アラフォー艦隊のやべー奴ら (オパール)
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明石「ケッコン指輪? いやいや結婚指輪にゃ」

割りと酷いキャラ崩壊がありますのでダメな方は回れ右して、どうぞ

今回は多機能フォームの練習を兼ねておりますので、そこもどうかご了承ください



ベルファスト「 ア イ ス テ ィ ーが入りましたご主人様」


・綾波「指揮官から指輪を贈られたのは、出逢ってから6日目のことでした」

 

 軍属を思わせる、というか軍属そのものと呼べる執務室。

 机に肘を着き、伏せた顔の前で両手を組み合わせる男と、机を挟んだ向かい側に立つ、クリーム色のポニーテールに小動物の耳を想起させるユニットを着けた赤い瞳の少女。

 少女の表情の動きは薄いが、どことなく困惑しているような、或いは拗ねているような雰囲気を醸し出している。

 

 そんな机の上に置かれている二つの手のひらサイズの小箱。片方は黒、もう片方は白色。だがその外装はさしたる問題は無い。

 問題はその中身と添えられた二枚のメモ用紙にある。

 

 一つ―――黒箱のメモには『ケッコン』の文字

 もう一つ、白箱のメモには―――『結婚』の二文字

 

 端から見る者には『?』と疑問符が浮かぶだろう。だがことここの責任者たる男と彼の部下達にしてみれば、それは最早

 

 争いの火種に他ならなかった。

 

「…………はぁぁぁぁぁ」

 

 大きなため息一つこぼして、男は机に備えられている電話に手をかける。

 内線で繋げるのは、これを用意した元凶の居場所。

 

 

 

「もしもし、明石か?」

『もしもし、指揮官かにゃ? わざわざ電話なんて珍しいにゃあ』

「ああ、いくつか訊きたいことがあってな」

『ふむ。キューブにするかにゃ? ドリルにするかにゃ? それとも、ダ・イ・ヤ?』

「俺、任務報酬で指輪もらったよな?」

『スルーつれぇにゃ。……貰って二秒で綾波に渡したあれかにゃ?』

「そうそれ。んで、お前にダイヤ渡してまた別の指輪一つだけ買ったよな」

『その節は良い買い物して頂いたと思ってるにゃ』

「なのに俺の目の前には何故か指輪が二つあるんだよ」

『……それはおかしな話にゃ』

「も一つ質問良いかな」

 

 

 

「俺が渡した600個のダイヤ―――どこにやった?」

 

 

 

『あんたみたいな勘の良い指揮官は嫌いだにゃ』

 

 

 

「ホシハクロ! 繰り返す、ホシハクロ! 制圧部隊、あの商魂以外は倫理観ガバガバ艦艇を確保されたし!!」

 

 

 

『(バァンッ)』

『制圧部隊、突入!!(SSRユニオン空母)』

『げぇっエンプラ!?』

『大人しくしろ! 膝をついて手を頭の後ろに!(兄貴姉貴)』

『お痛の過ぎるイケナイ子はどこかしらぁ?(ケモミミ激重重桜SSR重巡)』

『カーニバルダヨッ』

『誰よ今の(鉄血ログボSSR)』

 

 

 

 受話器の向こうから聞こえてくるドッタンバッタン大騒ぎ。

 未だ騒音鳴り止まないそれをそっと机に置き、向かい側に控えていた秘書艦へと視線を向けた。

 

「……騒がしちまったな、綾波」

「いえ……指揮官の意思じゃなかったとわかったので、大丈夫、です」

 

 何だかもやっとしている様子の秘書艦を傍に呼んで、くしゃくしゃと頭を撫でてやる。

 複雑そうながらもふわりと微笑んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

・明石(E:プラカード)『私は艦隊の秩序崩壊を招きかねない行いをしました』

 

『セイレーン』なる未知の存在に制海権を支配された水の惑星。

 それに対抗するために生まれた、『艦艇』と呼ばれるヒトの姿を取った艦船達。

 

 まぁ戦艦ナントカとかナントカこれくしょんみたいなものと似た感じをイメージしてもらえればだいたいそれであってる。

 

 セイレーンと戦うための『アズールレーン』という連合を結成して戦っていたら何か一部が連合から離反して『レッドアクシズ』なる別勢力を興して何やら内ゲバ染みた様相を呈しているがまぁそれはそれで戦線は維持できてたりする。

 

 で

 

 ここはそんなアズールレーン連合の前線基地の一つ(以下、わかりやすく鎮守府と表記)。

 窓から潮風の吹き込む執務室で書類にペンを走らせる男。鎮守府代表、この基地の指揮官。

 

 早い話、俺です。名前? 興味無いでしょ誰も

 

 目にする書類は装備の目録だったり艦艇たちからの苦情だったり要望だったり、まぁ色々と。

 何でまた人型の艦船なんてのが跋扈してるかは正直知らない。

 なに、雑だって?

 お国から脱サラすることを強いられた冴えないアラフォーなんてそんなもんである。

 

「……あー、やっぱこないだの一件響いてんなぁ」

 

 口に禁煙パイプを咥えながら、一人ごちる。

 こないだの一件、とは購買担当の明石が勝手に用意した結婚指輪(ガチ)のこと。

 事の顛末が鎮守府中に広まったようで、装備や寮舎に関する要望に混じって『指輪くれ(意訳)』みたいな意見がちらほら見られる。

 

 回数が特に多いのが

 

 空母:Eンタープライズ

 重巡:A宕

 軽巡:Oロラ

 

 以上の三隻(当人達の名誉のため、一部伏せ字)。

 指輪の装備、並びにそこから繋がる『ケッコン』なるシステムが艦隊強化に有用であることは我が初期艦サマが実証済み。

 確かにこの三隻はここの艦隊においては主力を担う重鎮。特にオーもといOロラに至っては、着任してからこっち最前線でずっと身体を張ってくれている。

 

「かといってなぁ」

 

 彼女達が求めているのが『ケッコン』なのか或いは『結婚』なのか正直計りかねてる俺がいて。

 いやまぁA宕辺りは後者だろうなとは思ってはいるがそれで外したらその場で自害を図らざるを得ないわけで。

 

「考えても形無し、だよなぁ現状」

 

 この件に関しては保留! はい次!

 

 

 

 

 

 

・飛龍「出会って二秒、零距離で魚雷一斉射を三連続。相手(私)は死ぬ」

 

「ただいまー指揮官ー!」

 

 勢い強めのノックの後、バーンと開かれたドアから現れたのは第一艦隊旗艦を務める、ユニオン陣営のカリフォルニア。

 金髪碧眼、やや浅く日に焼けた肌が眩しい、弊鎮守府の古参の一隻。

 

「お疲れさん。首尾は?」

「全然ダメ。いつも通りにアヤナミ達が敵主力艦隊に零距離雷撃三連続キメてきたけど、影も形も無かったわ」

「そっか。……んー、ならここらで一端仕切り直すしか無いかねぇ。委託任務で頑張ってくれてる奴らがいても、燃料は有限なんだし」

「そろそろ次の海域への進軍も考えていいんじゃない? 今の海域で苦労することなんて、燃料くらいしか無いんだし」

「管理能力ガバガバ指揮官ですいません」

 

 何の話をしてるかって?

 

 3-4。後は察して。

 

「それよりも」

「ん?」

「指輪、まだ持ってるの?」

「……あー、まぁ一応」

 

 あのなんちゃってネコ娘が勝手にやらかしたとは言っても、捨てるには忍びないので。

 ケッコン指輪も結婚指輪も両方厳重に保管してある。

 

「ケッコンと結婚の違いとかはよくわかんないけどさ。実は渡す相手とかいるんじゃないのー? このこのー」

「いねーよ、やめろや」

 

 カリフォルニアはどうにも距離感が近い。着任したばかりの頃はそうでもなかったけど、ある日を境に何か気安いというか、異性の友人みたいな感覚があったりする。

「遊びに行こう」なんて誘われることもザラにある。まぁ今の世の中と自分の立場的においそれとは行けんのだが。

 

「……ねぇ指揮官」

「今度はなにさ」

「誰にも渡す予定とかは無いんだよね?」

「まぁ、今のところは」

「……じゃ、さ」

 

 そこで言葉を切るカリフォルニア。

 何事かと見れば、見たこともない無い表情の彼女がそこにいた。

 

 

 

「私にも……チャンスはあるって思っても、いいよね?」

 

 

 

「……お前さん、それは」

「なーんてね! じゃ、私寮舎に戻るから!」

 

 そう言ってそそくさと執務室を後にするカリフォルニアの背中を見送る。

 予想だにしなかった一面に、絞り出せた言葉は一つ。

 

「……アラフォーをからかわんでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

・A宕「好き!!(挨拶)」

 

「なんだ急にお前。俺、委託部隊の報告待ちついでに仮眠してたんだけど」

「指揮官……指輪のこと、考えてくれたかしら?」

「全然」

「なんでよ!?」

「なんでも何もそんな気ねーもの。おやすみ」

「夜這いされかけてるのにその反応、お姉さん流石に自信無くすんだけど……」

 

 深夜、何やら身体が重くなったから眼を覚ましたところ、見るからに発情期な重巡がそこにいた。

 

 高雄型重巡洋艦の二番艦、愛宕。

 白い軍服にピンと立ったケモミミを戴く黒いロングヘアーな重桜陣営所属の彼女。ある日の建造でフラッと現れて以来その圧倒的なバ火力で往く海の敵性艦を悉く藻屑にしてきた主力の一隻。

 

 なお指輪要求組筆頭のやべー奴である。

 施錠はしっかりしてあったハズなのに何故かいた。

 訊いたら返ってきた答えは「愛」。愛怖いなぁ

 

「いいか愛宕。人間の男は三十路を境に性欲が薄くなっていくんだ。個人差もあるが、俺はその薄まり具合が一般よりやや強い」

「私じゃ不満なの!? 購買部の裏商品の薄い本では引っ張りだこなのよ私!! 男受けする船体(カラダ)してるでしょう私!!」

「話聞いて」

 

 ていうか聞き捨てならない情報あったぞ今

 

「操たててる人でもいるの!?」

「いや別にいないよ」

「なら良いじゃないのぉ!!」

 

 何かもう感情持て余しすぎてついに泣いちゃったよこのお姉さん。

 どことなく情緒不安定な面あるなーとは思ってたけどこんな形で噴出してほしくなかった。

 

「ロリコン! ペドフィリア! 性癖倒錯者!」

「仮にも上官に対して好き放題言うなぁ年端もいかない少年食い散らかしてそうなビジュアルしやがって」

「そんな事実無いわよッ!!」

「俺にだってねーよ!!」

「綾波ちゃんに真っ先に指輪渡してるくせに!!」

「あん時は強化装備くらいの意味合いにしか思ってなかったんだよ!」

「なら良いじゃない! もっと強くなって指揮官の役に立てるのよ私!?」

「や、悪いけど綾波の手前、他の奴においそれとは」

「ロリコンじゃないのォ! もういい犯す!!

「どうしてそうなった!?」

 

 引き千切らんばかりの勢いで服を脱ぎ捨てようとする愛宕の腕を掴んで止める。

 いよいよもって収集つかなくなってきてるぞこれ。

 

「離して指揮官! こうなったら一緒にしましょう腹上死!!」

「ふざけんな!? 死に方としては下の下だよ!!」

「死ぬか指輪か二つに一つ選びなさい!」

「大人しく帰りなさいお前はァ!!」

 

 艤装無しでは極々フツーの婦女子と大差無い腕力とはいえ、マウント取られてるこっちが明らかに不利なわけで。

 ていうかもう暴れすぎて服とかブラとかずれてちょっと見えちゃってるし。

 とりあえずこのままでは喰われて朝に死体で発見されるのは確定的に明らかで。

 

 

 

 

 

 

 

 バァンッ

 

「指揮官! 委託部隊、ただいま帰還した!」

「ナイスタイミングゥ! 抱いてくれエンプラさん!!」

「だ、抱いてなどと……って、指揮官に覆い被さって何をしている愛宕!?」

「邪魔しないで! 指輪をくれない指揮官が悪いんだから!!」

「ええい、またタチの悪い発作を! クリーブランド、ベルファスト、連行するぞ!」

「直ちに」

「ほら愛宕、もう寝てしばらくゆっくりしよう! 明日からの出撃とか私が代わってやるから、な!?」

 

 いーやー……と、見た目は妙齢の絶世の美女が泣き叫びながら引き摺られていく光景というのは中々にショッキングな絵面だった。

 

「……寝るかぁ」

 

 

 

 

 

 

 

・エンタープライズ「愛宕は置いてきた。修理はしたが、正直ついてこられそうにない」

 

 翌朝、流れてしまった委託任務の報告を朝イチに受け取り、そのまま別に編成していた編隊で出撃した委託部隊と海域攻略部隊を見送る。

 攻略部隊には綾波も参加させるつもりだったけど、どうにも暗いので急遽編成を変えることになった。

 

「……んで? どした」

「……指揮官」

「ん?」

「指輪……」

「指輪? ……あー、例のあれか。あれがどうかしたのか?」

 

 綾波から振られた話に彼女を見れば、沈んだような面持ちで自分の胸元を握り締めていた。

 

「……綾波?」

「……げて、いいです」

「ん?」

 

 

 

「あの指輪……ケッコンでも結婚でも、指揮官があげたいヒトに、あげていいです」

 

 

 

「……綾、波」

「欲しがってるヒト、たくさんいます。綾波がこんなこと言うの、おかしいと思うです。けど……なんでかわからないですけど、言っておかなきゃ、って」

 

 ……これは、どうだろう。

 嫉妬? いや、そんな言葉で片付けるには情報が少なすぎる。

 

「綾波は、この指輪をもらった時、すごく……すごく嬉しかったです。出逢ってからあんまり時間経ってなかったですけど、指揮官がどういうヒトなのかっていうのは、よくわかってて。指揮官のために戦いたいって、思うようになってて」

 

 ぽつぽつと、たどたどしくもしっかりと語り続ける綾波。

 今にも消えてしまいそうな儚さが、そこにはあって。

 

「だから、そういう風に思ってくれるヒトが増えるなら、綾波はきっと、嬉しくなると思うんです。だから―――」

 

 

 

「まだ誰にも渡すつもりは無いよ」

 

 

 

「―――しき、かん?」

 

 妙にむず痒くなった鼻を掻きながら、しゃがみこんで綾波と目線を合わせる。

 

「いつか誰かに渡すんだろけどさ。今はそんなつもりは全然無い」

「そう……なのです?」

「おう。第一―――」

 

 そう言って、いつものように綾波の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

 

 

「―――そんな泣きそうな顔してる綾波、放っとけねーし」

 

 

 

―――綾波の顔は、本当に泣きそうなそれだった

 

 

 

「指揮官……」

「まだまだやること山積みだし、見とかねーと何するかわかんねぇ奴らばっかりだし。指輪のことは追々考えることにした、今」

「……」

 

 

 

「だから、思い詰めんな。この件に関しては、お前さんを放置して進めるつもりはねーからさ」

 

 

 

 艦隊運営なんて素人で

 

 艦艇だとかについての知識もゼロ

 

 あげくには指輪の用途さえまともに考えずに、初期艦に贈るような馬鹿なオッサンだけれども

 

 

 

 責任からは逃げない。それだけは、しない

 

 

 

 ここの責任者は俺だ

 

 綾波を選んだのも、俺だ

 

 

 

「……さ、仕事の時間だ。手伝ってくれな、綾波」

 

 歳不相応に臭い言葉を吐いた自分が照れ臭くって、綾波に顔を見られないようにして立ち上がる。

 そのまま歩き出した自分の後ろから、少し遅れて駆け足の音。

 

 

 

「―――はいですっ」

 

 

 

 肩越しにちらりと見たその顔は、晴れやかだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 指 揮 官 様 ? 」




赤城!(素振り)
加賀!(素振り)
赤城!(ポネキ)
加賀!(サッチャー)
赤城!(燃料)
加賀!(枯渇)


カリフォルニアとかレキシントンとかオーロラとかペン姉さんとか話題に上がらなさすぎて辛い


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指揮官「艦艇達のクセがすごい」

ドロップだったり建造だったりで艦艇フィーバーしたので初投稿です
基本的にいちゃついてるだけなので受け付けられない方は後ろをバックして、どうぞ

※色々と解釈違いを引き起こす可能性がありますので、特に終盤の閲覧はお気をつけください


・エンタープライズ「戦功褒章に触れ合いを」

 

 攻略海域より現れるという艦艇による戦力増強に一時の見切りをつけ、未踏海域へ踏み出した弊艦隊。

 数度の威力偵察や本格進軍を繰り返したりその合間に鎮守府拡張や艦艇たちの地力の向上なんかを細々と行ってきた。あと建造。

 

「指揮官。海域攻略部隊、ただいま帰投したです」

「ご苦労さん、みんな」

 

 艦隊旗艦はカリフォルニア、その両サイドをエンタープライズとユニオン陣営のレキシントンで堅めた主力艦隊。

 前衛は綾波を先頭に愛宕とクリーブランドで進む先を焦土と変える火力ゴリ押し編隊。

 

 これがうちの第一艦隊の基本編成だ。

 時々、前衛も主力もサイドのどっちかを別の艦で編成することもあるが、センターの綾波とカリフォルニア、並びに大前提としてる

『殺られる前に雷撃処分』という考えは基本的に変わらない。

 

「被害報告……は、特に無さそうだな。せいぜい、クリーブランドが軽微の損傷くらいか?」

「あー……うん。思ったよりも軽砲もらっちゃった」

「まぁ大したこと無さそうでも、メンテなんかはしっかりな」

「了解!」

 

 ニカッと晴れやかな笑顔を浮かべながら敬礼をとるクリーブランドに、釣られてクスリと笑みが零れる。周りのみんなも同様に。

 長いことこういう編成で進めてきたためだろうか、仮にも軍属らしからぬアットホームな雰囲気がここにはある。

 

 ユニオンや重桜、この場にはいないがロイヤルや鉄血といったあらゆる陣営の艦艇が集うこの鎮守府。個々の価値観だとか戦いに関する感情だとかに違いもあるだろうに、それでもみんなは一致団結して、目の前のことに挑んでくれている。

 そういう辺り、正直助けられてばかりだ。

 

「指揮官。海域でいくつか装備箱も見つけたから、後で確認の方もお願いね?」

「ん、わかった。サンキューなレキシントン」

「いえいえ。それよりもぉ」

「?」

 

 ふわっと微笑みながら追加報告をしてくれるレキシントン。

 そんな彼女に何か対抗意識でもあるのか後ろで歯ぎしりしている愛宕に敢えて無視を決めながら、次の言葉を待つ。

 

「『いつもの』、お忘れじゃないかしら?」

 

 その言葉に、クリーブランドとカリフォルニアが眼を逸らし。

 綾波は何か期待するようにキラキラしだして、エンタープライズは照れたようにそわそわしだす。

 愛宕は服に手をかけたので天井裏から現れたベルファストが処した。

 

「……あー、あれか。毎度のことだがそんな欲しがるほどか?」

 「はいです」

「うわビックリした!?」

 

 テンションそのままなのに矢鱈と食い気味に綾波が来た。

 

「あ、あのー指揮官? 私は別にそこまで欲しいわけじゃ……」

「わ、私もだぞ指揮官! 無理にしようと思わなくていいから」

 

「よしわかったお前ら最初な」

「「Why(なんでぇ)!?」」

 

 椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がると、真っ赤っかになってあわあわしてるカリフォルニアとクリーブランドに歩み寄る。

「どうしようどうしよう」とあちらこちらに視線をさ迷わせるクリーブランド。

 頭を抱えるように帽子を固く握り締めているカリフォルニアは即座にレキシントンに帽子を奪われていた。

 

「指揮官!」

「なんだ愛宕」

「お姉さんずっと待機してるんだけど! あとこのメイド力強い! 軽巡なのに重巡抑えきるってなんなの!?」

「ロイヤルメイドの嗜みですので」

「ロイヤルメイド怖い!?」

「愛宕」

「なに!?」

 

 

 

「待て(精一杯のイケボ)」

「待ちます♡」

 

 

 

 チョロいというか御しやすいというか。何をすればいいかはハッキリしてるので、とりあえずは目の前の二隻をロックオン。

 

「あぅぅ、どどどどうしようクリーブランド!?」

「もう腹を括ろうカリフォルニア。これ以上は指揮官に対して失礼だ。……覚悟は良いか? 私は出来てる」

「あ、兄貴……!」

「兄貴言うなぁ!?」

「お前らそういう寸劇いいから」

 

 ポンッ、と二人の頭に手を乗せて

 

 

 

 ―――なんてことない、ただ綾波にしているようにわしゃわしゃと撫でるだけだ。

 

 

 

 そもそも何でこんなことになっているのか。

 理由としては単純、ある日の帰投報告の際に綾波を撫でたところロイヤル陣営の軽巡、オーロラが言った

 

『ずるいです!』

 

 これだけである。単純でしょ?

 それを皮切りにオーロラも同じようにしたら、今度は他の面子が自分も自分も、と群がってきた。

 気付いた時には「海域攻略から帰投したら指揮官に撫でてもらえる」なんて話が駆逐艦や軽巡を中心に鎮守府中に広がりまくりこんな有り様である。

 

 ……単に、将来娘でも出来たらこういうことするのかなぁ、なんて考えながらのことだったのに。

 

 余談だが当時の綾波の無意識の拗ねっぷりはすごかった。

 

「う、ん……ふ、ふひっ」

 

 ニヤケているようで形容しがたい微妙な表情のクリーブランド。

 

「ねえさんが着任したら言いつけてやるぅ」

 

 ちょっと怖いこと言うカリフォルニア。

 

「……いつもありがとな」

 

 礼を言いつつ、最後にポンポンと軽く叩いてやる。

 クリーブランドはニヨニヨしながら頭を抑え、カリフォルニアは「セクハラ指揮官ー!!」と人聞きの悪い捨て台詞を残して退室していった。解せぬ。

 

「レキシントン」

「はぁ~い、お願いねぇ指揮官♪」

 

 先の二隻とは変わって、レキシントンにはゆっくりと、髪が痛まないようにゆっくりと撫でる。

 艦艇の髪が痛むかどうかはぶっちゃけ知らんけど、こういうのはこっちの気持ちの問題だ。

 クリーブランドやカリフォルニアみたいなタイプは、ちょっと髪が乱れるくらいがベストだと経験で判断している。

 

「はぁー……♪ このために頑張ってる気がするわねぇ」

「嘘だろマジかよおい」

「ふふっ、冗談よぉ……」

 

 目を細めてうっとりしているレキシントン。頭を軽く叩いて終わりの合図。

 

「あらぁ、もう終わりなの?」

「まだ半分いるからなぁ」

「はーい。じゃ、私も失礼するわね。クリーブランドちゃん、行きましょ?」

「あっ、お、おう! ではな、しゅ揮官!」

「なんて?」

「あらあら~」

「―――ッ!!!」

 

 噛んだのがよほど効いたのか、首まで真っ赤になったクリーブランドはレキシントンに引き摺られるように退室していった。

 

「さて、と。エンタープライズ」

「う、うん。私だな」

 

 どもりながらもいそいそと帽子を脱ぐエンタープライズ。

 窓から射し込む日の光に照らされ、どことなくキラキラしているようにも見えるその白真珠のような色の長髪にやんわり手を添える。

 

「……はぅ」

 

 思わず出たであろう声にハッとなって、脱いだ帽子で目元から下を隠すエンタープライズ。そのいじらしい様がやけに可愛らしく感じて、撫でる手に力が入る。

 

「いつも助かってるよ、エンタープライズ」

「し、指揮官……?」

「航空戦力としてでも、委託で他の面子を引っ張ってくれてる時も、な」

「……当然だ。私は、貴方に仕えていくと決めたのだから。出来ることをしていくさ。……貴方の、ためにも」

「……ん、サンキュ」

 

 最後に軽くクシャ、と前髪を撫でつける。

 それに満足した様子で帽子を被り直したエンタープライズ、頬が少し赤くなっていたものの、見るからに満ち足りていた。

 

 さて、と次の相手に向き直って……

 

「おっと」

 

 ぽふっ、と腹の辺りに小さな衝撃。

 なんぞ? と見やれば綾波がぐりぐりと頭を押し付けていた。

 

「……綾波?」

「……お嫁さんを蔑ろにするの、ダメだと思うです」

「……あー、そうか。そうだな。悪い」

 

 最初期、着任からずっと一緒にやってきて、指輪まで贈った相手。確かにそんな相手を後回し、なんてのは流石に気がきいてなかった。反省。

 

「んっ…」

 

 こちらを見上げる、そのルビー色の瞳をまっすぐに見つめ返す。不安げだったそれが、少しずつふにゃりと垂れ、喜色に染まっていく。

 次第に口元も緩んでいって、雰囲気もほわほわしたものへと変わっていった。

 向けられる瞳から感じる好意。感情を表すことが苦手、と言っていた彼女がここまではっきりわかるように示している事実が、何よりも愛おしく思える。

 

 

 

 

 

 

 

「……指揮官……相手は駆逐……」

「調教……徹底的……」

「やっぱりロリコンじゃない(断言)」

 

「おう聞こえてんぞオメーら」

 

 撫でる手は止めなくとも好き勝手言ってくる奴らに注意する。

 ロリコンじゃない、どっちかと言うと父性の発露だ。

 

「……ありがとです、指揮官」

「ん、もういいのか?」

「はいですっ」

 

 俺から離れ、そのままさも自分の居場所だとばかりに隣に陣取る綾波。

 

 さて

 

 

 

「は、あ……しきかぁん……♡」

 

 

 

 そろそろやべー状態の重巡に、思わず眼を逸らしそうになるのを堪える。

 

「し、ししし指揮官……ここまでお預けされたんだもの……す、少しくらい羽目を外してもいいわよね? ……ね!?」

「……ったく。ベルファスト、そのままな」

「かしこまりました、ご主人様」

 

 今にも動きだしそうな綾波とエンタープライズを目線で制して、愛宕に歩み寄っていく。

 近付けば近付くほどにその顔がもうとんでもない状態なことに気付いていってるよおい眼にハートマーク浮かんじゃってるじゃねーか。

 

「ああああもうダメ指揮官いますぐ」

 

 ぽふっ

 

 もうベルファストを振りほどかんばかりになっていた愛宕、その頭にやはり軽く手を添えて。

 

「……ん?」

「愛宕」

「指揮、官?」

 

 

 

「―――頼りにしてる。これまでも、これからも」

 

 

 

 そのまま優しく、労るように。今日イチレベルに優しく。

 暴走寸前だった愛宕は、不思議なことに借りてきた猫の如く大人しくなった。

 

「……あぅ。し、指揮官……」

 

 ぷしゅー……と湯気でも出てんじゃねーかとばかりに、首まで真っ赤になって俯く愛宕。

 もはや暴れる様子も無くなったので、もうしばらく愛宕を撫でることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 ※なおこの後ちゃっかりベルファストも要求してきた

 

 

 

 

 

 

 

・イラストリアス「ゆっくりと、のんびりと」

 

「えへへっ。お兄ちゃんのお膝、あったかい……♪」

「ったく、俺よりイラストリアスの膝のが心地いいだろうに」

「まぁまぁ指揮官様、そう仰らずに」

 

 ある日の執務の合間の休憩時間。

 俺の膝に顔を埋めて、喜色満面な笑みを浮かべている、藤色のロングヘアーに子供から少女への成長途中を思わせる容姿のロイヤル陣営の軽空母、ユニコーン。

 隣でそんなユニコーンを、姉あるいは母かとばかりに微笑ましく見つめているのは、同じくロイヤル陣営の装甲空母、イラストリアス。

 ロイヤル陣営切っての高性能艦たるイラストリアス、そして彼女とその同型艦のサポートとして建造されたというユニコーン。容姿は似ても似つかぬ二隻だが、その関係性は相違なく『姉妹』であると、それなりの付き合いで理解できていた。

 

「ユーちゃんもね、お兄ちゃんのお膝気持ちいいって」

「そりゃ光栄だね。でも実際、イラストリアスの方が……」

「指揮官様? あまりそういう風に否定なされると、ユニコーンも楽しめませんよ?」

「っと、言われてみればそれもそうだ。ごめんな、ユニコーン」

「ううん、平気だよお兄ちゃん」

 

 そのまますりすりと膝に頭を擦りつけるユニコーンの頭を軽く撫でてやると、気持ちよさそうに息を吐く。

 そんなことを続けている内に、いつの間にかすやすやと小さな寝息が聞こえてきた。

 

「あり、寝ちまってら」

「あらあらこの子ったら……ふふっ、指揮官様と一緒なのが、よっぽど心地良いみたいですね」

 

 ユニコーンを優しく見つめるその眼は、どこまでも慈愛に満ちていて。

 ユニコーンがイラストリアスを強く慕っているように、イラストリアスもまたユニコーンを大事に思っている。

 同じ陣営、同じ艦隊の仲間としてだけではなく、大切な『妹』の一人として、だ。

 

「……指揮官様。執務の方は?」

「急を要するやつはだいたい片付けてるよ。今は小休止中」

「指揮官様はそういう職務がお得意なのですね」

「前の仕事の影響かねぇ。デスクワークがメインだったし、片付けられるもんはさっさと終わらせないと背中かゆくなるんだよ」

 

 改めて考えるとごく普通の会社員だった奴が世のため人のために脱サラさせられて艦隊運営ってちょっといやかなりおかしいと思う。しかももうアラフォーだぞ俺ぁ。

 

「では、今ここには私達だけ。ユニコーンも眠ってしまいましたし……」

「ん?」

「指揮官様のご休憩が終わるまでは、私が指揮官様を独り占め、ですね♪」

 

 そう言って、俺の肩に頭を預けてくるイラストリアス。

 大人びた美女という見た目ながらその実、彼女は意外なことに茶目っ気に溢れている。

 風貌通りに慎ましやかな淑女然としているかと思えば、思わぬ角度からの発言でこっちのペースを掻き乱す。

 なのにそれをまったく嫌と思わせないという。どうやればそんな風になれるのか。

 加えて、ひと度戦場へ繰り出せば、その航空性能と艦隊を守護する能力も相まって、勝利への重要なファクターになることも一度や二度どころの話ではない。

 

 正直、『頼りになる困ったちゃん』というのが、あくまでもだが俺個人のイラストリアスという艦艇への印象だ。

 

 現に今も、妹分が夢の中。綾波や愛宕といった面々が海域なり委託なりに出払っているところに、これ幸いとばかりに腕を絡めて密着である。これが若者だったらキレイな即堕ち2コマの出来上がりだよ。

 天然なのか計算なのか。後者であるならまぁ対処のしようが無くも無いけどこれはもうたぶん天然だと思う。

 

「……静かですね。指揮官様」

「え。……ああ。そう、だな」

「波の音や風の音。工廠や学園からの音はもちろん聞こえてきますけれど……指揮官様とこうして、肩を寄せ合って。ユニコーンの寝息も合わさって……」

「……」

「ゆっくり、のんびり、穏やかに……こういう時間って、素敵だと思いませんか?」

「……だなぁ。それには同意する」

 

 イラストリアスの言葉に心から思ったことを返す。それが嬉しかったのか、ほぅ、と息を吐いて肩に乗せたままの頭を少しだけ擦り寄せる。

 

「指揮官様」

「んー?」

「ここには、指揮官様と私達艦艇しかいませんけれど……私達二人がこうして寄り添いあって、ユニコーンが指揮官様の膝で眠っている。……今の私達って、知らない方々から見れば、どう見えるのでしょう?」

 

 ほんの少し頬を染めて、スカイブルーの瞳に期待をこめて、イラストリアスが俺を見上げる。

 正直、彼女がどんな答えを求めているのかはわかっている。彼女が俺に、何を渡してほしいのかも、まぁ理解している。

 

 見目麗しい、純白の貴婦人。

 戦場においては、守護の要。

 

 そんな彼女が、今はただの『女』として求める答えを、俺は知っている。

 

 

 

 だから

 

 

 

 

 

 

 

「……家族じゃねぇの?」

 

 

 

 

 

 

 

 当たらずとも遠からず、そんな答えを俺は返す

 

 

 

「……もぅ」

 

 ただまぁ、イラストリアスは俺のそんな答えをわかっていたのだろう。

 本当に欲するものとは違っても、一概に間違いではないと彼女もわかっているから、微妙に拗ねたような表情で

 

「……ずるいです、指揮官様は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・綾波「巡洋艦? 空母? 戦艦? 全部マトです」

 

 

 

 ―――遠雷が聴こえる

 

 ―――豪雨が傷付いた肌を叩く

 

 ―――荒波で足元が覚束ない

 

 

 

 重桜の駆逐艦、綾波は息を切らしながら、壊れつつある自身の艤装を確認する。

 

 

 

 ―――主砲。使えるけど決め手にはならない

 

 ―――対空砲。間違いなく撃ち漏らしが出る

 

 ―――魚雷。残弾有。だがそもそも自分が得意とする距離に近付けない

 

 

 

 ちらりと後方の仲間を見やる。

 重巡、愛宕は先の航空攻撃が止めとなったのか、艤装はほぼ大破状態。自衛以外の戦闘行動は不可能。

 軽巡、クリーブランドの状態は中破。航行並びに攻撃は可能だが、それでも『無いよりマシ』にしかならないだろう。

 

 それより更に後方に陣取っている主力艦隊。

 旗艦のカリフォルニア、弊艦隊が誇る航空戦力たるエンタープライズとイラストリアス。

 三隻全てが小さくない損傷を受けていた。

 カリフォルニアの艦砲は避けられ、エンタープライズの艦載機は一部を除いて叩き落とされ、イラストリアスの防御を張って、なおこちらを貫いてきた、まさに嵐の如き攻撃の数々。

 

 歯をキツく噛み締め、綾波は眼前の敵、その旗艦を睨む。

 

 

 

「―――White〈白〉。ここまで食い下がるとはな」

 

 

 

 髪と、身体を覆う外套以外の全てが紅と黒で覆われたその姿。

 その艤装はまるで、機械と生物が融合したかのような出で立ち。

 女性らしい恵体を紅黒の服と白い外套で包む、所々が無造作に跳ねた、白銀の長髪。

 ブラッドルビーとでも形容しようか、そんな紅の双眸が鋭く綾波達を見据えていた。

 

 

 

 ―――鉄血の空母。グラーフ・ツェッペリン

 

 

 

 万物を憎み、世界と自身への破滅願望を胸に懐く、無慈悲な暴風の体現者

 

 間違いなく、これまでの相手の中で、最凶最悪にして―――最強の敵だった

 

「よくやった、と言いたいところだが……言った所で何が変わるでも無し。我に挑んだその心胆、理解も出来ぬが……まぁ、認めはしよう」

 

 グラーフ・ツェッペリンの艤装が、笑い、嗤い、嘲笑うかのように唸りを上げる。

 周りの護衛艦は軒並み殲滅したが、むしろその存在が枷だったのではないかと思えるほどに―――実際そうなのだろうが―――その力は、圧倒的だった。

 

「……愛宕さん。クリーブランドさん。状況的に、どうですか?」

「正直、キツいわね……指揮官からも撤退命令出てるし」

「鉄血のグラーフ・ツェッペリン……見誤ってたわけじゃなかったけど……これほどとはなぁ」

「……主力の皆さんは、どうです?」

『ごめん、アヤナミ……まだ戦えるけど、自信無くしそう……』

『こちらも、まだ艦載機には余裕がある。私は大丈夫だが……』

『次の攻撃……耐えられるかどうか……』

 

 

 

「言っておくが」

 

 

 

 この後の算段を立てようとする綾波達を、無慈悲に狙うその顎。

 

「逃げられるとは思わぬことだ。そちらにも別の艦隊はあるだろうが……全ては無駄なこと。合流するよりも、背を向けるよりも速く、我は貴様らを喰らい殺す」

 

「そう、殺す。例外無く殺し尽くす」

 

「憎き全てを。世界に存在せし全てを」

 

「艦艇、人間、生物、生命。ひとつ一欠片とて逃がしはしない」

 

「全てを殺し。総てを殺す」

 

「全て、全て、全て全てスベテ―――!」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――我は喰らい、殺し、葬り去る

 

 

 

 

 

 

 

「―――」

 

 冷や汗が吹き出る。艦艇なのに、皮膚が粟立ち、震えが止まらない。

 だが同時に、確かな覚悟が全員の胸に定まる。

 

 

 

 ―――こいつを野放しにしてはいけない

 

 ―――ここで、確実に仕留めなければ

 

 

 

 通信機からは、指揮官からの撤退命令が響いている。

 一応は軍属として、何よりも敬愛なる指揮官のためにも、それに従うのが最良にして最善だろう。

 

 だが、しかし

 

 攻撃行動に入っている空母を前に、背を向ければそこに航空攻撃を叩き込まれ、第一艦隊は壊滅。

 そうなれば次は、遠方にいる第二艦隊がこのグラーフ・ツェッペリンという暴威に曝される。

 

 そして何よりも

 

 

 

 こいつをここで倒さなければ、指揮官までもが死んでしまう

 

 

 全てを殺すと言ったその言葉に嘘偽りは無い。そんな奇妙な確信があった。

 

 だから―――綾波は初めて、指揮官に反抗することにした

 

「……ごめんなさい、指揮官。綾波達は、逃げられないです」

 

「だって、逃げようとしても、きっと後ろから撃たれるです」

 

「綾波達が沈んだら、その後は第二艦隊のみんなが」

 

「そうなったら、指揮官を守れなくなってしまうです」

 

 

 

「―――だから、戦います。戦って、勝って……みんなで、指揮官の所に、帰ります」

 

 

 虚勢だった。

 勝てる心算なんて無い。それほどまでに強大な相手だ。

 

 本当は今すぐ逃げ出したい。

 逃げて、逃げて、指揮官の胸に飛び込みたい。

 

 

 

 ―――怖い

 

 

 

 ヒトの姿になって、理性や感情を知って、恐怖を覚えた

 

 沈んでしまうことが怖い

 

 帰れなくなることが怖い

 

 あの海の底に戻ることが怖い

 

 

 

 イヤだ、帰りたい、怖い、やだ、指揮官に逢いたい

 

 

 

 ―――でも

 

 

 

 でも、でも、でも!

 

 それ以上に!!

 

 

 

 指揮官を失ってしまう事の方が、ずっと怖い!!

 

 

 

 だから!!

 

 

 

「……指揮官。ちゃんと、帰ります。誰一人欠けずに、指揮官の所に、帰ります。だから、だからその時は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――いっぱいいっぱい、撫でてください」

 

「指揮官―――大好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遺す言葉は終わりか。ならば―――殺す」

 

 暴風の発生と、綾波達が動き出したのは同時だった。

 

 上空より飛来する何機もの航空機。雨霰と降り注がれる弾幕を、綾波はスレスレで回避していく。

 まともに動けない愛宕はクリーブランドに任せるしかない。それはクリーブランド自身も、言われるまでもなく理解していた。

 後方で動き有、イラストリアスが放った虎の子の艦載機達が、一機ずつ確実に敵航空機を撃ち落としていく。

 

 だが、それでもまだ足りない。

 制空権を取るには、あと一押しが、どうしても足りない。

 

 だから、エンタープライズが自身の最後のカードを切る。

 

 

 

「―――ここ、だァァァ!!!」

 

 

 

 発進した、エンタープライズの艦載機達。

 前衛を襲う敵航空機へと放たれたそれは、速度も火力も桁が違っていた。

 

 

 

「―――む」

 

 少しだけ、ほんの僅かにグラーフ・ツェッペリンの眉が上がる

 

 

 

『LuckyE』

 

 

 

 ユニオン陣営の艦艇、『空母エンタープライズを空母エンタープライズ足らしめる』唯一無二のワンオフスキル。

 艦載機の発艦と同時に発動するそれは、ほんの一時、艦載機の性能を上昇させるという、シンプルであるが故に強力なもの。これ一つで、いくつもの海域踏破に貢献してきた、まさにエンタープライズの最強の手札。

 

 

 

「―――フッ」

 

 

 

 だが、それすらもグラーフ・ツェッペリンには僅かに及ばず。

 多少動かされはしたが、あくまでそれだけだ。発進させた艦載機を叩き落とされはしたが、グラーフ・ツェッペリンは直ぐさま次の準備に入る。

 

 

 

「―――JUST ONE CHANCE」

 

 

 

 ―――その刹那の隙を逃さない、艦砲があった

 

 

 

「RELAX!!!」

 

 

 

 グラーフ・ツェッペリンの右艤装が吹き飛んだ。

 何事かと見やれば、その損傷具合から明らかに戦艦クラスの砲撃が直撃した証。

 

 ユニオンの戦艦、カリフォルニア。

 彼女にも意地がある。姉に恥じない活躍を、指揮官の期待を裏切ることのない戦果を。

 当たり一つも無く終わるなど、彼女の意地が許さなかった。

 

 

 

 ここまで回避し続けていた艦砲の直撃に僅かに仰け反るグラーフ・ツェッペリン。だが沈むほどではないと思考を切り替える。

 次発の艦載機は既に準備完了、これで決める、と。

 

 

 

 ―――一度崩れた足並みを正すことは簡単なことではないと、『この』グラーフ・ツェッペリンは知らなかった

 

 

 

 今度は、左脚へと灼熱が走った。

 砲撃の熱、そこから這い上がる不快感。

 

 

 

 放ったのは、ユニオンの軽巡洋艦、クリーブランド。

 彼女が誇り、指揮官が頼りにする火力と速力。そして艦隊の火力を引き上げる司令能力。艦載機準備と艦砲によるダメージで生まれた隙を逃すほど、彼女は節穴では無い。

 

 そして一方に気を遣れば、逆サイドから攻められるのが常である。

 

 顔を直撃した砲撃、今度は戦艦の艦砲ではなく、巡洋艦クラスの榴弾。

 

 重桜陣営重巡洋艦、愛宕。

 腕の主砲は見る陰もなく壊れていたが、その顔は「してやったり」と喜色に彩られていた。

 

 

 

 ここに来て、ついにグラーフ・ツェッペリンに動揺が生まれた。

 つい先ほどまで死に体だったモノ共が食い下がっている。

 我に喰らいついて……否

 

 我を、喰らい殺そうとしている、と

 

 状況を把握し、現状を飲み込み、動揺を抑えたグラーフ・ツェッペリン

 

 

 

 そして彼女は―――笑った

 

 

 

 眼前に迫る一隻の駆逐艦。

 自身は既に艦載機を放った後、最出撃にはどうしても間に合わない。

 

 右側が動かない。そこから熱が上がっている。

 左脚をやられた。まともに動けない。

 右目が見えない。榴弾で灼かれたのだ。

 

 喰い殺される。自分が。グラーフ・ツェッペリンが

 

 

 

 ―――ああ

 

 

 

「……暗い、な」

 

 

 

 

 

 

 

 後方で爆音が響く。

 グラーフ・ツェッペリンが放った艦載機の攻撃が、愛宕とクリーブランドを呑み込む音。

 胸が締め付けられる。痛打を受けてしまった仲間を思うと、どうしても悲しくなる。

 

 だが、それでも前を。グラーフ・ツェッペリンだけを見据える。彼我の距離は既にほぼゼロだった。

 

 綾波が全ての艤装を起こす。

 軋む音がするが、構わず砲門全てを解放する。

 

 

 

 あらゆる海域、あらゆる戦場。

 その領域を支配していたセイレーンの艦艇には様々な艦種があった。

 

 駆逐艦がいた

 軽重を問わない巡洋艦がいた

 あらゆる空母がいた

 戦艦だっていた

 

 そして、その全てに、綾波達は勝利してきた。

 

 

 

 綾波が持つ全ての艤装を、ただ一隻に向けて一度に放つ。

 

 

 

「鬼神の力―――」

 

 

 

 これを喰らって生き残った艦はいない。

 これを喰らって海から上がってきた艦はいない。

 

 主砲を、対空砲を、何より魚雷を―――

 

 

 

 

 

 

 

「―――味わうがいいッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――一切合切、零距離で放つ!!

 

 

 

 

 

 

 

「―――ああ……暗い、な」

 

 必殺の一撃を受けたグラーフ・ツェッペリン。

 大破炎上、その先に待つは、轟沈。

 

 

 

 静かに呟いた言葉と、どこか満ち足りたような笑みを最期に

 

 鉄血の空母は―――海へと消えた

 

 

 

「……」

 

 よくわからない物悲しさが、綾波の胸に去来する。

 死に物狂いで、艦隊のみんなと掴んだ勝利。生き残った喜びはある。けど何だか……悲しかった

 

 

 

 遠くから、第二艦隊のみんなの声がする。

 

 それに振り向いて、ほんの少しだけ顔が緩む。

 

 背後に振り返って―――みんなに

 

 

 

 ロイヤルの装甲空母、イラストリアスが護った、誰も欠けていない第一艦隊のみんなに、告げる

 

 

 

「―――帰りましょう。指揮官が待ってる、です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※以上の戦闘は全てイメージです。実際とは異なる場合があります

 

 

 

 

 

 

 

・グラーフ「我はここに在り」

 

 鎮守府内を、一隻の空母が歩いている。

 白銀の髪に黒い服、白の外套。

 ブラッドルビーの瞳は鋭く、力強く前を見据えている。

 

 グラーフ・ツェッペリン

 ある日の建造により着任した、鉄血陣営の誇る空母。

 

 張り詰めたピンとした空気を纏う彼女に、好んで近付く艦艇は、そうはいない。

 そんな少数派の筆頭が、グラーフへと歩み寄っていた

 

 

 

「―――グラーフさん」

「む? ……ああ、綾波か」

 

 綾波。

 鎮守府の最強の一隻。彼女は何故か初対面の時点でグラーフに対して親しげにしていた。

 

「戦術訓練、終わったですか?」

「うむ。その報告を指揮官へとな」

「でしたら、綾波も一緒に行くです」

「お前も何か報告か?」

「はいです。装備箱の開封報告を」

「そうか」

 

 どちらもあまり口数が多い方では無い。

 ないのだが、綾波は少しずつでもグラーフと語りあっているし、グラーフもそんな綾波へちゃんと言葉を返している。

 

 陣営も艦種も戦術もまったく異なる二隻

 

 だがそこには―――奇妙な友情があった

 

 

 

「……綾波よ」

「はい」

「その指輪は、指揮官から贈られたものだと」

「はいです。綾波の宝物です」

「……そう、か」

「……グラーフさん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――指揮官よ」

「……グラーフ。朝に目が覚めたら艦艇が自分を見下ろしているという状況がどんだけ恐怖なのかを理解してほしい」

「卿に一つ頼みがある」

「無視っすか」

 

 起きたら視線の先に真顔の鉄血空母。目覚まし(視覚情報)は心臓に悪すぎる。アラフォーの心臓は弱いんだから労ってほしい。

 

「……で、何よ。まさか指輪欲しいとかじゃねーだろうな」

「……」

「どうした」

 

「……流石の慧眼だな。我の望みを看破するか」

「マジかよ」

 

 そういうの、一番興味なさそうな奴からのまさかの指輪要求。朝っぱらから呑み込むにはいささかヘビーなんですけど。

 

「まぁいい。そういうわけだ指揮官。我に指輪を」

「無理」

「何故だ」

「まだ誰にもあげる気ないから」

「……綾波か」

「……まぁな」

「……そうか」

 

 すっくと立ち上がって部屋を出ていこうとするグラーフ。

 もうここで見送ってしまおう、と思ったけど

 

 妙に嫌な予感がした

 

「なぁグラーフ」

「なんだ?」

「お前いま何を考えて……てか、何しようとしてる?」

「ん? ああ、なに。大したことではない」

 

 ドアノブに手をかけたまま、こちらに振り返ったグラーフはニヒルな笑みを浮かべて

 

 

 

 

 

 

 

 「綾波を葬る」

 「やめろバカ」




イラストリアスがいる
エンタープライズがいる
グラーフ・ツェッペリンがいる



「私は?」


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クリーブランド「艦艇みんな愛が重い」

建造でZ46ちゃんが着任したのと駆逐改造図T2が全然集まらないので初投稿です

※いよいよもって本格的にぶっ壊れ始めたのと最後の方はかなり挑戦してるので解釈違い起こすであろう方は拒否反応示したらその場でさがって、どうぞ


・ポネキ「お前も妹にしてやろうか(脅迫)」

 

 

 

「聞いてくださいよ指揮官うちのインディちゃん今日もとっても可愛いんですいや今日どころじゃなくてもうずっとずっと可愛くて日を追うごとにドンドンドンドンドンドンドンドン可愛いんですよああインディちゃんインディちゃんなんでそんなに可愛いのインディちゃんもう好き好き大好き妹が天使すぎてもう可愛いにもほどがあると思いませんかなのに寝言で指揮官の名前呼んでたことにちょっといやかなりいやめちゃくちゃ嫉妬しましたけどそれ差し引いてもとんでもなく可愛いああだめ可愛い以外の語彙力が息しないくらい可愛いよインディちゃん指揮官ちょっと聞いてますかちゃんと聞いてくださいよいいですか今日のインディちゃん朝起きたらなにやら真っ赤になってたんですどうしたのか寝つきが悪かったのかまさかお姉ちゃんの夢でも見たのではうっそやだ滾ってくるインディちゃん好きかと思ったら教えてくれなかったんですけどあれたぶん指揮官の夢見ましたよ絶対アアアアだめだめ嫉妬しすぎて壊れちゃいそう落ち着け私クールクールそうそうそれでですねそんなインディちゃん今は戦術訓練行ってるんですけどなんで私インディちゃんと一緒じゃないんですかインディちゃんの可愛さに惑わされる輩が出たらどうするんですかそうなったらそれ指示した指揮官のせいですよわかってますかいやまぁ指揮官がそんな可能性考えてないわけがないというのはこのポートランドも十分に理解してますしインディちゃんにも優しいみんなに優しいそんな指揮官ちょっといやかなりいやめちゃくちゃ私的にポイント高いなーとかいやもう前にも言いましたけど私インディちゃん似の子供10人欲しいんですよでも私が産んでもインディちゃんに似るとは限りませんしやっぱりインディちゃんの子供産みたい願望の方が強くてそれでちょっと考えたんですけどまず指揮官がインディちゃん孕ませちゃって私がその子を産めば実質インディちゃんと指揮官二人の子供を私が産むという誰も悲しまない最高にハッピーな展開だと思いませんか思いますよねインディちゃん可愛い同盟たる指揮官が思わないわけがないんですだからもう今日中にインディちゃん抱いちゃってあわよくばマタニティさせちゃってください姉たる私が許しますそしたらもう指揮官と私とインディちゃんと子供たちみんなで静かに仲良く幸せにインディちゃんを愛でながら暮らしていきたいというのが私の戦後の構想なんです一番はインディちゃんで譲れませんけれどインディちゃんから越えられない壁を挟んだ下の順位では指揮官が断トツなんです指輪くださいケッコンしたいインディちゃんの子供100人産みたいわかりますよね指揮官ねぇねぇ指揮官ねぇ指揮官に無理やり組み伏せられて口では嫌がりながらも昂る情欲を抑えられなくてそのまま流されちゃうインディちゃんが数ヵ月後に立派なまんまるお腹を愛しげに撫でながら私に名付け親頼んでくるインディちゃんボイスビジュアル全てにおいて完全なる黄金比やばい達する達するゥ!!

 

「おっそうだなベルファストー!!

 

 

 

 

 

 

 

・ベルファスト「滅私奉公されど我は奴隷に非ず」

 

「ご主人様。掃除が完了致しました」

「サンキュー」

 

 天井裏から颯爽と現れシスコン拗らせ重巡を病棟に叩き込んだパーフェクトロイヤルメイドが、一糸乱れぬ装いのまま恭しく頭を下げながら告げてきた。

 電光石火の早業、というにはあまりにも荒々しい一連のドタバタを記憶からマッハで消し去って、紅茶を淹れ始めるベルファストの背中を見詰める。

 

「……なんかさぁ」

「? 如何なされましたか、ご主人様?」

「いやぁ、愛宕といいポートランドといい。なんかベルファストには面倒事ばっか押し付けてる気がしなくもないというか」

「まぁ。そのようなことはありませんよ、ご主人様? 私はメイド。ご主人様が職務を滞りなく進めていただくために、最適かつ最高の環境を用意すること。それが私の責務ですので」

 

 俺の言葉に、いつも通りの柔和な笑みを浮かべるベルファスト。

 

「それに、ご主人様がおおらかな方とはいえ、それに甘えて上官に対してのあの態度は少々目に余るところもありますので。……お茶が入りました、ご主人様」

「おう、ありがと。……うちは軍属なんて名ばかりみたいな、本当はちょっと違うけど義勇軍みたいなもんだから気にしなくてもいいと思うけど。俺自身、元々ただの会社員なわけだし」

「いえ、何事にも分別というものは必要です。ご主人様はここの代表。私を含めた、艦艇の皆様方の上に立つ立場なのですから」

「……ふむ」

 

 ベルファストとの会話に相槌を打ちながら、彼女が淹れてくれた紅茶に口をつける。

 彼女が言う「最適かつ最高」とでも表現しようがない自分の語彙の残念具合に内心で辟易しつつ、これを用意してくれた相手へと素直に感謝。

 

「……今日のもうまい。いつもありがとなぁベルファスト」

「恐縮です、ご主人様」

 

 ベルファストが着任し、振る舞われるまでは紅茶なんてそれこそ若い頃にしか飲まなかったが、当時のものがまさに「なんちゃって」と思ってしまうほどに彼女の腕は一流だった。

 

「……しかしあれだな」

「はい?」

「さっきのベルファストみたいに、大なり小なり苦言というか注意してくれる相手がいるってのはいいもんだよなぁやっぱり。いや、この歳になるとそういうのって無くなってくるから」

「……あぁ。先程はいち従者でありながら、出過ぎた発言でした。どうかお許しください、ご主人様」

「いや、別に怒ってるわけでも気にしてるわけでもないさ。むしろありがたいなって」

「ご主人様……」

 

 もちろん、他にも色々と苦言を呈してくる艦艇はなかなかの数がいる。

 鉄血陣営のアドミラル・ヒッパーを初め、俺が行う職務に対しての注意だったり文句だったり、そういうのを面と向かって言ってくれる相手もいるのだ。

 そういうタイプの相手は、正直言ってこういう現場を回すにあたってかなりありがたい。管理職としては生の声ほど改善への参考になるものは無いのだから。

 

「だからさ。ベルファストも俺に不満なり要望なりあったら言ってくれていいぞ。可能な限り改善するなり叶えるなりするようにするからさ」

「いえ、そんな。私はそのような……」

「溜め込まれるとこっちとしても手の打ちようが無いしなぁ。遠慮なく言ってくれ」

「……」

 

 顎に手を当て、しばし考えこむベルファスト。

 

「……ご主人様」

「うん?」

「本当に、言ってもよろしいのですか?」

「その前フリはちょっと不安になるけど……まぁ、うん」

「では、ご主人様。僭越ながら、このベルファスト……ご主人様への意見具申……というよりも、個人的な意見と要望をお伝えさせていただきます」

 

 深々と、恭しく頭を下げるベルファスト。

 やっぱり溜め込むタイプかー、と思いながら、「コホン」と咳払いした彼女の言葉を待っ―――

 

 

 

 

 

 

 

「まず最初にご主人様はお一人で無理をされすぎだと思いますデスクワーク然り燃料や弾薬といった資材管理然り得意とされる方々もいらっしゃるのですからもっと周囲を頼っても問題はありませんむしろ皆様こぞってご主人様へ協力なさるでしょうから遠慮をなさる必要はどこにもありませんのでご一考のほどよろしくお願いいたします続いてですがご主人様気にかけられる艦艇に少々偏りがあるように見受けられます集団において気遣いの偏り言い方は悪くなってしまいますが贔屓は後々になって問題が生じる恐れがありますご主人様は特に綾波さんへの寵愛が多く感じます他の空母や巡洋艦等の方々から大なり小なり不満も挙がっております無論私はご主人様の性癖に口を出すなどという差し出がましい真似をするつもりはありませんし倒錯している程度で揺らぐような忠義など持ち合わせておりませんが私というメイドがいるのですからお手つきにしていただけることに何の不安も不満もありませんむしろそうなさらない事実に不満を覚えております豊満で従順な女はお嫌いだというのならばこのことは忘れていただけると幸いでございますですがもしこのベルファストにご寵愛を頂けるのであればこの身全てで以て全身全霊でご奉仕させていただき私の心と魂の一片に至るまでご主人様に捧げご主人様の障害になるもの或いはなりうるもの全てを排除しご主人様の往かれる道を切り開きご主人様が辿り着く幸福への支えとなることを誓いますご主人様が望まれるのであれば望まれるだけのことをいたしますいえ欲を出すことを許していただけるのであればご主人様がお持ちの指輪の方を私も欲しております頂けたならば私はメイドとして艦艇としてそして妻としてご主人様の最期の時まで共にありましょう最後になりますがお慕い申し上げておりますご主人様イラストリアス様やユニコーン様なにより綾波さんの手前抑えておりましたがご主人様から直々のご用命なれば今だけは我が儘なベルファストをお許しください以上を踏まえて私からの要望は唯一つどうかご自愛とお許しになられるのならば私へのご寵愛を何卒よろしくお願いいたしますご主人様」

 

 

 

「もういい……もういい休め……俺が悪かったベルファスト……ッ!!」

 

 

 

 濁った瞳で息継ぎ無しに語った彼女の姿に涙が止まらなかった

 

 

 

 

 

 

 

・ヨークタウン「指揮官様が泣いてる……」

 

 なんかもう色々と辛かった。

 常に余裕と自信に溢れ、毅然とした態度を崩すことないベルファストがああなったという事実は、すぐ受け止めるには些かヘビーすぎる。

 

「指揮官様……」

「すまんヨークタウン……今だけは甘ったれる俺を許してくれ……」

 

 ベルファストを病棟へ送った後、秘書艦業務を引き継いでくれた、ユニオン陣営のヨークタウン級空母のネームシップ、ヨークタウンの膝に顔を埋める。

 エンタープライズの姉である彼女は、困惑した顔をしながらも膝から崩れ落ちた俺を慰めてくれていた。

 

 3-4海域。

 

 ヨークタウンと出逢ったのはその場所。

 そしてそこは、今ここにいる彼女とは別のヨークタウンが轟沈した海域でもあった。

 

 出逢ったばかりの彼女はそれはもう何というか、儚さと危うさがとんでもなく微妙なバランスで辛うじて保たれているような雰囲気で。身も蓋も無い言い方をするなら暗かった。

 

 自分について特に語らず、必要以上に他者へ踏み込み、何より自分に踏み込まれることを嫌い、俺とは上官と部下に。妹のエンタープライズを除き、他の艦艇とも―――同じユニオン陣営の艦であっても―――あくまで同じ艦隊に属する者同士、呉越同舟と言える関係で十分だという振る舞いだった。

 

 エンタープライズから、彼女がそういう振る舞いをするに至った経緯を。そしてその内に秘められているであろう本心を聞いた時、不謹慎ながらも俺は一つどうしても抑えきれない感想を抱いてしまった。

 

 そんな、儚くも危ういヨークタウンという艦艇、否、女性は

 

 

 

 なんて―――美しいのだろう、と

 

 

 

 もちろんそんなことは口には出さない、というか出せるわけもなく。

 艦隊の中、とりわけ彼女の事情を知っているユニオン以外の陣営からの不満も挙がっていた手前、ヨークタウンをそのままにしておけるわけもなく。

 最悪、艦載機を放たれるのを覚悟しながらヨークタウンに踏み込んでいくことにした。

 

 その過程で絶対にしてはいけないこととして、

『ヨークタウンに決して同情しないこと』

 を大前提として決めていた。

 

 エンタープライズから話を聞いて、ヨークタウンに必要なものはそんなものじゃあ決して無いと理解していた。

 彼女に最も必要だったのは、『自分は頼られていい』『自分も頼ってもいい』『自分は裏切られない、見捨てられない』とまぁ、そんな具合のあれこれ。

 

 つまりは『自信』である。

 

 かなりの時間を費やしたが、その甲斐はあったらしい。

 今では鉄血、ロイヤル、重桜の艦艇たちからも温かく受け入れられている。

 こうして俺が泣き付いても、困惑はすれど嫌ではないらしく。

 

「俺なんか間違ってたかなぁ」

「えーと……」

 

 言葉が見つからないのか、詰まるヨークタウン。それでも頭を撫でてくる手は止まらない。

 ……あー、やっばいダメになるぞこれ。こっちから泣き付いたとはいえ、若い女性に甘えっぱなしのアラフォーという絵面は流石にやばい。下手すると事案になる。

 愚痴ってたら気持ちも多少落ち着いてきたので、そろそろヨークタウンに礼を言って仕事に戻るか、なんて考えていると

 

「……指揮官様は、そのままで」

「ん?」

「指揮官様は指揮官様のままで、みんなと向き合ってあげればいいと思います。もちろん、もしかしたらどこかで間違ってたのかも。でも、みんな、そんな指揮官様を好きになったはずだから」

「……」

 

 姉、どころか今はもう遠い昔の母親を思い出す。

 ヨークタウンの微笑は、それほどに慈愛に満ちていて。

 

 それだけで、少なくとも。

 彼女と過ごした時間は、報われたのかな、なんて。

 

「……ありがとな、ヨークタウン。ちょっと楽になった」

「いいえ。私も、指揮官様には色々とご迷惑を……」

「それこそ気にしなくていいよ。さて、と……今日はこのまま最後まで秘書艦やってもらおうと思ってるけど、いいかね?」

「ええ、もちろん。精一杯、務めさせていただきます」

 

 ふわりと笑んだヨークタウンに笑みを返して、机に戻って書類に目を通す。

 こちらを優しく見詰めるヨークタウンには、もうかつての陰りは見受けられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――ああ指揮官様ショックを受けて最初に泣き付く相手が私だったなんてでもそんな弱みを見せてくれるのは私だけなのそれとも私だから見せてもいいと思ったのでもそんなのどっちだっていい指揮官様が私を頼ってくれた私に甘えてくれたその事実だけはずっと変わらない何があってもこの先誰に甘えてもそれが真実で私は指揮官様に信頼されてる信用されている指揮官様は私を頼りにしてくれるああ嬉しい嬉しい嬉しすぎてどうにかなってしまいそう好きよ好き大好きです愛しています指揮官様いまここで貴方を組み伏せてこの気持ちを伝えたら貴方はどんな顔をするのかしら少なくとも嫌がることはないわよねだってあんなに私に熱心に真摯に真剣に向き合ってくれたのだものああいけないわヨークタウンこんなこと考えてはいけないあの子だって指揮官様を真剣に想っているんだからでもでもでも私だって指揮官様を愛してる誰にも負けたくない妹が相手だろうと譲れない譲りたくない指揮官様を誰にも渡したくない永遠に私だけの指揮官様でいてほしいああ指揮官様さっきのあんな弱気な顔も普段見せてる真面目な顔も休憩時間の緩くなった顔も全部全部全部全部愛おしいああどうかこんなヨークタウンを許してくださいでも指揮官様だって悪いんですこんな女にあんなに心を砕いてくれたのだから指揮官様あなたのためならどんな戦場にだって立ってみせるどんな相手からも勝利をもぎ取っていつか平和を勝ち取ってみせるあなたのために貴方だけのためにそのためなら私はどんなことだってしてみせる私はもう何も怖くない貴方は私を見捨てない貴方は私を裏切らない愛しています指揮官様だからどうかどうかどうかどうか―――)

 

 

 

 ―――私を、見て




先生が「怪文書は思いつき書きまくればいい(意訳)」といってたから今日は怪文書記念日

エンタープライズ壊れてるのよく見るからあえてヨークタウン姉さん壊してみた
でも彼女の背景とデ練度(煽り表現)セリフ聞いてると十二分に素質持ってるなぁ、と


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プリンツ・オイゲン「そしてツェッペリンはジャージを着る」

前回の怪文書祭りでそれなりの方々がざわつき、またアズールレーンという作品そのものに誤解を招く事態になりかけた可能性があったかもしれないかナーという事実に困惑

加賀とジャベリンとラフィーが来たので初投稿です(なお赤城

※キャラ崩壊おみまいされたくないという方はすぐさま閉じて原付で列島縦断してきて、どうぞ


・ウォースパイト「アーク・ロイヤル生えそう」

 

 早朝の鎮守府の廊下を、一人の小柄な少女が歩いている。

 艶やかな金色の髪を靡かせ、側頭部の二房の髪は獣耳を思わせる。体躯は童女と見紛うばかりだが、纏う雰囲気―――覇気とでも呼べるそれはおおよそ外見と釣り合っていない。

 

 彼女の名はウォースパイト

 

 ロイヤル陣営に籍を置く、クイーン・エリザベス級戦艦の二番艦。

『オールド・レディ』の敬称で知られる、ロイヤル屈指の実力者である。

 

 本日の秘書艦の任を務める彼女、今は指揮官の私室へと歩を進めていた。その足取りはどこか楽しげ。

 着任してからこっち、委託任務だったり出撃だったりを繰り返してきたウォースパイト。ロイヤルの栄光に恥じない戦果を、と息巻いていざ戦場へという決意と覚悟はしかし、着任して数分後に真っ先に挫かれかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エロはいけませんよ指揮官ッッッ!!!』

『へぶぅっ!?』

 

 

 

 初期艦である重桜の綾波に連れられ、艦隊指揮官への着任の挨拶に向かった彼女を襲ったのはそんな叫びと蹴破られたドアによる顔面痛打。

 レディらしからぬ悲鳴を上げながら仰向けに倒れ、滲む視界が捉えたのは耳を真っ赤に染め上げて顔を両手で覆いながら走り去った既知の背中だった。

 

『じ、ジャベリン……ッ!?』

『大丈夫です、ウォースパイトさん?』

『え、ええ……』

 

 痛む鼻を押さえながら、綾波から差し出された手を取って執務室へ。

 開けっ放しになった扉の向こうには、頭を抱える一人の男と傍らに寄り添うこれまた既知たるメイドの姿。

 思わずそのメイドへ声をかけそうになるが、それより先にするべきは上官への挨拶。

 綾波に促され、ロイヤル仕込みの敬礼と共に名乗りを挙げた。

 

『ロイヤルのウォースパイト、ねぇ……ん、了解。貴官の着任を歓迎する。ああ、あんま堅っ苦しくする必要は無いから、普通にしてくれていいよ』

『そ、そう? なら、話し方もこれで構わないかしら?』

『ああ』

 

 軍属らしからぬゆるい雰囲気に面食らう。

 隣の綾波が、先ほど逃げ出したジャベリンについて詰問している裏で、ウォースパイトはこの外面上は何も異常の無い執務室の中で一人、冷や汗を滝のように流していた。

 

 

 

 まず天井裏にナニカいる

 

 指揮官の後ろ、窓の向こうから獣耳が見えてる

 

 幻聴と信じたいが『インディチャン』なる呪詛染みた声がひたすら聞こえる

 

 指揮官を見つめるメイドの目がヤバい

 

 

 

 指揮官と綾波からの説明を聞きながらも内容はほとんど頭に入ってこない。

 後にウォースパイトが語ったこの時の心境はただひとつ。

 

 

 

 ―――とんでもない所に来てしまった

 

 

 

 だがまぁ、初日にそんな事態になりはしたが、その後は特に大きな問題は無く。

 仲間はみな親身で、指揮官も緩いと言えば緩いが締めるところはきちんと締める人。

 艦隊と指揮官、双方に絆されるのもまぁ時間の問題だったわけで、今となってはウォースパイト自身見事に慣れきっていた。

 

 秘書艦を任されるのは初めてのこと、そこそこ(周りから見れば結構な)好意を寄せる指揮官のおはようからおやすみまで傍に立つお役目とあってぶっちゃけルンルン気分だった。白状すると昨夜はあんま寝れてない。

 

 気付けば指揮官の私室前、サッサと身なりを整えて咳払い一つ。ノックと共に声をかける。

 

「指揮官、起きているかしら?」

『おう、ウォースパイトだな? ちょいと待って……おうこら起きてるだろお前』

『ラフィーはもっと寝てたいなんて思ってない……』

『離しなさいって』

『エロはいけませんよ指揮官……』

『こいつはマジ寝だな、よし』

『Z46という名はもう捨てた……今の私はフィーゼ……』

『起きなさいなお前も』

 

 イラッと来た。

 なんだ、駆逐艦好きか? ロイヤルの問題児筆頭と同じ趣味か? 自分も姉も体型的には駆逐艦だぞ?

 豊満か寸胴かどっちかそろそろはっきり―――

 

 

 

「妙なこと考えさせるなァッ!!!」

「ドアは普通に開けろください!?」

 

 

 

・アドミラル・ヒッパー「不平等」

 

「……」

 

「大所帯になってきたわね、ここも」

「……ああ。オイゲンはここでも古参に位置するのだったな。私達が着任する前はどの程度の規模だったのかしら」

「さぁ? 他を知らないからどの程度と言われてもね」

「ふむ。卿は指揮官からの信も厚いと聞くが」

「というより、私が着任してから前線に出ずっぱりなだけよ。指揮官も他の編成とか考えているようだけれど、やっぱり馴染んでるんじゃない?」

「そういうものか」

 

「……」

 

「そういえばツェッペリン」

「む?」

「あんた最近、やけに指揮官と一緒にいるみたいね。秘書艦でもないのに」

「妙なことなのか、それは?」

「別に? 『憎んでいる、すべてを』なんて言ってた女が指揮官とはいえ男にべったりなんてことがちょっと意外なだけよ」

「特に意識していたつもりは無いのだが……ふむ」

 

「……」

 

「ティルピッツ……卿は」

「ん?」

「……」

「どうしたツェッペリン?」

「いや……どう伝えるべきか言葉が見つからなくてな……」

「?」

「……ああ、そうだ。卿は」

 

 

 

「あんた達」

 

 

 

「ん?」ユサッ

「どうした、ヒッパー」ボッイン

「そういえば先ほどから一言も話してはなかったな」デェェェェェン

 

 

 

「私を包囲して話すのやめろ」ペタッ

 

 

 

「……ペタン娘」

「あ゛ぁんッ!?」

 

 

 

・プリンツ・オイゲン「これでも親密度は愛」

 

 しなやかな腕と脚が俺の身体に絡みつく。

 ソファに腰掛けているために逃げ場は無く、蠱惑的な笑みと艶っぽい視線、熱を帯びた吐息が漏れる唇。

 銀色のツインテールを揺らすプリンツ・オイゲンは、今までに見ないほど情熱的だった。

 

「Ich liebe dich.……どう? 私の胸の内、読み取れるかしら……?」

「……」

「……そんな眼で見ないでもらいたいわね。これでも一応、真剣なんだけど」

 

 はぁ、と首筋にかかる息がむず痒い。

 触れている部分すべてが熱く、押し付けられている胸はヒワイに形を変え、彼女の腰は俺に密着したままゆさゆさ揺れている。

 オイゲンの表情は喜悦に歪み、だがその瞳の奥の感情までは読み取れない。ここは彼女が着任した時から一切変わらないところだ。

 

「……オイゲン」

「ふふっ……なに、指揮官?」

 

 声音は甘く、蕩けるように微笑みながら、彼女は俺の目を覗きこんでくる。

 先ほどのオイゲンの言葉、それを聞いて感じたこと、思ったことを、そのまま口にした。

 

 

 

「すまねぇ、ドイツ語はさっぱりなんだ」

「」

 

 

 

 いやまぁ正直こんなムードとタイミングで言うべきことじゃないってのはわかってるけども、言葉の意味をちゃんと理解しとかないと見当違いの返答しちゃうかもしれないし。

 

「……はぁぁぁぁぁ」

「でけぇため息だなぁおい」

「そうよね、あんたそういう男だってこと忘れてたわ……」

 

 すっくと俺の膝上から退くと、そのまま髪を揺らしながら踵を返す。

 振り返ったその目はどことなくガッカリしていたような、かと思えば値踏みでもしているような。

 

「まぁいいわ。ただし、これだけは覚えておきなさい、指揮官?」

 

 指をこちらに突き付け、今度は挑戦的な目に変わる。

 クールな外見と性格からは想像もつかないほどにコロコロ変わる雰囲気、ずいぶんと丸くなっ

 

 

 

「あんたの童貞は私が貰うわ」

「童貞違いますけど」

 

 

 

「………フッ、別に強がらなくてもいいわよ」

「いや本当にちが……おい逃げんな」

 

 一瞬の意味深な間を残して、まさに逃げるように出ていった。

 

 ……アラフォーで童貞はヤバいと思うんですけど

 

 

 

 ※次の日から童貞のレッテルを貼られるようになった

 

 

 

 

 

・ティルピッツ「孤独を埋める方法」

 

 鉄血、ビスマルク級戦艦二番艦ティルピッツ。

『北欧の女王』という異名を持つが、当の彼女にしてみればそれはただの揶揄、もっと別の言い方をするなら蔑称。

 陣営の奥地、北の最果てで戦略目的、或いは雌伏とは名ばかりの放置による孤独を強いられ続けたティルピッツ。もはや姉の顔も朧気にしか思い出せず、誰かに言われなければ存在していることそのものを忘却の彼方へ送り出すことになってしまうほどに。

 

 だが、そんな彼女に転機が訪れた。

 

 どこで知ったのか、一人の男とその指揮下にある艦隊が自分の前に現れた。

 重桜、鉄血、ユニオン、ロイヤル。

 その全ての陣営の艦艇がいる、アズールレーンなのかレッドアクシズなのかすら定かでないほどの混成艦隊。

 

 そんな面子を束ねる男が、なんてこと無いように口にした。

 

『行くあてもやることも無い? んじゃうちに来て貰えると助かるかな。まだまだペーペーなアラフォーの下につくのが良ければ、だけど』

 

 その言葉と共に差し出された手を―――拒む理由は、どこにもなかった

 

 

 

 それからのティルピッツはもう獅子奮迅とでも言うべき働きと活躍だった。

 戦艦特有の高火力と高耐久、単艦でもある程度こなせる自爆ボート(ヅダ)の迎撃処理。

 後方から砲弾が飛んで来たと思ったら敵艦が軒並み沈んでいた、とは彼女と共に出撃したとある艦艇の感想。

 

 ティルピッツは喜悦に打ち震えていた。

 戦場に響く砲音、足元でさざめく波の感触、時折食らう敵の攻撃、逆に相手を沈めた時の高揚。

 

 全てが既知にして未知、これが戦場、これが戦争

 

 

 

 これが、私が求めていた海戦(Romantisch)であると

 

 

 

 そんなティルピッツであるが、ここ最近、これまでとは違う自身の変化について悩んでいた。

 他の艦艇に訊いても微笑ましげ、或いは訝しげな眼で見られるだけ。指揮官に訊いてもどうにもはぐらかされている。

 当然悩むティルピッツ。今は寮舎で一時の憩いの時間を過ごしている、そんな彼女の下を訪ねてきた駆逐艦、Z46。

 

 同じ鉄血ということで、少しずつだが会話が弾み、時間が早く過ぎていった中で。

 

 Z46―――フィーゼが、ぽふっとティルピッツの膝へと寝落ちした―――否、してしまった(・・・・・・)ことが全ての始まりだった。

 

 

 

「―――ツェッペリン。私は理解した」

「……」

 

 寮舎から戻らないフィーゼを探しに来たグラーフ・ツェッペリン(何故かジャージ)と、ツェッペリンに相対しているティルピッツ。

 とっくに目を覚ましているフィーゼはティルピッツの膝上に固定されており離れられそうにない。というかフィーゼはどことなく震えている。

 そんなフィーゼの柔らかな髪を軽く撫で(フィーゼは更に震えた)、ティルピッツは剣呑とした眼でツェッペリンを射抜く。

 

「ここしばらく、ずっと思い悩んでいた。共に戦う同士達、彼女達へ、何より指揮官へ私が知らず知らずの内に向けていたこの感情。これは果たして、何なのだろう、と」

「……」

 

 ツェッペリンは何も語らない。ティルピッツが何かについて悩んでいたのは察していた。だが特に大きな支障は無いだろう、と我関せずを決めていたのが仇になったのだろうか。いやそんなことはないのでは。

 

「だが先ほど……今ここにいるフィーゼのこの寝姿を見た時、私は確信した」

「ぐらーふたすけて」

 

 よほど今のティルピッツがやべーと感じたのか、フィーゼの声は震えに震えていた。口調も完全に壊れている。

 

「―――彼女達を護りたい。共に戦うだけでなく、その背中を、そのありのままを。何よりもこの泊地で、指揮官と共に過ごすあの平穏を護りたいと……そんな感情の正体に、私は気付けたのよ、ツェッペリン」

「ティルピッツ」

「……そう。胸を張って言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、母性……ッ!」

「卿は何を言っている……?」

 

 

 

 見当違いも良いとこな発言にさしもの全てを憎んでいる空母もドン引きだった。

 

「駆逐艦を見ていると庇護欲に駆られる、巡洋艦達のやり取りを見ていると胸の奥が暖かくなる、空母や戦艦達のとりとめの無い話は聞いているだけで口元が緩む! これを母性と言わずして何だと言うの!?」

「フィーゼよ、ティルピッツは何の話をしている」

「しらない」

 

 カタカタ震えるしか出来ないフィーゼと困惑から戻ってこれないツェッペリン。そんな二人に構わず正常に暴走した異常な平常運転へと舵を切り倒してしまったティルピッツは続ける。

 

「指揮官……そう、指揮官だ。彼はとりわけ愛おしく感じてしまう。だらしのない所を矯正し、その行く末を見守り叶うならば私の行く先を見届けてほしい、と……ああ、そうだ。そうだとも、見守り、そして見届ける……素晴らしいわ(Wunderbar)

「……暫し待っていろフィーゼ。指揮官へ報告の後、ティルピッツを病棟へと……」

「ツェッペリン」

「……なんだ」

 

 まともに相手取るには荷が重いと判断を下したツェッペリン。そんな彼女へとティルピッツがかけた言葉が、後に語られるティルピッツとグラーフ・ツェッペリンの冷戦の幕開けとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「指揮官もフィーゼも綾波も、残らず私が幸せにする」

「宜しい、ならば戦争(Krieg)だ」

 

 

 

 

 

 

 

 冷戦の幕開けは、泊地がドンパチ賑やかになるところからのスタートだった。




燃料が無ければネタも無い





実は学生時代に三笠大先輩とエンカウントしててその時に童貞捧げてたアラフォーとかいう誰も望まない謎設定


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「 お ま た せ 」

タイトルでオチてると思うんですけど(挨拶)
綾波が改になったので初投稿です

プレイしてても意外とわかってないところとかを感想でたびたびいただいております。至らない点などのご指摘、ありがとうございます

あっ、そうだ(唐突)
いつも通りのやつあるのであかん方はすぐにバックして夢見る島DXノーコンティニューでクリアしてきて、どうぞ



・Z1「Z23が息してない」

 

 近代化改修というシステムがある。

 一部の艦艇が、各々の持つ特性や兵装、技能等を飛躍的に向上させる、というもの。

 

 この鎮守府において、その近代化改修第一号が、今工廠から姿を現した。

 

 それまでの衣装をベースに、上腕から手首までをすっぽり覆った青く縁取られた白い振袖。頭頂部のユニットも形を変え、特に眼を惹く両手に持った大型ブレード。

 かつての少女の面影を残しつつも、幾年ばかり成長を果たしたようにも思える、その容姿。

 

 重桜陣営の特型駆逐艦、綾波―――彼女が改修を果たした、綾波改。

 

 様変わりした自分を不安げに見回す彼女を見て、同伴していたロイヤル陣営のジャベリンとユニオン陣営のラフィー、鉄血陣営のフィーゼは静かに息を漏らしていた。

 

「はぇー……すっごいねぇ」

「ん……綾波、だいぶ印象変わった……」

「これが近代化改修……なるほど、確かに『改』とつくだけはある」

 

 それぞれが改修を果たした綾波の姿を見て、それぞれの所見を述べる。

 そんな中で、綾波の表情はやや暗く沈んでいた。

 

「……綾波ちゃん、どうしたの?」

「ん……強くなった、というのは自分でもよくわかるです。けど、その……なんだか、変わりすぎてしまったような……そんな気がして」

「綾波ちゃん……」

 

 今までよりも強くなり、これでみんなを守ることが出来て、何より指揮官の役に立てる。それは良い。

 だが、改修を終えた今、綾波の中にふつふつと沸き上がる熱と滾り。

 

 自分の中で眠っていた『鬼神』の衝動が、目覚め始めているのを綾波は感じていて。

 それが、何よりも不安で。

 

「……指揮官」

「えっ?」

 

 眠たげに眼を擦るラフィーがぽつりと呟く。

 眠気を隠そうともしていない彼女だが、その視線はしっかりと、綾波の瞳に向いていた。

 

「指揮官に、逢いに行けばいい。いつも通り、誉めてくれる……」

「そう、そうだよ! 指揮官、綾波ちゃんの改修楽しみにしてたんだし!」

「その不安を汲み取り、また受け入れるには彼以上の適役もいないだろう。行ってこい、綾波」

「みんな……はい。行ってきます、です」

 

 ぺこりと頭を下げた綾波。

 そのまま踵を返すと、一目散に指揮官が待っているであろう執務室へと駆け出していった。

 

「……ふふっ」

「フィーゼちゃん?」

「いや、何でもない」

「ふわぁ、ぁ~……じゃ、ラフィーねんねしてくる……」

「ダメだよ!? これからジャベリン達、委託任務に行かなきゃいけないんだから! フィーゼちゃん、そっち持って!」

「わかった」

「ねーむーいー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・赤城「邪魔をするな貴様らァ!?」

 

「指揮官様! 指揮官様ァ!! 赤城はここにおります指揮官様!! 貴方が求めてやまなかった赤城は今ここに罷り越しました指揮官様!! あー! あー! 指揮官様ァァァァッ!!!!」

「ええいあれだけ叩きのめして尚これか!? イラストリアス、ツェッペリン、もう一度だ!」

戦争(ハカイ)を望むか……それも良いだろう」

「Kick your ass」

「どうしたイラストリアス、言葉使いが変だぞ!?」

 

 

 

 執務室は地獄絵図だった。

 

 まず室内のほとんどが叩き壊されており、見るも無惨な有り様。

 床に仰向けに転がっている指揮官は服を破かれたかのように半裸。

 指揮官を庇うように立つ三隻の空母。

 冷や汗を流すエンタープライズ、気怠げに鼻を鳴らすグラーフ・ツェッペリン。

 そして何故か能面の如き表情で罵声を漏らすイラストリアス。そんな彼女の淑女らしからぬ有り様に指揮官から悲鳴があがっている。

 

 そんな彼女らの前に立つのは一航戦の赤黒い方、もとい重桜の正規空母、赤城だった。

 

 部屋で何があったのかを物語るかのようにズタボロになっている赤城。だがそのギラついた空母の視線と獰猛な笑みは消えていない。

 むしろやべー奴揃いの重桜でもとりわけやべー獣欲に火でも点いたのか、瞳孔ガン開きなままの眼で指揮官の外気に晒された胸板を凝視している。

 ちなみに一航戦の青白い方もとい加賀は床に転がされていた。

 

「フフハハハハッ! 愛には障害がつきもの……この邪魔でしかない異邦空母共が。私と指揮官様の前に立ちはだかるなら、私は何度でも立ち上がるッ!!」

「と、言っておるが、指揮官よどうする?」

「とりあえずさっさと制圧してくれ。着替えて綾波出迎えてやらにゃいかんのだから」

「はいっ、お任せください指揮官様」

「嗚呼、嗚呼、指揮官様……赤城が目の前にいるというのに他の女を気にかけるだなんて……!」

「赤城、貴様はここでは新参だろう! 確かに指揮官はお前と加賀の戦力を求めて何度も海域を回った! だがはっきり言おう、指揮官に貴様への愛は欠片も無い!」

 

「ぼさいたな負け確グレインゴーストォ!!」

「ミッドウェーに再び沈めてやる貴様ァ!!」

 

「あーもうメチャクチャだよ」

 

 沸点が限りなく低くなったエンタープライズとそこに畳み掛けるように煽りまくる赤城という最悪循環。

 もう面倒くさいから、多少拗れることになっても愛宕とベルファストでも呼ぶか、と指揮官が考えを過らせた瞬間だった。

 

 

 

 扉が勢いよく開かれる

 

 死角からの音に、その場の全員が一斉に振り返る

 

 ただでさえ広くはなく、また複数人がいるためになお狭く感じる室内を、猫のような身軽さで駆け抜ける影

 

 飛び上がり、その手に携えたブレードで狙うは

 

 

 

「えっ」

 

 

 

 赤城が紡げた言葉はそれだけ。

 木目張りの床が軽く凹むほどの重い一撃を喰らい、赤城の意識はブラックアウト。

 

 下手人がゆっくりと身体を起こし、そのままゆるりと背後の面々へと顔を向ける。

 

 

 

「―――止まれグラーフ」

 

 

 

 ツェッペリンが艤装を構え

 エンタープライズが動くよりも速く

 イラストリアスが動くよりも速く

 何よりも速く、指揮官の鋭い声がツェッペリンを制していた。

 

 止めていなければ、或いはほんの数瞬遅ければ、ツェッペリンは即座に、眼前の『鬼神』へと攻撃を仕掛けていただろう。

 

 

 

「……指揮官。どうして服が破れてるですか?」

「あー、まぁなんだ。後で話すよ。……綾波」

「はいです」

 

「―――立派になったな」

 

 

 

 くしゃり、と綾波の表情が歪む。

 喜びなのか、もしくは別の何かなのか、指揮官には判別はつかない。

 だから、いつものようにその髪を撫でる。

 

 労るように、労うように、優しく、静かに

 

 綾波は抵抗もすることなく、穏やかに、嬉しそうに微笑みを浮かべながら受け入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……格好で台無しだな」

「黙っていろツェッペリン」

「私はベルと一緒にこの二人を工廠に運んでおきますね」

「いえ、私一人で事足ります」

「いつの間に!?」

 

 

 

・クリーブランド「危機」

 

 軽巡洋艦、クリーブランドは自分の手の中にある物を見て一人震えていた。

 顔色は青褪め、かと思えば耳まで真っ赤に染まり、視線はあちらこちらにさまよっている。

 

「だめ……だめだぞ、こんなの……」

 

 今は指揮官も席を外しており、クリーブランド一人だけの執務室。

 出撃からの帰投報告のために執務室へと赴いた彼女、誰もいないのか、としばらく待っていようと執務机に向かった彼女が目にしたもの、それがクリーブランドを困惑と葛藤の坩堝へと叩きこんでいた。

 

 

 

「し、指揮官の制服……!」

 

 

 

 椅子に掛けられていた制服、その上着。

 それが纏う仄かな熱は、まさに今しがたまで指揮官が着ていたという事実を示す温度。

 

 クリーブランド型軽巡洋艦、そのネームシップ。つまりは長女。

 彼女の妹達は多い。なんと総計27隻。厳密に言うならば、建造されてから後々に別の艦級へと名前と姿を変えた艦もいたため、それを含めれば52隻にもなる。

 そんな大姉妹の長女であるからして、クリーブランドは結構面倒見が良い。

 加えて、戦場で見せる凛とした姿、圧倒的な火力とバランスの良さで並み居る敵を片っ端からスクラップに変えるその戦闘力。かと思えば、ちょっと金銭にがめつい所や、純情可憐な乙女な仕草も見せたりと。

 

 立てば勇士座れば乙女、歩く姿は才色兼備、なんて言葉を指揮官が思わず呟いてたまたま近くにいた鉄血空母に怪訝な目で見られる程度には、クリーブランドという艦艇―――否、少女は様々な魅力に満ちていた。

 

 まぁ指揮官を含めた周囲の大多数からは戦場での姿やサバサバした気性故に『兄貴』呼ばわりされることが多いのだが。

 

 そして当然、本人はそう呼ばれることを嫌がっている。それくらいには彼女は乙女だ。

 

 

 

 さて

 

 

 

 そんな乙女なクリーブランド、この鎮守府では割と古参に位置しており、それは即ち指揮官と過ごした時間も長いという事実を示している。

 艦隊運用にまだ不慣れな頃、持ち前の気安さと面倒見の良さで指揮官とその初期艦である綾波を色々と導いてきた。

 頼りにされるのが嬉しく、それに応えることが誇らしく、勝利の味を噛み締め、指揮官からの感謝を述べられて胸がすくような気持ちになることが喜ばしくて。

 

 頼り頼られ、感謝し、感謝され、語りあって笑いあえる

 

 そんな相手を好きになるな、などとまず無理な話であって

 

 

 

 そして今、そんな相手のほぼ脱ぎたての衣服がクリーブランドの手の中に存在している。

 彼女の目には見えないはずのフローラルな光が映り、鼻から距離が離れているのに、その服に染み付いている匂いが感じられる。

 一部の艦艇が口にしていた、『指揮官いい匂い(意訳)』という言葉を何度か聞いたことがあった。その時は少し気になりはしたが、さして気に留めることはなかった。

 

 だが、今彼女は一つの後悔を抱いている。

 

 

 

「こんな気持ちになる前にやっとけばよかった―――!」

 

 

 

 匂いを嗅ぐの前提なのか、というツッコミは野暮というものだろう。

 繰り返すようで恐縮だが、クリーブランドは根っからの乙女である。大きな好意を寄せる相手の知らぬ間に、その衣服に染み付いた香りを嗅ぐ、などと明らかな変態の所業だという自覚はある。だがそこから生じる背徳感や乙女、もっと言えば生娘の情動は倫理観程度で押し止めるにはあまりにも強烈が過ぎる。

 

 結果

 

「…………………ち、ちょっと、だけ」

 

 クリーブランドは負けた。己の欲求に逆らえなかった。

 

「う、うぅ……」

 

 全身がガタガタ震え、誰も来ないよな、と心配しながら五感をフル活動させながら索敵。

 

 腹を決め、ゆっくりゆっくりとその服の襟元へ、顔を近付けていく。

 

 息を吐ききり、鼻を押し当て

 

 そして―――吸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 長かった。クリーブランドを知る者からすればドン引き必至なくらいにガチの嗅ぎ方だった。

 

(あっ。あっ、ゃばい、なんだこれ。なんだこれ!?)

 

 鼻から入り、気管を通り、肺に溜まって、鼻からではなく口から息を吐き出せば、より強烈に匂いを感じて脳が灼き切れそうになる。

 人間としてはそこそこの高齢だという指揮官。なるほど確かに、服に染み付いた体臭はややキツめ、加えて最近は暑かったから汗だって結構かいただろう。

 

 だがそんなことは気にならない程度には、クリーブランドは指揮官にゾッコン(死語)だった。

 

(ダメなのに、こんなの変態なのに、こんなこと知られたら、指揮官に絶対引かれるのに……!)

 

 もしかしたら嫌われてしまうだろう

 

 指揮官だけでなく、多くの仲間達から後ろ指を刺されるだろう

 

 なのに

 

 

 

(なんで、こんなに熱いんだ……♡)

 

 

 

 止められなかった。やめなければいけないのに、へそ下辺りから全身に回った熱がそれを許さなかった。

 未知の感覚に戸惑い、思考が乱れ、膝はずっと笑ってる。

 ぼやけてふやけて湯だった頭にあったのは、もうたった一つのことだけだった。

 

(好き♡ 好きだ指揮官♡ 本当はもっと撫でてほしい、もっと触れてほしい、ずっと女の子だって、そう言って扱ってほしいんだ指揮官♡)

 

 もうどうにもならない。

 呼吸は乱れ、犬のそれのように小刻みなリズムを刻むだけ。

 半開きなままの口からは涎が溢れ、もう胸に掻き抱いている服の襟元をベットリと濡らしている。

 それでももう、止められなくて、この熱をどうにか冷ましたくて。

 クリーブランドはそっと机に近付

 

 

 

「クリーブランド様?」

「ンゴォッホエ!!?」

 

 

 

 まさかの闖入者、吸気が気管支から別の場所に入りこんだことでむせる。咳き込みながら、背後から声をかけてきた人物へ向き直る。

 

 

 

「べ、ベルファスト……ッ!?」

 

 

 

 最悪だった。ロイヤルのメイド長にして指揮官直属のトラブルシューター兼トラブル予備軍。

 彼女はここで起きる問題の殆どを単艦で処理できるほどのパーフェクトメイド。よりにもよって、そんな相手に痴態を晒してしまった。

 ああ、私これ終わったな、と一人胸中で呟くクリーブランド。

 

 さよなら指揮官。散る前にこの気持ちだけでも知ってほしかったよ。

 綾波。海の底から応援してるから、指揮官と末永く幸せにな。

 妹たち、先立つ姉さんをどうか許してくれ。

 

 走馬灯のように様々な思い出が浮かんでは消えていく。

 ベルファストは忠実だ。加えて職務に妥協はしない。即ち、自分の不祥事はすべて指揮官に知らされることになる。そうなったらもう……

 

「クリーブランド様」

「……なんだ?」

「本日はかなりの夏日。ご主人様より、艦隊が帰投したら、報告は後でも良いから先に汗を流してきて構わない、と仰せつかっております」

「へぇ、そうか……」

「はい。私はこれからご主人様のお召し物の洗濯に参りますので、今お持ちのそちらを渡していただけると助かります」

「うん、いいぞ……はい」

「ありがとうございます」

 

 淡々と、何も見ていないかのように振る舞うベルファストの姿に、逆にいたたまれない気持ちになるクリーブランド。

 正直、罵倒なりなんなりしてくれた方が気休めにはなるというもの。冷静になって、自分がどれだけ頭のイカれたことをしていたのかが鮮明に感じられて死にたくなっていた。

 

 クリーブランドの手から指揮官の服を受け取ったベルファスト。涎にまみれているそれを平然と畳んで抱える。

 

 そして、優しくクリーブランドの手を取った。

 

「ベルファスト……?」

「クリーブランド様、私はこのあと洗濯に参ります」

「う、うん……?」

「ご主人様は負担だけでなく衣類まで溜め込むお方、この時期は特に多いのです」

「うん……」

「そして私は今、メイドにあるまじき失態を犯してしまっています」

「……」

 

 ベルファストが何を言いたいのかまるっきり理解できない。

 彼女はまるで、目の前のクリーブランドに語ると同時に―――ベルファスト自身にも言い聞かせているかのようで。

 

「失、態?」

「はい。クリーブランド様、質問をよろしいでしょうか」

「う、うん」

 

 

 

「洗濯機の場所―――ご存知でしょうか?」

 

 

 

「――――!!」

 

 そしてクリーブランドに電流走る―――!

 

 このパーフェクトロイヤルメイドが、自分の職務に関わる事柄を忘れるなんてそれこそポートランドが妹への愛を捨てるくらい、いや赤城が指揮官にハーレム勧めるくらいにありえないことだ。

 

 意味深な、或いは意地悪そうにも見える微笑を浮かべるベルファストを見て、クリーブランドは確信した

 

 

 

 ―――ああ。魅入られていたのは自分だけじゃなかったんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なーベルファスト」

「はい。如何されましたかご主人様?」

「いや、いつもいつも洗濯してくれてるのは助かってるよ」

「恐縮です」

「でもなんか……なんだ? キレイになりすぎてる感がしなくもないというか」

「……連日猛暑が続いておりますので、衣類に染み付いた汗や汚れに対して必要以上に手をかけてしまっていたやもしれません。ご不満でしたでしょうか?」

「いや。ちょいと気になっただけさね。ベルファストの仕事に不満とかはないよ」

「左様ですか」




綾波とジャベリンとラフィーって完全に武装的に三騎士だよねっていう(型月厨)
赤加賀を求めて3-4周回した回数=赤城の初期好感度の高さと考えていいのでは


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指揮官「やだ…うちの艦隊やべー奴多すぎ…?」

赤城も来たことだしざっと簡潔に紹介でも
出たキャラ、出てないキャラ、未着任なキャラ、と区切りはしましたが相当な数いるので目立つとこだけピックアップして初投稿です

読まれる方の嫁艦等はいない場合がありますのでご注意を
興味ないという方はバックしてマム・タロトをソロ狩りしてきて、どうぞ


・メイン組

 

指揮官

 

アラフィフ

 

「 ア ラ フ ォ ー だ よ ! ! (KKJSKY) 」

 

アラフォー。

「冴えないアラフォー」を自称してはいるが責任感自体は強く顔もそれなり。顎の無精髭は一部の駆逐艦から人気。ショリショリ感が良いらしい。

童貞じゃないのに一部の悪ノリのせいで童貞扱いで固定されている。レンジャー先生の優しさが辛い。

 

 

 

綾波→綾波改

 

「指揮官に最初に教わったのは、殺られる前に雷撃処分、です」

 

初期艦にして唯一の嫁艦にして艦隊最強の雷撃鬼神。

最初も最初、ホーネット相手に初めての零距離雷撃決めてからちょっとクセになった。

艦隊ただ一人の嫁艦だがまだ恋だの愛だのには目覚めていない。でも人並みに嫉妬はする。目指せ指揮官の膝上を定位置に。撫でれ。

 

 

 

エンタープライズ

 

「何をしているかだと? 指揮官の胃薬を用意しているところだ」

 

ユニオンSSR空母。

実は建造じゃなくて支援要請で着任。現状、それでやってきたのは彼女一人。

指揮官の安寧を守るためにドッタンバッタン大騒ぎに巻き込まれたり因縁ある相手に煽られたり当人は知らないが姉がやべー領域に突っ込んでいたりと基本的に苦労人。なので壊れる暇が無い。

 

 

 

カリフォルニア

 

「今さらだけど指揮官と泊地に遊びに繰り出すってちょっとしたデートだったのでは」

 

古参の一人。綾波に次ぐ最高練度。

声とビジュアルと性格の三コンボで見事にこっちのハートを撃ち抜いてきた罪なお方。

気安い女友達だと思ってた。そんな彼女がまさか自分を……、なんてそんなどっかにありそうなラブコメ的ヒロイン要素持ちの一人だと勝手に思ってる。

 

 

 

愛宕

 

「あの赤城、私とキャラ被ってない?」

 

やべー奴その1。(別に被って)ないです

指揮官が欲しいのか、指揮官から渡される指輪が欲しいのか本人もよくわかってない辺り相当にやばい状態。

怪文書枠には彼女の席ももちろんある。

 

 

 

クリーブランド

 

「(指揮官の)パンツだけは許さない……(真っ赤)」

 

兄貴のようで兄貴じゃない、やっぱちょっとだけ兄貴な姉貴。みんな好きっすなぁ。

恋する兄貴姉貴は切なくて指揮官を想うとメイドに頼んで指揮官の服融通してもらっちゃうの

 

 

 

ベルファスト

 

「主にすべてを捧げるのはメイドの務めです。見返り? 求めませんし求めずとも常にいただいておりますので。……フフッ(洗濯カゴ)」

 

声 帯 が 堀 江 由 衣 の 怪 文 書 枠

正直、作者がアズールレーンを始めようと思ったきっかけは彼女とイラストリアスの存在が一番大きい。

指揮官に対してはまぁ忠実。ただ負担を溜め込むなと苦言を呈する一方でこちらは欲求溜め込むクチなのであんまり指揮官のこと言えない。

触れ。撫でろ。揉め。あわよくば抱け

 

ちなみに天井裏を自由に移動するメイドだが別に真っ白色のシンフォニーなんてのは特に関係は無い(N夏ちゃんすきです)

 

 

 

イラストリアス

 

「指揮官様……夜のぷろれす、ってなんのことかご存知でしょうか……?」

 

からかい上手のイラストリアスさん。

上のセリフをレパルス辺りに適当に言われて指揮官に訊いた。たぶんわかってやってる。

だが悲しいかな、相手は一枚上手のアラフォーであった。薄いブックス展開にはならない。不満げ。

 

 

 

ポートランド

ヨークタウン

 

怪文書枠

 

 

 

グラーフ・ツェッペリン

 

「憎んでいる……すべてを(寝言)」

 

砂浜のウルズがスケベすぎる

 

 

 

ティルピッツ

 

「私自身が母になることだ…」

 

何をどこでどう間違ったのか間違った方向の母性に振り切りまくりに目覚めてしまった孤独だった北の女王。

別にどっかの御前様とは関係ない。

 

 

 

赤城

 

「 指 揮 官 様 ぁ ? 」

 

やべー奴その2

周回の数が多い→装備や艦艇がドロップしても周回をやめない→加賀が行ったのにやめない→つまり指揮官様は赤城を誰よりも何よりも強く熱く激しく求めてくださっているのねQ.E.D.証明完了今行きますわ指揮官様!! というガバガバ理論に基づいた結果あんなんになった。

 

 

 

 




パーツと改造図全部100くらいほすぃ


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加賀「発症の兆し」

レンジャー改先生先っぽ透けてない?(挨拶)

サン・ルイが七割ほど出来てきたので初投稿です
今回は割と短い

扶桑姉さまっぱいクッソ柔らかそうだと思うんですけど赤城に対する自己解釈に満ちてるので解釈違い起こしそうな方は15の眼魂揃えてきて、どうぞ


・赤城「壊れているだけだといつから錯覚していた?」

 

「赤城、ちょっと良いかー?」

 

 某月某日。

 装備のことについての相談のために、赤城と加賀の寮部屋を訪れる。

 着任初日に見せた狂気の沙汰と弊艦隊の三大空母とのドンパチは流石に引いたが、その辺り―――とりわけ俺が絡む問題を除けば、比較的。

 本ッッッ当に比較的に常識的な赤城は、こういう話を断らない。

 今日の彼女は委託も出撃もなく、部屋でのんびりとユニオンで大人気の格闘技のDVDを観賞しているそうな。正直、意外。

 

『ああ、指揮官様!? お待ちくださいいえお待ちせずとも直ちに赤城が参ります!』

 

 ドタバタと扉を隔てた先の室内からの騒音に軽く吹き出しつつも、待つこと二秒。

 ガチャリとノブが回り、その向こうから赤城が喜色満面の笑みと共に姿を見せた。

 

 

 

 まぁ秒でこっちから閉めたよね

 

 

 

『あれっ。指揮官様? どうして扉を閉めたのです? あれ、開かない。指揮官様? 指揮官様!? 赤城は何か粗相をしでかしてしまいましたか!?』

「部屋ん中、自分で見直して」

『部屋の中?』

 

 今度は足音が小さくトタトタと聞こえてくる。

 しばらくの後、扉の向こうから困惑気味な赤城の声が届いた。

 

『……指揮官様。特に物が散乱している、といったグレイゴーストの私室のような有り様にはなっていませんけど……』

「何でお前さんがエンタープライズの部屋事情を知ってるのかはこの際さておくとして。じゃあ言わせてもらうわ」

 

 

 

「なんで部屋一面に俺の写真貼りまくってあるんですかね」

 

 

 

 さっきの発言を訂正させてくれ。

 こいつ、欠片ほども常識的じゃなかった。

 

『? 何かおかしな点がありまして?』

 

 こいつもうダメかもしれんね(諦め)

 

「……もういいや。いや、よくないけどいいや。いきなり閉めて悪かったな、赤城。入っても?」

『はい! 指揮官様でしたらいつでも歓迎いたしますわ!』

 

 再び赤城が扉を開ける。

 クールで淑やかさすら感じられる外見とは裏腹に、年頃の少女のような笑みを浮かべて俺を迎えてくれた。ただし内面は本気でやべー。

 

 室内のありとあらゆる場所に貼りつけられた俺の写真。見るからに全ての写真とバッチリ目線が合っている。心当たりは無いことも無い、ホシの目星はついたので素直な感想を言うことにした。

 

「すまん、赤城」

「指揮官様?」

「この部屋、正直引く」

「何故!?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「へっ、ぶしっ!」

「指揮官様っ、まさか風邪でも!?」

「いや、ちっと鼻がムズっときただけさね」

「そうですか……ご自愛なさってくださいましね?」

「ん。ありがとな」

「嗚呼、そんなお礼だなんて……指揮官様の身を案じるのは当然のことですもの」

「最初に会った時に乱暴されかけたことは今は触れないでおこうか。……んで、装備についてまとめると、やっぱり重桜製の艦載機の方が使い心地は良い感じか?」

「そうですわねぇ……赤城としては、指揮官様が手ずから選んでくださったモノであれば何でも良いのだけれど。手に馴染む、という意味ではやはり重桜のモノが一番」

「なるほど。わかった、んじゃその方向で装備整えるわ」

「はい」

「……となると、やっぱ他の空母達にも陣営ごとの装備にした方がしっくり「指揮官様?」……あー、なんです?」

「赤城と二人きりだというのに、他の女のことを考えるだなんて……ええ、ええ。やっぱり少し教育する必要があるみたいねあのメス共私を差し置いて私の指揮官様に気にかけてもらえるなどと思いあがってそう特にあのグレイゴースト古参だからと偉そうに指揮官様今から少し席を外しますわね大丈夫ですその後は指揮官様にも徹底的に教育させていただきますわ赤城が一番であるとねぇねぇそうですわよね指揮官様そうでなければ何もかもおかし」

「赤城」

「はい指揮官様!?」

 

「うるせぇ」

 

「…………はい」

 

 血走った目で捲し立てていた赤城をやや語気を強めて制する。

 暴走しがち、というか一定の条件下でのみ頭に血が昇りやすい奴ではあるけど、そうなる前に諌めてやればひとまずは安心だったりする。

 

「……あー。悪かったよ。お前さんと二人の時くらいは集中する」

「いえ、赤城もお見苦しいところを……指揮官様。お詫びと言っては何ですが、時間はおありで?」

「ん? まぁ特に急ぎの案件は無かったと思うが」

「でしたら是非、お茶でも召し上がっていってくださいませ。加賀から良い物を貰いましたので」

「……ん、まぁいいか。いただくよ」

「はいっ。すぐに準備して参りますわ!」

 

 パタパタと尻尾をばたつかせて茶器なり何なりが置かれた棚に駆けていく赤城の背中を見据える。

 赤城の鼻歌と、それに合わせてふりふりと揺れる尻尾。そこだけ見れば慎ましくも愛らしい少女性を持つ大和撫子、とでも言っていい姿だが、普段が普段なだけに

 

 ぶっちゃけよう。部屋の写真も相まって欠片も安心できねぇ。

 

「……なぁ赤城」

「はい、なんでしょう指揮官様?」

「この写真さ、撮られた心当たりはあるんだけど、どうやって仕入れたんだお前?」

「ええ。ユニオンの写真屋を少しおど……たの…………脅迫いたしましたの」

「グリッドレイーーーーーーーーッ!!」

 

 やけに俺にカメラ向けてくる回数多かったのと、その瞬間の諦めきった表情にようやく納得がいったよ!

 

「なんだってまたそんな」

「『娯楽の一つも知っておけ』。そう仰られた指揮官様があれを赤城に紹介なさったのではありませんか。映像作品の斡旋ついでにと思いまして」

「グリッドレイーーーーーーーーッ!!」

 

 すまん、グリッドレイ! こうなったのもそもそも俺が軽率にお前の話をしたからか!

 だったら大元は俺じゃん!?

 

「……悪ぃことしちまったかなぁ」

「もう、また他の女を……ですが良いです。いえ、良くはないけど。今は赤城が指揮官様を 独 占 しているのですから。……お待たせいたしました指揮官様?」

「ああ、ありがとな。いただくよ」

 

 お盆に乗った二つの湯呑み。そこに入れられた深緑からほこほこと湯気が上がっていた。

 

「へぇ、緑茶か」

「重桜のお茶、といえばこれに限りますもの。どうぞ、おあがりください」

「いただきます」

 

 湯呑みに口をつけて、それを口へと流し入れる。

 茶葉の香りと舌に触れる僅かな、けど確かな苦味が口内を抜けて喉から食道へと流れ落ちていく。

 一つ息を吐けば、鼻の奥から味と香りの余韻がスーッと抜けていった。

 

「……旨い」

「お口に合ったようでなによりですわ。お茶請けもご用意いたしましたので、どうぞこちらも」

 

 そう言って赤城が取り出したのは、饅頭や煎餅、草餅などといった、割と味はバラバラなれどどれも重桜では一般的らしい菓子の数々。

 白い皮にどこぞのメーカーの焼き印が押された饅頭を一つ手に取り、行儀も何も考えずにかぶりつく。

 もっちりとした食感で薄味の皮、その中にぎっしりと敷き詰められた餡。実を言うと甘過ぎるものは苦手なのだが、しつこくなく、むしろスッと抜けていくこれくらいの甘さの餡なら問題なく食える。

 咀嚼して、飲み込んで。その後にもう一口緑茶を飲む。

 口の中に残る餡の甘さが緑茶の苦味で中和され、飲み干せば口の中はデフォルト状態。その状態で残った饅頭を、その後に緑茶を。個人的に見事なループが出来上がっていた。

 

 ふと前を見れば、赤城も同じように茶菓子に手をつけ、お茶を飲み、と続けていた。時折こちらに向ける視線と笑みは嬉しそうで楽しげで。

 

「「…………ほぅ」」

 

 気づけば、二人して菓子を平らげお茶も見事に飲みきっていた。

 

「……いや、旨かった。ありがとな、赤城」

「満足していただけたようで何よりですわ。このお茶を仕入れてくれた加賀にも、是非お礼を」

「ああ、伝えとくよ。……重桜のお茶も良いもんだなぁ」

「指揮官様さえお望みでしたら、赤城が毎日でも用意いたしますわよ?」

「……そこで頷くとなんか良くない事態になりそうだから、たまにで頼むわ」

 

 いけずなお方。と少し拗ねたように呟いて赤城が流しへ歩いていく。

 口の中に残るほどよい後味と良い具合に満たされた胃袋。これくらいなら夕飯時にはちょうどよく空腹になるだろう。

 湯呑みを片付けていた赤城が自分の座る座布団―――ではなく、俺の隣に腰を下ろす。

 

「赤城?」

「……指揮官様。はしたないことは重々承知しております。ですが一つだけ、赤城の希望を聞いていただけます?」

「……内容によるぞ」

 

「では―――今だけ、寄り添わせてくださいませ」

 

 そう言って、赤城は俺の肩に頭を乗せる。

 もっとえぐい頼みが来ると思ったが、意外なことにそんな簡単なことで。

 

 確かに赤城はやばいかやばくないかの二択だったら間違いなくやばい。

 だがそれを差し置けば割と理知的な面もあり、戦闘での苛烈さは、日常においては俺が絡まない限りは発揮されない。

 エンタープライズを初めとした、多くの艦艇に敵意を向けることもざらにある。だがその他、ほんのごく一部ではあるが、特に重桜の連中とは比較的良好に接している

 

 それに何より―――俺に向けられる好意自体、混じりっけ無しに『本物』なのだから対処に困る。

 

 恍惚とした息を吐きながら俺の肩に頭を擦り付ける赤城の髪を、空いた片方の手でそっと撫でてやる。

 

 受け入れるかはさておき、まぁこのくらいなら問題は無いだろう、と

 

 

 

 

 

 

 

 高を括ってました

 

 

 

 

 

 

 

「……………ん」

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

「撫でられたから和姦……!!」

「―――そぉいッッッ!!」

 

 

 

 撫でからシフト、赤城を押しやってそのまま一息で部屋を出る。

 あと一秒遅れていたら、間違いなくルート確定からエンディングまでの片道特急直行便に乗車する羽目になっていただろう。

 

「ああっしまった! 指揮官様! 指揮官様ァー!!」

 

 背後から聞こえてくる赤城の悲鳴に無視を決めて、一路執務室まで駆け抜ける。

 

 ……やっぱあいつやべー奴だわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――加賀」

「はい、姉さま」

 

「録画、録音、その他もろもろは?」

「完璧かつ完全に」

「それでこそ私の妹よ、加賀。今夜は私のお気に入り、指揮官様プリント抱き枕(R-18仕様)を貸してあげる」

「ありがとうございます」

 




ロドニー(泥)してもう(攻略に備えて)ネルソン出来ない


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「やはりアイリスか。いつ出撃する? わたしも同行する」

「サン・ル院」




・ラフィー「改になっても真っピンク」

 

 茹だるような炎天下、鎮守府から少し離れた、小ぢんまりとした別棟。その一室。

 

「あ゛っづ……」

 

 ジーワジーワと蝉が今日も種の保存のための努力を怠らず。

 重桜の一般家屋をモチーフにした俺の私室、窓は全開、傍に扇風機を置いて、丸テーブル(ちゃぶ台というらしい)の上には書類の山。

 

「このクッソ暑い時期に空調の点検……理屈はわかるけどタイミングよ……」

 

 明石と不知火、その他ベルファストを初めとした有志達が、鎮守府中の空調設備を総点検している。

 立地的に日光が直撃してくる執務室で空調無しの執務は正直死ねる。なのでこうして、少しでも涼める場所で書類仕事にかかっている次第。

 

 ちなみにどれだけ暑いかというとベルファストが中々の量の汗かくくらい。わかりにくいと思うが相当である。

 

 扇風機の反対側には、桶に張られた大量の氷水とこれまた大量の飲み物。この暑さの中で水分補給を怠ることは自殺行為、とベルファストに釘を刺されているためのこれである。

 そんな状態だから服なんて着ていられるわけもなく、今ばかりは軍服も上着を脱いでタンクトップ、下は流石にそのままだが欲を言うならパンイチになりたい。

 

 けたたましく鳴く蝉の声に混じって、学園から聞こえてくる艦艇たちの生活の声。大小さまざまな女性の姿を取った彼女達。陣営の垣根を越えて交流を続けるその様は、声だけとはいえその光景を俺に教えてくれていた。

 

 

 

 共に鍛練に励む重桜の高雄とユニオンのテネシー

 

 ベルファストの指示であちらこちらに駆けずり回る、同陣営のケントやサフォーク

 

 綾波、ジャベリン、ラフィー、Z23とZ46が筆頭に立って先導する駆逐艦達

 

 

 

 

 

 

 

 ノーガードで殴り合っている愛宕と赤城

 そんな二人を野太い気合と共に叩き伏せるロイヤルのフッドとイラストリアス

 誰か(音からして戦艦級)の無言の艦砲

 淑女らしからぬ怒声を上げて襲いかかる二人

 

 

 

「慣れたよね」

 

 諦めとも言う

 とりあえず母港内でぶっ放したバカは後で処罰することを決め、手元の資料に意識を戻す。

 

 アイリスという、アズールレーンに参加している陣営がある。

 そこが『自由アイリス教国』と『ヴィシア聖座』なる二つの勢力に真っ二つに別れ、アズールレーンやレッドアクシズまで巻き込む馬鹿デカい内ゲバの様相を呈しているらしい。

 もしかしたら近々ここにも召集がかかりそうな案件、それに備えるに越したことは無い。

 綾波以降、何隻かの近代化改修も終え、新規着任艦を初めとした多くの艦艇達の練度向上、装備の見直しも順調。そんな中で、泊地内でドンパチするのはどうかと思うが、大規模作成に参加することになるであろう可能性を前にピリピリした雰囲気が流れているのもまた事実。

 

 どこかで一回ガス抜きさせにゃいかんかなー、と小休止も兼ねて床に寝転がると、そこに控えめなノック音。

 

「? どうぞー」

「失礼しますね、指揮官君」

 

 ドアが開いて、そこから入ってきたのは弊艦隊主力の一隻。

 薄紅色の長髪の上には白のハット、黒マントに同色のアームカバーを両腕に嵌め、白いタンクトップにも見えるようなもので胸元を覆い、下半身は左右で長さの違うパンツ。

 綾波に次いで近代化改修を終えた、ユニオンの空母、レンジャーだった。

 

「おーうレンジャー先生。委託任務ご苦労さん」

「はい。商隊護衛任務、問題無く完了です」

 

 その手に持った資料をテーブルに置くレンジャー。

 立ったままにさせておくのもあれなので、座布団を一枚敷いてそこに座るよう促す。

 

「暑かったろ」

「ええ、今日はいつにも増して……」

「何か飲むか? ベルファストが山ほど置いてったんだけど、流石にこれは処理しきれん」

「いいんですか? ならお言葉に甘えて……」

 

 グラスに氷を入れて差し出す。

 が、それを手に取る寸前で何故かピタリと動きが止まった。

 

「どした?」

「…………何を」

「あん?」

 

 ぽつりと呟かれた言葉に反応した瞬間、跳ねるように立ち上がると両手を自分の顔に当てて信じられないモノを見るような目でこっちを見るレンジャー。

 

 

 

「せせせ、先生に何を飲ませてナニをするつもりなの指揮官君!?」

「は?」

 

 

 

 見れば顔は真っ赤。

 実際、こっちとしても何を言っているのかさっぱりだった。

 

「なに言ってんだお前」

「夏! 室内!! 男女が!!! 二人きり!!!!」

「うん」

「ナニも起こらないハズがなく!!!!!」

「うん?」

「先生は先生なんです! ずっと指揮官君の先生なんです! だだだ、だから指揮官君とはそういうアレなソレになるわけには」

 

「あ、エンタープライズか? 悪いけどお前さんの同僚が熱暴走起こしたみたいだから冷凍室にぶちこんどいて」

 

「3P!!?」

「急いで」

 

 

 

・青葉「重桜の主力は曲者です」

 

『ああ、ダメよ指揮官君……おしりは排泄のためのォ……』

『指揮官、彼女はどうしたんだ……?』

『いつもの』

『あっ(察し)』

 

 レンジャーを冷凍室に放り込んだ後、不知火に色々と看てもらった結果、やっぱりこの暑さで頭がやられていたらしい。

 でなけりゃ飲み物勧められた程度でレンジャーの脳内ピンク劇場が垂れ流しになるはずもない。

 明石からの定時連絡では日没までには空調の方も使えるようになるらしいので、それまでは現状のままになる。

 

「お前さん達艦艇も暑さにやられたりするんだなぁ」

「人間の方々よりは耐性はあるはずなのですが……」

 

 ちびちび麦茶を飲みながら、向かいに座る艦艇に声をかける。

 猫科動物の耳がついた艶のある黒髪に胸元と足元を大胆にさらけ出すよう魔改造された和服だか巫女服だかを着た、見た目は妙齢のお淑やかな美女。

 

 重桜所属。戦艦改め、航空戦艦に改修した扶桑である。

 

「何も飲まなくていいのか?」

「ええ。お気持ちだけいただきます」

 

 出撃からの帰還、その報告ついでに休憩がてら何かと話に花が咲いていた。

 楽しそうに俺に語り、嬉しそうに俺の話を聞くその様は見た目の年齢不相応なほどに明るい。

 かつてはその境遇もあって、『不幸艦』だとか妹の山城と共に揶揄されてきたらしいが、そんな背景が嘘と思えるほどに扶桑型姉妹は毎日楽しそうだ。

 事実、扶桑自身「今は幸せだ」とそれこそ花が咲くような満面の笑みで言われたこともある。指揮官冥利に尽きる。

 

 ただ思い出したように「お世継ぎ」とか呟くのだけは勘弁してほしい。心臓に悪い。

 

(俺が生きてる内に終戦したとして、一応ケッコンしてる綾波やその後もついてくる気なエンタープライズはともかくなぁ)

 

 言うまでもなく独占したがる筆頭の赤城

 ロイヤル動かしてでも俺を婿入りさせる気満々の女王クイーン・エリザベス

 何故か先頭に立つライプツィヒを中心に囲い込みかけてくる鉄血組。きっとここは内ゲバで崩壊すると思われる

 

 なんだろう、指揮官は例外なく部下にその後の人生まで掌握されていくのだろうか

 と、少し前にとある泊地の指揮官から送られてきた彼の死に顔写真つきメールを思い出した。

 

「……」ブルッ

「指揮官様? もしや寒いのですか?」

「あーいや、ちょっとだけ、な」

 

 寒いというか寒気がしたというか

 

「……でしたら、扶桑が」

「あん?」

 

 言うや否や、いつの間にやら目の前まで来てた扶桑に抱きすくめられる。

 胸元に顔が押し付けられ、逃げられないよう腕でガッツリとホールドされて。

 

「……俺、結構汗かいてるけど。それに臭うだろうに」

「気にしませんよ。指揮官様のお身体が一番ですので。身体を暖めるには人肌、と言いますもの」

「そういうこっちゃないんだよなぁ」

 

 何とか頭を動かして扶桑を見る。

 途中いろいろと顔に当たるのを無視して見上げた扶桑は、いつも通りのおっとりとした、けれどどこか儚げな微笑を浮かべて俺を見詰めていた。

 

 ……性欲はまるっきり無いけど美人に目移りしないとは言ってないからな!

 

「指揮官様」

「ん?」

「扶桑は本当に幸せですよ。山城もいて、重桜の皆さんがいて、何より心から信頼できて、お慕いする指揮官様もいて。……これ以上は、無いくらいに」

「……さいで」

「ですが、一つだけわがままを。―――これからも、扶桑をお傍に置いてくださいませ」

 

 

 

 

 

 

 

『指揮官さぁ~ん……サフォークですぅ~……』

「はいよー」

「」

 

 力無いノックの後に聞こえてきたゆるい声。

 それを聞いた扶桑の動きがギッ、と止まる。続けて拗ねた表情と声で「ぐぬぬ」と一言。

 

 正直、それがあと少し遅かったら喰われてた自信がある。

 だって扶桑の眼、完全に愛宕や赤城と同じだったもの。

 

「ぷぇぇ……あついぃ~……」

 

 涙目でドでかいバケツ一杯の氷を持って現れたのは、ロイヤルの重巡洋艦サフォーク。

 彼女は近代化改修第四号。その気質と同じくふわふわしたピンク色のロングヘアーに、ロイヤルメイド隊の一員らしい服装に身を包んではいるが、もう汗まみれでちょっと可哀想だった。

 

「なんだその氷」

「ベルファストさんが持って行けってぇ」

「俺に対して過保護で同僚には鬼畜ってあいつもうわかんねぇな……ほれ、茶でも飲んでけ」

「でもすぐに戻ってこいってぇ」

「俺が引き止めたって言えばどうにでもなるわ。つーかそんな状態で帰して倒れられたら洒落にならん、良いから飲みなさい」

「ふぁいぃ……いただきますぅ」

 

 グラスに注いだ麦茶をくぴくぴ飲み干すサフォーク。あっという間に空になったそれを置いて「ぷへぇ」と息を吐いた。

 

「うぅ、ありがとうございます指揮官さん」

「気にすんな。扶桑、悪いけど扇風機サフォークの方に向けてやってくれ」

「はい。大丈夫ですか、サフォークさん?」

「ありがとうございますぅ……」

 

 扇風機から送られる風を真っ正面から浴びるサフォークの表情は、至福の一言に尽きる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛す゛す゛し゛い゛で゛す゛~」

「やりたくなるよな、わかるよ」

「……空調の点検、思ったよりもかかっているみたいですね」

「だなぁ。日没には終わるって言われたけど……そういや扶桑」

「はい?」

「お前さんが持ってきた紙袋、何それ」

 

 彼女が部屋に入ってきた時、何やら大きめな紙袋をその手に持っていたことを思い出す。

 

「ああ、私としたことが……指揮官様のお召し物を、と思いまして」

「お召し物……服か?」

「はい。気に入っていただけると良いのですが……」

 

 恥ずかしそうに紙袋から長方形の薄い木箱が取り出される。

 扶桑に確認してそれを開ければ、中には何やら黒い薄手の、着物のようなものが。

 

「これは?」

「甚平、という重桜の夏着でございます。これからまだまだ暑くなるでしょうし、指揮官様に普段着としてお使いいただければと……は、恥ずかしながら、扶桑が仕立ててみました」

「自分で作ったのか!?」

「はい……」

 

 どう見ても既製品なこれが自作。

 手に取って見てみれば、確かに所々にその痕跡が見てとれる。

 生地は薄く、そして軽い。確かに夏に着るにはちょうどいいモノだった。

 

「はーすっげぇなぁ……ありがとな、扶桑。今日の夜にでも着てみるよ」

「い、いえそんな。もしかしたら寸法が合っていないかもしれませんし……」

「そうかい? まぁもしそうだったら言うさね。心配いらんと思うけど」

「指揮官様……」

 

 

 

「ベルファストさん!? 大丈夫ですかベルファストさん!!」

「この暑さでベルファストがやられたぞ!?」

「メディック! メディィィィィック!!!」

「フフッ……ご主人、いえ旦那様……ひ孫というのも実に愛らしい……」

「ダメだもう別の世界にまで意識が飛んでる!?」

「ヴェスタルさん! ヴェスタルさんはまだですか!?」

「落ち着け彼女はうちにはいないぞ!?」

「明石ィィィィィッ!!」

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「……すまんサフォーク。戻れ」

「そんなー('・ω・`)」

 

 

 

 

 

 

 

・アーク・ロイヤル「逮捕(された)」

 

 

 

 夜

 

 

 

『指揮官様ァァァァァッ!?』

『ちょっとやだ指揮官それ甚平じゃない!? あーダメよダメダメアッー指揮官ダメえっちすぎるわ指揮官んんん!!』

「さこッ、さアッー! ささささ鎖骨!? しきっ、指揮官様の鎖骨ア゛ッー!?」

「無理ッ! 無理無理ダメダメ○む! 指揮官の赤ちゃん出来ちゃうゥゥゥゥッ!!」

 

 

 

 サウスダコタにバカ二人を冷凍室に放り込ませて少し。

 扶桑が仕立ててくれた甚平はピッタリで、改めて礼を言ったら恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑ってくれた。

 

 メンテナンスの終わった空調は試運転も恙無く完了。

 母港内に涼しい空気が回るようになった。

 

 レンジャーやベルファストも回復し、夏の一時を楽しもうということで駆逐艦達が中心となって花火をやろうという話になった。

 本日の執務も全て終了。海際でやるという話に決まっていたので、俺も向かおうと別棟から外へ。

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、目の前でアーク・ロイヤルが大捕物に遭っているところに出くわした。

 

 

 

 

 

 

 

「……罪状はわからんでもないが、何したお前」

「閣下!? いや、違うぞこれは誤解だ! 誤認逮捕というやつだ!」

「誤認逮捕って言葉は被疑者の無実が証明されてから使うもんだ、覚えとけ」

「そうなのか!? いや、どちらにしろ私は何もしていないぞ!!」

「……とりあえず離してやれ。弁解くらいは聞いてやる」

 

 そう言うと、アーク・ロイヤルを取り押さえていたテネシー、ヘレナ、高雄が渋々といった表情で離れる。

 

「うぅ、ありがとう……ありがとう閣下……一生ついていきます……!」

「軽いなお前の一生。……んで?」

「そうだ! 私は怪しいことも罪に問われるようなこともしていないしするつもりも無い! ただ花火をする駆逐艦の妹達を陰から見守ろうとしていただけ! だというのに突然取り押さえられたんだ!」

「あーまぁそれはそこの三人が悪いな」

「だろう!?」

 

 

 

「お前が顔面に下着被ってなけりゃあな」

「えっ」

「確保」

「閣下ー!?」

 

 

 

 間髪いれずに再び地面に縫い付けられたアーク・ロイヤル。

 ヘレナに頼み、その顔面にあったサイズ的にどう見ても駆逐艦のモノのそれをひっぺがしてもらった。

 

「どっから盗んだお前」

「盗んでなどいない! 落ちてたんだ!」

「どこに」

「廊下!」

「なんで廊下に下着が落ちてるんですかねぇ……」

「私だって聞きたいさ! だがもし駆逐艦の誰かが困っているのでは……と考えたら、いてもたってもいられなかった! だから落とし主を探しに……!」

「だからって被る必要ねぇだろうよ」

「閣下は被らないのか!?」

「沈めんぞテメェこの野郎」

「指揮官?」

「そんな事実は無いからその眼やめろヘレナ」

 

 ハイライトオフのめちゃくちゃ怖い眼で見てくるヘレナを諌めて、しばし考える。

 こいつは無二無類の駆逐艦狂いの変態だが直接的な被害をもたらすような奴でもない。事実、一部の駆逐艦達からは「カッコいい」とごくごくたまに本当にたまにそんな評判が上がっていたりもする。調子乗るから教えないだけで。

 

「とりあえずテネシー、それとなく持ち主探しといてくれ。俺がやるわけにもいかんだろ」

「私か!? ……むぅ、まぁ構わないが」

「今回は証拠不十分ってことで、下着被った件についてだけ後で説教して済ませてやる。他の面々待たせるわけにもいかねーし、今は早く花火やりに」

「いや、その、指揮官殿」

「ん? どした高雄」

「拙者、その下着の持ち主に心当たりがあるのだが」

「ああ、そうなのか? じゃあ高雄に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――綾波のものなんだ」

「前言撤回いますぐ殺せ」

「閣下ァァァァァァッ!!?」




この話書き始めたのアイリスイベント真っ只中だったんだよなぁ……







三笠大先輩来ました


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三笠「まだ若いし。いけるし」

ツイ垢作ったのとドイッチュラント恒常追加のアナウンスが来たので初投稿です

今回まぁまぁ長いのと、綾波について解釈違い起こすかもしれぬ方はすぐにバックでカントリーサインの旅してきて、どうぞ


 

 

 

―――既に過去となった、今は遠いあの日

 

 

 

 ―――濡羽色のあの人に、一目で心を奪われた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ」

 

 アイリスの内戦が一応の終息を見せてから一月余り。

 うちの艦隊も微々たるものながら海域攻略へと乗り出していった。

 綾波、レンジャー、扶桑、サフォークに続いて、ラフィーとジャベリン、重桜の軽巡洋艦である阿武隈の改造も完了。『認識覚醒』という、練度の上限突破に関する委託任務に主に関わることになった綾波を除いた六隻を主軸に未踏破だった海域も次々と突破出来ている。

 特に陣営毎で纏めた艦隊の突破力は目を見張るどころか相手側に思わず同情してしまいそうなほどの力を見せている。

 

 クイーン・エリザベスを中心にジャベリン、サフォーク、そしてベルファストが前衛を務め、エリザベスの両翼をフッドとイラストリアスで固めた、最も安定した火力と耐久を持つ布陣のロイヤル艦隊。

 航空戦艦となった扶桑を旗艦に、そこに赤城と加賀の一航戦を加えて圧巻の一言に尽きる航空制圧。とある海域で遭遇、そして参加を果たした重桜駆逐艦の夕立を主軸に阿武隈と愛宕を伴った雷撃による見敵必殺の重桜艦隊。

 誰もが知るLuckyE、エンタープライズと我が艦隊の戦艦において最古参のカリフォルニア、そして単艦での面制圧にかけては並ぶ者無しとなったレンジャーを主力艦隊に、ラフィー、クリーブランド、あとは軽巡のヘレナ或いは重巡のウィチタで、耐久に難ありだが素殴り火力による道中の露払いには最適のユニオン艦隊。

 主力はティルピッツとグラーフ・ツェッペリンの二隻のみながら道行く全てを鏖殺し、前衛には近々、近代化改修を迎えるZ23。その両サイドをフィーゼとプリンツ・オイゲンで補佐する鉄血艦隊。

 更には海域でそれぞれを補佐する、伊19、伊26、伊58、U-557、U-81、デイスら潜水艦達。

 

 主に第一から第四までの席を埋めるこの四つの艦隊と二つの潜水艦隊が、現在の主力となる。

 

 アイリス内戦以降、同作戦に参加していたユニオンのサウスダコタ級戦艦のマサチューセッツが参加。更に件のアイリスからは駆逐艦のフォルバンとル・トリオンファン、軽巡のエミール・ベルタン、潜水艦のシュルクーフが。ヴィシア聖座に籍を置く駆逐艦のル・マルス、そして巡洋戦艦のダンケルクがそれぞれうちの艦隊に着任した。

 唯一、ヴィシアの首魁に位置していたジャン・バールのみが姿を見せず、マサチューセッツが少し寂しそうだったのは記憶に新しい。

 

 これにより更に厚みを増した我が艦隊。采配にこれまで以上に気を遣うようになったが、戦力として見るならばもういいんじゃないかな、とも思う。

 

 

 

 さて、ちょっとアレな話になるが、そんな大所帯になれば当然いろいろと経費なり何なり嵩むこと請け合い。

 その戦力に見合うだけの戦果は上げられているハズ。加えてここは一応正規の手続きに則って運営されている艦隊。

 俺自身は民兵みたいなもんだが、軍属となってる関係上、当然上司というか上官というかそういう立ち位置の人もいて。まぁ時々顔を出して報告するなり何なりの義務もある。

 

 てなわけで、今は基地を離れて一人、その直属の上官に当たる人への定期報告に来ていた。

 

 

 

「―――艦隊とその指揮官の数だけ、様々な色がある」

 

 御歳六十三歳になるこの御仁。

 俺とは親子ほど歳の離れたこの人も、俺と同じようにお国から徴用喰らって艦隊指揮官を勤めていたらしい。

 そんな似通った背景だったからか、教導等で艦艇やセイレーンに関する基礎知識を一から教えてくれて(なお指輪とかその辺はノータッチであった)、なおかつ何かと気にかけてくれている、俺としても尊敬してる人だ。

 

「だがな、どれだけの数の艦隊があり、指揮官がいようとも、最終的には全て二つのタイプに分けられる」

 

 高齢を感じさせないピンと伸びた背筋。

 髭の蓄えられた貫禄漂う面持ち。

 厚手の軍服の上からでもハッキリとわかる、老衰という言葉とは凡そ無縁な体格。

 

「―――即ち。我を取るか、和を取るか」

「……それは」

 

 ―――まるで、レッドアクシズとアズールレーン

 

 俺が抱いたそんな言葉を読み取ったのか、静かに頷く。

 ただの老兵ではなく、ただの上官でもなく。

 まさに『歴戦』、その言葉が正しく当て嵌まる。

 

「その点で言えば、君はどちらかというと和に寄っているな」

「そう、ですかね?」

「うむ。報告書ついでに持ってきてもらった彼女達からのアンケート、あるだろう?」

「ええ」

「目を通させてもらったよ。君と彼女達は互いが互いを信頼し合っているようだね。実に喜ばしいことだ」

「……恐縮です」

「……しかし、先程も言った、『我』を取るタイプ……彼女達を『モノ』として扱う輩が多いことも事実」

「それは……まぁ」

 

 まぁ、それも当然と言えば当然だろう。

 演習等で他所の泊地に行くこともままにあるが、いくつかでは艦隊を私物化しているような場所も見えた。

 これに関しては私見ではあるが、やはり艦艇に対する『不知故の恐怖』というものがあるのだろう。

 

 どこで、どこから、どうやって誕生したのか

 

 経緯、背景、構造

 

 それら全てが、未だに解明出来ない存在。

 

 ヒトはとかく、『知らない』モノを本能的に恐れる傾向にある。

 そしてそれは、結果的に『怖い、だから知りたくない』という最悪の堂々巡りを招く結果にもなっている。

 もちろんそんなタイプが全てではないことはわかっているが

 

「そういう人間が大多数なのもまた事実、なのだよ」

 

 心底悔しげに、彼はそう語る。

 彼自身もかつてはそちらよりだったそうだが、それでも艦艇達と共に過ごす内に心変わりがあったらしい。

 前線を退いた今でも、当時の部下達がこぞって顔を出しにくるそうな。

 

「だから、私としても君のようなタイプは非常に好ましい。上司としても個人としてもね」

「……ありがとうございます」

「照れるな照れるな。……彼女達と共に、これからも歩みたまえ。予算等の件も、遅々としながらでも確かな戦果を挙げているならば文句も出まい。都合は私がつけよう」

「……はい。ありがとうございます!」

「うむ。……ところで、話は変わるのだが」

「はい?」

 

 表情が一変、奥歯に何か挟まったような顔になった上司が、数枚の紙を俺に向けて差しだs

 

「oh……」

 

 

 

 

 

 

 

「君こんな怪文書送りつけてくる娘達と一緒で本当に大丈夫なのかね?」

「申し訳ありませんッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

『いやまぁ君の所だけではないから特には気にしていないのだけどね』

『えっ』

『極々少数ながらあるのだよ、こういう基地』

『……ルルイエ泊地の友人が部下達に襲われて孕ませてましたねそういや』

『待って彼女達って妊娠できるの? というか襲われたの?』

 

 

 

 何とも微妙な空気で終わった定期報告。

 とりあえずヒトの上司にアンケートに混ぜて怪文書忍びこませた奴の目星はついてるので帰り次第処罰を決定。

 

 

 

 だが、足早に戻った俺を待っていたのは、予想だにしない展開だった

 

 

 

「……ぁ」

 

 口から乾いた声が漏れる

 息が続かず、脳が揺れて立っていられない

 

「あぁ、あ……」

 

 別に基地が襲撃されていた、とかそういうことではない

 いや、不謹慎だが、下手をしたらそっちの方が俺にとってはマシだったかもしれない

 

「ぁああああ……!」

 

 エンタープライズやベルファスト、カリフォルニア達といった、特に最初期から共に歩んできたみんなが俺に声をかけている。だが、俺の頭はそれを理解できていない

 

 俺を待ち受けていたのは、それほどまでに受け入れ難い現実だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッなんですこれ判定ガバガバにもほどがあるしドロップ渋すぎるし時間経過でボスが強化されるとか初見殺しなんて言うのも憚られるほどのクソ難易度ですだいたいシステム自体に粗が多すぎですしテキストの文字は子供騙し同然ボイスも無しで前作で爆上げされたシリーズ評価ダダ下がり確定じゃないですか制作スタッフやる気あるんですかこれなら前々作の方がまだ楽しめる構成だったですだいたいシリーズ続いてるのに新しいシリーズ出してしまってる時点で開発側が迷走してるって自己申告してるようなもんですそれの初作がコケてたらもう終わりだったって言ってるようなもんですだから一作目からのファンが離れてしまってるんです続編作る気無いなら最終作を尻切れトンボにするんじゃないです続編作りなさい徹底的にコキ下ろしてやるですそれにしても遅いですねロング・アイランドさんお菓子仕入れてくるってことなのにまさか強制労働でもされてるですかまぁそれならそれでやりようはあるですロング・アイランドさんラブ○ラスのヒロインを全員徹底的に調教してやるですフフフ次にこれを起動した時の顔が今から楽しみで酸素コーラがおいしいのですゲッなんですこれ全然進んでないじゃないですかこれじゃやる気も起きないですでもまぁこれはこれで好きにイジれるから解釈違いで殴り合いも出来るといえば出来るわけでフフフ普段ドン勝たれてばかりの恨み辛みを全てここにぶちこんでやるですほら反応しなさい一から百まで作り変えてやるですからアハハハハハハハハああやっぱり魚雷天ぷらを酸素コーラで流し込むのが最の高王家グルメとかそんなの【不適切】ですあんなの【不適切】ですやはり魚雷天ぷら is God.というわけで食べ尽くしてやるですフフフ出撃も無いけど太ることはないああありがとうございますロング・アイランドさんあなたの教えは最高です娯楽には触れてこなかったですがまさかこんな楽しいものだったなんてもうこのままこれでいいですいやもうこれホントに至福に尽きるですもうこのままここでお布団と添い遂げてしまってもいいですホントに」

 

 

 

「綾波ぃぃぃぃぃあああああああッッッ!!!!?」

 

 

 

・指揮官「帰ってきたらケッコン艦がヒキニートになってた」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

『お前! お前かこのクソ幽霊!? 返せよ! 俺の綾波を返せェェェェェェッ!!!』

『ぐえぇ……わ、わたしただ息抜きの仕方おしえただけだもん……』

『お前も近代化改修してやろうかァ!?』

『斬新すぎる脅し文句!?』

 

 

 

『……後に、『初期艦ニート化騒動』と語られる事件の始まりから一週間。例を見ないほどに取り乱した指揮官も今は落ち着いて、これまで通り精力的に執務に励んでいます。

 ですが、着任して間もない私でもわかるほどに指揮官の憔悴ぶりは隠しきれておらず、小さなミスが度々発生。その都度ネルソンさんやアドミラル・ヒッパーから容赦無い罵声が飛び出ます。

 指揮官も頭ではわかっているのでしょうけれど、それでも私達のリーダー的存在で、指揮官の初期艦、唯一のケッコン艦、一番信頼できる存在である綾波がああなったという心理的ショックは計り知れないモノだったようです』

 

『あ、申し遅れました』

 

 

 

「おはようございます。エディンバラです」

「おはようございます、姉さん」

「あ、ベル。おはよう。ちっちゃいベルもおはよう」

「おはようございます、エディおねえ様」

「ちょっとそのエディってのやめて。男の人みたいじゃん」

「ですがレパルスさんが、こう呼べばエディおねえ様が喜んでくださると……」

「ごめん二人ともちょっと用事できた」

 

 

 

「エディを名乗るそこのメイドォ!」

「うわっ、重桜の赤城!? ていうか名乗ってないけど!?」

「エディならばコーナーポスト最上段からフロッギーな気分で相手にボディスプラッシュでも決めてご覧なさいなァ!?」

「えっ何!? なんの話!?」

「ほらあそこにちょうど倒れてるのがいるから!」

「だからなに、ってキャアアアア陛下ー!?」

 

 

 

「……ご主人様の不調がこんなところにまで……」

「おねえ様?」

「……いえ、何でも。姉さんのフォローと陛下の救援に行きますよ」

「は、はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「……指揮官、大丈夫か?」

「……ん。クリーブランドか? ああ、悪い。ちょっとボーッとしてた」

「指揮官……」

 

 綾波が引きこもるようになってから、指揮官は仕事してる時以外はずっとこんな調子だ。

 理由は今でもわかってない。綾波が唯一部屋に入れるのはロング・アイランドだけで、そのロング・アイランドに根本的な理由を問い質しても口をつぐんだまま。

 

 仕事に関してはネルソンから聞いた限りでは、時々小さな書類不備がある程度で大きな問題は無いらしい。ただ見てわかる通りの消沈具合が気に食わないらしく、ついついいつも以上に厳しい言葉と態度で当たってしまっていると。

 アドミラル・ヒッパーからも似たような話を聞いた。誰に対しても食ってかかるヒッパーが、その時だけはどことなく元気が無かったのがちょっと意外だった。

 

 指揮官がそんな状態なのが間接的に、艦隊の雰囲気をちょっとずつ悪い方向に向かわせている。

 綾波の元に向かっても取り合ってもらえず、故に指揮官を上手く慰めることも出来ない赤城は普段以上に情緒不安定。愛宕も意気消沈したかと思えばカリカリして高雄に窘められる毎日。

 重桜で特に深刻なのが扶桑型の山城。普段は天真爛漫で指揮官を「殿様」と呼び無邪気に懐いていた彼女の口から出た言葉は『不幸だわ…』の一言のみ。これに扶桑が大いに取り乱した。今は落ち着いたけど。

 

 鉄血組はティルピッツが真っ白に燃え尽き、ツェッペリンが平然とした顔でドカ食いし始め、オイゲンが不安そうにそわそわしていたのが印象深い。Z型駆逐艦のみんなやライプツィヒはそんな面子の様子に一周回って冷静になってた。何だかんだみんな指揮官が好きなんだと改めて実感した。

 

 私達ユニオンやロイヤル陣営、着任したばかりのアイリス、ヴィシアは平静を保てていたけれど、ことここに至って、私を含めた艦隊の全員が、指揮官がどれほど綾波のことを想っているかがよくわかった。

 

 私達が指揮官に向けるそれとはまた別物であるのだとしても、それでも指揮官にとっての一番はやっぱり綾波なんだと。

 

 もちろん、指揮官は何度も綾波と話をしようと部屋に通い詰めていた。それでもその扉が開くことはなく、それどころか返事さえされなかったらしい。

 

「……俺なんかしちまったのかなぁ……」

 

 力無く項垂れる指揮官。

 

 ……私は、私達は何をしてあげられるんだろう

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「綾波ちゃん」

「何ですか?」

「指揮官さん、だいぶ参っちゃってるみたいだよ」

「……」

「もう許してあげたら?」

「……」

 

 ムスーッと頬を膨らませ、ロング・アイランドの言葉には何も返さない綾波。

 流石に自分が意固地になっているという自覚は綾波にもある。自分が原因で、指揮官と艦隊の仲間みんなに迷惑をかけてしまっているのだから。

 だが、今日でもう一週間。そう簡単には引っ込みがつかなくなってしまっている部分もあって。

 

「……許すもなにも」

「うん?」

 

「……指揮官は、何も悪くないです」

 

「悪いのは全部……綾波、です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「指揮官?」

「指揮官様?」

 

「……なにさ」

 

 書類を片付け、気晴らしがてらに散歩してたら愛宕と赤城に詰め寄られていた。

 壁に押し付けられて退路を塞がれ、目の前に迫る二人の顔は何かもうすごい。目は血走ってるし隈もすごい。

 

「……ねぇ指揮官。いつまでも綾波ちゃんをあのままにしておくつもり?」

「あん?」

「お言葉ですが指揮官様、正直この状況が続くと赤城はもうおかしくなってしまいそウデス」

「既にだいぶキてるじゃねーか」

 

 カタカタ小刻みに震えている赤城。

 珍しいことにそんな赤城を宥める愛宕が、まるで初めて会った頃以来の真面目な表情で語りかけてきた。

 

「……ねぇ指揮官。お姉さんね、実は指揮官と綾波ちゃんの仲の良さ、もちろん妬ましいけど……それ以前に好きだったのよ?」

「え……」

「私達重桜にも、他の陣営の子達にも指揮官は分け隔て無く相手になって、信用も信頼もされているけれど……それでも、指揮官と一緒にいて一番サマになってるのは、やっぱり綾波ちゃんなのよ」

 

 悔しいけれどね、と苦笑と共に溢す愛宕。

 

「それに、指揮官がそんなままじゃあ、お姉さんとしても張り合いが無いわ。ドンと構えて私を冷たくあしらう指揮官でいてくれないとオトす気にもなれないじゃない」

「お前それ……」

「指揮官様」

 

 普段のような我欲に走った表情ではない、本当にマジの状態の愛宕に二の句が告げられなくなる。そこへ、赤城が俺の手を静かに取った。

 

「赤城?」

「指揮官様が赤城を選ぶことは自明の理」

「おい」

「ちょっと」

「お黙り重巡。……ですが、赤城にも赤城なりの理想、というものがありますの」

「……今の俺はそれに叶ってないって?」

「いえ、指揮官様はどんなお姿でも愛しいですわ。ただ……そうですわね。このケダモノ重巡と同じようなことを言うのは非常に業腹ではありますけれど」

 

 くっ、と握られた手に力が入る。

 真っ直ぐ俺の目を見て、いつものようにストレートな意思と言葉で、赤城は俺に伝えてくる。

 

 

 

「―――やはり赤城は、いつも通りの指揮官様が、一番素敵だと思っておりますわ」

 

 

 

 

 

 

 

「……行ったわね指揮官」

「手のかかる旦那様ですこと」

「……ところで誰がケダモノですって?」

「自覚の無い者ほど救えないモノは無いわねぇ」

「あら、あんたの目の前には鏡でもあるのかしら」

「ほほほ。やだやだ、これだから目の前しか見えていないイノシシは困るわ」

「化かすしか能の無い駄狐よりは有能だと思うけれどね」

「…………」

「…………」

 

「「…………」」

 

 

 

「「エイシャオラァッ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 基地から外れの波止場。

 そこに柄にも無く寝転がって空を見る。

 

 晴れ渡る昼下がりの空。俺としては雲ひとつ無い、よりもむしろ雲がある空の方が、そのどこまでも続く蒼を彩る不定形な白色のコントラストも相まって好きだったりする。

『本日天気晴朗なれど波高し』というのは誰の言葉だったろうか

 

「いやまぁ別にこの状況とは全然関係無ぇんだけど」

 

 ……ここに来るまでで、愛宕と赤城に続いて何人もの艦艇達から話を聞いてきた。

 俺と、綾波に関することを。

 

 

 

『……そう、だな。私には綾波がああなった理由は見当もつかない。だが……あなたと綾波は、やはり二人で一緒にいる方が、私としても落ち着く』

『指揮官様は、色んな方達の心に寄り添ってきましたもの。けれど、指揮官様の心に寄り添えるのは、彼女が一番だと私は思います』

『ユニコーンね、お兄ちゃんのこと、大好きだよ? でも、綾波お姉ちゃんのことも大好きなの。お兄ちゃん達が、仲直りできるようにって、ユーちゃんも応援してくれてる……だから、がんばって、お兄ちゃん』

 

 エンタープライズと、イラストリアス、ユニコーン

 

『ご主人様と綾波さんについては、私も敬意を表しております。互いに信を置き、簡単には表せないほどの親密さ。……メイドにあるまじきことですが、羨ましいと感じております』

『私達が着任する前……それこそ、最初からずっと一緒だったんだもんな……大丈夫だ指揮官! 綾波だってバカじゃないし、きっと指揮官と面と向かって話せば、ちゃんと答えてくれるさ!』

 

 ベルファストとクリーブランド

 

『女にしかわからないこともあるのよ指揮官さん? 綾波ちゃんは指揮官さんのこと大好きだけれど、ちゃんと言葉にしなくちゃ伝わらないことだってあるもの。だから、綾波ちゃんとお話をして、ちゃんと指揮官さんの伝えたいことも伝えなくちゃ』

『私、たぶん一番綾波と一緒に出撃してきたからさ、ちょっとはわかるんだ。綾波って甘え下手っていうか……うん、指揮官のことはもちろん好きなんだけど、だからこそ迷惑になっちゃうんじゃないかって思いがちなんだよね。……不器用というか何というか、誰に似たんだろうねー?』

 

 レキシントンと、カリフォルニア

 

 

 

 ここが始まって間もない頃に、ずっと支えてくれていた面々。

 ずっと先頭に立って海域を進んできた綾波と共に、誰よりも近くで戦ってきたみんな。

 その全てが、綾波を信頼して、心配している。そして、いつも通りの姿を見せることを信じている。

 

 こんな情けないオッサンのことも心配してくれて、誰も見放すようなことは一言も言わず、普段通りの俺の姿を見せてくれ、と暗に言われている気がして。

 

「……綾波」

 

 初期艦。たった一人の相棒。

 俺が指輪を贈った、唯一の―――

 

「―――男見せろアラフォー!!」

 

 立ち上がって、年甲斐も無く走り出す

 

 伝えるべき言葉はわからない

 

 ただそれでも、もし会いたくないと言われても

 

 俺は綾波に会わないといけない―――いや

 

 

 

 俺は無性に、綾波に逢いたかった

 

 

 

 

 

 

 

「……あー」

「? ロング・アイランドさん、どうしました?」

「や、指揮官さん来るみたい」

「えっ」

「しかも今回本気みたいだよー? これはもう覚悟するしかないんじゃない?」

「……でも」

「うん?」

「……怖い、です。理由を話して、もし、指揮官に嫌われたりしたら……うぅ」

「大丈夫だと思うよ」

「……えっ?」

 

「指揮官さんがそんなヒトじゃないの、綾波ちゃんが一番わかってるはずでしょ?」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「………」

「………」

 

 部屋を訪ねたら、ロング・アイランドが躊躇なく招き入れてくれた。

 気を遣わせてしまったのか、そのロング・アイランドは今は部屋を出ている。以前にキツく当たってしまったことを謝りそびれたが、それを察していたのか『後でいい』と言われてしまった。

 

 だから、ここには俺と綾波の二人だけ。

 

「……指揮官、ちょっと痩せた、です?」

「あー……そう見える、か?」

「はい……」

「……」

 

 会話が止まる。二の句が続かない。

 

(こんなことならなに話すか決めときゃよかった……)

 

「……綾波」

「ッ……はい」

「あー……その、だな……」

「……」

 

 訊かなければいけないことも、言わなければいけないこともいくつもある。だというのに

 

 目の前で不安げに、何かに怯えているような綾波を見ていると、喉元まで引っ掛かっているそれを引き出すことが出来ない。

 

 しかしそれでも、これだけはハッキリさせなければいけないから

 

 

 

「……単刀直入に訊く。なんで……引きこもったりしたんだ?」

 

 

 

「……それ、は」

 

 そこから先の言葉を、綾波は言えなかった。

 あちらこちらに彷徨う視線は揺れていて、俺にそれを伝えることを怖がっていることを如実に示している。

 出てくるのは掠れた声だけ、そんな初めて見る綾波の姿に、思わず詰め寄ってしまいそうな自分を何とか留める。

 しっかりと、彼女の意志と言葉で聞かなければ意味は無い。しかし当の本人が感じている恐怖と不安が、それを邪魔してしまっている。

 

 ならば、俺がやることは一つだけ

 

「……綾波」

「ひっ」

 

 立ち上がって、動きだした俺の姿に、綾波が小さな悲鳴をあげる。

 今の俺も恐怖の対象なのか、と少しだけイラっと来たが、それを優先して顕すほどもう子供じゃあない。

 

 歩を進めて綾波の目の前に。そこに腰を下ろして

 

 

 

 そっと、綾波の頭に手を置いた

 

 

 

「―――し、き、かん……?」

「焦らなくてもいいさ。綾波が伝えたいように言ってくれ」

 

 そのまま軽く撫でてやれば、いつものように、目を細める綾波。

 そんな時間が続くうちに、その小さな唇が開かれた。

 

「……ごめんなさい、指揮官」

「うん?」

 

「全部、全部……綾波の、ワガママ、なのです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ずっと、ずっと不安だった

 

 着任した日―――初めて指揮官と出会ったあの日から、ずっと不安を感じていた

 

 戦うことは嫌いじゃない。かといって別に好きというわけでもない

 

 ただ、何のために戦えばいいのか、そこだけが不透明なのが、ずっと、ずっと、不安だった

 

 ―――いつからだろう。それが少しずつ薄れ始めたのは

 

 指揮官と出逢って、同じ時間を過ごして、仲間達に囲まれて、いつしか彼から指輪を贈られた

 

 彼はその意味をよくわかってなかったらしい。けれど、それでも嬉しかった

 

 戦うことは、今でも好きになれないけれど嫌いでもない。でも、それでも

 

 彼の―――指揮官のために。自分をずっと信じてくれている彼の望む未来のためなら、きっと自分は、どこまでも、いつまでも戦えると

 

 笑いかけてくれるその表情

 優しく語りかけてくれるその声

 撫でてくれる大きな手のひら

 

 自分―――綾波が大好きな全てのために

 

 

 

 ―――けれどいつしか

 

 ―――それさえも不安になってしまっていた

 

 

 

 戦うことに異論は無い

 

 けれどその果てを想像してしまった

 

 自分は、指揮官やみんなとずっと一緒にいたい。セイレーンとの戦いが終わった後でもだ

 

 でも、もしそれが叶わなかったら?

 

 大好きなみんなと、もしも永遠に離ればなれになること―――自分の戦いが、全て徒労に終わるようなことになってしまったら?

 

 先が見えないことが不安で

 そんな『もしも』が起こりうる可能性が不安で

 そんな思いが溜まり続けたまま、いつしか自分は前線に立たなくなっていた

 

 もちろん、それは指揮官による采配だ

 

 認識覚醒

 最高にまで到達した練度の上限を更に引き上げる強化措置

 いくらかの資金と特殊な資材を用いて行われるそれを、指揮官は迷うことなく自分に注いだ。それについては文句は無い。その後、その資材を入手する委託任務を果たすことが、自分の主な仕事となったことも含めて

 

 多く在籍する艦艇達の中には、当然練度が乏しい者達もいる

 一度上限に届いた自分をフォローに回し、彼女達を優先して鍛えることは確かに理に適っているのもわかる

 

 

 

 ―――許せないのは、それをずっと続けたいと思っている自分がいることだった

 

 

 

 指揮官のために戦いたい

 

 けれど、先の見えない未来を思うとどうしても不安で

 

 でも、指揮官やみんなにとって、自分はまだまだ必要な存在で

 

 ぐるぐるぐるぐる

 

 色んな感情が渦巻いて、頭は色んなことを考え通しでまとまらない

 

 だから、だから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わからないのです。綾波は、綾波はどうしたらいいのか……自分が何をしたいのかも、もうわからないのです……!」

「―――」

「怖い、です。もし、もしこの先、どれだけ綾波が頑張っても、それが全部無駄になってしまうのが怖いのです……指揮官や、みんなと、ずっと一緒にいたい……でも、でも……!」

「……綾波……!」

 

 苦しそうに、絞り出すように語り続ける綾波。

 そんな彼女に俺がしてやれることは、震える身体を抱き留めてやることしかなくて。

 

「……ごめん、ごめんな、綾波……」

「違う、です……指揮官は、何も悪くないのです……綾波が、弱いから……」

「そうじゃない、そうじゃないんだよ綾波……お前がそこまで思い詰めてるなんて、気付いてやれないどころか、思いもしなかった。悩んだりすることなんて、当たり前なのに……!」

「指揮官……」

「綾波なら大丈夫だろうって、勝手に思ってたんだ。そんなこと、あるわけないのに……どんな奴でも、気にしてやらなきゃ潰れそうなことにも気付かない。そんな、当たり前のことを、俺は……!」

「……ぅ、うぅ……ごめんなさい、ごめんなさい、しき、か……!」

 

 小さく漏れ出る嗚咽が、次第に大きな泣き声に変わっていく。

 俺の背中に腕を回して、子供のように泣きじゃくる綾波の姿は、いつも以上に小さく見える。

 改になろうと、練度がどれだけ高くなろうと、その精神面が成熟していようとも、駆逐艦という『フネ』であるのだとしても

 

 ―――まだまだ子供……いや

 

 ―――子供から大人へと変わる途中の『少女』

 

 ―――そこで成長が止まってしまっているような、そんな不安定な状態なんだ、綾波は

 

(俺は、バカだ。筋金入りの大馬鹿野郎だ……!)

 

 綾波はいつも静かに、俺の隣に立っていた

 はにかむような微笑に癒され、救われてきたことだってあった

 初期艦として、いつもみんなの先頭に立って、戦場を駆けるその姿は頼もしくて

 

 それに引き替え、俺は?

 

 俺は綾波に何をしてやれていた?

 装備を整え、技能を鍛え、戦場に送り出して、帰って来たら言葉をかけて労って

 

 そんな当たり前の事ではなくて(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 こんなに小さくなって震えている彼女に、俺は何かしてやれてきたのか?

 

 彼女の不安や悩みに、気付いてあげられることも出来ないような俺が、何を……!

 

「……綾波」

「グスッ……しきかん?」

「怖いんだよな? 先が見えないことが」

「……はい」

「……実はな。俺もなんだ」

「えっ……?」

 

 

 

 ―――だから

 

 何が出来るか、してやれるのかもわからないけれど

 

 ―――せめて。寄り添うだけでも、してやりたい

 

 その不安を、ほんの少しだけでも掬い取ってやりたい

 

 

 

「俺、元々は普通の会社員だったって話しただろ?」

「はい……」

「けど今はこういう場所で、指揮官って立場にいる。いつ終わるかわからない戦争の真っ只中。……正直、終わったところで元の生活に戻れるって保証も無い」

「……」

「戻れたところで、きっと今まで通りにはいかない。間違いなく、大事な何かが変わってるハズなんだよ」

「……」

「けど、さ。実際はそうならないかもしれない(・・・・・・・・・・・・)

「……えっ」

「戦争は俺が生きてる内には終わらないかもしれない。仮に終わっても俺は指揮官として残り続けるかもしれない。もしかしたら指揮官の任を解かれるかもしれない。……考え出したらキリが無ぇ」

 

 ガキの頃から、その思考の繰り返しだった。

 自分が今やっていることは本当に自分のためになるのか?

 或いは誰かのためになることなのか?

 これは本当に自分がやりたいと思っていることなのか。もしそうであってもこの先このままでいいのか。

 

「……だからさ、綾波。もしかしたら今のお前には、ちょっと厳しいかもしれないこと言うぞ」

「……」

「そういうことばっかり考えてた時にさ、あるヒトから言われたんだよ」

 

 

 

「『未来に思いを馳せるのは佳い。だがそれだけに執心することは、今を蔑ろにし、結果その未来を遠ざけることだ』」

 

 

 

「……その言葉の真意は、今でもわからない。でも指針は見えたんだ」

「指針……?」

「……要するに、だ」

 

 未だに不安げな綾波。その目元に残る涙を脱ぐって、真っ直ぐにその瞳を見つめる。

 夕焼けのような明るい色。いつだって俺を見守ってくれていた、その眼差しを思い出す。

 

 

 

「俺の個人的な結論だけどさ―――先のことなんて誰にもわからねんだから、考えるなんてバカバカしい。それよりも、今やるべきこととやりたいことに全力出すべき―――そう思うようになったんだ」

「―――」

 

 

 

 綾波の目が大きく見開かれる。

 今の先がわからないことに不安を抱いている奴にこういうことを言うのは間違いだとも思うが、それでも伝えずにはいられなかった。

 

「……でも」

「ん?」

「でも、綾波は、わからないです。さっきも言ったけど……もう、やりたいことも、やるべきこともわからなくて……」

 

「だったら見つけようや、一緒に」

 

「―――え?」

 

「わからない、見つけられないなら俺も手伝う。何でも良いって言うんだったら、出撃でも委託でも何でも回してやる。それでも見つけられないようなら―――いつまでも手伝ってやるからさ」

 

 これは紛れもない本心だ。

 ずっと綾波に助けられてきた。ずっと隣にいてくれた。

 そんな相手のためなら―――俺は、何だってしてやれる。いや、してやりたい

 

「それ、は……でも」

「でも?」

「でも……迷惑じゃ、ないのです?」

「ハッ。迷惑なもんかよ。……つーか第一」

 

 言って、綾波の手を取る。

 その薬指には、今でも色褪せることなく輝く、指輪がある。

 

「―――仮にも、ケッコンしてるだろ、俺達」

「あっ……」

「何を今さらって思うだろうけど、さ。頼ってくれていいんだよ。もっと、甘えてくれていいんだ。……むしろ、その方が、俺も嬉しい」

 

 握った綾波の手を、もう片方の手で包み込む。

 小さな手。だけど、温かな熱を確かに感じる。

 

 綾波が『生きている』ことを教えてくれる、その証明に他ならない。

 

「………」

「………」

「………」

「……あー、ダメ、か?」

 

 ポニーテールがぶるんぶるん揺れるほどに、首が激しく横に揺れる。

 そして、俺の手を何度も、感触を確かめるように何度も握っては離しを繰り返す。

 

「……いいん、ですか?」

「ん?」

「綾波……指揮官に甘えても、いいん、ですか?」

「ああ」

「迷惑じゃあ、ないのです?」

「もちろん」

 

 くしゃり、とその表情がまた歪む。

 けれど、さっきまでと比べて、悲壮さは感じられず

 

「……指揮官」

「うん」

「撫でてほしいです」

「おう、いいぞ」

「抱きしめてほしいです」

「……ん?」

「もっと、綾波とお話してほしいです。もっと、綾波に触れてほしいです」

「………」

「出撃から帰ったら、『おかえり』って言ってほしいです。頑張ったら、褒めてほしいです」

「綾波……」

「もっともっと、指揮官と一緒に色んなことがしたいです。一緒にごはんを食べて、一緒に色んなものをみて、色んな所に行ってみたいです」

 

 俺の手を握るその力が、少しずつ強くなって、同時に綾波の口調も、少しずつ強く大きく変わっていく。

 その顔の険が取れ始める。憑き物が落ちたように、次第に晴れやかな面持ちへと。

 

「―――指揮官がいてくれれば、綾波は、どんなことでもやれる。……そんな気がするのです」

 

 涙は残っていたけれど

 

 

 

 ―――顔を上げた彼女は、いつものはにかむような微笑を浮かべていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――一夜明けて

 

 あの後、綾波はすぐにみんなの所に謝りに行った。

 一人ひとりにしっかりと頭を下げて、自分の失態を詫びていた。

 当然、誰ひとりとして気にしている者はおらず、綾波が引きこもっている間に練度が追い付いたクリーブランドが綾波が請け負っていた委託を代わりにやるとまで言い出したりも。

 まぁその時は流石に綾波の精神面を落ち着かせるために休ませていたのだが

 

(いや、まさか飯はともかく風呂も寝るのも一緒ってねだってくるとは思わんかったなぁ)

 

 綾波曰く『夫婦らしいこと一つもしたことないです』とのこと。

 断る理由も無く、そもそもケッコンしてるということは俺から言い出した手前、無下にすることも無い。

 布団に入り、俺に寄り添ってきた綾波の表情は幸せいっぱいといった感じだった。

 

 

 

 ちなみに言っとくけどそれ以上は無いからな

 

 

 

 朝となった今は、朝食も終えて綾波と共に一路工廠へ。

 何でも明石が『今なら何か普段現れないフネが建造できそうな気がするにゃ!』とか言い出して、朝っぱらから叩き起こされて今に至る。

 

「そういえばアイリスの時から建造とかあんまりしてなかったなぁ」

「あぁ……キューブ貯めすぎにゃ、とか明石が言ってた気がするです」

「お、今の『にゃ』、ちょっと良かった。もっかい言って」

「えっ……いやです」

「良いじゃんよ、あと一回」

「指揮官、アーク・ロイヤルさんみたいです」

「ごめん。謝るからあれと同列に扱うのだけはやめて」

「……冗談ですっ」

 

 そう言って小さく舌を出す綾波。

 もう昨日までのような不安感は感じられない。もちろん、これで大丈夫だなんて思うつもりは毛頭無い。

 

「……さーて、と。綾波」

「はいです」

「休んだ分はきっちり働いて返してもらうからな? やりたいことも見つけなきゃだが、その前に『今やらなきゃいけないこと』だけはちゃんとやってもらうぞ」

「もちろんです。ご迷惑かけてしまった分、倍返しにしてやるです」

「よーしよく言った。んじゃ、さっさと工廠行こうか。明石の奴待たせるとうるせぇからな」

「はいですっ」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「テメェなに俺に黙って回してんだコラ?」

「だって! だってキューブと建造材が山ほどあるからそりゃ回すにゃいだだだだだだ」

「しかもお前大型回しただろ?」

「こ、小型でチマチマやるよりは戦艦が出てくる分、遥かにマシだと思うにゃ!?」

「資材の無断使用をまず謝罪しろお前指輪の一件から少しも反省してねぇなぁこのクソネコォォォォ!!!」

「に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

 工廠に行ったら既に建造回されていた。

 案の定、やらかしたのは担当の明石。とりあえずシバき倒して転がしておく。

 

 向き直れば、そこには見慣れぬ二つの人影。

 一人は長身。黒い長髪に白い服装の特徴、そして側頭部から伸びる二本の角から重桜の艦艇だとわかる。

 もう一人は背丈からして駆逐艦クラス。両肩から胸元までを大きく露出した軽装。黒のショートヘアで、こちらは黒い角が頭から伸びている。

 

「金剛型二番艦―――御召艦比叡が参上しました」

「陽炎型三番艦・黒潮、参上……」

 

 どちらも重桜所属の艦艇。

 綾波がどことなく嬉しそうな表情のまま歩み寄ろうとして―――ピタリとその足を止めた。

 

「綾波?」

「指揮官、まだ現れるみたいです」

「マジでか」

 

 見れば確かに、建造ドックはまだ稼働している。

 放り込まれているキューブの数は二つ。つまりはあと一隻出てくることになる。

 そのすぐ下に転がっている風化したドリルから、もうそれはすぐにでも出てくるだろうことも察しがつく。

 

 そして建造が完了したという証明する光が走る。

 その色は―――金色だった。

 

「……ちょっと待て、いつもより強くねぇか!?」

「指揮官、比叡さんも黒潮も下がるです……!」

 

 

 

 爆発でもしたかのような光が迸る。

 それに思わず目を瞑り、腕で何とか遮る。

 

 一瞬のこととはいえ、その光量はかなりのもの。倒れていた明石にはだめ押しとばかりの追撃になった模様。

 

 

 

 コツ、コツ、と、床を叩く靴音に引かれて、軽く目を向ける。

 

 

 

「―――」

 

 ―――息が、止まった

 

 

 

「―――我、弾雨硝煙を振り払い」

 

 

 

 ―――その姿を知っている

 

 ―――その声を知っている

 

 

 

「勝利を以て祖国に威光栄誉をもたらす者なり―――」

 

 

 

 ―――その眼差しを覚えている

 

 ―――その濡羽色を覚えている

 

 

 

「重桜艦隊旗艦・弩級戦艦―――」

 

 

 

 ―――俺の目の前で、海へと消えた

 

 ―――その最期の笑顔を覚えている

 

 

 

「―――三笠、推して参る!」

 

 

 

「―――あぁ」

 

 

 

 ―――ミカサ(・・・)さん

 

 ―――貴女が俺の前に現れるのは

 

 

 

 ―――いつだって、突然なんだな

 

 




綾波って恋愛面での嫉妬とかはあんまりしないけど考えすぎて溜め込んじゃうタイプなのではという雑解釈







言っとくけどこの展開引っ張らねぇからな







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ウィチタ「Know your role,And Shut your Mouse」

ある秋の昼下がり、空母エセックスは密かに思いを寄せる先輩エンタープライズを自宅へと招待する。
用意していた完璧な計画を実行するために――





ジュウコン相手に悩み通しなので初投稿です


 あの時のことは、今でもよく覚えてる。

 

 世間を知らない青二才。もう何年も前の、まだ学生だった頃の帰り道。

 

 通学路だった海沿いの道。いつものように家路につきながら歩くその中で、普段なら存在しないはずの『黒』を見た。

 

 不思議と惹かれて、近付いてみれば、それは濡羽色の美女。身体中傷だらけで倒れ伏していた。

 だがそんな状態でもわかるほどに整ったその容姿は、一介の小僧の視線を縫い止めるには十分すぎるほどで。

 

 声をかける。瞼が薄く開かれる。

 

 

 

 ―――その金色に射抜かれた瞬間、俺は彼女に恋をした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワッタッシッハッ

 

 ナンバーワンッ♪

 

 

わ゛ん゛ッ゛(地声)

 

 

 

「……なんでいつもいつも思い出したようなタイミングで置かれてんだこの目覚まし……」

 

 サンディエゴの自主製作、『3d5目覚まし時計』を止める。

 ノリノリなテンポで流れるサンディエゴの歌声を目覚ましにするという発想は良いと思う。けど所々で唐突に挟み込まれる野太い声だけはどうにかならんかったのか。

 しかもどういうわけか執務が立て込んで、部屋を改めることもままならないほど疲れている時に限ってこれが置かれている。何度撤去あるいは電源切って仕舞っていてもこれである。

 起きてから執務に向かうまでこの部屋は完全に施錠してある。にも関わらずこの状態が何度も作り出され、なおかつ徹底的に調べても部屋に誰かが侵入した形跡はまさに跡形も残っていない。ただのホラーじゃん

 

「……はぁ」

 

 最悪だが目が覚めてしまった以上は寝てもいられない。着替えとか朝支度でも……

 

「む」

 

 布団から出ようとしたところで、くっ、と手が引っ張られる感覚。

 何事かと眼を向けようとして、すぐにそれの正体に思い至る。

 

「……あんなダミ声流れたのに、よくもまぁすやすやと」

 

 瞼は閉じられ夢の中。しかしその指先は俺の手をしっかり掴んで離さない。

 艶のある髪は頬にかかり、身動ぎをする度に合わせて揺れる。

 喜色満面、幸せ一杯とでも称するべきその表情を起こすのは忍びなくもあるが、そうも言っていられないのでさわりとその頭を撫でてみる。

 

「……んぅ……ん」

 

 小さな唇から漏れる吐息。

 むず痒そうに身動ぎを見せる姿にちょっとした罪悪感が沸き上がるも、そこはそれ。

 

「―――ほれ。起きな綾波」

 

 指先でその頬を何度か叩く。

 眉間に皺が寄り、その瞼が少しずつ開いていった。

 

「……ぁ。しきかん、です」

 

 ほにゃ、と緩んだ笑みと寝ぼけ眼。俺の指を絡め取ると、そのまま自分の頬を擦り寄せた。

 

「……あったかい、です」

 

 引き籠りの一件以来、綾波と寝床を共にする機会が多くなった。

 共にすると言っても同じ布団でただ寝るだけだが、眠りにつく前に交わす会話の中での彼女は実に楽しそうで。

「実はもっと前からこうしたかった」と言われた時には申し訳なくも思った。

 ちゃんとこういう要望も聞いてやるべきだった、と我が身の不徳を恥じるばかりである。

 

「……起きたか?」

「……Zzz」

「コラコラコラ」

 

 二度寝を決めようとしてるその頬を摘まんで引っ張る。

 なかなかに伸びた。

 

「んぃぃ……いふぁいれすしふぃはん……」

「気持ちはわかるが起床時刻だよ」

 

 離してやれば、のそのそと起き上がって赤くなった頬をさすっている。

 その眼はまだぼんやりとしていたが、恨めしそうに俺を睨んでもいた。

 

「暴力です。でぃーぶい、です」

「どこで覚えるんだよそういうこと……」

「冗談です」

 

 くしくしと瞼を軽く擦る綾波。

 それが終わって顔を上げれば―――いつもの笑顔が現れる。

 

「指揮官。おはようございます、です」

「―――ああ。おはよう、綾波」

 

 

 

 綾波と二人、いそいそと朝支度。

 俺が着替え等を済ませている間に、メールの有無を確認していた綾波から小さく声が上がった。

 

「……あっ」

「? どしたー綾波ー?」

「いえ、その……メールが届いてたのです。ですが……」

「ん?」

 

 どこか歯切れの悪いその声。

 何かと思って中を検めてみた。

 

 

 

「―――は?」

 

 

 

 そこには、手のひら大の黒い小箱が一つ。

 綾波と視線を合わせ、互いに頷いて開けてみる。

 

 

 

「……マジかよ」

 

 

 

 そこには銀色に輝く指輪

 

 紛れもなく、綾波の薬指にあるものと同じもの

 

 ―――『誓いの指輪』そのものだった

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

・オーロラ「指揮官さん、知ってますか?」

 

「何を?」

「一般的に、薔薇は愛の告白に用いられることが多いですよね? 花言葉も『愛情』が一番認知されています」

「だなぁ」

「でも、一口に薔薇やその花言葉と言っても、本数や色で大きな違いがあるんですよ」

「へぇ」

 

 いつも通りの執務も順調、なので今は午後休憩。

 珍しく呼び出しをかけてきたオーロラの元、彼女が育てる小さな薔薇園に向かえば、そこにはその金色の髪と同じように柔らかい微笑を浮かべる、ロイヤル陣営の軽巡洋艦、オーロラの姿があった。

 

「例えば、今言った『愛情』の花言葉を持つ薔薇は赤色。白なら『純潔』や『深い尊敬』、紫色なら『気品』などの意味を持っています」

「黒があまり穏やかじゃないってのは聞いた覚えがある」

「そうですか? 『永遠の愛』なんて、私は嫌いではありませんけれど……」

「『あなたはあくまで私のもの』とかいう意味もあったろ、確か」

「ああ……」

 

 黒、という言葉で思わず赤城辺りがどこかから見張ってんじゃねーかという想像がわいてくる。薔薇園の真ん中に置かれている椅子に座っていたが、思わず立ち上がって辺りを見回してしまう。

 

「指揮官さん?」

「……いや、なんでもない。それで、なんだ? 本数でも意味合いが変わってくるって?」

「は、はい。……えっと、プロポーズの際に贈られる薔薇は108本。これはそのまま

『結婚してください』。1本なら『一目惚れ』、6本は『あなたに夢中』、21本だったら『あなただけに仕えます』という意味に」

「ベルファストの奴が急に薔薇21本持ってきたのそういう理由か……!」

 

 今朝、執務室に赴いたところ、ベルファストが何やら薔薇を生けていた。21本。

 何事かと尋ねたらいつもの柔和な笑みと共にはぐらかされて終わったけど。

 

「むっ……指揮官さん? 今は私と二人きりなんですからっ」

「え。……ああ、そうだったな、すまん」

「もぅっ」

 

 頬を膨らませてそっぽ向いたオーロラに謝り倒す。

 何だかんだ、彼女はこの泊地での戦歴ならばクリーブランドと並ぶ。つまりは最古参の一人。性能上、ベルファストが着任してからついついそちらばかりを重用してしまっていたが、練度で見るならばオーロラもまた長い付き合いの戦友だ。

 

「いや悪かったって。ダメだな、どうにも他に気ぃ回しちまう……」

「……フフッ。冗談ですよ。さっ、指揮官さん。そろそろお茶も良い頃合いです」

 

 ふわりと微笑んだオーロラの指先を眼で追えば、そこには透明なポット。中には薄く色付いた液体と薔薇が浮かんでいた。

 

「ローズティーってやつか?」

「はい♪ 私が育てた薔薇を使ってみたんです。指揮官さんと一緒に飲みたいな、と思って」

「それは光栄だな」

「すぐに淹れますから、もう少しだけ待っててくださいね?」

 

 そう言って、オーロラは楽しげに二つのティーカップに手際良く紅茶を注いでいく。

 湯気と共に立ち上る薔薇の香りが嗅覚を刺激、彼女が丁寧に、大切に育ててきた薔薇が出している匂いなのだと思うと、不思議と胸が踊るようだった。

 

「……お待たせしました。どうぞ、指揮官さん」

「ああ。いただきます」

 

 鼻で香りを、舌で味を。

 うまい、と告げれば嬉しそうに、照れ臭そうに笑いながら、良かった、とオーロラ。

 そこからしばらく会話は無く、ただ二人で風に揺れる薔薇の動きや音を楽しみ、遠巻きに聞こえてくる学園からの喧騒に耳を傾けていた。

 静か、穏やか。前に赤城と共に過ごした時間とはまた違う、菓子も無ければ会話も無いが、オーロラという艦船と過ごすティータイムは、このくらいがちょうど良いのかもしれない。

 

「……ふぅ。何かあれだな」

「はい?」

「お前さんとも長いけどさ、何だかんだでこういう時間ってあんまり無かったよなぁ、って」

 

「そうですね。わたし初登場ですから

「やめーや」

 

 真顔。ハイライトは死んだ。

 

「だいたいベルファストさんばっかりズルいです! 確かに彼女は優秀だしロイヤルが誇るメイド長ですけど、私はベルファストさんが来るまでクリーブランドさんと双璧だったのに!」

「いやそれは本当に悪いと」

「指揮官さんのハジメテ(の軽巡)は私なのに!」

「言い方ァ!」

「寂しいんです指揮官さんが構ってくれないから!」

「子供か!?」

「これが続くようなら私週一で昔の知り合いの男性の家に入り浸ったりしてそのまま帰ってこないようになっちゃいますからね!?」

「そんなことになったらそいつ地獄まで追い込むけど」

「えっ」

 

 そもそもそんな相手いねーだろ、というツッコミを胸中でしつつ、唐突にテンションの変わった俺にオーロラが思わず息を呑む。

 

 これから言う事は誰にも言っていない。綾波にも。

 だがそれは、同時に俺が心から決めている、『俺が決めた』絶対のこと。

 

 

 

「ここにいて、俺の指揮下に入っている以上、お前らみんな"俺の艦船"だ。一隻たりとも他所の奴にゃ渡さん。髪の毛一本どころか爪の欠片までもな」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

・?「エンタープライズちゃ~ん?」

 

 

 

「匿ってくれ指揮官!!?」

 

「わーおなんだ急に」

 

 エンタープライズが見たことないほど切羽詰まった表情で執務室に飛び込んできた。ノック無しな辺り相当らしい。

 

「どうした?」

「すまない、事情を説明している余裕も無いんだ。何も言わず私を」

 

 

 

エンタープライズチャーン?

 

 

 

「ヒィッ!? お、お願いだ指揮官、今すぐ、どこでもいいから!」

「これマジにやばいな」

 

 部屋の外、廊下の彼方から聞こえてきた、おっとりしつつもねっとりした声に流石にやばそうだと判断。

 

 天井裏、床下、壁を改造した(されてた)隠し扉、窓際改装のスロープで外へ脱出、そのどれかを選択肢として提示しておいた。

 

 ……ていうか誰だよ執務室ここまで勝手に弄った奴

 

 

 

 

 

 

 

 コンコンッ

 

 控えめなノックが響く。それに返事をすれば、静かに扉が開く。

 

 

 

 

「 見 い つ け た ★ 」

 

 

 

ヒッ

 

(落ち着けエンタープライズ。ただのブラフだ)

 

 現れたのは、色素の薄い紫色の髪とライトブルーの瞳。修道服というか看護服というか、そういう服を纏った艦船。

 ユニオンの工作艦ヴェスタル。エンタープライズとは何かと関わりの深い艦船。

 

「急にごめんなさい、指揮官」

「ああ、別に良いけど。どうした?」

「エンタープライズちゃん、ここに来ませんでした~?」

 

 即座に核心を突いてくる聞き方。もう俺がエンタープライズと会ったことは確定してるらしい。

 

「来たには来たが……何かあったのか?」

「それがですね~。エンタープライズちゃんに、今日出撃から帰還したら、ちゃんと私の所に来るように、って言ってあったんです」

「ん? 報告聞いた後、お前さんの所に行くの見送ったぞ、俺」

「はい。いつも通りに、エンタープライズちゃんのメンテナンスをしようと思っていたんですけど、逃げられちゃって~」

 

 おいじゃあエンタープライズの自業自得じゃねえか

 

「……気になってたんだけど、エンタープライズのメンテってどんなことしてんだ?」

「? 色々ですよ~? 艤装の整備したり~、傷の手当てしたり~」

 

 指を一本ずつ曲げながら、笑顔で語るヴェスタル。

 工作艦として、艦船達の艤装の修理のみならず、メンタルケアなどといった、医師じみたことも請け負うヴェスタル。

 かつてはエンタープライズ専属だった、というカンレキから比較的彼女にベッタリな所もあるが、ヴェスタルの行う『メンテナンス』は正直助けられてばかr

 

「今日は奮発してヴェスタルの特別マッサージなんて」

「それだよ」

 

 普段はおっとりとしている目付きが野獣のそれだった。そら逃げるわ。

 

「……あっ、そうだ。指揮官も、ヴェスタルの特別メンテ、試してみますー?」

「えっ」

 

 ちょっと待ってこっちに矛先向けないで

 

「何されんの俺」

「そんなに身構えなくてもぉ……ヴェスタルから指揮官にだけの、特別コースで朝から晩まで、ヴェスタルがお世話しちゃいますよ……?」

 

 上気した頬、潤んだ瞳が近付いてくる。

(エンタープライズ以外の)誰に対してもおおらかな表情を浮かべるヴェスタルらしからぬその顔。

 机から身を乗り出して徐々に迫るその熱は、距離があっても確かに感じられて。

 

 

 

「あなたでも流石にそれは許されないぞヴェスタ」

「は~いエンタープライズちゃん一本釣り~♪」

「えっ」

「馬鹿……」

 

 天井裏から上半身だけ飛び出してきたエンタープライズ。

 だが哀れにも、その身体はヴェスタルが取り出したロープで雁字絡めに縛り上げられた。

 

「あ、あぁ、あ……!」

「お時間とらせてしまってごめんなさいね、指揮官」

「あ、うん」

「し、指揮官……!」

「諦めろ。どう考えてもお前のヘマだ」

「さぁ行きますよーエンタープライズちゃん? ……ふふ、ウフフフフー……」

「うあぁ……指揮官、しきかぁーんッ!!」

 

 涙声で叫びながら、ズルズルと引きずられていくエンタープライズの姿に涙を禁じ得ない。

 だがまぁヴェスタルのこと、まさかエンタープライズを傷付けて終わるなんて事態になるわけも

 

 

 

タノム、マエハ、マエダケハユルシテ…!

 

 

 

「おいマジで何する気だあいつ……!」

 

 

 

 

 

 

 

・ロドニー「姉様ったら」

 

 夜も更けた時刻。

 執務室の椅子にもたれかかる俺と、その目の前には鋭い目付きで俺から渡された書類に隅から隅まで目を通している女性の姿。

 赤を基調とした丈の短めなロイヤル式軍服。強気で勝ち気な気性を体現している吊り上がった赤い瞳に金色が眩しいツインテール。

『BIG SEVEN』の異名を持つ戦艦、ネルソンその人。

 

「……不備、欠陥等無し。確認完了よ」

「サンキュ。……あ゛ー今日も終わったー」

 

 背もたれに完全に身体を預けた俺に、ネルソンはため息混じりに呆れたような視線を向ける。

 

「……そこまでの量かしら、今日の書類?」

「……まぁな」

 

 実際は昼間にちょっとあったせいで夜に追い込みかける羽目になったのだが、それはもうただの言い訳なので自分の手際の悪さのせい、ということにしておく。

 何もネルソンは話を聞かない石頭というわけではない。ただ完璧主義なだけで。

 

「まぁいいわ。やるべきことをキッチリやったのなら、特に言う事も無いし」

「ああ。遅くまで付き合わせてわる……あーいや、違うか。ありがとな、ネルソン」

「あら、わかってるじゃない。善意には謝罪よりも感謝を優先、当然のことね」

「叩き込んでくれた人がいるからな」

「誰のことかしら?」

 

 何てことないように振る舞い、さっさと書類を纏めるネルソン。

 誉められただとか礼を言われた、くらいのことではネルソンは大して気にも留めない。彼女が冷たい、とかそういうことではなく、ほとんどのことはネルソンにとって「当たり前のこと」で「礼を言われたり誉められるほどのことではない」から。

 妹のロドニーから聞いたネルソンのカンレキから来るその価値観と、後はその強気で勝ち気な気質から来る上昇思考、とでも言おうか。

 半端、弁解、甘えは許さず。求める以上は最高を。

 

 ただまぁ、他者にそれを求めている故に、ネルソン自身も半端なことはしない。弁解を許さない代わりに自分も弁解しないし、甘えさせないから甘えない。

 そういうタイプにありがちな頭でっかちの頑固者、というわけでもない。むしろ広い視野と柔軟な思考を持っている分、予期せぬ事態への対処もつつがなく。

 

 叱咤や進言は彼女という艦船が正面から俺に向き合ってくれていることの証。他の面々が違うというわけでもないが、とりわけネルソンはぐいぐい前に出てくる。

 前にも誰かに言った気がするが、こういうタイプはありがたい存在だったりするのだ。

 

「……人をジロジロ見る余裕があるとは大したものね。追加の仕事が必要かしら?」

 

 と、気付けば見すぎていたようで、剣呑とした目付きで睨まれる。

 

「……いや、考え事してた。とはいえ不躾だった。すまん」

「まぁいいけど。……何か訊いても?」

「ん? あぁ、いや。大したことじゃないんだが……ありがたいな、と」

「はぁ?」

「お前さんみたいなタイプが、だよ。要所要所でこっちの気ぃ引き締めてくれる存在はありがたい」

「……別に。頼りない指揮官でいてほしくないだけよ」

「そういう風なことを言ってくれるからこっちも張り合い出てくんのさ。だから……感謝してるよ、ネルソン。ありがとな」

 

 普段は言えない、彼女が別に求めていないことでも、言わなければいけないことははっきり言わねばならない。

 今となってはそこそこの付き合い。その厳しい態度が、ネルソンなりの信頼の現れなのだということはわかっている。

 

 心からの言葉を伝えれば、誉められ慣れてないネルソンは耳まで赤くなる。

 照れか怒りか、多分前者だろうが、その表情ひとつ取ってもレアな場面。

 

「……ふんっ。まぁその礼は受け取っておいてあげる。……感謝してるのは私もよ

「? 最後なんか言ったか?」

「ッ……別に何も」

「そうかい? まぁ、お前さんにはこないだ散々迷惑かけちまったしなぁ」

「この間? ……ああ、綾波の」

 

 綾波引きこもり事件の際、俺が起こした執務でのミスの連発。それにフォローを入れてくれていたのが、他ならないネルソン。

 普段以上に当たりがキツくても、俺個人のヘマだったのに一つ一つ残らず不備等を指摘、修正してくれたことには頭が上がらない。

 事が終わった今でも、目付きはキツいが嫌そうな顔は一度だって見たことが無い。ありがたい限りである。

 

 なお同じようなことをしてくれてたヒッパーは平常運転である。

 

「あの時はつくづく手間を取らせて……」

「気にする必要は無いわ。……私も、その、少し短慮な所があったとは思っているし……」

「……綾波も、もう大丈夫だ。仕事に関してももうあんなことは起きない……と思いたい」

「そのくらいは断言しなさいよッ。だいたい……」

 

 トントンッ

 

 声を荒げそうになったネルソンを制するように鳴るノックの音。

 こんな時間に何事かと招き入れれば、現れたのは紫がかった色合いの銀の長髪、ネルソンとは逆の青と白の軍服に身を包んだ美女。

 ネルソンの妹、ロドニーだった。

 

「失礼します、指揮官。姉様もお疲れ様でした」

「ロドニー? どうしたのよこんな時間に」

「いえ、まだ執務の方が長引くならお茶でも用意しようと思ってたんですけど……必要無かったようですね」

「そうね。必要なことはもう終わりだし、先に部屋に戻っていいわよ」

「……すみません姉様、実は少し指揮官とお話したいことがありまして」

「えっ」

「いま出来たの……? まぁ、いいけど」

 

 明らかに訝しむ目付きではあったが、ネルソンは纏めた書類を手に扉に向かう。

 

「じゃ、私の話はまた次の機会にね、指揮官」

「お、おう。……お疲れさん。ありがとな、ネルソン。おやすみ」

「―――」

 

 礼と就寝の挨拶を告げる。

 それに何故か、一瞬ハッとした表情を浮かべたネルソン。

 次いで、どこか彼女らしくない笑みを浮かべて

 

「―――ええ。おやすみなさい、指揮官。ロドニーも」

 

 そう言って、ネルソンは部屋を後にした。

 

「……なーんか様子おかしかったな。なぁロド……ロドニー?」

 

 ネルソンについて訊くなら誰が良いか。言うまでもなく妹のロドニーである。

 だからちょっと尋ねようと思ったが、何か目を閉じてスンスン鼻を鳴らしてた。

 

「……何してんだお前」

「……においますね」

「何がだ。加齢臭か?」

「いえ、それもありますけどそうではなく」

 

 加齢臭出てるのか……そうか……

 

「姉様の匂いです。かなり濃く漂ってます」

「はぁ? んな移り香つくほど近付いてねぇぞ」

「そうですか? ……でも羨ましいなぁ姉様。着任は私の方が先だったのに」

「言うほど離れてもないはずだけどな」

 

 ロドニーもネルソンも、海域攻略中に発見。

 イラストリアスやベルファストも太鼓判を押すその戦いぶりには、はじめて見た時は度肝を抜かれたのを覚えている。

 クイーン・エリザベスの着任後は更に奮戦。女王の号令に乗せたビッグセブンの砲撃はそれはもう恐ろしかった。

 執務に関しては共に妥協せず、ネルソンをムチとするならロドニーはアメだろうか。いや、どっちも厳しめなのは同じだけど。

 

「姉様、他の艦の方々からはとっつきにくいとか言われてますけど」

「わかってるよ。特に他を嫌ってるわけじゃあない。悪いことではないはずなんだが、真っ向からズケズケ言うのがなぁ」

「駆逐艦の中には怖がってしまってる子達もいますしね……」

「一回アーク・ロイヤルが文句言いに行ってベソかきながら帰ってきたのは申し訳ないけどちょっと面白かった」

「指揮官ったら」

 

 ただまぁ、それでもネルソンに信頼を置く者は少なくない。

 付き合いの浅い奴ならともかく、一緒に過ごしている内にネルソンの厳しい言葉の裏に的確なアドバイスが含まれていることに気付いてくる。

 それを理解した面々からすれば、ネルソンは

「自分にも他人にも厳しいがその分感情抜きで他者や物事を見れるヒト」

 という認識で落ち着いている。

 一部の猛者は「かわいいのぅ」なんて雰囲気でネルソンを見守る始末。俺には無理。

 

「……指揮官には、姉様を邪険にしないこと、ありがたいと思ってます」

「なんだ、急に」

「姉様、あれで指揮官のこと好きで好きで仕方ないんです」

「待て、当人いない場でそういうこと言うか?」

 

 

 

「それに、陛下の考えに一番乗り気なの―――実は姉様なんですよ?」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 戦艦ネルソンは、基本的に他者に弱味を見せない

 

 敬愛する陛下にも、ロイヤルの仲間達にも、実の妹にさえも

 

 特に自分を指揮する彼になど、以ての外

 

 ―――まったく。少しはマシになったとはいえ

 

 入浴も済ませ、あとは寝るだけ

 

 普段は結んである髪は今は解かれ、身体を覆う紅いネグリジェ一枚に身を包み、ベッドの上に横になる

 

 ―――まだまだ。精々が及第点。満点にはまだ遠い

 

 頼りなさげな姿はとうの昔。努力も成果も上々なことははっきりしている。頼りない指揮官ではもうない

 

 ―――だから

 

 跳ねるように起き上がって、クローゼットまで歩を進める

 大した服も入ってないその中で、丁寧に手入れをされ、皺ひとつ無い白い服を手に取る

 

 ―――指揮官

 

 彼の身の回りを世話するメイドより横流しされてきた、他ならぬ『彼』の服

 渡された際の「私わかってますよ」的な視線にはイラッと来たが、それでもこれを最初に手にした時の高揚で全て吹き飛んだことを覚えている

 

 ―――んっ

 

 静かに、そっと抱き締める

 匂いなどしない。むしろこれにはもう自分の匂いが隅々まで染み付いていることだろう

 

 だが、それがいい

 

 彼が身に着けていたものが、その匂いが自分で上書きされていく。その感覚からくる背徳感は耐え難いものだった

 

 こんなことは誰にも言えない

 誰にも知られるわけにはいかない

 仮に知られたら、妹だろうと道連れにしよう

 

 もし、もしもだ

 

 彼が何も知らずにこれを着たら?

 

 自分の匂いが染み付いたこれを、彼が纏う

 

 考えただけで頭がおかしくなりそうだ

 

 ―――安心しなさい。見捨てるなんてしない

 

 敬愛する女王陛下は、彼を自身の婿としてロイヤルに迎え入れようとしている

 それを聞いた瞬間、自分は異も無く賛同していた

 王家に入るならば、これまでと同じようにさせるわけにはいかない

 

 だから、自分が教育しよう

 

 彼の隣で、ロイヤルネイビーの一員たる自分が、陛下に相応しい男になるよう教え育てよう

 

 もし、「相応しくない」と判断され、捨てられるようなことになろうとも、自分だけは付き添うだろう

 

 

 

 ―――一生鍛えてあげるわ。あんたの隣で

 

 

 

 ネルソンはもう、ロイヤルの一員だけではいられなかった

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「鳳翔と申します。宜しくお願い致しますね~」

 

 海域攻略に乗り出していた艦隊が、そう名乗った空母を連れて帰ってきた。

 

 鳳翔

 

『世界初の空母』、『空母の母』と呼ばれる重桜の軽空母。

 全体的に紫色が目立ち、側頭部からは鳥の羽根を思わせるように髪が跳ねている。

 ほんわかとした雰囲気を纏いながらも、そのおっとりとした双眸からは妖艶なまでの色気が感じられる。

 着任の挨拶や手続きを一通り済ませ、綾波に母港の案内を任せて別れる。

 

 執務室にひとり残った俺は、彼女を一目見た瞬間に感じてしまった感覚を持て余してしまっていた。

 

「……やばい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(性欲湧いた)

 

 

 

 枯れても戻ってくることってあるのね




没シーンでは指揮官の寝床に潜り込んで綾波に締め落とされる大鳳もいた

ネルソンは嫌な奴なんかじゃないんだ、むしろすげぇ良い人なんだ
けど正統派なツンデレってなんだ…叱咤や忠告を嫌味ったらしくないようにするにはどうすればいい…
高圧的ではあるけど高慢じゃあないんだ…

マジにいざ書くとなるとすごい難しいことに気付いたネルソン
大好きだよ


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綾波「愛宕さんがお妾さんとか死んでも嫌です」愛宕「ちょっと!?」

瑞鶴掘ってはキューブ集めて特型ギャン回す日々なので初投稿です(なお)

※今回短め


「お邪魔するにゃ、指揮官」

「邪魔すんなら帰ってどうぞ」

「しょうがないにゃあ。邪魔しないからちょっと話だけでもいいかにゃ?」

「おう」

 

「……何にゃ今の」

「お前もノリノリだったじゃねぇか」

 

「んで? わざわざここまで足運ぶなんて珍しいじゃないの。また資材の無断運用でもしたのか?」

「んなわけねーにゃ。だったらそもそも来ないにゃ」

「だろうな。だったら霧島かベルファストから報告来てるはずだし」

「監視されてんのかにゃ!?」

「ったりめーだろが前科何犯だこの野郎」

「……ま、まぁとにかく、今回はそういうのじゃないにゃ。ちょっと資材搬入のことで目を通してほしい書類があってだにゃ」

「……」

「そんな目で見ないでほしいにゃ。仕入れのルートも合法だし艦隊にはメリットの方が大きいと思うにゃ。……指揮官にとっても、悪い話ではないと思いますがにゃあ?」

「おめぇそれ言いたかっただけだろ。……見してみろ」

「はいにゃ」

 

「……お前これ」

「どうかにゃ?」

「どうもクソもねぇよ。お前ただでさえ火種燻ってんのにそこにガソリンぶちまける気か? 物理的に炎上マーケティングするのかお前」

「そう思うなら許可しなければいいだけにゃ。有用性は綾波が証明済み。でもこれから先の海域を現状だけで乗り切れないってことは指揮官もよくわかってるはずにゃ」

「……まぁ、な。こないだの戦闘で第二艦隊の前衛が全滅手前まで追い込まれたし」

「何事にもテコ入れは必要。でも最終的な判断は指揮官にしか任せられないからにゃあ」

 

「……ほれ」

「……ん、確認したにゃ。ありがとうにゃ、指揮官」

「必要なことだからな。お前の言い分にも一理あるのは確かだし」

「じゃあ、明石はこれで失礼するにゃ。近い内に入荷するから、その時は明石のお店をよろしくだにゃ~」

「ああ」

 

 

 

「あ、ちなみにこれれっきとした商品だから買うつもりならダイヤしっかり払ってもらうからにゃ」

「お前の猫耳菊練りしてやろうか」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

・ポートランド「インディちゃんどこ…ここ…?」

 

 昼下がりの執務室。

 目の前にいる艦船は、薄紫のサイドポニーが靡き、ハートマークの浮かぶ藍色の瞳。口の中がモソモソ言ってる。

 以前よりも遥かに増えた露出を気にも留めず、むしろ「見せていけ積極的に」と言わんばかりのオープン具合。何か食ってる。

 だがそんな服装で侮るなかれ、現在のこの艦船の性能は以前を大きく越えている。ナニカを噛み締めるその表情は至福一色、ただ仮にも上官の前でやることではない。飲むな。

 俺の傍らに立つ秘書艦のクリーブランドの顔が引きつっている。気持ちはわかる。

 

 そろそろ突っ込もう

 

「なに食ってんだお前」

「インディちゃんの薄い本です」

「なんだいつも通りのポートランドじゃねえか」

「落ち着いてくれ指揮官。本を食べてる時点でだいぶおかしい」

「え?」

「え?」

「えぇ……」

 

 総括

 

 重巡洋艦ポートランド。改造しても平常運転だった。

 

「しかしあれだな」

「どうしたんですか指揮官? あっ、まさか指揮官もインディちゃんの薄い本を食べたくなったんですか!?」

「お前さんを改修したのは俺の指揮官生活最大の失態だ」

「なんですかそれー!?」

 

 ムキーッ、と食ってかかってくるポートランド。

 こうは言ったが、実際として改造する前から優秀だったポートランドのパフォーマンスが更に優れたモノになったのは事実。

 まず何よりも装甲、防御面においては重巡の中でもトップレベル。妹のインディアナポリスと組ませれば他の面も輪をかけて上昇。一緒に出撃したクリーブランドの出番を食ってしまったこともあるらしい。

 

「もうほんと指揮官ってば遠慮が無いといえば聞こえはいいですけどデリカシー無さすぎですインディちゃんと一緒ならポートランド大勝利待ったなしなのに全然インディちゃんと出させてくれないしいや別にラフィーちゃんやクリーブランドと出るのが嫌ってわけじゃないんですもっとインディちゃんと一緒にいさせてって言ってるんですよ聞いてますか指揮官もっともっともっともっとずっとずっとずっとずっとインディちゃんと四六時中二十四時間三百六十五日一分一秒だって離れるのだってほんとは苦しいのにああインディちゃん可愛いよインディちゃんだからこうやってインディちゃんの薄い本を食べていればいつだってインディちゃんと一緒なのでもやっぱり生インディちゃんには遠く及ばないの指揮官インディちゃんと一緒に編成してインディちゃんと一緒に出撃させてインディちゃんと同じ敵を沈めたいのねぇ指揮官ねぇねぇねぇねぇインディちゃんだって指揮官の役に立ちたいって思ってるし私だってそのお手伝いしたいって思ってるだからねぇ指揮官もっとインディちゃんとの時間ちょうだい頼りにしてくれるのは嬉しいですけど私やっぱりインディちゃんの役に立てるのが一番幸せなのだから指揮官お願い指揮官インディちゃんと一緒に出撃させてください何でもしますから」

 

「そういうとこだよ」

「無情!」

 

 よよよー、と崩れ落ちるのを冷めた目で見届ける。そもそも膝をついた段階でまた本をモシャモシャ食い出した時点で特に悲しんでいるとも思えない。

 

「もう良いから出撃してこいお前」

「嫌です」

「は?」

「インディちゃんと一緒じゃなきゃ嫌です」

「いやお前な」

 

 

 

「インディちゃんと組ませろこの野郎」

「なんだお前この野郎」

 

 

 

 結局クリーブランド(103)に引き摺られて断末魔の叫びを上げながら海域に繰り出すポートランド(91)だった。

 

 

 

 

 

 

 

・赤城「あいつ……指揮官様に近すぎじゃない?」

 愛宕「どうしてやる赤城。処す? 処す?」

 

 

 

 重桜の航空母艦、大鳳は降りしきる雨の中を一人歩いていた。

 いや、訂正しよう。

 雨の中を『舞うように』歩いていた。

 

 手には小さな布の小袋。その中には愛しの指揮官からの贈り物が入っている。

 

 秘書艦を任され、何から何までそれこそ一からZまでありとあらゆる職務や身の回りを補佐するようになって、彼から何度も礼を言われている。

 そんなある日、というかつい先程。お礼だということでこの小袋を手ずから渡された。

 

 中身は持ったらわかるタイプの安物の櫛。

 

 ……重桜においては、櫛を贈るということは「苦しみ抜いて死ね」、「苦死」を連想させることからタブーとされている風潮がある。

 まぁ指揮官自身はそれを知らなかったらしく、教えてあげたらかなり慌てて別のを選ぼうとしていたがそこはやんわり断るのが佳い女の甲斐性というもの。

 

 それに何より、大鳳にとっては値段もそんな風潮も問題にはならない。

 

「愛してやまない指揮官が」

「大鳳に自ら選んだ物を」

「手ずから直接贈ってくれた」

 

 この事実だけで大鳳は十分すぎるほどに幸福なのだ。

 

 だから大鳳は幸福の絶頂。土砂降りの雨の中だろうとくるくる舞い踊るように、彼女の人となりを知らなければそれこそ道行く全てが振り返るほどに美しく舞っていた。

 

 ちなみにその様子を執務室の窓から見ていた指揮官は、喜びように安心こそすれど実際には

「風邪引かねぇだろうなあいつ」

 などと心配しているだけだったりする。

 

 

 

(ああ……指揮官様ぁ……大鳳は幸せですわぁ。本当なら贈り物などしていただかなくても、大鳳は指揮官様をお支えできるだけで幸福なのに、このような贈り物までされては、大鳳もう我慢できなくなってしまいますぅ)

 

 雨に打たれながらも、その身体には堪えがたい熱が帯びている。

 頬は赤く染まり、袋から取り出した櫛を見つめるその紅い瞳は恋する乙女のように爛々と光っている。

 重用され、頼りにされ、あまつさえプレゼントまでされた。これはもう指揮官は大鳳のルートに入っているのでは、いや間違いなくルート確定グッドトゥルーエンディング待ったなし、とばかりに浮かれに浮かれる大鳳。もちろんそんな事実は無い。

 

 そしてそんなヘヴン状態に陥っていた弊害

 着地するはずの足が片足に引っ掛かり、そのせいでバランスを崩し

 

 持っていた櫛が、大雨により出来ていた小さな水流に落下してしまった

 

 

 

私の櫛(指揮官様の愛)が!?」

 

 

 

 一瞬身体が硬直するも、すぐさま獣の眼光をみなぎらせて櫛を追う大鳳。

 だが水の勢いは強く、櫛をどんどん押し流してしまっている。加えて雨水を吸ったことで重くなった服が邪魔して、大鳳と櫛の距離は離れていくばかり。

 

 着物がはだけ、何から何まで見えてしまっていても大鳳は気にしない。

 贈られてから15分と経たずに紛失など目も当てられないような事態にするわけにはいかない。あまつさえそれが最愛の人からのモノとあっては是が非でも、黒を白にしてでもこの手に取り戻さなければならない。

 

 だが悲しいかな、現実とやらはそんなに甘くも優しくもない。

 どんぶらどんぶら流れていた櫛は、水流と共に側溝へと落ちてしまった。

 

 

 

「う゛わ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛!゛」

 

 

 

 大鳳の絶叫が雨音と共に虚空に消える。

 膝からスライディングで飛び込み、側溝に手を伸ばすも時すでに遅し。

 土砂を交えた水と共に、とっくに下水道へと消えていってしまっていた。

 

「ああ、あ、ぁぁぁぁぁ……!」

 

 か細い嗚咽が漏れる。

 絶望に打ちひしがれる大鳳を嘲笑うように、強まった雨足と水流が側溝へと流れていく。

 完全に地に伏せ、咽び泣く大鳳。

 指揮官に何と言えば良いのか。紛失するにしてもこれは早すぎる。

 彼の性格からすれば、「また買い直せばいい」とでも言うだろう。だが違う。それは違う。

 

 同じ物を贈られたとしても、それはもう規格が同じなだけの別物だ。

 指揮官が贈ってくれたあの櫛は、もう二度と大鳳の手には戻ってこない。

 

「……」

 

 死にたくてしょうがない。

 謝るのは当然だ、自分の不注意なのだから。だがそれでは自分の気が収まらない。

 

「……死のう。死んで指揮官様にお詫びしなければ……」

 

 首を吊るか腹を切るか、いやもうこれは指揮官に介錯してもらう他にない

 屈辱的な死が望みならば、赤城や愛宕辺り喜び勇んで殺ってくれるだろう

 

 そんな暗い考えを濁った瞳に宿しながら、ゆらりと立ち上がり、執務室へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァーイ大鳳(ジョージィ)ー」

 

 

 

 

 

 

 

 ねっとりとした、聞き覚えのある声が聞こえた。

 この時点で大鳳の精神は一度死んだが、指揮官への罪の意識がすぐさま復旧させる。

 

 恐る恐る背後を振り返り、声がした側溝へ顔を近付ける大鳳。

 

 そこからぬらりと金髪の童女が顔を出して、大鳳の精神はまた死んだ。

 

「ありゃ、元気無いね。大丈夫?」

 

 その問いかけで我に返り、力無く首を振る大鳳。

 

「んー……そうみたいだね。だいぶやられてるようだし」

 

 この童女とは浅からぬ因縁があるが、それはそれとして大鳳としても特に言うことがあるわけでもない。

 時々こうして精神を殺しに来るのだけは勘弁してもらいたいが。

 

「元気出して……って言っても無理そうだね。んー何か良いのないかなぁ」

「……特に用が無いのなら、もういいかしら」

「ああ待って待って。ほら、飴さんあった。睦月型の子から貰ったやつ!」

 

 掻っ払ったんではあるまいな、と大鳳は思うも口にはしない。手も出さない。

 

「ほらほら警戒しないで。流石にあたしでも弱りきった人に酷いの食べさせたりしないって」

「そうね。……私はもう逝かなくては」

GO!?(待ってよ!?)

「ヒェッ」

 

 突如声を荒げる童女に精神が死にそうになるも、今度は何とか堪える。

 そして、童女が取り出したそれを見た時、大鳳の瞳に再び光が戻った。

 

「これ、いらないの?」

私の櫛(指揮官様の愛)!?」

 

 下水道へ消えたはずの櫛が、童女の手に握られていた。

 たまらず側溝に顔を埋めんばかりに近付く大鳳。

 

「これ流れてきたと思ったら大鳳が泣いてたからさ。はい、返すよ」

 

 にこやかに櫛を差し出してくる童女。

 だが無垢にも見える笑顔が、逆に大鳳には空恐ろしいものに映っていた。

 

「あれ、どうしたの? 大事なものなんでしょ?」

 

 首を傾げる姿は実に愛らしい。だが今の大鳳は情緒不安定気味なこともあって疑心暗鬼。

 相手がこの童女だというのならなおさらである。

 

「ほらほら、早く取りなって。ここに留まってるの正直つらい」

 

「睦月型の子達が好きな飴さん、あたしもオススメだからさ」

 

 屈託なき笑顔に、疑念が解けていく大鳳。

 その手を少しずつ、自分の宝物となった櫛へと伸ばしていく。

 

「……」

 

「これでおめかしとかすれば、指揮官も驚くよ」

 

「だからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず大鳳が驚こうかァ!!!」

 

「KYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伸ばした腕を掴み取られ、今度こそ大鳳の精神は死んだ。これで三度目、三乙である。

 櫛は戻ってきたが、因縁の相手にまたしても癒えない傷を刻み込まれた大鳳はその後しばらく寝込むことになる。

 

 童女―――潜水艦アルバコアには、指揮官からの拳骨とありがたいお説教がプレゼントされたそうな




ぶっちゃけニューカッスルってベルファストより射爆できるんだけどわかってくれる同士おるやろか


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クリーブランド「『轟沈させる』と心の中で思ったならッ! その時スデに行動は終わっているんだッ!」モントピリア「やっぱ姉貴はすごいやッ!」



クリーブランド「栄光は……お前に……ある、ぞ……」
モントピリア「姉貴ィィィィ!!!」

メンテ終了に間に合わなかったので初投稿です


 ―――貴方様

 

 鈴を転がすような、優しい声が耳に届いている。

 

 ―――起床の時間ですよ、貴方様

 

 凛としているが、慈愛に満ちたその声音はむしろ目覚めかけた意識を再び沈めてしまいそうなほどに甘い。

 薄く目を開くも、その音一つひとつがあまりにも心地よく、起きねばと思う一方でそれに身を委ねてしまいたくなってしまう。

 

 ―――もう。仕方がありませんね

 

 言葉とは裏腹に呆れるようなニュアンスではない。

 むしろ、まるで出来の悪い弟を放っておけない姉のような。

 

 ―――貴方様?

 

 その声が少し近くなる。

 

 ―――起きてください。貴方様

 

 耳元で擽られるように、起床を促される。

 だがその時、目覚め始めた俺の頭に一つの疑念が生まれた。

 

 ―――起きていただけないのなら

 

(まだ声帯実装されてないはずだよな?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ し ま す よ ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怖ぇよ!?」

 

 布団捲って跳ねるように起き上がる。

 顔には一瞬で汗が吹き出したし、ついでに言うと動悸がやばい。

 枕元で呑気にけたたましく鳴る3d5目覚まし時計があまりにも耳障りだったので、強めに叩いて止めた後布団に叩きつけておいた。壁にぶん投げようかとも思ったが、厚意で用意してくれたものだし、仮に壊してもどうせまた今夜には新しいのに替えられるだろうからここまでにしておく。

 

「今日の目覚めいつになく悪いわ……」

 

 そうぼやいて朝支度。

 

 綾波にマウント取られてる赤城の怒声を聞き流しながら顔を洗い歯を磨く。それが済んだらクローゼットからいつも真っ白な軍服を取り出して着替え。履くつもりだった靴下の片方が見当たらなかったので、愛宕に三角絞めを極めているベルファストに教えてもらった。

 着替えも終えて、床に突っ伏す赤城と愛宕、朝の運動とばかりに良い汗かいた綾波とベルファストと挨拶を交わして部屋を出る。

 白目を剥いて気絶している大鳳と、そんな大鳳に乗っかっているアルバコアにもおはようの挨拶を。

 

 朝食を摂ろうと食堂へと向かう道中で、ベルファストから今日一日の予定、並びに出撃と委託班の編成の確認。後で執務室でも擦り合わせをするが、昨日の内に決めておいたことを業務開始前に改めて確認するのも大事なことである。

 

「……では、ご主人様。私はこれで。本日より三日間、秘書艦の業務とご主人様の身の回りのお世話はニューカッスルさんが担当いたしますので」

「ああ」

 

 失礼いたします、と恭しく頭を下げて、ベルファストは立ち去っていく。ここしばらくベルファストは働き詰めだったので休暇を与えることにした。

 それを伝えた時にメチャクチャ絶望したような顔してたが、何も俺の世話するだけが仕事じゃあないんだけどなぁ……

 

「……行くか、綾波」

「はいです」

 

 

 

「エンタープライズ先輩! 一手お願いします!」

「昨日も一昨日もしたはずなんだが……」

「ご迷惑でしたら無理にとは!」

「……いや、構わないさ。演習場へ行こうか、エセックス」

「ありがとうございます! 昼と夕方と夜も是非とも!!」

「えっ」

 

 外から聞こえてくるそんなやり取りを聞きつつ、朝食を終えて綾波と共に一路執務室。

 

「……なぁ綾波」

「? どうしました、指揮官?」

「今日、執務とか色々終わったら話……てか、相談したいことあるんだけど、いいか?」

「相談、ですか? 指揮官がそんなこと言うなんて、珍しいです」

「まぁ、な。お前以外にはちょいと話せないことだし」

「わかりました。今日の業務が終わったら、ですね」

「ああ」

 

「サウスダコタァ! 今日こそは勝ち越してやるぞァ!!」

「……ワシントン」

「何だァ!?」

「僕らの演習に他の者を加える必要はどこに」

「たまたまいたからね! それに実戦形式ってなら、この方が緊張感出るだろ!」

「だからって何でハムマンが付き合ってやらなきゃいけないのよ! ヨークタウン姉さんとご飯食べてたのに!」

「ラフィー、も……寝て……Zzz」

「……」

「そうむくれるなエセックス。ワシントンの言うことにも一理あるのはわかっているだろう?」

「……やはり昏睡

「エセックス」

 

 元気な声が増えた

 

「……まぁあいつらもやめ時くらいはわかってるだろ」

 

 一応窓から様子を見てみたら、近くにグラーフやウォースパイトの姿もあった。いざとなれば二人がストッパーになってくれると信じたい。

 そうこうしている内に、執務室に到着。扉を開けた先には、頭頂部にプリムを乗せた黒髪が鮮やかなメイドの姿。

 

「おはようニューカッスル」

「ニューカッスルさん、おはようございます、です」

「おはようございます、貴方様。綾波さん」

 

 所作の一つひとつが実に優雅。ベルファストのそれとはまた違う柔和な笑みを浮かべる彼女は、ロイヤル陣営のメイド隊。タウン級(厳密にはサウサンプトン級というらしいが)軽巡洋艦のニューカッスル。何でも先代のメイド統括だったとか。

 

「本日より、私が秘書艦業務を務めさせていただきます」

「ああ、話は聞いてるよ」

「書類の方も纏めてありますので、ご確認のほど」

「助かる」

「それじゃあ指揮官。綾波はこれで」

「ああ。明石に呼ばれてるんだったか?」

「はいです」

「……何かされたらすぐ言えよ」

「大丈夫です。……たぶん」

 

 その言葉を残していった綾波を見送り、書類の積まれた机に向き直る。

 この後は出撃、委託にそれぞれ出る部隊の編成確認といくつかの通達。その後はいつも通りの書類仕事になる。

 その前に、疑問を一つ解消しておこうか。

 

「……なぁニューカッスル」

「はい。どうされましたか?」

「お前さん、今朝俺の部屋に来たか?」

「貴方様のお部屋に? いいえ、私は起床した後はベルファストと引き継ぎ事項について話をしていたので」

「……そうか」

「フフッ……変なことをお訊ねになるのですね」

 

 頬を緩ませてクスクス笑うニューカッスル。

 嘘を言ってる様子も無し、単に寝惚けて彼女の声が聞こえた気がしただけだろう。

 

「まだ声帯実装されてないしな」

「はい?」

「なんでもねぇ」

 

 さて、と

 

 今日も仕事を始めますか

 

 

 

 

 

 

 

・ネルソン「誰のどこがBIG SEVENだって?」

 

 憤怒の表情のグラーフ・ツェッペリンとティルピッツに追いかけ回されるアーク・ロイヤルの姿がそこにあった。

 

「……今度は何したのよ」

「フィーゼちゃんに手を出してしまったようですよ」

「あの性癖さえ無ければ……」

 

 離れた場所からそれを見ているのはネルソンとロドニー。

 その隣には、ユニオンのコロラド級戦艦であるコロラド、メリーランド、ウェストバージニアの姿もある。

 

 かつて『BIG SEVEN』と称された七隻の戦艦の内、その五隻が一同に会するという物々しい現場だった。

 

「……よぉ。お前らロイヤルの空母ってのはあんな奴ばっかなのか?」

「馬鹿言わないで。あれだけに決まってるでしょ?」

「指揮官は「空母にはやべー奴が集中してる」と言っていたが……あながち間違いでもなさそうだな……」

 

 赤いポニーテールが特徴的なメリーランドの言葉に反論するネルソンと、遠い目をした白髪のコロラド。

 視線の先ではツェッペリンとティルピッツに何故かインディアナポリスとミネアポリス(ついでにポートランド)が加勢していた。

 

「なんであの二人?」

「『ポリス(お巡りさん)』だからでは」

「ああ…」

 

 今にも艤装を起こしてアーク・ロイヤルを撃ちそうな四隻の姿を眺めるBIG SEVEN達。

 さっさとお縄につけば良いものを、躍起になって逃げ回る変態空母の姿にユニオンの三隻は普通に引き、ロイヤルの二隻はもう慣れたとばかりに紅茶を口にしていた。

 

 やがて、そのアーク・ロイヤルの手を引く小さな影が現れたことで事態の終息を確信するBIG SEVEN達だった。

 

「こ、この小さい手のひら……まさか私を案じてくれる妹の」

 

「駆逐艦と思った? 戦艦よ」

 

「ゲェッ、ウォースパイト殿!?」

「こっち来なさい! 巡洋艦以上の艦種全員で搾ってやる!!」

「そんな!? せめて、せめて駆逐艦の妹を誰か一人ぃぃぃぃぃ」

 

 自身より馬力で劣るハズの戦艦にズルズル引き摺られていく空母。

 哀れ、Wポリスとフィーゼモンペ達に連行され哀愁漂うその背中に声をかける者はいなかった。

 

 

 

・ベルファスト「寝取られた気分」

 

 休日を与えられたベルファストだが、それはそれとしてとんでもなく暇だった。

 着任してからこっち、指揮官のおはようからおやすみまでを見守り身の回りをお世話し職務を補佐し夜のお世話もして三人くらい産みたいとか思ってたところにこの状況。

 無論、後を引き継いでくれたニューカッスルに不満は無い。不満など言える立場に無いし言うつもりも無いが、それはそれだ。

 メイドの命たるメイド服は今はクローゼットの中、ラフな服装に着替えたは良いがやることが無い。

 午後のロイヤルのお茶会への出席許可は得ているが、それもメイドとしてではなくあくまで一参加者として、つまりその場でもやることが無い。

 姉や妹が仕切るそうだが、そそっかしいところのある姉エディンバラやまだまだ未熟な妹、ベルちゃんとなると不安にもなる。

 まぁその二人は真面目な分、サボり癖のあるサフォークや体育会系なケントよりはまだマシだろう、という気持ちもある。

 

「……シェフィールドがいてくれたら」

 

 と、ロイヤル本土にいるであろう同僚に思いを馳せ、直後にそんな考えを切って捨てる。

 今この泊地にいるのは自分達だけなのだ。無いものねだりなど、ここで務めに励む彼女達への失礼にしかならない。

 

「……外に出ましょう、か」

 

 少し外の空気でも吸って気分を変えよう、そう思い至ったベルファスト。

 洋服箪笥に隠してあった、保存袋に入れてある男性用下着の匂いを軽く吸って部屋を出た。

 

 

 

「お、ベルファストじゃないか」

「クリーブランドさん」

 

 廊下を歩いていると、クリーブランドと遭遇する。

 委託任務の件で指揮官に話があるらしく、散歩ついでに執務室まで一緒に行くことになった。

 

「その服、今日は休みなんだってな」

「はい。ですが、どう過ごせば良いのかわからず……」

「あははっ……まぁ、あまり深く考える必要は無いんじゃない? 私もこの後はオフだし、もしよかったら一緒に何かするとかさ」

「フフッ……ありがとうございます」

 

 にこやかに笑いあいながら歩を進める二人。

 ここまでずっと長い付き合い。共に戦場に立つ機会は少なくなったが、それでもこの泊地における古参同士。道中擦れ違ったノースカロライナのバニーガール姿をスルー出来るくらいには、ここで過ごした時間は長い。

 陣営だとかそんなことは関係なく、クリーブランドとベルファストは堅い友情で結ばれていた。

 

「……あ、執務室だ」

「……扉が少し開いていますね」

 

 ベルファストの言葉通り、執務室は僅かに扉が開いている。

 そこから漏れ出る二人分の声。

 

「……」

「……」

 

 そういえばニューカッスルの仕事ぶりに関してはよく知らないな、とクリーブランド。

 後輩兼現メイド長として前メイド統括な彼女のことは尊敬しているが、指揮官に不満を与えるならばすぐさま自分が、とベルファスト。

 

 クリーブランドの好奇心とベルファストの嫉妬混じりの老婆心が重なり、二人してその隙間から中を覗き見るのに躊躇いは無かった。

 

 

 

「お茶が入りましたよ、貴方様」

「……ん? もうそんな時間か。いただくよ」

「はい」

「……」

「……もしや、お口に合いませんでしたか?」

「いや、違う違う。淹れる人によって紅茶の味って変わるもんだな、と思って」

「そうですね……私はもちろん、エディンバラやベルちゃんの淹れるお茶は、それぞれまた違うものになるかと」

「うまいよ、ニューカッスル」

「……ありがとうございます、貴方様」

 

 

 

「……結構いい仕事するんだな、ニューカッスルって。手際も良いし。なぁベルファスト」

 

「ああご主人様ニューカッスルさんも違うんですニューカッスルさんご主人様のお好きな茶葉はそれでは無いんですご主人様ご主人様どうかこのベルファストに一言ご命令くださいいえニューカッスルさんは素晴らしい方ですご主人様の言葉に嘘偽り無いことはこのベルファストよくわかっていますですがああそんなダメですニューカッスルさんそれはダメご主人様の使い慣れている道具はそれではありませんでもご主人様は何の問題も無くお使いになられてご主人様なぜそんなにこやかにされているのですかいえわかりますわかっていますニューカッスルさんの包み込むような柔らかい笑みは私も好ましく思っていますですがご主人様ああああそんな私以外のメイドにそんなお顔をされるだなんてご主人様もニューカッスルさんもそんな楽しげに語り合って笑い合ってううダメですダメよベルファストこんな感情を敬愛するお二人に向けてしまうだなんてでもこんな光景見せつけられて私は私はもう本当にどうにかなってああニューカッスルさん瓶入りお菓子の蓋を開けるためだけにご主人様の手を煩わせるだなんてご主人様そんな顔をしないでください私じゃないメイドにそんな微笑みを向けないでニューカッスルさんも紅くならないでそんな雰囲気出さないでご主人様ご主人様ご主人様ぁ」

 

「 う わ ぁ 」

 

 唇を噛み、悶えるように身体を揺らすベルファストの姿にノータイムで引くクリーブランド。

 指揮官を想う気持ちは理解できるが流石にこれは友人相手だろうと引く。

 

 何があってもこうはなるまい、とクリーブランドは改めて心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「……あいつらあれで隠れてるつもりなのか?」

「フフッ……ベルファストも随分と変わりましたね」

「にこやかに言うことじゃないと思う」

 

 

 

 

 

 

 

三笠「ぬわああああん疲れたもおおおおん」

 

「なにこれ」

「あっ、指揮官。お疲れ様です」

「あ、うん」

「やめたくなりますよぉ戦艦ぅ」

 

 夜。

 執務もだいたい終わったので、何やら騒がしい食堂に足を運んだらかつての連合艦隊旗艦が酔っ払っていた。

 その隣で微笑んでいるのは北方連合の軽巡洋艦、アヴローラ。

 なんでも昔一緒に戦ったことがあるらしく、その縁もあってか比較的二人でいる姿を見かけることが多い。

 

「今日のお仕事は終わりですか?」

「ああ。何か騒がしかったから寄ってみたんだが……」

「それは、ごめんなさい。三笠ったらお酒弱いくせにすぐ飲みたがるから……」

「お主長門のことが好きなのか!?(青春)」

「は?」

「ほらほら三笠。ナガトはここにはいませんよー」

「なーにが『三笠使うなら長門でよくね?』だ……陣営バフなら我だって持ってるし……性能だけで判断、恥ずかしくないの?」

「やべーなこいつ」

「たぶんそろそろ眠るはずですけど……」

「Zzz」

「「あ、寝た」」

 

 机に突っ伏して寝息を立て始める三笠。

 

 ……こうして見るとあの『ミカサさん』と似てはいる、というか容姿がまったく同じなだけの別人だとわかる。

『同一人物の別存在』とでも言えば良いのだろうか。

 

「指揮官も、よかったら一杯いかがです?」

「……だな。せっかくだし、いただくよ」

「はいっ」

 

 アヴローラが用意してくれたグラスに、酒が並々と注がれていく。

 北連産だというヴォッカ、グラスと鼻が離れていても強く感じるその酒の匂い。迷うことなく一口飲む。

 

「~~~ッ、結構強いな、これ」

「そうですか? 故郷では身体を温めるのによく飲みますから、私はあまり」

 

 そう言ってヴォッカを飲んでいくアヴローラ。

 それなりに飲んだ後なのか、普段は雪景色のように白い肌がほんのり蒸気していた。

 

「んっ……ふぅ。三笠ももう少し飲めるようになってくれれば良いんですけど」

「普段から二人で飲んでるのか?」

「いえ、お酒はたまにですね。いつもはお茶で」

「ふぅん」

「でも三笠はいつもこうなってしまうので……」

「この人ここまで弱いとは知らんかったなぁ」

 

 寝言でさえ長門とやらと比較されることの不満を述べる三笠を見やる。

 いつもは凛として、尊敬の眼差しを集める三笠だが、今こうして酔い潰れている姿からはとても同じ存在とは思えない。

 ヴォッカを飲み進める内、ふとアヴローラがこっちを見詰めてきていることに気がついた。

 

「……どした?」

「指揮官って、私や他の人達と、三笠を見る目が違いますね」

「ッ!?」

 

 喉元を過ぎた酒が逆流した

 

「だ、大丈夫ですか指揮官!?」

「ゴホッ……お、おう。……しかし、何だ急に」

「あぁ、いえ。前から気になってて……」

「……あー、それな。いや、特に理由らしい理由とかは無いんだが……」

 

 正直、あの頃に関することは誰かにおいそれと言えることじゃない。

 俺の中ではもう思い出で、まだ想ってるだとか女々しいこというような歳でもない。だが、だからといって簡単に口に出来るほど軽いことでも無いのだ。

 

「……まぁ、あんまり言えることじゃない、とだけ言っておくよ」

「指揮官……」

「邪魔したな。酒、うまかったよ」

 

 そう言って、逃げるように席を立つ。

 背中にかかるアヴローラの視線が妙に痛く感じて、そのまま足早にその場を後にした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……三笠?」

「……」

「……もう。起きてるなら言ってくれれば」

「……指揮官は」

「?」

「我を、疎ましく思っているのではないのだな?」

「……ええ。それは間違いなく」

「……そうか」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「綾波、戻ってるかー?」

 

 自室の前。

 ドアノブに手をかけ、開く前に声をかけてみる。

 

『あ、指揮官。大丈夫です。もういる、です』

「そっか」

『ああ、でも。ちょ、ちょっとだけ待ってほしい、です』

「あん?」

『その、心の準備が必要、です』

「心の準備?」

『すー……はー……よし。どうぞ、です』

「? 入るぞー」

 

 というかなんで自分の部屋に入るのに待つ必要が……と思いながらドアを開いて

 

 

 

「お帰りなさい、です。指揮官」

 

 

 

 ―――その姿に、思わず息を呑んだ

 

 白と紅で彩られたその衣装。

 豪奢で、それでいて美しいその衣装。

 

 まるで、花嫁衣装のような姿の綾波が、そこにいた。

 

 

 

「……指揮官?」

「え? あ、あぁ。ただいま、綾波」

 

 予期せぬその姿に見惚れてしまっていた。

 

「綾波、その服……」

「これ、ですか? その、明石が用意してくれたです」

「明石? ……今朝言ってた用ってそれか」

「はいです。『ケッコンしてるのに普段の服装のままでいさせるなんて甲斐性の無い指揮官だからにゃあ』とか言ってました」

「耳削ぎ落としてやろうかあいつ」

 

 目の中にダイヤを浮かべてにやつく顔が容易に想像できて腹が立つ。

 にしても……

 

「……よく似合ってるなぁそれ」

「そう、ですか? 指揮官に一番に見てほしくて……綾波、指揮官のお嫁さんらしい、ですか?」

「ッ……」

 

 もじもじと身体を揺らしながら、薄く色づいた頬と上目遣いが妙に色っぽく見えてしまい、言葉に詰まる。

 

「……ああ。とても」

「えへ……よかったです。嬉しいです」

 

 そう呟いて、俺に飛び込んできた綾波。

 衣装が崩れないように、気をつけてその背中を抱いて頭を撫でる。

 蕩けるような息を吐いてそれを受け入れる綾波。

 

「……そう言えば指揮官」

「ん?」

「今日、何かお話があるって」

「あー、それな」

 

 正直、こんな姿の綾波を見た後で話すことでも無いことだが、それでも話す必要がある。

 

 いや、どうしても綾波には話しておかなければいけないのだ

 

「綾波。話っていうか相談なんだが……」

「はい……」

 

 綾波を先に座らせ、鍵をかけてあった机の引き出しを開けて、そこからあるものを取り出して綾波と向かいあって座る。

 

 俺が差し出したそれを見た綾波の目が大きく開かれた。

 

「指揮官、それ……」

「うん……綾波がそんな衣装見せてくれた後でこういうこと話すのは正直、気が引けるんだが……」

 

 俺達の間に置かれた、四つの小箱

 

「前に、しばらく誰にも渡すつもりはないって言ったけど、さ。そうも言ってられなくなった」

 

 ただの海域攻略だけじゃない。

 これまで起こってきた事件と、これからも起こるであろう強敵達との戦闘。

 

 言い訳がましいけれど、それでもそういう理由や事情は確かにある。だから―――

 

 

 

「―――四人だ」

 

「この艦隊の艦船四人に、指輪を贈ろうと思ってる」

 

 

 

 小箱に入っている、誓いの指輪。

 綾波がいつも薬指に嵌めているそれと同じもの。

 艦隊の強化という意味合いももちろんある。だがそれ以上に、俺自身が、支え合いたいと思える相手がいるという理由もある。

 気の多いオッサンと笑わば笑え。

 俺が決めたことなのだから、誰かに言われた程度で取り下げるつもりは無い。

 

「だから……いいか? 綾波」

 

 だが、こと綾波の言葉となれば話は別だ。

 仮初めのものとはいえ、一番最初に指輪を贈った相手が首を縦に振らない限り、どうすることも出来そうにない。

 綾波の俺への気持ちは理解できている。だからこそ、俺は彼女の意志を尊重してやらねばならない。

 俺がやろうとしていることは、見る者によっては綾波への裏切りに見えてしまうものなのだから。

 

 けれど

 

「―――はい。綾波は賛成です」

 

 ―――意外なことに

 

 綾波はなんの迷いも無く、そう言った。

 

「……えっ。良い、のか?」

「はいです」

「もっと悩んだりするもんかと」

「指揮官は、ちゃんと綾波に相談してくれた。指揮官が綾波のことを大切に想ってくれてるのは、綾波もわかってる、です」

 

 微笑みながら話すその顔には、一切の嘘や誤魔化しは無い。

 心から、賛成してくれているのだと理解できた。

 

「綾波は、指揮官が大好きです。みんなも、指揮官のことが大好きです」

「綾波は駆逐艦だけど、子供じゃあないのです」

「だから―――指揮官が本当にしたいと思うこと、綾波は応援したいのです」

 

 ―――ああ。なんて。

 

 なんて、俺よりも大人なんだろう、綾波は。

 

 俺が悩んでいたことを、そんな言葉であっさりと受け入れてくれた。

 

 その姿にはもう最初の頃のような、物静かで常に不安そうな様子は微塵も無い。

 

 それほどに、この綾波という少女は成長していたのだ。

 

「……そっ、か。ありがとう綾波」

「どういたしまして、です」

「それと……」

「謝るのは無しです」

「……あー、ああ。そうだな」

 

 そっと綾波が差し出してきた手を取る。

 

「……誰に贈るか、もう決めてあるのです?」

「ああ。散々悩んだけどな」

「指揮官が決めた人なら、綾波は大丈夫です」

 

 その手、薬指で光る指輪。

 

 この先まで照らしてくれそうな、そんな気がした。




(正妻の余裕)



・言い訳
ニューカッスルの声帯云々についてはメンテ終了前に投稿する予定が急用につきこんな時間になったから。直すにももうここまで来たら行っちゃえと思いました



たぶんあと二話以内で一旦完結します


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ティルピッツ「正直、母性をくすぐる」ベルファスト「わかりみが深い」

エンタープライズ「深いのは業だと思う」



年末なので初投稿です

※綾波に次ぐケッコン相手は作者が悩み抜いた末に決断した面々です
これまでの話の流れとか関係無いのでそれだけご容赦を

※瑞鶴未入手なのにチョイ役で出てるけど許してクレメンス


「ベルファスト」

「はい、ご主人様」

「ケッコンしよう」

「……ご主人様」

「うん?」

「突然のことで少々驚きましたが、何の前振りも無くこのような形で告げることでは無いかと。紳士の所業とは程遠いことです」

「……あー、やっぱり?」

「私でしたから良かったものの、他の方ではこうはなりません」

「はい……反省します」

「……ですが、ご主人様がベルファストを選んでくださったこと。心から嬉しく思います。……それで、ご主人様」

「どした?」

 

 

 

 

「子どもは何人欲しいですか?」

「何かもうお前のそういうとこ一周回って好きになってきたよ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……てなわけでベルの奴はOKくれたけど」

「元々ベルファストさんは指揮官のこと好きでしたので……というか指揮官」

「ん?」

 

「情緒無さすぎなのです」

 

「反省してます」

 

 思い立ったが吉日。

 というわけなので、綾波に相談をしたその翌日から行動に移すことにした。

 

 まず渡した相手はベルファスト。古参の一隻たる彼女には本当に何から何まで世話になってきた。

 戦闘における信頼性はもちろんのこと、秘書艦業務や俺の身の回りのあれやこれ。ロイヤルや艦隊への貢献と忠誠心についてはもはや言わずもがな。

 

 ……何より、白状すると俺個人としてはもうベルのメイドスキルにどっぷり呑まれている感もあり

 

 それを抜きにしても、ベルファストという艦船はもはや俺にとって無くてはならない存在になり始めていた。時おりぶっ飛んだことを言うが。

 

「……それで、ベルファストさんは?」

「仕事に戻るって言って別れてそれっきりだな。もう後ろ姿見ただけで浮かれまくってるのはわかった」

「そうですか」

 

 ちなみに今は綾波と共に母港の演習場の波止場で空母同士の演習を見物中。無論、そこに置いた簡素なテーブルで執務も行っている。

 そんな俺達の傍らには疲れきった表情のエンタープライズがいたりもするが、その理由はまぁ演習してる面子にある。

 

 

 

「退け! グレイゴーストに挑めない!!」

「ぽっと出の重桜が彼女に挑むなんて片腹痛い!!」

 

 

 

「お前さん方々によろしくないフラグ乱立させすぎじゃねえ?」

「……いや、その」

 

 ユニオン所属のエセックスと重桜の第五航空戦隊が一角、翔鶴型空母の瑞鶴のタイマン勝負が繰り広げられていた。

 勝った方がエンタープライズに挑むということもあって鬼気迫るものを感じる。

 まぁ蓋を開けてみればどっちも尊敬なり何なりを拗らせすぎて煮詰めすぎただけなのだが。

 

「……でも66連戦はやりすぎだと思うので止めてくるです」

「頼むわ。ついでに寮舎にぶちこんどいてくれ」

「はいです」

 

 スイー、と艤装を展開して艦載機なり空爆なり飛び交う海域に大した警戒も無く乗り込んでいく綾波。その背中が頼もしすぎる。

 

「……いや正直な話さ、エンタープライズ的にはあの二人のことどう思ってんだ?」

ていっ(鬼神)>

 

「そう、だな……エセックスは、本当に頼りになる。最新鋭の名に恥じないその在り方は、尊敬するに値すると思っている」

グワーッ!>

 

「なるほどねぇ。瑞鶴は?」

ていっ(全弾発射)>

 

「瑞鶴か……彼女とは鎬を削って闘った。彼女もまた誉れある重桜の航空戦隊に相応しい艦船だ……今は味方であることは、ありがたいと思っている」

グワーッ!>

 

「……そういうとこだと思うぞ」

ていっ(鬼神演舞)>

 

「えっ」

グワーッ!>>

 

 エンタープライズと話している間に、瑞鶴とエセックスの制圧を終えた綾波が二人を抱えたまま寮舎へと歩いていく。

 駆逐艦一隻で空母二隻を軽々持っている異様な状態でも、うちの不動のエースだからしょうがない。事実、すれ違う艦船の誰もツッコミを入れないのだから。

 

「彼女……綾波は本当に頼もしいな」

「ハハッ、まぁな……なぁ。エンタープライズ」

「ん?」

 

 苦笑しながら綾波を見送っていたエンタープライズ。

 俺の声に振り向いた彼女は、俺の顔を見てその表情を引き締めた。

 

「……どうしたんだ、指揮官?」

「……や、その……」

 

 ……あれ、何だろう。いつになく照れ臭い。

 いやむしろ何か恥ずかしくなってきた。なにこれ

 

「……その、な。エンタープライズ」

「う、うん」

「お前さんとも、長い付き合いだよな」

「……ああ。あなたの下へ着任してから、もう随分と経つ」

「戦闘なり秘書艦なり、何かと世話になってきたし、個人的にも、エンタープライズって艦船に対しては……まぁ、その。好きだとは、思ってる」

「……ど、どうしたんだ指揮官。あなたが急にそんなことを言い出すなんて」

「いや。らしくないって自覚はある。こんなオッサンが何言ってんだって……だから、なんだ」

 

 頬を赤くしてこちらを見つめるエンタープライズに二の句が告げられない。

 その瞳が、まるで何かを期待しているかのように輝いていて、それがなおさらこっちを追い込んでいる。

 

 ……腹ぁ括れアラフォー。

 

「!?」

 

 急に立ち上がってエンタープライズの傍に移動、驚いている彼女の前で膝をつく。

 

「俺としてはエンタープライズに支えてほしいし、俺としてもお前さんを出来うる限り支えてやりたいと思ってる!」

 

「だから!!」

 

 

 

「―――俺とケッコンしてください!!」

 

 

 

 そうして、懐から取り出した指輪を差し出した。

 

 

 

「―――」

 

 ぽかん、と。

 恐る恐るその表情を覗き見てみれば、そんな呆気に取られた顔をしていた。

 

「………」

「………」

 

 しばし続く無言。

 頭を上げるわけにもいかず、かといってこんな状態を続けているのも、例のやべー奴らがやってきそうで怖い。

 

 そんな時間が続いてしばらく。

 

「……指揮官」

「っ……なんだ?」

 

 ぽつりと呟いたエンタープライズ。その声に顔を上げる。

 

「……いいのか?」

 

 目尻を歪ませ、瞳の縁に涙を湛えたエンタープライズ。

 そっと、指輪を差し出す俺の手に、自分の手を添えて。

 

「いいって、何が?」

「いや、先ほどベルファストに指輪を贈った、という話を綾波としていたから、彼女たち以外にも渡すのだろうということは理解できていた。しかし……私で、いいのか?」

「……ああ、もちろん」

「戦いしか知らない女だぞ、私は」

「それ以外も覚えていきゃ良い。それに、エンタープライズ『で』良いと思ったんじゃあねえ」

「……」

 

「エンタープライズ『が』良いんだ、俺は」

 

「……指揮官」

 

 微笑んだエンタープライズに笑みを返して、その手の薬指へと指輪を通す。

 陽光を反射して光るそれを、エンタープライズは感慨深そうに見つめていた。

 

「……ありがとう、指揮官」

「なーに。そもそも前々から欲しがってたろう、お前さん」

「えっ……あ、いや、あれは」

「……これからもよろしくな、エンタープライズ」

「―――ああ」

 

 差し出されたエンタープライズの手を取る。

 握り合った俺の手を、彼女は両手でしっかりと包み込んできた。

 

「―――命の果てまで、一緒に歩もう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グレェェェイゴォォォォォストッ!!!」

 

「 終 わ り だ ッ ! ! ! 」LuckyE:Lv10

 

「サヨナラ!?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「あら、お帰りなさい指揮官」

「おめぇ何勝手に俺の酒飲んでんだ鉄血コラ」

 

 綾波の手から逃れたはいいものの、エンタープライズにあっさり返り討ちにされて今度こそ寮舎に引き摺られていった瑞鶴を見送って執務室に戻ったところ、鉄血の重巡が一升瓶の酒を空にしていた。

 ……今夜飲もうと思ってた物をこいつ……

 

「つーかそもそもまだ昼間で今は仕事中だろが。委託任務任せてたよなお前?」

「とっくに終わったわよ。報告に来たのにいないんだもの」

「執務室にいなくても母港のどっかにいるに決まってんだろ」

「疲れてたのよ。だから戻るまでここで待ってようと思って」

「上官の私物の酒を勝手に空けた理由は?」

「美味しそうだったから。ついね」

「……はぁ」

 

 まったく悪びれる様子の無い重巡――プリンツ・オイゲンにため息が漏れる。

 言葉の上ではシラフに見えても、蒸気した頬とへにゃへにゃと緩んだ口角でだいぶ酔いが回っているとわかる。

 もう怒る気も失せたので、机に着いて報告を聞くことにした。

 

「……んで? 委託は?」

「滞りなく終了。大鳳がなんでかフォックスハウンドにやたらと絡んでたことを除けば問題無し」

「あいつは……これからはアルバコアも一緒に行かせにゃダメだな」

 

 

 

大鳳ー!>

KYAAAA!?>

 

 

 

「………」

「………」

「……あっ、そうだ(唐突)。ねぇ指揮官」

「流すのか……なんだよ」

 

 するりと

 いつの間にか椅子に座る俺の背後に回っていたオイゲンがしなだれかかってきた。

 そのまま指を俺の胸元に這わせ、頬同士を擦り付けてくる。漂う酒の匂いに顔を背けざるをえないが。

 

「なんで逃げようとするのよ」

「酒臭ぇんだよ」

「女の子に臭いだなんて、ずいぶんな言い草ね」

「残当なんだよなぁ」

 

 ぐいぐい胸押し付けてきてるし、頬めっちゃ擦り付けてきてるし、服の前開けられて地肌を直接触ってきてるし。

 

 だから目潰しくらいするよね

 

「イイッ↑タイ↓メガァァァ↑!?」

「しつけぇ」

 

 うぉぉぉ……! と両の目元を押さえてのたうち回るオイゲンを差し置いて執務を進める。

 ……あー、蒼龍と飛龍の近代化改修かぁ。良いと思うけど、改造図どれだけ残ってたっけか。

 

「あ、あんたねぇ……!」

「構ってほしいなら仕事終わるまで待てや。それかヒッパーんとこでも行け」

「……むぅ」

 

 背後から拗ねたような声が聞こえる。

 それが動く気配を感じて、ふと見てみれば覚束ない足取りで一路ソファへ。そのままそこに横倒れになった。

 

「おい」

「ふんっ。このままここで寝てやるわ。せいぜい寝込みを襲わないように注意なさい」

「襲わねーよ。てか寝るなら寮舎で」

「Zzz」

「早っ!?」

 

 思ってたよりも酔いは深かったらしく、目を閉じるなりすぐに寝息を立て始めたオイゲン。

 すやすやと心地よさそうに眠る姿に、思わず毒気が抜かれてしまった。

 

「……はぁ」

 

 ため息二度目。

 眠りは深そうなので、とりあえず内線で手の空いていたエディンバラを呼び出して、寮舎まで運んでもらうように手配をする。

 

「………」

 

 ソファで眠りこけるオイゲンの前に膝をつき、そっとそのしなやかな指先を手に取る。

 

 

 

 指揮官を始めて、一週間ほど経過した頃だったろうか。

 突如としてふらりと母港に現れたのが、他ならぬプリンツ・オイゲンだった。

 

 飄々としたその風貌や雰囲気、性格とは裏腹に戦場においては重巡らしい火力と装甲、加えて艦隊の面々のサポートまでこなすその戦い方に、当初どころか今でも助けられている。

 

『この程度じゃ足りないわ。もっと、もっとだ……!』

 

 気付けば、艦隊に無くてはならない一隻にまでなったプリンツ・オイゲン。

 今みたいに、思い付いたかのようにふらりと現れては何だかんだでこちらの張り詰めた気を抜いてくれたり。

 

「……ich liebe dich.(愛してる)か…」

 

 以前言われた言葉を口に出して反芻する。

 あの時はさっぱりだったが、意味を知ってからはあの対応はかなり失礼だったことに思い至った。

 

 捉えどころが無く、普段からの言動が本気か冗談かの判別もいまいちつきにくいが

 

 それでも、もしあの時の言葉が本心からのものであったなら

 

「応えにゃならんよなぁ、男としても」

 

 だから、その薬指にそっと指輪を通しておく。

 本当なら面と向かって渡したかったが、普段から何かとからかってくることへのせめてもの意趣返し。あと酒飲まれた恨みも込めて。

 むず痒そうに身を捩るも、その寝顔は穏やかなまま。

 

 やってきたエディンバラに彼女を任せる。

 指輪に驚いていたようだが、特に何も言わず、エディンバラにも口止めを頼んでおく。

 

 起きてそれを見た時の反応が今から楽しみである

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「……んぅ……頭いたっ……」

「ああ、目覚めたか」

「ん……ふぃーぜ……?」

「水だ。指揮官の下で、飲酒を行ったと聞いた」

「……あー。そういえばそうだったわね……うわ、もう夜じゃない……」

「心地よさそうに眠っていた故、そのままにしておいたのだが……よかったか?」

「ええ……」

「……して、その指輪は?」

「は? 何のことよ」

「? 指揮官より贈られたものなのでは?」

 

「?」

「……?」

 

「―――!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

\ホアアアアアアアアアアアア!?/

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー驚いてる驚いてる」

「流石に趣味悪いと思うです」

「そう言ってくれるな綾波」

 

 もう夜遅くである。

 さて、この後乗り込んでくるのか夢オチを疑うのか。

 

「……それで指揮官」

「ん?」

「ベルファストさん、エンタープライズさん、オイゲンと来て……あと一人は誰なのです?」

「あー、それな。まぁ何て言うか……ちょいと腹括んなきゃいけない相手でな……」

「? 受け取ってくれそうにない人なのですか?」

「ああ、いや。受け取ってはくれると思うんだ。ただ、俺自身の問題でなぁ」

 

 そう。

 ここまで三人に指輪を贈り、残る候補はあと一人になった。

 

 ただ、贈るには本当に度胸がいる相手なのだ、マジに。

 

「……早い方がいいんだろうけど、な」

 

 最後の一箱を手にごちる。

 無論、贈るつもりはちゃんとあるが、相手を思うとどうにも腰が重くなってしまう。

 

 と、そこへ

 

 

 

ドンドンドン!>

 

 

 

「「!?」」

 

 連打される部屋の扉。

 何事かと返事をしようとする間にも扉は叩かれ続ける。

 

「なんですかー!?」

 

寝てるのかーい?>

 

「いや起きてるけどー?」

 

 その答えを聞いた珍客。

 勢いよく扉を開けてドカドカドカドカ入ってきて俺達の目の前に座ったかと思ったら何故か電気を消してから点け直して開口一番。

 

 

 

 

 

 

 

「腹を割って話そう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 濡羽色の髪。黒で統一された服。

 頭部から伸びる二本の角。

 

 即ち、三笠。

 

 ―――俺が指輪を贈るつもりの、最後の一人。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「………」

「………」

 

 気を利かせてくれた綾波を部屋に残し、二人で波止場へと出る。

 月明かりに照らされた海から響く波音。俺に背を向ける三笠の姿はどことなく寂しそうで。

 

「……三笠?」

「……なぁ、指揮官」

 

 俺の問いかけに振り返る三笠。

 何かを孕んだその眼差しが俺を射抜く。

 

「……お主は、我に何を見ている?」

「……何を、って?」

「誤魔化すな。……お主の眼は、我を見ながらも別の何かを見ているだろう?」

「っ……」

 

 ……察せられていたのは、当然と言えた。

 女性は異性からの視線には敏感、だというのはわかってるつもりでいた。だから、この問いかけはいつか訪れるものだとわかっていたはずだった。

 ……頭ではわかっていても、思わず目を背け続けていた。

 

 来る時が来たのだ、と小さく覚悟を決める。

 

「……ああ。そうだよ」

 

 絞り出した声で、そう告げる

 

「三笠を通して……貴女(・・)を見てた」

 

 

 

「そんなつもりは無かった。けれど……今、俺の目の前にいる三笠じゃあなくて……ミカサさん(・・・・・)を、俺は見ちまってたんだ」

 

 

 

 さぁ―――訣別(償い)の時間だ

 

 

 

「ミカサさん、だと……?」

「ああ。……綾波にも言ってないことだけど、実はガキの頃、『三笠という艦船』に会ったことがあるんだ」

「……それは」

「もちろん、お前さんのことじゃあない。お前さんとは別の『駒』のミカサさんさ」

 

『駒』と『素体』

 KAN-SENという存在を語る上では欠かせない、その存在の根幹に関わる二つの単語。

 曰く、『駒』とは即ち、今この母港にいる、或いは世界のどこかにて戦うKAN-SENを指す、『素体』のコピー。当然、『素体』は『駒』の大元であることを示す。

 

 指揮官になってから知りえた事実から、あのミカサさんもまた、『駒』の一つだったのだと理解できていた。

 

「ガキの頃、本当にたまたま見つけたんだ。傷だらけで浜辺に倒れてたあのヒトを。何者か、なんて考える間もなく助けようとして、でも出来ることなんて何も思い付かなくてさ」

 

 今でも鮮明に思い出せる。

 本当なら救急車呼ぶなり人を頼るなりするはずなのに、どういうわけか自分だけで助けようだなんて無意味に躍起になって。

 

「……まぁ、大したことするまでもなくあのヒトはあっさりと目ぇ覚ましたんだけどさ」

「……して、そのミカサさん、とやらは?」

「しばらくはその浜辺にいたよ。人目につくわけにはいかないから、なんて言ってどこにも行こうとせず、俺にも口止めさせて。ちょいちょい食い物とか持って行ったりはしたけど」

 

 それでも、日に日に衰弱していく彼女を見ているしかなかった自分。歯痒い思いをするばかりだったのも覚えている。

 

 ―――恋しいと思う相手に対して何も出来ることが無いというのは、思ってたよりも悔しかった

 

「色んなこと話したり、教わったり。そんな日がしばらく続いた頃……セイレーンがその海に現れた」

 

 規模は大きくなかったように思える。

 事実、手負いのミカサさん一隻で返り討ちに出来たほどだったのだから。

 

 けど

 

「……その戦闘で、ミカサさんは海に消えてったよ」

 

 逃げよう、と何度も言った。一人じゃ無理だとも。

 それでもミカサさんは、頑として首を縦には振らなかった。

 

「『我らの砲火は故国と、何よりお主のような子供の未来を守るためにこそ在る』……それが、あのヒトから聞いた最期の言葉だった」

 

 耳どころか全身を震わせる砲の音と振動

 海面に立ち上る水柱

 沈んでいく鉄塊と、それを見据える小さな背中

 

 後には何も残らず、ただ静かな海―――見慣れた光景だけが広がっていた

 

「……その者を、想っていたのか、お主は?」

「……ああ。初恋だった。……誤解の無いように言っておくがな、その辺はもう本当にただの思い出だからな?」

「そのような顔で言われても説得力に欠けるぞ」

「解せぬ……」

 

 実際、三笠と出会うまでは本当にたまに思い出す程度の記憶でしかなかった。二十年以上も前なんだから当然だが。

 

「まぁ、そんなわけだ。……お前さんとあのヒトは違う。同じ顔、同じ声、同じ姿形をしてはいても……『三笠』と『ミカサさん』は別の存在なんだ。そんなことは、わかってるはずだったのにな。……それでも、どうしてもダブらせて見ちまってた。本当にすまん」

 

 しっかりと、頭を下げる。そうしなければ、いやこれでもなお足りないであろう不躾を、俺は目の前にいる女性にしてしまっていた。

 こんなことをしてきたのに、そのクセ指輪を贈ろうとしていただなんて厚かましいにもほどがある。

 

「……顔を上げよ、指揮官」

「………」

「言いたいことはわかった。お主が我を見る際の視線の理由も理解できた。……そして、それらを踏まえた上でだ」

「おう」

 

「―――我は今からお主を殴ろうと思う」

「―――断れる立場にない。全力で来い」

 

 顔面に衝撃

 身体に走る浮遊感

 足が地面から離れて、一拍遅れて―――着水

 

「真冬の海に落とされるまでは想定してない!」

「何を言うか! これで済んでよかったと思え!」

 

 海に漂う俺と、見下ろしてくる三笠。

 その表情は怒り心頭。初めて見る、三笠の本当の怒りだった。

 

「ミカサさんとやらと比べなかったことは評価しよう! だがな、厳密には違えど、過去の自分と被って見られてきた我の心が理解できるか!?」

「……」

「他の者と違う目で見られることがどれだけ苦痛か、何故自分だけが、などと女々しい思いを懐いてしまう自分をどれだけ恥じたか! 酒気を頼り、友にさえ迷惑を被らせてしまったことがどれだけ辛いか!」

 

 そこまで言って、肩で息をする三笠。

 海から上がり、ずぶ濡れだろうと気にせず、その前に立つ。

 

「……何よりも、お主が理由を教えてくれないことが辛かった」

「……ごめん」

「だが、今日聞くことが出来て安心した」

「三笠……」

「……指揮官。最後に一つだけ訊いても良いか?」

「ん?」

 

 

 

「お主は我を―――今、ここにいる()のこと、どう思っているの?」

 

 

 

「―――」

 

 がらりと変わった三笠の口調と雰囲気。

 これこそが彼女の『素』だと知っている。だからこそ、それほどまでに本気だとわかる。

 

「……色々、ある」

「色々……?」

 

 艦隊の要

 頼りになる先達

 この母港の艦船達の導

 俺を過去と訣別させてくれるヒト

 

 けど、それよりも何よりも―――

 

 

 

「―――大切だと、思ってる」

 

 

 

 この答をどう捉えるかは彼女次第だ。

 紛れもない俺の本心だが、もしかしたら彼女の求める答とは違うかもしれない。最悪、はぐらかしていると思われるだろう。

 

 それでも、大切な存在だということには変わりない。

 過去のことを抜きにしても、今ここにいる三笠を、俺は

 

 結果

 

「……はぁぁぁぁぁ」

 

 大きなため息と、拗ねているように尖った唇。

 

「……だめですか?」

「ダメ。ダメ中のダメに決まっているだろう、何だその答えは。女が決意と共に投げ掛けた問いに対して不誠実極まりない」

「ぐうの音も出ない」

「……けど、嘘で好きだなんて言われるよりはマシ、なのかな」

 

 しょうがないなぁ、なんて言いながら、三笠はそっと右手を差し出してきた。

 

「? なにその手」

「指輪。あるのだろう?」

「え゛」

「部屋を出る時、懐に入れてるの見えていたぞ」

「……」

「我と話すだけなら、そんなことをする必要は無い。となれば……と、考えていたのだが……わ、我の自惚れではないよな? な!?」

 

「……ははっ」

 

 自信満々な表情から一転、あたふたと慌て出すその姿に思わず苦笑。

 一言呟いて、服と共にずぶ濡れになってしまった箱を取り出す。

 

「……良いのか?」

「ん?」

「いや、その。さっきまでの話の流れからこうなるのは、流石に気が引けるし……ジュウコンになるんだけど」

「……まぁ、な。一人の男が仮初めとはいえ妻を複数娶るなど、我の時代からすれば正気の沙汰とは思えぬ。……が」

「?」

「―――君となら、それもまた佳し。なんて、ね」

「……敵わねぇなぁ」

 

 箱を開き、そこから取り出すのは最後の指輪。

 差し出された三笠の手を取り、その薬指へとそれを通す。

 

「……指揮官」

「うん?」

「もう、私と彼女を重ねないと、誓える?」

「……ああ。あのヒトを思うのは、今日で最後だ」

「目の前にいる私を、ずっと大切にしてくれる?」

「もちろん。そのつもりだ」

「……なら、よし」

 

 そう呟いて、三笠がそっと目を閉じた。

 俺に向けて顔を上げ、そのまま身動ぎせず。

 

 それが意味するものは、一つしかない

 

 

 

 一つしか、ないんだけど、なぁ……

 

 

 

 

 

 

 

『綾波もまだなのに他の人が先とか絶許です』

『こ、ここは公の場だぞ指揮官……』

『ベルはいつでも待機しておりますのに……』

『はよ』

 

 

 

 

 

 

 

 視線の先、三笠の後方から目だけでそんな訴えをしてくる四人。漏れなく指輪贈った面々である。

 

「……腹を決めた女を待たせるとは」

「えっ」

「よし。我の妻としての最初の仕事は、お主に女の扱いを叩き込むことのようだ」

「いや、ちょ、ちが」

「安心せよ―――とことん付き合ってあげる♪」

 

「嘘ォォォォォ!!?」

 

 ぽーん、と

 

 殴り飛ばされた先ほどと違い、今度は一息に放り投げられた。当然海へ。

 

 

 

 ……まぁこんなオチはついてしまったが

 

 とりあえずは当初の予定通り

 

 

 

 ベルファスト

 

 エンタープライズ

 

 プリンツ・オイゲン

 

 そして、三笠

 

 

 

 綾波に次ぐ四人の艦船とのケッコン、完了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗がりの中、静かに息を潜める影が二つ

 

 瞳は紅く、光は灯らず

 

 吊り上がった口角は獣の如く

 

 現実を喰らわんと、二つの影は牙を剥く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しーきーかーんーさーまー(しーきーかーんーさーまー)

 

 

 

 

 

 

 

 




SSRばっかりなのは触れない方向で一つ
兄貴姉貴のケッコン衣装がもっと早く告知されてればオイゲンのポジション兄貴姉貴になってたのは秘密だ

最終回と同時投稿してます


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翔鶴「赤城先輩」


旅 に 出 よ う や




最終回なので年内最後の初投稿です
ここまでの応援、感想、評価の全てに感謝を
本当にありがとうございました



※1/1、ラストを少し変更


「まぁ落ち着け。魚雷を突き付けられては落ち着いて話も出来やしない。……指揮官は無事だ、少なくとも今の所はな。この先どうなるかは卿次第だ。無事に取り戻したければ……我らに協力しろ。okay?」

 

 

 

綾波「おっけぃ」ズドンッ

 グラーフ・ツェッペリン「ウボァー」

 

 

 

 前略。

 指揮官が拉致された。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 犯人は当然と言うかなんと言うか、重桜が誇る航空戦力、赤城と大鳳の二名。

 

 事の発端はやはり、指揮官のジュウコンにあった。

 かねてから有言無言問わず指揮官への愛を公言して憚らない二人だったが、いざ指揮官が指輪を贈るということになって自分達が対象でなかったことは完全に予想の埒外であったらしい。まぁ周りからしてみれば残当と言わざるをえないのだが。

 

 結果、何を血迷ったのか睡眠中だった指揮官を拉致監禁するという暴挙に出た次第である。

 

 暴力的なまでの実力を誇り、なおかつ指揮官へのグラヴィティな想いを持つ二人が(呉越同舟に過ぎぬだろうが)手を組んだとあって、艦船一同が即座に警戒態勢へと移行した。

 特に最も長く指揮官と同じ時間を過ごした綾波を筆頭に、指揮官からの寵愛を得るに至った、ベルファスト、エンタープライズ、プリンツ・オイゲン、三笠の決意のほどは凄まじかった。

 どんな形であれ、赤城と大鳳に協力した艦船達をすぐさま特定、情報を聞き出した上で叩き伏せたのである。

 

『ご主人様はどこですか、アーク・ロイヤルさん』

『し、知らないぞ!? ……そうだ、レンジャー殿が知っている、彼女と会う約束をしてたんだ!』

『工廠でですか?』

『……どうしてそれを』

『このメモ書きが』

『』

『貴女への処罰はご主人様にお任せすると言いましたね?』

『そ、そうだベルファスト! まさか誇り高きロイヤルのメイド長が自分の発言を反故にするなど』

『 あ れ は 嘘 で す 』

『うわぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

『怖いですか? 当然です、ユニオン最初の特型空母の私に敵うもんですかっ』

『試してみるか? 我とて前弩級戦艦にしてかつての連合艦隊旗艦だ』

 

『オイゲンさん? それは』

『533mm五連装磁性魚雷(T3)よ』

 

『……さぁ来い瑞鶴。爆撃機なんて捨てて、かかってこい。楽に倒してはつまらんだろう。機銃掃射を叩き付け、私が苦しみもがいて、沈んでいく様を見るのが望みだったんだろう。そうじゃないのか瑞鶴?』

『……あんたを沈めてやる……!』

『さぁ、オフニャを離せ。一対一だ。楽しみをフイにしたくはないだろう。来い、瑞鶴。怖いのか?』

『今日こそ越えてやる……猫なんて知らない、ッハハハ……猫にはもう用は無い!』

『………』

『クハハハ……デストロイヤーT3だって必要無いわハハハ……誰がお前なんか! お前など恐れるものか!』

 

『―――野郎ぶっ殺してやぁぁぁぁるっ!!!』

 

 

 

 同じ母港の仲間達との不毛な争いに傷付きながらも、それでも誰一人として決定的な情報を掴めなかった。

 加えて、もう一つ、何よりも不安な問題がある。

 

 

 

 愛宕が見当たらないのだ(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 この手の問題では真っ先に主犯候補に名前が挙がる愛宕だが、何故か今回はとんと音沙汰が無い。

 姉の高雄でさえ姿を見ておらず、また今回の件に関わっている気配すら無い。

 艦隊初期から母港の中心どころか至るところで指揮官への愛を叫び続けていた彼女が、指揮官のジュウコンに対して何も言わない。

 胸中に一抹の不安を抱えたまま、指揮官を愛する嫁艦たちは母港中を奔走していく―――

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「指揮官様。寒くはありませんか?」

「あ、うん。大丈夫」

「指揮官様。お粥が出来ましたが食欲は……」

「ある。いただくよ」

「でしたら赤城はクスリとお召し物の替えを用意しておきますわ」

「食事と食休みがお済みになったら、その……あ、汗を拭ったり着替えのお手伝いなどを大鳳と赤城さんで!」

……ゲフン。いえ、なんでも」

「うん、まぁそこはいいんだけどさ。まず質問」

「「?」」

 

「何で普通に看病されてんの俺?」

 

 真冬の海に叩き落とされたらまぁ風邪引くよね。むしろ死ななかった自分に驚いた。

 あの後、綾波の他、エンタープライズ達四人を含めた六人で大して広くもない部屋で雑魚寝。俺の隣、つまり綾波の反対側は誰かで一悶着あったが、綾波の鶴の一声でエンタープライズに決定したりとかあったが、概ね問題等はなく。

 

 ……問題は目覚めてから。

 頭と喉は痛いわ、発熱してぼんやりするわ動く気になれないわで、ああ、風邪だななんて考えに至って

 

 ふと、そこが自分の部屋じゃないことに気付く。

 そして傍らには赤城と大鳳。

 

 その瞬間に全てを察した

 

 

 

『―――いやこら拉致だよ!!』

 

 

 

 こいつら俺が寝てる間にやりやがった。

 しかも綾波、エンタープライズ、ベルファスト、プリンツ・オイゲン、三笠の睡眠を妨げず、なおかつ気配すら悟られなかったようで。

 

「仕事させてくんない?」

「ご自愛なさってくださいまし指揮官様」

「そうですわぁ。ただでさえ普段から根を詰めがちなのですから、こういう時くらいは」

「つってもなぁ」

 

 頼んでみてもにこやかに笑みを返されるだけで取り付く島も無い。

 粥の乗ったレンゲを差し出してくる大鳳を射殺さんばかりの眼を向ける赤城だが、どういうわけか何もする気は無いらしく服や薬を手にあちこちを歩き回っている。

 

「はぁい指揮官様ぁ。あ~ん♡」

「なぁ。まずここどこ」

「あ~ん♡」

「おいちょっと」

「あ~ん♡♡♡」

「……アー」

 

 言外に「はよ食え」と言われたので仕方なくそのレンゲへとかぶりつく。

 熱すぎず、かと言ってぬるいというわけでもない適温で柔らかく煮込まれ、あっさりとした味付けの米を咀嚼。傷んでいる喉を通りすぎても障害にはならず、スッと胃まで落ちていった。

 

「……うまい」

「うふふっ。何よりですわぁ。ささ、残りもどうぞおあがりくださいませ」

「ああ、うん。……それはそれとしてだ、あやな」

 

 み、と言おうとした瞬間、喉元に突き付けられる箸。

 目の前の大鳳の目付きは今しがたまでとは一変、剣呑としたそれへと変わっていた。背後から感じる赤城の視線も同様に。

 

「……指揮官様ぁ? 大鳳達と一緒なのに、他の女を気にかける必要がありましてぇ?」

「何も考えず、他の娘のことは差し置いてよろしいのよ指揮官様? 今ここには赤城と、大鳳と……指揮官様だけなのですもの」

「どうぞ大鳳を見てくださいまし、指揮官様ぁ」

「無論、赤城のことも見てくださらないと。ねぇ指揮官様」

 

「「さぁ……さぁさぁ―――指 揮 官 様 」」

 

 ―――タスケテ!!

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……どうだ、ヘレナ?」

「ダメ……SGの感度を最大にしてるけど、捕まらない……いつもはこんなこと無いのに」

「そっか。……赤城と大鳳、指揮官をどこへ連れ……いつも?」

「? ええ。指揮官の動向はいつもSGで把握しているから……」

「えっ」

「え?」

「………」

「………」

「……と、とにかく早く指揮官を見つけないとな! エンタープライズも必死なんだし!」

「そうね。……待ってて指揮官。どこにいても……私が見つけてあげるから

(違う意味に聞こえるぅ……)

 

 

 

「まだ下僕は見つからないの!?」

「申し訳ありません! 未だ足取りすら掴めず!」

「ぐぬぬ……この私から逃げおおせようなんて良い度胸してるじゃない……意地でも一番に見つけなさい! 他の陣営に負けるなんて、ロイヤル王家の栄光に恥を塗るわよ!!」

「Yes,Your Majesty!!」

「ここにいたかウェールズ! さぁ、私と共に……何故逃げるウェールズ! お姉ちゃんだぞ!?」

「遊んでるんじゃないわよそこぉ!!」

 

「……イラストリアス姉ちゃん。ユニコーンに手伝えること、ある?」

「ユニコーンちゃん……」

「ユニコーンも、お兄ちゃんのこと探せる、から……だから……!」

「……そうね。じゃあ、一緒に艦載機を飛ばして、空から探してみましょうか」

「う、うんっ。ユニコーンがんばる……!」

 

「あの二人のケツ蹴り上げてあげないと」

「ユニコーン、時々姉ちゃんの言ってることわからない」

 

 

 

「ニクンデイルスベテヲ……」ガー

「……今の、ツェッペリンだよね」

「綾波の雷撃を至近距離で喰らったそうな」

「あっ……(察し)」

 

「あの子はどこかぁ!!!」

 

「……ティルピッツ。また暴走してる……」

「シャルンホルストとグナイゼナウを傍らに置けば実質弱体化させられる。……ほら、向かった」

「……じゃあ、私達もまた探そっか」

「うむ。……待っていてくれ、愛する人……」

 

 

 

「吐け! さぁ吐け二航戦! 赤城と大鳳は指揮官殿をどこへ連れていったのだ!!」

「へぶぅ! へぶぅ!」

「やめっ、やめてくれ高雄! ボクも蒼龍姉様も何も知らないんだ!!」

「そんなはずがあるか! 瑞鶴が二人の協力下にあり、翔鶴も携わっていた以上、お主達が知らぬわけがない!」

「……あの……私達本当に何も……」

「……拙者が相手をしている内に白状した方が身のためだぞ」

「「?」」

「―――直に戦艦の加賀が来る」

「「」」

「大艦巨砲主義の誉たる主砲を浴びたくないのならば、すぐに白状するのだ二航戦!!」

「へぶあ゛ぁ゛!」

「ねえさまああああああああ!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 思い思い、全ての艦船が手を尽くして指揮官と赤城達を捜索している。

 だがこれといった成果は得られず、時間ばかりがただ残酷に過ぎ去っていく。

 もはや日も沈み始め、母港を染めるのは夕焼け色。

 

(指揮官……)

 

 綾波の胸中に焦りばかりが募っていく。

 小さな手がかりすらも見つけられず、特に何も知らなかったらしい明石や、大した情報も無いくせにそれを餌に資金をボろうとしてきた不知火を処しても時間を浪費しただけにすぎなかった。

 

 待てど焦がれど―――大好きなあの人は、どこにもいない

 

 

 

「―――!」

 

 

 

 その名を、叫ぶ

 

『指揮官』という肩書きではない

 

 自分だけが知っている、あの人の『名前』を―――

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ―――綾波の声が聞こえた気がした

 

「……あ゛、ぁぁ」

「お目覚めですか、指揮官様?」

「……み゛ず」

「こちらに。ご気分のほどは如何様ですか?」

「……頭痛なんかは引いたけど、熱下がった気ぃしねぇ……むしろ、さっきより熱い……」

「そうですか―――それは上々」

「は……?」

 

 頭でその言葉を理解するより先に、視線を結び合わせた赤城と大鳳が覆い被さってきた。

 

「おま゛、え゛ら……!」

「ふ、フフフフフ……ああ、この時を一日千秋の想いで待ちわびておりましたわ!!」

「盛りやがった、な゛……!?」

「いいえ。クスリに頼るなど下の下。……ただ、食べ合わせ。というものもございましてよ指揮官様。お粥の味付け一つ取っても、存外化けるものでして」

 

 ……まずい

 冗談とか抜きにして本当にまずい

 

「フフっ、アハハハハ……はぁ。指揮官様。この赤城を差し置いて、よもやあのグレイゴーストに指輪だなんて……」

「大鳳も、百歩譲って三笠さんだけならまだ耐えられないこともありませんでしたのにぃ……ロイヤルや鉄血にまでお渡ししてしまうなんて……イケナイ指揮官様……」

「そんなイケナイ指揮官様はどうしようかしら」

「ええ、ええ。それはもちろん―――」

 

 

 

「「オシオキ、です」」

 

 

 

「……ゃ、め」

 

 力の入らぬ身体では抵抗らしい抵抗はいっさい出来ず

 喉奥から掠れた声を出すしか出来ない

 

 視界が紅色で覆われていく。ギラついた眼光、それはまさに捕食者が獲物を捉えた瞬間のそれだった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はわぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バタン、と

 赤城と大鳳の後方から物音が複数

 

「いたたた……まさか執務室に隠し扉と滑り坂があったなんて……」

「もうジャベリン。何してるんですかっ」

「……二人とも退いて……重い」

「じ、ジャベリンはそんなに重くないよぅ!」

「そういうのいいから」

「アッハイ」

「まったく……早く戻って指揮官を……ん?」

 

 聞き覚えのある声が三つ。

 重石かと思うほどに重い頭を起こしてみれば、そこには三隻の駆逐艦の姿が。

 

 

 

 ジャベリン、ラフィー、そしてZ23

 

 

 

 綾波を加えて、いつも四人で行動を共にする親友同士の姿が、そこにあって。

 俺には―――天からの救いに見えた。

 

 

 

「―――いたぁーーーーーッ!!」

「指揮官、お疲れ……?」

「そういう問題じゃないです! あれってどう見ても……あの、その……お、犯さ……ンンッ! と、とにかく、赤城さんと大鳳さん! 指揮官を解放していただきます!」

「チッ。まさかあんな小娘共にこの場所が割れるなんて……!」

「問題ありませんわ赤城さん。……ここで奴らを仕留めれば、万事元通りですもの」

 

 大鳳の言葉に呼応するように、その身体に艤装が展開される。一つ頷いた赤城も同様に。

 

 だがその行動を予想していたのか、大した驚きも無く三隻の駆逐艦(主人公)達は、何かを手にした右手を高々と掲げた。

 

「……? 何です、あれ」

「―――」

 

 大鳳は首を傾げるだけだったが、それの正体を知る赤城は一瞬にして顔色を変えた。

 

「大鳳、すぐに攻撃なさい!」

「え!?」

「航空隊、直ちに発艦!!」

「赤城さん、あれはいったい」

「いいから速く! あれを……!」

 

 

 

「あのスイッチ(・・・・)を押させるなぁーーーッ!!」

 

 

 

「いいえ!」

「限界です!」

「押すね」

 

 

 

「「「今だッ!」」」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 母港に散り散りになっていた艦船達が、一斉に執務棟を目掛けて走り出す。

 

 エンタープライズも。

 ベルファストも。

 プリンツ・オイゲンも。

 三笠も。

 

 そしてもちろん―――綾波も

 

 ジャベリン達が持っていたものは、この母港の駆逐艦ならば必ず持ちうるモノ。

 いつ起こるかわからない緊急事態(ロリコン)に備え、母港内にいる艦船全てに等しく所在を知らせる緊急通報装置。

 

 即ち―――防犯ブザー(アーク・ロイヤル対策)である

 

 一般的なそれとは異なり、音だけでは無く艦船それぞれが所持する受信装置を振動させることで緊急事態(ロリコン)の発生を検知。取り付けられた小さなモニタに場所が表示されることで、すぐさま対策班が現場へ急行。事案の対処にとりかかるというシステムである。

 もちろん、受信装置は駆逐艦も所持している。でなければ知らず知らずの内に事案に巻き込まれてしまう可能性もあるのだから。

 

 そして、今回はそれが功を奏した。

 

 指揮官の捜索に辺り、綾波は親友達と一つの取り決めを行っていた。

 

 

 

『綾波かジャベリン達。もしどちらかが指揮官を見つけたら、無理に赤城達を相手取ろうとせず、すぐにブザーを鳴らすべし』

 

 

 

 アーク・ロイヤルがベルファストの手によって早々に行動不能(リタイア)に追い込まれた以上、もはやブザーを使用する理由は指揮官を見つけた自分の居場所を教えるのみ。

 

 もし自分達以外の誰かが見つけていた場合は意味を為さないが、それでも今、この策は正しかったと証明された。

 

「―――指揮官!!」

「赤城ィィィィ!!」

「大鳳ーーーー!!」

 

 綾波を先頭に、エンタープライズや三笠。その他全ての艦船が殺到する。

 

 状況は決した。

 赤城達の手元に指揮官はいるが、それでも彼女らの攻勢を掻い潜っての奪還は容易い。

 

「……赤城。大鳳。指揮官を返せ、です」

「返す? 誰に?」

「……?」

「そうでしょう? 赤城と指揮官様は出逢った時……いいえ。出逢う前から結ばれる運命にあるの。お前がいつから指揮官様を愛するようになったかなんて興味無いわ。意味も無い。だって―――指揮官様と赤城は、最初から繋がっているのだもの」

 

 熱に浮かされたように語り続ける赤城。

 天を仰いだかと思えば、うなされる指揮官の頬へと手を添える。

 

「―――だから邪魔をするな小娘」

 

 殺気。

 重桜艦隊が誇る第一航空戦隊の名に恥じぬ眼光が綾波を、そしてその後ろの艦船達全てを射抜く。

 

 だが、綾波は一歩も退かず

 

「……訊いてもいいです?」

「……なんだ」

「赤城は、指揮官が好きなのです?」

「何かと思えば、そんな当たり前……」

「ああ、いえ。訊き方が悪かったです。……赤城が好きなのは、『指揮官』ですか? それとも……綾波達が大好きな、『今そこにいる』指揮官ですか?」

「―――」

「何だか赤城の言い分は、『指揮官なら誰でもよかった』という風に聞こえるです。綾波は『駒』だけど……でも、『綾波の指揮官』を好きだという気持ちは、今ここにいる綾波だけのものです」

 

 その右手―――今でも色褪せない、一番最初の指輪が光るその手で、胸元を握りしめる。

 夕焼けの如く輝く瞳で真っ直ぐに、赤城を見据える。

 

「綾波はきっと、他の指揮官の所に行っても、今みたいに胸を張って指揮官を好きだと言える自信は無いです。綾波が好きなのは、好きでいたいと思ったのは―――」

 

 

 

 ―――どんな時も綾波を選んでくれた

 

 ―――今ここにいる、綾波の指揮官です

 

 

 

「……ぁゃ、な、み……」

「……赤城。赤城が好きなのは―――

『指揮官という概念』ではないのですか?」

 

「―――ほざいたな小娘」

 

 烈火の如き怒りが迸る。

 十字を象った紙片が舞い踊り、現れた何機もの艦載機が、全てを飲み込まんと室内に躍り出た。

 

「生きて帰れるなどと思うな……!」

 

 数的不利なれど、この上ない侮辱を受けて引き下がれるほど赤城は出来ていない。

 死なば諸とも、とばかりに艦載機たちへと攻撃の指示を飛ば―――

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら。お痛が過ぎますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そうとしたところで、全て撃ち落とされた

 

「は……?」

 

 呆気に取られる一同。

 集団の背後から聞こえたその声に、思わず全員が振り返る。

 

 

 

「鳳翔、さん……?」

 

 

 

 重桜の軽空母、鳳翔。

 いつも通りの温和な笑みの中に静かな怒気を携えて、その姿はそこにあった。

 

「鳳翔……さん……!」

「もう。指揮官様どころか皆さんにまで迷惑をかけて……それでも栄えある一航戦ですか?」

「ッ……大鳳、さっきから何故なにも」

 

「オッスオラアルバコア!」

「」

 

「」

 

 いざとなれば人身御供にでもしようと思っていた相手がとっくに屍と化していた。

 この時点でもう八方塞がりは確実。これが他の奴なら指揮官を人質にでもしただろうが、自分のために指揮官を傷付けるなどという考えは赤城には無い。

 

 つまるところ

 

「……フッ。あは、アハハハハハハ!!」

 

 赤城の敗北は、決定した。

 

 だからこそ

 

 

 

「艦載機たち―――私を撃て」

 

 

 

 残っていた最後の戦闘機を自身へと向ける。

 

 そもそも方法として間違っていたのだ。

 自らの想いに酔いしれ、指揮官を得ようとした。その結果、不様を晒しこの有り様だ。

 

 

 

(この命で贖いとさせていただきます、指揮官様)

 

 

 

 

 

 

 

 ―――まぁ、それすらも許されるわけないのだが

 

 

 

 

 

 

 

 閃きが一つ。

 赤城に向かって空を走っていた戦闘機が、刀の一振りで叩き落とされる。

 何事かと見やれば、そこにあるは人影。

 

 艶やかな黒髪に、ピンと立った獣耳。

 その豊満な肢体を丈の短い白の軍服に身を包んだ美女の姿。

 

 姿の見えなかった重巡洋艦、愛宕がそこにいた。

 

「愛宕……!」

「……はぁ。お馬鹿ね。こんなことして何も解決なんてするわけないじゃない。むしろ、指揮官が気に病むとは思わないの?」

「今さら出て来て何を……!」

「鳳翔さん、お願い」

「はい。ほら、行きますよ」

「ちょ、待……!」

 

 鳳翔に腕を抱えられ、それでもなお食い下がろうとする赤城。

 そんな彼女に業を煮やしたのか、鳳翔は笑みとその中の怒気を強めて一言。

 

「―――悪い子は」

「……あっ」

 

()ッ」

 

 ゴヅッ

 鈍い音と共に脳天にめり込む拳。

 一撃で意識を刈り取られた赤城、そのままズルズルと引き摺られていった。

 

「……はっ。指揮官っ」

 

 パタパタと指揮官に駆け寄って行く、綾波を初めとした一同。指輪を贈られた面々と愛宕を残し、艦船達もその場を後にしていく。

 

「ご主人様……ああ、なんとおいたわしい……!」

「嘆いてる暇があるならさっさと運ぶの手伝いなさい」

 

 ぐったりとしている指揮官の意識は既に無く、ベルファストとプリンツ・オイゲンに両脇を抱えられて運ばれていき、三笠とエンタープライズが背中を支える。

 その後を着いて行こうとする綾波だったが、ふと愛宕に呼び止められた。

 

「綾波ちゃん。ちょっとだけいい?」

「はい?」

「さっきの赤城に切った啖呵、良かったわよ」

「はぁ。……それだけですか?」

「いいえ、もう一つ。……いえ、二つかしらね」

「?」

 

 そう言ってしゃがみこみ、綾波と目線を合わせる愛宕。

 

「赤城に言ったことだけどね。確かに私達は『駒』でしかないけれど、綾波ちゃんも言った通り、『駒』なりの想いがある。指揮官を好きだっていう気持ちも、ね」

「……」

「ああいうことを言いたくなる気持ちはわからなくもないけれど、誰が相手でも……指揮官を想うことを、ああいう形で否定しないであげてね?」

「……はい。覚えておくです」

「ん、よし。……じゃあ、最後に」

 

 立ち上がって綾波に背を向け、肩越しに視線を向ける。

 その瞳の奥には―――熱があった。

 

 

 

 

 

 

 

「―――お姉さん、これから本気だからね?」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「……迷惑かけたな」

「いえ、指揮官は悪くないのです」

 

 赤城と大鳳の暴走から数日。

 体調も快復して、今日から改めて職務に復帰である。

 

 件の赤城と大鳳は流石に注意程度ではすまない事態を引き起こした。なんで簡素な造りとはいえ明石が急ピッチで仕上げてくれた懲罰房に叩き込んでおいた。

 艦隊戦力に不可欠な存在故に、おいそれと雷撃処分なんて真似も出来ず。結果としてこういう形で落ち着いた。

 

「指揮官代理の合間に看病までしてくれてさ。頭上がらないなお前さん達には」

「……お嫁さんなんだから、当然です」

「そう、だな。……綾波。何かお願いとか無いのか?」

「はい?」

「いや、流石に言葉だけで感謝ってのも足りないだろうから。何かあるなら、遠慮なく言ってくれ」

「……そう、ですね」

 

 顎に手を当て、しばし考え込む綾波を待つ。

 寮舎の窓から吹き込む風は冷たいが、それでも射し込む陽光はまだ暖かい。

 

「……もう年の暮れだもんなぁ」

 

 艦隊運営を始めて、もうかなり経つ。

 色々あったし、色んな奴らと出会ってきた。そして、これからも多くの出来事や艦船と遭遇するんだろうな、なんてぼんやりと考える。

 

「……指揮官」

「ん? 何か思い付いたか?」

「はい。……あの、しゃがんでもらってもいいです?」

「? いいけど」

 

 綾波に従って、目線を合わせるようにしゃがみこむ。

 

 

 

 

 

 

 

「―――んっ」

 

 

 

 

 

 

 

 唇に、何かが触れた

 

「―――は」

 

 それが何なのかを認識するよりも先に、顔を真っ赤に染めた綾波の表情が目の前にあった。

 

「……ご褒美、もらいました、です」

「………」

 

 ……成長、したな

 

「指揮官、顔真っ赤なのです」

「……お前さんもな」

 

 それっきり無言のまま、二人で食堂まで並んで歩く。

 

 手を引かれる感覚に目を向ければ、慎ましげに俺の手を握る綾波の姿。

 

 ―――その手を取って、握り返して

 

 驚く綾波を少しだけ見て、そのまま一緒に歩みを進めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら指揮官。おはよう」

「ああ、愛宕。おはようさん」

「……おはようなのです」

「綾波ちゃんもおはよう。……ねぇ指揮官、朝食まだでしょう? お姉さんちょっとはりきってみたんだけど、食べてもらえるかしら?」

「は?」

「もう、赤城や大鳳じゃないんだから、妙なモノ入れたり変な作り方なんてしてないわよ」

「あ、いやそうじゃなくて……お前さん、何か変わったか?」

「ん? そうね……考え方を、ね」

「?」

「ほら、もちろん指揮官も指輪も欲しいのは変わらないわよ? ただ、アプローチを変えようと思って」

「はぁ」

 

「ただ欲しいとねだるんじゃなくて……指揮官から渡したいと思われるような女になればいいんじゃないかって」

 

「……お前」

「だから指揮官? これからお姉さん本気で落としにかかるから、指輪の準備ちゃんとしておいてね?」

「いや、準備も何ももうしばらく指輪買うつもりは」

「あら、まだ一つ残ってるじゃない?」

「……おい、まさか」

 

「期待してるわよ? ―――結婚指輪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここはどこかの海軍基地

 

 やや年を食っている指揮官と、彼の下で戦う艦船少女達

 

 純粋に彼を慕う者もいれば、何かと道を踏み外したやベー奴もいたりいなかったり

 

 まぁそうだとしても

 

 なんやかんや、うまいことやっていくだろうこの艦隊は

 

 

 

 

 

 

 

「―――巡洋戦艦天城、参りました」

 

「遺伝子レベルで一目惚れです結婚してください」

 

「「「「「おい」」」」」

 

 

 

……きっと、うまくやってくんじゃないかな

 

 

 

 




※(天城いないので)5000%、無理です





最後が何かやっつけ感あるのは見逃す方向で是非とも

とりあえずこれで一旦完結とさせていただきます
『一旦』なのでまた何か公式からの供給なり何なりあったら何かしら書こうと思ってます

一発ネタのはずがここまで膨らんだことには驚きなりとも、それでも感想や評価をくださった方々、それは無くとも目を通してくださった読者の皆様に感謝いたします

ではこれにて
ありがとうございました


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長門「えっちなことしたんですね?」

二部に入る前の断章なので初投稿です

たぶん「ん?」と思うとこあると思うけど深く考えた奴から負けるのが世の常なのでスルーするか笑って流して、どうぞ


 

 

ムッワァァァァ……

 

 

 

 とある母港。その寮舎の一室に四つの人影が。

 

 ユニオンの空母エンタープライズ

 ロイヤルのメイド長、軽巡洋艦ベルファスト

 鉄血陣営の重巡洋艦、プリンツ・オイゲン

 そして重桜、かつての連合艦隊旗艦を務めた戦艦三笠

 

 所属も艦種もバラバラな四人が、小ぢんまりとした室内で鍋を囲んでいた。

 

「……しかし驚いた。まさか人型セイレーンが私達KAN-SENのエネルギー源足りうるなんて」

「ですが、やはりというか何というか、匂いがかなり独特ですね……本当に食べて大丈夫なのでしょうか?」

「まぁ、問題は無いだろう。指揮官には『ナニが起きてもこちらの自己責任』と伝えてあるしな。最後まで止められたが」

「……」

「……どうした、オイゲン? 先ほどからだんまりだが」

「……ええ」

 

(どうしたってのよ、私……)

 

「……ふむ。そろそろ良い頃合いでしょうか」

 

(どう見てもベルファストが……色っぽい……)

 

 この時、オイゲンはもちろん、他の三隻も正常な判断能力を失いつつあった。

 

 それもそのはず、今回使用されているピュリファイアーを初めとした人型セイレーンは、確かに彼女達KAN-SENのエネルギー足りうる物質を含んでいるとされている(諸説あり)。

 だが、KAN-SENという存在と近からずも遠からずといった存在であるセイレーン(諸説あり)、それがKAN-SENに何の副作用をもたらさないはずが無い(諸説あり)。

 

 早い話、KAN-SENに対して強烈な発情効果を与えてしまうこともままにあったりなかったりするのだ(諸説あり)(何故だ)(誰も知らない)(自爆で差をつけろ)

 

「……ふぅぅぅぅぅ」

 

「「「!?」」」

 

 バツンッ、と

 しっかりと留めてあるはずの三笠の軍服、その胸元が何故かひとりでに大きく開かれた。

 

「おっと、留め具が……」

 

(この弩級戦艦……スケベすぎる……!)

 

 軍服どころかその中のブラウスのボタンまでものの見事に外れている。下着は見えない。まさかノーブラじゃあるまいなこの大先輩

 

「……うぅ」

「「「!?」」」

 

 オイゲンと三笠の隣、ベルファストの対面から小さく漏れた呻き声。

 見やれば、エンタープライズが頬を火照らせ、頭を抑えて俯いていた。

 

「頭がくらくらする……」

「なにッ!?」

「大丈夫ですか、エンタープライズ様!?」

「横になりなさい、今すぐ!」

 

 三笠とベルファストがすぐさま介抱に当たる。

 

「胸元を開けて楽にした方が良い!」

「ええ、下も脱がせて……いえこの際です。全て脱がせましょう!」

 

 横になったエンタープライズの衣服を、妙にこなれた手つきで剥いていく二人。

 あっという間に帽子と(何故か)ネクタイを除いて全裸にされたエンタープライズがそこにいた。

 

 呼吸の落ち着いたその姿を見て胸を撫で下ろす三隻。

 するとそこへ、控えめなノックの後に扉が開かれる音が響く。

 

 

 

「……あれ。みんな何をしてるです?」

「……綾波?」

「「……(ゴクリ)」」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

・指揮官「ケッコン式?」

 

 春もとっくに過ぎ去り、いよいよ(去年は地獄だった)夏が近付いてきたある日のこと。

 本日の秘書艦を務める空母の加賀から、そんな言葉が飛んできた。

 

「ああ。聞けば、お前と綾波がケッコンしてから一年になるそうだな」

「……ああー、そっか。もうそんなになるのか……」

「その頃は私はまだ着任してなかったが、話に聞く限りは、式の方はまだらしいじゃないか」

「まぁ、な」

 

 綾波と一線を越えてからこっち、確かに『そういうこと』をする機会も多い。

 風呂も一緒に寝るのもほぼ毎日、行為事態は週一程度だったのがここ最近は週に2、3度だったりも。

 言われてみれば、そうまでしておいてケッコン式とやらをしないのは確かに順序があれなとこもあるな、と納得。

 

「しっかし丸一年そういう話してないのに今更感無いか?」

「むしろ一年間しなかったのか……」

 

 呆れ返った視線にぐうの音も出ない。

 言い訳がましいが、やべー奴らのあれやこれやに時間を割かれすぎたというのも、理由としてあるにはある。

 

「……ちょいと考えてみるかぁ」

「そうしてやれ。姉様や大鳳もいないことだしな」

 

 そう言って、加賀は饅頭を連れたって執務室を後にする。

 工廠へと向かうその背中を見送って、俺も残りの書類に向き合うことにした。

 

 

 

 余談になるが、こういう話に真っ先に食い付いてきそうな赤城と大鳳は加賀の言葉通り今この母港にはいない。

 

 翔鶴の提案のもと、サイコロの出目だけに従い重桜本土を巡るとかいう正気の沙汰とは思えないことをやっているらしい。

 お目付け役の鳳翔、赤城が「やられる」姿を見たいだけの翔鶴、「カメラ持ってるから」という理由だけで撮影係として巻き込まれた青葉の三人が同行しているそうな。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「「「「………」」」」

 

 場は混沌としていた。

 全裸に帽子+ネクタイというニッチな需要を満たしそうな姿で布団に横になっているエンタープライズを尻目に、オイゲン、ベルファスト、三笠。そして先ほど入室してきた綾波がテーブルを囲んで鎮座している。

 ムッワァァァァ……という明らかに鍋から出ていいはずがない音とピンク色の湯気は、噎せ返りそうなまでの熱気を孕んでいた。

 

「指揮官への報告も済ませたので食堂に行こうと思ったんですけど、何か話し声が聞こえたので」

「ああ、すまないな。例の人型セイレーンに関することで我々四人で少々」

「ですが、やはりあまり良い影響は無いみたいです。エンタープライズ様がご覧の通りに……」

「けほっ……何だかむせるのよねぇ、これ」

「……綾波も、何だか熱っぽくなってきた気がするのです」

 

 思い思いに鍋にぶちこまれたブツへの所感を漏らす。

 そんな中でも、胸元を扇ぐオイゲンや綾波を妙に熱の入った視線で見回す三笠とベルファスト。逆に、ざっくり開かれたベルファストのメイド服、その豊満な丘のラインを滴り落ちる汗を眼で追うオイゲンと、三笠の首筋から放たれる香りに頭がぼやけ始める綾波。

 そして天井をぼんやり見上げながら吐息を溢すエンタープライズ。

 

 そんな無言の時間が続く中、おもむろに口を開いたのは綾波だった。

 

「……オイゲン」

「ん?」

 

「何て言うかその……色っぽくなったのです」

 

「……やめなさいよ、まったく

(かわいい)

(可愛い)

(愛い)

 

 予想だにしない相手からの予想だにしない言葉だったが、それをおかしいと思う理性すらもう無い。

 自分が好意的な視線を受けているのを知り、両手を頭の後ろで組み、ここぞとばかりにその肢体を見せ付けた。

 

「……そういう綾波さんも、ずいぶんと艶っぽくなられたといいましょうか」

 

 ベルファストさえ駄目だった。

 

「そう、ですか……? どうです、三笠さん」

「ヌッ!」

 

 自分の肩に指を這わせ、媚びるかのような目付きの綾波から思わず三笠は眼を背ける。

 その胸の内から沸き上がる衝動をなけなしの理性で押し留めるも、その表情は完全に崩れていた。

 

(何なのだこの感覚……抑えきれんっ)

(こんな気持ちハジメテです……どうやって発散させれば良いのでしょう……!)

 

「ふぅぅぅぅぅぅ……」

 

 天井のシミを数えていたエンタープライズから漏れる吐息。三笠もベルファストも綾波もオイゲンも、持て余すわけのわからない欲求に翻弄されるがまま。

 

 やがて、動くものが一人。

 

「もう、駄目。我慢できない……!」

 

 プリンツ・オイゲン。立ち上がって衣服を邪魔だとばかりに勢いよく脱ぎ捨てる。

 そして寮舎の家具等をしまってある押し入れへと手をかけ、背後の四人を振り返り―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メガステージ出すわよ」

 

((((なるほどそうか!))))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 室内に置かれたステージの上、唐突に現れたサンディエゴの幻影と共に、普段のクールな姿をかなぐり捨てて踊り狂うオイゲンとそれを見上げながら野太くコールする他三隻。エンタープライズは横目でそれを眺めるだけ。

 

 その喧騒は夕方まで続いていたらしい。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「………ふぅ」

 

 漏れたため息に、目の前で正座している艦船の一人が肩を震わせる。

 おどおどとこちらを伺うように向けられる視線を睨みつけると、その目尻はとろんと垂れ下がった。なんでや

 

 白に近い銀色のショートボブヘア。ルビー色の瞳にやや幼さの残る顔立ち。

 だがもっとも目を惹くのは、空母のイラストリアスや大鳳にも劣らぬであろうその胸部装甲。それを惜し気もなく晒け出す形の色々丈の足りないメイド服。

 

 ロイヤルメイド隊、ダイドー級軽巡洋艦シリアス。そいつが今俺と加賀の目の前で項垂れていた。

 

「何してんのお前?」

「も、申し訳ありません……」

「加賀。こいつの『やらかし』って何回目?」

「着任初日から数えて……すまん。頭痛が痛い」

「あっ(察し)」

 

 ちなみに俺の知る範囲では20を越えた段階でもう数えるのはやめている。つまりはそういうことである。

 

「あのさ。資源や物資も限りがあるし、壁なり窓なりも直せば良いってわけでもないのよ。そこはわかるよな?」

「はい……」

「戦闘じゃ本当に頼りになるのに、何でそこ以外だとここまでポンコツなんだよお前は……」

「申し訳ありません……!」

「いや別に謝って治る問題ならいいんだよ。でもそうなってないからな、本当に」

「はうぅ……」

 

 目尻に涙を浮かばせて小さく震えるシリアスの姿に、流石に罪悪感的な何かが浮かんでくるけど表に出さずに耐える。

 こういうこと徹底しとかないと同じことが繰り返されるだけだから。いや、もう手遅れかもしれんけど。

 

「ほ、誇らしきご主人様……」

「あん?」

「シリアスはダメなメイドです……誇らしきご主人様のお傍に置いていただける栄誉に、まったく報いることが出来ておりません……」

「うん、知ってる」

「あう……で、ですのでどうか。どうかこの愚かなメイドに、罰をお与えくださ

 

「俺からの罰なんざオメーにはご褒美でしかねぇだろうが、その無駄にデケェ乳にしか栄養行ってねぇのかこの駄メイド」

「ア゛ッ゛♡」

 

 何か達しやがった。なにこいつ怖っ

 

「も、もうし、ひっ♡ もうしわけ、ありまひぇぇん……♡」

「……加賀」

「生まれ変わらせる以外にあるまいよ」

「頼む、投げやりにならんでくれ……こんなんでもれっきとしたうちのKAN-SENなんだよ……」

 

 こんなん……と上擦った声を上げてまた身体を震わせるシリアスの姿に、どうにかしてでも向き合おうという気持ちがガン萎えしてくる。

 ていうか、最近気付いたけどロイヤルも割かしやべー奴多くないか?

 

「……シリアス」

「はひっ」

「今も言ったが、俺からお前への罰は正直ご褒美にしかならんと思ってる」

「そ、そのようなこと、は」

「んなわけで、だ」

 

 机に置いてあった鈴を手に取って鳴らす。

 何事かと首を傾げるシリアスと、呆れ返った顔で目を伏せる加賀。

 

 一拍空けて、直後。

 

 扉が開いてニューカッスルが。

 壁の隠し扉からシェフィールドが。

 天井からカーリューが。

 床下からはキュラソーが。

 

 メイド隊でも古参に位置、あるいは手練の四隻がそれぞれに姿を見せた。

 

「」

「お呼びでしょうか、貴方様?」

「このバカ頼むわ」

 

 顔色が一気に青紫と化したシリアス。抵抗どころか何か言葉を発する間もなく、高々と抱え上げられた。

 

「ほ、誇らしきご主人様? これは」

「言ったろがよ、俺が罰与えるわけにいかねぇって。ニューカッスル、シェフィールド、カーリュー、キュラソー。一任するから」

 

 かしこまりました、と口を揃えるメイド達。

 えっちらおっちら運ばれるシリアスの表情は何というかもう、絶望しきっているというか。

 

「……いえ、よく考えたらむしろこれが誇らしきご主人様からの罰と思えなくもない!!」

 

 と思っていた矢先にこれ。メイド隊でもとりわけ優秀な四人に担ぎ上げられながらもシリアスはまったくブレていない。お前らの同僚だろ早くなんとかしろよ。

 

「ではまずその余分で余計で余剰な脂肪を排除します」

「私怨が漏れてますよシェフィールド」

 

 そんな会話を最後に、五人は扉の向こうに消える。

 残された加賀と二人で、ため息を一つ。

 

「……加賀。お茶淹れてもらえるか?」

「ああ……」

 

 俺に何かを言おうとしたのだろうが、自分でもはっきりわかるほどの疲労に満ちた声。加賀も気を遣ってくれて、重桜らしく熱めの緑茶を淹れてくれた。

 

「ありがとな……」

「気にするな……」

 

 

 

 爆発音が響いてきた。

 

 

 

「ぶぇっう゛!? なんだぁ!?」

「爆発の前に一瞬だが航空機の駆動音がした。空襲か……?」

「おいおい、母港外からの侵入に関しちゃ陸海空問わず密に警戒してあるはずだろ!?」

「ああ。たまたまそれに漏れがあったのか、或いは」

 

「失礼します指揮官!!」

 

 ノックもそこそこにジャベリンが飛び込んできた。

 

「おうジャベリン。今の爆発の件だな?」

「は、はいっ。えっと、実はそのっ」

「落ち着け。何の……いや。()()仕業かわかったのか?」

「……誰の?」

 

 加賀の口振りからしておおよその察しはついている模様。そしてジャベリンを見やれば、言うべきかそうでないか迷っている様子。

 

 ……あぁ、なるほど。

 

「……ジャベリン」

「は、はいっ!?」

「報告しろ」

「はいぃ……じ、実はぁ……」

 

 

 

「ヴィクトリアスさんが、ティルピッツさんの部屋を爆撃しましたぁ……!」

 

 

 

「―――」

「……ジャベリン。秘書艦命令だ。今すぐヴィクトリアスに出頭するよう伝えろ。断るようなら誰を使っても構わん、叩きのめしてでも連れてこい」

「へっ!? で、でもそういうのは指揮官が……」

「見てわからんのか。―――怒っているぞ、この男」

「えっ」

 

 …………今日は厄日か何かか?

 

「加賀、内線は?」

「とっくに繋げてある」

「助かる。……明石か?」

『し、指揮官!? そんな怖い声を出されても、明石は何もしてないにゃ!?』

「んなこた今はいいんだよ。大至急に母港内全域に放送入れろ」

『な、なんて内容だにゃ?』

 

 

 

「『ヴィクトリアス、直ちに執務室へ出頭せよ。なお一分以内に現れず、もしくは誰かが出頭する姿を見なかった場合―――実力行使も辞さない』ってな」

 

 

 

 イラストリアスの妹とは思えないあの阿呆。

 徹底的に説教してやるから覚悟しとけ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「………」」」」」

 

 夕刻。

 寮舎内での乱痴気騒ぎを終えた綾波、エンタープライズ、ベルファスト、プリンツ・オイゲン、三笠の五隻。

 疲労のあまり室内でぶっ倒れていたところに明石からの放送連絡で我に返って、全員でのたのたと服を着込み今に至る。

 今はちらちらとそれぞれがそれぞれを見やっては視線を逸らすという状況、何か言おうにも気恥ずかしくて言葉が出ない。

 

「……何だか、大騒ぎになってしまった、です」

「「「「………」」」」

「えっと……このことは、綾波達だけの秘密にしておく、ということで……」

「「「「意義無し」」」」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「あ゛ー……」

「……指揮官、お疲れです?」

「綾波ぃ……」

 

 布団に座る綾波の膝に顔を埋める。

 そのまま後頭部が優しく撫でられ、昼間のあれやこれやによる疲れが抜け落ちていきそうになる。

 

「シリアスのポカもそうだがよぉ、ヴィクトリアスに関しては何なんだあいつ……本当にロイヤルかよ」

「今まで見たことないくらいに怒ってたって、加賀から聞いたです」

「怒っちまったなぁ……」

 

 思い返してみると、自分でも引くくらいの剣幕だったと思う。反論も弁解も何も許さず一方的に捲し立てるという、嫌な上司の典型みたいなことをしてしまった。

 今思うと、ちょっとくらいは聞いてやった方が良かったのでは、とも感じている。

 

「……でも、お茶会に誘うだけで仲間の部屋を爆撃するなんて非常識には怒っても良いと思うです」

「それはわかってる。けど怒り方はもうちょいどうにかならんかったんじゃねーのか、とも思うからなぁ」

「よしよし、です」

「あ゛~……」

 

 今じゃすっかり俺の方が撫でられることも多くなってきた気がする。

 ケッコンしてるとはいえ、この見た目の差の相手に甘えるのはどうかとも思うが、こればかりは仕方ない。綾波の手は予想してたよりも遥かに癒される。

 

「……なぁ、綾波」

「はい」

「………」

 

 昼間に加賀から言われたことを思い返す。

 

 

 

 ケッコン式

 

 

 

 この母港に着任、並びに綾波とケッコンしてからもう一年余りが過ぎる。

 二人三脚で始めたこの艦隊も、今では百を越えるKAN-SEN達が過ごす大所帯になり、指輪を贈った相手も綾波だけじゃなく四人も増えた。

 遠方での軍事作戦に引っ張り出されたり、他所の母港と演習を重ねたり、ここでのドタバタややべー奴らのあれこれに巻き込まれたりして、気付けば綾波との時間もめっきり減った。

 気にしてない、と綾波は言うだろうけど、それでもある種のケジメはつけておかなければいけない。加賀の言葉で、強くそう思った……というより、思わされた。

 

 だから

 

 

 

「―――ケッコン式、やろう」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 俺と綾波のケッコン式。

 それを聞いたKAN-SEN達の大多数が賛成を示したことにより、準備は急ピッチで進められた。

 最初は他のケッコン艦―――エンタープライズや三笠達も、と思っていたが、意外なことに彼女らからは綾波一人だけで構わない、という答えが返ってきた。

 理由を問えば、みんなが綾波が最初、それも俺と二人で。とそう答えた。

 まぁその後はちゃんと自分達の分も、という確約はさせられたが、それについては俺も文句は無い。というかやるのが当たり前だろう。

 

 クリーブランドや、意外なことに加賀が主導となって進められたその準備。

 大講堂の一部を改装して、簡略的なモノではあるがそれっぽくした式場。席だったり何なりを並べたそこは、本物のそれと遜色ない仕上がりになっていた。

 

 そして、当日。

 

 

 

「……アーク・ロイヤル様。ご理解いただけていると思いますが、本日の挙式はご主人様と綾波さんの晴れ舞台です。信用しております故、拘束などはいたしませんが―――万が一の時にはお覚悟のほどを」

「前から思ってたんだがベルファスト! 私へのその風当たりの強さと『ああ、こいつはやるだろうなぁ』という偏見に対しては流石に名誉毀損で訴えたら勝てるレベルだぞ!?」

「これまでのご自身の行動と犯罪歴を振り返ってから仰いなさい」

「お前もかシェフィールド!?」

 

 

 

「………」

「エンタープライズちゃん?」

「っ……ああ、ヴェスタル」

「……やっぱり、ちょっと羨ましい?」

「いや、そんなことは無いさ。あの二人のことは、今日までずっと見てきたんだ。喜ばしい、祝いの日だ」

「……寄りかかってくれて良いのよ。私は、あなたの専属工作艦だもの」

「……そう、か」

 

「あ~エンタープライズ~。ヴェスタルも~」

 

「って、姉さん!? まだ飲むには早いぞ! ああ、ホーネットを潰して……!」

 

 

 

「うむ。本日も晴天也。善きことだ」

「三笠様」

「おお、天城。体調の方はどうだ?」

「お気遣い、ありがとうございます。今日は良好ですし、なによりめでたい日ですので」

「はっはっはっ。……いや、実を言うとな。我も思うところは無いでもないのだが……なに。今お主も言った通り、自身の良人とその第一夫人の記念すべき日、立てるところは立てるのが重桜の女の甲斐性というものだろう?」

「……ふふっ。三笠様らしいですね……では、そろそろ参りましょう。加賀は先に長門様たちと共に会場入りしているそうです」

「うむ」

 

 

 

「……ずいぶんと大所帯ねぇ。これ、全員は入りきらないでしょう」

「まぁな。……オイゲン、卿も指揮官とケッコンした一人だろう。こんなところで油を売っていて良いのか?」

「自分の女が一人いないくらいで目くじら立てるほど小さくないわよ、あの男は。私はここで、のんびり祝い酒でも飲んでるわ」

「……そうか。では、我も付き合うとしよう」

「はぁ?」

「式への参列など、Z46やティルピッツだけでも十分だろう。ヒッパーやドイッチュラントも出ないと言っていたしな」

「……礼はいらないわよね、ツェッペリン?」

「無論だ」

 

 

 

(……まずい、緊張してきた)

 

 もうすぐ式が始まる。

 正式に夫婦となる『結婚』ではなく、あくまで俺と綾波が交わしたのは『指揮官とKAN-SENのケッコン』でしかない。

 それでも、俺は綾波を大切に思っているし、綾波も同じ想いを持ってくれていると確信してる。

 

 ただ如何せん、招待された側としてなら何度か出たことはあっても、自分がそういった式を挙げる側になるのは当然初めてのことだ。

 

 急拵えの式場であっても、正式に執り行う場所。

 多くのKAN-SEN達が所狭しと席に腰を下ろしているその場内に、司会兼神父役のZ23の声が響き渡る。

 

 

 

「―――ご来場の皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより、指揮官と綾波のケッコン式を執り行いたいと思います」

 

 

 

 演奏を担当する饅頭達が奏でる荘厳な曲。

 略式的なものであるためか、俺は既に式場入り。綾波が後から入場してくる、という段取りになっている。

 

 そしてその手筈通りに、「新婦、入場」という言葉の後、後ろの扉が大きく開かれ、そこからジャベリンとラフィー、そしてZ46を伴った綾波が姿を見せた。

 

「―――」

 

 いつか見た、白無垢のような衣装に身を包んだ綾波のその姿。

 あまり間を置くことなくこちらに気付き、ほにゃりとはにかんだ、俺を落ち着かせてくれるその笑顔。

 

 だがどうしたことか、むしろ俺の心臓は強く、早く、その鼓動を刻み続けている。

 

 

 

 ―――こちらをまっすぐ見詰めるその視線を受けて

 

 ―――顔が熱くなるのを抑えろ、なんて無理な話で

 

 

 

 気付いた時には、綾波はもう俺の隣。

 俺の腕に、その小さな手をそっと添えて、まっすぐ目の前のZ23を見据えていた。

 

「―――新郎。……やばい、わたし指揮官の名前知らなかった……コホン。新郎は、この綾波を妻……に、もうしてたか……えー、とにかく。新郎は、新婦を敬い、労り、真心をこめて尽くし、愛することを誓いますか?」

「段取り下手糞かよ。誰だこいつに任せたの」

 

 厳かな場で言うことじゃないが、それでも聞こえてきたぐだぐだ加減に突っ込まずにはいられなかった。

 式場内から笑いが漏れ、顔を真っ赤にしたZ23。すぐさま軌道修正を計るも、ぶっちゃけもう手遅れである。

 

「い、今は大事な式の最中です、皆様どうか静粛に願います! ……新郎は、新婦を愛し抜くことを誓いますか!?」

 

「―――誓います」

 

 けど、それが逆に俺の緊張を解いてくれた。

 

 まっすぐ、その眼を見て、宣言する。

 

 ……けれど

 

「……新婦、綾波」

「はいです」

「あなたは、この男性なことを敬い、労り……」

「……ニー、ミ?」

「……新郎は、人間で。あなたは、KAN-SENです。そうであっても」

 

「―――あなたは、人間であるこのヒトのことを、愛していくと、誓いますか?」

 

 ―――そう。

 

 俺は人間。

 綾波はKAN-SEN。

 

 そこにはどうしようもない違いがある。

 戦うために生まれたというKAN-SEN。だがそれだけであってほしくないと、俺がどれだけ願ったとしても、その事実はどうあっても変えられない。

 人間と違って歳を取らず、人間と違って頑丈で、人間と違って傷を負っても短い時間で治る。

 人間と違って―――埒外の、規格外の力を振るうことが出来る。

 

 ……きっと俺は、綾波やみんなを置いて、一人だけ先に死ぬだろう、と思う。

 それが人間とKAN-SENの明確な差。去る者と残される者がはっきりと別れる。別れてしまう。

 

 Z23。鉄血のZ型駆逐艦の一隻にして、綾波にとっては親友と呼べる存在の一人。

 彼女自身、きっとこういうことは言いたくなかったのだろう。隠そうと努めても、下がった目尻と引き結んだ唇の歪みがそれを許していない。

 

 それでも、言わなければいけなかったのだ。

 

 人間とKAN-SEN、今は共に歩める存在同士であっても、いつかは明確な離別や訣別が訪れてしまうかもしれないのだから。

 

 それを理解して、それでも尚、共に歩んでいけるのか。その覚悟はあるのか、と。

 

 Z23や綾波、ジャベリンやラフィー達の仲の好さは俺もよく知っている。お互いがお互いを大切に想い、尊重し合って、一緒にいればそこにはいつでも笑顔の花が咲いている。

 

 友達だから、大切だから。

 だから、どれだけ厳しいことでも言わなければならないという―――Z23の優しさだった。

 

 

 

「………」

 

 綾波は顔を伏せている。

 俺もZ23も声をかけることはしない。場内が少々ざわついているが、それでも俺達は彼女の言葉を待つ。それしか出来ない。

 

 長いような短いような、そんな時間。

 

 それが過ぎて、綾波が顔を上げ―――

 

 

 

「―――はい。誓います、です」

 

 

 

 しっかりと前を見て、恐れも迷いも不安も、何一つ感じさせないほどの、力強い微笑みが浮かんでいた。

 

「―――」

 

 視界が滲む。同時に、綾波と出逢ってから今日までの思い出が次から次へと浮かんできた。

 

 

 

 この母港に着任、初めて会った日

 初めての海域攻略に繰り出して、てんやわんやになった日

 その品と行為の意味も知らず、綾波とケッコンした日

 多くのKAN-SEN達と出逢い、時に迫られ、時に騒動に巻き込まれるようになった日

 

 ―――綾波が不安から潰れそうになって、一緒に、迷惑をかけあいながらでも支えていくと誓った日

 

 ―――新しく指輪を贈る相手について相談して、それを笑って応援してくれた日

 

 ―――色んな意味で、ハジメテを迎えた日

 

 

 

「っ……くっ」

 

 俺の隣に立つその姿。凛とした佇まいと、歴戦の風格すら漂うその小さな身体。

 そこにはもう、不安に押し潰されそうになってばかりの、儚げな少女はどこにもいなかった。

 

 

 

 今ここにいるのは―――俺にとって何よりも大切な、そんな最愛のヒト、ただ一人だけだった。

 

 

 

「……では! その宣言を以て、改めてお二人を夫婦であると認めます!」

 

 涙を流しつつも、笑顔のZ23がそう告げる。

 綾波と向き合い、饅頭が持ってきた俺達の指輪をそれぞれ手に取り、お互いの薬指へ。

 最初に行ったのはもう随分前になるなぁ、としみじみ。

 

「それでは、お二人とも……」

 

 

 

 ―――誓いのキスを

 

 

 

 もう余計な言葉はいらない。

 

 心臓の高鳴りはとっくに消え、頭の中には今やるべきことと、目の前にいるヒトのことしか無い。

 その薄く染まった頬に手を添える。

 瞼が閉じられ、足の爪先が伸びて、小さな唇がちょんと突き出される。

 

 俺は膝を曲げ、背中を少しだけ丸めて、瞼を閉じる。

 

 

 

「―――」

 

 

 

 唇が触れる直前、俺の耳に小さな言葉が届く。

 何を言ったのか理解するよりも前に、式場内に大きな拍手が鳴り響いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「指揮官! 綾波ちゃん! お姉さんここにいるから!! ちゃんとここに投げてちょうだいね!?」

「おうなんかそのノリ久しぶりだな愛宕ォ!」

「赤城姉様には悪いが気が変わった。あの獣の如き怒声、柄ではないが正直濡れた……!

「加賀……」

 

「……ユニコーンちゃん?」

「あっ、イラストリアス姉ちゃん……その、ね? ユニコーンもやっぱり、お兄ちゃんのお嫁さんになりたい、から……だから、ユニコーン、ちょっとだけ悪い子になる……!」

「あらあら。……じゃあ、私も悪い子になっちゃいましょうか……」

「ええっ!? で、でも姉ちゃん、陛下が……」

「ふふっ、そうよ? だから―――二人で、ね?」

「―――うんっ」

 

「あ、姉貴っ。本当に行くんですか!?」

「止めてくれるなモントピリア。私もいいかげん腹を括った。もう綾波やみんなに気を遣い続けて、自分の気持ちを押し殺すのはやめようってな!!」

「姉貴ィィィィィ!!!」

 

「……あっ」

「ティルピッツ?」

「……ふ、はははっ。いや、なんでもない。……そう。貴女も来るのね、ビスマルク……」

 

 

 

「なーんか大騒ぎになってら」

「フフッ……でも、みんな楽しそうです」

「だなぁ」

 

 ケッコン式の最後の一番、ブーケトス。

 血気盛んなKAN-SEN達がギラギラと野獣の眼光を漲らせて、今か今かと待ち構えていた。

 

「……なぁ、綾波」

「なんですか、指揮官?」

「俺はさ、たぶんだけど……お前らを置いていっちまう」

「………」

「もうこんな歳だし、きっと、俺が生きてる間に戦争が終わる確率、思ってるよりも低いと思うんだ」

「指揮官……」

 

「―――だからそれまで、どうか末永く。これからもよろしくな、綾波」

「―――はい。これからもずっと一緒です」

 

 

 

 そうお互いに言葉を交わして、軽く触れあうだけのキスをする。

 周囲から巻き起こった冷やかしやブーイングを鼻で笑い飛ばして、綾波に目配せを。

 

 

 

 綾波が放り投げ、天高く舞い踊ったブーケ。

 

 誰の手に渡るにしろ、風に煽られてどっかにすっ飛んでいくにしろ、その結末がどうなるかなんてわからない

 

 

 

 俺達の、これから進む未来と同じように―――




ほんとなら今年の六~七月中にあげたかったけど諸々の事情につきこんな時期になった

こんな話あげといて何だけど次期ケッコン艦についてもガチで悩み通し。予定は三隻


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