異世界行ってダークエルフの高級娼婦で童貞卒業 (あじぽんぽん)
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第一章
第1話 世界は二行で救える


 王国にある一番の高級娼館で、一番の高級娼婦を頼んだ。

 高級な室内の高級家具に囲まれ、高級ソファーに座って緊張しながら待っていると、褐色の肌をもつ極上の長耳美女が俺の前に現れた。

 

「お前、ひょっとしてヒイロ……ヒデオじゃないか?」

「え、うん、そうだけど……なんでその名を?」

「オレオレ! オレだよカオルだよ。漫研のカオル!」

「え……ま、まじかよ!?」

 

 俺は全財産をはたいてダークエルフの高級娼婦を身請けしたのだ。

 

 

 俺の名はヒデオ、あだ名は英雄 > ヒーロー > ヒイロだ。

 こちらの世界ではあだ名のほうを名乗っている……中二病? そうかもしれない。

 不本意ながら前世ではバスの崖下への転落事故で死亡した。

 

 死後、よく分からぬうちに出会った神様にスマススマヌといきなり土下座された。

 恐れ多くて土下座を返したら更に土下座され返されて、更に土下座を返し返し返した。

 そしたら、くどいって神様に頭踏まれて異世界へと蹴り落とされしまう。

 

 王国の城に召喚された俺、世界の危機なんです魔王を倒してを了承。

 仲間を集めて何だかんだで炎の紋章的なロープレして魔王討伐に成功した。

 

 その後、良い感じになっていたお姫様に告白したら、生理的に無理ですと泣かれて土下座され 俺も泣いた。

 二番目に良い感じだった聖女に告ったら、貴方からは濡れた犬の匂いがするので生理的に無理ですと泣かれ、土下座された。

 

 俺は居た堪れなくなり土下座して彼女達の前から姿を消した。

 

 そして色々場所を旅して女の子の危機を救ったり、女の子の親の仇討ちしたり、女の子がいる寒村開拓とかアレコレしてみたんだけど、どの女の子も告白すると生理的に無理ですって泣いて土下座してしまう、俺は孤独に震えた。

 

 自分のツラが最高にキモイことは理解している。

 

 エロゲーとかだと、催眠スマホとか使って女の子にキモエロイことをするキモキャラだって、漫研のキモいエロゲーマイスターにもお墨付きを貰っているほどのキモさだ。

 それでも剣と魔法の世界なら、力こそパワーの世界なら顔なんてどうとでもなると思っていた……でも、俺のキモ顔は異世界でもどうにかなるレベルではなかったようだ。

 

 別にハーレムなんて望まないし、いらない。

 ただ世界を救う偉業を成し遂げた自分自身に、ご褒美ってやつが欲しかっただけなんだ。

 それこそ働く独身女性が仕事あがりの週末に買うハーゲ〇ダッツ的な物を!

 でも、素人相手ではどうやってもご褒美は無理だと悟ってしまった。

 そこでプロのお姉さんにお願いすることにしたんだよ、ご褒美……卒業式ってやつをさっ!!

 

「俺さ、一応は魔王を倒してこの世界救った英雄で名声と金だけはそこそこあるから、どうせなら王国一の最高の美女で童貞卒業(・・・・)してみようと高級娼館に来たわけよ。男になりたくて来たわけよ。そして頼んだら出てきたのがお前だったんよ!」

 

 俺は安宿屋のベッドの上で悠々と寝っ転がる、月光のような白銀色の髪に艶やかな褐色の肌を持つ美貌のダークエルフに指を突き付けた。

 ぱん、きゅ、ぱんと匂い立つ、無駄に魅惑的な体。

 中身がこいつじゃなければ、一晩中、肉欲に溺れて延長までしたかもしれん。

 ああ、そういえば思い出したわ、こいつは男の時も隙あればどこででも直ぐに寝っ転がる汗疹だらけの物臭なキモデブだったよ。

 

「へぇ~そんなことあったんだ。ヒイロ、大変だったんだなぁ」

「そうだよ大変だったんだよ! オマエのお陰で一文無しだよ!!」

「あはーごめん、ヒイロ、ごめんなぁ」

 

 王国一の元高級娼婦……ではなく元漫研仲間のカオルはベッドで横寝したまま、瑞々しい唇から綺麗なピンク色の舌を、小さくテヘッといった感じでだす。

 そして、むちっとした長く美しい二本の足を交差させ、俺の方にスッと差し出してきた。

 

「というかオマエさ、何でダークエルフで高級娼婦なんてしてたんだよ?」

「んーそりゃ、バスで事故って神様に出会って、土下座されて苛ついて頭踏んでやったらこの世界に落とされて、そしてダークエルフで女になってたのよ」

 

 カオルは薄いネグリジェの胸元を指先で大きく開いた。

 メロンのようなサイズの球体がたぷたぷと揺れ、先端の薄い桃色が見えた。

 

「……じゃあ、娼婦になったのは?」

「ああ、それは生まれ故郷のダークエルフ村が小さい頃に盗賊団に襲われてね。奴隷から、流れに流れて娼館に売られて今に至るってわけ」

「お、おう……中々に重いなぁ」

「うん、改めて考えるとそうだよねー」

 

 カオルはベッドの上でうつ伏せ姿勢になると、肉付の良い重量感のあるお尻をフリフリと高くもちあげる。

 Tバック……いや尻肉に紐パンがいい感じのエロさで食い込んでいた。

 

「あ、あのさ……」

「うん、どうしたよヒイロ?」

 

 ダークエルフの美女は妖艶に微笑んで足を開くと、椅子に座る俺の太ももの上に対座で腰を下す。

 そして俺の首後ろに抱きつくように手を伸ばし、大きくて柔らかいおっぱいの谷間にキモ顔を包み込んでパフパフしてくれた。

 とても、とても、よろしい匂いがした。

 ああ……不覚ながら、不覚ながら、非常に気持ちが良かったよ。

 俺はオ〇禁一週間を達成するに匹敵する、鋼のような精神力で乳の谷間から顔を突き出すと、カオルの華奢な肩をつかんで早口で叫んだ。

 

「ねえ! ねえってば!? さっきから君は何やってるわけ!? というか何で俺の股座に平然とデカケツを下ろして、おっぱいぷるんぷるんさせて、自然な感じでだいしゅきホールドしてるわけですかっ!?」

「え、何やってるって……ヒイロ、私とナニ(・・・・)したくないの?」

 

 カオルは頬を染め、本当に不思議そうにつぶやいた。

 見つめあう……完璧な黄金率を描く美しい顔立ち。

 ダークエルフの長耳が緩やかに上下していて、あざといくらいの愛らしさを感じた。

 俺はカオルをベッドの上に放り投げて、宿屋の壁に思いっきり頭突きをかました。

 

「あはぁん、ヒイロったら激しいっ!?」

「ぶらぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 元漫研仲間の元キモデブはすっかりメス堕ちしていやがった。



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第2話 完全にメス堕ち

 夜……俺はカオルのネットリとした視線にさらされている。

 王都の宿の一室、ベッドは二つだ。

 毎日、別々の部屋を取ろうと提案しているのだがカオルは酷く嫌がった。

 あんな事があった後だ、一人では怖いのだろう仕方がないと思う。

 しかし……しかしだよ……背を向けて寝ている振りをする俺のすぐそばで、はぁはぁふぅふぅと熱い吐息を漏らし、何か人生を考えさせられるような水っぽい音を響かせるのは止めてくれ。

 

 俺は眠る事も出来ず、こうなってしまった原因を思い出していた。

 

 

 あの後、俺のズボンを脱がそうとする、淫乱TSダークエルフの元キモデブを拘束して説得した。

 そして話し合いの結果、二人で冒険者をする事になった。

 互いに一銭も持たぬ身である、稼ぐにはガテン系が一番手っ取り早かったからだ。

 ちなみに俺は典型的な勇者タイプの魔法剣士、剣と魔法の両方いけちゃうノンケである。

 それに対しカオルにどんな事ができるのか尋ねてみれば、セッ……本人も分からぬとの返答。

 幼い頃に奴隷となって以来、知識と美貌を磨く事と〇技の修練に人生の全てを費やし、体を鍛える事は健康のための軽い運動以外はさせて貰えなかったらしい。

 こればかりは本人の咎ではないが、先を考えると全て容認するわけにもいかないのが保護者としての俺の辛いところ。

 

 取りあえず武器屋に行って気に入った武器があるかと選ばせると、ビビっときて手に取ったのはシンプルな謎の指輪。

 指にはめると呼び出される美しい水の精霊。

 店主に話を聞くと、その指輪は精霊を召喚するためのアイテムであった。

 娼館ゆえに召喚ですか? ……やかましいわ。

 どうやらカオルには精霊使いとしての能力があったらしい。

 

 それから俺達は冒険ギルドで登録をすると、魔獣を討伐して金を稼ぐ事にした。

 

 俺達二人のコンビは実に息がピッタリであった。

 俺がオールラウンダーだという事もあるが、カオルもいい感じで合わせてくれる。

 カオルは俺が接近戦をすると、それに合わせ壁となる土の精霊をだし、遠距離で炎の魔法を使えば威力を増す風の精霊でサポートしてくれた。

 

 流石は元漫研のネトゲーマー・カオル、癒しのデブネカマの名は伊達ではない。

 

 カオルは元高級娼婦だからなのか、おしゃれをするために高価な香水や、宝石や衣服などの目玉が飛び出るような値段の品を次々と買い、金使いが非常に荒かった。

 しかし俺達は討伐の難しい希少な魔獣を倒し、高級素材などを手に入れてアホのように稼いでいたのであまり問題ではなかった。

 むしろカオルの問題は隙あれば俺の股間を触ろうとしたり、服と呼ぶのもおこがましい格好でうろついたり、思い出したように誘惑してくる事だろうか。

 

 それに関しては奴が、牛乳を拭いて放置した雑巾のような体臭を持つ元キモデブだと知っていたので欲情できず、カオルも元娼婦という負い目があって、気まずさを誤魔化すために冗談でやっていたのだと思う。

 

 そう、あの事件が起きるまでは……。

 

 俺達は冒険者ギルドでも有望なルーキーコンビとして名を売っていた。

 特に美貌のダークエルフであるカオルの注目度は非常に高かった。

 それなのに警戒心が足りてなかったのだろう。

 別々の仕事の依頼を受けている時に……カオルはさらわれた。

 

 犯人は依頼主の、とある小国の有力貴族。

 

 カオルは元高級娼婦だ。

 高級娼婦とは、ただ美しければいいというわけではない。

 何故なら王国の高級娼婦とは教養と品格を兼ね備え、政治や商業や芸術といった様々な分野の知識に精通した頭脳明晰な女性しかなる事が出来ないからだ。

 相手は王族や大富豪といった国家レベルの権力者達が殆どなのだが、体を求めずに助言や愚痴など、会話をするためだけに来る者も珍しくはないのだという。

 ましてやカオルは王国一の高級娼婦。

 女として、下手な貴族令嬢やお姫様より遥かに高みにあると言っても過言ではないだろう。

 そんな普通であればお目に掛かる事すら難しい天上の美姫が、冒険者として依頼を受けてくれるというのだ、不埒な事を考える者がいてもおかしくはなかった。

 

 迂闊だった……この世界に来てから騙される経験は何度もしていたというのに、俺がもっとしっかりとしていればよかった。

 

 精霊がカオルの危機を知らせてくれた。

 俺はすぐさま小国まで出向き、そのクソ貴族の屋敷に襲撃をかけた。

 カオルを見つけだすまでどんな事があったかは、まあ割愛しよう。

 そしてベッドには、薬を盛られて意識を朦朧とさせられた全裸のカオル。

 それに圧しかかり始めようとしていたサカッた醜い豚。

 

 俺は怒りのままに、豚……貴族とか言う名の男に地獄を見せた。

 

 カオルを抱きかかえて、その小国を抜け出した。

 相手に非があるとはいえ一国の有力貴族、どんな危害を加えてくるか分からない。

 俺一人ならいいがカオルを守る必要があった。

 目を覚ましたカオルは泣きながら俺に抱きついて来た。

 

「ごわがっだっ! 私、本当にごわがっだの!!」

 

 カオルはエンエンと鼻水を垂らしながら俺の胸の中で泣いた。

 

 カオルが今まで高級娼婦として相手をしてきたのは理知的な高い身分の者、つまり紳士的と言える者達だったのだろう。

 そんな彼女にとって、欲望のまま獣のように襲い掛かってきたクソ貴族は、本当に恐ろしい相手だったんだ。

 その時ばかりは俺も、彼女が牛のクソみたいな顔をした元キモデブである事を忘れて、優しく慰めてやった。

 

 

 それからだ……カオルは俺から片時も離れなくなった。

 

 カオルは一切の贅沢を止めた。

 冒険者家業は続けているので、莫大な稼ぎが相変わらずあったのにも関わらずだ。

 宿も高級なところではなく健康を保てる程度の場所にランクを落とし、服も見た目よりも丈夫で長く使える簡素なものを選んだ。

 まあ、カオルがそれで満足しているなら俺としては問題ないのだが、たまに……。

 

「私達の将来のための資金だものね」

 

 頬を染めて、愛おしげに自分の下腹部をさすりながら言うのだ。

 あの……冒険者ペアとしての活動資金だよね?

 深い意味はないと思いたいのだが、ひまわりのような笑顔で言われると何も返せなくなり、何だかものすごく恐ろしい。

 それに以前は冗談程度だったボディタッチが、最近では冗談にならない感じで変化しており、むっちとした乳や太ももを所構わず密着させて蠱惑的な顔をしてくるのである。

 仕事をしている時と寝ている時以外は常時だ。

 手洗いや風呂ですら、出るまで扉の外で待っていて下手したら一緒に入ろうする。

 夜は夜で……人間的な水っぽい音をたてている。

 そんな風に張り付かれている俺は、自己処理をする暇がまったく無かった。

 

 ――朝が来た。

 

 カオルはベッドに横座りし、はにかみながら左手を差し出して待っている。

 俺の手には彼女から渡された精霊の指輪。

 あの事件の後、カオルが恐怖から立ち直るために俺に望んだ事の一つだ。

 俺はカオルの美しい左手を恭しく取ると、彼女の薬指に指輪を通した。

 

「今日もありがとう……ア・ナ・タ」

 

 艶やかなダークエルフの美女は、指輪のはまった左手を朝焼けの光にかざして、目を細めて幸せそうに呟くのだ。

 その本当に嬉しそうな、魅力的な笑顔を見て俺は思った。

 

 元漫研仲間のキモデブTSダークエルフ女と間違いを起こす前に、高級娼館にいって今度こそ童貞卒業と発散をしてこよう……と。



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第3話 清楚系エルフ

 夜、カオルが寝静まってから王都内の高級娼館へ向かった。

 店に行くとカオルを身請けした際に世話になった店主が出てきて。

 

「どうです。これから一献いかがですか?」

 

 何故か一緒に酒を飲む事になった。

 落ち着いた雰囲気だが、金がかかってそうな部屋に案内される。

 侍女達が料理を運ぶ中、二人でポツリポツリと会話しながら緩やな雰囲気で酒盛りを始めた。

 

「カオルは元気にやっておりますか。迷惑をおかけしておりませんか。あの子は少し心が弱いところがありますから……ハハッ、私にとっては血の繋がってない可愛い娘のようなものですよ。ええ、あなたの元で元気に暮らしてくれているなら……ハハッ」

 

 などという父親のような親愛の情と、カオルが小さい頃の思いで話をしんみり聞かされると、ヤンチャな暴れん坊が切なさにじわじわと沈下していく。

 何だろう非常に気まずい……。

 カオルの寝顔に無性にごめんなさいと謝りたくなってきた。

 もう今夜は宿に戻ろう……カオルへのお土産にお菓子と花束を買っていこう。

 

 ところがここで店主。

 

「最近店に入った娘で、愉快(・・)すぎて客前に出すには少々問題な子がいるのですが、見目は麗しいので修行がてらに酌などさせますね」

 

 と、発言しやがった。

 お父さん、あなたは俺に浮気を勧めたいのですか?

 単純な俺、ドキドキしながら待っていると、静々と現れたのは期待を裏切らぬ長耳の美少女。

 それは白のロングドレスを身にまとう、娼館には不似合いと思える清楚なエルフだった。

 

「おお、中々……」

 

 以前の魔王討伐の旅では男も女も綺麗どころが多く、というかご都合主義な感じで美形しかいなかったものだから、俺の美に対しての選定眼はかなり高いものになっていた。

 え……うん、別に俺は面食いというわけじゃないのよ?

 性格が合うかどうかの方が重要だと思っているからね、そう面食いじゃないんだよ、中身なのにちくしょう。

 とまあ、そんな俺ですら思わず称賛してしまう、少女の美貌を察して欲しい。

 

 エルフの少女は自らの華奢な腕を抱きしめると嘆くように呟いた。

 

「くっ、またこの身を売れと言うのですね……人族めっ、わたくしをどこまで愚弄し、辱めるつもりなのですか」

 

 凛とした佇まい、怯えを見せるも気丈に振る舞おうするエルフの少女。

 輝く金の髪に、服の上からでも分かる女性らしい豊かな曲線。

 気品漂う姿は、森の貴人と称されるだけはあって唯々美しい。

 そんな風に観察していると透明感のある美貌にキッと睨まれた。

 その蒼の目には確かな知性の光が宿っており、人としての確固とした芯もある……少し気が強そうな事を除けば問題がないように思えるのだが?

 

「わたくしの高貴なエルフボディに熱く滾るパトスを余すところなくブッカケ、その後は卑猥な淫語をむりやり言わせながら、あらあらお姉さんが気持ちよすぎてもう出しちゃったのかな君? なんて、ショタにアヘ顔ダブルピース騎乗している姿を、二人して酒のつまみに眺めてニヤニヤと楽しむつもりなんですね!? 人族めっ、なんと汚らわしい!!」

 

「………………」

 

 ……どこの水〇敬だ?

 

 店主にどうすれば? と視線を向けると、やや疲れた表情で首を横に振られた。

 そうか、見た目は良いけど中身がダメなのか、それは高級娼婦として重大な問題だな。

 素で欠陥品ということらしい……。

 想像以上の愉快さに言葉もなく見守る俺と店主。

 

「くっ、そうですか、どうしてもと言うなら仕方ないですね……」

 

 俺達の反応が宜しくないことに気づいたらしい清楚系美少女エルフ。

 普通に酌をしてくれるのと思いきや、壁に手をつき足を開いてスカートを腰まで捲り上げた。

 そして柔らかそうな尻たぶをキュッと締めつけてナニかをアピール、尻肉の谷間には清楚さの欠片もないアダルティな黒レースパンツが食い込んでいる。

 白尻と黒パンのコントラストに、しなやかな長い足。

 非常にエロイが重度のビッチ臭がした。

 これで見た目が極上じゃなかったら普通にドン引き……いやごめん、美少女でも唐突に雰囲気もなく、こんな事やらかされると激しくドン引きだよ。

 

 例えイケメンでも公衆の面前で人間打楽器を始めたら嫌だろう? 

 

 君はもうちょっと場所と誘い方を考えて?

 見た目は良いんだから普通でいいんだよ普通で、男心は案外にデリケートなんだからさ?

 というか頼んでもないのに、自分からケツ丸出しにしておいて、何で私悔しいんですキッて感じで肩越しに睨んでくるの……何で頬を染めているん、マゾなん?

 

「ですが、わたくしにもエルフの元女王(・・・)として矜持があります。そう易々とは屈しませんよ! さあさあ、わたくしを指名しなさいな、覚悟は完了済みです! 縄で縛る拘束から、大人のアイテム使っての特殊プレイまで何でもござれ、そして三角木馬や壁尻や乳搾りなどの上級者プレイでも全然いけます! むしろどんと来いっ!!」

 

 清楚系ビッチエルフさんは、ヘイ、カモーンとばかりに自分の尻たぶを叩いた。

 ペチン、ペチンと素晴らしくいい音が鳴る……大味な洋物AVのノリであった。

 

 もう止めてください、店主さんも苦い物を食べてしまったような顔をしています。

 というか初心者の俺には君は難易度が高すぎます、ハード痴女は無理ゲーです。

 ノーマルな子で童貞卒業して、レベル上げてから後で必ずご指名しますので今は許してください。

 

「ん、んん!? って……あ、あなたは、もしやヒイロ……ヒデオですか!?」

「……また、その、パターンかよ!?」

 

 俺はエルフの高級娼婦を身請けすることになった。

 元漫研仲間の鬼畜系エロゲーマイスターのイズミ、そして、現TS清楚系ビッチエルフが仲間に加わったのだ。



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第4話 ゴッドフィンガー

 冒険者ギルドの食堂のテーブルにつく三人。

 俺を間に挟み極上の美貌をもつ女達は、静かに睨み合っていた。

 二人の美女が放つ剣呑な雰囲気に、周囲の喧騒は徐々に小さくなっていく。

 冒険者達の視線が俺達のテーブルに集まっていくのを感じた。

 

 先に動いたのは聖母のような笑みを浮かべるダークエルフの美女。

 右手でナニかを握る仕草をすると、一定のリズムで力強く刻み始めた。

 その鋭さ、まるで長い鍛錬を積んだ剣士がみせる演武のようだ。

 

 次に動いたのは女王のように傲慢に笑うエルフの美少女。

 対抗して架空のナニかを握ると、手首のスナップをきかせて変則的なリズムを取り始める。

 その変幻自在さ、まるで天賦の才もつ槍使いが見せる舞いのようだ。

 

 微笑んだまま、右手を上下させ続ける女達の視線が絡みあう。

 

 二人が繰り出すストロークは単純な運動ではない、指先の一つ一つに微細ともいえる力の配分がなされ、彼女達が蓄積してきた高等技能が惜しげもなく使用されていた。

 それはパワーファイターとテクニシャンの対決である。

 方向性こそ違うが、どちらも卓越した超絶技巧の持ち主。

 一瞬でも気を抜けない緊張感、まるで抜き打ちの決闘のようだ。

 並みの男ならば、恐らく10秒とたっていられないだろう。

 芸術……いや神の御業といえるそれは高級娼婦の習いゆえなのか。

 もしくは、前世では孤独に愛され、ひたすら自己鍛錬という名の果てなき試練をし続けたキモメン達だからこそ達成できた(わざ)なのかもしれない。

 

 ただ俺に分かるのはこの対決には意味はなく、そして……。

 

『うわぁ、美女はべらかして朝からあんな卑猥な事させやがって、あいつは最低な男だな』

 

 ハッスルするTS娘達のせいで、俺がひどく責められているという事だ。

 

 

 ◇

 

 

 早朝、身請けしたイズミを連れてカオルの待つ宿屋へと戻ってきた。

 イズミは高級娼館を出てからというもの、俺の顔をチラチラと見てはうつむき頬を染めるという謎行動を繰り返している。

 怖いな……一体なんなんだよ? 

 部屋に入る前に、挙動不審なエルフ少女に最終確認した。

 

「イズミ、最初に俺からカオルに説明する、その後に入ってきてくれ」

「ええ……しかしヒイロ、相手はおっとり屋のカオルでしょう? そんなに警戒する必要があるのですか?」

「以前のカオルと違うんだよ、色々とやばい……やばいのさ……取りあえず頼んだぜイズミ」

 

 見下ろすとカオルほどではないが豊かな胸をもつTSエルフ。

 

「分かりました……こ、これからの、わ、わたくし達のためですものね?」

 

 長いエルフ耳をピンと立て、可愛らしい仕草で拳をにぎるイズミ。

 ただ、親指を人差し指と中指の間で挟んでいるのが嫌な感じだ。

 俺は宿泊している部屋の扉を開けた。

 

「カオル、ただいまー。ちょっと野暮用があって外に……」

 

 朝焼けの眩い光の中で、左手を宙にかざしていたカオル。

 彼女はギラリと鈍い輝きを放つカミソリを手首に当てていた。

 

 ……じ、自殺現場だっ!?

 

「ぎ、ぎぇらああああああああぁぁぁぁぁ!?」

「ふ、ふえっ!?」

 

 衝撃光景に、怪鳥のような叫びが俺の口から発せられた。

 ビクっと体を震わせ、切れ長の瞳をぱちくりさせながら驚くカオル。

 いやいや、驚いてるのは俺の方ですよ!?

 

「カオルっ!!」

 

 しかし、荒事慣れしている俺の驚愕は一瞬だ、直ぐに思考が切り替わる。

 今やるべき事――カオルの凶行を止めるべく、俺は大きく手を広げながら腰を落とし、彼女を興奮をさせないようにスリ足で少しずつ近寄った。

 自殺する現場を見つかったせいか、カオルはカミソリを手に持ったまま、道端で変質者に出会ってしまった人のように顔を引きつらせていた。

 

「待てカオル、落ち着け! 自殺なんて駄目だ! 今が苦しくても生きていれば良い事がある! 絶対に良い事があるから!! だから生きろ! ……お、俺を残して死ぬなぁぁぁぁ!!」

 

 説得がいつの間にか、てめぇ勝手な絶叫に変っていた。

 十分距離をつめた俺は、カオルに飛びついてカミソリを持つ手をつかみ、彼女の腰を抱くように引き寄せて体を押さえつけた。

 微かな吐息と、カオルの肌から花のような香りがした。

 カミソリがカタンッと床に落ちる。

 俺は視線だけで見届けて、ため息をつく。

 室内に訪れた静寂…………ほんと、やめてよ、もう、心臓に悪い。

 

「……ヒイロ、少しだけ緩めて」

「あ、す、すまん」

 

 痛そうなカオルの声に、慌てて、つかんでいた手首を離した。

 動揺のあまりカオルの華奢な体を強く抱きしめていたようだ。

 今のカオルはキモデブだった男の時と違い、皮下脂肪による拳法殺しの打撃吸収などは出来ない耐久力の低い肉体である。

 衝撃吸収できそうな部位はあるが、その用途は恐らく違う。

 腰のホールドも解こうとしたら腕をカオルにつかまれ、そして俺の肩に白銀色の頭が甘えるように乗せられた。

 

「カオル……?」

「もう、慌てん坊さん」

「え…………?」

 

 カオルの手が俺の背中に回され、幼子をあやすかのように撫でられた。

 二人の体の間で挟まれた重く柔らかい乳肉が潰れて平らに広がる。

 不味いぞ、生理現象だ。

 俺はヤンチャになりそうな暴れん坊を意思の力で押さえつけ、やつの前世、カビのはえた梅干のようなキモデブ顔を必死で思い出す。

 

「あなたの勘違いです、私は自殺なんてしないよ」

「え、じゃあ何でカミソリ持ってたん?」

 

 俺は素で返してしまった。

 馬鹿……女だってカミソリ使う事は何かしらあるはずだ。

 どうやら大量の血が海綿体の方に回っていて、頭が上手く動いていないようだ。

 そんな俺に、カオルは唇をわずかに尖らせ、拗ねたような色っぽい表情を見せる。

 俺の暴れん坊が暴れん坊将軍になりそうだぜ、カビ梅干しを思い出せ。

 

「もう……女にだって、男には言えない秘密があるのよ?」

「お、おう、そうか?」

 

 うん、秘密か……女体の神秘というやつかな、奥が深い。

 俺は腰を後ろに引きながら考えた。

 カオルはチラリと下を見て、クスッと笑うと人差し指を俺の口へと当てる。

 

「フフ、安心してねヒイロ、私はあなたを一人残して逝かないから。ずっと、ずっーと一緒(・・)にいてあげるからね」

「………………」

 

 不味い感じで言質を取られてしまった気がする。

 

「ところでヒイロ」

「何だろうカオル」

 

 カオルは俺の胸に体を預けたまま慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。

 

「私じゃない……女の匂いがするけど昨晩はナニしていたのかな?」

 

 俺はダークエルフ美女の前で速やかに土下座した。



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第5話 君の全てを知っている

 高級娼館には店主に呼ばれて行ったのだとカオルにそう説明した。

 多分誤魔化しきれてないと思うけど、それを追及せず笑って受け入れてくれるカオルの寛容さが、ありがたいのと同時に底の見えぬ恐ろしさを感じさせた。

 そして漫研仲間の鬼畜エロゲーマイスター・イズミと会わせ、何か一悶着あるかと思えば何事もなく、二人は手を取り合い和気あいあいと再会を喜び合ったのだ。

 

 そう、冒険者ギルドで食事の注文をするまでは……。

 

 宿を出て向かったのはギルドの食堂。

 俺とカオルは張り出される依頼の確認を兼ねて、朝食はギルドで取る事にしている。

 ルーチンワークと化しているそれは、冒険者の朝の習慣ってやつだ。

 

「いっらしゃいませ~ご注文は何になさいますかぁ?」

 

 職員で食堂の看板娘でもある少女リコットが、俺達の居るテーブルに注文を取りに来てくれた。

 このおませな十三才の小娘が今回の騒動の発端である。

 

「うふふー、ヒイロさんとカオルさん、相変わらずお似合いの夫婦(・・)ですねぇ~いつ結婚なされるんですかぁ?」

「も、もう、いやね、リコットちゃんったら!?」

 

 普通に考えれば、釣り合うはずもないキモメンと極上の美人だ。

 しかしカオルは口元に左手をあてて本当に幸せそうに笑う。

 俺はこのやり取りに対してはいつもノーコメント……そうせざる得ないのだが諸君らは察してくれるだろうか?

 カオルの左手で輝く指輪がひどく重い。

 とまあ、これで注文して食事が来るまでは、のんびりと会話しながら待つのが普段なのだが、今朝は少々違った。

 リコットがイズミの存在に気づいたからだ。

 

「む……むむ? ヒ、ヒイロさん! こちらのスンゴイ美人さんはどなたですか? ハッ!? もしかしてヒイロさんの新しい奥さんですか!?」

 

 小娘がギルド内に響き渡る大声で、とんでもない発言をしてくれやがった。

 そのすぐ後に「ナンチャッテ」とか愛らしく舌をペロリと出していたが誰も聞いていない。

 騒がしくなるギルド、大勢の好奇の視線が俺達に集まる。

 でも、まだこの段階では騒ぎというほどでは無かった気がする。

 そう……やつが頬を染めながら腰をくねくねさせ、意味不明な事をほざいたりしなければ。

 

「あら、わたくし達の魂と下半身で深くつながったドロドロの熱いパッションは、何も知らぬ第三者にも語らずとも見えてしまうものですかね? 困りましたね……あ・な・た?」

 

 愉快な鬼畜エロゲーのイズミが、非常に頭が愉快な事を仰って、俺の肩にしな垂れかかるように抱きついてきたのだ。

 たまにカオルが見せる、うっとりとした乙女(メス)の顔をしていた。

 おかしいよね? 俺いつの間にTS清純系ビッチの好感度を稼いでいたんだ?

 そして、たわわなエルフおっぱいを押し付けられて俺は知った。

 乳肉の硬度って女の人によって随分と違うものなんだね……と。

 隣に座るダークエルフ美女を見る事は……もちろん俺には出来なかった。

 

 

 二人の美しい白黒エルフによる、前世まで持ち出した罵りあいの末に始まったのが……俺の正妻の座を賭けた高級娼婦の技巧勝負であった。

 俺は周りの男達から殺意に等しい憎悪の視線を頂戴する事となる。

 勝負方法が決まる前、二人はどちらの体の方が相性(・・)がいいかを比べて判定してもらおうと、その場で俺のズボンを強引に剥ぎ取ろうとしてきやがった。

 俺は断固として拒否した。

 

 ……やめろ、俺に公衆の面前でそんなプレイを楽しむ性癖はない。

 まじで、やめろって、い、いやぁーお母さぁん!!

 

 泣きながら必死に抵抗した。

 二人のTS娘が目と口をピエロのような三日月状に変化させ、舌なめずりしていたのが心底恐ろしかった。

 じゃ、じゃあ、俺の体でよければ勝負に使ってくれよ!?

 などと鼻の穴を広げて冒険(エロ)心満載で言いだす勇者(おとこ)も複数いたが、二人に股関節を外されて治療院送りとなった。

 

 その後、何人ものギルド関係者を巻き込んで協議した結果、シャドウボクシングならぬ、シャドウ槍磨き(隠語)で勝負をする事になる。

 俺を中心として挟んだテーブルに二人の美女が向かい合い、更にその周りには冒険者達が詰めかけ壁を作り、神聖な夜の技能勝負が始まったのだ……おい、なんだよこれ?

 

 

 それから十分以上は経過した。

 

 二人の右腕の上下反復運動は依然止まらず、むしろトップギアさえ上げているように見える。

 これでも俺は世界を救った男、武術や戦闘術にもそれなりの慧眼をもっているつもりだ。

 夜の技能は専門外だが、それでも彼女達の勝負がかなり高いレベルで行われている事は分かる。

 お互い右手を動かしたままポーカーフェイスで微笑んでいるが、たまに目線や口元、長耳がやり取りをするかのように微妙に動き、それを受け腕や指の位置がさり気なく変化していく。

 言葉には出来ない深い心理戦というか、多分カ〇ジとかのギャンブル漫画的な読みあいとか駆け引き、そんな感じの事が二人の間で行われているんだと思う。

 

 ……すまん嘘吐いた、正直、俺にはどういう勝負なのかよく分からん。

 

 ただもういい加減にしろよ……お前らの腕の動きは酷く生々しくてエグイんだよ!

 見ろよ、いかにも田舎から出てきて冒険者になったばかりの純粋で素朴そうな少年達が、顔を赤くして前屈みになってるじゃねーか。

 若い女の子達ももじもじして、ひどく赤面しているよ!

 俺も危なかったよ! お前らのTS前の姿を知らなかったらヤラレてたよ!? 

 というか俺の後ろで無邪気に応援しているリコット嬢は、絶対に意味が分かってないよね、ちくしょうめっ!!

 

 そんな大多数が理解できない勝負だが、決着は突然だった。

 余裕の顔だったイズミが不意に何かに気づき、カオルの右手を見て、それから何故か俺のほうを見て、驚愕の表情を浮かべる。

 そして悔しそうに目をつぶると、右手の運動を停止させたのだ。

 

「…………わたくしの負けです」

 

 あっさりとしたイズミの敗北宣言だった。

 カオルも当たり前のようにそれを受け入れて返答する。

 

「私の方が情報が多かったね……アンフェアだったかな?」

「そんなことはありません。勝負に対しての認識の甘さ、それが明暗を分けたのですから」

 

 先程までの激しい戦い(?)を繰り広げていた割には静かなやり取りである。

 お互い見つめ合い、長耳をピコピコと動かし、やがて二人はうなずいて微笑み合う。

 その表情には全力を尽くした者だけが分かるシンパシーがあった。

 ただ、スポコンものみたいに〆るのはいいんだけど、お前達以外はなんで勝負が付いたのかさっぱり理解できてないぞ?

 

「あ、あのぅ……どうして勝敗がついたのですかぁ?」

 

 二人の雰囲気が爽やかすぎて、物怖じしなさそうな小娘リコットですら遠慮ぎみである。

 やっていた事は爽やかとは程遠い、卑猥な手〇キだというのに……。

 リコットの質問に、イズミは右手で架空のナニかをつかんで見せた。

 

「わたくしが想定したのは、この……今まで致した方々の平均からの割り出した大きさです」

 

 そう言って右手をシュッシュッ……どうして無駄にエロくするかな、このエロフ。

 

「しかし、カオルさんが想定したのは……」

 

 カオルはにぎった右手をイズミの隣に差し出してきた。

 そのにぎりはイズミのにぎりにくらべると明らかに一回り小さい。

 そしてイズミは俺の股間を透視でもするかのようにジッと見つめてくる……もの凄い嫌な予感がするんですけど?

 

「そう、この勝負の本題を考えれば分かり切ったことです。万人を想定したわたくしと、あくまで個人(・・)を想定したカオルさん……勝敗は明白でした」

 

「………………」

 

 イズミの説明に、理解ができた者から俺に対しての同情の視線が向けられた。

 何人かの男達に優しく肩を叩かれる……強く生きろとばかりに無言で叩かれる。

 や、止めてくれよお前ら……まだ憎悪の視線と言葉を投げられた方がましだよ。

 

 そんな中、カオルが俺の前に立つ。

 彼女は俺の全てを受け入れられると言わんばかりに大きく手を広げる。

 母性あふれる豊かな胸……そして慈母の微笑みを見せながら俺にささやくのだ。

 

「私は君の全てを知っているのよ?」

 

 俺は顔面をテーブルに叩きつけて泣いた。




この話を投稿した時点でUA4000を越えました
つまり世の中で漢字4000文字分を覚える機会が永遠に失われたということです


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第6話 魔女の嘲笑

 目覚めると、俺は低い台座の上に寝かされていた。

 

 全裸で四肢を拘束されている。

 手首と足首に掛けられた鎖は力を入れてみたが簡単には外れそうにない。

 俺の腕力で破れないとなると……ただの拘束具ではないだろう、恐らくは魔法によって強化を施されている魔道具。

 俺の股間にかけられた布切れが、この悪趣味な演出をした者のせめてもの良心だろうか? 

 

 石畳の室内は薄暗く何十本もの蝋燭で明かりを取っている。

 まるでこれから悪魔を呼びだすための生贄の儀式でも始めるみたいだ。

 問題なのは生贄の羊がどう見ても俺という事なのだが……。

 微かな音、いつの間にか部屋の闇に溶けこむように佇んでいる影があった。

 小柄な体……ボロ切れのようなローブをまとうやつがいた。

 

「魔女…………!」

 

 俺は静かに唸り、睨みつけた。

 

「くふふ、そんなに力むなよヒイロ? 恐ろしゅうてワシ、濡らしそうじゃ」

 

 魔女は幼児のような甲高い声で、余裕しゃくしゃくとおどけた。

 彼女は魔王討伐の旅の際に、魔王やその配下の魔族を倒すために貢献した高位の魔法使いだ。

 つまりかつての仲間だが、その姿は常にローブに隠され正体はしれなかった。

 

 魔女に用事があると館に呼び出され、出されたお茶を飲んだらこのざまだ。

 

「カオルとイズミはどうした!? 無事なんだろうな!?」

「くふふふ、安心せい、館のベッドですやすやと眠っておる。ワシの目的はお主だけじゃ、あやつらには手出しはせぬよ」

 

 一緒に来ていた白黒エロフコンビは無事のようだ。

 ……魔女の言葉に嘘はないと思う。

 悪魔と一緒で魔女は人をだますが嘘は言わない。

 少なくとも旅の間、出来ない事を彼女は言わなかった。

 

「どうして、こんな事をしやがる!?」

「どうして……さてさて、どうしてかのう?」

 

 魔女は韻を含んでそう言いながら、俺に近寄って身にまとうローブを床に落とす。

 埃が舞いあがり微かにカビの匂いがした。

 俺は驚愕する、現れたのは魔女の青白い裸体であった。

 

「全てはワシの望みのためじゃ」

「の、望み……だって?」

 

 喉がひどく渇く、魔女の指が俺の股間にかけられた布切れをつかんだ。

 

「くふ、くひひ、そのためにヒイロ……お主はワシが利用させてもらうぞ」

「な……なんだとっ!?」

「くふ、くふふふふ、恐れる事はない……痛くはしない、むしろこれから行う事はとても、と~ても気持ちいい事じゃ。くふ……くへへへへ」

 

 彼女の血の色艶をもつ真っ赤な唇が三日月のように裂ける。

 これから行われようとしているのは快楽という名の魔女の拷問、それは甘い腐臭の香りがする果樹に似ていて……俺は恐怖で絶叫した。

 

「や、やめろおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 こすこすこす…………。

 

「つまり、ワシの目的のためには、お主の魔力が必要となるのじゃ。何しろお主は曲がりなりにも神に選ばれし者、血の一滴一滴にすら濃密な魔力が秘められている。命を宿す精となるとその数倍と言ってもよいじゃろう」

 

 こすこすこす…………。

 

「心の臓をくり貫いて食らうのが一番確実だが、そのためにお主の命を奪ってしまっては本末転倒。ワシの将来せっけ……オホッン、目的も達成できなくなるからのう」

 

 こすこすこす…………。

 

「まあ、そういう訳でいい加減、おっききしないかヒイロ?」

「ふざけんなっ!!」

 

 俺の腹部に乗っかって、おっききさせようと、小さいお手てでがんばる魔女に対し叫んだ。

 カラスのような濡れ艶をもつ黒髪と白皙の整った顔立ち。

 ふるいつきたくなるほどの美人である……あと十年も成長すればの話だが。

 現時点では短い手足に大きい頭、そしてイカ腹のどう見ても六歳前後の幼女であった。

 そう、これがボロボロのローブの下の魔女の正体である。

 

「ふ、ふーむ? お、おかしいのぅ? 聖女の話によると裸をちょっこと見せて、こすこす擦れば直ぐに、おっききするという事じゃったのだが……?」

「なんだよそれ! 馬鹿かっ、馬鹿じゃねーの! 幼女で興奮できるかよ!! いくらなんでも、おっききはねーわ!! ……というか聖女さんがそんな事を言ってたの?」

「うむ、あやつ、ああ見えて中々の好き者じゃぞ?」

「え、ええ!? ま、まじか? うはぁ……せ、聖女じゃなくて性女だったん!?」

 

 あの清楚でおっぱいが大きくて、お淑やでおっぱいが大きくて、深窓の令嬢という感じのおっぱいの大きいお嬢さんが!?

 ちくしょう! 知りたくもなかった事実にピュアなハートがブレイクしそうだ。

 俺は別に処女厨でも信者もないが、それはそれとして告白した可愛い娘さんが実はビッチだったとか聞かされると、振られた身としては衝撃的だけど何だかこうムクムクと……。

 

「ぬ? 少し、おっききしてきたかのう?」

「ぶ、ぶらあああああああああああぁぁ!?」

 

 まずい!?

 歯を食いしばって慌てて精神を集中する。

 寿限無寿限無寿限無……はぁはぁ……危ない、立て直したぜ。

 

 にしてもこのままではドン詰まりだ。

 俺に幼女で興奮する性癖はない……しかし生き物としての生理現象までは消せない。

 愛する女の手以外ではシャインスパークしない?

 んなことないよ、男なんてEDか精神的重圧がなければ誰の手でもおっきき出来る生き物です。

 だからと言って、モミジのような小さいお手てでおっききするわけにはいかない。

 メタなことを言うならR15タグが付いてしまう。

 15才以下の可愛いお子さんが作品を読めなくて泣いてしまう悲劇が起きるのだ。

 

 ……未来あるお子さんに毒電波な文章読ませ、特殊(TS)性癖を植え付けるくらいなら、そのほうが良くないか?

 

 とはいえ俺にも人間としての誇りと尊厳があるのだ。

 漫研で行われた夏休み恒例の地獄合宿イベントの一つ【徹夜でホモビ鑑賞会チキチキ飛ばしっこレース純情派】を思い出して必死に耐えていた。

 この世界で英雄とまでよばれた俺の魂すらも消耗させる禁じ手(トラウマ)だ。

 

「……まあ、お主が今のワシの体では興奮できぬのは何となく分かっておったのじゃ」

「へ、へへ……こちとら前世じゃ、年の離れた妹が三人もいたからな、おっききしてたらそっちのほうがやばいぜ」

「ほほぅ、妹三人とは、なるほど年の割には忍耐力と包容力があるわけじゃ」

 

 魔女は嬉しそうに微笑んでペロリと唇を舐めた。

 見た目に似合わぬその妖艶さ、背筋に寒気が走る。

 

「それにお主は乳の大きいおなごが好みだしの? だからこそ余計にお主の精が……魔力が必要なんじゃよ」

 

 ……何故か俺の性癖が把握されているぞ?

 魔女は台座から降りると横でごそごそとしだした。

 

「……というか何で必要なんだ、無理やりこんな事までして?」

 

 同じ釜の飯を食った仲だ、精〇の協力は流石に色々な意味で難しいが、血程度でよければ死なない程度に差し出すけど。

 

「ワシは個体数の少ない長寿の種族でな、これでも三百年の刻を生きておる」

「へぇ……」

 

 種族はともかく、年齢についてあまり驚きはなかった。

 魔族との戦いでの活躍や旅の指針ともなった深い知識を垣間見ていたし、年不相応の会話からして見た目通りではないのは理解できていた。

 あと魔女は嘘つかないし。

 

「ワシら種族の成長は急激で、芋虫が蛹になって羽化するように幼少期から一気に青年期になり、後は死ぬまでその姿で過ごすのじゃ」

「一気に……それは凄いな」

 

 第二次成長期は省略するって事かな?

 

「しかし、そのためには莫大な魔力が必要となるのじゃ……その魔力を溜めるために長い幼年期を過ごすのだが……」

「あー……つまり魔力さえあれば、幼年期とやらを飛ばして大人になれると?」

 

 MMORPGの高速育成みたいだな。

 育成代行俺、ザー〇ン、――円からとか?

 ……いや、全然笑えない。

 

「くふふ、流石ヒイロじゃ、察しがいいのう」

 

 わーい、幼女に褒められた。

 

「では目的のため、大人になるために、こちらも秘策を使わせてもらうのじゃ」

 

 意味深な発言に、意味もなくどきどきする。

 魔女は紐が付いた薄ピンク色の布きれを持ち、俺の顔を覆うように被せてきた。

 

「お、おい、なんだよこれ?」

 

 口がもごもごして話しにくい。

 気のせいかなぁ、ちょっと変態的な感じだ。

 でも何だろう、非常に心が落ち着く……良い匂いがする。

 うん、好きな香りだ。

 しかし、この匂いはどこかで嗅いだ事があるような?

 

「くけけけ、そいつはなヒイロ……」

 

 魔女は嗤う、まるで蜘蛛の巣に絡めとられた蝶々を見下ろすように残酷に嗤う。

 

「お主と一緒に来たダークエルフの娘が履いていたパンツじゃ」

 

 …………くぎゅ。

 

 

 

 

 

「たった! たった! ヒイロがたったのじゃ!」

 

 魔女はアルプスの小娘のように大声ではしゃぎ、短い手足を大の字に広げて、俺の回りで喜びの裸踊りを舞っている。

 俺はカオルの紐パン一つで……おっききした。




そして私はR15タグをつけた


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第7話 聖母の微笑み

 イズミのパンツが帽子代わりに俺の頭に装着された。

 

 極小の布部分には大きな切れ目というか穴が開いているが、これは下着というカテゴリーにいれてよい物なのだろうか?

 それから、生まれて初めてブラジャーという物を胸に着けさせてもらった。

 イズミのブラとして機能がほぼない、紐のような物は腰に装着している。

 女性の肌に優しい布触り……俺は小宇宙を感じて女物下着(クロス)をまとった。

 魔女の手によって、紳士という名の聖闘士へとジョブチェンジしたんだ。

 ……本音、言っていいかな?

 俺、今、凄い、興奮してる!

 この格好で興奮しまくってる!!

 台座に括りつけられた体というか、腰が歓喜でカタカタと震えだすほどに!!

 

「う、うごごごごごご…………」

 

「お、お主……着けさせたワシが言うのもなんじゃが、ひどくノリノリではないか……おっききが、おっきき大将軍になっておるぞ!?」

 

 ロリ魔女が、俺の下腹部をみて引き気味の声をあげる。

 失礼な人だな、この惨状を作りだしたのは君だというのに。

 まあ、それはおいて、誰がどう見ても言い訳できない変態状態である、ならば割り切って現状を楽しむ事にしたんだよ俺は。

 小学校の通信簿で『驚くくらい前向きです!でも前より回りを見てね?』って書かれるくらいにはポジティブさには自信があるよ。

 下着一つにこのはしゃぎよう……愚か者かな? ああ、愚か者だよね。

 人にとっては肌着、たかが布切れなのかもしれない、しかし俺にとっては何よりも掛け替えのない装備……下着(レア)なんだ。

 エロフコンビは軽蔑するだろうか……?

 でも俺は、俺はさぁ……この香りが、この香りたちがいいかなって本気でそう感じた。

 

 だから、今はこれでいい……これでいいって心の奥底から思えるんだ。

 

「……死に逝く戦士のような、恐ろしく澄んだ目をしておるのじゃ……ワシ、何だか不味い扉を開いてしまったかのう……?」

「いや、魔女……逆に感謝しているよ。真の自分を見いだせた。今は最高に清々しい気分さ……ハイってやつだ……本当にありがとう」

「お、おう? それは……その、よかったのじゃ」

 

 そうさ、今の俺は明鏡止水の心持ち。

 

 魔王と二人っきりでガチった時と同じ精神状態だ。

 仲間達のほとんどがいい感じの男女ペアになってて、誰も助けにきてくれなかったのよね。

 ダービー〇タリオンっていうシステム? だから嫌なんだ最近の炎の紋章。

 ほんと、あのシチュは強制的に無の境地を開眼するほど気まずかった……。

 魔王も俺と似たような境遇だったのか漢泣きしながら殴りかかってきてさ……文化祭の創作ペアダンスで、男と組んだ忌まわしき記憶を掘り起こしちゃったのよ。

 

 最後のほうで唯一助けに来てくれた魔女に対し、俺は照れ臭げに笑った。

 

「それじゃ早速、握らせてもらうかのう?」

「あ、待ってください! それはお待ちになってください!?」

 

 回らないお寿司屋さんのような発言をする魔女。

 途端にヘタレな俺が顔をみせる、一般庶民では時価に心が委縮してしまいますぅ。

 

「う、なぜじゃ? さっきまでノリノリだったではないか?」

 

 幼女は愛らしく首を傾げ、モミジのようなちまっこいお手てで、俺の穢れたバベルの塔に触れようとする。

 

「魔女!! それ以上はいけない!! 非常に危険なんだ!!」

 

 致死スキルを持つ敵と対峙する仲間に対して、警告するのと同等の真剣さで叫んだ。

 そう、俺のバベルの塔は崩壊寸前である。

 調子に乗って色々な意味で肉体のリミッターを外しすぎた。

 ちょっとでも衝撃を加えると天の雷を放つ事になる。

 例え齢三百才を越えているロリババア相手とはいえ、それはとても不味いのだ……条例とビジュアル的な意味で。

 

「むー、分からん……分からんが取りあえず触るぞい?」

 

 しかし幼女は戦闘民族でチャレンジャーであった。

 ひぃ、魔女のお手てが、愛らしいお手てがラメェ!?

 

 ズンッ! ガシャァン! 俺の危機を救ったのは部屋の外で鳴った音であった。

 壁に重さのある何かを叩きつけたような微かな振動。

 直後に、バキッ、ベシャといった枯れ枝をへし折るような音が聞こえてくる。

 それは断続している、この部屋に段々と近づいてくるようだ。

 

「ぬ……ワシの使い魔が破壊されているじゃと?」

 

 魔女の呟き。

 彼女の使い魔スケルトンのジョニー(故72歳♂)達。

 この屋敷でそれを出来る者というと……カオルとイズミ?

 も、もしかして彼女達が目を覚まして、俺の窮地を救いに来てくれた?

 お……オレヲ……オデ(・・)なんかを助けるために来てくれたのガ!?

 その優しさに、心が……泣いた。

 

「ちっ、小娘どもが……どうやら躾が必要なようじゃな」

「っ!!」

 

 感動する俺をおいて魔女は立ちあがり、部屋の出口らしき場所まで歩いて扉に手をかけた。

 こいつは不味い、魔女の強さを俺はよく知っていた。

 

「ま、魔女! 頼む、カオル達には手を出さないでくれ!!」

「……………………」

 

 魔女は無言で振り返る……ゾクッ、と背筋が凍った。

 闇の中でも鈍い光を放つ瞳は、流れる血を映したような深紅の色。

 口が亀裂のように横に広がり、その中に深い闇が見えた。

 ……ああ、忘れていたよ、こいつは魔女、そう魔女なんだ。

 対峙する相手は敵だろうと味方だろうと容赦をしない、目的を達するためなら手段を選ばない、法という理の外側にいる外道……だから魔女なんだ。

 俺と同じく、彼女が仲間内でハブられていた理由を思い出したよ。

 

「ポー……。ポー・ヨサクル……」

 

 こうなった彼女を止める事は出来ない。

 絶望的な気持ちだ、それでも俺は呼びかける。

 彼女の名前、教えてもらった魔女の名を。

 魔女はニタリと笑……おうとした顔面をいい感じで分厚い扉が強打した。

 

 乱暴に開かれた扉に、魔女の小柄な体が宙に弾き飛ばされた。

 ひどく、ひどく鈍い音……確実に人体が出してはいけない類の音がした。

 弾かれて、壁と扉の間に綺麗に挟まれて、完成したのはサンド()イッチ異世界風味。

 

「ぐぇえぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 幼女らしからぬカエルのような叫び声。

 

「きゃああああああああああぁぁぁ!?」

 

 幼女リョナ映像をライブで見てしまい俺は甲高い悲鳴をあげた。

 

 

「「ヒイロ!!」」

 

 勢いよく部屋に飛び込んできたのは、美しき闇と光のエルフ達だった。

 

 二人とも呼吸が乱れうっすらと汗をかいている、俺を発見して動きを止めた。

 この世界でも一応は健在な慣性の法則、カオリの深いスリットが入ったロングスカートが大きくひるがえり、イズミのミニスカワンピの裾も捲れあがった。

 選ばれし者として強化されていた俺の目は薄闇の中でも捉えてしまう。

 低い台座の位置から……二人の丸みをおびた女性らしい下腹部と太もも、大きく足を広げた付け根……楚々とした佇まいの……が見えた。

 

 彼女達が履いていたパンツは現在、俺の顔防具(マスク)として装備されている。

 

 処理できぬ日々であった……そして長時間に渡る魔女の拷問に、先ほどの精神を削るような修羅場である。

 俺の心と体はもう限界だった。

 今までペドの汚名を着たくはない、その一心で耐えていた。

 正直に言おう……俺はカオルとイズミに異性として好意に近い思いを抱いている、たかだか下着一つでおっききしてしまったのが何よりの証拠だ。

 だからこそオーバーキル。

 生まれて初めて見た生の……二人の女の子の部分は本当に綺麗で、前世とかTSとか人前とか、脳内の理性的な歯止めは全て消えてしまった。

 

「――――!?」

 

 浮遊感があった……体の自由は効かないのに何故か意識だけは鮮明で。

 

 俺は女性下着(ゴッドクロス)を装着した神々しくも変態的な姿で、手足を聖者(セイント)のように磔台に固定したまま……小宇宙を高めて第七感まで到達してしまった。

 開放する全てを……体が、腰がびくんびくんと震えて自由になる。

 その瞬間を目撃して、可憐な乙女達は驚きで目をぱちくりと開く。

 チカチカという閃光、そして全てが終わってしまった後に……二人と視線が合った。

 生命の木が誕生する神秘を見届けたエロフ達は、頬を染めて長耳を垂れさげ、今まで見たことないような優しい笑顔を見せてくれたのだ。

 

 俺は……漢泣きした。

 

 

 

 拘束から解放された俺は、カオルの豊かな胸に抱きついて顔を埋め、子供のようにエンエンと泣き続けた。

 その間「今回は正妻権限で私ね?」とか「仕方がないですね、次はわたくしですよ?」と聞こえた気がしたけど、どうでもよかった。

 何故なら俺の体と心は、汚され、恥辱にまみれ、酷く疲弊していたからだ。

 

「えぐっ、えぐっ、カ、カオルぅ……お、オデ、オデェ……」

「大丈夫、大丈夫よ、泣かないでヒイロ」

 

 カオルがしんなりと優しく慰めてくれる。

 柑橘系の果実の香りとわずかな汗の匂い……不快ではない、むしろ好きだ。

 艶やかな褐色肌と、張りのある双丘に安らぎを覚えた。

 触れると、しっとりと指に馴染み、たぷたぷとして柔らかい。

 トックントックンと眠気を誘う心臓の鼓動が聞こえる、ああ、ああ……心地が良い。

 

「よしよし、良い子、ヒイロは良い子ね」

「うー、うー」

 

 俺がこれ以上傷つかないように、傷つける者から守るように、包むように抱きしめてくれるカオルは唯々優しい。

 子供をあやすかのようにぽんぽんと、一定のリズムで頭と背中を撫で叩いてくれる。

 深い、深い、母性を感じる……温かいよ、カオルの中は温かいよ(おっぱいの谷間)

 

 ……もう……この胸から……離れたくないよぅ。

 

「よ~し、よ~し、ママとおっぱい、いっぱいしましょうね~?」

「あ”ー、う”ー、マ”マ”ァー」

 

 心の隙を突かれ、カオルのおっぱいによって幼児にまで叩き落とされた俺。

 復帰できたのは宿屋に戻ってからだった。




誤字報告いつもありがとうございます
誤字の内容は全て漢字の間違いでした

あらすじに漢字云々書いておいて何ということでしょう
あじぽんぽん猛省しなさい!


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第8話 眠れる館の美少女

 購入の候補として下見に来ていた小さい館。

 俺が庭を一周してリビングに戻ると外に出た時より人が一人増えていた。

 仰向けに眠る赤毛の少女をカオルとイズミが二人がかりで支え、魔女が壊れ物を扱うかのように慎重に診ている。

 具体的には全裸の美少女の足首とひざ裏を白黒エロフコンビがつかみ、教科書の教材にしたいほどの見事なま〇ぐり返しを披露していた。

 そして変態行為に拍車をかけるように、幼女が少女の股間の前に座り、ちまっこい指でお肉(・・)を左右に開いてお医者さんごっこをしていたのだ。

 幼女……魔女ポーが振り返り嬉しそうに俺に告げた。

 

「お、戻ったかヒイロ、どうやらこの娘っ子は処女のようじゃ。この屋敷、中々のお買い得品じゃぞ!?」

 

 ポーの逝っちゃってる言葉に同意するように、良い笑顔でサムズアップする狂ったエロフ達。

 ブレーキ係り、突っ込み役が不在の恐怖……。

 俺は静かに天を仰ぐ、梁むき出しの天井とレトロな照明器具は、いかにもな西洋風JPRPGの内装で日本人好みだと思う。

 

 ――AVタイトル:眠れる館の美少女と痴女達……かな?

 

 残念ながら、俺の心に突っ込んでくれる突っ込み役は誰もいなかった。

 

 

 ◇

 

 

 夕方の飯時、俺達は宿屋の一室で食事をとっていた。

 丸いテーブルに四人、俺とカオルとイズミ、そしてあの赤ちゃんプレイのあばばばばばばばばばばば……ハッ! えっと、忌まわしき事件のあとに何故か俺達について来た魔女ポーがいる。白黒エロフコンビと何かしらの話し合いと取引があったと予想できるが俺には定かではない。

 

 料理はお店のものと、日本料理もどきが仲良く並んでいた。

 カオルが宿屋の女将さんと仲良くなって厨房を使わせてもらっているらしく、前世の料理を再現した物を出してくれるのだ。

 肉じゃがを作ろうとしてビーフシチューもどきになったのには元漫研メンバー三人で笑ってしまった。そんな手料理、俺とイズミは懐かしさに目を細め舌づつみを打ち、ポーは毎回おっかなびっくりで口に入れては、あひゃっうひゃっと幼女のように大喜びしている。

 

 今日はコロッケもどき、手間が掛かるけど美味しいよね。

 

 宿の一階は酒場も兼ねていて、多くの者が今日一日の労をねぎらうために酒で喉を潤していた。その喧騒は俺達のいる二階まで聞こえてくる。独特のテンポの異国情緒あふれる歌、香辛料などの様々な匂い……空気にすら慣れてしまったが、ふとした瞬間に自分は異邦人なんだと実感する。

 しかし部屋の雰囲気は外とは別……それは俺の同胞であるカオル達のお陰かな。

 俺とは違い、彼女達は完全な一からの生まれ変わりだ。だとしても、この世界に自分と同じ根源を持つ者達がいることには安心を覚える。まあ彼女達といると日本に帰れるなら帰りたいなぁ……などと情けなく思ってしまう俺もいるわけだが。

 そんなワビサビを感じながらカオルの手料理を頬張り、酒で口内の油を流し、隙あれば俺の股間に指を伸ばして来るイズミの腕を叩く。危険なバイブ機能付きの腕を叩き落す。

 

 この白エローフ!? 幼女が真似するから止めなさいよねっ!!

 

 つうか異世界の切ない情景と、僕達は遠くに来てしまったんだと故郷を懐かしみ、望郷の念を抱く人間アピールの中二病一人語りをたまにしていたらこれだよ!

 鬼畜エロゲーマーめ、お前は少し股を閉めろ! ワビサビ代わりにワサビを塗るぞ、こらぁ!?

 あーちくしょう、コンビニが恋しい。週間漫画雑誌、新作のお菓子、カップラーメン&缶コーラの健康に良くないけど中毒性の高いジャンクな物を食いたい!!

 

 とまあ俺達はこんな日常生活を送っていた。一言でいえば家族ごっこがしっくりとくる。

 一時期は病みっぷりが酷かったカオルもイズミが一緒に生活するようになって心に余裕が出てきたのか、俺に対しての束縛が大分ましになってきている……はずだ。

 問題は家族四人が一つの部屋で寝起きしていること。大部屋でも女三人もいると何とも言えない匂いがこもる、フェロモン的なものが俺の股間に果敢にダイレクトアタックを仕掛けてくるのだ。

 

 お馬鹿ね、別の部屋をとればいいじゃない?

 その通り、でも俺の提案は3:1で可決しなかったんだ……。

 

 それに外ではともかく部屋では薄着というか、いっそ全裸のほうがましではという格好をすることが多い二人……とくに白エロフのほう、意味もなく俺の前でがに股ダブルピースをするのは止めて頂きたいこの清楚系ビッチが。

 要するに色々な意味で限界、再び暴発する前に鍵付きの個室が欲しいのだよ俺は。

 ここ最近では色気づいてきた幼女が俺の前を全裸でうろうろとするので、お父さんとしてはちゃんとした情緒教育を受けさせたいところ。

 そこで俺は人生の一大決心の買い物をすることにした。

 

「そういう訳で母さん(・・・)、家を買おうと思うのだがどうだろう?」

 

 俺は食事中のテーブルで、ポーの口元についた汚れを拭いていたカオルに突然脈略もなく尋ねた。ちなみにここまでの脳内思考は一言も漏らしてない。

 ダークエルフの美女は一瞬驚いた表情を見せるも、あらあらまあまあと微笑んだ。

 

「そうですねお父さん(・・・・)、ポーちゃんもこれから大きくなりますし、いつまでも宿屋生活は出来ないですものね」

「わー、いいですね、お父様(・・・)。わたくしも年頃なので、女としての自分磨きのために、自由になる個室が欲しいと思っていたところなんです」

 

 カオルは現状を理解して母さん風な演技で話に乗ってきてくれる、合せる娘役のイズミも何だかんだとノリがよい。二人ともコミュ能力が高いです。

 カオルと……その、不本意ながらイズミも、元の職のせいか人と話すということに関しては俺なんかより遥かに優秀だ。そりゃまあ、この世界のトップ権力の人達のお話に付き合えるんだからそうだよね。むしろ俺はかなりコミュ障の部類なんじゃないかとさえ思う。謙虚さよりウザいくらいの自己主張のほうが大事なんだね日本以外の国では。

 

 三人の無言の視線が魔女に集中した。

 

「お、おぅ……。ワシ……ポーもお家が欲しいな……お、お父さん!」

 

 ロリのじゃも空気を読んでくれたようだ。

 

 

 ◇

 

 

 何人か知り合いの商人を当たり、候補の館の一つ『え、訳あり物件ですか?……それでは今から相談しましょうか?』と白黒エルフコンビが値切りに値切って、最後に料金を二割ほど戻してあげた建物の下見に来た。値段の下げ上げについて理由が分からず話を聞くと、後々までを考えた飴と鞭の手法であるのだとか。

 そうは言うものの値段交渉の際、顔面が段々と蒼白になり最終的には白目を剥いていた商人さんの姿と、微笑みという名の威嚇攻撃をしながら、容赦なく商品説明(・・・・)の矛盾点を発見し次々とぶっこんでいく白黒エロフコンビの鬼畜な有能さが忘れられない。あの魔女ポーですら「お、恐ろしい娘っ子どもなのじゃ!?」と慄いていたくらいで、俺も同意する。

 

 館のほうだが、日本人がアニメなどでイメージする西洋のお屋敷よりは小さいが、一般的な日本家屋に比べると大きく、いい感じで古びた建物。

 内部をカオル達が調べ、その間に俺が庭を探索することになった。

 商人によると、館は住む者が次々と心を病み不幸な目にあうのだという……ポーの推論では人避けの呪いでも掛けられているのではないかということだ。

 まあ、訳ありだから何が出るか分からないけど、大抵のことは俺とポーがいれば何とかなる。最近のファンタジー世界だと今一つ地味になる除霊のようなオカルト絡みなら、貸しを作っている知り合いの僧侶に協力を頼むだけさ。

 

 外を何事もなく散策し野イチゴをツマミながら戻ってきたら、リビングの床板の一部が外れて階段が見えていた。その横では痴女三人娘が赤いロングヘアーの裸の美少女を相手に、企画ものAVのような羞恥レズプレイを展開していたのである。

 

 お父さんは一家の長として、娘達の淫行に対し脳天に拳骨をくれてやったのだ。

 

 

 

 しばらくしてから目を覚ました中学生ほどの年齢に見える赤毛の美少女。

 ぱちくりとソファーの上で起きて、意識朦朧とした感じで全員を見回し、最後に俺の顔を見た瞬間に大きい目を見開いた。

 

「…………お、お前は……ま、まさか、鈴木(ヒデオ)かっ!?」

 

 俺を名字呼びする男の心当たり……漫研唯一の良心。

 何で掃き溜めに所属しているのか分からないハイスペックイケメン、文武両道で180㎝の長身をもつ、出来るツンデレのアユムであった。

 

……現時点では謎の赤毛のJC美少女。家族に突っ込み役が加わったのである。

 



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第9話 夜を往くもの

 漫研にはゴローさんという尊敬できる先輩がいた。

 漫画を始めとした各種サブカル知識の造詣が深く、シーズンごとに嫁が変わり、少々陰キャでチーレムラノベばかりを好むけど良い人だったよ。

 俺のオタ知識の殆どはあの人から学んだものと言っていい。

 言うなればサブカルの師匠、いや人生の師匠と言っても過言ではないね。

 俺は一生あの人に付いていくつもりだった……でも、でもね……。

 

 ゴローさんはロリコンだったん……。

 

 幼女を愛でるライトサイドのロリコンじゃない。

 幼女が性の対象のダークサイドのロリコンだったん……。

 あの人のイエス・ロリータ・ノータッチは嘘っぱちだったんよ。

 

 カミングアウトされたのは、俺の家に遊びに行く前。

 俺は幼い妹達を守るためにゴローさんを殴った。

 碌に喧嘩もしたことのないモヤシだったけど必死で殴った。

 騙された怒りに震え、マウント取って全力でぶん殴り続けた。

 ゴローさんは男らしく何も言い訳をせず、甘んじて俺の拳を受けいれていたよ。

 もう止めてヒイロさん! ボクのライフはゼロです、許してください!! とか泣き声が聞こえたけど気のせいだと思う。

 それからゴローさんは漫研に来なくなり、大学にも来なくなり、そして学校を辞めた。

 俺が再びゴローさんと会うことはなかった……。

 今でも思う、俺がゴローさんの言葉を否定せず話を聞いて、彼の悩みを少しでも分かってやれれば、大学を辞めることなく未だに漫研で仲良くアホやっていたのかなって……。

 そう、何だかんだ言っても、ゴローさんはやっぱり俺の心の師匠だったんだ。

 尋ねに行ったら彼の家族から旅に出たと聞かされた……ゴローさんは今頃どこか遠い空の下で元気にやっていると思う。

 

 

 夜……俺は館のリビングで前世でのほろ苦い思い出を語り終えた。

 暖炉で薪がパチパチと燃えている。 

 雰囲気出したくて、夏場だというのに掃除して火をいれてみたんだ。

 ソファーに座る元漫研仲間……三人のTS娘達は互いに気まずそうに顔を見合わせて何も言わない。恐らく各自がゴローさんとの思い出を懐かしんで照れくさくなっているんだろう。

 ふふ……本当に懐かしいよ。

 部屋に漂う空気は穏やかで心地良く感じる。

 はは、こらこら幼女(ポー)、人の股間をにぎにぎするのはやめなさい。

 

「鈴木……。ゴローさんは〇学生と援交して捕まっただろ……」

 

 ぽつりと、赤毛の美少女がほざきやがった。

 

「ぶらあああああああああああああああぁぁぁぁ!!」

 

 俺は真実を暴露され逆切れして小娘を威嚇した。

 

 そして平気で人の心のデリケートゾーンに土足で踏み込めるこいつは、漫研唯一の突っ込み男子のアユムだと確信したのだ。

 

 

 ◇

 

 

 館を購入することに決め、祝いと厄払いを兼ねて購入代金に一割のせることを商人に伝えた。商人は泣いて喜んで俺達を上客あつかいしてくれたが、支払う額は最初に提示された金額の半分なんだよね。俺の横で商人の話に相槌をうちながら、にこにこと微笑むダークエルフの美女カオルが頼もしくも恐ろしかった。

 

 館にはポーの予想通り人避けの呪いが掛けられており、その呪いの撤去作業をポーとイズミの二人がおこなっている。手間はそれほどではないが仕掛けられている数が多いので少しだけ時間が掛かるとか。

 

 アユムについては少々難儀で、彼……彼女はカオル達のような生まれ変わりではないのだという。俺達と同じように神に出会って話をし、この世界に落とされるまでは一緒なのだが、なぜ館にいたのか、なぜ今の体になっていたかは本人にも分からないらしい。

 

 深い闇の中で覚醒と眠りを繰り返し、まるで終わりのない夢でも見ているようだったとか……。

 

 同じ肉体が用意された転移に近い生まれ変わりでも、一からの生まれ変わりでもない、状況から考えるに憑依という状態が近いのではないかというのが全員一致の考えだ。

 元の体の持ち主は何者で意識がどうなったのか、アユムはどうなってしまうのか、考えることは山積みであったが、答えは何も無くやがては日々の忙しさの中に埋もれていった。

 

 

 一週間ほど過ぎた頃……日中、俺は庭の手入れに汗を流していた。

 

 そこそこの土地面積、家庭内栽培くらいなら余裕で出来るというか田んぼが作れる広さだ。周りに視線をやると人影ならぬ骨影が無数に見える。ポーのスケルトン達……庭の手入れをするのが大変だったので魔女にお願いして出してもらったのだ。

 スケルトンはアンデッドのため太陽の光に弱く、長時間放置していると体から派手に煙をだしてご近所迷惑になってしまう。そのため日よけローブを着けてもらっているのだが中々に怪しい集団である。

 

 そんなことを考えつつ、建物の日陰に座って猫のようにチラチラとこちら見ている赤毛の小娘に質問してみることにした。

 

「へいっ! ミスタ、アユ~ム! ユーはトマト好きデスカ?」

「っ!? …………嫌いじゃないな」

 

 アユムは声をかけられて一瞬驚きをみせたが怠そうに言葉を返し、そして足りてないと感じたのか追加で返答する。

 

「むしろ、好きな方だと思う」

 

 よし、最初はトマトを植えることにしよう。

 俺は作業の手を止めると、手拭で額の汗を拭きながらアユムの元に向かった。気づいたアユムは座ったまま横にずれ俺が入れる日陰を作ってくれた……律儀なやつ。

 

「悪いな」

「ああ」

 

 短いやり取り、アユムの横に腰を下ろしながら様子をうかがった。小柄な体、燃える色合いの長い赤髪に金色の瞳、そして幼さを残すがカオルやイズミに比べても遜色のない美貌。スケルトンと同じ日よけローブをまとっているのは肌が弱いためだ……確かに蝋燭のような白肌では直ぐに日焼けしそう。

 

 その下にはゴシック風のドレス。館の地下室……アユムが安置されていた部屋の衣装ケースに入っていたもので、ポーの調べによると魔法の術式が編まれたかなりの高級品だとか。前世は若武者風な男らしい容姿だったアユムは酷く嫌がったが、他にサイズの合う服もないので仕方がない。

 

「でも似合ってるぜ可愛こちゃん?」

「はあっ?」

 

 突然の俺の褒め言葉に、何言っているのコイツ的な視線を向ける小娘アユム。

 いかん、脳内思考が無意識に漏れてしまった。

 というか幾ら何でも可愛こちゃんはないだろう、少女漫画にありがちな勘違いキザ男か……気まずい非常に、何か話題を、何か話を振らないと。

 

「あー……アユム、最近はどうだ?」

「別に、普通かな……」

 

 なんだろう、この父と娘的な会話。

 

「う、おほっん……慣れない体だろう、普段の生活で何か困ったことないか? 必要なものとかはないか? 悩み事があったら父さん(・・・)でも母さん(・・・)でも遠慮なく相談しなさい。でも姉さん(・・・)はビッチだから止めた方がいいな、アハハハッ!」

「………………」

 

 思春期の娘は沈黙してこちらを見ようともしない……ますます気まずい。

 アユムも気まずく思ったのか口を開く。

 

「鈴木……僕は平気だ」

「お、おお、そうか?」

 

 僕っ子娘だ……。

 

 正直な話、漫研の中で俺とアユムの仲はあまりよろしくない。

 お互いの性格が真逆で、向こうからは俺がひどくいい加減なやつに見えるのではないだろうか。アユムに嫌われている……とは思いたくはないが、多分それに近い感情は抱かれているはずだ。

 そんなアユムはここ一週間、気がついたら俺の近くにいることが多い。

 他の漫研メンバーであるTS女子のカオルとイズミは完全に女性化しており、純正なTS少女のアユム君としては絡み辛いのだと思われる。

 

「なあ、アユム……こんな状況でお前も大変だと思うけど、思っていることがあったら本当に何でも言ってくれ、俺達はこの世界で唯一の同胞で仲間なんだからさ?」

「……僕達は……同胞」

 

 アユムは同胞……と口の中で転がすように呟く。

 その姿、何だろう……まるで、今にも消えそうで不安を覚える。

 

「ヒイロ、いるかなー? そろそろ買い物に付き合って欲しいんだけど大丈夫ー?」

 

 遠くからカオルの声が聞こえる。

 そういえば必要な生活物資を買いに行く約束をしていた。

 俺は立ち上がりアユムを見下ろす。赤毛の小娘はそんな俺に対して肩を竦めた。

 

お母さん(・・・・)が呼んでる、いってきなよ」

「おう……娘よ、何か欲しい物とかあるか?」

「ん、別にないな……ああ、男物の服が欲しいけど、どうせ反対されるだろ?」

 

 すまんなアユム、それはうちの女性陣(・・・)に禁止命令がでてるんだ……お人形さん的な可愛がりの意味でね!

 そして行こうとしたらアユムに呼び止められた。

 

「あ、鈴木……」

「うん、なんだ?」

「その……色々と気にかけてくれて……ありがとう」

 

 やつからの珍しいお礼の言葉。

 驚いて振り向くとアユムはそっぽを向いており、顔はリンゴのように赤く染まっていた。

 ……ふふ、このツンデレさんが。

 

「どういたしましてだ」

 

 俺は返事してアユムの前から去った。

 その時は心の中の水位が増して……ガキのようにこれから先のことが何もかも上手くいくような気がしたんだ。

 ただ、アユムの蝋人形じみた美しい横顔……わずかに唇の端を開いて笑ったその口内に、獣のように尖った八重歯が見えたのが気にかかった。

 

 

 

 俺とカオルが買い物を終えて館に戻った時、アユムが倒れたことを知らされた。

 



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第10話 もう一人の少女

 館の地下部屋。

 室内は窓の一つもないが魔法の光が灯されていて程々に明るい。

 密室特有のかび臭さを一切感じないことから、空調の代わりになるような魔道具が見えないように設置されているのかもしれない。

 その薄っすらとした光に照らされ、棺桶の中で眠るのは土気色の顔をした赤毛の少女アユム。

 横に膝を着き呪文を唱えて容体を調べていたポーが立ち上がる。

 

「魔女……アユムは大丈夫なのか?」

「今のところは安定しておるのじゃ」

「そ、そっか……」

 

 ポーにアユムの安否を聞き一安心した俺は、棺桶の中で眠りにつく少女を再び見つめた。

 地下の狭い部屋には、俺とポー、そしてアユムしかいない。ポーが話があると俺に言いカオルとイズミに部屋から出てもらったからだ。

 

「あくまでも、今のところはじゃ。そのうちにまた倒れて今度は目を覚まさないかもしれん……永遠にのう」

「そ、そんなっ!?」

 

 淡々と語るポーの言葉はあまりにも残酷だった。

 

「嘘だろう……アユムが……死ぬなんて?」

「落ち着けヒイロ。現状では死ぬことはない、それに小娘が倒れた原因も分かっておるのじゃ」

「ほ、本当かっ!?」

「うんむ……魔力の欠乏症。要するに飢餓状態なのじゃよ……アユムは」

 

 腹が減っている……確かにアユムの美しい寝顔は頬がわずかにこけている。

 彼女を発見した時に入っていた棺桶に寝かせているのも、それが一番アユムの回復に良いとポーが指示したからだ。

 

「眠りを繰り返しているのも魔力の温存と自然回復を行うため……まあ、魔力の戻りは僅かなものだと思うがのう。少なくとも眠りについている間は死ぬことはないはず、恐らく今までもそうしてきたのじゃろう」

「じゃあ、その代わり、起き上がることもない……?」

「ああ、無理をして起きれば、それこそ本当に命を失いかねんのじゃ」

 

 魔女は事実のみを告げる……魔女も悪魔も人を騙すが嘘はつかない。

 

「魔女……ポー・ヨサクル。何か手段はないのか? アユムは……こいつは俺の仲間で……いや、家族なんだ。折角この広い世界で出会えたのに、ずっと寝たきりのままなんてそんな……」

 

 言葉が続かない、口に出して理解してしまった。

 結局のところ俺のわがままで、アユムのことを考えるなら眠りにつかせているのが一番いいのに、無理に起こしてまで同じ時間を一緒に生きたいと願っている。

 分かっているのに……くそっ!!

 

「…………手段がないわけではないのじゃ」

 

 どこか俺に対しての痛ましさを感じさせる魔女の言葉。

 

「あ、あるのか方法が!?」

 

 俺は藁にもすがる思いでポーに問いかける。

 

「……ヒイロよ。お主も気づいているのだろう、この娘の正体に?」

「それはっ!?」

「ならば魔力の回復方法も知っているはずじゃ、彼の種族とは魔王討伐の旅の際に何度か戦ったからのぅ。しかし、それを選べば確実に苦難の道(・・・・)が待っておる……まあ、お主の好きにするがよい」

 

 そう言って魔女は部屋から出ていく、伝えたいことは全て伝えたとばかりに。

 俺はポーの後ろ姿を追うでもなく、アユムの疲弊した寝姿に目を落とす。

 ……赤毛の少女の正体は分かっていた。太陽に弱い肌、牙のような歯、そして地下部屋の棺桶、今までで判断材料が十分すぎるほど揃っていたのだ。

 

 やつらには戦いの旅の間に何度も苦渋を飲まされた。だからこそどうすればよいかもよく理解している。だがそれは日本人として、普通の人間として生きてきたアユムに化け物になれと言っているに等しい。

 

 俺は答えが出せず突っ立たままアユムを見続けたのであった。

 

 

 ――――

 

 

 夜……自室として確保した部屋で待っていた。

 白エロフの襲撃に備えて毎晩閉めていた扉の鍵は今夜は掛けていない。

 明かりを消した室内、ベッドの上に腰を下ろし、まんじりともせず窓から入る月明かりを眺めていた。

 満月……彼らが最も力を発揮する時間帯。

 やがて俺の部屋に近づいて来る足音が聞こえる。

 こつ……こつ……と。

 そして扉がギギッと静かに開かれる……そこに立っていたのは予想通りの者だ。

 赤毛は燃えるように逆立ち、黄金色の瞳が闇の中でも妖しく輝いていた。

 

「来たか……アユム」

「あはっ……あははははははっ」

 

 彼女の正体は……吸血鬼。

 

「アユム……お前、泣いているのか?」

「ごめん、ごめん鈴木……どうしても、どうしても渇いて(・・・)仕方ないんだ……」

「……構わないさ、言っただろう、苦しいなら来てくれと」

 

 あの後、目を覚ましたアユムに伝えたのだ。

 魔力を回復させる方法を知っている、望むなら夜に俺の部屋に来いと。

 アユムは何も言わなかった。しかし気づいてはいたのだろう、自分の今の体が何者であるかを。

 

 俺は上着のボタンを開け首筋をアユムの前に出した。

 やらないか? みたいに前を開けた。

 途端に肌を刺す熱い視線を感じる……ごくりと唾を飲み込むアユムの姿はご馳走を前にした餓えた獣のようだった。

 

 ああ……お前はそんなにお腹を空かせていたんだ。漫研の良心、人一倍に倫理観の強いお前でも耐え切れないほどの空腹だったんだな。

 すまなかったな、お前が苦しいのに気づいてやれなくてさ……。

 

 アユムが俺に飛びかかる、まるで獲物を襲う肉食獣のように飛びかかる。

 小柄な体の何処にあるかと思えるほどの凄まじい力だった。ベッドの上で圧し掛かられ俺は苦痛の息を漏らす。

 

「これ、いいんだよね? 僕の好きにしていいんだよね!?」

「ああ……」

 

 俺の肩を押さえ、下腹部に腰を下ろすアユムの狂気じみた懇願の声。

 血を分け与える……それがアユムと共に同じ時間を生きるための答え。

 この体は神様作製の特殊仕様だ。吸血による支配などの呪いは全て無効にできる、その代わり治癒や強化などの魔法も入らないんだけどね。

 

「あはぁ……」

 

 恍惚としたため息を零して犬歯を剥き出しにし、俺の首元に顔を近寄せる美貌の少女。

 首筋に口づけをされ、そして舌で舐められる。ぴちゃぴちゃ……ぴちゃぴちゃと何度も、今から食べるための味見でもするかのように。

 う、うん……なんだろう、吸血するなら一思いにやってほしいかな……注射待ちの何とも言えない恐怖の瞬間を思い出すというか、妙な気持ちになるから。

 そんなことを考えていたら、アユムに着ていた上着を思いっきり引きちぎられた。

 はい? ……と驚き、アユムを見て俺は固まってしまう。

 

「へ……?」

 

 アユムがゴシックなドレスのボタンをすべて外し上半身を裸にしていたからだ。腰に落ちたドレス、TS少女のアユム君はブラジャーを着けていなかった。

 甘美な曲線を緩やかに描く少女の体……豊かではないが確かなふくらみをもつ乳房と主張するピンク色の先端。

 見ただけで張りがあると分かる雪色の柔肌。

 月明かりに照らされた自らの細い体の線を淫靡になぞる指先、異性の情欲を掻き立てる小悪魔のような仕草。

 その不自然なほどの艶やかさに喉が自然と鳴る。

 俺に馬乗りで見下ろすアユムが頬を染めうっとりとした表情で囁いた。

 

「ヒイロ……私のお尻に、硬いモノ(・・・・)が当たっているわよ?」

「ひぇ!?」

 

 不覚にも俺は、小娘の体で……おっききしてしまった!

 

 アユムの体は女性として成熟こそされてないものの、俺の股間のマーラー様を荒ぶらせるに足りる十分な色気があったのだ。

 いや、心に訴えかけてくる背徳的なエロさという意味では今までで一番かもしれない。

 そして再びペロペロされる……今度は胸に、ひぃ、乳首はラメェ!?

 というか、いくらなんでもおかし過ぎる、あれかR18版のヴァンパイヤなんか?

 吸血しながらついでに致しますかのエロゲ仕様ですか?

 

「アユム、お前一体!?」

「ダーメ、アユムじゃなくて今は、カーミラってよんで、ヒイロ?」

 

 カーミラ……もしかしてアユムの体の元の持ち主?

 まんま吸血鬼らしい名前じゃないか。

 それじゃあアユムは?

 意識を奪われて体の自由がきかない状態なのか、それとも、まさかっ……!?

 俺は焦燥を覚えながらアユムの顔をしたもう一人の少女に問いかけた。

 

「ア、アユムは、アユムはどうなったんだ!?」

「うんんっ……今は恥ずかしがって奥に引っ込んでいるわよ」

 

 側頭部を押さえるアユム、じゃなくてカーミラ……髪の間に小さい角が見えた。

 

「無事……なのか?」

「ああ、不安なのね。彼女(・・)とは完全な共生関係になっているから、貴方のアユムを消すことはしないし出来ないわよ?」

 

 その言葉に少しだけ安心する。カーミラの言うことを全て信じたわけではないが、アユムと彼女の間では何かしらの意思疎通と話し合いが出来ているものと思われる。

 今の俺に、それについて出来ることは何もなさそうだ。

 

 ……何か違和感を覚える、なんだろう?

 

「そ、それじゃもう一つ聞いてもいいかな?」

「ふふ、何かしら?」

 

 色っぽい仕草で髪をかきあげ見下ろしてくる美少女。

 毒のように染み込んでくる蠱惑的な魅力に背筋がぞくぞくと……あ、カーミラさん、俺の股座の上で腰をくいくい揺すってお尻ぐりぐり押し付けてくるのは止めて頂きた、あふっん!?

 

「あの、あのね……君の種族は…………?」

 

 カーミラが放つ妖しい雰囲気に圧倒されながら、俺は恐る恐ると尋ねた。

 赤毛の少女は、JCの見た目には不釣り合いな妖艶な貌で笑う。

 彼女の腰から出ている、スペード型の先端をもつ細い尻尾がいつの間にやら俺の両手首に絡みつき、頭の上で腕を拘束されてしまった。

 

「サキュバス」

 

 言葉と同時に美しい金色の瞳が輝きを増す、まるで満月のようだ。

 カーミラの細い背中から蝙蝠の皮膜をもつ翼が広がった。

 半裸の白肌を興奮で薄く染め、情欲と食欲にまみれたアユム/カーミラの美貌が俺の顔にゆっくりと近づいて来る。前かがみになる少女の体、重力にも負けないお手ごろサイズなおっぱいが迫って来る。

 

 ……くっそエロかった。

 

「へへ……マジでエロゲ展開かよ?」

 

 成程……これが食われるってやつか、参ったね!!

 

「ふふ、では愛おしい私達の貴方……い・た・だ・き・ま・す」

 

 

 

 あ”っ――――――――――――――――――!?

 



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第11話 ゆうべはお楽しみでしたね

 朝、自室のベッドの上。小鳥たちのさえずりで目を覚ました。

 

 自然に眠りについたというより半ば気絶状態で意識を失ったため目覚めは良くなかった。それ以上にナニか根元からふにゃふにゃになったような倦怠感がある。

 この感じは、かつて若気の至りでやってしまったアダルトDVD10本レンタル返却日は翌日の限界突破チャレンジ以来だろうか。俺のヤンチャな暴れん坊でも徹夜で二桁本数は流石に堪えた。

 

 毛布をまくり下半身を見る。

 まるで夢〇の確認をするようだ。

 ズボンは履いたままだった。

 

 母さん……ワシ……ワシね、間違いは起こさなかったよ。

 

 何故か涙がほろりと零れ、嗚咽が漏れた。

 口元を押さえながらエンエンと一通り泣いて、右肩に感じる重さに目を向ける。

 毛布からでる細い肩が実に健康的で色っぽい。昨夜の妖艶さなど影も形もない清らかな赤毛の美少女が、俺に緩く抱きつき穏やかな表情で眠りについていた。

 TSサキュバスのアユム/カーミラ君だ。

 その顔色は昨日とはうって変わって活力に満ち溢れている。どうやら俺からの魔力補給は上手くいったようだ。

 

 昨夜、カーミラからサキュバスの吸精方法には二つあり、極々一般的な健全男子がイメージするナニとナニをファイナルフュージョンするのと、お互いの肌を出来るだけ密着させて抱き合うことであると聞かされた。要は致さなくても魔力の吸い取りは可能だが、その場合はナニを桃色合身させるより時間はかかるらしい。

 その説明に疑問を覚えカーミラにたずねてみたら、キスをするのと手を繋ぐのどちらの方が親密になるかしら? と返されてなるほどと納得してしまったのは俺が童貞だからだろうか。

 

 話のあとカーミラに二択を迫られて俺は一晩中生殺しになる方を選んだ。

 ヘタレかな……ヘタレだよね。

 思い出したように感じる体の怠さ、出してないのに出し切ったような変な気分だ。朝だというのに、おっきき……生理現象が起きる気配もない。

 

 魔力を提供するため全裸のカーミラに抱きつかれ吸い尽くされたからだろうか。

 添い寝するカーミラに頬や胸をナデナデされて前言を撤回しそうになったが何とか我慢した。しかしサキュバスの特性なのか、どこまでも男の情欲を煽るほのかな甘い香りと絹のような手触りの柔肌に途中挫けそうになった。

 

 耐えるために思い出したのは、前世で鬼畜エロゲマイスターイズミが引き起こした鬼畜動画事件のことだ。

 

 奴が俺に貸してくれた厳選エロティック動画集。大学に入って半年、まだピュアでチェリーで世間の厳しさや汚さを知らぬ俺は期待に胸を高鳴らせながら再生した。

 それは期待通り……いや想像以上のブツだった。ただ素晴らしいの一言、かゆい所に手が届くようなベストセレクションにヤンチャな息子も大はしゃぎさ。

 

 至福の時間、しかしそれは鬼畜エロゲマイスターの狡猾な罠であった。

 

 奴は動画の最高の見どころをマッチョ兄貴に差し替えてぶっこんできやがった。恐るべきことに、俺の発射タイミングを狙い撃ちしてドンピシャにだ……。俺の大砲(・・)に緊急停止命令は伝わらず、為す術なく兄貴に誤砲撃してしまう。俺の熱いパトスを受け止めた、あの頼もしくも素敵な笑顔が未だに忘れられない。

 

 あの野郎に下手したら人生の価値観が変わりかねないほどのトラウマを植え付けられたのだ。

 それ以降、鬼畜エロゲマイスターとはこの世界に来るまで、互いの足を引っ張りあい罵りあう醜い戦争状態に入っていた。というか変な感じでベクトルが反転しただけで奴のやってることは今も大して変わりなくないか……?

 

 そんな悲しい経験ゆえにカーミラと致している最中に、前世のイケメン武人顔なアユムを思い出したら二度とおっきき……じゃなくて勃ち直れなくなる可能性があり、その恐怖で耐えることが出来たのだ。

 

 それとは別にもう一つ浮かんだことがあったんだけど、それは……。

 

「んんっ……」

 

 思考を中断する。愛らしいため息、俺の肩に頭を乗せていたカーミラ……いや、アユムが目を覚ましたようだ。何故アユムと分かったかって?

 

「…………!?」

 

 俺の顔を間近でぼうっと見つめ、さっーと青ざめ、そして頬を染めてじわじわと汗をかいて何も言わず無言で背中を向けたからだ。

 カーミラなら魅惑的に微笑み、俺に抱きつき頬ずりとかしてきそう。

 しかしTS少女アユムは首筋まで髪の色と同じように真っ赤だった。

 顔を毛布で隠して悶えるように美脚をバタバタとさせる。

 細い背中に掛かる綺麗な赤毛が踊り、ぷりんっとした小さい桃尻は丸見だった。

 

 俺は仏像のように動じない、今はおっききどころか欲情もしない超賢者モードだから。

 

 何となく予想はしていた、アユムに昨晩の記憶があるってことは。

 まあ、でも理解はできるよ。

 飲み会でアルコール入れて散々ハメ外して、全裸で走り回るようなアホやらかして記憶が全て残ってたら気まずいよね、覚えがある。常識人のアユムとしては昨晩のことは気恥ずかしいよな。

 俺は見た目は極上の美少女と地獄の一晩だが、お前にしてみたら男同士で肌とか太ももすり合せて地獄の一晩だしな?

 

「あーう……うー、うー!!」

 

 ははっ、おいおいアユム、あまりバタバタしすぎると具が丸見えになるぞ?

 でさ、この少女漫画にありがちな初エッチした後みたいな照れくさい雰囲気……本当に誤解されるから、そろそろ止めようぜアユム君?

 

 

 ピロートークする程度の時間が過ぎ、ようやく、うーうー言うのを止めたTS少女アユムだが。

 

「す、鈴木……さ、昨晩のことは、もう気にしてないから」

「おう」

「ま、魔力補充のためには仕方ないということで諦める。あ……で、でも、相手は誰でもいいってわけではなくて、僕としてはお前が相手で良かったというか」

「おう」

「あ……ち、違う! 勘違いするなよ!? お前のことが好きとかじゃなくて見ず知らずの男とは寝たくないって意味で……! ……べ、別にお前が嫌いってわけでもないんだけど……え、えっと、そういう意味ではなくてだな!?」

「おう……」

 

 いつもは冷静な赤毛の小娘アユムは物の見事にテンパっていた。

 髪はあちこちと乱れ、大きい目を忙しなくキョロキョロと動かしている。

 毛布で体を隠して頬を染め、休む暇なく狙っているのかと思えるようなドツボ発言をし続けていた。中身だけを考えると腐女子大歓喜なシチュだろうか。

 キモメンとイケメンとはいえ女受けの悪い武人顔だぜ……需要有るのか?

 いやいやこんな時、相手が純正少女(?)で俺がキザ男なら、「お前可愛いな?」とかニヤニヤ微笑みながらベットに腰掛け頭の一つでも撫でているのかもしれない。

 

 へっ、そんなことを俺がすれば確実に通報される未来しか思い浮かばないからやらないぜ。

 

 まずはポーに相談だな。魔女はアユムの体の正体に気づいていたみたいだし。ん? そういえば魔女は苦難の道って言ってたな……幼女めっ、そういうことか!?

 まだ、きゃーきゃー言っているアユムを何とかなだめすかして服を着させて、俺達は部屋を出ることにした。疚しいことは何もないがこんな所を白黒エロフコンビに見られたらどんな誤解が生まれ、愉快な解釈をされ、楽しい修羅場に発展するかは想像するに容易い。

 特にカオルに見つかるのは不味い気がする。彼女に関しては今だに底が見えず予想がまったくつかないのだが、結果が表か裏の両極端になる気がして恐ろしく思う。

 

 疚しいことは何もないが、部屋のドアを静かに開ける、そう疚しいことは何もないのだ。

 

 ……でっかいおっぱいが見えた。

 

 胸元を強調するロングスカートのドレススーツ。セクシィさとチラリズムの共演。

 最近、彼女が良くする服装。

 質素な色合いの隣のお姉さんっぽいスタイルは俺の好みです。

 乳肉を持ち上げるように腕を組んでいるので余計に双丘が強調される。

 山のように盛り上がった乳房とその谷から視線をあげれば彼女の顔が乗っていた。

 月光の白銀の髪、形の良い長い耳、切れ長の紫水晶の瞳……そして艶やかな褐色の肌と黄金律の美貌は……優しく微笑んでいた。

 

 恐れるな勇者よ! 疚しいことは何もないのだ!!

 

「ゆうべはお楽しみでしたね?」

 

 

 

 俺はダークエルフ美女の前で速やかに土下座した。

 



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第12話 ダークエルフの高級娼婦

 王都外門近くの通りの一角に、多くの露店が所狭しと立ち並んでいる。

 その場所は王都に住まう者や遠くから来る者、商売人などの様々な人種の者達が入り混じり活気に満ち溢れていた。売り子と買い手のやり取りする声がひっきりなしに聞こえて中々に騒がしい。

 悪く言えばごみごみとして雑多だが、この風景は嫌いではない。昔は人混みに入るのだけでも億劫だったんだけどね。そんな喧騒の中をカオルと二人で歩いていた。

 

「ヒイロ~、調味料は問題ないと思う。次に行っていいかな?」

へい、お母さん(イエスマム)。いつでもどこにでもどうぞ!!」

「うふふ、ありがとうお父さん、いつもいつも助かっております」

 

 そう冗談交じりにお礼を言う笑顔のダークエルフ美女。

 

 本格的に館での生活を始めるにあたり足りてない品などを買いにきていた。

 通常の買い物などは中央の商店街で買ったほうが早いが、露店の市は売り出す品物の種類が豊富で掘り出し物などを探すのにも向いている。もちろん怪しい物も多く、玉石混交としているので一定の目利きができることが前提だが。

 

「う~ん、夜寝る時の虫よけのお香、これとかどうヒイロ?」

「あまり匂いがきつくないものなら何でもいいかな、カオルに任せるよ」

 

 露店に置いてあるお香の煙を手で嗅ぐカオル。俺の投げやりな返答に仕方ないなぁと呆れ顔を見せるも長耳の動きから判断するに楽しんでいるようだ。

 彼女はかなり目利きである、それは前職で多くの優れた物、高級品を見てきた経験が生きているのだろう。先日の館購入時の商人とのやり取りや、その他のもろもろでもカオルとイズミの優秀さは身に染みて理解できる。

 

 少なくとも生きるということ関しては俺なんかより遥かに有能だ。むしろ俺は戦う以外はこの世界において無能と言っていい、何しろ自分一人では飯を作るどころか一般人としての生活すらも困難なのだ。あの我が道を行く外道の魔女でさえ自活する力は十分に持っているというのに。

 

「これからの時期は毎晩四人分(・・・)必要だからね、数種類買ってきて好きな物を使ってもらおうかと思うのだけど、どうかなヒイロ?」

「四人分……う、うん、それがいいんじゃないか」

 

 館の住人は五人……ははは。

 

 露店の店主と話をして値段の交渉をしているカオル。

 店主は強面の逞しい中年の男だが、類を見ないカオルの美貌に対してひどくデレデレになっている。どの世界でも男が美人に弱いのは一緒だな。その逆も然り……だよな? それを横目で見ながら俺は思い出していた。

 

 ――――

 

 あの後、一晩を過ごした俺とアユムを待っていたのはカオルだけではなくイズミもだった。そして二人の足と足の間から顔を覗かせた魔女がニヤニヤと笑っていやがる。コノヤロウって睨みつけてやった。

 

「くひひひひひ」

 

 キシシと嗤われる。魔女は嘘をつかないが人を騙す……どうやら幼女(ポー)が裏切ったらしい。

 

 焦る俺は疚しいことは何もしてないけど正座したまま必死で言い訳……いや事情を説明した。しかしもう一人の当事者であるTS少女アユム君は一切弁明をせず俺の背中に寄り添うように隠れて、俺のシャツを両手でキュとつかみ何故か恥ずかし気にうつむいている。

 

 止めろ馬鹿、何でそんないかにも事後ですって勘違いさせるような仕草をしてるんだ!?

 

 気がついたら顔の前に、清楚系美少女イズミの太ももがあった。

 彼女は腰に手を当てて至近距離で俺を見下す。ミニワンピースから伸びるしなやかな足とその根元に見えるのは()ぽい何か。……ビッチ臭漂うエロフは大きく腰を曲げ前かがみになると、俺の首元を犬のようにクンクンと嗅いでいる。

 香る良い匂いと重力に従うおっぱいのたぷたぷした動きに少し鼻が伸びるのは男としての致し方ない生理現象……アユムに脇腹を強く抓られる、君なんなのさっきから!?

 

「はい、童貞ですね!」

 

 頬を染め長耳をぴんと立てた白エロフに判定された。清楚系ビッチは美麗な鼻を得意げにスピスピとさせている……ビッチだと匂いで童貞がわかるの?

 イズミの言葉に魔女が深いため息。安堵のため息ではなく何やっているのコイツ的な感じだ。状況を全く飲み込めない俺にカオルが苦笑しながら説明してくれた。

 

「ごめんね、ヒイロがアユムちゃんに手を出したのなら、私達も遠慮する必要がなくなるかなって少しだけ期待していたの……でもヒイロの忍耐力は想像以上だったね」

 

「忍耐力ですか? カオルさん違いますよ、ヒイロの場合はそのような上等なものではなく、ヘタレなだけですよヘタレ。このヘタレのイ〇ポ野郎!!」

「ワシの裸を見ても中々おっききしなかったし、ひょっとして男としての機能に何か問題があるんじゃないかのう? どれ、将来のためにもワシがナニ見てやろうか?」

 

 言いたい放題だなお前ら、というか色々な意味で酷いし、おかしいぞ。

 

「ま、まあ……みんな平等でというなら、少し嫌だけど別に、うん」

 

 アユムよ、お前も頬染めて何言ってやがる!?

 

 それから……公平を期すため、俺は四人の女性と日替わりで添い寝することになった。アユムは魔力補充のため定期的にベッドを一緒にする必要があるだろうが、他の者はその必要はないはずという俺の反論に対して。

 

「あれあれ、ヒイロ。私達を拾ったお人形さんのように飾ったまま、お婆ちゃんにするつもりなの? 男としての最低限の責任は取って欲しいかな?」

「そうそう、わたくしは貴方に体を買われたのですからね。もちろん、わたくし達から手を出すつもりはないですよ?」

「ワシは、出すものさえ出してくれればそれでかまわのじゃ、出来た子供は自力で育てるしのう、くふふふふふふ」

「本当は嫌だけど、嫌だけど、みんながいいって言うなら僕もそれで構わないよ」

 

「あの……俺の意見は?」

 

 四人に無言で見つめられ、威圧感にビビって俺は無言で土下座をした。

 

 世の中のハーレム主達は一見ブイブイ言わせているように見えて、裏ではこのように女達から好き放題に言われて胃が痛くなるような毎日に耐えているのだろうか……すげえよ奴らマゾなの?

 俺は数時間にも渡る話し合いと泣き落としの末、安息日を一日勝ち取ることに成功したのだ。

 

 ――――

 

 買い物を済まして食事に来ていた。

 

 俺の顔なじみが開いているお店、魔王討伐戦の際に一緒に旅した男が経営している料理店だ。あの面子の中じゃ俺や魔女にも比較的親切にしてくれたヒゲ面の豪快な大男で、その縁もあって開店した時に毎日通っていたら常連となっていた。

 

 久しぶりに会った彼に挨拶とカオルの紹介をする。彼はカオルを見て目を丸くして驚き、そして大笑いしながら俺の背中を叩き茶化してきた。いやまて、美人の嫁さんって何だ……カオル、お前もにこにこしながら「いつも主人がお世話になっております」って素で返すんじゃないよ。

 それから案内されたのは外の風景が見える落ち着いた雰囲気の個室。

 あのヒゲ親父、変に気を使いやがって……そう悪ぶりつつも心の中でありがとうネと感謝する俺は根っからの肝の小さい日本人だと思う。

 

「ふふ、面白い人だね?」

「まあ……愉快な人ではあるよ」

 

 料理が来るまでの暇つぶしに、旅の間の親父の(・・・)面白失敗話をカオルに話してみることにした。目を細めて楽し気に聞いていた彼女が口とお腹に手を当ててクスクスと笑い出す。

 

「ん、そんなに面白かった?」

「あ、違うの。ヒイロがそんな風に昔の旅のことを話してくれるのが珍しかったから嬉しくて、ついね」

「……そうだったっけ?」

「うん、そうだよ」

 

 そう言ってお淑やかに笑うカオル。

 彼女の穏やかな顔を見ていると、この世界に来てからのことを全てを話そうかと考えてしまう。あの旅は今でもたまに夢に出る。色々と後悔はあるが他人に責任を押し付けるつもりはない、流されたとはいえ最後は自分で選んで決めたことだから。

 

 それでも俺がやってきたことを日本人の同胞に告白するのはやはり怖い。

 

「どうしたのヒイロ?」

 

 俺が見つめていることに気づいたのだろう、カオルが疑問の表情を浮かべる。

 

「んにゃ、なんでもないよ」

 

 笑いながら首を横に振った。

 カオルは多分、全てを受け止めてくれると思う。

 全身全霊で受け止めてくれると思う。

 でも俺は……。

 

 丁度いいタイミングで料理が運ばれて来る。持って来てくれたのは綺麗な女性。お腹が膨れているからおめでたなのかな……え、ヒゲ親父の奥さん? ……いつの間に結婚していたんだ奴は。

 奥さんと楽しそうに話をするカオル。俺に対してさり気なく左手をアピールしているのが何だか意味深だった。

 

 下手な考え休むに似たりかな?

 

 件のヒゲ親父も来やがった、今日はお店を閉めたって……。

 親父が旅の間の俺の(・・)失敗談を面白おかしく語ってくれた。

 カオルがまたクスクスと笑い、俺は悔しくて親父をキッと睨みつけた。

 

 俺達は四人で騒がしくも楽しく食事をしたのだ。

 

 

 

 夕暮れ……街を行き交う人々は家路を急ぎ、お腹を空かせた子供達が走って行く。

 平凡な光景だ。俺が、俺達が勝ち取った何気もない平和な日常。

 館に入る前の路地で、ぼんやりと立ち止まり見ていたら手を取られる。カオルが俺の腕に抱きつき緩く微笑んでいた。

 

 なんだろう……どうしよう困った、どんどん切なくなってくる。

 まるで高級娼館に初めて行った時の心境だ。

 童貞を卒業したかったのか?

 それは……違う。

 魔王がいなくなって俺の役目が終わって、でも日本には帰ることが出来なくて、その後に色々なことをやったけど全然上手くいかなくて、ずっと一人ぼっちでさ。

 この世界に一人でいることが寂しくて寂しくて、どうしようもなく寂しくて人肌が恋しかったんだ。ここに俺がいるってことを誰かに確認して欲しかったんだ。

 

 ああ、お金を払ってでも誰かに頑張ったねって褒めて欲しかったんだよ。

 

「あのさカオルさん(・・)

「なんですかヒイロさん(・・)?」

 

 ダークエルフの彼女は悪戯な笑みを浮かべている。

 前世のキモデブの顔は随分前から思い出せず浮ぶことはなかった。

 アユムに手を出せなかったもう一つの理由、それは彼女。

 本当に綺麗で素敵な人だと思う、俺なんかには勿体ない程の……でも、だからこそ欲しくなって無意識に言葉がこぼれていた。

 

「キス……していいかな?」

 

 カオルは驚きを見せたが、再び微笑んで静かに目を閉じてくれた。

 夕日に照らされて伸びる俺達二人の影がゆっくりと一つになる。

 

 こうして俺はダークエルフの元高級娼婦でファーストキスを卒業することができたのだ。

 

 

 ふと思う、カオルと……彼女達とこの世界で巡り会えたのは神様の思し召しだったのかなっと。まあ、俺達が遭遇した神様はかなりの性悪そうだが……。

 

 

 

 この後、館に入った途端に三人の女からキスをせがまれた。

 キシシと愉快げに嗤う魔女……幼女めっ貴様見ていたな!?

 




第一章終了です
ほんの少しだけタイトル回収

ライブ感覚の話をここまで読んでいただきありがとうございました


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閑話 人形姫のレムナ

ある人の過去話、コメディ要素は皆無ですのでお気を付けください。


 私は名前はレムナ、王都の元娼婦。

 レムナとは私の種族の古い言葉で【必要ではない】という意味だ。

 

 初めて彼を見たのは魔王討伐の際の遠征パレードであった。

 昼も中ごろ、王城から王都外門へと続く大通りには、世界を救う勇者達を一目見ようと多くの人が押し寄せ大混雑を見せていた。

 そんな難儀な喧騒をよそに、私達は高級娼館の三階のテラスから悠々と勇者達の姿を眺めていた。

 

 百人近い選ばれし勇者の一団が群衆に手を振り、魔王討伐に向けて通りすぎていく。

 男も女も勇壮で煌びやかで見目麗しい者が多かった……らしい(・・・)

 勇者とよばれる超常の力をもつ者達のほとんどが整った容姿なのは、神から与えられた祝福の一つだと言われている。

 一説によると、伝説となる者達の顔が醜いと、後々のお話にならないからだとか。

 それが本当なら、神様とは随分と俗っぽい性格なんだと思う。

 そんな勇者の一団は、常日頃から美を探究して磨いている娼婦仲間の姉さん達にとって、よい鑑賞対象となっていた。

 

 あら、逞しくていい男ね、恋人はいるのかしら?

 あら、何かしら、あの汚いボロをまとった小人は?

 あら、聖女様はまだまだお子様ね、私の方が美人だわ。

 

 ……といった具合である。

 

 生娘のような黄色い声をあげる姦しい姉さん達の話を、私はぼんやりと聞いていた。

 付き合いでテラスに来ていたが正直どうでもいいと思っていた。

 当時、ある障害を患っていた私にとって、勇者の一団とはさほど興味を引かれる相手ではなかったからだ。

 

 あら、あの子は確か異世界から来たという勇者様じゃない?

 

 姉さんが指差すそこには、一団の中でも一番豪華な馬車に乗せられた少年がいた。

 異世界から召喚された勇者。

 その少年が身にまとう輝く兜や鎧は大変立派なものだけど、まるで祝いの日に身の丈に合わぬブカブカのお洋服を着せられた小さな子供のようだった。

 少年は明らかに勇者の一団から浮いていて、威厳の欠片も無くオドオドとした様子で小さく手を振っている。

 

 あらあら、あの子の顔、少し見えたけどあまり良くないわね。

 あらあら、しゃんと背を伸ばせばいいのにみっともない。

 あらあら、大丈夫かしら、異世界の勇者って大したこと無さそうな男ね。

 

 姉さん達の彼に対しての手厳しい評価を聞きながら、私の中では不思議な反発が生まれていた。

 確かに異世界から来た少年の姿は勇者とは程遠いものだろう。

 しかし、辺りを恐々きょろきょろと見渡すその様子は、二本の後脚で砂漠を走る砂トカゲみたいで、どこか憎めない愛嬌があると思うのだ。

 そんなことを考えていたら、少年がテラスにいた私達を……私を真っすぐな瞳で見上げた。

 実際には、何気なしに顔を上げただけだと思う。

 

 私の目に入ったのは、大きい兜の中に収まっている美男子とは程遠い顔であった。

 

 わずかな恐怖を覚える……魔の者を連想させる漆黒の髪に。

 しかしその顔は、糸のような細い目と低い鼻のひどく曖昧な浅い造形で……そう、やはり砂トカゲのように愛嬌のあるものだった。

 私は自分の想像にくすくすと笑ってしまう。

 姉さん達が、あら、人形姫(レムナ)が笑うなんて珍しいと声を出して驚きの表情を浮かべた。

 次の瞬間、遅れながら自分の中の異変に気づき、私は激しい衝撃を受けた。

 

 あれ、顔が分かる……?

 私にも人の表情が分かる!?

 

 ある出来事により後天的に生じた私の障害……人の顔を見ても、その表情や造形を把握できず個人を識別することが出来ない奇病。

 顔だけでは美麗の判別も出来ず、誰かも分からない。

 だが、少年を見た瞬間から、再び顔を認識できるようになっていたのだ。

 

 それはとても、とても信じられない奇跡であった。

 

 私はテラスのフェンスから身を乗り出して少年の姿を追った。

 姉さん達が咄嗟につかまえてくれなかったら、そのまま転落していたと思う。

 少年の顔は前を向いており兜に隠れてもう見る事ができない。

 他の勇者達の美しい顔も見えたが記憶にも残らなかった。

 群衆の向こうへと遠ざかる勇者の一団。

 目も離せず少年の姿が消えるまで見つめた。

 多くの者に囲まれているのに、世界にたった一人でいるような小さな背中。

 

 ああ、懐かしい。ああ、駆け寄って行ってこの胸で抱きしめてあげたい。

 

 私は……なぜかそう思ったのだ。

 

 

 

 私はお客さんから、また娼館の下働きの者から勇者の一団の話があれば何でも教えて欲しいと頼んだ。

 姉さん達にはレムナは勇者マニアとからかわれることになった。

 

 一ヶ月がすぎた……勇者の一団の快進撃の話が聞こえてくる。

 異世界から来た少年の話は聞こえてこない。

 三ヶ月がすぎた……勇者の一団は魔の者の支配下となっていた街を次々と解放している。

 異世界から来た少年の話は聞こえてこない。

 半年が過ぎた……勇者の一団は多くの国の兵士達と協力し魔の者の軍勢と戦っている。

 異世界から来た少年の話は聞こえてこない。

 

 一年がすぎた……勇者の一団はある小国の首都と近くの街を大群の魔の者に同時に攻められ、苦渋の選択の末に首都のみを守る決断を下した。

 異世界から来た少年は、それに反発し、街を守るために一人で戦い……そして守り切れなかった。 

 首都を防衛することには成功した。

 ただ勇者の一団の中にも被害は少なからずあり、少年の身勝手な行動を多くの者が責めた。

 

 それから魔の者との戦いは小競り合いの小康状態に入る。

 しばらくの間は大きな出来事は起きていない。

 ただ、異世界から来た少年のことが、その頃からよく話題にでるようになった。

 

 二年がすぎた……異世界から来た少年は常に先頭に立って一人で戦っている。

 

 彼の成長は目覚ましく、突出した強さに追従できる者が数人しかいないからだ。

 しかも少年は、魔の者に対して苛烈ともいえる容赦のない戦い方をするため、勇者の一団の中でも孤立しているという。

 

 そして二年と少したち……勇者の一団によって魔王が討伐された。

 

 

 数ヶ月後、王都で開かれた凱旋パレード。

 遠征パレードの時以上に多くの人達が王都に詰めかけ大混雑を見せた。

 やがて豪華な馬車に乗った勇者達が凱旋してくる。

 美しい彼らは、にこやかな笑顔で誇らしげに手を振っていた。

 勇者様万歳と大きな歓声があちこちであがり、花びらが舞って祝福の鐘が鳴り響く。

 彼らを褒め称える群集の声はいつまでも、いつまでも止むことが無かった。

 私は高級娼館のテラスのフェンスに張り付き、姉さん達に呆れられながらも見逃さないように勇者達一人一人をつぶさに確認した。

 パレードの始まりから終わりまでを見続けたのだ。

 

 しかし……勇者の一団の中に異世界から来た少年の姿はどこにもない。

 

 魔王は勇者の一人である王国の第二王子が討ち取ったと公表された。

 

 

 

 それからしばらくして、私は少年と出会う。

 彼が高級娼館に客として来たからだ。

 王都中に様々な悪名が鳴り響いている異世界の勇者。

 その彼が高級娼館で一番の娼婦を求めているらしい。

 

 この私……人形姫のレムナを。

 

 正確には高級娼館で一番の娼婦とは誰でもない。

 理由は色々とあるが、高級娼婦は客となる相手がしっかりと分けられており、誰が一番などと明確に決められないからだ。

 上の姉さん達はそんな高級娼館のマナーすら知らない、女の扱いにも慣れてなさそうな少年の相手をするのを嫌がり、私の元まで話が来たらしい。

 

 信じられない幸運に私は歓喜した。

 

 王都の高級娼館には金があるだけでは入れない。

 それなりの権力や名声を持ち、紳士的な態度を取れる者が最低条件だ。

 女に対し、暴力行為を行う男などはもってのほかである。

 何故なら王都で高級娼婦になれるのは、殆どがエルフやダークエルフといった長命な種族の者で、育てるには長い時間と莫大なお金がかかるからだ。

 高級娼婦との逢瀬を楽しむのは、完成された芸術品を愛でるに等しい行為なのかもしれない。

 ただ、肉欲を満たすだけなら普通の娼館に行けばよい、それが歴史ある王国の高級娼館の考えだ。

 

 しかし少年は曲がりなりにも世界を救った勇者の一人で、高級娼館に入る資格は十分にあった。

 無下に断っては角が立つ、ということらしい。

 お父さんと皆に慕われている店主から、相手は戦いしか知らぬ教養のない野蛮人、どんな危害を加えてくるか分からないから断ってもよいと言われた。

 

 でも私には断るなどという選択は初めからなかった。

 

 

 

 遠征パレードから数えて三年ぶりである。

 私は高鳴る鼓動を抑えながら、部屋の扉の影から室内の様子をうかがった。

 ソファーにはだらしなく座る異世界から来た少年がいる。

 もう少年ではないだろう……彼の姿からは、かつてのひ弱さはすっかりと消えていた。

 肌は日焼けして、細かった体には筋肉がついて、一回りは大きくなっている。

 あの時と違い立派な兜や鎧を着けていないが、その肉体は歴戦の戦士の逞しさと頼もしさを感じさせるものだった。

 心が躍る、ますます緊張する……私は呼吸を整え彼に声をかけようとした。

 

 しかしその顔を見た瞬間に言葉を無くしてしまう。

 

 砂トカゲのように愛嬌があった顔はひどく疲れ果て、黒髪には白髪が混じり、真っすぐだった瞳は、ぼんやりと宙を見あげる虚ろなものに変っていたからだ。

 

 まるで重い荷物を背負い、一人で荒野を歩き続ける旅人のようだった。 

 

 胸が締めつけられる……私にとって、王都に住まう多くの者達にとって、勇者の一団と魔王の戦いは実感のない遠い場所での出来事に過ぎない。

 しかし彼にとっては、まぎれもない現実だ。

 異世界から来て戦い続けた少年は、この世界のためにどれだけの悲劇をみて、どれだけの痛みと苦しみの地獄に耐えてきたのだろうか?

 

 私が部屋に入って来たことに気がついた彼が笑って迎えてくれた。

 引きつったような、下手くそな、不自然な笑い方だった。

 

 ああ、ああ……とても、とても悲しい気持ちになった。

 

 本来(・・)の彼の笑い方はこんな痛ましいものではないはずなのに。

 本来の彼の笑い方は無防備で打算の欠片もなく、見ているこちらが心配になるほど子供のように無邪気なものなのに。

 

 気がついたら言葉が溢れていた。

 私の中の知らない私が、知らない言葉を紡いでくれた。

 

「お前、ひょっとしてヒイロ……ヒデオじゃないか?」

「え、うん、そうだけど……なんでその名を?」

「オレオレ! オレだよカオル(・・・)だよ。漫研のカオル!」

「え……ま、まじかよ!?」

 

「いやーヒイロ、会いたかったよ!!」

 

 私は彼に強く抱きついた。

 一人ぼっちの彼をいたわるように抱きついた。

 私は、強張る彼の背中を乱暴に叩く。

 彼は戸惑い、やがて安堵するかのように力を抜いた。

 ようやく荷物を下すことができた……そんな彼の気配に涙が零れた。

 

 それから私は彼に買われ、ヒイロだけの娼婦、カオルとなったのだ。




当時19才だったヒイロが少年呼ばわりされているのは日本人ゆえの童顔です。
実はレムナの娼婦になる前の話もあったのですが、あまりにもヘビィすぎて削りました。

削った前半部分を活動報告に載せてみました。
ウツ展開でも平気で興味のある方はお読みください。


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第二章
第1話 ルーキー達


ハーレムテンプレに準じてギルド周りの話をする予定です


 アユムの魔力欠乏症の問題は、俺自身に様々な制約を課すことになったが一応の解決をみる。

 それから館への引っ越し作業やご近所さんへの挨拶回りも一段落がつき、俺達は休止していた冒険者家業を再開することなった。

 

 イズミとアユム、彼女達の希望を聞き入れて冒険者登録を行い、めでたく四人パーティである。ペアはともかく四人パーティなんて初めてでドキドキするよぅ! そんな風にはしゃぐ俺をカオルは慈母の微笑みで、イズミとアユムにはなぜか哀れむような目で見られた。

 

 勢いに乗って魔女も誘ってみたのだが、戦うと魔力が減るから嫌じゃと断られたので館のお留守番をして貰うことにした。精〇くれるなら戦ってもよいと言われたので、おませな幼女(ポー)の頭に教育的指導(ウメボシ)をしてあげた。

 

 四人で連携などの慣らしも兼ねて簡単な討伐依頼などを受けてみたのだが、二人とも冒険者として十分以上の力を持っているようだ。前世が武道青年だったアユムはともかく、イズミも戦う技能を持っているとは予想もしていなかったので驚いた。

 

 そんな彼女達の獲物だがイズミは弓でアユムは自家製の爪である。

 

 アユムの爪は指先で伸び縮みし鉄すらもスパスパ切ることが可能な一品であった……なんだかダークヒーロ―みたいで中二病心をひどく刺激された。

 そしてイズミだが、彼女の弓の腕は実に驚くべきもので、連続側宙しながらのアクロバット射撃を行い、百メートル以上も離れた標的へと見事に命中させたのだ。

 

 勇者の一団の中でもこれほどの弓取りは見たことがなかった。

 

 ただその際、ミニスカワンピの清楚系ビッチは下着を装着し忘れており、中身というか貝が丸見えだったので俺は日本人としての道徳をコンコンと説いた。しかし痴女エロフは「サービスですよ、ちゅっ♡」と投げキスをして媚びた笑みを浮かべやがった。

 やつは完全に俺を舐めきっている……リーダーとしてパーティの規律を守るために、ありがたくオカズにしてやったのだ。

 

 

 そして今日も依頼の確認と朝食をするために冒険者ギルドの食堂に来ていた。

 

 いつの間にか指定席になっていたテーブルに四人で座る。

 注文を取りに来た小娘リコットが白黒エロフコンビに心にもないお世辞を言って、煽てられた二人はクネクネと踊りだす。フード付きローブを目深に被ったアユムが頬を膨らまして、なぜか俺に肩パンするといういつもの日常……のはずだった。

 

 しかしその日はいつもとは違った。

 

「イ、イズミさん! ……ぼ、ぼ、僕と付き合ってください!!」

 

 ギルド内に響き渡るほどの大声だった。

 食堂は一瞬で静寂に包まれる。

 鬼畜エロゲマイスター清楚系ビッチエロフのイズミが冒険者に告白されたのだ。

 

 

 

 俺は驚愕を覚え椅子から腰を上げる。そしてイズミに愛の告白をしてきた冒険者に視線を向けた……茶色の髪に負けん気が強そうな顔立ち、まだ年若い少年のようだ。16~18才ほどに見えるが、この世界の人間の容姿は早熟、もっと年下の可能性もある。装備の真新しさからして駆け出しのルーキーといったところか。

 

 どうしようとカオルを見ると、彼女も驚いていた。

 その隣の小娘アユム、やはり驚いていた。

 最後にイズミを見ると意外なことにビッチも目をパチクリとさせて驚いていた。

 

「お、俺……いや、僕の名はクロウって言います。あの本気なんです。イズミさんを一目見た時から惚れてしまって、この人しかいないって思って……その、どうか俺と付き合ってください!!」

 

「え……ええ!?」

 

 顔を紅潮させて汗をかき、頭を掻きながら伝える言葉もまだまだ拙い、青い少年の一生懸命な告白だった。

 二人は見た目だけならば同い年くらいだろうか、まさにボーイミーツガール。

 イズミが関わって無ければ、ほのぼのとした気持ちで見守り応援していただろう。

 その告白されたイズミだが眉を八の字にして困ったように俺を見上げている。

 

 前世の頃から我が道を行く傍若無人で個性的な彼女でも、世間慣れしてない純情な少年に対しては毒を吐けずどう対処すればいいか迷っているようだ。

 海千山千な男達を手玉にとる元高級娼婦ゆえ、だろうか……本当に予想外な弱点であった。

 俺はうなずき引き継ぐように少年の前に立つ。イズミのほっとする気配を感じた。

 

 クロウ少年は俺に対して不愉快そうに顔をしかめる。

 

「クロウ君といったか、悪いことは言わない、もう止めておけ」

「なんですかアンタ……そんな事言われる筋合いはないですよ!!」

 

 クロウ少年は若さを武器にして俺に噛みついて来た。

 同じ男として気持ちは分かるよ、真剣な告白している時に横やりを入れられたらいい気分はしないよな……でも俺も引くわけにはいかない、イズミだけはだめなんだ。

 彼の両肩を強くつかむ、少年は抵抗しようとしたがギュッと押さえ込む。

 少年に睨まれる……真っすぐな良い目だ、俺は説得するように語りかけた。

 

「いいかクロウ君、よく聞くんだ。このイズミは見た目だけは恐ろしいほど良いから、黙っていれば清楚なエルフの美少女……姫君にも見えるだろうさ。でもな、実際には俺の前で蟹股アヘ顔ダブルピースを意味もなくかまし、風呂上がりにはケツ丸出しでパンパンとドラムして、ベッドの上では全裸でセルフま〇ぐり返しをする全方位で生殖行動しか考えてない危険なビッチなんだよ!!」

 

「え、えええ…………?」

 

 俺の言葉を消化できないのか戸惑いの表情を見せる少年。

 

「あ、あの、ヒイロ……。彼を説得するのは、わたくしを奪われたくない、失いたくないという理由ではないのですか!?」

 

 イズミが何かを言っていたが、俺は少年を救うのに必死で聞いていなかった。

 

「君の人生はまだまだ始まったばかりだ! そんな時にこんな鬼畜ビッチに関わると確実に破滅が待っているぞ! 散々搾り取られた挙句にケツ毛まで毟られ、骨と皮になって三途の川を渡るのが目に見えている! もう一度言う、悪いことは言わないからこの鬼畜ビッチだけはやめておげえええええぇぇぇ!?」

 

 悲鳴が出た。凄まじい激痛に視線を落すと俺の股間に靴がめり込んでいた……力が抜け、ブラックアウトする意識、あまりの痛みに息も出来ず前のめりに倒れ伏す。

 

 ありえね……鬼畜な白エロフが俺の大事なタマタマを背後から蹴りやがったのだ。

 

 芋虫のように無様に床に這いつくばり股間を押さえて見上げると、腕を組み、怒りで顔を真っ赤にした清楚系ビッチと紐みたいな何かが目に入った。

 海綿体に血が集まり更なる激痛に襲われて、おうおう呻きながら俺は泣いた。

 

「す、鈴木!?」「ヒイロ、大丈夫?」

 

 痛みが予想できるのかTS少女アユムが慌てて俺の腰を叩く。完全女化しているカオルは慌てず静かに膝枕をして額の汗を拭ってくれる……この優しさ、甘やかしっぷり、ひょっとしてこれがハーレムってやつなのガ? ありがてぇありがてぇよぅ。

 

「えっーと、クロウさんでしたか?」

「え、は、はい! そ、そうですイズミさん!!」

 

 まだ怒りをまとうイズミに呼びかけられて慌てて返事をするクロウ少年。

 間近で衝撃シーンを見てしまったせいか、股間を押さえやや腰が引けていた。

 それでも逃げずに、イズミに真っすぐ向き合うあたり中々に好感が持てる。

 

 イズミはクロウ少年の純な心を傷つけないように、丁寧に丁寧に言葉を選んで返答している……こうしてるとこのエロフ、令嬢的というのか本当にまともに見えるんだよなぁ。

 

 そんなことを呑気に考えられるのも、小娘アユムがお父さんの肩叩きのように健気にトントンしてくれたお陰だ……ふーだいぶ楽になった、二人ともありがとう。

 神様特製ボディの高速再生機能も働いているし、俺は床に寝そべり頬杖をついて眺めていることにした。俺の両脇にカオルとアユムが正座して観戦モードだ。

 

「ええ、ご好意は大変ありがたいのですが……わたくしには思いを寄せている人がいます。ですので、あなたの気持ちを受け取ることはできません」

 

 そう話を締め括りイズミは潤んだ瞳で俺を見下ろす。ついさっきはタマタマ蹴り上げるくらい怒り狂ってたのにこの変わりよう、これが女心と秋の空というやつなのだろうか?

 しかしイズミが俺を好きね……。

 好感度稼いだ覚えが本当にないし、前世でのいがみ合いを抜きにしても、ビッチの好きって世間一般的な好きとは大幅に違いそうで何だか素直に喜べない。

 

「お、俺がこんなヤツに劣るっていうんですか!? 複数の女をはべらかして喜んでる最低なヤツと違って、俺はイズミさんだけを大事にします!! もう一度考えてくれませんか!?」

 

 お、おう……一度振られても諦めない少年の気迫が凄い、見習いたいよね。

 

 でも、若さっていいなって感じてしまう俺は枯れているのだろうか。

 これでもまだ22才なんだけど……。

 そして少年がさり気無くディスているのは自覚ないけど俺のことだよね?

 

「そう言われましても、わたくしが真に望むのはヒイロだけですし……」

「イズミさん、知っているんですか、この男が今まで何をしてきたかを!?」

 

 うん……?

 少年が侮蔑した表情で、カオルに頭を撫でられながら寝転がる俺を指さす。

 

「王都でちょっと聞けば色々出てきますよ。魔王討伐戦の時の勇者の一人って話ですけど、自分勝手に好き放題やって他の勇者達に迷惑をかけ足を引っ張りまくったっていうじゃないですか!? しかも最後の魔王との戦いには命惜しさに仲間を見捨てて逃げ出したって聞いてますよ!!」

 

 ふむ……まあ、当たらずも遠からずかな。

 

 イズミとカオルの白黒エロフコンビは何も言わないし表情も全く変えない。

 しかしアユムは唇を噛むとギュッと小さい拳をにぎる……俺は立ち上がろうとした小娘の膝を押さえた。この反応だけでも人生経験の差が明確に分かる。

 アユムの膝を静かに叩く、俺のために怒ってくれてありがとうな。

 

「凱旋パレードに出てこなかったのもそのせいだって皆言ってます。それなのに王都に図々しく戻って来るなんて、俺だったら恥ずかしくてとてもできませんね」

「……それでも」

 

 クロウ少年の嘲りを遮るようにイズミは口を開いた。

 

「たとえどんなに情けなくてもヘタレでも、わたくしはヒイロの傍にずっといます」

 

 エルフの美姫は、少年が見惚れ……そして不覚ながら俺も見惚れてしまう可憐な笑みを浮かべたのだ。

 

「誰に言われたでもない、わたくし自身の心がそれを欲しているからです」

「なぁ……!?」

 

 豊かな胸に手を当て、そう静かに告げるイズミ。

 それは森の乙女が見せた確固とした意思。

 

 沈黙、少年はヨロヨロと後ろに下がった。

 

 ……何というのか言葉が無い、男冥利に尽きると言うべきだろうか?

 ともかく幕引きのようだ、あのイズミがここまで言ってくれたんだ。彼女の顔をつぶさないように俺も大人の態度で少年に接することにしよう。

 

 そう考え少年に声をかけようとした……しかし。

 

「お、俺より、こんな粗チン(・・・)野郎のほうがいいって言うんですかぁ!?」

 

 激昂した少年の叫び。

 たぶん捨て台詞、言葉に深い意味は無い。

 微かに騒めいていたギルド内が再び一瞬で静まり返った。

 そして、冒険者達の視線が俺に集中した。

 

 ………………。

 ……………………。

 …………………………うん?

 

 …………。

 …………はぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?

 

 

「ぶらぁあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

「う、うわぁぁ!?」

 

 絶叫した。俺は重力を無視してバネのように飛んで起き上がり絶叫した。

 

「ええ、ヒイロ!?」「い、今の不自然な動きは何だ鈴木!?」「そのキモさ、最高!!」

 

 女達がそれぞれ驚きの声(?)を上げている。

 冒険者達も悲鳴を上げた。

 俺はクソガキを怒りを込めてキッと睨んだ。

 ルーキーでも一応は冒険者なのだろう。

 明確な殺意を感じ取り、怯み、ガクガク震えながら後ずさるクソガキ。

 

 腰を落とし、腕を左右に広げ、殺すつもりで威嚇した。

 

「ぶらぁぁぁ? ……ぶらぁあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

「うわ、うわ、うわぁぁ!?」

 

 言葉が出てこない……怒りで全て雄叫びとなる。

 体から何かオーラ的なものがにじみ出る。

 椅子や机の上の食器が、ガタガタと揺れている。

 俺のマグマのような怒りに呼応したのか、ギルド内は静まり返り皆息を潜めている、俺以外に音を立てる者は誰もいない。

 

 クソガキは泣きそうな顔をしていた。

 というか半泣きになっていた。

 まるで小動物のようにぶるっていた。

 だけど許さねぇ、許さねぇ、絶対にてめぇだけは許さねぇ!!

 

 こんなに殺意を覚えたのは、街防衛時の魔王軍四天王と初めて会った時以来だ!!

 

 クソガキ、クソが……てめーは言ってはいけないことを口にしてしまったんだよ。

 それを、それをなぁ、言ってしまったらなぁ……戦争だろうがぁ!!

 殺すっ! 殺すっ! 殺すっ! 殺すっ! 殺してヤルッ!! 

 

「ぶらぁあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 ……俺は大人げなく徹底的にやることを決めてしまったのだ。

 



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第2話 冒険者ギルドのルール

 冒険者ギルドというものについて少し語ろう。

 

 ファンタジーラノベなどでは彩を添えると言ってもよいメジャーな組織だが、作品によっては国家権力以上の力を持っていたり、世界中に支部があったり、凄い魔法技術を持っていたりNINJAがいたりとバラエティに富んでいる。

 

 この世界に来て、そんな謎組織が都合よくあったこと自体が一番の驚きだったのだが、実態を知ってからは納得した。他の国のギルドは分からないが王国の冒険者ギルドについて説明するなら、国からの支援で作られた傭兵組織……ようするに派遣会社である。

 そんな組織に権力なんてないし支部もない、謎技術もなければNINJAもいない。

 ファンタジーな異世界まできて夢も希望もないと思うが、依頼掲示板に貼りだされる仕事のほとんどが王国からの請負だったりするのだ。

 

 これについて、今はここまでの情報で十分だ。

 続いて冒険者ギルドに勤める職員について語ろう。

 

 これもラノベだと、ギルドの受付職員は名うての剣士や魔法使いやNINJA、ギルド長は世界有数の権力者とか伝説の冒険者とか汚いNINJAとか様々だ。

 では王国の冒険者ギルドの職員はどうかというと、事務仕事のできる普通の人達である。

 リコット嬢とかはKUNOICHIでしたと言われても不思議と納得してしまう雰囲気を持っているが、実際のところ彼らは極々一般的なリーマンの方々なのだ。

 

 保険や保証なんて何もない世界だ。頭が良くて力も持っている人間なら余程の事情でもない限り、そこそこ安全で高収入な騎士のような国家の後ろ盾のある職を目指すのは必然だろう。

 義理人情なんて薄いモノ、何しろ命は一つ。どこの世界でも個人の力など高が知れている、だからこそ人は群れ、だからこそ寄らば大樹の陰なのだ。

 

 それに対し冒険者ギルドに所属する派遣社員……ではなく、冒険者とは命を担保に危険と隣り合わせで金を稼ぐ肉体労働者。ぶっちゃけるなら計画性の無い阿呆な底辺ゴロツキの集まりである。

 

 さて、ここからが本題だ。

 

 そんな頭のよろしくない冒険者が、頭脳労働者であるギルド職員に弁論で勝てるかというともちろん無理であり、それでも現状に納得できず必死になって食い下がり反論に反論を重ねて頑張って、その結果がどうなってしまうかというと……。

 

 亀甲縛りをされることになるのだ。

 

 

 あの後、ギルド職員と古参の冒険者、そしてカオル達が立ち塞がった。

 狂犬と化した俺は獰猛に唸り、猛り吠えて、怯える子猫ちゃんと化したクロウ少年に本能のまま襲い掛かろうとしたところで邪魔された。

 冒険者ギルド内での私刑や私闘の禁止……そして違反者の鎮圧に対しては自主的に冒険者が協力する。王国の冒険者ギルドは組織としての相互作用が上手い具合に働いていた。

 素晴らしい協力関係だ。真のアットホームな職場とはこういうものか、しかし俺の行く道を塞ぐのならば何人であろうと容赦はしない。

 

 戦いとは先手必勝である。戦闘前につべこべと口上を述べたり、戦闘中に一々話している暇があるならとにかく殴れとは、この世界に来てから学んだことだ。

 説教するだけなら戦闘後にいくらできる。というか、戦う前に得意げにカッコいいこと語って、負けたら凄く恥ずかしいし……ちくしょう。

 俺を取り押さえようと包囲する連中を見据えたまま、口内を激しく振動させる。

 

 俺は口を開き、超音波ブレス(小)を放った。

 

 魔王軍三大将軍との死闘の際に命がけでラーニングした魔技である。

 俺の不可視の攻撃でギルド職員がバタバタと倒れていく。

 頭脳労働者などは相手ではない。お子さん達の運動会に出て、頑張りすぎて翌日筋肉痛になるような微笑ましいお父さん達など所詮は数だけの烏合の衆だ。

 

 だが古参の冒険者達は一人も倒れていなかった。流石は玄人、初めてみる攻撃でも危険を察知して回避したのだろう。各自が適正な距離を取り、攻撃を分散させて受け流す手段に長けている……しかし対ドラゴン用のフォーメーションを人間相手に使うのは如何なものだろうか。遠くから鉤爪付きの鋼鉄製ロープを投げられ手足を掴まれる。

 

 俺は瞳孔の動きだけで魔法陣を描き、幻覚魔法(範囲)を放った。

 

 魔王軍八部衆との激戦の末に編み出した瞳術である。

 古参の冒険者達はアウアウいいながら膝をつき倒れる……彼らを全員無力化させた。

 

 これでも元勇者、怪我人は一人も出していない。

 瞳が赤く染まるほど頭に血がのぼっていても、それくらいの分別はある。俺のその姿を見た者達から「ひっ、化け物!?」とか「ま、魔王!?」などと言う悲鳴が聞こえたが気のせい。

 ゆっくりとギルド内を見渡す。俺に敵対する者は床に倒れ伏し、俺の力に怯えて動く者は誰もいない。その光景、己の圧倒的な強さに酔いしれて愉快になり思わず高笑いをあげてしまう。

 手段の行使で目的を忘れている状態だった。そしてそれは明確な驕りという名の油断でもあった。

 

 無音で宙を舞う、白いローブと黒の古式(ゴシック)ドレスに赤い髪。

 

 気がついたら俺は、アユムのしなやかで柔らかい太ももに首を挟まれ、逆肩車の大しゅきホールドで視界を塞がれていた。

 えいっ! と背後から手を伸ばして抱きついてきたカオルに、おっぱい押し付けられ動きを完全に止められる。質量を持った双球の威力で前かがみになった。

 最後にイズミの激しい腰タックルからの流れるような動きで下腹部を甘噛みされ、腰砕けになったところを床に引き倒されて三人の女達のケツの下に敷かれてしまった。

 余談だけどカオルさんのデカケツが一番敷かれ応えがあって……好きだ!

 

 こうして騒ぎを起こした俺は捕まり、檻にいれられた野良犬のように項垂れたのだ。

 

 

 冒険者ギルドの敷地内にある野外訓練場……体育館二つ分ほどの広さのそこには大勢の冒険者が詰めかけていた。これから始まる訓練という名の決闘を見学しに来た暇人どもだ。

 朝も早くから人生投げ捨てているカスどもめと、心の中だけで悪態をつく慎ましい俺は、根っからの肝の小さい日本人で我ながら誇らしく思う。

 

「うっふふーヒイロさ~ん、似合ってますよ~!!」

 

 正座姿勢で縛られた俺の周りでは、小娘リコットがツインテを揺らしながら嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。本当に凄く楽しそう。

 クロウ少年が遠くから、同年代の冒険者仲間たちに囲まれ、俺のことをチラチラ恐る恐ると覗っている。

 少し離れたところでは俺を拘束した功労者の三人娘が、特等席として用意された椅子に座って皆からチヤホヤされていた……ねえハーレムメンバー(?)の君達はどっち側なの?

 

 孤独には慣れているが、孤独なことが平気でもない寂しがりやな俺は、チワワのように震えながら横に立つ男を見上げた。

 

 俺の視線に気づき、器用に片眉だけをあげる初老の紳士は冒険者ギルドのギルド長だ。綺麗にそろえたお髭と後ろで縛っている長髪、とてもダンディで若い女の子にモテそう。

 そしてこの雰囲気、実はギルド長はNINJAでしょう?

 そう勘繰りたくなるほどの強キャラ臭をまとっているが、趣味は休日にするクリケットもどきのスポーツで夫婦の会話を大事にしている普通の一般人らしい。

 

 でもNINJAは汚いからな、絶対隠しているに違いない。

 

 プルプルと震えながらも、期待を込めた眼差しでギルド長を熱く見つめる。

 そんな俺に対して彼はため息をついた。 

 

「何だいヒイロ君、まだ不服があるのかね?」

 

 子宮に響きそうな低重音のジュテームボイス、俺は頬を染め首を左右に振った。

 そしてチワワのように瞳を潤ませながらにっこりと微笑む。

 四肢を縄で縛られ口には猿轡をかまされ、正座姿勢以外とれない俺と、その横でダンディに佇むギルド長。しばらく男二人が熱く見つめ合う。

 

 やだもう、この人、本当にダンディすぎる……フェロモン駄々漏れでヒイロ妊娠しちゃうかも。

 

 ギルド長はダンディな仕草でパチンッと指を鳴らした。

 

「リコット、拘束具(ハンディ)を追加だ。ヒイロ君に目隠しを」

「は~い、分かりましたっ!!」

 

 ちくしょおおおおおおおおおおおおう!?

 

 俺はクロウ少年との決闘の前に聴覚と触覚以外の全てを潰されたのである。

 




作者の勝手な脳内キャライメージ

カオルさん……お姉さん風なピローテス
イズミさん……ちょとエッチぃゼルタ姫
アユムさん……特になし
ポーちゃん……ハガレンのラストなロリー

ヒイロさん……爬虫類系男子


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第3話 森の乙女の接吻

主人公は真剣です


 判決が不服ならギルド立会いの下でルールに乗っ取った決闘をする。

 これは冒険者ギルドが出来てからの伝統らしい。

 

 訓練場のやや硬い土の感覚を膝下で感じる、顔には罪人のように袋を被されて何も見えない。しかし問題は無かった。魔の者との戦いで目を潰されたり、姿の映らない透明な相手と戦ったこともある、視界の全く効かない戦闘は初めてではない。

 ふふ……戦いの中で研ぎ澄まされ完成された俺の護身、現代格闘技をベースに作られた対魔格闘術【カラヌ】は、この程度で使えなくなるほど安くはないのだよ。

 

 決闘前、一流の武道家のように精神を集中する。

 不本意な決闘だがやるからには全力を尽くすのが武士。

 既に覚悟は決めている……何が何でも勝つ、彼のためにも!

 

 そんな亀甲縛りのまま正座をする俺の前に歩み寄る人の気配がした。

 この感じは……。

 

「あの……ヒイロさん。その……さっきは色々とすいませんでした」

 

 クロウ少年だった。

 俺は精神統一をやめ静かに顔を上げる。

 

「俺、田舎から出てきてあんな綺麗な人は見たことなくて……女の人を好きになったのも初めてで……イズミさんに振られてどうしていいのか分かんなくてなって……言うつもりはなかったのにヒイロさんに八つ当たりして……まさか、ここまで大事になるとは思わなくて……」

 

 俺に噛みついていた時の元気はどこにやら、意気消沈しポツリポツリと語る少年の声。

 ……何度も騙され裏切られ、人の裏側を見てきた身だ。

 彼の声質からは自分の行動を悔いていることがよく分かる。まあ、本気で(・・・)好きになった相手だったら、一度や二度断られてもそう簡単に心は切り替えられないよな。

 そして彼なりに自分の気持ちを考えたのだろう、意固地になるでもなく、こうやって素直に謝罪できるのだからクロウ少年の気質はやはり真っすぐのようだ。

 

 ふと俺は、彼と同じくらいの年の頃はどうだったのかなと考えた。

 

 思い出したのは相手のことを決して認めず考えず、尖ったナイフのように傷つけ、自らの存在を示すことだけが全てだった……ネットゲのBBS戦士時代だ。

 

 レスバトル中に論破されそうなったんで、父さんの携帯を使って援護レスつけたら本人乙って特定されてね。しかも父さんがカキコしてた不倫板の全レスまでばらされてさ、それをたまたま母さんに見られて危うく鈴木家崩壊一歩手前までいったんだよ……ふふ、懐かしい、俺も若かったな。

 

 クロウ少年に顔を向けて深くうなずいた。

 

「ふもーふももふもー(気にするな、若い時に感情に任せて動くのはよくある事さ、そうやって失敗から学んでいくのも若さの特権ってやつだ)」

「何言ってるのか分からないけど、ありがとうございます。あと俺こっちです」

 

 顔を向けた方向とは逆からクロウ少年の声がした。

 俺は正座したまま飛び上がり、彼のいる方に空中転換。

 少年の後ずさる気配がする……少し恥ずかしかった。

 

「フガーフガーフランケン(それに俺もいい大人なのに堪え性がなかった。たかだか息子の成長具合を指摘されたくらいで大暴れするほど切れるなんて、たかだかチン長程度で……切れ、切れるなんて……いい大人が、が、が…………く、くそがきゃぁ!!)」

「ごめんなさい! ごめんなさい! 何言ってるか分からないけど、怖いんで殺気放たないでくださいっ!?」

 

 

 

 ギルド内でのクロウ少年の俺に対しての侮辱発言。

 そして俺のクロウ少年への暴行未遂とギルド職員と冒険者への暴行行為。

 

 ギルド長によって下された判決は喧嘩両成敗だ。

 

 討伐依頼などの多くは命がけの仕事である。命のやり取りなどしていれば気性も荒くなる。冒険者ギルドのほうも、あくまで仕事を仲介しているだけの立場なのでトラブルは個人で片付けてくれということだ。

 

 ただし殺傷沙汰になれば警備兵が来て面倒になるから、冒険者ギルドの中での喧嘩は御法度。それでもやりたければ外に出てご自由に……かつてはそうだったらしい。しかし街中で喧嘩をすれば、やはり警備兵が来て仲良く牢屋に入れられるのは火を見るより明らか。そこで始まったのが、ギルド立会いの下での訓練という名の決闘であった。

 

 ところが、ここで問題になるのが決闘する者同士の強さ……魔力の差である。この世界での強さの基本は魔力の量だ。これは肉体の大小より遥かに大きい。元の世界で例えるなら魔力を持つ者と持たない者の差は、生まれつき拳銃を所持しているかどうかというほどなのだ。

 

 そこでギルドから提案されたのが、魔力を低く抑制する魔道具を使っての決闘。

 

 魔力が同じならば、あとは鍛えた肉体や技術での戦いになり、修練によって積み上げたものが意味を持つそこそこ公平なルールというわけだ。ギルドとしても訓練という名目なので高い魔力持ち同士の戦いでミンチよりヒデェは出したくないし、冒険者達としても勝負がすぐについたら盛り上りに欠けるということで合意したらしい。

 

 盛り上り……騒がしい訓練場の雰囲気からしても分かる。オッズは3:1か。

 

 しかし今回の場合、更なる問題なのが魔力抑制の魔道具。元々は古代の魔法帝国時代に作られた罪人用のチョーカーなのだが、困ったことに俺の体には全く効果なかった。そう、神様作製の特殊ボディはありとあらゆる魔法を弾いてしまう、ある意味で欠陥ボディだからだ。

 

 結果ハンディをつけるために俺は縛られ五感も半分は封じられたというわけだ……こんな格好みっともないしギルド長には戦いたくないですと散々駄々をこねた。

 というかその前に暴れてすっきりしたし、クロウ少年も戦意喪失してるので期待している皆さんには悪いけど喧嘩両成敗でイイっす。フヒヒっサーセンになってたんだ。

 迷惑をかけた人達には酒の一杯でも奢りますで手打ちになるはずだったんだよ。

 

 ところがそんなやり取りをしている最中、イズミがとんでもないことを言いだした。

 

「決闘の賞品として勝った方には、わたくしがキスをしてさしあげますよ?」

 

 肩越し振り向き尻アピールのセクシィポーズを決めながら言いやがったんだ。

 俺の顔をみて舌なめずりしニタリと笑いやがった……。

 

「い、いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 俺は口を押えて甲高い悲鳴を上げた。

 頭を抱えて机に突っ伏し、仲間達に慰められていたクロウ少年が凄い勢いで立ち上がった。

 小娘リコットが黄色い声をだし飛び跳ねた。

 

 そこからの展開はあっという間だ。

 冒険者ギルド中で歓声が上がり、冒険者達によって決闘のための準備が手際よく進められていく。普段は個人主義な連中なのにこういう時の手際の良さはなんなのもう。

 

 カオルには優しく微笑まれ、頬を膨らませたアユムに何度も肩パンされた。

 

 ちなみに俺を亀甲縛りにしたのはビッチ。

 鼻の下を伸ばし、はぁはぁと興奮していて怖かった。

 

 ダンディなギルド長に皆を説得するように必死に泣き縋った……しかし「いやこれ、止めるの無理でしょう」と首を横に振られ、冒険者達の「やるよね?やるよね?」といった強い同調圧力に右ならえ主義の俺はあえなく屈してしまったのだ。

 

 

 ようやく悟る……鬼畜エロフの罠に完全にはめられたことに。

 

 俺が勝てばヤツのことだ、公然の面前でも……いやそれを理由にしてディープなやつを仕掛けてくるに違いない。

 以前された酸欠寸前の吸引キスに恐怖がぶり返した。

 そう、恐ろしいことにそれが結構気持ちよかったんだ……。

 まるでラフレシアのように捕らえた獲物を少しずつ溶かす蠱惑的な花。

 カオル達が止めてくれなかったら、そのまま個室までお持ち帰りされていたところだろう。

 

 最近気づいた……生前と同じく、白エロフは俺を貶めることに喜びを感じている。

 

 ならば、わざと負けるか……ありえない、俺は元勇者だぞ?

 俺が負ければ一人の少年の輝かしい未来が断たれかねないんだ。

 

 守り切れなかったあの女の子と子犬、ヒイロお前はまた一生後悔することになるのか?

 

 勝っても地獄、負けても地獄……まさに生前の鬼畜イズミの名に相応しい所業。

 ああ、覚悟は決めた、ならば前に進み自ら地獄に堕ちていくだけよ。

 

 こうして俺はクロウ少年を守るために、ビッチなキスを賭けて決闘をすることになったのだ。

 




現代格闘技をベースにヒイロによって作られた、対魔格闘術【カラヌ】
ベースとなった格闘技は酔拳(ジャッキー)です


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第4話 それからそれから……。

「では、始まる前にルール説明だ」

 

 その声に訓練場が静まり返る。

 決闘の立会人……審判をしてくれるのは古参の冒険者の一人だ。

 

「まずは、クロウ。お前はヒイロに一発でも有効打を当てることができたらそれで勝ちだ。判定は俺がする」

 

 空気の流れ……模擬訓練用の刃を潰した鉄剣を持ったクロウ少年がうなずくのを感じた。

 

「そして、ヒイロは時間切れまでクロウの攻撃から逃げ切ること。攻撃は一切認めないが、それ以外の接触なら問題はない。ただし拘束具を引きちぎったらその時点で負けだ」

 

 俺もうなずいた……罪人袋を頭に被せられたまま。

 こんな亀甲縛りされた変態さん状態でも俺はクロウ少年を殺せる……ゆえに手出しは一切しないことになったのだ。それに俺は変態さんじゃない。

 

「魔力の使用に制限は掛けない。勝負時間は、この砂時計の砂が落ち切る十分ほどだ。互いに全力を尽くせ……以上だっ!!」

 

 二人して同時にうなずく……決闘開始の合図が響いた。

 途端に訓練場が大きな歓声に包まれる。

 

「二人とも頑張れー!」「ヒイロー怪我しないでね!」「おらおら、お見合いしてないで始めろー!」「鈴木ー負けるなー勝てー!」「クロウー回り込んでいけ!」「二人とも無理しないようになー」「勝者には熱いキスをさしあげますね!」「気合い入れていけー!」

 

 雪崩のように聞こえてくる応援の声……正直に言うと悪くはない気分だ。

 時代劇の石を太ももの上に乗せる拷問を受ける人のように縛られてるけど。

 

 俺が冒険者ギルドに来て驚いたこと、それは冒険者である彼らは良くも悪くも単純ってことだ。

 勇者の一団にいた時はある事件から村八分にされて無視された。

 何度も中学生かよこいつらって思ったくらいで……温厚で心が広く大人な俺でも泣きながら復讐手帳を書いたくらいだ。

 

 しかし冒険者達は違う、怒りを覚えれば口に出して言うし、嬉しいことがあれば手を叩いて喜ぶし、感動すればいがみ合っていても抱き合って互いに褒め称える。

 実力主義、そこに過去なんて関係ない、詮索もしない。

 そして酒を飲みアホみたいに毎日騒ぎまくる。その生き方は愚かかもしれない、刹那的かもしれない、でもありのまま人生を謳歌しているといえよう。

 

 毎日命がけだから彼らは知っている、取り繕うことや拘ることの無意味さと愚かさを。だから俺にとって冒険者の生き方は性にあってるし心地よいと思えるのだ。

 

「クロウー!俺が許可する!そのヘナチン野郎を殺しやがれ!」「死ねーヒイロ!美人な嫁を三人も貰いやがってこのやろう!」「てめぇは前から気に入らなかったんだ!無様に負けろ、そして死ねー!!」「くそハーレム野郎が! 腐り落ちろぉ!!」「死ね!死ね!とりあえず死ね!!」

 

 俺は正座したまま飛び跳ねて威嚇した。

 キシャーと威嚇した。「キモッ!?」という声。

 この底辺カス冒険者どもが!!

 

 そんな茶番をよそにクロウ少年が近づいて来る。

 俺は一切その場から動かず座したまま彼を待った……亀甲縛りされた縄が股間に食い込んでちょっといい感じだ。

 

 肌に感じる、呼吸、足を踏みしめる振動、空気の流れ。

 耳に聞こえる、腰を落とした動き、剣を高く振り上げた動作。

 クロウ少年は小細工なしに正面から攻撃を仕掛けてきた。

 その思いっきり嫌いじゃない、動きも荒いが悪くはない……だが。

 

 縄が内圧で千切れない程度に、ほんのわずか魔力を解放する。

 

「なっ!?」

 

 亀甲縛りで正座したまま、スッーと半歩横にずれた。

 少年が振り下ろした剣先が地面に食い込み訓練場の硬い土が抉れる。

 

 クロウ少年の視線を感じ静かに顔を上げた。

 

 渋川剛〇先生のように黙して悠然と座る俺と、慌てて後ろに下がる少年。

 人体構造すら無視した動きを可能とする、これが魔力という謎力だ。

 

 途端に上がる大歓声。

 しかしその大半が俺に対しての野郎どものやっかみの罵倒だった……お前ら・そんなに・オデが憎いのガ!? オデが羨まシいのガ!?

 

 驚きで目を見開き動きを止めたクロウ少年だが、歓声に我に返り再び俺に攻撃を仕掛けてきた。

 

 背面からの攻撃、コテンと転がって回避する。

 フェイントを入り交ぜた連撃、独楽のように回転して回避。

 体ごとの鋭い突き、魔力で重さを消し、飛び上がって避ける。

 

 そのまま剣の上にベガ様のように乗っかった。

 ただし足ではなく逆さ正座になって頭でちょこんと。

 罪人袋ごしに見つめ合う俺と少年。

 クロウ少年の悲鳴が上がる、観客席のほうでも大きな悲鳴が上がった。

 

 冒険者達から湧き上がる、キモイキモイの連呼の嵐。

 

 すいませんが皆さん、キモイ呼ばわりは止めて頂きせんか?

 余裕そうに見えてこれでも必死なんですよ、色々な厳しい制約の中で全力を尽くすエロ漫画家みたいに必死なんですよ。一般誌ではオッパイの大御所とか言われている作家が、同人誌だと性癖全開のロリ幼女もの描くとか言うあれですよ。

 そりゃ縛られ顔に袋を被って正座したまま、くるくると動き回っていたらキモイと思うけど……じゃあ! じゃあ! この状況でどうしろっていうんですか僕に!?

 

 俺は罪人袋の中で泣いて切れながら、クロウ少年の攻撃を回避し続けたのである。

 

 

 そして特に何も見どころはなく時間は過ぎた。

 クロウ少年が地面に剣を突き立てる。

 

「勝負は終了だ! 勝者、ヒイロ!!」

 

 審判の冒険者が手をあげ宣言した。

 結局、クロウ少年の剣は俺に一回も当たることはなかった。

 

「あ……ありがとうございました!!」

 

 荒い息と共に吐きだされたクロウ少年の言葉。

 膝に手を当て呼吸を整えているのが分かる。

 疲労交じりだが彼なりに全力をだしたのだろう、声質は気持ちのいいものだった。

 

 俺は正座で軽く空中浮遊したまま、うむと、うなずいた。

 すとんっと地面に降りる。

 戦った者同士で多くの言葉は無用だろう。簡潔に声をかけることにした。

 

「フガーフガーフンガー(ナイスファイトだ。まだまだ粗削りだが悪くはなかった。ただ、剣を振り切った時の戻しが0,2秒遅い。何度も素振りして克服したほうがいい。それから横振りする時に体が明らかに付いていってない、筋トレをして筋肉をつけたほうがいいな。ああ、筋トレだが全身運動をする水泳がいいが王都だと難しいだろう、基礎体力をつけるランニングから始めることをお勧めする。それから……)」

 

「い、言っていることは分かりませんが、ありがとうございました!?」

 

 周りでは俺達を褒め称える歓声が上がっていた。

 フフ……その大半は俺に対しての怨嗟の声だが、賭けに負けた連中の惨めな泣き声は非常に心地が良い。

 

「ヒイロー!」

 

 ゆっくり歩いて来る足音が二つ……カオルとイズミだな。

 そして小走りで駆けてくる武道経験者特有の足音は……アユムか。

 

「鈴木、今解くよ」

「フガー(いつも迷惑かけてすまないねぇ)」

「それは言わないって約束さ」

 

 罪袋も取ってくれた。ふー熱かった。

 

「お疲れさま~ヒイロ」

 

 カオルが微笑みながら俺の頭に手拭を掛けてくれた。

 いつもならそのまま拭いてくれそうだけど、人の前だしな。

 それに……。

 

 少年とエルフの少女が静かに見つめ合っていた。

 

「イズミさん。俺……」

「……はい」

 

 沈黙……なんだろう、こういう状況の時に思い出し笑いどころか、一発ギャグをしたくなる俺は人として何か欠けているのだろうか。

 やがてクロウ少年はイズミに無言でお辞儀をすると踵を返して去っていく。

 

 彼が見せた表情は耐えるもの、しかし同時に……。

 

 訓練場の周りにいた冒険者仲間に、肩や頭を叩かれ健闘を称えられている少年の後姿を俺は見送った。

 

「ふふ、彼は人として強くなりますね?」

「ん、そうだな……」

 

 俺は地面にだらしなく胡坐をかいたままイズミの声に返す。

 そう、クロウ少年の顔は男らしい晴れ晴れとしたものだったのだ。

 そして横に立つイズミを見上げて……清楚系ビッチはチェシャ猫のように笑っていた。

 

 ……あっ!?

 

「それでは、決闘の勝者には……約束通り賞品を!」

「ぎゃあっ!?」

 

 イズミに抱きつかれ悲鳴をあげる。

 そういえばそうだ、忘れていた!?

 俺はそのために……目の前の悲しみを消すために戦っていたというのに!?

 

「あら、失礼ですね……わたくしから口づけを授かる名誉を得られるのは、世界広しといえど貴方だけですよ?」

 

「ひゃぁ……ひやぁぁぁぁ!?」

 

 魔の吸引キスを思い出し、ぷるぷるとチワワのように震える俺。

 救いを求めカオルとアユムに視線を送ったが、ダークエルフの美女はニコニコと微笑み、サキュバスの美少女はふくれっ面であらぬ方向をむいていた。

 

 埒が明かないと思ったのか「もう」と耳元の髪をかきあげ顔を近づけてくる白エロフ。

 ああ、その顔は、透明な雰囲気をまとい清楚で可憐で本当に美しいものだけど……だ、だけどさぁ!?

 

 い、いやぁ、お、お母さ――!?

 

 ――ちゅっ。

 

 頬に軽くキスをされた。

 

「……あれ?」

 

 驚き、見上げる俺に、唇に指をあてウインクをするイズミ。

 

「ふふ、勝者への賞品ですからね、頬にするのが妥当でしょう?」

 

 そして、満面の笑みを浮かべるエルフの美少女。

 

 …………ああ、ちくしょう。

 

 不本意ながらまた、彼女に見惚れてしまったのだ。

 そんなイズミにふと思った。

 もしかして俺とクロウ少年を決闘させようと仕組んだのは……。

 

「なあ、イズミ……」

「なんですかヒイロ?」

 

 それは、禍根を残さないため……クロウ少年のことも考えて?

 

 俺の視線から清楚なエルフの姫君は目を逸らす。

 その雪色の肌はほんのりと、そして艶やかに染まっていた。

 神の芸術家が造り上げたような……美貌と佇まいだった。

 

「そんなに熱く見つめられると、誘われているのかと子宮が熱くなってしまいます」

 

 清楚系ビッチエロフは鼻孔を広げ、下腹部に手を当てて腰をビッチに回転させた。

 紅潮とさせた乙女(メス)の顔、明らかに発情していやがった。

 

 ……うん、無いわ、気のせいだな。

 

 俺にねっとりしがみ付き頬ずりするビッチエロフと、そのビッチを必死に引き離そうとする小娘アユム。

 微笑ましそうに見守るカオルと顔を見合わせて、俺は体をガクガクと振り回されながら苦笑いするのであった。

 

 

 ――――

 

 

 そして翌日……今日も依頼の確認と朝食をするために冒険者ギルドの食堂に来ていた。

 

 いつものテーブルに四人で座る。

 注文を取りに来た小娘リコットが白黒エロフコンビに心にもないお世辞を言って、煽てられた二人はクネクネと踊りだす。フード付きローブを目深に被ったアユムが頬を膨らまして、なぜか俺に肩パンするといういつもの日常……のはずだった。

 

 しかしその日もいつもと違っていた。

 

「おはようございます、ヒイロさん、皆さん!!」

 

 元気に、大声で声をかけてきたのはクロウ少年だった。

 

「お、おう……おは、よう?」

 

 昨日の今日でなんか気まずい俺は、きょどり気味で挨拶を返した。

 彼からは昨日の争いの残滓は欠片も残ってなかった。

 まあ、冒険者ってそういうもの……そういうものだけどさぁ。

 

 クロウ少年に女達もにこやかに挨拶をしている……イズミも何事も無かったようにだ。

 うん、やっぱりこの中で俺が一番コミュ能力が低いのかもしれない。

 

 そしてクロウ少年、なんと、うちの家の小娘アユムに向き直り話しかけているではないか。

 

「あの、アユムさん、昨日はありがとうございました……悔しさを感じ、素直にそれを受け入れられる人間は成長できるって言葉……本当に心に沁みました」

 

 その言葉に目深に被ったローブの中でアユムが、うんうんとうなずいていた。

 おや、いつの間に二人は知り合いに?

 

「あ……アユムさんに昨日お借りしたハンカチは今洗濯していますので、明日には必ず持ってきますね!」

「ああ、大丈夫。そんなに焦らなくていいよ」

 

 二人して仲良さげに話していた。

 部活の先輩と後輩……柔道部とか、そんな感じの。

 

 うーん、恐らくだが……。

 

 あの後、夕暮れの訓練場……その片隅で負けた悔しさに一人エンエンと泣くクロウ少年。

 それをたまたま見つけた、TS少女アユム君。

 男前の小娘はほっとけずに声をかける。

 そしてアユムは、元武道男子らしいアドバイスをしてあげ、涙を拭くためのハンカチを渡してあげた……ってところだろうか?

 

 うん、あり得そう。

 

 なんか面白くなく二人をジットリと見ていたら、突然クロウ少年が姿勢を正し、そして男らしい真剣な表情を作る……凄く嫌な予感がするのですが?

 

「そんなアユムさんの優しさに惚れてしまいました!! ……お、俺と付き合ってください!!」

 

 ギルド内に響き渡るほどの大声だった。

 食堂は一瞬で静寂に包まれる。

 冒険者達の視線が俺達に……俺に集まった。

 

 TS少女アユムが冒険者のクロウ少年に告白されたのだ。

 

 カオルを見ると、彼女も驚いていた。

 その隣のビッチも、やはり驚いていた。

 最後に小娘アユムを見ると、目深に被ったフードの奥で口を開けて驚いている。

 

 アユムに見返された……その目が、どうしようこれって言っていた。

 

 俺は咳払いをする、そしておもむろに少年に声をかけた。

 

「あークロウ君」

「はい、なんですかヒイロさん!」

 

 クロウ少年は非常に元気な声だった……。

 

 初失恋を経験した少年は、次の日には新しい恋を見つけたようだ。

 そのエネルギィ、若さは褒められるべきものだと思う。

 むしろ羨ましいと思えるくらいだ。

 

 しかし……しかしだよ……クロウ君……君ね。

 鈴木家の三女アユムにだね……俺の前で告白するってのはだね……。

 

 瞳が怒りで充血し真っ赤になるのを感じる。

 俺は静かに立ち上がると、娘に手を出そうとする、ふてえ野郎をキッと睨みつけた。

 

「貴様のようなどこの馬の骨と知れぬ男に、うちの家の大事なアユムは絶対にやらんわ、くそがぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 テーブルをひっくり返し、指を突きつけ宣言してやったのだ。

 その後、再びクロウ少年と決闘することになるのだが、それはまた別の話だ。

 




突然ながら、ここで終了とさせていただきます。

返信はしていませんが感想は全て読ませて頂きました。
作品への指摘は本当に参考になりました。
次の創作に生かせるようにしていきたいと思います。

私の拙作をここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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閑話 エルフの女王アイナノア

以前に組んだ箇条書き状態のものです
中途半端に残っていたので供養がわりに投稿しておきます
出来は御察しでs


 その日、世界樹を基盤としたエルフの国に魔族達が戦をしかけてきた。

 アイナノアは護衛の兵士に囲まれ、敵情視察に戦場にきていた。

 眼下の平原に広がるのは魔王軍、それに対抗して先陣をきる勇敢なエルフの兵士達。

 両軍から弓と魔法がはなたれ、戦いの剣戟と雄叫びがあがる。

 敵陣の遥か奥――父から鷹の目と揶揄されたアイナノアの双眼は確かに視認する。

 

 巨大な人の形をした影を……。

 

 アイナノアの夫、エルフの王は十年前に病にて死去している。

 名の知れたエルフの英雄達は、全て魔王討伐戦に参加して不在だ。

 そんなときの魔族の侵略である。

 邪悪な魔王とその一派は、今ならばエルフの国を落せると安易にそう考えたのだろう

 舐められたものだと思う。

 エルフの国の兵士達はこの程度の軍勢に敗れるほど弱くはない。

 それに、女王アイナノアがいる。

 

「女王陛下、ここは危険ですのでお下がりください。きゃつら、封印されていた巨人まで引っ張り出してきたもようです!」

 

 アイナノアの横に立つゲイル将軍がそう呼びかけてくる。

 忠義の男である。

 しかし彼の端正な顔には、王宮の小娘が邪魔だと言いたげな表情も浮かんでいた。

 咎める事はしない、武人ゆえの愚直さだ、個人的には嫌いではない。

 

「あれは……炎の巨人ですか。ゲイル将軍、あの近辺の民の避難は済んでいますね?」

「はっ、それはもちろん、つつがなく」

「ならば、遠慮なく……あれはわたくしが討ってみせましょう」

「はっ! ……えっ? あ、あの巨人を、陛下が倒すというのですか!?」

 

 ゲイル将軍が慌てふためいた。

 無理もない、アイナノアは彼の前で武を見せた事が無く、また戦場には明らかに不釣り合いなドレス姿で赴いていたのだから。

 

「ふふ、これでも、弓を使う事に関しては少々心得があるのですよ?」

「さ、さようでございますか?」

 

 返答に困ったという感じのゲイル将軍。

 だが嘘ではない、アイナノアは女王として即位する前まで、エルフの中でも優れた弓取りを輩出する一族の一番の使い手だったのだ。

 

「女王陛下、弓をお持ちしました」

「ええ、ご苦労」

 

 エルフ王族の秘宝、竜の翼を貫き、落としたとされる竜殺しの弓。

 アイナノアはそば付きの者に持たせていたその弓と、魔術文字の刻まれた水晶の矢を一本だけつかむ。

 そのとき、炎の巨人が動き出す姿が見えた。

 

「くっ、皆の者恐れるな! 陛下が見ておられるぞ、声をあげよ!!」

 

『うおおおおおおおおおおおっっっ!!』

 

 風精霊による音の増幅。

 戦場の彼方まで届く声で、兵士達を鼓舞するゲイル将軍。

 力強く魔族達を押し返す兵士達と、氷の壁を張る準備をする魔術士達――どうやらあまり猶予はないようだ。

 アイナノアは弓を構える

 巨人との距離は二キロほど、たとえ弓術に優れたエルフといえど普通では届く範囲ではないだろう。

 ゲイル将軍がため息をつく。

 弓の射程距離も知らぬ、無知な女の行動に見えたのだろう。

 そして一回撃てば満足するだろうと、アイナノアを止める事を諦めたようだ。

 護衛の兵士達の視線を感じる。

 

 百年以上は弓を使ってなかったというのに……動きに淀みはなくアイナノア自身も驚くほどに自然であった。

 恐らくは、この世界樹の枝から削りだした弓の力だとアイナノアは感じた。

 アイナノアが撃ち放った矢はエルフと魔族の軍勢を飛び越えて、炎の巨人の灼熱の炎と、厚い皮膚を通して心臓に突き刺さった。

 王家秘蔵の矢の魔力が解放される。

 炎の巨人は一瞬で氷に覆われて……粉々に砕け飛び散り、足元の魔族達に降り注いで甚大な被害を与えた。

 

「な、なんとっ、あれほどの距離を……しかも一撃で!?」

「ゲイル将軍、後は任せても?」

「は、はっ! ……エルフの勇敢なる戦士達よ、巨人は偉大なる女王陛下の手によって討たれた! 残り有象無象だ! 我らがエルフの誇りを示せ、邪悪な魔族どもを殲滅せよ!!」

 

 エルフの国から魔族は追い払われた。

 そして、それからしばらくして魔王も勇者の一団によって討たれ、戦争も終わり世界に平和が戻った。

 

 

 ◇

 

 

 アイナノアは王位を王家の血を引くメリアに譲ると旅に出る事にした。

 

「姉様……どうしてもこの国を出て行かれるのですか?」

「魔王討伐の勇者メリア……成長したあなたに王権は渡しました。あとはあなた達の世代がこの国を支えていくのです」

「ね、姉様……」

「顔をあげなさい。新たな女王となった者がそのような事では民が不安がりますよ?」

「……はいっ!!」

「ふふ、良い顔になりましたね。ではわたくしは行きます。あなたと民に世界樹の加護がありますように」

「……姉様も、世界樹の加護と、風精霊の導きがありますように」

 

 アイナノアはエルフの国から旅立った。

 

 

 ◇

 

 

 そこは人族の王都、そして高級娼館。

 

「アイナ、あなたが本当に来るとは思わなかったわ?」

 

 そう口にするのはアイナノアの古い友人、エルフの高級娼婦エレイ。

 

「あら、隠居したら一緒に仕事をしましょうとわたくしに言ったのはあなたですよ」

「言ったけど……あなたなら弓だけでも生活の糧を稼げるでしょうに。元女王陛下が娼婦の真似事なんてしなくても……」

「いまのわたくしはただのアイナノア……それにわたくしは偽りの女王です。だって、あの人との間に子を成す事ができなかったのですから」

「アイナ……」

「ふふ、ごめんなさいエレイ、嘆いているわけではないの。ただ、わたくしは女王という生き方と弓を少し使える以外には何も出来ない無能な女。だからこそ、それ以外の生き方をしてみたいと思っているのよ」

「分かったわ……あなたがそこまでの決意なら、私は何も言わない。お父さんにあなたの事を紹介するわね」

「お父さん?」

「ええ、高級娼館の店主の事よ。何か困った事があれば彼に相談するといいわ。もちろん私にもね?」

「はい、お願いします、エレイ先輩」

「あはっ、ビシビシ扱くわよアイナ後輩」

「ふふ、お手柔らかに」

 

 高級娼館で仕事を始めるアイナノア。

 先輩娼婦達に、性技の数々と、明らかに間違った知識を面白半分で叩き込まれる。

 元来の真面目な性格ゆえに疑わず励むアイナノアは、あくる日に店主に呼び出された。

 

「アイナ……少し頑張りすぎではないか?」

「はい、お父様、大事なお仕事ですから、手は抜かないつもりです」

「いや……アイナの場合は頑張る方向が間違っているから」

「え……そ、そう、なのですか?」

「うむ、お客様をキッと睨みつけ、卑猥な言葉を言うのはなんだ?」

「カリム姉様に、それが王都ではツンデレという淑女の嗜みと聞きましたが?」

「ツ、ツンデレ? カ、カリムのやつ出鱈目をっ……! ではいきなりスカートを捲り上げ、ケ、ケツドラムするのは?」

「それは、アム姉様がお客様に目で見て楽しんでもらうための、おもてなしと」

「おもてなしだと……うぐぐぐぐぐ、アムのやつ出鱈目をっ……! じゃ、じゃあ、お客様のズボンを初っ端からさげてナニをナニしちゃうのは一体ナンなの?」

「え、これですか? ヨア姉様が高級娼婦の最高の挨拶だと……?」

 

 アイナノアは指で筒を作り、スコスコと上下させた。

 姉様達にも褒められた手技、アイナノア自身、最初の頃よりも上達したと思う。

 

「ガッテム!! ヨアのやつ出鱈目をっ!! というか高級娼婦にそんな挨拶ねーから! 八十越えのキドゥ老のナニにそんな激しい運動をして、あの爺様はしばらく腰痛で動けなくなったんだぞ!! ……久しぶりにおっききしたと本人は喜んでいたけど」

「それは素晴らしい。しかし八十才ですか……まだまだヤンチャなヤリたいお年頃ですね?」

「くそ!! エルフめっ!! 人族の年を学習しなおせ!!」

 

 アイナノアへの間違った教育は、高級娼婦の新人に対してのお茶目な洗礼である。

 店主も代々ついできた家業とはいえ、自分よりも年上で、彼が子供の頃から変わらぬ美しい高級娼婦達は扱いづらくて中々に辛い。

 嫁にいってしまったレムナくらいのものだ……彼にとって本当に娘と言える相手は。

 

「とにかく! アイナはしばらく見習いとして修行してもらう……その間はお客様に対して変な事はしないように、いいね?」

「はい、承知致しました、お父様!」

「笑顔と返事だけはいいよね、エルフというやつは……」

 

 そんなときにお店に例の勇者(むすこ)が来たという報告。

 店主は少しだけ悩み。

 

「アイナ、私の知り合いが来たのでこれから練習で接客してもらう。いい機会だから間違った知識を訂正していこう」

「お客様ですね! お父様、わたくし頑張りますよ!!」

「いや……アイナ……元気で一生懸命なのはいいが、頼むから人の話は聞いてね?」

 

 

 ◇

 

 

「ん、んん!? って……あ、あなたは、もしやヒイロ……ヒデオですか!?」

「……また、その、パターンかよ!?」

 

 そしてエルフの元女王は、前世の親友(・・)に再開しイズミとなったのだ。




お粗末様でした


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閑話 鈴木家の日常

久しぶりに書きたくなったのです


 朝、俺はリビングに入ると目覚めぬ頭のままソファーに腰かけた。

 

 隣のキッチンからは、料理をしているらしいカオルの鼻歌が聞こえる。

 ほかの三人はまだ寝ているようだ。

 朝食の時間には少々早い。

 カオルの綺麗な歌声を聞きながら、火のついてない暖炉をぼうっと見ていたがやがて手もちぶさたになり、食事の手伝いでもしようかと考えたところでイズミが部屋に入ってきた。

 透明な美貌をもつエルフは俺を見てにっこりと品よく微笑む。

 そういう仕草が、ほんと絵になるなこいつと感じる。

 俺の横に、静々とした貴婦人のような様子で歩いてくるイズミ。

 シュバッと……突然脈絡もなく、頭の後ろで両腕を組んで、ミニなスカートから膝を曲げた片足を見せるという挑発的な立ち方をしやがった。

 いわゆるセクシーポーズ。

 一般人がやると(笑)にしかならないそれが似合うのはエロフ補正か。

 イズミが普段から好んで着ているのは乳袋が作れる特注構造のミニスカートワンピース。

 ぱつぱつな布地に、豊満な曲線をもつエルフおっぱいが、たゆたゆんと微揺れして否が応でもエッチく強調される。

 あと、しなやかで健康的な白さのフトモモもポイントが高くて中々にエッチぃである。

 イズミは細いあごをくいっとあげ、得意げに、女王様的な流し目で俺を見おろしニヤリと笑う。

 そういう仕草も似合うよな……こいつ。

 そして悟る、これは奴からの挑戦状だ。

 以前の俺だったら情けなく前かがみになって逃げ、イズミの悪役令嬢のような笑い声を背にトイレに籠っただろう。

 

 だけどイズミさんよ……からかって遊んでるつもりだろうが、今の俺が、今までの俺と一緒だと思うなよ‼

 

 何しろ現在の俺は家持ちの鈴木家の大黒柱だ‼

 大人な男は、女に対しての対応も当然大人なんだぜ(童貞)

 そんなわけで『付き合ってられない』と、何気ない、クールな風を装ってイズミの尻をぺしっと叩いてやった。

 布地越しだが、いい音が鳴った。

 その結果は劇的……いや予想もしなかったよ。

 今まで余裕な表情だったイズミが突然「ん”ふぅぅぅぅ♡」と濁音付きの汚い奇声をあげ、頬を真っ赤に染めた乙女(メス)顔になると、膝をガクガクさせながら腰を落として大股開きになり……俗にいうウ〇コ座りを披露してくれやがりました。

 なんでそうなるんだよ⁉

 意味がまったく分かんねえよ⁉

 商品開発にあたり布面積の極限に挑戦しました‼ なんてセールストークが聞こえてきそうな紐パンツが、くぱっと丸見えである。

 いや、つうか、紐だよねこれ⁉

 もうナニか違うものが見えてますよ⁉

 イズミが変態的ポーズのまま下唇をかみ『私は貴方さまのメス犬なんですぅ♡』なんて感じの媚びた上目使いをしやがる。

 やばいっすわ。

 俺の暴れん坊がアップ始めましたわ。

 というか、けつ叩き一発で発情するって、雑すぎて昔のエロ漫画でも中々ないよ⁉

 まあここだけの話、見た目は清楚なエルフ姫さまなので、ちょっとエロイ表情とか卑猥なエロワードを口にすると、とんでもなく破壊力があるんだよね……清楚系ビッチのくせにさ。

 例えるなら、おち〇ぽ連呼した伝説のハイエロフ、黒〇のセレ〇ティンさまみたいな?

 うん、わかる人だけわかれ。

 俺だって、こいつの中身を知らなかったら『お願いします‼』と土下座のひとつくらいしていたわ。

 でも俺は一国一城の主、大人の男‼

 鈴木家の娘たちに対し毅然とした態度をとらなければいけないのだ‼

 そんなわけでイズミの頭部に軽くチョップを入れた。

 

「いたーい♡」

 

 ビッチエロフはお茶らけた感じで舌をペロリだしやがった。

 そしてすくっと立ち上がって腕を組む。

 フフンッといったすまし顔には先ほどまでの異常な発情は欠片も見えず、俺をからかうためだけに演技してやがったようだ。

 

「もう、ヒイロはいけずですね」

 

 うるさいわい‼

 とにかく俺は勝利したぞ‼

 むぅ、と珍しく唇を尖らしだしたイズミをよそに、大黒柱の威厳を保ちつつ悠々とその場から立ち去る。

 そして自室に入ると、扉の鍵を静かに閉め、ベッドに寝そべった。

 

 脳裏に焼きついた紐でしかない紐パンと中身。

 

 そのせいで暴れん坊から暴れん坊征夷大将軍に進化してしまった息子をクールダウンさせるために……。



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