少年の赤い瞳と目があった。

 頬に走った三本の爪痕、鼻に刻まれた横線の切り傷、間違いなく彼だ。

 

「……………………誰だ?」

 

 しかしベルはその時ミノタウロスしか見ていなかったし直ぐに気絶したので覚えていない。取り敢えずデザートを食い終え【ロキ・ファミリア】に近づく。

 

「で、誰だお前」

「アイズ……」

「………ああ、アンタが。ありがとな。あのままだったら死んでた」

「気にしなくて良い。私もあの時良いモノを見たから」

 

 レベルが上がる内に、単身で潜る回数が減った内に行えなくなった強敵との戦闘。追い込まれ、傷付いても諦めない精神。あれは素晴らしい光景だった。

 

「良いモノ?よく解らねーが、礼には期待しないでくれ。駆け出しなんでな、大手ファミリアに返せる恩と言ったら俺の体で払えるものか」

「体?」

「ああ、労働力だ………まあLv.2や3も多くいるファミリアじゃ邪魔になるだけだろうが」

 

 後は夜の相手とか。金のために護衛していた商隊の女とかから金を貰って相手してた。おかげで短剣なんかも安く手に入れる事が出来た。まあ、これは目の前の純粋そうな少女に言うことではないだろう。

 

「ほー、自分がベルか。なあ恩恵貰って何年なん?」

「半月だ。戦闘経験自体は六年前、八歳から雇われ護衛をしていた」

「「「……………」」」

 

 ベルの言葉にロキへと視線が集まる。ロキは細い目でジッとベルを見つめる。

 

「ほーう。半月前、それって恩恵そのもの?それとも今の神から?」

「恩恵そのものだ」

「………嘘やないね」

 

 神は嘘を見抜く。つまり彼は、本当に僅か半月のダンジョン攻略でミノタウロスと渡り合ったのだ。

 

「へー、凄いね!」

 

 と、興味津々にベルに近付くのはアマゾネス姉妹の妹ティオナ・ヒリュテだ。

 

「凄くねーよ。結局俺は負けた……彼奴みたいに、勝てなかった」

 

 ギリィと歯軋りするベルを見て、アイズは何となく親近感を覚える。彼もまた強さを渇望しているのだろうか?目的は解らないが。

 

「ねえねえ!オラリオ来る前はどんな事してたの?」

「主に商隊の護衛。後はアジトが解った盗賊の殲滅……ダンジョンの外のモンスター退治。まあ、恩恵持ちは居なかったから生きてこれただけの凡夫だよ」

「Lv.1でミノタウロスと渡り合った君が凡夫なら大半の冒険者が無能になる。すぎたる謙遜は嫌味だよ」

 

 と、フィンが言う。ベルはそうか、と興味なさそうに呟く。と、その時ガン!と机がジョッキで叩かれる。

 

「気にいらねーな……」

 

 そう呟いたのはベートだ。ギロリとベルを睨み付ける。

 

「そう怒るな。意中の相手が他の男に興味持ったってその責任はその男にねーだろ」

 

 と、面倒くさそうに言うベル。これでも数年傭兵をやっていればそれなりにモテる。主に年下好きに。その事でやっかみも買ったりしたからベートが何を気に入らないのか解るがベルからすれば面倒事でしかない。

 

「ぶっ殺す!表出ろ!」

「落ち着け馬鹿者」

 

 ドガ!とガレスに叩かれ机に突っ伏すベート。

 

「Lv.1相手に何ムキになっとるか………すまんな坊主」

「良い。慣れている……」

「ほう、なかなか肝が据わっとるな」

 

 ニヤリと笑うガレスは酒の入った杯を渡してくる。

 

「ほれ、お前も飲まんか。どうせならオラリオに来るまでの武勇伝を聞かせろ」

「冒険者に話すような内容ではないが構わないか?」

「おう!構わん構わん!」

 

 

 

「じゃーね!ベル!」

「また飲み比べようぞ坊主!」

 

 ティオナは笑顔で手を振りガレスは再び飲み比べようと笑い【ロキ・ファミリア】と別れる。ロキに【ヘスティア・ファミリア】であることを知られると驚かれ、その後一年後に改宗しないか聞かれたが取り敢えず保留。

 強くなるために【ロキ・ファミリア】に所属するのも一つの手だろう。だが、ヘスティアに恩義を少なからず感じている。故に保留。恩恵自体はどの神に貰おうと変わらないのだ。

 

 

 

「おかえりーベル君。って酒臭い!」

「ん?ああ、少し飲み過ぎたか」

 

 出迎えるなり距離を取ったヘスティアに傷つくことなくベルは自分の臭いを嗅ぐ。そして、ふと気になることを尋ねる。

 

「ヘスティア、お前ロキと仲悪いのか?」

「…………何だって?」

「ロキだ。胸がなくて目が細い女。俺がお前の眷属と知るとあんなおチビよりウチのとこおいでやぁ、と言ってたから」

「………改宗しないよね?」

「取り敢えず保留と言っておいたが、7:3で改宗する気はない」

 

 三割はあるんだね、と落ち込むヘスティア。まあ、こればかりはベルの意思だ。仕方ない。

 

「時にベル君。ベル君ってどんな武器が欲しい?」

「藪から棒だな…………切れ味のある少しリーチの長い剣だ。ミノタウロスには僅かな傷しか与えられなかったしな」

「ふむふむ……解った!あ、それと僕明日から三日ほど出掛けるけど、良い子にしてるんだよ?」

「………つまり五層以下に行くな、と。解ったよ……」

 

 舌打ちしそうな顔で、ベルは嫌々同意した。




ウチのベル君は逃げ出すようなたまじゃないからね!


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怪物祭

 浅層でキラーアントを半殺しにして寄ってくるキラーアントの群を狩るベル。懐から取り出した鉄製の投擲用ナイフを構えると徐に投げる。

 

【舞え】(エルトール)

 

 バチチ!とベルとナイフの間に糸のように黄金色の雷の橋がかかる。空中でクルクル回っていたナイフはピタリと動きを止め、僅かに動き地面に落ちた。

 

「ッチ」

 

 キラーアントの頭を踏みつけ落ちたナイフを拾い投げつける。現在ベルが行っているのは魔法の応用。

 電気使いとしてかなり有名かつ上位に入る前世の世界のアニメのキャラクター。そのレベルとは行かなくても応用の参考にはしたい。

 が、今出来るのは磁力による加速と回収のみ。後ろから迫るキラーアントの額に加速させた投擲ナイフを突き刺し、磁力を操り引き寄せる。再び投擲。

 少しは楽が出来た。

 今回のノルマも終わったので投擲の練習としてナイフでジャグリングしながら振るうという動作を繰り返していると不意に檻に入ったモンスターを見つける。その前に見覚えのあるギルド職員が居た。

 

「………エイナ?」

「ベル君?って、何そのナイフ……」

「ああ」

 

 ベルは高速で回転しているナイフ全ての柄を掴み取る。その曲芸にエイナは思わず拍手しそうになった。

 

「ギルド職員がダンジョンで何してんだ?それにこのモンスター……」

「もうすぐ怪物祭(モンスター・フィリア)だからね。知らない?オラリオの祭り………そこでガネーシャ・ファミリアがモンスターのテイムを見世物にしてるの」

「へぇ………」

 

 そんなイベントがあったのか。見て回るのも良いかもしれない。

 

 

 

 

 そして当日。人混みに巻き込まれないように屋根を歩いていたが屋台を回るために降りなくてはならないので屋台があるエリアに着くと降りる。

 人が多い。それだけ人気な行事なのだろう。

 

「……はぁ」

「ん?シル」

「え?あ、ベルさん……」

 

 暫く進んでいると落ち込んだ様子のシルにあった。どうしたのかと聞くと財布を忘れ、メインであるガネーシャ・ファミリアのイベントを行う闘技場に入れなかったらしい。

 

「俺が奢ろうか?」

「良いんですか!?」

「その代わり来月好きなだけ食わせる回数を増やせ」

 

 豊穣の女主人という店で食い過ぎたベルは大食いを月一のみにしないと出禁にすると言われていた。燃費が悪いわけではなく、あくまで沢山食えるだけなので了承したが食えるなら食えるだけ食いたいベルはシルにそう持ちかけた。

 

「う、ミア母さんに相談してみます」

「頼む…………ん?」

 

 不意にベルは絡み付くようなネットリとした視線を感じた。周囲を見渡すが視線の主は解らない。不思議そうに首を傾げたシルと共に再び歩く。

 

 

 

 美を具現化したような女神は捕らえられたモンスター達を前に悠然と歩く。檻に入っているから安心しているのではない、モンスター達は彼女を襲わない。()()()彼女を傷つけない。

 

「あの子はまだLv.1だったわね………なら、貴方にしましょう」

 

 と、一匹の猿の前に微笑む。彼女が不快に思わぬよう音を立てずにジッとしていた猿の手に繋がれていた鎖が切れる。

 

「さぁ、私のために兎を捕まえてきて?」

 

 

 

 

 ベルはピクリと顔を上げる。【操作画面】(メニュー)を使い脳内でマップを開き索敵機能をオンにする。闘技場の中から此方に向かう赤い点。

 

「ベルさん?きゃ!?」

 

 ベルはシルを抱えて跳ぶ。屋台の支柱を踏みながら人の少ない場所に着地し振り返ると、闘技場から白い猿が現れた。

 

「も、モンスター!?」

「……………」

 

 ベルは長剣を取り出すと構える。ミノタウロス程の脅威は感じない。恐怖はない。

 

「あ、あのモンスター………ベルさん見てません?毛も白いし、お友達ですか?」

【駆け抜けろ】(エルトール)

 

 ひきつった顔で冗談を言うシルを無視して、靴底の鉄板に磁力を発生させ高速で地を滑る。ベルを見ていた猿は高速で接近してきたベルに反応できず右腕を切り落とされる。

 

「ホ、アアァァァァッ!!」

「と……」

 

 痛みに絶叫しながらもベルの追撃を避け闘技場の壁を上る。デカいがやはり猿、上るのは得意なようだ。憎々しげに睨みつけてくる猿に、ベルは長剣を投げつける。大猿はその剣を弾くと手を離し落下してきた。

 

「チィ!」

 

 地面を砕くような一撃。ミノタウロスで学習していたベルは片手だけで顔を守りながらも最低限の視界を確保する。大猿が腕を振り上げているのが見えた。この距離で、大猿の手は届かない。が、ジャラジャラと鎖が迫る。

 

【舞え】(エルトール)

「ぐぎゃ!?」

 

 が、その鎖はベルを避けるように逸れた。ベルは触れていない。ならば直接叩き潰すとベルに向かってかける大猿。ベルは何かを引き寄せるように腕をグン!と引く。

 

「───カッ!」

 

 ズブリと大猿の胸から剣が生える。それは先程弾いたベルの剣。ベルがクイクイと指を動かすとズブズブと深く刺さっていきとうとう大猿の体を通過する。

 血だらけになった剣の柄を器用に掴むと胸から血を流し倒れる大猿の頭を踏みつけるベル。

 

「じゃあな」

「─────!!」

 

 ゴロリと首が転がる。そのまま胸の魔石に向かって首の切断面から剣を刺すとバキリという音と共に猿の死体が灰になって消えた。

 

「………こんなものか」

 

 ミノタウロスと比べるほどもない。ベルは魔石を回収すると、周囲から歓声が沸いた。ベルに取っては雑魚でもモンスターは人間にとっては十分脅威だ。

 

「ベルさん!」

 

 と、シルがベルに抱きついてきた。

 

「凄かったです!かっこよかった!」

「…………これじゃ駄目だ」

「へ?」

 

 しかしベルは満足しない。これでは駄目だ。自分は主人公になってしまったのだ。なら救え、もっと救え。

 

───まだ敵はいる。斬るんだ、殺すんだ……街の住人を救ってみせろ──

 

「シル、俺は他のモンスターを追う」

 

 ベルのスキルなら街のどの方向にモンスターが居るのか解る。まだ数体残っている。

 

「だ、駄目ですよベルさん!まだLv.1でしょう?モンスターの中にはきっと適性Lv.2以上だって居ます。ベルさんが行かなくても、他の冒険者が………!」

「それでも俺は行く」

「どうして………」

 

 言う必要はない。あえて言うなら、自分がベル・クラネル(主人公の座を奪った者)だから。故に、救う。原作でベルがどれだけ救ったのか知らない。どんな相手を救ったのか知らない。ならばせめて救える範囲の人間だけでも救ってみせろ。例え命を失うことになろうとも。

 英雄を羨望する者(ベル・クラネル)はモンスターを狩るために駆ける。

 自分の命に価値があると思うな。どうせ存在しない命だ。一人でも救えるなら喜んで死ね。

 そんな声が聞こえてくる。

 

「黙れ、解ってんだよ」

 

 カチカチ鳴る歯をギリィと噛み締めベルはモンスターの反応を追った。



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嫉妬の龍

 ギチギチギチギチ!

 軋むような音を立てベルは黒紫の光を纏い屋根の上を駆ける。モンスターの反応はドンドン消えていく。確かにシルの言うとおり、出る幕は無かったのかもしれない。

 が、それでも動かない理由にはならない。

 

「【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄に堕ちろ】」

 

 日頃の訓練で、走りながらなら詠唱も唱えられるようになってきた。大幅に上昇した身体能力で、最後の反応に向かう。

ギチギチギチギチギチギチギチギチ!!

 

「あそこか」

 

 

 

 

 レフィーヤは突如地面から現れた蛇のようなモンスターに対して魔法を放つ準備をする。モンスターは現在ヒリュテ姉妹を相手にしており、此方に攻撃することは出来ない。

 単文詠唱で威力を抑え、モンスターのみを───

 

「────ッ!?」

 

 その時、ピシリとレフィーヤの直ぐ近くの地面に亀裂が走る。レフィーヤがそれをギリギリ認識するも遅くそこから延びてきた蔓がレフィーヤに向かい、槍が蔓を弾いた。

 

「………え?」

【刺し穿て】(エルトール)!!」

 

 ドドドドドッ!!

 

 雨のように大量の武器が降り注ぎ蛇のようなモンスターに殺到する。が、刺さったのは僅かで殆どが砕かれた。

 

「ッチ、手持ちの武器殆ど無意味かよ」

 

 バチバチと紫電を纏う武器が飛来した方向を見れば黒紫のオーラを纏い不気味な文様を身体に刻んだ白髪の少年が屋根の上に立っていた。見覚えがある。この前酒場で席をともにしたベル・クラネルだ。Lv.1ながらミノタウロスと渡り合ったと言うが、しかし目の前の敵が相手では役に立つのか解らない。何せヒリュテ姉妹の攻撃が通用しなかったのだ。

 

【貫け】(エルトール)!!」

 

 ベル・クラネルが叫ぶと黒紫のオーラは携えていた槍に全て移動し黒い雷を纏う。力の限り投げつけられた槍は更に不可思議な加速をしてモンスターに迫るがモンスターは数多の蔓で迎え撃つ。蔓を数本破壊した槍は軌道が逸れモンスターの一部を抉るだけの結果を残す。

 

「ッチ!」

 

 無数の蔓が振るわれベルは屋根から飛び降りる。つい先程までベルが居た場所が破壊されベルは地面におり立つとレフィーヤの腕を掴む。

 

「ちょ、は、離してください!」

「騒ぐな!」

 

 他者に触られることに忌避感を覚えるエルフとして思わず振り払いそうになったレフィーヤを次に襲ったのは肩が外れそうなほどの衝撃と浮遊感。

 漸くベルに引かれ高速で移動したのだと気づくと放り投げられた。地面を転がり、文句を言おうと睨みつけると先程まで自分が居た場所が蔓によって破壊されているのが見えた。

 

「ベル、これ借りるね!」

「はあぁぁ!」

 

 ヒリュテ姉妹は降り注いだ武器の中から無事なモノを掴み伸びきった蔓を切り裂くと、そのまますぐに捨てた。どうやら今ので欠けたらしい。

 

「ベルこんだけ持ってるなら一級品買ったら?」

「生憎、ダンジョンの外のモンスター用に作られたオラリオ外の製品なんだよ。外ではそこそこ上質だ」

 

 ティオナの言葉にそう呟いたベルは襲いかかってくる蔓をかわし散らばった武器を拾い追撃してきた蔓を叩き上げる。

 

「───ッ!」

 

 威力が殺しきれなかったのか顔を歪めるベルに迫る蔓。ティオナがそれを蹴りで吹き飛ばす。

 

「…………助かる」

「ベルはLv.1でしょ?助けるのはとーぜん!でも、速いみたいだから手伝って貰って良い?」

「……………ああ」

 

 ベルはギチリと歯を噛みしめる。守られている。頼られてはいるが、期待されていない。これでは駄目だ、もっと強くもっと強くならなくては英雄になれない。この手で何かを救うことも出来ない。解っている。そんなプライドをひけらかしている場合ではないと。そんな事では誰も救えないと。ならば今は協力すべきだ。

 

「くっ!?」

 

 が、向こうはそんなベルの心情など気にしない。無数に迫る蔓をかわしていると蛇のようなモンスターが鎌首を擡げ正体を現す。

 

「………はな?」

 

 頭部が開いたその姿はまさに花。その中央にはハエトリグサのようになっており、歯並びの良い口も内部に確認できた。

 

「蛇じゃなくて、花!?」

「てか貴方さっきからずっと狙われてない!?何か餌持ってるの!?」

「多分魔力だよ!」

 

 地面を文字通り滑り、いや地面より数センチ浮いて滑るベルは【エルトール】による磁気操作で高速移動している。こうでもしなければ追い付かれるからだ。

 

【刺し穿て】(エルトール)!」

 

 ベルは投擲用のナイフ数本を空中に放ると全て磁力で弾き飛ばす。口の中に飛び込んだ一本が運良く魔石を砕いたのかモンスターの動きがピタリと止まり灰になって崩れ落ちた。

 

「やったぁ!」

「終わったわね……」

 

 と、肩の力を抜くヒリュテ姉妹。何も出来なかったレフィーヤは、ただの嫉妬と解っていながらベルを睨んでしまう。そして気づく、ベルの顔に安堵がないことに。

 ベルは何処からか大剣と双剣を取り出す。それは先程ヒリュテ姉妹が武器の山から選んでいたのと同じ武装。

 ベルだけは気付いていた。まだ終わってないことに。

 

「ティオナ、ティオネ、俺の持つ一番の品だ!」

「へ?何、プレゼント?」

「……違うみたいね」

 

 ティオナは受け取りながら首を傾げティオネは地面から感じる振動に柳眉を釣り上げる。地面から、さらに三体の食人花が現れた。

 ベルはギチギチギチと不快な音を奏で黒紫のオーラを纏う。

 

「来るぞ」

「「「ジャアアァァァァァ!」」」

 

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは目の前の男を睨みつける。ギルドの報告にあったモンスター。その残りは目の前の男が全て倒した。なのに戦闘音が響く場所があるのだ。

 

「………どいて」

「断る。彼処にはあの方が目をかけている者がいる。猿では、壁にならなかったのでな」

 

 何を言っているのか解らないが、この戦闘音は彼の言う『あの方』が関係しているのだろう。そして、彼はそれを隠す気はないだろう。隠す必要などない。敵意が向いても叩き潰す自信がある。

 オラリオ最強の冒険者、オッタル。【フレイヤ・ファミリア】の彼が唯一崇めるのは己の主神のみ。

 

「あの戦いに参加しないというなら、ここを通してやる」

「………フレイヤの奴、何考えてんのや」

 

 ロキが睨みつけるがオッタルは応えない。ッチ、と舌打ちしたロキはオッタルの横を通り過ぎようと歩く。

 

「ウチが行ってもなーんも出来へん。見学はええんやろ?」

「好きにしろ」

「ほな、そうさせて貰うわ。アイズたん、全部終わったらウチから話したる」

「…………………」

 

 アイズは剣を納め目の前のオッタルを睨む。その光景によっては、アイズは飛び出していくという自覚がある。そして、目の前の男を倒し向かうことが出来ないとも。

 

「………もし、私の仲間に何かあったら、この街の誰かが傷ついたら、貴方達を許さない」

 

 轟ッ!と吹き荒れる風に髪を揺らされながらオッタルは微動だにせず佇んでいた。

 

 

 

【打ち砕け】(エルトォォォル)!!!」

 

 大口を開けて迫ってきた食人花に、ベルは限界までチャージした黒雷を放つ。が、大量の蔓に防がれ、食人花本体も雷の余波をかわし花弁の一枚を焦がすだけに終わってしまった。

 

「ベル!これ切れ味悪い!」

「文句言うな一級ファミリア!」

 

 食人花の蔓を斬るというよりは最早叩き千切っていたティオナが文句を言ってくるが、一級冒険者が満足する品などダンジョンの外で手にいれられる機会など早々ないし、あったとしてもベルが買えるはずもない。折れないだけでも満足して欲しい。

 

「───ッ!」

 

 ガチン!とベルの頭上で食人花の歯が噛み合わされる。動きに対応され始めている。と、焦るベルの腹を蔓が殴りつける──

 

「っ、おおぉ!」

 

 寸前で体をひねり蔓を押して逸らすベル。回転した勢いそのまま蹴りを放ち蔓を地面に叩きつけるが現状Lv.2相当のベルの力ではLv.5のヒリュテ姉妹の攻撃すら受け付けなかった食人花にダメージを与えられるはずがない。

 であればベルに可能な有効打は、破壊さえ出来ればLvは関係ない弱点の魔石を狙うことなのだが、あいにくそんな余裕はない。

 

「ひっく、ぐす……」

「──な!?」

 

 と、限界まで研ぎ澄まされていたベルの聴覚が、幼い鳴き声を捉える。逃げ遅れた少女が居たのだ。一瞬固まるベルに、食人花はその隙を見逃さず蔓を叩きつけた。

 

「───がは!」

「ひぃ!」

「「ベル!」」

 

 飛んできたベルに顔を青くして叫ぶ少女とLvの低いベルが明らかに深層クラスのモンスターの攻撃が直撃したことに血の気を引かせるヒリュテ姉妹。

 ベルは、幸い無事だった。無事とは言い難いが生きていた。生きてさえいれば【不屈の闘志】(ベルセルク)の効果で肉体を戦える状態に治せる。

 

「────!?」

 

 だが、それは魔力と体力が万全な状態の話だ。懐からマジック・ポーションを取り出し飲み込む。直ぐに傷の再生が再び始まり、少女を抱えて跳ぶ。【虚像の英雄】(ベル・クラネル)は既に解けた。

 が、何とか少女だけは逃がさなくてはならない。

 

「ベルくぅぅぅん!」

「な、は?ヘスティア!?」

 

 と、焦るベルの耳に聞き覚えのある声が響く。見れば路地からヘスティアが走ってくる姿が見えた。

 

「馬鹿やろう、逃げろ!」

「これ、使って!」

 

 と、ヘスティアが布に包まれ何かを遠心力を加えて投げる。反射的に受け取ったベルは背後から迫ってきた蔓を防ぐのに使う。

 

「────!」

 

 それは一般の短刀。ナイフより刃渡りが長く、それでいて長すぎない剣。オマケに蔓の一撃をもってしても欠けなかった。が──

 

「こんなん渡されてどうにかなるか!」

 

 現状はさして変わらない。取り敢えず剣で攻撃を防ぎながら少女をヘスティアに渡し再び食人花に向かう。

 

「【呪われろ呪われろ──】ッ!」

 

 やはり魔法を放とうとすると反応してくる。取り敢えず気を引くぐらいは出来るがティオナもティオネもベルが渡した武器では決め手に欠ける。

 

「他の冒険者達は何してるの!?」

「何で誰もこないのー!」

 

 確かにおかしい。ヘスティアがこうして来たのはおそらく白髪の少年がモンスターを探して街中駆け回っているという情報を掴み、戦闘音を聞いてきたのだろう。ならば戦闘音に気づいた冒険者が来ても良いはず。こない理由は誰かに邪魔されているか気付かれてないか、或いは任せておけば安心な相手が此方に向かうのを見て直に倒されると思っているのか。

 どちらにせよ、悪意を感じる。

 

「このままじゃジリ貧よ!」

「ベルー!私達に新しい武器!」

 

 そんな余裕はない。これが浅層のモンスターなら余裕もあったろうがこのレベルを相手にしながら武器を取り出せるほどの技術はベルは持ち合わせていない。

 

「ッ!」

 

 蔓が振るわれ吹き飛ばされそうになる。ナイフで受けると同時に身体を回転させ逸らすがやはり腕がビリビリ痺れる。こんな奴を相手に素手で戦っていたヒリュテ姉妹は流石一級冒険者だ。素直に嫉妬する。

 

「…………ああ、その手があったか」

「なになに、何か手があるの!?」

「だったらそれを早く使いなさい!」

「………これは賭けだ。失敗する確率もあるし………二人が俺を信じてくれなきゃ行えない」

「私は信じるよ!」

「…………仕方ないわね。失敗して団長に見せられないような傷出来たら殺すわよ」

 

 救援も来ず手持ちの武器もない状況で、死ぬことではなく傷が残ることを気に出来るのはやはり一級冒険者の余裕か。ああ、実に羨ましい。妬ましい。故に、可能性がある。

 

「取り敢えずレフィーヤの側に……んで、少し離れててくれ」

「は!?まさか一人でやる気!?」

「それはいくら何でも!」

「賭けが成功したら危ないのは寧ろお前等だ」

「…………その自信、信じるわね」

「死んだら許さないから!」

 

 と、ヒリュテ姉妹はレフィーヤを抱えて距離を取る。

 このスキルを使うのは初めてだ。だから、詳しく知らない。敵対時に相手に使えると言うがその相手が敵対している敵なのか、それともスキル名通り()()()()()()なのか。

 だからこそ、これは賭だ。

 

【嫉妬の龍】(レヴィアタン)

「───!?あ、う……」

「くっ……何、これ……」

 

 瞬間、ティオネとティオナに巻き付くような蛇の紋様が現れる。そして二人の身体から力が抜けていく。虚脱感から膝を突いた二人はしかし気付いた。これは虚脱感ではない、喪失感。自身から何かが奪われていくような感覚。では、奪われた何かは何処へ?

 

「………はっ」

 

 ベルは笑う。獰猛に。その身に巻き付く蛇の紋様はティオナ達に巻き付く紋様と効果は異なる。ベルは賭けに勝ったのだ。

 

「─────!!」

 

 ズドォォォン!

 

 とベルに向かって食人花の花が迫り地面を割り土煙が上がる。

 

「ベル君!」

「ベル!?」

「ちょっと!?」

 

 三者三様の反応をする中とん、と着地する音が聞こえる。見れば食人花の後方にベルが立っており、ベルに襲いかかった食人花が細切れになる。

 

「───────!?」

【舞え】(エルトール)

 

 仲間の死に混乱しながらもベルに向かって蔓を伸ばす食人花だったが遮るように現れた鉛色の壁に防がれる。それはベルが投げつけ、砕かれ、戦闘の余波で細かくなった武器の成れの果て。

 ベルが片手を上げると連動するように動く。

 

【降り注げ】(エルトール)

 

 ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!

 

 耳障りな音を立て鉄の破片達が渦を作り互いにぶつかり合い火花を散らす。その渦は槍のように先端を尖らせ食人花に迫り食人花は蔓を束ねた槍で迎撃しようとするが一瞬の拮抗もなく本体諸共ズタズタに引き裂かれた。

 

「────!!」

 

 残った一体が取った行動は細切れにされた仲間の花の部分を食らう。バキリと硬い何かを噛み砕く音が聞こえ食人花の茎や花に毒々しい斑模様が浮かび上がった。

 

「此奴、強化を!?」

 

 モンスターが魔石を食らう事で自身の力を高める強化。それを食人花が行った。

 強化されたことの全能感に酔ったのか、食人花は真正面からベルに迫る。

 

「嬉しいか。強くなれて………俺もだよ」

 

 今のベルにチャージタイムは必要ない。故に黒雷ではなく、青白い雷が迸る。

 

【打ち砕け】(エルトール)

 

 

 

 

 地上から天に向かって伸びる青白い光の柱。殆どの住人はそれが何かを理解できなかったが、猛者は主を迎えに歩き剣姫は美しい光に目を奪われていた。

 ある女神は細い目を見開き、ある女神は頬を染めうっとりと光を放った少年を見つめ、呆然と固まる友神を後目に迎えに来た配下の下に向かっていった。



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ベルの魂

 蛇の紋様が消えティオナ達に力が戻ってくる。

 ティオネは手を開閉し肩を回し感覚が戻ったことを確認する。

 

「妙な感覚だったわね。ティオナは戻った?………ティオナ?」

「え?あ、な……何?」

「だから力は戻ったの?」

「あ、う、うん!ほら……」

 

 そう言ってその場でピョンピョン跳ねるティオナは不意に黒焦げの地面の前に立つベルを見る。その頬が上気し、目が潤む。

 思い起こすのは先程の圧倒的な蹂躙。強い雄の姿。

 まあ要するに、ティオナ・ヒリュテはベルに惹かれてしまったのだ。

 

「─────」

 

 と、そのベルが膝を突き口から血を吐き出した。

 

「ベル!?」

「ベル君!」

 

 ヘスティアとティオナが慌ててベルに駆け寄る。口からだけでなく目や耳、鼻からも血を流し目は充血して白目の部分も赤く染まる。

 

「か──はっ!ヒュー、ヒュー!」

 

 ゴホゴホと血を吐きながら咳き込むベル。支えていた手からも力が抜けたのかガクリと肘を折り、ゴン!と頭を地面にぶつける。そのまま気絶した。

 

「ちょ、ちょっとベル!しっかり!」

「どうしたんだいベル君!」

「ティ、ティオネ!どうしよう!?」

「落ち着きなさい!とりあえずエリクサーを……」

 

 内出血を起こしているのか白い肌が斑に赤く染まっている。

 本来Lv.1のベルがLv.5の力を、しかも二人分をその身に宿せば器が耐えきれず壊れるのはある意味当然だ。【不屈の闘志】(ベルセルク)を以てしても正常に回復出来ていない。が、それがなかったらとっくに死んでいただろう。

 

「ティオネ、エリクサー飲んでも治らないよ!?」

「だから落ち着きなさいって!少しずつ治ってるわよ、量がたりない」

「そんな、何とかしておくれよ!」

「ほんならホームに運ぼか。あそこならエリクサー置いてあるし」

 

 と、慌てる二人に声をかけるものが居た。ロキだ。

 その後ろからアイズがトッと駆けてくる。

 

「ティオネ、ティオナ、レフィーヤ…………ベル!」

 

 アイズは見るからに満身創痍のベルを見て目を見開いた。

 

「ほれレフィーヤ………立てるか?」

「は、はい……何とか」

「ほんならアイズたん、ベルっち運んでや」

「うん」

 

 レフィーヤにポーションを渡し手を貸すとアイズに頼む。アイズはロキの言葉に頷きベルを抱える。

 

「ちょ、ちょっと!ベル君に何をする気だ!」

「何って治すに決まっとるやろ。ベルっちにゃ武勇伝聞かせて貰った礼と、レフィーヤやティオネ、ティオナを助けて貰った恩もあるしなー」

「な!?べ、ベル君は連れて行かせないぞ!」

「黙れドチビ。なんや?なら、お前にベルっち治せるんか?」

「う、それは………」

「わーったらおとなしくついてきぃ」

 

 ロキが歩き出すと【ロキ・ファミリア】の面々も歩き出す。ヘスティアはぬぬぬ、と唸ったが自分にベルを治す手立てが無いので大人しくついて行った。

 

 

 

「それで、ドチビ一つ聞くけどお前ベルっちに神の力を使うたか?」

「…………僕がベル君に()()を施したって言いたいのかい?」

 

 ロキの言葉にヘスティアがギロリと睨みつけてくる。神威すら漏れ出す怒りにロキは肩をすくめた。

 

「ま、そこまで大事に思ってんのやったら逆にないやろ。すまんな」

「………まあ、今回はベル君を助けてくれたし許すけど」

 

 と、ヘスティアが怒りを収めると扉がトントン、と叩かれる。入ってきたのは美しいエルフの女性。

 

「ロキ、あの子の回復が終わったぞ。スキルもあるとはいえ、驚異的な回復速度だ」

「そか。ならドチビ、ついてきぃ」

「なんだい、何をさせる気だい?」

「ベルっちのステイタス更新。それと、ステイタス偽りなく全部見せぃ。嫌なら治療費請求するで」

「ぬぐ!僕が借金持ってるからって足元見て………」

 

 とはいえ治療されたのは事実だし、金を払えと言われてもヘスティアには払える金はない。ベルの手持ちなら足りるかもしれないが眷属(子供)に集る主神にはなりたくない。

 

「口外しないって約束できる?」

「内容次第やな」

「おいロキ」

「冗談やんか~。そう怒らんといてぇなママ」

「誰がママだ誰が。はぁ、申し訳ないヘスティア様。この馬鹿が口外でもしてそちらの不利益を生んだときは【ロキ・ファミリア】副団長として責任をとることを約束する」

「あ、うん……」

 

 なんかこの人苦労してそうだな、それがヘスティアの感想だった。

 

 

『Lv.1

 力:D502→S999(+497)

 耐久:S912→S999(+87)

 器用:D561→S999(+438)

 敏捷:A872→S999(+127)

 魔力:S905→S999(+94)

対異常:F

精神安定:D

技能修得:C

鍛冶:E

《魔法》

【虚像の英雄】(ベル・クラネル)

階位昇華(レベル・ブースト)

・発動対象は術者限定

・発動後、半日の要間隔(インターバル)

・詠唱式【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄へ堕ちろ】

【エルトール】

付与魔法(エンチャント)

・雷属性

・速攻魔法

《スキル》

【羨望一途】(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・羨望の続く限り効果持続

・無力感を感じるほど効果向上

【英雄義務】(アルゴノゥト)

・敵対時に於けるチャージ実行権

【嫉妬の龍】(レヴィアタン)

・敵対時に於ける相手のステイタス一時簒奪

【操作画面】(メニュー)

・自己ステイタスの閲覧可能

・討伐モンスター図鑑自動作成

・マップ表示

・索敵

・アイテム収納空間作成

【不屈の闘志】(ベルセルク)

・肉体の修復

・体力、魔力を消費する   』 

 

「はぁぁぁぁ!?」

 

 半月でカンストしているベルのステイタスを見て叫ぶロキ。いや、それよりも気になることがある。

 

「何で発展アビリティがあんねん!しかも高ランク!?」

「僕だって知りたいぐらいだよ!」

 

 詰め寄ってくるロキに離せーと暴れるヘスティア。その際ヘスティアの豊満な胸が揺れロキが涙目になりながら揺らすのをやめた。

 

「ちぃと調べて良いか?」

「な、何をする気だぃ?」

「別に解剖とかせぇへんよ、ちっと探るだけや」

 

 そういうとロキはベルの背中に手を当てる。透明な器の中に宿るどす黒い執念の炎。フレイヤが興味を持つのも解るその魂のさらに奥を見つめる。

 ベルの魂とは違った反応。これはヘスティアの恩恵。これは無視だ。もっと奥。

 

「────!?」

 

 ロキは目を見開きベルから距離を取る。しりもちをつきベルに触れていた己の手を見る。

 

「ど、どうしたんだいロキ?ベル君に何か?」

「何か、何てもんや無いぞこれ………」

 

 弾かれた。超越存在(デウスデア)であるはずの自分が。

 だが一瞬だけ魂の奥、黒い炎に触れた。その感想から言えば、あれは色が分かれているのでなく透き通った魂とは別の魂が中にあった。しかも、明らかに手を加えられた改造された。質も人というよりは神に近いが、小さい。神造精霊とでも言うべきか。

 

「何なんやこれ………」

 

 それが人と肉体と魂に植え付けられている。本来の肉体の持ち主である魂に意志などない。生まれた時から中の魂が主導権を握り続けていたのだろう。

 

「ロキ、本当にどうしたんだい?」

「ベルっちの魂の奥を覗こうとしたら弾かれた」

「ええ!?()が……?」

「単純にウチより神格が上か、或いは超越存在(ウチら)も知らんウチら以上の何かがおんのか……とにかく、ベルっちはそいつの干渉を受けとる」

「僕達以上?それは何かの冗談かい?」

 

 神以上の存在など、見たことも聞いたこともない。可能性があるとしたらダンジョンの力だが、それならヘスティアの恩恵を刻めるとは思えない。

 

「冗談やったら良かったんやけどな。恐らくベルっちの発展アビリティはソイツの影響やろ………何者か知らんが、気に食わん」

 

 何となく解った。発展アビリティをLv.1の時点で発現させた何者かはベルを思ってやったわけではないと。昔の自分と同じ楽しむためか、フレイヤのように試すため。

 この精神安定もランクこそ高いがベルで遊ぶかベルを試すためなら機能をあえて停止させるだろう。

 

「………おいドチビ」

「なんだい?」

「お前ウチの傘下ファミリアになりぃ」

「………は?はぁぁ!何で僕が君の───」

「早熟スキルは何時か絶対バレるで?そうでなくても、感づかれる。お前みたいに貧乏で眷属もおらんドチビにベルっち守れんのか?」

「ぬ───!」

 

 それは、確かに否定できない。下界では一般人程度の力しか持たない自分ではたった一人の眷属を守る術など存在しない。

 

「その点ウチやったら大手のトップクラス。手を出そうと考える馬鹿はそうそうおらへん」

「………何が目的だい」

「んー?ドチビがウチの下につくのも面白いし今回やらかしてくれた色ボケに一泡吹かせられるのも面白い」

「くぅー!」

「それにな、ウチ気に入ってんよベルっち。ウチが直接誘ったのに、誰もが入団を夢見る【ロキ・ファミリア】の推薦を『考えとく』やぞ?めっちゃ面白い子やん!それにウチの眷属(子供)達の恩人でもあるしな」

 

 そう言って未だ眠るベルの頭を撫でるロキ。フワフワの髪の毛は普段は剣呑な気配を放つ人物のものとは思えず兎の毛でも撫でているようだ。

 

「………じゃあ、せめて僕の借金が返し終わるまで待っておくれよ」

 

 これはヘスティアなりの抵抗だ。この借金は早々返せる額ではない。

 

「あー、んなこと言っとったな。んなもんウチが払ったる!」

「!?本当かい!」

「……なんやヤケに反応したな。ホンマホンマ。さっきも言ったようにウチは大手のトップクラスやで?」

「その言葉に二言はないね!」

「おう!アイズたんの胸に誓って!」

「………何故ヴァレンシュタイン君の胸に………まあいいよ。解った。僕も早く借金返済したいし、ベル君を守るには癪だけど僕個神では不可能だからね」

「おう!これからウチのことはロキ様って呼んでええんやで」

「誰が呼ぶか!」

 

 ケラケラ笑うロキに噛み付くように叫ぶヘスティア。が、この後のことを考え怒りを静める。

 

「んで、どんくらいなん借金」

「二億ヴァリス」

「………………は?」

 

 この後ロキが勝手に金のやりとりをしたこととアイズの胸をかけたことをリヴェリア達に相談せざるを得なくなり、叱られ禁酒令を言い渡された。

 ヘスティアは酒が飲めずぐずっているロキをからかうために拠点を【ロキ・ファミリア】の中に移した。

 ベルが目覚めたのはそれから三日後だった。




と言うわけでベル君の発展アビリティの秘密は此方。
所謂転生特典でした。
そしてヘスティア・ファミリアがロキ・ファミリアの傘下に。つーかこれタグにソード・オラトリア足した方がいいかな?


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思い出せない夢

──良かったね救えて──

 

嫌味か?

 

──君がそう感じるならそうなんだろうね──

 

 夢の中で出会う成り変わりと妄想(二人)のベル・クラネル。片方は楽しそうに、片方は憎々しげな表情をしていた。

 

主人公(お前)ならもっと救えたはずだ

 

──そうかもね。それが君の望んだ僕の姿だから──

 

……………

 

 本当は主人公(ベル・クラネル)がこの時点でどの程度戦えたのかなど知らない。

 

──でも、あれは気持ち良かったろ?── 

 

……?

 

──あの時、あの子達の力を奪い、自身のものにして、敵を殺した。楽しかったろ?気持ち良かったろ?あの全能感は──

 

………お前、誰だ?

 

 自分の理想の妄想(ベル・クラネル)の皮を被り、しかし明らかに異なる何者かに警戒心を表す。ここは自分の夢。現れるのは自分か自分が勝手に妄想した虚像。では、目の前の此奴は誰だ?

 

──所詮暇つぶしだ──

 

何?

 

──退屈だからな。また神話を見てみたくなった。人から神にいたる神話を……種は植えてやった。芽吹かせてみろ──

 

お前は誰だ

 

──さあ?お前が至れば、教えてやるよ。至ってみろ、その器はお前に合っている。その器を繰るのはお前こそふさわしい──

 

何を言ってやがる

 

──さて。十分寝たろ?そろそろ起きろ──

 

おい、待て!

 

──一つサービスだ。お前の器がこれから救う奴の一人を教えてやる。デカいバッグを背負った小柄な女、それをこの段階で確実に救ってみせな──

 

女?

 

──そうすりゃ俺から褒美をやるよ──

 

 

 

 

 

 ベルは瞼をあけ赤い目を開く。夢を見ていたと思うが思い出せない。

 体を起こそうとすると少しゴキゴキ鳴ったが支障はない。これもスキルのお陰だろう。しかし、酷く不快な気分だ。身体が、ではなく心の問題。恐らくそうとう嫌な悪夢を見たのだろう。

 

「……………飯」

 

 ポツリと呟くとベルはヒクヒク鼻を鳴らし部屋から出て廊下を歩く。

 

 

 

 

 

「ベール!もう起きた?って、いない!」

 

 ベルが寝ている客室に向かったティオナはもぬけのからの部屋を見て叫ぶ。直ぐにベッドのしたやシャワールームやゴミ箱の中を探すが居ない。

 首を傾げて部屋から出るティオナ。ベルは一応まだ他派閥の人間だ。それを治療し、滞在させているのはヒリュテ姉妹とレフィーヤ、アイズ、古参の3人とロキしか知らない。

 

「まずいなー。このままじゃベートとかに見つかった時蹴られるかも」

 

 あの時圧倒的な力をみせていたが、あれはどうやら自分や姉から力を一時的に奪った結果らしい。発動条件は聞いてないが、発動の際聞いてきたし同意が必要なのかもしれない。なら今のベルはLv.1。

 

「うーん。まあ、それでもウチのLv.2とかには勝てそうだよね」

 

 昨日の戦闘を見る限り、下手すれば後衛のLv.3にも届くだろうか?まあLv.1の時点で魔法やスキルに恵まれている者など早々居ないし仕方ない。

 

「………ん、それにしてもお腹すいたな」

 

 そういえば朝ご飯まだだった。ティオナは食堂に向かうことにした。

 

 

 

「………あれ?」

 

 食堂に行くと人集りが出来ていた。何事かと見てみれば人集りの中央に探していた人物がいた。

 

「ね、ね、ベル君次これ」

「あ、ずるい!ほら兎ちゃんこれも美味しいよ」

「…………何これ」

 

 集まっているのは女性団員ばかり。そしてベルに餌付けしていた。渡された野菜スティックをカリカリと食べる様はまるで兎のようだ。

 

「………………」

 

 近くにあったサンドイッチに目を付け人集りに紛れてみる。目の前に差し出すと無言でパクリと食いついてきた。何か、胸の奥がキュンキュンとする。

 

「……むぐむぐ。ん、ティオナ?」

「やっほ、起きたんだベル。身体は平気?」

「問題ない。腹が減ったぐらいだ」

「ああ、だから……」

 

 三日も寝ていたし、初めてあった時の大食いぶりを思うにそうとう食うのだろう。それで差し出されるモノ全て食っていたのか。

 

「じゃあ団長やロキ、ヘスティア様に報告するからついてきて」

「解った」

 

 えー!と、団員達が不満そうな声を上げるが無視してベルの手を掴み歩き出す。硬い手だ、ナイフを握り、使い続けた証だろう。何というか、男の手という感じがする。

 

「にしてもベルモテるね」

「年上受けが良いんだ。流石に十代以下しか興奮しない奴にはもう誘いを受けないが」

 

 もうってことは昔そういう連中にあったことがあるのだろうか?

 

「ベルってさ、実は大人?」

「…………精神年齢はな」

 

 見た目は子供、頭脳は大人と言うことだろうか?実は小人族(パルゥム)と人とのハーフで少年に見えるけどおじさんとか?

 

「ベルって何歳?」

「14だ」

「見えないなー」

 

 スッゴい落ち着いてるもん、と隣のベルを見る。背は、自分の方が高いだろうか?確かに小動物みたいだし表情が完全に無だし兎っぽい。だから兎ちゃんって呼ばれてたのか。

 

「ついたー!ここが団長の部屋だよ。ちょっと待ってて」

「ああ」

 

 ベルはその言葉に素直に従い待つ。ティオナが中にはいるとノックしてくれと言う声が聞こえてきた。ベルは会話をする相手が居なくなったので片手に持っていた饅頭のような料理をもぐもぐ食い始める。と、ティオナが扉を開けてきた。中から出てきたのはフィンだ。

 

「やあ、酒場以来だねベル君。体の調子はどうだい?」

「問題ありません」

「スキルの恩恵かな? あれだけの怪我からすぐに復帰できるのは冒険者として羨ましく思うよ」

 

 この世界には皮膚を溶かされようと治すことが出来る薬があるが、それは前提条件に処置が間に合えばという言葉がつく。ベルのスキルは魔力と体力さえあればその処置すら行い、しかも三日眠り続けても身体に違和感を覚えてる様子がないので()()()()()()()を維持するのだろう。身体が資本の冒険者としてまさに理想のスキルだ。

 

「それと、敬語はいいよ。酒場の席とはいえアレだけ砕けた口調で話した相手に取られても違和感しかない」

「感謝する。それで、ここは【ロキ・ファミリア】のホームか?世話になったな。礼を尽くせず心苦しいが、取り敢えずホームに戻る。主神を心配させたくないからな」

「その事なら大丈夫だ。君の主神もここにいるよ。というか、住むことになった。君もね…」

「?」

「その事を説明しよう。ついてきてくれ。今の時間ならまだ僕らの主神と君の主神も同じ場所にいるはずさ」

 

 

 

 

「ロキ………ロキ?入るよ」

 

 ドアを叩くが反応のない主神に訝しみ扉を開けると、防音効果でもあったのか突然馬鹿笑いが聞こえてきた。

 

「なーはっは!お、おチビがメイド服!神なのに給仕……!」

「ぐぬぬ。笑いたければ笑うが良いさ!これでも僕は数々のバイトをこなしたバイト戦士だ、今更服の一つや二つ……」

「………何をしているんだいロキ」

「ヘスティア?」

「げ、フィン!?」

「ベル君!?ち、違うんだこれは………!」

 

 自身の眷属に見つかり顔を青くするロキと赤くするヘスティア。ヘスティアの格好はゴリッゴリのゴスロリメイド服だった。胸あたりがきつそうだが。

 

「違うんだよベル君!これはロキの趣味で……!」

「へぇ、ロキ………女好きは構わんがあまりウチの主神に迷惑かけないでくれ」

「ちゃうわアホ!おチビのここで働く服装決めとっただけや!」

 

 

 

 話を聞いてみるとベルが使用した短剣、【ヘスティア・ソード】はヘスティアが友神に借金覚悟で頼み込んで作って貰った作品らしい。その額約二億ヴァリス。

 そんな途方もない額だがロキが傘下にはいるなら借金を肩代わりすると言い出し、金以外にも色々と思惑があったが反射的に了承してしまったらしい。それが友神の耳に入り説教されたらしい、二人揃って。

 しかし口でしたとはいえ傘下に入る条件として提示してしまった以上仕方ないと半分の返済を認め、残り半分はロキの下で無償で働いて返すように言われたらしい。

 

「………何というか、貧乏根性が染み着いてんなウチの神は」

「ち、違うんだよベルくぅん………お金はあくまで傾きかけてた僕を落とす最後の後押しで、決して君を売ったわけでは……」

「それは僕からも保証しよう。君のステイタスについて聞いたけど、あれは確かに後ろ盾が必要だ」

「そういうこっちゃ。ベルっちは実際やばい女に狙われとる。気ぃつけなあかん」

「助けられているわけか。重ね重ね感謝する」

「礼なら、そうだね……戦力として考えても良いかい?君のスキルなら実質的にLv.2ととっても良さそうだし、条件次第ではその上もいける」

 

 フィンが言ってる条件とは階位昇華(レベル・ブースト)の魔法である【虚像の英雄】(ベル・クラネル)とステイタス簒奪スキル【嫉妬の龍】(レヴィアタン)の事だろう。特に後者は実際にLv.5が無手で相性もあったとはいえ苦戦していた相手三体を一方的に鏖殺したのだ。

 

「期待は嬉しいが魔法はともかくスキルは……」

「解っている。予想だけど、器がついて行かなかったんだろ?それは君自身がレベルを上げれば良いさ。それに、それ以外にも君の有用性はいくらでもある。例えばマッピングに索敵、運搬を一つで担うスキルとかね」

「………………」

 

 ジロリとヘスティアを見るとヘスティアが小さくなって俯く。本来なら開示御法度のステイタスは軒並み知られているらしい。

 

「彼女を怒らないでやってくれ。君の治療を条件に仕方なく開示したんだ………それに、一応君のステイタスの全貌を知るのはここにいる神々と団長の僕、副団長のリヴェリアだけさ」

「なら、良い」

「良いというのは、傘下に入ることも含めてと受け取って良いかな?」

「かまわない」

「なら、よろしく頼むよ………ベル……」

 

 そう言って小さな手をさしのべてくるフィン。ベルはその手を取る。

 

「此方こそ、未熟な身なれど精進しよう」

 

 

 

 一応は【ヘスティア・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】の傘下に入り拠点もそこに移したが、基本的には別ファミリアとして過ごして構わないとフィンに言われた。元々Lv.1はレクチャーが済めばしばらくは自分でLv.上げして、Lv.2になってからパーティーを組み連携を覚えLv.3で人によっては遠征組に入るらしい。

 ベルの扱いは、スキルもある故遠征組に組み込みたいが今は予定がないのでフリーだ。故に、ベルはある場所に向かうことにした。

 

「…………ん?」

 

 喧噪が聞こえた。男女の声……ベルは少し考えそちらに向かう。

 言ってみればボロボロの服を着た少女に男が叫んでいる所だった。女も負けず劣らず叫んでいるがどうも痴情のもつれには見えない。と、男が剣に手をかけ引き抜く。

 流石に流血沙汰はごめんだ。目に付く範囲は救うべきと言う価値観もある。

 男が剣を振り下ろす前に男の背後に移動し壁に顔を叩きつける。

 

「ごっ!?」

「へ……?」

 

 壁に赤いシミが出来、男がズルズルと地面に倒れる。

 

「無事か?」

「え、あ……は、はい」

「そうか……」

 

 それだけ言うとベルはその場から去る。

 

「………………」

「………?」

 

 チラリと少女を見ると首を傾げられる。前を向き、ベルもまた首を傾げる。何か違和感がある。

 小骨がのどに引っかかったような、出てきそうで出てこない感覚。頭の中にチリチリとした僅かな頭痛を感じながらベルは豊穣の女主人に向かった。



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防具選び

「ベルさぁぁぁん!」

「……………」

 

 扉を開け入ると静まりかえる店内。そして、真っ先に復活したシルが飛びついてくるがその頭を押さえる。シルがジダバタ手を伸ばしたがパッと離すとバランスを崩し倒れて「うみゅ!」と鳴いた。

 

「あいたた、ベルさん酷いです」

「いきなり飛びかかってきたからな」

 

 鼻を押さえ涙目で見てくるシルに淡々と返すベル。エルフのリューが呆れたようにため息を吐いた。

 

「確かに突然の奇行でしたが気を悪くしないでくださいクラネルさん。シルも、アナタを心配していたのですから」

「俺を?」

「【ガネーシャ・ファミリア】から逃げ出したモンスター討伐に赴き、三日も顔を見せなかったのですよ?殺されたのではないかと心配したのです」

「ああ………それは確かに、俺が浅はかだった。心配かけて悪いなシル」

「………じゃあ、抱きついて良いですか?」

「好きにしろ。なれている」

「ベルさん! ………ん?なれてる?」

 

 ベルに抱きついたシルだったが発言を思い出し首を傾げる。なれてるって何だなれてるって。こういう事を良くしてたのだろうか?女と。

 

「聞けばシルバーバックを単身で倒したとか。駆け出しだというのにお見事です」

「そうか? ここの店員の殆どが楽に出来そうだが」

「………そういえば対人経験が多いのでしたね。確かに今の私達ならその通りですが、駆け出しの頃の私達では殺されて終わりです」

 

 ベルの言葉にピクリと反応した店員だったがリューの一言で仕事に戻る。

 

「そうか。まあ、取り敢えず俺は一度ホームに戻る。シル、離れろ」

「あ、はい……」

 

 名残惜しそうに離れるシルを後目に去ろうとするベル。リューが首を傾げた。

 

「聞かないのですか?」

「聞いて欲しいのか?」

「………いえ」

 

 なら良いだろ、と出て行こうとするベルに、シルがハッと呼びかけた。

 

「あの、ベルさん! シルバーバックと戦う姿、かっこよかったですよ!」

「……………そう言われるなら、少しは近づけているのかもな」

 

 誰からも好かれるという英雄に。

 ベルは自嘲するように笑い今度こそ店を出た。

 

 

「はいちゅーもく!」

 

 【ロキ・ファミリア】のホームでロキがパンパン手を叩くと集まった面々が視線を向ける。主神や団長、副団長の側に立つ見覚えがない男女。彼らが今回の集会の主役だろう。

 一人は顔を赤くして震えながら服の裾を掴むツインテールの少女。一人は顔に傷跡をつけた白髪赤目の少年。その少年を見て一人の人狼があんぐり口を開けていた。

 

「こいつらは本日より正式にウチ等の傘下ファミリアになった【ヘスティア・ファミリア】の主神ヘスティアと、唯一の団員ベル・クラネルや。基本的にベルっちは【ヘスティア・ファミリア】として活動するけど、場合によっては組むこともあるだろうし仲よーしてな。んでこっちのちっこいヘスティアはまあ給仕や。優しくしてやるんよー」

「くー! 神の僕が給仕……」

「何時まで言っとんのやドチビ。諦めーや」

 

 唸るヘスティアにケラケラ笑うロキ。ベルは挨拶もすんだのでさっさと行こうとする。

 

「何処へ行く?」

「ダンジョン」

 

 尋ねたリヴェリアにそれだけ言うと再び歩き出した。

 

「………はぁ、まるであの子が増えたみたいだな」

「これから大変そうだね。ま、頑張れ」

 

 頭を押さえやれやれと首を振るリヴェリアにははは、と愉快そうに笑うフィン。件の『あの子』を見ると首を傾げてきた。

 

 

 

 

「へー。じゃあやっぱりモンスターを探していた白髪の冒険者って君のことだったんだー。ふーん」

「何怒ってんだ?」

「モンスターの脱走なんて大事件の後姿見せず心配して、三日経って現れて事情聞いたら三日間ずっと寝込んでたって聞いて心配してるのに『どうでも良い。ダンジョンに潜るから先に手持ちの魔石を換金してくれ』なんて言われたらそりゃキレるよ! ベル君は私をなんだと思ってるのかなぁ!?」

「………公私区別が出来てない職員?」

「誰だってこんな事されたら公でも私でも普通に怒るわ!」

 

 ゴチン! とベルの頭を叩くエイナ。ステイタスカンスト中のベルの頭を何の恩恵も持たないエイナが叩くとどうなるか?答えは明白。ケロッとしているベルと手を押さえるエイナの図が出来上がった。

 

「うぅ………冒険者って………むぅ、仕方ないなぁ。どうせ止めても行くんでしょ?」

「ああ」

「私そろそろ上がりだから、少し待ってて」

「……………」

「勝手にダンジョンに潜ったら怒るよ?」

「解った」

 

 ベルははぁ、とため息を吐いてギルドの受付から離れた場所にある椅子にドカッと座る。潜れなくて苛立っているのだろう。彼は強くなりたいようだし。

 そう聞いた。()()()()()()()()ベルから、そう聞いた。

 英雄になりたいという者は幾らでもいる。それは名誉を欲して、金を欲して、女を欲して。英雄になって得られる何かを期待して。そう言った者達は皆何らかの光を目に宿す。

 ベルにはそれがない。英雄になることが当然と思っているような………いや、これは正しくない。英雄を目指すのが当然と思っているような目だ。

 

「………これも何か違う、かな?」

 

 英雄を目指すと言い、実際エイナの忠告も聞かず冒険しようとする。一応主神であるヘスティアにステイタスの更新をネタにある程度抑えられているが少なくとも実行しようとしている。熱意を感じる……筈だ。なのに感じない。

 そう、あれはもっと、縛り付けられているような。英雄にならなくてはならないから目指す、そんな感じだ。目的も目標もなくただ目指し、瞳には熱も光も籠もらず冷たい影が広がるだけ。

 

「心配だなぁ、本当」

 

 それなのにそれ以外となると少しは熱を持つ。解りにくいが興味を示す。

 人並みの感情は持ち合わせており、その後英雄になる事を目指す機械としての機能を埋め込まれたようなそんな感じ。

 

「ベル君が興味持ったのはご飯と武器、防具の話だったかな? でもこの前豊穣の女主人で大食いの白髪冒険者の噂があったし………うん、防具にしよう」

 

 

 

 

「【ヘファイストス・ファミリア】か……ブランド品じゃん」

「大丈夫。新人鍛冶師の店もあるから」

 

 恐らく高価な商品には見向きもしないだろう、買えないから。

 買えたとしてもベルの戦闘スタイルは基本的に投擲ナイフと近接ナイフを使った中近距離型。使い捨ての利く安いモノの方があっているだろう。故に高いのが売ってる階層は無視。

 

「じゃあベル君、好きなの見てきて良いよ。あ、防具を見て回るんだよ?武器じゃないからね」

 

 ここはしっかり念を押しておく。こうでもしないとまた武器だけ集める可能性もある。

 

「あ、これなんか良いかも……」

 

 見つけたのはプロテクター。ベルのイメージカラーには合っていないがナイフも収納できそうだし耐久力も高そうだ。

 コレ、あげたら喜んでくれるだろうか?

 

 

 

 

「………………」

 

 購入してしまった。ベルはベルで軽装の鎧を購入していた。やはり基本的には俊敏を生かした戦闘方法が得意なようだ。

 

「ベル君の戦いの癖って何処でついたの?」

「盗賊狩り。あの頃はガキで、身体に合う鎧作るにはオーダーメイド。金なんてないから諦めて攻撃を避けることに専念し続けた内に染み着いた」

「幼い頃からかー。なら、仕方ないのかな?」

 

 それで今まで生きていたのだからまあ、やはりそれが一番合っている動きなのだろう。なら、やはり軽装を選んで失敗ではなかった。

 

「ベル君、はいこれ……」

「プロテクター?」

「プレゼント」

「……………幾らだ?」

「お金はいいの。プレゼントだってば……」

 

 呆れたように肩をすくめるエイナ。押し付けるようにプレゼントを渡す。

 

「…………寝ればいいのか?」

「何でそうなるかな」

「冗談だ」

 

 解りにくい。

 

「………ありがとな、エイナ。今度何かお礼をする」

「あ、う……うん」

 

 素直に礼を言われ少しくすぐったく感じるエイナ。ベルはそのままダンジョンに向かって歩く。

 何となく放っておけない。放っておくと絶対無茶をする。実力はあるから頼りになる筈なのに世話が焼けるとは変な性格だ。

 

「気をつけてよ、ベル君」

 

 叶うことなら死に場所を探す口実作りのように力を求め続ける彼の命を、ほんの少しでも防具が守ってくれますように。

 そんな願いを込め祈るハーフエルフは、その防具があっさり砕かれることになる未来を想像できなかった。

 



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風呂場

「戻ったぞ」

「あ、おかえりー」

 

 【ロキ・ファミリア】のホームに戻ると出迎えたのはティオナだった。

 

「どこ行ってたの?せっかく自己紹介の後誰が質問するか話し合ってたのに何時の間にか居なくなってたし」

「ダンジョン」

「おー。病み上がりなのにやるー」

 

 と、感心するティオナ。実際三日も寝ていたのだから普通は身体が硬くなっているだろうに、ダンジョンに向かったのだ。

 

「寝起きは確かに関節が鳴ったが、あれは別に硬い床に寝た時とそう変わらん。直ぐに向かえる」

「スキルの力だっけ? いいなー。私なんて大怪我した時暫く潜るの禁止だったよ」

 

 まあ今はLv.5。そう簡単に傷など負わないが。と、ベルが意外そうに見ているのに気付く。

 多分意外そうなんだろう、目を見開いているし。

 

「な、なに?」

「いや、綺麗な身体してるのに意外だと思ってな」

「え、そ……そうかな?」

「ああ。知り合ってる傭兵、その実力者は大抵身体のどっかに傷がある」

「あ、そっちか……」

 

 確かにここは天下の【ロキ・ファミリア】で、ロキはエロオヤジだ。女の子が怪我しても良いように常に薬を買い揃えている。だから大抵の怪我は傷跡残さず完治する。

 

「そういえばベルのスキルって傷跡は治せないの?」

「発現した以降の傷だけだな」

「せっかく可愛い顔なのに」

「余計なお世話だ」

 

 ふん、と鼻を鳴らしそっぽを向くベル。怒ったのだろうか? 可愛いと言われるのが嫌いとか? やっぱり可愛い。

 

「服の下も傷跡だらけなの?」

「ああ」

 

 見るか?と首を傾げるベル。見たいか見たくないかで言えば当然見たい。

 

「よし! じゃ、一緒にお風呂行こっか!」

 

 流石裸体を見られても気にしないアマゾネス。太陽を思わせる笑顔でとんでもないことを言う。が、ベルとて武器を少しでも多く手に入れたり盗賊の情報を優先して貰うために年下好きの女達と八歳の頃から寝ていた非童貞。全く慌てることなくティオナに腕を引かれるまま風呂場に向かった。

 

 

 

「わ、本当傷だらけ」

「それだけ俺が弱い証だ」

 

 傷跡を弱さの証として自嘲するベル。確かに強ければ傷なんて付かないだろう。しかし八歳が大人相手に戦っていたのだ、それも恐らく回復薬などがない場所で。十分偉業に値すると思うが、まあ本人は認めないだろうし黙っておこう。

 

「………………」

 

 ジッとベルの身体を見つめる。傷跡が手足、腹、背中と様々な場所に刻まれた引き締まった身体。幼い頃、力が弱い頃から真正面からぶつかり合うことを捨て、攻撃を当て、避けることのみ優先した結果であろう筋肉質ながら細い身体。

 そんな体をジッと見ていると不意に新たな気配が増える。

 

「…………あ」

「あ、アイズ!」

 

 入ってきたのはアイズ。ティオナは笑顔で手を振るがアイズは固まってベルを見ていた。ベルは頭を押さえ壁を向いてやる。

 

「ティオナ、ここまさか女湯か?」

「え? うん、そうだよ」

「…………はぁ」

「? あ、そっか! 普通女湯に男入っちゃ駄目だったっけ」

 

 流石羞恥心のないアマゾネス。いや、単純にティオナが馬鹿なだけだろう。

 

「あ、あの……大丈夫、だから………ゆっくり」

「そうだ! ベルの昔のこと教えてよ、何で冒険者になったのとかさ!」

「………私も、聞きたい」

 

 と、アイズまで興味を持ったようだ。身体を洗い湯船に浸かり寄ってきた。ベルは面倒くさそうにはぁ、とため息をついた。

 

「………英雄になりたいからだ」

「どうして?」

「…………昔、大ざっぱに聞かされた英雄みたいになりたい、そう思ったんだよ」

 

 憧れ、とは違う。ただ、これは自分に課せられた責務なのだと、そう思っている。

 

「その英雄は、たくさんの人間を救ったらしい。生き方を変えられなかった女や、生き方が縛られそうになった鍛冶師とかな………つっても、どう救ったかまでは知らねー」

 

 アイズもティオナも英雄譚が好きでそれなりの数を読んだつもりだが、そんな話はあっただろうか?まあ、世界は広い。地方にしか伝わっていない逸話があってもおかしくないし、そもそもベルも詳しく知らないようだ。

 

「まあ最初は、俺が目指さなくてもどうせ誰かが救ってくれる。俺がわざわざ救いにいく必要なんてない、そう思ってたんだけどな」

「…………何があったの?」

「………友人と森に遊びに行ったある日、熊に襲われた。その時俺は何も出来なかった」

「その友達は?」

 

 と、アイズがのぞき込んでくる。何か同調することでもあったのだろうか?

 

「生きてはいたよ。元々、誘ったのもそいつだったから、俺は責められることなくむしろ謝られた………」

 

 けどその時思ったのだ。力があれば助けられたはずだ、守れたはずだと。

 

「それから強くなりたくて爺ちゃんに戦い方学んで、八歳の頃村に来ていた商人にこっそりついてって……後は前話した通りだ」

「ベルは、弱い自分が許せないの?」

「ああ」

「私も、一緒。強くなりたい………私達、えっと……お揃い?だね……」

「…………かもな」

 

 アイズが微笑みベルが同意する様を見て、ティオナがムッと不機嫌そうに顔を歪める。

 

「そ、そういえばさ!その熊からどうやって逃げたの?」

「ああ、爺ちゃんが『儂の孫に何してくれてんじゃ熊風情が!食らえ、ケラウノス!』って叫んで物干し竿を熊の頭に突き刺して倒した」

「………変わったお爺さんだね」

「おまけに変態だ。まあ英雄の心得に関しては微妙なとこだが戦い方を教えてくれたのには感謝してる」

 

 やれハーレムを作れだの、女の子には優しくしろだの、ハーレムを作れだの、女が背にいるなら逃げるなだの、ハァァァァレムをつくるのじゃぁぁぁだの二言目には必ずハーレム作りを目標にするように言ってくる英雄の心得の授業だったが、楽しくないかと問われれば楽しかったと答える。

 

「まあ、勝手に出て行っちまったから爺ちゃんも怒ってんだろうな」

「ご両親は?」

「いない。ずっと爺ちゃんと二人暮らしだった」

「あ、ごめん…」

「良い。気にしてない」

 

 シュン、と落ち込むティオナの頭を撫でてやるベル。と、さらに新たな乱入者が現れた。

 

「アァァァイズたぁぁぁん!背中流しっこしよばぁ!?」

 

 ドゴォ!とアイズの拳が飛び込んできたロキの腹に食い込む。カハァ、と肺の中の空気を吐き出したロキは湯船に落下しプカリと浮かぶ。

 

「ベル、チャンス。ロキがお風呂場に近づいたから暫く女の人は寄ってこないはず」

「…………面白い神だなお前等の主神」

 

 ベルはそう言うと立ち上がりタオルで下を隠すと風呂場から出て行こうとする。

 

「あ、そうだベル!明日一緒にダンジョンに潜ろう!約束、ね!?」

「…………ああ、解った」

「やった!あ、時間は……七時半!ダンジョン前集合ね」

「ああ」

 

 ところでさっきからピクリとも動かず浮いているロキを放置しておいて良いのだろうか?

 

 

 そして翌日の七時半になり、ベルはソロでダンジョンに向かう。

 

「ごめーん、待った!?」

「待った」

「あれ?ここは今来たところだよって言われるって書いてあったのにな」

 

 妙な知識でも得ていたのか首を傾げるティオナ。ちなみにベルは祖父に『たとえ1ヶ月待たされようと今来たところと言うのが真の男だ!』とか言われていたが知ったこっちゃない。

 

「行くぞ」

「あ、うん!」

 

 【ロキ・ファミリア】の『大切断』(アマゾン)ことティオナ・ヒリュテが男と歩いているという事で注目されていたが鈍感なティオナと興味を持たないベルはそのまま進む。人が道をあけるように開くので楽だ。と、そんなベル達に声をかける者が居た。

 

「お兄さんお姉さん、サポーターをお探しではありませんか?」

「探してない」

「あれ!?」

 

 スタスタと歩みを止めないベルと視線だけ向けたがベルについて行くティオナ。声をかけた少女は慌てて二人の前に移動する。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 身の丈より大きなバッグを背負った少女。ベルは歩みを止める。

 

「…………?」

 

 何かが頭に引っかかる。チリチリと不快にならない程度の痛みを感じながら、ベルは目の前の少女をみた。

 

「サポーターはいらん。収納系のスキルがあるからな」

「え?あ、で、でもほら!モンスターが出にくい道とか、ダンジョンの構造とか記憶してますよ!」

「それはティオナがいれば間に合う」

「え?あ、あー………うん、期待しててよ!」

「……………いや、やはり雇おう。お前、名前は?」

「あ、はい!リリはリリルカ・アーデです」

「ティオナ・ヒリュテだよー」

「ベル・クラネル。駆け出しだ」



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サポーター

 ダンジョンの壁を突き破りウォーシャドウが現れる。ベルが一瞬で接近するとその首を刈り落とした。

 リリが魔石を抜いてる間にゴブリンやコボルトの群が現れる。

 

「てい!」

「…………」

 

 ティオナがウルガでコボルトの群を斬り飛ばしベルはゴブリン達を切り裂く。この間、一秒ほど。

 

「お2人ともお強い!」

 

 死体を一カ所に集め魔石を抜いていくリリ。手慣れている。聞けば【ソーマ・ファミリア】というファミリアに所属している、一応は恩恵持ちのサポーターなのだとか。

 

「魔石の回収は終わったか?」

「はい。ほらこんなに!少し待ってください今しまうので………あれ?」

 

 何時の間にか手元の魔石が消えていた。ベルが手を翳した一瞬で。

 

「収納系スキルを持っていると言ったろ?」

「ねえねえベル、この子の荷物重そうだしもってあげたら?」

 

 と、ティオナが提案するとリリがピクリと肩を揺らした。盗まれないか気にしているのだろうか?確かにこれはベルの意志がない限りベルが死んでも収納したアイテムは戻ってこないが。

 

「………まあ容量的には問題ないが」

「……なら、お願いできますか?」

 

 と、バッグを下ろすリリ。ベルはそんなリリをジッと見るが直ぐにバッグに視線を向け触れる。バッグが消えリリの手持ちは魔石を抜き取るためのナイフだけになった。

 

「どうするベル、このまま10階層行ってみる?」

「俺としては構わないが、あそこは霧が深いから互いを見失うかもしれない。リリが持ってるのは解体用のナイフだけだぞ?」

「あ、リリは別──」

「そっか。はいサポーターちゃん、これ貸したげる」

「──に大丈………はい?」

 

 ティオナが差し出してきたモノを反射的に受け取るリリ。ずっしりした重量に何だろうと見てみれば大剣二つを合わせたような独特の武器、大双刃(ウルガ)が………。

 

「ティオナ、それお前専用じゃ」

「ん? いーのいーの。愛着はあるけどサポーターちゃんの身を守るためだしね」

「そうじゃなくて、お前のステイタスに合わせて造られたんだろ?」

「あ! サポーターちゃん潰れて……ないね」

「?」

 

 ティオナが慌ててリリを見るがリリは片手でウルガを持ったまま首を傾げていた。

 

「あれ、サポーターちゃん犬人(シアンスロープ)のLv.1だよね?」

「え? はい……」

「よく持てるね」

「ええと………あ! リリには【縁下力持】(アーテル・アシスト)というスキルがあるんです。一定以上の装備加重に於いて補正がかかって、補正は重量に比例するんです」

 

 つまりそのスキルのおかげでウルガを軽々持ち上げられる補正が入っているのだろう。

 

「すごいスキルじゃん!何でサポーターなんてやってるの!?」

「へ?」

「重量のある武器を扱えるのは大きなアドバンテージだ。まあどうせ武器を買う金がないとかだろ」

「えー、勿体ないなぁ。せっかくの才能なのに」

「さ、才能? でもリリ戦い方なんて知りませんよ?」

「んなもん戦ってりゃ身につく」

 

 と、ベルが言うとリリは一瞬だけ目を細める。

 

「……勝手なことを。強いから、そんなこと言えるんですよ」

 

 

 

 

 

「………うわぁ」

 

 グチャリと潰れたオークだった死体を前に、ひきつった顔で己の手の中にあるウルガを見るリリ。その長さ故に振り回しにくく、斬ると言うより叩きつける感じにオークに向かって振るえば結果はこれだ。

 恐らく武器の重量のせい。リリ自身はスキルの恩恵だがスキル無しで振り回していたあのアマゾネスはどんだけだ、と貸してくれたアマゾネスを見る。拳やら身体を血に染めて笑顔を浮かべてきた。

 

「やるじゃんサポーターちゃん!」

「あ、はい。でも武器の性能ですよ」

「武器は所詮武器だ。その武器を使って結果を残したのはお前自身だろ?」

「そうそう。団長も前言ってたしね………すぎたる何とかは何とかだって」

「すぎたる謙遜は嫌味、な……」

 

 何故か殆ど覚えていないくせに無い胸を張るティオナに呆れた視線を送るベル。その手が霞むと遠くで呻き声が聞こえ砂の固まりが崩れるような音が聞こえた。どこかに潜んでいたモンスターの魔石を砕いたのだろう。

 

「凄いねベル。どうやってるの?」

「【エルトール】を周囲に薄く展開してるんだよ。これで何かが触れると直ぐ解る。で、後は生体電気を感知して、反応の強い場所、つまり魔石か脳を狙うわけだ」

 

 パチチと音を立てベルの手元に戻ってくるナイフ。魔法の応用らしい。便利な魔法だ。

 

「今日はこの辺で切り上げるぞ」

「そうだね。私お腹すいちゃった」

 

 

 

 

 

 全て換金して、金額54000ヴァリス。

 

「んー。微妙」

「そんな風に思うのはティオナ様ぐらいですよ。あの階層でここまで稼げるなら凄い方です」

 

 うなるティオナに呆れるリリ。さて、これから分け前だが今回はサポーターとしての仕事は出来ず、強い二人はモンスターが出にくい回廊を使う必要もなかったので案内もなし。そして何故か冒険者の真似事をすることになったが倒したのはたった一体。それに今日は、お試し期間だ。全く不要なことを証明してしまった。

 

「はいサポーターちゃん」

 

 と、ティオナが18000ヴァリス程入った袋をポン、と渡してくる。

 

「へ?」

「おいまてティオナ」

 

 リリが固まっているとベルが呼び止める。ああ、何だ。馬鹿(ティオナ)が勝手に払っただけかと何故か安堵するリリ。その袋に1000ヴァリス追加された。

 

「ほぇ?」

「本来戦闘職じゃ無いのに真似事させて悪かったな」

「あーそっか。でも私サポーターちゃん才能あると思うけどな。また明日もやってみようよ、良さが解るよ!」

「………明日?」

「引き続き頼む。魔石を取り出す速度とか、階層に現れるモンスターの種類の知識とか俺達には殆どないからな、無知な俺たちに是非教えてくれ」

 

 そう言うと去っていく二人。手元に残ったのは19000ヴァリス。今まで貰ったこと無い金額だ。

 

「………変なの」

 

 変すぎる。サポーターに戦わせるし、荷物は持っちゃうし……おかげで目的は果たせなかった………。

 

──弱っちい小人族(パルゥム)が──

 

──サポーターが冒険者様に意見してんじゃねーよ──

 

 

──サポーターちゃん才能あると思うけどな──

 

──無知な俺たちに是非教えてくれ──

 

「……………………」

 

 

 

「くそ、何でこれしか……こんなんじゃ……」

 

 ブツブツと頭をかきむしりながら去っていく男の姿が見えた。ベルはその男の肩につけられたマークを見る。

 

「………【ソーマ・ファミリア】か」

「あれ? それってサポーターちゃんと同じ?」

「………………」

 

 ベルは顎に手を当て暫く考えるとティオナに向き直る。

 

「ティオナ、今日はLv.1の俺に付き合って10階層まで付いてきて貰ってありがとな」

「どうしたの急に? まあ、うん。どういたしまして!」

「俺はちょっと私用で物を買ってくるから、後で豊穣の女主人で集合しよう」

「オッケー。今度は私が待ってるからねー」

 

 笑顔で走り去っていくティオナを見送り、ベルは裏通りに向かう。数名の冒険者が目配せして後を追った。

 

 

 

 

「よお、随分稼いでたみたいだな?」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべた男がベルの前に現れる。後ろを向けば同じような表情をした男が二人。

 

「へへ、実は俺ら貧乏人でね。日々食いつなぐのがやっとの儲けだって言うのに大切断(アマゾン)の恋人は女にやらせて随分もうけたみたいじゃねーか?」

「俺は彼奴の恋人じゃねーよ。好意は寄せられているみたいだがな」

 

 ベルの言葉に男はッチ、と舌打ちしてベルを睨む。目的は金だけではなく、女と共にダンジョンに潜っていたベルを痛めつけることも含めているようだ。

 遠慮する必要はなさそうで安心した。

 

「おとなしく有り金全部おいぺ──」

 

 三人組で、一人で出てきたという事は目の前の男が一番の実力者なのだろう。隙だらけに話しているので接近し顎の下を蹴る。グリンと白目をむき気絶した。

 

「な!?」

「て、てめぇ!」

 

 後ろの男達が目を見開き片方がナイフを放ってくる。矢のように飛ばすベルと違い曲刀を回転させて放たれたナイフ。ベルはその柄尻を蹴り男の足に返した。

 

「あぎ! ………はぁ!?」

 

 回転するナイフの柄尻を蹴るという離れ業に目を見開く男。最後の男が剣を抜き切りかかってくるが高速で飛来した林檎が手首に当たり砕けた。

 

「大の男がたった一人の少年に寄ってたかって何をしている、下郎ども」

 

 凛とした透き通るような声が響く。振り返れば緑の給仕服を着た美しいエルフが目を細め男達を睨みつけている。

 

「私はあまり気が長くない。早々に失せろ」

「ひっ!」

 

 エルフの女性、リューに睨まれ顔を青くした男は足に怪我をした男に肩を貸すと逃げ出す。残されたのは気絶した男とリュー、ベルの三人。

 

「お怪我はありませんかクラネルさん」

「ああ……ま、一人でも良いか」

「?」

「げふ!?」

 

 リューが首を傾げているとベルは気絶した男の腹を蹴り無理やり起こす。男は仲間が居なくなっていることと自分が気絶していたことに気づき顔を青くする。

 

「俺も気は短い方でな。聞かれた質問には全て早急に答えろ」

 

 男の髪を掴み顔を持ち上げると首筋にヒタリと冷たいナイフを当てる。男の顔は白くなり涙を流しながら動かしにくい頭を必死に縦に振った。

 

「……クラネルさん、あまりこういった危険なことはしないでください。貴方に何かあればシルが悲しみますので」

 

 だいたいの事情を察したのだろう。リューはため息を吐いた。

 

「じゃあ一つ目だ。【ソーマ・ファミリア】について話せ」

 

 

 

 男の話をまとめると、【ソーマ・ファミリア】は酒造のファミリア。しかし主神のソーマはそれのみを目的として、事実上団長のザニスが支配しているらしい。

 その支配体制は報酬によるもの。金を多く集めた者に市販されているソーマとは別の神酒(ソーマ)を与えるというものらしい。その味はまさに絶品で、飲んだだけで幸福感を得られるらしい。

 【ソーマ・ファミリア】の者は一度飲んだそれを味わうために金を集め続けているのだとか。

 

「……随分と、不快な結束ですね」

「薬物中毒みたいなもんか。なあ、リリルカ・アーデを知ってるか?」

 

 潔癖なエルフであるリューは顔をしかめベルは再び質問する。

 

「アーデ? ああ、あの役立たずのサポーターか………彼奴は両親に生まれた時から入れられてた奴だよ。その両親も死んで、卑しく金せびりにくる虫だ」

「………そうか」

 

 ベルの爪先が男の腹にめり込み男を再び気絶させる。

 もはや興味を失ったように立ち去るベルは振り返りリューを見る。

 

「今日この後、ティオナと豊饒の女主人で飯食うんだ。一緒に行こうぜ」

「はい」



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リヴィラの街

 リリは今日も渡されたウルガをオークに向かって振るう。ティオナは何故か完全に応援に回っており、ベルはベルでモンスターを狩っている。

 

「リリ、何でこんなことしてるんでしょう………」

「凄いねサポーターちゃん。ステイタスすっごく上がったんじゃない?」

 

 流石第一級冒険者の武器で、しかも重量で叩き切ることを目的にした武器。刃こぼれ一つなく、オークなどあっさり切り裂くことが出来る。そんなウルガを渡した本人はニコニコ笑みを浮かべて聞いてくる。

 

「あー、その………リリのファミリアは…」

「【ソーマ・ファミリア】は更新、脱退に金がかかるんだよ。オマケに予約制で、予約したとバレると金を持っていると判断されて狙われることもあるらしい」

 

 リリが言いよどんでいるとベルが戻ってきた。魔法を精緻に操る練習だとかでその周囲には一定間隔で浮かぶ鉄の玉が。数は4。

 

「最初は10だったから、ベルまた失敗したんだ」

「………………」

 

 この少女は、どうしてこう何も考えずにズケズケ言うのだろうか?まあ、馬鹿なんだろう。

 

「でもそっかー。【ソーマ・ファミリア】って大変なんだねぇ。確かに換金額で言い合ってるの良く聞くけど」

「ていうかベル様良く知ってましたね」

「ああ、この前質問に何でも答えてくれる【ソーマ・ファミリア】の団員にあってな」

「なーんだ。ちゃんと良い人もいるんだ」

 

 と、安堵したように言うティオナ。そんなの居たっけ?と首を傾げそうになるリリ。

 

「あそこの連中は皆ソ……金の亡者ですよ。良い奴なんていません」

「そう?サポーターちゃんは良い子じゃん」

「…………は?」

 

 いきなり何言ってんだこの女、とティオナを見るリリ。どうもおべっかなどではなく本気で言っているようだ。

 

「ん?いや、だってさ。私やベルが離れて行動してても待っててくれるし、後ろから襲われそうになった時、魔剣使おうとしてくれたでしょ?」

 

 ちなみに後ろから襲ってきたモンスターはティオナの裏拳で粉々に吹き飛んだ。魔剣の存在を知られただけ損だ。まあ、彼等はサポーター風情が生意気だ、などと言って奪おうとしてこなかったが。

 

「魔剣の無駄遣いしそうになりましたけどね」

「そうそう。魔剣って使える回数が決まってるのに偉いよね!」

「……………」

 

 それは………この二人は良い稼ぎになるからだ。今までのどのパーティーより儲かる。本来の目的を果たさずとも、この二人と暫くいれば目標の金額に届くほど。

 そう、だからだ。決して助けたいと思った訳じゃない。

 

「………ん?」

 

 落ちた鉄の玉を集めながら再び浮かせる練習をしていたベルは不意に一方向を見る。

 

「どうしたのベル?」

「人の反応。それとモンスターが凄い数で減ってる………高位冒険者達だな」

「へぇ、そう言うのも解るんだ。便利ー」

「いずれはモンスターの動きを阻害できるまで精密に操れるようにするのが目標だな」

「ん? ベルの魔法って雷だよね? 何か関係あるの?」

 

 コテンと首を傾げるティオナ。ベルはどう説明したものかと暫し考えティオナの手に触れる。パチン、と電気が弾けた。

 

「ひゃん! ………あれ?」

 

 反射的に手を挙げようとしたが何故か下げた。

 

「人間の体に電気流すと筋肉が動くんだよ。そこを上手く扱えばこういうことも出来る………ちなみに何処にどんな電気流すかはヘスティアと試行錯誤した」

 

 終わった後肩を電気マッサージする条件で。

 

「でもこれならモンスターそのものを操れるんじゃない?」

「麻痺させることまでなら出来るだろうが、操るとなるとな。学園都市の第一位並の演算力がねーと無理だろ。確かにアルビノだけど」

 

 ボソリと呟くベルにティオナは首を傾げる。まあ、動きを止めたり関節を伸ばさせたり程度なら出来るだろうが。

 

「………あ、ティオナ、ベル」

「あれ、アイズー!」

 

 と、不意に霧の奥から声をかけられる。見ればそこにいたのはロキ・ファミリアの面々だ。アイズにレフィーヤ、ティオネとリヴェリア。フィンもいる。他の団員はいないから遠征ではなさそうだ。

 

「どうしてここに?」

「気晴らしに、少し散歩にね」

「ダンジョンを気晴らしに……?」

「おや、君は?」

 

 ポツリと呟いたフィンにリリが呟くと気付かれる。そして、ああと納得言ったように手を叩く。

 

「君がサポーター君か。聞いているよ、ティオナのウルガを扱えるんだってね」

「………振り回せるだけですよ」

「いや、それでも十分凄いことだよ。えっと、名前はリリルカ・アーデさんだったかな?」

 

 ニコリと女性冒険者に大人気の幼顔を笑顔にして手を伸ばしてくるフィン。取り敢えず失礼に当たらないようその手を握る。

 

「良かったらこれから、君達も来ないかい?特にベルはこれから先、潜ることになるわけだからね」

「良いけど、どの層までだ?」

「そうだね。今日はリヴィラの街まで行ってみようと思ってる」

「中層か………てことはミノタウロスが居るのか」

「今回は散歩だ。余計な事はしないようにね?」

 

 フィンの言葉にベルは舌打ちをして大人しく従った。

 

 

 

 レフィーヤはベルの背中を見つめる。

 最初にあったのは酒場。ベートが言っていたミノタウロスにやられながら、逃げるなと文句を言っていた冒険者。初めはどんな怖い顔の人かと思った。きっとベートみたいな顔だろうと。アイズがミノタウロスと互角に戦っていたと言うのを聞いた時は世紀末覇者を想像した。

 実際現れたのは自分より一つ下の、兎のような少年だったが。話を聞くとオラリオに訪れる前からモンスター狩りや人間を相手に戦ってきたらしい。しかも八歳から。

 二回目の邂逅は食人花に襲われた時。いきなり腕を掴んできたと思ったら引っ張られるし散々だった。おまけに圧倒的な実力をみせられ自信を失いかけた。

 

(………そういえばあの時助けて貰ったんだったなぁ)

 

 ふとそんな事を思いベルを見る。ユラユラ揺れる鉄の玉を浮かせながらリヴェリアに指導されていた。

 お礼はまだ言ってない。何時かは言うべきと解っているがなかなか言い出せない。そもそも年が近い異性と話したことなどないし………。

 

「ふむ。雷が磁力に、か………ベルは色々知ってるな」

「爺ちゃんが電気系統のこと詳しかったんで………今思えばあの爺何者だ?明らかに知りすぎてたな」

 

 リヴェリアに誉められたベルは謙遜し祖父のおかげといい、その祖父の言動を思い返し首を傾げる。ティオナは10階層にいる間のベルの戦い方をアイズやフィン達に話しており、ポツンと一人残された。

 チラリと横を見るとウルガをティオナに返し、何も持っていないと落ち着かないからとベルにバッグを返して貰ったリリが居た。話したこと無い相手だ。

 そのまま無言で歩くしかなかった。

 

 

「………………」

 

 嘗て自分が苦戦した相手があっさりやられていく様を見ながら英雄になれる未来は遠そうだと嘆息し、17階層の半ば程まで来て急に足を止めるベル。

 

──引き返せ。お前には荷が重い。死ぬだけだ──

 

 幻影が呟く。何時もは英雄になれ、困難に立ち向かえとしか言わない幻影が。いや、これは本当に何時もの幻影か?

 何時ものは単なる虫の知らせ。故にベル自身、イヤな気配を感じ取ったりする。しかし今は感じない。それがまだ、というだけなのかもしれないが。

 

「どうしたんだい、ベル?」

「………いや」

 

 何故だろうか?この幻聴の声を真似た何かの声に従うのが、酷く不快だ。苛立ちすら覚える。

 

「そうかい?じゃあ、行こうか」

 

 

 

 リヴィラの街がある18階層には木々が生えており、森が存在した。天を見上げれば光り輝く水晶があり、その周りを青水晶が、柔らかな光を放っていた。

 そして、街が見える。

 

「ここはモンスターが生まれない安全階層(セーフティポイント)だからな。他の階層から来るモンスターに対応すれば事足りる」

「まあ、それでも333回壊滅しているけどね」

 

 リヴェリアの言葉にフィンが付け足す。

 

「普段ならかさばるドロップアイテムや魔石を売らなきゃいけないんだけどねー」

「ベルのスキルがあるから、今回は必要なさそうだ。君が遠征に加われる日を楽しみにしてるよベル…………ベル?」

 

 ベルが目を細めているのを見てフィンが首を傾げる。

 ベルはベルで、あの街を見て漸く不穏な気配を感じた。しかしこれは街が放つ気配であり、何か問題が発生しているだけのような……。

 つまりその事件が、ベルを帰そうとする何かにとって都合が良くないのか? あるいは、本当にベルの身を案じているのか。

 

「……………少し、妙な感覚がした」

「確かに、街の様子が変だな」

 

 ベルの言葉にリヴェリアが肯定する。人の気配が少なすぎるのだ。

 

「………少し良いか? 何かあったようだが……」

「ん? 何だ、あんた今来たところかい? 殺しだよ。街中で冒険者の死体が出て来たらしい」

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】の名は流石だな、と現場にあっさり入れたベルは思う。被害者は男性。鍛えられた上半身を晒し、頭部を失った状態で死んでいた。

 

「しかし収集家(コレクター)か?何処に行ってもいるんだな趣味の悪い奴は」

「どう言うことだいベル」

 

 飛び散っていた肉片を指で摘まみ見ていたベルがぽつりと呟くとフィンが尋ねてくる。

 

「顔の皮膚がない。死んだ後か前に剥がされたのかまでは解んねーけど、ああいうの集めるのいるんだよな。俺も昔盗賊に捕まった時目を抉られかけた」

 

 酒精の強い酒の中にゴロゴロ転がった目玉だらけの部屋を思い出し顔をしかめるベルに、フィンは顎に手を当て尋ねる。

 

「ベル、男の詳しい死因は解るかな?」

「頸椎骨折。首の骨を凄い力で握られてんな……けど、爪に皮膚とかねーし……抵抗の間も殆どなかったみたいだな」

「抵抗はしたのかい?」

「知らん。出来なかった可能性もあるし、腕力で押し返そうとした可能性もある……」

「どのみち、Lv.4の首をへし折れるなら同様にLv.4、あるいはそれ以上か」

 

 と、ベルの言葉に嘆息するフィン。思ったよりやっかいそうだ。大手のファミリアと抗争にならなければ良いが。

 

「他に気づいたことは?」

「俺は検査官じゃねーっての………物取りの可能性もあるがバッグパックが荒らされてるのをみるに何か目的の物があったんだろうよ。けど、それを手に入れられなかった」

「どうしてそう思う?」

「一瞬収集家(コレクター)と思ったが良く見りゃ少し皮膚が残ってた。頭つぶした後に皮剥いだな。そもそも生粋の収集家(コレクター)は鮮度やら質やらを保つため麻酔も打たず生きたまま剥ぐのが殆どだ」

 

 まあこれは俺の経験則だから完全に当てになるかは解らないが、と付け足すベル。レフィーヤはうぷ、と口を押さえ出て行った。リリも何時の間にかいない。

 

「俺がやれる情報はここまでだ。謎解きはそっちでやっててくれ」

「ベル、怪しい奴を見かけても………挑むな」

「…………ああ」

 

 フィンに注意され纏っていた剣呑な気配を抑えるベル。リヴェリアとフィンは一度アイズを見てからベルを見てため息を吐いた。注意しなければ挑みに行ったかもしれない。本当に、幼い頃の彼女にそっくりだ。

 

 

 

 

 何か目的の物があった、それはまだ加害者の手に渡っていない、その二つの言葉を聞いたリリは宿からそっと出て先程見かけた冒険者を探す。

 いた……。

 

「冒険者さん冒険者さん」

「ひっ!? え、あ……な、何?」

 

 小麦肌の犬人(シアンスロープ)の少女は怯えたように震え、自分より小さな同族にどこか安堵したような顔を浮かべる。

 

「実は私、【ロキ・ファミリア】と共にここに来ましてね。物取りの容疑者から外されてます……アナタは受取人でしょうがそれを持ったままだと犯人と疑われかつ犯人に狙われるはず。どうです、リリと交渉しませんか?」

「こ、交渉……?」

「街を出るまで、或いはダンジョンを出るまでリリが預かります。報酬を頂けるのでしたら、ですが……」

「……………ば、場所……変えよう」

「……………」

 

 この少女は今回の事件の参考人になるだろう。リリがやろうとしているのは、その邪魔……【ロキ・ファミリア】の妨害とも言える行為だ。あの二人は果たしてどんな反応をするか……。

 

「まあ、良いですけどね」

 

 戦わされたが、お金も多く入ったので目標の額に大きく近づいた。Lv.4が所属しているファミリアに依頼した何者かが用意周到にも運び屋を雇っていた。契約金自体多くあるだろう。それさえ頂ければ、きっと目標の金額に届く。

 あんな二人、早く別れてしまおう。これ以上冒険者の真似事なんてしたくない。

 

「………リリは、役立たずなんですよ。才能があるなんて言わないでください………甘い夢なんて、みせないでください」

 

 

 

 

「リリちゃん?」

 

 吐き気を抑えられず結局吐いてしまい、恥ずかしくなってその場から逃走したレフィーヤは、見知らぬ冒険者と共に歩くリリを見つけた。何となくその足取りが重そうに見え、気になったレフィーヤは後を追う。

 その後を、一人の冒険者が音を立てずに追った。



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赤毛の女

「ベル、ねぇ……ベル」

「ん?」

 

 クイクイと袖を引っ張ってくるアイズに振り返るベル。金の瞳と赤の瞳が交わり、アイズはジッとベルの瞳を見る。

 

「最近、何か考え事してるように見えたけど……悩み事?」

「別にねーよ」

「嘘」

 

 一瞬の迷いもなく言い切った。嘘は許さないとばかりに見てくるアイズ。見ようによっては顔を近づけキスを迫る恋人にも見えなくも無いのか、周りの男達がチッと舌打ちして去っていく。

 

「………リリを救う方法を考えてたんだよ」

「リリを? どうして?」

「どうしてって……そりゃ……………」

 

 どうしてだ?

 そこで思考がピタリと止まる。何故自分はリリルカ・アーデを助けてやろうと思った? 女の子だから? それが英雄らしい行動だから?

 いや、違う。根本的に違うと断言できる。ベルはリリの過去を知る前から、出会った時から救わなくてはと思っていた。何故?

 混乱するベルに、しかしアイズは満足そうに微笑む。

 

「良い子。ちゃんと迷って、考えるんだね………それで良いと思う。救いたいから救うでも、とっさに助けようと思ったでも、止めないよ。でも、そんな空っぽの瞳で救おうとしちゃだめ。きっと、あの子も傷つくから」

 

 ベルの頭を撫でるアイズ。ベルは今一度、リリを救いたい理由を考える。

 過去を知った。哀れだと思った。

 共にダンジョンに潜った。とっさに魔剣を使おうとする優しい子と知った。

 笑顔を見た。寂しそうな表情だと思った。

 

「………リリだから、かもな」

「……………」

「彼奴を知った。少しだけだけど、知り合いになった。救ってやりたいって思った」

「うん。良いと思う………頑張ってね」

 

 アイズは優しく微笑むとベルの背中を押した。

 

 

 

 去っていくベルの背中を見ながらアイズは微笑みを浮かべ続けた。

 

「……かわいい」

 

 強さを渇望し、ダンジョンに潜る姿は昔の自分のようで、親近感を覚えた。でも、自分とは違い彼は周りも気にすることが出来ていた。良い子だ。昔の自分よりは。

 

「ベルは、八歳から戦ってたんだっけ?」

 

 自分もそのぐらいの年にダンジョンに潜り始めた。ベルの場合は外の世界でだけど、小さい頃から戦っていたというのは同じだ。またお揃い。

 

「………♪」

 

 同じだ。ベルは自分と。それが、何となく嬉しい。

 英雄を目指し、誰かを救おうとしている彼の姿を見て、同じだと思えることが嬉しい。

 

「早く、強くなってね」

 

 何時かは、隣で戦えるぐらいに。

 と考えているとフィン達が人を集めている声が聞こえた。男も女も関係なく調べるらしい。あまり言いたくなさそうだったが、皮を被って変装している可能性だってあるそうだ。

 

 

 

 ズキンズキンと先程から頭痛が酷い。

 

──そっちへ行くな。引き返せ──

 

──お前にはまだ早い。諦めろ。敵討ちをする英雄でも俺は満足だ──

 

 頭痛とともに響く自分の声に顔をしかめながら歩く。明らかにおかしい。この幻聴は、自分がイメージする英雄そのものだ。それが逃げ出すように唆すなんて今まで無かった。

 

「ごちゃごちゃうるせぇ、黙ってろ………」

 

 頭を押さえながら呻く。五月蝿い。黙れ。何度も呟く内に漸く収まる。と、その時だった。

 何かが壊れる音が聞こえた。振り返れば何時か見た食人花の群が空高く首を伸ばしていた。

 

「くそ、またか!」

 

 救いにいけ、街を救えと響く何時もの幻聴。一人でも多く救うことを選べと喚く理想の自分。

 

「黙ってろ、くそ……声がやんだ理由はこれか」

 

 普段の幻聴が喚く状況。故に何者かの声は止んだ。だが、次はこれだ。

 

「いらつく、何者だくそがぁ!」

 

 

「は、はいこれ……」

 

 ルルネと言うらしい褐色肌の犬人(シアンスロープ)がバッグから取り出した布に包まれた球体をリリに渡そうとする。が―――

 

「ま、待ってください!」

 

 と、割り込む声があった。振り返れば慌てた様子のレフィーヤがおりリリの顔が歪む。

 

「それ、まさかハシャーナさんの持ち物じゃ……」

「…………ええ。彼女は運び屋だそうです。これを持ち続けるのは不安だそうなので預かろうかと」

「で、でも何でこんな場所で……」

「犯人に目撃されたら困るでしょう?」

 

 リリの言葉にぐっと言葉に詰まる。確かにそれは事実だ。

 

「な、なら……私がリリちゃんを見張ります!」

「………まあ、良いでしょう」

 

 監視は別に良い。どうせ地上に持って行くまで持っていれば良いだけなのだから。と、その時だった。

 

「「「──!?」」」

 

 突如何かが破壊される音と怒号や悲鳴が聞こえてきた。見れば巨大な蛇のようなモンスターの影が見え、その正体を唯一この場で知るレフィーヤは顔を青ざめさせる。

 

「な、何でここにあれが!?」

「知ってるんですかレフィーヤ様?」

「と、とにかく今は避難を────!?」

 

 ゾクリと、背筋に寒気が走った。振り返るとそこに一人の男が立っていた。瞬間、リリは駆け出す。長年の経験が目の前の男を危険と判断したのだ。

 

「リリちゃ───!?」

 

 レフィーヤが叫ぶと同時にルルネとレフィーヤの間を風が吹き抜けリリのバッグを男が蹴りつける。速すぎて全く見えなかった。

 

「あう!?」

 

 巨大なバッグ故に衝撃は幾分か殺せた。そう、幾分かは。バッグは粉々に砕け散り魔石やら薬やらが飛び散りリリは地面を転がる。男は無言で剣を振り下ろそうと掲げた。

 

「だめ! リリちゃん、逃げて!」

「危ない!」

 

 レフィーヤとルルネが叫ぶが無理を言ってくれる。背中も腹の中も痛くて仕方ないのだ。冒険者でもあるまいし、あんな力で蹴られて動けるはずがないだろう。

 

「……冒険者なんて、大嫌いです」

 

 ポツリと呟く。ここで死ぬのだろう。漸く死ねるのだろう。

 弱くて、惨めな自分とおさらば出来る。次は、ちゃんと冒険者を目指せたら………と、思い返すのは白髪赤目の愛想のない少年と褐色肌の、太陽みたいな明るい笑みを浮かべる少女。

 冒険者になれたら、またパーティーを組んでくれるだろうか?

 

「……………はは、何だ………大嫌いなのに、まだ夢見てた」

 

 この剣が振り下ろされれば、この夢からも覚めるだろう。だからリリは目を瞑る。聞こえてきたのは風切り音ではなく、鉄と鉄がぶつかる音。

 

「───ッ!」

 

 目を開くと男は背を向けており、男の持つ長剣にナイフを当てるベルの姿があった。男は反応したのか真正面から受け止めておりベルの顔が苦しげに歪む。

 不意に、ギチギチと響く軋むような音に気づき男が訝しみ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ベルが叫ぶ。

 

【打ち砕け】(エルトール)!!」

「───!!」

 

 黒紫のオーラはナイフに集中し、黒雷がナイフを包み込むと男の持つ剣を砕き男を黒雷が飲み込む。背後の水晶を砕き圧倒的な破壊の力を示す。が───

 

「ごは!?」

 

 吹き飛ばされたのはベルだった。

 男は足を振り上げた姿で佇んでいた。いや、それは男ではなかった。

 

「お、女の人?」

 

 レフィーヤが困惑したとおり、砕けた鎧の下にあったのは所々焦げ、煙を出した服を着た女の身体。良く見れば顔も皮膚が黒く焼けており、崩れた下から白い皮膚が除く。

 

「………今の雷……」

 

 ベリベリと皮膚を剥がし現れる赤毛の女の顔。下半身の鎧を剥がし、首をコキリと鳴らす。

 

「お前が『()()』の言っていた……」

「彼女……?」

 

 ペッと口から血を吐き出すベル。女はまあ良いと呟き地面に手を沈めた。

 

「………え?」

 

 地面から手を引き抜き、レフィーヤが目を見開く。一体何度目の驚愕になるか。先程ベルが放った一撃、Lv.3―――否、4に匹敵しそうな魔法を受け平然としていることに驚き、男かと思っていたら実は女であったことに驚き、そして天然武器(ネイチャーウェポン)を取り出したことに驚いた。

 ダンジョンがモンスターの為に与える武器。それを、何故人間が? 彼処に予め埋めておいた? それは無い。する必要がない。未来でも予知できるなら別だが。

 

「まあ、手足が無くても構わんだろう」

「─────!?」

 

 血肉をそのまま剣の形にしたような不気味な長剣。血飛沫のような軌跡を描き迫るそれにベルは避けるのは不可能と判断し防御しようとするが、押しつぶされる。交差させた腕はプロテクターごと切り裂かれ左肩から肋骨を数本まとめて切り落とされる。

 

「何だ、思ったより弱いのか。先程の一撃、魔法に特化していただけか?」

「─────!!」

 

 胸から背中にかけて突き抜けた長剣をベルを蹴り飛ばすことで抜く女。ゴリリと骨が鉄と擦れベルが声にならない声で叫ぶ。

 

「が、あ………」

「さて、次は脚だ──」

 

 と、再び剣を振り上げベルに近づこうとした瞬間影が差す。見上げれば巨大な水晶の塊が自分に迫ってきた。

 

「その人から、離れろぉぉぉぉ!」

 

 【縁下力持】(アーテル・アシスト)の恩恵で持ち上げた、ステイタス上では僅かに動かすことすら不可能な巨大な水晶の塊。当たれば第二級冒険者(Lv.2の冒険者)でも怯むであろうその一撃を、女は片腕を振るうだけで粉々に砕く。

 

「─────」

 

 目を見開き、迫る女の手を見るリリ。死を悟ったのか、時間の感覚が遅くなる。Lv.4の冒険者の首をへし折ったのだ。リリの首など抵抗する間もなく折るだろう。

 ああ、全く何をしているんだ自分は。一日に二度も死にかけて、しかも二度目は自分から死地に飛び込むような真似をして。

 あの二人のせいだ。あの二人に関わらなければ、こんな所に来なかったしこんなことしようとも思わなかっただろう。だからさっさと別れたかったのに、別れるための金を得ようとしたらこれだ。オマケに今こうして助けようとするなんて。

 でも……イヤな気分ではない。こんな気分で死ねるならまだ幸福だろう。

 

「リリ!」

「へ?」

 

 全てがスローになった世界で見たのは女の手に走る紫電。女は曲げていた肘を伸ばし手はリリとは別の方向を向く。その瞬間、ベルがリリを抱き留め地面を転がりながら女から距離をとった。時間の感覚が戻ってくる。

 

「………傷が塞がって? いや、落とした腕はそのまま………再生か」

 

 明らかに肺に達していた。それを治療しながら新しい腕まで生やすとは随分と強力な再生スキルだ。

 

「で、だからどうした?」

 

 再生するならまた切り落とせば良い。ダメージを与え続ければ良い。向こうは此方に全くダメージを与えることが出来ないのだから、いずれ勝つのは自分だ。

 

「その程度の力で私とお前の差は覆らない」

「だよな。なら、これならどうだ?」

「───ッ!?」

 

 唐突に襲われる虚脱感。鉛のように重くなった体に目を見開く女。飛び出したベルに対応しようとするもその動きは泥の中にいるように遅く感じ、ベルの一撃を長剣を振るい打ち合おうとするが吹き飛ばされる。

 

「………ステイタスダウン?いや、これは……貴様!」

 

 自身の能力の低下に気づいた女は、逆説的にベルを強く感じるとは言え明らかに強くなりすぎているベルに気づき忌々しげに睨む。

 ベルと自身に絡み付く蛇の紋様。そこから力を吸われている。

 

「ふざけるな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 認めん、()()!」

「ぐ!?」

 

 女の身体に巻き付く蛇の紋様が歪み、ベルの身体に巻き付く蛇の紋様が………裂けた。全身から血を流し膝を突くベル。

 

「……抵抗(レジスト)できんのかよこれ……しかも副作用付き……記入しとけ!」

 

 思わず悪態を吐くベルに女の足が迫る。ヘスティア・ソードで防御するもどんな耐久力をしているのか脚に僅かに刃が食い込んだだけでそのまま吹き飛ばされた。

 

「この!」

 

 と、何時の間にか詠唱を完成させていたであろうレフィーヤが魔法を放つ。が、女は長剣を振るいレフィーヤの魔法をかき消した。

 

「へ? きゃあああ!!」

 

 唖然とするレフィーヤを魔法をかき消し幾分か威力がそがれた剣圧による暴風が襲う。

 

「このぉ!」

 

 と、ここで漸くルルネが動く。しかし無理はないだろう、先程まで殺されるかもしれない恐怖に怯え、五分にも満たない時間で凄まじい攻防が繰り広げられていたのだから。

 

「邪魔だ」

「が──!?」

 

 しかし、相手にならない。拳一つで水晶の壁に叩きつけられたルルネはそのまま気絶し地面に横たわる。

 

「………鬱陶しいな。先に殺すか」

「────あ」

 

 女が眼前に迫り固まるレフィーヤ。あ、死んだ、と何処か冷静な部分で死を覚悟する。その時──

 

【目覚めよ】(テンペスト)───」

 

 暴風を纏った刺突が女に迫る。女は背を反らし避けると眼前を突き抜ける剣。剣の持ち主は金髪金目の少女。

 

「アイズさん!」

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン。【ロキ・ファミリア】の『剣姫』が仲間の窮地に現れた。



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ファイアボルト

「ベルさん! エリクサーです!」

 

 レフィーヤがベルに駆け寄りエリクサーをかける。ベルの傷が治っていき、ベルは片手でエリクサーを受け取ると残りを飲み込む。

 身体に魔力が満ち、【不屈の闘志】(ベルセルク)の効果により体力も魔力も奪われていたが何とか持ち直した。

 

「アイズさんが来たから、もう安心ですね……」

「んなわけあるか……」

 

 安心して良いはずがない。助けられた、守られた。

 どうしてそれで安心できようか。ベルは悔しくて恥ずかしくて惨めで憤って腸が煮えくり返りそうだ。弱い自分が許せない。英雄を目指すことすら烏滸がましいとすら感じてしまう。

 

「くそ……!」

 

 ギリッと歯噛みするベル。

 どうして自分はああじゃない、どうして自分はここまで弱い。

 

「あ、あの………ベル様……」

「………リリか……」

 

 立ち上がろうとしたベルに声をかける者がいた。リリだ。

 

「………その、助けてもらってありがとうございます」

「礼は良い、結局できたのは時間稼ぎだ……」

 

 実際戦っているのはアイズだ。自分のあれは戦いと呼べるのかすら怪しい。

 

「この風……そうか、お前が『アリア』か」

「…………アリア? 爺ちゃんの言ってたあれか?」

「─────」

 

 女の言葉に、ベルは祖父の聞かせてきた英雄譚の一つを思い出し、アイズは目を見開く。何故、と言いたげな顔のアイズ。と、その時だった

 

『───ァァァァァアアアアアアアアッ!!』

 

 不意に聞こえてくる絶叫。布に包まれた球体から聞こえてくるようだ。そして、布が捲れ中の球体が姿を現す。

 

「……何だ、あれ……」

 

 アイズとベルはその球体、液体に包まれた胎児が入った宝玉を見つめる。ギョロリと異様に大きな目がアイズとベルに向けられた。

 

「「───!?」」

 

 ドクン、と二人の心臓が脈打つ。目眩がする中、宝玉を突き破り中の胎児が飛び出し跳躍すると水晶の向こうに消えていく。

 

『オオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 ズルリと水晶の奥から人型の輪郭を持ったモンスターが現れる。直感的に、先程の胎児が何かに寄生して変容させたと理解するアイズとベル。

 

「ええい、全て台無しだ……!」

 

 盛大な舌打ちをしてその場から離脱する赤毛の女。人型に膨れ上がったモンスターはアイズ達を追ってくる。ベルは舌打ちしてリリを抱えると走り出す。

 一方、胎児に寄生され変異したモンスターは食人花を食いながら追ってくる。何体ものモンスターが折り重なり繋がっていき、羽化するように体皮を突き破り女体のような姿を現す。

 

「あれは、50階層の……?」

「知ってるのかアイズ」

「うん、似てる………けど」

 

 女体のような上半身と蛸のように変容した食人花の束。風に乗り疾走するアイズと磁気で滑るベルを狙う。魔力に反応しているのだろう。

 

「そりゃあ───!」

『オオオオオオオオオオオオ!?』

 

 と、アイズ達に向かって伸ばされていた食人花の首がやってきたティオナによって切り落とされる。流石本来の持ち主、振るう速度も切断面の滑らかさもリリとは大違いだ。

 

「いったあー!?」

 

 が、食人花は気にせずティオナを跳ね飛ばす。とっさにウルガの極厚の刀身を盾にしたのでそれほどダメージは負っていないが。

 

「ありゃもう脚の一本だ、本体を狙え!」

「先に言ってよ! って、ベル血だらけ!?」

 

 ベルの言葉に文句を言ってくるティオナは、傷こそ治ったものの血の跡が彼方此方に残ったベルを見て目を見開く。

 

「ベル、【嫉妬の龍】(レヴィアタン)のステイタス簒奪は、調節できるかい?」

「まだ数回しか使ってない。やるとしたらぶっつけ本番だ」

「………そうか、なら援護を頼む」

「無茶を言ってくれる」

 

 立ち止まりリリを下ろすと、オラリオの外で集めていた武器全てを取り出し、そのうち一つを磁力を使い高速で放った。それは食人花を破壊することは叶わずとも弾くことには成功した。

 

「こんな感じで良いか?」

「十分だよ」

 

 と、フィンは飛び出す。ティオナとティオネも飛び出していった。アイズもそれに続こうとするが、赤毛の女が邪魔をする。

 

「お前の相手は私だ。このままただでは帰れん……付き合ってもらうぞ」

「……!」

 

 赤毛の女とアイズは睨み合い剣戟を交わしどこかに行ってしまう。ティオナが叫ぶ中触手が迫り、高速で飛来した剣が己を砕きながら触手を弾いた。

 

「わっと、ありがとうベル!」

「どういたしまして──と!?」

 

 魔力を探知し迫ってくる触手に再び鉄製の武器を放つベル。弾かれた触手をフィン達が切り裂いていく。

 

【刺し穿て】(エルトール)!」

『──────!?』

 

 ガガガガガッ!!と横向きの雨のように向かってくる刀剣の嵐に漸く動きを止める女体型。知能があるのか、他の魔力を無視してベルにのみ触手を伸ばしてくる。が、それは悪手。

 

「おとりは必要なかったか……」

『!?』

 

 鉄の雨音の中、詠唱を完成させていたリヴェリアが魔法を放った。ベルが魔力を解くとティオナが彼を抱えて跳び、本能か反射か触手がリヴェリアに向かってしまう。が、遅い。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 炎の柱が刀剣の豪雨に代わり女体型に襲いかかる。

 紅蓮の魔力は花部を飲み込み、断たれた足、切り裂かれていた体皮も炎に包まれていく。

 

「たたみかけさせてもらおうか」

「お供します、団長!」

「──せぇーのっ!!」

 

 紅蓮の柱の乱立が収まると同時にフィン達が迫り、幾つもの強力な攻撃を放つ。食人花の足が何本も上半身から切り離され、その体皮が炎ごと弾け飛ぶ。

 

『アァァァァァァァァァァッ!?』

 

 悲鳴と共にのけぞった女体型は、重心を後方へと傾けると極彩色の上半身を下半身から切り離し湖に逃げる。

 

「ベル、後は任せてくれ!」

「っ! あ、あ……」

 

 ギリッと悔しそうな顔をするベルにフィンはふっと笑う。

 

「下を向かず、上を向き続ける気概があるなら追い付けるさ……」

 

 そう言って女体型の後を追うフィン達。ベルは振り返りリリを見る。

 

「………リリ」

「は、はい!?」

「金は払う。魔剣を、くれ……」

「魔剣を?」

「単なる意地だ。せめて、一矢報いたい………」

 

 

 

 アイズは目の前の女と剣戟を交わす。その表情は苦しげだ。スペックも技量も、全て向こうが上。

 

「先程の男よりはマシだが、その程度だな……」

「………ベルに何をした」

「手を切り落とし胸を切ってやっただけだ。すぐ治ったがな────ッ!!」

「─────!!」

 

 轟ッ!と風の勢いが増す。今度は女が顔を歪めるほどの暴風に押し飛ばされそうになるも、何とか踏みとどまり歯をむき出しに笑う。

 

「何だ『アリア』、あれに懸想でもしていたか?」

「そんなんじゃ、ない……!」

「まあどちらでも良い。終わらせる」

 

 ドン!と地面が砕けるほどの踏み込みでアイズを押し飛ばす女。そのまま追撃を加えようとするが、飛来してきた刀剣を弾くために足が止まる。振り返ると、再び紋様を浮かべ黒紫のオーラを纏ったベルの姿が。

 

「ッチ、また貴様か。今は『アリア』だ……いずれ相手してやる、貴様は引っ込んでいろ!」

「ベル──!」

 

 その両腕を切り落としてやるとベルに向かって駆ける女。アイズが慌てて庇おうとするも、女の方が早く接触する。

 そしてベルは、紅の短剣で迎え撃とうとする。

 

「そんなもので───!」

【轟け】(エルトール)…………」

 

 バチバチと黒い雷が紅のナイフに吸い込まれ、異物を押し込められたそれはひび割れ炎を漏らす。魔剣だ、アイズが察した瞬間ベルは魔剣による刺突を放つ。魔剣の属性は、炎。それがベルの雷と合わさり奇しくもベルはその名を叫ぶ。

 

「ファイアボルトォォォォォッ!!」

「─────!?」

 

 黒い炎雷が放たれ魔剣が砕け散る。その圧倒的な破壊の炎は天井まで届き18階層を不気味な光で包み込む。

 ありったけの魔力をつぎ込んだベルは精神疲弊(マインド・ダウン)を起こし膝を突く。アイズが慌てて駆け寄り肩を貸すと黒炎を見る。

 

「………やった、の?」

「…………いや」

 

 アイズの言葉にベルが舌打ちしながら答える。炎が煽られ、女が現れる。身体の所々が黒く炭化しており、特に右足など完全な黒い固まりになっていた。

 

「───っ、貴様………!」

 

 忌々しげにベルを睨み付ける女は、しかし剣を構えたアイズを見て舌打ちする。

 

「流石に分が悪いか──」

 

 ピュゥと女が口笛を吹くと地面から2体の食人花が現れ、片方に乗り、片方を襲わせてくる女。アイズはすぐさま切り裂いたがその一瞬で女はかなりの距離を移動していた。

 

「逃がさない」

「ッチ!」

 

 バキン!と炭化した右足が砕け散るのも気にせず踏み込み跳ぶ女。アイズが目を見開く中女は崖の向こうへと姿を消した。ややあって水飛沫が上がる音が聞こえた。

 

 

 

「手酷くやられたなレヴィス」

「……………」

 

 全身に激しい火傷を負い、右足を炭化させ砕けた赤毛の女に話しかける者が居た。

 そいつは異様な姿をしていた。モンスターの頭蓋を被った長身の男。何の武器も装備しておらず、白ずくめの格好をしている。

 

「そんな事で彼女を守れるのか?」

「………黙れ、喧しい」

 

 ズブリ、と女の、レヴィスの手が男の胸に沈む。

 

「え? ………は?」

「が、良くきてくれた。丁度治したかったところだ。それに、強さがいる」

「ま、待て……!! 私が居なければ──」

 

 レヴィスの手が抜き取られ、その手には極彩色の魔石が握られていた。男は目を見開いたまま固まりその身体がまるでモンスターの最期の時のように灰になって崩れていく。

 

「…………ッチ」

 

 完全に崩れ去る前に、()()()を生やした頭を殴り砕くレヴィス。握った拳を開き、魔石を口に含むと噛み砕き飲み込む。

 右足に力を込めると炭化した部分が砕け新しい足が生えてくる。

 目を細め『アリア』が呼んでいた少年の名を思い出すレヴィス。

 

「………ベル………ベル! この借りは、必ず返すぞ!」

 

 自分より弱かった。そのくせ、自分の力を奪おうとしてきた白髪の少年を思い返す。

 とるにたらない弱者と判断し、無謀を馬鹿にし、簡単に叩き潰せると油断した結果がこれだ。次は油断しない。侮らず、確実に潰す。

 手足をもいで『彼女』に差し出し食われる様を観賞し、嘲笑してやる。

 レヴィスはそう決めると深い闇の奥へと歩を進めた。




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ゴライアス

 あの後、アイズは強くなりたいと言い出し下層に向かおうとした。が、ベルやリリも居たので二手に分かれ、リリとベル、フィンとティオナが地上に向かい残りが下層に向かっていた。

 

「………あー、一層上がっただけなのに懐かしく感じます」

「まあ、色々濃い一日だったからね」

 

 ハハハ、と笑うフィンに半眼を向けるリリ。此方としては笑い事ではない。バックパックを壊されるしアイテムは大量に失うし。まあ、ヤケに高く設定されていたリヴィラの街で新しいバックパックを買ってくれたことには感謝するが。

 

「こんな冒険二度と御免です」

「えー? なれれば楽しいよ。終わった後の達成感とか!」

「まあ、そこだけなら解らなくはないですがリリは達成感を得るために頑張ることすら出来ませんので」

「そんな事ないって。サポーターちゃんウルガ振り回せるし強いよ」

「いや、それはどうだろうね────おっと」

 

 ティオナの言葉にフィンがチラリとリリを見た瞬間、ピキリと壁に亀裂が走る。すぐさま槍を構えるフィンとウルガを構えるティオナ。ベルは無言で亀裂が走った壁を見てリリが顔を青くして距離をとる。

 ひび割れた壁は剥がれるように落ち、砕けた壁面から目が覗く。

 

「ゴライアスか……本当に、今日は色々なことが起こるね」

「ついてないなー。ベル、サポーターちゃん、下がっててね…………ベル?」

 

 リリが愚痴を吐きながらも余裕そうな二人に大丈夫そうだと安堵していると二人の横をベルが通り抜ける。

 

「【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄へ堕ちろ】」

 

 詠唱を紡ぐとベルの身体を不気味な黒い紋様が包み込む。階位昇華(レベル・ブースト)の魔法。ベルが持つレア魔法(マジック)

 

「手を出すな」

「え? ちょっ───ベル!?」

 

 それだけ言い残すとベルは壁の中の目の主、壁を突き破り現れた巨人の名はゴライアス。《迷宮の孤王(モンスターレックス)》或いは階層主と呼ばれる単身で挑むには、強すぎる敵。神に言わせれば『ボスキャラ』。

 ベルはそれに単身で突っ込んでいく。

 

『ゴアアァァァァァァァッ!!』

 

 無謀にも自身に駆けてくる小さな敵を見て、ゴライアスは叫ぶ。その大声は突風となりルーム中に駆け巡るが白兎の疾走は止まらない。

 

【轟け】(エルトール)!」

 

 自身に雷を纏わせ、磁場を形成し高速で駆け抜ける。

 ゴライアスは唐突な加速に一瞬目を見開くもその巨大な足で踏み潰そうと足を振り下ろす。次の瞬間足に無数の切り傷が刻まれる。

 

『グウ!?』

 

 浅いが自身が傷つけられたことに驚きを隠せないゴライアスはベルを探し首を左右に振る。パチチチという小さな音が聞こえ、振り向いた瞬間目に向かいナイフが迫る。

 

『ヴォ!?』

 

 反射的に腕で目を覆い護る。視界が狭まり身体の周りを風が駆け抜けると小さな傷が複数刻まれた。

 

 

 

「凄いな、あれが恩恵を得た武器か………」

 

 フィンはベルの持つ短剣の詳細をロキより聞いていた。『神聖文字』(ヒエログリフ)が刻まれた『神の恩恵』(ファルナ)を持つ短剣。同様にヘスティアから恩恵を与えられた者のみが扱える、使用者と共に成長する生きた剣。

 

「うはー………ベル速い」

「ですね……」

 

 仕組みはフィンには解らないが、電気を扱う応用で磁気を操り行うという高速移動。フィン達なら追い付けないことはないが、ゴライアスには小さく高速で動く獲物を捕らえることが出来ないでいた。

 

「団長、どうする?」

 

 手を出すなと言われ取り敢えずリリを連れ距離をとっていた三人だが、ティオナが心配そうに尋ねてきた。相手はゴライアスだ、手を出すなと言われてハイそうですかとは納得できない。

 

「………ベルは、弱い自分が許せないんだろうね。今手を貸しても、彼を傷つけるだけさ」

「でも──!」

「ベルには階位昇華(レベル・ブースト)の他に起死回生を可能とする【英雄義務】(アルゴノゥト)や傷を瞬時に治す【不屈の闘志】(ベルセルク)がある。それに、いざという時は僕らからステイタスを借りればいい」

 

 ロキに開示されたスキルは団長であるフィンにもあるスキルを除き全て教えられている。その上で、フィンは大丈夫だと判断する。

 

「あれは抵抗(レジスト)されるとダメージを負うようだけど、僕もティオナも拒むつもりはないだろう?」

「それは………そうだけど………」

 

 先程のベルの目。

 ゴライアスのみを見ていたあの目。

 

「………頼ってくれるよね?」

 

 ティオナがポツリと呟き、その呟きを聞いたリリは顔を伏せ、小さく呟く。頼られる可能性があるだけ、マシじゃないかと。

 

 

 

【刺し穿て】(エルトール)!」

 

 ベルが取り出したナイフは、普段のナイフと僅かに異なる細工が施されていた。

 柄に嵌め込まれたのは水晶。雷を帯びると震動を始め、刀身がキィィィィン!と不快な音を奏でる。

 

「らぁ!」

『─────!?』

 

 放たれたナイフはゴライアスの皮膚を易々切り裂く。ベルがそのナイフの柄頭を蹴りつけ深く沈めると、黒紫のオーラがベルの纏う雷に混じり雷を黒く染め上げる。

 

【堕ちろ】(エルトール)!」

『ガアァァァァァァァァ!!?』

 

 ナイフを避雷針に体内へ侵入し駆け巡る黒雷に叫ぶゴライアス。筋肉が痙攣し、思うように身体が動かせない。ベルはその隙に喉元に接近すると力の限り振り抜く。が──

 

「……ッチ、まだ浅い……」

 

 血は勢いよく吹き出た。が、それだけ。決して深くない。一見すると血だらけにも見えるが小さな切り傷から溢れているだけだ。決定打に欠ける。

 

『グオオオォン!』

「───ッ!」

 

 さらに厄介なことに、ゴライアスが対応し始めた。ずっと高速で動いていたから目が慣れてきたのだろう。なら、その目を潰す。

 

「───ッ! 待て、ベル!」

 

 フィンが叫ぶが僅かに遅い。両腕を振り回し頭部を無防備にしていたゴライアスはニィ、と笑い口を大きく開ける。

 

『オアアアアァァァァ──────!!!』

「──!?」

 

 ギシリとベルの動きが固まる。

 咆哮(ハウル)と呼ばれる攻撃………()()()()。ゴライアスの、ただの叫び声。その咆哮(ほうこう)をもろにを真正面から浴びたベルは精神こそ精神安定で保っているが肉体は原始的な恐怖を思い出し完全に萎縮し動きを停止させる。

 

『オアァ!』

「が───!!」

 

 ゴライアスの剛腕がベルを捉える。咄嗟にチャージしていた力を無理矢理解放し眼前で暴発させるベル。後ろに飛ばされた分、幾分かダメージを減らせたがそのまま壁に叩きつけられた。

 

 

 

 

「……べ、ベル……さ………ベル様ぁ!」

 

 咆哮(ほうこう)により意識を失いかけしりもちを付いていたリリは吹き飛ばされたベルを見て叫ぶ。ガラガラと瓦礫が落ちる壁。その中央にぐったりするベルの姿が。

 血が大量に流れている。有り得ないほど。おそらく出血死を防ぐために【不屈の闘志】(ベルセルク)が傷の治療と平行して血液の生成を行っているのだろう。

 

「だ、団長………」

「ああ、こうなったのは僕の責任だ。彼が強力なスキルを持つからと、過大評価し過ぎた──!」

 

 ベルは確かに強い。二桁に満たない頃から始めた戦闘経験に加え強力なスキルと魔法、さらに応用の幅が異様に広い雷の魔法とそれを使いこなす知識。恐らくLv.3冒険者の下位となら善戦出来るであろう。が、それはベルが対人に特化しているから。

 外の世界にもモンスターはいるが、無限に生み出され続けるダンジョン程ではないはずだ。故にベルが相手していたのは半数以上が人間。ダンジョンにすむ生粋の怪物相手にベルは素人とも言える。

 

「この───!」

 

 ティオナが真っ先に飛び出すとゴライアスは片足を大きく後ろに下げる。上半身を下に、片足を上に掲げ、振り下ろした。

 

「───!!」

 

 岩盤が砕け岩の津波が迫る。フィンはリリを抱えて跳びティオナは巻き込まれ吹き飛ばされる。ゴライアスはその二人に追撃を行わず壁に叩きつけられたまま動かぬベルに向かって駆け、片足で壁に押し付けるように蹴りつけた。



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弱者の意地

 商人もたまに寄り付く程度の辺境の村。ベルは物心つく頃からその村で祖父と共に暮らしていた。

 物心つくというより、気づいたらと言うべきだろう。

 

「良いかベル………強くなって、ハーレムを作れ! お主にはその才能がある、頼むからつくって!」

「黙れ爺。寝ている間に髭剃るぞ」

 

 懇願してくる祖父に対して何時もこんな感じ。いい爺ちゃんではあるのだが如何せん下半身が未だ元気すぎる。この前も商人の妻をナンパしてたのでゴールデンボール蹴って黙らせた。

 

「ぬぅ、何たる反抗期……男なら一度ぐらいハーレムを夢見んのか!?」

「商人のお姉さん達で満足。この前も背中に胸押しつけられたまま他のお姉さん達にもムニムニされた」

「ベルぅぅぅ! 貴様の血の色は何色だぁぁぁぁ!」

 

 とまぁ、こんなやりとりは何時もの事。祖父はベルが冒険者に興味を持つように寝物語に英雄譚を聞かせていた。

 ベルは自分が……自分の肉体が英雄になる才能を持っていると知っているが、そんな事知ったことじゃない。

 

「なあ爺、このアリアって精霊なんだよな? 何で子供産んでんの? 作れないんだろ精霊って。炎上するぞボケ爺」

「黙れ小僧! お前に精霊を犯せるか!」

「割と最低なこと言ってやがるなこの爺」

 

 陰でこっそり脳直結下半神と半ば変態の神扱いしていた。

 

「ベル、覗きに行くぞ。覗きは男のロマンじゃ!」

「もげろ脳直結下半神」

 

 口にしたこともあった。

 

 

 

 そんなスローライフを満喫しているある日、友に誘われ森に探検しに行った。探検と言っても少ない子供たちが必然的に仲良くなり、遊ぶ場所を求めて見つけた村近くの森。何度も遊んだ場所。ちょっと奥に行くぐらいは大丈夫だと思っていた。

 そこで熊に襲われた。唐突だった。見つけた洞窟の中からのそりと現れた熊は友人を吹き飛ばし、ベルは尻餅をつきそれが功を奏し頬の肉を爪で僅かに抉られるだけで済んだ。が、腰が抜けてその場から逃げることすら出来なかった。

 熊が大口を開けベルに迫った時聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「儂の孫に何してくれてんじゃ熊風情が! 食らえ、ケラウノス!」

 

 見覚えのある物干し竿が熊の眉間に文字通り突き刺さった。

 

「大丈夫かベル! ぬ、酷い怪我を………」

 

 ベルを抱きしめ、続いて大怪我をしている友人を見て顔をしかめ大急ぎで村に戻った。

 それ以来、ベルは塞ぎ込んだ。祖父はお前のせいじゃないという。けど、ベル自身はそう思えなかった。

 もし自分が祖父と共に修行していたら、少しは違ったかもしれない。英雄を目指していれば、救えたかもしれない。

 だから決めた。英雄になると。たとえ本物になれなくても一人でも救える力が欲しいと。

 

「………爺ちゃん、戦い方教えてくれ」

 

 

 

 容赦ない修行が始まった。ベル自身望んだことだが本当に容赦しない爺だった。何度も吐いた。が、少しずつ強くなれていると実感できた。そんなベルに祖父が言った言葉がある。

 

「ベルよ、お主は昔よりずっと強くなった。だが、一つ忘れてはならいことがある」

「それは?」

「お主は弱い。その事を忘れるな」

「?」

「どれだけ強くなろうと、どれだけ勝とうと、自分が強いと考えるな。何でも出来ると考えるな。その考えは己を殺す……そして、弱者であることを悲観するな。弱者は、故に強者に食らいつく。弱者にも意地があると教えてやれ。強者を食らえ………そうすれば、何時か頂点に立つのはお前だ、ベル」

 

 

 

 

「────!?」

 

 目を覚ますと壁のように巨大な足が迫ってくる。慌てて避けるベル。大気を振るわせるような轟音が響き壁が砕ける。

 

(──ッ! 走馬灯、今のが走馬灯か──!!)

 

 勝てると確信していた。慢心していた。

 相手はベルよりずっと上の力を持つ化け物だぞ。動きに追いついてこれないだけでどうして勝てると思った!

 改めて自分を見直し罵倒する。

 油断するな、慢心するな、勝てるなどと勘違いするな。お前は弱い、本来なら守られるだけの分際で、格上相手に油断を晒すな。相手は強い。赤毛の女に比べれば弱くとも、お前より強い。

 強いが───勝て、殺せ。

 

『オオオオオオオオオオオ!!!』

 

 ベルを潰したと思ったのか勝利の咆哮を上げるゴライアス。腕を広げ天を仰ぎ、ベルと目が合う。

 

「………【導け】(エルトール)

 

 出し惜しみは無しだ。今ここにいる味方は自分一人。先程のやりとりで、フィン達も救援に向かってくるだろう。それまでに片づけろ。

 ゴライアスが手を伸ばす。瞬間駆け抜ける疾風───否、閃光。

 超速の斬撃がゴライアスの腕を巻き付くように駆け抜け、ゴライアスの腕に先程より深い傷が螺旋状に刻まれる。

 

『オオ!?』

「───ッ! やっぱ、キツいな……」

 

 雷は地上に落ちる時、まず雷雲から地上に降りる光、先駆放電。地上から天雷を迎える先行放電。この二つが合わさり出来たレールに大量の電気が流れる。これが主雷撃、雷となる。

 それの応用。自身を起点に先駆放電を放ち、先に敷いた先行放電と合わせ生まれたレールの上を駆ける超高速移動。

 己が主電撃となりレールの中を駆け抜けるため全身に火傷を負い、その速度故に内臓(中身)がかき混ぜられ激痛を伴う。Lv.が上がればこれも何とかなるのかもしれないが今は痛みも火傷も押し殺し駆け抜ける。

 眼球以外の場所の火傷の修復は後回しだ。寧ろ止血になって丁度良い。内臓や三半規管の揺れを正常化させることを優先する。これも肉体の修復に含まれるのはこの技を試した時に実験済み。

 

『オオオオオオオ!!!』

「アァァァァァァ!!」

 

 この技の難点はあまりの速度にベルの視力が付いていけないこと。そして眼球が焼けるので失明することだろう。

 だが、構うな。移動する位置を決めたら剣を構え飛び出せ。今の自分に追いつける程目の前の怪物は速くない。勝てる要素のみに全てを注ぎ込め。

 

『ガアアアアア!?』

 

 ゴライアスには何が起きているのか全く視認できない。青白い雷光の蛇が自分に巻き付いたと思えば先程と比べ物にならないレベルの傷を負う。彼方此方に切り傷と火傷を負い、時折姿を現すベルに攻撃しようにもゴライアスを見て、レールを敷くほんの一瞬だけ。振るった拳は何もない空間を駆け抜ける。

 青白い雷光は何時しか黒紫の不気味な光と混じり合い、ギギギギギ!と鉄が軋むような音が響き、雷光の蛇は17階層の天井まで飛ぶ。

 天井にヘスティア・ソードを深く突き刺し鍔に脚をかけ天井に立つベル。

 

【迸れ】(エルトール)……」

 

 【英雄義務】(アルゴノゥト)の光がベルの纏う雷光と混じり合い黒雷へと変質する。迸る黒雷に天井が砕けベルが落ちる。

 

『ッ!!ゴアアアァァァァァァァァ!!』

 

 ゴライアスは叫び、脚を曲げベルに向かって跳ぶ。両手を伸ばし、ベルを握り潰そうと迫る。

 

「───ケラウノス」

 

 黒雷がベルの右腕に集まり、一本の黒槍を形作る。

 振り下ろされる黒槍。ゴライアスが最期に叫んだのは死の恐怖による絶叫か、ベルに対する怒りの怒号かは解らない。関係ない。

 轟音が、閃光が全てを飲み込み消し去ったからだ。

 

 

 

 

 世界が白く染まる閃光と爆音に意識を奪われかけたティオナ達はチカチカする視界とガンガンと響く聴覚を徐々に回復させながらそれを見た。

 巨大なクレーターと手足を残して頭と身体を失ったゴライアスの残骸。砕けた魔石と共に地に落ちるドロップアイテムである『ゴライアスの硬皮』と大量の灰、そしてベル。

 

「ベル!」

 

 ティオナは慌てて駆けだしベルに向かって飛ぶ。空中でベルを抱き締め背中から落ちる。

 熱い。全身に火傷を負い、ベルはしかし生きていた。

 

「ベル、大丈夫?」

「……あのデカいのは?」

「もう居ないよ。ベルが倒した」

「…………そうか」

 

 ティオナの言葉にベルは満足そうに言うと意識を手放した。精神疲弊(マインド・ダウン)だ………。

 

「………本当に、階層主を倒したのか」

 

 エリクサーをベルにかけながらベルを見つめるフィン。Lv.1が、階層主を………いくら階位昇華(レベル・ブースト)があるとは言え。

 

「は、はは………凄いな。この子………ウチのファミリアに正式に加入できなかったことが悔やまれるよ」

 

 階層主の単独撃破。それは途轍もない偉業だ。彼が小人族(パルゥム)だったらフィンの夢は大きく前進した事だろう。

 

「ティオナ、早く戻るよ。彼を休ませよう」

「うん……」

 

 そして後日、奇しくも【ロキ・ファミリア】の一人が同様に階層主を単独撃破したという報せが届いた。




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エルフの説教

お気に入りも何時の間にか6000を超えて……応援ありがとうございます


「………自室か」

 

 ムクリと体を起こすベル。ポキポキと関節がなる。また二、三日は寝ていたようだ。ガチャリと扉が開き、バシャっと水が零れる音を聞いた。見れば目を見開いているヘスティアがおり、その足下には桶が転がり水たまりが出来、タオルがびしょ濡れになっていた。

 

「ベルくぅぅぅぅん! 起きたんだねぇ!」

 

 ピョーンと飛んでくるヘスティアの片手を掴みクルリと回転させる。ボスッと背中から落ちたヘスティア。キョトンとしている彼女を見下ろし、その頬を指でツツく。ムニムニしている。

 

「夢じゃないな」

「どんな確かめ方!?」

「ヘスティアの気配は覚えている。幾ら夢でも、超越存在(デウスデア)の気配を間違えたりはしねーからな」

「うーん?」

 

 良く解らないけど自分の気配で現実か夢かを判断してくれたらしい。それは素直に嬉しい。

 

「あ、そうだベル君、汗かいてないかい? 何なら僕が拭いてあげるよ!」

「そうか、頼む」

「おうっふ!」

 

 目を光らせ手をワキワキさせるヘスティア。【ロキ・ファミリア】の女子勢が見たらロキみたいと言ったであろうヘスティアの態度を気にせず脱ぎ出すベル。これにはヘスティアの方が動揺した。

 

(いやいや、そもそもベル君のステイタスならずっと更新してたじゃないか。何を今更……)

 

 フルフルと首を横に振りベルの身体に布を近づけるヘスティア。相変わらず傷だらけで、細いながらも筋肉質な身体をしている。と、その時───

 

「ベル君!起きたの!?」

 

 ヘスティアの叫び声でも聞いたのか、ていうか来ていたのかエイナが慌てた顔で扉を開けて叫んだ。上半身裸のベルを見て、あっ…と顔を赤くする。

 

「……………ええと、エッチ?」

「普通逆じゃないかなぁ!?」

 

 

 

 ギルドの職員がファミリアのホームに入って良いのかと思ったら、何でもロキに【ソーマ・ファミリア】について聞きに来たらしい。その上でベルに忠告してきた。が………

 

「ああ、【ソーマ・ファミリア】に関しちゃ知ってるよ。それよりヘスティア、ステイタス更新頼む」

「へ?」

「え? あ、うん……」

 

 あっさり返しエイナがポカンと呆けてヘスティアも流されるように更新を開始する。

 

「ベル君私の話聞いてた!?」

「聞いてた。てか、俺はリリが最初盗みを目的で近付いてきたの気づいてたし………これでも外じゃ犯罪者狩りまくってたんだぜ?」

「え、あの……な、なら何で……!」

「落ち着けエイナ。取り敢えず水でも飲め」

 

 ベルはそういうとベッドの近くに置かれていたコップに水を注ぎエイナに渡す。エイナも大声を出して少し恥ずかしかったのか水を口に含む。

 

「『ベル君(アイズたん)Lv.2(Lv.6)キタァァァァァァァァァッ!!』」

「ぶっ!?」

 

 と、何処からか聞こえるロキの声とヘスティアの声が完全にシンクロしてそのあまりの内容にエイナは口に含んでいた水を吹き出す。ベルに向かって…………。

 

「…………………」

「ああ! ご、ごめんベル君!」

 

 

 

 

「へえ、アイズ一人で階層主に挑んだのか。それも深層の………無茶しすぎじゃねーの?」

「お前が言うな!」

 

 目が覚めたなら丁度良いとアイズと共に正座させられ説教されるベルとアイズ。リヴェリアははぁ、と頭を手を当て押さえる。

 

「リヴェリア、私もう怒られた」

「小言を言っただけだ。だが、お前のように無茶をする奴が現れたとなっては言いたくもなる」

「無茶はしていない。ちょっと命を懸けて全身に火傷を負って内臓が腹の中で揺れまくって脳震盪も何度も起こしかけたけどあのスキルがあるからな」

「ずるい。私も欲しい」

「Lv.6の魔力と体力で? お前、不死者にでもなる気か?」

 

 アイズが羨ましそうに言ってくるので聞き返す。Lv.1のベルでこれだ。Lv.6になったアイズがこのスキルを手に入れたらそれもう殆ど不死に近いだろう。

 

「不死者……?」

「死なないってことだ」

「ほーん。ならベルっちの二つ名は【不死の兎】(アンデラビット)やな」

「止めろ痛々しい」

「そう?」

「うん。無いね」

「ベルっちこれ痛いと思うんか……」

 

 ロキがケラケラ考えた二つ名を嫌そうに拒否するベル。アイズとエイナは痛いと思わないのか首を傾げていた。

 

「せやったら【血染めの兎】(ビー・ラビット)

「神って不変なんだよな? 歯を全部引っこ抜いても生えてくんの?」

「すいません」

「痛々しいのは爺ちゃんだけで十分だ」

「お、なんや? ベルっちの爺ちゃんも何か考えとったの?」

【女神の威光】(ヘラクレス)……あれはないな。うん……」

 

 何故よりによって男色の気のある筋肉モリモリマッチョマンの名を名乗らなくてはならないのか。というか何故女神にヘラを選んだのだろうかあの爺さん。

 

「おい、説教は終わっていないぞ。だいたいお前達は、強くなることに執着しすぎている………」

「すまない母さ………リヴェリア」

「お前まで私を母と呼ぶか」

「母親が居ないんで、たぶんこんな感じかな……って」

「ぬ………」

 

 ベルの言葉に怒りが静まりかける。アイズは何を思ったのかベルの頭を撫でた。

 

「もう一人じゃないよ」

「もともと一人じゃねーよ。爺ちゃんいたし」

「そうだったね」

「って、何を二人で良い雰囲気つくっているんだい!」

 

 と、慌ててヘスティアが二人の間に飛び込んでくる。

 

「よーしよしよし! ベル君、寂しいなら僕に甘えて良いんだよ!」

「以前俺に『一人にしないでくれよ』と寝言を言いながら抱きついてきたお前に? はぁ、仕方ない。甘えさせてやる」

「わぁい! って違う!」

 

 頭を撫でられ笑顔で両手をあげるヘスティアはしかしつっこんだ。

 

「ええっと………ベル君。おふざけはそこまでにして、私が何時も言ってること覚えてる?」

「『冒険者は冒険をしてはならない』」

「そう! それなのにゴライアスと、階層主と単独で戦ったぁ!? 馬鹿なの!」

「あぅ、ごめんなさい……」

「あ、いえヴァレンシュタイン氏に言ったわけでは」

「そうだ。別段反省することはない。冒険者なんだ、Lvをあげるために強敵に挑んで何が悪い」

「そーだそーだ」

 

 二人は二時間ほどエイナとリヴェリアから説教を受けた。

 

 

 

「もう! 団長の意地悪!」

 

 取り敢えず起きたことをフィンに報告しようと団長室に向かうと怒った様子の涙目のティオナが飛び出してきた。入れ違うように中に入るとため息を吐いたフィンが居た。

 

「ん? ああ、ベルか………起きたんだね」

「心配かけたな。で、何があった?」

「【ソーマ・ファミリア】の現状を知ったティオナが、リリルカ君を助けたいと言い出してね。かといって、こういっては何だけど【ソーマ・ファミリア】と敵対する可能性を作ってまで助ける価値はないと思っているよ」

「才能あると思うがね」

「ティオナも同じことを言っていた。で、ベル………君の本音は?」

「武器を振り回せるだけ。武器に救われてるな」

 

 リリのスキルはあくまで物を持ち上げる時の補正。腕力が上がるわけではない。通常の重量装備では上層の小型モンスターならともかく大型モンスターには弾かれて終わる。大双刃(ウルガ)という規格外の重量を持つ武器があって初めて中層で何とかやっていけるのだ。

 

「そう。つまりウルガ級の専用武器を用意しなくちゃいけない………それも、上層のちょっと下に行くためだけに、だ。割に合わない」

「だから断ったのか?」

「重い物がもてる。単純だけどこのスキルが発現する条件はほぼサポーター。言っては悪いけど彼等に身を守るための武器として一級品の専属武器を用意する馬鹿は居ないよ」

 

 確かにその通りだ。が、飛び出てきた際見たティオナの涙と、リリの顔を思い出しはぁ、と息を吐く。

 

「才能なんて後からどうとでもなる。それがステイタスだ」

「確かに。一応は冒険してたんだ、ステイタスは上がっているだろうね。けどそれだけじゃ……」

【縁下力持】(アーテル・アシスト)を持つ主なサポーターは小人族(パルゥム)。というかサポーターの殆どが小人族(パルゥム)だ………もし、彼女がそのスキルを使い強くなったと知れ渡れば」

「サポーターで諦めてしまっている同朋達の道標になる、と? そうだろうね。でもベル、問題はそこじゃない……【ソーマ・ファミリア】はたかがサポーターを逃がさないためだけに一般市民にも手を出す奴らだ。波風を立てないで彼女を引き取る方法が思いつかない限り……」

「あるぞ。ロキとリヴェリア、後はリリ自身の手伝いが必要だけど」

「……………後々厄介なことにならないのかい?」

「なるとしても【ロキ・ファミリア】は知らぬ存ぜぬを通せばいい」

「ロキやリヴェリアが関わるのに?」

「ああ、リヴェリアにはちょっとロキの禁酒をといてもらって、ロキには酒飲みに来て欲しいだけだから」

「………成る程。君、良く性格が悪いって言われるだろ?」

 

 フィンはやれやれと肩をすくめながら笑う。

 

「良いよ。やって……ただ、もし【ロキ・ファミリア】に被害が出れば──」

「ああ、切り捨ててかまわな──」

「僕らも動く。きっと大騒ぎになるから、覚悟しておくんだね」

 

 

 

 

 リリは新しいカモを探してダンジョンの前に佇む。前回の宝玉に関しては結局金にならなかった。あの日、地上に戻ってからベル達とは会っていない。

 

「見つけたぞ」

「え──」

 

 その言葉にビクッと震えて振り返ればそこにいたのはベルだった。ベルは膝を屈めリリと視線を合わせて、言う。

 

「リリ……【ソーマ・ファミリア】から抜けたいか?」

「………はい」

「なら手を貸してやる。代わりに、お前の全てを寄越せ」




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リリの救済

 ダンジョンの中を走るリリ。

 逃げる時のルートは何通りも用意している。そのうち一つを走っていると、陰から飛び出してきた足に転ばされる。

 

「ようアーデ」

 

 ニヤニヤ笑って現れたのは狸の耳と尾が生えた文字通りの狸オヤジ。

 

「………カヌゥ、さん」

「おう」

 

 カヌゥに続き、取り巻きの二人も現れる。囲まれた。

 リリが逃げ道を探そうとするとカヌゥはその太い指でリリの細い首を掴む。

 

「アーデぇ……お前金ないとか言ってたけど、ネタは上がってるんだぜ?」

「あ、ありません! リリには隠してるお金なんて!」

「は! じゃあその首に下げてる鍵は何だよ? ノームの貸金庫の鍵だろ?」

「そ、それは……!」

 

 ブチリと紐をちぎり首に下げられていた鍵を奪うカヌゥ。リリを地面におろし、残りの二人が持っていた荷物を放る。ピクピク動いているから何か生き物が入っているのだろう

 リリは鍵を取り返そうと手を伸ばし、カヌゥは鬱陶しげに蹴ろうとして、

 

「それは………()()()()()()()──」

「────あ?」

 

 リリが笑う。疾風が駆け抜けカヌゥの足が消える。ボトリと音が鳴れば、そこに落ちているのはカヌゥの足だった。

 

「な、あ………あぁぁぁ!?」

「喚くな。すぐに繋げてエリクサーかければ治る」

 

 そう言って何時の間にか現れたのか白い髪の赤目の男はリリを抱え、カヌゥの手から鍵を奪う。

 

「こ、このやろう!」

「くたばれ!」

「…………まあ、比べるまでもなく遅いな」

 

 男達が振るった剣は鉄板仕込みの靴による蹴りで砕かれる。呆然としていると片方の男の首筋に肘が、もう一人の男の腹に膝がめり込みカハッと息を吐き横たわる。

 

「遅いですよベル様。もっと早く来てください」

「文句はさっさと鍵を奪わなかったこの狸に言え……」

 

 拗ねたように言うリリにベルが淡々と返すと冗談です、とベルの首に手を回す。

 

「さて、ダンジョンで人の持ち物盗ろうとしたんだ、何されようと文句はねーな?」

 

 ベルはそう言うと動いている袋を見てから、リリを抱えたまま歩き出す。

 

「お、おい待て! 待ってくれこのままじゃ───」

【打ち砕け】(エルトール)

 

 ガガ!と雷が袋を中身ごと焼き払う。

 

「ベル様、あの袋結局何だったんですか?」

「気にするな。自分のケツも拭けない冒険者の尻拭いをしてやっただけだ」

 

 ベルはそう言ってその場から去った。

 

 

 

 

 その日の夜。【ソーマ・ファミリア】の門が吹っ飛んだ。

 

「げほ、げほ………ベルっちやりすぎやで……」

「魔法以外だと威力が解りにくいんだよこれ」

 

 咳き込み抗議をするのは糸目で露出度の多い服を着た美女。冒険者なら彼女を知らない者は居ない。

 

「ろ、ロキ!? 【ロキ・ファミリア】の襲撃か!?」 

「ソーマー。おるー? 酒飲みに来たでー」

「隣の馬鹿はほっといてくれ。今回の件には関係ない」

 

 と、神に対してあんまりな態度をとる少年。と、そこへ眼鏡をかけた男がやってきた。

 

「何事だ?」

「お前んとこの団員が、俺から大金を奪おうとした。俺の主神はこれを侮辱行為と受け取ったので文句を言いに来たんだよ」

「それより酒~」

 

 男の名はザニス。【ソーマ・ファミリア】の支配者にして団長である。

 

「………ソーマ様」

「嘘を吐いては居ない………」

 

 その男と共にやってきたのは【ソーマ・ファミリア】の主神ソーマ。ベルを見て、嘘を吐いていないと伝えるとザニスはチッと舌打ちした。

 何処の馬鹿かは知らないが、余計なことをしてくれる。

 

「そいつ等は本当に【ソーマ・ファミリア】か?」

「ああ、カヌゥとかいう狸オヤジだ。キラーアント使って殺人を行おうとしてたんでぶっ飛ばした。運が良ければ助かってるんじゃねーか?」

 

 ソーマは無反応。つまり嘘はない。

 

「それで、我々に何を要求する気だ?」

「おう、ひとまず酒や! 酒持ってこーい!」

「いい加減頭引っこ抜くぞロキ。ちょっと黙ってろ」

「いや、構わない………持ってきてやれ」

 

 と、市販のソーマを持ってこさせる。ロキはうほほーいと喜んでいるが団員の少年の表情は変わらない。

 

「此方が要求するのはリリルカ・アーデの脱退許可だ」

「………何? それだけ、か……」

「ああ。彼奴、俺が世話になっている【ロキ・ファミリア】の団長の嫁候補かもしれないしな」

「……………」

 

 再びソーマを見る。これも嘘ではない。

 ザニスは記憶を探る。リリルカ・アーデと言えば底辺サポーターの小人族(パルゥム)だ。最近は更新する金がないのかファミリア本拠にも現れなかった構成員。

 別段抜け出されても問題ないが、抜けるなら本来の手はず通りの金が手には入らないのは気に入らない。

 

「なら脱退金も払ってはくれまいか?」

「お前、どの立場でモノを言ってる」

「「「───!」」」

 

 ビリビリと空気が震える。思わず武器に手をかける数名の団員達は皆顔を青くしている。

 

「やめいベルっち。殺気を収めんかい………」

「………ふん」

「すまんなー。ベルっちはオラリオくる前ずっーと傭兵やっとったから人ビビらせるん得意なんよ」

「余計なことを言うなロキ。それで、返事は?」

「あ、ああ………それより君も飲んだらどうだ?」

 

 と、ベルに新しく注いだ酒を渡すザニス。ベルが口を近づけ、今まさに含もうとした瞬間、ザニスの口が歪む。

 

「ッ! ベルっち!」

「…………」

「それで、脱退金の事だが」

「払わん。良いからさっさとリリを寄越せ」

「なに!?」

「あり?」

 

 ベルの言葉にザニスが椅子から立ち上がりロキは首を傾げる。

 

「ベルっち平気なん? それ、完成した神酒(ソーマ)やで?」

「精神に異常が出るものなら効かない」

「あー………あったなそんな発展アビリティ」

「────ッ!」

「さて、もう一度言う。とっととリリルカ・アーデを寄越せってんだよ」

 

 再び放たれる殺気。これ以上ごねるなら実力行使に訴えるという脅しに、ザニスはギリッと歯軋りした。

 

「………解った。連れていけ」

「ああ」

 

 

 

「いやーやるやんベルっち。神を騙すなんてなー」

「人聞きの悪いことを言うなよロキ。俺はリリから全財産を貰っているから、狸どもが何を盗んでたところでリリに()()()()()何かを奪っただけで訴えられるし、ヘスティアが怒っていたのは本当だ」

「せやねー。んでリリちゃんは小人族(パルゥム)やからフィンの嫁さん候補ではあるしなぁ」

 

 クククと笑うロキ。ティオネ辺りが来ていたら暴れ回っていたことだろう。

 

「それにウチは酒飲みに来ただけ。たまたま傘下の子供が文句を言ってる現場を目撃しても知らんしなー………かといってドチビ相手からじゃせびれるもんもせびれん。何せ借金抱えとる神やし」

 

 現状ヘスティアの財布はロキに握られていると言っても良い。何を言われようと払えないモノは払えないし、そもそも文句を言えば【ソーマ・ファミリア】の団員による盗みがバレ罰則をもらうことになる。

 

「まあエイナが動いてるみたいだしどの道何らかの罰則は受けるだろうが………それよりこっちだな」

 

 そう言ってベルが取り出したのは羊皮紙の束。

 

「なんやそれ?」

「リリの契約書。俺の場合リリから誘ってきたが、普通ガキ装ってるリリとチームを組む奴が何人もいるはずがない。守らなきゃいけねー手間が増えるしな。んで、ちょっと調べてみたらギルドを通して募集をかけてたんだよ。大方リリを見て予定の金払うのが馬鹿らしくなったんだろ」

「予定?」

「最低限の分け前について書かれてる。ギルドはそういうとこしっかりして欲しいだろうからな……で、これが果たされてないと当然罰則を受けるのは確約を反故にした冒険者達。盗まれた魔石やアイテムは賠償金扱いに出来る」

「………どーやって手に入れたんそれ」

「ちょっとギルドの男慣れしてなさそうな子や、出会いを欲しがってそうな大人の女性とお茶しただけだ」

「悪女………や、この場合は悪ショタ? ま、これでリリちゃんに手出しできる奴はおらんゆーことやな」

「後は【ロキ・ファミリア】に所属させれば完璧だな」

 

 【ヘスティア・ファミリア】より【ロキ・ファミリア】に正式所属させておけば下手なことは出来ない。もちろん条件に重量装備に頼らず10層のモンスターを倒せるようにすることと付け足されたが、約束は守る。

 

「ほな帰ろかベルっち」

「ああ……」

 

 その時だった。

 チリッ、と背中に熱が走る。

 

──約束は果たされた。そら、褒美をやろう──

 

「───!?が」

「ベルっち!?」

 

 その場でうずくまり倒れるベル。ロキが慌てて近づき背中の熱に気づく。

 

(なんやこれ、ステイタスに干渉しとる……!?)

 

 あり得ない。神の授けた恩恵に、触れずに干渉するなど。

 いや、そもそも此方の干渉を払いのける相手だぞ、不可能を可能にするなど容易いのかもしれない。

 

「くそ、これ……どないすれば……」

 

 こんな事ならヘスティアを連れてくるべきだった。現状ベルのステイタスに干渉できる唯一の存在は彼女だけ。

 

「………いや、くそ……恨むなよドチビ!」

 

 ロキは親指に針を突き刺し、血を流す。その血をベルの背中に塗りつけた。

 

「────()()()()()

『─────!?』

 

 ベルのステイタスに干渉し、同様に干渉しようとしてきている気配を探知する。ロキに見られたことに気づいたのか動揺するように引き下がる気配。逃がす気はない。追って、居場所を見つける。

 

「────あぐぅ!?」

 

 が、()()()を越えた瞬間、気配を見失い頭痛が襲う。

 

「………なんや、今の……」

 

 頭痛と同時に、ロキは何かを見た。見えたのは、バベルに匹敵する摩天楼の群に、オラリオに負けぬ量の人、走る鉄の箱に空を飛ぶ鉄の鳥、様々な国の景色が見えた。そしてそこにはヒューマンしか居なかった。

 

()()が住んどる国、か?」

 

 いや、違う。ロキは確かに多くの国を見た。あれは明らかに『世界』だ。

 

「外の神からの干渉、やと? 居る可能性はあるとされとったが………つーか何やねんこの頭痛」

 

 ベルの干渉は事前に防げたがベルは気絶して、自分は酷い頭痛で意識を失いそうだ。

 

「……しゃーない、今夜帰るの諦めるか」

 

 ロキは近くに開いてる宿が無いか探すためベルを抱えて歩き出した。



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ランクアップ

 ベルが目を覚ますとソファーの上だった。昨日、確か【ソーマ・ファミリア】から帰る途中、背中に熱を感じ……そこから先が思い出せない。

 

「………ん?」

 

 部屋を見回してみれば大量に転がる酒瓶とベッドで色気もヘったくれもない姿で寝るロキの姿が。おそらくあの後気絶して、ホームから距離もあったので運んでくれたのだろう。

 

「しかし酒臭いなコイツ」

 

 この宿屋が時間によって金が増えるのか泊まる日数で金は決まっているのか知らないがとっとと出て行こう。心配かけてるだろうし。

 

「あら、もう帰るのかい?」

「世話になったな女将。この事、バレると面倒そうだ。泊まったことはバラして良いが部屋は別々だったことにしてくれないか?」

「解ってるよ。けど、あんまり火遊びしたら刺されるよ?」

「それはもう経験済みだ」

 

 

 

「んー? あり、何処やここ?」

「起きたかロキ。歩けるか?」

「おおベルっち、もう平気か?」

 

 どうやらベルにオンブされているらしい。歩けるかという質問に足をプラプラさせながら考える。

 

「無理やな。メンドイ、このまま頼むでー」

「じゃあ、起きたし飛ばすぞ」

「ほえ?」

 

 ベルの言葉に首を傾げるロキ。次の瞬間、ベルとロキは風になった。ロキの悲鳴がドップラー効果で街中に響くままベルは【ロキ・ファミリア】のホームで止まった。

 

「うえっぷ………気持ち悪!」

「よそのホームに行って何も言わず帰ってこなかったら下手すりゃ戦争だぜ?これぐらい我慢しろ。何も雷速で動いてる訳じゃねーんだ」

「んな速度で動けんのは雷の神ぐらいや!」

 

 ベルはそっと目をそらし門を開けた。この時間はまだ門番もいない。

 

「やあ、戻ったね」

 

 が、出迎える者が居た。フィンだ。

 

「良かったよ、戦争にならずに」

「悪いな。あの後何故か気絶して宿屋に泊まってた」

「気絶?」

「原因は分からん。それと交渉自体は成功」

「なら、後は君が僕との約束を果たしてくれ」

「リリを鍛えるんだろ? 解ってるよ」

 

 その言葉にフィンが満足したように笑う。と、その瞬間……

 

「ロキィィィィィ!ベル君と朝帰りとはなんて羨ま……羨ましい事ぉぉぉぉ!!」

「どうわ! 何すんねんドチビ!?」

 

 ロキにヘスティアが飛びついた。そのまま取っ組み合いを始める。

 

「どうしてだいベル君! 無乳か!? 絶壁が良いのかい!?」

「「………………」」

 

 ベルとフィンは顔を見合わせその場から去る。好き好んで神々の戦いに巻き込まれるつもりはないからだ。

 

 

 

「ほんじゃまー……ベルっちとかアイズたんの件で先延ばしになったけど、リヴィラの街であったこと詳しく聞こか」

 

 黄昏の館の会議室。フィン、ガレス、リヴェリアを集めロキが尋ねる。今回はガレスは知らぬ事なので聞く側だ。

 

 

 

「ほう、ベル坊の奴、アイズと互角以上に渡り合った相手の足を吹き飛ばしたか」

「そして帰りにゴライアスと………なる程レベルも上がるはずだ」

 

 フィンとリヴェリアの報告を聞いたガレスは楽しそうに笑い、改めてその戦闘の後階層主に挑んだという事を思い出しリヴェリアは頭を抱える。

 

「まーま、あんま叱らんでやってーな」

「それは、無論だ………傘下とは言え他のファミリアの子だしな…いやしかし」

「まーそれは置いといて………『アリア』を知っとる女に、ベルっちとアイズたん狙ったモンスターか……」

「実際に二人を狙ったのか? 片方を狙って、もう片方は偶然の可能性も」

「けど、狙う狙わないは無しにしても二人があれを前に妙な感覚を覚えたと言ったのは確かだ」

「………………」

 

 その言葉にロキはふとベルの魂を思い出す。無垢で真っ白な、何もない魂の中に埋め込まれたベルの肉体を操る主人格の黒い魂。フレイヤと違い直接ベルに触れなければ解らないが、触れた結果あれに関してはフレイヤより詳しく解る。

 

「……まさか、精霊の力に反応してるんか?」

「精霊? アイズはともかくベルは………いや、まさか」

「ああ。ベルっちも持ってるんよ。精霊の血なのかは知らんけど、少なくとも気配を」

「それは───」

「ロキィィィィィ! どういうつもりだい!」

 

 バーン!とドアが勢いよく開き涙目のヘスティアが入ってきた。

 

「どうしてベル君に君の恩恵が混じっているのさぁぁぁぁ!」

「…………ロキ?」

「………あー……」

 

 ロキは集まる視線に頭を押さえた。

 

 

 

「ステイタスに外部干渉? それ、本当だろうね」

「ホンマや。ウチだって信じられへんかったんやで? せやけど、あのままベルっちに何かさせる訳にはいかんやろ」

「むう……」

 

 ロキの言葉に疑いを持ちながらもベルの魂深くには神である自分たちすら干渉できない何かがあることを知っているヘスティアは押し黙った。

 

「解ったよ。君を信じることにする………あ、それとこれが言われてたベル君の新しいステイタス」

 

 と、ヘスティアが羊皮紙を渡す。どうやらランクアップした時に気付いたようだ。当然三人とも興味あるのでロキとヘスティアのみが知る早熟スキルを消されたステイタス情報を覗く。

 

『Lv.1→Lv.2

 力:SS1099→I0

 耐久:SSS1199→I0

 器用:SSS1297→I0

 敏捷:SSS1459→I0

 魔力:SSS1298→I0

対異常:F→E

精神安定:D→C

技能習得:C→B

鍛冶:E

精癒:I

幸運:I

思考加速:I

狩人:I

《魔法》

【虚像の英雄】(ベル・クラネル)

階位昇華(レベル・ブースト)

・発動対象は術者限定

・発動後、半日の要間隔(インターバル)

・詠唱式【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄へ堕ちろ】

【エルトール】

付与魔法(エンチャント)

・雷属性

・速攻魔法

【アンチ・カース】

・解呪魔法

・呪詛、結界魔法の破壊

・詠唱式【砕け散れ邪法の理】

《スキル》

【羨望一途】(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・羨望の続く限り効果持続

・無力感を感じるほど効果向上

【英雄義務】(アルゴノゥト)

・敵対時に於けるチャージ実行権

【嫉妬の龍】(レヴィアタン)

・敵対時に於ける相手のステイタス一時簒奪

【操作画面】(メニュー)

・自己ステイタスの閲覧可能

・討伐モンスター図鑑自動作成

・マップ表示

・索敵

・アイテム収納空間作成

【不屈の闘志】(ベルセルク)

・肉体の修復

・体力、魔力を消費する 

【精神保護】(マインドブロック)

・精神への干渉を拒絶する

・術者との実力差によって変動

・受ける、受けない選択可能   』 

 

「………うん、少し待とうか」

「………ロキ、神の恩恵(ファルナ)を二重に授かると一度に習得できる発展アビリティが増えるのか?」

「いんや。量を幾ら与えようと変わらん。これはあくまで人類(子供達)の力を引き出し、経験値で進化させるだけやし………」

「ワシはそれよりこのアビリティSオーバーが気になるんじゃが」

 

 フィンは頭を押さえ、リヴェリアはロキに尋ねガレスは髭を弄る。

 アビリティが軒並みSを文字通り越えており、発展アビリティを一度に四つも習得している。いや、Lv.1の時点で持っていることから十分おかしいのだが。

 

「………箝口令を敷く。ベルのステイタスはこの場に居る者だけの秘密だ。異存はないな?」

「ああ」

「うむ」

「それで、本人は何処や?」

「リリ君連れてダンジョンに潜ったよ」

 

 因みにリリの現在のステイタスは

 

『Lv.1

 力:G282

 耐久:A904

 器用:B822

 俊敏:B849

 魔力:C749

《魔法》

【シンダー・エラ】

・変身魔法

・変身像は詠唱時のイメージに依存。

 具体性欠如の際は失敗(ファンブル)

・模倣推奨

・詠唱式【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】

・解呪式【響く十二時のお告げ】

《スキル》

【縁下力持】(アーテル・アシスト)

・一定以上の装備加重時における補正

・能力補正は重量に比例   』

 

 というものだ。殴られ蹴られ暴行を働かれていたり自分でアイテム作ったり逃げ回ったり魔法で変身し続けていたりしただけあり中々伸びている。

 

「ベル君、Lv.2になったから勘を知っておきたいんだってさ」

「そのついでにリリの修行か………彼、世界中を回り色んな人の師事を受けてたらしいけど、鍛えるのは初だよね? 大丈夫かな」



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リリルカ・アーデ

【導け】(エルトール)……」

 

 バチリと稲妻が弾ける。

 モンスター達は稲妻を纏った冒険者を殺そうと殺到し、見失う。探そうと首を動かせばズルリとその首が落ちた。

 

「んー………少し見える、かな?」

 

 残像すら見えない高速移動。新たに得た発展アビリティ思考加速の恩恵か、色は何とか見えた。

 呆然としていたモンスターの残りに突っ込む。慌てて振り返るモンスター。今度は超高速移動を行わず全て避ける。

 

「………よし、もう良い」

 

 再びモンスター達の首が落ちる。それは並の冒険者なら反応できない速度ではあったが、今回は何の魔法もスキルも使っていない。

 

「じゃ、続けるかリリ」

「マジですか」

 

 リリはうぐ、と呻いて起きあがる。

 救ってもらった人。恋慕を抱いた人。そんな相手につきっきりで修行をつけて貰えると喜んでいた一時間前の自分を殴りたい。

 考えてみればベルは8歳の頃から傭兵をしていたんだ。その戦闘技術は祖父から学んだとしても、戦闘経験は主に実戦なのだ。

 リリは短剣を構える。重量系の武器に頼ればこの先戦えないからと言うベルの判断だ。

 次の瞬間、ギリギリ視認できる速度で逆刃のナイフが迫る。

 

「くぅ!」

 

 ナイフが弾かれクルクルと宙を舞う───事なくドサリと地面に落ちる。【ロキ・ファミリア】の武器庫に埃を被っていた逸品で、見た目の数倍は重いらしい。大双刃(ウルガ)を造っている【ゴブニュ・ファミリア】がおふざけで作った一品らしい。

 

「ねえベル様、もっとこう……でっかい武器とか使わないんですか?」

「つってもそれだとお前頼りきりになるからな。オーク一匹相手ならそれでも良いけど、フィンが提示したのは中層でも生きれる技術だ。というわけでまず色んな武器を試す。まあスキルを活かしたいし基本的に重量系………次はこれだ」

「何でベル様と戦うんですか?」

「これでも結構な数と戦ってきたんだ。武器持って相対すりゃどの程度か解る。一番使いこなせるモノを選ぶ」

 

 次はこれだと新しい武器を取り出すベル。

 

 

「はぁ~」

 

 リリは浴槽の端に手をかけ体を浮かせながら伸ばす。容赦を知らないのかあの人は。いや、知らなかったら目で追うことも出来ずにやられるのだろうが。

 

「重量系を振り回すのではなく、使いこなす……最低ラインがそれですか」

 

 小人族(パルゥム)最強の男『勇者』(ブレイバー)フィン・ディムナは小柄でありながら槍を使いこなすし、不可能ではないのだろうが……。

 因みにあのやけに重い短刀は無しになった。あの大きさで重いと重心が狂うとか………ベルは普通に使いこなしてたけど。

 

『技能習得と恩恵だな。ここにくる前、槍も剣も大剣もその場にある物で使えるもの全て使ってたから』

 

 その経験が恩恵によって発展アビリティへと昇華した。故にあらゆる武器を一流に使いこなせるらしい。ただ、一番得意なスタイルは速さによる連続攻撃。

 

「あ、リリちゃん!」

「ティオナさん………」

「ベルと修行してるんだってね、どんな感じ?」

「基本的に実戦訓練ですよ。ベル様はモンスターが現れたらそっちを片づけて、その後またリリと特訓です」

 

 勘を知ると言ってモンスターを倒す速度は段々と速くなっている気がする。まあリリには全く見えないのだが。特に雷となって移動した瞬間なんて気が付けばモンスターが細切れになっている。

 

「ね、ねえ………Lv.2になったベルってさ、やっぱり強い?」

「気になるなら見に行けば良いじゃないですか」

「うー……でも、今はリリちゃんとの修行だしさー」

 

 いいなー、とふてくされるティオナ。代わってやろうか? いや、駄目だろうけど。

 

「でもリリ、あまり強くなれてる気しません。あ、別にベル様が教えるの下手というわけでは………」

「リリちゃんはさ、何で強くなりたいの?」

「え?」

「強くなりたい理由を、目標を見つけてみなよ。そうすれば強くなれるから」

 

 

 

 

 強くなりたい理由?

 そもそも修行を付けられているのだって【ソーマ・ファミリア】から脱退するための条件だ。理由、などと言われても……。

 

「………………」

 

 前を行きモンスター達を切り裂くベルを見る。以前はあの光景にティオナも居たか。

 追い付きたかった。共に戦いたかった。サポーターとして付いていくだけの自分に冒険者の才能があると言ってくれたあの二人に。

 リリはギュッと手に力を込めた。

 それなりに深く。12階層まで降りたベルはまず周辺のモンスターを破壊し新たに生まれぬよう地面を爆薬で破壊する。こうすることでダンジョンは修復を優先し暫くその周辺でモンスターを生まないのだとか。

 

「さて、んじゃ今日も………」

 

 と、そこでベルは言葉を止め地面に耳を近づける。

 

「やっぱ少し待て。どうやら他の冒険者がでけーのに追われながら来る」

 

 ベルが立ち上がり一方向を睨む。数人の冒険者が走ってきて、現れたのは体高150セルチ、全長4メドルを越す小竜。実質的な上層の階層主とされるモンスター、インファント・ドラゴン。ベルはすぐさま短剣を逆手に構え───横を通り過ぎた影に僅かに目を見開く。

 

「リリ?」

「ああああ!!」

 

 ハルバードを構えたリリがかける。Lv.1が単身で挑むべきではない相手に、リリは逃げてくる冒険者達の流れに逆らうように挑む。

 

「オオオオオォォォ!」

「がぁ!」

 

 吼える。吠える。

 リリが振り下ろしたハルバードがインファント・ドラゴンの爪とぶつかり、一瞬だけ耐えリリの小さな身体が吹き飛ばされる。武器は、無事だ。

 流石【ロキ・ファミリア】の武器庫。

 

「リリ、下がってい──」

「下がっていてくださいベル様!」

「何?」

 

 リリの言葉にベルの足が止まる。リリに睨まれ、ベルが明らかに気圧された。

 

 ねぇ、ベル様……貴方には解りますか。ゴライアスに単身で挑みに行った貴方を、見ているだけしか出来なかったリリの気持ちが。

 頼られる可能性もない悔しさが。

 頼られることなく安心してしまった不甲斐なさが。

 

 目の前の敵は、ベルとゴライアス程の差はない。あの時のベルなら瞬殺は出来ずとも確実に勝っていたであろう相手。

 だけど、相対するのは自分。これは、自分の冒険だ。

 

「グオオオオオ!」

「──ッ!」

 

 吹き飛んだリリに脚が振り下ろされる。ハルバードの鉤爪を地面に刺し込み自分の軽い体重を生かして引き寄せるように引き、その場から移動する。

 勢いそのまま突き刺さった鉤爪を起点に棒高跳びのように跳び、空中でクルリと回転すると地に足を着けハルバードを引き抜く。

 

「ガアアァ!」

「あああ!」

 

 再び棒高跳びの要領で跳びインファント・ドラゴンの眼前に現れるリリ。一瞬驚愕したように仰け反るインファント・ドラゴンはしかしすぐさま大口を開け迫るがリリが力の限り振るったハルバードが頬に当たり仰け反る。

 

「オオォアアァァァ!!」

「あう!」

 

 リリから逃げるように振り返ったインファント・ドラゴンは、逃げるでもなく尾を振るう。吹き飛ばされ地面を転がるリリはハルバードの先端を地面に突き刺しガリガリ削りながら止まる。

 不意に思い出すのは【ロキ・ファミリア】の団長の顔。わざわざ条件に強くなることを付け足してきたいけ好かない相手。

 

(条件にするほど、リリは弱く見えますか!?)

 

 いや、弱いだろう。自覚している。だが、弱いままで居るつもりはない。才能があると言ってくれた太陽のような少女のために、救ってくれた月のような少年のために。

 目の前に居るモンスターは確かに壁だ。だが、越えるべき壁だ。

 

「リリの、前に………立ち、塞がるな!」

 

 勢いよく地面を蹴り駆け出すリリ。振り下ろされる爪を、ハルバードで横に弾き逸らすとハルバードを短く構え回転する。インファント・ドラゴンの鱗が砕け幾つもの裂傷が刻まれた。

 

「───────!?」

 

 悲鳴を上げ、前脚を持ち上げるインファント・ドラゴン。次の瞬間、地面を強く叩く。

 

「うっ!」

 

 暴風と飛んでくる礫から顔を守るとその隙に近づいてくるインファント・ドラゴン。ハルバードを足に叩きつけるがそれほどの効果は見込めない。改めてウルガの異常性を思い返す。

 

「だから、どうしたぁぁぁぁ!」

 

 専用武器を手に入れるのは後で良い。自分はまだサポーター上がり。冒険者を名乗るのも烏滸がましい。少し丈夫なだけの武器が手元にあれば良い。

 ティオナ(あの人)の様に強く、ベル(あの人)の様に速く。

 インファント・ドラゴンの腕を駆け上る。狙うは顎下。柔らかいそこを斧が貫く。

 

「アアァァァァァァ!?」

 

 鉄が突き抜けた口を開き叫ぶインファント・ドラゴン。リリは無理矢理引き抜くと傷口に手を突っ込み逆上がりするかのように体を動かし目を潰す。

 

「ガ───!?」

 

 首を振り回すインファント・ドラゴン。しかしリリは離れず目に脚を突き刺したまま顎下からハルバードの槍の部分を突き刺す。

 

「アアア─────!?」

「あああああ!!」

 

 ズブリズブリと骨の邪魔を受けず肉に沈んでいく槍。インファント・ドラゴンが暴れ、振り落とそうとするがリリは眼孔から脚を抜き両足を首に絡みつける。

 

「オオオオ!」

「あぐ!?」

 

 リリを地面に叩きつけるインファント・ドラゴン。その頭部からハルバードの先端が飛び出してくる。それっきり動かなくなった。

 

「ぷはぁ!」

 

 そのインファント・ドラゴンの頭を持ち上げリリが出て来る。血だらけになり、今にも気絶しそうだが頭の上に上りハルバードを抜くと、ゴルフクラブのように振るいインファント・ドラゴンの死体をひっくり返し胸を斧の部分で叩く。パキリと音が鳴りインファント・ドラゴンの死体は灰になって消えた。

 残ったのは砕けた魔石のみ。灰の山の上でリリはハルバードを担ぎ直し魔石を拾うとベルに向き直り笑みを浮かべる。

 

「やりました!」

 

 

リリルカ・アーデ。ステイタス

『Lv.1→Lv.2

 力:D505→I0

 耐久:S999→I0

 器用:S908→I0

 俊敏:A884→I0

 魔力:C792→I0

耐異常:I

《魔法》

【シンダー・エラ】

・変身魔法

・変身像は詠唱時のイメージに依存。

 具体性欠如の際は失敗(ファンブル)

・模倣推奨

・詠唱式【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】

・解呪式【響く十二時のお告げ】

《スキル》

【縁下力持】(アーテル・アシスト)

・一定以上の装備加重時における補正

・能力補正は重量に比例

【疾風兎】(ラピッドリィ)

・俊敏に大幅補正

・憧れの強さで効果上昇

【女戦士】(アマゾネス)

・力に大幅補正

・憧れの強さで効果上昇   』



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二つ名

「………ランクアップか、予想以上の成果だね」

 

 リリのステイタスが書かれた羊皮紙を受け取ったフィンは笑みを浮かべて言う。

 

「あれ、でもリリちゃん力の伸びしろが低いね」

 

 と、同様に見せてもらっているティオナが不思議そうに首を傾げた。重い武器を使っているならもう少し、というかこれが一番上がりそうだが。

 

「スキルで持てる武器を叩きつけてただけだからね。力はそれほど上がらなかったんだろう」

 

 一定以上の物をもてるスキルで、重装備を振り回していた。とはいえインパクトの瞬間に脱力し勢いと武器の重さに任せた戦い方なので力の伸び率はいまいちになる。

 

「他のステイタスの伸び幅は、まあ君達が中層一歩手前まで連れて行ったのと、僕等と共に中層のリヴィラまで行きあの事件に巻き込まれてしまった事と……まあ、後一つの要因かな」

 

 クスリと含みを持たせて笑うフィンにティオナが首を傾げる。

 

「中層一歩手前ってまずかったか?」

「時折中層のモンスターも迷い込むわけだからね。そりゃ不味いさ」

「ねーねー団長、もう一つの要因って?」

「それは、僕から言ってもいいのかな?」

 

 と、意味深にリリを見るフィン。リリは顔をしかめて半眼でフィンを睨む。

 

「イヤな予感がするので駄目です」

「私聞きたーい!」

経験値(エクセリア)は本人にとって特別な経験をするほど多く手に入る。少なくとも君達と共にダンジョンに潜り武器を手に取り戦い、頼られたのは彼女にとって特別な経験だったという事さ」

「わー! 何言ってるんですかこのショタジジィ!」

 

 顔を真っ赤にしてフィンに掴みかかろうとするリリだが流石Lv.6、スルスルと紙一重で躱す。ついでに羞恥で顔を赤くするリリにティオナが抱きつき追うことが出来なくなった。

 

「そんな風に考えてくれたんだねリリちゃん!」

「ち、違──ッ! 今のはこのオッサンが勝手に! ていうか締まる絞まる!」

 

 如何に力補正のスキルがあるとは言えLv.2ではLv.5のティオナはふりほどけない。ギリギリと絞まる腕から必死に逃げようとするリリを微笑ましそうに見るフィンに純度100%の殺意を向けてやった。

 

「ランクアップも同様さ。きっと、心の何処かで才能なんて無い、少し強くなれればそれで良い、なんて思ってたんじゃないかい? それでも、君はやっぱり強くなりたいと思った。新しいステイタスを見るに、ベルとティオナに追い付きたいと。君は殻を破ったんだ、それが切っ掛けだろうね」

「わあぁぁぁぁ! 黙ってください、黙れ!!」

 

 ジタバタと暴れとうとうティオナから抜け出すと顔を赤くして涙目のリリはキッとフィンを睨みつける。

 

「これで勝ったと思わないことですね! 覚えていなさい!」

 

 そのままピューともの凄い速度で駆けていった。あれもスキルの恩恵だろう。

 

「ははは。可愛いなぁ彼女」

「あ、ティオネ」

「!?」

「嘘だよ」

「…………」

「アンタも十分可愛いと思うぜ?」

「嬉しくないなぁ」

 

 

 

 

 ロキとヘスティアは共にある場所に向かって歩く。

 犬猿の仲で有名な彼女達が共に歩き多くの神々はギョッとしているが、二人は無視する。

 

「とうとう来たねこの時が」

「解っとるやろうなドチビ。これはベルっちとリリちゃんの為の……戦争や」

「解ってる。二人のために……」

 

「無難な二つ名を!」

「かっちょ良い二つ名を!」

 

「「はあ!?」」

 

 二人は同時に相手を睨み、周りの神々は「ああ、良かった。何時も通りだ」と安心する。

 

 

 

 

 神々が集まり、ガネーシャが怪物祭(モンスター・フィリア)について謝罪し、ソーマが趣味を禁止されたことを言い渡されたことを報告されたりと色々あったがいよいよ命名式が始まる。

 それはもう酷いモノだった。非道なモノだった。

 無知な下界の民(子供達)は喜ぶが、子供達の(主神)はある者は絶叫し、ある者は力なき己を責め、ある者は名付け親の神を睨んだ。

 ちなみに命名式とはLv.2以上にランクアップした冒険者に二つ名をつけることで、今回決まったのは今のところ『絶†影』(ぜつえい)『美尾爛手』(ビオランテ)『暁の聖竜騎士』(バーニング・ファイティング・ファイター)等々。惨い、余りに惨い仕打ちだ。

 

「ロキんとこの剣姫はまんまとして………お、もう一人改宗してすぐランクアップか……てかこのスキル公開していいのか?」

「本人たっての希望やからな。【縁下力持】(アーテル・アシスト)持っとるサポーターも頑張って欲しいんやと」

「ふむ……この子、重装備を使うのか。萌だな………『バトルアックス』」

「『合法ロリ』」

「『リリカル・マジカル』!」

『小さな巨人』(リトル・ジャイアント)でどうだ!」

「『泥棒猫』!」

「おい、ヘスティアが男とられたらしいぞ! つまり男が居た!」

「「「なにぃ!?」」」

 

 

 

 結局リリルカ・アーデの二つ名は『暴殺者』(ストロング)になった。惨い。

 

「最後はヘスティアんとこか~。は!? ゴライアス単独撃破!?」

「すげーな。げ、ロキと同盟組んでやがるのかロリ巨乳……」

「ちなみに必殺技はケラウノスらしいぜ」

「マジで? ゼウスの爺この場にいたら感激のあまり勧誘するんじゃね?とりあえず白いから『兎吉』(ピョンキチ)

「それ防具の名前につけてる奴居たな……『バニーボーイ』」

「…………こいつ知ってるぞ。ギルドの可愛い子沢山誑してるの見た………『全方位下半身』(ゼウスⅡ)

「「いや、まずいだろ」」

 

 流石に神の名を冠するのは無理だ。と、一人の男が手を挙げる。

 

「ちょっと良いか?」

「お? 居たのかヘルメス」

 

 手を挙げた男神の名はヘルメス。基本的に彼方此方を旅して滅多に帰ってこない神だ。 

 

「なあヘスティア、この子元傭兵じゃないか?」

「し、知ってるのかい!?」

「ああ。外じゃかなり有名な子だぜ。外の神々はみーんな狙ってた。ただ、行き先が不規則で後を追えなかったらしいがな」

「なんだヘルメス、こいつすごいのか?」

「凄いさ。何せ傭兵として働き始めたのは八歳の頃。依頼達成率100%で、どんな怪我をしても治り次第すぐにまた旅にでちまうから『不死身の兎』(アンデラビット)、戦場を常に血に染めることから『血染めの兎』(ビー・ラビット)何て呼ばれてた」

 

 ロキはもうあったんか、と悔しそうな顔をした。

 

「他にも常に黒いボロ布を纏っているが髪や肌が白く目が赤いから『赤目の死神』、『殺戮兎』(ヴォーパル・バニー)『黒い白兎』(ブラックホワイト)何て呼ばれてたな。この中から決めない?」

「ふざけるな、馬鹿野郎! どれも痛々しいんだよぉぉぉ!」

 

 

 

「それで、何か俺に用か?」

 

 神々の話題の中心にいる男、ベルは人気のないダイダロス通りの奥で振り返り追ってきた気配に振り返る。

 

「気づいていたか」

「隠す気無かったろ、アンタ」

 

 現れたのは猪人(ボアズ)の大男。大剣を構えベルを見据える。

 

「手合わせ願おう」

「断る」

 

 ベルはそう言って逃げ出す。ファミリア間の抗争などごめんだし、何より相手は遙かに強い。迷宮のようなダイダロス通りなら地形を把握できるベルに有利───の、ハズだった。

 

「何処へ行く」

「───は?」

 

 気がつけば男は目の前に移動しており、剣を振り下ろす体勢になっていた。

 

「──ッ!【導け】(エルトール)!!」

「ぬ!?」

 

 反射的に超加速を行い建物の上に移動するベル。男は驚愕し()()()()足を見て、直ぐにベルが逃げた建物の屋上に一度のジャンプで移動する。

 

「何だてめぇ!」

 

 足を切り落としたのは偶然ではない。明らかにこの男は慌てて狙いを変えてから斬った。

 

「オッタル……」

「オッタルだと……」

 

 オッタル。それはオラリオでは知らぬ者は居ない。否、その名はオラリオを飛び出し世界に広まっている。

 【猛者】(おうじゃ)オッタル。【フレイヤ・ファミリア】所属のLv.7()。現在のオラリオ最強の存在だ。

 

「それが何で俺を狙う!」

「知る必要のないことだ」

「そうかよ」

 

 ギチギチと軋む音を立てながらベルを黒紫のオーラが包み込み、右足が新しく生えてくる。オッタルは僅かに動揺したが直ぐに目を細めベルを見る。

 建物の中に人の気配がないと解ると黒紫のオーラを足に集め踏み込む。建物が崩れ土煙が舞う。土煙が互いの姿を隠し、ベルは呟く。

 

【導け】(エルトール)

 

 雷速の突き。第一級冒険者の殆どが反応する間もなく貫かれる速度。視線で、殺気で、力の入れ方で、それら全てで事前に察せなくては避けることも出来ないその超高速移動をオッタルは反応し殴った。

 方法は簡単。ベルが敷いた先駆放電のレールの位置を察しそこに拳を振り抜いただけ。言うだけなら簡単だがコンマ数秒にも満たない時間に反応するなど人間業ではない。

 

「ふっ──」

「ぐぅ!」

 

 地面に落ちたベルに向かって大剣を振り下ろす。咄嗟に回避したベルだがその衝撃が爆風となりベルを襲い、更に地面に開いた穴に吸い込まれるように落ちていく。地下空間があったらしい。

 こんな所があったのかと意外そうな顔をするオッタルは遠ざかっていく気配を感じる。あの速度だ。追跡は困難。が、不可能ではない。

 地面を砕くような踏み込みでベルの気配を追うオッタル。ベルもその気配を感じたのか止まることはしないが、いずれ止まる。

 事実数分経ち、止まった。闇になれたオッタルが見たベルの姿は全身に火傷を負い、目は完全に失明していた。

 

「しつこい奴だな」

「恨みたいなら恨め。その権利を否定しない」

「そうかよ」

 

 バチン!と雷が跳ねる。それは闇を照らす青白い光から、ベルの纏っていた黒紫のオーラと混じり合い、圧縮され黒槍を生み出す。

 

「消し飛べ、ケラウノス!」

 

 放たれた黒槍はオッタルの剣とぶつかり合い、その中から多量のエネルギーを感じたオッタルは拮抗するのを止め横に弾く。それは壁を打ち砕きながら進み、轟音が響きわたる。オッタルの背後の壁が膨らみ砕け散り、先程の槍の威力を物語っていた。

 

「……………まともに喰らえば危うかったな」

 

 が、特に恐怖を感じた様子はない。対してベルは気配でオッタルの健在を察し忌々しげに顔を歪め、しかし倒れた。今の一撃に全てをつぎ込んだのだろう。

 

「素晴らしい成長だ」

 

 それだけ言うとエリクサーを持ってベルに近付く。と、その瞬間ベルが跳ね起き首に噛みついてきた。

 

「…………」

「げぁ!?」

 

 殺気はない。敵意も。気絶したまま反応したのだ。が、オッタルの首を噛み千切ることは叶わず腹を膝で蹴られ地上まで吹き飛んでいく。オッタルは僅かに流れた首筋の血を拭うと手足の骨が折れ動けなくなったベルにマジックポーションを飲ませる。

 傷が徐々に回復していき、しかし動ける程じゃないと解ると両手でベルを抱えて歩き出した。



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頂に立つ者

「ちゅーわけでベルっちとリリちゃんの二つ名決定を祝して、かんぱーい!」

「かんぱーい! じゃないよロキ! 何だよ、【暴殺者】(ストロング)【殺戮兎】(ヴォーパル・バニー)って!」

 

 リリの方はまだ良い。だって【ロキ・ファミリア】だし。けどベルは自分の大切な眷属(家族)なのだ。なんでこんな惨いことに、と涙を流す女神。しかしその涙は力無く床で弾ける。

 神々のセンスを理解できない者達は首を傾げていたが。

 

「つーか主役のベルっちは何処行ったんや?」

「そ、それが……昼頃ダンジョンに向かって帰ってきてないんです」

 

 ロキの言葉に最後の目撃者であるリリがおずおずと手を挙げる。

 

「ダンジョンに!? 大丈夫なのかい!」

 

 Lv.が上がって、強くなった力を過信して深く潜り命を落とすというのは良く聞く話だ。それを思い出したヘスティアはリリを掴みガクガク揺する。

 

「わ、わわ!?」

「落ち着けヘスティア、ベルっちも馬鹿じゃあらへん。逃げる時は逃げる」

「でも、ベル様一人で階層主に挑みましたよね」

「う、それ言われると……」

 

 と、ロキが口ごもった時ギィ、と音を立て酒場に新たな客が入ってくる。その客の持つ()を見てシルが目を見開いた。

 

「ベ、ベルさん!?」

「「「!?」」」

 

 シルの言葉にロキ、ヘスティア、リリ、店員達が振り返る。そしてやってきた客に気付き目を剥く。

 

【猛者】(おうじゃ)……オッタル」

「ベルさん、しっかり!」

「にゃー! 少年の形の良い尻は形を保ってるのにゃ!?」

「黙りなさい! それより、誰かエリクサーを」

「ベル君! どうしたんだいその傷!」

「ちょ、ベル君をこんなに……一体どんなモンスターが……」

「俺だ」

 

 ヘスティアの言葉にズン、と響くような声が返され、店に響きシン、と静まりかえる。ロキが薄目を開きヘスティアがオッタルを睨む。他にも何か叫ぼうとしていた者達は二人から放たれる神威に圧され口を開くことが出来ない。普通そうだ。が、目の前の男は普通ではない。

 

「最短でLv.2になった男に興味を持った。だから試した」

「ほう……フレイヤの指示かいな」

「いや。あの方は俺に物を渡すように頼んだだけ。これは個人的な興味だ、見事と言えよう。俺に手傷を負わせたのだから」

「首のそれか?」

「これを手傷と呼んではベル・クラネルへの侮辱に当たる。此方だ」

 

 そう言ってオッタルが籠手をはずすとそこには痛々しい蚯蚓腫れがあった。その手も微かに震えている。

 オッタルが最後ベルを蹴ったのは、単純に今の腕では大した力が出せなかったからだ。

 

「さすがにこれでは剣も振るえん。大したものだ」

「それだけかい? ベル君をここまで傷つけて………」

「ああ。目が覚めたらこれを渡しておいてくれ」

 

 そう言って取り出したのは一冊の本。ロキはそれが何か見抜き、忌々しげに舌打ちした。

 

魔導書(グリモア)か……なめとんのか、それで手を打てと?」

「先も言ったようにこれは届け物だ。どう使うかはその少年に任せるし、これで許せとも言わん」

 

 それだけ言うと踵を返す。Lv.7のオッタルを前に誰も何も言えない………と思えば声をかける者が居た。

 

「おい」

「何だ?」

「あの女はまだ懲りずに男漁りをしてんのかい?」

 

 ミアの言葉にオッタルは振り返る。

 

「素質のある物を見つけ育てる。それがあの方の生き甲斐だ」

「そいつはそんな事望んじゃいないよ」

「どうかな。この少年の目は、力を求める者の目だ。感謝するかもしれんぞ」

 

 今度こそ店から出ようとするオッタルだが、再び声をかける者が現れた。

 

「………おい」

「もう起きたか」

「何時、か……勝つ………」

 

 その言葉にオッタルはフッと笑う。

 

「面白い。上り詰めて見せろベル・クラネル」

 

 

 

 

「あ、あの………ベルさんは………」

「ん? ああ、平気や。もう治って来とる」

 

 オッタルが去り、シルが恐る恐る尋ねると入口を睨んでいたロキがあっさり返す。こんなに酷い怪我なのに? と見れば火傷の殆どは治ってきていた。

 

「精癒のおかげやな。ベルっちは魔力か体力さえあればどんな傷でも治せるんや」

「そういえば片方の足、丸出しだね………まさか切り落とされたとか?」

「おお、美少年の足……ふへへ」

 

 と、クロエが涎を垂らしていると店の扉が勢い良く開く。

 

「神ロキ! 神ヘスティア! ベル君はいま………すね………良かったぁ」

 

 やってきたのはエイナだ。火傷も殆ど治ったベルを見てホッとする。が、ボロボロの服を見て慌てて近づき足に触る。

 

「良かった………ちゃんとある」

「なんやエイナちゃん。ベルっちの足でも見つけたんか?」

「あ、はい。実はダイダロス通りで仮面の集団が暴れているという報告があって、その後崩落したんです」

「崩落?」

「はい。どうやら地下空間があったらしく、原因不明の大爆発で………幸い仮面の集団からの避難で怪我人は居ませんでしたがダンジョンの隠し入り口らしきモノが見つかったり大騒ぎで…………あ! それで……その、ベル君と似たズボンに膝当ての足が見つかりまして」

 

 それは間違いなくベルの足だろう。が、言うと大変そうなので黙っておくことにした。

 

 

 

 

「はあぁぁぁぁぁ!?」

「なんやねんドチビ! うっさいわ!」

 

 殆どの面々が遠征に行ったためロキが直接文句を言いに行くとヘスティアはパクパク口を開けベルの背中を指さす。訝しみながらも覗いたロキは、固まる。

 

『Lv.2

 力:SSS1154

 耐久:SSS2204

 器用:SSS1508

 敏捷:SSS2312

 魔力:SSS1904

耐異常:E

精神安定:C

技能習得:B

鍛冶:E

精癒:I

幸運:I

思考加速:I

狩人:I

《魔法》

【虚像の英雄】(ベル・クラネル)

階位昇華(レベル・ブースト)

・発動対象は術者限定

・発動後、半日の要間隔(インターバル)

・詠唱式【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄へ堕ちろ】

【エルトール】

付与魔法(エンチャント)

・雷属性

・速攻魔法

【アンチ・カース】

・解呪魔法

・呪詛、結界魔法の破壊

・詠唱式【砕け散れ邪法の理】

《スキル》

【羨望一途】(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・羨望の続く限り効果持続

・無力感を感じるほど効果向上

【英雄義務】(アルゴノゥト)

・敵対時に於けるチャージ実行権

【嫉妬の龍】(レヴィアタン)

・敵対時に於ける相手のステイタス一時簒奪

【操作画面】(メニュー)

・自己ステイタスの閲覧可能

・討伐モンスター図鑑自動作成

・マップ表示

・索敵

・アイテム収納空間作成

【不屈の闘志】(ベルセルク)

・肉体の修復

・体力、魔力を消費する 

【精神保護】(マインドブロック)

・精神への干渉を拒絶する

・術者との実力差によって変動

・受ける、受けない選択可能   』 

 

「またカンストしとる!?」

 

 いや、確かに早熟スキルを持ってはいるし暫く更新していなかったけど、数日だぞ!? いや、Lv.7のオッタルと戦い、なおかつ【羨望一途】(リアリス・フレーゼ)と合わさったと考えれば。

 それにLv.7とLv.2の戦闘なんて間違いなく特別な経験値(エクセリア)が手に入る、とそこまで考えロキはヘスティアを見る。ロキの言わんとしていることが解ったのかコクリと頷く。

 

「ランクアップできる………」

 

 

 

 

 ダンジョンの中で、ベルは荒れていた。

 僅か数日で次のランクアップ。偉業を通り越して異常な成長速度。

 普通なら喜ぶべきだろう。が───

 

──面白い。上り詰めて見せろベル・クラネル──

 

 それがまるでオッタルの慈悲で与えられたようで、一方的に打ちのめされておきながらその相手に良く頑張ったなと言われているようで酷く腹立たしい。一応ランクアップはしたが………

 

「………戻るか」

 

 そういえば赤毛の女に壊され胸当てと手甲は失ったけど膝当ては残っているからと使っていたのだが昨日片方失った。エイナが回収してくれた方の足のは無事だがオッタルから逃げ回っていた時付けてた方は完全に破損している。

 

「………新しいの買うか」

 

 そのためにも取り敢えず地上に戻るか、とベルは歩き出した。



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中層

「じゃあベルさんは遠征に行かなかったんですね」

「まだLv.2だしな。俺の能力が遠征に貢献すると言っても裏を返せば俺一人が居なくなっただけで遠征に支障が出るわけだ。だから、最低でLv.3が参加条件」

「でもなったんですよね、先日」

「ああ……」

 

 リューが酒を注ぎシルがベルの話を聞こうと興味津々と瞳が物語る。

 

「あの【猛者】(おうじゃ)に手傷を負わせたんですもんね。ランクも上がりますよ」

「チッ………」

「シル、クラネルさんはその事を快く思っていない。余りに口に出すと怒らせてしまう」

「わわ! ご、ごめんなさい……」

 

 と、慌ててベルにすがりつくシル。美女二人を侍らせた席に座るベルに殺気の籠もった視線が飛び交うが完全に無視していた。

 

「それでクラネルさん。今後の予定は?」

「上層じゃもうステイタス大してあがりそうにねーし。中層に行く」

「そうですか。ならパーティーを組むことをお勧めします」

「パーティーねぇ………今フィンが居ねーからなぁ。同じ時期にランクアップしたのリリだけだし」

 

 既に組まれているパーティーに交ざる場合はフィンかリヴェリアの判断を必要とする。一人増えるだけで連携が崩れるからだ。組んで少しならともかくその連携になれた頃に増えるのは宜しくないという判断だ。

 

「パーティーをお探しかい【殺戮兎】(ヴォーパル・バニー)

 

 と、そこへニヤニヤした男達がやってきた。ベルに話しかけた割にその視線はシルとリューに向いている。

 シルは身を小さくしてリューはギロリと男達を睨みつける。

 

「仲間が欲しいなら、お前を俺達のパーティに入れてやろうか? 俺達は全員Lv.2だ。『中層』にも行けるぜ。けどその代わり………このえれぇ別嬪なエルフの嬢ちゃんたちを貸してくれよ」

「………あぁ?」 

「仲間なら分かち合いだ。なぁ?」

「生憎だな……彼女達は俺の持ち物じゃない。確かに好意は寄せられてるが、だからこそてめーらみたいのに渡すかってんだ。女抱きたきゃ娼婦を買え」

「クラネルさんの言うとおりです。あなた方は彼にふさわしくない」

「おいおい妖精さんよ? 俺らならこんなガキより───」

「おい、気安く人の友人に触れてんじゃねーよ」

 

 先程オッタルの事を話され苛立っていたのに加え、見るからに()()()()()()目当てに近づいた男達の登場にベルは軽くキレた。

 ミシリとベルの掴んだ手が男の骨を軋ませる。

 

「ぐあ、あがあぁ!! は、離せ!」

「て、てめぇ! 調子に乗ってんじゃ──!」

「インチキルーキーが!」

「アーニャ、クロエ」

「「はいにゃー♪」」

 

 ベルが名を呼ぶとアーニャとクロエが息ぴったりな動きで冒険者達を押さえつけた。

 

「約束にゃ少年。今度デートする時そのお尻を触らせるにゃ」

「………ああ」

「みゃーは美味しいご飯をたくさん食べたいにゃー!」

「…………クラネルさん、何時の間にこの二人を手懐けたのですか?」

「酒場は口が軽くなって色んな情報が集まる場だからな。一人二人情報くれる奴を作っとくのは旅の癖だ……でもシルもリューも口堅そうだし………消去法でこの二人に情報料としてこっそりデートしてやってるうちに言うこと聞いたらご褒美デートするようになってた」

 

 周囲からの殺気が増した。リューが何とも言えない顔でベルを見ていた。

 

「ベルさん、アナタはシルの伴侶としてもっと自覚を……」

「そうは言われても告られてもなければ了承してもねーし。つーかシルは結局告ってないけど俺で良いのか? きちんと評価されるようになってからはまだしもガキって理由で金をきっちり払われてなかった時期は金のために人妻彼氏持ちとも寝たような男だぞ俺は」

「へ!? あ、いや……そんな告白なんてー!」

 

 シルはそう言って店の奥に引っ込んでいった。

 

「世界中回っただけあり、苦労していたのですね」

「その分コネは彼方此方にある。ちょっとした領地ぐらいならプレゼントできるぞ?」

「いりませんよ………時にクラネルさん」

「あん?」

「貴方はそうやって恋愛ごととなると昔の女性関係を持ちだしてすぐに距離を取ろうとしますね。幸せになりたいとは思わないのですか?」

「思わねーよ。目に見える範囲で屑を痛めつけたり殺したりして、食い物にされる奴らを救えるだけで幸せだからな」

「それは誰の幸せですか?」

「…………………」

 

 蒼と赤の瞳が互いの内面を見透かそうとするかのように見つめ合い、ベルが視線を逸らした。

 

「もちろん、ベル・クラネルの幸せだよ」

「………そうですか」

 

 リューは何も言わず追加の酒を注いだ。

 

 

 

 

 バベルの内部に存在する【ヘファイストス・ファミリア】の武具店にやってくるベル。駆け出し達が己の名をあげるために作った安い装備の中で、ベルは目的の物を探して歩き回る。

 

「ないな……売れたか? あるいはファミリア内で孤立して置かれてないか………」

 

 と、不意に言い合っている声が聞こえた。見ればカウンターで言い合っている赤毛の男がいた。ふむ、と顎に手を当てる。

 

「おい、あんたがヴェルフ・クロッゾか?」

「あん? 如何にも俺はヴェルフ・クロッゾだが……何だ、アンタも俺に依頼か?」

 

 と、何処か敵意の混じった視線を浴びながらもベルは気にせず言葉を続ける。

 

「防具を作ってくれ。前のは壊れた」

「……………防具? 魔剣じゃなくて?」

「クロッゾについては旅先で知った。容姿についてもな………が、俺は魔剣にゃ興味ない。俺が求めてるのは防具だ」

「………は、はは………はははは!」

 

 と、突然大笑いし出すヴェルフ。バシバシとベルの背中を叩いてくる。

 

「防具だったな? あるぜ、ここに丁度な!」

 

 

 

 

「というわけでダンジョンに行くぞリリ」

「はい? いきなり何がというわけですか?」

「ああ。だからヴェルフが俺の専属鍛冶師になるから発展アビリティの『鍛冶』を手に入れるため中層に向かう」

 

 ヴェルフを【黄昏の館】の前で待たせていたベルは鍛錬所でハルバードを振り回していたリリに声をかける。リリとしても中層へ行きたかったが、ヴェルフとは誰だ?

 

「【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)だよ。人柄は信用できる」

「まあ………ベル様がそう言うなら……」

「その様付けやめないか? もうサポーターって訳じゃないんだし」

「…………まぁ、それもそうですね。ではいきましょうかベル」

 

 

 

 

「やってきたぜ11階層!」

 

 と、ヴェルフが叫ぶ。リリとベルは特に興味なさそうだ。ここには何度も来たからだろう。

 

「ヴェルフ、これから中層に向かうが大丈夫か?」

「おう。しかし中層か~……主神はなんて?」

「ロキもヘスティアも許可をくれた。ただ、日帰りだとよ」

「普通そうですよ。ダンジョンの中で単独で寝るベルが変なんですから」

 

 リリは呆れたようにハルバードで肩をトントンと叩いた。

 

「ヴェルフこそ平気か? 主神の許可は」

「おう、問題ない!」

「じゃあ行くか」

 

 

 サラマンダーウールという耐火装備を纏ったリリとヴェルフ。先頭を歩くベルは兎吉(ピョンキチ)Ⅱ以外は着ていない。そもそも治るなら耐久力をあげるために防御を捨てたらしい。

 

「今日のベル、歩くの遅くないですか?」

「マップ浮かべながらの同時進行だ。少し遅くなるのは見逃せ………来るぞ」

 

 と、ベルがヘスティア・ソードを抜くと同時に黒い大型犬、ヘルハウンドが現れる。ベルがまっすぐ向かうとヘルハウンドは炎を吐き付ける。が、その炎の中から腕が飛び出してきた。

 

「!?ぎゃうん!」

 

 鼻っ面を掴まれ壁に叩きつけられるヘルハウンド。そのまま壁に押しつけるように踏みつぶすとグシャリと足が肋を砕き内臓を潰し魔石を砕いては灰に返す。と、別の方向から別の個体がリリ達に向かって襲いかかってくる。

 

「ほい、っと……」

 

 リリはハルバードで地面を抉りながらヘルハウンドを叩き上げる。

 明らかに非力そうな個体を狙ったというのにこの結果だ。混乱するヘルハウンドをヴェルフの剣が切り裂いた。

 

「ん? うお、今度はミノタウロスか!?」

 

 と、ヴェルフが叫んだ先には上に迷い込んだであろう二頭のミノタウロスが。ベルの目がスッと細くなり、パチリという静電気のような音が鳴ると二頭のミノタウロスの首が落ちる。全身から白い煙を放ち火傷を治すベルはミノタウロスの死骸をじっと見つめた。が、すぐに顔を上げる。

 

「次から次へと、キリがないな……」

 

 ベルの視線の先にはピョンピョン跳ねて此方に向かってくる兎のモンスター。角を持っており、ベルを見ると小首を傾げ───首から上が蹴り飛ばされていた。

 

「うお! ベル仲間に容赦ねー」

「アルミラージだっての」

「キィ! キュイイ!」

「キュウウ!」

 

 アルミラージは群れで行動するモンスターだ。仲間がやられ、残りがベルに襲いかかってくる。が、当然ベルに切り裂かれる。武器を持ち、連携を組む。下手に人間に近い動きをした分ベルに取っては先読みしやすい動きにしかならなかった。

 が、群れはその三体だけでは無かった。大量のアルミラージがベル達を囲む。

 ベルは強くても一人だ。一度に倒せるのには限界がある。故にリリ達と背中をあわせるように並ぶ。

 

「………ん? おい、チッ………面倒なことに。引くぞ、ヴェルフ、リリ」

「へ? どうした急に」

「この音、まさか………」

 

 ベルの言葉にヴェルフが首を傾げ周囲を警戒するために獣人に化けていたリリがはっとする。ヴェルフがその視線の先を見ればモンスターに追われながら此方にまっすぐ向かってくる一団が。

 

「押しつける気か!? どうする!」

「こうする」

 

 懐から取り出したのは鉄の塊。小指ほどのそれを指で弾くとオレンジの光線となってアルミラージの群れの一部を抉り取る。生まれた道にすぐさま駆け出すリリとヴェルフ。

 ベルは穴を埋めようとするアルミラージを切り裂き進み、振り向きざまに一団が出てきた通路を破壊する。一団を追っていたモンスター達は瓦礫に潰されるか、あるいは閉じ込められた。

 

「………おい、マジか」

 

 が、それに対応するように彼方此方の壁に亀裂が走り大量のモンスターが現れる。慌ててリリ達を追えばリリ達が立ち止まっていた。見れば前にもモンスターの群が。

 後ろを確認する。狭い通路。

 前は、少しずつ道幅と天井の高さが上がっていく。

 

「進むぞ!」

 

 再び鉄の塊を核にした光線を放つベル。モンスター達は為す術無く消し飛んでいき道が出来る。が、逃がさないと言うように天井に亀裂が走る。

 

「ッチ!」

 

 リリとヴェルフを掴み磁場を生み出し滑走するベル。天井が崩れ蝙蝠型のモンスター『バットパット』の群れが現れる。瓦礫とモンスターを避けながら駆け抜けるベル。開けた場所に出て、崖が現れる。反転しようとした瞬間足元からピシリと音が響く。

 生まれたモンスターを踏みつぶした瞬間、通路の脇に隠れていたヘルハウンド達が口を開き煌々と燃える火を見せてくる。

 

「【燃え尽きろ、外法の技】!」

 

 と、ベルに抱えられていたヴェルフが咄嗟に叫ぶ。

 

「【ウィル・オ・ウィスプ】!」

 

 瞬間起こる爆発。磁気で浮いていたベルは踏ん張ることも出来ず崖に身を投じる。焼かれるよりはマシだが、ついていない。

 警戒はしていた。まだ周囲わずか十メートルのみだがマップ表示と索敵を行えるようになり、常にオンにしていた。それでも虚を突かれた。

 

(───これが中層)

 

 改めて思う。フィン達と来た時、あの時本当に自分は守られているだけだったのだと。

 

 

 

 

 ピクリと18階層の森に潜んでいた大きな影が顔を上げる。周囲に広がる灰はその影がどれだけモンスターを倒したのかを物語っている。

 立ち上がろうとしたその影はしかしその場で膝を突く。

 休息が必要だ。彼に会うには、今のままではいけない。新しい右腕を撫でながら、双眸で天井の水晶、その奥を見る。

 今ここには強い気配がある。騒ぎを起こすのも得策ではない。目を閉じ、眠る。願うならば待ち望む少年も万全な状態であることを望みながら。



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救出隊

「づ───」

 

 リリとヴェルフを抱えながら歩くベルは近付いてくる気配に鉛を核にした光線を放ち舌打ちする。

 直接雷を放つより魔力消費は抑えられるし、威力も高い。更には精癒を持つベルは魔力も自動回復する。

 が、こうも立て続けだと少しずつ削られていく。

 マップを持つベルなら階層移動は可能だ。出口を探して、そこに向かえばいい。それが出来ないのは爆炎を突き破り襲ってきたモンスターの群れのせいでバランスを崩し磁気が乱れ落下してしまい、その際に片足を折り頭を打ち気絶したヴェルフと、同じように頭を打ったリリを抱えているからだ。ポーションは怪我を治しても脳震盪による気絶までは癒さなかったらしい。

 虚像の英雄(理想のベル・クラネル)が囁く。頑張れと、救えと。

 生存本能が囁く。見捨てろ、生き残れと。

 

「どっちもうるせぇ……」

 

 ヴェルフもリリも自分の友人だ。原作でベル・クラネルがどう関わっていたかなんて知らない。ひょっとしたら自分は原作のベル・クラネルの真似事を知らぬ内にしているのかもしれない。だが、これは自分が選んだ選択。

 幻聴は黙っていろ。

 忌々しげなベルの言葉に幻聴は引いていく。ベルは歩みを止めず歩き出した。

 

 

 

「ベル君が帰ってこない!」

「落ち着けアホンダラ。ベルっちの恩恵は消えとらんやろ。リリちゃんもや……今動ける子で捜索隊は………だせんな。今残っとる子で中層を長時間探索できる子はおらん」

 

 と、悔しそうに歯軋りするロキ。ヘスティアは顔を青くしてどうするんだよー、と叫ぶ。

 ここで下手にギルドに依頼すれば【ロキ・ファミリア】の名に傷が付きベルを守る後ろ盾としての機能を損なうかもしれない。ゆえに冒険者依頼(ク エ ス ト)は最後の手段。

 

「同様の理由でウチは他のファミリアを頼れん。一応、フリーの冒険者を知っとるからその子に頼んでみる。ヘスティアも知り合いの神に頼んでみてくれ」

「わかった!」

 

 あくまで傘下のヘスティアが勝手に頼っているという体を取れば、【ロキ・ファミリア】の威光は消えない。消すわけにはいかない。ベルのステイタスは勿論、ロキが未だヘスティアに隠しているあの世界についても知られるわけにはいかないのだから。

 

 

 

 ベル達の捜索に集まったのは【タケミカヅチ・ファミリア】の面々だった。報酬はいらないそうだ。その理由はタケミカヅチとヘスティアが友神だから………ではなくベル達が帰れない発端であろう怪物進呈(パス・パレード)を行ってしまったのが彼の眷属だからだ。

 

「で、何でお前までおるんやヘルメス」

「外でも有名な【殺戮兎】(ヴォーパル・バニー)が恩恵を得てどの程度強くなったか知りたくてね。聞いた話じゃゴライアス倒したんだって?しかもLv.1の時に」

「お前まさかダンジョンに潜る気やないやろうな?」

「ロキ、その事で──」

「却下や。ダンジョンに入って()()()()どないする。お前だけやなくて、ダンジョンにいる全員が危険やぞ」

 

 ギロリと細い目で睨まれ言葉に詰まるヘスティア。が、隣に立つヘルメスを見る。

 

「ひ、一人か二人なら別に……」

「あほか。最悪ヘルメスは見捨てればいい。けど、お前は見捨てられん。ベルっちは自分が全部救えないと思っているからこそ見捨てるという事も知っとるが、出来る限り助けようとするし身内に至っては命を懸けて守る」

「あれー、俺見捨てられちゃうの?」

 

 と、おかしそうに笑うヘルメス。最終的には見捨てるだろう。ベルは身内には優しいが他人、特に悪人には容赦しない。ヘルメスは神がダンジョンに潜れば神本人だけでなく冒険者も危険と知りながら気になる冒険者を見たいと言うだけで潜ったのだから見捨てるときは見捨てる。

 

「わ、解ったよ………それで、ロキの呼んだ助っ人は?」

「私です」

 

 と、不意に後ろから声がかかる。振り向けば覆面で顔の下半分を隠したエルフが居た。

 

「おお、まさかこの子が出て来るとはね」

「クラネルさんは私の友の将来の伴侶ですし………それに、私を友と呼んでくれた」

「ちゅーわけでよろしく。腕は信用できるで」

 

 

 

 

「う、ん……」

「起きたか、リリ」

「ベル……?──!?」

 

 薄目を開け、すぐにバッと体を起こすリリ。

 

「……どのくらい寝てました?」

「二時間ほど」

 

 そう言ったベルには疲労が見える。よく見れば自分達とベルの体のあちこちに灰が付着していた。この状況で魔石を取ろうと出来るほどの余裕がありそうにも見えないし、魔石ごと破壊するような戦闘をしていたという事だろう。

 

「下ろしてください。戦えます」

「そうか」

「ここは?」

「17階層」

「────」

 

 その言葉で理解する。ベルは縦穴を通り、18階層へ、安全地帯へと向かっていたのだろう。下に行くほど強くなるモンスター達を一人で相手しながら。

 

「もうしわけありません、ベル」

 

 目は覚めた。体は動く。武器はある。だから───

 

「ぶぉおぉぉぉぉ!」

 

 と、飛び出してきた五匹のミノタウロスの群れの先頭にハルバードを投げつける。一瞬目を見開いたミノタウロス達だったが敵が得物を放した事に気づき、その得物を取ろうと手を伸ばす。が、その武器を掴んだのは大きく無骨な手ではなく小さな手。

 

「はぁぁぁ!」

 

 一瞬で距離を詰めたリリはハルバードに刺さったミノタウロスごと振るい、纏めて壁に叩きつける。壁に押しつけられた個体とその前の個体、2体が圧死し残りが押しのけようと仲間の死体を押す。が……

 

「ああああぁぁぁぁ!!」

「おおおおお!?」

 

 ミシミシと押される。この小さな体の何処にそんな力があるのか、やがて残りの二匹も押し潰され圧死した。

 

「はぁ───はぁ……」

 

 スキルにものを言わせた強引な戦闘スタイル。余計な体力を使ってしまったが、これは証明だ。戦えるという。

 

「──だから、ここから先はリリが守ります」

「ああ……」

 

 

 

 リリが戦闘を受け持ち魔力を回復して、そちらを【不屈の闘志】(ベルセルク)による身体維持に回したため疲労もだいぶとれてきた。が、不意にリリが違和感に気づく。

 

「静かすぎる」

 

 17階層の奥にいくほどモンスターとの接触が減っていった。今は気配こそするものの全く襲われない。

 やがて大広間に出た頃、その理由に気づいた。

 バキリ、と広間の壁が割れる。リリとベルはその光景に見覚えがある。ゴライアスが生まれようとしているのだ。

 

【穿て】(エルトール)

「オア!?」

 

 が、壁から生まれ出る前にオレンジの光線がゴライアスの胸に当たり押し戻す。背後でギチギチと音が聞こえ振り向くと片手を挙げたベルが居た。

 

「ッチ、この程度じゃ足らないか」

 

 そういって取り出したのはアダマンタイトの欠片。纏っていた黒紫のオーラがアダマンタイトの欠片を持つ手に集まり、黒い光線が放たれる。

 

「──ッ!」

「オア────!?」

 

 ドン! と大槌でも叩いたかのような衝撃波が周囲の大気を揺らし、ゴライアスの頭部が吹っ飛び『嘆きの大壁』の片側に巨大な亀裂が走った。

 頭部を失った巨人の体は壁により掛かるように倒れた。

 

「っ──まだ【英雄義務】(アルゴノゥト)を使うのは早かったか………行くぞ、リリ」

「は、はい……!」

 

 唖然とするリリの横を通り過ぎたベルを慌てて追う。その目を横目で見て思う。あれで、満足できないのか。どれだけ強くなりたいのだろう、この人は、と。

 Lv.が上がって、近づけた気でいた。実際はそんなこと無かった。

 

「でも………すぐに追いついてみせます」

 

 だって自分は、貴方の隣にいたくて冒険するのだから。



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遠征組との合流

「う、ぐ………」

 

 18階層に降りると今は『昼』だったのか明るい。その光に反応してヴェルフが起きる。

 

「ここは………そうだ俺は………ベル、リリ助、すまん!」

 

 と、目が覚め混乱していた記憶の整理がついたのかベルの背から飛び降り頭を下げた。

 

「判断を誤った。あれがなけりゃ今頃───!」

「ダンジョンに絶対なんてない。それに、あのままならヘルハウンドの火に焼かれそうになり結局制御をミスってた」

 

 そう返すベルは元気がない。ヴェルフはもう一度すまん、と呟きベルの背から降りて肩を貸す。と、そこへ足音が聞こえてきた。

 

「………ベル? リリ?」

「よぉ……アイズ」

 

 やってきたのは美しい金の瞳と金の髪を持った少女。アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 

「……っぷはぁ!」

 

 マジック・ポーションを浴びるように飲み魔力と体力の消費を抑えるため治癒を見送っていた細かい傷などを完全に治したベル。疲労も取れた。そんなふざけた体質(スキル持ち)のベルにフィンは苦笑する。

 

「便利なスキルだ、相変わらず」

「ちなみに最近気づいたがその気になれば便意もなくなる。腹痛くて戦えないとか笑い話にもならないからだろうな」

「……本当に便利だね」

 

 一通り笑った後、フィンは尋ねる。何故ここに来たのかと。ベルは余すことなく話すことにした。

 

 

 

 

「成る程。同盟相手の【ヘファイストス・ファミリア】の子とパーティーを組んだのか。しかし予期せぬトラブルで18階層に……ひとまずお疲れ様というべきかな?」

 

 ついでに復活したゴライアスを疲弊した状態で瞬殺することに何を言えばいいのやら。しかし、一つ気になる事がある。

 

「Lv.があがったというのは本当かい?」

「…………ああ」

「おい拗ねるな。私達は賞賛したいんだぞ」

「あの野郎に手傷負わせて、それで良くできましたってLv.上がって納得なんざ出来るか…」

 

 納得は出来ないがキチンとLv.を上げておく辺り、強くなることに余念がないのは見て取れる。リヴェリアは表情を曇らせた。同じような顔をしていた少女は無茶をして死にかけた。しかし大分丸くなった。

 だがベルはその時の少女より実力がある分………あってしまう分、何時か救助が間に合わないほど深くに潜り無茶をしてしまうのではないかと心配になった。

 

 

 

 その晩は宴が行われた。

 ベルの横にはリリが座り反対にはアイズが座る。

 

「………ベル、頑張ったんだね」

「……………Lv.の事ならよせ」

「あ、ごめん………えっと、じゃあ……今度は自分たちの力でここまでこれたんだよね。偉い」

「……………」

 

 頭を撫でてくるアイズに居心地悪そうに眉根を寄せるもしかし振り払わないベル。そんなベルを羨ましそうに睨むレフィーヤと男の団員達。しかし聞けば相手はLv.1の時点でゴライアスをぶっ飛ばすような化け物だ。故に誰もなにもいわない。ベートがいたら顔色うかがう雑魚は睨むことすら烏滸がましいと叫んでいたことだろう。

 

「あ、後ね……ベルのおかげで、今回は何とかなった」

「俺の?」

「うん。59階層にすっごく強いモンスターが現れたんだけど……フィンがね、ベルが頑張ってた時の話をしたの。そしたら、ベートさんもティオナもティオネもレフィーヤも、みんなすっごくやる気になって……あ、勿論私も。それで勝てたの」

「【ロキ・ファミリア】の主戦力が揃って辛勝? なんだそりゃ、どんな化け物が出た」

「ごめん。言っちゃ駄目って………」

 

 と、申し訳なそうな顔をするアイズ。そこへティオナ達もやってきた。

 

「何々何の話?」

「59階層に出たって言うモンスターの事だよ。詳しくは聞いちゃ駄目みたいだが」

「あ、それで思い出した。ねえねえベル、『アリア』って知ってる?」

 

 と、ティオナが尋ねるとベルは首を傾げる。

 

「『アリア』って、英雄譚好きなお前なら普通に知ってるだろ?」

「それはそうだけどさー」

 

 アリア。それは迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)に登場する風の精霊の名前。ティオナなら知らぬはずがないと思うが。

 

「でもアリアっていやぁ……爺ちゃんがおかしな事言ってたな」

「おかしな事?」

「精霊ってのは神々と同じで子を残せないはずだろ? なのに、アリアには人との間に娘が居るとか言ってたんだ」

「────っ」

 

 と、アイズが僅かに震える。ベルに視線を集めていた者達は気づかなかったがベルだけはその変化に気づいた。が、矢継ぎ早に質問される。

 

「それっていわゆる精霊の『血』を引いてるって事?」

「ベルのお爺さんってどんな人?」

「流石にあり得ませんよ。だって、精霊と人ですよ?」

 

 レフィーヤの言葉にだよな、と返すベルを見てアイズは何とも言えない顔になっていた。と、その時―――

 

「いやぁ、ゴライアスの死体ってでかかったね~。しかし誰が放置したんだろうね? おかげで儲かったけど」

 

 と、そんな声が聞こえてきた。

 

「おや? その白い髪に赤い目。もしや君が噂の【殺戮兎】(ヴォーパル・バニー)かな?」

 

 現れたのは帽子をかぶった優男と青い髪の女性、極東の服装をした男女に覆面のエルフだった。優男と青い髪の女以外には見覚えがある。確か、モンスターを押し付けようとしてきた一団だ。あれは切っ掛けにはなったものの彼等を追っていた群自体はベルが瓦礫の下に埋めたし特に思うことはない。

 青い髪の眼鏡をかけた女性はアイズと知り合いなのか視線で会話をしており、優男は………なかなか腹黒そうだ。関わらないのが一番と最後の覆面のエルフに視線を向ける。

 

「リュー……心配してくれたのか?」

「………友人ですので」

 

 と、ベルから視線を逸らすように横を見る覆面のエルフ、リュー・リオン。ベルの近くに座っていたティオナがムッと顔をしかめる。何処かで見たような、何処だっけ? 基本お馬鹿なティオナでは思い出せない。

 

「おいおい俺を無視しないでくれ」

「ああ、すまん。余り関わりたくないオーラを放っていたんでな」

「ズケズケ言うね………俺はヘルメス。君の救助を願い出た神様さ」

「本音を言え。嘘を見抜けるのが神だけの特権だと思うな」

「ふぅん…………ま、君の祖父の遣いさ。訳有ってあの人は今表舞台に出ないからね」

「爺ちゃんの? そうか、元気にしてるか? まああの爺がくたばる姿なんて想像できないが」

「それは同意するよ。ところで、【ロキ・ファミリア】の団長は何処かな? 取り敢えず話を通しておきたいんだけど」

 

 

 

「見つかった?」

 

 神ヘルメスからもたらされた情報にフィンは目を剥く。

 

「ああ。ダイダロス通りが数日前謎の崩落を起こしてね。その際、ダンジョンに繋がっているとされる扉が見つかったんだ。何か術式が設けられていて、開けることは出来ないけどね」

 

 付け足すなら扉を取り返そうとするかのように何度か襲撃があったらしい。理由は不明だが【フレイヤ・ファミリア】が対処し襲撃回数も減ったが。

 

「その襲撃者達も尋問するしない以前に捕まれば自らの命を絶つ。結局解らずじまいさ………強いて言うなら何人かは左目をくり抜かれているらしい」

 

 ダンジョンへと繋がる道。おそらく地下水道に放たれ怪物祭(モンスター・フィリア)に現れた食人花はそこから運ばれてきたのだろう。

 地下は迷宮となっており未だ全貌が掴めないようだが門の近くは大爆発でもあったかのように吹き飛び野晒しになっていたとか。

 

「【フレイヤ・ファミリア】か……ベルがダイダロス通りで襲われたそうだけど、その件と何か関係があるのか?」

 

 もっともあのファミリアが相手では深く探ろうとしても何も見つけられないだろう。よしんば見つけられたとしても美の女神に魅せられ何も出来なくなるのがオチだ。

 

「案外ダイダロス通りの崩落は【猛者】(おうじゃ)【殺戮兎】(ヴォーパル・バニー)の戦闘の余波だったりしてね」

「まさか。その地下迷宮はアダマンタイトの壁だったんだろう? その時ベルはLv.2だ。オッタルと戦っただけでそこまでの被害が出るものか」

 

 

 

 

「………………」

「どうしましたクラネルさん」

 

 いまいち信用できそうにないヘルメスの動向を探ろうとリューと散歩と称しながらテントの周りを気配を察知されないギリギリ音が聞こえる距離で歩いていると聞こえてきた会話に不機嫌そうな顔になるベル。

 またあの男の話だ。取り敢えず、ベルはあの男が嫌いになりそうだ。というか嫌いになった。彼処までボコボコにされて好きになる方が変だが。

 

「Lv.7、か………いや、彼奴の強さは単純なステイタスだけじゃねーか」

 

 それは解る。あれはれっきとした武だ。フィンやベート、アイズ達同様にステイタスを十全に使いこなす術を知る者の動き。恐らく恩恵を失った状態でもLv.2か3の中層には食い込める。

 

「クラネルさん?」

「………や、強くなりてーなって………」

「………なれますよ。その思いがあるなら、きっとなれる」

 

 リューはそう言って微笑んだ。

 

 

 

 リヴィラの街のとある酒場で、酒を飲み騒いでいる冒険者達は不意に止まる。なかなかの美人が入って来たからだ。が、男連れだと解るとチッ、と舌打ちする。

 顔のいい男だ。きっとさぞかしモテるのだろう。そんないけ好かない男が口を開いた。

 

「今この階層に、生意気にも世界記録(ワールドレコード)を塗り替えたルーキー【殺戮兎】(ヴォーパル・バニー)が来ている」

 

 ざわ、と反応する一同に満足そうにうんうんと頷く。

 

「付け足すなら、そんな彼は彼の有名な【剣姫】と仲良さげに話し【大切断】(アマゾン)にも抱きつかれていた。ついでに非童貞らしい」

 

 眼鏡の女性が呆れる反面男達の顔は憤怒に染まっていく。そして、男は()()の兜を取り出し机に並べる。

 

「悔しいだろう未だ独り身の男共よ。これはサービスだ、受け取るが良い!」




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神の娯楽

「ベル君、ちょっと付いてきてくれるかい?」

「あん?」

「団長君、少しベル君を借りるよ」

 

 フィンに上がったLvに慣れるための訓練をしてもらっているとヘルメスが急に呼んできた。汗を拭きながら息一つ乱していないフィンをチラリと見る。

 

「うん。今日はこの辺にしておこうか………行っておいで」

「行きたくないが、何だ?」

「俺、君に嫌われてるねぇ。やっぱり腹の底を見せないから?」

「ああ」

 

 そういう意味じゃフィンも同様だが、ヘルメスは娯楽に飢えた神だ。何をするか解らない以上、必要以上に警戒してしまう。

 

「まあ、後悔はさせないよ」

「……………」

 

 

 

 ついてきて後悔した。

 信用できないのについ言うことを聞いてついてきてしまった理由が一つ解った。何となくこの男は祖父(エロジジイ)に似ているのだ。

 少女達の笑い声を聞きながらぐっと親指を立てるヘルメスを枝から蹴落とした。

 

「ぬあぁぁぁ!?」

「……………」

「ごぼべ!?」

 

 水の中に落ちたヘルメスを飛び降り踏みつけるベル。バシャバシャ暴れているがこのまま殺してしまおうか、と思ったが帰りにアスフィが恩恵を失うことになるので止めた。

 

「ぷはぁ! 酷いじゃないかベル君!」

「黙れ」

 

 ドゴォ! と神のドタマに踵を落としたベル。そのまま出て行こうとするが。

 

「え? 結局、何………?」

「ヘルメス様……まさか人を巻き込んで覗きを?」

「あのー、これ叫ぶべきなんですかね?」

 

 神が降ってきたと思ったら連れて行かれる状況の移り変わりに何を言えばいいのか解らず混乱する一同。しぶとくも気絶していなかったヘルメスが口を開く。

 

「おいおいベル君、こんな状況だ。せめて誰の体が一番好みなのか言ってやるのが男ってもんだぞ?」

「アスフィ」

「へ?」

「ほう、これは予想外な返し………嘘は、ないな」

 

 取り敢えずヘルメスを完全に気絶させる。と、見張りをしていたであろうレフィーヤがやってくる。ん、とヘルメスを差し出すとポカンと固まる。

 

「後は任せた」

「あ、はい………じゃなくて! 貴男も覗きでしょう!」

「覗きの誘いって知ってたらそもそも来てねーよ。女の裸なんざ八歳の頃から見飽きた」

 

 そう言うとさっさと行ってしまうベル。選り取り見取りの美少女達の裸にこれっぽっちも反応していなかった。怒るタイミングを逃し立ち尽くすレフィーヤ。取り敢えずヘルメスはシバいておこう。

 

 

 

 

 

「で、いい加減に出て来いよ」

 

 ベルがギロリと周囲を睨むとカサカサ音が鳴る。が、人影は無い。マップにも映らない。しかし気配だけはある。

 

「────!」

 

 不意に空気の流れを感知し身を仰け反らせるベル。驚愕する気配が伝わる中、微弱な電磁波を放ちレーダーとして活用する。数人の人影が浮かび上がる。

 

「チッ、面倒だな」

 

 囲まれている状況で、流石にやりにくいと判断したベルは囲まれないために木々の中に飛び込む。慌てて追ってくる気配に鉄の塊を飛ばし狙い撃つ。勿論加減はしている。そうでなくては殺してしまう。

 

「逃がすな! 魔法だ、魔法を使え!」

「魔剣でも構わねー!」

 

 と、次の瞬間炎、雷、風、土、水と様々な魔法が飛んでくる。が、威力も速度もそこそこ。木の上を飛び避けるベルは気配の数を正確に把握する。残りは12人ほど。これなら見えなくても十分対処できる。

 と、木々が薄くなった場所めがけて跳ぶ。

 そこには池があった。丁度良い………と、思い目が合った。

 

「クラネルさん?」

「あっちだ、逃がすな!」

「チッ」

 

 ベルは舌打ちすると沐浴していたリューの身体をすくい上げる。

 

「え―――きゃ!」

 

 そのまま懐から取り出した鉄の塊をオレンジの光線にして放ち後ろに飛ぶ。ドォン! という爆音と共に池が爆ぜ雨のように水が降り注ぐ。

 

【轟け】(エルトール)

「が!?」

「あべ!?」

「ばぴ!?」

 

 と、水を駆け抜ける電気にやられバシャバシャ倒れる冒険者達。リューは彼等を見て大体の事情を察した。

 

「闇討ちですか。嫉妬というのは何時の時代も厄介ですねクラネルさん」

「ああ、やっぱり動機はそういうのか」

「………ところでクラネルさん。そろそろ下ろしてもらって良いだろうか?」

「あ、すまん」

 

 と、ほんのり赤くなった顔で睨んでくるリューに謝罪すると地面に下ろす。服は木陰に置いておいたので濡れていないようだ。

 取り敢えず気配は去った。早々に帰ろう、とした時、頭に衝撃が走る。

 

「クラネルさん!?」

 

 気配はなかった。電磁波レーダーにも反応はない。この透明化がマジックアイテムによるものだとしたら明らかに格が違う性能だ。

 

「むぐ!?」

 

 と、突然口を閉ざすリュー。いや、恐らく押さえつけられているのだろう。それも数人に。太股や胸が掌の形に歪んだ瞬間ベルはリューの真横の空間を蹴りつける。

 

「ごぺ!?」

 

 ゴシャァ! と木に背中からぶつかり気絶した男。リューがすぐさま解放された。掴んでいても自分達の位置を知らせるだけだと気付いたようだ。

 ギリ、と周囲を忌々しげに睨み付けるリュー。しかし歩く音も空気の流れすら感じない。

 

「…………【繋げ】(エルトール)

 

 

 

 

「ふふん。流石アスフィの『ハデス・ヘッドⅡ』。姿だけでなく動いた時の空気の流れ、さらには音や気配に至るまで完全に消してるね」

 

 顔面を痣と腫れだらけにしたヘルメスは眼下で殴られているベルを見て呟いた。対するアスフィは明らかに不快そうな顔でヘルメスを睨みつけていた。

 

「あの様なことをする連中に渡すなど聞いてませんよ。彼等の狙いはあくまでベル・クラネルのみなのでは?」

「んー。リューちゃんの所に行ったのはベル君が囲まれにくい森に逃げて、偶然出会(でくわ)したからだね。そして美女がいて透明人間になったとなったら触らないわけにはいかない!」

「もうやだ、この変態………」

「さぁて、それよりベル君はどうやって切り抜け────」

 

 瞬間見えない何かが飛んできてぐへ、という呻き声と共に姿を現す。

 

「───あれ?」

 

 

 

 

 人間の体は、生物の体は感じる、脳が感じる、脳が命令する、動くという面倒な行程が存在する。反射運動もまず脊髄に感じるという刺激が来なければ起こらない。そしてその信号と命令は微弱な電気だ。故に、()()()

 見えなくとも、触れた瞬間には解る。そして()()()()()()()()()()ベルはコンマ数秒のズレもなくそちらに攻撃を放つ。皮膚に傷一つ付く前に行われる反撃。

 

「これで最後か?」

 

 攻撃がなくなりコキリと首を鳴らすベル。この技を使うまでに食らった傷は既に治っている。

 

「リュー、平気か?」

「はい。足を引っ張ってしまい申し訳ありません」

「いや、狙われていたのは俺だろう? 巻き込んですまない」

「足を引っ張ったのは事実です。全く、笑えますね………一人生き延び、他のファミリアにまで迷惑をかけるなんて」

 

 と、自嘲するように笑うリューにベルがチョップした。

 

「………クラネルさん?」

「お前、俺を友人だと思ってくれているか?」

「はい、それは………」

「なら、俺の友人を悪く言わないでくれ」

「……………」

 

 少しポカンとしたリューはやがて吹き出した。

 

「成る程。それはすまないことをしてしまいました。解りました。今後自分を……いえ、クラネルさんのご友人を貶めるような事はしないと誓いましょう」

「おう、そうしろ……ところで神殺しって罪に問われると思うか?」

 

 

 

「あれ完全にばれてますよ」

 

 マジックアイテムで音を拾っていたアスフィは自慢の兜を踏み砕いていくベルを見て顔をさぁ、と青くする。しかし隣の主神(馬鹿)は満足そうに頷いている。

 

「見えない敵数人ですら当て馬にならないか。仕方ない、ここはもうダンジョンに任せるしかないかな?」

「は? ちょ、何を!?」

 

 ヘルメスは神威を解放した。

 

 

 

 

「…………?」

 

 アイズは顔を上げる。18階層を照らす光に揺らぎが起きた。上を見上げれば太陽の役目を果たす水晶の中に()()()()

 蠢く黒い影は水晶を突き破り顔を出す。それは黒い巨人。

 

「ゴ、ゴライアス!?」

 

 誰かが叫ぶ。そしてその通り、水晶の中から生まれ出たモノは17階層の階層主であるゴライアスと瓜二つだった。

 

「オオオオオオォォォォォォッ!!」

 

 大気を振るわせる咆哮を上げるゴライアス。異変はそれだけでは収まらない。

 

「くそ、何が起きている!」

「知るか!だがチャンスだ!」

「愚かなる冒険者に鉄槌を!」

 

 と、何処からか現れたローブの一団が食人花を連れ【ロキ・ファミリア】の拠点、さらにはリヴィラの街を襲い始めたのだ。

 その間にも落下したゴライアスは周囲に向かって吼える。それだけで地面が抉れた。

 

 

 

 

咆哮(ハウル)──!?」

 

 巨人の攻撃に目を見開くリュー。慌てて服を着ると駆け出し、木陰に隠れていたベルの下に急ぐ。

 

「クラネルさん!」

「ああ、何かが起きやがった───!」

 

 異変はゴライアスだけではない。周囲のモンスター達がゴライアスの周りに集いだした。まるで兵になるように。

 そして同時に狂暴化して冒険者達に襲いかかる。

 

「リュー、俺が気絶させた奴らの護衛を頼む」

「彼等を助けろと?」

「……嫌なら良い」

「………いえ、承りました」

 

 リューはそう言うとベルに微笑みを向けた。

 

 

 ゴライアスの下に向かう【ロキ・ファミリア】。ゴライアスはただ暴れ回っており、ローブの一団……闇派閥(イヴィルス)の残党の仕業ではないようで、彼等の死体が散らばった咆哮(ハウル)の着弾地点も見つかった。

 

「この威圧感、普通のゴライアスと思わない方が良さそうだ」

 

 と、疼く親指を舐めるフィン。明らかに通常の個体と異なる変異種。被害が出る前にここで食い止める、と思っていると黒雷がゴライアスの片腕を吹き飛ばす。

 

「………脆い?」

 

 いや、普通のゴライアスよりは硬そうだが。するとゴライアスは失った腕を再生させた。自己再生、本来のゴライアスなら持たない能力。しかもあの速度。そしてあの巨大さ。

 厄介なモノが生まれた。

 そしてその厄介なモノは内部の魔石ごと大きな影が振るった拳によって吹き飛んだ。

 

「………は?」

 

 ズゥン、と着地したのはゴライアスとは較べるまでもなく小さな、しかし人よりは大きな影。

 

「…………ミノタウロス?」

 

 確かにそれはミノタウロスだった。本来ならLv.2相当の怪物。しかし全身に傷を持ち、特に左目に至っては眼球があるのが不思議なほど深い傷跡が周りに存在した。

 そのまま砕けた魔石をガリガリ咀嚼する。

 

「強化種か……」

 

 それも先程のゴライアスを倒せるほどの。と、そのミノタウロスが顔を上げる。

 

「……………ブォ」

 

 じっと見つめるのは強者揃いの【ロキ・ファミリア】─────ではなくベル一人。

 地面に手を突っ込むと巨大な黒い戦斧を取り出した。骨を無数に組み合わせたような戦斧、その中央には魔石が埋まっており、その魔石が輝く。

 

「────避けろぉ!」

 

 親指の疼き。その正体に気付いたフィンが叫ぶと同時に【ロキ・ファミリア】の面々は左右に分かれる。斧が振り下ろされ、地面が割れた。

 圧倒的な衝撃波は大地を砕きながら突き進みリヴィラの街を両断する。誰もがその馬鹿げた破壊力に瞠目するなかミノタウロスはベルに急接近するとその顔面を掴みぶん投げる。

 

「───ぐ!?」

 

 空中で体勢を立て直し地面を滑りながら着地するベル。そのすぐそばに高速で飛来した巨大な物体が地面を抉りながら失速する。

 

「ブヴヴヴ……」

「…………」

 

 ミノタウロスだ。斧を構えベルを見つめる。その左目の傷を見て、ベルはミノタウロスに問いかける。

 

「……お前、まさかあの時のミノタウロスか?」

 

 当然言葉は返ってこない。が、ミノタウロスは歯を剥き出しにして嗤った。



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神の望む英雄

 フィンは【ロキ・ファミリア】の団員を引き連れミノタウロスの向かった方向に走る。

 ミノタウロスの強化種。ゴライアスの変異種を瞬殺したことも驚きだが何より、確実に()()()()()()()()()()事にも驚きを隠せない。

 厄介になるであろうフィン達Lv.6のメンバーやティオナ達Lv.5の二人でもない。かといって、こう言っては何だがベルよりも弱い団員にも目をくれず、ベルのみ狙ってベルのみ孤立させた。

 

「まさか、調教(テイム)済みなのか?」

 

 十分にあり得る。あのミノタウロスの調教師(テイマー)がベルを狙い攫わせた可能性もゼロではない。というより、モンスターがあの様な行動を行う以上そちらの可能性の方が高い。

 

「───っ!【目覚めよ】(テンペスト)

 

 故にアイズは加速する。ベルに執着し、かつあのレベルのミノタウロスを調教(テイム)できそうな人物に心当たりがあり、その人物の強さを誰よりも知っているから。

 が、たどり着いた場所にあの女は居なかった。

 

「オオォォォッ!!」

「くっ!」

 

 巨大な黒い斧を棒きれのように軽々と振り回し暴風を巻き起こすミノタウロスと、黒いオーラと青白い雷を纏いLv.3とは思えない速度で回避するベル。斧が掠るだけで肉が抉れバランスを崩すとミノタウロスの攻撃が大振りになり、ベルはそれを避け雷を纏ったナイフを投げつける。

 ミノタウロスも大振りは負傷すると学習し攻撃が連続攻撃に変わる。が、速度勝負こそベルの本領。バランスを崩しても即座に対応し馴れない動きをしながらも時折見せる隙に切りかかる。

 どちらも傷を負った端から再生している。

 

【打ち砕け】(エルトール)

「グォ!?」

 

 雷を纏わせた拳に肉体を硬直させる。その隙を逃さずヘスティア・ソードで切りつける。無数の傷を負いながらもミノタウロスは大きく息を吼える。

 

「オオオオ─────ッ!!」

 

 鼓膜どころか体の中まで揺らすような咆哮。硬直したベルに拳を振るう。それは斧を振るより速い。したがって、

 

「ベル!」

 

 嵐の中の葉のように吹き飛ばされるベルは岩にぶつかりその岩を砕く。欠片を蹴り上げ起き上がったベルの顔の形は大きく歪んでおり右目は破裂していた。

 ブチリと潰れた眼球を放り捨てると新しい目が中から現れ骨折した頭蓋骨も元の形に戻る。

 

「ヴオァアアァ!」

「…………ベル、下がっていて」

 

 不可解なほどベルしか見ないミノタウロスとベルの間に立ち剣を構えるアイズ。強い。基本能力(ポテンシャル)だけでもLv.6相当。そして、その手に持つは魔剣のように特殊な力があると思われる戦斧。恐らくミノタウロスは何もしなければベルのみを狙う。アイズには目もくれずに。

 だが、だからこそ引けない。ベルを守るために───

 

「退いてろアイズ」

「───へ?」

 

 しかしそんな決意を否定するのは、他ならぬベル本人。彼もまたアイズに声をかけながら、ミノタウロスのみを見ていた。

 

「あれは俺の『敵』だ」

「ベル、我が儘言わないで」

 

 ダンジョン内で獲物の横取りはルール違反だ。しかし相手の強さをみるに、そんな事を言っている場合ではない。

 アイズ自身どの口が言うのかと思うが無茶をするべきじゃ──

 

「断る」

「──────」

『───アイズ、そこにいなさい』

 

 咎めるようなアイズの視線を無視して背を見せるベル。その姿が、父の最後の背中と重なる。

 

 

 

 あれは危険だ。多くの命を奪う。だから殺せとか。

 殺して、脅威に曝される者を守れ、とか。

 暴力に屈しそうになる人を救え、とか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。だってあのミノタウロスは、愚直なまでにベルしか見ていないのだから。

 街を破壊したが、その一撃はベルの気を引くため。ゴライアスを倒した後ベルに気づき、嬉しそうに()()してきた。あれはほっとけば害はないだろう。ベル以外には、だが。

 あれはベルを待っていた。ベルと決着を付けたがっていた。

 英雄になれだとか、人を救えだとか、そんな責任感故の幻聴は鳴り止む。

 目の前の敵と戦えと、決着を付けろと本能が叫ぶ。

 或いはそれは、再戦するためだけにああも傷だらけになりながら生きてきた彼への敬意か。故にあれは自分が相手する。しなくてはならない───と、そんなベルを止める者が居た。

 後ろから腰に腕を回される。振り向けば目に映るのは鮮やかな金の髪。

 

「だ、駄目───」

 

 一瞬、動かなくなってしまった身体をアイズは必死に動かした。動かせた。

 彼の過去を聞いたから。救えず、故に力を欲する彼が自分と同じだから。死なせたくなくて、失いたくなくて、だから動けた。

 

「いっちゃ、駄目……ベル、死んじゃう………また、私の前から、消えちゃう」

 

 父のように。母のように。

 怯えるアイズを見てベルは目を見開き、そしてその頭を撫でた。

 

「悪い。当てられた───ちゃんと戻るから」

「──本、当?」

「ああ。約束する。だから我が儘を聞いてくれないか?」

「…………」

「俺は彼奴と決着を付けたい。あの時、流れてしまった戦いだ。俺も彼奴も、それを付けないと満足できない」

 

 それは単純な男の意地。下らない、泥臭い信念。何時ものベルなら興味も持たず切り捨てる。だが、今まで戦場で会ってきた者達とは違う。本当にそれしか興味のないミノタウロスに当てられた。冷静になったが、熱が冷めたわけではない。

 

「リヴェリア、は……」

「ん?」

「私が危なくなった時、手を貸してくれた……」

 

 だから、とアイズは繋げる。

 

「ベルが、危なくなったら……我慢できない、絶対……助ける」

「解ったよ。じゃあアイズ、そこにいてくれ」

「…………うん!」

 

 コクリと頷くアイズ。ベルは改めてミノタウロスに向き直る。

 

「悪い。待たせた」

「………………ヴヴ」

「ああそうだな。あの時の、そしてさっきの続きだ【呪われろ──】」

 

 詠唱が紡ぎ出される。本気で、そして全力で挑むためのベルの(うた)。英雄に焦がれる者を嘲笑うような(うた)。アイズはこれが好きではない。でも、ただじっと聞く。

 

「さて、始めるぞ」

「オオオオオォォォ!」

 

 黒紫のオーラと軋む音を纏い、黒い紋様を刻んだベルと全身の筋肉を隆起させ叫ぶミノタウロス。

 バチリと、紫電が弾けベルが飛び出した。

 

 

 

 

「あ、アンタ何で俺らを……」

「クラネルさんの頼みです。それに、死なれては寝覚めが悪い」

 

 と、モンスターを斬り殺しながら言うリューに男達は熱い視線を向ける。

 

「ただしエルフである私の体に気安く触れた者達は、必ず後悔させる」

 

 モルドは思った。ベル・クラネルのみを標的にしていて良かったと。

 

 

 

 

 

「アイズー! 追い付いた、あれ……ミノタウロスは?」

「彼処」

 

 アイズが指さした方向では高速で動き回るベルと地面を穿ちながら礫を武器にするミノタウロスの姿があった。

 神の加護を受けた刃がダンジョンの加護を受けた斧を逸らし、ダンジョンの加護を受けた斧が神の加護を受けた刃を弾く。

 折れ曲がった腕は、切り裂かれた腕は即座に再生し放り出された得物を掴み目の前の相手に切りかかる。

 

「いた! 待っててベル、今手を………」

「駄目」

「へ?」

「ベルは……『冒険』してる。だから、待って。約束なの……」

「で、でも………!」

「危なくなったら、助けるから」

「………………」

 

 アイズは悔しそうに言う。本当は彼女も助けにいきたいのだろう。それに気づいた故に、ティオナは見守ることにした。

 

「………リヴェリア」

「何だ? 言っておくが、こういう光景は二度目だが、それでも邪魔はするかもしれん」

 

 アイズと階層主との戦闘を思い出し、何時でもベルをサポート出来るように呪文を唱えようとしたリヴェリアだったがフィンが呼び止める。

 フィンはベルが階層主に単体で挑むのを見たらしい。それに熱せられたとも言っていた。この戦いを見せて、他の団員達にも熱を与えるかと思い、それでも手を出すと進言したリヴェリアにフィンは予想外の言葉を放つ。

 

「何時でも結界を張れるようにしてくれ。レフィーヤも」

「……何?」

 

 

 

「おいおい、あれって………ミノタウロスだよな? けど、一々地面が抉れてんだが」

「あの斧天然武器(ネイチャー・ウェポン)か!? くー、欲しいぜ!」

「だったら挑んで見ろよ。あの【殺戮兎】(ヴォーパル・バニー)に取られちまうぜ?」

「うっせ! Lv.2の冒険者とモンスターなんて………おい、あれLv.2だよな?」

 

 

 徐々に徐々にベルが押され始めた。同じレベルの再生能力持ちなら、地力が強い方が勝つ。纏った雷により人間の限界を超えた反射と、細胞の活性化と階位昇華(レベル・ブースト)を行ったベルでも目の前のミノタウロスには格段に劣る。

 逆に格段に勝る速度で翻弄していたが疲労には勝てない。

 だがベルの目に諦めはない。ミノタウロスは、自分より弱くしかし屈さなかったベルを見て、故にもう一度挑んできたのだ。ここで倒れるのは彼への、そして何よりあの時立ちはだかる壁全てを破壊して英雄(ベル・クラネル)に追い付くと決めた自分自身への裏切りに他ならない。

 

 

 

「おい、あれ………馬鹿じゃねーの?」

「【ロキ・ファミリア】の主戦力もいるんだぜ? 自分で倒す気かよ」

 

 集まってきた見物客の言葉にレフィーヤはムッとする。自分でも何故かは解らない。けど、あの戦いをあざ笑われるのが我慢できなかった。一言文句を言おうとして、しかし彼等の表情を見て声を詰まらせる。

 誰も笑っていない。瞬きせず魅入っている。あの光景を。リヴィラの街に来て、それで満足していた冒険者達はその光景から目を離すことが出来ない。

 初心を思い出してしまったから。強大な敵を討ち、信念を貫き至れる英雄に憧れていた子供時代を………と、ベルの背後にミノタウロスとは別のモンスターが現れる。冒険者の誰かが斧を投げつけた。

 

「邪魔してんじゃねー! 雑魚が!」

「おい集まってきてるぞ! あの戦いの邪魔させんな、ぶち殺せ!」

「おい【ロキ・ファミリア】! あれお前等の仲間だろ!? 周りは俺等がやるから後でどんな戦いだったか教えろ!」

 

 と、一人、また一人と集まってきたモンスター達の対処に当たる。普段ならバグベアーの群なんて見た日には逃げる自分の命優先の冒険者まで剣を持ち果敢に挑んでいく。

 

 

 

「は、ははは! 見ろアスフィ! 誰もが、彼に感化されている! 英雄になろうとしている! 美しい光景だと思わないか?」

 

 それを見下ろすヘルメスは大手を上げて叫ぶ。

 

「見ているかゼウス? 見せたかったぞこの光景を! 彼こそ貴方のファミリアの残した最後の英雄(ラスト・ヒーロー)! いや、新たな時代を告げる新たなる英雄(ニュー・ヒーロー)だ!」

 

 強いモンスターに怯えLv.2止まりだった冒険者達が果敢に挑む。新しいLv.2に嫉妬し、弱い内に痛めつけて満足していた冒険者達が罵倒しあい、高めあい戦っている。

 自身の血を嫌った鍛冶師が友人の邪魔をさせないために魔剣を振るう。

 なんと美しき光景か。英雄とは斯くあるべきだ。

 導け、進め、それこそ英雄の本分。小さな勇者が求めたモノ。

 決着の時は近い。どうか負けてくれるなベル・クラネル!



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英雄譚の始まり

 レフィーヤ・ウィリディスに取って、その少年は最初、気に入らない相手だった。

 だって駆け出しなのにアイズ・ヴァレンシュタインに認められて、自分が役に立てなかった食人花を倒して、一歩追い付かれた(レベルまで上がった)

 きっと今まで挫折も知らず、才覚だけで誉められてきたのだろう。

 殻を破らなければランクアップ出来ない。そう知りながらも、ゴライアスを倒したと聞いた時も殆ど苦労してないんだと決めつけた。決めつけて、しまった。

 だからこそ目の前の光景を目に焼き付ける。

 速いんだから逃げればいいのに。周りに強い人が沢山いるんだから頼ればいいのにたった一人で格上に挑むベルの姿を。

 ギュッと杖を握る手に力が籠もる。

 

 

 

 迫る斧を回避する。

 雷速移動は使えない。使えば目が焼け、その隙を目の前のミノタウロスが見逃すはずがないのだから。無理矢理限界を超えさせた肉体が悲鳴を上げる。直ぐにでも倒れて気絶してしまいたい衝動に襲われながらも懐から取り出した短剣を投げつける。

 

「ぶぅ!?」

 

 腕を交差させ防御するミノタウロス。腕や胸に深く突き刺さり、しかし致命傷に至らないその傷を無視して戦斧に己の魔力を込める。

 この戦斧は今までの天然武器(ネイチャー・ウェポン)とは大きく異なる。ダンジョンが再戦を望み愚直なまでに鍛えるミノタウロス(我が子)に与えた専用武器。魔石が埋まった生きてる武器(インテリジェンス・ウェポン)。所有者の魔力を喰らい一時的に重さが増すというそれだけの能力。

 単純故に獰猛に牙を剥く。

 

「ヴオオォォォォ!」

 

 連続攻撃で勝れないなら、止めだ。向こうも遅くなってきている。ならば力任せで押し切る。

 魔力を吸い超重量となった斧が振り下ろされる瞬間、アダマンタイトを核にしたオレンジの光線が放たれガィィィン!と爆音を立てる。

 

「チッ、何で出来てやがんだそれ!」

 

 と、ベルは手持ちのアダマンタイトの残り三発全てを構える。高い出費だが、躊躇いはない。

 音速で放たれたそれは階層主(ゴライアス)さえ葬るであろう三つの死の固まり。それをミノタウロスは────()()()()()

 傍目にはベルがくの字の光線を放ったように見えたかもしれない。それほどの速度。認識した瞬間には弾丸が体を貫くレベルの速度だというのにミノタウロスは硬く握った拳で打ち返したのだ。その際手が吹き飛ぶがこれは回復する。

 

「────っ!」

 

 直ぐ真横を音速で物体が通過して鼓膜が破れた。内臓が揺さぶられる。即座に再生させようとした瞬間ミノタウロスの斧が迫る。魔石が光り輝きベルはこの戦いで初めて雷速移動を行った。

 目が焼け爛れ視界が闇に染まる。

 盲目となったベルに向かって斧を振り下ろすミノタウロス。その斧は───躱された。

 

「───!?」

 

 ベルは目を閉じている。焼けた目に空気が触れるのを恐れているから。ならば電磁波によるレーダー?

 いや、違う。あれは視界の代わりになりえても、完璧ではない。筋肉の動き、ミノタウロスの視線。それらを見ずに()()()()()()()()()()()()()などという先読みを行える道理はない。

 ここに来て新しい技か、とミノタウロスは笑う。先程まで避けきれず喰らっていた攻撃を紙一重で避ける。避ける。避ける。

 神の刃を振るう。

 

「ヴ───!?」

 

 指を切り落とされた。すっぽ抜けそうになる戦斧を残りの指で押さえるもその勢いに負けバランスを崩す。そこにベルの拳が飛ぶ。胸を強く叩いた拳はミノタウロスの心臓まで響き、反射的にミノタウロスが硬直する。

 そして、それが意味するのは隙だらけという事。

 

「チッ!」

「ヴゥ!!」

 

 豪雨のように降り注ぐ無数の斬撃。ギリギリ戦斧で胸を守ったミノタウロスに舌打ちするベル。

 ミノタウロスは気付く。斧に対してのみ反応が遅い。

 紙一重で避けているのでなく、紙一重で避けきれているのだ。まるで武器だけが見えていないかのように。が、ベルは電磁波のレーダーを張り巡らせることでそれを補う。

 そして、ミノタウロスの胸に蹴りを放つ。ピキリと音が鳴った。

 

「───!? ヴオォォ!」

 

 大地を穿つミノタウロス。その衝撃波に吹き飛ばされるベル。

 ミノタウロスは胸に埋まったナイフの柄を見る。回復を後回しにしていたのが仇になった。かつて己の腕を奪った大業を知る故に、火力の高い攻撃に警戒し、隙を曝すことになる大きな傷のみの回復を優先したせいで見逃していた小さな傷。そこに刺さったナイフ。

 先程ベルの拳が狙っていたのは、此方だったのだ。

 魔石に罅が入った。これで自分の生存(勝利)は無くなった。だがまだ時間はある。

 後はベルが死ぬ(引き分け)ベルが生き残る(敗北)の二つ。当然、敗者に甘んじるつもりは毛頭無い。

 故にこの一撃は全身全霊。己の生涯最高の一撃を放つ。

 

 

 

 

 暗い闇の中。それは闇を砕いて現れた。

 自分が何なのか、感覚的に知っていた。人に仇をなすモンスター。やってくる冒険者達を襲い、殺す存在。疑問はなにもなかった。そういうものだと思っていた。

 そして、生まれて早々出会った強者達から逃げ出した。

 生まれて二度目となる同族以外との邂逅は、弱そうな奴だった。実際、自分の方が勝っていただろう。なのに食いついてきた。片目と片腕、更に片方の角を奪われた。

 弱いのに挑んできて、弱いのに追い詰めてきた。

 感覚的に知っていることは他にもある。弱い奴らは自分を見ると逃げ出すという事だ。何処で得た知識かは解らない。敢えて言うなら闇の中に居る前のような気がする。気にしたことはない。

 とにかく、それは常識だった。自分達もそうした。なのにそいつは食ってかかってきた。

 知りたかった。其奴が。言葉は通じないが、話したかった。

 そこに強者がやってきたので逃げてしまったが。

 今度は逃げずに済むよう、強くなろうとした。数多の同族を、格上を殺しその魔石を喰らった。

 再会して、最初は何をするべきか解らなかった。故に初めてあった時の再現、戦闘を開始した。そもそもあれは決着がついていないのだ。彼もその事で吼えていたような気もする。

 ああ、叶うなら彼と会話をしてみたかった。

 しかしそれはもう叶わない。出来ることと言えば、お互い力をぶつけ合うことだけ。

 

「オオォォォォォォォッ!!」

 

 全身全霊のその一撃はリヴィラの街を両断した一撃より尚重い。それを、振り下ろす。

 

 

 

 それは越えなければならない壁だと思っていた。本物のように誰かを救うためには本物のような強さが必要だから、本物の成した偉業を行わなければと思っていた。

 初めて相対して、吼えるだけ吼えていたが実質負けていて、やはり本物には敵わないのだと嫉妬し続けていた。

 ()()()()()()!!

 これは、この時は、この戦いは()()()のモノだ! 原作? 本物の成した偉業?

 そんなものは知らん。そんな理由で譲れるものか!

 

【轟け】(エルトール)

 

 戦闘開始から一度も使わず溜めに溜めた力を全てヘスティア・ソードに付与(エンチャント)する。

 黒雷を纏った短剣は、膨大なエネルギーをその身に押しとどめ震える。

 

「いっけぇぇぇぇ! 負けるなぁ!」

 

 エルフの少女が叫ぶ。

 

「やれぇぇ!ベルぅぅ!」

「負けんじゃないわよ!」

 

 アマゾネスの姉妹が叫ぶ。

 

「そこだ! やっちまぇ!」

「おめーの勝利に今夜の酒代かけるぞ!」

「俺も!」

「俺もだ!」

「私も!」

「ぼ、ぼくも!」

 

 冒険者達が賭にならない賭をしながら叫ぶ。

 

「オオオオオオォォォォォォォッ!!」

「アダマントォォォォォ!」

 

 黒雷が短剣から溢れ出し巨大な黒い光の柱を生み出す。相対するのは山河を穿つ超重量の戦斧。

 

「リヴェリア! レフィーヤ! 結界で彼等を包め!」

「「──!?【ヴィア・シルヘイム】!!」」

 

 勇者の叫びにエルフの師弟が準備していた魔法を発動しベルとミノタウロスを包む。

 今まで展開したことのない巨大なドームの中でぶつかり合う二つの全霊を賭した一撃。リヴェリアの張った結界が砕け、レフィーヤの張った結界も罅が入る。

 【ロキ・ファミリア】が59階層で見た『超長文詠唱』に匹敵しかねない威力の衝撃が結界内で暴れ回り、二つ目の結界の頂点を突き破り噴火のように噴き出す。

 結界が消え、煙に包まれたそこは大きく窪んでいた。全て吹っ飛んだのだ。

 そこに立つのは片手を失いもう片方の手も黒く焼け焦げながら神より授かりし短剣を手放さなかったベルと、両手を失い砕けた斧が地面に転がったミノタウロス。

 ミノタウロスの身体に亀裂が走り、灰になって崩れ去る。残ったのは角と魔石。

 

「…………や、った……?」

 

 レフィーヤがポツリと呟く。ベルは大きく息を吸い、天に向かって吼えた。

 

「───────ッ!!」

『─────うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 18階層の空気を振るわせる大歓声。

 大衆が初めて目にする英雄の偉業。誰もがそれを讃えた。

 

「やったやった!」

「やるわね」

 

 妹が姉の手を掴みピョンピョン嬉しそうに跳ねる。

 

「お、斧が………後で貰おうと思ったのに」

 

 リヴィラの支配者がうなだれる。

 

「やりました! 見ましたリヴェリア様!」

「ああ、見ていたよレフィーヤ。ふふ、しかしお前があの子を応援するなんてな」

「え? あ、あわわ……」

 

 師匠の言葉に顔を赤くするエルフ。

 

「………負けてられないね」

 

 周囲を見回し、自分が至らなくてはならないその片鱗を見た勇者。

 

「鎧、新しいの造ってやらねぇとな」

「なんなら手前が造ってやりたいな」

「アホ抜かせ。ベルは俺の客だ」

 

 と、眼帯の鍛冶師を睨み付ける赤毛の鍛冶師。

 

「ベル……良かったぁ」

 

 安堵する少女。

 

「………………」

 

 ジッとベルを見ていた剣士の前にベルが歩み寄る。

 

「ほら、約束通り戻ってやったぞ」

「…………うん」

 

 アイズが微笑むとベルはそのまま倒れ込む。慌てて支えるアイズはしかし聞こえてきた寝息にほっと胸を撫で下ろす。

 

「お疲れ様ベル………約束を守ってくれて、ありがとう」

 

 

 

 ピキリとダンジョンの壁がひび割れ一匹の雄牛が産まれる。

 雄牛は己の体を見回し、そして背後から襲いかかってきたモンスターを壁から取り出した斧で叩き切る。その斧は主人と再びまみえたことを喜んでいるように魔石を光らせた。

 雄牛は目を閉じ闇の中で覚醒する直前の記憶を思い出す。

 

「そうか、自分は負けたか………む?」

 

 自分の口から流れた流暢な『彼』の使っていた鳴き声が出たことに驚く雄牛。しかし満足そうに笑う。

 『彼』との決着はついた。進化し、最高の武器を持った自分と、強くなって自分と戦った『彼』。あれ以上の戦いを求めるのは野暮だろう。

 

「話したいな、今度は」

 

 雄牛はダンジョン()より贈られた知性(言葉)を紡ぎ、正史とは異なる理由で、正史から逸脱した少年に正史同様再会を願った。



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騒ぎの後

『すいませんでした!』

 

 と、数十人の冒険者が頭を下げベルに膝枕をしていたアイズが困惑する。と、覆面のエルフが説明してくれる。

 

「彼等は世界記録保持者(レコード・ホルダー)のクラネルさんに嫉妬して襲ったんですよ。今そこで伸びてる神に唆されて」

 

 エルフが指さした先には痣だらけになったヘルメス。先程ボコボコにされた男を引きずってきたエルフが更にボコボコにしていた。何でも冒険者達に姿が見えなくなる兜を渡したのだとか。

 

「何でそんなことを?」

「クラネルさんの実力を見たかったのだとか。とりあえず元凶なので痛めつけておきました」

「………そう。あのミノタウロスも?」

「彼が呼んだのはゴライアスでしょう。ミノタウロスはクラネルさんに執着していましたから」

 

 確かに。と、アイズは気絶しているベルの髪を撫でる。

 ついさっきまで戦っていたとは思えない穏やかな寝息だ。どこか満足したようにも見える。と、ゴライアスが落ちてきた衝撃で塞がれていた17階層への入り口が突如吹っ飛んだ。

 

「たくよぉ、何で道がふさがれてやがんだぁ?」

 

 不機嫌そうに呟く声の主はベート・ローガ。封鎖された洞窟を蹴破りあん? と様変わりした18階層を見て首を傾げる。が、ベルを見て目を見開く。

 

「何で兎がここに居やがる!?」

「ベートさん静かに。あの、マジック・ポーションかエリクサーを下さい」

「あ、ああ………って、何でおめーが膝枕して頭撫でてんだ!」

「だ、駄目ですか?」

 

 と、眉根を寄せるアイズにベートはぐっと言葉に詰まりその膝にいるベルを睨む。そして気付いた。片腕がなくなっており右腕も殆ど炭化している。

 

「………何があった?」

闇派閥(イヴィルス)の残党とモンスター達が襲ってきたんです。後、黒いゴライアスが来て強化種のミノタウロスが倒してベルと戦った」

「はぁ?」

 

 ざっくりしすぎていて訳が分からん。後でフィン辺りにでも聞いておこう。

 

「………アイズ・ヴァレンシュタイン………その、彼の髪は?」

「モフモフ。心地良い」

 

 少し癖のあるベルの髪を撫でむふー、とどこか得意げなアイズ。覆面のエルフはそっと手を伸ばす。

 

「これは、なかなか………」

「気持ちいい?」

「あ、はい………」

「ほんとー? あたしも!」

 

 と、ティオナも交じる。未だ眠るベルに複数の殺気が飛ぶ。その殺気に反応して突然目を開けたベルがナイフを投擲しようとして慌てて逃げ惑う男達。ベルはくぁ、と欠伸をする。

 

「………ベート、来てたのか」

「よお兎」

 

 ベルは睨んでくるベートを一瞥した後、気絶しているヘルメスを見て無言で近づき───ナイフを刺そうとしてアスフィに止められた。

 

「い、いきなり何を!?」

「何って……殺すんだよ。理由は知らんが俺を襲撃してきた奴らに手を貸してたみたいだしあのゴライアス呼ぶ原因になった神の気配って此奴だろ?」

「そ、そうですが………躊躇いなく神を……」

「躊躇えば後々後悔する。此奴が今回の件を帳消しに出来るレベルで俺に報いるってんなら俺は何もしねーよ。被害者のリューと他の冒険者達に判断を任せる」

「私は既に制裁を加えました。他の冒険者達も、結果的に良いもんみれた、と……」

 

 つまり後はベルを納得させる何かを用意するだけ。と、アスフィが口を開く。

 

「ヘルメス様は、アナタのご友人の足を治せる薬を用意すると────ヒッ!?」

 

 申し訳無さそうにアスフィが言った瞬間、竦み上がる程の殺気を浴び顔を青ざめさせる。

 

「────まあ、考えてみれば爺ちゃんの知人だもんな。調べるまでもなく教えてもらえるか」

 

 殺気が消え、漸く呼吸を行えるようになったアスフィは涙目になりながら必死に息を吸う。殺されるかと思った。

 そもそも彼はダンジョンの無い、外で『英雄』と讃えられていた者だ。強いモンスターの討伐も、深層に向かったという実績も行えない外で讃えられる偉業はようするに、()()()()()()()()()()()。言ってしまえば名前の通り殺戮者なのだ。

 

「………もうやだぁ、この人についてくの」

 

 何でこんな人物に自分の用意した英雄譚を歩ませられると思ったのだろうか。掌で踊らせようとしても、その掌を食い尽くされる未来しか見えない。

 どこぞの女神のように道筋ではなく試練を用意するだけで満足できないのだろうか? 出来ないだろうなぁ。

 

 

 

 

 荷物やテントを全て収納するベル。混雑を防ぐため幾つかの班に分かれて帰ることになった。

 ベルは【タケミカヅチ・ファミリア】、ヴェルフ、リリ、アイズ、ヒリュテ姉妹、フィン、リヴェリア、ベート、ラウル、リュー、レフィーヤ、ヘルメス、アスフィの面々と帰る。

 と、不意にベルが立ち止まる。ベルのマップを知るフィンが周囲に警戒しようとするとベルが突如壁を蹴り飛ばした。

 

「おい何やって………んだこりゃ」

 

 突然の奇行に訝しむベートは崩れた壁の向こうから現れた穴を見て眉根を寄せる。

 

「未開拓領域? ベルのマップで把握したのか」

「───ッ! この匂いはぁぁぁぁ!!」

 

 と、突然【タケミカヅチ・ファミリア】の(みこと)が走り出した。ベルはにおい? と鼻を鳴らすと硫黄のような匂いが漂ってくる。

 

「……温泉か」

 

 ベルはポツリと呟いた。



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温泉

「そういやよぉ、結局今走ってた奴含めて此奴等誰だ?」

『怪物進呈』(パス・パレード)してきた【ファミリア】だよ。極東の土下座を披露して謝罪してきた」

「ふん。誰かに押しつけなけりゃ逃げることもできねー雑魚かよ」

 

 ベートはケッと【タケミカヅチ・ファミリア】の団員達を睨む。

 

「俺は雑魚だろうと役に立つって理由で戦場にたたされてた奴らを知ってるが。ベートは嫌いなんだな、そういうの。優しい奴だ」

「あぁん? ふざけたこと抜かすな。第一てめーは雑魚がのさばることに何か思わねーのかよ」

「どんな雑魚で役立たずでも戦場で一人殺せなくても、向かえばそれだけで讃えられる。なかなか気持ち悪いところだぜ戦争も、笑顔で死んでく弱い奴も」

「よーするにてめーも雑魚が嫌いなんじゃねーか。回りくどい言い方すんな」

 

 未開拓領域を歩きながらベルと話すベート。ベートは不意にベルを睨み付ける。

 

「………おい、お前………覗いたんだよな?」

「ん? ああ、まあ……あそこの馬鹿に付き合わされた」

「ど、どうだった………?」

「…………それは流石に俺の口からは言えんだろ」

 

 顔を赤くし、声を小さくして聞いてくるベートにそれだけ返すベル。それに、と付け足す。

 

「今更興奮したりはしねーが俺にだって好みはあるし、その好みを優先するのは当然だろ? ぶっちゃけアスフィしかよく覚えてない」

 

 ベルの性欲は度重なる経験から薄くなっているが枯れているわけではない。もちろん異性の裸体を見て多少刺激を感じる。あの場でベルのタイプはアスフィだったしそちらを優先するのは性だろう。ベートだってその場に居たならきっとアイズしか見ていなかった事だろう。

 ちなみに()()()()()()のではアスフィだけだがその後の事件でリューの裸も見ている。それ以前にアイズとティオナの裸も風呂場で見ている。

 最低限の興味はあるし僅かだが刺激される。しかし一般的な男性が水着を見た程度の反応とそう変わらないだろう。

 洞窟を抜けると竹が生え、湯気に包まれた空間に出る。

 

「はぁぁぁ………」

 

 と、幸せそうな顔をして放心している命。

 

「温泉……?」

「はいー! 間違いなく温泉です!」

 

 お湯を掬い首を傾げたフィンに命が元気良く叫んだ。

 

「自分、温泉のことには自信があるんです!」

「他には特に何もないようです」

「どうかな………ベル」

「何匹か潜んでいるな」

「なら、そちらを先に対処しようか………」

 

 提灯アンコウのようなモンスターは、哀れ数秒で全滅させられた。倒したことによりベルの【操作画面】(メニュー)にその情報が刻まれる。

 

「ええっと……どうやら布を溶かす粘液を温泉に混ぜ、羞恥で動けなくなった獲物を狩るのが主な狩り方みたいだな」

「へぇ、何というかお約束なモンスターだねぇ。残ってない?」

「……………」

 

 ヘルメスの言葉にベルは絶対零度の視線を向ける。と、不意に命が温泉に顔を突っ込む。

 

「湯加減、塩加減、申し分なし! 是非入っていきましょう!」

「とは言うが、覗いた俺が言うのも変な話だが男もいるんだぞ?」

「そーですよ! 貴方、アイズさんの裸見たの謝ったんですか!?」

 

 ベルの言葉に思い出したように言うレフィーヤ。ベルはそう言えば、とアイズ達を見る。

 

「遅れてすまない。考えてみれば、ティオネやティオナはともかくまだ若いお前等にとって裸体を覗かれるというのは屈辱だったろう」

「まあ、彼処までどうでも良いって顔されると別の意味で………」

「いや、どうでも良いとは思ってないぞ? 一応は異性の裸体だ。興味はあるが………ぶっちゃけ見飽きたし眺め続ける必要は感じ得なかった」

 

 実際アスフィを見てたのも、どの体が好みかで問われたからだし。

 

『………………』

 

 女性陣のベルを見る目が冷たくなった。怒りを含んだ冷たさだ。

 

「あのベル、流石に女性の前でお前等の裸に興味ないというのは失礼だと思うよ?」

 

 フィンの言葉に事実だしなぁ、と頭をかくベル。ここにリヴィラの冒険者達(男性)がいたら間違いなく再びヘルメスからハデスヘッドを借りて襲いかかってきたことだろう。

 

「まあだが、確かに混浴というのはな……」

「では水着はどうでしょう? 水着を使えば混浴し放題です」

「ふっ! こんな事もあろうかとロキから借り受けていた!」

「きゃあああ!?」

 

 ヘルメスはどや顔でアスフィのマントと何故かスカートを捲る。スカートのガードは間に合ったがアスフィはもうやだ、と涙目で呟いた。

 

 

 

「これはロキの言葉だけどね。娯楽に飢えた神に一々粛清しても仕方ない、ってさ……」

 

 アスフィにボコボコにされても笑みを崩さぬヘルメスを見ながらフィンが言う。ベルは成る程、反省はしないと、と納得する。やはり何時か必ず天に帰そう。勘だが、今後絶対何かしてくる気がする。

 

「ベート君、興味ないかい? 向こう側に」

「あん?」

「アイズちゃんの全体的に細いからだに張り付く金髪、そして細身の体の中膨らんだ胸……」

「………………」

「顔はともかくアイズ程度の体つきなら探せば幾らでもいるぞ?」

「君は黙ってろ非童貞!」

 

 ヘルメスが叫びベルは小岩に腰掛ける。暫くして女性陣が岩陰から出てきたので交代し着替え始める。

 

 

「お前、結構鍛えてんだな」

「何を今更。俺は散々言ってたぞ? オラリオ来る前に傭兵として戦場を渡り歩いていたって」

「しかしすごい傷の量だね。これは治らないのかい?」

 

 ベルの傷だらけの体を見て感心するベートとフィン。と、一つだけ妙な傷を見つける。背中の刺し傷。それもかなり不味いところに。普段の彼を見るに、いかに恩恵を持っていなかった時代とはいえこういった致命傷を恩恵を持たぬ外の人間に付けられるとは思えない。

 まあ、外にも恩恵持ちはいるだろうし未熟な時に付けられたのかもしれない。

 

「ん?ああ、その傷は旅を再開する前日に、寝ていた女から貰った。旦那の居る人だったし単なる火遊びのつもりなのかと思っていたが思いの外執着心が強くてな………」

 

 とはいえ金払いが良く、あの頃まともに給金ももらえなかったベルは旅に出るための貯蓄を作るために彼女は必要な相手だった。

 

「おいおい男共よ、昔の女の話より今目の前にいる女の子の話をしようぜ?」

「………………」

 

 ベルは無言で裏拳を放ちヘルメスを気絶させた。会議の結果、彼には水着を見せることすら禁止にした。

 ベートは横目で女性陣を見る。ワンピースタイプの水着を着て肌の露出を抑えたエルフの師弟。レフィーヤは黄色でリヴェリアは黒。

 瑞々しく健康そうなレフィーヤの肌と白く成熟した張りのあるリヴェリアの肌、どちらも水着に良く引き立てられていた。

 リリやヒリュテ姉妹はツーピース。リリはピンク、ティオナとティオネは青でフリルが付いている。これも似合っていた。

 そして、アイズとアスフィは何故かスク水だった。アイズに至ってはわざわざ拙い文字で『あいず』と書かれている。

 

「………………」

「………マニアックだなお前」

「ばっ! ちげぇよ!」

「ああ解ってる。アイズならどんな格好でも似合うよな」

 

 と、ベートを無表情でからかうベル。

 

「団長! ここ広いみたいですよ、奥に行ってみましょう!」

「ははは。僕を人気のない場所に連れて行ってどうするつもりだいティオネ」

「ぶれないなー」

 

 意中の相手を奥へと連れていこうとする姉に呆れるティオナ。

 

「ん、ふぅ………これは良いな………」

「ああああ」

 

 滝湯に打たれながら頬をゆるめるリヴェリアの横ではレフィーヤがとろけるような顔をしていた。

 

「………………」

「何やってんだ?」

 

 リューは蓮の葉のような物に座りドングリのウキを使った釣り竿を温泉に垂らしていた。魚など住んでいるようには見えない。

 

「精神統一です」

「お前は入んねーの?」

「私はエルフの中でも特に凹凸に乏しいようですから、着ても似合いませんよ」

「そうか? 俺は見てみたいけどな」

 

 ドボン! と音がしたので見てみればリューが温泉の中に落っこちていた。

 

「大丈夫か?」

「………はい」

 

 

 

 その後温泉で疲れを取った一同は無事地上に戻った。ヘルメスがロキに渡すつもりだった映像を記録するマジックアイテムによる盗撮の記録媒体はもちろんアスフィにばれ破壊されていた。

 

 

 

「なんだいなんだい! 心配したって言うのにベル君は水着の女の子達と楽しく遊んでたって事か!」

 

 ぷんぷんと擬音をつけながらベルの背中をベシベシ叩くヘスティア。

 

「こうなったら僕とも水辺にいこう! 僕の水着姿でベル君を悩殺してやる!」

「はいはい。解ったよ……そういやロキは?」

「何か話があるとかでヘルメスとウラヌスの所に行ったよ。よし、更新終わ────」

 

 ピタリとヘスティアが固まる。そして───

 

「またLv.が更新できるようになってるぅぅぅぅぅ!?」

 

 思いっきり叫んだ。



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新たなスキル

 祈祷の間に3柱の神々が集っていた。

 何時も通りヘラヘラとした顔を崩さないヘルメスと、そのヘルメスを睨み付けるロキとウラヌス。

 

「………弁明を聞こう」

「必要ないやろ。さっさと天界に送り返そうや……」

 

 ウラヌスの言葉にロキが吐き捨てるとヘルメスは肩をすくめる。

 

「おいおい、確かに神がダンジョンに潜るのは重罪だが、強制送還程ではなかったはずだぜ? 俺のファミリアのランクなら。ある程度は上げておいて助かった」

「けどお前、意図的に神威放ちよったな? (ウチら)を殺す使者を生み出させるとか何考えてんのや」

「彼処は18階層、それに【ロキ・ファミリア】もいた。万に一つも負ける可能性はないだろう? 後闇派閥(イヴィルス)に関しても俺は知らん。あのミノタウロスもな」

「ミノタウロスの件だけは信じたる。ベルっちが言っとったしな……せやけど、マジックアイテムの貸し出し、階層主の召喚、これを行った理由はなんや」

 

 嘘は許さんと睨みつけてくるロキ。その威圧感は並の人間なら気絶するほど。

 

「実力を見てきてくれって頼まれたんだよ。聞けばオッタルとやり合ったらしいじゃないか。なら、マジックアイテム渡した冒険者一人じゃ足りないと思って数を増やして、それでも不足だったから」

「ふざけとんのかお前」

「しかしウラヌス、貴方はある意味喜んでいるのではないか? あのミノタウロスを見たろ? 明確な理知を宿しかけていた! あれは間違いなく『彼等』になるぞ!」

「彼等? おい、何の話をしとる」

「……貴様。私を脅す気か?」

「まさか。私と貴方の仲だろう。ただ、私は『彼等』より彼の方を優先したいだけさ」

「…………良いだろう。今回の件は不問としてやる。後はロキと話すが良い」

 

 今回の騒動をウラヌスが不問にした。あのウラヌスが、だ。相当知られたくないらしい。これはどうあっても口を割らないだろう。自分の知らない何かがあるというのは気に食わないが時間の無駄だろう。

 

「ロキにはそうだな。ベル君に干渉している何かが干渉できなくする方法を教えるから勘弁してくれ」

「………………あ?」

 

 ビキリと青筋が浮かぶロキ。ヘルメスの言い方が確かなら、ヘルメスはベルを評価しながらも、そのベルを蝕む何かを放置すると言っているのだ。理由として思いつくのは、『ナニカ』とヘルメスの目的が一致しているという事か。

 そして方法を教えると言っているがその方法がロキに出来ないとは言っていない。

 

「もちろん今回の件を不問してくれるならだけどね。実際俺が呼んだゴライアスは君の眷属(子供)達なら危険はなかったはず……」

 

 今すぐぶち殺してやりたいが、ベルの件に関してはロキも知りたいのでグッと堪える。

 

「どんな方法でも今回の件で何も言わないと約束してくれるなら教えてやるよ」

「何時か絶対潰したる。アスフィたん改宗させる準備しとけや………で、方法は?」

「Lv.を上げることさ。()()()()()()()経験値(エクセリア)を器に満たし昇華させる。そうすることで、ベル君の魂に干渉している奴は干渉し辛くなっていく。ああ、ちなみに向こうは、故に用意した経験値(エクセリア)でLv.を上げようとしてくるから気をつけてくれ………念のため聞くけど、大丈夫だろうね?」

「ランクアップやと………! お前、マジで何時か殺す! ちゅーか………成る程。あの時のあれは………おい、後一つ聞かせろ」

「なんだい? 情報は出来るだけ小出しにして交渉に取っておくのが俺のポリシーだけど。まあやりすぎた自覚はある。一つだけね」

「ベルの祖父は……彼奴か?」

「………今まさに君が思い浮かべている神物で間違いないよ」

「さよか………」

 

 だからベルは【アリア】に娘が居ることも知っていたのか。しかし外界の神に悪神である自分、ヘスティアに加えヘルメスと色ボケ女神……そしてあの大神。

 

「ベルっち神にモッテモテやなぁ………」

 

 そして今回のランクアップ。更に多くの神がベルを欲しがる。弱味となるものは見せていないつもりだが、果たしてどうなるか。

 

「後ベルについてアポロンと話したいんだけど良いかな?」

「あん? あの変態にか………まあ彼奴なら【ロキ・ファミリア】(ウチら)に手を出す度胸はないか」

「ベル君の祖父の情報も上げたしさ、アポロンの奴がどんな反応しても許してくれよ?」

「まあ、彼奴がどんだけ喚こうとも潰せるしなぁ………けど駄目や。余計なことをアポロンが知ったらお前んとこ共々潰す」

 

 残念と肩をすくめるヘルメス。

 

「じゃあアポロンが知ってることを祈るよ」

「何か言う気だった事隠す気なしかい。夜道には気をつけるんやでー……特に背中」

 

 

 

「おーい、団長君、副団長君、ロキ~、ベル君のステイタス持ってきたよ~」

 

 

『Lv.4

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

耐異常:C

精神安定:A

技能習得:S

鍛冶:E

精癒:G

幸運:G

思考加速:G

狩人:G

火傷無効:H

《魔法》

【虚像の英雄】(ベル・クラネル)

階位昇華(レベル・ブースト)

・発動対象は術者限定

・発動後、半日の要間隔(インターバル)

・詠唱式【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄へ堕ちろ】

【エルトール】

付与魔法(エンチャント)

・雷属性

・速攻魔法

【アンチ・カース】

・解呪魔法

・呪詛、結界魔法の破壊

・詠唱式【砕け散れ邪法の理】

《スキル》

【向上一途】(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・向上心の続く限り効果持続

・力を欲する理由を感じるほど効果向上

【英雄義務】(アルゴノゥト)

・敵対時に於けるチャージ実行権

【操作画面】(メニュー)

・自己ステイタスの閲覧可能

・討伐モンスター図鑑自動作成

・マップ表示

・索敵

・アイテム収納空間作成

【不屈の闘志】(ベルセルク)

・肉体の修復

・体力、魔力を消費する 

【精神保護】(マインドブロック)

・精神への干渉を拒絶する

・術者との実力差によって変動

・受ける、受けない選択可能   』 

 

「発展アビリティ一つか。てっきりもっと増えるかと思ったけど」

 

 と、フィンが言うとロキはんー、と頭をかく。

 

「本来発展アビリティってのは経験から形作られるもんやしなぁ。こないな急激なランクアップやとなぁ……」

「火傷無効というのは何度も焼け爛れたからだろうな」

 

 発展アビリティに成るほど短期間で火傷を負ったという事だろう。あの技を頻繁に使っているという事だ。

 

「ん? というかスキルが減っていないかい? 一つは名前変わってるし」

「スキルは感情によって生まれる。なら、その逆もまたしかり。スキルの変化も同じように、ってこと何だろうね……ベル君の中から嫉妬が消えたという事さ」

 

 フィンの言葉にヘスティアがふふん、と胸を張る。

 

「相変わらずベルっちはおもろいステイタスしとるなぁ。そういやレフィーヤもだいぶ変化しとったで?」

 

 と、ロキが羊皮紙を取り出す。

 

『Lv.3

 力:I86

 耐久:H184

 器用:G240

 俊敏:G271

 魔力:B797

 魔導:H

 耐異常:I

《魔法》

【アルクス・レイ】

・単射魔法

・照準対象を自動追尾

【ヒュゼレイド・ファラーリカ】

・広域攻撃魔法

・炎属性

【エルフ・リング】

召喚魔法(サモン・バースト)

・エルフの魔法に限り発動可能

・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握

・召喚魔法、対象魔法分の精神力(マインド)を消費

《スキル》

【妖精追奏】(フェアリー・カノン)

・魔法効果増幅

・攻撃魔法のみ、強化補正倍加

【対抗一途】(リヴァル・フレーゼ)

・早熟する

・対抗心の続く限り効果継続

・対象が近くにいるほど効果向上

【魔法維持】(エンチャント・チャージ)

・詠唱の終わった魔法の保管

・発動の際の精神力(マインド)は詠唱中に消費

・Lv.に合わせて保管数変動   』

 

 

「ベルっちに続く二人目の成長速度補正スキル持ちや」

 

 と、ケラケラ笑うロキ。

 

「急速に成長しているベルっちに対抗心燃やしたんやろうな。いやー、皆話聞いてもアイズたん達以外はみーんな憧れるだけやったからなぁ。レフィーヤみたいに向上心持ってくれる子おって良かったわ」

 

 彼処までの戦い。多くの者が彼のようには成りたいと願っても、憧れるだけで対抗心を燃やす者は居なかった。ただレフィーヤだけは追い抜かれたくないと、追い抜こうとしている。その証拠がこのスキルだ。

 もう一つは魔法を即座に発動するベルを羨ましがって習得したのだろう。

 

「対抗心、ね………二人でダンジョンに潜らせるか?」

 

 レフィーヤはベルが近くにいれば早熟するし、ベルだって守るという理由が有れば強くなれるはずだ。二人を組ませれば早熟する事間違いなしだ。

 

「ちょっと待ってくれ! ベル君と女の子を二人きりにだって!?」

「……………せやな。その方が良いかもしれん」

「ロキ!」

「お前がベルっち大好きなんは知っとる。けど、ベルっちは強くならなあかんねん。彼奴に対抗するためにな」

「う………」

 

 事前にヘルメスからの情報を伝えられていたヘスティアはその言葉に詰まる。ベルには早く強くなって貰いたい。イヤだけど………

 

「ううー! 分かったよ………あ、そうだ僕ベル君と水辺に行こうと思うんだけど確か許可が居るんだよね? どうするのか教えてくれないかい?」

「んー? ドチビの所はベルっちだけやし許可は簡単におりそ───や、待てよ? ベルっちのスキル物運びに便利やったな………うん。ウチが代わりにやっといてやるわ」

「本当かい!? ありがとうロキ! 僕は君のことを胸も器も小さな奴だと思っていたよ!」

「ははは。ぶち殺すぞドチビ」




と言うわけでレフィーヤ強化


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港町メレン

「兎ちゃーん、イカ焼き2つ」

「ヘスティア様、塩焼きそば大盛り二つ……」

「ヘスティア様~、こっちにたこ焼き3つ~」

「ベルっち、ウチは焼きトウモロコシな」

 

 何で自分はこんなことをしているのだろう。燦々と照りつける太陽を見ながらベルはふとそんな事を思う。

 始まりはそう、ロキが休暇だ旅行だなどと言い出して、荷物持ちとして呼ばれ、メレンと言う港町にやってきた。

 そしてロキは知り合いのニョルズという神に穴場を教えてもらい水着を配り泳ぎ始めた。ショックを受けたくないのかヘスティアには何も渡さず。

 ベルは『潜水』という発展アビリティが欲しくて暫く水中を泳ぎ回っていたが飽きてきたので持ってきた食材で料理を始めたら匂いに団員達が集まってきた。

 そしてベルは料理をしてヘスティアが忙しく運んでいる。

 

「ティオネとティオナは水中調査に向かったけど、俺等はのんびり食事か……」

 

 元々今回の旅行は、正確には調査らしい。

 ダイダロス広場の崩落でダンジョンには入り口が他に存在することが明らかになった。他にないか調査するため、水生のモンスターが嘗てダンジョンの外に溢れ出したこのメレンに来たというわけだ。

 ちなみにそのダンジョンに繋がる穴は『海の覇王』(リヴァイアサン)と呼ばれる強力な魔物のドロップアイテムである骨を蓋にしている。

 強大なモンスターの骨はそれだけで他のモンスターを寄せ付けない虫除けとなったのだ。

 

「つか、調査なら俺の【操作画面】(メニュー)使えば良かったんじゃねーの?」

「あ………えっと、ほら……あれや。異変は起きてるけどモンスターはおらん、その可能性もあるやろ?」

 

 今確かに「あ」と聞こえたが確かにモンスターの反応は見れても例えば横穴などは近づかないと表示されないこともある。それに、蓋は本来の地形とは異なる後付けの物。故にマップに正しく表示されないので穴などは確認できない。

 

「ちなみにティオネとティオナは今どの辺におるんや?」

「ん? …………あ」

「どないした?」

「赤マーク。モンスター」

『───!』

 

 ベルの言葉に一斉に戦闘態勢になる【ロキ・ファミリア】。振り向き、ここロログ湖に入ってきたばかりのガレオン船に黄緑色(おうりょくしょく)の触手が絡みついており、それは怪物祭(モンスター・フィリア)やリヴィラの街で見たのと同じ食人花の一部だった。

 直ぐに救助に向かおうとするベルとアイズ。が、食人花の首が蹴り飛ばされた。上級冒険者でも多少手こずる相手が、だ。

 

 

 

 

 彼女達は【カーリー・ファミリア】。アマゾネスの国テルスキュラという国そのものが【ファミリア】の戦士達。

 

「でも、すっごく強いね。外にはダンジョンも無いのにどうやったんだろ?」

「あん? んなもん、殺してきたんだろうよ。同朋を………同じ恩恵持ちなら良い経験値になるだろうからな」

 

 アイズの疑問にベルが返すとアイズは目を見開きアマゾネス達を見る。ベルも同様に彼女達を観察する。おそらく姉妹だと思われるアマゾネス二人は、かなり強い。スペックで言えばベルが戦ったミノタウロスと同等。

 特殊武器は持ってなさそうだがスキルや魔法はあるかもしれない。同じLv.6でも成り立てのティオネ、ティオナ、アイズよりは強そうだ。

 何よりまず間違いなく、ベルと同じく人間を相手にすることに慣れている。

 

「喧嘩するなら首元と目、肩や足に気をつけろ。俺と違って治らないからな」

「えっと………うん」

 

 アイズは取り敢えずコクリと頷いておいた。

 

「ふむ。しかしロキとヘスティアが共に居るとはな………そうか、この世界もとうとう崩れるか」

「なんやいきなり。ウチとドチビが一緒に居ったらあかんのか?」

「うむ! ぶっちゃけ妾の目が可笑しくなったか聞こえてくる噂が嘘だったか疑いたくなる」

 

 【ロキ・ファミリア】はまあ、当然有名だ。ロキ自身も天界で大暴れしていた時代がある。結果彼女と犬猿の仲が居るというのもまあ広がりやすい噂の訳だが目の前の褐色幼女はカラカラと笑いながらからかってくる。初対面なのに。

 

「むかつくわこのドチビ二号」

「おい、僕をこんな変な仮面と一緒にしないでくれよ!」

 

 【カーリー・ファミリア】の主神であるカーリーは鮮血のような赤い髪をした褐色肌の幼げな見た目の女神だ。その瞳に宿る光には見覚えがあるベルは何処にでも居るんだな、と肩を竦める。

 

「ふむ……」

「ん?」

 

 と、不意にカーリーの視線がベルに注がれていることに気付く。ベルと目が合うとにっ、と笑う。

 

「お主この中では一番人を殺した経験があるな。何人だ?」

「さあな。戦場ばっか巡ってて、詳しい数は知らん」

「ほう………テルスキュラにこんか? 強い奴は歓迎じゃぞ」

「あ? 種馬にされるなんざごめんだな」

「残念……まあ見た目弱そうじゃし子供たちも反応しなさそうじゃな」

 

 ピクリとベルの眉根が動いたが、無視することにした。一々食ってかかっても仕方ない。

 

「しかし良い目をしておる。残念じゃなぁ。強さを追い求める者よ、妾は何時でも歓迎するぞ。殺戮と闘争の末に生まれる『最強の戦士』をみたいからな。そのためにはまず強くあろうとする意志が無くては」

「でも俺は、そういう思想を色濃く持った子を産むための種だろ?」

「不服か? 自分で言うのもなんじゃが妾の子達は皆美人じゃぞ?」

「そこに関しちゃ不服はねーがな」

 

 そうか、と呟き踵を返すカーリー。ロキは『ホンマにモテモテやなぁ……』と呟き厄介なことが起きないことを祈った。

 

 

 

 早朝、レフィーヤがベルに向かって杖を振り下ろす。が、かわされ足をかけられる。

 これは別に何時もの如くレフィーヤがベルに襲いかかったというわけではない。鍛錬の一環だ。メレンの空き地で行う鍛錬。

 

「レフィーヤ、お前は魔導師なんだから近接戦の訓練なんて必要ないと思うが?」

「いえ。実は新しいスキルに目ざめまして……」

「スキル?」

「隙があれば試しますのでもう少し付き合ってください!」

「ちなみに俺を相手に選んだ理由は?」

「先にLv.4になったアナタなら、負けてられないってやる気がでるんです!」

 

 と、再び杖を振るうレフィーヤ。元々後衛、しかもベルは基本的にステイタスカンストしてからのランクアップを繰り返し今やレフィーヤよりLv.は上。

 

「……………」

 

 敢えて大きく引き距離をとる。と、レフィーヤが片手を突き出す。

 

「解放! 【アルクス・レイ】」

「!?」

 

 レフィーヤの手の先から飛び出した光に目を剥くベル。魔力の流れは感じなかった。詠唱もしていない。

 詠唱破棄のスキル? それにしたって魔力の流れを感じないというのは。が、何度も言うがベルはレフィーヤよりLv.が上。掌を突き出し地面に押しつけた。地面が爆ぜあたりが土煙に包まれた。

 

「あ! ご、ごめんなさい! つい癖で【アルクス・レイ】を! 今回復しますから──!」

「必要ない」

 

 少し熱かったが火傷無効のお陰で火傷自体は負っていない。ただ、火傷がないだけでジクジクと刺すような痛みはある。それもどうも火属性の魔法を無効化する訳ではなく、単純に火傷しないだけのようだ。

 

「今のは詠唱破棄か何かか? 確かにこれなら前衛に食い込み至近距離で魔法を放つなんて事も出来るが」

「あ、いえ。魔法をストック出来るだけです。最大値は16ですね」

 

 魔導師の弱点としては近接戦に持ち込まれると危険ということだろう。リヴェリアなど護身術を覚えてる者はいるし魔法剣士と呼ばれる戦い方もある。

 

「これなら超短文型の魔法を主に扱う魔法剣士の真似事は出来るだろうな。因みに動きのイメージは誰だ?」

「友人のエルフです」

「そうか………取り敢えずレフィーヤ」

「は、はい……!」

「お前に近接戦の才能はない。ここまでないと逆に凄い」

「んなぁ!?」

 

 と、ベルの余りの物言いに叫ぶレフィーヤ。

 

「まず攻撃に関してだが、見てから対応しようとしてるがそれだと遅い。回避に関してリヴィラの街で見た時よりは上がってるな。多分、暫く防御も攻撃も捨てた訓練をしてたんだろ」

「はい」

「近接戦も行えるようになるってのは攻撃、防御どちらも出来るようにならなきゃいけない。格下ならともかく同格ならずっと避け続けるなんて無理だからな。時には防御も回避も完全に捨てなきゃ追い付けない事もある」

 

 それがベルがミノタウロスとの戦いで見せた死闘。急所にせまる攻撃のみ回避し後は無視。それで漸く互角。速度で上をいくのに、だ。

 あの決着だってミノタウロスが後少し魔力を持って小さな傷も治せる余裕があれば、耐久が高くナイフが突き刺さらなければ全く別の形になっていただろう。【英雄義務】(アルゴノゥト)が無ければベルの肉体もあの一撃で消滅してただろうし。

 

「やってやります! ベルさん、お願いします!」

「ベルで良い。年上だろ、お前」

「じゃあ私はレフィーヤさん──」

「断る」

「何で!?」

「俺は基本的に関わりたくない奴にしか敬称はつけない。潜入する時とかは演技でやるが」

「潜入?」

「カジノとかだよ。娯楽都市(サントリオ・ベガ)に行ったときに調査を依頼されてな。いや、流石金にモノを言わせ集めた護衛たち。強いこと強いこと。ちなみにこれがその時の傷」

 

 と、鼻に刻まれた横一文字の傷跡を撫でるベル。本当に世界中を回ったのだなぁ、と感心する。

 あそこならステイタス持ちがいてもおかしくないが、ベルが相対したのは上に隠れてこそこそやっている連中。足が着かぬようフリーばかり集めてステイタス持ちは居なかったらしい。

 

「それでも当時何歳ですか?」

「10」

「はぁ………そりゃ、近接戦も強くなりますよ」

「諦めるか?」

「まさか!」

 

 ベルの言葉にレフィーヤは勢いよく飛び出した。



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アマゾネス

 早朝の鍛錬も終わり、昼は調査。

 昨日の食人花の件もあるし街中で聞き込みをする事にした。

 

「しかし全く情報が集まらないねぇ」

「誰かが隠しているんでしょうか?」

 

 ヘスティアとリリはベルの横に付き添いうむむ、と唸る。

 朝から探して今は昼。しかし一向に集まらない情報。ベルはどうもきな臭さを感じる。主に漁師たちから。知らないのは確かだろうが、だからといって無関係というわけではなく……こう、『糸』が絡みついているような。

 

「まあまあベル君。集まらないなら仕方ないよ。それより観光でもしないかい!?」

「ヘスティア様。ベルは今リ・リ・と! 仕事中なんです。邪魔しないでください」

「む! なんだいリリ君、僕とベル君の逢瀬を邪魔しようってのかい? ベル君に水着を見せる機会を奪ったロキと言い、二人っきりになる機会を奪った君と言い、胸の小さな女は悉く僕の敵だね!」

「んなぁ!? リ、リリは同い年の小人族(パルゥム)よりはありますぅ! 何よりロキ様と一緒にしないでください! リリは膨らんでます!」

 

 ベルを挟んで口喧嘩する二人を思考の外に追いやり街中を観察するベル。皆どこか楽しそうだ。先程得た情報によると最近人がモンスターに襲われ死ぬ事故が減ったからなのだろう。

 

「あ、おい待てよ!」

「ん?」

 

 不意に聞こえた声に振り向けば露出度の高い服を着た褐色肌の女達。アマゾネスの集団だ。その先頭の者が林檎を食い、それを呼び止めているのは恐らく店主。

 

「ゼ・エダル……ハーク・デリエ?」

「え、あ………いや、えっと……」

 

 ギロリと睨まれ後ずさる店主。ベルははぁ、とため息を吐いてヘスティアを下がらせる。

 

『金払えって言ってんだよソイツは』

「───!」

 

 ベルの口から紡がれたのは流暢なアマゾネスの言語。言葉が通じぬ異国にて初めてかけられたら同郷以外からの伝わる言葉に驚くアマゾネス達は、しかしベルの言葉の意味に目を細める。

 

『強い者が弱い者から奪うのは摂理だ』

『ここはテルスキュラじゃねーんだ。自重しろ』

『ふん。言葉だけでなく力で説得して見せろ男風情が』

『吼えたな三下』

 

 ベルの嘲笑に飛び出すアマゾネス達。その数4人。生意気な雄の首をへし折ろうと伸ばされた手はしかし何も掴まない。

 

『どうした? 急に俺の横を通り抜けて』

 

 振り返ると先程自分達が林檎を奪った店の前に立つベル。硬貨を置くと林檎を一つ取り噛みつく。

 

『物はこうやって買うんだよ。解ったか猿共』

「────!!」

 

 再び飛びかかるアマゾネス達を見てベルはユラリと揺れるような構えをとる。いや、構えというよりただ突っ立っているようにも見える。

 先頭のアマゾネス。その手首にベルの手の甲が触れ逸らされる。地面に向かって落ちるが、片手で衝撃を吸収し足技を見舞おうとするもその前にベルの膝が腹にめり込む。

 

「カ───ッ!」

 

 Lv.4となったベルの一撃は細い女の体などチリのように吹き飛ばす、路面を転がりながら吹き飛ばされるアマゾネス。残りの面々がすぐさま襲いかかる。仲間がやられたことに動揺しないのはまあ評価に値する。が、遅い。

 腰に差していた曲刀を抜こうとしていたアマゾネスの眼前に一瞬で移動すると、今度は動揺したアマゾネスの腕をつかみ反対側から向かってくるアマゾネスに向かって投げつける。吹き飛んでいく二人はそのまま壁にぶつかり気絶した。

 

『この──!』

『判断がおせぇ』

 

 漸くベルをいたぶる獲物ではなく警戒すべき敵と理解できた最後のアマゾネス。放った蹴りを同様に蹴りで受けると相手の姿勢が大きく揺らぐ。その頭を踏みつけ地面に顔を押し付ける。

 路面に罅が入ったが戦ってみた感想は前衛のLv.3程。この程度なら死にはしないだろう。

 

『おい店主…………と、騒いで悪かったな店主。取り敢えずこの装飾品でもうっぱらってやれ」

 

 アマゾネスの言語から共通語(コイネー)に戻し気絶したアマゾネスから装飾品をむしり取り店主に渡すベル。

 

「あ、ああ……しかしあんた強いな」

「対人戦はまだ怪物退治より得意でな。この程度なら問題ねーよ」

 

 と、ベルが立ち去ろうとした瞬間新たに現れたアマゾネスによって蹴り飛ばされる。

 

「いで!」

 

 硬い壁に頭からぶつかりブンブンと横に振るベル。襲撃者を睨むとアマゾネスらしく露出度の高い格好。

 ペッ、と切った頬から出た血が混じった唾液を吐き出しアマゾネスを睨む。強い。恐らくLv.5。 

 

『お前は強いな』

『あぁ?』

 

 再びアマゾネスの言語で会話するベル。アマゾネスは腰の剣を抜き放つ。双剣使い。

 ベルもまた収納空間に置いていたヘスティア・ソードを取り出し構える。

 

『お前を殺せば、私もあの境地に至れる!』

『やってみろ』

 

 振るわれた曲刀を受け止めると反対の曲刀も振るってくる。が、ベルが反撃に放った膝の方が先に当たる。しかしアマゾネスはそれを受け止めて見せた。もう片方の剣はクルクルと宙を舞っている。

 ベルが距離をとろうとするがミシリと膝に圧迫感が走る。もの凄い握力で逃がさんとばかりに獰猛に笑うアマゾネス。

 アマゾネスは片足を背中側に回し剣の柄を指で挟むと蠍のようにベルに向かって放つ。

 

「ベル君!」

「ちぃ!」

 

 柔軟さに驚きはしたがアマゾネスの腹に手をやり片足で地面を踏み込みその衝撃を膝と両手に伝えるベル。ドン! と吹き飛ばされたアマゾネスはしかし空中で回転し着地する。

 

『………良いな、お前。強い……それに満足していない。私には解るぞ、もっと強くなりたいと思っている』

 

 ベルと対極的な黒い髪を風に流しはぁ、と熱いため息を吐くアマゾネス。強い雄を求めるアマゾネスの本能がベルに目を付けた。

 

『殺すのはやめだ、連れて帰る。私と子を作ろう』

『今は儲けてるから金払われてもイヤだね。アマゾネス(てめーら)はねちっこいんだよ』

 

 腰を落とし双剣をまるで雄牛の角のように構えるアマゾネス。姿勢が低い……あれが彼女の本来の戦闘スタイルなのだろう。

 地面を這うように高速で迫る。

 

『ゴキブリが!』

『私の旦那は言葉遣いが荒い──!』

 

 足首に向かって放たれた一撃を跳んでかわし背後に移動しようとした瞬間、蹴り飛ばされた。地面に両手をついて行われた暴れ馬のような両足蹴り。

 周りの建物より高く飛ばされたベルは空気を吐き出し、慌てて息を吸う。

 アマゾネスは地面から跳んでくるがベルは空中で回転し勢いをつけた蹴りで吹っ飛ばす。地面に着地したアマゾネスは砕けかかった頬を撫で折れかかった首をコキコキ鳴らす。

 

『そういえば旦那よ、名を聞いていなかったな。私はレイシーだ』

『旦那と呼ぶな。ベル・クラネル』

 

 ベルの名を聞き嬉しそうに微笑むレイシー。再びあの特徴的な姿勢を取る。得物が低く、狙いにくい。

 ベルはヘスティア・ソードを咥えると両手を突く。

 

『ほう、まるで獣だ。人のことは言えないが』

 

 同時に飛び出す。片方の剣を片手で手首をつかみ押さえもう片方を咥えた剣で弾く。そのままベルの短剣()がレイシーの腕を貫く。

 

『───!?』

 

 幼い頃、ベルもまたレイシー同様に主に足を狙った戦闘方法を取ったことがある。当時のベルでは正面からぶつかり合うなどまず不可能だからだ。

 しかしバランスが取りにくく、その結果編み出した戦闘スタイルがこれだ。

 因みに乳歯が何本か抜けた。以来、鎧を着た相手には隙間に短剣()を突きつけている。しかし今は昔と違い恩恵を持つ。Lv.も上がり高い咬合力を持つベルが咥えた剣は最早体の一部と言っても良いだろう。

 押さえていた手首を掴み振り回すベル。頭から血の気が引いていき貧血状態になるアマゾネス。空高く放り投げ、その背中を切りつける。

 

『がは!?』

 

 受け身もとれず地面に倒れたアマゾネスはそのまま気絶した。脊椎を断ったわけではない。圧力を加え一時的に麻痺させただけだ。

 とはいえ血を流す女を放置しては既に逃げ出した街の住人に迷惑だろう、ポーションを背中にかけてやると道の脇に他のアマゾネスと並べて放置する。

 

「大丈夫かいベル君!」

「ああ、大丈夫だ問題ない」

「良かったぁ。あの、ベル? あのアマゾネス、ベルに熱い視線を向けてませんでした?」

 

 勝利したベルの下に駆け寄ってくるリリとヘスティア。不意にリリが気になっていたことを尋ねてきたのでベルはチラリとレイシーを見る。 

 

「求婚されてた」

「「んな!?」」

 

 まあ当然断ったが、と付け足すベル。その言葉に二人はほっとした。

 

「それにしてもベル君、彼女達の言語が解るんだね」

「昔の知り合いから学んだ。アマゾネスだ」

 

 あの女のおかげでアマゾネス相手にする時は通常の倍は貰わないと割に合わないと学んだのだ。

 

「まあでも怪我がなくて良かったよ」

「この程度に負けていられるかよ。俺はいずれ最強になる予定なんだからな」

 

 全てを救える最強の英雄に。取りこぼすことなく、全てを守れる英雄の偽物(主人公の模造品)に。

 黒い炎がくすぶる中、ふと戦斧を扱うミノタウロスを思い出した。僅かに炎が揺らいだ気がした。



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女戦士の襲撃

 結局その日の調査は進展なし。

 ベルとは別の所でティオネとティオナも【カーリー・ファミリア】と争ったらしい。

 

「それでティオネが荒れてんのか」

「ええ。何か元気づける方法しりません? 女ったらしでしょうベルは」

「最低限俺に好意を抱いてないと無理だ。俺は中身はともかく容姿は女受けが良い。が、アマゾネスは強い奴好きだから見た目じゃ寄ってこないし中身を知れば言わずもがな。強さに関しては既にフィン達を知ってるアイツが俺に酔うとは思えない」

 

 つまり打つ手無し。元気づけるなど不可能だ。ある意味では元気だし。

 ティオナみたいにより強い雄を知っていて尚ベルに好意的になる方が珍しい。

 

「そう、ですか………」

「強くなっても出来ないことは多い。特に心に関しちゃ俺は専門外だ」

 

 喜ばせる話術は知っていても元気づける方法は知らない。これが主人公(ベル・クラネル)なら違うのかもしれないが所詮は肉体だけ持った模造品。

 

「………………」

「何だ?」

「ベルってたまーに自分なんか死んじまえって顔しますよね」

「─────」

 

 レフィーヤが何気なく呟いた言葉に固まるベル。レフィーヤは無意識だったのだろう、はっと口を押さえて慌てる。

 

「ご、ごめんなさい! その、会ったばかりのフィルヴィスさんの目に似ていて!」

「謝らなくて良いさ。事実だからな」

「………その、理由をお聞きしても良いですか?」

「理由、か……」

 

 理由なら簡単だが、言ったところで頭がおかしくなったと思われるか騙そうとしていると思われるのが関の山だ。さて、どうアレンジして伝えるか………と、顎に手を当てるベル。そして徐に口を開く。

 

「俺には兄がいてな」

「お兄さん、ですか?」

「ああ。生きてればきっと俺より沢山の人を救って、笑顔にして、神を騙すなんて方法も取らずにリリも助けられた。そんな人だ……」

「生きてれば、って……まさか」

「死んだよ。理由は言えないけどな………んで、アイズ達には話したが友人と森に入って熊に襲われた。俺はその日以来力があればって思うようになったが、同時に死ぬのが兄じゃなくて俺だったならって思うんだ」

 

 もしキチンと『原作の主人公』(ベル・クラネル)が生まれていたらどうなるだろうか?

 名前しか知らない。行った偉業も友人から聞いたおおざっぱなもの。でもあの時の友の赤い血を思い出すと思わずに入られない。

 もっと上手くできてたハズだ。

 もっと救う事ができたハズだ。

 もっと笑わせられたハズだ。

 きっと、もっと、そんな風に考え自己嫌悪に浸る。

 

──それしかできない──

 

 数日ぶりに聞こえてきた幻聴にベルはしかし表情を変えない。

 ミノタウロス戦以来の幻聴は責めるように、嘲笑うように呟く。

 

──あの無様な戦いは何だい? 最強を超えるなんて言っておきながら、彼女達の中には彼女より強いのが最低でも2人いた──

 

 圧倒できなかった。相手はLv.5(格上)だろうが頂点(オッタル)に比べれば有象無象。味わったからこそ解る。Lv.が上がっても未だ彼の足下にすら届いていない。

 ミノタウロスに使ったフルチャージの【アダマント】なら通じるだろう。元々【アダマント】は【ケラウノス】が弾かれたから思考し生み出した放たず刀身に纏わせた【ケラウノス】。言ってしまえばオッタルを相手するために編み出した技だ。

 その威力は【ケラウノス】には劣るがそれでも並の一級冒険者なら跡形もなく吹き飛ばせる。もっとも、チャージがたまりきる前にやられるだろうが。

 原作の主人公(本物)なら、どうだったのだろうか?

 強くなっても依然弱いままのベルは常に虚像の英雄(ベル・クラネル)と己を比べる。魔法が階位昇華(レベル・ブースト)で、名前も見ればそう思っていることは一目瞭然だ。

 

「………でも、私ベルのお兄さん知りませんよ?」

「あ?」

「私が知ってるのは、私を食人花から助けてくれて、リヴィラの街で私も負けてられないって思わせたのも、ミノタウロスとの激闘で私達を魅せてくれたのも、貴方であって貴方のお兄さんじゃない」

「………………」

「あ、ちなみにお兄さんだったらもっとっていうのは無しです。だって貴方もそうなったかは知らないんでしょう?」

「あ、ああ………まあ」

 

 それは事実だ。詳しく彼の偉業を知るわけではない。

 

「なら、比べないでください。私が見た物を、負けたくないと思った光景を、魅せられた戦いを否定しないでください。解りましたか? ………あれ、何ですその顔?」

 

 レフィーヤが覚えの悪い子供に説教するように人差し指を立て目を閉じ延々と言葉を紡ぎ、目を開けると困惑するような表情をしたベルが居た。

 

「顔?」

「あ、戻った」

 

 何時も通り兎を連想させる無っぷり。頬をペタペタ触る仕草は傷跡が気になるが可愛らしいと称せる見た目と相まってやはり可愛い。年上にさぞ受けるだろう。因みにレフィーヤも年上だ。

 

「と、とにかく! これからは自分にちょっとぐらい自信持ってください! じゃなきゃ貴方に負けたくないと思ってる私は何なんですか」

「わ、悪い……?」

「こういう言い方は、良くないと思いますけど……もう居ない人を真似るのは遺志を継ぐこととは違うと思います。この人ならこうした、だから自分もこうする。それは正しいと思います。けど、行き過ぎれば呪いと同じだとも思いますから……」

「………呪い、か………言い得て妙だな」

 

 長年共にあった幻聴は、幻想は消えない。ミノタウロス戦の後は、暫く鳴り止んでいたがずっと近くに気配を感じていた。ただこの日は、何時より声が遠く感じた。

 

 

 

 

 翌日の早朝の鍛錬。ベルは避けることのみを優先するように言った。

 

「でもそれじゃあ何時もと変わらないんじゃ」

「まずは速度に目を慣らせ。そもそも耐久も力も劣る今、防御技術は不要だ。防御は力と耐久が増えてからな。今は回避の合間に生まれる隙を探せ」

 

 そういうとベルは早速木刀を振るってくる。速さだけなら第一級に匹敵するベルはもちろん手加減をしている。レフィーヤも今更その事で文句を言うほど自惚れては居ない。それでも速いことに変わりはないが。

 ベルは動きを予測しろと言うが、どうしろと?

 ベル曰く回復能力を持たなかった入団前は戦場、そこで血を流し続けるような傷を負えば死ぬのと同義だと思い必死に避け続けるウチに習得できたとか。

 ベテランの冒険者の前衛は大概行えているらしい。リヴェリアも同様だとか。

 

「攻撃の気配を探れ。次に相手の間合いを探れ。そうすりゃ大抵の攻撃は避けられる」

「難しいことを平然と……ミノタウロス戦でもそうやって避けてたんですか?」

「攻撃の気配は確かに感じていたが彼奴は速すぎる。速度で勝っていたとしても目が見えない状況で避けきれるかよ。だから、あの時は裏技使った。魔法(エルトール)を使っていた副次効果とも言えるが」

「副次? 雷の?」

「ああ……────ッ」

 

 と、そこでベルは言葉を止め振り返る。黒髪の褐色肌の少女。一瞬アマゾネスかと思ったレフィーヤだが恩恵を持つ者、眷属特有の気配がないことにホッと息を吐く。

 

「あ、あの……ごめんなさい! えっと、音がして何かなぁって」

 

 どうやら近隣住民に迷惑をかけてしまったらしい。レフィーヤが謝罪し切り上げようとした瞬間───

 

「その気持ち悪い演技はなんだカーリー?」

 

 ベルが少女を睨みつけ尋ねる。え? と少女を見ればポカンとした後歯を剥き出しに笑い鬘を脱ぎ捨てる。

 

「気づいておったか。神の気配、神威は消したはずだが」

「ああ、だからなんか少なく感じたのか」

「ほう? もしやお主、妾以上に神威を隠すのが上手い神に知り合いがおるのか?」

「あ? あー………ヘルメス? いや、お前の方が上手いな」

「ふむ。ではあれだな、妾が魅力的すぎて──」

「それはない」

 

 ベルの即答にカーリーはケラケラ笑う。良くも悪くも娯楽に飢えた神らしく、新鮮な対応を楽しんでいるように見える。

 

「ならば体質か。神威を感じやすいとか………まあ()いわ。その娘を貸せ」

「あ?」

 

 と、ベルが呟き、瞬間振り返りレフィーヤに向かって蹴りを放つ。

 

「へ?」

 

 が、それはレフィーヤの顔の直ぐ横を通り過ぎ背後から手刀を繰り出そうとしていたアマゾネス、バーチェの手首に当たる。

 

「────ッ!?」

 

 耐久と速度が極めて高い特異なステイタスをしているベルだがバーチェの一撃は想像以上に重くミシリと足首が軋む。

 

『───やるな。レイシーを打ち倒しただけはある』

「レフィーヤ、逃げろ」

 

 ギリギリと押し合うベルの足とバーチェの手首。脳内マップを展開する余裕はない。他にアマゾネスがいるかもしれないが、この場に残せば足手纏いだ。

 

「──ッ!」

 

 それが解ったのかレフィーヤは駆け出す。カーリーはふむ、とレフィーヤの背を見送る。

 

「離して良いのか?」

「守りながら闘えるほど、俺は強くねーんだよ」

「カカ。悔しそうじゃな……テルスキュラの種共は皆バーチェを前にその様な目はできん。諦めきった目になる。やはりおもしろいな」

 

 と、目を細めるベルは地面に付いていた足を浮かせ押していたバーチェの力を利用し大きく後ろに飛ぶ。背は見せない。まだ向こうのステイタスがしれない。ひょっとすれば速度がベルより上かもしれない。

 

「【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄へ堕ちろ】」

 

 紡ぎ出される呪詛の言葉はベルに早く最強へと至れと催促するようにその力を引き上げる。階位昇華(レベル・ブースト)という珍しい魔法に目を見開くカーリー。あの魔法を目覚めさせたのは素質か、それとも力を求め続けた意志か。恐らく後者なのだろう。テルスキュラにも居ない、力を求める貪欲さ。

 

「バーチェ、先程のエルフは放っておけ。他の誰かが捕まえる。今は、そいつを倒せ」

「クソが……」

 

 やはり他にアマゾネスが潜んでいた。先に確認しておかなかった自分の不徳を呪いながらベルは目の前の女と相対した。




ベルのLv.3の時の最終ステイタス
『Lv.3
 力:SSS1564
 耐久:SSS2804
 器用:SSS1320
 敏捷:SSS2584
 魔力:SSS1902
耐異常:D
精神安定:B
技能習得:A
鍛冶:E
精癒:H
幸運:H
思考加速:H
狩人:H
火傷無効:I
《魔法》
【虚像の英雄】(ベル・クラネル)
階位昇華(レベル・ブースト)
・発動対象は術者限定
・発動後、半日の要間隔(インターバル)
・詠唱式【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄へ堕ちろ】
【エルトール】
付与魔法(エンチャント)
・雷属性
・速攻魔法
【アンチ・カース】
・解呪魔法
・呪詛、結界魔法の破壊
・詠唱式【砕け散れ邪法の理】
《スキル》
【向上一途】(リアリス・フレーゼ)
・早熟する。
・向上心の続く限り効果持続
・力を欲する理由を感じるほど効果向上
【英雄義務】(アルゴノゥト)
・敵対時に於けるチャージ実行権
【操作画面】(メニュー)
・自己ステイタスの閲覧可能
・討伐モンスター図鑑自動作成
・マップ表示
・索敵
・アイテム収納空間作成
【不屈の闘志】(ベルセルク)
・肉体の修復
・体力、魔力を消費する 
【精神保護】(マインドブロック)
・精神への干渉を拒絶する
・術者との実力差によって変動
・受ける、受けない選択可能   』 

感想待ってます


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毒蟲と白兎

 ヘスティア・ソードと曲刀がぶつかり合い火花が散る。

 どちらも高速で移動する生粋の肉体主戦。とはいえ、オラリオに来てから魔法を覚えてしまい、Lv.でも劣るベルは歯を噛みしめ眉間にしわを寄せていた。

 逆に持っている魔法も身に纏うタイプ故に近接戦のみを主体とし続けLv.も今のベルすら凌ぐバーチェは相も変わらず無表情で攻め立てる。

 どちらも培われた対人経験故に持つ先読みで互いの攻撃を防ぎ、或いは防御をかいくぐる。そしてやはり、それはバーチェが上。

 それでもベルがなんとか張り合えているのは先程レフィーヤに言い掛けていた裏技。

 簡単に言うと脳が体に送る命令を、電気信号を一足先に読み文字通り次の動きを予知しているのだ。雷を操る内に手に入れた電気に対して鋭敏な感覚を利用した予知。先読みはあくまで殺気と筋肉の動きで把握する予測。それと予知を併せることでなんとか張り合う。

 そう、()()()()

 あくまで鍛錬の域を出ない【ロキ・ファミリア】とは違う、オッタルのような圧倒的な実力差とも違う。リヴィラの街で会った赤毛の女同様対人に特化したバーチェの動きは、Lv.6の動きはベルが予知と予測をした瞬間には迫っている。

 そういう意味ではあのミノタウロスも対怪物に特化した動きだった。

 

「逃げ回るだけか、兎」

「まさか!」

 

 アマゾネスの言語で会話しながら雷をバーチェに向かって放つ。イメージが威力を左右する魔法において、普段と違い名を呼ばず発動した雷。威力は普段の八割程だがその速度は変わらず。しかしバーチェはそれを避ける。

 先読みでは予知を持つベルよりもなおバーチェが上。技術でも同様。

 レベルが違う。格が違う。研磨の時が違う。

 

──だけど負けるな。君が負ければレフィーヤはどうなる?──

 

 幻聴が言う。ここで勝てれば、或いはレフィーヤの救助に間に合うかもしれない。捕まっていたとしてもカーリーを人質に交換を行えるかもしれない。

 だから勝て。助けるために、守るために負けることは許されない。

 故に発動する。【英雄義務】(アルゴノゥト)を。

 

「───!?」

「ほう?」

 

 黒紫の光がベルを覆う。その光景に、カーリーは興味深そうに、バーチェは不自然なほど警戒する。

 

「貴様、それは───」

「言うかよ」

 

 まだ溜まっていない。故にそのまま放つ。先程と違い防ぐことなく避けるバーチェ。触れることを恐れているようにも見える。

 

「?」

 

 理由は不明だが、チャンスではある。攻撃してこないなら防御を無視して意識全てを攻撃に回す。

 

「───!」

 

 初めて表情を歪めるバーチェ。しかし向こうも避けることのみに意識を割いてベルの攻撃は当たらない。

 戦場は何時しか空き地を飛び出し街中を駆け抜け屋根へと移る。

 バチリとベルの身体を青白い雷が跳ねる。

 

「──!?」

 

 突然ベルが消えた。目は離していなかった。意識を向け続けていた。だが見失った。その後防御に移れたのは長年の戦士としての経験が彼女を救ったから。

 攻撃の気配を脳が感じる前に体が防御態勢をとり脳も理解した瞬間に先程とは比べ物にならない重さの蹴りがバーチェの左腕を折り、なお衰えずバーチェの体を吹き飛ばした。

 何時の間にか海岸に来ていたのか湖まで吹き飛び水柱を立てる。

 【英雄義務】(アルゴノゥト)の発動による疲労を少しでも回復させるために呼吸を整えるベルは上がってくれるなよと願いながら波立つ湖面を見つめる。

 

「同じではなかったか。しかしこの威力、どちらにせよ驚異的だ」

 

 折れた左腕をだらんと垂らし湖面から飛び出してくるバーチェ。ベルは舌打ちするが直ぐ構える。

 雷速移動を発動しながら雷を放つことは出来ない。故にただ殴ったが、雷を打ち込む方が良かった……いや、恐らく避けられた。

 

「しかしお前、思ったより喋るな」

「ああ。私は興奮すると饒舌になるタチだ。お前との闘いは中々心躍る。ともすれば、アルガナを超えられるかもしれないと期待している」

「アルガナ………お前の姉だったか?」

「私はアレを姉と思ったことはない。あの化け物に食われぬ為に、ここで死ね」

「ッ!」

 

 再び再開される攻撃。避けるベルだがバーチェは折れた左腕を振るう。

 

「───!?」

 

 折れた左腕は当然本来脳が発した命令通り動くはずもなくベルの頬に当たる。大したダメージは無いが、明確な隙。バーチェの拳がめり込んだ。

 

「ご、あ……」

 

 背骨がゴキャリと鳴り折れ、外れる。内臓が潰れ血を吐き出しあまりの速度の拳故に暫く止まっていた身体が思い出したように吹き飛ばされる。

 

「むう。終わりか? よし、では先程のエルフの娘を捕まえティオネ達を待つとしよう」

 

 と、他のアマゾネスに負ぶさりながら闘いの行方を追っていたカーリーが呟く。それにしても中々良いモノが見れた。アレもついでに持って帰ろう。そう命令しようとして土煙の中に人影があるのに気付く。

 

「なんと……」

 

 立っていた。背骨は明らかに折れていた筈だ。折れてなくてもズレたはずだ。それに内臓だって潰れていた。動けるはずがない。なのに動いている。スキルか? 魔法か?

 どちらにせよ間違いなく闘い続けるという意志が生んだもの。回復魔法なら救いたいという意志の可能性もあるが、カーリーは不思議とベルがそのような理由でスキルもしくは魔法を発現させないと確信していた。

 

「ははは! 面白い、面白いぞ! バーチェ、其奴を捕らえろ。必ず持って帰る。その回復力だ、生きてさえいれば使えるだろう」

 

 持って帰って、使える。つまりはそういうことだろう。仮にも自分の腕をへし折った雄だ。アマゾネスとしてはやはり自分より強い雄が欲しいがまあ不服はない。

 

【食い殺せ】(ディ・アスラ)……」

 

 超短文詠唱。無詠唱のベルに次ぐ、近接戦と平行して扱われることが多い魔法。

 

「【ヴェルグス】」

 

 【ヴェルグス】。アイズやベルが持つ魔法と同じ付与魔法(エンチャント)。その属性は猛毒。

 

【繋げ】(エルトール)

 

 ベルもまた自身に雷を付与する。脳から体に命令を送る伝達速度をゼロにし、細胞を活性化させる状態。

 黒紫のオーラを纏ったバーチェと青白い雷を纏ったベルが睨みあう。先程バーチェが動揺した理由はベルが纏っていた光が自分の魔法に似ていたからだろうと理解したベルは路面を砕き蹴り飛ばす。

 ベルには効果が解らない。あの不吉な詠唱からして触れた物質を消失させるタイプだろうかと試しに放った礫はしかしバーチェに触れることなくバーチェが目の前に現れる。

 限界まで加速していたベルはすぐさま回避するがオーラが僅かに掠る。

 

「が───!?」

 

 瞬間襲われる激痛。肌が焼け爛れる。いや、火傷無効があるベルは痛みこそ感じるが火傷するはずがない。先程の雷速移動だってずっと目を開けられていた。

 もちろん絶対ではない。Lv.3の時雷速移動を使ったら失明したし無効化出来る限界があるのだろう。しかし、これは違うと判断する。

 

「毒、か………」

「そうだ。それが私の魔法」

 

 ゴボリと血を吐くベル。【不屈の闘志】(ベルセルク)で毒を払おうとするもLv.差と、魔力と体力を消費しているベルでは無効化しきれない。無駄に体力と魔力を使い視界がボヤける。

 

「む? どうやら捕まえてきたようじゃな」

 

 と、カーリーの言葉に視線を向ければぐったりしているレフィーヤを連れたアマゾネスが現れる。

 

「む。しかしティオネ達を呼ぶのは小僧で十分か? ならばそのエルフをどうするか───」

「───おい」

「──?」

 

 ビリ、と空気が震える。声をした方をみると居るのはベル。カーリーの真紅の瞳に似た鮮血のような赤い瞳がレフィーヤを抱えるアマゾネスを見据える。

 

「俺の仲間に手ぇ出したら殺すぞ」

「「────!?」」

「─────」

 

 猛毒に侵され満身創痍のベルの言葉にレフィーヤを抱えたアマゾネスとバーチェは思わず後ずさる。

 それを見たカーリーは目を細める。

 

「バーチェ、黙らせろ」

「…………」

 

 バーチェの踵落としを最早避ける気力も残っていなかったベル。地面に叩き付けられ気絶し、バーチェは猛毒を解くとベルを運ぼうとする。

 

「まあ待て」

「?」

「面白そうじゃ。この小僧に、捕らわれの姫を助けさせる英雄役をやらせてみようぞ……」



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ロキ・ファミリア&ヘスティア・ファミリア対カーリー・ファミリア

 ベルはピクリと指を動かし起きあがる。どうやらベッドで寝ているようだ。

 頭が痛い。自分は何をしていた?

 混乱する記憶を整理し、立ち上がる。

 

「そうだ、レフィーヤ!────ッ!」

 

 が、直ぐに膝をつく。肉体の損傷が治っている。寝ている間にスキルが発動したのだろう。エリクサーとマジック・ポーションを取り出し消費した魔力と体力を回復する。

 

「──よし、これで動ける」

 

 耐異常を以てしても毒を防げないほど消費していた体力と魔力を十分に回復した。これで後れを取ることはないだろう。 

 

──助けなきゃ。お前が弱いから捕まった──

 

 言われずとも解っている。必ず助ける。

 

──………なら、手を貸してやろうか?──

 

「…………あ?」

 

 何時かのリヴィラの街で警告された時と同じ、幻聴に扮した何者かの声が聞こえる。

 

──強くしてやる。ランクを上げてやる。強くなりたいんだろ? 守りたいんだろ? なら、俺の手を取れ──

 

 目の前に現れる理想の自分(ベル・クラネル)は幻覚でありながら質量を持っているのではないかと錯覚するほど鮮明で、片手を伸ばす。

 そうだ、この手を取れ。力を手に入れろ。もっと強く、もっと強く。全てを救える主人公(ベル・クラネル)に………

 

──でも、私ベルのお兄さん知りませんよ?──

 

 聞こえてきたもう一つの幻聴に伸ばした手を止めるベル。幻影は訝しむように首を傾げる。

 

──私が見た物を、負けたくないと思った光景を、魅せられた戦いを否定しないでください。解りましたか?──

 

 焦らされた幻影が手を伸ばしてくるがその手を避けるベル。そういえば、彼女は言っていたか、既に居ない者を真似ようとする行為は、行き過ぎれば呪いと変わらないと。

 

──これからは自分にちょっとぐらい自信持ってください! じゃなきゃ貴方に負けたくないと思ってる私は何なんですか──

 

 幻聴の少女は拗ねたように叫ぶ。次に思い浮かべるのは戦斧使いのミノタウロス。

 

「失せろ」

 

──…………何?──

 

「力は欲しい。だが、こんな身なれど憧れてくれる奴がいる。だから、お前のそれは要らない」

 

 それに、と付け足すベル。

 

「確かに俺が成り代わり(ベル・クラネル)である以上救わなきゃならないだろう。でも、助けに行きたいっていうこの気持ちは俺のモノだ。お前は引っ込んでろ」

 

 幻影の輪郭が歪む。ベルが手を払うと霞のように消えた。

 幾分か冷静になれたベルはまずヘスティアを探すことにした。

 

 

 

「ベル君! もう起きて平気なのかい?」

 

 起き上がったベルを見て駆け寄ってくるヘスティア。スキルの特性上最早傷など治っていると解っているがペタペタと体中を触り確認してくる。

 

「ヘスティア、ステイタスの更新頼む」

「…………今、ロキ達が動いてる。オラリオからもメンバーが来てるし、ベル君が何もしなくたって──」

「しなくて良いのとしないことは違う」

「それは、そうだけど……」

 

 しかし危険な目にあって欲しくない。

 ベルをここに運んできたのはアマゾネスの女。体力、魔力を消費したせいか傷が治らず頭から血を流し続けていたベルの姿を思い出す。

 

「頼むヘスティア。お前の眷属()英雄になりたがっているん(男をしようとしてるん)だ。()として力を貸してくれないか?」

「………その言い方は卑怯だよ、ベル君………」

 

 背中だして、と言うとありがとうとベルは服を脱ぐ。ヘスティアは自らの血を垂らし経験値(エクセリア)を抽出、それを器に満たす。

 スキル、魔法に変化は無し。ステイタスは

 

『力:G205

 耐久:E427

 器用:H142

 敏捷:E435

 魔力:F327』

 

 これまたとんでもない伸び率だ。この短期間でここまで伸びるのは、それだけの向上心、力を欲する理由があったということだ。

 

「ベル君……」

「ん?」

「頑張れよ」

「ああ」

 

 

 

 宿屋から出ると【ロキ・ファミリア】のメンバーが集まっていた。ベルを見て何名か驚いているところをみるに、別に待っていたわけではなくただ間に合っただけらしい。

 

「よお兎」

 

 と、ベートがやってくる。長身の人狼(ウェアウルフ)であるベートと小柄な赤目白髪のベルが並ぶと狼に食われそうな兎を連想する。周りの団員がハラハラ見守る中ベートが口を開く。

 

「聞いたぜ。てめぇ、情け無くやられたんだってなぁ。んで雌も奪われて……ヒャハハ! なっさけねぇなぁ!? 俺だったら恥ずかしくて死にたくなるね!」

「ちょ、ベートさん!」

 

 ラウルが叫び他の面々もベートを責めるように睨むが睨み返され目を逸らす。流石に士気に関わると思ったのかフィンが一歩前に出ようとして、その前にベルが口を開く。

 

「返す言葉もない」

「あぁん? おい、まさかてめぇもあの陰険エルフみてぇに達観したこと言うんじゃ──」

「だから次は勝つ」

「……………ふん」

 

 グシャグシャと乱暴にベルの頭を撫でるベート。そのベートらしからぬ行動に多くの団員が目を見開き声を失う。リーネだけは羨ましそうにベルを見ていたが。

 

「負けたらまた身の程知らず野郎って呼んでやるよ」

「長くねーかその蔑称」

「良いから行くぞ」

 

 ゴッ、と互いを見ずに拳打ち合わせるベートとベル。ベートが彼処まで──しかも格下(Lv.4)──と親しげにも見える接し方をするとは団員誰もが思っておらず、暫く空気が凍り付いた。

 

 

 

 レフィーヤは檻の中で目を覚ます。混濁した記憶を探り、自分がアマゾネスに攫われたことを思い出す。

 ベルと相対していた者以外のアマゾネスが居たのだから早く逃げようとどのみち捕まっていただろうが迷惑をかけてしまった気になる。ここは海蝕洞のようだ。

 杖はない。それでも魔法は使えるが───

 

「………………」

 

 周囲を見回すレフィーヤ。数人のアマゾネス。呪文を唱える前にやられるだろう。

 平行詠唱を覚えたとは言え、早朝の訓練からあくまで動きながら唱えられるだけと思い知らされている。

 

「おお、起きたか!」

 

 と、檻の上に座っていたカーリーが上下逆さまになってのぞき込んでくる。

 

「いやすまんな。思った以上に動けたせいで加減し損ねたらしい」

 

 そういえば何発か避けることが出来た。何というか、解りやすかったのだ。ベルの攻撃はもっと速くそれでいて殆ど気配を感じさせないこともある。そんな相手としていたからだろう。結局攻撃を食らったわけだが。

 と、何やら打撃音が聞こえてくる。

 

「ティオナさん!?」

 

 果てしてそこにいたのは、ティオナと自分とベルを襲ったアマゾネスのバーチェだ。

 

「これこれ口を挟んでやるな。それが原因でティオナが負けたとしたら可哀想ではないか」

 

 慌てて口を閉じるレフィーヤ。ティオナはお世辞にも頭がいいとは言えない。今、アマゾネスの言語でバーチェと会話しているがここで共通語(コイネー)によるレフィーヤの声援が飛んだ日には知恵熱を起こして倒れるだろう。

 

「向こうの船ではティオネとアルガナが戦っておる。勝った方が()()()『最強の戦士』じゃな」

「私は、ティオナさん達を呼ぶ餌ということですか?」

「うむ。それと姫じゃ」

「………はい?」

 

 姫? 何で姫?

 生憎自分は姫などと呼ばれる身分ではないが、と混乱するレフィーヤ。カーリーは檻から飛び降りるとその小さな胸を張る。子供が知ったかぶりするような態度はその神威さえなければ微笑ましい。

 

「ティオナが英雄譚をよく強請ってな。知っておるぞ、とらわれの姫を助ける時、英雄は本来の力以上の力を発揮するのであろう? 妾はあの男がどこまで強くなるのか見てみたい」

「あの男………ベルの事ですか?」

「うむ。彼奴とバーチェかアルガナに子を作らせる。次代もまた強い戦士が生まれるだろう」

「………………」

 

 テルスキュラはアマゾネスの国。故に男を攫い種馬として使う、というのは知識で知っていたが住む者から直接聞くと何とも言えない気持ちになる。

 

「それは、アナタが推奨してるんですか?」

「いや、彼処は元々そういう国だ。殺し合いも昔から起きていた。妾はそこに恩恵というピースを加えただけ。たとえ妾が居なくても、アレほどの雄なら目を付けたろう。恩恵がないならより強く感じる故余計に」

 

 カカカ、と楽しそうに笑うカーリーにレフィーヤは気丈に睨みつける。

 

「貴方の目的は何なんですか」

「殺戮の果てに生まれる『最強の戦士』を見たい……」

「…………殺戮」

 

 ベルの二つ名にも刻まれている言葉。殺し続ける、命を奪い続ける行為。

 

「英雄とて見方を変えれば敵を殺し尽くす殺戮者。あの小僧がどれほどのモノになるか見ものじゃな」

「それで、アマゾネスさん達が負けたら?」

「それはそれで面白い」

 

 カーリーは神だ。永遠を生き死の概念が存在しない。たとえ眷属が死んでもその魂が天に返り再び生まれることを知っている。本当に気に入った魂があるなら、天へと返りその魂を抱きしめ永遠に過ごすことも出来る。だからこそ、神というのは娯楽のために何だって出来る者が多いのだ。

 

「………ベルはベルです。英雄じゃない………」

「む?」

「何時かはなれるかもしれない。でも、今じゃありません」

「ほう? では今はなんだ?」

「私の友達です──!」

 

 瞬間、海蝕洞に雷が落ちる。

 入り口から横向きに飛んできた雷はバーチェとティオナが戦うために開けられていたスペースに落ちる。

 

「………あ」

 

 ティオナが呟く。

 

「カカ」

 

 カーリーが喜色を浮かべる。

 

「……………」

 

 アマゾネス達は固まりバーチェは無言で睨む。

 バチバチと紫電を弾けさせ現れたのはベル。全身を黒い紋様が覆い、薄暗い海蝕洞の中赤い目が怪しく輝く。

 

「レフィーヤとティオナ………俺達の仲間を返して貰うぞ」

「ベル!」

「ようティオナ。ティオネの方にはフィンが向かった。もう大丈夫だろ」

 

 ベルの言葉にそっか、と笑うティオナ。ベルはバーチェをギロリと睨む。が、ティオナが遮る。

 

「ごめんベル。私にやらせて」

「………勝てるのか?」

「勝つよ!」

 

 見たところティオナもバーチェの毒牙にやられたようだ。だが、笑顔で戦う。段々と速くなる。

 ティオナの持つスキル【狂化招乱】(バーサーク)【大熱闘】(インテンスヒート)の効果だ。怪我をするほど、死にかけるほど強くなる。それに何より、()()()()()()()

 負けられない理由はそれで事足りる。

 

「いっくよぉぉぉぉぉぉ!」

 

 加速した拳が、重くなった一撃がバーチェを吹き飛ばす。岩壁に激突しめり込むバーチェはティオナの隣に立つベルを見る。

 あの男は立ち上がった。毒に侵され、死にかけて尚。

 

 負けていられるか!

 

 死を恐れるバーチェもまた生粋の戦士の血を流すアマゾネス。アマゾネスでもないのに立ち上がり此方を竦ませたベルを前にして、沸々と闘志を燃やす。

 

「ティオナァァァァァァッ!!」

「バァァァチェェェェェ!」

 

 口から血を流しながら獣のように叫ぶバーチェとやはり笑みを浮かべるティオナ。拳が交差し互いの頬を穿つ。

 ドンッ! と海蝕洞が震える衝撃を起こし、2人の身体が地面に横たわる。バーチェが気絶したことでティオナの毒が消え、ベルはエリクサーをかけた。

 

「ううむ。まさか引き分けとは…………煮え切らんな」

 

 周りのアマゾネス達も不服そうな気配を放つ。そしてカーリーはベルは見据える。

 

「まあまだ闘争は残っている。そちらで楽しませて貰おう」

「それは無理だろ」

「何?」

「バーチェは倒れた。アルガナは居ない。ならここから先は闘争じゃない」

「ほう、では何だ?」

『ただの殺戮だ』

 

 アマゾネスの言語で答えるベル。その殺気に、その闘気にアマゾネス達が殺到する。その中にはベルと互角に戦って最終的には負けたレイシーの姿もある。

 だが、違う。今のベルはステイタスを更新して、階位昇華(レベル・ブースト)を行っている。強さが違う。

 

 

 バーチェが目を覚ます。感覚的に、眠っていたのは数分だろう。あの後、どうなった?

 と、そんなバーチェの直ぐ横にアマゾネスが倒れてくる。

 飛んできた方向をみる。そこには兎がいた。

 圧倒的な速さで、力で戦士達を食らい尽くす兎が。前後左右から迫る攻撃を雷となってかわし、時には雷となったまま戦士達を吹き飛ばす。

 白い髪が鮮血を浴び赤く染まる。赤い瞳に赤い髪。それはまるで自分達の主神のようであった。

 やがて最後の一人が壁に叩きつけられると漸く闘争は………蹂躙は終わりを迎える。ベルはまだ動ける者が居ないか探し、バーチェと目が合う。

 

「─────ッ!」

 

 食われる。反射的にそう思った。

 姉と、先程のティオナに感じたモノと同等の恐怖。しかし動くことが出来ない。精神的にではなく、肉体的に。

 疲労困憊の身体は逃げることも出来ず、そのくせ臍の下がジワジワと熱を持つ。

 やがて視線が逸れベルはカーリーを睨む。

 

「ははは! 素晴らしいな! やはり欲しいぞ。おい、小僧。妾と共にテルスキュラにこんか? これだけの強さなら種馬にするのも勿体ない。今よりも強くなり、いずれ『最強の戦士』と子を作るのだ。間違いなく噂の猪人(ボアズ)を超える戦士が生まれるぞ!」

 

 カーリーは自慢の戦士達を傷つきながらも全て倒しきったベルを評価していた。外の世界にいて尚これだけの戦士を見つけて歓喜していた。故に、気付かず地雷を踏み抜いた。

 ズガン! と額に衝撃が走り二つに割れた仮面が落ちる。

 同様に地面に落ちるのはこの戦闘で刃が潰れて鈍器に成り下がった投擲用のナイフ。

 カーリーはペタンとしりもちを付く。恐怖からではない。混乱していた。

 ベルが欲しかった。必ず連れて帰りたかった。故にカーリーは神威を解放した。通常、下界の子はそれだけで動けなくなる。逆らえなくなる。

 なのに攻撃してきた。しかも、刃が潰れていなければカーリーを殺していた。

 

「最強の戦士になる子供? オッタルを超える?」

 

 自身と同じく赤い瞳がカーリーを見据える。そのまま細い首をつかみ持ち上げた。

 

「か、あぅ───」

「よく覚えとけ。彼奴を超えるのも、最強になるのも、全部俺だ。ガキなんかに譲ってやるものか」

 

 その瞳に宿る光を見た。何処までも貪欲で、強さに焦がれ、求める目。

 その目に、カーリーは呑まれる。

 見てみたくなった。行く末を。破滅か大成かそのどちらでもないのか。

 と、ベルはカーリーから手を離す。海蝕洞の入り口をみるとアイズが立っていた。

 

「………えっと、終わった……よ?」

「そうか」

「ロキがカーリー以外を船に積んでおけって……」

「…………ふん」

 

 要するに自分達は負けたようだ。カーリーは不服そうに息を吐いた。そしてチラリとベルを見るとその背をよじ登り首に足を絡め腹を後頭部に小さな胸を頭頂部に押し付け頬を撫でる。

 

「わかったわかった。妾達の負けじゃあ! 大人しくついて行く。ほれ、ベル歩け」

「下りろ」

「落とされた時腰を打ったのじゃあ。もうあるけーん」

「チッ………」

 

 今さっきスルスルと小猿のようにベルの身体を登ったくせに何を白々しいと思ったが蛇のように絡み付き離れない。無理やり剥がせば大怪我を負わせ結果的に天に返すことになるかもしれない。

 今回の件、色々聞きたいことがあった。何せ来る途中食人花が暴れているのを見たのだ。ロキも賠償としてその事を尋ねるはず。

 

「レフィーヤ、ティオナを頼む。アイズは此奴等船に運んどいてくれ」

「は、はい!」

「うん」

 

 こうして短くて長い夜は漸く終わった。



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事後処理

「知らん」

「………はぁ?」

 

 食人花について尋ねるもカーリーが返した。ベルは己の頭に引っ付いたままの幼女に再び問いかけるが返答は同じ。

 

「嘘はねーか?」

「妾がお主に嘘を吐くわけ無かろう?」

 

 ベルとて嘘を見抜けるがそれは観察眼故。本当に騙すのが得意な者には騙される。そう自覚するからこそ問い返すがカーリーはベルの髪に頬をすり付け返す。

 

「なんだいなんだいさっきから! どうしてベル君に引っ付いているんだ君は! 離れろー!」

「嫌じゃ離れん!」

「離れてください!」

 

 同じ神同士の引っ張り合いなら抵抗していたカーリーであったが『力』補正のスキルを持ったリリまで加わりとうとう引き剥がされる。

 

「ちぃ。まあ良いわ。で、ベルの質問には答えたぞ。次は何じゃ?」

「とりあえず、ティオネ達にはもう関わらんことを約束しろ。あのアルガナっちゅう戦闘中毒者(バトル・ジャンキー)にはよく聞かせて──」

「アルガナはもう使い物にならん」

「あん?」

「アルガナだけではなく他の者………お主の男共(子等)にやられたもんは全員そうじゃ……」

 

 強い男に惹かれるアマゾネス達は自分達をボッコボコにした【ロキ・ファミリア】の面々に惚れ込んだのだ。

 その言葉にベルはん? と首を傾げる。

 

「ベート、お前ヒキガエルみたいなアマゾネス倒しちまったらしいけど大丈夫か?」

「勘違いすんな兎。ありゃアマゾネスみたいなガマガエルだ」

「そうか。なら問題ないな」

「ないの?」

 

 二人のやりとりに首を傾げるヘスティア。しかしガマガエルが立って喋って人に見えなくもない姿に化けるとは下界は本当に可能性に溢れているんだなぁ、と感心する。

 同時刻、何処かで醜いアマゾネスみたいなガマガエルが汚いクシャミをしたとかしてないとか。

 

「それで、自分何しにメレンに来おった」

「言わん」

「おいコラいい加減にせえよ?」

「言え、カーリー」

「イシュタルの奴がフレイヤを潰したがっておってな。その手伝いじゃ。東西からの挟み撃ち。妾は噂の猪人(ボアズ)を一目見たくてのう」

 

 その言葉にベルとベートが顔をしかめる。

 オッタルの事をベルもベートも嫌っている。他のファミリアだし、頂天なんて言われてるし、何より()()()()()()()()()()()。今の力で満足し、敬愛する女神の剣であり続けている。

 強さを求める理由なんざ知ったこっちゃ無いが明らかにまだ強くなる余地を持ちながらこれで十分であると言いたげに居座るオッタルは強さを追い求める二人からすればそこが強さの終着点であると言われているような気になり受け入れがたいのだ。

 

「あっさり教えたのぉ。ええんか?」

「もう協力する気は失せた。先程言ったように妾の眷属達(子等)も使えんし、何より必要なくなった」

「どういう事や?」

「ベルがその猪人(ボアズ)を超え、最強を手にするそうじゃ。今はそうでなくても何れ到るなら、妾はそれを近くで見ることにする」

 

 と、ベルを見るカーリー。ロキが目尻がピクピクひきつる。

 

「お前、まさか………」

「うむ。オラリオに移り住むことにする……当然『儀式』は行えんが、まあ今は関係ない。と言うわけでよろしく頼むぞ」

「おい待てや。つまりアレか、絶賛恋の病中のアマゾネス共が来るっちゅう事か!?」

「何か問題が?」

「大ありじゃボケぇ!」

 

 ティオネ1人ですら厄介なのにそれが大量に。オラリオは地獄と化す。

 ベートはガマガエルしかぶちのめした覚えはないので我関せずという顔をしているがベートの事だ、覚えてないだけで絶対誰か1人ぐらいは惚れさせている。

 

「とにかく決めた事じゃ。その辺はギルドと話し合うからお主等には口出しする権利は無かろう?」

「ぬ、ぐ……」

 

 今オラリオで何かが起こっている以上ウラヌスは少しでも多く戦力を求めるはず。Lv.6が2人も居る【カーリー・ファミリア】はお眼鏡にかなう。

 

「せやったら【イシュタル・ファミリア】が潰れるまで待て」

 

 もう彼女達が協力する気がない以上【フレイヤ・ファミリア】に挑んだところで勝てないだろう。この情報も、フレイヤに恩として売れるし、それで良しとするしかないか。

 流石に国家ファミリアの主神を強制送還したとなるとそれを口実に何処が攻めてくるか解らない。大手ファミリアというのはその分敵も多いのだ。アイズも偶に闇討ちされるらしいし今回の【イシュタル・ファミリア】も私怨が混じってはいるし。

 まあ【ロキ・ファミリア】が幾ら文句を言ったところで何らかの対策は必ず残しているだろうし、フレイヤがペナルティーを恐れず向かうことを切に願おう。

 

「くふふ。わかったわかった。ではなベル、【イシュタル・ファミリア】が潰れたら真っ先に会いに行くぞ」

「ほんまにベルっち気に入ったんやなぁ」

「当然。妾は殺戮と闘争の末に生まれる『最強の戦士』がみたいのじゃぞ? そこの狼も向上心はあるが目覚めた魔法とスキルからしてどちらがより本気で素質があるか較べるまでもない」

 

 カーリーの言葉にベートが忌々しげに舌打ちする。

 

「それに二つ名も殺戮と来た。これは最早運命とも言って良い」

「そんなわけ無いだろう! ベル君は僕のだ!」

 

 と、ベルを抱きしめ威嚇するヘスティア。が、カーリーはふふん、と笑いベルをみる。

 

「ベルよ、お前の心はまだ強さへの渇望に縛られておる。弱い自分が憎くて仕方ないという顔をしておる。強さに限界を感じたら何時でも妾の下に来い。テルスキュラで、Lv.があがるまで殺戮の限りを尽くさせてやる」

 

 ベル君がそんな事するもんか! と叫びたかったヘスティアだがベルの過去を思い出し言葉に詰まる。

 

「………………」

 

 だから言葉を発しないベルが何を思っているのか解らない。と、そんなベルの頭をベートが叩く。

 

「てっ──?」

「揺れてんじゃねーぞバカ兎。強さに限界を感じたらだぁ? そんときゃてめぇがそんだけの器って事だ」

「…………」

「そこで諦めなきゃ良いんだよ。わざわざ雑魚女共を殺しに行かなくても、階層主やミノタウロスの強化種とやらと戦った時みてえに冒険しろ」

「…………ああ。そういうわけだ、悪いなカーリー」

「ふむぅ………まあ、良いか。どのみち最強へと到ろうとするなら同じ事よ」

 

 

 

 

「それは、確かか?」

「はい。【殺戮兎】(ヴォーパル・バニー)と神ロキが宿屋から出るのを目撃したと」

「しかし、弱いな」

「脅してみたところ、同じ部屋に泊まったようです」

「ふふ。そうか、ロキの奴め。狡いじゃないか、先に………まあ良い。傘下の眷属に手を出した、これで向こうも強く出れないはずだ」

「では……?」

「ああ。ベル・クラネルはこのアポロンが頂く」

 

 

 

「…………ッ!」

 

 【アポロン・ファミリア】のカサンドラは勢いよく飛び起きる。全身ぐっしょりと汗に塗れ、服がピッチリ張り付いている。

 目尻には涙が溜まりはぁはぁと荒い呼吸を繰り返す。

 

「こ、殺されちゃう………皆、兎に食べられちゃう……!」

 

 彼女は夢を見た。黒い雷が落ちる嵐を纏った巨大な兎が太陽を喰らい、守ろうとする人間を、亜人を等しく喰らい尽くし殺し尽くす夢を………。

 兎。太陽。

 思い付くのはアポロンが欲しがった【殺戮兎】(ヴォーパル・バニー)

 アポロンが馬鹿をする前に、絶対止めなくては………!



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憤激の兎

 ベルはメレンからオラリオに戻ってきた翌日、ある場所を目指した。

 【ヘファイストス・ファミリア】だ。ベルが来ると視線が集まる。当然だろう。何せ世界記録(ワールド・レコード)を塗り替えた世界最速兎(レコード・ホルダー)がやってきたのだから。

 誰もが自分の武器防具を買って貰おうと狙う。と、そんなベルに声をかける者がいた。

 

「おおベルではないか!」

 

 すわ抜け駆けかと睨みつけかけた一同はしかし相手が【ヘファイストス・ファミリア】の団長と気づき大人しく去っていく。

 そんな周りなど気にせずベルは口を開く。

 

「ヴェルフは居るか?」

「うむ。付いて来い」

 

 本来ヴェルフは別の場所に工房を持っているが、ベルの依頼した品を扱うには炉の温度が足らなかった。故に別の場所で打っていたのだ。今回はそれを受け取りに来た。

 

 

 

 

 工房に行くと床で寝ているヴェルフが居た。涎を垂らしカーカーと寝息をたてているが椿が蹴り起こす。

 

「うおぉ!? な、何だぁ!?」

「ヴェル吉よ。出来た品を受け渡す時間まで決めておったのに眠っているとはどういう了見だ?」

「え、ああ……ベル。すまん………」

 

 小突かれて飛び起きたヴェルフはベルに気づき起きあがる。そして、部屋の机に置かれていた木箱をあける。

 赤い短剣が納められていた。ベルが倒したミノタウロスの角だったものだ。

 

「名前はそうだな………ミノタウロスの短刀………ミノタン、それか牛若丸だな」

「牛若丸だ。貰っていくぞ」

「おう!」

 

 牛若丸を鞘にしまい腰に差すベルはそのまま去ろうとして思い出したように振り返る。

 

「ランクアップおめでとう。これからも頼むぞ」

「………ああ! 俺は専属鍛冶師だからな!」

「解ってるなら良い。炉さえあればどこでも剣は打てるが、ここのレベルの機材があって初めて打てたんだろ? なら、少しは他の奴と仲良くしておけ。追い出されたなんて笑い話にもならん」

「………おう」

 

 

 

「それがあの時のミノタウロスの角を加工したナイフですか………」

 

 団長命令で何故かベルとチームを組むようになったレフィーヤは赤い短刀をしげしげ眺める。思ったより長いのは、あのミノタウロスが他のミノタウロスより一回り大きく角も大きかったからだ。

 

「そういえばベル、せっかくランクアップしたのに公表されないんですね」

「前回から一ヶ月と経たずに二回もランクアップしたんだ。混乱させるだけだろ」

 

 ベルは現在Lv.4。しかし公式ではLv.2だ。ギルドに報告したのだがその異常な成長速度に秘匿されることが決まった。知っているのはギルドと【ロキ・ファミリア】のメンバーだけ。後はギルドの職員を誘惑したとある女神ぐらいだろう。

 

「と、無駄話はここまでだな。構えろレフィーヤ」

「はい!」

 

 ビキリビキリと壁や天井に亀裂が走る。現れるのは複数のモンスター。ミノタウロスだ………。

 

「………これ持ってるからか?」

「無駄話は後です!」

 

 と、レフィーヤは駆け出す。本来後衛のレフィーヤだが二人しかいないなら囲まれては前衛も後衛もない。いや、前衛がベルならこの程度の階層のモンスターは何処から現れようとレフィーヤ1人守りきれるだろうが、レフィーヤは飛び出す。

 

「ぶおおぉぉぉぉ!」

「っ───やぁ!」

 

 振り下ろされた石斧をかわし懐に潜り込み、殴る。Lv.3が放った拳はミノタウロスに十分なダメージを与えたがそれでも彼女は本来魔法による火力砲台としての活動が主。ミノタウロスはすぐさま体勢を立て直す。が──

 

「解放【アルクス・レイ】」

 

 レフィーヤの拳の前に現れた魔法陣(マジック・サークル)から光が放たれミノタウロスの身体を消し飛ばす。動揺したミノタウロス達だが即座に左右から斧を振り下ろす。

 

「解放【ディオ・グレイル】」

 

 だが突如現れた白く輝く障壁に阻まれ石斧は砕け散る。驚愕するミノタウロス。そして、千の妖精はその隙を逃すほど甘い鍛錬を受けていない。炎が彼等を飲み込んだ。

 

 

 

 

「ふぅ、こっちは終わりました。ベルの方は………終わってますね」

 

 斧を、手を、足を、胴を、首を切り刻まれたミノタウロスの死骸を見ながらうわぁ、という顔をするレフィーヤ。恐らく牛若丸の切れ味を試したかったのだろうがこれではモンスターにも同情してしまう。耳がヘニャリと僅かに垂れる。

 まあでも高威力の魔法を使える自分と違い、魔法を使った様子もなく自分より早く終わらせたベルは凄いと思うし負けてられないと思う。

 

「ん? そっちも終わったか」

 

 魔石を取りながら振り向くベル。辺りに灰が舞い………ベル達が倒した数の二倍の『ミノタウロスの角』がドロップする。

 ミノタウロス全ての角がドロップアイテムになった。これもベルの発展アビリティ『幸運:G』のお陰。このうち半分を売って半分を専属鍛冶師に渡すらしい。

 

「と、ところで私の戦いどうでした?」

「まあ良い方じゃないか? 少なくとも前衛のLv.3の中に交ぜても違和感はないだろ」

「えへへ………まあ最近じゃベルの攻撃も読めるようになってきましたしね! むしろ偶に止まって見えます」

 

 耳をピコピコ動かしてどや顔をするレフィーヤ。ベルはそうか、と呟く……

 

「なら明日から三倍の速度でも平気だな」

「ごめんなさい調子にのりました」

 

 考えてみれば向こうは格上(Lv.4)だ。しかもランクアップ前ステイタスは全てカンスト(オールSSS)している。

 そして自分は今まで魔力値のみが上がってからランクアップしてきた。ベルの言う交ぜても違和感がないLv.3というのはきっと伸びしろが悪く早々ランクアップした中で、という事だろう。再び耳が垂れる。

 

「全く。少しはいい気分にさせてくださいよ」

「それで無茶されても困るしな」

「わ、ベルだけには言われたくない台詞」

 

 階層主やLv.6下位のスペックを持つミノタウロスに単独で、しかもLv.差が2以上開いているのに挑んだ者の言葉とは思えない。

 と、ベルは徐に周囲の壁を破壊し始めた。ここで小休止するためにモンスターが生まれないようにしているのだろう。

 

「さて、昼飯は片方がシルで片方がリュー作だが、どっちにする?」

「ひ、左で………」

 

 ベルが取り出したバスケット二つの内、神妙な顔で左を選ぶレフィーヤ。美味しかった。

 ベルはゴギリバギリと音を鳴らし炭の塊を噛み砕く。毎回これだ………彼は幸運を持ってるはずなのに。まさか、わざと?

 

「……あの、それ美味しいですか?」

「マズイ。でもまあ、ガキの頃くった百足やカブトムシよりはマシだ」

「そんな傭兵時代の食事情聞かされても………あの、食べます?」

「………口直しにならな。最後の一つで良い」

 

 と、ベルが了承したので最後の一つを残そうとしたら今食べているのがそれだと気付く。言い訳させて欲しい。シルのサンドイッチが美味しすぎるのがいけないのだ。

 

「んじゃ貰うぞ」

「あ!」

 

 ヒョイとレフィーヤの手からサンドイッチを取り食べるベル。まだ一口だけで、レフィーヤも大口を開けて食べるタイプではないので食べかけと気付かなかったらしい。

 ベルの唇をじっと見つめる。ベルが視線に気づきこちらを向くと耳がピンと立つ。

 最近なんか妙だ。具体的にはミノタウロス戦から変で、メレンで早朝訓練をするようになってから段々と違和感が強くなったような………そして、ベルが今まで見せたことのない顔を見たあの晩から特に………。

 普段の張りつめたような顔とは違う、年相応でいて何処か無防備すぎるような表情。素直に可愛いと思った。

 

「レフィーヤ、そろそろ行くぞ」

「あ、はい!」

 

 まあ今はダンジョンに集中しよう。

 

 

 

 ダンジョンから出ると既に日は傾いていた。

 

「少し潜りすぎたな。こりゃ外食の方が良さそうだ………それで良いか、レフィーヤ」

「はい。大丈夫です」

 

 二人で食事。本来なら身持ちの固いエルフが異性と行うことなど滅多にないがベルとは数日とは言え早朝訓練をしダンジョンにも一緒に潜る仲だ。別段いやでもない。

 耳が無意識にピコピコ揺れた。

 

 

 

 耳が垂れた。

 場所は「豊穣の女主人」。別にここの料理は嫌いじゃない。美味しいし、店員は丁寧だし。では何が理由かと言われれば何故か同席しているエルフの店員とヒューマンの店員だ。

 

「……お二人は仕事良いんですか?」

「ミア母さんが私達を貸すから存分に飲んで食え、と……」

 

 ベルからすれば良くある光景だ。特に気にせず食べ続ける。

 

「おいおい何だぁ? 兎が女侍らせてやがるぜぇ?」

 

 と、そんな声が聞こえてきた。

 

新人(ルーキー)は怖いものなしで良いご身分だなぁ! 世界最速兎(レコード・ホルダー)といい、嘘もインチキもやりたい放題だ、オイラは恥ずかしくて真似できねえよ!」

 

 金の弓矢に太陽のエンブレム。【アポロン・ファミリア】所属の小人族(パルゥム)の男が酒を煽りながら叫んでいる。

 

「そうか。なら真似せず頑張ると良い。他人をこき下ろして安心できるお前じゃ一生無理だろうが」

「んだとぉ!?」

「おいよせ!」

 

 明らかにベルを見下しているのに手を出すことを恐れている。そんな不思議な反応にレフィーヤは首を傾げる。

 

「──っ。ふん、兎は馬鹿な女を侍らせて羨ましいねぇ。今夜は誰と寝るんだい? オイラにも貸し──」

 

 ゴシャ! とベルの足が男の顔を壁に押し付ける。顔に影が差し赤い瞳が怪しく輝く。

 

「ちょっとコイツ借りるぞ」

 

 ベルは男の仲間たちにそう言うと気絶した男の髪を掴みズルズル引きずりながら歩く。

 

「ま、待ってくださいベル! 私は大丈夫ですから」

「私も平気ですクラネルさん。真実のない侮辱に腹を立てたりはしない」

「私もですよ」

「…………そうか」

 

 ベルはそう言うと男を仲間達に放り投げる。

 

「でも意外ですね。ベルさんってこういう事は殺気出して終わりかと思ってました」

「………………」

 

 言われてみればその通りだ。今までのベルならそうしていた。そうしない理由、出来なかった理由は何だ? と考える。

 

「………まあ、考えてみれば旅してる間は友人を作る機会なんて殆どなかった訳だしな。俺は俺が思っているほど、友人を馬鹿にされて何もしないほど我慢強く無いらしい」

 

 と、ベルが言うと背後から気配を感じる。先程から此方を伺っていた気配には気付いていたがこのタイミングで動いたか、と少し意外に思いつつ対応しようとして男が持つ【アポロン・ファミリア】のエンブレムに気付く。瞬間、拳がベルに当たる。

 

「ベル!?」

 

 倒れるベルに慌てて駆け寄るレフィーヤ。キッと男を睨みつける。

 エルフにも劣らぬ美青年はふん、とベルを見る。

 

「良くもやってくれたな【殺戮兎】(ヴォーパル・バニー)。我が仲間を傷つけた罪は重いぞ……相応の報いを受けてもらう」

「な!? 先に侮辱してきたのは貴方達の方じゃないですか!」

 

 レフィーヤが叫ぶが男は取り合おうとしない。ベルがスゥと目を細めた瞬間怒声が聞こえてきた。

 

「喧嘩すんなら外でやんな! ここは飯を食って酒を飲む場所だよ!」

「………………」

 

 ミアの言葉に興が冷めたというように鼻を鳴らし出て行く青年。他の【アポロン・ファミリア】も気絶した男を抱えて出て行った。

 

「ベル、大丈夫ですか?」

「ん? ああ。先に手を出したのはこっちだからな。取り敢えず一発はもらってやった。反撃しようとしてたのを途中で止めたからバランスは崩したが問題ない。心配してくれてありがとな」

「仲間なんだから当然ですよ」

 

 レフィーヤはそう言って微笑んだ。



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案内状

「ほーん。ベルっち侮辱したあげく殴ったと。命知らずも居たもんやなぁ」

 

 レフィーヤが何やら不機嫌な様子で帰ってきたので理由を聞くと酒場でベルを馬鹿にする者と襲ってきた者が居たという。

 暴力に関してはまあ、ベルが先に手を出したのは事実なので仕方ないと割り切る。

 

「終わったで」

 

 と、レフィーヤに羊皮紙を差し出すロキ。レフィーヤは早速その内容に目を通す。

 

『Lv.3

 力:F386

 耐久:E458

 器用:E484

 俊敏:D502

 魔力:S957

 魔導:H

 耐異常:I

《魔法》

【アルクス・レイ】

・単射魔法

・照準対象を自動追尾

【ヒュゼレイド・ファラーリカ】

・広域攻撃魔法

・炎属性

【エルフ・リング】

召喚魔法(サモン・バースト)

・エルフの魔法に限り発動可能

・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握

・召喚魔法、対象魔法分の精神力(マインド)を消費

《スキル》

【妖精追奏】(フェアリー・カノン)

・魔法効果増幅

・攻撃魔法のみ、強化補正倍加

【魔法維持】(エンチャント・チャージ)

・詠唱の終わった魔法の保管

・発動の際の精神力(マインド)

は詠唱中に消費

・Lv.に合わせて保管数変動   』

 

「………凄い上がってますね」

「成長期なんやろ」

 

 と、適当に返すロキ。それで、どうする? と尋ねる。

 

「ランクアップする?」

「………いえ、折角の成長期なんですからもう少し」

「そか」

 

 向上心があるようで何より、と笑うロキ。その向上心の理由もベルに負けたくないというモノだろう。実に微笑ましい。

 

 

 

 翌日。ベルは1人で街中を歩いていた。

 下手をすれば毎日ダンジョンに潜りそうなアイズやベルはリヴェリアからきっちりダンジョンに潜ってはいけない日が決められているのだ。

 

「……………」

 

 不意にベルは足を止める。尾けられている。数は2人。走り出し路地裏に向かうと直ぐに足を止め振り返る。そこには驚愕した顔の短髪の少女と腕を掴まれ無理矢理付いてこさせられている長髪の少女が居た。

 

「や、やだぁ………帰るの~! 私、帰る~…………放してダフネちゃん」

 

 泣き出してバタバタ暴れる少女にはぁ、とため息を吐く短髪の少女。泣いてる少女の懐から一通の招待状を取り出しベルに渡してくる。刻まれたエンブレムは【アポロン・ファミリア】の物。

 

「ウチはダフネ。この()はカサンドラ。察しの通り【アポロン・ファミリア】よ。それはアポロン様が開く宴の案内状。いい、渡したからね?」

「来ないでください来ないでください来ないでください来ないでください………」

 

 プルプルと震えてダフネの後ろに隠れて呟くカサンドラ。流石に訝しむベルが視線を向けると「ぴぃ!?」と猫を前にした小鳥のような悲鳴を上げる。

 

「た、食べないでください!」

「食べるかよ……」

 

 涙目で怯えまくる少女に面倒くせぇと頭をかくベル。

 

「そ、そんな事言って黒い雷で皆焼くんだ。焼いて食べる気なんだ………」

「だから食べねぇよ。何だ此奴………」

「夢よ夢。この子、夢でお告げがあるって言うの」

「へぇ、予知夢ってやつか?」

「スキル欄にも乗ってないし、この子の勘違いよ」

「そうか……」

 

 ベルが黒雷を放った時、【ロキ・ファミリア】以外の面々が居たのは18階層でのミノタウロス戦ぐらいだ。そしてもしあの時の戦闘を見ていたならベルの襲撃にあの程度の輩を使うとは思えない。

 まあ聞いた話によるとあれが団長、最強らしいから彼しかいないという可能性もあったが【アポロン・ファミリア】に目撃者が居たら止めるだろう。

 箝口令が敷かれているのでわざわざ他の【ファミリア】に言う馬鹿は居ないだろうし………いや、ヘルメスなら或いは言うかもしれないが………。

 まあただ、そう言う理由を抜きにしても彼女は何というか、そう言う不思議な力を持っていたとしても可笑しくない不思議な気配を感じるのだ。

 

「ひぃぃん。み、見られてる。柔らかくて食べやすいお肉か見られてる~……」

 

 どんな夢を見たのだろうかこの女は。去っていくカサンドラに呆れた視線を送りながら見送った。

 

 

「ほーん、『神の宴』のお誘いなぁ……」

「騒ぎ起こした後だと流石に断りにくいなぁ。でも僕アポロン苦手なんだよね」

 

 ヘスティアに渡すとどうやらロキも同様に手紙を受け取っていたらしく、同時に開いてしげしげ眺める。

 

「なんやきな臭いなぁ……」

「何が?」

「脳味噌つまっとんのかドチビ」

「なんだとぅ!?」

 

 ロキの言葉に反応するヘスティア。ベルは案内状の内容に目を通す。

 本来は神のみで行われる『神の宴』だが、今回は眷属を1人連れてくると言う異例の宴。

 

「これの何処が変なのさ? 確かに珍しいけど……」

「ヘスティア、お前んとこの団員、俺以外居たか?」

「おいおい忘れたのかい? 僕の眷属はベル君だけだぜ?」

「そう。つまり()()()()()()()()()()()()()()()というわけだ」

「な、なるほど……?」

「そしてこのタイミングの騒動だ。先に手を出したのは俺、その事実は変わらない」

 

 ベルの言葉にヘスティアがハッと気づく。

 

「まさか、それを理由に『戦争遊戯』(ウォー・ゲーム)を開く気かい?」

「可能性としてな……まあ俺等みたいな零細ファミリアから何を貰いたいのかは知らねーが」

「そりゃベルっちやろ」

「ベル君だね」

「あ? ああ、そういや俺世界最速兎(レコードホルダー)だった…………のは関係なさそうだな」

 

 ロキとヘスティアの視線から何となく察したベルは眉間を揉みふぅ、とため息を吐く。

 

「………念のため聞くが、アポロンって男神だよな? その上で………()()なのか?」

「「うん」」

「ヘスティア、実は俺の下に付きたいって言う……ていうかぶっちゃけ既に俺の使いっぱしりのLv.5冒険者が居るんだがそいつ改宗させて代わりに出そう」

「や、それぐらいじゃ諦めんと思うで?」

「チッ、無駄か……なら良いや」

「待ってくれベル君! 僕はその冒険者に興味があるんだが!?」

「今回使えないならまだ改宗しねーよ。裏に関わってるから色々使えるし」

「そいつ、信用できるんか?」

「出来る。俺が尋ねりゃ嘘は吐かねーだろ。まあ隠し事はしてるだろうが……」

 

 ベルは自分に恩義こそ感じているものの金になる仕事は出来るだけ隠して自分だけで行う部下の顔を思い出す。少し前、自分とオッタルが破壊した跡を確認しに向かったダイダロス通りで偶々出会い魔法の実験台になってもらった男の笑みを思い出しため息を吐く。

 まあ、裏に関わるだけあり色々知ってるから役に立つんだが。いっそ彼奴にアポロン暗殺させようかなぁ、と考え始めるベル。

 

「まあまあベルっち落ち着き……まだそうやと決まった訳じゃないんやし、普通にパーティー楽しもうや。そうやったとしてもウチが睨めば大人しくするやろ」

「傘下とはいえ余所の【ファミリア】の子を贔屓しすぎって言われるんじゃねーか?」

「それ言われたら確かに何も言えんようになるかもやけどウチの眷属愛は周知やしな。ベルっちを特別贔屓してるって言われてその証拠さえ用意できなければ大丈夫だと思うで」

 

 

 

 

 そして当日。

 

「ベル、中々似合っているな。と言うか着慣れているな?」

「こういう服は初めてじゃねーんで」

「リヴェリア、私も変なところ無い?」

 

 礼装に着替えたベルとアイズはリヴェリアに最終確認をしてもらっていた。リヴェリアはアイズの髪を櫛ですき、整えてやる。

 

「よし、では自信を持って行ってこい」

「「行ってきます」」

 

 リヴェリアがトン、と背中を押す。外にでるとドレスに着替えたロキとヘスティアが乗る馬車が見えた。

 

「ほな、『神の宴』に出発進行やー!」

「やー」

「や、やー……?」

「…………やー」

 

 ロキが腕を上げアイズも続く。ヘスティアも困惑しながらやり、視線が集まったのでベルもやった。こうして一同を乗せた馬車はゆっくりと動き出した。



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shall we Dance?

 『神の宴』にやってきたアイズとベル。元から有名なLv.6の【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに世界最速兎(レコードホルダー)ベル・クラネルは神からも冒険者からも視線を集めていた。

 神々は興味を、冒険者はアイズに羨望を、ベルに嫉妬を向けてくる。

 

「やあベルく───ぶね!?」

「………チッ。すまんヘルメス様、手が滑った」

「今おもっきり舌打ちしたよね!?」

「手が出たのは反射的だがお前と解った時点で止める気はなかった」

「俺君に嫌われるようなことしたかなー?」

「してないと思っているのか?」

 

 ベルの言葉に考え込むヘルメスはアスフィにひっぱたかれる。

 

「考えるまでもなくしています。申し訳ありません」

 

 ぺこりと頭を下げるアスフィ。まあギルドと【ロキ・ファミリア】に同時に喧嘩を売ったと言っても過言ではないヘルメスがこうして表から姿を消さないという事は何らかの裏のやりとりがあったのだろう。ならばベルから言うことは特にない。あるが上同士が決めたなら我慢する。反射的に手は出そうになるが………。

 

『──諸君。今日は良く足を運んでくれた! 多くの同族、そして愛する子供達の顔を見れて、私自身喜ばしい限りだ。今宵は新しき出会いに恵まれる、そんな予感すらする』

 

 と、その時一柱の神が声を上げる。彼がアポロンだろう。ゾワリと背筋に悪寒が走った。が、それよりベルの視線はある一角で止まる。

 瞬間雷でも落ちたかのような轟音が鳴り響いた。

 

「────チッ」

「ほう。この短期間で高みへ三つ───いや、二つ近づいたか」

 

 轟音の発生源はバチバチと紫電を纏うベルとそのベルの足を片手で受け止めているオッタル。ステイタスカンストと言う、本来のLv.では計れぬ実力を持つはずのベルのLv.を見事に言い当てたオッタルを忌々しげに睨むベル。

 

「だがここは神々が集まる神聖な場。先の件で俺に非があるのは認める。このような行為は控えろ。これで互いに水に流そうではないか」

「…………解ったよ」

 

 正論に感情論をぶつける気はない。オッタルがベルを闇討ちしたようにベルもまたオッタルに不意打ちをした。ならば今後互いに突然襲撃などしないように話を付け足を下ろす。ベルはそのままオッタルの横に立つ女神、フレイヤに目を向ける。

 目を奪われた。それほど美しい女性だった。精神安定、【精神保護】(マインド・ブロック)を以てしても防ぎきれない『魅了』(チャーム)………いや、単純にその美しさに飲まれただけ。

 

「いやだわそんなじっと見つめて、私の顔に何か付いてるかしら?」

「いえ、あまりに美しい方だと思ったので」

 

 ベルに見つめられ(うぶ)な小娘の様に頬を染めるフレイヤ。ニコリと微笑みベルの頬をソッと手で撫でる。

 

「素敵な瞳。真っ直ぐ前を見ているはずなのに、深い闇の底を見ているようにも見える………貴方の目には、何時か何かを映すのかしら?」

「さあ、そればかりは」

「ふふ。ならせめて今日は、私だけ映してくれないかしら?」

「一晩だけと多くの女性を映してきた私の瞳で良ければ喜んで……」

「………………」

 

 ベルの言葉にフレイヤは一度だけ目を見開き、しかし直ぐに多くの男を魅了するような笑みを浮かべる。

 

「そう。貴方は恋する女にそんな態度をとってきたのね。でもね、ベル……本当に貴方が好きな女はそんな事気にしないの。あまり、恋する女を甘く見ては駄目よ? いつか痛い目を見ちゃう」

 

 そう言ってフレイヤはベルから離れる。

 

「夢を見せてもらうつもりだったけど、今夜は止めておくわ。だって今のベルは『貴方に恋をする女』(わ   た   し)と一緒はいやでしょう?」

「…………………」

 

 なる程これが美の神か。

 此方の心情を見抜いた上で、何れ必ず手にしてみせると目で語る。

 

──美の女神は何時だって破滅をもたらす──

 

 ああ、解っている。だから関わりなんて持ちたくない。

 珍しく幻聴と意見があったベルはそのままフレイヤから離れることにした。

 

 

 

「……………」

 

 暫くすると音楽が奏でられ男女が神、眷属関わりなく踊る。ベルは自分の瞳のように赤いワインを飲みその光景を眺める。と、不意にアイズが隣にやってくる。

 

「ベルは踊らないの?」

「相手が居ない」

「そう……」

「お前こそ踊らないのか? 彼の有名な【剣姫】だ、相手など選び放題だろうに」

「子供の頃は少し憧れてたけど………踊ったこと無い」

「そうか」

「うん」

 

 そのまま無言の時が過ぎる。ベルは不意に壁から背を離し、アイズの前に立ち恭しく頭を垂れながら手を差し伸べる。

 

「私と一曲踊って頂けますか、淑女(レディ)?」

「あ、えっと……う、うん………よろ、こんで?」

 

 困惑しながらベルの手を取るアイズ。手を重ねたまま中央に歩いていく。

 華麗な踊りと言うには些か男任せな踊り。ベルが先導(リード)しアイズがそれに従う。だんだんとアイズも馴れていき、貴族の社交界に出しても恥ずかしくない程度にはなってきた。

 

「ベル、踊るの上手いね……」

「そりゃ、貴族の子女の相手も………いや、いい」

 

 あの女神を思いだし言葉に詰まるベル。アイズは「?」と疑問符を浮かべ首を傾げていた。

 

『オッタル、ここにゴライアスの群を連れてこれないかしら?』

『不可能です、フレイヤ様……』

 

 そんな会話やヘスティアの叫び声が聞こえてきたが無視。ロキの下世話な視線も無視。演奏が終わるまで、アイズとベルは踊り続けた。

 

「───諸君、宴は楽しんでいるかな?」

 

 と、そこへ今回の宴の主催者であるアポロンが現れる。彼の策略の可能性を事前に聞いていたアイズとベルは警戒するように彼を見る。

 案の定というか、早速ヘスティアに絡み出した。何でもベルが眷属を傷つけたから責任を取れと。

 

「おいイロボケカスゴミ変態男。さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いおって、それはつまり【ヘスティア・ファミリア】の元締めであるウチにも喧嘩売っとるって事でええんやな?」

 

 と、ロキが睨みつける。オラリオ最大派閥の一つ【ロキ・ファミリア】の主神に睨まれしかしアポロンは表情を崩さない。

 

「ロキ、確かに【ヘスティア・ファミリア】は君の傘下だが些か贔屓が過ぎるんじゃないかい?」

「別に贔屓しとらんよ。ウチはどの子にもおんなじように接してるつもりや」

「ほう? 【ファミリア】から離れた宿で、同じ部屋で一晩過ごす仲なのにかい?」

「…………なんやと?」

 

 ロキは細い目を開きアポロンを見る。

 

「良いのかい? 大手ファミリアの君が、男1人のために犬猿の仲であるヘスティアと仲良くするなんてね……」

「ヘルメスといい、ウチを脅す気か?」

「さあ、何のことかな?」

「…………………」

 

 ロキは無言を貫き此方を観察しているフレイヤに目を向ける。その目に若干の敵意を感じた。

 どんだけ嫉妬深いんだあの女は………と内心悪態を吐く。

 

「さて、ロキはもう良いね。それでヘスティア、君は謝罪する気はないと?」

「くどい!」

 

 ヘスティアの言葉にアポロンは醜悪な笑みを浮かべる。

 

「ならば仕方ない。ヘスティア、君に『戦争遊戯』(ウォー・ゲーム)を申し込む」

「ウォー? ああ、アレか………構わな──」

「断る! ベル君、行くぞ!」

 

 と、ヘスティアはベルの手を掴み歩き出す。

 

「………良いのか?」

「今『戦争遊戯』(ウォー・ゲーム)なんてやったらベルっちは注目の的や。そしたら、Lv.の事もバレる。ギルドには伝えとるけど正式発表が成される前にバレるとどんないちゃもんつけられるか解ったもんやないからなぁ……」

 

 

 

 

 翌日。【アポロン・ファミリア】の最大Lv.を考えるなら平気だろうが気配を感じたら直ぐギルドか黄昏の館に向かうように言い含められオラリオの街を歩くベル。本を買いに行くだけだというのにティオナが護衛に付くと言いだした時はやりにくかった。

 

「あれ、ベル君?」

「ん? ああ、エイナか……」

 

 ベルは本を買い帰ろうとすると私服のエイナと出くわした。

 

「本屋によってたの?」

「ああ……」

「なんか、昨日は大変だったみたいだね」

 

 などと会話しながら共に歩く。ギルドの方でも噂になっているのだろう。面白がった神々が逃げ場をなくすために噂を広げているのかもしれない。

 

「私に出来ることがあったら言ってね」

「ああ……────!」

 

 曲がり角を曲がった時、ベルが見たのは魔剣を構えた集団。街中で、だ。

 目を見開くベル。エイナが首を傾げ振り返ろうとすると同時に魔剣から魔法が放たれた。



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戦争遊戯

 気が付けば視界が高くなっていた。下を見れば炎の波が先程自分が居た場所を飲み込んでおり、数人の【アポロン・ファミリア】と思われる冒険者達が炎が晴れ誰もいないのを見て目を見開く。

 

「ちょっと! 今、一般人が居たじゃない! 合図を出す前に撃つんじゃないわよ、ギルドまで巻き込む気!?」

「ダフネ、アポロン様の寵愛を受け入れようとしない者を罰するのに他の誰かが巻き込まれようと、それは事故だ」

「こんの、変態が! ヒュアキントスと言い、いい加減にしろ!」

 

 聞こえてくる声は二つ。短髪の少女が金髪の男に向かって叫んでいた。というか自分は何故ここに?

 と、疑問に思いようやくベルに抱えられているのに気付く。俗に言うお姫様抱っこで………

 

「んな!? べ、ベル君! おろ──……し、て………?」

 

 羞恥で赤くなったエイナだが声につまる。一瞬別人かと思ってしまった。

 ベルの瞳が、見たこと無いほど冷たい光を宿していたから。

 

「とにかく、標的はベル・クラネルだけにしないと言い訳も────」

 

 鮮血が舞いダフネの目が見開かれる。

 アポロンに心酔し、アポロンの為なら何をしてもいいとヒュアキントスみたいな事を言う団員の首がゴロリと地面に転がる。

 

「──へ?」

「な、何時の間に!?」

「う、撃て!」

「ば────!」

 

 慌てて標的に狙いをすませる魔剣使い達。ダフネの制止も間に合わずダフネの首に圧力がかかり浮遊感が襲う。瞬間、爆音。

 魔剣使い達が同士討ちする中ダフネは細腕で自分の首を掴み持ち上げるベルと見つめ合う。

 

「お前で良いか……」

「あ、が……な、何、を………?」

 

 ベルは数人を殺し取り敢えず冷静になっていた。冷静に【アポロン・ファミリア】を潰すために思考を巡らせることにした。そのためにはまず情報だ。

 

「全て教えろ。アポロンが何故ここまで俺に執着するのか、俺に何があるのか……」

 

 ギリッと圧迫感が強くなる。必死に暴れるもベルは微動だにしない。

 

「ない、よ……あの神は、昔から執着心が強いんだ………私やカサンドラの時も、都市から都市へ、国から国へ捕まるまでずっと追いかけてきた」

 

 自分もまた被害者であると伝えるが、同情を誘おうとしたわけではない。そんな事をしたら首を折られて殺されるだろう。隠し事をしても。だから全て本当のことを伝える。

 

「………エイナ、今の話だが」

「ん……しょっと………え? ああ、うん。聞いてたよ? でも、少し難しいかな? あのね、【ファミリア】同士の抗争ってそんなに珍しくないの。一々しょっぴいてたらキリがないから、さっさと『戦争遊戯』(ウォー・ゲーム)で片付けろー! って言うのがギルドの本音。もちろんさっき私に被害を及ぼしかけたけど、今日の私非番だし服も私服だし……結局ベル君がた………助けて、くれたし………【アポロン・ファミリア】は資産の六割は取られると思うけど、そのぐらいかな……あ、でも……」

 

 と、エイナは出来るだけ見ないようにしながら同士討ちで黒こげになった死体と首が転がった死体を見る。

 

「死者が出てるのは向こうだけってか………」

「…………うん」

「………エイナ。お前、初めて会った時も信じねーし、まだ信じねーのか? 俺は傭兵。人を沢山殺してきた。あまり俺に、勝手な理想を押しつけるな」

「そうじゃない!」

 

 ベルの言葉にムッとしたエイナが叫ぶ。

 

「もう、信じてるよベル君の事は………オラリオでもあるんだもん。モンスターっていう共通の敵が少ない外じゃ、もっとあると思ってる。そこで育ったベル君がこういう事を出来るのも、仕方ないって思ってる。それでも、悲しいだけ。だから、そうやって突き放すようなこと言わないで……」

 

──本当に貴方が好きな女はそんな事気にしないの──

 

 何故か美の女神の言葉を思い出した。

 

──でもそれは、本来本物()が向けられるべきモノだ──

 

 知っている。だから手を取れない。と、ベルは屋根の上を睨みつける。

 近隣住民は既に逃げてる。珍しくないと言うだけありなれているようだ。今上に居るのは【アポロン・ファミリア】。大方ベルを逃がさぬ為の包囲網を敷いていたが捕まえたという報告もなければベルの姿も現れないので来たのだろう。

 ダフネを放り投げゲホゲホ咳き込むのを後目に投擲用ナイフを両手三本ずつ取り出す。が、使う必要はなかった。

 突如現れた褐色の影が全員ぶちのめしたからだ。

 

「なにやら面白いことになっておるのぉ」

 

 幼い声で老人のような言葉遣いが聞こえてくる。振り向けばそこにいるのは一柱の神。

 満面の笑みを浮かべてベルに飛びついた。

 

「ベル~! 久し振りじゃのう。会いたかったか? 妾は会いたかったぞ」

「…………………」

「ぬお!?」

 

 神の名はカーリー。ベルに抱き付きスリスリ頬ずりしてきたがバーチェが無言で引き剥がす。

 

「カーリーにバーチェか……なんだお前等、何しに来た?」

「ギルドに色々報告しにな。今から向かうところじゃった……」

 

 カカカ、と楽しそうに笑うカーリー。殺戮と闘争を司るだけありそう言った気配に敏感なのだろう。手を貸したのは意外だが。

 

「つーか何でバーチェ? 一応団長的な扱いなのはアルガナじゃ……」

「これでも気を使ったのじゃぞ? アルガナは今途轍もなく面倒なことになっておるからなぁ……」

「ああ。発情期の獣だもんな………そういやバーチェだけはティオナにやられたから誰かに惚れたりしてねーのか」

「いや。良く見てみよ……」

「?」

 

 カーリーの言葉にバーチェを見るとバーチェは無言で目を逸らす。その頬はほんのり赤く染まっている。

 

「………………」

「久し……ブり……」

「ああ。俺等の言葉覚えたのか」

「お前ト……ソノ……話シたクテ……」

「…………おい、何だこのしおらしい生き物は」

「何故かバーチェだけこんな感じじゃ。まあ可愛いじゃろ?」

「まあ如何にもなアマゾネス共よりはマシか」

「あの、そろそろ他の追っ手も来るかもしれないのでさっさと移動しません?」

 

 ニッコリと笑顔で尋ねてくるエイナ。バーチェとカーリーが気圧される。

 

「ぬぅ、流石お主等の住む都市よな。これほどの強者が」

「エイナは恩恵なしだ。俺は俺で行くとこあるから、またな………」

 

 

 

 

 

 

 

「──ああ、ベルきゅんはまだ捕まらないのかい?」

 

 アポロンがはぁ、とため息を吐く。

 確かに、遅い。先程ダフネから先行部隊がやられたと報告があり新たに動員した。この数でLv.2の冒険者を捕まえられないなどあるはずがないのだが、と団員が思っていると慌てた様子の門番が駆け込んできた。

 

「あ、アポロン様! 現れました、ベル・クラネルです!」

「おお、とうとう来たか! それで、顔に怪我をしていないか? いや、していたとしても私が癒やそう……」

「それが、その……乗り込んできました……」

 

 

 

 

 

()()──」

 

 たった二文字。たった二文字の言葉で団員達が動きを止めた。誰1人として近付く者も後退する者も現れない。目を付けられたくないから。意識を向けられたくないから。

 近くを通られる者は早く過ぎ去ることを祈り己の不運を呪い遠くの者は安堵する。そんな中、アポロンが現れた。

 アポロンを心酔する者たちはそれだけで動けるようになりアポロンとベルの間に割り込む。

 

「よお。ティオナとかベートとか暴れる連中も居たから早いとこすませることにした。『戦争遊戯』(ウォー・ゲーム)、受けてやるよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれベル君! 僕は聞いてないぞ!? ロキ達に任せれば──」

「これは俺が売られた喧嘩だ」

 

 ベルに担がれジタバタ暴れるヘスティア。が、ベルはあっさり無視する。

 

「とはいえ此方は1人だ。故に、ルールは俺が決めさせてもらう」

「ほう、どんなのだい?」

「『攻城戦』。攻め手は此方で、防衛は其方だ。城の中の人間が全員やられるまでが勝負。ああ、防衛には団員全員使えよ?」

 

 その言葉にどよめく【アポロン・ファミリア】。勝ちを捨てたとしか思えないベルの言葉にアポロンはうんうんと頷く。

 

「なるほど。ベルきゅんは照れ屋さんだね………それとも、せめて負けてヘスティアを納得させたいのかい」

「黙ってろ。次に3つルールを追加する」

「3つ?」

「どのみち一騎打ちにでもならない限り此方が不利なんだ。そして娯楽に飢えた神々がそんなことで納得するとも思ってない。というわけで1つ、観戦の制限。これでも元傭兵でね、戦争と名の付くモノが子供の目に触れるのは些か抵抗がある」

「ふむ。ならば子供の寄りつかない酒場などに限定しよう」

「二つ目。此方が勝利した場合叶える願いは二つだ」

「………そのぐらいなら、まあ良いだろう」

「三つ目。団員がどうなろうと、責任の追及はしない。この三つを叶えるなら俺は何時でも開催してもらって良い」

「だからベル君聞いているのかい!」

「良いから許可出せ。負けないから」

「うぬぬ………はぁ、意見を変える気は?」

「ない」

 

 即答のベルにヘスティアははぁ、と息を吐いた。

 

「………解った」

 

 

 

 その四日後

 開催期間3日。

 開催場所、古城跡地。

 【ヘスティア・ファミリア】対【アポロン・ファミリア】の攻城戦が始まった。

 【ヘスティア・ファミリア】の団員は相も変わらずベル1人。神以外の誰もが【アポロン・ファミリア】に賭ける中【ヘスティア・ファミリア】の勝利に大金が置かれた。

 

「お、おいモルド! 正気か?」

 

 最近ランクアップしてLv.3になった冒険者モルド。

 

「おもしれぇ! 俺も『兎』に賭けるぜ!」

 

 これまた最近ランクアップして第一級冒険者の仲間入りを果たしたボールズ。めったにリヴィラから出て来ない彼まで噂を聞きつけやってきたのだ。

 

「そういや知ってるか? とある日リヴィラの街に居た冒険者達が皆一気にランクアップしたりステイタスが大幅上昇したらしいぜ」

「マジか!」

「俺もその噂知ってるけどよ、確かその日『兎』も居たって……」

「じゃあ彼奴も?」

「いやいや、確かそのちょっと前にランクアップしたばかりだぜ?」

『あ、それと不正を疑われないためにある情報を開示します』

 

 冒険者達が話す中そんな放送が聞こえてきた。何だ何だと反応する冒険者達。

 

『ベル・クラネル氏はLv.2へのランクアップ後【猛者】(おうじゃ)オッタルとの戦闘の末片手を使用不能にすると言う偉業を成しLv.3へ。その後リヴィラの街を両断する破壊力を持った強化種のモンスターを激闘の末打ち破りLv.4にランクアップしております』

「「「はあぁぁぁぁぁぁ!?」」」

『ルールはどちらかが全滅するまで! 【ヘスティア・ファミリア】はベル・クラネル氏が倒れた時点で、【アポロン・ファミリア】は城の中に闘える者が居なくなった時点で城を落とされたとして敗北になります。それでは、はじめ!』

 

 

 

 開始の銅鑼が鳴る。【アポロン・ファミリア】の面々は特に緊張感はない。相手は1人だ。恐らく夜に忍び込んで団長との一騎打ちにでも持ち込み人質として、或いは恐怖で降参させるのが狙いだと言うのがヒュアキントスの考え。

 団員全員を参加させたのは数を多くすることで動きにくくさせるための浅はかな考えだとか。敢えて乗ってやる。

 

「なあ今の放送どう思う?」

「ガセだろ。情報を混乱させるのも作戦であるってギルド説得して一度だけブラフはらせたんじゃね?」

「だとしたらもっとリアリティある嘘にしろって話だよな?」

「ちげぇねぇ!」

 

 と、トランプに興じながら笑いあう団員達。窓側が見える席に座っていた男は、ん? と窓の外を見る。

 巨大な黒い光の柱が立ち、振り下ろされ地を裂き城壁の一部を消滅させた。



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落とされる太陽

 眼前の鏡に映った光景は、城壁を消滅させた黒い光。より正確には黒い雷。

 

「「「うおおおおお!? すっげぇぇぇぇ!!」」」

 

 当然そんな光景見せられれば神々のテンションは最高潮だ。

 

「黒い巨大な斬撃とかいったい何トリアなんだ」

「アサシンかと思ったらセイバーだった」

 

 と、神にしか解らない高等な会話をする神々。ロキは鏡を眺めながら目を細める。 

 

「どうしたんだいロキ? それより見たかい今の一撃! 流石ベル君だ!」

「………せやな」

 

 呑気に笑うチビを見てロキは適当に相槌を返す。

 ベルは元傭兵。闘争と殺戮の神であるカーリーが見初めるほどの存在………そしてわざわざ年齢制限に加えこのゲームで眷属が負うあらゆる不幸の責任を取らせないという契約。

 

「やる気なんかなぁ、やっぱ………」

 

 別に人殺しが悪とは言わない。フィンやガレス達もその昔『闇派閥』(イヴィルス)と殺し合っていた過去を持つし。

 単純に価値観の違いなのだ。ベルは人殺しを悪と思う道徳観念はあるが、行わないという理由にならない。敵対するなら容赦なく殺せる、そういう子供。

 

「会った時以来やなぁ、あの目……」

 

 少しずつ少しずつ、人と関わり消えてきた闇が戻っている。遊技の戦場という、結局は人と人が争う戦争を前にベルの瞳は暗く沈む。

 

 

 

 肌をヒリ付かせる無数の敵意。近付く度に大きくなっていく数多の気配。

 飛び込めばそこは敵地。周囲の者全てが凶刃を振るう場所。思考が研ぎ澄まされていく。感覚が鋭敏になっていく。

 焼け焦げた道を黒紫のオーラを纏って歩くベルに無数の矢や魔法が飛んでくる。次の瞬間、雷が塔の上に落下する。

 

「「「────ッ!」」」

 

 赤い瞳が下を見据える。破壊された城壁に集まっていた団員達は必然的に外に集まっておりその視線をもろに浴びる。

 

「ふん。派手な登場だな、魔剣の類か?」

「………ここにいるのは全員か?」

「いや、参加したくないと言う愚か者はここにいない」

「そうか。逆に言えばここにいる奴等はアポロンに忠義を誓ってるか、1人の冒険者を複数でいたぶりたかった奴らって事か……」

「だからどうしたというのだ。【我が名は────」

 

 ベルが何時攻撃を仕掛けても言いように警戒しながら側近に守られ詠唱を唱えようとしたヒュアキントスの首が宙を舞う。パクパク口を動かしていた頭は己の体を見て目を見開き地面を転がった。

 

「だから、皆殺しって事だ──」

 

 側近達は何が起きたか見えなかった。ヒュアキントスの詠唱時間を稼ぐために、耐久はもちろん俊敏も十分な値を持って開いたはずだ。なのに、少しも見えなかった。

 

「う、うおおおお!」

 

 そして、そんな事を認めたくない1人の団員がベルに向かって切りかかる。ベルの蹴りが頬に食い込み首がねじ切れ吹き飛ぶ。

 

「ひぃ!?」

 

 ヒュアキントスの側近はLv.2だが、【アポロン・ファミリア】に於いては実力者だ。なのに、ヒュアキントスも其奴も一瞬でやられた。恐怖に飲まれた小人族(パルゥム)の男が城壁の穴へと逃げようとして、頭を踏み潰されて赤い花を咲かせる。

 

【飲み込め】(エルトール)

 

 城壁の一部に触れベルが呟く。バヂヂ! と鳥のさえずりの様な音が鳴り響き黒雷が無数の蛇のように城壁を這う。上から弓矢をつがえていた者、魔法を放とうとしていた者、中庭に降りようとしていた者、門を通り逃げようと閂に手をかけた者達が一瞬で黒こげになる。

 

「言ったろ? 皆殺しだと……逃げられると思うな」

 

 城壁の消し飛んだ場所も、良く見ればチリチリと時折黒雷が弾けているのが見える。が、たいしたことは無さそうにも見えた。

 

「う、うわぁぁぁ!」

「ああああ!」

 

 筋肉質な美丈夫がベルにしがみつきその横を別の団員が抜ける。城壁の外の景色を見て感動したように笑みを浮かべ、黒こげになった。

 

「逃げられると思うなと言ったはずだ」

 

 バシャ! と()()()()()()()()()()()()()()()死体を地面に捨て血だらけのベルは呟く。その左右から斧と大剣が見舞われる。

 トン、と跳んだベルは空中で回転しながら斧と大剣を上下に逸らす。それは味方の頭と足を切り裂き足が無くなり倒れかけていた団員は胸を蹴られその衝撃で背中が吹っ飛ぶ。

 

「お、おい! 幾ら何でもやりすぎだろ!」

「そ、そうだ! 俺等はお前にそこまでやられるようなことは───」

「………は?」

 

 ゾワリと悪寒が駈け巡る。誰もが目を見開き固まる。

 そして思い出す。ここにいないメンバーの殆どは、ベルが【アポロン・ファミリア】本部に乗り込んできた時その場にいたメンバーだ。彼等は皆口を揃えて「アポロンの為にあれと敵になるのはごめんだ」と言っていた。

 今ここにいるのは嘗て自分がされたように新しく入る新人を合法的に痛めつけ上下関係をはっきりさせたかった奴と、あの場にいたがアポロンへの忠義で残った者。

 故にベルは容赦しない。

 

「アポロンは都市から都市、国から国へ追ってくるんだってな? しかも白昼堂々襲いかかる始末。一般人を巻き込んで、だ。まあそれ以前に………お前等は敵だろ? 俺を襲い、友を殺そうとした。だから殺す」

 

 極東には『虎の尾を踏む』という諺があるらしい。怒らせてはいけない者を刺激して怒らせることを指す諺だ。

 踏んだのは兎の尾だ。だがただの兎ではなかった。

 戦場を縄張りとして駆け回り、屍の山を作る【殺戮兎】(ヴォーパル・バニー)。外での二つ名をそのまま使ったという異例の二つ名。その意味を漸く理解した。

 

 

 

 首が落ちる。

 四肢が千切られ内臓が抉り出され悲鳴を上げるまもなく潰され逃げようとした者は焼かれる。

 歓声を上げるのは黒い雷という感性を刺激されるモノをみた神々だけ。圧倒なんて言葉すら気休めにしかならない殺戮に、息を飲むことしかできない。

 

「………はぁ………」

 

 そして闘争と殺戮を愛するカーリーは頬を紅潮させその殺戮を眺める。潤んだ瞳は妙な色気を放ち一部の神々は鏡そっちのけでそれを見ている。

 ヘスティアは目を逸らさずに無表情で眺める。あれは彼が歩んできた過去、その一端。主神(おや)として目を背けるわけには行かない。

 

「………………」

 

 珍しく神々の集まる席にまで降りてきていたフレイヤはトントンと苛立ったように指で頬を叩く。

 

「せっかく綺麗だったのに……」

 

 ここ最近ベルの魂に変化が現れていた。と言うよりは、本質が剥き出しになり始めたと言うべきか。

 透明な膜の中に燃える黒い炎。その所々が色を変えていた。黒の炎を少しずつ焼き払うようにチリチリと燃える蒼白い光。まるで満天の星空だった。

 きっと黒く染まった彼の本来の色が見え始めていたのだろう。本質が露わになる(夜明け)切っ掛けには是非自分がなりたかった。故に見守っていた。

 今は真っ黒だ。それはそれで趣はあるが……

 アポロンは後で必ず殺そう。

 

 

 

──()許すな(殺せ)──

──()滅ぼせ(殺せ)──

──()打ち取れ(殺せ)──

──敵を殺せ──

──街で炎を魔剣を振りかざしエイナを危険に遭わせた敵を殺せ──

──神に忠誠を誓い何をしても神のためとほざく敵を殺せ──

──新しく入ると思いこんでいた新人を痛めつけ楽しもうとしていた敵を殺せ──

──自分と同じ目に遭わせて溜飲を下げようとしていた敵を殺せ──

 

 何時になく幻聴が騒ぐ。頭痛がする。だが懐かしさを覚える。

 ダフネのおかげだろう。彼女からアポロンの所行を聞いていたから、分かり易い悪の形に英雄になれと騒ぐ幻聴は食いついた。

 

「……………」

 

 黙れと呟く。口は動いても声は出ない。

 

「…………」

 

 五月蠅いと叫ぶ。口から出るのは息だけ。

 最後の1人が何やら叫んでいる。酒場でベルを挑発してきた男達の1人だ。

 

──悪を殺せ。エイナさんまで巻き込もうとして、人1人手に入れるために都市に、国に迷惑をかける悪を殺せ──

 

 ダフネの言葉を信じるなら白昼堂々襲いかかってきて、街のモノを破壊するのは初めてではないのだろう。ずっとやってきたことだろう。アポロンの趣味のために。

 短剣が振り下ろされる。男の首が転がる。

 

「────どっちが悪だ………」

 

 漸く声が出た。

 ベルは思い通りに動くようになった体を動かし血に染まった手をみる。

 

「………弱くなったな」

 

 昔は気にもしなかった。数ヶ月前は今と変わらぬ血だらけの姿をしていても、何も思わなかった。自分の意志で敵を殺していた。

 人の血を浴びるなんて日常で、味方には賞賛、敵には恐怖を向けられるのは何時もの事。気にもしない。はずだ………

 

「俺は、弱くなった」

 

 強くなったけど、弱くなった。

 だがまだやることは残っている。感慨に浸るのは後だ。

 

 

「………そんな、ヒュアキントス………ルアン、リソッス……馬鹿な、そんな馬鹿な! Lv.4だとしても、彼処にはLv.3のヒュアキントスにLv.2の団員達も多くいたんだぞ!? なのに、あんな……一方的に………」

 

 席から立ち上がり叫ぶアポロン。目の前の光景が信じられなかったのだろう。

 他の神々は気にせず掛け金を受け取ったりしている。

 

「………さてアポロン、そろそろ……」

「ふざ、ふざけるな! まだ私から奪う気か!?」

 

 と、アポロンが叫んだ瞬間窓ガラスが砕け散り雷が床を滑る。

 その雷はベルだった。半日はかかる距離のはずなのに、一分も経たないウチに来た。

 

「ベル……クラネル!」

 

 滑りつくような視線から一転、憎々しげにベルを睨み付ける神にしかしベルは割れた窓ガラスを踏みつけながら歩く。

 

「約束通り願いを聞いてもらう。一つは【アポロン・ファミリア】が所有する全財産。これは人材も含める。お前が無理矢理眷属にした者は全員脱退させてもらう」

「───っ!」

「二つ目。天界でも仕事をキチンとこなせ」

「───は?」

 

 いきなり何を? アポロンが傾げた首は止まることなく床に転がった。



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汚れた掌

「なんやー、折角のパーティーやのに主役がおらんのか?」

「ああ。団員達に気を使ったのだろう。数日は暇をもらう、だそうだ」

 

 ロキの言葉にリヴェリアははぁ、と頭を押さえる。

 ベルが見せた戦争とは名ばかりの虐殺劇は決して小さくない影響をもたらした。

 人が人を殺す光景。『戦争遊戯』(ウォー・ゲーム)では希に起こるが、彼処までのは無いだろう。

 フィン達は経験がある。遊戯などではなく、実際の戦争を体験している。

 もちろんラキアとの戦争もあるがあれはお遊びみたいなものだ。

 ベートは気にせずティオネは少し眉をひそめティオナは無反応、アイズはよくわからなかった。この辺までならまあ良いだろう。

 幹部候補のラウルは吐いた。

 観戦していた食堂から出て行った数は1人や2人ではない。

 

「にしても三日も姿くらますとか何処におんねん」

「………実は、目撃情報があるんだ」

「ほう、信用できるんか?」

「ウチの団員だしな。ラウルが挙動不審なので問い詰めたら、歓楽街で見かけたと………」

 

 

 

「あの………本当にお相手せずよろしいのですか?」

「この店の雰囲気が気に入っただけだ。昔の爺ちゃん家を思い出す。どうせなら蝉の声でも聞きながら夕焼けでも眺めてみたいが」

「ああ、それは風情がありますね………ベル様は我々の故郷に訪れた事が?」

 

 朱色の杯で透明な酒を飲むベル。酒が無くなると杯を掲げ、ベルの頭を膝に乗せる美しい狐人(ルナール)が徳利から酒を注ぐ。

 場所は歓楽街。多くの人が行き来する場所。暫く姿を隠すのに丁度良いと思った。

 

「………俺は弱くなったな」

 

 ボソリ呟く。他人の視線なんて気にしていなかったはずだ。徹底的に殺して、黄昏の館で恐怖の視線に曝されるのは解っていたはずだ。

 

「まあ、まさかステイタスが無くなってしまったのですか? あ、そういえばアポロン様という神が天界に召されたと……」

「その下手人は俺だよ」

 

 あの後カーリーが飛びついてきて他の神々も何やら賞賛して来た。下界の子が神を斬るなんて事が初めてで面白かったとか………どうせ死なないからこその対応だろう。冗談で天界に戻ったら働き詰めで死ぬから許して~などと笑う神も居たぐらいだし。

 

「まあ。ではベル様が噂の【陽喰兎】(スコル)だったのですね」

「………………」

 

 噂と言われても三日ほど籠もっているから知らん。

 因みに太陽神であるアポロンの首を落としたことから神々が次の二つ名にしようとしている候補の一つだ。本来はハティという狼と兄弟の太陽を食う狼の名前。

 もっとも、此方の神話に登場するのかは知らないが。

 

「だとしたら祝杯などをあげなくてよろしいのですか?」

「祝杯ねぇ………昔は上げてたが、今は気分じゃねぇ………」

「はぁ……」

 

 コテリと首を傾げる狐人(ルナール)

 

「どうした? 注げよ」

「あ、はい…!」

 

 再び酒を飲むベル。

 

「………しかしあの野郎、どういうつもりだ?」

 

 ふと思い出すのは信用ならない一柱の神。ベートの鼻も誤魔化せる香の匂いが充満し、女なら寄りつかず男もそこで見たと堂々言えないであろう歓楽街に身を隠すことに決めたベルだが、そこで偶々出会ったヘルメスに勧められ出会ったのがこの狐人(ルナール)だ。

 抱く必要がないという宣言通りそもそも汗を拭こうと服を脱ぎかけ臍を見ただけで気絶するという初な女だ。

 寝言からしてしている夢を見ているのだろうがしてないと教えてやると驚愕していた。

 

「まあ、もしもの時は殺せばいいか……」

「は、春姫は何も聞いていませんよ? ベル様が人を殺そうとしてるなんて春姫は関与しておりません」

 

 耳をパタンと伏せ手で押さえる狐人(ルナール)、春姫。想像力豊かな彼女の中では恐らくベルは殺人鬼になっているのだろう。あながち間違いではないが。

 

「………あん?」

「? 何やら外が騒がしいでございますね……」

 

 と、外から喧噪が聞こえてきた。男の取り合いか? と特に気にせず焼き鳥を食うベル。と、襖がスパン! と開かれる。

 そこに立っていたのはジト目でベルを睨みつけてくるレフィーヤ。

 

「三日も行方をくらませていると思ったら、何してるんですかベル!」

「ひゃん!?」

 

 突然の大声に耳が良い獣人の春姫がビクリと体を振るわせベルは顎に手を当てる。

 

「………膝枕?」

「帰りますよ!」

「───ッ!」

 

 レフィーヤが手を伸ばしてくるとベルは反射的に飛び退く。が、レフィーヤにギロリと睨まれ身が竦み今度こそ手首を掴まれる。

 

「お騒がせしました」

「あ、はい………あ、あの……お代を………ベル様は結局一度も私を抱きませんでしたし、宿代わりのお代だけで残りはお返しします」

「………………本当ですか?」

「──────!」

 

 レフィーヤの言葉に慌ててコクコク頷く春姫。レフィーヤははぁ、とため息を吐いた。

 

「ベル、帰りましょう……」

「いや、少し間を空けた方が………」

「か・え・り・ま・す」

「あ、ああ………すまん………」

 

 

 

 

 

 歓楽街を抜け無言で歩き続ける2人。レフィーヤは相変わらず手を離さず、すれ違う冒険者達はギョッと見て距離を置く者、特に気にしない者と、思ったより様々だ。

 

「………どうして突然居なくなったんですか?」

「気を使ったつもりだったんだがな……」

「怒りますよ?」

「…………レフィーヤ、お前は怖くないのか? 俺が」

「怖くない訳じゃ、ありません………でも、知ってたことですから。ベルが言っていた事じゃないですか」

 

 確かにベルは多くの人間を殺したと言っていた。傭兵時代を隠すことなく、聞かれれば答えてきた。

 だが目にするのと聞くのでは違う。それが故の【ロキ・ファミリア】団員達の反応なのだ。

 

「それに、怖いのはベルが消えてしまうことです」

「はっ! 俺なんて、消えた方がいいだろ? 少なくとも、殆どの団員はそう思っているはずだ」

「そうやってみんなを気にしてあげられるベルが、私達に剣を向けるなんて思ってません」

「……………離せ」

「嫌です。逃がしません」

「俺の手は血にまみれている。お前まで汚してしまう」

「気にしません」

「………レフィーヤ、はな───」

「貴方は!」

 

 と、不意にレフィーヤが振り返り叫ぶ。

 

「………ベルは、優しいですよ」

「───っ。何だ、いきなり……」

「皆きっと解ってくれます。だから、勝手に距離をとろうとしないでください……」

「何を根拠に俺が優しいなんて──」

「優しいから、血に染まった手を皆に近づけたくないんですよね? 怖がらせたくないから、怖がられたくないから離れたんですよね?」

「………………」

「血に染まっているから、なんて言って離れるのは………貴方が優しいからです。悪いことをしてると思って、だから自分は汚いって思って……距離を置いてしまう」

 

 レフィーヤの言葉にベルは固まる。悪いことをしてると思って? 自分が? 散々殺しておきながら、何を……。

 

「………俺は、弱くなったな。昔は、そんなこと考えなかった……」

「優しさは弱さなんかじゃありませんよ。貴方は、強くなってます」

「昔は、こんな気持ち感じなかった……」

「感じる余裕ができたんですよ。すり減った心が、戻っているんです」

「どうしてそう言いきれる? お前に、俺の何が解る!」

 

 全部解っているというようなレフィーヤの言葉に思わず叫んでしまうベル。が、レフィーヤはニッコリと笑って返す。

 

「解りません」

「………は?」

「まー。確かに、本質は人を殺してもどうでも良くて、友人ができたから人の気持ちが少し分かったから罪悪感を感じるようになった……っていう可能性もありますね。どちらにしろ優しいとは思いますけど」

「おい、いきなり何を………」

「まだ会ったばかりです。だから、私はこれからもっと沢山貴方を知っていく。貴方が自分は汚れていると言うなら、私はその倍の貴方の良いところを見つけてみせます」

「……どうして、そこまでする」

「だ、だって……私達仲間以前に、友達じゃないですか………友達が、友達の事を悪く言ってるのはやです……」

 

──なら、俺の友人を悪く言わないでくれ

 

「………クッ」

 

 それは何時だったが自分が別のエルフの友人に贈った言葉とそっくりだった。それを思い出す、喉をクククと鳴らし笑う。レフィーヤの顔が耳までカァ、と赤くなった。

 

「も、もう! 笑わないでください!」

「わ、悪い………無理だ」

 

 プルプルと笑いを堪えるベルにレフィーヤはポカポカ殴りかかる。こんなに笑ったのは何時以来か……随分と久し振りな気がする。

 

「…………?」

 

 と、不意にこの三日間少しずつ近付いてきているような気がした気配が遠ざかる。

 

「? どうしました?」

「いや。何でも───」

「うう、ベル君! あんな子と仲良く──!」

「ちょ、押さないでくださいヘスティア様!」

「ドチビとリリちゃんも静かにせぇ! 見つかるやろ!」

「やれやれ。覗き見とは趣味が悪い」

「そういうお主も覗いておったろうが………」

「…………あん?」

 

 声の方向に振り向くと、ぬわ! と倒れるヘスティアとヘスティアに押しつぶされたリリ。

 そしてゾロゾロ現れる【ロキ・ファミリア】のメンバー。

 

「いやー、すまんすまん。ベルっちが歓楽街に居るの知ったレフィーヤがどんな反応するか気になって」

「ベル君! 心配かけといてなんだいいちゃいちゃと!」「レフィーヤ、ファイトよ!」「すいませんベルさん! 自分、誤解してたっす!」「ベルきゅんかわいい!」「でも女の子に叫んだのはいただけないかな?」

「…………………」

 

 バチリとベルの体から雷が弾ける。

 

【くたばりやがれ】(エルトール)……」

 

 バチバチ高まっていく雷はやがて一本の鑓を作る。黒雷ほどではないが十分な威力を持った鑓を………。

 

「ちょ!? レフィーヤ、止めるッス!」

「………最近、ベルと一緒に思いついた技なんですけど、ストックした魔法を合わせると威力があがるみたいなんですよね」

 

 と、レフィーヤの周りに魔法陣(マジック・サークル)が複数現れる。

 

「撤退やー!」

「「「おおおー!」」」

 

 ロキの号令に一目散に逃げる団員+神達。その光景を見送りベルは槍を霧散させレフィーヤも魔法陣(マジック・サークル)を収納する。

 

「……どうですか? 彼等に振り回される毎日は、弱くなったに入ります?」

「…………さあな」

「ふふ」

「………帰るぞ」

「はい!」

 

 

 

 

「………………」

「リュー、どうしたの? 何か楽しそう」

「昨晩、少し面白いモノを見て」

「面白いモノ?」

「はい。楽しそうで良かった……」



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贈り物

「ベル君が僕に黙って出て行った!」

「………何時もの事だと思うのだが」

 

 ヘスティアの叫びにリヴェリアは首を傾げる。

 

「そうだけど………そうだけど! でもベル君ってば歓楽街に行ってたらしいじゃないか! ひょっとしたらそこで出会った女の子が忘れられず………」

「それは、ないと思うが………」

「いいやあるね! きっとベル君は女に弱くなっているんだ!」

 

 ヘスティアはそう言うとベルの情報を集めるために飛び出していった。

 

 

「ベルさんっすか? 最近ダンジョンに潜ってるっすよ」

「ダンジョン?」

 

 前回のベル発見者であるラウルに尋ねるとそんな情報を手に入れた。

 ダンジョン……ベルは発展アビリティの幸運のおかげでダンジョンに潜れば良くドロップアイテムを手に入れる。つまり儲かる。

 

「………やっぱり、女か!?」

「やーベルさんもベートさんも一々歓楽街行く必要無さそうっすけどね」

 

 【ロキ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】の非童貞であるベルとベートは前に一度ラウル達数人の男性団員が歓楽街に誘っても興味ないの一言だった。そんな片割れが身を隠すためならともかく平時に歓楽街に向かうとは思えない。

 

「………ベート君と言えば、彼なんだかんだでベル君と仲良いよね」

「っすね……」

 

 ヘスティアがふと思い出すのはベートとベルの鍛錬。速すぎて見えないが2人が止まるとベートが罵倒しベルが立ち上がりベートは笑いベルに再び攻撃する。

 

「……仲、良いよね……あれ?」

「ベートさんが鍛錬に付き合う時点で仲良いっすよ。あの2人、何となく似てるっすから。俺達陰じゃ顰めっ面兄弟って呼んでんのバレてこの前ボコられましたもん」

 

 ベルは傭兵時代モンスターの奇襲に遭い多くの仲間を失った過去を持っているらしい。ベートも似たような過去を持っている。

 それ故かどちらも強さへの執着心が強い。まあベートは弱者を罵倒するがベルはしないし敵対者への容赦のなさならベルが上だが………。

 

「あ、そういえばこの前ベートさんがベルさんに鍛錬の後『最近てめぇ女の匂いがすんぞ、雌にうつつ抜かしてるんじゃねーだろうなぁ?』とか言ってたの聞いたっす!」

「何だって!? こうしちゃ居られない、行くよラウル君!」

「え、何で自分が!?」

「君の影の薄さなら尾行にもってこいのはず! 才能だよ!」

「うれしくないっす!」

 

 

 

 

 ヘスティアに無理矢理つれてこられたラウル。そもそもベルの居場所が解らず街中を探し回ることから始めた。

 

(どうせ勘違いだと思うんすけどねぇ……)

 

 ラウルは面倒くさいが神様だしなぁ、と適当に探すふりをして街を見渡す。

 

「…………居た」

「どこだい!?」

 

 ラウルの呟きにギュルン! と首を回転させるヘスティア。そこには確かにベルが居た。

 「豊饒の女主人」の店員、リュー・リオンと共に。

 

「ベルく───もがが!」

「待つっす! 暫く様子を見ましょう!」

 

 直ぐに飛び出そうとしたヘスティアを慌てて押さえるラウル。

 何せ相手はあのリュー・リオンだ。誘われた回数数知れず、断った回数同じ数。セクハラしようものなら実力でねじ伏せる「豊饒の女主人」の店員の中でも特に苛烈な彼女が男と歩いている。これは観察しなくては!

 実際、ラウルと同じ様なことを考えているのか多くの男性冒険者や神々の姿を確認できた。

 

「おのれ! この前はレフィーヤたんに歓楽街から連れ戻されるという羨ましい体験しておきながら今度はリューたんと………!」

「この前はエイナちゃんにめっ! って叱られてたのを目撃した」「噂では物心つく頃から母親がいないからリヴェリア様が唯一ママと呼ばれて怒らない相手だとか」「おのれ【妖精落とし】(エルフキラー)!」「まさかフィルヴィスたんとも仲良かったり!?」「…………」「おい、まさか……」「……この前、一緒に女物のアクセサリー屋に入るのを見た」

「「「ちくしょおおおおお! 神の怒りを教えてくれるわぁ!」」」

「「「おい馬鹿殲滅されるぞ」」」

 

 神々が叫び別の神々が叫ぶ。こんなことは良くある光景だ。周りが気にしないのが良い証拠。

 

「彼奴何時か女の子型モンスターも落とすんじゃねー?」「モンスター娘……ありだな」

 

 と、そんな会話している中2人は昼食なのか飲食店に入る。

 

「行くんだラウル君! 君なら気づかれないはず!」

「そんなわけないじゃないっすか!」

 

 

 

 

 

「………………」

 

 気付かれなかった。

 真後ろの席に座ってるのに一向に触れてこないし視線すら向けてこない。

 

「今日も助かった。ありがとなリュー」

「いえ、アーニャ達の独り言が助けになったなら何よりです」

 

 どうやらお礼を言われるようなことをリューは何かしたらしい。で、結局何をしたのだろう? とても気になる。

 

「ここの料理はおいしいですね」

「ミア母さんの次にお気に入りの店だ。気に入ってくれて嬉しいよ」

「ええ。とても……」

 

 微笑を浮かべるリュー。老若男女関係なく店員も客も見とれる中スタスタとその席に近付く影があった。

 

「やあベル君! 奇遇だね!」

(ヘスティア様ぁぁぁぁぁ!?)

 

 満面の笑みを浮かべてドカリと無遠慮に席に座るヘスティア。そのツインテールがユラユラ揺れる。

 

「奇遇も何もさっきからずっとラウルと付けてきてたろ」

「気づいてたんっすか!?」

「………見事な隠形ですね。流石【ロキ・ファミリア】………それに気づいたベルさんも流石です」

「えぇ………」

「ところでベル君はな・ん・で! 女の子と一緒に食事をしてるのかなぁ!?」

 

 と、叫ぶヘスティア。ストーキングしていた神々が「しゅ・ら・ば!しゅ・ら・ば!」とコールを響かせる。

 

「ああ、これだ……」

 

 ベルはそう言って収納していた木箱を取り出す。その中には二つの髪飾り。青い花弁を彷彿させる飾り付けのリボンに、小さな銀色の鐘が付いている。

 

「プレゼントだ。選ぶのはリューに手伝ってもらった」

「クラネルさんは貰う側で上げたことはないと聞いたので」

「割と最低な発言してるっすね……」

「ベル君、これ………僕のために?」

 

 と、ヘスティアが感動したように言う。余計なことを言うのは野暮だろう。とラウルが一人去ろうとすると……

 

「ラウルにはこれ」

「へ? 本?」

 

 と、包みにくるまれた本を渡してきた。

 

「……前回、迷惑かけたからな。【ロキ・ファミリア】とヘスティア、後何時も世話になってる奴らに日頃の礼を贈ろうと思ってな」

「ああ、そういう………」

 

 

 

 

「わっはー! ソーマやぁ、それも非売品の!ベルっち愛してるでー!」「おお樽一つ分の火樽酒。ベルめ、解っておる」「やあリヴェリア、君は何を貰ったんだい?」「フィンか……ブレスレットさ、私の髪の色と同じな。お前は?」「万年筆を」「見てみてティオネ! ベルから髪飾り貰った!」「はいはい私も色違い貰ったわ」「似合ってるねそれ」「兎ちゃんが買ってくれたんだー。獣人の女の子には耳飾りや尻尾飾りが主らしいよ」「あら、素敵ですわね」「そっちもね。エルフやヒューマンにはネックレスとかブレスレットが多いみたい」「………」「あ、アイズさんのブレスレット綺麗ですね。金色に金色の宝石……花が入ってます」「うん。琥珀、っていうんだって……レフィーヤも新しい髪飾り似合ってる」「えへへ、ウィリディス・センペル(常盤色)っていうらしいです。フィルヴィスさんと一緒に選んでくれたみたいですよ」

「……………」

 

 ムッスーと不機嫌そうにむくれるヘスティアにロキがニヤニヤしながら近付いてくる。

 

「なんやードチビ。まさか自分だけ貰えると思うたんか?」

「うるさいなぁ。ふん、だいたいなんだいお酒って、色気もヘったくれもないね!」

「ああん!? 【ソーマ・ファミリア】は今モンスター密輸しようとした団長が死んで財政難やぞ! それなのに本物、どんだけ金使って貰ったと思っとんねん!」

「値段が愛の重さじゃないやい!」

「けっ。たかが贈り物ごときで何騒いでんだか……」

 

 と、ベートがくだらねぇ、と吐き捨てる。その首には狼の牙を模したネックレスがかかっていた。

 

 

 

「春姫、これあんたのお得意様の兎君が……最近来ないね。奥さんに絞られてるのかね? あ、搾られてるのかも」

「ベル様から? まあ、美味しそうなお菓子……故郷の物と同じです。アイシャさん、よろしければご一緒に」

 

 

 

「お? ヴェル吉、新しい手拭いか? 似合ってるぞ」

「ベルがくれたんだよ。汗吸ってくれるから作業が捗る」

 

 

「あれ、エイナどうしたのそのネックレス」

「ベル君がくれたんだ」

「指輪じゃなくて残念だったね」

「残念なんかじゃないよ。ベル君がくれたんだもん」

「ま、まぶしい!」

 

 

「ミャーが一番高そうにゃ!」「いやこっちの方が」「「少なくともルノアよりは!」」

「ぶっ殺してー。てか、値段で言うなら母さんの包丁鍋フライパンセットじゃない?」

「私のシルバーアクセも結構高そうだよ?」

「あんたは交じんないのかい?」

 

 ミアは騒ぐ馬鹿娘達を見ながらテキパキと作業をこなすリューを見る。

 

「私は、彼と共に贈り物を選ぶ時間が楽しかったので」

 

 だから何もいらないと、貰い物は断った。ミアは苦笑し頭をかくと懐から小さな包みを取り出す。

 

「向こうはそれじゃ納得行かないらしくてね。貰ってやんな。男の顔を立てるのも女の役目だよ」

 

 

 

 店が開けば店員と料理目当てに多くの冒険者や神々が訪れる。

 店員の1人の髪には、リューココリーネを模した髪飾りが光を反射し輝いていた。




ラウルが貰った本の題名は「地味から抜け出す百の方法」


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遣いっぱしり

「さてと、これは売っぱらって………こっちはどうするか」

「これはまだ使えそうだよ。残しとくべき」

「このフランベルジェは?」

「何か解らないけど折っときたい」

 

 元【アポロン・ファミリア】の石像とか壺とかを売っぱらいベルが殺した団員や【ファミリア】共同の剣や鎧で使える物があったら【ロキ・ファミリア】で使うことにしたベル。

 「私も手伝う!」と、ダンジョンに潜るの禁止な日だったアイズもやってきた。頭を撫でてやるとムフーと喜んでいた。

 

「………これ売って贈り物にすれば良かったんじゃ」

「侘びもかねてたしな。キチンと自分で稼いだ金で買っときたかった」

「ベルは偉いね」

「手伝ってくれるアイズもな」

「頭撫でたくなる?」

「……………」

「………♪」

 

 撫でてやると目を細めた。何故かアイズはベルにとても懐いている。具体的にはミノタウロス戦の後から誰かに重ねて見るようになってきた。

 

「このっ………いい加減にっ……!」

「い~や~っ!」

「「ん?」」

 

 と、不意にアイズ(Lv.6)ベル(Lv.4)の聴覚がそんな声を捉えた。首を傾げ外に出て行くベルとアイズ。

 元【アポロン・ファミリア】のカサンドラとダフネが居た。

 

「えっと……何してるの?」

「あら【剣姫】(けんき)……ひぃぃ!?」

「どうし────いやぁぁぁぁ!?」

 

 アイズが声をかけると振り向いた2人だがベルの姿を見ると顔を青くして後ずさる。

 

「ちょ、ちょっとカサンドラ! 逃げるわよ……!」

「こ、ここ……腰が抜けて………」

 

 ダフネが叫ぶもカサンドラは涙目で地面を這う。

 

「……ベル、何したの?」

 

 むぅ、と責めるように見てくるアイズ。心当たりは、まあある。ダフネは首を絞めたしカサンドラは予知夢とやらで虐殺を予知していたらしいし。

 あの時はベルもエイナを傷つけられそうになり、また分かり易い悪に暫く抑えられていた幻聴が騒ぎ出した。今は落ち着いている。

 

「ほら立って! 早く逃げるの!」

「うう~、枕~………」

「枕?」

「ゆ、『予知夢』(ゆ め)でここにあるって………」

 

 ダフネがまたそんな事を言って! ほら、早く逃げるの! と本人を前に失礼なことを言うダフネ。ベルは夢、ねぇと呟く。

 

「ちょっと待ってろ。探してくる……」

「ほへ?」

「ちょ、信じるの!? や、夢なのよ?」

「その夢で俺の強さを知ったんだろ? なら信じてやるよ」

「………………」

 

 

「見つけてきたぞ。何で柱の隙間にあったんだこれ」

「はぁぁぁぁ♡」

 

 ベルが持ってきた枕を抱きしめ頬擦りするカサンドラ。ダフネは本当にあった、と驚いている。

 

「あのっ、本当にありがとうございました! 私を信じてくれて、本当に、本当に……!」

「あ、ああ………」

 

 やたらと感謝してくるカサンドラに若干引きながらお礼を受け取るベル。

 

 

 

 2人はそのまま食事を「豊饒の女主人」で取ることにした。夜は混むがこの時間帯は空いている。

 

「おお少年! 見るにゃこの耳飾り!」

「ミャーは尻尾の輪っか!」

「おう、似合ってるぞ」

「「とーぜん!」」

 

 アーニャとクロエが胸を張る。

 

「お二人が申し訳ありませんクラネルさん」

「いや、気を使うな。喜んでもらえて俺も嬉しいしな。リューもつけてくれたんだな」

「………私には、このような女らしいもの似合わないと思うのですが……」

「リューココリーネの花言葉は「温かい心」や「信じる心」。「慎重な恋」に「貴婦人」だ。似合ってると思うがな」

「…………口説いてますか?」

「誉めるのは最早癖だが、本心だ」

 

 その言葉にリューは顔を赤くして髪飾りを弄る。周りから殺気が飛ぶ。と、その時──

 

「──じゃあ何かい、アンナを売ったって言うのかい!?」

「売ったんじゃねぇ……取られたんだ」

 

 2人掛けの卓で向き合うヒューマンの男女が叫んでいた。アイズは何事かと振り返る。

 

「同じことじゃないか! このっ、駄目男! だから賭博なんて止めろって何時も言ってたのに……! 実の娘を質に入れる親が、何処にいるのさぁ!」

 

 女の言葉にうなだれた男はしかし周りの視線に気づき叫びだしたがあっと言う間に追い出され気絶した。チラチラアイズが気にしているので仕方ないと男を回収する。

 

 

 

「実の娘を担保に、賭博ねぇ……」

 

 女性はカレン、男はヒューイ。ヒューイには賭博癖があり、一人娘のアンナを脅されて質にかけてしまったようだ。

 

「……アンナ……そんな名前の娘をロキが話してたな。花屋の娘で、男神にもよく求婚されているとか」

「ああ、ついでにロキ様にもたまにセクハラされてる」

「迷惑をかける。一つ聞くが、相手は冒険者か? それも所属がバラバラの」

「あ、ああ……」

「だとしたら最初っから娘を狙っての犯行の可能性が高いな。こういう言い方はアレだが、もうとっくに売り払われているだろうよ」

 

 ベルの言葉に顔を青くする両親。アイズがきゅっと拳を握りしめリューが眉根をしかめるのを見てベルはコキリと首を傾げた。

 

 

 

 夜遅く、リューが夜道を歩いていると美しい金色に出会した。

 

「………あ」

「アイズ・ヴァレンシュタイン?」

 

 金色の正体はアイズその人。アイズは首を傾げている。まさか気付いていないのだろうか、覆面をしているとは言え結構バレバレだと思っているし、そもそも以前この姿で会っているはずだが。

 

「………えっと………その……」

「誤魔化さずとも。私もまたアンナ・クレーズを探す者。多少問題が起きてもいいように顔を隠すことをお勧めします」

「あ、うん……」

 

 と、アイズは顔を隠す気はあったのか取り出した仮面を被る。そして、ヒューイから聞いていた店に入る。

 

「………お?」

「「───!?」」

 

 そこにいたのは槍を持った男。ゴーグルからうっすら透けた左目は同じく透けた右目に比べるとヤケに薄い。そして、床に横たわる無数の冒険者達。皆生きてはいるが気絶している。血は出ていない。

 

「何者だ……」

「答えて」

「おいおいいきなり物騒だな。俺を見ろよ、傷つけないように気絶させた優しいお兄さんだぜ?」

 

 そう言って槍で肩をとんとん叩く男は粗暴な笑みを浮かべる。とても悪人以外には見えず2人は警戒心を解かない。男ははぁ、とため息を吐き槍を構える。と、その時………

 

「何を遊んでやがるディックス」

 

 後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「おお旦那。お早いお戻りで……んで、「交易所」で情報は集まったか?」

「ああ」

 

 振り返るとそこにいたのはベルその人。2人が驚く中ベルが席に座るとディックスと呼ばれた男がカウンターから勝手に酒を取り四本並べる。

 

「ほら、あんた等も座れよ」

「………クラネルさん、此方は?」

「ディックス・ペルディクス。恩人である俺に隠し事をする極悪人だ」

「おいおい俺は旦那が尋ねりゃ何だって答えるぜ? 聞かれたらだけどな。つーわけで紹介にあったディックスだ。旦那にゃ『呪縛』を破壊してくれた恩義があるんでね。こうして遣いッパシリをやってるわけだ」

 

 飲まねーの? と酒を差すディックス。リューはコップを三つ取ってくるとラッパ飲みしているディックス以外の席に置いた。

 

「流石エルフ。お上品だねぇ……」

「……………」

 

 リューも座ったのでアイズも席に座ることにした。覆面を取ったリューを見て漸くあ、と気付いた。

 

「結論から言うとアンナ・クレーズはまだオラリオに居た。場所は大賭博場(カ ジ ノ)

「へぇ」

「……………」

「……?」

 

 ディックスはまあその辺かと当たりを付けていたのか驚かずリューは目を細めアイズは首を傾げている。

 

「えっ、と………ならそのカジノに乗り込んでやっつければ良いの?」

「ぶは! やっつける!? おいおい大賭博場(カジノ)に手を出すとか正気かよ? 【ガネーシャ・ファミリア】と全面戦争することになるぞ」

 

 ディックスはゲラゲラ笑う。

 治外法権にして別の国の所有物である場所。故に問題を起こせば外交問題に発展し、そのためにギルドに要請し【ガネーシャ・ファミリア】に守らせている。

 

「リューも取り敢えず忍び込めば、なんて考えるな。たとえ忍び込めたとしてもその後お前は絶対我慢できない」

「どういうことですか?」

「アンナの買い手はテリー・セルバンティス。最大賭博場(グラン・カジノ)経営者(オーナー)で、かなり強引な手段で女を集めている。お前、我慢できるか?」

 

 アンナ・クレーズ(その中の一人)だけを助けるので。そう言われた気がした。そして、無理だ。

 ベルもその辺を理解していたのだろう。そして、言う。

 

「だから二日後ここに来い。ディックスは強制だがリューとアイズは参加自由。向こうが非合法な手段を用いるなら此方は合法的に潰す」

『戦争遊戯』(ウォー・ゲーム)でか?」

「んなわけねーだろ。レフィーヤにも心配かけたし、もう二度と『正義』にゃ飲まれない」

「……………」

 

 ベルの言葉にリューは僅かに目を伏せた。

 

 

 

 

「さて、行くか」

 

 ()()()()の少年の言葉に続くのは()()()()の少女と()()のエルフ。上品な身なりに身を包み護衛と思われるゴーグルの男が後を続く。

 

「………あの、ベ……チャイムさん、これは?」

娯楽都市(サントリオ・ベガ)特製のマジックアイテム『変化の指輪』。と言っても、目の形や髪の質感を少し弄るか、後は色を変えるか傷跡を隠すか……要するに僅かな変化しか出来ないがな」

「これ、何に使うの?」

「査察官が潜入する時使う。昔護衛やってた査察官の伝手でな」

「………よくこんなに早く用意出来ましたね」

「そもそもテリーは知り合いだ。んで、こんな事をする奴じゃ無かった。そもそも彼奴は男しょ………気分悪くなってきた。まあ、とりあえず悪い奴じゃなかった。それは向こうも知ってることだ。つか、んなのをオラリオに送ったらどうなるか解らんしな」

 

 下手をすれば世界最高戦力と事を構えることになるかもしれないのだ。そんな所に優秀なだけの問題を起こす馬鹿を送るほど娯楽都市(サントリオ・ベガ)は間抜けではない。

 

「大本からの許可も下りた。徹底的に潰すぞ」

「おう!」

「おー……」

「………はい」

 

 馬車に乗り込むベル・クラネル改めてチャイム・シールズ。その後に続くのはアイズ・ヴァレンシュタイン改め彼の妻シルフィ・エアリアルとリュー・リオン改め彼の妾リヨネ・エイル。そして護衛のディックス改めゼクス・ベテルギウス。

 

「所でこの人間関係の設定は?」

「向こうが用意したものだ。俺に文句を言うな……まあ、好色漢なら同じように女を侍らす奴に警戒心を緩めるのは確かなんだよ。少なくとも査察官とは思われにくい」



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カジノ

「………ん?」

「あん? 誰だお前」

「俺だ」

「あ!? 【殺戮(ヴォーパル)───いってぇ!?」

「何でここに──あいったー!?」

「横にいるのはまさか【剣──いでぇ!」

 

 知り合いを見つけたので髪の一部の色を戻し消していた傷を現し声をかけるベル。気付いて叫びそうになったモルド達(Lv.3)アイズ(Lv.6)ディックス(Lv.5)リュー(Lv.4)に向こう脛を蹴られ強制的に黙らせられる。

 

「悪いな三人とも…」

「お、おう………お前にゃ稼がせて貰ったしな………気にするな」

「………お前も怯えないんだな」

「【アポロン・ファミリア】の奴ら、エイナちゃん殺そうとしたんだろ? その場にいたならキレんのも当然だろ」

「…………後でエイナになんか別のお礼しとくか」

 

 どうもエイナの人気に救われたらしい。後で担当アドバイザーのハーフエルフに何か礼をしよう。

 

「時にお前等、ここにいるって事はゴールドカードか?」

「「「おうよ!」」」

「俺の手伝いをするならプラチナカード。降格することで一度だけ借金をチャラに出来る権利をやる」

「…………マジで?」

「え、できんの?」

「ほれ、娯楽都市(サントリオ・ベガ)の許可証。十人までならくれてやれる」

「で、何をすれば良い?」

「何でもするぜ」

「跪いて靴だって舐める」

 

 あっさり忠誠を誓う三人に作戦を伝えてから、その肩を順に叩き頑張れよ、と応援して去っていった。

 

 

 

 

 

 

「遠路遙々ご足労様ですチャイム・シールズ様……」

 

 出迎えたテリーは腰が低く揉み手でベルに挨拶する。が、その目には敬意など全くなく寧ろ見下していると言っても良い。時折その視線はアイズとリューを行き来する。

 

「形式的な挨拶は良いんだよ。所詮親父の代わりだしな」

 

 今回ベルは娯楽都市(サントリオ・ベガ)の重役の1人の息子、という設定だ。如何にもなドラ息子な横暴な態度にテリーの顔がピクピクひきつる。

 リューとアイズと言えば演技とはいえベルの表情が変わる珍しい光景にジッと観察しており、それがベルにぞっこんに見えてテリーの怒りが尚増す。

 

「それで、どうでしょう私の店は」

「んなことより聞いてるぜ? お前、結構な上玉を侍らせているらしいじゃねーか。俺にも見せてみろよ」

 

 その言葉にテリーは途端に機嫌を良くしええ、ええ、と笑う。

 このクソ生意気な坊主に自分の手に入れたコレクションを見せて自慢しようと考えたのだ。どうも、このクソガキも自分と同じように女好きらしい。

 

「まあ、俺の女ほどの上玉が居るとは思えないが」

「─────っ」

 

 少し良い女を揃えただけで生意気な、と自分を棚に上げるテリーはしかし女神に勝るとも劣らないその美貌にゴクリと唾を飲む。目の前のクソガキが重役の子でなければ、と歯噛みしそうになりながら、我が城であるかのようにソファーに座り料理を注文するベルを睨みつけた。

 

(………成功を続けて増長してるな。なめられるのが気に食わなくてどうやり過ごすかよりどう俺から女を奪ってやろうか考えてるな)

 

 扱いやすい奴、とベルが考える中リューがソっとベルに耳打ちする。チラリとテリーを見ながら。ベルがこれ見よがしに笑いを堪えるふりをすると忌々しげな目でリューとベルを睨む。

 リューはそのままストンとベルの横に腰を下ろしアイズもその横に座る。ディックスは護衛なのでソファーの後ろに立つ。

 

「それより女だ女。さっさと見せろ」

「………ええ、直ぐにでも」

 

 両隣に美女を侍らせ睨まれながらもケラケラ笑う若造に内心舌打ちしながら集めに集めた美姫達を呼び寄せる。

 護衛がヒュウと口笛を吹くがクソガキはふーん、と興味なさげ。ますますイラつく。

 

「所で、その明らかに場になれていない女は? 新入りか?」

「────っ」

 

 ベルが1人の美少女を見て尋ねるとビクリと肩を震わせる。男の視線に怯えおどおどした様子は保護欲や加虐欲を掻き立てる。

 

「ええ、アンナと言いましてね。恋多き私のことを愛してくれた子ですよ」

 

 羨ましいだろう? と言いたげな視線にベルは見下したような表情を返す。

 

「………アンナ………アンナなぁ……そういえばテリー、知っているか? この街に神さえ求婚する美少女が居るらしい」

「…………ほお、それで?」

「一目見たくてここに来るより先に顔を見に行ってな? そしたらびっくり、賭博の担保にされて連れてかれたそうじゃないか! 賭事と聞けば黙ってられない俺は少し調べてみたんだ。そしたら、裏で誰かが糸を引いてるらしい」

「何が言いたいのか私にはさっぱりですがなる程、チャイム様は美しい奥様と愛人がいて尚満たされていないようだ」

「女なんて何人居ようと同じだ。所でテリー、お前何時からノーマルになった?」

「……………は?」

「それと、会うのが久し振りだからか随分顔が変わったじゃねーか。別人かと思ったぜ」

「……………え、えっと………どこかでお会いしましたかな?」

「忘れちまったのか? 昔ベッドに誘ってくる度に蹴り飛ばしてやったろう。あの時の喜んでたお前はどこに……」

「─────!!」

 

 テリーは顔を赤くして、しかし直ぐに青くする。

 此奴は、知っている。()()()テリー・セルバンティスを……。

 

「い、幾ら払えば宜しいのですかな?」

 

 敢えて言及しないと言うことは、つまりそういうことなのだろう。金を寄越せと強請っているのだ。

 

「ここは最大賭博場(グラン・カジノ)だぜ? なら、俺等のやり方で決着を付けようじゃねーか」

「ほう、宜しいので?」

「ああ。親父に誓って」

 

 やはり若い。娯楽都市(サントリオ・ベガ)の重役は、たとえ親であっても名を使うと言うことを解っていない。

 

「しかし私はいらぬ疑いをかけられている身。どうせなら、そちらの奥様方も貸してほしいものですね」

「「────ッ!」」

 

 それにいざとなったら殺せばいい。此方には「黒拳」と「黒猫」が居るのだ。その事を思い出し急に強気になるテリー。

 舐め回すような粘度すら感じる視線に2人が不快感を顕わにするとベルが2人の手にソッと手を置く。気持ち悪さが無くなった。

 

「安心しろ。俺が守るから……」

「………う、うん」

 

 ベルの言葉に顔を赤くするアイズ。

 ベルはテリーに向き直る。

 

「生憎、この2人はお前みたいな奴が触れて良い存在じゃないんだ。というか、お前が触れて良い女がこの世に居る訳ないだろ」

「な、き………貴様!」

「そもそも一回も勝てないって解りきってるゲームで何故何かを賭けられると思った」

「………ほう、大きく出ましたな。では、私が一度でも勝てたら私の言うことを何でも聞いて貰っても?」

「構わない」

 

 テリーはニヤリと笑う。大方甘やかされて勝ちを譲って貰ってきたのだろう。本当のゲームというのを見せてやる。と、ほくそ笑む。

 ゲームはポーカー。ディーラーがカードを配った瞬間、腕が落ちた。

 

「………へ?」

「おいおいなに坊ちゃんにいかさま仕掛けてんだお前」

「──ひ、ひぎいぁあああ!?」

 

 呆然としていた男は自分の腕が斬られたことに気付きのたうち回る。その度に周囲に血に染まったカードが床に転がった。

 

「…………ゼクス、やりすぎだ」

「さーせん」

 

 ベルの言葉にディックスはケラケラ笑う。テリーが雇った護衛達は予備動作すら見えなかった護衛の動きに目を見開いていた。

 

「気を取り直して、ゲームを始めようか………ああ、またいかさますると腕が無くなるから気を付けろ」

「……………」

「悪かったって。次からはちゃんと止める」

 

 アイズとリューの責めるような視線にベルは肩をすくめ、エリクサーを取り出す。

 

「ほら、運ばれた男に使ってやれ」

 

 ベルが小瓶を近くの職員に渡すと職員は早足にその場から去った。

 

「じゃあ今度こそ始めようか」

 

 

「ストレート」

 

 ………可笑しい。

 

「フォーカード」

 

 可笑しい。

 

「お、ロイヤルストレートフラッシュ」

 

 可笑しい!

 

「な、なんだその引きの強さは!」

 

 一度も勝てない。もはや払える金はなく、ならばと美姫を一人ずつ差し出して、それでも尚勝てない。

 クソガキの外で遊んでこいという言葉に従い金を受け取り出て行く美姫達。残る美姫はアンナただ一人。護衛のファウストに向かって叫ぶがいかさまを見破る役目の彼は首を振る。

 

「く、くそ!」

 

 と、カードを引く。キングの四枚。最強のフォーカード。

 これなら、と笑み浮かべる。

 

「勝負だ!」

「ほらよ」

 

 一度でも勝てれば、そう思い勝負に出る。そんな彼を嘲笑うように兎に跨がった『道化師』(ジョーカー)が2人微笑んだ。

 

「約束通り最後の娘を返して貰うぞ。さ、おいで」

「は、はい……」

「………何なんだ」

「…………」

 

 テリーはプルプル震えながら呟く。

 

「何なんだお前は!? 女達を助けて、正義の味方気取りか、ええ!?」

「正義の味方、ねぇ……そんな大層なもんじゃねーよ俺は。英雄に憧れた(姫を助ける騎士を気取りたい)だけの若造さ」

「…………殺せ………コイツを始末しろファウスト! ロロ!」

「………そう来るか」

 

 スゥ、と無表情になるベル。指輪を外し、髪と瞳の色を元に戻し、消える。

 

「「が!?」」

 

 腹に十字の切り傷を刻まれ床に倒れる2人組。その瞬殺劇にテリーとアンナは唖然とする。

 

「ファウストに、ロロねぇ………何時からお前等が「黒拳」と「黒猫」になったんだシャールと……すまん、片方名前忘れた」

 

 その無表情で無感情な口調に、2人は憶えがあった。

 まだ恩恵を刻まれる六年ほど前。二桁にも届かぬ子供に殺されかかった記憶。自分を見下す赤い瞳。

 

「………あ、【赤目の──」

「───死神】………?」

「懐かしい呼び名だ」

「………な、あ……?」

「テリーの名を騙って、雇った部下も名を騙るだけの偽物を掴ませられるとは滑稽な奴だ」

「ま、待て! 金なら幾らでも払う! こんな事を二度としないと誓う! 誓います! だから、見逃して」

「…………信用できませんね、テッド」

「…………へ?」

 

 唐突に聞こえた自分の本名にテリー───テッドは目を見開き自分から全てを奪っていた男の妾のエルフを見る。

 

「アナタはアストレア様に慈悲を戴き、一度は見逃された身。その上でこの悪行、見逃してやる道理はない」

「……お前、まさか………【疾風】………?」

 

 それはかつて自分に屈辱を味わわせたファミリアに所属する冒険者の二つ名。ガチガチと震えるテッドはしかし勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 

「おいクソガキ! 交渉だ、その女をギルドに突き出されたくなけれ──ば?」

 

 リューを指した指がボキリと折れる。何時の間にか目の前に移動していたベルがテッドの指をへし折ったのだ。

 

「やってみろクソジジイ。娯楽都市(ウ  チ)に手を出して………さらに此奴等に手を出すってんなら殺すぞ」

「ひ、ひぃぃぃぃ!?」

 

 腰を抜かし後ずさるテッド。床に水溜まりを作る。

 

「ただまあ、確かに金で解決しても良いぞ」

「ベルさん!?」

「払えるならな」

「…………は?」

 

 と、その時扉が勢いよく開く。

 

「た、大変です経営者(オーナー)! 全部持ってかれました!」

「は?」

「よお兎! お前の言うとおり稼ぎまくったぜ!」

「後でプラチナカードだからな!」

「解ってる。で、テッド………お前は何をかける気だ?」

 

 

 

 

 

「お疲れ様」

「えっと……うん」

 

 あの後、娯楽都市(サントリオ・ベガ)の査察官の証明書を見せるとあっさり素通りできた。そして現在、四人は酒場に来ていた。

 

「………今回は助かりました。しかしベルさんは、どうしてあの三人が勝てると?」

「実体験。幸運を分けてくれと抱きついてくるロキがその日は決まって大勝ちしてたからな」

 

 なのでモルド達に触れ、勝つように命じたのだ。彼等は儲かり娘達は解放されベルは娯楽都市(サントリオ・ベガ)から金を貰う。誰も損をせず望みを果たしたわけだ。

 

「………ねえベル」

「ん?」

「ベルは、私を守ってくれるの?」

「まあ必要ないだろうがな。お前の方が強いし………でもまあ、守るよ」

「………助けてほしかったら、助けてくれる?」

「ああ」

「………そっか………うん、そっか……」

「………………」

 

 リューが不機嫌そうな顔をして、ディックスがケラケラ笑いリューに向こう脛を蹴られた。




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雄牛

「やったぞベル君! 入団希望者だ! 【ロキ・ファミリア】じゃなく【ヘスティア・ファミリア】(僕  の  フ  ァ  ミ  リ  ア)に!」

 

 ダンジョンから戻るとヘスティアが満面の笑みで出迎えてきた。ベルは入団希望? と首を傾げる。

 あれだけの大虐殺を──行った本人が言うのはどう思うが──見て入団したいと思ったならかなりの変態だ。まあ【アポロン・ファミリア】を潰したという噂だけで来た可能性も否定できないが。

 

「カサンドラです。あの、不束者ですがよろしくお願いします………」

「久しぶりだな。前にいた友人はどうした?」

「ダフネちゃんは【ミアハ・ファミリア】に………あの、役に立てるか解りませんが頑張ります!」

「ああ。まあLv.2だろ? 期待してる。それと、何か面白い予知夢をみたら教えてくれ」

「はい! はい!」

 

 ベルの言葉にカサンドラは嬉しそうに笑みを浮かべ両手を掴んでくる。それを見たヘスティアが目を見開き───

 

「何をしてるんだいベル君!」

「何をしてるんですかベル!」

 

 共にダンジョンに潜り共に黄昏の館に戻ってきたレフィーヤが同時に叫んだ。

 

「………すまん。俺はこれから街の奉仕活動だ。リヴェリアに怒られる前に行ってくる」

「あ、ベル居た……」

「丁度良い、行くぞ」

 

 ベルとアイズは前回カジノで騒ぎを起こした罰として街中での奉仕活動を義務づけられていた。ヘスティアとレフィーヤが面倒なのでそれを理由にその場から逃げた。

 

「そういえば、そろそろ潜るんだってな」

「ダイダロス通りの地下のこと?」

 

 崩落し、発見された地下空間。そしてダンジョンに繋がると思われるオリハルコンの扉。近々そこ以外にダンジョンへ通じる扉がないか探りに行くのだ。

 

「頑張ろうね、ベル」

「ああ」

 

 

 

「ふうん、白兎ね………」

 

 すっかり疲れきったヘルメスがシクシク泣きながら横たわるベッドの近くのソファーで全裸で煙管を吸う女の名はイシュタル。オラリオ最強の冒険者【猛者】(おうじゃ)オッタルを使役するフレイヤと同じく『美の神』である。

 ヘルメスから強制的にフレイヤの弱味を聞き出し紫煙を吐き出す。

 どうやら一人の男にご執心らしい。その男は近々彼女が支援してやっている地下に建築されていく迷宮に向かうという噂がある。

 

「ふん。丁度良いじゃないか……」

「うう、すまないベル君………」

「そのベルって奴に関して知ってる情報全部言いな。それとも、また愛して欲しいか?」

「まま待った! 解った、言うから! ええっと……確かこの歓楽街の狐人(ルナール)の女の子の所に暫く泊まってた……って聞いたような」

「ふぅん、春姫に………彼奴何時の間に処女捨てたんだ?」

 

 

 

 

 ダンジョンの奥深くで斧と大剣がぶつかり合う。

 片方は黒い猛牛。ここまでなら良い。かのミノタウロスが斧を振るう姿に誰が違和感を持とうか。問題は、相手だ。

 都市最強の冒険者オッタル。それが、ミノタウロスと()()の勝負を繰り広げていたのだ。

 

「ぬぅん!」

「ブウゥ!」

 

 斧と大剣がぶつかり合いその衝撃波はこの階層丸ごとを吹き飛ばしかねない威力。事実、縄張りで暴れられブレスを吐いたヴァルガング・ドラゴンが衝撃波に押し戻されたブレスに焼かれ衝撃波によりバラバラに消し飛んだ。

 天変地異と見紛う決戦はしかしミノタウロスが斧の穂先を地面に刺すことで終わりを告げる。

 

「…………?」

 

 訝しむオッタルにミノタウロスは敵意を消し、そして……()()()()()

 

「強き人よ、ここらで手を打たないか」

「───!?」

 

 モンスターが口を利いたことに驚きを隠せず目を見開くオッタル。ミノタウロスはそんな反応も予想していたのか特に何も言わない。

 

「このまま行けば貴方が勝つだろう。自分は、貴方より弱い」

「だが、俺を更なる高みへと昇華させる経験値になる」

 

 最強(オッタル)は認める。目の前の雄牛の強さを。

 最初は武器の能力が厄介な程度だった。重さを増し威力を底上げする能力と()()()()()()能力。が、この二つに警戒していれば問題なかった。

 しかし戦っている内にダンダンと強くなっていた。体の動かし方を、駆け引きを、技を少しずつ昇華させていた。

 倒せばどれだけの経験値になるか………。

 

「だが自分も全力で応戦する。その場合、貴方は一人で帰れるか?」

「…………む」

 

 それには同意する。この雄牛の強さを認めるからこそ、決着が付いた時の自分がどのような状態なのか想像に容易い。

 

「それも………そうだな。俺はフレイヤ様の剣。勝手に折れるわけには行かない。感謝しようミノタウロスよ、俺は失態を犯すところだった」

 

 俺もまた冒険者だったというわけか、と肩を竦めるオッタル。

 

「しかし、自分はここに人が来るのを初めて見た。それほどの力がありながらなお力を求めるのか?」

「触発されたのだ。いずれ後輩となる冒険者に、追い抜かれるわけには行かぬと」

 

 あの方を誰よりも守れる。それが自分の誇りなのだから。

 

「一つ聞きたい。お前は、何者だ?」

「それは我々も解らない。ただ、周囲のモンスターに襲われる存在であるのは確かだ」

「我々だと?」

「そう。我々だ……」

 

 そう言って己の斧の柄を撫でるミノタウロス。

 

「その斧に意思があるとでも?」

「言うさ。この斧は、嘗て己を砕いた力に憧れその力を真似る程度には意思がある」

「…………そうか。黒い雷………あの男の」

 

 ある男神がフレイヤの機嫌を取るために持ってきた映像を映すマジックアイテムに映されたとある戦闘と、自身の片腕に傷を付けた一撃を思い返す。

 だが一つ疑問が残る。

 

「貴様があのミノタウロスだとするなら、貴様は既に滅んだハズだ」

「む? あの戦いに居たのか? ならばその通りと答えよう。そして、自分はその後相棒と共に再び目覚めた。こうして、言葉を話せる理知とともにな」

「……貴様は何を望む。復讐か?」

「別にそのようなモノは望まない。お互い全力を出し切ったのだ。次は、こうして言葉を覚えたのだ、話してみたい」

「…………そうか。ならば良い」

 

 オッタルはそう言うと大剣をしまい、歩き出した。

 

 

 後日【猛者】(おうじゃ)が世界唯一のLv.8になったというニュースがオラリオ、そして世界に駆けめぐった。

 

 

 

「くそ! Lv.8だと!? どうしてあの女の所が、忌々しい!」

 

 名声を欲しいままにする『美の女神』に苛立ちを覚えるもう一人の『美の女神』。いや、此方には準備ができているのだ。最強を引きずり下ろす準備が………しかし、Lv.8はまさしく未知の領域。

 

「…………おい、『天の牡牛』を運ばせろ。どこか適当な店の空き部屋の壁を壊して繋いでおけ」

「し、しかしそう簡単に貸してくれるかどうか……」

「金にモノを言わせればいい。奴等は、度々金をせびってくるな。ふん、あんな穴蔵を作って何がしたいんだか」




というわけでオッタルさん強化。
ついでに皆さんが待ち望んでるヒロイン(?)も登場
感想お待ちしておりまーす


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神の思惑

「さて、そろそろ地下迷宮に潜るわけだけど、何か意見がある者は居るかい?」

 

 というフィンの言葉にベルが手を挙げる。

 余所の【ファミリア】とはいえ傘下【ファミリア】にしてLv.4。そして団長。故に幹部候補のラウルより上、幹部未満の地位で話し合いに参加している。

 

「Lv.3以下は置いていった方がいい」

「同感だな。雑魚が居たって邪魔なだけだ」

 

 場所は崩落し通路が剥き出しになっている場所。多くの【ロキ・ファミリア】の下位団員が集まる中足手まといを置いていくと進言するベルに同意するベート。ムッとする視線が飛ぶ。

 

「サポーター擬きなら俺の力で何とかなるし、マッピングも同様。それに、人が増えると手が回らなくなる」

「手が? 指示のことではないよね」

「解呪だよ。俺にはその魔法がある。けど、人数が増えれば追い付かなくなる」

 

 と、相手が呪いを使う前提に話を進めるベルに首を傾げる一同。

 

「カサンドラの『予知夢』(ゆ  め)だよ。信憑性は高いと思う。彼奴、俺が【アポロン・ファミリア】で殺気を放つ前から異様なまでに俺に怯えてたしな」

 

 そんな彼女が見た夢は、赤毛の女に勇者が襲われ道化師達は水黽の群に襲われる。そして治癒を使う道化師を筆頭に数名が蜘蛛の巣に捕らわれ毒をその身に受け死に絶える。というものだった。

 団員達は所詮夢だろ? と呆れるがフィンはチラリとロキを見る。

 

「んお? ああ、ベルっちの言葉に嘘はないで」

「それに、俺はあの女………レヴィスって言うんだっけ? そいつの話もしていない」

「その上で赤毛の女、か………確かに無視できる言葉じゃ無さそうだ」

 

 フィンの言葉はそのまま決定と受け取っても良いだろう。

 

「………レフィーヤ、この前ランクアップしたんだってね?」

「は、はい!」

 

 レフィーヤは既にランクアップを果たした。最低がDで魔力に至っては999という形で。

 

「馴らしているかい?」

「問題ありません」

 

 フィンの言葉に力強く頷くレフィーヤ。そうか、と呟きため息を吐く。これは不満が多そうだ。

 

「Lv.3以下の団員はここで待機。出て来ようとする者がいたら捕らえてくれ」

「団長! 我々も行けます!」

「そうですよ、それに……結局夢でしょう?」

「……………」

 

 カサンドラはその言葉に身を小さくし、フィンはベルを見てコインを渡してくる。

 

「彼の発展アビリティには幸運がある。それは触れた相手に最大賭博場(グラン・カジノ)を絞り取るほどの豪運を与えるほどだ。裏が出たら不運として、連れて行かない」

「………フィン、やらせるなら取り敢えず十人ほどが良いんじゃないか」

 

 結果、十人が十人とも裏を出した。

 

「………さて、一度持ち物と編成の見直しだ。戻るよ………」

 

 

 

 

「……………」

 

 遠征に参加するのは名誉なことだ。それがダンジョンの外であっても、未知ならば。

 故にその機会を奪ったベルはカサンドラと共に安い宿屋に泊まることにした。ようするに、気を使ったのだ。

 

「あの、ごめんなさい………」

「何がだ?」

「私が余計なこと言ったせいで、雰囲気が悪く……」

「お前が言ったことを俺が信じた結果だ。気にするな」

「し、信じて………えへへ~」

 

 ほんのり頬を赤くしながら左右の五指を合わせモジモジと照れる。このまま暫く二人っきりで外に泊まるのも良いかな~などと思い始めた時だった───

 

「ベル殿ぉ!」

 

 バーンと扉が開き命が入ってくる。その手には引きずられているヘルメスが。

 

「春姫殿と寝たというのは本当ですか!?」

「ね───!?」

「春姫?」

 

 寝たという言葉にカサンドラは顔を真っ赤にし、ベルは以前世話になった処女の娼婦の名に首を傾げた。

 

 

 

「お前ら知り合いだったのか。同じ極東とはいえ世間は狭いな」

 

 どうやら命と春姫は既知らしい。ヘルメスが友神のタケミカヅチに歓楽街で見つけた可愛い娼婦の話をする中偶々ベルが狐人(ルナール)の春姫という名の娼婦の下にベルが入り浸っているのを聞いたそうだ。

 

「偶々、ねぇ………」

 

 やはり信用ならない。取り敢えず何もなかったことを伝え帰って貰った。が、ヘルメスには残って貰う。

 

「それで、お前が俺をあの女と巡り合わせた理由は何だ?」

「………俺はイシュタルに依頼されてあるものを運んだんだ。そして知ってしまった」

「……………」

「春姫ちゃんは、もうすぐ死ぬ……イシュタルの手によってね」

「…………つまり俺に助けろと? お前でやっておいて、何を──」

「でも英雄らしいだろう?」

「──────」

 

 ピタリとベルの時が止まる。ゆらりと影が迫った。

 

──救え助けろ。可哀想じゃないか……それを助けるのが英雄(ボ ク)の役目だろ?──

 

──それを奪ったのは誰だ?──

 

──奪ったのは君だ──

 

──だから救え。その命に代えても──

 

 耳を塞ごうと意味はない。故にその幻聴を聞き続ける。

 吼えるな、五月蠅い。

 ではどうしろと? 【イシュタル・ファミリア】については暫く滞在してたんだ、調べてある。

 ギルドは昔失態を犯して強く出れない。Lv.5も一人いる。そして、仮にも【フレイヤ・ファミリア】を相手にしようと構えているのだ。何があるか───

 

「…………ん?」

 

 そこで引っ掛かりを覚える。

 そもそもヘルメスの目的は何だ? 此奴が個人を救おうとするとは思えない。リヴィラの時のようにベルの実力を見たいなんて腹なら相手が大掛かりすぎる。

 

──夢を見せてもらうつもりだったけど、今夜は止めておくわ。だって今のベルは『貴方に恋をする女』(わ     た     し)と一緒はいやでしょう?──

 

 ふと美の女神の囁きを思い出す。あの愛の囁きを………。

 

「お前、俺を餌に【フレイヤ・ファミリア】を【イシュタル・ファミリア】が動く前にぶつける気か?」

「そうだよ。イシュタルは用心深く馬鹿じゃない。倒せると思うぐらいの準備はしてたはずだ。だけど、オッタルのランクアップに加えフレイヤへの嫌がらせのために君を攫った事による突然の襲撃があればほぼ確実に潰れる」

「俺がイシュタルに食われそうになればフレイヤが必ず動くって言うのか?」

「言うさ。彼女は君にぞっこんだからね………でもねベル君、これは世界のためだ、イシュタルは確実に良くない者と手を組んでいる。そいつ等の望みが叶うのはオラリオが滅びる時だ………そうなれば、世界は再びモンスターがあふれかえる」

「……………」

「ベル君、俺は世界の平和を願っているよ。子供達が泣き叫び死んでいくなんて、俺の望む世界じゃない。ベル君だってそうだろう? だから、俺が嫌いなのは解る。でも、手を貸してくれ」

 

 ベルは無言でヘルメスの顔面を殴りつけた。鼻血を出し壁に頭を打ち気絶したヘルメス。チラリと虚空をみる。

 

「出てこい」

「………気づいてましたか」

 

 現れたのはアスフィ。突然現れたように見えるアスフィにカサンドラが驚く中アスフィはヘルメスを担ぐ。

 

「クラネルさん。ヘルメス様は確かに信用できませんし胡散臭い……ですが、世界のことを思ってくれていることだけは本当です」

「知ってるよ。だからまだ生かした」

「………恨んでくれてかまいません。今回の件も、無視して貰っても」

「俺が無視してもイシュタル共が俺を無視しない。それに───」

 

 ふと思い出すのは歓楽街に身を隠していた3日間の記憶。

 

──ベル様はどうして英雄になりたいのですか?──

 

──それが義務だと思ってるからだ──

 

──空っぽなのですね。ですが、わたくしは何となくですが……貴方自身英雄に憧れていると思っていますよ──

 

「───あの女狐を助けてやりたいとも思う。向こうから来るんだろ? なら、それを理由に動くさ」

 

 

 

 

 カサンドラは燃え盛る街を見回す。

 ああ、これは夢なのだろう。傷を負った兎が街中を走る。あれは、ベルだろうか?

 燃え盛る街でベルが何かから逃げている。

 次に現れたのは醜いヒキガエル。そして美しい女。どうやらヒキガエルから逃げているようで、美しい女が嗜虐に満ちた顔で兎を捕らえヒキガエルを追い払う。

 このままでは(ベル)が酷い目に遭わされてしまう! そう思ったカサンドラはグシャリと何かが踏み潰される音を聞いた。

 振り返るとそこには一頭の牛がいた。ヒキガエルを踏み潰し、美女に捕まった兎目掛けて突っ込んだ。




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地下迷宮

「いいですか? どんな美人でもついて行っちゃ駄目ですよ? 絶対ですからね~!」

 

 宿屋から出て地下迷宮に向かおうとするベルに、カサンドラが見えなくなるまでずっとそんな事を叫ぶ。周りの視線がゴミを見る目だ。が、気にせず歩く。

 

 

 

「集まったね」

 

 崩落したダイダロス通り。そこに集まったのはLv.3の下位団員とLv.4の二軍、そして幹部達。

 リヴェリアは地上に残り指揮を担当。ここ以外に、隠された通路を探すのが目的だ。

 そして何故か【ロキ・ファミリア】ではない黒髪のエルフもその場に居た。

 

「ベル・クラネル、久し振りだな」

「フィルヴィス、プレゼント選びの時はありがとな」

「いや、買ったのはお前だろ? 色を選んだのもお前。私は少しデザインを選んだだけだ」

「俺はそのデザインの良し悪しも解らないからな」

 

 以前レフィーヤ以外に素っ気ない態度を取っていたことを知っている団員達は目を丸くして見ていた。

 

「まあ、レフィーヤが喜んでくれたのはお前からのプレゼントというのもあるだろう」

「レフィーヤから俺の話を聞いてるのか? 意外だな、俺みたいなタイプは潔癖なエルフにとっては不快かと思ったが」

「お前の過去も聞いている。確かに受け入れがたいが、私とて死を振りまく汚れた身だ」

「俺は自分の意志で死を振りまいていたけどな」

 

 どこか達観したような雰囲気のフィルヴィスと無表情だが自嘲するようなベル。レフィーヤは姉弟みたいと眺める。

 だから仲が良いのだろうか?

 

 

 

 

 暗い通路を進む一同。ベルは百メートル歩くごとに羊皮紙に地図を描き足していく。脳内マップに今の所赤いカーソル、敵は居ない。Lv.4になりスキルも進化したのか細かい色分けが出来るようになっていた。

 

「ベル、この点線はなんだい?」

「隠し扉………いや、つり天井か? その通路は開け閉め出来るみたいだ」

「成る程ね………つまり扉を起動させれば僕達を閉じこめられるわけか……」

 

 天井に向かって槍を投げつけるフィン。天井に亀裂が走る。が、それだけ………。

 

「扉は最硬金属(オリハルコン)、壁は超硬金属(アダマンタイト)、か………」

「同金属使ったレールガンならぶち壊せるだろうけど………」

「魔力消費が少ない技とはいえ、この数はね……一々破壊していたら何日かかるか」

「放置で良いのか?」

「………気は進まないけどね……」

 

 

 

 

 暫く進み、ベルは足を止める。脳内マップに現れたカーソルの色は黄色。モンスターではないが、此方に敵意を向けている存在がいる。

 

「ベル、ベート……突っ込め」

 

 この中で特に速度を誇る2人に突撃命令。ベートとベルは同時に床を蹴り飛び出す。視界が開け広間に出ると驚いた顔で固まっていた。

 

「「───死ね」」

 

 放たれる凶狼と兎の牙。女は後ずさるが遅い……そう、()()()は……。

 

「──!? ベート!」

「が!?」

 

 ベルはとっさにベートを蹴りつける。回復能力持ちの自分の方が盾になるべきと言う判断の下だ。

 迫り来る禍々しい気配を放つ黒剣がベルの左腕を切り離す。焼けるような激痛をしかし強靱な精神力と精神安定で無視して雷撃を放つ。かわされる。

 

「………漸く会えたな、ベル」

「てめぇ………」

 

 血が止まった左腕を押さえ、ベルはその女を睨みつける。アイズからその名を聞いた。

 18階層、リヴィラの街で襲ってきて、ベルの両腕を切り落とした赤髪の女。聞けば人とモンスターの側面を持つ怪人(クリーチャー)だとか。

 

「───レヴィス!」

「ああ。私の名だ……アリアから聞いたか?」

 

 忌々しげに睨みつけるベル。異変を感じたのか【ロキ・ファミリア】の面々が走ってくる足音が聞こえた。

 

「………邪魔だな」

 

 レヴィスが呟くと同時に水黽のようなモンスターが無数に現れる。いや、水黽だけではない、食人花の群まで居る。

 それが【ロキ・ファミリア】へと殺到する。

 

「おいおいおい! なぁに兎と遊んでんだよ用心棒様よぉ!」

「黙れ。お前が小人族(パルゥム)を殺したいように、私も此奴を潰したい。邪魔をするなら斬る」

「おおこえぇ……」

 

 と、女は肩を竦めてモンスターに囲まれている【ロキ・ファミリア】の下に向かう。

 

「よおぉフィ~~~ン~~~~ッ! 会いたかったぜぇ、クソすかした勇者様ァ!」

「あぁ、やっぱり生きていたか………ヴァレッタ」

 

 どうやらあの女はフィンが知る女らしい。名はヴァレッタ。と、レヴィスに意識の殆どを向けながらも情報収集をするベル。レヴィスの表情が歪む。

 

「どこを見ているベル………お前が相手しているのは私だ」

「チッ………足を吹き飛ばされたのがそんなに気に食わねーか」

()()()()()()()()()()()。私はお前が気に食わない。力が無く、そのくせ持っている手札を使って、知恵を巡らせ、努力すれば格上に一矢報える………そんなものは、空想の御伽噺で、子を死地に向かわせる妄言で十分だ」

「そういやお前、俺に死んだこともないとか言ってたな……それが死因か? それとも、それで仲間を失ったか?」

 

 挑発する。此方に引きつける。

 雷速移動を使えばオラリオ最速は自分だ。相手が自分に執着するというなら、囮となって引き離す。

 

「………こんな状況でも、仲間の心配か?」

「────ッ!」

 

 レヴィスの殺気が鋭くなる。息を飲みベルは口を開く。

 

「【砕け散れ邪法の理】【アンチ・カース】」

 

 ガラスが砕けるような音が左腕から響き新しい腕が生えてくる。遠くでヴァレッタが目を見開いて叫ぶ。

 

「はぁ!? 不治の呪いを、消したぁ!? クソが、解呪師か!」

 

 血は止まった。しかし傷は治らなかった。恐らくは不治の呪いと尽きぬ闘志をその身で証明するベルのスキルが拮抗していたのだろう。故にベルが持つ魔法、あらゆる呪い、結界を破壊する魔法で呪いを消し去った。

 やはりカサンドラの『予知夢』(ゆ  め)を信じて正解だった。下位団員達まで来ていたら、その呪いを受けたら、混乱も発生するだろうし対処しきれない。

 

「……………」

 

 左腕を回復することは予想していたのか驚かず、しかしベルがやはり自分の命を奪おうとする相手より仲間のことを考えるのが気に入らないのか表情を歪めるレヴィス。

 

「お前の相手は私だ………」

「………」

「余所見をするな、ベル!!」

 

 思考加速を行う。雷を纏い全身の細胞を活性化させる。反射速度を大幅に上昇させる。それでも尚、捉えきれぬ速度。放たれる殺気を感じ経験と勘だけでかわすベルだがどんどん傷が刻まれていく。

 竦み上がりそうになるほどの敵意を、憎悪を宿した瞳を前にベルは雷速移動を使い背後に移動する。すぐさま二度目の雷速移動。

 落雷の如き突きがレヴィスに突き刺さるがレヴィスは怯まずナイフを突き刺す手首を掴む。

 

「ぐ───!?」

 

 ミシミシと折れそうなほどの力で握られ、そのままぶん投げられる。床を何度もバウンドしながら転がり、扉が落ちる音が聞こえた。分断された。

 

「さあ私と2人っきりだ………他の奴の事など気にせず、私を……私だけを見ていろ、ベル」

 

 

 

 

「ちょっ! ベートさん、何時までぼーっとしてるんすか!」

 

 ラウルが叫ぶ。ベートは蹴られた脇腹を撫でる。

 

「あの、野郎───!」

 

 湧いてくるのは怒り。蹴り飛ばされたことに対する()()()()()()

 

「庇いやがった、この俺を!」

 

 ふざけるな。お前は俺と同じだろう。俺より後ろを走っていた、スタートが遅れた俺だったろう。

 それが何故俺を庇う! 何故庇われている!

 

 

 ベルに庇われた。そんな情けない自分が許せない。

 蔑まれ怒りを感じなければ雑魚は強くなろうとしない。強くならなければ死ぬことを理解しない。だからベートは他者を見下し蔑む。

 だが何だこの様は。根性はある、過去の自分の映し身のような、()()()()()に庇われる。

 

「あっていいわけねーだろそんな事!」

 

 牙を振るえ。俺は強者だ。守られる弱者じゃない。守れない弱者じゃない。

 敵を食らう強者だ。怒りが、意地が、ベートを満たす。

 吼えろ、吠えろ、敵を殺せと騒ぎ立てる。




原作との相違点

Lv.3以下が居ない←重要

探知能力の優れたベルが居るためヴァレッタが逆に出撃される

フィンが呪いを食らわない←重要

レヴィスがアイズよりベルに執心←重要

ベート、庇われた自分に怒りを覚える


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吼えろ

「おいおい何か騒がしいけど、問題でも発生したか兄弟」

 

 暗闇の中ディックスは不気味な男に話しかける。兄弟と呼んだように、彼はディックスと母を同じにする者だ。

 

「止めろ、ディックス。同じ女の腹から生まれた、それだけのことだ。間違っても私を兄などと呼ぶな」

 

 嫌悪感すら滲ませた視線にディックスはヘラヘラと笑う。

 

「冗談だよ、冗談。俺だっててめぇみたいな『呪縛』の下僕共とチが繋がってると思うと、虫酸が走る」

 

 そういうと男の前にあった植物と融合したような台座に張られた水膜をみる。そこに映る金色を見てあ? と間の抜けた声を出す。

 

「何で【ロキ・ファミリア】が来てやがる? ああ、まあ一部派手にぶっ壊されたもんな。そこからか?」

 

 ぶっ壊された、という言葉に不快感を放つ男にディックスはおかしそうにゲラゲラ笑う。

 

「まあ良い。俺は新しい槍貰いに来たんだ。ついでにもう一つ」

 

 赤い長槍を抜き取るディックス。男は丁度良いとディックスに命令を飛ばす。

 

「手を貸せ。ここが暴かれるようなことがあれば───」

「ああ、うん。そういうのは良いからよ、ちっともう一つ欲しいモノがあるからそれくれよ」

「…………何だ」

 

 面倒そうに嘆息する男。しかし、目の前の男が望む物を渡さない限り動かないことも理解してるので尋ねる。

 

「俺の()はもう使えねーからよ()()()()()()

「何? ───ッ!?」

 

 ズブリと心臓に朱槍が突き刺さる。槍の持ち主は当然ディックス。

 

「き、きさ───」

「じゃあなバルカ。旦那達が来てる以上、てめぇは邪魔だ」

 

 朱色の呪槍が抜かれ、支えをなくし倒れる男──バルカは虚空に手を伸ばす。

 

「クノッソスの、完成………我等が、始祖の……作品……完成、させなくては……我等の悲願………」

「それはてめえの悲願じゃねぇだろ………」

 

 ドシャリと血の海に腕が落ちる。その左目から『D』の文字が刻まれた赤い球体が零れ落ちる。ディックスが懐から同じ球体を取り出し眺める。

 

「あんたも、他の奴も………変わらねーか」

 

 暗やみに包まれた広間の中、槍以外にも立て掛けられた武器を手に取り台座を破壊するディックス。これで監視は出来ない。尤も、機能は止まったりしないが。

 

「じゃあなバルカ。俺は『呪縛』を受け入れその道を疑いもせず突き進むお前等が大嫌いだったよ」

 

 扉を開け外に向かって歩くディックスはしかし一度振り返る。

 

「だけど、哀れだと思う。せめて外に出るぐらいの心が残ってりゃ、そこで旦那に出会えてたなら今はきっと違ったんだろうな」

 

 その目はきっと、一度も向けたことがない弟から兄への同情を映していたのだろう。

 

 

 

「るぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 まるでモンスターの咆哮(ハウル)のような遠吠えをあげモンスターを蹂躙するベート。何人かと引き離され今引き連れているのは二軍共。ベートの強さにおののく彼等を見て、苛立ったように叫ぶ!

 

「何してやがるてめぇら! 戦え!」

 

 ベートの怒号にビクリと肩を震わせる一同。

 

「兎は、ベルはゴライオスに、強化種のミノタウロスに、Lv.6のアマゾネスに挑んだぞ! それに憧れるだけか、ああ!? ちげぇだろ! 憧れてるだけで満足してるんじゃねぇ、尊敬してるだけで特別になったと勘違いしてんじゃねぇ! 悔しがって、その背を追って、『冒険』の一つでもしてみやがれ!」

「「「───!!」」」

 

 息を飲む団員達。そして、一人が飛び出した。

 

「う、うおおおおお!」

「くそぉ! 駆け出しに負けてたまるかぁ!」

「あの狼何時か泣かす!」

「………はん」

 

 蔑まれて侮蔑されて漸く前に進み出した雑魚共にベートは鼻を鳴らす。あの光景は、何も素晴らしいことなどない。

 自分を憎々しげに見てくるだけで目が合えば直ぐにそらす雑魚共が漸くやる気になったただけ。吠えただけ。それは当然の事だ。

 だが───

 

「笑わせてんじゃねーぞ最後の奴! てめぇらはそのままずっと背中追いかけてやがれ!」

 

 悪い気はしない。だから──

 

「吼えろ雑魚共!」

「「「うおおおおおおおお!!!」」」

 

 

 

「か───は──……は──」

 

 右目を失い左手を失い、喉が斬られた。

 血は出ていないがそれでも一目見て満身創痍と解るベル。剥き出しの神経が空気の流れに触れ泣き叫びそうな激痛を寄越してくる。

 声が出せないベルは呪文も唱えられず、呪いも解けない。唯一詠唱を必要としない雷も『英雄義務』(アルゴノゥト)のチャージ無しでは通じないと解っているがとっさの防御や回避に使用してしまい溜まらない。チャージした分を小分けに使っても同様だ。

 

「終わりだベル。そうやって無様に転がれ……それこそが弱者の姿だ」

 

 ベルにほんの僅かに付けられた傷も既に再生しているレヴィスが無表情で見下ろす。ヒューヒューと切れた喉から空気を漏らすベルの瞳からは、闘志は消えない。

 

「───ッ! まだ解らないのか!」

 

 レヴィスは苛立ったように叫びベルを蹴り飛ばす。

 

「お前は負けたんだよ、私に! 何も出来ず! なのに何だその目は、何だその顔は!? 勝てると思っているのか!? 一矢報いようとでも思っているのか!? 出来るわけないだろう!」

 

 だから立つな。そんな姿を見せるな。

 頑張ればどうにかなったなどと、お前みたいな事が出来れば良かったなどと思わせるな。

 

 床を何度も転がるベル。打撲や擦り傷は回復しているが、それでも満身創痍には変わりない。

 なのにまるでレヴィスの方が追い詰められている様な顔をしている。

 

「───ッ! もう良い、ここで死ね」

 

 届けるのは死体で良い。剣を振り上げるレヴィス。狙うは首。

 

「────何?」

 

 しかしそれは空を斬る。ベルは、突然開いた床に吸い込まれた。

 

「───ッ!」

 

 直ぐに追おうとするが閉まる。『鍵』を取り出そうとして、戦闘の末何時の間にか壊れていたことに気付く。

 狙っていたわけじゃないだろう。そんな余裕があるようには見えなかった。

 

「くそ!何奴だ、邪魔をして!」

 

 苛立ったように床を蹴る。軋んだ音を上げるが破壊した頃には逃げているだろう。 

 雷に焼かれ砕けかけた球体を踏み砕く。

 

「………運の良い奴だ」

 

 と、その場から去ろうとしてガクリと膝を突く。

 

「───?」

 

 全身から感じる倦怠感は、それこそ『呪詛』(カース)でも食らったかのようだ。

 

「いや、これは……」

 

 ブチブチ音を立て体の中から金属片を取り出す。戦闘に於いて、ベルが光線を放つ核に使っていた物よりも小さい。それは微かに雷を帯びている。

 思い出すのはリヴィラの街での最初の邂逅。意思に反して腕を伸ばされた記憶。

 恐らくそれと似たようなこと。雷を帯びた金属片を斬りつけた際に埋めていき毒のように体を蝕んでいたのだろう。

 レヴィス自身、激しい怒りで気づかなかった異変。もしこれがもっと多く繰り返されていたら倒れていたのはどっちだ?

 

「………忌々しい」

 

 所詮可能性の話だ。

 負けていたのは、転がっていたのは、殺されるところだったのは彼奴。自分ではない。なのに、怒りは中々治まらない。

 体の中から感じる違和感を頼りに金属片を抉り取りながらレヴィスは舌打ちした。

 

 

 

 

「ふぅ、あの怪物女………好き勝手やってくれたねぇ」

 

 『鍵』を持つ外部の人間。アマゾネスのアイシャ。落下してきたベルを受け止めようとするも反撃され、ベルは頭から落ちた。片腕が無くなりバランス感覚が狂っていたのだろう。

 まあ気絶した分には丁度良いが。

 

「しっかしこの傷どうにかならんかね。まあ、戻ったら解呪薬をありったけ試してみるしかないか」

 

 これだけ深い傷なのに。肉も、脂肪も、場所によっては骨すら見える傷なのに血は一滴たりとも零れない。そういうスキルなのだろうが、まるで此方こそ呪いのようだとアイシャは思った。

 戦えるんだから戦えと、そう急かしているようだ。

 

「ああん? ゲゲゲゲゲゲ。何だい、傷だらけだが好みじゃないか」

「手を出すんじゃないよヒキガエル」

 

 美麗なアイシャと同種であるアマゾネスとは思えない醜い容貌のフリュネがカエルのような笑い声を上げる。

 2M(メドル)を超える巨体は横にも広く短い腕と脚は筋肉の塊。顔は大きく黒髪のおかっぱ頭のしたでギョロギョロ蠢く目玉は気味が悪く、まるで巨大なヒキガエルだ。そのくせ自分は美の女神にも劣らない美女だと思い込んでいるのだから手に負えない。

 

「なんだい嫉妬かい? これだから醜い女は嫌なんだよ……」

「チッ、どっちが………早く行くよ。あの怪物女が来たら殺されちまう」

「ふん。醜いくせに力だけはあるからねぇあのブス」

 

 彼女達の目的はベル・クラネルをイシュタルの下に届けること。自分より崇められるフレイヤが気に食わず潰そうとする主神(イシュタル)がフレイヤの欲しがっているベルを寝取り挑発しようとしているのだ。

 

「全く、そのためにあんな気味悪い牛まで用意して。私には理解できないね」

 

 とはいえ、逆らう気は起きない。彼女はイシュタルに『魅了』されているのだから。

 魘され眠る白兎の頭を撫で、アイシャは歩き出した。

 

 傷だらけで血が流れないという光景に誰もが驚いていた。

 だから、誰もベルが持っていた剣が消えていることに気づかなかった。

 

 

「何だぁ、てめぇは………」

 

 ベートはモンスターや闇派閥(イヴィルス)を葬っていると明らかに毛色の異なる男が現れた。

 軽薄そうな笑みを浮かべたゴーグルを付けた男。男は何かをベートに向かって投げる。殺気と敵意もない。受け取ると『D』の文字が刻まれた球体だった。

 

「やるよ。『鍵』だ」

「………どういうつもりだ?」

「別に~? 俺はただ旦那の恩に報いただけだ」

「旦那? 恩? 何のことだ?」

「ヒヒヒ。まあてめぇらにゃわかんねーよ。一族の道標になろうとした勇者や世界を見たいって理由で地位を捨てた王族に率いられるてめえ等にゃあ」

 

 ゲラゲラ笑う男にベートは警戒心を解かず構える。恐らくLv.5。後ろに控える雑魚共じゃ相手にならない。ならば戦うべきは自分だ。

 

「俺は漸く自分で生きたいように生きれる。何かに当たり散らす必要も無くなった。だから、旦那の恩義に応えるためにこうしててめえ等に『鍵』をやる」

 

 が、ここまでだ。

 と、踵を返し駆け出す男。ベートが後を追おうとするが扉が閉まる。

 

「……………」

 

 渡された球体を翳し念じると開いた。本物のようだ。が、開いた扉の向こうには幾つもの閉まった扉。追うことは出来ない。

 

「おい、呪い食らった奴どんだけいる?」

「は、半分です」

「チッ。役立たずの雑魚共が……一度地上に戻るぞ。付いて来い」

「「「はい!」」」



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天の牡牛

待たせたな!
皆が待ち望んだ夢に出てきた牛だ!


 ベートは二軍を引き連れ外に戻ってきた。

 傷だらけの団員達を見て顔色を変えるリヴェリアとロキ。慌てて治癒魔法をかけるが傷は塞がらない。

 

「無駄だ。不治の呪いがかかってやがる。さっさと【ディアンケヒト・ファミリア】に連れてけ」

「あ、ああ………それより、他の団員は? それに、解呪ならベルが」

「分断させられた。あそこにゃ罠の扉が無数にあったんだよ」

「なら、どうすれば……!」

「『鍵』は手に入れた。俺が探しに行く」

 

 と、再びダンジョンに潜ろうとするベート。幸い彼は他の団員と違い受けた傷はモンスターからだけ。エリクサーを全身にかけ傷を治すと再び潜ろうとする。

 

「あ、あの! 私も行きます!」

「………ああん?」

 

 と、ベートが足を止め振り返る。手を挙げたのはLv.3のリーネという団員だ。

 

「話聞いてたか? あそこにゃモンスターや闇派閥(イヴィルス)共がいる。雑魚は足手纏いだ、引っ込んでろ」

 

 突き放すような言葉に、リーネがベートに好意を持ってることを知っている一部の者は責めるように見るがベートは気にしない。

 

「てめえの治癒もリヴェリアに劣る。つまり役に立たねーって事だ。解ったら巣穴から出てくんな。苛つくんだよ」

「ごめん、なさい………でも、役に立ちたいんです!」

「役に立ちたいから役に立てると思ってんのかぁ? 寝言は寝てほざけ」

「………………」

 

 悲しそうな顔をするリーネを無視してベートは歩き出す。

 

「てめーは魔力を温存してろ。帰ってきた奴から、呪い以外の傷を受けた奴を見つけて治してろ」

「…………はい!」

 

 と、リーネが頷いた時地響きが聞こえてきた。

 モンスターの大群が溢れ出して来た。ベートが舌打ちして指をゴキゴキ鳴らすとリーネは服の裾を掴む。

 

「………頑張ってください」

「ああ……」

 

 それだけ言うと飛び出す。リーネはその背を見送る。

 

「雑魚は下がってろ! 邪魔なだけだ!」

 

 対応しようとした団員達にそう叫びモンスターの群に突っ込むベート。リーネは治癒魔法を発動する準備を始める。

 

「おおおおお!」

 

 と、ベートが引き連れていた団員の一人がモンスターに向かって突っ込む。

 

「幹部だからってでかい顔させんな! 俺達も行くぞ!」

「おお!」

 

 

 

 

 フリュネはベルを連れてこいというイシュタルの言葉を無視して自分の部屋にベルを連れ込んだ。

 イシュタルの食べ残しなど御免だ。最初に食う。その方がこのガキだって幸せだろう。何せ自分はこんなに美しいのだから。

 と、自分の美貌を信じて疑わないフリュネ。

 

「しかし何なんだろうねぇこの傷……」

 

 解呪薬を山ほど試したがどれも効果はない。まあ良いか、あれが無事なら楽しめる。と、不意にベルの唇が動いていることに気付く。

 

「ああん?」

 

 喉から空気が漏れ殆ど声になっていない。フリュネが耳を近づけた瞬間パリリという音と共に何かが鼓膜を突き破る。

 

「────あ、がああああ!?」

 

 床を転げ回るフリュネに対してベルは口の中から幾つかの鉄の塊を吐き捨てる。鎖に縛られた手はゴキバキと無理矢理骨を折り肉を抉りながら引き抜く。

 そしてベルは喉に手を当て────()()()()()()

 ゴボリと口から血を吐き喉からバシャバシャと血が流れる。のたうち回るフリュネは自身の痛みも忘れ目を見開いてその光景を見る。

 ベルはそのまま呪われた肉を捨てると喉が傷一つ無い状態で再生される。

 

「あ、あー………【砕け散れ邪法の理】」

 

 紡がれる短文詠唱。ベルの身体を魔力が包む。

 

「【アンチ・カース】」

 

 呪いが砕け散る。

 もしここにレヴィスが居たならば間違いなく妨害されていたであろうがここにいるのは醜い化け物だけ。取り出したヘスティア・ソードで脚を切り落とし新しく生やした脚で床を踏む。

 

「ま、待ちなぁくそガキぃ! 良くもやってくれたねぇ!」

「……………」

「何なんだよ、アタイがせっかく愛してやろうってのにさぁ! もう許さないよぉ、お前なんか絶対抱いてやるもんか!」

「俺だって相手は選ぶ。たとえ一億積まれても、お前の裸を見ることすら御免被る」

 

 ベルは無表情でフリュネを見下ろす。

 

──弱いね。君は弱い──

 

──その弱さを利用するなんて英雄らしくない──

 

──最期までキチンと戦えよ──

 

「うるせぇ、黙れ………」

 

 これは俺の体だ。幻影を睨み付け歩き出すベル。フリュネが立ち上がり捕まえようとしたが倒れる。当然だ。鼓膜の奥、三半規管を破壊されて立てる生物は居ない。

 取り敢えず【イシュタル・ファミリア】が闇派閥(イヴィルス)と繋がっていたことは解った。その時点でイシュタルは『邪神』だ。潰すことを誰が責めようか………。

 と、その時ビタンと言う音が聞こえてきた。振り向けば廊下を這うようにフリュネが扉から出てきた。

 

「待ちなぁぁぁぁ! くそガキぃぃぃぃ!」

 

 ビタビタバンバンと短い両手で重い身体を持ち上げ後ろ足で床を蹴り追ってくる。その姿はまさしくヒキガエル。

 

「チッ、立てないからってあんな歩き方するか普通!」

 

 なまじ人に似ている分、迫ってくる化け物に嫌悪感を覚えるベル。

 Lv.5並の潜在値(ポテンシャル)を持つのかあの動きでやたら速いモンスター。流石は【イシュタル・ファミリア】。

 因みにベルは一切冗談を考えていない。本気でフリュネをモンスターの類だと思っている。それだけ醜いのだ。

 

 

 フレイヤは報告を聞き目を細める。そして、はぁ……とため息を吐き立ち上がる。

 

「フレイヤ様………」

「あの男の望む流れ通り、何でしょうね………気に入らないけど、仕方ないわ」

 

 だって愛しいベルが関わっているのだから。

 

「イシュタルの所に行きましょう?」

 

 

 フリュネを振り払ったベルは【イシュタル・ファミリア】本拠の女主の神娼殿(ベレート・バベリ)に向かう。

 目的は殺生石。イシュタルが手に入れたという禁忌のアイテム。これをギルドに提出すれば春姫を保護できるだろうし、ベルは攫われたのだから下手に出る必要もない。というか闇派閥(イヴィルス)と連んでいた時点で殺しても情報収集が出来なくなり咎められるだろうがその程度で済むだろう。

 まあ表向きには何らかのペナルティーを科せられるだろうが。

 宝物庫から奪った薬を飲みながら魔力、体力ともに回復するベル。と、流石に異変に気付かれたのか戦闘娼婦(バーベラ)達が迫る。

 

「邪魔だ」

 

 傷だらけの状態なら、Lv.3にでも苦戦したろう。だが完全復活した今のベルに勝る者など【イシュタル・ファミリア】には居ない。

 

【轟け】(エルトール)

 

 雷が駆け巡る。

 硬直した娼婦を蹴りつけ再び逃走を開始する。

 

「………イシュタルを捕まえて殺生石を手に入れた方が早いか」

 

 

 

 

 ピクリと鎖に繋がれた影が動く。本来なら地下に繋がれているはずだったが、急な出撃に備え地上で縛られていた『()()』は感じた気配に顔を上げた。

 

『────アハッ♪』

 

 

 

 イシュタルは逃げ続ける兎を漸く捕らえた。何て事はない。春姫を人質にすれば大人しくなった。

 ベルがイシュタルを人質にしようとしたように、彼女もまたベルと親しかった者を人質にしたのだ。もちろん殺す気はない。春姫は今回の計画に重要な存在なのだから。

 

「何だいイシュタル様ぁ………そのガキぶち殺させなよぉ!」

「黙ってろフリュネ。私の命令に背いて食おうとして、手痛い反撃を食らったのはお前の落ち度だ」

 

 エリクサーでも耳の穴に入れたのか立ち上がり追ってきたフリュネ。そして副団長であろうLv.4と思われる男や側近達。

 

「ベル様! 私のことは良いので逃げてください!」

 

 春姫が悲痛に叫ぶ中イシュタルは笑う。お寒い三文芝居でも見せられている感覚なのだろう。

 

「最初はあの女の趣味を疑ったが、噂を集めれば中々やるようじゃないか。それに、自分への階位昇華(レベル・ブースト)………春姫と合わさればLv.6に届くわけか」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべながらベルに近付くイシュタル。恐らくベルを魅了しようとでもしているのだろう。首をへし折り、天に返してから周りの連中をどうにかするか、とベルが指をゴキゴキ鳴らす。

 

「────!?」

 

 が、突如感じる飛びっきりの悪寒。振り返った瞬間地を揺らす音が聞こえてきて、同様に振り返った娼婦達が慌てて逃げる。

 図体のでかいフリュネは避けるのが遅れその腹を巨大な角が貫いた。

 

「………何だ、此奴……」

 

 現れたのは太過ぎる強靱な四肢を持ち、雄々しくも捻じ曲がった巨大な双角を生やして、頭部から不気味な緑色(りょくしょく)に蝕まれた体皮を持つ6M(メドル)はある巨大な牛。生えている尾は途中から二本に分かれており先端は剣のように尖っていた。

 

『見ィツケタ──』

 

 だが、明らかに異質な頭部から生えた女性の上半身。ベルを見据え、微笑を浮かべる。

 

『ネェ、オ名前教エテ?』

 

 牛の体が身を屈め、女性の体がベルの頬を撫でてくる。ともすれば『美の神』であるイシュタルすら霞む美貌を眼前にベルは困惑する。

 この感覚、知っている。何かに似ている………

 

『名前ハ?』

「………ベル」

 

 中々答えないベルに眉根を寄せる女。ベルが答えると漸く離れベル、ベル……とその名を反芻する。

 

「『天の牡牛』!? くそ、見張りは何をしていた!」

 

 イシュタルが叫ぶ。その答えはきっと『天の牡牛』とやらの蹄に付いた血が答えだろう。

 

「勝手な事はするな! お前は───」

『……………』

 

 叫んだイシュタルに鎖が巻き付く。『彼女』や雄牛の手足に僅かに巻き付いていた鎖。その一つ。

 

『私トベルノ邪魔シナイデ?』

「ま、待て───!」

 

 『彼女』が鎖を振るうとゴキリとイシュタルが絞め殺されながら吹き飛ぶ。

 それはつまり、この場にいる【イシュタル・ファミリア】全員が恩恵を失ったという事になる。顔を青くして逃げ出す【イシュタル・ファミリア】。縛られていた春姫だけはその場に倒れ、『彼女』は其方に視線を向ける。

 

「チィ!」

 

 ズン! と地面が踏み砕かれる。鮮血は、無い。

 春姫を抱えて移動したベルは縄を切り春姫を立たせる。

 

「逃げろ」

「で、ですが!?」

「アレの狙いはどうやら俺だ。なら俺が相手する……解ったら行け」

「─────御武運を!」

 

 

「ああん?」

 

 天に昇る光の柱を見てアレンは眉根を寄せ、後ろの仲間達に振り返る。

 

「おい、アレもう終わったんじゃねーか? クソ兎が、二度目の神殺しかよ」

 

 彼等は【フレイヤ・ファミリア】。主神の神意に従いベルの保護に来た。もっとも、それはオッタルだけで他はフレイヤの愛を独占するベルを好いていないが。

 

「どーするよ、帰るか?」

「………………」 

 

 オッタルは無言で光を見つめる。イシュタルが送還された以上、ベルの脅威はここに無い。

 と、そこへ───

 

「───貴方方は、冒険者様ですか!?」

 

 焦った様子の狐人(ルナール)が現れた。他の女に関わるなどフレイヤの寵愛が汚れると考えているアレンは汚物でも見るように睨む。 

 

「お願いです、クラネル様を………ベル様を助けて!? も、モンスターが現れて!」

「モンスター? 地上にか………あの阿婆擦れ、そんなもんで俺らを相手にする気だったのかよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らすアレン。引き返そうと背を向ける彼に他の団員達も同様だ。彼等はベルを助ける気など無い。

 オッタルは靴も履かず血だらけになり、転んだのだろう細かい傷や痣を持った女を見る。

 

「……俺は行こう。奴が死ねば、フレイヤ様は天に帰るだろうからな」




俺は一言もミノタウロスなんて言ってない


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共闘

 春姫を見送った後、ベルは目の前の女を見つめる。

 微笑を浮かべる美しい女は恋人との再会を果たした娼婦のように蠱惑的で、祖父と再会した幼子のようにあどけない表情を浮かべていた。

 

『ベル……素敵ナ名前………ネェ、貴方モ一緒ニナリマショウ? 貴方ヲ食ベサセテ?』

「────!!」

 

 次の瞬間天の牡牛が動く。単純な突進。猪突猛進を絵に描いたようなその攻撃はベルの後方にあった建物をいとも容易く破壊した。

 まともに食らえばあっと言う間に肉塊になる。

 

『───アラ? 汚イ』

 

 建物に突っ込んだ衝撃でグチャグチャになったフリュネだった肉塊を首を振り回し捨てると再びベルに向き直ろうと振り返る。その瞬間にはベルのナイフが首に迫っていた。

 

『フフ。甘エン坊ナノネ』

「───な」

 

 だが、通らない。細い首の骨すら折れず、皮膚にも傷一つ付いていない。それどころか、ベルが行った行動を攻撃としてすら認識せず自分の胸に飛び込んできたベルを愛おしそうに抱きしめようとしてくる。

 

「らあ!」

『ア──』

 

 腹を蹴り距離を取ろうとするベルに切なそうな声を出した天の牡牛は手を伸ばしベルの脚を掴む。

 一瞬の躊躇いもなく脚を切り落とすと驚愕に目を見開きその瞬間にベルは呪文を完成させる。

 

「【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄に堕ちろ】!」

 

 完成と同時に加速して距離を取る。逃げる気はない。逃げたところで追ってくるだろうし、そうなればどれだけの被害が出るのか想像も出来ない。

 

『速イノネ───』

 

 言葉は返さない。ギギギィィィィィィィ!! と錆びた鉄の塔のような不快で不安を煽る音を奏で黒紫のオーラを纏うベルに再び迫る天の牡牛。

 ベルに頭部が当たる直前前足を高く上げ振り下ろす。地面が割れた。

 蜘蛛の巣状の巨大な亀裂が広がり周囲に隣接する建物を巻き添えに砕き地の底に沈める。しかもそれは必殺技でも何でもない。

 牛舞(ロデオ)の暴れ牛のように暴れ後ろ脚、前脚の牛蹄が地面を叩く度に衝撃波が発生し地震を起こす。遠くに見える建物も次第に崩れていく。歓楽街がまるで被災地のようだ。いや、被災地なのだろう。目の前の怪物はそれだけの化け物だ。

 

『アハッ、アハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 壊れゆく街を楽しそうに眺めた天の牡牛はギョロリと淀んだ金の瞳を向けてくる。

 

「ケラウノス!」

 

 フルチャージには全く届かないながらも上級魔法使いの砲撃魔法並の威力を誇る雷槍を生み出す。彼女が動いたのはほぼ同時──

 

『【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル我ガ名ハ雷精霊(トニトルス)(イカズチ)ノ化身(イカズチ)女王(オウ)──】』

 

 高速で紡がれた歌は直ぐに世界に及ぼす影響を顕わにする。

 

『【サンダー・レイ】』

 

 豪雷の矛と黒雷の槍がぶつかり合う。一瞬の拮抗すらなく黒雷を破った豪雷の矛は放った瞬間から再び黒紫のオーラを纏いながら回避行動をとっていたベルの肩を大きく抉る。

 

「───が」

 

 片方の肺が焼け黒煙を口から吐き出す。炭化した肉の中からドクドクと脈打つ心臓が再生しすぐさま他の器官、骨、肉、皮膚と再生させると再び迫る豪雷の矛に片腕を向け()()()

 

『ワァ、凄イ!!』

「ありがとよ!」

 

 懐から取り出すのは大量のアダマンタイト。次の瞬間、黒い豪雨となって降り注ぐ。

 

『アッハハハハハ!』

「─────!!」

 

 が、その豪雨の中を平然と進む。腕を交差させ頭を守りながら再生力に物を言わせて突っ込んでくる。

 【英雄義務】(アルゴノゥト)の連続発動による疲労感によりベルは動けない。迫る牛蹄を目の前に衝撃に備える。

 頭さえ無事なら体力と魔力が続く限りいくらでも戦える。生きている限り戦える。

 戦えるが…………勝てるのか?

 

──怪物を殺せ──

 

──英雄へと至れ──

 

──街を救え、そのために殺せ──

 

──無様を曝すな、名誉を掴め──

 

「────!!」

 

 迫ってくる天の牡牛に恐怖を覚えた瞬間咎めるように騒ぐ幻聴。生存本能の声と合わさり思考能力が裂かれる。

 

『アハッ♪』

「しま───」

 

 振り下ろされる牛蹄。避けるのが間に合わない。と、ベルを後ろに引き前に出て牛蹄を受け止める者が居た。

 ガイィィィィィィンッ!! と爆音が響き渡り暴風が全方位に吹き荒れる。

 

「臆せば死ぬぞ未熟者」

「───ッ、てめえは……」

「思考を乱すな。どうやら、お前を狙っているようだな。なら、逃げる事など考えるな、戦う理由など考えるな。向こうが殺そうとするから殺す。戦う理由はそれで事足りる───ぬぅん!」

 

 ズン! と天の牡牛にも劣らぬ踏み込みで地面を踏み、吹き飛ばす。

 数M(メドル)後ずさった天の牡牛はズザザと地面を擦りながら、やってきた影──オッタルを()()

 オッタルを『敵』と判断したのだ。あれは『玩具』ではない。殺す気でかからなければ殺される。

 

『アァアアッ!!』

「ふん!」

 

 オッタルの大剣と天の牡牛の角がぶつかり合う。打ち勝ったのは天の牡牛。押されるオッタルを見て笑みを浮かべた瞬間オッタルは剣を傾けその上を滑る角を殴りつける。

 

『ア───!?』

 

 体が大きく傾き腹を見せる天の牡牛。その腹に渾身の一撃を見舞う。

 

『ガ───!!』

 

 吹き飛ぶ天の牡牛は零れ落ちた内臓を再生能力で体内に戻すとオッタルを睨みながら歌う。

 

『【荒ベ天ノ怒リヨ】』

 

 一節。それだけで完成する魔法。

 

『【カエルム・ヴェール】』

 

 ()()()()()により夥しい雷の鎧が天の牡牛の全身を覆う。ベルと同じく雷の付与魔法(エンチャント)。質も量も桁違いだが。

 

『ガア!』

「ぐう!?」

 

 大剣で防ぐも肌が焼かれ筋肉が引きつる。

 やはり(コレ)は厄介だ。嘗て自分の片腕を奪った技を思い出し舌打ちする。一度距離を取り、脚に力を込める。

 身体の硬直を無視できる速度で突っ込む。隙が出来るだろうが雷を食らいただ硬直するよりはましだ。

 と、その時天の牡牛が前片足を上げ、振り下ろした。

 

【放電】(ディステル)

「────!?」

 

 全方位に広がる衝撃波と雷の波。オッタルが目を見開く中雷はオッタルに迫り──

 

【導け】(エルトール)

 

 左右に裂けた。目の前に現れた別の雷に引かれるように分かれた。

 

「は───……くそ、ただ逸らすだけでどんだけ魔力使わせる気だ………」

 

 雷を裂いたのはベル。片手を突き出し忌々しげに天の牡牛を睨みつける。

 

『─────!』

 

 衝撃波だけならオッタルにも防げる。そして、防がれたことに目を見開いた天の牡牛は未だ残っている雷を纏い突っ込んでくる。

 オッタルはベルの首根っこを掴むと高く跳ぶ。

 

「ベル・クラネル………あの鎧を引き剥がすことは可能か?」

「不可能ではない……一部だけならな」

「そうか。なら手を貸せ」

 

 突進を避けながら会話するオッタルとベル。オッタルはベルを見ることなく言葉を続ける。 

 

「………一つ聞かせろ、ここに来たのはフレイヤの指示か?」

「そうだ。あの方はいずれお前を手に入れるおつもりだ」

「俺の成長速度は知っているはずだ。お前の今の地位を奪われると思わねーのか?」

「そんな事はあり得んさ。何故なら、お前がいくら強くなろうと俺が強くなれば変わらん。あの方の最強の眷属の座は誰にも渡さない」

「……………下ろせ」

 

 天の牡牛が瓦礫の山に突っ込み埋まったのを見るとベルはそちらを睨みながら降りる。

 偉業を成せ、一人で倒せと喚く幻聴を抑えつけ黒紫のオーラを纏いながら軋んだ音を奏でる。

 

「手を貸せ最強。俺一人じゃ殺せない」

「良いだろう。存分に頼れ」




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汚れた精霊

『アアアアアアアアッ!!』

「オォオオオオオッ!!」

 

 天の牡牛はオッタルの剣と角をぶつけ合う。

 本来なら相手にダメージを与え硬直させることも可能なはずの雷の鎧は相手の攻撃が当たる直前に剥がされる。

 直ぐに再生しようとするも音速で飛んできた光線が傷口を熱と衝撃波で抉り飛ばす。

 

『ベルゥゥゥゥゥッ!!』

 

 軋む音を奏でながら瓦礫の山々を高速で移動するベルを睨む。鎧を剥がしているのは彼だ。

 追おうとするも、速い。直線なら自分に分があるがグルグル回る兎を捕らえられるほど牛はすばしっこさを持たない。

 そして、相手は兎だけではない。牛の命に届きうる()を持つ猪も居る。

 

「ガァ!」

『クゥ──!?』

 

 横腹から叩き付けられた一撃に吹き飛ばされそうになる天の牡牛。地面を踏み込むも先程自分で散々破壊したせいで脆くなり踏ん張ることが出来ない。

 

『アア、アアアアッ!!』

 

 傷を治すのに魔力を、鎧を纏い続けるにも魔力を使う。徐々に失っていく魔力は自分の死期が近付くように感じる。

 

『ア───!』

 

 ベルとオッタルが自分を挟むような位置になった瞬間を見逃さず、雷を纏った蹄を地面に叩き付け、雷の波と衝撃波を全方位に飛ばす。

 

「チィ!」

 

 ベルは優先順位を間違えない。オッタルに向かう雷を裂く。

 オッタルは衝撃波を防ぐがベルはどちらもまともに食らう。

 

「─────!?」

 

 身体が硬直し衝撃波に吹き飛ばされる。全身から煙を出しながら瓦礫の山に突っ込む。

 意識を失いそうになるが舌を噛み覚醒させる。

 天の牡牛は雷の鎧を失いオッタルの猛撃を浴びていた。

 

『【荒ベ天ノイ───』

 

 口内に飛び込んでくるオレンジの光線。オッタルはすぐさま飛び退く。

 

『──────』

 

 魔力暴発(イグニス・ファトゥス)。魔力が暴走自らを爆弾に変えた天の牡牛はぐらりとその巨体を傾ける。

 ()()、終わらない。

 

『【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル我ガ名ハ雷精霊(トニトルス)(イカズチ)ノ化身(イカズチ)女王(オウ)──】』

 

 オッタルが攻撃に警戒する。しかし狙いは彼女にとって最大の脅威であるオッタルではない。

 

『【サンダー・レイ】』

「───ッ!」

 

 狙いはベル。猛牛の下半身をオッタルに向けながら女の身体を大きく捻りベルに向かって手を伸ばす。

 防御しようとしていたオッタルもオッタルの前に誘導用の雷を放とうとしていたベルも反応が遅れる。

 

「ガ、ア───!」

『アーハハハハハハッ!』

 

 雷を逸らすベルの胸を大きく抉る。

 

『【荒ベ天ノ怒リヨ】』

 

 すぐさま唱える第二の魔法。

 

『【カエルム・ヴェール】』

 

 再び纏われる雷の鎧。ニィ、と笑みを浮かべる。

 

【放電】(ディステル)

 

 全方位に放たれる雷の網を放つ。オッタルは地面を大剣でめくり上げるも威力を幾分か落とすだけ。全身を焼く雷はオッタルの肉体を麻痺させる。その一瞬の硬直を見逃さず突進してくる天の牡牛。超硬金属(アダマンタイト)すらその気になれば破壊できる突進力にオッタルの巨体が吹っ飛ぶ。

 瓦礫の山を幾つも貫き漸く止まる。

 

『ウフフ。コレデオ終イ………』

 

 と、オッタルに迫る天の牡牛。オッタルは血を拭いながら立ち上がり天の牡牛を睨みつける。

 

「なめるなよ……」

『アハハ。強ガリ強ガリ───』

()()()はあのお方が見初めた男だ」

『? ───!?』

 

 ゾワリと背後から感じる殺気。振り向こうとする前に身体の下に黒紫の軌跡を残した影が通る。

 

「う、おおおぉぉぉぉぉっ!!」

『ア──!!』

 

 腹にめり込む拳。メキメキと音が鳴る。それは拳から鳴る音。

 

『潰、レロ───!』

 

 体重をかけ下に侵入したベルを押しつぶそうとする天の牡牛。しかし、黒紫のオーラの一部が拳に集まり、身体が浮き上がる。

 

「らぁあああああ!」

『─────!』

 

 高く高く吹き飛ばされる巨体。目を見開く天の牡牛が見たのは胸の一部を回復させ隻腕の状態で腕を振り上げたベル。その拳は砕け腕はへし折れている。

 

「最強、根性見せろ!」

「───」

「その腕、いったん捨てろ」

 

 残りの蓄積(チャージ)分全てを折れた腕に集め黒雷に変えオッタルに差し向ける。

 

【轟け】(エルトール)!」

 

 迸った黒雷はオッタルの大剣に付与(エンチャント)され、大剣が鳴動する。

 

『【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル我ガ名ハ雷精霊(トニトルス)(イカズチ)ノ化身(イカズチ)女王(オウ)】!!』

 

 その脅威を感じ取ったのか即座に詠唱を完成させる。

 

『【サンダー・レイ】!!』

「アダマントォッ!!」

 

 Lv.8の力で振るわれる大剣から放たれる黒雷の斬撃。腕が折れるのも気にせず殆ど溜めていたエネルギーは先程とは比べ物にならない。それがオッタルの剛力で振るわれた。

 

『ア───』

 

 先程の逆。

 一瞬の拮抗もなく黒雷が豪雷の矛を飲み込み突き進む。目を見開いた天の牡牛は黒雷に飲まれその身を消失させた。

 

 

 

 夕暮れの中祖父の背に揺られ帰った。

 大きな背中、力強い背中に揺られると、不思議と安心した。

 祖父は好きだった。真剣に鍛えてくれた。笑わなくなった自分をずっと愛してくれた。

 だからずっと悲しかったことがある。英雄の話を聞かせ寝かしつける祖父。ある日寝付けず、寝たふりをした日の祖父の言葉。

 

「すまないベル。こんな手しか使えない儂をどうか恨んでくれ……だが、信じている。何時かお前がお前を見つけられると」

 

 悲しそうな顔で言うのだ。そんな事を。

 祖父が言っていることは今でも解らない。ただ、祖父を悲しませてしまった事が今でも心残りだ。

 

 

 

「くそ、ベルの奴どこ行きやがった!」

 

 既にベル以外の団員は発見した。ベルだけが見付からない。

 

「や、やっぱりベルさんはあの女に………!」

「ざけんじゃねぇぞ!」

 

 顔を青くするラウルにベートが叫ぶ。胸倉を掴み持ち上げ睨みつける。

 

「彼奴がんな簡単にくたばるかよ! また潜る!」

 

 そう言って再び地下迷宮に向かおうとするベート。その肩をフィンが掴む。

 

「落ち着けベート。闇雲に探し回っても意味がないだろう」

「じゃあどうしろってんだ!? ここで大人しく待ってろってか!?」

「そうは言っていない。まず捜索隊を組む」

「わ、私も行きます!」

 

 フィンの言葉にレフィーヤが勢いよく手を挙げる。と、その時──

 

「その必要はない」

 

 と、そんな声が響いた。振り向けば全身の各所から血を流し火傷を負った腕で支えながらベルを背負ったオッタルが現れた。

 

「ベル!」

 

 レフィーヤが慌てて駆け寄るとオッタルはベルを下ろす。背負われて気付かなかったが片腕を失っていた。いや、服の損傷を見るに胸辺りを一度失っているようだ。

 

「…………何や、またお前か」

「今回は俺が傷つけたわけではない」

「……………」

 

 ロキは神故にその言葉に嘘がないことを見抜いた。

 

「モンスターに寄生し強化する女のような上半身を持ったモンスターと戦闘した。それだけだ」

「「「!?」」」

 

 その言葉に数名の団員が目を見開く。オッタルは心当たりがあるなら其方で話せと踵を返して歩き出した。

 

「とにかく、マジック・ポーションとエリクサーを、ベルの傷を治せ」

 

 

 

 

 

「…………それで、今回はどこまでが計算通りだったのですか?」

「殆ど俺の計算外だよ」

 

 そう、計算外。まさかイシュタルが『汚れた精霊』の端末である『精霊の分身』(デミ・スピリット)を使っているなんて誰が予想できたか。そしてそれを、たった2人で撃破するなど。

 

「つまりそれ以外は計算通りと………不穏分子(イシュタル・ファミリア)の壊滅が目的ですか?」

 

 イシュタルは食人花を扱える立場にいる。それを知ったヘルメスは即刻()()する事に決めた。

 イシュタルの嫉妬を、フレイヤの独占欲を、自分の地位を利用して今回の件を描いてみせた。

 

「あるいは娯楽? ………それとも、()()のつもりですか? 神()()が……」

 

 アスフィの刺々しい言葉に肩を竦めるヘルメス。

 

「風情、か……言うようになったねアスフィ」

「クラネルさんの殺気を浴びてしまいましたからね。アレに比べれば、少なくとも恩恵を持たずにでも殺せる貴方はそこまで恐ろしくない」

 

 その言葉に肩を竦める。

 

「………試練、ね…………世界は今正に『英雄』を欲している。世界に迫る危機に抗う駒が足りない。強力な切り札(ジョーカー)が……」

「それがクラネルさんだと? オッタルや、フィンではなく?」

「ああ。俺は大神の力を引くベル君にかける」

「育てられただけなのでは?」

 

 と、アスフィが首を傾げるとヘルメスは可笑しそうに笑った。

 

「ベル君はゼウスより力を賜りし現代の精霊………いや、半精霊だよ」

 

 異界より干渉してくる何かの存在にはゼウスはとっくに気付いてた。放置すればベルがそれに操られるだけの人形になり果ててしまうことも。それを防ぐ方法が此方の世界により強い繋がりを持たせること。つまり此方側の人間にしてしまうことだ。

 そのために有効なのは経験値(エクセリア)。この世界で成した結果をこの世界の神の力で反映させる。

 だがダンジョンも無い外で集められる量などたかが知れてる。故にゼウスは二つの選択肢を用意した。

 もとより強大な力を持つ存在の力をベルに与えること。黒竜の鱗か己の力だ。

 決断し、ゼウスは己の力を与えた。「古代」に神々が放ったようにベルの魂に少しずつ己の力を馴染ませた。

 それはつまり神の分身たる精霊と同義。ベルが狙われた理由はそれだ。

 

「ゼウス、貴方はそのことを責めていたが、誇るべきだ! おかげでベル君は彼処までの力を手に出来たのだから……」

「………何時か滅ぼされても知りませんよ」

 

 アスフィはそう言って長いため息を吐いた。



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己を知る

「────っ」

 

 何だ、暖かい?

 

 温もりを感じてベルは目を覚ます。記憶を探る。

 確か天の牡牛と戦って、オッタルに黒雷を与え討たせるのを見た……こうして生きてるのだから間違いないだろう。

 

「んみゅう………ベルく~ん……」

「……………」

 

 温もりの正体はヘスティアだった。豊満な胸に腕を挟みにやけながら眠っている。

 

「……………」

「……うべ!?」

 

 起き上がろうとするとヘスティアがベッドから落ちた。

 精神枯渇(マインド・ゼロ)と単純な疲労で気絶していたらしい。そのまま眠ったのだろう。

 

「ベル君! 起きたのかい!?」

 

 床に落ちてぐおおお、と頭を押さえてうずくまっていたヘスティアが飛びついてくる。力が入らず押し倒されるベルの胸に飛び込み頬擦りしてくる。

 

「良かったよー! またあの猪がボロボロのベル君連れてきたって言うし、片腕も無くしてたし僕は、僕は~!」

「片腕?」

 

 見るともう治っていた。魔力も満ち足りている。

 

「心配かけたなヘスティア」

 

 頭を撫でてやるとかぁ、と赤くなっていくヘスティア。が、離れることはしない。そのまま数秒固まっていると不意にヘスティアは思い出したように叫ぶ。

 

「そ、そういえばロキ達が呼んでたよ! 起きたら来てくれって!」

 

 

 

 

 

「やあ、来たね………」

 

 ロキの部屋に集まったのはロキ本人にフィンにガレス、リヴェリア。そしてアイズだ……。古参を除き、幹部はアイズしかいない。その事に疑問を覚えるベル。

 

「まず一つ確認だ。4日前、女性型の上半身を持ったモンスターと戦ったというのは本当かい?」

「4日? そうか、そんなに寝てたのか………ああ、戦っていた。話は通じないが言葉は通じる知能を持っていたな」

「そうか………」

 

 その言葉にフィンはトントンと組んでいた手の人差し指を動かす。

 

「……君が戦ったのは恐らく僕等が59階層で戦ったモノに近いモンスターだと思う」

「59階層?」

 

 それは箝口令が敷かれたはずの情報。いや、ここで話すということは実際に関わりがあるのだろう。

 

「あれは『精霊』……いや、嘗てそうだったものと言うべきかな──その精霊の産み落とした分身だよ」

「『精霊』?」

 

 それは嘗て古代、神が降りる以前の時代神の武器として人々に恩恵を与えた存在。今でも残っており長い寿命を持つエルフ以上に魔法に優れた種族だ。繁殖能力は持たない。

 

「そして精霊は、同じく精霊を狙う。自分と同じモノに堕とそうとね………アイズも狙われた」

 

──貴方モ一緒ニナリマショウ?──

 

「─────」

 

 不意に思い出す彼女の言葉。あれは同じ存在まで堕ちてくれという意味か? しかし、一つ疑問が残る。

 

「精霊? 俺とアイズがか………?」

 

 もちろん精霊の血を引く者は存在する。ベルの専属鍛冶師であるヴェルフが一つの例だ。両親が解らない以上ベルもその可能性があるしアイズとて同じだが。

 まあ狙われたという事はそうなのだろう。

 

「アイズは精霊アリアの子だ」

「……本気で言ってるのか? 確かに俺はアリアに子が居ると言ったがそれは爺ちゃんの残した本の中の話だし、アリアの娘ってのは少なくとも古代の人間のはずだろ?」

「本当。ベル、信じて……」

「………………」

 

 アイズの言葉にアイズを観察するベル。しかし何時か言ったように所詮は観察眼の嘘発見機。ヘスティアを見る。

 その意味が分からないヘスティアではなく、肯定するように頷いた。つまりアイズは精霊アリアの子。故にあれと同種の存在にも狙われており、ベルが狙われた理由も同じ可能性がある。

 

「そうなると俺も精霊の血を引いてる訳か………父母のどっちから?」

「あー。その事なんやけど、多分祖父が関わっとる」

「爺ちゃん父母どっちの血縁だっけ……」

「そうじゃないよベル君。君のお祖父さんは超越存在(デウス・デア)だ」

 

 ヘスティアの言葉にベルは数秒固まり、そうか………とだけ呟く。

 考えてみればあの老体で度を超えた身体能力を持つしあの村に彼の血縁や血縁を知る者すら居なかった。ある日ふらりとやってきたらしいがそれ以前は一切不明。そういった可能性も否定できない。

 

「神としての名はゼウス。昔、ウチとフレイヤで潰した【ファミリア】の主神や…………」

「それで、爺ちゃんと俺が精霊の力を持つことに何の関係が?」

「え? あれ、それだけ? ウチベルっちの爺ちゃんの【ファミリア】潰したんやで?」

「そのおかげで爺ちゃんと俺は出会えた。感謝する」

「え~………うぅ、何ややりにくいなぁ。罵倒される覚悟しとったのに……」

「だから言ったろうロキ? ベル君はとても良い子だって!」

 

 戸惑うロキとふふんと胸を張るヘスティア。確かにゼウスが【ゼウス・ファミリア】の面々と共にオラリオに残っていたら恐らく拾い子であろうベルとは出会っていなかったろう。いや、元【ゼウス・ファミリア】の誰かの子の可能性もあるから一概には言えないが………。

 

「ま、まあ取り敢えずや………実はな、ここにいる皆にはもう話したんやけど、ベルっちには外部から干渉する何かがおんのや」

「……………」

 

 心当たりはある。最初はリヴィラの街。次はリリを脱退させる時、明らかに外から干渉する何かの声を聞いた。

 

「それを防ぐ手段がベルっちの魂の、此方側への影響を強くするって事や。ランクアップとかでな……せやけどベルっちが住んどった場所にダンジョンはない」

「だから自分の力を分け与えたって訳か。その結果、俺は精霊みたいな存在になった」

「うん。精霊っていうのは神の分身だからね。魂に神の力の一部を受けるベル君は精霊みたいなものだよ……」

「そうか………それにしても、ゼウス………この力は爺ちゃんから授かっていたのか」

 

 バチリと軽く放電するベル。どこか喜んでいるようなベルの顔に一同は微笑む。

 

「さて……それじゃあ今後の方針について話そう」

「今後?」

「あの地下迷宮………クノッソス攻略に関してだよ。鍵は手に入れた………ただ、暫く潜らない」

「なぜだ?」

「鍵はベートが持っていたが向こうは知らない。そして、【イシュタル・ファミリア】がクノッソスに居たということは彼女達は持っていた。それを探すふりをする……」

 

 何せクノッソス内部の地の利は向こうにある。幾分か削っておきたいのだろう。

 

「よく見られなかったな」

「ベル、あの時ベートを蹴り飛ばしたろ? その時にベートに幸運が付与されたんだと思うよ」

 

 実際匂いも追えず適当に探しに行ったベートは迷うことなく全員を見つけたらしい。

 

「…………あの時か。後で謝っとかねーと」

「はは。ベートは蹴られたことより庇われた自分に怒ってたけどね」

「せやで~、面白いスキルも増えとったしな」

 

 と、ロキは一枚の羊皮紙を渡してくる。他の部分は塗りつぶされているが一つだけ読めた。

 

【狼王の意地】(フェンリル・プライド)

 ・晩成する

 ・意地を通す限り効果継続

 ・意地が強いほど効果向上    』

 

 晩成スキル。なる程確かに珍しい。

 

「本人には秘密やで?」

「わかった」

「それじゃあ、ベル君もステイタス更新しようか」

「ああ………」

 

 

 

 

『Lv.4→5

 力:SSS1207→I0

 耐久:SSS2352→I0

 器用:SSS1944→I0

 敏捷:SSS2748→I0

 魔力:SSS2204→I0

耐異常:C

精神安定:A→S

技能習得:S

鍛冶:E

精癒:G→F

幸運:G→F

思考加速:G→F

狩人:G→F

火傷無効:H→G

格上特攻:I

《魔法》

【虚像の英雄】(ベル・クラネル)

階位昇華(レベル・ブースト)

・発動対象は術者限定

・発動後、半日の要間隔(インターバル)

・詠唱式【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄へ堕ちろ】

【エルトール】

付与魔法(エンチャント)

・雷属性

・速攻魔法

【アンチ・カース】

・解呪魔法

・呪詛、結界魔法の破壊

・詠唱式【砕け散れ邪法の理】

《スキル》

【向上一途】(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・向上心の続く限り効果持続

・力を欲する理由を感じるほど効果向上)

【英雄義務】(アルゴノゥト)

・敵対時に於けるチャージ実行権

【操作画面】(メニュー)

・自己ステイタスの閲覧可能

・討伐モンスター図鑑自動作成

・マップ表示

・索敵

・アイテム収納空間作成

【不屈の闘志】(ベルセルク)

・肉体の修復

・体力、魔力を消費する 

【精神保護】(マインドブロック)

・精神への干渉を拒絶する

・術者との実力差によって変動

・受ける、受けない選択可能   』

 

「まあた見事にカンストしとるなぁ………」

「まあ、あの赤毛の女と戦って、そちらは負けたとはいえ更に歓楽街を瓦礫の山に変えるような存在と戦って勝利したんだ。このぐらいは……うん、きっと当然だろう」

 

 

 

 

「ふぅん………」

 

 フレイヤは機嫌が良かった。

 あの男に乗せられたという事には最初から気づいていたし不機嫌だったがそこでアレほどの戦いが見れたのだから。

 

「オッタルも素敵だったわ。惚れ直しちゃった………もちろんあの子も」

「もったいなきお言葉」

「それにしても、ふふ………」

 

 オッタルの新たに芽生えたスキルを見て再び笑うフレイヤ。そのスキルは

 

【頂点に座す者】(キング・プレイス)

 ・晩成する

 ・頂点に立ち続ける限り効果継続

 ・追い付こうとする者を意識するほど効果向上   』

 

「貴方も男の子なのね。あの子に触発されちゃった?」

「恥ずかしながら、上を目指すということを思い出してしまいました」

「可愛いわね。良いわ………私があの子を特別扱いするように、貴方も私の最強の眷属(特   別)でありたいのでしょう? 精進しなさい」

「はっ!」




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地下より忍び寄る影

「ほな行くでー! ベルっちのランクアップと無事全員帰還のお祝いやー!」

「かー! またかよ!」

「負けねーぞ兎ぃ!」

「次こそ俺が!」

「はん。吼えんならダンジョンに潜って来やがれ」

「「「はい! ベートさん!」」」

「………………」

 

 ベルのランクアップを悔しがる冒険者達にベートが吐き捨てると満面の笑みで返してきた。そんな反応に固まるベートにロキがクククと笑い他の面子は唖然としていた。

 

「あの面子ってベートと行動してた奴らだよね? ベート、なんか洗脳したのかな?」

「きっと、ベートさんの良いところに気付いたんですよ」

「いやいやベートに良いとこなんて無いでしょ」

 

 リーネの言葉をあっさり否定するティオナ。そんな事無いと思うんだけどなぁ、と呟いて不意にベルを見る。

 

「あ、あのベルさん………ベートさんの好みって解ります?」

「強い女」

「精進しろって事ですね解ります」

 

 あはは、はぁ……とため息を吐くリーネ。と、そんなリーネの頭をベートがペシリと叩く。

 

「あの時も、俺に付いていくとか吠えてたろうが。んな情けねー顔で後ろチョロチョロされても目障りなんだよ、強くなる自信がねーなら二度と吠えんな」

「ちょっとベート何その言い方!」

「もう少しリーネの気持ち考えなさいよ!」

「うるせぇぞ雑魚共が!」

 

 と、早速女団員に責められるベートを見ながらリーネは叩かれた箇所を撫でる。

 

「良かったな」

「はい!」

 

 ベルの言葉に紅潮した顔を笑みに変えるリーネ。

 そのままニコニコとベートの後ろ姿を眺めた。

 

「そうそう聞いたか皆~、ミア母さんの所に可愛い子が増えたんやって!」

「「「うおおおおお!!」」」

「はん、くだらねー」

「男って本当単純。あ、団長は別ですよ!」

「むむむ。ベル君、またたらしたりしないだろうね」

「誑し込んでるつもりはない………いや、思い返せば」

 

 プレゼントとかそうかも、と考え直すベル。まあ新入りなら会ったことなど無いのだし、誑すも何も………

 

「ちわー、来たで~」

「いらっしゃいま────」

 

 【ロキ・ファミリア】を出迎えた新しい店員の()()の女は固まる。ロキが首を傾げ周りの男達がテンションを上げる中狐人(ルナール)の女はベルに飛びついた。

 

「ベル様ぁぁぁぁぁぁ!」

「んな!?」

「へ?」

「ふえ!?」

「………………」

 

 ヘスティアが叫びティオナが唖然としてカサンドラが涙目で叫びアイズが無言で見る中、男性団員の殆どが同時に叫んだ。

 

「「「またお前かぁぁぁぁぁぁ!?」」」

 

 ポカンとしていたレフィーヤも飛びついた狐人(ルナール)に見覚えがあることに気付く。

 

「…………あ、貴方はあの時の」

「あ、ベル様を迎えに来た奥さん」

「んみゃ!?」

 

 ベルの奥さんという単語に顔を赤くして狼狽えるレフィーヤ。奥さん? と首を傾げる者達。

 

「な、何で私がベルの奥さんににゃってるですか!?」

「え!? あ、あの………アイシャさんが潔癖エルフが歓楽街にまで来るぐらいだからそういう関係なんだろう、って……」

「ちちちち違います! アレは、その、【ロキ・ファミリア】の名に傷が付くと思って!」

「ラウルは良く行ってるぜ?」

「それとベル君は【ヘスティア・ファミリア】だい!」

「黙っててください!」

 

 レフィーヤに睨まれ押し黙る(ヘスティア)Lv.5(ベル)

 狐人(ルナール)の春姫は首を傾げながら一つ気になった事を聞く。

 

「あの、つまり貴方様はベル様の妻ではないと?」

「はい!」

「ではベル様はまだ独り身なのですか?」

「はい! …………はい?」

 

 レフィーヤはあれ、と首を傾げ春姫は意を決したような表情を作る。

 

「ベル様、助けていただき、それ以上を望もうなどと欲深いのは解っております。ですが、どうか───」

「だめ~!」

「こん!?」

 

 と、カサンドラが春姫を吹っ飛ばす。治癒師(ヒーラー)とはいえLv.2だ。イシュタルが天界に送還されステイタスを失った春姫はあっさり吹き飛んだ。

 

「だ、だめです! ベルさんは、その……とにかくだめ~~~!」

 

 と、ベルを守るように抱き締め涙目で睨むカサンドラ。そこへヘスティアも加わる。

 

「そうだそうだ! だいたいウチは不純異性交遊禁止だよ!」

「で、ですがベル様の気持ちだって!」

「落ち着きなさい春姫。相手はお客様ですよ? それと、大丈夫ですかベルさん」

 

 と、春姫を叱りベルに声をかけるリュー。

 

「春姫、ここに保護されてたのか」

「ええ。歓楽街から響いた爆音に地震、確かめに行くと彼女に出会い………まあ色々ありまして」

「そうか。春姫を見つけてくれたのがリューで良かった」

「私で?」

「ああ、お前は優しいからな」

「………………」

 

 ベルの言葉にリューはふい、と顔を逸らすと店の奥に引っ込んでいった。

 

「ベルさん、師匠と呼ばせてくださいっす!」

「何を教わる気だよ」

「女の子にちやほやされたいんっす!」

 

 淀みないラウルの言葉にいっそ尊敬すら覚える。ベルはふむ、と顎に手を当てる。

 

「まあまず、オラリオ一女にモテるのはフィンだ。それは解るな?」

「はいっす」

「んで俺もモテる。これは解るな?」

「はいっす」

「つまりまずは顔だ」

「どうしようもないじゃないっすか!?」

「冗談だ。取り敢えず相手を誉めて見ろ。あと強くなればアマゾネスにモテる」

 

 と、そこでベルはん? と首を傾げる。アマゾネス、何かを忘れている気がする。

 

「聞いたぞベル! 目を覚ましたようじゃなあ!」

『起きたのか旦那!』

「フィン! 居るカ?」

「ベル、目を覚マシて、良かっタ」

 

 入ってくるカーリー。それに続くアマゾネス達。

 そういえば彼女達はイシュタルが天に送還されたら此方に来るとか言っていた。

 

「てめえコラアルガナ! 団長に近づくんじゃねーって言ってんだろうが!」

「どケ、ティオネ!」

 

 と、アマゾネス2人が乱闘を始め【カーリー・ファミリア】のアマゾネス達が自分を下したであろう【ロキ・ファミリア】の男達に近寄っていく。

 ラウル? 言わずもがな。アキはほっとしているが騒がしい。そろそろミアがキレ追い出されそうだ。ベルははぁ、とため息を吐いて魔力を迸らせる。

 

「───?」

 

 魔法を使う者達が魔力の流れを感じ警戒する中ベルは口を開く。

 

【支配しろ】(エルトール)───」

 

 ピリッと体内に魔力の流れを感じた彼等彼女達は反射的に魔力の流れを作る。

 

「【ひれ伏せ】」

「─────!?」

 

 器用値と魔力値が上がったため行えるようになった周囲の生体電気操作。殆どの者がその場に跪く。

 

「───なる程、魔力の流れを操れる魔法使いや魔法を武器にする者には効かないか」

 

 後ガレスが無事だからLv.差も関係ありそうだ。

 レフィーヤやリューなどは魔力の流れを操り無効化していた。

 

「これはまた、凄いね………魔法の応用かい?」

「ああ……」

「良いですよね。ベルの魔法は応用が利いて」

【千の妖精】(サウザンド・エルフ)のお前が魔法で羨ましがるなよ……」

 

 

 

 

 

「あー、こないね~【ロキ・ファミリア】」

「やっぱり『鍵』手に入れた訳じゃねーんじゃねーの? バルカの奴暗くて気持ち悪いから普通に嫌われてたしそいつ等に殺されたんじゃねーの」

 

 クノッソスの中に佇む二つの影。片方は死を司る神タナトス。闇派閥(イヴィルス)の残党の首領。もう一人はヴァレッタだ。

 

「だとするとイシュタルの奴にやってた『鍵』見つかるとやべーんじゃねーか?」

「ま、そうだねー………ヴァレッタちゃん今なんか悪いこと考えてるでしょ?」

「ヒヒヒ。悪いことぉ? んなもんじゃねーよ。ただ、あんたが好きな『死』がたっくさん見れるぜえ」

 

 ヴァレッタはそう言って邪悪な笑みを浮かべた。



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歓楽街探索

「ベルさんランクアップおめでとうございます」

「ああ、ありがとなシル」

 

 トクトクと新しく注がれる酒をすぐに飲み料理に手を伸ばす。【カーリー・ファミリア】も幹部を残して一旦帰った。

 

「ふむ。ここは良い店じゃのお。飯は美味いし酒もある」

 

 ベルが食おうとした肉をパクリと奪ったベルの膝に座ったカーリー。

 

「やいカーリー! 何で僕のベル君の膝に座っているんだ!」

「妾の特等席じゃ!」

「いいや僕の特等席だね!」

 

 ふふん、と胸を張るカーリーに負けじと噛みつくヘスティア。ロリが膝の上を取り合うせいで飯が食いにくいベルはシルに料理を口まで運んで貰っていた。

 

「ふふ、美味しいですかベルさん」

「ああ」

「ベルさん、肉ばかりでは栄養が偏ってしまう。野菜もどうぞ」

「ああ」

 

 そんな光景を見て血の涙を流す恋人の居ない男性団員達。

 

「俺、今ならベルさんぶっ殺せる呪詛(カース)覚えられる気がするっす」

「奇遇だな、俺もだ」

「憎しみで人が殺せたら………!」

 

 その殺気は流石のベルも悪寒を感じるレベルだったという。

 

「ええい! 仕方ないから膝半分は譲ってやるって言ってるのに独り占めとはどういう了見だ!」

「ふん。ここは全て妾の場所じゃ!」

「何だと、この貧乳ロリめ!」

「胸の大きさを競うつもりか? 浅はかな、時代は褐色ロリババアじゃ!」

「…………たまに神ってマニアックな話するよな」

 

 膝の上で暴れる迷惑な二柱を見下ろすベル。そろそろ退いてくれねーかなと思っていると別の影が2人を放り投げ代わりに座る。

 

「えへへ~、ベルしゃま飲んれますか!」

「お前もずいぶん飲んだみたいだな」

 

 リリだった。犬人(シアンスロープ)に化け尻尾をパタパタ振っている。

 

「知ってみゃすよリリは。ベルは毎日路地裏で犬猫にえしゃあげて撫でたりしてりゅのを………リリも好きにゃだけ撫ででくだしゃい~」

「あ、ああ………」

「こらー! リリ君そこをどけー!」

「この小娘が!」

「あっはは! 神風情が力と俊敏にほしぇいを持つリリに勝てりゅと思ってるんれすかー!」

 

 取っ組み合いを始めて膝から離れていく少女三人を見送ると目の前に新たな料理が置かれる。

 

「好かれてるねぇあんたも。今回は貸し切りだから見逃すけど普段はこんなドタバタ大騒ぎすんじゃないよ」

「ああ」

「………はぁ、淡白だねぇ。こんな綺麗どころに囲まれて、好かれて、ちっとは照れたり慌てたりしないのかい?」

「返し方が解んねーんだよ。ずっと、容姿と名声ばかり見てくる奴相手に体売るだけで……愛だの何だのの返し方がわからん」

「難儀だねぇ、愛されるのが初めてで、キチンと返せるか怖いってかい? ま、それだけじゃ無さそうだけどね。大事な女でも死なせたかい? あんた、誰かを愛する資格なんてないって思ってるだろ」

「………大事な女なんて、作ったこともない。別の理由だよ」

 

 と、ベルの前に新しい酒が置かれる。

 

「ヤなことはとにかく飲んで忘れな」

「そうだな………」

 

 せっかくの勧めなので飲むことにする。アルコールが喉を焼く感覚はやはり心地良い。と、貸し切りのはずの「豊饒の女主人」の扉が開いた。

 視線が一度そちらに集まれば空気が固まる。何名かのアマゾネスは強い雄の気配に頬を赤くしてその者を見つめた。

 

「………目が覚めたようだな」

「………オッタルか」

 

 やってきたのは都市最強の男、オッタル。一目で強者と解る鍛え抜かれた肉体に、二つ名の通り【猛者】(王者)の如き威圧感。

 

「フレイヤ様も心配しておられた。無事、回復したようで何よりだ」

 

 ベートなどを筆頭に何名かに睨まれるが気にせず言葉を続けるオッタル。

 

「あの時のモンスターに勝てたのはお前の協力あってこそ。感謝する」

「良いさ、おかげで俺も強くなれたしな」

「そうか……お前がフレイヤ様の……我等の下に来るのが楽しみだ」

「だから行かねえって」

 

 と、ベルが返すと喧嘩を終えたカーリーがベルの背に抱きつき肩越しにオッタルを見る。

 

「ほお、此奴が噂の猪人(ボアズ)か? 確か、最強なのだろう?」

「そうだ」

「ほっ。躊躇いもなく言いよったな………だが覚えておくとよい。今は最強であろうといずれベルが抜く。ベルがそう決めたからな」

「おいこら! 何でさもベル君を自分のモノみたいに言っているんだ!」

「抜かれるなどあり得ん」

「ほう?」

「俺がその分強くなるだけだ」

 

 堂々と言い切ったオッタルにカーリーが面白いもの見たと言うように笑う。オッタルはそのまま踵を返した。

 

「アレを越えるのは骨が折れるぞ?」

「それでも越えるさ」

「………ふふ」

「けっ……」

 

 同じように堂々言い切るベルにカーリーは微笑みベートが舌打ちする。

 

「しもうた! アイズたんが酒を飲んだぞー!」

 

 と、突然ロキが叫ぶと【ロキ・ファミリア】の面子がギョッとする。【カーリー・ファミリア】はなんだなんだと赤くなってフラフラするアイズを見る。

 

「…………ベル」

「ん?」

「ベル……」

 

 と、アイズがベルに抱き付く。

 

「………おいアイズ? 食いにくいんだが」

「じゃあ私がまた食べさせて上げます♪」

「や!」

 

 べし、とシルを追い払うアイズ。

 

「食うの邪魔するなら離れろ」

「や~~!」

「ガキかお前は………」

 

 ギュウと力を込めるアイズに呆れたように言うベル。

 

「ベルは私のだもん。私と一緒なんだもん……」

 

 結局酔いつぶれて眠るまで離れなかった。

 

 

 

 翌日。

 

「こりゃまた派手に壊されたねー」

「………すまん」

「ベルが謝る事じゃないですよ」

 

 ティオナが完全に壊滅した歓楽街を見て呟く。

 ベルが思わず謝るとレフィーヤが慌てて慰めた。

 歓楽街は最早瓦礫の山だ。地面もひび割れギルドの職員達が忙しなく動いていた。

 

「復旧に時間がかかりそうだな」

「あー、それがね。結構多くの神様が利用してたみたいだから、ギルドの監査が終わったら多くのファミリアが復旧活動に移るんだってさ」

「…………そうか」

「【イシュタル・ファミリア】の殆どの団員はそのまま【カーリー・ファミリア】に取り込まれたのでこの地の支配権もカーリー様に移りました」

「歓楽街としての機能は残るのか?」

「…………利用する気ですか?」

 

 ベルの言葉にレフィーヤがジトっと睨んできた。

 

「いや、歓楽街ってのは治安維持にも役立つからな……昨日のラウル達を思い出せば解ると思うが」

「「ああ………」」

 

 納得するレフィーヤとティオナ。確かにアレが増えると乱闘が増えそうだ。

 

「歓楽街としても利用続けるみたいだよ。カーリーその辺あんま気にしないし………」

「まあアマゾネスの国の王だしな」

 

 男攫って種馬にする国の女王がその辺に厳しかったら笑い話にもならない。

 

「ところで私達って何するんだっけ?」

「探してるフリ。俺等が『鍵』を探していると思わせるんだよ」

「そっかそっか!」

 

 と、納得したように頷くティオナ。

 歓楽街の次の支配者であるカーリーの権限で何名か【ロキ・ファミリア】を派遣しているが、今の所何の反応もない。

 

「………あ、あれベートじゃない?」

 

 と、不意にティオナが見知った後ろ姿を見つける。確かにベートだ。リーネを連れて歩いている。女子への配慮全くなしのベートに早足でついて行くリーネを見てティオナがムッとする。

 

「全く彼奴は、少しはリーネの気持ちを考えなさいっての」

「……………」

 

 リーネは嬉しそうに笑っているが、どうするかと止めるか止めないか迷っている間にティオナがズンズン近寄り、立ち止まる。

 アマゾネスの少女が突如ベートの腕に抱きついたのだ。

 

「え、何々? 知り合い? ベートったら歓楽街利用してたの?」

「………あ」

「……殴られたな」

 

 ティオナが混乱する中ベル達の眼前でアマゾネスの身体が吹っ飛んできた。レフィーヤがアワアワと受け止めようとするが、前に出たベルが足で受け止める。

 

「へぶん!?」

 

 地面に落ち腰を押さえごろごろ転がる少女。

 

「何やってるんですかベル! あの、大丈夫ですか?」

「ふっ……ふへっ、ふへへへへへぇ……! お腹にいいのもらっちゃったよぉ………! これで二回目ぇ……! これ、絶対妊娠しちゃう……! ベート・ローガの子供孕んじゃう……」

「…………………」

 

 やだこの人怖い………。



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レナ・タリー

「私レナ・タリー! ベート・ローガの女になるんだぁ!」

「そうか……」

「おいふざけんじゃねーぞ。何勝手に話し進めてやがる! てめーも流してんじゃねー!」

 

 ああ、成る程。これは大変そうだ。

 ベートが叫ぶのを見てベルはそう感じた。

 哀れな、アマゾネスに目を付けられるとは。しかも単純に強い雄を求めるタイプではなく敗北をきっかけに運命を感じるタイプ。こういったのはまず諦めない。

 

「ふふふ。さっきもお腹にいいの貰ったしきっと妊娠してるよ!」

「んなわけねーだろ」

 

 はぁ、と疲れたようにため息を吐くベート。そんなベートにリーネがクスクス笑うとティオナもつられて笑う。ベートはジロリとベルを見る。

 

「? 愉快とは思ったが俺は笑ってないぞ」

「愉快だと思ってんなら笑え」

「………?」

 

 ゴン、と頭を叩かれ首を傾げるベルにベートはチッと舌打ちした。

 

 

 

 

 

 似ているから強くなると解っていた。自分のようになると思っていた。事実想像以上に強くなった。

 負けてられないと思ったが、あの宴の時のミアとの会話を聞いて、その時の目を見て考えが変わった。

 此奴は本当の意味では少ししか自分に近づいていない。あの頃の、【ウィーザル・ファミリア】を失ったばかりの自分から、殆ど進んでいない。

 在り方を示すのも忘れただただ強くあり続けようとしている。しかも質が悪いことに、自分とは方向性が違う。

 弱者が許せなかった自分と違い、弱者を守るのを選んでしまった此奴は自分への優先順位が低い。

 だから簡単に身体を女に売れる。男には売らなかったらしいが、祖父の影響だろう。話に聞く女好きの祖父が其方にも寛大だったらきっと違っていた。

 そういうレベルだ。きっと自分が、父親から弱肉強食の掟ではなく(弱者)を守るボス(英雄)の掟を学んでいたらなっていたであろう自分。

 

「………………」

 

 なし崩し的に共に歓楽街跡地を回ることになったベルを不意に見る。ティオナに腕に引っ付かれて、アイシャとかいう名のアマゾネスに引っ付かれていた。

 出会った頃に比べればだいぶ今の自分に近づいている。

 ならば此奴に『牙』を教えるのは自分の役目だろう。嘗て何かを失った証である弱さ(『傷』)。それを粉飾する強さ(『牙』)

 何処までも昔の自分にそっくりで、でも此奴の『牙』は傷つけることしかできない自分とは違う。守ろうと振るえる強さ(『牙』)だ。

 自分は今更変わる気はない。だが、此奴はまだ変われる筈だ。だから──

 

「………ベル」

「ん?」

「お前はそのままでいるな」

 

 グシャリと乱暴に頭を撫でる。

 失いたくないと思った四人目(アイズ)に言った言葉とは正反対な言葉。

 妹、幼馴染、恋人、惚れた女の4人と同様に気にかかる()()()

 何時だったかラウルの馬鹿筆頭に何名かが顰めっ面兄弟とか呼んでいたのを思い出す。

 

(………弟だぁ?)

 

 こんな手のかかる弟は御免だな。と、不意に横を見ると顔を真っ赤にするリーネと拗ねた様子のレナ。

 

「何なの此奴! いきなりベート・ローガに頭撫でられるとか羨ましい! はっ、まさかベート・ローガが私に靡かない理由って───!」

「や、やっぱりラウルさん達が言ってたあの噂は……うぅ、で、でも私必ずベートさんをキチンと異性に興味がある方にして見せます!」

 

 取り敢えずレナはベートとベルが同時に蹴った。幸せそうな、しかしベルにも蹴られたため複雑そうな顔をして吹き飛んでいくレナは最終的にはベート・ローガの子を妊娠したぁぁぁぁ! と叫んで笑顔で頭から落ちた。が、直ぐに跳ね起き戻ってきた。

 

「取り敢えず後でラウル殺すぞ」

「殺すのは流石に……百回程殴るので許してやろうぜ」

 

 後で余計な噂を広めたラウルは確実に報復することを決めた二人。というかリーネも信じるなよと頭をかく。

 

「なんだいアンタ、春姫に手を出さないと思ったら……」

「んなわけねーだろ」

「そうかい、なら今夜どうだい私と?」

 

 と、色っぽい視線を向けてベルの顎に手を這わせるアイシャ。

 

「離れてください! ベル、私達は遊んでいるわけではありませんよ?」

「そーだよー! ベルはあたしんだー!」

「それも違います!」

 

 女に囲まれるベルを見て何やってんだ此奴はと呆れた視線を向ける。しかしこれを客観的に見るのが数こそ違えどレナに言い寄られるベートの図なのだろう。成る程愉快で滑稽だ。

 

「ねえねえベート・ローガ。結局あの白兎なんなの?」

「【アポロン・ファミリア】との『戦争遊戯』(ウォー・ゲーム)見てねーのか」

「アポロン? ああ、殺されたギルド職員の敵をうって皆殺しにした……」

 

 どうやらキッカケがだいぶ脚色されてるらしい。

 何時の間にか故人にされてたエイナ、彼女はきっと今日も元気にギルドで働いていることだろう。

 

「ねぇそれよりベート・ローガ、子供作ろう!」

「ざけんな」

「………何であの人あれだけ殴られて元気なんでしょう」

「恋する女は甘く見ちゃ行けないらしいぞ………」

 

 と、ある女神の言葉を思い出すベル。成る程アレは確かに甘くない。

 

「それにアマゾネスってのは自分を負かした雄に落ちるんだろ? ああ、だからア()()ネスって種族名なのか」

「そんな訳ないじゃん!」

 

 心外だぁ! と叫ぶティオナ。アイシャもレナもうんうん頷いている。

 

「だいたいそれならアイシャが貴方狙う訳ないじゃん。戦ってもいないんだし」

「けど【アポロン・ファミリア】との戦いは見てたはずだろ?」

「あー………あ、でもほら! Lv.4のタンムズは全然モテないよ! 今も行方不明だけどだぁれも心配してないもん!」

「誰だよタンムズって………」

 

 Lv.4なら恐らくイシュタルが死んだあの場に居たのだろう。あの時殺されたのはフリュネとイシュタルだけだったが何処に逃げたのだろうか?

 

「私はね、ベート・ローガにお腹殴られた時運命を感じたの『あ、この雄だ』って!」

「やはりマゾ……」

「だから違うって! 私はベート・ローガと結婚したいの! 子作りしたいの! 殴られたいわけじゃないの!」

「寝言は寝て言え。俺は弱い女が嫌いなんだよ」

「はい。だから強くなります」

「あ、ずるい! 私も私も!」

 

 リーネが宣言すると張り合うように挙手するレナ。ベートは面倒くさそうにため息を吐く。本日何度目だったか………。

 

「だって強くなればベート・ローガと結婚できるんでしょ?」

「け、結婚できる訳じゃありません! 候補になれるだけです!」

 

 満面の笑みを浮かべバンザーイと叫ぶレナに顔を赤くして噛みつくリーネ。

 

「…………モテるな」

「雑魚にモテても嬉しくねーよ」

「失いたくないものな」

「………………」

 

 ベルの言葉にベートが蹴りつけてくる。

 

「安心しろ、お前が守りたいモノを守るのは手伝ってやる。仲間だからな」

「………じゃあ、てめーの身を守れ。そもそも敵が呪術道具持ってんだから今失っちゃならねーのはてめえ自身だろうが」

 

 

 

()()を単文詠唱で解呪した人が本当にいるんですか?」

 

 闇派閥(イヴィルス)の残党を対処した際回収した『呪道具』(カースウェポン)を前に【戦場の聖女】(デア・セイント)の二つ名を持つアミッドはリヴェリアに尋ねる。目の前のエルフが決して嘘を言うような性格ではないと解って。

 

「ああ。やはり異常か?」

「その子【ディアンケヒト・ファミリア】(ウ        チ)にください。その力はここでこそ使うべきです」

 

 アミッドの真剣な言葉にリヴェリアも同意する。

 アミッドですら多大な精神(マインド)を注いだ魔法でようやく解呪できた呪詛(カース)をあっさりと解呪したベルは、探索系より医療系ファミリアに入るべきだろう。

 

「だが、あの子は首を縦に振らないだろうな………」

「………そうですか。その──」

「ベルだ。ベル・クラネル」

「ありがとうございます。ベル君が改宗(コンバート)する気になったら是非ここを候補に推してください」



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蜘蛛の襲撃

「ベル、気付いてるか?」

「俺は元々こういうのを本業にしてたからな。ティオナとレフィーヤはどうだ?」

「うん、気付いてるよー」

「誰かさんのおかげで殺気には敏感になりましたから」

 

 ベートが耳をピクリと動かしベルに尋ねる。ベルもその言葉の前から纏っていたマントの中でヘスティア・ソードと牛若丸を構える。

 ティオナもゴキリと指を鳴らしレフィーヤは修行を思い出しているのか少し疲れたような顔で。

 

「え、なになに? どうしたの?」

「レナ、下がりな」

 

 首を傾げるレナに周囲を警戒しながら睨み付けるアイシャ。リーネも察したのか控えるように小さくなった。

 その周囲を複数の影が囲んだ。

 

「あんだよ~。私の方は歓楽街跡地(こ   こ)を調べに来ただけなのによ~」

「てめぇは……」

 

 瓦礫の山の上に躍り出た女にベート達は見覚えがあった。

 

「ひひひ。よぉ兎ちゃん! あの怪物女が逃げられて寂しいそうだったぜぇ!」

「…………お前、確かヴァレッタか?」

 

 あの時フィンから聞いた言葉に照らし合わせて名を尋ねるベル。

 その女はクノッソスに於いて待ち伏せをしていて、ベルとベートに強襲され何も出来ずレヴィスに助けられていた女。

 

「つまり釣れたわけだ」

「…………あぁん?」

「【イシュタル・ファミリア】がクノッソスに入れるのは解っていたからな。俺達がクノッソスに入らず歓楽街跡地を疎らに彷徨けば釣れるってのがフィンの読みだ」

「─────っ」

 

 フィンの名に、自分が誘い込まれたことに苛立ちを隠せないヴァレッタは忌々しげに睨みつける。

 

「レフィーヤ、リーネとレナ、アイシャを守れ」

「は、はい!」

 

 と、結界を展開するレフィーヤ。三人は驚いて、アイシャやレナは戦うと言いだしたがこの際無視した。彼等の視線は二人に集まっている。ティオナにも僅かに。

 

「狙いはアマゾネスか……」

「ひひひっ。よぉく解ってんじゃねーか! 私とあんたは気が合うみてぇだなぁ、人殺しの兎ちゃんよぉ!」

「………俺の過去を調べやがったか………ストーカーにゃ間にあってんだよ」

「ひひひひひひっ。そんな目で見るんじゃねぇよぉ、興奮しちまうだろう!? そんな家畜見てるみてぇな目で見られるとつい抉り出して嘗め回したくなるだろ!」

「チッ、何時かのコレクターみたいなこと言いやがって………」

 

 ヴァレッタに嫌悪感を露わにするベル。切りかかろうと構え殺気に反応した男達、動きからして暗殺者達に標的を変えるとその肩をベートが叩く。

 

「ベル、戦いに拘るな。勝利に拘るな。そうじゃねーだろ、お前の望む『牙』の形は………救いたいならお前がいる場所はここじゃねぇ。言ってる意味は分かるな?」

「……………ああ」

 

 と、ベルが勢い良く飛び出す。ヴァレッタ達から背を向けて。

 暗殺者が慌てて反応するもその首を、命を逆に刈り取り通り抜けた。

 

「あんだぁ? いきなり逃げやがって……」

「逃げた訳じゃねーよ。あの馬鹿は弱者を一々気にしちまう馬鹿だ。死ぬのは自己責任、そいつの弱さが(わり)いのに救うことが出来た()()()()()()で一々気にする大馬鹿だ」

 

 ベートの物言いにムッとその背を睨み付けるティオナとレフィーヤ。だがベートは嘲笑をやめない。

 

「彼奴は自分の身も守れねぇ雑魚を守れれば勝ちなんだよ。まあ? 今回はてめえ等に関して何の情報ももってないから雑魚共にも多少弁明の余地はあるしなぁ」

「………さっきから何が言いたいんだてめえ」

「てめぇの雇った他の雑魚共にキチンと死ぬところを確認しろって言ったかぁ? 言ってねーなら、てめぇの作戦は破綻してるって事だよ!」

 

 

 

 

 

 道中時折現れる暗殺者達を切り裂きながらベルが一直線に目指したのは【ディアンケヒト・ファミリア】の拠点(ホーム)

 突然現れた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ベルに驚愕する一同を無視して片手を上げる。

 

「【砕け散れ邪法の理──】」

 

 片手を上げ現れる光。それが黒いオーラを放って地面に押しつけられ、肥大化する。

 

「【アンチ・カース】」

 

 瞬間、周囲から響き渡る硝子が砕けるような甲高い音。

 

「お、おい何だお前は!」

「おとなしくしろ!」

 

 と、周囲を冒険者が囲む中見知った顔がベルを見て安堵したような顔をする。

 

「ベル! 丁度良かった!」

「リヴェリア、説明頼む」

「ああ。こいつはベル・クラネル! 解呪に関してはオラリオで並ぶ者はいない、急患はまず此奴に診せろ!」

「は、はい!」

 

 リヴェリアの言葉となれば従わない者など殆どいない。慌てて案内されるベルを見てリヴェリアはほっとため息を吐いた。

 

「フィンの予想が当たったな。皆、無事でいてくれ。呪いならベルが解く、傷ならアミッドが治してくれる……」

 

 今、オラリオ中に待機している団員達が対処しているだろう。

 

 

 

 アミッドはまず最初に思った言葉は、有り得ないだ。

 運び込まれた急患全員を蝕む強力な『呪詛』(カース)()()()()()。解呪など生易しい表現では表せぬ、壊呪と呼ぶべき光景。

 一瞬、治療を忘れてしまった。

 

「アミッド様! リヴェリア様から解呪師が!」

「…………貴方が、ベル・クラネルですか?」

「ああ。知っているのか?」

「これは貴方が?」

「ああ」

「………貴方は、一体………」

「それより治癒を頼む。俺は解呪しか出来ないからな」

 

 淡々と返す人形のように無表情な少年。その瞳からは無力感が伝わってくるが、これだけのことをして何故無力感を感じえる。一体何処を目指している。

 人形のような表情を驚愕に変えるアミッド。

 

「アミッド様、また!」

「───っ、診せてください」

 

 と、傷つけられたアマゾネスを診るアミッド。

 傷に呪いは、無い?

 

「さっきここら一帯の呪いは消しといた」

「一帯、って……」

 

 いや、今は良い。

 

治療師(ヒーラー)を集めるだけ集めてください。解呪薬の用意は必要なくなりました」

「は、は?」

「迅速に」

「「「はっ!」」」

 

 

 

 

 リヴェリアは解呪されていくアマゾネス達を見る。

 あのアミッドですら手こずる呪いを超短文詠唱で解呪していく。しかもここに現れた時は【英雄義務】(アルゴノゥト)による強化があったとはいえ広範囲で解呪した。

 

「……大神の加護、か………」

 

 それがあの異常なまでの威力を誇る解呪魔法の正体だとロキは推理した。

 魂を縛る何者かの呪縛が解けるように願いながら魂に刻まれた力。それが発現したのがあの魔法ではないかというのがロキの推理だ。

 成る程神の、それも彼のゼウスの想いから生まれたなら人間の『呪詛』(カース)など平然と砕くだろう。

 

「………それでも、お前はまだ縛られているのか?」

 

 ロキはそう言った。

 まだ離れていないと。Lv.が上がり少しずつ離れているがまだ残っていると。

 それはベルの魂にしか干渉できず、此方で積んだ経験を刻む、つまりランクアップすれば離れると聞いた。

 Lv.5になり、大神の加護を付け足しても解けない呪縛。一体何者なのだろうか。ロキが手も出せないという事は未だ神界にいる神か? 

 

「………いや、待て」

 

 それより、一つ重大なことを見落としていた。

 此方側に近づけるとあの時のロキは言った。神の分身たる精霊になっても同じ事なら、相手は人でも神でもない………ならば此方側とは、何だ?

 ロキ達神すら干渉できないというなら、外部からと言うのは、まさか()()()()の外を指すのでは?

 それに此方側に近づける………なら、ベルは何処から来た?

 

「………ベル、お前は一体何者なんだ?」

 

 その呟きは雨の音に飲まれ消えていった。




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ベートの魔法

──凄いじゃないか! 君はたくさんの人間を救ったんだよ? もっと喜ばなきゃ──

 

 靄が掛かったような夢の中、くぐもった声が賞賛してきた。

 

 誰だお前は?

 

 何時か聞いた、虚像の皮をかぶり話しかけてきた者とは、何か違う。

 

──えー、なんかすっごく警戒されてる。僕は()()とは違うのに──

 

 しょんぼりと落ち込む人影。やりにくい。

 

 第一、あんなの理想に届いてない。

 

──んーと、まさか誰かが傷つく前に全員助けられた、なんて言わないよね? そんなの不可能だよ、ナルトだって木の葉の里壊滅してから来たし一護だって護廷十三隊がやられてから来たしウシオだって妖怪が悪さしてから動くじゃないか──

 

 ………………お前、何者だ?

 

──え? うーん………あ、じゃあアナザー──

 

 中二病か?

 

 ふふん、どうだ? と胸を張る明らかに()()()の知識を持っている人影は、中二病の意味も理解しているのかショックを受けたようにうなだれた。

 

──まあ、良いか。うん、話せて良かった。君が彼奴に頼らず強くなってくれたおかげだよ。干渉の方は、なんとか抑えてみる──

 

 何の話だ。

 

──まあ任せてよ。君は君らしく、君の望むままに生きればいい。彼奴の暇つぶしなんかに乗る必要はない!──

 

 だから何の話をしている。

 

──こっちの話さ。じゃあそろそろ起きなよ。あ、昨日は歯磨きもせずに寝たんだから起きたらちゃんと磨くんだよ!大事なのは腰のフリ──

 

 踊りか何かか?

 

 

 

「…………………」

 

 うっすらと目を開けると霞んだ視界に人影が映る。長い髪、女性だろうか?

 どうも頭を撫でられているようだ。

 

「………母さん?」

「………………」

 

 目が覚めた。

 母親じゃなかった。今世の母親は知らないが前世の母親とは似てもいない。

 

「…………………」

「……………?」

 

 人形のような無表情な顔の周りに花が浮かんだような気がしたが気のせいだろうか?

 

「こ、これが母性本能?」

「……………状況は?」

「え? あ、えっと………お、襲われたアマゾネスは全員無事です。貴方と【ロキ・ファミリア】、【カーリー・ファミリア】の尽力もあり、死者はいません」

「そうか………良かった。役に立てたようだ」

「ええ、とても………」

 

 そのまま再び頭を撫でてくる。無表情だがとてもほっこりしているようだ。

 

「で、襲撃犯共は?」

「主犯格と思われる女性は仲間数人を犠牲に逃走したそうです。今は【ロキ・ファミリア】、【カーリー・ファミリア】が【勇者】(ブレイバー)の指揮の下捜索中です………」

 

 フィンが指揮しているなら間違っても取り逃がすことはないだろう。後は時間の問題だ。

 問題はレヴィスか『精霊の分身』(デミ・スピリット)が動くかだ………。まあこの可能性は低いと思うが。

 

「………………」

 

 暗殺者達は【セクメト・ファミリア】の団員らしい。事情聴取する前に皆自害したらしい。

 

「つまりまだ捕まってないんだな?」

「はい」

 

 

 

 

 

「起きたか………」

「ベート?」

「…………付いて来い」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】から出たベルを出迎えたのはベートだった。外は雨が降っており傘もささずにずぶ濡れになっていた。

 

「………付いて来い、って……何処に?」

闇派閥(イヴィルス)共の所だよ…………」

 

 

 

 

 暗殺者達の血が舞う。

 クルクルと舞う首を別の暗殺者に蹴りつけ怯んだ暗殺者の二つの頭を壁に押しつけ一つにする。

 

「殺せ!」

「殺せぇ!」

 

 暗殺者達が叫ぶ。白い髪が闇に溶ける。赤い瞳が闇に光る。

 暗殺者達は混乱していた。

 闇は自分達の領域の筈だ。闇は自分達の独壇場の筈だ。

 なのに何故見失う。何故狩られる。

 ギギギと軋むような音が闇の中から響き渡り恐怖を煽る。

 

「終わり……」

 

 ズブリと背後から心臓を貫かれる。同志達から奪ったであろう呪いの短剣。

 

「あ、が……何故………」

「兎は地下に住むんだよ。闇の中で兎に勝てると思うな」

 

 白い髪に赤い瞳、兎のような少年は短剣を抜き最後の暗殺者を血の池に沈めた。

 

 

 

「………ベル」

「ん?」

 

 闇に紛れ、闇の中にいる暗殺者を見つけあっと言う間に狩り尽くしたベルにベートは声をかける。

 

「お前は強いな」

「………ありがとう?」

「今なら守れなかった者も守れるだろうよ」

「そうか………」

「だがな、失った者は守れない」

 

 ピタリとベルの動きが止まる。瞳が揺れるのを見てベートはふん、と鼻を鳴らす。

 

「守れなかった者の代わりなんざつくれねーよ。俺が(ルーナ)幼馴染(レーネ)………そして彼奴の代わりを見つけられないようにな」

「…………」

「けど、おんなじぐらい大切な奴は見つけることが出来る」

 

 ベルの瞳がまた揺れる。

 

「それは決して代わりにゃならないが、傷を癒してくれる」

「……………」

「だから今を見ろベル。弱さを嫌うのは良い。けど過去(弱かった事)を否定するな」

 

 全く良くもそんな台詞を吐けるものだ。

 過去を否定したがっているのは自分もだろうに。

 

「雑魚は奪われるだけだ。だから奪われたくないなら強くなりゃいい。お前もそう思ってんだろ? けど、それは過去があったからだ………」

 

 ベルの【操作画面】(メニュー)の案内の下ベート達は歓楽街跡地の地下にやってくる。

 

「───よく来たなぁ、【凶狼】(ヴァナルガンド)! 【殺戮兎】(ヴォーパル・バニー)!」

 

 女性とは思えない馬鹿でかい肉声が響き渡る。地下空間の中央、柱の陰から長外套(オーバーコート)を翻すヴァレッタが姿を現した。

 

「ひひひひひっ。二人だけで来るとはなぁ………クソムカつく【凶狼】(ヴァナルガンド)はともかくよぉ、クソガキはこの手でぶち殺してやりたかったんだよなぁ!」

「………………」

「ひひひひひひひひひっ。四肢を斬っても治るんだってなぁ? ならよぉ、杭で打ちつけて固定して好き放題陵辱(おか)して目ン玉や股の球を食わせ続けてやるぜ!」

「………………」

 

 ヘスティア・ソードと牛若丸を構えるベル。ベートはそのベルの肩を掴んで下がらせる。

 

「?」

「下がってろ………」

 

 一歩前に出るベート。フィン達には無理を言って二人だけにして貰った。

 

「離れてよく見てろベル。これが弱さを受け入れる(強  く  な  る)って事だ───【戒められし、悪狼(フロス)の王──】」

「なっ……【凶狼】(ヴァナルガンド)が魔法!?」

「……………」

 

 驚愕するヴァレッタ同様目を見開いていた。

 ベートは肉体一つで敵を蹴散らす前衛特化。それを補助する為のメタルブーツ、魔法を代用する特殊武装(スペリオルズ)を使っていたはず。しかしむざむざ魔法を使わせるほどヴァレッタは呑気ではない。

 

「ぼさっとしてんなぁ! さっさと焼き殺しちまえ!」

「は、はっ!」

 

 ヴァレッタの怒号に魔剣を持つ者達に声をかけるもベルがナイフを投擲して殺す。

 このまま殺しに行った方が早い。だが、ベートの言葉を思い出し威嚇だけにすませる。

 

「【一傷(いっしょう)拘束(ゲルギア)二傷(にしょう)痛叫(ゲオル)三傷(さんしょう)打杭(セビテ)。餓えなる(ぜん)が唯一の希望。川を築き、血潮と交ざり、涙を洗え】」

 

 この魔法を使う気など無かった。過去を思い出すから。

 

「【癒せぬ傷よ、忘れるな。この怒りとこの憎悪、汝の惰弱と汝の烈火】」

 

 詠唱文を含め『魔法』は本人の資質、そして心に持っている想いを反映する。だからこの魔法が嫌いだ。

 

「【世界(すべて)を憎み、摂理(すべて)を認め、(すべて)を枯らせ】」

 

 この呪文はベートの『弱さ』を知らしめてしまうものだから。目を背け続けている『傷』に気付かせてしまう。

 

「【傷を牙に、慟哭(こえ)猛哮(たけび)に───喪いし血肉(ともがら)を力に】」

 

 だが、その傷に目を向ける。過去を、救えなかった弱かった頃を否定しようと今を生きれない馬鹿のために。

 

「何やってんだぁ!? 無能共、さっさと動けぇ! 魔剣で焼けぇ!」

「し、しかし…………!!」

 

 ヴァレッタの叫びとベルの殺気の板挟みに震える残党達は全く動けない。

 

「【解き放たれる縛鎖(ばくさ)、轟く天叫。怒りの系譜よ、この身に代わり月を喰らえ、数多を飲み干せ】」

「早くしろぉ! ぶち殺すぞ!」

「う、うわぁぁ!」

 

 やがて動き出す残党達。だが───

 

「【その炎牙(きば)をもって───平らげろ】」

 

 詠唱が完成する。魔力の流れにベルが距離を取る。

 

「【ハティ】」



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黒炎の狼王

 炎が燃える。

 闇を煌々と照らす炎。ベートの四肢に絡み付く炎。

 

「はっ……はは! 何だよ、散々勿体ぶっといてただの付与魔法(エンチャント)かよ!」

 

 確かにその見た目は付与魔法(エンチャント)そのもの。盾ほどしかない炎は確かに触れれば脅威だが触れなければどうという事はない。

 

「ベル、巻き込まれたくねーなら下がってろ」

「おらぁ! さっさと魔剣で焼き尽くせぇ!」

 

 ヴァレッタの叫びに再び魔剣を振るう残党達。ベルは下がっている。邪魔はない………炎は、雷は、ベートに向かって飛び、爆発する────()()()()()()

 

「…………あ?」

 

 ベートが鬱陶しげに手を振ると魔法は消え去り炎はより強く燃える。まるでもっと寄越せと強請るように蠢く。

 

「ま、魔法を………」

「喰って……る?」

 

 そう、まるで魔法を喰い餓えていた獣が暴れるように。そしてそれは間違いではない。

 それがベートの魔法【ハティ】。

 能力は損傷吸収(ダメージドレイン)魔法吸収(マジックドレイン)。傷付けば傷付くほど、命の危機に対して強く燃え上がり、魔法を喰らい火力を増す。

 追い込まれようと………否、自分(強者)を追い込む敵だからこそここで確実に焼き尽くしたいともっと力を願い敵の力すら喰らうようになった餓狼の牙。

 

「これが俺の魔法。家族(すべて)死なせ(喪い)仲間(すべて)否定して(失って)、力を求め続けて得た牙だ。これなら仲間を守れる。これがあれば守れたはずだった……これはな、喪った過去が、弱かった自分があったからこそ、強くなろうと思えたからこそ得た『弱者の咆哮』だ」

 

 ベルは、応えない。応えられない。

 だって彼は成り代わりなのだ。存在して良いはずがない。確かに友を喪いもした。だが自分が持つ全ては、本物が手に入れるはずだったもの。生まれてくるはずの命を奪い、居座り……そんなの許されるはずがない。

 だからベルは自分を認めることができない。友は作ろう、だが家族も恋人も必要ない。その筈だ、筈なのに………揺れる。

 

「………俺は、弱くなったのか?」

「強くなったさ……そうやって感じる余裕ができる程度にゃ。すり減って、追いつめてた心が、手を伸ばせなくなってた心が周りを求める程度には」

 

──感じる余裕ができたんですよ。すり減った心が、戻っているんです──

 

 それは何時か聞いた少女の言葉と同じだった。

 あの時、あの場にベートはいなかったはずだ。後から聞くとも思えないし、聞いた言葉を言うとは思えない。ならばこれはベートの本心なのだろう。

 ベートとて同じだった。弱い奴らが、奪われるだけの弱者が嫌いで、喪った自分と、死んでしまった一族と恋人に重ねて、その度に心は擦り切れた。

 けど何時しか同じぐらい大切な奴らが増えて、そいつ等にも強くなってほしくて、罵倒してアマゾネス達が突っかかってエルフの女王達が諫める今が暖かかった。

 

「だから笑えベル。今じゃなくても良い、何時かは必ずな」

「………………」

「おいおいおいおい! なぁに私等無視して話し込んでんだよぉ!」

 

 と、ヴァレッタが叫んだ。

 その顔には僅かに焦りが見えているが、それでも負けるとは思っていないようだ。大方何か罠が仕掛けてあるのだろう。それも、Lv.をひっくり返せる何か。彼女自身強力な【呪詛】(カース)でも持っているのかもしれない。だが、関係ない………。

 

「ベル、消し飛ばすぞ。力を貸せ」

「…………ああ」

 

 バチリと黒雷が弾ける。

 

【轟け】(エルトール)……」

 

 ベルの【エルトール】は()()()()。ベートの身に纏わりついた黒雷は炎に喰われ、炎は黒雷を喰らい黒く染まる。

 

「死ね……」

 

 それは錯覚か幻覚か、黒炎の形が巨狼のアギトに見えた。それがヴァレッタ達が最期に見た光景。悲鳴も、恐怖も、絶望も、混乱も何一つ行えず灰すら残らず焼き尽くされた。

 

 

 

 

「やー、二人とも派手にやったなぁ」

「ベルくん! 怪我はないかい!?」

 

 夜空の星々を飲み込みそうなほどの黒い炎の柱を見た冒険者達は現場に駆けつけ、報告を受けたのか二人の主神がやってきた。

 

「ちゅーかなんやねんあの黒い炎。神々が狂喜間違いなしやぞ」

「一言で言うなら合体技」

「それ余計にテンション上がりそうだね」

 

 ロキの言葉にベルが端的に返すと呆れたような顔をするヘスティア。

 二人だけで対処させると聞いた時はフィンに食ってかかったが、この天井が消し飛び穴と化した地下を見れば寧ろ巻き込まないための対処だったのかと納得できる。

 

「それで、ベート……どうせベルっちに言いたいこと言ったんやろ? なら、言い出しっぺも変わらなあかんと思うで?」

「あん? 何のことだ」

「そりゃ今の家族を嫌ったままじゃあかんちゅーことや。今を受け入れろ的なこと言ったんやろ?」

「はん、くだらねー」

 

 と、ニヤニヤ笑うロキに吐き捨てるベート。おん? と首を傾げるロキ。

 ベルはん? と瓦礫の山を見る。

 

「俺は雑魚は嫌いだ。だけど別に、彼奴等を嫌ってる訳じゃねーよ」

「………おお」

「………あ」

 

 その言葉にヘスティアが感心したように目を見開いてベルが思わずと言った風に声を漏らす。

 

「だ、そうやで皆ー」

「あ?」

 

 ロキが振り返ると瓦礫の影から【ロキ・ファミリア】の面々が出てくる。

 

「本当にデレた。彼がツンデレってロキの冗談かと思ってた」

 

 と、ヘスティアが呟くがベートは固まったままゾロゾロ出てきた【ロキ・ファミリア】の面々を見ていた。

 

「いやー、嫌ってないとか照れるねー」「やっぱりベートさんは優しいですね」「私は? 私は嫌ってないよねベート・ローガ!」「『だけど別に、彼奴等を嫌ってる訳じゃねーよ』、痺れましたベートさん!」

「誤解しててすいません!」「これが神様の言う『萌え』なんですね!」「『つんでれ』!」「ツンデレだ!」

「ツンデレベートさんちぃーす!」

「ツンデレベートさん素敵っすね!」

「ツンデレベート・ローガ子供作ろう!」

「────てめぇらぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

『あっすいませんっ許してっギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 調子に乗った団員達にベートの怒りが炸裂する。

 この光景前にも見たな。と、ベルは眺める。

 

「なあ、レフィーヤ」

「はい?」

 

 同じくその光景に既視感を覚えて苦笑していたレフィーヤはベルの言葉に振り返る。

 

「俺は今を見てないのか?」

「見てませんよ」

「過去を、罪を乗り越えてしまって良いのか?」

「それは、どうでしょう………でも、乗り越えることと忘れることは違うんだと思います」

 

 

 

 翌日の昼。ダンジョンに潜らず趣味や鍛錬も一区切り付け食堂へ向かう団員達は開け放たれた窓から聞こえた声に目を見開くことになる。

 

「Lv.7来たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「「「はぁ!?」」」

 

 

 

ベート・ローガのステイタス

 

『Lv.6→7

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

狩人:G

耐異常:G

拳打:G

魔防:H

狼王:I

《魔法》

【ハティ】

付与魔法(エンチャント)

・炎属性

魔法吸収(マジックドレイン)

損傷吸収(ダメージドレイン)

《スキル》

【月下狼哮】(ウールヴヘジン)

・月下条件達成時のみ発動

・獣化。全アビリティ能力超高補正

・異常無効

【孤狼疾駆】(フェンリスヴォルフ)

・走行速度強化

【双狼追駆】(ソルマーニ)

・加速時における『力』と『俊敏』のアビリティ強化

【狼王の意地】(フェンリル・プライド)

・晩成する

・意地を通す限り効果継続

・意地が強いほど効果向上

【双頭狼】(オルトロス)

・ある個人との共闘において両者全アビリティ能力微補正

・ある個人との共闘時における経験値補正   』

 

 

 

 

 それは世界の終わりのような光景だった。

 数多のモンスターを引き連れ支配者であるかのように進軍する兎。相対するは槍を持った小さな勇者を筆頭にした人間の戦力。

 そこから飛び出すは美しい女性の形をした風。周りのモンスターには目もくれず、兎のみを狙い暴風を放つ。雷を放ち抵抗する兎だがやがて力尽き風の精霊はその首を掴む。その手には段々と力が籠もっていきバタバタ暴れていた兎もやがてピクピク震えるだけ。

 

ゴキリ

 

 不快な音が響き兎は動かなくなった。

 

 

 

 

「………誰だ?」

 

 武器の手入れをしていたベルは扉が叩かれる前に人の気配を感じて問いかける。驚いたような気配の後、扉が少し開き寝間着姿のカサンドラが顔を半分覗かせる。

 

「あ、あの………その、怖い夢を見まして………」

「………入って良いぞ」

「…………!」

 

 ベルは武器を異空間に収納する。カサンドラは枕を抱えたままテテテと駆け寄ってきた。そのままベッドに座る。

 

「………あの、ベルさんは……人間嫌いですか?」

「別に。胸を張って好きとは言えないが、守るべき存在だと思っている」

「モンスターは?」

「そりゃ……倒すべきなんだろうな」

「………?」

「曖昧で悪いな。そりゃ、俺なら……ベル・クラネルならきっと人を襲うモンスターを倒さなくちゃいけないんだと思う。けど最近、周りの連中のせいで……おかげ、か? まあ、とにかくよく解らなくなった。けど、まあ……そうだな、倒すべき存在だろ」

「そう、そうですよね………」

 

 そもそもモンスターと人間が共に歩くことなど出来るはずがない。もちろんレヴィスという女については聞いたが、夢の光景は比較にならない程の様々な種族がいた。

 だからきっとアレは、ただの夢だ。全ての夢が予知夢になったわけではないのだから。アレはただの怖い夢。

 

「………眠れないか?」

「…………はい」

「…………仕方ない。今夜は一緒に寝てやる」

「へ? あ、いやそんな! ……………良いんですか?」

 

 顔を赤くして慌てるカサンドラだったが、枕で顔を隠した後少しだけ覗かせ尋ねてくる。

 

「いやか?」

「いやじゃありません!」



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ヴェルフ・クロッゾ

「……………」

 

 ベート・ローガがLv.7になった。自分とは二つ差だ。

 負けていられない。もっと強くならなくては。

 ダンジョンに潜りモンスターを狩るベル。が、不意に足を止める。

 

「………20階層まで、か………」

 

 それがベルに許された単独行動可能な階層。【ロキ・ファミリア】の面々は、現在戦争に赴いている。

 敵はラキア。そのラキアの進行にオラリオの住人は思う。

 『あぁ、またか』

 と。

 戦争と聞き、しかも負け続きのくせに懲りずに六回目と聞きラキアのトップにして主神の『軍神アレス』をぶち殺そうかと思ったベルだったが聞けば死者すら出ないお遊びみたいなものだとか。

 平和で実に羨ましい。自分が経験した戦争では常に死が溢れていたというのに。

 

「…………ラキア、か」

 

 そういえば以前勧誘されたなぁ、と懐かしんだ。

 

 

 

 

 

 【ヘファイストス・ファミリア】でヴェルフ・クロッゾは目の前の男を睨みつける。が、その睨みには今一つ覇気が籠もっていない。恐れているのだ、目の前の相手を。

 しかし誰が責められようか。

 

「もう一度言う。魔剣を作ってくれ」

「あんたにゃ、そんなの必要ないだろ。帰ってくれ……つーか、ラキアとの戦争は良いのか」

 

 目の前の男は【フレイヤ・ファミリア】所属の【猛者】(おうじゃ)オッタル。世界唯一のLv.8の、世界最高の冒険者。

 それが魔剣を造ってくれと自分の下に現れた。普通の鍛冶師なら喜んで頭を縦に振る事だろう。 

 

「以前決着を付けられなかった者がいる」

「あんたが?」

「次戦い、もし負けた時武器の性能差という言い訳を残したくないのだ。そのためには、血筋に拘らず己を鍛えた鍛冶師であり、クロッゾでもあるお前の魔剣が必要だ」

「俺はクロッゾじゃねぇ。ヴェルフだ……」

「確かに使用限界のある魔剣は俺も好かん。だが、ただ一戦のためにどうしてもいるのだ」

「…………ああ、くそ。解ったよ! 一振りだけだ、能力は?」

「感謝する。能力は過重と雷撃だ。出来るか?」

「二つか………その上であんたの膂力に耐えられるとなると、相当な材料がいる。俺の腕じゃなぁ……」

 

 魔剣としての能力は確かに付与できる。だが、剣としての性能を加えると別だ。

 少し天狗になっていたのは認める。だが、目の前の男の持つ大剣を少しでも見れば伸びかけた鼻なんて簡単にへし折れる。

 だからあっさり素材に頼るしかないと暴露する。

 

「これを使え」

「…………これは?」

 

 目の前に置かれたのは布の包まれた何か。めくると出て来たのは巨大な角だ。

 

「以前戦った強力なモンスターのドロップアイテムだ。雷を使っていたので、俺の望む魔剣の素材としては最高の物だと思っている」

「………………」

「それと、これは俺の勝手な評価だ。気にせずとも構わない」

 

 と、オッタルは周りに立て掛けれている剣を眺める。

 

「お前にも信念があるのだろう。それを貫くのは、お前は周りの評価も相まって並大抵のモノではない。だが、信念で命を守れないこともある。それが己の命ならどうでも良い。だが、時に救えた命も救えなくなると知れ」

「…………………」

 

 

 

「オッタルめ、サラッとドロップアイテム持ってきやがったか……」

 

 ヴェルフはベルを誘い酒場に来ていた。オッタルが戦ったというモンスターに心当たりがあるのかベルは不機嫌そうだ。というか言い方からして共闘でもしたのだろうか?

 

「なあ、俺は魔剣を造るべきだと思うか?」

「造る造らないで言うなら造るべきだろうよ。それ一つあるだけでダンジョンの攻略も早まるし死者も減る………というか一つ質問なんだが、不壊属性(デュランダル)も魔剣の一種じゃないのか?」

「あー、言われてみれば特殊な力だもんな」

「特殊といえばこれもそうだが………」

 

 と、ヘスティア・ソードを取り出すベル。ヴェルフはその刀身を眺める。ベルが手放せば忽ちナマクラに変わる剣。

 生きていて、ベルと共に進化する剣。

 

「それ、今はどんな感じだ」

付与(エンチャント)時の違和感が少なくなってきていた。今は殆ど無いって言っても良いな」

 

 神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれた神の眷属たる剣。ならば何らかの特殊な力に目覚めている可能性も否定できない。何せ神の眷属は何時だって様々なスキルに目覚めているのだから。

 

「まあ俺は防具さえ造ってくれれば良いさ。砕ける魔剣にゃ興味ない。その一戦だけは対等でありたいと思う奴も、もう殺したしそもそも俺には付与魔法(エンチャント)がある」

「まあ実質全部魔剣だわな」

 

 ベルの言葉にはは、と笑うヴェルフ。

 

「………なぁ、ベル」

「あん?」

「魔剣を打たせてくれ。まずはお前のために」

「………そうか、頼む」

「ただ、魔剣を最初に見せたい相手がいるんだ」

 

 

 

 

「それでよ、魔剣を見せた後、つい告白しちまってよぉ。全くあの人はよぉ、俺の熱はあの程度じゃ冷めねーってのに」

「その話は三度目だ………」

 

 

 

「全く主神様と来たら15回も同じ話をしてな……」

「俺もあの後11回ほど………」

 

 惚気話に付き合わされたベルと椿の二人は街中で偶然遭遇し、何となくお互い察しどちらともなく酒に誘った。

 

「ふむ。しかし前は破傷風でも起こしそうだったが、大分錆が落ちたな」

「?」

「どうだベルよ。手前がお前に武器防具をこしらえてやろうか?」

「必要ない」

「むぅ。これでも手前は知る人ぞ知る鍛冶師なのだぞ?」

「知ってるよ。けど、俺はヴェルフにぞっこんなんだよ」

「ほぅ、鍛冶師冥利に尽きる言葉だ。先に唾を付けられず残念だ。おおそうだ、お主はどんな魔剣を造ってもらったのだ?」

「これだ」

 

 と、机の上に置かれるのは黒い剣。椿は剣を手に取りふむ、と眺める。

 

「剣としての性能は……ヴェル吉め、個人のためになら多少腕は上がるか。これの属性は?」

「魔法破壊だとよ。つくづく彼奴らしい」

 

 ヴェルフの対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)を思い出し呟くと椿も違いないと笑った。




【アポロン・ファミリア】戦でヴェルフの魔剣出番無かったからね、親父達も来ない。
来たとしても魔剣造ってもらわなきゃ行けないオッタルが動く……むしろ来なくて良かったな


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年上の女達

 リリルカ・アーデははぁ、とため息を吐いた。

 ああ、またか。

 目の前の顔を赤くして自分に告白して来た小人族(パルゥム)。もう何人目だったか………。

 元サポーターだがその凡庸なスキルを利用し重量のある武器を叩き付けるという戦い方でLv.2になったリリは勇者や四兄弟程ではないが小人族(パルゥム)の間ではそこそこ有名になり、こういう事も増えた。

 

「申し訳ありませんが、リリはそこまで憧れるような存在じゃありませんよ。第一級の装備をもらえなければ、きっと今もサポーターをしていました」

 

 人に、環境に、場所に恵まれただけ。

 リリは決してあれが偉業などとは思わない。頑張ってないと言われれば怒りも覚えるが、それでもやはり努力だけではないと思っている。

 

「ですので、貴方の想いには応えられません」

 

 

 

 

 恋愛は苦手だ。

 そんな余裕今まで無かったし、そもそも他人をあんまり信用できないし、この前団長に求婚されてアマゾネスに殺されるかと思ったし……。

 こうして考えると恋愛事に嫉妬が絡むと面倒だ。今気になっている男も色んな女に好かれているし。

 

「あ……」

「……ん?」

 

 と、タイミング良く本人に出会った。昼餉なのかサンドイッチを食べている。

 

「………ベル」

「よお」

 

 

 

 

 ベンチに座りサンドイッチを食べるベル。

 リリも幾つか分けて貰った。因みにベルの持ってるバスケットは二つで片方には炭化した何かが入っていた。あれは料理とは呼ばない。もう一つのサンドイッチも店のから手作りに変わって、味は察してほしい。

 

「また告白されました」

「そうか」

 

 淡々と返してくる。恋愛事には興味ないのだろう。

 

「ベルはモテますけど、誰かと付き合おうとは思わないんですか?」

「男女の関係は遊びで十分だ。恋して、愛して、ともにいれば俺はきっと幸せになる」

「なればいいじゃありませんか……」

「そう簡単に、許されて良いと思ってないんだよ」

「…………?」

 

 一体何に罪悪感を感じているというのか。殺人? いや、彼は一方的に殺しはしない。相手に咎がある悪人か、戦争でどちらかに与するだけ。そこに罪悪感を感じるのは悪人の被害者や敵の兵に失礼だろう。彼もその辺は解っているはずだ。

 まあ深く踏み込むのはやめておこう。誰にだって、知られたくない過去はあるのだ。

 

「………ん?」

「あ……」

 

 と、二人してぼーっと街中を眺めていると挙動不審に周囲を警戒するエイナを見つけた。何かにおびえているような……。

 

「つけられてるな」

「………二人?」

「四人だ。内二人は付けてる二人を観察してるが……」

 

 知らぬ仲でもあるまい。二人はエイナに向かって歩き出した。

 

 

 

 

「ストーカー?」

「まあエイナは美人だし珍しくもないんじゃ………」

「美……や、その……ストーカーとは限らないし」

 

 エイナの話を纏めると、最近誰かに付けられているのだとか。ベルはそう言ったことに経験が多いので視線に嫉妬や殺気が自分にだけ含まれているのに気付いた。

 

「仕方ない。ちょっと待ってろ」

「へ?」

 

 

 そして転がる二人の冒険者。ドルムルとルヴィス。

 そして転がる二柱の神。彼等の主神。

 今回の件を簡単に説明すると、まず神がローブをかぶりエイナに態と見つかる。噂を聞きつけエイナを心配した二人に同じ格好をさせ陰から見守らせる。その後どうなるか見ていた。ようするに神の娯楽だ。

 

「まあ不幸だったな、三人とも」

「私はあなた方の娯楽に巻き込まれたんですか」

「「ふひひ。サーセン………あ、ちゃんと謝る! すいません、だから天界送還だけはマジご勘弁!!」」

 

 反省の色を見せない神々もベルが剣を抜けば土下座して謝った。それで、とベルはエイナに声をかける。

 

「どうする? この二人、やり方はともかくあんたに好意を持って守ろうとしたわけだが」

「そ、そうだ! その気持ちは嘘でねえ! エイナちゃんを愛しているだ! お嫁さんになってくれ!」

「な、貴様卑怯だぞ! エイナさんッ、私は貴方が好きです! 伴侶の契りを交わしてほしい!」

「え……えええええっ!?」

 

 突然の求婚に顔真っ赤にするエイナ。告白されたことはある、だが求婚となれば話は別だ。しかも相手に確認せずとも真剣だと解るレベルの。

 チラリとベルを見る。視線が問いかけてくる、どうする? と。それにひどくムカついた。ムカついたので、巻き込むことにした。

 

「わ、私はベル君と付き合っているので無理です!」

「んな!?」

 

 と、リリが反応した。が、この場合は仕方ないと判断したのか大人しく食い下がる。視線でごめんなさい、と告げ固まっている二人を見た。 

 

「そ、そそそんな! おい、本当なのかてめぇ!」

「ただの出任せでは!?」

「そんなことありません! ね、ベル君?」

「ああ、愛しているぞ」

 

 と、躊躇いもない返しにエイナの顔が赤く染まった。

 

 

 

「恋人のふりなんて良くしてたからな」

「そういえばベル君ってそうだったね………私年上なのに、からかわれてる?」

 

 未だ赤い頬を押さえながらうー、と唸るエイナはふと不機嫌そうなリリをみる。

 

「あ、ごめんね。ベル君とデートとかだった?」

「いえ、デートではありませんので……」

 

 ふい、と目をそらすリリ。怒らせちゃったかな、と苦笑するエイナを見て不意に悪戯を覚えた子供のような笑みを一瞬浮かべる。

 

「怒ってませんよ。ベルだって気にしてませんし……()はベルより()()()()なんですから」

 

 目を細め人差し指を唇の前に持って行き、大人びていてどこか艶めかしく囁くリリ。

 

「!?」

 

 見た目の幼さとのギャップに同性のエイナすら思わずゾクリとする妖しい魅力。満足そうにクスリと笑うと歩き出した。

 

 

 

 

 ダイダロス通りの地下。大きな影が動いていた。

 フゥフゥと粗い息を吐き、何かに怯えるように時折周囲を見回す。その身体の彼方此方に乾いた血の後がある。

 その巨大な体躯は決して人間が持てるものではない。かといって、動物でもない。彼はモンスター。

 深層モンスター『バーバリアン』。推定Lv.は3から4。地下とはいえダンジョンの外にいて良い存在ではない。

 しかし様子がおかしい。理性無き暴力の剣士であるはずのモンスターのその目には、どことなく理性が見て取れた。

 

「………帰り、たい………」

 

 そして口を開く。発せられたのは人の言葉。

 

「皆、何処へいった……無事なのか? 里に、帰りたい………」




さぁて、ゼノス編のフラグとして殺されたバーバルちゃんとの邂逅も近いぜぇ!


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理知を持つ獣

 ベルはダイダロス通りを歩く。と、不意に建物の陰から音も気配もなく人影が現れた。

 

「よお旦那」

「ディックス………約束のものは?」

「持ってきたぜ。旦那の趣味に合うのを見つけるのに一苦労してよぉ」

 

 現れたのはディックス。渡してきたのは呪われた短剣。

 以前戦ったレヴィスは自分に匹敵する再生能力を持っていた。その対策のためにディックスに用意させたのだ。

 

「取り敢えずこれで何とか食いつけると良いんだが」

「あの化け物女に? ま、応援してるぜ」

 

 ゲラゲラ笑うディックス。向こうは魔石を食らって強くなる。

 今もきっと、前より確実に強くなっていることだろう。だからこそ通じる可能性がある限りどんな手でも使う。

 

「………ん? あれは、シル?」

「あん、旦那の知り合いか?」

 

 呪われた短剣を仕舞うとベルは不意に見知った顔を見つける。

 

 

「ヒュー。かなりの美人、旦那の恋人か?」

「友人だ。しかし何故ここに?」

 

 茶化すディックスを無視してシルの下に向かうベル。ディックスも付いてきた。

 

「シル」

「はい? あ、ベルさん! と………ええっと」

「あ、俺はディックス。旦那のパシりだ、よろしくな」

「はい。ベルさんの下僕ですね、よろしくお願いします」

「…………」

「冗談です」

 

 やりにくい女だ。それがディックスのシルに対する評価だった。

 

 

「わー白い!」

「変な眼鏡!」

「ねーねーその傷モンスターがつけたの!?」

「【ヴぉーぱる・ばにー】だー!」

 

 無数の子供達に引っ付かれるディックスとベル。二人とも高位冒険者なのでこの数に飛びつかれてもビクともしないがそれが面白かったのか子供達は二人の身体によじ登り始める。

 

「あぁ~、俺ガキって苦手だわ。旦那は?」

「子供は好きだ」

 

 と、腹の方からよじ登ってくる男の子の頭を撫でてやる。ここはどうやら孤児院らしい。シルも両親がおらず、似た境遇の子供達に料理を持って行ってたらしい。

 

「なぁなぁ、それよりダンジョンっであったこと、聞かせてくれよ!?」

 

 そう言ったのはライと言う名の少年。

 ここの孤児院の子供達は皆冒険者になり、稼いで金を寄付しようとしたらしい。誰も帰ってこなかったので、孤児院の母であるアリアとしては目指してほしくないようだが。

 

「俺は良いと思うぜ。夢があるのは良いことだ。縛られねーのは幸福なことだ。なんなら、俺が鍛えてやろうか? ダンジョンのノウハウも教えてやるよ」

「ガキは苦手なんだろ?」

「夢を持てる奴は嫌いじゃねーんだよ。今は、だけどな」

 

 

 

「………まるで先生だな」

 

 宣言通りダンジョンについて教えているディックスを見てベルが呟く。子供達は真面目にディックスの話を聞いてふんふん頷いている。

 

──何見てやがんだよクソガキがぁ。知ってるぞてめぇ、最近冒険者になって、あっと言う間にランクアップしたんだろ? はっ! 才能に恵まれて、なりたいモノになれる奴が俺を見てんじゃねーよ!──

 

「…………まあ、楽しそうで何よりだ」

 

 しかしなりたいモノ、か。果たして自分は成れているのだろうか? 近付けているのだろうか?

 

──君は君らしく、君の望むままに生きればいい──

 

「───?」

 

 今のは、誰の言葉だ?

 つい最近聞いたような気もするが………。

 

「………ん? どうしたディックス」

 

 と、不意にディックスが此方によってきた。何やら面倒そうな顔をしている。

 

「何かよ、冒険者依頼(ク エ ス ト)申し込まれた」

 

 

 

 

 最近聞こえる謎の唸り声。その調査に赴き、ディックスとベルは地下に来た。瓦礫を退かしたらここに通じる道があったのだ。

 

「なぁ旦那、連れてきて良かったのか?」

「置いてきて、後で探検されても困るからな」

 

 ディックスは後ろを歩く子供達に視線を向け尋ねてきた。

 子供達というのは好奇心旺盛だ。放っておいて、離れた後勝手に入る可能性もある。その場合、ここで目を離すのは危険だ。

 この()()()()()では。

 

「いざという時はてめぇの『鍵』をフル活用しろ。優先は子供達とシル。ある程度把握しているお前だ。俺は一番に見捨てろ………特に、あの女が来たらな」

「まー、俺も密輸にしか使ってなかったから、他の奴らに比べると少し知らない部分もあるがな。この辺は知ってる。けど、彼奴等の潜伏先とは離れてるから大丈夫だと思うぜ」

「………それに、どうも護衛は俺らだけじゃないみたいだしな」

 

 子供達に聞こえないようにこそこそ話すディックスとベル。ベルがもっとも警戒しているのは、レヴィスが此方に気付くことだ。あの時の会話を思い出すに、本来の仕事を放り出してまでベルを殺そうとしていた。次に『精霊の分身』(デミ・スピリット)。まあそのどちらもベルだけを狙うだろうから囮になれば子供達は助けられるだろうが。

 

「…………居たぞ、モンスターだ」

 

 立ち止まりベルが呟く。子供達をより下がらせディックスに守らせる。そして、少しずつ前に進み現れたのはモンスター『バーバリアン』。

 

「───!?」

 

 バーバリアンは飛び退き大きく息を吸う。が、吐き出す前にベルが顎下に肘を打ち込む。 

 

「ヴゥ!?───オオォ!!」

「っ───!」

 

 仰け反ったバーバリアンは状態を戻すと同時にねじ曲がった角をベルに向けて突き出す。それを回避し頭を蹴りつけようとしたが防御され、拳が飛んできた。

 

【駆けろ】(エルトール)!」

 

 だが、ベルは星の磁界に介入し浮かび上がる。空振りした拳にバランスを崩したバーバリアンに切りかかると後ろ回し蹴りがベルを吹き飛ばした。

 

「ベルさん!」

「兄ちゃん!」

「ベルお兄ちゃん!」

 

 シル、ライ、ルゥが叫ぶ。何名かは息を呑む。ディックスが飛び出そうかと迷うが吹き飛ばされた通路の奥から飛んできた投擲ナイフを見てホッと息を吐く。

 

「モンスターが、格闘技?」

 

 ペッと口の中でも切ったのか血が混じった唾を吐き出す。

 このモンスター、妙だ。以前戦ったミノタウロスに通じる何かを感じる。

 

「………知性を持ちかけたモンスター、か?」

 

 だとしたら、危険だ。モンスターが人の知能を手に入れればどうなる?

 まずは強くなるために強化種となることを覚えるだろう。そう、危険だ。ならば英雄(ベル・クラネル)であるべき自分は───

 

「────殺す」

「ヴオオオォォォ!」

 

 疾駆するベルに拳を振り下ろすバーバリアン。ベルはそれをかわすと腕を駆け上り目に向かって剣を振り下ろ────

 

「旦那、待て! そいつは───! てめぇもだバーバリアン、ダンジョンの帰り道を知ってる!」

「「────!?」」

 

 ディックスの動きにピタリと止まるベルとバーバリアン。ベルはすぐさま動こうとしたが、まるでディックスの言葉を理解したように動きを止めたバーバリアンを見て固まる。

 

「───本当か?」

「な!?」

「え?」

「嘘!?」

「しゃべったぁぁぁ!?」

 

 ベルが瞠目し子供達が驚愕する。目の前のバーバリアンは、今、確かに人の言葉を発した。

 

「………本当に、戻れるのか? 仲間の下に、ダンジョンに……」

「ああ。約束する……何なら、俺がいない間に捕まったであろう奴等も後で解放してやる」

「……そうか、帰れるのか……皆、帰れるんだな」

 

 ひざを突き片手で顔を押さえるバーバリアンは、完全に人の言葉を話し人並みの知性を持っていた。

 

──何を迷う、殺すべきだろう。こいつはモンスターだ──

 

 そう、モンスターだ。だけど、良いのか? 泣いているんだぞ。帰れることを喜んでいるんだぞ。言葉が通じる、争わずに済む。殺してきた敵兵や盗賊、モンスター達とは違う。それを、殺して良いのか?

 

──目の前のこいつが、ダンジョンの根元に関わりが無いと何故言える? 言葉が通じようと化け物は化け物だ──

 

 そうだ。その可能性はある。

 ダンジョンのより深い、正体も掴めぬ何かに関わっているかもしれない。彼等が、この世界の所謂最後の敵組織なのかもしれない。

 

「……良かった、本当に……」

「モンスターさん、泣かないで」

「おいルゥ! 危ないぞ!」

「だって、泣いてるし……」

「た、確かに……可哀想」

「フィナまで、ああもう! お前もモンスターの癖に泣くな! それでも男か!?」

「………………」

 

 解りやすい悪なら、気にしなかった。

 街中で一般人にでも手を出してくれれば躊躇せずに、騒ぐ幻聴に身を任せ暴走できた。けど、無理だ。

 目の前でなく彼を、慰めに来た子供達を見てしまった。

 ベルは短剣を鞘に収め、壁に背を預ける。

 

「…………はは、なんだこれ……? どうするのが正しいんだ?」

 

 その呟きに、答える者は誰もいない。

 

 

 

 

「誰もいねーな」

「この時間帯はな。誰も逃げ出すなんざ思ってねー。丈夫な檻だしな……」

 

 ディックスの案内の下たどり着いたのは広い部屋。そこには無数の檻があり、様々なモンスターが居た。

 

「バーバル!? 何故戻っテきタ!?」

 

 と、モンスターの一体が当たり前のように口をきく。ラミアにハーピィの様な半女性型を始めウォーシャドウなどもいる。

 彼等皆が理知を宿しているのだろうか?

 

 

 

 

「ありがとう、本当に!」

「ベル、ディックス! 私たチアナタ達のコと忘れナい!」

「元気でなー! もう捕まるなよー!?」

「バーバルー! また肩にのせてねー!」

 

 手を振りダンジョンへと去っていくモンスター達。子供達も同様に手を振る。ベルは、何もせず彼等を見送った。

 

 

「いやぁ、全員無事帰せて何よりだよなぁ。ま、彼処はそもそも俺ら以外利用してないしな」

「利用、か……あの檻はお前の【ファミリア】の連中が?」

「…………ああ。今日は商会で出払ってた」

 

 と、ディックスが返す。ベルはそうか、と呟いた。

 

「俺も、交じってたんだよ。縛られて、苦しくて、モンスターの癖に夢見やがってって八つ当たりして! その事を、彼奴等に黙って!」

「…………縛られて、か………」

「旦那?」

「何でもねーよ。これは俺が選んだ道だ……」

 

 ディックスはその目に見覚えがあった。まるで、ベルに会う前の自分。

 

「旦那、俺をあんたの【ファミリア】に、入れてくれねーか?」

「…………本気か?」

「おう」

「………好きにしろ」

 

 

 

 

「そう、(シル)の護衛をしていたらそんな事が……」

「はい」

 

 美しき美の神フレイヤがクスクス笑う。その前に一人の男が跪いていた。

 彼の名はアレン。クノッソスでシル達をつけていた()()()の護衛。

 

「ふふ。それにしても苦悩するベルの顔、見たかったわ」

「………………」

 

 敬愛する主が別の男の名を出し頬を染めるのを見てアレンは歯軋りしそうになるが、不敬はせぬと堪える。

 

「でも、喋るモンスターね………オッタルは知ってるかしら?」

「はい。いずれ決着を付けるべき者が……」

「そのために魔剣を使わない貴方が魔剣を振るうのよね? その時が来たら是非言って?」

「は………」

 

 

 

 

 地中の奥深く、迷宮の壁に亀裂が走る。

 そこから青白い肌の腕が飛び出してくる。すぐに同色の肩、首、頭部、次には一気に上半身と下半身が出て、地面に落ちる。

 現れたのは青銀の髪を持つ可愛らしい少女。周囲を見回し、口を開く。

 

「………ここ、どこ?」

 

 その異端を、果たしてダンジョンは把握しているのかいないのか。

 いたとして、ならば何故生み出したのか。

 それは解らない。解ることは一つだけ。彼女との邂逅が、少年を蝕む鎖を破壊する切っ掛けになるという事だけだ。



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知られたくない秘密

「やったぁぁぁぁ! 三人目だぁぁぁぁ!」

 

 ヘスティアの大声が黄昏の館に木霊する。ディックスはチラリとベルを見る。

 

「ウチ零細なんだよ。【ロキ・ファミリア】の傘下ではあるけどな」

「あー、そういやそんな話聞いたな」

 

 と、ディックスがベルとの会話を思い出す。

 

「おーう、戻ったでー。ん? 誰やそのステキゴーグル」

 

 と、ラキアとの戦争も終わったのか戻ってきた【ロキ・ファミリア】の面々。見覚えのない男、ディックスにロキが首を傾げた。

 

「てめぇはあの時の!」

「………あ」

 

 が、ベートが叫びアイズが反応する。僅かだが数名の団員達もだ。

 

「なんや知り合いかベート」

「クノッソスで俺に鍵を渡してきた野郎だ」

「…………ほう?」

 

 ベートの言葉にロキが目を僅かに開く。

 フィンやリヴェリアも目を細めてディックスを見つめる。

 

「それは、まずは感謝しておくべきかな。それで、君は何者だ?」

「クノッソスを造ろうとしたダイダロスの子孫だよ。本来なら『呪縛』を受けて彼処を造らずにはいられねーが、俺は旦那にそれ破壊してもらってな」

「呪縛?」

「おおよ。ダイダロスは迷宮を完成させるのに寿命が足りんと考え自分の血筋が見るとクノッソスを完成させることが悲願になるように価値観を植え付ける手帳を残したのさ」

 

 お前等も災難だったな、と笑うディックス。

 

「俺はやめた。縛られんのは御免だからな」

「ふぅん……そうかい。なら、僕等の味方をするって事で良いのかな?」

「おうよ。旦那の命令ならな」

「嘘は言ってへんよ」

 

 ロキの言葉にそうかい、と呟くフィン。

 

「なら、クノッソスの地図でも貰おうか」

「りょーかい。なら、地図を書くから暫く時間くれ。彼処は広いんだよ………あ、俺が覚えてる範囲でいいか?」

「構わないよ」

 

 

 

 

 その後は戦勝祝い。まあ勝つと解っていた戦争だが騒げる理由があるなら騒ぐのが【ロキ・ファミリア】だ。僅か三名の傘下【ヘスティア・ファミリア】もそれに従う。

 

「ううぅぅ。折角お邪魔虫が減ってたのに、アレスめ、もう少し頑張れよぉ!」

「ティオナやレフィーヤが戻ってきてベルと話しているからといって、戦争の継続を望むな」

 

 酒を飲み拗ねているヘスティアに落ち着くよう説得するリヴェリア。ヘスティアの視線の先には今回の戦争でどんな活躍したかを話すティオナとどんな事をしていたのか尋ねるレフィーヤ。アイズも話したそうにしている。

 

「むー。ベル君は僕のなのに~!」

「ベルは誰のモノでもないよ」

 

 アイズが絡んだ時のロキなみに面倒くさいなこのロリ巨乳。

 と、不意にリヴェリアもベルを見つめる。会った時は無表情で人形のようで、冷たい印象を受けたがだいぶ人間らしくなった。いい傾向だ、と微笑を浮かべた。

 

 

「ベル、楽しんでいるか?」

「まあ……」

 

 バルコニーで夜風に当たっていたベルに話しかける。グラス片手に夜空を見上げるベルはだいぶ飲んだのか頬は仄かに赤い。

 

「ここには慣れたか?」

「………ああ」

「そうか………なあ、一つ聞いて良いか?」

 

 それはほんの軽い疑問。余りにも荒唐無稽で、リヴェリア自身ほんの話の冗談のつもりでそれを尋ねた。尋ねてしまった。

 

「お前は、この世界の外から来たのか?」

「────」

「──何て、馬鹿な事を聞いたな………ベル?」

 

 赤かった顔が青くなり、目を見開いたベルはグラスを落とす。

 ガシャンと音を立てて砕け散ったグラスは中身をぶちまけ床を赤く染める。

 

「お、おい……どうした? 大丈夫か───」

「────ッ!」

「ベル!?」

 

 リヴェリアが落ち着かせようと声をかけるも、ベルは突然逃げ出した。

 バルコニーから飛び降り夜闇に消える。リヴェリアが伸ばした手は何も掴めず空を凪いだ。周りの視線が集まる中、リヴェリアは己の手を見る。掴んでやることの出来なかった手を。

 

「………私の、せいか?」

 

 私が、泣かせてしまったのか?

 

 逃げ出す前に見せた顔は、それこそ泣き出しそうな幼子の顔をしていた。

 知られたくない秘密を知られてしまったような、罪悪感に押しつぶされそうな顔。

 それがベルにとってどんな事を意味するのかも考えず踏み込んでしまった。

 

「………っ! 何をしているんだ、私は」

 

 

 

 どうしてバレた?

 何時バレた?

 何で、どうして、どうやって………。

 様々な疑問が浮かぶ中ベルが取った行動は、逃避だった。一度足を止め、胃の中のモノを吐き出す。

 身体を押しつぶすようなこの感覚は、罪悪感。自分が生きていることを許せない感情。

 ここ数ヶ月の間に少しずつ薄れていったそれは完全に復活しベルを苛む。

 

「………本当に、弱くなってたものだ」

 

 ほんの数ヶ月前は常に共にあったというのに、これだ。精神安定がなければ発狂でもしてたかもしれない。

 

「……この世界の外、か………」

 

 ああその通りだ。

 自分はこの世界の存在じゃない。本来生まれるはずの命を奪い住み着き我が物顔で生きてきた。

 本来なら多くを救っていたであろう者の居場所を奪って、だ。

 責められるのだろうか?

 罵倒されるのだろうか?

 拒絶されるのだろうか?

 否定されるのだろうか?

 

「………イヤだな、どれも」

 

 そうだ、イヤだ。昔はされて当然と思っていた仕打ちなのに。イヤだ。

 どうしてよりによって今バレてしまう。もっと昔なら、ほんの少し前なら……。

 

──君は奪った、僕から全てを──

 

──そこは僕の場所だ。返せ──

 

──呪われろ呪われろ──

 

──偽物め──

 

──無力なくせに──

 

──英雄の真似事をして、地獄に堕ちろ──

 

 魔法は本人の心に持っている想いを反映する。なる程嫉妬から生まれていた蛇は消えた……だが、ベルのステイタスが物語る。自分を許せないと………。

 

「………強く、ならなきゃ」

 

 そうだ、強くならねば。誰よりも、何よりも、本物よりも。

 強くなって守らなくては。世界(すべて)を、人々(すべて)を、悲劇(すべて)から……。

 

 

 

 

 あれはきっと良くないものだ。

 あれはきっと恐ろしいものだ。

 

 物陰から兎を観察するモンスターは、その兎をそう評した。

 自分を襲ってきた姿も形も違う同族達を一瞬で切り裂いた。

 壊して裂いて焼いて砕いて貫いて潰して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してる

 『少女』を見て驚愕し、敵意を露わに襲ってきた者達と同じ人間。見てきた中で一番強い。一番怖い。

 ああ、なのに、それなのに……

 

 あれはきっと悲しんでいる。

 あれはきっと苦しんでいる。

 あれはきっと怯えている。

 あれはきっと嘆いている。

 あれはきっと独りきり。あれはきっと自分と同じ。

 

 近付いたら危ない。やめろ、と本能が警告する。話しかけちゃ駄目だと叫んでいる。

 それでも、同族にすら拒絶されるの忌子の竜種の少女は彼に近付く。赤い瞳と目が合う。息が詰まる。それでも少女は声をかけた。

 

「───貴方は、誰?」

「─────」

 

 答えない。ただ、息を呑む音が聞こえた。

 殺気は動揺に変わり、『少女』は『少年』に近付く。触れ合えそうな距離で、『少女』は再び尋ねる。

 

「貴方も、ひとり?」

「────どう、だろうな……解らない」

「?」

「一人じゃないはずだ。仲間がいる。俺なんかに好意を寄せてくる奴等が居る。兄みたいに、慕える奴が居る。助けるなんて、言葉だけで誓った奴が居る。家族っていってくれた奴が居る。友人だって言った奴が居る。友人だって言ってくれた奴が居る」

 

 怯えるように、懺悔するように紡がれるその言葉の意味を殆ど理解出来ない『少女』はしかし『少年』が自分と同じように周りを恐れているのだけは解った。

 

「だけど、常に思っていた。何を言われても、忘れられなかった。俺はそこにいて良い存在じゃないんだ。今の俺を見てもらって良い存在じゃないんだ。それなのに、そこに甘んじてた。でも、ばれた。怖い、怖いんだ……今ある全ては奪ったものだから、持っていちゃいけないものだから。それを指摘されるのが、拒絶されるのが怖くて仕方ない」

 

 崩れ落ち涙を流す『少年』に『少女』はどうすればいいのか解らなかった。人と触れ合ったことなど無い。同族と話したこともない。だからどうすればいいのか解らない。

 だから、そっと抱き締めた。生まれ落ちる前、闇が自分を包んでいたように。

 夢で見た光景。誰かが誰かを抱き締めるように。

 

「わたしも、同じ………皆わたしを殺そうとする。わたし、ここにいちゃいけないの? そう思うと、怖い……」

「……………」

「同じ。だから、一緒にいよ? 二人なら、きっと怖くない」

 

 『少女』は異端だ。この世界にありながら、殆どの者が彼女を拒絶する。

 『少年』は異端だ。この世界にありながら、自分だけは己を受け入れない。

 だからこそ二人が手を取り歩き出したのは、至極当然の結果といえよう。そしてそれは『少年』に目をかけるある男神は決して認めず、『少年』の苦悩を、生き様を、幾末を楽しむ『神』にとって『種』を芽吹かせ根を張らせる丁度良い切っ掛けの火種。

 故に機会を待つ。自分を邪魔する『残り滓』を出し抜ける機会を……『少年』が自分を、力を強く求めるその機会を………。



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兎の捜索

「おいどう言うことだよ、ディックスが抜けたって……まさか」

「ヒヒ。ああそうだぜ、出て行く時あっさり暴露してやがったしなぁ」

「何でディックスが化け物共を逃がすんだよ!?」

「俺が知るかよ~。ディックスが入った【ヘスティア・ファミリア】の連中なら知ってんじゃね~か~ ?」

 

 自身の眷属の言葉にヘラヘラと返す主神。その言葉に大男は憎々しげに顔を歪め、その言葉を紡ぐ。

 

「【ヘスティア・ファミリア】───ッ!!」

 

 

 

 

「ベルは来ていないか?」

「ええ、ここ数日見ていません」

「………そうか」

 

 「豊饒の女主人」で、リヴェリアがリューに尋ねるとリューは申し訳無さそうに首を振る。

 ベル・クラネルが姿を消した。その日から、彼の行きそうな場所をずっと探しているそうだ。

 

「リヴェリア様、その………少しお休みになられては?」

「………心配をかけるな」

 

 体調を気遣うリューに苦笑を浮かべリヴェリアは店から出ていった。

 リヴェリアは責任を感じていた。罪悪感を覚えていた。軽率に、尋ねてしまった。それが彼にとって何を意味するのかも解らず。

 

 

 

 

「私のせいだ………」

 

 古参の三人と神2柱の部屋でリヴェリアが頭を押さえ懺悔を吐き出す。

 

「あまりに軽率だった。彼奴を、泣かせてしまった……!」

「………いや、異世界なんて、確かに荒唐無稽な話さ。自分自身半信半疑になるのは仕方ないよ」

 

 そうフィンは言うが、やはりそれでもリヴェリアの表情は晴れない。

 

「それにしても、何時気づいたんだいリヴェリア君」

「せやなー。それらしい話なんてあったか?」

「…………気付いたのは……いや、仮説を立てたのはアマゾネス達が襲われた時だ。ベルの持つ解呪の規格外な威力は大神の、ゼウスの加護だとロキは言ったな?」

「言うたな」

「それならば、それを以てして解けない呪縛を施したのは何者で、何故それほどの力をベルにしか向けていないのか気になった。逆説的にベルにしか干渉できないのではないかと考えた………」

 

 その理由が、ベルもベルに干渉する者も本来はこの世界の存在じゃないからでは、と思ったのだ。

 そしてそれはロキが肯定した。

 

「以前な、ベルっちに干渉してる何かを捕まえようとしたことあるんよ。物理的にやないけど………ほんで、ウチが触れようとした瞬間離れた。あれ、今思うとウチに触れると向こうも弾かれたからなんかもな………そんでな、追いかけてみたんよ。明らかにこの世界ではありえない光景を………ベルっちもそいつも多分そっから来た。ベルっちは無理やり送られてきたのかもしれんけどな」

 

 本来住んでいた世界と異なる価値観、歴史、種族に染まったこの世界を、ベルはどう思っていたのだろうか?

 疎外感を感じていたのかもしれない。だからこそ、己の価値を見いだそうと彼処まで躍起に強さを求め英雄になろうとしていたのかもしれない。

 最近丸くなったのは、特定の集団と長く触れ合い、疎外感が薄れていったからだろうか?

 

「それを………私の一言で壊してしまった」

 

 一人違う世界から来た仲間外れ(ベル・クラネル)は、あの時何を思ったのだろうか?

 責められると思ったのだろうか?

 罵倒されると思ったのだろうか?

 拒絶されると思ったのだろうか?

 否定されると思ったのだろうか?

 ただ、怯えていた。それだけは解る。

 

「………探さなくては、あの子は……きっと悲しんでいる」

「……ま、大切な仲間だしね。他の団員達にも探すよう言わなくちゃね。ベートとかは率先して動くだろうけど」

 

 

 

 それから五日。まだ見つからない。

 レフィーヤは不機嫌そうに町中を見回す。

 

「全くこんなに心配かけて、何処に行ったんですか!」

 

 そう、心配なのだ。彼は強いが、弱い。レフィーヤはそれに気付いていた。

 話に聞く兄が関係しているのか、自分なんて死んでしまえと思っている。メレンでの会話以降減ってきたが、それでも時折見かけてしまう。

 自分の声は響いていたはずだ。揺れていたのを確かに見た。それでも、届いていなかったのだろうか? それは、とても寂しい。

 彼は時折、()()()世界をみる。それこそ絵画を眺めるように、届かない風景を見るように。

 いや、或いは絵画の外に、本物の世界に焦がれる絵の中の住人のように、の方がしっくりくるか。とにかく、一人きりにするとそのまま消えていってしまいそうで、怖いし悲しい。

 

「…………………」

 

 だから、青銀の髪を持つ見目麗しい少女と仲睦まじく歩く姿を見て普通にキレた。

 

 

 

 

「そうか、ここには居ねーか………本当だろうな?」

「なんじゃ疑うのか?」

「てめえはベルをいたく気に入ってるからなぁ。独り占めしようとしてんじゃねーかと思ってんだよ」

 

 だいぶ復旧してきた歓楽街。ベートの鼻を邪魔する香が彼方此方で焚かれ混沌とした臭いを放つ街の中央に聳える新たな屋敷の最奥でソファーに寝転んだカーリーはケラケラ笑う。

 

「確かに、聞けば子兎のように弱々しくなったとか………それはそれで愛でてみたいの。だが、知らぬモノは知らぬよ。バーチェやレイシーも探し回っているが手掛かりなしだ」

 

 ティオネやレナの普段の言動から考えベルに惚れ込んでいるアマゾネスが見つけられないとなると、なる程少なくとも匂いでは追えない。ベートはチッ、と舌打ちをして踵を返す。

 

 

 

 

「おう、見たぜ」

「本当?」

 

 リヴィラの街でアイズが目撃証言を集めているとボールスがベルを見たという。

 

「鬼気迫る表情でモンスターぶっ殺しててな。ありゃ一人で下層まで行っちまうんじゃねーかと心配してたんだがめっちゃ可愛い女のガキ連れて戻ってきたんだよ」

「女の子?」

「おう、綺麗な青っぽい銀髪でよ、肌も()()()……ローブ纏ってて身体は見えなかったけどきっと良い体してたろうな。まあなんか物珍しげに街眺めたり、『空ってどんなとこ?』って尋ねたり……まあ兎が手を掴んで連れてっちまったが」

 

 来る時は一人ということは、19階層以降で出会ったのだろうか?

 

「ありゃ他の男と話させたくなかったんだろうなぁ………兎め、よっぽど独占欲が強いらしい」

「話させたくなかった? どうして?」

「そりゃお前、これだよこれ」

「…………?」

 

 小指をたててコレコレ言うボールスに首を傾げるアイズを見てあー、と声を漏らすボールス。

 

「女だ、恋人……」

「ベルに?」

 

 そんなモノいたのだろうか?

 あ、昔の知り合いとか? しかし19階層以降に居たということはLv.2……単身だったなら3か4はありそうだが、そんな冒険者聞いたことがない。

 

「今は多分地上のどっかにいるよ。頑張って探すんだな」

「………私、お金持っていません。どうして協力してくれるんですか?」

「ああん? そりゃお前、俺らはミノタウロスの一件以来、あの兎のファンだからな。何かあるってんなら協力するさ」

 

 

 

 

 ビクリと怯えたような顔をするベルを見た少女はレフィーヤとベルの間に入り両手を広げる。まるで守るように……。

 

「………なっ」

 

 そんな態度をとられる覚えのないレフィーヤは思わず固まる。

 

「ちかづかないで……」

「………誰、ですか貴方は………」

「わたし? わたしは、ウィーネ………」

「ベルとはどういった関係なんですか?」

「え、っと…おとうさんの……娘?」

「…………はい?」

 

 

 

 

「ロキ、ベルが見つかったのか!?」

「どうわ!? お、落ち着けママ! 脳が揺れるるるる!」

「す、すまん………」

 

 ベルが黄昏の館に現れたという情報を聞きロキをガクガク揺さぶるリヴェリア。慌てて話しロキがホッと息を吐く。

 

「帰ってこなかった理由は自分を父と呼ぶ女が現れたから、暫く様子を見る、やと……」

「何だと? それは本当か?」

「嘘は言っとらんかったで……まあ、ベルっちの過去考えれば不思議やあらへんけど………ホンマか解らん」

「? どういうことだ、嘘はなかったんだろう?」

「その女の子がベルっちの本当の娘かは解らんし、ベルっちは一度神を騙しとる。ようは嘘さえ吐かなければええんやからな………例えば『白髪赤目の男が父であると母から聞いた』という台詞をベルっちが言わせるだけで、そう言われたっちゅう言葉に嘘はなくなる。ウチ等から追っ手を引かせるために女の子に自分を父と呼ばせたのかもしれへん」

「それほど、私達に会いたくないということか………」

 

 と、ロキの言葉に俯くリヴェリア。

 ロキはベルに尋ねた。出て行った原因にリヴェリアは関係あるのか? と。帰ってきた言葉は『関係ない』だったが、それは嘘だ。神であるロキが見抜くと解った上で吐かれた嘘。

 これは言わない方が良いだろう。




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竜女

「………娘?」

「ん、おとうさんのこども……」

 

 年齢は、確かにベルより低いが……ベルの初体験が8歳なのだから子供が居たとしてもギリギリ6歳の筈だ。だが、そんなに小さくは見えない。

 

「あなたはおとうさん苛めるの?」

「な!? そんなことしません!」

 

 心外だという風に叫ぶレフィーヤに周りは何だ何だと視線を集める。神々は修羅場、修羅場か!? と振り返る。

 が、レフィーヤもウィーネも周りに気にせずお互いを睨む。

 

「でもおとうさん、あなたの事怖がってる」

「そんなこと────」

 

 と、そこでレフィーヤが言葉に詰まる。先程のベルの顔を思い出したのだ。それに、ベルは今も目を合わせようとしない。

 

「………ベル」

「───!」

 

 レフィーヤの言葉にやはりベルは震える。普段の彼からは想像できない、弱々しい顔。

 

「……そんなに、私は怖いですか? 私が信用できませんか?」

「…………いや、違う………そうじゃない……俺が、怖いのは。知られる事だ」

「私達に拒絶されるかと思う何かを?」

 

 真摯に見つめるレフィーヤに、ベルが折れた。随分気弱になってしまったものだ。

 

「ベル、私は貴方を拒絶なんてしませんよ………」

「……………」

「信用されないのは、悲しいです」

 

 レフィーヤの表情にウィーネも敵と判断できなくなったのかキョロキョロベルとレフィーヤの顔を見比べる。

 

「お前は、俺を知らないから……」

「じゃあ、教えてください。全部受け入れてみせますから……」

 

 と、その時───

 

「あ、ベル……居た」

「───!?」

 

 ベルはその声に振り返る。アイズが居た。ホッとしたような顔のアイズにベルはまた怯えたような顔をして、ウィーネを抱えて、逃げた。

 

「……え?」

「はあ!?」

 

 レフィーヤが叫び、アイズは手を伸ばしたまま固まっていた。

 

「………何で、逃げちゃうの?」

 

 泣きそうな顔で呟くアイズに周りの神々や男達のテンションが上がり、レフィーヤはベルが去っていった方向をみる。

 今のは、彼がアイズから逃げるというより、ウィーネという少女をアイズから逃がそうとしていたような………?

 

 

 

 

「ベルの居場所を知りませんか?」

「俺に聞くか………」

 

 レフィーヤが尋ねに行ったのはディックス。

 ディックスの机には書きかけのクノッソスの地図がある。今は彼もベルの捜索に当たっており地図は書き掛けのまま止まっている。

 

「心当たりはあるんじゃありませんか?」

「ねーよ」

「嘘ですね」

「………即答かよ」

 

 ディックスはレフィーヤの反応に肩をすくめる。

 

「それで、答えは?」

「………まあ、心当たりは無くはねーが、そもそも旦那はアンタ等から逃げたんだろ?」

「…………それは、そうかもですけど………でも、逃げる理由を話されないのは………ムカつきます」

「……………」

 

 その言葉に固まるディックス。そして、そのまま吹き出した。

 

「ぶははは! 誇り高いエルフ様がムカつくから男を捜すってか!? ぎゃははは!」

 

 腹を抱えて笑うディックスにポカンとするレフィーヤ。すっかり笑ったディックスは腹を抱えて咳き込んだ後地図を取り出す。

 

「これは、ダイダロス通り?」

「そこにある孤児院までの地図だよ。さっき好き勝手言ったが、俺だって旦那から何か聞いた訳じゃねーしな」

「じゃあこれは………」

「あくまで心当たりだ。まあ、あのモンスタースレイヤーとして有名な【戦姫】から逃がしたってなるとその女も………そうなるとそこが一番可能性が高い。精々逃げられても大丈夫なように心の準備しとくんだな。あの嬢ちゃんはすっかり落ち込んでたみてーだし」

 

 

 

 

──空ってなに?──

 

──太陽って、どんなの?──

 

──夜空って綺麗なの?──

 

──良いか。今から俺のことは父としろ。嘘にしなければ、ロキは疑うだろうが否定も出来ないはずだ──

 

 

 

「あ、起きた?」

 

 小首を傾げながら此方の顔をのぞき込んでくるのは柘榴石(ガーネット)にも似た宝石を額に持った琥珀色の瞳を持つ美しい少女(モンスター)

 青白い肌に鱗から解るように彼女は人ではない。竜女(ヴィーヴィル)という名の怪物だ。

 

「おとうさん、おはようございます」

「ああ、おはよう……」

「ウィーネちゃん、ベルさんは起きました?」

 

 そう言って部屋の戸を開けたのは年配のヒューマンの女性、マリアだ。

 ここは「マリアの孤児院」。捨てられ空き家になった教会を孤児院として利用しているのだ。彼女はモンスターであるヴィーヴルの名を親しげに呼び、微笑みかけた。

 ヴィーヴル───ウィーネも微笑みを返す。

 

「マリア、今日のご飯何?」

「ふふ。奮発したわよ、ベルさんが家賃たくさんくれたから」

 

 テテテとマリアの後をついて行くウィーネ。ベルも起き上がりその後に続く。

 食堂には沢山の子供達が集まっていた。

 

「あ、ウィーネお姉ちゃんおはよう!」

「お兄ちゃん寝坊?」

「なさけねー、冒険者のくせに」

「ライ、ベルさんは私達のために稼いでくれているんですよ?」

 

 と、マリアが叱るとライはう、と肩を竦ませる。

 

「ねえねえウィーネお姉ちゃん、髪今日は私がとかしてあげるね!」

「うん。お願いフィナ……」

「………悪いな、マリア」

「いえ。この子達から初めて話を聞いた時は驚きましたけど、目にすると信じるしかありませんし……私は、独りぼっちの子供()を放っておけないから孤児院を建てた訳ですし」

 

 と、ベルの頭を撫でながら子供達と戯れるウィーネを優しく見守るマリア。

 逃げるようにダンジョンに潜り目を背けるようにモンスターを狩っていたベルはあるヴィーヴルに出会った。人の言葉を発するヴィーヴルに。

 人の言葉を解するモンスターは知っていたが、彼女から放たれた言葉、一人なのかという言葉に動揺した。

 一緒にいようと言われた。

 彼女はモンスターだ。そして、モンスターでありながら彼女のような存在はモンスターにさえ排斥されるのをバーバル達から聞いていた。だからベルは彼女に共感を覚えてしまった。

 常に心の何処かで、何時か世界の全てが敵意を向けてくるのではないかと恐れていたから。

 彼女は外を見てみたいと言った。だからその願いを叶えた。そのために、喋るモンスターの存在を知り受け入れた子供達の下に赴きそこを拠点にした。

 

「お姉ちゃん、街はどうだった?」

「あのね、いっぱいね、人がいたの……猫みたいな耳の人とかながい耳とか……ここにいる皆と同じ……」

「それにしても、よく街に行けましたね」

「これ使ったんだよ……」

 

 と、ベルが取り出したのは何時だったかカジノに潜り込んだ時に使った『変化の指輪』という『魔道具』(マジックアイテム)。見た目を()()()()()()事の出来るアイテムだ。

 幸いウィーネは人型で、肌の色を変え鱗を消して後は頭の宝石を隠せば普通の人間と変わらない。

 

「あ、ウィーネ姉ちゃんまたスプーン握ってる」

「持ち方違うよ~」

「……う? こ、こう?」

「そうそう」

 

 マリアも最初は警戒していたが、こんなやりとりを毎日見ているウチに警戒するのも馬鹿らしくなってしまった。

 

「………ウィーネ、皆と仲良くなれたのは嬉しいが、またダンジョンに潜るぞ」

「え?」

「えー!?」

「何でだよ兄ちゃん!」

「ウィーネお姉ちゃん彼処嫌ってるのにー!」

「外道!」

「白髪!」

「赤目!」

「……………」

 

 子供達からの誹謗中傷にベルは顔色一つ変えない。

 

「決めたことだ。アイズにだけは見つかるわけには行かない」

 

 昨日は完全に油断していた。消臭のアイテムを使い臭いを消していたし、周りにも気を配っていたつもりだ。

 ただ、人混みが多くなり特定の気配を探りにくくなった一瞬の隙にレフィーヤに見つかってしまった。ああいったタイミングで見つかるとは運がなかった。そちらに気を取られている間によりにもよってアイズに見つかってしまったし。

 

「………………」

 

 彼女達は、こんな自分をどう思うのだろうか?

 他人の身体を乗っ取り我が物顔で生きてきて、責められるのが怖いと逃げ出し責めないであろう同じ異端の存在にすがってしまった自分を、どう扱うのだろう。

 

「……………怖いんですか、皆さんと会うのが?」

「……………」

 

 マリアの言葉にベルは無言になる。それは肯定の証。マリアははぁ、とため息を吐いた。

 

「皆、文句言っちゃ駄目よ。皆も、ウィーネちゃんが周りからどう扱いを受けるか解るでしょう?」

「う……」

「ベルさんは見つかりそうになっちゃったから、少し隠れるだけ。また直ぐウィーネちゃんとも会えるから。ね?」

「「「はーい」」」

 

 マリアの鶴の一声で全員納得してくれた。

 

 

 

「………………」

 

 夜の闇に紛れて移動する二つの影を、梟はジッと見下ろしていた。

 そんな梟の視界を見る者がいた。

 

「ウラヌス、動いたぞ………」

「………うむ。向かったのは、リヴィラか?」

「おそらくな。しかし、このタイミングか……ファイアーバードが大量発生していたが、間違いなく巻き込まれるな」

「いや、幸い姿を少し変えている。その騒ぎの終息と共に接触せよ」

「わかったよ、ウラヌス。貴方の神意に従おう」



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強制任務

 大樹の中のような錯覚を受ける19階層で大量発生したファイアーバード。

 18階層に上がればリヴィラを焼く厄介なモンスターは当然駆除の対象になる。そのため身を隠すためにボールスに口止めを命じていたベルは報酬代わりにファイアーバードを狩ることにした。

 トン、と地面を蹴り火を吐き出そうとしていたファイアーバードの首を狩る。そのまま落ちていく身体を蹴り別の個体へと向かう。

 まるで飛ぶように跳ぶベルの動きに多くの冒険者が見惚れていた。

 

「と、俺らも行くぞ!」

「「「おお!」」」

 

 戦闘音を聞いて他のモンスター達も集まってきた。それに対処するべく動いた冒険者達。

 ウィーネはジーッとその光景を眺めていた。

 

「…………あ」

 

 と、不意にエルフの男女の片方が燃え、炭化した地面に足を取られる。

 慌てて男が守ろうとするが複数のファイアーバードの炎はおそらく今の耐火装備でも防ぎきれないだろう。とても熱いだろうし、痛いだろうし、もしかしたら死んでしまうかもしれない。

 

「──────」

 

 だから気が付けば走り出していた。

 彼女は、空や太陽、そして人と人との繋がりに()()()()()()()()()()()()、人に近い理知を得たのだから。

 

「危な──!」

『─────!!』

「「──!?」」

 

 女を庇うように抱きしめ背を向けていた男は兎も角、モンスター達に視線を向けていた女は飛び込んできた影に気付いた。慌てて叫ぶがその声はさらに大きな咆哮に掻き消された。

 ビリビリと大気を揺する咆哮は迫ってきた火炎を散らし奥にいたファイアーバード達を硬直させる。

 ダン! と地面を蹴ったウィーネはそのままファイアーバードを蹴りつける。爆散し血飛沫が飛び散った。

 

「だいじょうぶ?」

「は、はい……」

「あり、がとう……」

「ん、よかった……」

 

 ウィーネの問いかけに呆然としながら返した二人にウィーネは男女問わず見ほれるであろう無邪気な笑みを浮かべた。そして、モンスター達を見る。

 本当なら、万一指輪の破損を恐れてベルに来ても良いが見学だけだと言われていたが、モンスターが集まってきているのを見て最早我慢できなかった。

 最強のモンスターたる竜の系統故の基本能力(ポテンシャル)でファイアーバード達を一方的に葬っていくウィーネ。ベルにある程度護身を学んでいたのもあるのだろうが、時に欲の張った冒険者を殺すという種族だけありその動きは第二級中位に匹敵した。

 

 

 

「アンタの娘良くできた子だな」

「手は出すなよ」

 

 ボールスの言葉に釘を刺すベル。幸い指輪を壊すなという約束は覚えていたのか蹴りを主体にしていたが、ベルは叱った。正体がバレればどうなるか。衆目の下なら確実に言い訳は効かない。

 やはり人のいない安全領域(セフティーポイント)を探すべきだったろうか?

 

「…………」

 

 しかし、ウィーネは人が好きらしい。人に憧れると言った方が正しいかもしれない。

 

「………心、か」

 

 何故そんなモノを持ったのか。それ故に同胞にすら襲われるというのに。

 だがまあ、そんな彼女にだって真の意味での同胞が居るのを知っているが。

 

「…………」

 

 何故言わないかと問われれば、嫉妬しているのだろう。自分は、自分以外の異世界人と出会ったことなど無い。

 

「あ、おとうさんみてみて! 皆がくれたの!」

 

 と、串刺しやじゃが丸君を持って笑顔で駆けてくるウィーネ。

 リヴィラの街に来るのは最低でもLv.2。それなりの経験を積んだ冒険者は清濁を併せ持つのが殆どだ、ウィーネのような無邪気な子供に保護欲が湧くのだろう。

 

「………? おとうさん、食べないの?」

「ああ、貰うよ……」

 

 と、じゃが丸君を受け取るベル。不意に視線を感じ振り返る。

 

「……………ウィーネ、付いて来い」

「うん!」

 

 

 

 

「ねえおとうさん、これもう取っても良い?」

 

 と、ウィーネが指輪を弄る。違和感があって余りしていたくないのだとか。

 

「その前に火精霊の護衣(サラマンダー・ウール)で顔を隠せ」

「うん」

 

 ベルが渡した火精霊の護符(サラマンダー・ウール)を頭まですっぽり被る。

 

「………そろそろ出てこい」

 

 ここは18階層の森の中。ベルは何もない空間を睨みつける。

 

『気付かれていたか。人気のないところへの移動、気遣い感謝する』

 

 そこには何時の間にか黒ずくめのローブを纏った人物が立っていた。闇で塞がったフードの中は何も見通せず、ウィーネは怯えるようにベルの背に隠れる。

 

「何者だ?」

「彼女の同胞を知るしがない魔術師(メイジ)さ……」

 

 その言葉にベルがピクリと目を細める。

 彼、或いは彼女がウィーネを見ていたのは気付いていた。正体を察しているのだろうと判断し、接触するためにここに来たのだ。

 

「君に強制任務(ミ ッ シ ョ ン)を授けにきた」

強制任務(ミ ッ シ ョ ン)だと? 冒険者依頼(ク  エ  ス  ト)ではなく? お前、何者だ……」

「ウラノスの私兵だよ。だからそれはギルドから、正式のものだ……」

 

 つまりベルに拒否する権利はないということ。もちろん逆らおうと思えば逆らえるがその場合罰則(ペナルティ)を受けることになるだろうし、向こうも力付くでウィーネに手を出すだろう。

 

「……わかった」

「では、その少女を20階層に連れて行ってくれ」

「………そこに居るわけか」

「君は以前、彼等の同胞を救ってくれたらしい。感謝する……」

 

 

 

 

 ローブの人物が去った後、雲菓子(ハニークラウド)を食べたがったウィーネに時間を取られる。

 

「おとうさんも食べる?」

「………ああ───ッ!?」

 

 受け取ろうとしたベルはバッと振り返る。気配がもの凄い勢いで近付いてきている。

 

「ウィーネ、走るぞ──!」

「え? どうしたの………?」

「あ、やっぱりベルだぁ………!」

 

 現れたのはティオナ。会えて嬉しそうな、純粋な笑顔にすら今のベルには胸を抉るような痛みを覚える。

 

「もう、皆すっごく心配してたよ? レフィーヤなんかすっごく怒ってたし………あれ、その子は? あ、レフィーヤの言ってたベルの子供? こんにちはー」

「う、え……あ」

 

 ティオナは親しげな笑みを浮かべ腕をブンブン上下に降る。Lv.6の中でも重装備を振り回すティオナの『力』に浮き上がりそうなるウィーネ。気付いたティオナが慌てて放す。

 

「ごめんごめん。ええっと、オラリオには来たばかり?」

「それよりティオナ、何でここに?」

 

 と、ベルが尋ねる。

 

「えっとね、ロキが真偽が定まるまで捜索は中止。本当だったら厄介だからって……それであたしは水浴びに来たんだけどベルの臭いがして」

「………臭い、か……」

 

 消していたはずだが、あのローブとの邂逅で人知れず流した冷や汗から少し効果が落ちたか? だが、ここは水浴び場からもだいぶ離れていたはずだが。

 

「あ、あとレフィーヤも来てるよ。まあ、あの子は水浴びじゃなくて情報収集だけど……」

「────ッ!」

 

──ベル、私は貴方を拒絶なんてしません──

 

 不意に、先日レフィーヤから言われた言葉を思い出す。

 強がっていても本質は独りきりなのを嘆き誰かに縋りたがっているベルに取って、縋りたくて、しかし縋ろうとした後が怖くて仕方ない言葉。

 

「ね、ベル。帰りたくない理由は解らないけどさ、取り敢えず水浴びしよ!」

「これから強制任務(ミ ッ シ ョ ン)だ。先に帰っててくれ」

「えー。あ、じゃああたしも手伝うよ」

「それは駄目だ」

「何でー? 極秘ならちゃんと内緒にするから、ね、お願い!」

 

 そうは言われても、彼女と行動するなど今のベルには精神負担が半端ないし、何より向かうのはモンスター達の巣だ。絶対に連れて行くわけには行かない。が、ベルの不幸はまだまだ続く。

 

「ティオナさ~ん、何処行ったんですか~!」

「あ、おーい! レフィーヤこっちこっち! やっぱりベルいたよー!」

「─────!」

 

 慌てて逃げようとするもティオナがしがみついてくる。茂みをかき分け現れたレフィーヤはベルを見て睨んできた。

 

「ベル! 一昨日のあれはどういうことですか!? アイズさんすっごく落ち込んでましたよ! リヴェリア様だって心配してるのに、孤児院に行ったりダンジョンに行ったり………」

「待て、何でそこで孤児院が出て来る?」

「ディックスさんから聞きました」

「あいつ───」

 

 何を思って教えやがった、と毒を吐きそうになるベル。おそらくアイズから逃げたという話から、共にいたウィーネの正体を推測したのだろう。それで居場所を推理したのだ。だからこそ彼女に教える理由が解らない。指輪について知ってるから安全だとでも思ったのか?

 

「おとうさんいじめちゃだめー!」

「わ!? ま、また貴方ですか! だいたいこの子も何なんです? どうみてもベルの子供と言うには大きすぎ────へ?」

「………あ」

「………あ」

「ッ!」

 

 飛びついてきたウィーネを押し返す、その反動でフードがずり落ち青白い肌と額の宝石。

 

「………モンスター、『竜女』(ヴィーヴル)?」

 

 ああ、本当に、付いてない。

 

──少しは彼女達と、彼女達をここに呼んだ君のスキルを信用しなよ?──

 

 不意に聞こえた声は、果たして誰のモノだったのか。




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意気地のない兎

 モンスター竜女(ヴィーヴル)。ダンジョンの中でも絶対数の少ない希少種(レアモンスター)で、ドロップアイテムは鱗だろうと爪だろうと破格の値段で売れるが何より額の紅石『ヴィーヴルの涙』は巨万の富が約束されるほどの価値があるが取られると凶暴化し多くの冒険者を惨殺したモンスター。

 ちなみに本体を倒すと紅石は必ず砕け散るというのもまあ、理由の一つだろうがそれを抜いても戦闘能力は非常に高い。

 ゆえに警戒するべき、なのだが………。

 

「………その子、さっきまで喋ってたよね?」

「ベルを守ろうともしてました……」

 

 ティオナは馬鹿だった。本当に単純なほど、罵詈雑言を吐くベートですら悲しい顔を浮かべるであろう超のつく馬鹿。ゆえに『憎悪』や『嫌悪』といった先入観無くただ怪物が喋るという珍しい光景に驚いていた。

 レフィーヤは怒りを覚えていたが、それはベルに対するもの。自分達からは逃げたくせに、怪物に縋っているベルに怒りを覚えた。そんなに信用してくれないのかと。それと同時にベルを守ろうとする怪物に戸惑いと羨望を覚えた。

 

「ねえレフィーヤ、モンスターって喋るっけ?」

「そんなまさか………あれ?」

 

 と、色々複雑な乙女の心境に悩まされていたレフィーヤも漸く異常に気づく。同時に、孤児院での出来事を思い出した。

 

 

 

 

「ベルがここに来ませんでしたか?」

「…………ここに来たということは、少なくともここのことを話されているのですね」

 

 そう言ったのはマリアという年配の女性。

 

「それがベルさんか、シルさん、あるいはディックスさんなのかは解りませんが、その三人のうち誰かが教えるということは彼等を受け入れるかもしれないということなんでしょう」

「彼等?」

「あるいは、ベルさんが信用しているから信用するのか……そのどちらかは解りません。どちらにしろ、此処では明言できません」

「は、はぁ………」

 

 良く解らないが、その三人は何か共通する秘密を持っているらしい。いや、この孤児院も、だろうか?

 と、そんな風に首を傾げていると誰かがレフィーヤの服の裾を掴む。振り返ればそこには幼い犬人(シアンスロープ)の少女がいた。

 

「お姉ちゃんあのね、ウィーネお姉ちゃんは悪い子じゃないよ」

「お、おいフィナ!」

「だって!」

「ボクもフィナと同じ。苛めないであげて」

「ウィーネ姉ちゃんね、ご飯おいしいおいしいって残さず食べるんだよ!」

「笑うとかわいいの!」

「ごろつきからね、守ってくれたこともあるの!」

「え、え? えっと……」

「皆、困ってますよ………レフィーヤさん。ウィーネちゃんに会ったら、どうか先入観を持たずに接してください」

 

 

 

 あのやりとりはこういう意味か。

 子供達の反応からしても、本当に懐かれていたようだ。それも、正体を曝した上で。

 先入観を持たずに彼女を見れば、ベルを父と慕い、懸命に守ろうとしている女の子。子供達の懐き方からして暫く共にあり一度も暴れなかったのだろう。

 

「…………説明してください。話はそれからです」

「うんうん。私も気になる~」

「……………は?」

 

 二人の言葉にポカンと固まるベル。

 

「いや………いやいや、待てお前等! 何でそんなに簡単に受け入れてる!? モンスターだぞ? 喋るんだぞ? 可笑しいだろ、そんな簡単に受け入れられるわけ───!」

「え? ベルは普通に受け入れてるじゃん」

「おとうさん、おかしいの?」

 

 狼狽するベルにティオナが何を今更と呆れウィーネは首を傾げた。

 いや、だから……と尻すぼみになっていくベルを見て、レフィーヤが口を開いた。

 

「それが貴方ですか?」

「………は?」

「貴方にも、何か人と違う部分があるんですね? 髪の色とか、過去とか……そういうレベルじゃない、ウィーネちゃんみたいな常識では考えられない何かが。リヴェリア様がその一端を知ってしまったから、逃げたんですか?」

「………………」

 

 ベルは応えない。しかしこれは当たっていると確信できた。

 

「無理矢理は聞きません。ベルも、怖いんでしょう? 知られるのが。でも、何時か私達が信用できたら話してくださいね?」

「…………あ、ああ………」

「………………」

 少し、暗い雰囲気が消えた………気がする。

 レフィーヤは満足そうに頷いた。

 

「あ、そうだ! レフィーヤ、ベルは強制任務(ミ ッ シ ョ ン)だから帰れないってさ」

強制任務(ミ ッ シ ョ ン)? このタイミングで………まさか……」

 

 と、ウィーネを見るレフィーヤ。

 姿を消していたはずのベルに、それも理知を持つモンスターと共にいるタイミングで? 幾ら何でも出来すぎている。

 

「ギルドは彼女……いえ、彼女()を把握している?」

「え、何? どういうこと?」

 

 取り敢えずティオナは放っておいて思考を続ける。

 まずは本物かどうか。ベルから封筒と地図を受け取る。謎の人物から渡されたらしい。

 本物の19階層の地図。ギルド印も本物。やはりギルドは彼女のような存在について知っているとみていいだろう。下っ端まで知っているのかは解らないが。

 

「…………これは、やはり………」

「………来る気か?」

「内容が内容です。監視されているでしょうね」

「だろうな………」

 

 時折感じる視線には気付いていたが、監視だろうと無視していた。レフィーヤ達の接触にも向かってこなかったのには驚いたが様子を見ていたのかもしれない。

 

「……………レフィーヤ、ティオナ」

「はい?」

「ん?」

「お前等は、もし俺が…………いや、何でもない。付いてきてくれ。向こうにしても、その方が仕事も増えず都合が良いはずだ」

「お? ついてって良いの? やった!」

「…………意気地なし…………ええ、解りました。ここまできて、ただ引き返すのではベルも不安でしょうし」

 

 ボソリと呟き仕方ないという風に頷く。

 喋るモンスターと共にいた事を見られ、大人しく帰られるのも気が気ではないだろう。それに、このレフィーヤとティオナの二人だけならベルはいざとなれば黙らせられる。レフィーヤを人質にティオナを捕らえるなど朝飯前だろう。

 

「……………」

 

 自分で想像したがあまりいい気はしない。

 まあ、取り敢えず慌てなかったので信じてくれたとみて良いのだろう。

 

 

 

 

「ふふ。ふふふふ………」

「フレイヤ様?」

 

 ベル・クラネルが姿を消したという報告に、真っ先に彼の居場所を突き止め弱々しくなった可愛らしい兎を視姦していたフレイヤは唐突に笑い出す。

 

「ああ、ごめんなさいオッタル。少しおかしくて………」

「……モンスターの事ですか?」

「ベルの事よ。あんなにトゲトゲしかったのに、いざ本性を探られてみれば知られるのを恐れてあんなにも臆病になるなんてね……そのくせ、誰かを信用したくて縋りそうになって、でも自分にそんな資格がないと思ってる……可愛いわ。今すぐ抱いて身も心も慰めてあげたい」

「……………」

 

 フレイヤの言葉にオッタルが動く。連れてくるつもりだろう。

 主を思っての行動を、しかしその主が止める。

 

「良いのよオッタル。暫く様子を見ましょう? それに、今の弱々しいベルは私は兎も角貴方は嫌でしょ?」

「…………否定はしません」

「ベルったら、思っていたよりチョロいのよ? 貴方に取られるなんて嫌よ、私」

「チョロ……?」

「自分を受け入れてくれるかもしれない相手に案外簡単に揺れちゃうの……きっと、自分自身誰よりも己を否定してるくせに誰かに愛されたいと思っているからでしょうね。だからこそ苦手なのよ、好意を寄せてくる相手(わ   た   し   た   ち)が。好きになっちゃうかもしれなくて、好きになった後離れるのが怖くて………」

「…………」

「そんな顔しないで。別に、ベルを馬鹿にしてるわけじゃないのよ? ……ふふ。そんなベルだからこそ、きっともっと強くなるわよ」

 

 と、フレイヤがはぁ、と頬を紅潮させる。

 

「何時の時代、何時の世も……ああいう弱い人間からなる英雄の方が輝くんだもの……」




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猛牛との再開

皆お待たせ。ミノたんが帰ってきたぞ!


──彼女達に縋る気?──

 

──救われて良いと思っているの?──

 

──そんな事は許さない──

 

「………………」

 

 囁かれる幻聴は何時もより大きい。ベルの心が追い詰められている証拠だろう。

 二人から逃げるように先を歩くベルの隣を歩いていたウィーネはベルの顔を見て指を掴む。

 

「おとうさん、だいじょうぶ?」

「………ああ」

「あのねあのね……わたしね、あのお姉ちゃんたち信じても良いと思うの………」

「………解ってるよ。でも、怖いんだ」

 

 ウィーネは、弱っている自分を見て同じだと思ったと言った。レフィーヤも今のベルを見ていると言ってくれたが、知り合った切っ掛けはウィーネと異なる。だから怖い……。真実を知られるのが………。

 第一ウィーネにも話せていないヘタレには壁が高すぎる。

 

「よっと………」

「オオオオオ!?」

「……………」

「ガビャ!?」

「やぁ!」

「────!!」

「あれ?」

 

 蜥蜴人(リザードマン)を軽々吹き飛ばすティオナ、一瞬で首を切り裂くベル。

 ウィーネは花の盾を持ったリザードマンに殴りかかるが防がれる。インパクトの瞬間に盾を動かし威力を殺したのだ。

 

「シャアアアア!」

「ウィーネちゃん! この、【アルクス・レイ】!」

「グギャア!!」

 

 閃光に貫かれ胸から上が地面に落ちる。グワ! と起きあがりウィーネに襲いかかるがベルがその頭を踏みつぶす。

 

「………モンスターが剣技か………」

「リザードマンじゃ珍しくもないよ~。少し長く生きるとね………」

「いや、それは知ってるが………ウィーネに会った後だとな………」

「あー………」

「まあ襲ってくるなら殺すが」

「ありゃ……」

 

 案外あっさりしてると拍子抜けするティオナ。が、考えてみれば元は戦争屋だ。その程度割り切っているのだろう。

 

「…………」

「ん? どうしたんですかウィーネちゃん……」

 

 と、レフィーヤはジっとモンスターの死体を見ているウィーネに気付いた。そのまま胸に手を突っ込み魔石を取り出すと口に放り込む。

 

「わ!? な、何してるんですかウィーネちゃん! ぺっ! ぺってしてください!」

「お腹壊しちゃうよ!」

「………お前等二人ともウィーネがモンスターって忘れてないか?」

「え? あ………」

「あ、じゃあ『強化種』?」

 

 モンスターは魔石を喰うことでより強い力を手に入れる。ベルが戦ったミノタウロスや天の牡牛もこれに該当する。

 ウィーネはガリガリ魔石を噛み砕くと飲み込んだ。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

「うん。おとうさんが出来るだけ食べろって……」

 

 人前では喰わないように言っておいたが、モンスターだと知る二人の前なら良いと判断したのだろう。その辺りを自己判断できる辺り、やはり精神の成長が早い。

 

「もちろん様子を見てから決めてる。今の所、精神に影響は……まあ少し成長が早いが関連してるのかわからん」

 

 そう説明するベルは、先程より二人へ近いような気がする。ウィーネはティオナとレフィーヤ、ベルを見比べ、離れなくはなったが近付きもしないベルに呆れたような視線を向けた。

 

「そろそろの筈だが………」

 

 と、地図を見るベル。苔と石英(クオーツ)が生えているばかりでそれらしいモノは何もない。と、不意にウィーネの耳がピクリと動く。

 

「聞こえる………」

 

 その呟きにベルは口に指を当て静かにするようジェスチャーするとティオナもレフィーヤもその場で音を立てぬようジッとし耳を澄ませる。

 

「………歌?」

「……綺麗な声……」

 

 レフィーヤがうっとりと聞き惚れティオナも目を粒って歌に聴き入る。ベルは密集した石英(クオーツ)の塊を見つけると、蹴りつけた。

 ガシャンと割れ、塞がれていた穴が露わになる。

 

「わ、もう直って来てる………」

 

 ティオナが言うように、自己修復するダンジョンの中でも異彩を放つ速度で元の大きさに戻ろうとする石英(クオーツ)。だが、ベルが驚いたのはそこではない。

 こんな道、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。隠されていた? 誰に?

 少なくともベル(Lv.5)以上の存在に。だとすればそれは何だ?

 

「………まさか、ダンジョンか?」

 

 モンスターを無限に生み出し、破損さえ修復するダンジョン。それの力の由来は解らないが、それならスキルの干渉を抑えることが出来るかもしれない。しかしダンジョンがわざわざ隠すものなら何故こんなにも入りやすいのか。罠? ならスキルに反応するようになるはず。むしろ引っかかるようにするべきなのだから。

 つまり冒険者以外、隠された場所を利用する何かのためということになる。

 チラリとウィーネを見る。

 

「………潮時か」

 

 元々彼女とベルは違う。彼女にはきちんと同胞がいるのだ。

 その事に嫉妬していたことは否定しないが、ならば一生そのままにするのかと言われればベルはそこまで自分本位になれない。

 

「行くぞ……」

 

 直りかけの石英(クオーツ)を再び破壊し奥へと進む。

 大した準備もせずに潜ってしまったベルは暗い道を進むために先にとっておいたアカリゴケを入れたガラス瓶を光源代わりに使う。

 

「………泉?」

「い、行き止まり?」

 

 暫く進んだところには綺麗な泉があるだけだった。が、今回はマップにも映ったので慌てることはしないベル。どうやら入り口を抜ければ後はスキルに干渉してこないらしい。

 

「中に穴がある。そこから先に空間もな………さっきの歌、呼んでいるんだろう………行くぞ」

 

 ウィーネとレフィーヤの手を掴むベル。ティオナはウルガの重みで泉の底を歩きながら進む。

 泉の中の横穴はやがて壁が立ちふさがり代わりに上から光が射し込む。

 樹洞から様変わりした鍾乳洞。ベルは薄暗くなった道を再び進む。やがて現れたのは広大な広間(ルーム)。光源はなく闇だけが支配する中、ベルは電磁波のレーダーに複数の生命が引っかかったのを感知する。同時にアカリゴケの瓶を投げつけた。

 

「「「───!?」」」

 

 唐突な光源に驚くのは多種多様のモンスター。蜥蜴人(リザードマン)小怪物(ゴブリン)半人半鳥(ハーピィ)半人半蛇(ラミア)一角兎(アルミラージ)獣蛮族(フォモール)石竜(ガーゴイル)鷲獅子(グリフォン)………『上層』『中層』『下層』『深層』、あらゆる階層から集まったモンスターは種族が違うというのに群れている。

 その異常な光景に固まる冒険者。先に復活したのはやはり先に驚愕していたモンスター達。

 狙いは、ウィーネ………。

 

「─────」

「!?」

 

 反射的にベルがリザードマンの持っていた曲刀を受ける。

 ゴボリと血が溢れる。内臓まで達したのか口から血を吐きながら即座に回復しリザードマンを蹴り飛ばす。

 

「が───!?」

「ベル!? この、良くも!」

 

 反応が遅れたティオナは顔色を変えウルガを持って飛びかかる。が、それを弾く黒い骨を繋ぎ合わせたような巨大な戦斧。

 ガァァン! とウルガとぶつかり合い、ウルガが弾かれる。

 

「────いったぁぁ!?」

 

 ビリビリと痺れる腕。思わずウルガを落としそうになるほどの感覚に涙目になるティオナ。レフィーヤが慌てて魔法を解放しようとするも、その前に真横を影が通り過ぎる。ウィーネだ。憤怒の表情でリザードマンに襲いかかる。

 

「ガアァァァァッ!!」

「くっ!」

「ウィーネ、待て」

「リド、やめろ」

 

 そのウィーネの足をベルが掴み剣を構えようとしたリザードマンの腕に斧の持ち主であるミノタウロスがそっと手を置く。

 

「………しゃ、喋った………」

「ウィーネちゃんと、同じ?」

 

 流暢に人の言葉を発する黒いミノタウロスに目をむくティオナとレフィーヤ。ベルは腕の中で暴れリザードマンに食ってかかろうとするウィーネの頭を撫で落ち着かせながらミノタウロスを見る。

 

「………成る程な。モンスター達が何故知恵なんて持てたか気になっていたが、そういうことか………繰り返してたんだな、お前等」

 

 それはある意味ではベルと似ている。そう思った。

 ミノタウロスは何処か嬉しそうな笑みを浮かべ戦斧を地面に置く。カサカサとまるでカブトガニのように動いた戦斧には流石にベルも目を見開いた。

 

「名前を、聞かせて欲しい。嘗て自分を打ち破った強者(つわもの)よ……」

「………ベルだ。ベル・クラネル」

「自分の名はアステリオス。嘗て我が身を滅ぼした黒き『雷光』に因んでつけた」

「え、黒い雷光って………それに、ミノタウロスって……」

「ていうかあの斧………」

 

 と、レフィーヤやティオナが信じられないモノを見たような顔する。ウィーネで慣れていたつもりだが、これは予想外すぎたらしい。

 逆にベルは嘗て全てを忘れ戦った相手との再会に何とも言えぬ顔をする。喜べば良いのだろうか? あの戦いだけは、たとえ正史通りだったとしても今更誰にも譲る気はないが。

 

「おいおいアステリオス、何だよお前『前』の記憶があったのか?」

「む、言っていなかったか?」

「聞いてねーよ」

 

 バンバンとアステリオスの背を叩くリザードマン。やはり彼も流暢な人の言葉を話す。

 それはまるで人のようだ。

 

「………あ、貴方達はいったい」

「そっちの噛みつこうとしてる奴と一緒だよ。オレっち達は異端児(ゼノス)。理知を備えるモンスターだ……」




最近感想が減ってきて寂しい


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異端児

 理知を持つモンスター、異端児(ゼノス)

 聞いただけならあり得ないと切り捨てただろう。が、ウィーネを見て、さらに数十の現物を見て否定するほどレフィーヤは頑固ではないしティオナに至ってはすごーい、とか感心してる。

 

「ちなみにオレっちはリド。最近まで最強だったがアステリオスに抜かれた。ま、それでもリーダーやってんだがな」

「自分は纏めるのには向かない」

「………アステリオスは改めて、で良いのか? 二人とも、よろしくな。これからウィーネは……リドにはもう懐かないかもしれないが……」

 

 と、片手を差し出すベル。反対の手で抱き寄せられてるウィーネは唸りながらリドを睨んでいる。

 

「………お、おお握手か! よろしくな!」

「がう!」

「うお!?」

 

 リドがポカンとした後その手を取ろうとするがウィーネがその手に噛みつこうとする。ガチン! と歯が鳴り合わさるがリドの指は幸い無事だ。

 

「ティオナ、ちょっと預かっててくれ。話が進まん」

「ほーい。ほ~らウィーネちゃんおとなしくしてね~」

「うー! うー!」

 

 魔石を食い幾分か強化されたとは言えティオナの怪力には敵わないのかジタバタ暴れるウィーネ。レフィーヤはそんなウィーネを見つめた後異端児(ゼノス)達を眺める。

 高潔で潔癖なエルフの殆どは、というか人間だって人の言葉を介するモンスターに忌避感を抱きそうだが彼女に懐いていていたであろう子供達の顔を思い出し、全く気にしていないティオナ、ウィーネを優しい目で見てから異端児(ゼノス)達を見るベルを見て、抑える。

 そもそも先入観でベルを嫌っていたこともあるが今はむしろ好感を持っている事を思い出せば見た目や種族で判断するのは失礼だろうと考え直した。

 

「つーかオレっちあんた斬った……よな………」

「ああ、当てる気はなかったんだろうがつい反射的にな………殺気自体は本物だったし………けど、あの程度なら痛いだけで死にはしない。そういうスキルだ」

「そ、そうか………鎮痛剤とか使わねーの?」

「これは痛みに耐えて戦う意志があってのスキルだからな。前提条件を破ることは出来ない………薬だろうがアイテムだろうが痛みを消すことは出来ねーよ」

 

 つまり実際死に通じるレベルの痛みを味わったという事。成る程いくらピンピンしているとはいえウィーネがガチガチ歯を鳴らし威嚇するのも当然だ。むしろ平然としているベルがおかしい。レフィーヤ達は慣れだとしても本人は実際痛みを感じているだろうに。

 

「あー、まあ……取りあえずよろしくな」

 

 と、再び手を差し出すリド。ベルが手を取ろうとして、不意に異端児(ゼノス)達が視線を向けているのに気付く。

 大方、出方を見守っているのだろう。

 

「よろしく………」

 

 と、鋭い爪の生えた鱗だらけの手を握りかえす。

 途端にわっ! と盛り上がる異端児(ゼノス)達。

 

「お前等、灯りをつけろ!」

 

 モンスター達が歓喜する中、リドが大きな声で号令を放つ。

 黒犬(ヘルハウンド)などそそくさと動く一部のモンスターが岩の陰に隠してあった魔石灯を引っ張り出し口や爪を使って器用に点灯させる。

 

「モンスターが、魔石灯を………」

 

 ヒューマンが作り出した魔石製品を使いこなすモンスター達にレフィーヤは目を見開いた。さらにハーピィ達が隠していた石英(クオーツ)から厚布を取り払う。

 広間(ルーム)はたちまち濃縁な光に照らし出される。

 

「わ、木竜(グリーンドラゴン)! こんなこも居たんだ……」

 

 そして視界が良好になれば先程まで見えなかった全長10M(メドル)以上のドラゴンを見てティオナが声を漏らす。

 

「地上のお方、挨拶させてください!」「ウゥ……」「ワタシモ!」

 

 と、多くのモンスターがベルに集まってきた。

 

「お話は聞いてました。お会いできて光栄です、ミスター・ベル。アナタと、握手できて、トテモ嬉しいです」

「ワタシ、ラウラ、ヨロシクネ」

「久しいな。私を覚えているか?」

「ああ、バーバルか」

「お! そういやバーバルの言ってた特徴と一致してたな! 確かにアルルみてーだ」

「アルル?」

「きゅう!」

 

 と、自己主張するように片手をあげた()()()()()()。白い毛に赤いクリクリした瞳。ティオナが腹を抱えて笑い出す。

 

「あはは! 確かにどっちも兎だね!」

「きゅぅ!」

 

 と、不意にアルミラージがベルに抱きつき舐めてきた。と、そこで竜の少女の限界が来たらしい。

 

「だめ! おとうさん持ってっちゃだめ!」

 

 ヒョイとアルミラージは引っ剥がしベルの腕に抱きつく。そんな彼女に歌人鳥(セイレーン)のレイが近付いた。

 

「名前ヲ聞かせてもらっても、いいですカ?」

「ウィーネだよ! おとうさんがくれたの」

「ウィーネ……とても良い名ですね」

 

 ニッコリ微笑むウィーネに金翼のセイレーンは青色の双眸を細めた。

 

「初めましテ、新たな『同胞』(ドウホウ)。ここで貴方ヲ虐げる者ハいませン。私達ハ貴方ヲ歓迎します」

 

 

 

 

「飯だ、酒だ、どんどん出せ! 新しい同胞と、初めての人間の客がやって来た今日を祝って!」

 

 音頭をとるリド。モンスター達は一層盛り上がりダンジョン産の果実や木の実に薬草(ハーブ)、リヴィラと刻まれた酒樽を振る舞う。

 

「ベル、これを……肉果実(ミルーツ)という高級食材だそうだ」

「ああ、すまないなアステリオス」

「……覇気がないな。何かあったのか?」

「………苛つくか? 仮にもお前を殺した相手がこんな様で」

「いや。確かに心の強さも貴方の強さの一因だろう。だが、だからといって腑抜けるななどと軽々しくは言えない。自分は貴方のことを何も知らないのだから………だが、嘗て弱き身でありながら自分に挑んだ勇気ある貴方ならきっと乗り越えると信じている」

 

 と、アステリオスが笑うと不意にアステリオスの斧がベルに寄ってくるのに気づいた。いや、これはヘスティア・ソードにだろうか?

 剣を抜き地面に置く。すり寄ってきた。

 

「彼女は貴方の剣と同じ、生きてる武器だ。嘗て自分が敗北したことを己の未熟と悔やんでいて、貴方の剣と話したかったと……」

「彼女? これ、雌なのか……つか動くのか」

「武器として使用する時は間接部が完全に接着する。それ以外ではあのように動く。魔石だって食べる」

「………強化種か……」

 

 きっとLv.3の時、アステリオスが今の状態だったら抵抗すら出来ずに殺されていただろう。今は知らないが……。

 

「おうベルっち! 飲んでるか?」

「楽しんでいたダけているナラ幸いでス。貴方ハ同胞を保護してイてくれたのデすから……」

「そりゃ勘違いだ……俺がウィーネを守ってたんじゃない。ウィーネが、弱い俺を守ろうとしてくれたんだよ」

 

 それこそ必死に。抱きしめ、慰め。自分が弱いと解ると強くなるため戦い方を教わろうとし、魔石を食い、元気づけるために彼の生まれ育った地上に向かい、彼が怯えてしまったレフィーヤ達から守ろうとした。

 

「あの子は強いよ。それに比べ、俺なんか……」

「卑屈になるなベル。それでは貴方に負けた自分が浮かばれない」

「と、すまんなアステリオス……」

 

 と、不意にベルは自分と視線を合わせようとしないままリドに近づくガーゴイルとアラクネに気付く。

 

「リド、コンナ下ラナイ事ハ止メサセロ」

「所詮は人間だ。信じる価値などない。即刻ここから離れるべきだ」

「まだ言ってんのかよ、グロス、ラーニェ。お前等だって見たろ? ベルっちが体張ってウィーネ助けるの」

「そんなもの気まぐれに過ぎない」

「ソレニ、ドウセ治ルノダロウ?」

 

 警戒心を露わにし隠そうともしない敵意を向けてくる二人に対し、ベルが口を開く。出された言葉は───

 

「すごいな、お前等は」

「「───ハ?」」

 

 賞賛であった。

 

「お前等の言葉は確信が籠もっている。『前』なのか、『今』なのかは解らないが……信じて、近寄って、裏切られたんだろう? つまり一度は信用したんだ。俺は、その一度目にすら踏み込めないで、逃げてしまった」

「何ヲ言ッテイル………」

 

 彼等は一度信じて、歩み寄ったのだろう。信用できず恐れるだけ恐れて立ち止まる自分とは大違いだ。

 

「俺は、精神面ではお前等より遙かに弱いな、というだけだ」

「成る程。死は恐れずとも孤独を恐れる、か………それは、しかし仕方ないことだと思う。自分もラピスが居なければ、きっと孤独を感じていた」

 

 と、カブトガニのように歩み寄ってきた戦斧を撫でるアステリオス。

 

「まあ、確かにお前等の言うことは解る。普通、人間はそう簡単にお前等を受け入れることは出来ない……」

「そうかぁ? でもよ、あれ………」

「わーい! 楽しー!」

「あわわわ!?」

 

 恐らくティオナを踊りに誘ったまでは良いがティオナの怪力を予想していなかったのだろう。振り回され目を回すハーピィ。一応踊りにも見えなくはない程度の動きなので怪我などはしてないが……。

 

「ティオナはまあ、馬鹿だからな」

「では、貴方の秘密も打ち明けてみれば?」

「………それは、やっぱり怖いな……」

 

 楽しそうに踊るティオナ。ラミアに連れられオズオズと踊るレフィーヤ。ベルが教えた歌をレイに教えながら共に歌うウィーネ。

 楽しそうな光景だ。本当なら、彼処に行きたい。彼処に立ちたい。

 けど、どうしても踏み出せない。

 自分が偽物だという疎外感が邪魔をする。

 他人の居場所を奪った罪悪感が押しとどめる。

 その事を責められるかもという恐怖が足に絡み付く。

 

「ベル、踊らないんですか?」

 

 と、不意に差し出される手。レフィーヤが小首を傾げベルを見る。

 

「………………」

 

 ベルもその手を取り立ち上がるとアステリオスが満足そうに頷いた。

 

「……悪いな、レフィーヤ」

「何がですか?」

「ずっと心配してくれたお前より先に、他の奴に縋ってた……」

「仕方ありませんよ。似てるところがあったんでしょ?」

「何時か、ちゃんと話す………」

「はい。何時か話してくださいね」

 

 口だけの約束。しらばっくれるのも簡単なその口約束に、しかしレフィーヤは満足したように微笑んだ。




沢山感想来てすごく嬉しい!
ありがとうございました!


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異端児達の憧憬

「次はワタシト!」

「フォウ!」

「きゅう!」

「あ、ベル!」

「おとうさん次わたしー!」

 

 代わる代わるに相手を変え踊るベル達。

 レフィーヤも流石に大型のモンスター相手には引きつった表情を浮かべたが、彼等が本当に楽しんでいるのを見て笑う。

 彼等を見ていると此方まで楽しくなってきた。

 

「……あの、ところで貴方達を支援してるのってギルドなんですか?」

 

 ベルはウラヌスの私兵を名乗る者からここに来るように言われたと聞いた。なら、当然ギルドは彼等の存在について知っているという事になる。

 

「いや、厳密に言うならウラヌス、それとガネーシャだ。ヘルメスも知ってはいるが、奴は今一つ信用できない」

 

 と、不意に中性的な声が聞こえベル達は一斉に振り向いた。そこには影を象ったような黒衣に身を包んだ謎の人物がいた。

 

「フェルズ、来たか!」

「………お前は」

 

 ベルをこの場に向かわせた者だ。やはり気配はする、電磁波のレーダーにも物理的に引っかかる。が、()()()()を感じない。

 リドの反応からして知り合いなのだろう。名はフェルズと言うらしい。

 

「お前、生き物じゃないのか?」

「ほう………まさしくその通りだ」

 

 と、フードを剥ぎ取るフェルズ。そこにあったのは躯の顔。レフィーヤが目を見開き、ティオナが『スパルトイ』と骸骨のモンスターの名を呟く。

 

「………モモンガ? じゃ、ないか……あれヘタレのくせに偉そうだし……」

 

 どこか紳士的な気配のするフェルズを見て首を振るベル。

 

「私は元人間だよ。昔は『賢者』などと呼ばれていた」

「『賢者』? じゃあその姿は永遠の命の代償か?」

 

 記憶を探る。賢者の情報といえば不老不死を実現する魔道具(マジックアイテム)『賢者の石』を生成するも主神に目の前で壊されたという。

 

「ああ。秘法の反動で全身の肉と皮は腐り落ちた」

「それで愚者(フェルズ)なんて名乗ってるのか………」

 

 なら俺は偽物(ファルシュ)とでも名乗ろうか、などと自嘲するベル。

 

「それで、フェルズ……ギルドがモンスターに手を貸す理由は………違うな、お前等は異端児(ゼノス)達をどうしてやりたい?」

「───地上へノ進出」

 

 それに答えたのはフェルズではなくレイだった。自分の体を抱くように、両腕の翼を巻き付けるレイの青い瞳には悲壮が感じられた。

 

「それガ、私達ノ願いです」

「……夢を見るんだ」

 

 ポツリと、リドがレイの言葉の理由を語るように口を開く。

 

「真っ赤な光が、でけえ岩の塊の奥に沈んでいく夢………迷宮(ここ)にはない空が、赤く、泣いちまうくらい赤く、だんだん染まっていく綺麗な時間……」

「それって、夕焼け? でも、何時………あ」

 

 と、そこでレフィーヤはベルとアステリオスの会話を思い出す。

 そうだ、アステリオスはレフィーヤ達の目の前で灰に還ったミノタウロスの記憶を持っていた。つまり……

 

「前世……? 貴方達は、モンスター達が地上に進出していた頃の記憶があるのですか?」

 

 だとするなら、彼等はどれだけ繰り返していたのだろう。冒険者に殺され、異端児(ゼノス)になってからはモンスターにも狙われて………。

 

「──『()()()()()』。異端児(かれら)が胸に秘める想いはばらばらだ。だが、共通しているモノがある。それは人類、あるいは地上に対する『強烈な憧れ』だ」

「あのね、おとうさん………夢でね、誰かが誰かをたすけるの。わたしはそれが眩しいって、おもったんだ……羨ましくて、だから……おとうさんに会えて嬉しかった……」

 

 と、最初に口を開いたのはウィーネ。

 

「おとうさんもわたしと同じ………寂しいって、泣いてた……わたし、ちゃんとたすけてあげれてる?」

「…………ああ」

「自分は、貴方とこうして言葉を交わしたかった。それと、今はある人物と決着を付けねばと思っている」

 

 次に己の夢を語るのはアステリオス。

 ウィーネとアステリオス、この二人はすでに夢の一部が叶ったようだ。

 

「オレっちは、あの夕日が見える世界でもう一度生きたい」

「私ハ、光ノ世界デ羽ばたいて、誰モ抱き締められないこの(うで)ノ代わりに……愛する人間(ダレカ)に抱きしめられたい」

 

 日の光を浴び、人間と手を取り合うこと。それが彼等の願いで、彼女達の憧れ。

 そんなものは不可能だ。馬鹿を言うな、そんな絵空事。何世紀も続く憎しみの連鎖をどう断ち切る?

 そう言うのは簡単だ。けど、言えない。

 

「………お前達は、怖くはないのか? お前等がどれだけ歩み寄ろうとしても、否定されるかもしれない……拒絶されるかもしれない。罵倒され、忌避され、恐れられ、嫌われる……そうは、思わないのか?」

「思ってるから隠れてんだよ。でもよベルっち……夢だけは見ていたい。夢で終わらせたくない………ベルっちもなんか秘密があるみてーだけどよ、まずは勇気をださねーと」

「………無理だ。俺には、出来ない………俺はお前達より、ずっと弱い……」

「でもよ、さっきレフィっちに何時か、って言ってたろ? あれを嘘にしなけりゃ良いんだよ……」

 

 ニカっと笑うリドに、何故かベートの姿が被る。

 ベートは、自分にとっては……例えるなら兄のような存在だ。あの魔法を目にする前に言われて以来、勝手かもしれないがそう思っている。リドも、それに近い感じがした。

 

「それにしても外かー。あ、じゃああたしが皆を案内してあげるよ! 綺麗な景色とおいしい料理、どっちが良い!?」

「おおう!? ティオナっち気がはえーよ!」

「思い立ったが吉日って言うんじゃん! 何処の言葉か忘れたけど」

「極東だな」

 

 

 

 

「解っていると思うが、ここで見たことはくれぐれも内密に頼む……いや、【ロキ・ファミリア】が支援者になってくれれば嬉しいとは思うのだが……」

「んー、相談してみる? フィンなら良い案出してくれるかもよ?」

 

 フェルズの言葉にティオナが考え込む。が、無理だろうなとベルは肩をすくめる。

 現状異端児(ゼノス)の存在は『毒』にしか成り得ない。モンスターである以上受け入れる者は少ないだろうし、受け入れたとしてもその者達がモンスターと戦えなくなる可能性も出てくるのだ。

 【勇者】(フィン)はそれを認めないだろう。自分の名を汚すし、団員だって危険に曝される。

 言い方は悪いが同族を数多く殺してきたティオナやベルだからこそ平然としているが、今回ここに来るまでレフィーヤは何回か躊躇った。

 

「なあ、レフィっち………」

 

 レフィーヤも同じようなことを考えていたのか、リドが話しかける。

 

「俺はよ、また会いたいと思ってんだ。だから、モンスターに襲われたら遠慮せず殺してくれ。たとえ喋っても、自分の命を優先してくれ………」

「リドさん………はい、わかりました」

 

 リドの言葉に頷くレフィーヤ。

 そして、出口に向かって歩く。

 

「おとうさん、帰ろ?」

 

 と、ウィーネがベルの手を伸ばしてくる。が、それをリドが阻む。

 

「お前はこっちだ、ウィ──」

「があ!」

「───いでぇ!?」

 

 ベルを切ったことをまだ許していないのかガブリと噛み付くウィーネ。ベルがそっと頭に手を置くと話した。 

 

「ウィーネ、お前はここに残れ……」

「………え?」

「地上には、お前にとって危険が多すぎる。ここに残るんだ……」

「でも、おとうさんは………」

「俺は……大丈夫とはいえないな。まだ一歩踏み出す勇気が足りない……でも、逃げるのはやめた」

 

 ちゃんと向き合おう。何時かは話すと約束した少女のためにも。

 

「お前のおかげだ。ありがとう、俺の小さな英雄」

「…………おとうさん……つらくなったら、来てね? レフィーヤたちがいるから、平気だと思うけど」

 

 と、泣きそうで、しかし嬉しそうな顔で笑うウィーネはベルの頬にキスをする。

 

「マリアから教わったか? ありがとな………」

 

 と、ベルもお返しに額にキスをしてやると擽ったそうに笑う。

 

「マリ………あ、そういえばマリアさんからお二人にこれ……」

 

 と、レフィーヤが鈴のついた青い紐と白い紐を取り出す。

 

「孤児院の子達の仲間の証だそうです。鈴の理由は、まあ(ベル)をかけてるんでしょうね……」

「ライの提案かな? ウィーネ、手を出せ」

「ん………」

 

 ウィーネはベルの言葉に細い手を伸ばす。その手首に鈴を巻き付ける。ウィーネは今度は反対の手をん、とモノをねだるようにのばす。その手に白い紐の鈴を乗せ、ベルも左手を差し出す。ウィーネがその手に鈴を巻き付けた。

 チリン、と音が鳴る。

 

「………ライ達に、よろしく……」

「ああ。きっと、泣くだろうな………彼奴等が冒険者になれたら、連れてくるよ」

「うん!」

 

 

 

 

 

 黄昏の館を前に、ベルは吐きそうになるのをぐっと堪える。

 

「…………ベル?」

 

 その声は後ろから聞こえた。振り向けばリヴェリアが立っていた。

 

「ベル、ベル……! 戻ってきたのか!」

 

──お前は、この世界の外から来たのか?──

 

「────ッ!」

 

 あの夜の言葉が蘇る。逃げ出しそうになる足に力を込め縫いつけると、不意に両腕を温もりが包む。ティオナとレフィーヤが、手を握ってくれていた。

 

「すまない、私は………追い詰める気など無かったんだ。それが、お前にとってどんな意味かも考えていなかった」

 

 伸ばされる両手は震えていた。頬に触れた指は冷たかった。

 レフィーヤ達が手を離し、残っている温もりを与えるようにリヴェリアの両手を掴む。

 

「悪いのは俺だ。責められるんじゃないかと、怖がって………今もまだ、信用しきれず話せない」

「………」

「ちゃんと、何時かは話すよ。約束する………いや、約束したから。だから、その………心配かけて、ごめん」

「いや、無事で良かった。さあ、帰ろうベル………」

 

 頬に触れていた手が離れる。名残惜しさを感じつつも、ベルは彼女の後に続き歩き出した。



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成り代わり

「ベルぐううぅぅぅん!」

 

 ベルの帰還の報告を受けるなり第二級冒険者もかくやという速度で飛んできたヘスティア。そのままベルに抱きつく。

 

「心配したんだぞぉ!? 生きてるのは解ってたけど、ずっと姿をくらまじでぇ!」

「悪かった。次からは気を付ける」

「家出に次なんてつぐるなあ!」

 

 もっともである。

 胸に顔を押しつけ涙で胸をぬらしてくるヘスティアの頭を撫でて落ち着ける。

 

「……………」

「……ベート」

 

 団員達が集まる中、無言でベートがやって来た。暫く睨んだ後、無言で頭を叩いて来た。

 

「いて──」

「ふん……」

 

 鼻を鳴らし去っていくベート。心配をかけるな、そう言いたいのだろうか?

 

「………………」

 

 良い人達だ。ここは、やはり好きだ。

 長くとどまりすぎた、深く浸かりすぎた。

 彼等を騙している罪悪感に胸が痛くなる。

 

「………ベル君………」

「ん?」

「ダンジョンに潜っていたんだろ? 更新、しようか………」

 

 ステイタスの閲覧は主神以外NG。ベルは例外として【ロキ・ファミリア】の三古参とロキにのみ公開されるが、 更新の際いる必要はない。

 ようするに、この場から離れる口実だ。気を使ってくれたのだろう。

 

 

 

 

「……………あれ?」

「どうした?」

「ん、あ………や……伸びしろがいまいちだなぁって思ったけどそもそもこれが普通だよね。いや、これも十分早いのかな………? 今までが異常すぎたからなぁ………」

 

 と、羊皮紙を見て頭をかくヘスティア。と、何を思ったのか不意にベルを抱き締める。

 

「………ヘスティア?」

「僕は君の秘密は解らないけど、君は僕の子供なんだ……だから、大丈夫。もう家出しちゃ駄目だよ?」

「………心配かけた……」

「全くだぜ。心配したんだからね」

 

 ベルの頭を撫でながら反対の手の指で額を叩く。

 

 

 

「ほーん。ま、成長は確かに早いが普通やな………」

「アビリティの数値だけならね……」

「……………」

 

『Lv.5

 力:H162

 耐久:G254

 器用:G203

 敏捷:F380

 魔力:I0

耐異常:C

精神安定:S

技能習得:S

鍛冶:E

精癒:F

幸運:F

思考加速:F

狩人:F

火傷無効:G

格上特攻:I

《魔法》

【虚像の英雄】(ベル・クラネル)

階位昇華(レベル・ブースト)

・発動対象は術者限定

・発動後、半日の要間隔(インターバル)

・詠唱式【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄へ堕ちろ】

【エルトール】

付与魔法(エンチャント)

・雷属性

・速攻魔法

【アンチ・カース】

・解呪魔法

・呪詛、結界魔法の破壊

・詠唱式【砕け散れ邪法の理】

《スキル》

【向上一途】(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・向上心の続く限り効果持続

・力を欲する理由を感じるほど効果向上

【英雄義務】(アルゴノゥト)

・敵対時に於けるチャージ実行権

【操作画面】(メニュー)

・自己ステイタスの閲覧可能

・討伐モンスター図鑑自動作成

・マップ表示

・索敵

・アイテム収納空間作成

【不屈の闘志】(ベルセルク)

・肉体の修復

・体力、魔力を消費する 

【精神保護】(マインドブロック)

・精神への干渉を拒絶する

・術者との実力差によって変動

・受ける、受けない選択可能   』

 

 伸び率は異常ではあるが、今までのカンスト数値に比べればマシだ。まあ階層主や都市最強、強化種に精霊の分身などと戦ったわけではないからなのだろう。

 

「問題はこっちやな………」

 

 ステイタスには本人の真名が刻まれる。これは偽ることなどできない。

 結婚などして名が変わるなら別だが………。

 

「………けど、これどういう事なんやろうなぁ……」

 

『べ■・r鈴ァdg』

 

 真名の部分が文字化けしていた。いったい何がどうしてこうなったのだろうか……?

 聡明なフィンにも解らない。ステイタスに異常など普通は起きないし、仮に起きるなら『神の恩恵』(フ ァ ル ナ)に異常があるという事になるがそれなら名前の表記しか異常が無いのも妙な話だ。

 

「………………」

 

 リヴェリアはそれを見て、考え込む

 

「………ロキ、ヘスティア殿……おかしな事を聞いて良いか?」

「んー? なんや?」

「おかしな事?」

「例えば、だ………己を認識できない場合はどうだ?」

「………その可能性は僕も考えたよ。けど、僕は何者でもベル君を受け入れるつもりだよ」

 

 良い主神(おや)だな、と微笑むリヴェリアはしかし直ぐに表情を変えた。

 返答はなかったが、あの態度を見れば解る。ベルは間違いなく異なる世界からの来訪者だ。ベル・クラネルと言う名は此方で付いたのだろう。

 真名に異常というのはつまりその名を己の名だと思えなくなったと考えるべきだろうが、なら前の名前になるのが普通だ。

 

「…………ロキ、ヘスティア殿……カサンドラの力は本物なんだな?」

「ん? まあ、せやな。ウチらも視えん何かが『視えとる』」

「僕達すら知らぬ『未知』………地上に神々が夢中になる由縁さ。それがどうしたの?」

「………つまり、運命はある程度定まっていると言えるのか?」

「まあそういうことになるね。カサンドラ君の『予知夢』(ゆ  め)が外れたことは、今のところ無いみたいだし………まあ、アポロンがカサンドラ君を信じてたら外れたんだろうけど………」

 

 運命が定まっているなら、ベルの運命も決まっていたんだろう。

 

「ベルは、それを知っていた? いや、違う………備えるだけなら、あんな………まて、この魔法………【虚像の英雄】(ベル・クラネル)? 名前がそのまま………それに、この詠唱はまさか、だとしたら私は何て事を………」

「お、おい一人で納得しないでくれよ。つまり、どういう事なんだい?」

「………ベルは、異世界の住人。これは間違いないだろう………可能性の話だが、ベルの世界ではこの世界の未来をすでに記されているのではないか?」

 

 もちろんそれだけではない。だが、だとしたら………

 

「ベルは、本来生まれてくるベルに成り代わったのではないか?」

「成り代わった……? それが真名の影響?」

「成り代わった、代わりにならねばと思っていたのだろう。けど、私の指摘で、崩れてしまった………」

 

 ベル・クラネルであり続けようとして、しかしリヴェリアに異世界から来たことを尋ねられ、偽物だと思われたと思ってしまった。正体を知られたと思ってしまった。

 

「きっと本来彼が知るベル・クラネルとは違うのだろう。未来を知る云々ではなく、存在が………」

「成り代わってしまって、罪悪感を感じて、なろうとしていたって事か?」

 

 フィンが瞠目する。

 しかし彼のやり方を考えるに、ベル・クラネルが偉業を成すことのみを知っていてどんな人物かは知らないのだろう。どんな人間関係を持っていたのかすら………。

 知っているなら自分達を見る目がもっと変わるはずだ。知らないからこそ必死になっていた。

 

「………この事は僕達の胸に秘めておこう。きっと、ベル君をまた傷つける」

「だろうね………こういう言い方は良くないけど、僕らが知るベル・クラネルは彼で本来のベル・クラネルなんて知らないんだけどね……」

「それを言ったところであの坊主は納得せんだろうな………むしろ、本当なら儂等と会っていたかもしれんのに、と余計考える」

「ええ子何やけどなぁ………むしろええ子すぎたからこそなんやろうなぁ………」

 

 他人の人生なんて知ったこっちゃないと割り切れない。

 その人がどう生きたか大して知らないくせに、偉業をなしたなら多くを救うはずだと代わりになろうとする。

 

「どうやって救えばいいんだろうね、そんな責任感の強すぎる子……」

 

 欲しているのは許しだ。けどそれはヘスティアが、ロキが、リヴェリアが……他の誰かが与えて良いものではない。

 

「自分で自分を許せる時だろうさ………何時になるかは解らないが……」

 

 

 

 

 チリリと腕に巻いた鈴が鳴る。

 ベルはそれを無言で見つめる。

 

「………お前なら、あの子をどうしたベル・クラネル………」

 

 ウィーネに縋ったのは、自分の弱さのせいだ。原作の、本物のベル・クラネルならそんなことはしなかった筈だ。

 ではどうしたのだろうか? モンスターである彼女に、どう接したのだろうか。

 チリン、と鈴の音が耳を撫でる。

 

「俺はこれから、あの子とどう接していけばいい……」




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動き出す者達

「……あ」

「あ……」

 

 廊下でばったりとアイズに遭遇した。途端にアイズは不安そうな顔をする。

 

「あの………私って、怖い?」

「………ああ、別に怖くない。逃げ出したのは、あの頃家出してたからだ」

「そ、そうなの?」

 

 実際はモンスターであるウィーネを逃がすためだが、まあ家出していたのは本当だしあの時別にベル本人はアイズを恐れていたわけではない。

 

「良かった………」

 

 と、心底ほっとしたようにほっとするアイズ。不意に、モジモジと後ろで指を合わせながらベルをチラチラみてくる。

 

「あ、あのねベル………あの時の、カジノの時の約束、覚えてる?」

「守るとか助けるとかって奴か? 絶対必要ないだろうけど」

「うん。それ………覚えてくれたんだ」

 

 と、微笑むアイズ。

 助けて欲しかったら助けてくれるの? だったか………良く覚えていたなと思う。

 ベルに取っては強くなれという激励として受け取っていたが、彼女からしたらそんな価値など無いと思っていたのに。

 と、不意に視線を感じる。振り返ると角から覗いているカサンドラが見えた。

 

「あ、あの……首を折ったりしませんか?」

「しないよ……」

 

 カサンドラの言葉にムッとするアイズ。カサンドラがそんなことを言うとはアイズがベルの首を締め付ける『予知夢』(ゆ  め)でも見たのだろうか?

 

「………逃げたのそんなに怒ってたのか?」

「だから、しないって……」

 

 ベルにまで言われ落ち込みながら睨んでくるアイズ。流石に言い過ぎた。

 

「冗談だ。その程度で怒る奴じゃないのは知ってる」

「とーぜん」

 

 

 

「主神ガネーシャに会いたい。何時かで良いから予約を取ってくれ……出来るだけ、早い方が良いが……」

 

 突然やって来て主神に会いたいというベルの言葉に【ガネーシャ・ファミリア】の門番は固まった。ここはやはり断るべきだろう。

 

「ゼノスについて、そう言えば伝わるはずだ」

「あのなぁ、よその奴が主神に───」

「待て」

 

 会えるわけがない、そう言おうとして声をかけられる。

 見るとちょうど外から戻ってきた【ガネーシャ・ファミリア】の団長シャクティが立っていた。

 

「………異端児(ゼノス)と………そう言ったな?」

「ああ……」

「…………付いて来い」

「え、あれ? シャクティ様!?」

 

 まさか団長自ら連れて行くとは思わなかった。ゼノスとは何だろうか? そんなことを思いながらも、美人に手を引かれるベルを見てうらやましがった。

 

 

 

「さて、ここらにいるはずなんだが………チッ」

 

 いきなり舌打ちしたので視線を追うとモンスターにじりじり近付く象の仮面の男がいた。

 

「俺がガネーシャだ! だから、噛みついてくるなよモンスター!」

 

 警戒心を露わにするインファント・ドラゴン。まだ調教(テイム)されていないようだが周りの強者の気配に怯えているのかまだ動かない。

 

「あの馬鹿……見学だけにしろと言っているのに」

「怖くないぞー、怖くないぞー……」

「ガアァァァ! ───カベ!?」

 

 象男に噛みつこうとしたインファント・ドラゴンだったがその前にベルに蹴り飛ばされた。すかさず他の団員達がガネーシャを連れて行き、調教師(なかま)と勘違いしたのかベルとインファント・ドラゴンを離れて見る。

 

「オオオオオオォ!」

「『吠えるな』」

「────!?」

 

 ガチィン! と勢いよく口が閉じる。混乱するインファイト・ドラゴンは突進しようとするもベルが片手を向けると同時に全身凍り付いたように動かなくなる。

 

「……………………」

「檻に戻せ」

「は、はい!」

 

 ベルの言葉に慌てて動く団員達。ようやくベルが客人であると気づいたらしい。

 

「ふう、危ないところだった。助けてくれてありがとう、ガネーシャ感謝! で、どちら様!?」

「ガネーシャ、彼は異端児(ゼノス)について知ってるようだ……」

「…………場所を移そう」

 

 

『怪物祭』(モンスターフィリア)の本来の目的も知った。その上で質問だ、可能だと思っているのか?」

「あははははは!」

 

 何故か大爆笑された。

 

「こうしてこの場に来て、この話をしている以上お前も彼等について思うところがあったのだろう? 何故今更そんな質問をする」

「主神ぐるみでやるなんて、リスクが大きすぎる。特にあんたは【群衆の主】(ガネーシャ)だ……」

 

 この事実が公になれば非難殺到間違いない。ガネーシャのみならず団員達にまで影響があるはずだ。

 

「……彼等が共存を願っていると聞いた。ならば、俺は【群衆の主】(ガネーシャ)を止めて───【群衆と怪物の主】(ネオ・ガネーシャ)になってみせる!」

 

 群衆に認めさせると言うのか? 理知を備えるとはいえ、モンスターが歩み寄るのを?

 

「………無理だろ」

「それはお前の限界だぁ! 無理だと諦め、狭い世界に満足したお前自身の限界にすぎない!」

「………たまに神って………いや、良いか……けど、どうやって認めさせる気だ」

「今も考えている!」

「………………」

 

 

 

「ベルよ、また遊びに来い!」

「遊びに来たわけじゃないんだけどな………」

 

 ガネーシャに見送られ、巨大なガネーシャ像を一瞥した後歩き出す。と、カサンドラがいた。

 

「………モンスターと仲良くなったりしてませんよね?」

 

 

 

 

 

「兎がモンスターを引き連れ人間と敵対して、風の精霊に首をへし折られる、ねぇ………」

「へ、変な話ですよね………そもそもモンスターを人間が引き連れるなんて………」

 

 カサンドラの言葉にベルは目を細める。モンスターは確かに人間の言うことなど聞かないだろ。もちろん調教師(テイマー)などの例外はいるが、複数の種類となると話は変わる。そもそもベルは調教師(テイマー)ではない。

 

「………………」

 

 だが何事にも例外はある。例えばそのモンスターが全て高い知能、理知を持ち合わせていた場合。

 つまりベルが異端児(ゼノス)を引き連れている場合を予知したのかもしれない。

 

「………………」

 

 彼等はたとえ理知を持っていてもモンスターだ。そんな彼等を引き連れることは人類への裏切りに他ならない。二度と英雄になれなくなるだろう。それを自分が許容するのか?

 するかも、知れない。

 

「………前なら見捨てたのにな。弱くなった……いや、余裕ができてしまった、か?」

 

 ベートとレフィーヤの言葉を思い出す。

 しかし一つ疑問が残る。カサンドラの夢が現実になるには、異端児(ゼノス)達が人間達と敵対するのが絶対条件だ。彼等は『隠れ里』を数多く持っている。見つかった所で………いや

 

「………そういう可能性もあるか」

 

 バーバル達を思い出す。

 彼らは捕まっていた。それを助けるためだとしたら?

 選択肢は二つ。見捨てるか、捕まる前に助けるか……。

 

「……………!」

 

 チリンと奏でられる鈴の音。手首に巻き付いた鈴を見る。と、ウィーネの顔が脳裏に浮かんだ。

 

──やめろ──

 

──馬鹿なことを考えるな──

 

──踏みとどまれ──

 

──英雄を捨てる気か? お前は、他人から人生を奪っておいて──

 

──救えるものも救えず敵対するのを選ぶ気か──

 

「………………」

 

──彼奴等が冒険者になれたら、連れてくるよ──

 

──うん!──

 

 そうだ、これはモンスターの為じゃない。ライ達人間の孤児のためだ。だから、黙れ。

 

 無理矢理理由付けして、罪悪感の幻聴から耳を塞ぐ。

 

「…………カサンドラ、俺は少しダンジョンに潜る。ちゃんと帰るから、心配しないように言っててくれ」

「へ?」

 

 ポカンとするカサンドラを置いて、ベルは駆け出す。

 Lv.5の中では間違いなく最速を誇るベルの足にカサンドラが追いつけるわけもなく呆然と見送った。

 

「………これ、私のせいなのかな~~~? うう、リヴェリア様に怒られちゃう~~~」

 

 ベルが勝手にダンジョンに潜りに行ってしまった。しかも自分と話していたら。絶対リヴェリアに怒られる。

 けど、帰ってくるとは言っていたし………それが二日後とかでなく日帰りなら………

 

 

 

 

 

「───で、だからさ────」

「──しも──思いますが……」

 

 アイズが黄昏の館を歩いていると不意に話し声が聞こえてきた。

 見てみるとレフィーヤとティオナが声を殺しながら話していた。そう言えば、彼女達はベルと行動を共にしていたのだったか………。

 

「………二人とも何の話?」

「うひゃい!?」

「ひゃあ! あ、アイズさん………」

 

 人気のない場所で、内緒話でもしていたのかびくりと震える二人。アイズは首を傾げた。

 

「あー………ねぇ、アイズ………もしも、もしもだよ? モンスターがさ、何か生きる理由を持ってたとしたら、私達と変わらない感情を持ってるとしたらどうする?」

「ちょ、ティオナさん!」

「良いじゃん、聞くだけ聞くだけ……」

 

 ティオナの質問に首を傾げる。何だ、その質問。モンスターが感情?

 つまり人のように笑い、人のように悩み、涙すると言うことだろうか? そうなったら、自分はどうするか?

 意味が分からない質問だったが友の言葉なので考える。考えて、考えて……結論は一つ。

 

「私は、モンスターが危害を加えてくるなら……ううん。モンスターのせいで誰かが泣くのなら───私はモンスターを、()()

 

 

 

「~~~~♪」

「ウィーネ、少し静かにしろ」

 

 別の『隠れ里』に向かって移動する異端児(ゼノス)の集団。その中で楽しそうに歌を歌うウィーネに、人蜘蛛(アラクネ)のラーニェが責めるように睨み付ける。

 

「はーい……」

「はぁ………あの男から学んだことなど、直ぐに忘れろ」

「やだ!」

「……………」

 

 ラーニェは人間を信用していない。卑劣で、残忍で、直ぐに裏切る生き物だと思っている。ベルだって、何時かは気紛れだったと言って切り捨てるに決まっている。

 

「よお、見つけたぜ……」

「「「───!?」」」

 

 不意に聞こえてきた声に振り返るとそこにはゴーグルをつけた男が立っていた。赤い槍を肩で担ぎニヤリと笑みを浮かべる無臭の男。

 

「悪いが死んでくれ。旦那のために……」

「────!?」

 

 その場の誰もが反応できない高速の投擲。それはラーニェの真横を通り過ぎ、()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐあ!?」

「──な」

 

 ラーニェ達が目を見開く中、ゴーグルの男は一瞬で移動し槍を抜く。同時に複数の影が現れる。

 

「ディックス、てめぇ!」

「よお皆! 久し振りじゃねーか! 早速死んでくれ、子離れできない甘えん坊な旦那の可愛い娘のためになぁ!」

「好き勝手言うな」

 

 と、その後頭部をベルが蹴りつけた。

 

「………てめぇは、ベル・クラネル!」

「?」

 

 やけに忌々しげに睨みつけてくる大男に首を傾げながらベルはヘスティア・ソードを抜く。

 

「旦那ぁ、何できたんだよ……」

「お前こそどうしてここにいる……」

「カサンドラの予知聞いて、まさかと思い先に動いたんだよ」

「………悪いな」

 

 ベルの謝罪になら今すぐ戻れよと言いそうになるも意味がないと判断して苦笑を浮かべるディックス。

 

 

 

 そんな光景を眺める一人の()。嫌らしい笑みを浮かべニタニタ笑う。

 

「ヒヒヒ。やっぱり来たかぁ。来ると思ってたぜぇ………んじゃ、()()()()

 

 男は隠していた神の気配を解放する。眷属(こども)達に頼まれた彼の仕事。

 己の正体をダンジョンに悟らせる。

 崩れ落ちる出入り口。しかし人工の出入り口だけは影響を受けない。

 ダンジョンが、()を見つけた。

 故に生み出す。

 

 

 

 

「「「────!?」」」

 

 揺れるダンジョンに目を見開くベル達と対照的に密猟者達は笑みを浮かべる。

 

「はは! ディックスぅ、てめぇに勝てるなんて思ってねーよ! だからぁ、てめぇは化け物に殺されなぁ!」

 

 そう言って投げてきたのは発煙筒。周囲を煙が包み込む中、悲鳴が聞こえる。

 

「じゃあな! この金になりそうなヴィーヴルはいただいてくぜぇ!」

 

 ウィーネを抱えて走り出した男にベルの目が見開かれ、その男に固定される。故にソイツは隙だらけのベルを狙った。

 

「───!?」

「はは! ダンジョンで余所見なんざするからだぁ!」

 

 地面から打ち出された炎に飲まれるベル。幸い火傷は負わぬが尋常じゃない熱を感じ激痛を訴える。

 

「おい、マジかよ……」

 

 壁を貫き遙か彼方までの大穴をつくったモンスターに、ディックスが呟く。

 二本の足で立ち黒い鱗で全身を覆うドラゴン。

 

「………ヴァルガング・ドラゴンの、亜種」

 

 

 

「んで、リヴィラにご到着っと………ひひひひ。なぁ、本当に待つのかよぉ?」

「ああ。バケモノ共が来るはずだ。見てろよぉ、ディックスゥ……裏切り者がぁ………殺して思い出せ。お前の楽しむべきはこっちだって事をよぉ!」

「ま、それも生き残ったらの話だけどな」




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動き出す歴史

「オオオオオオオオッ!!」

 

 空気を揺らす咆哮。ヒシヒシと伝わる敵意。

 

「くっ、何だ此奴は!」

「確認は後だ。ラーニェ、オード、フォー、フィア、クリフ……」

「「「────」」」

 

 ベルの言葉に身構える異端児(ゼノス)達。

 自分達も戦わせられるのだろうか? もちろん異論はないが……。

 

「引け。邪魔だ……ディックス」

「話だけなら聞いてたぜ………ありゃ色は聞いてたのと違うが、階層無視して砲撃してくるヴァルガング・ドラゴンだ…ま、同じ階層にいるのが唯一の救いだな」

 

 唸りながら煌々と口内に火を灯すヴァルガング・ドラゴン。

 

「ゴアアァァァァッ!!」

「チィッ!」

「くっ!」

 

 放たれた火炎弾をかわす二人。ここは樹洞の迷宮。ヴァルガング・ドラゴンが出て来たことと、炎でいくらか開けたが同時に周りを炎で包み込む。

 

【刺し穿て】(エルトール)!」

 

 マントの中に保持していたナイフに雷を付与(エンチャント)して目に向かって投げつける。

 

「グルルゥ!」

 

 が、反応され目の近くの鱗に弾かれる。

 

「オオオオ!」

「───っ!」

 

 再び放たれる火炎弾。

 火力は高いが速度が足りない。しかし硬い鱗に覆われており攻撃は殆ど通じない。

 

「なら、消し飛ばすまでだ………」

 

 ギギギギと軋む音を立て黒紫のオーラを纏うベル。 

 あの程度なら、今のレベルのベルに取って対したチャージ時間は必要ない。

 

「少し時間を稼げ。三十秒で良い」

「オオ!」

「りょーかい」

 

 フォモールのフォーとディックスが飛び出す。フォーはこの中ではかなりのやり手だ。無視できぬ敵と判断したのか左右に分かれて縦横無尽に駆けるディックス達を首を動かし追う。

 

「グオオオオオ!!」

「お、俺を狙うか……」

 

 どちらを攻撃するか迷ったすえ、明らかに普通ではない気配を纏う槍を持った方を狙うことにしたが、遅い。

 

「こっちは娘追ってんだ、邪魔するな………」

「────!?」

 

 大きく開いた口の前に突如現れるベル。その中に黒雷の槍を叩きつけられる。

 

「──────!!」

 

 内部から圧倒的な量の雷と内部で暴走した魔力により吹き飛ぶヴァルガング・ドラゴン。

 

「お、おお─…やった、な………」

 

 余りにあっけなく終わり、いまいち実感がわかないラーニェ。

 しかし取り敢えず勝ったというのに、ベルの顔は優れない。

 

「早くウィーネを追う。お前等、異端児(ゼノス)の気配を追えるか?」

「あ、ああ………この場の異端児(ゼノス)には糸をつけていたからな……」

「ディックス、『鍵』はあるな」

「おうよ……」

 

 淡々と無表情で呟くベルは、静かなのにどんなモンスターよりも恐ろしく見えた。

 

 

「ああ、ウィーネが攫われた。今は後を追っている」

『何ダト!?』

 

 ラーニェは糸を巻き取りながら赤い水晶に向かって言葉を落とす。これが異端児(ゼノス)達の通信機だ。

 

「場所は………18階層だな………」

『解ッタ。我々モ直グ向カウ……』

「アホか。余計な騒ぎを起こすな………その騒ぎに紛れて逃げられる。ウィーネは俺が助ける」

『人間ナド信用出来ルモノカ! ソウヤッテ、何度我々ヲ裏切ル!? ナラオ前ハ、我々ノ存在ガ公ニナッタ時ドチラヲ選ブ!』

「…………………」

 

 異端児(ゼノス)を選ぶと言えば、人類の敵になる。

 人間を選べば彼等と敵対する。

 

「…………解らねーよ、そんなの。最近頭の中グチャグチャするんだ………」

 

 けど、と付け足す。

 

「ウィーネを攫った奴らがウィーネに何かしてたら、必ず殺す」

 

 

 

 

「………………」

 

 檻の中から外を睨みつけるウィーネ。ニヤニヤ笑った男の手が伸ばされる。

 額に輝く宝石に触れられ、ウィーネの目が見開かれた。

 

 

 

 

「─────ァアアアアアアアアアッ!!」

 

 突如聞こえてきた咆哮にリヴィラの街の住人は何だ何だと足を止める。次の瞬間、安宿の一角が吹き飛んだ。

 

「──な、竜女(ヴィーヴル)!?」

 

 現れたのは()()()()()7M(メドル)はある下半身が蛇、上半身が人間の女のようなモンスター。一見すると半人半蛇(ラ ミ ア)にも見えるが背に生えた大翼と随所を覆う竜の鱗、鋭い竜の爪がそれを否定する。

 

「オオオオオオオオッ!!」

「うおお!?」

 

 その爪を冒険者に向かって振るう。咄嗟に盾で防ぐも吹き飛ばされ盾も無惨に砕け散る。

 ヴィーヴルは何かを探すように周囲を見て、しかし自分を囲む連中を見て吼える。

 

「くそ、何処の何奴が街中で此奴を放ちやがった!」

 

 ボールスが忌々しげに叫び大剣を構える。ヴィーヴルも敵対する視線に目を向けその醜悪な顔を向けた。

 

 

「くっ、まじかよ!」

「はい、ウィーネガ暴れテいます」

 

 レイは上空を飛び街中の状況をリドに伝える。額の石を取られ暴走状態になるというヴィーヴルの特性は異端児(ゼノス)になっても変わらなかったらしい。

 

「どうする、このままじゃ───」

「助ケニ行ク。アノ人間達ヲ待ッテイラレルカ!」

「待てよ、そんな事したら人間にバレちまうかもしれねー!」

「ナラ、コノママ同胞ガ人間ニナブリ殺サレルノヲ黙ッテ見テイロト言ウノカ! 私ハ断ジテ断ル!」

 

 と、翼を広げリヴィラに向かって飛び出すグロス。

 リドはクソ! と叫び駆け出す。

 

「アステリオス、付いて来い! ウィーネを宥めて、グロスの馬鹿を連れて帰るぞ!」

「承知した」

 

 

 

「アアアアァァァァァァァッ!!」

 

 敵だ。敵だ。周りには敵しかいない。

 大切なものを取り返さなくては、それを邪魔するならたとえ何者であっても殺す。

 

「くそがぁぁぁ!」

「ぐう!?」

 

 自分は強い。少なくとも同種よりは。

 ■■に言われ魔石を喰ってきたのだから。

 

「───アァ?」

 

 何だ、自分は誰に言われた?

 いや、そんな事はどうでも良い。とにかく目の前で動く者達を殺す。

 

「ガアァァァァァッ!」

「ぐお!?」

「うわぁぁぁ!」

 

 咆哮一つで吹き飛んでいく虫螻共。弱い、弱い。これなら殺せる。

 

「くっ!」

「─────」

 

 と、あるエルフの雄が番を庇う。それなら纏めて吹き飛ばせばいいのに、何故か動きを止めてしまった。

 

「────ウゥ?」

 

 チリンと澄んだ音が鼓膜を揺らす。ヴィーヴルの目が見開かれた。

 

「───!? ア、アアア!?」

 

 何だこれは?

 頭が割れるように痛い。

 自分は何を失った? 何を忘れた?

 探さなくては、見つけなくては。周りの敵は虫だ。邪魔しようとしてくるが苦でもない。なら、無視して早く自分から何かを奪った者を見つけなくては。

 

「─────!」

 

 己の一部の気配を見つけ駆け出すヴィーヴル。

 森に向かって地を滑る。敵たちはその形相に押され思わず一歩後ずさる。

 

 

 

 

「おい何やってんだ! 逃がすなぁ!」

「お、おう!」

 

 ボールスの言葉に慌ててヴィーヴルを追おうとする冒険者達。が、それを邪魔するように横から影が飛び出す。

 

「シャアアアア!」

「オオオオオオ!!」

「な、リザードマンに、黒いミノタウロス!?」

「グオオオオ!」

「ガーゴイルまで、何だってんだ!?」

 

 しかも、リザードマンとミノタウロスに至っては()()している。

 

「一体全体何が起きてやがる!」

 

 

 

 

「ひひひひ! ほら逃げろよお前等、このままじゃ殺されちまうぞぉ?」

 

 神イケロスは自分を抱えて走る眷属にケタケタ笑う。ここでイケロスが死ねば間違いなく全滅する。故に一番足が速い奴がイケロスを運んでいるが後ろから迫るヴィーヴルの速度に大きく劣る。

 

「ちぃ、食らえやぁ!」

 

 と、モンスターを呼び寄せるトラップアイテムを投げつける。寄ってきたモンスター達は異端児(ゼノス)である彼女を敵と認識して襲い掛かり、邪魔をする。

 

「オオオオオオオオオッ!!」

 

 怒りの咆哮をあげモンスター達を爪で切り裂くが後から後からキリがない。その間にイケロスの眷属達は全速力で逃げ出した。

 

「くそ、リヴィラの役立たずどもが!」

「落ち着けよぉ、叫んでる暇があったら逃げろ逃げろぉ」

 

 自分が殺されそうになっているという局面でヘラヘラ笑うイケロス。と、不意に先頭を走っていた者が倒れる。

 

「ああん?」

「おい何してやがるボンクラ!」

 

 先頭が倒れ後に続いていた者が反射的に止まる。【イケロス・ファミリア】のほぼ半数が止まる中仲間意識が極端に低い者達とイケロスを抱える奴等が横を通り抜ける。

 

「ウィーネ?」

 

 ポツリと呟かれた言葉に振り返ると何時の間にかそこには白髪赤目の少年、ベル・クラネルが呆然と暴れまわるヴィーヴルを見て立っていた。

 その手には血に染まったナイフ。倒れた先頭の男の首が、思い出したようにゴロリと転がる。

 

「何だよ、もう追いついて来たのか………なら、ひひひ……追加だ」

 

 再び放たれる神威。迷宮が震え、しかしベルは振り返り赤い瞳をイケロス達に向ける。

 

「………何奴だ、返せ」

「「「─────!?」」」

 

 ゾクリと背筋が震える団員達。固まっていた全員が動く。

 腕に自信があるアマゾネスやドワーフ、ヒューマンが飛びかかる。魔法を覚えているヒューマン達は距離を取り詠唱する。それ以外は逃げ出す。

 

「ッ!グルアァァァァ!」

 

 その中の大男を狙い迫るヴィーヴル。壁に現れた扉をくぐり抜け慌てて閉めるもヴィーヴルが中に侵入してしまう。

 

「ウィーネ!」

 

 慌てて追おうとするも主神が通った扉に近づけさせんと邪魔をする冒険者達。ズゥン! と音を立て扉が閉まる。

 

「チッ、ディックス!」

「おう!」

 

 と、ベルの言葉にベルの援護に向かっていたディックスが駆けるがやはり邪魔をしてくる【イケロス・ファミリア】。と、その時、

 

「ルゥオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 背後から響く叫び声。振り向けばそこには闇を押し固めたかの様に漆黒の体を持った巨大な()()の骸骨が地面から生える光景が見えた。

 あれは、強い。ヴァルガング・ドラゴンとは比べ物にならない。ダンジョンが学習でもしたのだろうか?

 

「………ディックス、ウィーネを追え。おそらく『ヴィーヴルの涙』を持ってる奴は向こうだ」

「旦那は?」

「流石に、これを見過ごせば俺がウィーネに叱られる」

「………解った。おらぁ! どきやがれてめぇら!」

 

 と、目の前の元部下達を凪ぎ払うディックスは扉を開け、閉める際にベルに『鍵』を投げ渡す。

 

「………さて」

 

 『鍵』を持たず必死に閉まった扉を叩く者。扉に潰された仲間の死体を見て腰を抜かす者、『鍵』を奪おうとする者、とにかく様々な反応があったがベルの呟きに固まる。

 

「な、なんだよ!? それより早くあのバケモン倒してこい!」

 

 一分一秒でもベルに意識を向けられたくない団員の一人が叫び、ベルが口を開く。

 

「ああ。解ってるさ………けどその前にお前等を殺してからだ」

 

 

 

「ひひひひ。結構追ってきたなぁ………」

 

 イケロスが笑い目の前のフォモール、ウォーシャドウ、アラクネ、ハーピィ、ヴィーヴル、ディックスを見て笑う。彼等が手を出せないのは、彼等の内誰かが持つ『ヴィーヴルの涙』を戦闘中に失うのを恐れているからだ。

 ヴィーヴルも低く唸りながらある大男を睨みつけるも、何かに脅えるように近づかない。

 

「でもよぉ、コレがないと襲われちまうぜ~~?」

「あ?」

 

 イケロスが首にかけている結晶を見せびらかすように言う。彼の後ろの扉が開き、大量のモンスター達が現れるも彼等を無視する。まるで何かから逃げるように。

 

「「「「!?」」」」

 

 普通のモンスター。知能も何もないモンスター達は一斉に奥へ奥へと進んでいく。その先に何があるのか知っているディックスは目を見開く。

 

「てめぇ、まさか!」

「それよりほれ、来たぜぇ!」

 

 イケロスの言葉と共に現れたのは水黽にも似たモンスターの群。モンスターを追うように駆ける。当然、此方は異端児(ゼノス)達も標的に。

 

「ッ!この数、やべぇ!」

 

 ディックスの言葉に凶暴化しているウィーネも本能で理解したのかモンスター達同様に逃げる。

 唯一開いている扉を抜け、階段を駆け抜ける。追ってくる無数のモンスター。やがて闇が続く空間に光が見えた。

 飛び込むと、ずっと続いていた()()が消え、()()()達が叫び声をあげる。

 

「モ、モンスターだぁぁぁ!?」

 

 歴史は動き出す。

 英雄に焦がれるある愚かな少年が、愚者へと堕ちるか英雄となるかの分岐点となる歴史が。




感想を心よりお待ちしております


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共同戦線

「おいおいおい! またかよ、畜生!」

 

 立て続けに起こる異常事態(イレギュラー)にボールスが叫ぶ。

 しかも今度は階層主だ。それも、37層にいるはずのウダイオス。Lv.6のモンスター。

 

「オオオオオオオオオオッ!!」

 

 と、ウダイオスが吼えると同時に大量の逆杭(パイル)が地面からリヴィラの街に向かって突き出してくる。

 ウダイオスは地面から生えた角持ちの人骨のようなモンスターという印象を受けるが、生えたというのに間違いはない。

 彼のモンスターの下半身は植物の根のように地面を巡り、様々な場所から逆杭(パイル)を生み出す。

 自らが生み出した剣山の奥に隠れる。

 それと同時に、王の号令に従うように無数の下層モンスターのスパルトイ。適性Lv.は3から4。リヴィラの街の住人からすればこの数はもはや絶望でしかない。

 

「もう、終わりだ………」

 

 階層を移動できる出入り口は全て崩落していた。逃げ場は、無い。

 だが戦力はある。

 

「でりゃああああ!!」

「…………は?」

 

 突如戦っていたリザードマンとミノタウロスが反転。スパルトイ達を吹き飛ばした。というか今、リザードマンが人のような叫び声をあげたような………。

 

「おいアンタらぁ! ありゃアンタ等に取っても敵だろぉ!手伝ってくれ!」

「も、モンスターが喋ったぁ!?」

「あ、やべ……」

「何ヲシテイルコノ馬鹿者!」

「お前もだろ!?」

 

 さらに上空のガーゴイルまで喋った。

 ボールス達も混乱していたが、それはモンスター達も同様だ。突然の『迷宮の孤王』(モンスター・レックス)の発生に彼等も思わず言葉を発してしまうほどには混乱していた。

 

「落ち着け二人とも。すまない冒険者殿、混乱するのは解るが自分達も貴方方同様に殺されるつもりはない。一時的に協力しないか?」

「モ、モンスターが何を!?」

 

 と、エルフの冒険者が叫ぶ。

 するとミノタウロスはその冒険者に迫り拳を振り抜く。直ぐ横を通り抜けた拳は背後から迫っていたスパルトイの顔を砕く。

 

「協力しないのは結構だ。ならば隠れていてくれ………これは、どうも自分達に原因がありそうなのでな、戦士でないというなら身の安全は守ろう」

 

 ミノタウロスはそう言うと戦斧を構える。バチバチと黒い雷を纏う戦斧、気のせいか感じる重圧があがる。

 

「ぬぅん!」

 

 ミノタウロスが戦斧を振るうと発生した黒雷を纏う衝撃波がスパルトイ達を吹き飛ばす。

 

「オオオオオオオオ!!」

「「「─────!?」」」

 

 迫り来るミノタウロスの咆哮に動きを止め、斧に砕かれる。

 

「オオオオオオオッ!!」

 

 ウダイオスが叫び大量の杭をミノタウロスに向けて放つ。それは飛来したオレンジの光線によって地面事抉り取られる。

 

「無事かアステリオス?」

「うむ」

 

 黒紫のオーラを纏った白髪赤目の少年──ベル・クラネルの言葉にミノタウロス、アステリオスが頷く。

 

「レイ!」

「は、はイ!」

「な、今度はセイレーンまで!?」

 

 ベルの言葉に現れたのはモンスターとは思えない、エルフにも劣らぬ美貌を持ったセイレーン。ベルが何かを投げると器用に口で咥える。

 

「それ使って向こうの森の奥を目指せ。扉がある、それで開けられる」

「解りまシた!」

 

 端的に言うとセイレーンはそちらの方向に向かって飛び去る。

 

「戦う自信のねえ冒険者はセイレーンに続け! この階層から逃げられるぞ!」

「え、お……おう?」

 

 モンスターについていけという命令に困惑するもモンスターも素直に従っているし、それに滅茶苦茶美人だしもう訳が分からない。

 

「ど、どういう事か説明しろ兎ぃ!」

「此奴等は知恵が発達した突然変異。人の言葉が通じる故にモンスターにも狙われる。だからこそ協力できる。解ったな? 解ったら行動に移せ」

 

 ベルとしても余裕はない。どうも向こうはスパルトイを無限に召還できるらしい。

 

「モ、モンスターに組みするなど───!」

 

 と、高潔なエルフが叫んだ瞬間騒ぎに森から出てきたモンスターが現れ、ハーピィが羽のバレットで貫く。

 

「あの、大丈夫ですか……? 信用しなくても良いから、せめて自分の身を守って………」

「─────ッ!!」

 

 その目に宿るのは此方を気遣う確かな意志。言葉に詰まるエルフを前にハーピィは別の冒険者を助けるために飛び去る。

 

「ボールス、お前は残れ! アルル、ヘルガ護衛してやれ、森のモンスターはお前等なら余裕だろ!」

「バウ!」

「きゅー!」

 

 ベルの号令に駆け出すアルミラージとヘルハウンド。彼等が開けた道を走るLv.2や一部のLv.3の冒険者達。

 

「っておい! 何でてめーに命じられてんだよ!? 俺だって逃げてーよ!」

「何故貴様ガ我々異端児(ゼノス)ニマデ命令スル!?」

 

 抗議をあげるボールスやガーゴイルのグロスが叫ぶと同時に高く跳ぶベル。その足下から杭が飛び出す。

 

「ボールスは街の支配者だろうが……」

「グロス! 人間は信用できないから死んじまえって思ってんなら、モンスターだから死ねって言ってきた奴らと同じと思わねー?」

「「…………」」

 

 ベルとリドの言葉に固まる一人と一匹はくそ! と叫んでスパルトイ達に向かって駆け出した。

 

「ちくしょおおお! こうなりゃ自棄だ! おいこらてめぇら! ここは俺らの街だろうが、モンスターに助けられてねーでてめぇ等も戦いやがれぇぇ!」

 

 ボールスの叫び声に何名かが立ち止まり、踵を返す。

 それを呼び水に多くの冒険者達が踵を返した。

 

「皆さん!? どうして逃げないんですか────!?」

 

 バレットを放っていたハーピィは目を見開き叫ぶ。

 強化種である彼女からすれば、ボールス以外の冒険者達は弱いし、どうして逃げないのかと驚愕した瞬間肩に骨で形成された斧が突き刺さる。

 スパルトイの一体が投げつけてきたのだ。

 

「──くっ!」

 

 地面に落ちた彼女にスパルトイ達が殺到するが冒険者達が飛びかかる。一体に数人で当たり確実に倒す。と、ハーピィの腕に液体がかかり傷が治っていく。

 

「………あ、ありがとうございます……」

「……私が恩人に報いず同胞の名を汚すわけには行かないだけだ」

 

 ふん、と鼻を鳴らすエルフはそのまま杖を構え詠唱を始める。スパルトイ達が殺到するがバレットの雨に動きを止める。

 何体かは盾で防ぐが背後から冒険者達が襲いかかる。

 

「離れろ!」

 

 エルフが叫ぶと同時に冒険者達が飛び退き長文詠唱の魔法がスパルトイ達を飲み込んだ。

 

「……まあ、数は居た方が助かるな」

「ベルっち案外冷静だな……」

「まさか……さっさと目の前の此奴ぶっ殺してウィーネを追いたいだけだ」

「そうかい。なら、頑張ろうぜ!」

 

 と、リドが叫びスパルトイに向かってかける。

 

「オオオオオオオオオオオオッ!!」

「来るぞ、アステリオス!」

「ああ!」

 

 ウダイオスが叫ぶと同時にベルは黒紫のオーラを纏った拳を、アステリオスは超重量になった斧を地面に叩きつける。

 地面が大きくひび割れ地中に張られていたウダイオスの根がズタズタに千切れる。

 

「アアアアアアアアッ!?」

 

 絶叫し、すぐさま新しい根を張ろうとするウダイオスの胸の前にリドが迫る。

 

「でいりゃあ!」

「グウ!?」

「うお、かってぇ!?」

 

 肋の隙間から剥き出しの魔石を狙うが流石階層主、身を反らしリドの曲剣は肋に当たり弾かれる。そのまま豪腕が振るわれリドが吹き飛ぶ。

 

「リド! ───何ダ?」

 

 リドが吹き飛ばされ激突した壁に向かって飛ぼうとしたグロスはウダイオスの関節に存在する魔石のような色合いの球体が光るのに気づく。

 四本の腕が空に向かって掲げられる。その手に握られているのは、大剣。

 

「ッ! 避ケロォ!」

「──────!!」

 

 ウダイオスが四本の腕を振り下ろす。

 四方に先程のアステリオス達の一撃と遜色ない威力の衝撃波が地面を砕きながら突き進む。

 

「グウゥ!」

 

 アステリオスはラピスを盾のように構える。

 ラピスの甲殻は衝撃波に耐えるが規格外の力を持つはずのアステリオスが押される。

 

「この、くたばれ──」

 

 上空に跳んで回避していたベルが放った黒雷の槍がウダイオスに迫るが地面から大量に生えた杭に防がれる。

 

「チッ、チャージが足りねーか………」

 

 着地場所から生えてきた杭を蹴りつけ後退するベル。

 

「オオオオオオオオオオッ!!」

 

 再び叫ぶウダイオス。また地面からスパルトイ達が現れる。

 

「………あ?」

 

 と、そのスパルトイ達が地面に転がった同胞の亡骸に手を伸ばし魔石を喰らい始める。気配が重くなる。

 

「成る程、部下は補充可能。しかも強化のおまけ付きか………だが」

「強化に関しては此方も同じ事………」

 

 と、アステリオスが大きな手で掴めるだけの魔石を掴み口に持って行き噛み砕く。さらに残りをラピスの昆虫を思わせる口に喰わせる。

 

「さっさとぶち殺してウィーネを追うぞ」

「心得た」



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骸の軍勢

「「「オオオオオオオッ!!」」」

「「「らああああ!!」」」

 

 スパルトイの軍勢と冒険者と異端児(ゼノス)の連合軍がぶつかり合う。とはいえ、スパルトイ()()()達の推定Lv.はおよそ4上位か5下位。リヴィラの冒険者達では歯が立たない。

 彼等だけなら。

 

「ヌウゥン!」

 

 石に覆われた巨体が通過しスパルトイ達を挽き殺す。

 

「──────────ッ!!」

 

 上空から放たれる怪音波にスパルトイ達が地に膝を突き全身に細かい罅を作る。

 

「ガウゥ!」

「きゅー!」

 

 黒い影に乗った白い影が地面を這うように駆け抜けスパルトイ達を転ばせていく。

 

「魔石は武装したモンスター達に渡せぇ! 骸骨共には一つたりともくれてやるな!」

 

 冒険者達は落ちた魔石を近くの異端児(ゼノス)に、投擲が得意な冒険者は空を飛ぶ異端児(ゼノス)達に投げ渡す。

 それを喰らい更に力を高めた異端児(ゼノス)達がスパルトイ達に殺到する。

 

 

 

 

「リド、下がっていろ……」

「お前は雑兵(スパルトイ)の相手を頼む……」

 

 ラピスを構えるアステリオスと全身からバチバチ紫電を走らせ身を屈め黒紫のオーラを纏うベル。

 

「え!? ま、まさか2人で相手する気か!?」

「───」

 

 リドが驚愕する中、目の前で雷が核関節に魔力を溜めているウダイオスに向かって飛んだ。

 

「──え」

 

 雷鳴が響き渡りウダイオスの周りに雷の蛇が巻き付く。

 

「オオオオオオ!?」

 

 雷が体を撫でる度に火花が散り、雷の熱を食らうウダイオスが叫ぶ。振り払おうと腕を振り回すも全て避けられる。

 

「────硬いな」

「わ!?」

 

 ドォン! と目の前に雷が落ち、しかも雷の正体はベルで目を見開くリド。ウダイオスは雷の落ちた場所に立つベルに眼窩の奥で輝く赤い光を向けた。

 

「ルゥオオオオオオオオオオッ!!」

 

 核関節が光り輝く。

 関節を曲げ、上から見ると卍のような形を取るウダイオス。

 

「アステリオス」

「迎え撃つ……ラピス!」

 

 ベルの言葉にアステリオスが前に出てラピスを掲げるように構える。ギィィと鳴くラピスの身を細かい黒雷が覆い、アステリオスの足下がズン、と沈む。

 

「オアアアア!!」

 

 核関節に魔力を纏めることで放てるウダイオスの渾身の斬撃。四本の腕から同時に放たれた横凪は360度余すことなく迫る暴風を生み出した。が………

 

「アルデバラン!!」

 

 アステリオスが生み出した黒雷混じりの衝撃波が迫り来る暴風の壁を穿つ。

 

「──!?」

 

 それだけではとどまらず地面を抉りながら進む衝撃波はウダイオスの右腕全てを吹き飛ばした。

 

「オ、オオオオオオオオ!?」

 

 怒りか恐怖か、絶叫を上げて右肩を押さえるウダイオス。すぐさまベルが駆け出そうとするとウダイオスは全体を覆い隠すように杭の森を生み出す。

 

「オオオオオオオオオオオッ!!」

「「「─────」」」

 

 冒険者や異端児(ゼノス)達と戦っていたスパルトイ達が止まり、背を向け走り出す。そのうち何体かはベルとアステリオスに殺到するも殆どが杭の森に向かっている。

 

「まさか、くそ! どけ!」

「ガ──!」

「グペ!」

 

 ベルがウダイオスに向かって駆け出そうとするもスパルトイ達が手を伸ばし捕らえようとしてくる。

 即座に雷速に至ったベルは伸ばされた腕をかわすもその速度故に杭の森を抜けることができず目前で速度を落としてしまう。その瞬間、杭の森を突き破り黒い剣が突き出てくる。

 

「くっ!」

 

 慌てて距離を取る。

 黒い剣は高い硬度を持つはずの杭の森を細い氷柱でも砕くかのように破壊し、中からウダイオスが現れる。

 関節を人形のように付け替えたのか左腕が一つになっており、無くなったはずの右腕の代わりに指の向きがおかしい右腕があった。気のせいでなければ体が一回りほど肥大化している。

 

「強化種か!」

 

 アステリオスが叫ぶ。恐らく先ほどのスパルトイ達は己を主に捧げたのだろう。

 大量のスパルトイを喰らい強化種となったウダイオスは手を振り上げる。

 

「────!?」

 

 先程とは比べ物にならない速度で根が伸び、すぐさま杭が生えてくる。それだけではない。木のように枝分かれして逃げるベルを追う。

 

「ぬぅん!」

 

 アステリオスが衝撃波を放ち地面を砕くも根は健在。ウダイオスの意識がアステリオスに向く。

 

「────!?」

 

 地面の中を高速で移動する気配を掴んだ瞬間には杭がアステリオスに向かって伸ばされる。元より強靱な種族であり強化され並の、どころか大概のモンスターや上級冒険者の攻撃にも耐えられる皮膚が、肉の鎧が貫かれる。

 

「ぐぶ──!」

「───────」

 

 ウダイオスが笑った………様な気がした。瞬間、杭に魔力が満たされ、しかし枝分かれする前にアステリオスが握り砕く。

 

「ぐふ………はぁ!」

 

 杭を抜き傷を回復させるアステリオス。威圧感を増したウダイオスに、しかしアステリオスは駆ける。

 ここで殺されるつもりは毛頭無い。まだ決着をつけなくてはならない相手がいる。まだ、ベルと少ししか話していない。

 死なないために、敵を殺す。

 

「───!?」

 

 腹を貫いたはずのアステリオスが平然と向かってきた事に驚愕するウダイオス。関節に光を溜め振り下ろす。

 

「ブオオオオオオ!」

「────!!」

 

 しかし咄嗟に溜めた一撃など軽い。ラピスで弾き飛ばす。だが、それはウダイオスも予想していた。本命はもう片方の一撃。

 だが、敵はアステリオスだけではない。

 

『消魔』(しょうま)

 

 精霊の血を引く鍛冶師が打った魔法殺しの魔剣がウダイオスの核関節に突き刺さり溜めていた魔力がパアンと弾ける。

 

「離れろアステリオス!」

「────ッ!!」

 

 その言葉に離れる敵を無視してウダイオスは目の前の黒雷の槍を持つ冒険者から目を逸らせない。

 

「───オ」

 

 あれは自分の命を貫く槍だ。

 

「──オオ」

 

 自分には流れていない血のように赤いあの瞳は自分に死を運ぶ者の瞳だ。

 

「─オオオ」

 

 怖い。死ぬ。殺される。

 生まれたばかりの怪物が初めて感じる恐怖。だが、死にたくないという思いは限界を超えさせる。それはモンスターにも言える。

 賭けに出た。

 地に張られていた根が朽ちる。右腕が落ちる。眼窩の奥の光が暗くなる。

 全身に満ちていた魔力を左腕に集め放たれる決死の一撃。黒雷の槍はそれを砕く。

 死を間際にウダイオスは嘗て単身で己を討ち滅ぼした金髪の風を思い出す。

 今回、(ダンジョン)の恩恵により一層強くなった今の自分なら勝てたかもしれない。けど、どれだけ強くなり生まれ変わったとしても彼女と、そして目の前の兎には二度と関わりたくない。

 

「ケラウノス」

「オオオオオオオオオオオッ!!」

 

 恐怖の絶叫をあげながらウダイオスは黒雷に飲まれ消滅した。

 

 

 

 

「───ッハァ───ハッ───かはぁ!」

 

 膝を突き呼吸を整えるベル。【英雄義務】(アルゴノゥト)で削り取られた体力と魔力を回復するべく主神の交友関係で知り合ったあるファミリア特製の『二属性回復薬』(デュアル・ポーション)を飲み込む。

 

「───ふぅ、よし……」

 

 呼吸を整え立ち上がるベル。

 

「レイ! 『鍵』寄越せ!」

「こ、これですか?」 

 

 と、先程ベルから受け取った球状の物体を渡すレイ。駆け出そうとしたベルに声がかかる。

 

「お、おい待て兎! 結局、此奴等は何なんだ? 何が起きてる!」

「………此奴等が敵か味方かは自分で判断しろとしか言えない。それと、今すぐ階層を移動したいなら抜け道を知ってる」

 

 そう言うと森に向かって駆け出すベル。

 叫んだ男、モルドは頭をかきむしる。

 

「おいそこの牛! お前等あれだろ、隠れてたんだろ? 何で急に出てきた」

「………我等の同胞ウィーネを救うためだ」

「何だと!? ウィーネたんもモンスターだったのか!? どうりで人間離れして可愛いと思った!」

 

 アステリオスの言葉に一人の男が叫びウンウンと頷く数名の男達。

 

「ん、待て……救う?」

「ウィーネは竜女(ヴィーヴル)。我等異端児(ゼノス)を捕らえ売りさばく密猟者達が、我らへの嫌がらせのために額の石を抜き暴走させた。だが、彼女が貴方達に危害を加えたのは事実だ。謝罪する」

「オレっちからも、すまねぇ………」

 

 本来なら襲いかかってくるモンスター達が、傷つけたことに謝罪してくる。その奇妙な行動に何とも言えなくなる冒険者達。

 

「それで、お前等の目的は………?」

「今回は同胞を助けに。しかし、そうだな………最終的には、あなた方とこうして話し合ってみたいな……」

 

 そう言うとアステリオスはベルの駆けた方向に向かって走る。他の異端児(ゼノス)達もその後を追う。

 

「………ど、どうするよボールス」

「……ギルドの救助を待つぞ。彼奴等を信用できねーわけじゃねぇけど………少し頭を冷やす時間が欲しい」

「……なあ、ところであのミノタウロスが持ってた斧って……」

「あ、気づいた? 俺も思ったけど………」

 

 あの斧は嘗てリヴィラを切断した斧だ。あの戦いを知る者なら誰一人忘れたことはない。だからこそ、彼らは思う。彼等の主神に聞いても決して知りたい情報は返ってこないであろう疑問。

 

「ダンジョンって、何なんだ?」




次回は皆大好きウィーネたん
感想お待ちしております。


そろそろ原作に追いついてしまう


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ダイダロスの騒動

感想で色々かかれてたので一言。
そもそも主人公は最初っから罪悪感で行動してたわけでここ最近ウジウジするのはキャラが変わったのではなく限界が近づいてきた。
でもこの悩みもゼノス編で無くなるのでもうしばらくお待ちください


「ワウワウ!」

 

 ヘルガが鼻を地面に押し付けスンスンと匂いを嗅ぐと振り返り吠える。

 

「案内しろ」

「ワン!」

 

 ベルの言葉に返事をすると背中にアルルを乗せたまま走る。

 現在地はクノッソス。散らばる灰はモンスターの死骸だろうが、彼等の反応を見る限り異端児(ゼノス)の死骸はないようだ。

 

「──ッ! バウ!」

 

 ヘルガが吠えると警戒心を高めるベル達。レーダーに人影を見つける。が、これは………

 

「ヘルガ、此奴は死んでる。先に行くぞ」

「クウ?」

「キィー!」

 

 良いの? と言いたげに首を傾げるヘルガはアルルに急かされ慌てて走り出す。

 

 

 

「随分と、派手にやったものだね……」

「ひひひひ。俺じゃねぇよ? 俺は可愛い眷属(我が子)のためにちぃっと手を貸しただけだからなぁ………」

 

 眼下の光景を見下ろすヘルメスの言葉に彼に保護されたイケロスはヘラヘラ笑う。全く反省の色がない。

 

「けどよぉ~~、なら何で俺保護したんだ~~? モンスター共に殺させりゃ良かったのによ」

「俺が目を付けている彼が君達の『商品』に接触してしまってね………君の力を貸りたいんだよ」

「ひひひひひ! 相変わらずだな~~。で、何をしろって?」

「なに、どうせ今回の騒ぎは【ロキ・ファミリア】が動く以上は直ぐに終わる。その後、彼等が二度と人間に歩み寄ろうと思えなくしてくれればいいさ」

 

 にこやかな笑顔で言い放つヘルメス。後ろに控えたアスフィは何も言わない。目を閉じ無言を貫く。

 

「………お前、ウラヌス側じゃなかったのか?」

「俺は中立だよ。別に、ウラヌスの味方ってわけじゃない……だいたい」

 

 と、ヘルメスは群がってくる水黽型のモンスターを殺し、中層のモンスターを殺しその魔石を喰らうヴィーヴルに目を向ける。

 

「モンスターとの共存? 馬鹿を言うんじゃないぜ。『怪物』との融和なんて───絵空事だ。何十世紀にも及ぶ憎しみの因縁を覆して何になる? 大神(ゼウス)も言うだろう、無茶を言うなと……」

 

 もしも彼が苦しむモンスター達を助けようとしたら、それはもはや英雄とは言えない。人類の敵だ。

 

「なぁに、向こうが敵対するならベル君なら容赦なく殺すさ。英雄を導くことにかけては自信がある俺が言うんだから間違いない」

 

 ふーん、と興味なさげに言うイケロス。

 

「ちっと見ただけの俺が言うのもなんだけどよぉ………あんま過信しない方が良いぜぇ、あのガキはちっと追い詰められてるだけのただのガキ、どっちに転ぶかたとえ神でも解らねーだろうぜ」

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】はその知らせを聞いて真っ先に行動した。

 ダイダロス通りから現れたモンスターと聞いて、その地下の迷宮を拠点にしている闇派閥(イヴィルス)が動いたと判断したからだ。

 

「っう……」

 

 レフィーヤが顔をしかめる。

 ダイダロス通りを蔓延る無数のモンスターを見つけたからだ。

 中層辺りのモンスターが多く、あの水黽型のモンスターに群がられて戦っている。その余波で建物が傷つき近くにいて騒ぎを聞きつけたのであろう冒険者達もやられている。

 

「一般人の身の安全を最優先。モンスターを殲滅するぞ」

 

 水黽型のモンスターが居るということはやはり闇派閥(イヴィルス)が関わっているのだろうか? しかし目的が解らない。『鍵』をダイダロス通りで無くしたとか?

 

「………そんな間抜けなら楽なんだけどね」

 

 フィンはふっと笑いモンスターに向かって駆け出した。

 

 

 

「アアアアアアアアッ!」

「ひ………ひぃ!!」

 

 【イケロス・ファミリア】のグランは情けない声を上げながらヴィーヴルから逃げる。時折モンスターが襲っていくおかげで何とか逃げられているが、直ぐに殺して魔石を奪い、少しずつ『俊敏』が上がるヴィーヴルは追いかける速度も速くなっていく。

 

「くそ! ほ、ほら! もう返してやるよぉ!」

 

 と、『ヴィーヴルの涙』を入れていた皮袋を投げつける。ヴィーヴルが止まりその皮袋を手に取ろうと伸ばす。

 

「ははは! 死にやがれ!」

 

 と、ヴィーヴルの伸ばされた手に向かって剣を叩きつける。

 ギィン! と音が鳴り弾かれる。

 

「…………へ」

「……………」

「うひぃ!?」

 

 ギロリと睨み付けられ腰を抜かすグラン。ズボンが濡れ涙を流しながら後ずさる。

 

「ま、ま待て! 紅石(いし)はもう返したろぉ!? 見逃してくれよぉ、なぁ!?」

「…………………」

「ひぁ………! ………あ?」

 

 涙目になるグランの横を通り過ぎる。彼の存在などどうでも良いというように、紅石(いし)すら無視して。

 

 

 

 

 突如地下から大量に現れたモンスターに慌てて避難するダイダロス通りの住人達。

 子供ばかりのマリアの孤児院はどうしたって動くのに遅れる。ましてやここは住人ですら迷うこともあるダイダロス通り。

 

「皆、ちゃんと居る?」

「う、うん……」

「……お母さん」

「────ッ!」

 

 聞こえてくるモンスターの鳴き声に身を震わせそうになるが、子供達を安心させるために気丈に振る舞う。

 

「皆………行きましょう」

「…………」

 

 と、その時だった。

 

「グウゥゥ……」

 

 目の前に現れたのは白銀の毛を持った巨大な猿。目の前の一匹だけでなく、屋根からも数匹現れる。

 

「お、お母さん………」

「だ、大丈夫………大丈夫だから……」

 

 震える子供達を抱き締めるマリア。

 モンスター、シルバーエイプの群は涎を垂らしながら迫る。

 震える子供達やマリアの腕にかけられた鈴がチリチリと音を奏でる。

 

「オアアア!」

「─────!!」

 

 シルバーエイプが腕を振り上げ、マリアが目を瞑る。もしこの光景を見る者が居たら誰もが彼等が潰れて肉塊になる未来を想像するだろう。が──

 

「アアアアアアアアッ!」

「───ウギョ!?」

 

 突如現れたヴィーヴルがシルバーエイプに襲いかかる。細い腕のどこにそんな力があるのか、首をへし折り死体を仲間に投げつける。

 

「………え?」

 

 モンスター同士の殺し合い?

 冒険者に憧れるライは、モンスター達が基本的に争わないのを知っている故に混乱する。さらに混乱は続く。

 

「アアアアアア!」

「ゴオオオオオオオッ!!」

 

 ヴィーヴルは長い尾でマリア達の周りを覆うとシルバーエイプ達を睨みつける。まるで彼等に手を出すなと言うように。

 

「…………ウィーネお姉ちゃん?」

 

 誰もが混乱する中、ハーフエルフのルゥが呟く。チリンとヴィーヴルの腕に巻き付いた青い紐についた鈴が音を奏でた。

 

 

 

 守らなくては。

 この子達を守らなくては。

 何故だろう? 何でそう思った?

 ……………ああ、そうだ。彼等は大切な存在だ。あの人が笑顔を向けていた。自分を受け入れてくれた。

 守らなくては。必ず守らなくては。この子達は、この人達は、あの人と同じくらい大切な存在なのだから。

 

「オオオオオオオオッ!!」

 

 ヴィーヴルは、ウィーネは叫ぶ。

 理性を失い獣となり果てても、鈴の音が聞こえる。その音色が彼女の守るべき存在を教えてくれる。

 

 

 

「ふ、ふざけやがって! 何なんだよ、何だよバケモノがよぉ!」

 

 グランは叫ぶ。自分をまるでどうでも良いモノを見るような目で見て横を通り過ぎた怪物が、まるで大切なモノを守ろうとするように子供達を庇っているのを。

 

「バケモノだろ!? てめぇは何も考えねぇ、獣だろうが! ふざけんな、俺を無視して、んなそこらにいるガキ共を庇おうなんて、人間みてぇな行動してんじゃねーぞ!」

 

 気に入らない。バケモノはただ脅えていればいいのだ、金になって絶望していればいいのだ。あんな、路傍の石をみるような目で自分を見て良いわけがない。

 

「ふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがって!! 殺す、殺してやるぞ蛇女がぁ……バケモノの分際で俺に恥かかせやがって、てめぇの守ろうとしてるもん全部ぶっ壊してやる!」



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愚者の産声

ちなみに原作のヘルメスってハデスヘッド事件の時ヘスティアが思ったより早く到着したって言ってたし人質にされるの解ってたんだよね?
森の中にモンスター普通に住んでるし、殺されてたらどうしたんだろ?

後異端児達に偽の地図渡して行き止まりに誘った後ベルに恩を返したければエイナを殺そうとしてベルに殺されろとか、一匹殺せば割り切れるとか、俺やフレイヤ様が君を退屈させないとか言ってたけど見逃して良かったのか原作のベル君


 アマゾネスの姉妹が、獣人の青年が、金色の剣士が駆ける。

 ほんの擦れ違いざまにモンスター達が吹き飛んだ。

 

「チッ、バケモン共が大人しく地下にこもってりゃ良いのによぉ…」

「ボヤいている暇があったら足を動かしなさい。数だけ居るんだから……」

 

 面倒くさそうなモンスターを蹴り飛ばすベートをティオネが睨む。

 ティオナは狭い路地などを避け開けた場所でウルガを振るい、アイズは場所問わずにモンスターを狩っていく。

 

「極彩色のモンスターを除けば全部中層のモンスター………襲撃にしては弱い」

 

 これで毒を持つモンスターが居たなら話は変わるがそれらしいのは見あたらない。現状多くの【ファミリア】がクノッソスの存在するダイダロス通りを警戒しているというのに………やはり混乱だけが目的なのだろうか?

 

「オオオオオオオオッ!!」

「「「────!?」」」

 

 と、突如響き渡る咆哮。明らかに中層のモンスターのモノではない。と、さらに叫び声の聞こえた方向から慌てた様子の一般人が飛び出してきた。

 

「だ、誰か! 向こうにバケモンが、子供達が……!」

 

 顔を青くして叫ぶ男の声にフィンは目を細める。

 

「複数居たら事だ………ラウル、指揮を頼む。アイズ、ティオネ、ティオナ、ベート、リヴェリア、ガレス……行くぞ」

 

 フィンの言葉に駆け出す一同。迷いやすい道は走らず屋根の上を飛び越える。と、シルバーエイプが大口開け飛んでくる。

 

「────」

 

 アイズが剣を振るうと魔石ごと切り裂かれ灰になるシルバーエイプ。

 

「………?」

 

 今のは襲いかかって来たというより、飛ばされてきたような。

 

 

「「「ゴホオオオオオ!!」」」

「「「ガルアアアアア!!」」」

「「「ブオオオオオオ!!」」」

「オオオオオオッ!!」

 

 シルバーエイプ、ミノタウロス、バグベアー。

 中層の大型モンスターの群。それに相対するのは子供達と年輩の女性を包み込むように蜷局を巻くヴィーヴル。

 

「モンスター達が、争ってる?」

「あー………ヴィーヴルかぁ」

「やりにくいですね……」

 

 ヴィーヴルを見て頭をかくティオナに、その言葉に同意するレフィーヤ。

 ヴィーヴルはミノタウロスの胸を鋭い爪で貫き魔石を抜き取る。

 

「ゴアアアア!」

「ガァ!」

 

 子供達を狙うように飛び込んできたバグベアーを尾で叩き吹き飛ばすヴィーヴル。

 太く長い尾で叩かれたバグベアーはそのまま壁にぶつかり潰れる。

 

「ガアアァ!」

 

 ヴィーヴルが叫びミノタウロスの角を掴み振り回す。壁に叩きつけ纏めて爪で貫き、引き抜くと複数の魔石を喰らう。

 

「………額の宝石がない、それに……強化種か………モンスターが居なくなると子供達が狙われる。先にヴィーヴルから()()する」

「うん……」

 

 強化種は魔石を喰う際の万能感に酔いしれモンスターを狙う。だからこそ、凶暴化状態のあのヴィーヴルもモンスターだけを狙っているのだろう。だが、モンスターが居なくなれば周囲を無作為に破壊するはずだ。そういうモンスターなのだ。

 フィンは槍を構える。と、その時………

 トン、とアイズが屋上の角を蹴り跳ぶ───否、()()

 

【目覚めよ】(テンペスト)──」

「アイズ!? 全く……」

 

 槍を投擲しようとしていたフィンは呆れたようにため息をはく。その瞬間にはアイズは金糸の軌跡を残す金の風となってヴィーヴルに迫っていた。

 子を守ろうとしている女性を見て助けなければと思ったのだ。それに、何より………ヴィーヴルは()()

 怪物に対して攻撃力を高域強化、竜種に至っては()()強化するスキル【復讐姫】(アヴェンジャー)がある。

 

「─────!?」

 

 が、このヴィーヴルは仮にも強化種。ギリギリで身を反らす。

 しかし剣先が僅かに触れ、風の刃と超域強化された威力で振るわれ発生した剣圧に腕が吹き飛ぶ。

 

「────アアアアアアアアッ!」

「─────!!」

 

 ゴゥ! と体に襲いかかる重圧。絶叫をそのまま咆哮(ハウル)に変えはなったヴィーヴルに吹き飛ばされるのも大したダメージは受けていない。空中で身を翻し壁に着地して、とどめを刺そうと足に力を入れその光景を見た──。

 

「────え」

「────ッ!」

 

 震えながらヴィーヴルに背を向け、手を広げる子供達。まるでモンスターであるヴィーヴルを庇うように。

 

「ゴオア!」

「ヴゥ───アアアッ!」

 

 モンスターがそんな無防備な子供達を狙いヴィーヴルが爪を振るう。片腕を失いバランスが上手くとれないのかそのまま地面に横たわった。

 

「………何を、してるの………」

「手、手を出すな………」

「……どう、して……それはモンスター、危険なの」

「ウィーネお姉ちゃんに手を出すな! 俺達の家族だ!」

 

 少年は叫んだ。

 言い切った。

 ヴィーヴルが、モンスターを家族だと。

 

「お、お願いです冒険者様! ウィーネお姉ちゃんは、私達を守って……」

「…………ウィーネ?」

「え、じゃあ………」

 

 ある少女が叫ぶとその名にレフィーヤとティオナが反応する。

 

「ウィーネ姉ちゃん、逃げて!」

「ヴ……ウゥ…」

「逃げろって、早く!」

「こっち!」

「グギ、アアア───!」

 

 と、少年の一人が手を引く。本来なら引きずることなど出来ないだろうがヴィーヴルは大人しくついて行き、それどころか残った片腕で少年を抱き寄せた。

 

「………えっと………つまり、どういう事なのかしら?」

 

 と、戸惑うように呟くティオネ。

 

「それより先にモンスター共ぶっ殺すぞ」

 

 ヴィーヴルが居なくなったが【ロキ・ファミリア】に警戒して動かないモンスター達を見ながらベートがゴキリと首と鳴らす。

 

「………例えば、あのヴィーヴルが調教(テイム)されていて、彼等を守るように言われていた」

「額の石を失っていたのにか?」

「確かに………それに希少種(レアモンスター)を捕らえて生かしておくなんて、それこそ【ガネーシャ・ファミリア】しかしないだろうけど、あんな目玉になりそうなモンスターを『怪物祭』(モンスターフィリア)に出さないはずがないか……取り敢えず、あれは生け捕りに……」

「………るはずない」

「アイズ?」

 

 フィンが命令を下そうとすると、アイズが呟く。

 

「そんなこと、あるはずない………モンスターが、人を助けようとするなんて、人がモンスターを助けるなんて、あるはずない」

 

 アイズはそれだけは認められなかった。

 モンスターは凶悪で、凶暴で、残忍で、だから倒さなくちゃいけない。なのに、どうして彼等は助け合っている?

 

「「……………」」

 

 アイズ程ではないがフィンもベートも似たような心境だった。フィンは両親を、ベートは一族と嘗ての仲間をモンスターに殺されているのだから……。

 

「………それでも今は飲み込んでくれ。あのヴィーヴルは、生け捕りだ。僕らは此方のモンスターに対処する」

「………………」

 

 不満そうなアイズはヴィーヴルの気配を追おうと足に力を込める。と、その時、稲光がモンスターの群を飲み込む。

 

「…………ベル」

「ベルお兄ちゃん!」

 

 稲光が飛んできた方向を見れば息を切らせたベルが居た。知り合いなのか、ベルは子供達に駆け寄る。

 

「お前等、無事か?」

「はい。でも、ウィーネちゃんが……」

「ウィーネ!? 見たのか、どこだ!?」

 

 と、女性の肩を掴むベル。焦るように叫ぶベルはしかし子供達が飛びついてきたことで落ち着く。

 

「ベル兄ちゃん、大変なの……このままじゃ、ウィーネ姉ちゃんが……」

「私達助けようとしてくれてたのに、いっぱい傷ついてたのに……」

「助けようと? 石を失っていたのに、か? それは、本当なのか?」

「うん……」

「…………そうか………すごいな、彼奴は……」

 

 子供達をそっと離し居場所を聞く。指さされた方向に走ろうとするベルにフィンが声をかけた。

 

「あのモンスターについて何か知っているようだけど、あれは……何だ?」

 

 【ロキ・ファミリア】の、冒険者の、そして彼等の活躍を一目見ようと窓から顔を出すダイダロス通りの住人の視線を浴びるベル。見られているわけでもないのに子供達が後ずさる重圧の中、ベルは口を開いた。

 

「俺の家族だ」

 

 人類を敵に回し英雄を捨てる『愚者』の言葉と共に。



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重なる背中

「───ひっ、ひひっ!? いひひひひひひひひ!! ひゃーはははは! 見たかよぉ、ヘルメスゥ!? 傑作だぁ!」

 

 目を見開き固まるヘルメスを見ながらイケロスはゲラゲラと大笑いする。

 

「そんな、なにを考えてるんだベル君……! もっと言い方があっただろう!」

 

 例えば、こっそり調教(テイム)していたとか、それは無理にでも追っていた獲物だとか。

 ウィーネという名はその際つけた呼び名と言い訳すればいい。信憑性に欠けようと、民衆が納得できればフィン達なら隠すはず。

 

「あぁん? 何言ってんだヘルメスゥ~? 当たり前だろうがよぉ」

 

 ヘラヘラと笑うイケロスは面白そうにベルと子供達を見つめる。

 

「小せぇガキが天下の【ロキ・ファミリア】の前に立って人類敵に回したんだぜ? そのガキの前でみっともねぇ姿見せたがる奴なんざいるわけねぇだろうがよぉ」

「─────」

「けど良かったなぁ、おい」

「良かっただと?」

「ひひひひ。そう怖い顔すんなよぉ………お前のことだ、どうせあのガキとバケモン殺し合わせて汚名返上させてついでに決別させる気だったんだろう? バケモンと戦いたがらねぇ彼奴の知人でも襲わせて、よぉ……ひひひ。お前、そしたら二度と地上の娯楽は楽しめなかったぜぇ」

 

 だって殺されて送還されてるもんお前、とイケロスは愉快そうに口を三日月のようにゆがめた。

 

 

 

 

──愚かだな君は──

 

 知ってる。

 他にも言い方はあったろう。誤魔化す方法ならあった。

 けど、フィンはウィーネという名を聞いてそれがヴィーヴルであると解っていた。子供達が名を呼んだのだろう。モンスターが知り合いであると言い切ったのだろう。

 それに、子供達がウィーネが紅石を取られても自分達を守ろうとしてくれたと教えてくれた。

 仮にも親が、憧れられている存在が、自分だけは嘘をつくのが正しいのなら、子供達を必死に守ったウィーネとの、子供達が【ロキ・ファミリア】を前に繋がりを隠そうともしなかったウィーネとの関係を誤魔化した日にはきっと自分は一生騙し騙しに生きていく。

 

──ウィーネを切り捨てればいい。所詮モンスターだ──

 

 論外だ。

 モンスターを殺し多くの者を安心させる。なる程確かに正しいのだろうさ。

 けどそのためにウィーネを、異端児(ゼノス)達を、人に、空に、世界に憧れる者達を切り捨てろだと?

 俺は本当は弱いんだよ、子供にも出来ないことを押しつけるな。

 大切な者を切り捨て、殺して、民衆の望むまま偉業を見せる《装置》が英雄というなら、そんなものになれなくていい。

 

──お前が奪った人生はどうなる? 救われるはずだった命はどうなる?──

 

「────ッ!」

 

 ギチリと心が軋む。

 やはりそこだけは、そう簡単に割り切れない。

 

 …………それでも、俺は………ウィーネを、異端児(ゼノス)を、ライ達を守る。

 此奴等を切り捨てて英雄と崇められたところで、受け入れられるわけがない。

 

───────────ッ

 

 ピキリと虚像の自分に亀裂が走る。

 

 許されなくて結構だ。この罪と生きる覚悟はとうに出来ている。

 

 

 

 虚像(おまえ)は要らない。

 

 

 パリンと虚像が砕け、パキンと鎖が一本切れるような音がした。

 

 

 

 

「──────ッ」

 

 思考が戻ってくる。

 何時の間に集まったのか【ロキ・ファミリア】の団員達も居た。周りから喧噪が減っている。手持ち無沙汰になり団長のフィンに指示を求めに来たのだろう。

 

「………ベル、聞き間違いかい? 『家族』と、そう言ったかな? その子達と同じように」

「同じように? そうか、お前等も……そう呼んでくれたのか」

 

 ならばこそ、撤回は出来ない。

 現状を理解できていない団員達から戸惑いの視線が飛ぶ。

 

「悪いが急いでいる」

「待って──」

 

 踵を返しウィーネを追おうとするとアイズが呼び止める。正直言って逃げきれる自信はない。話を切り上げた方が一々捕まるより早い。

 

「……何で、家族なんて言うの………あれは、モンスターだよ? ベルの家族は、私達……」

「………俺は【ロキ・ファミリア】じゃない」

「────ッ! でも、なら……約束は? 私との約束はどうなるの!?」

 

 助けてもらいたい時、助けてくれると言った。ベルにとっては何気ない会話だったのかもしれないが、アイズは嬉しかった。それを理解した上で、ベルは口を開く。

 

「悪いなアイズ。俺はお前の英雄にはなれない」

「──────」

 

──私は、お前の英雄になることは出来ないよ──

 

(───やめて)

 

 それ以上はだめだ。()()()()()()()。忘れなくなってしまう。

 アイズの幼い自分(アイズ)が耳を塞ぎ叫ぶ。しかし現実の体は動いてくれない。カタカタと震え、顔を青くするしか出来ない。

 

「俺には此奴等がいるから──」

 

──既に、お前のおかあさんがいるから──

 

「────あ」

 

 重なってしまった。

 背を向けるベル。あの時と、ミノタウロスの時と同じ。でも、違う。今度は約束してくれない、戻ってきてくれると言ってくれない……。

 

「───待、って……いか、ないで……」

 

 お願いだから、おいてかないで。

 手を伸ばすアイズに、しかしベルは既に駆けようと足に力を込めている。世界が酷くゆっくりに見える。

 また失うのか? モンスターのせいで? 欲しかったのものを、欲しかった光景を、奪われて。

 

「………い、や……だ……」

 

 そんなのイヤだ!

 

「あ、ああああっ!!」

「───!?」

 

 アイズの神速の刺突にギリギリ反応するベル。

 先程まで誰も殺気を放たなかった。誰もが困惑し、動けずにいた。そんな中突如放たれた絶叫。

 その攻撃には殺気はない。しかし、明確な敵意があった。此方にはいっさい向けられていない敵意が。

 

「そんなのやだ! そんなのだめ! 貴方は、ずっと私と居るの!」

 

 駄々っ子のように首を振り回し叫ぶアイズ。Lv.6のステイタスがベルの足を浮かせ、建物に吹き飛ばす。

 

「───が!」

「ベルお兄ちゃん!?」

 

 建物に亀裂が走り、内臓をやられたのかゴボリと血を吐くベル。すぐさま壁を蹴り背を剥がすと同時に手があった位置に銀の軌跡が描かれ切り裂かれる。

 

「───チィ!」

 

 バチリと雷を纏い身体能力を底上げして、磁力と併用して高速で動くも離せない。

 手足を狙う攻撃をギリギリでかわし、防ぎしかし徐々に追い詰められる。

 

「────【呪われろ呪われろ偽りの───」

 

──無理だよ。今の君に、それを維持する心はない──

 

「────あ?」

 

 体内で魔力が暴れる。ベルは反射的にアイズを抱き寄せた。瞬間、爆発。

 

「───っ!」

「くっ……」

 

 魔力暴発(イグニス・ファトゥス)

 界位昇華(レベル・ブースト)という規格外の魔法は当然それだけ魔力を消費する。その魔力の爆発をもろに受けたアイズはふらつき、ベルは一瞬で傷を回復させると走り出す。

 

「待って………!」

 

 アイズが駆け出そうとした瞬間、大きな影が二人を遮るように降ってきた。

 

「オオオオオオオオオオオッ!!」

「「「────!?」」」

 

 影から放たれる咆哮。ダイダロス通りの住民達が白目をむき気絶し【ロキ・ファミリア】を含めた二級冒険者達がその場に膝を突く。

 

「ミノタウロス?」

「いや、ブラックライノスの『亜種』かな………それも、『強化種』…………あの斧は」

 

 バタバタと倒れる音が響く中フィンは鋭く空から降ってきた猛牛を睨みつける。と、予想外の光景が目に映る。

 アイズがドサリと倒れた。

 

「アイズ!?」

 

 あり得ない。確かに目の前の相手は強敵だ。近くで喰らったというのもあるだろう。しかし、気絶するほど?

 フィンが驚くのも無理はない。アイズの心は予想以上に追い詰められていた。

 

「………リド」

「おいおい喋って良いのかよ?」

「もとより街で目撃者が居すぎる」

「「「────!?」」」

 

 続いての驚愕。モンスターが人の言葉を発した。

 

「………レイ、先程の言葉に間違いはないか?」

「はイ。彼等ハ、ウィーネヲ家族と呼んでくレて居ました………」

 

 バサリと金翼を広げ空から舞い降りた精霊を幻視しそうな美しいセイレーン。何時の間にか、上層、中層、下層、深層問わずに武装したモンスター達が集まっていた。

 

「ナラバ、癪ダガソノ人間達モ守ルゾ……モンスターデアル我々ヲ家族ナドト愚カナ……」

 

 ガーゴイルがふん、と鼻を鳴らす。

 

「…………何者だ、君達は」

「友人を娘と再会させたいだけの、ただの怪物だ」

 

 

 

 

 怪物と人間が相対する中、誰にも聞かれない小さな呟きが一つ。

 

「お、とうさん……一人に、しないで……」

 

 金髪の少女が力無く呟く。伸ばした手は地面を這うだけで何も掴まず、少女の瞳から涙がこぼれた。



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バケモノの涙

「オアァァァァァ!!」

「ギャ──!?」

 

 ウィーネは尾を振るいダイダロス通りから漏れ出たモンスターの頭を砕く。

 

「ひっ──」

「バ、バケモンだぁ!」

「子供が捕まってるぞ!」

 

 ウィーネの手の中にいるライは周りの言葉に顔をしかめる。

 本当だったらもっと奥に逃げているはずなのに、聞こえてきた悲鳴にウィーネが反応したからこそこんな人通りのある場所に来てしまったのに。

 

「───ウィーネ姉ちゃん………」

「…………ウゥ」

 

 理性の宿らぬ瞳で、しかし思いやりだけは感じた。

 こんなに優しいのに、モンスターと言うだけで………。

 

「………俺も同じか」

 

 バーバルに会うまでは、モンスターをただ殺す冒険者に憧れた。

 ベルが初めてウィーネを連れてきた時も、内心では何をしているんだと思った。けど、女の子なんだ。どんなに強くても、人じゃなくても、ウィーネは女の子で、ベルは父親だった。

 

「………ベル兄ちゃん」

 

 

 

 

「オオオオオ!」

「ガアッ!」

 

 インプの群が襲いかかったが咆哮だけで吹き飛ばす。トロールが棍棒を振り下ろせば翼で防ぎ、そのまま弾き飛ばす。ヘルハウンドが炎を吐けば両翼を羽ばたかせ炎を返し、耐性故に持ちこたえるヘルハウンド達を尾で押しつぶす。

 あっという間にモンスターがいなくなり、ウィーネが咆哮をあげる。

 

「ウィーネ姉ちゃん、早く離れよう。冒険者が来ちまう」

「う………」

 

 ダイダロス通りの方が騒がしく、そちらに殆ど赴いていただろうがウィーネが悲鳴に反応したように他の冒険者だって此方に向かっているはずだ。ウィーネの五感は確かに優れているがそれは上位の冒険者も同じこと。

 だから、その声はライには死に神の足音に聞こえた。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】──」

「ヴ──!?」

「【ディオ・テュルソス】!

「ギ、ガァァァ!?」

「ウィーネ姉ちゃん!?」

 

 一条の雷がウィーネの背に当たる。威力は少ないのか、あるいはライがいるから手加減されたのか致命傷には成らずともその場で倒れる。

 

「うおおお! 無事かガキィ!」

「え……わ!?」

 

 と、ライは見知らぬ男に引っ張られる。

 

「後は任せたぞ【白巫女】(マイナデス)!」

「ああ、任された……」

 

 凛とした声が響く。

 そこにた立つのは美しい黒髪のエルフ。鋭い目つきでウィーネを睨んでいた。

 

「マイ、ナデス? それって、Lv.3の……フィルヴィス・シャリア?」

「お、知ってるか坊主。そうそう、Lv.3だが魔法剣士様だ、あの怪我してるヴィーヴルなら余裕だろう」

「─────ッ!」

 

 冒険者に憧れているだけあり冒険者については詳しい。当然フィルヴィスについてもある程度知っている。実力者であることも。

 

「は、放せ!」

「お、おい暴れんな!? 混乱してるのか、いったんモンスターから離れろ………」

 

 助けたはずの少年に暴れられ、モンスターに捕まり恐慌状態になったのだと判断した男はライをモンスターが見えぬ位置に連れて行き落ち着かせようとする。たとえLv.1であろうと冒険者だ、ライの力では振り解けない。

 

「暴れんなって、モンスターなら直ぐ倒されるから」

「それじゃあ───」

「それじゃ困るんだよ、ガキの死体見せられねぇだろ?」

 

 ゴロンとライの目の前の何かが落ちて転がる。それは男の顔だった。

 

「─────!?」

「「「オオオオオオオオ!!」」」

 

 ライの絶叫はモンスターと冒険者の戦いを見守る住民達の声でかき消される。誰もがLv.3の冒険者とモンスターとの戦いに夢中な中、その大男は血走った目でライを見ていた。

 

「お、お前あのヴィーヴルに守られてたよなぁ? 俺を無視して、お前等みたいなガキを……ヒッ、ヒヒ………ヒヒヒヒャハハハ! ふっざけんなよあの蛇女ぁ! バケモンはぁ! 俺をぉ! 恐れてりゃ良いんだ、怖がって、許してくださいって震えてりゃあ! なのに、なのにあの女ぁ!」

「────ッ!」

 

 怖い。目の前の男が怖い。

 正気ではない、狂気に染まった瞳。唾を垂らしながら歪んだ笑みを浮かべる口。

 

「───あ、あぁ……たす、助けて……」

「ああん? ひ、ひひ! そうだよ、その顔………その顔だよぉ!」

「母さん………ベル兄ちゃん……」

「あぁ?」

 

 と、男は顔を歪める。

 

「ああ、またかよぉ………てえめぇもぉ、俺を無視しやがるのかよぉ!」

「───ウィーネ姉ちゃん」

 

 男は禍々しい、触れただけで呪われそうな剣を振り下ろし、鮮血が舞う。

 だがそれはライの血ではない。

 

「………姉、ちゃん……?」

「ヴゥゥ……」

 

 ウィーネがライを抱き締め、庇っていた。

 

「ヒヒャ………アーヒャヒャヒャ! マジかよぉ、ばっかじゃねぇのぉ!?」

「ギ、ア………」

 

 ライを抱き締めるウィーネの背に赤い線が走り、血が滴り落ちた。

 翼の片方が大きく焼けており、そんな状態でも自分がいたぶられているのを笑っていた住民を傷つけぬように飛び越えて、背中から放たれる魔法をも無視して。

 

「そんなにそのガキ守りたいのかよぉ? 死ぬぞぉ、死んじまうぞぉ!? ひひ、ひゃははは!」

 

 狂ったように笑いながら何度も何度も剣で突き刺す。それでもヴィーヴルはライを抱き締めたまま放さない。

 

「やめてほしけりゃよぉ、頼んで見ろよぉ! お願いします、許してくださいってよぉ! ひゃひゃひゃひゃ!」

「ウィ、ウィーネ姉ちゃん! もう良いから、離れて! 逃げて!」

「ひひ、逃げても良いんだぜぇ? まあそのガキ死ぬけどなぁ! いひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 人間が幼い子供を殺そうとして、それを必死にモンスターが守っている。その光景に、ヴィーヴルと戦っていたエルフは困惑していた。

 住民達は混乱していた。

 そして、兎は憤怒の念を覚えた。

 

「あひゃひひひ────はれ?」

 

 腕が消える。血の様に赤い瞳に睨まれ動きが止まる。その顔に蹴りが突き刺さり、男の体が吹き飛ぶ。

 

「────殺す」

 

 ゾワリと放たれる殺気にその場の誰もが硬直する。

 

「───お、とう………さん……?」

 

 その殺気も、その呟きにより霧散する。

 

「ウィーネ!待ってろ、今──【砕け散れ邪法の理】!」

 

 ウィーネの傷口から悍ましい魔力を感じたベルは即座に呪いを解く。万能薬(エリクサー)をかけると傷がどんどん癒えていく。

 

「ほら、紅石(いし)だ! ヘルガが見つけてくれたんだぞ……」

 

 ベルががらんどうになった額に紅石を嵌めると、ウィーネは瞳に理性を戻し微笑む。

 

「おとうさん………ライ」

「ウィーネ姉ちゃん!」

 

 口を開いたウィーネにベルが、ライが笑みを浮かべる。ウィーネが手を伸ばし爪で傷つけぬようにそっとベルの頬に触れ、その手が灰となって崩れる。

 チリンと鈴が鳴る。

 

「──ウィーネ!」

「ウィーネ姉ちゃん………?」

 

 尾が崩れ落ち、徐々に上半身に向かっていく。

 

「……夢を、ね………みるの………ずっとひとりで、わたしからみんな、だれかをまもるの………」

「やだ、やだよ! 何で───!」

「くそ、まさか魔石を───」

「憧れてたの………羨ましかった、まねしたかった………だから、うれしかった………家族って言ってもらえた、遊んでもらった………マリア、ライ、ルゥ、フィナ、オシアン……孤児院の皆…それにおとうさん……皆、大好き」

「おいまて! 行くな、ウィーネ!」

「待ってウィーネ姉ちゃん! 死なないで、死んだら……もう遊べないんだよ!?」

「良いもん。わたし、もうたっくさん遊んだもん───」

 

 別れを悲しむように泣き、惜しんでくれる存在に喜び笑い、消えた。

 

「「──────」」

 

 崩れ落ちた。灰の山が残る。

 モンスターが子供を庇い、人を父と呼び、人の様に喋り人の様に泣き人の様に笑い、人に悲しまれながら消えた。

 

「なんで、くそ! 俺が、もっと早く!」

「やめろよ! これは、姉ちゃんが人を助けようとした結果だ! ふざけたこと言うとぶん殴るぞ!」

 

 ベルの後悔にライが叫ぶ。どちらの目にも涙が浮かんでいる。モンスターの為に涙を流し、しかしそれを咎めようと、罵倒しようと思える者はこの場には居なかった。

 

「死なせはしないとも、絶対に………」

 

 だから誰も、黒衣の魔術師(メイジ)の詠唱を止めようとはしなかった。

 

 

 

 

「……ひ、ぐ……()でぇ、ひへぇよぉ……」

 

 グランは前歯全てと顎の前部を蹴り砕かれ血をボタボタ垂らしながら壁づたいに歩く。

 

「ひくひょぉ………あいちゅまでおれをむひひやがって………こりょすぅ、じぇったいこりょすぅ!」

「そいつは無理だろ」

「───!?」

 

 その声に振り向くと槍を携えたゴーグルの男、ディックスが立っていた。

 

()()()()()()

「ギィィ──!」

 

 その言葉の意味が分からないグランではない。奇妙な声を上げながらディックスを睨んだ。

 

「へめぇ! ふじゃけやぎゃってぇ! ちぇめぇだってたにょしんでたりょうが! ばけみょのいためちゅけて、わりゃってたりょうが! うりゃぎりやがって、こりょすぅ! ぐちこりょすぅ!」

「ああ、そうだな。俺は楽しんでたよ。人を殺して、人に殺されるつー生き方しかできねーはずの、俺と同じ決められた生き方しか出来ねー筈のモンスターが空を見たいだ人と話したいだの話してるのを見て、イライラした。勝手に共感して勝手に裏切られた気分になって、呪って痛めつけて罵倒して苦しめた」

「しにぇやぁぁぁぁ!」

「だから────」

 

 片腕の出血を押さえていた手を放し殴りかかってくるグランに、ディックスは槍を心臓に向けて突く。

 

「───俺を殺して良いのは異端児(ゼノス)だけだ」

「────あ」

 

 槍が引き抜かれ血が舞う。

 嘗ての友の死体を前に、ディックスは目を細める。

 

「………んで、俺を殺してみるか? ラーニェ」



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人と怪物の溝

「らあああ!」

「ぬお、と…! くっ!?」

 

 ティオネの攻撃を曲剣でしのぐリド。人間と異なる造形のせいで表情は解りにくいが恐らく焦っているのだろう。

 

「ッチ、蜥蜴風情が!」

「うおお!?」

 

 ティオネの双剣がバギャァァン! と大きな音を立てリドの曲剣を砕く。リドは刀身を失ったそれをティオネの顔に向かって投げつけると距離を取る。

 

「ふぃ~、クソ強ぇ………」

 

 もし18階層で魔石の食い放題がなければ瞬殺されていただろう。そういう意味では、ただでさえ強かったアステリオスがどの程度強くなったのか気になる。

 

「ぬがぁぁぁ!」

「ぬぅん!」

 

 ガレスとアステリオスの斧がぶつかり周囲の空気と共にガレスが吹っ飛ぶ。

 斧を振り抜いた状態のアステリオスにフィンが槍を振るうが角で弾き、そのまま目を見開くフィンの腹を殴りつける。

 

「───が!!」

「団長!? この牛野郎、挽き肉にしてやらぁ!」

 

 フィンが吹き飛びティオネが目の前のリザードマンを無視して最愛の団長を吹き飛ばした漆黒のミノタウロスに殴りかかる。

 怒りの丈により攻撃力を上昇させるスキル【憤化招乱】(バーサーク)により嘗て無いほど上昇した双剣による攻撃をアステリオスは戦斧の石突きで弾く。

 

「ぐっ!?」

「ラァ!」

 

 と、ティオネに替わるようにベートが蹴りかかる。炎を纏ったメタルブーツで蹴りかかると同時に黒い雷を纏った斧で防がれる。

 

「あぐ!?」

 

 黒雷が体に巻き付き全身が痺れる。そのままとどめだってさせたろうにアステリオスは蹴り飛ばしただけで追撃はしない。

 が、軒並みやられたということに咆哮(ハウル)に何とか耐えていたLv.4の準幹部達は腰が引けた。

 

「やってくれたね………」

「ぬう、頭一つ飛び抜けておるのぉ……」

 

 と、瓦礫をどけ立ち上がったフィンとガレスを見て何とかその場に踏みとどまることは出来たが……。

 

「ど、どうしましょう……」

「どうしましょうって………どうしよう……」

 

 完全に敵対する異端児(ゼノス)と【ロキ・ファミリア】に、彼等について知っていたレフィーヤとティオナはどうすればいいのかと戸惑う。彼等の事情を知る身からすれば、アステリオスの言葉とベルの行動とウィーネの現状である程度理由を察してしまった。

 彼等が以前言っていた密猟者(ハンター)にウィーネが捕まり額の宝石を取られたのだろう。そして、そいつ等はクノッソスについて知っていて利用し地上にウィーネを放った。彼等はそれを助けにきただけなのだ。

 

「リド、アステリオス!」

 

 と、さらに場を混乱させるようにベルがやってきた。その背には少年がしがみついており腕の中には元の姿に戻ったウィーネが眠っている。

 

「目的は果たした。ダンジョンに帰るぞ」

「コノ者達ハドウスル?」

「フィンは何も知らない奴らに拷問なんてしない。ダンジョンまで護衛するのはむしろ危険だ。置いていく」

「そこまで信用してくれるなら、事情を話してほしいもんだけどね」

 

 と、フィンが苦笑しながらベルを見る。殺気はないが威圧感のある笑みにベルは怯えず地面に下りライをマリアの下まで連れて行く。

 

「信用してるさ。お前は悲願のために、モンスターとの融和なんか認めないってこともな」

「君は望むのかい?」

「ああ」

 

 迷いのない言葉にフィンが目を細め異端児(ゼノス)や冒険者、ダイダロス通りの住人達が目を見開く。

 

「………ベル」

「ベル……」

 

 娘のために、友のために人類を平然と敵に回したベルを見てレフィーヤとティオナはぐっと拳を握る。

 

「しかし、目的ね………そのヴィーヴルのことかな?」

「………………」

「あ、ああそうだ! 地上に出てきたのは、仲間を取り戻したかったからなんだ。人を襲いたい訳じゃねぇ、殺したいわけでもねぇ!」

 

 事実、彼等による死者は出ていない。それどころかただのモンスターを殺していたほどだ。

 

「何よリ……私達ハ、ベルの言うヨウに、話ガしたイ。戦うのではなク、言葉ヲ交わしたイ……」

「モンスターが、何を………!」

「で、でも彼等の言うことが本当なら私達は彼等にも劣る蛮族と言うことに……」

「…………エルフ共は昔から考えすぎるな……まあ思考して立ち止まっているなら好都合だ。アステリオス、殿を任せる」

「………どこから戻る?」

「正面から堂々帰る」

 

 と、背を向けたベルに向かって矢が飛んでくる。見ずに首だけ動かしかわしたベルは振り返り矢を放ったエルフを睨む。

 

「ふざけるな、貴様……人間でありながら怪物に与するのか!?」

「恥を知れ!」

「───ッ! おいこらてめぇら、あんまベルっちを──」

「黙れ! 怪物が、人を庇うな! 人の言葉を話すな、我々を惑わすな!」

「………………」

 

 彼等もまた揺れているのだろう。人の言葉を発し、人と共に歩むモンスター達を見てモンスターは凶悪で残忍で凶暴な存在という価値観が崩された。少なくとも、子供達の心配をするガーゴイルなどお目にかかれるものではないだろうし。

 それでも彼等は認めない。認められない。人類の歴史を振り返り、怪物と言葉を交わすなど。

 

「この裏切り者が!」

「凶悪なバケモノと手を組み、何を企む!?」

「今までの功績も、全部八百長だったのか!?」

「何とかいえ!」

「どうして残忍なバケモンと仲良くしてやがる!」

 

 故にベルに向かって罵倒罵声を飛ばす。ベルとて解っていたことだ。気にした様子もない。だが、それを見ていたティオナはムッと表情を歪める。彼等を知る故に、彼等が罵倒され彼等を守ろうとするベルが咎められるのが我慢できなかった。

 

「うっ、るせぇぇぇぇぇぇ!」

「うる───へ?」

 

 しかしティオナは周りを止めることが出来なかった。先に()()()()()()()()()から。

 

「レ、レフィーヤ?」

「ちょ、ちょっとどうしたのよ……」

 

 レフィーヤの周りのエルフ達が恐る恐る訪ねるとレフィーヤはキッと周りを睨みつけた。

 

「さっきから聞いてれば何なんですか!? 蛮族だの凶悪だの残忍だの! 彼等は、理性的に話してたじゃありませんか!」

「い、いや蛮族は違──」

「相手が野蛮だと思っていたからそんな言葉出たんでしょう!?」

 

 反論の余地もない。相手が野蛮と決めつけなければその言葉を聞かないだけで自分達が蛮族になる、などと言わないだろう。

 

「貴方達エルフっていっつもそうですよね! やれドワーフは汗くさくて野蛮だ、やれ獣人は凶暴だ、やれ小人族(パルゥム)は小さく弱いだ、やれヒューマンは優れたところが何もないだの……そのくせ、自分達は誇り高い高貴だなどと………」

「いや、あの………貴方もエルフ………」

「今ここにある光景をちゃんと見てください! 子供達の心配をする怪物が居ますか? 友人とその娘を会わせるためだけに【ロキ・ファミリア】と相対しようとする怪物が居ますか!? 今、彼等が何をしているのか、モンスターだからという先入観なしでちゃんと見ろぉぉぉ!」

 

 はぁはぁ、と肩で息をするレフィーヤはそのまま唖然とする団員達の間を通り過ぎベルの隣に立つと【ロキ・ファミリア】と相対する。

 

「レフィーヤ、お前まで………」

 

 と、リヴェリアが困惑したようにレフィーヤを見つめる。

 

「ぷは、あははは!」

 

 そしてティオナが吹き出す。今度は何だと視線が集まる中ティオナはとん、と地面を蹴るとベルの眼前まで飛びクルリと振り返る。

 

「決ぃめーた! あたしもこっちにつく!」

「………ティオナ、君までも………ああ、そうか。このメンツ……君達全員知っていたのか」

「ごめーん。内緒って言われてたから」

「な!? あんたねぇ!」

 

 頭をかく妹に叫ぶティオネ。ティオナはニコニコ笑っていた。

 

「お前等……」

「ん? 何ベル、別にお礼なんて」

「馬鹿じゃねぇの! 人類敵に回すとか何やってんだ!」

「貴方に言われたくありません!」

「俺は良いんだよ!」

「何でですか!?」

「そーだそーだ!」

 

 言い争う三人にフィンははぁ、とため息を吐いた。

 

「君達の仲は良く解った。取り敢えず、おとなしく捕まってもらう──」

「断る」

「お断りします」

「ことわーる!」

 

 と、三人が拒否すると同時に巨大な金属の固まりが地下から現れる。

 

「行くぞ」

「逃がさないよ」

 

 と、フィンが槍を片手に襲いかかるがアステリオスがそれを軽々弾いた。その隙に、ベルが駆け出し異端児(ゼノス)達がついて行く。

 

 

 

 

 大通りを突き進む武装したモンスターの群。その先頭に走るのは白髪赤目の()()

 バベルに向かってかけるモンスターを止めようとする冒険者達だが巨大な武器を持ったアマゾネスと兎に吹き飛ばされる。

 

「───ベル君?」

「────」

 

 バベルに避難指示を出していたギルドの職員の一人が呟き兎と目が合う。が、直ぐに逸らされモンスターの群はバベルの地下、ダンジョンの奥に消えていった。




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神々の会話

 モンスターが現れ、さらには数十体の武装したモンスターがベル・クラネルと共にダンジョンに消えた。

 オラリオは大騒ぎである。しかし意外なことに、ベル・クラネルに対する非難の声は少ない。

 

「【イケロス・ファミリア】の密輸、そして異端児(ゼノス)の存在、か……」

 

 あの場には【ロキ・ファミリア】以外にも多くの冒険者が居り、さらには一般人まで居た。とどめに大通りでモンスターが子供を庇い一度は灰になり、生き返ったという奇跡。

 

「最後のだけは解らないけど、少なくともオラリオは、この世界は理知を備えるモンスターについて知った。()()()()()()()………」

 

 現在ダンジョンへの()()()は禁止されている。入ることではなく、出ることも。ベル・クラネル、レフィーヤ・ウィリディス、ティオナ・ヒリュテの三人がモンスターと姿を消し、人間の中にもモンスターと通じる者が他にもいるのではないかというギルドの判断だ。もちろん食料などは【ガネーシャ・ファミリア】から支給されているが。

 

「どうみる、フィン………」

「ギルドは異端児(ゼノス)について知っていた、と見るべきだろうね………出入りの管理は彼等の情報を出来るだけ制限するため……」

「んー、せやけど公表されてる内容が本当の可能性もあるで?」

「なら、神に命令を飛ばせばいい。この中にモンスターに通じる者がいないか確かめろ、ってね。零細ファミリアなんていくらでもあるんたから」

 

 ロキやフレイヤなら無視できるだけの力があるしカーリーなど自由人は罰則(ペナルティ)無視して日和見を決め込むだろうが、大半の神はギルド命令で動かせるはずだ。

 仮に異端児(ゼノス)に警戒しているなら真っ先にリヴィラの避難を行うはず。

 

「それに、リヴィラではウダイオスの亜種が現れたらしい………街の住人で撃退と言ってはいるが、彼等だけではウダイオス……ましてや神を殺すための尖兵を討つなど不可能だ」

 

 彼等はダンジョンの中を放浪する旅団。ヴィーヴルの少女もダンジョン内で攫われたのだろう。しかしあの規格外の強さを誇るアステリオスに加えベルまでいた。だからこそ神が足止めのためのモンスターを呼ぶ餌に自らなった。ロキはダンジョンで神の気配がするのを感じていたらしい。

 冒険者歴一年の少女にランクアップを促したワイバーンや、ミノタウロスに瞬殺されたとはいえ通常の個体より遙かに強力な漆黒のゴライアス。

 ウダイオスはそれと同様の存在だったのだろう。それをリヴィラの戦力だけで倒すのは不可能。

 

「だけどベルやあのモンスター達が居るなら話は変わる。タイミング的に考えると、そのウダイオスは足止めに使われたね」

「まあイケロスらしいていえばらしいわな………」

 

 そのイケロスももう居ない。

 死者こそ出なかったものの、大量のモンスターを放った責任を押しつけられたイケロスはオラリオから永久追放されたのだ。しかし事情を詳しく知りたかった【ロキ・ファミリア】が追えばイケロスは自ら神の力を解放するという禁忌を犯し天界に戻っていった。

 

──少しは自分で選んで進めよ、あのガキみてぇによぉ──

 

 ヘラヘラと最後の瞬間まで笑みを崩さず消えた神の言葉はフィンの脳裏に刻まれて離れない。

 

「けど連中それだけの情報持っとるんかいな?」

「18階層より下か上というのが解るだけでも十分な成果だよ。ダンジョンはただでさえ広いからね」

「しかし奴等はモンスターじゃろ? 下がり放題ではないか?」

「いや、彼等はモンスターにも襲われていた。その上で、全体の強さから推測するに潜れる階層は【ロキ・ファミリア】(ぼ   く    ら)とそう変わらない筈だよ」

 

 僕等が潜ったこと無いほどの深層から生まれた理知を持つモンスターがいれば話は別だけどね、と肩をすくめるフィン。

 まあその可能性は低いだろう。居るのかもしれないが、彼等の仲間としては居ないはずだ。居たならあの時地上に出さない理由がない。オラリオの冒険者達を知るベルが居るなら特に。

 

 

 

 

 

「全く、複雑になったものだ……」

 

 旅行帽を押さえながらため息を吐くヘルメス。眼前にはガネーシャとウラヌスの二柱。

 

「うむ、しかし周りに流されず異端児(ゼノス)達を裏切らなかったのは、俺はとても素晴らしい事だと思う。ガネーシャ感動!」

 

 3柱の神の横や後ろには各々の眷属と、ウラヌスは協力者であるフェルズがおり、誰もが腕を組み考え込んでいた。

 

「ヘルメスも、噂を流したようだな」

「まあ、このままではベル君の名に傷が付いてしまうからね」

 

 ベルと言う名にその場の全員が目を細め──フェルズには瞼はないが──虚空を見つめる。

 

「『人類の裏切り者』か、随分なものを押しつけてしまった」

「決めつけるなウラヌス。まだだ………まだ、確定じゃない。少なくとも人の言葉を発するモンスターの存在が公になった今なら」

 

 そう、人の言葉を発し人の子供を命に代えて守っていたモンスターの存在もあり、ベルが人類の敵と言う声はオラリオの半数程で済んでいる。

 

「機会は、今しかないのではないか? 俺は協力を惜しむ気はない」

「私もガネーシャの意見には賛成だ。この機を逃せば、異端児(ゼノス)の為に身を張ってくれたベル・クラネルに合わせる顔がない」

 

 ガネーシャの言葉に同意するシャクティ。異端児(ゼノス)を見たのは今回が初めてだが、彼等は仲間のために地上まで来た。仲間のために命を懸けた。

 

「私は異端児(ゼノス)との融和に賛成する」

「シャクティ………」

「感謝しようシャクティ・ヴァルマ……問題は、どう民衆に受け入れさせるかだ……」

「うむ……ベル・クラネルは元々地上の民。我々の都合で地下に住ませ続ける訳にはいかない」

 

 ウラヌスとフェルズの目下目標は異端児(ゼノス)達の存在を地上の民に認めさせること。そうすれば必然的にベル達も悪評が消える。いや、むしろ彼等との架け橋となった第一人者として称えられるだろう。

 

「その件は俺に任せてくれ。ベル君の名声は、必ず俺が取り戻す……いくぞ、アスフィ」

「はい……」

 

 クルリと身を翻し歩き出すヘルメス。アスフィはその後に続く。

 

「うむ! ヘルメスもやる気だな!」

「私はいまいちあの神を信用できん」

 

 ウンウンと頷くガネーシャに対しシャクティはふん、と鼻を鳴らす。

 

「私は食材を届けにリヴィラに潜る。その際、ベル・クラネルと接触してみる」

「うむ。案内は私がしよう………私もあの神に関しては君と同じく信用していない」

 

 

 

「それで、どうする気ですか?」

 

 通路を進みながらアスフィはヘルメスに尋ねる。それに対しヘルメスは笑みを浮かべる。

 

「まあ、やはりこれしかないよ………ベル君にはあまり似合ってないけど、『悲劇の英雄』なら人々も納得する」

「………異端児(ゼノス)達が、地上に住み着けない設定でも作る気ですか?」

「流石アスフィだ……」

 

 アスフィの作った数々の魔道具(マジックアイテム)の中に、モンスターを興奮状態、凶暴化させるアイテム『紅針』(クリゼア)がある。本来ならモンスターを同士討ちさせる為のアイテムだ。

 ヘルメスが考えた()()は、異端児(ゼノス)達が長期間ダンジョンから離れれば凶暴化する、というものだ。後は、彼等と友情を育んだベルが泣く泣く彼等を倒す。

 成る程確かに悲劇だ。

 

「ベル君が彼等と共にダンジョンに潜る、何てことをしなければ他の方法もあったけど、異端児(ゼノス)が周知の存在になってしまったからね………アスフィ、頼むよ」

「お断りします」

「……………へ?」

 

 ヘルメスの笑みが消え、振り返る。

 

「アスフィ……君も納得していなかったか?」

「ええ。彼等は『毒』にしかならない。私はそう判断していました」

 

 事実、【イケロス・ファミリア】の密輸を調べる過程で異端児(ゼノス)に助けを乞われた団員は混乱し、壊れかけていた。だからアスフィも『毒』と判断した。

 

「けれど、あの光景を見て彼等を切り捨てて良い存在と考えるほど、私は非情になれない」

 

 モンスターを家族と言った子供やベル、子供を命に代えて守ったヴィーヴルの少女。彼等彼女を見て、切り捨てることは出来ない。そこまで人道を捨てた覚えはない。

 

「お世話になりました。貴方が私を連れだしてくれたことは、感謝しています。ただ、私はもう貴方についていけない。殺されたくもありませんし」

「……そうかい。ま、仕方ない………体に気を付けるんだよ」

「ええ。貴方も……ベル・クラネルを心配するのは解りますが、少しは相手の心も考えてください」



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人と怪物

 地獄とはきっとこのような光景を指すのだろう。

 むせかえるような血と油、そして人の燃える死の匂い。

 響き渡る怒声と人が斬られ、貫かれ、潰れる音。

 赤く染まった死体を黒い炭に変える炎。

 無数に転がる亡骸。

 全て人が作った光景だ。

 

 

 

「う、ぐ………うぇぇぇ!」

 

 朝起きるなり、吐き出すベル。

 見慣れた光景なのに、そこに意味を見いだせなくなった途端にこれだ。

 今までの、英雄になるためという言い訳がなくなり、罪悪感に押しつぶされそうになる。

 元々の価値観は人殺しは悪という平和な世界で育った一般人なのだ。自然災害の被害にも一々責任者を求める世界生まれで、人を殺す世界に身をおいたのも前世の半生ほど。

 

「………精神安定のおかげで発狂は………いや、慣れてきてはいるだけか」

 

 少なくとも戦場の光景で吐いているわけではない。その後出てくる、彼等の家族達の罵詈雑言を浴び気分が悪くなり飛び起き吐くのだ。

 

「んみゅ………おとうさん?」

「ああ、起こしたか?」

「んー………寝る」

 

 ベルの様子に気づいたウィーネが目を擦り上体を起こしたが眠そうに欠伸をするとポテリとベッドに横たわる。

 

「……………」

「おう、起きたかベル」

「よおボールス、状況に変化は?」

「今のところねーよ」

 

 ここは18階層のリヴィラの街。そこにベルと()()()達が冒険者達と共に身を潜めていた。地上に戻れないという苛立ちは今のところ出ていない。元よりここに住んでいた住人ばかりなのだ。

 異端児(ゼノス)達に対しても一度は共闘した相手、忌避感を持つ者は多少居るが行動に移すほどではない。

 

「そもそも普通の人間がいやがるダンジョンの中に住む俺らが普通の感性の筈がねーだろ」

 

 とはボールスの言葉だ。

 

「それに話してみると面白いしな。レイたんなんか歌すっげぇうめーし………あの歌おまえが教えたんだっけ?」

「この世界にゃ著作権なんてないからな。幸い、アニソンは好きだったし………意外と、覚えているもんだ」

「うおおお! レイちゃーん、次は白金ディスコを!」

「馬鹿やろう! Purely Sky だ!」

「いや、コネクトを!」

「打上花火! ほら、ちょうどベル居るしデュエットで!」

「いや、ならmagnetよ!」

「ふふふ。エエ、こんな沢山ノ方々ノ前で歌えルなんて、幸せデす! 何曲でも歌いまスヨ!」

 

 自分の歌声を求める冒険者達にエルフにすら劣らぬ美貌を満面の笑みにして歌うレイ。

 

「ツモ!」

「あ、それロン……」

「ヌウ……札ノ引キガ………コウナッタラ、ベルニ触レテ」

「おい、それは狡だぞ。反則行為だ」

 

 グロスとラーニェはディックスとリヴィラの住人と共に麻雀をしていた。

 

「コイコイ!」

「げ! ま、待った!」

 

 リドが出された札を見て頭を抱える。

 

「………ここに押し込まれてる理由は俺らにあるから、少しでも娯楽をと思ったが………逞しいなお前ら」

「じゃなきゃ何度も再興してねーよ。その件に関しちゃ感謝だな。此奴等が資材とか持ってきてくれたし建物直すの手伝ってくれたし」

「まあ、別に利益がないわけじゃねーから良いよ。お前等が受け入れてくれたし……後モス・ヒュージの『強化種』の魔石でウィーネも強化できた」

 

 資材を集めに下に向かったら現れたモス・ヒュージは種を取ばしてきたが全てアステリオスの肌に弾かれリドの炎で焼かれ水の中に逃げれば翼を鰓代わりに使ったウィーネに追いつかれ八つ裂きにした。

 

「資材集めに行って『強化種』に出会うとかついてねーな」

「ウィーネの強化にも繋がったし、少し考え事を無視できて。むしろついてるよ」

「………そういや胸モロ出しの美女異端児(ゼノス)が居たって聞いたんだが」

 

 と、ボールスが聞くとベルはマーメイドの異端児(ゼノス)を思いだし、ため息を吐く。

 

「彼奴は疲れる。いきなり人の口に指突っ込んでくるし抱きついてくるし」

「自慢かこの野郎!」

 

 ボールスは泣いた。割と本気で。

 対してベルは何も言わずぼーっと周りを眺めていた。

 

「…………………」

「ん、どうした? 気分でもわりぃのか?」

「………いや、こういう光景を見てると、気が晴れる。少なくとも今回は間違えていなかったかもと思ってな」

「はあ? 間違わねー人間がいるかよ。居たら戦争なんか起きねーしこんな場所に街も立たねー。どころかダンジョンだってきっととっくの昔に攻略されてるに決まってる」

 

 ベルの言葉に何言ってんだ此奴、と言いたげな顔をするボールス。

 

「それは、そうなんだろうが………」

「ま、所詮ガキだな。世界を都合よく考えすぎだ」

 

 と、ボールスが去る。ベルは少し困惑したようにも見える顔をした後、振り返る。

 

「状況は?」

「神ヘスティアは現在【ロキ・ファミリア】の監視下。カサンドラもな……」

「ま、妥当か。外に出しても他の神に攫われて引っかき回されちゃ目も当てられない。団員達の反応は?」

「特に……彼等にも、思うところはあるのだろう。それに、そもそも自分達の【ファミリア】からも出たのだ。神ヘスティアを責めれば必然的に己の神もおとしめる事になる」

 

 ゆらりと現れたフェルズの言葉にそうか、と返す。

 

「フェルズ、ある奴に連絡を取れるか?」

「任されよう」

 

 

 

 

 黄昏の館の一室。そこにヘスティアとカサンドラは監禁されていた。

 監禁と言ってもご飯は三食出るしお風呂にだって入れる。どちらかというと監視が近いだろう。

 

「ど、どうしましょうヘスティア様………このままじゃ、ベルさんの首が……」

「解ってるけど、そんな夢話したら直ぐに殺そーってなっちゃうよ」

 

 カサンドラから見た夢の内容は聞いた。ベルがモンスターを引き連れ人類と敵対するという夢。それを話したら直ぐにでも倒すべきだと主張する者も出てくるだろう。

 

「ヘスティア様は、その……今回のことをどう思いますか?」

「ベル君は君の夢を聞いた上で今の状況を選んだんだろう? なら、責めないよ。人類の敵になる可能性を解った上で、ベル君が選んだ………きっとベル君にとってはそれが正しいことなんだろう。僕は彼の主神として、その思いを肯定するつもりさ」

 

 それが僕に出来る唯一のことだからね、と無力な自分を恥じるように笑う。

 

「やあ、失礼するよ?」

 

 と、そのタイミングでフィンが入ってきた。見張りの団員達に声をかけ下がらせる。

 

「なんだい団長君か……生憎僕等は何にも知らないよ。何度も言っているだろう」

「【響く十二時のお告げ】」

「………ほえ?」

 

 灰色の光膜が小さな身を包み、やがて姿が変わる。そこに居たのはリリルカ・アーデ。魔法で姿を変えていたらしい。

 

「協力感謝しようリリルカ・アーデ」

「うわっひゃい!? 今度は何だい!」

 

 誰も居ないはずの空間から声が聞こえ、黒衣の人物が現れる。その顔は剥き出しの骨だった。

 

「んにゅわ!?」

「お、おばけぇ~!」

 

 ヘスティアがギョッとしカサンドラが涙目になってヘスティアの小さな体の背に隠れようとする。

 

「驚かせてすまない。私はフェルズ………ベル・クラネルの協力者だ。今回は、彼を巻き込んですまないと思っている」

「謝るなよ。ベル君が決めたんなら、それは君の責任じゃない。謝るのは失礼ってもんだぜ?」

「…………そうか。では、要件から言おう神ヘスティア。ベルの下に来てくれないか? 安全は保障するし、ウラヌスの許可も下りている」

「ダンジョンに? うーん、ベル君の為なら良いけど、よくウラヌスが許可を出したね」

「必要と判断したからな。それに、ベルは君達を心配している。カサンドラ・イリオン、君はどうする?」

 

 ヘスティアは愛しのベルの為なら危険なダンジョンに潜ることに抵抗はないらしい。フェルズは次にカサンドラに尋ねる。

 現状、ベルはモンスター側。ついていくには勇気が居るはず。フェルズは彼女がどちらを選ぼうと責める気はない。

 

「い、いきます………私も、ベルさんの所に……!」

 

 

 

 

「ランクアップは………なしか。つか魔法のこれ、何だ?」

 

 

『Lv.5

 力:H162

 耐久:G254

 器用:G203

 敏捷:F380

 魔力:I0

耐異常:C

精神安定:S

技能習得:S

鍛冶:E

精癒:F

幸運:F

思考加速:F

狩人:F

火傷無効:G

格上特攻:I

《魔法》

【ベぁfb☆※】(■■■■■■■)

・■■■■■■■

・■■■■■■■

・■■■■■■■

【エルトール】

付与魔法(エンチャント)

・雷属性

・速攻魔法

【アンチ・カース】

・解呪魔法

・呪詛、結界魔法の破壊

・詠唱式【砕け散れ邪法の理】

《スキル》

【向上一途】(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・向上心の続く限り効果持続

・力を欲する理由を感じるほど効果向上

【反英雄】(ビースター)

・人類敵対時に於けるチャージ実行権

・人類敵対時に攻撃力の高域補正

【操作画面】(メニュー)

・自己ステイタスの閲覧可能

・討伐モンスター図鑑自動作成

・マップ表示

・索敵

・アイテム収納空間作成

【不屈の闘志】(ベルセルク)

・肉体の修復

・体力、魔力を消費する 

【精神保護】(マインドブロック)

・精神への干渉を拒絶する

・術者との実力差によって変動

・受ける、受けない選択可能   』

 

 魔法は読めなくなっておりスロットのみを圧迫している。おまけにスキルの一部も変わっている。

 

「しかし人類敵対時、か……」

 

 ベルはその文を見ると皮肉るように口元をつり上げるのだった。

 

 

 

──そうだね、きっと確実に始まる。君の好きな、思いと想いのぶつかる殺し合いが──

 

──まあ、確かに力を求めるだろうね。そこでだ、一つ賭けをしよう。負けた方は今後一切彼に干渉しない──

 

──内容? 簡単さ。君の与えるつもりである絶対勝者(英  雄)の力か、僕が渡す大して強くもなく現状を打破できるかもさっぱりな力。彼がどちらを求めるか、それだけさ──



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前を向いて

 地下に引きこもり既に一週間がたった。

 

「俄には信じがたい光景だね……」

 

 モンスターと人が酒を飲み言葉を交わす光景。神々の殆どが面白がりそうな光景ではあるが……。

 この光景が、ウラヌスが夢見てベルがある意味では実行しかけている光景。

 

「だっていうのにベル君、なーんで元気ないのかな?」

 

 朝起きる度に少しずつ元気がなくなっているように見える。

 この光景を見て少しは回復するが、徐々に徐々にマイナスに傾いている。

 

「うーん、でもなぁ……こういうのって素直に聞いて良いもんか」

「また逃げちゃうかもしれませんしね」

「で、でもやっぱり心配ですよ~」

 

 ヘスティアが唸りリリが頭を抱えカサンドラが俯く。

 しかしベルは一度、過去の一端に触れられ逃げ出した事実を持つ。下手に刺激して、ここから逃げたら今度はどこに行くか皆目見当も付かない。

 

「けどもどかしいなぁ………何とか出来ないものか」

「………………」

「………その……あ、でも………」

 

 ヘスティアの呟きにリリが黙り込み、カサンドラが思わず声を出す。しかし言い出せなかった。これは夢に見たわけではないから、確信もない。しかしこのまま手を拱いていても下手をすればそのまま夢の内容に一直線だ。

 

「レフィーヤさんなら、何とか出来るんじゃ……」

「んー……レフィーヤ君かぁ……でもなぁ……」

 

 彼女はベルと恐らく一番親しい異性だ。まあ、今回はリードされるとか、そういう事はどうでも良い。

 問題は親しいからこそより心に深い傷を負ってしまうのではないかという心配だ。

 

「ん? レフィーヤがどうしたって?」

 

 と、そこへティオナがやってくる。さっきまでレイの歌にあわせて楽しそうに踊っていたのに何時の間に。

 

「あ、その……ベルを元気づけられないかなぁ、と……」

「あ、それならさっき『ウジウジしてるベルにガツンと言ってやります!』って……」

「「「………へ?」」」

 

 

 

「………………」

 

 気が重い。

 闘志によって肉体の状態を維持する故に、己の感情の状態がそのまま肉体に反映されるという副作用もある【不屈の闘志】(ベルセルク)のせいで体調も悪い。

 

「でも相談してくれないんですね」

「───!?」

 

 ギョッと振り返るとレフィーヤがジト目で資材の上に座っていた。

 

「レフィーヤ………?」

「はい。レフィーヤですよ………」

 

 にっこりと笑い立ち上がるレフィーヤは、そのままベルの前に立つ。

 

「最近ベル元気ありませんよね? 悩み事ですか?」

「いや、そういう訳じゃ……」

「嘘ですね」

 

 即答された。たじろぐベルにレフィーヤははぁ、とため息を吐く。

 

「まあ聞きませんよ。予想は出来ますけど、どうせ答えないでしょうし……」

 

 と、拗ねたように言ったレフィーヤ。そのままベルの両頬を掴む。

 

「ベル、今何が見えますか?」

「レフィー………ヤ?」

「はい。今、目の前にいるのは私です」

 

 瞳にベルを映すレフィーヤは笑みを浮かべ頷く。

 

「ベル、私はあなたを救うなんて出来ません。救えるなんて、軽々しく口に出来ません。してはいけないでしょうね………」

 

 そう言うとベルから手を離しくるりと翻り、首だけを回しベルと目を合わせる。

 

「ですが今だけは無責任に、無神経に、無遠慮にこう言います。今は忘れてください」

「な………」

「そうでなければ、助けようとした異端児(ゼノス)達を助けられませんよ? 」

「…………」

「今は前を見てください。過去を振り返ろうと、無かったことにならない……けど未来は今しか作れません。だから、今は彼等を助ける事に集中してください」

 

 首を前に戻し歩き出すレフィーヤ。ある程度歩くと振り返り手を伸ばす。

 

「彼らを救おうとした貴方には、彼等を救う義務がある。だからそっちに集中しましょう……過去を振り返ってしまいそうになるなら、前を向いて歩けないなら、私が手を引いてあげます。だから今は前を見ましょう?」

「……………」

 

 ベルは躊躇い、手を伸ばす。届かないので歩く。レフィーヤの居る前に向かって。

 

「……♪」

 

 レフィーヤがニコリと笑い、手を引いて歩き出した。

 

 

 

「ぐぬぬ……なんだいなんだい! あの雰囲気は」

「むう~」

「いいなぁ」

「おー、ベル元気出たみたい」

 

 木陰からこっそり見ていたヘスティアとリリがぐぬぬと呻き、カサンドラが羨ましそうに見つめティオナが笑みを浮かべる。

 

「何暢気なことを言ってるんだいティオナ君! このままじゃベル君が取られちゃうよ!」

「あたしはベルが元気ならそれで良いしー。それにほら、物語の英雄だって沢山お嫁さんいるじゃん?」

「それとこれとは話が別だよ! だいたい、ベル君が僕の眷属である以上、そんなふしだらな事は認めないぞぉ!」

「えー? でもさぁ、ベルの事好きな子沢山居るし、フられるのは悲しくない?」

「何でフられる前提なんだよ………」

「それは……だって、私じゃベルに寄り添えても、支え方が解らないもん」

 

 と、ティオナは寂しそうに答えた。

 

 

 

 

「おう、なんかすっきりした顔してんな」

「モス・ヒュージやウダイオスの時と同じだよ。取り敢えず、目の前のことだけに集中することにした」

 

 ボールスの言葉にベルがそう返す。

 改めて現状を確認する。ちょうどここには情報を伝えにきたフェルズと、物資を運びにきたシャクティも居る。

 

「フェルズ、シャクティ、外の様子は? 各【ファミリア】としての様子じゃなく、一般人達の異端児(ゼノス)に対する反応だ」

「うむ。賛否両論と言ったところか……ウィーネの目撃者は少ないからな」

「しかし事実だ。故に、半々……」

「なら決めるのは今しかないな。どのみち、時間が経ち過ぎればギルドに不満がたまるし共存派の数も減るだろうからな」

 

 一度はモンスターを信用したとしても、それはきっと一時的なものだ。早い段階で手を打たなければ共存を望んで………いや、受け入れている者も減るだろう。

 

「そうなると問題は【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】か………」

「フレイヤは……まあ俺が頼めば何とかなるだろう。【ロキ・ファミリア】も、ほぼほぼ大丈夫だ」

「………何?」

 

 その意外な言葉にフェルズが首を傾げシャクティも動揺する。

 

「むしろ問題は一般人の反対派………けど、これも一つだけ手がある。まあこっちは賭けと言っても良いが、怪物祭(モンスターフィリア)を楽しむオラリオの住人なら大丈夫だろう」

「その手とは?」

「あるだろ? たとえ無名の冒険者でもそれ一つで一躍人気者になれるゲームが」

 

 その言葉に最初に気づいたのはシャクティだった。冒険者として、大手として経験がある。自身の名が広まるのに一躍買っている神々の娯楽。

 

『戦争遊戯』(ウォーゲーム)………か?」

「ああ」

「しかし、受けるか、彼奴が」

「受けないだろうな。少なくとも賛成派と反対派の力が拮抗している今は無利益でモンスターを受け入れるなんてフィン・ディムナは、【勇者】(ブレイバー)は出来ない」

 

 その辺はきっちり理解している。

 

「では前提条件が叶わないではないか」

 

 と、現実性のある話をしろと言いたげに睨んでくるシャクティ。ベルはその視線に気にせず机の上に赤い液体が入った瓶を置く。

 

「言ったろ? 無利益なら、だ………利益ならある。俺達しか持たない財産、異端児(ゼノス)がな」

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の拠点(ホーム)に手紙が届いた。

 

「……………」

 

 手紙の内容に目を通し、フィンは目を細める。

 

「フィン、それはベルからか? レフィーヤやティオナ達も、大丈夫なのか?」

「その辺に関しては書かれてない。ただ、日程と集合場所だけが書かれてる。交渉でもする気かな」

「乗るのか?」

「現状じゃ乗れない。()()()()()()()()()()()()()()ね。僕には(ディムナ)にはそれが出来ない………けど、それが解った上での手紙だろう。恐らく、あるんだ……オラリオの民を納得させるだけの利益が」

 

 

 

 

「フレイヤ様、手紙の内容は?」

「デートの誘いよ」

 

 オッタルの言葉にフレイヤは頬を染めはぁ、と熱い吐息をはく。

 

「なぁんて、ようするに交渉するから顔だけ出して邪魔をするな、という内容よ。何をするつもりなのかしらね?」

「交渉?」

「ロキ達と……いいえ、オラリオと言った方がいいかしら。楽しみね、あの子は、どんな時代を私に魅せてくれるのかしら?」




あれ、ヒロインってベルだっけ?


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勇者と怪物の交渉

 アイズは部屋に引きこもっていた。ベルとの決別。父と完全にその背が重なり、しかしモンスターを引き連れ去っていたあの光景はアイズの中にあった古傷を抉るのには十分すぎた。アイズの中の幼い少女(アイズ)もあれ以来ずっと泣いている。

 

「アイズた~ん、入るで~?」

「………出てって」

 

 アイズはギロリと入ってきたロキを睨む。ロキは怖い怖いとケラケラ笑いしかし気にせずベッドの近くの椅子に座る。

 

「うんうん。ちゃんとご飯は食べてるようで何よりやで」

 

 机に置かれた空の食器を見る限り、食事はちゃんととっているらしい。トイレにも行っているだろう。ただ、風呂にも入らず寝てもいないのか髪はボサボサで目の下には隈が出来ている。

 

「ほれ、これ飲みぃ」

「………いらない」

 

 ロキが渡してきたのは少し色合いが異なるポーションだった。が、アイズは膝を抱えたまま視線だけ向けるも直ぐにそらす。

 

「良いから飲むんや。主神命令」

「………………」

 

 仕方なく飲む。やはり他のポーションと少し味が異なる。

 

「………?」

 

 と、不意に視界がぼやける。景色が流されていく。

 トサ、と音を立てベッドの上で横になるアイズは、そのままスウスウ寝息をたてロキはふぅ、とため息を吐いた。

 

 

 

「アイズは寝たか?」

「寝た寝た。今回の件、知られると暴走しそうやしなぁ~」

 

 部屋を出ると心配そうなリヴェリアがロキに尋ねる。

 

「ところで、何を飲ませた?」

「本人の願望を夢として見せてくれるミアハんとこのユメミールや。ウチはミニスカ猫耳メイドのアイズたんが出てきた」

「………色々言いたいことはあるが、成る程……良い夢、か。少しは癒しになってくれるといいんだがな」

「心配性やな~母親(ママ)は」

「今日はもう一人、悩みの種の子供と話すことになるわけだしな」

 

 リヴェリアはそう言うと窓の外の空を眺めた。地上の民の気持ちなど知ったことではないというような快晴だった。

 

 

 

 フィンは槍を担ぎ先頭を歩く。それに続くのは団員達。ベートは暴走しそうだからという理由で留守番だ。一応何が行われるかは話しておいた。

 向かった先はギルド。普段なら冒険者で溢れかえるはずのこの場もダンジョンに出入りが出来ない今静かなものだ。いや、理由はそれだけではない。人払いされているのだ。

 

「………いくよ」

 

 扉をくぐり抜けるとホールの一部が円卓を囲むように開けられていた。円卓には三つの席。うち一つにはベルが座っておりその背後にはヘスティアにリリ、レフィーヤとティオナ、そして漆黒のミノタウロスと黒衣のローブ……その顔はなんと白骨だった。

 

「………………」

「─────っ」

 

 リヴェリアがレフィーヤを見つめると、レフィーヤは後ずさりそうになりながらも踏みとどまり見つめ返した。

 

「やっほー」

「───ッ」

 

 ティオナが何時も通り手を振ればティオネは苦しげに顔を逸らした。

 

「三つ、か………後一つは……ガネーシャ辺りかな?」

 

 フィンが席に座りその背後に幹部と順幹部、ロキが立つ。

 席に座ったフィンは空席を見て尋ねる。ベルが質問に答えようと口を開こうとした時、視線を入り口に向ける。

 

「───ッ!」

「あら、ごめんなさい遅れてしまったかしら?」

 

 耳を通り脳に刻みつけられるような甘い声が響き、老若男女問わず誘惑されてしまいそうな美貌を持つ女神がそこに現れた。フィンでさえ、自ら定めた使命を忘れそうになる美しさ。ティオネもそんな愛しの団長の反応に気づけず見惚れる程の……。そんな様子に女神はクスリと笑った。

 

「フレイヤ、誘惑したいなら後でやれ」

「あら、誤解よ。私は何もしてないわ? それに、するならベルだけよ」

 

 クスクス笑い従者のオッタルが引いた椅子に座る。パチンと指を鳴らすとオッタルの他に連れてきていた女性の団員達が席にお茶菓子を置く。

 

「最近お気に入りの茶葉なの。気に入ってくれると嬉しいわ」

「主催者は俺なんだがな……ああ、砂糖をもらえるか?」

「………」

「ありがとう」

「───ッ!」

 

 無言で砂糖を用意する女性にベルが笑みを向けると顔を赤くして慌てて去る。

 

「あまりうちの子を誘惑しないでほしいのだけど」

「遅刻されたあげく主導権握られそうになった仕返しだ。別にその女に関して思うところはない」

 

 と、フレイヤに髪を撫でられベルの時以上に顔を真っ赤にして幸せそうな表情を浮かべる女性を見て返す。

 

「それで、そろそろ話を始めたいんだが大丈夫かフィン」

「え……あ、あぁ……」

 

 内心しまったと舌打ちしそうになるフィン。話の主導権を完全に二人のどちらかに取られる。取り敢えずはフレイヤを見ないようにしなくては。

 

「ところで、フレイヤ様も呼んだのは何でかな?」

 

 もし彼女がベルの願いを叶えるのなら、たった一言神々に言えばそれですむ。だがこうして交渉の場に連れてきたのには何か理由があるはずだ。

 

「フレイヤにはあくまで中立の立場になってもらうためだ。だから、話し合いには口を挟むぐらいならしてくるかもしれねーが発言権はないと思ってくれて構わない」

「私もそれで構わないわ」

 

 ふふ、と笑い紅茶を飲むフレイヤ。ベルは紅茶に角砂糖を二つほど落とす。

 

「話し合い、ね……予想はしていたけど、こんな大それた事をするんだ。僕等だけ、ではないんだろう?」

「まあな。ウラヌス……」

 

 追加で角砂糖を二つ入れたベルが呟く。

 

【──許可する】

 

 

 

 

「にゃ……? にゃー!? シ、シル、母ちゃん、リュー、皆! 外くるにゃ!」

 

 店先の掃除をしていたアーニャが真っ先に気づき空を見上げ叫ぶ。その様子にただ事ではないと判断したのか他の面々も外に出て空に浮かぶ巨大な『鏡』とそこに映ったベル達の姿を確認して目見開く。

 

 

 

 

「都市全てが証人の上での交渉か。まあ、予想は付いているけどね」

異端児(ゼノス)達の居住区の設立と安全の確保」

 

 フィンの言葉にあっさり応えるベル。フレイヤが楽しそうに笑う。

 

「……本気で、そんな要求が通ると思っているのかい?」

「これだけなら通らないだろうな。もちろん見返りも用意した」

 

 ポチャンと角砂糖を紅茶に落とし、水音を立てるベル。指を鳴らすとミノタウロスと黒衣の骸骨が机に幾つかの箱を置く。中身は羽や爪、牙に抜け殻、糸などだ。

 

「モンスターのドロップアイテム。『セイレーンの翼』に『ハーピィの爪』、『グリーンドラゴンの牙』、『ラミアの抜け殻』に『アラクネの糸』だ」

「─────」

 

 高級なドロップアイテムが交じったそれに、フィンは目を細める。

 

「んで、これが『マーメイドの生き血』……」

「───!?」

 

 平然と置かれた10本の小瓶。全て赤い血で満たされている。

 

「………マーメイドまで、居たのか」

「留守番だけどな」

「………本物か確かめても?」

「どうぞ」

 

 フィンは自分の腕を深く切ってから、その血を飲む。傷があっという間に塞がった。

 

「これが異端児(ゼノス)側から人間に与える利益だ……」

「………確かに……特に『マーメイドの生き血』に関してはとんでもない利益だね」

「だろうな」

 

 思案にふけようとすると再びポチャンと水音。解ってやっているのだろう。が、『マーメイドの生き血』はともかく、他はまだ予想できた。故に……

 

「それだけじゃ、安全の保障しかできない」

 

 折れるわけには行かない。

 反対派も今ので揺れるだろう。それでもまだ多くいる。故に折れない。()()()()()()

 

「……………」

 

 人工の英雄。それがフィンだ。

 ある意味では少し前までのベルと同じ。いや、効率良くやれていたから少し違うが、それでも崇められるため、同族達の目標になるために己を殺して生きてきた。

 だから、ヴィーヴルを家族と言った子供達やベルを見て揺らいだ。あの光景こそ、ミノタウロスとの戦いで魅せた雄姿よりなお尊いものだと、眩しいものだと思ってしまった。

 

(これで良いのか?)

 

 いや、こうでなくてはならない。名声の代わりに民衆の望む形を演じるしかないフィンは、渋らなくてはならない。妥協点を見つけなくてはならない。

 

「……俺は、異端児(ゼノス)達と空を見たい」

「……………」

「春になれば花を見に、夜になれば星を眺め、酒を飲み美味い飯を食い笑い合いたい。だから、その妥協は受け入れられない」

「なら、どうする?」

「参加自由の『戦争遊戯』(ウォーゲーム)……」

「……………参加自由?」

「そう。モンスターを受け入れられないって奴らは其方に、受け入れるって奴等は此方につく。そうしないと、今回は事が事だ。納得しない者も現れるだろうしな」

「…………だろうね」

 

 恐らくガネーシャは向こう側。他にも、幾つか其方につきそうだ。恐らく嘗て無いほどの規模の『戦争遊戯』(ウォーゲーム)になるだろう。

 

「ただ、【フレイヤ・ファミリア】には中立の立場でいてほしい」

「あら、のけ者なんて悲しいわ」

「だってお前、味方の場合俺が頼んだからこっちにつくんだろ? そっちに付いたとしても裏切りそうだし」

 

 遠回しに、あるいは直球にお前は俺に惚れてるから言うこと素直にきくだろ? と問いかけるベルにフレイヤはクスクス笑う。

 

「良いわ。その間、うちがダンジョンを見張っていてあげる。ただ、一つだけお願いを聞いてくれないかしら?」

「お願い?」

「オッタルを参加させてほしいの。この子の久し振りの我が儘なのよ」

「……………」

 

 その言葉に、オッタルへ視線が集中する。オッタルはその視線を気にせず、アステリオスを見つめる。

 

「………再戦を。あの戦いにはまだ、勝者がいない」

「望むところだ」

 

 オッタルの言葉にアステリオスが歯を見せ笑う。ベルは肩をすくめた。

 

「許可する。開催は……そうだな、三日後だ。見ている連中も、それまでに決めてくれ。それと、その間に冒険者同士の戦いが双方の主神の同意なく行われればそいつ等は『戦争遊戯』(ウォーゲーム)終了までギルドの牢に入ってもらう」

「………勧誘は?」

「もちろん、ありだ」

 

 ベルは紅茶入り砂糖を飲み、立ち上がりギルドから出て行った。



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近づく決戦

 三日の猶予。それにより、オラリオの住民は荒れていた。

 参加しようとする者、しない者。どちらに参加するかで揉める者。ただ、前提条件として騒ぎを起こせないので殴り合いまでには発展しないが。

 

「待機でいいんですか?」

「フレイヤ様に見張られてるからねぇ……ベル君を擁護する噂を流すくらいしか出来ないし。いや、そもそもベル君があんな大胆な行動に出た時点で俺に出来る事なんてたかが知れてる」

 

 異端児(ゼノス)達の利益を提示し、共に地上で暮らしたいと断言したベル。もし異端児(ゼノス)に暴走なんて設定を付けて、ベルが手を下したとしてももはや悲劇の英雄にはなれない。

 

「さて、自由参加となったがどうなることやら………」

 

 

 

 カンカンと鉄を打つ音が響く。

 鉄を打つヴェルフは汗を拭い、赤く燃える鉄を水に浸す。

 

「………ふぅ」

「終わったか?」

「うお!?」

 

 一息つくと不意に声がかけられる。慌てて振り向けばそこには腕を組んだオッタルが居た。

 

「剣が出来たと報告を受けたのでな。取りに来たのだが、取り込み中だったようなので待たせてもらった」

「ああ。悪いな、呼んだのはこっちなのに………剣は、ほれ、そこだ……」

 

 と、壁に立てかけてあった布に巻かれた剣を指さす。オッタルが布を取り払うと巨大な黒剣が現れた。

 

「お望み通り過重と雷の魔法入りだ」

「………悪くない」

 

 剣を持っただけで善し悪しが分かるのか、満足そうに頷くオッタル。

 

「結局、椿にも手伝ってらった。銘は『牛魔王』か『牛若丸・雷式』……」

「後者で頼む」

「そうか?」

「………それで、呼び出しておいて仕事とは、考え事か?」

「………悪かったよ。でもま、そうだな……鉄を打ってると、それだけに集中出来る」

 

 ヴェルフはそういって壁に立て掛けられた剣や防具を見る。悩んでいるのは、後二日後に迫った『戦争遊戯』(ウォーゲーム)についてだ。

 

「ベルは、きっと正しいんだろうよ。友と喜びを分かち合いたいってのは、誰だって持ってる思いだ。それがたまたまモンスターだっただけ」

 

 そう、モンスターなのだ、ベルが庇おうとしているのは。

 

「……あんたは、あのミノタウロスと決着をつけたいって理由で参加してたよな? モンスターだから、じゃなくて、決着をつけたいから」

「自分の判断を他人に委ねるな」

 

 ヴェルフが何を言いたいのか察したのか、オッタルはあっさり一言だけ言い放つ。

 

「……そっか、そうだな………ようするに、俺がどうしたいかだ!」

 

 

 

 

「ヘファイストス様! と、椿も居たのか………」

 

 ヴェルフがヘファイストスの部屋に赴くと先客に団長の椿が居た。が、寧ろ都合が良い。

 

「どうしたヴェル吉?」

「何か用かしら?」

「ヘファイストス様、俺に異端児(ゼノス)側として戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加する許可をください」

異端児(ゼノス)側として?」

 

 と、真意を問うヘファイストス。

 

「馬鹿なことを言ってるのは解ってます。けど、俺はベルの為に戦いたい……」

「良いわよ」

「………へ?」

 

 ヘファイストスの言葉にヴェルフは唖然とする。そんなヴェルフを可笑しそうにクスクスと笑うヘファイストス。椿もニヤリと笑う。

 

「そうかそうか! お主も其方を選んだか!」

「いて! お前、レベル差考えろ!」

 

 Lv.5の椿にバシバシ叩かれ顔をしかめるLv.2のヴェルフ。が、気になる発言があった。

 

「お主も? お前もか?」

「うむ。そもそも鍛冶師として貴重なドロップアイテムが手に入るというなら、言葉が通じる以上彼等を拒む理由がないからな」

 

 鍛冶師として、確かにドロップアイテムが定期的に手に入るのはありがたいが、それだけではない気がする。

 

「それに、人間以外に鎧を作るのは初めてだ。奴等め体に合わぬ防具ばかり着よって、手前達が各々の体にあった鎧を作ってやるわ」

「………達?」

「もちろんお主もやるだろう?」

「ああ、まあ………」

 

 

 

 

「……………」

「リュー、ボーッとしすぎニャー」

「あ、ごめんなさい………」

 

 アーニャの言葉にリューがハッとする。

 昨日からずっとこの様子だ。原因は聞くまでもなく昨日の一件だろう。

 

「………モンスターは、人類の敵。そんなの常識でしょ?」

 

 と、ルノアが呆れたように返す。が、直ぐに目を細め虚空を見つめる。

 

「けどま、喋ってる時点で常識なんて関係ない、か………」

 

 言葉を発し心を持つモンスター。知能が高い、だけでは片付かない。何せ、多少知能が高くともモンスターは人を襲う。現に武器の使い方を知っているリザードマンも居るのだ。

 しかし、ベルが引き連れた異端児(ゼノス)は違う。直接話した訳ではないが、彼等に心があるのは何となく解る。

 

「モンスターは敵と、切り捨てるのは簡単です。ですが、心を持つ彼等を切り捨てるのには正義があるのでしょうか?」

「さあ? それを他人に尋ねるのは違うんじゃない? でも、迷うって事はあれがただのモンスターじゃないから、味方してあげたいって思ってるんでしょ?」

「………ええ、ベルさんは、きっと間違っていないんでしょうね……」

 

 と、目を瞑り、そして意を決したように目を開く。

 

「ミア母さん、休暇を頂けないでしょうか」

「………はぁ、あんたもかい」

 

 リューの言葉にミアは呆れたようにため息を吐き肩をすくめ、リューは『あんた()』?と首を傾げる。

 

「おかげでその日はあたしを含めた四人だけだよ。全く、【フレイヤ・ファミリア】にも参加資格があったら接客が一人になるところだった」

 

 ミアとアーニャは半脱退状態とはいえフレイヤの眷属。故に今回の戦いには出れないのだろう。シルはそもそも戦闘向きではない。が、それはつまり……

 

「あ、もちろん参加するよ? ベル側で」

「ニャーも同じく!」

 

 ふふん、と悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑うルノア、元気良く手を挙げるクロエ。

 リューは暫し呆然として、しかし柔らかく微笑んだ。

 

「感謝します、ルノア、クロエ」

 

 

 

 

「皆に聞いてもらいたいことがある」

 

 と、真剣な面持ちでガネーシャが己の眷属達を見据える。

 背後に立つ団長のシャクティは無言で立っていた。

 内容は、きっと『戦争遊戯』(ウォーゲーム)の事だろう。

 

「俺は前々から異端児(ゼノス)の存在を知っていた。どころか、支援しようとしていた。【怪物祭】(モンスター・フィリア)もその一環だ」

 

 だが、放たれた言葉は予想外の言葉。誰もが目を見開く中、ガネーシャは誤魔化すことなく全てを告げる。

 

「辞めたいというなら、抜けてくれてかまわない。ステイタスも封印しない。だが、残ってくれるというなら力を貸してくれ。彼等を助けたいと思いながらも、思っていただけで……人類全てを敵に回そうとも彼等を家族と言った幼い子供やベル・クラネル達にも劣る俺に力を貸してくれ!」

 

 シン、と静まりかえる。頭を下げたガネーシャはゆっくりと顔を上げた。

 

「下らんことを聞くな、ガネーシャ……」

「シャクティ?」

 

 と、呆れたようにシャクティが呟く。

 

「元より我らはガネーシャの眷属。その神意に従う。そうだろう?」

「「「「おおおおおおお!!!」」」

 

 シャクティの言葉に団員達は笑顔で叫んだ。

 

 

 

 

 少しずつ、各所の方針が定まっていく。

 

「そうか、少し意外だな、まさか全員残るとは………」

「ああ、上手くすれば、またフィンの拳が……」

「………なあ、やっぱりアマゾネスって………」

「あたしは違うから。それに、だったら向こうにも流れてたはずだよ」

 

 

「それで、君は迷わないのかい?」

「はい。私は、見てしまいました。子を守ろうとするヴィーヴルを………私は、彼女を傷つけた。彼女と少年の絆を見ようともせず…………だから、これは私に出来る償いのつもりです」

「後悔はしないか?」

「いざとなれば、彼等と同じように地下にでも住みますよ。幸い、向こうには友も二人います」

 

 

「あまり、無理してほしくはないのだが……」

「でも、ベルは良い子だって言うのは知ってますし……」

「うむ。主神同士が知り合い、というだけで、手伝ってくれたな………しかし、モンスターはお前にとって」

「彼等ならきっと襲ってこない。だから、むしろリハビリの相手にちょうど良いと思います。私も、またダンジョンに潜れるようになりたいので……」

「そうか、ならば止めはしない……しかし、ベルは良い子、か……お前にもとうとう春が……痛!? 何故蹴る!?」

 

 

 それはモンスターを擁護すれば、否定する声も挙がる。単純に、モンスターを率いて巷で魔王などと呼ばれ始めた少年の為に腰を上げる者も居る。

 そして、そんな彼等と対峙する面々の中核である【ロキ・ファミリア】では………。

 

「アイズは、まだ起きないのか?」

「ん。ミアハには、夢に依存しすぎる可能性もあるが、最終的には目覚めるって言われたんやけどなぁ」

 

 元より依存性が高いものなど、健康面に害が無かろうとあのミアハやミアハの眷属であるナァーザが売るはずがない。

 

「それほど、夢にのめり込んでいるのか………」

「うーん。結局夢やし、起こすか?」

 

 と、ベッドで眠る金色の少女に目を向けた時、計ったかのようなタイミングでアイズが金色の瞳を開く。

 

「アイズたんおは………よ──?」

「アイズ、体は平気か?………アイズ?」

 

 早速声をかけた二人は違和感に気づく。何時もの様に無表情なのに、黒い何かを感じる。長年の付き合いのうち薄れていったはずの黒い炎を感じる。

 

「………ロキ、ステイタスを更新してほしい」

「え? あ、あぁ……」

 

 躊躇いもなく服を脱ぎ、背中を晒す。その背に触れ、ステイタスを更新するロキ。

 

「…………あ?」

 

 それを見て、固まった。

 

『Lv.6

 力:H161

 耐久:G204

 器用:H194

 俊敏:F307

 魔力:H188

 狩人:G

 耐異常:G

 剣士:H

 精癒:I

《魔法》

【エアリアル】

付与魔法(エンチャント)

・風属性

・詠唱式【目覚めよ】(テンペスト)

《スキル》

【復讐姫】(アヴェンジャー)

任意発動(アクティブトリガー)

・怪物種に対し攻撃力高域強化

・竜種に対し攻撃力超域強化

・憎悪の丈により効果向上   』

 

 ここまでは良い。いや、ステイタスの上がり幅が少し高いがベルと比べれば些細なもの。問題は……

 

【砕けた幻想】(ロストエデン)

常時発動(パッシブトリガー)

階位昇華(レベルブースト)

・ベル・クラネル対峙時全アビリティ高域強化

・想いの丈により効果向上

・ベル・クラネルが死ぬまで効果継続

【嫉妬の龍】(レヴィアタン)

・敵対時に置ける相手のステイタス一時簒奪   』

 

 新しく目覚めた二つのスキル。片方には見覚えがある……。

 だが、【砕けた幻想】(ロストエデン)? こんなスキル聞いたことがないし、何より特定の個人を名指しするスキルなど初めてだ。しかも効果継続条件を見る限りこれは……

 とりあえずこのスキルは隠してステイタスを見せる。

 

「……………」

「お、おいどこに行く!?」

 

 と、固まっているとアイズが立ち上がり部屋から出ていこうとする。

 

「ベルの所……」

「………アイズ、今のお前を、外に出すのは──」

 

 と、そこまで言い掛けてアイズの殺気に当てられる。

 

「邪魔しないで………私は、ベルの所にいくの……邪魔するなら、誰であろうと殺す」

「…………」

 

 本物の殺気。本気の殺意。気圧されそうになる圧迫感に後ずさるリヴェリア。ロキがうっすらと目を開く。

 

「後二日待ちぃやアイズたん」

「何で?」

「二日後に『戦争遊戯』(ウォーゲーム)が開かれる。それまで、待機や。断るんやったらステイタスを封印する……」

「…………待機は、やだ。ダンジョンには潜らないけど、鍛えたい」

「………まあ、それだけならええけど」




アイズが見た夢は次回


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夢の中で

 幼いアイズは母の膝の上で英雄の物語を聞く。

 この物語は大好きだ。この物語も、の方が正しいだろう。

 母から読み聞かされる英雄達の物語が何より好きだった。

 愉快な仲間達の会話に笑い、強敵が出ればハラハラし、悲しい物語では泣き、ハッピーエンドで感動する。

 そんな感情豊かで表情豊かな少女。

 

「いつつ……加減しろクソオヤジ」

「加減されて強くなれるのか?」

「……………」

「あ、お父さん!」

 

 と、そこへ父がやってきた。隣にはアイズより幼い白髪赤目の少年。

 短い木剣を片手に不機嫌そうな顔をしている。

 

「ベルも、お疲れ様」

「……………」

 

 アイズの言葉に少年──ベルはふん、と顔を逸らす。負けたのが悔しいのだろう。大人に負けるのは当たり前だが、彼はこれまで多くの所謂悪い大人達と喧嘩して勝っている。それだけでも凄いと思うが満足できないらしい。

 

「もう、拗ねないでよベル」

 

 子供らしい反応にアイズがクスクス笑うとふん、と鼻を鳴らし顔を戻す。アイズは母の膝により深く腰掛けるとベルを手招きする。

 

「おいで、一緒に読んでもらおう?」

「ああ……」

 

 母の膝の上に座るアイズ、そのアイズに抱き締められたベル。両親は微笑ましいモノを見たというように笑い、父が母が背を預けていた木によりかかる。

 

「ふふ。じゃあ、ベル君も来たことだし最初からね?」

 

 母がページを戻し、物語が再び語られる。

 

「この物語は好き?」

「あなたは?」

 

 問いかけるアイズに母は微笑み頷く。

 

「私も、あの人のおかげで幸せだから」

 

 屈託な笑顔を浮かべる母に、アイズは羨望を覚える。その視線に気づいたのか母は笑い頭を撫でる。

 

「あなたも素敵な相手(ひと)に出会えるといいね」

「……………?」

 

 何故だろうか、その言葉に、胸を抉るような痛みを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 場面が変わる。

 そこは薄暗い洞窟の中、少年は追いかけてくる異形の影から逃げる。

 怪物(モンスター)の、ゴブリン。いかに小さなモンスターであろうと人間が、ましてや子供がこの群に遭遇したらただではすまない。

 追い詰められ、へたりこみ涙目になるアイズ。と、涙で歪んだ視界に白い影が揺らめくのが見えた。瞬間、ゴブリンの首が飛ぶ。

 

「帰るぞ………」

「あ………」

 

 差し出されるのは自分より一回り小さな手。その手を取り立ち上がると、今度は大きな影が現れる。

 ベルは直ぐ振り返り剣を構える。

 が、その影は真っ二つに切り裂かれる。そこには銀色の長剣を持った父が居た。

 

「二人とも、大丈夫か?」

「………師匠」

「良く逃げなかったな、ベル」

 

 と、頭を撫でる父にベルは頬を赤くして顔を逸らした。

 

「良くアイズを守ってくれた」

 

 そう、守ってくれた。二人とも、助けてくれた。そんな二人の姿が物語の英雄達に重なる。と、父が膝を曲げアイズと視線を合わせる。

 

「私は、お前の英雄になることは出来ないよ」

 

 既に、お前のおかあさんがいるから、と彼は続け、隣に立つベルをチラリと見る。

 

「ベルは? ベルは私の英雄になってくれる?」

 

 と、アイズは顔を赤くして両手を後ろに回し、もじもじと照れながら幼馴染みに尋ねる。

 

「………俺は───悪いなアイズ。俺はお前の英雄にはなれない」

 

 

 

 

「…………へ」

 

 気が付くとアイズは元の姿に戻っていた。目の前にはひっくひっくと嗚咽をあげる幼い少女(アイズ)

 別に、ユメミールを使わせたロキにも作ったナァーザや売ったミアハに悪気があるわけではない。ただ、使用者が夢に飲まれないため現実を思い出させるだけ。それが最悪のタイミングで起こってしまった。

 運がない、ただそれだけ。

 

「ひっく………ベル、ベルぅ………」

「………どうして、泣いてるの?」

 

 少女に問いかけるアイズ。少女は泣きはらし赤くなった目をアイズに向ける。

 

「ベルが、行っちゃった………モンスターの所に、私を置いて………行っちゃった…………行っちゃったよぉ……」

「………………」

 

 ああ、そうだ。思い出した。

 ベルは自分の幼馴染なんかじゃない……自分ももう子供じゃない。ベルは、オラリオで出会ったのだ。

 そして、モンスターを家族と呼び、モンスターを庇っていた子供達とモンスターが居るから、アイズの英雄にはなれないと去っていった。

 

「何で、何で……? 助けてくれるって言ったのに……」

「………ベル、にも……何か理由が……」

「理由があったら、怪物を助けて良いの? 全部、彼奴等のせいなのに!」

「─────!」

 

 少女の言葉に、アイズは思い出す。

 好きだった居場所は壊れた!

 好きだった日々は砕け散った!

 愛していたあの人達は、奪われた!

 直ぐに母が!

 次に父が!

 ここはアイズの夢の中。現実と違い、その光景は簡単に変わる。

 思い出す度に思い出したくない光景が映し出される。

 

「モンスターは殺さなきゃ……」

「わか、ってる……そんな事、言われなくても………」

「じゃあ、どうしてこんな所に居るの?」

「それ、は………」

 

 だって、ここなら幸福を感じていられるから。ずっと、此処にいたいと思っていたから。 

 

「忘れるの? ベルがモンスターを庇ったことを………」

「……………」

「大っ嫌い………大嫌い……ベルなんて、大嫌い……」

「ち、違う……私は、ベルの事……嫌ってなんかない……ちゃんと、話せば……きっと……」

「ベルに庇われた子達も、モンスターも、一緒に行ったレフィーヤもティオナも………大嫌い」

「レフィーヤ、達も? モンスターだけじゃなくて………?」

「………子供だね、私」

 

 クスリと目の前でアイズが笑う。何時の間にか、年齢が逆転していた。

 ああ、正しくアイズは子供だろう。幼い頃、全てを失い、その時からきっとアイズの心は止まっていた。憎しみという炎に囚われ、少しずつ周りに感化されても、それは嘗ての優しく純粋な少女に戻ってきていただけ。

 子供なのだ、アイズは……。

 だからアイズはベルに依存した。してしまった。

 甘えられるから、縋れるから。

 ベートと違って強くあり続けようとする事を望まない。

 リヴェリア達と違って成長を願わない。

 ティオナやティオネと違って同格として見ない。

 レフィーヤやほかの団員と違って上に見ない。

 好きなだけ甘えられた。助けてと、縋れた。

 でも、ベルは行ってしまった。モンスターを助けるために【ロキ・ファミリア】に背を向けて……。

 少女(アイズ)は知らない。その感情を。目の前のアイズはきっとそれだ。

 

「教えて、貴方は………何なの? どうして、皆嫌いなの」

「嫌い? 嫌い………大嫌い。皆大嫌い……憎い、殺したい………死んじゃえ」

「どうしてそんな事を言うの……」

 

 少女(アイズ)には解らない。目の前の感情が何を条件に『皆』を嫌っているのか……。

 

「ベルも嫌い……大嫌い。置いてった、捨てた…………」

「違う、そんなんじゃ………」

「弱い私。認めたくないんだね…………まだ縋りたいの? 助けてもらえると思ってるの? 違うよ、そんな事ある訳ない。ベルはモンスターを選んだ……人間よりも、あっちを選んだ……大嫌い……大嫌い大嫌い……大嫌い!」

「────ッ!」

 

 ビクッと肩を竦める。

 

「ベルは………でも、ならどうするの……」

「連れ戻す。それが無理なら、その時は───どうしよう………?」

「ベルに、変なことしないで!」

 

 幼い体で必死に叫ぶ。その細い首に、白魚のような指が這う。

 アイズが普段浮かべる、人形の様な無表情に見つめられる。

 

「馬鹿な私。今更ベルを守ろうとしても、助けようとしても……無駄なのに……ベルは私を助けてくれなかったのに」

「違う、そんなんじゃ……だって、ベルは人間だから、仲間だから……守らなきゃ」

「嘘吐きな私。本当は違う……ベルにそばにいて欲しいだけ。捨てられたくないだけ………復讐も忘れて、ベルとずっと一緒に……」

「ち、ちが──」

弱い私(あなた)は要らない」

 

 ピキリと、罅が入るような音が聞こえる。

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 ベルは不意に顔を上げる。

 何か途轍もなく嫌な予感がした。その正体は、生憎解らない。

 

「お父さん?」

 

 と、髪を洗われていたウィーネが顔を上げる。

 

「ああ、いや………何でもない」

「………レフィーヤには相談するの?」

「何でそこでレフィーヤが………ああ」

 

 と、そこで納得する。

 彼女も頼られたいんだろう。でもベルを一番支えているのは、頼りにされているのは誰か心の何処かで知っていた。

 自分の特別な存在から向けられたい感情を他人に向けられ、不快に感じる。

 その感情が何か、ベルは知っている。

 

「嫉妬してるのか。安心しろ、お前は俺の大切な娘だ……」

「えへへ~」

 

 頭を撫でられ目を細めるウィーネ。機嫌が直ったようだ。そんな娘の様子にベルは微笑む。

 ある少女が、彼に向けて欲しい笑みを。




因みにこれは『ナニカ』がアイズに干渉したわけではなく、ユメミールとアイズの感情が最悪なタイミングで合わさった結果です


すまない、これから暫くFGOに潜る。本当にすまない


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開戦

おかしい。FGO合間合間に少し書く気が、指が止まらない………!!(戦慄)


 カナカナカナと鳴く蝉の声。

 世界を橙色に染める沈みゆく太陽。チリンと鳴る風鈴の音が心地良い。

 

「■■、スイカを切ったぞ」

「はーい」

 

 奥から現れるのは色が薄れてきた金髪に、空のように青い瞳をした老人。老人だというのに筋肉質なその体は老いを感じさせない。

 

「なあ爺ちゃん」

「ん?」

「クォーターって、アメリカに住まなきゃいけないのか?」

「ああ、また喧嘩したんだってな。それが理由か? 良いか■■、気にするな。むしろアメリカのネズミーワールドにいけないなんてかわいそうな奴だ、とでも言ってやれ」

 

 と、自分譲りの娘から僅かに受け継いだくすんだ金髪を撫でる祖父に、少年は目を細めた。

 

「爺ちゃんは何で日本に永住してまで婆ちゃんと結婚したんだ? 爺ちゃん、戦争時代のアメリカ兵だろ?」

 

 シャクシャクスイカを食いながら尋ねてくる孫に、祖父は隣に座りスイカをガブリと食らいつく。

 

「婆さんはな、ワシの英雄なんじゃ」

「英雄? 爺ちゃんの? 婆ちゃんただの村娘だったんだろ?」

 

 まさかあの優しい祖母が生涯現役を貫きそうな祖父すら追い詰められた出来事をひっくり返したのだろうか? 確かに猪が現れても慌てないような人だったが。

 

「お前にも何時か解る日が来る。つまり教えん。自分で考えろ」

「ジジィ………あー、じゃあ俺の名前の由来。爺ちゃんがつけたんだろ?」

「うむ。それぐらいならば良いだろう」

 

 実を言うとこの二文字の名前、あまり好きではない。女みたいだし

 

 

 

 

 

 祖父の畑仕事を手伝う少年。

 子供の身には鍬を振り下ろすのも土に突き刺すのも逆に抜くのも一苦労。だがおかげで体力と筋力がつく。

 

「終わったぞ爺ちゃん。早く英雄の伝説。そして修行だ」

「うむ。しかしベルよ、ワシこの後デートの約束しちゃったからまた今度……」

「玉を潰すぞ」

「むう……」

「拗ねるな気持ち悪い………はぁ、解ったよ。俺はその辺の森で鍛えている」

「うむ。危なくなったら儂が直ぐに飛んでいこう」

 

 と、グシャグシャ乱暴に()()()を撫でてくる。

 女好きだが何処か憎めないこの祖父は、前の祖父を思い出す。だからだろうか? 二つほど気になる事を聞いた………

 

「なあ爺ちゃん、英雄って何だ? 爺ちゃんは、俺にそれになって欲しいんだよな」

「うむ。だが教えん……」

「……………」

「ふはは。拗ねるなベル。これはそもそも、知ってしまえば、そうなろうとすればそれは最早英雄とは言えんのでな。英雄とは目指した時点である意味ではなれない。が、真に英雄とは何か知らずとも無意識にこなせるならそれは英雄だ」

「?」

「まあ強さは必要だ。だから、鍛えてやるわけだしな」

 

 それは確かに助かっているが定期的に女を連れ込むのはやめて欲しい。何で複数の女を連れて一度も刺されないんだろうかこの老人は。

 

「ワシは神造……もとい人工の英雄には興味ない。お前なら、きっと本当の英雄になれる………」

「俺が、英雄の条件をこなせるって事か?」

「まあ、世界が認める英雄とは違うかもしれんがな。というか、英雄なんて主観で変わる。お前はお前の英雄のあり方を見つけるが良い」

 

 そう言ってニカッと笑う祖父。そして真面目な顔になる。

 

「ベルよ、ワシには何故お前がそこまで強くなろうとしているのか解らんが、それが追い詰められているからだというのはわかる。だが、ワシはお前を救えない。救えるとは言えない………だがな、お前が助けを求めるなら別だ。助け方は分からん、知らないくせに何を勝手にと言おうと構わん。だが、一度でも助けてと口にしたら嫌がられようと嫌われようとストーカー扱いされようと、お前を助けてやる……」

「………もう一つ聞きたいんだけど、俺の名前の由来って、何?」

「うむ。それはな」

 

 この名前の由来は、ずっと気になっていた。それが原作で決まっていたとしても、だってこの名前は───

 

 

 

「────ベル、べ~ル……起きてください」

「……………」

「………爺ちゃん……?」

「誰がお爺さんですか。せめてお婆さんにしてください………」

 

 もぅ、と拗ねたように頬を膨らませるレフィーヤ。

 ガタガタと揺れる床、布に包まれた天井と壁。外の景色は流れていく。

 

「…………ああ、夢か」

 

 此処は馬車の中。今は戦争遊戯(ウォーゲーム)の会場に向かって移動中なのだ。

 向かっている先はオラリオから馬車でほぼ一日かかる距離にある国の跡地。フェルズの皮肉か、()()()()()()()()()()国だ。

 

 

 

 

「さて、まずは此方についてくれてありがとうと言うべきか」

 

 国の半分がベル達の陣地。その端でベルが集まった冒険者達に頭を下げる。

 

「皆、本当にありがとよ!」

「ま、モンスター達には助けられたからな」

「それにレイちゃんやフィアちゃん、ラーニャ様達可愛いしな」

「お義父さん! ウィーネたんを俺にくれー!」

「私は、贖罪だ……」

「手前は面白そうだからだ」

 

 と、リドの言葉に様々な反応を返す冒険者達。それに対し、代表たるベルは固まる。

 

「もう、何してるんですかベル。少しは喜んで笑うぐらいしてあげましょうよ」

「あ、ああ………改めて、ここまで集まってくれるのは意外すぎてな。ありがとう」

 

 と、レフィーヤの言葉にぎこちない笑みを浮かべるベル。

 

「今回のルールは決戦。分かり易い戦争のルール……大将を討ち取った方の勝ちだ」

 

 異端児(ゼノス)側のリーダーは当然ベル。が、向こうはそれを知らないしベルも向こう側の大将を知らない。

 

「で、作戦は何だベル?」

 

 と、ボールスが尋ねてくる。その言葉に他の冒険者達もベルの言葉を待つ。

 

「俺から言えることは二つだ。一つ、誰も殺すな。殺せば、世界はやはりモンスターは危険だと判断する」

「ヤリニクイナ………」

「仕方ないだろう、地上に繁栄しているのは人間側だ」

 

 グロスの言葉にラーニャが呟く。

 

「まあ、俺なんかは昔地下に住んでたけどな」

「お前はただの馬鹿だ。ベルと同じ、な……」

 

 ヘラヘラと笑うディックスにラーニャは視線を合わせずふん、と鼻を鳴らす。

 

「二つ目。誰も死ぬな……」

「………え、それだけ? もっとこう、作戦とか………」

「俺は元傭兵。戦争の経験はあるが、基本的に軍師の命令を聞いてるだけだ。先の読み合いでフィンに勝てる訳ないだろ」

 

 それは単なる事実。下手な作戦で先を読まれるより、各々が好き勝手に動いていた方がフィンも読み難いだろう。

 

「誰も死なせない、誰も死なない。以上、これだけ………後は、やりたいようにやる」

 

 

 

 

 

「って、考えてるだろうね向こうは」

 

 フィンの発言に各反対派【ファミリア】のリーダーや、【ファミリア】の方針を無視して此方に付いたチームのリーダー達が首を傾げる。

 

「ならどうするんですか?」

「残念ながら、此方も似たような作戦を取らざるを得ない。数百人の動き全てを読むなんて不可能だからね……ある程度の数では纏まっているけど、全てではないだろうし……」

 

 そこが厄介なところだ。フィールドが狭ければ、ベルもある程度指示はしただろうが今回は滅んだ後とは言え国の首都がフィールド。好き勝手動き回れる。

 

「ただ、アイズは此処で見張りをしていてくれ」

「何で?」

「君の速度なら、この位置にいればある程度の場所に直ぐ移動できるからね。同様の理由でベートもここだ」

「ああ」

「私は───」

「攻めたい、というなら無しだ。今回のゲームに参加させない」

「……………」

 

 と、フィンの言葉にアイズが剣を抜く。ティオネがすぐさま反応し双剣を構えた。

 

「取り消して」

「アイズ……! てめぇ、今すぐその剣しまいやがれ!」

「フィンが取り消してくれたら……」

 

 睨みつけてくるティオネに物怖じせずアイズは淡々と返す。その目には、ベルの所にいかせなければ斬る、という意志が見てとれる。

 

「落ち着け」

 

 が、そんな彼女達もその言葉で否応なしに固まる。

 発言者は腕を組んでいたオッタル。組まれていた手は何時の間にか解かれ背負った二つの大剣の内一つの柄に手を伸ばしていた。

 

「ここで揉めるなら、俺は開始と同時にリタイアする」

「……………」

 

 此方のリーダーはオッタル。そのオッタルが開始と同時にリタイアすれば問答無用で負けだ。

 オッタルはある異端児(ゼノス)と決着をつけられればそれで良いので、ゲームに拘る理由はない。向こうも乗り気なのだから。

 が、ベルは違う。恐らく異端児(ゼノス)達の永住権を得た後殺されそうになれば確実に逃げる。

 

「それか、ここで殺す……」

「「「────ッ!!」」」

 

 怒りに燃えていたティオネも自分では制御しきれない感情に飲まれていたアイズもオッタルの殺気にゾワリと悪寒を感じ飛び退く。何名かは気絶し、何名かは武器に手をかけていたが実行に移せた者はいない。

 

「…………わか、った………」

 

 アイズが渋々納得した。

 

 

 

 

「なんか、意外ですね。ベートさんが見張りなんて」

 

 所定の位置に移動したベートについてきたリーネが声をかけた。ベートはふん、と鼻を鳴らした。

 

「あの馬鹿をアイズに会わせるわけにはいかねーからな。アイズより先に戦って、手足折ってでも止めるためだ」

「………ベル君の事、怒ってないんですか?」

「…………確かに俺はモンスターが大っ嫌いだ。憎んでる……俺の部族も家族も、恋人だって殺された………けど、あのガキどもはモンスターを守ろうと俺等に吼えた……」

 

 手を出すなと、家族だからと吼えてみせた子供達を思い出し目を細める。

 

「あのミノタウロスが現れた時によ、俺は安心したんだ。やっぱりモンスターは倒すべきだ、俺は間違っちゃいねーってよ……まあ、蓋を開けてみれば喋るわ人間のガキを守ろうとするわベルと彼奴の娘とやらを会わせる時間稼ぎするわで訳わかんねーが……」

 

 解ることは彼等も吼え、そして今はベルも吼え、その咆哮に感化された者達が集った。

 

「吼えるだけの雑魚なんざ否定されて終わりだ。が、『守る者』の咆哮だけは否定しちゃならねー」

 

 それは嘗て仲間想いで勇敢だった獣民(かぞく)を否定することになるから。

 もし彼等が子を庇わなければ、言葉を発さなければ、ベルや子供達が守ると吼えなければ、ベルとベートがそこまで親しくなかったら、そんなもしもが揃っていれば、きっと苛立ち憎むだけだったろう。

 けど、見てしまった。聞いてしまった。

 

「俺は彼奴等を殺したいとは思わねーよ。闇派閥(イヴィルス)共より百倍マシだ」

 

 人を殺し、世を混乱させようとする()()より()()()()()がましだと言い切るベートは、しかし苛立ったように頭を掻く。

 

「だが知ってるだけの彼奴等より、俺はベルの方が大事だ。彼奴が勝とうと足掻いてアイズに殺されるぐれーなら、彼奴に恨まれようと俺は彼奴の夢見る世界を殺す」

「………不器用ですね」

「………はん」

 

 リーネの言葉にベートは再び鼻を鳴らした。



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小人族

今回の主要キャラ

【共存派】
リリルカ・アーデ
レナ・タリー
アイシャ・ベルガ

【反対派】
カヌゥ・ベルウェイ
ゲド・ライッシュ
カヌゥの取り巻き
小人族達


『あー、あー! えー、みなさん、おはようございます。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)実況を務めさせていただきます何時もニコニコあなたの後ろに這い寄る後輩ミィシャ・フロットです。解説は同じくギルド所属、叱られたい人続出中、エイナ・チュールです。では一言』

『え、何その紹介文………あ、えっと……が、頑張ります!』

 

 

 

「………静かだねえ」

 

 ミアは何時にまして大人しい客達を見ながら呟く。

 

「皆、気になってるんでしょうね。この戦いを……」

「にゃー。参加したかったにゃー」

 

 二人だけ残った店番のシルとアーニャも注文がたまにしか飛んでこないので暇していた。

 

「せっかくだからゼノス? さんたちがどんなご飯喜ぶか考えましょう」

「勝つ前提かい……」

 

 と、シルの言葉に肩を竦めるミア。アーニャはんー、と顎に手を当てる。

 

「取り敢えずシルの料理は犬も食わないってのは解るにゃ」

 

 

 

「………兄ちゃん、姉ちゃん」

 

 『マリア』の孤児院の子供達は空に映された巨大な鏡を見つめる。いよいよ始まるのだ。彼等の家族が地上に住めるかという大勝負が。

 

「……ライ」

「ん……」

 

 と、不意にマリアが話しかけてきた。そして、ニッコリと微笑む。

 

「全部終わったら、ウィーネちゃん達を本格的に案内しよっか」

「…………うん」

 

 

「………行くぞ」

 

 鐘が鳴る。開始の合図だ。両陣営が即座に飛び出す。

 陣地に残り、大将を装うように部下に守られる者、考えなしに突撃する者。せめて遊撃ぐらいはしようと走り回る者など、宣言通りやりたいようにやる一同。

 リリは機動力と力とスキルが気に入られたのかアイシャやレナ達とともに行動していた。

 

「………止まってください。敵です………数は……」

 

 と、犬耳を地面に当て目閉じる。重い足音が少し、軽い足音が複数。女性か、子供……或いは小人族(パルゥム)。それから、重い物を引きずる音。

 

「10………18程ですかね?」

「おおー、リリちゃんやるねー」

「便利な魔法だよねそれ。私等みたいにアマゾネスに化けたら力が上がったりするのかい?」

 

 レナとアイシャが感心するも直ぐに武器を構えるあたり、流石冒険者と言ったところだろう。

 

「統率は?」

「なってませんね。駆け足の者も居ますし……即席のチームかと」

「なら、低Lv.の冒険者達が集まったのかね………レナ、構えな。あんたもね」

「ほーい」

「はい」

 

 曲刀を構えるレナとハルバードを構えるリリ。

 相手は索敵などしていなかったのか構えていたリリ達を見て驚愕に目を見開き、しかしリリを見て先頭の男達はニヤリと笑う。

 

「よぉ~、久し振りだなぁ、アーデェ?」

「………カヌゥさん……」

「元気そうじゃねーかくそチビ」

「……………………ゲド様」

 

 現れたのは嘗ての【ファミリア】所属のカヌゥ・ベルウェイとその取り巻き、そして元雇い主にして標的だったゲド・ライッシュ。

 その後ろには大きな武器を背負った小人族(パルゥム)達。リリを睨んできている。

 心当たりがないわけではない。リリはフィンと違い、人に恵まれた結果有名になれた。尊敬する者にも負けないほど快く思わない者も居る。

 

「ちょうどてめぇーをぶち殺したくって参加したんだよ俺達は」

「てめーのせいで俺は借金生活だよ糞が!」

「はぁ………ですがゲド様が先に契約違反を起こしたわけですし、カヌゥさん達はそもそもベル様の物を盗もうとするから今までの盗みがバレたのでは? リリの正当性はギルドが認めましたし、リリが先に契約違反した相手にはきちんと謝罪金を払いましたよ?」

 

 と、リリが返すとブチィとカヌゥ達がキレる。

 

「おいてめぇ等、やっちまえ!」

「「「───!!」」」

 

 カヌゥの叫びに小人族(パルゥム)達が一斉に重量鈍器を振り下ろしてくる。

 Lv.が高いように見えないが、リリと同じく力補正か一定重量に対して反映される補正スキルを持っているのだろう。

 が───

 

「ほいっと」

「はん」

「………」

 

 所詮カヌゥ達如きでも揃えてやれる安物。Lv.3のレナやアイシャ、補正スキル持ちのリリの力と上等な武器にあっさり砕かれる。

 

「………は?」

「や、そんな顔をされても……どうせリリと同じスキルだからって理由で集めたサポーターでしょ? リリ、これでも此処数ヶ月冒険者としてダンジョン中層に潜っていたんですけど……」

「まあ傍目から見てもそいつ等が戦闘慣れしてないのは解るねぇ」

「え? う、うん! もちろん解ってたよ!」

 

 と、そんな三人の反応にカヌゥ達が震え、砕けた武器を見て呆然としている小人族(パルゥム)達を蹴りつけた。

 

「この役立たずが! 高い金払わせてなんだこのていたらくは!」

「ご、ごめ………ごめんなさい!」

「これだからてめぇらチビは!」

 

 それは間接的にリリに対する暴言も含めているのだろう。

 

「くだらないですね」

「………あ?」

「あなた達はもちろん、其方のサポーター達も……」

 

 と、リリは小人族(パルゥム)達を睨み──()()()

 

「確かにリリは冒険者を嫌ってました。嫌悪してました、憎んでいました、妬んでいました………けど、自分の不幸を誰かのせいにしてそこから逃げ出すのは無理だなんて諦めたことはありません」

 

 一歩違えば彼等の姿こそ、リリがなっていたかもしれない姿だ。だが、リリはああなると知る前から、そこから逃げようと努力した。それが人を騙し金を盗む行為であろうと、現状から抜け出ることを諦めはしなかった。

 

「自分で諦めたくせに他人に押しつけないでください。少なくとも()は、誰もが諦めるような馬鹿げた目的を実行しようとする大馬鹿についていった女ですよ? そのリリの前でそんな事するなんて、すっごく腹が立ちます」

 

 ほんの一瞬、何時もの幼げな顔から凛々しさすら感じさせる表情になり、忌々しげに睨んでくる小人族(パルゥム)達を前に堂々と言い切るリリ。彼らは圧倒されたように怯む。

 

「チッ、くそチビが、偉そうにほざいてんじゃねー!」

 

 と、ゲドが切りかかる。リリはハルバードの槍の部分を地面に突き刺しポールダンスのように棒の周りを回りながら剣を避けて遠心力を加えた蹴りを放つ。

 顎の骨が砕け吹き飛ぶゲド。唖然と固まるカヌゥ達にリリは地面から引き抜いたハルバードを肩に担ぎながら一歩近づく。

 

「ああ、そういえばリリ、カヌゥさん達のお世話になりましたね。何でしたっけ、耐久を上げるお手伝い? 僭越ながらその時のお礼をしてあげます」

「ひぃ!?」

 

 と、腰を抜かすカヌゥにリリは小人族(パルゥム)達をみる。

 

「それで、あなた達はどうします?」

「………へ?」

「これは経験則ですけど。逃げることを諦めないのと強くなるのを諦めないのは別です……そして、強くなるのを諦めるのは簡単で、再びなろうとするには半端な覚悟じゃ足りない………今、リリを妬んでますよね? なら、それを行動に示さなくて良いんですか?」

「……………」

 

 カヌゥに蹴られていた小人族(パルゥム)の少年が立ち上がり、リリの正面に立つ。

 

「お、おお良いぞサポーター! その生意気なガキをぶっ殺せ! 料金はサービスしてやるか──おごぇ!?」

 

 喉を蹴られ咳き込むカヌゥ。少年はそのままリリを睨みつけた。

 

「……ふざけんな、フィン・ディムナと言い……お前と言い、何なんだ! 頑張れば報われるとか、小人族(パルゥム)でも強くなれるとか、証明するんじゃねーよ! 俺等の()()をさらけ出すな!」

「なら、どうします?」

「ぶっ飛ばしてやる!」

 

 と、突っ込んでくる少年にリリは笑う。

 

「そうですよ。そうやって、殻を破ってください……()()()()()………少なくともあのオヤジもリリも、その条件を越えてみましたよ!」

 

 

 

「ふぅん……残念だねぇ、あんたがアマゾネスに生まれてりゃさぞ強い戦士になったろうに」

「リリちゃんお疲れー」

「そこまで疲れてません。それとアイシャさん、リリは別に弱い理由を生まれた種族のせいにしません。このまま強くなってやります」

 

 その場の小人族(パルゥム)達をたった一人でのしたリリにアイシャが賞賛する。逃げたり不意うちしようとしていたカヌゥとその取り巻き達はアイシャとレナがぶっ飛ばした。

 

「さて、じゃあ進もうか! うへへ、ベート・ローガから良いの貰えるかなぁ」

「………アイシャさん、レナさんって………」

「ああ、重度の変態さ………」

 

 と、先に進もうとした時突然目の前の建物がぶっ壊れる。建物を破壊した砲弾はそのまま三人の真横を通り抜け地面を抉る。

 

「……ぐ、う………やはり、重い……」

「アルガナ!?」

 

 と、アイシャは新しい団長であるアルガナが砲弾の正体と知り驚愕する。時折フィン・ディムナに殴り飛ばされたことを思い出し身をくねらせるレナの同類(重度の変態)とはいえその実力は折り紙付き。それが、こんなに早い段階で………

 

「流石に、同Lv.となると手こずったね……」

「………な」

 

 と、リリが目を見開く。よりによって、こんな早く接触するか。

 

「あれ、君は………リリか………こんな所で、こんな早く会うなんてね。運命を感じてしまうよ」

「………フィン……ディムナ」

「良ければ降伏してくれるかな? あまり同胞は傷つけたくないんだ」

 

 と、笑うフィンにリリは目を細める。

 

「お断りします」

「そうか、残念だよ」

「────!?」

 

 次の瞬間俊敏補正のあるリリすらギリギリ反応出来るというレベルの拳が放たれる。ハルバードで受けるもビリビリと腕が痺れる。

 

「へぇ、思ったより速いね………手加減しすぎたか」

 

 手加減。そう、手加減したのだ。向こうは……。

 その言葉に嘘偽りがないことを察したリリの表情が歪む。

 

「この!」

「【来れ、蛮勇の覇者】!」

 

 レナが飛び出しアイシャは詠唱を開始する。フィンはレナの曲刀を槍の先端であっさり弾き返すと無防備な腹を槍で殴りつける。

 

「──!?【雄々しき戦士よ、たくましき豪傑よ、欲深き非道の英傑よ】」

 

 歌いながら踊るように『平行詠唱』を行うアイシャにフィンの視線が向けられる。が、詠唱を続ける。

 

「【女帝(おう)帝帯(おび)が欲しくば証明せよ。我が身を満たし我が身を貫き、我が身を殺し証明せよ】!」

「アイシャさん!」

 

 眼前に迫る槍。少しでも早く詠唱を完成させようとするも間に合わない、そう思った瞬間フィンの槍がはじかれる。

 

「フィン、お前の血を味わわせろ!」

「ッ!」

 

 アルガナの猛攻。フィンの血を味わおうと剣を振るい、頬に走った傷に向かって舌を伸ばす。が、彼女の【呪詛】(カース)を知るフィンは全力で反撃した。顔を逸らした勢いそのままに回転し放たれた回し蹴りがアルガナの肩を砕き蹴り飛ばす。

 

「【飢える我が()はヒッポリュテー】!!」

 

 が、同時に詠唱が完成した。

 

「【ヘル・カイオス】!!」

「───!!」

 

 放たれた紅色の斬撃波。地面を砕きながら進むそれは、たとえ魔術師でなくとも長文詠唱の魔法に相応しい、自分よりも格上の相手を下す事も出来る威力だった。

 だが、Lv.3の格上はLv.4でしかない。

 

「ふっ!」

「───な」

 

 槍の一薙ぎで霧散する己の魔法を見て驚愕するアイシャ。その腹にフィンが靴裏を突き刺し吹っ飛ばす。残るはリリだけ。

 

「くっ!?」

「やはり速いね。でも、精々Lv.3上位か4下位に届くか程度だ」

 

 と、リリに追いつき槍を振るう。リリも咄嗟にハルバードを振るうがやはり弾かれる。

 

「念のためもう一度聞くけど、降伏してくれるかな? 君に勝ち目はないよ。経験が足りない、ステイタスも足りない。何よりLv.が足りない」

 

 と、降伏を促すフィンにリリはニヤリと笑う。

 

「?」

「Lv.が上がればいいんですね?」

「何を───?」

「どんな冒険者も魔法を覚えていれば、基本それが切り札って事ですよ」

「───【大きくなれ】」

 

 何処からともなく聞こえる詠唱。声が反響し、声の主の姿も見えない。だが、確かに詠唱が紡がれていた。




指が、指が勝手に頭の中のストーリーを文にしろと動いてしまう………!


感想が、欲しいです……!


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勇者の憧憬

 フィンは今回のゲームにおいて指揮を捨てた。

 向こうの動きが読めないなら、如何にフィンといえども最適解を出せるとは思えなかったからだ。

 向こうの大将は伏せられているが予想はつく。ベルだ。

 バレれば一番狙われる役柄を、巻き込んでしまったと考えているであろうベルが他者に押し付けるはずがない。

 厄介なのは町の外に逃げられることだ。何せ、あくまで陣地を指定されたが町から出るなというルールは明記されていない。というか漆黒のミノタウロスがベルのランクアップの糧となったあのミノタウロスなら町というフィールドは狭すぎる。

 ゲームにおいて公平のギルドであろうと異端児(ゼノス)という存在を知っていた以上その辺りも考慮した上でフィールドを選んでいるならフィールド制限なんて作らないはずだ。

 

「………と」

 

 気配を感じて立ち止まる。現れたのは数人のアマゾネス。

 ティオネを連想させる目をしていた。

 

「……やあアルガナ、久し振りだね。君達が敵に回ってしまって残念だよ」

「はぅ!?」

 

 何やら頬を紅潮させて悶え始めた。うん、ティオネとそっくりだ。

 

「けど、加減をする気はないよ。というか、加減なんかして負けたら色々失いそうだしね……」

 

 そう言って槍を構える。同時に、アマゾネス達が殺到した。

 

 

 

 

『おおっと、【勇者】(ブレイバー)との突然の遭遇で【 麗 傑 】(アンティアネイラ)達が瞬殺されリリルカ・アーデも絶体絶命かと思いきや、光ったぞー!?』

『ミィシャ、解説が抽象的すぎるよ………けど、傍目から見ても動きが速くなっているのが解るわね………強化系のスキルかしら?』

 

 流される解説に、『豊饒の女主人』で酒を片手に観戦していたアスフィは目を細める。

 

「単なる罪滅ぼしのつもりでしたが………まさか自ら危険地帯に飛び込むなんて……いえ、そういえば彼女も冒険者でしたか」

 

 リリを包んだ光には見覚えがある。自分の元主神が間接的に殺しかけ、ベル・クラネルの英雄譚に付け加えようとしていたヒロインの一人、春姫の魔法。

 彼女の一時的にランクアップさせるという強力無比な魔法は狙われる可能性が高く、下手をすれば命を失い良くて廃人になっていたかもしれない彼女へ謝罪としていざという時のためにハデスヘッドを渡していたのだ。

 それも音を反響させ気配を感じさせてしまうことのない改良型の。

 

「………ベル・クラネルを英雄にする、でしたか………」

 

 来るべき災厄、その時人類を纏める象徴が欲しい。それがヘルメスの悲願だ。彼と世界各地を回って、アスフィも()()の一端に触れた。

 

「けど、導く必要なんて、きっとない………少なくとも、あなたの目に狂いはないのだから」

 

 

 

 

 

(───重くなった? いや、それだけじゃないね)

 

 フィンに振り下ろすハルバードの速度が上がり、フィンの攻撃を受けた際に吹き飛ぶ距離が減り、動きも洗練さが増した。

 力、耐久、俊敏、器用………おそらく魔力も上がっている。

 基本アビリティの大幅強化? だとしてもこの上がりよう、まるでランクアップだ。

 

「ああぁぁぁぁぁっ!!」

「………しっ!」

 

 が、フィンは考え事をしながら戦えるほどの余裕がある。ハルバードを弾き無防備な腹に石突きを向けるが、弾かれた勢いそのまま後ろに回転すると後ろ向きで棒高跳びのように距離を取った。

 その曲芸のような動きに賞賛を送りたくなったフィンだが、直ぐにその場から飛び退く。

 先程まで居た場所を褐色の足が貫いた。

 

「ああ……やハり……強い……良いナ、フィン」

「ああ、くそ……やってくれたね……立てるかいレナ」

「うう、お腹痛いよぉ~………この体を傷物にして良いのはベート・ローガだけなのにぃ」

「……流石、アマゾネスだね」

 

 基本的にその身一つで作戦も何もなく戦う種族。故にアビリティも耐久と力が高くなる傾向にあるが、手加減したとは言え平然と立ってこられるとは……いや、転がっている瓶をみる限り、ポーションで回復したのだろう。

 

「そういえば【ディアンケヒト・ファミリア】は其方側についたんだっけ」

「ええ。これは【ミアハ・ファミリア】の二属性回復薬(デュアル・ポーション)ですが……」

 

 医療系ファミリアの殆どはレアドロップアイテムである『人魚の生き血』を欲して向こうについた。ベルの言う、異端児(ゼノス)の価値を証明するように。

 

「さあフィン、続きダ!」

 

 と、アルガナが駆け出す。それに続くようにレナが、アイシャが、リリが迫る。

 変身魔法を使い獣人化したリリ、元より身体能力に優れたアマゾネス達。しかし、それでも【勇者】(フィン・ディムナ)には届かない。

 アルガナから放たれた蹴りを斜めに構えた腕で受け流し、腹を殴りつける。同Lv.の為、手加減は一切しない本気の一撃。

 地面がひび割れるほどの震脚から生み出されたエネルギーは全て拳を通りアルガナの腹に炸裂する。

 

「ごあ!?」

 

 内臓が圧され胃の中身を吐き出す。あまりの速度にアルガナの身体は慣性でその場に数瞬とどまり故に更に深くめり込む。脳があまりの激痛に意識を手放させた瞬間、アルガナの身体が先程同様褐色の砲弾となり吹き飛ぶ。

 

「ちぃ!」

「うん、良い判断だ」

 

 飛び出してきたアイシャの剣は既に紅色の光を纏っていた。おそらく、吹き飛ばされた後直ぐに唱えていたのだろう。『並行詠唱』ではない、純粋な詠唱の下紡がれた魔法の威力は先程とは比べ物にならない。しかし、当たらなければいい。

 が───

 

「らぁ!」

「───!?」

 

 アルガナという砲弾が破壊した瓦礫を持ち上げ投げつけてくるリリ。当たっても大したダメージは受けないだろうがフィンの注意と視線を遮る。

 

「【ヘル・カイオス】!!」

 

 ゼロの距離で放たれた長文詠唱の魔法。紅色の斬撃波がフィンの小さな体を呑み込み吹き飛ばす。

 

「やった!?」

 

 と、レナが笑みを浮かべる。如何に一級冒険者でも、あの距離であの魔法を食らえば無事では済まないはずだ。

 しかし無事では済まないという事は決して動けないという事ではない。

 

「【魔槍(まそう)よ、血を捧げし我が額を穿て】」

「────!?」

 

 アイシャが咄嗟に砂煙の中に感じる気配に大剣を振り下ろす。と、同時に拳が砂煙の中から突き出してくる。

 

「【ヘル・フィネガス】!」

「が──!」

 

 大剣が砕かれアイシャの身体がくの時に折れ曲がる。レナが即座に反撃しようとするがギロリと赤い瞳に睨まれ硬直し、その頭を掴まれ地面に押し付けられた。

 停止状態から急激な運動に脳が揺さぶられ気絶するレナ。残りはリリ一人。

 

「おおおおおおおおっ!!」

「───ッ!!」

「ぐ──!?」

 

 狂戦士の様な雄叫びをあげるフィンにリリが咄嗟に『強臭袋』(モルブル)を投げつける。

 

「【告げる、十二時のお告げ】───!」

 

 元々はレナが狙っていたベート・ローガなど獣人種への対策だったが、戦闘意欲の向上により冷静な判断力を失ったフィンには五感を強く刺激するだけで過剰に反応してしまう。

 距離を取るように飛び退くフィンを見てリリははっ、と意地の悪い、昔に戻ったような笑みを浮かべる。

 

「なっさけないですね勇者様。自分以外の小人族(パルゥム)の、それも少女があのタイミングで攻撃してくるなんて思いませんでしたか? そんなんだから魔法に頼ることになるんですよ。全ての小人族(パルゥム)の頂点に立っているなんて思い上がらないことですね」

 

 実際リリの言うとおりだ。フィンは油断していた。

 長文詠唱の魔法の至近距離発動直前というあのタイミングで、この中で一番弱いリリから注意をそらしてしまった。故に虚を突かれ結局至近距離で食らい、戦闘意欲向上の魔法で痛みを誤魔化す。

 フィンはリリを敵と判断した。

 格下の団員でもなく、導くべき同胞でもない。明確な敵と。故に好戦的な今のフィンはリリに向かって飛びかかった。

 

 

 

(───あー………痛い)

 

 吹き飛ばされた先で転がり空を見上げるリリ。曇天の空は今にも降り出しそうだ。雨でも降れば少しは動きすぎて上がった体温を冷ましてくれるだろうか?

 まあ自分にしては頑張った。手を借りたとは言え、あのフィン・ディムナに傷を負わせたのだ。もう十分──

 

「──頑張ったなんて、死んでも言える訳ないでしょうが!」

 

 懐から取り出した赤い液体が入った瓶。『人魚の生き血』を飲み全快するリリ。直ぐに立ち上がり駆け出す。

 

「……やあ、戻ってくるなんて意外だよ」

 

 そこに立っていたのは魔法を解除し理性を取り戻し、エリクサーで傷を完全回復したフィン。リリの武器は折れている。咄嗟に武器で防いだおかげで気絶せずに済んだが、ただでさえ低い勝率が余計に減った。

 

「どうする気だい? まさか、まだ戦うなんて言う気じゃないよね?」

「…………」

 

 フィンはリリの頭脳を評価している。だからこそ、勝ち目がない戦いは、時間稼ぎにすらならない無意味な戦いはしないと判断した。

 リリもその言葉の意味を理解し目を閉じる。

 

「……………」

 

 思い浮かべるのは二人の冒険者。兎のように白い髪と赤い目をした少年に、太陽のように眩しい笑顔を浮かべる褐色の少女。憧れであり、目標。

 背中に刻まれたステイタスがじんわりと熱を持つ。

 

「─────!!」

「さっきも言いましたよ。理性飛んでて覚えてないんですか? 思い上がるな」

 

 殴りかかってきたリリに目を見開くフィン。とはいえこのLv.差。予想外ではあるが避けられないわけではない。

 もとより圧倒的に此方が上で、しかも武器を失った相手だ。油断はもうするつもりもないし、負ける気も──

 

「────!」

 

 頬を拳が掠り皮膚が裂ける。明らかに速くなっている。槍で防ぐと僅かに伝わる衝撃が重くなっていく。

 

(スキルの効果? 此処にきて、まだあがるか!)

 

 思い出すのは四肢を切られなお赤い髪の女に挑んだ少年。巨人を倒した少年。暴牛に打ち勝った少年。死にかけても戦った少年。

 思い浮かべるのは下手をすれば地上から居場所を失う現状でなおも笑う少女。ミノタウロスと腕相撲して負けても笑っている少女。嘗ての師のような存在に勝ったんだと嬉しそうに笑う少女。

 リリを冒険に誘った二人の姿。

 

「あああああ!」

「────っ!」

 

 今度はリリが獣のように叫び、フィンの表情に険しさが現れ始める。

 

 彼等に追いつきたい。

 彼等に頼られたい。

 彼等に並びたい。

 思いの丈により効果が向上するスキル【疾風兎】(ラピッドリィ)【女戦士】(アマゾネス)。それが書かれたスキル欄が焼けそうなほど熱い。

 地面を踏み砕くほどの威力の震脚、そこから伝わる力は先程アルガナ(Lv.6)を倒したフィンの一撃にも匹敵する。フィンはそれを槍で防ぎ、靴の裏が地面を削る。

 

「見ているのは僕じゃなさそうだね」

 

 フィンは一族の再興の為、象徴に、光になろうとした。しかし目の前の同胞はそんな光などに目を向けてすらいない。

 

「リリに言わせれば、たった一人の生き方縛って崇めないと立ち上がれない奴等なんてとっとと滅びろと思いますがね!」

 

 拳を尚押し込もうとしてくるリリ。フィンも負けじと押し返しリリに問いかける。

 

「なら、ティオナやベルの生き方はどうなんだい? 少なくともベルは最近まで、縛られていたよ」

「それでも! あの人は貴男とは違う!」

 

 更に力が増す。二人の力が拮抗する。

 

「確かにベルは、周りの目を気にしていた、貴男と同じ………でも、切り捨てた。迷わなかった、貴男と違う!」

「────!」

「………あなた、ベルに憧れてますね?」

「……あまり、口にして欲しくないなぁ!」

「───ッ!」

 

 足払いからの蹴り。リリの小さな体が吹き飛ぶも地面に当たる瞬間回転し威力を殺し立ち上がる。

 直ぐにフィンを睨みつけるとフィンはリリの言葉に苦笑いを浮かべていた。

 彼女の言うとおりだった。どうしようもないほど愚かで、だけどあんなにも心を縛っていた鎖を切り捨てて世界を敵に回した【愚者】(ベル・クラネル)に、【勇者】(フィン・ディムナ)は憧れてしまった。

 

「そうだね………だからこそ、僕はこのゲームに勝ちたい。ゲームに勝利した後を忘れて、ベル・クラネルにゲームで……出来るなら直接戦って、勝ちたい」

「行かせませんよ、リリが……止める」

 

 拳を構える少女にフィンは槍を地面に突き刺し同様に拳を構えた。リリよりはるかに洗練された構え。

 

「「……………─────!!」」

 

 どちらも無言で足に力を込め、合図が行われる前に飛び出す。

 リリに耐久力補正はない。だから躱し、殴る。フィンは耐久力こそリリよりあるが全アビリティで一番下。今や自分に匹敵するリリの攻撃をまともに喰らう気はない。

 一見すると二人の見た目も相まって子供の喧嘩。しかし巻き込まれれば無事では済まぬ暴力の応酬。

 

 もっと速く。彼の様に。

 もっと強く。彼女の様に。

 

 いえ。

 いいえ。

 

 足りない。足りない。

 もっと強く、もっと速く、もっともっと!

 並ぶだけで満足するな。越える覚悟で突き進め!

 

「ああああああっ!!」

「おおおおおおっ!!」

「リリ様ぁ!」

 

 拮抗していた二人の殴り合い。しかし此処で一つの前提条件。

 リリは階位昇華(レベルブースト)を行っていたのだ。

 そして今、その前提条件が消えた。

 

「────あ」

 

 急激な身体能力の変化にバランスを崩し倒れる。フィンに向かって

 

「────! 【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】!!」

「!?」

 

 突如何の攻撃力も持たない魔法の詠唱を唱えるリリ。しかしフィンは目を見開く。リリの目的を察したから。それを行った人物を知っているから。

 距離を取ろうとするもリリが腕をつかみ引き寄せ、抱きつく。

 

「逃げないでくださいよ勇者様」

 

 艶めかしい声が耳元で囁かれる。ゾワリと背筋を這う何とも言えない感覚、瞬間───爆発。

 魔力暴発(イグニス・ファトゥス)

 ベルがアイズに行ったそれ。魔力の爆発がリリとフィンを飲み込んだ。

 

「────っ」

 

 が、此処でも前提条件がある。

 ベルとアイズのLv.差は1で、ランクアップ前の能力値(アビリティ)は魔力を含めて全てカンスト。その上で気絶させることも出来なかったのだ。

 煤まみれになったフィンがぐったりと気絶したリリの体を支える。そして、周囲に視線を向けた。

 

「誰か、居るんだろ? 出て来てくれ……」

「…………はい」

 

 と、現れたのはアイズにも劣らぬ美しい金の髪を持った狐人(ルナール)の女性。その視線はリリに向いていた。

 

「この子を頼む」

「え、あ……はい」

 

 一応は敵だ。なのにリリをあっさり手渡されポカンとする女性。フィンは地面に突き刺した槍を引き抜くと歩き出した。

 

「………この戦いの後なんて忘れる気だったけど…………この戦いが終わった後結婚しようかな………まずはプロポーズからだけど……」

 

 いや、その前に既に好きな相手が居るんだった。しかも目下フィンすら憧れている存在が……。

 何というか、色んな意味で負けられない相手になってしまった。

 

「……問題は、アイズか………アイズより先に彼を見つけて、勝たなきゃ話にならない」



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豊穣の女主人

【共存派】
マリィ【異端児】
【豊穣の女主人】
リュー・リオン
クロエ・ロロ
ルノア・ファウスト

【反対派】
【ロキ・ファミリア】
ラウル・ノールド
アナキティ・オータム
その他


オッタル


「うぅ、俺が指揮官で良いんすかね………」

 

 ラウルは小隊を率いて歩く。

 フィン自身は大隊を指揮するのには向いているし小隊ももちろん使えるが、今回は一部の者達に指揮系統を分けていた。そのうち一人がラウル。

 

「しゃんとしなさいラウル」

 

 と、アナキティ・オータム───アキが呆れたように言う。

 

「アキ、敵はどうっすか?」

「風が強くなってきたせいで風下の匂いが解りにくいけど、幸い前が風上だし………前に敵はいないわ」

 

 と、その時パシャっと水音が聞こえた。降ってきたか? いや、だとすると大きすぎる。しかしモンスターや人間の匂いはしない。これは、水?

 

「………構えるっす」

 

 その反応を察したラウルが他の面々に構えるように言う。少し進むと現れたのは水路だ。

 

「………水が溜まってる?」

 

 おかしい。此処は数百年前に滅びた街。水路の機能が残っているとは思えない。

 と、水を覗いたラウルは、()()()()()

 

「──ぬぇい!?」

「ヒャ!?」

 

 ラウルが飛び退くと相手も水底に潜る。が、数秒後恐る恐る顔を出す。

 藍色の肌の顔が覗く。滑らかな瑞々しい肌、耳の代わりに生えた可愛らしい鰭、翡翠のように美しい瞳はラウルの瞳をジッと見返し小首を傾げる。貝と真珠の髪飾りが揺れた。

 

「………………!」

 

 ニコッと微笑む彼女。ラウルの頬が思わず赤く染まる。アキが何テレてんのよと蹴りつける。

 

「コンニチハ! 貴方達ガ冒険者?」

 

 パシャリと彼女の背後で()()が跳ねる。そして、ラウル達はベルが提示した異端児(ゼノス)の恩恵の中に『人魚の生き血』があったことを思い出す。

 

「ま、マーメイド!?」

「ウン! 私、マリィ!」

 

 海豚の様に水面を跳ね全身を露わにするマーメイド。貝殻のブラジャーを付けており、やはりモンスターとは思えないほど美しい肢体をしている。

 

「で、でも水面から出れないならほっといても良いんすかね?」

「馬鹿ラウル、相手は『魅了』(チャーム)を使うのよ。気絶ぐらい───」

「ベルニ頼マレタカラ、私頑張ルヨ!」

「……あれを?」

 

 無垢な笑みを浮かべるマーメイドにグサグサ良心が刺激される。だが、彼等は見誤っていた。

 そもそもマーメイドのマリィがどうやってこの場に来たのか。誰かに運ばれた? 普通ならそうだろう。が、ベルがわざわざ運ぶ者が居なければ逃げることも出来ない者を連れてくるはずがない。

 

「【契約ハ果タサレズ、シカシ姫ハ泡ト共ニ登リ空ヲ舞ウ】」

「な!? モンスターが、詠唱!?」

 

 前例がないわけではない。実際59階層で【ロキ・ファミリア】が遭遇したモンスターや、ベルとオッタルが倒したイシュタルが密かに地上に運んだモンスターも詠唱し、魔法を使った。しかしそれは『精霊の分身』(デミ・スピリット)という特殊な存在だったからだ。

 確かに異端児(ゼノス)も特殊な存在だが………。

 

「【ソット・マリーノ】!」

 

 水面が揺らぐ。ゴボリと表面張力で出来た滴のように半円形の水の固まり。水路の水だけではない、空気中の水分や地下水なども集めてあっという間に巨大なドームを作り上げた。

 

「エーショー? 良ク解ラナイケド、ベルガクレタ本読ンダラ出来タ!」

 

 恐らく魔導書(グリモア)だろうが、魔剣に匹敵する高級品をあっさりモンスターに渡すとは。

 よくよく見れば水のドームは流れがある。取り込まれれば脱出は不可能だろう。

 

「大丈夫、溺レタラ出シテアゲルカラ!」

「「「────!!」」」

 

 咄嗟に弓などを放つが水流に逸らされ、外に吐き出される。ある程度の流れは意思で操れるようだ。

 

「行クヨ?」

「た、退避!」

 

 ラウルが慌てて叫ぶ。

 マーメイドは水中速度と旋回能力がモンスターの中でも群を抜いて高い。水のドームは基本的には彼女を中心にして動くようだ。マーメイドの速度で。

 冗談ではない。

 

「アハハ! 私今、陸地ニイル!」

 

 と、思いきや横に避けたラウル達をあっさり追い抜くドーム。どうも彼女、ラウル達より陸地に意識が持ってかれているらしい。『いけねっ』と思い出したように振り返るその姿はやはり子供のように無垢だ。

 

「何を遊んでいるのですかマリィさん」

 

 と、そこへ声がかかる。建物の上に現れたのは覆面のエルフ。その横に、【ロキ・ファミリア】達が見知った顔を見つける。

 

「ルノアさんにクロエさん?」

「どーも」

「何時もご利用ありがとうございますニャー。今回は敵だけどニャん」

 

 隣に立つのは『豊饒の女主人』の店員クロエ・ロロとルノア・ファウスト。どちらも店員の服ではなく冒険者のような格好をしていた。

 

「リュー、私マリィサンジャナクテ、マリィ、ダヨ?」

「いえ、そうではなく───はぁ、もう良いです。すいませんマリィ」

「───!」

 

 名前を呼ばれパァと微笑むマリィ。

 

「マリィ、展開してください」

「ワカッター! 【海底ト空ハ我ガ遊ビ場】、【アクア・フィールド】!」

 

 と、マリィが水の中で両手を広げ追加詠唱を唱える。水のドームが弾け飛び周囲に大小様々な水の固まりが空中に漂う。

 

「恨みはありませんが、此処で倒れていただきます」

「安心するニャ。今回の毒はただの麻痺毒だから」

「手をバラしてんじゃないわよ。本当に馬鹿ね」

「二人ともその辺に、来ますよ」

 

 と、【ロキ・ファミリア】の団員達が飛び出してくる。三人はそれぞれバラバラの方向に避け、翻弄しようとするも相手は天下の【ロキ・ファミリア】。打ち合わせすらせず相手を決め迫る。

 

「ホイット」

 

 俊敏に自信がある団員は間違いなく魔法を得意とするであろうリューに。が、水球を跳ねながら移動したマリィがその腕をつかみ別の水球に移動する。

 

「───な!?」

 

 一瞬で背後に移動され狼狽する団員達に木剣が迫る。首筋や胸に打ち込まれ気絶する団員達。リューはずぶ濡れになった己の身を見下ろす。

 

「………マリィさん、別に私に支援は」

「マリィ、ダヨ?」

「…………」

 

 リューが呆れている間にマリィはクロエ達を支援しにいく。

 時に運び、時に【ロキ・ファミリア】の団員達に体当たりして姿勢を崩させ本人は水の中を泳ぎ回り変幻自在に移動する。

 

「ニャッハッハ! 移動が楽で良いニャ!」

「この、元から私より速いくせに!」

「楽できるならするのがミャーのやり方ニャ!」

 

 コイツムカつく。

 ふふんと無い胸を張る同族にアキが抱いた感想はそれだった。

 

「この!」

「きゃー! マリィ、助けてニャー!」

「任セテ! モウ大丈夫」

 

 剣を振るえば棒読みで叫び美しい人魚が目の前の黒猫を攫っていく。空を切った剣を見てケラケラ笑うクロエ。

 

「やーいやーい、ノロマノロマ!」

「ノロマー?」

「お、ほらマリィも一緒にノーローマー!」

「ノーローマー!」

 

 ブチリ、と、アキの中で何かが切れる音が聞こえた。

 

「ニャアアアアッ!! ぶっ飛ばしてやるニャー!」

「わ、キレた。こわ!」

 

 ロキに弄られすっかり身を潜めていた猫人(キャットピープル)特有の訛りを全面に出し、アキが迫る。が、キレただけで勝てるほど目の前の相手は甘くない。元より向こうはブランクがあるとは言えベルと同じく対人戦を、それも1対1を得意としていた暗殺者だ。腕に浅い傷が付けられ、麻痺毒が──

 

「この!」

「ニャ!?」

 

 回る前に深く自身の腕を切りつける。吹き出す血とともに毒が流され、しかもクロエに向かって飛ぶ。視界を遮られたクロエにアキの蹴りが腹にめり込む。

 

「クロエ!」

 

 と、水球の中から飛び出したマリィがクロエを抱え別の水球に飛び込む。ゴシゴシと目元の血を落としクロエを水の中から出すとクロエはゲホゲホせき込んだ。

 

「ちょっと気管に入ったニャ」

「ゴ、御免ネ……大丈夫?」

「ざまあみろニャー!」

「野郎、ぶっ飛ばしてやるニャ!」

 

 と、マリィの心配をよそに飛び出すクロエ。マリィは良かった、元気そうとホッとする。と、何かがマリィの水球に飛び込んだ。

 

「アレ、泳ギタイノ?」

 

 マリィが首を傾げるが相手は気を失っていた。なので外に出してやると別の水球に飛び込む。

 どちらも同じ場所から飛んできた。見ればルノアがLv.3の団員達を文字通り殴り飛ばしていた。

 

「オー」

 

 狙って水球に当てる辺り、手加減する余裕があるのだろう。マリィはパチパチ拍手を送った。

 

「ア、助ケナキャ、溺レチャウ」

 

 パンッと手を鳴らすと水球の中から地面に落とされる団員達。

 

「この、いい加減にくたばるニャ!」

「おミャーが倒れろニャ!」

 

 残るはアキただ一人。三人でかかればあっという間に決着が付くが、アーニャとの喧嘩でも見ているようで放置することにした。

 

「【戯れろ】」

「ニャ!? うざい顔が増えた!?」

「はあぁ!? ミャーの可愛らしい姿に何言ってるニャ!」

「クロエ、可愛イ。ネ!」

 

 と、呆れる二人をよそにマリィは笑み浮かべ応援していた。

 

「吹っ飛ぶニャ!」

「甘いニャ!」

「後ろニャ!」

「遅いニャ!」

「そっちこそ!」

「なんの!」

 

 と、互いに速度を自慢するかのように高速で相手の死角に移動しあう。そして───

 

「ニャ、しま──!?」

 

 アキの半身ほどが水球に捕らえられる。

 

「よし、計算通りニャ!」

 

 絶対嘘だ。

 肩で息をするクロエを見てルノアとリューは確信した。純粋なマリィは「クロエ、スゴイ! 頭良イ!」と誉めているが。

 

「ぐっ!?」

 

 麻痺毒の付いた刃が首の皮膚を裂く。深い傷ではないが、此処では毒を出すために深い傷を付けることが出来ない。

 指先から腕まで動かなくなっていき、水球に飲まれるアキ。息が出来ずにやがて意識を失った。

 

「終ワッタ?」

「はい。移動しましょう」

「解ッター」

 

 リューの言葉にマリィが水球の中を泳ぐ。宙に浮いた水球も合わせて動く。と、その時──

 

「轟音が聞こえたが、違ったか」

「「「────!?」」」

 

 ズン、と押しつぶされそうな圧力を感じる。振り向けばそこには大剣を背負った大男が。

 

「………【猛者】(おうじゃ)………」

 

 オッタルはルノアの鉄拳によって破壊された壁を見ながら嘆息する。そして、目の前を無視して通り抜けようとする。

 

「───ッ!」

 

 ベルとアステリオスから言われていた言葉がある。

 手を出すな、あれは相手が決まっていると……。

 しかし、しかしだ………良いのか、行かせて?

 

「───三人とも、此処で止めます」

「………まあ、アステリオスには悪いけど、此奴が相手じゃね……」

 

 アステリオスは彼と決着をつけたいと言っていた。だが、これは異端児(ゼノス)の未来を賭けた大事な勝負だ。自分達で勝てるとは思えないが、彼が勝つために少しでも手傷をと構える。彼には悪いが、ちゃんとした決着は別の機会につけてもらおう。

 オッタルが大剣に手をかけると同時に飛び出すリュー達。彼女達は、見誤っていた。

 

「ぬん──!」

 

 ゴッ! と空気が質量を持ったかのように迫る剣圧。大剣を振るった、ただそれだけ。

 それだけで町の一角が吹き飛んだ。

 マリィがとっさに全員を水球で包んだが一瞬で剥がされ、剣圧に押しつぶされる。

 その威力は決してLv.4が耐えられる威力ではなかった。




因みに豊穣の女主人の店長であるミア母さんって可憐で美しかったかもしれないらしい


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因縁

【共存派】
【ヘスティア・ファミリア】
ディックス・ペルディクス
【ヘファイストス・ファミリア】
ヴェルフ・クロッゾ
椿・コルブランド
【ロキ・ファミリア】
レフィーヤ・ウィリディス
【ディオニュソス・ファミリア】
フィルヴィス・シャリア
【無所属】
異端児数名


【反対派】
【ロキ・ファミリア】
ガレス・ランドロック
リヴェリア・リヨス・アールヴ
その他エルフ
【フレイヤ・ファミリア】
オッタル


 【ロキ・ファミリア】の幹部は絶対に単身で相手をするな。

 それがベルが異端児(ゼノス)達に言った忠告。冒険者からすれば当たり前で、故にいちいち言う必要もない常識。

 それをリド達はようやく実感した。

 単身で挑むな? 冗談ではない、アステリオスが居ない今異端児(ゼノス)全員掛かりでも挑みたくない。

 

「ふう、全く冷たいのぉ……ちと堪えるわ…」

「………嘘だろ」

 

 ヴェルフが有りえないと目を見開く。

 自分が丹精込めて造った魔剣。その威力はかの【九魔姫】(ナイン・ヘル)の魔法にも勝らずとも劣らない。

 それを、少し堪える? 化け物かこのドワーフは。

 

「だから言ったろぉ!? 打て打て、尽きるまで魔剣を打てえ!」

 

 と、同行していたディックスが叫ぶと異端児(ゼノス)達はハッと魔剣を放っていく。氷が、雷が、炎が迫る中【ロキ・ファミリア】幹部ガレスは少し向かい風が強いとでも言うように、僅かに速度をゆるめるだけで迫ってくる。

 ヴェルフお手製の魔剣と椿の魔剣、シャクティの鞭にリドの炎が来ようとそれ以上歩みが遅くなることはない。

 

「ぬう、貴様等! 少しは老人を労らんか!」

「「「「ふざけんな!」」」

 

 モンスターも人間も一つになって叫ぶ。か弱い老人なら労ろう。しかしこんな歩く災害、どう労れというのか。

 今すぐにでも逃げ出したい。だが、逃げ出せば間違いなく蹂躙される。

 

「てめぇら気張れ! モンスターの意地みせてやるぞぉ!!」

「俺等も負けてんじゃねーぞ! かかれ、かかれー!」

 

 リドとボールスの言葉に殺到する異端児(ゼノス)と冒険者達。如何にガレスといえどもこれは流石にピンチだ。だが──

 

「嘗めるなわっぱども! この程度の苦境、乗り越えられずにLv.6になれると思うてか!」

 

 

 

 

「む、向こうは派手な音が………」

 

 レフィーヤは聞こえてくる爆音に顔をひきつらせる。

 恐らく歴史上最大規模の戦争遊戯(ウォーゲーム)

 

「レフィーヤ、私達だけで良いのか?」

 

 と、周囲の怒号や爆音を聞きながらフィルヴィスがレフィーヤに尋ねる。

 

()が少なければその分使われる魔法も減りますからね。リヴェリア様へ対策なんて私じゃ思いつきませんけど、少しでも火力が落とせるなら………」

「その程度で勝率が上がると思われるのは些か不服だな」

「「────!?」」

 

 と、その声に振り返ると複数のエルフを引き連れたリヴェリアが居た。その足下には翡翠の魔法円(マジックサークル)

 

「解放【ウィン・フィンブルヴェトル】!」

 

 反射的に放った魔法。【魔法維持】(エンチャント・チャージ)により詠唱を先にすることで放たれる完全詠唱の如き一撃。だが……

 

「【行進せよ、炎の靴──】!」

「【焼き尽くせ炎の剣──】」

「【紅蓮よ、万物を飲みほせ──】!」

 

 エルフ達が放つ炎の魔法に打ち消される。

 普通ならレフィーヤが打ち勝っていただろう。だが、今のエルフ達は妖精王(リヴェリア)の加護を受けている。

 【妖精王印】(アールヴ・レギナ)、自身の魔法円(マジックサークル)内に存在する同種族(エ ル フ)の魔法の効果を増幅させ、消費された魔素を精神力(マインド)に変換して吸収するスキル。

 

「────!」

 

 放たれる無数の魔法に対しレフィーヤとフィルヴィスは同時に手を前に差し向ける。

 

「「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)───」」

 

 保管していた魔法の半分は【エルフ・リング】。

 

「「【ディオ・グレイル】」」

 

 状況に応じて魔法を選べと言うベルの提案の下保管していた『召喚魔法』(サモン・バースト)でフィルヴィスの魔法を召喚、同時に顕現した障壁が魔法を防ぐ。

 

二重解放(デュエット)【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

 二つの魔法円(マジックサークル)が出現し合わさる。放たれるのは普段の魔法とは比べ物にない炎矢の、いや炎槍の雨。

 これを防ぎきるにはリヴェリアが魔法を発動させるしかない。

 

「【ヴィア・シルヘイム】」

 

 何時でも発動できる状態にしていた魔法が発動し炎の槍の雨を防ぐ。それはつまり足下の魔法円(マジックサークル)が消え、エルフ達の祝福が消えリヴェリアが詠唱を再び唱えなくてはならないという事。

 

「ふっ──!」

「っ──!?」

 

 が、その隙を晒すリヴェリアではない。

 後方支援の魔導師(メイガス)とはいえLv.6。杖を槍のように扱いレフィーヤに迫る。

 

「レフィーヤ!?」

「フィルヴィスさん、他の皆さんをお願いします!」

「あ、ああ!」

 

 フィルヴィスは支援しようとするエルフ達の下に向かい、レフィーヤはリヴェリアの攻撃を避ける。

 

「はぁ!」

「くっ!?」

 

 ベルとの修行では俊敏を主に上げさせられた。如何なる攻撃も当たらなければどうという事はないのだから。だが、相手はリヴェリア。近接戦もある程度こなせるエルフの女王はレフィーヤの軽い体を吹き飛ばす。

 直ぐに体勢を立て直すレフィーヤだが振り下ろされたリヴェリアの杖を自分の杖で何とか受け止めた。

 

「………一つ聞きたい。お前達はどうして、そこまでモンスターの味方をする。何故、()望む」

 

 彼等に心があるのは、もう嫌と言うほど解っている。だが、彼等を恐れる者が彼等より多くの数存在しているのも事実だ。

 別に急ぐ必要などない。利益を証明した以上、それを使い交流し、長い年月を掛け彼等を地上に受け入れさせるという手だってあるはずだ。おそらくこのゲームで【ロキ・ファミリア】側が勝利した場合、フィンはそうする。そうすれば反対派も強くでれないだろうし共存派も納得するだろうから……。

 

「まあ、理由は幾つかあります───よ!」

「ぐっ!?」

 

 ギリギリ押し込まれる中レフィーヤはリヴェリアの腹を蹴りつけ距離を取る。

 

「彼等が住むのはダンジョンですから、その何時かが何時来るか解りませんし、それまでに彼等全員が無事な保証はありません」

「…………続けてくれ」

「それに彼等は外の世界を見たいと言いました。人を愛して、愛されて、その腕で抱かれたいとも……私達はそれに希望を与えてしまった。なら、叶えるのが責任の取り方でしょう?」

「………なる程、真理だな」

「………でも、まあ……この理由よりも深い理由があるんですけどね。浅ましくて厭らしい恥ずかしい理由が……」

 

 と、頬を染めるレフィーヤ。

 

「ベルがそう願ったからです」

「………ベルが?」

「はい。ずっと、英雄的な行動をした上で救いたい人を救おうとしていたベルが、英雄的な行動を捨てて………だからベルの為に戦います」

「…………ベルの為、か」

「はい。私はベルが………大好きですから」

 

 

 

 

 

「………来たか」

 

 町の中を進んでいたオッタルは目の前に現れた漆黒の両刃斧(ラビュリス)を持った黒いミノタウロス。

 

「場所を変えよう……」

「………変えさせてみろ」

 

 ミノタウロスの言葉にオッタルが挑発する。その言葉の裏に隠されているのはどれだけ成長したか見せてみろという挑発。それに対してアステリオスは拳で応えた。

 ドゴォン! と爆音が響き渡りオッタルが吹き飛ばされる。

 建物を破壊し城壁を砕きそれでも止まらず数キロ離れた山に当たり山の一部が崩れる。

 それを見たアステリオスは足に力を込め、駆ける。

 元より突進を得意とする猛牛。音速を超え空気の壁を突き破り崩れた山に向かう。同時に、崩れた土石が吹き飛ぶ。

 

「流石だな………超硬金属(アダマンタイト)の剣が折れたか」

 

 と、短くなった大剣を放り捨てる。無傷のオッタルは背に差していたもう一つの大剣を抜き、構える。

 

「行くぞラピス」

「叩き潰せ『牛若丸・雷式』」

 

 どちらの武器も大きさ以上の重量となり、漆黒の雷と黄金の雷を纏いぶつかり合う。その衝撃に山の半分が文字通り吹き飛んだ。

 降り注ぐ土砂と、雨。

 オッタルとアステリオスの決着をつける戦闘が始まった。

 

 

 

 

「………降ってきたな」

 

 頬に走る水。

 空を見上げたベルは強くなっていく風に目を細めた。

 

「荒れそうだ……」

 

 雨も強くなっていく。しかし気にせず歩く。

 

「……よお」

 

 その降り注ぐ雨を一瞬で蒸発させ湯気に変える炎の四肢を持った人狼。

 その姿に最期まで正体が解らなかった正体不明の怪物(ジェヴォーダンの獣)の逸話を思い出す。

 

「ここで潰れろ、ベル」

「断る」




そういや原作者、レフィーヤとリヴェリアの師弟対決書きたかったって後書きで言ってたような

通信速度が限界を超えた。この読み込み速度じゃFGO下手したらログインも出来ない(´・ω・`)


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凶狼と殺戮兎

【共存派】
【ヘスティア・ファミリア】
ベル・クラネル
【ロキ・ファミリア】
ティオナ・ヒリュテ
【異端児】
ウィーネ


【反対派】
【ロキ・ファミリア】
ベート・ローガ
ティオネ・ヒリュテ
リーネ・アルシェ
アイズ・ヴァレンシュタイン


 雨が降る中ティオネとティオナが対峙していた。

 

「バカティオナ、覚悟は出来てんでしょうね」

「出来てないよ!」

 

 あっけらかんと言い切るティオナにティオネが頭を押さえる。

 

「何時も何時もヘラヘラ笑って………本当に変わらないわね」

「メレンで言われた~!」

 

 そういえば、あの時も殴り合ったっけ、とほんの少し前のこと懐かしむ。

 

「……まあ、良いわ。構えなさい」

「やだ!」

「…………はぁ?」

 

 今こいつ、何つった? と間の抜けた声を出すティオネ。

 

「今回は黙ってた私が悪いのは解ってるし、だからやだ……」

「…………」

 

 何だその理論は、やはり我が妹ながら何考えているのかさっぱりだ。と、呆れているとティオナはそれに、と笑う。

 

「ティオネ怒ってないじゃん。憤化招乱(スキル)発動してないよ?」

「………………」

 

 怒りの丈で効果を向上させるスキル、憤化招乱(バーサーク)が発動していないのは、つまりティオネが怒りを感じていないことに他ならない。

 

「ティオネもあの子達が普通のモンスターじゃないって解ってるんでしょ?」

「それでも、私は団長に従うまでよ………そうね、ならこうしましょう」

「?」

「お互い、好きな男のために戦う。シンプルでしょ?」

「………………」

 

 姉の言葉にティオナは目を見開きポカンと口を開ける。そして、直ぐに腹を抱えて笑いだす。

 

「あははは! 何それ、た、確かに解りやすいけどさぁ!」

「返答は?」

「OK。そういうことなら……黙ってたのは悪いと思うけど、ベルのために戦うんなら少しも悪いなんて思ってないもん」

 

 と、姉妹が己の得物を構えると同時に遠くで爆音が響いた。それが何の音かは解らないが、二人は同時に飛び出した。

 ポツンと水滴が地面に辺り弾け、雨が強くなっていった。

 

 

 

 

「ルゥオオオオオオオッ!!」

「ガアアアアア!」

 

 ベートとベルは獣の様に吼え互いを喰らわんと己の(得物)を振るう。

 ベートは炎の四肢を、ベルは二振りの短剣を。

 炎に包まれたメタルブーツとナイフが、炎を纏った籠手とショートソードがぶつかり合う度に炎が辺りにまき散らされる。

 高熱に曝されてもある程度の温度には火傷を負わないベルは燃やされながらも迫る。

 

「らぁ!」

「が!?」

 

 炎の蹴りが入り民家の一つを吹き飛ばす。すぐさま迫った蹴りをかわすと地面を炎が舐め赤く溶ける。

 

「ガルア!」

「オオオ!」

 

 兎の牙(ヴォーパル・ファング)狼王の牙(フェンリル・ファング)

 互いを喰らわんと放たれる牙の応酬。

 どちらも俊敏がオラリオでもトップクラスの二人の戦いは並の冒険者には視認すら出来ず炎の蛇が時折一部を弾けさせている様にしか見えないだろう。

 

【駆けろ】(エルトール)!」

 

 ベルが地場を操り地面を滑る。と、ベートが炎を広範囲に振りまくと魔力が食われる。

 

「捕まえたぞ」

「────!!」

 

 ベートに腕を掴まれジュウゥと腕が焼かれる。火傷こそしないが掴まれ続けるのは得策ではない───

 

「ごあ──が!?」

 

 反対の腕で切りかかるも掴まれ、腹を蹴られる。傷を治そうにも魔力は炎に包まれている以上完全に使えない。体力を回復に回そうにも次々攻撃されている今体力を無意味に消費するだけ。

 炎狼の牙に捕らえられた兎はギチギチと漆黒のオーラを纏う。

 【英雄義務】(アルゴノゥト)の代わりに現れたスキル【反英雄】(ビースター)

 人類敵対時に行われるチャージ。魔力が使えない今、物理攻撃に使用する。

 

「アァ!」

「ガ!?」

 

 ドゴォ! と腹に打ち込まれ膝打ち。捕らえていた兎の思わぬ反撃に狼王は加えていた牙を離してしまう。

 

「これで、少しは───!?」

「ルァアア!」

 

 傷を癒そうとした瞬間蹴り飛ばされる。砕けた顎を空中で回復させ、異空間から取り出したナイフを磁力で音速の数倍で飛ばす。既に加速したナイフは魔力を奪ったところで加速は止まらない。だが──

 

「舐めんな!」

 

 既に溶け始めているナイフは高温の炎で一瞬で溶かされる。

 

「諦めろベル。Lv.5(てめぇ)じゃLv.7()にゃ勝てねぇよ……」

 

 或いは階位昇華(レベルブースト)を失う前なら可能性はあったろう。だが、その魔法は現在文字化けを起こして発動しない。正確にはキチンと発動しない、だ。魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を利用した自爆技に利用できるが、あれは魔力の暴走。吸収されるだけ。

 

「………いや、階位昇華(レベルブースト)、か……」

 

 バチチと()()が迸る。

 

【轟け】(エルトール)!」

「気でも触れたか? 俺にんなもん効かねーんだよぉ!」

【轟け】(エルトール)!」

【猛け狂え】(エルトォォォル)!!」

 

 数秒のチャージによる黒雷が放たれる。炎に飲まれ、炎が黒く染まっていく。

 

「無駄なんだ───あ?」

 

 ジリッと四肢に熱が走る。炎が意志に反して荒ぶる。制御しにくい………。

 ベートの魔力は高くない。長い間、己の魔法を嫌っていたのだから当然だ。そこで大量の魔力を吸収し、魔法が暴走し始めたのだ。

 

「ケラウノス」

「───ぐぅ!?」

 

 黒雷の槍が炎の牙に飲み込まれ、炎が荒々しく燃え上がる。成長しすぎた牙が己の顎を貫く様にベートの身も焼き始める。

 

【轟──(エルトー)!?」

「だから、舐めんじゃねぇぇぇ!」

「───!?」

 

 黒雷を飲み込み迫る黒炎。

 息をすると炎が鼻から溢れ、その炎は山々を薙ぎ払うと言われる狼王の息(フェンリル・ブレス)。それを彷彿とさせる炎の奔流に飲み込まれるベル。

 

「─────!!」

 

 火傷無効でも無効化しきれず火傷を負うほどの高熱。しかも魔力が食われて真面に回復できない。

 

 

 

 

「………何だ?」

 

 黒炎の柱を見てベートは眉をひそめる。何か可笑しい。炎の流れが、ただ上に上がる筈の炎が渦巻いている。

 

 

 その剣は神の恩恵が刻まれた成長する剣。

 付与魔法(エンチャント)により魔法を何度も取り込んできた剣であり、ベートの《フロスヴィルト》と同じ材質、魔力伝導率の優れたミスリル。

 だからこそ、神の眷属たるその剣がその『()()()』に目覚めるのはある意味当然といえよう。

 

「────!?」

 

 黒炎が渦巻きショートソードに吸い込まれていく。

 

魔法吸収(マジックドレイン)!?」

「喰い尽くしてみろ!」

 

 炎を飲み込んだショートソードに更に黒雷を付与(エンチャント)する。黒雷炎が溢れ出し、ベルがショートソードを振り下ろす。

 

「ファイアボルトォォォォォッ!!」

「─────!!」

 

 すぐさま炎雷を喰らおうとするベートの四肢()。炎雷を飲み込み黒い()が膨れ上がる。己の身すら喰らうほどに。

 

「ぐ、おおおおおおおっ!!」

 

 膨れ上がる炎を、弾く。

 周囲一帯に散らばり街並みを焼き尽くす黒炎。

 

「────!」

「く──!?」

 

 両手を広げたベートの前に降り立つベル。鉄の軋む音を響かせ、拳を引き絞る。

 

「オオオオォォォ!」

「ガアァォォァ!」

 

 ベートの振るった拳がベルの頭上を掠り、ベルの拳がベートの腹にめり込む。

 

「ご、あ──」

「があ!」

「────!」

 

 ドン! と吹き飛ばされるベート。瓦礫の山を吹き飛ばし尚も突き進み数十メドル吹き飛び漸く止まる。

 

「───ハ───ハァ──! はぁ」

 

 意識は失わなかったが、体が動かない。視線だけ動かせば熱せられた地面が雨を蒸発させ湯気を作っていた。

 その白い煙から現れるベル。傷が徐々に治り始めている。

 

「──────!」

 

 と、ベートに近づくベルの前に立ちはだかる影があった。リーネだ。大して力も持ってないくせに、ベートを庇うように両手を広げ立ちはだかっていた。

 

「………リーネ、どけ」

 

 と、そう言ったのはベートだ。

 

「お前の勝ちだベル………リーネ、お前が持ってるマジックポーション渡せ」

「………良いのか?」

「そんな状態のてめぇがやられて、誰が俺達を勝者と認める……」

 

 ベートが言うとリーネは少し迷ったように交互に見てからマジックポーションを渡す。高級品なのか、魔力がすっかり回復した。そのまま人魚の生き血も飲み傷も回復させる。

 

 

 

 

「………止められなかったか」

 

 ベートは降り注ぐ雨に濡れながら曇天を見上げる。風が強くなり、雷も鳴り出した。

 

「止める?」

「彼奴とアイズを、会わせる前に終わらせたかったんだよ………」

「…………」

 

 きっとアイズはベルを殺そうとするだろう。アイズが、ベルに何かを重ね特別な感情を抱いているのには気付いていた。

 そしてベルは異端児(ゼノス)達を助けると決めた。

 ベルは全てを救おうなんて考えない。救うと決めた方しか救おうとしないだろう。そして、救うと決めたら命を懸ける。ひょっとしたらどちらかが死ぬかもしれない。

 

「………俺は、昔よりずっと強くなった」

「はい……Lv.7ですしね」

「けど、守れねーもんもある………」

 

 治療師(ヒーラー)のリーネに癒された腕を顔の上に持って行くベート。頬を濡らすのは雨か、或いは───

 

「強くなりてぇ……! こんなんじゃ、全然たりねー………全部守れるぐらい、強く」

「………なれますよ、ベートさんなら……」

 

 と、リーネが微笑む。

 

「………で、何してんだお前」

「い、いや……ですか?」

「………………」

 

 ベートに膝枕したリーネは不安そうに聞いてくる。ベートは暫く空を見上げ、いや、と呟く。

 

「石に頭乗せるよりかはましだ………」

 

 

 

 

 雨風が強くなり雷も鳴り始めたが、アイズの表情は崩れない。

 その周囲には数人の冒険者達が転がっていた。死んではいないが、それは彼等が人間だった故だろう。

 

「……………あれは」

 

 と、巨大な黒炎の柱を見上げるアイズ。黒い炎……見覚えがある。そちらに向かおうとするアイズ………と、不意に金属音が聞こえてきた。

 

「……………」

 

 戦闘が発生しているということは【共存派】と【反対派】が争っているという事。

 あの炎がそうだという確証はない。そちらに向かうアイズは、そこで見た。

 

「──────」

 

 以前ベルが家出した時、ベルと共に歩いていた少女と瓜二つの竜人(ヴィーヴル)

 

「………ヴィーヴル」

 

 あの日ダイダロス通りで暴れたモンスター。()()()()()()()()()()()()()()

 ()()が居なければ………。

 

「どいて……」

「が!?」

 

 ヴィーヴルと戦っていた冒険者を蹴り飛ばす。

 突然目の前の敵が別の敵に吹き飛ばされ呆然とするヴィーヴル。アイズは、その隙だらけのヴィーヴルに切りかかり───

 

 防がれた。

 

「……………ベル」

「……よお……俺の娘に、何してる」

 

 雷が近くに落ちる。元は街路樹だったであろう大きく育った木に落ち粉々に砕く。それを合図に、雨風が強くなる。本格的に、嵐がやってきた。




次回、猛者vs猛牛


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最強対最強

 ドン! と巨体が山にぶつかり山が崩れる。

 その土砂から飛び出した衝撃波は別の巨体を吹き飛ばし山の一部を両断する。

 轟音、轟撃、轟爆。

 遙か離れたオラリオにまでその生の音を届かせかねない爆音を轟かせ不幸にも戦場になった山は数合の打ち合いで崩れただの土が盛り上がった丘へとなり果てた。

 

「オオ!」

「ブオオ!」

 

 ゴガァァァンッ!! と大気を揺する音。隣の山が衝撃波で震える様は次は己が破壊されるのではないかと恐れているようにも見える。

 

「………その武器は、自分のラピスと同じ……」

「ああ、重量増加と雷の魔剣だ……」

 

 アステリオスの疑問にオッタルは答える。

 なるほど、それでかと納得するアステリオス。如何に強靱な膂力を持っていようとトンに迫る一撃を防ぐのには違和感があった。同様に相手もそれだけの重量の武器を持っていたのなら、話は分かる。

 

「貴様とは同じ条件で戦い、叩き潰してこそ………そう思ったからな」

「………嬉しいことを言ってくれる」

 

 再び大戦斧と大剣がぶつかり合う。その衝撃に積み上がっていた土砂が吹き飛び硬い地層が剥き出しにされ、しかしそれもひび割れる。

 

「ヌゥン!」

「ぐぅ!?」

 

 オッタルがアステリオスの首めがけて大剣を振るい、アステリオスが身を反らしかわせばその衝撃波で後ろの山に新たな崖が生まれる。

 アステリオスが弓のように曲げた身から足、腹筋、首の筋肉全て使い打ち出した頭突きはオッタルの大剣に防がれるがオッタルの足元から後ろに向かって大地がひび割れ奥の方など小山と言っても差し支えない巨大な土の塊が盛り上がり、しかしそれも直ぐに二人の戦闘によって砕かれる。

 

「ブモォォォ!」

「ぐ!?」

 

 アステリオスがかち上げるように斧を振るいオッタルの巨大が宙に浮く。その余波で新たな崖が生まれた。

 オッタルは空中回転すると剣の重量を増し雷を纏う。

 

「ハァ!」

「グオウ!?」

 

 遠心力と重量、オッタルの膂力が追加された一撃をラピスで防ぐが地面が陥没する。

 

「ぐ、う………がああ!」

 

 ミシミシと悲鳴を上げる腕に背骨に足。膝を曲げ、肘を曲げながら威力を殺したつもりでもその威力は地面を見れば一目瞭然。だが、防いだ。防げばただ重いだけ。力任せに振り払う。

 

「…………は」

「………ふっ」

 

 距離を取った一人と一匹、どちらとも知らず笑いが漏れる。

 

「はーはっはっはっ!」

「ふはははは!」

 

 一撃一撃が必殺の威力を持つ爆合が行われる。その衝撃は山々を砕き生まれたばかりの崖を崩し均された地面を暴風で吹き飛ばし遙か太古の地盤が剥き出しになり歴史的価値があるそれらも戦いの余波で粉々に吹き飛ぶ。

 この時代入り混じった地層を数万年後の誰かが見て、果たしてこのかき回された地層が天災によるものではなく、個と個の争いと想像できようか。

 

 

 

 嗚呼、嗚呼! 

 血が滾る!

 肉が震える!

 骨が軋む!

 神経が剥き出しになったかのように、自分に匹敵するはずの速度を持つ相手の一挙手一投足が見える。

 これだ! これこそ命を懸けた闘争だ!

 長らく忘れていた、本物の闘争。

 ベル・クラネルの時、遙か格下に傷を付けられた不甲斐ない自身に怒りを覚えたが、あれは自分に重傷こそ与えたものの、殺し合いというには余りに相手が弱い。

 だが、違う。今の相手は互角の相手。

 女神に見初められ、女神を敬愛し、彼女の一番になるために己を鍛えた。

 自分より強い者は数多くいた。強くなっても、互角の者も数多くいた。

 誰よりも強くなっても知恵による罠で追い詰められたこともある。だがオッタルはその知謀を誉めこそすれ得ようとはしなかった。

 今まで己の身を鍛えていたのだ、今更知恵を得たところで敵う筈など無いのだから。ならばこそ、如何なる策も正面から叩き潰せる力を求めた。

 そのせいで、忘れていた。命のやり取りを、ただ一つの個に、お前より強いのだと吼える行為を。

 

 

 

 この感覚には覚えがある。

 ああ、そうだ。負けたくないのだ!

 あの時とは違う。

 格下であるはずの相手に負けた時とは違う。力も、速さも、しぶとさも、武器の性能も全て互角。

 (ダンジョン)に植え付けられた本能にも勝る衝動。一人の雄として生まれた以上、持っている一つの本能。

 自分はお前より上だ! そう叫びたくて仕方ない。

 

 

 

 その戦闘により地面が砕け吹き飛び、巨大なクレーターが出来上がる。

 一人と一匹の戦闘が街から離れるように移動し続けていなければ今頃この戦争遊戯(ウォーゲーム)は巻き添えで吹き飛んだであろうベルの敗退で幕を閉じていたことだろう。

 確実に地図が描き直される。地盤沈下、大地震、噴火、地殻変動。

 あらゆる地を揺らす大災害の果てに起こる大地の変化が二つの強力な個によって行われる。

 と、大地がひび割れ大量のマグマが吹き出した。

 二人の戦闘に大地が耐えられなかったのだ。その光景はまるで大地が外敵に対して行う反撃。だが──

 

「「邪魔だ……」」

 

 抑えつける。

 噴火とは大地の奥に存在するマントルが圧力をかけられ出口を求め噴き出す現象。

 ひび割れた大地から吹き出そうとしたマグマは上から加えられた圧力で地面深くに押し込められ、流れ出した溶岩は暴風により一瞬で固められる。

 マントルの流れが逆流し、関係ない海底火山などから噴き出す。

 星の裁きすら力業で黙らせた彼等はしかしそんなことなどどうでもよく、直ぐに目の前の敵を見る。

 アステリオスは斧を盾のように使いオッタルの猛攻を防ぐ。オッタルはアステリオスの攻撃を技術を以て捌く。

 

「ウオオオオオオオッ!!」

「ヌ────ッ!」

 

 アステリオスが放つ咆哮(ハウル)。もはや物理的な破壊力すら持つそれに吹き飛ばされそうになるも堪えたオッタルは仕返しとばかりに音速を超える振り払いで衝撃波を飛ばした。

 

「…………流石」

「貴様も……」

 

 どちらも最早満身創痍と言える状態。だが、その目の闘志はいっさい揺るがない。

 

「賞賛しようアステリオス。お前は間違いなく異端児(ゼノス)共の中で、最強だ」

「そちらも、自分が見てきた人間の中で最も強い」

「で、あろうさ。俺は最強、故に【猛者】(王者)だ……だが、お前は間違いなく俺に迫る。我が最大にして最強の好敵手だ」

「それは、些か心苦しいな………自分にとっての最大最強の好敵手は、既に決まっている」

「ほう?」

 

 と、目を細めるオッタル。

 彼の者が認める好敵手と言ったら、実力なら心当たりは多々あるが、おそらく()の事だろう。

 

「彼は、自分より弱かった。だが戦い、挑み、そして勝った。だからこそ尊い、我が好敵手だ」

「寝言は寝て言え。如何に身体能力で、知謀で、心意気で劣っていようと………勝った方が強い。()()()()()()()()()を付けるな」

「………違いない。嗚呼、なればこそ貴方は彼に匹敵する我が好敵手だ。故に倒そう、今度は勝つために……」

 

 ズン! とアステリオスが掲げた斧がその質量を増す。バチバチと黒雷を纏い、隙をさらす。

 だが、オッタルはその隙をつかない。アステリオス同様に己の剣を掲げ魔力を込めて黄金の雷を纏わせる。

 その重量が、質量が増し周囲の空間が、世界が軋みを上げる。

 

「アルデバラン!」

「ヒルディスヴィーニ!」

 

 黒雷と黄金の雷を纏った獲物がぶつかり合い、轟音。

 周辺の国どころか大陸そのものを揺るがす大爆発は星の外からでさえ観測できた。

 そして───

 

「魔力が切れたか………」

 

 限界を迎え砕け散る魔剣を捨てるオッタル。

 

「ギ、ギィ……」

「休め、ラピス」

 

 甲殻が砕けピクピク震える生きた武器(インテリジェンス・ウェポン)にポーションをかけ地面におく。カサカサと離れる相棒を見てから、目の前のオッタルに向き直る。どちらもボロボロ。だが、歩きだし、どちらともなく走り出す。

 

「オオオオ!」

「ブオオオオ!」

 

 ドゴッ! と互いの拳が互いの頬を殴る。仰け反るも、同時に頭突きをかます。

 額の皮膚が破け混じり合う血液。ほぼ同時に身を仰け反らせ頭突き。オッタルが押し負ける。

 追撃に拳を伸ばせば半身を下げかわされると肘が頭に打ち付けられる。が、直ぐに身を持ち上げながら拳を腹に打ち込む。

 オッタルの足が浮かび上がり、オッタルはその腕をつかみ放り投げる。

 

「「───────────ッ!!」」

 

 そのまま殴り合い、最初のやり直しのように互いの拳が再び頬に打ち込まれる。仰け反り、そしてアステリオスだけが勢いそのまま倒れる。

 

「ぐ、が───」

 

 ハッ、ハッと浅い呼吸を繰り返す。指先が僅かに動くだけ。立ち上がれない。

 

「…………嗚呼、負けだ………また、負けた」

「だが今度は生きている。ならば、また鍛えろ」

「……………」

「俺だってそうした。何度負けようと、立ち上がればいい………最終的に勝てるなら、其奴が勝者だ」

「……そうか、そうだな…………」

「……………」

 

 アステリオスが目を閉じ意識を手放す、それを確認したオッタルはその場で腰を下ろす。

 ポーションを飲むが、暫くは無理だ。戦えない。

 休んでから、また戦う。

 

「………降ってきたな」

 

 先程まで二人の戦闘により追い払われていた雲と風が戻ってきた。激しい豪雨が降り注ぐ。

 火照った体を冷やすのには丁度良かった。




Lv.7のオッタルがイシュタルの反応見る限り公式チートなんだから、それより上の今作のオッタルと互角のアステリオスが戦えばそりゃ地図描き直す必要も出てくるわな。そして邪魔者扱いされた星………


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現れない英雄

『あなたも素敵な相手(ひと)に出会えるといいね』

『何時か、お前だけの英雄に巡り逢えるといいな』

 

 素敵な言葉だった。少女が夢見るほどに。

 だけど、夢は夢。泣いても、哭いても英雄は現れなくて、だから少女は剣を執った。執るしかなかった。

 モンスターを殺し尽くすと決めた。自分のように、誰かが泣くことがないように。そして、モンスターを殺し尽くして大切なあの人も取り返すと心に誓った。

 黒い炎が背中を焼き、前に進めと訴える。何時しか出来た仲間の殆どにも話せず、その炎に身を委ねていた日、彼に出会った。

 最初出会った時、彼はボロボロで、ダンジョンに潜り無茶をしてエルフの王族に叱られていた幼い自分を思いだした。

 だからだろうか? その日は、懐かしい過去の、家族の夢を見た。そこから、何となく彼に会いたいと思った。

 二度目は酒場。人狼の青年が彼を馬鹿にしていたが、彼は気にせず一緒にご飯を食べた。その時聞いた話では彼は行く先々で戦争を終わらせてきたんだとか。凄いな、と、そう思った。

 三度目は戦闘後。傷ついた彼を運んで、何があったのかは知らないけど彼が仲間になってくれた。

 風呂場で会った時は驚いたが、その時彼が英雄になりたいというのを知った。

 

『───アイズ、そこにいなさい』

『アイズ、そこにいてくれ』

 

 あの時父と背中が被った。その時までは、まだ父にそっくりな彼に親しみを覚えた程度だったが、約束を守って強敵と戦った後戻ってきてくれたのは嬉しかった。

 カジノに行った時は、見ず知らずの少女を助けた彼に聞いてみた。私を助けてくれるのかと……彼は助けてくれると言った。

 なのに………なのに!

 どうして貴方は()()()にいる!?

 どうしてそんな優しい目で『怪物』の頭を撫でる?

 そんな光景を見せるな。『怪物』が、そんな目で彼を見るな。父を見る目で、人の少女のような目でその人を見るな。

 ()()は私が欲した場所だ!

 ()()は私が欲しかったものだ!

 ()は私のものだ!

 

「──────」

 

 背を焼く黒い炎は、長年彼女を追い立てていたものとは違う。彼女自身知りもしない、身勝手で浅ましく、人間なら誰でも持っている感情。

 本来なら誰もがその言葉に気恥ずかしさとともに暖かさを覚え、しかしそれ故に時に悲劇を招く感情から派生した一つの想い。

 愛するが故に生まれる嫉妬。

 スキルとして具現化する程の嫉妬(想い)を胸に秘め、アイズは剣を構えた。

 

 

 

「……………」

 

 ひりつくような殺気。雨が降り注ぐ中、口が渇き頬を伝い口に入ってきた水を飲む。

 知っている、この感覚を。覚えている、この感情を。

 嘗て無力だった頃出会った熊を前にした時も感じた。抗えない強さを持つ絶対強者が、こちらに殺意を向ける感覚。

 

「─────!」

「ッ!?」

 

 次の瞬間放たれた神速の突きを神の剣で防ぐ。踏ん張っていた足が浮き上がり、吹き飛ばされる。

 

「カハ───ッ! チィ!」

 

 空気を吐き出し、呼吸を整える間もなくアイズの足が迫る。体を転がし、アイズの足が壁を破壊すると同時に地面についている足に向かって切りかかる。が──

 

「ヅァ!」

 

 腕をその足で踏みつけられる。そのまま反対の足で蹴りつけられ肩と肘がミシミシと外れ斯かる。

 

「が!!」

 

 二度目の蹴り。今度こそ関節が外れる。

 三度目の蹴り。皮膚の中で肉が切れる。

 四度目。血管が切れ内出血が起きる。

 五度目。皮膚が裂け血が吹き出る。

 六度───

 

「ガアァァ!」

「────!?」

 

 ウィーネに飛びかかられ蹴りを中断するアイズ。直ぐに切りかかろうとするとベルが操る磁力によって浮き上がったナイフが迫りその場から飛び退く。

 

「助かった、ウィーネ………けど、逃げろ」

「でも!」

「俺は大丈夫だから………」

 

 ベルの言葉にウィーネは躊躇い、しかし邪魔になると判断したのか翼を広げ飛び立つ。

 アイズが其方に視線を向け、同時にベルが雷速で迫る。

 

「────!」

 

 如何にLv.6といえど音よりも遙かに速い一撃には反応が遅れ、今度はアイズが吹き飛ばされる。が、地面を削り耐えきった。

 そのまま直ぐに切りかかってくる。

 高速の薙ぎ払い、ヴェルフの鎧が一瞬で切り裂かれ胸から鮮血が吹き出す。

 袈裟切り、防げない。

 切り上げ、肩に深い傷が生まれる。

 回し蹴り、吹き飛ばされた。

 

「────っぐ……」

 

 こみ上げてくる嘔吐感。内臓が破裂したのか喉の奥から溢れる血を吐き出し、口元を拭う。

 ステイタスの上がり幅が、幾ら何でも異常すぎる。ランクアップでもしたのか?

 だが、だからといってここでベルが負ければ、きっとアイズはウィーネを殺す。それだけの殺気をアイズはウィーネに向けていた。

 

「……………」

 

 いや、ここでベルが勝ってもそれは変わらないだろう。勝敗に関係なくアイズはウィーネを殺そうとする。

 

「………………」

「………どうして………」

「?」

「どうしてそこまで、怪物を庇うの?」

 

 モンスターは殺さなくちゃいけない。私は間違っていない筈だ。

 なのにどうして人間ではなくモンスターを………。どうしてモンスター(彼女)なのだ、どうして人間(自分)ではないのだ。

 

「あのモンスターの爪は誰かを傷つける」

「あのモンスターの翼は多くの人を恐れさせる」

「モンスターは沢山の命を奪う。沢山の人が泣く………」

 

 糾弾で、嫌悪で、拒絶。モンスターに対する世界の認識を語るアイズに、ならとベルは口を開く。

 

「なら俺だって同じだ」

「………え」

「121人と、18505人………」

 

 その数字を、ベルは自嘲するように、懺悔するように呟く。或いは一人の少女を追いつめると知って、その言葉を吐く。

 

「俺の目の前で()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の数だよ……」

「────!」

 

 そう、人を殺した。ああ成る程、ベルは確かに此処に来るまでダンジョンの外のモンスターを殺した。だが、外の世界で殺した数は人間の方が多い。ひょっとしたらダンジョンで殺したモンスターの数も、まだ追い付いていないかもしれない。

 

「でも、それは………闇派閥(イヴィルス)みたいに……」

「ああ、そうだな。人を奴隷として攫う奴が居た。女を欲望のまま犯して、他人の子を痛めつけて、珍しい目や髪、綺麗な手を切り取って飾る奴も居れば人の死体で家具を造る奴も居た……」

 

 他にも、口に出すのも悍ましい事を平然とやってのける者達も居た。

 

「ほら………」

 

 と、安堵したような、その事実に縋るような声を出すアイズ。だが──

 

「それでも其奴等は少数派だ。人を殺すのが一番多かったのは、戦争なんだからな」

「それは、でも……それも……」

「戦争ってのは国と国のぶつかり合いだ。ラキア相手にしていたら解らねーだろうがな……」

 

 戦争というのは成る程確かに片方の国から見れば敵国は悪だろう。何せ兵となった友や家族を殺すのだから。

 

「だけどそれはどちらも同じ事だ。民を救うのに必要だから他国を攻める。民を守るために敵国を滅ぼす……どちらが勝とうと、俺が殺した奴らにゃ家族が居た事実は変わらねー」

「俺の剣は誰かを傷つける」

「俺は誰かの命を奪ってきた。その家族を、恋人を、友を泣かせてきた」

 

 アイズが言ったモンスターの認識、それは戦時中の人間が敵国に向ける認識。

 

「変わらないさ。それが人間なら、其奴個人か其奴の所属する組織か国に恨みを向けて、モンスターならモンスター全体に向けるだけ………その認識の違いは何だと思う?」

「………………」

 

 アイズは答えない。答えられない。答えたくない。

 それを認めるわけにはいかないから。それを認めてしまえば、()()も認めてしまえばいけないから。

 

「理性だ。個性と言い換えてもいいな……ただの獣じゃなく、善悪を区別し、考える。だから、同じ種族でも彼奴は違う、そう思うことが出来る。その種族全てを憎まずにすむ……」

「………やめて、そんなの………そんなのは………」

「お前が認めようが認めまいが知った事じゃねーよ、俺からしたらな………」

 

 耳を塞ぎ首を振るアイズ。脅えるような子供の姿にしかしベルは躊躇わない。

 

「だから俺は異端児(ゼノス)達を俺達と同じと判断する………そして、こっちを救おうとする以上そちらの悪にならなきゃいけないのも理解してる。全部救えるほど、俺は強くない」

 

 だから───

 

「俺は俺が救おうとする奴を殺そうとするお前を、()()()()()()()()

「────」

 

 ああ、そうか。

 そうなのか。

 彼はそっちを守るのか。こっちを殺してでも、そっちを守ろうとするのか。

 

「───モウ、良イ」

 

 少女の前には英雄は現れなかった。

 

「───モウ、諦メルカラ」

 

 少女ノ前ニハ英雄ハ現レナカッタ。

 

『あなたも素敵な相手(ひと)に出会えるといいね』

『何時か、お前だけの英雄に巡り逢えるといいな』

 

 ショウジョノマエニハエイユウハアラワレナカッタ。

 

「───期待なんてしない。英雄ガ現れないから、私は剣を執ったんだから」

 

 少女の前には英雄は現れない。

 

「──全部、私が殺す。全部私が終わらせる。だから……」

「───だから、お願いだから……私の前から消えて」

 

 なのにあの竜の少女には英雄が現れた。

 自分の英雄になって欲しかった少年が英雄として。

 ゾワリと、アイズの肌に漆黒の蛇の紋様が走る。

 

「───お願いだから……死んで、ベル」



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人魚姫

因みに【嫉妬の龍】は作中一番の新チートスキル。詳細をちゃんと読めば解るはず


「ねえロキ………」

 

 鏡に映される光景を見ながらフレイヤが呟く。

 

「あの子何時の間にランクアップしたの?」

「してへんよ。ああいうスキルや」

「ふぅん……」

 

 と、ロキの言葉にフレイヤが笑みを深める。

 アイズは圧倒的な力で冒険者達を倒していた。Lv.6というのは確かに強力な存在だが、明らかにそれだけでは説明が付かない強さ。

 

「ねえロキ、貴方はアビリティの限界値っていったいなんだと思う?」

「なんや藪から棒に……」

「あれって、同じ値でも個人によっては違うじゃない?」

「せやな………なら、その個人が成長できる限界値なんやないの?」

「そう、それを越えるために器を昇華させる………まあ、ベルみたいに限界を超えちゃう子もいるけど、きっと殆ど、それこそベルしか居ないんじゃないかしら………まあ、ベルもその後直ぐにランクアップして器を昇華させてきたわけだけど」

「何が言いたいんや?」

 

 ベルのことを全部調べているらしいフレイヤにロキが不機嫌そうに聞き返すがフレイヤは微笑を浮かべたまま鏡に映るアイズを見る。何時の間にかベルが彼女の前に現れていた。

 

「じゃあ、器を破らず殻の中で大きくなろうとしている雛鳥は、果たしてどうなるのかしらね?」

「──────」

「あの子のスキル………彼処まで強力なら条件付きよね? 何かしら?」

「………………」

「当てて上げましょうか? ベルの事でしょう?」

 

 言葉に詰まるロキに対してフレイヤはクスクス笑う。

 

「ねぇ、ロキは『人魚姫』を知ってる?」

「『人魚姫』ェ?」

「そう。まだモンスターが地上に蔓延るよりも遥かに昔の『古代』よりも前の物語」

 

 内容としては、この時代からすればあまりにも馬鹿らしい物語。故に廃れ、最早誰の記憶にも残らない物語。

 

「人の王子に恋をした人魚が魔女に頼み人の姿を得て王子に会いに行く。でも対価に声を差しだし、思いを伝えることが出来ずに王子は隣国の姫と結婚してしまう」

「なんやバッドエンドかい………」

「どちらかというとデッドエンドね。だって、人魚姫は王子と結ばれなければ泡となって死んでしまうんだもの。もちろん、助かる方法はあったのよ? 王子と会うためだもの、その王子が居なければ契約は破棄できる」

 

 けど人魚姫は愛する王子を殺すことが出来ず、海に飛び込み泡となって消えた。その心の優しさ故か風の精になって飛んでいったという。

 

アイズ(あの子)はどうするのかしら? 王子様(ベル)を殺して生き延びるのか、殺せず消えてしまうのか………」

 

 美神の微笑にロキは鏡を見る。

 

「………そんな事、起きへんよ…」

「起きて欲しくないだけでしょう?」

「……………………」

 

 

 

 あの蛇は………この感覚は、知っている。

 他でもない、己が持っていたスキルの気配。

 

「……ッ!」

 

 体に這う蛇の紋様。だが、自分のスキルだったからこそ抵抗(レジスト)する。アイズの皮膚が弾けるが、完全に発動する前だからか傷は僅か。

 

「……………」

「…………?」

 

 ゾワリと気配が広がる。しかしベルの体に異変はない。ベルには───

 

 

 

「────?」

 

 ウィーネはガクリと膝を突く。唐突に、体から力が抜ける。何かに巻き付かれたような違和感、体を見れば蛇の様な紋様が巻き付いていた。

 

 

「が───!?」

「ベートさん!? 何、この蛇?」

 

 ベートが突如苦しみだし、その体に蛇の紋様が走る。リーネが慌てて治癒魔法を使うが効果はない。

 

 

「っ───」

「リド!? ドウシ、グ──」

「つぅ──」

「何だ、これは……」

「何じゃ、お主等急にどうした?」

「おい、ヴェル吉………動けるか?」

「無理だ、この妙な紋様出てる奴、全員動けねー……」

 

 突然倒れ込んだ敵に困惑するガレス。彼等の肌には黒い蛇が走っていた。

 

 

 

「…………?」

「レフィーヤ?」

 

 今まさに魔法を重ね合わせて発動しようとしていたレフィーヤがその場で膝を突く。魔法暴発(イグニス・ファトゥス)を起こすかと思いきやたまっていた魔力が霧散する。

 

「何だ、何が起きた……」

 

 と、リヴェリアもまた脱力感に膝を突く。この場では、後はフィルヴィスが倒れていた。

 三人の共通点は肌に現れた呪印のような黒い蛇。

 

 

「これ、は………ベル? でも、無くしたって……」

「ティオナ!? これって……ベルの?」

 

 体に巻き付く蛇の紋様。嘗て経験のあるそれにベルの姿が思い浮かぶが、彼はこのスキルを失っていたはず。

 

 

 

 彼等だけではない。ボールスが、気絶したリリ達にもその紋様が現れていた。

 

 

 羨ましい。

 彼に救われる怪物達が。

 妬ましい。

 彼を理解し共に歩む者達が。

 憎らしい。

 彼に娘と呼ばれたヴィーヴルが。

 彼と仲の良い、彼を理解していたであろう人狼が、彼を理解しようとしていたハイエルフが、彼と共に歩き世界を、自分達を敵に回した少女達が、嫉ましい。

 

 

 

「………何だ、それは……」

 

 感じる圧倒的な気配。ベルは目を見開き問い掛ける。

 明らかに一人から奪った力ではない。断じて、一人から奪った程度で得られる力ではない。

 

「──行くよ」

「─────」

 

 左胸から右脇腹にかけて、その下からの感触が消えた。見れば切り裂かれていた。

 

「────!!?」

 

 即座に再生し繋げると同時にアイズの突きが迫る。

 

【導け】(エルトール)!」

 

 即座に雷速の移動。暴風が街並みを破壊する。

 距離は取った。だが、あの速さにはあってないようなもの。即座にチャージを開始するベル。と、アイズが剣を振るう。再び起こる暴風。ベルの目の前に瓦礫を含んだ風の津波が迫り即座に上空に飛ぶ。

 ()よりベルの方が疾い。ギリギリで、かわせる。と、アイズがベルに片腕を向けた。

 

「【()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()】」

()()()】」

 

 ──………は?

 

 紡がれた歌に思考が固まるベル。彼もよく知る詠唱。ベル以上に()()との付き合いが長いアイズなら暗記していても不思議ではない詠唱。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】」

「そうか、()()()()()()()()────!?」

 

 力、耐久、器用、俊敏、魔力を指すアビリティではなく、ステイタス………。

 

「【アルクス・レイ】」

「───!?」

 

 光速の矢が放たれる。

 数多く、それこそ魔力に秀でたエルフの女王やその弟子からもステイタスを奪った『魔力』と、発展アビリティの魔導に魔法効果増幅のスキル。

 長文詠唱に匹敵する圧倒的な破壊力を秘めた魔法。

 

「───づぁ……あぁぁぁぁ!!」

 

 左腕を突き出す。

 一瞬で指が蒸発して掌が消える。

 【不屈の闘志】(ベルセルク)で腕を急速に回復させ、魔法を逸らす。

 

「凄いね、蜥蜴みたい」

「ぐっ!?」

 

 迫り来る暴風に塵屑のように吹き飛ばされる。が、落下せずその場で浮き上がる。同時にアイズが迫ってきた。

 剣を振り下ろし、下向きの風が地面を陥没させた。

 

【迸れ】(エルトール)!」

 

 黒雷を纏うベル。身体能力を大幅に増加させ、発展アビリティの格上特攻で攻撃力を増し、アイズの一撃をなんとか逸らす。

 

「ふっ!」

「があ!!」

 

 逸らされた勢いをそのまま蹴りを放つアイズ。背骨が折れ吹き飛ばされる。

 吹き飛んだベルに追いつき、ベルを蹴り落とし、地面に接触する前にベルの体が浮き上がる。アイズがすぐさま追う。

 再び雷速で飛び距離を取るベル。チャージを行い、アイズと反対方向に駆ける。

 とにかく距離を取れ、距離を取って力を溜めろ。あれを使った自分だからこそ解る。規格外の力は、本人の肉体が耐えられない。風よりは自分の方が疾い。とにかく時間を稼げ──

 勝てる可能性はそれしかない。

 魔法なら詠唱で先に来ることが解る。先程は驚愕し遅れを取ったが………

 そして、アイズは───

 

【目覚めよ】(テンペスト)………」

 

 この戦争遊戯(ウォーゲーム)()()()()()()()()()()()()()()()()

()()

 

「─────」

 

 破壊の()が迫り来る。避ける場など無い面の攻撃。圧倒的な破壊の奔流に為すすべもなく飲み込まれ、ズタズタに引き裂かれた。




因みにこのスキル、確かに干渉関係なくアイズがこの世界に再顕現させたスキルだけど、元はベルのなのよね


アイズ「今のはエアリアルじゃない、剣圧だ………」


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 『そのスキル』は、()()()()()()()()()()()()の願いが、想いが、()()()()()()()()()により生まれたスキル。

 この世界の神の恩恵から生まれた故に、この世界に刻まれた。しかしそのスキルの核となったのは異世界の魂の意志。

 故に彼女の意志がそのスキルを自身に刻み、道を造ってしまった。

 

 

 

──やってくれる。このままじゃ思い通りにならないから、どうしたって力が必要になるようにする気か──

 

 

(………誰の声だ?)

 

 目を開けると降り注ぐ雨と濃い曇天が見える。

 

(赤い? ああ、俺の血か……)

 

 全身から血が流れている。

 痛い、熱い、やっぱり寒い。

 血の気が失せる。

 苦しい。怖い。死ぬのが怖い。もう英雄にはどうせなれないんだ。逃げたい死にたくない死にたくない。

 けど───

 

「───ッ、ハ……」

 

 死にたくないけど、死なせたくない。

 傷を治す。血を作る。魔力と体力を大幅に消耗するがポーションを飲み込み回復すると立ち上がる。

 まだ生きている。なら、まだ戦える。

 

 

 

 

「────まだ」

 

 【砕けた幻想】(スキル)が教えてくれる。ベルがまだ生きていると。

 

「───ケホ」

 

 咳き込むと湿った感触がする。見れば掌が赤く濡れていた。

 

「────ッ───ハ──」

 

 肉体が悲鳴を上げる。全身の骨に罅が入ったような不快感。肉が千切れそうな激痛。だが、不意にすっと消える。

 

──壊れちゃ駄目。私の玩具、相手はあっち。ほら、壊して?──

 

 自分の声の自分の口調を持った『ナニカ』の声。その不快感に、明らかに異端なそれに魂が軋み上げる。だが、不思議とその声に従わねばという思いが溢れる。けど───

 

「五月蝿い………言われなくても解ってる」

 

 言われるまでもない。

 これ以上は耐えられない。

 彼が生きているのが耐えられない。

 彼が怪物を守ろうとするのを見るのが耐えられない。

 彼が怪物を救おうとするのが耐えられない。

 それは紛れもない彼女の本心だ。

 

「誰、だか……知らないけど、力だけ渡せばいい」

 

 と、アイズが歩き出した瞬間黒雷が飛んでくる。剣で薙ぎ、同時にベルの蹴りが迫る。

 単純な速度故の威力に押されそうになるも数セルチで止め、足を掴み地面に叩きつける。

 

「が!? この……!」

「───!?」

 

 と、ベルが腕を振るうと同時に鋼色の煙が現れる。咄嗟に距離を取るも熱を感じない。即座に切りかかり、煙に剣が防がれた。

 

「───アダマンタイト?」

 

 そう、あの煙のようなものはアダマンタイトの粉末だ。

 ベルが磁力を使い剣に変えると振り下ろす。元が粉末故にリーチなど意味がなく、切れ味は自分の剣に匹敵する。

 しかも一本、二本ではない。恐らくかなり高いであろうそれを出し惜しみもなく使った。無数に現れる粉末の剣を前にアイズは───

 

【目覚めよ】(テンペスト)

 

 ただ一言。それだけで彼女を包むように発生した風の盾はアダマンタイトの煙を消し飛ばしベルを吹き飛ばす。

 攻防一体というより、防御した結果吹き飛ばしてしまっただけ。それだけの圧倒的な風量を前にベルはやはり距離を取る。アイズも即座に追いかける。

 星の磁界を泳ぐ黒雷の翼と大気を捉える風の翼を持った二体の精霊の力を持つ者達が上空でぶつかり合う。

 雷が、風がぶつかり合う度にまき散らされる様はまさしく圧縮された嵐。先程の、オッタルとアステリオスの戦闘が大地による災害なら此方は天候による災害。

 しかし互角ではない。片方はほぼ不死と言っても良いレベルの回復力で食いつないでいるだけ。

 

【猛け狂え】(エルトォォォル)!!」

【荒れ狂え】(テンペスト)

 

 轟雷と暴風がぶつかり合い、轟雷が弾かれ暴風の斬撃がベルの体を切り裂く。それでも威力は僅かに減らせたのか両断し切らず即座にその場から離れる。

 チャージは限界まで終わった。だが、足りない。格上特攻も、【反英雄】(ビースター)による攻撃の補正も、目の前の化け物(アイズ)を殺しきるには至らない。

 

【集え】(エルトール)

 

 曇天に向かって黒雷の翼が延びる。黒い雲が一際強く輝き、()()()()()。雷雲の中に秘められていた全ての雷をその身に宿す。時間にして0.1から2の間。しかしそれは余りに遅い。

 嘗てオッタルが雷速のベルを捉えたように『理不尽』の域に達した強さを持つ者達からすれば圧倒的な隙。それを火力で無理矢理押しつぶす。

 

「─────!」

 

 光の柱と形容するべき轟雷に押しとばされる。街より彼方に吹き飛ばされ地面を抉るアイズ。その身には明らかに重傷と呼べるダメージを負っていた。

 

「…………」

 

 空を見上げる。

 佇むは嵐に宿る雷全てを喰らい己の身を焼く雷精。目は離さなかった。なのに目の前にいた。

 

「────ぐっ!」

 

 神の剣が閃くと同時に爆雷。二重の威力に吹き飛ばされるアイズ。ベルは己を内と外から焼きながらも吹き飛んだアイズの腹に蹴りを放つ。

 

「カ────ッ!!」

 

 全身に雷が絡みつき体が痺れる。

 ベルが片手を持ち上げると、そこに生まれるは雷の槍。腕が加速度的に焼けていき炭化し、無理矢理内側から治す。

 まるで黒い鱗を持った龍の腕。生まれた槍も黒く染まっていく。

 

【目覚めよ】(テンペスト)

 

 だが、まだ形は定まっていない。それでも近づけないが、時間はある。

 

【吹き荒れろ】(テンペスト)

 

 周囲の風が集う。風の精霊が、一人の英雄に恩恵を与えるようにアイズの一身に集まっていく。

 

【荒れ狂え】(テンペスト)

 

 アイズの頬が、肌が風により切り裂かれる。母との絆の証である筈の『風』が彼女を傷つける。まるで叱るように。しかし彼女は止まらない。

 

「リル───」

 

 濃縮された空気がプラズマを生む。青白く輝く圧縮された嵐の暴風が狙うは雷精。

 

「ケラウノスゥゥゥゥ!」

「ラファァァァガァァァ!」

 

 黒雷の大槍と白風の矢がぶつかり合う。

 超音速で弾き飛ばされる地面が一瞬で溶ける。

 雷を喰われ、風を全て利用された嵐は一瞬で消え去る。山々が爆発に飲み込まれ、河が消し飛び、湖が消える。此方もまた地図を書き換えるような大破壊。大陸に大穴を開ける大爆発の中心に、立つのは一人。

 

「────ハァ──ハ──」

 

 全身に火傷を負いながら、フラフラと歩く金髪の剣士。倒れたベルの右腕は完全に消滅しており、全身はアイズ以上に焼けていて所々炭化している。火傷無効でも防ぎ切れなかったのだろう。

 

「──────」

「ア───」

 

 アイズの指が、ベルの首に這う。ゴホゴホ咳き込めば血を吐き出し、しかし指に力を込める。

 ベルの体に黒い蛇の紋様が走り、アイズの傷が急速に癒されていく。逆に、ギリギリ生き繋いでいたベルの肉体が死に向かっていく。

 目を見開く力も暴れる力も残っていない。込められる力が上がっていき、ゴキリと首が折れる。

 

「………あ」

 

 背の手を離し、ペタンと腰を落とす。死んだ。心臓が止まった。生命活動が停止した。他でもない、アイズの手で。

 

「ウッ!? ゲホ、ゴホ!」

 

 ボタボタと口から血が溢れる。目と鼻からも血が流れ、視界が歪む。

 だが、まだ立てる。動ける。残った怪物達を────

 

「───!」

 

 と、ベルに向かって何かが空から降ってきた。龍の翼を生やした少女。歩くことすら億劫な蛇に蝕まれた身でありながら、ここまで飛んできたらしい。

 ベルの体に覆い被さり、アイズを睨む。

 

「フ────! フゥゥゥ!」

 

 獣の様に唸る。我が子を守る母猫のように、傷ついた親を守る子猫のように。

 だがアイズの瞳には醜い『怪物』しか映らない。

 

「諦めて。もう終わったの……貴方達の、怪物の英雄は死んだ」

「違、う……」

「………?」

「お父さんは、英雄なんかじゃない……」

「何を──」

 

 英雄だったろう、お前達にとっては。

 確かに人間から見れば怪物を守り、地上に導く大罪人。だが、お前達にも心があるというなら、憧憬があるというのならベル・クラネルは間違いなく英雄だったろう。

 『背中』が熱を持つ。アイズの【復讐姫】(スキル)ががなり立てる。

 

「お父さんは、家族だもん………英雄なんかにならなくても良い。ずっと一緒にいてくれれば良かった」

「──────」

 

 それは嘗て幼いアイズが何度も思った願い。

 夢を見る度に、悪夢を見る度に少女(アイズ)は何度も叫ぶのだ。

 

 そっちに行かないで!

 ここにいて!

 そっちに行ったら死んでしまう。だから、ずっとこっちに、自分と居てくれ!

 

 何度も願った。何度も望んだ。それでも夢の中で、何度も失った。

 助けてと叫んで、誰も来ず、アイズは何時も泣きながら目を覚ます。だからアイズは───

 

「────」

 

 剣を取った。

 アイズ(ヴィーヴル)は、(ベル)の剣を取ったのだ。

 

「あ───」

 

 呼吸が詰まる。

 脅えたように、一歩後ずさる。ああ、あの目だ。あの目が怖くて仕方ない。見たくなくて、仕方ない。

 英雄が現れないなら、己で果たすと誓った目。その苦しみを知るアイズが、誰にもさせないと誓った目。

 重なってしまった。ベル()の時と同じように。目の前の()()自分(少女)の姿が重なる。

 

「何で───」

 

 何でそこにいる。弱い自分(お ま え)はもう、殺した筈だ。捨てたはずだ! なのに何でまだそこにいる。

 やめろ! やめろ! やめて。

 違う、違う違う! こんなのは嘘だ。こんなのは、アイズが求める怪物じゃない。

 だからやめてくれ。思ってしまう。ベルは正しかったのだと。

 

「………………ぁぁ……」

 

 ベルは間違っていなかったのだと。

 

「ぁぁ………」

 

 目に前の少女は、自分と何も変わらないのだと。

 

「んぁっ……あ、あぁ………うわああああアアアアん! ああああああああああああ、ひぐ……わあああああ!!」

 

 何で、こうなったのだろう。どこから違った、自分と少年の道は。

 認めれば良かったのか? 怪物達を?

 無理だ。言葉だけでは認められない。受け入れられない。

 今になって漸く、でも遅すぎた。

 嵐は先ほど自分達が消し飛ばした。なら、この頬を濡らす水の正体は一つだけ。

 それでもなお、止めることなど出来なかった。

 

 

 

 泣き声が聞こえる。

 良く知っている声のような気がする。すぐ近く。手を伸ばせば届くだろうに、体は動かない。

 五感が遠ざかっていく。視界が霞み、寒さも感じなくなり、音も小さくなっていく。

 

──おお勇者よ、死んでしまうとは情けない………だっけ、こういう時に言うの──

 

 そんな中、やけにその声ははっきりと聞こえた。



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ベル・クラネル

「やあ……」

「…………」

 

 真っ白な空間の中で自分と瓜二つの少年が笑顔で手を振ってきた。

 

「何だ、お前……」

「僕? 僕は僕さ……ベル・クラネル」

 

 ニコリと微笑む『ベル・クラネル』。

 此奴は()()。自分がつくった幻影でも、その皮を被った『ナニカ』とも違う。だが、何だ此奴は?

 

「だからベル・クラネルだってば。君が生まれた時からずっと一緒にいたんだよ?」

 

 と、『ベル・クラネル』は不服そうに言う。その言葉にベルは目を見開いた。

 

「まさか、お前……本物なのか?」

「本物? 君の言う本物の定義が君が生まれなければその体で人生を歩んでいた者を指すなら、まあ僕は()()()()()()本物なのかもね」

「…………そうか」

「……?」

 

 どこか達観したようなベルの態度に『ベル』は首を傾げた。

 

「恨み言でも言いに来たか? 体を取り返しに来たか? どちらにしろ、好きにしろ」

「え、何で?」

「………は?」

 

 心底不思議そうな顔をする『ベル』にベルは呆ける。体を取り返しに来たのではないのか? 恨み言を言うために来たのではないのか?

 

「いや、そんな反応されても………と、そろそろ来るか。時間がない、来て!」

 

 と、ベルの手首を掴む『ベル』。そのまま真っ白な空間を進む。不意に後ろを振り返ると、『ナニカ』が迫る。それを見た『ベル』はベルと位置を入れ替え迫る『ナニカ』に触れる。バチン、と『ナニカ』は弾かれるように吹き飛んでいった。

 

「あれは本来此方に干渉できないらしいからね。でも、干渉できてしまえば此方の者にとっても危険な存在だ……干渉しているだけでも」

「何を………」

「まあまあ。幸い走馬燈には時間なんて概念無いからね。思い出そうよ、君の原点を」

「原点?」

「君が英雄を目指す原点だよ」

「………目指すのは、当然だろ。俺はお前の人跡を奪って……」

「嘘が下手だなぁ。君は前世から、ずっと英雄になりたがってたじゃないか」

 

 

 

 

「なあ婆ちゃん、婆ちゃんは何で爺ちゃんの英雄なんだ?」

 

 それは祖父に出された問題が解らず、祖母に聞いた場面。

 孫の言葉に祖母は困惑していた。

 

「爺ちゃんが言ってたんだ。婆ちゃんは自分の英雄だって」

「あらまあ、あの人ったらそんな昔の話を………」

 

 と、頬に手を当て呆れる祖母。その頬はどこか緩んで見える。

 

「別に大したことはしてないわ。あの人が昔パイロットだったのは知ってるかしら? それで、墜落して山に取り残されたあの人をお世話してたの」

「………戦時中だろ?」

「ええ。でも、あの人の仲間達は全員私の国が撃ち落として殺したわ」

「それは、でも………」

「ええ、戦争なんだから当たり前。でもね、戦争って言うのは正義と正義のぶつかり合いなの。どちらも祖国のために、って……たまったものじゃないわ」

 

 目を細め、空を見上げる祖母の瞳はどこか悲しげに見える。孫は何も言えず、その言葉を聞く。

 

「だから私は、あの人を山の小屋に匿っていたの。それだけなの………」

「それだけ?」

「ええ。村人達にバレたら大変。処刑されてたかもしれない………でも、それだけなのよ。それなのにあの人ったら……」

 

 やはり、解らない。確かに自身の危険も省みずに助けられたのだろうが、それは恩人なのではないだろうか?

 

「それでも、あの人から見れば私は英雄なんだって……」

「………英雄」

 

 

 

 

 場面は変わる。

 くすんだ金髪の少年は同年代の少年や、一周りも大きい高校生も纏めてぶっ飛ばす。

 ひとしきりぶっ飛ばすと呆れたような顔の別の少年がやってきた。

 

「相変わらず強えーなお前」

「此奴等が素人なんだよ。こちとら退役軍人の孫だぞ」

「で、此奴等は何したんだ?」

「喧嘩売ってきたからぶっ飛ばした」

「いっそ髪染めろよ」

「やだね」

 

 即答した親友に呆れる少年。まあ、見た目で喧嘩を売る向こうが悪いか、と諦める。

 

「お前さ、そんなに強いんだから将来格闘技選手にでもなったらどうだ?」

「馬鹿言え、将来の夢は決まってる」

 

 

 

 

「自衛官になりたいって言ったら喧嘩したから住ませてくれ」

「………は?」

 

 婆さんの遺影の前で唐突に孫がこぼした言葉に唖然とする祖父。一体何がどうなってそうなった。

 

「俺は強いからな。人を守る仕事に就きたい」

「………ワシの影響か?」

「そうと言えばそうだけど、じいちゃん、俺は英雄になりたいんだ」

 

 と、恥ずかしげも無く言い切る孫。隣に座り、婆さんの遺影に手を合わせる。

 

「爺ちゃんにとって英雄はさ、婆ちゃんなんだろ? 婆ちゃんが爺ちゃんを助けたから、誰がなんと言おうと、婆ちゃんは爺ちゃんの英雄」

「……………」

「それってさ、凄い格好いいと思ったんだ。だって、英雄ってのは誰かを守った奴のことなんだろ?」

「………うむ」

「世界全部救う、なんて言うつもりはねーよ。俺は、強いけどそこまで強くない。でも、目に見える奴らを守れるぐらい強いからさ……」

「そうか」

「爺ちゃんもそうだろ? パイロットになるの、大変なのになるぐらいだしさ」

「国のためとは思わんのか?」

「愛国心強いなら婆ちゃんと結婚するかよ」

 

 そう言って笑う孫の頭をグシャグシャ乱暴に撫でる祖父。

 

「まあなぁ。よし、(りん)! 国など気にするな! 守りたいものだけ守ればいい。そして、救いたいものだけ救え。だがな鈴、救いたいと、守りたいと思ったならその思いだけは裏切るなよ?」

 

 鈴。それが少年の名前。(ベル)を意味する名前。その名の由来は───

 

 

 

「………もう一つ聞きたいんだけど、俺の名前の由来って、何?」

「うむ。それはな」

 

 もう一人の祖父に、そう聞いた。この名前の由来は、ずっと気になっていた。それが原作で決まっていたとしても、だってこの名前は前世と同じなのだから。

 

 

 

「戦後間もない時代。きっと一代では互いに思うこともあるだろう。だがお前は次の時代に生きる者だ。そして、どちらの血も引いている。手を組める時代が来た証拠だ」

 

 

「英雄が溢れた時代ではあるが、足りん。まだな………(きた)るべき災厄に備えるには英雄が増えるだけでは足りんのだよ。一つにする者が要る。それはつまり【ファミリア】同士、冒険者同士の競争心を無くさせる者……」

「【ファミリア】同士の争いなんて昔っからだろ? 俺が生まれる前も【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】ってのが二つの【ファミリア】に潰されたんだろ? その二つがやられた黒龍って超強いモンスターだって負傷してるだろうに無視して」

「そうなんじゃよなぁ………仲良く出来んのか」

「で、名前の由来は?」

 

 と、呆れたようにため息をつく祖父に孫は再び尋ねる

 

「うむ。神の恩恵により手を組むことを忘れた者達に再び集まる時代だと伝える必要がある」

 

 

「「その時代を告げる鐘になる………そんな意味を込めての名だ」」

 

 

 

 

「思い出した? 君が英雄になろうとした本当の理由」

「…………ああ」

 

 そうだった。自分は、手の届く範囲の者達を守りたいと願った。英雄そのものになろうとした訳じゃない。誰かを守るというのが誰かの英雄なんだと、そう思っただけだ。

 

「だけど、お前は何で俺から体を取り返そうとしない? 恨んでるはずだろ、憎んでるはずだろ!?」

「………何で?」

「………は?」

「僕は君の前世の記憶も見てきたけど、君がこっちでやってきた事も見たよ。君は沢山救ってきたじゃないか………なのに罪悪感とか感じてさ………それって助けた人達に失礼じゃないかな?」

「それは………」

 

 言い返せない。『ベル』の言うとおりだ。

 助けたことを後悔してると言うようなものだ。

 

「それにさ、渡されても困るんだよね。今の君の居場所は君がつくったものじゃないか。そんなの渡されても困るだけだよ」

「……………」

「それとも君はそんなに簡単に渡していいの? 今の場所を」

「…………………」

「ねえ、どうなの?」

「………渡したく、ない」

 

 問いかけられ、思い出すのはこれまで出会った者達。自分の我が儘を聞いてくれた主神、ついてきてくれたアマゾネス。兄のような人狼。最初に誰にも譲りたくないと思った戦闘をしたミノタウロス。お調子者の神に、行きつけの店の店員達。何かと世話になったハーフエルフ。

 母のような者も居たし、娘だって出来た。本来なら『本物』の祖父になったであろう祖父だって、エルフの少女だって渡したくない。渡してしまえば後悔する。

 

「だけど、これは全部お前が手に入れるべきモノだろ!? そりゃ、会わない奴だって居たかもしれないし、仲の悪い奴だって居たかもしれない。でも、全部お前が感じて、見て、選んで………」

「そうだね。僕が歩んで、感じて、見て、聞いて、選んで君とは違った人間関係を築いてた。でも、もう君が歩んだ道だ。渡すなよ、誰にも……」

「そんなこと、していいのか? 俺は、お前の手にするべき人生を奪って、なのに何で笑ってられるんだよ……」

「君の人生を見てきたからね。僕なら救えたから、なんて理由もあるんだろうけど、君は沢山救ってきたじゃないか」

「……でも、お前ならきっと」

「さあ? 解んないよ、僕は実際この世界に何かを残した訳じゃないからね。だから、僕と比べるなよ………君が歩いた道じゃないか」

 

 それで、君はこれからどうしたい? と問いかけてくる『ベル』。

 

「これからたって………俺はもう……」

「閉じてないよ。僕のを上げる……これで治せるはずだ」

「………何?」

「肉体は同じだ。僕にだって、神の恩恵(ファルナ)が刻まれている。ずっと傍観しているだけだったけど、君の冒険を、だよ? 経験値(エクセリア)は十分たまっている」

「………それだけか? お前は、それですませようとしてるのか?」

 

 とてもではないが、そうは見えない。もっと別の何かを渡そうとしている、そういう風に見える。

 

「勘が鋭いね。僕が君に渡そうと思ってるのは、全部だ……僕という人格、記憶そのものを君に渡す。まあ、僕は君の記憶にある漫画とか読むしかしてなかったけどね」

「なんで!? 経験値(エクセリア)だけで十分だろ!?」

「君を転生させたあれは、元来此方に干渉できない存在だ。だから、君が此方に染まるほど干渉力もなくなる。僕の全てを取り込めば、もう関わってこれないよ」

「でも、なら時間をおけば………」

「どうかな。今回、無理して此方の住人に干渉していた………ひょっとしたら、もうなりふり構わないかもしれない。だから、受け取ってくれないかな?」

 

 何よりこの記憶は元来ベル・クラネルのもの。それを主観的に見ていた記憶が一つ増えるだけ、きっと何の問題もないだろう。

 

「本来僕はそこにあるだけの魂なんだ。考えることは疎か、感じることも出来ない。でも、君がずっと思っていてくれた。僕の体を取ってしまったって、自分を責めて無意識に僕に外を見せてくれた。恩を返したいんだ」

「恩なんて、俺は……」

「うーん。君は本当に面倒くさいな。なら、とりあえずこの言葉だけは受け取ってくれないかな?」

 

 と、『ベル』は笑う。

 

「───────────」

「───?」

「解った? もう一度言うよ? 受け取ってくれ。そして、君は君のやりたいように生きてくれ。君は、何がしたい?」

「………俺は、助けたい。ウィーネ達も、手の届く範囲全て」

「それはどうして?」

「俺が────」

 

 ベル・クラネルだから? いや、違う。そうではない。何で助けたい?

 

「───俺が俺だから」

「そうだよ。それでこそ()だ!」

 

 と、手を差し出してくるベル。ベルはその手を取る。

 流れ込んでくる記憶や感情。ベルは笑う。

 

「頑張れ。まずは、泣かせた女の子を救ってきなよ」

「───ああ。がんばるよ」

 

 俺がそうしたいんだから。

 

 

 

 

 

「───さて、出てきなよ」

 

 と、ベルが振り返ると白い空間に『ナニカ』が現れる。二次元の者が三次元の者を理解できないように、姿を感じることの出来ない何かが。

 

───やってくれたな──

「彼が選んだ道だ。神気取りで、引っかき回すな……」

──どうかな、俺なら彼奴を誰よりも強くできる。神話に至る英雄に出来る。俺なら───!?──

 

 ゴシャ、と『ナニカ』にベルの拳がめり込む。

 二次元の者が三次元に干渉できぬように、三次元の者も二次元に入ることなど本来は出来ない。魂の質が似ている故に世界を騙し、それを起点に干渉しようと生粋のこの世の魂であるベルに触れられ世界による拒絶反応で弾かれる『ナニカ』。

 

──後悔しろ、絶望しろ! 俺の力がなきゃ、あの女は倒せない!──

 

「倒さないよ。彼は救うんだから──お前はもう帰れ」

 

──忌々しい、下位世界の奴隷が───!──

 

 遠ざかる声に目を細めるベル。成る程彼は確かに、本来ならベル・クラネルになっていた存在だ。そして同時に、自意識を持ってしまったその日からこの世界の奴隷。異物を排除する為に異物が干渉してくるベルが異物に飲まれぬようにする防衛機構。

 その役割ももう終わりだろうが。

 

「うん。きっと、君はあの人を救おうとするんだろうね。だからやっぱり僕は思うよ───」

 

──君が(ベル)に憑依して英雄を目指したのは、間違いなんかじゃなかったんだって──

 

「さ、罪悪感による最後の鎖はとれたろ? 後は好き勝手、やりたいようにやればいい。君の人生だ!」



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鐘楼

更新遅れてすいません


 ウィーネは困惑していた。突然泣き出した父の敵の少女に、どうすればいいのか解らない。

 ふざけるな! と叫べばいいのだろうか?

 何を今更! と責めればいいのだろうか?

 解らない。だって、その姿は父と初めて会った時を思い出してしまう、とても悲しそうな姿だったから。

 

「───っ、ああ……うるせぇ」

「………え?」

「あああ────あれ?」

 

 その声に2人は同じ方向を見る。声を発したのは、首が曲がったベル。片腕が動き頭を押さえるとゴキリと音が鳴り、立ち上がる。首はもう折れていなかった。

 

「なん……で……だって……」

 

 確かに死んだはずだ。ベルの生死によってその機能を止める【砕けた幻想】(スキル)は確かに効力を失っていた。なのに……

 

「ああ、まあ……一度死んだよ。おかげさまでな」

 

 魔力だって尽きていたはずだ。体力も同様に。その二つをなくしてどうやって……。いや、そもそも蛇の効力が消えたのは彼が死んでからの筈……

 

「けど、もらった。魔力も体力も………人生も、ちゃんと受け取ってきた」

 

 全身の傷が治っていく。それだけではない、今まで消えなかった古傷まで消えていく。と、そんなベルに抱き付くウィーネ。

 

「お父さん……お父さんお父さんお父さん!」

「とと……大丈夫だウィーネ、幽霊じゃないから」

「……………」

「───!?」

 

 抱き付くウィーネの頭を撫でるベルを見て、また背中が熱くなる。ウィーネを蝕む蛇がうねり、ウィーネが顔をしかめた。

 

「………あ……違──」

 

 何が違うの? 嫉妬したんでしょ、あの光景に。何も違わない。相手に心が有ろうと、向こうにも正義が有ろうと、ベルに近づく奴が許せない。

 

「──違う」

 

 嘘つき。ほら、早く代わって。後は全部、私がやるから。

 

「やめて──もう──」

 

 やめない。これは貴方()が望んだこと。

 

「違う──私、もう───ベルを、殺したくない」

 

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

 

「─────ッ!!」

 

 響きわたる声に耳を押さえる。だが、声は鳴り止まない。頭の中に直接響き、蝕んでくる。 

 これは、誰だ? 誰の声だ?

 途中までは自分の声だ、否定したくとも、解ってしまう。けどこれは違う。明らかに怒りを含んだ声が頭の中に響く。

 

 あの人形を、役立たずを、虫螻を、裏切り者を、生意気な下位世界の奴隷の器を潰せ、斬れ、壊せ、殺せ。

 

「入って、こないで………」

 

 ベルへの殺意(想い)によって効果を増す【砕けた幻想】(スキル)が、嫉妬により効果を現す【嫉妬の龍】(スキル)が、逆説的にアイズの想い(殺意と嫉妬)を増長させる。

 

「やめ、て………嫌だ………」

 

 私の想いを誰かが語るな。そう思いたいのに、ズルズルとそれは入ってくる。拒絶したいのに、触れることが出来ないような不快な感覚。自分が自分以外の何かに変えられる感覚。

 

「……ベル、助けて………」

 

 何を言ってる、お前を助けないと言われたばかりだろう。

 

「────」

 

 ああ、そうだった。あの時も、自分の英雄になれないと言われたではないか。

 

「悪いなアイズ──」

「───!」

 

 また言われるのか? 嫌だ。それは嫌だ………。

 

「約束を破っちまって。助けるって約束したのにな……今度は助ける………いや、違うな………約束破って今更だけど、俺にお前を助けさせてくれ」

「………………」

 

 そんなの、ずるい。

 そんな言い方されたら、また期待してしまうではないか。

 

「うん……私を、助けて」

「ああ……」

 

 その言葉を聞いて、アイズは安堵しながら意識を手放した。

 

 

 

「………さて」

「────アハ♪」

 

 目の前の暴風の化身を見て、ベルが思い出したのは『精霊の分身』(デミ・スピリット)だった。

 無理矢理押し付けられた悪意に支配され、狂ったように笑う。神にも劣らぬ美しい顔で、美しい笑顔を浮かべながらも嫌悪感を感じられずにはいられない笑みを浮かべ嘲らう。

 

──助けるよ、あの子を──

 

「……解ってる。って、(ベル)?」

 

──消えかけだけどね。手伝うよ──

 

「助かる」

 

──同じ自分自身じゃないか。お礼を言われるような事じゃ───来るよ!──

 

「アハハハ!」

「────!」

 

 暴風が迫る。咄嗟にウィーネを抱えて上に飛べば、ベルは上空(うえ)に居た。

 

「…………あ?」

 

──そりゃあねぇ、君の冒険を誰よりも近くで見てきた傍観者の経験値(エクセリア)だよ。上がり幅も大きいよ──

 

 と、その言葉に【操作画面】(メニュー)を使用するベル。

 

 

『ベル・クラネル ヘスティア・ファミリア

 

 

『Lv.5

 力:EX5267

 耐久:EX7052

 器用:EX4356

 敏捷:EX8141

 魔力:EX5507

精癒:F

幸運:F

思考加速:F

火傷無効:G

格上特攻:I

《魔法》

【アルケイデス】

・自己ステイタス更新

・この魔法は使用と同時に消滅する

・詠唱式【我は大神の子、この世の子。我は新たな世を告げる大鐘、我が名は】

【ブロンテ】

付与魔法(エンチャント)

・神性雷属性

・速攻魔法

【アンチ・カース】

・解呪魔法

・呪詛、結界魔法の破壊

・精神束縛の完全破壊。術者へ何らかの制裁

・詠唱式【砕け散れ邪法の理】

《スキル》

【親愛一途】(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・祖父達との約束に対する想いの続く限り効果持続

・祖父達との約束に対する想いの強さの丈で効果向上

【英雄願望】(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権

【操作画面】(メニュー)

・自己ステイタスの閲覧可能

・討伐モンスター図鑑自動作成

・マップ表示

・索敵

・アイテム収納空間作成

【不屈の闘志】(ベルセルク)

・肉体の修復

・体力、魔力を消費する 

【精神保護】(マインドブロック)

・精神への干渉を拒絶する

・術者との実力差によって変動

・受ける、受けない選択可能   』

 

「…………は?」

 

──発展アビリティは諦めてね。あれは君自身がこの世における不安定さ故の、ある意味異世界人の証拠である転生特典みたいなものだもの──

 

「いや、それよりこれ………アビリティ……」

 

 EXとか初めて見たんだけど。と、困惑するベル。それに対してベルはああ、と納得したように呟く。

 

──僕にとって君と共に見てきた経験は特別で、君にとっても僕から渡される経験値(エクセリア)は特別だったってことだよ──

 

 それに加えLv.1からLv.5に至るまでの間溜まっていた経験値(エクセリア)だ。成る程それならば納得が出来る。納得しよう。

 

「アハ、居タ──」

「───っ!」

 

 と、キョロキョロ辺りを見回していたアイズがベルに視線を向ける。抱えられたウィーネに向けた殺気、ベル自身に向ける殺気が圧力となって迫る。だが、怖くない。あんな無理矢理作った偽物の感情なんて怖くも何ともない。

 

──救うよ──

 

「解ってる」

 

 言われるまでもないことだ。迫り来るアイズの攻撃を避け地面に降りるとウィーネを下ろす。急激な加速と停止に気持ち悪くなったのかウィーネの顔色は悪いが、再び相手を見失い周囲を見渡すアイズを見て表情を変える。

 

「………お父さん」

「何だ?」

「あの人、苦しそう……あれ、お父さんと同じ理由?」

「まあ、俺と同じ奴にやられてるな」

「…………お父さん」

「ん?」

「あの人を助けて上げて………それで、お父さんに変なことする奴なんかやっつけちゃえ!」

「………おう」

 

 と、その声に気づきアイズが下に向き、同時にベルが飛び出す。空中でぶつかり合う。

 

【目覚メヨ】(テンペスト)

【轟け】(ブロンテ)

 

 精霊の風と神の力を授かった雷がぶつかり合う。押し勝ったのは精霊の風。数十人分のステイタスを取り込んだアイズの力には、やはり及ばない。

 

「キャハ!」

「────ッ!」

 

 本来ならLv.6とはいえ空気摩擦により焼かれる速度。しかし周囲の大気と共に動くことで摩擦を無くし音速を超え動き回るアイズ。

 ベルが金属を超音速で飛ばすも殆どが回避され直撃するかと思ったものも圧縮された向かい風により空気摩擦を上げられ直撃する前に溶ける。

 

「ちぃ!」

 

 ズキズキと全身に痛みが走る。限界値を越えたアビリティに肉体が悲鳴を上げているのだ。

 

───早く使いなよ、せっかくの魔法じゃないか──

 

「言われるまでもない………【我は大神の子、この世の子。我は新たな世を告げる大鐘、我が名は】」

【目覚メヨ】(テンペスト)

 

 と、詠唱中のベルにアイズが迫る。

 

「【アルケイデス】」

「────!?」

 

 ステイタスが更新され、Lv.が上がる器が中身にあわせて昇華され、整う。

 ベルから感じる威圧感が増す。アイズが反射的にその場にとどまり、暴風を飛ばしてくる。ベルが雷を放ち、相殺した。

 

「───ッ!」

 

 それでもやはり向こうが上。個人の力で抗える限界を超えている。

 

「ならやりようはある───」

 

 リィンと(チャイム)()が鳴る。

 ゴォンと大鐘楼(グランドベル)(おと)が響く。

 白く輝くベルを見てアイズは警戒したように距離を取り、ベルを見失う。

 

「───!?」

 

 元よりベルは人と殺し合って生きてきた。一瞬でも気を抜けば、意識の隙間に入り死角に移動するなど訳はない。しかも相手はアイズのポテンシャルを少しも活かせていない。

 

「【砕け散れ邪法の理】」

「────!」

「【アンチ・カース】」

「ア───!?」

 

 バキンと鎖が砕けるような音と共にアイズの纏っていた風の鎧が剥がされ身を覆っていた蛇の紋様も消えた。

 

 

 

 嗚呼、失敗だ。

 まあ良い、手は打てる。また波長の合う魂を見つけて、送り込む。そしてあの生意気な人形を──

 と、下位世界を見下ろす神は目が合う。

 

───!?

 

 何故、見える。見ている。お前はもう、其方に縛られたはずだろう!?

 

「逃がすかよ。好き勝手して、何の制裁も無いと思ってんのか?」

 

 バチリと白雷が弾ける。

 見えたところで何だと言うんだ、そこから、此方にはどうせ関われない。と、余裕ぶる。

 だが忘れていた。【ベル・クラネル】は生粋の()()()の魂。『ベル・クラネル』は異物を世界から排除する世界の下部。

 【アンチ・カース】は大神と呼ばれるほどの神が孫を想い孫に送った贈り物。

 この家族を、侮りすぎていた。

 制裁を加えるために、世界に穴があく。その穴から、見つかる。

 心せよ、深淵を覗く時はまた、深淵もお前を覗いているのだ。

 

「ケラウノス」

 

 その日、人里離れた山奥で、もはや何の神を崇めていたのかすら忘れ去られた古い石の祠が()()()()()()()()()()により破壊された。

 

 

 

 

「………さて、ベル」

 

──なに?──

 

「魔力が尽きた、どうしよう………」

 

 と、磁界を飛び回る雷の翼が消え、気絶したアイズを抱えたまままっさかまに落ちていくベル。

 

──大丈夫だよ、ほら───

 

 地面から何かが翼を広げ飛んできた。ウィーネだ。ベル達を掴むと翼をめいっぱい広げ、空にとどまる。

 

「ん───!」

「重いか?」

「だい、じょーぶ……」

「少ししたら魔力も回復する。ちょっと待っててくれ」

「………ん」

 

 

 

 

「蛇が、消えた?」

「っう………」

 

 リヴェリアとレフィーヤが立ち上がる。フィルヴィスもまた、困惑していたエルフ達から距離を取った。

 動けないでいたフィルヴィスだったが彼女を捕らえるという行為に移れないでいたエルフ達。しかし、誰が彼女達を責められようか。自分達の部隊の隊長が倒れ、同様の症状のレフィーヤとフィルヴィスも倒れた。

 その後は遠くで破壊音が鳴り響くし爆音と同時に地面が揺れたと思ったら嵐が消えるし、色々起こりすぎていた。

 

「………まだやるか、レフィーヤ……」

 

 リヴェリアはレフィーヤに問いかける。一時的にだが、ステイタスが確実に消えていた。それどころか本来の身体能力すらまともに使えなかった。

 

「ええ、まだ終わってません」

「だが、お前は……」

 

 おそらく魔法のストックはもう無い。一時的とはいえステイタスが消えたのだ。魔法暴発(イグニスファトゥス)も起きていなかった。間違いない。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】」

「………そうか」

 

 詠唱はさせぬと迫るリヴェリア。レフィーヤはそれを避けながら、時には喰らいながらも詠唱を続ける。

 

「【繋ぐ絆、楽園の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ妖精の輪】」

 

 レフィーヤは歌う。リヴェリアの顔に焦りが見え始める。

 

「【どうか──力を貸し与えてほしい】──【エルフ・リング】」

 

 が、魔法が完成した瞬間が一番の隙。リヴェリアが振るった杖が額をかすり、魔法円(マジックサークル)が消える。が、成功したと思うのも同じく隙。レフィーヤは飛び退くように距離を取る。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う───】」

「───ッ!」

 

 スペック上ではリヴェリアが勝っているのだろうが、レフィーヤはベルと共に修行していたのだ。近接戦で回避にのみ徹すれば後衛でレフィーヤを捉えられる者はいない。

 詠唱が完成する。リヴェリアもまた、詠唱を始める。

 

「「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」」

 

 異口同音に紡がれる歌。氷付けにして動きを止める気なのだろう、どちらも同じ思考に至ったようだ。

 

「「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬──我が名はアールヴ】!!」」

 

 完成は同時。放たれるタイミングは同じ。速度は同等。

 威力は───リヴェリアが上。

 

「────ッ!」

 

 レフィーヤの放つ吹雪がリヴェリアの吹雪に押される。氷付けになってなるものかと飛び退いた瞬間リヴェリアの吹雪がレフィーヤの居た地面を凍らせる。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】」

「────!?」

 

 紡がれる()()()()。先程、レフィーヤは【エルフ・リング】を失敗したわけではなかったのだ。

 魔法の完成が隙を生むように、相手の邪魔をなし油断を生むように、勝利は慢心を生む。

 

「【ディオ・テュルソス】!」

「────!」

 

 だが、ギリギリ躱す。そして、今度こそレフィーヤは手を出し尽くした。油断はしない。確実に意識を刈り取る。

 と、駆けてくるリヴェリアを見てレフィーヤは笑みを浮かべる。

 

「遅いですよ、ベル──」

「!?」

 

 背後から自身の体に当たる雷。それは間違いなくレフィーヤが放った魔法。だが、曲がる性能はなかったはず。ならば何が?

 簡単だ、曲げられる者が居た。それだけ。

 

「───ベ、ル……?」

「不意打ちで悪いな……」

 

 とん、と地面に足を付けるのはベル。ただし、何時もと違った。古傷が消えており、片目にも変化があり、どこかすっきりしたようにも見える。

 

「助かりました。でも、何かあったんですか?」

「………全部、後で話すよ。リヴェリア達にも」

「────ッ」

 

 急に自分に向けられた視線にリヴェリアは驚くも、ベルの顔を見る。

 

「………そうか……なら、約束だ。きちんと、聞かせてくれ」

 

 それだけ言うと、リヴェリアは意識を手放した。




リヴェリア、ベルとレフィーヤの共同作業で敗れる


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決着

お待たせしましたー!


「ぬはは! 急に元気が出てきたではないか!」

 

 ガレスが斧を振るい、フォモールの異端児(ゼノス)が弾き飛ばされながらも何とかそらす。その隙にガレスに向かってリザードマンとガーゴイルが迫るが弾かれた斧を引き戻しながら振るい吹き飛ばす。

 

「つーか、何で動けなくなってた俺等を縛るとかしなかったんだ?」

「ん? そりゃ、つまらんからに決まっておるだろう」

「そうやって感覚で動くのはやめて欲しいな。まあ、今回はいい方向に転んだけどね………」

 

 リドの質問に何を分かり切ったことをと首を傾げるガレスに呆れたように現れたのはフィンだ。

 

「何じゃフィン、随分やられたようじゃな」

「薬も尽きていてね。どうせ使っていないんだろ? 一つ、欲しい」

「ほれ……」

 

 ガレスから投げ渡されたエリクサーを受け取りのみ干すフィン。口を拭うと異端児(ゼノス)や共存派の冒険者達に向き直る。

 

「いい方向ってのはどう言うことだ?」

「動けない君達をとらえ、一体誰が僕らを勝者と呼ぶ? これは戦争であると同時に、遊戯なんだ。観客の居るね」

「そういう意味では、もう十分だろうけどな」

 

 と、声が増える。振り返るとそこにはレフィーヤを抱えたベルが居た。

 

「……あのアイズに、勝ったのか。いや、そうじゃなくちゃね……でも、君も解っているだろ?」

「……………」

「勝負の結果はどうあれ、ゲームが終盤に近づいても死者がいない現状、()()()()()()()()()()。オラリオの民は、もう──」

「だから?」

「…………」

 

 フィンの言葉にベルは問う。勝とうが負けようが、ベルの願いはほぼ叶うと言っていいだろう。()()()()()()()

 

「勝っても負けても同じなら、俺は勝利を選ぶね」

「………違いない。不躾な質問だったね」

 

 ベルの言葉に笑うフィンはそのまま槍を構える。

 

【猛れ】(ブロンテ)

「ぬお!? ………?」

「ぬ、いきなり何を!? ………ほう」

 

 と、不意にベルが指を鳴らす。

 発生した雷、しかしそれは味方であるはずの異端児(ゼノス)達に落ちる。が、ダメージは無い。むしろ力が湧いてくる。

 

「………そういえば、それは本来付与魔法(エンチャント)だったね」

 

 それを見てフィンは笑みを浮かべる。

 

「ここは頼む。俺は、ゲームを終わらせに行く」

「おうよ!足止めは任せろ!」

「させないよ!」

「てめーこそ、させねーよー」

「っ!?」

 

 と、ベルを追おうとしたフィンはディックスの呪槍をギリギリで回避する。

 

「旦那、ここは任せな!」

「助かる」

 

 と、槍を構えるディックス。フィンも構えようとした瞬間、魔法が飛んでくる。放ったのはレフィーヤ。

 

「やあレフィーヤ、王子様の抱っこは良いのかな?」

「………後で頼んでみます」

 

 ぼそりと呟くレフィーヤに、変わったねと笑う。照れ隠しなのかレフィーヤが空に向かって魔法を放つ。そして、冒険者や異端児(ゼノス)達。どうやら殆どが向こう側。

 

「……ふふ」

「何がおかしいんですか?」

「いや、なに………舐めるなよ。この程度の苦境、乗り越えられず勇者を自称できるものか」

「……そっちこそ舐めないでください。私だって、世界を敵に回すような大バカについて行ったんですから」

 

 

 

 

 街並みが何故か直線的に破壊されている。その瓦礫の上を歩いていると、前方からも歩いていてくる影を見つける。

 

「………よお」

「ふむ……迷いが消えたようだな」

 

 と、腕を組みながら呟くオッタル。バチリとベルの体から雷が走る。

 

「俺はお前が嫌いだったよ。力はあるが、その先に行こうとしないお前がな」

「俺もお前が嫌いだったよ。あの方に愛され、急激に強くなるお前がな……」

 

 ベルが腰を低く構えナイフを逆手に持つ。オッタルは拳を構える。

 

「「俺が勝つ」」

 

 ドン! と互いに駆け出しベルのナイフとオッタルの拳がぶつかり合う。

 

「────!?」

 

 ナイフが食い込まない。堅く握られたオッタルの拳は鉄のようで、ベルが押される。

 

「ぐぅ──」

「ふん!」

 

 吹き飛ばされるベルに迫るオッタル。足下の瓦礫が更に砕け、その衝撃全てが駆け上り腕から放たれる。右肩にかすり、肩がはずれる。ナイフを取り落とし、拾う前に追撃が迫る。

 魔力を必要以上に割けないベルはギリギリで回避し距離をとる。

 再び迫ったオッタルが放つ蹴り。裏拳を当て逸らし、拳を振るう。

 

「───ッ!」

 

 オッタルが僅かに吹き飛ぶが、オッタルよりもベルの拳が痛む。その拳を治し再び放つ。

 

「おおおおおお!」

「はっ!」

 

 ベルの放つ連打のダメージを上回る強力な一撃。吹き飛ばされそうになるも、手首に掴まり、引き寄せるようにバランスを崩させ蹴りを放つ。

 

「………!」

 

 が、片手で受け止められぶん投げられる。

 

「らぁ!」

「ぬぅ!」

 

 ゴッ! とベルの額とオッタルの拳がぶつかりオッタルの拳が砕ける。

 

「石頭め!」

「爺ちゃん譲りでな!」

 

 すぐさま次の攻撃。オッタルは防御を捨てベルに向かい一撃一撃が強力な拳を振るい、ベルは威力を捨て回避し連撃を見舞う。

 一度は負けた相手。だからこそ負けたくない。

 惚れた女が惚れている男。故に負けられない。

 男同士互いの意地をかけた闘い。そこに加わるは守るべき者を背負った重さと、背負った最強という名の重さ。

 ゴォンゴォンと(ベル)が鳴り響く。残りの体力、魔力を全て使い放たれる一撃を前にオッタルは拳を引き絞り腰をねじ曲げる。

 

「「吹っ飛べぇぇぇぇぇ!!」」

 

 己の全霊をとした一撃と鍛え抜かれた体から放たれる技の一撃。ぶつかり合い、周りの崖が吹き飛ぶ。

 

「っう……」

「ぐ……」

 

 両者とも腕が折れた。ベルは、治すだけの体力も残っていない。

 

「俺の勝ちだ………」

「………」

「俺が、最強だ」

 

 反対の手で放たれる拳。吹き飛ばされ瓦礫を砕いていくベル。

 起きあがる気配はない。

 それでも、終了の合図は流れない。彼の持つ規格外の回復スキルをギルドは認知しているから。

 10秒。立たない。

 20秒。指が動く。

 30秒。起きあがる。

 40秒。倒れた。

 50秒。起きあがらない。

 60秒。起きあがらない。

 

『…………戦闘終了。【反対派】の勝利です』

 

 

 

 

 

「───ッ!くそ!」

 

 壁を叩き砕くのはフィンだった。勝ったというのに、浮かない顔。当然だ、フィンはこれを胸を張って勝利などと呼べない。

 倒したのは自分じゃない。終わらせたのは自分じゃない。別の【ファミリア】のオッタルだ。

 

「ふむ。苛立つ気持ちも解るが……お前さんらしくない。だが、まあ悪いとは思わんよ……」

「ありがとね………さて、見ているかいオラリオ、冒険者達、異端児(ゼノス)の諸君」

 

 

 

「団長?」

「フィン?」

 

 殴り合っていたアマゾネスの姉妹は拳を止め空に浮かぶ鏡に映ったフィンを見る。

 

『このゲームで、死者はいない。これは僕らがそれだけ強かった────()()()()()()()()()()()()()

「「……………」」

 

 二人は黙って空の映像を見つめる。

 

『彼等が、僕らを殺そうとしなかった。モンスターである彼等が、だ。僕はもう、彼等をただの『怪物』(モンスター)と切り捨てられそうにない。だから、君達が決めてくれ……』

「私たちが、決める?」

「えっと、どういうことだろ……」

『ギルドに、署名と共に自分が賛成か反対か書いてくれ。その結果で、彼等の扱いを決める』

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 オラリオがざわつく中、黄昏の館でも団員達が夜遅くまで話し込んでいた。

 そんな彼等に見つからぬよう闇に紛れ歩く影が一つ。

 

「………本当に、やるのか?」

 

──うん。このままじゃ、彼女が目を覚ますことがないからね──

 

 ベルの問いかけに消えかけの『ベル』は言う。

 彼の前に眠るのはアイズ。本来ならこの世界に関われないはずの存在が無理矢理干渉してきたことで、魂にダメージを負っていた。

 

「だけど、お前じゃなくても……このまま消えたら、誰にも覚えられず……お前は何のために──」

 

──生きた証とか、誰かが称えてくれるのとか、そんなのはどうだって良いんだ──

 

「……………」

 

──君もベル()なら解るでしょ? 僕は誰かを救いたい(英雄になりたい)んだ……──

 

「………解ったよ」

 

──もうすぐ僕も完全に消える。まっさらな、生まれる前の魂に成り代わる。拒絶反応だって起きやしないよ──

 

「………ベル」

 

──なに……?──

 

「………じゃあな」

 

──うん。バイバイ──

 

 

 

 

 頭を撫でられたような気がする。

 アイズは気付けば真っ白な空間にいた。

 

「良かったの?ベルは、私のものにはならないよ」

 

 その声に振り返る。目つきの鋭い幼い少女(アイズ)が居た。

 

「所詮本物はそっち。私は単なる一感情って事………」

 

 不機嫌そうな少女(アイズ)にアイズは近付いていく。

 

「あれで良かったよ。私は……あのままだったら、きっと私は私じゃなくなっていた」

「………私を、殺す(消す)の……?」

「……………」

 

 アイズが手を伸ばし、少女(アイズ)がビクッと震える。アイズはそんな少女(アイズ)の体を優しく抱きしめた。

 

「消さないよ……私は、ベルにお父さんの影を見てた。あのヴィーヴルがベルに守られてるのが嫌だった……だから……貴方を生んだ(嫉妬した)。その気持ちに、嘘はないから」

「…………それだけじゃないくせに」

「うん。だから、さ……貴方()は私も気づかない、目をそらしてたそういう感情なんだよね?だから、仲良くしよう?」

「…………うん」

 

 

 

「アイズさんの部屋で何してたんですか?」

 

 アイズの部屋から出てきたベルにジトっとした瞳を向けるレフィーヤ。

 

「特に何も」

「ふーんだ。アイズさん綺麗ですからね、寝ているのを見てイタズラでもしたくなっちゃいましたか?」

「かわいいからイタズラしたくなるなら、レフィーヤにしたいな」

「はにゃ!?」

 

 ボッと赤くなるレフィーヤは()()()()()()ベルを見て、今度は羞恥で顔を赤くする。

 

「もう! からかわないでください! ………ていうか、笑えるようになったんですね?」

「本当の俺はこんなんだよ。幻滅したか?」

「……いいえ。もっと見せてください。私が知らない貴方を」

 

 ベルの言葉に微笑むレフィーヤ。ベルも微笑み返す。

 

「そうだな………これ、から………いくらでも………」

「ベル!?」

 

 と、倒れたベルを慌てて支えるレフィーヤ。筋力的に他のLv.4の冒険者より弱くてもそこはやはりLv.4でかつ相手が小柄なベル。少しふらつくだけですむ。

 

「…………寝てますし」

 

 すうすうと寝息を立てるベルにはぁ、とため息を吐くレフィーヤ。壁に背を預け腰を下ろすとベルの頭を胸に抱く。

 

「お疲れ様でした、ベル」

 

 その白い髪を撫でながら、先程言い掛けていた言葉を思い出す。

 

「これから、いくらでも………ですか。約束ですよ?もっと色んな貴方を見せてください………そしたら、きっと私ももっと貴方を……」



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目覚め

「………そうか、こうなったか」

 

 ガネーシャは集計結果を見て頷く。それに反応するのは監視とは名ばかりに、【ガネーシャ・ファミリア】の拠点である程度の自由を約束されていた異端児(ゼノス)達。

 

「反対一割、白紙投票一割、共存賛成に八割………お前達は、地上で生きることを許された」

 

──オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!──

 

 と、異端児(ゼノス)は勿論ファミリアの眷属達からも声が挙がる。それに続くように街中に声が広がっていく。彼等もまた、この報告を聞いたのだろう。

 

「やった! やったぞ皆!」

「ああ、これで……日ノ下を歩くコトが出来るのですネ」

「………長カッタ……ダガ、漸ク報ワレタ」

「やったなお前等!」

「よし、今日は飲むぞ!」

「宴だ! 宴を開こう!」

 

 ここ数日ですっかり仲良くなった団員達が騒ぐ中、ガネーシャはいや、と止める。

 

「宴ではない。祭りだ! とはいえ()が目をさましてからだが……」

「…………お父さん」

 

 その言葉に、周りがシンと静まり返り一人の少女がポツリと言葉を漏らした。

 

 

 

 

「ふう、こんな所かな………」

 

 すっかりメイド仕事も板に付いてきたヘスティアはんー、と伸びをする。

 

「………ベル君、まだ起きないのかな」

 

 ベルはあの日、戦争遊戯(ウォーゲーム)の終わった夜からずっと眠っている。

 壁により掛かって眠っていたレフィーヤに抱き締められる形で眠っていたのをヘスティアが見つけた。

 

「めでたいこともあるのにな~…………ん?」

 

 不意に厨房から物音が聞こえた。パリンと何かが割れる音。ガツガツと咀嚼音も聞こえてくる。

 

「ま、まさか動物? こんな所に……?」

 

 恐る恐る厨房を覗き込む。そこに、居た………白い毛を持ち、一心不乱に食材を貪る─────ベルが。

 

「…………!」

 

 厚切りベーコンに胡椒をふってかぶりついたベルははっとヘスティアに気が付き幾つか食材を持ったまま食いながら歩き出す。あまりの光景に呆然としていたヘスティアの横を通り過ぎ、ヘスティアも我に返り後を追う。

 最後のパンを飲み込んだベルは自室の扉を開け中にはいる。

 ヘスティアが閉められた扉を開けるとベルがベッドに寝ていた。ゆっくりと瞼を開く………。

 

「………ここは、俺の部屋?」

「………………」

「ヘス、ティア……? 俺、どれくらい寝てた?」

「諦めるんだベル君。やり直しは利かない」

 

 ヘスティアの言葉にベルはムクリと起きあがる。

 

「何時から起きてたんだい?」

「さっきだ。腹が減ってな」

 

 数日は寝ていたから、大食漢のベルは腹が減り厨房の食材をあさりにいったのだろう。

 

「まあ起きたなら良かったよ。所で、その目はどうしたんだい?」

「………目?」

「はい、鏡」

 

 と、ヘスティアが鏡をベルに手渡す。のぞき込んでみれば本来なら両方とも赤いはずの双眸の左目が蒼く染まっていた。

 

「………この色……」

「…………懐かしいのかい?」

「え?」

「そーゆー顔してるよ、今のベル君」

「………まあ、そうだな」

 

 ああ、本当に懐かしい。大好きだった祖父から引き継いだ蒼い瞳。片目がそれに変わっていた。理由は解らないが、予想をつけるならランクアップだろうか? あれは肉体を昇華させる、つまり造り直すという事。瞳の色が変わる可能性も否定できない。

 

「しかし、まさか今更この色か…………」

 

 嬉しくない訳じゃない。嬉しくないわけがない。ただ、思うところがあると言うだけ。やはり、少し寂しい。

 

「……………」

 

 そんな哀愁漂うベルの体をそっとヘスティアが抱き締めた。

 

「ごめんね、ベル君。きっと僕じゃ、代わりになれない………寂しいよね?」

「人は元々、誰かの代わりにはなれないさ……」

「それも、そうか……でも、同じにはなれると思うんだ」

「……………」

「同じぐらい大切な人には………」

 

 そうかもな、とベルは笑う。それを見て、ヘスティアも微笑んだ。

 

「よし、じゃあ久し振りに一緒に寝よう! そうしよう!」

「………は?」

「抱き締めて寝てあげるよ。それなら寂しくはないだろう?」

 

 何がどうしてそうなった。そう言うのは簡単だが、その温もりが心地よく、ベルは大人しく身を預けた。ヘスティアがベルの白い毛をそっと撫でる。

 

「頑張ったね、ベル君」

「ああ」

「大変だったね」

「……ああ」

 

 その温もりは、喧嘩し祖父の家に出て行ってしまったきり顔を合わせなかった母を思い起こす。

 思えば自分は、あの頃から臆病にすぎた。

 

「おやすみ、ベル君」

「ああ、おやすみヘスティア」

 

 

 

 

 

「んなー!?」

「んぅ……何だい五月蠅いなぁ」

 

 まだ眠っていたのに、と不機嫌そうに起きたヘスティアは自分を起こした声の主であるレフィーヤをジトリと見つめる。

 

「な、なんでヘスティア様がベルのベッドで寝てるんですか!? ふ、不潔です!」

「ん? ああ、あのまま寝ちゃったのか」

「ベルは寝込んでるんですよ? やって良いことと悪いことがあります!」

「わわ!? 引っ張るなー!」

「………何をしているんだお前達は」

 

 ベッドからヘスティアを引き剥がそうとするレフィーヤ。と、騒ぎを聞きつけたのかリヴェリアが呆れた様子でやってきた。

 

「………ん」

「あ! ほら、ベル君が起きるよ! というか昨日の夜一度起きてた!」

「ああ。食料の紛失はそういう………」

「………んぅ………母さん?」

「「「──────」」」

 

 ベルの言葉が年上である3人の胸に突き刺さる。特に年齢的に子供がいてもおかしくない二人に。

 

 

 

「アイズ、おはよう」

「ん。おはようティオネ………なんか、騒がしいね」

 

 というか彼女が部屋まで来るのも珍しい。

 

「ベルが目を覚ましたのよ」

「………そっか。ベルが……」

「行かなくて良いの? レフィーヤとか、結構差を付けてるし……いっそ告白でもしてみたら?」

 

 なんて、と笑うティオネ。この数日、ベルが目を覚まさないことに責任を感じていた彼女を元気づけようとからかってみたのだが……。

 

「? 何でいきなり……」

「え、いや……いきなりっていうか、だってほら……スキルの暴走、危険だったんでしょ? 助けてくれて、好きになったんじゃないの?」

「ティオネ、現実は英雄の本じゃないよ? 命を助けてもらえば、好意は湧くかもしれないけど、それで男女間の関係になるのは早計だと思う」

「あ、そう……ごめんね。なんか、早とちりしちゃったみたいで……」

「………ねえティオネ。フィンは沢山の子を作るためにハーレムをつくろうとしてるけど、どう思う?」

 

 藪から棒に何だろう? 彼女もフィンに惚れたとか? いや、それはないだろう。女の勘で分かる。

 

「もしも、仮に、もしかしたらティオネがフィンと結婚できて───」

「可能性少ないみたいな言い方しないでくれる?」

「フィンが誰かと手を繋いで歩いて、笑いあって、子供を育む。それは、どう思う?」

「………それは、やだ……かな」

「………私は別に良いよ」

 

 と、アイズは言い切る。

 

「ベルが誰かと恋仲になっても良い」

「ちょ、ちょっと待ってアイズ! あんた、さっきベルに惚れてないって……!」

「? そんなこと言ってないよ?」

「え、でも……助けてもらっただけで好きにならないって………」

「うん。私はその前からベルの事好きだもん」

「………………」

 

 またも言い切るアイズに唖然とするティオネ。

 

「最初は、お父さんと重ねてた………でも、何時の間にか好きになってた。気付いたのは最近だけど……」

「そ、そうなんだ……でも意外、アイズはてっきり嫉妬深いかと」

「うん。そうだよ」

「……へ?」

「ベルが何人と恋仲になっても良いけど、誰かと手を握っている時、私の手の感触を思い出してくれなきゃ嫌だ。笑いあう時、私の顔を思い出してくれなきゃ嫌だ。子供を育む時、私との子供のことを考えてくれなきゃ嫌だ」

「………………」

 

 ゾクリと、ティオネが震える。

 

「私が一番じゃなきゃ嫌だ。でも、今のベルはきっとレフィーヤが好き」

「だから、告白しないの?」

「ううん。何時かするよ………必ず振り向かせて」

「………………」

「逃がさないよ、ベル」

 

 アイズはそう言うと、人形のような顔で微笑を浮かべた。




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友愛

「ベル、おはよう」

「おはようフィン」

 

 ベルが起きたという報告を聞いて、【ロキ・ファミリア】の面々が集まっていた。

 昨日の夜あれだけ食べていたというのにガツガツと物凄い勢いで食材を消費していくベル。下級団員達が慌てて食材を買いに走り回っている。

 

「ベル君! 起きたって!?」

「ベルさーん!」

「シル、落ち着いてください。ベルさん、目が覚めたようで何よりだ」

 

 そして集まってくる【ロキ・ファミリア】以外の面々。

 見知った顔はだいたい集まったようだ。

 

「あ、やっぱり見間違いとかじゃなくて、本当に色変わってたんだ……」

 

 と、エイナがベルの髪を持ち上げ蒼く染まった瞳を見つめる。

 

「ああ、そうだな。色々あって聞きそびれていたが、大丈夫なのかベル。視力に影響は?」

「ねーよ。この瞳はあれだ、前世の色が戻ってきた」

「そうか、前世の…………ん?」

 

 

 

 

 もう逃げない。そう決めた。

 今の自分を受け入れて、その自分も受け入れて欲しい。だからベルは包み隠さず全て話すことにした。

 

「俺には前世の記憶があるって言ったら信じるか? それも、この世界とは異なる世界の記憶」

「ああ。予想していた」

「せやね」

「うん」

「「「…………は?」」」

 

 リヴェリア達の言葉にベルだけでなくその場の全員が唖然とした。突拍子もないことをあっさり信じると言われたのだから仕方ないことだとは思うが。

 

「予想は予想だ。いくらでも立てられる。それが当たっていただけのことだ」 

「あ、当たっていただけって………いや、何も言うまい。ただ、それだけじゃない……」

「………………」

「や、あの……リヴェリア様達が聞く雰囲気の中尋ねにくいんすけど、え……マジっすか? その、やっぱり信じられないというか」

「信用は別にいらない。妄言と思ってくれても結構だ」

「あ、いや……すいませんっす」

 

 ベルのまっすぐな瞳に嘘はないと判断しラウルは罰の悪そうな顔する。

 

「話し続けるぞ。その世界は……そうだな、所謂様々な世界の物語を書物として娯楽の一部に刻まれている。その中で一つの本に出てくる者の名は、ベル・クラネル」

「「「!?」」」

「その書物は『ベル・クラネル』がオラリオに来てから成す冒険について書かれていた。といっても、俺は冒頭の部分しか知らないし大まかな内容としてもミノタウロスをLv.1で倒したぐらいしか知らない。そして、当然だがそいつに前世の記憶があるなんて設定はない……」

「…………なる程、ベル君はその物語の中心人物の一人、あるいは主人公の『ベル・クラネル』の人生を奪った事に責任感を感じていたんだね」

 

 と、ヘスティア。

 

「だから代わりになろうとした。物語の中心人物なのだから、きっと多くを救ったはずだとお前もまた救おうとした、か……」

 

 と、リヴェリア。

 

「あの時のお兄さんの話は、こう言うことですか………」

 

 レフィーヤが合点が行ったというように呟く。幾ら何でも、異常すぎる拘りは人一人の人生を丸ごと奪ったことに対するものだったのだろう。

 

「………一つ聞くぞ」

「ん?」

「その『ベル・クラネル』ってのは俺等と仲良くしてたのか?」

「………解んない」

「つまり俺等と仲良くしてたのはてめぇの意志なんだな」

「ああ」

「なら問題ねーよ」

 

 と、それだけ言い残しベートは去っていった。

 

「…………皆も、そう思うか?」

「ああ」「はい」「もちろん」

「うむ」「とうぜんっす」「思う」

「せやね」「ええ」

 

 その言葉にベルはそうか、と頬をかくとガシガシ頭をかく。これでは悩んでいたのが馬鹿らしいではないか。

 

「あー、もっと早くレフィーヤの言葉を素直に受け取っとけば良かった」

「でもある意味、まだ迷っていたからウィーネちゃん達にあえたんですよ?」

 

 と、微笑むレフィーヤ。ベルはそうだな、と微笑み、そして───

 

「皆、ありがとう」

 

 この世界に生まれてから、初めての満面の笑みを浮かべた。

 

「な、なんか胸のあたりがくすぐったいような……」

「う、うん……私も」

「…………っ」

「……こ、これが伝説のギャップ萌!?」

「くぅ、夢の中の猫耳メイドアイズたんに匹敵する………!」

 

 胸を押さえる者や鼻を押さえる者達。ベルはそんな彼等を置いて、黄昏の館から出て行く。

 

 

「お父さん!」

「ベルっち!」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】に行くとウィーネが飛びついてくる。直ぐに他の異端児(ゼノス)達も駆け寄ってくる。

 

「よしよし、良い子にしてたか?」

「うん。エヘヘ~」

 

 スリスリとベルの胸に頬ずりしながら頭を撫でられるウィーネ。【ガネーシャ・ファミリア】の団員達もほほえましそうに見ていた。

 

「モウ聞イテイルカベル? 我々ハ地上ニ住メルソウダ……」

「聞いたよ」

「オ前ノオカゲダ………本当ニアリカガトウ」

「良いって。お前等が頑張ったおかげでもある………」

 

 グロスの言葉にベルが笑う。グロスもふっと、笑った。

 

「ベルさん、本当にあリがとう………」

 

 と、レイ達も声をかけてくる。巨体の異端児(ゼノス)達もくると圧迫感がある。

 

「きゅー!」

「ふぉう!」

「バウ!」

「………うん、そうか……」

 

 アルル、ヘルガ、フォーの言っていることは何となく解る。お礼を言っていた。

 

「……………」

「…………アステリオス」

「………自分と戦い疲弊していたオッタルに負けたようだな」

「お前こそ、疲弊してた俺と違ってピンピンしてたのにオッタルに負けたんだっけ?」

 

 と、お互いが挑発するような言葉に周囲がオロオロしだすと二人同時に噴き出す。

 

「つまり俺等は敗者どうしって事だな」

「うむ。つまり我らもまだ、強くなれるという事だ」

 

 まだ強さに先がある。それが解れば二人は十分だ。

 

 

 

 

 オラリオの城壁を越えた平野の道を歩く一つの影があった。

 朱槍を肩に担ぎ、目指すはメレン。

 

「どこに行く気だ?」

「ラーニェ!? おま、何でここに!?」

 

 その人物、ディックスは声をかけた人物、否……異端児(ゼノス)に目を見開く。

 

「質問に答えろ。ベルが目を覚ましたというのに、顔もあわせずどこに行く?」

「………メレン」

「港町だったか? それで、そこからどこに行く気だ」

「………エルリア。お前等の仲間を取り返しにな」

 

 全部を答えるまで逃がさない気だと判断したディックスは素直に答えるとラーニェはそうか、と嘆息する。 

 

「誰かに言われたとかじゃねーよ。俺が、俺の意志でやりたいと決めたことだ」

「………そうか。なら、私もついて行こう」

「………は?」

「幸い【ガネーシャ・ファミリア】の『調教』(テイム)は外でも有名なのだろう? エンブレムを付けてそういう特別な訓練をして喋れるモンスターとでも言えば良い」

 

 そう言って【ガネーシャ・ファミリア】のエンブレムを象った首輪を取り出すラーニェはそれを首に填める。

 

「いや、何言ってんだ!? 外の世界じゃまだ受け入れてくれるかもわかんねーんだぞ!」

「なら、お前が痛めつけた同胞達をどう説得する気だ?」

「そ、れは……」

 

 言葉に詰まる。そうだ、自分は痛めつけ売り払った。怨まれているはずだ、恐れられているはずだ。その言葉が聞き入られる可能性など限りなく低い。

 

「説得は私がしてやるさ……お前は案内と、その貴族達をいざという時始末すればいい」

「…………」

「それが、お前を殺さなかった私の責任だと思っている」

「………そうかよ」

 

 と、ディックスは頭をかく。ラーニェの目を見て説得は無意味と悟ったのだろう。

 

「んじゃまあ、一緒に行こうぜ」

 

 と、片手を差し出すディックス。ラーニェはその手を掴み歩き出す。

 嘗て夢を持つモンスターを嫌い、不幸にしようと売った人間と、人間に憧れ、しかし同胞を殺しあるいは攫う人間に絶望していたモンスター。

 互いに嫌いあっていたはずの二人が手を取り合い歩き出す。

 片方は説得に必要だから、片方は案内させるため。あくまで互いを利用するための言い張るであろう二人だが、そこには確かに『友愛』(フィリア)があった。

 

 

 

「俺が、ガネーシャだ!」

「ああ、うん。解った解った………」

「ではベルも起きた、始めようではないか『真・怪物との友愛』(モンスターフィリア)



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怪物との友愛

「………まさか、こんなにも早くこの光景が見れるとはな」

 

 フェルズが眼下に広がる光景を見て感慨深そうに呟く。

 モンスターと人が酒を飲み飯を食らい笑いあっている。屋上から見下ろしているフェルズの隣には縁に腰掛け林檎にかぶりつくベル。

 

「感謝するベル・クラネル」

「お前が異端児(ゼノス)達が人間に絶望しないようにしてくれたからこそだよ。こっちこそありがとな。おかげで俺はウィーネと一緒にいられる」

「………ただ、まだ完全とは言えない。()()()()()()()()()()()。最終的にはそれを成さなくてはならない」

 

 ジャグリと林檎を噛む。

 

「ダンジョン最下層、ねぇ……まあ必要ってんならするさ」

「助かる。それと、すまないな……」

「何があるか教えないことか?」

「ああ、詳しくは言えない。結ばれた契約、そして決着としかな……」

 

 新しい林檎を取り出すベルは眼下のモンスターと人間達を見下ろす。

 

「やるよ。俺は、そういう誰かを救う奴になりたいからな」

 

 そこまで言ってベルは振り返る。そこには何もなく、しかしベルが林檎を投げつけると林檎が空中で消え、一秒も立たず林檎を持ったアスフィが現れた。

 

「なんかようか?」

「売り込みです。私を【ファミリア】に入れてくれませんか?」

「ヘルメスの所を抜けたのか? だが、何故俺の所に?」

「幾つか候補はあったのですが、そこでは現存の魔道具(マジックアイテム)の量産しか行わせてもらえないでしょうし、話の分かるところは貧乏でして……」

 

 神に会わせればヘルメスの子飼いのままかは解る。だからこそ、嘘は吐かないはずだ。

 

「何故ヘルメスの所を抜けた?」

「………あの人の方針に付いていけなくなったので」

「成る程。俺の怒りを買う何かをしようとしてたってとこか? さしずめ、彼奴を守るためか」

「………聞けば貴方は異世界の魂だとか。神のように嘘が見抜けるのですか?」

 

 自分が居なければヘルメスの行動は大きく制限される。だからこそ抜けた。ヘルメスが行動できないように。地上での神など一般人程度なのだから。

 

「………まあ良いさ。お前の力が有用なのは確かだしな」

「………ありがとうございます」

 

 

 

「……ま、そう簡単に見つからないか」

「見つけたら殺す気ですか?」

「いや、お前に免じて見逃す。実行に移してはいなかったしな……ただ見つけたら必ず殴る」

 

 と、そこまで言ったベルは林檎の一つを投げ渡してくる。

 

「我が儘な餓鬼を持つと母親は苦労するな」

「誰が母親ですか……でも、本当に苦労するんですよ。ルルネとかもお金のために勝手に依頼を受けるし…………甘い!?」

 

 林檎にかぶりついたアスフィは想像以上の甘さに叫ぶ。少し柔らかい、何かに漬けたのだろうか?

 

「な、なんですかこれ………」

「林檎を砂糖と蜂蜜に漬けて3日、ハニークラウドの果汁にも一週間漬けたやつだ」

「もはや林檎の形をした甘さの塊ですね」

 

 と、林檎を返すアスフィ。ベルはその林檎にかぶりつく。

 

「あ、ベル! と、アスフィさん?」

 

 そのまま賑わう町並みを歩いているとレフィーヤが現れた。屋台だらけだというのに何も買っていないところを見ると、ベルをずっと探していたのかもしれない。

 

「……………」

「?」

 

 どこか警戒したような視線にアスフィは首を傾げる。確かにヘルメスの元眷属であることを考えれば、警戒されるだろうが………。

 

「………あの、ベルはやっぱりアスフィさんみたいな大人っぽい女性が好きなんですか?」

「? ………あ」

 

──おいおいベル君、こんな状況だ。せめて誰の体が一番好みなのか言ってやるのが男ってもんだぞ?──

──アスフィ──

 

 そういえば以前、自分の体が好みだと言われた。

 むぅ、と頬を膨らませながらアスフィを睨むレフィーヤの視線に漸く納得いく。

 

「あの、では私はヘスティア様を探しに………後は二人でごゆっくり……」

 

 そう言うと離れるアスフィ。彼女も一人の女として色恋に興味あるが、後を付けても絶対見つかるのでそれは諦める。

 

 

 

 隣を歩きハニークラウドやら林檎飴やら甘い物を受け取るベルをチラリと見るレフィーヤ。

 アスフィ、綺麗な女性だとエルフから見ても思う。気品もあるし……。

 

「ベル、こんばんハ! 月が綺麗デすね!」

「おおレイ、か。お前の翼や金髪も、月光に反射するとここまで綺麗になるんだな」

「フフ、ありがトウございまス」

「ベルっち! これ食ってみろ、うまいぞ!」

「リドか。もらうもらう………」

「ベルさーん! よってくださーい、新しい店員も大活躍ですよ」

「ハーイベル! ココノゴハンオイシイヨー」

「あ、お父さん!」

 

 ベルは行く先々で声をかけられる。今はウィーネも一緒にいる。

 ベルとレフィーヤの二人の手を繋ぎ笑顔を浮かべている。

 

(………あれ、これってなんか………)

 

 と、そんな自分たちを端から見た想像するレフィーヤ。かぁ、と頬に熱がこもる。

 

「お父さん次あれ食べたい!」

「わかったわかった」

「あ、ウィーネちゃん口の周り汚れてますよ。ベルも上げるばかりじゃなくて気づいてあげてください」

「………すまん」

「うみゅ……」

 

 レフィーヤが口の周りを拭いてやる。直ぐに綺麗になり元の青白い頬をさらす。

 

「ありがとうおかあさん!」

「………へ?」

「……あ!」

 

 無意識で言ったのだろう。気づいて、慌てて口を押さえるウィーネ。

 

「あ、えっと……気にしないで。私も昔先生をお母さんって呼んだりしちゃいましたし……」

「ああ、俺も校長を爺ちゃんって呼んだりしてたっけ……」

 

 と、懐かしむベル。二人が気にしていないことが解ったのか安心して二人の手を繋ぐ。

 

「……………」

 

 チラリと、レフィーヤはベルを見る。彼のことだ、どうせ気にしてなどいないのだろうが………。

 

「……………」

 

 耳を赤くして、顔を隠すように口元に手を当てていた。そんな姿を見て、レフィーヤの頬がさらに熱くなり隠すように顔を逸らす。

 

 

 

「………むぅ」

「良いの、アイズ?」

「流石に、あの空気を壊すのはどうかと思う……」

 

 何時話しかけるかと機会をうかがっていたアイズとティオナが呟く。と、その時笛のような音が響き夜空を切り裂く光の線が天に昇る。

 

「……わぁ……」

 

 ドォン、と夜空に光の花が咲く。何時見ても、やはり綺麗だと思う。

 

 

 

「………おー」

 

 花火を見上げ口を大きく開けるウィーネ。花火を見るのは初めてだろう、他の異端児(ゼノス)達も似たような反応をしていることだろう。

 

「………なぁ、レフィーヤ」

「はい?」

「……ありがとな。お前がいなけりゃ、お前があの時、前を向けない俺の手を引いてくれなけりゃ、きっと今はなかった」

「………別に、貴方がまた下を向いたら何度でも手を引いてあげますよ」

「ありがとう。助かる」

「……………」

「…………」

 

 再び夜空に咲く光の花を見つめるレフィーヤとベル。

 花火が昇る度に、咲く度に時間が動いていることをいやでも意識してしまい、少し恨めしい。この時間が止まってしまえばいいのに。そう想いベルを見る。彼も自分と同じ願いを持ってくれないだろうかと願いながら。

 

「ベル───」

 

 願っているが、口に出すのは恥ずかしい。だから音に隠してその言葉を伝える。隠しておきながら、聞こえてほしいと願いながら。

 

「──大好きです」

 

 その言葉は、狙い通り音に飲まれ消えていった。




さて、ドラマCDネタや原作世界に行く話とか作るか


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神会の新()

「それではこれより第何回目かの神会(デナトゥス)を始める……前に一つ質問だ」

「何かね新入り君?」

 

 神々が集まり冒険者達の二つ名を決めるのが主なこの神会(デナトゥス)。言われたように初参加の新入りは()()()()()を周りの神々に向ける。

 

「………何故俺がここに呼ばれた? 俺、神じゃないんだけど」

「「「そりゃもちろん、《ゼノス・ファミリア》の主神代行として」」」

 

 神々から放たれる一糸乱れぬ発言が、新入り……ベル・クラネルの現状について語る。

 そう、彼は異端児(ゼノス)構成【ファミリア】のリーダーになっていた。とはいえ団長はリドだが。

 

「いやー、彼等には世話になってるよ。力強いから物運びとか大助かり」

「マリィちゃんを一目見るために海に向かった男も増えて魚の入りも良くなったしな」

「ウィーネたんを俺にくれー!」

「最後の奴殺すぞ。じゃなくて、俺は人間なんだが?」

「うお、本気の殺気だったぞ今。いいんじゃね?ほら、ベルっち異世界人だし神みたいなもんでしょ」

「そうそう。俺等も天界から下界見てたし似たようなもんだって」

 

 ベルが異世界人であることは、一応神々には伝えた。というか伝わった。

 娯楽好きの神がどっからか情報を手に入れ慌てて対応し神々のみの秘密となったのだ。それはまあ、幸いか。

 

「ところでウィーネを娶りたいって言った奴は何処のドイツだ? ナァニ、少し俺とダンジョンに潜るだけだ」

「や、やべえこいつ親バカだ………あ、じゃあレフィーヤたんと仲良くなるセッティ───」

「「死なすぞ」」

 

 と、ロキとベルの言葉が重なった。

 

「あれ、そういやヘルメスいねーな」

「ベルきゅん恐れたんじゃね? 来たらきっと鐘の音が鳴り響く」

「首が落ちるな。首ですむかな?」

「……おい、それよりもう一つ気にすることがあるんじゃないのかい?」

 

 不意に呟いたのはヘスティア。不機嫌そうにベルの居る方向を睨んでいた。

 

「む? ベルがここにいるのはもう納得したのではないのか?」

「俺は納得しかねるがな」

「そうじゃなくて、何で君がベル君の膝の上にいるんだカーリー!」

「ふふん。いいであろう? あ、ベル……そのまま撫でよ」

「ベル君も何で頭を撫でてあげてるのさ!?」

「いや、サイズ的にウィーネ並みにしっくりきて」

 

 ヘスティアが睨みつけていたのはベルの膝に乗り目を細めていたカーリー。ベルの気のせいでなければヘスティアからは怒気が、フレイヤからは殺意が溢れている。

 

「……フレイヤ、カーリーの所は潰すなよ?」

「難しいお願いね」

「デートでどうだ?メレンで取れた魚料理が美味い店知ってる」

「朝まで、かしら?」

「お望みな────?」

 

 不意にヘスティア以外の誰かに睨まれたような気がして辺りを見回すベル。考えてみればフレイヤの誘いなど殆どの男神からすればうらやましいことこの上ないのだろう。

 

「ふふ。良いわ……それで我慢してあげる」

「何を言っているんだいベル君! フレイヤも!」

「あら、私はベルが好きだもの。一晩ともに過ごせるならある程度のお願いはきいちゃうわ?」

「俺は好きか嫌いかで言えばまあ、今は好きな方だよ。他人の好意に向き合う勇気も出てきたしな」

「自分の好意には向き合えないのにね。でも、仕方ないのかしら? 今まで女なんて抱けば金をくれる、程度に見てたんでしょうし……」

「………………」

 

 クスクス笑うフレイヤにベルが不機嫌そうな顔でそっぽを向く。それが可愛いとでも思ったのかフレイヤはさらに笑った。

 

「どうでも良いからとっとと命名式始めるぞ」

「おっとそうだな」

「待ってましたぁ~」

「ウィーネたんペロペロ」

「……………」

「か、鐘の音を響かせベル君が光ってるぅ!?」

「おいおい、死んだわ彼奴」

「首を出してやんな、多分痛みなく死ねる」

 

 ベルははぁ、とため息を吐きチャージを切る。神達はさっそく手元の資料を見る。

 

「………え、ベル君今……Lv.7!?」

「前回より五回もランクアップしてる~!」

「四ヶ月半で一級冒険者とか、流石ベル君俺たちには出来ないことを平然とやってのけるぅ!」

「そこに痺れる憧れるぅ!」

「是非とも兄貴と!」「お義父様と!」「お兄ちゃんと!」「兄様と!」

「おい、今お義父様言った奴どいつだ……」

「話が進まないよベル君………取り敢えず、ヘファイストスからでどうだい?」

 

 と、ヘスティアがベル君も神達(こいつら)と話が合うのかと頭を抑えながら命名式を続けようとする。

 

「あー、ヴェルフか……ヘファイストスに鍛えられた熱は冷めないらしいから【不冷】(イグニス)

「うおいベル君!? 彼、君の友人だろ? 容赦ないね」

「彼奴の惚気話にゃもういい加減うんざりなんだよ。バカップル同士、ささっと籍でも入れろ」

「………あなたに言われたくはないのだけど」

 

 ヘファイストスの精一杯の抵抗はもちろん無視された。

 そして命名式は進んでいく。

 

 

「あ、ミアハのとこランクアップしたのか。確かダンジョンに潜れないって」

「うむ。【ゼノス・ファミリア】達と共にリハビリ中だ。ランクアップは先日のゲームでな」

「あー、ランクアップしたのめっちゃ居るからな~。【良妻犬】」

「これこれ。ナァーザは私の妻ではない。そんな二つ名をつけてしまえば私がナァーザに叱られてしまう」

「うわ、ムカつく……」

「【銀腕】で良くね?」

 

 

 

「オッタルさんパネェっす。前回までLv.7なのに9に………あのミノタウロスと戦えばまあランクあがるわな」

【猛牛殺し】(オックススレイヤー)……」

【猛者】(おうじゃ)のままで良いだろ」

 

 

 

「ロキんとこもでたなー。ランクあがらなかった古参三幹部内二名がランクアップか」

「師弟対決とか信念の戦いとか特別な経験だったんだろうな。片方負けてるけど」

「レフィーヤたんも上がってるぞ!しかも5だ!」

「アイズたんもな!」

【勇者】(ブレイバー)のままでよくねー?」

「や、本人きっての希望で【光を目指すもの】(フィアナ)やと………本人は女神(フィアナ)を超えるちゅー皮肉をたてたようや」

「リヴェリア様はまんまで良いか。アイズたんどうするよ?」

【嫉妬姫】(エンヴィー)!」

「【ベル・キラー】!」

「二人ともまんまでいいんじゃねーの?」

 

 

 

 

 そして最後。今回の目玉とも言えるベルの番。

 

「まずは俺からだ! 本来なら俺が名乗るつもりだったが、ベルには【怪物と民衆の主】(ネ オ ・ ガ ネ ー シ ャ)の名をやろう!」

「え、すごくいらない」

 

 ベルのいやそうな顔にガネーシャががっくりと落ち込む。

 

【美神の伴侶】(ヴァナディース・オーズ)なんてどうかしら?」

「かかか。下らん名だ……【殺戮神の恋人】(カーリー・マー・ハビーブ)でどうかの?」

「こらこらこらぁ! 二人して何言ってくれてるのかなぁ! ベル君はボクの眷属だぞぉ!」

 

 ちゃっかりベルの恋人宣言する二柱の神にヘスティアが叫ぶ。

 

「別に良いではないか。どうせここ最近エルフの小娘ばかりにかまけられベルの中で影が薄くなっておるのではないか?」

「なにをう!」

「その点妾は前回のゲームに協力した礼にこうして椅子になってもらう程度の願いは聞いて貰えるしのぉ」

 

 スリスリとベルの体に背中を擦り付けるカーリーをぐぬぬと睨み付けるヘスティア。

 

「やべぇよ、椅子から起きあがれねー」

「俺も椅子にされたい。出来れば背中に」

「俺は顔を」

「終わってんなお前等。俺もだけど」

 

 と、男神達が真面目な顔で馬鹿な会話をする中、ベルが片手をあげる。

 

「お、何ベル君ひょっとして自分の二つ名決めてきた?いたいねー……間違えた、良いねー」

【英雄に至る者】(アルケイデス)だ……」

「アルケイデス?」

「俺の世界の大英雄。神話においてゼウスの子で広く知られた名は【女神の威光】(ヘラクレス)……その人として生きた、英雄と称えられる前から持っていた人としての名」

「え、子供? ベル君の世界の神は子供産めんのか、しかも多分ヘラの……」

「いや、既婚者の夫に化け作った子供だ。後々ヘラにバレて不幸な目に遭わされる」

「あ、普通にうちらの知るゼウスとヘラだ」

 

 なんか安心、と頷く神一同。

 

「知っての通り俺は英雄になりたいからな。目指してるわけだし」

「はいしつもーん! ベル君に取って英雄とは?」

「偉業を成す必要なんてない。誰かを体張ってでも守れりゃ、そいつはその人の英雄になれるって前世のじいちゃんの教え。崇められたいわけでも感謝されたいわけでもない。誰かを守る存在になるってのが、俺にとって英雄になることだ」




『Lv.6→7
 力:SSS1504→I0
 耐久:SSS1711→I0
 器用:SSS1350→I0
 敏捷:SSS1903→I0
 魔力:SSS1705→I0
精癒:F→E
幸運:F→E
思考加速:F→E
火傷無効:G→F
格上特攻:I→H
魅了:I
《魔法》
【】
【ブロンテ】
・付与魔法
エンチャント
・神性雷属性
・速攻魔法
【アンチ・カース】
・解呪魔法
・呪詛、結界魔法の破壊
・精神束縛の完全破壊。術者へ何らかの制裁
・詠唱式【砕け散れ邪法の理】
《スキル》
【親愛一途】(リアリス・フレーゼ)
・早熟する。
・祖父達との約束に対する想いの続く限り効果持続
・祖父達との約束に対する想いの強さの丈で効果向上
【英雄願望】(アルゴノゥト)
能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権
【操作画面】(メニュー)
・自己ステイタスの閲覧可能
・討伐モンスター図鑑自動作成
・マップ表示
・索敵
・アイテム収納空間作成
【不屈の闘志】(ベルセルク)
・肉体の修復
・体力、魔力を消費する 
【精神保護】(マインドブロック)
・精神への干渉を拒絶する
・術者との実力差によって変動
・受ける、受けない選択可能   』

二つ名【英雄に至る者】(アルケイデス)



非公式二つ名
【親バカ】【妖精落とし】(エルフキラー)【ヤンデレに狙われしモテ男】(ゼ    ウ    ス    Ⅱ)【首を刈る鐘】【ヘルメスキラー】


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番外の章 正史クロス①

正史クロスを書き直し。


13巻以降と最新刊漸く買えた。オラトリアも……読んでストーリー作るので本編は少し待ってください。というかオリオンの矢はどうしよう


「レフィーヤ、それとって……」

「はーい」

「アイズ、それはこっちだ……」

「ん………」

「ベルくぅん、これは何処に置くんだい?」

「あ、それはこっちですよ」

「ありがとうリリ君」

 

 ベル、レフィーヤ、ベート、アイズ、リリ、ヘスティアは【黄昏の館】の書庫の整理をしていた。本来ならこんな面倒なこと、ベルやベルと一緒に居たいであろうレフィーヤ達はともかくベートなら参加しなさそうだが、これは罰なのだ。

 Lv.7同士(ベルとベート)が互いに手加減を忘れて組み手をした結果鍛錬場が破壊されたのだ。その罰、レフィーヤとアイズ、リリはその手伝い。ヘスティアは監督責任者。ならロキも働けと叫んだが当然のように聞き入れられなかった。

 

「ベル~、手伝いにきたよ~」

 

 と、ティオナがやってくる。その拍子に、ドサ、と本が落ちてくる。

 

「何やってんだバカゾネス……」

「あれ、この本何もないところから落ちなかったか?」

 

 ベートが呆れるがベルは本棚から離れすぎた場所に落ちた本を見て首を傾げる。天井を見れば一匹の鷹………

 

「………魅了」

 

 ベルがぼそりと呟くと逃げようとした鷹がクルリと引き返しベルの手に止まった。

 

「うん、使い勝手が良い……しかし此奴、野生だな……」

 

 己の新たな発展アビリティの調子を確かめつつ鷹に首輪や足輪などがないか確認する。毛並みからして飼われているものでもないだろう……動物を操るスキルの使い手の仕業だろうか?或いは自分と同じように………そうなると思いつくのが一人……この場合一柱だろうか?

 

魔導書(グリモア)か?題名とか何もないが……」

 

 真っ白な本を見て中を確認しようと開くベル。

 

「いいの、それ結構高いんじゃ……」

「どうせ俺のために用意したんだろ。ならどう使うか俺の自由だ………」

 

 と、本を開いた瞬間背中に熱が走り書庫が眩い光に包まれる。光が晴れると、そこには誰も居なかった。

 

 

 

「ああ、びっくりしたぁ。何だい今の………」

「目がチカチカします」

 

 突然目の前が真っ白になり気づけば知らぬ場所にいた。近くにいるのはヘスティアとリリだけ。一瞬慌てるも窓の外からはバベルが見えるのだからオラリオではあるのだろう。となると、ここにいないメンバーもそう遠くにとばされていないのかもしれないと落ち着く。外は、何時の間にか夜になっている。

 それはそうとお腹が空いた。

 

「まあ転移系の魔法が事故を起こしたようなもんだろ、先に飯を食いに行くか」

「あー、確かにお腹空いたねぇ………」

「まあ皆さん高位の冒険者ですからね。よほどのことがない限り無事でしょう」

 

 ベルはそう言うと屋敷の住人に見つからぬように窓から外に出て行った。

 

 

 

「お邪魔……」

「いらっしゃいま───せ?」

 

 『豊饒の女主人』に入ると普段冷静なリューが目をパチクリと見開きバッと振り返る。ベルが首を傾げそちらに視線を向けると見慣れた顔が見えた。具体的には毎日朝起きて顔を洗う時とか風呂入っている時とかガラスの前を通った時とか………

 

「………ベルさんの、ご兄弟ですか?」

「え、呼びましたかリューさん?」

 

 と、自分と同じ顔をした男が振り返り、此方に気づき目を見開く。その人物と同席していた者達も視線を追い目を見開いた。

 

「ベル様が二人!?」

「ど、どうなってんだ!?」

「って、僕も居るじゃないか!」

「リリ助も居るぞ!?」

「………リリにヴェルフ、命に春姫?」

 

 リリはともかく何故【ヘファイストス・ファミリア】のヴェルフに【タケミカヅチ・ファミリア】の命と春姫が? いや、それ以前にヘスティアとリリ、自分が2人って、どう言うことだ? 疑問に思い一つの可能性を思いつく。

 

「………正史介入って奴か」

 

 まあ自分という異物がこうして紛れた時点で、この世界ももはや正しい歴史とは異なる外史になったのだろうが。

 

「あ、あの~………貴方は?」

「生き別れたお前の弟だ」

「ええ!?」

「嘘だ」

「な、なぁんだ……いや、でもここまでそっくりだと実は……」

「本当は兄貴だ」

「兄さんなの!?」

「……………」

 

 此奴、面白いなと長年の経験より培ったポーカーフェイスで無表情を貫くものの肩がプルプル震えているベル。目の前のベルはからかわれていると気付いたのかもー、と叫ぶ。

 

「からかわないでください、貴方達は結局誰なんですか?」

「平行世界のお前等だ」

「平行世界の僕?」

「例えばだ。俺がここで出て行きダンジョンに潜るかホームに戻るか選べることが出来るのは解るな?」

「えっと、うん……」

「つまり俺は帰りながらもダンジョンに潜る可能性が出てくる。そういった可能性で世界は幾つも分かれる。それが平行世界」

 

 指を二つ立て、左右に開きながら説明するベル。平行世界なんて家に帰るのに近道するか遠回りするか程度で生まれるんだろうが今回は根本的な部分が異なる。

 自分は生まれるはずだったベル・クラネルに異世界の魂が宿った可能性。目の前のは本来の歴史を歩きつつ平行世界の自分に出会う体験をする可能性。

 

「うーん、そういうの神の間でも結構話題になってたけど………確か『一番近くて一番遠い』だったかな?ようするにちょっとのことでそうなる世界なのにそれを見ることは出来ないって奴。君はどうやって来たの?」

「それが解れば苦労は………あ、いや待てよ?」

 

 と、ベルは己のステイタスを確認する。あった……

 

『【ワールド・ジャンプ】

 ・自動発動

 ・世界を移動する

 ・目的地の世界を自動で探し続ける

 ・その世界でやることが終わると10分後に移動する

 ・最終目的地より帰還後消滅   』

 

 なんだこのふわっとした説明文。

 取り敢えず解ったことは、この魔法が勝手に発動してここに来たという事。というかまた消える魔法だ。

 

「うん、俺の魔法の暴走みたいだな。やることってのが解らんが………」

「えっと……つまり魔法が発動すれば帰れるのかい?」

「発動さえすればな…………仕方ない、暫く宿を取るか」

 

 その前にダンジョンに潜って魔石を………

 

「ふむ、どうも今は帰れないみたいだね。なら、僕達のホームに来ないかい?」

「………良いのか?」

「世界は違えどベル君達はベル君達だからね。構わないよ、ベル君も良いだろ?それに、ボクが野宿ってなんか変な感じだし」

「はい! 僕ももう一人の僕と話してみたいです!」

「おお! 流石僕とベル君、太っ腹だねえ!」

「どんな世界でもベルは優しいですね」

「………ありがとな、ヘスティア、ベル」

「はにゃっは!?」

 

 と、突然ヘスティアが椅子から転げ落ちた。見れば顔が赤くなっている。うっかり魅了してしまったかと焦る。

 

「べ、ベル君が……僕を呼び捨てで……い、いや落ち着くんだ。幾ら顔と声と身長が同じでもこれは別のベル君……」

「ていうか向こうのリリ、今ベル様呼び捨てにしてませんでした?羨ましい」

「……………」

 

 ある意味『ベル・クラネル』に既に魅了されていると言うべきか。

 

「あっちの『ベル』様は、まさか『ヘスティア』様と……」

「てか今更だが性格がちげーな」

「目の色も異なるのですよ」

「………しかしお前等、やけにあっさり信じるな」

「まあな。何せつい最近喋る──と」

 

 ヴェルフの言葉から推測するにこの世界にも異端児(ゼノス)はいるようだが共存のめどは立っていないらしい。しかし、彼等は受け入れたのだろう。そう思うと笑みが浮かぶ。

 

「しかし本当に性格がちげーな。何つーか、堂々としてる………このベルなら女とデートもしてそうだな。てか恋人いそう」

「何言ってるのさヴェルフ」

「恋人はいないがオラリオに来てからもデートは何回かしたな。ここにいる『アーニャ』や『クロエ』、『リュー』とかとも」

 

 ガッシャーンとリューがすっころび運んでいた皿を落とす。

 

「も、申し訳ありません」

「手伝おう」

「いえ、お客様にしていただくわけには………あの、それよりデートというのは?」

「そうだよもう一人の『ベル』君!だいたい、その言い方だと複数の女性とデートしてるみたいだけど!?」

 

 『ベル』はしたからな、とあっさり返し此方の世界のベルがえぇ!? と叫ぶ。他の面々も驚きで硬直していた。

 

「す、すごい……もう一人の僕はおじいちゃんの言ってたハーレム作ったんだ」

「あの爺、こっちでもかわらねーのか……」

 

 その言葉に呆れてため息を吐くベル。考えてみればイレギュラーは自分なのだから祖父の性格が変わっている可能性は低いか。だが、一つ気になることがある。

 

「なあ、こっちの俺って【ロキ・ファミリア】と──」

「あー! いた、『ベル』~♪」

 

 それを問いかけようとした瞬間酒場の扉が開き褐色の物体がベルに飛びつく。そのまま床をゴロゴロ転がった。

 

「ティオナさん!?」

「あれ、こっちにもベル? じゃあこっちは………うん、『ベル』だ」

 

 ベルに話しかけられ『ベル』に飛びついた気になっていたティオナは首を傾げベルを見る。此方も『ベル』だ、というか探していたのは此方で間違いない。

 

「な、ななな! ななななぁぁぁ! なぁにをしてるんだい君はぁ!」

「あ、ヘスティア様やっほー。こっちの世界のヘスティア様だよね? メイド服じゃないんだ」

「はぁ!?」

「おーい、もう一人のアタシ、急に走らないでよ」

「あ、ごめんアタシ……」

 

 そして入ってくるもう一人の()()()()

 

「何処の世界でも変わりませんね」

「まあ良いことだとは思いますけど」

 

 ()()()レフィーヤ。

 

「おお、向こうの『ティオナ』は大胆やな~」

 

 そして【ロキ・ファミリア】の主な面々。その内アイズ、ベート、レフィーヤ、ティオナが、二人居た。



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番外の章 正史クロス②

アンケート始めました


「じゃあそっちのヴァレン某達はもう一人のベル君の世界のヴァレン某達なんだね」

 

 と、こちらのヘスティアが『アイズ』達を見て口を開く。

 

「それにしても『ベル』君はずいぶん【ロキ・ファミリア】と仲がいいじゃないか……」

「まあ、一応俺の所属している【ヘスティア・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】の傘下だしな」

 

 ブッ! と此方の世界の【ヘスティア・ファミリア】とロキが吹き出した。

 

「さ、傘下ぁ!? 何で僕がロキなんかの傘下に!」

「せやせや! どうしてウチがドチビを傘下に入れてやりゃなあかんねん!」

 

 どうやら此方のヘスティアもロキもお互いを嫌いあっているらしい。とはいえ憎むほどでもなく、いわゆる悔しがる顔を見たい程度だが。

 

「俺のスキルがレアスキルだからな。それをたまたま知った『ロキ』が、他の神の玩具にされるのもって保護するためだよ……あれ、これ『レフィーヤ』達の前で言って良かったんだっけ?」

 

 と、今更ながら考える『ベル』。まあスキルの詳細についてバラさなければ平気だろう。

 

「……………」

 

 此方のヘスティアにも心当たりがあるのか黙り込む。『ベル』はベルを見るが本人は首を傾げているところを見るに存在しないか知らぬのだろう。ヘスティアの反応からして後者か。

 

「なんや、レアスキル?」

「ああ、もう消えてしまったが」

 

 嘘ではない。変化し、別のスキルになったのだから彼女達が隠そうとしたスキルは最早存在しない。

 神は嘘を見抜ける故にベルの言葉に嘘がないと判断。ロキは言葉に裏があると見抜いていたが平行世界とはいえ自分の子供達と仲がいい『ベル』を問いつめる気は起きなかった。

 

「ついでに言えば、ヘスティアがメイド服なのはロキの趣味だ」

「これ胸が結構きついんだよね………」

 

 『ヘスティア』がそう言って胸元に手を当てる。言われてみれば、ヘスティアと『ヘスティア』の胸囲が少し違う。『ヘスティア』がメイド服に抑えられているからだろう。

 

「まあ僕は、ロキより胸があるからねぇ!ロキが嫉妬して小さく見えるようにするのも仕方ないかー!」

「なんやとこらぁ! チッ、ドチビは何処行ってもドチビやな!」

「ふん! 君こそロキはどこのロキだってロキだね!胸がないところまで同じじゃないか。どうせ君が男の世界でも気づけないだろうね、その胸で!」

「上等やこら、その喧嘩買ったで!」

「いだだだ! こにょぉ!」

「んぐ!?」

 

 ベル達が慌てる中『ベル』と『ロキ・ファミリア』は慌てない。よくある光景なのだ。気にしても仕方ない。そして、店で暴れれば───

 

「二人とも、いい加減にしないか! 店にも他の客にも迷惑だ!」

 

 リヴェリアが諫める。神にも劣らぬ美貌を持つエルフの女王の怒りにさすがの神々もビクッと震え大人しくなり、お前のせいで怒られたじゃないかとお互いを睨む。

 

「すまないな、ロキが迷惑をかけた」

「向こうじゃそもそも同盟関係だし、何時もの光景だよ。あんたが止めるとこまで含めて──しかしロキとヘスティアもそうだが、あんたも何処に行ったって母親やってるんだな」

「余所のファミリアまで私を母と呼ぶか───ん、いや、黄昏の館に住んでいるのだったな」

 

 異なる世界においても母親扱いされるほど苦労しているもう一人の自分に同情するリヴェリア。

 

「アイズと一緒に怒られたこともある」

「えっと………確かウダイオスを一人で倒した時……」

「あ、『私』もやったんだ」

「そちらの『アイズ』もやっていたのか………」

 

 どちらの世界でもアイズはアイズらしい。無茶ばかりする娘にあきれながらもん? と『ベル』を見る。『アイズ』が叱られた理由は解ったが、『ベル』まで叱られた理由は何だ?

 『ベル』に尋ねると『ベル』はああ、と呟き応える。

 

「Lv.1でゴライオスに単独で挑んだから」

「…………誰が?」

「俺が」

「『ベル』すっごかったんだよ~!もう全然目に留まらない速度で動いてたの!」

「………ほう、ゴライオスに……単独で? 『ティオナ』も居たようだが」

「フィンも居たが、手出し無用で頼んだ。一人で挑まなければ殻が破れないと思ってな」

「「うんうん」」

 

 アイズと『アイズ』が同意するように頷き、リヴェリアが頭痛がするとでも言うように頭を押さえる。

 

「お前達、そこに直れ!」

「「「───ッ!?」」」

 

 条件反射で正座してしまう『ベル』と二人のアイズ。

 

「お前達はいったい何をしているんだ!? よりにもよって、階層主に単独で挑むだと!? お前に至ってはLv.1でゴライオスに挑むだと? 何故そう危険な事を行うんだお前等は、心配する方のみにもなれ………」

「「もう怒られた」」

「同じく………」

 

 むぅ、と不満そうに頬を膨らませるアイズ達とその言葉に同意する『ベル』にリヴェリアはほう? と凄むような笑みを浮かべ三人が肩を震わす。

 

「アイズの事だ、他にもやっている者が居るのだから、もう一度ぐらいと考えているのではないか? 同じようなことをする貴様も……」

「「そ、そんなこと無いよ………?」」

「ははは。そんなまさか………」

「目を合わせろお前等」

 

 息ぴったりに顔を逸らすアイズ達と目を天井に向ける『ベル』。

 

「「「でも実際Lv.はあがった。心配をかけた事には反省はしている。後悔はしていない」」」

「黙れ! …………はぁ、この問題児が二人も……向こうの私も苦労していそうだな」

 

 リヴェリアが大きく溜息を吐く。一人だけでも大変だったのに、二人も………。向こうの自分は本当に苦労していることだろう。と、『ベル』が此方を少し微笑み見てくるのに気付く。

 

「………何だ?」

「いや……向こうでも、此方でも、心配してくれるんだなって………それが素直に、本当に嬉しくて………心配してくれて、ありがとう」

「…………そう思うなら自重しろ」

 

 そう言って『ベル』の額をこづくリヴェリア。どうやら説教は終わったらしい。リヴェリアに見つからぬようにハイタッチする三人。リヴェリアが振り返るとすぐに正座し直す。

 

「Lv.1でゴライオスを……? そっちの『僕』、すごいんだなぁ」

「スキルに恵まれていただけだ」

「ベル様だって負けてませんよ! 半年でLv.4じゃないですか!」

「ふっふぅん! そうさ、こっちのベル君だって君にも負けてないだろ! 僕のベル君は凄いんだ! ぼ・く・のベル君は!」

 

 『僕の』の部分を強調するヘスティア。『アイズ』と『レフィーヤ』がムッとする。

 

「『ベル』だって凄い。半年でLv.7」

「へ?」

「まあ、そのために何度も死にかけてるんですけどねぇ………」

 

 『アイズ』の言葉に固まる一同。『レフィーヤ』が呆れたように苦笑する。

 

「す、すごい………」

「俺に出来たんだ。お前も出来るさ」

 

 尊敬の目を向けてくるベルに『ベル』はそう言って笑う。

 

「なれる、かな……僕もLv.7に………」

「……………」

 

 チラリとアイズを見るベル。なるほど、彼の目標はアイズなのか。解りやすい奴。

 

「しかしゴライオスって……てことは君の二つ名物騒なことになったんじゃない?」

「ああ『殺戮兎』(ヴォーパル・バニー)だ」

「本当に物騒だね!?」

「なんだ、そっちの『ベル』はモンスター撃破数が半端なかったのか?」

 

 と、ヴェルフが尋ねる。殺戮なんて物騒な名が付く理由がそれぐらいしか思いつかなかったからだろう。アイズだって昔は二つ名こそ『剣姫』だったが執拗なまでのモンスター殺しで剣鬼などと揶揄されていた時代もあったのだ。

 

「いや、俺は幼少期傭兵やっててな。その後オラリオに来たんだよ。で、外での俺の話を聞いたヘルメスの野郎が名付けやがった」

「「「傭兵!?」」」

 

 『ベル』の言葉にベルに振り返る【ヘスティア・ファミリア】の面々。ベルは慌てて首を横に振る。

 

「ぼ、僕はそんなことしてませんよ!」

「そりゃそうだ、お前からは人を殺した奴特有の臭いがしない」

 

 酒をあおりながらベルを見つめる『ベル』。自分と同じ見た目なのに、何故だろうか? 大人っぽい雰囲気に加えどこか妖しげな気配で全く別の顔に見える。

 

「怖いか、俺が?」

「い、いえ……悪い人では、ないと思うし……誰かを助けるため、だったとかだよね?」

「へぇ、その根拠は?」

「え? ええっと……その、君も『僕』だから……じゃだめかな?」

「………………」

 

 聞きようによっては自分を信じたいだけのただの屁理屈。だが───

 

──そうだよ。それでこそ()だ!──

 

 変わらない。

 向こうがただ世界を見てきただけの存在で、此方が世界を味わえた存在だとしても、やはりベル・クラネルは『ベル・クラネル』だ。

 

「あははは!俺とお前は違うのに、やっぱりお前は俺をお前(ベル・クラネル)って言うのか!」

「わ、笑わないでよ!」

「すまんすまん。けど、ま……交友関係が殆ど変わらない理由も解った。リリや春姫を助けて、ヴェルフには魔剣なんて興味ないから防具くれとでもいったか? 命は……何故だ?」

「よくわかるな」

「俺も似たようなことしたからな。剣はこれと『ヴェルフ』が造ってくれたのが、あとは投擲用のがあれば問題ない」

 

 と、ヘスティア・ソードを見せる『ベル』。自分のより少し長い剣をベルは物珍しそうに見ていた。

 

「まあ所属は違うがな………『ヴェルフ』は【ヘファイストス・ファミリア】のままだし『リリ』は【ロキ・ファミリア】で『春姫』と『命』は普通に【タケミカヅチ・ファミリア】………って、どうした春姫、リリ………」

「や、なんかベル様の見た目と声で気の強そうな声で喋られるとなんだか……」

「こっちのベルはなよなよしいからなぁ」

「『ベート』、失礼だろ」

 

 『ベート』の言葉に『ベル』がむっとしたように言う。仮にも『自分』が馬鹿にされていると思って怒ったのだろうか? いや、ベルと『ベル』は別人だ、同一視されるのを一番嫌うのは『ベル』本人のはず。

 

「……悪かった」

「ん、許す。それより飯食おうぜ飯。ここは飯屋だ……とはいえ客が多いな、ミア母さん、手伝おうか? 向こうでも手伝ったりしてたんだぜ?」

「それは客としてきた時かい?」

「いや……」

「なら今日は客なんだ、座りな」

 

 そう言われては仕方ないか、と席に座る『ベル』。

 

「じゃ、メニューにかかれてんの全部五人前ずつ」

「「「………は?」」」

「………こっちの『ベル』……すっごい大食漢なんですよね」

 

 と、『レフィーヤ』が呆れたように呟いた。



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番外の章 正史クロス③

「………本当に、すげえ食うな」

「もうデザートに入りましたよ。うぷ、見てて胸焼けが……」 

「体型はベル殿と大差ないのに、向こうの『ベル』殿はどこに入っているんでしょう」

 

 『ベル』の喰いっぷりにヴェルフ、リリ、命が呟く。春姫もベルもヘスティアも同じように驚いてたが。

 

「こんくらいで一々驚いてんじゃねぇよ。此奴、数日寝込むと起きてすぐ黄昏の館の食料食い尽くすからなぁ」

「この前も凄かったですからね………戦争遊戯(ウォーゲーム)の後、パーティーに備えて買っていたのに延期になりましたし……」

 

 『ベート』の言葉に『レフィーヤ』がちょっと前のことを思い出す。彼が目覚めた後直ぐに祭りで、街の食料はほとんどそちらに使われたからパーティーはさらに延期になった。

 

「ん? でもいくら祭りに使ったからってなくなったりはしないんじゃ………」

「祭りの主役が特別無料だったからな……」

「ああ、アステリオスはよく喰うからな。ウィーネも……つーか異端児(ゼノス)達が基本初の人間の料理に夢中になりすぎてたから……」

「いや、『ベル』君も食いすぎだったからね?」

 

 さらっと他人の行ったこと扱いしようとしている『ベル』に呆れる『ヘスティア』。

 

「………ん? え、異端児(ゼノス)!?」

 

 ベルが思わず叫び、周りの客がなんだなんだと此方に視線を向ける。フィンは目を細めると懐から大量の金貨が入った袋を取り出す。

 

「ミア、すまないが今日は貸し切りにしてもらいたい」

 

 

 

「最初の質問だ。君たちの世界でも、異端児(ゼノス)は確認されたのかい?」

「ああ」

「おう」

「うん……」

「「はい」」

「そうさ」

「したよー」

 

 『ベル』『ベート』『アイズ』『リリ』『レフィーヤ』『ヘスティア』『ティオナ』は迷いなくフィンの言葉に同意する。先ほど半年で、と言っていたことから、『ベル・クラネル』が『オラリオ』に来たのはそれぐらいなのだろう。こちらのベル・クラネルも似たような時期に来た………なるほど、つまり似たような流れをたどっていると言うことか。そもそも『ベル』とベルぐらいしか違いがなさそうだし、しゃべり方こそ違えど先ほど漏らしたウィーネという名……人間性がそこまで大きく変化しなければそんなものだろうか?

 

「しかし祭りの主役、か………つまり彼等が地上に住むことが許され、その式典と言うことかい? 君自身もと言うことは、君が手を回して………」

 

 フィンの言葉にベルは『ベル』を見る。その目に映るのは、羨望。話を聞き、町並みを思い返す。異端児(ゼノス)は何処にも居なかった。つまり、此方では認められていないという事。

 

「すごいんだね、『僕』は……僕には、出来なかったのにな」

「俺はただ、娘と一緒に暮らしたかっただけだよ」

「娘……? そっか………え、娘!?」

 

 さらりととんでもない情報が暴露された。娘が居るのか向こうの自分は!? ん?でもそれと異端児(ゼノス)に何の関係が?

 

「ウィーネの事だよ。神に嘘は通じないからな……俺を父と呼ばせて『俺を父と呼ぶ娘が現れた。ファミリアに迷惑もかけられないから少し離れる』って言ったんだ」

「な、なるほど………」

「え、でもそんなの『娘出来る心当たりがあるの?』って僕かロキが聞けば終わりなんじゃ………」

「あるからな。心当たり………」

「…………へ?」

 

 ヘスティアの言葉に視線を泳がせながら言う『ベル』。神の視点から見て、嘘は………ない!?

 

「えええ!? ぼ、『僕』って、子供が出来るような事したの!?」

「傭兵やっててもガキじゃ雇われないことも多いからな。金が必要な時、年下好きの女に体売ってた…………」

「うおぉう、そんな……同じ見た目なのに向こうの『ベル』君は、そんな………ぼ、『僕』としてはどうなんだい!?」

「うーん。まあ、オラリオに来てからはせいぜいデートぐらいしかしてないし、子供が傭兵で生きてくのは大変だろうし……」

 

 処女神である『自分』に別世界の『眷属(ベル)』がそれで良いのかと問うヘスティア。『ヘスティア』は迷いながらも愛する我が子(眷属)のあり方を良しとした。

 

「まあ『僕』が良いって言うなら、僕からは何もないけどさ………」

「こ、こここ……子供なんて、不潔です!」

 

 そう叫んだのはレフィーヤだ。エルフらしく、高潔な精神を持っているらしい。

 

「そ、それも、お金とか……そんなことのために───!!」

「そうしなきゃ生きてけなかったからなぁ。まあ、平穏に生きようと思えれば良かったんだろうが………あの頃の俺に『強くなる以外』の選択肢がなかったからなぁ………」

「…………どうして?」

 

 アイズが尋ねる。何故強くなりたいのか、と。チラリと『アイズ』を見たのは、自分の中にある感情を再確認したかったのだろう。それが『ベル』にもあるのか気になったようだ。

 

「守れなかった奴がいて、この先守れる力が欲しかった………俺が奪ってしまった場所にいた奴なら、きっとたくさん救えたのにと思っていた………」

 

 そう言って遠くを見つめる『ベル』は、微笑を浮かべる。

 

「まあ、好きに生きろって怒られたけどな………」

「なら、これからどうするの?」

「もちろん好きに生きるさ。恋して、愛して、新しいものを見て、喜んで、誰かを守って誰かを助けて誰かを救う。そのために力が必要だから強くなる。それも俺の、俺自身の願いだから」

 

 『ヘスティア』『リリ』『レフィーヤ』『ティオナ』『アイズ』が微笑み『ベート』がふん、と鼻を鳴らす。

 

「そっか………君は、強いね」

「お前も強いさ。何せ同じ【アイズ】なんだしな」

「そっちの私、強い?」

「強いぞ。なんせLv.7だからな」

「…………え?」

 

 Lv………7? と『アイズ』を見る一同。

 

「『ロキ・ファミリア』じゃ『フィン』、『リヴェリア』、『ベート』がLv.7の超一級冒険者だな。あ、傘下の俺は7だ」

「私はまだ5ですけどね……」

「5!? そっちの私は、5なんですか!?」

「ああ、『リヴェリア』に勝ったのが大きかったんだろうな。ランクアップした」

「リヴェリア様と!?」

「ほう、私に………」

「ま、まあ……『ベル』が居なければ勝てなかったでしょうけど………」

 

 『レフィーヤ』が『自分』を倒したと聞いて興味深そうに『レフィーヤ』を見るリヴェリア。『レフィーヤ』は照れくさそうに言うがエルフの女王であるリヴェリアと何故争うことになったのかと呆然とするレフィーヤ。

 

「なんで『リヴェリア』様と争うことになってるんですか!?」

「えっと……『ベル』が異端児(ゼノス)達のために【ロキ・ファミリア】に敵対したから!」

「というか世界に喧嘩売ってましたよね、『ベル』……」

「本当にね、僕がどれだけ心配したか」

「とか良いながら、『ヘスティア』様実は喜んでましたよね? 『ベル』が初めて自分の心の底からやりたいことを選んだ、って…」

「むう……」

「ま、その結果負けたけどなぁ………温情で願いを叶えてもらって、恥ずかしいったらありゃしねぇ」

「『ベート』だって俺に負けたろ」

 

 レフィーヤの叫びに『ティオナ』が応え『レフィーヤ』、『ヘスティア』、『リリ』が呆れたように肩をすくめ『アイズ』も過ぎたこととはいえ、発端を思い出したくないのか微妙に眉根を寄せ、『ベート』がはん、と鼻で笑う。ムッとした『ベル』の言葉にああん? と睨み付け『ベル』も睨み返す。

 

「ありゃ俺に魔法のブランクがあったからだ。次やりゃ俺が勝つに決まってんだろ兎ぃ」

「負けた言い訳してんじゃねーよ。訓練であれ以来負けた数のが多いが何でもありなら俺のが強いんだよ犬っころ」

「はいはいそこまで。全く君達は本当に負けず嫌いだなぁ……」

「『ベート』が突っかかってくるからな」

「ああ? あの後白星多いのは俺だろうが『ベル』……」

「君達それが発端で本気で勝負して鍛錬場ふっ飛ばしたの忘れてやいないかい?」

「「………………」」

 

 『ヘスティア』の呆れたような視線に無言で顔を逸らす二人。

 

「くそが。こうなったら明日はダンジョン潜んぞ…………」

「あー、モンスター撃破数で競うのか」

 

 この二人仲良いのだろうか、悪いのだろうか? そんな疑問を持つ一同。

 

「『ベル』、『ベル』……私もいって良い?」

「あたしもいくー!」

「リリは残りますよ。勉強したいので……あ、でもこっちのリリは【ヘスティア・ファミリア】でしたか……」

「ああ、『リリ』君は【ロキ・ファミリア】の書庫で兵法書とか読んでるんだっけ……」

 

 『アイズ』が付いていきたいと言えば『ティオナ』もついて行くと言い出し『リリ』は地上に残ると言うも此方の自分の所属を思い出し迷う。

 

「あの……出来れば向こうの世界で何があったか詳しく教えてもらいたいんだけど」

 

 フィンの言葉に『ベル』達はあ、と思い出したように呟き、『レフィーヤ』がそんな一同の様子に溜息を吐いて語り出した。向こうで起きた、世界最大規模の『戦争遊戯』(ウォーゲーム)についてを……。




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番外の章 正史クロス④

「なるほど……リヴィラの街、医療系ファミリア、【ガネーシャ・ファミリア】………その他共存派と、僕たち【ロキ・ファミリア】を筆頭とした反対派の『戦争遊戯』(ウォーゲーム)、か……」

 

 文字通りオラリオ全土を巻き込んだ『戦争遊戯』(ウォーゲーム)。先ほどのベートの発言からして、『自分達』側の勝利のようだが……。

 

「そっか、『あたし』と『レフィーヤ』は竜女(ヴィーヴル)ちゃんと知り合ってて、だから『アルゴノゥト』君の方に……」

「ウィーネを孤児院の方に匿ってな。子供同士仲良くて………紅石(いし)を取られ暴走してもライを守ったウィーネと、そのウィーネを家族だと【ロキ・ファミリア】の前で叫んだ子供達を見てな……俺も()()なりたいと思っていたら、体が動いていた」

「そっか………ウィーネは、そっちでもいい子なんだね」

 

 『ベル』の言葉にベルははにかむような笑みを浮かべた。ベルにとってもウィーネという少女は大切だったのだろう。

 

「うーん……それでも世界を敵に回すなんて……」

「まあ、『ベル』を一人には出来ませんから………きっちり見てないとどうせまた無茶したり落ち込んだりしますからね『ベル』は!」

 

 全くもう、とでも言うような口調だがその顔は笑みを浮かべており耳もピクピク動いてて、何処か嬉しそうだ。

 

「………あの、もしかして『私』は『ベル・クラネル』の事──」

「『私達』は、負けたの? 勝ったの?」

 

 その反応にレフィーヤが震えながら尋ねようとするとアイズが『戦争遊戯』(ウォーゲーム)の勝敗について尋ねる。

 

「さっきも言ったろうがぁ………『ベル』は負けて温情の結果『異端児』(ゼノス)共は地上で住むことを許された」

「……………」

「誰も殺さなかったからな。その上で、ここは冒険者の街……強い奴が崇められる街で、人間と一緒に【ロキ・ファミリア】と戦ってるモンスター……元々怪物祭(モンスター・フィリア)でモンスターと共に行動をしていた【ガネーシャ・ファミリア】に、子供のために命を懸けたモンスター。そんで定期的に得られるドロップアイテム……これだけ要因がそろえば認めてくれる奴は増える。後は『フィン・ディムナ』が投票しようと訴えかけて、認めてくれた。まあまだオラリオだけでだが……」

 

 何時かは旅をして、世界を見せてやりたい。それが『ベル』の望みだ。

 

「………『私』は、どう思うの?」

「……私は、もう彼女を……彼女達をモンスターとして見れないから」

 

 アイズの言葉に『アイズ』がそう返す。そっか、と呟くアイズ。

 

「個人の戦歴はどんな感じだったんだい?」

「ここにいる奴だけなら『リリ』が『アイシャ』、『アルガナ』、『レナ』、『春姫』で挑んで……『フィン』に重傷負わせたんだったか?」

「ふえ? え!? そっちの『リリ』は前線で戦うんですか!?」

「団長に重傷負わせただぁ!? どういうことだこのチビ!」

 

 『ベル』の言葉にリリが驚きティオネが叫び『リリ』を睨む。

 

「………『戦争遊戯』(ウォーゲーム)なんだから怒らないでくださいよ。ていうかリリだって勇者様にボコボコにされたんですよ? まあ最後はリリの自爆に巻き込んでやりましたが」

 

 まあ全然意味ありませんでしたがね、と苦笑するリリ。せいぜい持っていたポーション類を破壊した程度か。

 

「そっちの『リリ』は強いんですね。羨ましいです」

「いえいえ。リリはスキルが無ければLv.1の上位陣には負けてしまいますよ? 戦闘センス、あんまり無いらしいですからね。スキルでなんとか食いつないでいるだけです」

「スキル?」

【疾風兎】(ラピッドリィ)【女戦士】(アマゾネス)だよ! リリちゃんがあたしと『ベル』が大好きだから手に入れたスキルなんだよね!」

「うわっぷ!?」

 

 『ティオナ』に抱きつかれ「むぎゅう」と呻く『リリ』。名前からして【疾風兎】(ラピッドリィ)が『ベル』で【女戦士】(アマゾネス)が『ティオナ』か。『ティオナ』は嬉しそうに『リリ』を抱きしめ『リリ』は恥ずかしそうに頬を染める。

 ロキはありやな、と糸目を薄く開いてその光景を見つめていた。

 

「は、離れてください! だいたいそれはあのショタジジイの妄言です! 濡れ衣です! そもそもあのスキルは変化してるんです!」

「ほえ? そうなの?」

「はい。ここにいる人達は吹聴するような方達ではないので教えますが………【神速英雄】(アキレウス)【暴乱女王】(ペンテシレイア)に………」

 

 【神速英雄】(アキレウス)。俊敏の超域補正。行動中最高速度の随時上昇。行動終了により上昇値リセット。

 【暴乱女王】(ペンテシレイア)。力、耐久の大幅補正。戦闘時随時上昇。行動終了により上昇値リセット。

 

「───と、このように」

「えー? なんでなんでー? あたし達のこと嫌いになっちゃったの~?」

「だ・か・ら! 抱きつかないでください! Lv.6の『ティオナ』さんの膂力で抱き締められたらLv.2のリリなんて簡単に潰れます!」

 

 とはいえ大幅補正スキルがあるからか、多少もがけるようだ。『ティオナ』が本気で抱き締めていないのもあるのだろうが。

 

「『ガレス』は『異端児』(ゼノス)達と『ヴェルフ』、『椿』と戦ってたらしいが………バケモンだったと皆口を揃えて言うな。で、『ベート』はさっき言ったように俺に負けた………まあこの剣が新しい力に目覚めてくれて、不意をつけたのも大きいだろうが」

 

 『ベル』はそういうと《ヘスティア・ソード》を取り出し刀身を指で撫でる。それに応えるように淡く光ったような気がした。

 

「『リュー』、『クロエ』、『ルノア』は『マリィ』と組んで『ラウル』達を倒してくれたそうだが、その後『オッタル』にやられたらしい」

「………面倒くさがりの二人も参加したのですか?」

「面倒くさがりとはなんにゃ!」

「いや、まあ否定は出来ないけどさ……」

「………きっと『ベル』がよくデートしてたからでしょうね? そう思いません? ね? 『ベル』?」

「………………」

 

 『レフィーヤ』がにっこりと微笑みフフフと『ベル』を見る。『ベル』は無言で視線を横にずらす。

 

「デート?」

「酒場ではいろいろな情報が集まりますから。その報酬としてお……おし、お尻を触らせたりしたそうです」

「にゃんと!? 少年のお尻、触って良いのかにゃ!? まさか、お臍も!?」

「『私』の方は?」

「基本的にはあた──口の軽そうな『クロエ』と『アーニャ』しか頼まなかったが、たまに『ルノア』が面白い情報持ってくると飯をおごってた。向こうの『ミア』に「ここは情報屋じゃないんだ、世間話は余所でやんな!」と店から放り出されてな」

「「「ああ……」」」

 

 目に浮かぶようだ。

 

「でもそれを抜きにしても『ベル』は『クロエ』さんや『ルノア』さんと仲が良いですけどね」

「………まあ、同族意識って奴だな………」

 

 そう言って己の手を見る『ベル』を見てクロエとルノアも己の手を見る。同族意識、それが何を意味するのか解ったのだろう。

 

「って、おい待て俺が兎野郎に負けただとぉ!?」

「チッ。『戦争遊戯』(ウォーゲーム)ではな」

「負け惜しみ」

「「ああん!?」」

「…………『ベート』と『ベル・クラネル』は、あまり仲が良くないのか?」

 

 と、リヴェリアが『ヘスティア』に尋ねると『ヘスティア』はんー、と二人を見て、慈愛に満ちた眼差しを向ける。

 

「仲は良いよ。とってもね………『ベル』君が素直になって、『ベート』君も張り合いが出来ただけさ」

「張り合い?」

「ちょっと前まで『ベル』君はさ……よく訓練する間柄ではあったんだけど、負けても『助かった……』、『時間をとらせた』ばっかで馬鹿にされても『ああ』、『そうだな』、『気をつける』、『わかった』って、本当に淡泊な反応でさ………けど、今じゃ負けたら悔しそうで………『ベート』君も楽しいのさ」

「………………」

 

 その言葉に『ベート』とベート、『ベル』を見る。

 ああ、なるほど、と微笑みを浮かべる。

 

「そちら()賑やかなのだな………」

「そうだね。そっち()楽しそうだけど」

 

 子供達の戯れを見守る母のような慈愛の眼差しを目の前の光景に向ける。一人のエルフと一柱の女神は静かに微笑む。

 

「しかし、『ベル・クラネル』………性格はまるで違うのに、人を変えるな、あの少年は」

「そりゃ、どっちも自分より誰かを大切に思える優しい子だからね」

「『レフィーヤ』もそんな『彼』に惹かれたわけか………恋は男を弱くする、などという話を聞いたことがあるが、ならば女は強くなると言うことか?」

「むう……その辺は、僕としても認めたくないけどねぇ………けど、恋は男を弱くしたりしないよ」

「そうなのか?」

「面白くない話だけど………『ベル』君は彼女の前の方が、強いもん。『ベート』君と組む時と違ってそういうスキルがある訳じゃないのにさ」




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番外の章 正史クロス⑤

「しかし『フィン』や『ガレス』が活躍していて、『私』は負ける、か……立つ瀬がないな」

「そ、そんな! 『ベル』は私が勝ったって言ってましたけど、実際は『ベル』と一緒に、不意打ちに近い形で倒しただけですし……」

 

 リヴェリアの言葉に『レフィーヤ』が慌てる。そんな反応にリヴェリアは楽しそうにクスクス笑った。

 

「しかし勝ったのは事実なのだろう?私は、それを誇りに思うよ」

「……………」

 

 世界は違うとはいえエルフの女王に誉められ頬を赤くして固まるレフィーヤ。耳がピクピク動いていることから、嬉しいようではあるのだろう。

 

「『私』は?」

「………私は、『フィン』に特定の場所で待機を命じられてた」

「何で?」

「…………『ベル』を、殺そうとしてたから」

「「「────ッ!?」」」

 

 アイズの言葉に暫し間をおいた『アイズ』だったが、絞り出すようにそう呟き此方側のベル達が戦慄した。

 

「『ベル』を、取られたくなかったから………モンスターを守ろうとするベルが、許せなかったから………でも、結局出会っちゃって………だから、全力で殺そうとして、首を折った」

「え、首を?」

「うん。こう……ゴキッと………」

 

 その時の感覚を思い出したのか顔を青くする『アイズ』。モンスターを守ろうとするのが許せなかったから、という言葉に同意してしまうところがあったのかアイズは無言で己の手を見た。

 

「よ、よく無事だったね『ベル』君……」

「俺は自己治癒系のスキルがあるから。Lv.2の時点で魔力と体力を大量に消費すれば新しく生やせたし、魔力と体力さえ残ってればなんとか………」

「『ベル』、ちょっと前に高レベルの私が同じスキルを持ったら不死者って言ってた………ベル、不死身?」

「さあな……取り敢えず喉を抉っても大丈夫なのは確かだが………」

「……けど、あの時『ベル』は魔力残ってなかったはず」

「………それは説明したろ?」

 

 『ベル』の言葉に『アイズ』はそうだった、と頷く。そういえば、そうだった。あれはあの時だけの裏技だったか。

 何でも、もう一人の自分から体力と魔力、経験値(エクセリア)を貰ったらしい。『ベル』の体に残っていたこの世界に生を受けるはずだった『ベル・クラネル』の残滓。今『ベル』がベルを見たのは、生まれてきていればこうなっていたと確認したからだろう。

 

「ところで『坊主』………あんたら、余所の世界から来たんだろ? 金、あんのかい?」

「…………………」

 

 『ベル』の手がピタリと止まった。周りには、塔のように積み上げられた大量の皿。 

 

「………ダンジョンに潜ってくる」

 

 

 

 『潜るのは明日にしな』。そう言われた。ミアはやはりミアのようだ。あるいはベルへの信頼か……。

 どうせなら此方の面子も共に潜ろうというロキの提案の下翌日全員で向かうことになったが、ベルは寝ずに屋根の上に腰をかける。

 

「満月か……」

 

 そういえば向こうでは『神月祭』が近づいていた。ダイダロスの一部崩落とか、【アポロン・ファミリア】の街での魔剣、魔法使用によるゴタゴタ。ガジノの支配人偽物事件と捕らわれていた美姫達の謎の解放。『真・怪物達の友愛(モンスター・フィリア)』などのゴタゴタが起きて先延ばしになっていたんだったか。ん? 原因全部に心当たりがあるな………。

 そして異端児(ゼノス)達もまじえてまた祭りをしようということになったんだか。神会(デナトゥス)に【ゼノス・ファミリア】主神代行として参加させられ、神達のそんな話をした。

 

「楽しんでくれると良いんだがな」

「何が?」

「………ベルか」

 

 不意に言葉が返される。気配は感じていた。驚くことなく振り返りその人物を見る。青と赤の目を持つ『ベル』と違いどちらも赤い瞳。それ以外は本当に瓜二つだ。

 

「眠らないんですか?」

「俺は魔力と体力さえ万全なら数日は飲まず喰わず眠らずで過ごせるからな」

 

 その場合常に魔力や体力を消費続けることになるが。

 

「……あの、『僕』……」

「ん?」

「稽古を、つけて貰って良い?」

「…………へぇ」

 

 もしその時の光景を彼の世界の小人族(パルゥム)の少女と、今回ともに来たエルフの少女が見たらきっとこう言うだろう。早まるな、と───

 

「良いぜ。お前、どうも(しん)(しん)が揃ってないからな。俺が整えてやるよ……」

 

 

 

「うごげ!?」

 

 グルンと視界が縦に回る。顎を打たれ吹き飛ばされたのだ。そのまま背中から屋根に落下し肺の中の空気を吐き出す。そして滑る体が肋に乗せられた足で止められる。

 

「俺の勝ち……」

「───っ……あり、がとうございました……」

 

 息を整えながら立ち上がる。自分と『ベル』の戦い方は、似ていて違った。自分が速度とアイズから学んだ駆け引きならば『ベル』は速度と相手に駆け引きを与えない戦い方を主軸におく。

 駆け引きをするために隙を作ろうにも作った隙すら誘われたものだった。

 

「まあLv.7と4ならな……ステイタスで勝ってるだけだ。同じレベルなら、俺はきっとお前には勝てないよ」

「そんなまさか! 同じレベルでも、僕なんてとても………『僕』みたいに、大した冒険もしてないし……」

「ん?」

 

 と、不意にベルの雰囲気が暗くなるのを感じる。

 

「僕じゃ絶対、Lv.1の時にゴライオスなんて倒せないしオッタルさんに手傷を負わせるなんて出来ないだろうし……その他のことだって絶対に出来ないよ」

「………まあ、確かに……だがなベル、一つ勘違いしているぞ」

「勘違い?」

「俺は人に、環境に恵まれてここまで来た。お前は、恵まれてないとは言わないがそれでもそこまでいった。お前は決して俺に劣らない…」

 

 素直な賞賛に嬉しくなる反面、やはり完全に気は晴れない。それを見て『ベル』はふむ、と顎に手を当てる。

 

「そういえば、お前はウィーネを守る際獲物だから手を出すなって言ったんだったか?」

「え? あ、はい………ずるいよね。『僕』は、家族だって言い切ったのに……」

「何故だ?」

「はい?」

「正直言うと、お前が立場を気にする男には見えない。何故、保身に走った……お前はその時、ウィーネを助ける以外何を考えていた……」

「えっと……それは───」

 

 確かにあの時血が上っていた。ウィーネを、モンスターを庇うという行為を行った。人類を敵に回す愚行をした。その後、ウィーネが獲物と言ったのは何故だ? 【ロキ・ファミリア】を敵に回すのが怖かったから? いや、街にでたモンスターを庇った時点でオラリオを敵に回すようなものだ。事実そうなったし、それが解らなかったわけではない。予想してたから、まだ耐えられたのだ。

 ウィーネを助ける以外に、か……。

 

「………皆の事、かな」

「皆って?」

「リリ、ヴェルフ……春姫さんに、命さん……エイナさんと神様。僕があの時、ウィーネを仲間と言えば、人類を敵に回してしまえばきっと……皆まで責められる。そう思った」

「………なら、強くなれるさ。俺はその時、片方しか守れないと諦めていたんだぜ? 諦めなかったお前が、俺より強くなれないわけがあるかよ」

 

 グシグシとベルの頭を撫でる『ベル』。その乱暴な撫で方に、既視感を覚える。

 

「……おじいちゃん」

「誰が爺だ。あんな温泉にいくたんびに女湯覗きに行く奴と一緒にするな……」

「いだだだ! ご、ごめんなさいぃぃ!」

 

 ギリギリと握力が込められる『ベル』の掌。ステイタスのアビリティが常に上限を超える『ベル』だ。その握力はLv.7でも上位だろう。種族特性的にガレスなどには劣るとはいえやはりすさまじくベルが慌てて謝罪し、頭を押さえた後吹き出す。

 

「昔、おじいちゃんが女性にビンタされてたこと言うと良くされてた」

「こっちの爺もか? 彼奴、一応はモテるがそのせいで女に怒られることしょっちゅうの癖にな」

「でも懲りずにいろんな女の人に声をかけるんだよね」

「彼奴の辞書に懲りるって文字がそもそも無いんだろ」

「「あはははは!!」」

 

 そのまま笑いあう二人。暗い雰囲気は、もう無い。

 

 

 

 

「よぉ……諦めたらどうだ? 同じ俺なら、レベル差がある以上勝てねぇよ……」

 

 『ベート』はゴキリと首を鳴らし目の前の肩で息をするベートを見る。その言葉にベートはギロリと睨みつけてくる。しかしそこに宿るのは闘志で、怒りや忌々しさはない。

 

「そっちのうさぎ野郎は、レベルで劣っててもてめぇに勝ったんだろ? なら、まだだ! まだ諦める理由はたんねぇよぉ!」

「はっ! 良いぜ、良く吼えた! 来いよベート・ローガァァァ!」

「ルゥオオオオオオオッ!!」

 

 二人の【凶狼】(ヴァナルガンド)はどちらも獰猛な笑みを浮かべながら互いに牙を剥いた。

 

 

 

「それでそれで!? あっちの『アルゴノゥト』君は『バーチェ』と戦ったの?」

「うん。負けちゃったらしいけどね………でもその後直ぐに復帰して戦おうとしてくれたんだよ! まあ、流石に譲れなかったけどね」

「ええ~、何々? 『あたし』ったら自分のために戦おうとして貰ったの~?」

 

 きゃっきゃっとティオナと『ティオナ』が楽しそうに話す。

 

「うーん……残念だけど、あたしと『レフィーヤ』の為かなぁ……」

「『私』の………」

 

 レフィーヤはうむむ、と唸る。ライバル視している少年に助けられた、という事実に何とも言えない顔をする。異世界の自分達とはいえ、助けられたのだ。感謝すべきだ、と心では解っているのだがやはり感情では………。

 

「まあ、『ベル』は本当は優しい子ですからね……私の為じゃなくても、頑張ったでしょうが」

 

 と、『レフィーヤ』が何処か残念そうに言う。その様子を見たロキはま、まさか……と震える。あの男っ気のない、ともすればそちらの気がありそうなレフィーヤが? いや、でも別世界のレフィーヤだし、ありえるか?

 

「けどそっか………『アルゴノゥト』君は『レフィーヤ』と一番仲が良いんだ~」

「『ベル』は女の子と仲良いよ。ギルドのアドバイザーでしょ、『カーリー』にも気に入られてるし、『バーチェ』も街中で出会うとよく話してるし、『リリ』ちゃんとも組むし……本当にね、絵本で読んだ英雄みたいにモテモテ………はぁ」

「大変だね『あたし』………」

「特に最近はね………拒絶……というか、仲良くなることに恐怖がなくなったせいで………うむむ」

 

 まあ、それでもまだ………まだ決まった女性は居ないのだ。いや、一番仲が良い相手はいるのだが。娘だって居るが、妻は居ない。

 

「あ、私『ベル』のお嫁さんになったことある、よ?」

「「「え?」」」

「………嘘や、ないやと───う、嘘やぁぁぁ! アイズたんが、あんなひょろっちい兎にぃ!」

「『ベル』の悪口、言っちゃだめ……」

 

 

 

 ピキリと、迷宮の壁が割れる。そこは17階層。生まれるのは、本来ならゴライアス。

 しかしそれは、ゴライアスには見えなかった。というか、ゴライアスなら既に生まれている。漆黒の体を持ち昆虫類のように硬い鎧殻に覆われ、蜘蛛のような体。その頭頂部には顔のない人のような形をしたものが生えていた。

 

『────あああああ』

 

 目も鼻もなく、口だけの人の頭。顔と呼ぶべきものが存在しない無貌の口が地の底から響くような声を発する。

 

『おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれおのれ! 俺が、こんな、下位世界に───人形が、木偶人形が!』

 

 ギリギリギリギリと、歯軋りをして、それは確かに人の言葉を発した。どうしても許せない存在を思い浮かべて。

 彼は英雄が好きだった。崇められる英雄が、神格化される英雄が───()()()()()()()()のが。その魂の慟哭を肴に貢ぎ物を味わう、本来なら戦士達の鎮魂のために奉られた地域振興の神。だった──

 本来なら届くはずのない、下位世界の大神の加護を持つ雷。それが彼の魂を、神格を、神髄を大きく削った。それでも、何とか、ギリギリ生きていた。信仰を失った今回復手段は世界から流れる僅かな気。しかし、見つかった──

 

『おのれ! あの女も、絶対に許さん!』

 

 太陽のごとき眩しい笑顔で、しかし死を司る母の面影を残す残虐な笑みを浮かべる女神に。愚かなことをした、と呆れられ。無様なものだと嘲笑された。そして格が下がったその魂を、世界の穴の跡に押し込み落とされた。

 殺して見せろ、褒美をやる。そんな事をほざいて、この世界に落とされた。せいぜい大好きな英雄に相応しい姿になれ、そう笑った───

 

『オオオオオオオッ!!』

 

 と、ゴライアスが向かってくる。『それ』はゴライアスを蜘蛛の足で捕らえ、蜘蛛の牙を突き刺す。顎はない。消化液を流し込みジュルジュルと啜る。その容貌はまさに怪物。あの質の悪い女神が見れば腹を抱えて笑うだろう。現在進行形で見て、笑っているかもしれない。

 それは『ベル』達がダンジョンに潜るのと、殆ど同じ時間に起きた事だった。

 

 

 

「んで、何階層までいく?」

「このメンバーなら下層までいけるんじゃない?」

「Lv.1も居るから……下層はやめた方がいい」

 

 『ベート』の言葉に『ティオナ』が提案して『アイズ』が意見する。『ベル』はジッとダンジョンの入り口をみる。

 

「…………17階層」

「17? つーと、ゴライアスか」

「………いや」

「?」

「なんか、居るとさ……そいつを殺せば、ご褒美くれるらしい………そんな夢を見た」




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番外の章 正史クロス⑥

 ダンジョンに向かって歩く一同。周りの視線が集まる。何せ世界最速兎(レコードホルダー)『白兎の脚』(ラビット・フット)を含めた【ヘスティア・ファミリア】が、二人居るのだ。

 正確にはベル、リリ、主神ヘスティアが二人。兄弟姉妹? それにしても似てる。

 

「あ、おーいエイナさーん」

「あ、ベル君! 今からダンジョ───ン!?」

 

 ベルに手を振られ反応したエイナは、ベルと『ベル』を見て固まる。

 

「───え? あれ、ベル君が、二人? ど、どういうこと!?」

「兄弟だ。ダンジョンに潜らせてもらうぞ」

「あ、うん───って、あれ? 冒険者登録したの!? じゃなくて、しました!?」

「ああ……」

 

 嘘ではない。『ベル』は混乱するエイナの横をすり抜けダンジョン入り口に向かう。と、人が増えてきた。というより、集まっている。

 

「あ、『ベル』! やっときましたね」

「おせえぞ」

「待ってた」

「ちっ。待たずにさっさと行きゃよかったんだよ」

「もー、こっちの『ベート』も口が悪いなぁ」

「ねー………」

 

 オラリオの大手ファミリア、【ロキ・ファミリア】の中でも有名どころが揃っていた。【剣姫】(けんき)アイズ・ヴァレンシュタイン。【凶狼】(ヴァナルガンド)ベート・ローガ。【千の妖精】(サウザンド・エルフ)レフィーヤ・ウィリディス。【大切断】(アマゾン)ティオナ・ヒリュテ。

 壮観だ。ただ、何で二人ずつ居るんだろうか?

 計8人の集団に二人の【白兎の脚】(ラビット・フット)小人族(パルゥム)の少女が加わり計12人。

 金稼ぎとしては多すぎる。中層辺りがちょうど良い数だろう。

 

「んで、何階層までいく?」

「このメンバーなら下層までいけるんじゃない?」

「Lv.1も居るから……下層はやめた方がいい」

 

 『ベート』の言葉に『ティオナ』が提案して『アイズ』が意見する。『ベル』はジッとダンジョンの入り口をみる。

 

「…………17階層」

「17? つーと、ゴライアスか」

「………いや」

「?」

「なんか、居るとさ……そいつを殺せば、ご褒美くれるらしい………そんな夢を見た」

 

 『ベル』の言葉に夢? と首を傾げる一同。ベルと『ベート』達はカサンドラを思い浮かべる。

 

「まあ、どちらにしろゴライアス倒しゃ昨日の金は払えんだろ」

「どうせ今日も食べるでしょうし、たくさん集めましょう。『ベル』がいれば荷物に関してはなんの心配もありませんからね」

 

 『ベート』の言葉に『リリ』が同意する。荷物に関してなんの心配もないとはどう言うことだろうか?とサポーターであるリリは首を傾げる。

 

「こういう事……」

 

 と、空間に波紋が生まれ、そこから剣が出てくる。

 

「《スキル》の一つでね、俺は異空間にモノを収納できるんだ。ポーションや剣なんかも入ってる」

「……サポーターいらずですね」

「『ベル』は遠征まだだけど、参加したら今までより美味しいものが食べられそうだよね!」

「全部この馬鹿が喰っちまいそうだけどなぁ」

「それは……いえ、どうなんでしょう………」

 

 『ティオナ』が共に遠征に向かう日を楽しみにして、『ベート』がふん、と鼻で笑う。『レフィーヤ』はあはは、と苦笑した。

 

「『ベル』が運ぶ分の食料は五割以上『ベル』の分だけにするって、言ってましたよ、『団長』が………」

 

 と、『リリ』が言う。元より『ベル』と分断されたり、最悪『ベル』が死んだりしたらその時点で物資がなくなることになる。そうならぬようにあくまで『ベル』が持つ物資は三分の二だ。本来の荷物運び達の分を減らして仕事が楽になるわけではないので、大凡三倍の物資を運ぶ計算になる。

 

「遠征前に準備するから今はなんも無いがな」

「遠征前にためてたら、食べちゃうとか? なんて───」

「………………」

 

 ベルがからかうように言うと『ベル』は無言で顔を逸らす。

 

 

 最上級冒険者達の揃ったチーム。上層など苦にもならず、あっという間に中層。少し開けた場所で、『ベル』と『ベート』の姿が霞む。

 

「最後の一匹は俺が切ったな」

「俺が首を蹴り折ったんだよ」

 

 む? あ? と睨み合う二人。本当に仲が良い。

 

「あの二人、すっごく速い? 魔法使った『私』とどっちが速いの?」

「あの二人はスピードにモノを言わせたバトルスタイル、だよ。二人とも私より速くて、『ベル』は魔法使うともっと……速い……」

「ていうかさー、あの二人って組むと何時も以上に強いよね? あたしの気のせい?」

「ロキ様に隠されてるけど、なんかそういう《スキル》があったりして……」

 

 アイズの質問に『アイズ』が返す。『ティオナ』の言葉に『リリ』がそんなことを言う。しかしだ、《スキル》と化すには相応の想いが必要なはず。本物の兄弟でもあるまいしそんな《スキル》に目覚めているとは………というか、目覚めてたらなんか、すっごく負けた気分になる。そんな事を思いながら『レフィーヤ』は二人の背中を見つめる。

 

「お二人とも、喧嘩はそこまでに」

「なんというか……冒険者になっても『リリ』は苦労してるんですね」

「ええ全く。最近じゃ喧嘩の仲裁だけでなく、アマゾネスの襲撃に備える日々………」

 

 『リリ』が二人を止めるとリリがその光景を見ながらポツリと呟く。

 

「けっ。仲良しこよしでくだらねぇ」

「妬いてるの? ベートは慕ってくれる人居ないもんねぇ」

「冗談はその貧相な胸だけにしろバカゾネス!」

「「なんだとー!?」」

 

 『ベル』と『ベート』の様子を見て鼻を鳴らすベートにティオナがからかうように言うとベートが苛立ったように反論し、飛び火した『ティオナ』も突っかかってくる。

 

「み、皆さんその辺に………まだ後四階層もあるんですよ?」

「皆さんからしたら後四階層しかないんでしょうね……」

「ですよね。皆さんLv.5以上ですもんね………『私』も」

 

 私はまだLv.4なのに……ベル・クラネルももう4だし、とブツブツ呟くレフィーヤに『レフィーヤ』はあはは、と苦笑する。

 

「ま、まあどっちのベルも、成長が異常なんですね」

「そうですよ。異常なんですよ。何か狡を───……いえ、まあ……あの漆黒のミノタウロスに挑む姿はすこーしだけ、ほんの少し格好いいと思いましたがね。思わず応援するぐらいには」

「………………」

「で、でもあれは、その……あれです! そう、同じ冒険者として応援しただけですからね!」

「え? は、はぁ………」

 

 唐突にレフィーヤに叫ばれ何がなんだか解らず取り敢えず返事を返すベル。『レフィーヤ』はそんな様子を見て、こっちの自分もミノタウロスとの戦いに心を動かされたのか、と何気ない共通点にほっこりした。

 と、その時だった────

 

───オアアアアアアアッ!!

 

「「「───!?」」」

 

 地の底から響く不気味なうなり声。一同が目を見開き、固まる。ベルはただ一人、地面を………否、その遙か下を眺める。

 

「この気配は───ッ! 走れ!」

 

 『ベル』が叫んだ瞬間、地面が揺れ、砕ける。

 

『オオオオオオオオオオッ!!』

 

 床を突き破り現れた漆黒の柱。それが何かの脚だと気付いた時には床が崩れる。階層無視の物理攻撃。深層でも起きないその現象は、間違いなく『異常事態』(イレギュラー)

 

「『リリ』っ! こっちのリリを!」

「はい!」

 

 この中で唯一のLv.1のリリを守るように本人同士仲良く話していたため近くにいた『リリ』に命じる『ベル』。言われるまでもなく『リリ』は動いていた。

 地面から飛び出てきた柱。否、脚。

 全体の大きさは『階層主』(ゴライアス)をゆうに凌ぐだろう。

 

「───【祖父の雷よ】(ブ ロ ン テ)

 

 『戦争遊戯』(ウォーゲーム)でアイズに使用した殺さぬように手加減した一撃でも、異端児(ゼノス)達に行った付与(エンチャント)でもない───本気の一撃。一度右腕に付与された雷が、振り下ろすと同時に轟雷となって崩れた床の瓦礫の奥から顔を覗かせようとして巨大な影に当たる。

 

『オオオアアアアアアアッ!?』

 

 文字通り雷神の如き一撃に、影は上ってきたであろう穴へと押し戻される。そもそもこんな巨体が13階層に居るはずがない。もっと下から来たのは明らか。予想よりよほど深い穴に落ちていく影と瓦礫。その瓦礫に巻き込まれぬように降りる一同。

 

「─────?」

 

 アイズは違和感を覚える。あるいは、既視感か───。今の力には何処か懐かしさを感じた。

 『アイズ』は知っている。『レフィーヤ』も過去24階層で『アイズ』の【風】をみた時のことを思い出す。異常な威力の魔法。短文詠唱どころか、無詠唱でこれ。

 これがエルフを超える魔法種族(マジックユーザー)──精霊の力を、大神たる祖父(ゼウス)の力を一切の不純物のなくなった魂で受け止めた『ベル』本来の魔法。

 

(────また、差が開いた)

 

 追い付かれ、追い抜かれた。気付けばLv.6と憧れの『アイズ』や尊敬する『リヴェリア』や『フィン』達に並び、自分にはLv.2差。Lv.4から5になった。でも、それは差を開けられなかった訳じゃない。差はむしろ、開いた。

 

「────っ!」

 

 キュッと杖を握る手に力が篭もる。差が開いた、だからどうした。だったら、もっと速く走れ。一人で無茶をする彼の背に追いつけるように。彼の隣に立てるように。彼と共に戦えるように。

 じんわりと背中のステイタスのスキル一覧の一部が熱を持った。

 

 

 

「全員無事か?」

「おう……」

「たりめぇだろうが………ここは、17階層か?」

 

 つまりあれは四階層をその肉体一つでぶち抜いてきた、ということだろうか?

 瓦礫が重なる場所をにらみつける一同。『リリ』はリリを下ろし離れるように言う。と、瓦礫が吹き飛ぶ。

 

『────ぁ──あぁ───ああああああ!! 貴様、貴様貴様貴様貴様貴様きさまきさまきさまきさまきさきさきさきさきさきさまぁぁぁぁぁっ!!』

「───え? あれは」

「おい、まさか──」

「そんな、何でこんな浅い階層に──」

「え? え? な、なんです………あれ」

 

 どちらの【ロキ・ファミリア】と『ベル』が警戒する中箝口令がしかれその存在を未だ知らなかった『リリ』と此方のリリ、ベルが動揺する。

 そこにいたのは巨大な昆虫。それだけなら珍しいモンスターといえたかもしれない。その頭頂部から人型が生えて、人の言葉を発していなければ。

 鼻も目もなく口元だけが存在した無貌の人型。口元だけで憤慨していると解るほど歯を剥き出しにギリギリやかましく歯ぎしりの音を立てる。

 

「────『精霊の分身』(デミ・スピリット)………なの?」

「いや、違うな……」

 

 アイズの呟きに『ベル』が否定する。それをすんなり納得するアイズ二人。【血】が、少しも反応しない。あれは精霊ではないのだと、【母の血】が教えてくれる。むしろ、反応したのは───と、『ベル』を見るアイズ。

 『ベル』は忌々しげな、それでも会いたかったというような獰猛な笑みを見せる。

 

「あれは、俺を此方に送った神……いや、もはや神とすら呼べない『神堕ち』(かみおち)だな……」

 

 かみおち? と首を傾げるベル。あれが、神? とてもそうは見えない。

 ふとLv.2になったばかりの時、出会った一人の女神と、その女神に依頼されたモンスターの討伐を思い出す。()()とも違うような気がする。

 

「………つまりあれが、『ベル』を苦しめてたってこと?」

 

 と、『ティオナ』が尋ねる。

 

「好き勝手やっておいて姿を見せず、いざ干渉されそうになったら逃げ出そうとしてたっつー雑魚か……」

 

 『ベート』はジロリと睨みつける。

 

「『ベル』を乗っ取ろうとした挙げ句……『アイズ』さんも一時的に乗っ取った………」

 

 『レフィーヤ』が杖を強く握りしめる。

 

「……………」

 

 『アイズ』は無言で《デスペレート》を構える。

 

「そのくせ、逆らったら逆上したんでしたっけ?」

 

 『リリ』は目だけは笑っていない笑みを浮かべた。

 

「殺す」

「「「異議なし」」」

 

 バチン! と『ベル』の周囲で紫電が弾け、その言葉に『ロキ・ファミリア』一同は同意した。




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番外の章 正史クロス⑦

 『神堕ち』。嘗ては神として崇められ、しかしその在り方を反転させ何時しか信仰を忘れ去られ、それでも暇つぶしに無念のまま果てる英雄を求めて英雄が生まれる世界と、その世界に住む英雄の素質を持つ者と自分が干渉を行える此方の世界でいて、その素質を持つ者と魂の質が似通っている者を探し、『ベル』()をこの世界に送り試練と称し己の操り人形にしようとした神。

 大神の加護。そして、元向こう側の魂である『ベル』の魂により開いた穴から雷撃を受けた神がなぜ此方にいるのか、それは解らない。一つ解ることは、この世界に向こうが干渉しているのだから、此方からも干渉できると言うこと。

 

【目覚めよ】(テンペスト)

 

 『アイズ』の詠唱と共に大気が揺らぐ。風を纏った剣を振るえば、神風が斬撃となり『神堕ち』に当たる。

 

『おおあああっ!!』

「───硬い」

 

 鎧殻に傷は入れた。しかし両断するには至らず───。

 

『【死者よ来たれ】──』

「!? 詠唱……、モンスターが!?」

 

 『神堕ち』が紡いだ言葉にベルが目を見開く。

 

『【(しん)()(しん)()(しん)()の兵なる者よ集え。代行者の名において命じる与えられし我が名は死の神(イザナミ)冥府()の化身死者()女王(お う)】』

「させるかよぉ!」

「さっさと死ね!」

 

 『ベート』とベートが体を駆け上り人型に向かって蹴りを放つ。ドォォンッ! と爆音が響くも、それぞれの蹴りを片手で止めていた。鎧殻並みの防御力を持っているらしい。

 

『【ヨモツシコメ】』

 

 魔法名が紡がれる。同時にダンジョンの壁がひび割れ、そこから不気味なモンスターが現れる。

 体調4メートル程の、ぼろ布を纏った女型の巨人。その皮膚は黒に近い灰色で所々に穴が開き黄色い液体がボトボトと糸を引き落ちる。

 顔は空洞の眼孔、削ぎ落とされた鼻に唇。目の奥からは蛆虫がこぼれる。

 

「モンスターの召喚!? 魔法だけでなく? なんなのですかあれは!」

「この耐久値に魔法──本当に『精霊の分身』(デミ・スピリット)みたい」

「だけど、負けないよ」

「うん」

 

 『リリ』が驚く中、アイズ達は同時に風を纏った剣を振るう。と、『神堕ち』を守ろうと現れたモンスター──ヨモツシコメが立ちはだかる。風に切り裂かれ肉片が飛び散る。胸が大きく抉れ肋や内臓が剥き出しになるも耐え、襲ってくる。

 予想外のタフネスに目を見開く中さらに2体迫ってくる。

 

「『リリ』ちゃん! あたし!」

「おっけー!」

「解ってます!」

 

 『ティオナ』の言葉にティオナと『リリ』が駆け出し三匹のヨモツシコメの顎を各々の獲物でたたく。大きく仰け反り首筋の穴からブシュブシュ半透明の黄色い液体を零れさせるヨモツシコメ。体にかかり不快そうな表情を浮かべる三人は、しかし直ぐに驚愕の表情を浮かべる。

 

「───っ! これは──!」

能力低下(ステイタスダウン)!?」

 

 武器が重くなる。脚が、思うように動かない。力と俊敏が明らかに下がる。にちゃぁと不気味な笑みを浮かべたヨモツシコメの腕が振るわれ、固い地面を何度も跳ねるティオナ。

 

「いったぁー!?」

「───ッ!!」

「とと、大丈夫あたし!? わわっ!」

 

 『リリ』は戦闘中に力も俊敏も上がり続ける《スキル》を持ち、『ティオナ』はティオナより能力値(アビリティ)が高めだ。ギリギリで回避しもう一人の自分を心配する『ティオナ』にヨモツシコメが追撃する。腕の穴からもビチャビチャと零れる黄色い液体。触れたくない。直ぐに距離をとる。

 

「いつつ………気をつけて『あたし』! そいつ等、耐久も下げるよ」

『エエェェェェェェッ!!』

『エエエエエエエ………』

 

 ティオナの忠告とともにヨモツシコメ達は一斉に向かってくる。弱体化能力を持ち、本体も頑丈、厄介極まりない相手だ。距離をとり、『アイズ』達魔法の使い手に目を向ける。

 

【轟け】(ブロンテ)

「「【目覚めよ】(テンペスト)」」

「解放!【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

「【ファイアボルト】ッ!!」

 

 詠唱要らずの雷が一体の落ち穴から溢れる液体を伝い内部を焼く。超短文詠唱の【エアリアル】が二つ揃って暴風の刃となり一体の両腕を切り裂き、炎の雨が降り注ぎ数体が悲鳴を上げ、『神堕ち』に向かい炎雷が飛ぶ。

 しかし一級冒険者の蹴りを防ぐだけあり、効いた様子はない。堕ちたとはいえ上位世界の神。強い。

 

『【崩壊よ、来たれ──】』

 

 また、新たなる詠唱。阻止しようとした『ベル』に炎に包まれた腕が伸ばされる。見た目すでに死んでいるだけあり、これ以上死なないのではないかと舌打ちしたくなるほどしつこい。が、遅い。パリ、っと『ベル』の身体を雷光が走り、次と瞬間には『神堕ち』の口を蹴りつける。

 

『────ぎひ』

「────っ!」

 

 その蹴りを、咥えられる。鉄板仕込みの靴をかみ砕こうとする『神堕ち』の喉を蹴りつけ脚を抜く。

 

『【雷よ来たれ、炎よ来たれ。我が頭から轟雷我が胸から炎我が腹から黒雲我が性器は裂け我が左手は静寂し我が右手は地に落ち我が左足は悲鳴を上げ我が右足は暗雲に潜む】』

「攻撃を止めんな! こいつぁ59階層のより脆い!」

 

 ベートが叫び『ベル』はヨモツシコメ達を避けながら雷を放つ。が、耐え詠唱を紡ぐ『神堕ち』。

 

『【代行者の名において命じる与えられし我が名は死の神(イザナミ)冥府()の化身死者()女王(お う)】【ホノイカズチノオオカミ】』

 

 再びダンジョン各所に罅が入る。また召喚系の魔法かと舌打ちする『ベル』。現れたのは八体。

 腐った頭に燃える肉の塊と黒雲を纏った内臓を寄り合わせたかのような不気味な蛇。黒雲の中に何かが潜み頭と放電する縦に裂けた口を持つ獣と五つの首を持つ蛇が二匹に蛞蝓のような肉の塊。

 そのどれもが雷を放ち『ベル』が忌々しげな顔をする。これでは雷速移動が出来ない。レールがかき乱される。だが───

 

【従え】(ブロンテ)

 

 その雷の支配権を奪い取る。空間に満ちる雷が収縮し、ヘスティア・ソードを核に巨大な槍の形を取り、しかし直ぐに剣の形となる。

 

「アダマント!」

 

 雷の大剣が振るわれる。ヨモツシコメ達が盾となり、消し飛ばされる。しかし同じ雷属性。ホノイカズチノオオカミ達は耐えきり、『ベル』に通じないと理解したのか他の面々に向けて雷を放ち『ベル』には燃える肉塊が迫る。

 

「ちぃ!」

 

 『ベル』が【ブロンテ】を放つ。と、纏っている炎が激しく燃え上がり『ベル』に襲いかかる。

 

「────ッ!?」

『エエエエエエェェェッ!!』

 

 肉の塊。よく見れば大きな二つの袋のようなものと一回り小さい袋の固まりだ。一つの袋がドクンと脈打つと二つの袋が膨らみ、雷が放たれる。即座に操ろうとするも『ベル』の雷が相手の雷に振れた瞬間、激しく燃え上がる。

 

『ひははは! 馬鹿が! ああ、馬鹿だなぁ! そのまま燃え尽きろ!』

 

 肉の塊の名は『火雷神』。イザナミの胸から生まれた雷が落ちた後に生じる炎の神。着弾すると炎を放つ雷と、雷を受けると炎を強くする特性がある。

 

『ボオオオオオオッ!!』

 

 腸や胃が合わさった蛇のようなモンスターが吠えると黒雲が広がる。その中を高速で動き回る雷光が『ベル』に向かい───

 

「おらぁ!」

 

 『ベート』が蹴りつける。追撃しようとするも素早く、逃げられる。

 蛇の名は『黒雷神』。黒雲に潜むのは『伏雷神』。暗闇を生み出す神と黒雲に潜み雷光を迸らせる神だ。

 

「『レフィーヤ』! 凍らせろ!」

「は、はい!」

「え、えっと──【ウィーシェの名の下に願う】!」

 

 『ベル』の言葉に『レフィーヤ』とレフィーヤどちらも反応する。レフィーヤは詠唱を唱えようとするも『レフィーヤ』は保管していた魔法を放とうとする。Lv.5の『レフィーヤ』の最大魔法保管数は45。弾数は、まだある。何よりエルフの女王の魔法は常にストックしている。

 

「【ウィン・フィンブルヴェルト】!」

「───え?」

 

 詠唱無しで魔法を発動した? それも、こんな強力な魔法を?

 レフィーヤが驚く中突き進む吹雪は雲を氷の結晶へと変えていく。視界が晴れ黒雲の中から『伏雷神』が姿を現し狼狽える。すぐさま『ベート』が駆けた。が──

 

『エェエェェッ!!』

『オオオオオオッ!!』

 

 と、顔だけのモンスターと蛞蝓のようなモンスターが叫ぶ。顔だけの個体が『ベル』の【ブロンテ】にも見劣りしない雷を放ち蛞蝓が爆音を響かせる。『大雷神』と『鳴雷神』。雷の破壊力と爆音の化身。五首の蛇は『若雷神』と『土雷神』。雷が落ちた後の清々しさと雷が地面に戻る様の化身。

 

『シャアアア!』

 

 地面を這う雷が後衛を狙う。『ベル』が防ぐも、今度は雷が消え去る。『若雷神』の力だろう。

 

『【崩壊よ来たれ】──』

 

 再び詠唱が紡がれる。

 

「ッ! 【ウィーシェの名の下に願う。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】!」

 

 レフィーヤが慌てて詠唱を開始し『レフィーヤ』も保管していた魔法の解放準備を行う。

 

『【崩れる山燃える森沈む海割れる大地飲まれる川砕ける村八姫を喰らい酒に溺れる蛇を討ちし剣よその命を散らし新たなる剣をこの世に産め我が偉大なる力を示すために】』

「【繋ぐ絆、楽園の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか──力を貸し与えて欲しい】」

 

 長文詠唱に加え、高速詠唱。此方の法則に縛られてはいるようだが、だからこそ長文詠唱はまずい!

 

『【炎のより英雄(かれ)を守れ草を払い風を司れ代行者の名において命じる与えられし我が名は嵐の神(スサノオ)崩壊(はかい)の化身天罰(はかい)(おう)───】』

「ッ! エ、【エルフ・リング】!」

 

 『神堕ち』の詠唱が完成し、ニィと人型の口が残虐に嗤う。

 

『【クサナギノツルギ】ッ!!』

 

 八首八尾の蛇の幻影が生まれ、その中央の尾の先端は剣のような形をしていた。破壊の剣が振るわれる。神さえも正攻法で倒すことを諦めた大蛇の体より生まれた剣が───。

 衝撃波が全てを破壊せんと迫る。

 

四重奏(カルテット)! 【ヴィア・シルヘイム】!!」

 

 エルフの女王の最強の防護魔法。それが四重。対するは日本神話において最強たる剣の一撃。一枚目がひび割れ、砕ける。

 

「レフィーヤ! 詠唱を続けろ!」

「ッ! 【舞い踊れ大気の精よ、光の主よ───】」

 

 レフィーヤの足下の魔法円(マジックサークル)は顕在。消える前に、詠唱を続けさせる。直ぐに行動に移すレフィーヤ。

 

「【森の守り手と契りを結び、大地の歌をもって我等を包め。我等を囲え】」

 

 二枚目が、砕ける。

 

「【大いなる森光(しんこう)の障壁となって我等を守れ──】────ッ!?」

『エエエエエエェェェッ!!』

 

 地面から黒雷神が飛び出してくる。狙いはレフィーヤ。しかし直ぐにベートと『ベート』が蹴りつけ『ベル』が首に切り込みを入れる。

 

「【ファイアボルト】!」

『イエエェェェェッ!?』

 

 傷口から進入したベルの魔法が弾ける。ゴバァ! と雲ではない黒い煙を口から吐き出す黒雷神に『リリ』のハルバートと『ティオナ』とティオナのウルガが挟むように叩きつけられ、傷口がブチブチ音を立て千切れる。結界の三枚目が砕けた。

 

「レフィーヤさん! 詠唱を!」

「ッ! 【我が名はアールヴ】!」

 

 詠唱の完成。四枚目は、すでにひび割れている。

 

「【ヴィア・シルヘイム】!!」

 

 四枚が砕けると同時に五枚目が展開する。罅が入るが、耐えきる。しかし魔力が持って行かれた。発動に魔力は消費しないとはいえ人類最硬度であろう結界を四枚同時に維持し続けた『レフィーヤ』と詠唱二つ分の魔力を消費したレフィーヤ。それを狙う雷神達の耳に、鐘の音が響く。

 ゴォン、ゴォンという二重の鐘。その音が聞こえたなら、『レフィーヤ』は恐れない。レフィーヤは奮い立つ。

 

「うおあぁっ!」

「らぁ!」

 

 純白の光を纏った英雄達の一撃がレフィーヤ達に迫った雷神達を殴り飛ばす。

 

「レフィーヤさん! 大丈夫ですか!?」

「『レフィーヤ』! 無事か!」

 

 二人のベルの言葉に、二人のレフィーヤは突いていた膝を地面から離す。

 

「当然です! あなたに言われなくても、やってやります!」

「『ベル』! 私は平気です! 今は、敵を────?」

 

 ふと、ダンジョンが揺れた。今の攻撃の余波? いや、違う。これは───

 『レフィーヤ』は知っている。レフィーヤは知らないが、ダンジョンが揺れる現象には覚えがある。それは漆黒のゴライアスが現れた時。ダンジョンが()()神の気配を感じたのだ。殺すために兵を送る。

 深層から離れ、地上に近い。故にそこまで強いモンスターを産めない。だが、破壊された規模からして雑魚では無意味だ。暫くモンスターが産めなくなるが辺りのエネルギー全てを使う。

 

「────コイツは」

 

 地面を砕き現れるのは漆黒の、巨大な骸。二本の角を生やした巨人の骨。37階層に現れる『迷宮の孤王』(モンスターレックス)ウダイオス。

 

『オオオオオオオオオオオオォォォォォッ!!』

 

 しかしその姿は【ロキ・ファミリア】が知っている姿と違う。『ベル』は知っている。

 

四腕(しわん)?」

 

 四本腕のウダイオス。赤い光が侵入者()を睨んだ。



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番外の章 正史クロス⑧

『オオオオオオッ!!』

『エエェェェェッ!?』

『アアアアアッ!!』

 

 ウダイオスが叫ぶと同時に大量の逆杭(パイル)が飛び出す。舌打ちした『ベル』達は即座に離れる。壁際に避難していたリリはベルが運ぶ。

 しかし漆黒の剣山の狙いはどうやらベル達ではないらしい。ホノイカズチノオオカミ達が刺される。打撃はそのぶよぶよした体に殆ど通じなくとも、斬撃、刺突の類は効くようだ。

 

「攻略法が解った──」

「だなぁ───アイズ、任せるぞ」

「こっちのリリも矢とか頼む」

 

 そう言って異空間から無数の第一級冒険者用の矢を渡す。甲殻を持つ相手なら兎も角見るからに柔らかそうな相手だ。恐らく通じる。後数本の『クロッゾの魔剣』。

 

「お、大盤振る舞いですね。そちらの『ヴェルフ』様は同じファミリアではなかったのでは?」

「ああ、モンスターの素材と交換した」

 

 『ヴェルフ』が『ベル』だけに安売りしているのか、最上級冒険者である『ベル』が稼ぎまくっているのか………両方だろうな。『クロッゾの魔剣』が如何に凄くとも、そもそも『ヴェルフ』が打てばその時点で一級の魔剣だ。

 

「解りました。やってみます」

「状況を見て行動しろ。雑魚が出来んのは、頭を使うことだ」

 

 ムッ、と頬を膨らませるリリ。ベルも眉根を寄せ、『ベル』は笑う。

 

「やる気が出たか? なら行くぞ。ああ、それと縁が緑なのは全部防御用だからな」

「『ベル』ったら『ベート』の悪影響受けてない?」

 

 『ティオナ』が呆れたように肩を竦める。挑発し、奮い立たせるその様はつい最近ツンデレであることが発覚した何処かの狼人(ウェアウルフ)のようだ。

 

『【死よ来たれ】』

「まずは──」

「あっちだな」

 

 再び詠唱を開始する『神堕ち』。『ベル』はその口内に金属を亜音速で飛ばす。魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を起こした『神堕ち』の虫の複眼がギョロリと睨みつけてくる。指を向け、雷神達が迫る。

 

「『ベル』。時間を稼げ」

「ん?」

「雷も炎も、結局は魔法みてぇなもんだ。だったら、全部食いちぎってやるよ」

 

 獰猛な笑みを浮かべる『ベート』。ここで食い尽くすではなく食いちぎる、が実に彼らしい。『ベル』はヘスティア・ソードと牛若丸を構えると雷を纏い飛び出す。

 現状雷神達に攻撃できるのは雷が効かない『ベル』か魔法を取り込む《フロスヴィルト》を装備したベート達。後は魔法の使い手のみだ。

 

「おい、お前まさか───」

「あぁ?」

「使うのかよ……」

 

 ベートの言葉に『ベート』はその速度で雷神達を翻弄する『ベル』ともう一人の自分に負けぬよう炎雷を放つベルを見る。そして、はん、と鼻を鳴らした。

 

「くだらねぇ……」

「何だと……?」

「目を逸らそうが否定しようがよぉ、魔法()はこうして刻まれた。俺が守れなかった(弱 か っ た)事実もかわらねぇ……それを知られたくなくて、隠して、また喪うのはごめんだ」

「──────」

 

 本音を言えば『ベート』とて最近まで目をそらし続けていた。説教など出来るものか。しかし、『ベート』の側には自分と同じぐらい、あるいはそれ以上に過去を引きずり壊れそうな馬鹿を見つけた。不意に『ラウル』達が勝手に広めていた愛称を思い出す。

 

「無茶ばっかする馬鹿がいると、兄貴は大変なんだよ」

「───兄、貴?」

「てめーにだって覚えはあるだろ」

 

 そう。ベート・ローガは確かに兄だった。既に死した妹がいた。妹のように思っていて、いまは一人の女として見ている少女をみる。モンスターの群に突っ込む無茶ばかりする少女。

 

「───ああ、いや………『俺』(てめー)にはこの方がいいか───」

 

 『ベート』はそう言うとベル達を指さす。

 

「このままだとてめぇ、あの兎どもより役立たずだぞ(弱  ぇ  ぞ)?」

「────っ!」

 

 ビキリとベートの額に青筋が浮かぶ。

 ふざけるな! 弱いだと!? 否、自分は強者だ。喚き散らして殺されて、守れず失う『弱者』ではない!

 

魔法(これ)はもう俺の『力』()の一部だ。親父の言葉、忘れたわけでもあるめぇ?」

 

──ベート、忘れるなよ。何時だって自分(てめぇ)の牙を磨け

 

 ああ、なるほど。此奴はやはり自分のようだ。

 

「「【戒められし、悪狼(フロス)の王──】」」

 

 故に意図せず同時に、その詠唱は紡がれる。

 

「「【一傷(いっしょう)拘束(ゲルギア)二傷(にしょう)痛叫(ゲオル)三傷(さんしょう)打杭(セビテ)。餓えなる(ぜん)が唯一の希望。川を築き、血潮と交ざり、涙を洗え】」」

 

 魔力を感じたのか、雷神達がベート達に迫る。魔法を使わせない、という知能はあるようだ。『神堕ち』はウダイオスとやりあっていた。神を殺すために送られたウダイオスに取って優先順位は一に『神堕ち』。二に人類のようだ。

 

 

「「【癒せぬ傷よ、忘れるな。この怒りとこの憎悪、汝の惰弱と汝の烈火】」」

 

 と、迫り来る雷神達の前に白き光を纏った未熟な英雄と怪物達の英雄が現れる。

 

「【ファイアボルト】」

「おらぁ!」

 

 炎の矢と純白の閃光が雷神達を焼き、振るわれたナイフがうち一体を切り裂く。切り裂いたのは『若雷神』。これで、雷が無効化されることはなくなった。

 

「「【世界(すべて)を憎み、摂理(すべて)を認め、(すべて)を枯らせ】」」

 

 【英雄願望】(アルゴノゥト)の使用で動きが鈍った二匹の兎を喰らわんと迫るモンスター(雷   神)達に風の精霊が迎え撃つ。炎雷神が吐き出した炎を風に取り込み雷神達を囲う。リリが受け取った魔剣を放つと炎の勢いが増し天井に届くほどの炎の竜巻が生まれる。炎が晴れると大きく焼けただれた肉塊達。

 

『ぬ!? ちぃ、しぶとい奴らめぇ!』

『オアアアアアッ!!』

『貴様も、邪魔だ!』

 

 雷神達が満身創痍。それに気づき憎々しげな声を上げる『神堕ち』だがウダイオスはそんな事知ったことではない。『神堕ち』は怪物の体を防御に回し人型の口が詠唱を唱える。

 

『【死よ来たれ】!』

「「【傷を牙に、慟哭(こえ)猛哮(たけび)に───喪いし血肉(ともがら)を力に】」」

 

 『神堕ち』の詠唱が紡がれる。また何かを召喚する気だろうか?

 

『【炎に焼かれし(はは)の送られし國よその大気は肺を腐らせその河は肉を腐らせその海は骨を腐らせその日は目腐らせる】!』

「「【解き放たれる縛鎖(ばくさ)、轟く天叫。怒りの系譜よ、この身に代わり月を喰らえ、数多を飲み干せ】」」

 

 雷神達が焼けただれた身体で向かってくる。しかし焼けた肌から溢れる雷は目に見えて減り、『ティオナ』達が迫る。今はずっと戦闘中。上がり続けた《ステイタス》で、Lv.3の上位にも匹敵する速度を得た『リリ』が真っ先に接近する。『土雷神』が地面を這う雷を流すが上に飛びハルバートを投擲する。投擲槍のように飛んでいったハルバートが深々刺さり悲鳴を上げる五首の蛇は仕返しとばかりに首を絡みつけようとのばす。或いは巨大な手が小さな少女を握りつぶそうとしているようにも見える。

 

「させませんよ!」

 

 リリが放った魔剣が蛇の首を凍らせ、『ティオナ』達のウルガが『土雷神』を砕いた。

 

『【死を喰らい死者となれ!代行者の名において命じる与えられし我が名は死の神(イザナミ)冥府()の化身死者()女王(お う)】』

「「【その炎牙(きば)をもって───平らげろ】」」

『【ヨモツクニ】!』

「「「────!?」」」

 

 がくりと、力が抜ける。ウダイオスもその巨大な腕が地面をつく。

 能力低下(ステイタスダウン)だ。それも、《ヨモツシコメ》とは比べ物にならないほどの。それだけではない。肌が腐る。耐異常を持つ【ロキ・ファミリア】ですら、だ。リリ達などゴボリと血を吐き出している。恐らく肺も腐ったか。肉体だけではない。それだけではない。様子が可笑しい、恐らく精神的にも何らかの呪いが働いている。

 名前の通り、まるでこの世に死者の国を呼び寄せたかのような魔法。しかし───

 

「るおおおおおおおっ!!」

「おおおおおっら!」

 

 二匹の狼は宣言(詠唱)通りその炎の牙を以て、死の国の呪いすら喰らう。

 炎に包まれた()が膝を突いた獲物に迫ろうとした雷神達に突き立てる。

 魔法吸収(マジックドレイン)の効果が呪いを喰らい、勢いの増した炎が炎に強いはずの『炎雷神』と雲に身体を隠していた『黒雷神』を焼き滅ぼす。

 隠れる雲を失い狼狽える『伏雷神』が二本の牙に焼かれた。

 

「【砕け散れ邪法の理】【アンチ・カース】!」

『おおおお!?』

 

 バキン! と金属が割れるような音が響き【ヨモツクニ】が砕け散る。

 同時に精神呪縛系効果があった為制裁が行われる。堅い甲殻がひび割れる。『ベル』は飲んどけと万能薬(エリクサー)をリリ達に投げ渡す。

 

『オオオオオオオオオッ!!』

 

 と、ウダイオスが叫ぶ。肩、肘、手首の関節が光る。『ベル』は知っている。『アイズ』とアイズも知っている。

 

「避けろ!」

「皆、離れて!」

 

 狙いは『神堕ち』。攻撃を仕掛けようとしていた『ベル』とアイズが叫び直ぐにウダイオスと『神堕ち』の前から離れる。同時にウダイオスが4本の剣を振り下ろす。

 

『───────!!』

 

 4つの衝撃波が合わさり巨大な衝撃波となり、残りの雷神達が消し飛び『神堕ち』に当たる。ひび割れた身体が大きく損傷する。

 

「あれはチャージが必要」

「───威力が、強い?」

「俺が知ってるよりもな……スパルトイが生まれてねぇ───スパルトイ産む分のエネルギーを強化に回したんだろ」 

 四腕のウダイオス強化種とでも名付けるか。

 

『おのれ! おのれおのれおのれおのれぇぇぇぇっ! 忌々しい、下位世界の物の怪風情がぁぁ!』

 

 と、ゴォォン、と鐘の音が響く。

 

「おいベル、やれるか?」

「もちろん!」

 

 ゴォォン、ゴォォンと鐘の音が響く。

 

『【日輪よ来たれ空に浮かぶ火よ黄泉の穢れを浴びし左目から化生(けしょう)せし()化身(けしん)よ岩戸に隠れ世を闇に包ませた愚かな神よ】』

『────オオオオオオオオ』

 

 『神堕ち』が詠唱を唱え、ウダイオスが関節に魔力を溜める。

 

『【宴に誘われ姿を見せよそこに生まれしは美しき神その姿を見るために現れよ】』

 

 その間も鐘の音は響く。『ベル』とベルは腰を低く構え、己の獲物に手を握る手に力を込める。

 

『【その神こそは汝の鏡像日輪たる汝の姿】』

『────オオオオオオオオオッ!!』

『【ヤタノカガミ】』

 

 全てを破壊せんと迫る衝撃波。『神堕ち』の頭上に現れた巨大な鏡。二人のベルが駆け出したのは同時。

 ベルの眼前には地面を砕く衝撃波が迫る。が───

 

【目覚めよ】(テンペスト)!!」

 

 アイズがベルに全力の付与を行う。風がベルの身体を覆う。衝撃波を流す。古代、精霊が英雄に与えた加護(守り)のように───

 

『─────!!』

「ああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 己が身体を槍として放つ一撃。ウダイオスが慌てて剣を構えようとするが、遅い。既に兎の牙は胸に迫る。漆黒の肋がひび割れ、嘗てその化け物を討った少女の風が亀裂を広げ、砕く。剥き出しになった魔石に神のナイフが突き刺さる。

 

「【ファイアボルトォォォ】」

『オオオオ────ッ!!』

 

 ビキィ! と亀裂が走り、亀裂から炎が噴き出す。一拍おいて、魔石が砕け散った。

 

 

 一方『ベル』。巨大な鏡に女が映ったのが見えた。美しい女だ。まるで日輪のよう。しかし死神を思わせる何処か残酷な笑みを浮かべる。

 

三重奏(トリオ)! 【ディオ・テュルソス】!」

 

 ああ、何で自分の魔法は光か炎なのか。『レフィーヤ』の頭にそんな考えが過ぎる。力を貸すのは、自分の魔法ではない。借り物の、美しい同胞の魔法。白き雷霆。狙いは『神堕ち』ではなく、『ベル』。

 

【祖父の雷よ】(ブ ロ ン テ)

 

 白き雷霆は『ベル』の纏う雷に取り込まれ、片手に持つヘスティア・ソードに集まり純白に輝く雷の槍を生み出す。

 

『消し飛べぇぇぇぇ!』

 

 鏡面が輝き極光が放たれる。

 

祖父の雷霆(ケ ラ ウ ノ ス)!!」

 

 同時に『ベル』も、槍を放つ。日輪の神と大神にして雷神である祖父の力を継ぎし槍がぶつかり合う。光が、雷が周囲に拡散に地面を、天井を、壁を焼く。やがて、光の奔流と雷の槍……そのどちらも消え去る。

 

『────【女神(はは)を焼きし炎よ来たれ代行者たる我が名は火の神(カグヅチ)───】』

 

 短文詠唱。『ベル』の通常攻撃で、自分に大したダメージを与えることはできない。この勝負、自分の───

 

「死ね──」

『───!?』

 

 【ヤタノカガミ】と撃ち合いはじかれた槍の核たる短剣が宙を舞っていた。『ベル』がその柄頭を蹴りつけ短剣を飛ばす。

 

『────は、はは──』

 

 しかし刺さるには至らず。笑みをこぼす『神堕ち』。だが、目の前の相手が誰なのか、忘れていたらしい。ゆっくり重力に引かれ落ちようとしていた短剣の柄頭が蹴りつけられる。蹴りつけたのは、『ベル』だ。自身の世界においてベートや美の女神に仕える戦車すら超えオラリオ最速の座を手にした男がその速度を以て蹴りつけた短剣が胸に深々と刺さる。

 

『───か、あ──ま、まて………俺は、か──』

「じゃあな──」

『あああああああ──────!!』

 

 バチリと紫電が弾けナイフを通して雷が『神堕ち』の体内を焼く。元異界の神とはいえこの世界にモンスターとして送られた存在。支配する法則は此方のもの。体内の魔石が砕ける。

 

『あ、ああ───いや、だ………死に、たく───な───』

 

 その言葉を最後に、ボロリと崩れ大量の灰だけが残った。神を殺すダンジョンの使者と異界より来た神。奇しくも同じ人物に、同時に魔石を砕かれ灰となり朽ちた。




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番外の章 正史クロス⑨

 ドロップアイテムとして大蜘蛛の甲殻とウダイオスの黒剣×4を手に入れた。

 

「どっちの魔石も上等だし、昨日の食費と今日の分も払えそうだな」

「いやぁ『ベル』様なら使い切りそうですがねぇ」

「…………」

 

 リリがからかうように言うと『ベル』の動きがふと止まる。気に障ったのだろうか?

 

「あ、あの…『僕』? リリだって、悪気があった訳じゃ───」

「魔法が待機状態になった」

「それって、例の【ワールド・ジャンプ】ですか?」

「ん。多分此奴を殺すことが、この世界ですべき事だったんだろ」

 

 何せ元々『ベル』の宿敵だ。それをぶち殺したことで、条件が満たされたと考えるのが妥当。しかし───

 

「そいつぁ自動発動じゃなかったのかぁ?」

 

 『ベート』の言うとおりだ。『ベル』の魔法は本人の意思を無視して勝手に発動してここに来たのだから間違いはない。それに待機状態と言っても『ベル』が起動できるわけでもなさそうだ。ふむ、と顎に手を当てる『ベル』。

 確か『その世界でやることが終わると10分後に移動する』という文があったはず。やること?

 

「…………あ。あった、やるべき事」

「やるべき事?」

「まだ金払ってなかった………」

 

 そう、『ベル』は昨晩豊穣の女主人で飯を食い、金を払っていない。金はきっちり払うべきだろう。この【魔法】、なにげに細かいこと気にするらしい。

 

「つまりお金払うまで帰れない、と?」

「わかりやすいねー」

 

 明らかな因縁の敵を倒して、そのまま去るのかと思えば金を払っていけ、と言われたような気分になる【魔法】に関する説明。何とも言えぬ顔の『レフィーヤ』と特に気にしない『ティオナ』。

 『リリ』はまあ変に律儀なところが『ベル』らしいと苦笑する。

 

「時にこの甲殻、もらって良いか?」

「ん? まあ、それ倒したのは『僕』だし………僕は良いけど」

 

 自身の宿敵である『神堕ち』の一部。自分を呪おうとしたクソヤロウを死してなおこき使ってやろうと、ベル達は見なかったがまるで鏡に映っていた日輪のように美しく死神を連想させた女神と意気投合しそうな残虐な笑みを浮かべる『ベル』に若干引きながらも他の皆さんは? と尋ねるベル。【ロキ・ファミリア】の遠征ならファミリアの物になるが、今回は同盟のようなもの。元々ここに来るまでに手にした魔石があるし、階層ぶち破ったモンスターに関する情報とそれを倒したという報告である程度入る。何より『ウダイオスの大剣』。これ一本でかなりの金になるだろう。仲良く【ロキ・ファミリア】×2と【ヘスティア・ファミリア】×2で割ればいい。

 

「んじゃ、取り敢えず帰るか」

 

 

 

 バベル、ダンジョンの出入り口に向かうと各々主神が居た。どうやら『神堕ち』がダンジョンに認識され起きた異変を察知していたらしい。

 事情を説明したいが、疲れたので休んでから、と『ベル』。他の一同も言葉にはしなかったが同じ心境。一度解散して、後日ギルドの会議室を借りることとなった。

 

「『ベル』君をその肉体へと転生させた異界の神、かぁ………信じ難いけど、嘘は言ってないみたいだなぁ」

 

 ヘスティアは『ベル』達の言葉に頭を抱える。なるほど、向こうの『ベル』は育ち方以前に中身がそもそも違ったのか。しかし難儀な生を背負ったものだ。

 元の性格上、『ベル・クラネル』の人生を奪ってしまったと己を責め立て英雄になろうとしていたらしい。その変な責任感と優しさは、なるほどベルそっくりだとヘスティア・ファミリアの一同は改めて彼が神に目をつけられ、『ベル・クラネル』の器に選ばれた理由を知る。

 

「なんというか、神らしい神だなぁ」

「せやなぁ。子供たちに感化されて大人しくなる前の神々は、まさに人の不幸より己の愉悦、やったしなぁ」

 

 ヘスティアとロキがはぁ、とため息を吐く。『ヘスティア』は「君も昔はそちら側だったろう」と言うような視線を向けていた。

 

「そいつが何故この世界に居たのかは不明だ。だが、やるべき事ってのは彼奴のことなんだろう」

「ん?せやったらそいつ倒した時点で帰るんじゃ………」

「まだ昨日のつけを払ってない」

「……………」

 

 魔法とは素質もそうだが、何よりも本人の心の在り方で発現する。ベルの『ファイアボルト』やリリの『シンダー・エラ』、ベート達の『ハティ』にヴェルフの『ウィル・オ・ウィスプ 』なんかはこれに当たる。

 ちなみにアイズ達の『エアリアル』や『ベル』の『エルトール』改め『ブロンテ』などは精霊の力を持つゆえの素質から発現した魔法だ。

 

「ベル君はどこの世界でも良い子だなぁ」

 

 世界を移動する魔法、恐らく素質以前に彼の願いが関わっているのだろう。本人が意識していなかった事は勿論本人がやらねばと思ったことも組み込まれるとは。

 

「まあ、ミアからはよく休んで後日払いに来いと言われたが」

 

 まあまた移動して、その先に戦闘が待ってる、なんてことになれば最悪だ。もとの世界に帰ったとしても、掃除の続きが待っているし。休めるなら確かに休みたい。

 

「うっし! なら今夜は送別会や! そっちは奢るで?」

「俺達の分もか?」

 

 金に困っていないロキ・ファミリアならともかく構成人数2桁未満のヘスティア・ファミリアに金を払わせるのは気が引ける。今回の換金額なら昨日の分を払ってもお釣りは来るだろうが………。

 

「かまへんかまへん。ウチらは最大派閥やで? まあ、昨日の食いっぷりを見る限りは遠慮してくれると助かるけどな」

「ああ、それぐらいの良識はあるつもりだ……」

 

 

 

 そして、豊穣の女主人。

 

「はっはぁ! 流石やなぁアイズたん! 階層主もアイズたんの風の前ならガラス細工当然やな!」

「ううん。あれは、ベルも頑張ったから」

 

 ウダイオスの肋をアイズの『エアリアル』が砕いたと聞き得意げなロキ。それに対してアイズはベルが罅を入れてくれたからだと返す。

 

「すごかったよねぇ、アルゴノゥト君。あたし昔読んだ英雄譚思い出しちゃった」

「ああ、確かに精霊とその契約者みたいだったよねぇ」

「「「……………」」」

 

 ティオナ達の何気ない一言に数人が一瞬だけ固まった。何気に勘が鋭いのだ、この娘。

 

「でも、アイズさんは『付与魔法(エンチャント)』が使えて、羨ましいなぁ」

 

 と、不意に『レフィーヤ』が呟く。少し顔が赤い。酔っている。

 

「? 『レフィーヤ』も『アルゴノゥト』君と合体技してたじゃん。なんか、雷を使って」

「あれは『フィルヴィス』さんの魔法ですもん。残りのスロット2つも炎と光で埋まっちゃってますし、私が直接『ベル』の力になれてる気がしないんですよ」

 

 むー、と膨れる『レフィーヤ』。ここで何か言っても、慰めにならないだろと『ベル』は口を噤む。

 

「あはは。やっぱり『レフィーヤ』、『ベル』の事大好きなんだね!」

「「「ぶふっ!?」」」

「ちょ!?」

 

「…………」

 

 

 

 『ティオナ』の思わぬ発言に一同が吹き出し『レフィーヤ』が顔を真っ赤にして立ち上がり『ベル』は誤魔化すように酒を飲む。耳が赤いのは酒のせいではないだろう。

 

「………え………えぇ!? そっちの私が、『ベル・クラネル』を!?」

「ふええ!?」

「落ち着けベル。そっちのレフィーヤがお前を好きとは限らない」

「いや、そっちの私が貴方を好きなのは否定しないんですか!? 私からも何か───」

「───────」

 

 レフィーヤが『レフィーヤ』を見れば潤んだ瞳で視線を逸らされた。赤くなった顔を隠すように両手は頬に添えられているがエルフ特有の長い耳まで真っ赤になっている。

 

「あ、あの──」

「い、言えません───」

「へ?」

「その、嘘でも………『ベル』の事を好きじゃないなんて、言いたくありません………」

 

 赤くなった顔を隠したいのか両手で顔を隠す『レフィーヤ』。しかしエルフ特有の長い耳は先まで赤く染まりピクピク動いている。

 瞳は潤み、大変愛らしい。

 ロキ達はそんな『レフィーヤ』を見て、ポカンと呆け、『アイズ』はむぅ、とむくれる。 

 

「えっと……もしかして君達つき合ってるのかな?」

「付き合ってない」

 

 と、否定したのは『ベル』でも『レフィーヤ』でもなく『アイズ』だ。不機嫌そうに応えた。

 

「………な、なあ『アイズたん』……もしかして、『アイズたん』も『ベル』の事……」

「うん。好きだよ。大好き。恋人になりたい……でも、今付き合いたいって言っても『ベル』は私のこと、振るでしょ?」

「………ああ」

「ええ!?」

 

 『アイズ』の言葉にベルが叫び『アイズ』を見る。アイズもアイズで何とも言えない表情で『アイズ』を見ていた。

 

「そ、そんな勿体ない……」

「俺は『アイズ』より、『レフィーヤ』の方が好みだからな……」

「そんな、『ベル』ったら……」

「でも付き合ってないんですか?」

「………その、経験はあるが恋情自体は初めてで……」

 

 リリの言葉に顔を逸らす『ベル』。その顔は、此方のベルと良く似ていた。

 

「ま、まあでも! 向こうの『ヴァレン某』は向こうの『ヴァレン某』! 此方のヴァレン某がベル君に惚れるとは限らないから余計な期待はしないことだね!」

 

 と、ヘスティアが焦るように叫ぶ。

 まあ、理由はだいたい察せるが……。此方のベルもたいそうモテるようだ。『ベル』はうんうんと頷く。

 

「え、えっと………『私』は『ベル』が好き、なの?」

「うん。最初はお父さんの背中と重ねてた……」

「お父さんと……あ、覚えがある」

 

 アイズがポツリと呟くと聞こえたのかロキとヘスティア、ベートが勢い良く振り返る。混乱しているベルには聞こえなかったようだが。

 

「でも、そっちの『ベル』は『レフィーヤ』が……」

「? 『ベル』が誰かを好きだと、私が『ベル』を好きになっちゃいけないの?」

「えっ、と……そんなこと、無い……かな?」

「なら、問題ない」

 

 フィンとリヴェリアは目頭を押さえる。

 何というか、人間関係が大きく変わりそうな情報まで聞いてしまった。向こうの世界はあくまで向こうだが、文字通り自分自身達の人間関係、知りすぎれば此方にも影響があるだろう。

 

「……まあ、此方の人間関係で其方の人間関係をかき回すのは本意じゃない。掘り下げはその辺にしてくれるとありがたい」

「そう言ってくれると助かるよ……」

 

 

 

 

 

 翌日、昼となり再び豊穣の女主人。『ベル』は金の入った袋を抱えていた。

 

「世話になったな」

「そんな、いい刺激になったよ」

 

 『ベル』の言葉にベルはいやいやと首を振る。自分と全く同じ姿の人物が、自分より高みに居るのだ。負けてられない、そう思ったのは何もベルだけではないようだ。いい顔つきをしている。

 ベルがミアに金を渡すと足元に魔法陣が浮かび上がる。

 

「お、やっぱりこれか」

「真面目だなぁ、そっちのベル君」

「あと、責任感がちょっと強すぎたりするんだよね」

「そのせいでこちらは振り回されてばっかりです」

「でも、ずっと気を張ってた『ベル』が頼ってきてくれたのは嬉しかったよねぇ」

「それは、まあ………」

「言えてますね」

 

 金を受け渡ししたことにより魔法の条件が満たされる。それを見て呆れるんだか感心するんだかわからぬヘスティアの言葉に、『ヘスティア』が肩をすくめ『ティオナ』や『レフィーヤ』、『リリ』が笑う。

 

「じゃあな」

「うん」

 

 二人の兎が視線を合わし、笑い合う。よく似た二人は、まるで兄弟のようだ。『ベル』が片手を差し出せばベルはその手をパンと叩く。それと同時に魔法陣が強く輝き、光が収まると『ベル』達の姿は消えていた。




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番外の章 不敗クロス①

 世界を移動した。その感覚はある。そして、ここが本来の目的地ではないのと、元の世界でもないのを感覚的に理解するベル。

 

「しかし、どこだここ? 人造迷宮(クノッソス)か?」

 

 だとすると、今回同じ場所にヘスティアも転移してないのは幸いだ。流石に神には危険すぎる。いや、ここに居ないからといって安全な場所にいると思うのは楽観が過ぎた。

 すぐに探そう。何せ、外が安全とも言い切れない。人造迷宮(クノッソス)()()()()()()()()()()()

 この迷宮をここまで破壊するなんて一体どんな化け物が暴れたのやら、と自分とオッタルの戦闘で壊したことを棚上げするベル。

 

「ん? 何だ、これ……」

 

 と、よく壁をみると何かが付着している。小さな六角形の金属片。よくよく見てみると壁や天井、床のあちらこちらに見える。

 電気を纏う。動いた。だが、磁力で動いた訳ではなさそうだ。流れる電流によって反応を変える、まるで機械だ。この世界に?

 

「………メカゴジラでも紛れ込んだか?」

 

 しかし今は活動を停止しているようだ。ある意味ではハッキングとも取れるベルの行為になんの反応も示さないし。

 

「………待てよ、ここが人造迷宮(クノッソス)なら………」

 

 ふと、ある事に気づいたベルは床に手を当てる。パチリと紫電が暗い通路を照らし、波紋のように広がる。その全ての紫電がベルの感覚とリンクしており、石や鉄とは異なる物質に電気が当たるのを感じ取る。生物の反応。そちらに意識を向ける。人間の放つ電磁波ではない。

 

「…………先にそちらにするか」

 

 ベルはそう言うと足元にパリ、と紫電が灯る。磁気で体が浮き上がり、滑るように迷宮を駆け抜けた。

 

 

 

「見っけ……」

「っ!? 何者だ!」

 

 しばらく進んで行くと大きな部屋にたどり着く。その中に存在する檻の中身を確認して呟くベルに、人の言葉が返ってくる。しかし、その言葉を発したのは人ではなかった。

 

「何者、か……」

 

 魔石灯に照らされた部屋の中に入ると、向こうからもこちらの姿が見えたのか警戒心が強くなる。誰とも知らない相手に向ける目。つまりこちらの自分は彼等に関わっていないのだろう。

 檻の中に閉じ込められたモンスター達を見てそう判断するベル。

 

「お前等異端児(ゼノス)を知る者だ。助けに来た。ダンジョンに帰るぞ」

「………それは、無理だ」

「何?」

「母、もう………」

 

 ダンジョンに意識を向ける。ダンジョンに流れる独特な電磁波が感じ取れない。死んだ?本当に?1000年以上の時を存在し続け無限とも言える命を生み出し続けたダンジョンが?

 休眠状態に入ったのか、あるいは、本当に?

 少なくとも今のダンジョンは隠れ家としては使えない。元々物理法則を無視した巨大地下空間。ダンジョン特有の再生機能が働いていない以上いつ崩落するかもしれない。

 

「………仕方ない、ガネーシャの元に向かうか。あそこなら元々モンスターを住まわせているし」

「………それを知っているという事は、信頼はこの際おいておいても信用はできそうだ」

「さっき使えそうな出口を見てきたが夜だった。しかも新月。なんか瓦礫だらけだったが【ガネーシャ・ファミリア】のモンスターが保護されてる場所は電磁波で解る。準備ができたら行くぞ」

 

 

 

 ベルは瓦礫の中を見て回る。魔石灯も壊れた街だった瓦礫の山。本来なら夜は危険で、立入禁止なのだがベルは要救助者や火事場泥棒が居ないか毎晩見回る。と………

 

「ん? これは……」

 

 複数の気を感じ取る。一つは、人間だ。だけど、何だろうか?何処かで感じたことがあるような気がする。しかし誰かは分からない。そして、残りは……

 

「モンスター?」

 

 ダンジョンが崩壊し、もう生まれぬ筈だが、生き残り? けど、動きが緩やか。周囲を警戒している? そんな人間くさ───

 

「───っ!!」

 

 長年の勘が驚異を感じ取る。振り向き腕を交差させるとその腕に鉄板仕込みの蹴りが繰り出された。同時にまるで雷のような爆音。

 

「チッ。この距離から気付くだけあって、大した反応だ」

「君も、気付いてたのか……」

 

 モンスターの集団から人の気配が消え、今まさに同じ気配が目の前からする。速すぎる。空気の揺らぎすら遅れてやってきた。

 というか、今の雷そのものになっていなかったか? 光と同時に現れたぞ。

 

「いきなり攻撃しといて信用できないと思うが、敵対の意志はない。通してくれると助かる」

「…………信じるよ。あれだけ、コソコソしてたんだ。不要に争いは本意じゃないんだろうね。でも、それはここでの戦闘。避難所に向かっていた以上、通すわけには行かない」

 

 先程の雷光のせいで闇がより深く感じる。それは、おそらく向こうも同じだと思う。だが、ベルも、そして恐らく相手も視覚に頼らずとも周囲を把握している。

 すぐに臨戦態勢に入るベル。速さは、悔しいが襲撃者のほうが上。恐らく雷を放ちその着弾地に移動する魔法。移動してから攻撃までの一瞬は、確かに隙が出来るはず!

 

「【迸れ(ブロンテ)】」

「───っ!!」

 

 来る!

 見逃さぬと神経を集中させるベル。が。が───

 

「ぐ、が!?」

 

 目が光で焼かれる。同時に、腹にめり込む蹴り。

 吹き飛ばされながらも直ぐに体勢を整える。

 違った。最初に感じた疑問であっていたのだ。この男、間違いなく雷となって動いていた。速いのではなく、疾い。文字通り一瞬で距離を詰められる。

 

「……………」

 

 対して襲撃者も驚愕していた。そもそも人間大の物質が雷速で動けば当然衝撃波が発生する。衝撃波がベルの後ろに移動したのは、本来なら横を通り過ぎた衝撃波で気絶させるためだ。小動もしなかったから直接蹴りつけたのだ。

 推定レベルは5以上。耐久は下手すればオッタル達に匹敵するそれと、電動率が低い。人体なんて空気よりよっぽど電気を通すのに、効いた様子がない。電熱で焼けているのを見るに魔力を散らしている訳ではなさそう。熱は通じる、が………

 

(妙な膜で包まれているみてぇだ。いや、中にも満たされんな、蹴った感覚だと)

 

 目に見えない、魔力とは異なるなにかで全身を満たし、溢れさせ防御にも使っている。恩恵、とも違う。何だ、こいつ? 本当に人間か? 実はモンスター? あるいは、怪人。

 

「……………」

 

 余計な思考は捨てる。雷鳴を聞いて集まってくる人間もいるだろう。早く、ガネーシャと合流もしたい。あそこの団員の人海戦術にも頼れるだろうし。

 ゴォン、ゴォン、と鐘の音が響き襲撃者の体は白い光に包まれる。

 ベルもまた、彼の気が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 動きは、読めない。なら、気の流れを、意識の動きを読み取れ!

 

「────!!」

「───っ!?」

 

 雷鳴。

 雷光が辺りを照らし、視界を焼く。しかし何とか反応したベルはすぐに襲撃者の足を掴んだ。そのまま地面に叩きつけようとした瞬間、襲撃者は身体をひねる。

 

「な!?」

 

 ブチブチメキメキと嫌な感触が伝わり襲撃者の足が捩れる。驚愕し固まるベルの頬に踵がめり込み、白い光が一際強く輝きベルの身体を吹き飛ばす。

 瓦礫の山にぶち当たり、細かくなった瓦礫に押しつぶされた。

 

「ぬぅ………りゃあ!」

 

 その瓦礫を吹き飛ばし立ち上がる。危なかった。あと少し反応が遅れていたら、脳を揺らされていた。

 ダメージはある。戦えぬ程ではない。相手は、片足を失った。機動力は落ちるはず。

 

「って、え!?」

 

 前後逆を向いていた足がギュルリと戻る。裂けた皮膚も元通り。とんでもない回復力。こいつ、本当に人間なのだろうか? 人形のモンスター?

 その異様な回復力に、DG細胞の化物たちを思い出すベル。

 どちらの気配もさらに張り詰めていく。襲撃者の気配が闇に溶けるように周囲と同化していく。

 ベルの気配は逆に荒々しく、世界に己の存在を示そうとする、炎のよう。

 二人が同時に、足に力を込め、飛び出す。と───

 

「そこまでだ! 双方拳を収めよ!」

 

 拳とナイフが交差する直前、突然現れた老人が二人の頭を殴り地面に叩きつけた。

 

「………む?」

「おぅい! 東方不敗くーん! こっちのベル君と僕等のベル君は見つかったかーい?」

「この程度で気絶するとは、修行が足らん! 起きんかぁ!」

「「ぐはぁ!?」」

「「べ、ベルくーん!?」」

 

 叩き起こされるベルと襲撃者を見て()()()()()()()()は悲鳴を上げた。




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