僕はいつも仮面を付けている。
それは、嘘で作り出された仮面。
表面上は皆と同じ考えを示し、周りの意見に賛成し、おちゃらけた性格で明るくする。
所謂ムードメーカーと言うものをしている。
だが心の奥底では違う。
ドロドロとドス黒い感情が渦巻いて、ただただ気持ち悪い。
誰も、僕の本性には気付かない。
だから今日も僕は仮面を付ける。
◆
すぐ外したけど。
「ちす」
「お、来たね想君。じゃあ今日もよろしくね」
「うす」
「…本当の君を見せてくれる様になったのは嬉しいけどもう少し言葉を多くしてもいいんじゃないかな?」
「面倒、こっちの方が楽」
「相変わらずだなー…」
この人は月島まりなさん。大学に入ってからやる事がなく暇である喫茶店でバイトを探していたところ、近くにいたこの人に声をかけられた。
元々バンドと言うのに憧れていたのもあり、こちらから頼んだ。仮面を付けたままね。
まあそうやって声をかけられてから一年近くも経てば次第に打ち解けていくわけで…何度も一緒に飲みいったりしていたらポロッと仮面が外れて本当の自分を見せてしまった。まりなさんはそんな僕を受け入れてくれた。
それからはまりなさんが今まで以上に優しくなり兄弟がいなかった僕には姉のような存在に思え、良くしてもらっている。
家族以外で僕の本性を知っているのは彼女だけだろう。
「まあいいけど、じゃあギターのメンテからお願いね」
「了解」
まりなさんにそう言って僕はギター等の機材が置いてある部屋へ向かう。
「もうちょっと愛想良くしてもいいんだけどなぁ……」
ポツリと呟いたまりなさんの言葉は届かなかったが。
◆
「終わりました」
「うん、ありがとう。これで開店時間に間に合うね!」
「…毎度思うんだけど明らかに僕、バイト以上の仕事してるよね?」
機材の準備、チューニング、メンテナンス、PA、ホームページの管理、etc……。
うん、すっごい働いてる。
「あはは、でもその分お金に色つけてるしお互い様でしょ?」
「まあ…」
確かにここのバイト代は物凄くいい。まあそれもこれもスタッフが僕と上司のこの人しかいないからなんだけど。
ここCiRCLEはここのオーナーが学生の為に作ったライブハウスで、財布に優しいライブを行えることでそこそこ有名だ。
他にもいろいろあるのだがそこは割愛させてもらう。
「今日はRoselia?」
「うん。開店後直ぐに来ると思うよ。さ、そろそろ開けるよー」
そう言うとまりなさんは店の外に出て「CLOSE」の看板を裏返し「OPEN」にした。
さあ、また仮面を被るか。
◆
「まりなさん!影山さん!おはようございまーす!!」
「おはようあこちゃん。それに燐子ちゃんも」
「お、おはようございます…」
「おー!宇田川ちゃんに白金ちゃん!おはよー!今日も可愛いねー!!妹にしたいくらいだよー」
この2人は今若い世代で話題の大人気バンド『Roselia』のドラム、宇田川あことキーボード担当の白金燐子だ。
宇田川の方は紫の髪をツインテールにしており、カッコイイものが大好きな中学生だ。確か『After glow』のドラムの宇田川巴だったかな?その子の妹だったはずだ。
白金の方は腰まで伸びた艶やかな黒髪とそこらの男がすれ違うならすぐに目を奪わられるであろう発達した胸が特徴で、控えめで大人しめな性格をしている。
「あれ?今井ちゃんと湊ちゃんと氷川ちゃんは?」
「リサ姉達はもう少しで来ると思うよ!あこ達が早く来すぎただけだもん!ね、りんりん」
「えっと、はい。私が早く来て少し練習していたいって言ったらあこちゃんが賛成してくれて……」
「成程ね、いいよいいよ!可愛い子の我儘なら大歓迎!さっ、すぐ部屋に案内するよ!」
「ちょっと想君?君は今日1日カウンターの筈なんだけどなー?」
「ええ!?そんなぁー!!」
僕のオーバーリアクションに宇田川と白金がくすりと笑う。
これが僕の仮面だ。
自分のこのテンションで軽くおちゃらけた態度を取り、場を盛り上げる。皆もそれで明るくなる。お互いウィンウィンの関係だ。
「じゃああこちゃん、燐子ちゃん。着いてきて。想君はそこで他のメンバーが来るまで待っててね」
「はーい、二人とも頑張ってねー!」
ブンブンと大きく手を振って2人を見送る。宇田川は手を振り返してくれて白金はぺこりと会釈を返してくれた。
さて、僕も仕事頑張りますか。
◆
音楽雑誌を読んでいると3人組の女子高生がやってきた。僕はそれを見て雑誌をカウンターの端に置く。
「おはようございます。今日3番室を予約していたRoseliaです」
「お、湊ちゃんおはよー!氷川ちゃんも今井ちゃんもおはよう!いやー今日も可愛いねー!」
湊友希那。銀髪のセミロングでRoseliaのボーカルとリーダーを務めており、その桁外れの歌唱力でファンを釘付けにしている。
「…影山さん。湊さんに早く部屋の鍵を渡して下さい」
「なーにー?相変わらず氷川ちゃんはつれないなー」
氷川紗夜。水色のロングヘアーで厳しめな口調が特徴だ。Roseliaでは確かギターを担当していた筈だ。
「それと鍵だけど宇田川ちゃんと白金ちゃんが先に来て練習しているから無いよ」
僕がそう言うや否や湊と氷川の2人は3番室へ向かって行った。まあ何度も来ているからどこにどの部屋があるかなんて二人とも把握している。
「あはは…すみません影山さん。二人とも素っ気なくて」
「気にしなくていいよ今井ちゃん。俺がちょっと悪ふざけしすぎちゃっただけだからねー」
今井リサ。茶髪の髪を今どきのギャルっぽく纏めた子だ。確かRoseliaではベースを担当している。こう見えて面倒見がいいらしく、よくメンバーのまとめ役をしている。湊の幼馴染でもあるとか。
「それじゃ今井ちゃんも頑張ってねー!!」
「はーい!」
そう返事をして今井も3番室へ向かって走って行った。
これで暫くは休めるな……。
「……疲れた」
カウンターに腕を投げ出し突っ伏す。
僕は湊と氷川に嫌われている。あの二人の性格からして不真面目そうな見た目のこんなチャラチャラした男は嫌いなのだろう。
まあこちらとしてはそっちの方が有難い。仮面を被った僕に好意を持つくらいなら嫌ってくれた方がマシだ。
そう思いながら僕はまりなさんが戻って来るまでだらーっとしていた。
◆
結局、まりなさんは昼の休憩に入るまでカウンターには来なかった。
どうやらRoseliaの指導をしていたらしくずっと付きっきりだったらしい。
「想君は休憩まだだよね?入って来ていいよ」
「あ、本当ですか?じゃあお先に休憩いただきまーす!!宇田川ちゃん達も後でねー!」
宇田川の「はーい!」と元気な声を聞いて僕は休憩室へ向かった。
休憩室に着くと財布を取り出して自販機にお金を入れる。いつも飲んでいる無糖コーヒーのボタンを押す。
取り出し口からコーヒーを取り出して蓋を開けて口をつける。
苦味が口の中いっぱいに広がり、目を覚まさせてくれる。
「今日入ってた予約は午前から午後までのRoseliaだけだし…今日は比較的楽だなー」
「そうなのー?」
「楽も楽。忙しい時なんか休む暇すら無いからねー!で、何でここにいるの青葉ちゃん?」
独り言が突然会話になったのはサラッと相槌を打ってきた青葉がいつの間にかいたからだ。
青葉モカ。幼馴染で構成されたバンド、『After glow』のギターを務めている高校生だ。グレーのショートヘアーでいつもおっとりマイペースの性格をしている。そのせいで同じバンドの子達がたまに被害を受けている。
「ん〜とね〜、暇だし1人で練習しよ〜かな〜って思って来てみたら影山さんが休憩室に入ってくのが見えたからさ〜」
「なるほどねー、て言うか何度も言ってるけど気配消して人の背中に立つの止めてくれないかなー!?」
「ふっふっふ、モカちゃんは影山さんのその反応が見れるのが楽しみなので止めないのです〜」
「そう言うのは上原ちゃんや美竹ちゃんだけにしてよー。今度から、からかい上手の青葉ちゃんって呼ぶよ?」
「からかい上手の青葉ちゃん……いいね〜」
そんな事を話していると青葉は僕の隣に座る。他にも席は空いているのに何故隣に座った?
僕はそんな考えを顔に出さないように笑顔を貼り付ける。
「まったく青葉ちゃんはいつものんびりしてるよねー。少し見習いたいくらいだよ。そのマイペースさ」
「おお〜どうぞどうぞ、影山さんも是非見習ってくださ〜い」
「そうだね、じゃあ見習っちゃおうかなー!なーんて!ハハハ!」
それからいくつか雑談をした後僕は休憩室を出た。青葉?青葉なら「パンがあたしを呼んでいる〜」とか言ってギターだけ置いて出ていったよ。いや大事な物を置いてっちゃダメでしょ……。
休憩も終わりカウンターに戻るとRoseliaのメンバーがカフェスペースで談笑しているのが見えた。僕はそれに気づいていないフリをしてまりなさんの元へ行く。
「休憩終わりましたよー」
「あ、おかえりー。じゃあ想君、早速で悪いんだけど1番室のギターアンプの調整頼めるかな?」
「分かりました。あれ?誰か使ってたんですか?」
「うん。モカちゃんがちょっと前までね。あ、そのギターってモカちゃんの?」
となるとさっき僕の所に来た時は練習帰りだったのかな?僕は手に持ってるギターケースを見せながら「はい」と頷いた。
何故自分のギターを忘れていけるのか僕には理解出来ない。そう思いながら僕は仕事を始めた。
それから1時間後、青葉がギターを取りに来た。両手には山吹ベーカリーの名前とロゴが入った袋を掲げており、その量に軽く引いた。青葉曰く、この量でも腹八分目行くか行かないか程度なのだとか。恐るべしパン狂人。
それから青葉がギターを持って帰った後、僕は5時まで働いてから家へ帰った。
「ただいま」
そう口にするが、返事を返してくれる人は誰もいない。だからと言って両親が死んでいるだとか海外へ言っているだとか孤児院生まれだからそもそもいないだとか、もちろんそんな理由ではない。ただ単に上京してきたからいないだけだ。
家と言ったから誤解している人もいると思うが僕の家はあくまでアパートの一部屋だ。この場合の家は「いえ」じゃなくて「うち」と読むのが正しい、と思う。
「冷蔵庫には…何も無い」
文字通り何も無いと言う訳では無いがあるのはドレッシングやマヨネーズ等の調味料と作っておいた麦茶のみ。食材はすっからかんだ。
今から買いに行くのも面倒だし仕方ないので冷蔵庫の上の棚から買い置きしていたカップ麺を取り出す。味は醤油だ。
お湯を入れて3分待つだけ、そんなに腹が減っていた訳では無いのだが5分もかからずに食べ切ってしまった。
それから僕は風呂に入って布団に潜った。明日は講義だし電気代節約の為に早めに寝るのはいい事だ。
「おやすみ」
誰に言うわけでもなく、小さな声で呟いて僕は眠った。
最後の方適当ですみません。
行き当たりばったりの物語なので読むのなら暇な時気まぐれで読んだほうがいいですよ。(遅すぎる)
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2話
バンドリの人気って凄い。
投稿してから1日しか立ってないのにUAが500を超えてる……。
バンドリの人気って凄い。(大事なことなので2回言いました)
ではどうぞ。
月曜日――社会人や学生達が耳にしたら大半の人が顔を顰めるであろう言葉。かく言う僕も「月曜日が好きか?」と聞かれたらすぐさま否定するだろう。
週明けと言うこんな憂鬱な気分の中、仮面を被らなきゃいけないのだから。
◆
「うぃーす!」
「お、影山ー!おっすおっす!」
こいつは桐野康介。染めたような明るい茶髪の地毛をブラストマッシュ?とか言う女子ウケしそうな髪型にして耳にピアスを開けているまさに『the・大学生』と言う容姿をした同級生だ。大学に入学してから初めて講義を受ける時にわざわざ僕の隣の席に座ってきた変わり者だ。
本人に何故他にも席は空いているのに自分の隣に座ったのか?と聞いてみたら「そもそも人がいたとは思わなかった」とさり気なく僕の影の薄さをディスって理由を教えてくれた。悪かったな空気で。
リュックを下ろして桐野の隣の席に腰をかける。そして記憶の中から話題の材料となる物を引っ張り出してきて話す。
「そういやお前のTwitter見たけどさ、彼女出来たってマジ?」
「おお、マジもマジ!この前の合コンでK大の二つ年上のお姉さんをゲットしたぜ!!スマホに写真あるから見せてやるよ」
桐野はそう言うとスマホを操作して見せて来た。そこにはブロンドに髪を染めた長髪の女がいた。服装も今のトレンドに合わせており中々の美人だと思う。
「恵那さんって言うんだけどさ、読者モデルやってるらしいんだよ。いやーこんな美人と付き合えて俺幸せもんだわー」
「ほーう…ま、速攻で別れないように頑張れよ!」
「縁起でもねぇ事を言うなよ!!」
「あっはっは!スマンスマン!いやー桐野をからかうのは楽しくてさー」
「ったく、人をからかうのも程々にしろよな」
ブツブツと軽い恨み言を呟きながら桐野がスマホをしまうと丁度講義開始の時間を知らせるチャイムがなり、担当の教授が入ってきた。
教授はいつも通りノートパソコンを机の上に置き、スクリーンに繋げる。そして前回の講義の続きを話し始める。それを僕は右耳から左耳へと聞き流す。
いつもと同じ、退屈な講義が始まった。
◆
今日の講義が終わり、僕と桐野は大学の校門を出ていた。
「ああーやっと終わった、俺はこのまま彼女とデートに行くけど影山はどうするんだ?」
「んー、冷蔵庫の中身がすっからかんだから商店街にでも行こうと思ってるな」
「商店街って…主夫みたいだなーお前」
笑いながらそう言う桐野に少しイラッときたので軽くヘッドロックをかける。
「主夫で何が悪いー!」
「ちょ、ま、いててて!悪い!悪かったって!謝るから!謝るから!ギブギブ!!」
僕の腕をタップしながらヘッドロックの解除を求める桐野。まあ気が済んだので腕を離してあげる。
桐野は乱れた髪型を直しながら僕に視線を送ってくる。
「これから彼女とデートなのに髪の毛を弄るなよなー全く…」
「スマンスマン、少しやり過ぎたな。これが原因でフラれたらゴメンな」
「いやそんな簡単にフラれねぇよ!?……フラれないよな?」
「いや俺に聞くなよ……」
そんな雑談を何分かして桐野と別れ、僕は商店街へ向かった。
◆
商店街へ着くと平日だが夕方という事もありそこそこ多い人で賑わっていた。
今日の晩御飯は久しぶりに肉にでもしようかなと思い、よく行く北沢精肉店へ足を進めた。
「おっ、兄ちゃん!久しぶりだね」
「お久しぶりです!今日は何がオススメですかね?」
恰幅のいい40代半ばの男性がカウンターに立っている。この人は北沢精肉店の店主だ。よくここで肉やコロッケを買うので顔見知りになっている。
「そうだねぇ…豚の肩ロースなんかどうだい?生姜焼きにピッタリだよ」
「肩ロースですか…じゃあそれを200gとメンチカツを5つお願いします」
「あい毎度!肩ロース200とメンチカツ5つね!合計で972円になるよ!」
店長はそう言って切り分けた肉を包装して袋に入れる。それとは別にメンチカツを5つまとめて耐油袋に詰める。
その間に僕は財布を取り出して1000円と一円玉を2枚、キャッシュトレイに置いておく。
袋に詰め終わった店長は「北沢精肉店」と入ったビニールに包装した肉とメンチカツを入れて渡してくる。
「はいお待ち。1002円のお預かりで…30円のお釣りだよ!」
レシートとお釣りを受け取り財布に入れる。
「ありがとうございます」
「毎度あり!また来てくれよ!」
そう大きな声で言ってくる店長に軽く会釈をして僕は精肉店をあとにした。
◆
家へ帰るために商店街を通っているつい先日会ったばかりの少女とその友人達と遭遇した。
「あ、影山さん〜。久しぶり〜」
「奇遇だね青葉ちゃん。てか久しぶりって昨日会ったばかりじゃないか」
仮面に苦笑を浮かべて会話する。
学校帰りなのか、全員制服を来ている。そんな中、桃色の髪を短く2つに縛った女子が話しかけてきた。
「お久しぶりです影山さん!」
「お、上原ちゃん!相変わらず元気いっぱいだね〜!」
上原ひまり。『After glow』のベースを担当してるんだったっけ?よく青葉に弄られているのを見かける不憫な子だ。
「むぅ〜、今なんか失礼な事考えてませんでした?」
「そんな事ないよ。ただ俺は週の初めから上原ちゃん達みたいな可愛い子に会えたのが嬉しいだけだよ!」
「もー、
「クッキーは出るんだな…お久しぶりです影山さん」
「久しぶり宇田川ちゃん。相変わらずカッコイイねー!」
宇田川巴。背中あたりまで伸びた赤い長髪をしており、姉御肌な彼女は可愛いと言うよりカッコイイと言った方が合う。ドラムを担当していてRoseliaの宇田川あこの姉だ。
「カッコイイって…ま、ありがとうございます。ところで蘭、何でそんなに機嫌悪いんだよ?」
「……別に」
美竹蘭。『After glow』のギターボーカルを担当しており、赤メッシュが入った黒髪が強気な態度を表している。
なんでも実家は長い歴史のある華道の名門なんだとか。
「ら、蘭ちゃん。影山さんは年上なんだから挨拶くらいしないとダメだよ?」
「気にしないでいいよ羽沢ちゃん。僕も気にしてないから」
今美竹の態度に注意をしたのは羽沢つぐみ。『After glow』のキーボードを務めていて、この中では1番普通な女の子だ。メンバーの精神的支柱となっている。
こちらの実家は喫茶店を経営しており、北沢精肉店の前に立つ羽沢珈琲店が彼女の実家だ。
「君たちは学校帰りかい?」
「見ればわかるでしょ」
「蘭ちゃん!」
「あっはっは。相変わらずだねー美竹ちゃんは」
美竹の素っ気ない返事に羽沢が頬を膨らませて怒る。流石に悪いと思ったのか小さな声で「……すみません」と言って謝ってきた。
「まー気にしないでいいよ。俺の方こそ下校途中に邪魔して悪かったね。それじゃ……何してるの青葉ちゃん?」
これ以上美竹の機嫌を悪くしないためにもさっさと帰ろうと思うと、青葉がしゃがみながら僕の右手に握った袋の中、端的に言うと先程僕が買ったメンチカツの袋を漁っていた。
「いや〜モカちゃんお腹減っちゃって〜」
「確かにそれは大変だねー。だからと言って何で俺が買ったメンチカツを取り出そうとしているのかなー?」
「モカちゃんはお腹が減ってます。影山さんはお腹を空かしている可愛い可愛いモカちゃんを目の前にして見て見ぬふりをしちゃうの〜?」
「くっ…持ってけ、全部だ」
「いいんですか影山さん!?」
「おいモカ、いくら何でもそれはやり過ぎだぞ」
僕と青葉のやり取りに羽沢が驚き、宇田川が止めに入る。
「まあ冗談は置いといて別にいいよ。実はこのメンチカツおまけで貰った奴だからね。財布的には痛くないし。それと丁度5個入っているから誰か1人が食べれないって事にならないから安心してね」
これ以上会話をするのも面倒なので嘘をついてメンチカツが入った袋を青葉に渡す。
どうも青葉は苦手だ。何を考えているのか分からないところや昨日のように意味もなく僕に近寄ってくるところ。好意を持っているのか知らないが…何か裏があるのではないか、そう思えてしまう。
何より、
こんな高校生の少女相手にそんな事を考える自分に嫌気がさす。
「…ご飯前だから余り食べすぎないようにしなよ。それじゃまたライブハウスでねー!!」
それだけ言って僕はAfter glowの子達から離れた。
これ以上いると、本当の自分が出てきそうだったから。
◆
影山さんはあたしにメンチカツが5つ入っている袋を渡してから話すと、走って帰ってしまった。
「ありゃ〜、行っちゃったね〜」
「…モカ、どうすんだそれ?」
「んー?勿論食べるよ〜。せっかく貰ったのに食べないなんて勿体ないしね〜。はいともちんの分。つぐもひーちゃんも蘭もどーぞー」
袋から耐油紙に包まれたメンチカツを取り出して1つずつ蘭たちに渡していく。
「私はいらない」
「え〜?でも夕飯前だからあたしも1つで十分なんだけどな〜。蘭が食べないと勿体ない事になるんだけどな〜?」
「…分かった、分かったから。食べるから」
「うんうん。素直が一番だよ〜」
渋々と言った感じでメンチカツを受け取る蘭。あたしを含めて皆、美味しそうにメンチカツを頬張る。
「ところで前から気になってたんだけど何で蘭はそんなに影山さんの事を嫌ってんだ?確かにチャラい感じするけど話してみたら普通にいい人だぜ?」
ともちんが言う通り、影山さんは見た目通りチャラチャラした人だ。軽そうに見えるし、実際態度も軽い。だからRoseliaの友希那さんや紗夜さんは嫌っている。
「…別に、チャラいとか軽いとか、そんなのはどうでもいい。ただ、何か…真面目に取り組もうとしない態度が気に入らないだけ」
「それってどーゆー意味なの蘭?」
メンチカツを食べ終わったひーちゃんが『わけがわからないよ』と首を傾げて蘭に聞き返す。
「と言うか蘭〜、やっぱりそれって影山さんの軽い態度が気に入らないってだけじゃないの〜?」
「まあ…それもあるかもしれないけど……じゃあ逆に聞くけど何でモカ達はあの人と仲良く出来るの?」
立ち止まって蘭が聞いてくる。それに合わせてあたし達の足も止まる。
蘭の言葉にともちんが「うーん」と唸って考える。そして考えが纏まったのか理由を話し始める。
「アタシはまぁ、嫌いになる理由がないからかな?あこにも良くしてもらってるし偶に差し入れも持ってきてくれるしな」
「私もそんな感じかなー。なんか影山さんって大学生だけど怖い感じしないし、話しやすいし!」
「あとひーちゃんの体重を増やす原因になっているお菓子やケーキもくれるしね〜」
「モーカー!」
「ひーちゃんが怒ったー」
ひーちゃんをからかった事によって少しピリピリしていた空気が和む。
「つぐは?」
「え?私?私はえっと……優しいし親しみやすいから、かな?でも可愛いとか言われるのはちょっと苦手かな」
苦笑いしながらそう答えるつぐ。3人の答えを聞いて尚、納得出来ない様子の蘭はあたしに視線を移した。
「モカは?モカは何で仲良く出来るの?」
「あたし?あたしは……」
どう思っているんだろう?
あたしは、あの人の事を。
よく話し相手になってくれる優しい人?
よくパンとか食べ物をくれる優しい人?
それとも――
「………いい人かな〜。だってパンもくれるし〜、お菓子もくれるし〜、メンチカツ美味しいしー」
「何それ…それっていい人じゃなくて
「んんー?おお〜本当だ〜」
「も、モカ…」
「モカってば…」
「あはは…モカちゃんらしいね」
あたしの言葉に4人全員が脱力する。蘭はそのせいで気がそがれたのか溜息を着くと歩き始めた。
もう少しで皆が別れる道に着く前に、つぐが空を指さして大きな声を出した。
「あ、一番星!」
その声につられて上を向くと、確かにつぐが指をさしている方向には星が光っていた。
「久々に見たねー。つぐが星を見つけるの」
「最近は色々と忙しかったからなー。みんなの都合も合わなくて一緒に帰れなかったしな」
ひーちゃんとともちんが星を見ながらそう話す。
暫く星を眺めたあと、また歩きだした。別れ道に着くとみんな別れの挨拶を告げてそれぞれ家へ帰る。
◆
歩きながら、あたしは蘭の質問を考えていた。
『モカは何で仲良く出来るの?』
さっきは誤魔化したが、思っていた事は違った。
あたしは心の中で、あの人の事を疑っている。何故か分からないけど、あの人は何かを隠しているように見えるから……。
「…名前、また呼んでくれなかったな」
あの人はあたし達のことを名前で呼ぼうとしない。それも何故かは分からない。何か理由があるからなのか、それともただ単に人のことは苗字で呼ぶ人なのか。いずれにせよ、あたしはあの人の事を知らなすぎる。
「ねぇ、影山さん……あなたは何を隠してるの……?」
藍色に染まりきった空とその上で増え始めた星を見ながら、自分以外誰もいない住宅街の真ん中で、誰に言うわけでもなく、
あたしはただ、呟いた。
いやー本当にびっくりしましたよ。投稿して5分でお気に入りが10件近く来てたんですもん。ありがとうございます。
そして☆9の評価を下さった『アイリP』様。ありがとうございました。やる気と元気を頂きました。
そして誤字報告をして頂いた『ゆーるA-』様。ありがとうございました。めちゃくちゃ助かりました。
凛子って誰やねんってね。
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3話
あと朝見たら評価バーが赤くなってたんですけどアレは夢ですかね??
それではどうぞ。
アイドルとは人に夢を『与える』存在であると誰かが言っていた。だが、僕が思うに、アイドルというものは夢を『与える』では無く、夢を『見させる』の方が合っていると思う。
テレビに映る自分より年下の5人の少女達を見ながらそんな事を考えていた。
◆
今日は休日なのに珍しくパスパレの収録もなく暇なので、久々に江田川楽器店に自分が担当する楽器を見に来てます。
「こ、このドラムセットは!?まさかこんな所で出会えるとは…震えが止まりません!どれどれ値段は……更に震えが増しましたー!」
「麻ー弥ちゃん!何1人で騒いでるのー?」
「わわっ!ひ、日菜さん!驚かさないでくださいよー」
「ごめんごめん。あんまりにも麻弥ちゃんが熱心に見てたからさー気になっちゃって」
日菜さんは笑顔で謝って来ますが反省してないように見えますね……。
というか―
「一体いつからいたんですか日菜さん?」
「ん?えっとねー麻弥ちゃんがこ、このドラムセットは!?って言ったあたりからかなー」
「めちゃくちゃ最初じゃないですか!?」
「いやー麻弥ちゃんがここに入るところを見かけてさー。何してるのかなーって思ったら何か大声で叫び始めるから声掛けづらくて」
自分の痴態を見られていた事に恥ずかしさを、それと一緒にもう少し早く止めてくれてもいいのに…と不満を覚える。
「ま、まあその話は置いといて、日菜さんは何を買いに来たんですか?」
「?何も買いに来てないよ?だって麻弥ちゃんがいたから来ただけだもん」
「そうですか……と言ってもジブンもドラムセットを見に来ただけなので何かを買うって事はありませんよ?」
「ええー!そうなのー?じゃあこれからどうする?」
いつの間にか休日を日菜さんと過ごす事が決定されましたが、丁度自分も暇だったのでこれからどうするか考えます。
日菜さんと2人で今後の予定を決めていると誰かが入店して来ました。カウンターの方を見ると大学生くらいのお兄さんが店員さんと話しているのが見えました。お兄さんが店員さんに何か言うと、店員さんはレジの奥に行ってギターを取ってきました。
「あ!ギターだ!!」
「え、ちょっ、日菜さん!?」
それに日菜さんが反応してお兄さん達の方まで走って行きました。
知らない人に話しかけに行かないで下さ〜い!!
◆
「おにーさん!」
「ん?」
江田川楽器店の店員と話していると見知らぬライトブルーの髪色をした少女が声をかけてきた。
「えっと……どちら様?」
「日菜さーん!知らない人にいきなり話しかけたりなんかしたら迷惑ですよー!」
僕が困惑しているとドラムセットが置いていある場所から帽子とメガネを装着した女子が走って来た。
なんか二人ともどこかで見た気が……。
「日菜ってもしかしてパスパレの日菜ちゃんですか!?」
「え?うんそうだよ!こっちは麻弥ちゃん!」
「日菜さん!私達それなりにテレビ出て顔が知られるようになったから余り目立たないようにって千聖さんに言われてるじゃないですかー!」
店員さんが日菜と呼ばれた少女の名前を呼ぶと少女はそれを肯定する。すると麻弥と呼ばれた少女が焦り始めた。
ん?日菜さん…麻弥ちゃん…千聖さん…。
あっ
「『Pastel*Palettes』?」
「あれ?あたし達の事知ってたのー?」
「いや、今朝テレビに出てたのを思い出してさ。いやーラッキーだなー!こんな所で現役のアイドルに会えるなんて!」
「こんな所ってなんですか〜?影山さーん」
「ご、ごめんごめん!そういう意味じゃなかったんだけど……あはは」
店員の彼女にジロリと睨まれて慌てて謝る。すると日菜と呼ばれている彼女から助け舟が出される。
「おにーさん、影山さんって言うの?あたしは氷川日菜!パスパレでギターやってるの!よろしくね!ほら麻弥ちゃんもー!」
「えええ!?えっと、パスパレのドラムを担当しています。大和麻弥です!よ、よろしくお願いします!」
「じゃあこっちも一応、俺は影山。よろしくね!」
僕がそう返すと氷川は何故か黙り込み、僕の目をじっと見つめてきた。
その瞳はまるで、僕の心の奥底まで見通すように澄んでいた。
「え、えっと…どうかしたかな?」
「…………ってこない」
「へ?」
「何かおにーさん、るんって来ない。最初見た時はビビビッ!て来たのに…話してみたら全然るんって来ない!」
「るん?びびび?え、何それ?」
何故か氷川は怒っており、先程まで僕の全てを見通すような瞳も今はつり上がって、気に入らないものを見る目になっている。
その姿が、誰かと被る。
「ごめん麻弥ちゃん、あたし先に出てるね」
「え!?ちょ、ちょっと日菜さん!」
氷川はそう言って店から出ていってしまった。微妙な空気が店内を支配する。
「えっーと…俺、なんかしたかな?」
「あああ、気にしないで下さい!日菜さんってよく自分の感情表現を『るんっ』とか『ビビッ』みたいな言葉で表すんですよ!でも何か今日は機嫌が悪かったみたいで、えと、その、あの………ご、ごめんなさーい!!!」
「え、あっ、ちょっと!……行っちゃった」
物凄い勢いで捲し立てて大和も店から出て行った。今度は沈黙が店内を支配する。
「……じゃあ、俺も帰ろうかな。時間的にそろそろCiRCLEに戻んないとヤバそうだし」
「あ、はい。ありがとうございました」
空気と一体化していた店員に声を掛けて、店の入口に向かう。
が、自動ドアの前で立ち止まる。少し気になったことがあるのだ。それを聞くために店員の方に向き直す。きょとんとしている店員の表情が目に映る。
「あのさ、さっきの氷川ちゃんって、お姉さんいたりする?」
◆
ムカムカする。何か分からないけどムカムカする。
「待って下さい日菜さーん!」
後ろから麻弥ちゃんの声が聞こえたので立ち止まる。そう言えばさっきまで麻弥ちゃんと一緒にいたんだった。
ムカムカのせいで忘れちゃってたや。
あたしの所まで来た麻弥ちゃんは走って来たからか息が荒れている。
「はあっ、はあっ、ふう……日菜さん、さっきはどうしたんですか?日菜さんらしく無かったですけど…」
「うん…何かね、あの人るんって来ないの。ていうかあの人自身がるんってさせないようにしてるの」
「影山さん自身がさせないようにしてる?うーん……すみません、ジブンじゃ良くわからないです…」
「えっとね、分かりやすく言うと…あの人、彩ちゃんと正反対なの」
なんでも本音で話して、本気でやる彩ちゃん。あたしとは全く正反対な彩ちゃんの出会えたから、今まで全然興味のなかった他人に対して興味と好意を持つようになった。
でもあの人は違う。あの人は彩ちゃんと違った意味で正反対なんだ。あの人の目は、少し前のお姉ちゃんと一緒。何かを隠して、何かに怯えていた目だった。
「彩さんと正反対?そうでしたか?ジブンはむしろ彩さんにそっくりだと思ったんですけど…」
「むー!彩ちゃんとあんな人を一緒にしないでよー!何かもうムカムカが収まんないっ!!麻弥ちゃん!一緒にCiRCLE行こ!こんなムカムカ、ギターでも弾かなきゃ収まんないよ!」
あたしは麻弥ちゃんの手を引っ張って、CiRCLEへに向かう為、走り出した。
「いきなり手を掴んで走り出さないで下さ〜い!!」
麻弥ちゃんの叫びは聞こえなかった。
◆
「日菜ちゃん?それに麻弥ちゃんも、どうしたの?」
「貴方達も自主練をしに来たの?」
「流石お二人共!ブシドーですね!」
CiRCLEについたあたし達はいつも通り、まりなさんにお願いして空いている部屋はないか聞いた。すると彩ちゃんと千聖ちゃんとイヴちゃんが練習をしていると聞いたので一緒に練習する事になった。
「それにしても皆さん偉いですね〜、休日の日まで練習するなんて」
「私は皆と比べると技術の差が目立つから…オフの日はこうやって部屋を借りて練習してるの」
「私は元々練習するつもりでCiRCLEに来たんだけど、そしたら途中でイヴちゃんとばったり会っちゃって、ここに来たら千聖ちゃんが練習してるって聞いたからどうせなら一緒にやろうかと思って!」
「私もアヤさんとチサトさんと同じです!自分の技術を磨くためにここに来ました!」
麻弥ちゃんの言葉に三人がそれぞれ返す。三人とも、今日は休日なのに練習するつもりだったんだ…偉いなぁ…それに比べてあたしは…。
「…ところで日菜ちゃんは何でそんな一心不乱にギターを弾いてるの?」
千聖ちゃんがあたしの様子を不思議に思ったのか会話を止めて聞いてくる。
あたしもギターを弾く手を止めて千聖ちゃんの方を向いて話す。
「うん、実はさ――」
◆
「へえ…日菜ちゃんでも嫌いになる人っているんだね」
あたしの話を聞いて彩ちゃんがそんな事を言う。やっぱり彩ちゃんは、るんっ!って来るなー。
「なんと言うか…大変だったわね、麻弥ちゃん」
「うぅ…ご理解頂きありがとうございます……」
千聖ちゃんが麻弥ちゃんの肩に手を置いて慰めている。何でそんなことしてるんだろ?
今度はあたしが不思議に思っているとイヴちゃんが手を叩いて注目を集めました。
「皆さん!折角全員揃ったんですから練習しませんか?私、合わせてみたいです!」
「いいね!やろうやろう!ほら皆も早くー!」
イヴちゃんの提案に彩ちゃんが賛成するとマイクスタンドの前に立ちます。それを見て千聖ちゃんと麻弥ちゃんも苦笑いをしながらも自分達の立ち位置に移動します。
「ほら日菜ちゃんも早く早く!」
「…オッケー!るるるんっ!てする演奏をしようね!」
彩ちゃんに言われてあたしも自分のポジションに着く。それを見て準備が完了したと判断した麻弥ちゃんがスティックでリズムを取り、演奏が始まった。
◆
「ただいま戻りましたー。戻りましたよまりなさーん」
「おかえり想君。ギターの弦も買ってきてくれた?」
「ばっちり」
カウンターにギターケースを下ろして両手のビニール袋を見せる。中にはギターの弦の他に無糖のガムが入っていた。
「またそれー?想君ホントそれ好きだよねー」
「甘いガムって少し苦手なんですよね、飴とか飲み物とかにしても。それで、今日はもう仕事ないんですか?」
袋からガムを取り出してまりなさんに弦が入った袋を渡す。
「うーん特には無いかなー。あ!そう言えば1組だけバンドが練習しに来てるんだった!」
「あれ?今日は予約とか無かったですよね?」
今日は休日なのにどこのバンドからも予約が無いという珍しい日だったはずだ。
「うん、そうなんだけど。実はその子達個人で練習しに来てたんだけど、ついさっき全員揃っちゃってさ…あっ!噂をすれば休憩しに来たみたいだよ。ほらあの子達だよ」
「どれどれ……えっ」
まりなさんが指を指した方を見る。するとそこには…
「えっ?あ、ああー!!」
「ええ…!?か、影山さん!?」
先程会ったばかりの少女達がいた。
◆
「影山さんってCiRCLEのスタッフさんだったんですか!?」
「ああうん。黙っててごめんね大和ちゃん、それに氷川ちゃんも」
「…べっつにー」
「ひ、日菜ちゃん?」
「何か、いつものヒナさんらしくないですね」
氷川の素っ気ない返事にピンク髪の女子と
「…影山さん、でしたか?先程の事は聞いています。日菜ちゃんがすみませんでした」
「いやいや気にしないでいいよー。俺の方こそ悪かったね機嫌損ねさせちゃって。っと、その前に改めて自己紹介しとこうかな。俺は影山。ここでバイトをさせてもらっている大学生だよ。よろしく!」
「私は『Pastel*Palettes』のベースを担当している白鷺千聖です。よろしくお願いします」
白鷺はそう言って綺麗なお辞儀をする。白鷺…ああ思い出した。あの元子役の白鷺千聖か。
僕がそんな事を考えているとピンク髪の少女が前に出てポーズを取り始めた。
「『Pastel*Palettes』のピンク担当!まん丸お山に彩を!丸山彩です!よろしくお願いしまーす!」
「おおー!アイドルっぽい!すっごいアイドルっぽいよ!丸山ちゃん!」
「えへへー本当ですかー?…ってアイドルですよ私!?パスパレのボーカルを担当してるんですよ!」
僕が少しからかうと丸山は必死になって説明してくる。それを流して対応していると今度は
「私は若宮イヴと言います!パスパレではキーボードを担当しています!カゲヤマさん!よろしくお願いします!」
「うんよろしく若宮ちゃん。ところで若宮ちゃんってハーフだったりするの?何かアクセントに違和感があるように感じるんだけど…」
「イヴさんは日本とフィンランドのハーフの帰国子女なんですよ。確かお母さんがフィンランドの方なんでしたっけ?」
「はい!日本にはブシドーのココロを探しに来ました!」
僕の疑問には大和が答えてくれた。それに若宮が続けて理由を説明してくれる。
まさか平成のこの世に武士道の心を探しにわざわざフィンランドから出向いてくる少女がいるとは思わなかった……。
「ブシドーとはまた変わってるねー若宮ちゃんは。で、そろそろ教えて欲しいんだけど…俺、氷川ちゃんに何かしたかな?」
僕がそう言うと皆が一斉に氷川の方を見る。あ、いや違う。若宮だけ見てない。1人だけポカンとしてる。
3人の視線に居心地が悪くなったのか氷川が口を尖らせて喋り始める。
「…だって影山さんを見つけた時にビビビって来たから、すっごい『るんっ』て来る人だと思ったんだもん。でも、話してみたら影山さんは自分から『るんっ』てしないように押さえ込んでいるんだもん。絶対『るんっ』!ってする筈なのにわざとそれをさせないようにしてる人なんか、嫌いだよっ!」
氷川は喋り終えると背を向けて駆け出し、スタジオの恐らくこの子達が練習していた部屋と思われる一室へ戻って行った。
「あ、日菜ちゃん!…行っちゃった、ごめんなさい影山さん。普段はあんなこと言う子じゃないんですよ?日菜ちゃんってとっても優しいんですよ!」
「大丈夫大丈夫、気にしてないから。氷川ちゃんのお姉ちゃんにも似たようなこと言われてるしねー」
「日菜ちゃんのお姉さんと言うと…紗夜さんと知り合いだったんですか?」
「いや俺、ここのバイトだよ?君達が練習しに来るように他のバンドの子達も練習しにくるからね。それで比較的会う機会が多かったのがRoseliaだったんだ。いやー湊ちゃんと氷川ちゃんには初めて会った時からキツい当たり受けててねー!困ったもんだよ、ハッハッハ!」
白鷺の質問を冗談を交えながら答える。まあ全部冗談じゃないんだけどさ。Roseliaの子達と初めてあった時に湊と氷川から凄い目で睨まれたからね。よく覚えてる。
それから僕は、仮面を被りながら4人と暫く雑談をしてから仕事に戻った。
◆
「ふぅ…終わりかな…?」
時刻はもう8時を回っている。CiRCLEの入口にかけられている看板は『CLOSED』と裏返っている。
僕はロビーのモップをかけながら、昼の事を思い出していた。
「『るんっ』や『ビビビ』は感情表現…」
江田川楽器店で大和が言っていた事を口に出す。
あの4人の証言だと氷川がその言葉を使う時は嬉しい時や楽しい時、面白いと思った時など、プラスの感情の時に使われる事が多いそうだ。
では僕に対して氷川が言った時はどうだった?
『絶対『るんっ』!ってする筈なのにわざとそれをさせないようにしてる人なんか、嫌いだよっ!』
アレは完全に怒っていた。
彼女にとってあの言葉とは自分の感情を表す言葉。だがアレでは僕の感情を表しているように聞こえる。
まさか…僕の仮面に気付いた?
いや……有り得ない。有り得るわけが無い。今日会ったばかりの人間だぞ?僕が何年仮面を被ってきたと思っている。
僕がそんな自問自答を繰り返しているうちにモップがけは終わっていた。
モップを片付けて更衣室に行き、ロッカーからジャケットとカバンを取り出す。
「あ、お疲れ想君。もう時間だし上がっていいよー」
「うす、じゃあ…お先に失礼します」
「はいはーい。またねー」
まりなさんに挨拶してから、僕は家路に着いた。
帰り道を歩いている時、頭の中で氷川のあの言葉を考え続けていた。結局、家に着くまで考えても、何も分からなかった。
主人公の容姿の説明をしていなかったのでここで説明を。
影山 想(かげやま そう)。
身長182cm。
学年・大学二年生。
誕生日・4月4日。
星座・牡羊座。
好きな食べ物・無糖ガム、無糖コーヒー。
嫌いな食べ物・甘すぎるスイーツ。
趣味・読書、ハーモニカを吹くこと。
容姿・茶髪に染めた髪、翡翠色の目が特徴。
こんな感じです。詳しいことは本編で話します。
で、ここからが後書きなんですが……評価をしてくれた人がめちゃくちゃ増えたんですけど!?感想をくれた人もいますし!なんですか!?めちゃくちゃ嬉しいです!!
☆10を評価してくださった『M.Y snow』様。
☆9を評価してくださった『steelwool』様、『灰流うらら』様、『峰風』様、『雪長 雪雨』様。
☆8を評価してくださった『噂のあの人』様。
本当にありがとうございます!!
そして1話に感想をつけてくださいました『グレー』様、『竜真』様。
2話に感想をつけてくださいました『M.Y snow』様。本当にありがとうございました!
感想や評価はとても励みになります!そしてとても嬉しいです!
最後に誤字報告をして頂いた『ユダキ』様と『峰風』様、ありがとうございます。助かりました。危うく作者が算数が出来ないことをバラしてしまう所でした☆
これからリアルで少し忙しくなるので投稿のペースが落ちるかもしれません(なお、もう落ちている様子)。そこの所をご理解頂けると幸いです。
そう言えば今日はイヴちゃんの誕生日でしたね。おめでとうございます!
ではまた次回!
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4話
ではどうぞ。
『マンガのようなお金持ち』。1度は皆考えたことがあるだろう。沢山のお金があれば、あれが買える。これも買えるのに、と。
『マンガのようなお金持ち』と聞いてみんなが想像するのは『中川財閥』や『姫川財閥』、『才虎財閥』等だろう。まあ他にもあるかもしれないが有名なのはそこら辺になると思う。
僕はマンガを見てそれを知ったが、まさか、現実にも本当にそれらの財閥と同じレベルの金持ちがいるとは思わなかった。
◆
僕と桐野は今、大学近くのカフェでコーヒーを飲んでいた。そこで僕達はいきなりの事で戸惑っていた。
「一体今のは何だったんだ……影山?」
「さあ…俺にも分かんねぇよ……」
数分前、不可解な現象が起こった。僕がGoogle検索を使って調べ物をしていると突然『み』の検索トップに『ミッシェル』と言う謎のマスコットが上がったのだ。これは僕だけではなく、桐野のYahooでも同じだった。現在は『み』じゃなくて『M』で『ミッシェル』が出てきた。
と言うか全ての検索エンジンのトップに『ミッシェル』が出ている。
『ミッシェル 何?』『ミッシェル とは』『ミッシェル 可愛い』etc……。
「これ、一体どういう事だ?」
試しに調べてみると派手な衣装に身を包んだピンク色のクマの着ぐるみが出てきた。
これがミッシェル…?
「あ!これか!」
「何だ桐野?お前知ってるのか?」
「いや近所でたまにライブしてる女の子たちがいるんだがさ、その中にこのミッシェルもいたんだよ。確か名前は『ハロー!ハッピーワールド』だっけ?」
「そんなバンドがあるのかよ!?てか近所にライブハウスなんかあったか?」
「いーや、公園。それと幼稚園だったな。妹の参観日に行ったら女子高生達がライブしてた」
「それがその『ハロー!ハッピーワールド』だったと」
「おう。あれは驚いたぜ、先生がいきなり『今日は素敵なお友達を呼んでいまーす!それではどうぞ!』って言ったらデッケーピンク色のクマとカラフルな女子高生4人が来るんだぜ?そんでもって謎の黒服黒サングラスの人達が物凄いスピードで楽器を準備してくんだよ」
見るか?と、桐野がスマホを見せてくる。画面にはざわざわしている校庭で園児たちが映っており、先生の声とともに画面の端からピンク色のクマと4人の女子が歩いてきた。縦長の赤い帽子に、赤と白、そして金色で装飾された衣装を纏った着ぐるみと4人の女子達が画面の中央に並ぶ。その5人が現れたのを見て園児達は大はしゃぎをしており、母親たちの歓声も聞こえる。唯一他と違う声が聞こえるとしたらスマホを持ったまま戸惑っている桐野の声くらいだろう。
「元気いいなーこの子達。てかこの謎の黒服達の事を不審に思わないのかよ保護者は」
「あーいや、このライブが終わったあとにお袋に聞いたら毎月一回ライブしに来てるんだってよ。それで最初の頃は黒服の人達の早業に驚いたけど今ではすっかり慣れちまってんだと」
「いや慣れるところおかしくね?にしても子供達も歌えるんだな…『笑顔のオーケストラ』って言ってたか?」
「ああ、何か毎回その歌だけは絶対に歌うらしいぜ。何でも『世界中を笑顔にする』最高の歌だとか」
『世界中を笑顔にする』、ね…。
スマホに映る彼女達は本当に楽しそうに歌って、演奏していた。
ギターの子はいちいち動作にカッコつけている。それが母親たちには眩しく映るのだろう。時折「キャー!」などと年甲斐もない黄色い悲鳴が聞こえてくる。
ベースの子は元気に演奏している。時折ボーカルの子と一緒に「いえーい!」と声を上げて、それに釣られるように子供たちも元気に叫んでいる。
ドラムの子はそんな2人の様子に気を取られないで一生懸命ドラムを叩いている。だが、この子もやはり笑顔で演奏していた。
ミッシェルは……何これ?DJ?ボーカル、ギター、ベースの子達が時々演奏しながら絡んで来たり抱きついたりしてるが、何も文句を言わずに黙々と皿…でいいんだよね?それを回している。
最後にボーカルの子、他の子もそうだがこの子は特に楽しそうに歌っている。世界中を笑顔にすると言っているだけあって自分も気持ちのいい笑顔を浮かべている。
その笑顔は人の黒い部分を一切知らない笑顔だった。僕が一番、妬ましいと思っている笑顔。それを彼女は浮かべていた。
それから数十分程経ち、ライブが終了した。そこでスマホの動画も止まった。
「どうだった?」
「うーん、なんて言うか凄かったな。色々と衝撃的だった」
「まあそう思うのが普通だと思うぜ?俺も初めて見た時は驚いたしなぁ」
「動画にもお前の声入ってたもんなー、『え!?え、なにこれ!?』ってさ!」
「笑うなっての!しゃーないだろあれは?初見で驚かない方がおかしいって!」
桐野がギャーギャー騒いでいるとスマホが振動しているのに気がついた。取り出してみると画面に『12:30』と映ってアラームが作動していた。何でこんな時間にアラームが?と思っていると、スマホのメモを見て思いだした。
「おい桐野。お前これから彼女とデートとか言ってなかったっけ?」
「え?あ!ホントだ!やっべ、サンキュー影山!危うくすっぽかす所だったぜ!」
「おー気をつけて行けよー」
「ああー!じゃあなー影山ー!」
そう言って桐野は席を立って走って行った。
飲みかけのコーヒーが2つ、テーブルの上に置かれている。
「……桐野の奴…金払ってねぇ…」
去って行った桐野の飲み残しを見つめながらそう呟いた。
◆
「あ!いた!美咲ちゃ〜ん!ま、待って〜!」
「あれっ、花音さん?どうかしたの?」
バンドの練習をする為にCiRCLEへ向かっている途中、息を切らせて走って来た先輩を不思議に思い首を傾げる。花音さんが何度か深呼吸をして呼吸を落ち着かせると話し始めた。
「えっとね、さっきこころちゃんから連絡が合って、家の都合が入ったから今日の練習は休みにするって言ってたの。それで美咲ちゃんにメッセージ送ったんだけどいつまでも既読がつかないからもしかしてスマホ見てないんじゃ無いかと思って…」
言われてスマホを取り出してトークアプリを開く、するとそこには目の前の先輩から送られてきたであろうメッセージがいくつかあった。
『美咲ちゃん!今日練習は無しだって!』
『美咲ちゃん?見てる?』
『もしかして…もうCiRCLE行っちゃってる!?』
などなど。他にももう少しあったが割愛させてもらう。
だけど困ったな…練習が休みになったはいいけど今日の予定がなくなってしまった。
「あー、わざわざすみません花音さん。でもこれからどうしよっかな…」
「じゃあさ、美咲ちゃんさえ良ければ何だけど…一緒にショッピングでもしない?」
「え、でもいいの?私は有難いけど…」
「うん。私も練習無くなっちゃって暇だったから…それに、折角だから美咲ちゃんと一緒に遊びたいし」
あはは、と照れくさそうに笑う花音さん。不覚にも、ときめいてしまった。あたしも女なのに。
「じゃ、じゃあショッピングモール行こう!」
「うん!あ、ちょっと早いよ美咲ちゃーん!」
赤くなった顔を誤魔化すためにあたしは早歩きでショッピングモールへ向かった。
◆
ショッピングモールに到着し、中に入る。中は冷房が聞いており、とても涼しかった。
「涼しいね、美咲ちゃん」
「そうだね。今日はいつもより気温が高かったのもあって尚更…さて、どこから回る?」
「うーん…あっ、服でも見に行かない?ほら、これから暑くなってくるし…今のうち夏服を見繕っていた方がいいかなって」
「なるほどー、じゃあ行きますか」
そう言ってあたしと花音さんは洋服屋に向かう。
休日という事もあり、人が多い。私はたし花音さんと逸れないために花音さんの手を握る。
「花音さん、ちょっと人が多いんではぐれないように手繋いで下さい」
「ふえ!?う、うん」
それから数分後、人混みに揉まれながらも何とか洋服屋に到着した。
「はあ…疲れた…まだ何も買ってないのにもう疲れた…」
「うーん…やっぱり今日は人多いね…」
あたしと花音さんはぐったりとした様子で店内に入る。店内の中は、まだ5月だと言うのに夏服一色だった。
「わぁー、美咲ちゃんはどんな服にする?」
「えっ、あたしも買うの?」
「うん。嫌だった……?」
「いや別にそういわけじゃないけど…花音さんの買い物に付き合うつもりだったから」
「じゃあ私が美咲ちゃんに合う服を見繕ってくるから!ちょっとまってて!」
「えっ、ちょっ、花音さん!?」
花音さんはあたしの言葉を聞く前に服を見に行ってしまった。花音さんはあたしに似合うと思った服を片っ端から取っていく。
……これ、1時間くらいは着せ替え人形になりそうだなぁ。
服をかき集めている花音さんを見て、あたしはため息をはいた。
◆
桐野と別れた後、僕は映画を見にショッピングモールに来ている。
「へぇーオールスターズ復活するのか」
某美少女戦士達の映画ポスターを見ながらそう呟く。それにしても久しぶりに見たな。前見たのが小学1年生くらいだから14年ぶりくらいかな?
「久しぶりに見てみようかなぁ」
期待に胸をふくらませて僕はチケット売り場へ向かった。
◆
泣けた。笑えた。感動した。
何なの?今の映画ってあんなに凄いんだね。女児向け映画じゃないでしょあのクオリティ。
カフェスペースでコーヒーを飲みながら映画を振り返る。アニメ映画だからって馬鹿にしちゃいけないね。
「にしても腹減ったな」
腕時計を見ると時刻は既に12時を回っていた。そろそろ腹の虫が暴れそうだ。
こんな洒落た所でガツガツ食べるのもあれなので僕はコーヒーを飲み終え、近くにあるファストフード店へ向かった。
◆
「すみませんお客様。現在席が殆ど埋まっておりまして…相席になりますが宜しいでしょうか?」
「あっそうなんですか…相手の方が了承してくれるんなら俺は大丈夫ですよ」
「分かりました。では確認をしてきますので少々お待ち下さい」
そう言って店員さんは小走りで相席の許可を取りにいった。目で追ってみると2人の高校生くらいの少女の元へいき話をしていた。少女2人は嫌がる素振りも見せずに少し話し合ったあと店員に返事をした。それを聞いた店員が戻って来た。
「あちらのお客様から了承が取れましたので注文を取りしだいあちらの席へどうぞ」
「ありがとうございます。あ、ダブルチーズバーガー2つとコーヒーのSサイズを1つ」
「かしこまりました」
数分後注文したバーガー2つとコーヒーを持って席へ行った。
そこには4人席に向かい合って座っている女子がいた。1人は黒い帽子を被っている黒髪の少女で、もう1人は水色の髪をサイドテールにしている少女だった。
あれ、この子って桐野から見させてもらった『ハロー!ハッピーワールド』のドラムの子じゃない?
「ごめんね君たち、いきなり相席なんか頼んでじゃって」
「ん?ああ、いえ。別にそれくらいいいですよ。取り敢えず座ったらどうですか」
「じゃあそうさせて貰おうかな」
許可も貰ったので席に座らせてもらう。
ハンバーガーを食べ始めると横から視線を感じたので振り向いてみる。するとドラムの少女がこちらをじっと見つめていた。
僕は口に入れたハンバーガーを飲み込み、話しかける。
「んくっ、どうかした?俺の顔に何かついてるかな?」
「え、あっ!その…私、お兄さんの事をどこかで見た事があるような気がして…」
「うーん、もしかしたらライブハウスで会ってるのかも。俺CiRCLEでバイトしてるからさ、君ハローハッピーワールドのドラムやってる子でしょ?うちに練習しに来た時とかに見かけたんじゃないかな?」
「え!?CiRCLEでバイトしてるんですか!?」
僕がそう話すと花音と呼ばれた少女は大声を出して驚く。帽子を被った子はどこか納得した様子で頷いていた。
「やっぱりそうだったんですね。あたしもどこかで会った事あるなーと思ってたんですよ」
「え?君もこの子と同じバンドしてるの?でもあの4人の中にいなかったような…」
「あー…あたしミッシェルなんです」
そう言って彼女は照れくさそうに帽子の鍔を触る。なるほど、ミッシェルだったのか。それなら納得いく。
「そうだったんだー。いつもうちの店をご贔屓にしてくれてありがとう!あ、俺は影山ね。よろしく!」
「あっ、私は松原花音って言います。よろしくお願いします、影山さん」
「あたしは奥沢美咲です。よろしくお願いします」
「松原ちゃんと奥沢ちゃんね!うん。覚えた覚えた!」
それから僕達は雑談しながらハンバーガーを食べ終えた。
これから2人はどうするのかと聞いてみると、まだ時間があるので江田川楽器店に行って松原が気になっていたドラムのスティックを見に行くらしい。
「なら俺も一緒に行ってもいいかな?丁度見たい物があってさ」
「あたしはいいですけど、花音さんは?」
「私も大丈夫だよ。と言うか影山さんに選んでもらうつもりだったし…」
「えっと俺、楽器とかなんにも分かんないからね?」
一応一般的な知識はあるかもしれないが実際にそれ専門の人と比べると雲泥の差だ。ドラムなんか一番分からないし。
「でもライブハウスでバイトしてくらいだから人並みには分かりますよね?」
「いやまあそれ位ならあると思うけど…」
「じゃ、決まりですね。行きましょう花音さん。影山さん」
奥沢が立ち上がるので僕と松原もそれに続く。結局ドラムのスティックを選ぶのは断れなかった…。僕本当に分かんないだけどなぁ?
そんな事を考えながら僕達はファストフード店を出て、歩き始めた。
「あら!美咲と花音じゃない!一緒にいる貴方はだぁれ?」
歩き始めて数分、太陽のような笑顔をした少女がそこにいた。
◆
「こころ。アンタどうしてここに居るの?用事があったんじゃないの?」
「用事ならもう済ませたわ!ミッシェルのファンだっていう女の子に会いに行ったの!病気にかかっていて元気が無かったんだけどミッシェルと会ったら直ぐに元気になったの!あの子とっても喜んでいたわ!」
「え。まってこころ。誰がミッシェルやったの?」
「?おかしな事を言うのね美咲。ミッシェルはミッシェルでしょ?」
「…ああ、そう言えばそうだった…こころはそう言う子だった……」
奥沢と金髪の少女は僕と松原の前で会話を繰り広げている。時折奥沢が頭を抱える動作をするがそれ以外は普通に話している。
「…ところで美咲、さっきも聞いたけどそこにいる人は誰なの?」
「黒服さんが頑張ってくれたのかな…ああ、うん。この人は影山さん。CiRCLEのスタッフさんだよ」
「影山だよー、よろしくね!えっと……」
「弦巻こころよ!よろしくね影山!」
「ちょ、ちょっとこころちゃん。影山さんは歳上の人だから……」
「あー気にしなくていいよ松原ちゃん。俺、元気のいい子が好きだからさ!その点弦巻ちゃんは元気いっぱいでよろしい!」
弦巻の曇りのない笑顔にイラつきを覚えるが、それを押し殺して仮面を維持する。
僕のように醜い仮面の笑顔では無く、心の底から楽しそうに笑える彼女に狡いという感情が湧く。そんな事を考える自分が情けなくて仕方がない。
「そう言えばあなた達はどこへ行こうとしていたの?」
僕が内心そんな事を思っているとは知らない弦巻は自分の疑問を笑顔で聞いてくる。それに奥沢が答える。
「あたし達は今から江田川楽器店に行こうとしてたんだけど、こころも来る?」
「ええ!勿論!そんな楽しそうなこと、私も行きたいわ!」
「楽しそうって、ドラムのスティックを見に行くだけなんだけどね」
「あら!それでも大勢で見に行けばもっと楽しくなると思うわよ!」
僕の言葉に元気に返してくる弦巻。
止めろ、
止めてくれ、
その笑顔を僕に向けないでくれ。
駄目だ。
弦巻と一緒にいるのは駄目だ。
この太陽のような笑顔が僕の仮面を剥がしてくる。
容赦なく、
お前のそれは偽物だと、
責めるように。
purururu――
突然の電子音に沈みかけていた思考が呼び戻される。
僕のスマホだ。取り出してみると画面には『桐野康介』と映し出されていた。
「ちょっとゴメンね。もしもし」
『あ、影山か?今大丈夫か?』
「ああ、まあ大丈夫。で、どうした?」
『いやぁそれがさー!彼女とケンカしちまってさー話聞いて欲しいんだよー』
「はあ、またか…お前それ何回目だっけ?8回くらいだっけ?」
『そんなにしてねーよ!で、話聞いてくれるか?』
「あー……」
チラリと3人の方を見る。奥沢と松原は気を使って小声で会話をしている。弦巻は何故かこちらをじっと見つめていた。僕のことを弦巻が見つめていた、太陽のような笑顔で、ずっと見つめてくる。
その視線に耐えきれず、僕は目を逸らしてしまう。
そして、早くここから、弦巻から逃げたいと思ってしまった。
「わかった。じゃあいつもの所で大丈夫か?」
『おおサンキュー!流石心の友!じゃ、また後でなー!』
「都合がいいなおい、って切りやがった!…えっと、ゴメンね!ちょっと急用が入っちゃって…一緒にスティック見るのはまた今度でいいかな?」
「は、はい。こちらこそ無理を言ってしまってすみませんでした…」
松原がしゅんと本当に残念そうに肩を落とす。声のトーンも下がっている。ああ…これ本心で思っているのか。そう思うとちょっと悪い事しちゃったかな。
「お詫びと言ってはなんだけどさ。俺、基本的CiRCLEで働いてるからもし見かけたら声掛けてくれないかな?そしたら今日の埋め合わせをさせて貰うからさ」
「えっ?で、でもいいんですか?」
「良いよ良いよ!というかこっちの都合で一緒に行けなくなったんだからね!それじゃまた今度ライブハウスで!奥沢ちゃんと弦巻ちゃんもまたね!」
3人に挨拶をして僕は桐野と待ち合わせを約束しているカフェへ向かって走った。
弦巻のあの笑顔が、忘れられない。
◆
「影山ったらせっかちね。もう行っちゃったわ」
電話に出た影山さんは数分、話をするとどこかへ行ってしまった。
「まあ友達から電話がかかってきたらそっち優先させるんじゃないの?見たところ本当に急っぽかったし」
「元々影山さんも江田川楽器店に用事があったみたいなんだけど…それより大事なことなら仕方ないもんね」
私が影山さんのフォローをすると花音さんも一緒にフォローをしてくれる。
「うーん…でも影山は本当にそれだけの理由で友達のところへ行ったのかしら?」
「え?それってどういう事?」
こころが不思議な事を言うので思わず聞いてしまう。
「あのね、影山ったら私と目を合わせてくれなかったの。だから影山が目を合わせてくれるまで私が顔を見続けていたら、まるで私のことをお化けでも見るような顔をしてたわ!不思議よね?私ったらそんなに怖い顔してたかしら?」
目を合わせなかった?でもあたしと花音さんが話す時はちゃんと目が合ったし、そんな人を怖がるなんて素振りも見せなかった。
こころだけ……?影山さんはこころに怯えていたとでも?
こころが言ってるのは影山さんが電話していた時のことだろう。その時こころは影山さんの顔をじっと見つめていたし…でもあたしもチラッとは見たけど怯えていたような表情はしてなかったと思うけどなぁ……?
「こころの考えすぎじゃない?」
「うーん、やっぱりそうかしら?」
「そうでしょ。さっ、こころいつまでもこんな所で立ち往生してるのもなんだし行くならさっさと行こう」
「そうだね。なんか天気も悪くなって来たし早く行こ?」
言われて空を見ると太陽は雲に隠れており、厚い雲が流れてきていた。
「大丈夫よ花音!あたし達が笑顔なら太陽もきっと顔を出してくれるわ!」
「はいはいバカなこと言ってないでさっさと行くよ」
こんな天気でもはしゃいでいるこころを見て、こころが言っていた影山さんの表情のことなどすっかり忘れていた。
太陽が、雲から顔を出すようには見えなかった。
終始適当ですみません。あと評価数どうしたんですか?(唐突)めちゃくちゃ嬉しいんですけど!本当忙しい日常の癒しでした……。ありがとうございます。
☆10を評価してくださった『森塩』様
☆9を評価してくださった『しょーき』様、『勇者4649』様、『薬袋水瀬』様、『アルタ・ランペルージ』様、『レモンに唐揚げ』様、『キズナ武豊』様、『味噌太』様、『ヨルノテイオウ』様、『璃瑠羽』様、『ケープペンギン』様、『マトリカリア』様。
☆8を評価してくださった『しきさき』様、『ヤーナムのやべー奴』様。
本当にありがとうございます!嬉しすぎて涙が出ます……
そして2話に感想を付けてくださいました『アイスティー』様。
3話に感想を付けてくださいました『勇者4649』様。
続きを書く活力になる感想ありがとうございました!
感想や評価はとても嬉しいです!
ところで最近色んな事が起こりすぎて辛いです…リサ姉に続いて燐子まで声優さんが変わるなんて……明坂さん、ありがとうございました。どうかお大事に……。
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5話
あとお気に入りが300件、UAが7000を突破しました!ありがとうございます!
追記・日間ランキングの59位に入っていました!皆様!本当にありがとうございます!
大学生のいい所は自分の授業を自分で決められる事だ。まあ単位が足りないとそんな呑気な事は言えないのだが……僕の場合はまあそこそこの成績を取っているので大丈夫だ。
そんなわけで今日僕は土曜の午後からバイトに勤しむ事になっている。
テレビの天気予報ではここら一体が晴れであることを示していた。
その晴れマークが、僕にはどうも不気味に見えた。
◆
「こんにちはー!まりなさん、今日も麗しいですね!」
「はいはいこんにちは想君。じゃあ今日もお願いね」
「はーい!」
午後からのバイトは丸1日バイトをする時とは違い、仮面をつけて行かなければならない。何故なら―
「あっ!影山さーん!こんにちはー!」
「宇田川ちゃーん!こんにちは!今日も元気いっぱいだねー!」
そう、こんな風に練習しに来ている顔見知りの少女達と会ってしまうからだ。
宇田川は僕を見つけると僕の所まで走って来た。それと同じ様に白金も今井もやって来た。湊と氷川の2人は最初に宇田川が叫んだ時にチラッと目をやっただけで後は視線を向けようとしてないです。
丁度練習に区切りがついた所だったのか、3人とも少し汗をかいている。
「こ、こんにちは…影山さん」
「影山さんこんにちはー♪」
「こんにちは、二人とも。今日も可愛いねー。ああ…俺の荒んだ心が癒されていくよ…!」
僕の言葉に今井と白金は苦笑いするが、宇田川は目を輝かせて「何それ、カッコイイー!」と言っている。相変わらず宇田川のセンスはよく分かんないな。
「休憩中だったのかな?」
「はいっ!丁度休憩に入ったところなんです!」
「そうかそうか、真面目に取り組んでて偉いねー…よしっ!そんな宇田川ちゃんにはこの体力も魔力の両方を回復させるオレンジ味の飴を上げよう!」
「うわぁー!ありがとうございます!あ!えっと、えっーと、我が闇の眷属よ!その破邪の供物、有難く頂くとしよう!」
「ははー、ありがたき幸せ!」
僕は跪いて宇田川に飴を渡す。それを受け取った宇田川は先程より更に目を輝かせて「おおー…太陽のキャンディー!」と言っている。
「はい2人もどうぞ」
僕は袋に入った飴を今井と白金にも渡す。
「え?私達も貰っていいの?」
「いや当たり前でしょ。宇田川ちゃんに上げて今井ちゃんと白金ちゃんに上げないとか俺そんな酷いことしないよー?」
「あ、ありがとうございます……」
2人の手に飴を1つずつ乗っける。そして湊と氷川の方へ行き、飴を見せる。
「湊ちゃんと氷川ちゃんもどう?これ結構喉にいいらしいんどけど」
「遠慮しておきます」
「結構です」
「うーんそっかぁ…じゃ、楽器の整備でもしてくるかなー」
2階に行く前に今井の所に戻り飴を渡す。
「後で今井ちゃんの方から上げといてくれないかな?やっぱり俺じゃダメみたいだからさ」
「はーい、任せて下さいよ♪」
「頼んだよー」
今井にそう言って僕は2階へ上がった。
◆
あの人が楽器を整備する為に2階へ向かって行ったのを見て私は息を吐く。
「友ー希那っ!」
「キャッ!…ちょっとリサ、急に抱きつかないでちょうだい」
「ゴメンゴメン。そんな事より、はい飴。ダメだよー友希那?人からの好意はちゃんと受け取らないとー。ほら紗夜も」
「ですから今井さん、私はいらないと…」
「そんな事言っちゃダメだよー?はい、素直に受け取りなって!友希那も!」
そう言ってリサは私と紗夜に飴を握らせようとしてくる。
「ちょ、ちょっと今井さん!?」
「はぁ…紗夜、ここは貰っておきましょう」
私は諦めてリサから飴を受け取る。あの人から貰った物だと思うとほんの少し嫌悪感を覚えるが受け取らないとリサが止まりそうにないので大人しく受け取る。
私が飴を受け取ったのを見て紗夜も諦めたのか大人しく受け取る。
「もー、前から思ってるけど二人共影山さんのこと敵視しすぎじゃない?確かに軽い態度取ってるけどそんな悪い人じゃないよ?」
リサが腰に手を当てて不満げな表情で話す。
その光景に何だか「不思議だ」と言う言葉が頭に思い浮かぶ。
「何だか珍しいわね、リサがそんなふうに男の人の肩を持つのは」
「まさかリサ姉、影山さんのこと好きだったりするのー?」
「え!?いやいやいや!そういう事じゃないから!あこも茶化さないでよー!」
「はーい、ゴメンなさーい!」
茶化しに入ったあこをリサが「コラー!」と言いながら頭をわしわしと撫でる。それにあこは「きゃー!」と叫びながらも抵抗しないでそのまま撫でられている。
「で、でもあこちゃんの言ってることもわかるかも…リサさんが影山さんと話している時、私達と話す時とは違って声のトーンが少し高くなってるんですよ」
「え、ええ…!?そうなの?」
燐子の言葉にリサはあこを撫でる手を止めて驚く。
確かに思い返してみれば少し高いかもしれない。それにあの人と話す時のリサはどこか嬉しそうな表情をしている。
「確かにそうね。リサが気付いているか知らないけどあの人と話している時のリサ、楽しそう…というか嬉しそうに顔を綻ばせてるわよ」
「えええ!?」
再び声を上げてリサは驚く。但し、先程とは違いその顔は赤く染っていた。
「リサ、熱でもあるの?顔が赤いわよ」
「な、何でもないよ。いやー、自分では気付かないけど周りから見るとそんな風になってるんだねアタシって」
「あはは」と照れくさそうに笑う。その笑顔に少し違和感を覚えるが、まあいいかと直ぐに興味を失う。
時計を見ると休憩を始めてから15分程立っていた。それを見てそろそろ練習を再開させようかと考える。
「…そろそろ休憩を終わりにして練習を再開させましょうか。皆、準備を――」
「ああー!友希那先輩だー!!」
私の言葉を遮り、店内に私を呼ぶ声が響く。
声のした方を見るとそこには私達と同じガールズバンド、『Poppin' Party』のメンバーがいた。
「奇遇ですね友希那先輩!」
「ええ、そうね。戸山さん達も練習にここへ?」
「はい!友希那先輩達は休憩中ですか?」
「ええ、と言っても今から練習を再開させようとしていた所なのだけどね」
私が戸山さんと話している中、リサ達もPoppin' Partyのメンバーと話していた。
なんでも戸山さん達は近々、学校でライブイベントがあるらしくそれに参加するために新曲を練習しに来たらしい。
それから数分話し込んでしまい、時間を取られてしまった。
私は戸山さんにそろそろ練習に向かおう事を話す。
「戸山さん、そろそろ私達練習に行こうかと思――」
しかしまたもや遮られてしまう。
「まりなさん、休憩貰いま〜す」
私が嫌っているあの人の声により。
◆
Roseliaのメンバーともう5人、見知らぬ少女達がいた。
「まりなさん、休憩貰いま〜す。っと見かけない顔だね。そこの美少女達、君達は一体だれだい!」
バーンと効果音が出そうなポーズを取ってそう言うと5人のうち4人はポカーンとして1人は「わーすごーい」と呑気な事を言っている。Roseliaの方では宇田川が「おおー!カッコイイー!」と言っており、白金と今井は苦笑いしている。湊は僕の事を睨みつけており、氷川はそもそもこちらを見ていない。
すると呆気に取られている状態からいち早く立ち直った猫耳っぽい髪型の女の子が反応した。
「えっと、私達Poppin' Party って言うガールズバンドを組んでいて、私は戸山香澄って言います!」
「戸山ちゃんねー!おっけー覚えたよ!そっちの子達は?」
僕が目を向けるとポニーテールの女の子が「あ、そうですね」と言って自己紹介を始めた。
「私は山吹沙綾って言います。バンドではドラム担当してます。商店街で山吹ベーカリーって言うパン屋をしているので良かったら来てみて下さい」
「山吹ベーカリー?それって青葉ちゃんが良くパンを買っているって言うパン屋か!」
山吹が「はいそうです」と笑顔で言うとツインテールの女の子に「ほら私達がいったんだから有咲もいいなよー」と言ってせかしてる。
「わ、わーったよ。い、市ヶ谷有咲だ…です。一応、ポピパではキーボードやってる…ます」
「有咲変なのー!」
「う、うるーせー香澄!!っておい!くっつくな!」
戸山が市ヶ谷に抱きついてじゃれあっている。なんと百合百合しい事か。
残る2人の中で、オドオドしている女子に視線を向けるとその子は慌てて自己紹介をしてくれた。
「あ!えっと、牛込りみです。ベースを担当させて貰ってます…」
「私は花園たえ。リードギターやってます。皆からはおたえって呼ばれてるよ。いい名前でしょ、香澄が付けてくれたんだ」
牛込と花園が自己紹介をしてくれた。牛込は見た目通り気弱そうで何だか見てて心配になってくるような子だ。花園の方は見た目と違い不思議ちゃんオーラを出している。青葉と似たような感じの子だ。
「うんうん。市ヶ谷ちゃんに牛込ちゃんに花園ちゃんね!おっけー速攻で覚えたよ!俺可愛い子のことは一瞬で覚えられる特技があるからねー!」
僕がそう言うと戸山や山吹、牛込などは少しだけ照れた素振りを見せたが市ヶ谷は警戒しているのか訝しげな表情をする。花園は表情変わらないから分からないけど。
「あ、俺の自己紹介がまだだったね!俺はここでバイトをさせてもらっている影山って言います。すぐ近くの大学に通っている二年生だよ。よろしくねー!」
「すぐ近くって言うと…まさか相俣大学ですか!?」
「うんそうだよ。外国語学部に通ってるよ」
相俣大学とはCiRCLEと駅の間にある大学で駅から近く、金がそこまでかからない大学だ。僕の場合はそれが理由で通っている。
「マジかよ……こんなチャラチャラした奴が…?」
「どういうこと有咲?」
「相俣大学ってスゲー偏差値高いんだよ。確か75くらいあった筈だ」
「惜しいっ!76だよ!」
「76……それって凄いの?」
どうやら戸山は学力が残念な子みたいだ。戸山のセリフを聞いてガクッと肩を落とす。それを見て苦笑いをしている山吹がフォローに入る。
「簡単に言うと物凄く頭のいい大学に影山さんは通っているんだよ」
「へー!影山さんすっごいんですね!!」
「いやーそれ程でもあるけどね!」
「いや謙遜しねーのかよ」
そう言って市ヶ谷はジト目で僕を睨んでくる。
「あははは!まあね。と言うか市ヶ谷ちゃんはやっぱりそっちの方が素なんだね。最初は隠そうとしてたみたいだけど本音が出ちゃってるよ」
「え、いや、その…だああ!香澄のせいだぞ!!」
「えー!?なんで私のせいになるのー!」
ワーキャーと言い争い…と言うかじゃれあいをする戸山と市ヶ谷。
その光景を周りは生暖かい目で見守っている。
「あっはっはっ!戸山ちゃんと市ヶ谷ちゃんは仲がイイねぇ」
「はい!私達仲良しですから!ねっ、有咲!」
「ああー!分かったから引っ付くなー!鬱陶しい!」
戸山に抱きつかれている市ヶ谷がそう言うが、僕にはそれが嘘であるのが分かった。まあ多少なり引っ付かれて暑苦しいとは思ってるようだが戸山に抱きつかれてること自体は別段嫌とは思ってない様だ。むしろもっと抱きついてきてもいいと思っているみたいだ。
逆に戸山の方は本当のことしか言っていない。仲がいいと思っているのも本音だろうし、抱きつくのも親愛表現だと思っている。
本当に、戸山はびっくりするぐらい真っ直ぐだ。
僕とは大違いだ。
「嬉しいからもっとくっついてだって、香澄」
僕が戸山と自分を比較していると突然、花園がそんなことを言ってきた。
それを聞いて市ヶ谷は驚き、戸山は目を輝かせている。
「おたえ!?」
「有咲ー!!!!」
「わああ!くっつくなー!!!」
先程の抱きつきは何だったのかと言わんばかりの勢いで市ヶ谷を抱きしめる戸山。流石に今回は本気で止めてほしそうだ。それを感じたのか山吹が仲介に入る。
「はいはい香澄、それくらいにしないと有咲が倒れちゃうよ」
「わわわっ!ゴメン有咲!大丈夫?」
「大丈夫じゃねえ……おたえ、後で覚えてろよ……」
「?私は有咲が思っている事を言っただけだよ?」
花園の言葉に頭を抱える市ヶ谷。それをキョトンとしながら見ている花園。
……これは本当に悪気がないな。
「ははは…花園ちゃんって素直なんだねー」
少しだけ皮肉を込めて話す。これは僕の本音でもあるのだろう。
何でも素直に話せる花園が、かつての自分のようで苛ついてしまったから。
少し露骨だったかな?と、僕がフォローする言葉を考えていると花園が僕の方を向いて口を開いた。
「おたえだよ」
不意に言われたその名前に対して、僕は―――
「へ?」
間の抜けた返事しか返せなかった。
「私、自己紹介した時に言ったよね?おたえって呼んでって。何で呼ばないの?さっきも花園って苗字でよんでたよね?」
「え?えっと、それは、ほら!初対面なのにいきなり女の子の事を名前で呼ぶなんてちょっとデリカシーに欠けるでしょ?」
メキ……
「私が呼んでって言ったんだよ?嫌がるわけないよ」
花園の尤もな正論に思わず言葉が詰まってしまう。
「それと、私以外の人も名前で呼んでないけどさ。Roseliaの人達とは結構仲良さそうに見えるよ?そうでしょ?リサさん」
「へ?アタシ?えっと、確かに影山さんとは知り合ってから半年くらいは経つけど……」
メキ……
「…確かに、影山さんから名前で呼ばれたことは無いかも」
花園の問いに今井は少し考える素振りを見せた後、僕の顔を見てそう言ってきた。その目には「なんで?」と言う疑問の感情が浮かんでいた。
「ねぇ、どうして名前で呼ばないの?何で?」
「ちょ、ちょっとおたえ。影山さんが困ってるでしょ」
花園がしつこく聞いてくるのを見て、山吹が止めに入る。
メキ……
僕の仮面には乾いた笑みが張り付いている。
いや……辛うじて張り付いている、と言った方が正しいか。
「私はただ聞いているだけだよ。何で名前で呼ばないのか、それだけなのに何で答えられないの?」
仮面の周りにヒビが入っていく。
ミシッ……
いや、もう―――
限界だった。
トサッ――
僕の顔から仮面が剥がれ落ちる。
そして―――
「煩いな」
外では雷が鳴り、雨が降り始めた。
◆
目の前にいる人は、アタシが普段会っている
影山さんはまるで笑顔を忘れたかのように無表情になり、アタシ達の事を興味の無い目で見ている。
普段の明るい声と優しい目は一変し、無機質な声と無関心な目になっている。
「か、影山……さん?」
アタシは震えそうになる声を何とか絞り出して声をかける。
いつもみたいに周りを和ませるような明るい声音で「嘘だよー!びっくりしたかな?」と、返してくると思って。
しかし、それは返ってこなかった。
「なに」
たった、たった一言、だがその一言には明確な拒絶の意思が纏われていた。
その現実にショックを受けて声を出せずにいるアタシの代わりに影山さんに声を掛けてくれてのは友希那だった。
「ねえ、貴方…それは一体どういう事かしら?」
「何が」
「さっきまで…と言うより私達が初めて会った時からのあの癪に障る態度とは全く違うじゃない。今までの貴方のは偽っていたと言うことかしら?」
「…それを説明する必要も答える必要も僕には無い」
影山さんはそれだけ言うと苦い顔をしているまりなさんの所へ歩いて行く。
「気分悪いから今日は上がらせて貰います……」
「想君…この子達は優しい子だよ?この子達、ううん…他のバンドの子達も優しい子ばっかりだよ。この子達なら話してもいいんじゃ―」
「まりなさん」
強く、重く、それは小さな声だったが、ハッキリとした『怒り』が現れていた。
「……それを決めるのは僕だ。まりなさんじゃない」
「…うん、ゴメンね………」
「…いえ、こっちこそすみません。じゃあ――お疲れ様でした」
それだけ言うと影山さんはCiRCLEを後にした。
その背中を、誰も呼び止めることは出来なかった。
Roseliaのメンバーも、Poppin' Partyのメンバーも、誰も。まりなさんでさえも。
声を出すことが出来なかった。
それからアタシ達がCiRCLEで影山さんと会うことは無かった。
◆
壊れたのか?いや、外れただけだ。まだ使える筈だ。
でもヒビが入ってるかも知れない。弦巻のせいで付いた傷がやっと治ってきたと思った矢先にこれだ。
本当、嫌になる。
彼女たちは容赦なく僕の仮面を無遠慮に傷つけて、砕いて、剥がそうとしてくる。まるで僕の
1人は仮面の僕を見て好感を持ち、
1人は仮面の僕を絆そうとしてきて、
1人は僕の仮面を見破り嫌い、
1人は僕の本性を無意識に暴いて、
1人は仮面を剥がし、僕を追い詰める。
一体、何なのだろうか。
何故、彼女達は僕の仮面を剥がそうとして来るのか。何故、知られてしまうのか。
僕にはあの5人の考えがわからない。
昔、他人の考えがわかる事で忌み嫌われたのに。こんな事が分からないなんて。
なんて僕はくだらないんだろう。
小さく自虐の笑みを浮かべて、暗雲を見上げた。
暴雨が、体を打ち付ける。
目に浮かぶ雫は、雨か、涙か、それは自分でも分からなかった。
はい、という訳で『嘘の仮面』5話でした。いかがでしたか?これからどうやって物語が進んで行くのか…それは私でも分かりません……。(忘れている人もいるかも知れませんがあらすじで書いているように行き当たりばったりですからね?)
でも完結はさせるつもりなので待っててくれると嬉しいです。
あと影山さんが通っている相俣大学は適当に考えた名前なので深い意味はありません。
☆9を評価してくださった『榛東』様、『うたたね。』様、『甲子エノキ』様、『逆立ちバナナテキーラ添え』様。
高評価ありがとうございます!
そして4話に感想をつけてくださった『かずもん』様、『河江ケイ』様、『穂乃果ちゃん推し』様。
感想ありがとうございます!
今月末から大抵の人は『夏休み』と言う長期休暇に入ると思うのですが予定は決まってますか?夏休みの間に終われるかなぁ…?
ガルパはペルソナコラボはよ!モカちゃんを!モカちゃんの排出率を上げてください運営様あああ!!!
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6話
いやーそれにしても1週間以上あいだを開けちゃってすみません。その分文字数多いので許してください。
「遅くなったの私の責任だ……だが私は謝らない」
「これも全部乾巧って奴の仕業なんだ!」
あ、6話では今回限りのオリキャラが何名か出ます。そして最後が第三者視点だったかな?そんな感じで書いてます。
ー追記ー
そう言えば日間ランキングに何度か載らせて貰いました!ありがとうございます!載ってるだけでも驚くのに10位とか7位とかの時はもう画面に向かってツッコミを入れてました。そして家族に変な目で見られました。
ではどうぞ。
僕は、一般的に『そこそこ』田舎と呼ばれる地域で産まれた。
僕が産まれた地域は狭いので、必然的に幼馴染や友達との関係が深くなる。
保育園から小学校、中学校、高校と全部一緒だった奴もいた。
いつからだったかな、他人の嘘が分かるようになったのは……。
◆
「なあ想ー今日俺ん家でゲームしようぜ!」
「うん!いいよー!」
小学生の頃、あの頃はまだ素直に話せていた。
近所に住む同い歳の
「あれ?あいつ何してんだ?」
日向がいきなりそんなことを言うので僕が視線を辿って見てみると、そこには体がデカい男子とその取り巻きにカチューシャを取られた幼馴染の女の子がいた。
「また
「うーん?」
その時の僕は日向の言ってることに肯定出来なかった。何故なら僕の目には剛士が幼馴染に敵意や悪意を持っていじめてるように見えなかったからだ。
「どうしたんだよ想?お、おい!何でそっち行くんだよ?」
「ねえ剛士くん」
「ああ?なんだよ想。俺たちは今遊んでんだから邪魔すんなよ」
「……?何で?変な事言うなー剛士くんったら。静奈の事が好きだからいじめてるんでしょ?」
「なっ!?そっ、そんな訳ねーだろ!!」
「あーやっぱりそうだったんだ。剛士、静奈のこと好きだからいじめてたんだー!」
取り巻きの1人にもそう言われ、剛士は顔が真っ赤になる。
「ちっ、ちっげーし!!想も嘘つくなよ!」
そう反論して来た剛士に僕は首を傾げた。
「?嘘ついてるのは剛士くんの方じゃん」
ハッキリと、しかし力強く、僕はそう言った。
それを見て信憑性が増したのか、取り巻き達も、日向も静奈も、納得の表情を浮かべている。
剛士はそれを見て怒りを顔に出し、拳を振り上げる。
「うるせー!!」
ガッ、と殴られた時に鳴った鈍い音が響く。目がチカチカして、恐らく殴られた箇所であろう額は、ズキズキと傷んだ。
「そ、想!?大丈夫か!?おい剛士!!」
「ちょっと剛士くん!いくらなんでも殴るなんて酷いよ!」
一拍遅れて日向と静奈が駆け寄ってくる。痛む額を我慢して顔を上げて剛士を見てみると、2人に責められて悔しそうに顔を歪ませていた。
それから騒ぎに気付いた先生が駆けつけて剛士を叱り、僕に謝らせてその場は終わりとなったが、当時の僕は何故殴られたのか理解できなかった。嘘をついてるから、間違っているから正しい事を教えただけなのに、何で自分は殴られたのかと。
その頃からだろう、他人の嘘に執着するようになったのは。
◆
中学校に上がった頃は、意味の無い嘘をつく相手にイラつきを覚えるようになっていた。
「んだと!?テメェもういっぺん言ってみろ!!」
「だから嘘つくなっつってんだよ。お前が静奈に告白してフラれたのは僕のせいじゃなくて、ただ単にお前が恋愛対象として見られてなかったからなんだよ。そんな事、お前自身も分かってんのに何で僕が静奈を困らしてるから付き合えないとか嘘つくんだよ」
「ぐぅっ……」
中学校時代、学年一のイケメンの
すると木杉は自分がフラれたと言う事実がプライドを刺激したのか、幼馴染で静奈に1番近い立ち位置にいる僕を貶めようとしてきた。そうする事で自分がフラれたと言う事実を僕のせいでフラれたと言う虚実にすり替えようとしたのだ。
「都合のいい解釈とか言う奴じゃ無いぞそれ。その嘘はお前が『自分がフラれたと言う事実』を隠したいから付いた嘘なんだよ。偶発的に、じゃなく意図的に、だ。何でそんなつまんない嘘なんかつくんだよ、静奈にフラれたくらいで人を巻き込むような―」
嘘をつくなよ、と続けるつもりだったが強引に中断されてしまう。
何故なら先程まで話をしていた相手が僕の顔に向かって拳を奮ってきたからだ。
頬を殴りつけられ、思いっきり吹き飛ばされる。
ロッカーにぶつかり、変な声が出る。
「いぎっ!?」
「さっきからずっと馬鹿にしてきやがって…!!ざけんなよ!!くそっ!クソがっ!!」
「がっ!うぐっ!」
顔を踏みつけられ、腹を蹴られる。僕は体を丸めて腕で頭と腹を隠して庇うような姿勢になる。しかし、馬乗りになられ顔を交互に殴られ始めた。
「キャーーー!!」
誰かわからないが女子生徒が悲鳴を上げる。視界が赤く染っているということは血でも出たのだろう。目を床に向けてみると赤い点々がいくつか散らばっていた。
それから男子達が怒り狂っている木杉を数人がかりで床に押さえつけ、僕は保健室に連れていかれた。数週間は顔にガーゼや眼帯をして登校するハメになった。
その頃からだろう。僕が他人から敬遠され始めて来たのは。
◆
高校に上がると、もう友達と呼べる者は誰一人いなかった。
親友だった日向は部活でやっていたサッカーで全国大会へ出場するという活躍をした。そのおかげで注目を浴びて県外の強豪校へスポーツ推薦された。
東京の全国大会常連の高校へ進学して行った。
幼馴染の静奈は僕といる事に苦痛を感じたのか、嫌気が差したのか……学生寮で暮らす女子校…所謂お嬢様学校へ進学した。僕の家からも、僕が通っている高校からもかなり離れているので会うことは滅多に無くなった。
幼馴染達と言う味方がいなくなったせいか高校では小学校、中学校の頃僕と同級生だった人達に僕の噂を脚色され学校中にバラまかれ、僕は陰口を叩かれる日々を送った。
嘘を指摘すると殴られたり、蹴られたりするのが当たり前だった。
それから僕はどうしたら虐められなくなるか考えた。
最初はクラスの人気者の観察から始めた。
どう挨拶すれば皆が返してくれるのか、
どう話せば皆が笑顔になってくれるのか、
どう動けば皆が着いてきてくれるのか、
様々な事を観察した。
口調、仕草、癖、得意なこと、苦手なこと、友達に話しかける時、食事の仕方、カバンのかけ方、先生との距離感、色々な事を観察した。
そうして出来上がったのが僕の初めての『嘘の仮面』だ。
僕はターニングポイントである2年のクラス替えの時に仮面を被った。
僕の高校は珍しく、1年の頃同じクラスだった人とは次の年、同じクラスにならないと言う校則がある。
僕はここに目をつけた。たとえ違うクラスだったとしても僕の噂は聞いている筈だし、当然僕を見たことのある人もいる。そして僕はその噂は間違いだと言わんばかりの演技をする。
そしてその演技は見事クラスメイト全員を騙した。これが1年間観察に費やした結果だ。
それから僕の仮面を被り続けた。毎日、毎日、毎日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。
僕は皆を騙して、自分に嘘をつき続けた。そしてその仮面は高校を卒業するまで誰にも気付かれることは無かった。
◆
高校卒業後、僕は上京して東京の大学へと入学した。理由は簡単、地元から離れたかったからだ。あそこには僕のことを知っている人しかいない。
仮面のおかげで学校内の連中の心象は悪くなかったが、噂のせいでそれ以外の人達からは少なからず疎まれている。
だから僕は両親を説得して東京まで来た。人間関係をリセットして、ゼロから始めたかったからだ。
外国語学部に入ったのは気まぐれだった。色んな言語を話せれば色んな国へ行ける。そうすれば自分が仮面を被らなくても済む国を探せるんじゃないか、そんな感じだった。
だが何事にも金は必要だった。両親からの仕送りだけでは家賃や学費を払うだけで精一杯だった。その為、必然的にバイトをしなければならない。
僕はなるべく大学かアパートの近くから通えるバイトが無いか探した。
が、条件に合うバイトは粗方埋まっていて僕はカフェで頭を抱えていた。
「ああ…バイトが見つからない……ここのカフェもダメだったし……どうしよっかな…」
そんなことを呟いてダラダラとコーヒーを啜っていると目の前の席に誰かが座った。
何でここに座るんだよ、と顔を上げると満面の笑みを浮かべた女性が座っていた。
「ねえ君、うちでバイトしてみない?」
これが僕とまりなさんの出会いだった。
◆
「突然声かけちゃってゴメンね〜、お昼ご飯食べようとしたら君の声が聞こえちゃって…あ、私は月島まりな。宜しくね!」
「はあ…えっと俺は影山想って言います。宜しくお願いします……月島さん」
この頃の僕は慣れない都会での生活や見つからないバイトへのストレスなどで仮面を上手く被れていなかったんだと思う。
「…うん、宜しく。想くん」
「は……っ!?」
突然名前で呼ばれた事に動揺してしまった。
普段は苗字で呼ばれていたし、何なら虐められていた時は「おい」や「お前」等と呼ばれていたから急な名前呼びで驚いたのだ。
「…どうしたのかな?そんな顔しちゃって……名前で呼ばれるのは久しぶりだったりしたかな?」
こちらを探る様な微笑みを浮かべて話しかけてくる月島さんに、僕はほんの少しだけ恐怖を感じた。
「……………どういう意味ですか?」
思えば、この時にはもう仮面が外れていたんだと思う。
「いや〜、ね。私は名前教えたのに苗字で読んでくるからさ、最初は私が馴れ馴れしすぎたのかなーって思ったんだけど…違ったみたいだね。想くんさ、自分で気付いていたかは分からないけど、私の名前を言った時、声…震えてたよ」
「…………」
何でそんな分かるんだよ。声が震えてたってだけで…何者だよ、この人。
「ねえ、お姉さんに話してみない?少しは楽になるかもしれないよ?」
微笑みを浮かべたまま話す月島さんの無責任な言葉に、仮面が外れた僕はイラつきと怒りをぶちまけた。
「………ふっ、はははは!!楽になる?バカ言うなよ…何も知らない他人が!!軽々しく、気休めにもならない言葉を吐くな!!虫酸が走る!!」
そう、誰も分からない。他人の心なんか、知りたいと思う奴は居ても、知ろうと行動する奴なんかいない。所詮、そんなものなんだ。人なんか。
そう思っていた。
「うん、やっと本音で話してくれたね」
「…………は?」
「君みたいな子はこうゆう事を言うと本音を話してくれるからね。でもちょっと言い方が酷かったね、ゴメンなさい」
呆気に取られている僕を置いて、月島さんは頭を下げる。
それを見てやっと僕は理解した。
月島さんが僕をわざと怒らせたという事に。そして、僕の事を知ろうとしてくれた事に。
恐らく月島さんは僕のような人を何人も見てきたのだろう。だからこんな簡単に僕の感情を引き出せたのだと思う。
そう考えると怒りはスーッと消えていった。
「…さて、じゃ、お話しようか?」
顔を上げた月島さんの表情は、にこやかな笑顔だった。
◆
第一印象は「荒んだ目をした子」だった。
私はオーナーから任せられたCiRCLEの経営に悩んでいた。
まずスタッフが圧倒的に足りない。ライブハウスを立ち上げたばかりだから仕方の無いことなんだけど…いくら何でも私一人と言うのが辛すぎる。
取り敢えず気分転換にと、私はCiRCLEと隣接しているカフェスペースへ足を運んだ。
コーヒーを注文してテーブルへ向かう。その途中で頭を抱えている青年が見えた。その青年はブツブツと独り言を話している。
「バイトが見つからない……ここもダメだったし…」
その言葉を聞いて私は「この人しかいない」と思った。
そして許可もとらずに青年の目の前に座りコーヒーをテーブルに置いた。
青年は私を見て訝しげな表情
浮かべる。私はそんな青年を見て、笑顔でこう言った。
「ねえ君、うちでバイトしてみない?」
それから話してみて分かったのだが、この子はどうやら他人に本当のことを話したがらない性格らしい。
私はこれでも昔、バンドを組んでいた。その時にこの子と似たような子を見てきたから言える。こういう子は一度怒らせてスッキリさせた方が警戒心もリセットされて、心に押し込んでいる言葉も聞けるのだ。
それから私は想くんにライブハウスの経営事情に着いて話した。10分程話すと想くんの方も納得してくれたらしく、来週からスタッフのバイトをしてくれることになった。
想くんは真面目に働いてくれた。ライブハウスのスタッフは覚えることがかなり多い。それ故に音楽関係のことなど学校の授業程度の知識しかない想くんは、何度もミスをしてかなり苦労していた。逆にミスをしない方がおかしいのでそこは仕方がない。
想くんは分からないことがあれば私に聞きに来て、失敗したら何故失敗したのかを考え、原因を探した。その為、想くんは同じミスは決してしなかった。
それが大体スタッフを初めてから1ヶ月程の想くんだった。
2ヶ月も経つ頃にはもう既に教えることなど無かった。
◆
「それでさ〜、教授に言ってやったんれすよ!抜けてんのはアンタの毛の方だろ〜って!」
「あはは!想くんも中々酷いこと言うねえ。教授さんカンカンだったでしょ?」
「はい〜そうなんれすよー。そのあと俺だけレポート増やされたんれす!あのハゲめー!」
そう言ってジョッキを飲み干す想くん。言動から見て取れるとおり、彼はかなり酔っている。
何故こんなことになったのかと言うと…今日は想くんの誕生日だったのだ。そしてめでたく20歳になった想くんにお酒を飲ませる為に私行きつけの居酒屋に連れて来た。
最初は度数の低いお酒…まあビールとかをチビチビと飲んでいるだけだったんだけど、私がカクテルを飲んでいるのを見ると想くんも「飲んでみたい」と言ってきたので「1杯くらいなら大丈夫かな?」と思い飲ませてみた結果が……コレでした。
ちなみにカクテルの名前はロングアイランドアイスティーと言う度数が30度前後もあるカクテルです。度数が高いお酒だけどレモンティーと同じ味がして飲みやすいので私が愛飲しているお酒の1つです。流石に想くんには早すぎたかな……?
1杯で止めさせたのだけど想くんは代わりにビールを飲み始めてずっと大学の愚痴を話してきます。想くんはからみ酒だったみたい。
「聞いれるんれすかまりなしゃん!!」
「はいはい聞いてるよー。大変だったねー」
個室にしといて良かった…数時間前の私ナイス判断!心の中で私は自分の事を褒めていた。
それからさらに小一時間。想くんは愚痴からスタッフの仕事について話し始めた。
やれ仕事量が多いだ、やれもっとスタッフ増やせだ、やれ今どきの女子高生はスキンシップが多すぎるだの。いや最後のは何があったのか私にも分からないけど。何?スキンシップされたの?女子高生に?
酔いが完全に回った想くんが潰れるのも―いやもう既に潰れかけているんだけども。まあこのままではお店の迷惑にもなるのでお勘定をして私は想くんの肩を担いで店からでた。
「ほら、想くん。しっかり自分のカバンくらいは持って」
「ぅい………」
想くんは目を閉じながらも小さな声で返事をする。私より身長が高くて男の子なのに全然重く感じない……ちゃんと食べてるのだろうか?
「想くんちゃんとご飯食べてる?」
「ん〜…」
「ちょっと想くん、寝ちゃダメだよ。ほら家までもうすぐだから」
「…………」
あ、ダメだこれは。完全に落ちちゃってる。
人の体は意識があると無いとではかなり重さが変わる。今はずっしり、とまではいかないが少し重くなったので想くんの意識が眠りへと誘われたことがわかった。
「全く……想く〜ん、君の家教えてくれないと分からないんだけどー?」
「……すぅ……すぅ……」
「はぁ……しょうが無い、私の部屋連れてくか」
草食系を凌駕する絶食系男子のこの子なら襲われる心配も無いので私はタクシーを捕まえて自分の部屋へ向かった。
◆
「ほーら想くん。靴脱いで、あーそこで寝ないでほら立って!」
「ん……」
うつらうつらとほんの少しだけ意識が覚醒した想くんに指示を出す。想くんは聞こえてるのか聞いてるのか分からないがちゃんと靴を脱いで洋室へ連れていく。
「はい布団敷くからそれまでベッドに寝っ転がっててね」
「…………ん」
顔を右腕で隠しながらベッドに倒れる想くん。それを見て私は押し入れから布団を取り出しテーブル等を片付けて出来たスペースに敷いていく。
シーツを掛けているとベッドで寝ている想くんから話しかけられた。
「……まりな…さん」
「んー、目覚めたの想くん?もうちょっと待っててね、布団敷き終わるから」
想くんに背を向けながら返事を返す。ものの数分で寝床の準備は完了した。
終わったよ、と後ろで寝ている想くんに声をかけようとしたら突然背中に何かが覆いかぶさって来た。軽い衝撃が体を揺らし、バランスを崩しそうになるが何とか踏みとどまる。
何事かと顔だけ振り向いてみると薄く瞼を開けた想くんが私の背中に体を預けていた。
「そ、そ、そそ想くん!?どしたの!?」
まさか絶食系男子の想くんが襲ってきた!?
やはり幾らなんでも女が男を自分の部屋に招くのは不味かったか。
などと色々な事を考えて思考がぐちゃぐちゃになる。この歳になっても恋人がいた事がない自分には少々キツすぎる事態が起こっている。
想くんはそんな私の心中をつゆ知らず、口を開いて一言、言葉を発した。
「ありがとう」
「…………はい?」
突然の感謝の言葉に、私の先程までまとまらなかった思考が停止した。
想くんは続ける。
「今日、誘ってくれて、祝ってくれて、ありがとう。凄く楽しかった。」
「まりなさんのおかげでなんか、昔の自分が少し思い出せた気がする。」
「仮面を付けるのも上手くなったし……これはまりなさんにとってはあんまり嬉しく無いかも知れないけど。」
「あの時、一年前にまりなさんが誘ってくれなかったらこんな、満ち足りた毎日は送れなかったと思う。」
「覚えてるかな?僕がバイト先が見つからなくて頭抱えてたらまりなさんが突然目の前の席に座って来たんだよ?流石に驚いたよ。」
「それから僕は自分の事情も話さずただ喚き散らしただけなのにまりなさんは怒るどころか謝ってくれてさ。あの日ほど驚いた日は無いよ。」
「バイト、雇って貰ってさ。仕事なんか、全く分かんなくて、教えて貰ったのに失敗ばっかして、迷惑かけて、それでもまりなさんは笑顔で僕に『次は失敗しないように頑張ろうね』って励ましてくれて。」
「……初めて会ってから3ヶ月くらい経った頃からだったかな?僕がまりなさんに
「…でも………嬉しかったんだ。その後まりなさんが『でも中身の性格は一緒だね!』って言ってくれたのが。すっごく、嬉しかった。」
「仮面を被り始めてから、まりなさん以外、僕の中身を見破る人は誰もいなかったからさ。本当に、久しぶりだったんだ。僕自身を認めてくれる言葉を掛けてくれる人なんて……家族以外でいなかったから。」
「僕は、だから、まりなさんには、まりなさんだけには、話そうと思ったんだ………僕の事を。今まで話せなかった僕の話を。今日。」
「……まあ、結局最後まで話せずに初めて飲んだお酒に飲まれちゃって、まりなさんの部屋まで連れて行って貰うことになっちゃったんだけどさ。それも含めて色んな意味を込めた、『ありがとう』なんだよ。」
「―――だから、まりなさん。僕の話を、聞いて貰えますか?」
しっかりと、力強く、彼の双眸は、私の目を見つめていた。
それに対して、私は―――
「―――はい」
彼の双眸を見つめ返して、しっかりと返事をした。
◆
雷の轟音が鳴り響き、豪雨が体を打ち付ける中、影山想は走っていた。
どこを目指すわけでも無く、ただひたすら、走っていた。着ている服は既にびしょびしょに濡れており、随分と重くなっているだろう。
この天候のせいで普段学生が歩いている通行量の多い通学路も、人は誰一人見当たらず、道路に車は一台も走っていない。
「はっ、はっ、はっ……何で今更、あんな事を思い出してるんだ……僕は………」
自分と月島まりなの出会い、そして彼女に自分の
そして一つの考えが頭に思い浮かぶ。
もしかしたら彼女達も、
だが、直ぐにその考えを振り払う。
「まりなさんは、あの人は、僕の事を、僕の中身を、見てくれたんだ、自分からは、決して踏み込まずに、僕を傷付けないように、ちゃんと僕の事を考えて見てくれた!あの子達とは違う!興味本位で!ただ自分が知りたいってだけで!
何度も何度も自分に言い聞かせるように豪雨の中を走りながら、影山は叫んだ。
すると一際大きい落雷が近くの電柱に落ちた。
流石に驚き足を止めた影山は、途端に膝から崩れ落ちてしまう。
CiRCLEを飛び出てから数十分間、少なくとも30分以上も豪雨の中を走り抜いて来たのだ。雨のせいで走り辛くなっているのも相まって足腰に疲労が溜まり、限界が来るのも当然であろう。むしろ今やっと限界が来たというのに大抵の人間は驚くだろう。
「(やば……いし、きが………)」
バチャリと音を立てて道の真ん中に倒れ伏す影山。そこで影山の意識は暗くなった。
「うわ〜凄い雨、こんなことなら送って貰えば良かった…って誰か倒れてる!?きゅ、救急車…あれ?この人って確かCiRCLEの……」
一人の少女の声は、聞こえなかった。
はい嘘の仮面6話、どうだったでしょうか?ちなみに影山さんはまりなさんに恋心は抱いてませんのでそこの所は気をつけてください。(何に?)
そして今回出てきた日向君、静奈ちゃん、剛士君、木杉君の名前は某有名アニメのキャラの名前をアレンジして使わせてもらってます。約一名殆ど違いますけど。
そしてUAがなんと10000を、お気に入りは400件を超えていました!皆さん!誠にありがとうございます!!
では評価を下さった方々です。
☆10を評価して下さった
『とみぃたそ』様、『猫夜凪』様、『吹雪@暁』様、『patton』様、『紀伊』様、『皐月奏』様、『ヘアピン』様。
☆9を評価して下さった
『セロリ畑』様、『izumico』様、『そらいおん』様、『タケト』様、『ユダキ』様。
☆8を評価して下さった
『マルク マーク』様、『GBAN』様。
☆7を評価して下さった
『特にはない』様。
☆5を評価して下さった
『将太』様。
☆2を評価して下さった
『ライオギン』様。
評価ありがとうございます!
そして5話に感想をつけてくださった『玖遥』様、『〝時雨〟』様。
3話に感想をつけてくださいました『光の甘酒』様。
感想ありがとうございます!
嘘の仮面も残り3話くらいになってきました。終盤に入りましたね。さあ、どうやって話を進めようか……(行き当たりばったり)。
そう言えば最近暑いですよね。皆さんも熱中症には気をつけてください。水分補給、これ大事。
以後これから下はおまけです。これは皆さんが恐らく疑問に思うであろうシーンの補足をしないおまけです。これに登場する影山さんは本編に登場する性格の影山想ではありません。別人と思って下さい。
では読みたい人だけ、どうぞ。
おまけ
一年前のまりなさんと影山さんの会話シーンのその後、多分なかったであろう会話。
「想くんさ、さっき流暢に話していたけど本当に酔ってたの?」
「え?よよよ酔ってましたよ、はい。酔いが覚めるのが早いんですよ、僕」(目逸らし)
「………確かに居酒屋とかタクシー内では完璧に酔ってたね…いやまったまった部屋入った時も同じような感じで酔ってたよね?あんな直ぐに回復する普通?」
「……♪~(´ε` ;)」くちぶえ
「………」ジト目
「(^ω^;);););)」汗ダラダラ
「……まあいっか、想くんはむっつりって事で」
「!!!???」
影山さんが泥酔していたのにあんな流暢に話せたのは影山さんが「酔いやすく」、「覚めやすい」体質だからです。OK?
終わり(終われ)
お目汚し失礼しました。
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7話
6話を投稿してから9日以上立ってるんだよなぁ…申し訳ございません。は、八月中には完結させたいなぁと思っているので許して下さい!
かなり間が空いたのに今回は短いです。あと内容も薄っぺらいです。すいません……m(_ _)m
ではどうぞ。
私は焦っていた。
「早く」、「早く」、と変わらない速度で走るタクシーに苛立ちを覚え、それが足を通じて貧乏ゆすりとなって現れている。
腕に掛けているのは先日、想くんが置いていった想くんの鞄だ。自然と握る手に力が入る。
「お待たせ致しました。相俣大学付属病院です」
「ありがとうございます!お釣りはいりません!」
雑にお札をキャッシュトレイに起き、荒々しくドアを開ける。そのまま駆け足で病院内へ入り、周りの人の視線など無視してカウンターへ向かう。
「ここに入院している想く、影山想さんは何号室ですか!?」
「え、ええっと影山さんのご友人さんでしょうか?」
「っ、仕事の同僚です!それで彼は!?」
「しょ、少々お待ち下さい!………お待たせしました、影山さんの病室は44号室です。面会の手続きを致しますので面接者カードの記入を……ってちょっとお客様!?カードに記入をー!」
「すみません!!急いでるので!!!」
全く理由になっていない言葉を大声で発して先程教えて貰った病室へ向かって走る。
エレベーターを待つ時間も煩わしく、階段を全速力で駆け抜ける。途中散歩中の入院患者や付き添いの看護婦の人達に驚かれたが構うことなく走る。
数分間走った後やっと辿り着いた1番上の階の橋の部屋にある病室、ナンバープレートには『44』、その下には『影山 想』と書かれている。
私は一呼吸置いて扉に手をかけた。
「想くん!!!」
「ひぅわっ!?ってまりなさんですか…驚かせないで下さいよ……」
「美咲ちゃん……?……そっか、そう言えば君が連絡してくれたんだったっけ…」
美咲ちゃんはショートヘアーにトレードマークの帽子を被っていつも通り気だるげな表情をしている。ただその顔はどこか疲労が見て取れる。床に落ちたブランケットを見るに眠っていたのだろう。
「まさか美咲ちゃん、丸一日ここにいてくれたの?」
「えぇまあ…黒服の人達が影山さんのスマホの連絡先を調べて親交のあった人達と連絡を取ろうとしたんですけど…皆さんとは少し距離が離れてたのと連絡を取れる時間帯では無かったので…仕方なくあたしとこころで影山さんの付き添いをする事になったんです」
美咲ちゃんが目を向ける。その方向を見てみるとそこには想くんの隣で寝ているこころちゃんがいた。
「…取り敢えずこころちゃんがそこで寝ている理由も含めて、電話で話しきれなかった事を教えてくれる?」
「はい。じゃあまず私が影山さんを見つけた時のことから話しますね……」
◆
「確か影山さんだっけ……?大丈夫ですか!?影山さん!!」
返事が無い…体温も低い……昔テレビで見た知識だと確か雨などによって一定以上体温が低下すると肺炎などの重い病気になってしまう危険性があるとか…かなりうろ覚えだがそんな感じだったはずだ。
冷たくなりすぎている…これはまずいと思ったあたしは119では無くこころに電話をした。
『はいもしもし美咲?どうしたの?』
「こころ!かげ…知り合いが倒れてるの!しかもかなり危ない状態、ここから一番近い病院まで車をまわしてほしいの!!」
『よく分からないけど分かったわ!!黒岩!車を用意して!』
黒岩さんとは弦巻家の黒服の人たちをまとめている黒服の人であたしがよくミッシェル絡みのことで相談する相談相手だ。
こころが黒服の人に頼んだのだろう。電話口から小さくだが「かしこまりました」と言う声が聞こえた。
あたしはこころが来る前に影山さんを雨を防げる場所へ移動させようとした。幸いにもここは通学路、バス停が近くにあり、バス待ち場の小さな小屋に影山さんを連れて移動した。
それから3分も経たないうちにこころと黒服さんが乗った弦巻家御用達の黒塗りのリムジンがやって来た。
こんな時は救急車よりこころに頼んだ方が早い、あたしの経験則から出した答えは間違っていなかった。
「美咲!迎えに来たわよ!」
「ありがとこころ。すみません黒岩さん、この人を運ぶの手伝って貰えますか?」
「はい、おまかせください」
そう言うと黒岩さんは軽々と影山さんを持ち上げて濡れている体を毛布で包み込み、後ろの席に寝そべらせた。
「あら?美咲、この人って影山じゃない。一体どうしてこんな所で寝ていたの?」
「それは…あたしも分かんないよ。でも道の真ん中で倒れてて体も冷たかったし…救急車呼ぶよりこころを呼んだ方かなんとかしてくれると思ったから…」
「いい判断だと思います、美咲様。ここから1番近い病院は相俣大学付属病院ですが、あそこの救急車がここまで来るのは今の天候、距離を考えると最低でも10分はかかるはずなので。それなら
黒岩さんは運転席に乗り込みシートベルトを着用しながらそう話す。
「ではこころ様、美咲様。かなり飛ばすのでシートベルトをしっかりとして掴まっていて下さい」
「え、うわぁ!!?」
「久しぶりね!黒岩のこの運転は!!黒岩!もっともっと飛ばしなさい!」
「かしこまりました」
ギャギャギャと大きなタイヤ音を鳴らして道路を爆走するリムジン。こころはキャーキャーと笑顔で騒いでいるがあたしは遠心力に振り回されないようにするので必死だ。
そのかいあってか3分もしないうちに相俣大学付属病院へ到着した。途中、とんでもないスピードだったがこれも弦巻財閥がなせる技なのだろう。明らかに法定速度を超えてると思うけど。
黒岩さんが影山さんを抱えて病院内へ入っていく。あたしとこころもそれについて行く。
「急患です。院長を呼んでください」
「え、ええ…?すみません、まず手続きを踏まなければならないので……」
「弦巻財閥の者です。急いで下さい」
弦巻財閥の者、その言葉を聞いたナースさんは一気に顔を青ざめさせて大慌てで院内電話をかけ始めた。
1分も経たずに院長らしき人物が緊急担架を押してきた看護婦さん三人と一緒にやって来た。
「お待たせ致しました!院長の槙原です!患者をこちらへ!」
黒岩さんが影山さんを緊急担架に乗せると看護婦さん達は担架を押して移動を始める。それにあたし達もついて行く。
「あの…影山さんは大丈夫なんですか?」
「……かなり衰弱しています。正直に言いますと、生命に関わるくらい危ないです」
「!?そう、ですか……」
「ですが最善を尽くしますので、お連れの方は待合室でお待ち下さい。それと
「それなら
そう言って黒岩さんは外へ出て行った。あたしとこころは取り残されてしまったので取り敢えず指定された待合室へ向かう。
あたし達は影山さんの手術が終わるまで待っていた。結局、終わったのは日付が変わってからだったが。
その後で影山さんの御両親やまりなさんに連絡をしたと言うわけだ。
◆
「……とまあこんな感じですね」
「そうだったの…ありがとう、美咲ちゃん」
美咲ちゃんからの話を聞いてお礼を言う。
「ところで想くんのご両親は?連絡がついてるならもうここに来ててもおかしくないと思うんだけど…」
「それは
私が疑問を聞くと黒岩さんが病室に入ってきた。
「影山様の御両親との連絡は取れたのですが、何分この大雨でして…移動が困難な様です。あちらの方でも避難勧告が出されてるようで簡単に動けそうにない状況だと……」
「うん……あら…美咲?どうして私の部屋にいるの?」
黒岩さんの話が終わると同時にこころちゃんが目を覚ました。まだ寝ぼけているようで目元を擦っている。
「おはようこころ。それとここはアンタの部屋じゃないよ。影山さんの病室」
「ああそうだったわね。それで影山は?大丈夫なの?」
「そうだね。結局、想くんはどうなってるの?」
「…………」
こころちゃんの言葉に同調して美咲ちゃんに聞く。美咲ちゃんは顔を曇らせて俯く。
まさか、と嫌なイメージが頭に浮かぶ。
「美咲様からお話されるのはお辛いでしょうから
「後遺症………」
後遺症と言うワードに嫌なイメージがどんどん悪い方向に加速していく。
「後遺症と言いましても少しばかり咳の数が多くなる程度の物らしいのでそこまで危惧するものでは無い、と先生は仰られてました」
「そうなんですか…あれ?なら何で美咲ちゃんはそんな暗い表情をしてるの…?」
黒岩さんは一瞬口を噤んだがすぐに表示を取り繕い、口を開いた。
「…影山様は精神に深い傷を負っていたらしく……統合失調症の陰性症状、それによる昏睡状態に陥っています。今のところ、回復の目処は無いとの事です…」
その言葉を聞いた私の腕から、想くんの鞄が滑り落ちた。
◆
「昏睡、状態?あは、アハハ…想くんが…?何で、なんでよ。想くんが何したって言うのよ……」
「ま、まりなさん。しっかりして下さい!」
黒岩さんから話を聞いたまりなさんの様子がおかしい。目の焦点が合わなくなってるし、頭を抱えて俯いている。
無理も無い、か…。まりなさんはあたしらとは違って影山さんとはかなり長い付き合いだろうし…実際、仲も良好だった。
1度しか会ったことのない人が倒れたってだけなのにあたしも結構なショック受けてるもん…。
こころも空気を読んでるのかさっきから黙っているし……。
「黒岩っ!」
「はっ、なんでしょうこころ様」
とか思ってたらいきなり大声で黒岩さんを呼んだ。
「影山を助けてあげてちょうだい!」
いつもみたいに腰に手を当てて、太陽のような笑顔でそう言った。
呆然としていたまりなさんもこころの方を向いて顔を上げる。
こころは影山さんを見ながら更に言葉を続ける。
「影山!まだ貴方から埋め合わせをしてもらってないじゃない!約束したんだから貴方が埋め合わせをする前に死んじゃうなんて許さないわ!それにあの時なんで私のことを怖がってたのか理由を聞いてなかったし、それもちゃんと教えて貰わなくちゃスッキリしないもの。だから黒岩、影山を助けてちょうだい!」
「かしこまりました。では直ぐに手配します」
それだけ言うと黒岩さんは電話を片手に病室から出て行った。
「え、えっと……こころちゃん、想くんは助かるの?」
こころの捲し立てるような発言に二人揃って呆気に取られていたが、先に回復したまりなさんがこころに尋ねる。
あたしも黒岩さんと一緒に先生の話を聞いたけど…影山さんが自力で起きる確率は天文学的数字、それこそ奇跡でも起こらない限り有り得ないって言ってたのを覚えている。
「さあ?そこまでは分からないわ。けど、信じていれば、諦めなければ大丈夫じゃないかしら?」
クルリとあたし達の方に向き直ったこころは自信満々に笑みを浮かべて腕を組んだ。
「ねぇ、知ってるかしら?」
あたし達の不安を吹き飛ばすような眩しい笑顔。
「奇跡って起こるものじゃなくて起こすものらしいわよ!!」
何故かその言葉を聞いたあたしは、不思議と安心感を覚えた。
7話もたつのに未だに登場しない薫さんとはぐみちゃん。ごめんね。
と言うか前回の某有名アニメの所、速攻で皆にバレてて笑った。日向くんの原型は『た』しか無いんだけどなぁ…?(そこじゃない)
あとこころちゃんが若干キャラ崩壊。こんなこと言うキャラじゃないよね…。今更ですがこの小説のバンドリキャラは原作とは若干違うのでお読みになる際は気を付けてください。無理だな、と感じたら直ぐにブラウザバックすることをオススメします。(遅い)
あとUAが15000を、お気に入りが500を超えました。これも皆様のおかげです!ありがとうございます!有り難や有り難や……。
それでは評価と感想を付けてくださった方々です!
☆10の評価を付けてくださった
『わんころん』様。
☆9の評価を付けてくださった
『森の人』様、『猫魈になりたい』様、『パスタにしよう』様、『黒き太刀風の二刀流霧夜』様、『赤点回避艦隊』様。
☆8の評価を付けてくださった
『河ちゃん』様。
☆7の評価を付けてくださった
『Bibaru』様。
☆2の評価を付けてくださった
『Rei2』様。
☆1の評価を付けてくださった
『蒼之条』様。
6話に感想を付けてくださった
『紀伊』様、『瞬殺のストライカー』様、『零七』様、『Pad2』様。
評価ありがとうございます!!評価と感想は続きを書く励みになります!!
さあさあ残り2話程度!張り切って書いていきますよー!なるべく早く投稿出来るように頑張ります!
1週間は超えないといいなぁ……。
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8話
それではどうぞ。
「………………ここは?」
気がつくと僕は何も無い真っ白な空間にいた。
「僕…なんでこんな所に………」
………ダメだ、思い出せない。頭に霧がかかったみたいだ……。
とりあえず辺りを見渡してみる。目を凝らしても奥が見えない…まるで果てなど無いみたいだ。
やる事も無いし、俺は歩いてみる事にした。
「…あれ?」
振り向いて後ろを確認する。ついでにもう一度辺りを見渡してみる。だがそこには何も無く先程と変わらず、ただ白い空間が広がっているだけだ。
「今なにか違和感が……気のせいかな?」
まあ、いいだろ。今はとにかく歩こう。
時間は沢山あるんだからさ。
◆
「ホントに入院してるよ…影山さん……」
アタシは今、影山さんの病室にいる。少し前に美咲ちゃんから影山さんが入院したっていう連絡があって、バイトを放って病室までやって来た。
さっきまで美咲ちゃんとこころちゃんが居たみたいなんだけど…ここに居ないってことは家に帰ったのかな?
ううん…そんなのどうでもいいや。今は、どうだっていい……。
「影山さん……」
ピッ、ピッ、と心電図の音がやけにうるさく感じる。
「知ってたかな?影山さん。アタシ、影山さんのことが好きだったみたいなんだ。みたいって言うのも変なんだけどね…あの日、皆に言われるまで気づかなかったんだもん。あはは……モカにでも知られたら大変だなー。毎日からかわれちゃうよ」
憧れの人は、ベッドの上で黙っている。目を閉じて、点滴を打たれて、呼吸器をつけられながら……。
「……あの時の影山さんが、本当の影山さんなんだよね?」
あの日、影山さんがCiRCLEから出て行った後にまりなさんに頼んで教えて貰った影山さんの抱えている闇について……。
あの時見せた無感情な顔や、まりなさんと出会った時のこと…。
「……」
影山さんの手に自分の手を重ねてみる。アタシの手はみっともなく震えているのに影山さんの手はピクリとも動かない。でも、その手はちゃんと体温があった。アタシよりは冷たいけど……確かに生きている…そんな手だった。
「あったかい……あったかいのに……生きてるのに………なんで…!なんで話せないの…?話したいよ……影山さんともう一度、話したいよ……!!起きてよ…目を覚ましてよ!影山さん…!!」
アタシの心の底から出た涙と叫びは、影山さんに届いたのだろうか……それから暫くの間、アタシは影山さんの手を握りしめて涙を流し続けていた。
◆
…何時間経ったんだろう。ずっと代わり映えのしない景色を見ながら歩いていると方向感覚が狂ってくる。
その代わり、腹も減らないし喉も乾かない。結構居心地がいい所だと思うね。
「まあ思えなくもない、かな……んん…?」
何気なく呟くと、またしても違和感を覚える。なんと言うか…言葉に表すのが難しいのだが、妙な感じがする。
まあ気のせいだろ。気にする程でも無いな。
「うん、そうだ。気にする必要も……な、い…?」
やっぱり何かおかしい。
いや、どこもおかしくなんかないな。考えようとすると頭痛くなるし…また歩き始めるか。
「ぐっ……」
頭が痛い。僕はこれ以上考えるのをやめて、また歩き始めた。
―――!!
「……?なんだろう、今の?」
届きかけた声は、伝わらない。
◆
「ついたね〜」
「意外と遠いんだな。つぐ、ひまり、大丈夫か?」
「う、うん…大丈夫だよ」
「私も覚悟は出来てるよ!」
「それってなんの覚悟…?」
今日まりなさんから連絡を貰ったあたしは、『After glow』のメンバー全員で影山さんの入院している病院へやって来た。
「でも蘭も来るって言った時は驚いたよー。影山さんのことあんなに毛嫌いしてたのにー」
「別に…皆が行くから着いてきてるだけだし…」
バツの悪そうな顔をしてそう答える蘭。
素直じゃないねー、と言うと怒られるので心の中に留めておく。
手続きをして影山さんがいる病室へ向かう。
歩いていると日菜さんが前から歩いてくるのが見えた。
「あれって日菜さんじゃないか?」
ともちんも気付いたみたいだ。ともちんの声が聞こえたのか日菜さんはあたし達の方に顔を向けた。
「あっ、After glowの皆……やっほー」
「ひ、日菜さん!?大丈夫ですか!!」
ともちんが慌てて駆け寄る。日菜さんは酷い顔をしていた。フラフラとした足取り、目の下にははっきりとクマが見える。とてもアイドルとは思えない顔だった。
「日菜さん…どうしたんですか?」
「まて蘭。取り敢えずどこか休める場所に行こう。日菜さんも立ちっぱなしじゃ辛いだろうしな」
蘭が日菜さんに話しかけるとともちんがそれを遮って提案した。確かにこの状態の日菜さんには辛いだろうし賛成だ。
それであたし達は休憩室へ移動した。休憩室には先客がおらず、ゆっくりと話せそうだった。
「日菜先輩、どうぞ」
「ありがとつぐちゃん…」
日菜さんはつぐからホットココアを受け取り口にする。
落ち着いたのを見計らってひーちゃんが聞き始めた。
「それで…日菜先輩どうしたんですか?目のクマとか…顔色も悪いですし……」
「あはは、そんな酷いかなあたし。そう言えば家出る時におねーちゃんにも言われたなぁ…」
乾いた笑いを零す日菜さん。またココアを一口飲む。
「みんなはまだ行ってないんだよね…あの人の病室に」
「そうですね〜、さっき行こうとしてたので」
「あーそっか…ごめんね、あたしに時間取らせちゃって。でもさ、今はまだ行かない方がいいかも……」
「なんでですか?」
あたしが聞くと日菜さんは俯いたまま話し始めた。
「リサちーがね、部屋にいるの。リサちー、すっごい泣いてた……。あたしさ、あの人と初めてあった日に酷いこと言っちゃったんだ。あの人のこと何も知らないのにね…なんにも考えずに自分の思ったことを話して、あの人は悪くないのに…あたしのワガママなのにさ……それで、あの人が倒れたって聞いた時、なんでか分かんないだけどすっごく悲しかったんだ……それで、さっきやっと分かったんだ。リサちーが話しているのを聞いて…やっと……」
日菜さんは話をしていくにつれて、段々と声が震えていった。そして一度黙ると顔を上げて蘭の方を向いた。
「ねぇ、蘭ちゃんって怒ったことある?」
「えっ?まぁ…ありますけど……」
「あたしは無いんだ。小さい頃おねーちゃんと何度かケンカして怒った時くらいで、他はなんにもない。どんどん学年が上がっていくのと一緒に皆が避けるようになって来たから、怒るって ことを忘れちゃったのかも知らない。パスパレの皆とも本気で怒りあったケンカなんかした事ないしさ……でも、あの人は何だか不思議と怒れたんだよね。と言ってもさっき言った通り自分のワガママなんだけどさ…。で、さっきやっと分かったって言ったじゃん?それがさ、あの人…影山さんはあたしにとって、ケンカ友達になれたと思うんだ」
「ケンカ、友達?」
どういう意味なのか分からず、あたしは思わず口に出してしまった。
「そう、ケンカ友達。彩ちゃんと千聖ちゃん、イヴちゃんと麻弥ちゃん。他のバンドの皆はあたしにとって大切な友達なんだ。でも影山さんはなんかそういう感じの友達にはなれそうに無いんだよね。多分るんってしてもなれないと思う。その代わり、軽口を言い合う関係にはなれると思うんだ」
「それが…ケンカ友達、なんですか?」
「うん。そうだよ。あたしにとってはね」
つぐの質問に日菜さんは頷いて答える。
「でもさ、気づくのが遅かったよ。あーあ…もうちょっと早く気づけたらなぁ……こんな、後悔しなくてすんだのになぁ……」
「日菜先輩………」
日菜さんのしゃくりあげる声が休憩室に響く。ひーちゃんは日菜さんの背中をさすって落ち着かせようとしている。
あたしはそれを見ている事しかできなかった。
◆
どれくらい経ったんだろう…もう流石に疲れた……。
いや、疲れるはずがない。さっきまで疲れなんか感じなかったんだから。
「………またか」
ここで目が覚めた時から感じる違和感。それは僕が考えることが何故か矛盾しているのだ。
いや、正確には僕が考えた事が
なぁーんだ、やっと気付いたのか。
突然、頭の中に声が響いた。
「っ!?誰だ!!」
おれだよ、おれ。
声は聞こえるが、姿は見えない。しかしこの声にはどこか聞き覚えがある……。
当たり前だろ、だっておれはおまえなんだから。
「……どこにいる」
『ここだよ。ここ』
後ろから声が聞こえたので、振り返ってみる。
『よお、やっと会えたな』
「なんで……」
チャラチャラとした雰囲気を出す茶髪に染められた髪の毛、人の嘘を見抜く忌々しい翡翠色の瞳、平均よりも高く伸びた身長、普段着ているカジュアルな服装、そこには―――
「僕……?」
『ご名答、と言いたいところなんだがなぁ…残念。
仮面をつけた時の僕がいた。
はい、どうだったでしょうか?
白い空間は『ハガ○ン』に出てくる真理の扉をイメージしてくれると嬉しいです。あ、グラトニーのお腹の中の方じゃありませんよ?
いや私にしてはかなり早い方だと思いますよ。その分、文字数が少ないですけど。そこは許して下さい。
なんだかいんすぴれぇしょんが溢れ出てきたので書き上げました。このまま最終話も書きたい……持っててくれよ、オラの身体!
それでは評価をして下さった方々と感想を書いて下さった方々の紹介です。
☆10の評価を付けてくださった
『アンカー』様、『風見なぎと』様、『きな粉ミント』様。
☆9の評価を付けてくださった
『師匠@ゲーム実況もしてます』様、『蒼葉』様。
☆8の評価を付けてくださった
『victoryimagination』様、『カプ・テテフ』様。
1話に感想を付けてくださった『諏訪』様。
7話に感想を付けてくださった『第八天黒鴉』様、『痴漢者トーマス』様、『穂乃果ちゃん推し』様。
評価と感想ありがとうございます!評価は新しく書かれた名前を見る度嬉しくなるし感想は嬉しいのに加えて返信を書くのが楽しみになってます!
さぁいよいよ次回は最終話。
やっと自分の気持ちに気付いたリサと日菜、しかし遅すぎた結果に涙を流す。
泣いている日菜の言葉を聞き、モカは何を思う…?
自分が今まで付けてきた仮面が現れ、影山はどうなるのか。
そしていつになったら薫さんとはぐみは出てくるのか。
次回、『嘘の仮面』…最終話。
乞うご期待。
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最終話
嘘の仮面、最終話です。
どうぞ。
「なんで僕が、もう一人……?」
そうか…これは夢か。なら起きよう。起きてこんなふざけた夢なんかさっさと忘れよう。
『おいおい現実逃避をするなよ。あ、でもここは現実じゃ無いから現実逃避とは言わないか』
言っているが僕はそれを聞き流して自分に言い聞かせるように唱える。
「起きろ…起きろよ…これは夢なんだ。夢だって分かれば目が覚めるだろ……なんで、なんで覚めない……!」
『あー…必死になってるところ悪いんだが、ここ夢でもないんだわ』
は……?どういう事だ。
『まぁまぁ、立ちっぱなしってのもアレだし取り敢えず座って話そうぜ』
仮面の僕が指を鳴らすと何も無いところから突然テーブルとソファが現れる。そのソファにどっかりと腰を下ろすと目線で僕にも座るよう促してくる。
渋々座ると仮面の僕はまた指を鳴らした。すると今度はテーブルの上にコーヒーの缶が現れた。いつも僕が愛飲しているものだ。
『飲めよ。安心しろ、毒なんか入ってない普通のコーヒーさ』
コーヒーの缶を開けて飲み始めたのを見て、僕も恐る恐る口をつける。
何ともない、飲みなれた苦い味がした。
『落ち着いたか?』
見計らったように話しかけてくる。その対応に少しイラつきを感じてしまう。
「…まぁ、少しは」
『ならいいさ。正気を失っているのに比べたら全然マシだからな』
そう言って僕と似たような動作でまたコーヒーを飲む。
『似たようなって…当たり前だろ?
「そうだ…それについてもまだ聞いていない。全部、答えてもらうよ」
『はいはい。慌てなさんさって。時間なら、沢山あるんだからな』
僕と同じ顔をして、仮面の僕は笑った。
◆
「日菜先輩、大丈夫ですか?」
「ありがと…大丈夫。…うん、泣いたらなんかスッキリした」
ひーちゃんが聞くと日菜さんは、目元を拭いて立ち上がってそう言った。
「よし、じゃあ影山さんの病室行こ!流石にもうリサちーも泣き止んでるだろうから大丈夫だと思うよ。案内は任せてね!」
日菜さんが扉に向かって歩き出したのであたし達もそれに着いていく。そして扉を開けるとそこには…
「あれ?日菜?それにモカ達まで…どうしたの?」
先程話に出てきたリサさんがいた。日菜さんと同じように目元が赤く腫れているので恐らく少し前まで泣いていたということが推測できる。
「あ、リサちー!もう大丈夫なの?今から影山さんの病室にみんなでお見舞い行こうと思ってたんだー!」
あれ…?日菜さん…リサさんを心配するのはいいですけどそんなストレートに聞いていいのかな…?さっきの話を聞く限り会ってはいないみたいだったけど……。
「え?大丈夫ってどういう…ぇ、ぁあ!?ひ、ひひ日菜?まさか…見てたの?」
「へ?うん」
「……どこからどこまで見たの?」
「最初から最後までだよ?あ、蘭ちゃん達にもちゃんと話しといたよ!」
あ、リサさんが固まった。蘭達も必死にフォローしているけどこれはもう遅いね。
「ううう…日菜のバカぁ……」
「リサさん…その、ドンマイです」
「り、リサさん。元気だして下さい!あたし達誰にも言いませんから!むしろ応援しますよ!ね、ともえ!」
「お、おう!勿論!つぐだって誰にも言わないよな?」
「へっ?う、うん!」
それから暫く蘭達による励まし合戦が行われた。原因の日菜さんは全く反省してないけど。
「そー言えばリサさん。お見舞いはもういいんですか〜?」
「もう恥ずかしくて外に出れない……いっそのこと皆の記憶を消せば………え?なに、モカ?」
今なんか凄い怖い言葉が聞こえた気がしたんですけど……。
「えっと〜、お見舞いはもういいんですか?」
「あー…うん。それがさ、アタシが影山さんの病室から出た後すぐにこころと黒服の人達がやって来てさー。話を聞いてみたら何か影山さんを他の病院に移動させるみたいなんだよね」
「へ〜移動させるんですか〜………」
………へ?移動?どゆこと?
あたしだけでなく、リサさんを除いた全員が困惑していた。
◆
僕の目の前にはニヤニヤと腹のたつ笑みを浮かべている仮面の僕がいる。
『さて、まず何について聞きたい?』
「僕をここへ連れて来たのは君?」
『そうだな。ここに連れて来たのは
…なんか含みのある言い方だね。
『ここに連れて来たのは
花園に仮面を剥がされた………ああ、あの日か。そう言えば飛び出してずっと走ってたんだっけな。
『そうそう、思い出して来たな。それで
そう言えばそんな感じだったような……じゃあ僕はそのあとどうなったの?
『その後…5分くらいだったっけな。たまたま通りがかったハロハピの奥沢美咲が弦巻こころを呼んで弦巻こころの…なんつったっけな……ああ思い出した、黒岩だ。弦巻こころのお付きの黒服、その一人の黒岩が運転する車に乗って病院へ行ったんだよ』
へぇ……じゃあ僕は今入院してるの?
『まあな。相俣大学付属病院に入院している。してるんだが……弦巻こころが何かしようとしてるみたいなんだよな…』
弦巻が…?なんで?何を?
『いや知らないよ。あの手のヤツが考える事なんか分かるわけが無い。それは
……まあね。で、結局ここはどこなの?
『うーんそうだな…生と死の狭間ってところだな』
生と……死の、狭間…?
『そう。さっき
………昏睡状態?
『そ、昏睡状態。統合失調症の陰性症状から派生したやつらしいぜ。回復の見込みは無いって言ってたなぁ』
統合失調症……そのせいで、昏睡状態に………?しかも回復の見込みはない…………?
僕が……?
なんで……、なんでだよ。
僕、何かしたっけ?何か、悪いことしたっけ…?
ねぇ、答えてよ……
『………』
…なんで、なんで黙ってるんだよ。答えてよ、さっきまでベラベラ喋っていたじゃないか。
『……………』
……答えろよ。
『………………』
「答えろぉぉおおおおお!!!!!!!」
『……るっせぇなぁ。ぎゃあぎゃあ喚くなよ。あーあ、みっともないねぇ。大の大人が喚き散らすのは』
うるさい……!!黙れ…!!
『少しは気が晴れたか?
黙れ!!
『はぁ…今の
っ!…………。
『やっと落ち着いたか。やっぱり
……どういうことだよ。
『はいはい、話すから話すから。取り敢えず座り直せよ。全くテーブル壊しやがってさ…まあ直ぐに直せるけど』
…その指を鳴らすと、何でも出せるの?
『まあな。つってもここの空間の力で出来るわけで、
………………。
『分かってる分かってる。ちゃんと話すって、それも含めてさ。
◆
先程僕が壊してしまったテーブルは仮面の僕が指を鳴らすと新品の状態に戻った。テーブルの上にホットミルクが入ったマグカップが置いてある状態で。
『飲めよ』
「……ありがと」
『驚いた、まさか
僕だってお礼くらい言うさ。最初から思ってたけど僕の仮面だけあって憎たらしい性格してるな。
そんな事を心中思いつつホットミルクを飲む。適温だったので火傷することもなく一気に飲み干した。
『あのなぁ…
「さっきから僕が口に出してないのに答えてるけど…僕の心を読めるの?」
『まあな。さっき言った通り
「…じゃあ生と死の狭間とか言ってたのは…?」
僕がそう聞くと仮面の僕は少し考える素振りを見せ、答える。
『それはそのままの意味だ。これからの
先程まで見せていた笑みを引っ込めて真面目な顔で仮面の僕は話す。どうやら嘘は言っていない様なので質問を続ける。
「ここの空間の力っていうのは?」
『ありとあらゆるイメージを実体化する事が出来る。
仮面の僕がまた指を鳴らすと今度は僕らを中心に家が出てきた。真っ白だった地面はフローリングになり、その上にはカーペットが敷かれている。
壁にはカレンダーや時計が掛けてあり、冷蔵庫やテレビも置いてある。
まさに理想のマイホーム、と言った感じの家だ。
僕も試しに何か出してみようとイメージする。取り敢えず思い浮かんだトイプードルをイメージすると、僕の膝の上に子犬のトイプードルが現れた。
「わっ、本当だ……しかも暖かい…生きてる…?」
『正確には存在している、だ。
死ぬ事と生きる事は出来ないけどな、と笑いながら仮面の僕は付け足す。
「それって、生きるか死ぬかは選ぶことしか出来ないから……?」
『そうそう、大分理解してきたじゃん。まあ選ぶのはまだいいさ。今は
「僕の…疑問…?」
『この空間で疑問に思ったこと、まだあるだろ?言ってみろよ。例えばなんで
足を組んで肘をついて、呆れた目線を僕に送ってくる。軽くイラッとしたが、そこは抑えて考える。
先程仮面の僕が言ったように何故最初から現れなかったのかという事、そして、なんの為に僕の目の前に出てきたのか。
『…そうだな。じゃあまず最初の疑問に答えてやるよ。
「出来なかった?」
『ああ。
硝子で出来たよく分からない彫像を生み出しながら話す仮面の僕。が、途中でその彫像は砕け散ってしまう。
だから僕に自分の存在をアピールする為にあんな事をしたのか…なんか想像するとおかしいな。
『うるせぇ。こっちだって必死なんだよ。さぁ話を戻すぞ。
「なるほど…じゃあ次だよ。何故、僕を連れて来た?何で僕の前に出てきたの?」
僕が一番疑問に思っている事だ。なんの為に僕を連れて来たのか、そして仮面の僕がわざわざそんな面倒な手順を踏んでまで現れる意味が分からない。
『ふぅ……』
僕の考えを読み取ったのか、仮面の僕は短く息を吐いた。そしておもむろに口を開いた。
『
「話し…たかった…?」
どういう、ことだ……?
『ああ。
「ちょ、ちょっと待って。僕が壊れる?」
『自分で分からないわけじゃ無いだろ?アイツらと親しくなればなるほど仮面は重くなり、近付けば近付くほど心が壊れていく。今井リサ、青葉モカ、氷川日菜、弦巻こころ、花園たえ…特にこの5人にはかなり苦しめられた筈だ。あの5人と会ってから仮面の重圧は増加していき俺の心は重圧に耐えきれず潰されていく……本当は気づいてたんだろ?もう少しで自分が自分じゃなくなるって事を…』
今まで話をしていた中で一番感情が込められていた話だったと思う。
そう言えば彼は僕なんだったっけ。それなら感情も籠るか…。
僕は、仮面に向かって話し始めた。
「…薄々気付いてたさ。
仮面を付けたままあの子達と話していると自分の何かが欠けていくのが感じて、それは日を追う事にドンドン増えていってる気がした。
君の言う通り、このままじゃ僕はいつか僕じゃなくなってしまうんじゃないかって思ったよ。
でも、僕は仮面を外すことが出来なかった。だって、仮面を外したら僕の素顔が出てしまう。
そしたらまた僕は一人になってしまう。
一人は嫌なんだ…だから僕は仮面を作ったんだ。
君なら分かるだろう?だって君は僕が作り出した仮面なんだから!
ああそうさ!!僕は一人が嫌なんだよ!!!
だから仮面を作ったんだ!!誰からにも好印象を持たれるように観察して研究して!やっと作り出したんだ!!
嘘で固められ、嘘をつき続ける為に作り出した、嘘の仮面を!!!
自分が普段から嘘をついていれば、 もう、もう、僕は他人の嘘を見なくて済むと思ったから…言葉の裏側に見えるドス黒い本音を、見ずに話せると思ったから………
嘘さえ見なければ、友達になれると思ったから………一人にならなくてすむと、思った、から…」
僕の、本当の言葉。
心の奥底に封じ込まれていた、心の叫び。
それは、一度話し始めると、留めなく溢れ出てきた。
みっともなく、駄々を捏ねて泣き喚く子供のようだった。
『一人じゃねぇだろ』
自分と同じ声が響いた。軽蔑するわけでもなく、馬鹿にするわけでもなく、淡々とした声色が聞こえた。
『月島まりながいるだろ。俺が仮面をつけ始めてから家族以外には見せなかった素顔を唯一知って、理解してくれている、月島まりながな』
まりなさんの顔が脳裏に映る。そうだ―まりなさんは、理解してくれていた。僕のことを―ちゃんと、僕の素顔を見て、受け入れてくれた。
『青葉モカだって、仮面の存在に気付きかかってたはずだ。俺が一歩踏み出せば、そして理解して貰えるよう話せば、きっとアイツも受け入れてくれた筈だ』
『今井リサに関しては俺が素直に話していればすぐに受け入れた筈だ。知っての通り、アイツは仮面の方に好意を持っていたからな。あんな風に教えるんじゃなくて、俺が仮面を外すタイミングを考えていれば楽に話せたぜ』
『氷川日菜は…どうだろうな。流石に初対面で話すのは無理だが時間をかければお互いに険悪にならなくて済むような関係になれるだろうな。軽口を叩き合う仲になれたはずだ』
『弦巻こころはなぁ…あれは俺が必要以上に弦巻こころを恐れたのが原因だからな。確かにあの時の俺にあの笑顔は眩しすぎたかもしれないが、今なら……いや、何でもない。そう怯えないであのまま楽器店行ってれば打ち解けられたかもな』
『あとはアイツ…花園たえだな。正直俺にとってはトラウマもんだろ。仮面を剥がした張本人と言ってもいいしな。だが案外、出会い方が違えば似たもの同士って事で仲良く出来ただろうな』
『今言ったこの5人も、俺の中では良くも悪くも大きな存在になってんだよ。俺が何度突き放そうが決して離れてくれないほど俺の中で大きい存在にな。だからもう一度言ってやる』
『
その言葉に、嘘は隠されていなかった。
◆
「こころ!」
先程、知り合いがベッドに寝かされたまま黒服の人達に連れていかれるのが見えて、慌てて追いかけた。
そこにはいつもの調子と変わらない彼女がいた。
「あら美咲。どうしたの?そんなに慌てたりして」
「すぅ…はぁー……どうしたのじゃないよ!影山さんをどこに連れてこうとしてんの?」
あたしは切らした息を整えて、事の発端であろうこころに理由を聞く。
「私の家の隣に建てた病院よ!黒岩が用意してくれたんだからここよりもずっと良いはずよ!!」
ああ、なるほどね。確かに良い機材が揃っている病院の方が……ちょっと待て
「聞き間違いかな?……病院を建てた?」
「そうよ!」
腰に両手を当てて満面の笑みを浮かべながらこころは答えてくれる。
「どこに?」
「あたしの家の隣よ?さっきも言ったわよ?」
そう言えば…黒岩さんに頼んでたね。影山さんを救ってだとか何とか……イヤでも、だからと言って数週間でここよりランクの高い病院を建てたの?しかも自分の家の隣に?ハリキリすぎじゃないかなー黒岩さん…。
チラリと黒岩さんの方に目を向けると黒岩さんは、いつもと同じ表情で頷いた。
いや頷かれてもね………。
「ホント…アンタのやる事聞くといっつも頭痛くなる…」
「こころちゃーーん!!ちょっと待ってええ!!」
「ええ〜い、待たれよ〜!」
あたしが頭を抱えていると後ろから大声が聞こえた。振り返ってみるとそこには自分と同学年の友達と2人の先輩がいた。正確には2人の先輩の片方の手と同学年の5人のうちの1人が他の人たちを突き放して走りながら叫んでいた。
「日菜さんと青葉さん?どうしたんですかそんなに慌てて」
あたしが尋ねると日菜さんは額の汗を拭いながらあたしに迫ってきた。
「こころちゃんが影山さんを違う病院に連れていくって聞いたから大急ぎで来たんだよ!」
「そ〜そ〜、だから急いで走ってきたってわけ〜」
青葉さんは余り疲れてなさそうだな……。
2人の話を聞いているとリサさんと美竹さん達が息を切らしてやって来た。
「はぁっ、はぁっ…二人とも早すぎ……」
「あ、蘭〜遅かったね〜?」
「モカ達がっ、早すぎるっ、だけでしょっ…はぁ…ふぅ……」
皆はその場で軽く息を整えるとこころに詰め寄って肩を掴み揺さぶり始めた。
「ちょっと、こころアンタ何やってんの?病人連れ出すとか、バカなの?」
「蘭!落ち着けって!」
慌てて巴さんが止めに入る。美竹さんはハッとすると直ぐにバツの悪そうな顔になり小さな声でこころに謝った。
「あ……ごめん…」
「ケホッ、ケホッ。一体どうしたの蘭?あ!影山の事が心配なのね!でも安心して!黒岩がここよりも凄い病院を建てたからそこに行けばきっと直ぐに良くなるわ!」
「は、はぁ!?なんでそうなるの!別にあたしは…って病院を建てた?」
まあ突っ込むよね。いきなり会話の中にそんな単語が出てきたらそりゃ聞き返すよね。
あたしと同じ行をしている美竹さんを眺めていると黒岩さんが割って入り、近くに止めてあった弦巻家の車のドアを開けてあたし達に入るよう促した。
「詳しい事は移動中に話しますので、どうぞお入り下さい。いつまでも立ち話をしていると影山様のお体にも障ります」
「そうね!さ、みんな乗ってちょうだい!」
黒岩さんとこころの2人に言われて青葉さんと日菜さんはさっさと車に乗り込んだ。それを見て美竹さんも渋々と乗り、リサさん達もそれに続いた。
最後にあたしが乗るとドアが閉められ車が発進した。
「それじゃあこころちゃん。モカちゃんも蘭ちゃんも知りたいみたいだから説明してくれるかな?」
「ちょっ!つぐみ!?べ、別にあたしはなんとも……」
発車してすぐに羽沢さんがこころに話しかけた。横で美竹さんが顔を赤くしながら何かブツブツ言っているがスルーしている。
「そうね!黒岩!」
「はい。まず影山様を移動させる病院についてですが…弦巻家全面監修のもと建てられた病院なので欠陥などは有りません。そして相俣大学附属病院とは違い最新鋭の医療機器、海外の医学にも精通している医療スタッフが何人もいます。管理体制も充分です。影山様がいつ目覚めるか分からない現状、ここで経過を見るよりはいい報告が聞けるかと思います。先程、我々が院長に説明をして移動させる了承が取れたので影山様を運んでいた……ということです。説明は以上になりますが、質問はありますでしょうか?」
「あ、じゃあ。いいですか?」
ずっと黙っていた上原さんが控えめに手を挙げる。
「こころちゃんの病院に行けば影山さんは治るんですよね?」
「……はい、治してみせます。それがこころ様に命じられた言葉なので」
いつもと変わらぬ淡々とした声だったが、黒岩さんの口元を見ると笑顔だった。
上原さんもそれを見たのか安心したように息を吐いて頷いた。
そして、車が走ること10分。弦巻家の隣にそびえ立つ病院へ着いた。
もう少しで、影山さんが目を覚ます。
◆
僕は一人じゃない。一人ぼっちじゃなかった。
それを聞いて僕の心は救われた。
『……もう大丈夫そうだな』
仮面の僕が言う。その顔はここに現れた時とは違い、穏やかだった。
「うん…ありがとう。君のおかげで、大切な事に気付けたよ」
憑き物が落ちたような清々しい気持ちだ。
もう、自分に嘘をついて偽らずに本心で話す事が出来るだろう。
『そうか……なら、そろそろ選んでもらおうか』
穏やかな顔から一転して真剣な表情になる。そして仮面の僕が目を瞑り指を鳴らすと仮面の僕と僕に背を向けるように大きな扉が1つずつ現れる。
『いつまでもここに留まり続けるのは外にいるアイツらに悪いだろうしな』
「選ぶ……」
僕の正面に見える扉は暗い色をしておりかなり巨大だ。その大きさは僕の身長をゆうゆう超えており、扉はとても分厚く、地面からは1メートル程間を空けて浮いている。
振り返ってもう一つの扉を見てみるがその扉も前にある扉とは変わらない大きさだった。違うところがあるとすればあの扉よりも多少明るい色になっているところくらいだ。
「これって、どっちがどの扉なの?」
『ん?ああ、教えてなかったな。
コンコンと自分の後ろに浮いている扉を叩きながらそう話す。
「まあ…それなら迷う事も無いね」
僕は仮面の僕が先程叩いた扉に向かって歩き出す。
それを見て仮面の僕はギョッと驚き慌てて僕を手で制した。
『お、おいおい!なんでこっち来てんだよ!?こっちは死後の世界に行く扉だぜ!?』
「……」
仮面の僕の目の前まで歩くと立ち止まると、戸惑いを隠せない顔で僕の顔を見上げている。
『どうしたんだ?もう決めたんだろ?早くアイツらの元へ帰ってやれよ』
「………キミは…」
『あ?』
「…僕が現実世界へ戻ったら、キミはどうなるの?」
『!………………』
「その反応から察するに……消えちゃうんだよね」
僕の言葉に彼は諦めたように息を吐くと後頭部をガリガリと搔いて項垂れる。
『…だったらどうするんだ?』
「どうするんだ…って、キミはそれでいいの?消えちゃうんだよ…!?」
これから死んでしまうというのに冷静な彼に思わず声を荒らげてしまう。
彼は顔を上げると鋭い目付きで僕を睨んできた。
『どうしようもないんだよ。ただ
「っ!キミは、それでいいのかよ」
『どうしようもないと言っている。そもそも何故そんなに食い下がろうとする?
「そうだけど…そうかもしれないけど……!!」
自分のことなのにあっさりと、まるでタネがバレた手品の感想を言うように淡々とした口調で話す彼に、何故そんな他人事みたいに話せるのか理解できず、イラついた口調になる。
『……はぁ…じゃあ俺はどうしたいんだ?存在価値を失った仮面を捨てて戻るのか、それとももう必要なくなった仮面を再び付けるのか。どっちなんだ?』
「僕は…………」
選択肢を突きつけられ押し黙ることしか出来なくなる。彼は再びため息をつくと窘めるように話しかけてきた。
『忘れてるかもしれないが…
続く言葉を遮るように突然轟音が鳴り響く。それと同時に地面が揺れ始め、体勢を崩してしまう。
「な、なに!?」
『こいつは……まさか!?』
そう言うと仮面の僕の姿は消えてしまった。
僕が動揺しているとこの空間が音を立てて壊れ始めた。
その事に驚いていると仮面の僕が現れ、焦った様子で叫んだ。
『くそっ!アイツらやりやがった!バカがやる事だぞあんなん!!おい
「えっ、ちょちょっと!?」
手を捕まれ起こされると正面にある扉に向かって引っ張られる。
「そっちは死んじゃう方の扉じゃないの!?」
『事情が変わった!!後ろを見てみろ!』
言われるがまま後ろを振り向くと先程まであったはずの扉がガラガラと音を立てて崩れていくのが見えた。
「な!?」
『オラァ!!』
驚く僕を尻目に仮面の僕は扉に蹴りを入れた。するとギギギと重く大きい音を立てて扉が開き始めた。
『こっちの扉から出ろ!早く!!』
「ま、待って!キミも一緒に!!」
仮面の僕に服の襟を掴まれて扉の向こうへ押されそうになるが、何とか踏ん張り僕はそう話す。
彼はそれを聞くと黙り、動きを止める。
『…………』
「確かにもう必要ないかも知れない!嫌な思い出もある!だけど!僕はキミがいたから今、本当の自分を見つけることが出来たんだ!」
『……それだけ聞けたら
「何言って、がっ!!?」
背中に強い衝撃を感じたと思うと、直後に浮遊感を覚える。後ろに視線を向けると右足を突き出した仮面の僕が見えた。
手を伸ばして掴もうとするが、その手は届かず虚しく空を切る。
「待っ―」
『―――――――――――――――』
彼は二、三度口を開くと満足したような笑みを浮かべて背を向けてしまう。先程いた空間から遠ざかるにつれて段々と視界が暗くなっていく。
空間が完全に崩壊して見えなくなると自分の視界が暗闇に包まれる。
時間が経つにつれ、どんな体勢になっているのか分からなくなり、自分が上を向いているのか下を向いているのかも分からなくなる。
どれくらい経ったのか…突然体全体に走った衝撃で意識が浮かび上がる。そして光が目に飛び込んできたことに驚き小さく唸る。
「ぅっ……」
「―――!――ん!!」
「ぐぅ……こ、こは…?」
「―な!!―まさ――め――よ!!」
聞き覚えのある声が耳に届く。うっすらと開いた目を声の聞こえる方に向けると涙を浮かべた少女達がこちらに声をかけてる姿が見えた。
「影山さん!!聞こえますか!!?」
「いま、い?」
そこには先日酷い言葉を浴びせてしまった少女、今井リサがいた。目には涙を浮かべている。
「影山さん…本当に目が覚めたの?」
「その声は…青葉か…」
声のした方に目を向けると今井と同じように涙を浮かべた青葉が立っていた。そして周りをよく見てみると見知った顔の少女達が僕を取り囲むようにして立っていることに気がついた。
「……これってどうなっ―」
「影山さん!!!良かった!!目が覚めて、本当に良かった…!!」
「…………影山さん…!!」
「うわっ!?」
左右から今井と青葉に抱きつかれる。目が覚めてから情報量が多くて混乱するし、抱きつかれて少し息苦しさを感じるが……僕は二人に、そしてみんなに聞こえるようにこう言った。
「とりあえず…ただいま」
『おかえりなさい!!』
「あと二人とも、そろそろ息が出来なくなりそうだか、ら、離、し……」
「え、あ!か、影山さーん!!」
「ちょっとリサちー!強く抱きつきすぎだよ!」
「リサさん〜、手加減しましょ〜よ」
「いやモカちゃん!貴方もくっついているからね!?というか想くんは病み上がりなんだから離れなさーい!!」
今までの日常とは、少し違った日常が戻ってきた。
◆
「想くーん。カウンターに置いてあるバンドのポスター貼ってー」
「はーい」
僕の目が覚めてから数週間後、僕はまたCiRCLEで働き始めた。退院自体は1週間もかからずに出来る予定だったのだが念の為にまだ入院してた方がいいと周りに押されて2、3週間近く入院していた。
あと入院してる時に何度か驚く事があった。例えば僕が入院してた病院が実は
「そーうさん」
「ん?ああ、
「どうしたんですかー?そんないきなり大声で叫んだりして〜」
「お前がいきなり抱きついて来るからでしょーが。離れんかコラ。これからポスターはんなきゃいけないんだけど」
そう。モカのこの態度だ。
実は入院している間にモカが僕に恋愛感情を持っていることを告げられて告白された。僕は「モカの事は嫌いではないがそういう目では見れない」と断った。そうしたら何故かこんなふうに露骨にアピールしてくるようになってしまった。本人曰く、「モカちゃんのナイスボディーでメロメロにしてからもう一度告白しま〜す」との事。
僕としては街中で突然抱きつくのだけは勘弁して欲しい。
「あー!モカー!!なに抜け駆けしてんのー!」
「あ、リサさーん。おっはー」
「おはよう
そうそう。実はリサからも想いを告げられた。まあ彼女とはまりなさんの次くらいに長い付き合いだし好意を持たれていたのは薄々気がついていた。が、モカと同じ理由で断らせてもらった。あの時の悲しそうな笑顔は忘れられない。その後にリサは「これからも今までと変わらない態度でよろしくね」と言ってきたのだが、モカの行動を見て自分も負けてられないと思ったらしく今ではリサも抱きついてくるようになった。
リサの方は人目がある場所ではわきまえてくれてるので此方の精神的疲労はあまり溜まっていない。
「はーなーれーなーさーいー!」
「モカちゃんは断りまーす。も〜、そんなにリサさんも抱きつきたいんですかー?それなら…はいっ、ど〜ぞ〜」
言うが否やモカは背中から左腕に抱きつく場所を変えてリサに差し出すように俺の体を近づけていく。
「えぇ……!……えいっ!」
「…………仕事、出来ないんだけど」
この後バンド練習に来た美竹と湊に白い目で見られたのはまた別の話。
◆
「そーうさん!ドーン!」
「おわっ!?ちょっと日菜、危ないだろ」
「えへへー。ビックリしたでしょ、想さん?」
ある日、街を歩いていたらいきなり背中を押されて前につんのめってしまった。振り返るとニヒヒと笑う日菜が立っていた。
「いきなり何するんだ全く…と言うか今日は紗夜と一緒に映画見に行くんじゃなかったの?」
「んーとね。なんか風紀委員がやった活動報告みたいな物を纏めるから今日じゃなくて明日にしてって言われてさ、ブラブラ歩いてたら想さんを見つけてつい!」
「つい、でやられちゃ困るんですが…。はぁ……」
「あら?日菜と影山じゃない!」
これまた聞き覚えのある声が聞こえたので振り向くとそこにはこころがいた。隣には奥沢もおり、僕を見ると「ども」と言って軽く会釈をしてきた。
「こころと奥沢。偶然だな」
「こころちゃんと美咲ちゃん!おっはよー!」
「おはよう二人とも!今日も仲が良いわね!」
「おはようございます。あとお疲れ様です影山さん」
「……おう」
それぞれ挨拶を交わしたあと、こころと奥沢が楽器店に行くらしくそれを聞いた日菜が着いていくと言い、僕の腕をがっちりと掴んで離さないので仕方なく僕も楽器店へ行くことになった。
楽器店でギターを見に来ていた
◆
「ただいま……ふぅ……」
帰宅してベッドへ倒れ込む。
「……あの時の僕、最後に言ってた言葉…一体なんだったんだろ?」
現実世界に戻る時、最後に見た僕が喋っていたであろう言葉。
未だに何を言っていたのか分からない…。
「けど、まぁ。僕が言うような言葉だしね。そのうちポロッと分かっちゃうかも知れないよね…」
そう呟くと同時に口から欠伸が出てくる。少しだらしないが今日はこのまま寝ることにしよう。
「おやすみ…」
誰に言うわけでもなく…いや、自分に言い聞かせるように、小さな声で呟いて僕は眠った。
『じゃあな影山想。嘘の仮面はもう必要ないからな……お前の記憶の中で過ごさせてもらうさ』
夢の中で、そんな言葉が聞こえた気がした。
『嘘の仮面』、これにて完結となります。
感想や評価、お気に入りをして下さった方々、また最後まで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
最初に考えていた大まかなストーリーとは多少ズレてしまったのですが、自分としましては自分が完結できたことに驚きを隠せません。これもみな、『嘘の仮面』を読んでくださった皆様のおかげです。
どことなく矛盾点やおかしな点があるとはお思いですがそこは少し目をつぶって頂けると作者的に助かります。最後までこんなのでさーせん。(´>ω∂`)
では、短い間でしたが『嘘の仮面』をありがとうございました。
それでは、また。
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蛇足編
〇話
春の優しい日差しが店内に包む中、ある男女が向かい合って座っていた。
影山想と今井リサである。
「そう言えば、ずっと気になってた事があるんだよね」
「なになに?いきなりどうしたの想さん?」
影山が隣でシェイクを飲んでいるリサに話しかける。リサは興味を示し飲んでいたシェイクをテーブルに置いて彼の方へ向き直った。
何故影山とリサが一緒にいるかというと、今日は彼女に誘われて街へ繰り出していたのだ。世間一般で言うデートというものである。
彼的にはまだ高校生の少女とデートに行く、というのは犯罪臭が凄いから断ろうと思ったのだがその時リサの隣にいた友希那の圧力が凄かったので泣く泣く了承した。
「いや、ね。僕の意識が覚めた日があるでしょ?こころの病院でさ。その時にどうやって僕を起こさせたのか分からなくてさ」
「あー…」
その時のことを思い出したのかリサは苦い表情をして天井を見上げてた。
あの時、彼は扉を選ぶはずだった。仮面と一緒に生きる道を選ぼうとしたのだ。肝心の仮面の自分には断られてしまったが…。
そして、影山が仮面の自分と話していると突然、空間が壊れていった。すると仮面の自分は急に焦り始めて死の方の扉に入れと言い、影山は背中を押された。
つまり影山想はあの時、死んだのだ。いや死ぬはずだったのだ。
だが、何故か生き返った。
あの空間にいる時はまだ生きていたらしい、なので空間が壊れたのは影山の身体に何かしらの危険が迫っていたというサインだったのかもしれないと彼は推測していた。
しかし、冷静に思考を働かせていた彼はリサが発した言葉を聞いてあっさりと停止してしまった。
「えっとね…その、想さんが寝ていた時にね。こころの黒服さんの1人が想さんの心臓を止めたの」
「………えっ」
衝撃の事実を聞いて、影山は固まった。そして彼女が頭でもぶつけてしまったのではないかと心配した。
「大丈夫リサ?変なものでも食べたんじゃないのか?それとも豆腐の角にでもぶつかった?」
「いや食べてないしぶつけてもないから……」
割とガチ目に心配されたことに気づいたリサは苦笑を浮かべて話を続けた。
「えっと…怒らないで聞いてね?あの時の想さんはとっても不安定な状態だったらしくて、あのままじゃ本当に死んじゃう所だったんだって」
「…うん」
だろうな、と影山は納得する。それは分かっているのだ。気になるのはそのあとの話――
「それで、一度心臓を止めたあとに電気ショックで意識を起こさせるっていう方法が一番可能性があるって黒服の人が言ってね?」
「うん?」
話の雲行きが怪しくなってきたのを感じ取り、彼は首を傾げる。
「それじゃあ、なに?僕の心臓って一度止まったってこと?」
「うん…遅かれ早かれあのままじゃ想さんは死んじゃうから、少しでも可能性が高い方の蘇生を試みようって、黒服さんが言ったんだ」
「それで僕は一回死んだんだ…なるほどね。ようやく納得いった」
あの世界がいきなり崩れた理由、何故死側の扉に行かされたのか。
世界が崩れたのは心臓が止まったことで影山の身体が死へ近づいてしまったから、死の方の扉へ向かわされたのは完全に死ななければ電気ショックによる治療がトドメを刺すことになってしまうから。
「敵わないなぁ…本当に僕だったのかよ」
元は自分のはずなのに
「まったく…なんで自分に嫉妬しなきゃいけないんだよ」
「?なんか言った想さん?」
「……いーや、何も。さて、リサ。そろそろ出ようか」
「え!待って待って!アタシまだ飲み終わってないんだけど!」
影山は既にコーヒーを飲み終わっており、あとはリサがシェイクを飲み終わるのを待つだけだ。
リサは慌ててストローに口をつけ、シェイクを飲み始める。
「あはは、そんなに慌てなくていーよ」
「ぷはぁ。どうせ残り少なかったから別にいいよ!出よっ、想さん♪」
「はいはい。そんな急かさないでよ。待ってたの僕なんだからさ」
影山が席を立つとリサに手を引かれてカウンターに連れていかれる。困った顔で笑う彼と愛嬌したたる彼女の笑顔は、まるで付き合いたての恋人同士のようだった。
代金を支払ってカフェを出た2人は街をぶらぶら歩きながらこれからどうするかを話し合った。
「想さん、これからどうする?アタシは午前中に見たいところ全部回れたからさ、想さんが行きたいところに行こっ♪」
「行きたいところねぇ。うーん、そうだなぁ………あ、そうだ」
リサに聞かれ顎に手を添えて思考する影山。少し考えると、先程のカフェでの会話を思い出して閃いた。
「リサ」
「なになに?」
ウキウキ、ルンルンといった様子のリサ。どうやら一日中彼と一緒にデート出来るのが嬉しいようだ。尻尾が振られている幻覚まで見える。
「こころの家、行こう」
「…………ん?」
笑みがビシッと固まり、尻尾は直立不動となった。
◆
「女の子と一緒にデートしてる時に他の女の子の名前出すのはマナー違反だよ〜☆」
「ゴメン、謝るからその真顔で明るい声だして喋るのやめて。怖いよ」
器用なことするなぁ全く。「どうどう」とリサに謝りながら宥める。
僕がこころの家に行きたいと言ったのは当時の状況をもっと詳しく聞くためと、お礼を言うためだ。こころの家がわざわざ病院を建てて僕を助けてくれたことについてはお礼を言ったけど、リサから聞いた処置に対しては言ってないからね。
携帯を取り出して電話帳の履歴から選び電話をかける。3回コールが鳴ると溌剌とした声が電話口から聞こえてきた。
『あら想。貴方からかけてくるなんて珍しいわね!一体どうしたの?』
「やあこころ。ちょっとこころの家に行きたくてさ、今から行ってもいいかな?」
『…本当に珍しいわね、明日は雪でも降るんじゃないかしら?』
電話の向こうで彼女が首を傾げている姿が安易に想像出来る。それがどこかおかしくて、くすりと笑いが零れてしまった。
『あら、なにか面白いことでもあったの?』
「いや、別に、ないよ。それじゃ今から行くね」
『ええ。あ、もし良かったら迎えを寄越すけど?』
「うーん…じゃあお願いしようかな。場所は―――」
それからこころに僕達が今いる場所を伝え、数分間待つことになった。
その間リサの機嫌を取っていると、横から聞き覚えのある声がかけられる。そちらを向けば、日菜が笑みを浮かべてこちらに手を振っている姿が見えた。格好から察するに、レッスン帰りなのだろう。
「リサちーに想さん、やっほー!」
「やっほ〜日菜。日菜はレッスン帰り?」
「そうだよー。2人はこんな所でどうしたの?誰か待ってるの?」
「ああ。弦巻家の車をね、っと噂をすれば来たみたいだね」
黒塗りの高そうな車が僕達の前に止められる。するとドアがひとりでに開いた。乗れということなのだろう。
乗り込んでみると運転席に弦巻家の黒服さんがいて、後部座席にはこころが座っていた。
「待たせちゃったかしら?」
「そんなことないよ。むしろ早すぎるくらいだ」
「そう?それなら良かったわ。あら!リサと日菜も一緒だったのね!」
リサは兎も角、日菜はいつの間に乗っていたのか。ちゃっかりとリサの隣を陣取って座席に着いていた。
「やっほー♪こころ」
「あたしはさっき2人に会ったんだけどねー。デート中だったのかなー?」
ニヤニヤと僕の方を向きながら聞いてくる日菜。揶揄うつもりなのだろうが、今更そんなことで慌てるような歳でもないし、女性になれてない訳でもない。
「そうだね。午前中は2人でショッピングしてたよ。ね、リサ?」
「うん。色々見れて楽しかったよー♪」
「む〜、何その反応。つまんないのー」
やっぱり揶揄うつもりだったのか。後で覚えておきなよ日菜。お姉さんに報告しとくからね。
思えばあの日から日菜には色々と遊ばれてきた。こころで少しばかり仕返しをさせてもらおうか…。
「そう言えばリサ、次のRoseliaのバンド練習っていつかな?」
「え?うーんと、確か明日のお昼からだったはずだけど。それがどうしたの?」
「いや、さ。ちょっと見学させて貰いたくてさ。最近ギターに興味がでてきたから学びたいんだよね」
ピクッ、と日菜の耳が動いた。釣れたかな?
このまま話を続けようかと思ったがこころが会話に入ってきたので中断する。
「想ってギター弾けるのね!初耳だわ!」
「いやまだ齧った程度だから」
「じゃああたしが教えて上げようか?」
持参していたのか、ペットボトル飲料に口をつけていた日菜が反応した。
指導に託けて色々とからかってくることは目に見えている。だが僕は敢えてそこを指摘せずに別の言い訳を使う。
「いやぁ、お姉さんに教えてもらうから別にいいよ。ちょうど聞いて欲しいこともあったしね」
「おねーちゃんに聞いて欲しいこと?」
「ああ。最近僕が困っていること…とかね」
あ、流石に気づいたっぽい。日菜はギギギと油が切れたロボットみたいに首を此方に向ける。その顔は冷や汗がダラダラと流れていて、普段の彼女からはとても想像がつかない表情になっていた。
僕らが打ち解けた日から僕と氷川姉妹との距離は縮まった。少し前まで毛嫌いされていたのに今では片や苦労仲間、片や悪友、と言った関係になっている。どちらが紗夜で、どちらが日菜なのかは、言わなくても分かるだろう。
「す、少し聞きたいんだけど……何について話すの?」
「そうだな…誰かさんが紗夜の買い置きしてたポテトを盗み食いしたこととかかな?」
おそらく今僕は意地の悪い笑みを浮かべているのだろう。日菜の口角は引きつっており、どんどん涙目になってきている。どうやら天下の天才少女も姉のお説教には敵わないらしい。
「さて日菜?なにか僕に言うことがあるんじゃないかな?」
「う、うぅ〜…ゴメンなさい……」
しょんぼりと肩を落として日菜は謝ってきた。それを見て和やかな笑いが零れる。
こころの家は、もう少しで着きそうだ。
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✕話
これで分かったでしょう?私はとても単純なのです。
ちなみにこの話は前回の話の続きではありません。ご了承ください、ではどうぞ。
春が過ぎ夏に入ろうとする半ば、いわゆる梅雨の時期というやつは厄介であって――
湿気で髪はぺちゃんこになるわ、洗濯物は乾かないわ、バイト終わりに寄ったコンビニで傘を取られて帰れないわ。
『いや最後のは梅雨関係ないだろ』
頭の中で声が響く、自分の声と瓜二つの男の声が。その声にいつもの調子で返す。
関係あるさ、だって雨が多いこの時期でなければ傘を必要とする人も少ない。よって梅雨が悪い。うん、梅雨のせいだよこれは。
『
そう、先程から脳内に直接語りかけているこいつはもう1人の僕。仮面の人格と言えばいいのだろうか?別に闇のパズルなんか完成させてないけど、いつの間にやら生まれてしまったのだ。
だが僕が
話すと長くなるので省略させてもらうが……色々あって1人で消えようとしたこいつを無理やり僕の心の中に残すことに成功したのだ。それからは特に喧嘩することも無く、大人しく過ごしている。
それにしても、自分の声で罵倒されるというのはなんとも変な感じだ。多分慣れることは無いだろう。
『誰かさんが
ごめん、ごめんってば。でも君がいなくなったら僕は悲しくなるしさ。それに君と一緒に過ごしている今、僕は楽しいよ?
『……ああそうかい』
返事をするまでの数秒のラグ、これは彼が僕のあまりのアホさに呆れている時か、照れている時にしか起こらない。よってそれから導き出される答えはただ一つ。
おっ、その反応……もしかして照れてる?照れてるの?
『あああ!!うるっせぇ!ニヤついてんじゃねーよ!気持ち悪い!!』
怒声が頭の中で響く。思っていた反応と違い、思わず聞き返してしまう。
きもっ、気持ち悪い!?ちょっと待て!気持ち悪いは酷くないか!?
『夜のコンビニで雨の中、男が1人で雨を見ながらニヤついてるんだぞ?気持ち悪いだろ』
ぐうの音も出ない正論だった。というかニヤついていたのか、全然気づかなかった。
モニュモニュと頬っぺを円状に撫でくり回す。
「……何してんの?」
「ん?ゲッ…美竹」
不機嫌そうなトーンで話しかけてきたのは美竹蘭。お菓子か飲み物か買ったのか手にはコンビニのレジ袋が握られており、もう片方の手にはビニール傘があった。
思わず出てしまった言葉を聞いた美竹は僕に睨みを聞かせてきた。
『防御力が下がりそうだな』
うるさいよ。
そんなアホな会話をしていると美竹の眉間のシワが深くなる。
「ゲッ、ってなに。私がコンビニで買い物してたらダメなの?」
「いやいや、ほら、ね?美竹にはまだ苦手意識があるからさ」
「…ド直球だね」
「…正直悪かったって思ってる」
『バカだな
うるさいよ。というか最近なんか辛辣じゃない?
『気のせいだろ』
嘘だ、絶対うそだ。
美竹はため息をついて入口付近から1歩横に移動して近づいてきた。
「ねえ、何で帰らないの?」
「傘盗られちゃってさ」
「ふーん。なら買いなよ、ここコンビニだよ?」
「なんか損して負けた気分になるから嫌なんだよね」
面倒くさっ、と小声で言う美竹。聞こえてるからな。
『おい、ちょっと代われ』
急になんだ、どうかしたの?
『いいから、代われ』
あお前、そんな無理やり――
◇
「ふう」
久しぶりの表だな。
「よお、久しぶりだな。蘭」
「あんた……ああ、裏の方の…」
「珍しいね、あんたが表に出てくるの」
「まあな。
「頼み事?あんたが……?」
「なぁに、難しい事じゃねえよ。ただ
「……あたしの家に?」
「アホ、
蘭は体を抱きしめて1歩
「分かった。ほら、入りなよ」
蘭が傘を開いてこちらを招くので、立ち上がって傘の中に入る。隣に立つと蘭の方からふわりと女子特有の甘い香りが鼻に抜ける。
「ほら、貸せよ」
「え?」
「傘。
「あ、ありがと……」
こいつは普段表の
「おい蘭」
「なに?」
「
アスファルトを打つ雨の音が大きくなる。どうやら本格的に降ってきたみたいだ。
ふと蘭が足を止める。今、傘を刺しているのは
「おい」
1歩、近づけばすぐ傘の範囲に入る。
「――んでそんな――の……」
「あ?」
俯いているので表情は分からない。それにボソボソと話すから雨音にかき消されて所々聞こえない。
「おい、なんだ―――」
「なんでそんなこと言うの」
震えた声で、蘭は確かにそう言った。顔は俯いたままだが、微かに嗚咽する音も聞こえる。
悪いが
ただひたすらド直球で言うだけだ。
「いいか?
あの時消えなかっただけで、いつ消えるか分からない。そんな不安定な存在が
黙り続ける蘭に、容赦なく言葉を吐き続ける。
「こうして
「嫌」
「嫌…ってお前なあ」
「いや、やだ。ぜったいやだ…!」
顔を上げて、キッと涙を浮かべた目で睨みつけてくる。普段の強気な姿からは想像もつかない、まるで駄々っ子だ。
「あたしが、誰を好きになろうが、あたしの勝手じゃん!」
「相手を選べっつってんだよ。
「っ!モカは、関係ないじゃん……!」
「そんな震え声で言われても説得力ないんだよ、ばーか」
このままここで話し続けていても埒が明かない。それどころか蘭と
「おい、蘭。帰るぞ」
「やだ」
「あのなぁ…いい加減分かれ。聞き分けの聞かない
呆れていると蘭が身体を押し付けてくる。自分の顔を
「というか、お前買い物帰りだったんじゃないのか?その袋を見るに青葉達とお泊まり会とやらでもしてたんだろ?」
「…………」
「ほら、雨も強くなってきたし風も出てきた。
あーあー泣き腫らして目元も鼻も赤くなってら。これは家に帰った時に問い詰められるやつだな。
ため息をついて数秒考える。しっかり考えてから蘭の肩に手を回して抱き寄せた。
「…………え?」
「今日だけの特別だ。いいか、変な期待は持つなよ」
「…なら優しくしないでよ」
「そんな顔で言われても説得力ねえんだよ」
道中歩きながらこれでもかと言う程、念押ししておいたが恐らく蘭は聞いていないだろう。いや、正確には聞き流していただろう。
蘭を家まで送り届けたので傘を返そうとしたのだが、風邪を引かれても困るので借りていって良いとのこと。その代わり条件としてちゃんと
『終わった?』
ん?ああ、いたのか
『いたよ!?この体僕の体だからね!?』
本当にからかいがいがあるやつだ。
思わず笑いが零れてしまいそれを聞いた
なあ、
『なにさ』
表のムスッと返事をする顔が浮かぶ。少しからかいすぎたか、苦笑しながら謝り、言葉を続ける。
―――
『?変な事聞くね。当たり前だろう』
ホント、お前って奴は―――
「バカだな」
『いきなり何を聞いてきたかと思ったらバカと罵る……おかしいな、キミってそんなキャラだったっけ?』
くつくつと笑いがこぼれる。すると刺していた傘を透過して光に照らされた。
「おっ」
上を見上げるといつの間にやら雨は止んでおり、雲が晴れ、月が出ていた。
「満月か」
『綺麗だね』
ああ、とっても。
「綺麗だ」
◇
「さてら〜ん」
あの人に送って貰い、家に戻った私は今、物凄く追い詰められていた。
「なーんでこんなに遅くなったのかー」
「キリキリ吐いてもらうよー!」
モカとひまりがジリジリと迫ってくる。モカに関しては手をワキワキとさせている。待って、何するつもりなの?
「べ、別に雨が凄かったから、ちょっと遅れただけで」
「そう言えばさっき風も吹いてたもんな」
「うん。蘭ちゃんのお部屋の窓が揺れてひまりちゃんがビクッ!ってなったよね」
「ちょ、つぐ〜!それは言わない約束でしょー!」
いい感じに巴とつぐみが援護してくれている。ひまりも今のつぐの言葉で意識が逸れてる、これなら……!
「逃がさないよ〜?」
「ひゃっ」
後ろから声が聞こえ、同時にがっしりと私の肩を掴まれる。油の切れたブリキのようにゆっくりと振り向くとそこには、笑顔なのに笑っていないモカがいた。
「なーんか蘭の体の至る所から影山さんが付けている香水の匂いがするんだよね〜」
「き、き、ききのせいじゃない?」
「ら〜ん」
「なんで嘘つくの?」
この時のモカの顔を私は一生忘れないだろう。
数日後にこの出来事をあの人に話して慰めてもらったのは割愛。
これはもしあの時仮面の手を取っていたらって話です。蛇足編は後日談やifの話を書いてます。ちなみに本編で蘭ちゃんが仮面の影山くんを好きになっていた描写は『禁則事項』です。
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