頂きを夢見るイカ (オーレリア)
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第1話

オクト・エキスパンションをやって妄想が垂れ流されました。

ゲームと全く違う設定が含まれています。
又、インクリングそのままだとインク塗る意味が無いので、勝手に魔改造しました。

お目汚しになりますが見ていただければ幸いです。


 『個性』と呼ばれる超常の力が当たり前の様に受け入れられ、強力な個性を持つものであればあるほど持て囃されるようになった現在。

 産まれた時から周りには無い力を持つ者は全能感に酔い、又は差別意識が強まった現代社会に自棄になり犯罪に手を染める。 

 それらは通称 敵《ヴィラン》と呼ばれ、もて余した『個性』を使い己の欲望のままに暴れていた。

 

 

 また、(ヴィラン)を取り締まる者たちも存在した、(ヴィラン)と同じく『個性』を使いある時は(ヴィラン)を捕らえ、またあるときは災害、事件等から人々を守る。

 現代では『誰もが憧れる職業No.1』と呼ばれるそれは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         『ヒーロー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、とある病院で1つの命が生まれようとしていた。

 

 それを手術室の前でもうすぐで父親になるだろう男が神に祈る様に、いや実際に祈っているのだろう。

 必死にこれから産まれる子供と妻の無事を祈っていた。

 

 男はしばらく前に医師に話された内容を思い浮かべる

 

 

 

 

 『検査した限りですと、お子さんは恐らくですが体の骨が無い可能性が非常に高いです。

 ご存知かと思いますが人間にとって骨は体の全てを支える重要な器官、心臓等の臓器は今現在は正常に動いておりますが、産まれた直後が最も危険であると予想しています。

 我々も最善を尽くしますが非常に危険な状態であること、言いにくいのですが覚悟して下さい。』

 

 

 それはこれから産まれるはずの自分達の子供の死刑宣告にも等しかった。

 男も医師の話の内容が理解できないわけではない。むしろ知っていたからこそ全国果ては国外のあらゆる医療機関を探し尽くし、たどり着いたのが…、最も子供を無事に誕生させてくれる確率が高かったのが今此処にいる病院だった。

 医師からの言葉を思い出した男は握っていた拳をさらに血が滲み出さんが如く握り締めた。

 

 (何だっていい、自分の子供と妻が助かるのなら邪神にだって魂を売ってやる!

 だから頼む!どうか我が子を無事に…!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (間に合わなかったか…!)

 

 

 場所が変わって手術室では、帝王切開の最中に女性からの血液と思われる大量の赤い液体が流れ落ちていた。

 医師は何度も確認したが母体の重要な血管などに傷は付いてはいなかった。

 医師は恐らくお腹の中の子供に致命的な何かがあった可能性があると考えた。

 

 

 このお腹の中の子供は何度も入念な検査をした結果、産まれる前から体のほぼ全ての骨が無いことが分かった。

 それはつまり通常の出産では重要な器官を損傷させ命を落とす可能性が高いということだ。

 その為少しでも助かる可能性を上げるための手術だったのだ。

 

 

 医師は直ぐに自分の『個性』である『透視』を発動させた。

この医師は自分の個性で患者を救い出せる様にヒーロー資格を取っていた。

 しかし、この透視は数十秒しかもたない上に、集中力を著しく使う医師としても諸刃の剣でもあった。

 

 

 

 (…っ! どういうことだ!?お腹の中の子供が居ないだと‼️)

 

 

 

 しかし、医師が『透視』で見たはずが、お腹の中にいたはずの子供の姿は何処にもなかった。

 直ぐに医師は母体を見渡し赤い液体以外に以上が無いことを見定めると周りの他の医師達にそれらの情報を伝えた。

 

 

「お腹の中の子供が消えた!

 恐らく子供の個性だと思われる。全員何一つ見逃すな!

 何か異変があれば直ぐに伝えろ!

 母親の状態にも気を配れ!」

 

 

 それを聞いた医師達は直ぐ様母体の側、そして周りを見渡した。

 そして最も母体のそばにいた医師の一人がその異変に気付いた。

 

 

 「……! 見て下さい!」

 

 

 その医師が指し示したのは母親から大量に流れていた血液と思われた赤い液体が溜まった部分だった。

 そこから何か赤くぷるぷる震えたものが盛り上がっていた。

それが何か考えるのも惜しかった。 

 医師達はこれがお腹の中にいたはずの子供だと直ぐに判断した。

 

 

 「それが子供だ!直ぐに取り上げろ!」

 

 

 言うが早いか側にいた医師がその赤い物体を掬い上げるように素早く尚且つ慎重に取り上げようとした。

 

 

 しかしその医師の手は水を掬い上げるかのようにすり抜けてしまった。

 

 

 「……!?すり抜けた!」

 

 

 それを見た『透視』を使った医師が直ぐ様叫んだ。

 

 

 「恐らく流体になる個性だ!直ぐに掬い上げられるものと容器を持ってこい!母親も縫合急げ!」

 

 

 子供の個性が予想と違った。そんな驚きは今の医師達にとってどうでも良かった。

 

 

 これ以上は母体も危険だと判断した医師達は、母親の治療も行いつつ、子供と思われる赤い物体を掬い上げ、深めの容器に入れた。

 その容器に入った物体から更に赤い液体が滲み出し容器を満たし掛けた時変化が起こった。

 それは徐々に形を変え、最終的にヒトの赤ん坊の形になった。 

 そうしてヒトの形に成ったとき、その赤ん坊が水の中で喋るような震えるような泣き声を上げた。

 

 

 「良かった…。無事です!子供は無事です‼️」

 

 

 朗報を聞いた医師達から緊迫した空気が和らいだ。

  

 

 「よし、この子供の生命力に救われた。

  今度は我々の番だ。この奇跡を無駄にするな!」

 

 

 この言葉に気を取り戻した医師達は新しい生命を繋ぐべく取り掛かった。

 この手術室の者以外誰も見ていなかったが、その姿は人々の命を救うトップヒーロー達にも全く劣らない勇ましい姿だった。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 手術室の扉が開く音に気付いた男は直ぐ様にガバッと音がなるほどの勢いで頭を上げた。

 何時間も前から手術室から微かに聞こえる怒号等に時折ビクリと体を強張らせ精神を消耗していた男にとって本当に気が気でなかったのだ。

 

 

 「ど、どうなったんですか?!

  妻は!…我が子は‼️」

 

 

 男に話しかけられた手術室から出た医師は疲れきった顔と安心しきった顔を共存させた表情で男に笑い掛けるようにその言葉に返答した。

 

 

 「安心して下さい。…お子さんも、もちろん奥さんも無事です。

  ……元気な男の子でしたよ」

 

 

 その返事を聞いた瞬間男は……父親は膝から崩れ落ち、感涙に咽び泣いた。

 

 

 「良かった‼️……本当に……ほん…とうにっ…よかった‼️」

 

 

 

 

 手術からしばらく経ち、母親になった女性とその子供の容態が安定した頃、父親になった男が様子を見に来ていた。

 そこには、担当の医師と妻、そして妻のベッドの側に無菌で保たれている水槽のような容器があった。

 男はその容器を見た男は疑問に思っていた。男は医師から息子が産まれた時の状況を聞いていたからだ。

 息子は自分の体を流体化し、自分が分泌した液体を培養液の様にすることで骨が無い体でも生存出来る様本能的に行ったのではないかと。

 そう医師達はそれはもう興奮した様子で饒舌に「人体の神秘だ!」と話していた。

 

 

 話で聞いていた限りだとすれば、今この水槽は赤色をしているはずだった。

 ならば何故、目の前にあるこの水槽は()()()()()()()()()()()()()

 

 

 じっと水槽を見ている男を見てその様子が可笑しかったのだろう、女性はくすりと笑って男に話し掛けた。

 

 

 「あなた、気持ちは分かるけれど此処にいる子があなたの息子よ。早くパパの顔を見せてあげて」

 

 

 妻に話し掛けられることで再起動した男は直ぐ様息子がいる水槽に近寄り、側にいる医師に説明を求めた。

 

 「我々も初めは驚きました、息子さんが入った容器の中の液体の色が徐々変化し、息子さん自身も頭部の色などが同じく変化していったのです。調べた結果では息子さんは、体内と触れている分泌物の色だけでなく液体そのものの性質も変化させることができる様なのです」

 

 こんな多様な変化をする個性は初めて見ました。と医師はそう言葉を締め括った。

 

 「あなたが来る少し前までは黄緑色だったのよ?」

 

 綺麗な個性よね。と嬉しそうな声で妻が続くように言葉を発した。

 

 「それとこの子の将来の事なのだけれども……」

 

 その言葉を聞いた男は顔を強張らせる。

 考えていたのだ。骨が無いために陸上では立つことは疎か仰向けになることすら危険な状態にあるのが今の息子だ。

 自分の息子が此れから先ずっとこの液体の中で過ごすことになるのでは…と

 

 覚悟を決めた表情で次の言葉を待つ男、そしてその表情に対になるように妻が、こんな状況でも思わず見とれてしまうようなそれはそれは嬉しそうな表情で男に伝えた。

 

 

 「近いうちにこの水槽の外で、この子を抱き上げることが出来るそうよ」

 

 

 「………………は?」

 

 男は余りにも想像だにしなかった言葉に思考が止まってしまった。

 

 

 …………今、妻は何と言ったのだろうか?

 

 ……水槽の外では生存すら絶望的な息子をこの手で抱ける?

 

 

 ゆっくりと側にいた医師に顔を向け、聞きたい様な聞きたくない様な表情で医師に目で問いた。

 

 

 本当なのかと真偽を聞くのすら恐ろしかった。

 

 

 その様子を見ていた医師はその目を見て、真剣な表情で返答した。

 

 

 「息子さんの体は産まれてから此処2週間で、大きく変化しました。

 まず頭部等の重要な器官を覆う様に丈夫な膜のようなものが形成されつつあります。現在はまだ外に出せるほどの強度はありません。それと同時に、骨を補う様に驚異的とも言える早さで体全体の筋肉が発達しています。

 これらを総合的に考えますと、この調子で成長すれば1、2年以内で外でも問題なく活動できるようになるでしょう。」

 

 

 そう言葉を聞き数秒が経った頃、男女はお互いを見つめ合った。

 我が子を抱き上げる処か触れる事すら儘ならないのだと考えていた。

 そんな折にこの吉報だ、喜ぶなという方が無理な話だろう。感極まった二人はお互いに強く抱き合い喜びに咽び泣いた。

 

 その様子を見ていた医師はしばらく時間を置こうと静かに部屋を立ち去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 暫く抱き合っていた男女は一旦離れ、嬉しそうに息子の将来について話し合っていた。

 

 

 「そろそろこの子の名前について考えなくちゃな」

 

 男の話を聞いた妻は、其ならばとばかりに話始めた。

 

 「それについては私、あなたが来る前に考えてたの!」

 

 

 男は驚いた様に妻を見た。まだ見ぬ息子の為に駆け回っていてそれどころでは無かったのもあったが、そんな直ぐに考え付くと思っていなかったからだ。

 

 男は妻にどんな名前だい?と尋ねた。

 

 

 「さっきこの子の色が何度か変化したのを見て思い付いたの。この子は色んな色になれる、鮮やかに染まるし逆に染めることもできるでしょう。

 色鮮やかな人としての人生を送れるようにと願いを込めて

 『彩人』(あやと)、『烏墨彩人』(うずみあやと)よ」

 

 

 その言葉を聞いた男はいい名前だと呟き、妻と一緒に自分達の息子である『彩人』を見詰めた。

 

 

 

 

 

 そしてこの瞬間、世界の頂点を目指す一人の命が本当の意味で誕生した

 

 

 

 

 

 




インクリングって人間として誕生させると問題多すぎてどう書けばいいか悩みました……

そして妄想垂れ流すのってこんなに恥ずかしいとは……


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第2話

話が一切進まず申し訳ないです。
それでもこの話が必要だと感じて書きました。

あと私自身医療系の知識がないので明らかな矛盾があると思いますが、指摘されてももしかしたら話の都合上変更ができない場合がございます。

そして今話が今作の最大のご都合展開に…なるといいなぁ…


後こんな小説に感想を書いてくださりありがとうございます。



気が付いたときは微睡みの中だった。

 

 ザー‥ザー‥という何かが流れる音が響き、他には時折早く又はゆっくりとドクン…ドクン…とリズミカルな音が子守唄として鳴り響く、まるで浮いているかのようなふわふわとした感覚が眠気を誘っていた。

 

 

 

 

 

 変化は唐突で劇的だった。

 

 

 

 

 

 最初は周りの音が変わった。変化は小さく微妙ではあったが本人にとっては急激な変化だった。

 

 

 

 続いて息苦しさが襲った。呼吸するための空気が徐々に減っていくような感覚に初めて死の恐怖が迫っていることを本能的に理解させられた。

 

 

 

 次に起こったのは初めて経験する光だった。未だ目は見えていないながらも黒に塗りつぶされた視界が突如真っ白に染まっていた。

 

 

 

 この時点でこの人物の精神は恐慌状態に陥っていた。微睡みしか知らない者にとって、この自分がいる世界が消えてしまう様に感じる程の急激な変化に、パニックを起こしてしまうのは無理もない話だった。

 

 

 

 最後に起こりかけていた全身を潰されるような圧迫感に襲われた事で恐怖が最高潮に達した。これ以上は耐えられないと本能が叫んだ。

 

 

 ーー怖い

 

 ーー死にたくない

 

 ーー助けて

 

 ーーどうすれば

 

 

 言葉を知っているわけではなかったが、本能若しくは感情的に助けを叫んでいた。

 

 そして、産まれる瞬間からこの状況を打開するために彼『烏墨彩人』は無自覚ながらも自らの『個性』を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に気が付いた時には四角い小さな箱の様なものの中に居た。

 

 先程に感じていた息苦しさ今は無く、しかし唐突に強い寂しさを覚え、その寂しさを紛らわせる何かを求めて動き出した。

 

 その寂しさは母親等の比護してくれる対象を探す行為であったこと事に彼自身は気付いていなかった。

 

 

 

 暫く感触を頼りに探し回っていると硬い何かに囲まれていると気付いた。

 そして上を泳いでみると壁は無かったが覚えのある圧迫感に襲われた。

 再び感じた恐怖に慌てて下に潜った。

 潜ってから暫く経ちは今は安全であると何となく判断したらしい、安心したと同時に眠気が襲い掛かってきたため、彼はそのまま睡魔に身を委ねた。 

 

 

 

 

 

 それから暫くして、自分がいるこの四角い箱の中に何かが入って来たのに気が付いた。 

 その時はまた定期的に貰えるご飯の時間かなと彼は思っていた。

 

 入って来たのは誰かの手だった。

 それはご飯の度に体を水中で支えてもらいながら食べさせて貰っていたため、本来であれば別に珍しいものではなかった。

 

 しかし、今回彼にとっては全くの別物だった。

その手に体を撫でられた途端、強い安堵の感情が沸き上がってきた。彼は思わずその手をひしと(彼にとっては)強く握り締めた。 

 手は彼が握った時少しピクンッと動いたが直ぐにもう1つの手で彼を優しく撫でていた。

 

 

 暫くして名残惜しげに彼を撫でていた手と掴んでいた手は彼から離され、ゆっくりと外に出ようとしていた。

 短い時間ではあったが彼にとってそれは既にかけがえのない大切なものとして認識していた。それが今無くなるのは彼にとっては我慢できるものではなかった。

 直ぐ様追い掛け、手が水面に出た直後に手の指先を掴んだ。

 

 捕まえられた事に彼が喜んだのも束の間、彼の非力な手は滑り落ちた。

 

 

 

 その時彼が感じた喪失感はとても大きなものだった。

 彼は水槽の中で泣いた。液体の中であった為外に声が殆ど漏れ聞こえることはなかったがそれでも今まで以上に泣いていた。

 一頻り泣いた後、泣き疲れて泥の様に眠った。

 

 幼い彼はこの一件で漠然としたものではあったが小さな決意を抱く。

 

 

 ーー離れてしまうなら自分から触って貰いに行こうーー

 

 

 外に対する恐怖は今だあるものの、それ以上の憧れと好奇心が芽生えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 「申し訳ありませんが烏墨さんそろそろ面会時間が…」

 

 隣に居た看護師に申し訳なさそうに諭され、女性…烏墨彩人の母である烏墨雨美(うずみうみ)は、今だ名残惜しげに自分の息子が居る無菌水槽に伸ばしていた手を引っ込めた。

 息子の容態が安定してきて漸く少しの時間だけなら触れる事が出来ると看護師に伝えられ即座に行くと伝えたのだ。

 

 そして思い出すのは息子が必死で離れたくないと嫌でも伝わるほど握られた手、そして最後の抵抗とばかりに握られた指の感触、思い出すだけでも胸が張り裂けそうになる。

 

 ……どうして自分はちゃんと生んであげられなかったのだろうと自分自身を何度呪ったことか

 

 それでも姿が見えないほどの赤色の水槽の中で触れた愛しい子の生きている感触に感動もしていた。

 手術後の医師から、息子が個性で体を流体に変化していなかったら自重で体が潰れ命は無かった可能性が有ったと説明された。

 まさに生きていること自体が奇跡と言える子だったのだ。

 

 でも今は息子が此れからちゃんとヒトとして生きていけることを祈るしかない。

 

 

 母は息子に何もしてあげられない事に無力感にも似たものを感じながら、看護師に連れられ病室に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 …………これは彼、彩人が産まれて間もなく、彼にとっては死が満ち溢れた外の世界に飛び出し、母に抱き締めて貰う事を目標にした、小さくとも誰よりも早く努力することを決意した切っ掛けとなる出来事である。

 

 

 

 

 

 

 その日から彩人は自分が居る水槽からどうやって出るかを模索し始めていた。

 そもそも彼は今居る場所や状況すら理解していない。

 目も開いていない今は肌に触れる感触でしか周りを把握できなかった。

特に深く考えたわけでは無かったが、取り敢えず周りがどんなところかを触りながら考えようとしていた。

 しかし何の経験も無い赤ん坊では物事を認識し考えるという芸当はまず不可能である。

 

 

 実はこの小さな頃から思考すると言う行為は脳を活性化させ、尚且つ脳の働きを大きく成長させる事になっているなど無自覚に行っていた彩人には気付く筈も無かった。

 

 

 彼は取り敢えず今いる水槽の中で探し回る事にした。

 何度も何度も繰り返し水槽の中でぐるぐる回っているうちに彼は漠然とではあったが疑問に思うようになっていた。

 

 --もしかして上以外ではあの手には出会えないのではないだろうか?

 

 赤ん坊の頭脳ではそれを認識するのに非常に時間がかかっていた。

 

 --だったら上に行こう。いろんな手……あの手が来た上に。

 

 思いついてすぐに彼は水槽の上を目指すことにした。

彼にとって死に満ち溢れた外の世界に対する恐怖はある。しかしそれ以上にまたあの手に触れてもらいたいという気持ちが今は遥かに凌駕していた。

 彼は、水面に向かい泳ぎ、水面ほんの少しだけ顔を出した。水面から顔を出した途端に出した部位から恐怖していたあの圧迫感が彼を襲う。思わず水中に顔を引っ込めた。

 しかし、このくらいなら大丈夫、このくらいなら我慢できると自分に言い聞かせ、彼はもう一度水面に顔出した、今度はもっと顔を水面から出せるように。

 今度は、先程よりも顔を出せた。しかし、今度はそれ以上上に進めなかった。恐怖で進めなかったのではない、問題は彼自身の身体能力の低さにあった。

 現在、彼の赤ん坊の身体能力では水面から顔を出すだけで精いっぱいだったのである。

 

 それでも顔を出すことができた。それに彼は達成感を感じつつもう一度水面に顔を出した。今度もさっきと同じくらいしか顔を出せなかったが彼は諦めなかった。

 

 

 --今まで阻まれたところは何度挑戦しても進むことすらできなかった。でも少しだけでも進められた此処ならいつかきっと……

 

 

 彼はもはや上に向かうことにのみに希望を見出していた。囲まれた水槽の壁は固く、いくら進もうとしてもできなかった。しかし、上には壁などない、頑張ればほんの少しだけでも外に出ることができる。その思いが今の彼を支配していた。

 

 

 

 

 

 何度も何度も上に向かっておよぐ、水面から顔を出すたびに限界がきて水中に戻される。何度か行った後疲れて眠る。そのサイクルをひたすらに繰り返す。

 

 途中その様子を見た看護師が不安になって医師に相談しに呼びに行った。医師もその様子をしばらく見て、彼の行動に何かしらの危険は今のところないと判断し、看護師たちに伝えた。

 但し、今は危険がないだけでどうなるかわからないため看護師たちには、彼に特に注意してなおかつ定期的に様子を見るようには伝えた。何かがあった後に気づいても遅いからだ。

 それに彼の行動は彼自身にとっても良い傾向だと医師は思っていた。あの子は体に骨がない、だからそれを補うためには常人の何倍もの筋肉が必要だし、もしかしたらあの子の『個性』がこのことを切っ掛けに良い方向に向かう可能性があると考えている。

 医師はそのことも看護師に伝え何かが起こらない限りは彼に自由にさせておくように伝えた。

 

 

 この医師の予想が正しかったことを知るのはもう少し先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 何度も水面に向かって泳いでは水中に戻され、疲れてはまた泳ぐを繰り返して数日が経った頃、彼自身に変化が起こり始めていた。

 まず彼の動きがほんのかすかではあったが動きが最適化され、筋肉がちょっぴりついてきたのか泳ぎの速度が速くなっている。

 そして最も大きな変化が彼の姿が水面に上がる瞬間と水中にいるときとで変わってきているのだ。今まではまるでイカと人間が中途半端に組み合わさったような姿だったのが、水中ではイカの姿に、水面に出る直前にはヒトの姿に少しずつではあるが変化するようになってきたのだ。

 

 この変化はすぐに様子を見ていた看護師から医師に伝わり、すぐに精密な検査が行われ、その結果彼の肉体が水中と陸上で形態を変化させていっていると判明した。

 

 

 

 これは彼が両親ともに会うことができるようになる少し前の話である。

 

 

 




因みに裏話として「世界中で医者を探せるほどの家柄」、「生まれる前から自我が芽生える」同じく「生まれた直後から個性を発動させられた」というご都合展開ですが

・「世界中で医者を探せるほどの家柄」…ベテランの医師がいないと生まれてすぐイカ化している時見つかるまでに対処が遅れて高確率で死亡

・「生まれる前から自我が芽生える」、「生まれた直後から個性を発動させられた」…生まれる前はヒト型、形態変化は任意で発動するタイプの為、自我が芽生えてないと追い詰められてイカ化出来ない為自重に潰されて死亡
の為ご都合展開にせざるをえませんでした。

※因みに現在の主人公の姿はイカと人の中間の為泳ぐことができているという設定です。(考えたらこれもご都合展開でした)


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第3話

ナメクジ更新ならぬナメクジ展開で申し訳ないです。

それでも見たいと思って下さる方がおりましたら宜しければ御観覧下さい。

産まれる前から自我を持つ子供が、引き離された母親を求めていたらこんな感じかなと思って書いてみました。



彼、『烏墨彩人』が生まれてからおよそ半年の月日が経過した。

 

 普通の赤ん坊なら既に各家庭で寝返りやお座りなどができている頃

 

 彼は今、病院の一室で生まれて初めて決意した目標が叶おうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 彼は過ごした半年の間に大きく成長した。

 

 ヒトの形態になった時の体つきは他の赤ん坊とそう変わらないながらも既に何歳も年上の子供と大差ないほどの筋肉量が彼の小さい体の中に詰まっていた。

 そして体も頑丈になり、今では水面から顔のほとんどを出すことができるほどにもなっている。

 水中でイカの形をしている時は既に泳ぐ速度も速くなり水槽の中を自由自在に泳ぐことが出来る様になるまでになっていた。

 あまりにも自由に泳ぎすぎて今では大人のベッドサイズの深い水槽に移されたほどだ。

 そして目も見えることになったことで、外の世界も見える様になり、強い好奇心が更に刺激されたことで周りの物やの人の行動、表情を観察する思考能力も成長していた。

 

 

 

 

 他ににも色々な事があった。

 

 突如水槽の色が変わるだけでなく、急激に温度が上昇したことがあったかと思えば今度は色が変わると同時に温度が急速に低下するという事があった時など病院内が騒然として大慌てで対処しようと躍起になったことがあったり

 

 

 彼がいる水槽を交換するときに彼はびっくりして思わずずっとイカ状態になり、なおかつ水槽の端の自分の体よりも小さな水たまりにいたために看護師が気付けず、赤ん坊が消えた!、もしくは流された!、とこれまた大騒ぎになることもあった。

 

 

 元気なのはいいことだけど、もうちょっとおとなしかったらなぁ…と病院の職員たちが思ったのは内緒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな病院内で騒ぎを起こしていた彼はそんなことなどつゆ知らず、彼は今日も元気に泳ぎ回っていた。

 

 今では目も見えるようになり、その様子を見ることで彼の外の世界に対する好奇心がますます膨れ上がっている。そんな彼だからこそ外の様子を水面から顔を出す練習をしながら観察するのは今では彼の楽しい日課となっている。

 騒ぎを知らず起こした時などは、その様子を見てちょっと面白かったと思ったほどだ。

 

 そして目が見えるようになり、人の姿などを認識できるようになった今、時折体を撫でてくれるあの暖かい手の持ち主を見たとき、彼は生まれて初めて母親という存在を本能と理性、両方で理解した。

 

 体を包むように撫でられ、そして去っていく母親の姿を見て彼は、益々外に出たいと言う願いが強くなっていた。

 

 ちなみにその場で父親にも撫でられたが、硬くゴツイ手にビックリして泣いてしまっていた。

 すぐに母にあやされ泣き止んだが、その際の父親の他の人ではあまり見ない表情(ショックを受けた表情)を彼は不思議そうに見ていた。

 

 

 

 

 

 そして冒頭に戻り、今彼の側には母と父、見慣れた看護師と医師がいた。

 母と父の表情はひどく緊張で固まっている。彼は初めてみたその表情をじっと観察していた。

 

 「ここまで体の発達が早いとは思いませんでした。産まれてすぐとはいえ、恐らく外に出ようとしていたであろう行動がここまで良い結果を生むとは本当に予想外でした」

 

 医師はどこか嬉しそうに語っていた。やはり医師としては自分の担当した患者が無事に成長できた事が嬉しいのだろう。

 そして今度は真剣な表情に変わり、最後の確認として二人に

話し掛けた。

 

 「それでは、烏墨さん心の準備は宜しいでしょうか?この子の体調を考えまして10分以上はこの子の負担が大きくなってしまいますのでその点はご了承頂きます。」

 

 

 「大丈夫です。私達はこの瞬間をずっと待っていたんです。決してこの子に負担は与えません。誓ってもいい」

 

 「もちろんです。自分の愛しい子供に自分の都合を押し付ける等絶対に致しません。」

 

 

 両親である二人は、医師以上に真剣な表情で医師の質問に答えた。産まれた時から我が子を抱く所かほんの少しの時間触れる事しか出来なかった。親としてはこれ程辛い事もない。

 しかし、今度は触れるだけじゃない、自分の腕の中に自分の子供を迎え入れる事ができる。やっと親として当たり前の事を我が子にしてやれる。

 そう思えばこそ親としての責任、子供の安全を守ること等当たり前過ぎて頭に無かったほどだ。

 

 

 「その言葉を聞けて安心しました。それではこの子…烏墨彩人さんの面会を始めます。」

 

 

 医師が二人の答えに満足そうに頷くと看護師と向き合い彼を両親に引き合わせるべく行動した。

 

 まず、水槽に柔らかいクッションのようなものを沈めた。すぐに彼…彩人がクッションの上に移動した。

 何度も陸上に慣れる様に練習としてこの作業を行ったが、数度繰り返しただけで彼はすぐに自分からクッションの上に移動する様になっていた。

 

 ……急に外の空気を吸い続けるのは苦しいろうに…

 

 医師と看護師はその健気な行動に、強く、賢い子だと思いながらクッションの上にきちんと移動した事を確認し、彼を水槽から引き上げた。

 

 

 

 彼の姿は現代社会風に言えばイカの異形型だろうか。彼の手や足の指には爪が無く、他の同年齢の赤ん坊と比べて少しだけ手足が大きかった。

 目の周りには隈の様なものがあり、目の間でそれが細くではあるが繋がっている。

 そして最も目を引くのは、頭部にあるイカの足の様な髪の毛に当たる部分だった。

 尖った耳が横に伸び、頭から左右対になるように2本の伸びた身長と殆ど同じぐらいの、イカに例えると触腕に近い大きな触手の様なものがある。

 後頭部には左右の触手程太くも長くも無いが、凡そ腰位の長さの触手があった。

 両手両足と触手を合わせて計10本、触腕もあることからやはりイカの異形型と見て間違いなかった。

 

 

 

 彼を引き上げた後、看護師が彼の体に付いた液体をゆっくりとしかし丁寧に柔らかいタオルケットで拭き取り、今度は先程のタオルケットより厚めの布で体を包み込み、彼に振動を与えないようにこれまたゆっくりと彼の父と母に近付き、最初に青い平べったい触手の様な髪を持つ女性、母…鳥墨雨美に手渡した。

 

「烏墨さん…どうぞ抱いて上げてください」

 

 

 壊れ物を扱うように恐る恐る息子を受け取った雨美は、感触を確かめる様に暫くじっと抱いた後、ゆっくりと彼の頭を撫でた。

 ぷにぷにとした独特な感触を感じた所で、雨美は我慢できず、しかし彼には決して当たらない様にして彼女が堪えていた涙が決壊した。

 

「あ、あぁ……漸く…漸くこの子を抱くことが出来たのね……っ!」

 

 感動で胸が張り裂けそうだった。毎回、自分が息子に触れている時、息子は離れたくないとばかりに手にしがみついていた。離れた後も何度も追い掛けるように水面から出ようとしていたのを見ていた。

 その度に自分が母親として何一つ出来なかったことが情けなかったし、許せなかった。

 それでも自分のもとに来ようとして、その努力が今実った事とが、親としてとても誇らしかった。

 

 

 

 そして母親と同じく彩人もまた歓喜の最中にいた。今まで撫でて貰っていた時とは全く違う守られてる、包まれている様な圧倒的な安心感が今の彼を支配していた。

 このまま眠ってしまいたいと思いと、もっとこの幸せを噛み締めていたいという思いが相反し、せめぎあっていた。

 

 

 

 

 

 暫く抱いた後、彼女はまだ名残惜しかったが今度は、青い肌に口に大きな牙を生やした巨漢、父親…烏墨甚兵衛『うずみじんべい』に彼を看護師と同じ様に手渡した。

 

「…………」

 

 自分の息子を抱いた甚兵衛は、子供を抱き目と目があった瞬間固まった。

 抱く直前迄は漸く息子を抱けると喜んでいたが、いざ息子を抱くと想像と全く違うあまりの小ささと柔らかさ、抱けた事に対する喜びでどうすればいいか分からず、混乱のあまりに思考も止まってしまっていた。

 

「……?、あなた?」

 

「っ!…ああ、すまない少し呆然としていたようだ」

 

 暫く経っても動かない夫に疑問に思ったのだろう。雨美は甚兵衛に話し掛けた。

 

 妻に話し掛けられた事で再起動した甚兵衛は少しだけ慌てた様子で息子を見た。

 息子…彩人は今だにじっと甚兵衛を見ていた。全く動かない甚兵衛の様子をが珍しかったのだろう。

 

 甚兵衛は先程の妻の行動を意識しながらゆっくりと彩人の頭を撫でた。以前触れられたことのあるゴツゴツした硬い手だったが、水中と陸上ではまた感触が違うのだろう、彩人はビクリと体を震わせ表情が少し引きつった。

 

 その様子を見た甚兵衛は以前触った時泣かれた事を思い出したのだろう。また泣かれてしまうのかと以前と同じショックを受けた表情をした。

 

 しかし彩人は甚兵衛の表情を見て今度は引きつり掛けた表情を戻し少しの間その顔をじっと見たかと思うと布でくるまれた体をモゾモゾと動かし始めた。

 

 甚兵衛は急に変わった息子に驚き、息子の様子を見てみると何やら手を動かしているのに気付いた。

 そしてタオルにくるまれた手を出させると手を握られた。

 

 それは骨がない為に関節があることを証明するシワすらない小さな手だった。しかしこの手は自分の息子であると実感させられる赤ん坊特有の体温の高い手だった。

 尚且つ息子から触れられたという事実と相まって甚兵衛は感動のあまりに涙が零れた。

 

 

 

ーー実はこの彩人の一連の行動は、何度か見た泣いた他の赤ん坊をあやす看護師達の行動を真似しようとしたものだったのだがそれを知るのは本人のみである。 

 

 

 

 また少しして、雨美と甚兵衛は彩人を抱きながらは話し合っていた。

 

「彩人は雨美の個性を受け継いだみたいだが大分かわってるなぁ」

 

「確かにそうねぇ、私も『個性』は『イカ』ではあるけれども随分と違うみたいね」

 

「俺にはあんまり似なかったみたいだしなぁ…」

 

「それは仕方ないわよ。『異形系個性』の見た目を両方受け継ぐのは難しいもの。…あっでも力が強いのと泳ぎが上手なのはあなた譲りじゃないかしら」

 

「そっそうか!」

 

 やはり父親としては息子は自分に似て欲しかったのだろう。少し残念そうな様子ではあったが妻に自分との共通点を指摘され嬉しそうに笑った。

 

「それとこの子の将来を考えると色々と大変ね。先生から聞いた話しだとこの子『個性』で結構やらかしてるみたいだし」

 

「まぁ、生まれたばかりだからな。それに生まれてすぐ『個性』が使えるのは将来が有望っていう証しでもあるぞ」

 

 もしかしたらヒーローになれるかもしれないな!と甚兵衛はおどけたように仄めかした。

 

「もうっ!これ以上この子が危険なことに会うなんて考えるだけでも怖いこと言わないで」

 

「そっそうだったな…すまない」

 

甚兵衛は自分が不用意な発言をしたことに気付き素直に謝った。改めて考えると自分でも恐ろしかったからだ。

 

「許します。…でもこの子にその道に進みたいって言われたら反対したいけど……難しいわね」

 

 生まれた直後からあなたそっくりで一途みたいだしね。と続けて言われた甚兵衛は恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 

「まぁ、兎に角元気に成長して欲しいってのが一番の願いだな」

 

 

 雨美はそれが一番ね、と頷くと甚兵衛と一緒になって息子…彩人を見詰めるのだった。

 




読了有り難う御座います。

主人公の両親は姿だけですが『侵略!イカ娘』の大人っぽくなったイカ娘と
『ONE PIECE』のジンベエ親分の若い頃をイメージしております。

次話から漸く年単位で時間を飛ばすようになります。


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第4話

今回時間が飛びます。

そして、初めて主人公の『個性』の詳細がが出ます。

正直、凄いやり過ぎました。そしてとても見辛いです。
拒否反応が出る人も多いと思います。

それでもという方はどうぞ読んでやってください。


烏墨彩人が生まれて3年の月日が経った。

 

 およそ生後一年目で陸上でも問題なく活動が出来るようになった彼は、一歳の頃に病院から家での育児も問題ないと太鼓判を押され、今では勉強と運動に明け暮れていた。

 

 彼の家は大きく、広い庭には芝生が敷き詰められていて、庭の一画にはアスレチックのようなものがあった。

 

 

「彩人いくぞー」

 

「はーい!」

 

 そんな広い庭では、甚兵衛が投げたボールを追いかけ彩人と一匹の犬が駆ける。犬は素早く走っているが、反対に彩人の走る速度は遅く少しふらついた動きだった。

 そして犬の方が遠くから追い掛けていたのにあっという間に追い付かれ、ボールが犬の口に咥えられた。

 

「あー!またコジロウにとられたー!」

 

 犬に先を越された彩人は悔しそうに叫んだ。その声は独特でほにゃほにゃとまるで水の中で喋っているような少し聞き取りづらい声だった。

 

 そんなのは知らんとばかりにコジロウ…茶色の豆柴犬は一直線に甚兵衛の元に行き、誉めてと言いたげに尻尾を振りながら彼の足元にボールを置いた。

 

 

「残念だったなー、次は取れるかもしれないぞ。さ、早く戻っておいで、コジロウはもっと後ろからスタートさせるからな」

 

 はーいと彩人は甚兵衛に向かって走りながら返事をしたがその声は不満げだった。やはり悔しかったのだろう。

 

「インクのなかだったらかてるのにぃ」

 

「ははは、ずるは駄目だぞーコジロウも足で走ってるんだから一緒に走らないとな!」

 

「コジロウはあしが4ほんもあるもん!」

 

「父さんは足が2本しかないがコジロウよりも速いぞ。彩人もいっぱい走れば必ず勝てるようになる。ほらいくぞー!」

 

 また甚兵衛がボールを投げ、1人と一匹が追い掛ける。何度も繰り返される光景を二人の女性が微笑ましげに見守っていた。

 

 

 

 

「こうして一緒にお茶を飲むのは本当にお久し振りですわね雨美さん」

 

「ええ、お互い慌ただしかったから本当に久し振りね千花さん」

 

 白いサマードレスを着た腰まである長い黒髪した女性…八百万千花『やおよろずちか』が、水色のワンピースに白いガウンを羽織った烏墨雨美にそう話し掛けた。

 彼女達は学生時代からの友人だった。共に学力がトップクラスだったことからお互いをライバル視していたが、両方とも上流階級だったため何度か社交パーティ等で話をしていく内に意気投合し、今ではすっかり打ち解け友人となった間柄である。

 

「百ちゃん…だったかしら、呼び出しておいて申し訳ないけどその子を家に残して来てるけど大丈夫?」

 

「問題ありませんわ。今あの娘はお稽古中ですもの。それに貴女ほど大変ではありませんわ」

 

 此方もお久し振りにお話ししたかったのですからむしろ好都合でしたわ。と千花は言葉を続けた。

 何年も会っていなかった為に疎遠になっていたのではないかと不安に思っていたために彼女のその言葉に雨美は嬉しくなった。

 

 

 

 

「それとだけど…」

 

 暫く会話していた時、雨美は突如居住まいを正し、千花に改めて向き合った。

 

「あの子のサポーターの件本当にありがとう。此方でも探したけど貴女が紹介してくれたメーカーが一番あの子に合っていたわ」

 

 そう言って二人は庭を正確には彩人に視線を送った。

 

 彩人の格好は異様なものだった。雨美はサポーターと言っていたがサポーターとは基本的に関節等を保護するために付けられる道具である。

 しかし彼に付けられたサポーターはもし彼に関節があった事を仮定すると、真逆の首以外の関節の無い部位にのみ全身に渡ってサポーターがつけられていた。

 

 

「あのサポーターがあるお陰であの子は人間としての体の動かし方を慣れさせることが出来、尚且つサポーターそのものが骨の代わりになってくれる。

 あれのお陰であの子はヒトとしての生活にまた一歩進められる」

 

 あなたのお陰よ。と雨美は千花に頭を下げた。

それを見た千花は、少し慌てたように返答した。

 

「頭を上げてください!前にお礼は頂きましたし、親友なのですから此のくらい当たり前ですわ。それにあの子の話を聞いたら私も手を差し向けたくなりますわ。」

 

 そこから暫く、それでもありがとう。いいえ!もう結構ですから!という言葉の応酬が続いた。

 

 

 

「それで、話は変わりますけどあの子のサポーターの重さ、あれで大丈夫ですの?」

 

 確か結構な重さでしたわよね?と千花は疑問に思っていたことを雨美に聞いた。

 

「医師と相談した結果だから問題ないわ。それにあの子、ああ見えて高校生の平均位の筋力があるらしいから。

 今は全部で20キロ位あるけど重ければ重いほどあの子には都合がいいのよ」

 

 筋力がつくほど体と『個性』が安定するらしいしね。と雨美は言葉を締めくくった。

 

「…増強型の『個性』ではないですわよね?それと『個性』も安定するってどういうことですの?」

 

 千花が疑問に思うのも無理はなかった。ぱっと見た限りでは彩人の体つきは普通の3歳児と変わらなかったからだ。

 

「医師からは増強型並みに力が強くなっていってるけど違うってはっきり言われたわ。それとあの子は、鍛えるほど体の頑強さとインク…あの子が出す液体ね。

 血液の代わりにそれが流れてるんだけど器が丈夫になってより多くインクを体に溜められるらしいのよ」

 

 凄い『個性』でしょ?と雨美は自分の事のように誇らしげに語った。

 

「ええ、とても個性的で、とても良い『個性』ですわ」

 

 

 所で今度は貴女の娘の話を聞きたいのだけど…、勿論ですわ。と女性達の会話は途切れることなく日が傾くまで続いていった。

 

 

 

 

 

 夕暮れまで父に遊んでもらった彩人は今度は母に家庭教師として本などを読み聞かせて貰っていた。

 彩人はおとぎ話や童話よりもファーブル昆虫記等の様々な生き物が登場する話が好きだった。

 流石に子供に読み聞かせるには文章量が膨大過ぎたので、予め雨美が読み、読んだ内容を要約して彩人に読み聞かせていた。

 母からされる内容は分かり安く、未知に溢れていた。自分の知らないことを知るのが楽しかった。

 そして話の中で自分が出来そうだと思ったことを実践するのが特に好きだった。 

 

 ある日、壁をタコが登った話を聞いた次の日、彩人は自分の頭にある触手を使って実際に壁を、最終的に天井を登ったり。

 

 またある日、体で化学物質を混ぜ爆発を発生させる虫の話を聞き、自分のインクでも出来るかなと思った彼が体の中のインク変化させて見て、初めて作れた色に興奮してインクを出した途端爆発が起こり吹っ飛ばされたり。

 

 どちらも最後は両親に怒られて終わり、それからというもの、こういうことをする時は両親同伴の時のみと言われたのは彩人には少し不満だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 芝生で囲まれた広い庭を駆け回り、勉強している日々を過ごしている内に月日が流れ、彼が4歳になった頃、1つの転機が訪れた。

 

 

 ある日、甚兵衛はそろそろある程度制御が出来ている息子の個性届けを出さなければならないと考えた。

 しかし彩人の個性は非常に複雑な為個人で判断するのは難しいと考えている。

 ならば専門家に頼むしかないと『個性』を研究しているとある大学の教授に診て貰うことにした。

 

 

 

 

 

 

甚兵衛が教授に検査を依頼した日から3ヶ月程経った頃、烏墨彩人の個性の検査を担当した教授は検査結果に頭を抱えていた。

 現代では様々な『個性』が存在しており、それらを研究し、今では『個性』研究の権威と呼ばれる彼自身『個性』については相当な知識があると自負している。

 一見複雑な『個性』であろうと、本質を見極めれば大抵の『個性』を理解するのはそう難しくもないと言い切れるほどだったのだ。

 

 ーーこれは何だ?姿形はイカの異形型、しかし、それ以外の、本質とも言える部分が全く分からない、こんな『個性』は初めてだ。その上、一個人が持てるとは思えないほど効果と種類が多すぎる。

 

 

 教授は彩人の検査結果を改めてみた。

 

 

 

烏墨彩人

 

 個性『???』

 

 人型とイカ型の二つの形態に自由にほぼ一瞬で姿を変えられる

 

 インクの色を変更すると頭の触手の色も変わる

 

 インクは血液の代わりも兼ねている

 

 一部を除き、インクの色と同じ特性を獲得する

 

 現在の色以外の色のインクを踏んでいる間、動きが著しく遅くなり、イカ化で潜ることもできない

 

 インクの色を変更するのにタイムラグがある。その間変更する前のインクを踏むと動きが著しく遅くなり、上記と同じくイカ化で潜ることもできない

 

 

 

 イカ型

 

 

・陸上では動きが緩慢だが、基本的に物理的干渉は体が流体の為すり抜ける

 

・水の中では体からインクが溶け出すので泳ぎ続けるのは難しい。但し、泳ぎそのものは速い。

 

・インクの上なら非常に素早く移動が出来、例えインクを塗っただけの浅さでも沈むように潜り、壁や天井でも自由に移動することが可能。

 また、面積が小さくとも頭ほどの面積であれば潜ることが可能   

  

・来ている服、そして自分の腕で持てるものであれば生物以外すべて保持した状態でイカ形態になり、インクに潜ることが可能。

 ただし、重量によりイカ化している時の動きが遅くなる

 

・インクの中にいる間潜っているインクを消費する事なく数秒で限界までインクを補充可能。

 

・インクを噴出し高く跳躍する事が可能

 

 

 

 

 

 ヒト型

 

 

 

・体からインクを放出することができる

 

・頭にイカのゲソのような部分があり、自由に動かせる。また力も強く重い物を持ったり、吸盤で壁や天井を移動可能

 

・骨がなく肉体は細身ながら見た目より遥かに力が強い、筋肉が高密度で圧縮されている

 

・体はしなやかで丈夫、柔軟性が高く衝撃に強い

 

・100m先の小さな文字でもはっきり見える視力をもつ

 

・水の中でもインクが溶け出さない為、イカ形態程ではないが速く泳ぐ事が可能。

 

・骨がないため全体的に瞬発力に乏しい

 

 

 

 インクの性質

 

 

・白、黒、以外の全ての色は水溶性が高いため、大量の水で溶かし、洗い流せる。

 

 

・緑・高い粘性を持ち、衝撃と圧力を吸収する性質を持つ。粘着力が強く、くっついたら引き剥がすのが困難。耐冷、耐火性ともに低い

 

・青・緑ほどではないが粘性がある。温度を吸収し続ける性質があり、温度が高ければ高いほど比例して吸収する速度が速くなる。

 温度を溜め込むことが出来ず、強制的に外気に触れている部分で最も温度が低い部分から熱が放出される    

 

・赤・青と同じ粘性を持ち、衝撃若しくは振動を与えるほどその強さに比例して温度が急激に上昇し続ける。強い熱ほどインクが蒸発し、蒸発にかかる時間も早くなる。

 ヒト形態でも動けば動くほど温度が高くなり、揮発していく。

 

・黄・粘性はあまり強くはない。このインク同士が摩擦を起こす事で強く帯電する。

 強い衝撃、振動を与えるほど電気を纏うが、放電は出来ない。

 ヒト形態でも動けば動くほど体の中のインクも帯電する。

 

 

・白・非常に粘性が高いためこの色になっている間はヒト、イカ型問わず動きが遅くなる。

 このインクが純色に近いほど体の外に出た瞬間に固形化する時間が早くなる。現在はこの色のみ自由に色の調節が可能。

 固形化したインクは非常に固く、各種高い耐性を持つ。

          

・黒・体の外に出た瞬間即座に揮発する。水以上の膨張率で一瞬で揮発し膨れ上がるため、少量でも爆発のような衝撃波が発生する。粘性は非常に低い。

 この色のみヒト型で固定される。

 

・橙・粘性は強くなく、5分ほどで蒸発する。その他に特に目立った効果はない。

 

 

 

 

ーー意味が分からない

 

 いったい何人分の『個性』を合わせれば、こんな突拍子もない『個性』になるのかと教授は頭をかきむしった。

 

ーー確かにこれは一般人では理解出来るわけがない、あまりにも複雑すぎる。まだ4歳でこれだ、今後成長することも考えると一体どうなるのか…

 

 この子の将来を考えると教授は強い不安を覚えた、こんな『個性』コントロールするのは相当難しい筈だ。

 もし、何かほんの少しでも間違えば、致命的な事故に繋がってしまうだろう。

 どうすれば良いだろう、と考えたところで彼にとって天啓とも言えるものが閃いた。

 

ーーだったら私が『個性』を制御する術を学術的に指導すれば良いではないか!

 そして実践的な事は知り合いのヒーローや元教え子達に頼み、さらに私の知識で補強すれば良いではないか!

 ここまで複雑な『個性』を完璧に制御出来るよう指導出来たならば、その過程は私の『個性』の研究にとって大きな貢献になる筈だ。

 

 

 こうしてはいられないとばかりに携帯電話を遮っていた資料をひっくり返し、烏墨家の電話番号を叩くような勢いで押し始めた。

 

 

 これは『個性学の権威』識深泰介『しきみたいすけ』が烏墨彩人の師となる切っ掛けとなった出来事である。

 




読了有り難う御座います。

大分やり過ぎましたが、ここまですれば個性を研究してる人なら目をつけて貰えそうだと考えました。

後、熱血物の特訓も良いですが、こういう形も面白そうだなと思い書きました。

 そして、主人公のインク、基本的に物理的な効果のみで酸や毒等の科学的なものは出来ないようにしております。
 そしてこれ以上は考え付きませんでした



最後にタグの男の娘ですが、出来ればイカボーイでやりたかったのです。
 ただ、長いゲソを生かした三次元的な動きとかやってみたかったのです。でも、ボーイだと長いゲソの髪型?が想像出来ませんでした。
 だったら女主人公なのですが、女性を表現し続けられる気がまるでしませんでした。
 その為、このような形になっております。


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第5話

話が飛び飛びになっている気がします。でも話の上手い切り方が分からないです。


拙いですが宜しければどうぞご覧下さい。


 『個性学』の権威、識深泰介はアポイントメントを取った後、烏墨家に訪れた。

 

「あなた方の息子さんの『個性』を調べさせていただいた結果なのですが、非常に複雑な個性であると判明しました。この個性を制御するのは正に至難の技であると同時に訓練するにも大変危険を孕んでおります」

 

 烏墨夫婦はその言葉に暗い表情を浮かべた。漸く彩人が成長し、サポーターありではあるが歩けるようになった。

 正にこれからだと思っていた所でこれだ。暗くなるなと言うのが無理な話だった。

 

 急に変わった夫婦の表情を見た識深教授は、慌てた様子で咳払いし、話を続けた。

 

「この『個性』は個人で制御するのは非常に難しい、ヒーローが親であってもまだ厳しいでしょう。

 そこでです。どうかこの『個性』を制御する訓練や指導、私に任せて頂きたいのです」

 

「!…本当ですか!?」

 

「是非お願い致します!」

 

 その話を聞いた夫婦は驚いた様に聞き返した。識深教授と言えば『個性学』の権威、有名なヒーローも講義を聞きに来る程の人物、多忙で無い筈がない。

 今回検査をして貰えただけでも有り難かったのにこの言葉だ。飛び付かない訳が無かった。

 

「寧ろ此方からお願いしたいのです。

 私情になりますが、息子さんの『個性』に私の知識欲が大いに刺激されました。

 此処までの複雑な『個性』を完璧に制御、使いこなし、尚且つ成長したら、その過程は私の研究を大きく前進させることになるでしょう。

 そう思うと居ても立っても居られ無かったのです。」

 

 ですので…と識深教授は更に言葉を続けた。

 

「もう一度言わせて頂きます。

息子さんの『個性』の制御の指導、私に任せて下さい。

 その為に、息子さんの体の問題、此方でも全面的に協力致します」

 

 そう識深教授は言い切り、頭を下げた。

 

 それを聞いた烏墨夫妻は嬉しさのあまり涙を流していた。息子の彩人は生まれるのも、生きるのも大変だけど、人には恵まれていた子だと考え、また嬉しくなった。

 

「是非もないです。息子を…彩人をお願いします。」

 

「有り難う御座います。…ただ、此処まで仰って頂いて差し出がましいのですが…」

 

 夫妻は揃って頭を下げた後、雨美が申し訳無さそうに言葉を発した。

 

「何でしょうか?」

 

「息子の『個性』を指導して頂くのは有り難いのですが、その…『個性』を公表する様な事は控えて頂きたいのです。」

 

 雨美の発言は親として、そして人として最もな発言だった。個性が持て囃される現代、『個性』は自分そのものを表す個人情報だ。

 それを広められたら息子の将来に悪影響が出るのではと心配になるのは当たり前の話だった。

 

 その事に気づいたのだろう。甚兵衛もはっとした顔をして直ぐに恐る恐る識深教授の方を見た。

 もしかしたら、「でしたら今のは無かったことに…」なんて言われることを恐れたからだ。

 

「その事でしたら御心配為さらず。

 私が研究に役立てたいのは、『個性』そのものではなく制御するための訓練等の過程です。

 未来の為の研究に子供の将来を犠牲にする事などあってはならないことです。

 息子さんの将来を曇らせる真似は決してしないと誓いましょう。

 そうですね、契約書を書きましょう。此れで御二人の気が紛れると宜しいのですが…」

 

 識深教授の言葉に二人はほっと胸を撫で下ろした。そしてこの人は自分達の息子を預けるに相応しい信頼に値する人物であると判断した。

 

「何から何まで有り難う御座います。」

 

「疑ってしまい申し訳ありません…息子を宜しく御願い致します」

 

「いえ、息子さんの事を想えばこそ、それを咎めることは出来ません。

 さて暗い話は一先ず置いておきまして、息子さんの話をお聞かせくれませんか?」

 

 識深教授が話しはこれでお仕舞いとばかりに話題を変え様とし、烏墨夫妻もそれに乗り、ここから三人は談笑に花を咲かせる事にした。

 

 そしてこの日から数日後、烏墨彩人の『個性』制御の特訓の日々が始まった

 

 

 

 

 

 

 識深教授が最初に行ったことは、体を安定して動かせる様にするための体の動かし方の指導とトレーニング方法の確立、成長する体を作る為の食事メニューの作成だった。

 『個性』を制御するにはまず、不安定な肉体を制御しない事には始まらないと判断したからだ。

 

 

ーー最初は食事

 

 個性により体質、体の成長度合いによる必要な栄養素、エネルギー量は個人によって全く違う。

 まさに千差万別であるため、到底個性の無い昔の様な、人を平均化させたメニューを食べさせるなど愚の骨頂である!、と彼は鳥墨夫妻に力説した。

 

 そしてメニューを作る際、教授としての伝で、同大学の栄養学や遺伝科学等の他の教授と入念に相談し、烏墨彩人の為だけの特別な食事メニューが作成された。

 

 彩人は食卓に並んだメニューに好物であった烏賊ではなく苦手なタコが出る様になった事で、嫌だと駄々を捏ねたが、時々少しではあるが、おやつにスルメイカを貰える様になった事で我慢するようになった。

 

 

 なお、教授達でメニュー作りで相談していた際、「これぞ(科学的に)究極のメニューだ!」、「いいや、これが(科学的に)至高のメニューだ‼️」なんて言い争う声が研究室で響いていたが、それはまた別のお話である。

 

 

 

 

ーー次に肉体

 

 現在の彩人はサポーター無しでは立ち上がるのが精一杯ではあったが、それでも筋力のみで体を支えることは出来る様になっていた。

 ここまで出来るならそこまで難しくはない、今度はサポーター無しで走り回れる様、指導とトレーニングを徹底するまでだと、彼は全国大学に連絡し、ヒーローに肉体面でのトレーニングを指導する事があるほどのスポーツ科学等の教授達に、協力を申し込んだ。

 何人かは忙しい事を理由に断られたが烏墨彩人の事情を伝えると快く聞き入れてくれる人達が数人いた。

 

 そして彼等は指導する上で、サポーターを使って体を動かすのと、サポーターを外した状態で体を動かすのを交互に行うのを最初に提案し、そこからどういった、そして何処を重点的に鍛えていくのかを相談しあった上でトレーニングメニューを煮詰めていった。

 

 そうして彼らがトレーニングメニューを完成させた後、本格的にトレーニングが始まり、彩人は体の動かし方を学んでいった。

 

 

 

 

 

 2か月程経った頃、識深教授は彩人の成長振りに舌を巻いていた。

 

ーーまさかここまで動きを理解するのが早いとは…

 

 識深教授の目の前には庭に設置されていたアスレチックを頭の触手も利用しながら、まるでパルクールの様に飛び回り走破している彩人の姿があった。

 

ーーまだサポーターありで、アスレチックには安全のため緑のインクで塗り潰し本人も緑のままとはいえ、あれは無謀にもがむしゃらに動いているのではなく、体の状態を動きながらでも把握している動きだ。

 

 アスレチックを周回している彩人の動きにぎこちなさは見られない。速いわけではないものの、流れるような動きで障害物を走り、飛び越えている。

 正に舞い踊るような動きと言う表現にぴったりだった。

 

 

「あの子がこんなにも元気に走る姿だけでなく、飛び回る姿をたった数ヶ月で見れるなんて…!」

 

「ああ、やっぱり識深先生は凄い方だ。先生に指導して頂けて本当に良かった!」

 

 少し離れた所では烏墨夫妻が最高レベルの指導は自分の息子を短期間でもここまで成長させてくれるのか!と感動していた。

 

 

 識深教授は違うと答えたかったが以前に似たような事があった時、違うと答えてもいやいやご謙遜をと言われ、結局信じて貰えなかった為、そのまま口を閉じた。

 

 

「幾ら教えた事を直ぐに覚えるからってこれはやりすぎだろうに」

 

 識深教授は隣にいたスポーツ医学の教授に話し掛けた。

 

「いやぁ、流石にここまで教えた事をあっという間にものにするなんて思わないですって」

 

 まだ4歳ですよ、と言う言葉に識深教授はまた口を閉じた。そう、隣の教授の言う通りまだ4歳だ。

 当初の予定ではもっとゆっくり進んでいたはずだったのだ。しかし、動画等を見せつつ「ここの動きをやってごらん」と教えれば、動画内の全ての動きを再現するのだ。

 時々つまづく動きがあるものの、次に訪れた時には既にマスターしているなんて事がざらだった。

 これは教えがいがあるとスポーツ系の教授達複数来ていた時、面白がって少しレベルの高い動きを要求する。

 いつの間にかマスターしている。

 また少しレベルの高い動きを教え、またマスターするを繰り返している内にここまでになってしまったのだ。

 自分から「教えて、教えて!」と毎回知らない動きを見せるのをせがんでくるのも後押ししていた。

 正に才能と言う他無いだろう。

 

「あの子は力自体は増強型の『個性』並みに強いからな。寧ろ、あれがあの子本来の動きとも言える。

 だが、その代わりサポーター無しではあまり進んでないじゃないか」

 

 識深教授の言葉に隣にいた教授はばつが悪そうな顔をした。

 

「確かにそうなんです。何度か此方でも撮影した動画を解析してシミュレートしたんですけど、恐らくまだ歩くのに必要な筋肉等が足りないのではないか?と言うのが私達の見解です。

 こればかりは鍛えて筋肉量を増やし、成長に期待するとしか。ただ、あれを見たら条件さえ満たせれば、サポーター無しでも簡単にあのレベルに到達すると思いますけどね。」

 

 識深教授は隣の教授の言葉に頷いた。

 今の彩人は、サポーター無しでは1、2歩歩くのが限界だった。それもふらふらと非常にバランスが悪い動きだった。

 

「確かに、此方の大学でも同じ意見が出た。となると今以上にもっと細かい部分的なトレーニングが必要だな。

 幾つかその部位のトレーニングがあるが、あの子が飽きないよう複数用意したい。

 そちらのトレーニング内容と照らし合わせても宜しいか?」

 

 分かりました、と教授達は彩人から離れ、話し合いが始まった。

 

 

 

 

ーーああ、すごくたのしい!

 

ーーとんだり、たかいところをはしるとみえる。しらないけしきがおもしろい!

 

ーーとんでいるときの、ふわっとしたふしぎなきもちがおもしろい!

 

ーーせんせいがおしえてくれる、しらないことをしるのがたのしい!

 

ーーしらなかったことをするのがたのしい!

 

ーーそしておかあさんとおとうさんが、とんでるぼくをみて、うれしそうにわらってほめてくれるのが、いちばんたのしい!

 

ーーもっとしりたい、もっとしらないをしりたい!

 

 

 

 

 

ーーそうすればもう、おとうさんとおかあさんもなかなくなるから

 




読了ありがとうございます。

今さらですが主人公の姿はゲーム準拠ではなく、某pixivのような人に限り無く近い体型です。

流石にあの体型で、凡そ150cm程の身長は横幅が大きすぎると判断いたしました。


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第6話

 どうしよう…酔った勢いでチラ裏から普通投稿に変えたらとんでもないことになってる……

しかも、話の進行遅くて主人公原作処か小学校にも入ってないのにランキング入ってる…
プレッシャーヤバい、緊張する…
 
あ、この小説に誤字報告してくださった方々有り難う御座います。


 識深泰介教授や時折訪れる他の大学教授達からの指導を受け、トレーニングをしながら様々な事を学びとっていく日々。

 彩人は、自分に与えられたトレーニングメニューを一度もサボるようなこともなく、忠実に守り続けていた。

 辛くなかったわけではない。だがそれ以上に楽しかった。頑張るほどに体が軽くなり視界が広がる様な感覚、結果を出すほど誉めてくれる周りの大人達、狭い世界しか知らない彩人にとって今の生活が幸せだった。

 そんな日々を送って行く内に5歳を過ぎた頃、両親にとっては念願の、しかし彩人自身にとってはまた新しく出来るようになったくらいにしか思ってはいないが、1つの目標が達成され様としていた。

 

 

 

 

 

 

 烏墨雨美と烏墨甚兵衛は、目の前の景色に感動で涙が止まらなかった。

 息子が生まれてからずっと夢見ていた風景、それが今目の前にあるからだ。

 

 彩人は、愛犬のコジロウと一緒になって走り回っている。それだけなら三年前にも見ている、しかし大きな違いがあった。

 

 彩人が飛び跳ねながら走っている?…違う。

 コジロウよりも速く走り回っている…それも違う。

 

 彩人の姿は動きやすいよう、半袖と短パンの格好をしている。そして今、丁度走っているコジロウを捕まえ転がっている所だった。

 動きが止まり、そこから覗く白い肌には何も着けていない。

 

 そう、今はサポーターを一切着けずに走り回っているのだ。

 

 

 

 識深教授や他に協力していた学者達が涙を流している二人に近づいた。

 

 

「息子さんは凄まじい勢いで我々が与えていたトレーニングメニュー等をこなしていきました。

 息子さんは楽しそうにこなしておりましたが、我々が課したメニューは、ギリギリ迄頑張れば出来ると言うものばかりでした。下手をすると大人でも投げ出すかも知れないほどです。それを簡単そうに見える程に次々やり遂げるのは尋常なことではありません」

 

 ですので、と言ってから話を続けた。識深教授も周りの学者達も誰もがやりきった、若しくは誇らしげな表情を浮かべていた。

 

「この結果は息子さんが勝ち取ったものです。

 沢山誉めて上げて下さい。今まで行けなかった所、出来なかった事をさせて上げて下さい。

 個性制御訓練はそれからでも良いでしょう

 息子さんはそれだけ頑張ったのですから」

 

 そう言葉を切り識深教授達は、今回はこれで…と帰って行った。家族水入らずで過ごして欲しいと言う気遣いだろうと思い至るのにあまり時間が掛からなかった。

 

 二人は既に背を向けている識深教授達に頭を下げた。

 戻っていた彩人も二人を真似して並んで頭を下げていた。

 

 

 

 

 次の日から烏墨家は、すぐに家族3人で外に出掛ける様になった。

 場所は服飾店や遊園地、水族館、温泉など、両親も行ったことがなかった場所もあったが、そこは予め子供が喜ぶ施設やスポーツ等を家の者にピックアップさせていたので、スケジュールでの問題は起こらなかった。

 

 彩人は最初に遊園地に行った時、多くの大人、子供が施設毎にひしめきあっている様子を見て固まってしまっていた。

 今まで病院と家の庭周辺までが自分の世界の全てだったのだ。どんな道をを通ったかも分からない程の遠くの地で、恐ろしく成る程の人がいる状況に怖くなったのだ。

 

 その様子を見た両親は、彩人を抱き上げて彩人が落ち着くのを待った。

 

 しばらくして彩人が落ち着いてからは、それは大忙しだった。元々非常に強い好奇心を持っていたこともあってか視線をあっちこっちに飛ばす。

 目に見えるもの全てが初めて見るものばかり、周りの人も大人子供問わず楽しそうにしているのを見て、何かは分からないが楽しい所なのだろうとは彩人は理解した。

 

 そう判断したらもう我慢出来なかった。あれは何?彼処に行きたい!あれをやってみたい!とアトラクション等を終えた側から次のアトラクション、と間断なく言うものだから両親は1日を終える頃にはくたくただった。

 

 両親の様子を見てしまった彩人は少し反省し、次の日以降からは両親の様子を一度見てからあっちに行きたいと、控えめに希望を出す様になったのだが疲れきっていた二人は出掛けている間は気づく事はなかった。

 

 

 

 

 

 

「それはそれは、大変だったでしょう」

 

「大変所じゃ無かったわ。まさかあの子が箍が外れるとあそこまで暴走するなんて思いもしなかったわよ」

 

 でも、あの子の意外な一面が見れたのだから後悔はしてないわ、と雨美は目の前にいる八百万千花に答えた。

 

 烏墨家が彩人と今まで出来なかった事を取り戻す為に、様々な所に出掛け、一先ず一段落ついた後、烏墨雨美は、彩人を引き連れ八百万家を訪ねた。

 先に彩人が体の問題を克服したことは伝えており、お礼と、八百万家の娘との顔合わせを兼ねての訪問だった。

 

 

 

「初めまして八百万百『やおよろずもも』と申します。

 宜しくお願い致しますわ」

 

「こ、こちらこそ初めまして烏墨彩人です。宜しくお願いします。」

 

 母親二人の隣では、子供達同士で挨拶を交わしていた。

 

「ふふ、緊張なさらなくてもよろしいんですのよ?

 それにもっと砕けた口調でも構いませんわ」

 

「…ごめんね、同じ年の人と本格的に話すのは今日が初めてで、どうすれば良いか分からなかったんだ。

 後、この声は地声なんだ。だから声については、気にしないでね」

 

 彩人は今まで父と母、家にいるお手伝いさん後は、識深教授等の遥か年上の人としか話したことがなかった。

 その場合は失礼の無いよう敬語を心がければ良かったが、同年代の場合の接し方を知らないため、緊張してしまっていた。

 もう1つ、彩人の震えるような声も勘違いでは無かったが、緊張しているように見えるのに拍車をかけていた。

 

 

「それについてもお母様からお話は聞いておりますから大丈夫ですわ

 お母様、お部屋で彩人さんとお話ししても宜しいですか?」

 

「ええ、良いですわよ。彩人君もゆっくりしてって下さいな」

 

「はい、ではお邪魔させて頂きます」

 

 そう言って子供組二人は部屋の中に入って行った。

 

 

「聞いていたより積極的な子なのね百ちゃんは」

 

「ええ、あの子は前々から彩人君のことを聞いておりましたから。何時か会ってみたいと私が彩人君の話をする度言っておりましたわ」

 

「成る程ね。確かに中々珍しい境遇の子だものね。」

 

「そう言うのとはちょっと違うのですが…まあ積もる話は部屋でお話ししましょう。」

 

 それもそうね、と雨美は返答し、部屋に案内されていった。

 

 

 

 

 彩人は八百万百に部屋に連れられ、会話に花を咲かせていた。

 

「まあ、そういうトレーニング方法もあるのですか!彩人さんは博識ですのね」

 

「そういう百さんだってこんな身近な物の構造を知ってるなんて凄い知識だよ!

 それに僕は凄い先生達に体の事や生き物の事を教えてもらう事が多かったけど、百さんは自分で調べたりもしてるんだよ?

 僕はそっちの方が凄いと思うよ」

 

 

 八百万百は物質の構造等の科学的な、彩人は生物の生態や特徴、人体構造を把握したトレーニング方法と言う、会話の内容に子供らしさがなかったが。

 

 普通の子供であれば、このような会話は出来ないだろう。

 しかし、二人とも上流階級の生まれであり、教師や大人に囲まれた環境、そして学び鍛えなければならない多様性に富んだ特殊な個性、これらの共通した境遇がお互いの精神的なズレを生じさせない会話が成立していた。

 

 

「それにしても、彩人さんは女性みたいな出で立ちですわね。服装も相まってボーイッシュで可愛らしく見えますわ」

 

 八百万百が口にした言葉に彩人は一瞬体を強ばらせた。確かに彩人の顔立ちは可愛らしいと言える女性的なものだった。更に長い髪の様に見える触手も相まって余計に女性らしく見えていた。

 家のお手伝いさん達にも可愛いと言われた事も一度や二度とでは無かったが、会ったばかりの人に突然言われて少しビックリしていた。

 

「…まあどうしてもそう見えるよね。僕としてはお父さんや先生方みたいな大きくて立派な大人の男性になりたいんだけどね。

 特に、頭とか男性っぽく出来れば良いんだけど、僕の場合は髪の毛と言うより手や足と同じだからあまり弄ったりする事は出来ないからちょっと悩んでるんだ」

 

「あ…」

 

 彩人のその返答で自分が失言したことに気づいたのだろう。八百万百は非常に申し訳なさそうな顔をして彩人に頭を下げた。

 

「失礼な事を言ってしまい申し訳ありません。人のコンプレックスの話題を軽々しく出してしまうのは最低な事でしたわ」

 

 八百万百の行動に今度は彩人が慌てた、彼にとっては本当にちょっとだけ悩んでいる軽いものと言う認識だったのだが、そこまで重く受け止められるとは思わなかったのだ。

 

 彩人は無理矢理とは分かっていても話題を変えることにした。

 

「そんな謝らなくていいよ!見た目なんてこれから成長すればきっと大丈夫だと思うから!だから気にしないで!

 そうだ、大人になったらどんな事をしたいか考えたことある?僕は先生方みたいにいっぱい勉強して強くなって、ヒーローになって知識でも困っている人を助けたいと思っているんだ。勿論普通のヒーローが駄目って訳じゃないよ。でも只ヒーローっていうだけじゃ出来ないことだってきっとあるはずだよ。僕はそういう色んなことで困っている人助けたいんだ!だから、その…えっと…」

 

 彩人は大分慌てていた。慌てすぎて捲し立てるように言ったはいいが、途中から何を話したら良いか分からなくなったのだろう。後半はしどろもどろになっていた。

 

 

 

 

 しかし、彩人が言ったことは本心であった。以前、両親から自分は色んな人に助けられて今を生きているのだと教えられた。

 テレビでヒーロー特集を見た後の話だった事もあって、尚更憧れた。産まれた時の医師達、今も自分を指導している学者達、彼等が自分にとってのヒーローなんだと子供ながらに認識した。

 その時、自分も困っている人を助けられる人になりたいと思った。でも、学者でも医師でもヒーローでも、憧れてもどちらかしか成れない。そう両親から言われ、彩人は悩んだ。

 

 次の日今度は歴代のヒーロー特集という番組をやっていた。そんな時に見つけたのだ。未だに現役で医師とヒーローの両方で活動をやっていた人物を。

 そのヒーローは『リカバリーガール』、彼女の事を知ったとき彩人の脳内に衝撃が走った。

 

ーーヒーローは他のものを兼ねてもいいんだ…

 

 それから彩人は医師も学者も兼ねる、より多くの人を助けられるヒーローになりたいと思うようになった。

 

 因みにその事もあって、彩人が一番憧れるヒーローは『リカバリーガール』となった瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 そんな彩人の様子を見た八百万百は、最初は驚いた表情をしていたが、自分のフォローをしようとしてくれたことに気づいたのだろう。

 八百万百は、くすりと笑うと彩人に微笑んで優しく話し掛けた。

 

「…彩人さんありがとうございます。そうですわね、私も誰かのお役に立てる様な人になりたいですわ。

 その為にヒーローになりたいと思っておりましたが、彩人さんのお考えもとても素敵だと思いますわ」

 

 そう八百万百に答えられた彩人が、今度は自分が気遣われたと気付いた。彩人は照れたように自分の頭を少し撫で、心の中で感謝するに止め、そのまま話題を続けることにした。

 

 

 

 

 

 

 しばらく彩人と八百万百が談笑していると、八百万千花と烏墨雨美が二人を呼んでいた。時計を見るとそろそろ夕方になる時間に差し掛かっている。

 

 

「予定より長居してしまって申し訳ないわね」

 

「良いんですのよ。百も楽しそうに彩人君と話しておりましたから。宜しければまた彩人君と一緒に来て欲しいですわ」

 

「ええ、こちらも彩人の初めての同年代の子とお話出来て嬉しそうだったもの。

 また、機会があれば連れてくるわ」

 

 母親二人は帰り際にそう会話していた。その横では、二人の子供も名残惜しげに同じく会話していた。

 

 

「もっと一緒にお話ししたかったですわ…」

 

「僕もだよ。百さんとの話は凄く勉強になったよ。良ければまた、機会があったら教えてくれないかな?」

 

「勿論ですわ!彩人さんもトレーニングや生き物お話はとても面白かったですわ。

 私も今度、体の上手な動かし方を教えて下さいませんか?」

 

「勿論良いよ」

 

 

 約束ですわよ、うん約束しよう、と二人が仲良く話しているのを途中から母親二人は微笑ましそうに見ていた。

 

「すっかり仲良くなった様ね」

 

「そうですわね。とても良いことですわ。これからも宜しくお願いしますわ」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 

 失礼するわね、という言葉を最後に烏墨雨美と彩人は八百万宅を後にした。

 

 

 

 それからと言うもの、八百万家と烏墨家は時折お互いの家に訪ね、八百万百と鳥墨彩人は、お互いの足りないところを補うように、お互いに様々な事を教え合い、切磋琢磨していく友人関係になっていくのだった。

 




読了有り難う御座います。

初めて小説を書いてみましたが。過分な評価をしてくださり有り難う御座います。

前書きではああ書きましたが、凄く嬉しいです。これからも楽しんで貰えるよう頑張ります。


後、主人公のインクですが、基本的に「水」をモデルに拡大解釈して能力を落とし込んでおります。

「液体は衝撃を吸収する」、「温度を吸収、又は放熱」、「水粒子の帯電」、「液体の凝固」、「揮発すると体積が凡そ1700倍で増える」、これ等を色に当てはめました。

但し、橙色だけはスプラトゥーンの名残を入れたくて入れました。


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第7話

 書きたい部分しか書いてないために、内容が飛んでいたり雑だったりしていると思います。
 申し訳ないですが頑張って改善させたいので、何卒お付き合い下さい。

 
 後、今回インクリングならではのチートが御座います。


 八百万家に彩人が訪れてからしばらくして、彩人の『個性』の制御訓練が本格的に始まる事になった。

 

 まず、最初に行ったことは『個性』と身体の両方の精密検査からだった。

 現状、最初と比べて何処まで『個性』と体が成長しているのか見るためである。

 

 一応、彩人はトレーニングの毎日を過ごしていた間も『個性』の訓練は行っていた。これは、普段から意識して『個性』を使うことで体に慣れさせ、かつ突発的に若しくは感情的に『個性』を使ってしまわない様にするという意味が込められていた。

 

 今に至るまで彩人が行ってきた個性の訓練は、「インクの色の変更」と鳥墨家の巨大なプールへ「限界までインクを放出し、インクが出せなくなったらインクへ潜り補充する」を繰り返すの2つのみである。

 

 因みに流し込むインクは五分で揮発する橙色のみで行っていた。影響がなく、すぐに揮発する為インクが水槽に溜まる心配をせずに行えるというのが理由である。

 

 この訓練は、色の変更の速度上昇、インクの枯渇による限界突破で体に貯められるインク容量の増加の二つが目的だ。比較的危険が少なく短時間で指導せずとも行え、尚且つ本格的に『個性』の指導が行われる時、インクの絶対量が多い程練習量を増やせる為に行われたものだった。

 

 これ等を彩人はトレーニングの後に行っていた。基本的に体を鍛えるのがメインだったので、短時間で行えるのが両親にとっても都合が良かった。

 

 

 

 そして検査結果で分かったことは、色の変化時間が短くなっている事、インクの最大容量がかなりの勢いで増えている事。そして体の耐久性が上がっているのと、筋肉量に対して明らかに過剰な力を発揮できるようになっている。

 最後に各色のインクの質そのものが向上されているというのが判明した。

 

 

 識深教授は、色の変化速度とインク容量、インクの質はある程度予想がついていた。練習すればある程度は熟練度が上がるし、インクの枯渇という限界突破をかなりの短時間で何度も繰り返していたからだ。

 そして、インクの質は、体に溜め込まれるインクの量が増えることでより圧縮、濃縮され、インクの質そのものも向上した可能性がある。

 

 しかし、耐久性、力の増加は予想外だった。これは今度こそ他に増強系の個性に目覚めたのではないだろうかと思ったほどであった。

 しかし、少し考えて識深教授はある仮説を建てた。インクの容量が増し、それに加えて器たる肉体も内部のインクを圧縮するために内側から強化されたのではないだろうかと。

 彩人のインク容量は出会った時から自身の体積を大きく越えている。あながち間違いではないのではないだろうか?と識深教授は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 検査結果を見た、識深教授が大学にて烏墨彩人の『個性』のトレーニングメニューを調整している時、とある男性が研究室に訪ねてきていた。

 

 

「お前さんが自分から呼ぶとは珍しいな。用件も詳しく言わずに呼んでいたが何があった?誰か珍しい、面白い『個性』持ちでも担当することになったか?」

 

 男性の名前は戦大闘輔『せんだいとうすけ』、様々な『個性』で溢れ、(ヴィラン)やヒーローが『個性』を使った戦闘が増えた為に、出来た学問の一つ個性戦術学(こせいせんじゅつがく)を研究している教授である。

 

 内容は主に現在に至るまでに行われた、若しくは仮想の(ヴィラン)やヒーローの『個性』を使った戦闘を様々な状況で解析、シミュレーションし、研究すると言うものである。

 『個性』を研究するという関係上、戦術を確立した『個性』持ち、あるいはそれに近い者に悪用されるのを防ぐ為、情報を決して漏らさぬ様に非常に気を使っており、どんなに小さな研究者同士の情報交換、若しくは講義を行う際でも必ず守秘義務契約を徹底する。

 又、この学問に携わる研究者達は、内容が内容なだけに本当に信頼出来る者にだけ情報交換又は講義をする為に、横の繋がりが特に強い。

 

 

「来たか、確かにお前の予想通りだが、それについてお前にも協力を頼みたくて呼ばせてもらった。」

 

「お前がか?『個性』という分野においてはお前程の人物はそうはいまい。一体どんな個性だ?」

 

 戦大教授は、識深教授のその言葉に驚いた。同時に『個性学』の権威とも呼べる人物が自分に協力を申し込まなければならない程の『個性』とは何かと興味も湧いた。

 

 

「まず、先に守秘義務契約を結ぼう。まぁ、資料を見れば分かるがかなり複雑な『個性』だ。」

 

 識深教授は、そう言って戦大教授に守秘義務の契約書を渡した。これは彩人に関わった識深教授を含めた研究者全員に書かせたものとほぼ同じであった。

 戦大教授は慣れた様に契約書を流し読み、サインをした。

 

 そして渡された鳥墨彩人の『個性』『インクリング』が記載された資料をじっくりと読み、そのあまりの内容から目を見開き何回か読み返し、難しい顔をして識深教授に資料を返却した。

 

 

「…これは確かに複雑だ。一つ一つの効果は単純なものが多いが、問題はその数だ。本当に一個人の『個性』なのか?

 間違えて複数人の『個性』が一人の『個性』として登録されたと言われた方がまだ信じられるぞ」

 

「間違いなく個人の『個性』だ。私がこの目で見てきている。まぁ、そう思うのも無理もない、私も最初はそうだったからな。だが、だからこそあの子が『個性』を完全に制御した時、どうなるのかが楽しみでしょうがないんだ」

 

 戦大教授は、うーむと唸り、識深教授に尋ねた。

 

「それで?この子の『個性』を制御するのを私にも手伝えと言うことでいいのか?

 確かに、この『個性』全てを制御するのは生半可な訓練では難しいだろう。

 只、私も暇ではない、付きっきりで指導するというのは難しいのだが…」

 

「それについては基本的に、実際に見てもらってから私と同じ様に訓練内容を調整、若しくは決めてもらう際の指導をお願いしたい。

 私だけでは訓練に見落としがある可能性が有るからな。別の視点で見る事が出来る者が必要なんだ。

 それに、実践的な部分はこちらで何とかするつもりだ」

 

「成る程、それについては了解した。だが、それでも私に頼むということは只制御するだけではあるまい。

 この『個性』を持つ子供はヒーローでも目指しているとでも言うのか?それに少々その子に入れ込みすぎではないか?」

 

 戦大教授の言葉に識深教授は頷いた。そして、返答する際の識深教授の表情は優しげで、まるで孫を相手にしているような顔であった。

 

「あぁ、この子は確かにヒーローを目指している。だが只のヒーローではない。私達学者の知識を吸収した上でヒーローになりたいと言っていたのだ。

 それだけなら子供の戯れ言と切って捨てれば良かったのだがな…。だが、あの子は肉体面だけでなく、知識面でも教えた事を本当に全て吸収していったんだ。

 だから、他の学者達が色々と教え、甘やかしている様子を見て気付いたんだ。私はあの子に実の孫の様に絆されているとな」

 

 それにな、と識深教授はまた言葉を続けた。

 

「あの子の『個性』は明らかにヒーロー向けだ。資料を見たお前なら分かるだろ。

 あらゆる場所でもたどり着く事が出来、状況に応じて臨機応変に対応できる、正にヒーローになるべくして生まれたような『個性』だ。

 只戦闘力が高いだけじゃない、人を助けるのにこれ以上ない『個性』でもある。だが、全ては『個性』を制御出来る様になればの話だ。

 だからこそお前に協力を依頼したい。最高のヒーローを作るその一助になって欲しいんだ」

 

 

 年甲斐無く識深教授の熱弁を聞いた戦大教授は溜め息をつくと識深教授宥めるように、続いて楽しそうに答えた。

 

「識深、気持ちは分からないでもないが、少し興奮しすぎだ。私も協力するのはこちらとしても構わない。

 それに、資料を見る限りでは細かいところは解らないが、確かにこの子の指導をするのは面白そうだ」

 

 

 

 この様な経緯で、新たに戦大教授が加わった事で、『個性』の制御訓練だけでなく戦闘面でも彩人は指導を受ける事が出来る様になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩人が身体トレーニングを行っている間に個性制御訓練が本格的に始まった時の事を考えて、烏墨甚兵衛と烏墨雨美は識深教授と相談した上で、専用の訓練場が一年以上の時間を掛けて造られていた。

 

 それは山をくり抜いて造られた巨大なダムの様な訓練場だった。

 巨大な柱の様な障害物が入り組んだエリアと敷地面積の大半が広く開けたエリアの二つがあり、各所に大量の水が放出出来る装置が設置されている。

 

 非常に大規模であるが、この訓練場は普段は彩人の訓練に使用し、使用しない時等は、ある程度の費用若しくは短時間の彩人への手解き又は指導を条件に、識深教授の門下生、若しくはヒーロー達に貸し出し、ある程度の負担を減らそうという考えがあった。

 

 

 

 そんな経緯で造られた訓練場で、彩人は『個性』の制御に苦戦していた。

 

 多岐にわたる種類と効果を持つ彩人の『個性』の制御訓練の内容は種類が多かったが、その中でも最も重視されたのが、「インクの放出量の強弱、収縮率の調整」と「それらを体の全ての部位で、尚且つ全ての色で行う」の二つだった。

 

 この二つの訓練に彩人は苦労していた。今までの訓練はオレンジのみで、かつ適当に手から放出するだけだった。その上ほとんどの色は放出する機会があまり無く、黒に至っては機会そのものがまず無かった。

 

 その為最初は、緑⇒白⇒青⇒赤⇒黄といった安全性の高い色の順で、これ等の訓練は行われた。

 但し、黒だけは最低でも放出量の強弱が一定に達しないと危険過ぎて使わせられないと判断された為、暫くは後回しにされた。

 

 

 そして、これ等の訓練の中で「放出量の強弱」に彩人は最も苦労していた。

 

 

ーーどうしよう、上手く行かない。暫く練習すれば少しずつ上手くなるけど、色を変えた後だとインクを出す感じも急に変わるから、変えたばかりだとどうしてもおかしくなる。

 

 彩人が苦戦していたのは色を変更した後の感覚の違いだった。

 彩人の出すインクは色毎に粘度が違うものが多い、例えば緑のインクで弱い出力から徐々に強めていくという訓練をし、続いて最も粘性の高い白で同じ事をしようとすると、最初は殆ど白のインクが出なくなるという事が何度も起こっている。青から赤に変更した際は粘度が殆ど同じなので上手くいっているのだが。

 

 

ーー収縮は少しずつホースの水みたいに、インクを出す部分を広くしたり狭くしたりする感じでちょっとずつだけど上手くいってる。

 手以外にもインクを出す練習もちょっとずつ手からずらせてる。でも、これだけは上手く行かない、どうしよう…?

 

 

 彩人は焦っていた。今までは練習を重ねていけば、いずれは上手く行っていた。しかし、今回は幾ら練習しても一向に上手く行ってると感じられない。

 

 実際は、ほんの少しであるが感覚の違いを理解しつつあるのだが、インクを変える度に感覚がリセットされるため、実感がひどく薄くなっていた。

 

 

 

 問題点は今だに多く、やらなくてはいけない事も多々あるが、少しずつ彩人の制御能力は向上している。

 

 そして、識深教授と戦大教授が協力や相談しつつ、インクを変える前に、変えた後のインクを触って感覚を思い出す手法等、色々工夫を凝らして克服しようとする日々が続いていった。

 

 

 




読了有り難う御座います。

ヒロインなのですが、恋愛自体あまり考えて無かったのですが、現時点で出せる原作キャラが八百万百のみでまだ話が進みます。ので、彼女がヒロインになる可能性は非常に高いです。
 八百万ファンの方申し訳御座いません。

 それと展開が非常に遅く、原作まで後数話程掛かりそうです。
 重ね重ね申し訳ありません。


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第8話

感想での指摘等で自分が如何に浅慮だったか思い知らされます。

少しずつでも改善していきますので宜しければお付き合いください。

今回は日常回となります。



4月10日

 気温が暖かくなり、木や草が生い茂る。早ければそろそろ桜が咲き始める季節。

 

 

 この日、彩人は晴れて小学一年生になった。

 

 

 

「彩人さんと一緒のクラスじゃなくて残念です。でも、これから学校でも宜しくお願いしますわ」

 

 愛知県にある掘須磨大付属小学校にて、入学式やガイダンスが終わり、新入生や保護者達が帰り始める頃、ポニーテールを揺らしながら、八百万百は彩人に話しかけた。

 

 

「うん、此方こそよろしくね」

 

 

 彩人と百が初めて会ったときから烏墨家と八百万家は家族ぐるみの付き合いを続けていた。一緒になって遊ぶ事もあれば、自分達の教師達から教わった事を教えあったりもしていた。

 彩人にとっては努力して学んではいるものの、彩人自身の知識に偏りがあった為、百の範囲の広い知識は有り難かったし、百は百で満遍なく多くの事を学んでいたが彩人の専門的な知識は新鮮だった。

 

 

「でも、休みの時間に会えるから問題ないかな」

 

「それもそうですわね。…それにしても彩人さんは制服が似合っておりますわ。…相変わらず可愛らしいという方に、ですけど。」

 

 

 小学校から送られた彩人の制服は白のポロシャツに赤いネクタイ、紺のカーディガンと同色の半ズボンという出で立ちだった。

 普通の小学生男子ならまだわんぱくというイメージが持てたが、彩人の風貌では橙色の触手と相まって、ボーイッシュ、若しくはお転婆というイメージが先行してしまっていた。

 

 

「あはは…やっぱりそうなっちゃうよね。でも僕には百さんの方が可愛らしく見えると思うよ?」

 

「そ、そうですか?」

 

 少し気恥ずかしくなった彩人は百に誉め返した。誉められた百は嬉しそうに頬を薄く染めた、今度は百が照れる番だ。

 

 百の服装は彩人と同じ、白のポロシャツに赤い蝶ネクタイ、紺のカーディガンと同色のスカートに白いソックスだ。此方は小学生女子らしく可愛らしい出で立ちだった。

 

 

「うん、普段会う時は一緒に運動もするからあまりスカートを履いている所は見てないからね。新鮮で可愛らしく見えるよ」

 

 その言葉に百は照れるのを通り越して恥ずかしくなったらしい。そっぽを向きながら照れ隠しに話題を変えた。

 その横顔は先程よりも顔が赤くなっていた。

 

「あ、ありがとうございます。…そう言えば彩人さんはいい加減頭の触手を私みたいに結んだらどうですか?

 もう触手無しでもパルクールは平気でしょう?」

 

 

 百の言葉通り、彩人は百と出会ったばかりの頃、彩人は触手を使わない状態では、まだあまり上手に動き回れなかった。体に対して大きく重い触手は、バランスを取る補助輪兼第二第三の腕の様な役目を果たしていたからだ。

 

 

「いやっ、でもあの縛られる感じが嫌でさ。…ほら、自分の手とか足とか、お洒落で縛るっておかしいでしょ?

 それに動かし難くって嫌なんだ」

 

 彩人は取り付くように言ったが、百が訝しむ様な表情を作り言葉を返した。

 

「以前、触手を結ばずに形を変えて固定するだけでも訓練になると聞いた覚えがあるのですが…」

 

 百のその言葉に、彩人は痛いところを突かれた為うぐ…と呻いた。実は彩人は触手を縛らずとも触手の形を触手の力のみで変え、固定することが出来る。

 それに教授達にもそれは普段のトレーニング程ではないが、多少の訓練にもなると言われていた。

 

 

「それは…そうなんだけど…」

 

 しかし、それでも彩人には抵抗があった。

 これは彩人自身の感覚でしかないが、触手には神経が通っているために、触手の形を髪型の様に変えるのは自分がポージングを取っているのと同じ感覚なのだ。

 例え他人から見た様子ではなんとも思わなくても、本人的にはそれは恥ずかしくて許容できなかった。

  その為、触手型?を変える時は、自分の家か誰も居ない、もしくは人目の無い時にしかしていない。人前では恥ずかしくて出来なかった。

 

 ーー(我々目線では、自分がカッコいいと思うジョジョ立ち等をしながら走ったり、作業している様に彩人は感じている)ーー

 

 

 そんな彩人の事情を知らない百は、(周囲の人も何故、恥ずかしいのか良く分かっていない)逃げようとする彩人の、今はオレンジ色の触手を掴んだ。

 

「さあ!今度こそ、その髪型を私が何とかして男らしくして見せましょう!」

 

「そんなぁ…」

 

 今日は逃げられ無さそうだ、と思った彩人はガックリと気を落とした。

 

 

 因みに髪型はどうにかなっても彩人は顔立ちが女の子らしいので、あまり効果が無いという事に二人とも気付いたのは一通りの髪型に挑戦した後の事だった。

 

 

 

 

 その彩人と百の様子を烏墨夫妻と八百万夫妻は微笑ましげに見ながら話をしていた。

 

 

「いやぁ、二人ともすっかり仲良くなったようで何よりですよ」

 

「本当にその通りですわ」

 

 八百万夫妻は、嬉しそうに烏墨(うずみ)夫妻に話し掛けた。子供達二人の仲が良いだけでなく、幼くともお互いに教え合い、高めあっている現状に満足しているが故の反応だった。

 

 

「ええ、今は冗談も言い合える仲です。私の子供時代でもここまで仲がいい友人は中々居ませんでしたよ。」

 

「そうですね。それに昔は家同士で確執何てのもあったそうですけど、今はそんな事もありませんし、子供達も自由に将来を決められる。」

 

 いい時代になりましたね。という雨美の言葉に他三人は頷いた。この両者の家は昔は規律が厳しく、家同士で対立もしていたが、時が流れるにつれ確執は薄まり、規律も穏やかになっていった。そして八百万千花と烏墨雨美の代から仲良くなり、今では家族ぐるみで付き合う関係にまでななったという経緯があった。

 

 

「あの子達はヒーローに憧れている。その上実際にヒーローになるために努力している。あの年頃であそこまで一途に向かって行けるのは中々あることじゃない。

 我々親がちゃんとサポートしてやらねば行けませんな」

 

 甚兵衛がそう言った事で、この話題は一度締め括ろうとした。

 

 

 

「そうですわね。それにあそこまで仲が良いんですもの、夫婦でヒーロー何てのも面白そうですわね」

 

 が、からかうように八百万千花が発した言葉で空気が変わることになった。

 

 

「おいおい千花、百達にはまだ早い話じゃあないか?ついさっき小学生になったばかりなんだぞ」

 

 千花に反論した男性、八百万京一(やおよろずけいいち)は、相当驚いたのだろう。ぎょっと目を見開き、自分の妻を見た。

 

「いいえ、早いからこそですわ。彩人君は自覚はまだありませんが、既に百は意識自体は薄いですがし始めています。

 これから成長したら恋愛に発展する可能性は十分ありますわ」

 

 京一は、千花にもう一度反論しようと口を開こうとしたが、先に話に食い付いた雨美の言葉に遮られてしまった。

 

「良いじゃないですか!幼馴染みで夫婦でヒーロー!素敵ではないですか!」

 

 やはり女性は恋愛話が好きなのだろう。そこから女性二人で会話が始まった。大分話に熱が入っていた。

 因みに甚兵衛は女性陣から少し離れている。話が飛び火するのを恐れての行動だった。

 

 

「し、しかしだがね、まだ将来が決まったわけじゃないんだ。そう言った意味でもまだ早いと思うんだが…」

 

 しかし、女性二人がそんな状態でも京一は苦言を呈そうとした。父親にとって娘は可愛いもの。理性では良縁ではないかと思っていたが、やはり感情では納得出来ない。どうにか反論しようとしたが……。

 

「あなた、何を言ってますの?彩人君の現状を見てみなさい。あの子は今ですら幼いのに、何年も前から今に至るまで努力を怠ってはいませんのよ。

 その上、様々な分野の高名な先生方に教えを乞いつつ、親密な関係を結んでいます。つまりあの子独自の人脈を築きつつあります。

 あの子は今の時点でも他の子供達より遥かに進んでいますのよ。

 百の幸せを願うならこれ以上の良縁は無いとはっきり言えますわ」

 

 寧ろ、今だからこそですわ。と言葉を続け、千花は話を切った。ここまで捲し立てるように言われては京一は最早反論する気も失せてしまった。

 その上意気消沈した事もあり、より深く千花の言葉に納得してしまった。

 

 

「そう言われれば…確かにそうだな…」

 

 京一はそう言って女性陣二人から離れた。二人はすでに、未だ始まってすらいない子供達二人の恋愛話に熱を上げている。

 

 

 肩を落としている京一の肩を甚兵衛がポンと軽く叩いた。

 

「だからやめた方が良かったんですよ。この手の話題では女性には勝てないんです。」

 

 甚兵衛の言葉には実感が籠っていた。心なしか乗せられた手がそれを表すかのように重く感じた。

 

「私もまだ早いと思ってたんです。これからの事は誰も分からない、でも、もしそうなるのでしたら子供達を祝福する。それで良いじゃないですか」

 

「そう…だな。…それもそうだ」

 

 顔を上げた京一は少し立ち直った様だ。少しすっきりとした表情を浮かべた。

 

「そうです。取り敢えず、今まであまり話す機会が無かったんです。あちらで我々男性だけで話でもしましょう」

 

 甚兵衛の言葉に京一は頷き、甚兵衛と色々と話し合った。今まで仕事等の関係で話す機会が無かった為、話はより弾んだ。

 

 

 この日男二人に軽い友情が芽生えた。

 




読了有り難う御座います。

知らない方の為に原作のインクリングの身体スペックを書いてみました。
これらは公式設定とゲーム内での行動を現実に当てはめた際のものになります。


一般のインクリング


 ゲーム内では彼らは、公式設定で全員凡そ14歳、ヒトになれるのも14歳、恐らくヒトになって最低一年以内だと思われる 

 人型とイカ型の二つの形態に自由にほぼ一瞬で姿を変えられる

 インクの色を変更すると頭の触手の色も変わる

 インクを圧縮するインク袋がある

 現在の色以外の色のインクを踏んでいる間、ダメージを受け、動きが著しく遅くなり、イカ化で潜ることもできない

・ジャンプ力は150cm

・水中は泳げない

 
  イカ状態
 

・陸上では動きが緩慢だが、基本的に物理的干渉は隙間があれば流体の為すり抜ける

・インクの上なら非常に素早く移動が出来、例えインクを塗っただけの浅さでも、頭ほどの面積でも、沈むように潜り、垂直な壁までなら自由に移動することが可能。

・来ている服、そして自分の腕で持てるもの、ブキであれば生物以外すべて保持した状態でイカ形態になり、インクに潜れる。
 ただし、重量によりイカ化している時の動きが遅くなる

・インクの中にいる間潜っているインクを消費する事なく数秒で限界までインクを補充可能。

・インクを噴出し高く、長い距離を跳躍する事が可能

 
  ヒト状態
 

・ブキを通してインクを放出することができる

・頭にイカのゲソのような部分があるがあまり自由には動かせない

・骨がなく肉体は細身ながら見た目より遥かに力が強い、
計算上重さが100kgを越えるダイナモローラーというブキを疲れる事なく振り回せる
(ゲーム内の持ち方だと梃子の原理で、体感では倍以上の重さ)

・数十mの高さからかなりの勢いで落ちても難なく着地出来る

・100m先でもはっきり見える視力をもつ

・瞬発力は無く、駆け足程でしか移動できない



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第9話

感想欄でフォローして下さった方々、有り難う御座います。
でも折角ですので、作品に響かないように何処かで指摘されたことは活かせるよう頑張ってみたいと思います。

私自身小説の書き方をまだあまり理解していませんので、こうした方が良い、こう書いた方が良い等御座いましたらアドバイスをお願い致します。

今回も日常回になります。
※差別等の人によっては不快になる描写があるかと思いますので御注意願います。


 時が進み、三年の月日が流れ、カンカンと日が照りつけ、番を求める蝉が五月蝿いほど鳴いている時期。

 

 彩人は小学4年生になっていた。

 

 

 

 彩人の小学校生活は、最初は順風満帆とは行かなかった。寧ろ前途多難と言えるものだった。

 元々彩人は活発に活動したりはするものの、実際の気質としてはどちらかと言えば大人しい方であった。

 唯一の友人である八百万百も腕白な性格とはあまり言えない。

 

 その為、入学当初は走り回り、大騒ぎする同学年の子供達の高いテンションについていけなかった。

 一緒に遊ぶのは良い、だが些細なことで喧嘩したり、走り回っている時に転べば痛みで大泣きし、誰かが他の子供に悪戯すれば追いかけっこが始まる。 

 そんな本能や感情表現を剥き出しにしたかのような同年代の反応に戸惑ってしまっていた。

 

 

 彩人自身にそういう時期が無かった訳ではない。しかし、最も幼い頃から自分を見て、泣きそうな表情になる両親の顔を見てきた彩人は、両親が笑顔若しくは誉めてくれる様に様々な事に努力し、時には我慢していた。

 そういった子供特有のやんちゃな時期を彩人は既に通りすぎていた。だから他の子供達に戸惑ってしまう。

 今では、子供達の様子を見て、初めて遠くに親と一緒になって出掛けた時の自分の反応を思い出して恥ずかしくなってしまう程だ。

 

 それ故に、入学して1~2年間の彩人の友人関係は、心身共に成長の早い、八百万百を中心とした女子生徒が大半になってしまうのは、仕方の無いことだった。

 それに彩人は女子の輪の中にすんなり入れていた。八百万百の仲介があったのもあるが、女子の様な見た目なのも受け入れられやすい理由の一つだったのだろう。

 

 勿論、小学生男子の中で彩人だけがそんなことをしていれば、男子の中から、お前女かよ!、と言ってはからかう者も出てくる。見た目の事もあって、そういう輩は学年が上がっても一定の人数はいた。

 

 しかし、しばらくすると彩人が気が付いた時にはからかう者は居なくなっていた。

 単純な理由である。彩人は無闇矢鱈と振り回すという事は無かったが『個性』の影響もあって力が非常に強い。それに教授達や八百万百と学んだり、訓練しているのもあり、周りより運動神経が良い上に頭も良かった。

 基本的に男はどちらが上か比べたがる単純な生き物だ。精神的に幼い男子では特にその傾向が強い。自分が勝てる物がないと感じると皆自分からからかうのを止めていったのだ。

 

 

 

 

 

 しかし、子供は年齢を重ねれば成長のするものである。彩人が四年生に上がった頃には、周りを見ることが出来る子供も増え、自然と彩人の友人関係に男子生徒が増えていった。

 

 

「なぁ、気になる事が出来たんだけど聞いても良いか?」

 

 

 昼休みに、彩人に言葉を投げ掛けたのはその数少ない男子生徒の友人からだった。

 

 

「良いよ。どうしたの?」

 

 

「いや、なんかさ、クラスとか良く見ると『個性』とかの違いで集まってるやつが大体決まってきてるよなぁって思ってさ。何でかなぁって思ったんだよ」

 

 

 その言葉に隣にいた同じく友人の一人が同調するように答えた。

 

 

「あー、確かにそうだよな。俺達だって大体、『異形型』の『個性』で集まってる様なもんだしな」

 

 

 友人達が言っている事は強ち間違いでは無かった。彩人達は周りを見てみる。見た目だけなら『異形型』とその他の子供に分かれているように見えるが、彩人が覚えているクラスメイト達の『個性』で分けると、大体が「異形型のみ」、「異形型と変身型」、「変身型と発動型」、「発動型のみ」、「無個性のみ」、「無個性とその他」の6グループで大きく分かれていた。

 

 そして彩人達のグループもその型にはまるように、殆どが異形型だった。

 

 

 

「多分皆、意識的でも無意識的でも自分と同じ人といると安心するからじゃないかな」

 

 

「どういう事さ?」

 

 

 彩人の説明に余計に疑問に感じた友人は更に疑問を投げかけた。

 

 

「分かりやすく言うと、人が多い中で周りが大人ばかりの場所で且つ、子供は自分だけだったらどう思う?」

 

 

 その言葉を聞き、内容を自分の視点で思い浮かべたのだろう。友人達は非常にいやそうな顔をした。

 

 

「…確かにそれは嫌だな。言葉にできないけど、何か…すごく嫌だ」

 

 

「僕もそう思う」

 

 

 そして納得したのだろう。友人達は頻りに頷いた。

 

 

「でしょ?皆自分だけ違ってたら嫌なんだよ。だから、出来るだけ自分と似ている人で集まりたいんだと思う。

 そうでない時は誰かがリーダーみたいになってる場合も多いかな?」

 

 

 彩人は、窓から外を見る。友人達も釣られて外を見ると、隣のクラスのグループがサッカーをして遊んでいた。彼らの事は皆知っている。一人は去年同じクラスで、彩人をからかっていたガキ大将の様な人物だった。

 そんな彼は異形型ではあるが、先程彩人の言う通り、グループ内の中心におり、グループメンバーの『個性』は発動型や無個性だったりと皆バラバラだった。

 

 

「成る程なぁ、確かに改めて考えるとそんな感じで集まってるな」

 

 

「流石、男子の中でも一番頭が良いだけあるよな!」

 

 

「止めてよ。僕の場合、教えてくれる人が良いからだよ」

 

 

 彩人の発言に感心した彼らは言葉的な意味で持ち上げた。それに抵抗した彩人は違う違う、と言って頭を横に振った。頭を振ると同時に大きな二本の触手も振り子の要領で、大きく振られる。

 友人達は危ない!と笑いながらも頭を下げて避けた。彩人も周りを確認してから出来るだけゆっくり振っただけなので巻き込まれる人は居なかった。

 

 

 この話題で、彩人は意図的に言って無かった事があった。それは自分達異形型は、一部の人間からは避けられる傾向にあるというものだった。教授達に彩人はこの話題について教えられていたが周り、特に自分の周辺の異形型の子供には、口外しないように言われていた。

 

 人間は昔から自分達となにか違いがあれば排斥したがる傾向にある。それは見た目だったり、言葉だったり、文化だったりと様々であるが、それが原因で戦争や人死にが出た事など教科書が証明するように幾らでもある。

 見た目ですぐ分かる自分達なら尚更だ。それが原因で陰湿ないじめ等も発生すると聞いている。

 

 もし、感情が制御出来ていない子供の頃からこの問題を知って、実際に体感してしまったら、疑心暗鬼になって将来に悪い影響を与える危険性があるからだ。最悪そのまま(ヴィラン)になってしまう恐れもある。

 その為、彩人はそれを誤魔化すように一見その問題と関係無い一例を出したのだ。

 

 

「ぅおっ!それ止めてくれよ!その触手地味に威力あるからイテェんだよ」

 

 

「そうだぞ!」

 

 

「そう言うんだったら、毎回変なからかい方するの止めてよ。それに、家に来たら識深先生に『個性』も含めて色々教えてもらえるよ?」

 

 

 あんまり時間は取れないけどさ、と彩人は言葉を切った。彩人のその発言を聞いた友人達は、顔を青くし、また嫌そうな表情になった。

 

 

「やだよ。あの鬼教師、内容がめちゃくちゃ難しい上に、進むスピードがすげぇ早いんだぞ。しかも厳しいし」

 

 

「ほんとだよ。良くあんな奴に勉強とか教えて貰って着いていけるよなー。俺なんか一時間も持たないぜ?」

 

 

 友人達の非難めいた発言に、彩人は心外な、と言いたげに頬を膨らませた。彼らは以前、彩人の家に勉強を教わりに来たが、その時偶々来ていた識深教授に勉強を見てもらったが、指導の厳しさに直ぐに匙を投げてしまった。それ以来彼らは彩人の家に行くこと自体を避けるようになっている。

 

 

「確かに厳しい所もあるけど、凄く親身になって教えてくれる良い先生だよ。難しいって言っても面白い知識を沢山教えてくれるから、幾らでも覚えられるし。

 それに何年もお世話になってる僕が言うんだから間違いないもん」

 

 

 これは本心だった。昔から自分の為に、忙しい中でも頻繁に来て様々な事を指導してくれていた。

 一人では立つ事すら出来なかった自分に人として生きられる様に、手を尽くしてくれた。

 まさに彩人にとって人生の恩人であり、最も尊敬する人達の一人だ。そんなことを言われたらむくれてしまうのは無理もなかった。

 

 

「悪い悪い、別に悪口で言ったつもりじゃないんだ。あの先生は俺達には厳しすぎて無理だったってだけさ」

 

 

「そうそう、それに彩人にとっての良い先生が俺達にとっての良い先生になるとは限らないよ」

 

 

 友人達は人が尊敬してる人を悪く言ってしまった事に罪悪感を覚えたようで、彩人に謝罪とフォローの言葉を返した。

 

 以前、自分が尊敬するヒーローは誰かと言う話題で皆がオールマイトと言う中、彩人だけがリカバリーガールと答えた事で、彩人対複数で激しい論争が起こった事があった。

 その時は結局人それぞれと言うことで落ち着いたのだが、複数人でも一歩も引かず一人ずつ論破していく彩人を見た友人達は、それ以来彩人を怒らせて言い争いに持ち込まれるのを避けるようにしていた。

 

 

 友人の言葉で彩人は納得した。寧ろ自分の考えを押し付けてしまったと感じ、少し後悔した。

 

 

「…それもそうだよね」

 

 

「そうだよ。じゃあこの話題はこれで終わりにしてさ!今日の放課後誰かの家で遊ばない?今新しいゲーム買ったばかりでさ、対戦相手が欲しいんだ」

 

 

「良いね。彩人はどうする?」

 

 

 友人達は場の空気を変える為に話題を変える事にした。そのついでに彩人を遊びに誘った。

 

 

「ごめん、今日も先生が来るから遊べない」

 

 

「あー、それじゃ仕方ないか」

 

 

「そりゃそうだ。彩人の『個性』は大変だから、毎日練習しないといけないって言ってたからな。急に予定は変えられないらしいし」

 

 

 友人達は彩人の事情を詳しくは無いが教えられていたその為、彩人の言葉に、付き合いが悪いな、等と反感を持つ事なく納得した。

 

 

「うん、今日も先生と『個性』の制御訓練があるからね。でも、ありがとう。前もって言ってくれれば予定は開けるようにするから」

 

 

「ああ、分かった。じゃあその時は一緒に遊ぼうぜ!」

 

 

 その言葉の後に、昼休みの終わりを知らせるチャイムが学校全体に鳴り響き会話は一旦終了となった。

 

 そして授業も滞りなく終わり、放課後はそのまま烏墨家の訓練場に向かい、彩人の『個性』制御訓練、ひいてはヒーローになるための訓練が行われた。

 




読了有り難う御座います。


心理描写とか難しい、他の作者様方のを読んではいますがなかなか自分の作品に反映できない。上手い言葉回しも出来ませんしどうすれば良いんでしょう?



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第10話

恋愛描写ってこんな感じで良いんでしょうか?

上手くできていれば良いのですが


 ドンッ!と地面が響くような大きな音を立てて、小さな体が吹き飛ばされる。吹き飛ばされながらも着地の体勢を整え様としたものの、勢いが強すぎたために足が地面に触れたと同時に弾き飛ばされ、体勢が崩れた。

 そしてそのまま地面をゴロゴロと転がり、勢いが若干弱まってきた所で四つん這いの体勢になりながら体全体でブレーキを掛けた。少しの間プロテクターを付けた手足がズザザーと地面をこすったが、何とか勢いは収まり、止まった。そのまますぐに立ち上がって体についた土埃などを払い、自分が先程吹き飛ばされた地点まで走って行った。

 

 

「…すみません先生、体勢を崩した時に加減を間違えてしまいました。もっと弱く、細く放出するイメージでやるべきでした」

 

 

 吹き飛ばされていた人物…烏墨彩人は少し離れたところにある防護ガラスに覆われた部屋にいる戦大教授と識深教授に話しかけた。その独特の震えた声色には先ほど吹き飛ばされた影響を感じさせず、寧ろ申し訳なさそうな感情が読み取れた。

 

 

『彩人君が謝る必要はない。それよりも体は大丈夫か?何か少しでも違和感があったら言ってくれ』

 

 

『ああ、戦大教授の言う通りだ。寧ろ此方が謝らければならないよ。黒のインクを使い始めてから今まで殆ど、失敗といえるような失敗が起こっていなかった。それもあって私たちも油断していた。やはり黒のみ何年も使っていなかったことが影響しているのかもしれない。次からはもっと慎重に行こう』

 

 

「分かりました。次からはもっと気を付けてやります」

 

 

 防護ガラスで覆われた部屋「分析室」にて戦大教授と識深教授はマイク越しであるが、彩人に心配と励ましの言葉を投げかけた。そして彩人の様子に特に怪我などの心配がないと分かった事で、彩人に訓練の続きを促した。促された彩人はすぐに先程の訓練「黒のインクによる空中制御」に取り掛かった。 

 

 落ちても転んでも大丈夫な様に設置された緩衝材のマットの上に乗り、掌・足の裏・大きな二本の触腕からそれぞれに黒のインクを少しずつ、少しずつと放出し、徐々にゆっくりと出力を強くしていく。

 一度の放出量を多くする程放出している部分に掛かる力が強くなる。その掛かる力に対抗する様に更に体に力を込めていく。

 

 暫くこの行動を続けていく内に彩人の身体が浮き上がって来た。同時に身体に掛かる力に自分の体重が加わった事で不安定になり、バランスをとるのが難しくなった。

 それでも彩人は放出している部分の位置を微調整する事でバランスを整える。

 そしてそのままバランスを取りながらゆっくりと移動を開始する。前後左右斜めは勿論、旋回行動、上下への下降と上昇など、様々な方向へ動いていく。

 先程吹き飛んでいた時はバランスを崩した拍子に出力を誤ってしまったが、今回は上手くいっているようだ。

 

 

 そんな傍目にも楽しそうに飛んでいる彩人の様子を見ながらも戦大教授と識深教授は、先程の失敗した時の映像をモニターでスロー再生しながら分析していた。

 

 

「矢張り咄嗟に黒のインクの出力を変更するのは難しいようだな」

 

 

「ああ、他の色のインクならば手・足・触腕どちらかだけでも問題なく今の訓練と同じことが出来る様になったが、あの色だけは難易度が違う。恐らく、私が最初に『個性』の検査をした当初であれば既にこの訓練はマスター出来ただろう。だが今は容量だけでなくインク自体の性能も何倍にも膨れ上がっている。

 短時間で何度もインクの全放出からの即時補充が出来るという利点が今回ばかりは悪い方向に傾いたらしい」

 

 

「それについては私も驚いた。『個性』の限界突破を何度も繰り返せば『個性』そのものが成長する、あの子の場合は身体能力とインク容量、インクの質が向上されていくのだったか。

 しかし、今まででここまで短時間のインターバルで限界突破を繰り返せる個性は初めて見た。だからこそ何年も使うことはなく、しかし性能だけはどこまでも上がっていったツケがここにきてここに来て響いたのだろうな」

 

 

 

 二人の教授は難題に当たってしまったと頭を悩ませた。ただでさえ扱いが難しい黒のインク、何年も前から黒のインクに変更する事自体はしてきたが、訓練が解禁された数か月前まで放出することは一度もなかった。少なくともインクの出力コントロール等を一定以上までに身に着けていないと使うのは危険であると判断されたからだった。

 

 黒のインクの性質は、体外に放出した瞬間揮発し、爆発的に膨張するというもの。それが使われずに性能…黒の場合は膨張率の増大であるが、成長した結果それが何倍にもなっていた。

 他の色と違い、たった少しの量でも体が吹き飛ばされる程の衝撃波が発生するまでになっているものをいきなり制御しろというほうが無理な話である。今まで以上に繊細な制御が必要とされている為に苦戦していた。

 

 

 現在は最も繊細にインクの放出を行える部位を使っての訓練を行っている。先程の様に吹き飛ばされにくくする為に自分の体重の数倍はあるの重量のプロテクターを着けながら下に向かって放出し、少しでも長く空中に留まる事で、黒のインクの熟練度とより繊細なコントロールを身に着けるという訓練である。

 

 

「だが、たった数か月で飛行…いや、まだ浮遊か?まあともかくあそこまで出来る様になったんだ。あの調子ならいずれトップヒーロー達でも翻弄される程の高機動戦闘が出来るんじゃないか?」

 

 

 識深教授は失敗はしているものの彩人の驚異的な成長速度に期待しているようだ。自分たちの教え子がトップヒーロー達にいずれ届き得るのではないかと。

 

 

「まだ可能性があるというだけだ。それはこれからのあの子がどれだけ努力し、どこまで辿り着けるかにかかってる。まあ、実際才能がある上私たちが指導するんだ。最低でも並みのヒーロー以上にはなってもらわないとな」

 

 

 対して戦大教授の言葉は少々厳しいものだった。しかし、期待していないわけではないらしく。識深教授の発言を聞き少し口角の端が上がっていた。

 

 

 そうして彩人の個性制御訓練は続いていった。

  

 

 

 

 

 

 

 

「やはり彩人さんの『個性』の制御はまだまだ大変ですのね」

 

 

「そうだね。でも頑張れば頑張る程出来る事が増えてくるのが僕自身も楽しくてしょうがないんだ。…それにこの『個性』だったおかげで先生達に出会えてこうして指導してもらえるんだから寧ろ感謝してるよ」

 

 

 

 訓練が終わった次の日、この日は訓練は休みだったので学校が終わった後に八百万宅にて八百万百と二人で勉強をしていた。以前は学校で他の友人たちと勉強会を開いていたのだが、二人にとっては物足りないものであったため、自分たちのペースで勉強したいときは自然とお互いの家にて二人で教えあう時間となっていた。

 二人はお互いに医療系、科学系の教本を持ちながらそれぞれの解釈した内容を話し合っていた。

 その折に先日の彩人の訓練の話題から、お互いの『個性』の話題に移った。

 

 

「そう言うなら百さんの『個性』も大変だよ。物凄く強い個性だけど色んな論文や本も読まなきゃならないし、相当な努力が必要だよね」

 

 

「ええ、そうですわね。でも私は勉強が好きですから苦になんて思いませんわ。それに、好きなことをすればするほど強くなる個性なんて凄く素敵ですわ」

 

 

 内容はお互い、相手の『個性』が如何に苦労する『個性』かを言い合っている。しかし、両者とも自分の『個性』で苦労していると思っていないらしい。

 

 

「と言うことはお互いに合った、良い『個性』ってことだね」

 

 

「ええ、そうですわね」

 

 

 お互いの話に納得したのだろう。ははは、フフフっと笑い合った。

 

 

 

 

「そう言えば、百のクラスの友達の女子から今度一緒に勉強会しようと誘われてたんだけど」

 

 

「………え?」

 

 

 しかし、彩人が思い出したように発した言葉で、場の空気が変わった。今まで微笑んでいた百の表情が固まってしまった。

 

 

「ど、どういう事ですの!?」

 

 

 百が叫ぶように身を乗り出した。同時にポニーテールが揺れる。その表情には焦っているような、続きを聞きたくないとでも言いたそうであった。

 

 

「え、いや最近クラスが別れてからあまり話してもなかったし、久しぶりに皆で勉強しようっていうお誘いだったんだけど」

 

 

 百の豹変振りに彩人は驚いた。特に何も意識せずただ単に一緒に勉強しながら話をしようと思っていただけだったからだ。まさかそこまで驚く事だと思っていなかったのもあり尚更驚いた。

 

 

「私は彩人さんが参加するなんて聞いておりませんでしたわ!」

 

 

「多分言い忘れただけじゃないかな?それよりどうしたの百さん。何か僕が参加しちゃ不味いことでも有った?

 そこまで慌てる百さんも珍しいけど、何かあるなら相談に乗るよ?」

 

 

 百はショックから立ち直れていないらしい。まだ取り乱している様に見える。この百の反応に彩人は心配になってきた。ここまでショックを受けるほどの何かが百の身に起こったのではないかと思ったのだ。

 

 

「…そう言うことではありませんの。彩人さん、本当に勉強会に参加するだけなのですか?他に何かしたりなどは致しませんか?」

 

 

「へ…?えっと、それが何かをやらかすっていう意味ならしないけど…。と言うか僕、そんなことを今までした記憶が殆ど無いんだけど…?」

 

 

 百の言ってることで何を心配しているのか分からなかった彩人はますます混乱した。今は別のクラスと言えども以前のクラスでは、一緒に遊んだ事もある自分の友人の一人である。ならば一体何を心配しているのか。

 

 

 

 

ーー彩人の周りには女子が多すぎる。

 

 

ーー一番の親友である自分を蔑ろにしているのではないか?

 

 

 最近の百の思考の中ではこのような考えがあった。

 

 別に彩人自身にそのような意識は無いし、蔑ろにしているつもりもなかった。寧ろ、友人の中では百に対して一番多く接しているし、親や先生等を除いて最も心を許している親友だと思っている。

 ただ、男子を含めた友人が増えてきたことで百に接する時間が減っていたのも確かだ。

 

 

ーー最近の彩人は、他の女子達に対して距離が近すぎる。

 

 

 一年生のころから彩人は百を含めた女子と一緒に居ることが多かった。それに見た目が女の子らしく、基本的に落ち着いた態度を取っているので、周りの女子達とは仲が良かった。但し、それは男としてではなく女子として見られていた為、距離感が男子と女子ではなく女子同士としてのものになっている。

 

 

ーー誰か他の女子に彩人を取られてしまうのではないか?

 

 

 百はこれを一番に危惧しており、同時に恐怖していた。

 

 百は彩人の事が好きだ。これが恋愛なのかは百自身は理解出来ていない。しかし、小さな頃から一緒に遊び、学び、競いあってきた事で、百にとって彩人は家族の次に大事な人になっていた。

 それが最近自分と一緒に居る時間が減ってきている。その事を発端に焦るようになっていた。

 

 

 

「その…すみません。言葉ではうまく説明できなくて、私自身も良く分かっていませんの。ただ分かる事は…彩人さんが離れてしまう気がして居ても立ってもいられなかったんですの…」

 

 百が何とか絞り出した、先程の彩人の言葉に対する返答は、話の流れからすると何とも要領を得ないものであった。

 

 

「………」

 

 

 その百の言葉を聞いた彩人は考え込んだ。お互いが黙った事で部屋全体が静まり返る。しばらくの間、静寂に支配された事でどの様な返答が来るか不安になった百が話し掛けようとした時、彩人が行動に移した。

 

 

「え…?」

 

 

 彩人がとった行動は百の右手を握ると言うものだった。両手で百の手を包む様に握り、真剣な表情で百に向き合った。

 

 

「僕は百さんが今、どう思っているのかは分からない。

 でも一つだけ答えられることは、僕は百さんから離れないってことだよ。

 だって僕にとっての百さんは、初めての親友で…大切な人だから」

 

 

「彩人さん…!」

 

 

 突然の、告白ともとれる彩人の台詞に顔が真っ赤になり、感極まった百は彩人に包まれた右手を左手で握り返した。そしてそのまま彩人の顔をじっと見つめた。目は今にも涙が零れそうな程潤んでいる。

 

 

 この日の出来事から月日が経つにつれ、百の彩人に対する感情が親愛から別のなにかに徐々に傾いていくようになった。

 

 

 

 

 因みに彩人は額面通り最近一緒に居ることが少なくなったのが寂しかったのだと思っており、それ以外の考えはこの時一切浮かんでいなかった。

 この日彩人が発言した言葉が百にどう受け取られたのか、百がどんな気持ちで言葉にしていたのかを知るのは、何年も後になってからのことである。

 




読了有り難う御座います。



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第11話

前話から日が空いてしまい申し訳ありません。

 リアルが忙しくなった為、投稿間隔がこれからも遅くなるかと思います。
 それでもせめて週一ペースで投稿出来るよう頑張りたいと思います。




 ゴウッ!と風を切るような音をたてながら巨大な右拳が振るわれる。それは体格の小さな彩人と比べると潰されてしまうかのような圧迫感がある程だ。

 

 

「…んぐッ!」

 

 

それを彩人は腕を交差させた状態で受け止めた。真上から振り下ろされた拳がぶつかると同時に交差させた腕がたわみ足元に向かって伝播し、ズンッと音を立てて地面がひび割れた。体全体を使って衝撃を地面へと逃がしたのだ。

 それでも、衝突した衝撃は逃がせても体にかかる圧力そのものは防げない。その上、相手との体格差と体重差は明白だった。現に力だけなら抵抗できているが、足が地面にめり込み始めている。それを拳を側面にずらし、転がることで回避した。

 

 

「攻撃は真正面から受け止めるな!手で触れることで発動する個性だったらどうする!」

 

 

 しかし、拳の主には今の彩人の一連の行動は気に入らないものだったらしい。再び先程と同じように右拳が振るわれる。

 

「フっ!」

 

 

 それを彩人は拳の主の言う通りに今度は真正面から受け止める様なことはせず左側に避け、その拳の側面に左の触腕を張り付ける。そのまま拳の動きに合わせ頭ごと体を回転させる事で、相手の拳のスピードを加えた右の触腕を相手の脇腹に叩きつけた。

 

 

「良いカウンターだ…。だが、頭の触手でそれをやるのはあまりオススメしないぞ。坊主が幾ら丈夫で骨が無いつっても相手の『個性』によっちゃあそのまま頭が捻れちまうからな」

 

 

 しかし、彩人の渾身のカウンターは相手の左掌に防がれていた。それに気付いた彩人は急いで触腕を引き戻そうとしたが、そのまま相手の左手に触腕を握られた。

 一瞬の判断が命取りの状況で自分の動きを制限されたことで、この時彩人はひどく焦っていた。どうにかしなければ、と必死に握られた腕を振りほどこうともがいている。

 

 

「ほらどうした!防がれたなら次の行動に移れ、考えることを止めるな!相手は悠長に待っちゃくれねぇぞ!」

 

 

 拳の主の言葉通り、彩人を掴んだ状態で彩人ごと左腕を振り上げ、そのまま振り下ろした。

 

 身体が遠心力により、まるで引き伸ばされてしまうかのように引っ張られ、視界いっぱいに広がり迫ってくる地面を見た彩人は今度は激突した時の痛みをイメージして恐怖で体がこわばった。

 

 叩きつけられる!と彩人が思った瞬間、変化が起こった。

 

 彩人の体が一瞬にして全身が橙色に染まり縮んだのだ。そこから彩人の触腕を掴んでいた手からまるで水のような流体を掴んでしまっていたかのようにすり抜けた。

 すり抜けたものの正体は、三角の頭に大きな一対の目、隈取のようなものが目の周りを覆い、小さな触手が八本とそれを挟むかのように大きな触手が二本ある。見た目ではまるでアメリカンチックにデフォルメされたイカのようだった。

 

 

「ぅわあっ!」

 

 

 拳の主はこの突然の変化に驚いた。彩人を地面に叩きつけるつもりなど無く、実際は激突する寸前で怪我をしないように止めるつもりだった。

 その筈であった為に、突如手からすり抜けた事で加減を間違えて潰してしまったのではないかと焦ったのだ。

 

 

「おい坊主!大丈夫か?怪我はないか!?」

 

 

 イカ形態になり、すり抜け離れた所でヒト形態に戻った彩人に拳の主…ヒーロー『デステゴロ』が話し掛けてきた。

 

 

「はい、デステゴロさん大丈夫です。…すみません、怖くなって『個性』を使ってしまいました」

 

 

 返答した彩人は頭を下げ、言葉では謝ってはいたが、その表情は歯を食い縛っており、悔しそうだった。

 今、彩人、デステゴロが行っていたのは近接格闘訓練、それも『個性』を使用しないと言う、現在の個性が飛び交う超人社会では珍しいものだった。

 ただし彩人は触腕のみ有り、デステゴロは増強型の為、ある程度の手加減をして行うものであるが。

 

 

ーー幾ら動けなくて怖かったとはいえ、『個性』無しの訓練の筈なのに使ってしまった。もっとやりようが有った筈なのに。

 

ーー上手くいったカウンターを防がれたからって驚いて考えるのを止めるなんて。

 

 

ーーもっとちゃんと相手を見て、どう行動するかを観察すれば良かった。

 

 

 彩人の悔しさの源は遥格上の相手に何度も負け続け、その度に自分の足りない所を指摘され続ける自分自身の不甲斐なさにあった。

 

 別に今更自身の欠点を指摘される事の忌避観等、生まれた時点で欠点を克服するのが当たり前だった彩人にとっては無いも同然だ。

 しかし、訓練とはいえ戦闘で負けると言うこと自体に悔しさを一切抱くことが無いかと言われると嘘になる。

 それも自分の動きは読まれ通じることもなく、あまつさえ駄目だった所を指摘され続けるのだ。

 その上、指摘されたところを何度直し、そこから先程の様に多少発展させカウンター等の裏をかこうとしても、今だ己の攻撃が通じない。

 それを何度も繰り返せば悔しさが募ってしまうのも頷ける話である。

 自分には何処までも足りない所があるのだと嫌でも実感せざるを得なかったのだ。

 

 

「お、おい坊主本当に大丈夫か?今日の所はもうこの辺にしても良いんだぞ?」

 

 

「いえ、大丈夫です。それよりも、もう一度お願いします!」

 

 

ーー自分には足りない所が多い…でも全部克服したら確実に強くなれる!

 

 

 悔しさはある。それでも頑張り続ければ自分はもっと強くなれるし、憧れているヒーロー達に近付ける。その一心で彩人は再びデステゴロに挑みかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?彩人君の様子は」

 

 

 解析用のモニターに囲まれた解析室に来たデステゴロに、先程撮影した戦闘訓練の映像を彩人への教材にするべく編集していた戦大教授が話し掛けた。

 識深教授は彩人にマイク越しに次の訓練の指示を出している為、気づいていない。

 

 因みに現在彩人は戦闘訓練が終わったら直ぐ様『個性』の制御訓練に取り掛かっている。

 疲れきっているのか身体が少しふらついている。しかし、心身ともに疲れきっている時こそ制御が緩くなりやすく難しい。だからこそ、どんな時でも制御出来る様にするのにはもってこいな状況なのだ。

 

 

「やはり子供だからか経験が乏しく簡単なフェイントや誘導に引っ掛かり安いですね。しかし、あの年齢であそこまで動けるのは驚異の一言です。

 引っ掛かり安いとは言っても一度教えれば直ぐに覚え、あまつさえそこから動きを発展させカウンターを即興で行える。手加減をしているとはいえ、俺がそこそこの威力はある方であると自負しているパンチを受け止め、地面へ受け流せる技術と身体能力。

 そして何より、何度やられても諦めない、ひたすらに強くなろうと努力し、改善し続けようとする向上心。

 正直、あれで『個性』をろくに使っていないなんてあまり信じられないほどです」

 

 

 一体あの子供は何者なんです?と戦大教授達に話し掛けた。

 問い掛けたデステゴロの表情には驚愕と戦慄の二つが浮かび上がっていた。

 

 

ーー幼くとも既に驚異的な能力を持つあの子供が更に経験を積み重ね、力を蓄え続けたらどうなるのか

 

 

 デステゴロの脳裏には、自分達の様なヒーローに憧れている彩人への期待感と子供だからこそ、未来が不透明である事への不安感の両方が募っていた。

 

 

 

「詳しくは言えないが、あの子は自分の『個性』に振り回されても、努力してここまで辿り着いた健気な子供だよ」

 

 

 そんな考えに至っていたデステゴロの問い掛けに答えたのは戦大教授では無く、先程まで彩人に訓練の指示を出していた識深教授だった。

 

 

「あの子があそこまで努力しなければ、まだ人間らしい生活が出来なかった。それ程までに生きるのが辛い『個性』だった。

 だからこそあの子は人間らしく生きるために努力して来たんだ。今のあの子はその努力が形になってきているだけだ。

 今はその延長でヒーロー等に憧れているから努力しているがな。

 それに私達大人がきちんと導いていけば、間違いなんてそうそう起こらないよ」

 

 

 だから君の心配は杞憂だ。と識深教授は言葉を続けた。デステゴロが心配していたことを見抜いていた。それ故の発言だった。

 

 

「…そうでしたか。子供相手に疑ってしまい申し訳ありません」

 

 

 そう言ってデステゴロは二人に頭を下げた。現代社会では強力な『個性』や才能を持つ者が力に溺れてそのまま(ヴィラン)になり犯罪に走ってしまうケースが良くある。

 彩人のあまりにも子供離れした能力にこの子がもしそうなってしまったら…と思わず考えてしまっていた。

 

 

「気にしなくて良い。ヒーロー飽和社会と揶揄されては居るが、今だにヒーローが必要とされる程に犯罪に手を染める者は多い。

 君がそう考えるのは私達も理解しているつもりだ」

 

 

「その通りだ。それに礼が遅れた。今回彩人君との訓練に協力してくれて感謝する。

 今回の様な訓練をする場合、特にデステゴロ君の様な近接戦闘を得意とする者とやる方が効率が良かったから尚更だ」

 

 

 二人の教授はそうデステゴロからの謝罪を受け取り、今度は逆にデステゴロへ感謝の言葉を送った。

 今回の訓練は戦大教授がデステゴロを呼んだことで行われたものだった。

 現在の訓練所からは、デステゴロの所属する事務所とは離れた場所にあったのだが、戦大教授がどうにか来れないかと無理を言って頼んだのだ。

 

 

「いえ、俺も先生方の講義にはとても助かってたんです。だから、今回の頼みはそのお礼も兼ねて来させてもらったんです。」

 

 

 デステゴロの言葉は逆に御礼を言われたことで少々照れたように頬を指で掻いた。

 そして次の瞬間に真剣な表情になった。

 

 

(ヴィラン)を相手にするときには相手の個性だけでなく人質にされた救助対象の個性の事も考えなくてはならない。その上、戦闘では一瞬、一瞬が命取りだ。ちょっとでも判断が遅れたら取り返しのつかない事になる何て事はざらにある。

 ヒーローの中でも近接戦が主体の俺達は、尚更素早く的確な判断力が問われる。そんな中でも先生方の講義や論文は正に金言ですから」  

 

 

 デステゴロの言葉にはヒーローとして時に自分の身を呈してでも人の命を守って来たという自負と重さがあった。

 ヒーローは常に危険と隣り合わせなのだと教授二人に改めて理解させる程の迫力というものがあったのだ。

 

 

 それを聞いた二人の教授は誇らしげだった。自分達が調べ、研究した結果が人々の為になっているのだと実感できる機会等そうそう無い。こうして改めて他人から礼を言われると嬉しくなったのだ。

 

 

「そう言って貰えると研究者冥利に尽きると言うものだ」

 

 

「ああ、全くだ。そうだ、先程の訓練で他になにか気付いたことなどは無かったか?

 出来ればその意見を参考にさせて貰いたいのだが」

 

 

 そうして今度は三人での意見交換会が始まった。教授二人は自分達の知識を、デステゴロは今までの経験則から話し合った。その日以降、彩人の戦闘訓練が本格化し、様々なヒーロー達に指導され、戦術面での未来のヒーローを育てる基盤が作られていった。




読了有り難う御座います。

 デステゴロですが、『個性』が分からなかったので想像で書いております。

 原作開始までは、申し訳無いですが、時間軸や場面が飛び飛びになってしまいます。
 何時になるか自分でも分かりませんが、いずれリメイクという形でそういった所を書き直す可能性もございます。

 後、こんな稚拙な小説に高評価や感想を下さり、有り難う御座います。
 


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第12話

今回は、前回から大分時間軸を飛ばしております。

正直、これ以上オリジナルで話を考えるのは自分の無い頭では難しいと判断しました。
唯、何か思い付いたら閑話として作るかもしれません。

そんな感じですが宜しければどうぞお読みください。



 景色が凄まじい勢いで通り過ぎていく

 

 コンクリートで出来たビルに匹敵する巨大な柱が乱立し不規則に倒れ、まるで不格好な巨大アスレチックのような形相の中を人型の物体が二つ、まるでビデオを何倍にも早送りにしているかのように高速で飛び回っていた。

 

 

 片方は障害物の合間を縫うように、若しくは滑るかのように最小限の動きで飛び回っている。常人では目で追うことすらできない速度であるが、飛んでいる本人はまるでそれが当然とばかりに余裕がある動きだ。

 そして時折、もう片方の飛行するものに向かって、背中に生えた体を覆うほどの巨大な一対の翼から羽らしきものをいくつも射出していた。

 

 

 もう片方は反対に忙しないと表現すればいいだろうか。高速で飛んでいる為に同じく高速で迫ってくる巨大な柱などを時に直角に曲がり、また時には凄まじい速度でバックして再度加速することで回避する。その様はまるで跳ね回るスーパーボールの如く空中を縦横無尽に飛び回っていた。

 

 それだけでなく、四方八方から同じように高速で迫ってくる羽も躱しつつ、打ち落とすべく身体から空気砲の様な衝撃波を飛ばした。背後から迫る羽に右手を背後に回し、小さく散弾のようにバラけさせて飛ばす、上空から先回りしようとする羽を左の触腕を上に向け狙撃し、撃ち落とす。複数の方向から同時に迫ってきた場合は出力を絞らずに放出し、広範囲に暴風を撒き散らすことで周りの羽を吹き飛ばす。

 

 

 当然、空中という不安定な場所そんなことを何度も繰り返してしまえば身体が吹き飛び、体勢を崩し、そのまま地面にダイビングしてしまうものである。

 しかし、そうなる前に、攻撃に用いていた空気を身体の各部位から噴出させ姿勢を制御していた。

 

 

 戦況は羽を生やした人物の方が優勢だった。

 

 瞬間的な加速力では衝撃波を放っている人物の方が若干上回っているが、四方八方あらゆる方向から羽が迫って来るために、攻撃の糸口が掴めないでいた。

 時折、隙を見ては羽を持つ人物に向かって攻撃をしているが、相手は単発的な攻撃だからか簡単にのらりくらりと避けてしまっている。

 どうにか攻撃のチャンスが巡ってこないか探り続けてはいるものの、現状その対処だけで精一杯であった。

 

 

 

 しばらく応酬が続き、羽を生やした人物が柱の陰に入った。それは一瞬の事であるが、この状況を打破する千載一遇のチャンスだとこの時は思った。

 罠である、若しくは誘導されている可能性は勿論考えていた。しかし、それ以上にこの機会を逃す方が不味いと考えた。

 

 

ーーならば今まで一度も出していない高威力の技で意表を突くしかない!

 

 

 そう考えるやいなや、即座に長い触腕を後ろに向け、片手を柱の陰に隠れているであろう人物に向けた。 

 勿論この時点では、羽に対する迎撃を行っていないため、そんな事をすれば周囲から羽が殺到してくる。

 

 だが、今は気にしていられないとそのまま体勢を変えずに今この場所で出せる最高威力の衝撃波を放った。

 

 

 それは側にあった周りの柱ごと吹き飛ばすほどの威力があった。

 姿勢を保つ為に全身からも衝撃波を発していた為に、周囲から迫っていた羽は諸とも吹き飛んだ。

 前方に向けて放った衝撃は途中にある柱を崩れる音すら響かせること無く、まるで横から押し潰すかのようにへし折り、砕き、吹き飛ばした。

 そして同時に羽の人物が隠れているであろう柱も同様に吹き飛んでいた。

 

 

 

 強大な攻撃を放った事で広範囲にパラパラと舞っている瓦礫や砂埃に紛れて直ぐに身を隠し、荒れている呼吸を整え、息を潜める。あれで倒せたと思う様な楽観的な考えはしていないし、出来る訳がない。何しろ相手は現時点の自分より格上だ。

 その為、何があっても直ぐに次に繋げられるように行動する必要があった。

 

 

 

 砂埃が収まった事で露になった光景は凄惨足るものだった。

 

 恐らく余波だったのだろう場所にある柱は軒並みへし折れ、倒れている。攻撃の中心地だった場所は、まるでクレーターを横に引き伸ばしたかの様なと思える程に綺麗にくり貫かれていた。

 

 

ーー周りの様子を見ても特に動いてる様には見えない。千切れた羽が地面に落ちているだけ。

 

 

ーー一部無事な羽があるが、動く様子は無い。しかし、ブラフの可能性がある。警戒は続けよう。

 

 

 この光景を作り出した張本人は、そう考えながら周りを注意深く観察していた。

 そして、しばらくしても何の動きも見られないことに痺れを切らして、そろそろ別の場所に隠れる為に行動に移そうとした時。

 

 

 ひたり…と首筋に何かが当てられたのを感じた。

 

 

 突然の感触に一瞬ビクッと驚き、視線を下にずらすと、大きな羽が首もとに添えられているのが見えた。 

 

 

「いやー、さっきの攻撃は危なかった!お気に入りのゴーグルが割れちゃったよ。

 でも最後のあれは市街地じゃ使いどころが難しいからあんまりお勧めしないよ。彩人君?」

 

 

 掛けられた言葉に今度は首ごと視線を後ろに向けると、先程まで自分が探していた人物がそこにいた。

 巨大な翼を背中に生やしたその人物は、先程自己申告した通り、額に着けたゴーグルも半分以上が割れていた。その他、所々服が破れ翼の羽も幾らか千切れている。

 

 

「はい、分かってはいたんですが、範囲が狭い攻撃ですとほぼ間違いなく避けてましたよね?『ホークス』さん」

 

 

「はっは、さーてどうだかなー」

 

 

 彩人に忠告した人物…ヒーロー『ホークス』に彩人は質問を含めて返すとホークスは身体に着いた砂埃を払いながら、惚けるような返事をした。

 

 

 ウィングヒーロー『ホークス』

 18歳で早くも自分の事務所を建て、その年にはヒーローランキングでトップ10にランクインした人物である。

 誰もが順々に段階を踏んでいく中で、誰よりも早く独立、活躍していっていることから、彼自身の『個性』も相まって彼は周りから『速すぎる男』とも言われている。

 

 そして彼の『個性』は『豪翼』

 大きな翼の一枚一枚の羽をを自分の腕の様に空中に射出、遠隔操作出来、攻撃や救助にも用いることが出来る。

 但し、あくまで羽のため耐久力の高い相手だとあまりダメージが見込めない。

 勿論翼で飛ぶ事も出来、その速さは並み居る『個性』の中でも最上位に近い所に位置している。

 

 

「それに、いくら空中での高速戦闘に慣れてないからって、あんな無駄の大きい動きは駄目だよ?

 君の『個性』は許容量があるタイプなんだから、幾ら君の容量が多くても無駄は省くべきだ。

 撹乱にはなると思うけど、やり過ぎると相手が君の動きに慣れてしまうからね。

 特に僕みたいな高速戦闘するタイプ相手では尚更だよ」

 

 

 ホークスの尤もな発言に彩人は頷いた。ホークスに言われた通りの動きが出来ないわけではなかったが、先の戦闘では、あらゆる方向からくる攻撃の対処に追われ、雑な動きになってしまっていた。

 

 

「はい、肝に命じます。…それで、もう一度お相手をお願いしても良いでしょうか」

 

 

「良いよ良いよ。次からはそれプラスさっき以上の全方位からの攻撃にも対処出来る様になるのを期待するよ。

 それに、ここまでの高速戦闘は中々出来ないからね。俺並みに速い『個性』持ちが居るって話を聞いた時は半信半疑だったけど…、いや本当にホントに速い、お陰でこっちも良い訓練になるよ」

 

 

 答えたホークスの表情は嬉しそうだった。ホークスに匹敵するスピードを持つ者は、居ない訳ではないが非常に少ない。その為、同じ速度に迫れる者との訓練は貴重だった。

 

 じゃあ、今すぐに始めようか、とホークスが言ったがそれに彩人は待ったを掛けた。

 

 

「ちょっと待ってください。一度、ここの柱を新しく作ります」

 

 

 彩人がそう発言して直ぐに彩人の身体の色が変化した。黒に染まっていた頭の触手が白に染まり、目の虹彩も同じく黒から白に近い色に変化した。

 

 

 そして腕を地面に向け掌から、さっきまでの空気砲では無く、今度は白色の液体が噴出した。

 それは一見、接着剤のボンドの様にドロリとしているが、地面に着くと同時に固まり、噴出する量と固まる速度や角度等を絶妙に調節する事で、あっという間に訓練する前に有ったビルの様な巨大な四角い柱を造り上げる。

 そして一本造り上げたそばから次の柱を造り、僅か15分足らずで色は違うが、先程までに有った数十本の柱で出来たアスレチックが再現された。

 

 

「出来ました。コンクリートよりは固いので勝手は違いますが、やはりこの訓練するには障害物はあった方が良いでしょう」

 

 

 地面に塗った灰色に近いインクに潜り、インクを補充した彩人が汗を拭う動作をしながらホークスに話しかけた。

 

 

 その様子を見ていたホークスは感心するような表情をしながら返事をした。

 

 

「おー、話には聞いてたけど、こりゃまた便利な個性だ。それに君は雄英志望だったよね?君の能力なら活躍するだろうからネームバリューも申し分無い。

 どうだい、ヒーロー資格を取ったらウチの事務所に来ないかい?」

 

 

 ホークスの突然の勧誘に彩人は驚いたが直ぐに申し訳なさそうに返答した。

 

 

「誘って下さるのは嬉しいのですが、僕はもっと経験と知識を積んでからと考えているんです。

 せめて高校を卒業してからでないと決められないです」

 

 

「そっかそっか、じゃあ仕方ないね。でも気が変わったらいつでも連絡して良いよ。

 じゃあ、時間が勿体ないから続きやろっか」

 

 

 断られたホークスは少し残念そうな顔をしたが、特に気を悪くした様子もなく、あっさりと引き下がった。

 特に深い理由があったからではない。便利な個性だし、相棒(サイドキック)に来てくれたら良いな、位の気持ちで誘ったからだ。

 

 そしてホークスが促す事で再び戦闘訓練は再開された。

 

 

 これは彩人が15歳、中学3年生になったばかりの時の話である。

 




読了有り難う御座います。

 話数を重ねれば重ねるほど小説を書く難しさを実感しております。世の作者様方はこれを良く書け続けられるものだと頭が下がる思いです。

 こんな風にした方が良いという指摘等ございましたら是非お願い致します。


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第13話

 当初八百万百をヒロインには考えて無かったのですが、何故か状況的にそうなってしまいました。八百万ファンの方申し訳ありません。

 それと八百万百は主人公が居ることである程度変化が起こっております。

 後、お気に入り登録、そして過分な高評価に感想有り難う御座います。


※読み直したら気になる所が多々見付かったので、8/6に内容を加筆、修正致しました。


 冷たい風が吹いている。

 既に2月も半ばを過ぎ、木々も新しい葉をつける準備を終え、もうしばらくすれば春が到来するのだが、それを感じさせない寒さが空を支配していた。

 

 

 そんな季節でも、関係無いとばかりに学校の校舎内では、学生達は机に齧り付き、必死にペンを走らせ、教材に目を通して勉強に集中していた。いや今は受験が近い時期だ。寧ろ、今だからこそ学生達は追い込みに入っている。それ故に学生達には皆焦りの表情が浮かんでいる。

 

 

 そんな中、掘須磨(ほりすま)大付属中学校のとある教室での放課後にて、二人の男女が話していた。

 

 

「あんなに頑張っていた彩人さんを差し置いて、私だけが雄英高校に推薦されたのは申し訳無いですわ…」

 

 

 成績上では互角でしたのに…と呟いた女性は、長い黒髪をポニーテールにしている八百万百だった。

 彼女は以前と比べて大きく成長していた。身長は同じ女性と比べても高く、それでいて身長の高さを感じさせないバランスの良い整った体格になっている。

 それだけではなく、女性としても大きく成長していた。スラリと長い足に、細いウエスト。そして大きく膨らんでいる胸部、ややつり目がかっているが非常に整った顔つきも合わさり、中学生にして既に多くの女性が羨み、男性達が魅力的に感じるであろう容貌に成長していた。

 

 それを証明するかのように彼女が今居る教室に入ったことで、勉強に励んでいた男子生徒達からは熱い視線が送られ、一部の女子生徒達からは感嘆するかのような溜め息が吐き出された。

 

 

「仕方ないよ。雄英高校は全国から推薦希望者が来るんだ。余りにも人数が多いから、より厳正な審査をしやすくするために各校一名迄って決まってるからね。…面接とか書類審査とか大変な事になると思うし。

 それに僕は百さんと比べると生徒会や部活動に入っていた訳じゃないから内申点がそこまで良くなかったし、妥当な結果だと思うよ」

 

 

 もう少し学校の事も考えれば良かったよ、と首を横に振り、現在は頭の赤い触手を揺らしながら答えたのは、人間と烏賊の要素が混ざった様な姿をした烏墨彩人(うずみあやと)だ。

 髪の毛の替わりになっている背中程の長さの細めの4本の触手と、頭の横にある膝よりも長く、自分の腕以上の太さを持つ大きな触腕、横に尖った耳に目の周りを覆う隈取り、パッチリした大きめの眼、活発な印象を与える八重歯。幼い頃から中性的若しくは女性的な可愛らしい顔立ちだったのだが、男性ホルモンがあまり働いていないのか成長した現在に至っても男性的な姿には見えにくい。

 寧ろ、顔立ちに合った撫で肩気味の細い体つきと、凡そ150cm程の同年代の男子中学生と比べると小さい背丈が合わさって、より女性的に見えるようになってしまっていた。

 

 

「それに努力してたのは百さんも一緒だよ。何年も一緒にヒーローを目指して勉強や訓練してたんだよ?

 お互いに頑張ってたのは知ってるんだからさ、百さんの合格を喜ぶ事はあれど、申し訳無く思う必要は無いよ。

 それだったら僕が合格するように応援してくれた方が嬉しいかな?」

 

 

 彩人が言った言葉は本心から出たものだった。幼い頃から二人で勉強を教え合い、身体トレーニングに『個性』を使った模擬戦闘。お互いに時間が合えばその何れかを行い、お互いにアドバイスを送ったりしていた。

 百もヒーローになるべく必死に努力しているのを知ってるからこそ何の忌避も無く今の言葉を言えたのだ。

 

 

「…確かにその通りですわね。でしたらこうしては居られませんわ!早速試験に向けて勉強致しましょう。私も微力ながら協力しますわ!」

 

「うん、勿論お願いするよ」

 

 

 彩人の言葉に立ち直った百は口許を結び、両手を身体の前で握り締めた。先の百の発言の通り、今は彩人以上に張り切っているようだ。

 

 

「でしたら先ずは苦手な所…か…ら」

 

「…?どうしたの百さん?」

 

 

 しかし、突如張り切っていた筈の百は話している内に言葉が淀み、小さくなってしまった。心なしかポニーテールも縮んでしまっている様にも感じる。

 その様子を訝しんだ彩人は首を傾げながら百に話し掛けた。普段しっかりしている百が急にこんな様子になるのは珍しかったからだ。

 

 

「そう言えば、彩人さんに苦手な科目って有りましたでしょうか?」

 

「え…?…あぁそう言えば得意な科目は有っても苦手なのって特には無かったね」

 

 

 そういうのはお互いに真っ先に勉強して無くしていってたし、と彩人が百に言葉を返した。

 

 

「全国模試に関しても僕達で1~2位を争っていたから、恐らく勉強に関しては今の調子で行けばあまり問題無いかもね」

 

 

 百は『個性』の訓練も兼ねた膨大な勉強量、彩人は優秀な教師陣による恵まれた環境の中での指導。

 二人は方向性は違えども学習面では他の学生達よりも大きなアドバンテージがあった。

 その為今まで学校では小学校の頃から殆ど満点を取り、お互いが同率1位か、若しくはケアレスミス等で1位と2位を争った事しか無かった。競争相手が百と彩人の二人しか居なかったのだ。

 そんな彼らが幼い頃から競うだけでなくお互いに指導し合った結果、今回の話題では裏目に出てしまっていた。

 

 

「どう致しましょう…?試験範囲では教えられることがありませんわ」

 

 

 さっきまでの勢いは何処に行ったのか百は目元を伏せ、すっかり意気消沈してしまった。

 その様子を見て、これはまずいと彩人が慌てて助け船を出した。

 

 

「…そうだ!だったら歴史なんてどうかな?世界大戦の色んな将軍達の戦略や戦術を勉強すれば、その武将や生きた時代についても理解が深まるし、もしかしたら雄英高校での試験の実技でも役に立つかもしれない」

 

「!良いですわね!そう致しましょう」

 

 

 その言葉を聞いた百は今度は反対に花が咲いたかのようのな笑顔を見せる。

 それから二人は試験に向けて一緒に勉強に取り組み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーああ、やっぱり彩人さんとこうしているのが一番落ち着きますわ。

 

 

 百は視線を横にやり、複数の教材を見比べながら勉強している彩人の横顔を見る。その表情は真剣そのものであり、どんな些細なことでも自分の糧にしようと言う意思が感じられた。 

 

 

ーー他の殿方は彩人さんの事を女々しいや男らしくないと仰っている方も居ますが、私から見れば彩人さん程に落ち着いても努力もしていないのによくそんなことを言えますわ。

 

 

 高い能力と向上心を持つ百に、肉体面でも頭脳面でもついていく事が出来る同年代の人間は希である。競える相手となれば希少性は更に増す。もし、彩人が居なかったとしても百は自分一人だけでも己を高めた事だろう。しかし、ついていけない周りの人間は百の事を自然と住む世界が違うと認識し、離れ、近寄りがたく感じてしまっていただろう。

 それは彩人という競いあえる他人がいたことで周囲の人間と交遊関係を築く余裕が生まれ、周りから親しみやすく思われるようになった。

 

 そのお陰か小学校高学年に入るようになってから平均以上に身体の成長が著しくなり、女性としての魅力が増していった百は他の異性達から良く告白されるようになった、中学校に入ってからはその傾向はより強くなっている。

 

 しかし、男子生徒は殆どは、百の顔か大きく成長している胸、腰つきといった身体的特徴ばかりを見て告白してくるものばかりであった。特に親しくもない顔と名前くらいしか知らない人物に、突然人気のないところに呼び出され、興奮で荒くなった鼻息、血走らせた目で自身の身体を厭らしく見やりながら告白される。

 百にとってそれは、非常に嫌悪感を催す出来事であったのだが、それ以上に我慢ならなかったのが告白を断った時、若しくは告白する際の男子生徒達の台詞に含まれていた。

 

 それは、百と最も親しく仲が良い幼馴染みである彩人に対する嫉妬による侮辱ともとれるものが大半であった。見た目が女に見える彩人より男らしい自分の方が良い、と言う者が多くを占めていたが、中には彩人が異形型である事を言及し自分の方が百の相手に相応しい、と誇らしげに言うものもいた。

 

 それには理由があった。男子生徒達が百に告白しようとすれば、同性以上に仲の良い唯一の異性である彩人の存在が邪魔になる。実際に百が告白を断る際の理由の一つになっているのだから当然である。百自身に、異性の友人は彩人を除いて殆ど居ない。

 近寄る異性の大半が下心を持っていた為、そういった輩は忌避していたからだ。

 つまり、男子生徒達はそこまで親しくない百に、彩人以上に魅力的な男性であると積極的にアピールする必要があった。しかし、アピールするにも殆どの男子生徒では学力、身体能力、家柄、人脈全てが高い水準で揃っている彩人に遥かに見劣りしてしまう。

 そんな中で、唯一勝てると思えたのが、彩人の異形型で且つ女性的な見た目だけだった為に、アピールするのに利用したのだ。

 

 勿論そんな事を許す筈が無く、男達に百は真っ向から反論した。十年近く一緒に過ごしてきた自分を差し置いて特に親しくもない者が彩人の何を理解しているのか、と。

 

 殆どの告白してきた生徒はこの言葉だけですごすごと退散していった。それでも引かない者には、もはや加減しなかった。徹底的に感情的になっている相手の言葉に対して理路整然と正論で返し、ぐぅの音も出ないほどに言葉で叩き潰した。

 

 そうしているうちに、今では告白されることは未だあれど彩人に対する侮辱を混じらせるようなものはいなくなっている。

 

 余談では有るが、そういった経緯があったお陰か、今ではこういった他人に相談しにくい事を百に相談する女子生徒が増えていた。

 

 

ーーそれにしても彩人さんは私の事をそういう目で見てくれませんわね。他の殿方から告白されることから私に女性としての魅力が無い訳ではないと思うのですが

 

 

 ふと疑問に思い、徐に身体を彩人にくっつかない程度に近づけてみた。百の長い髪の毛がふぁさりと彩人の頭の触手に優しく触れる。小学生までは当たり前だった距離であったが母親に人前では、はしたないからお止めなさいと言われてから最近では殆どしなくなった距離感だ。

 

 突然の行動に驚いて彩人は振り向いたが、百に離れる気が無いことを表情から悟ると直ぐに机に向かい直した。

それを見た男子生徒達は羨ましそうな視線を向け、特に反応した様子もない彩人に更に物量を伴いそうな程の嫉妬にまみれた視線を乗せる。因みに女子生徒達は百の行動にワクワクと楽しそうに、次に彩人の反応に残念そうな同情の視線を飛ばし、そして男子生徒達の様子を見て侮蔑の視線を送っていた。

 

 

ーー他の殿方達と違ってがっついた所が無いのは普段は良い事なのですが、もう少し意識して下さっても良いのですよ?

 

 

 今の行動は誰にでもやっているわけではない。異性処か同性の友人にもしない行動だ。しかし、あまり意に介した様子の無い彩人の反応に百は少しばかりショックを受けた。

 

 

ーー私以上に親しい女性が居ないことは私の情報網からも間違いないはずですけれども…

 

 

 因みに情報源は、他の女子グループと烏墨、八百万両家の母達女性陣から得ている。

 

 

ーー一体どうすれば良いのでしょう……?彩人さんの体温が上がっている?……あら、今度は色が緑に変わりましたわ。一体どうしたのでしょう?

 

 

 唐突に、百が偶々触れていた彩人の後ろの触手から体温が上昇したのを感じ取った。(元々インクの中でも基礎温度が高く、衝撃と振動によって温度が上昇する赤のインク)今の彩人は対して動いているわけでなかったのに、だ。

 覗き混んでみたが特に表情の変化などは見られなかった。

 

 彩人が普段インクを変化させる事事態は対して珍しい事ではなった。問いかけるほどではないと思ったが、しかし変化させた状況が少しばかり不自然に感じたため百は首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーー危なかった。百さんは違和感を感じているみたいだけど何とか誤魔化せたみたいだ。

 

 

 隣で百と共に試験に向けて勉強していた彩人は内心ほっとしていた。はた目では見えないが彩人の掌はじっとりと汗が湿り、心臓の鼓動ががバクバクと高鳴っている。体温が上がった理由は、血の替わりを果たしている赤のインクが極度の緊張状態から早く流れてしまった結果である。

 

 

ーー急に一体どうしたんだろうか?昔ならともかく最近は人前でこんなことしなくなったのに

 

ーーそれに百さんは最近はますます女性として魅力的になってるからそういうことされると凄く辛いんだけどなぁ。

 

 

 百は彩人が気にしていないと思っていたようだがそんなことは無い。実際は彩人も成長著しい百のことを気にし始めていた。唯、表面上では出さないようにしていただけである。

 

 

ーーでも百さんは男子の目を凄く気にしてるから我慢しないと。

 

 

 彩人の変化に百が気づくことが出来なかったのは、百が男子からの性的な視線を気に始めるようになってから。

 その頃から彩人も精神的に成長し男として異性を、特に最も親しい女性である百を意識するようになっていた。しかし、ここで理性が待ったをかけた。

 

 彩人は男性が異性を性的に気にするのは自然なことであると考えている。唯、周りの男子生徒達を見て、あからさまに女性を性的な目で見るのには強い抵抗感を覚えたのだ。

 なまじ見た目と態度が落ち着いていて中性的であることで、普段男子達より女子生徒達と距離が近いことも影響している。女子達からよく愚痴られるのだ、男子の視線が変わり始めて不快感や恐怖感を感じると。

 

 特に百はその傾向が強かった。身体が成長し、周りの女子達より発育が良かったことで多くの男子達から嫌らしい目で見られるようになっている。その事が辛いと百に相談されたことさえあった。そんな状態の家族以外で最も親しい親友に、自分も他の男子生徒と同じ反応等出来るわけが無かった。

 

 その時から彩人は自分だけでも百にはそういう目を向けないように、若しくは気づいて不快感を与えないように出来る限り理性で押さえようとする様になった。思春期男子である彩人には凄く難しい事であったが。

 

 

ーーそのお陰か、精神的な距離感は昔の様に近いままなのは良かったけど。

 

ーーでも、百さん僕が男だって分かってるのかなぁ。他の親しい女子達より距離が近い気がするんだけど。

 

ーーもしかして本当に僕は男として見られてないんだろうか?百さんの男女感は凄く厳しい筈だし。そうだったらちょっと嫌だなぁ

 

 

 因みに百が彩人にしたことは、異性はおろか仲の良い同性にも殆どしたことがなかった。

 

 その事は分かっていたがそれが自分に対して同性の様に扱われた結果なのか、それともそこまで親しい異性として扱われたからなのか判断出来なかった彩人は悶々とした状態のまま百と勉強を続け、あまり頭に入らなかった事を少し後悔しながら夜に自宅にて百とやった部分を復習し直して一日を終えたのだった。




読了有り難う御座います。

恋愛描写を書いてますがこれで良いのか未だに良く分かっておりません。

そして次回から漸く原作に入ります。
本当は3、4話位で原作入りするつもりだったのですがこんな話が必要かなと思ったらこうなってしまいました。



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第14話

今回は文字数が多くなった為、前編後編で分けることに致しました。ですので、前編は殆ど話が進んでおりません。申し訳ありません。

後編は明日辺りに投稿する予定ですので、それまでお待ち頂ければと思います。


後、この様な稚拙な小説に高評価、お気に入り登録をして下さり、誠に有り難う御座います。


2月26日

この日全国で最も多くの卒業間近の中学生達がとある高校に多大な緊張感を伴い集まっていた。

 

 

 世界人口の八割以上、超人社会と呼ばれるほどに超常の力『個性』を持つ人間が多くいるこの社会では、誰しもが自らの『個性』を生かし身を呈して人々を救う職業『ヒーロー』に夢を見て、憧れている。

 

 だからこそそのヒーローを育成、養成する学校は最も人気が多い。今では多くの学校にヒーロー自らが教鞭を振るい、ヒーローの卵達を育成する学科、『ヒーロー科』が多く点在するようになった程である。

 

 そのヒーロー科の卒業生の中でも最も多くのトップヒーローと呼ばれる者達を輩出している高校こそが『国立雄英高校』である。勿論トップヒーロー達を何人も輩出するだけあってその受験難易度も全国屈指と言えるほどに難しい。

 何せその中でも『国立雄英高校ヒーロー科』は今年度の偏差値は79、倍率に至っては驚異の300倍を超える。合格人数がたったの36人に対して受験者の人数は一万人を優に超えているのだ。余りにも難しく、合格に至るまでの道は狭く壁は厚い、しかし、憧れから記念受験する者も後を絶たない程に人気のある高校であった。

 

 

 

 そして現在そんな国立雄英高校に一人の少年が足を踏み入れた。

 

ーー漸くこの日を迎えることが出来た。この日が僕にとっての重要な分岐点...。

 

 中学校の制服と襟にモコモコの付いた濃い緑のダッフルコートに身を包んだ少年...烏墨彩人は気合いを入れ直すかのように背中に背負っていた少し小さいガスボンベの様な物体を背負い直した。同時に手に持っている筆記用具とあるものが入った鞄と眼の光彩と表側がオレンジに染まっている特徴的な大きな触手達も揺れた。

 

「…?…えっ、何あれ?ガスボンベ?」

 

「あれ相当重いだろ」

 

「…つーか良く見たらアイツあの顔で男なのか」

 

 周りの受験生にも異形型はいる為姿そのものは皆然程気にするものではなかったが、背中に背負う程あからさまに大きな道具を持ち込んでいる彩人の様子を見た受験生達は驚いたように二度見し、顔を見た者は女性的な風貌なのに着ている制服は男子生徒に気付き、あの見た目で男である事に更に驚いていた。

 

 

ーーそれにしても話にも聞いていたし資料でも見たけど町の中なのに本当に高校にしては異常に大きいな...下手な大学よりも大きいし敷地の広さでは農業系の学校以上じゃないかな。

 

 そんな反応される事は分かっていた彩人は周りの反応を受け流しつつ自分がいるところを見渡し、頭の中にある見取り図を思い出し驚いていた。周りを隔てる厚く高い壁とまるで巨大なゲートのような校門に、正面から見るとそれ以上に大きな『H』の形に見えるガラス張りのビルのような校舎、更に多数の監視カメラとセンサーの類いが所々見受けられる。見渡せば見渡すほどに如何に国がヒーローを育成することに力を注いでいるのかが伺えた。

 

 

ーー先生達は僕の事は合格する可能性は高いと太鼓判を押してくれたけど油断は出来ない。確かに僕は他の人に恵まれているけど僕以上に努力して僕以上に優れた人だっているはず。現に僕以上に汎用性が高い百さんがここに合格しているんだ。他に優れた人が居ないなんて絶対にあり得ない。

 家族や先生達、それに一緒に雄英に行こうと言った百さんの期待に答えるためにも全力で挑まなきゃ。

 

 改めて自分に克を入れた彩人は校舎に向けて再び歩き出した。その足取りにブレは無く、堂々としいていて迷い等欠片も見られなかった。

 

 

 

 

 

『本日は俺のライブへようこそー!!!エヴィバディセイヘイ!!!』

 

 筆記試験が滞りなく終わり、試験会場である半分円形になっている講堂の教壇の上でどこか振り切れたかの様なハイテンションで受験生達に話し掛けているのは、オールバックにした髪の毛を後ろから天高く逆立たせ首にスピーカーを着けている人物、ボイスヒーロー『プレゼント・マイク』だ。ラジオ等に出演している彼の話は高いテンションも合間って非常に高い人気を誇っている。

 

 テレビやラジオであれば次の瞬間に『Yokosoo!!!』と返答してくれていただろうが、しかしここは最難関高校の試験会場。真剣に試験に挑もうとする受験生達に、気を緩めて呑気に返答が出来るほどの余裕がある生徒は殆どいなかった。はりつめた空気の中で緊張感を少しほぐしてやろうという気持ちも有ったのだろうが盛大に滑ってしまっている。受験生としてはこれは縁起が悪いのではないだろうか。

 

 

ーーあのスピーカー多分大音量の声の指向性を高めるためにも使われているんだろうけど、その代わりかなり首を回し辛そうだ。近距離の戦闘の仕方が気になるなぁ。それに足元とかはどうやって見るんだろうか?

 

 但し彩人はこの間、有名であるが故に知っているプレゼント・マイクの『個性』とその見た目による戦力分析をしていた。

 なお彩人はプレゼント・マイクの事を知ってはいたがラジオを友人経由でしか聞いた事がなかった為、先程の問い掛けにどう返答すれば良いか純粋に分からなかった。知っていてもあの空気の中では後が怖そうなので出来なかっただろうが。

 

 

『こいつはシヴィー!!じゃあ受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!』

 

『YEAHHH!!!』という掛け声と共に説明された内容はこうだ。

 

・各ブロック分けされている『模擬市街地演習場』にて制限時間10分間で行われる

・目的は市街地に現れる三種の仮想敵の行動不能、方法は問わない

・倒した仮想敵によって貰えるポイントが違い、その合計値を競う

・実技試験での持ち込みは基本的に自由である

・他人への攻撃等の道徳的に反する行為は禁止

 

 と言うものである。

 

 

 事前に持ち込みが可能であると伝えられると同時に、実技試験では戦闘が絡んだ内容が有ると説明を受けていたが、プレゼント・マイクの説明を受けた彩人の中では疑問が膨れ上がってくるのを感じた。

 

ーーヒーローを育成する学校の中でも最高峰と謳われる雄英高校が戦闘面だけで合否を決めるのはおかしい。確かに強さも大事だけどヒーローを育てるならそれと同時にその人の資質も見る筈...。もしかして説明してないだけで他にも採点基準がある?

 

 

「...質問宜しいでしょうか?」

 

 だとしたらその採点基準は、と彩人が考えた所で制服を殆どの乱れもなくきっちり着こなした、メガネを掛けた生真面目そうな受験生がプレゼント・マイクに質問を投げ掛けたことで一時中断されることとなった。

 

「資料には四種の敵と記載されております!誤載であれば日本最高峰たる雄英において恥ずべき恥態!!我々受験者は規範となるヒーローの御指導を求めてこの場に座しているのです!!」

 

 確かにメガネを掛けた受験者の言う通りプレゼント・マイクは三種と言っていたが渡された資料には四種類の仮想敵の写真が載っていた。

 次にその受験者は「ついでにそこの縮毛の君!!」と自分の近くの席に指差した。指差した方に目を向けるとそこには確かに突然自分を指された事でビックリしたのだろう、驚いた表情をした緑がかった黒髪が縮れている、そばかすの付いた気の弱そうな少年が座っていた。

 

 

「先程からボソボソと気が散る!!物見遊山のつもりで来たのなら即刻ここから去りたまえ!!」

 

 ハキハキとした大声で話している彼を、遠い端の席で見聞きしていた彩人は彼はかなりの真面目な人物なのだなと感じた。遠くでも良く見える視力を持つ彩人には彼の睫毛の一本一本もくっきりと見えている。

 そんな彩人が見た彼の表情には純粋に怒りの感情が見てとれた。真剣に試験に望んでいるが故に注意したのだろう。メガネの彼の目ははっきりと、注意している少年の目を見て話していたのも信憑性を上げていた。

 唯、少々真面目すぎる嫌いがありそうだ。本当に迷惑行為をしたのであれば庇うことが出来ないが、状況も相俟って非常に居たたまれない気持ちをソバカスの受験生は感じているのだろうなと、実際に両手で口を閉じ萎縮してしまっている彼を見て少し同情した。

 

 

 プレゼント・マイクは空気を変える意味合いを含ませつつ彼をなだめながら先程の質問に答えた。それは倒しても一切のポイントが入らない仮想敵、例えるならばスーパーマリオブラザーズのドッスンのようなお邪魔虫とも形容出来る敵である、それが各会場に一体ずつ存在すると。

 

 その説明を受けて彩人は考えた。プレゼント・マイクの例えたゲームは有名なため知っていたが、やったことがないため詳しくは知らない。しかし、敵を避け倒しつつ進むゲームであるとだけは知っている。敵を避けても良いゲームなのに態々お邪魔虫と例えた。つまり避けざるを得ない程の敵、寧ろ災害ポジションの仮想敵なのでないかと考え付いた辺りでプレゼント・マイクは話を締めくくった。 

 

 

『最後にリスナー諸君にわが校の校訓をプレゼントしよう』

 

『かの英雄ナポレオン=ボナパルトはこう名言を残した。「真の英雄は人生の不幸を乗り越えて行く者」であると!!』

 

『"Plus Ultra"!!それでは皆さん良い受難を!!』

 




読了有り難う御座います。

次回は強個性の主人公が無双するという在り来たりな描写が多々御座います。苦手な方はお気を付け下さい。



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第15話

お待たせ致しました。

正直に言います。やり過ぎました。
しかし、幾ら手加減されていたとはいえ、ホークスを出してしまったのでこれ位はしないと無理があ…りますよね?

それと今作品初のSplatoon技が出ます。少しだけですが。

更に主人公の居る会場には、原作キャラは居なかったとさせて頂きます。

この様な稚拙な小説に高評価とお気に入り登録して頂き有り難う御座います。

後、態々誤字報告等もして頂き感謝しております。


 講堂から外に出て、バスに乗り暫く移動した所に『模擬市街地演習場』はあった。

それはまるで、十階建て近い高層ビルが立ち並ぶ区画一帯を切り取ったかのような場所であった。

 

 

「なんじゃこりゃぁ!!」

 

「町だ!町そのものが再現されてる!!」

 

「こんなものが会場として幾つもあんのかよ。雄英スゲェ!」

 

 この光景を見た受験生達の反応は様々だったが、等しく町が舞台そのものであることと、それを会場として複数を当たり前のように用意する雄英に皆驚いていた。

 

 

「よいしょっと...」

 

 バスの先頭に座っていた人たちが先に降り、目の前の光景に驚いている時に最後尾に座っていた彩人が、頭の黒い触手を揺らしつつ、ボンベの様なものを背負いながら降りてきた。降りた瞬間に小さくズンと音をたてて足が地面にめり込む。元々空の状態でも重かったのだが、バスで移動中にボンベにインクを補充していた為に更に重くなってしまっていた。

 

 

「おいおいあいつ見ろよ」

 

「あんな重いもん背負ってちゃ、ろくに走れないんじゃないか?」

 

「敵を早く見つけて倒した数を競うんだぞ。増強型に見える様なナリじゃ無いから相当不利だろうに」

 

「と言うかバスにいた時と頭の色が変わってるがなんの意味があるんだ?」

 

 こりゃ競争相手が一人減ったも同然だな。と誰かが喋った直後にその時が来た。

 

 

『ハイ、スタートー!』

 

 プレゼント・マイクの声が後方のやや上の方から響いたと同時に、同じく後方から強烈な風が吹き荒れた。

 

 一体何だと、受験生達が振り返った。その時、何人かが先程まで後ろに居た筈の、足をめり込ませるほどに重そうなボンベを背負った受験生の姿が何処にも無いのに気付く。

 

 続いて、疑問に感じながらも声がした方向へ皆が一斉に目を向けた。

 

 

『どうしたぁ!!実践じゃあ誰も態々カウントなんざしねぇんだよ!!』

 

『賽は既に投げられてんぞ!!』

 

 

 プレゼント・マイクの言葉で漸く実技試験が始まっていたことを理解した受験生達は、既に間断無く大きな破砕音が連続して響き渡っている演習場へ、それぞれが周りを押し退けるかの様に一斉に走り出した。その中でも何人かの彩人が居なくなった事に気付いた受験生達は特に焦りが大きかった。

 

ーー姿がないあの受験生が始まったと同時に何らかの『個性』を使って既に会場入りし、仮想敵と戦っている可能性が...いや実際に戦っているのだろう。先程から間断無く響いているこの破砕音が何よりの証拠だ。

 

 だとしたら既に獲得しているであろうポイント数は...と一人の受験生が考えたところで頭を振り、思考を止めた。今はそれを考えるより体を少しでも動かしてポイントを獲得するのが先決だと判断し、会場に走っていった。

 

 

 

 

 

 上空より2体居たミサイルポッドを背中に生やした仮想敵に衝撃波を叩き込む。試験用に作られたものだからか、その仮想敵は地面ごと押し潰され、ぺしゃんこになって完全に沈黙した。攻撃した直後に即座に移動し、続いて集団で居た首長竜の形をした四脚の仮想敵と足に車輪が取り付けられている仮想敵の群れの背後に回る。

 

 気付かれる前に一体の仮想敵に片方の触腕を貼り付け、体からインクを噴射させ、仮想敵ごと勢い良く振り回す。そのまま貼り付けている部分から、離す瞬間にインクを噴射させる事で遠心力と合わせて威力を上げ、集団を巻き込むように投げ飛ばした。

 

 吹き飛び、ぶつかった仮想敵達は悉くビルの壁に叩き付けられ、バラバラに砕け散る。先程までにロボットだったものがコード類や部品が剥き出しにされ、正にスクラップと言えるものに変容してしまった。

 

 

ーーやっぱり脆い。高校入学試験だからかも知れないけどそれでも脆すぎる。

 

 周辺に仮想敵が見当たらなくなったことを確認したら即座に演習場全体を見渡せる上空まで飛び上がり、序でに屋上や窓越しに見えた仮想敵を吹き飛ばし、破壊する。そして次に近くに居る仮想敵の集団を見つけ次第急降下、上空から強襲、全滅させる。他の受験生達が、試験が既に始まっている事に気付き、会場に走って入って来るまでにこの一連の行動は既に何度か繰り返されていた。その上、倒した仮想敵は疾うの昔に二桁を越えている。

 

 何度も上空での索敵、強襲、移動を繰り返している内に、恐らく数少ない移動能力に優れている個性持ちであろう受験生とかち合った事があった。しかし、移動能力に優れた個性は得てして範囲、攻撃能力に乏しいものが多い。応用すれば克服出来る者も居るが、今回は幸いそういった者と会うことは無かった。その為、かち合った時はその受験生が一体を倒そうとしている間に周辺の仮想敵を全滅させ、直ぐ様移動していた。

 

 

 そしてこの連続強襲は他の受験生が移動に時間の掛かる演習場の奥からでは無く、入り口付近から奥へ奥へと演習場全域を移動する様に行っていた。

 

 

 元より手加減されていたとはいえヒーロートップクラスの速度で飛び回れるウイングヒーロー”ホークス”に匹敵する加速力と迫る程の高速移動能力に、強力な攻撃能力まで有する黒のインクである。常人では視界に捉える事すら出来ないだろう。今は重いボンベを背負っているが、訓練で似たようなことをよくやっていた彩人にとっては大した支障も無い。

 

 高速で移動する手段を持たない者では、場に到着する頃には既に殆どの仮想敵が全滅し、鉄屑や残骸と化し散らばっている。その上それが何処に行っても続いている。正に悪夢のような光景が出来上がりつつあった。

 

 

 

 

ーー良し、これでかなりの撃破ポイントは獲得した筈。それに時間もまだ半分以上の余裕がある。後は有る可能性が高いもうひとつの採点基準のポイントの獲得だけど...

 

 演習場のほぼ全域を回り終えた彩人は一度受験生が多く居るエリアのビル屋上に降りて辺りを良く観察した。開けた広場になっている所を見下ろしてみるとやはり殆どの仮想敵を狩り尽くしていたからか、恐らくビル内部に配置されていたのであろう数少ない仮想敵を巡って、お互いに押し退けあってでも倒そうと躍起になっている様子が見えた。

 

ーーやっぱり、攻撃力がそこまで強くない個性持ちでも簡単に仮想敵を倒している。この分だと下手をしなくてもある程度の身体能力があれば工夫すれば倒せる位には弱いみたいだ。

 

 受験生達が押し退け合いながらも仮想敵を問題なく倒しているのを見て、彩人はほんの少しだけ思考を巡らせることに集中した。

 

ーー本当に戦闘能力だけを見ているならばこの仮想敵は耐久、移動、攻撃力、プログラム、全ての面で弱すぎる。これは想像通り別の採点基準が有ると見て良い筈。だとするとその内容は...ヒーローらしい採点基準と考えると”この状況でも競争相手である他人に対してどの様に対応するか”って所かな?

 

 案外そう間違ってないんじゃないかと考えた彩人は、自らの考えを実行に移すべくビルから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

「目標発見!!ぶっ殺っ...」

 

「へっ?!...うわぁ!!」

 

 一体の仮想敵がビルの角から出会い頭に突如現れ、偶々側に居た一人の男子学生に襲いかかる。彼は探すために全力で走っていた為に突然の事に対応できず、驚いた事も相まって反応が遅れてしまった。その上最悪なことに近くには他の受験生が誰も居なかった。

 

ーー攻撃される...!

 

 『個性』を発動する余裕もなく、彼は恐怖で目を閉じてしまった。その瞬間パァン!と大きな破裂音とバシャン!と液体を打ち付けた様な音がほぼ同時に鳴る。

 

 本来であればその目を閉じる行為は悪手も良い所であったが、しかし何時まで経っても攻撃された衝撃と痛みがやってこない。それに状況に不釣り合いな音がしたのもおかしかった。不思議に思い目を開けると、そこには機体をバチバチとスパークさせながら倒れ込んだ仮想敵の姿があった。

 立ち上がって良く見ると背中に当たる部分には黄色い液体が掛かっており、そこから電気が出ているように見える。

 

 

「た、助かった...?何が起こった?」

 

 誰が助けてくれたのか周りを見渡すも近くには誰も居ない。誰かが遠距離攻撃したのかと周辺に居る受験生を見てみるもそのような『個性』を持った人間は見える範囲にも居なかった。

 

「いや、そんな事よりポイントを取らなくちゃ...。ちくしょうっ!、このまま0ポイントで終わるなんて冗談じゃない!!」

 

 不思議に思ったが直ぐに今は試験中であることを思いだし、誰かに助けられたことを頭の片隅に追いやった。只でさえ、誰かに大量に掻っ攫われて少なくなっているポイントを少しでも稼ぐべく仮想敵を探しに全力で駆け出した。

 

 

 

 

ーー良かった。助けられただけじゃなく、運良く敵ポイントも稼げたぞ

 

 一石二鳥だ、と考えながら、仮想敵に攻撃されそうになっている受験生を助けた彩人は再び上空に移動していた。上手く行ったからかその顔に浮かぶ表情はとても機嫌が良さそうだ。

 

 

ーーそれに耐圧、耐電性のボンベと耐電性の風船が漸く役に立った。他の受験生が複数居た場合、衝撃波や瓦礫で巻き込まない為に代わりの攻撃手段として用意してたけど、何でか他の人達のスタートが遅れてたお陰で、巻き込むことを気にせずに大半のポイントが取れたから危うく無駄になる所だった。

 

 

 背中にあるボンベに視線を移す。そのボンベの中身は衝撃や摩擦により大量の電気を発生、帯電する性質を持つ黄色のインクで満たされていた。彩人は背中にあるボンベに黄色のインクを予め満たして置き、大型のポケット部分に入れていた同じく耐電性の風船にボンベのインクを移す。後は出来たインク入り水風船を仮想敵に勢い良くぶつける事で、中に入っているインクが衝撃で大量の電気が発生、仮想敵をショートさせる事で行動不能にしたのだ。

 

 

ーーこの調子で仮想敵を撃破しつつ、危なそうな受験生を救出する方針で行こう。徒労に終わる可能性もあるけどこの経験は無駄にはならない筈。...それにまだ姿を現して無い0ポイントの仮想敵が気掛かりだ。もし、予想通り対処するのが難しい天災ポジションの仮想敵だった場合、救助する事によるポイントの加算はほぼ間違いないかな。 

 

 取り合えず、先ずは行動あるのみ、と次の瞬間には彩人の姿は掻き消え、移動した痕跡である強風のみが残された。

 

 

 

 

 

 現在、各試験会場内ではまだまだ現れる仮想敵を受験生達が競い会うように倒しあっている。しかし、とある会場だけが、全く違う異様な事態になっていた。

 

 

「敵は何処だぁぁ!!!」

 

「せめて、せめて1ポイントだけでもっ…!!」

 

「何で半分近く時間残ってんのに見つからねぇんだよぉお!?一体どうなってんだぁぁぁ!!!」

 

 何人かがまるで血を吐くかの様に叫んだ。最早パニックとも言える形相だ。それはそうだろう、彼らは未だにポイントをろくに得ることが出来ていない。その上、0点の者の方が多くいる程なのだから。

 

 

 彼らはこの全国屈指の最難関高校に望むことが出来る程に優秀だ。少なくとも各学校内では成績等で1、2位を争っている者達が大半を占めている。全員では無いかもしれないが、皆学力や『個性』の強さ、両方に自信があった。特にこの実技試験を受ける直前までは、自分が合格を勝ち取るのだと信じて疑わなかった程に。

 

 

 そんな気持ちで挑んだ演習場内には、動いている仮想敵が全くと言えるほどに居なかった。既に試験開始から数分は経過しているの筈なのに、である。このままでは何も出来ず不合格になるという思考が脳裏にチラついているのか、皆焦りが頂点に達している。必死で、全力で、最早がむしゃらと言えるほどに走り回り、目をこれでもかと思う程に凝らしていた。しかし、いくら探しても見つからない。見付かるのは仮想敵らしき鉄屑と化した残骸ばかりである。今は、遇にビル内から飛び出した仮想敵を即座に取り合うように倒すのみとなってしまっている。時間そのものはまだ余裕があるのにも関わらずだ。

 最早、受験生達はこの寒空の中で自分の体が汗みずくになっている事にも気付いていない。

 

 その様な状況では当然自分の事で頭が埋め尽くされ、他人の事など頭の片隅に置く事すら出来ないだろう。だからこそ、仮想敵が見つかった時には倒そうとする人達の波に押し流され、転んで踏み潰されそうになる人が続出する。

 或いは危険を侵してでも仮想敵を探そうと、崩れそうな瓦礫の山を登ろうとしては転げ落ち、怪我を負いそうになる者も居た。

 

 それを彩人が救助、安全な所に移動させている。助けた人の中には、この状況の元凶を察していた受験生に睨まれることもあった。事実、この状況になったのは自分のせいであるので、その時は何か言われる前に逃げるように素早く離れている。

 

 

ーー救助してはいるんだけど、やっている事は限り無くマッチポンプに近いんだよね…

 

 阿鼻叫喚とも言える様子に申し訳なさや罪悪感が湧いたが、今は試験中だと頭を振り、この事については思考するのは直ぐに止めた。既に後の祭りだからだ。

 

 

 そして彩人が再び移動を開始しようとした時、それは起きた。

 

 

 まるで巨大な何かかが動いたかの様な大きな地響きが聞こえた。下の様子を覗いてみると、あまりの揺れから受験生達はバランスを取ろうと揺れに抵抗している様な動きをして居るのが見える。空中に居たからか音でしか分からなかったが、どうやら相当な揺れのようだ。

 

 一体何だ、と彩人が現在居る場所からさらに全体を見渡せるほどに高度を上げた所で、それを漸く確認できた。

 

 

 

 

 それは鋼鉄で出来た数十メートルにも及ぶ巨大な怪獣、若しくは巨大な建造物に手足や関節をつけた様とでも形容できる姿だった。

 

 一歩踏みしめるだけでも地面を踏み砕き、地響きを響かせ、クレーターを作った。隣にあった建造物に手を添え、掴もうとした。唯それだけでその建造物は角砂糖が崩れるように容易く破壊された。

 

 もし、あれと正面からまともに戦うならば、振り下ろされる巨大さに見あった広範囲の攻撃を避けられる、若しくは防ぐ事が出来る手段と、分厚い装甲を突破出来る攻撃手段、他にも色々あるだろうが最低でもそれだけの事が出来る強力な『個性』が必要だろう。

 

 正に、常人ごときがどんな些細な抵抗等しても無意味である、と視覚で叩きつけてくる天災と呼べる程に脅威に満ちた仮想敵だった。

 

 

「で、出たぁぁ!!」

 

「嘘だろ!?あんなの用意してるとか雄英は正気か!?」

 

「つーか、こっからあれを避けながらポイントを稼げってか!?冗談じゃねぇぞ!!」

 

 その仮想敵を見た受験生達の反応は様々であったが、とった行動はほぼ全員一貫していた。

 

 

 三十六計逃げるにしかず。つまり逃げに徹するより他になかったのである。

 

 

 それも仕方ないだろう。ここにいる全員十代前半の学生だ。これ程の事態に陥る程に危険と隣り合わせの生活を送っていたわけでも、軍隊のように不測の事態でも動揺しないためのトレーニングを積んでいたわけでも、ましてや何でも出来ると勘違いしている程に自分の力に自惚れているわけでもないのだから。

 寧ろ自分の力をきちんと理解しているからこそ、撤退しているのである。

 

 

 

ーー一応予想通りではあるけど、流石にここまでするのは予想外だ。最高峰と言われるのに納得せざるを得ない程にめちゃくちゃやるなぁ...。

 

ーーでも幸い、皆広範囲にバラけていたお陰かあの仮想敵の近くにいる人は居ないようで良かった。それとパニック状態だったのが、あのあからさまに巨大な仮想敵を見て、我に返ってくれたのも良かった。あのままだったらどうなっていたことか...。

 

 その仮想敵と逃げている受験生達の一部始終を見ていた彩人は、大暴れして町を破壊している巨大仮想敵に対して受験生達の無事な様子を見て一安心していた。もしもの時は救出するつもりだったからだ。

 

 

ーーインク残量はまだ十分以上にある。問題は無い

 

 自分の状態を一度、細部まで確認する。特に問題となる箇所は見当たらなかった。強いて言えば耐電性の風船とボンベの中身が想定以上に余りすぎているくらいである。

 

 

ーーさて、本来なら確かに倒す意味は全く無い、0ポイント敵だけど...

 

 巨大仮想敵の近くの屋上に降り立った彩人は、『個性』を行使した。何時もの事であるが、行使する際に体内に意識を向けたせいかドクンッと心臓が何時もより大きく跳ねたような気がした。そして、心臓から血管を巡り、末端の触手や手足の指先等の体全体に順々に行き渡るように変化していく、若しくは体が作り変えられるかの様な独特の感覚が彩人の体内を支配していった。そして数秒も経たずに見た目では分からなかった変化が外見にも表れた。

 

 変化自体はそう多くは無い。真っ黒だった光彩が鮮やかな赤色に染まり、人で言えば髪の毛に当たる頭の表側の触手部分が同じく赤色に変化した。

 

 

ーーもし、あれ程の強大な敵を損害を抑えつつ倒せたら、それを評価しないヒーロー科が本当にあるのかな....?

 

 

 体の変化を終えた彩人は直ぐ様巨大仮想敵に向かって、ビルの屋上から空中に赤色の帯を作りつつ跳躍した。

 

 

 

 

 

 

 巨大仮想敵は無作為に暴れるようにはプログラムされていない。他の通常の仮想敵と同じく、近くにいる受験生に近づき、攻撃するように命令されている。

 

 

 現在、近くには受験生が居ない。大きいわりに遅い足のせいで近づく前に逃げられているからだ。そのお陰で受験生達はパニックを起こすことなく離れている。

 

 しかし、大きい体のお陰でビルの上から見下ろす事が出来るので、見失うこと無くゆっくりと追い詰めるように移動していた。巨大な怪獣が自分目掛けてゆっくりと確実に迫ってくる光景は映画のワンシーンの様であるが、現実で起こっていればそれは恐怖その物だろう。事実、迫ってくる仮想敵を見て何名かの受験生達は顔を青ざめさせている。

 

 

「…?、何だあれ?」

 

 このままでは何れ追い詰められるんじゃ...。と思考がちらつき始めた時、巨大仮想敵に遠目で赤いなにかが飛来していくのが見えた。

 

 

 そして巨大仮想敵を見ていた受験生全員は呆然と次に起こった光景を眺めることになった。

 

 

 

 

 

 

 

ーー先ずは小手調べ

 

 仮想敵の頭上より上を飛んでいる彩人は右腕の拳を強く握りしめ、頭上高く振り上げた。

 

 次に振り上げた拳に大量のインクを体全体から集め圧縮していく。更に圧縮したインクに高速回転を加える。高密度に圧縮されているからか、右腕が赤くインク化し始めているが構うことなく圧縮を続ける。

 

 そして圧縮を終えた彩人は、落下による勢いを利用して仮想敵の頭目掛け、その拳を振り下ろした。

 

 

 それは、彩人に近い存在が人間の代わりに支配しているとある世界で、「スーパーチャクチ」と呼ばれている必殺技に酷似していた。

 

 

 

 

 外から見たその様子は凄まじいものであった。

 

 仮想敵の頭上に赤い帯を作りながら何か飛んできたかと思えば、着弾と同時に赤い大爆発を起こしたのだ。

 

 着弾した衝撃で頭部分を大きく凹ませ、足が地面にめり込み、仮想敵の動きを封じた。爆発は回転に合わせ球体を描く様に広がり、仮想敵をその凄まじい回転の勢いで表面の装甲をガリガリと剥がし削り取る。最終的に、着弾した頭だけでなく、猫背に近い体勢だった仮想敵の背中全体迄もが真っ赤に塗り潰された。

 

 赤く染まった仮想敵は動きを止め、地響きを鳴らしながらうつ伏せになるかの様に倒れ込む。良く見ると、赤い液体が付着している部分からジュウジュウと焼けるような音を立てながら熔け始めている。

 

 更に驚くべきはそれほどの爆発を起こしたというのに周囲には、全くといっていいほどにその赤い液体が撒き散らされていなかった。どうやら回転しながら爆発した影響か、爆発が綺麗な半球体の形を保ったまま、外に液体が漏れ出さないようになっていたらしい。

 

 

 周囲が驚きつつも近寄ってみると、熔けて原型を失いつつあった仮想敵の頭上部分から、ゆらりと人の形をした何かが立ち上がったのが見えた。眼を凝らしてみるが仮想敵が出している煙と高温による空気の揺らぎで良く見えない。

 

 暫くすると煙の向こうからその人型は出てきた。身体の一部の色が赤色に変わっているが、見覚えのある人物だった。その顔は女性に見えるが受験生達はここに来る前に、一度更衣室で着替えたため全員彼が男である事を知っていた。

 

 彼は周りが驚くようなことをやって見せたというのに何故か悔しげな表情をしている。

 

 

 彼は煙から出てきて早々。

 

「.....やりすぎた」

 

 

 そんな周りからすれば意味不明な一言を呟いた。

 

 

『終・了~~~!!!!』

 

 

 直後に試験終了のアナウンスが鳴り響いた事で、今年の雄英高校ヒーロー科実技試験は終わりを告げたのだった。




読了有り難う御座います。

漸くSplatoon要素を見た目以外で出せて感無量です。

今作品の実技試験は原作でも発言がありましたが、予め会場に配置するのみで、後から投入出来るのは0ポイント敵だけとさせて頂きました。

その為公式チートの轟等に対抗出来るキャラクターならこうなると思い、描写致しました。


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第16話

御待たせして申し訳ありません。
言い訳になりますが、リアルが忙しかった為に投稿が遅れてしまいました。

今回も一万字に達してしまいました。ある程度文字数を安定させたいものです。
それと主人公が普通入試をした点について無理矢理な設定かもしれませんのでお気を付け下さい。

後、この様な稚拙な小説に高評価、お気に入り登録をして頂き有り難う御座います。


 激動の雄英高校入学試験より一週間の時間が過ぎ去った。

 

 

 合否通知が来るまでのこの一週間の間に、彩人は試験中に見つかった課題の洗い出しと今後に向けて克服する為の訓練の日々を送っていた。

 

 試験を振り返って、色々と失敗もあったが実りの多い試験だったと彩人は実感している。特に、年齢のせいか第一線を退いているものの、後人を育成するため保健医となり今では雄英の屋台骨とも言われている自分の憧れのヒーロー、妙齢ヒロイン『リカバリーガール』に会えたことは大きな収穫だった。本当なら話し掛けたかったが、忙しそうに受験生たちを手当てして廻っていたので会話出来なかったのは少々悔やまれるが。

 

 

 筆記試験の方は、内容を何度か見直したが特に大きな間違えもケアレスミスも見当たらなく。順当に行けば最低でも上位には食い込めるはずだ、と覚えていた試験内容を共に採点していた八百万百がそう言ってくれていた。

 

 筆記に関しては彩人自身も問題ないと感じている。問題に感じていたのは実技試験の方だった。合格に必要なポイント数自体には何の不安も無い。なにせ一つの会場、それも八割を優に超えるであろうポイント数を一人で取り尽くしたからだ。流石にここまでして不合格は早々無いだろう。問題は最後の巨大仮想敵を倒す際の攻撃である。自分の事ながら派手にやり過ぎたと思っていた。

 

 

 本来ならば一撃で倒すつもりなんて無かった。倒れた際の衝撃も最低限にする為、最初の攻撃で仮想敵の動きをある程度制限し、ゆっくりと動きを止めさせる様に関節部等を攻撃、行動不能にする筈だった。

 

 それに、そうするなら赤ではなく他の色にするべきだった。その方が影響はより少なくなっていた筈だったのに。

 

 

 確かに試験でやったような一撃で仕留める攻撃は見映えが良いし、アメリカンなヒーローらしいとも言えるだろう。しかしそれでは駄目なのだ。

 

 ヒーローとは只格好良く戦い、人を助けるだけの仕事では無い。どんなに手間だったとしても被害を最小限に抑え、後の復興作業の事も考えて行動しなければならない。被害が少なければそれだけ怪我人などが少ない証拠でもあるし、その分だけ救出、復興活動に力を向ける事が出来る様になる。市街地で戦うのならそれを頭にいれておかなければならない、と識深教授達に良く言われていた。また、別の問題として市街地で敵と戦闘して、街に出した被害請求で頭を悩ますヒーロー達がいるという世知辛い事情もあった。

 

 実技試験ではそれを実行するつもりだった。しかし、実際は人生で初めての実技試験という場に舞い上がってしまっていたらしい。規模は相当抑えていたものの、それでも衝撃で尻餅を着いていた人もいた。もしかしたらそれが原因で怪我をする人が居たかもしれない。余りにも派手で、周りの事を考えない行動をしてしまったと反省する事になった。

 

 

 だからこそ、せめて入学前に少しでも改善しようと、普段以上の訓練を己に課しているのである

 

 

 

 

 

 

「電話でもお伝えいたしましたけれども、改めて合格おめでとうございます」

 

 ある日の午前中に合格通知が届き、合否が分かって直ぐ彩人は電話を通じて百に合格したことを伝えていた。その日の午後に直接伝えたかったのか、烏墨家へ百が訪ねてきた。

 

 

「ありがとう。でも態々今日直接訪ねに来ることなかったのに...」

 

「し、しょうがないじゃないですか。試験の様子はお聞きしていましたが実際に見たわけじゃありませんもの...。本当に合格したのかこの目で確かめたかったのですわ…」

 

 彩人の言葉に百は恥ずかしそうに頬を染め返答した。彩人が合格したことを喜び、はしゃいでいるとハッキリ行動で示してしまった事に今更ながら気付いたらしい。言葉の最後の方は声がしぼむかのように小さくなってしまっている。

 

 

「んんっ!...そんな事よりその合格通知、見せていただいても宜しいですか?」

 

「露骨に逸らしたね。構わないけど、特別面白い内容じゃないよ?」

 

「いいんですの。それに最近になって今年は雄英高校に『オールマイト』が担任として赴任してくるとお聞きしましたわ。電話でもオールマイトが直々にビデオレターで合格を伝えてくれたと。でしたら、何か今後のためになるお言葉も仰ってるのではないか、と思い実際に拝聴してみたいのですわ」

 

 

 尤もらしい事をいってはいるが、実際の所は自分の想い人が不動のNo.1ヒーローであるオールマイトにどんな評価をされながら合格を伝えられたのか知りたい、と言うのが大部分を占めている。

 内容自体は、百はまだ知らない。が、態々ビデオレターで送ってきたのだ。唯合格したと伝えただけでは無い筈、と推測したが故の要求だった。

 

 

「でも、あんまり見せて回るものじゃ無いと思うんだけど…」

 

「人に見せる事で、失敗した記憶をより深く心に刻み込めますわ。それに会場内の誰よりも活躍したのでしょう?反省することは良いことですが、せめてそこは誇るべきだと思います。でないと他の方々が惨めになってしまいますわ」

 

「....確かに、言われてみればそうだよね」

 

 そうとは知らない彩人は、実技試験で失敗したと思っていたのでその結果を見せるのを戸惑ったが、積極的な百に押され、渋々とではあるが自室で見せる事になった。

 

 

 

 

 

 観賞会は彩人の一般人の視点では広大とも言える自室にて、二人で隣り合うように椅子に座り、女中の一人が用意してくれていた二人分のお茶やお茶菓子等がテーブルに並んでいる。

 

 女中が静かに部屋を出て扉を閉める直前悟らせないように、しかし慈愛と好奇心に満ち溢れた視線で彩人と百を見ていたのだが、興味が別の事に向いていた為に二人が気付くことはなかった。

 

 

『私が投影された!!!』

 

 映像はテーブルに置かれた手のひらサイズの小さな映像投射機から壁に向かって投影された。

 

 映像が映し出されるなり一人の男が、力の篭った大声で自らの存在をアピールしていた。筋骨隆々で、兎を彷彿とさせる特徴的な髪型をしている。更に影が出来るほど堀の深い男の顔が、投影された画面を大きく占領していた。服装はストライプのスーツと横縞模様のネクタイという着る者を選ぶ服装であるが、彼は違和感を感じさせることなく見事に着こなしている。迫力があるが威圧感を感じさせないどこか愛嬌すら漂わせたその人物こそ、先程八百万百が話題に出したトップヒーロー『オールマイト』その人である。

 

 

「本当にオールマイトが直々に雄英高校にいらしてるのですね...」

 

 映像を見た百は感嘆したように言葉を溢す。彩人には、その声色の中に嬉しそうな感情が混じっているような気がした。

 

 

「そう言えば、推薦の時は合格通知でオールマイトは出て来てなかったんだっけ?」

 

「ええ、私の時は校長先生御自らが直接合格を伝えて下さりましたわ。見劣りする、と言うわけではありませんが、そういった面では少々彩人さんが羨ましいですわね」

 

 

 二人が話している間にも何処かのバラエティ番組にある様なステージの中心で、オールマイトの口上は続いていく。

 

 

『前置きはさておき、肝心の試験結果だが....』

 

 トップヒーローであるが為にメディアにも多く出演しているためか、それとも元々エンターテイナーの気質があるからか、オールマイトの緊張感を煽るかの様な迫真の演技に、結果を知っている筈の百は思わず食い入るように映像を見た。

 

 

『合格だ!それも筆記は殆どが満点、実技に至っては何と歴代合格者の最高得点を倍以上突き放した595点と圧倒的!正に文句のつけ様の無い一位、それも2位に遥か大差をつけて首席での合格だ。おめでとう!!』

 

「彩人さん、彩人さん!合格ですって!おめでとうございま......あ」

 

 オールマイトのその言葉に喜びも露に片手を口元に添え、もう片方の手で彩人の方を揺らしながら彩人に合格していた事を伝え様とした百。しかし、言葉を言い切る直前になって、自分が何故この場に居るかを思い出したらしい。

 

「申し訳ありません。私、既に知っていた筈ですのにはしたない事を...」

 

「気にしないで。僕も改めて合格したんだなって実感できたし、百さんがそれほど喜んでくれると僕自身嬉しいから」

 

 だから気にしないで、と彩人は言葉を続ける。それを聞いた百は自分の失言に顔を赤くしていたが、彩人がさらりと発した言葉により、今度は別の意味で頬を赤くしていた。尚この発言は相手の事を考えたが故のものである為に他意は無い。

 

 

 

 このやり取りをしている間にオールマイトの演説は終わってしまい。それに気付いた二人は慌てて聞き逃していた所まで巻き戻した。

 

 

『君の得た敵ポイントは542点!これだけでも十分最高得点を得ている、が 実は今回の実技試験では受験者には伝えられていなかったもう一つ採点基準があった!実技試験の君の動きを見るにどうやら気付いていたようだが改めて説明させてもらうよ!』

 

『それは人を助ける事で得られる救助活動ポイント!それも採点基準は複数人の審査員による審査制!我々雄英が見ていたヒーローとなるのに必要不可欠な基礎能力!そのポイント53点が君に与えられた!』

 

『誰よりも早く駆けつけ、敵を倒し、他人に手を差しのべられる君こそ、我々雄英が求めている人物!改めて合格おめでとう!君が入学してくるのを楽しみに待っているよ!!』

 

 

 ここでメッセージは終わり、数秒の時間を空けてから投射機の再生も終了した。終わった後も余韻が残っているのか二人は暫し投射機を眺め、普段より深めに息を一つ吐いた。

 

 

「...テレビで見る機会は何度もありましたが、やはりビデオレターという形であっても自分に向けて語りかけられますと気迫、という物でしょうか。それが他の方々とはまるで違いますわね」

 

「友人達がオールマイトさんの事を画風が違うってよく例えていたけど、調べてみたら確かにアメリカンコミックに登場するキャラクターみたいっていうのがしっくり来るんだよね。それ程迫力が違ったよ」

 

 僕もいつかあんな風になりたいな、と彩人が呟いた言葉に百が反応した。その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

 

「彩人さんが威厳を身に付けたいのでしたら、まず見た目から変えなければなりませんわね」

 

「え...?」

 

 今のままでも親しみやすさは十分ですが、と続けた百に彩人は大きく反応した。同時にこのまま話題が続いたら不味いと判断し、話題を変えようと試みた。

 

「いや、そういう意味じゃなくて、んー...そう!経験の差だよ!幾度も修羅場を潜り抜けてきたからああいう気迫が備わったんだよ。だから僕もこれからもっと頑張ってそう言うのを身に付けたいなって思ったんだよ」

 

「...確かに一理ありますわね」

 

「そうでしょ?」

 

 百が納得した様にうなずいた事で、安心して胸を撫で下ろす。その油断する瞬間を見計らっていた百は不意打ちを打つかのように言葉を続けた。

 

「でしたら、尚更見た目も拘らなければなりませんね」

 

「...ん?」

 

 急に意見を変えた百に、何で?とでも言いたそうな表情になった彩人に更に続けた。

 

「経験を積むのは大事なことですが、威厳や気迫を相手に伝えるにはそれ相応の見た目も必要ですわ」

 

「でも...」

 

「ギャップと言うものもありますがそれは初見だけです。しかも、それは時間が経てば自然と薄れるもの。継続的に威厳を保つには見た目の要素が必要不可欠ですわ」

 

 反論しようとした彩人は、しかし畳み掛けるように百が言葉を重ねた事で反論する機会を潰されてしまった。少し機が動転してしまったこともあり、頭に良い案も思い浮かばず、逃げ道が無くなった。 

 

 このまま、また以前された様な恥ずかしい髪型ならぬ触手型に変えられてしまうのか。と思ったところで、突如百がフフッと笑みを溢した。

 

 

「冗談です」

 

「…え?」

 

 思わずぽかんとした表情になった彩人の顔を見て、また百は笑った。

 

 

「ですから冗談と言ったんです」

 

「そ、そうなの…?」

 

「ええ、今のままでも彩人さんは十分魅力がありますわ」

 

 百の告白とも取れる内容に。そ、そうかな…、と手を頭の後ろに回し指で触手を弄り、視線を明後日の方向にさ迷わせた彩人は顔を赤くさせた。

 

 

「それに…、少しは気が紛れましたか?」

 

「…?どういう事?」

 

 百の質問に、何この事を聞かれたのか少し考えたが、突然話題が連続で転換し思考が混乱していた事もあり、思いつかなかった彩人は首を傾げつつ直ぐに聞き返した。

 

 

「試験を終えてからの彩人さんは、訓練中だけでなくプライベートでも常に何かを警戒するかの様に気を張っていましたわ」

 

「……」

 

 そう言った百の表情は真剣そのものだった。自分ではそういった自覚は無いつもりであったが、長年一緒に居た、この真面目な幼馴染みに言われたのだ。疑いの感情等持てる筈が無かった。

 

 

 一度ゆっくり、深く、深呼吸し改めて試験の時の事を脳裏に思い浮かべ、反芻する。その様子を百は静かに見守っていた。

 

 

 深く考えてみると今回の事は焦りからか、直そうとはしても何故そうなったのかを自己分析していなかった事に気がついた。そして、考えていく内に思考が一つの答えに行き着く。

 

 それは、自分の経験の薄さから来るものだった。それも肉体的な経験でなく精神的なものだと感じた。本当は違うのかもしれないが自分の中ではそれが一番しっくり来た。

 

 

「そっか…、自己分析はある程度出来るつもりだったけど、自分じゃ気付かないものなんだね。...考えてみれば、僕にとって初めて体験したやり直しの効かない実践だったんだ。それで失敗したから、また同じ事を起こしたくなくて焦ってたのかもしれない」

 

「きっとそうですわ。直すべき所は必ず直そうとするのは彩人さんの美徳ではありますが、今回はそれが裏目になってしまったようですね」

 

 ならばどうするべきか、と彩人の意識がまた思考に沈み込もうとした所で、百がパンっ!と手を叩き、気を引いた。

 

 

「こういう状況だからこそ、一度忘れて気持ちを切り替える事が今の彩人さんには必要ですわ!」

 

「...忘れる?」

 

「はい。今のまま考えても泥沼に嵌まってしまうだけですわ。ですから別の事をして新しい気持ちで望めば、良い方法も思い浮かびますわ」

 

「成る程...、知ってはいたけれどそういう方法は考えた事も無かったよ。じゃあ、何をしようか?」

 

 提示されたその提案に彩人は直ぐに乗ることにした。今まで努力さえすれば大概の事は出来る様になっていたが、試験以降いくら訓練を重ねても何処か手詰まりのような感覚があった。改めて考えてみても百の言葉は尤もだと感じたし、何よりこんな自分を心配してここまで言ってくれている。断る理由等何処にもなかった。

 

 

 その後はお茶を飲みつつとりとめの無い会話を楽しみ、烏墨家のペットである犬のコタロウと戯れたりと両親が帰る夕方近くまで、二人はのんびりとした時間を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 日が傾き始め百が帰って暫くして、両親である雨美と甚兵衛が付き人を伴って帰ってきた。

 

 午前中に彩人の雄英合格を聞いていた二人は、彩人に会うなり足早に駆け寄った。

 

 

「合格おめでとう!!」

 

「おかえうぐぅっ…!?」

 

 最初に父親の甚兵衛が、正面から強く抱き締める。彩人の倍近い身長と太い腕で巨体に見合う強い力は、容易くその小さな体躯を持ち上げ、その細い腰を鯖折りの如く折り曲げる。

 

 

「あなたは私達自慢の息子よ!」

 

「んn....!」

 

 次に、追い付いた母の雨美は後ろから頭をかき抱いた。頭は正面を向いていた為に、今度は首が90度近くの角度まで背中側に折り曲がる。本来であれば即死しても可笑しくないだろう。

 

 手足が空中にぶらんと垂れ下がっている様子も加わり、端から見れば大勢の使用人達の目の前で両親による息子の殺人現場が作られている様であるが、使用人達に特に焦っている様子は見られない。寧ろ微笑ましいものを見るような目で三人の行動を見守っていた。

 

 事実、彼ら使用人達にとってこの光景は然程珍しい光景では無い。彩人の身体があまり丈夫ではなかった頃は激しいスキンシップ等は出来なかったが、個性制御訓練が本格化するにつれて身体能力だけでなく身体の耐久性も上がっていき、今では常人以上に丈夫な身体を内外共に手に入れている。運動能力は高かったとはいえ、今までは柔らかな身体を持つ息子に二人の両親は壊れ物を扱うように細心の注意を払いながら接してきた。触れる度に、この身体では将来がどんな事になるのかと不安で一杯だった。その心配が無くなった時の両親の心境は筆舌に尽くしがたいものだろう。

 

 現在は昔以上に何かとアグレッシブにスキンシップを取るようになっている。今行われている強烈な抱擁もその一つだ。

 

 

「お楽しみの所申し訳ありません。旦那様方、そろそろお止めになった方が宜しいかと」

 

 抱きつかれている為に彩人の表情は見えないが、苦しそうな様子は見られない。しかし、二人が何時まで経っても動こうとする気配が無かった為痺れを切らしたのか、側にいた燕尾服姿を着た白髪の髪を纏めている執事然とした使用人の一人がやんわりと声を掛けた。

 

 父の甚兵衛は話し掛けられた事で気付き、持ち上げていた彩人の身体を降ろした。

 

 

「もう!抱きつくのは良いけど僕以外には危ないからやらないでよ?」

 

「ああ、すまない。嬉しさのあまりつい強く抱きついてしまった様だ。…改めて言おう本当によくやった。お前は我が家の自慢の息子だ」

 

「ええ、それに話で聞いたわ。なんでも過去最高点で尚且つ主席で合格だって。中々出来る事じゃないわ」

 

 今日はお祝いしなくちゃね、と母の雨美は呟いた。よほど嬉しいのだろう。二人の表情は笑顔のままだった。特に雨美は目に涙を浮かべてさえいる。

 

 

 その後は彩人の合格を祝いながら食事をした。食事では彩人の好物である烏賊を使った料理が多く並べられていた。普段から食事も訓練の一環であると識深教授達に言われ、10年近く徹底した栄養管理を続けていた彩人にとってこれが何より嬉しいサプライズだった。今は慣れたとは言え、好物の烏賊が滅多に食べられ無かった為に幼い頃訓練後で空腹だった時自分の触腕を食べ物の烏賊と勘違いしてかぶり付いた事があるくらいである。

 因みにその時は痛みで大泣きしてしまい、周りを困惑させてしまった。その記憶は今は彩人の忘れたい黒歴史の一つとなっている。

 

 

「そう言えば、もう識深教授達には合格した事を伝えたのか?」

 

 もしそうでないなら私達も一緒に御礼をしに行きたいのだが、と食事を終え食後のお茶を飲みながら家族で団欒していた時に甚兵衛は彩人にそう言葉を投げ掛けた。

 

 

「一応、電話で連絡したんだけど今研究で忙しくて暫く時間が取れないって言われたよ。月末には時間が取れるそうだから何か用事があるなら月末辺りで頼む、だそうだよ」

 

「そうか…。先生方には長い間お世話になったからな。出来れば早く御礼がしたかったんだが無理はさせられないな…」

 

「そうね、先生達には幾ら感謝してもし足りない位だもの…。御礼を考える時間が出来たと思いましょう」

 

 三人とも、特に両親である甚兵衛と雨美は残念そうな表情を浮かべた。日常生活を送ることすら難しいと言われたことすらあった彩人を日本最高峰の雄英高校に、それも首席で合格出来るまでに育て上げてくれたのだ。親としてはこれ程嬉しいことは無い。

 

 その後は雨美が言った通りに家族でどう識深教授達にお礼をするべきかの話題で盛り上がった。この話し合っている時間は彩人にとってはこれからの事を話し合うという認識であり事実その通りなのだが、甚兵衛と雨美にとっては息子の将来が明るい事を実感出来る、何よりも安心感に満たされた時間となった。

 

 

 

 

 

 

「実技総合成績出ました」

 

 約一週間程前、雄英高校入試試験から翌日までに遡る。

 とある会議室内では雄英高校教師陣のほぼ全員が集まり席に着いていた。上映中の映画の如く暗い室内に映し出される複数のモニター。それらの映像には今年受けた受験生達の実技試験での結果だけでなく、各会場内で行われた試験中の様子まで写し出されていた。

 

 成績表の中でも教師陣が真っ先に視線を向けたのは、上位合格者の中でも異彩を放つ3名の試験結果だった。

 

 

「まさか救助ポイント0で2位を取る受験生が出るとはなぁ」

 

「一部の仮想敵は標的を発見次第襲いかかる様プログラムされているとはいえ、試験後半になってもあれだけ派手な『個性』で鈍ること無く引き付け撃退し続けられるというのは学生にしては驚異的なタフネスだ」

 

 教師の一人が派手と評した『個性』の持ち主...爆豪勝己が会場内で戦っている様子がモニターに流される。その受験生は掌から爆発を生じさせ、仮想敵を次々に撃破していた。

 

 

「反対に敵ポイント0で8位の緑谷出久、最初は現れる仮想敵に怯え逃げる、状況を上手く判断出来ずに慌てふためく、正直最後の身を賭して受験生を仮想敵から助けなければとてもじゃないが合格は絶望的だった」

 

「ああ、だがそんな状態でも咄嗟に助けるという行動が真っ先に出た。『個性』が制御出来ていないとはいえヒーローの本質とも言える意思が彼にはある可能性がある。だからポイントが与えられた」

 

「それにアレに立ち向かった生徒は過去何人か居たけど、ぶっ飛ばして尚且つ倒す生徒は久しく見てなかったね。それが今年は二人も出るだなんて驚きだよ」

 

 興奮して思わずYEAHH!!って叫んじゃったぜ、と審査員の一人でもあったプレゼント・マイクが言葉を溢す。しばらく二人の合格者の話題で盛り上がっていたがそこは全国でも最高峰の教師達、長々と引き伸ばす様な事はせず直ぐにもう一人の合格者に焦点が当てられた。寧ろ教師達にとってこれが一番の問題なのだろう、呻くような声と共に皆の表情が難しい若しくは悩ましいものになっている。

 

「そして過去最高記録を遥かにぶっちぎって1位になった烏墨彩人...か」

 

「スタートが遅れたのは受験生達の自業自得とはいえ、流石にアレには同情するぜ...」

 

 モニターに今度は彩人の映像が映し出される。移動速度が速すぎる為にカメラの視点が目まぐるしく変化して非常に見辛いが、辛うじて仮想敵を撃破している様子が教師達には見てとれた。

 

「スタートと同時に会場上空へ移動し観察、その後その驚異的な加速力で他の受験生達が辿り着く前に仮想敵を強襲、全滅、離脱を繰り返す事で殆どのポイントを独占...か。考えるだけなら簡単だが実際に行うには高速で移動、制圧できるだけの「個性」と、それを可能にする為の相当な訓練と制御技術が必要だ。噂では聞いていたがそれだけのものをあの年で既に身に付けていると言うことか」

 

「最後なんてアレを一撃で倒す威力。周囲に殆ど影響を及ぼさない制御技術共に学生とは思えない程に見事なものだった」

 

「前半の時点で7割近くの仮想敵が最初に会場全域を強襲することで撃破されています。結果、あの会場では彼以外に合格者は出ませんでした。その後仮想敵を倒しつつ他の受験生をサポートや救助、それも単に仮想敵を吹き飛ばすのではなく黄色い液体で行動不能にしている事から、明らかに他人を巻き込まない様に意識しています」

 

「後半では敵ポイント以上に積極的に救助の為に動いている事から察するに、救助ポイントの存在に気付いていた節がある。試験の内容を考察出来る洞察力もあるようだ」

 

「校長、本当に彼を推薦させなくて宜しかったのですか?これ程の能力の持ち主を通常の入試試験に参加させるのは不味かったのでは...」

 

 何名かの教師達の意見としては、既に戦闘力だけで見れば並みのプロヒーローを凌駕していそうな彩人を普通の学生達に交じらせてしまうのは問題ではないか、と言うものだ。

 彼らの中には、己のヒーローとしての伝で烏墨彩人という学生の話を、実際に問題の人物に指導したことがあるプロヒーローから聞いたことがある者達が何人か居た。それ故の発言だった。

 

 

「校長も聞いたことがあるはずです。凡そ10年前に出来た愛知県●●市の巨大訓練場の話を。

 調べた所、彼は幼少の頃から高名な識深教授、戦大教授の指導を受け。更に詳しい内容は不明ですが幾人かのプロヒーローからも指導を受けております。最近では彼らプロヒーローが自ら彼と模擬戦するために直接指名することもあるとか。その中にはウイングヒーロー『ホークス』等の実力者もおります。既に学生らしからぬ力と知識を持っていたことは想像に難くなかった筈です」

 

 一人の教師の少々責める様な意味が含まれていた言葉に、熊の様にもネズミにも見える人物...この雄英高校校長を勤めている根津校長がまあまあと宥めるように返答した。

 

「まあ確かに疑問に思うのも当然さ。我々としても本来であれば彼が推薦されるものだと思っていたからね。まさか彼以外が推薦されるとは予想外だった。しかし、だからと言って特例で推薦するなんて出来ない。ここは国が管理する国立雄英高校だからね。」

 

 君も理由が分からない訳じゃ無いだろう?。と根津校長が先程発言した教師に問いかけると、ええ...、と罰が悪そうに返事を返す。

 

「彼は確かに実力は有るのだろう。この映像を見る限りでは真正面からの戦闘では下手なプロヒーローよりも上回っているかもしれない」

 

 だが、と根津校長は一度言葉を区切る。

 

「結果として彼は周りの学生達よりも実力があっただけさ。誰かに推薦された訳でも、周りに分かる範囲で何かを成し遂げた訳でもない、現時点では唯の学生さ。結果を残していなければ例え事実であろうと所詮噂話の域を出ない。そんな彼に我々が噂に踊らされて推薦なんてしてしまったら国家機関としての信用を失ってしまう。それはあまりにもナンセンスだ」

 

「...おっしゃる通りです」

 

 根津校長の言葉に苦言を呈した教師は机の上で失言をしたと思い、項垂れる。だが、しかし...、と根津校長が続けた事により顔を上げた。

 

「君が問題視したのは決して間違ってはいない。今回起こったことは、一つの学校から一人までしか推薦されないシステムを構築していた我々の怠慢が招いたことさ。今後、そう言うところを見直す必要があるね。さ、審査の続きをしよう続けよう。何時までも一人の生徒にかまけてたら会議が終わらないからね」

 

「...有り難う御座います。では次の合格者ですが...」

 

 

 その後会議は予定よりも少々遅れたものの、問題なく進んでいった。




読了有り難う御座います。


 主人公の点数は原作で一会場に付きバス1台のみだったので、人数を約20~30名とし、彼等が得られる敵ポイントを平均約20点位と仮定して、その合計の約8割以上の点数を主人公の点数といたしました。

設定上、中々Splatoon要素が出せなくて歯痒いです。

それと、先日のフェスは久し振りの「きのことたけのこ」がテーマだったので楽しかったです。たけのこで参戦してやられまくりましたが。



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第17話

大変お待たせ致しました。何度も宣言した投稿間隔より遅れてしまい申し訳ありません。

漸く主人公を入学させる事ができました。此処まで長かったです...。

拙作のクラスメイトなのですが、遺憾ながら私の好みで砂藤力道くんをA組から脱落させて頂く形になります。別に砂藤力道くんの事が嫌いと言う訳ではなく、寧ろ好きなのですが私の力量では全員を登場させる理由付けは難しかったです。

こんな稚拙な小説では御座いますが、高評価、お気に入り登録等誠に有り難う御座います。


中途半端な形で投稿してしまい申し訳ありませんでした。修正致しました。


 雄英高校の合格通知が届いた日から暫くの時間が過ぎた。

 

 卒業の直前には八百万百と烏墨彩人が高校最難関の雄英高校に合格した事を二人の母校である堀須磨中学校の教師達、特に校長は飛び上がらんばかりに喜んだ。そして二人が合格したと言う噂はあっという間に学校中に知れ渡り、卒業するまでは教室内で他のクラスだけでなく、何れ自分達も入試試験に挑むつもりなのか1、2年生の他学年の生徒達にまで囲まれ入学試験はどういう内容だったのか等の質問攻めに合う事になった。

 

 

 現在は既に堀須磨中学校を卒業し、後は雄英高校の登校日を待つばかりとなっている。

 

 そんなある日烏墨家親子は何度か来たことがある彩人の案内の下、とある大学の一室に訪れていた。

 

「本日は態々来ていただいて申し訳ない」

 

「いえいえ、先生が最近までお忙しいとの話は息子から聞いておりましたので」

 

「ええ、それに私達が直接お礼を伝えたかったものですから、我が儘を聞いて頂いた識深先生が気になさる必要は御座いません」

 

 三人は識深教授に促されるまま、備え付けられていたソファーに座る。そこは入って正面に窓があり、机とパソコンが置かれていて机の上にはファイルや資料が高く積み上げられていた。左右の壁を囲む様に設置された多くの棚には、これまた多くの様々な本や資料がところ狭しと並んでいる。

 

 甚兵衛達は十年もの間彩人の個性の制御訓練を指導していた識深教授に礼を言うために識深教授が在室している研究室に足を運んでいた。本当なら合格が知らされた後、直ぐにでも礼を言いに行きたかったのだが識深教授が研究が忙しいと言う理由で今の今まで引き延ばしになっていた。識深教授に謝られたが、寧ろこちらの方が謝りたい気持ちで一杯だった。

 

「先生方が居なければ息子はどうなっていたことか今でも考えるだけで恐ろしいです。先生には感謝してもしきれません」

 

「その上、息子は健やかに育つ処か雄英高校に首席で合格出来る迄に立派に成長しました。これも先生方が心を砕いて下さったお陰です」

 

「この10年間肉体面だけでなく様々な知識に至るまで僕を指導して下さって有り難うございます」

 

 そう言った後、彩人の父甚平と母の雨美は揃って頭を下げた。当然の事だが当事者である彩人も一緒に頭を下げている。

 

「頭を上げて下さい。感謝は受けとりますしそこ迄言ってくれるのは嬉しいのですが、私としても自身の研究の発展の為という下心が有ったのです。それに、ここまでの結果を出せる様になったのは彩人君の努力のお陰です。普通の子供は訓練処か食事制限に数日すら我慢する事は出来なかったでしょう。しかし、彼は応えてくれた。これは彩人君の素直さとご両親の教育の賜物と言っても良い」

 

 それに、と識深教授は一息ついて言葉を続けた。

 

「私としても今回の長期間に及ぶ個人への指導は自分の研究を見つめ直す事が出来、尚且つ新しい発見もあった実に得難い経験となりました。長らく『個性』を研究していましたが、この年になってこのような試みが出来るとは、当初はあなた方と出会うまでは夢にも思わなかったでしょう。感謝したいのは寧ろこちらの方です」

 

 この10年の間付き合ってくれてありがとう、そう識深教授は礼を述べた。感謝を伝えるために来た筈なのに当の本人の口から出た想像もしていなかった言葉に親子三人は驚き、次に先程以上に頭を下げ礼を述べた。顔を上げたときの彼らの表情は感動でうち震えている様に見え、母の雨美に至っては涙を流している。それはそうだろう、何せ十年にも渡り一個人に『個性』の制御訓練と体を作る為の指導に付き合い、様々な伝を使ってまで生活環境の改善や果ては訓練場を建設するに当たってのアドバイス、その費用の負担を軽減する方法の助言までしてもらっていたのだ。幾ら感謝を重ねても足りず、特に本人の彩人に至っては一生を掛けても返せるかも怪しい程の大恩があるし、実際にそう思っていた。

 

 

 その後、彼らは今までの出来事や最近のプライベートの話題で会話に花を咲かせた。会話している四人の中で、雨美と甚兵衛の二人は心配事が無くなり肩の荷が降りたのか、何時もより積極的に、しかしほんの少しだけ何処かのんびりと気が抜けた様な口調で話していた。

 

 会話は途切れること無く続き暫く時間が経った頃、名残惜しいがそろそろ帰るべきだと思い至った甚兵衛が話を締め括ろうと口を開いた。

 

「それで今後の事なのですが...」

 

「...ああ、そうでしたな。私もその事を話す積もりでしたがうっかり忘れておりました」

 

 もう年ですかな...、と識深教授が呟いた後、咳払いを一つして言葉を続けた。

 

「トップヒーローへの登竜門である雄英高校に入学したからには、私が指導する機会は大分減ることでしょう。劣っている積もりは毛頭ありませんが、あちらにもその道のプロフェッショナル達がいますからね。私とは別の視点で学べることは多いでしょう。...そこで個人的な頼みとして彩人君、にはあちらで学んで来て感じたことや思ったことをたまにで構わないから教えてほしいんだ」

 

「学んだ内容ではなく、感想を...ですか?」

 

 教授という立場から最高峰のヒーロー科はどういう指導をしているかが気になるのではないか、と思っていた為にこの申し出に彩人は疑問を抱いた。

 

「君にはこの10年間で私の知る知識や理論を教え込んできた。もう私が教えられることはあまり多くない。そんな君だからこそ、私の教え子と言う視点から彼ら若しくは私の教え方が君からしたらどのように写ったのかが知りたい。...君がずっと向上心を抱き続けて努力していたのを見て私も今のままじゃいけないと思うようになってね。指導者としてもっと効率の良い指導の仕方を模索できないかと思ったんだ。頼めるかな?」

 

「勿論です!」

 

 識深教授の言葉に彩人は少しでも恩を返せるチャンスであると思い、身を乗り出し少々食いぎみに了承した。

 

 

 その後、彩人達親子は戦大教授含む今まで指導に参加した方々に感謝を伝えに回った。恩師達の中には合格を祝って自分の作ったばかりの論文や文具等をプレゼントしてくれる人も居た。お世話になった恩師達は多く、最後に全員に伝え回り終えたのは雄英高校の初の登校日直前だった。その間は慌ただしかったがそれだけ多くの人に助けられ、支えられて生きてきたのだと実感でき、それに報いるために必ず立派なヒーローになって見せると彩人は心の中で改めて誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 忙しかった日々もあっという間に過ぎ、遂に夢への第一歩となる雄英高校の登校日がやって来た。まだ肌寒い空気が漂っているものの既に草木は緑に生い茂り、春の様相を見せつつあった。

 

 そんな中彩人は雄英高校の制服に身を包み、烏墨家の玄関口にてこれから登校しようとしていた。側には見送りの使用人だけでなく、息子の人生の門出を見送ろうと両親の雨美と甚兵衛の二人の姿もあった。

 

「大丈夫?忘れ物はない?ネクタイが少し曲がってるんじゃないかしら。それにハンカチや文具も...」

 

「雨美...心配し過ぎだぞ。もう少し堂々と見送ろうじゃないか」

 

「それは...そうなんだけれど」

 

 超人社会と呼ばれる現代では、一般的な感性を持つ多くの人々は雄英高校に通う事に憧れを持っている。それは貧富の差など関係は無く、通うことが出来ること自体がその人物の大きなステータスとなる程である。倍率も考えると我々の感性では東大を合格した以上の価値が有るだろう。

 

 当然、本人だけでなく自分の子供を合格させられた両親である甚兵衛と雨美も、子供を持つ大人達の羨望の的になる。どんな教育をしているのかと、子供の教育に熱心な傾向の多い母親達に質問攻めにあっていた。雨美は今更ながら心配になったのだ。今までは健やかに育つようにという意識が強かったのだが、落ち着いて考えると自分の息子は学生の中でも最も激しい生存競争の中に飛び込むのだ。勿論誇らしい事では有るが無事にやっていけるのか不安になってしまうのも無理もない話だった。

 

「大丈夫だよ」

 

 不安そうにしていた雨美にそう返したのは彩人だった。

 

「今まで頑張ってきたんだ。もしかしたら...いや、きっと躓くことも有るかもしれないけどそんな時はもっと頑張ればいいだけのことだよ。僕は努力することが一番得意だから。だから大丈夫」

 

「...そうね。分かったわ」

 

「ああ、...そろそろ行くといい。早く行きたくてうずうずしてるのが分かるぞ」

 

 バレちゃった?、と少しおどける様に答えた彩人は直ぐに”行ってきます”、と二人と使用人達に声を掛け烏墨家を後にした。

 

 

「行ったか...」

 

「...」

 

「...雨美?どうした?」

 

「今まで彩人の体の成長が喜ばしいと思っていて事実その通りなのだけど、...今の彩人の言葉で精神的にもいつの間にか成長したんだなぁって思って少し感動しちゃった」

 

「...そうだな「男子三日会わざれば刮目して見よ」と言うが、言葉通り子供とはいつの間にか成長しているものなんだな」

 

 二人は暫く彩人が出ていった方を見つめ、子供が成長していた実感の余韻に浸っていた。

 

 

 

 

 

ーー試験の時はそれほど見て回る時間的余裕は無かったけど、じっくりと見てみるとやっぱり広いな。それにこんなに広大なのにゴミ一つ無い。隅々まで管理が行き届いてる。

 

 現在、雄英高校に到着した彩人は自分のクラスであるA組に向かうがてら校内を散策していた。元々そのつもりで早く登校していた為、時間にはまだまだ余裕があった。

 

 そうして校内を見て改めて思うのは、流石国内最高峰の高校と謳われるだけあって凄まじいスケールの大きな学校だと言うことだ。

 

 本校舎の壁全面を覆う一枚一枚が大きな強化ガラスには汚れ一つ見当たらず、広大な敷地に植えられている芝生や植木は綺麗に切り揃えられている。校舎内を見てみても異形型の『個性』持ちの生徒でも広々と歩くことが出来る様、横幅が非常に広く、扉も全長6メートルはあろうかという大きさだ。しかし、教室の広さ自体は普通なのか一部屋毎の間隔はそれほど大きくはなかった。その分部屋数が非常に多く、校門から一年A組の教室への道のりは遠くなってしまっている。そんな校舎内は掃除が行き届いており、廊下も反射する程にピカピカに磨かれていた。

 

 これ等を維持するだけでも大変だろうにその他様々な施設もあると言うのだからもはや笑うしかないだろう。

 

 

 

 全てを周り終えたわけではないが、そろそろA組の教室内にも生徒が来てるかもしれないと一度散策を終え、教室に向かい一年A組教室前に入学試験で印象に残った見覚えのある男子生徒の姿が見えた。

 

 折角なので彼が教室内に入る前に挨拶しておこうと彩人は声を掛けた。

 

「おはよう、僕は烏墨彩人。君もA組なんだよね?これから宜しく」

 

「!、おはよう。ぼ...俺は聡明中学校出身、飯田天哉だ。宜しく頼む。...?、すまないが烏墨君と俺は会ったことがあっただろうか?俺は君を知らないが君は俺の事を知っている口ぶりだったんだが...」

 

 君の見た目で忘れるなんてことは無い筈なんだが...、と答えたのは制服を一切の着崩れが無い様に綺麗に着こなしている眼鏡を掛けた飯田天哉という男子生徒だった。彼のことはあの大勢の受験生達の前で、試験官のプレゼント・マイクにハッキリと疑問点を率先して質問していたのが印象に強く残っていたのでよく覚えていた。

 

「え?...あ、ゴメン。僕は入試試験の時、君が試験官に積極的に質問していたから覚えていただけで、飯田君とはまだ話したことは無かったよ」

 

「いや、謝らなくていい。それにしても俺と同じぐらいに早く学校に来ている同級生がいるとは思わなかった」

 

 誰よりも早く学校に来るつもりで来ていたのだが...、と飯田は少し残念そうな顔で呟いた。この呟きを聞いて改めて彼、飯田天哉は見た目だけで無く、内面も真面目な性格であると彩人は判断した。

 

「僕は先に学校内がどうなっているか実際に目で見たかったから早く来ていただけだよ。まだ全部は見て回れなかったけどね」

 

 その言葉に飯田は目を見開いた。彼はジェスチャーの様に話していることを体全体でも表現している為、その驚き方はまるで盲点だったとハッキリ分かる程だった。

 

「そうか!この最高峰の雄英高校で過ごす学生ならば内部構造も早期に把握しなければならないのか!確かに構造図を見ただけではこの広い校舎と敷地全てを把握するなんて不可能だ。迅速な行動をするならば己の目で見て確認しなければ!ありがとう烏墨君、俺も早速見て回ってくる!」

 

 そんなつもりは無く、ただ見て回りたかっただけのだが好意的な解釈を凄まじい勢いで捲し立て、こうしてはいられないとばかりにはや歩きでどこかに行こうとしていた飯田に彩人は待ったを掛けた。

 

「待って!確かに時間には余裕があるかもしれないけど、ここ本当に広いから今から行っても少ししか見れないから今日の放課後か若しくは明日にした方が良いよ」

 

 それに誰よりも早く教室に来たかったんでしょ?、と飯田に声を掛けると今度はピタリと動きを止め、こちらに戻って来た。

 

「そうだった!...だが君の方が早く来ていたそうじゃないか。だったら君が先に入るべきだろう」

 

ーー自分の方が先に入りたいだろうに、ただ真面目なだけじゃなくて徹底的に公正さも求めるのか。これは俗に言うバカ真面目という奴なのだろうか?

 

 思わずそんなことを思ってしまう位には飯田の真面目っぷりに感嘆してしまった。

 

「別に気にしないから良いよ。僕は本当に見て回りたかっただけだったから」

 

「...本当にいいのか?遠慮無く入るぞ?」

 

「いいからほら、早くしないと他の生徒達も来ちゃうよ」

 

「あ、ああ有り難う」

 

 飯田は未だに良いのか?と目で訴えているが彩人に押され、教室の巨大なドアに手を掛けた。

 

 

 

 

 飯田を先頭として入った教室にはまだ始業の時間には余裕があったお陰か生徒達の姿はまだ無かった。

 

 教室内は外の様子とは違い、割りと一般的な教室だった。それぞれの机の上にクラスメイトになる生徒達のネームプレートが乗っている以外は特に変わったところは無い。自分の席を探すと廊下側の一番後ろ、5番と書いてある場所にあった。すぐそばで飯田も自分の席を見つけていた。どうやら彼の一つ後ろの席のだったようだ。

 

「思ったより普通の教室なんだね」

 

「そうだな。だが、だからこそ俺たちが学生だと意識させられるな」

 

 その後鞄などの荷物を置き飯田と少しの間会話をした後、席に着いて暫く待っていると、ちらほらと他のクラスメイト達が入ってきた。しかし、一応挨拶はしたもののまだ緊張感が残っているのかあまり会話しようとはしていなかった。時々、彩人の顔を”おっ”とした表情で見るものの、足元を見て直ぐにがっかりしたように視線を逸らす一部のクラスメイトがいた位である。その内のブドウの房の様な髪型をした生徒は露骨に”なんだ男か”と呟いていたが、彩人はこれを苦笑いで流している。非常に失礼なのだが、寧ろここまで露骨だと却って新鮮に感じていた。

 

 彼らが席に着いてそのすぐ後に彩人の幼馴染みである八百万百が入ってきた。彼女が教室内に入ってすぐに彩人の姿を目に止めるといそいそと近づいてきた。

 

「彩人さんおはようございます。同じクラスで良かったですわ」

 

「おはよう百さん。本当に良かったよ。雄英でも一緒に頑張ろう」

 

「此方こそ宜しくお願い致しますわ」

 

 他の高校とは違い、所々にお洒落なデザインが施されている雄英高校の制服に身を包んだ百は大人びた雰囲気と合間って、とても似合っていた。そんな彩人と話している百の表情は端から見ても嬉しそうに見える。一部の方向から中学校時代によくぶつけられていた嫉妬に近い視線が背中に突き刺さっている様に感じたが、彩人はこれはいつものことだと流すことにした。

 

 クラスメイトへの挨拶を済ませ、荷物を置いた百と暫く二人での会話を楽しんでいると、ふと試験結果の話題にいつの間にか繋がった。

 

「結局、その推薦入試一位だった人は合格を蹴ったって話だっけ?」

 

「そうらしいですわ。一体何があったんでしょう?単純に雄英高校に魅力を感じなくなったとは考えにくいですが...」

 

「何か事情があったとしか思えないかなぁ。そういえば推薦入試と一般入試の試験の内容がまるで違うみたいだけどお互いの首席のどちらが学年代表になるんだろうね?」

 

「それは...どうなるんでしょう?単純に総合成績で決まるんでしたら歴代最高得点を上回ったという彩人さんが首席ということになるんじゃないでし...」

 

 直後、ガラッと大きな音を立てて教室の扉が開かれたことで二人の会話が中断された。

 

 廊下から入ってきたのは、その金髪をどうやって支えているのか分からないほどに全方位に尖らせ、制服を気崩した目付きの鋭い男子生徒だった。彼は周囲をまるで威圧するかのように睨み付け、自分の席を確認するとドカリと勢いよく座り、片足を机の上に乗せた。端から見てもヒーローを目指している人間とは見えない程に傍若無人...いやどうみても不良のレッテルを張られているチンピラにしか見えなかった。

 

「...どなたでしょうか?この場にいるような人間の風体とは思えませんが...」

 

「うん...。正にテレビドラマで見るような不良って感じの見た目だね」

 

 百は彼の品格を疑う様な態度に嫌悪感で眉根を寄せ、彩人は驚きと戸惑いを合わせたような表情で彼を見やる。二人はテレビなどの情報媒体以外で不良と言うものを見たことがなかった。二人ともお嬢様とお坊っちゃまとも言える立場であった為に、そういった人種が存在しない学校で教育を受けてきている。つまり初めて本物の不良を見たと二人は思っているのだ。実際は少しばかり違うのだが...、唯、例え第三者がこの会話を聞いていたとしても彼が不良、若しくはチンピラではないとフォローするのは難しかっただろう。其ほどまでに彼の態度はそうとしか見えなかった。

 

 そしてそんなクラスメイトの態度を見過ごせない人物がいた。勿論と言うべきか、飯田天哉である。彼は彩人が少ない会話でもバカ真面目であると表せる程に真面目な人物だ。例え大勢の人の前でも注意できる胆力があるのだから、如何に高圧的な雰囲気を周囲に撒き散らしている生徒であろうと臆するはずが無かった。

 

「!...んだてめぇ」

 

 飯田が近づいて来るのに気付いた彼は、擬音が付くならばギロリと音がなりそうなほどに彼を睨み付けた。気の弱い人はそれだけで怖じ気づきそうだ。

 

「机に足をかけるんじゃない!君には高校の品格を守っている先輩方や苦労して机を製造して下さっている制作者方に感謝の気持ちが無いのか!」

 

「思う分けねーだろ。どこ中だよ端役が!」

 

ーーますます不良にしか見えないなぁ。本当にヒーロー志望なのだろうか?

 

 思わず彩人がそう思ってしまうくらいには、彼の言動や態度はぶっ飛んでいた。

 

 なんと言うべきか、周囲の人を思って注意する飯田も流石だが、初対面の人間にあれだけの啖呵を切ることが出来る爆発頭の彼もある意味ではさすがと言うべきか。あまりにも聞くに堪えない応酬に百などは視界にすら入れないように努めて無視しようとしている。

 

 

 だが、そんなやり取りは騒いでいる二人が教室の入り口から新たなクラスメイトが入ろうとしているのに気づいた事で直ぐに収まった。

 

 そのままおずおずと入ってきたのは試験会場で飯田に注意されていたソバカスの生徒だった。彼に気付いた飯田は皆にしていた挨拶を交わそうと近づき、反対に爆発頭の生徒は突っかかるのでは無く警戒するかのようにソバカスの生徒を睨み付けつつ静かに席に座った。今度は足をかけるようなことはせず普通に座っている。

 

ーー何だろう?同じ中学の人なのかな。それにしては随分と態度がよそよそしい感じだけど...。何にせよ彼は無事合格できたんだ。試験説明の時酷い表情だったからなぁ。良かった。

 

 

 

 

 その後、ビクビクとした態度のソバカスの生徒と飯田が一方的に会話し、次に新たに入って来た知り合いらしい女子生徒と盛り上がっていた。ふと彩人がそろそろ教師が時間かな、と教室の外を見ると何故か廊下にキャンプなどで使われる寝袋の一部らしきものが目に入った。

 

ーー...え?何...アレ

 

 その上姿はまるで芋虫の様なのに動きは尺取り虫の如く動いており、よく見ると寝袋からはボサボサとした髪がはみ出している。そして髪の元を辿れば当然顔があるのだがその顔も問題だった。

 

 お世辞にも整えられている様には見えない伸びた髭、疲れきった目は充血している。もし公園にいたらホームレスと見間違えてしまうこと請け合いな男が一年A組の教室前で動きを止めていた。

 

「お友達ごっこがしたいなら他所の学校に行け」

 

 男が発した言葉にクラス全員が気付き注目した。…男は横になったままだが。

 

「ここは…ヒーロー科だぞ」

 

ーーここ...ヒーロー科だよね?

 

 ゼリー飲料を飲みながら尤もなことを言っているが、とてもではないが説得力が感じられない。思わず彩人が疑ってしまう程には怪しさ満点であった。

 

 

 

「はい、静かになるまでに八秒掛かりました。君たちは合理性に欠けるね」

 

 寝袋を脱ぎ、教壇の前に立った男の自己紹介によると彼は相澤消太と名乗るこの一年A組の担任教師らしい。クラスのほぼ全員が彼が先生且つ担任であることに衝撃を受けていた。どうでも良いことではあるが寝袋に入ったまま遠くにある教室に移動するのは合理的なのだろうか?どう考えてもそちらの方が時間とエネルギー両方の消費が多そうではないだろうか。

 

「早速だが、コレ来てグラウンドに出ろ」

 

 寝袋から取り出したのは、正面から見れば『UA』の文字に見える独特なデザインの雄英高校のジャージだった。入学初日とは思えない指示にクラス一同面食らってしまっている。

 

「...これから全員分のジャージを配る。配られたら女子は更衣室に案内するからそこで着替えろ。いいか?二度は言わない。着替えたら10分以内にグラウンドに集合しろ」

 

 相澤先生はそう言って直ぐに各員にジャージを渡し、女子を引き連れ教室を出ていった。同時に男子だけ取り残された教室にはどよめきが広がっていた。

 

ーー前途多難だなぁ。これからどうなるんだろう?

 

 考えてもしょうがないか、と彩人は手渡された体操服に手を掛けた。...体操服は教室に予め用意されていたので、相澤先生が懐に温めていた服で着替える必要がなかったのは幸いと言えるのだろうか。

 

 何はともあれ、この瞬間から雄英高校での彩人のヒーローアカデミアが始まったのは間違いなかった。




読了有り難う御座います。

話の進みが非常に遅く、文章量も安定せず申し訳ありません。直そうとはしていますがなかなか難しいです。

念のために主人公のインクの特徴をざっとですがご説明いたします。


緑のインク・粘着力、粘性が強く衝撃を吸収する
赤のインク・刺激を受ける度に温度が上昇
青のインク・触れている部分から温度を奪い、外気に放出
黄のインク・刺激を受けると電気が発生
白のインク・固形化する。純色に近いほど固まる速度が早くなる
黒のインク・体外に出た瞬間から爆発的に揮発する
オレンジのインク・五分経つとあっという間に蒸発する。それ以外に効果は無く、原作のインクリング達のインクに近い

限界突破によりインクの容量と効果が上昇する。同時に器たる肉体も幾分か強化される。


となります。因みに普段限界突破する際は、オレンジのインクで限界まで吐き出す→インクに潜り補充→インクが消えたらまた吐き出す、を繰り返しています。それを主人公は凡そ十年前から毎日続けております。


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第18話

大変お待たせして申し訳ありません。

投稿が遅れた上に文章が非常に長くなってしまいました。文も安定していないと思われるかもしれません。内容もまたやりすぎてしまいました。

反応次第では変更も加えるかと思います。



『個性把握テストぉ!?』

 

 体操着に着替えた一年A組の面々は集合させられた広大なグラウンドにて、担任の相澤消太が宣言した言葉を驚愕と共に雄叫びのような声で反芻する。

 

「入学式は?!ガイダンスは?!」

 

 これから行われる筈と思っていた学校特有の行事を楽しみにしていた女子生徒の一人が、恐らくこの場にいる生徒全員が思っていたであろう気持ちを言葉に乗せて代弁した。

 

 その女子生徒の疑問も尤もだった。何せこの場にいるのは1年A組のみであり、自分達以外の教師や生徒の姿が一切無かったのだから。

 

「本当にヒーローになる気ならそんな悠長な行事に出る暇なんか無いよ」

 

 しかし、そんな疑問は相澤の言葉により黙らされてしまった。だが、相澤の言葉も尤もだった。『ヒーロー』と言えども個人毎にその内容は敵の捕縛から救助活動等様々なものがあり、当然自分達の適正が何か分からない今はそれらほぼ全てに対応出来るように学んでいかなければならない。それも在学中のたった3年以内にだ。

 

 ”既にヒーローになる為の授業は始まっている”その事を全員が理解したのだろう。流石何千人もの中で数少ない合格を勝ち取った者達と言うべきか、皆気を引き締めた様な表情を浮かべている。

 

「雄英は自由な校風が売り文句だ。当然それは”教師側”も然り。そこでお互いの自己紹介も兼ねての個性把握テストだ」

 

「皆一度は中学でやった事があるだろ個性禁止の体力テスト、あれは個性で溢れた今の社会じゃ余りにも不合理すぎる。それでも国は頑なに画一的な記録を取ろうとしている。...まあ文部科学省の怠慢だよ」

 

 相澤はグランドに並んでいる生徒達を一瞥し、一人の生徒に目をやった。

 

「今期の一年首席は...烏墨、お前だったな。先ずはデモンストレーションとしてお前からやってもらう。中学の時ソフトボール投げ何メートルだった?」

 

 ”首席”、その言葉を聞いた生徒達から小さいざわめきが伝播した。更に何処かから「首席だとぉ...!」、と怒気を孕んだ怨嗟の声も聞こえてくる。流石にこの状況は彩人には少しばかり居心地が悪かったらしく顔をひきつらせた。しかし、当の元凶の相澤はそんな様子を気にした素振りもなく「どうなんだ」と催促する始末である。

 

 この相澤の問いは、普通であればなんなく答えられるものだ。が少々事情が異なる彩人にはある意味で答え辛いものだった。

 

「...無いです」

 

「そうか。.....何?」

 

 やや時間を置いて出てきた彩人の言葉に一瞬思考が止まり、思わず聞き返した。相澤の目が若干であるが見開いているように見える。

 

「ですから記録が無いです。異形型の『個性』と言うのもあって中学校のグラウンドでは敷地を飛び越えてしまってました。ですので記録がありません」

 

「...どこか広い場所で改めてやらなかったのか?」

 

「すみません...。場所が無かったのと家の都合で忙しくてしていませんでした」

 

 事実である。訓練場でも出来ないわけではなかったが訓練場すら飛び越える可能性と『個性』の制御をより完璧に近づけるのにそんな意味のないことに時間を費やすのは無駄だと識深教授達に言われていた為今まで行うことはなかった。

 

「......分かった。ならお前は例外として『個性』無しで投げて良い。最初に個性無し、次に個性ありの順だ」

 

「ありがとうございます!」

 

ーーやった!一度何処まで投げられるかやってみたかったんだ。

 

 相澤の措置に彩人は嬉しそうな声色を混ぜた返事をした。内心では試してみたかったらしく、傍目からはテンションが上がっている様にも見える。

 

 

 

 ソフトボール投げ用のサークルの中に彩人は足を踏み入れる。正面には扇状に広がったラインが何十メートルにも渡って続いていた。一定以上の距離にはラインは引かれていないが、その代わりボールは高性能なGPS機能が内蔵されており、投げた位置から地面につくまで何メートル飛んでいったのか正確に計測できる特別製だ。

 

「思いっきり行け」

 

「分かりました」

 

 相澤に言われ、軽く腕を振り回すことで準備運動を終えた彩人は投球モーションに入る。ボールを持った手を後ろ手に回し、直後に全身を使って鞭のごとくしならせる事で腕を加速させつつ振り切った。

 

 彩人の体には骨が無い。しかし骨の代わりが果たせる程の強靭かつしなやかな筋肉が体を支えている。だからこそそれを最大限に生かす為、体全体を鞭のようにしならせ勢いよく投げ飛ばしたのだ。

 

 何かが破裂する様な音と共に風切り音を響かせつつ投げ飛ばしたボールはすさまじい勢いで飛んでいった。全員がボールを目で追う事数秒後、結果が出たらしい。相澤が手に持っていた端末の画面をクラスメイト達に見せ付けた。

 

 

 結果は『420.8m』

 

「はあ!?420!!マジかよ!?」

 

「成る程...確かにあれほど投げられるのならば学校では記録が出来ないのも頷ける」

 

「素の身体能力でアレなんだ...」

 

 とてもでは無いが力が有るようにも増強型の個性持ちにも見えなかった彩人の見た目で、少しばかり懐疑的な視線を送っていたクラスメイト達もこの結果に驚きで目を向いた。

 

 

ーー成る程、自身の身体的特徴を上手く生かし、この場で最も適したフォームで投げている。師の教えが良いのが良く分かる。個人で鍛えてただけじゃこうは行かない。

 

「...よし、次は個性ありでやれ。時間が押してるから早くな」

 

 相澤が感心したように黙り込み、彩人を見るもそれは一瞬の事。生徒達にその様子を気付かれることもなく直ぐに彩人に次を促した。

 

 言われた彩人は「はい!」と返事すると同時に遠投用のサークルの中で立ち止まり、自身の体の色を変色させた。橙色をしていた特徴的な頭の触手や目の光彩が黒色に変化していく。突然の急激な変化に約一名を除いた周囲のクラスメイト達が今度は一体何だと目を丸くした。

 

 変化を終えた彩人は先程と同じように投球モーションに入る。ボールを持った手を振りかぶる所までは先程と全く同じだ。

 

 そして次の瞬間には彼らの目には既に手にボールはなく、振り切った体勢で体を静止させた状態の彩人の姿が映っていた。

 

「...は?」

 

 クラスメイト達の誰かが思わず声を漏らした直後に周囲を吹き飛ばさんとする強風が吹き荒れた。巻き上がる砂埃を防ぐために腕で顔を隠し、風で体勢を崩さない様に踏ん張ることで抵抗する。

 

 目で追えないような速度で行われた彩人の投球は単純なものである。ボールを持った掌の裏からインクを噴出させる事で腕を加速させ、腕とボールが遠くに飛ばすのに最適な角度に到達した瞬間に今度は掌からもインクを放出することでボールを飛ばしただけである。ただそれを高速で、尚且つ最適な動きで行うと言うのは精密な動きとタイミング、適した出力が要求される為非常に難易度の高いものだ。

 

ーー初めてやったから制御が甘かった。まさかこんなに砂煙が舞うなんて...。ぐぅ...目が開けられない。

 

 当の本人は砂煙の舞うグラウンドの中心で身動きが取れなくなっていたが。

 

 風が弱まった後恐らくボールが飛んでいったであろう方角を皆が見たが、当然ながらあれ程の勢いと強風を伴ったボールが今さら見えるはずがない。自然と砂煙から解放された彩人とクラスメイト達の視線が端末で飛距離を計測している相澤に集中する。先程よりも遠くに飛んでいったからだろうか、時間を置いて先程のように端末に記された計測結果を周囲に見せつけた。

 

「…先ずは、現在の自分達に出来る最大限を知ること。そこからだ」

 

 今度の結果は『3604.2m』ここまで来ると最早、ボール投げと言うよりは大砲の射程距離を計測しているような結果が画面に表示されていた。

 

「おおお!!すげぇまさかのキロ単位!」

 

「というか何したのか全然見えなかった...」

 

「当然の結果ですわね」

 

「頭にあるあの特徴的な触手の形と色が変わった所を見るに、軟体動物の烏賊に近い『個性』何だろうけど見た目以上にパワーがあるみたいだ。それに最初の時の異様にしなった腕を見るに骨が無いか若しくは柔らかいのかも。それだと接近戦はだいぶ変則的になりそうだ。とすると....」

 

「俺も早くやりてぇ!」

 

 差し出された驚異的な結果に、最初の『個性』無しの時より遥かに盛り上がるクラスメイト達。口々に話しているが共通するのは”面白そう”、”自分もやってみたい”という内容が殆だった。現代社会でヒーロー資格を持たない一般人は基本的に、私有地を除く公共の場での『個性』の使用を法律で禁じられていた。だからこそ誰しも思うこと、”『個性』を自由に使ってなにがしかの結果を出してみたい”という欲求を持つ者は少なくない。まだ多感な年頃である彼らは特にその思いが強いことだろう。それをこの場で言葉に出した、出してしまった。

 

 ここはヒーロー科だ。一時的であろうが思わず興奮して言った言葉でもそんな軽はずみで言って良いことでは無い。特に会話の所々に合理的であるかどうか溢す程に合理主義者である相澤がそれを聞き流す筈がなかった。

 

「......”面白そう”...か。お前達はこの学校でヒーローになるための3年間、そんな腹積もりで過ごすつもりなのか?」

 

 その声は小さかった為に気付いた者は多くは無かったが、何人かの脳裏に”怒られる!”という思いが過った。しかし、次に発した言葉の内容は入学間もない彼らにとって想像だに出来ず、尚且つ度肝を抜かれるものだった。

 

「よし、トータル成績最下位だった者はヒーローになる見込み無しと判断して、除籍処分にしよう」

 

 

 数瞬後、グラウンドに彼ら生徒達の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

ーーえ?まさか2年生のクラスが1年生のクラスに対して1クラス分しかなかったのってもしかして...。

 

 始業前に学内を探索していた彩人の思考がその考えに至り、冷や汗を垂らす。あの時はただ単に二年生になると授業内容の関係でクラスが離れるようになるか若しくは探索不足だったと思っていたが、この教師が宣言したように去年も同じことをして1クラス分除籍させた可能性が濃厚になった。発破を掛けただけと思いたいが事前にそれを匂わせるものを見てしまっただけに否定できる要素がない。

 

「最下位除籍って...!」

 

「まだ入学初日ですよ!?例えそうじゃなかったとしてもいくらなんでも理不尽すぎる!」

 

 当然の事だがそのあんまりな宣言に生徒達は苦言を呈した。只でさえ何千人ものライバル達からやっとの事合格を勝ち取り、これから憧れのヒーローになるために頑張ろうという初日にこれだ。そう言いたくなるのも無理は無いだろう。

 

 だが、相澤は撤回などしなかった。そんな悠長なこと言っている場合では無いと生徒達に発破を掛けた。

 

「理不尽...?お前ら、ヒーローが関わるものに理不尽が無いものがあると思ってんのか?自然災害、大事故、突如暴れる敵、今の世には理不尽に溢れている。それに対抗するのがヒーローだ。これからお前らが嫌と言うほどに体験し、乗り越えていかなければならないものでもある。…だからこれから俺達雄英は、全力でお前達に理不尽と言う苦難を与え続ける」

 

 ”Plus Ultra”だ。全力で乗り越えてこい

 

 続けた相澤の言葉に生徒達全員の表情が、ある者は不安や焦りで彩られ、ある者は反骨精神で笑みが浮かび、又ある者は真剣なものになる。同時にこれからの学校生活に対する不安感も彼らの脳裏に添えられて、最初の試練である『個性把握テスト』が始まった。

 

 

 

 

 

 ソフトボール投げを最初にやるのかと思えば最初に行われたのは50m走だった。何故かと相澤に聞けば、さっきのはあくまでデモンストレーションで最も『個性』を生かしやすく、分かりやすい種目だった為にやらせただけらしい。

 

 どうやら順番は基本的に出席番号順で決められているらしく、彩人の出席番号は5番とわりと最初の方だった。

 

ーー飯田くんの個性は足に関係しているものなのか。確かに制服の時、足に不自然な膨らみがあるなとは思っていたけど。

 

 目の前では彩人の一つ前相澤に呼ばれ、飯田と蛙吹梅雨と言う長い髪を背中で独特な結び方をしている猫背ぎみの女子生徒が走っていた。特に飯田は両足の脹ら脛がまるで車のエンジンの様になっている為に、見た目通り走ることに特化した『個性』だからか三秒台と言う驚異的な記録を出している。しかし、記録を出していた飯田の表情はどこか不本意そうだった。思ったような記録が出ていないのか、若しくは車のように最初から最高速で走るのは難しいのかもしれないと彩人は感じていた。

 

 女子生徒の方は四つん這いになって両足を同時に地面を蹴ることで、蛙が飛び跳ねるように走っていた。普通であればそんな走り方をすれば逆に遅くなりそうなものだが、実際は五秒台と見た目とは裏腹に速いものだった。

 

ーー蛙吹さんは見た目と動き方からして蛙の異形型なのかな。成る程、ああいった異形型特有の身体的特徴を生かすのも『個性』の使い方に含まれるのか。

 

 クラスメイト達は各々の『個性』を活かして記録を作っている。彩人がクラスメイト達の『個性』を予想しながら観察していると、と相澤に名を呼ばれる。そろそろ呼ばれるだろうと思っていた彩人は直ぐに50m走用のレーンに向かった。

 

 

 

「あっ、さっきのすごい記録出した人!先生に名前呼ばれたから知ってると思うけど私、麗日お茶子よろしくね!」

 

「此方こそよろしく。お互い大変なことになっちゃったね」

 

「ホントだよね。まさか登校初日からこんなことになるなんて思わなかった!」

 

 隣のレーンから声を掛けてきたのは茶髪で元気そうな印象を与える麗日お茶子と言う女子生徒だった。見た目通り快活な性格なのか、彼女はレーンに着くなり彩人に早速とばかりに話しかけて来た。

 

 お互いに手早く自己紹介を済ませ、相澤に睨まれる前に二人ともスタートラインに立つ。同時に麗日は着ている運動着や靴に何やら手を付け始めた。よく見ると麗日の掌には肉球らしきものがあり、その部位を運動着に触れさせている様に見える。

 

ーー触れることで発動するタイプの『個性』かな?でも服に触わるって事は自分以外、若しくは無機物に作用するタイプかも。この手の『個性』は発動するまで初見じゃ予想できないんだよね。...と僕も見てないで準備しなくちゃ。…色は今回全部黒のままで良いかな。

 

 スタートラインから二歩ほど下がり、足を前後に開き、頭の触腕と手の平を後方に向ける。後はスタートの合図を待つだけだ。

 

 「スタート!」と言う合図とほぼ同時にインクを放出する。今度は先ほどのボール投げよりは遥かに砂煙と衝撃が小さく、周囲に被害を及ぼす事は無かった。

 

 驚異的な加速により景色が一瞬にして引き伸ばされる。常人であれば周囲を認識することすら難しい加速力であるが彩人にとっては見慣れた景色だった。あっという間にゴールラインを越え、通りすぎたと同時に前方にインクを放出させ急制動を掛ける。慣性の法則により体に強力な負荷が掛かるが、内蔵などの体内器官迄が丈夫に発達している体には大した影響は出ていない。

 

 結果は『0秒75』

 

「すっげぇ!今度は0秒台!」

 

「くっ!自分の得意分野でもこれか...さすが最高峰、レベルが高い!」

 

 周りが囃し立てる中、彩人はもう一人の走者である麗日に視線を見やる。驚いたように此方を見ながら全力で走っている麗日お茶子の姿が見えた。スタート前に何らかの『個性』を使おうとしていた筈だが、パッと見では特に目立つような変化は無い。

 

ーー良かった。麗日さんが特に転びそうだった様子もない。ちゃんと周囲に影響が出ないように制御できてる。...やっぱりさっきのは出力をもっと絞るべきだったな。それと...。

 

 数秒後にゴールした麗日が中学時代の記録を更新したのだろう。7秒台半ばというの記録を出して喜んでいる様子を見た彩人が思ったこと。それは...。

 

ーーやっぱり僕、足遅いんだなぁ。

 

 中学時代の素の50m走の記録は9秒後半。それもギリギリでの9秒台である。反射神経は兎も角、瞬発力に乏しく踏ん張りが利かないこの体ではそれでも驚異的だと事情を知る人達からは言われているが、それでも周りの殆どの人よりも遅いと言う事実はやはり悔しいものがある。

 

 次々とクラスメイト達が走り、中には走力とは関係の無い『個性』を持っている人は普通に走っていた。それでも大抵は陸上部並みの好記録を出している。殆どのクラスメイト達が羨む記録を出した筈だが、彩人の心境は実に微妙なものであった。

 

 

 

 握力測定

 

 こちらは異形型の『個性』である彩人にとっては得意分野と言えるだろう。元々鍛えれば鍛えるほどにインク容量と共にその器である肉体も強化される体だ。『個性』の都合上、瞬発力の伸びはあまり良くないが純粋な力であれば、限界突破を割りと気軽に何度も行えるということもあって既に並みの強化型を凌駕するほどの力を素で発揮できる。

 

 ミチリ...ギシ...と握っている部分から音が鳴るほどに握力計を強く握りしめる。出た結果は『1837kg』上々の結果に彩人は満足そうに頷いた。

 

ーーうん、すごく持ちやすいからか前よりも良い記録が出た。さすが雄英、良い機材を使ってる。

 

 続いて反対の手でも計り、同じような記録が出せたことにまた満足していると、何名かのクラスメイト達が話しかけてきた。どうやら派手な『個性』で好記録を出し続けている彩人が今度はどんな記録を出したのか気になったらしい。

 

「なあ、烏墨...だったよな?握力測定どうだった?...うおっ!1t超えかよホントすげぇな!あっ俺ァ切島鋭次郎、宜しくな!」

 

「力持ちだねー!私、芦戸三奈!ちなみに私達同じ中学なんだ」

 

 声をかけてきたのは赤い髪を刺々しく四方に跳ねさせた体格の良い男子『切島鋭次郎』と、頭に角のようなものを生やしピンク色の髪と紫に近い肌の元気一杯といった印象を与える女子生徒『芦戸三奈』の二人だった。最初から信じていないのかそれとも気にしていないのか、どちらにせよこの最下位は除籍という緊張感のある状況下でも気軽に話しかけられるこの二人は胆が座っていると言えよう。

 

「宜しく。僕も今あっちにいる八百万百さんと同じ中学なんだ。彼女共々仲良くしてくれると嬉しいな」

 

 彩人が指し示した方向に二人は視線を移す。少し離れた位置に並んで握力測定の順番を待っていた八百万百がいた。側には既に『個性』で作り出したであろう万力がある。視線に気づいた百は二人に軽く会釈することで返事を返した。その淀み無い動作には気品に満ち溢れており、それだけで彼女が周りとは生まれが違うのだと認識させられる。

 

「あそこにいる女子か。勿論だ。何せこれから一緒に切磋琢磨する仲間だからな!仲良くするに越したことはねぇぜ!」

 

「スゴイねー、まさにお嬢様って感じだよー!あっモチロン私もだよ。同じ数少ない女子だもん当然だよー!」

 

「有り難う。兎に角今はこの状況を乗りきらないとね。頑張ろう」

 

 おうっ!と切島は気合いの入った返事を返してくれたところで切島に順番が回ってきた為、また今度話をしようと約束を取り付け解散することになった。

 

 

 

 立ち幅跳び

 

 体全体からインクを放出できるという『個性』上、学校側に注文して靴の足裏部分からでもインクを放出出来る様に運動靴には設計されている。今回はそれを活かして足から放出することで空中に浮き、頭の触腕で方向を調整して移動するというホバー移動に近い手法を取った。足だけでも空中移動するのには大して問題はないが、立ち幅跳びという一度宙に浮けば平面移動のみで事足りるためによりこの方法を採用した。

 

 スタートラインから2Mほど浮き上がり、空中を滑るように移動する。周囲は彩人が空中を飛んでいることにテンションが上がり盛り上がっている中、相澤はその様子をじっと見ている。その状態がしばらく経った所で相澤から声が掛かった。

 

「おい烏墨。それは何時まで続けられる?それと何処までの範囲なら飛べる?」

 

「...ただ飛んで移動するだけなら集中力さえ途切れなければ数時間は飛んでも支障はありません。範囲に関しては航空法に違反しない高さまでしか飛んでいないので不明です」

 

 飛びながらであるが相澤の質問に対して数瞬考え、そう答えた。インクの消費量のみで考えれば、ただ飛ぶだけであれば低燃費と言うこともあって何時間でも飛べるからだ。

 

「...分かった、もういい。これ以上は時間の無駄だ。烏墨、降りてこい」

 

 相澤に言われた通りにグラウンドに降り立つ、彩人が相澤に視線を向けると何やら測定するための端末を操作している。今までの測定では見られなかった行動だ。先程までの話の流れからして、恐らく手動で記録を入力しているのだろう。

 

 数秒間端末を操作していた相澤が画面をこちらに見せる。その内容は体力測定ではまずお目にかかることが出来ない『∞』、最早数字ではなく記号として表示されていた。

 

「無限!!?」

 

「体力測定でそんなん出るとか初めて見たぞ!!」

 

 あり得ない大記録に周囲は何度目とも知れぬ驚愕と共に沸いた。彩人は口頭での自己申告でその扱いで良いのだろうかと疑問に思ったが、相澤に早く次の種目に行け、と促された為にそれで良いのなら良いかと己を納得させて次の測定に向かった。

 

  

 

 反復横跳び

 

 瞬発力が主になるこの種目は50M走以上に彩人に苦手とする科目だった。しかし『個性』を使えるのなら話は変わる。

 

 触腕と腕からの噴射で体に勢いを付け、足からも放出することで素早くライン上を移動する。こういった素早く且つ細かい動作は、どんな状況でも素早く対応出来るようになるという点で重点的に鍛えられていた為に慣れたものである。

 

 結果は『151回』

 

「うん...凄いんだけどね...」

 

「確かに凄いけど動きがね...」

 

 またも好記録が出たのだが、周囲の反応は今までと少々異なっていた。どうやら残像を伴うほどのバタバタした動きがシュールすぎて反応に困っているようだった。

 

 

 

 

 ソフトボール投げ

 

 今度は先程以上に出力を絞ることで無駄が無くなり最初より幾分か飛距離を伸ばすことが出来た。

 

 最初以上に記録が出たことにクラスメイト達は感嘆とした声を上げたが、次に投げた麗日がボールを無重力状態にさせて投げたことで二人目の『∞』の記録を出したことでさらに沸いた。

 

 その後も次々と順番が過ぎ、とある男子生徒の順が廻った所で皆の注目が集まった。

 

 その男子生徒は特に目立つような記録を打ち立てたわけではない。寧ろその逆、平均若しくは平均以下の記録しか出せていないからこそ、彼が除籍の対象になってしまうのではないかと同情の視線が集まりつつあったのだ。

 

 本人である『緑谷出久』もその自覚があるのか今にも死にそうなほどに顔色が悪い。周囲の会話を聞いて総合すると、どうやら彼は今に至るまで一度も『個性』を使っていないらしい。しかしどうやら知り合いらしい一人の柄の悪い生徒、『爆豪勝己』の言によれば彼は『無個性』だという。だが何名かは彼の『個性』見たことがあると言っている。

 

 これは実際に見て確認するしかない。と彩人は耳を傾けるのをやめ、緑谷に視線を移した。

 

 

 

 紆余曲折あったが彼の結果は『705.3M』それも指一本のみでこの記録である。初めてヒーローらしい記録が出せたからか周囲は今まで以上に盛り上がった。

 

 記録を出した後も爆豪が緑谷に突撃し、それを相澤が捕縛するという一幕があったものの特に問題なく身体測定は進行した。

 

 ”オールマイト並みのパワーじゃね!?”とクラスメイト達が興奮冷めやらぬテンションで盛り上がっている中、彩人は先程の一部始終を見て考え込んでいた。

 

ーーさっきの話からまとめると彼は後天的に『個性』に目覚めたって事なのかな。それも知り合いの人が知らなかったと言うことは目覚めたのはごく最近なのか。

 

ーーそこから体を鍛えたってことなのかな。筋肉の付き具合とは裏腹に身体測定の際の動きが微妙にぎこちなかったし、運動慣れした人の動きにはあまり感じなかった。元無個性だったのならあの気弱そうな性格なのも頷ける。中学時代は大変だったんだろうな。

 

「指一本犠牲にしていますがそれでもあの力、増強型の『個性』だとは思いますが驚異的な強化率ですわね」

 

「うん...そうだね」

 

「彩人さん?」

 

「...!、ごめんちょっと考え込んでた」

 

 どうやら百が話しかけるまで考えることに没頭してしまったらしい。あまりよくない傾向だ。気を付けなければ、と自分い言い聞かせ百に謝罪した。

 

「彩人さんがそこまで考え込むのは珍しいですわね。それほど緑谷さんの『個性』は珍しかったと言うことでしょうか?」

 

 その質問は彩人が考えていたのとは少し違う、があくまでも考えていたことは憶測にすぎない。それを話してしまうのは憚られたので質問に沿った返答を返すことにした。

 

「確かにあそこまで大きな反動がある『個性』は珍しいね。あれだともし日常生活で暴発してしまったら本人共々大変なことになるから」

 

「そうですわね。そう考えますとここ雄英で『個性』の制御技術を学べるのはあの方にとって大きな収穫ですわね」

 

 百の言うことは尤もだ。あれほどのピーキーな『個性』生半可な訓練では制御するは難しいはずだ。そう考えれば最高峰である雄英に入学できたのは最高の結果と言えよう。

 

「そう言えば、握力測定の時どなたかと一緒に私の方を指し示していましたがあれは何だったのですか?」

 

「ああ、あれは百さんとも一緒に仲良くして欲しい。って意味だったんだ。この状況でも気にせずに話しかけられる人達だから凄い度胸があるよ。きっと百さんも仲良くできると思うんだ」

 

 それを聞いた百は嬉しそうに顔を綻ばせた。初日だからこそクラスメイト達とは早く仲良くしたいと思うのは当然で、この話は渡りに船だったからだ。

 

 その後、百がソフトボール投げの順が来たことで会話は中断され、二人は一時別れることになった。

 

 因みに百はソフトボール投げで大砲を創造し28kmの大台を記録した。その際彩人に向かって、ドヤァとでも形容できるような百の表情が強く印象に残った。今回の数少ない彩人以上の記録を出せたことが嬉しかったらしい。

 

 

 

 

 長座対前屈

 

 先ず普通に計測する。結果は『81cm』体の柔らかさに関しては邪魔になる骨が無い軟体系の『個性』の特権と言えるものだろう。ただ身長が低いこともあってこの記録自体はあまり突出していると感じにくい。

 

 二回目の記録では前々から気になっていたことを試してみることにした。

 

 頭を足にベッタリとくっ付ける。ここまでは普通だが、次に頭の触腕を腕に見立てて思いっきり前方に伸ばした。触腕は腕以上に長く、また体勢からして頭からの方がより長く伸ばすことができる。それを長座対前屈で出来ないかと常々思っていたのだ。

 

 記録していた相澤の反応を窺ってみると、特に何かを言う訳でもなく記録していた。どうやら問題ないらしい。

 

 最終的な結果は『112cm』,30cm以上記録を伸ばすことが出来た。

 

 そんなのアリかよ!と何名かが驚く中、異様な視線を感じてその方向を見ると、彩人よりも背の低いブドウの様な頭をした男子生徒がいた。やや離れた所にいるために何を言っているかは聞こえなかったが視力が良いために、異様に真剣な目でこちらを特に頭の触手部分を凝視しているのが見えてしまった。

 

 理由は良く分からなかったが何故か軽い悪寒がしたため、そそくさとその場を離れることにした。

 

 

 

 上体起こし

 

 頭の触腕を膝に張り付かせ後頭部からインクを放出することで頭を持ち上げ、触腕で持ち上がった体を地面へ押し出すというのを繰り返す。記録は『72回』と中学時代よりは大きく記録を伸ばすことは出来た。

 

 尚、これ以上の記録を出せたのは百と先程彩人を凝視していた『峰田実』と言う男子生徒だった。負けじと百はバネを、峰田は頭部にあるボール状のものを体の前後にくっ付けることでスーパーボールの如く体を跳ねさせていた。

 

 唯、気合いが入りすぎたのか終わった後は両者とも顔色が悪くなっていた。脳が強く揺さぶられたことで気分が悪くなったのではと推測される。

 

 

 

 持久走

 

 A組全員で1500mの距離を同時に走るらしい。確かにこの広大なグラウンドは数十人が走ったところで狭い故の接触等の進路妨害は起こりそうもない。時間短縮にもなり合理主義の相澤らしいやり方だろう。

 

「当然だが故意の妨害は無しだ。それ以外は内側のラインから出なければ何をしてもいい」

 

 シンプルとは言え変則的なルールであるために軽い説明を相澤から受け、計測用の機械からの『スタート!』合図と共に皆は一斉に走り出す。最初に先頭を切ったのは走ることに特化した『個性』を持つ飯田だ。その後ろに数名の高い身体能力を持っていたり『個性』を応用させた生徒が続いていく。

 

 彩人は皆がスタートラインを通りすぎたのを見計らい立ち幅跳びと同じように2m程空中に浮き上がり、そのまま触腕と手のひらから噴射することで加速する。

 

 あっという間に団子状になっていた集団を上空から追い抜き、最後に先頭を独走していた飯田も追い抜いた。そのまま速度を維持した状態で飛び続け、ゴールした。集団を追い抜く際に”分かってたけどやっぱあれズリぃ!”との声もあったが。

 

 結果として彩人が大差をつけて一位になり、二位が飯田、三位が百となった。百は少々時間が掛かったものの、バイクを創造したことで途中から走者をごぼう抜きにした。残念ながら大差をつけて走っていた飯田に追い付くことは出来なかったようだ。

 

 

 

 全ての種目を終え、順位を発表するために生徒全員が一ヶ所に集められた。当然だが生徒達の前にいる相澤に注目が集まる。

 

「トータルはそれぞれの種目の評価点を合計したものになる。口頭で結果を言うのは時間の無駄なので、モニターによる一括開示で発表する」

 

 相澤の話を聞いた反応は様々だったが、特に顕著だったのは指を犠牲にしてまで記録を作った緑谷だった。彼は只でさえ平均以下の記録が大半だったのにソフトボール投げ以降の種目は指の痛みのせいか殆どが最下位だった。今までの記録を総合すれば彼が総合点最下位なのは想像に難くない。

 

 治療できれば良かったのだが、相澤にせめて応急手当だけでもと名乗り出たのだが、相澤は”自己責任だ”といって取り合ってくれなかった。

 

 相澤がモニターを生徒達に見せる。全員が自分の順位は何位だ?と目を凝らして確認をしようとした直後、モニターはブン、と音を立てて消えた。

 

「ちなみに最下位除籍はウソな」

 

 その台詞で大多数の生徒が体を強ばらせて固まった。あまりに突然のことに思考が止まる。

 

「君らの最大限を引き出すための合理的虚偽だ」

 

 ハッと相澤は小バカにするように鼻で笑った。

 

 

.........

 

 

『...はーーーー!!??』

 

 いきなりの前言撤回宣言に殆どの生徒が目を丸くして雄叫びのごとく声を張り上げた。特に除籍対象だと信じきっていた緑谷の表情は筆舌に尽くしがたいものになっている。

 

「あんなのウソに決まっているじゃないですか。少し考えれば分かりますわ」

 

 少数であるが百のようにまずあり得ないと思っていた生徒、若しくは上位確実だと自信があった生徒達は冷静だ。彩人は叫ぶほどでは無いが目を見開いていた。

 

「そゆこと。これにて今日は終わりだ。教室にカリキュラムの資料があるから目を通しておくように。明日からもっと過酷だからな」

 

 あっさりと解散を促した相澤はそのまま背を向けて校舎に戻っていた。どうやら本当に初日はこれで終了らしい。

 

ーー見間違え...だったのかな。演技には見えなかったけど、でもヒーローは状況に応じた演技することも技術の内って聞くし...放課後確認するしかないか。

 

 あまりにも個性的な教師が担任になったな。と同時に初日でこの有り様でこのまま雄英でやっていけるのか不安に駆られてしまう彩人であった。

 

 

 因みに総合上位は 一位烏墨彩人、二位八百万百、三位轟焦凍、四位爆豪勝己、となった。それを見た百が”次は負けませんわよ!”と彩人に突きつけるように宣言したのは余談である。

 

 

 

 もう一つ余談であるが、放課後に百と一緒に二年のクラスを確認しに行ったが、2クラス目が見つからず職員室にて相澤とは別の教師に確認を取った所、本当に1クラス分除籍処分となっていた事が判明して二人揃って顔を青ざめることになった。




読了有り難う御座います。


握力に関してだけは、人間が余裕を持って振り回せるのが1~2キロ程と握力の数十分の一と仮定すると、100キロ近いブキを何分も振り回せるインクリングは最低でも1tは軽く超えるものと考えました。

次回から漸くスプラトゥーンらしくなると思います。


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