アナスタシアさんはバカワイイ。 (バナハロ)
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共鳴編。
変人と天然は紙一重。
十月の中間試験中。明後日で日程はすべて終わり。中間試験余裕の俺は自分のマンションの屋上で空を見上げていた。
ここ最近「幕○志士」というゲーム実況者のチャンネル登録会員になった。で、過去の幕末ラジオを見ていたのだが、何でも「幕○志士星」とかいう星があるらしい。
何となく気になったので空を見上げに来た次第なのだが……。
「……全然わかんねぇ……」
星なんて詳しくないし、うちの学校に地学の授業なんてものはない。考えたらわかるはずもなかった。
……つーか、星なんてどう見ても一緒にしか見えねえんだけど……。どうやってあの群れの中から形を見出したんだよ。昔の人の想像力頭おかしいだろ……。
だって俺でも星座作れそうだもん。例えば……そうだな。あそことあそこの星を繋いで紐座とか? おっと、どこの星を繋いでも紐座は完成しちまうな。
……まぁ、せっかく屋上に上がって来たんだし、もう少し星見て行こうかな。幸いにも、今日は雲ひとつない夜空だ。東京とは思えないほどに星空が広がっている。
どうせなら写真でも撮ってうちで探しても良いかもしんない。……や、部屋に戻ったら流石に少し勉強するか。よって天体観測再開だ。
そんなことを考えながらボンヤリ空を眺めてると、屋上の扉が開く音がした。
「ミナミ、早く行きましょう!」
「もう、走らないのアーニャちゃん。慌てなくても星は逃げないよ」
女の人が二人ほど屋上に上がって来た。片方は銀髪の外国人、もう片方は茶髪のお姉さん。二人ともえらい可愛いな……。
銀髪の方は天体望遠鏡を持っていて、それを組み立て始め、それを見て茶髪の方は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんね、本当は丘の頂上に行く予定だったのに……」
「いえ、お仕事ですから仕方ないです」
……お仕事? 社会人か? 確かに可愛いというより綺麗な人だし、新人の社会人にも見える。
ま、俺には関係ないが。とりあえず、りゅう座っぽいのだけでも見つけないとな。一応、動画で見たから形も覚えてるし。
「準備できました!」
「ごめんね、人いるからもう少し静かにしようか」
「あっ……スミマセン……」
や、別に俺騒がしくても気にしないけど。結局、どこで誰が騒ごうが俺には無関係だからな。流石に図書館とか映画館で騒がれたら殺しちゃうけど。
でも、銀髪の方はすごいおとなしい子に見えるんだが……もしかして今はテンションが上がった状況なのか? 例えば、社会人っぽい茶髪の方は割と忙しくて、そんな中見つけた天体観測出来る短い時間の中で空を見に来た、とか?しかし、そうなると俺は邪魔な気がするんだが……。
……でも、その、なんだろう。あの望遠鏡が気になる。控えめに言って羨ましいんだが……。もしかしたらアレなら幕○志士星が見えるかもしれないし。
……おっと、だからってジッと見つめるな。「え、何あの男?」「なんかすごいこっち見て来るんですけど〜」「通報しよ」「なんならそこから飛び降りて星になってもらおう」みたいになったら怖いし。
……でも、なんか声かけられたらそれはそれで嬉しいし、もう少しここにいよう。
せっかく残るなら幕○志士星もう少し探そうかな……。スマホでググりながら空を見上げたりと頑張ってみたが、なかなか見つからない。
やはり素人に天体観測は難しいのかな……。というか、オリオン座は見れば一発で分かるのはある意味すごいんだな。
……しかし、こうして見てると星が降るようでという表現はよく分かるような気がするわ。まぁ、俺のことを追いかけて来る「私」はいないわけだが。
……彼女が欲しい。彼女できる奴ってどうやって作ってんの? クラスメートの様子とか見ても好きな子を見つけたらそいつにだけ徹底的に優しくして惚れさせるなんていう方法を使ってるようにしか見えねえんだが……。あれで彼女できてもすぐに正体バレるだろ……。
まぁ、周りの連中から見たら俺は変人らしく、その事で友達がいないわけではないが、何となくクラスから浮いてる俺に彼女なんて出来っこないけどな……。
なんか考えれば考えるほどテンションが下がって来てる時だ。
「……あの、良かったら望遠鏡使いますか?」
「……へあ?」
背後から女の人の声が聞こえて、思わず変な声を漏らしてしまった。後ろには銀髪の女の子が俺に声をかけて来ている。少し後ろには茶髪の女の人も。
「星見るなら、望遠鏡の方が良いですよ?」
「え、良いんですか?」
「はい。望遠鏡は月の表面まで見えるんですから」
「いや人の目より望遠鏡のが性能が高いってことは知ってますけど、俺も借りて良いんですかって」
「もちろんですよ?」
……まじか。まさか本当に声をかけてもらえるとは……。一応、茶髪の社会人さんの方を見ると、小さく会釈してくれた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「……言葉に、甘える……?」
「あ、ありがたくお借りしますってことです」
日本語にはまだ不慣れなんだな。まぁ、確かに日本語って難しいらしいからな。
「どの星が見たいですか?」
「あー……」
言うの恥ずかしいな……。幕○志士星知ってるのかこの人? まぁいいか。言っておこう。
「……幕○志士星っていう星なんですけど……」
「……バクマツ……シシ?」
だよな。日本語が微妙な銀髪さんだから純粋に興味津々になってくれてるが、純然たる社会人さんは微妙な顔になってる。茶化してんの? みたいな。
なので、慌ててスマホでググった画面を見せた。すると、銀髪さんは予想以上に近寄って来て画面を見た良い匂い。
「これなんだけど」
「ダー……バク○ツシシ星、初めて聞きました……」
「え、待って。本当にあるの?」
社会人さんが参加して来た。俺のスマホを覗き込んで来た。うおっ、美人二人に挟まれた良い匂い。
「へぇ〜……ちなみに、なんで幕○志士なの?」
「ゲーム実況者が2万円ちょっと払って星の名前を買ったらしいんですよ。オーストラリアのブルックリン天文台から」
「へ、へぇ〜……」
あ、少し引いてる。まぁゲーム実況者が星買うってなんで? って思うかもしれないが、あの人達は少し特殊なんだよ。
「じゃあ、割と最近出来たんだ?」
「そうですね。りゅう座の頭のあたりにあるらしいんですが……」
「りゅう座……ということはおおぐま座やこぐま座も探したほうが良さそうですね」
銀髪さん、詳しいな……。社会人さんもウンウンと頷いてるし、もしかしてこの人達すごく頭の良い人達なんじゃ……。
「な、なんか詳しいですね、お二人とも……」
「そうですか?」
「アーニャちゃんが星好きだからね。私も一緒に見てるうちに覚えちゃったって感じかな」
なるほど……。そして名前はアーニャっていうのか……。
しかし、自分が覚えるまで一緒に星見てあげるなんて付き合い良いな。さすがお姉さんっぽい人。
「あ、見つけましたよ。幕○志士星!」
アーニャさんが声を張り上げた。早いな。さすが天文好き。
手招きしてくれてるので、俺も望遠鏡を覗き込んだ。なるほど、これが幕○志士星か……。なんか、普通の星だな……。これに願いが叶うまでダンスをしなきゃいけないわけだが……今日は人いるしいいや。
「わざわざすみません、俺のために」
「いえ、私も知らなかった星を見ることが出来ましたから!」
「……まぁ、それは何より」
うーん……なんか騙してるみたいで気が引けるぞ。純粋過ぎるだろこの人……。
「私にも見せてくれる?」
「あ、どうぞ、ミナミ」
あの人はミナミというのか……。朝倉さんの事ではないだろうな。
「ほんとだ……りゅう座の頭にあるんだ……。なんでここにあるの?」
「幕○志士といえば坂本龍馬、坂本龍馬といえば龍、みたいな感じでりゅう座の頭の上にいるって事にしたらしいですよ」
「ふーん……ゲーム実況者ってロマンチストなんだね」
「……坂本だけはそうですね」
「二人いるの?」
「はい。もう片方は西郷さんです」
「……あ、幕○志士ってそういう……」
返事をしながら星を眺めるミナミさん。星を買うような人に興味を持ったのか、続けて質問してきた。
「ゲーム実況って見てて楽しいの?」
「楽しいですよ。あいつらアホだから」
「ふーん……」
最近では山手線とかいう連中も出て来たな。男女で乳繰り合いやがって……爆発しろ。あいつらあんまコメント読まないけどリア充爆発しろコメント超来てるからな。
何故かイラついてきてると、アーニャさんの方が質問して来た。
「ゲーム実況ってなんですか?」
「ああ、文字通りゲームを実況した動画をあげてる人達ですよ」
「……?」
イマイチ、ピンと来てないみたいだな……。まぁ、日本の文化として良いものかどうかは俺には分からないし、教えなくても良いか。
「まぁ、ググれば出ますよ」
「ググ……?」
「ああ、検索するって事です」
「分かりました! 帰ったら見てみますね」
「や、別に見ても見なくても良いと思いますけど……」
「なんでですか?」
「『わ、面白そう! ミナミ、これやりたいです! 一緒にやりませんかっ?』ってなってゲーマーになるかと思うと恐ろしいので……」
「……それ、私の真似ですか?」
「ぷふっ……少し似てる……!」
「……ミナミ? グニェーフ……怒りますよ?」
「ごめんごめんっ。……ふふっ」
「っ、も、もうっ!」
昔から人のモノマネは上手いんだこれが。
なんとか笑いを堪えると、ミナミさんは続けて質問してきた。
「ていうか、私のこと知ってたんだ?」
「そりゃさっき名前呼ばれてましたから」
「あ、なるほど……」
「え、それだけ、ですか……?」
アーニャさんがキョトンとした顔で聞いてきた。
「? はい。あ、アーニャさんも知ってますよ」
「いえ、そうではなく……」
なんだ? 有名人か? まさかな……。
すると、ミナミさんの方が改めて、といった感じで挨拶してきた。
「じゃあ、自己紹介しておくね。新田美波です」
「アー……アナスタシアです。アーニャとお呼びください」
新田さんとアナスタシアさん、か。よし覚えた。
……ん? 新田? 新田って……あ、まさか……!
「新田って……!」
「! 知っていますかっ? ミナミの事……!」
「俺の上の階に住んでる方ですか?」
「へっ? ……あ、もしかして白石さんですか?」
「……」
マジか。まぁ、父親が出張に出て母親もそれを追いかけて行ったからほぼ一人暮らし状態で挨拶とかした事なかったんだよな。
っと、とりあえずアナスタシアさんに自己紹介しないと。
「あ、俺は白石遥です」
「ハルカ……ですね? あの、私達のことそれだけですか?」
「え、それだけって……あ、菓子折り包んだ方が良かったですか?」
「い、いえ……そうでは……」
なんだろ。もしかしてマジで有名人か? まぁ、何でも良いが。
……さて、そろそろ時間かな。まぁ、それなりに楽しかった。久々に女の人と話せたし。さて、これ以上はいない方が良いかな。目的は果たしたし、それなのにここにいるとナンパみたいに思われるかもしれない。
「すみません。俺、そろそろ」
「あら、そう? もう少しいれば良いのに」
「目的は果たせましたし、星の方向も分かったんで今日の所は大丈夫です。一応、中間試験中ですしね」
「勉強はちゃんとしなきゃダメですよ?」
アーニャさんに怒られてしまった。いや全くその通りだが、余裕なもんは仕方ないでしょ。
まぁ、変に言い返したりはしないけどね。
「すみません。じゃ、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
「スパコーィナイ」
……今、なんて言ったの? と、思ったが、まぁ多分母国の「おやすみ」だと思うのでツッコミは入れなかった。
出口から出ると、後ろから声が聞こえた。
「……なんか、変わった人だね」
「はい、変人ですね!」
「ちょっ、アーニャちゃん声……」
アナスタシアさん、天然のあなたに言われたくないですよ。
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勉強は一人でやらないと捗らない。
翌日、試験が終わった俺はサイゼに向かっていた。
明日で試験日程は終わりだ。さっさと帰って幕○志士の動画を漁りたいんだが、昼飯を食わなければならない。料理は出来なくもないが面倒臭いので安いサイゼに来た。
店に到着し、店員さんに案内してもらってると、何処からか声が聞こえた。
「ハルカ!」
「あ?」
そっちを見ると、アナスタシアさんが駆け寄って来ていた。
「ハルカ、助けて下さい!」
「ああ、アナスタシアさん。こんにちは。どうしたんですか?」
「中間試験、ピンチです!」
「あー……」
……そういうね。まぁ、日本人じゃないし大変だよな。
「こちらのお客様とご同席に致しますか?」
店員さんが声をかけてきた。そりゃこんな所で雑談されたくないよな。
「はい、お願いします」
そう言って、アナスタシアさんと同じ席に座った。
「で、何ですか?」
「中間試験がピンチなんです!」
「それさっき聞いた。そうじゃなくて、とりあえず何の科目がわからんのかって話です」
「あ、はい!」
え、えっと……! と、クールな顔して可愛らしく焦るアナスタシアさん。
しかし、この子人懐っこいな……。普通、出会って2回目の男に助けを求めるか? ワタワタ焦ってるアナスタシアさんをボンヤリと見ながら、とりあえずメニューを開いた。何食おうかな。
「こ、これです!」
アナスタシアさんが見せてきたのは古典だった。
「あ、俺古典はパス。他の科目なら教えられるけど」
「ええっ⁉︎ な、なんでですか⁉︎」
「や、俺さ、勉強する意味の分からん授業の勉強はしないんですよ。疲れるだけだから」
興味のないことでも取り組む姿勢を育てる、とか教育者の言いそうな理由には「それなら登山の授業とか相撲の授業もないとおかしいだろ」と言い返しておく。一般的な人なら興味無さそうなものならなんでも良いはずだから。
また「古き良き言語を学ぶため」という回答には「古き良いわけねーだろ、良かったら今の日本語はねーだろ」と返しておく。日常的に一番使われる言語を使いにくくしてどうすんだよ。
俺の言ったことの意味が分からなかったのか、アナスタシアさんはキョトンと首を捻った。
「意味が分からない、ですか……?」
「冷静に考えてみてください。日本史や世界史はまだ分かります。自分の国の過去の事くらい知っとけとか、どうやって今の世界ができたのかとか知れますし、これからの社会を築くのに役立つこともあるかもしれません」
「そうですね」
「それなのに古典ってなんだ? 過去の言語って学ぶ意味あるのか? 使い道ないし、これから先、日本語が進化すると思えないから。二億%使わないから古典とか。アレですよ、古典が授業に入ってんのは、他の科目は二つに分かれてるのに国語だけ別れられないのはなんか嫌だったから揃えるために過去の言語ねじ込んだだけですからね。だから俺は古典の勉強はしません」
「そうですね! 私もじゃあボイコットします!」
「う、うん……」
……やばいな、そんな簡単に信じられると良心が痛む……。
「……ごめん、やっぱ勉強するか」
「へ? 意味ないんですよね?」
「いや、やっぱあるわ。俺達程度じゃ分からない狙いがあるんだよきっと……」
「……? そう、ですか? ハルカ、変な方ですね」
すみませんね……。
「まぁ、俺も明日古典あるし、一緒に勉強しましょう」
「ハイ♪」
「とりあえず、なんか注文しても良いですか? 腹減ったんで」
「どうぞ」
そんなわけで、メニューに目を落とした。んー、金に余裕があるわけじゃないし、普通にパスタで良いかな。
「……美味しそうですね、どれも……」
「あ、アナスタシアさんもお昼食べてないんですか?」
「は、はい……。明日の試験のことで焦っていて……」
「俺、パスタにしますけど何にします?」
「んー……パスタですか、確かにどれも美味しそうですね……」
「ここのパスタは300円でお手頃ですからね。個人的にはペペロンチーノが好きですよ。今日は明太子にしますけど」
「分かりました! マルゲリータピザにします!」
「お、おう……」
……うん、聞かれてないのにオススメした俺が悪いよな。でも、何が「分かりました!」だったんだろうか……。
アナスタシアさんが呼び出しボタンを押し、店員さんがやってきた。既にアナスタシアさんがドリンクバーを頼んでいたので、追加注文の形でパスタとピザと俺のドリンクバーを頼んだ。
「で、なんでしたっけ? 古典?」
「は、はい……」
「とりあえず教科書貸して」
明日までなので、今から覚えるだけ覚えるしかない。まぁ、文系科目なんてほとんど暗記だから、レ点とかその辺を覚えておけば何とかなるはず……。
「……どうですか?」
「まだなんとも……まぁ、現代語訳出来れば点は取れると思うんですが……」
少なくとも、うちの学校の試験は現代語訳とかの問題ばかりだった。あとは返り点を打って文を完成させろとかそんなん。
……ぐっ、古典の教科書を見てるだけで頭痛がしてきやがる……。
「……あ、飲み物取りに行かなきゃ」
気が付けば、口からそんな言葉が出た。相当、古典嫌いなんだな俺。これは一種の逃避行動なんだろう。どうせ1分弱しか稼げないのに。
とりあえず、メロンソーダを取って来て勉強再開した。しばらく教科書を読んでると、アナスタシアさんが気になったのか声をかけてきた。
「……あの、どうですか?」
「……よし、諦めましょう」
「ええっ⁉︎」
「こんなの一朝一夕で出来ませんよ。期末試験頑張りましょう」
少なくとも俺の範囲は投げた。
「で、でも……! ちゃんと点数取らないとミナミに怒られてしまいます……!」
ショボンとするアナスタシアさん。うーむ……この人の表情は俺を躊躇させるのに効果覿面だ。
仕方ない、とりあえずざっと読んだ所で必要になりそうなところを指差した。
「……なら、明日までにこれ全部覚えられますか?」
「これは……?」
「レ点、一二点、上下点、甲乙点……この四つが必須らしいんで、これの使い方だけ覚えてください」
「そう、なんですか……?」
「はい。それで少なくとも読めるはずです」
「……分かりました。頑張ってみますねっ」
そう言って、アナスタシアさんがむんっと気合を入れて勉強を始めようとした直後、店員さんが料理を持ってきた。
「お待たせ致しました。マルゲリータピザと明太子スパゲティです」
「……スパスィーバ」
「どうも」
うん、タイミング悪かったね……。まぁ、とりあえず飯食ってからだな。
「……食べよう、アナスタシアさん」
「はい」
仕方なく二人で勉強道具を片付けた。で、アナスタシアさんはピザを切り分け、俺はフォークを手にしてパスタを食べ始めた。
「……んっ、美味っ」
「んー、フクースナ」
「それ、どういう意味……というか何処の言語ですか?」
「ロシア語で『美味しい』という意味です。私、ロシアと日本のハーフですから」
へぇ、ハーフだったのか。純然たる外国人だと思ってた。パスタをフォークにくるくる巻きながら聞いた。
「……へぇ、ロシアだったんですか……。まぁ、アナスタシアって名前の時点でなんと無く察してましたが」
「まだ話すのが苦手で……。聞き取るのは問題ないのですが……」
「日本語難しいですからね」
日本人でも敬語や丁寧語とかをマスターしてる奴は少ない。かくいう俺もそういうのは得意ではないからな。正直、形式張った言い方に何の意味があるのかも疑問だし。目上の方に敬語が必要なのは分かるが、全部デスマス調で良いだろ。
「でも、アナスタシアさんはちゃんと敬語使えるんですね」
「はい。パパやママがとりあえず先に敬語を覚えろ、と言っていたので」
それは間違いない。同い年や年下に敬語を使うのは問題ないが、年上にタメ口をきくと反感を買うからな。
「でも、友達同士に敬語使うと相手に距離を感じさせちゃうかもしれませんよ」
「……そうなんですか?」
「まぁ、人によると思うんですけどね。アナスタシアさんの場合はハーフで日本語に不慣れだからって理由で察してくれるとは思いますけどね。ただ、親密な相手なら相手ほどそういうの気にする人もいるでしょうし……」
「……え、じゃあ、ミナミは……」
「え、新田さんは友達というより先輩とか従姉妹じゃないんですか?」
反射的に聞き返してしまった。年の差の友達にも程がある。俺の教科書の古典より初歩的な事書いてあったし、多分、高校一年生でしょ? 新田さんはどう見ても社会人だし、かなり年の差があると……。
「違いますよ? ミナミと私はお友達です」
「……え、社会人の人と?」
「ミナミは大学生ですよ?」
……えっ、だ、大学生? じゃあ、仕事って……あ、バイトってことか? それなら友達としてギリギリな年齢差、かな?
「そうでしたか。てっきり社会人かと。……あの、ちなみにアナスタシアさんは?」
「私は高校一年生です」
良かった、あってたか。一応聞いておかないと、勝手な勘違いするわけにもいかないしな。
「……でも、ミナミにも敬語はやめた方が良いのでしょうか?」
「や、友達でも新田さんは歳上ですし、敬語でも問題ないと思いますよ」
「……そう、ですか? でも、他の年下の方は割とミナミにタメ口だったりするのですが……」
「他にって……年下の友達たくさんいるって事ですか?」
「いえ、私の事務所の子達です」
「事務所?」
「346事務所。芸能事務所です」
げ、芸能……?
「……あの、アナスタシアさんと新田さんって……」
「アイドルですよ?」
「……」
……え、アイドルって歌って踊ってドラマ出てバラエティも出るあのアイドル? や、他にアイドルがあったら教えて欲しいくらいなんだが……。
つーか、そんなこと言っちゃって良いのか? あ、嘘? これ俺大丈夫? 何処かからスナイパーのファンとか狙ってない?
まぁ、とりあえず……アレだ。
「サイン下さい」
「ハイ」
ちょうど、学校帰りでノートがある。それの1ページにでもと思って差し出した。マジかよ、まさかのアイドル生サイン。や、別に欲しかったわけじゃないが何となく得した気分だわ。
「どうぞ」
微笑みながら返して来たノートの表紙には、デカデカと油性のマジックペンでサインが書かれていた。
「……」
「……あの、どうかしましたか?」
……なんで表紙に書いちゃうのかな。これ、クラスの連中に見られたらどうすりゃ良いんだよ……。
まぁ、サインを頼んでおいて文句なんか言えないが。俺もノートを一枚破って渡すべきだった。
「や、なんでもないですよ」
「? そ、そうですか……?」
「それより、敬語を使うのは決して悪い事じゃないですから、そのままで良いと思いますよ」
「でも……いつかは敬語以外も覚えなくちゃ、ですよね?」
……まぁ、そうだな。確かに日本で暮らして行くなら、将来娘や息子にまで敬語を使うことになる。
「……まぁ、どうしても敬語以外について学びたいなら、幕○志士の動画をオススメしますよ」
「なんでですか?」
「豊富な語彙力で色んな言葉が出て来ますから。それに面白いし」
「……分かりました。幕○志士、ですね?」
「分からなければ俺に言ってくれれば教えますよ」
「ハイ! では、連絡先を交換してもらってもよろしいですか?」
「え、良いんですか?」
「何がですか?」
……346事務所は割とゆるいのか? いや、恋愛禁止というわけじゃないだけかもしれん。そもそも、連絡先を交換してる程度で男女の仲と捉える世間の方がおかしい。
L○NEを交換すると「アーニャ」という垢から早速スタンプが送られてきた。ウ○ビッチのスタンプだ。
「……このキャラクター、好きなんですか?」
「はい。可愛いですよね?」
……可愛いのか? シュールにしか見えねえんだが……。ま、まぁ最近のJKには可愛いんだろう。
「あ、ああ。特にこの緑の方の口とかな」
とりあえず、本当に俺が「可愛いと思うならここ」と思うところを褒めておいた。俺の感覚は普通の人と変わってるらしいし、これなら「あ、この人とは話が合わない」ってなってこの会話も打ち切られるだろうし……。
「はい! この口可愛いですよね! ここで木の実とかをモキュモキュと食べたりするんです!」
……そうだった、この人アナスタシアさんだった……。大体、モキュモキュって何? 口から食べる効果音かそれ?
「良かったらBlu-ray見ませんか⁉︎ 私の部屋に全巻ありますよ!」
「あー……アナスタシアさん。見るにしても何にしても、とりあえず試験勉強をしてからにしましょう」
「ダー……そ、そうですね……」
とりあえず落ち着かせるために嫌なことを思い出させてみたら、本当に肩を落としてしまった。
……や、これに関しては俺悪くないよな……。悪くないのになんで罪悪感が……。くっ……なんでかアナスタシアさんを傷心させると俺まで心が痛む……!
ーっ、し、仕方ない……。何かフォローしておくか……。
「……アナスタシアさん、試験終わるのはいつですか?」
「明日、ですけど……」
「なら、明日の試験終わったらウ○ビッチでも何でも付き合いますから。だから、今日の所は頑張りましょう」
言うと、さっきまでのショボンとした顔はひまわりが咲いたかの如く満面の笑顔になり、俺の両手を両手で握った。
「ありがとうございます、一緒に見ましょうね!」
「じゃ、まずは早く食べましょうか」
「はい!」
そう言って一心不乱にピザを食べ始めた。危なかったわ。ついうっかりさっきの笑顔にときめいたわ。
しかし、アイドルだったか……。通りで異常に可愛かったわけだ。クールな雰囲気を出しておきながら、いざ話してみると天然炸裂の普通の女の子だった。
今も、ピザにかじりついたものの、チーズが千切れなくて助けて欲しそうに俺を見ている。
「ん〜っ……!」
「はいはい……」
手助けしてあげながら、もしかしたら俺は割とラッキーなんじゃないかと思い始めた。
せっかく連絡先交換したし、この際にアナスタシアさんと仲良くなっておいても良いかもしれない。
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アニメの一気見は短いアニメでも疲れる。
翌日、試験が終わった。最終日の科目は古典と数ⅱ。古典はハナから捨てていたので、埋まったところと言えば昨日、するつもりのなかった勉強によって現代語訳をマスターしたのでそこだけ。逆に数ⅱは多分80点は固い。
それより早めに帰らないと。今日は俺には珍しく約束がある。そう思ってると、ちょうどスマホにL○NEが届いた。
アーニャ『試験終わりました』
アーニャ『どこに行けば良いですか?』
そう、アナスタシアさんとBlu-rayを見る約束をした。まぁ、細かいことは何も決めてないんだけどな。
とりあえず、集合場所だけでも決めておかなければならない。
白石遥『とりあえずこの前のサイゼで』
アーニャ『分かりました』
まぁ、これが一番分かりやすいよな。お互いに知ってる場所は少ないし、流石に俺のマンションはまずいだろう。
それだけ言ってサイゼに向かった。うちの学校からファミレスまではすぐだ。ちょうど中間点にあるし。
よって、さっさと到着して席を案内してもらった。アナスタシアさんはまだ来てないっぽいし。
先にドリンクバーだけ注文して、スマホをいじり始めた。今思ったけど、ウ○ビッチくらいようつべにありそうなもんだよな……。あ、ほらあった。
しかし、まさか出会ってから毎日、女の子と顔を合わせることになるなんてな……。ホントに唐突だわ。俺なんか良い事したかな、神様。
しばらくスマホゲームをやってると、向かいの席にアナスタシアさんが座った。
「アー……お待たせしました、ハルカ」
「……あ、来た。どうも。まずは飯にしましょうか」
「ハイ」
「すみませんね、2日連続でサイゼになっちゃって」
「いえ、私サイゼ大好きですよ?」
……何故だろう、アナスタシアさんの場合は気を使った、というよりも本当にサイゼが好きなだけな気がする。
お互い、注文して待機した。
「で、どうします?」
「何がですか?」
「や、どこで見るかって」
「……ハルカの家ではないのですか?」
……この子は本当に何を言いだすんだ。
「お、俺の家?」
「は、はい」
「何で」
「だって、Blu-ray……ですよね?」
あ、そういう……って、ダメだろ流石に。天然にもほどがあるぞオイ……。というか貞操観念ってものがないのか?
「……あの、アナスタシアさん」
「? 何ですか?」
「ロシアだとどうだか知りませんが、日本だと簡単に男の部屋に入らない方が良いですよ。何されるかわかりませんから」
「へ? でも……私は何度も入ってますが……」
……この子、もしかして男の友達多いのか? まぁ、だとしてもアナスタシアさん一人で男の部屋に行くのは百パー新田さんが止めるだろうから、多分新田さんも一緒になんだろうけど。
「ま、まぁ……とにかく、簡単に男の部屋に来ちゃダメですから」
「……そ、そうですか……」
ショボンと肩を落とすアナスタシアさん。……いや、これに関しては俺何も悪くねーよな……?
でも、アナスタシアさんほど純粋な人だと俺が単純にアナスタシアさんを部屋に上げたくないだけみたいに考えてしまいそうな……。
何にしても、早めに場所の提案をしておかないと。と思って、とりあえず思い浮かんだ場所を提案した、
「ま、まぁ、とりあえずアレだ。ネカフェでも行きますか? ネカフェなら見れると思いますよ」
「ね、かふぇ……? ……あ、寝るカフェですか?」
「ネットカフェな? そこなら見れると思いますよ」
「ではそこに行きましょう!」
想像通り、一発で表情はころっと変わり、アナスタシアさんは楽しそうな顔になった。この子、大丈夫かな、チョロ過ぎて逆に心配になってきたんだけど……。
まぁ、変に気負わないでくれたのは助かるけどね。それに、そういうところが可愛くもある。
早速楽しみになってきているアナスタシアさんをぼんやり見てると「あれ?」とふと思う事があった。
……男女でネットカフェってさ……あまり変わってなくね? 結局、一つ屋根の下で男女で二人きりじゃん……。しかも、狭いからヤケにくっ付く事に……。
「……あの、アナスタシアさん?」
「なんですかっ?」
いつのまにか来ていた料理を食べて、口の周りにソースをつけてるアナスタシアさんが楽しそうにこっちを見た。
……言えない、こんな顔されたらやっぱやめます? なんて言えるかっつんだよ……。
「や、なんでもないです。口の周り拭いて下さい」
「ハイ!」
紙ナプキンを渡すが、それでも明るい返事が返ってきた。
なんでいつもいつでもどんな時も楽しそうなんだよ……。キラキラした笑顔が俺にはやけに眩しく感じる。
「……はぁ」
「どうしました? ハルカ。食べないですか?」
「食べないわけないですよ」
「……あっ、そ、そうですか……」
「や、いちいち凹まないで。別に皮肉じゃないから」
ああもうっ……なんだよこの子可愛いけど面倒臭いなオイ……。というか、俺もこれから男女でネカフェに行くことになって少しカリカリしてるのかもしれない。自分で墓穴を掘った事がどうにも情けなくて。
はぁ……なんか今日は疲れそうだな……。試験終わりに疲れるとかどうなってんだよ世の中。や、だから俺の所為だってば。
いや、何にしてもとりあえずアナスタシアさんにネカフェがどんなとこか教える必要があるな。このままだと純粋な女の子をラブホに騙して連れ込もうとしてるみたいで何だか気が引ける。いや、やましい事を考えてるわけではないが。
「あー……アナスタシアさん?」
「なんですか?」
「一応言うけど……ネカフェって個室なんですよ。パソコンが置いてある感じの」
「? そうなんですか?」
「で、まぁ、その……なんだ。それなりに狭いんで、身体がくっ付く事になるかもしれないんですが……大丈夫ですか?」
「……何がですか?」
「馬鹿なんですか?」
「ば、バカ⁉︎ なんでですか⁉︎」
……むしろ真剣に考えてた俺の方がバカみたいに思えてきたわ。そうだよね、アナスタシアさんだもんね。
「……何でもねーよ。それより、さっさと食ってさっさと行きましょう」
「むぅ……はぐらかされました……」
だってバカだもん。やけ食いをするようにミラノ風ドリアを速攻で完食した。
×××
サイゼを出て、ネカフェの前に来た。ウキウキしてるアナスタシアさんが入ろうとしたので、その肩を掴んで引き止めた。
「待った」
「? なんですか? ハルカ」
「その前に忠告があります」
「ちゅーこく?」
……全然意味違くても、アナスタシアさんが「ちゅー」って言うとすごい可愛いのな。思わずときめきかけた。
「ぶっちゃけ、ネカフェっていうのは超居心地良いです」
「……そうなんですか?」
「漫画にネットに飲み物、場所によってはダーツやシャワーとかまであります。しかも大体、24時間やってるからそこで暮らしてる奴もいるレベルで」
というか、俺も今年の夏休みに泊まった事ある。ここに住みたいと思ったことすらあるわ。
「だからこそ、その……早い話がダメ人間を作りやすいのがネカフェなので、飲まれないように気をつけて下さいってことです」
「わ、分かりました……!」
「まぁ、案の定夏休みにダメになりかけて会員証まで作った俺に言われたくないと思いますけどね」
「じゃあ、ハルカはダメ人間なんですか?」
「面と向かって言うなよ……」
……天然の前で自虐すると勢いのまま叩かれそうで怖いわ。
「大丈夫です! 私はダメにはなりませんから!」
「だと良いですけどね……。ま、行きましょうか」
「ハイ!」
ネカフェに入った。テキトーに受付みたいなのを済ませて、指定された部屋に向かった。
その途中、物珍しそうにアナスタシアさんは辺りを見回した。
「わぁ……本がたくさん、ですね……」
「漫画が多いですけどね。何か読みたいのあったら持って行ったらどうですか?」
「……イエ、あまり漫画は……」
「まぁ、無理にとは言いませんが……。あ、そこの自販の飲み物全部タダですから、持って行った方が良いですよ」
「タダですか⁉︎」
「はい。その代わり、長く居れば居る程料金は上がりますからね。料金に飲み物代が含まれてるわけです」
「ダー……つまり、たくさん飲んだ方がお得って事ですね!」
「そういう事ですけど……それでトイレ行きたくなって動画見る時間減っても知りませんよ」
「そ、そうですね……」
む、そう考えるとうまく出来てるなこのシステム。飲み過ぎるとトイレの罠で漫画やネットの時間が減るとか、ちゃんと飲み過ぎ防止のシステムが出来てやがる。
お目当の飲み物を手に入れて部屋に入った。思いの他広いな。広いっつっても二人分だが。詰めれば三人座れる車の後部座席くらいの幅だ。
「……ここ、ですか?」
「そうですよ」
初体験だからか警戒してるように見えた。アナスタシアさんも警戒する事あるんだかーと思ったが、その直後に「入らないんですか?」と俺に聞いてきたので単純に前に立ってる俺が先に座るものだと思っていただけらしい。
レディーファーストなんていう概念は俺の中では存在しないので、先に入って席に座ることにした。
ふぅ、これならくっ付く事は回避され……。
「パソコン、近いですね。目が悪くなりそうです……」
「待って、近いのはお前の方だから」
「はい?」
……なんでこれだけスペースあってそんな近くに座るの。
「あの、もう少し距離感考えない? これだけ広いんだし……何より俺と君は異性よ?」
「……そ、そうですね……。近すぎ、ましたね……」
だからいちいちショボンとするなって……。
「や、俺は構わないけど他の男にそれやったら変な勘違いさせちゃうから……」
「アー……勘違い、ですか?」
「そうですよ。あまりくっ付くと『あれ? この子俺に気があるんじゃね?』と思わせてしまいますから」
「気がある?」
難しい日本語使ってすみませんね。
「俺のこと好きなんじゃないかって思わせるって事です」
「私、ハルカの事好きですよ?」
「っ……」
落ち着け、俺。この子は日本語に不慣れなだけだ。
「……LOVEの方でか?」
「アー……スミマセン、お気持ちは嬉しいんですが……」
「おい待て、なんで俺が振られたみたいになってんだ。違うから、他の男がそう思うかもって事だよ」
疲れる、この子と話すのは本当に疲れる……。
まぁ、なんかもうどうでも良いや。さっさとウ○ビッチ見よう。
とりあえず普通に座ってパソコンをつけた。
「じゃ、見ましょうか」
「ハイ」
そう言って、鑑賞会を始めた。
ウ○ビッチは一話につき3〜4分程度のもので、見るのに時間はかからない。超強い奴が意地悪な看守をフルボッコにする爽快なアニメだ。
まぁ、普通に面白い。というか強過ぎだろ赤い方。ギロチン効かないとか化け物か?
「どうですか? 面白くないですかっ?」
「あー……うん、まぁ」
でも意外だな。アナスタシアさんがこういうの好きなんて。何も考えずに見れるからか? ……いや、子供っぽいからだよな。ポケモンだって冷静に考えたら人間に電撃かましてるからな。
「まぁ、楽しいですね、見てて。爽快というかなんというか……」
「ですよねっ?」
「ただ、それだけの力持ってる奴をどうやって捕まえたのか不思議ですが」
「……あっ、確かにっ」
この子は疑うことを知らないのか?
「まぁ、そこは触れちゃいけないとこだと思うんで、とりあえず見ましょうか続き」
「そ、そうですねっ。次は2期です」
「ちなみに何期まであるんですかこれ」
「5期です」
……長いな。大体、1シーズン30〜40分あるから、どう足掻いても二時間以上かかる。
「……今日は3期までにしましょう」
「どうしてですか?」
「金掛かるからですよ。続きは……ようつべにあったら見ておきますから」
「分かりました」
そう言って、ウ○ビッチの続きを見始めた。まぁ、この様子なら変な事は起きそうにないよな……。エロ同人とかだとネカフェでエッチとか定番だが、そんなもん現実では起きまい。
そうホッとした時だ。飲み物を飲もうとしたアナスタシアさんが手元から紙コップを落としてしまった。
「あっ……」
お腹の辺りからスカートまで制服に広がる飲み物。お陰で真っ白な制服は黄ばんでしまっていた。
「うー……零してしまいました……」
「何やってんですか……」
「スミマセン……」
しゃーない、とりあえずポケットからハンカチを差し出した。
「とりあえず拭いてください」
「スパスィーバ、ハルカ……」
とりあえず足元に転がったカップを拾おうと机の下に潜り込んだ。
こういう時のためにハンカチを複数枚持ってるので、それで床を拭いた。これはまた派手に零したな……。
コップを机の上に置いてから再び床を拭いてると、硬い何かに手がぶつかった。
……なんだこれ……あ、アナスタシアさんのローファーか。……ん? ローファー? って事は……。
特に何も考えることもなく、ほんの何気なしに顔を上げると、スカートの中からアナスタシアさんの純白のパンツが目に入った。
「ッ⁉︎」
慌てて引っ込もうとしたら頭を机にぶつけた。あまりの痛みにその場で蹲る俺。
「は、ハルカ⁉︎ 今、すごい音が……!」
ーっ、ま、マズイ!
「っ、だ、大丈夫です! それより靴も濡れてしまってるので一度脱いで正座で足を閉じて待機してて下さい!」
「正座で⁉︎ なんでですか⁉︎」
「間違っても体育座りやあぐらはやめるように!」
「わ、分かりました……?」
なんとか従ってもらった。よし、今見た事は忘れよう。じゃないとマジで死ぬ。というかファンに殺される。
ようやく拭き終えて「ふーっ」と肩を揉みながら机の下から出た。
「大丈夫ですか? アナスタシアさん」
パンツ見たのバレてないよね? っていうのを兼ねて聞くと、パンツを見られた女の子とは思えない笑顔で答えた。
「ハイ。出来ればシャワー浴びたいですけど……大丈夫です」
良かった、バカで。後は考えさせなければ問題ないな。
「シャワー浴びたいならありますよ。ここ」
「……あ、そうでした」
「どうします? 浴びるなら俺待ってますよ」
「……じゃあ、浴びます。すみません」
「いえ、気にしないで下さい。じゃあ、行きましょうか」
そう言って二人で一度個室を出た。とりあえず、前言撤回しよう、変な事が起きないように、俺がちゃんと気を付けなければ。それと、現状のことも周りにバレてはならない。俺の命が危うい。
……一応、アナスタシアさんにお願いしておこう。
「……あの、アナスタシアさん」
「なんですか?」
「シャワーの事は誰にも言わないでもらって良いですか……?」
「分かりました♪」
その笑顔、不安だ……。
×××
3期まで鑑賞し、ネカフェを出た。大体、2時間だったので料金はそこまで高くなかった。
伸びをしながら、相当楽しかったのかアナスタシアさんは相変わらずの笑みを浮かべて言った。
「ん〜……楽しかったですねっ」
「そーですね」
時間はまだ4時過ぎ。だが、アナスタシアさんはこの後からレッスンがあるらしい。
「事務所って何処にあるんですか?」
「アー……えっと、隣の駅です」
「じゃ、駅前まで送りますよ」
「ありがとうございます」
そう言って、二人で駅の方に歩いた。まぁ、歩いて5分程度なんだけどな。
しかし、本当にアナスタシアさんってすごいな……。多分、何度も見てるだろうに、なんであんな新鮮に楽しめるの?
「あっ!」
突然、横から驚いたような声が上がり、俺も内心驚いた。良かった、表に出なくて。
「……何? どうした?」
「……いえ、ハルカの言ってた……ば、バグ発志士? 見てないですね……」
「ああ……幕○志士ね」
あながちそれも間違ってないが。
「まぁ、別に強制はしてないんで見なくても良いですよ」
「いえ、私もタメ口をマスターしたいので」
「や、そんな無理に覚えなくても……」
「とにかく、帰ったら私も見ます」
「まぁ、見るなら止めませんが……」
なんか、ここで止めておかないとまずい気がしてきた。……や、でもアナスタシアさんもう止まりそうにないし……。
悩んでるうちに駅に到着してしまった。
「ハルカ、また今度」
「あ、はい。レッスン頑張って下さいね」
「ハイ♪」
相変わらず楽しそうなオーラを出しながら、アナスタシアさんはホームに降りる階段へと消えていった。
……そういえば、明日以降は遊ぶ約束とかしてないし、もしかしたらこれで最後かもしれないのか……。あれ、なんだろ。なんか切ない。頑張って下さいって俺今言ったのに、今から帰るのが気だるいというか何となく嫌だというか……何この感じ。
……なんか、よく分からない感情に襲われてるな……。まぁ良いか。とりあえず帰ろう。幕○ラジオでも見てよう。
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事務所では(1)
事務所の中庭。新田美波は一人でコーヒーを飲んでいた。なんか最近、ロビーは恋愛の惚気やら何やらで盛り上がっているから。
自分もそのうちの一人なわけだが、自分の惚気は18歳未満禁止なのが多いので惚気られなかった。
そんな中、後ろからツンツンと肩を突かれた。自分をそんな風に可愛らしく呼ぶアイドルは一人しかいない。
しかし、ここで振り返っては面白くないと思って意地悪してみた。気付かないふりしてスマホを眺めた。
「……むー」
指をグリグリと押し付けて来る背後のアイドル。それでも気付かないふりをしてると「もうっ」と焦れたような声が聞こえた。
「ミナミ! 気付かないフリしないで下さい!」
「あははっ、ごめんごめん。ちょっと意地悪してみたくなっちゃって」
微笑みながら振り返るも、後ろのアナスタシアは頬を膨らませたままつーんとしていた。
「ご、ごめんね。アーニャちゃん。ほら、コーヒー一口あげるから」
「……もうっ」
頬を膨らませたままコーヒーを一口飲むと、美波の横に座った。
「それで、どうしたの?」
「ミナミ、実は私、たくさんタメ口を覚えたんですっ」
「んっ?」
ちょっと日本語がおかしい気がした。
「えーっと……ごめん、アーニャちゃん。どういう事?」
「タメ口です、タメ口! たくさん覚えました!」
「えっと……」
何とか理解しようと、人差し指をこめかみに当てて考え込む美波。で、英語で言う「たくさん過去形を覚えました!」的な意味かな? と思う事にした。
「そ、そっか。じゃあ、私にタメ口で話してみて?」
「アー……ミナミに、ですか?」
「うん」
「でも、ミナミ歳上……」
「もう、わたしとアーニャちゃんの仲じゃない。タメ口なんて気にしないよ」
「ダー……スパスィーバ、ミナミ」
そう微笑みながら言うと、アナスタシアは微笑みながら流暢に言った。
「時は平成、北海道のアイドル、アナスタシアは今、トップアイドルな称号を欲し、広島県アイドル新田美波どんの元へと御座り参った。新田どんよぉ〜い」
「待って待って待ってアーニャちゃんお願い待って。どこで誰に習ったのそのタメ口」
早速止められたが、タメ口を始めたアナスタシアは止まらない。
「どうしたんですか新田さん」
「それ結局、敬語じゃない。ていうか、新田どんとか新田さんじゃなくて美波って呼んで欲しいんだけど……って、違う待った。一旦タメ口(仮)待って」
「ツーハン○クイッケン!」
「それ日本語ですらないからね⁉︎」
とりあえず待って! と美波が涙目で懇願してきたので、とりあえず待った。
「……なんですか? どこか変ですか?」
「全部変。ていうか、誰に教わったのそれ?」
「ハルカが『タメ口覚えたいならこの動画見ろ』って……」
「……遥って、白石さん?」
「ハイ。最近、よく一緒に遊ぶんです。天体観測の日以来、毎日です」
「……どんな遊び?」
今日の様子を見た限りだが、なんだかロクでもない事してそう……と思って聞いてみた。
アナスタシアは特に思い出そうとするまでもなく答えた。
「ダー……一昨日は一緒に勉強しました。おかげで、古典は赤点ではなさそうです」
「そ、そっか……」
ホッと胸をなでおろす美波だったが、次の一言で目が覚醒した。
「昨日はネットカフェに行きました」
「待ちなさい、二人っきりで?」
「はい」
「な、何かいかがわしい事はされなかった⁉︎」
「は、はい……? いかがわしい……?」
「だから、その……! え、エッチなこととか……じゃなくて身体を触られたりとか!」
「イエ、触られては……あ、でも飲み物を零してしまった時に拭いてもらいました(靴を)」
「ふ、拭いてもらった⁉︎(身体を)」
「その後にシャワーを浴びました」
「ね、ネットカフェで⁉︎」
「ハイ。……あ、シャワーのことは内緒にして下さいね。誰にも言わないでと言われてますから」
「口止めまで⁉︎」
何をしたのか、想像をしただけで頬を赤らめる美波。それを一切気にする事なくアナスタシアは続けた。
「それで、今日は一緒に幕○志士の動画を見ました」
「ど、どこで……?」
「? ファミレスでスマホで見ましたけど……」
とりあえず今日の出来事にはホッと一息つけたが、昨日の出来事はいただけない。何処かは分からないがアナスタシアの身体の一部を拭い(たと思ってる)て、そのままシャワーに連れ込むなんて。口止めした以上、アナスタシアに気づかれないで何かしたとすれば覗きしかありえない。
「……っ、あ、あの男……!」
「どうしました? ミナミ」
「あ、アーニャちゃん。もうその白石さんって人と会っちゃダメ」
「っ⁉︎ な、なんでですか⁉︎」
「それから、幕○志士も禁止。その人達のタメ口はかなり特殊だから」
「そ、そんな……『まず宇宙空間にハナクソはございません』とか言ってみたかったのですが……」
「うん、もう絶対禁止。ていうかそれタメ口じゃないし」
ショボンと肩を落とすアナスタシア。だが、すぐに立ち直って抗議するように叫んだ。
「で、でも! ハルカとはまた会いたいです!」
「ダメよ。その子、アーニャちゃんには悪影響なの」
「でも、ハルカのお陰で古典で点数取れました!」
「そ、それは、そうだけど……!」
「それに、ハルカには色んなことを教わっています!」
「色んなことって?」
「古典は勉強する意味ないとか!」
「絶対にダメ! もう会わないでその人と!」
「っ、そ、それから、ネットカフェは人をダメにするから通ってはダメだとも言っていました!」
「微妙! 良い人なのか悪い人なのか分からない!」
ここまで人間性フィフティーフィフティーなのも珍しいと思いながら、額に手を当ててため息をついた。
想像以上にアナスタシアが遥に懐いている。割と頑固な所もあるアナスタシアを説得するのは大変そうだと思った。
「……」
まるっきり悪影響というわけでもなさそうだし、少なくとももう一度会うまではなんとも言えないなと思った。
「……わかったわよ。ごめんね、アーニャちゃん。でも、その人の言うこと百パーセントは合ってないから。真に受けないようにね」
「……ミナミは、ハルカ嫌いですか?」
「え? いや、そんなことないけど……よく知らないけど、アーニャちゃんから聞いたことを考えると普通の人ではないみたいだから……」
「ダー……そうですか」
ショボンと肩を落とすアナスタシア。流石に美波も少し罪悪感が残った。何かフォローした方が良いかな……と、思ったが、レッスンの時間になったのでやめておいた。
×××
レッスンが終わり、シャワーを浴び終えた美波は着替えを終えると、ロッカーで下着姿のままスマホをいじるアナスタシアを見かけた。
「アーニャちゃん、風邪引いちゃうよ?」
「……あっ、ミナミ。見て下さい、ハルカから写真です」
言いながらアナスタシアが見せてきた画面には、豆腐で作ったパルテノン神殿が映っていた。
「すごいですね!」
「……食べ物で遊ばないの……」
無駄な高クオリティに若干引いたが、アナスタシアのキラキラした視線の前ではそのツッコミをハッキリ入れる事はできなかった。
「……でも、確かにすごいわね。何を思って作ったのか理解出来ないけど」
「ハルカはこんなのばかり使ってますよ? えーっと……ほら、これはネギトロで描いたシャア専用ザクです」
「食べ物で遊ばないのっ」
今度は普通に叱った。通話してるわけではないから本人には届かないのに。
すると、目の前のアナスタシアがショボンと肩を落としてしまった。
「す、すみません……」
「え? あ、アーニャちゃんに言ったわけじゃないからね? アーニャちゃんは謝らなくて良いからね?」
「は、はい……」
それでもショボンとしてるアナスタシアに、仕方なさそうに美波はため息をつくと、頭を撫でながら言った。
「も、もう、落ち込まないでよ。それより、早く着替えないと風邪ひいちゃうよ?」
「あ、そ、そうですねっ」
スマホを椅子の上に置いて、慌てて着替えを再開するアナスタシア。その前に返信しようとスマホをいじる姿はとても楽しそうに見えたので、やはり遥との仲を割くのはやめた方が良いかな、と思ったりもした。
そんな事を考えてると椅子の上のアナスタシアのスマホに新たなメッセージが届いた。ふと目が行ってしまい、そのスマホを見ると写真が送信されたようだった。総理大臣が「ムカつくからお前だけ消費税98%な」と指差してる写真だった。
前後の文を読むも、繋がりがあるようには見えない。同類の男を知ってるからか、かまって欲しくて送って来てると分かってしまった。
「……もしかして、アーニャちゃんはアーニャちゃんで懐かれてるのかな……」
「ミナミ? 何か言いましたか?」
「う、ううん。何でもないよっ」
勝手にスマホを見ている現状に気づき、慌てて顔を背けた。
頭の上に「?」を浮かばせたままアナスタシアはスマホを見た。が、徐々に顔を青ざめる。
「っ、ど、どうしましょうミナミ! わ、私だけショーヒゼイが98%に……!」
「落ち着いて。そんなわけないから。これネタ画像だから。嘘だから」
「そ、そうなんですか……?」
「ていうか……白石くん、だっけ? その子にからかわれただけだと思うよ」
「む、ハルカ……最近、たまに私に意地悪して来ます。私、嫌われたのでしょうか……」
「や、そんなこと……」
俯くアナスタシアを慰めようとしたら、アナスタシアはL○NEを辿って画面を見せて来た。
「だ、だって! 昨日だってこんなに意地悪して来ました!」
そう言われて見てみると「アナスタシアさんとプ○チンって似てるよね」というL○NEが来ていた。
アナスタシアに勧められて一緒にウ○ビッチを見ていた美波は頭にウ○ビッチのプ○チンを浮かべて、きょとんと首をひねった。
どこが意地悪なのかわからない……といった感じで下にスクロールすると「マヌケな所が」という余計な一文が入っていた。
「……この子は小学生かな?」
「……高校二年生ですよ?」
「年上が年下にかまって欲しくてちょっかい出してるの……?」
引き気味に呟く美波。で、とりあえずアナスタシアの不安をといてあげる事にした。
「大丈夫よ、アーニャちゃん。この子、普通にあなたにかまって欲しがってるだけだから」
「そうなんですか?」
「うん。お姉さんになってあげた気分で対応してあげてね?」
「アーニャ、お姉さんですか?」
「うん、お姉さん」
すると、嬉しそうにパアッと顔を明るくするアナスタシア。
「ハイ、お姉さんです」
その笑顔を見て「あ、これは何か勘違いしたな」と思ったが、まぁいいやと思って二人は帰宅し始めた。
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子供との買い物は手が掛かる。
最近、毎日のように顔を合わせている女の子がいる。名前はアナスタシアさん、ロシアと日本のハーフの高校一年生だ。
外見はクールの一言が似合い、というか冬の精霊を擬人化したらこうなりました、みたいな感じの人だ。一言で言えばクール可愛いって事。
ここまで言えば中身もクーデレ系かと思えば、そんな事はなかった。中身は小学生レベルの純粋さと素直さを備え持つ、これまたギャップ差が可愛い。
まぁ、何にしても可愛いわけだ。しかも、アイドルまでやってるんだからもう本当にすごい子と知り合いになった。
前までクラスの奴と、話すには話すが一緒に遊ぶような仲ではなく、学校が終わり次第速攻帰宅していた俺の放課後に、こんな良い子と遊ぶ……というか顔を合わせる日課が出来てとても最高だ。
もちろん、アイドルなだけあって毎日は会えないんだろうが、その間はL○NEとかすれば良い。
で、今日もそのアナスタシアさんとファミレスで待ち合わせしていてる。先に到着してしばらく待機していた。
……しかし、アレだな。一昨日の夜は約束も無かったしもう会えないかと変に不安になったが、普通に会ってくれた。
多分、高校に入って友達という友達はいなかったから、ひさびさに同年代の子と遊んで手放すのが惜しくなったんだろうな。こんな所で寂しくないとか意地を張るなんて意味のない事はしない。
「お待たせしました、ハルカ」
「ああ、アナスタシアさん。とりあえずドリンクバーだけ頼んでおきましたよ」
「ありがとうございます。では、飲み物とって来ますね」
そう言って、アナスタシアさんは席を立った。しばらく待機してると、レモンティーを入れて戻って来た。似合うな、アナスタシアさんとレモンティー。
「あのっ、お願いがあるのですがっ」
「お、おう、唐突だな……」
たまにこういう不意打ちして来るあたり、相変わらずアナスタシアさんだよなぁ。
「何?」
「私を、アーニャと呼んでくれませんか?」
「なんで」
「みんな、私のことアーニャと呼びます。ハルカだけ、その……アナスタシアと呼びます。だから……」
「え、でもアナスタシアさんですよね?」
「で、でも……アーニャと……」
……や、まぁ呼び方くらいでゴネる阿呆じゃないし構わんけど。
「良いですよ、アーニャさん」
「それからっ、敬語もやめてください」
「え、なんでですか?」
「アー……その、実はミナミに幕○志士の動画のタメ口はダメだと言われてしまって……」
「でしょうね」
俺も後になって冷静になったわ。あいつらの日本語ちょっと違うし。
「それで、それならハルカにタメ口を使っていただければ、私の勉強にもなるのではないかと……」
なるほど。確かにその方が確実かもしれない。俺もなんで年下に敬語使ってんだろうと思ってたし。
「わーったよ、アーニャ。これで良いか?」
「! は、はい!」
呼び方と口調だけでそんな嬉しそうに……。本当に可愛い子だな。
「それで、二つ目のお願いなんですが!」
「二つあるんか」
「私とゲーム実況やりませんか⁉︎」
「この子は本当に何を言い出すんだ」
なんでそうすぐに影響されるんですかね……。
「だ、だって……! 楽しそうだから……」
「冷静になって。あの人達は小学生の頃からずっと一緒だからあそこまで先読みとか出来たり遠慮しないでガンガン言い合えるだけだからね? あそこまで仲良くない人達がやっても何となく遠慮しちゃって微妙な空気になるだけだから」
大体、男女でやるともっと気を使っちゃうでしょ。明らかに気を使ってないのは山手線くらいのものだ。
と、思ったら、ショックを受けたような顔でアーニャさんは俺を見た。
「アー……アーニャとハルカは、仲良くなかった……ですか……?」
「えっ? あ、いやそういう意味じゃなくて……」
「そ、そう、ですか……」
「いやいやいや! 良いよ、仲良い! ただ、えーっと……」
くそッ、繊細なのか繊細じゃないのか分からない人だ……!
「アレだ。アナスタシアさんはまだ日本語得意じゃないでしょ? それなら、カタコトの日本語が放送画面の向こうの人たちに伝わって身バレしちゃうから! だからやめた方が良いって話です」
「……そ、そう、なんですか…?」
「そうだよ!」
「私と、ゲーム実況するのが嫌とかでは……」
「無いよ!」
すると、180°表情を変えて嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そ、そうですか……! 良かったです」
「ほっ……」
安心すると本当に「ほっ……」って息漏らすんだな……。しかし、アナスタシアさんは俺と仲良いと思っていたのか……。なんだか嬉しいな。こういう友達は初めて出来るから。
「ま、まぁ、普通にゲームやるだけならいつでも付き合いますから」
「本当ですかっ?」
「ああ。やりたいゲームあったら言って。最近のゲーム機は家庭用でもオンラインでできるから」
幸い、俺も影響されてプレ4とSw○tchはある。
「分かりました。では、やりたいゲーム探してきますね」
「で、今日はどうします?」
「ダー……ハルカは何かないですか?」
「俺は特には……あ、強いて言うならスーパーに行きたいんだけど」
「スーパー……サイヤ人?」
「なんでだよ。つーかよく知ってんな」
そうじゃなくてな……。
「スーパーで買い物して帰んないとって。俺、一人暮らしだし」
「一人暮らし、ですか?」
「そう。父親の出張に母親が付いて行ったからな」
「ダー……大変ですか?」
「慣れたよ」
まぁ、そんな話はさておき……。
「で、良かったら帰りに一緒に来てくれない? 卵が安いんだよ今」
「分かりました♪ じゃあ、今から行きましょう」
え、今から? と思ったが、もう夕方だ。まぁ、学校が終わったあとだしもう夕方だ。
とりあえず、二人で席を立ってファミレスを出た。向かうのはスーパーマーケット。安い食品を片っ端から買い込んでやる。
うーん……今にして思ったが、俺の買い物にアナスタシアさんを付き合わせてるみたいでなんか申し訳なくなって来たぞ。夕飯くらいご馳走してあげたいが、前に「簡単に男の部屋に来るな」と言ってしまった手前、何となく言いづらい……。
「……あー、アナス……アーニャさん」
「? なんですか?」
「もしアレなら、わざわざ買い物なんて付き合わなくて良いよ。別に卵1パックくらい大して変わらんし……」
「いえ、お付き合いしますっ。私、ハルカとお買い物したことないので行きたいですっ」
「……別に一緒にいろんな経験する必要ないだろ。ギャルゲーのイベント回収かよ」
「……ハルカは、私と買い物……嫌ですか?」
「と思ったけど、イベン……思い出は大切だよな。その時その時にしか見えないレアカットとかあるかもしれないし」
……俺も大概簡単な男だよな……。しかし、そうなると何かお礼してやりたいんだが……。
だーもうっ、まぁアーニャさんの頭は軽いし、前に言ったことなんて忘れてるだろ。
「……なら、うちで飯でもご馳走するよ」
「……え? でも、男性の部屋には入ってはいけないって……変なことされるかもしれないと……」
……なんでそういうところは覚えてんの? この人本当に何なの?
「……もしかしてハルカ、私に変なこと……」
「しねぇよ……。したら上の部屋に住んでる新田さん召喚警察通報人生終了ルートまっしぐらだわ」
「そうですよねっ。ハルカ、良い人ですからっ」
しかも信頼するの早ぇな……。何だか逆にアーニャさんのことが不安になって来た……。
「まぁ、とりあえずスーパーだな」
「はい♪ ……ふふっ」
「楽しそうだな」
「ハルカの部屋に行くの、初めてですから」
……あー畜生、何をいちいちときめいてんだ俺は……。何でこんなに可愛いんだよ、アーニャさんってよ……。
「……何食べたい? 好きなもの作ってあげる」
「じゃあ餃子が良いです」
……アイドルがそんなもん食って良いのか? いや、まぁアイドルだからこそ食えないのかもしれないし、俺が作ってやる分には構わないか。
スーパーに到着し、とりあえず買い物カゴを持った。ふと横を見ると、アーニャさんの姿がない。
おいおい、あいつ子供かよ勝手にウロチョロするなよとか思いながら辺りを見回すと、後ろから台車を転がして来た。
「ハルカ、私これ使いたいですっ」
……どうせ使わんとか言うとシュンッとしちゃうんだろうなぁ。まぁ、それなりの量は買うし別に良いか。
無言で台車の上にカゴを乗せてやると、アーニャさんは嬉しそうに台車を押し始めた。
「えーっと……とりあえず餃子の材料からだな……」
ニラと豚ひき肉と生姜と……キャベツかな? あと餃子の皮と……そんなもんか。油とかはうちにあるし。
ニラを手に取り、その横のキャベツの重さを測定してると、袖をクイッと引っ張られた。
「ハルカ、ハルカ!」
「何?」
「ドラゴンフルーツ売ってます!」
うおっ、ほんとだ……。ただ、前に親父のお土産で食った時はそんな美味くなかったんだよなアレ……。
「あー……そうですね。俺食べたことあるよ」
「本当ですか⁉︎」
目が「どうでしたか⁉︎ 美味しかったなら私も食べたいです!」と言ってる。本当、分かりやすいなこの子。
「……まぁ、普通だよ。味の薄いフルーツみたいな……」
「普通、ですか……?」
「なんだかんだりんごとかのが美味いよ」
「……そうですか」
相槌を打ちながらも、視線はドラゴンフルーツに行ってる。
……ああああ、もうっ! わーったよ、後悔しても知らねーからな!
「……良いよ、取って来て」
「本当ですか⁉︎」
「嘘ついてどうすんだよ。その代わり、不味くても持って帰れよ。俺が買ってやるから」
「ハイ!」
無闇に高いんだが……まぁ良いか。とりあえず、ドラゴンフルーツもカゴに入れて、次は豚ひき肉へ。
餃子に入れるもんだし、あんま高いの買ってもな……。アーニャさんもそんなに食べるタイプには見えないし、この前はピザで満足してたから一つか二つで良いかな?
大きめのトレーを手に取ると、再び肩を叩かれた。
「ハルカ、ハルカ!」
「はいはい何ですかアーニャちゃん」
「これ食べたいです!」
興奮した様子のアーニャさんが手に持ってたのは手羽先だった。
「……今日は餃子だよね」
「両方食べます!」
「絶対無理だろ」
「うっ……」
……や、こればっかりは無理だぞ。だから罪悪感、テメェは引っ込め。
「……今度、うちに来た時は手羽先焼いてあげるから」
「約束ですからねっ?」
子どもっぽくて良かった。「また今度ね?」が通用するから。
その後もテンションが異常に高いアーニャさんに振り回されたが、なんとか買い物は完了した。
小さく一息つきながら袋詰めをしてると、何も言わずにアーニャさんも横で手伝ってくれようとした。
ポテチの上に牛乳を乗せようとしたので早速止めた。
「待った待った、そんなことしたらポテチ粉々になる」
「? そう、ですか?」
「まずは重たいものから入れて」
「分かりました」
……なんだろう、子育てしてる気分なんだが……。
袋詰めを終えてスーパーを出ようとすると、アーニャさんが袋詰め台の上に置かれてる券に手を伸ばした。
「これは……?」
あー、スーパーの上によくある遊園地とかプールの割引券ね。よく見たら平日限定だったりしてて詐欺に近いんだよな。
今、アーニャさんが手にしてるのは「健康ランド」とかいう水着で入る温泉プールみたいなの。
「割引券だよ」
「こんなにたくさん、ですか?」
「まぁ、そういうのは夏の方が人が来るからな。冬はそういうので多少値段下げても人を呼び込みたいんでしょう」
「……なるほど」
呟くと、アーニャさんはその券を二枚取ってポケットにしまった。
「……行くの?」
「はい」
まぁ、女の子はそういうとこ好きだよな。あそこ、温泉プール以外にも色々あるしな。
二枚取ったのは誰かと一緒に行くためだろう。
「新田さんと?」
「ハルカとです」
「……今なんて?」
「ハルカとです」
……なんで俺なんだよ……。
「……そういうとこって同性同士で行くもんだろ……」
「ミナミには恋人がいますから。それに、私ハルカともっと仲良くなりたいです」
そう言われると困ったもんだな……。断りづらい。
まぁ、別に断る理由もないし良いか。流石にすぐにというわけにもいかないので、予定はおいおい決めることにしよう。
「……ま、お互いに休みの日があったらな」
「ハイ。私、楽しみにしてますね♪」
そう言って、とりあえず俺の部屋に向かった。
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面倒を見るというのは何も甘やかせば良いわけではない。
俺の部屋に到着し、とりあえず手洗いうがいを済ませた。そろそろインフルエンザの季節だからな。予防はしっかりしないと。
買い物袋を床に置くと、物珍しそうに辺りを見回すアーニャさんが目に入った。
「どうしたの?」
「……ここが、ハルカのお部屋ですか?」
「そうだよ」
「ミナミのお部屋とそっくりです……」
「そりゃ同じマンションですから。家具の配置以外は大分似てるでしょ」
「アー……なるほど」
「もし暇ならゲームしてて良いよ」
「分かりました」
そう言って、アーニャさんはテレビの下の6○に手を伸ばした。ゲームのチョイスがえらく古いな……。ていうか、使い方分かるの?
「ハルカ、これどうやりますか?」
分からないんかい。
「6○で良いの? 最新機種あるけど」
「はい。これが幕○志士がやってたゲームですよね?」
あ、なるほど。そういうことか。
とりあえず、セッティングだけ済ませて、コントローラを手渡した。マ○オ百面相が始まり、それだけでアーニャさんのテンションが上がってるのを横目で見ながら、カセットの箱から説明書を取り出した。
「これ読みながらやって。それでも分からなかったらまた呼んでくれて良いよ」
「ハイ」
それだけ言ってアーニャさんは説明書を読み始めた。日本語は……大丈夫かな? まぁ、読めなかったら中間試験どころの騒ぎではないし大丈夫だとは思うが。
その間に冷蔵庫に買って来たものをしまって米を炊いで、餃子のタネを作り始めた。ひき肉やらニラやら何やらをグッチャグッチャと混ぜる中、アーニャさんは夢中でマ○オを進める。
タネの仕込みを終えて、あとは皮で包んで焼くだけ、というところでアーニャさんが声をかけて来た。
「ハルカ」
「どうした?」
「坂本反転改革横チャンはどうやりますか?」
あー……坂反か。
「あれはそういうコマンドがあるんじゃなくて、マリオの動きを利用して坂本が独自に作ったテクニックですよ」
「そうですか?」
「そう。だから俺も分からん。探すなら動画見ながらやった方が良いかも。パソコン使いたかったら使って良いから」
「ハイ♪」
……楽しそうだな。まぁ、あのゲーム普通に面白いからな。そういや、今年はオデッセイも出るんだっけ。絶対やるわ。
うちのパソコンを起動し、アーニャさんは動画を見ながらコントローラを動かす。ああして研究しながらゲームやれる辺り、あの人はゲーマーの素質があるな……。
餃子を全て包み終え、焼き始めた。あとは音が変わるまで待機するだけだ。
ふとアーニャさんの方を見ると、ソファーの前に座り、ゴロゴロしながらゲームをしていた。よく異性の部屋でそんなゴロゴロできるな……。
しばらく待ってると、フライパンの中の音が変わって来た。焼き上がったのを確認し、皿に盛り付けた。
あとは白米と牛乳とサラダを用意して机に運んだ。
「出来たよ」
「あっ、はい!」
パァっと顔を明るくして、アーニャさんは走って席に着いた。
「わっ、美味しそうですね」
「あ、待って。醤油持ってくるから」
箸をつけようとしたアーニャさんを手で制すると、ぐうっと可愛らしい音が聞こえた。
頬を赤らめて俯いてるアーニャさんが見えた。
「ーっ……」
「先食べてても良いですよ」
「……スティェスニャーユスィ」
あ、今のは分かったわ。多分、恥ずかしいって言ってる。
小皿と醤油を持ってアーニャさんの分を渡し、今度こそ手をつけようとするアーニャさんに聞いた。
「あ、ラー油はいる?」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあお酢は?」
「いえ、それも……」
再びぐうっと音がなる。顔を真っ赤にしたアーニャさんは、今度は少し大きな声で言った。
「もうっ、意地悪しないでくださいっ!」
「ははっ、ごめんごめん。さ、食べるか」
「もうっ……ハルカ、たまに意地悪です」
拗ねたアーニャさんも可愛い。
で、二人でようやく餃子を食べ始めた。一つ目を醤油につけてアーニャさんは齧ると、とても幸せそうな表情を見せてくれた。
「ん〜……フクースナ、美味しいです!」
「そうか、良かった」
言いながら俺も一つ食べた。うん、確かに美味く出来てる。
「ハルカって料理も出来たんですねっ!」
「まぁ、長い間一人暮らししてるとどうしてもな。アーニャさんは出来るの?」
「ダー……そうですね。ボルシチなら得意です」
「へぇ、じゃあ次はアーニャさんのボルシチを食べさせてもらおうかな」
「はい♪ 楽しみにしててください」
「ああ。楽しみにしてる」
そっか、ボルシチ得意なんだ。所で、気になったことがある。
「俺、ボルシチ食べたことないんだけど」
「そうなんですか⁉︎」
「うん。美味いの?」
「美味しいですよ。元々はウクライナの伝統料理で、近世以後、ベラルーシ、ポーランド、モルドバ、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、ロシアにも普及しました」
「そっか。でも普通はボルシチの歴史よりもどんな料理かを紹介しない?」
「ダー……そ、そうですね……。えっと……赤の煮込みスープです」
「うん、今度作ってくれる時を楽しみに待つわ」
じゃないと上手く伝わらなさそう。
そんな話をしてるうちに餃子を食べ終えた。割と多めに作ったのに二人でペロリと食べちまったな……。というか、アーニャさんはアーニャさんでそれなりに食べる方なのかもしれない。
「ふー……お腹いっぱいです」
「どうする? もう少しゲームやって行くか?」
「ハイ。もう少しでクリアできそうなんです」
そう言って、テレビの画面を見るアーニャさん。まぁ、上の階には新田さんが住んでるし、いざとなったら申し訳ないがアーニャさんを引き取ってもらえば良いだろう。
ゲームを再開するアーニャさんを横目で見ながら、俺は洗い物だけ済ませて隣に座った。
「あ、ハルカ。見て下さい、これ!」
「ん?」
「坂本反転!」
「……おお、すごいな」
え、マジで見つけたの? すげぇなこの子……。
「はい。ほら、見てくださいっ。走って後ろに飛んで、最後に飛び込みを入れれば……」
「お、おお……」
本当にすごい。ゲームの才能あるだろ……。これ山手線の渋谷よりも全然上手いんじゃねーのか?
「ていうか今何やってんの?」
「緑の悪魔です」
「や、そういうゲームじゃないからこれ」
「すごいです。とても難しいです」
まぁそうだろうな。あいつらクリアするのに何時間もかけてたらしいし。
「ふふ、見てて下さいねっ。私、すぐにクリアしますから」
「おお。見てるよ」
そう言って、楽しそうなアーニャさんの隣でテレビの画面を眺めた。せっかく楽しそうにしてるし、コーヒーでもいれてやるか。
×××
一時間後、アーニャさんは俺の肩の上で寝息を立てていた。
うん、まぁ知ってたわ。そんな気はしてた。食べて遊んで寝るとか小学生のバイオリズムそのままだな。
ま、そういう自体のためにちゃんと対策は考えてある。
「……アーニャさん、ちょっと失礼しますね」
「んみゅ……」
可愛い寝息だな……と、思いながら背中に乗せた。
……っ、やばいな。思ったより胸あるわこの子。少し背中に柔らかい感触が……。
って、バカ。変なこと考えるな。こんな純粋な子を汚れた目で見るとか心が汚れきったバカのやる事だ。
予定通り、アーニャさんを背負って上の階に上がった。
「……唐突で申し訳ないけど……」
インターホンを鳴らし、しばらく待機。だが、返事はない。あれ? おかしいな。誰もいないのか?
もう一度鳴らすが、相変わらず返事はない。……え、嘘だよね。それは困るわ。え、そしたらこの子どうすりゃ良いの? 俺、アーニャさんの家知らないんだけど……。
動揺しながら何度かボタンを押すが返事はない。
「……」
……あ、ダメだ。これ以上は近所迷惑だ。
朝、やばいどうしよう……。つーか、なんで夜にいねえんだよ……。アイドルがどこで寝泊まりしてんだよ……。
「っ……」
だ、ダメだ。早く戻らないと。とりあえず、部屋にアーニャさん運ばないと目立ち過ぎる。
一度、部屋に引き返し、ソファーにアーニャさんを寝かせた。これからの打開策を考えるしかないのだが……ダメだ。どうにもならない。うちで泊めるしかないか……。
しかし、そうなると俺は俺で覚悟しなければならないんだが……。や、覚悟なんてするまでもない。手を出すなよ、俺。
「……とりあえず、アーニャさん起きて。歯磨きしないと」
「んー……」
「んー、じゃないの。虫歯になるぞ」
起き上がらない。もう相当眠いんだろう。……仕方ないな。新品の歯ブラシを持ってきて、濡らして歯磨き粉をつけた。
「アーニャさん、口開けてー」
「……」
言うと、寝惚けてる所為か素直に口を開けるアーニャさん。その口の中を磨き始めた。
……はぁ、これどんなプレイだよ……。しかも、プレイなら俺がやってもらう側だろ普通……。
というか、アイドルの女の子の口の中を覗き込むってすごいな……。綺麗な歯並びしてるとか、そんな感想は出ず、ただただ現状がすごいとしか思えねぇんだけど。
「……」
こうして見ると、どんなに可愛い女の子でも、やっぱ同じ人間なんだなって思うわ。口の中は赤いし、歯磨きしなければ食べカスも残る。
本当、アイドルと知り合うと知りたくない事知れるな……。
「アーニャさん、いーってして」
「ぃ〜……」
口を閉じさせて、歯の表面を磨き始めた。芸能人の歯ってなんでこんなに白いんだろうな……。それに加えて、アーニャさんは髪も肌も白い。なんつーか、真っ白だよなこの人……。人間性が現れてるわ。
歯の表面も磨き終えて、口をゆすぐ。こればっかりはアーニャさんに立ってもらわなければならない。
「アーニャさん、口ゆすぐよ」
「ん〜……」
「ほら、立って」
それでも立ち上がろうとしない。この子、本当に何つーかもう……。
仕方ないので、肩を貸して洗面所に連れて行き、水を口の中に含ませて無理矢理うがいさせた。
これでようやく肩の荷が降りる……。流石にシャワーは無理だからな。
今度はベッドの上に寝かせた。学生服のままで申し訳ないが、脱がせるわけにもいかない。上から毛布をかけてやると寝室を出た。
さて、俺も寝るとするか。あ、その前にシャワー浴びよう。そう決めて、シャワーを浴び始めた。
「……ふぅ」
……なんか、疲れたな。明日学校休みで良かった。ったく、なんでこんなお母さんみたいなことしてんだ俺は……。
「はぁ……」
アーニャさんといると疲れる……。でも、性格も外見も可愛いからっていう理由で一緒にいたいと思っちゃってるんだよなぁ……。なかなかに単純な男だよな、俺も。
……まぁ、あんな可愛い子と同じ部屋に泊まってるんだ、ポジティブに考えておこう。
身体を洗い終えて洗面所を出て、俺はソファーの上に寝転がった。
×××
翌朝、朝飯を作ってると、アーニャさんが寝室から顔を出した。
「おはよ……あれ? どした?」
真っ赤になった頬を膨らませて俺を睨んでいる。なんだろ、なんか怒ってるのか?
と、思ったのもつかの間。顔を赤くしたアーニャさんが震えた声で言った。
「……て、下さい」
「は?」
「……昨日、歯を磨いてくれた事……忘れて下さい……」
「……」
涙目になってそう言うアーニャさんは、それはもう可愛らしかった。
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人前で描く絵は慎重に。
日曜日、この日は本当に良い日だと思う。なんでかって、言うまでもないだろ、何もないからだよ。
何もないから家から出る必要もないし、部屋でのんびり寝ていられる。同じ意味で土曜日も最高なんだが、昨日はアーニャさんが泊まっていたのでのんびり寝てるわけにもいかなかった。ほら、朝飯の準備とかあったし。
さて、今日は久々にゴロゴロ出来る。たまにはこうやってダラけるのも良いよね。あ、せっかくだから布団とか全部干しちゃうか。シーツとか洗濯しないと。なんか天気良いし。
とりあえず布団を干して、シーツを洗濯して、ついでに溜まってる洗濯物も洗濯して全部ベランダに干して、ついでに部屋の掃除をして、ついでに流しの洗い物も終えて、ついでに風呂場や洗面所の隅々も掃除して、窓も拭いて、窓の通るとこの隙間も拭いて、靴も全部磨いてそこでようやく手を止めた。
……なんで大掃除してんの俺。お陰で部屋超綺麗なんだけど。
「……はぁ、疲れた」
……調子に乗りすぎたな……。なんで靴まで磨いてんだよ俺……。
ドッと疲れが出て、とりあえず今度こそのんびりしようと思ってソファーに寝転がってスマホを手に取ると、L○NEが届いていた。
アーニャ『おはようございます』
アーニャ『今からハルカの部屋に行きますね』
えっ、何それどういう事? と、思ったのもつかの間。ピンポーンとインターホンが鳴った。
今のL○NEが来たのは大体一時間前、うちに来るのはちょうど良い時間だった。
「……はぁ」
返事をしなかった俺が悪いな……。や、返事する前に来るなとも思ったが。
とりあえず自動ドアの扉を開けた。しばらくすると、もう俺の部屋の位置を覚えたのか、再びインターホンが鳴る。玄関の鍵を開けると、アーニャさんが楽しそうな顔で立っていた。
「おはようございます、ハルカ♪」
「うん。えっと……何か用?」
「遊びに来ました」
「来ました、じゃなくて……」
や、まぁアーニャさんだしな……。その辺は考えても仕方ないんだよなぁ。
「ま、とりあえず上がれよ」
「はい、お邪魔します」
部屋に上げた。靴を脱いで居間を見回すなり「おお……」と声を漏らした。
「すごい、綺麗になっています……!」
「掃除したからな」
ふむ、綺麗にした部屋を他人に褒められるのは悪い気はしないな。
「それで今日はどうしたの?」
「遊びに来ました!」
「そうじゃなくてな……。遊びにって、もっとこう……用があったんじゃないの?」
「? ですから、遊びに……」
……日本語って伝わらねーなぁ。こうなると聞き方を変えるしかない。
「……じゃあ、遊ぶってのがここにきた用?」
「はい♪」
とても可愛らしくて良い返事ですね、うふふふふじゃねぇってばよ。まぁ、要するに俺と遊びたい、何でも良いから、みたいな意味だったんだろう。俺ってそんなにイケメンだったか?
しかし、そうなるとアーニャさんを退屈させるわけにもいかなくなった。とりあえず、表に出るか。
「じゃ、今日は表に出よう」
「表、ですか?」
「あ、外に出るってことね」
「それくらい分かりますが……あ、食材ですかっ?」
「や、今回は普通に俺の趣味」
まぁ、割と無趣味な俺の趣味、それは絵を描く事だ。
だが、外で絵を描けば割と浮く。なので、絵を描いても浮かない場所を探す必要があった。
例えば……どこだ。土手とか? いやでも最近は、土手でランニングとかしてる人多いからな……。
頭の中ではすでに出掛ける計画を練っていたが、それは頭の中の出来事だ。話さなければ伝わらない。
「ハルカの趣味、ですか?」
アーニャさんがキョトンと首を傾けた。が、人懐っこいこの子の事だ……。
予想通り、徐々に目を輝かせていった。
「知りたいです!」
「知ってた」
「……いえ、知りませんよ?」
「や、独り言だから気にしないで」
まぁ、別に隠すようなことじゃないし、言っても良いかな。
「絵を描きに行くだけだよ」
「ダー……絵、ですか?」
「そう」
「すごいです。上手ですか?」
「まぁ、普通の人よりは上手いと思うけど」
「見たいです!」
正直、あまり見られたくはないが……まぁ、アーニャさんが見たがってるなら見せても良いかな。
まぁ、一応忠告しておくか。
「んー……見ない方が良い気もしますが」
「? なんでですか?」
「アーニャさんの思ってるような絵じゃないと思うから。それに、退屈すると思うし」
「大丈夫ですっ。行きたいですっ」
まぁ、そこまで目を輝かせられたら仕方ないか。
「じゃ、待ってて。準備して来るから」
「はい」
まぁ、準備って言ってもノートとシャーペンと消しゴム持って来るだけなんだが。
案の定、それらをカバンに突っ込む姿を見て、きょとんと首を傾げた。
「アー……それだけ、ですか?」
「うん」
「スケッチブックとか……鉛筆とかは……」
「そんなガッツリした趣味じゃないから。それっぽい絵が描ければ満足だから」
別に腕を上げたいとも思ってない。描いたらスッキリするだけ。
さっきの鞄の中に、さらに家の鍵と財布とスマホをねじ込むと立ち上がった。
「さて、じゃあ行こうか」
「はい」
部屋を出た。
×××
部屋を出て、とりあえずアテもなくぶらぶらと歩き始めた。特に何が描きたいわけでもないので、描きたいものが見つかるまでブラブラするつもりだ。
アーニャさんにもそれを言うと「ハルカと一緒に居られれば大丈夫です」と笑顔で答えた。天使かよ。
まぁ、そんなわけで二人で街を歩いていた。こうして歩いてると、やはり東京は建物ばかりだ。マンション然りビル然り民家然り。こんなもん描いても面白くねえしなぁ……。
「ハルカ」
隣を歩いてるアーニャさんから声が掛かって来た。
「何?」
「あそこのお店、行きたいです」
アーニャさんの指差す先には帽子屋があった。服とかも一緒に売ってるのではなく、帽子のみの店だ。
「いいよ、行こうか」
「ハイ」
二人で店に入った。中はお洒落な雰囲気が漂っていて、色んな種類の帽子が並べられている。
「うお、すげぇ」
こういう店入ったの初めてだわ。てか、帽子しか売ってない店なんてあるんだな。
アーニャさんも楽しそうに店内を見て回っている。俺は俺でテキトーな帽子を手に取った。薄い青のストローハット、こんなのアーニャさんに似合いそうだなーなんて思った。
……そういえば、今度出るマ○オの新作も帽子の話なんだっけ。あれ買わないとなー。
そんな事をぼんやり考えてると、くいっと袖を引かれた。アーニャさんが少し膨れた顔で俺をジトーッと見ていた。
「な、何?」
「……ハルカ、どうして別行動ですか?」
「えっ?」
「同じ店にいるのに、別々の行動は意味ないです」
「あ、あー……」
そういうもんか。
「悪い。でも、アーニャさんに似合いそうな帽子見つけたから許してよ」
「アー……私も、ハルカに似合いそうな帽子、探しました」
マジかよ。もしかしたら、俺とアーニャさんって割と気が合うのか? や、多分偶然だが。
で、まずはアーニャさんから帽子を出してきた。頭に乗せられたのはベレー帽だった。薄い青色の、ちょうど俺がアーニャさんに選んだような色だ。
「……なんでベレー帽?」
「ハルカ、絵描きですよね?」
「ちょっと趣味だって言ってんじゃん恥ずかしいから絵描きはやめて」
「でも……とても似合ってるますよ?」
「……それはどうも」
……少し嬉しいんだから困る。でも、鏡を見る勇気はなかったので、さっさとこっちのターンに移った。手に持ってる帽子をアーニャさんの頭に乗せた。
「ひゃっ……?」
「はい、これ」
「アー……ストローハット、ですか?」
「はい」
「ハルカと、お揃いの色……。バスヒチーチェリナヤ……素敵です」
や、お揃いの色なのは偶然だけどな……。それに、何となく似合いそうだったから何となく手に取ってみたらアーニャさんが来たから被せただけだ。元々、見せるつもりなかった。
それでも、アーニャさんはかなり気に入ったようで、鏡を色んな角度から見ている。
「これ、買います」
「へ?」
「気に入りました。デザインも形も色もとても素敵です」
「それ全部デザインに統合されるよね」
「何より、ハルカが私に選んでくれた帽子ですから♪」
「……」
こ、この女……! ドキッとさせるようなことを平然と……。
しかし、それを他の男にも言ってると思うと少し腹立たしくなる。や、アーニャさんが好きとかではなく、天然ビッチも大概にしておかないと後々、損するのはアーニャさんだ。他の男に告白させては振る悪女のように思われてしまうかもしれない。
……でも、変な話だよな。アーニャさんはただ単純に友達と仲良くなろうとしてるだけなのに、それを男女間なんていう曖昧なモラルで注意しなければならないなんて。や、まぁ人間に生まれた以上は守るべきなんだろうけど……。
って、そんなことどうでも良いんだよ。とりあえずアーニャさんに注意を……。
「アーニャさ……あれ?」
いつの間にか目の前からいなくなっていた。辺りを見回すと、レジで会計をしていた。
……ほんと、子供は自由で羨ましいわ。せめて一声くらいかけてくれや……。
そんな俺の気も知らず、アーニャさんはニコニコ微笑んだままこっちに駆け寄ってきた。
「お待たせしました、ハルカ!」
「はいお待ちしました」
「行きましょう!」
俺の手を引いてお店を出た。さりげなく異性と手を繋ぐんじゃないよあんたは……。
……とりあえず、色々と失せたので異性との距離間の注意は今度で良いや。
×××
店を出てからものんびり歩き、結局は土手に座った。いい感じに椅子が設置されていたので、アーニャさんの隣に座ってノートを広げた。
「アー……川を描く、ですか?」
「まぁね、暇だと思うから川で遊んでても良いよ」
「そうですか?」
「けど、あんま濡れないようにな。この時期だと風邪ひくから」
「もう、私子供じゃないですよっ?」
「でっかい子供だろ」
「むー、意地悪言わないでください」
もう言い方が子供だわ。
そんな考えが顔に出てたのか、アーニャさんはぷくっと頬を膨らませると、川沿まで下って行った。
その背中を眺めながら、俺もシャーペンで絵を描き始めた。サラサラとペンを動かし、絵画を進める。
まぁ、俺の風景画は風景画じゃないんだけどな。説明は難しいんだが……まぁ、俺なりにアレンジを加えたりしてる。小学生の頃から描いてるからそれなりに上手い自覚はあるが、まあ他の人にはあまりウケない自覚もある。
だから、本当はアーニャさんに見せたくはないんだが……。まぁ、今は川で遊んでるし、気にしなくて良いか。自分から見せることはないし、見せてと言われたら見せる。
ま、あの好奇心旺盛なアーニャさんのことだ。完成したら見せる羽目になるだろう。
そんな事を考えながら手を動かしてると「ハルカー!」と声が掛かった。ふと声の方を見ると、アーニャさんが大きく手を振っていた。それに合わせて小さく手を振り返して、再び絵に戻る。
そんな感じで絵を描くこと、大体一時間後くらいだろうか。完成し、小さく伸びをするといつのまにか隣に座っていたアーニャさんが俺の方をじっと見ていた。
「うおっ⁉︎」
「? どうしました?」
「や、こっちのセリフなんだが……遊んでたんじゃなかったの……?」
「はい。真剣なハルカが少しカッコ良くて……近くで見ていたくなりました」
だからそういうことをサラッと……。本当にこの子は……。
「……まぁ、絵の内容が少し、その……不思議ですが」
そう言うアーニャさんの視線の先には俺の絵がある。
俺の絵はただの模写ではない。模写した風景にでんじゃらすじーさん的な落書き、つまり爆発とか仏とかうんことか変な顔とか変な生き物とか描きまくるアレ。
それを見て、流石のアーニャさんも顔を引きつらせていた。
「楽しいよ。描き方教えようか?」
「いえ、大丈夫です」
きっぱり断られました。
断ったアーニャさんは、珍しく呆れた様子でため息をついた。
「……せっかく、川は上手なのに……」
「え、そ、そう? 川、上手い?」
「はい。上手です」
「……」
なんか俺の絵の技術を他人に褒められたのは初めてだから少し嬉しいんだが……。
……んー、何だろう。気が向いたぞ。せっかく俺の選んだ帽子をアーニャさんが買って被ってくれてるんだ。ここは一つ、こんな提案をしてみるべきだろう。
「アーニャさん、せっかくだし川沿いで立っててよ。川を風景にして描いてみたいから」
「……変な顔にされたくないから嫌です」
「……あそう」
……なんか、変に警戒させてしまった。
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事務所にて(2)
事務所にて。アナスタシアはロビーでココアを購入すると、中庭に出た。外のベンチで美波が座ってコーヒーを飲んでいたので、後ろからそーっと近づいて目を塞いだ。
「きゃっ⁉︎」
「アー……誰ですか?」
「や、それこっちのせりふなんだけど……」
そこにツッコミを入れてから、美波はニッコリと微笑みながら答えた。
「アーニャちゃん、だよね?」
「正解です」
特に意味のないやりとりだったが、なんだか楽しくてアナスタシアはようやく美波の隣に腰を下ろした。
そこでようやく美波の視界にアナスタシアの顔が視界に入った。
「ご機嫌だね、アーニャちゃ……わ、どうしたの? その帽子」
「えへへ、どうですか?」
「よく似合ってるよ」
「スパスィーバ」
薄い青色のストローハットを自慢げに見せるアナスタシア。その様子や仕草はとても可愛らしかったが、アナスタシアが選んだものには見えなかった。
「それ、どうしたの?」
「帽子屋さんで買いました」
「うん、そうじゃなくてね。誰かと買いに行ったの?」
「ハイ。ハルカと行きました」
「へっ?」
「これ、ハルカが選んでくれた帽子です」
ピシッ、と固まる美波。よく知らない人を悪く言うのは好きではないが、正直今だにどういう子なのか分からない。
まぁ、目の前のアナスタシアが懐いてるから悪い子ではないんだろうが……。
だが、それ以上に少し気に食わなかった。何故なら、変人なのにアナスタシアにここまで似合う帽子を見繕う事ができるのは羨ましかった。
「そ、そっか……。良かったね」
「はい。お気に入りです」
「仲良しなんだ?」
「でも、ハルカは酷いんです」
「何かされたの⁉︎」
偉い剣幕で心配され、アナスタシアは数回瞬きをした。え? どうしたのそんな心配して? みたいな感じで。
「い、いえ……されてない、ですが……」
「そ、そっか……。良かった。じゃあ酷いって……?」
「ハルカ、絵を描くのが上手です。でも、その絵が川でよく分からない生き物が爆発したりしてる絵でした」
「ごめん、その説明がよく分からない」
「……私も説明難しいです」
それほどまでにその絵はメチャクチャだったようだ。なんにしても女の子に見せる絵ではないことだけは察した美波は呆れたようにため息をついた。
「はぁ……なんだか変な子もいたものね」
「はい。本当に変な人です」
でも、その変な人を気に入ってる自分がいるのにアナスタシアは気付いていなかった。
アナスタシアの中の行動パターンには「暇だ→ミナミと遊びたい→ミナミには彼氏がいる→じゃあハルカと遊ぼう」と既に美波の次の位置に遥が組み込まれていた。
「でも、アーニャちゃんはその子の事気に入ってるんでしょ?」
「はい。色んなことを教えてくれますし、一緒にいてとても楽しいです」
「そっか……。なんだか恋人さんみたいだね」
「……コイビト?」
「そ、恋人」
言われたが、キョトンとしたまま動かないアナスタシア。やがて、首を小さく捻った。
「……どの辺がですか?」
「うーん……自覚はないんだ……」
呆れながらため息をつくと、美波は額に手を当てた。小さくため息をついてから、遥に心底同情してしまった。多分、苦労してるんだろうな、的な。
まぁ、無自覚で相手に好意を伝えるのはアナスタシアの良いところでもあるので、黙っておくことにした。
「ね、アーニャちゃん」
「なんですか?」
「恋愛とかしたことある?」
「レンアイ、ですか?」
「そ」
その代わり、別のことを聞いてみた。
「いえ、あまり……私、恋愛とかは少し分からないので……」
「ふーん……私と遊歩くんみたいなのだよ」
美波には彼氏がいる。夏休みに出会い、面倒を見たり見られたりする関係だったのが、徐々に仲良くなって恋人同士になった関係だ。
それを聞いて、アナスタシアはキョトンとした顔で確認するように聞き返した。
「……私、ハルカにアイアンクローしませんよ?」
「ごめんね、そうじゃなくて……」
そうだった……と額に手を当ててから説明の誤りを理解する美波。で、改めて説明し直した。
「だからね、恋人同士みたいだなって」
「……そうですか? 恋人同士、というのがよくわかりませんが……」
それも分からないのか、と思ったが、まぁ恋愛を知らない子に恋人っぽさなんて分かるはずもないかと思い直した。
「まぁ、二人とも仲良しだねってこと。恋人かな? って思うくらい」
「恋人は友達より仲が良いのですか?」
「え? う、うーん……まぁ、そうかな?」
「じゃあ、分かりました! 私、ハルカと恋人になります!」
「ブッフー⁉︎」
「み、ミナミ⁉︎ どうしました⁉︎」
吹き出す美波に慌ててハンカチを差し出すアナスタシア。それをありがたく受け取って体を拭いてから聞き返した。
「ありがとう……じゃなくて! 待って待って! 今なんて?」
「どうしました?」
「違くて! 私、ハルカとなんだって?」
「恋人になります!」
「あ、やっぱりそう言ってたんだ……」
落胆するようにため息を漏らしてから、仕方なさそうに説明を始めた。
「あのね、アーニャちゃん。恋人になるっていうのはね?」
「仲良くするってことですよねっ?」
「それはそうなんだけど……」
「……」
「……」
口を開きかけたが、説明が出て来なかった。なんというか、ざっくり言えばその通りだからである。まさかセ○クスする仲とは言えないし、言うわけにもいかないし。年齢的にアナスタシアにそういう知識があってもおかしくはないから、汚れる心配はしていない。
ただ「ミナミはシたことあるんですか?」と聞かれるのが怖かった。
「……ミナミ?」
「あー……」
どうする、と美波は悩んだ。R-18に触れないで恋人同士がやる事……ダメだった、思い浮かばない。それは自分が彼氏とそんなことばっかしてるからだった。
「そうだ、今のうちにお付き合いしましょうと連絡しましょう!」
「っ⁉︎」
さらにとんでもないことを抜かすアナスタシア。思わず反射的に手が伸びて、手元のスマホを奪った。
「まっ、まままっ、待ったぁ!」
「あっ、なんですかミナミ! スマホ返してください!」
「でっ、ででっ、デートよ!」
「?」
苦し紛れに出したのはデートだった。
「デー……ト?」
きょとんと首をかしげるアナスタシアに、美波は畳み掛けるように説明した。
「そ、そうよ付き合うっていうのはねっ男の子と女の子が二人きりで何処かロマンチックな所に出掛けて休日を過ごすの心臓の鼓動の高鳴りやお互いの好みをさりげなく教え合いながらねつまり相思相愛のカップルじゃなきゃ出来ないわけで……!」
そこまで説明して、ビシッとアナスタシアに指をさして「そう!」と決定的かつ核心に迫ることを聞いた。
「アーニャちゃんは、その白石くんの事を愛してるって言える⁉︎」
「……」
直後、シンッと静かになる中庭。アナスタシアも美波も何も言わない。
が、やがて「愛してる」の言葉が効いたようで、アナスタシアの顔はぼんっと真っ赤になった。
「アー……アーニャ、告白やめます……」
「そうした方が良いよ」
思いとどまってくれて、なんとか一息つく美波。
その美波にアナスタシアはなんとなく気になったので聞いてみた。
「ちなみに、ミナミは恋人とどんなことしてますか?」
「へっ?」
「私、恋とか分からないので聞きたいです」
「あ、あー……」
頬を赤らめて目を逸らす美波。どう伝えたものか悩んでいる。アナスタシアだから茶化しとか冷やかしをするような真似はしないと思うが、それでも言うのは躊躇った。
しかし、アナスタシアの目は気がつけば真面目なものになっている。この目を前にしてはぐらかすことは出来なかった。
「……まぁ、別に普通よ。デートして一緒に遊んでどちらかの部屋に泊まってご飯作ってあげたり作ってもらったり……」
「……それ、ミナミは恋人になる前もやってましたよね?」
「……へっ?」
言われて「あー……」と息を吐きながら美波は頬をぽりぽりと掻いた。
「あのね、アーニャちゃん。あの時は、こう……怪我してたからだからね? それから色々と流れもあって……普通の関係の男女は簡単にお互いの部屋に上がらないからね?」
「そう、なんですか?」
「そうよ。部屋に上がるのは普通は恋人同士になってから」
「でも、私この前ハルカの部屋に上がりましたよ」
「へ?」
「一泊しました」
「……はっ?」
直後、美波から冷たいオーラが流れた。
「……アーニャちゃん、どういう事?」
「実は、ハルカに夕飯をご馳走してもらいまして、その時に一緒にゲームして……それで、つい眠ってしまいました……」
言われて、美波は額に手を当てた。
「アーニャちゃん……付き合ってもない男の子の部屋に泊まっちゃダメ」
「なんでですか?」
「白石くんがどんな子だか分からないけど、男の子の部屋に泊まるっていうのは、何されても文句言えないんだから」
「……何されてもって……喧嘩とかですか?」
「うん、もうその認識でも良いわ。だから……まぁ、白石くんが信頼に当たる人間じゃない限りは……」
「大丈夫ですよ、ミナミ」
そう言うと、アナスタシアは微笑みながら続けた。
「私、ハルカの事信頼してますから」
「……そっか」
一度しか会ってないが、その白石はとても幸せだな、なんて思いながら美波はアナスタシアの頭を撫でながら聞いた。
「ちなみに、アーニャちゃんは白石くんのこと好き?」
「はい♪ 大好きです」
「……」
やっぱり大変そうだなと思った。
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適応編。
何事も慣れと適応。
10月も残りわずか、あと一週間で11月である。寒さも出てきて、徐々にコタツが欲しくなって来る季節。うちにはコタツあるし、親もいないのでコタツを出すタイミングとかは俺の自由である。まぁ、まだ出さないけどね。言うほど寒くないし。
来月の11月は頑張れる季節だ。休日も2つあるし、何より12月の途中で冬休みに入るから、実質残り一ヶ月ちょっとみたいなもんだ。だから少しやる気が出る。
というか、秋休みが存在しないからって二学期は長いみたいに思われてるけど、別に長くないよな。4ヶ月なんだから一学期と同じだし。
まぁ、そんな話はともかく、あと一ヶ月ちょいで
そう、高校は、だ。俺の楽しみは放課後にあった。高校を出て少し歩いた場所にスタバがある。そこで待ち合わせしてる女の子、アーニャさんと遊ぶ事だ。
最初、出会って一週間程度の時はこの人と遊ぶのはなんて心臓に悪いんだと思っていたが、慣れればどうって事ない。「こいつ〜」みたいに流せるようになった。
今日もアーニャさんと待ち合わせしている。前までサイゼ集合だったのだが、なんかドリンクバーのためにファミレスに集まるのは申し訳ない気がしてスタバで待ち合わせになった。
しばらく待機してると、横から声がかかった。
「ハルカ、お待たせしました!」
「アーニャさん、別に待ってないよ」
「今日はどこに行きましょうか?」
聞きながら俺の正面に座るアーニャさん。
「そうだな……」
「アー……もし、なければ今日は私におつきあいしてもらっても良いですか?」
「ん、良いよ。どこか行きたいの?」
「ハイ。その……ハロウィンが、もう少しですよね?」
「そうですね」
「それで、私も仮装したいです」
「他に誰がするのか知らないけどまぁいいわ。それで?」
「私の仮装の衣装を選んで欲しいです」
なるほど、そういう話ね。
「良いよ。どこで買うの?」
「どこなら買えますか?」
そこからか。まぁ、日本に慣れてないんだろうし気持ちは分かるわ。
「あー……そういうの買うならドンキかな」
「鈍器?」
「誰を撲殺すんだよ。ドンキな」
しかしドンキって何屋なんだろうな。雑貨屋なのか? や、どうでもいいけど。
とにかく、行きたい場所があるなら行こう。俺も全然問題ないし。
「了解。じゃ、飲み終わったら行こうか」
「はい」
そう言ってコーヒーを一口飲んだ。
「そういえば、ハルカは学校ではどうですか?」
「ん、何急に」
「いえ、気になったので」
学校ではって聞かれてもな……。
「別に普通だよ。基本は一人で本読んでる」
「ダー……本、ですか?」
「別に友達いないとかじゃないからな? ただ、最近は好奇心が旺盛になってきてて……」
「わかっています。私がいますから」
……あ、やばい。今、ドキッとしたのはときめきじゃない、嬉しさだ。アーニャさんの何気ない一言がたまらず嬉しかった。
「……アーニャさん、良い人だ……」
「? なんですか?」
「何でもない」
「む、なんですかっ?」
「良い子だなって思っただけだよ」
「……もしかして、また子供扱いですか?」
「そうとも言う」
「もー! ハルカってばまた……!」
「はいはい」
頬を膨らませてぷんぷんと怒るアーニャさんを手で制しながら、砂糖入りのコーヒーを飲んだ。
そんな俺の姿を見て、不満げにアーニャさんは頬を膨らませてつぶやいた。
「……ハルカだって、コーヒーに砂糖入れないと飲めない癖に」
「……」
……この子は、いつからそんな口答えするようになったのかな? ここは言っておくべきだろう。
「コーヒーに砂糖を入れて飲む事が子供だという考え方が子供だけどな」
「むっ」
「好きなものは好きと認めることの方がよっぽど大人だから」
「むーっ!」
唸りながらぷんすかと頬を膨らませるアーニャさん。言い返せずに唸るしかないアーニャさんはこれまた可愛いものがあるな。
「むー……ハルカ、意地悪ですっ。他の男の子は、私がアイドルだから少し遠慮するのに、平気でそういうこと言います……」
「遠慮した方が良いのか?」
「いえ、そうではないですが……」
言わんとすることは分かるけど。普通の男、というか普通の高校生ならアイドルと対面して遠慮しない方がおかしい。かくいう俺も別に遠慮してないわけでもないし。
「まぁ、結論を言うと、アーニャさんよりも俺の方が大人ってことだな」
「むー、納得いかないです」
ふくれっ面になりながらもアーニャさんは甘い砂糖の入った抹茶ラテを飲んだ。
……ちょっとからかい過ぎたかな。これがきっかけで友達やめたなんて言われた暁には死にたくなる気がするし、何なら死んでる気がする。
「あー、アーニャさん。冗談だからね? 俺もこう見えてまだ子供っぽいところあるし……」
「?」
「そ、それにアーニャさん外見はかなり大人っぽいから! だから……」
「……もしかして、からかったのにフォローしてますか?」
「……」
や、まぁその通りなんだが……。なんでそういうとこだけ分かるんだよこいつ……。
こっちの気も知らずにアーニャさんはニコリと微笑むと、天使の笑顔でとんでもないことを言った。
「ハルカも子供っぽいですね」
お前にだけは言われたくねえよ、と思ったが、もう口に出すのもバカらしかった。
お互いに飲み物を飲み終えると、お店を出てようやく目的のドンキへ向かう。
「ちなみに、ハロウィンの仮装とか言ってたけどさ」
「はい」
「どんな仮装が良いとかあんの?」
要するに化け物のコスプレって事でしょ。アーニャさんなら雪女とか似合いそうだが、ハロウィンに雪女とか斬新過ぎるからパス。まぁ、アーニャさんなら何着ても似合いそうだが……。
「ミイラ男になりたいです♪」
「お化けのチョイス!」
なんでその綺麗な顔を隠す努力しちゃうのかな⁉︎
そんな俺の顔をキョトンとした様子で眺めながら聞き返してきた。
「……チョイスがなんですか?」
「チョイスが悪いわ! なんでアイドルが顔隠してんだ⁉︎」
「ミナミが驚くと思いました」
「そりゃサプライズの選択肢としてはありだけどな……。……選ぶなよ」
……いや、待てよ? 考えてみろ。顔だけ出させたらどうなる? ミイラというのは全裸の上に包帯を巻いた生き物だ。
だが、仮にもアイドルの顔を隠すわけにはいかない。だから、全裸の上に包帯を巻く事が出来れば、それはまた可愛くもエロスを醸し出す生き物に……。
「ああああ‼︎」
「っ⁉︎ は、ハルカ⁉︎」
直後、その辺の電柱に頭を打ち付けた。
「俺は! アーニャさんで! 何を失礼な事を! 妄想してんだ!」
「ハルカ⁉︎ ど、どうしたんですか⁉︎」
「死ね! 煩悩! 消えろ! アバダケダブラ!」
「お、落ち着……! そ、そうだ、落ち着いて下さい!」
煩悩を消そうと電柱に頭を打ち付けてると、後ろから手が伸びてさらに電柱に頭が軋んだ。
恐る恐る後ろを見ると、アーニャさんが俺の頭から手を離した。
「落ち着きました?」
「……落ち着くっていうか、堕ち着くと思うんだが……」
「み、ミナミはよくこうして落ち着かせてるので……」
おい、あの人は何をしてんだよ普段……。まぁ、お陰で落ち着いた。
とりあえず、電柱から退いてアーニャさんに言った。
「……すまん、落ち着いた」
「驚かさないで下さいっ」
「わ、悪い……」
「私がミイラ、そんなにダメですか?」
「うん、それはダメ」
仮に俺の考えたものを着るとしても風邪引くからな。季節が季節だし。
「じゃあ、どんなのが良いと思いますか?」
「んー……そうだな。魔女とか?」
「マジョ?」
「そう。見たことあるでしょ魔女くらい」
というか、他のハロウィンコスプレって何があるかな。フランケンシュタインとかだと頭にネジ刺さないといけないし、カボチャの被り物頭に被せるわけにもいかない。
「……まぁ、決めるのは俺じゃねぇからな。とりあえず、ドンキで決めよう」
「はい」
そんな話をしてるうちに、ドンキに到着した。改めて見ると派手だなここ。それとあのペンギンなんなんだろうな。針で突いたら破裂しそうなんだが。
「ここ、ですか?」
圧倒されてる雰囲気でアーニャさんは声を漏らした。まぁ、そうだよな、派手だもんな。
「来たことないのか?」
「は、はい……。あまり……」
まぁ、パーティでもしない限り用はないか。アーニャさんが参加するパーティなら、アイドルなんだからほとんどは用意されてるだろうし。
「楽しいぞ、売ってるものは」
「そ、そうですか……」
二人でお店の中に入った。
中に入れば、圧倒されてたアーニャさんの表情は一転し、楽しそうに店内を見回り初めていた。まぁ、売ってるものは面白いからな。中には手品のトランプとかも売ってるし。
そんな事を思いながら、その辺にぶら下がってるリングの手品の見本を手に取った。こんなのも昔はあったなーとか思いながらいじってると「ハルカ!」と名前を呼ばれた。
「見てください!」
はいはい、もう何を見せられても驚きませんよーと思って顔を向けると、鼻眼鏡を装備したアーニャさんが目に入り、思わず吹き出してしまった。
「ブハッ⁉︎」
「面白いですね、ドンキー!」
「面白いのはお前の方だろ……」
DKはいねぇぞ。つーか、仮にもアイドルがそんなもんを……。
や、まぁこういうとこがアーニャさんの可愛いとこでもあんのか。
「とりあえず、それ外せ」
「どうですか? 似合ってますか?」
「会話してくれ。つーか、似合ってるって言われて嬉しいのか?」
「ハイ!」
こいつアホなんちゃうか。
「はいはい、超似合ってる可愛い可愛いベリーキュート。女神の生まれ変わりかと思ったわー」
「むー、テキトー過ぎます! ちゃんとほめてください!」
「鏡見てから言えよ……」
どこを褒めろって? メガネから見える碧眼が綺麗ですねって? それ鼻眼鏡褒めてないよね、いつもの事だよね。
しかし、アーニャさんは不機嫌さを隠そうとしないで頬を膨らませたまま鼻眼鏡を元の場所に戻してから聞いてきた。
「アー……ところて、それはなんですか?」
「ん? あー、これ?」
手に持ってるリングの手品のおもちゃを指差した。まぁ、こういうのは見せた方が早いよな。
アーニャさんが見やすいように正面でリングを掲げると、手首のスナップを利かせてカチンと輪に通してくっつけてみせた。
「おえっ⁉︎」
吐瀉物をまき散らしたような驚きの声を上げるアーニャさんだったが、それ以上は何か説明をしようとはしなかった。手品の見本をその辺にぶら下げ、さっさと仮装する服が売ってる場所に歩き始めた。
「さ、行こうか」
「ま、待ってください! 今のどうやって……⁉︎」
「ハロウィンで仮装するんでしょ」
「もう一回だけですから!」
あんなの、商品用にしてあるから何処かにつなぎ目があるに決まってるだろうに……。
……この子、もしかしてさ……。
「アーニャさん」
「? なんですか?」
無言で左の親指を折り曲げ、右手の親指を曲げた後に人差し指で関節を包み、親指が取れたように見えるアレをやってみた。
「ーッ⁉︎」
直後、唖然とするアーニャさん。この子、少し純粋過ぎやしませんかね……。
「……うん、まぁ、その……なんだ。行こうか」
「今の、今のはどうやったんですか⁉︎」
「歩きながら教えてあげるから」
とりあえず、ようやくこの場所から移動できそうだ。
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油断は禁物だってば。
ドンキで仮装衣装を選びに来た。まぁ、基本的にはカボチャメインのものだったり魔女っぽいものだったりとそんなもんばかりだ。まぁ、女の子が着る分には可愛いんだろうが……もっと、こう……面白いもんはねぇのか。
そう思って辺りを見回すが、そもそも今日はアーニャさんの着る衣装を探しに来てるんだった。面白い衣装なんて求めていないだろう。
「……ハラショー……」
「あ、なんかいいもんあった?」
アーニャさんの目を輝かせてる先にはフランケンシュタインの衣装……というか頭に刺すネジの耳あてみたいなのがあった。どうやら、是が非でもゲテモノが良いらしい。
「アーニャさん……」
や、まぁ案外似合いそうなものだが……。
……いや、待てよ? そもそも可愛い格好が目的じゃないんじゃないか? 考えてみりゃ、仕事で使うわけじゃないらしいし……。
「……なぁ、もしかして脅かしにかかりたいのか?」
「はい♪」
すげぇ、いい返事でなんてこと言うんだこの子。しかし、アーニャさんがそういう風に考えるのは意外だな……。
「ミナミ、怖がりなんです。だから、ちょっとどんな反応するか楽しみです」
おおっと、サドっ気に拍車をかけてきましたね。まぁ、それならそれで俺も協力するまでだ。
「じゃ、本格的にビビらせようか」
そう言って、まずはテーピングから買いに行った。
近くのテープに手を伸ばすと、アーニャさんがキョトンと首を傾げた。
「それは……?」
「これにリアルな傷口を描いて頬に貼るだけでかなり怖いと思わないか?」
「な、なるほど……!」
天然サドって怖いわー……。とても楽しそうにしてやがるし……。
そんなわけで、さらに怖がらせようと色々努力することにした。最近、うちのクラスでやった肝試しで妙な知識が入ったからな。人を怖がらせるのは少し得意になってきた。
後はー……そうだな。アーニャさんは元から肌白いが、さらに白くなってもらおう。
「あとは、そうだな。フランケンにするなら傷とかもあった方が良いかも」
「えっ、傷、ですか……?」
「や、ほんとに作らないよ。さっきの傷口みたいなのに加えて縫った後みたいなシールも作ると良いかなって」
「あ、そういうことですか……」
どこで安堵してんだよこの子……。純粋にもほどがあるだろ。
「じゃ、とりあえずフランケンシュタインっぽいので良いのか?」
「良いですよ」
よし、方向が決まった。ビビらせるにしても方向性は必要だ。怖いものと怖いものを足したとしても怖くなるとは限らない、ヤクザのお化けとかギャグでしょだって。
よし、方向性は決まった。あとは商品を買って一度、部屋に戻って組み合わせてみるしかないか……。
そんな事を考えてると、アーニャさんが珍しく遠慮した感じの声をかけてきた。
「あの、ハルカ」
「何?」
「その……お願いがあるんですが……」
お願い? なんだ急に。
「その……この仮装は、ミナミの部屋に直接行って驚かせたいので……その、衣装をハルカの部屋に置かせてくれると……」
「ああ、そんなことか。全然良いよ」
「本当ですか⁉︎ ありがとうございます……!」
「それより、脅かすならクオリティ上げよう」
「そうですねっ」
そんな話をしながら、小道具や衣装を選び始めた。
……まぁ、正直アーニャさんの場合は可愛すぎてビビられる未来が見えないがな。
×××
買い物を終え、二人でドンキを出た。さすがにこの前の文化祭ほどではないが、中々怖い仮装ができるんじゃないかと思ってる。ま、さっきも思ったが、仮装するのはアーニャさんだから絶対に可愛くなっちゃう気がするけどね。
その辺はやってみなくちゃわからないし、可愛かったら可愛かったで写メ撮ればいいし、気にしても仕方ない。
そんな事を考えながら歩いてると、アーニャさんが声をかけてきた。
「ハルカ、今日は付き合ってくれてありがとうございます」
「え? あーいいよ別に。そんなお礼言わなくても」
「いえ、ハルカのお陰でミナミをたくさん脅かせそうです!」
「あの、間違っても俺からアドバイスもらったとか言わないでね。俺、殺されたくないから」
「分かりました」
信用できねぇ……。とりあえず、ハロウィンの次の日は居留守決め込むか……。
そんな事を考えながらドンキを出て駅に歩き始めた。あとはアーニャさんを駅に送って終わりだ。
「そうだ、ハルカ」
「何?」
「温泉プール、いつ行きますか?」
「あー……」
そういやそんな話ししてたな……。季節外れだが、確かに行かないと勿体無い。や、割引券がじゃなくてアーニャさんの水着姿を拝む機会が。
「アーニャさんの空いてる日で良いよ。俺は基本的に暇だから」
「分かりました。じゃあ、来月の1回目の土曜日はどうですか?」
「じゃ、その日で」
「はい。約束です」
そう言うと、アーニャさんは小指を差し出してきた。
「……何?」
「知らないですか? 指切りです。約束はこれでするってミナミが言っていました」
……新田さんは割と子供っぽい、のか? あの外見で?
別に俺としては別にそれを拒否する理由はないけど、指切りとか懐かしくて少し抵抗があってしまった。
俺も小指を差し出して、アーニャさんの小指と結んだ。
「ゆっびきっりげんまん嘘ついたらアイアンクローの時間のーばす♪」
あれ? 俺の知ってる指切りじゃないな……。そんなもん一回もされたことねぇんだけど……。
「ゆっびきった♪」
しかし、アーニャさんは意味が分かってるのか分かってないのか知らないが、楽しそうに指切りを終えた。
「あの、一応聞きますけどその指切り誰に教わったの?」
「ミナミです♪」
新田さん何を教えてんですか……。
「……アーニャさん、あまりその新田さんから教えてもらったことは鵜呑みにしない方が……」
「何でですか?」
「や、俺の知ってる指切りと随分違ったから……」
「色んな指切りがあるんですね! ハルカの知ってる奴も教えてもらって良いですかっ?」
まぁ、人の数だけあるだろうな……。別に俺の知ってる奴を学ぶ必要なんかないし。
「別に俺の奴が特殊ってわけじゃないですよ。ようは今、アーニャさんが歌ってたアイアンクローの部分を変えれば良いんです」
「つまり?」
「俺なら『指切りげんまん、嘘ついたら三千円上納する、指切った』だから」
「ダー……サンゼンエンっていう罰があるのですか?」
「いや、金払ってもらいたいだけ」
「……」
あ、アーニャさんの目が呆れて物も言えない目になった。こんな目でアーニャさんに睨まれるの初めてだわ。
「と、とにかく、そこを自由に変えれば何でも良いんだよ」
「んー……あ、じゃあ変えます」
そう言って改めて小指を突き出して来るアーニャさん。仕方ないので再び俺も小指を差し出した。
「さっきのアイアンクローは無しです」
「分かってるよ」
「ゆっびきっりげんまん嘘ついたらまた一緒にお出掛けする! ゆっびきった!」
「……」
……だからこの可愛い生き物は平気でそういう不意打ちを……。
あまりに的確に心の臓を貫いて来たので、赤くなってしまった顔を隠しながらボソッと小声で呟いた。
「……それはアーニャさんにとって罰なんだな」
「っ、ち、違います! じ、じゃあじゃあ変えます! ……あれ? でもそしたら一緒に出掛けられないんじゃ……」
「冗談だよ、真面目に考えんな」
「っ、あ、あー! またからかったですか⁉︎」
「うるせーよ」
「もー! なんでそういうこと……!」
ポコポコと俺の肩を叩くアーニャさんの手が止まった。で、俺の顔を覗き込むように下から見て聞いてきた。
「……ハルカ? 顔赤いですよ?」
「……夕日の所為だろ」
「夕日?」
そう言ってアーニャさんが空を見上げた時だ。ポツッと鼻の頭に水滴が降ってきた。
「……? あれ?」
「あっ……」
その水滴の落下速度は徐々に上がっていき、やがてザアァァッとシャワーの上位互換の如く広がった。
「雨……?」
チッ……夕日の言い訳が通じなくなったか。まぁ、アーニャさんのことだ、そんなこと覚えてられないだろう。
とりあえず、普段から持ち歩いてる折り畳みの傘を鞄から出した。
「アーニャさん、入れよ」
「さすがです、ハルカ!」
さすがってなんだ、と思いながら傘を開いてアーニャさんの頭上に置いた。
「よし、これで良いだろ」
「……」
「どうした?」
なんかアーニャさんがボンヤリしてた。雨空を見上げて、いつになく楽しそうにはとても見えない表情……いや、むしろ嫌なことでも思い出したのか? って感じの表情だった。
「アーニャさん?」
「……」
声をかけるも、返事はない。代わりに、俺の袖の裾を摘んだ。
「アーニャさん?」
「……ハルカのマンションまで行きます」
「は? いやいいよ、俺が送るって」
「いえ、泊まります」
……なんだよ、どうかしたのか?
「どうしたの?」
「……いえ、雨には良い思い出がないです。だから、ハルカと離れたくないって……」
雨に良い思い出がない、ねぇ……。そういやうちのクラスにも夏休みに雨の中すっ転んで骨折した変わった夏休みデビューしてる奴がいたっけか。そんな感じのことがあったんだろう。
「……まぁ、別にうちに来るくらい良いけどよ」
「じゃあ、行きます」
「でもお前明日学校じゃないの?」
「……泊まります」
「おい、服とか下着は……!」
「ミナミの部屋にあるから大丈夫です」
……や、そういう問題じゃなくてな……。大体それサイズ違うだろ……。
それに、新田さんの部屋ってインターホン押しても出る事がほとんど無いんだよな……。何してんだろうなあの人。
……あー、どうしよう。でも、なんか寂しそうにしてるしアーニャさん……。はぁ、ダメだ。まともな案が浮かばない。まぁ良いか。ていうかもう何でも良いや。
「……他の人に迷惑はかけんなよ。うちに泊めてやるから、その辺の店で買って来いよ」
「え、でも……異性の部屋に泊まってはダメだと……」
「今日くらい別に良いよ」
「……ありがとうございます、ハルカ」
とりあえず、寝巻きは俺のジャージを使うとして、アーニャさんの下着を買いに行った。
この時、俺は油断していた。前にも泊めたことあるし、最近はよく慣れてきたし大丈夫だろうという楽観的な考えた方だったかもしれない。
それが、まさかあんな間違いを起こしてしまうとは夢にも思わなかった。
×××
翌日、夜遅くまでゲームやってたら風邪を引いた。アーニャさんが。
すみません。結局、美波の奴の話を少し引きずってしまいました。ほんとすみません。
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風邪で元気になるタイプもいる。そういう人は大体、頭が悪い。
翌朝、目を覚ますと俺の寝室から起きてきたアーニャさんが顔を真っ赤にしてふらふらと俺の胸に倒れこんできて、一発で風邪だとわかった。
とりあえずベッドの上に寝かせ、作ったおかゆを運んで来た。
「大丈夫か?」
「っ、は、はい……」
けほっけほっと咳き込みながらアーニャさんは返事をした。昨日の夜から少し弱っていたのか、寝間着のジャージは上までチャックが上がっていないし、所々はだけている。
顔が赤くて息を乱していて、外見だけは大人っぽいのでかなりエロい雰囲気を出している。
あーあ、どーすんだよこれ。このままじゃうちに帰すどころか表を歩かせるわけにもいかねーし……。
……新田さんに預けるべきか? いや、留守率高いからなぁ……。それに、変な指切りと言い、微妙に信用できない。
「俺が面倒見るしかないか……」
まぁ、少しは俺の責任だしな。やはり昨日の夜にゲームをやらせ過ぎた。
そうは言っても、俺も高校を休むわけにもいかない。とりあえず、出来るだけアーニャさんの手の届く範囲にあらゆるものを置いておこう。
「アーニャさん、俺が帰って来るまでおとなしくしててね」
「は、はい……」
「それからポカリと体拭く用のタオルとエアコンのリモコンはベッドの横に置いておくから」
「ありがとうございます……」
「医者行ったり自分の家に戻るならタクシー呼べよ。間違っても歩いて帰らないように」
「分かり、ました……」
「じゃ、学校行って来るからな」
「はい……」
……大丈夫かな。一応、新田さんに声かけておこうかな。何かあったときのために。
階段で上の階に上がろうとすると、前から女の人が走って降りて来るのが見えた。
「わーっ! ご、ごめんなさい!」
「うおっ……!」
新田さんが前から倒れ込んで来て、慌てて受け止めようとしたが、まぁ俺はそんなに力ある方じゃ無い。後ろに尻餅をつきながら受け止める事になった。
「だ、大丈夫ですか……?」
「ご、ごめんね……。えっと、白石くんだよね?」
「は、はい……」
「って、早くしなきゃ! このお礼は後でするから!」
慌てて俺の上から退いて走り出す新田さん。って、ダメだってば行かせたら。
「あ、あのっ、新田さんすみません!」
「なっ、何? 今、急いでるんだけど……」
「その、今俺の部屋でアーニャさんが寝てまして……」
「待ちなさいどういうこと詳しく」
うおっ、急いでたんじゃねーのか。速攻で胸倉つかんで来たぞ。
「……え? く、詳しくって……?」
「何であなたの部屋にアーニャちゃんが寝てるの? どういうことかな?」
「え、なんでって……」
説明しようとした時だ。ガチャっとうちの玄関が開いた。
「は、ハルカ……? 何かすごい音がしましたが……」
赤くなった頬、乱れた息遣い、体調悪いからか潤んだ瞳、着崩れた寝間着姿のアーニャさんがこっちを見ていた。
直後、新田さんは俺の胸倉を思いっきり揺すった。
「どういうこと⁉︎ あなたアーニャちゃんとナニしてたわけ⁉︎」
「待って! 説明する、説明するからガックガック揺らすのやめろ!」
「ミナミ……?」
グッ、まさかこんなに早くバレるとは……! マズイな。通報されてもおかしくないレベルだ。何より、この人力強過ぎ。このままじゃ命取られる。
すると、アーニャさんが「けほっけほっ」と咳き込み始め、慌てて俺と新田さんは駆け寄った。
「っ、あ、アーニャちゃん! 大丈夫?」
「ダー……大丈夫です」
「もしかして、風邪なの?」
「ハイ。ハルカが看病してくれて……」
「あ、ああ……寝てるってそういうこと……」
どういうことだと思ったんだよこの野郎。まぁ、話は伝わっただろうし丁度良い。
「そういうわけなんで、アーニャさん引き取って下さい。俺の部屋で面倒見るのはマズイでしょ」
そう言うと新田さんは納得したように「そうね」と相槌を打った。
「じゃ、アーニャちゃん。私の部屋に行こっか?」
「えっ……」
「えっ……?」
満場一致、とはいかなかった。当人のアーニャさんだけ何故か「なんでそうなるの……?」みたいな顔で俺を眺めていた。
や、それこっちのセリフなんだけど。なんでそんな顔するの?
「……あの、ミナミ」
「ど、どうしたの? アーニャちゃん」
「私……ハルカの部屋が良いです……」
「……えっ?」
「……んっ?」
……今なんて?
「……あ、アーニャちゃん、なんて言ったの?」
「で、ですから……ハルカの部屋が良いです」
「だ、ダメよアーニャちゃん! 男の子の部屋でなんて……!」
「で、でも……!」
何か言おうとした直後、再び咳き込むアーニャさん。そうだ、風邪引いてるんだからとりあえず部屋の中で安静にさせないと。
「と、とりあえず私の部屋に……!」
「は、ハルカのお部屋が良いです……!」
運ぼうとする新田さんに抵抗するアーニャさん。ここまで来たら俺の部屋に運んじまった方が良いかもな……。
同じことを新田さんも思ったのか、妥協するようにため息をついた。
「分かった、分かったわよ……。もう……仕方ないんだから」
とりあえず、俺の部屋に運んだ。
ベッドに寝かせ、今はアーニャさんはスヤスヤと眠ったため、俺はアーニャさんのベッドの横に椅子を置いて座り、その隣のもう一つの椅子に新田さんが腰をかけて電話している。
「うん、うん……。本当は相談したかったんだけど、早急だったから……浮気とかじゃないから大丈夫、うん。ごめんね、また後で」
彼氏に報告しているようだ。まぁ、彼氏いるのに一人暮らしの男の部屋には普通は上がれないよな。
しかし、友達が風邪引いてってなんかすごい遠回しな言い方してたが、その彼氏とアーニャさんは知り合いじゃないのか?
「……はぁ、疲れた……」
「それより、白石くんだったかな? アーニャちゃんとどういう関係なの?」
……あ、電話してる時の幸せそうな顔とは違ってすごい怖い顔してる……。
「どういうって……別に普通ですよ。まぁ、俺の自惚れじゃなけりゃ友達ですね」
「自惚れで友達ってラインなんだ……。じゃあ、もっと分かりやすく聞くね? アーニャちゃんでやらしいこと考えた事あるの?」
「ぶふっ⁉︎」
い、いきなり何を言ってんだこの人⁉︎
「な、何をいきなり言いだすんですか⁉︎」
「あなたの部屋にアーニャちゃんを泊める以上は聞かなければならないことよ」
「この際だから言いますけどね、前も泊めたことあって、その時は何もしてませんからね⁉︎」
「……その時『は』?」
「泊めたという実例に沿って『は』という区切りを用いさせていただいただけですから!」
「……ふーん。でも、アーニャちゃん可愛いからなぁ……」
……言えない、一回だけ抜いたとは言えない。や、でもあの後なんかすごい罪悪感に見舞われてアレ以来禁欲してるし……。
「まぁ、引き取ってもらえるならありがたい話ですよ。寝てる間に移動しますか?」
「ううん、やめておく。アーニャちゃんがここにいたいって言ったんだもん」
「……そーですか」
「それに、あなたもアーニャちゃんと一緒なのが嫌なわけじゃ無いでしょ?」
まぁ、確かにそうだけどよ……。
「猛反対してたくせに……」
「正直、反対です。でも、本当にあなたが何もしてないなら、アーニャちゃんの意思を尊重してあげたいって思ったの」
「……そうですか」
この人はこの人でやはり面倒見が良い人なんだろうな。なんつーか、アーニャさんの姉っぽいわ。
「それに、私が上に住んでれば何かあっても介入出来るからね」
「全然信用されてねーな……」
まぁ、あんま関わってないからな……。
思わずため息をつくと、スマホが震えた。アマゾンからのメールだったが、問題なのは表示された時刻だ。
「……あっ、やべっ」
「どうしたの?」
「……遅刻……」
「へっ? ……あ、私も……い、一限なのに……」
慌てて二人で部屋を出て行った。
×××
学校が終わり、帰り道。うん、盛大にやらかした。
最近、なんかクラスメートの北ナントカとか言う奴と話すようになったので、今日の遅刻について聞かれたから、つい「泊まってる友達に風邪引かれたわー。しばらくうちに泊めなきゃいけねーんだよなー」と愚痴ったら、
『んだよそいつ、迷惑な奴だな。俺の彼女……あ、聞こえなかった? もっかい言うわ。俺の「彼女」は泊まっても風邪を引くどころか俺の面倒まで見てくれるっつーのに、お前の友達本当ダメだな。そのままトドメ刺しちまえば?』
とか抜かされたから、
『そこまで言うか?』
って静かにキレて変な空気になっちまった……。俺の方から愚痴っておいて俺がキレるってなんだよ……。
向こうも文化祭前までは友達いなかったみたいだし、もしかしたら俺の愚痴に乗るためにわざと言い過ぎたのかもしれないっつーのによ……。
「はぁ……」
気を使わせた相手にキレてしまった……。そもそも愚痴ったのだって、その友達が女だって言いたくて愚痴ったのに、何だかアーニャさんの悪口を言われたみたいでついカッとなっちまった。
どうやら、俺は自分の思った以上にアーニャさんを気に入ってるようだ。
……まぁ、クラスの連中と仲良くする必要はない。それよりも、その俺の気に入ったアーニャさんがうちで弱ってんだ。さっさと帰ろう。
せっかくなので、スーパーでうどんとネギとポカリ、ドラッグストアでヒエピタを買ってから帰宅した。
「ただいま」
そんな声をかけてみたが返事はない。寝てるんだろうな。まぁ、その方が早く治るし別に良いさ。
洗面所で手洗いうがいを済ませた後、いつアーニャさんが起きても良いようにうどんのスープだけ作り、他は冷蔵庫にしまった。
冷えピタはいつでも使えるようにベッドの横に置こうと思って、寝室の扉を開くと、アーニャさんが上半身裸で体を拭いていた。
「あっ」
「っ⁉︎ は、ハルカ⁉︎」
慌てて手に持ってたタオルで胸を隠すアーニャさん。
……アーニャさん、あんなに肌白くても乳首はピンク色なんだ……。
「は、ハルカ! 閉めてください!」
「っ、わ、悪い!」
ボーッとガッツリ5秒ほどアーニャさんの裸を眺めた俺は、声を掛けられて正気に戻って静かに扉を閉めた。
ば、バカか俺は! 何をぼんやり女の子の……それもアーニャさんの裸を眺めてんだ……!
はぁ……今日はなんかやらかし祭りだな……。やらか志士の気持ちがよく分かる……。
てか、この後どうすりゃ良いんだろう。起きてたのは助かるが、裸を見た後に「うどん食べる?」なんて言えない。
「はぁ……」
「……ハルカ?」
「ウェイッ⁉︎」
唐突に後ろから声をかけられ、変な返事をしてしまった。後ろを見ると、ジャージを着たアーニャさんが、当たり前だが頬を赤く染めてこっちを見ていた。
「……見ました?」
相当恥ずかしかったのか、涙目で俺の顔色を伺う様に聞いて来た。
……どうしよう、なんて答えれば良いんだろう。乳首の色まで見たとは言えない。でも、5秒眺めといて見てないとも……。
「……ごめん、少し」
「アー……スティェスニャーユスィ……恥ずかしいです……」
「……」
頬を真っ赤にしたまま、お互いに俯いた。なんつーか……あー、気まずい……。女の子が寝てる部屋はたとえ俺の部屋だったとしてもノックしよう(戒め)。
「で、でも、気にしないでくださいっ。は、恥ずかしいですけど、わざとじゃないんですよね?」
「あー、うん。ごめん……」
「謝らないでください。私も、不注意でしたから」
……はぁ、被害者の女の子に気を使わせて……何してんだ俺は。なんか自分が情けねえや……。
「……悪い。今度の温泉プール、奢るから」
「っ⁉︎ そ、そんな……!」
「それくらいしなきゃダメだから。いや、それで許されるもんだいでもないけど……。とにかく頼む」
「うー……」
……なんでそっちが納得いかなさそうな顔してんの? まぁ、そちらの要望があればなんでも答えるが。例えそこのベランダから飛び降りろとかでも。
「……ハルカ、奢りとかはいいので……私のお願い、聞いてくれますか?」
「お願い?」
「今ので熱、上がってしまいましたから……ちゃんと治るまで看病、してくれますか?」
「……それだけ?」
「ハイ。それで、十分ですから」
……まぁ、アーニャさんがそれで良いなら良いかな。
「分かった」
「では、よろしくお願いします。ハルカ」
そう微笑むアーニャさんの表情は、既に元気に見えたが……まぁ、なんだ。気の所為だろう。
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最終手段は他に手がないかよく考えてから実行しよう。
なんか気が付いたらアーニャさんの2日連続お泊まりが確定していた。おかしいな、俺ってこんなに流されやすい男だったか? なんつーか、断るべき所とかもなんだかんだ言って全部許可しちゃってる気がするんだけど。
まぁ、別に悪い気がしてるわけじゃ無いんだけど……何故か、こう……申し訳なくなって来るんだよな……。ほんとに何でだろう……。
ま、まぁでもほら、アーニャさんはベッドから動けないし、俺が血迷わなければ変なことは起こらないから、普段よりよっぽど心臓に優しい。だから落ち着こう、俺。
とりあえず、居間でテレビを眺めてると、俺の部屋の扉が開いた。アーニャさんが顔を出してきた。
「ハルカ……」
「あ、どうも……」
まだ若干、熱はあるようでフラフラした足取りで俺を眺めていた。
「どうした?」
聞いた直後、ぐぅっとアーニャさんのお腹から音が鳴った。恥ずかしかったのか、頬を赤らめて俯くアーニャさん。
まぁ、俺も察したし意地の悪いことを言うつもりもない。
「今、用意するから。椅子に座ってて」
「……す、すみません……」
頬を赤らめたまま椅子に座るアーニャさん。
俺は俺でうどんを茹でながら少しホッとした。何つーか、さっきピンク色の乳首……じゃなくて上半身裸を見た時も思ったが、アーニャさんも恥ずかしいっていう感情はあるんだな。
普段は普通の恋する乙女が恥ずかしがりながらするようなアプローチを平気な顔でやるアーニャさんだから、案外恥じらわないんじゃねーかとか思ったりもしたが、そんな事はなかった。
茹で上がったうどんをお椀にぶち込み、さっき作っといたスープを注ぎ、ネギを刻んでウルトラシンプルなかけうどんを作った。
「おら」
「スパスィーバ」
コトっとアーニャさんの前にうどんと箸を置いた。
ゾボボッとうどんを啜るアーニャさんを眺めながら、俺も前でうどんを啜った。本当は天かすくらいかけたかったけど、生憎買い置きがない。
「ん、美味しいです……」
「そいつは良かった」
適当な返事を返しながら、俺もうどんを啜る。……やっぱ具がネギだけじゃ物足んねーな……。でも、アーニャさんでも食べれる内容にしないといけなかったし、仕方ないといえば仕方ないが……。
「体調はどうだ?」
「ハルカと一緒だから元気です」
「つまり、俺が帰って来るまでは余り体調が良くなかったと?」
「……」
図星のようだ。やっぱ俺これ学校休んだ方が良いんじゃねぇのか。休まない方が良いにしても、やはり誰かここにつけるべきだろうが……よりにもよって俺にそういう友達はいない。いや、いてもアイドル襲える絶好の機会に友達なんか頼れるかよ。
「……はぁ」
学校休むか? なんかその方が良い気がして来た。そもそもアーニャさんは何でうちに泊まりたがるんだろうな……。
「ハルカ」
「? 何?」
「もし……帰った方が良いのでしたら、私帰ります、よ……?」
恐る恐る、と言った感じで俺の顔色を窺うようにそう言った。そんな顔して言われたら、俺としても帰すのは少し気が引ける。正直、帰した方が良い気もするが。
……仕方ないな。ここはやはり上に住んでる人に任せるべきだろう。アーニャさんの事を本気で心配してるようなので、なんか今朝連絡先交換しちゃったし。
もちろん、向こうはちゃんと彼氏に説明したらしいけど、これ俺その彼氏さんに殺されるんじゃねぇかな……。
とにかく、新田さんを頼るしかない。流石にアーニャさんが風邪だって分かった今ならそれも可能なはずだ。
不安そうな顔をしたまま俺の顔を見てるアーニャさんにうどんを啜りながら言った。
「大丈夫、俺がちゃんと最後まで面倒見るから」
「……ハルカ」
「でも、流石に俺がいない間は他の人に頼る他ない。だから、その時は新田さんに頼むけど、それで良いか?」
「分かりました」
「よし。なら、さっさと食べて寝ちゃいな」
「ハイ」
嬉しそうな顔をして、アーニャさんはうどんを啜った。まぁ、さっき約束したしな。やっぱり俺ってチョロい男なのかな。
うどんを食べ終えると、二人分のうどんのお椀の洗い物を済ませた。引き出しから風邪薬を取り出し、コップに水を注いで食卓に戻った。
「アーニャさん、薬」
「ダー、ありがとうございます」
「薬一人で飲めるか?」
「そ、それくらい出来ます!」
ぷんすかと怒りながら、粉薬を飲むアーニャさん。怒るならそんな嫌そうに涙目で粉薬を飲むな。まぁ、そういうとこも可愛いけどな。
「薬飲んだら歯磨きしろよ」
薬飲むのに使ったコップを持って流しで軽く洗い流し、アーニャさんは洗面所に向かった。俺もコップを洗ってから洗面所で歯磨きを済ませた。
アーニャさんが洗面所を出て行ったので、ついでにシャワーを浴びた。今日は湯船はいいや。
身体を拭き終えて寝間着に着替えて洗面所を出ると、アーニャさんが居間で待っていた。
「あの、ハルカ……」
「まだいたのか? 早く寝ないと治らないよ」
「すみません……。でも、その……お願いがあって……」
「お願い?」
頬を赤らめたアーニャさんは、恥ずかしい内容なのか呟くように言った。
「……その、寝汗で……下着が、濡れてしまいまして……」
「あー、まぁ仕方ないのでは?」
「それで…下着を今、干してあります……」
アーニャさんの視線の先には、水色の下着が確かに干してあった。あまりジロジロ見るわけにもいかないので、目を逸らしてアーニャさんと目を合わせて話を進めようとしたが、気になってしまったのでついうっかり反射的に質問してしまった。
「え? じゃあ今、ノーブラノーパンなの?」
「っ、は、ハルカ!」
キッと睨まれ、今更になって自分のミスを悟った。ついうっかり聞いちゃいけないことを聞いてしまった……。
まぁ、あれだ。とりあえずあのジャージ洗濯するのやめよう。
「わ、悪い……。それで、お願いって?」
「……その、新しい下着が欲しい、です……」
「アーニャさんの家から取ってくれば良いのか?」
「いえ……私の暮らしてる家は事務所の寮なので……その、ハルカは入れないです……」
「え、じゃあどうしろと?」
「……その、買って来て……欲しいです……」
今なんて言った? や、ほんとにこの子今なんて言ったの? よく聞こえなかったんだけど。
「ごめん、聞き間違えたかも。もっかい言ってくれる?」
「買ってきて、欲しいです……」
「あ、やっぱりそう言ってたんだ……」
てか本気で言ってんのそれ? 通報待った無しなんだけど。
「いやいやいや、無理無理無理」
「っ、そ、そうです、よね……」
「ごめん、それはホント無理。人生終わっちゃうから」
「……すみません」
「……」
だからその顔をやめろおおおおおおお! やってあげたくなるだろうがああああああああ!
ああああどうすれば通報されずに下着とか買えるかなやっぱり妹の下着を買いにきたって事にすれば大丈夫かな。顔を隠せば逆に怪しいから、真顔でレジに一直線で向かって、店員さんに「妹のなんですけどこのサイズの下着ありますか?」とメモを見せながら聞けばワンチャン……。
よし、それで行こう。でも、そのためにはアーニャさんの下着のサイズを知らねばならない。
「あの、アーニャさん。別に買って来ても良いんですけど……その、スリーサイズとか、知らなきゃなんですが……」
「分かってます。その……です」
「え?」
「……ですから……! ……0です」
「何?」
「で、ですから! 80/54/80です!」
「……なんのステータス? 力/防御/敏捷?」
「スリーサイズです! バスト/ウエスト/ヒップ!」
顔を真っ赤にして叫ぶアーニャさんだった。そこに来て、ようやく俺の思考回路は復帰した。
そ、そうか……。スリーサイズ、80/54/80か……。スリーサイズ……スリーサイズ……スリーサイズ⁉︎
「い、いきなり何を⁉︎」
「で、ですから! 下着を買って来てもらうためです!」
「そ、そんな簡単に教えて良いのかよ⁉︎」
「簡単にじゃ無いです! け、決心しました!」
「だ、だからってな……!」
「っ、そ、それに! ハルカだから良いと思ったんです!」
っ……こ、この子は……! だからそういうことを平気で……。
いや、まあ確かに決心したんだろうなとは思うよ? スリーサイズなんてある意味体重より知られたく無いだろうし……。
でも、だからってなぁ……。
「……ウー……他の人には、スリーサイズなんて教えません……」
俺を真っ赤な顔で涙目になりながら睨むアーニャさんは、その場で小さくうなずいていた。
……はぁ、そこまで信頼されてしまったら、俺としても決心せざるを得ない。
「……じゃ、行ってくる」
「……お願いします、ハルカ」
「……大丈夫だ。自慢じゃないが、俺は影の薄さには定評がある」
レンタルビデオ屋で誰にも気付かれずにAVを借りたことすらあるからな。まぁ、セルフレジだったんだが。
一度、部屋の中で深呼吸してから下着売り場に向かおうと思い、玄関に手を伸ばした時だ。
インターホンが鳴り響き、俺もアーニャさんもビクビクっと肩が跳ね上がった。のぞき穴を見ると、新田さんが立っていた。
ま、まさか下着買おうとしてるのもう勘付かれたのか……? だとしたらいつまでも開けないのはすっとぼけられない。
玄関を開けると、新田さんが紙袋を手渡して来た。
「ごめんね、夜に」
「いえ。それよりこれは?」
「ん? アーニャちゃんの下着」
……こいつぁ驚いたぜベイベ。
「中見ちゃダメだよ? 天然かもしれないけど、アーニャちゃん女の子なんだから」
「……見ねーよ」
「じゃ、アーニャちゃんのことよろしくね?」
それだけ言うと、新田さんは自分の部屋に引き返した。
居間に戻ると、アーニャさんの姿はなかった。自室に行ってみると、布団の中で丸まってるアーニャさんが目に入った。
「……アーニャさん、下着」
「……置いておいて下さい」
「え、着替えないの?」
「……スリーサイズ、忘れて下さい」
「……」
どうやら、相当恥ずかしくなってしまっているようだ。これ多分また熱上がったな。
×××
夜中。俺も寝る事にしたので、挨拶だけしようとアーニャさんの寝てる部屋に行くと、もう眠っていた。
……まぁ、飯も食って薬も飲んで下着も変えて早く寝たし、明日には少しは熱下がっているだろう。
何となくアーニャさんの寝てるベッドの隣に行って寝顔を見た。相変わらず、黙っていればクールビューティーであり、寝顔になればそれに幼さが混ざる可愛い顔していやがる。アイドルっつーのも頷ける。
「……」
せっかくなので、寝顔をスマホに収めた。
さて、俺も寝ようかな。明日も学校だし。部屋を出て行こうとすると、後ろからバサっという音がした。
振り返ると、アーニャさんが自分に掛かっている布団を退かしてしまっていた。
「……風邪引いてんだろうがお前は……」
引き返し、負担をかけ直してやると、ガシッと手を掴まれた。え、この人起きてんの? と思ったのもつかの間、ぐいっと引っ張られて抱き締められ、上半身だけベッドの上で下半身だけベッドから落ちているという、よく分からない姿勢になってしまった。というかこの姿勢、めっちゃ腰痛い。
「ちょっ、アーニャさん……!」
「……んっ」
離れようとしたが、離れない。というか、少し寒いのか鳥肌が立っていた。
……ったく、仕方ねえな……。
小さくため息をつくと、俺もベッドの上に乗って布団を被り一緒に眠ることにした。
オリ主をまとめた方がわかりやすいという感想をいただいたのでここで。
初代
鷹宮千秋
ふみふみの彼氏
オタク
アイドルオタク化感染源
二代目
水原鳴海
しぶりんの彼氏
ゲーマー
ゲーム実況者山手線「上野駅」
三代目
古川皐月
しまむーの彼氏
ビルダー
ツッコミ不在で付き合う前からバカップル
四代目
北山遊歩
美波の彼氏
田舎もんで運動神経抜群
性欲が一番強い
五代目
河村優衣
奏さんの彼氏
元ヤン
一番、自分の彼女と思考回路が似てる
六代目
白石遥
アーニャの相手
高二病
多分一番苦労する
三船さんの七種くんに関しては誠に申し訳ありませんが、どんな話にする予定か忘れたため、再投稿する可能性が濃厚なので飛ばしました。ほんとすみません。
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事務所では(3)
風邪が治ったアナスタシアは3日ぶりの事務所の寮に帰って来た。なんだかんだ、さらに一日風邪が長引き、3日もお世話になってしまった。
でも、その三日間の間、遥は一度も嫌な顔をしなかった。アナスタシア自身、迷惑をかけた自覚はあったので、その事が嬉しくて、思い出すだけでもニヤニヤしてしまう。夜中に目が覚めたとき、こっそり寝顔を写メって待受にしてるのは秘密だ。
そんなことを考えながら寮の扉を開けた直後だった。
「アーニャちゃあああああああん!」
突然、前川みくが飛びついて来た。盛大に後ろに押し倒され、一緒に尻餅をついた。
「み、ミク……? どうしました?」
「どうしました? じゃないニャ! 三日間も家空けてどこで何してたニャ⁉︎」
「あ、すみません。実は……」
「美波チャンの部屋で風邪引いていたんでしょ⁉︎ 知ってるよ!」
「え? じゃあなんで聞いたですか?」
美波のマンション、という風に言われたのは引っかかったが、おそらく美波がそういう風に伝えたのだろう。男の子の部屋で三日間泊まってましたなんて言えるはずがない。
アーニャ自身は正直あまりその理由がよくわからないのだが、美波に「とにかく内密に」と念を押されたのを思い出した。
「まったく、心配したニャ……」
「すみません。でも、楽しかったですよ?」
「何で風邪ひいてて楽しかったの……?」
「え? あ、え、えっと……ミナミがいろんなお話ししてくれましたから」
「……なんか怪しいニャ。何隠してない?」
「か、隠してないですよ?」
ジト目のみくと目を逸らすアナスタシア。このままでは追求されてしまうと思ったアナスタシアは荷物を持ってさっさと自分の部屋に逃げることにした。
「そ、それより、ゆっくりしたいのでまた今度お話ししますねっ」
「待つにゃ」
まぁ、みくがそれを許すわけがないが。肩をしっかりと掴まれ、動きを完全に封じられた。肩に手を置かれるだけで動きを封じられる辺り、猫の野生の力の強さを感じた。
「……何か誤魔化そうとしてない?」
「し、してませんよ?」
「風邪って、どういう風に看病してもらったの?」
「へっ? え、えっと……」
唐突に聞かれ、思い出そうと顎に手を当てた。
「そんなに特別なことはないですよ? うどん作ってくれて、冷えピタ貼ってくれて……」
「体拭いてもらったりは?」
「っ、そ、そこまでは出来ません!」
「美波チャンに看病してもらったんでしょ?」
「へっ? あ、そ、そうでした! 体も拭いてもらいました!」
「……」
ジト目のみくと大量の汗を流すアナスタシア。どう考えても苦しい。そんなアナスタシアに構わず、みくは質問を続けた。
「そういえば、パジャマとかはどうしてたにゃ?」
「えっ? えーっと、ミナミのを借りていました」
「下着は?」
「え? えーっと……」
ミナミが持って来てくれました、と答えようとしたアナスタシアの口が止まった。その直前、ついうっかりハルカにスリーサイズをバラしてしまった事を思い出してしまったからだ。
唐突に顔を真っ赤にしたアナスタシアに何があったのか知らないが、好機と見たみくは問い詰めた。
「下着は美波チャンが寮まで取りに来ただけニャ! そこになんで顔を赤くする要素があるの⁉︎ 絶対何か隠してるニャ!」
「か、隠していません!」
「ご、強情ニャ……!」
頑なに拒むアナスタシア。最初は美波に言われたからだが、なんか徐々に自分でも恥ずかしくなって来た。考えてみれば、裸を見られたりスリーサイズを知られたりと結構、恥ずかしい思いをしていた。
何とか何を言われても反論しないと、と色々考えてると、みくが面倒になったのか、投げやりな質問をした。
「むー、もしかして男?」
「っ」
「にゃーんて、美波チャンじゃあるまいし、アーニャちゃんに限ってそんな……」
「っ……」
「……え、男……?」
逃げるように走り出すアナスタシア。だが、まぁそう言う時は大抵、何かしらミスが起こるものだ。
盛大に足をもつれさせてすっ転んだアナスタシアのポケットから、スマホが落ちた。
「……何やってるニャ」
「あ、ダメっ……!」
落としたスマホを拾おうとしたみくを止めようとしたが遅かった。みくはスマホを手に取った。パッと画面がついて見知らぬ男子学生の寝顔が映った。
顔を真っ赤にして涙を浮かべ、手を伸ばしかけているアナスタシアに、みくは微笑みながら聞いた。
「アーニャちゃん、これは?」
「……」
白状の時間となった。
とりあえず近くの椅子に座って飲み物を買って一から説明すると、みくは遠い目をしながら呟くようにあった。
「……そっか。アーニャちゃんにも彼氏出来るんだ……」
「彼氏ではありませんけど……?」
「まぁ、何でも良いけど。それより、なんで隠したニャ?」
「ミナミに隠した方が良いと言われたからです」
「美波チャン……。、まあ、隠した方が良いとはみくも思うけど……」
「何故ですか?」
「からかわれるからじゃないかな。みんな、やはり女の子だから、そういう異性との浮いた話は気になるニャ」
そう言われたが、アナスタシアとしてはあまりピンと来なかった。鷺沢文香の相手の男の子の時も、美波の相手の男の子の時も、特に追求したりはしなかった。
「みくも気になりますか?」
「そりゃあ、まぁね。みくだってそういう話は興味あるニャ。特に……」
何となくアナスタシアが聞いた問いに、みくはニヤリと夜神月の如く邪悪に微笑んだ。
「やり手のアーニャちゃんが好きになる男の子のことなんて、気にならないわけがないニャ」
「ハルカのことですか?」
「ほう、ハルカっていうんだ」
ニヤニヤしながら尋問するみくに対し、アナスタシアは頬を赤らめながら答えた。
「ダー……恥ずかしいです、ハルカのこと話すの」
「なんで? やましいことがあるニャ?」
「っ、あ、ありません! やましい事なんて!」
「誰にも言わないから正直に言うニャ」
「な、ないです! 裸なんて見られてないです!」
「待った、そこ詳しく」
すごい真剣な目に切り替わったみくに問い詰められ、ビクッと肩を震わせるアナスタシア。
「裸? え、見られたの?」
「み、見られてな」
「正直に言わないと寮のみんなにバラすよ」
「……か、体を拭いてる時に……が、学校から帰ってきたハルカに見られました……」
「……」
頬を赤らめるアナスタシアと、額に手を当てて左右に首を振るみく。
「……アーニャちゃん、そういうところはアイドルなんだから……ちゃんとしないと……」
「あうう……は、恥ずかしかったです……」
しょぼんと肩を落とすアナスタシア。みくも少し悪いと思ったのか、声音と話題を変えた。
「で、その遥って子はどんな子なの?」
「変な人ですよ?」
「は? へ、変……?」
「変です。私に色んなこと教えてくれますが、ミナミが信用するなって……」
「そ、そうなんだ……。な、なんだか良い子なのか分からないなぁ……」
「で、でも……私の事を三日間ずっと嫌な顔せずに看病してくれました!」
「そりゃ、アーニャちゃんみたいな可愛いアイドルを家に泊められるならどんな男の子だって嫌な顔しないと思うニャ」
「え? そ、そうですか……?」
「うん。むしろ、よく襲われなかったなって思うよ」
「襲う……?」
「ん、えっちなことって意味」
「っ⁉︎」
ボフンっと音を立てて顔を真っ赤にするアナスタシア。で、自分の体を抱き始めたので、みくはまた目を鋭くした。
「……え、何かしたの?」
「し、してない……はず……」
「もしかしたら、寝てる間に何かって事は?」
「……」
不安そうな顔になったが、アナスタシアはブンブンと顔を横に振った。
「さ、されてないです! ハルカはそんなことしません!」
「でも、裸見られたんでしょ?」
「……だ、大丈夫です!」
「……処女膜ある?」
「……」
そんなはずはない、そうアナスタシアは遥に信頼を寄せていたが、やはり不安になってしまうのは仕方ないのかもしれない。
「……確認するニャ?」
「……します」
「……大丈夫、何があってもみくはアーニャちゃんの味方ニャ」
「大丈夫なはずです……。ハルカは、そんな事は……」
そう言って、学生服のスカートを捲し上げ、みくが脚を開いたアナスタシアの前にしゃがんだ。どうやら、一緒に確認してくれるようだ。
しかし、二人は忘れていた。そこは寮のロビーである事を。女子しか住んでいないとはいえ、プライベート空間ではないことに変わりはない。二人揃ってかなりテンパっていた。
そして、そう言う場合は誰かに目撃されるものだ。
「〜♪」
鼻歌を歌いながら廊下を神崎蘭子が歩いていた。ロビーに差し掛かり、アナスタシアが座っているのが見えた。3日ぶりにその姿を見たので、挨拶しようとした時だ。
「……ありますか?」
「……もう少しスカート上げてくれないと……」
「は、はい……」
「アーニャちゃん、毛もちゃんと整えてるんだ……」
「い、良いから早く確認して下さい……!」
「ーッ⁉︎」
みくがアナスタシアのスカートの中に頭を突っ込んでるのが見えて、慌てて壁際に隠れた。
目の前が一体どういうことなのか、何が起こっているのか分からず、とりあえず深呼吸した。
もしかしたら見間違いだったのかもしれない。というか、むしろ見間違いだ。そうに決まっている。この世に同性愛者なんてものが実在するはずがない。いても世界○天ニュースとかで見たのは男性の場合だけだ。
そう思い、決心して目をこすって、再びロビーを覗いた。
「アーニャちゃん、ある! あったニャ!」
「! ほ、本当ですか⁉︎」
何が⁉︎ と蘭子は思ったが、見られてるなんて思いもしていない二人は盛大にホッと一息ついた。
「ふぅ……良かったです……」
「良かったね、アーニャちゃん」
「ハイ♪」
話の内容はよく聞こえなかったが、何故か良かったようだ。尚更、蘭子は気になったが、二人はソファーを立った。
「とりあえず、続きは部屋で良いかニャ?」
「はい」
続きは部屋で、と言う言葉を残してアナスタシアの部屋に向かった二人を見て、蘭子は確信した。あの二人は部屋でナニかをするつもりだ。ナニとは言わないがナニかをするつもりだ。
「は、はわわわわ……! す、すごいこと知っちゃった……!」
顔を真っ赤にしてテンパる蘭子。彼氏がいるアイドルが増えて来ているのは知っていたが、まさか彼女を作るアイドルが出て来るとは思わなかった。
一人でどうしたものか、人に打ち明けてしまうか、やはり知られたくないだろうから胸に留めておこうか悩んでると、後ろから声を掛けられた。
「やぁ、蘭子。今日もpso2をやるかい?」
「っ、あ、飛鳥ちゃん!」
「ど、どうしたんだい?」
「実は今、面白……すごいことが……!」
気が付いたら速攻でバラしてた。この日からしばらく、346事務所では「みくアーニャ」という変な噂が流れ始めた。
×××
みくが部屋に戻ってから、アナスタシアはシャワーを浴び終えてベッドで寝転がっていた。
そういえば、何故みくに遥の事を話すのが恥ずかしかったのか、それがわからなかった。や、スリーサイズや裸を見られた件はそりゃ恥ずかしいことだが、そこを除いて話せば良かっただけの話のはずだ。
それほどまでにテンパっていたとは自分でも思えない。テンパっていたのはみんなが通るロビーで平気でスカートをたくし上げた時だけだ。
「……ウー」
羞恥が二重になり、顔を赤らめたまま足をパタパタさせるアナスタシア。なんだか、考えれば考えるほど頭の中が真っ白になっていった。
ゴロゴロしながら、スマホの画面をつけ、遥の寝顔を見た。
「……」
さっき、みくに膜があるのを確認してもらった時の事を思い出した。もし、もし万が一……あの時に膜がなかったとしたら。自分は遥に知らない間に何かされていたと言うことなのか、妄想すると、じわっとパンツが湿って来るのがわかった。
「……って、だ、ダメです! ハルカで、そんなエッチなこと……!」
遥は自分の事をいやらしい目で見ていなかった。なのに、自分は遥でいやらしいことをするのか、と頭をブンブンと振った。
……というか、逆に襲われなかったということは自分に女性としての魅力はないのか、と少し不安になった。
「……」
何となく気になったので、3日ぶりに着た自分のパジャマを捲り、胸を見た。
……裸まで見られたのに、襲われなかったどころか襲おうともされなかったのが少しショックだった。や、襲われたいわけでもないが。
なんだかもう自分の考えがなかなかまとまらず、頭の中がぐちゃぐちゃになって来た。
「……眠いです」
もう何も考えたくなかったので、さっさと眠って忘れるのことにした。
×××
翌日から「みくアーニャ」の噂を否定するのが大変で本当に忘れることができたアナスタシアだった。
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不協和音編
喧嘩(1)
10月31日。ハロウィンの日。仕事が終わったアナスタシアは楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いていた。
今日は遥の部屋で着替えてフランケンシュタインになって美波を脅かし、今週の土曜日は遥と温泉プールに行く約束をした。楽しみな事が続けば、そりゃ気分も良くなるだろう。
特にプールの方は水着を新調し、何を思ったのかバスタオルや体を拭くタオルも新調した。初めての家族旅行前でウキウキしすぎて空回りしてるお父さんそのものである。
とにかく、色々楽しみ過ぎて今にもスキップしそうな足取りで鼻歌を歌いながら歩いていた。
「〜♪」
遥のマンションに到着し、遥の部屋の部屋番号を押した。もう暗記してしまった。
『はい?』
スピーカーから遥の声が飛んで来て、アナスタシアは元気よく答えた。
「来ました」
『あ、うん。了解。今開けるから待ってて』
自動ドアが開き、マンションに入った。エレベーターに乗り、遥の部屋の階に上がった。
部屋の前に移動し、インターホンを鳴らすと玄関の鍵が開いた。
「ハルカ、来ました」
「ああ、いらっしゃい。衣装の準備は出来てるよ」
「ありがとうございます」
挨拶しながら部屋に入り、二人は部屋の中に入った。机の上にはネジや傷の描かれたシールが置いてあり、カーテンのレールには衣装のかけられたハンガーが下がっている。
が、不思議なのは床にスーツケースと着替えが散らばっていたことだ。どこかに出掛けるのかな、と思ったものの、明日も明後日も平日のはずだ。
もしかしたら、遥も温泉プールが楽しみで早くも準備してしまってるのかもしれない。だとしたら嬉しいなーなんて考えながら、着替えのために寝室を借りた。
改めて見ると、自分がこんな男装をするなんてどう考えても変だ。しかし、だからこそ美波は驚いてくれそう、なんて思いながら、着替えを完了した。
あとは机の上の小道具を顔に貼るだけだ。部屋を出て居間に戻った。
「どうですか? ハルカ」
「え、なんで似合ってんの?」
「本当ですか⁉︎ ありがとうございます」
「いやいや、男装してるんだよそれ」
「あ、そ、そうでした……。でも、嬉しいです」
ニコニコ微笑んでるアナスタシアだったので、もうなんでもいいやと遥は小さくため息をついた。
で、続いて頭のネジの耳当てを手にとって、長さを調整してこめかみの辺りに留めた。
「ハルカ、シール貼って下さい」
「はいはい」
机のシールを手にとって、アナスタシアの頬と額に貼っつけた。
「……どうですか?」
「うん、思ったより可愛いフランケンになっちゃったわ。これフランケンっつーよりも、大人の飲み会に参加してた子がジュースと酒を間違えて帰り道に工場に突っ込んで事故りました、みたいな」
「……?」
「似合ってるってことだよ」
「……あ、ありがとうございます……?」
よく分からない褒め言葉にピンと来ていないアナスタシアだったが、とりあえずお礼を言っておいた。
ふと時計を見ると20時30分。美波が普段帰宅する時刻はあと15分ほどある。フランケンアナスタシアはソファーに座って、スーツケースに服やら何やらを詰めている遥に声を掛けた。
「遥、そういえば今週は温泉プールですね。私、新しい水着買いました」
「あー……それなんだけどさ、アーニャさん」
「? なんですか?」
申し訳なさそうに口を挟む遥。珍しく歯切れの悪い様子に、キョトンと首を傾げるアナスタシアに、気まずそうに言った。
「その……悪い。修学旅行と被ってて……一週間延期とかしてもらっても良い?」
「……えっ?」
「や、ホントごめん」
「じゃあ、その準備って……」
「ああ。明日からの修学旅行の準備」
すると、アナスタシアはぷくーっと頬を膨らませた。涙目で睨まれ、思わず遥は怯んでしまった。
「……あの、アーニャさん?」
「私、とても楽しみにしてました」
「……え? そ、そう?」
「なのに……延期なんて……!」
「や、だからごめんって……」
遥の所為ではないのはアナスタシアにもわかっていた。だが、楽しみにしていたからこそ、感情が爆発してしまうこともある。特に純粋な人なら尚更だ。
今週の休みに行けなくなってしまった事をしり、アナスタシアはつい怒鳴ってしまった。
「……うう〜……! ハルカのバカ!」
「え、俺それなりに成績良いけど」
「失礼します!」
「え、ちょっ……あ、アーニャさん⁉︎」
怒ったアナスタシアは部屋を出て行った。
玄関を勢いよく開けると、ちょうど階段から上がって来る美波の姿が目に入った。
「ふぅ……疲れた。ハロウィンだからってお菓子用意し過ぎたかしら……」
「ミナミ、ミナミー!」
「ん? アーニャちゃんの声……え?」
「ミナミー!」
フランケンアナスタシアは美波に飛び付いた。ガッツリ変装し、頭にネジの突き刺さった銀髪の女の子が正面から飛びついて来て、美波は動けなくなった。
「ミナミ、聞いてください! ハルカがっ……! ……ミナミ?」
「……」
バケモノに抱きつかれた美波は普通に気絶しかけた。
×××
目を覚ました美波は、とりあえずアナスタシアを連れて自分の部屋に入った。
手洗いうがいを済ませ、二人で椅子に向かい合うように座った。美波の淹れたコーヒーを飲みながら、まずは聞きたいことを聞いた。
「で、アーニャちゃん。何なの? その格好」
「へ? ……あ、そうでした。トリックオアトリート!」
「……悪戯よりタチの悪い事して何言ってるの?」
そういえば、目の前の女子大生が気絶しかけた事を思い出し、申し訳なさそうに肩を落とすアナスタシア。
それを見て、何となく悪い気がしてしまった美波は、一応用意していた「アーニャちゃん♡」と書かれた袋を差し出した。
「はい」
「……いいのですか?」
「せっかく用意したからね」
「ありがとうございます」
お菓子をもらい、ようやく話を進めた。
「で、どうしたの? 仮装したのにトリックオアトリートも忘れて飛びついて来たくらい動揺してたんでしょ?」
「も、もう……許して下さい……」
「……別に怒ってないから。早く話して」
言われて、アナスタシアは機嫌の悪い美波に対して若干怯えながらも答えた。
「……実は、今度の土曜日にハルカと温水プールに行く約束をしまして……。でも、明日から修学旅行で……行けないって……それで、怒ってしまいました……」
怒ってしまいました、ということは仕方ないと理解しているようだ。今になって怒ったことを後悔している、といった所だろう。
「で、どうしたいの?」
「……仲直りしたいです」
「てことは、自分の悪かった所もちゃんと分かってるって事ね?」
「……ハイ」
「なら、謝れば良いよ」
「でも……勝手に出て行って、謝りに帰ってくるなんて……」
「大丈夫。ちゃんと許してくれるよ。延期にする、と言ってるとはいえ、元はと言えば彼が修学旅行の日にちを忘れていたのが原因なんだから」
言われて、フランケンアナスタシアは涙目になりながら俯く。その頭を撫でながら、美波は優しく言った。
「むしろ、それだけアーニャちゃんが楽しみにしててくれたと思って、彼は少し喜んでるかもよ?」
「……でも、今更顔向けなんて……」
それでも凹んでるアナスタシア。今度は美波は厳し目に励ますことにした。
「今更って……むしろ、今じゃないとダメだと思うけど?」
「……へっ?」
「彼、明日から修学旅行なんでしょ? 何日間なのか知らないけど、しばらく会えなくなっちゃうよ?」
「……」
「そういう大事なことはメールじゃなくてちゃんと直接話した方が良いと思うし……学年も学校も違うから、そのまま自然に関係が消滅して温泉プールのイベント自体消滅しちゃうかもよ?」
サァーっと顔色が青くなっていくアナスタシア。で、慌てて立ち上がった。
「っ、み、ミナミ! 失礼します!」
「頑張ってね」
あの子が素直な子で良かった、と美波は思いながら、シャワーを浴びに行った。
出て行ったアナスタシアは、下の階に降りて遥の部屋のインターホンを押した。ハァハァと息を切らしながらも、なんとか呼吸を整えて玄関の前で待ってると、突然扉が開いてドアがおデコに激突した。
「痛っ⁉︎」
「あ、ごめっ、大丈夫?」
「だ、だいじょぶです……」
「で、どうしたの? もしかして抹殺? 謝るから勘弁して欲しいんだけど……」
「ち、違います! と、とにかく、ごめんなさい! ですから、ずっとお友達でいてください!」
「あれ、なんだろ。いつのまにか告白して振られたみたいになってる」
「こ、告白……? 何言ってるんですか?」
「何でもない」
ずっと許してもらえるのかドギマギと緊張してるアナスタシアと、緊迫感のカケラもない遥。
「で、ですから……! さっきは失礼なこと言ってしまってスミマセン! でも、ハルカとは友達でいたいんです! ですから……」
「ああ、や、別に怒ってないから」
「絶交だけは……今なんて?」
「や、俺が逆の立場でも怒る人の気持ちは分からんでもないし」
「……怒ってない、ですか?」
「むしろ、何とかして謝らないとって思ってたとこだよ」
「……」
ポカンとするアナスタシア。が、やがてホッとしてしまったのかその場でヘナヘナとその場で腰を下ろした。
「よ、良かったです……」
「や、そんな大袈裟な……」
「大袈裟なんかじゃないです!」
「それより、今日は帰ってくれないと困るよ。明日俺朝早いから」
「……分かりました」
そう言って、アナスタシアは一度、着替えるために部屋の中に入った。
部屋の居間に通ずる廊下を歩いてると、遥の手をアナスタシアが握り、キュッと握りしめた。
「……ハルカ」
「何?」
「ありがとうございます」
「こっちのセリフだよ。それより、次の温水プールいつにする?」
「次の土曜日でお願いします」
「了解」
そう言って、アナスタシアは着替えを済ませて帰宅した。
美波の彼氏と同じ高校にしてしまったため、この辺りで修学旅行がないといけなくなってしまいました。なんか触れておかないと不自然かなと思い触れておきました。
修学旅行編はやりません。ぜってー長引くしアーニャ様出ねーし。
以上、言い訳でした。すみませんでした。
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久々に会うといつもより長く一緒にいたくなる。
修学旅行が終わり、5日ぶりの東京の空気を吸った。一言で言えば疲れたし、二言で言えば疲れた疲れた。いや、意味わからんわ。なんつーかもう、そんなレベルのことか考えられないほど疲れた。
同じ班の多田さんは逸れるし、雨の中、北ナントカくんと探し回ってたら2日目は風邪ひいたし、結局自力であいつ帰って来てたし、なんかもう散々だわ……。
まぁ、それでも楽しくなかったわけではないけどね。アーニャさんとは連絡取ってたし。
ま、明日は振替休日だし、土日挟んだから2日も休みがある。しばらくはのんびり出来るし、その間に疲れを取るとしよう。
そんな事を考えながら最寄駅の改札を出た。大きな欠伸を浮かべながら歩いてると「ハルカ!」と名前を呼ばれて振り返った。
すると、ガバッとアーニャさんが両手を広げて飛び込んで来て、思わず躱してしまった。俺の真ん前を素通りし、顔面を電柱にぶつかるアーニャさん。
「久し振り、アーニャさん」
「……なんで避けるんですか」
「ごめん、受け止められそうになかったから」
両手塞がってるし。
しかし、アーニャさんは不満げなようで俺を涙目で睨んで来た。まぁ、電柱に顔面ぶつけりゃ、そりゃ不機嫌にもなるか。
「悪かったよ。うちで飯ご馳走するから怒るな」
「本当ですか⁉︎」
「本当だよ。それと、お土産も渡したいし」
「ありがとうございます」
単純な子は機嫌直すのも早いから助かる。騙してる気がして少し申し訳ないが。
「てか、俺の方について来ちゃって良いのか?」
「ハイ。私、ハルカのお迎えに来てこのあたりにいましたから」
……お迎えなんてなんか申し訳ないです。というか、なんで迎えに来てんだよ……。俺達は住処別だろうが。
二人でうちのマンションに歩いてると、アーニャさんがスーツケースを引きずっている俺の手を握った。
「どした?」
「一緒に持ちたいです」
「や、いいよ別に。なんか歩きにくいし」
「いえ、持ちます。ハルカ、疲れてますよね?」
「や、気にしなくて良いから」
「……一緒に持ちたいです」
「……」
なんだよそれ……意味あんのかよそれ。なんか俺と手を繋ぎたいって言われてる気分なんだが……。
「何、どうしたの?」
「……ハルカは、寂しくなかったですか?」
「藪から如意棒だな。何がよ?」
「……その、私と一緒じゃなくて」
……あー、つまりそういうことか。や、正直言ってスマホで連絡とってたし寂しくはなかったが……。
でも、そんな捨てられそうな子犬みたいな目で見られると……。
「……寂しかったです」
「一緒ですね♪」
……うん、まぁもうそれでいいや。アーニャさんが楽しそうにしてくれてるならそれで良いさ。
「どうでしたか? 沖縄は」
「……L○NEで話さなかった?」
「聞きましたけど……でも、ハルカの口からも聞きたいです」
「あそう……」
と言っても、楽しさよりも大変さの方が大きかったんだよなぁ……。
「……一日目は割と普通だったよ。ひめゆりの塔で出店でアイス食ったりしてた」
「ひめゆり……?」
「まぁ、現地に行くことがあったらそのとき教えてあげる」
正直、俺はあの場所に行ったからって特に何も感じなかったけどな。戦争の重みだの何だの言ってたが、だったらそんな場所で笑顔の記念写真撮るなよ。
「で、2日目だったかな……」
「班員の方が迷子になって雨の中、探し回ったんですよね? 大変でしたね……」
「俺の口から聞きたいんじゃなかったのかよ……」
なんで先読みして言っちゃうのかな。
「そういえば、そのあとに風邪を引いたと聞きましたが……大丈夫でしたか?」
「平気だよ。1日で治したから」
それに、L○NEでアーニャさんが相手をしてくれたから暇ではなかったからな。そういう意味ではアーニャさんには感謝しないといけない。
「ま、次の日の夜に多田さんが悪いと思ったのか、わざわざさーたーあんだぎー買って来てくれて、それ北ナントカと一緒に食べたんだよね」
「アー……その多田さんというのが……」
「そう。うちのクラスの女子」
言うと、アーニャさんの俺の手を握る手がキュッと強くなった。
「? どうした?」
「いえ、別に。女の子だったんですね」
「そうだよ。や、アイドルにこんなこと言うのもアレだけど超可愛い子」
ロックロックとうるせぇけどな。それに北ナントカと仲良いんだよね。あれ付き合ってんのかな。どーでもいいが。
「……」
「……」
あれ、なんか急に静かになったな。どうしたのこの子?
「アーニャさん?」
「ハルカ、その子と仲良しになったら、私と遊ばなくなりますか……?」
「は?」
「……」
何急に……。あ、もしかしてアーニャさんって男友達とか少ないのか? アイドルだから学校に友達作りにくいだろうし、事務所では女友達しかいないだろうし……。
「大丈夫、俺と仲良くなる奴なんていないから」
「……私は、仲良しではないですか?」
「……アーニャさんは別」
……その目やめて。そういうの弱いの俺。俺の中で理屈を立てる割りに、結局理屈の外からやって来る感情という奴には弱いんです。
しかし、そう答えたとしても俺の弱い展開になるわけで。嬉しくなっちゃったアーニャさんは、手繋ぎから腕組みに移行した。君はお願いだから性別を考えて下さいね。胸当たってますからね。
そんな考えが顔に出ていたのか、唐突にハッとしたアーニャさんは俺の腕から離れて、顔を赤らめて両手をスリスリしながら俺から目を逸らした。
「っ、す、すみません……」
「? どうしたの?」
「い、いえ……」
なに、どうしたのこの子。急に恥ずかしがって……。腕組みくらいで照れるようなタマじゃないだろ。あ、もしかして……。
「うんこか?」
「グニェーフ……怒りますよ、ハルカ」
「こ、ごめんなさい……」
今、半ギレだった……? アーニャさん、キレるとあんな顔するんだ……。クールな顔なだけあってメチャクチャ怖かった……。
「まったく……ハルカは本当にハルカですね……」
そう言いながらも、ちゃっかり俺のスーツケースを持ってない方の手を握るアーニャさん。さっきは照れてたくせに何なの? 情緒不安定なの?
「ほら、早く帰りましょう」
俺の手を引いて、アーニャさんは走り始めた。仕方なく俺も早足であとを追った。
マンションに到着し、エレベーターで俺の部屋に入った。中に入ってソファーにダイブしようとするアーニャさんの首根っこを掴み、洗面所に引きずった。
「手洗いうがいを忘れるな。インフルの季節なんだけど」
「ダー……す、すみません……」
謝りながら手洗いうがいを済ませ、俺は料理の準備を始めた。今日は本当はカップ麺にするつもりだったが……まぁ良いか。
さて、何作るかな。というより、冷蔵庫になんか入ってたかな……。扉をあけて野菜室と冷凍庫を覗いた。
「……」
……まずいな、何もない。冷蔵庫とかほとんど空なんだけど……。卵しかねぇな……。
しゃーない、オムレツで良いか。そう決めて、オムレツを作り始めた。
しばらくフライパンを振ってる間、アーニャさんはゲーム機の電源を(勝手に)入れてゲームをしていた。どーでもいいが、なんであの子レトロゲームばっかやるんだろう。……や、幕○志士見たからだろうけど……。
「……楽しそうで良いよな」
そんな呟きを漏らしながら、オムレツを完成させてお皿に盛り付けた。
「おーい、出来たぞー」
「はーい」
ゲーム中なのに、すぐに切り上げて料理をすぐに運ぶため、こっちに来て手伝ってくれた。
オムレツの皿とケチャップとスプーンと飲み物を運び、机に広げた。
「アー……美味しそうです」
「どーも」
そんな話をしながら席について飯を食べ始めた。黄色いフワフワホカホカした個体の端っこをスプーンで割いて掬い、口に運んだ。
「ふわっ……口の中で消えちゃいました……」
まぁ、そんな感じのオムレツを作ったからな。食欲そんな無いし、飲める感じのオムレツが食べたかったんだ。
「おいひいです……」
「そっか、良かった」
うん、美味い美味い。アーニャさんの蕩けた顔が見れて、本当に美味しいです。
幸せそうな顔をしたアーニャさんに、俺もオムレツを食べながら聞いた。
「で、来週の土曜日は空いてんの?」
「ハイ。空いてますよ」
「じゃ、その日で良いな? 温水プール」
「! は、はい! 楽しみにしてますね!」
「ん、おお」
……水着買わなきゃ。ここ最近、水着なんか全然着てないから、あるのは学校指定の水着だけだ。
正直、他人にどう思われようと構わないから学校指定のものでも良いが、アーニャさんと出掛けるのに学校指定の水着は何となく恥ずかしい。
……まぁ、男の水着なんか選んでも仕方ないし、安くてダサくない奴で良いかな。
「ハルカ、楽しみにしててくださいねっ。私、水着新しく買いましたからっ」
……そっか。わざわざ新しい水着買ってくれたんだ。温泉プールに行くんだから泳ぎもしないのに。
なんか、この前いけなかったのがなおさら申し訳なくなって来るな……。あんなに怒ったってことは相当楽しみにしてたんだろうし……。
……まぁ、終わった話を蒸し返すことも無いか。それよりも当日の予定から埋めるか。
「どうする? 当日。何時から行く?」
「そうですね……。午前中から行きたいですけど……」
「調べた感じだけど結構広いからな。男女別の浴場もあるし、男女混合で水着着る浴場があるよ」
温泉プール、というよりもクアハウス的な場所だった。水着で二人で浸かる風呂以外にもエステだの何だのといった施設があり、どちらかと言うと女友達と行くような場所だった。間違っても付き合ってもない男女の行く場所ではない。
スマホのサイトを見せながら説明すると、アーニャさんはオムレツを食べながら呟いた。
「でも、私達は後の方しか行けませんよね……」
「? なんで? 別に別れりゃ良くね?」
「それだと一緒に行く意味ないです」
……まぁ、そう言われりゃそうだが。アーニャさんなら別々にって言うと思ったが……まぁ、それなら回るべき場所も半分になったと喜ぶべきだろう。
「了解。じゃあ、午前中に駅前に集まって午後に向こうで飯食いつつ風呂だな」
「分かりました」
そんな話をしながら食事を終えた。二人ともほぼ同時に食事を終えて、俺は食器を洗って片付けた。
一方のアーニャさんは、食事を終えてゲームを再開した。食器洗いを終えた俺は、アーニャさんの隣に腰を下ろした。
「アーニャさん、明日学校じゃないの? 帰んなくて良いの?」
「平気です。明日は学校休みです」
「え、そうなの?」
「ハイ。開校記念日です。ですから、今日は泊まって行けます」
「……あの、泊まっていくって当たり前みたく言ってるけど、普通は異性の部屋には……」
「ハルカなら大丈夫です」
「……」
……信用し過ぎだろ。いや、男と見られてないだけか? まぁ、久々に会ったわけだし別に良いか……。
小さくため息をついて一緒にゲームをしてると、アーニャさんが寝落ちしたので、また歯磨きしてから俺のベッドに寝かせてやった。
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照れさせられてる相手が照れてるとこっちが照れるくらい可愛い。
土曜日。駅前で俺は一人待機していた。これからアーニャさんと約束だった温泉プールに行く。
楽しみな反面、少し不安もあった。
アーニャさんと出掛けるのはかなり目立つ。いや、アイドル連れてる時点で今更なんだけどな。
けど、公共の場で「ハルカ! 見てください! 新しい水着です!」なんて言われた暁には、周りの男性客から嫉妬のアイビームで焼き尽くされる。
まぁ、事前に注意すれば済む問題な気がするが……でも、アーニャさんはわざわざ俺と出掛けるのに合わせて水着を新調してくれている。それに対し何も言わないのは失礼だろう。
……つまり、俺の方から褒めるしかないわけで。それがとても不安です。だってなんて褒めれば良いのか分からないんだもん。
「……あ、ハルカー!」
考えてる間に、アーニャさんが到着してしまった。うん、やはり私服姿可愛い。やはり着る服の好みはクールなものが多いようで、もうすぐ冬だというのにめちゃくちゃ短いパンツを履いている。超似合う。
じーっと見過ぎていた所為か、アーニャさんは急に頬を赤くして照れたように呟いた。
「ダー……み、見過ぎですハルカ……。何か、おかしいですか?」
「っ、い、いや全然。わ、悪い……」
「ほ、ほら、早く行きましょうっ」
そう言って俺の手を引くアーニャさん。俺も引かれるがまま駅の改札に向かった。
電車に乗って二人で席に座ってボンヤリしてると、アーニャさんが声をかけてきた。
「ハルカ、見てください」
「何?」
「昨日のお仕事で、ミナミと撮った写真です」
スマホの画面にはアーニャさんと新田さんが手を繋いで星空の下に写っていた。
「仕事って、何の仕事?」
「アー……心霊スポットでした。私は平気でしたけど、ミナミがとても怖がってしまっていて……それで、帰りに眠れそうにないからって星がよく見える丘に行きました」
アーニャさん怖いの平気なんだ……。そして新田さん怖いのダメなんだ……。どこまでも意外だわ。
「どこなの?」
「山形県です」
「山形⁉︎」
「はい」
や、山形の心霊スポットって割とかなりヤベー奴が……いや、そんな事よりも、それってアーニャさんかなり疲れてるんじゃ……。
「あの、アーニャさん。大丈夫?」
「? 何がですか?」
「いや、昨日の夜かなり帰って来るの遅かったんじゃない? 疲れとか……」
「大丈夫です♪ それをリフレッシュするための温泉プールです。それに、ハルカと一緒なら疲れなんて吹っ飛んじゃいます」
「……」
……だから、そういうことを平気で。
熱くなった顔を両手で隠してると、アーニャさんが心配そうに俺の顔をしたから覗き込んだ。
「? ハルカ? どうしました?」
「……なんでもねーよ」
「そうですか? 楽しみですね?」
……この子のセリフをいちいち気にしてたら生きていけない。
そう思いながらぼんやりと電車の一席で揺られ、意気込んでいたアーニャさんは5分ほどで俺の肩で寝落ちした。
×××
温泉プールに到着した。施設の前に着くなり、アーニャさんは少年の如く目を輝かせた。
「おお〜! は、ハルカ! 早く行きましょう!」
「慌てるなよ。プールは逃げないから」
「は、はい……」
アーニャさんを落ち着かせて、二人で施設内に入った。靴をロッカーに預け、受付を済ませて、更衣室前で別れた。
さっさと着替えを済ませて、更衣室前で待機した。何つーか、ほとんど温泉というよりプールだなこれ……。何で温泉なのにウォータースライダーがあんの?
ただ、ジャグジーやサウナがある辺りは温泉っぽい。まぁ、要するにR-18じゃない混浴みたいなもんなんだろうな。
「……」
……なんだろ。なんか混浴って思うと水着ありでも恥ずかしくなってきた。俺ちゃんと海パン履いてるよね? ……うん、履いてる。
……でも、もしアーニャさんが水着着てこなかったら……や、それはないな。新しい水着買ってたわけだし。
や、そうじゃなくても恥ずかしいんだけど……。一緒にお風呂っていう響きがもう恥ずかしい。
「ハルカー!」
このタイミングの悪さ、さっすがアーニャさんだぜ!
女子更衣室から水色の水着を着たアーニャさんが顔を出した。いや本当見た感じだけはかなりクールなんだけどな……。
って、そんな場合じゃない! こんなところで感想を求められたら他のお客さんの視線が……!
「ま、待ったアーニャさん!」
「? な、なんですか……?」
片手で制してから、アーニャさんの水着姿を眺め、勇気を決して俺の方から決心するように言った。
「あー……その、なんだ? ……すごく、似合ってるよ。その……水着」
「へっ? ……あっ、えっ……?」
カアアアッと頬を赤らめるアーニャさん。え? ちょっ、何その反応。予想外なんだけど。
「あうう……な、何ですか、急に……」
「えっ、いや……」
「とっても嬉しいけど、恥ずかしいですよ……」
あ、マジか……そうなんのか。意外だわ。
でも、なんだか辱めちゃったみたいで申し訳ないな。ナンパ男みたいに思われるのも嫌だし、一応弁解しておくか。
「……や、違うんだよ。ほら、アーニャさん平気で大声で『似合いますか?』とか聞いてきそうだから、それやると周りの人の視線集めちゃうでしょ。アーニャさんアイドルだし。だから決してナンパとかそういうんじゃない、から……」
……あれ、なんか言えば言うほどアーニャさんの機嫌が悪くなっていくんだけど……。
最終的にふくれっ面になったアーニャさんは、ふいっとそっぽを向いた。
「……ハルカのバカ」
「えっ……?」
「……私、褒められて嬉しかったです。なのに、なんで変な言い訳言うんですか……」
「あー……」
……言わない方が良かったのか……。でも、アーニャさんも男になれば分かるよ。なんか、こう……ナンパ男に思われたくないみたいなの。その意識が働くと女性を褒めることができなくなるから。
しかし、それでアーニャさんを不快な思いをさせてしまったのなら謝る必要があるな。
「……まぁ、悪かったよ……」
「ふんっ」
あー、怒っちゃってる。というかそんなに怒ることでもないだろうに……。
どうしたものか悩んでると、アーニャさんは怒ったまま俺の手を取った。
「まぁ良いです。それより、早く温泉に入りたいです」
「あ、良いんだ」
「……なんですか?」
「何でもないです」
怒ったアーニャさんは怒ったまま俺の手を引いて温泉に歩き出した。
まずは普通の温泉っぽい所。足をつけたが、思いのほか温かかった。あ、こりゃ良いわ。なんつーかちょうど良い。
ちょうど、季節的にも涼しくなってきたとこだし、気持ち良かばい……。
「ふぅ……あったか……」
「アー……プリヤートゥヌィ……気持ち良いです……」
不機嫌だったアーニャさんも、今では心地良さそうな顔をしている。本当に単純な子で助かるわ。
「どう? 疲れは取れそう?」
「ハイ♪ すぐにでも……」
ご機嫌で答えたアーニャさんだったが、途中でハッとした。で、頬を膨らませて俺から目をそらした。
「ふんっ」
「……え、まだ怒ってる?」
「当たり前です。ぷんぷんです」
……言い方よ。怒ってるのに可愛いとかどう言うことなの。
「あー……悪かったって。普通に水着姿可愛いから怒るなって……」
「っ、か、かわっ……⁉︎ な、なんなんですかハルカ!」
「えっ」
ち、違うの……? もしかして、また怒らせたか……?
どうしよう、この話題はまずい気がする。話題を変えよう。
「でもあれだな。アーニャさんも照れたりするんだな。なんだか意外だわ」
「っ、は、ハルカ!」
あ、また怒らせた。ヤバい、でもどうしたら……! と、とりあえずなかったことにするしか……!
「あー、えっとあれだ。そのー……」
「……あの、もう怒らないので喋らないでください……」
顔を真っ赤にしたアーニャさんにすごい事を言われ、俺もこれで黙るしかなくなった。
……うん、まぁ、怒らないからこれで良い、のかな……?
しかし、空気は尚更重くなってしまう。俺もアーニャさんも一言も話さなくなってしまった。
あー……なんだろ。やはり褒めるべきじゃなかったかもしれない……。でも言わなかったら言わなかったで注目集めちまうし……どう転んでも詰んでるって事ですかね……。
「ハルカ」
「インディアンッッッ‼︎」
「……はい?」
横から突然、声をかけられて変な声が出てしまった。アーニャさんに不思議そうな顔で見られてしまったので、咳払いして調子を整えて聞き返した。
「ウッウンッ! ……何?」
「……その、先ほどのお言葉ですが……」
……蒸し返すのかよ。空気も何もお構い無しか。
アーニャさんは頬を赤らめたまま俯きつつ、顎をお湯に浸けて聞いてきた。
「……どっ、どこまでが……本気だったのです、か……?」
「……は?」
「……その……にっ、似合うとか……可愛い、とか……」
口までお湯に埋めて、こぽこぼと息を吐きながら聞いてきた。声は徐々にか細くなっていったのに、俺の耳にはしっかりと最後まで届いていた。
まぁ、根本的な問題はそこだからな。そこを答えないといけない。
「……どれも本音だよ」
「……本当、ですか?」
「当たり前だろ」
すると、アーニャさんはすぐに嬉しそうに微笑んだ。で、俺の肩の上に頭を置いて、体をくっつけてきた。
「ーっ⁉︎」
「……ふふっ♪」
ふふ、じゃねぇよ。お願いだから水着である事を自覚して下さい。肌と肌がゼロ距離でくっついています。
とりあえず落ち着け、俺。心臓を落ち着かせるんだ。こんな事で緊張してたら、アーニャさんと友達なんてやっていけない。いつか襲ってしまう。
頭の中でサイタマとボロスのタイマンのアニメのシーンを思い浮かべて何とか心臓を落ち着かせようとした。
……ふぅ、よし、徐々に落ち着いてきた。心臓、よく働いたな。もう休んで良いぞ。いや止まっちゃ困るけど。
そんな事を考えてる時だ。何だか俺の心臓とは別の鼓動が伝わって来るのを感じた。落ち着いてきた俺の心臓とは違い、ドクンドクンと早く動いている。
……もしかして、と思って隣を見ると、アーニャさんが頬を赤らめていた。
……もしかしてこれ、アーニャさんの鼓動? てことはもしかして……照れてる? いや、さっきまでの様子から察するに、やってから自分の行動の大胆さに気づいたって感じか?
そんな事を考えてる俺とアーニャさんの目があった。俺がアーニャさんの様子を察してるのを察したのか、目が合った直後に頬を真っ赤に染めて風呂から上がった。
「っ、はっ、ハルカ! 別のお風呂に行きましょう!」
「えっ、べ、別って?」
「い、いいから! 早く!」
そう言ってアーニャさんは俺の手を引いて早歩きで進み始めた。
……なんだろ、こんなアーニャさんもこれはこれで可愛いかもしれない。
そう思いながら、アーニャさんの後に続いた。
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賭け事で簡単に降参するな。
続いて俺達が向かったのはサウナだ。こういうとこは男同士で根比べするものだと思ったのでそれを言ったら「ハルカは私と根比べイヤですか……?」と涙目で言われてしまい、承諾せざるを得なかった。ホント、男を甘くする達人である。
そんなわけで、サウナに入って椅子に座った。まぁ、しかし結果的に見れば悪くなかった。サウナってカップル少ねえ。多分、男同士なら根比べなんだろうし、女同士の奴らは動かず汗をかくダイエットのつもりなんだろう。それで痩せるかは知らんが。
そんなわけで、俺とアーニャさんは二人で根比べを始めた。
「負けたら後で一つ、何でもいうこと聞く、ですからね?」
「はいはい……。それ、俺が勝ったらそっちもなんだよな?」
「もちろんです♪」
楽しそうだな……。この子、本当にわかってるのかしら。それとも勝った時のビジョンしか見えてないのか?
中の木製の椅子に座り、俺もアーニャさんもホッと一息つく。
「ふぅ……本当に熱いですね……」
そう言う割に、楽しそうに両足をプラプラさせている姿はやはり可愛らしい。高校一年生なんてまだまだ子供だよなぁ。俺だって今でも仮面ライダー見るしウルトラマンの映画もフェスティバルも毎年行く。
「ちなみに、サウナから上がったあとは水風呂に入ると良いらしいよ。血行が良くなるんだってさ」
「なんでですか?」
「や、流石にどんなメカニズムがあってそうなるかは知らんけど」
なんならそんなことしたら風邪引きそうだよな。
「ハルカは相変わらず物知りです」
「ちょっと調べりゃ出て来るようなことだから。それに、こうして交互に行ったり来たりして少しでも長くいれば、元も取れるし……」
「てことは、わざわざ調べてくれたですか?」
「……」
この子、変なとこで鋭いのな。
「や、別に違うから。たまたま前にテレビでやったのを思い出して……」
「……ふふっ」
「おい、なんだその笑みは」
「いえ。ミナミがよく言う『可愛い男の子』ってこういう事なんだなって思っただけです」
……あれ、おかしいな。アーニャさんってこんな子だったか? 俺の知ってるアーニャさんなら「あっ、す、スミマセン……」ってシュンってすると思ったんだけど。俺って何考えてるか分からないって言われるレベルでは変人のはずなんだが……。
「……もう上がる?」
「降参ですか? ハルカ」
「……」
色んな意味で降参です。と、いうわけにもいかなかった。だってほら、なんでも言うこと聞かなきゃいけないし。……ぜってー負けねえ。
そんなわけで、二人でそのまましばらくサウナに篭った。他の人が入っては出て、と言った感じでメンツが変わる中、俺もアーニャさんも動かない。
ただただ二人で耐久勝負していた。しかし、流石はアイドルというべきか、コンサートでクソ暑い中のライブとか慣れてるんだろうな。割とアーニャさんが頑張っている。
しかし、男として俺も負けるわけにはいかない。こう見えて、小学生の時は3〜6年まで20メートルシャトルランずっと学年一位だったんだぜ。
そんな事を考え、何分経過したのか分からなくなった時だ。ふとアーニャさんの方を見ると、微妙に息を乱していた。肩で息をしていて、さっきまで湯に浸かって体についていた水滴は完全に乾いている。というか、俺も暑くて気付かなかったが、若干俺にもたれかかってるし。
……あれ? これ、ヤバくね?
「……アーニャさん?」
「……な、なんっ…です、か……?」
「だ、大丈夫?」
「……な、何が、ですか?」
「……や、体調」
「まだまだ、平気です……」
……まぁ、口答え出来るってことは平気かな? なんかすごいムキになってるし、もう少ししたら出ようかな……。
そう思って様子を見ようとした時だ。「ところで……」とアーニャさんが続けた。
「ここ、サハラ砂漠でしたか……?」
「アーニャさん、出ましょう」
「降参ですか?」
「ああ、もう降参で良いから出よう」
なんでも言うこと聞くから身体を大切にしてください、と言った気分だった。こんなかっこ良いセリフ、もう少し別の場面で言いたかったぜ……。
「……降参で、良いです、か……?」
「ああ。アーニャさんの方が大事だから」
「っ……そ、そう、ですか……」
急激に顔が赤くなるアーニャさん。あ、これはヤバいな。相当熱っぽいらしい。
「ほら、早く」
手を差し出すと、アーニャさんは少し遠慮気味に手を取って立ち上がった。
直後、立ち眩みでも起こしたのか、俺の方に倒れ込んできた。
「ちょっ、大丈夫?」
「ーっ……。だ、大丈夫、です……」
一応、腕を貸して、サウナを出た。
どんだけ無理をしてたのか、ふらふらのアーニャさんは、俺の腕にしがみついてる感じで歩いている。
……これ、大丈夫なんかな。一応、水風呂にでも入れれば何とかなるかな。
近くの水風呂に向かい、ゆっくりと着水した。すると、復活したのか、アーニャさんは慌てて俺から離れて沈み、座って肩まで浸かった。
「っ、ど、どうした?」
あれ、変なとこ触ったかな。でも肘に胸が当たってたくらいだし……アーニャさんにとってはそれくらい当たり前なんじゃないの?
「な、なんでも、ないです……」
「え、変なとこ触ったか俺?」
「っ、そ、その……いえ、な、何でもないですっ。それより、早くハルカも浸かりましょうっ」
「ん、お、おう……?」
とりあえず、俺も浸かることにした。水の中に入り、火照った体を冷やす。これによって血行が良くなり、肩凝りとか解消される、らしい。
しかし、今はそんな事はどうでも良くて、アーニャさんが心配だ。元気になったと思ったら俺から逃げるんだもん。
「アーニャさん、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですっ」
「まだ顔赤いけど……ほんとに平気か?」
「平気ですから、少し深呼吸させて下さいっ」
「ん、お、おう。そりゃ好きにしたら良いけど」
すると、アーニャさんは水に浸かったまま深呼吸する。何故か胸に手を当てて、再び深呼吸した。なんだ? 体調崩したのに心音にまで何か変化があったのか?
キョトンとしてると、俺達と同じ湯船に浸かってる水風呂に胸の大きな女性が浸かってるのが見えた。
……もしかして、自分の胸も大きくしようとしてるのか? 確かに、アーニャさんは服を着たら大きく見え、水着になると年相応な大きさに見える胸をお持ちだ。
「美優さん、あっちにサウナありますよっ」
「あ、うん。行こっか」
その胸の大きな人は、何処かから男に呼び出されて立ち去った。アーニャさんは見向きもせずに胸に手を当てている。
ふむ……あの人はどう見てもハタチ超えてるし、そんな気にすることでもないと思うが……一応、声を掛けた方が良いだろう。アーニャさんの純粋さなら「なるほど! ハルカは物知りです!」ってなりそうだし。
「アーニャさん」
「っ、な、なんですかっ?」
「胸は好きな人に揉んでもらうと大きくなるらしいですよ」
「はい?」
少し治ってきた赤さを再びマックスにするアーニャさん。え、何? アーニャさんならそんな話題、別に……。
「……ハルカ、エッチです」
「えっ」
「……ミナミに、言います」
「おおい待て! それは死んじゃう、死んじゃうから勘弁して!」
「知りませんっ」
ぶいっと頬を膨らましてそっぽを向くアーニャさん。
このあと、誠心誠意の謝罪を込めた三段重ねアイスクリームで許してもらった。
×××
浴場の売店の椅子でついでに食事を済ませ、再びお風呂を巡って歩き始めた。
しかし、アーニャさんもやはり女の子なんだよなぁ。以前、俺に胸を見られて恥ずかしがっていたことをすっかり忘れていた。
とにかく、これからはもう少し言動に気をつけた方が良いかもしれない。
少し反省してると、アーニャさんが俺の手を引いた。
「ハルカ! アレなんですか?」
「アレ?」
指差す先にはドラム缶風呂があった。あんなのまであるのか、ここ。
「まぁ、日本の昔の風呂みたいなもんだよ」
「アー……不思議なお風呂ですね……」
「入りたいなら入って行くか?」
「ハイ」
アーニャさんが楽しそうにドラム缶風呂に入った。ドラム缶風呂は普通の風呂より少し深い。よって、アーニャさんが座るだけで肩まで浸かってしまった。
当のアーニャさんはとても気持ち良さそうに目を閉じて「ふぅ……」と息を吐く。
「普通のお風呂より暖かい、ですか?」
「まぁ、そう感じるよな、ドラム缶風呂って」
実際、少し高めに設定してんのか? よく分からんけど、多分そうなんだろう。
すると、アーニャさんが俺の方を不思議そうな顔で見てるのに気付いた。なんだよ、と視線で問うと、小首を傾げながら言った。
「……ハルカも一緒に入らないですか?」
「……」
……そうだった、あくまでもこの子はアーニャさんだった。さっきまでの照れっぷりが嘘のようで困るぜ。
ドラム缶風呂、というのは名前の通りドラム缶の風呂なので、多くても二人までしか入らない。そんな中に異性が入れば、狭くて二人の身体が少し密着するのは分かりきった事だ。
「……えっと、良いのか?」
確認を踏まえて聞くが、アーニャさんは分かってない様子で「何がですか?」と言わんばかりにキョトンと首を捻った。
「だから、そこ狭いから体くっつくけど良いのかって」
「あっ……そ、そうですね……」
ああ、ちゃんと伝えれば考え直そうとしてくれるのか。それなら、これからも俺の意思を伝えればこの件は問題無……。
「……わ、私は……良い、ですけど……」
「……」
……良いんかい。そうか、ちゃんと伝えてしまうと、断った時に必然的に「俺は入るの嫌だ」っていう風になってしまうのか。
改めて、こういったアーニャさんのお願いに対する策を考えながら、とりあえず一緒に入ることにした。
「あちっ」
そんな呟きを漏らしながらもドラム缶に入った。
俺とアーニャさんは向かい合うように座り、体がくっつくことはなかったが、足と足が絡み合うようにくっ付く。
アーニャさんが頬を赤らめる中、俺はもうこういうの慣れたので小さく伸びをしながら天井を見上げながら声を掛けた。
「そういえばアーニャさん、お願いどうする?」
「へっ?」
「ほら、さっきのサウナの勝負、俺が降参したからアーニャさんの勝ちでしょ? なんか言うこと聞かないと」
言われて「そういえば……」とアーニャさんは顎に手を当てた。で、何かを考えたと思ったら、頬を赤らめながら唐突に俺から目をそらした。
「え、ど、どうした?」
「……ハルカ、お願いがあります」
「何? 一つなら言うこと聞くしかないけど……」
「……その、ここの温泉プール……宿泊も出来ます、よね……?」
ああ、確かに出来るな。まぁ、今の時期なら長期休暇もないし、予約無しで行けると思うけど……。
「……その、出来れば……一泊、したい、です……」
「……はっ?」
どうやら、俺は地雷を踏んでしまったようだ。
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勘違いだと判断したこと自体が勘違いの可能性も考慮しよう。
幸か不幸か、見事に宿泊可能になり、俺とアーニャさんは同じ部屋になった。
もちろん、アイドルが異性と一泊なんて許されるはずがないので、俺とアーニャさんは従兄弟設定になった。「お兄ちゃん!」「ははは、兄じゃなくて従兄弟だからマジ勘弁してくれ」というやり取りがホント死ぬかと思いました。
しかし、アーニャさんは一体、どういうつもりなのか。だってほら、今までうちに泊まってたのは、ある意味周りの誰にもバレない事じゃん? 他の人にも、何かしら理由があったって言い訳はいくらでも出来る。この前みたいに体調不良とか。
でもさ、外で泊まったってこれは無理だろ。人身事故や雨って言えば済むと思ったら大間違い、調べりゃ分かることだし、嘘だってバレたら「何かやましいことがあったんじゃないの?」また勘繰られる。
それに気付いてるのか気付いてないのか知らないが、アーニャさんはどう思ってるんだろうか。
というか、根本的にアーニャさんはどう思ってるんだろうな。流石にこうなって来ると、俺でもアーニャさんがどういう気なのか気になる。
まぁ、その、何。実は俺のこと好きなの? みたいな。あ、ダメだ。こんな事、考えるだけでも恥ずかしい。
しかし、好きでもない男と宿泊しようと思うか? ってどうしても考えてしまう。
そんなことを考えていた時期が、私にもありました!
「ハルカ! 枕投げやりましょう!」
この女マジでキン肉ドライバー掛けてやろうか。
アーニャさんが泊りたがっていた理由はこれだった。枕を持ってウキウキな笑顔でそんな事を言ってきた。ホント、部屋を案内されるまでの俺の顔面にパンチを入れたい。フザケンナよホント。
「ハルカ? どうしました?」
「……なんでもねぇよ……」
「怒ってます?」
「怒ってない……」
……恥じているだけだ。
若干頬が赤いアーニャさんだが、まぁアーニャさんのことだ。温泉の熱が残ってるとか、友達とのお泊まりが楽しみとかそんな感覚なんだろう。
あとでなんかのタイミングで新田さんに愚痴ろう。というか、愚痴らないとやってらんないわ。
「ハルカ?」
「枕投げだっけ? 良いよ?」
「ホントですかっ?」
「ああ。……手加減は出来そうにないけど」
「???」
ハハハ、本気? 流石にそんな年下の女の子相手に出さないさ。大人気ないというか男として問題だろ。
……ただし、手加減もしねぇがな!
カッと目を見開くと、押入れから枕を引っ張り出した。
「いくぞオラァッ‼︎」
「っ、は、ハルカ⁉︎ やっぱり怒ってませんか⁉︎」
「怒ってねーよ! ただちょっとイラついてるだけだっつーの!」
「それ怒ってますよね⁉︎」
殺伐とした雰囲気で枕投げを開始。当然、ほとんど一方的になり、気が付けばアーニャさんは疲れ果てて布団の上で大の字に寝そべっていた。
×××
『……何やってるのよあなた』
現在、俺一人で表に出て、飲み物を飲みながら新田さんに愚痴ると、もっともな答えが返って来た。俺は何してるんですかね……。
「……少しイラっとしたんですよ。だって普通男を一泊誘います?」
『そんなのアーニャちゃんからすれば今更でしょ?』
「や、だって外ですよここ。うちならともかく……」
『変わらないわよ』
変わらないんだ……。俺の考え過ぎだったんかな……。
『まぁ、でもアーニャちゃんの態度も確かに男の子を勘違いさせちゃうよね。……多分、勘違いじゃないけど』
「は?」
『あ、ううん。何でもないよ。それより、ちゃんとアーニャちゃんに謝るようにね』
「あ、はい。それはもう」
基本的にはやり過ぎた俺が悪いし。一応、謝るためにアーニャさんに飲み物買っておいたし。
『にしても、アーニャちゃんもアーニャちゃんね。そういう男の子を勘違いさせるような行動はしちゃダメって言ってるのに……』
「そうなんすか?」
『うん。私の彼氏もアーニャちゃんにメロメロにされちゃってて……付き合ってるのに「アーニャ様アーニャ様」って……正直、気持ち悪い』
うわあ……そんな奴いんのか。もしかして、アーニャさんのファンか? 誰だか知らんけど、そういうとこはアニメオタクだろうがアイドルオタクだろうが宗教じみてて気持ち悪いわ。
「ていうか、そんな人とよくお付き合い出来ますね」
『あれで可愛いとこあるからね。それに、割と面倒見も良いし運動神経も良いし……悪いのは成績だけだから』
「致命的な欠陥じゃないですかね……」
『それは、うん……教えてあげるのは別に嫌じゃないんだけど、もう少しこう……頭良くなって欲しくて……』
あ、教えてあげてるんだ。ていうか、なんで惚気られてんだ俺。
「……そうですか。じゃ、俺はそろそろ戻りますね」
『あ、うん。あんまりアーニャちゃん待たせてもアレだしね』
「……一応聞きますけど、念の為部屋に入る時ノックした方が良いですよね?」
『……そうね』
「じゃ、おやすみなさい」
『はい、おやすみなさい』
それだけ話して通話を切った。
さて、とりあえず部屋戻るか。座ってたソファーの腕掛けに置いておいたデカビタを持って部屋に戻った。
部屋の前でノックすると「ハイ?」と間の抜けた声がした。どうやら復活し、いつものふわふわオーラを纏ってるようだ。
「俺だよ。入って良いか?」
『あ、まっ、待ってくださいっ。今、浴衣に着替えてるので……』
どうやら英断だったようだ。一度ミスれば忘れない辺り、さすが俺だな。
しばらく待ってから、扉が開いた。浴衣に着替えたアーニャさんが、若干頬を赤らめて立っていた。
「お、お待たせしました……」
「ん、おお」
中に入ると、すでに布団が敷いてあった。わざわざ敷いといてくれたのか、なんか悪いな。
「あ、アーニャさんこれ」
購入したデカビタを手渡した。キョトンと首を捻るアーニャさんに意図を説明した。
「さっきやり過ぎたから」
「へっ? い、いえっ、楽しかったのでいいですよっ!」
「いや、とりあえずこれだけもらっといて。大人げなかったから」
「うっ……す、すみません……」
半ば強引に手渡すと、渋々受け取るアーニャさん。で、二人で布団の上に座った。
「で、どうする。寝る?」
「い、いえっ。せっかくお泊まりなんですし、もう少し起きていたいですっ」
ああ、言うと思った。
「了解。何する?」
「アー……その、さっき売店で日本の面白そうなゲーム、買って来ました」
「ゲーム?」
「はい。これです」
嬉しそうに見せて来たのは花札だった。なるほど、日本の面白そうなゲームね……。ルールは知ってるが、二人でやるなら必然的にエゲツないこいこいルールになるな……。
「別に構わんけど……ルールは?」
「分かりません♪」
楽しそうに弾んだ声で答えられてもな……。まぁ、別に良いか。教えるくらいなら構わない。
「じゃあ、簡単に説明するけど……まぁ、役に関しては調べてスマホ見ながらやってみ」
「わ、分かりました」
そんなわけで、花札の説明をした。場に並んだカードを手札のカードと同じ絵柄のものを取り、それによって役が完成したら勝ち、もしくは「こいこい」で続行し、さらに多くの役を求めることも可能。
本来なら金とかを賭けるゲームだが……まぁアイドルが賭博なんてまずいよな。
とりあえず、ルールを教えてから、アーニャさんはスマホでググった役を見ながらゲームを開始した。
「やる?」
「ハイ、面白そうです」
そう言って、二人でゲームを開始した。
カードをお互いに配り、まずはアーニャさんの手番から。場に並んでるカードは桜を筆頭にイノシシ、菊(盃)など高得点の役を作れるものが並んでいた。
ま、俺ならまずは盃を確保だな。そうすれば手札のボウズを使って月見酒が取れる。カス札を集めながらいけば速攻で勝負は決まる。
そう思ってるときだ。アーニャさんが桜を取った。さらに山札からカードを引くと、菊の青短が出て来て盃を持っていった。
「やりました! 花見酒です!」
「……」
……鬼かよ、この人。
「これで私の勝ちですかっ?」
「え、ああ、まぁな。でもこいこいすれば続行して高得点も狙えるけど」
「分かりました、しません♪」
よく分かってらっしゃる。金をかけてないゲームでこいこいなんかしてもメリットはない。
すると、アーニャさんが顎に人差し指を当てて「んーっ……」と唸ってから、提案するように言った。
「ハルカ、罰ゲームつけませんか?」
「は?」
「役の点数が大きいほど、大きな罰ゲームです」
「あ、例えば?」
「アー……では、明日の帰り道、私服を逆にして帰るとか♪」
なんて事ほざくんだこの人。
「無理だろ……。それ、アーニャさんも恥ずかしいでしょ大体」
「私はそんなことないですよ?」
ですよね、あなたクールですもんね……。くっ、歳下の女の子とさほど身長差がない自分が憎い……!
「……それはアレな? 相当、点差が開いた時な?」
「分かりました♪」
「逆に俺がその点差で勝った時は、それなりの要求をするからな」
「良いですよ」
……勝つ自信があるのか、それとも何も考えてないのか……。
いや、何にしても勝てば良いのだ。さっさと終わらせてやるぜ。そう決めて、いざ花札こいこいルール58番勝負が始まった。
〜二時間後〜
かなりの点差で大敗した。明らかに何も考えずにプレイしてたくせに、奇跡的な引きの良さで見事に完封されました。戦略も運の前で役に立たないということか……。
「えへへ、やりました♪」
嬉しそうに微笑むアーニャさん。俺のお願いで「次の一戦で取り返すから! 罰ゲームは一番最後に回そう!」が完全に裏目に出た。
「……罰ゲームって、私服の交換とかか?」
「あれは例えばですよ?」
「……あそう。じゃあどうすんの?」
聞くと、突然アーニャさんは頬を赤らめて俺から目を逸らした。おい、そのパターンは知ってるぞ。大体、恥ずかしいお願いをしてくるパターン……。
「……その、まずは添い寝しても良い、ですか……?」
想像以上だこれ。
「い、良いけど……おい、まずはってなんだよ」
「……ハルカ、58敗分です。お願い一つじゃ使い切らないです」
「別に無理して使わなくても……」
「っ、そ、それはダメです! 勿体無いです!」
……この子、結婚したらけち臭い節約系主婦になりそうだな。結婚、結婚か……。
……あれ? 今、なんで俺一瞬いらっとした? アーニャさんだって女の子だし、いずれ他の男と結婚するのは当たり前だろ。アイドルと言ったって、いつまでも続けてられるもんじゃないし。
「……カ、ハルカっ」
名前を大きな声で呼ばれ、ハッと我に帰った。
「な、何……?」
「どうしました……? なんだか、ボーッとしてましたけど……」
「あ、ああ……。なんでもない……」
不覚、俺としたことがボーっとしてしまったか。まぁ、アーニャさんのバカさ加減に一々イライラしてたらキリがない、気にしないようにしよう。
そう決めてアーニャさんを見ると、頬を赤らめながら俺の顔色を伺うようにして言った。
「で、では……その、添い寝、しましょう……」
「……」
ほらな? 男を誘惑する天才かよ。天性のキャバ嬢かよ。
「……ああ、了解」
そう言って、アーニャさんと一緒の布団に入った。
仰向けになって目を閉じると、隣のアーニャさんはモゾモゾと動いて、俺の左腕と体の間に入り、上腕二頭筋の上に頭を置いた。
「……アーニャさん?」
「……さい」
「へっ?」
「……頭、撫でてください……」
「……」
おい、この子ホントにどういうつもりなの? 皆目分からなくなってきた。いくら友達同士と言っても限度がある。ここまで友達にするか?
さっきは盛大な恥ずかしい勘違いだと思ったが、アーニャさんだって少なからずと羞恥心はある。もし、さっきの枕投げが照れ隠しだったとしたら……? この子、まさか本当に俺の事……。
「えへへ……ハルカ」
「っ、な、何?」
「私、こんな気持ち初めてです」
「は? き、気持ちって……?」
「誰かにくっついてて、気持ち良いと思える事です」
っ、お、オイ……。それって、それって……いや、落ち着け俺。相手はアーニャさんだ。何を考えてるかわからない人部門最優秀賞の人だ。そんなのどうせ本音がぽろっと出た感覚で……え? ほ、本音? それってやっぱつまり……いや、でも、しかし……!
頭の中でセリフやら言い訳やら何やらがぐるぐる回ってる中、アーニャさんは頬を赤らめたまま呟くように言った。
「……ハルカ、お兄ちゃんみたいです」
「……」
……ほらな? 期待するだけ損だろ? よしよし、いい加減学習したな、俺。うん、全然ショックなんか受けてないってばよ……。
そう思いながら、俺は目を閉じた。
×××
「……」
「zzz……」
「……はぁ、困りました……」
「zzz……」
「……心臓がうるさくて眠れません……」
「zzz……」
「……どうしましょう、ミナミ……」
「zzz……」
「……ハルカのバカ……」
「zzz……」
温泉ラストです。
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事務所の寮にて(1)
最近、アナスタシアには悩みがあった。いや、人なら誰でも悩みはあるし、アナスタシアだってダンスが上手くいかないとか次の仕事どうしようとか悩んだりする事もある。
しかし、今回抱えてる悩みは今までとは異質なものだ。一人の年上の男の子の悩みだ。夏休みにも同じことで悩んでたが、あれとは別種の悩みだった。
そんな悩みがいつ生まれたのかは本人にも分からないが、自覚したのは温泉に行った時だった。胸のズキズキした痛みが出て来た。もしかしたら心不全か何かかと思ったが、普段一人でいる時は特に何も感じないが、遥と一緒にいるとその痛みは増していった。
しかし、理由が分からなかった。なので、誰かに相談しようと思った。
「と、いうわけなんです、みく!」
「……」
前に膜のことで話したことがあったのと美波が仕事中なことがあって、前川みくに相談した。
人間的にも、語尾の割にキチッとした所もあるし、お姉さんっぽいのでチョイスした人選だ。
しかし、相談を受けた側のみくは半眼になった。
「……まったく、どいつもこいつも……」
「? みく? どうかしましたか?」
「なんでもないニャ……」
さて、みくは困ったことになった。それは恋だ、と伝えてしまうか、それともやめておくべきか。
本来なら自分で気付かせるべきなんだろうけど、相手は明らかに精神的に思春期が来てなさそうなアナスタシアだ。気付きそうもなく普通に病院行きそうな気もする。
「……んー、一応聞くけど……アーニャちゃんって恋とかしたことある?」
「恋ですか? えーっと……ダンスならミナミとカラオケで毎回踊りますよ?」
「うん、今の返事でよくわかったにゃ」
「???」
分かってないアナスタシアを前にして深いため息をつくみくだった。本当、周りの人達はみんな恋人なんて作りやがって、とボヤきたい気分だった。
しかし、まぁ他の子ならともかく目の前のアナスタシアは見た目は大人、頭脳も大人、精神が子供という純粋な子だ。手を貸してあげて、精神も大人になってもらった方が良いかも……と思い、協力してやることにした。
「んー、アーニャちゃん」
「? なんですか?」
「男の子は好き?」
「ハイ?」
ちょっと質問の意味が分からず、真顔のままキョトンと首をひねった。
まぁ、その結果は理解していたので別の質問をすることにした。
「じゃあ、遊歩チャンと美波チャンの関係は?」
「恋人じゃないですか?」
「うん。恋人ってどんな関係?」
「よく分からないですけど……お互いに好き同士な関係ですよね?」
「うん。じゃあその関係になる直前、お互いの男女はどんな感じになると思う?」
「どんな……?」
言われて、アナスタシアは顎に手を当てて考え始めた。
「……うーん、アイアンクローですか?」
「あの二人をモデルにしたみくが悪かったにゃ……」
呆れ気味にそう呟くと、顎に手を当てて考え込むみく。どう説明したものか悩んだが、正直自分も興味があるだけで初恋もまだだから。何より、彼氏がいる人のセリフなら説得力があると思ったからだ。
なので、絶賛恋してるメンバーに頼ることにした。いや別に全然、ぶん投げたとかではなく、自分では説明は難しいと判断したからだ。
「アーニャちゃん、今の相談はみくじゃなくて他の人にした方が良いにゃ」
「え、そ、そうですか?」
「例えばー……文香チャン、凛チャン、卯月チャン、美波チャン……あと奏チャンとか?」
「そんなに⁉︎ でも、ミナミはお仕事で……」
「L○NEで大丈夫だよ。結果が出たらまたみくが聞いてあげるから、とりあえず聞いて来たら?」
「ダー……分かりました。聞いて来ます」
そう言うと、一時解散となった。
×××
「……恋です」
「恋だね」
「恋ですね!」
『恋だよ。一応言うけど、遊歩君には言わないようにね』
「恋ね」
満場一致のご回答をいただき、流石に恥ずかしくなったアナスタシアは顔を真っ赤にして戻って来た。
「と、いうわけで、恋にゃ」
「みく、気付いてたんですか⁉︎」
「まあ、あれだけわかりやすかったからね……」
むしろ、あれを恋と言わずしてなんと言うのか。
「それで、一応聞くけどアーニャちゃんはその子のこと好きなの?」
「好きですよ?」
「うん、その即答は察してた。じゃあこう聞くにゃ、キスしたいとか思ったりする?」
「っ⁉︎」
その質問に再び顔を真っ赤に染めるアナスタシア。そんな様子のアナスタシアはそれなりに珍しく、みくとしてはかなりからかいたくなってしまった。
そんなみくの気も知らず、アナスタシアは頬を赤く染めたまま俯き、上目遣いでみくを睨み付けた。
「ううっ、い、いきなり何を聞くんですか……?」
「じゃあ、彼とどんな事したいと思ってるの?」
「え、えーっと……どんな事と言われても……」
顎に人差し指を当てるアナスタシア。とりあえず思い出したことをそのまま伝えることにした。
「……この前の温泉では、一緒にくっ付いていたいと思いました」
「うん、そう思う異性がいるって時点で中々大好きだと思うにゃ」
「……そ、そうですか……?」
尚更恥ずかしくなり、アナスタシアはまた顔を真っ赤にした。
「それなら、お付き合いしたいってことで良いにゃ?」
「うっ……お付き合いって……ミナミとユウホみたいに、ですか……?」
「あの二人はなんとなく健全じゃ無さそうだからダメにゃ」
「へっ……? そ、そうなのですか……?」
「アーニャちゃん達が目指すべきはー……」
とりあえず、みくの思う理想のカップルを語ってみた。
「毎日、無理のない程度に顔を合わせられて」
「合わせてますよ?」
「で、休日はデート、連休なら泊まり掛けで行って」
「それも行っています」
「……お、お互いの趣味をある程度は共有出来て」
「あ、それもこの前にハルカに教えていただいたゲーム実況をよく一緒に見てます」
「……お、お買い物デートの時とかは似合う洋服とか見繕ってくれたり」
「洋服ではありませんが、帽子を選んでもらった時はありますよ?」
「……」
「? どうしました?」
キョトンとして尋ねてくるアナスタシアにイラっとしたみくは、ジト目で質問に答えた。
「……付き合ってないの? それで? そこまで進んでて?」
「な、なんですか? いきなり……」
「付き合ってないでそれって……」
「へ、変ですか……?」
「変」
ハッキリ言われ、軽くショックを受けるアナスタシアに、なんだか答えのわかりきった相談をされた気分になってバカらしくなったみくは問い詰めるように言った。
「変だにゃ、泊まりでデートなんて普通、付き合ってからすることにゃ! それが無くとも学年も学校も違うのに毎日のように顔を合わせるなんて、それもおかしいにゃ!」
「そ、そんなこと言われても……」
「もうさっさと付き合えば良いにゃ」
「急にそんな投げやりに⁉︎ だ、大体、ハルカは私にそんな感情ないです! いつも平気な顔でいますから!」
「……ふーん」
正直、みくとしてはそれも信じがたかった。しかし、実際にその遥という少年がどんな子なのか知らないため何とも言えない。
なので、アナスタシアから情報を聞き出すことにした。
「じゃあ、その子はどんな子なのにゃ?」
「良い人ですっ」
「いやそうじゃなくて……もっとこう、特徴をね」
「変な人ですっ」
「……それ、良い人なの?」
「良い人ですっ」
「例えば?」
「例えば……遊びに行くといつもご飯作ってくれます」
「あ、やっぱりまだご自宅にお邪魔してるんだ……」
「それに、修学旅行で中々会えなかった時は寂しかったと言ってくれました」
アーニャちゃんが言わせたんだろうなぁ、と思ったが口にはしなかった。目の前の純粋な少女にそんなつもりがなかったことは想像するまでもない事だからだ。
「それと、私とだけは仲良しとも言ってくれました」
友達がいない中、唯一話すのがアナスタシアだけ、という可能性が真っ先に浮かんでしまった。どっかの新田さんの彼氏の所為だった。
「あと、部屋に着いた時に私の事を『ちゃんと手洗いうがいをしろ』と注意してくれました」
今時の男子高校生はみんなオカン属性ついてるの? と思ったが、これもスルーした。
しかし、聞いた話だと確かに良い人そうだが、肝心の本人はアナスタシアをどう思ってるのかが分からなかった。何というか、どうしようもない妹の面倒を見てる、みたいな感じに聞こえた。
「……アーニャちゃん、これは大変だなぁ……」
「な、何がですか?」
「何でもないにゃ。それより、アーニャちゃんはその人とどうなりたいの?」
「へっ?」
「だからお付き合いしたいーとか」
「お、お付き合いなんて……」
「じゃあ、好きになったその気持ちはどうするにゃ?」
「っ、そ、それは……」
「男の子とお付き合いするのは決して変なことじゃないし、勇気出してみても良いと思うよ?」
「うー……」
言われて、アナスタシアは頬を若干赤らめて考え込んだ。お付き合いをする、というのがイマイチどういうものなのか分からないが、最近彼氏ができた美波はとても幸せそうだ。
もし、もし自分もあんな顔ができるのなら……そう思うと、確かに頑張ってみても良いかも、と思った。
「……分かりました、頑張ってみます」
「うん、頑張れ。アーニャちゃん」
「みくも、手伝ってくれますか?」
「まぁ、アーニャちゃんだけじゃ不安だし、みくも力を貸してあげるにゃっ」
「ありがとうございます」
そう言って、とりあえず作戦会議に二人はアナスタシアの部屋に向かった。
部屋の前に到着し、鍵を開けたところで「あっ」とみくが声を漏らした。
「? どうしました? みく」
「アーニャちゃん、頭にゴミついてるにゃ」
「へっ? どこですか?」
「取ってあげるからジッとしてて」
背の高いアナスタシアの頭のゴミを取るため、みくは小さく背伸びをした。ゴミを取り「よしっ」と満足したみくは改めて部屋の中に入った。
そのゴミを取ろうとした瞬間を、たまたま見てしまった蘭子には、アナスタシアの頬にみくがキスをしているように見えた。
「っ、や、やっぱり……あの二人って……」
後日、また変な噂が広まり、みくとアナスタシアは慌てて弁解するのに走り回った。
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身内に出てるクセは外でも出る。
冬休みも目前、うちの学校もイベントの多い二学期大トリイベント、期末試験を目前に、全生徒が勉強に集中している。
俺もそれは例外ではなく、集中して勉強しなければ点は取れない。指定校推薦狙って一般受験は回避する予定だ。
そんなわけで、とりあえず近くのカフェで勉強中。一人で無心で手を動かしていた。今やってるのは不定詞、toがどうだのなんだのと教科書の例文を暗記してると「あれっ?」と明るい声が聞こえて来た。
ふと顔を上げると、うちのクラスの多田さんと男子生徒がこっちを見ていた。
「あ、どうも……」
「えーっと……白石、だっけ? 最近、北山と仲良い人」
しまった、あまり仲が良いわけでもなく、修学旅行でたまたま同じ班になったってだけで声掛けてしまった……。
まぁ、別にさっさと会話切り上げれば良いし、あまり悲観的になることはないか。
「どうも。勉強?」
「うん。そっちも?」
「そうだけど」
「じゃ、一緒に勉強しないっ?」
「えっ」
多田さんがそう提案すると共に、隣にいる男の子がガッカリしたような声を漏らした。今の一言で何となく二人の関係を察してしまった俺は、断る事にした。
「いや、いいよ。俺そろそろ帰る予定だったし」
「そうなの?」
「うちに親いないから晩飯の準備とかしなきゃいけないの。お前らほど暇じゃないから」
「むっ、何その言い方ー」
「じゃ、また」
そう言って席を立った。あの男子生徒、なんかよう分からんけど多田さんのこと好きみたいだし、良い人に見えるように少し皮肉言っておいた、あとは頑張れよ。
そんな上から目線な事考えながら、購入した飲み物のカップを捨てて店を出た。
しかし、もう少し勉強して帰ろうと思ってたんだけどな……。別の店でしようかな。いやでも別に帰ってから勉強しても良いけど、家だと幕末の動画見たくなっちゃうし。
うん、そうしよう。夕飯は冷蔵庫に買い置きしてあるし、今日は少し八時頃までファミレスで勉強しよう。
そう決めてファミレスに向かった。そういえば、あのファミレスでよくアーニャさんと待ち合わせしてたなー。今じゃ俺のマンションか学校の近くで出待ちされてるけど。
そんな事を考えながらファミレスに到着し、勉強を始めた。しばらく勉強し、疲れたので小さく伸びをして、再び勉強を繰り返す事、大体三時間経過した。
気が付けば八時半を回っていた。良い時間だし、そろそろ帰るか、そう思ってファミレスを出ると、多田さんが走ってるのが見えた。一緒にいた男の子がいない所を見ると、一度帰ってからまた外出て来たのか?
「多田さん、何してんの?」
なんか慌ててるので声をかけてみた。
「財布落とした!」
「はぁ?」
「探さなきゃ! 手伝って!」
「お、おう……」
や、それは良いけどよ……。
「一緒にいた奴は?」
「家に帰ってから気付いたの! 迷惑掛けられないじゃん!」
「俺には迷惑かけて良いのか」
「たまたま会ったんだから良いでしょ!」
「まぁ良いけどよ……」
仕方ない……。探すだけ探してやるか。と言っても、やっぱり多田さんの行動を辿るのが一番だろう。
「多田さん、今日どこ行ったりしたん?」
「今日? え、なんで?」
「え、探し物探すときは普通、自分の来た道辿るでしょ」
「あ、な、なるほど……」
「え、今までどこを探してたの?」
「が、楽器屋とか……」
「寄ったのか?」
「……寄ってない」
こいつ……アホなのか?
「……行くぞ」
「う、うん……」
恥ずかしくなったようで、二人でさっきのカフェに向かった。ほんとは一人で行かせたいとこだったが、この時間で女の子一人は危ないと思ったのでついて行くことにした。
「いやー、しかし白石に会えて良かったなー。こんな簡単に財布見つかりそうになるなんて」
「まだ見つかってないけどな。つーか、普通はまず来た道を引き返すだろ」
「ううっ……だ、だって、もしかしたら財布が移動しちゃうかもしれないじゃん……」
「財布に意思はないでしょ。というか、財布をそもそも落とすな。高校生なら財布が人間が生きていく上で重要なライフラインになる事を自覚しろ。大人になったら財布に免許証や銀行のカード入れる人もいるし、多田さんもそうするとなったら尚更……」
「ううっ、わ、分かったよ! そこまで言わなくても良いじゃん!」
……あっ、やべっ。つい言い過ぎちまった。無防備すぎるアーニャさんに普段、よく話したりたまに説教したりしてたからついその癖で……。
「わ、悪い……」
「いや、いいけど……白石って意外と所帯染みてるんだね」
うるせーよ。一応、両親が帰ってくる場所に一人で暮らしてるんだから、それくらい当たり前だ。
まぁ、クラスメートに説教するのは流石に違う気もするが。
「ていうか、そもそもなんで白石は外にいるの? 帰ったんじゃないの?」
「へ? あ、あー……」
そういやそう言って別れたんだったか……。
「や、邪魔しちゃ悪いと思ったからな」
「はぁ? 邪魔って……クラスメートと勉強に邪魔も何もないじゃん」
ああ、これはあの男の子すごい苦労しそうだな。まぁ、俺の知ったことではないが。
「知ってる? 勉強ってのは基本的に一人でやった方が自分の身になるんだよ」
「え、そうなの?」
「ああ。友達と一緒なら分からない所があれば聞けるじゃん、って言うやつもいるかもしれないが、教科書なりスマホなりで自分で調べようとすれば、友達に聞くよりも自分の記憶に残るでしょ。他人に教えてもらう以外に友達と一緒に勉強するメリットなんかないし、むしろ話とかして勉強の邪魔になるだけだから」
「うわあ……なんていうか、白石って変な人だね……」
唐突に失礼だなこいつ……。流石にアーニャさんほどアホではないか。まぁ「そうなんだ、すごいね! 今度から一人で勉強するね!」とかなられても困るしな。
そんな話をしてるうちに、カフェに到着した。多田さんが店員さんに財布を取りに行ってる間、俺はぼんやりと店の前で待機した。
しばらくすると楽しそうに財布を持って多田さんが出て来た。
「おーい、お待たせ! あったよ!」
「見りゃ分かるよ」
「本当にありがとう、お礼に何か奢るよ?」
「じゃあ今月のうちのガス代払って」
「普通飲み物とか食べ物じゃないの⁉︎ 本当変な人だな!」
冗談に決まってるだろ。ていうか、別に奢られたくないし。
「別にいい。小学生でも分かることをそっと教えてやっただけだからな」
「一々、ムカつくなぁ! 皮肉は良いから何か言ってよ!」
「夏目漱石」
「いや人名じゃなくて奢って欲しいものを言ってよ!」
……こいつ、意外と面白いな。素ではすっとぼけてんのにツッコミ属性も高いわ。次は何言ったら面白い反応するかな……。
「何その『次は何言ったら面白い反応するかな』みたいな顔⁉︎ 次はないからね⁉︎」
「じゃあカシスオレンジ」
「お酒⁉︎ もう、怒るよ本当に⁉︎」
そんな話をしてると「何してるにゃ?」とマヌケそうな声が聞こえた。最後のそれ語尾? と思ってそっちに顔を向けると、見覚えのない女の子が立っていた。
「あ、みくちゃん! 聞いてよ、この男がね……!」
「李衣菜チャン、誰なの?」
「ああ、うちのクラスの白石。あ、白石。この人は……知ってると思うけど、前川みく」
「普通に知らないけどよろしく」
「え? し、知らないの? テレビとか出てるんだけど……」
「え、有名人?」
「アイドルだよ……。みくも李衣菜チャンも」
……えっ、そうなの? ていうか、アイドル安くない? まるでアイドルのバーゲンセールだな……。
「ふーん、じゃあ前川さんの語尾はキャラ付けとか?」
「キャラ付けなんかじゃないにゃー!」
「え、素でそれ? 尚更……」
「ちょっ、ちょー! 白石タンマ! ストップストップ!」
慌てて多田さんが割って入ってきて、俺と肩を組んで前川さんに背を向けて耳元でボソボソ囁いた。
「それ以上はダメっ。北山がそれ以上のことを言って大変な事になったんだから……!」
「大変って?」
「美波さんの背負い投げで北山が落ちた」
「……」
あの人、見た目通り怖い人か……。思うことはいろいろあるが……なんつーか、うん。黙ろう。
「それで、二人は何してたの?」
前川さんが気を取り直して質問して来た。
「ああ、多田さんが財布落としたから取りに来たとこ」
「げっ」
「財布を……落とした?」
ジロッと前川さんが多田さんを睨んだ。
「もうっ! いつもいつもしっかりしてって言ってるのに、財布を落とすなんて何事にゃ⁉︎ 特にアイドルなんだし、財布の中に学生証も入ってるんだから、もし変な人に拾われたりなんてしたら……!」
「わー! もう、今白石に怒られた所なんだから勘弁してよー!」
なんだ、語尾の割にしっかりした人なんだな、前川さん。
……そういえば、この二人もアイドルって事はアーニャさんと知り合いなのか? もし知り合いで事務所も一緒なのなら、前川さんにはアーニャさんのお世話を是非お願いしたいものだ。
「それで、一緒に財布を探してくれたから、今から白石に何か奢るとこ」
「ふーん……じゃ、みくはプリンで良いにゃ」
「なんでみくちゃんにまで奢る話になってるの⁉︎」
「けち臭い事言うな多田ー、女を見せろ多田ー」
「あんたは黙っててくれる⁉︎」
そんな感じでギャーギャーと店の前で騒いでる時だ。突然、ドンっと後ろから何かがぶつかった。
ぶつかった何かは後ろから俺の腰に抱き着き、俺の腹の前に腕を回してギュッと力を入れた。
「……え、誰? 通り魔?」
「……」
返事はない。前川さんと多田さんに「誰が抱きついて来てんの?」と視線で聞くと、前川さんの方が口を開いた。
「あ、アーニャちゃん?」
「なんだ、アーニャさんか。どうしたの?」
「ハルカ、黙ってて下さい」
腰の辺りに抱きつかれてて顔が見えない。というか、やはり二人の知り合いか。これは前川さんに後でよろしく頼んでおいた方が良いかもしれない。
しかし、知り合いに会ったにしては、多田さんも前川さんも表情が気まずそうだな……。喧嘩でもしてんのか?
ポカンとしてると、俺の腰のアーニャさんが二人を睨んで言った。
「ハルカは、私のです!」
「えっ」
「えっ」
「へっ?」
「失礼します!」
そう言うと、アーニャさんは俺の腰を腕力で無理矢理方向転換させて俺のマンションの方に押し歩き始めた。
「お、おいアーニャさん⁉︎ な、なんだよいきなり⁉︎」
「うるさいです!」
「う、うるさいって……!」
「黙ってて下さい!」
お、おいおいおい……! なんなんだよ、どうしたんだよこの人……。
少し困りながらも、とりあえず足を止めた。このまま歩くのは危ない。
「ち、ちょっと落ち着けって! どうしたんだよ、いきなり……!」
言いながら身体を翻して回避しつつ、前にずっこけそうになるアーニャさんの手を掴み、ちゃんと転ばないようにフォローした。
手を掴まれ、アーニャさんが俺を睨んだ。その顔はとても憤怒していて、ぷくーっと頬を膨らませていた。
「ど、どうしたんだよ……?」
「……ハルカ、バカ」
「唐突に⁉︎」
「ハルカは、みくやリイナと仲良しですか?」
「いや全然? 多田さんとは学校でたまにしか話さないし、前川さんはさっきのが初対面だし」
「……ほんとですか?」
「ああ、そうだけど……」
なんだよ、そんな強面で……。困惑してると、アーニャさんは突然ご機嫌な表情に変わって、ニコニコしながら俺の腕に飛び付いた。
「ふふ♪ 良かったです、ハルカ」
「ん、お、おお。何が?」
「教えません」
……教えてくれなかった。その後、どういうわけか俺の部屋で飯を食いに行った。
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どっちもどっち。
期末試験の勉強中、今日も今日とて一人……の予定だったのだが、何故かアーニャさんが校門の前で出待ちしていた。
前は校門の前で出待ちしてる事はあっても、正確には高校の近くのコンビニで待っていたわけだが、もう今は普通に校門の傍で待ってる。
うちの学校名が書いてある金属の立て札みたいなのに寄り掛かり、俺の姿が見えるなり駆け寄って来た。
「ハルカ!」
俺の名前を呼ぶなりガバッと飛びついて来た。流石にこれを避けるわけにはいかないので、慌てて受け止め、回転しながら勢いを殺しつつ移動し、さりげなく目立たない場所まで来た。
良かったよ、今日に限って北山と一緒に帰宅してないで。一緒にいたら100%明日からかわれてる。
コンビニの裏に回り、ここなら平気かと思ってアーニャさんを下ろすと、アーニャさんはふらふらした足取りで両膝を着いた。
「ウエ〜……気持ち悪いです……」
まぁ、ここまで回って来たからな……。俺はそういうのには強いが、アーニャさんはそうでもないようだ。
「何するですか……ハルカぁ……」
「お前さ……人前でああいうのはやめろって……」
「なんでですか? ハルカ、私とくっつくの嫌ですか?」
「や、嫌とかじゃなくてな……。周りの目線とかあるだろ……」
「周りの……?」
「あんなところで抱き合ってたら『こいつらカップルか?』みたいになるでしょ」
「わ、私は、カップルに思われても……良い、ですけど……」
唐突に顔を赤らめてそんな事を言い出した。おかげで俺の心臓もドキッとして、思わず同じように顔が熱くなった。
「おまっ……だからそういうこと……」
落ち着け、俺。アーニャさんのことだ、どうせ深い意味はない。……よし、落ち着いた。目の前の女の子はラノベ主人公、と。
「で、何の用?」
落ち着いてから声をかけると、ムッとした様子のアーニャさんが頬を膨らませて言った。
「むっ、用がなければ来てはダメですか?」
「や、ダメってこたないけど……試験前でしょ」
「私も一緒に勉強したいです」
「それは良いけどよ……」
……正直、一人で勉強した方が捗るんだが……まぁ、アーニャさんがそうしたいならそれでも良いか。それなりに勉強して来たから赤点以上は取れるはずだし。はいそこ、目標低すぎとか言わない。
「どこで勉強する?」
「ハルカのお部屋が良いです」
「え、それは俺が嫌なんだけど……」
部屋で勉強は集中出来ないからなぁ……。
「どっかド○ールとかじゃダメか?」
「それでも良いですよ?」
「じゃあそれで」
よし、決まり。早速、ド○ールに向かおうと歩き出すと、ぐいっと片腕だけ引っ張られた。
後ろを見ると、俺の右腕の裾を控えめに且つ力強く握ったアーニャさんが、頬を赤らめながらも、まっすぐ上目遣いで俺を見ていた。
「……ま、待ってください……ハルカ」
「何?」
アーニャさんがそんな顔するなんて珍しいな。何かあったのか?
「その……手を繋いでも良い、ですか……?」
「へ? や、まぁ良いけど……」
まぁ、この人割と甘えん坊だしなぁ。その程度のことは慣れたものだ。
二人で手を繋いでド○ールに向かった。……しかし、女の子って色々柔らかいとは思ってたが、手も柔らかいんだな……。
「……ハルカの手、大きいですね」
「あ? そう? 男の中じゃ小さい方だけど。フォークの握りもギリギリだし」
「ハルカ、フォーク握れないですか?」
「食器じゃなくて野球の変化球な。人差し指と中指で挟んで投げるんだよ。手が小さいとすっぽ抜ける」
「どんな球になりますか?」
「落ちるんだよ。ククッと」
「へぇ……すごいですね……。あ、でもハルカはそれ投げれないですよね?」
「……うるせーよ」
そもそも俺の手が大きいと言えるほど、アーニャさんと俺の手の大きさに大差はない。というか、アーニャさんの身長デケぇんだよ、歳下なのに俺とほとんど身長変わらないんだもん。
「……アーニャさんってさ、身長いくつ?」
「165です」
「高1で?」
「そうですよ?」
……外国の血が混じってると身長大きくなるんだなぁ……羨ましい。
「ハルカはいくつですか?」
「同じくらいだよ」
「ハルカ、男の子なのに小さいですね」
「……」
心の臓を貫かれた。
若干、傷心気味になりながら歩いてると、ド○ールに到着した。そこで手繋ぎを解除し、レジに並んだ。
手早く注文を決めて、お互いに目当ての飲み物を(俺の奢りで)購入し、一席に座った。
「じゃ、やるか」
「ハイ♪ ……あの、その前にお手洗いに行って来ても良い、ですか?」
「……行ってこいよ」
なんだろ、俺と手を繋いだからとか? や、それはないか。向こうから手を繋いできたんだし、何の裏もなくトイレだよな。
とりあえず、俺は先に始めておこうと思って勉強道具を広げると、聞き覚えのある声が割り込んで来た。
「白石遥チャン、だっけ?」
「は? ……あ、前川さん」
前川さんだった。この前知り合ったばかりの猫語尾少女だ。
「なにしてるの?」
「勉強。アーニャさんと一緒に」
「へぇ〜、アーニャちゃんと一緒に?」
……あ、邪悪に微笑んだ。相変わらず女の子ってのは男女二人ってだけで変な想像をする生き物だ。
「ね、どんな感じなの?」
「どんなって、試験範囲の話? それとも成績?」
「や、そうじゃなくて。アーニャちゃんの様子」
「あ? アーニャさんの試験の点数なんて知らないよ。ただ前回はまぁまぁだったらしいけど」
「点数じゃなくて二人でいる時のアーニャちゃんの様子にゃ! ぶっちゃけ、成績なんてみくはどうでも良いにゃ!」
なんだよ、ちゃんと言わないとわかんないだろ……。
「二人の時って言ってもな……。あ、今日はなんか珍しく手を繋ぎたいとか言ってきたな」
「ふーん……繋いであげたの?」
「まぁね。でもそれ以外は出会い頭に飛びついて来たり、ラノベ主人公みたいに天然タラシみたいな事を言ったりといつも通りだったよ」
「……それいつも通りなの?」
「アーニャさんにとってはな……。あの人、距離感とか何も考えてないから困ってんだよ……」
「あー……」
あ、今初めて誰かに同情してもらえた気がする。前川さんには今度から愚痴れるかもしれない。新田さんに愚痴ると「甘えてもらえるんだから我慢なさい」とか言われるし。
すると、前川さんは何か思いついたのか、ニヤリと邪悪に微笑んだ。
「よし、決めたにゃ! みくも一緒に勉強しても良い?」
「ん、良いよ」
「やった。じゃ、隣失礼するにゃ」
「え、俺の? アーニャさんの隣じゃなくて良いのか?」
「うん、この方が良いにゃ」
この方が良いのか? 普通、友達同士で隣に座るもんじゃ……。
まぁ、本人が良いと言うなら良いか。それより、勉強しないと。女の子がたくさん集まると必ずしもガールズトークになるし。
「ね、遥チャン」
「勉強しろ」
「むー、少しくらい会話しても良くない?」
「そういうのは少しでも勉強してから言え」
勉強の合間にするもんだろ、息抜きってのは。
「まー、意外と真面目にゃ。遥チャン」
「意外とってなんだ。というか、俺は大学に行ったら不真面目になる予定だから良いんだよ」
「そ、そうなの……? それで良いの……?」
大学はある意味では実力主義だからな。授業に出なくてもテストやレポートだけしっかりやってりゃ単位は取れる。
「うーん、聞いてた通り遥チャンは変人さんだにゃ」
「おい待て、それ誰に聞いたの?」
「アーニャちゃん」
「あの野郎……」
……そういや前にも言われたな直接……。変わってるってだけで変人ではないからな。
しかし、俺周りにはアーニャさんに「変人」って言われてるのか……。まぁ、アーニャさんの事だし悪い意味も悪気も無いんだろうけど、少しショックではあるかもしれない。
少し肩を落としてる時だ。何処かからツカツカと不機嫌そうに足音を鳴らしてくる音がした。
「なんでみくがここにいるんですか⁉︎」
アーニャさんだった。ぷくーっと頬を膨らませて、俺と前川さんを睨んでいる。
「ん、たまたま会ったからにゃ。アーニャちゃんは遥チャンとデート?」
「っ、で、デー……⁉︎」
「勉強会だっつーの」
しかし、たかだかデートって言葉だけで顔を赤らめるのは珍しいな。何かあったのか?
「いいから勉強するぞ。ノートと教科書出せ」
「みくそんなの持って来てないよ?」
「何しに来たんだよお前……」
「ん、新作のコーヒー飲みに。ね、それより遥チャン、良かったらみくが勉強見てあげようか?」
「なっ……⁉︎」
俺が声かけられたのに、何故かアーニャさんからショックを受けたような声が聞こえたが、とりあえず前川さんの問いに答えることにした。
「いやいいよ別に。俺、応用問題以外は解けるから」
「そう? じゃあ隣で勉強の様子見てるにゃ」
「なんでだよ……お前は教師か何かか」
「別に良いでしょ?」
「まぁ良いけどよ……」
そんな話をしてる時だ。むーっと小さく唸ってる可愛い生き物が俺と前川さんを眺めていた。
「……二人とも、仲良しですね」
「はっ?」
「ハルカは、私なんかよりもみくみたいな方が好みですか?」
「好みって? てか急に何?」
「ふんっ」
……え、何? なんで怒ってんの?
「前川さん、なんでこの子怒ってんの?」
「ふふ、さぁね? じゃ、勉強しよっか。お姉さんが面倒見てあげるにゃ!」
「むー! 狡いです、私が面倒見ます!」
「いや、アーニャさんは俺より年下でしょ」
「それを言ったらみくもハルカより年下です!」
「むしろ俺が二人の面倒見なきゃいけないんじゃ……」
というか、なんだこの空気……ラノベの主人公みたいになってるが、前川さんはからかい目的だしアーニャさんは割とマジで不機嫌だし全然嬉しくない。これからはハーレム主人公を妬むのはやめよう。
しかし、真面目な話どうしよう、というかアーニャさんはなんで不機嫌なんだろう。なんかもう勉強どころの騒ぎじゃないんだけど……。だから一人で勉強したかったんだよ……。まぁ、それでも許可したのは俺だし、今更グダグダ言わないけどな。
「じゃあ、とりあえず二人ともわからないところあったら言って。教えるから」
「ハルカは私とみく、どちらが大事なんですか!」
「いや道徳じゃなくて5教科の中から答えてくれると嬉しいんだけど……」
なんでそんな浮気がバレた男みたいな質問をされなきゃいけないの……。
すると、俺とアーニャさんの様子を眺めていた前川さんが「んーっ」と唸った後、何を理解したのか「よし」と言って俺に言った。
「遥チャン、悪いんだけどみくにミルクレープ買って来てくれるにゃ?」
「なんでいきなりパシりだよ……勉強だっつってんだろ」
「良いから良いから。はい、お金」
「……買って来たら勉強だからな」
ったく、仕方ねえな……。
ボヤきながら、レジの列に並んだ。せっかくだ、一番高いの選んでやる。
それと、どうせ前川さんの見てたら食べたくなっちゃうだろうし、アーニャさんのミルクレープも買うことにした。
順番が回って来てお目当ての商品を購入し、席に戻ると前川さんとアーニャさんの席が入れ替わっていた。
「あれ、席替えたの?」
「うん。アーニャちゃんがどうしてもって」
「っ……アー、みくの隣の方が良かったですか……?」
「普通に勉強してくれるならどっちでも良い」
いや本当に。元々、勉強しに来てるんだし。
アーニャさんはどこか納得いかない表情だった。……というか、何か話したのか? 二人の様子がなんかおかしい。前川さんは落ち着いてるし、アーニャさんは落ち着きがない。何か話したのかな。
まぁ、考えても分からないし、とりあえず買ってきたミルクレープを二人の前に置いた。
「はい」
「ありがと」
「へ? わ、私の分もですか……?」
「前川さんの見てたら食べたくなっちゃうでしょ。食ったらちゃんと勉強だからな」
「すみません……。あ、お代は……」
「いらん、勝手に買って来ただけだし」
「え、でも……」
「いいから。歳下は歳上に奢られてて良いんだよ」
「は、ハルカ……!」
嬉しそうに俺を眺めたアーニャさんは、感極まったのか俺にむぎゅーっと抱き着いた。
対応に困ったが、まぁもう別に拒絶する理由もないので、頭を撫でてやりながら飲み物を飲んだ。
ふと前川さんを見ると、前川さんが呆れた目で俺を見ていた。
「何?」
「別に? ただ、天然タラシはどっちかなって思っただけにゃ」
「は?」
「なんでもないにゃ。買って来てくれてありがと、お釣り」
「ああ、はいはい」
なんかよく分からないが、この日のおかげで俺の中の前川さんは「よく分からない猫」になった。
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事務所の寮にて(2)
前川みくの部屋。そこでみくは暑くてダラける真夏の猫の如くダラけていた。
普段のみくならそんな事はしないだろう。だが、昨日アナスタシアの前で白石遥という少年の前でベタベタし過ぎて、とても怒らせてしまったのだ。
もちろん、みくとしては悪気はなかった。割と奥手なアナスタシアに発破をかけるためと、白石遥という少年がアナスタシアをどの程度意識しているかを図るために聞いたものだ。
が、結果的にアナスタシアを激おこにさせてしまったので、今朝から口を聞いてもらえなくなってしまった。
そんなわけで、真夏の猫と化しているわけだが、あの天使のようなアナスタシアに嫌われたとあっては、何かしようと思える気分にはならなかった。
そんなみくの部屋の扉がコンコンと鳴り響いた。
「みくちゃん、遊びに来……みくちゃん⁉︎」
死にかけのみくを見て、入って来た多田李衣菜は大音量の驚いた声を上げた。
「ど、どうしたの⁉︎ ついにお外でおトイレしちゃったの⁉︎」
「どんな心配のしかたしてるの⁉︎ みくをなんだと思ってるにゃ!」
「だって、猫、外……」
「カタコトで説明するにゃー! 腹立たしさが増すから!」
「じゃあ、どうしたの?」
改めて問われて「うっ……」と少し言いづらそうにするみく。
が、目の前の少女は最近ポンコツになって来てはいるものの、その前まではただのアホな年上のお友達だった。相談するにはもってこいだろう。
全て話すと、李衣菜はジト目になってみくに言った。
「……自業自得じゃん」
「良かれと思ったんだにゃ! でも、アーニャちゃんは結局奥手なままだし、遥チャンは変に慣れちゃってるし何一つ収穫がなかっただけにゃ!」
「しかも収穫なかったんだ……」
なんだか自分が気の毒になって来たみくだった。流石に項垂れてるみくが可哀想になった李衣菜は、仕方なさそうに小さくため息をついた。
「分かったよ……。私がアーニャちゃんと話すの付いて行ってあげる」
「っ! り、李衣菜チャン……!」
「友達が困ってるのを見捨てるのはロックじゃないからね」
「り、李衣菜チャン……! ごめんね、今まで年上の癖に隙だらけなにわかロッカーとか思ってて!」
「……やっぱり帰ろうかな」
「わー! じ、冗談だから勘弁してにゃー!」
そんなわけで、二人でアナスタシアの部屋に向かった。
部屋の前に到着したところで、唐突に怖気ついたみくは李衣菜の背中に隠れた。
「うー……なんだか怖くなって来たにゃ……」
「……いつもの強気なみくちゃんはどうしたのさ」
「だって喧嘩した相手とは気まずいし……」
小学生のような言い分だったが、気持ちは分からないでもなかった。
なので、李衣菜が部屋のノックをした。数秒後「はーい」と呑気な声で開かれる扉から顔を出したのはアナスタシアだ。
が、李衣菜の背中のみくの顔を見るなり、ぷいっと顔を背けた。
「あー、アーニャちゃん待って! ちょっと話聞いてあげてくれないかな?」
「ふんっ、ドロボー猫なんかに話すことはありませんっ」
「え、そんな言葉誰に教わったの?」
「プロデューサーですっ」
余計な事を……と思ったが、今は目の前の天使を説得することが先だ。
「ま、まぁまぁ、みくちゃんも一応、アーニャちゃんのためを思ってした行動だったんだからさ、お話だけでも聞いてくれないかな?」
「……私の、タメ?」
よし、聞く気になったと判断し、意地を張られる前に説明し始めた。
まぁ、そこは元々素直な性格の為、李衣菜が丁寧に説明すればアナスタシアはすぐに納得し、しゅんっとした顔になった。
「……申し訳ありません、みく。みくの気も知らずに私は……」
「い、いやいや、みくも悪かったにゃ。というか、人の色恋に首突っ込むとロクなことにならないと分かったから別に良いにゃ」
「そ、そうですか……?」
思ったよりあっさりと事態は収束し、ホッと胸をなでおろす李衣菜だったが、アナスタシアの一言で空気は凍り付いた。
「それで、その……どうでしたか? ハルカの私の評価は……」
「えっ……」
「……その、少しは意識とか……してくれていたでしょうか……?」
頬を赤らめながら聞いて来たものの、その顔は完全に期待してしまっている。おそらく、アナスタシアの中では精一杯努力したつもりだったんだろう。
しかし、その努力をする前と態度が(おそらく)あまり変わってない事が原因で、あまり意識しているようには見えなかった。
だが、仲直りした後でそれは言いづらい。また嫌われてしまうかもしれない。純粋な子なら尚更だ。
『李衣菜チャン、どうしよう……』
アイコンタクトで聞かれ、李衣菜も困った顔で返した。
『いや私に聞かれても……答えてあげたら?』
『無理だって……。また喧嘩になるにゃ。すごい期待しちゃってるし』
『でも嘘は言えないでしょ。それで確信持って告白して玉砕しちゃったらどうするのさ』
『それはまぁそうだけど……』
『……』
『……』
そこまでアイコンタクトで話してから、みくは言いづらそうに伝えることにした。自分の考えを。
「あー……まぁ、一番仲の良い女の子って思ってるみたいだよ……」
「ホントですかっ⁉︎」
「……うわあ」
当たり障りのない答えに、アナスタシアは目を輝かせて李衣菜は軽く引いた。
流石にこのままだと詐欺に近い気がするし、李衣菜がフォローすることにした。
「えへへ、やりました♪」
「あー、でもアーニャちゃん」
「? なんですか?」
「私、白石と同じクラスなんだけど……」
直後、アナスタシアの視線は鋭くなり、体全身から「羨ましい」というオーラを発しながら李衣菜を睨んだ。
それに心底ビビりながらも、言いたいことを言った。
「その、それで……白石と仲良い女子って少なくとも学校にはいないんだよね」
「ほっ……そ、そうですか……」
ホッと一息いれるアナスタシアにホッとしながらも続けた。
「てことはさ、元々仲良い女子ってアーニャちゃんしかいないんじゃ……」
「……だから?」
「や、だから仲良い女の子ってアーニャちゃんしかいなくて、その中で一番仲良いって言われても、ね?」
「ちょっ、李衣菜チャ……」
「あっ……」
本当は途中でみくが誤魔化した方に行かないように問題解決の方に話を進める予定だったが、あまりのアナスタシアの察しの悪さに思わず全部説明してしまった。
そうなれば、アナスタシアのジト目がみくに向くことは必須だ。
「みく……」
「にゃー! お、怒らないで欲しいにゃー! だって、アーニャちゃんを傷つける事になっちゃうし、モチベーションを上げるためにもああ言った方が良いかなって思って……!」
「……」
なんとか思いついた言い訳を並べると、アナスタシアは小さくため息をついて「仕方ないです……」と呟いた。
「……まぁ良いです。みくも嘘は言ってませんでしたし」
「あ、アーニャちゃん……!」
「それで、本当のところどうなんですか?」
「あー……それは、その……」
「言ってください」
言われて、みくは仕方なさそうに答えた。
「異性として意識はしてると思う。……けど、慣れちゃったから、恋愛対象として見られてない、みたいな……」
「……ナレ?」
「アーニャちゃんの事だから、どうせ遥チャンのこと意識する前もくっついてたんでしょ?」
「アー……そ、そうでしょうか……?」
「じゃないと、普通の男の子ならアイドルの女の子にあそこまでされたらドキドキすると思うから」
「あー、そういえばこの前のアーニャちゃん、告白紛いな事してたのに普通にスルーしてたもんね」
李衣菜のその言葉に「えっ……?」とアナスタシアは真顔になった。
「ち、ちょっと待ってください。いつの話ですか?」
「え? ほら、みくちゃんの財布探してた時」
「李衣菜チャンの財布だにゃ」
「後ろから白石に抱きついて『ハルカは、私のです!』って怒ってたじゃん」
「あはは、李衣菜チャン結構モノマネうまいにゃ。でも、なんで今みくが財布無くしたことにしようとしたの?」
漫才を続けるみく李衣菜の前で以前の事を思い出し、今更になって頬を真っ赤に染めるアナスタシア。普段の肌の白さからは考えられないほど赤くなってしまった。
「うっ、うう〜……」
目をグルグルと回し、今にも気絶しそうになるアナスタシアを見て、二人は慌てた様子で声をかけた。
「わ、わー! アーニャちゃん落ち着いて! そんなことがあったけど白石は全然意識してなかったって話だから!」
「そ、そうだにゃ! 本人には一切伝わってないから安心するにゃ!」
「それはそれで安心できないです!」
そう怒鳴られ「確かに」と二人揃って納得した。
ようやく、自分の過去の行動を思い返して後悔と羞恥が襲い掛かった。自分に兄が出来たつもりでスキンシップを取っていたが、周りからみれば少しハードなカップルのイチャイチャだった。
その少しハードなイチャイチャを持ってしても、遥は慣れとかいうふざけたものでスルー出来るようだ。
……そう考えると、なんだか腹立たしく思えて来た。
「……ハルカぁ……!」
「ねぇ、みくちゃん。この子なんで怒ってんの?」
「……あの理性モンスターを生み出し、育てたのが自分だということを忘れてるだけにゃ」
冷静な分析が耳に入ってへこたれるアナスタシアに、みくは仕方なさそうに声をかけた。
「ま、そこはみくに作戦があるからよく聞くにゃ」
「ほんとですか⁉︎ ……え、みくの作戦ですか?」
「なんで今冷静になったにゃ!」
「だって、みくですし……」
「あ、それは私もドーカン」
「李衣菜チャンまで⁉︎」
いいから聞いてよー! とみくがプンスカと怒ったので、アナスタシア的にも恋愛など初めてだから、例えみくの意見でも聞くことにした。
「……それで、なんですか? みく」
「つまり、アーニャちゃんは好きでもなかった男にグイグイ行ってたから今、こうなってるにゃ。だから、もうここまで来たらさらにグイグイ行くしかないにゃ!」
「……さらに、ですか?」
「もう隠す必要なんかないにゃ、アーニャちゃんが遥チャンを大好きな事を前面に押し出すにゃ!」
つまり、ゴリ押しだった。しかし、確かにもうかなり押してきてるし、今から引いてみるのに意味があるとは思えないのも事実だ。
「……分かりました。私、頑張ってみます!」
ノリノリになるアナスタシアとみくを横で見ながら、李衣菜は思った。「私は知らないからね」と。
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解決編
純粋な子は基本的にわがまま。
試験が終わった。俺の結果は相変わらず平均並み。まぁ、悪い点数では無いため、甘んじて良しとしよう。
で、年末ということでそろそろ部屋の掃除をしなければならない。
え? その前に重要なイベントがあるって? 知らないなぁ。そんなイベント。俺には全然関係ない。
そもそも、ありゃカップル専用のイベントだろ。北山の阿呆めがかなりはしゃいでたのを覚えてる。
まぁ、別に俺はリア充に嫉妬なんてするほど愚かでは無い。はしゃぎたければはしゃげば良いさ。むしろクリスマスの意味も知らない愚かなパリピどもを見下してやるとしよう。
そんな事を考えながら終業式を終えて学校を出た。クソスマスは明後日だが、そんなんは無視して年末の予定を立てなければならない。
何せ、今年は両親は帰ってこれないらしいから、部屋の掃除とか全部俺一人でやらなければならない。
それと、お爺ちゃんとお婆ちゃんと従兄弟達に年賀状書いて、年越しそば作って、おせち料理も作って、初詣に行って……そんなもんかな。大忙しだ。
何より、店が閉店始める前に全部買わなきゃだからな。
「おせちの準備から始めるか……」
一番手間だし。さて、頑張るか。
気合いを入れて昇降口から出ると「ハルカ!」と名前を呼ぶ声がした。
何故か嫌な予感がしてしまい、そっちに目を向けた時にはアーニャさんが飛びついて来ていた。
だから抱きついて来るなっつーの、外国人かお前は。
仕方なく受け止めながら、また校門から離れた。お願いだから学校の前でそれはやめてってば。
「……どうしたの今日は」
「ハルカに会いたかったんです」
相変わらず男心を惑わすのが上手いわ。詐欺師になれるよあなた。
「……あそう。でも俺しばらく忙しいよ」
「なんで、ですか……?」
「正月の準備。おせち作んないといけないから」
正月も一人だからこそ、盛大にやって寂しさを消したい。
「……早いですね?」
「まぁ、大掃除とかあるから。今年は親帰ってこないし一人でやらなきゃいけないんだよね」
「いえそうではなく……何か大切なイベントがありませんか?」
「知らないです」
「いえ、あの……クから始まる……」
「知らないです」
「最後がスで終わる……」
「知らないです」
すると、アーニャさんは少し寂しそうな顔をした。いや、正確に言えば寂しい人を見る目だ。
「……ハルカはクリスマス知らないですか?」
「知ってるけどよ……」
「で、でしたら、私と一緒に遊びに行きませんか?」
「は? あ、遊びにって?」
「みくに、日本ではクリスマスは大切な人と一緒に過ごすものだと聞きましたので」
「……」
それ、俺のこと大切って言っちゃってるんだけど、分かってるの? いや、どうせ君のことだし分かってないだろうけど。
……でも、なんかいつもと違って顔赤くしてるんだよな……。もしかして体調でも悪いのか?
「まぁ、予定は空いてるけど……」
年末の二日間は何もしたく無いし、イブとクリスマスはとにかく動きたいから組んでた予定だし、予定が出来たのならずらせば良いだけだ。
「な、なら、遊びに行きましょう!」
「でも、そっちは予定ないの? クリスマスならアイドルの仕事とかあるんじゃ……」
「大丈夫です。私はクリスマス当日は特にありません。 収録は終わりましたし、生放送で出る番組の予定もありませんから」
なるほど。収録だったか。
しかし、予想外にもクリスマスに予定が出来たな。別に嬉しくなんか無いけど。少し舞い上がってなんか無いけど。
「でも遊びにって何処に?」
「そうですね……。それはこれから決めましょう!」
「え、クリスマス三日後なんだけど。てか、今日はどうすんの?」
「ハルカのお部屋にお邪魔します!」
「うん、それもう決定事項なのね。や、別に良いけど」
……しゃーない、買い物はまた今度だな。まぁ、後一週間くらいあるしなんとかなるだろ。
「でも、俺とで良いのか?」
「? 何がですか?」
「クリスマス。誰か好きな人とかと一緒じゃないのか?」
自分で言って、何故か自分でイラついてしまったが、一応聞いておいた。友達なんだし、その辺の気遣いは必要だろう。
しかし、そんな俺の気遣いが嫌だったのか、アーニャさんはむすっとした顔になった。
「……そんなのいません」
「え、アーニャさんモテそうなのに?」
で、勘違いさせた男を悪気もなく振りそうなのに?
「いません!」
「そんな怒らんでも……」
「ハルカはおバカなんですか?」
「急に⁉︎」
アーニャさんの口から出るとは思えない言葉が飛んできた。この人も悪口とか言うんだな……。
「いいから、早く帰りましょう、ハルカ」
「お、おう。え? 俺の部屋なんだけど……」
もう我が物顔だな……や、まぁ良いんだけどね?
「あの、怒ってる?」
「怒ってません」
「や、でも……」
「怒ってません」
……怒ってるでしょ。本当に真顔の時と違って表情豊かだなぁ。怒ってる時に頬を膨らませる高校生って今時いるの?
まぁ、でもこれからうちに来た時も怒ってると気まずいし、とりあえず機嫌だけでも直しておくか。
「アーニャさん」
「……なんですか」
「アイス食べる?」
「……食べ物で釣ろうって言ったってそうはいきませんっ」
「じゃあ食べないの?」
「……いただきます」
そんなわけで、サー○ィワンへ。トリプルを購入して店を出た頃には、アーニャさんの怒りはどこへ行ったのかってレベルでとてもご機嫌になっていた。
なんか、単純過ぎて逆に心配になってきたな……。大丈夫? 知らない人にお菓子もらってもついて行っちゃダメだよ?
「んー、美味しいです。冬のアイスも良いですね」
「そいつは良かった」
「ハルカは買わなくて良かったですか?」
これから正月の準備で金かかるのに買えるかよ。クリスマスにアーニャさんと出かける金も取っておかないといけないし。
「俺はいいの。お腹空いてないし」
「……でも、私だけ食べてるのは……」
……驚いたな、アーニャさんにそんな気遣いが出来るなんて……。でも、それならよく分からない理由で怒らないで下さいね。
「とにかく気にしなくて良いから」
「むぅ……ハイ」
唐突に顔の前にアイスを突き出して来た。アイスにはアーニャさんの歯型が付いていて少しドキッとしたが、何とかそれを顔に出さないようにして聞いた。
「……何?」
「一緒に食べましょう?」
「話聞いてた? それとも言語を脳内に読み込む力がないの?」
「ハルカは私のアイス、食べたくないですか?」
「……」
その聞き方は卑怯じゃないですかね……。そういうわけじゃ無いんだけど……。
「や、でも……その、何? アーニャさんが口つけたものでしょ?」
「……汚いですか?」
「そういうんじゃなくて……その、だから……」
……言うの恥ずかしいなー。ったく、なんで高校生にもなってこんなことで照れなきゃいけねーんだよ……。せめて彼女とは言わずとも、仲の良い女の子の友達がいたことある経験さえあればな……。
まぁ、今そんな事嘆いても仕方ない。とりあえず、理由を説明しないと。
「……間接キスに、なっちゃうから……」
「……」
まぁ、アーニャさんはそんなので顔を赤らめるような子では……と、思ったら、顔を赤らめていた。それもリンゴかよってレベルで真っ赤に。
しかし、そんな真っ赤な顔でもアーニャさんはハッキリと俺を見て言った。
「……分かっています。でも、食べませんか?」
「えっ……わ、分かってるの?」
「ハイ。私、ハルカにアイス食べさせてあげたいです」
「……」
……あれ、これ本当にこの子俺のこと意識してないんだよな……? なんだかその定義が怪しくなってきたが……。
いや、落ち着け。目の前の女の子はアーニャさんだ。今まで何回俺は惑わされてきた? 男を一泊誘った理由が枕投げの女の子だぞ?
アーニャさんはアーニャさん……天性の狙撃手、それこそロックオン・ストラトスや赤井秀一、東春秋以上に百発百中のキャバ嬢の才を待つ女の子……よし、落ち着いた。
「じゃあ、一口」
「あの、アイスは三種類重なってるので……三回……」
「……」
アーニャさんはアーニャさん……天性の狙撃手、それこそゴルゴ13や次元大介、一発屋以上に百発百中のキャバ嬢の才を待つ女の子……。
「よし、落ち着いた」
「? 何がですか?」
「なんでもない」
君には言っても分からないよ。遠い目をしながらそんなことを思い、アーニャさんが差し出しているアイスを見た。
……でも、なんか緊張するな。ていうか、なんで俺だけ緊張しなきゃいけねーんだ? いや、アーニャさんも何となく緊張はしてるっぽいけど……でも……。
「……あー、クソッ」
「どうしました? ハル……」
「あむっ」
勢い任せに噛り付いた。ムカつくぜ、なんかもう色々と。こっちの気も知らないでこの女は本当によう……!
「美味しいですか?」
味なんて分かるかよ! とツッコミを入れたかったが、流石にそれを抑える理性は残ってた。
なんとか深呼吸して心拍数を抑えて、小さく控えめに頷いた。
……が、何となくイラついてたので意地悪してみたくなってしまった。
「美味かったよ」
「本当ですか?」
「ああ」
「ふふ、良かったです♪」
とても嬉しそうにアイスに口を運ぶアーニャさんの動きが途中で止まるようなタイミングで声を掛けた。
「でも大丈夫?」
「何がですか?」
「俺が口つけたもんに、今度はアーニャさんが口つけるわけだけど」
「……」
開いた口が塞がらない、そしてアイスを持った手も動かなかった。
ただ、アイスを食べようとする直前でアーニャさんは顔を真っ赤にして固まっていた。
「……」
「おい、アイス溶けるぞ。食べないの?」
「っ……〜〜〜ッ!」
「ふぉぐっ⁉︎」
唐突に口の中にアイスを突っ込んできた。いや、正確に言えば口の周りに、だ。鼻の穴にも見事に入り、むせながらも慌ててアイスをキャッチした。
「てめっ、何しやがんだ⁉︎ アイス落とすとこだっただろうが!」
「ハルカのバカ!」
「相変わらずキレるときは藪から棒な発言ばかりだな!」
「い、いいから早くハルカの家に行きます!」
「あ、それでも来るんだな!」
ったく、この子はワガママばっかだな……。まさか、少しからかっただけでこんなんなるとは……。
プンスカと怒ったアーニャさんを連れて、とりあえず部屋に向かった。
あーあ……なんつーか、結局怒らせたままになっちまったなー、なんて思ってると、アーニャさんは俺の手元からアイスを奪った。
「えっ、何?」
「……これは私のアイスです」
「……」
……人の顔に叩きつけてきたくせによ……。
半ば呆れながら、前を歩くアーニャさんの後に続いた。
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面倒臭いのは恋する乙女だけではない。
うちに来たアーニャさんは、部屋で早速ゲームを始めた。クリスマスの予定を決めるんじゃないんか、と思ったが、なんか不機嫌なのでそっとしておくことにした。
晩飯まではまだ早いので、とりあえずクッキーを焼いてアーニャさんの前の机に置いておいた。
「ど、どうぞ……」
「わっ、クッキーですか? ありがとうございます」
「あ、機嫌直ったんだ。良かった」
「へっ? ……あっ、ぜ、全然直ってないです! ぷいっ」
……何をそんな必死に怒ってるんだ? 別にそこまで言わないでも良いのに……。というか、ぷいって口で言っちゃう辺り可愛いな……。
「ねぇ、アーニャさん。なんで怒ってんの?」
「……ふんっ」
むしろ怒るべきは俺の方だと思うんだが……。アイス顔面に叩きつけられて怒られない奴なんかいないぞオイ……。
しかし、これからクリスマスの予定を決めるどころの騒ぎじゃなくなって来たな……。
「……あと、紅茶」
「……ありがとうございます」
……面倒臭い子だなぁ。まぁ、アーニャさんが気まぐれなのは今に始まったことじゃないし、別に何とも思わないが。
「はぁ……どうしたものか……」
とりあえず、アーニャさんが座ってるソファーの後ろの椅子に座った。
紅茶を飲みながらテレビの画面を眺め、アーニャさんはテレビの大画面で山手線の動画を見ていた。
相変わらず、渋谷の方はヘタクソで無闇にモンスターに突っ込んでフルボッコにされてキャンプに帰っていた。
その様子を見てると、アーニャさんがチラチラ俺を見てるのに気付いた。
……心底、面倒臭い子だな。怒ってるのに構って欲しいのか?
仕方なく、アーニャさんの隣に座ると、アーニャさんは頬を膨らませたまま俺の手の上に手を重ねた。
「……ハルカ」
「な、何……?」
「ハルカは、私のことどう思ってますか?」
「相変わらず藪から棒だな……」
情緒がもう……。この人、なんというか……本当頭の中どうなってんだろうな。おそらく迷宮のクロスロードだろう。
「どうも何も、友達でしょ。俺の唯一の」
「……唯一の、えへへ」
にへらっと微笑むアーニャさん可愛い。が、すぐにハッとして俺を問い詰める様に聞いてきた。
「……う、嘘です! だって、それなのに……いつもいつも私を子供扱いして……」
「え、いやそうでも……」
「だって、さ、先程の……か、間接キス……の時も、何も意識しないで……」
……いや、バッキバキに意識してましたが。してなきゃ事前に忠告とかするかよ。
「……ハルカは、アーニャが女の子には、見えませんか……?」
「……」
うーん……どうしよう、面倒臭いなこの子ほんと。俺は今まで「この子に俺は男に見えてないんじゃ」と数え切れないほど思ったんだが。
さて、どう返事したものか。なんて返事してもアーニャさんは納得しそうにないぞ。
「……あー、アーニャさん」
「何ですか」
「俺はアーニャさんのことを意識してなかったときなんかないよ」
「じゃあなんで表情が変わらないんですかっ?」
「……え、変わってない?」
「いつもぬぼーっとした表情のままです」
ぬぼーっとしてるんだ俺……。なんか少し傷ついたんだけど。
「……あのな、表情は変わってないかもしれないけど、女の子にあんなに近づかれて何も感じない奴なんかいないからな?」
「……でも、ハルカは……」
「いや本当に。あの、アイドルだから言うまでもないと思うけど、アーニャさんって……その、かなり可愛いからね?」
「えうっ⁉︎」
唐突のカミングアウトにアーニャさんは一気に顔を真っ赤にした。本当はこういうチャラいこと言いたくなかったが、こうでも言わないとこの子納得しそうにないんだもん。
「だから、アーニャさんを意識しないことなんてあり得ないから、安心しろ」
「……あうぅ……」
ぷしゅーっと頭から湯気を出すアーニャさん。……自分で言ってて思ったけど、何を安心しろってんだよ。
はぁ、なんか疲れてきた。つーか、そもそも俺とアーニャさんは何のためにこにいるんだよ……。
「それよりも、さっさとクリスマスの予定をだな……」
「えへへ、ハルカ〜」
……今度は猫みたいに俺にスリ付いて来たぞ……。どういう子なんだよこの子ほんとに。
「……アーニャさん」
「なんですか?」
「あの、クリスマスの予定は……」
「もう少しこのままが良いです……♪」
……誰かー。助けてー。本能が……俺の中の本能が全力で「この子は俺の事が好きだ」と叫んでるー。
理性が必死に「それはない」「勘違いするな」「自惚れるな」と応戦してるが遠くへ行け遠くへ行けと歌ってる。どうしようもないほど熱烈に。
あーもう、俺が女の子にモテるわけないんだから頼むから本能は黙ってろ。ましてや相手はアーニャさんだ、相手がどんな男だろうと……いや、それはそれで腹立たしいな。
「ハルカ? どうしました?」
……純粋な目で聞いてくるアーニャさんがむかつくかわいい。すごいパワーワードを生み出してしまったが、ムカつくもんは仕方ない。
「別に」
「……怒ってます?」
「怒ってないよ。いいからクリスマスの予定決めよう」
「むー……」
クリスマスか……。どこが良いかな。まぁ、アーニャさんが行きたいとこで良いが……こういうのは男が決めるもんらしいしいし、俺が決めた方が良いだろう。
「何処行くか。やっぱ、クリスマスだったらイルミネーションとか見に行きたい?」
「いえ、別に」
「え、じゃあ……デ○ズニーとか?」
「アーニャ、ウ○ビッチ派です」
随分、用途の狭い派閥だな……。
「ていうか、怒ってる?」
「怒ってません」
……なんか、今日バイオリズムが合わないな。いや、大体いつも噛み合ってないけど。
「はぁ……また怒ってる?」
「……ハルカが怒ってる事を認めるなら怒ってません」
「……謎かけ?」
「違います」
……はぁ、なんだか疲れてきた……。
「……あのな、俺は別に怒ってないから……」
「怒ってました。さっきは」
「や、怒ったっていうか少しイラっとしただけだから」
「っ……つまりアーニャは、ハルカを怒らせてしまいましたか……?」
「や、だから怒ったわけじゃ……」
いや、もうどっちでも良いや、もう。というかこの際だ。過去のアーニャさんの心臓ドキドキ時間全部言おうかな。
「アーニャさんさ、男の人と仲良くしたことある?」
「ハルカとユウホとプロデューサーです」
あるんかい。ユウホってのは……うん、多分名前が同じなだけだろう。そして、そのユウホって奴は万が一にも見かける事があったらボッコボコにする。
しかし、あるなら分かるだろ。
「あのね? アーニャさんの異性との距離の詰め方は……こう、完全に男を落としに掛かってるんだよね」
「落としに……?」
「ようは、男に自分を好きにさせようとしてるってこと。あ、もちろん恋愛的な意味で」
「ええっ⁉︎ あ、アーニャ……そんなつもりは……」
「アーニャさんの場合は、女の子相手にする態度を平気で男にやってんの。そのユウホって男の人もアーニャさんに対する態度、変じゃなかったか?」
「そういえば、確かに……」
ほら、思い当たる節がある。
「男ってのはそれだけ単純でアホなんだよ。だから、あまりベタベタくっつくと男に『あれ、こいつ俺のこと好きなんじゃね?』って勘違いさせちゃうから」
「えっ……じゃあユウホも……」
「もしかしたらそうかもよ?」
「うう……でも、ユウホには彼女が……」
いやなんでちょっとショック受けてんの? もしかしてユウホって人の事好きなのか?
そして彼女いるって話、ユウホ違いだよね? 偶然だよね?
「え、ユウホって人のこと好きなの?」
「好きで……あ、いえ、恋愛的な意味ではなく好きですよ?」
「……ふーん、そう」
……なんだろ、恋愛的な意味でなくても、そのユウホとやらに殺意が芽生える。何この気持ち。なんでこんな理不尽な感情が出てきてんだ俺……。
「……とにかく、俺には良いけどあまり他の男にそういう……なんつーのかな。男心をくすぐる態度取るのはやめときなよ」
「……そ、そう言われましても……」
まぁ、分かんないよな。でも俺から教えるのはなんか付き合ってもないのに束縛きつい彼氏みたいになりそうで怖い。
「分からなかったら前川さんとか新田さんに聞けばわかると思うよ」
「ハルカは教えてくれないですか?」
「俺と普通の男は好みが異なるらしいから」
それらしいっぽいことを言って誤魔化しました。幸い、アーニャさんの中ですら俺は変人らしいし、信憑性はある。
「……わかりました」
「で、アーニャさん。クリスマスはどうする?」
ようやく話を戻した。
「そうですね……ハルカと一緒ならどこでも良いですよ?」
「じゃあ自宅」
「……ハルカ、怒りますよ」
「冗談だよ。じゃあちょっと調べてみるか」
パソコンを開いて、クリスマスのイベントやってる場所を探し始めた。
こうしてみると、逆に何処もクリスマスのイベントやってるんだよなぁ……。水族館然り動物園然りス○イツリー然り遊園地然り。
……んー、何つーか……アレだよね。どこ行っても同じっぽい……。
あとは俺がどんなアーニャさんが見たいか、か……。水族館に行けばイルカショーではしゃぐアーニャさんが見れそうだけど、水が跳ねて濡れて風邪引く未来が見える。アーニャさんが水族館に行きたがらない理由がないし。
続いて動物園だが……動物と戯れるアーニャさんはいかにも見てみたいが、そもそもアーニャさんが動物みたいなもんだ。
ス○イツリー、高所恐怖症、リア充ホイホイ、パス。
遊園地か……遊園地は良いかもしれない。リア充は多いが、楽しむアーニャさんも怖がるアーニャさんも全部見れそうだ。
「よし、遊園地にするか」
「遊園地ですか?」
「ああ。デ○ズニーで良いか?」
「分かりました♪」
よし、決まりだな。あとは当日のプランだが……その辺は俺が考えるとしよう。デ○ズニーなんか初めて行くから調べながらになるが……あ、彼女いる北山とかに相談してみるか。
「よし、じゃあ飯にしよう」
「はい♪ ……ふふっ、今から楽しみです」
鼻歌を歌い始めるアーニャさんを眺めながら、晩飯を作り始めた。
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どんな子相手でも女の子へのプレゼントは気を使う。
12月23日、天皇誕生日。日本国民なら、クリスマスよりもこちらを祝うべきな気もする日である。
まぁ、そうは言ったが俺だって別に天皇の誕生日を祝うつもりなんてない。冬休みに入った今、学生は無敵なので一人でのんびりしようと思った次第だ。
とりあえず部屋でゴロゴロしてるとスマホが震えた。
前川みく『アーニャちゃんとクリスマスデートするんだって?<(・∀・)>ニャ』
……その顔文字ウゼェな……。
白石遥『別にデートじゃないから。アーニャさん相手にその手の勘違いは死活問題だから』
前川みく『……まだ何も気付いてないんだ』
白石遥『何が?』
前川みく『何でもない』
……あれ、なんだろ。なんか今すごい呆れられたような……。まぁ良いか。
白石遥『で、なんか用?』
前川みく『いや、クリスマスデートなんだから何かしらプラン用意してないのかなって』
いやだからデートじゃねーっつーの……。ちょっと休日に二人ででかけてくるだけだから。
前川みく『せっかくクリスマスなんだし、何かプレゼントくらいしてあげたら?』
ふむ、そういうものなのか? 確かに、アーニャさんってまだサンタとか信じてそうだし、そういうのもありなのかもしれないが……。
白石遥『でも俺、サンタのコスプレとかやだよ』
前川みく『なんでそういう発想になるニャ、気持ち悪い』
前川みく『普通に何かプレゼントしてあげれば良いでしょ』
白石遥『え、今気持ち悪いって言った?』
ちょっ、辛辣じゃないですかねそれ。
前川みく『いや、サンタ服姿の遥チャンが気持ち悪いだけニャ』
白石遥『説明するんじゃねーよ……』
前川みく『とにかく、何かプレゼントしてあげたら、アーニャちゃんも喜ぶと思うにゃ』
うーむ……なるほどな。まぁ、妹でありペットみたいな子だから、プレゼントあげても良いかもしれない。
白石遥『じゃあちょっと考えてみるわ』
前川みく『一人で大丈夫?』
前川みく『もしアレならみくが付き合うにゃ』
ふむ、確かに。女の子へのプレゼントとか考えた事もないしな……。
白石遥『今からで良いか?』
前川みく『良いよ。ちょうどみくも暇だったにゃ』
よっしゃ。ほんとは北山辺りに頼めれば良かったんだけどな。どうせ「俺は彼女とデートだから!」とか自慢げに言ってくるんだろうなぁ、何となくだけどあいつ尻に敷かれてそうな癖に。腹立たしい。
白石遥『じゃ、一時間後に駅前で』
前川みく『了解にゃ』
そんなわけで家を出た。
×××
駅前に到着した時し、しばらくスマホゲーをやりながら待機してると後ろからツンツンと肩を突かれた。
「?」
振り返ると、前川さんと多田さんが立っていた。つーかなんで多田さんもいんの?
「どうも」
「良かったね、李衣菜チャンも手伝ってくれるみたいにゃ」
「いや、みくちゃん。半強制的に連れて来たくせに何言ってんの?」
え、わさわざ半強制的に連れて来たの? 俺のためにすみませんね……。
「なんか悪いな。今日、うちで晩飯食ってくか?」
「「そういうのはアーニャちゃんにやれ」」
え、何そのシンクロ率。スターダストドラゴンなの?
「てか、なんでアーニャさんなの。あの人別にうちに住んでるわけじゃないんだけど」
「そういうことじゃないにゃ」
「そうだよ、と言うかそんなことしたらまたアーニャちゃんと喧嘩になるし」
「え、喧嘩したの?」
「「なんでもない」」
なんで隠すの……。女の子の内緒話ほどムカつくものないよな……。
とりあえず、三人で出掛けた。これから行くのはおそらく駅前のデパート。店も売ってるものも種類が豊富だしちょうど良いものだろう。
「駅前で良いのか?」
「うん。結構あそこなんでもあるからね」
やはりか。俺の予測は正確過ぎて怖いぜ。
自分でもよく分からないポイントで喜んでると、多田さんが隣から聞いて来た。
「で、何買おうとか考えてんの?」
「いや全然。何買えば良いのかも分からないし」
「やっぱりにゃ……。別に遥チャンがアーニャちゃんにあげたいもの選べば良いにゃ」
「……昔のゲーム、とか? でもそういうのは秋葉じゃないと」
「うん、そういうの以外で」
だよね、知ってた。しかし、そうなると難しくなってくるんだけど……。
いや、大体わかるよ? アレでしょ、服とかアクセサリーを欲しがるんでしょ? でもね、俺にその辺は疎いんですよ。自分の服ならともかく、女友達がいなかった俺は女性物のファッションとか分からない。
「はぁ、なんか怖くなって来たな……」
「何が?」
「や、喜んでもらえんのかな……。もし迷惑そうな顔されたら……」
「それはないから大丈夫」
「うん、遥チャンのあげたものならなんでも喜んでくれるにゃ」
「じゃあ……椎茸でも?」
「そんなもんもらってどうするにゃ……」
「真面目に考える気ある?」
「ごめん、今のは冗談」
でもアーニャさんなら喜びそうだな。あの子、アホだし。
「でも何あげても喜んでもらえるってのが一番逆に困るんだよな……。尚更悩むっつーの」
「うわ、遥チャンにも意外とまともな感性あったんだ」
「意外だよね」
「お前ら人を傷つけてそんなに楽しいか?」
俺相手になら何を言っても良いわけじゃないんだからな? ホント、JKってアイドルであっても口が悪いから困る。アーニャさんはマジで希少な人種なんだなぁ……。
「アーニャさんってさ、なんであんな天使なんだろうな……」
「おっ、何々? アーニャちゃんに興味出たの?」
「ああ、あんな悪意のカケラもない人、そうはいないでしょ……」
「そういう感じね……」
あんな人が彼女だったらなぁ……。実際、何度勘違いしそうになったことか。その度に理性が本能とインファイトしてた。
つーかさ、アーニャさんって誰かと付き合えるの? アレだけの態度取ってたら、仮にアーニャさんが人を好きになっても相手は「どうせ勘違い」って警戒しちゃうと思うんだけど。
……アーニャさんも可哀想になぁ。あの人あたりの良さで恋愛出来そうにないとか。
「……そういや、アーニャさんって好きな人とかいないの?」
「着いたよ、駅前」
無視されてしまった。駅の中に入り、近くの服屋とかを見て回る。
楽しそうにきゃっきゃうふふする多田さんと前川さんの後ろを黙ってついていった。
……服とか買うならアーニャさんのスリーサイズを知らなければならないわけで。
そういえば、アーニャさんのスリーサイズ知ってるわ。前に暴露されたっけか。まあ、そんなこと二人の前で口が裂けても言えないんですが。
とにかく、俺は俺で探すしかなさそうだ。なんか二人とも自分達の買い物に夢中だし。
さて、アーニャさんには何を買うべきか……。スリーサイズを知ってることを言えない以上、服は無理だ。そうなるとアクセサリーとかだが……アーニャさんって私服だと結構アクセサリーつけてるから、むしろ俺如きのセンスで喜んでもらえるのかな。
「ちょっと、白石。何やってんの?」
後ろから多田さんに声をかけられた。
「や、プレゼント選びを……」
「私達が手伝うから。勝手にフラフラ出歩かないで。子供じゃないんだから」
怒られちゃったよ……。ていうか手伝うってこと忘れてたわけじゃなかったのか。
前川さんと合流して店の中を出歩いた。こういう服屋は何となく苦手なんだけどな……。なんかオシャレすぎて肩身が狭い感じがする。
「あの……この店じゃなきゃダメなの?」
「この店に用はないにゃ。あそこのエスカレーターに乗れば近道なだけにゃ」
あー、そういうね? でもそれならわざわざ周りの商品に目移りする必要ないんじゃないんですかね……。
まぁ、女子の買い物が長いのはよく知ってるから別に気にしちゃいないが。
上の階に上がるだけで一時間経過したが、何とか移動出来た。上にはアクセサリーみたいな小物が売ってる店がいくつかの場所に設置されている。
「……なるほど、ここか」
「うん。ここなら学生のお小遣いでも買えるものがあると思うよ」
ふむ、こっちの予算についても考えてくれてたのか。それはかなり助かる。
まぁ、どっかに仕事で出掛けてる親からお金もらってるし、金がないわけじゃないんだけどな。
「で、何買うの?」
「んー、やっぱ実用性を重視したいんだよな。ピアスとかあげても学校じゃ付けられんし」
「なるほどね。そうなると……マフラーとか手袋かな? 真冬だし」
「ストールとか?」
「そうそう」
「ネックウォーマーとか?」
「そういう感じ。分かってるじゃん」
「ホッカイロとか!」
「なんで最後に大きくストライクゾーンを外すの」
ホッカイロは違うのか……。今の部分から相違点を探すと、デザインに差があるかないか、そして消耗品であるかないかだろう。
「あと、みくとしてはネックウォーマーは賛成できないにゃ。あんま女の子で使ってる人は見てないから」
「あー確かに。となると、マフラーか手袋かストールだけど……」
「……あ、ニット帽もあるにゃ」
「バッカお前アホ猫アーニャさんの美しい銀髪を見えなくしてどうすんだ」
とんでもないことを抜かしやがったのでそう言って返すと、割と言い過ぎたと思ったのに二人は意外なものを見る目で俺を見た。
「え、何?」
「いや、遥チャンってアーニャちゃんのこと意識してたんだ」
「うん、外見のことだけとは言え今、アーニャちゃんのこと褒めてたよね」
「え、そりゃ褒めるよ。アイドルだから当たり前だけど可愛いし」
え、なんだと思ってるの俺のこと? ホモじゃないからな俺。
「や、そういうんじゃなくて。なんていうか……アーニャちゃんのために怒ったんだなって思って」
「や、怒った内容は正直どうかと思ったけど」
「……えっ?」
そういや俺、今怒ったのか。あんな下らないことで。いや正直、冗談半分だったんだけど……てことは、半分は本気だったと……?
あれ、なんかそう思うと唐突に恥ずかしくなって来たような……。表情に出ていたのか、俺の顔が熱くなるのと共に多田さんと前川さんがニヤリと微笑んだ。
「何々? もしかして、アーニャちゃんのこと好きなの?」
「自覚したのかにゃ?」
「ち、違うから! なんでそうなんの⁉︎」
「そりゃだって、白石が怒ったんだからね?」
「全く怒るタイプに見えない遥チャンがね?」
「い、いやホントそういうんじゃないから! 大体、それだけでそうはならないでしょ。俺はただ単に、あの美しい銀髪が封印されるのがどうにも……」
「ほらぁ、アーニャちゃんのこと大好きじゃん」
「少なくとも外見はもはや自分のものになってるにゃ」
反撃の手立てを失っている。いやそんなつもりはほんとにないんだけどな……。
大体、アーニャさんという真っ白な人間を恋愛なんていうカレーうどんの汁で汚すわけにはいかない。恋仲になったらいずれあんな事やこんな事するわけなんだから。
「はぁ……とにかく違うから」
「ふーん……ま、何でも良いけど。それなら、やっぱ白石が選びなよ」
「そうそう。みく達はあくまで付き添いにするにゃ」
そう言われてもな……まぁ、この二人が俺の反論なんか聞くはずもない。
周りの店を見回りながら、アーニャさんへのクリスマスプレゼントを購入した。
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油断とフラグは紙一重、どう転んでも待つのは死。
12月24日、明日はアーニャさんとデートの日だ。その前日なのに、受け取ってしまった、北山から。エロ本を。
あーやばい、どうしようこれ。あの野郎「頼む! 美……彼女にバレるとマズイからこれ匿ってて! マジバレたら殺されるから!」じゃねーよ。彼女いて童貞じゃない癖にエロ本買ってんじゃねーよ……。
大体、俺だってこれ持ってるとまずいってのに。明日はどうせ、アーニャさんのことだから「私、まだハルカと一緒にいたいです……」とか激かわいい事を言い出すのは目に見えている。
さて、真面目にこれどうしようかな……。事情を説明すれば理解してくれると思うけど、前川さんも多田さんも長い話が苦手な人ばかりなんだよな……。結論から「エロ本どうしよう」と聞けば窓から捨てられそうだし……。
「……いや、待てよ?」
新田さんならどうだろう。あの人は年上のお姉さんだし、話を聞いてくれるかもしれない。彼氏がいる分、そういうのは割と寛大かもしれないし。
多分ー……上にいるかな? インターホン押してみよう。
部屋を出て階段を上がり、インターホンを押した。しばらくして、ガチャっと扉が開いた。
出て来たのは若干、服や髪が乱れた新田さんだった。……なんで乱れてるんだろう。意外とグータラなのか?
「あっ、し、白石くん……。どうしたの? こんな時に」
「へ? こんな時にって……忙しかったですか?」
「う、ううん。そんなことないの。えーっと……あー、アーニャちゃんと明日デートなんでしょ?」
「そうですよ。なんで知ってるんですか?」
「本人から聞いたから。それなのに他の女の人と会ってて良いの?」
「いや、むしろ明日のためにも新田さんにしか相談できないことなんですけど……」
でも、タイミング悪かったみたいだな……。出直そうかな、と思ったが「ちょっと待ってて」と言って部屋の中に引っ込んでしまった。
どうやら、例の彼氏が来てるみたいで、何か話し込んだ後に戻ってきた。
「良いよ、聞くよ。何?」
「あの、彼氏いるなら出直しますよ?」
「大丈夫、いつでも出来ることシてただけだし、アーニャちゃんの恋人の話の方が大事だから」
「いや全然付き合ってないんですけど」
「いいから、そういうの無駄だから。で、何?」
まぁ、本人が良いと言うなら良いか。
「あの、じゃあ一ついいですか?」
「うん」
「胸のボタン、掛け違えてますよ」
「……ちょっと下で待っててね」
また部屋に戻った。
……もしかして、彼氏と一緒なのにボタン掛け違えてたの? 割とおっちょこちょいなんだな。
下で待ってろ、との事なので自分の部屋の玄関の前で待ってると、新田さんがやって来た。
「で、どうしたの?」
「えーっと……実はですね、明日アーニャさんとお出掛けなんですけど……」
「デートね?」
「あ、はい。デートなんですけど……デートの後にうちに来ることになると思うんですよ。あの子、甘えん坊だから」
「あー分かるかも。そこが可愛いんだよね、アーニャちゃん」
「う、うん……」
この人、彼氏いるんだよね……? アーニャさんのこと好き過ぎない?
「で、そんな日なのにクラスメートが俺にエロ本を匿うように言ってきまして……」
「え、エロ本……?」
「強引に押し付けてきたんですよ。なんかそいつも彼女に見られたくないとか言って」
「あらー……そうなの」
「それでですね……まぁ、新田さんにも彼氏がいるので預かってもらうわけにも行きませんし、どうしたものかと……」
「それなら、事前に言っておいたらどうかな」
「言っておくんですか?」
「はい、正直に友達から押し付けられた、と。そうすればアーニャちゃんも怒らないし引かれないと思うよ?」
なるほど……インドのピザ屋と一緒でつまみ食いされるくらいなら事前に配ってお腹いっぱいにさせるわけか……。
「……なるほど、じゃあそうします」
「うん。じゃあ明日のデート、頑張ってね」
「はい。エロ本は北山……じゃなくて持ち主に後日、返しておけば良いですよね?」
「今なんて言った?」
「へっ?」
「北山……?」
あれ、いつのまにか新田さんの笑顔に青筋が……。
「き、北山ですけど……本貸してくれたの……」
「……ふーん、下の名前は?」
「ゆ、遊歩……」
「ごめんね、やっぱり私が預かるよ」
「へっ?」
「ほら、アーニャちゃんって割と嫉妬しちゃって、理屈より感情を優先するとこあるでしょ? そうなったら困るから、私が預かるよ」
「で、でも新田さんは……」
「いいから寄越しなさい」
「はい」
何故か俺がエロ本没収されたみたいになった。
うちにあるエロ本を全て持って行って、激おこの足取りで新田さんは階段を上がって行った。
なにがあったのか分からないけど、なんか怒ってたなぁ。
さて、どうしようかな。この後は暇だ。アーニャさんと約束してるわけでもないし暇だ。
ゲームでもしようかと思って部屋に戻った時だ。上から男の人の悲鳴が聞こえてきた。聞き覚えがある気がするんだけど、相当酷い目にあってるようで怪獣の断末魔にしか聞こえないから判断しようがない。
……とりあえず、怖いから出掛けようかな。そう決めて、マフラーと手袋を装備し、スマホと財布だけ持って家を出た。
さて、どうしようかな……。こんなクソ寒い中、なんで外に出てんだよ俺は……。いや、上の階のインファイトが怖いからだが。
何処か暖かい所で時間潰すしかないか……。うん、そうしよう。ぬくぬくしよう。
行くといえば、やはりネカフェかな。ネカフェでダラダラしよう、明日は多分、肉体的にも精神的にも体力を大幅に使うし。
そう決めてネカフェに向かってる時だった。「ハルカー!」と体力を使う要因の声が聞こえた気がした。
しかし、周りにその声の持ち主は見当たらない。どうやら難聴のようだ。また聞こえたら怖いので、イヤホンを装備することにした。
「ハルカー!」
おかしいな、まだ聞こえるぞ。もしかして呪われてるのかな、俺。でも、ホラー映画とか見てて思うんだけど、あいつら正体不明の元を明かそうとするから怖い目に合うんだよな。
つまり、我慢して何か起こったとしても見なければ何も問題はないわけだ。だから俺は見な……。
「ハルカ!」
「ふぁい⁉︎」
耳元で爆竹が鳴ったのかと思った。耳を抑えて振り向くと、アーニャさんがふくれっ面で俺を睨んでいた、
「ハルカ、なんで無視するんですか?」
「いや、全然聞こえなくて……」
「嘘です! さっきキョロキョロしてました!」
バレてたか……。というか、よく私とあなた遭遇しますね。ライバルなの? ポケモンあたりの。
まぁ、こうなってしまったら誤魔化すしかない。
「悪い悪い、てっきりイタズラ好きな雪の妖精が囁いてるのかと思ったんだよ。でも、こんなに美しい子が正体だったんだ、勘違いしても仕方ないだろ?」
「っ……も、もう、ハルカ……」
……ああ、ほんとアーニャさんは可愛いなぁ。こんな事でも真に受けちゃうから、こっちも平気でこういうこと言える。他の子……例えば猫やロックには絶対言えない。
「で、どうしたの?」
「じ、実は……ハルカに会いに来たんです。マンションの出口でウロウロしてれば会える気がして……」
え、ストーカー? ちょっとそういうのは怖いから……。
「でも、毎日遊びに行ってたら流石に迷惑な気もして……そうこうしてるうちにハルカが出かけてしまったので、後をつけてました」
……この子、実はかなり危ない子なんじゃ……いや、考えないようにしよう。大体、ストーキングじゃなくて構って欲しいだけだ。アーニャさんは純粋な子なんだ……!
「ハルカ?」
「っ、な、何?」
「それで、どこ行きますか?」
あ、もう一緒に行動することになってるんだ。まぁ、良いけどさ。
でも明日は一日一緒にいるのに、今日くらいは……いや、俺も一緒にいたいとは思うけど。
まぁ、アーニャさんと一緒ならネカフェに行く必要はないな。
「アーニャさんが行きたいとこで良いよ」
「……ハルカは行きたいところがあったのでは?」
「いや、暇潰しに表出ただけだから」
「では、ハルカとくっ付いていられればどこでも良いです♪」
「……あそう」
……ホント、猫だよなぁ。猫、猫だ。全然、俺に好意を寄せてる女の子とかじゃない。だから惚れるな、俺。
「……なら、テキトーに買い物でも行くか。欲しいものあったら何か奢るよ」
「ホントですかっ?」
「キャットフードで良いか?」
「なんでですか⁉︎」
冗談ですよ。
二人で街を歩き、大型ショッピングモールに向かった。特に用はないけど、女の子が楽しめそうなのはここだろう。
え? アーニャさんが俺にくっつけない? いやいや、くっ付いてるから。出発直後に腕にしがみついてる。暖かいなぁ、大きいカイロだ。むしろ暑いくらいなんですけど。
「ん〜♪ ハルカ、暖かいです」
……本当、この子は俺のどこを気に入ってここまで懐いてくれてるのか。自分で言うのもなんだが、捻くれてるし他の奴からしても変わった感じするらしい。
そんな俺にこんな頭擦り寄せてきて……もはや猫というより、意思疎通可能なポケモンだよね。多分、こおりタイプ。
せっかくだ、ショッピングモールに行くんだし、おせちとか掃除に必要なもの買うか。
目的地に到着し、二人で中を探索した。暖房が入ってるので、マフラーと手袋を外したが、アーニャさんは相変わらず俺から離れない。
「あの、アーニャさん。暑くね?」
「あったかいです♪」
「汗かいて何言ってんの」
「……ハルカは私と離れたいですか?」
「肌身離さず持ち歩きたいです」
……この子、本当にずるいわー。可愛いけど。
エスカレーターを上がり、とりあえず今のうちに必要な掃除用具を買っておかないと。クイ○クルワイパーの布巾とか。
すると、抱きつかれていた左腕が急に止まった。アーニャさんが足を止めたからだ。
「どうした?」
「あのお店行きたいです」
「了解。じゃ、俺クイ○クルワイパーの布巾買ってるから、あとで合流な」
「ハルカ。怒りますよ」
「え、なんで……」
唐突だな、この生き物の感情の喜怒哀楽は。
「一緒にいなきゃ意味ないです」
「あそう……じゃ、付いて行くよ」
「当たり前です!」
……そんなに怒らんでもなぁ……。
そんなわけで、アーニャさんの指差す服屋に入った。中はいかにも「おしゃれ」といった感じで男には入りづらい店だったが、アーニャさんが一緒だからなんとかなってる。
服屋の中に入ると、ようやくアーニャさんは俺の腕から離れた。自分のお目当の服を身体に当てたり、し始めた。
その様子を後ろから眺めながら、くあっと欠伸を浮かべた。
「ハルカー、これどうですか?」
「ん、おお……似合うんじゃね?」
持ってきたのは白いコートだ。アーニャさんの雰囲気に合ってて本当にナチュラルだと思ったが、アーニャさんはなんか不満そうな顔だ。
「……むー、真面目に言っていますか?」
「言ってるよ。ホント、似合ってるって」
「……ハルカ、ずるいです」
「え、何が?」
「ハルカが私を褒めると、嘘でも喜んでしまいます」
「いや嘘じゃないんだけど……」
というかこっちのセリフなんだけど……。うーん……仕方ないな。外でやるのは恥ずかしいんだが……。
「ほんとうに似合ってるよ、一瞬ロシアのお姫様かと思ったくらいだ」
「も、もう……ハルカのバカ……」
……ああ、ホントにうちのお姫様かわいいなぁ。
そんな事を考えながらニヤついてると、聴き覚えのある声が店に入ってきた。
「あの、美波様……そろそろ、軍資金の方が……」
「何言ってるの? なくなったのなら下ろせば良いじゃない」
「勘弁してくれないと……生活費が……」
「エロ本買うお金はあるのに?」
「あっ」
「あっ」
……北山と新田さんと遭遇してしまった。
やってしまいました。まぁ、この人達はアレだけ絡みかけたり、同じクラスだったりしてたので、最後の方に絡ませないといけない気がしてたのですが。
一応、知らない方のために。
北山遊歩(17)
美波の彼氏
アーニャの信仰者
バカ
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本人の前で写真自慢とかするな。
やっべーよこれ、何がやばいって、目の前に北山と新田さんがいる。
それによって、全ての合点がいってしまったことだ。北山の彼女が新田さんで、今朝、俺が新田さんに提出したものは北山のコレクションだったってわけだ。
まぁ、挨拶して素通りすれば良いか。北山からしたら俺は憎むべき相手かもしれないが、新田さんからすれば彼氏のエロ本を提出してくれた恩人だからな。きっと止めてくれる。
「おう、北山」
「テメェ殺す」
「遊歩くん?」
計画通り……‼︎
よし、じゃあさっさとアーニャさんを連れて撤退……そう思った時だ。
2人に今頃、気が付いたアーニャさんがパァッと笑顔を明るくして駆け寄った。
「ミナミ、ユウホ!」
え、知り合い?
置いてけぼりになってる間に、北山がアーニャさんの前に跪き、手を取って甲にキスをした。
「マドモアゼル・アナスタシア。今宵も我が主人のため、ここに参上致しました」
何やってんのこいつ? とはならなかった。こいつ、今アーニャさんに何をした?
北山の肩に手を置いて、力を込めて肩を握り締めた。
「テメェ、何やってんだ。汚ぇ唾液をアーニャさんの透き通るような沖縄の海の如きクリアな手に混ぜて溶液にしてんじゃねぇよ」
「……あ?」
直後、北山も俺の手を払いのけて立ち上がった。
「テメェこそ人間のオス如きがアーニャ様を気安く呼んでんじゃねーよ。身の程を知れ下等生物が」
「難しい言葉を覚えたばかりの中学生みたいな暴言だな。そんな低脳がアーニャさんの周りをウロついてると品が下がるだろうが。身の程を知るのはお前の方だろ」
「あ? テメェ誰に向かって口聞いてんだボッチが」
「ボッチはテメェだろバーカ」
「……」
「……」
「あ、あのっ……ハルカ、ユウホ?」
オロオロし始めるアーニャさんが目に入ったので、二人して舌打ちして引き下がった。
そんな俺とクソ山の様子を見て、新田さんが「なんでこうなるの……」と言わんばかりに額に手を置いてため息をついた。
「二人とも、落ち着いて。お店に迷惑だから一旦出るよ」
新田さんがそう言ってお店を出た。多分、このまま解散は出来ない、と悟ったのだろう。
四人でフードコートに来て、ポテトと飲み物を新田さんが購入してくれた。出すと言ったけどいいって言うんだもん。
一席に座ったが、空気は重い。俺も北山もアーニャさんも一言も話さない。
そんな中、新田さんが空気をぶち破った。
「じゃ、軽く紹介するね。北山遊歩、私、新田美波の彼氏でアーニャちゃんのファン」
「けっ、浮気者じゃねーか」
「で、白石遥。アーニャちゃんのお友達で私の下の部屋に住んでる男の子」
「かっ、どーせ勝手に言い寄っただけだろ」
「アナスタシア、みんなの天使」
「「それは同意」」
「ミナミ⁉︎」
紹介は終わった。知ってる情報ばかりだが、改めてそう言ってくれた事で話を進めやすくなった。俺から話を切り出した。
「そういうわけだから、北山。前はどうだか知らんけど、今はアーニャさんの友達は俺だから。旧友は引っ込んでてくれない?」
「は? 今でも俺とアーニャさんは友達……いや、そんなものじゃないな。親友、ベストフレンド……いや、神とそれに仕える天使といったところか」
「神とか天使とか気持ち悪いんだけど。何なのお前、ファンっつっても限度があるから。お前みたいな奴がストーキングとかやらかすんだよ、もう死ねば?」
「は?」
「あ?」
「二人とも黙って」
新田さんに怒られたので再び黙った。そんな中、おずおずとアーニャさんが手を挙げた。
「あ、あのっ……私は、今でも二人と友達ですよ……?」
「「「天使」」」
「も、もー! 真面目に聞いてください!」
だって天使だし、ねぇ? 俺自身、ここまでアーニャさんを天使と思うようになったのはつい最近な気もするけど。
一人、プンスカと全く別の事で怒ってるアーニャさんは唐突に顔を赤くすると隣に座ってる俺の右袖を掴んだ。
「で、ですがっ……ハルカとは、友達は……嫌です……」
「白石ゴルァァァァァァァァッッッ‼︎‼︎」
「俺にキレてんじゃねーぞ北山ァァァァッッ‼︎」
「も、もー! なんで喧嘩するんですか⁉︎ ミナミ……ミナミ⁉︎」
「……(尊死)」
まさに俺と北山の間で殴り合いが始まりそうになったときだ。俺と北山のスマホが震え、画面がついた。
反射的に俺と北山は下を向き、スマホの画面を見る。待ち受けは、俺は温泉で浴衣姿のアーニャさん、北山の方はお化け屋敷でビビって涙目になってるアーニャさんだった。
「「え、何その写真」」
一発で冷静になり、二人して席に座りなおした。
「これ? これは俺とアーニャさんが二人で温泉プールに行った時だけど……」
「えっ? い、いつ撮ったのですか……?」
「こっちはうちの学祭のお化け屋敷で隠し撮りした奴」
「あ、あの……それもアーニャ聞いてな……」
「何それ可愛い。くれ。言い値で買う」
「買う⁉︎」
「金なんかいらんからそっちの奴寄越せよ」
「ゆ、ユウホも何を……!」
「良いよ。あ、他にこんなのあるけど。ウサ○ッチのぬいぐるみ抱いて寝てるの」
「こっちも他のアイドルと人生ゲームやってるのあるけど……」
「話を聞いてくださ……!」
仲直りした。
×××
秒で仲直りしたかと思ったら、むしろ仲良くなった。めっちゃお互いに写真を交換し合い、それどころか新田さんまでそれに参加して写真を交換しまくった。
いやー、最高。ホンマ最高、世の中。スマホがあってマジで便利だわ本当に。
「アーニャちゃん……本当に可愛い……」
「それな。何着ても絵になるとかもはや天性の芸術家だわ」
「新田さんの写真すごいですね。俺らじゃ絶対撮れないのまでたくさんあって」
「まぁ、同性の特権だよね」
「いいなー、俺も女になりたかったなー」
「そしたらお前新田さんと付き合えてないぞ」
そんな話をしてるときだった。ガタッと隣から大きな音が聞こえた。アーニャさんが全力で顔を赤くしながら頬を膨らませて俺を睨んでいた。
「も、もうっ! ハルカ!」
「えっ」
「隣で人を勝手に撮った写真を交換し合うなんて……バカ!」
そう怒鳴って走り去ってしまった。ポカンとする俺達。
……あれ? これ、俺嫌われた……? ガタガタと震えてると、後ろから新田さんが声をかけてきた。
「何してるの? 追わなくて良いの?」
「えっ……?」
「そうだよ、追え。好きなんだろ、アーニャ様のこと」
「え、いや好きかどうかなんて……」
北山に言われて首を横に振ったが、北山は頬杖をついたまま首を横に振った。
「バーカ、俺がアーニャ様の手の甲にキスした時、あれだけキレてれば誰だって分かるっつーの。お前みたいな温厚なタイプなら尚更な」
え、そ、そうなの……? 俺、アーニャさんのこと好きなの?
「素直になれ、アイドルのこと好きになったって何も変なことじゃねーぞ」
「遊歩くんが言うんだから間違いないでしょ?」
「……」
……そっか、そういうものなのか。いや、実際好きかどうかは後で考えろ。今は、アーニャさんを追うべきだ。
俺は財布から千円出して机の上に置くと、走ってアーニャさんの後を追った。
×××
「……美波」
「うん、よく我慢したね、遊歩くん」
「アーニャさん……」
「大丈夫、白石くんならきっとアーニャちゃんを幸せにするって」
「……だよな、アーニャ様好きに悪い奴はいないよな」
「それは知らないけど……」
×××
走りながら、怒った人がどうするかを考えた。
怒った場合、人がする行動はストレス発散だ。その方式は様々で、例えばゲームでフルボッコしたり、人型クッションにプロレス技を決めたり、バッティングセンターでかっ飛ばしたりと様々。
アーニャさんなら、誰かに泣きつくだろう。その相手は普通なら新田さんだろうが、今はその新田さんも原因の一つとなっている。
つまり、それ以外で今のことに関して愚痴を言うに適した人物……前川さんと多田さんだけだ。
「先回りだ……!」
スマホを取り出し、電話を掛けた。まずは前川さんから。
2コール目で応答があった。
『もしもし?』
「アーニャさんから連絡あったりした?」
『唐突だにゃ。無いけど……あ、今キャッチ入ったにゃ』
キャッチ、ってことは今電話中か。当然のモラルとして、電話するときは人気のないところに行く。
ここから近い場所は……トイレの前だろうな。
「おk、サンキュー」
『……また何かやらかしたの?』
「盛大に」
『ふーん、まぁじゃあどこにいるかだけ聞き出してあげる』
「サンキュー」
『またね』
そこで通話は切れた。まぁ、その情報は必要ないと思うけどな。
トイレの前に行くと、案の定アーニャさんは電話をしていた。泣いてはなく、むしろプンスカ怒った様子で愚痴っている。
そんな中、俺に気付いて目が合った。
「……ふんっ」
ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。が、電話は切れたようで「もしもし、みく?」と聞いたものの返事はなく、スマホをポケットにしまった。
電話先の前川さんが俺と遭遇したのを察したのかな? だとしたらナイスアシストとしか言えない。
「あー、アーニャさん……」
「……なんですか」
「悪かったよ、熱中し過ぎてとなりにアーニャさんがいたのをすっかり忘れてた」
「アー……つまり、アーニャは忘れられる程度の存在って事ですね」
……思ったよか拗ねてるな……。さて、ここからの一言一句が俺の全てがかかってるな。慎重に言葉を選ばないといけない。
「そうじゃなくて、色んな格好のアーニャさんに夢中になってたんだよ。もちろん、アーニャさんの外見だけが好みってわけじゃないけど……外見も好きだから熱中しちゃったんだよ」
素直な子はストレートな言葉に弱い。ある程度は耳を傾けてくれると思う。
「これだけの枚数を隠し撮りして勝手に共有したのは謝る。だから、なんだ。許して欲しいんだけど……」
すると、アーニャさんはむくれた表情のまま俺を睨んだ。まだ羞恥が残ってるのか、頬を赤くしたまま俺の方に近付いて言った。
「……ハルカは、何も分かってないです。私は別に怒ってないです」
「えっ?」
「私は他の人が写真を持ってることはいいです。写真集とか、出してますし……ユウホやミナミが写真を持ってても別に良いです」
「え? じゃあ、なんで……」
「だけど、ハルカが……そういう写真を持ってるのは、何となく……ハルカの場合は恥ずかしいんです」
「え、俺限定で? どういう事?」
「……言っても分からないです、ハルカは」
ええ……分からないんだ。ていうか、俺だけは写真持つなって……アレ? もしかして俺って嫌われてたのかな……?
大量に汗をかいてると、アーニャさんが俺に近付いてきた。で、俺の顔にキスする勢いで顔を近付けると、相変わらずむくれた表情で続けた。
「ですから、明日のデート、楽しみにしててくださいね? アーニャの気持ち、伝えますから」
そう言うと、アーニャさんは俺の横をすれ違って歩き始めた。
「え、アーニャさん? どこに……」
「帰ります。まだ明るいので、送らなくて大丈夫です」
「……や、でも」
「また明日」
それだけ言って、アーニャさんは立ち去った。なんだろ……もしかして、俺って今まで懐かれてると思ってたけど……むしろ逆なのか? 俺が懐いてると思われてたから、向こうは相手をしてくれてたのか?
あ、ヤバイ、考えれば考えるほどネガティヴになっていく。他にも俺はアーニャさんが好きなのか考えなきゃいけないし、ヤバい。どうしよう、ダレカタスケテ……。
トイレの前でぼんやりしたまま、しばらく動けなかった。
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終局話。
クリスマス、つまりデート当日、アナスタシアは一人で駅前で待っていた。
新田美波と前川みくと多田李衣菜の三人がかりで私服、メイク、髪型、その他諸々の身嗜みを完璧に整理され、美波曰く「ホンモノの天使が人に変装して人間社会に紛れ込んだよう」「アナスタシアドロップアウト」と言われるほどになった。
そんな天使は少し(三時間前)早く駅に来て、らしくなく緊張気味の強面で遥を待っていた。
約束の時間まであと30分、それでも全然退屈ではなかった。今日、覚悟を決めたアナスタシアにとって、それはむしろ短いくらいだ。
覚悟とはもちろん、告白する、という覚悟だ。あのバカはどういうわけか、全く自分のアピールに気付かない。昨日はイライラして「気持ちを伝える」なんて抜かしてしまった。
勢いとはいえ、言ってしまったことだ。今日はクリスマスだし、最早やるしかない。だから、勇気を振り絞れ。
そんな風なことを三時間、頭の中でループさせてる時だった。見覚えのある人が、駅前のコンビニからコソコソと自分の方をチラ見してるのが見えた。
もちろん、白石遥だ。アナスタシアが不思議そうな顔で眺めてるのに気付き、慌ててジャンプで顔を隠した。
「……」
不思議な顔から、少しムッとした表情になるアナスタシア。人の顔を見るなり隠れるなんて失礼だ。アナスタシアにとっては想い人な訳だから尚更腹立たしかった。
迷いない足取りでコンビニに向かうアナスタシア。それを察し、並んでる立ち読み客の隣、また隣へと逃げるように移動する遥。
しかし、そんなので逃げられるわけがなかった。あっさり追い付いたアナスタシアは、遥の肩に手を置いた。
「ハルカ、何を……」
「ーっ⁉︎」
声を掛けると、慌てて飛び退く遥。で、お菓子が置かれてる売り場の台の後ろに隠れた。
もしかしたら、昨日の件で完全にビビってしまったのか? と思ったアナスタシアは、その反応が地味にショックだったが、何とか気を強く持った。
「は、ハルカ……? どうしました……?」
「い、いえっ、なんでも……」
「嘘です。なんでそんな怪しいですか?」
「あ、怪しくなんかないけど……」
「怪しいです!」
キスしような勢いで顔を近付け、ムッと睨みつける。が、顔が近距離になり、アナスタシアも遥も頬を真っ赤にして仰け反った。
「……は、ハルカ! 急に近いです!」
「いや俺から近づいてないんですけど……」
全くだったが、アナスタシアに理屈は通用しない。それよりも、と話を無理矢理続けた。
「どうしてすぐに待ち合わせに来ないですか?」
「え? あ、あー……ち、ちょっと立ち読みしたくなってて……」
「嘘です、ここからチラチラと私のこと見てました」
「……」
こういう時、自分が見たことをハキハキ言えるアナスタシアには、案外尋問の才能があるのかもしれない。
逆に、変な方向に理屈っぽい遥はこう言うのに弱かった。色んな言い訳を探すが、結局は諦めた方が身のためと判断し、目を逸らしながら呟くように言った。
「あー……その、何。昨日、怒らせちゃったから……き、気まずくて……」
「……別に、私は怒ってません。ただ、あまりにもハルカがバカだったので、帰っただけです」
「あそう……」
「とにかく、せっかくのデートですから、楽しみましょう?」
そう言って、アナスタシアは遥の腕に抱き付いてコンビニから引っ張り出した。後方に美波とみくと李衣菜がくっ付いてるのに気付かずに。
×××
時早くして、夢の国に到着。とても日本とは思えない街並みが広がっていて、アナスタシアのテンションメーターは早くもぶっ壊れた。
「わ、わー! 見てください、ハルカ! お城、お城です!」
「うん、分かったから走るな。目立ってるから」
遥にとって唯一の救いはクリスマスのことだ。周りはほとんどがカップルだし、他の女の子をジッと見つめるような彼氏はいないと踏んでいる。
しかし、アーニャの方は周りにもカップルに見られたかった。なんかいつもより余所余所しい遥にむすっとして、腕に飛び付いた。
「ハルカっ、早く行きましょう!」
「え? お、おう? あの、腕に柔らかいのが」
「早く!」
「はい」
怒鳴られたので黙って歩き始めた。
腕を組んだまま、園内を移動する。こうしてデ○ズニーを回るのは遥的には初めての経験なので新鮮な気分だったが、今はそれどころではない。
ドギマギしながら歩いてると、アナスタシアが「あっ」と楽しそうに声を漏らした。
「アレに乗りたいです! ハルカ!」
アナスタシアの指差す先にはスター○ォーズ:スター○アーズ宇宙旅行に行く事を題材としたアトラクションだ。
星が大好きなアナスタシアが興味を持つには十分過ぎるアトラクション名だった。スターって二回入ってるし。
特に遥も断る理由がなかったので、二人で入った。列に並び、しばらく待機。
なんか微妙に緊張してる遥が目に入り、アナスタシアがキョトンと小首を傾げて聞いた。
「そういえば、ハルカはデ○ズニーランド来たことありますか?」
「え? あ、ああ……いや、無いけど……」
「無い、ですか?」
「うん」
「じゃあ、なんでデ○ズニーランドに来たんですか?」
確かに、クリスマスに出かけたい、と言ったのはアナスタシアだが、デ○ズニーに来たいと言ったのは遥の方だ。
純粋な目で聞かれ、遥は目を逸らして頬をかきながら呟くように答えた。
「いやー……その、何? クリスマスは、大切な人と過ごす日って、言ってたから……なら、デ○ズニーかなって……」
少し照れたようにそんな風に言われ、アナスタシアも言わんとしてることを自覚し、頬を赤らめて俯いた。
「うう……ハルカ、ほんとバカです……」
「なんで」
「う、うるさいです……!」
それっきり、二人揃って照れてしまい、会話は途切れてしまった。
×××
スター○アーズが終わった頃には、アナスタシアのテンションはフルマックスに振り切っていた。
目をキラキラと輝かせて、かなり興奮した様子で遥を見上げていた。
「ハルカ! とても面白かったですね!」
「ん、おお……」
3D酔いした遥とは真逆だった。額を抑えてヨロヨロしてるが、アナスタシアはそれに気付かずに遥の腕を引っ張り回す。
次に乗りたいものを見つけてしまったようだ。
「ハルカ、次はあれが良いです!」
「待って待って、ちょっと待って」
「早く行きましょう!」
「早くって何に乗るつもり……」
指差す先にはス○ースマウンテン。あんなものに今、乗ったら間違いなく意識はブラックホールの深淵に沈み、口からナイアガラの吐瀉物は必須だ。
辺りを見回すと、小さな屋台が見えた。
「あ、アーニャさん……」
「なんですか?」
「あそこに期間限定のチュリオス売ってるけど、食べる? 奢るから」
「本当ですか⁉︎ 食べます!」
テンションが天元突破してるから、提案すれば聞いてくれるのは分かりきっていた。
ホッと胸を撫で下ろして、チュリオスの屋台に並んだ。味は全部で三種類だが、期間限定のものは一種類だ。
「アーニャさん、何が良い?」
「ホワイトソース味です!」
一応聞いたが、想像通り期間限定のものだった。じゃあ自分はココアにでもしようかな、と思いながら、列に並んでると、ヒュウっと風が吹いた。服の隙間から肌に向かって侵入して来るような冷たい風。
それに伴い、アナスタシアが遥にくっ付いた。おそらく寒かったんだろう、と理解してるものの、少しドキッとしてしまう自分が心底、単純な気がしてしまう。
すると「へっくち」とくしゃみの音が聞こえた。アナスタシアの鼻から鼻水が垂れている。
「……アーニャさん、こっち見て」
「……うー、ハルカ。見ないでください」
鼻が垂れてる顔など見られたくなかったのだろう。
しかし、今さら感のある遥は無視してポケットティッシュを出してアナスタシアの鼻に当てた。
「はい、チーンってして。チーンって」
左の鼻の穴を塞ぎそう言うが、アナスタシアは顔を背けた。
「っ、い、いいです! 大丈夫ですから! 自分で……!」
「そう? じゃあはい」
子供扱いし過ぎたか、と反省しながら手を離すと、アナスタシアは「あっ……」と少し切なそうにしてしまう。
目を半眼にして「どうしたらええねん」と関西弁で思ったりしたが、それこそ今更なので、再びティッシュを鼻にあてた。
「チーン」
「で、でも……ハルカの手に、鼻水……」
「アーニャさんのなら汚くないよ、むしろ聖水だよ」
「セースイ……?」
「ほら、チーン」
「チーン……」
「お客様、さっさとして下さい」
「……」
「……」
気が付けば自分達の番になっていて、思いっきり赤っ恥をかいた二人は恥ずかしそうにその場を後にした。
スペースマウンテンに乗る前に、ベンチに座り、二人して顔を赤くしたまま愚痴りはじめた。
「はぁ……ハルカの所為でとても恥ずかしい思いしました」
「俺の所為かよ……。大体、ティッシュくらい女の子なら持ち歩きなさい」
「むっ、だからってわざわざ鼻をかんでくれることないと思います!」
「手を離したら寂しそうな顔してたろ!」
「してません!」
「してた!」
本人達的には険悪なムードだが、周りからすればただのカップルのイチャイチャだった。
二人とも黙り込み、チュリオスをガリガリと咀嚼する。遥はともかく、アナスタシアはあまりの美味しさに別の意味で頬を赤くし、脳内のスイッチが切り替わった。
「ーっ! は、ハルカ、これすごく美味しいです!」
「そいつはおめでとう」
「ほら、ハルカも食べてみて下さい!」
「え? いや俺は……」
よく今のギスった空気からそうなるな、と最早、感心しつつもやんわり断った。
しかし、アナスタシアのメンタルはこんなことでは折れない。自身の憤りよりも楽しさの共有が無意識に優先されるのだった。
「食べないですか? 美味しいのに……」
「あー……た、食べるよ」
流される遥も遥だが。ありがたく一口いただき、ボリボリと咀嚼する。
「ん、確かに美味いかも」
「ですよね⁉︎ ……なんで、ハルカもこっちにしなかったですか?」
「え? あ、あー……そりゃ、まぁ……同じの買うと、共有出来ないから、だけど……」
徐々に照れながらそんなことを言うと、その照れがアナスタシアにも伝染した。
同じように頬を赤らめて俯き、今更になって間接キスである事を察した。
「ウー……は、ハルカぁ……」
また「バカ」と言いたげな顔になるアナスタシアだが、自分から共有を望んだ身としては何も言えない。
そんなアナスタシアの前に、ココア味のチュリオスが差し出された。
「……た、食べる?」
「……す、すばしーば」
平仮名でそう返しながら、一口いただいた。
×××
この後、照れを紛らわすように二人はいろんなアトラクションに乗り、気が付けば夕方になってしまっていた。
パレードを見終えて、遥のマンションの屋上に来た。アナスタシアがどうしてもここに来たかったからだ。
告白は色んな場所を考えたが、やはり自分の好きな星が見えて、尚且つ遥と出会った場所を選択し、ここに至ったのだった。
二人で座って並んで空を見上げ、ホッと一息ついた。寒いのに暖かい、なんて矛盾した感覚が浮かぶ。
さぁ、もう十分遊んだ。あとは告白するだけ、それなのにアナスタシアの心臓は爆速で動いたままだった。心臓の高鳴りが収まらない、今にも破裂しそうな勢いだ。
しかし、言わなければ。とりあえず、何かしらの会話から始めなければ。そう思って、とりあえず思ったことを口に出した。
「は、ハルカは……サンタさんって信じてますか?」
「アーニャさん」
「は、はい?」
「好き、なんだけど……」
「……はい?」
「や、だから好きなんだけど……」
「……ふえ? ええええええええええ⁉︎」
ほんのり頬を赤らめた遥から、ガッツリ顔を真っ赤にしたアナスタシアが思いっきり距離を置いた。
その反応に心底、傷ついた遥はため息をつき、その場で両膝の上に両腕を置き、頭をその間に埋めた。
「はぁ……やっぱそうなるよね……」
「っ、はっ、ハルカっ……い、一体、何を……?」
今だに理解していない、いやそもそも思考回路がまともに働いていないアナスタシアに少しイラっとしたので、正面からぶちまけることにした。
「好きなの、アーニャさんが。昨日からずっと、北山とか新田さんとかに言われて考えてたけど」
「えっ? えっ? ……えっ?」
「その純粋過ぎて天然なとこも、ポーカーフェイスかと思ったら簡単に顔を赤くするとこも、楽しい事を見つけると頭がすぐに切り替わるとこも」
「っ、や、やめて下さいハルカ!」
「やめない。俺が今までいくら心臓が爆速で動くような思いをして来たと思ってんだ」
「だ、だからってそんな……!」
「とにかく、俺はアーニャさんが好きだ」
「っ……〜〜〜っ、ぅうう〜……」
顔を真っ赤にして、同じように俯くアナスタシア。そのアナスタシアを正面から見つめる遥。
が、やがて、アナスタシアの方からガバッと抱きついて来た。首の後ろに両手を回して、力強くギュッと抱き締める。
それに応えるように、遥も両手に力を入れて抱き返した。
「……アーニャも好きですよ、ハルカ……」
「……え、そうなの?」
「はい……。これでも、気持ちを伝え続けて来たのですが、ハルカが鈍感すぎて気付いてもらえなかったです」
「俺が悪いんですかね……」
「でも、もうその事でイライラすることはないです。……だって、ずっと一緒ですから」
「……」
そう微笑まれ、遥は一瞬だけ頬を赤らめた後、参った、と言うように微笑んだ。
で、自分のカバンを弄り、中からプレゼントで包まれた箱を取り出した。
「アーニャさん」
「? なんですか?」
「これ、クリスマスプレゼント」
「……へっ?」
手渡した袋をまじまじと受け取るアナスタシア。
「わ、私に、ですか……?」
「ああ」
「開けて良いですかっ?」
「どーぞ」
言われて、嬉しそうな顔で袋を開けると、中にはスリッパが入っていた足首の辺りまで入って、白いモコモコがついてる暖かそうなスリッパ。
「……スリッパ、ですか?」
「うちに、いつでも来て良いから」
「ハルカ……」
物珍しそうにスリッパを眺めた後、同じ目で遥のことも見上げた。
何? と視線で聴くとクスッと微笑んだアナスタシアが本当に可笑しそうに笑いながら答えた。
「ふふ、だって……やっぱり、ハルカは変ですね」
「……は?」
「クリスマスに……スリッパって……ふふっ」
「……なんだよ、いらないなら返せよ」
「いえ、いります。大切にしますね」
そう言われたら言われたで、照れて目を逸らしながら頬をポリポリと掻く遥。
その隣で、気合いを入れるように、心の中で「よしっ」と呟くと、アナスタシアは遥に声を掛けた。
「ハルカ、お返しがしたいです」
「は? 何の?」
「プレゼントのです。目を閉じて下さい」
キョトンとしてる遥はとりあえず目を閉じた。
直後、唇に柔らかい感触が触れた。何が触れたのかと思って目を開けると、同じように目を閉じたアナスタシアがゼロ距離にまで近付いていた。
そこで今更、キスされた事実に気付き、驚きのあまり離れようとしたが、アナスタシアはそれをさせない。両手で遥を掴んで唇を押し付けた。
「んっ……!」
プハッ、と口が離れ、涎がツウっと繋がってるが、二人とも拭おうとしない。
「……アーニャの、ファーストキスです」
「……この野郎」
「大好きですよ、ハルカ」
そう言った直後、空から雪が降り注いだが、二人はしばらく離れることをせず、翌日に揃って風邪を引いた。
次で最終話です。
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馬鹿達の尾行(最終)
デート当日、駅前でアナスタシアが待ち合わせ場所と同じ場所にみくと李衣菜と美波は集まった。三人ともそれぞれ、サングラス、帽子、マスクをして来ている。
理由、それはたった一つだ。アナスタシア、遥のデートの尾行である。こんな面白そうな事、尾けない理由がなかった。
「……美波チャン、遊歩チャンは?」
「……期末試験、英語18点だったから監禁してる」
「……あ、あはは……私も、勉強しなって忠告したんだけどなー……」
そんな会話をしながら、アナスタシアの様子を見る。絶対に……少なくともアナスタシアは早く来てると踏んで、三人とも30分前に来たのだが、それよりもアナスタシアは早く来ていた。
どこまで楽しみにしてたんだ、と呆れながらも、もう一人の方が来ないのが少し気になった。普通、待ち惚けるのは男の方だ。
まぁ、遅れてるものは仕方ないし、みくが会話を切り出した。
「そういえば、アーニャちゃん今日は告白するんだよね?」
「ああ、らしいね」
相槌を返したのは李衣菜だ。それを聞いて、美波は少し残念そうにため息をついた。
「はぁ……これでアーニャちゃんも彼氏持ちかぁ……」
「うーん……どうですかね、それ」
「へ?」
李衣菜が何となく返した言葉に、キョトンと美波が首を捻った。
「ど、どういうこと?」
「だって、私はイマイチ、白石の考えが読めないんですよ。だから、アーニャちゃんにどんな感情を抱いてるのか分からないんですよね」
「……へっ?」
「北山くらい分かりやすければ良かったんだけど……」
「じ、じゃあ……アーニャちゃんが振られる可能性は……」
「あるかもしれないですね」
それを聞いて、美波の顔色はサァーッと青くなった。もし、振られてアナスタシアが泣いてしまったら、遊歩以外の男にアイアンクローをかましてしまうかもしれない。
「……が、頑張ってね、アーニャちゃん!」
「今更、何を言ってるにゃ?」
みくがジト目でそんなツッコミを入れた時だ。アナスタシアが何やら一点を見つめ始めた。三人揃ってそっちに目を向けると、ジャンプを読むふりしてアナスタシアを見つめるストーカーがいた。
「……何してるにゃあの子」
「白石くん、もしかしてこの前、アーニャちゃんを怒らせちゃったこと、まだ恐れてるんじゃ……」
「あー、白石ってキモ小さそうだもんね」
なんで話してるあいだに、アナスタシアは堂々とコンビニへ。「あ、行っちゃうんだ」なんて思ってる三人の気など知るはずもなく、何か話すと遥を連れてコンビニを出た。
駅に向かっていったので、三人とも無言で頷きあうと後を追った。
×××
到着したのはデ○ズニー。二人がチケットを購入して入園する中、美波が三人分のチケットを購入していた。
「えっと、学生三枚」
「わーい! 美波チャンの奢り? 優しー!」
「えっ」
「やったね、みくちゃん! ラッキーだね!」
「ふ、二人とも、冗談だよね?」
「そういえば、北山をクラスに馴染ませるのに尽力したよね私達!」
「そうにゃ! 家でお化け屋敷に付き合わされたり!」
「わ、分かったよ……。はぁ……」
仕方なく了承した。ハイタッチしてる二人を連れて入園。ちゃんと見失わないようにアナスタシアを目で追っていた。というか、美波なら例え早朝の山手線の中でもアナスタシアと遊歩のことは見つけられる。
「えーっと、アーニャちゃんは……」
「あっちだよ、みくちゃん」
「なんで分かるの……? この人混みで一発で……」
「ほら、追うよ」
「美波さん、スマホのカメラしまって……」
三人で、イチャイチャしてるとしか思えない二人の後を追うが、その途中でみくが足を止めた。
その様子に、李衣菜と美波もつられて足を止める。李衣菜が小首を傾げて質問した。
「どうしたの?」
「……いや、今更だけど……クリスマスなのに女の子だけで何してるんだろうと思って……」
「……」
言われて、李衣菜も両手で顔を覆った。
「……確かに。せめて女子だけ、ってならないように北山が欲しかった……。初めて、あの人を欲しいと思ってしまった……」
二人して肩を落としてると、隣から美波がやんわりした口調で口を挟んだ。
「ま、まぁまぁ……二人とも可愛いんだし、彼氏出来るって。最近はうちの事務所、そういう子増えてるんだから……」
「けっ……その波に乗った奴の言い分なんか信用できるかいっ。なぁ、みくちゃんやい?」
「そうやい、あたぼうめ」
一体、何キャラなんだ、と思ってしまうような大根役者っぷりに、美波は苦笑いを浮かべるしかなかった。
が、そんな小芝居をしてる二人を眺めてると「あっ、でも」と美波が思い出したように言った。
「李衣菜ちゃんは、最近、仲良い男の子がいるんでしょ?」
「……へっ?」
「んっ?」
李衣菜は固まり、みくはジト目で李衣菜を睨む。
「……どういうことにゃ? 李衣菜チャン」
「な、なんで、それを……」
「へ? 遊歩くんから聞いたからだけど……」
冷や汗を流す李衣菜とジト目のみく。美波もニコニコしてはいるが、完全に「聴きたいな♪」と楽しそうな笑顔だ。
逃げられないと悟った李衣菜は「誉れ堅き雪花の壁」と「今は遥か理想の城」を展開し、どんな宝具にも耐えられるように防御を固めようとした。
「違うからね⁉︎」
「「何が?」」
「そういうんじゃないから! あいつは……!」
「へー、あいつとか言っちゃう仲なんだ」
「もしかして、みく達に隠れて結構遊んでる?」
ただし、NPもCTも足りなかった。穴だらけの盾で、恋バナ大好きな女学生の一斉掃射に耐えられるはずもない。
全て洗いざらい話す覚悟をした時だ。アナスタシアと遥の二人がアトラクションに向かってるのが見えた。
「あ、ふ、二人とも行っちゃったよ!」
「……仕方ないわね」
「尋問は後回しにゃ」
三人であわてて後を追った。まず到着したのはスター○アーズ。
冷静に考えれば、クリスマスとはいえ、二人を尾行していれば三人でアトラクションにも乗れるのだ。つまり、デ○ズニーを楽しむことが出来る。このストー……尾行は決して悪いものではない。
みくも李衣菜も同じ事を思ったようで、ふたりでさっさと列に並ぼうとした。
「待って、二人とも!」
が、その二人を美波が止める。きょとんと首を傾げて後ろの美波を見た。
「……何?」
「どうかしました?」
「二人とも忘れてない? 今日は2人のデートの観察に来たんだよ?」
「だから後をつけて乗るにゃ」
「でも、私達の方が後から乗るんだよ? つまり、あの二人が先にアトラクションから降りる。その後、誰が後を追うの?」
説明を聞いて、アホであってもバカではない二人は徐々に冷や汗を流していった。嫌な予感が頭を過る。
その予想通りのことを美波は笑顔で言った。
「どちらか一人、出口付近で2人に気付かれないように見張っててくれる?」
「狡いにゃ! 美波チャンは⁉︎」
「そ、そうですよ! なんで私達だけ!」
予想通りだったからか、二人の反撃は速い。しかし、その直後、美波の表情は、普段、彼氏にアイアンクローをする時の笑顔に切り替わった。
「……二人とも、誰のお金でここで遊べてると思ってるの?」
「……」
「……」
それを言われてしまえば、二人とも黙り込むしかない。共同戦線は早くも解消され、お互いに横目で睨み合う。
ーーーここから先は、真正面からのインファイトだ!
「「最初はグー! じゃんっ、けんっ……!」」
みくが待機班となった。
×××
「納得いかないにゃ!」
「いやー楽しかったね、李衣菜ちゃん」
「はい!」
「なんでみくが待機班なの⁉︎ 班、というかみく一人だったし!」
「宇宙旅行に行った先でトラブルなんて、結構面白い趣旨だったね」
「そうですね。本当にトラブルかと思いましたもん」
「しかも結局、二人と同じ順番だったなんて尚更、狡いにゃ!」
「でも、せっかくだからスパイに選ばれたかったけど……」
「仕方ありませんよ、スパイはランダムですから」
「聞いてよ話!」
そこまで言われて、ようやく二人は顔を上げた。しかし、その表情は怪訝そうなものだ。
「……何?」
「そっちがなんなの⁉︎ 何その顔⁉︎」
李衣菜の冷たい目に尚更、みくは腹を立てた。本当に猫っぽく「フシャー!」と威嚇しそうなものである。
「置いていかれたみくの愚痴を聞いてくれても良くない⁉︎」
「いや、でも負けたみくちゃんが悪いよね?」
「うん、そんな風に怒られても……」
「うう……二人とも冷たいにゃ……。李衣菜ちゃん、来年夏休みの宿題終わらなくても絶対手伝ってあげないから」
「ええ⁉︎ い、いきなりそれは卑怯じゃない⁉︎」
「知らないもん」
「ちょっと待って。みくちゃん、李衣菜ちゃんより歳下じゃなかった?」
「「そうだけど?」」
……それで手伝ってもらえるんだ、と呆れた反面、遊歩はそんな風にならないように厳しくしよう、と強い意志を持った。
そうこうしてるうちに、チュリオスの列に二人が並んだ。それを物陰からこっそりと見張る三人。どうやら、アナスタシアに遥が奢ってあげる流れのようだ。
「……おお〜」
「優しいとこあるじゃん」
「それ」
そんな勝手な評価をしながら、近くのベンチでのんびりを二人を眺める。
「……それにしても、寒くなりましたね」
李衣菜が自分の身体をさすりながらそんなことを呟いた。
「そうね。真冬だものね」
「今日は雪が降るらしいにゃ」
「へ〜……じゃあ、ホワイトクリスマスだ」
「そうなると良いね」
「……美波さん、本当に北山と良かったの?」
「良いの。あの子、しばらく外出禁止」
「あ、あはは……」
割と冷たい反応に、李衣菜が乾いた笑いを浮かべたが、それにみくがジト目で言い返した。
「李衣菜チャン、人のこと笑ってる場合? どうだったの? 期末試験」
「あー……まぁ、いつも通りかな」
「何、李衣菜ちゃんも成績良くないんだ?」
「そうなんだよ。美波チャンも一度見てあげて欲しいにゃ」
「ちょっ、みくちゃん。そういうこと言うと……」
「分かった。三学期の期末が楽しみだね、李衣菜ちゃん?」
「ほらこうなる……」
「良い薬にゃ」
そんな事を話してる時だ。列に並んでるアナスタシアの鼻を、遥がかんであげてるのが見えた。
それを見て、美波もみくも李衣菜も半眼になる。
「……えっ、何してんの? あの二人……」
「お母さん?」
「いや、どっちかというとお兄ちゃんだよね……」
「でもさ、普通外でああいうことすると……」
3人がそんな懸念を抱いた時だ。
「お客様、さっさとして下さい」
店員の冷たい声が三人のもとにも響いた。顔を赤くしながらチュリオスを買って次のアトラクションに向かう二人を目で追いかけながら、美波が小さく呟いた。
「……ホラ見たことか」
三人もチュリオスを購入してから二人の後を追った。
次のアトラクションはス○ラッシュマウンテン。再び、みくと李衣菜が拳を引いた。
「「じゃん、けんっ……!」」
李衣菜が待機班になった。
二人の後を追いながら、美波とみくが二人で列に並ぶ。その間、前方の二人を眺めながら、二人でアトラクションを見上げる。
「……うわあ、面白そうにゃ」
「あれ? 乗ったことないの?」
「みくはどちらかというと、ユニバの方が多く行ってたから」
「あー、そっか。大阪出身だもんね」
「美波チャンは?」
「私もあまりないかな。去年、少し来てたくらい」
「広島だっけ?」
「うん」
きゃああああ……と悲鳴が聞こえた。ス○ラッシュマウンテンの下りのレールが降りて来る音だ。
それを見て、みくが「ああ!」と思い出したように声を上げた。
「どっかで見たと思ったら、ジ○ラシックパークの奴に似てる!」
「へっ? こういうのあるの?」
「うん。水の中、急降下して降りて行く奴」
「ふーん……。どんなの?」
「結構怖いんだよ。急降下の直前、ティーレックスが目の前にいて迫力満点の奴にゃ」
「あー……それは怖そうだね」
「美波チャン、ホラーとかダメそうだもんね」
「うるさいよ……」
そうこうしてるうちに、自分達の番になった。偶然にも、アナスタシア達と同じ車両になった。一番先頭の車両の戦闘がアナスタシア、遥組み。一番後ろが自分達だ。
しかし、みくは忘れていた。ジ○ラシックパークと同じということは、急降下して着水時に大惨事になることが明白だ。
そして、それを思い出した時には列車は出発していた。
「ワクワクするね、みくちゃん」
水を被ったことがない美波は純粋にウキウキしている。心苦しかった、これから起こる惨事を想像すると。
しかし、自分が乗りたいと言ったわけではない。もう、なす術もないし、仏のごとく悟りを開くことにした。
「……美波チャン」
「何? ……何、その顔?」
「死ぬときは一緒、だよね?」
「どういうこと⁉︎」
そのまま落下した。
×××
デ○ズニーランドを出て、三人は二人にバレないようにマンションに向かった。
結局、アナスタシアはまだ告白はしていない。いつ告白するのかワクワクしながらあとをつける。
到着したのは、屋上だった。流石に屋上までは上がらない。バレるから。
そのため、壁越しに話を聞くしかない。壁に耳を近づけてると、アナスタシアの声が聞こえてきた。
「は、ハルカは……サンタさんって信じてますか?」
「アーニャさん」
「は、はい?」
「好き、なんだけど……」
何の話? と三人は顔を変えたかと思ったら、驚愕の表情に切り替わった。
「……はい?」
「や、だから好きなんだけど……」
「……ふえ? ええええええええええ⁉︎」
全く同じ反応を心の中で共鳴させた。すごいタイミングで、アナスタシアのセリフをまるで無視してそんなことを伝えたからだ。
しかし、唯一、落ち着いている遥は小さくため息をついた。
「はぁ……やっぱそうなるよね……」
「っ、はっ、ハルカっ……い、一体、何を……?」
本当にそう思う。
「好きなの、アーニャさんが。昨日からずっと、北山とか新田さんとかに言われて考えてたけど」
「えっ? えっ? ……えっ?」
「その純粋過ぎて天然なとこも、ポーカーフェイスかと思ったら簡単に顔を赤くするとこも、楽しい事を見つけると頭がすぐに切り替わるとこも」
「っ、や、やめて下さいハルカ!」
「やめない。俺が今までいくら心臓が爆速で動くような思いをして来たと思ってんだ」
「だ、だからってそんな……!」
「とにかく、俺はアーニャさんが好きだ」
「っ……〜〜〜っ、ぅうう〜……」
あまりの怒涛の畳み掛けに、三人まで心臓をドキドキさせてしまった。
なんであれ、告白は告白だ。アナスタシアは返事をしなければならない。まぁ、三人はその結果を知っているわけだが。
「……アーニャも好きですよ、ハルカ……」
「……え、そうなの?」
「はい……。これでも、気持ちを伝え続けて来たのですが、ハルカが鈍感すぎて気付いてもらえなかったです」
「俺が悪いんですかね……」
「でも、もうその事でイライラすることはないです。……だって、ずっと一緒ですから」
「……」
その後、プレゼントを渡し、キスをした。その様子を眺めながら、三人ともウンウンと頷いた。ようやくくっついたか、みたいな。
とりあえず、これ以上は野暮だ。三人ともクールに立ち去ろうとした時だ。屋上の扉、ガラスになってる部分に文字が書かれていくのが見えた。
『あとで、おぼえてろ』
……遥には全部バレていた。三人とも、後日に遥とアナスタシアに色々買わされる羽目になった。
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