IS/Drinker (rainバレルーk )
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プロローグ・酒は飲んでも飲まれるな
1話


突然だが、みんな『もし、アニメやラノベの世界に行けたら』って考える事ない?

所謂それは『二次創作』や『そういう系』の作品に分類される。

サブカルチャーが好きな人なら男も女もそう考える事あるよね。

 

俺もその内の一人だ。

いや・・・訂正する。『だった』と。

 

人間、年を重ねていくごとに世の中を知れるようになると『そういう系』の作品に、それどころか漫画やアニメに興味がなくなるのがほとんどだ。

そして、恥ずかしい事に(?)俺も一般学生ギークから社会人へジョブチェンした一人だ。

 

っというか、よくよく考えるとアレだよね。

なんの特技も長所もない一般ピーポーが、チート貰って異世界やら二次世界やらに飛ばされて、バッタバッタと敵をぶっ飛ばし、ヒロイン囲ってハーレムって・・・冷静に考えるとマジで引くわ・・・

 

別にそういう系の作品を好きな人や愛している人を馬鹿にしている訳じゃあない。

 

もともと俺自身、そういう系の作品が大好きだったし・・・

 

でも大人になるにつれて、「うわ~・・・これないだろ~」とか「ヒロインちょろすぎじゃね」とか「マジ、原作主人公屑鈍感野郎」とか・・・なんか一歩引いた立ち位置で見てしまう時が最近多々ある。

あ~・・・俺も薄汚れちまったゼ・・・

 

 

 

・・・・・けれども・・・

そんな冷めた目線の大人になっちまった俺になんの因果か、『そういう系の作品』に行けるチャンスがやって来ちまった!

こういうチャンスが来たなら、普通の『主人公』連中は後先考えずに飛び込んじまうんだろう。

だけど、普通に考えたら今までの生活をほっぽり出して異世界や二次世界にホイホイ行く連中なんて、余程この世に執着がない人間なんだろう。

 

それに・・・そういうのは実際に体験するんじゃなくて、画面の外で見る方が良いに決まってる。

 

・・・・・うん・・・決まってるんだ・・・・・そう、決まってるんだ・・・

 

 

「え~と・・・初めまして。『清瀬(きよせ)春樹(はるき)』と言います。趣味は酒を浴びる・・・じゃなくて、映画鑑賞です。どうぞよろしく」

 

だから、こんな『IS学園』なんていうその手の豚野郎共が喜びそうな所に入るなんざ悪夢じゃなきゃ何だって言うんだ、糞ッタレのゴミ野郎がッ!!

 

・・・すまない。口が悪くなった。

ただ、何故一般パンピーである俺が白い制服に身を包んで、男女比率があり得ない教室で気持ちの悪い作り笑みをしているのか・・・。

話せば長くなる。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

今から丁度3年前。

短大卒業してから社会人になった三年目のある日。

いつもと変わらず仕事帰りに酒を買い込んだ俺は、夜通しの晩酌タイムに突入。

 

奨学金返済の為に実家暮らしをしている俺には、これといった金を使う趣味はなく。代わりに酒を飲むのが趣味みたいになっていた。

 

だから何時もと変りなく撮り溜めたアニメを見ながら酒を呷りに呷った。

でも、そんな何時もとは違う事がその日あった。

それは酒をいつもの三倍飲んだことだ。

 

いつもなら軽いアルコール濃度の三杯で打ち止めなんだが、その日は初めて買った銘柄のウィスキーを一本空にした。

『20%以下ならジュース』と豪語できる俺でも、倍以上の56%はキツい。

よろめきながら反吐をあげた所でブラックアウト。

次の日には母親と父親に怒られるのが、本来の姿だった。

・・・その筈だったんだ。

 

『真実は小説よりも奇なり』とはこの事で、朝目が覚めると・・・若返っていた。正確には中学生時代に戻っていた。

 

でも、これが90過ぎのよぼよぼジジィから若返るんなら万々歳だが、生憎と二十代から十代に若返った所で嬉しくもなんともない。・・・というか、悪い。

中学生だったら、大っぴらに酒が飲めないでしょうが!!

 

・・・話が逸れたな。

社会人から12のガキ時代に戻ってしまった俺は、まずある事を計画した。

『未来の改編』である。

 

実は俺は公務員になる為に短大に入ったのだが、残念なことに縁がなかった。

だから、これは何か自分に降ってわいた天からのご褒美だとポジティブに考える事にした。

・・・だが、この世界は、そんなポジティブ思考を簡単に瓦解してくれる場所だったという事を俺は早くも知る事になる。

 

【インフィニット・ストラトス】。通称【IS】。

どっかのイカれポンチの阿婆擦れ兎が発明してくれちゃった機動兵器である。

この発明品は、従来の既存兵器をガラクタ同然に退くことが出来る代物なのだが・・・なんとも糞ッタレな事に『女性しか扱えない』という欠陥作品であったのだ!

そのおかげか。

トチ狂った頭ぱーぷりんな連中によって、世界は男尊女卑ならぬ『女尊男卑』の思想に浸されてしまっていた!

 

 

「ここラノベの世界かよッ!!」

 

悲惨な事にこの世界の原作知識をほとんど忘れてた俺には酷な事であった。

 

でも、不幸中の幸いか。

そんな思想は都会に住んでいる連中がほとんどを占め、俺の郷里である地方や田舎には浸透していなかった。

差別ダメ、絶対。下手したら殺されるから。

 

なので、俺は転勤のない地方公務員になる為に前の世界ではしなかった勉強に打ち込んだ。

ただ、流石は俺か。全く勉強に身が入らず、昔のようにダラダラと日々を送っていた。

 

そんな生活が3年になろうかという日。

俺の人生最大の災厄がニュースで報道された。

 

『ISの男性適正者見つかる』。

 

なんと男のIS乗りが発見されたのだ。

そのおかげか、全国で他の男性適正者の捜索が始まってしまった。

俺が住んでいた地方の田舎も例外ではない。

 

これも普通なら、適正者でない物語のモブ野郎の俺には関係のない話だ。

そう『普通』ならだ。

 

けれども、残念な事に俺はISを起動させてしまった。

 

・・・思い当たる節ならあった。

この俺の左手の甲にある珍妙な『痣』だ。

最初は何の気なしに気にしていなかったのだが、ISを起動させてしまった後になって思い出した。

この痣は『ガンダールヴのルーン』だという事を。

 

よりにもよって、好きな作品だった『ゼロ魔』のルーンが俺の手の甲に刻まれている事に疑問の余地しかない。

別に俺はCVくぎゅーのピンクロリに使い魔召喚されたという事は断じてない。絶対にだ。

 

その後・・・俺は進学希望だった前の世界の高校より良い学校を辞退するなどして、ここにいる。

 

ハッキリ言って、俺はこの世界(さくひん)に良いイメージを持ってはいない。

たとえ原作知識を忘れていようともわかる。にわかオタクの勘が囁くんだ。

『この作品は、お前にとっては地雷だ』と。

 

 

「・・・はぁ・・・ッ」

 

自己紹介を終えた俺は、窓から見えるムカつくほどの青空を眺めながらため息を一つ吐く。

これからを憂う疲労感のつまった息を。

 

 

 

あと、こっち見んな原作主人公。ぶっとばすぞ。

 

 

 

 




・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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一升:クラス代表決定戦・酒は肴、肴は気取り
2話


 

 

「なぁ、清瀬 春樹だよな?」

 

「・・・あ?」

 

HRを終え、やっと一息つけるかと思っていた矢先。俺の目の前に”元凶”がすました顔で現れやがった。

織斑 一夏』。この世界でISを動かした”初めての男”。よーするに”原作主人公”ってやつだ。

 

「なんか用か?」

 

こう言う場合、DIOさまのように『そういう君は、織斑 一夏』的な返しをすればいいんだろうが・・・生憎と俺の”人生再出発計画”をとん挫させやがった野郎と仲良くしようとは思わない。

冷たく無機質に返答する。

 

「さっきの時間でも言ったと思うが、俺は織斑 一夏。よろしくな!」

 

「あぁ、そうか。それで?」

 

「え・・・?」

 

「それで、俺に何の用かって聞いてんだよ。こっちは誰かさんのせいで見世物にされてイライラしてんだよ、コノヤロウ」

 

「え、えーと・・・」

 

俺の棘のある言葉に戸惑う織斑。

初対面の相手に対してこういう攻撃的な物言いは、言った後で申し訳なさが心に来るのだが・・・不思議とそういった感情はない。

俺は真っすぐに野郎の目を睨みつける。

 

「なにアイツ・・・」

「織斑くんに対して、態度悪くない?」

「顔コワッ」

 

ガヤが何か言ってるが、知るか。

本当はヘッドバットをコイツの綺麗な顔面にめり込ませたい気分なんだからな。

 

「・・・ちょっといいか」

 

「あ”ぁ?(・・・あれ? コイツは・・・)」

 

そんな一方的な敵意を元凶に対して剥き出しにしてると、一人の女子が話しかけて来た。

俺はその女子に見覚えがあった。記憶の片隅にかすかに残る原作知識の中に彼女の事がある事を覚えていた。

 

「(確か・・・篠ノ之・・・)」

 

「・・・箒?」

 

「・・・・・」

 

篠ノ之 箒』。ISを発明したイタい兎の妹かなんかで、確かヒロインの一人だったような・・・気がする。

まぁ、そんなこたぁどうでもいい。

 

「彼女、どう見たってオメェに用があるみたいなんだが?」

 

「あ、ああ・・・それで、何の用だ?」

 

「廊下でいいか?」

 

「お、おう」

 

そのまま篠ノ之は野郎を連れて教室の外へと出ていく。

良いね良いね、青春だね!青い春だね!俺も前の世界であんな事やってみたかったね、糞ッ!

・・・あぁ、コッチに来てから妬みと嫉みの感情が乱高下してる気がする。

あー、マジで息してるだけでゲンナリしちまうな。

承太郎さん風に言うとこれだな、『ヤレヤレだぜ』。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

「あ?」

 

そんな時、俺の元へ二人目の招かれぬ客が現れた。

一言で言うと”美少女”。詳しく言うと縦ロールのあるパツキンロングに透き通るような綺麗な碧眼、非常に整った容姿に魅力的なスタイルの美少女だ。

 

「何ですの、そのお返事は!?」

 

「・・・はぁ・・・ッ!」

 

だがまぁ・・・高圧的な態度の通り、 今の世の中では珍しくもない面倒な輩のカテゴリーに分類される人間のようだ。

最強の戦力であるISは女にしか扱えないから女の方が偉いとかいう便所の鼠の糞以下みたいな風潮のせいで都市部はこんなヤツらばっかだ。

あぁ、地元が恋しいよぉ・・・母ちゃぁん、父ちゃぁん・・・!

 

「私に話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度と言う物があるんではないかしら?」

 

「すいませぇん。なにぶんと君みたいな別嬪さんから声を掛けられる事なんてないから、緊張しちゃってね。確か・・・イギリス代表候補生のオルコットさんだったよね」

 

セシリア・オルコット』。確かヒロインの一人で、『チョロイン』なんて不名誉な称号を欲しいままにしていたキャラだったような・・・気がする。

ま、よくある『噛ませキャラ』だろう。

 

「ふんッ、私の事を存じ上げているのならば及第点を差し上げますわ」

 

「あ・・・そりゃあどうも」

 

「清瀬 春樹さんでしたわね。分からない事があれば、このセシリア・オルコットが教えて差し上げますわよ?」

 

「え、マジで? そりゃあ良い。なにぶんと俺は田舎者でね、ISの知識なんて素人以下のトーシロなんだ。お願いできるかな?」

 

「えぇ、勿論いいですわよ。エリートとして当然のことですわ」

 

オルコットはご満悦に鼻を鳴らす。

こういうプライドが高い輩は下手に出てれば、波風立てずに済む。触らぬホニャララに祟りなしだ。

 

そんな事を考えているとキンコンカンと予鈴が鳴る。

俺的にはもう五分前に鳴っていて欲しかったが、贅沢は言わない。漸くこれで面倒事が向こうに行ってくれる。

そろそろ気持ちの悪い作り笑いも限界なんだよ。

 

「あら、もうそんな時間ですのね。とりあえずここまでにしておきましょう」

 

「えぇ、ホント。楽しい時間はすぐに過ぎ去るものですね(早く向こうに行きやがれ、コノヤロウ)」

 

「次もまたあとで来ますわ。よくって?」

 

「・・・は・・・ッ!?」

 

そう言って面倒事はドレスのように改造された制服のスカートを翻し、背を向けて颯爽と去っていく。

最低に最悪だ。こんな嬉しくない次回予告は本当に久々だ!

 

あぁ、もうやだ。お家帰りたいよ~・・・

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「―――――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ―――――」

 

IS学園最初の授業が始まった。ISに関する基本的な情報と機体データの授業だ。

 

「では、ここまでで質問がある人はいますか?」

 

「はい。いいですか、山田先生」

 

「なんでしょう、清瀬くん?」

 

「ISの国家認証なんですが、ここは各国によって違いが―――」

 

先程まで嘆き心の中でべそをかいていた春樹も熱心にノートをとり、質問をしている。

元来彼はまじめに授業を受けるタイプのようだ。

そんな彼の隣で・・・頭を抱え唸る男が一人。

 

「織斑君は何かありますか? 質問があれば遠慮せずに聞いてくださいね。何せ私は先生なんですから!」

 

「・・・山田先生!」

 

「はい、織斑君!」

 

「ほとんど全部わかりません!!」

 

「ええぇッ!!? 全部ですか?!」

 

余りの突然の宣言に驚きと困惑を隠せない山田教諭は思わず声が上ずる。

 

「・・・織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 

彼の宣言に一組の担任で、一夏の姉である『織斑 千冬』は険しい表情と低い声色で問いかける。

 

「・・・分厚い辞書みたいなやつですか?」

 

「そうだ」

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

スパァアッンと乾いた音が教室に木魂する。彼女の伝家の宝刀”出席簿”が一夏の頭に炸裂したのだ。

その痛みに彼は悶絶し、机に突っ伏す。

 

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者。まあいい、後で再発行してやるから一週間で覚えろ」

 

「え・・・一週間であの分厚さはちょっと・・・」

 

「やれと言っている」

 

「・・・はい・・・」

 

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしたいための基礎知識と訓練だ。理解が出来なくても答えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」

 

「はぁ・・・」

 

「織斑、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな? 望む望まざるにもかかわらず、人は集団の中で生きてなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」

 

「・・・ッ・・・はい」

 

教師にして、自分の姉である千冬に怒られて意気消沈している一夏。

そんな彼に浴びせられた言葉に対して、この男は・・・・・

 

「(あぁ~、めっちゃ石仮面ほしい。人間やめたい・・・『俺は人間をやめるぞ、ジョジョ―――ッ!!』的な事めっちゃやりたい!!)」

 

とんでもなくくだらない事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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3話

 

 

 

さてと・・・元凶である織斑 一夏の素性が、織斑 ”馬”夏という事が解った所で、俺にはヤツが自分には何の利益もない事が改めて理解できた。

流石にあの鈍器のような分厚さの参考書をたったの一週間で覚えろと言う無茶ぶりには同情してやるが、『ざまぁみさらせ!』という方が内心だ。

 

「さて、授業の最後に一つ決めておかなければならない事がある。再来週に行われるクラス対抗戦についてだ」

 

授業の最後らへん、ロリ顔の山田先生に代わり、キリリとした黒髪ロングの女教師が偉そうに教壇に佇んだ。 

野郎の姉であり、この世界で『世界最強』という看板を背負わされているキャラ『織斑 千冬』だ。

・・・因みに何故かは伏せるが、前の世界で俺は彼女の同人誌を所持していた。勿論、R-18の薄い本。

内容と描写、それに絵のタッチがとてもグレート。

 

「なんだ、質問か清瀬?」

 

「・・・いんえ、なんでもないです」

 

おっと、邪な十代の感情を察知するとは流石は最強キャラか。

 

「・・・まぁいい。そのクラス対抗戦の前にこのクラスの代表者を決めないといけない。クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席・・・まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで」

 

ほうほう、よーするにクラスの悪く言えば『雑用係』を決めるんですな。

・・・めんどくせー。こういうの俺、てんでダメだからな。

俺は前の世界と同じように目立たず、ひっそりと教室の隅っこで本に熱中する灰色の青春をおくりたい。

 

「自薦でも他薦でも構わない。誰かいるか?」

 

「はい、先生!」

 

・・・だから、俺の中でこう云うのにぴったしな人物を早々に出すのがいい。

 

「なんだ、清瀬」

 

「はい。俺はセシリア・オルコットさんをクラス代表に推薦します」

 

ここはオルコットは適任だろう。

イギリスの代表候補生で、頭脳明晰。まぁ性格に難があるが、自分を強く見せる為の虚勢を張ってんだろう。

犠せい・・・違った、『生贄』には申し分ない。

「当然ですわ」と立ち上がりそうな程、本人もまんざらではなさそうだし。

 

・・・・・と、思っていた時期も俺にはありました。

 

「えぇー、ここは織斑くんでしょー」

「空気読んでよ、二人目」

 

・・・・・え?

 

「千冬さま、私は織斑くんを推薦します!」

「私も織斑くんが良いと思います!」

「私も!」

 

「えッ! お、俺!?」

 

「この場に織斑は一人しかいないだろう」

 

オイオイオイオイオイ! おいマジか、マジなのか女子たち!

今さっき、野郎の低脳具合を見ただろうが!

・・・まぁ、俺的にはどっちでもいいか。生贄が金髪ドリルからダメな方のバナージに代わろうが、どっちでもいいや。

 

「だったら、俺は清瀬を推薦する!」

 

はぁ~ん、『清瀬』か。俺と同じ同姓の人いたんだな。

誰かは知らんが、俺の平穏の為に生贄となってくれや、清瀬さん。

 

「なにを呆けている、清瀬。お前の事だぞ」

 

「・・・・・ですよねー・・・」

 

ホントマジで、マジで織斑コノヤロウ。

マジでテメェの顔面に肘鉄を喰らわせたい、ぶっとばしたいぞコノヤロウ!!

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「納得がいきませんわ!!」

 

机を怒号と共に叩いたセシリア・オルコット。

その表情は怒りに満ち、軽く青筋が浮き出ている。

 

「そのような選出は認められませんわ!! 大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しです! 私に、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

話の流れ的に自分がクラスの皆から推薦されるのではないかと思っていた反面、皆が一夏を選んだ事に彼女は怒りを覚えたのだ。

 

「実力から行けば私がクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! 私はこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!! 大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、私にとっては耐え難い苦痛で―――」

 

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ!」

 

セシリアの物言いに遂に一夏が反論する。火に油・・・いや、火薬を注ぐ物言いで。

 

「あ、ああ、あなたは―――ッ!!」

 

だから、セシリアは彼の文言に対して再び怒声を浴びせよんと口を開く。

けれども、その前に・・・・・

 

「おいゴラァッ、織斑・・・キサン、今なんつった?」

 

地を這うようなやけに低い声がした。

 

「え・・・き、清瀬?」

 

「なんつったって聞いてんだよ、コノヤロウ」

 

ギロリと脂ぎった眼が一夏を貫き通す。

彼の雰囲気の一転具合に教室にいる全員が静かになる。

 

「テメェは、なんで彼女の祖国を侮辱しやがったのかって聞いてんだよ」

 

「そ・・・それはアイツが日本を馬鹿にしたから!!」

 

「確かに、さっきの物言いは俺もカチンときた。だけど・・・だからといって彼女の祖国を侮辱していいとは言えないだろうがッ!」

 

「そ、それは・・・その・・・」

 

春樹の言葉に口籠もる一夏。

すかさず春樹はセシリアの方を向き、笑顔をうかべて言い放つ。

 

「いやぁ、すいませんねオルコットさん。いるんですよ、偶に。こんな後先考えない馬鹿が―――」

 

「ふ、ふん、そうですわね。全くこれだから極東の―――「あんたと同じような馬鹿が」―――なッ!!?」

 

「清瀬・・・ッ?」

 

薄ら笑みを浮かべて、今度はセシリアに罵詈をいう春樹。

先程とは違い、氷のように冷たい口調で諭すように。

 

「あなたも私の祖国を侮辱しますの?!!」

 

「いんや違う。俺はあんた自身を、セシリア・オルコットに対して馬鹿と言うたんじゃ」

 

「なんですってッ!!?」

 

「チャラン♪ ここで問題です!!」

 

再び激昂しそうになるセシリアを余所に、低い声から一転、ちゃらけた様な陽気な声を出す春樹。

場の空気が一気に彼へと注目する。

 

「『インフィニット・ストラトス』、通称ISの発明者とは一体誰? 代表候補生であるオルコットさんには簡単な問題でしょうが」

 

「そ、そんなのは誰でも知っている事ですわ! 『篠ノ之』・・・あッ・・・・・」

 

答えを発現しようとし、突如固まるセシリア。

気づいたからだ。自分が何を口走ってしまったのかを・・・。

 

「正解は『篠ノ之 束』博士でした~。・・・ん? おや、あれれ~? 不思議だな~、まるで、文化としても後進的な極東に浮かぶ島国で生まれたかのような人の名前だなぁ~?」

 

「う・・・うぅ・・・ッ!!」

 

「続いての問題です。そのISの国際大会において、世界チャンピオンとなった人物がこの教室にいます。それは一体誰でしょうか。ヒントは、今教壇の前に座っている黒髪ロングの―――――」

 

「やめんか」

 

「うげッ!!?」

 

スパァアッンと伝家の宝刀・出席簿が春樹の頭に炸裂。渾身の一撃を喰らった彼は、踏まれた蛙のような声を上げた。

 

「痛い! なにするんスか、先生!!」

 

「物言いがクドい。要点をかいつまんで話せ」

 

「・・・ッチ・・・よーするに俺が言いたいのは、あんたがどういう立場の人間か、よく考えてから言うようにしろってことだよ。お分かり? ところで織斑先生―――――」

 

春樹はどこかのカリブの海賊のようなジェスチャーをし、今度は千冬の方を向く。クラス代表に選出された事を辞退する為にだ。

断ろうとしても無駄だろうが、やるだけやってみようという精神で。

 

「・・・とう、ですわ・・・!!」

 

「・・・あ?」

 

「え?」

 

「決闘ですわ!!」

 

セシリア・オルコットは再び怒声を上げる。

ただ、先程と違った点は、彼女の眼が若干潤んでいる事だろう。

 

「このような辱めは、生まれて初めてです! 決闘ですわ!!」

 

「え、ちょッ、待っ―――――」

 

「いいぜ、四の五の言うよりわかりやすい!」

 

「織斑、ホントにオメェは黙ってろ!!」

 

戸惑う春樹を尻目に一夏はやる気満々で二つ返事をする。

 

「何はともあれ・・・何にせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこの私、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!!」

 

「ハンデはどのくらいつける?」

 

「あら、早速お願いかしら?」

 

「いや・・・俺がどのくらいハンデつけたらいいのかなーと・・・」

 

『『『アハハハハハッ!!』』』

 

「はぁ~・・・まったく・・・・・ッ!!」

 

一夏の言葉にクラスからドッと笑い声が響く。

発言者の一夏は皆の笑い声にポカンとし、春樹は頭を抱えた。

 

「お、織斑君、それ本気で言ってるの?」

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」

「織斑君は確かにISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」

 

『ISがあれば女は強い』等という戯言を本気で思っている世間の声を代弁するかのように何人かが一夏に声をかける。

 

「・・・じゃあ、ハンデはいい」

 

「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、私がハンデを付けなくていいのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて・・・日本の男子はジョークセンスがあるのね」

 

「(あ~、だめだこりゃ。流れが一気にオルコットに傾いた)」

 

更に頭を抱える春樹。

一夏の発言のせいで、一気に形勢は不利になってしまった。

 

「ねー、織斑君。今からでも遅くないよ? セシリアに言って、ハンデ付けてもらったら?」

 

「男が一度言い出したことを覆せるか。ハンデは無くていい」

 

「えー? それは代表候補生を舐めすぎだよ」

 

「だから俺は貰うぞ、ハンデ」

 

「清瀬!?」

 

春樹の言葉に何故か一夏が驚嘆する。

春樹としては、ISの知識も実技も素人以下の自分がベテランとも言える代表候補性に挑むなど、G級のティガレックスに初期装備で挑むようなものだ。

 

「あら、あなた意外と臆病者なんですわね。まぁ、私が相手なのですから当然でしょう」

 

「なんとでも言ってくれや。ま、さっきまでべそをかいていた子に言われてもドーって事ないがな」

 

「あ、あなたッ!!」

 

「そこまでだ!!」

 

ヒステリーを再発しそうになるセシリアを遮ったのは、千冬の鶴の一声。

騒がしかった教室も氷を割った様にピシりと静まり返る。

 

「クラス代表をかけての試合を来週開催する。これは決定事項だ、以上!」

 

「先生ェ・・・俺、やりたくねぇんですが・・・」

 

「お前に拒否権があると?」

 

「ですよねー・・・知ってました」

 

『フザけんな、この糞教師ッ!!』・・・と、言える訳もない春樹は結局、この決闘に巻き込まれる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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4話

 

 

 

「清瀬、お前あそこまで言われて悔しくないのかよ!?」

 

「オメェに返す言葉はねぇ。・・・つーか、なんでオメェはナチュラルに俺の横に座って飯を食っとんじゃい!!」

 

めんどくさい面倒事に巻き込まれた俺は、この胡散な気持ちを晴らそうと食堂に来たんじゃが・・・

 

「いいじゃないか、俺達クラスメイトだろ」

 

「俺は一人で食いたいんじゃ、ボケ! 隣の子も俺がおったら邪魔じゃろうがな、なぁ篠ノ之さん?」

 

「えッ!? わ・・・私は・・・」

 

面倒事に巻き込んでくれた糞斑・・・改め、織斑とそわそわぎこちない様子のポニーテール娘・・・改め、篠ノ之さんが俺の横に陣取りやがった。

 

「なんでそこで箒が出て来るんだよ?」

 

「・・・誰か、コイツを殴り殺せるマダーライセンスをください」

 

殴りたい、ホントに殴りたい。これだから、鈍感主人公は嫌いなんだよ。

どーみたって、篠ノ之さんお前にホノ字やんけ。なんで気づかんのじゃ、コイツ。

 

「それよりも清瀬、来週の試合どうする?」

 

「知るか。クタバレ、くたばっちまえ。というか、だいたいオメェのせいでこうなったんだろうが」

 

「えッ、でも清瀬だって―――「あ”ぁ”ッ?」―――・・・なんでもないです」

 

でも、しっかしどうしようか。

噛ませっつっても、それはこの鈍感屑主人公だけだろうから・・・俺はマジでやらないと最悪の場合・・・考えるだけでも恐ろしいのぉ・・・。

 

「そ、そうだ、箒! 久し振りに俺に剣道教えてくれないか? 全国でも優勝した腕前、見せてくれよ。清瀬も一緒にどうだ?」

 

「やだ、NO、断る」

 

「そう言うなって」

 

しつけーな・・・ホントにコイツの顔面に拳をめり込ませてやろうか。それか、この熱々の味噌汁をブッカケて、顔面に大火傷を負わせて・・・・・ッう!!?

 

「ん? どうしたんだ、清瀬? 急に手を振り出して?」

 

「・・・用事を思い出した。ごちそうさんッ!」

 

「あッ、おい清瀬!」

 

・・・やばい。

やばいやばい。

『発作』だ。こんな時に来るとは!

俺は急いで器を空にし、食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ッ」

 

春樹はある場所に向かって進行する。と言っても場所はどこでもいい。向かう先は人目に付きにくい場所だ。

 

「ハァ・・・ハァ・・・あぁ、大義ぃなぁ・・・!」

 

その場所に向かう彼の顔は酷く悪い。

今にも倒れそうなほどに青ざめ、左手は痙攣した様に震えている。

 

「ハァッ・・・ハァ・・・オエッ・・・!」

 

漸く人目がない木の木陰に辿り着いた春樹は吐き気を抑えながら制服の内ポケットを探り、銀色の小さい水筒を取り出して一気にそれを呷った。

 

「ング・・・んグッ・・・カッはーッ! 口が燃えるッ、生き返る~♪」

 

ほっと一息落ち着く春樹。

彼の持っている小さい銀色の水筒は『スキットル』と呼ばれる携帯用の小型水筒。用途としては中にウイスキーなどアルコール濃度の高い蒸留酒を入れるものである。

つまりは・・・

 

「やっぱり、発作にはウィスキーが一番だな」

 

清瀬 春樹は『アルコール依存症』である。

彼はこの世界と前の世界とのギャップに耐え切れず、数年前から好物であるアルコールを摂取していた。

されどこの世界での彼の肉体は成人と比べて不完全。すぐに肝機能に障害を受け、一時は重度のアルコール依存症に陥った。

しかし、今はこうして少量のアルコールを摂取する事で発作を抑える事が出来ている。

・・・まぁ、本当は飲酒しないように言われているのだが、彼は内緒で飲酒をしている。

だから、このスキットルとその中身は密輸ものだ。

 

「さて、そろそろ行くか。こんなもん見つかったら、大目玉どころじゃあ済まないしな。後は部屋でゆっくり・・・ウヒヒッ」

 

ニンマリと気持ちの悪い笑みを浮かべ、立ち上がる。

先程とは違い、青ざめた顔は血色の良い表情に変わっている。簡単に言うと軽く酔っている。ほろ酔い気分だ。

 

「ハッ!・・・なんか、織斑先生には気を付けよう。あの人も飲兵衛という気配が・・・『飲兵衛は飲兵衛に引かれる』!?」

 

酔ってる時の彼は、すごくくだらない事を考え着く。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「く、訓練機ですか?」

 

「おうッ・・・じゃなくて、はい。訓練機です」

 

一週間後のクラス代表決定戦の為、俺は山田先生に会いに行った。ところがどっこい、山田先生は怯えている。

誰に? 勿論、俺に。

 

「・・・先生、そんな脅えんでください。皮をひん剥いて、頭からバリバリ食おうってんじゃないんですから」

 

「ひィッ!!」

 

「・・・」

 

・・・そんなに俺って怖いか?

まぁ、織斑みたいにイケメンじゃないし。どっちかというとフツメンだし。

それにそんな顔されると・・・もっとその可愛い顔を歪めたくなるじゃないか。

 

「(おっと、危ない危ない・・・)申請すれば、貸してくれるんじゃないんですか?」

 

「その・・・す、すみません。訓練機なんですが、一週間は貸し出し出来なくて・・・」

 

「なしてですか?」

 

「ご、ごめんなさい! 早い者勝ちなんです!」

 

「いや、謝らんでもいいですって・・・」

 

なんか周りの目が痛い。

これじゃあ俺が山田先生をいじめている公開プレイみたいじゃん。

いいね、ゾクゾクするよその表情!

 

・・・しかし言われてみれば、この学園にいるのはIS目的で入学しているんだから、皆が皆触ろうとする。即ち、競争倍率は非常に高い。

どうしたもんかいのぉ。

 

「そういやぁ、来週の試合はどうするんですか?」

 

「は、はい。清瀬くんには訓練機が貸し出されます」

 

「え、織斑の野郎には? アイツも訓練機でやるんでは?」

 

「い、いえ。織斑くんには、”専用機”が・・・」

 

「・・・・・あ”ッ?」

 

「ご、ごめんなさいッ!!?」

 

おい、おいおい、おいおいおい。

マジか、マジかよ、マジなのかよ。

俺は訓練機で、あの野郎は専用機・・・だと~ッ??

 

「はぁーーーッ・・・!!」

 

「き・・・清瀬くん?」

 

まぁ、しょうがねぇよなぁ。

俺は一般人のパンピー野郎。向こうは元世界王者ブリュンヒルデの弟。

どう見たって、聞いたって、期待する値が違い過ぎる。

そりゃあ専用機も与えられる訳だ。

 

「しゃーねぇのぉ・・・ん~、山田先生?」

 

「は、はい! なんでしょう・・・?」

 

「俺が勝つにはどうすればいいと思います?」

 

「え・・・」

 

しゃーない、しゃーない。

まぁ、こっちも『ガンダールヴのルーン』があるんだ。五分と五分になる・・・か?

どーなるんだろ。ま、やってみないと分からない・・・か。

 

「あ、先生。さっきの話は忘れてくだせぇ、戯言なんで」

 

「は、はい・・・」

 

どーするかのぉ。

『剣』で戦うか。『銃』で撃ち合うか。

そーいやぁ、訓練機にも剣と銃で違う機体があったような・・・。

 

「き、清瀬くん!」

 

「え、はい?」

 

「わ、私が教師として今は言える事は、ISの仕組みを理解する事。それとイメージトレーニングをするといいです・・・よ」

 

「! 阿ッ破ッ破ッ破!」

 

「え、えぇッ・・・き、清瀬くん?」

 

可愛いなこの人。

前の世界で出会っていたら、恋していたかもしれないな

 

「ありがとうございます、山田先生。あなたはいい先生です。自信を持ってくだせぇよ」

 

「は・・・はい!」

 

取り敢えず、やる事は決まった。

イメージトレーニング・・・ねぇ。なら、いい”作品”があるな。部屋に帰って見よう。

でも、その前に・・・。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「るーらるらるー♪ るーらるらるー♪」

 

ルンルン気分である施設内を歩く春樹。

そんな彼の手には、一般社会で到底お目に架かれない酷く物騒なものが握られていた。

『AK-47』、通称カラシニコフ。そして、弾丸12カートン。

 

何故に彼がそんなものを持っているかと言うと、答えは簡単。ここが射撃場だからだ。

ISという兵器を教える学校は伊達じゃないようで、IS学園内にはこういった施設があった。

 

「前々からこう云うの撃ってみたかったんだよなぁ・・・やっぱりモノホンは重さが違うね、重さが」

 

春樹は射撃場の1レーンを借り、銃に薬莢を装填する。

そしてトリガーをコッキングし、思いっきり引き金を引いた。

 

ズガンッ!

「おおわッ!!?」

 

だが、銃など撃った事どころか触った事こともない素人である春樹が撃った瞬間。弾丸の発射の反動で彼は後ろにのめってこけた。ゴチンという音と共に。

 

「・・・クク・・・阿破破・・・阿ッ破ッ破ッ破!」

 

けれども、頭を打ったというのに春樹は大笑いをした。腹でも抱えそうなほどの大笑いを。

 

「・・・なにを笑っていますの?」

 

「阿破破ッ・・・え、あれ? 君は・・・?」

 

笑い転げる彼の視線の先にいたのは、試合の対戦相手であるセシリア・オルコット。

彼女は酷く眉間に皺を寄せている。

 

「こりゃぁこりゃあ、オルコット嬢。お恥ずかしい姿を見せちまいましたな。なにぶんと初めて銃を撃ったもんで・・・興奮してしまいましてね」

 

「なんて野蛮な・・・これだから男は!」

 

「野蛮? そういうあんさんも撃ちに来たんじゃねぇの? ここ射撃場だし」

 

「そ、それは・・・ふん!」

 

ぷいっと顔を背け、彼の隣のレーンにうつるセシリア。そんな彼女の手には、見慣れない銃が握られていた。

 

「おいおい、なんだいなんだい。先に声をかけて来たのはそっちだろう? というか、なにその銃? あー、ISの銃か! カックいー!!」

 

「五月蠅いですわよ!! 黙って、自分のライフルでも撃っていなさい!!」

 

鬱陶しそうに叫ぶセシリア。

ほろ酔い気分とは言え、春樹は面倒くさい絡み酒タイプだったようである。

 

「へーへー、わかりましたよーだ」

 

「ふん!」

 

本当にわかっているのか、どうなのかはさて置き。観念した春樹は自分のレーンに戻り、カラシニコフを握る。

そして、再び引き金を引き、弾丸を銃口から放ち続けた。

 

「阿ッ破ッ破ッ破!!」

 

けたたましい笑い声と共に。

 

「・・・あーもうッ、五月蠅いですわね!!」

 

彼の隣のレーンしか借りれなかったセシリアは、隣で乱射しまくる彼の笑い声が癇に障りまくり、あまりいい結果を出せずにいた。

だから、文句でも言ってやろうかと春樹のレーンを見る。その時、チラリと彼が標的にしているポインターが視界に入り・・・二度見した。

 

「え・・・!?」

 

彼が標的にしていたポインターは真ん中が綺麗に撃ち抜かれ、大きな穴ぼこが出来ていたのだ。

銃を扱う者が居るのならば、AK-47の特性は知っている。大口径で威力に申し分はない。だがその反面、反動が大きく照準がぶれやすい。

 

「(この男、使いこなしていますわ・・・本当に初めてッ?)」

 

そのじゃじゃ馬をこの男は完全に使いこなしている。そして、その男の左手の甲が若干光っているように見えた。

 

「ふー・・・撃った撃った。気持ちが良いねぇ。やっぱり、銃にしようそうしよう」

 

「あ、あの・・・!」

 

「あ?」

 

不思議とセシリアは春樹に声をかけていた。

自分でもわからない。無意識だった。

 

「ど、どーしたよ・・・オルコットさん?」

 

まさか、セシリアの方から声を掛けられるとは思ってもみなかった春樹は動揺する。

銃を撃った事でアドレナリンが溢れ、酔いは完全に覚めていた。

 

「え・・・えと、その・・・あの・・・」

 

「お・・・おう・・・」

 

「な・・・なんですの、その構え方は! まったくなっていませんわ!!」

 

「え!?」

 

「いいですか、ライフルはこう構えるんです!」

 

「は、はい!」

 

そこから何故か始まったのは、セシリア・オルコットによる銃の撃ち方講座。

春樹も流されるままに彼女に教えを受けた。

 

「はい、脇はしめる! 銃床はちゃんと構える!」

 

「は、はい!」

 

そこからみっちりとセシリアに教えを受けた春樹。

気がつけば、いつの間にか陽が落ちている時間になっていた。

 

「あッ、もうこんな時間・・・あなたに教えていたら、日が暮れてしまいましたわ!」

 

「・・・阿破破ッ」

 

「な、なにが可笑しいんですの?!」

 

「いや、あんた良い人だなって。ありがとう、オルコットさん」

 

「!」

 

素直な春樹からの感謝の言葉に若干動揺するセシリア。

だが、またぷいっと顔を背けた。

 

「と、当然ですわ! 私と戦うのならば、もっとちゃんとしてくださいまし!」

 

「あーそうだな。・・・悪かったな」

 

「な・・・なにがです?」

 

「その・・・昼間のあれだよ・・・馬鹿にされたからって、あれは言い過ぎた。すまなかった」

 

「それは・・・ふ、ふん!・・・・・わ、私も言い過ぎましたわ・・・」

 

「!」

 

「な、なんですの! その驚いた顔は?!」

 

「いや・・・あんたも謝る事できるんだなって。意外だな」

 

「ッ~~~!!? 馬鹿にして!」

 

「ぶげッ!?」

 

「ふん!」

 

春樹に空のカートン箱をぶつけたセシリアは、ズカズカと射撃場を後にする。

一人残された春樹は一瞬呆けた顔をする。そして、困った様に笑みを溢したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

因みにこの後。射撃場を後にした彼は、用意された一人部屋に安堵の溜息を漏らしながら、イメトレ参考の”作品”を肴に密輸ビールを呷った。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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5話

 

 

 

さて・・・あの面倒事に巻き込まれてからの一週間、俺は主に三つの事をした。

まず一つ目は、俺をゾクゾクさせてくれた山田先生に言われた通りにあの鈍器のような参考書を読解した。

本当、久々に勉強と呼べる勉強をした感じじゃ。

 

二つ目は、これも山田先生に言われた通りのイメトレ。じゃけれども、ただ何となく漠然とイメトレをするんじゃあダメじゃ。

そこで参考にしたのは、俺が好きな作品である『コードギアス』と『装甲騎兵ボトムズ』。

あぁ、コードギアスは外伝『亡国のアキト』の方。あっちの方は戦闘シーンがCGでイメージしやすかった。

 

そして最後の三つ目。これはやっぱり射撃場での練習に限る。

来る日も来る日も、『中央に入れて、スイッチ』。今でも耳に薬莢の炸裂音が木霊しているように感じる。

 

・・・実を言うとこの一週間、ダメな方のバナージ・・・もとい、織斑が朝昼晩の三食をこれでもかって云う位にシツコク誘って来やがったのと、織斑を諦めた各国のハニトラ要員共が見え見えの誘惑を仕掛けて来たのがウザかった。

この一週間はほとんど部屋には帰ってない。持病の発作が起きて苦しくても、酒を飲む代わりに銃を撃っては射撃場に泊まった。現実逃避も甚だしい。

 

「・・・うっプ・・・きぼぢわるい・・・」

 

だから、試合当日に久々の酒でグロッキー状態となっている事は全部織斑のせいだ。俺は悪くない。

 

「だ、大丈夫ですか清瀬くん?」

 

「あ・・・ありがとうごぜぇますだ、山田先生。・・・うウッっぷ!!?」

 

「清瀬くん!?」

 

ヤバい・・・マジで吐く。こんなキツい二日酔いは久しぶりじゃ・・・。

 

「先生ぇ・・・ちょ、ちょっと吐いて来ます・・・おゥエッぷ・・・!」

 

そう言い残し、トイレに急ぐ俺。

幸いなことに俺はあの野郎の後に試合をするとの事じゃ。

・・・あ?『そんなに具合が悪けりゃ、休みゃあいいのに』だと?

かー、分かってないね。あの理不尽行き遅れ教師が、んな事許してくれるわきゃあなかろうがな・・・。

 

「・・・あ、だめじゃ・・・先生、吐くわ」

 

「えぇえ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「・・・まだか・・・ッ!」

 

試合会場の第三アリーナの管制室。

苛立ちを募る猛者が一人。ブリュンヒルデと謳われし、織斑 千冬だ。

クラス代表戦に出るクラス代表者を決める小規模の試合だと言うのに、アリーナの観客席は満員御礼。

生徒ばかりか他の教員までもが、まだかまだかと試合を待つばかり。

 

「・・・山田先生、清瀬は?」

 

「は、はい。嘔吐をした後、ゲッソリした顔でピットに向かいましたけれど・・・」

 

「そうか・・・」

 

本来、最初は専用機同士という対等な試合見せた後に訓練機の春樹と試合を行う予定だった。

だが、待てど暮らせど一試合目に出る一夏の専用機が到着しない。

 

「仕方ない・・・ヤツには悪いが、先にオルコットと清瀬の試合を。清瀬には私から言っておくので、山田先生は準備を」

 

「は、はい!」

 

管制室を出た千冬は試合を待つ生徒達がいるピットへと向かう。

 

「あ~~~・・・気持ち悪い・・・」

 

「だ、大丈夫か清瀬?」

 

「うるせぇ・・・全部オメェのせいだ、コノヤロウ~・・・」

 

控えのピットにはISスーツに着替えた一夏と制服姿の箒、そしてうつ伏せになりながらも一夏への怨嗟を唱える春樹がいた。

 

「清瀬・・・具合はどうだ?」

 

「これが良く見えるようなら・・・地元の眼科を勧めますだよ、先生」

 

「そうか・・・・・うん?」

 

「どうしたんだよ、千冬姉?」

 

「織斑先生だ、馬鹿者。・・・この臭いは・・・?」

 

「ッ!? どっせい!!」

 

「き、清瀬!?」

 

千冬の呟きに答えるかのように突如飛び起きる春樹。その余りの変貌ぶりにその場にいた全員が驚嘆する。

 

「き・・・清瀬、大丈夫なのか?」

 

「阿ッ破ッ破ッ破! ナニヲイッテイルンダイ、ミス篠ノ之? オレ、ダイジョウブ。インディアン、ウソツカナイ」

 

「なんか、片言だぞ清瀬」

 

「うるせぇ、クタばれ」

 

「あ、戻った」

 

変に不自然な作り笑いを浮かべる春樹。

本当は今にでもぶっ倒れてしまいそうだが、二日酔いだと千冬にバレる訳にはいかない。

 

「先生ッ、俺大丈夫ッス! 今からでも行けます!!」

 

「・・・そうか。なら、今からだ。ラファールを準備してある、行ってこい」

 

「あい! いってきます!!」

 

不自然を通り越して、不気味な笑顔のまま駆ける春樹。

その後ろ姿を怪訝な目で皆は送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「あら、逃げずに来ましたのね。・・・って、なんですのそのお顔は!?」

 

これは用意された訓練機『ラファール・リヴァイヴ』を纏い、アリーナへと出撃した俺を待っていたオルコットさんの第一声だ。

 

「ッ! まさか、具合が悪いふりをしていますのねッ? なんと卑劣な!!」

 

「いや・・・ホントに具合が―――」

 

「ですが、お生憎様! 私、そのような事などお見通しですのよッ!!」

 

・・・あぁ、ダメじゃこりゃ・・・。ホントに俺、具合が悪いんじゃけどのぉ。

つーか、何じゃああのライフル・・・射撃場で見たヤツよりもデカくなっとりゃあせんか?

コッチの武装は量産機用のマシンガンにナイフだけじゃぞ。

『ザクⅡ』か、ガンダムに挑むザクかよ。

すぐに撃墜されるんですね、わかります。

 

「踊りなさい! 私、セシリア・オルコットとブルーティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

吐き出される言葉と共に響き渡る試合開始のブザーとロックオンアラート。

ブザー以上にガンガン鳴り響く頭を抑えながら、回避行動をとる俺。

初めて纏うISに左手の甲のガンダールヴが痛いくらいに反応して、さらに吐き気が胃と食道を襲う。

その時だ。オルコットさんのISフィンユニットから4個のユニットが花弁のように切り離され、そのそれぞれが縦横無尽に駆け回ったのは。

 

「フザけんじゃねぇ・・・ガンダムっつても、ファーストじゃなくてサバーニャの方じゃがな!!」

 

ライフルビットは俺の四方を囲むように追尾し、レーザーをバンバン放って来る。

ザク相手にマジになり過ぎとちゃいますか!!?

 

「其処ですわ!」

 

しかも、ライフルビットとの合わせ技かのようにオルコットさんのライフルが放たれる。

 

「ッ!!」

 

俺は其れを紙一枚かの刹那でギリギリ躱す。ガンダールヴが無けりゃあ、とっくにのされちまってる。

だが、俺はオルコットさんに向かってマシンガンを撃とうとはせん。一発もだ。

 

「(こっちは実弾。向こうのビームみたいに弾がのうなったら、リロードせにゃおえん。チャンスを伺え、反撃のチャンスを!!)」

 

「当たりなさい!!」

 

「(・・・無理かも・・・)」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「(・・・どうしてッ?)」

 

セシリア・オルコットは頭に疑問符を浮かべる。

その疑問符は時間がたつと共に大きくなり、彼女の心に焦燥感を積もらせる。

 

「(どうして、なぜなんですの!? どうして、一発も当たらないんですの!!?)」

 

彼女の射撃は正確無比だ。同じくライフルビットもだ。

銃口から放たれるその一発一発が、着実に相手を撃ち抜くように発射されている。

 

「・・・・・ッ!」

 

けれども、当たらない。

此方を嘲笑うかのように、目の前の男はセシリアの攻撃を容易く避ける。

・・・不気味だ。

 

「!?」

 

「頂きましたわ!!」

 

だが、漸く壁際へと男を追い込んだ彼女はこれで仕留めんとばかりに整列させたビット達でビームを一斉放射した。

確実に当たる。誰もがそう思った。

 

「・・・阿破破ッ」

 

「え・・・ッ?」

 

笑った。

目の前にいる彼女しか確認できない笑顔をこの男は・・・清瀬 春樹は見せる。初めて向けるマシンガンの銃口と共に。

 

「懺悔しな!」

 

地面を氷上のように滑らかなモーションで動き、ズダダッと構えたマシンガンが火を噴く。

発射された弾丸達は彼を仕留める為に整列したライフルビットを貫き、眩い光と共に破裂させる。

 

「きゃぁあああッ!!?」

 

まさか、自分のライフルビットを破壊される等とは露にも思っていなかったセシリアは、甲高い叫びを上げて目を閉じる。眼を瞑ってしまう。

 

「ッ!!?」

 

だから酷く驚いた事だろう。

再び目を開けば、自分の目と鼻の先でマシンガンの銃口を見せられている事に。

 

「・・・なぁ、オルコットさん」

 

突き付ける銃口の担い手は勿論、春樹。

彼は実に穏やかに彼女へ語り掛ける。

 

この時、まだ彼女には隠し手が残っていた。彼女の専用機『ブルー・ティアーズ』に搭載されたビットは”6機”。

その気になれば、いつでも撃てた。仕留める事が出来た。

 

「な・・・なんですの・・・?」

 

なのに彼女は動けない。動くことが出来なかった。

”どうして動けないのか”。其れはセシリア自身でさえ解らない。理由を挙げるとするならば、彼女は彼の目を見てしまったからであろう。

『確実に相手を始末する』という、”ヤると言ったらヤる”という、ある種の”スゴ味”にセシリアは無意識化の中で恐怖を覚えたのだろう。

 

実際に春樹の目はマジであった。人一人を確実に始末する程に血走っていた。

 

「決めてなかった事がある」

 

「決めてなかった事?」

 

「”ハンデ”の内容じゃ。なにぶんと俺は素人なんでな」

 

『どこが!』とセシリアは叫びたくなる。仮にも国の代表候補生である自分の攻撃を容易く避けるド素人がいるものかと。

 

「一撃・・・いや、一発当てたら終わりにせんか?」

 

「なッ!?」

 

彼女が驚くのも無理はない。今の状況、マシンガンを顔面に向けられている状況は圧倒的に春樹が有利だ。

このハンデを飲めば、彼は間違いなくトリガーを絞る。

 

「そんなハンデ、受け入れられる訳ないでしょう!」

 

「なら、残ったブルーティアーズのビットで今すぐに俺を仕留めろ」

 

「え・・・ッ?」

 

再び驚くセシリア。

彼女に向けていた銃口を地面へ下げる春樹。

 

「俺はクラス代表になるつもりなんてさらさらないし、それに見合う実力も器もない。じゃけど、あんたは・・・いや、君は違うじゃろうセシリア・オルコット。君には実力もクラスを率いる器もある。まぁ、性格はあれじゃけど・・・其処はこれからの成長じゃろう」

 

「一言余計です!・・・どうしてですの?」

 

「あ、なにがじゃ?」

 

「どうして・・・そんな事が言えますの? 私はあなたにあんな事を言いましたのに・・・」

 

「そうさのぉ・・・射撃場じゃ」

 

「え?」

 

「君は射撃場で俺に銃の撃ち方を教えてくれたじゃろう。赤の他人・・・ましてや敵に塩を送るなんて・・・セシリアさんは人を思いやれる優しい子じゃ。そんな子がただの何となくで男を見下す訳ない。何かしらの理由があるんじゃろう」

 

「・・・・・」

 

セシリアは何も言わない。

ただ目の前の男が何故か大きい存在に感じられた。

 

「はてさてと・・・そろそろ決めようか。粉煙が晴れて、二人向かい合ってのボケ立ちじゃあ絵にならん」

 

「なーにー、どうなったのー?」

「見えなーい!」

「勝負はどうなったの?」

 

ビットを破壊した時、春樹は同時に地面の土を目くらましで多く巻き上げていた。

なので観客席からは二人の姿が確認できず、声も聞こえない。

 

「・・・そうですわね」

 

セシリアは主武装であるライフル『スターライトMk-Ⅲ』の銃口を春樹に向ける。

 

「・・・あぁ、そうじゃ。それでええ」

 

そうして土煙が晴れると同時に彼女、セシリア・オルコットはトリガーを振り絞る。

三秒後、撃たれた春樹はリタイアを宣言するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




・・・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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6話

 

 

 

後日談、というのが今回のオチ・・・になるんかのぉ?

キング・クリムゾンのように過程を吹っ飛ばして結果だけ言うと『俺は負けた』。

まぁ、量産機で専用機に勝てるなんぞ露にも思ってなかったし、勝負する気もなかったんじゃが・・・。

『正直ないわー』とか。

『ダッさ』とか。

『弱~い』とか。

・・・まぁ、そんな嘲笑で叩かれた。

青いガンダムサバーニャにザクで挑んだんじゃけん、ちったぁ褒めてくれてもええやんけ。こちとら二日酔いで目が充血した最悪のコンディションでやったんじゃぞ!

 

一方でダメな方のバナージ・・・もとい織斑もオルコットさんに負けた”らしい”が、あっちはやれ『頑張った』だの、『かっこよかった』だの、『流石は織斑くん!』だのと称賛拍手喝采。

俺とは、おー違いじゃ。

 

ちなみに”らしい”ってのは、俺は二人の試合を他の人から聞いたという事。

実は俺、オルコットさんと戦った後にまたゲロッちまい、そのまま気絶したんじゃ。

保険医の先生からは、心労による体調不良とISの過度な重力Gに耐え切れなかったという診断を下された。

二日酔いがバレんかったけん、幸いじゃ。

 

まぁこれで、当初の予定通りオルコットさんがクラス代表になる予定じゃったんじゃが・・・試合の翌日、実に奇妙で不可思議な事が起こった。

 

「先ずは皆さま、先週のクラス代表での件について私から謝罪を申し上げます。口が過ぎたとはいえ、皆様の祖国を侮辱した事、大変申し訳ございませんでした」

 

朝のHRにオルコットさんが教壇に立ち、クラス全員に頭を垂れたんじゃ。

あんだけ踏ん反りかえっとった高飛車さんが、まさか頭を下げるとは皆思っていなかったようじゃけん、一同唖然じゃ。

俺も唖然、目が真ん丸になった。

 

「つきましては、この様な未熟者の私がクラス代表という荷を背負うには不十分と考え

、ここに辞退を表明致します」

 

「え・・・という事は・・・?」

 

皆の視線が一気に織斑に注がれた。

野郎はまだ自分がどーいう状況かわからずに?マークを浮かべておる。

 

「はい。一年一組代表は織斑一夏君に決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

「え・・・えぇぇッ!!? ちょっ、待ってくれ俺は―――」

 

漸く自分の状況が確認できた野郎は反論しようと立ち上がる。

じゃが、言わせる訳にはいかん。また俺に飛び火したら叶わんけんのぉ。

 

「いやー、えかったえかった!! これでクラスの代表は決まりじゃのぉ!」

 

「き、清瀬ッ!?」

 

ワザとらしく手を叩きながら称賛する俺。

ここはクラス全員でコイツを丸め込むに限るとばかりに何人かへ視線を送る。

ま、俺の視線にアーカードの旦那のようなエロ光線があるわけないから、嫌な顔をするヤツがちらほら。

 

「いやぁ、セシリアわかってるね!」

「そうだよね。せっかく男子がいるんだから、同じクラスになった以上は持ち上げないと!」

「私達は貴重な経験を積める。他のクラスの子に情報が売れる。一粒で二度おいしいね、織斑君は!!」

 

だが、俺の意図を知ってか知らずか、何人かが口々に声をあげる。いつしかそれは『織斑コール』となり、歓声が舞い上がった。

 

阿ッ破ッ破ッ破! ざまぁみさらせ、織斑!!

人を面倒事に巻き込むから、こうなるんじゃぁボケェ! 精々、クラスの為に周りから情報を売られて、尻の毛まで毟らりゃあええ!!

 

「五月蠅いぞ、貴様ら! 静かにしろ!!」

 

『『『・・・・・』』』

 

・・・まぁ、すぐに織斑コールは行き遅れ確定理不尽教師に黙らせられる事になったが。

あ~ぁ、なんで俺この人のエロ同人持ってたんだろ。外見タイプで中身なんかガッカリ。

 

スパァアッン!

「何故ッ!!?」

 

「騒ぎを起こした罰だ、馬鹿者」

 

明らかにその他の理由がありましたよね?!

前の世界でこんなのやったら、すぐに懲戒ものだぞ行き遅れ!

 

「あ”?」

 

「・・・なんでもないでーす」

 

・・・読心術使えるのか、この人?

新手のスタンド使いじゃなかろうな・・・。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

キンコンカンとチャイムが鳴り、一夏から文句を言われる前に急いで春樹は自分の席を後にする。

短い休み時間でも、彼にとっては一人になれる大切な時間だ。誰にも邪魔はされたくない。

教室に居れば、一夏からしつこいくらいに話しかけられ、クラスの女子からは聞こえるか聞こえない位の音量で陰口をたたかれる。

彼にとって休み時間はストレスでしかない。

 

人気のない場所へと急ぎ、図書室から借りたお気に入りの本を読む。小規模だが、至福の時間だ。

 

「あ、あの・・・清瀬さん」

 

「あ?」

 

ただ、その日はいつもとは違っていた。

木陰近くのベンチに座り込み、栞を挟んだ本の頁を開く直前、彼は背後から声をかけられる。忌々しく振り返れば、其処にいたのは今朝方彼が奇妙だと感じた人物、セシリア・オルコットが佇む。何か言いたげな表情で。

 

「あぁ、うん・・・なんじゃ、オルコットさん?」

 

春樹は少し考えた後、開いた本を閉じる。

 

「え、えと・・・あの・・・その・・・」

 

対するセシリアは何を言ったらいいのかとオロオロする。

其れは改めて彼にする謝罪の言葉であったかもしれないし、自分が何故に男を見下しているかの理由だったかもしれない。

だが、彼女は彼の顔を見た瞬間、今まで構成していた言葉が頭から吹っ飛んでしまったのである。

 

「・・・ゆーな、ゆーな、皆までゆーな」

 

「え・・・」

 

「今は、なんも言わんでええよ。今朝ので何となく解ったし、無理に言葉にせんでええけん」

 

「で、でも・・・私は・・・ッ!」

 

あの試合の対戦後、セシリアは自らの矮小さを感じた。

彼女のこれまでの経験上、『男』という存在はとても卑屈で弱々しい印象でしかなかった。

当初は目の前にいる春樹も、女の顔色ばかりを伺い、隙あらば此方を陥れようとするこの世界の中では極ありふれた男だと思っていた。

だが、そんな感情を抱いていた彼女を彼は真摯に受け止め、評価したのだ。

 

セシリアにとっては初めて出会うカテゴリーの人間。強さをひけらかす事なく、あくまで弱く振る舞おうとする不思議な人物。気がつけば、自然と彼を目で追う事が多くなっていた。

ただ、それが”恋愛的”な意味を持っている事かどうかは謎であるが。

 

「えーけんえーけん、気にするな」

 

「しかし!」

 

「構んってよーるがな!・・・あぁ、なんかこれじゃあ平行線じゃのぉ」

 

「ですわね」

 

「あー・・・なら、妥協案じゃ。君の思いがなんかの形に出来たら、そん時に言ってくれや」

 

「えぇ・・・そうしますわ」

 

「なんか・・・しまらねぇな」

 

「フフフ、そうですわね」

 

「笑わんでくれよ。さて、そろそろ教室に帰るか。いつまでも二人でいると他の連中に変な誤解をされかねないしな」

 

「そ、それは一体どういう意味ですの!?」

 

「さてね。ほれ、行くぞ」

 

『阿破破破ッ』と顔を若干頬を朱鷺色に染めたセシリアを連れ、春樹は教室へと歩むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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二升:クラス対抗戦・酒の酔い、本性違わず
7話


 

 

 

≪その血ィの運命ェエ~~~♪≫

 

「じょ~じょ・・・てか?」カチッ

 

大音量で鳴り響く携帯のアラーム止め、薄らボンヤリとした意識を保つ俺。

 

今日も新しい朝が来た。忌々しい一日の始まりの瞬間だ。

今日も女子共の陰口と喧しい織斑の声をBGMにこの糞ッタレのような一日を過ごして行かなくてはならん。

俺は『死にたい』等とは言った事は勿論、思った事もない。常に『死にたくない、生きていたい』と心がけているような人間じゃ。

でも・・・

 

「あ~・・・やじゃなぁ・・・行きとうねぇなぁ~・・・」

 

『朝が来なけりゃいいな』と思った事なら何度もある。それか、今までの事は全部夢ならばよかったと。

 

「あ~・・・頭痛ぇ・・・」

 

だが、これが現実だ。仮想のような現実だ。

昨日飲んだウィスキーの残り香と気持ちの悪い胸やけと吐き気。

間違いなくのリアル。間違えのないような現実。

 

コンコンッ

 

・・・そして、これもまた然り。

 

『おはようございます、”春樹”さん。勿論、起きていらっしゃるのでしょう?』

 

「あ~、はいはい・・・今行きますよ、行きゃあよろしいんでしょー」

 

ガチャリとドアを開ければ、扉の前には見慣れた御人がニッコリと笑みを浮かべて佇んでいやがる。

 

「まったく、レディを待たせるなんて・・・殿方としての自覚が無くて?」

 

「あ~はいはい・・・悪うござんしたね、”セシリア”さん」

 

『セシリア・オルコット』。この世界の我らがチョロイン様・・・だったのけれども・・・。

どーいう訳か、あの鈍感屑朴念仁系主人公に行かずに何故か俺の方に来た。

因みに俺自身でも勘違いしそうになるんじゃけど、あくまでセシリアさんが俺に対する感情は『LOVE』じゃない。『LOVE』じゃあないッ!!

・・・大事な事などで二回言うた。

因みに何故ファーストネーム呼びなのかは、向こうの要望じゃ。今まで通り名字で呼びょうたら、返事をしてくれんようになったけん、仕方なしじゃ。

 

クラス代表決定後。やはり、織斑の野郎が頼りなさそうに見えた人がチラホラおったらしく、補佐という形でセシリアさんが副代表というポジションに収まりおった。

そこまでは良かった、えかったんじゃけどのぉ・・・

 

「さぁ、早く朝ご飯を食べに行きましょう。皆さんも待っていますわ」

 

「・・・はぁ~・・・やじゃなぁ~・・・」

 

この人はクラスの友好を図ろうと、はみ出し者の俺を事あるごとにクラスの輪の中に居れようとしょーる。

本人は良い事をやってるつもりなんじゃろうが・・・俺にゃあ、ありがた迷惑じゃ。

 

「あぁ~・・・帰りたい」

 

「部屋を出たばかりですわ。文句を言わないで、早く行きますわよ!」

 

「・・・うぇ~い」

 

あ~・・・めんどくせぇ・・・。

処方された精神剤って、まだ残ってあったけな?

 

この後、食堂にはクラスのヤツらとお馴染みのダメな方のバナージ、略してダメバナがおった。

しかも、俺の席は野郎の隣。マジでアイツの頭に味噌汁をぶちまけてやろうと思ったんじゃけど・・・今日の味噌汁は俺の好きなネギの味噌汁じゃったけん、やめた。

ホントに朝から、えろう大義ぃ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

雲一つない真っ青で綺麗な青空の下。

基本的な操作方法を学ぶ為、ISを使った授業が始まろうとしていた。

 

「織斑先生ェ、俺とっても体調がこれと言ってモノすんごく優れんので、休んでも―――「ダメだ」―――・・・ですよねー・・・」

 

「では、これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑並びに清瀬、オルコット、試しに飛んで見せろ」

 

「「はい」」

「・・・うぇい」

 

指示されたように空高く舞い上がる三人。

しかしその途中、一夏が二人に対して遅れをとった。

 

『何をやっている、織斑。スペック上の出力では白式が一番なんだぞ』

 

「そうは言っても・・・」

 

「ふわぁあ~・・・」

 

『・・・誰がアクビをしていいと言った、清瀬。お前は緊張感が足らん』

 

「はい、すんません」

 

お叱りを受ける男子二人。

そんな二人を見て、セシリアはやれやれと首を横に振る。

 

「なぁ清瀬、前方に角錐を作るイメージなんて分からないよな?」

 

「そりゃあオメェの頭が悪いからだろ」

 

「むッ・・・なら清瀬は出来るのかよ?」

 

「ハんッ! できる訳なかろうがな、なに呆けた事言うとるんじゃ」

 

「なッ!? だったら、清瀬はどう考えて飛んでるんだよッ?」

 

「知るか、自分で考えとけ」

 

「ちょっと、お二人とも!」

 

二人のやり取りを見かねたセシリアが声を上げる。

相変わらず一夏を毛嫌いしている春樹は舌打ちしながらそっぽを向き、一夏は春樹を怪訝な目で見る。

 

「コホンッ・・・一夏さん。イメージは所詮、イメージ。自分がやりやすい方法を模索するのが一番ですわ」

 

「そう言われてもなぁ・・・空を飛ぶ感覚自体が、まだあやふやなんだよ。何で浮いてるんだ、これ?」

 

ここ最近の一夏は、幼馴染である箒との剣道ばかりで、ISを使った飛行訓練をやっていなかった。

そんな一夏にセシリアはISの飛行原理を説明しようとするが、『反重力力翼』やら『流動波干渉』と言った専門的な用語が出て来た為、両手を上げて遠慮した。

 

「・・・俺、もう降りらぁ。きょーとくなった」

 

「京都? なんだよ、清瀬。いきなり京都なんて?」

 

「・・・・・」

 

一夏の疑問文に無言で答えた春樹は、さっさと地面へ帰還せんと高度を下げていく。

 

 

『一夏ッ、いつまでそんなところにいる! 早く降りてこい!!』

 

『・・・なにをやっている、篠ノ之?』

 

地面へ降り始める春樹を余所に、箒が山田教諭から奪ったインカムで一夏に叫ぶ。けれど、すぐに千冬に肩を叩かれ、返す様促される。

その時の彼女の表情には例えられないような『スゴ味』があり、箒も思わず小さな悲鳴を上げてしまう。

 

『清瀬はそのまま降りて来い。織斑、オルコットは急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10㎝だ』

 

「「了解」」

 

「はい(危ねぇー・・・もうちょっとあそこにいたら、やらされてたのかよ。あんな高い所から急降下って・・・俺はスツーカじゃねんじゃぞ。ホント、あの先公は初心者のペースを考えないのな)」

 

そんな文句を抱く春樹の横を「お先に」と言いながら通り越すセシリア。

流石は代表候補生。ISに慣れているだけあり、難なく課題をクリア。地面への帰還を果たした。

 

「うまいもんだなぁ・・・んじゃ、俺も!」

 

そう言って、意気揚々と急降下を開始する一夏。

搭乗者は初心者であるが、機体である『白式』は優秀なようですぐにハイスピードに乗る事が出来た。

・・・出来たのだが・・・。

 

「うわ、あぁああッ!?」

 

「・・・あ?」

 

その勢いのままに直進する彼の前方にいたのは、ノロノロと降下する春樹。

 

「き、清瀬ッどいてくれぇえーーーッ!!」

「お、オメェッ、ふざけん―――――」

ドガシャァアーーーッン!!

 

春樹の叫びも虚しく、ハイスピードで衝突する一夏。

生々しい衝突音が地上にいた生徒たちの悲鳴と共にアリーナに響き渡る。

そして、ここからがまた一段とマズかった。

 

ドグォオオッオオオーッン!!!

 

ぶつかるだけならばまだ救いようがあったのだが、彼等はそのまま地面へとハイスピードで激突したのだった。

 

「一夏ッ!!」

 

立ち込める土煙の中、飛び出した箒が二人の墜落地点へ駆け寄ろうと駆け出した・・・その時。

 

「テンメェ、ふざけるじゃあねぇ馬鹿野郎ッ!!!」

 

「うわあぁッ!!」

『『『ッ!!?』』』

 

土煙の中から飛び出したのは酷く低い怒号と宙を舞う白式を纏った一夏。そのまま彼は、地面へ再び打ち付けられる。

 

「一夏ッ!? 清瀬、貴様ッ!!」

 

「喧しいッ、すっこんどけや!!」

 

『『『ッ!!?』』』

 

視界を塞ぐ土煙を掃い現れた春樹の手には、重々しい黒光りするアサルトライフルが握られており、白式からロックオンアラートが唸りを上げた。

撃鉄は振り上げられ、トリガーには指がかけられている。少しでも指を動かせば、薬莢から鉛玉が繰り出される事は、この場にいた全員が理解できた。

 

「この野郎、ふざけやがって・・・この野郎・・・コノヤロウッ・・・!!」

 

激昂する春樹に皆は人ではない何かを見る。青筋を張り巡らせ、歯を剥き出しにしている様は、正しく獣の其れであった。

 

「は、春樹さん、落ち着いてくださいまし!!」

 

「フゥーッ・・・フゥーッ・・・フゥーッ・・・糞ッ・・・!」

 

セシリアの声にライフルを降ろす春樹。そのまま彼は身に纏っていたラファール・リヴァイヴを待機状態に戻す。

 

「フゥッー・・・織斑先生、少し頭を冷やしに行ってもいいっスか?」

 

「・・・あぁ、許可しよう」

 

「ありがとうございます。すまんかったな、皆。・・・あと、織斑」

 

「な・・・なんだよ、清瀬?」

 

「クタばりやがれ」

 

立てた左中指を一夏に向けた後、春樹はアリーナの出口へと向かう。

落ち着きを取り戻したように振る舞ってはいるが、未だわなわなと肩を震わせているのは背後からでも解った。

 

「な、なにアイツ!」

「怖ッ・・・これだから男ってのは・・・」

 

口々に春樹に対する言葉が生徒達から漏れる。そのどれもが、彼に対する軽蔑や畏怖の言葉であった。

 

「大丈夫か一夏!? まったく、なんなんだアイツはッ!!」

 

「あ、あぁ・・・(ほ、本当に殺されるかと思った・・・!)」

 

ISの絶対防御があるとはいえ、一夏は腰を抜かしてしまっていた。籠りに篭った春樹の殺意の眼を本能から恐ろしいと感じていたのだ。

 

「い、いいんですか織斑先生?!」

 

「あぁ、構わん(それにしてもヤツの武装展開・・・0.5秒もかかっていなかった。まぐれか?)」

 

一方で千冬は彼に対する”違和感”に引っ掛かりをみていた。

短時間とはいえ、春樹の動作に一切の無駄は存在しなかった。まるでペンで文字を書くような慣れた手付きで武器を構え、使おうとした。

 

「春樹さん・・・大丈夫でしょうか?」

 

ただ一人、この場で彼を心配しているのはセシリアだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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8話

 

 

 

 

・・・自分で言うのもあれじゃが、俺は大人しい性格の方じゃと思う。じゃけど、『怒り』という感情は突発性の激情型じゃ。

なにか相手から嫌な事をされたり、言われた時に我慢しようと思えば我慢できる。じゃけんど、何故か突然怒りのスイッチが入る事が時にある。それがアリーナでやったアレじゃ。

結局あの後、俺は早退した。

頭を冷やすと言うのもあるが、戻れば今度こそ織斑を殺してしまうと感じていたからじゃ。

 

「ねぇ、アレ」

「あッ、アレが例の逆切れ男?」

「目つき悪いわね」

 

あれから数日。案の定、アリーナでの一件は瞬く間に広まった。悪評千里を駆けるとは正にこの事。

 

「なんでも授業中に織斑くんを暗殺しようとしたんだって」

「うわー、怖ーい。おまけのくせに」

 

しかも噂に尾ひれがついてやがる。訂正するなら、『暗殺する』ではなく『暗殺されかけた』が正解じゃ。

ISを纏っていたとはいえ、ぶつかった時の衝撃は凄まじいもんじゃった。あれが生身でだと思うと身の毛がよだつ。

 

しかし、いつまでも朝飯時にこんなBGMを聞くほど被虐体質じゃねぇ。面倒じゃけど、そろそろ自室で自炊しようかのぉ。

 

「きよせ~ん、ここいい~?」

 

「あ?」

 

考え込む俺の隣に座りよるのは、ケモ耳が似合いそうなホンワカ系美少女『布仏 本音』さん。

学年の皆からは、その性格から『のほほんさん』の愛称で呼ばれよーる癒し系じゃ。

 

「あぁ、構んよ布仏さん」

 

「のほほんで良いって言ってるのに~」

 

「あんまり気安く呼んじまうと、俺と仲が良く見えちまうよ」

 

「ん~、其れの何がダメなの~? きよせんは優しくて良い人だよ~」

 

「・・・阿ッ破ッ破ッ破!」

 

加えて、俺のようなはみ出し者にも隔てなくいてくれる優しい子じゃ。こんなええ子が俺んせいで皆からハブられたら、なんかおえんじゃろう。

 

「なんで笑うの~?」

 

「布仏さんや。あんまり、そねぇな事言うもんじゃあねぇぞ。男はすぐに勘違いしちまう生き物だからのぉ。・・・俺じゃなけりゃあ惚れてたぜ」

 

「・・・ふ、ふ~ん」

 

阿破破破ッ、いっちょまえに照れるね。

世の中、布仏さんみたいな人ばっかりじゃったら、ええのになぁ。そーすりゃあ、IS登場からジェットコースター並みに進む少子化が食い止められるんじゃあないんかのぉ。

 

「そ、そ~いえば、きよせん。今日、セシリーはどうしたの~?」

 

「あぁ、セシリアさんはクラス対抗戦の準備じゃとさ。織斑の野郎が頼りねーけん、代わりに雑務をやるんじゃろうなぁ」

 

「セシリーらしいね~。でも、おりむーにも頑張ってもらわないとね~」

 

「あ? あぁ、デザートの無料パスだっけか?」

 

「うんうん、みんな狙ってるよ~!」

 

デザートパスね。

俺も甘味は好きだが、餓えてるって具合でもねぇしな。それに、あんまり甘い物ばっかり食ってると糖尿病になりそうじゃ。

 

「そ~いえば、きよせん。聞いた?」

 

「あ? あぁ、聞いちょるよ。噂に尾ひれがついて、今じゃあ俺は天下の極悪人になっとるみたいじゃのぉ」

 

「あれは、おりむーが悪かったと思うけどね~・・・って、違うよ~! そっちじゃな~い!」

 

「あ? じゃあ、なんだっての?」

 

「なんか~二組に転校生だって~」

 

『転校生』・・・ラノベらしい演出じゃのぉ。

まぁ、どーせあの鈍感屑系主人公サマ関係じゃろう。

 

「俺にゃあ、関係ない事じゃ。ごちそうさんっと。先行っとるで、布仏さん」

 

「あ。待ってよ、きよせ~ん!」

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

「織斑くん、織斑くん! 今週のクラス対抗戦の情報収集成果ー!」

 

一組クラスの女子共が、他のクラスから手に入れた情報片手に織斑の野郎が座る席を囲む。

ホント、朝から元気なこった。じゃけど、あの子らーのおかげで野郎がこっちに来ないけん、安心じゃー。

 

「専用機持ちは他に四組がそうみたいだけど、まだ未完成で対抗戦までに完成するのは無理みたい」

 

「他のクラスは専用機持ちじゃないみたいだから結構楽勝かも?」

 

「いやでも、専用機持ってても俺素人だしなぁ・・・」

 

野郎は謙遜しているが、専用機と言うだけあって、俺が使っているような訓練機のスペックを軽く凌駕する機体性能じゃ。

普通は楽に勝てるじゃろう。乗り手が野郎のような猪じゃなけりゃあな。

 

「その情報古いよ・・・!」

 

『『『!!』』』

 

キーキー喧しいクラスに聞いた事がない声色が聞こえて来た。皆その声に引かれて、声の主が立っている教室の入口を見やると・・・。

 

「久しぶりね、一夏!」

 

そこにおったのは、何処か勝ち誇った表情の一人の活発系ツインテ少女。

何故か、ダメバナの野郎があんぐりと呆けたような顔をしていやがる。まぁ、織斑を下の名前で呼んでいるあたり、大方野郎の知り合いか何かじゃろう。

 

「り、鈴!? 何でここに?!!」

 

「中国代表候補生、凰 鈴音。二組のクラス代表が、今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

ほれ見ぃ、やっぱりそうじゃ。

しっかし・・・年下じゃろうか? えろー幼く見えるのぉ。しかも、ツインテか。ツインテはツンデレと相場が決まっとるけん、たぶんそうじゃろう。

 

「い、いつからこっち来てたんだ? 連絡してくれれば・・・」

 

「昨日の夕方よ」

 

「でも会うなら早い方がいいだろ? 昨日の内だったらゆっくり話せたのに」

 

「べ・・・別にいいじゃない、こうして今日会ったんだし。でも勘違いしないでよね! 一夏と話すために来た訳じゃないんだから!」

 

おおッ、出た『勘違いしないでよね!』。まさか、この典型的なツンデレ台詞を聞く日が来ようとは・・・真実は小説よりも奇なりじゃ。

じゃが・・・なんか、実際に聞いてみるとツンデレって面倒くさいな。ハッキリあねーな事言われたけん、なんか織斑が気落ちしとるのぉ。

・・・ザマぁみろ、なんか気分ええな。

 

「おい」

 

あ、暴君の登場じゃ。

 

「何よ―――って、ヒィッ!?」

 

「凰、さっさとクラスに戻れ。二度は言わんぞ」

 

「は、はいっ! 一夏ッ、また昼休みにね!!」

 

速ッ!?

あの感じからすると、彼女はあの先生の事知っとるんか。昔、余程恐ろしい目におうたんじゃろう。

 

「織斑、篠ノ之も席に着け」

 

「「は、はい!」」

 

正に鶴の一声で静まり返るクラス。

その後、予定通り授業が始まったんじゃが、篠ノ之さんが織斑先生の出席簿制裁を受けた。

なんでじゃろう? 余程、ショックだったんじゃろうか?

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

授業終了後、昼休み。『トランザムッ!!』と言いそうな程のハイスピードで教室から脱出する春樹。

食堂で一人で食べる場所を確保する為だ。ノロノロやっていたら、セシリアに掴まってしまう。

セシリアに掴まれば、友好の為に一夏達と食事をする事になる。一夏はただ単にウザいだけだが、相手がセシリアでは断りづらい。

 

「あ?」

 

「え?」

 

春樹が一番乗りかと思われた食堂。その前に鎮座する券売機の前へ佇む少女が一人。今朝方、一組に乗り込んで来た転校生の鈴音だ。

 

「あんたは確か・・・」

 

「悪いがどいてくれんか? 早うせんと―――「待ってくれよ、清瀬!」―――・・・ハァッ~・・・マジで糞」

 

残念なことに春樹は一夏に追い付かれた。しかも傍らには箒と彼と同じく春樹を食事に誘おうとしたセシリア、あと何故か本音がいた。

 

「も~、お腹が減ってるっていっても、きよせん早すぎだよ~」

 

「そうですわ、春樹さん」

 

「さぁ、観念なさい」と春樹はセシリアから逃れられない言葉を受け取る。

この時、彼はこれを簡単に掃けることが出来た。だが、これ以上クラスの中で敵を作るのが不味いと悟った春樹は「あぁ・・・はい」と力なく返事をするのだった。

 

「で、いつ中国の代表候補生になったんだよ?」

 

「あんたこそ、ニュースで見たときはびっくりしたわよ」

 

「俺だって、まさかこんなところに入るとは思わなかったからな」

 

男女交互に坐した席順で昼食をとる一行。

そんな中で他愛もない話を進める一夏と鈴音の二人。一夏の横で箒が二人を睨んでいるが、お構いなし。

 

「おー、きょーてぇな。『真の英雄は眼で殺す』って言葉があるが、『乙女』の間違いじゃないんか」

「シッ。聞こえますわよ、春樹さん」

「・・・セシリー、なんか楽しんでな~い?」

 

「一夏・・・そろそろ、凰とどういう関係か説明してほしいのだが?」

 

遂に箒が業を煮やし、一夏に語り掛ける。

どうやら彼女は新たな恋のライバルが現れて気が気でないようだ。

 

「もしかして、一夏さんは凰さんと恋仲なのでしょうか?」

 

「えッ、ちょッ、セシリアさん!?」

 

「べ、べべ、別に私は付き合ってるわけじゃ・・・!!」

 

「(・・・青春じゃのぉ)」

 

続けざまに、年相応に色恋沙汰に興味があるセシリアが質問すると鈴音は顔を真っ赤にして否定する。若干嬉しそうに。

その反応にセシリアと春樹はニヨニヨした。

 

「そうだぞ。何でそんな話になるんだ。ただの幼馴染だよ」

 

しかし一夏にとっては、その出だしの意味がわからないようでそっけなく返す。その対応は鈴音にとっては面白くなく、ジロリと彼を睨む。

 

「・・・あの阿呆殴ってもいいっすか、セシリアさん?」

「ダメです。あれは一夏さんが悪いですが、ダメです」

「落ち着いて~、きよせ~ん!」

 

「幼馴染・・・?」

 

一夏の発言に同じく幼馴染枠の箒が反応を示す。見たところ、どうやら箒と鈴音はお互い初対面のようだ。

 

「あー・・・えっとだな。箒が引っ越していったのが小4の終わりだっただろ? 鈴が転校してきたのが小5の頭で、中国に戻ったのが中二の終わりだったから・・・会うのは一年ちょっとぐらいだな。で、こっちが箒。ほら、前に話したろ? 小学校からの幼馴染で、俺の通っていた剣術道場の娘」

 

「ふ~ん・・・あんたがそうなんだ」

 

鈴音は品定めするかのように箒を観察し、一瞬だけ彼女の一部分を凝視した。

これには春樹も気づいたが、彼女の名誉のために食事へ集中する事にしたのだった。

 

「な・・・なんだ?」

 

「・・・なんでもない。はじめまして、これからよろしくね。あと、鈴でいいわよ」

 

「ああ・・・こちらこそ。箒と呼んでくれ」

 

「おおッ、俺には見えるでセシリアさん。あの二人の間に見えない火花が散っているのを!」

「ええ、私にも見えます! 恋の火花が!!」

「・・・二人には何が見えてるの~?」

 

最初は乗り気ではなかった春樹だが、二人のやり取りにセシリア共々静かに騒いでいると、ふと鈴音が春樹の方へ視線を移す。

 

「ふ~ん」

 

「・・・あ?」

 

またしても品定めするかのように春樹を観察する鈴音。

一方の春樹も鈴音を見る。正確には彼女の眼を覗き込むように見る。

 

「噂って、当てになんないもんねぇ。皆、なんであんな事言ってたのかしら?」

 

「・・・因みに聞くが、どんな噂?」

 

「え、聞きたい?」

 

「・・・いや、ええわ。禄でもなさそう」

 

「まぁ、いいわ。さっきも言ったけど、私の事は鈴でいいわ。二人目の清瀬 春樹よね? 春樹って呼んでいい?」

 

「いやじゃ。じゃ、ごちそうさん」

 

「えッ・・・」

 

「あッ、おい清瀬!?」

 

春樹は即答し、さっさと席を後にする。

鈴音もまさか拒否されるとは思ってもみなかったようで、少々呆気に取られた。

 

「ちょっと、春樹さん?! すいません、凰さん。春樹さんは、初対面の方にはああいう感じなので」

 

「えッ、ええ・・・いいのよ別に(・・・あながち、噂通りかも)。・・・それで、えっと・・・」

 

「あぁ、申し遅れましたわ! 私はセシリア・オルコット。同じ代表候補生同士、セシリアとお呼びになって」

 

「私は布仏 本音だよ~、のほほんでいいからね~。よろしく~」

 

「よろしくねセシリアにのほほん。私も、鈴でいいわ」

 

「うん、リンリン」

 

「リンリン言うな!!」

 

「アハハハ」と巻き起こる笑い。

その笑い声を背に食器の返却口に歩を進める春樹。

 

「・・・ハァッ・・・なんか、また面倒事が起きそうじゃのォ・・・」

 

そう小さくため息を吐くと日課の射撃場へと歩んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





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9話

 

 

 

「るーらるらるー♪ あ、るーらるらるー♪」

ズダァ―――ン!

 

放課後、学園内の射撃場に響き渡る銃声と春樹の上機嫌な歌声。

そんな彼の左手には『M1873』通称ウィンチェスターライフルが握られ、右手には紙パックの野菜ジュース・・・に偽装した梅酒パック。足元には、やはりジュースに偽装された空の酒紙パックが転がる。

 

ズダァ―――ン!

「破ッ破―――ッ! 流石は清瀬選手、十八回目のジャックポッド! 俺はIS学園のエージェント・ウヰスキー・・・いや、金カムの土方 歳三か?・・・まぁ、どっちでもええか!!」

 

「阿ッ破ッ破ッ破ッ!」と彼は意気揚々とレバーアクションを映画のワンシーンのようにスピンコックした。

 

どうして、いつも不機嫌そうな彼がここまで上機嫌なのか。その理由は午後の授業に遡る。

午後の授業。それは学生にとっては教師から繰り出される睡眠呪文攻撃に他ならない。

しかし、幸いなことにこの日の午後を担当したのは山田教諭。千冬とは違い、ピリついた雰囲気で授業を受けなくていいとばかりに大半の生徒達は睡魔に完敗した。

 

この状況下に最初は涙目になりそうだった山田教諭。

だが、そんな折れそうな彼女を支えたのが春樹だった。彼はクラスメイトが睡魔に倒れる中、確りと彼女の授業を聞き、不明な点には質問をかえす等した。

教師としての自信が揺らいでいた山田教諭は、そんな真面目な春樹の姿に感銘し、授業後、彼を褒めた。

春樹としては不安に歪む山田教諭の表情を楽しんでいただけだったのだが、『褒められる』行為に喜んだ。

 

「フフ~ッン♪ 褒められた~! 嬉しいなったら、嬉しいな~!」

 

すごく単純だが、いつも周りから陰口ばかり言われている彼にとっては、山田教諭からの言葉は素直に嬉しかったのだ。

そんな午後の出来事を肴にほろ酔い気分の春樹は、ライフルに45口径の弾頭を装填する。

 

「なんだか上機嫌だな、清瀬」

 

「ん?・・・ッチ」

 

後ろからの投げかけられた言葉に笑顔で振り向く春樹。だが、一瞬にして彼の口角はダダ下がりになってしまった。

彼に呼び掛けたのは、一年生の生徒がしているリボンと色が違うものをしている金髪で豊満な胸と高身長なスタイルのいい上級生だ。

 

「・・・なんだ、ケーシーパイセンっすか」

 

「『ケイシー』だ、それに先輩に向かってなんだとはなんだ」

 

彼女の名は『ダリル・ケイシー』。

IS学園3年の生徒で、アメリカ代表候補生の専用機持ちだ。 春樹とは射撃場で顔を合わせる機会が頻繁にあり、政治関連事情からか彼女の方から彼に声をかけていた。

 

「いんえ・・・それで、今度は何すか? ISの模擬試合なら、何度も断ってるんすけど」

 

「いや、たまたま見かけたんでな」

 

「『たまたま』ねぇ・・・信用なんね」

 

ダリルに対して白けた眼を向けた後、再びライフルを目標に向けて構える春樹。

 

「ちょっと待て、清瀬。まだオレの事は信用できないか?」

 

「ッケ。一回か二回、それも殆ど無理矢理俺の射撃練習を手伝った人が何言ってんすか。恩着せがましいにも程があるってやつでさぁ」

 

「それは―――「あと、それにその恰好。どうにかならねぇんすか?」―――は?」

 

春樹の言ったのは、ダリルの服装についてだ。

彼女着ている制服はスカートが短く、下着が露出する程までにスリットが深く入ってる。しかも黒のガーターベルトを着用している始末。

 

「なんか映画とかに出る高級情婦みてぇな恰好っすよ。それじゃあ「私、ハニトラでぇーす」って、言ってるもんですぜ」

 

「別にいいだろ、この格好の事は―――「それにダメでしょ、こんな事しちゃあ」―――何がだ?!」

 

「恋人がいるのに、こんなとこで男引っ掻けてる事ですよ」

 

「ッ!? な、なんの話だよ・・・」

 

「えッ・・・」

 

春樹の言葉に少し動揺するダリル。しかし、そんなダリルの様子に何故か春樹が戸惑い、彼女の方へ振り向いた。

 

「・・・すんませぇん、ケイシー先輩。もしかして、隠してたんすか? あれで?」

 

「だから、なんのはな―――「サファイア先輩との事っすよ」―――・・・」

 

春樹の言葉に今度は無言になるダリル。

春樹の言った『サファイア先輩』とは、二年生でギリシャ代表候補生の『フォルテ・サファイア』の事だ。

彼女もまた、政治関連から春樹に接触していた人物の一人だ。

 

「・・・いつからだ?」

 

「・・・二人で俺に声をかけた時ぐらいからかなぁ」

 

「最初じゃねぇか!!」

 

「いやッ、アレに気づかねぇって方が無理ありますよ! 俺はあの馬夏とは違いますからね!! 海馬コーポレーションの略称名みたいな名字して、バレてないとでも思ってたんすか?!!

 

春樹は気づいていた。二人との初対面時からその後でも、ダリルがフォルテに情愛の瞳で接していた事を。

「はぁーん。まぁ、そうじゃろうな。ここ殆ど女子高だじゃし、百合ップルいても不思議じゃねぇもんな」的な感覚でいた春樹にはダリルの反応は衝撃だった。

 

「まさか・・・オレたちの秘密がこんな簡単に・・・ッ」

 

「いやいや、みんな気づいてると思いますよ。つーか・・・バレてないと思ってたのってケイシー先輩だけなんじゃあ・・・」

 

「な、なんでだよッ!?」

 

「えと、たまーに・・・サファイア先輩がケイシー先輩に愛でる感じの視線送ってたんで・・・・・はい」

 

「~~~~~ッ!!?」

 

身悶えるダリルに「しまった」と春樹はライフルと足元の酒パックを片付け始める。

そして、そのままそそくさと射撃場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「おー危ねぇ、危ねぇ。まさか、射撃場で百合ップルの惚気を聞くとは思わんかった。真実はラノベよりも奇なりじゃのぉ」

 

ホントあのまんま射撃場におったら、えらいめにあっとるわ。

さて・・・酒の空も片付けたし、部屋に帰ってレンタル映画でも見るか。最近テレビが面白ぉねぇしな。

何見ようかのぉ・・・ジブリでも見ようかのォ?

・・・ん?

 

「うっ、うっ・・・!」

 

「鈴さん、泣かないでくださいまし」

 

・・・前方十m先、泣いている女子と介抱する女子を発見。二人とも俺の知り合いの率、実に高し!

 

俺B:意見具申、即時離脱を進言!

俺A:採用ッ!!

全俺:逃ィイげるんじゃァアアッ!!

 

ジャキッ

『・・・どこに行きますの、春樹さん?』

 

「おっふ・・・」

 

この場から離脱しようとした瞬間、背後に突きつけられる銃口。ブルーティアーズのライフルビットじゃ。

 

『ついてきてくれます・・・よね?』

 

「よ・・・よろこんでー」

 

き、気づかれていた・・・じゃとッ!?

あ・・・俺、この展開知っとる。もうこのまま有無も言わされずに連れて行かれる感じじゃ。

あぁッ・・・もうちょっと射撃場におりゃあ、えかったんかのぉ?

 

 

 

―――

 

 

 

「「お邪魔します」」

 

「・・・なしてッ!!?」

 

あの、セシリアさん? ここ俺の部屋なんじゃけど。

「へぇ~、意外と綺麗にしてるじゃない」とちゃうんじゃよ、凰さんや。

ここ俺の部屋なんじゃけど!! 聞いとるか、お二人さん!!?

 

「さて・・・鈴さん、どうして廊下で泣いていたのか説明して頂けます?」

 

あ・・・もう、ええわ。このまま凰さんの話聞く感じじゃわ。

阿破破破・・・・・はぁ~、茶でも淹れてやるか。

 

「実は・・・さ、その・・・一夏が約束のことを覚えてなかったのよ」

 

「・・・約束、というのは?」

 

「ありゃ。二人とも玄米茶の葉っぱしかないんじゃけど、ええか?」

 

「「いいですわ/いいわよ」」

 

薬缶で湯を沸かしながら、凰さんの話を聞く俺とセシリアさん。

話によると放課後に織斑の野郎と篠ノ之さんが使っていたアリーナへ割り込んだ凰さん。彼女はその後、織斑に近づき、野郎が篠ノ之さんと同室だと言う事を知って、二人の部屋に突撃したそうじゃ。

・・・アグレッシブじゃのぉ。じゃが寮監は織斑先生じゃけん、部屋割り変更を直談判するには勇気がいるぞ。

 

「それで約束のことを言ったら、一夏さんは約束を覚えていらっしゃらなかった・・・と、いう訳ですわね」

 

「えぇ・・・そういう事」

 

「ほ~ん・・・因みにじゃけど、凰さんや。その約束って、どういう内容なんじゃ? あと、お茶な」

 

「ありがとう。え、えと・・・笑わない?」

 

「笑いませんわ。ねぇ、春樹さん?」

「お・・・おう」

 

圧ッ、圧が尋常じゃないぜセシリアさん! 後に『ドドド』って見えるんじゃ!!

 

「・・・りょ、『料理が上達したら、毎日アタシの酢豚を食べてくれる?』って・・・」

 

「・・・はぁ~ん、なるほどのぉ」

 

「・・・? どういう意味ですの?」

 

セシリアさんは、凰さんの言葉の意味が分からんと疑問符じゃ。

じゃけど、俺にゃあ分かったで凰さん。

 

「あぁ、セシリアさん。日本にはな、『Will you marry me?』と同じような『あなたの為に毎日、味噌汁を作ってあげる』って言うプロポーズの言葉があるんじゃ」

 

「『毎日、味噌汁を作ってあげる』・・・あぁッ! 鈴さんの『料理が上達したら、毎日アタシの酢豚を食べてくれる』というのは―――――」

 

「そうよッ、そういう意味!!」

 

顔を真っ赤にして叫ぶ凰さん。

どーどー、落ち着け。お茶が零れるでよ。

 

「あー・・・じゃけど、凰さん。それって、あの野郎がちゃんと意味理解してると思うんか?」

 

「え・・・ど、どういう意味よ?」

 

「いや、織斑と出会って数か月の俺が言うのもなんじゃが・・・だって、アレじゃで」

 

「ええ・・・あれですわね」

 

セシリアさんも同意してくれた。

そうだ。織斑の野郎は、有り得ん程の阿呆で鈍感だ。いくらあの名言を引用した言葉を吐こうが、あのダメバナが理解する頭を持っていない限りは無駄無駄無駄ァッ!

 

「・・・そうだった・・・ホント、私って・・・」

 

「あぁッ、鈴さん!?」

 

また泣き始める凰さん。

容姿も可愛い方で、泣いている様子も俺のストライクゾーンに入るぐらいにゾクリとさせてくれる。

こねぇな、ええ子を泣かせるなんて・・・ホント、マジでアイツの顔面にヘッドバッド決めてやりたい。

 

「う~ん、どうすればよろしいんでしょう。春樹さん?」

 

「・・・えッ、俺!?」

 

「他に誰が?」

 

キョトン顔で聞かれても困るんじゃが、セシリアさん・・・。

俺の恋愛経験は・・・絶対に役立たん。前の世界じゃあ、中学の時にキザな告り方して虐められたし、短大の時は玉砕したし・・・。箸にも棒にも掛からぬぜ?

 

「あ~と・・・そうじゃのぉ・・・まぁ、もうアレしかなかろう」

 

「アレ?」

 

「春樹さん・・・アレとはまさか!」

 

「あぁ・・・you、もう素直に好きって言っちゃいなよ」

 

「え・・・えぇええッ!?」

 

顔真っ赤にして慌てふためく凰さん。

だって、もうそれしかないじゃん。朴念仁に遠回しな事言ったて、ノーダメじゃん。

 

「む・・・無理無理無理ッ!」

 

「じゃけどさぁ」

 

「だ、大体ッ、一夏がアタシの言った事理解できてない事がダメなんじゃない! それなのにどーしてアタシがッ!!」

 

おぅッ、ツンデレメンドクせー!

お帰り頂こうか!!

 

「あ・・・ちょっと待てよ・・・」

 

「どうしたんですの、春樹さん?」

 

良い考えが浮かんだじゃが・・・・・七割がたの確率で失敗するな。

じゃが、やらんよりはマシ・・・か?

 

「なぁ、凰さん」

 

「ぐスッ・・・何よ・・・ッ?」

 

「君ッ、覚悟・・・できてる人?」

 

「へ?」

 

しゃーねぇのぉ・・・迷える乙女の為にお兄さん、人肌脱いじゃおうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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10話

 

 

 

やはり、リアルでツンデレはしんどい事が解った翌日の放課後。

俺は第三アリーナのピットでラファールちゃんのメンテナンスと実技練習をしていた。

 

「う~む・・・こう手入れをしていると、貸し出されているとは言え・・・愛着が湧きますなぁ」

 

俺の戯言に付き合う気はないラファールちゃんは無言を貫く。・・・いや、これで喋りかけて来たら、きょてーけんな。

 

「じゃけど・・・凰さん、上手くやっとるかのぉ? 我ながら・・・思い付きとは言え、無責任なアドバイスをしてしもうたかのぉ。なんじゃ『素直に冷静に』って、シンプルすぎじゃろう」

 

まぁ・・・相手は織斑の野郎じゃけん、どーでもええがな。

逆にまた勘違いして、凰さんにボコボコにされりゃあええ。阿破破破ッ。

 

「・・・アンタ、なに一人で笑ってんの?」

 

「あ?」

 

俺のニヤケ声が聞こえたのか、振り返るとなんとそこには凰さんが。

・・・なして?

 

「なして、凰さんこねーな所におるんよ? 織斑の方には行かんかったんか?」

 

「え・・・えっとね・・・その・・・」

 

口籠もる凰さん。

・・・フッ、なるほど。いざ言わんと会いに行ってみたはいいものの、土壇場でツンデレのツンが反応してしもうて、会えずにおる・・・つーとこかのぉ。

 

「フッ・・・ゆーなゆーな、皆までゆーな」

 

「えッ・・・」

 

わかっとるけん、心配すな。

まー、俺のアドバイスが我らながら無茶というのはわかっとったけんな。やらん方がマシっちゅうもんじゃ。

 

「・・・わかった。じゃあ、アンタもここに居て。もうすぐ、一夏たちが来るから」

 

「・・・・・・・・はいッ?」

 

・・・ちょっと待て、かなり待って、今なに言うたんじゃ?

『もうすぐ、一夏たちが来るから』? 凰さんや、君はなにを言うとるんじゃ?

 

「結局、あれから一夏に自分から会えなかったのよ。それで放課後、アンタがここを使うから行こうって、一夏が言ってるのを小耳に挟んで・・・それで」

 

いや、『それで』と違うで凰さん!!

俺、あの野郎にアリーナで練習するなんて一言もッ・・・・・あッ・・・。

 

この時、俺の脳内に浮かんだのはある人物だった。金髪ドリルのあの人物。

 

「(あ~のォ~お貴族様ァアアッ! なんて事やってくれとるんじゃあァアア!!)」

 

セシリアさんッ、あの人ホントなんなんな!! なんか、あの人楽しんどるじゃあないか?!!

 

「ッ・・・来たわね!」

 

「え?」

 

扉の方を向きながら声を出す凰さん。

3秒後、その扉からISスーツ姿の織斑と篠ノ之さんがアリーナに入って来た。

え・・・凰さん、君ってエスパーか何か?

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

「ッ!?」

 

五月蠅ッ!

そねーに声を張り上げんでもええんとちゃうか、凰さん。二人も吃驚しとるで。

 

「貴様、どうやってここに!? ここは関係者以外立ち入り禁止の筈だ!!」

 

「問題ないわよ。ちゃんと清瀬には許可取ってあるから」

 

「何ぃッ!?」

 

ジロリッと俺を睨む篠ノ之さん。

いや・・・俺、そねーな許可出した覚えないじゃけど・・・言える雰囲気でもないし。

つーか、篠ノ之さん。その反応は裏をかかれたヴィランみたいじゃで。

 

「それで一夏・・・…昨日はごめん。急に叩いたりして」

 

「お・・・おう」

 

間髪入れずに織斑へ声をかける凰さん。

まさか、彼女からそんなしおらしい言葉をかけられるとは思っていなかったのか、ちと呆気にとられとる織斑。

ここから一気に畳み込む気か?!

 

「そ・・・それで・・・約束を思い出してくれた?」

 

「え、なにが?』

 

あッ、おえんわ。まだコイツ思い出しとりゃせんわ。

だが凰さん、グッと堪える。右手がわなわな震えとるが、堪えとる。

 

「約束よッ、約束!」

 

「約束ってあれだろ? 『酢豚を奢ってくれる』っていう」

 

「こッ、このッ!! すぅぅ・・・ふぅぅぅ・・・。だから違うのよ。アタシが言ったのは別の意味なのよ」

 

そうじゃ、深呼吸じゃ。

馬鹿・・・馬夏との戦いは忍耐勝負じゃ、落ち着け凰さん!!

 

「じゃあ、一体どんな意味があるって言うんだよ」

 

「それは、その・・・って、言えるわけがないでしょうが!!」

 

あッ・・・凰さんキレた。もうダメじゃ。

つーか織斑よ、ホントに何も理解してないんじゃな。お前、こういうんは雰囲気とかで察せるじゃろうがな。

 

「アンタ、日本人でしょうが!! ちょっと考えれば分かるでしょ!?」

 

「考えるって何だよ! 教えてくれりゃ良いだけだろ!!」

 

「大体何よアンタ、こんな簡単なことすらわからないの?!」

 

「だから、奢るのどこか間違ってるって言うんだよ!」

 

「奢るから離れなさいよ、この朴念仁! 頭腐ってるでしょ!!」

 

あ~ぁ、もう売り言葉に買い言葉じゃ。痴話喧嘩も甚だしい口喧嘩になっちもうた。

・・・もう、こりゃ止めた方がええな。

 

「待て待てッ、もう其処までじゃ凰さん!!」

 

「なによ、清瀬?!!」

 

「ガルルルルッ!」と言いそうなほどの形相を向けて来る凰さん。

いや、乙女がしてええ顔じゃないで。

 

「どーどー・・・落ち着け、落ち着け」

 

「アタシは馬か!!」

 

「織斑もじゃ、ムキになんなや」

 

「うッ・・・」

 

・・・つーか、なんで俺二人の喧嘩の仲裁をせにゃあおえんのじゃ。

『あんまり怒らないで、素直に』とアドバイスしたとは言え、ちぃーとばっかイラッとしたぞ。

 

「すぅぅ・・・ふぅぅぅ・・・分かったわ・・・ならこうしましょ? 今度のクラス対抗戦で勝った方が相手に何でも言う事を聞かせられるの! どうする?」

 

「おう、良いぜ。俺が勝ったら、約束の説明をしてもらうからな」

 

「せ、説明は・・・ちょっと・・・」

 

いや、急に乙女に戻るなや。テンションの上下が激しいな、凰さん。

 

「なんだ、嫌ならやめてもいいんだぜ?」

 

この阿呆ッ!!

オメェにそんな気は無いかもしれんが、言葉が挑発めいとるんじゃ!!

 

「誰がやめるのよ! アンタこそ、謝罪の練習しておきなさいよ!!」

 

「なんでだよ、馬鹿」

 

「馬鹿とは何よ!? この朴念仁! 超鈍感!! 耳腐ってんでしょ!!!」

 

ほれ見ぃ、怒ったみーの!

ホントにオメェは、碌な事言わんな!!

 

「なんでそこまで言われなきゃなんないんだよ!? この貧乳!!」

 

あッ、このおわんご―――――

 

ドグガァアアアアアンッ!!

 

ひィッ・・・!

凰さんの腕にはISが部分展開され、そのままアリーナの壁を粉砕してしもうた。

壁が、壁が抉れたでよ・・・! お、オッソロシイのぉ!!

 

「アンタ・・・覚悟してなさいよ・・・ッ!!」

 

「いや、今のは悪かった」

 

「『は』じゃないでしょ『は』じゃ! ずっとアンタが悪いんじゃないッ!!」

 

「あッ、ちょっ凰さん!?」

 

そのまんまアリーナから走って出て行く凰さん。彼女の目からは、頬をつたう光る何かが見えた。

なんか・・・アリーナの空気が重とぉなったで・・・。

 

「・・・俺、オメェの事やっぱし嫌いじゃで織斑」

 

「一夏、さっきのは言い過ぎだろう」

 

「な、何でだよ、俺だって非道い事言われたんだぜ?」

 

『だぜ?』と違うわ、この屑野郎。

ホントにオメェは一度、その顔面をマスクみたいに剥がされてみんと解らんようじゃのぉ。

 

「それより、清瀬。一緒に練習しないか?」

 

「・・・あ”ッ?」

「い、一夏ッ!?」

 

・・・確か、ラファールちゃんに近接戦闘用のナイフあったな。ホントにその顔面、剥いじゃろうかなぁ。

 

いや・・・なにを言うとるんじゃ、コイツマジで。

凰さん泣かせた次に言う台詞がコレって・・・コイツ、ホントに人間か? ターミネーターみてぇに生皮剥いだら、中身機械とかじゃねぇよな。

 

「オメェ実は中身、機械人間じゃなかろうな」

 

「は? 何言ってんだよ、清瀬」

 

いんや、それ俺のセリフー!

 

「清瀬、お前いつもセシリアか、のほほんさんとしか練習してないじゃないか。たまには俺とも関わろうぜ。学園に二人しかいない男同士なんだしさぁ」

 

「いやじゃー。誰がオメェみてぇな中身サイコパス野郎と練習せにゃあおえんのじゃ。俺の精神衛生上、悪影響しかないけんホントにヤメて、マジやめて」

 

こんな輩と関わっちゃあおえん。

完全なサイコパスじゃ、関わっちゃダメなヤツじゃッ!

あッ、でも立ち去る前に一言。

 

「篠ノ之さん、ホントにやめといた方がええでコイツ。絶対に君、苦労するで」

 

「えッ」

 

「? どういう意味だよ、清瀬? なんで箒が苦労するんだ?」

 

・・・もうホントに嫌じゃ、この阿呆。これじゃけん鈍感屑は嫌いなんじゃ。

早う部屋に帰ろう。あぁ、でもその前に凰さんを労わなくちゃあな。セシリアさんも呼んで、介抱してやろう。褒めてやろう。慰めてやろう。

 

「あぁ・・・俺、もう帰らァ。ものすんごく萎えた、萎えまくりじゃ」

 

「あッ。待てよ、きよ―――ジャキッ―――ッ!!?」

 

もうなんの躊躇いもなく、近づこうとする野郎へ撃鉄を起こしたライフルを向ける俺。

いくらISスーツが防弾素材だろうと、この距離からじゃったら確実に骨の一本か二本は砕けれるじゃろう。

 

「一夏ッ! 清瀬、貴様!!」

 

「そう殺気立つなや、篠ノ之さん。ただのジョークじゃ、ジョーク。・・・じゃが、それ以上近づいて来るなら、ジョークじゃすまさんがのぉ」

 

「ッ! わ、わかった清瀬・・・」

 

「・・・ッケ」

 

俺は身を引くダメバナ野郎を背にアリーナを出ていく。

アイツのせいで、ちょびっとしか練習できんかった。新しく装備した武器とかスラスターとか使って見たかったのにィイッ!!

 

・・・取りあえず、このあと俺は泣いている凰さんを電話で呼び出したセシリアさんと共に慰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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11話

 

 

 

あの屑野郎と恋する乙女の凰さんと事件から、一週間と数日・・・ついに決戦の日が訪れた。

 

「フッ・・・頑張るんじゃで、凰さん」

 

「なに他人事みたいに言ってるんですの? 行きますわよ、春樹さん」

 

「え~~~ッ!」

 

「『え~~~ッ!』じゃありません。さぁ!」

 

ISを部分展開した右腕で俺の首根っこを引っ張るセシリアさん。

ドナドナでも歌ってやろうか。

 

因みにじゃが、クラス対抗戦はリーグ形式で行われるそうじゃ。

お互いの実力を肌で感じる事じゃそうなんじゃが・・・皆、優勝賞品のデザートパスしか目に入っとらんじゃろう。

それにしても・・・。

 

クラス対抗戦・第一試合『織斑 一夏 vs 凰 鈴音』

 

初戦の第一試合の相手が二組て・・・展開が早いのぉ。いずれ戦うにしても、ちぃとばっかし急過ぎる展開と違うか?

つーか、俺アイツの応援なんてしとーもない。どっちかと言うと凰さんを応援したい。

応援席に行っても、皆から白い目で見られるし・・・部屋でスパロボやってたい。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

観客席から声援が巻き起こる中。第一試合、一夏と鈴から始まるの戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 

先ずはアリーナへと赴く二人。そして、まずは口上戦からなのか。鈴がオープン・チャンネルを開き、一夏に話しかける。

 

「一夏、今謝るのなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげても良いのよ?」

 

「そんなのいらねぇよ、全力で来い!!」

 

そう啖呵を切り、白式の専用武装である雪片弐型を構えた一夏。

 

「一応言っておくけどね、ISの絶対防御だって完璧じゃない。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通される事は出来る。なにより命は守られても痛みは感じるんだからね」

 

そして、鈴も戦闘態勢に入る。

 

睨み合う二人。

何時の間にか、あんなに騒がしかった観客席は静まり返り、固唾を飲む音だけが聞こえる。

 

『それでは両者・・・試合を開始してください』

 

『『ッ!!』』

 

ズアァッと試合開始の号令と共に同時に両者が動き出す。

 

『ウォオオオッ!!』

 

まずは一夏が一直線に鈴の元へと突撃する。

しかし、鈴の専用機『甲龍』の浮遊部位の装甲が一部スライド。その進路の途中で何かに当たったかのように一夏が大きく仰け反って止まり、大型スクリーンに映された白式のシールドエネルギーか減少した。

 

「あれが『衝撃砲』・・・まさか、これ程に厄介なものとは思いませんでしたわ。近接戦闘しか出来ない一夏さんでは、苦戦を強いられますわね」

 

「しょうげきほー・・・なにそれ~?」

 

応援席で試合を観覧するセシリアは冷静に分析を行う隣で、本音が疑問符を頭に浮かべる。

 

「確か・・・空間に圧力を掛けて砲身を形成、その際の余剰で生じる衝撃を砲弾化して撃ち出す第三世代のIS兵器・・・じゃったっけ?」

 

「おお~!?」

 

「春樹さん・・・なにか変なモノでも召し上がりましたか?」

 

「なんじゃい二人とも、その目は? 俺だって勉強ぐらいしとらぁ!」

 

信じられないものでも見るかのような視線の二人に春樹が文句を言っていると、鈴を真下から攻撃を仕掛けようとする一夏がまた吹き飛ぶ。

このまま一方的な試合展開が行われるかと誰もが思う中・・・

 

「・・・ッケ、やはり主人公なだけはあるみたいじゃのォ」

 

「え?」

 

「見てみぃ・・・徐々にじゃが、野郎は衝撃砲のクセや仕草を無意識に察知して利用していきょーらぁ」

 

春樹の言う通り・・・徐々にではあるが、一夏は鈴から繰り出される衝撃砲を把握していっていた。

 

「フンッ、流石は一夏だ。私との特訓が役に立っているな」

 

「はてさて・・・そう巧くいくかのぉ?」

 

「なんだと?」

 

何故かドヤ顔で鼻息を漏らす箒の隣で指摘する春樹。

ジロリと睨む彼女を余所に「見てみろ」と言わんばかりに春樹は指を差す。

 

『やるじゃない! どんどん行くわよ!』

 

鈴の荒い声と共に今度は一夏の僅か右の地面がハンマーで叩き付けられたように窪む。

衝撃砲は連射速度と弾の大きさもコントロール出来るようで、小さな窪みを地面を作っては一夏を追い込んでいく。

 

「なにをやっている一夏ッ! お前の力はそんなものか?!!」

 

『ッく! ウォオオオオオ!!』

 

観客席からの箒の応援に答えるように雪片を構え直す一夏。

・・・その時だった。

 

ズドォォォォオオンッ!!

 

「おおッ!!?」

 

「い、一体何事ですの?!!」

 

耳を劈くような爆音と衝撃と共に空から光の柱がステージ中央に降り、アリーナのシールドを突き破った。

 

『な、なんだッ?』

 

『あ・・・あれは・・・!!』

 

土煙が上がっている中心には何かがいるらしく、近くにいた一夏と鈴は視線を外さない。

その中心に佇んでいたのは、全身装甲に身を固めたISだった。

 

『試合中止! 織斑、凰はただちに退避しろ!!』

 

警報が鳴り響く管制室から、千冬の声が通信を通して聞こえて来る。

 

「なんだ!? 一体何が起こってるんだ!?」

 

「一夏、試合は中止よ! すぐピットへ戻って!」

 

いち早く状況を飲み込んだ鈴は一夏に声をかける。

だが、白式からロックオンアラートがガンガン鳴り響いた。

 

「俺がアイツにロックされているのか?」

 

「一夏、早く!!」

 

「鈴はどうするんだよ?!」

 

「私が時間の稼ぐから、その間に逃げなさい!」

 

「逃げるって・・・女を置いてそんな事出来るかよッ!」

 

「バカじゃないの! アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょッ!!」

 

「なにを!!」

 

『喧嘩しないでください二人とも! 今すぐ脱出してください! すぐに先生たちのISが駆けつけます!!』

 

こんな状況にも関わらず言い争う二人に管制室から山田教諭逃げるように指示を送る。

しかし、それを素直に聞く程、一夏は素直な性格ではない。

 

「いや、みんなが逃げるまで食い止めないと!!」

 

『そ、それはそうですけど・・・でも、危険です!!』

 

山田教諭が一夏の言葉に否を唱えた次の瞬間、正体不明機が腕を突き出し、そこから出た光の帯で一夏と鈴を貫こうとするも何とか回避に成功。

だが、その光は再びアリーナのシールドを破って空へと消えた。ISに使われているものよりも堅牢なシールドがだ。

 

『『『キャぁあアアア―――ッ!!?』』』

 

阿鼻叫喚の大混乱の坩堝となる観客席。

 

「待ってる場合じゃないッ、行くぞ鈴ッ!!」

 

「ああッもう! 知らないわよ!!」

 

痺れを切らした一夏が突っ込み斬りかかり、鈴がそれを衝撃砲で援護する形となった。

 

 

 

―――

 

 

 

「あ、開かない!」

 

「何でッ、何でよ!?」

 

一方で正体不明機の攻撃に大混乱となった生徒達は出口へと詰め寄る。

だが、開いていた扉は何故か閉ざされていて一人も逃れられない。叩けど叫べど、扉は動く気配すらない。かなりまずい状況だ。

そんな中・・・

 

「あ~、参ったねこりゃあ。正にどん詰まりってやつじゃのぉ」

 

「なにを他人事のように言ってますの?!!」

 

扉に固まる生徒の群れを冷静に見る男が一人・・・春樹だ。

そんな彼にセシリアがツッコミを入れる。

 

「いやだって、皆が五月蠅うて・・・逆に冷静になったっていうか」

 

「ふざけないでくださいまし!!」

 

「わかっとるって、だからそねーに怒るなや。・・・でも、どーするんよこの状況?」

 

「そ・・・それはッ・・・取りあえず、管制室にいる織斑先生に連絡をとって避難指示を!」

 

「通信がジャミングされとるし、待ってる間に圧死者が出そうじゃのォ。・・・しゃーない。セシリアさんや、こういう時はこーいうんが早いでよ」

 

「えッ・・・?」

 

春樹はなんとも自然に自分の持っているIS武装であるライフルを取り出し、天井へと銃口を向けた。

 

ズドンッ

『『『ッ!!?』』』

 

「は~い皆さん、ご注目~! 今から扉開けるんで・・・そこ退けや」

 

『『『は、はい!!』』』

 

ズダダダダダッと開いた射線上にIS専用ライフル弾を連射する春樹。

銃口から放たれた鉛玉は、重くそして固く閉ざされた冷たい扉を木端微塵に粉砕した。

 

「はい。それじゃあ皆、慌てないで逃げる様に。セシリアさん、俺は向こうの扉壊してくるから、避難誘導頼まぁ」

 

「は・・・はいッ!」

 

そうして、呆気に取られる生徒達を尻目にライフルを担いだ春樹は他の塞がれた扉へと急ぐ。

されど、彼の腕は赤く少し腫れていた。

 

「・・・ッ!!(痛ェエエッ! 生身でIS用のライフルなんて撃つもんじゃねぇな。じゃけど、ISを展開したらあの侵入者が襲ってきそうじゃしのぉ。ガンダールヴ様様じゃあ)」

 

やせ我慢をしながらも、その後次々と塞がれた扉を破壊する春樹。

彼の腕は更に赤みを帯び、腫れていく。

 

「きよせ~ん!!」

 

そんな彼の後ろから聞こえて来るこんな状況には似合わないホワホワした声。

 

「あ”あッ、 なにしょーるんじゃ布仏さん!? 君、逃げたんと違うんか?!」

 

「それよりも大変なんだよ~! しののんが皆とは逆方向に走って行っちゃったんだよ~ッ!」

 

「はぁあッ!!? あんの阿呆ッ・・・どこじゃ、どこに走っていきよった?!!」

 

「あっちだよ~!」

 

「わかった! 布仏さんも早う逃げろ、ええな!!」

 

そう言って、指差された方向に駆けて行く春樹。

だが、彼の腕はもう限界に近づいていた。これ以上、生身の状態でライフル射撃を行えば、確実に脱臼か筋肉断裂は避けられない。

其れでも彼は駆けて行く。それが今この場にいる自分に出来る事と信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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12話

 

 

 

「なぁ、鈴・・・あのISって何かおかしくないか?」

 

「はぁッ?」

 

不意に一夏が鈴にそう言葉をかけた。

二人が対峙している全身装甲の所属不明機・・・仮に名称を『ゴーレム』としよう。

 

「こんな時に何のよ。お喋りできる状態じゃないでしょうが」

 

「いや、何て言うか・・・あのIS、機械的って言うか・・・本当に人が乗ってんのか?」

 

「はぁッ?」

 

一夏はゴーレムが見せる攻撃や動作に何らかの違和感を感じていた。それは動きの一つ一つがプログラムされたロボットのような動きをしていたからだ。

 

「いや一夏、そもそも人が乗らなきゃISは動か―――――・・・・・そう言えば、私達が会話してる時は確かあんまり攻撃してこないわね」

 

「だろ?」

 

鈴も少し考えた後、一夏の考察に同意する。

 

「でも、無人機だからなんだって言うのよ?」

 

「ああ・・・人が乗ってないなら遠慮なく『零落白夜』で攻撃出来るからな」

 

「その攻撃が当たらないから苦戦してるんじゃない!」

 

そうだ。

鈴の言う通り、例えゴーレムの中身が空っぽの機械であろうと攻撃が当たらなければ、意味がない。

 

「・・・大丈夫、次は当てるッ!!」

 

「根拠ゼロじゃない・・・」

 

「ヤレヤレ」と溜息を吐く鈴。だが、この状況では白式の零落白夜に頼るほかない。

・・・乗り手が例え、考えなしの猪武者であろうとだ。

 

「なに、ちゃんと俺に考え―――――『一夏ぁあアアッ!!』―――――って、え!!?」

 

突如として、アリーナに響き渡る聞き馴染んだ声に振り返って驚く一夏。

彼が驚くのも無理はない。視線の先にあるガラス窓の放送室には、逃げた筈であろう幼馴染の姿があったのだ。

 

「ほっ、箒!?」

 

「アイツ、何やってんのよ!!?」

 

『男なら・・・男なら、そのくらいの敵に勝てなくて―――――『なにやっとんじゃ、この糞ボケッ!!』―――――ッ!!?』

 

「「き、清瀬ッ!!?」」

 

再び吃驚する二人。

それもその筈、一夏に何かを伝えようとする箒の後ろに春樹が鬼の形相で立っていたのだから。

 

『なにをこねーな所でチンタラやっとんのじゃ! 早う逃げぇや!!』

 

『邪魔をするな清瀬! 私にはやらねばならん事があるんだ!!』

 

『阿呆うな事言うな、このおわんごがッ!!』

 

ギギギ・・・と放送室から聞こえる怒号に反応するゴーレム。

そのままゴーレムはビーム兵器を放送室へ向けた。

 

「ッ!! 鈴、やれッ!!」

 

「ちょ、やれって何をよ?!!」

 

「いいからッ、俺の背中ごと撃て!!」

 

「はぁ!? あぁッもう、知らないわよ!!」

 

ドォウンッ!と訳も解らず、一夏の背中に衝撃砲を撃つ鈴。

至近距離からの射撃に身体は大きく前へとのめり、その衝撃を利用してそのまま一夏はゴーレム目掛けて突貫する。

 

「ウォオオオオオーッ!!」

 

振り下ろされる雪片。

ザギィンッと金属を叩き切る音がアリーナ内に響き渡る。

 

ドゴオッン!

「ぐわァッ!!?」

 

だが、彼の斬撃は急ごしらえと正確さに欠けた為にゴーレムの左腕を斬り落としただけに過ぎず、途端に足蹴を喰らい吹き飛ばされる。

そして、無慈悲にもゴーレムのビーム砲撃が二人のいる放送室に向かって放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「おいッ、大丈夫か篠ノ之さん?!!」

 

「痛つつ・・・ッ!!? な、なにをするか清瀬!!?」

 

「へぶしッ!!?」

 

ガラガラと建物が崩れる中、俺は押し倒した篠ノ之さんに向かって叫ぶ。

別に押し倒したゆーても、エロい意味じゃと違うで。よーわからんISがビーム撃ってきたけん、咄嗟に俺は彼女を庇うたんじゃ。

・・・まぁ、なにを勘違いしたんか。篠ノ之さんにビンタを喰ろうたがのぉ。

 

「あッ、わ・・・悪い、清瀬」

 

「痛~・・・んなのええけん、早う逃げるがじゃ!!」

 

ビームを撃つ前に織斑の野郎がISを斬ったおかげで、直撃はなんとか避けれた。

なんじゃけど、ビームの威力強すぎと違うか? すぐにでもここ、崩落しそうなんじゃが。

 

「わ、わかった・・・って、き、清瀬ッ!!?」

 

「今度はなんじゃい?!!」

 

「あ、頭が・・・!」

 

って、どうした篠ノ之さん。そねぇに青ざめた顔して?

え、頭がどねーかしたんか? つーか、さっきからなんか頭が痛いなぁ・・・・・

 

「・・・あッ?」

 

・・・なんじゃ、このペンキ?

なんで俺の頭に赤いペンキがかかっとるんじゃ?

しかもえろー鉄臭いな、このペンキ。

まるでホントの『血』みたいなペンキじゃのぉ。

 

「・・・・・あ”ッ?」ブツッッ

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「ほ・・・箒ぃいッ!!」

 

ゴーレムのビーム射撃よって噴煙をはく放送室。

そして、再びゴーレムはギギギと音を発てて一夏と鈴をメインカメラに収める。

 

「クソォオ!!」

 

「一夏ッ!!」

 

激昂に駈られ、雪片を構えて再びゴーレム目掛けて突貫する一夏。

だが、その動きは余りに直線的でゴーレムのビーム攻撃の格好の的である。

 

ハイスピードで突撃していく一夏にビーム砲を向けるゴーレム。

その時だった。

 

「うるぉおおおヲオオッ!!」

ドゴォオッーン!!

 

「「ッ!!?」」

 

突貫する一夏よりも早く、背後からゴーレムに体当たりをする者が噴煙立ち上る放送室から飛び出す。

その人物は、そのままゴーレムと共に地面へと衝突。凄まじい土煙を撒き散らした。

 

「一夏ぁーッ!」

 

「ほ、箒!?」

 

「あんた、無事だったの?!」

 

紛煙からひょっこり顔を覗かせる箒に安心する一夏。

しかし、彼女と共にいた筈の春樹の姿が無い事を問うと箒は指を差す。ゴーレムの墜落地点へ指を差す。

 

「き、清瀬ッ!?」

 

「えッ・・・!!」

 

指を差す方向に視線をやると一夏は驚嘆し、鈴は言葉を失う。

 

「ヴるらぁあ”阿ア”―――ッ!!」

 

そこにいたのは、ゴーレムの頭部をライフルの肩当で一心不乱に殴り続ける春樹の姿。

鈍い金属音が何度もアリーナに木魂する。

 

だが、ゴーレムもただやられているばかりではない。

ビーム砲を春樹に向け、発射しようとする。

 

「こッの屑鉄野郎がぁあアアッ!!」

 

だが、そうはさせまいと春樹はゴーレムの腕をへし折る。そして、そのままゴーレムを持ち上げるとアリーナの壁へと叩きつけた。

 

「お・・・おい、清瀬・・・お前」

 

「あんた、頭から血が―――」

 

「この野郎ッ・・・このやろう・・・コノヤロウッッ! うガァアアアアッ!!」

 

二人の言葉に春樹は雄叫びで答えるとゴーレムに向かって、ライフルを乱射する。

ズガガガッ!と銃口から火を噴きながら、再びゴーレムに近づいて行く春樹。

一方のゴーレムは武装を破壊され、頭部パーツからオイルを垂れ流している。

 

ガチッガチッ

「チィッ、オラァアアアアアッ!!」

 

弾倉が空になった事へ舌打ちをし、今度はバットのようにライフルでゴーレムを殴る。

やがて、ライフルが殴打の衝撃に耐えられなくなると今度はナイフで裂き、刺し潰す。

そして、今度はナイフが折れれば、春樹自らの拳で殴打を開始した。

 

「ヴるぁあヲォオアアぁあアアッ!!」

 

春樹は右に、左にと殴打を繰り返す。

ゴーレムの装甲はボコボコにひしゃげ、その装甲板までをも引き剥がすと装甲の下に張り巡らされている様々な配線を手探りで引き千切っていく。

 

「見つけたぁッ、お前の心臓をォオ!!」

 

そして、ついにゴーレムの機体内から、心臓とも言えるISコアを見つけ・・・

 

「クタばりやがれ、この屑スクラップ野郎ッ!!!」

 

バギンッとコアを握り砕いた。

 

「ハァーッ・・・ハァーッ・・・ハァーッ・・・ッ!!」

 

「き・・・清瀬?」

 

「あ”ぁ”ッ、なんじゃボケカスこの野郎?!! オメェがさっさと倒さねぇから、この糞ガキがッ・・・って、あれ・・・!?」

 

ガルルと野犬のような目つきで一夏を睨む春樹。だが、その怒号と同時に彼の身体はフラッと地面へ倒れる。

ドクドクと頭からは血が流れ、ラファールの装甲を濡らしていた。

 

「き、清瀬!!」

 

「救護班、早く救護班を呼んで!!」

 

視界が真っ赤になり、意識を手放す春樹。

彼が意識を手放す寸前、思った事は唯一つ。『織斑、いつかぶっ飛ばす』であった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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13話

 

 

 

外部からのIS学園襲撃。後に『ゴーレム事件』と呼ばれるであろう当日未明。

IS学園地下深くに併設されている研究施設、その内部に横たわっているスクラップ・・・もとい、侵入者ゴーレム。

その身体はバラバラに引き千切られ、目も当てられない程にひしゃげていた。

 

「・・・」

 

侵入者の残骸を片手間にゴーレムとの戦闘シーンを見る千冬。

その目は真剣そのもので、ゴーレムを惨壊させる春樹の姿に釘付けられているようにも見えた。

 

「・・・すごいですね。まさか、清瀬君があんなにも強かったなんて・・・一番近くで教えていた私にも分かりませんでした」

 

彼女の近くにいた山田教諭は関心深く、ゴーレムと春樹の戦闘シーンに感嘆を漏らす。

そんな彼女の言葉に千冬は「あぁ、そうだな」と短く返答する。

だが、千冬の頭は様々な思考が駆け巡っていた。

 

「(・・・おかしい、あまりにも”慣れている”。ゴーレムの攻撃からの放送室直撃後、タイムラグがあるとはいえ、清瀬のIS装着時間は僅か0.1秒にも満たない。加えて、あの連続攻撃・・・本当に数か月前まで一般中学生だった人間が出来るものか?)」

 

「それに・・・」と考えた処で千冬は首を横に振る。

一人の生徒が起こした有り得ない行動に自分の考えすぎかと溜息を吐き、山田教諭に次の言葉をかける。

 

「ところで、解析結果は出たのか?」

 

「はい。・・・やはり、織斑先生の言ったようにあのISは無人機です。清瀬君がコアを粉々に砕いてしまった為に完全な解析は出来ていませんが、どの国にも登録されていないISコアでしょう」

 

「・・・そうか」

 

再び短く返答しする千冬。

彼女の頭には、今回の首謀者であろう人物の顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

今回の騒動で、俺は驚いた事が”三つ”ある。

”一つ”目は、俺は『平和島 静雄』がするような事を出来てしもうた事じゃ。

今、思い返してみると・・・ホント、俺何やっとるんじゃろうか?

頭から流れた血にブ千切れたところまでは覚えとるんじゃが・・・そこから先の記憶が朧気なんじゃなぁ。

夢遊病の気がある俺には慣れたもんじゃが、自分がやっとる事をモニターで見せられると変な気分になるのぉ。

 

そいで”二つ”目なんじゃが・・・

 

「それで君は、ラファールの武装であるアサルトライフルでアリーナ観客席の扉を破壊したのね」

 

「はい、間違いありません」

 

ガラス片で切った頭が未だ痛む俺の前に座る先輩の髪の毛の色が”水色”だという事じゃ。しかもこの先輩、この天下御免のIS学園生徒の長・・・つまりは”生徒会長”をやっとるそうじゃと!

横におる眼鏡の先輩の髪色は普通なのに、なんでこの人水色なんじゃ。

いや、山田先生の緑色の髪の毛にも驚いたんじゃが・・・『緑髪』っていう言葉が古文にあるぐらいじゃけん、微妙に慣れたが・・・水色はなかろー。

しかもスカイブルーじゃぞ。あり得なくなくない?

 

「質問なんだけど、扉を破壊する以外に手立てはあったんじゃないかしら。例えば、管制室にいる教員に連絡するとか」

 

俺も質問したい。

その髪色は遺伝なんですか?

遺伝だとしたら、そりゃあ劣性遺伝? それとも、優性遺伝?

 

「(・・・と、言う話は置いといて)いえ、なにぶんと状況が状況でした。確かに管制室へ連絡して指示を仰ぎたかったのですが・・・あの侵入者からと思しき通信障害があり、しかも扉にあまりに多くの生徒が詰めかけていたので」

 

後で聞いたんじゃが、扉に詰めかけた事で塊の中心におった生徒の何人かが圧迫骨折しそうになっとったらしい。

 

「・・・確かに、君の言う通りね。あの状況なら・・・まぁ、仕方ないわね」

 

「ご理解いただけて何よりです、更識 楯無生徒会長閣下殿」

 

「フルネームに閣下はよしなさいてよ」とニッコリ笑う更識会長。

・・・ちぃとばっかしホッとした。

まさか、壊した扉の修繕費を要求されるんじゃなかろうかと内心冷や汗タラタラじゃったんじゃ。貧血で倒れた後も、細かな診察を勝手にされる前に起きれたし。

・・・案外、血の気が多いのね俺。

 

「なら、もう俺はここいらで失礼しても?」

 

「それはまだダメ。あなた、つい数時間前に怪我をしたばかりなのよ。ちゃんと検査を受けてもらうから」

 

「いやです、お断りします」

 

「我が侭言わないの」

 

「いーやーじゃー!!」

 

だだを捏ねようが何しようが、結局その晩は検査入院する事になった。

ただ俺が危惧していた血液検査がなかったけん、えかった。血中のアルコール濃度がバレんかったけん、幸いじゃ。

しっかし・・・・・あの会長・・・絶対に”カタギ”じゃねぇ気配がしたでよ。髪色ならず正体までマトモな輩はおらんのんか、この学校には?

 

ちなみに、驚いた事の”三つ”目なんじゃが・・・

 

「う~む・・・モルヒネって、ええのぉ。金カムの二階堂が夢中になるわけじゃ」

 

痛み止めの気分のエエこと!

あとで一瓶二瓶拝借しとこう、そうしよう。

 

「失礼します。大丈夫ですか、春樹さん・・・って!? ちょっと春樹さん、なんですのその怪しい小瓶は?!」

 

「現行犯だ~!」

 

げぇッ、セシリアさんに布仏さん何故ここに!!?

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「あ~、自室療養で休めんかのぉ。それに・・・おのれセシリアさんと布仏さん。見舞いに来てくれたのは勘違いしそうなくらい嬉しいんじゃが、彼女らのせいで鎮痛剤ゲットのチャンスがパァになっちもうた。・・・まぁ、しゃーないか」

 

翌日。鎮痛剤の不正使用により、ほぼ追い出される形で退院した春樹は、暗い雰囲気で教室を目指していた。

 

「ふわぁ・・・眠ッ」

 

ガラリと教室の扉を開け、早々に自分の席に着くと懐から愛読書を取り出す。

そして、いつもの様に陰口をBGMに読書にふける・・・筈だった。

 

「(・・・あ? なんか、視線が・・・)・・・って!?」

 

いつもとは違う視線に顔をあげてみると春樹の目の間には数人の生徒が立っていた。

 

「お・・・おはよう・・・ッ?」

 

いつもとは違う朝の状況に戸惑う春樹。つい声が上ずってしまう。

すると一番前にいた生徒が「ちょっと、恥ずかしがってないで」と後ろの生徒に急かされ、机の上に可愛らしいリボンで包まれた紙袋を置いた。

 

「こ・・・こりゃあ、なんね?」

 

「え・・・えと・・・」

「あぁッもうじれったい。これは昨日のお礼だよ、”清瀬くん”」

 

「へ?」

 

恥ずかしいのかモジモジする生徒に業を煮やした背後の生徒がニッコリと口を開いた。

春樹の目の前に置かれた袋の中身はお菓子。しかも手作りだそうな。

このお菓子を作った生徒は襲撃時の混乱の中、春樹に助けられた一人だと言う。

 

だが、それよりも春樹は別の事で驚いていた。”名前で呼ばれた”のだ。

いつもは『二人目』だの『おまけ』だの『ヘチマ』だのと呼ばれていた為に、どう反応すればいいのか再び戸惑う春樹。

 

「まさか清瀬君があんな事出来るなんて、見直しちゃった!」

「男らしーよ、ポイント高いね!」

「あの時はありがとうね、清瀬くん!!」

 

「お・・・おう」

 

慣れない称賛の声に照れくさいのか、頬を掻く春樹。

幸い、ここにいる皆は避難に夢中であった為、アリーナで鬼神の如き力でゴーレムをスクラップにしたのが春樹だとは知らない。

 

「あ~。なんか、きよせん顔あか~い」

「ほんとだ、耳まで真っ赤」

「へ~、可愛いとこあるじゃん」

 

「や、やめて・・・照れるから、何かやめて!!」

 

やんややんやと照れる春樹をイジりだす面々。

 

「おはよう皆・・・って、清瀬! お前大丈夫だったのか?!」

 

「喧しい、野郎はお呼びでねぇんじゃ。とっととその窓から飛び降りて足の骨砕け、ボケカス」

 

しかし、一夏の登場ですぐに不機嫌な顔になるのだった。

この後、何故かオドオドした箒から謝罪を受けるのだが・・・それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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三升:学年別トーナメント・酒が無くては何の戦か
14話


 

 

 

「るーらるらるー♪ るーらるらるー♪」

 

最近、気分がええ。

襲撃事件ではえらい目に合うたが・・・、漸くクラスのみんなと馴染めた気がする。聞こえるか、聞こえんかの微妙な音量で囁かれる陰口も少のうなった。

精神的に気分が楽じゃ。いや~、実に酒が美味い。美味すぎて、密輸入酒がもうあとウィスキー一本じゃ。

阿破破破ッ、ゴールデンウイーク中に飲み過ぎたのぉ。・・・やぁばい、どうしょー。

 

「・・・朝から、どうしたんスか?」

 

「あ?」

 

聞き覚えのある声に振り返れば、なんだかフリルの多い制服を着た小まい三つ編み美少女がおった。

 

「誰かと思やぁ、サファイア先輩。おはようございますだ」

 

「おはようッス、清瀬後輩」

 

俺に挨拶をしてくれたのは、フォルテ・サファイア先輩。

あの海馬コーポレーションパイセン・・・略してケイシー先輩の恋人じゃ。

 

「こんな朝から、なに百面相してんスか。不気味ッスよ」

 

「そりゃあ夢のような連休が終わっちまって、またあのイケすかねぇ織斑のボケと同じ教室の空気を吸う事になりますからね・・・ってか、不気味は余計っすよ」

 

「そんな事言うのは清瀬後輩ぐらいッスよ。皆、織斑後輩と何かしらの伝手が欲しいッスからね」

 

「ほぉ~ん。モノ好きが多いっすね、この学校」

 

しかし・・・そうじゃ。俺はまた教室で野郎と授業を受けにゃあならんのじゃ。

・・・あぁ、憂鬱になってきた。酒が飲みてぇでよ。でも一本しかねぇけん、チビチビ飲まんとおえんでよ。

 

「・・・そー言えば、清瀬後輩。先輩となんかあったんッスか?」

 

「・・・・・え?」

 

『先輩』言うんは、十中八九、ケイシー先輩の事じゃろう。

あ・・・そーいやぁ、二人は(ケイシー先輩曰く)秘密の交際をしてたんじゃったのぉ。

バレバレじゃが。

 

「いーえー、(ケイシー先輩に『バレてる』って言った事以外)なにもー」

 

「・・・本当ッスか?」

 

おおっと、サファイア先輩のジト目攻撃。

大方、射撃場での発言で動揺したケイシー先輩がサファイア先輩に対してよそよそしくなったんじゃろう。

・・・ん?

 

「いやいやいや、なに勘違いしてんすか」

 

「・・・なにも言ってないッスけど」

 

「大丈夫ですよ。ケイシー先輩、あんなエロい格好してますけど・・・恋人を裏切るような貞操観念じゃないです(・・・多分)」

 

俺が原因とは言え、流石に間男に誤解されるのはなしじゃ。

百合ップルのすれ違いに巻き込まれて、後ろから刺されとうないけんな。

 

「そ・・・そうッスか。・・・・・ん、恋人?」

 

「・・・さてッ、今日のおススメ朝定食はなんなんじゃろうかのぉ?! 早う食べんと授業に遅れらぁッ!!」

 

「あッ、コラ逃げるなッス!!」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「諸君、おはよう」

『『『おはようございます!!』』』

 

キンコンカンと始業合図のチャイムが鳴り、千冬の言葉と共にクラス全員が声を張り上げて挨拶する。

全体の雰囲気が引き締まる中、「こないだ見た軍事もの映画にこねぇなシーンあったのー」と相変わらず春樹だけは呆けていた。

 

「さて。ゴールデンウィークも終わりまた今日から授業が始まるわけだが・・・休日気分は今ここで無くせ。今日から本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人、気を引き締めるように」

 

『『『はい!!』』』

 

再び千冬の言葉で、皆が声を張り上げる。

まだ休み気分が取れていなかったクラスの緩い空気がいっきに引き締まった。

・・・ちなみに実戦訓練に使われるISスーツを授業に忘れた生徒は、学校指定の水着で授業をうける事になるそうだ。

 

「では山田先生、ホームルームを」

 

「は、はい」

 

一通りの文言を言った千冬は山田教諭に引き継ぎをする。

そして相変わらず、自信が持てないのか少しどもる山田教諭から連絡事項が伝えられる。

このまま、いつもと変わらない朝のHRが終わるのかと誰もが思っていた。・・・彼女の口から、次の言葉が出なければ。

 

「ええとですね、今日はなんと皆さんに転校生を紹介します! しかも二人です!!」

 

『『『・・・えええぇぇーッ!!?』』』

「五月蠅ッ!?」

 

まさかの言葉にクラスがどよめく。

ざわざわとクラスに動揺が走る中、お構いなしにと山田教諭は転校生を教室へ招き入れる。

 

最初に教室に入って来たのは、木漏れ日のような金髪を後ろに結んだ”男子用”学生服に身を包んでいる華奢な体型の人物。

 

「『シャルル・デュノア』です。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

そう言ってペコリと頭を下げ、人懐っこい笑顔を浮かべた。

 

「お・・・男?」

 

誰かがそう呟くように言った。

「あ、”また”かい」と春樹は呆れたように耳を塞ぐ。

 

「はい。此方に僕と同じ境遇の方達がいると聞いて本国より転入を―――――」

 

『『『きゃあああああああああああッ!!』』』

 

絵本の中から出て来たような中性的で整った顔立ちの容姿にクラスへ歓喜の叫びが轟く。

 

「え・・・え?」

 

「三人目の男子!」

「しかも美形で守ってあげたくなる系のッ!」

「王子様系の織斑くんや、捻くれ者だけどやるときはやる系の清瀬くんとはまた違ったタイプ!!」

「私、このクラスで本当に良かったぁ!!」

 

『『『いやっふううううううううううッ!!』』』

 

クラスの黄色い悲鳴に戸惑う貴公子を余所に生徒の一人一人が口々に声を上げる。

ちなみに一夏はこの音響攻撃をモロに喰らった。

 

「皆さん、静かに! まだ自己紹介は終わってませんからーッ!」

 

山田教諭の声にクラス全員が視線を向ける。

それを確認した山田教諭は、二人目の転校生を教室へと招き入れた。

 

「・・・おぉッ・・・」

 

次に教室へ入って来た二人目の転校生の姿に、春樹はつい声を漏らしてしまう。

それは他の生徒達も同じだったようで、彼と同じように感嘆の声を無意識に漏らした。

 

「・・・・・」

 

腰まで届くほど新雪のように輝く長い銀髪。体型は小柄だが、左目を覆う黒い眼帯と鋭い灼眼の右目が際立っている。

 

「・・・」

 

「あ・・・あのー・・・?」

 

「・・・」

 

しかし、二人目の転校生は教壇に佇んだまま、何も喋ろうとはしない。

恐る恐る山田教諭が訊ねるも、腕を組んで完全に無視。見向きさえしようとはしなかった。

 

「うぅ・・・ッ」

 

その頑な態度に少し涙目になる山田教諭。

そんな彼女の表情に春樹は心の中で『いいね!』を倍プッシュした。

 

「はぁ・・・挨拶をしろ、ボーデヴィッヒ」

 

「はい、教官」

 

見かねた千冬が声をかけると、漸く彼女は畏まった言葉と敬礼と共に口を開いた。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは先生と呼べ」

 

「承知しました」

 

とても『一般』とはかけ離れた存在感に若干引くクラス。

・・・ともあれ、漸く彼女の自己紹介が始まり―――――

 

「『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ」

 

―――・・・早々に終わった。

 

「あ、あの・・・以上ですか?」

 

「以上だ」

 

「え、えっと・・・ふ、二人ともフランスとドイツの代表候補生なので皆さんも仲良くしてくださいね!」

 

ぶっきらぼうに答えたラウラを精一杯の笑顔でフォローする山田教諭。

・・・隣にいる千冬は溜め息と共に頭を抱えているが。

 

「・・・貴様・・・ッ!」

 

「・・・あ?」

 

早々に自己紹介を終えたラウラは決められた席に向かう途中、何故か座っている春樹の前に立つ。

若干呆けていた春樹は疑問符を浮かべていると・・・

 

バシッ!

「何故ッ!?」

 

彼の頬へビンタを喰らわせるラウラ。乾いた音がクラス鳴り響く。

 

「認めない。貴様が教官の弟などと・・・認めるものか!」

 

「・・・あ”ッ?」

 

「あ、ヤバ・・・」と誰かが呟いた。

多分、ラウラは一夏にビンタを喰らわせたかったのだろう。だが、彼の顔を知らなかった為に間違えて春樹を叩いたしまったのだ。

 

「き、清瀬くん! 落ち着いてください!!」

 

「そうですわ春樹さんッ、ワザとじゃありませんし!!」

 

「なに・・・清瀬?」

 

慌てる山田教諭とセシリアの言葉にラウラは振り返るとユラリと春樹が立ち上がった。

 

「・・・なぁ」

 

「・・・なんだ」

 

小柄なラウラを見下ろす春樹。笑顔を取り繕ってはいるが、その目は見開かれ、完全に笑ってなどいなかった。

一触即発の状況に目を背ける生徒達。

だが・・・

 

「俺は、清瀬 春樹だ。よろしくのぉ、ボーデヴィッヒさん」

 

「キヨセ・・・? まさか、貴様二人目の方の?」

 

「あぁ、そうじゃ」

 

そう彼は穏やかに答えると、そのままゆっくりと一夏がいる席に向かう。

 

「(・・・まさか!?)春樹さん、お待ちになって!」

 

誰もが意外な彼の姿に呆けているが、セシリアが春樹がしようとしている意図に気づくがもう遅い。

 

「おい、織斑」

 

「な、なんだよ清せ―――――「やっぱ、オメェ関連かァ!!」―――――ッぶげェッ!!?」

 

『『『ッ!!?』』』

 

一夏の胸倉を掴み、そのままゴスッ!と彼の顔面にヘッドバッドを喰らわせる春樹。

あまりに突然の彼の行動に愕然とするクラス。

 

「よっしゃーッ、スカッとしたで!!」

 

「なにをしとるか!!」

 

「グぎッ、~~~ッッ!!」

 

達成感に声を上げる春樹に千冬の出席簿が振り下ろされる。

いつもより、酷く重いゴンッッ!という打撃音。春樹は無言で悶絶の絶叫をあげる。

 

「い、いきなり何しやがるんだ清瀬!?」

 

「喧しいッ!! オメェに間違えられてビンタされたんじゃ、当然の報いじゃボケカス!!」

 

ヘッドバッドされた顔面を抑えて喚く一夏に、殴られた頭を抑えて喚き返す春樹。

 

「なんで俺が、いつもいつもオメェの起こすトラブルに巻き込まれにゃあならんのじゃ! あと二発はぶちのめしてやったらぁッ!!」

 

「そんなの知るかよッ! 叩いたのはボーデヴィッヒだろうが!!」

 

「それがオメェのせじゃ言うよるんじゃっちゃ!!」

 

「二人ともやめんか!!」

 

バシンッ

「痛ッ!?」

「ッ、痛ぇなこの野郎!!」

 

「春樹さん!」

 

今度は一夏にもと出席簿をおとす千冬。

それでも「ガルルル!」と言わんばかりに敵意剥き出しの春樹をセシリアが抑える。

 

「落ち着いてくださいまし、春樹さん。ここでまた派手に暴れると今までの事が無になりますわよ」

 

「ガルルルッ・・・・・っけ、畜生め」

 

二人の腕を振りほどき、自分の席に戻る春樹。

いつも男子と言うだけで、一夏からしつこく話しかけられている為に溜まったストレスの一部が爆発したのだろうとクラスの何人かが納得した。

 

「だ、大丈夫か一夏!」

 

「あ、あぁ。まったくなんだよ清瀬のヤツ、いきなり頭突きなんてして来て!」

 

ヘッドバッドされたものの、幸い鼻を折る事はなかった一夏。

「自業自得だろうが」と春樹は言いたくなったが、千冬に睨みを利かされ、舌打ちしながら口をつぐむのだった。

 

「さて・・・少し問題は起こったが、これでHRを終わる。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合しろ。では、解散!」

 

彼女の号令で一応の収束をとるHR。

 

「ッケ」

 

「春樹さん!」

 

「悪いがセシリアさん。ちぃとばっか、ほっといてくれんか? 俺、今機嫌が悪いけんのぉ」

 

そう言うと春樹は更衣室へと向かおうと廊下に出る。

廊下には転校生の噂を聞きつけた他クラスの一団が待ち伏せていたのだが・・・

 

「あッ、なんじゃあお前ら? 邪魔なんじゃが」

 

獣のように眉間に皺を寄せた春樹には、素直に道を譲るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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15話

 

 

 

「ところで・・・二人って仲が悪いの?」

 

騒動が起こったHR後。互いの自己紹介も程々に第二グラウンドへ向かう一夏とシャルルだったのだが、待ち受けていた他クラスの一団に追われる羽目になった。

その一団から逃れる為に走る二人。その時、シャルルが不意に言ったのが上記の内容だ。

 

シャルルから見て、春樹の第一印象はあまり良いとは言えない。

初対面のラウラにビンタされた事には同情するが、その鬱憤を一夏に八つ当たりしたようにも見えた。

 

「いや、そういうわけじゃないだが・・・なんでか知らないけど、清瀬が俺を敬遠してるんだよ」

 

「・・・そう、なんだ」

 

それを聞いたシャルルは少し顔を暗くして返答する。

何故かはわからないが、シャルルは春樹の事が気になっていた。彼が教室を出る際、自分を”疑惑の眼”で見た事が気になっていた。

 

「よーし、到着!・・・って時間がヤバい! すぐ着替えた方がいいぜ」

 

「う、うん。・・・そう言えば、なんか清瀬くんって他の皆と喋り方が違うよね。あれはなんで?」

 

二人は同時にロッカーのドアを開けて荷物を置くと、服を脱ぎながらシャルルは一夏に質問した。

 

「あぁ、あれか。それは清瀬が西日本の出身だからじゃないか。方言ってやつだよ。どこの県かは知らないけどな。・・・ってヤバい。早く・・・って、シャルルもう着替え終わったのかよ?」

 

「僕は中に着ていたんだ。一夏もそうしたら? そっちの方が便利だし、時間のロスも少ないよ」

 

「今度からそうするよ。とにかく今は急がないと! シャルルは先に行っててくれ」

 

「うん」

 

転校生を気遣ってか、先にシャルルを行かせる一夏だったのだが・・・

 

「すみません、遅れました」

 

「遅い!」

 

結局、一夏は授業開始から五分後にグラウンドへ到着するのだった。

既に一夏を除いた一組二組の全員が整列しており、千冬の号令を今か今かと待っている状態だ。

 

「まったく・・・では、これより格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

『『『はい!』』』

 

千冬の号令に声を張り上げる生徒達。

今日から本格的にISを起動させた授業が始まる為か、やはり専用機を持っていない生徒から歓喜と気合が混じったものがあった。

 

「今日はまず戦闘を実演してもらう。そうだな・・・凰にオルコット、前に出て来い」

 

「はい」

「一夏と清瀬のせいなのに、何であたしが・・・」

 

名前を呼ばれ、前に出る鈴とセシリア。だが、鈴の方はなんだか不満気だ。

何故かというのも、鈴は一夏と春樹を撒き込んで、朝の騒動のことを聞いていたのだ。

あまりにもそれが目に余ったのか、鈴は千冬の出席簿の餌食となった。

 

「あと、ついでに清瀬もだ」

 

「・・・はッ、なんで俺まで!? てか、ついでて!!」

 

「朝の騒動を起こした罰だ。つべこべ言うな」

 

「え~・・・」

 

「グダグダ言うな。お前らは少しはやる気を出せ、特に清瀬。頑張れば、織斑や布仏に良いところが見せられるぞ」

 

この耳打ちに鈴は「まあ、実力の違いを見せるいい機会よね! 専用機持ちの!」と張り切り出すが・・・

 

「・・・織斑先生ぇ、なんで布仏さんの名前が出るんですか?」

 

「なら、オルコットか?」

 

「先生・・・ホントなに言ってるんですか? 大丈夫ですか?」

 

「・・・清瀬、そんな目で人を見るな」

 

「あぁ、疲れてるんだな先生も」と憐みの目をする春樹。予測が外れた千冬は彼からの視線に戸惑った。

 

「それで織斑先生、相手はどちらに? 私は鈴さんと春樹さんのタッグでも、バトルロワイアルでも構いませんが」

 

「ふふん、それはこっちのセリフよ」

 

「・・・あの二人とも、俺が訓練機だって忘れとりゃあせんか?」

 

「慌てるな馬鹿共。凰とオルコットの対戦相手は清瀬と―――――」

 

説明をしようとしたその時だった。

空気を切り裂く音と共に三人のISハイパーセンサーが緊急起動し、上から何かが急接近することを知らせた。

 

「ど、どいてくださいぃいいッ!!」

 

その正体は春樹と同じ訓練機ラファール・リヴァイヴを身に纏った山田教諭。

どうやら制御が出来ていない状況らしく、このままでは墜落すること必死であった。

 

「ハァッ・・・止めて来い、清瀬」

 

「・・・止めたら、実演しなくても良いっすか?」

 

「あぁ、構わん」

 

「よっしゃー! バッチ来いや、山田先生!!」

 

千冬の了承を得ると早々に空へ舞い上がり、墜落射線上に突っ込んで来る山田教諭を見据える春樹。

 

ドゴンッ!!

「ぬぉおおッ!!」

「きゃぁあああ!!」

 

そのまま腕を広げた春樹に体当たりする形でぶつかる山田教諭。

春樹はそんな彼女を離さないようにしっかりと抱きしめ、スラスターを全開で吹かす。

そして、何とか地面スレスレのところで停止する事に成功したのだった。

 

「大丈夫っすか?」

 

「は、はい。ありがとうございます、清瀬くん。あ、あの・・・それでその・・・」

 

「ん? あぁ、はいはい。降ろしますよと」

 

春樹に抱き留められ、御姫様抱っこをしてもらっている為か。山田教諭の顔が朱に染まっている。

そんな彼女の照れる顔を間近で見られた為か、春樹はどことなく嬉しそうに口を歪ませた。

 

「・・・清瀬、やはり実演に―――「やりませんからね」―――・・・ッチ、まぁいい。さて、オルコットに凰。山田先生と模擬戦をやってみろ」

 

「あ、あの・・・二対一では・・・」

 

「先生とはいえ、さすがにちょっと・・・」

 

千冬の言葉に戸惑う二人。

IS学園の教員とは言え、流石に国家代表候補生二人を相手にするのは無理だろうと言う遠慮が出る。

 

「大丈夫だ。こう見えて、山田先生はお前たちと同じ元代表候補生だ」

 

「む、昔の話ですよ。それに候補生止まりでしたし・・・」

 

衝撃の事実に唖然となる一同。

それがなんで訓練機に振り回されていたのかと疑問を投げ掛けたくなった春樹だが、話が長くなりそうなのでやめた。

 

「それに安心しろ。今のお前達なら直ぐに負ける」

 

「「むッ!」」

 

「えッ、煽り耐性ゼロか二人とも」

 

結局、安い挑発に乗った二人は山田先生と対決。そして、不安の中見事、彼女の言った通りの結果となった。

それどころか被弾さえしていない事に再びクラスから驚嘆の感嘆詞が漏れる。

 

「さて、IS学園教員の実力が分かったところで授業に移る。各専用機持ちをリーダーとして、番号順に別れろ!」

 

『『『はい!』』』

 

千冬の号令に従って各班に分かれる生徒達であった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

織斑先生の指示通り、各班ごとに分かれたんじゃけど・・・

 

「俺がリーダーやるんかよ。・・・大義ぃな」

 

こう言うんは、専用機持ちがリーダーをすりゃあええがん。

俺、訓練機じゃぞ。それに・・・。

 

「よろしくね、きよせ~ん!」

「よ・・・よろしく、清瀬くん」

「よろしくお願いします、清瀬さん」

 

「あぁ・・・よろしく」

 

布仏さんはええとして、他のメンバーがなんか脅えた目で俺を見ようるんじゃが。

・・・やっぱし、朝のあれはやり過ぎたかのぉ? 顔じゃなくて、鳩尾にしときゃあ良かったかのぉ。

 

「さぁ、まずは歩行訓練からだ。順次終えたところから次に移れ」

 

まぁ、ええ。先生もああ言うるし、ちゃっちゃと終わらせるか。

チンタラして、どやされるんも嫌じゃしな。

 

「んじゃまぁ、始めるんじゃが。・・・こりゃ、足場持って来るんじゃったなぁ」

 

俺らの班が使うISは、勿論ラファール・リヴァイヴちゃん。

じゃけど待機状態から起動させたら、なんか立てったまま出て来ちゃったラファールちゃん。

 

「きよせ~ん、あれ見て~」

 

「あ?」

 

俺が踏み台になるかと考えとったら、布仏さんが話しかけて来た。んで、彼女の指差す方に目を向けたら、織斑が篠ノ之さんを御姫様抱っこで同じく訓練機の打鉄に乗せようた。

 

「というわけで、きよせん」

 

「・・・あれをやれと?」

 

「うん!」

 

ワオッ、屈託がないでその笑顔。

 

「いや、布仏さんはええ言うても・・・」

 

「でも、早くしないと織斑先生に怒られちゃうよ~? それにだいじょ~うぶ。私が降りる時に座ったまま降りるから~」

 

でもなぁ・・・嫁入り前の娘っ子を抱き上げる言うんはのぉ・・・。まぁ、背に腹は代えられんか。

 

しゃーなしに布仏さんを抱きかかえる俺。

じゃけんど、めっちゃ後悔した。

 

「ん~? どうしたの、きよせ~ん?」

 

めっちゃんこエエ匂いする! 女の子独特のええ匂いがする!!

煩悩退散ッ、煩悩退散ッ!

 

「・・・いや、なんでもねぇでよ。・・・もう、ええか?」

 

「もしかして、きよせん・・・照れてる~?」

 

「あぁ・・・そりゃあ、こねぇに可愛え子と密着しとるんじゃし・・・まぁのぉ・・・」

 

「ふぇ・・・ッ!? そ・・・そっか~・・・」

 

あの・・・布仏さん? なんで君が照れるんじゃ? なしてテレリコしとるんじゃ?

君が照れると余計に俺が照れるんじゃけど!

 

まぁ、何とか無事に布仏さんをラファールちゃんに乗せての歩行訓練も無事終えた。

良かった、なんとか耐えてくれたな俺の心臓!

あぁ、酒飲みてぇ! 無性に酒が飲みてぇでよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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16話

 

 

午前の授業がやっとこさ終わった。

なんとか三大欲求の一つに辛勝した俺は、これまた三大欲求の一つである食欲を満たす為、俺を呼ぶ織斑の声をガン無視で購買へ。

 

普段なら食堂で食うんじゃが・・・授業中に凰さんや篠ノ之さんが、朝の騒動の件でつかかって来て色々喧しかったし、織斑共々エンカウントしとうない。

酒ももうないし散々じゃ。

オノレ、ダメな方のバナージめ。全部アイツのせいじゃ。

 

そんな逆恨み気分で買ったサイダーとオニギリくんを片手にお気に入りの場所へ向かう。

今日も今日とて、ルンルン気分でボッチ飯じゃ。

 

 

 

―――

 

 

 

・・・と言う訳でやってまいりました。いつもの木陰ッ!

ここは滅多に人も来んし、日当たりもまあまあ良え。絶好の場所じゃ。

 

日当たりの良さじゃと校舎の屋上に劣るが、今あそこには織斑の野郎共がおる。

先にヤツらが屋上に行くだのなんだのを聞けれて良かった。危うく鉢合わせになるとこじゃったで。

・・・しっかし、流石は高コミュニケーション男か。パツキン転校生がまんまと付いて行きょうた。

あ~でも・・・何と言う事でしょう。織斑がいないだけで、この解放感ッ。リラックスできるでホント。

飯も食うたし、あとは気ままに本でも―――

 

「おい」

 

「あ?」

 

―――・・・読もうと思った矢先。

声をかけて来たのは、あの転校生の片割れじゃった。

 

「どーしたんな、ボーデヴィッヒさん?」

 

「・・・」

 

返事をすると黙っまま俺を直視するボーデヴィッヒさん。

・・・いや、あんたのほうから声をかけて来たんじゃろうが。何故に睨むんじゃ。

午前の授業でも俺の事睨んどったが・・・俺、この人になんかしたかのぉ? ボーデヴィッヒさんに人違いでビンタされた事はあるんじゃけど。

 

「・・・何故」

 

「へ?」

 

「貴様は何故・・・あの時、織斑 一夏に対して頭突きをした?」

 

え~と・・・いきなりやって来て、やっと口開けたらと思うたら・・・言う事それ?

「朝の事はごめんなさい」とか、ないんかい。

 

「答えろッ、清瀬 春樹」

 

しかも、なんで尋問口調なんじゃこの人? 俺、織斑にヘッドバッドしただけでなんも悪い事やっとらんし。なんでこうなるんじゃ?

こねぇな事なら、歯の一本でも折っとくんじゃった。

 

「いや、君に叩かれたけん・・・やったんじゃけど」

 

「なぜだ。叩かれたのなら、私を叩き返せばいいだろう」

 

「えッ、だって俺、織斑の事嫌いじゃもん」

 

「・・・なに?」

 

俺の言葉にちぃと驚いたのか、眉をひそめるボーデヴィッヒさん。

じゃが、本当の話じゃ。

あの鈍感屑系主人公のせいで、俺の人生やり直しプランはご破算。

二度目の高校生活をこねーな性欲を持て余す状況下で過ごさにゃあおえんし、周りの差別主義の糞女郎共からは陰口叩かれるし、散々じゃ。

あれもこれも織斑の野郎がISなんぞを動かしたけんおえんのじゃ。

 

「常日頃から、あの野郎を殴ろう殴ろうと思っとったんじゃけど・・・中々、そういう機会に巡り合えんでのぉ。そこであのビンタじゃ・・・実を言うと、ボーデヴィッヒさんからのビンタは恰好の良え機会じゃったんじゃ。ありがとな」

 

「・・・・・」

 

・・・ん?

いや、なんかおかしいな。叩かれたけんお礼を言うて・・・俺にそねーな趣味はないでよ。

見てみぃ、ボーデヴィッヒさんなんか若干引いとるで。

 

「あぁ、訂正さして。俺、叩かれて喜ぶ趣味ないけんな、ホントにないけんな。フリとかじゃないけんな」

 

「・・・教官から聞いていた話よりも、だいぶおかしな男だな貴様は」

 

教官?

そーいやぁ織斑先生の事、教官じゃって呼びょうたな。

・・・一体何者なんじゃ、ボーデヴィッヒさん?

つーかあの先生、俺の事なんて言ってんだ?

 

「それでだ。あの朝での事は・・・その・・・わ、悪かった」

 

「えッ・・・」

 

擬音語を付けるなら、平仮名で『ぷいっ』じゃろう。バツが悪そーに目を背けながら、ぎこちない謝罪の言葉を言うボーデヴィッヒさん。

・・・かわええなぁ。

 

「大方・・・あの後、織斑先生にこっぴどぉ叱られたんじゃねーんか? それで渋々来たんじゃねーんか?」

 

「な・・・なぜ分かったッ?」

 

あらやだ、この娘素直じゃ。ちょっと天然な所があると見たで。

 

「フッ。まぁ、兎にも角にも・・・ボーデヴィッヒさんや」

 

「なんだ?」

 

「もしかしなくても・・・ボーデヴィッヒさんって、織斑の事が嫌い?」

 

「ああッ、嫌いだ。大嫌いだッ」

 

ハァッ・・・そんな!

こんな所で出会う事になるなんて・・・!

どいつもこいつも織斑織斑と五月蠅い中で、こねーな子が転校して来てくれるなんて・・・お兄さん嬉しいんじゃ!

 

「清瀬 春樹・・・なんだこの手は? それに何故、目頭を押さえている?」

 

「ぐすッ・・・気にせんで。この手は仲直りと友好の握手じゃ。改めてよろしくな、ボーデヴィッヒさん」

 

「慣れ合うつもりは―――「織斑先生に言うで」―――・・・仕方ない、してやろう」

 

俺は喜びに打ち震えながら、ようやく同志に会えた事への記念にボーデヴィッヒさんと固い握手をする。

ここ最近あった嬉しい事の三本指には入る出来事じゃ。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「るーらるらるー♪」

 

放課後。寮の廊下で陽気な歌とヘタクソなステップを踏む春樹。

 

「(今日は織斑に一発喰らわす事が出来たし、同志にも会えた。あ~、気分が良えのぉ~!)う~む、ちょびっとだけじゃが・・・今日は飲んじゃお~と!」

 

彼の様子は朝の不機嫌さから一転している。

余程、自分と同意見の人間に会えた事が嬉しかったのか、上機嫌で自室に戻る。そして、早々にシャワー室へ赴くと天井裏に隠してある上物のスコッチウィスキーを取り出した。

 

「大なり小なり合わせて、八本ぐらい持って来たのに・・・半年も持たず、もうこの一本だけか。自分で言うのもなんじゃが、飲み過ぎじゃのぉ。じゃけど、あれじゃ。『わかっちゃいるけど、やめらんね』っと」

 

ゴチャゴチャ戯言を言いながら、制服姿のままソファに腰かけると瓶の蓋をキリキリと開け、最近買った自炊用茶碗へコップ代わりにトプトプ注ぐ。

琥珀色の済んだ液体は、そそるような何とも芳しい香りがたっている。

 

「ん~、良え匂い。布仏さんから薫ったもんの百倍二百倍は良え香りじゃッ。・・・ゴクッ・・・阿破破破ッ、飲む前からヨダレが出ちまうで。じゃあ、えと・・・そうじゃな・・・『同志に会えた事』へ乾杯ッ!!」

 

茶碗を高く上げての乾杯音頭をとり、そのままウィスキーを一気に呷る―――――

 

ガチャリ

「し・・・失礼しまーす」

 

「・・・あ”ッ?」

 

・・・前に鍵を閉めた筈の扉から、何者かが入って来たのだ。

だが、流石は春樹か。想定外の訪問者に動揺せず、茶碗に注いだウィスキーを一滴も溢す事無く瓶へ戻すと部屋の入口に向かった。

 

「なんじゃあこの野郎ッ! 無断で俺の部屋に入るたぁ、どこのどいつじゃ!!・・・って、オメェは・・・」

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

玄関にいたのは、春樹の怒号に吃驚する転校生のシャルルだった。

 

「あ”ぁ”ッ、なんで噂の貴公子が俺の部屋に不法侵入しとるんじゃ? 事と次第によっちゃあ・・・ブチのめすぞ」

 

「ご、ゴメンナサイ!!・・・って、あの・・・清瀬くん? 織斑先生から聞いていないの?」

 

「なにをじゃ?」

 

「えと・・・あの、その・・・君のルームメイトが・・・ボクだって事を」

 

「・・・・・は?」

 

『THE WORLDッ、時よ止まれ!』と春樹の脳内に聞き馴染んだ声が轟く。

 

「あ~・・・悪いんじゃが、デュノアさん。今俺、疲れとるみたいなんじゃ・・・聞き取れん見たいじゃったけん。ちょっと、もう一回言うてくれるかのぉ・・・今なんて言った?」

 

しかめっ面一転、目を大きく見開く春樹。

彼の表情にシャルルは小さく悲鳴を上げそうになったが、恐怖を押し込んで口を開いた。

 

「きょ、今日から”ルームメイトになる”シャルル・デュノアです。あ・・・改めてよろしくね、き・・・清瀬くん?」

 

「・・・・・・・・マジか」

 

「えッ、えと・・・?」

 

その言葉に絶句し、頭を抱えて跪く春樹。

彼の行動に目の前にいるシャルルはオロオロとする。

 

「・・・なぁ、デュノアさん」

 

「な、なにかな清瀬くん?」

 

「会って早々なんじゃが・・・『暦お兄ちゃん』って、言ってもらえる?」

 

「こ、コヨミ・・・え、なに―――「早う」―――あッ、うん。こ・・・コヨミオニイチャン?」

 

「もっと滑舌良く」

 

「こ・・・暦お兄ちゃん?」

 

「そうッ、もっと可愛く!」

 

「暦お兄ちゃん!」

 

「そう、その感じ!」

 

納得のいく発音とアクセントに納得した春樹は勢い良く立ち上がり、シャルルに向けて言い放つ。

 

「はい、ダウトッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。


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17話

 

 

 

「織斑先生ッ、織斑先生はおりますか?!!」

 

『『『!?』』』

 

バンッと酷く乱暴に扉を開け放ち、怒号にも似た大声と共に職員室に入る春樹。

一年生でもかなり特殊な方に問題児扱いされる彼の襲来に教員たちは何事かと立ち上がる。

 

「あッ、おったおった先生!」

 

そんな教員たちに目もくれず、春樹はお目当ての人物の方へズカズカと大股で近づき、これまた大声で「どーいう事なんですか?!」と日誌を記入する千冬を責め立てた。

 

「・・・騒々しい、静かにできんのかお前は。ここは職員室だぞ」

 

「ええ、静かにできませんなッ。デュノアさんが俺のルームメイトとかって、一体どーいう訳なんですか?! 俺はそんな事一言だって聞いちゃいませんよ!!」

 

「五月蠅い」

「ぶげッ!?」

 

ゴンッと鈍い音が響く。出席簿が手元にない為か、容赦のない千冬の手刀が頭に炸裂した。

しかし、理不尽な攻撃に悶絶しながらも、春樹は狂犬のように噛み付く。

 

「先生ッ、入学から半年の間は俺は一人部屋だと言ってたじゃないですか! まだ、夏も来てないってのに、なんで?!」

 

「急な転校だったんだ、仕方ないだろう。それに伝える前にお前は織斑と一騒動起こしただろう」

 

「だったら・・・だったら、ボーデヴィッヒさんとの相部屋にすれば良いでしょう! 同じ転校生組なんだ、一纏めにすればいい!! 実際、織斑と篠ノ之さんは幼馴染で一括りにされていますしッ!」

 

「馬鹿を言え、ボーデヴィッヒは女だ。”男子である”デュノアと相部屋に出来る筈ないだろう」

 

「・・・・・先生、それホントに言ってます?」

 

彼女の今の言葉に春樹の表情は一気に青ざめる。

見開かれた彼の眼には失意の念が籠っていた。

 

「・・・どういう意味だ?」

 

「言わなくても解ってるでしょう。ここの連中は、生徒も教師もIS絡みでないと頭が緩い。でもッ、貴女だけは違う。聡明な貴女なら違う・・・違うと思いたい!」

 

「だから何の話をしている、簡潔に話せッ」

 

「デュノアさんはおん―――」

 

その春樹の言葉が最後まで紡がれる事はない。何故なら、再び千冬の手刀が彼を襲ったからだ。

 

「ッ!?」

 

しかし、その手を春樹は寸での所で受けると力を入れて彼女の手を握り締めたのだった。

まさか、防がれる等とは微塵も思っていなかった千冬は心底驚く。

 

「・・・織斑先生・・・これだけは聞かせてください」

 

「・・・なんだ?」

 

苦虫を嚙み潰したかのような表情をしながら、恐る恐ると言葉を春樹は紡いでいく。

「知っていた上で・・・俺をあてがったのですか・・・?」と。

この言葉に千冬は特に言葉を返そうとはしない・・・いや、”できなかった”と言う方が正しいだろう。

ただ、彼女は彼の言葉に目を逸らしただけだった。

 

「なんだ・・・結局、貴女もか。結局、アンタも他の連中と同じように俺を”オマケ”だとしか思ってなかったんだ。織斑の野郎さえいれば、俺なんか唯の捨て駒だと・・・!」

 

「・・・其れは違う。違うぞ、清瀬」

 

「違う? なにが違うってんですか? あぁッ・・・そうですよね、違いますよね。アンタは唯、自分の可愛い可愛い弟さんを守りたかっただけですもんね。その為なら、赤の他人がどーなろーと関係ないですもんね」

 

彼女の手を振り落とすと、そのまま出口の方へ歩みだす春樹。先程とは打って変わり、彼からは精気が抜けた印象が感じられた。

 

「待たんか、清瀬!」

 

そんな背を向ける春樹の肩を掴む千冬。

 

「離せぇや」

 

「・・・ッ!」

 

だが、彼女が彼から向けられたのは酷く澱み切った”失意の眼”とドスの効いた声色。

別人かと見間違う程、この一瞬の内に彼は変貌していた。

 

「すいません、先生ェ。俺もアンタに他の連中と同じ勝手な期待をしていたようだ。アンタなら違うと思ったんだけどな・・・やっぱり、ブリュンヒルデもただの人間ですもんね」

 

春樹はそう言って寂しそうに笑うと、トボトボと職員室から出て行った。

そんな彼の姿を千冬はただ黙して見送る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

・・・・・あ~ぁ・・・知りたくなかったのぉ。薄々勘付い取ったが、知らん存ぜぬでやっとったが・・・結局、俺はあの野郎の代用品かよ。

大方、織斑先生はデュノアさんの正体に誰よりも早く気付いた筈じゃ。んでもって、織斑先生は織斑を危険な目に遭わせまいと俺をあてがったか・・・。

阿破破ッ・・・素晴らしい姉心じゃのぉ。俺はどーなっても良えってか?

 

・・・なんじゃあそりゃあ・・・

あぁ、もう笑うしかないのぉ。阿ッ破ッ破ッ破ッ・・・!!

 

「ど・・・どうしたの清瀬くん? 慌てて出て行ったと思ったら、その・・・」

 

部屋に帰れば、俺の新たなルームメイトになったデュノアさんが出迎えてくれた。

私服じゃろうか。綺麗じゃけど、少しよれたジャージに着替えておる。

 

「・・・あぁ、織斑先生に部屋替えを直訴しに行っとたんじゃ」

 

「えッ・・・ど、どうして?」

 

「『どうして?』・・・白々しいのぉ」

 

「えッ・・・」

 

なんじゃコイツ・・・狙ってやってんのか?

・・・そりゃあそうか。だって、フランス政府公認のスパイじゃもんなぁ。

 

「こーいうんはお手のもんか。阿破破・・・フランスにもスパイの養成学校があったとは知らんかったのぉ」

 

「す、スパイ? な・・・なにを言っているのか、僕にはさっぱりだよ。ど、どうしたの清瀬くん? なんか変だよ?」

 

隠す気あるんか、コイツ? あぁッ・・・イライラするなぁ。コイツの一言一動が、一々癪にも勘にも触る。

それに・・・なんじゃろうな、この”御預け”をくろうとる感じは?

 

腹が減っとるけんじゃろうか?

喉が渇いとるけんじゃろうか?

 

「もう”バレてる”んだよ、シャルル・デュノア。いや・・・『シャルロット・デュノア』さんや?」

 

「えッ・・・!?」

 

おッ、顔つきが変わった。

『シャルル』じゃけん、大方の予想で『シャルロット』か、『シャルロッテ』あたりか思うたら・・・大当たりじゃな。

もしかしたら俺、『真名看破』のスキル持ちじゃろうかのぉ。

 

「だ・・・誰かな、その人? ぼ、ボクの名前はシャルルだよ」

 

「ほぉ・・・」

 

「・・・ッ・・・」

 

そのまま一歩足を出すとデュノアさんは一歩身を引いた。

その動作があんまり可愛ゆうなって、俺はついに彼女が荷物を置いている窓際のベッド付近へと追いやった。

 

明らかに動揺しとる。明らかに怖がっとる。

・・・良え顔じゃ。そそるようなグッとくる顔じゃ。

 

「なんじゃあお前、素人か」

 

「・・・へ?」

 

このまんま、デュノアさんをベッドに押し倒してあれやこれやとする方が手っ取り早いし、尚且つ憂さ晴らしにもなる。彼女の”中の人”も俺が好きな声優さんじゃし、きっと良え声で啼いてくれるじゃろうなぁ。

 

・・・じゃけど、それは俺の中の”法度”に背く。

憂さ晴らしの八つ当たりで、女子供に手を出すのはドグされ野郎じゃ。そーいう事は出来るだけしとうない。

多分じゃが、デュノアさんは訓練を受けたスパイじゃなかろう。

あんまりにも大根役者過ぎて、狙っとるようにしか見えなくもないが・・・、

 

「・・・阿破破破ッ」

 

「う・・・ぅうッ・・・」

 

この眼に賭けよう。この少し涙を溜めて潤んだ瞳に賭けよう。

 

覗き込んだ俺の顔にデュノアさんは本気で焦り、脅えている。

『目は口程に物を言う』なんて言葉があるくらいじゃ。この娘にも何らかの事情があるんじゃろう。

それほどまで、フランス政府・・・いや、彼女の実家のデュノア社は切羽詰まっとる言う事じゃろうか。

 

「・・・いやぁ、悪かったなデュノアさん」

 

「・・・ふぇ?」

 

「さっきな、ちぃとばっかし織斑先生にショックな事言われてイライラしてしもうたんじゃ。ゴメンなデュノアさん、追い詰めるようなマネしてさ」

 

「そ・・・そうなんだッ。じゃあさっきのは冗談―――「いや、もう遅いで。シャルロットさん」―――・・・ッ・・・!」

 

束の間の安息から一気に彼女の顔が硬直する。

ゴクリと息を飲む音まで聞こえて来そうな程に緊張しとる。

・・・良えのぉ、弄りがいのある顔じゃ。

 

「そねーに怖い顔するな、別にこっちは取って喰おうなんて腹じゃない。・・・それとも何か? このままエロゲのワンシーンのみてぇにお前さんを組み敷いて、その身体を乱暴に貪られるのがお好みだったかのぉ?」

 

「・・・・・」

 

「・・・どした?」

 

「・・・う、うぅッ・・・!!」

 

ありゃ~・・・オイオイオイ。弄り過ぎたかのぉ、泣き出してしまいよったで。

あ~、加減がわからずにやるもんじゃねぇのぉ。

 

「すまんすまん、そこまで追い詰める気はなかったんじゃ。じゃけぇ、そねーに泣くな」

 

「うぅ・・・ぐすっ・・・なにもしない?」

 

「あぁ、勿論じゃ。最初からなにもするつもりはねぇでよ」

 

・・・ホントはあのまんま押し倒してやろうかと思とった。押し倒して組み敷いて、その柔こい肌を好き勝手にしようと思とった。

じゃけど、寸前で俺の理性スイッチがONに入りよった。このスイッチが入ったからには、そねーな荒事は出来ん。

 

デュノアさんをベッドへ座らせ、泣くのを待っている間に俺は茶を淹れる事にした。

幸い、ほったらかしにしていたウィスキーボトルは無事じゃった。

 

「ほれッ。熱いけん、気をつけーな」

 

「うん・・・ありがとう」

 

やっと落ち着いたんか、玄米茶を飲むデュノアさん。

変な顔をせんとこを見ると、玄米茶は欧州人の舌にあったようじゃ。

 

「・・・どうして」

 

「あ?」

 

「どうして・・・ボクが女の子だって分かったの? 皆にはバレてなかったのに・・・」

 

「そりゃあ、お前の”中の人”が化物語の『なでこスネイク』と一緒の人だから」と言ってやりたかったが、なんか余計面倒臭い事になりそうじゃったけん。初対面の時から考えとった言葉を並べる事にしょー。

 

「デュノアさんが女だろうと気付いた理由は主に・・・報道じゃのぉ」

 

「報道?」

 

「おう。男のIS乗りが見つかったんじゃ、織斑の時みたいに大々的に報じりゃあ良え。それが国の利益になるけんな」

 

まぁ、織斑の時はニュースで報道されとんのに、俺はただのニュース速報で出ただけじゃ。

日本政府がIS関係者の身内でもなんでもないホントの一般ピーポーな俺を気遣ったどうかは知らんが・・・まぁ、顔バレはしとらん。

 

「で、でも・・・ボクは、男としてこのIS学園に転校できたんだよ」

 

「あぁ、それなんじゃが・・・多分、無視されたんじゃろう。さっき職員室に行った時に織斑先生もそーじゃって言うとったし」

 

「えッ・・・!? ブリュンヒルデも僕の正体を・・・!!」

 

ホントに織斑先生が「そうです。デュノアは本当は女の子です」みたいに言うたんと違うがな。

無言の肯定って言うんは、あれ程説得力があるもんなんじゃのぉ。・・・あの人の場合は手が出よったが。

・・・つーか、なんか急に汗をかきだしたなデュノアさん。そねーに織斑先生にバレとるんは焦るか?

多分じゃが、あの見るからにカタギじゃねぇ、水色髪の生徒会長殿も知っとるじゃろう。

まぁ、あの先公は知っとったけん、俺をあてがいやがったじゃけどな。

 

「さてと・・・」

 

「ど、どこに行くの?」

 

大方の話を終え、立ち上がる俺の腕・・・正確には裾を抓むデュノアさん。

顔は凄く心配しとる表情じゃ。

 

「どこって・・・今夜の寝床じゃ」

 

「え、でも・・・」

 

「おフランスからの長旅で疲れとるじゃろうがな。野郎の俺がおったら、緊張するじゃろうし・・・今夜は一人で旅の疲れを癒せぇや。あぁ、テレビの下に借りて来たDVDがあるけん、眠れんかったらそれを見ると良え」

 

それに年頃の男女が閉鎖空間で寝泊まりする言うんは、俺の若返った十代の身体にも精神にもめちゃんこ悪い。

ちなみに借りて来たDVDはジブリじゃ。ヨーロッパでも評価が高いけん、面白いじゃろう。

 

「・・・なんで?」

 

「あ? なにがじゃ」

 

「だって・・・だってボクはスパイなんだよ! それなのに・・・」

 

・・・やっぱし、訓練された人間じゃなかったか。

今にも罪悪感に押しつぶされそうな顔しよってからに・・・なんか、被害者ヅラしとるみたいじゃ。

 

「構ん構ん」

 

「え・・・」

 

「ホントにヤバいスパイじゃったら、織斑先生が止めとるじゃろうし。つーか、俺は君にここで口封じに殺されとるじゃろう。こーいう手合いの連中は織斑の野郎が目当てで、俺は範疇にも入っとらんじゃろうからな」

 

「そ、そんな事は・・・」

 

「なんじゃ、慰めてくれるんか? ええっちゃ、知っとるけん。俺が”オマケ”な事ぐらい、自分自身がよう解っとる」

 

・・・自分で言うて、虚しくなるな。涙出そうじゃのぉ。

 

「まぁ・・・兎にも角にも、俺は君に危害を加えるつもりはない。ええな?」

 

「う・・・うん・・・」

 

なんじゃあ、その納得のいってないって顔は? なんか俺に酷い事をされにゃあ気が済まんのかッ? マゾヒストなんか君は?

 

「あぁッ、そうじゃ。取りあえず、俺からデュノアさんにいう事が二つあるんじゃ」

 

「な・・・なにかな?」

 

「ビクビクすなッ。ええか、一つ目は『絶対に織斑の野郎をこの部屋に招き入れない事』。二つ目は『シャワーを使う時や着替えをする時は、絶対に部屋の鍵を閉める事』じゃ」

 

「えと、一つ目は何となく解ったけど・・・二つ目のが解らないんだけど」

 

いや、解れや男装の麗人(笑)。

あれ、君も天然持ちか?

 

「あのなぁ、デュノアさん。俺の国には『ラッキースケベ』言うとんでもないスキルを持っている人間がたまにおってな。それが織斑の野郎じゃ」

 

「ら、ラッキースケベ?」

 

「おう。女の子が着替えとる最中に何処からともなく現れるスキルでのぉ・・・あとは言わんでも解るな」

 

「ッ・・・うん、わかった」

 

「よし、良え返事じゃ。じゃあ、今日はゆっくりしんさい。おやすみ」

 

「お・・・おやすみなさい」

 

そう言って、安住の地から面倒事の巣窟へと変貌した自室を後にする俺。

・・・あぁ・・・今夜はヤケ酒じゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆







因みに没ルート。『春樹が半端に闇落ちしたら』。



「もう”バレてる”んだよ、シャルル・デュノア。いや・・・『シャルロット・デュノア』さんや?」

「えッ―――きゃッ!?」

俺はデュノアさんの肩を突き飛ばし、そのまま彼女に覆いかぶさる。
華奢な身体は見た目通りで、すぐに組み敷く事が出来た。

「やッ・・・や、やめてよ清瀬くん! ボク、男だよッ。こんな事冗談でも―――ひゃうッ!?」

片手で彼女の両手を鷲掴み、残ったもう片方の手をゆっくり上から下へ太腿に添わせる。
布越しでも柔らかい質感が手に伝わり、首元からは甘い匂いが漂う。

・・・―――――クイタイ

「バレとるって、言うたじゃろうが。悪いが、俺は他の連中と違ってオメェが男装しとるくらいわかっとるんじゃ。それに・・・元々からこーいうんが目的じゃったろうが」

「や、やめッ―――ひぅッ!?」

首元へ顔を近づけ、きめ細やかな白い肌をアイスクリームでも食べるみたいに舐める。
甘い。まるで新鮮な果物でも食っとるみたいじゃ。

「叫べば良えかろうが、誰か助けに来てくれるかもしれんで?・・・あぁ、でもダメか。人を呼んだら、オメェが皆を騙しとる事がバレるんじゃけんなぁ」

「や、いやぁ・・・! やめて、清瀬くん・・・ッ!!」

「やぁ~だよ」

耳元で囁き、そのまま俺はデュノアさんが着とるジャージのジッパーを噛むと、そこからジジジとゆっくり下へ下へ降ろす。

「やっ・・・やだぁ・・・ッ!」

白くて柔らかそうな肌が徐々に徐々に面積を広げていき、五月蠅いくらいに心臓が跳ね上がるのが実感できた。

・・・―――クッテヤル
―――――コワシテヤル



「・・・助けてッ・・・”お母さん”・・・ッ!」

◆◆◆◆◆

「・・・ッ!!? う、うわぁアアッ!!」

「きゃッ!?」

声を上げる事も出来ず、このまま春樹の毒牙にかかってしまうかとシャルル自身思っていた・・・その時だった。
春樹は組み敷いていた彼女の手を振り離し、突然後ずさったのだ。

「なに、やっとんじゃ・・・何やっとんじゃ俺はッ・・・素面じゃぞ、それなのに一体なにやって―――ッ、うェおオああッ!!?」

動揺しているのか、酷く脅えたように肩を抱くと大きく嗚咽を吐いた。
吐く前に急いで口を手で押さえるが、胃液が指の隙間から噴き出し、服を濡らす。

「ハァーッ・・・ハァーッ・・・ハァーッ・・・!!」

過呼吸気味に息を漏らす春樹。
先程の下卑た表情は何処へやら。今の彼は酷く脅え、ガタガタと身体を震わせていた。

「ど・・・どうしたの・・・?」と先程まで彼に襲われていたシャルルが恐る恐る声をかける。
何故、彼女が先程まで自分を襲っていた男に声をかけたのか。それはシャルル自身も解らなかった。
ただ、何故か彼を放っておくことが出来なかったのだ。

「頼むけんッ・・・来るな、来ないでくれ! また俺は君を襲うかもしれん!! だから・・・だから、だから・・・!!」

「・・・・・大丈夫だよ」

「ッ!」

「ボクもちょっとビックリしちゃったけど・・・大丈夫。だから・・・そっちに行ってもいいかな?」

身体を起こして立ち上がると、春樹との距離を縮めていく。

「やめろッ・・・頼むけん、来んといてくれッ・・・!!」

「大丈夫、大丈夫だよ。ほらっ」

「あッ・・・」

シャルルは怯えて震える春樹の手を握った。
じんわりと温かい手の感触が彼を包み込んだ。

「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさいッ・・・ごめんなさい・・・ッ!」

「うんッ。大丈夫、大丈夫だからね」

涙をボロボロ流し、謝る春樹をシャルルは優しく受け止め、寄り添った。







・・・続きが思いつかず、敢え無く断念。


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18話

 

 

 

『草木も眠る丑三つ時』という言葉があるように、消灯時間などとっくの昔に過ぎた午前二時過ぎ。

そんな真夜中に未だ薄らボンヤリと明かりが灯っている施設があった。

IS学園に併設されているIS格納庫兼整備室だ。

 

「・・・ッ・・・」

 

その場所をほとんど毎日利用している生徒が一人いた。

彼女はそれこそ授業と食事以外の時間をその場所で過ごし、その日も仮眠をとった後、作業を進めようと整備室に戻ったのだが・・・・・

 

「かァー・・・くかーッ・・・」

 

戻ってみると、製作途中のISに抱き着いたまま眠りこける鼻頭の赤い男がいびきをかいていたのだった。

生徒はその男を知っていた。いや、知らぬと言う方が無理だったろう。

世界で二番目に見つかった男性IS適正者『清瀬 春樹』。

 

勝手に耳に入って来たクラスメイトの話だと、”酷く凶暴”・”捻くれた癇癪持ち”・”気持ちの悪い笑い方をする”・”すぐに逆切れする”等と言った良い噂よりも悪い噂が多い人物だ。

 

「あの、ちょっと・・・ぅッ!?」

 

「ぐぅうー・・・ッ」

 

そんな悪評塗れので作業に邪魔な男を起こそうとしたのだが、如何せん起きようとしない。加えて、彼からは強いアルコールの臭いが漂った。

 

「ねぇッ・・・ねぇってば・・・!」

 

「くぅうー・・・んぁッー・・・なんなんな・・・?」

 

漸く起きた春樹はゆっくり身体を起こし、垂れた涎を裾で拭う。

それから辺りをキョロキョロと見回し、目の前にいる生徒に向かって言い放った。

 

「どこなんなここは? つーか、お前だれじゃー?!」

 

「ここは、整備室・・・関係者以外立ち入り禁止の場所。私は―――」

 

「んな事どーでもえーんじゃ! 俺のウィスキーちゃんはどこなんならッ!!」

 

「・・・・・」

 

聞いておいて、最後まで喋らせない事にカチンと来たのか。彼女は足元に転がっていた茶色のボトル瓶を春樹に投げつける。

 

「わっと!? ぬふ~ん、ありあとーメガネちゃん! ングッ、ング・・・ぷヒャーッ! 口が焼けるでよー!!」

 

投げつけられたボトルを真っ逆さまに呷り、再び口を雑に拭う春樹。その様はもう唯の酔っ払いそのままであった。

 

「・・・用が済んだのなら、もう帰って」

 

「あぁ、何じゃと? 俺がどこで飲もうと、寝ようと勝手じゃろうがなぁ。オメェが帰れやぁあッ」

 

「・・・はぁ・・・ッ。邪魔」

 

「おわ・・・ッ!?」

 

絡み酒の酔っ払いにこれ以上関わるつもりはないとばかり、彼女は溜息を一つ吐くと製作途中のISに寄り掛かる春樹を押しのける。

酔っている為か。春樹はすぐにバランスを崩し、そのまま脇に転がった。

 

「ふぅーんじゃ。どーせ俺は邪魔ものですよーだ、おまけですよーだ。ふんだ、ふんだ、だっふんだ! 阿破破破破破ッ」

 

情緒不安定に笑い転げながら、ウィスキーを飲む春樹。

シャルル・・・いや、シャルロットとの相部屋の件で千冬に言われた事がまだショックなのか、彼は再び最後のスコッチウィスキーに溺れる。

 

「・・・・・」

 

「・・・ふ~ん」

 

しかし、目の前で熱心に作業に打ち込む生徒に興味が湧いたのか。ゆっくりと起き上がると先程まで自分が寄り掛かっていたISへ千鳥足で近寄っていった。

 

「これ、君が作りょうるISなんか?」

 

「・・・・・」

 

「無視かい。・・・あぁッ、すまんかったすまんかった。謝るのが先じゃったのぉ。ごめんなさいですだ」

 

「・・・・・」

 

だが、謝っている春樹の言葉を完全に無視し、彼女はカタカタと作業に没頭する。

その反応に「クゥ~ン」と春樹は表情を渋く歪ませた。

 

「・・・ん? なぁ、メガネちゃん」

 

「・・・・・」

 

「ついに無視いうより、無反応になったのぉ。まぁ、ええわ。ここのスラスターの出力、低いすぎるんじゃねぇんか? これだと飛びょうる時に直ぐバランスを崩すで」

 

「えッ・・・?」

 

モニターを覗き見ていた春樹の言葉に生徒は一瞬呆け、すぐに容量を再計算し直す。すると、彼の言うようにスラスターの出力精度が基準値よりも若干低くなっていた。

 

「これだとブースターの補助動力を回して、補った方がええな」

 

「・・・どうして」

 

「あ?」

 

「どうして・・・わかったの?」

 

疑問を投げ掛ける彼女に春樹は少し考え込むと、左手の甲を指差した。

 

「いやぁ、実を言うとな・・・俺、ガンダールヴなんよ」

 

「・・・は?」

 

春樹の言葉に生徒は呆然とする。

彼が指を差した部分には”何もなかった”からだ。

 

「こいつのおかげで、こねーな場所に押し込まれたが・・・ISの基礎授業とか実践じゃあ役立つんじゃ。凄かろうが」

 

「へ・・・へぇ・・・」と彼女は恐る恐る返事をした。

どうやら、クラスメイト達が言っていた事はあながち間違いではなく、この男はある意味ヤバいカテゴリーに入るのではないかと彼女は危惧した。

 

「しっかし、なんでこねーな時間にISを作りょうるんな。まさか、一人で作りょうる訳じゃなかろう」

 

「・・・・・」

 

「・・・えッ、マジで? ホントに一人で作りょうるんかい」

 

彼女の沈黙の肯定に「スゲー!」とどこかのミーハーのように賞賛をおくる春樹。

けれど、その彼女の表情はあまり思わしくはなかった。

 

「別に・・・全然すごくない」

 

「なんでーな。こねーな精密機械の塊を一人で組み上げようなんて・・・正気の沙汰とは思えんで」

 

「・・・それ、褒めてる?」

 

「褒めとるで、勿論」とケラケラ不気味に笑う春樹。

彼女は、ますます関わってはいけない人間ではないかと思案を深めた。

 

「でも、なんで一人で作りょうるん? 大変じゃろうが」

 

「・・・・・お姉ちゃんが、一人で完成させたから・・・」

 

「あ? ”お姉ちゃん”?」

 

「ッ!」

 

「しまった」とばかりに口を抑える生徒。だが、『覆水盆に返らず』と言葉にあるように一度吐いてしまった言葉は、相手が難聴系主人公でもない限りは取り消せない。

 

「・・・あぁ、やっぱり君はあの生徒会長の身内か。まぁ、その水色髪で赤の他人な訳ないか」

 

「・・・・・」

 

春樹の言葉に彼女は顔を俯かせる。

「この人もか・・・」かと頭に悲嘆の言葉がよぎった。

 

「・・・君も大変じゃのォ」

 

「・・・え?」

 

だが、彼から返って来た言葉に彼女は戸惑う。

 

「君のお姉さんが、たかが学校の生徒会長をしょーるぐらいで・・・やれ『お姉さんは優秀なのに』だの、やれ『お姉さんはあんなに素晴らしい方なのに』だのと比べられてるんじゃろう。それで君自身が良え事やっても・・・『流石は会長閣下の妹君』だのと言われる・・・君は付属品じゃねぇんじゃぞ、ボケッ!」

 

「・・・ッ・・・!」

 

「・・・あッ・・・悪い。変なこと言うたな。気に障ったんなら、謝るわ」

 

「・・・ううん。そんな事言われたの、初めてだったから・・・驚いてる」

 

「そ・・・そうなんか」

 

まさかの反応に酔いが醒めて来た春樹。

バツが悪いのか、ボトルを呷る。が、既に中身は空っぽ。最後の一滴が舌に転がるだけだった。

 

「・・・あっと・・・えと・・・・・”自分を見失うなよ”!」

 

「え?」

 

変な空気に際悩まれ、場を繋げようと焦った春樹がそう言葉を紡いだ。

そしてそのまま、半ばヤケクソ気味に言葉を繋いでいく。

 

「どんだけ君のお姉さんが偉かろうが優秀じゃろうが、君は君じゃ! 君自身を知らん他人の評価に惑わされんなッ! 君は現に凄い事をやりょうるんじゃッ、胸を張って前を向くんじゃッ!!」

 

言い終えた後、春樹は酷く後悔した。

御大層に並べた言葉が自分でも引くくらいに安すぎたからだ。

 

「あッ・・・えっと・・・じゃあの、おやすみッ!!」

 

「あッ・・・!」

 

きっと彼女も「何言ってんだ、コイツ」とドン引きしているに違いないと、急に恥ずかしくなった春樹は出口に向かって走る。

途中、足がもつれて転倒するが、振り返る事なく整備室から出て行くのだった。

 

「・・・変な人。・・・でも・・・・・ありがとう」

 

彼を見送った生徒、『更識 簪』はボソリとそう呟く。

この時、久方ぶりに笑顔を浮かべていた事を彼女自身気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆


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19話

 

 

 

「・・・うぇっぷ・・・」

 

同志に会えた喜びから一転して、失意の鍋底を味わった次の日。俺は胸糞の悪い吐き気と共に起きた。

辺りには数えきれんぐらいの空薬莢が転がり、俺のであろうゲロがカラシニコフちゃんと床を汚しとる。しかも、時計の針はとっくの昔に始業時間を過ぎとった始末じゃ。

 

幸いにも制服が汚れとらんかったけん、真面目な俺は遅れながらも授業を受けようと急ぐ。

じゃけど、急ごうにも足がもたつくし、足を進めるたびに胃液が食道を逆流する。そんなんでも、やっとこさ教室にあと一歩のところまで辿り着いたんじゃが・・・・・。

キンコーンカンコーンと無情にも午前の授業を終わらせるチャイムが鳴り響きやがった。

 

そして、我らが担任からの出席簿アタックが俺の頭に降されたんじゃったとさ。

終。

・・・全然、めでたくない。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「あ”ぁ”ぁ”~・・・ッ」

 

昼休み。

いつもの木陰で春樹は、何とも言えない呻き声を唸って寝転んでいた。

辺りには二日酔いを緩和させる為に飲んだペットボトル飲料が幾本か転がっている。

 

「物理的にも中身的にも頭は痛ぇーし、酒はもうのうなったし、こっ恥ずかしい夢は見るし・・・散々じゃで、糞タレがぁ~」

 

今の彼の文句に加える事があるとするならば、春樹を見るクラスの生徒の目が入学した当初の目に代わっていたという事だろう。

 

ラウラに初対面で叩かれたとはいえ、八つ当たりで一夏にヘッドバッドをした事やシャルロットとの相部屋の件で職員室に怒鳴り込んで行った事は瞬く間に広まってしまい、今や春樹の評判は断崖絶壁から突き落とされたかのように急降下してしまっていた。

 

「・・・大丈夫?」

 

「あぁ?」

 

そんな問題児に声をかけて来たもの好きが一人。

職員室に怒鳴り込む要因を担ったニセ男性IS適正者、シャルル改めシャルロットが心配そうな眼で春樹を見下ろしていた。

 

「・・・誰じゃーって思うたら、君か。つーか、なんでこねーな所おるんじゃ?」

 

「オルコットさんから、清瀬くんがいるならここじゃないかって言われてさ」

 

笑顔で言葉を交わそうとするシャルロット。だが、そんな彼女に対して春樹は酷く眉をひそめた。

 

「(あのお喋りさんめ・・・!)ハァーッ・・・心配せんでもええけん」

 

「なにが?」

 

「誰にも、君の秘密を言い触らしたりせんよ。じゃけん、無理に俺に関わろうとせんでええ」

 

「別にボクはそんなつもりじゃ・・・」

 

「うぇ~、気持ち悪ッ・・・」

 

ゴロリとシャルロットに背を向ける春樹。

また胃液が逆流してきたのか、表情を苦悶に歪める。

 

「・・・」

 

「・・・あ?」

 

そんな彼の背中をシャルロットはさすった。まるで母親が子供を寝かしつけるように優しくゆっくりと。

 

「・・・ふぅー・・・」

 

彼女が背中を擦る事で、心地いいのかゆっくりと呼吸を整える春樹。

そして、だいぶ楽になったのか。「もういい」と言わんばかりに上げた手を振った。

 

「なにが目的か知らんが・・・ありがとうな。だいぶ楽になったわ」

 

「どういたしましてだよ」

 

言葉を交わす二人に心地良い風が通り抜けていく。

サワサワと揺れる枝や葉の音が耳に快い。

 

「・・・気持ちが良いね、この場所は」

 

「あぁ・・・数少ない俺のお気入りの場所じゃ。じゃけぇ、あの野郎には絶対に教えたらおえんで」

 

「・・・ホントに清瀬くんは一夏の事が嫌いなんだね」

 

「おう。嫌いじゃ、大嫌いじゃなッ」

 

「・・・そんないい笑顔で言われても」

 

苦笑するシャルロットに「ふんッ」と鼻で笑う春樹。

こうして、なんとも和やかに昼休みは過ぎ去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

放課後。

身体から毒素を空っぽに完全ゲロし、ついに俺復活!

午前も午後も、授業では山田先生に迷惑かけてしもうたけん申し訳なかったのぉ。

でも、もう大丈夫じゃ。

持って来た酒はもうないし、飲み過ぎる事はなかろう。阿ッ破ッ破ッ破ッ!

 

・・・・・あぁッそうじゃった、もう酒無いんじゃった。

・・・俺は明日から何を楽しみに生きて行きゃあ良えんじゃッ? ぬおぉおお・・・ッ!!

 

「だ・・・大丈夫、”清瀬”? まだ具合悪い? やっぱり、僕との模擬戦やめる?」

 

「あ? あぁ、大丈夫。・・・ちょっと、これからの生活に打ちひしがれただけじゃけん」

 

「ホントに大丈夫?!」

 

昼休み、デュノアさんに背中を擦って貰ったお礼から放課後模擬戦をする事になった俺は第三アリーナへ来とる。

ちなみに呼び捨ては俺が許可した。名字だけだがのぉ。

 

意外な事に俺達の他にもアリーナを利用しとる人間はおり、皆なんか殺気立っとった。

なんで?

 

「もうすぐ『学年別トーナメント』だから、みんな気合が入ってるね」

 

「学年別、トーナメント? なんなんそれ?」

 

「え? あッそうか、清瀬は午前中いなかったもんね」

 

「あぁ?」

 

デュノアさんの話を大雑把に簡潔に纏めると、ペアを決めて学年別のトップを争うトーナメントをするそうじゃ。

・・・興味がないけん、話ほとんど聞いちゃあいないが。

 

「・・・あれ? 清瀬じゃないか!」

 

・・・おおっと、幻聴かな~? ついでに幻覚も”再発”したんかな~? アリーナの入口から厄介者が満面の笑みで近づいて来るでよ。

阿ッ破ッ破ッ破ッー。

 

「デュ・ノ・ア・さーんッッ??」

 

「ひぃッ!? ボク知らないよーッ!!」

 

オイオイオイ。

雨にうたれる子犬みたいに震える様子からするに偶然の様じゃのォ。

ホントに嬉しくないのぉー。

 

「偶然だな、俺達もこれから模擬戦でもしようかって言ってたところなんだよ。なぁ!」

 

「あ、あぁ・・・そうだな」

 

「・・・そうねー」

 

おい。ちょっと待ちぃや、織斑この野郎。

オメェ、昨日俺に頭突きされたろうが。俺、オメェに謝ってなかろうが。それなのに、なんでそねーにフレンドリーに話しかけて来るんじゃあ?

鳥頭なのかなー? ドマゾなのかなぁー?

 

あと・・・篠ノ之さんと凰さんがめっちゃんこ睨んで来るんじゃがー?

アレレ~? 織斑ぁ~、オメェまさか「俺達と一緒に模擬戦しようぜ」なんて言わんよなぁ~? 言うなよ~、頼むから言うなよ~!

「あらあら、うふふ」って笑うてないで、助けてやセシリアさーん!!

 

「俺達と一緒に模擬戦やろうぜ!」

 

おっふ・・・こいつホントに言いよったで、コイツ。

 

「午前中、授業に来なかったのは俺に頭突きした事を悔やんでたんだろ。いいんだ・・・俺は気にしてないからさ、清瀬!」

 

「えッ、あッおい、ちょっと!!?」

 

ちょっと待てやッ!

なにをテメェは、自分の良えように勝手気ままな解釈しとるんじゃ、ボケェッ!!?

オメェとは、例え夕陽の校舎で殴りおうても友情なんか芽生えんわッ!

あぁ、もう糞ッ! あんまり吃驚し過ぎて、ええように言葉が出て来ん!!

つーか、近づいて来るなッ!!

 

「おい」

 

・・・と、その時。上空から氷のように冷ややかな低い声が降り注いだ。

見上げれば、我が同志であるボーデヴィッヒさんが俺達を見下ろしていた。

 

「ねぇ、ちょっとアレ・・・」

「ウソ、ドイツの第三世代型だ」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど・・・・・」

 

彼女が纏っていたのは、黒をパーソナルカラーとした重厚感のあるIS。

昨日の実践授業じゃあ纏っていなかったけん、ドイツのISはどねーなもんかと思っとったが・・・カッコええのぉッ!

流石はドイツじゃ。昔から兵器類のカッコよさは抜群じゃ。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな・・・ならば話が早い。私と戦え」

 

ボーデヴィッヒさんのISのカッコよさにうっとりしとったら、彼女はその灼眼の眼で織斑の野郎を睨みながらそう言い放った。

 

おぉッ・・・もし効果音が出るなら『ドドド』って感じじゃのぉ。

しかも彼女は何でか知らんが、織斑をご所望みたいじゃし・・・ここはあれじゃな、隙をば見つけて逃げるんが良えな!

ありがとう、戦いの乙女ッ! 俺、君に惚れそうじゃ!!

 

「嫌だ、理由がねぇよ。それに俺は清瀬達との先約があるからな」

 

いや、勝手に決めんな。

 

「貴様にはなくとも私にはある。貴様が誘拐などされなければ、教官がモンド・グロッソを二連覇出来たのは容易に想像出来る」

 

・・・ん?

えッ、あれ? もしかして、ボーデヴィッヒさんが織斑の野郎が嫌いな理由って・・・あの先公関係なのか?

 

「あんた馬鹿なんじゃない? そんなの一夏じゃなくて、一夏を誘拐したやつが悪いに決まってるじゃない」

 

「だとしても足を引っ張ったのは事実だ。教官が二連覇出来なかったのもな」

 

見るに見かねた凰さんが野郎を庇うが・・・ボーデヴィッヒさん、それを一刀両断。

な、なんてサバサバしとるんじゃ・・・素敵ッ。

 

「悪いが、また今度な」

 

「ふん、ならば・・・戦わざる得ないようにしてやる!!」

 

そう言ってボーデヴィッヒさんはカノン砲のようなデカい銃口を織斑に向けた。

・・・ちょっと待て、この距離だと俺も巻き込まれるじゃん!?

 

「この野郎ッ!!」

 

ドガッ!!

「うげッ!!?」

 

『『『なッ!!?』』』

 

俺は咄嗟に撒き込まれを防ぐ為にすぐ傍まで近寄っていた織斑を思いっきりフルパワーで殴り飛ばした。

野郎が吹っ飛んだ事で、ボーデヴィッヒさんの狙っていた砲身は大きく其れる。

「今だッ、撃て!!」とは言わんかったが、俺は彼女に目で合図を送る。

 

「!」

 

それを知ってか知らずかは解らんが、ボーデヴィッヒさんは野郎目掛けて引き金を絞る。

・・・じゃけど・・・

 

「こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人は随分と沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

 

「・・・ッチ」

 

その射撃線上にデュノアさんが割り込んで入って来た。

ッチィイ! 邪魔すんなよぉッ!

あとホットビール馬鹿にすんなッ。意外とあれ美味いんじゃぞ!!

 

「ふんッ、フランスの第二世代如きが私の前に立ちふさがるとはな」

 

「未だに量産化の目処が立たないドイツの第三世代よりは動けるだろうからね」

 

睨み合う二人。

その間、デュノアさんに遅れを取りながらも篠ノ之さんや凰さんが守りを固める。

この間に俺はアサルトライフルを取り出し、織斑の阿保面をボコボコにしようと近づいていると・・・

 

『そこの生徒! 何をやっている!』

 

おっと邪魔が入りやがった。

大方、。騒ぎを聞きつけた担当者が叫んだんじゃろうな。

 

「ふん・・・今日ところは引こう。だが、次こそは・・・!」

 

そう言ってクールに去って行くボーデヴィッヒさん。

「ラウラ・ボーデヴィッヒはクールに去るゼ」と勝手なアテレコを後ろからしとったら、デュノアさんから声をかけられた。

 

「助かったよ、清瀬」

 

「あ、なにがじゃ?」

 

「あの時、清瀬が一夏に攻撃していなかったら、一夏諸共皆がボーデヴィッヒさんの砲撃に巻き込まれるところだったよ」

 

「えッ、そうなのか!?」

 

あ、この野郎、それ俺のセリフ。

 

「ボーデヴィッヒさんが一夏に向けたのは、たぶんドイツで試験試作中の大型レールガン。あんなのを密集空間で発砲されたりしたら、一夏だけじゃなくて皆が大ダメージを負うところだった。清瀬が一夏を攻撃した事で、砲撃のタイミングが逸れたから、ボクが割って入る事が出来たんだよ」

 

「そうだったのか、清瀬!」

 

「清瀬ッ・・・お前という男は!」

 

・・・うん、なんか勘違いされとるようじゃな。

確かにタイミングはピッタリじゃった。あのままデュノアさんが出しゃばらんかったら、織斑の野郎”だけ”に大ダメージを負わす事が出来たのにのぉ・・・。

 

「・・・春樹さん、本当ですか?」

 

あー・・・やっぱりセシリアさんは勘違いしてくれてないな。場を乱さない為に同調してるように見せとるだけで、めちゃんこジト目じゃ。

・・・まぁ、俺もこれ以上は騒ぎに巻き込まれたくないけんな。

ここは同調しとくか。

 

「ウン、ソウジャヨー」

 

「清瀬ー!」

 

「うわッ、来るな」

 

ガンッ

「へぶッ!?」

 

「「い、一夏!!」」

 

あ、ヤベ。

感動して気持ち悪い顔で近づいて来るけん、つい殴っちゃった。

・・・ついでにもう一発殴っとこう。

 

「おやめなさい、春樹さん」

 

「・・・へーい」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆


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20話

 

 

 

放課後。

織斑の野郎の乱入でデュノアさんとの模擬戦をする前に興ざめから、早々にアリーナから逃げた俺は・・・

 

「答えてください、教官ッ! 何故こんなところで教師など!!」

 

「・・・何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

・・・なんか修羅場シーンに出会ってしもうた。

 

別段、これは偶然じゃない。

あの時、不覚にも織斑の野郎を助けるような事をやっちまったから、「邪魔をして悪かったな」とボーデヴィッヒさんへ謝る為に彼女を追ったんじゃが・・・俺は密偵のように隠れとる始末じゃ。

 

「このような極東の地で何の役目があるというのですか! お願いです教官ッ、我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も活かされません」

 

ほ~ん、織斑先生ってドイツで指導かなんかしょーたんじゃのぉ。ボーデヴィッヒさんが先生に随分と懐きょーるんわ、その為か。

・・・じゃけど、話半分でも”訳アリ”色が濃いのぉ。

 

「大体・・・この学園の生徒など、教官が教えるに足る人間ではありません」

 

「ほう、何故だ?」

 

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている! そのような程度の低い者たちに教官が時間が割かれるなど―――――」

 

「・・・そこまでにしておけよ、小娘」

 

きゃー、織斑先生が怒ったー。

効果音を付けるなら『ドドド』よりも『ゴゴゴ』じゃろうな。何とも凄味があるのぉ。

じゃけんど、ボーデヴィッヒさんの言よーる事も満更でもなかろう。

絶対防御がある言うても、ISは所詮は兵器じゃ。人を惨殺するための人殺しの道具でしかなかろう。

ここに通っている輩は、殆どその認識がないじゃろうな。

それに・・・・・

 

「少し見ない間に偉くなったな。十五如きの小娘がもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

 

「わ、私は・・・」

 

あんたは、なんでそねーに頭ごなしにしか怒れんのじゃ?

見てみぃ、ボーデヴィッヒさんがションボリしてしもうとるで。あねーな怒り方したら、萎縮してしまうでよ。

 

先生に怒られて、下唇を噛みながらトボトボとその場を後にするボーデヴィッヒさん。

・・・謝るついでに、なんか甘いモノでも奢っちゃろう。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・いつまで盗み聞きをしているつもりだ?」

 

ギロリと先程の凄味を保ったまま千冬は鋭い視線を壁際に突き刺す。その視線に突き刺されたのか、困った様に隠れていた春樹が顔を覗かせた。

 

「いや・・・別に盗み聞きをするつもりなんて、これっぽっちもありませんでしたよ。ただ、俺はボーデヴィッヒさんに用があるだけでしたから」

 

「なに、お前がボーデヴィッヒにか?」

 

春樹の言葉が意外だったのか、眉をひそめる千冬。

そんな彼女の表情に春樹はもっと眉をひそめた。

 

「別に構いやしませんでしょう。彼女はもう先生のモノじゃあないんでしょう?」

 

「・・・どういう意味だ?」

 

「そのままの意味ですよ。彼女はもう貴女の所有物じゃないって意味です」

 

ゴウッと千冬の殺気が春樹を包み込む。

しかし、春樹はあっけらかんと尚も言葉を続けていく。

 

「さっきの話を聞いていて思ったのは、『別れた恋人が未練がましく自分に付きまとって来てウザったらしい』って感じでしたよ。いや・・・ここは『別れた』じゃなくて『捨てた』と言う方が正しいか」

 

「なんだとッ」

 

「だってそうでしょうが。さっきの話し合いでも、あんな言い方はするもんじゃないですよ。でも元とは言え、流石はブリュンヒルデ様だ。人を見下して、利用価値がなくなったらポイか」

 

「何を馬鹿なことを。私は生まれてこの方、人を下に見るなど―――――」

 

「・・・ちょっとちょっと待ってくださいよ、織斑先生。もしかして、自覚してらっしゃらないんですか?」

 

「オイオイ」とばかりにワザとらしく頭を抱える春樹。

その姿が癇に障ったのか、千冬は彼との距離を詰めようと一歩を踏み出す。

 

「他人の意見なんぞ聞こうともしないし、ヘマをした人間に言葉で注意すりゃあ良えのに・・・貴女はわざわざ出席簿で殴って黙らせる。正に自分こそが正しいと言わんばかりに立振る舞っているじゃないですか。阿破破破・・・・・一体何様のつもりなんじゃ、アンタ」

 

「ッ!」

 

異質な笑い声の後、ギョロリと見開かれた春樹の眼が千冬に向けられた。

そして、彼もまた彼女との距離を詰める様に一歩を踏み出した。

 

「さっきの事もそうじゃ。昔の教え子の言葉に耳が痛いからと無理に言葉を切りにかかったのか、面倒になったなのかは知らんが・・・あねーな言い方はせんでも良かったんじゃあないですか?」

 

「ボーデヴィッヒには、あの方がいい。それに私とボーデヴィッヒの話は、お前には関係ない事だろう」

 

「確かにその通りじゃ。俺はアンタら二人の関係がなんなんだろうとどーでも良え。・・・じゃけど、気に入らん。説明を求めた彼女にただの圧力で追い返したアンタの態度が気に入らんのんじゃ」

 

「「・・・あ”ッ?」」

 

ついに手が届くところまで近づいた二人はメンチをきりあう。

剣呑な雰囲気が二人から周囲へと放たれていき、この場面に偶然にも通りかかった生徒は方向転換を余儀なくされる事になったのだった。

 

「・・・小僧、今回はお前の度胸に免じて見逃してやろう」

 

「それは有難い。年増の・・・いや、年長者の言う事には甘えましょうかねぇ」

 

「「・・・あ”ぁ”ッ?」」

 

・・・もう喧嘩した方が早いんじゃないか、と思えるくらいのやり取りをもう何回か交えた後、二人は別々の方向へと歩むのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・(気に入らん。気に入らんッ、気に入らん! あーもうッ、気に入らんッ! むかっ腹が立つのぉ!!)」

 

千冬と別れた後、春樹は酷い形相で顔を歪め、心中絶叫しながら食堂に向かっていた。

 

「(あの先公はムカつくし、ボーデヴィッヒさんは見失うし、織斑の野郎がまたしつこー飯に誘うようになってきやがったし、散々じゃ!)ギリギリギリ・・・ッ!」

 

声には出していないが、その機嫌の悪い表情と歯軋りに擦れ違う無関係な生徒達は思わず彼を避けた。

ちなみに一夏からの『一緒に飯食おうぜ』攻撃はなんとか逃げる事に成功している。

 

「(つーか、なんでこんなに腹が立つんじゃ!? いつもじゃったら、あねーに人に突っ掛かったりせんのんじゃけどもッ・・・やはり酒かッ、酒がないからか?!! 酒飲みたい酒飲みたい、飲みたい飲みたい飲みたいィイッ!! イライライラアアアッ!!)」

 

ついにアルコールに対する禁断症状まで出始めた春樹。

船上へ釣り上げられた鰹のように震える右手をポケットにしまい、食券販売機の前に立つ。

そして、目当てのものを見つけると壊れるくらいにボタンを連打した。

 

こうなったら自室に籠っている方が良いのだが、生憎とシャルロットのいる部屋は居心地が悪い。加えて、射撃場はゲロを吐いた事による無期限の出入り禁止になってしまっていた。

 

「・・・あ?」

 

そんな彼が一瞬の内に冷静になった。

食堂の奥にあるテーブルに探していた銀色がちょこんと座っていたからだ。

 

「・・・ふむ・・・これも持っていくか」

 

彼は普段なら食べないようなものをお盆に入れると目当ての人物が座っている真向かいへ移動した。

 

「ここ、よろしいかボーデヴィッヒさん?」

 

「貴様は・・・・・ふんッ」

 

「沈黙は肯定って事で・・・失礼しますよっと」

 

ラウラは灼眼の目で春樹を睨むが、すぐに食事へ目を落とした。

大して断られる事もなかったので、彼女の真向かいへ座わる春樹。

異質な転校生と不気味な問題児の組み合わせに周りにいた生徒達が、ヒソヒソとざわつき始めた。

 

「あ~、そうだ。これ良かったら、どうぞ」

 

春樹はそう言いながら、ラウラの前にあるものを差し出した。

 

「・・・なんだこれは?」

 

「え、アイスクリームじゃけど・・・勿論、知っとるよな?」

 

「当たり前だ。そうではなく、どういうつもりかと聞いているのだ」

 

ジロリと燃えるような灼眼が春樹を貫く。機嫌が悪いのか、いつもより目が鋭い。

 

「そう睨まんでくれや。アリーナで邪魔をして悪かったなっていうお詫びじゃ」

 

「それに・・・」と春樹は付け足して言おうとしたが、傷心に塩を振る行為だと思い、言いとどまった。

 

「・・・そうか。なら、受け取ってやろう」

 

「おう、食ってくれや。阿破破ッ」

 

彼女の上から目線の反応に朗らかに笑う春樹。

加えて、不思議と先程までのイライラが緩和され、手の震えも収まっていた。

 

「・・・清瀬 春樹、貴様に聞きたい事がある」

 

「ん、なんね?」

 

食事とデザート食べ終え、春樹が注いだお茶を出せれたその時。ラウラはぶっきらぼうに彼へ語り掛けた。

 

「貴様は、織斑 一夏をどう思っている?」

 

「嫌いだよ。・・・あぁッもしかして、君も勘違いしてるな」

 

「なに?」

 

「あのままボーデヴィッヒさんが野郎を撃っていたら、攻撃の余波で俺にもダメージが来るかと思うた。じゃけん、アイツを殴り飛ばしたんじゃ。助けようなんて思うた訳と違うで」

 

「・・・そうか」

 

「おお、そうじゃ」

 

短くそう答え、ズズッとお茶を飲む春樹。つられて、ラウラも湯飲みに口をつける。

 

「清瀬 春樹、貴様はなぜ織斑 一夏を嫌っている?」

 

「・・・それは興味本位? それとも共通の敵に対する探り合い?」

 

「どちらでもいいだろう、早く答えろ」

 

相変わらずの尋問口調に「ヤレヤレ」と溜息を吐きながら、春樹は考え込む。

理由をあげればキリがないので、言葉を選んでいるのだろう。

 

「第一に、あの野郎がISを動かしたせいで、俺の愛すべき退屈な平穏が奪われた事。第二に、強制的にこの学園に入学させられて、勝手な義務を押し付けられた事。そして第三に、シンプルにアイツの外見が嫌い。ついでに性格も嫌い。アイツのせいで『バナージ×オードリー』のカップリングの尊さに気づくのに一、二年遅れた。おのれオノレ己ッ・・・!」

 

「そ・・・そうか」

 

一夏に対する春樹の思い、特に後半への熱のこもった内容に若干引き気味になるラウラ。

 

「そーいう君はどーなんじゃ、なんで織斑が嫌いなんじゃ? それは・・・もしかせんでも織斑先生関連か?」

 

「あぁッ、そうだ! ヤツさえいなければ、教官は・・・教官は!!」

 

「おっと、まぁ落ち着けボーデヴィッヒさん。ゆっくり話してくれ。ちゃんと俺、聞いちゃるけん」

 

「・・・わかった。ならば、私と教官の出会いから話そう」

 

「・・・それ長い?」

 

彼女の変な扉を開けてしまった事に若干の後悔をしながら、話を聞く体勢をとる春樹。

ちなみに・・・何故だか、彼は人の話を聞くときはメモを取る癖があった。

 

「あれは春の訪れを感じられた時期だった。教官は一年間だけ我が部隊に来てくださったのだ」

 

「部隊? 教習所とか学校じゃなくて、部隊?」

 

「言っていなかったか? 私はドイツ軍IS部隊所属にしている。階級は少佐だ」

 

「『少佐』ッ!? マジで?!!」

 

「・・・なにか文句でもあるのか?」

 

「・・・いや、別に」

 

この時、春樹の頭にはサイボーグになる前の誇り高き五月蠅いドイツ人少佐とカリスマデブと名高き、白軍服の大隊指揮官殿が浮かんでいた。

 

「・・・続けるぞ。我が部隊はIS運用が主なのでな。教官は織斑 一夏が拐われた時、その捜索に我がドイツ軍が支援したのを恩義に感じ、一年間だけ教導してくれたのだ」

 

「ほ~ん、なんとも律儀な話じゃ。恩返しの為に遥々ドイツまでなぁ」

 

「あぁッ、そうだ。その時、教官は落ちこぼれだった私を救ってくださったのだ! だから、教官は私の恩人なのだッ!」

 

「・・・なら、ボーデヴィッヒさんは織斑先生の事が大好きなんじゃね」

 

「あぁッ、勿論。お慕いしている!!」

 

「ほ~ん(・・・かわええのぉ)」

 

「エッヘン」と何故かドヤ顔で胸を張り、嬉々と楽しそうに千冬との事を語るラウラに春樹はホッコリと癒しを感じていた。

・・・・・だが。

 

「・・・ん? それがなんで『織斑の野郎を認めない』って話になるんじゃ?」

 

「・・・・・」

 

この春樹の一言に嬉々と楽しそうだったラウラの表情は一転。主君の仇でも憎むような表情へ変貌した。

 

「ヤツさえ・・・ヤツさえいなければ、教官は前人未到のモンド・グロッソ二連覇という偉業を成し遂げていたに違いない。それをヤツが邪魔したのだ。織斑 一夏は教官の汚点でしかない! だから、私はヤツを認めないッ!」

 

「・・・阿破破ッ、阿ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

苦々しいラウラの言葉に春樹はなんと笑い声で返した。

突然、腹を抱えて笑い出した彼の姿にラウラは驚き、周囲の生徒はその不気味な笑い声に引いた。

 

「な、なにが可笑しいのだ?!!」

 

戸惑うラウラになんとか笑い声を抑えながら、春樹は言葉を紡いでいく。

 

「阿破破破ッ・・・いや、悪い悪い。そこまで”俺と一緒”じゃったとは・・・ビックリしちゃってのぉ」

 

「『俺と一緒』? どういう意味だッ?」

 

「よくよく考えてみんさいな、ボーデヴィッヒさん。どうして、織斑先生はドイツに来たんだ?」

 

「む? それはさっき言っただろう。織斑 一夏の捜索に我が軍が支援したと。その恩義に報いるために教官は―――「なら、野郎が誘拐されていなかったら?」―――・・・なに?」

 

「織斑の野郎が誘拐されず、織斑先生がモンドなんとかで二連覇をしていたら? 先生はドイツに行っていたじゃろうかのぉ?」

 

「それは・・・・・」

 

最初は春樹が言っている事に疑問符を浮かべていたが、その内に段々と塩をかけられた青菜のような色に表情を染めていった。

 

「俺は野郎に対するこの憎悪の理由を知っとる。これは織斑に対する『逆恨み』じゃ。俺は解っとる上で、アイツが嫌いなんじゃ。だが、ボーデヴィッヒさん・・・君はどうじゃろうか?」

 

「わ・・・私・・・私は・・・ッ!」

 

動揺し、オロオロするラウラ。

そんな彼女を薄ら笑みで見つめた春樹は立ち上がり、去り際にこう耳打ちした。

 

「それは『嫉妬』じゃ。慕っている大好きな織斑先生が、ボーデヴィッヒさん以上に大切にしている人間がいると言う事に対する憎悪じゃ。君は・・・織斑 一夏に嫉妬心を抱いとるんじゃ」

 

「ッ・・・くッ!!」

 

囁かれる春樹の声に何故か身震いしたラウラは反射的に手を上げる。

しかし、それを春樹は容易く避けると笑みを溢した。

 

「じゃあの、ボーデヴィッヒさん。一緒に食事が出来て嬉しかったで。阿破破破ッ」

 

「・・・・・」

 

背を向けながら手を振る春樹にラウラは、ただ黙って視線を突き刺す事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 





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21話

 

 

 

早めの夕食をラウラと共に食べ終えた春樹は自室へと帰っていた。

 

「ふぅーッ・・・ふぅーッ・・・ふぅー・・・ッ!!」

 

・・・だが、どうにも顔色が優れない。というよりも酷い顔だ。

いつも以上に彫り刻まれた眉間の皺と苦悶に満ちる歪んだ唇。加えて、ポケットに突っ込んだ右手はバイブレーションのように痙攣を起こしていた。

 

「酒・・・酒、酒酒・・・お酒飲みたい・・・お酒飲みたいよぉ・・・!」

 

「ワタシ、サケノミタイ」とブツブツと詠唱呪文でも唱えているかのように願望を吐露する春樹。

正にその姿は危険人物であり、他の生徒は彼を見た途端に逃げた。

 

「う・・・ヴぇ・・・ザけッ・・・のミタいィイ・・・ッッ」

 

ついに人語を話せなくなる一歩手前まで症状が進行してしまうが、それでも何とか自室の鍵を開けて中に入る事に成功した。

 

「あ・・・A”ッ・・・あぁ”・・・」

 

春樹自身、禁断症状を抑える為にはもう寝るしか手は残されていないのだが、なにぶんと昨日から風呂に入っていない。

少しだが、放課後やった模擬戦での汗と今朝のゲロの臭いが身体から出ている。

 

「・・・気持ち悪い・・・風呂はいろ・・・入ってネヨ」

 

そうと決まれば、話は早いとばかりにシャワー室へヨタヨタ歩きで進む春樹。

途中に着ていた制服を脱ぎ捨てていくが、「あとでええか」とついに頭まで緩くなってしまう始末。

・・・だからこそ、気づかなかった。シャワー室の脱衣所に”電気が灯っている”事を。

 

「・・・あ?」

 

「え・・・ッ?」

 

ガラリと脱衣所の扉を開けると、あら不思議。そこには夕食を食べに行っている筈の男装麗人シャルロットの姿があった。

しかも、湯上りの生まれたままの姿である。

 

これがラブコメのラッキースケベシーンならば、この後「きゃあああぁぁッ!!?」と甲高いヒロインの悲鳴が部屋に響くのがテンプレートだろう。

 

「きゃ、きゃあ―――」

 

「うギャァアアアアアッ!!?」

 

だが・・・代わりに響いたのは、なんとも野太い断末魔のような男の声と、叩きつけられる扉の閉まる音だった。

 

「オメェ、なにしょーるんじゃボケェッ! 着替える時は鍵締めぇって言うたろうが、このおわんごがぁあ!!」

 

・・・と、そう捨て台詞を吐いた春樹は脱いだ服を片付けた後にベッドへダイブ。ガタガタと震えながら掛け布団を被った。

 

「・・・えッ・・・えーと・・・?」

 

一人脱衣所に取り残されたシャルロットは疑問符を浮かべた後、「普通、逆なのでは?」と呟くのだった。

 

そんな彼女が部屋着のジャージに着替え、部屋に入ると壁際のベッドに籠城する春樹の姿があった。

掛け布団へ包まっている為に表情は見えないが、「ふぅーッ、ふぅーッ」と吐息か鼻息が荒い事は確認できた。

 

「あの・・・清瀬? だいじょ―――「触るんじゃねぇ」―――ごッ、ごめん・・・」

 

丸まった布団の塊から聞こえるドスの効いた声にビビるシャルロット。

彼女はどうしたものかと考えながら、向かいの窓際のベッドへ腰を据えた。

 

「き、清瀬・・・ご飯は食べたの?」

 

「・・・食べた」

 

「・・・お、お風呂は?」

 

「入ろうと思ったら、お前がおった」

 

「・・・ごめん」

 

続かない会話にオロオロするシャルロット。

どうしたもんかと頭を捻る彼女に見兼ねたか、アル中野郎が口を開いた。

 

「はぁ・・・デュノアさんは夕飯食ったんか?」

 

「! ううん。一夏達との模擬戦をやった後に汗で気持ち悪かったから、シャワーをしてから食べようと思ってたんだ」

 

「ほ~ん・・・なら、行けや」

 

「え?」

 

「シャワー浴びたんなら、ボサッとしとらんで早う夕飯食いに行きゃあええがな。ど-せ、あの織斑の連中と食うんじゃろうがのぉ」

 

「ぼ・・・ボクは清瀬と一緒に食べたかったんだけどなぁ」

 

「ッ!」

 

ボソリと呟いた彼女の一言に「あのなぁッ!!」と春樹は飛び起きた。

突然の彼の行動にシャルロットは身を引くが、やっとまともな反応をしてくれた彼に対して失礼かと思い、踏みとどまった。

 

「フゥーッ・・・フゥッー・・・!」

 

「ひぇ・・・ッ!」

 

ただ、真っ赤に充血した目と剥き出しの歯にほんのちょっぴり後悔はした。

 

「昼間、俺言うたよなデュノアさん? 心配せんでも、他の皆に言いふらしたりせんけんって! じゃけん、俺にはあんまし関わらんでって!!」

 

「言ってたよ、聞いてたよ、知ってるよ! で・・・でも、ボクは・・・清瀬と一緒にご飯食べたかったし、それに最後のは聞いてな―――「はぁああッ!!?」―――ご、ごめんなさいぃい!!」

 

頭をガリガリ掻き毟る春樹だが、なんとか落ち着こうと壁に頭を打ち付け、冷静さを取り戻す。

・・・打ち方が悪かったのか、額の皮膚が擦れて血が出ているが。

 

「あ~、ちょっと待って・・・ちょっと落ち着かせてー。え~と・・・なんで?」

 

「えっと、一夏達とのご飯も楽しいんだけど。やっぱり、なんか・・・その、違和感(?)があってさ」

 

「(その違和感ちゃんの本名は『罪悪感』って言うんじゃで、デュノアさん)・・・って、それがなんで、俺と飯な訳~?」

 

「えと。清瀬と一緒にいると、その・・・安心するというか、リラックスするというか」

 

「・・・おっふ」

 

シャルロットの言葉に顔を抑える春樹。

『秘密の共有』をしているとはいえ、「この娘、頭おかしいんじゃねぇの?」とか「やはりマゾヒストか」と言った言葉が頭に浮かぶ。

だが、やはり「この声、好き」という言葉が沸き上がった。

 

春樹の愛読書は『物語シリーズ』であり、その中でも推しのキャラクターの中の人がシャルロットの声と一緒なのだ。

しかも、彼女の容姿と相まって、『とても可愛い』『凄く可愛い』『もう尊い、食べちゃいたい』と言った感情が溢れ出して止まらない。加えて、先程の彼女の湯上り姿がフラッシュバックしてしまう。

 

「WRYYY!!」ガツンッ

 

「えッ、ちょッ春樹!?」

 

壁に頭を打ち付け、なんとか冷静を取り戻す春樹。

そんな自分の突拍子もない行動にビクつく姿もまた一段と可愛いと思ってしまう。

 

「・・・大丈夫・・・大丈夫じゃけん。それ以上、俺の劣情をかき乱さんでくれ・・・頼むから」

 

「へ?」

 

疑問符を浮かべる姿さえも可愛くなってしまって、春樹はついに左手までもが震えて来た始末。

ついに春樹は溜息を吐いた。

 

「ハァ・・・わかった、飯食いに行こう」

 

「えッ、いいの? でも、食べたばかりじゃあ」

 

「良えっちゃに。気疲れして、また腹減ったしのぉ。じゃけぇ、俺は先に部屋から出るわ」

 

「なんで?」

 

不思議そうな顔をするシャルロットに春樹は渋い顔をしながら、自分の胸を親指で差す。

最初は解らなかったが、彼女が自身の胸を触ると隠していた膨らみがあった。

きつく締めていたサラシが何かの拍子に緩んでしまったのだろう。

 

「ッ!・・・き、清瀬のエッチ!」

 

「襲うぞ、この野郎」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

最近、一日一日が俺のメンタルを本気で抉りに来とる件について。

 

「ごめんね、清瀬。一緒に食堂行けなくて・・・」

 

主な原因はこの男装の麗人(笑)のせいじゃ。

CV花〇さんでこの天然アザトサに加えて、あのプロポーション・・・二次創作だったら、間違いなく18禁同人誌の餌食になりよーるキャラじゃろう。

 

「良えっちゃに。こうして飯とサラシ替わりの包帯も持ってこれたんじゃし」

 

結局、俺とデュノアさんは食堂には行かんかった。

なしてじゃと言うと、彼女のサラシが途中で切れてしもうたんじゃ。

それじゃと流石に胸の膨らみでバレる気がしたけん、俺が代わりのサラシと夕飯を部屋まで持って来たという訳。

・・・危うく織斑の連中と鉢合わせになるところじゃったが、なんとか回避できた。

 

「(それに・・・自炊で使う言う名目で”味醂”が手に入ったけん、万歳モノじゃ)」

 

「・・・清瀬、なんで笑ってるの?」

 

「ん? いんや、なんでもないでよ」

 

おっと、いかんいかん。嬉しさのあまりに笑みが零れてたでよ。

 

まぁ、とりあえずはアルコール問題は解決じゃろう。

味はイマイチじゃが、貴重なアルコールじゃ。これがのうなったら、料理酒と繰り返して食堂のおばちゃんからせびりゃあ良え。

 

それに・・・”消毒用エタノール”は最後の手段で残しとこう。あれの”せい”でアル中になってしもうたけんのぉ。

最後の最後の最終手段じゃ。言うなれば、『最後のアルコール』じゃろうか。

阿ッ破破破ッ!

 

「・・・ん?」

 

頂戴した味醂を長い事持たせる為に小分けにして、お茶やらジュースで薄めよーるんじゃけど・・・デュノアさんがさっきからなんかチラチラと俺を見よーる。

気になるんじゃろうか? やっぱり、俺どっか行った方がええのんかのぉ?

 

「ねぇ・・・清瀬」

 

「あ?」

 

とか色々考えよーたら、デュノアさんの方から話しかけて来よった。

なんか渋い顔しとるけど・・・もしかして、俺が持って来た夕飯に嫌いなもんでも入とったか?

俺は君のご注文通りのものを持って来たんじゃけどなぁ。

 

「清瀬は・・・聞かないの?」

 

「聞くって、なにをじゃ?」

 

「・・・ボクが、なんで事をしているのかをさ」

 

「・・・は?」

 

男性適正者への”スパイ活動”じゃけん、なんかとんでもない理由があるんじゃろう。

確か、デュノアさんの実家は世界シェア第三位の大企業『デュノア社』じゃったな。

じゃったら『親に言われて仕方なく』とか、大方そねーな理由じゃろう。聞かんでも解るわ、それくらい。

まぁ、デュノアさんの親御さんは俺じゃのうて、織斑の野郎が目的じゃろう。アイツは織斑のくせに専用機持ちじゃし、イケメンじゃし、ブリュンヒルデの弟じゃし。

・・・ッケ。”僻みスイッチ”がONになったな、畜生。

 

「じゃあここは、こう言やーええんか? 『何故、こんな危ない橋を渡って来たんだ?』とか『どうしてこんな事を!?』とか」

 

「・・・うん」

 

俺の言うた事に増々顔を渋くするデュノアさん。

 

「別に。割とどーでもええ」

 

「・・・え・・・ッ!?」

 

いや、キョトンと吃驚しとるとこ悪いが・・・ホントに俺、そー言うんは興味が無い。

むしろ・・・。

 

「あの鈍感屑野郎の情報を適当におフランスでも君の実家にでも送って、野郎が不利になりゃあ良えって思っとる。うん、ホントにそうなって欲しい」

 

「え、えぇ・・・」

 

「なんじゃあ、その顔? 別に俺は野郎が嫌いなんじゃけん、仕方なかろうが」

 

「で、でも一夏の事が嫌いでも・・・普通は止めたりするんじゃあないかな?」

 

「はぁッ? もしかしてデュノアさん・・・君は俺に”良心の呵責”でも求めるんか?」

 

「そ・・・それは・・・ッ」

 

なんだかもどかしそうに口籠もるデュノアさん。

 

やっぱり、この子は『良え子』じゃ。

自分のやっとる事に罪悪感を感じて、それに押しつぶされそうじゃ。

ホント・・・・・気にいらんのぉ。

 

「・・・・・清瀬・・・ボクはね―――「やめろ」―――・・・えッ?」

 

・・・この展開は知っとるぞ。

映画とか、ドラマとかである”訳アリヒロイン”が主人公に自分の過去を話す展開じゃ。

 

迷惑ぅ~。

変なパンドラの箱を開けて、これ以上の面倒事に巻き込まれとうはない。・・・つーかヒロインだったのね、デュノアさん。

そうだよな、これだけの属性持ちでモブな訳ないよな。

 

「ええか、デュノアさん。今、君が話そうとした事はデュノアさん自身を”可哀そうな子”にしてしまう行為じゃ。ここに居る君を否定してしまう行為じゃ」

 

「・・・ッ・・・」

 

「じゃけぇ俺は聞こうとも思わんし、知ろうとも思わん」

 

今の俺の言葉じゃけど・・・『断裁分離のクライムエッジ』っていう作品で、ヒロイン『武者小路 祝』が敵だった『エミリー・レッドハンズ』に言うた台詞を引用してみた。

・・・まぁ、だいぶ状況は違うが。

 

「そんな無理に話そうとせんでええ。色々大変じゃろうが・・・俺の前ではちょっとは楽にしてくれや。それに・・・早う食わんと折角の温かご飯が冷めちまうでよ」

 

「清瀬・・・ッ! うん・・・わかったよ」

 

そう言うて、漸く夕飯へと意識を向かわせるデュノアさん。

腹が減っとったら、ナーバスな気持ちになるけん。腹が一杯になったら、沈んだ気持ちも楽になるじゃろう。

 

「あぁ、そうじゃ。なぁ、デュノアさん?」

 

「なにかな、清瀬?」

 

「良かったら、なんじゃが・・・飯食い終わったら、映画でも見るか? 俺が借りて来たヤツを全部は見とらんじゃろう?」

 

「う・・・うん! 見るよ、絶対見るッ!」

 

「いや・・・そねーに食い気味じゃのうても。映画は逃げりゃあせんでよ」

 

なんかこの後、若干鬼気迫ったデュノアさんと映画を見た。

あと、気疲れした身体にアルコールがめっちゃんこ身体に染み渡った。

 

・・・因みに見た映画は『となりの』と『借りぐらし』じゃ。

加えて・・・借りぐらしを見とったら、隣でデュノアさんが主題歌を口ずさみょうた。

素晴らしく良かった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

・・・じゃけど、この時の俺は知らんかった。

 

「なぁ、清瀬。お前、シャルルのこと知ってたのか?」

 

「・・・あ”ッ?」

 

この小さな交友映画会の二日後、新たな面倒事に巻き込まれる事を。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆


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22話

 

 

 

春樹とシャルロットの秘密を共有する奇妙な関係から二日経ったある日。

其れは唐突に起こった。

 

「清瀬!」

 

その日の放課後、人気のない廊下での事である。

図書室から自室へと意気揚々に帰っていた春樹の前にどこからともなく一夏がとても深刻な面持ちで現れた。

 

「・・・ッチ」

 

春樹は一夏へ嫌悪感を抱いている事を隠さずに苦虫でも噛み潰したかのような形相と唾でも吐き捨てるような舌打ちをし、その場を後にしようとする。

だが、「あッ、おい待てよ!」と一夏が彼の肩を掴んで引き留めた。

 

この時、彼の手には前々から楽しみにしていた新刊が握られており、その本は軽く辞書とも間違えるくらいの厚さがあった。

 

自分の肩にのった嫌悪感の塊を叩き潰そうと手を振り上げた瞬間。一夏は彼の眼を真っすぐに見て、口を開いた。

「お前はシャルロット・・・いや、シャルルのこと知ってたのか?」・・・と。

 

「・・・・・あ”ッ?」

 

春樹は一夏の言った言葉に酷く困惑し、振り上げた本を静かに降ろした。

 

「・・・やっぱり。その様子だと知っていたのか、清瀬!!」

 

「・・・おいおいおい・・・」

 

春樹の反応に肩を握る力が強くなる一夏。

対する春樹は、ため息混じりに片手で顔を覆った。

 

「どうなんだよ、清瀬ッ?!」

 

「・・・ああッ、知っとる。デュノアさんが本当は女で、男のふりしてるって事じゃろう? じゃけぇ、なんなんな?」

 

肩に置かれた一夏の手を振り払い、「それがどうした」と呆れた口調で答える春樹。

その態度が気に入らないのか、一夏は春樹に詰め寄る。

 

「知ってて、なんで?!!」

 

「悪いが、俺はデュノアさんが転校してきた時から気づいとった。オメェみてぇにシャワー中のデュノアさんと鉢合わせしたみたいに気づいたんとは違うでのぉ」

 

「なぜそれを!?」と口では言わないが、目で語る一夏。

「・・・やっぱりか。このラッキースケベ糞鈍感屑系主人公」と心中で再び溜息を吐き出す春樹。

 

「俺は知っとったけん、関わり合いとう無かったんじゃ。それにオメェに彼女の正体を教える義理もなかったけんのぉ。じゃけど・・・ちっとも悪いとは思っとらん。気に入らんのじゃったら、好きに出る所へ突きだしゃあ良え。スパイ活動をしょーた犯罪者を捕まえたオメェの手柄じゃ」

 

「手柄って・・・お前、シャルルの境遇を分かって言ってるのかよ!!」

 

「・・・はぁ? 大方、『親からの命令で仕方なく』とか言う理由じゃろうが」

 

「清瀬・・・お前、なんでそんな事が平然と言えるんだよ?! 自分は関係無いみたいな顔しやがって・・・シャルルが困ってんだぞ!? 助けてやりたいって思わないのかよッ!!」

 

「思わん」

 

「ッ・・・お前!!」

 

ついに一夏は勢いそのままにガシリッと春樹の胸倉を掴んだ。

しかし、対する春樹は「ヤレヤレ」と言わんばかりに首を横に振った。

 

「まぁ、落ち着けや織斑。そして、よー思い出してみんさいや」

 

「何をだよッ!」

 

「唾が飛ぶんじゃ、ボケ。・・・はぁッ~・・・じゃあ聞くが、織斑くん? その自分の境遇を話したデュノアさんは、君に「助けて」って言葉を投げ掛けたかい?」

 

「え・・・ッ」

 

春樹はどうしてシャルロットがこんなスパイ行為をしているのかと言う理由を聞いてはいない。いや、『聞かなかった』という言葉が正しいだろう。

 

もし彼が彼女の境遇を否が応でも聞いていたら、目の前の一夏と同じまでは言わないが、憤慨していた事だろう。

 

「オメェはデュノアさんが『可哀相』な子じゃけん、同情しとるだけじゃ」

 

敢えて聞かなかったのは、シャルロットを『可哀相な子』にしたくなかった為だ。使い勝手の良い『道具』などという存在にしたくなかった為だ。

 

「それとも何かのォ・・・オメェ、デュノアさんに何か”イヤラシイ事”でもさせてもろうたんか?」

 

「ッ!」

 

「男が喜びそうなええ身体つきをしとるけんのぉ・・・サラシで隠しとるが、あの大きな胸でも触らして―――」

 

春樹の紡いだ文章にその後の言葉は続かなかった。

何故ならば、バキッ!と酷く生々しい音が彼の左頬に響いたからだ。

 

「清瀬ェエッ・・・!!」

 

「おおッ痛ッ~・・・ッチ、唇切れたでよ」

 

殴られた頬と血が出る唇を触りながら、ゆっくりと逸れた上体をもどす春樹。そして、床に落ちた本を掃いながら拾った。

 

「まぁ・・・でも、オメェならデュノアさんを意志関係なく救えるかもなぁ」

 

「・・・なんでだよ?」

 

「だって、オメェの姉ちゃんブリュンヒルデじゃがん。例えデュノアさんの秘密が公になっても、アラ不思議! ノープログレム・・・じゃろう?」

 

確かに、春樹の言葉には一理あった。

元とは言え、世界中の誰もが『世界最強』と認め、ISの発明者とも懇意にしている姉の千冬にはある一定の発言力があった。

・・・だが。

 

「・・・千冬姉ぇに迷惑はかけられない。シャルルの事は、俺が何とかする」

 

「・・・・・あ”ッッ?」

 

一夏の言葉に春樹はついに絶句した。

 

「おい・・・おいおい・・・ちょっと待ってよ、お兄さん。だったら、どーやってデュノアさんを助けるって言うんじゃ? まさかじゃと思うが・・・『特記事項』で時間稼ぎしとる間に方法を見つけようってんじゃなかろうなぁッ?」

 

『特記事項』。ここで当てはまる内容は『特記事項・第二十一』。

概要としては、『本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』とある。

つまりは、学園に在籍する三年間は外部からの影響を受けないという事だ。

 

「・・・悪いかよ」

 

「・・・・・阿破破・・・阿破破破ッ、阿ーッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

自分の考えが見透かされた事が不満なのか、バツの悪い顔をする一夏に春樹は酷くワザとらしい哄笑が轟かせる。尊厳など踏みにじるかのように、何の遠慮もない笑い声を上げたのだ。

 

「なッ、なにが可笑しいんだよ!?」

 

「阿破破ッ、いやー着眼点は良えよ。流石は可哀そうなヒロインを助けようとするヒーロー様じゃ。じゃけど・・・破破破ッ、やっぱりマヌケじゃのぉ」

 

「だから・・・なにが可笑しいってんだよ?!!」

 

激昂する一夏に腹を抱えながら、春樹は言葉を紡いでいく。

 

「良えか、織斑くぅん? 最初の方の授業でも山田先生が言とったが、この学校は色んな企業や国家の支援で成り立っとる。デュノアさんの実家もその一つじゃ。そねーな会社が、使い物にならんようになったデュノアさんを呼び戻すように連絡したら、学園がそれを拒否なんか出来る訳なかろうがな」

 

「そ、それは・・・そんなのやってみないと分からないだろうッ?」

 

「阿破破破ッ、若いって良えのぉ! 素晴らしいチャレンジ精神じゃッ!・・・じゃ~け~ど~なぁ~・・・」

 

一夏の啖呵に素晴らしいと拍手する春樹。

だが、すぐにその顔は相手を酷く蔑むような表情に変貌した。

 

「酷い事になるぞ~、いやホントに。悪い事は言わんけん、お姉ちゃんに相談しんさい。ほら・・・モンドなんとかの時みたいに、「千冬お姉ちゃ~ん、助けて~! 可哀そうな子がいるから助けてよ~ッ!」ってさぁ? 泣きついたら、良かろうがな」

 

「清瀬ッ、お前ェエッ!!」

 

激昂し、再び春樹に殴りかかろうとする一夏。

 

ドガッ!

「うゲッ!!?」

 

しかし、一直線に飛びかかって来た彼の腹部目掛けて、春樹は膝蹴りを放った。

春樹の膝は一夏の鳩尾にクリティカルヒットし、そのまま一夏は呻き声を上げながら跪いた。

そんな彼に春樹はしゃがみ込んでゆっくりと肩を叩いて囁く。

 

「ええか、織斑 一夏? お前のボートは一人乗り。救えるものを救ってみせれば、共に沈むのがオチじゃ。オメェの『誰かを助けたい』って気持ちは素直に凄いって思うで。じゃがなぁ・・・幾分か、それには覚悟が足らん」

 

「う・・・うゥッ・・・か、覚悟なら・・・ッ!!」

 

「いや、ない。オメェの其れは『覚悟』じゃのうて、『無知』じゃ。そんな曖昧なもんで簡単に人が救えると思うなよ、糞ガキ」

 

そう言って春樹は立ち上がると、スタスタとその場を後にした。

後に残ったのは、うずくまって悔しそうな唸り声を上げる少年の姿があるばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





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23話

 

 

 

「・・・ただいま」

 

ガチャリと扉を開け、そう単調な言葉を並べた春樹は部屋の中へと入る。

 

室内は真っ暗でシーンと静か。

一見人気が無いようにも見受けられるが、奥の部屋から何らかの気配がある。

春樹が部屋の灯りを点けると案の定、ベッドの上でうずくまるシャルロットの姿があった。

 

「・・・あ、おかえりなさい清瀬―――って、どうしたのその頬っぺた!?」

 

「あ? あぁ、これな。ちぃとばっかし、荒事に巻き込まれてな」

 

「一体誰にッ?」と手を伸ばしながら問うシャルロットに春樹は「えーんじゃ、別に」と、冷淡な口調と共にその手を振り払った。

 

「それに君の方こそどーした? 部屋を暗-して、ベッドの上で体育座りって・・・最近のヨーロッパで流行りよーる新手の瞑想かなにか?」

 

「こ・・・これは・・・その・・・」

 

モジモジ口籠もる彼女に「ま、なんでもえーがな」と春樹はそっぽを向き、なにやらガサゴソと荷物を纏めだした。

 

「・・・なにやってるの、清瀬?」

 

「あ? あぁ、当分の間はこの部屋から出て行こうと思ってな」

 

「え・・・ッ!?」

 

突然の言葉に一瞬思考回路がフリーズするシャルロット。

そうしている間に春樹は必要最低限の荷物をリュックサックへ纏めて背負う。

 

「ま、待ってよ清瀬ッ。突然、どうしたのさ? ボク、なにか清瀬の気に障るような事でもしたかなッ?!」

 

立ち去ろうとする彼の腕を掴み、早口で語り掛けるシャルロット。

その口調は弁解でもするかの如く、春樹を引き留めるかのような言葉であった。

 

「いんや、別に。君はなんもしとらんよ」

 

「だったら、どうしてそんな事いうのさ? やっぱり、なにか怒ってるんでしょッ? 解らないけどボク、謝るからさッ! だから・・・そんな事、言わな―――――」

 

「・・・やめーや」

 

シャルロットが言い切る前に春樹がそう言って言葉を断ち切った。酷く単調で冷淡にそう言い切った。

 

「前々から、やっぱり年頃の恋人でもねぇ男女が一つ屋根の下ってのはオカシイと思っとったんじゃ」

 

「でも・・・それでも良いって清瀬は言ってくれたじゃ―――「それにだッ。俺みたいな『道化』よりも、『王子様』の方が良えじゃろうがな?」―――・・・え・・・ッ?」

 

遮られた彼の言葉にシャルロットは酷く戸惑った。

そして、春樹が何を言いたいのかが少し解ってしまった。

 

「織斑の野郎にもバレたんじゃろうが。大方、シャワー中にアイツとでも鉢合わせたのがキッカケじゃろう」

 

「清瀬・・・もしかして、その頬っぺたの痣は・・・ッ!」

 

「あぁッ、アイツにやられたよ。ちぃと冗談交じりにデュノアさんを貶す様な事を言うたら・・・野郎、ものすんごい剣幕で殴りかかって来よったでよ。デュノアさんは余程、あの野郎に思われとる様じゃのォ。阿破破破ッ」

 

ヘラヘラと笑う春樹にシャルロットは申し訳なさそうな表情を見せ、「ごめんなさい・・・ボクのせいで」と謝った。

しかし・・・。

 

「なして謝るんじゃ? 良かったじゃないか」

 

「・・・え?」

 

春樹は薄ら笑みを浮かべているばかり。

酷く濁った泥のような眼で口角を歪ませるばかり。

 

「君の境遇を聞こうともせん、知ろうともせん役立たずの道化よりも・・・デュノアさんの境遇に憤慨し、助けようとする王子様の方がええじゃろうが。アイツ、なんて言うたと思う?「シャルルの事は俺が何とかする」だとさ。カッコええのぉッ!」

 

「清瀬、ボクは―――ッ!?」

 

何かを言いかけるシャルロットを待つ前に、春樹は掴まれた腕を乱暴に振り払う。

そして・・・なんとも物憂げで、寂しそうな笑顔をうかべた。

 

「これで君は『謎の転校生』から『訳アリヒロイン』へ仮面ライダーみたいに変身じゃ。他のヒロイン共を大きく引き離す絶好のチャンスじゃで。そんでもって・・・ここいらで憐れな道化はご退場。代わりに颯爽登場とばかりに王子様のご登場じゃ。・・・良かったのぉ」

 

「清瀬ッ!!」

 

呼び止める彼女の声も虚しく・・・バタンと扉の閉まる音がやけに大きく響いた。

 

「清瀬・・・ボクは・・・ボクは・・・ッ!」

 

部屋に一人残されたシャルロットは、そう哀しそうにそう呟いた。

 

「・・・これで・・・これで良えんじゃ・・・」

 

部屋を出た春樹はそう寂しそうに呟き、サイダー割りの味醂が入っているペットボトルの口を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

『『清瀬 春樹』は”異物”である』。

しみったれたド三流作品の中に出て来そうな言葉じゃが・・・これが正しい言葉じゃろう。

 

「月がぁあ~出た出た~、月がぁあー出た~あ~ぁッっと」

 

お得意の酷いもげ節を肴に俺はジュース割の味醂をガブリと呷る。

本物の飲む専用の酒とは違うて、味気ないが・・・ないよりはマシな味じゃ。

 

「ング・・・ング・・・ぷはぁ~! あぁッ、味気なーい! それに混ぜた味で変な味する~!」

 

しかも、割ってあるからアルコール度数は五%以下ッ。

誰か四十度の蒸留酒を持って来い!!

 

「・・・はぁッ・・・全然、酔えない」

 

部屋から出て行った俺は、とりあえず寝床探しに奔走した。

射撃場に忍び込む事も考えたんじゃが・・・やっぱりまだ出禁状態が続きょうたし、図書室でも無断で寝泊まりしたら出禁になりそうじゃったけん、やめた。

 

そんな俺が今日の寝床と決めたんは、俺のお気入りの場所である木陰じゃ。

ここなら滅多に人も来んし、静かに出来る。

・・・じゃけども。

 

「えっくしッ! おおッ、ひんやり」

 

夏に向かって季節が進みょうると言うても、陽が落ちるにつれて体が冷えた。

・・・毛布でも持って来るんじゃった。

 

「なんとか今夜の所は耐えて・・・明日、デュノアさんが部屋に居らんうちに毛布でも取って来るか」

 

とりあえず身体を温める為にアルコールを摂取せねば!!

原液の味醂を飲むのも辞さないゾ、俺は!

 

「・・・なにをやっている、清瀬 春樹」

 

「・・・あ?」

 

そんな丸まって眠ろうとする俺を見下ろす灼眼が一つ。

・・・って―――

 

「―――こんな夜更けになにやりょうるんな、ボーデヴィッヒさん?」

 

「質問をしているのは私だ。質問を質問で返すな」

 

「は・・・はぁッ、すんません」

 

・・・相変わらずの尋問口調じゃのぉ。

夜空の下じゃけんか、赤い眼が冷たく見えるでよ。

 

「いんや、ちょっと同居人とトラブっちもうての。今夜の寝る場所にと、ここにな」

 

「野外でか?」

 

「あぁ、うん。空き教室で寝泊まりしょうたら、人が来た時に面倒じゃし」

 

「・・・・・」

 

あの・・・ボーデヴィッヒさん? そんな変な人を見る目で見んでよ。

・・・いや、俺が変なんか。

酔っとるんか、思考がおかしいな俺。

 

「・・・そんで、ボーデヴィッヒさんは何をしょーるんな? 夜更かしに外出てるんがバレたら、あの怖ーい寮監さまに叱られるでよ」

 

「・・・別に貴様には関係ないだろう」

 

「・・・あっそ」

 

・・・・・会話が続かない!

昼間の授業でも他のクラスの連中と一緒に関わろうともせんし、なんか近寄りがたい雰囲気を出しょーるし・・・とっつきにくいのぉ。

 

「なんだ、清瀬 春樹? 人の顔をジロジロと」

 

「いんや・・・そねぇに可愛らしいのに、勿体ねぇって思っただけじゃ」

 

「・・・・・」

 

ありゃ? 俺・・・なんか変な事言うたじゃろうか。すげー眼力でボーデヴィッヒさんが睨んで来るんじゃけど!?

話を、話を変えなければ!

 

「・・・って、おおッ!!」

 

そんな焦る俺じゃったが、ふと夜空を見上げるとそこには満点の星空が煌めいていた。

ナーバスな気分で気づかんかったが、えろー綺麗なもんじゃのぉ。昼間の風の心地良さとは打って変わって幻想的じゃ。

ここがこんなに良え星見スポットじゃとは知らんかったのぉ。

 

「あぁッ。もしかして、ボーデヴィッヒさんはこの星を見る為にここに来たんか?」

 

「・・・・・」

 

ボーデヴィッヒさんは俺の言葉に何の反応も示してくれんかったが・・・星空を見上げる彼女の眼が代わりに答えてくれたような気がした。

こうしてみると・・・やっぱり、十代の女の子なんじゃのぉ。

 

「・・・おい、清瀬 春樹」

 

「は、はい!?(ヤベッ、またジロジロ見過ぎたかッ?)」

 

「貴様に話がある。ついて来い」

 

「・・・へ?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

真夜中が近づこうと言う時間にボーデヴィッヒさんが俺を連行したのは、寮のある一室じゃった。

 

「あの~・・・この部屋は?」

 

「私が使っている部屋だ。鍵を開けるから、さっさと入れ」

 

「えッ、あ、ちょっと!!?」

 

有無も言わさんと俺を部屋の中へと押し込めるボーデヴィッヒさん。

中は整然とした雰囲気が漂い、如何にも軍人が使っとるような部屋じゃ。

 

「(じゃが、この匂い・・・酔って、嗅覚がおかしゅうなっとんか? えろう甘い匂いがするでよ)」

 

「なにを棒立ちになっている?」

 

「いや、なんでもないでよ。・・・そう言えば、同居人の人はおらんのか? こねーな時間に人を、ましてや野郎を部屋に通すんわおえんじゃろう」

 

「気にするな。名前は忘れたが、貴様の言う同居人は荷物を纏めて友人に部屋に行っている」

 

「・・・はぁッ?」

 

彼女の話だと、部屋割りが決まった日にその同居人の子は、俺みたいに最低限の荷物を纏めて他の部屋に移ったそうだ。・・・何故?

 

「えッ・・・つーかボーデヴィッヒさん、もしかしなくても・・・ここに実質一人で?」

 

「そうだが・・・それに何の問題がある?」

 

「あぁ・・・その・・・」

 

いや、大有りじゃろうがな!

軍属の人間じゃろうと、女の子の一人部屋に恋人でも友達でもない男を招いちゃあおえまーがな。

下心のある野郎じゃったら、勘違いしてしまうでよ。

 

「それで、俺にようってなんなんじゃ?」

 

「うむ。昨日、教官の方から貴様と行動を共にしろと言われたのだ」

 

「・・・・・あ”ッ?」

 

ちょっと・・・ちょっと待ちんさい、お嬢さん。

どゆこと? つーかあの先公、何を言ってくれとるんじゃ!?

 

「詳細に言えば、今度の学年別トーナメントを貴様と共に出ろとの事だ」

 

「あ、そゆことね・・・」

 

なんだよ・・・そーゆう事かよ。

なんかホッとしたような、ガッカリしたような・・・変な気分。

 

「伴っては、これよりは貴様と私は寝食を共にしてもらう」

 

「・・・ちょっと待てぇええッッ!!?」

 

「なんだ?」

 

「「なんだ?」とはなんだ! なんでそう言う話になるんじゃッ?! おかしかろうがな!!」

 

「ん? 言っただろう、『教官から貴様と行動を共にしろ』とな。貴様は当分、自室に戻るつもりはないのだろう? ならば好都合だ。ここで寝泊りする事を許可しよう」

 

「おいおいおい・・・ッ!」

 

あんの先公・・・ちゃんとボーデヴィッヒさんに説明してないな。

言葉が足らんけんからか。この娘、勝手な解釈しとるぞ。

 

「・・・ボーデヴィッヒさん、悪いけど俺は―――「断るのならば、そのペットボトルの内容物を教官に報告せんとな」―――・・・あ”?」

 

・・・ちょっと待てや。今、この娘なんて言いやがった?

 

「先日の事だ。射撃場の不要投棄物入れから故意に砕かれた色ガラス片が発見された。内側に付着していた僅かな内容物の検査結果は低濃度のエタノール・・・つまりは飲用アルコールを導き出した」

 

「・・・それとこのペットボトルの中身にどんな関係があると?」

 

「もうバレているのだ、清瀬 春樹。そのガラス片には貴様の指紋がベットリと付いていたのだからな!」

 

・・・待て・・・待て待て、待て待て待てッ!

俺はこうならないように、酒の空き瓶はちゃんと砂みたいに細かく砕いて来た。これはブラフだッ、落ち着け俺。

 

・・・ちょっとまて、”射撃場”?

 

「・・・・・あッ!!?」

 

”あの時”かッ!

あの小っ恥ずかしい夢とゲロで起こされた時の、あの最後の”スコッチウィスキー”か!!

しもうたッ、俺とした事が迂闊じゃった!!

 

「その様子だと・・・当たりと言う訳か、清瀬 春樹?」

 

「・・・ハァ~あ・・・あぁ、負けたよ。俺だよ、俺が飲んでる。でも、この中身は酒とは違う。”酒もどき”の味醂じゃ。まぁ・・・そねーな事どうでもええか。・・・それで?」

 

「それで・・・とはなんだ?」

 

とぼけちゃって・・・キョトンと首を傾げる仕草も可愛いが、もう騙されんぞ。

 

「俺になにを要求しようってんじゃ?」

 

「清瀬 春樹、織斑 一夏を潰す手伝いをしろ」

 

「それだけじゃないじゃろうが」

 

「・・・それだけだが」

 

「っは・・・とぼけるなよ」

 

「・・・?」

 

・・・・・・・・ん?

なんか話が続かんな。

映画とかなら、こう・・・本題が出て来るような場面なんじゃけど・・・。

 

「えっと・・・ホントに、其れだけ?」

 

「そうだと言っている」

 

「ホントにホント?」

 

「しつこいぞ、それだけだ。私に織斑 一夏を潰す為の手を貸せ」

 

「え・・・えぇ~・・・」

 

マジかよ、ホントに其れだけかよ・・・

なんかこう『黙って欲しかったら、貴様のISデータを見せろ』的な・・・って、俺は専用機持ってなかったわ。

 

「あのさ、ボーデヴィッヒさん。普通に『一緒に織斑をズタボロにしようぜッ!』って言ってくれればいいのに。そんな脅すようなマネしなくても、俺は喜んで手を貸しますぜ」

 

「む、そうなのか?」

 

「そうですだよ」

 

もしかして・・・ボーデヴィッヒさん、友達の作り方を知らんな。

だから、こんな脅す様なマネして・・・・・ハァ、不器用じゃのォ。

 

「・・・阿破破破ッ。なんじゃあ、そーゆう事なら喜んで手でも足でも貸してやらァ。あの野郎の顔面をズタズタにしてやろう。・・・じゃけん、そのボーデヴィッヒさん?」

 

「なんだ?」

 

「酒の事は・・・どうかご内密に」

 

「ふんッ。貴様の協力しだいだな」

 

こうして、俺とボーデヴィッヒさんの『鈍感屑系主人公をスクラップにしよう同盟』が正式に締結されたのだった。

 

・・・だが、俺はすぐにこの同盟を後悔する事になるんじゃが・・・それはまた別の話じゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 





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24話

 

 

 

俺が彼女、ボーデヴィッヒさんと『織斑をズタズタにしてやろう』をコンセプトとした同盟関係を締結した数時間後。

・・・俺は酷く後悔することになった。

 

『第一の後悔』は、朝がすこぶる早い事。

まるで田舎のじーちゃんばーちゃんと同じくらいに彼女は早起き。ついでに俺はたたき起こされる。

 

『第二の後悔』は、ボーデヴィッヒさんの過酷な朝練に付き合わされる事。

朝早うから叩き起こされて、そこから軍隊仕込みの朝練を半ば強制的に付き合わされる。

 

そして、『第三の後悔』。正直、これが一番キツイかもしれん。

なんとこの人、夜は全裸で寝るような人じゃったようじゃ。

 

同盟締結後、彼女は至極当たり前のように服を其処らに脱ぎ捨ててベッドに寝よった。

いくら寮内の温度管理が行き届いている言うても、男の前で全裸で寝る言うんは頂けん。

 

別に俺が幼女体型に劣情を抱くような変態豚野郎な男だからと言う訳と違う。

キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの絞りカスの忍野 忍はアリよりアリの俺でも、流石にボーデヴィッヒさんは範囲外。

”単純に恥ずかしい”。それがたった一つのシンプルな答えじゃ。

 

それで、俺が何回も注意してもボーデヴィッヒさんは聞く耳を持とうとせん。

逆に注意をしている俺が、無断で酒を飲んでいる事をチクるような含みのある言い方をしやがる。

しかも、酒を飲む量も制限されてる始末じゃ。

 

『綺麗な顔をしているが、俺はこの娘に弱みを握られている』。

・・・どっかで見たな、このフレーズ。

 

「なにをしている? さっさと行くぞ、清瀬”二等兵”」

 

「はぁッ・・・・・朝飯ぐらい、ゆっくり食いた―――「なにか言ったか?」―――なんでもありません、”少佐殿”」

 

そして、今日も今日とて俺はボーデヴィッヒさんのシゴキに付き合わされる。溜息ばかりで、ゆっくりできんでよ。

・・・因みに同盟とは名ばかりで、ほぼ上官と部下との関係になっとるで。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

同盟締結後から数日たった土曜日。

ラウラのドイツ式新兵訓練マニュアルを強制的に一通り受け終えた春樹は、彼女と共にISスーツを身に纏っていた。

 

場所は、ISの実践練習場となっている第三アリーナ。

場内には近々行われる学年別トーナメントの為にと、彼等の他にもチラホラと見知った顔も確認できた。

 

「今日は漸く使い物になった貴様とIS装備した上での訓練に移る。準備はいいな?」

 

「・・・サー・イエッサー」

 

ラウラの言葉に半ば白目を向きながら返答する春樹。

この同盟を締結してからの数日間、彼が付き合わされた訓練は『基礎体力訓練』『射撃訓練』『近接戦闘訓練』の主に三種類。

射撃訓練は元々自主練をしていた為に苦ではない。

だが・・・基礎体力では、延々と続くようなランニングと筋トレ。近接戦闘では、ラウラとのナイフ格闘に軍隊式組手をやらされた。

この間まで一般人だった春樹には結構こたえている。

 

「・・・ん?」

 

そんな訓練を終え、さてこれからISの模擬戦闘を始めようかとした・・・その時。

ラウラの赤い瞳にある人物達がうつる。

 

「お、ありゃセシリアさんと凰さんじゃ」

 

春樹が彼女の目線を追えば、その先にいたのは専用機に身を包んだセシリアと鈴の姿があった。

 

「・・・清瀬二等兵、ここで待機していろ。野暮用を思い出した」

 

「え? あぁ・・・はい」

 

二人の姿を確認したラウラは春樹にそう言うと、自らの専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』を身に纏い、近づいて行った。

この時、春樹は「専用機持ちがいたから、挨拶でもするのかな」ぐらいにしか思っていなかった。

・・・ジャキリッとラウラが彼女達にレールガンの砲口を向けるまでは。

 

「ちょッ、っちょっと待てや!!?」

 

春樹はラウラに慌てて近づき、構えたレールガンの砲口を下に向ける。

対するラウラは、彼の行動に「どういうつもりだ?」と不機嫌そうに眉をひそめた。

 

「どういうつもりも、こーいうつもりもないですだよッ! 何をしょーるんですか、少佐殿?!」

 

「イギリスと中国の専用機の情報収集だ。端末上のデータだけでは戦闘には足りないのでな」

 

「いやいやいや・・・情報収集で奇襲を仕掛けようとせんでください。もっとこう・・・他にあるでしょう。模擬戦闘の相手を頼むとか、色々」

 

「何故、敵である相手に態々頼み込むような事をせねばならんのだ? それに、こうした方が敵の素がわかる」

 

「そ・・・そうでしょうけどねぇ・・・ッ!」

 

「あら、春樹さんじゃありませんこと?」

 

あまりに淀みないラウラの言葉に口籠もっていると。二人の存在に気付いたのか、セシリアが春樹に声をかけて来た。

 

「そこのドイツ人は兎も角・・・清瀬がISの練習なんて珍しいじゃない」

 

鈴も声をかけるが、彼女はラウラに対してあまり良いとは言えない目線を送る。

その鈴の視線に気づいたラウラがなんだとばかりに口を開こうとしたが、すかさず春樹が二人の間に入った。

 

「あぁ、ちょっとね。今度の学年別トーナメントで、少佐殿・・・ボーデヴィッヒさんとペアを組むことになったんでのぉ。その練習じゃ」

 

「そうなんですの。なら、もしかしたら私と鈴さんのペアと当たる事になりますね」

 

「あ? セシリアさん、凰さんとペアを組むんか? それまたどうして?・・・もしかして、”例の噂”で?」

 

春樹の言った”例の噂”と言うのは、『学年別トーナメントで優勝した者は、織斑 一夏と恋仲になれる』と言ったものだった。

しかし、本当は箒が一夏に対して一大決心で言った『優勝したら、付き合ってくれ!』という言葉がソースだ。

それを誰かが面白可笑しく捻じ曲げた内容が上記だ。

 

「はい。どうやら、鈴さんは私となら優勝を狙えると」

 

「ちょっと、セシリア! 余計な事言わないでよッ!」

 

セシリアの言葉に顔を朱鷺色に染める鈴。

対するセシリアは「ごめんあそばせ」と悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「・・・なるほど、随分と自信があるようじゃのぉ」

 

「ええ、勿論。それに・・・春樹さん、あなたとはちゃんとした決着を私は望んでいますので」

 

いつになく真剣な表情で春樹に語り掛けるセシリア。彼女としては、彼との本当の意味でのクラス代表戦での決着を望んでいたのだ。

春樹は「あぁ、そうじゃのぉ」と少し困ったような苦笑いを浮かべたが。

 

「くだらん。あのような出来損ない風情にこだわるとは・・・大した事はないな」

 

「・・・なんですってッ?」

 

会話の内容に対して、そう酷く言葉を吐き捨てるラウラ。

勿論、この言葉に鈴は酷く眉をひそめて反応した。

 

「言葉の通りだ。あのような種馬風情のどこが良いのだが」

「ぶッ!? た・・・種馬て・・・!」

 

「何、やるってわけ? 前の時は許してやったけど・・・わざわざ私にボコられたいって訳? とんだマゾっぷりねアンタ」

「たね、種馬て・・・ククク・・・!」

 

「当然の事を言ったまでだ。種馬風情の出来損ないに一体何が出来ると言うのだ。所詮は汚点でしかない」

「阿破、阿破破・・・た、たねうま・・・阿破破破ッ・・・!!」

 

「今なんて言った? あたしの耳には『どうぞ好きなだけ殴ってください』って聞こえたんだけど? っていうか・・・アンタはなに笑ってんのよ、清瀬!!」

 

ツッコミを入れた先には口を抑えて身悶える春樹がおり、今にも立ちくらんで転びそうになっていた。

 

「だ、だって・・・阿破破・・・たね、種馬て。破破破ッ・・・すげー的を射た、阿破破破・・・ッ!!」

 

「喋るか、笑うかどっちかにしなさいよ!!」

 

「ほんじゃあ、笑う。阿破破破破破ッ、阿ーッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

余程ラウラの言った事がツボに入ったのか。ついに抑えられなくなった春樹は大口を開けて豪快に笑い声を轟かせる。

何時か廊下で一夏を笑ったように無遠慮にゲラゲラと笑い転げた。

 

これにセシリアは「ヤレヤレ」と言わんばかりに片手で顔を覆い、ラウラは何故だか「フンスッ」と胸を張った。

 

「こ・・・このッ!!」

 

「ちょッ、鈴さん!!?」

 

最初は呆気に取られて唖然としていた鈴だったが、段々と怒りと謎の気恥ずかしさが沸々と湧き出し、春樹に向かって『甲龍』の両肩が開いた。

その肩に搭載されているのは、第三世代型空間圧作用兵器・衝撃砲『龍咆』。

 

ズオオンッ!と肩から不可視の弾丸が飛び出る。

勿論、威力は最小限に抑えているだろうが、喰らえば一溜まりはない事は確かだ。

しかし・・・。

 

「ッ!?」

 

「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」

 

笑い転げる彼の前にラウラが立ち塞がり、彼に届くはずだった不可視の弾丸を完全に打ち消してしまった。

これには衝撃砲を撃った鈴本人と近くにいたセシリアも吃驚した。

 

「済んだか? ならば、今度は此方の番だ!」

 

「ッ!!」

 

「ちょいとお待ちくださいな、少佐殿!」

 

衝撃砲を打ち消し、鈴へレールガンを向けるラウラを再び静止する春樹。

未だ腹を抱えているが、眼は真剣そのものだった。

 

「なんだ二等兵ッ、邪魔立てするか?」

 

「まさか。ですが、少佐殿・・・」

 

「?」

 

ラウラの耳に自分の口を近づけ、春樹はなにやらコソコソと囁き始める。

 

「(今の騒ぎを聞きつけて、何処かの愚図がどうやら教員に連絡を取っている様です。このパターンだと、織斑先生がやってくるので・・・さっさとお暇しましょう。少佐殿も織斑先生に怒られたくはないでしょう?」

 

「ッ! ッチ、興ざめだ。行くぞ、清瀬二等兵」

 

春樹の囁きで舌打ちと共に武装を収納し、二人に背を向けるラウラ。

 

「悪かったのぉ凰さん、君の想い人を酷く笑ってしもうてよ」

 

「べ・・・別にいいのよ。・・・って、別に一夏が想い人とかじゃないしッ!!」

 

「・・・鈴さん、誰も一夏さんの話はしていませんわ」

 

「なッ・・・!!?」

 

セシリアの言葉に増々に顔を真っ赤にする鈴。

「いらんツンデレ乙」と春樹はケラケラ軽快に笑い声を響かせる。

 

「阿破破ノ破! じゃが・・・ええ機会じゃ。この際、鈴さんには言うとこう」

 

「な、なによ?」

 

戸惑う鈴を覗くように春樹は顔を近づけると満面の笑みでこう言い放った。

 

「俺、もしかしなくても織斑の野郎が大嫌いなんじゃ」

 

「え・・・・・」

 

「じゃあの。精々、他のヒロインに負けんように気ぃつけんさいよ」

 

「阿破破破ッ!!」と二人に背を向けながら手を振る春樹。

残された鈴は唖然とし、セシリアは再び頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆


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25話

 

 

 

第三アリーナでの乱闘を出まかせで何とか阻止し、結局いつもと同じようなハード訓練を受けた春樹のHPはMP共々風前の灯。

そんな灰になりかけの彼を救うように正午を告げる鐘の音が鳴り響いた。

 

その音を聞いた春樹は即座に昼休憩をラウラに進言。ラウラは少し眉をひそめたが、ため息混じりに彼の言葉を飲んだ。

そして、時計の針が十二を少し過ぎる頃。春樹はラウラを連れて食堂に来ていた。

 

「ささ、どうぞ此方に少佐殿」

 

「・・・うむ」

 

春樹はラウラを席までエスコートすると自分と彼女の分の昼食を配膳し、真向かいに座った。

 

「・・・おい、清瀬二等兵」

 

「なんですか、少佐殿?」

 

「これは何だ?」

 

ラウラが目を向けたのは、春樹と自分の配膳にある白い食べ物。

それは丸っこい形をしており、ほのかに甘い香りがした。

 

「あぁ、大福っていう日本のお菓子ですよ。やっぱり、疲れた時には甘い物がええですけんね」

 

「・・・そうか」

 

ぶっきらぼうにそう答えるラウラ。

だが、食事の最後にその大福を食べてみるとアラ不思議。驚きと共に自然な笑みが零れたのだ。

 

「(可愛え・・・ッ。特に表情に出さないように、口角をピクピク我慢している所がまた一段と良え!)い、いかがですか少佐殿?」

 

「う、うむッ。わ・・・悪くはないな」

 

「あの・・・良かったら、俺の大福も食べます? こっちはクリームと苺が丸々一つ入ってますで」

 

「い・・・いいのか?」

 

「はい。少佐殿には、第三アリーナで庇ってもらたんで、どうぞ」

 

「な、なら・・・遠慮なく貰うぞ」

 

少し戸惑いながらも春樹が差し出した大福を手に取ってほうばるラウラ。

その彼女の表情に「可愛いッ、圧倒的癒し!」とばかりに心のイイネボタンを連打する春樹。

二人の周りにいた生徒達も怪訝な目から一転、温かく見守るような視線を送っていた。

 

「あ。お茶要ります、少佐殿?」

 

「むぐむぐ。うむ、貰おうか」

 

正直、春樹はもう逃げ出したかった。

寝る時裸族系軍属美少女との生活は、十代の肉体的にも精神的にキツイ。かと言ってストレス解消の酒も制限されている。

だが、それでもラウラの強制的ドイツ軍式基礎訓練から逃げ出さなかったのは、時折見せる彼女のホンワカした表情を特等席で見る為だ。

 

「ん? 清瀬二等兵、どうして貴様は目頭を押さえているのだ?」

 

「うぅ、グす・・・なんでもありません、少佐殿」

 

涙で視界がぼやけるのを隠しながら、春樹はほうじ茶を一気に呷る。

・・・結構熱くて、舌を火傷したが。

 

「あの・・・清瀬、ここいいかな?」

 

「・・・あ”?」

 

そんな表情を一気に酷く歪ませる人物が彼に語り掛けて来た。

 

「むッ。お前は、シャルル・デュノア」

 

「こんにちは、ボーデヴィッヒさん。ここ良いかな?」

 

そう言うとシャルル・デュノアは春樹の隣に座った。

すると先程まで情けない顔をしていた春樹は眉間に皺を寄せたまま席から立ち上がる。

 

「・・・待って」

 

「・・・」

 

「待ってよ、清瀬!」

 

そのまま立ち去ろうとする春樹の腕を掴むシャルロット。

しかし、春樹はその掴まれた腕を乱暴に振りほどいたのだった。

 

「すいません、少佐殿。少し気分を害しました。短い時間ですが、単独行動を取らせていただいても?」

 

「・・・許可してやろう」

 

「感謝します」

 

「ッ・・・清瀬!」

 

再び立ち去ろうとする春樹の腕を掴もうとするシャルロット。

 

「触るんじゃねぇよ」

 

「・・・清瀬・・・ッ」

 

しかし、春樹は鋭い眼光で拒否を示し、シャルロットを後ろに退かせた。

悲しい顔を浮かべるシャルロット

 

「清瀬、お前ぇ・・・ッ!!」

 

「はあぁッ、ッチ・・・やっぱりか」

 

声のする方を見るとそこにいたのは、怖い顔をした一夏の姿だった。

彼の登場に春樹は溜息と共にギリリッと歯を噛み締めた。

 

「お前、またシャルに何かしたのか?!」

 

「はぁ・・・違うっちゃに。デュノアさんが腕を掴んできたけん、振り払ったんじゃ。一々、難癖かけて来んなや。鬱陶しいのぉッ」

 

「お前・・・!」

 

今にも掴みかかりそうな勢いで睨みを利かせる一夏に「ヤレヤレ」と言わんばかりの溜息を吐く春樹。

実を言うと、もうこのやり取りは今回を入れて三回目となる。

 

突然、部屋を出て行った春樹と話がしたいシャルロット。

自分には、もう関わりが無いからと拒否する春樹。

シャルロットの秘密を知りながら、なんの事も起こそうとしない春樹に憤る一夏。

三人の思惑が交差し合い、思わぬ形へと歪んでいっていたのだ。

 

「また、やってる。やっぱり・・・三角関係ッ?」

「一シャル? 春シャル? デュノア君を巡る戦いッ?? 薄い本が厚くなる!」

「どっちにしても美味しい・・・私、気になります!!」

 

これには外野もあらぬ妄想を膨らませるばかり。

 

「織斑 一夏・・・ッ!」

 

と、ここで第三者が立ち上がる。勿論の事、ラウラだ。

彼女は今にも自身のISを展開しそうな勢いで一夏を睨む。

 

今までこういう状況になった時はラウラがいなかった為、春樹は「あ、しもうた」と口をへの字に曲げる。

 

普段の彼ならば「やっちまえ!」と声援を送りたくなるが、生憎と時と場合と状況がマズい。

彼女がこんな密集地で問題を起こせば、理不尽な連帯責任が自分にも掛かって来るからだ。

 

「あ~もうッッ・・・失礼します、少佐殿!」

 

「む? なッ!!?」

 

「じゃあ、ご馳走様でしたーッ!」

 

呆れた口調で一呼吸置いた春樹は、ラウラを米俵スタイルで担ぎ上げるとジョセフ・ジョースターよろしく、さっさとその場から立ち去るのだった。

 

「あッ! あいつ・・・また逃げやがって・・・!」

 

「清瀬・・・」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「逃ぃげるんだよぉお~!」とばかりに食堂から退散した俺と少佐殿は、あの駄目バナ野郎が知らないであろう木陰の場所に来ていた。

 

「ゼェ・・・はぁッ・・・食って直ぐに走るもんじゃあねぇのぉ・・・!」

 

「おい、清瀬二等兵。そろそろ降ろせ」

 

「あッ、はい」

 

そう言えば、少佐殿をおコメ様抱っこしとるんじゃった。

つーか、少佐殿軽すぎと違う? じーちゃんばーちゃん家で担いだ米俵の方が重いでよ。

・・・なんか俺、この人にもっと食わさにゃあおえん気がする。

 

「清瀬二等兵・・・貴様どうして私を担ぎ上げて退却した?」

 

あなや~・・・少佐殿は何だかご立腹だぞ、清瀬二等兵。

あー・・・逃げても逃げなくても面倒なのね・・・。

 

「はい。あそこで面倒事を起こすと今度の学年別トーナメントに支障をきたすと思い、退却した所存であります」

 

「・・・そうか。他に他意はないのだな?」

 

「はい」

 

・・・と、言うたが・・・実はある。

あの時、少佐殿は駄目な方のバナージを睨んだ。憎しみが籠った眼で睨みよった。

やっぱりまだ、少佐殿は織斑を怨んどる。無自覚じゃけど、心の根っこに怨念が渦巻いとるでよ。

そんな状態で暴れ回られたら、怪我人どころの話じゃ済まん。

じゃけぇ、逃げたんじゃ。

 

「・・・なんで、少佐殿は織斑先生に”こだわる”んですか?」

 

「・・・なに?」

 

あれ? マズったか?

なんか凄い目で睨みょうるんじゃけど?

 

「どうして、そんな事を聞く?」

 

「いや・・・ただ単純な好奇心ですよ。どうして少佐殿が其れ程までこだわるのかが、気になったんです」

 

ただ単純に恩返しで教えを受けただけで、少佐殿があそこまでの魅了されたとは考えにくい。

なんかもっと別な事情があるんだろうと思っとったんじゃけど・・・どーやら、えろう面倒臭いもんに口挟んじんまったようじゃ。

口は災いの元と言うが・・・ホントじゃのぉ。

 

「・・・『好奇心は猫を殺す』という言葉があるそうだな?」

 

「あなや~・・・そりゃあダメですね。俺、ニャンコ好きじゃし」

 

なるほど・・・もしかしなくても、少佐殿には地雷じゃったようじゃ。

赤いアルビノのウサギみたいな目で俺を睨んどるでよ。

 

「じゃったら、質問を変えます。・・・少佐殿は何のために強うなりたいんですか?」

 

「・・・?」

 

おおッ!

可愛い顔がキョトンとして、首を斜めに傾げたで!!

良えッ、実に良え! 実にウィーネッ!!

 

「いや、話が脱線しとるで俺氏」

 

「なにを言ってるんだ貴様は?」

 

そうですね。なに言ってるんじゃろうか俺は?

疲れすぎて、思考力があらぬ方向に突き抜けとるでよ。

なんじゃよ・・・『何のために強うなりたいんですか?』って、ラノベにある臭い台詞かよ。

・・・あぁ、そーいやぁこの世界ってラノベじゃった。

忘れとったわぁ・・・・・萎えるわぁ~。

 

「貴様はコロコロと表情を変えているが・・・なにか変なモノでも食べたのか?」

 

ありゃま。あの厳しい少佐殿が少しだけじゃが、俺を心配してくれようる。

主にアンタの訓練のせいで疲労困憊じゃけどなッ!

 

「いえ、大丈夫です。それで、どうして少佐殿はそんなに強くなりたいんですか?」

 

「どうして・・・? 愚問だな。力とは、強くなるためにあるものだ。与えられた力ならば、猶更!」

 

「何の為に?」

 

「・・・なに?」

 

「何の為に強くなるんですか? 少佐殿は、充分強いじゃないですか。第三アリーナで俺が止めなけりゃ、凰さんを完膚なきまでにボコボコに出来たでしょう? それにその年で、『少佐』なんていう軍部でも出世コースまっしぐらな良え地位におる。・・・これ以上、貴女は何を求めるんですか?」

 

「私は・・・・・」

 

あら、黙っちまったでよ。

何か思う節でもあったんかな?

 

あと関係ないけど、少佐殿になんか既視感があるなと思っとったが・・・こりゃああのキャラじゃ。

『文豪ストレイドッグス』に出て来る『芥川 龍之介』じゃ。一人称が『僕』と書いて、『やつがれ』って言うキャラじゃ。

 

なら、織斑先生はあの”青鯖野郎”か。

異能名が『人間失格』じゃけん、当たらずも遠からずじゃのぉ。

 

「阿破破破破破ッ!!」

 

「ッ! な、なんだ貴様いきなり!」

 

「いえいえ。なんだか、意地悪な質問をしてしまったようなので。困った顔をしていましたよ」

 

「・・・」

 

「そう睨まんでください。私が悪うございました。でも・・・あまり想い詰めんでください。貴女は貴女、ラウラ・ボーデヴィッヒという人間なんですからね」

 

「? 本当に貴様は、さっきから何を訳の解らない事を言っているんだ?」

 

「阿ッ破ッ破ッ破ッ!!・・・えぇ、ホントに何言ってるんでしょうね・・・」

 

「お・・・おい、本当に大丈夫か清瀬二等兵?」

 

・・・なんか、さっきから感情の起伏が激しい。

お腹もなんかキリキリするし、頭もギリギリする。・・・・・酒飲みたい。

 

「ハイッ! ダイジョウブデスダヨ、少佐殿!! もう学年別トーナメントまでに日もありませんし、早速訓練に移りまショウタイム!! ”『パトリック・ジェーン』と『テレサ・リズボン』”みたいに、”『ハーヴィー・スペクター』と『マイク・ロス』”みたいに、ヤツらに俺達のコンビネーションを見せてやりましょうッ! 俺達がIS学園の『新双黒』です!!」

 

「・・・誰だそれは?」

 

ありゃ・・・例えが悪かったか?

じゃったら・・・なんじゃろう? 少佐殿はドイツの軍人さんじゃし・・・・・あれじゃな。

 

「俺達が、”『ハンス・ウルリッヒ・ルーデル』と『エルンスト・ガーデルマン』”みたいな黄金コンビです!!」

 

イェーいッ!!

ストレスで、テンションまでもがおかしゅうなってしもうたでよ!!

これも全部、織斑 一夏ってヤツのせいじゃッ!

 

「そうと決まれば、やってやるじゃッ!! あの駄目バナ野郎をズタズタにして、ワインで煮込んで喰ってやるぅううッ!!」

 

「・・・・・私は、訓練を間違えたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 





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26話

 

 

 

六月の最終週、その月曜日の午前。

生徒達が楽しみにしていた学年別トーナメントの開会式が行われた。

 

舞台となるアリーナ場内には学園の生徒並びに各国のIS関連関係者が集まり、今か今かと活気だつ。

 

「な・・・なに、アレ?」

「あそこだけ空気が・・・いや、空間が歪んでないッ?」

 

だが、そんな雰囲気など知るものかと異彩を放つ人物が一人、アリーナバックのベンチに腰かけていた。

 

その人物はギョロリと澱みなく淀んだ目の下に黒々と深いくまを彫り、頬は少しこけ、ブツブツと何かを呟く。

まさにその姿は異常者と言った風貌で、周りにいた生徒達はドン引きして具合を崩す者まで出る始末だった。

 

「・・・おい」

 

そんな見るからに危険人物な生徒に声をかける者が一人。

今回の大会において、優勝最有力候補と名高いドイツが誇る銀髪の戦乙女『ラウラ・ボーデヴィッヒ』である。

そんな彼女が声をかける人物はたった一人しかいない。

 

「阿? なんじゃろうか・・・少佐殿?」

 

声をかけて来たラウラに対し、気でも狂ったような瞳と笑顔を見せるのは、世界で”二番目”に発見されたIS男性適正者にして、学園一の問題児と名高い『清瀬 春樹』その人である。

 

「もうすぐ時間だ。用意をしろ、清瀬二等兵」

 

「あぁ・・・もうそねぇな時間か。なら、行きましょうか」

 

そう言って立ち上がる春樹。

だが・・・。

 

「ッ、おい!?」

 

彼が立ち上がろうと前のめりになった途端、そのまま春樹は冷たい床にドシャリと顔を突っ込ませた。

 

「あたた・・・大丈夫ですだよ、少佐殿。ちょっと足が痺れただけですけん」

 

「そ、そうか?」

 

「阿破破破ッ。俺みたいなオマケ野郎を心配してくれるなんて・・・お優しい少佐殿です事。阿破破破ッ!」

 

「うッ・・・うむ」

 

・・・結論から申し上げると春樹の情緒は限界に来ていた。

度重なる厳しい訓練と襲い掛かる心労の種に元々あったアル中に加えて睡眠障害と摂食障害を併発し、春樹は頭のネジが何本か飛んでいる状態になっていたのだ。

 

これには鬼教官となっていた流石のラウラも心配したが、もう遅い。

 

「さぁ、行きましょうか。俺達のお披露目ってやつでさぁ」

 

「阿破破破破破ッ!!」と奇怪な笑い声を上げながら立ち上がった春樹は、そのままトボトボと出撃ピットへ歩む。

 

「・・・・・訓練をやり過ぎたか?」

 

ラウラの呟きに答える者は誰もいない。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

≪ラウラ・ボーデヴィッヒ:清瀬 春樹ペア。発進どうぞ≫

 

アナウンスに導かれ、颯爽と出撃したラウラと春樹。

暗い通路を抜ければ、そこには満員御礼の観客席が二人を迎えた。

 

二人目とは言え、希少な男性適正者である春樹に関心を抱く者は少なからずいると言う証明にもとれる状況だ。

 

「あー・・・」

「・・・」

 

しかし、当の本人は目を見開き、口をポカンと開けたまま地面を見つめるばかり。

一方、隣にいるラウラは腕を組んで対戦相手が出て来るであろう方向に睨みを利かせていた。

周囲から見れば、それは余りにも異様な光景にうつったことだろう。

 

「だ・・・大丈夫でしょうか?」

 

二人の様子を別の選手控室のモニターで見ていたセシリアはそう吐露した。

 

「そうね。見るからにあんなボロボロで・・・試合ができるのかしら?」

 

隣にいた彼女のペアである鈴も怪訝な顔つきでそう言った。

だが、セシリアが言った「大丈夫でしょうか?」とは、別に春樹の様子に関していった訳ではない事を鈴は後々知る事となる。

 

そうしている内、この異様なコンビの前に一回戦目の対戦相手が現れた。

 

「これはこれは、1組の問題児コンビじゃない」

「今日はよろしくね。勿論、手加減なんかしてあげないけどね」

 

対戦相手の二人は穏やかに、されど高圧的に接する。

 

「あー・・・あ、はい」

「・・・ふん」

 

だが、対する春樹は零れかけていた涎をすすり、ラウラはプイッと顔を背けた。

 

「・・・アンタ、私たちを馬鹿にしてるッ?」

「いい度胸! そっちのオマケは兎も角、機体の性能差が絶対的な戦力差ってわけじゃないのよ?! 見てなさい!!」

 

二人の対応に怒った対戦相手達はそう言葉を吐き捨てて、指定の位置にスタンバイする。

そして、試合開始の合図が鳴るのを待った。

 

「・・・少佐殿」

 

「なんだ、清瀬二等兵?」

 

「別に・・・”死なんかった”ら、ええんでしょう?」

 

「・・・あぁ」

 

ビィイ―――ッ!と遂に試合開始にブザーが鳴り響く。

観客席にいた全員の目がアリーナ場内に向けられる。

 

『『『・・・・・ん?』』』

 

その時、観客の誰もが疑問符を浮かべた。

良く目立つ銀髪の隣にいた筈の黒髪の二人目がいない事に。

 

「「―――――えッ?」」

 

対戦相手達は呆気に取られた。

イケすかないドイツの代表候補生のすぐ隣にいたISを動かせるだけのオマケ野郎が、自分達のすぐ目の前まで迫っていた事を。

 

「おんどッ―――――「えッ、ちょ待っ」―――りゃぁ阿あアアアッッ!!」

 

ドゴォオオオッン!!

「きゃぁぁあああッ!?」

 

その昔・・・といっても戦国時代。まだ銃器類が発達途上だった頃の事。

一発しか撃てなかった銃の発砲後の利用として、銃本体で殴ると言ったシンプルな戦法があった。

まさに春樹はそれを対戦相手に対して行った。発砲前の状態で。

 

「えッ・・・こ、この!」

 

自分のペアが思わぬ攻撃を受けた為、咄嗟に春樹へ武器を構える。

しかし・・・。

 

「・・・どこを見ている?」

 

「えッ・・・!?」

 

ズガァアアッン!!と無情にも背後から、ラウラの構えたレールガンが発砲された。

背後から、しかも手の届くような至近距離で発射された弾は身体を貫きはしなかったものの、絶叫と共に対戦者をアリーナの壁際まで吹き飛ばすには十二分だった。

 

「い、一体・・・なにが・・・ッ」

 

春樹に銃で殴打された対戦者は頭を抑えながら漸う身体を起こす。

それに対して春樹は・・・。

 

「・・・ッチ。まだ生きとった」

 

・・・とても物騒な事を吐き捨てた。

 

「こ、この! 男の分際でッ、しかも躊躇いもなく頭を狙いに来るなんて―――「ヴぅううるァアアアッッ!!」―――ッヒッ!!?」

 

「んな事知るか、ボケぇえッ!!」とばかりに瞬時加速で再び突撃する春樹。

先程の打撃攻撃もあってか、対戦者は防御姿勢をとる。

 

「ッ・・・え、あれ・・・?」

 

しかし、いつまで経っても攻撃の衝撃が襲ってこない。

対戦者は様子を伺おうと恐る恐る隙間から視線を覗かせた。

 

「阿破破破ッ」

 

「ひッ!?」

 

するとその視線の先にいたのは、何とも不気味な笑顔を浮かべた春樹の姿があった。

これはたまらんと距離を取ろうとするが・・・もう遅い。

 

「くたばりんせぇに」

 

「あ・・・あぁッ!!」

 

ズダダダッ!!・・・と鉛玉の雨霰が無慈悲にも降り注がれた。

主に顔面に。

 

「り、里奈ッ!!? アンタ達よく―――「五月蠅い」―――ッ!!?」

 

ラウラの方はラウラの方で、無慈悲なブレードとレールガンのクリティカルコンボを繋げて行く。

 

「う、うわぁ・・・」

「一方的だぁ・・・ッ」

「も・・・もう、やめてあげて!」

 

観客席からも若干引き気味な声が漏れる。

しかし、そんな事などお構いなしに二人の蹂躙劇は続いていく。

 

「なぁ~、実況の人~?」

 

≪え・・・あッ、私?!≫

 

そんな時だった。

なんとも間の抜けた声が二人の蹂躙劇によって呆然としていた解説席に投げかけられた。

勿論、声をかけたのは、とぼけた顔からは想像もできない程の鬼神の如き強さを見せつけた清瀬 春樹である。

 

「この人、どうすりゃあええかのぉ~?」

 

そう言うと彼は首根っこを掴んだ対戦相手である生徒を前に出した。

実況者がその生徒を見ると、生徒は涙を流しながら白目を剥いていたのである。

 

「気絶しとるけんど・・・まだこの人、シールドゲージが残っとるんよー。このままSEがなくなるまでボコった方がええかのぉ?」

 

≪え、え~と・・・ッ≫

 

そうして実況者が口角をヒクつかせていると、ラウラにボコボコにされていた対戦者が春樹に向かって突っ込んで来た。

 

「このぉお~!! 里奈の仇ィイイッ!!」

 

「・・・阿”?」

 

近接戦闘のナイフを突き立てようと迫る対戦者。

 

「・・・はぁ、程々にな」

 

そんな彼女の背を見ながら、先程まで戦っていたラウラは大きくため息を吐く。

 

「うわぁあああああ―――「・・・ほれ」―――へッ?」

 

ズザクゥウウ!!

「あズべるッ!!?」

 

渾身の刺突攻撃を春樹は容赦なく持っていたボロボロの生徒で防いだ。

それにより、気絶していた生徒のSEを完全にゼロにしてしまったのだった。

 

「・・・さてと」

 

「ひ、ヒィッ・・・!?」

 

最終的に同士討ちとなってしまったこの展開に春樹はギョロリと軽くイってしまっている眼を覗かせる。

 

「アンタには二つ選択肢があるでよ。ここで俺と少佐殿に磨り潰されてミンチになるか、俺と少佐殿に潰されてスープになるか・・・選んでくだせぇよ」

 

≪こ、降参と言う選択肢はないのかー清瀬選手ー!≫

 

「ない」

 

『『『えー!!?』』』

 

会場全体が一糸乱れぬツッコミをしたかのようにうねりを上げる。

そして、再び春樹は宣告する。ミンチとスープ・・・どっちに料理されたいかを。

 

「いや、やめてやれ二等兵。そいつは既に・・・」

 

「・・・え?」

 

ラウラの言葉に春樹が質問を投げ掛けた対戦者の生徒をよくよく見ると、アラ不思議。

泡を喰って気絶していたのだった。

 

「あ。やった、勝った」

 

《た・・・田中・豊田ペア、再起不能により。しょ・・・勝者ッ、ボーデヴィッヒ・清瀬ペア!》

 

そう試合終了のアナウンスが流れる頃。会場は試合前とはうって変わり、非常に大人しくなっていた。

むしろ少し恐怖で震え上がっていたようにも見えたのだった。

 

 

 

・・・因みに。

この試合が学園始まって以来の最短&パーフェクトゲームになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で新年一発目のリハビリ投稿でした◆◆◆◆◆


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27話

 

 

 

「ゴク・・・ゴクッ・・・プヒャァ~! でぇりゃあ美味ぇのぉ!!」

 

「うむッ、中々だな」

 

当たり前のように第一試合を通過した俺と少佐殿は、自分へのご褒美として食堂名物の甘~いラッシーを楽しんどる。

しかも、少佐殿の許可が出たけん、料理酒割りじゃ。怪訝な目でこっちを見よーる周囲の連中なんか気にならん程に美味いのなんのって程にでぇーれー美味い。

 

因みに少佐殿はストロベリーラッシーじゃ。加えて、リスみたいに両手でグラス持って飲みょーる。

・・・可愛えなぁ。

 

「このまま行きゃあ・・・準決勝当たりにゃあ、野郎と当たるんじゃあないですけぇの?」

 

「ヤツはAブロックで、私達はBブロックだ。順当に進めばそうなる。それと・・・わかっているとは思うが、清瀬二等兵・・・」

 

「みなまで言ーなんなですよ、少佐殿」

 

俺、今回は裏方に徹するって決めとるんじゃ。

それに決めたからには、少佐殿には絶対にあの駄目な方のバナージの綺麗な顔面をズタズタに切り裂いて貰わにゃあのぉ。

 

「頼みますよ、少佐殿。野郎を磨り潰してくださいよ~、阿破破破破破ッ」

 

「うむ。任せておけ!」

 

あ~・・・楽しいのぉ。

充実感ってヤツじゃ。

俺をないがしろにして来た気に喰わんヤツ等を叩きのめして・・・喜んでくれる人がいる言うんは楽しいのぉ!!

阿破破破破破ッ!!

 

「・・・楽しそうですわね」

 

「阿?」

 

「貴様は・・・」

 

楽しい気分に水を注すように、俺らの方に声をかけて来るもの好きが一人。

振り向けば、随分と久しく感じる御仁が仏頂面でおった。

 

「誰かー思やぁ、セシリアさん。そーいやー、セシリアさん達もCブロック一回戦突破したんじゃったなぁ。おめでとさん・・・言うんは早いか。順当に行けば、俺達と当たるんわ決勝戦じゃもんな。阿破破破!」

 

「・・・」

 

・・・ありゃあ?

なんか、いつもと様子が違うでよセシリアさん。

いつもよりも眉間に皺が寄っとるでよ。

 

「先の試合・・・見ていましたわ」

 

「へぇーそうなのかい。セシリアさんもラッシーいる?」

 

「結構ですわ。それよりも春樹さん・・・あの試合は一体なんですのッ?」

 

・・・おんやぁー?

なにを怒っておいでですのんお貴族様ぁ?

綺麗な顔で怒っても、綺麗なだけですだよ~?

 

「「なんですのッ?」って、言われてものぉ・・・SEがなくなるまでボコボコにした方が良かったかのぉ?」

 

「春樹さん!」

 

「なんじゃあ・・・君も他の連中と同じように俺の勝ちにケチつけようってのか」

 

「ッ!」

 

・・・はぁ~ん、図星か。

 

「やっぱり、お貴族様にゃあちぃとばっかし”野蛮”じゃったかのぉ?」

 

「あれは・・・あれは試合ではありませんでしたわ、勝負ではありませんでしたわ! 一方的な暴力。ただの蹂躙ですわ!!」

 

「それの何が悪いんじゃッ?」

 

「!」

 

「試合? 勝負? はッ・・・何をちゃんちゃら可笑しい事よーるんじゃ、セシリアさん」

 

ISが何とか条約で、国際的にどーのこーの言うても・・・所詮は人斬り包丁の延長線にある代物じゃ。

 

「ISは兵器じゃ。それを纏って戦う俺達は、所詮は兵士と兵器を繋ぐ”メタルギア”に過ぎんでよ!」

 

「それは違います! 決してISはそんなものではッ!」

 

「違うんなら、ISってなんなんじゃ? 人殺しをする為の道具じゃあなけりゃあ、なんなんじゃ? 確かに、発明者様は何かの意図があって作ったんじゃろう。でもなぁ・・・」

 

かの有名なローマの偉人『ジュリアス・シーザー』はこう言うとる。

『始めたときは、それがどれほど善意から発したことであったとしても、時が経てば、そうではなくなる』

・・・まさにその通りじゃがな。

 

「それを今実際に使よーる人間は、同じ人間を傷つける為に使って、悦に浸かよーるんじゃろうがな!・・・知らんとは言わさんぞ、セシリアさんッ!」

 

「そッ・・・それは・・・」

 

遂に押し黙ってしもうたセシリアさん。

・・・ちぃと言い方がキツかったかのぉ。あとで謝っとこう。

 

「はーい、通して通して~!」

 

「・・・阿?」

 

え、誰?

誰なのぉ?

 

「ま、黛さん?」

 

「なんか、騒がしい所失礼するよ。二人目の男性適正者、清瀬 春樹君!」

 

『まゆずみ』~?

・・・誰ぇ~?

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

騒然とする食堂に入って来たのは、学園内において”色々”有名な新聞部所属の二年生『黛 薫子』である。

 

セシリアならびに一組の生徒は、クラス代表が一夏に決定した事を記念したパーティーで彼女の存在を知ってはいたが、そんなもの興味ないとサボタージュしていた春樹には初対面だったのだ。

 

「君が清瀬くんだね。前々から、お噂はかねがね聞いてるよー!」

 

「はぁ・・・」

 

取り敢えず、この胡散臭い人物に警戒する春樹。

そんな事などお構いなしに薫子はメモ帳を開く。

 

「それで早速なんだけど、試合はどうだったかな? 一応、これは一回戦を勝ち抜いて来た生徒全員に聞いているんだけどね。ねぇ、オルコットさん?」

 

「え・・・あ、はい。そうですわね」

 

「はぁ・・・そうっすね」

 

薫子からの質問に困った春樹は隣にいたラウラへアイコンタクトを飛ばす。

其れに対して、ラウラは「好きにしろ」とばかりに視線をまだグラスに残っているストロベリーラッシーへ落とした。

 

「なに・・・一回戦で立ち止まる訳にゃあいかんですけんね」

 

「それは・・・織斑くんとの勝負を望んでいるって事かな?」

 

ザワッと周囲の関心が一気に二人に傾いた。

春樹と一夏の不仲は”色んな意味”で、学園の有名どころとなっている。だからこそ、皆に関心があった。

 

「・・・えぇ、まぁ」

 

「そうなんだー・・・ところで、清瀬くん?」

 

「はい?」

 

「君がデュノアくんと同室だという情報を掴んだのだけど・・・本当かな?」

 

ザワッとさっきまでよりも大きくこの会話に関心が集まった。

先程述べた”色んな意味”とは、大方の割合でこの三角関係が大きく取りだたされていたからである。

 

「はぁ・・・どこからそんな情報を?」

 

「それは言えないなぁ。・・・それでどうなの?」

 

「それは―――「その情報は誤りだな」―――って、少佐殿ぉ?」

 

「最初はシャルル・デュノアと同室だったが、現在の清瀬二等兵は私と共に生活しているぞ」

 

『『『ッ!?』』』

 

「少佐殿ぉおッ??」

 

グラスに入った氷をカラカラ回しながら、ラウラがとんでもない言葉を投下し、周囲からの興味関心が増々集まった。

 

「え、同室って事は・・・同棲!?」

「まさかの三角関係か~ら~の~四角関係!!」

「清瀬くんとボーデヴィッヒさんは・・・どぇきてぇるぅ?!!」

 

「ん?」

「はぁァア・・・ッ!」

 

これにはギャラリーのざわつきもヒートアップ。

ラウラは不思議そうに首を傾げ、春樹は大きな溜息と共に顔を両手で覆った。

 

「どういう事なんですの、春樹さん!!?」

 

「え、あ・・・色々、事情があったんじゃっちゃ!!」

 

「その色々が聞きたいなぁ・・・教えてよ、清瀬くん。ボーデヴィッヒさんから階級名で呼ばれている事と何か関係しているのかなぁ?!」

 

「あぁッ・・・もう!!」

 

何もやましい事等一切していないのにも関わらず、周囲から責められているように感じた春樹は力一杯ガリガリと頭を掻き毟る。

・・・その時だった。

 

「見つけたぞ、清瀬!!」

 

『『『ッ!?』』』

「・・・阿”?」

 

凝り固まったギャラリーをたった一喝で退かせる春樹にとっては忌々しい男の声。

その声がする方を見れば、怒りを露わにしている一夏が大股で近づいて来る。

 

「織斑 一夏・・・ッ!」

 

「・・・少佐殿、落ち着いて」

 

ガタリと眉間に皺を寄せて立ち上がったラウラを静止はするものの、一気に不機嫌な表情を春樹は晒した。

 

「なんじゃあな? 一回戦を勝ち抜いて来た俺達を祝に来た・・・つー訳じゃあないな」

 

「当たり前だ! なんであんな事したんだよ?!!」

 

「あんな事?」

 

どうやら一夏は春樹たちが行った試合に対して、不満感があるようだ。

 

「別にえかろーがな。ISには絶対防御があるんじゃけん。生身を殴った訳じゃあるめぇしよ」

 

「だからって、あそこまでする必要があったのかよ! 顔に傷でも付いたらお前、責任をとれるのかよ!!」

 

「あ~・・・ほうじゃのぉ、確かにな。ありゃあ悪かったわ、すまんすまん」

 

全然反省していない様子だが、一応の謝罪の言葉を並べる春樹。

そして、不敵な笑みを浮かべてこう続ける。

 

「なら、今度は傷の目立たん所を突っついてやるわ。目立たん所の骨をへし折って、目立たん所の肉を引き裂いてやるわな。それでええじゃろうがな」

 

「清瀬・・・お前ッ!!」

 

「一夏!!」

 

今にも殴り掛かりそうな一夏に後ろから声をかけて来たのは、この場で名前の出た四人目の人物。

 

「おーおー、噂をすれば何とやらか・・・デュノアさん」

 

「清瀬・・・」

 

見つめ合う二人。

片方は悲しそうな目で、もう片方は侮蔑の目で互いを見定める。

そして・・・。

 

「なにあの目ッ!? なんで見つめ合ってるの、ねぇッ?!」

「やはり、やはり何かあったのね! そうなのね?!!」

「悲しき運命に別れた二人・・・ネタが、こんなネタが近場にあったとは!!」

 

二人の無言のやり取りに、腐っている方々が「フンガーッ!」と鼻息荒くメモ帳に何かを書き記していた。

 

「・・・ッケ」

 

「清瀬・・・」

 

「清瀬ェ・・・ッ!」

 

「織斑 一夏・・・!」

 

「え・・・何この状況?」

「あぁ、もう・・・またですわ」

 

『ドドド・・・!』と背景に浮かぶ場景に若干引き気味になる薫子と「ヤレヤレ」と溜息を漏らすセシリア。

食堂は一種のカオスフィールドに変貌していた。

 

「と・・・兎に角ッ! 皆、試合についての意気込みを教えてくれるかな?」

 

「「織斑 一夏、絶対潰す」」

 

「お、OH・・・」

 

声を揃える春樹・ラウラペア。

 

「あんな卑劣なヤツに負けるか!! なぁ、シャルロッ・・・シャルル!」

 

「う・・・うん。(清瀬、ボクは・・・)」

 

「(はッ! なにかデュノアくんから心の声が!)」

 

統一感があるようで、実はバラバラな一夏・シャルロットペア。

 

「「潰す・・・!」」

 

「望むところだ!!」

「(清瀬・・・)」

 

様々な思惑が交差する中、こうして学年別トーナメント初日は過ぎて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





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28話

 

 

 

学年別トーナメントが始まって、数日。

各選手がしのぎを削り合いながらも、ついに残り四組と言った具合まで進んだ。

 

猪突猛進の猪武者の相棒を絶妙にフォローしながら勝ち残った、一夏・シャルロットペア。

極めて高い機体スペックを息の合ったテクニックと共に上手く乗りこなして来たセシリア・鈴ペア。

訓練機でありながらも、巧みな攻撃と突撃で勝利を積み重ねた箒・本音ペア。

そして・・・。

 

「さてと・・・それじゃあ行きますかね、少佐殿」

 

「うむ!」

 

専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』に搭載された『停止結界』というチート兵器で敵を倒し、獣のような動きと凶暴性で敵を文字通り再起不能にして来たラウラ・春樹ペア。

 

彼等は遂に逢い見え、決着を着けるのだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

≪さぁ、遂に学年別トーナメントも最終日となりました!≫

≪これから行われる準決勝の前に、こちらで選手を紹介したいと思います!!≫

 

実況のアナウンスと共に観客が大いに盛り上がる。

決勝戦でもないのに、どうしてこのような展開になっているのか。

それはこの準決勝第一試合が『織斑 一夏:シャルル・デュノア VS ラウラ・ボーデヴィッヒ:清瀬 春樹』だからである。

 

食堂での一件を新聞部所属の薫子が虚実交えて書いたオモシロ記事が学園全体で話題となり、色んな意味での実質の決勝戦となったのである。

 

≪では、まずこの人!≫

≪世界初の男性IS操縦者にして、あの世界最強のブリュンヒルデである織斑 千冬先生から受け継いだ剣でたたっ斬る! 皆の王子様、織斑一夏!!≫

 

『『『ワァアアアアアッ!!』』』

 

実況が言い終えると出撃ピットから白式を纏った一夏が観客席の声援と共に飛び出す。

 

≪続きまして、世界で三人目の男性IS操縦者!≫

≪甘いマスクと守ってあげたくなる雰囲気に女生徒達のみならず、教員までもがメロメロ! フランスが生んだ貴公子、シャルル・デュノア!!≫

 

『『『キャァアアアッ!!』』』

 

先刻と同じように今度は黄色い声援と共に出撃ピットから飛び出すシャルロット。

 

≪次はこの王子様系の二人と対戦する選手・・・その一人!≫

≪冷たい態度から、ほんのちょっぴり見せる可愛らしい姿に皆はギャップ萌え! 魅惑のドイツの戦乙女、ラウラ・ボーデヴィッヒ!!》

 

『『『ワァアアアアアッ!!』』』

 

出撃ピットからおもむろに顔出すラウラに意外にも熱気の歓声が贈られる。

何故かと言うとここ最近、春樹がラウラにこぞって美味しいものを与えていたことがキッカケで、愛らしい彼女を愛でるファンクラブができていたのだ。

 

≪そして・・・行きましょうか!≫

≪はい!・・・不気味で奇妙な笑い声をあげて、ヤツが遂に降臨する!!≫

≪対戦者たちの心に大きなトラウマを植え付けた暴虐と残虐のケダモノ・・・いや狂戦士、清瀬 春樹!!≫

 

『『『・・・・・』』』

 

実況が言い終えると出撃ピットから、黒く塗装しなおされたラファール・リヴァイヴを纏った春樹が飛び出す。

しかし、他の三人とは違い、観客席からの声援はない。

逆に異様なモノでも見るかのような畏怖の視線が彼に降り注がれる。

 

「おんやぁー・・・こいつは吃驚。だいぶ俺も有名人だねぇ・・・妙な目で見られとらぁ」

 

春樹自身、自覚はあった。

この場に来るまで、多くの対戦者を冬眠しないヒグマのような凶暴さで再起不能にして来たからだ。

一夏やシャルロット、ラウラが羨望の対象ならば、春樹はもう恐怖の対象だ。

 

「決着をつけるぞ、清瀬!」

 

「おー怖い怖い。俺、オメェになんか気に障る事でもしたかのぉ?」

 

「とぼけるなよ! いつも肝心な時に逃げやがってッ!」

 

「ちょっかいを出して来たのは、デュノアさんの方なんじゃけどなぁ。・・・難癖付けるんも大概しんさいよ」

 

「清瀬ぇッ!!」

「”さん”を付けぇや、この鈍感野郎がッ!」

 

≪おーっと、織斑選手に清瀬選手! 試合開始前から臨戦態勢だぁ!!≫

≪一人の貴公子を巡る、王子と獣の戦い・・・滾りますね≫

 

鋭い眼光を向ける一夏と歯を剥き出しにして「ガルルルル」と威嚇する春樹。

二人から放たれる殺気が、会場に緊張感をもたらす。

 

「おい、清瀬二等兵。そろそろ・・・」

 

「えぇッ・・・わかっとりますよ少佐殿。・・・ッケ」

 

「あの野郎・・・!」

 

ラウラに呼ばれ、背を向けながら一夏に中指を立てる春樹。

観客席の誰もが、今まで以上の戦闘になるだろうと確信の固唾を飲み込んだ。

 

≪そ、それでは準決勝第一試合まで五秒前!≫

≪三・・・二・・・一・・・ッ!≫

 

ビィイ―――ッ!!

ゼロのカウントと共に試合開始を告げるブザーが会場内に鳴り響き―――

 

「ウオォオオオオオッ!!」

「う”るぉオオアアアッ!!」

 

―――同時に白と黒のISが中央へ雄叫びを上げながら飛び出して行った。

 

≪おおっと! 織斑選手と清瀬選手、ブザーと共に一斉に飛び出した! このままではアリーナ中央での激突は免れませんッ、いきなりの大衝突だぁ!!≫

 

『『『オオオオオッ!!』』』

 

開始早々にして場を盛り上げる展開に実況と観客の興奮も一気に加速する。

しかしッ。

 

「・・・阿破破破ッ」

「!」

 

正面衝突の寸前、春樹は不敵な笑みを溢しながら左手を前に突き出す。

その手の中には安全装置の外れたグレネードが握られていた。

 

「なッ!!?」

 

驚いた一夏は爆発に巻き込まれまいと急ブレーキをかける。

それが春樹の狙いだとは知らずに。

 

ビキャァアアッン!!

「うわッッ!!?」

 

急ブレーキをかけた一夏の目の前は一瞬にして真っ白な光と甲高い音に包まれる。

春樹の手の中にあったのは、目くらましのスタングレネードだったのだ。

 

「あらよっとッ!」

 

「な、なにッ!?」

 

そのまま春樹は立ち止まった一夏の頭上を通り過ぎ―――

 

「・・・へッ?」

 

「おんどりゃあアアッ!!」

 

―――餓えた獣のように後方支援で控えていたシャルロット目掛けて突進する。

 

「うわぁあああああッ!!?」

ドグォオオオッン!!

 

勿論。この予期せぬ攻撃に対処が追い付かなかったシャルロットは、まともに春樹の頭突きを喰らい、そのまま諸共アリーナの壁に凄まじい衝突音を轟かせながら激突したのだった。

 

「シャルッ!!」

 

突然の目くらましに戸惑いながらも、攻撃を受けたシャルロットを救助しようと身体を反転させる一夏。

これが、またしても彼等の策にはまる。

 

「余所見とは・・・余裕だなッ!!」

 

「えッ?―――ガギャアアッン!―――ぐぁあああッ!!?」

 

春樹の後ろを追っていたラウラの重い斬撃が一夏の背後を襲い、そのまま地面に叩きつけるのだった。

 

≪こ・・・これはどうした事かぁ?! 織斑選手と清瀬選手がぶつかる寸前に一瞬ピカッとしたと思ったら、ボーデヴィッヒ選手が織斑選手に先制攻撃ィイ!!≫

≪一方の清瀬選手は、デュノア選手と共に土煙の中! 一体何がどうなっているぅう?!!≫

 

ザワザワと観客席にも混乱が広がる。

だが、これが春樹とラウラが編み出した作戦である。

 

この準決勝以前のこれまでの試合では、猪突猛進の一夏をカバーするようにシャルロットが後方支援の為に動いていた。

ラウラのバックアップしようと決めていた春樹は、存分に一夏と戦ってもらう為に邪魔なシャルロットをいの一番に潰そうと決めていたのだ。

 

「う”るゥウア”ア”あ”ッ!!」

 

「ぐぅう・・・ッ!!」

 

ドガッ、バキッ!といった酷く鈍い音がアリーナに木魂する。

春樹は壁にめり込んだシャルロットの上半身をこれでもかとライフルの肩当でフルパワーの滅多打ちにし、SEゲージを減らしていく。

 

「こ、このぉお!!」

 

「ッ!」

 

連続殴打の隙を突いて、手元のサブマシンガンをズガガガッ!と連射するシャルロット。

しかし、それは春樹が瞬時に土煙を晴らす様に彼女から離れた事で、弾丸達はあらぬ方向へと飛んで行ってしまうのだった。

 

「阿”ア”あ”ぁぁ・・・ッ!」

 

軽くイッてしまっている眼でシャルロットを眼前に捉える春樹。

正にその姿はISの色合いからも獣といった具合であり、観客席からは悲鳴を上げる者も少なからずいた。

 

実を言うと、彼はこの試合前にラウラに内緒で残った味醂をたいらげてしまっていたのだ。しかも、原液のまま。

だから、春樹は少し酔っている。ほろ酔い気分である為、脳内麻薬がドバドバ出ている。

 

「・・・ふふッ」

 

「・・・阿?」

 

≪おっとここでシャルル選手が何故かほくそ笑んだ! 野獣と化した清瀬選手に何か秘策でもあるのか~?!!≫

 

実況の言うように、シャルロットは何故かほくそ笑んだ。それはとても自分を狙っている獣を前にするような表情ではなかった。浮かれたような、喜びのニヤケ顔ともとれる表情だった。

これには気分が昂っている春樹も疑問符を浮かべずにはいられない。

 

「なんで笑っとるんじゃ、デュノアさん? まだ余裕ってか?」

 

「ふふふッ・・・違う、違うよ清瀬。ボクはね、嬉しいんだ」

 

「・・・・・は?」

 

シャルロットの言葉に目が点になる春樹。

 

「あの日からボクを避けるようになった君が・・・今、ボクを見てくれている。ボクを追って来てくれている。こんな形だけど・・・ボクはそれが嬉しいんだ!」

 

朗らかな弾む表情でそう話すシャルロット。

だが、その目は明らかに違った。明らかにハイライトが仕事を放棄していた。

この数日間で、シャルロットの春樹に対する思いは”異質化”していたのだった。

 

「なるほどのぉ・・・なら、とっとと倒れるか、降参しちゃあくれんか? そしたら、俺もかなり嬉しいんじゃけんどのぉ」

 

「ダメだよ、清瀬・・・ううん、”春樹”。嬉しい事は長続きして欲しいじゃないか!!」

 

「・・・下の名前で呼ぶことを、許可した覚えはないぞ”デュノア”!!」

 

ジャキリッとほぼ同時に銃火器を構える二人。

一方は『歓喜』の表情で。一方は『嫌悪』で引き金を絞る二人。

 

そして、そこからゲリラ豪雨のような銃撃戦が始まるかと誰もが思っていた・・・・・その時だった。

 

「う、うわぁあああアアアAAッ!!?」

 

『『『ッッ!!?』』』

 

ラウラの専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』の全身に赤い電が奔り、黒いコールタールのようなものが彼女全体を悲鳴にも似た絶叫と共に包み込むのだった。

 

「・・・阿”ッ?」

 

 

 

 

 

 

 

 





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29話

 

 

 

”時”は少し巻き戻る。

 

「そこを・・・退けェエエッ!!」

 

春樹の目くらましによる戦術で、背後からラウラの重い一撃を負ってしまった一夏。

しかし、流石はあのブリュンヒルデの弟か。

すぐに体勢を整え、襲われているシャルロットを助け出さんと駆けた。

 

「ふんッ・・・退かせて見せろ、この”ダメバナ”がぁ!!」

 

されどそんな彼の前に立ちはだかるわ、銀髪の戦乙女ラウラ・ボーデヴィッヒ。

当初の約束通り、彼女は春樹がシャルロットを抑えている間に存分に一夏を叩きのめさんと凄まじい斬撃を繰り出す。

 

・・・因みに。

『ダメバナ』は春樹がいつも言うモノだから、うつった。

 

「デヤァアアアッ!!」

「ハァアアアアッ!!」

 

ガキンッガギン!と火花散る鍔迫り合いが幾重にも合わさる。

まさに息を飲むような接戦。

だが、その平行線を打ち崩さんと先に動いたのはラウラだ。

 

「なッ!!?」

 

『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー』、通称名『AIC』。ラウラ自身、『停止結界』と呼称するチート兵器である。

対象を任意に”停止”させることが出来る之を一対一で対する一夏に使用したのである。

これにより、一夏の専用機である『白式』は動作停止を余儀なくされてしまった。

 

「ウォオオオオオッ!!」

 

ズシャシャアッン!

「ぐぅああアアッ!!」

 

其処から始まったのは、一部の隙を見せぬ斬撃の嵐。

「この時をどれ程待っていたか!」とばかりに左から右へ、上から下へ。ワイヤーブレードの黒き刃が白い装甲に何度も何度も傷つけた。

 

「これで・・・終わりだぁああッ!!」

 

そして、最後のトドメとばかりに動けない一夏の頭上にプラズマ手刀を突き立てんと振り上げる。

 

このままこの攻撃が通れば、確実に一夏を仕留める事が出来た。

・・・そう”出来た”だ。

何故ここで過去形を使うのか。・・・それは―――

 

「―――ッ、ウオォオオオオオッ!!」

 

「なにッッ!?」

 

―――プラズマ手刀を振り下ろす瞬間、AICを維持するためのラウラの集中力が一瞬だけ途切れた。

ほんの一瞬。一秒にも満たないその瞬間を、一夏は見逃さなかった。

 

「あぁああぁッ!!?」

 

蒼白い炎を纏った雪片弐型がラウラの脇腹に当たる。

 

『零落白夜』。対象のエネルギーをすべてを消滅させる白式の単一仕様能力にして、一撃必殺の奥の手だ。

自身のシールドエネルギーを消費して稼動する為、使用時に自身も危機に陥ってしまう諸刃の剣でもあるが、この状況を打開するには十分であった。

 

「オオオオオッ!!」

ズバシャァアアッン!!

 

ラウラの脇腹に当たった刃を振り切る一夏。

余りにも反射的で、直感的なために力の加減などは一切できていない。

一夏はそのまま最大出力でラウラを斬りはらった。

 

「シャル!!」

 

斬撃の勢いのまま、倒れるラウラと交差するように飛び出す一夏。

そんな自分には目もくれない彼を横目にラウラの視界は暗くなっていく。

 

「(・・・何故だ)」

 

ラウラはひたすら悔しがった。

 

「(何故、私があのような男にッ・・・!!)」

 

その悔しさはいつの間にか怒りに代わり、そして困惑と絶望へと変貌する。

 

「失望したぞ」

「問題ばかり起こして結果はこれか」

「二度と私の前に現れるな」

 

ありもしない幻聴が千冬の言葉でラウラの鼓膜を震わせる。

 

「(・・・・・だ・・・やだ・・・いやだッ、嫌だ!!)」

 

彼女の中に溜まっていた負の感情がドンドン溢れ、ビキビキと音を発てて心にヒビを付ける。

 

「(寄越せッ・・・寄越せ! 私に力を寄越せ!! 絶対的な力を寄越せッ!!)」

ブチリッ

≪『Valkyrie Trace System』―――起動≫

 

そして、その感情に答える様に無機質な機械音声とどす黒い何かが彼女の全身を覆うのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「う、うわぁあああアアアAAッ!!?」

 

『『『ッ!!?』』』

 

≪こ、これはどういった展開かぁッ?! 織斑選手の単一能力『零落白夜』を受けたボーデヴィッヒ選手の全身が何やら黒いもので侵食されていくぅ!!≫

 

身を裂かんばかりの突然の絶叫に会場全体に動揺が走る。

最初は、試合を盛り上げるための演出などと思っていた者も少なからずいたが、その耳を貫く叫びと苦し身悶えるラウラの姿に只事ではないと悟った。

 

「まさか・・・あれは『ヴァルキリー・トレース・システム』・・・ッ!?」

 

「お・・・織斑先生、それって・・・ッ!!」

 

管制室にいる千冬はラウラを侵食する黒いものの正体に気付き、彼女の言葉に山田教諭は顔を青くした。

 

『ヴァルキリー・トレース・システム』。通称『VTS』。

過去の『モンド・グロッソ』覇者の動きをトレースするシステムで、操縦者にかなりの負担と悪影響を及ぼす事からIS条約により全面禁止されている危険物である。

 

「山田先生ッ、避難勧告を! 早く!!」

 

「はッ、はい!!」

 

「(ラウラ・・・お前は私を・・・私を望んだのか?)」

 

山田教諭に指示を出した千冬は、変貌していくラウラを見ながらギリリと歯を喰いしばった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「な・・・なにあれ・・・ッ?」

 

人ではない何か別なものに変わって行くラウラの姿に先程まで戦っていたシャルロットは呆然とする。

彼女はそのあまりに異様な姿に、これから起きるであろう惨劇を危惧した。

 

「・・・はぁ~・・・ッ」

 

一方、春樹はその姿に何故か溜息を漏らした。

まるで、美しいものにでも見惚れるかのような感嘆の息を吐いたのだ。

 

「・・・よし」

 

「え・・・ちょっと、春樹?」

 

そして、呼吸を整えると春樹はシャルロットの方を向き―――

 

「う”ろぉあ”あ”ア”ア”ア”!!」

 

「春樹ぃいいッ!!?」

 

―――何事もなかったかのように再びシャルロットに襲い掛かった。

 

「とっととクタバりんせぇや!!」

 

「うわッ!?」

 

ガギィッン!と放たれた確実にダメージを与える為のナイフによる刺突攻撃を展開した盾で防御するシャルロット。

同じラファール・リヴァイヴとは言え、彼女は春樹に押されていた。

 

「は、春樹ッ! 今がどういう状況下わかってるの?!!」

 

「わかっとるよ。あねーな隠し玉をペアの俺にも今まで秘密にしとった言うんは残念じゃ・・・」

 

「そう言う事じゃなくて―――「じぇけどなぁッ、あーなろうがこーなろうが織斑の野郎を潰す事に変わりはねぇんじゃ!!」―――はぁッ!?」

 

「さっさと再起不能になりぃや! 俺もアイツの顔の皮を剥ぎとうなったんじゃ!!」

 

ギリギリと更に力を強める春樹。

もう彼の思考はあるシンプルな事に支配されていた。『敵を潰す』というシンプルな答えに。

 

「清瀬ェエエッ!!」

 

「阿”ッ?」

 

その彼の後ろから、未だラウラの変化に気づいていない一夏が雪片を構えて突貫して来る。

 

「邪魔するんじゃねぇわ、このおわんごがぁあッ!!」

 

「え、ちょッ!?」

 

突貫して来る彼に気づいた春樹は、自らの攻撃を防御しているシャルロットの腕をガシリと掴むと、そのまま力一杯に向かって来る一夏に投げつけた。

 

「キャァアアアッ!!?」

「なぁああああッ!!?」

 

酷く鈍いガシャァアン!という音と共にアリーナ中央で衝突する一夏とシャルロット。

 

「だ・・・大丈夫、一夏ッ?」

 

「あ・・・アイツ、この・・・―――って、なんだあれ?!!」

 

ぶつかった衝撃に頭を抑えながらも立ち上がる二人。

心配するシャルロットを横目に一夏は漸くラウラの異変に気付いた。

 

「ガル”ル”ル”ル”ル”!!」

 

「・・・・・」

 

「い、一体何がどうなって・・・「細かい話は後だよ、一夏! 早く逃げないと!!」―――うわッ!?」

 

コールタールのような黒い液体に侵食されつつ未だ沈黙するラウラ。

歯を剥き出しにし、餓えた獣のように唸りを上げる酔っ払いの春樹。

こんな危険な状況から逃れようとシャルロットは一夏を担ぎ上げた・・・その時。

 

「う”るぉおア”ア”ア”ア”ア”ッ!!」

 

「「!!」」

 

完全に思考と眼がイッてしまっている春樹がライフルをバットのように構え、瞬時加速のままに襲い掛かって来た。

 

「(ダメッ、間に合わない!!)」

 

反応が遅れたシャルロットは思わず目を閉じる。

・・・しかし。

 

ズギャァアアッン!

「ぶゲラぁああッ!!?」

 

「・・・えッ?」

 

なんと、飛び出して来た筈の春樹が何故かアリーナ壁際まで吹き飛ばされたのである。

このよくわからない状況にただ疑問符を浮かべる事しか出来ないシャルロット。

 

「あ・・・あれは・・・!」

 

ただ一夏は違った。

彼の目の前には、襲い掛かって来た春樹を吹き飛ばした相手が立っていたからだ。

 

「千冬・・・姉?」

 

二人の前に立っていたのは、黒いISを身に纏った世界最強のブリュンヒルデ『織斑 千冬』・・・ではなく。

 

「・・・・・」

 

真っ黒に凝り固まった人型のISだった。

 

「この野郎・・・なにすんじゃ、ボケェ!!」

 

「春樹!」

 

変わり果てたラウラのフレンドリーファイアを物ともせず、瞬時に体勢を立て直した春樹はバギィイイッ!!とそのまま胴体部に怒りに任せた右ストレートを繰り出す。

 

「って、なんじゃあ!?」

 

しかし、その拳を黒いISは受けるどころか。まるでスライムのように飲み込んでしまったのである。

 

「なんじゃな、こりゃあ! ぬ、抜けねぇでよ!! って、のわ!!?」

 

「は、春樹!」

 

そして、黒いISは彼の右腕だけでなく、身体から伸ばした得体の知れない触手で春樹の全身を飲み込んで行った。

 

「こ、この・・・ッ! ぬあぁああッ・・・!!」

 

其れは正に捕食とも取れる異常な光景であり、ジタバタと暴れる春樹を遂には平らげてしまうのだった。

 

「う・・・ウソだろ・・・!」

 

「そんな・・・春樹・・・春樹ぃいい―――ッ!!」

 

叫ぶシャルロットに答える春樹はおらず。その代わりに黒いISが雪片によく似た剣を二人に向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





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30話

 

 

 

「春樹ッ、春樹!」

 

「『!』」

 

黒いISに飲み込まれた春樹の名前を懸命に呼ぶシャルロット。

されど彼から返される言葉はなく、代わりに黒いISからの刺突攻撃がズアァッと襲い掛かって来た。

 

「シャル、危ねぇッ!!」

「うわ!?」

 

ズォオオオーン!

 

この攻撃を一夏が残り少ない白式のSEゲージを振り絞り、彼女と共に回避。黒いISは刺突攻撃の勢い余って、アリーナの壁面に衝突した。

 

「『・・・』」

 

「あ、アイツ・・・!!」

 

しかし、ゆくっりと立ち上がった黒いISは巻き上がる粉塵を一振りで晴らすと再び二人に狙いを定める。

白式とラファール・リヴァイヴ・カスタムから、ロックオンアラートが酷く五月蠅く場内に鳴り響く。

 

ズキャァアーン!!

「『ッ!?』」

 

「え・・・ッ!?」

 

そんな警告音が喧しいくらいに鳴り響いたその時、地面に伏せる一夏とシャルロットの頭上を蒼白い光と透明な弾道が通り抜けた。

その光と弾道は二人に狙いを定めた黒いIS右足を貫き弾き、黒いISを跪かせる事に成功した。

 

「あぁ、もう。とんでもない状態になったわね・・・!」

「お二人とも、ご無事ですか?!!」

 

「セシリアさん!!」

「鈴ッ!?」

 

二人が振り向けば、其処にいたのは専用機を身に纏ったセシリアと鈴が武装を構えていたのだった。

 

「どうして二人がここに・・・?!」

 

「説明は後ッ!」

「私達が抑えている間に、二人とも早く避難してくださいませ!!」

 

そう言うとセシリアと鈴は再び武装を構え直す。

シャルロットが二人の視線を追うと、其処には損傷した部分がテレビの逆再生のように治っていく黒いISの姿があった。

どうやら敵は『自動修復機能』のある厄介な相手のようだ。

 

「ぅッ・・・! 一夏、ここは二人の言う通りにしよう。早くここから・・・・・一夏?」

 

「・・・ッ・・・」

 

流石にそんな敵を相手にダメージを負っている自分達が居ては二人の足手纏いになるだけという事を理解せざるを得ないシャルロットは、飲み込まれた春樹の身を案じながら下唇を噛むと一夏に声をかけた。

だが、そんなシャルロットの声など耳に入っていないのか、一夏は起き上がる黒いISに酷く鋭い視線を突き立てる。

 

「・・・駄目だ。アイツは・・・アイツは俺が倒すッ」

 

「えッ・・・」

「はぁッ!!?」

「な・・・なにを言ってますの、一夏さん?!」

 

そう言って、睨み眼で立ちあがった一夏に全員が驚嘆の声を上げる。

 

「一夏、アンタなにを馬鹿な事言ってんの?! 白式のシールドエネルギーはボーデヴィッヒとの戦闘でいっぱいいっぱいじゃない! そんな状態であんなのと戦ったら―――「それが、どうした!?」―――ッ!!?」

 

鈴の言葉に一夏は怒りを含んで吠えた。

 

「あれは、千冬姉の剣だ・・・ッ!」

 

「織斑先生の?」

 

「そうだ。でも・・・あんなの見掛けだけだ。本物の千冬姉の剣はあんなんじゃねぇッ! 其れをアイツは・・・ッ!!」

 

そう語る一夏の眼には、度し難い怒りの感情が目に見えた。

VTシステムは歴代モンド・グロッソ覇者の戦闘データを操縦者にトレースするものだ。その中に世界最強の呼び声高い千冬のデータが入っていない訳はない。

そんな『本物』を知っているからこそ、目の前に立つ『偽物』に一夏は激しい怒りを覚えているのである。

 

「だから、俺がアイツを倒す! 俺が倒さなくちゃならないんだ!!」

 

「けれど一夏さん、あなたの白式にはもうエネルギーが・・・」

 

「そうよッ。セシリアの言う通り、シールドエネルギーがないとアレを倒そうにも―――「それなら、ボクがどうにか出来るよ」―――ッえ?」

 

ボソリと呟いたシャルロットに全員の目が注がれる。

 

「本当か、シャル?!!」

 

「うん。ボクのラファール・リヴァイヴからコアバイパスを接続させれば、白式へシールドエネルギーを送れるよ!」

 

「なら頼むやってくれ、シャル!」

 

「うん!」

 

了承を得たシャルロットは早速リヴァイブから伸びたケーブルを白式へ繋げるとエネルギーを譲渡していく。

 

「あぁ、もうッ・・・結局こうなるの訳ッ?」

 

「ですが、鈴さん。白式の単一能力である零落白夜なら、あのISを再起不能に出来ますわ」

 

「そうは言っても、後で千冬さんにどう言われるか―――≪皆、無事か?≫―――・・・ほら、来た」

 

噂をすれば何とやらか。

アリーナにいる全員の通信ウィンドウに管制室から千冬の通信が発信される。

こんな非常時にも関わらず、落ち着いたように見える彼女の後ろには、「あわあわ」と酷く青い顔をした山田教諭の表情も確認できた。

 

≪・・・やはり戦うつもりか?≫

 

千冬は、後ろで慌てふためく山田教諭を尻目に一夏にそう聞く。

冷静に見えてはいるものの、声からこれでもかというくらい心配してくれているのは充分伝わって来た。

 

「あぁ、アイツは俺が倒すよ」

 

《はぁッ・・・・・五分だ。五分後に教師部隊を投入する。それまでにやってみせろ》

《織斑先生!?》

 

一夏の言葉を聞くと千冬は溜息と共に了承した。

実際、鎮圧の為に投入する教師部隊でもあの黒いISは難儀な代物。それを白式の零落白夜なら、一撃で再起不能に出来ると言う合理的な策である。

 

「分かった。ありがとう、千冬姉」

 

《織斑先生だ。馬鹿者》

 

・・・というのは建前で。千冬は一夏ならばやれるだろうと思ったのだ。今までにない強い決心を決めた彼の瞳に何か思う所があったのだ。

 

「・・・よし。千冬姉の許可も得たし・・・やってやるか!!」

 

シャルロットのラファール・リヴァイヴからエネルギー受け取った一夏は、意気揚々と黒いISに雪片の刃を向けるのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「一夏・・・」

 

避難の最中、箒はモニター画面に映った一夏の姿と周りにいる専用機持ち達に思わず溜息を漏らした。

 

「(私に・・・私にもっと力があればッ、専用機あれば・・・!)」

 

彼女はモニターを見ながら、歯痒いとばかりにギリリッと歯を喰いしばった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・・・・・・阿ッ? なんじゃあな、こかぁ?」

 

ヘンテコな浮遊感と共に目を開けると、其処は真っ白な空間じゃった。

・・・なんじゃそりゃ。

 

「え~と、確か・・・突然出て来た変などす黒いISを殴ったら、佃煮海苔みたいな触手に巻き込まれて・・・」

 

なんか記憶が途切れ途切れで、あんまし上手く思い出せれん。つーか、味醂をイッキしたところからあんまし覚えとらん。

流石に原液イッキ飲みはおえんかったかのぉ?

 

「ってか・・・なして俺、裸なんじゃ?」

 

よー見てみると、何でか知らんが俺は裸じゃった。

紺色のISスーツを着とった筈なんじゃけど・・・。

 

「俺って、もしかして酔ったら脱ぐような癖あったんか?」

 

こんなどーでもええ、問いに答えるもんは居る筈もなく。俺はこのよー解らん空間を流木のように漂うばかり。

 

・・・因みに下半身は、何でか知らんがよく解らん靄がかかっとった。

やはり、こーいう場面だとモザイク的なモンはかかるんじゃのぉ。『キルラキル』の輝く星みたいな表現じゃないけん、助かったでよ。

 

「というか、ホントにここ何所なんじゃろうか。天国にしては殺風景じゃし、地獄にしては白すぎる。・・・『OO』でこねーなシーンあったな。刹那と乙女座のブシドーが素っ裸で語り合うヤツ」

 

そんなどーでもええ事を考えながら浮遊しとったら、急に場面が暗ーなって来やがった。

・・・変な事、考えるんじゃなかった! 絶対これ、なんかあるヤツじゃがなッ!

 

「って、眩しッ!?」

 

意図せずしてフラグを建てちもうた事にビクビクしとったら、急に強い光が俺の視界を覆い尽くした。

再び恐る恐る目を開けると、目の前にデッカいモニターのようなもんが現れた。

 

「・・・なんじゃあ?」

 

ボケーとしとったら、そのモニターから映像が流れ始めた。

よく解らん場所で、よく解らん状態で、よく解らん映画のようなモンを見せられる・・・ホントになんなんなこの状況?

 

「それに映画を見るんじゃったら、俺はポップコーンとコーラを要求する!!」

 

・・・まぁ、そんな要求が通る筈もなく。強制的に映画はカウントダウンと共に上映された。

 

映画のとしては、成長サクセスストーリみたいなもんじゃろうか。

 

『起』の場面では、巨大フラスコから生まれた女の子が数年の後に軍事訓練に励んでいる。

『承』の場面では、彼女は兵士の中で最高位に立つと上層部から支給されたISを動かす様になる。

ここで初めてのIS操縦で多くの人から認められた彼女はある日、ある極秘実験の手術を上層部から受けるように命令された。

 

そして、問題となるの『転』の場面。

彼女はその極秘手術を受けたんじゃけども、”適応”に失敗。その影響からか、成績も雪崩のようにガタ落ち必死になってしもうた。

 

俺が気に喰わんのは、彼女に手術を受けるように命じた上層部の連中じゃ。

やれ「失敗作だ」じゃの、やれ「失敗したのならば、破棄してしまおう」じゃのと勝手な事ばっかり言いやがる。

 

・・・ムカついた、気ぃが悪うなった。上層部連中の鼻の穴ん中に練り芥子と練り山葵を突っ込ませたくなったでよ。

 

じゃけど、そんな彼女に転機が訪れた。どっかの国から、えろう強い人が彼女の教官になったんじゃ。

その人の御蔭で、彼女はメキメキ強うなった。

そんな彼女が強なったらなったで、上層部の連中も掌返しでゴマなんぞ擦りやがる始末。

彼女はその後、自分の部隊を任せられるようになって出世もした。

と、ここまで行ったら後はハッピーエンドじゃろうかと思うとったら・・・大違いじゃった。それが『結』の場面じゃ。

 

ある日、彼女はその人に尋ねた。「どうしてそんなに強いのか」って。するとその人はこう答えた。「私には弟がいる」と。

その台詞は何とも言えん朗らかで優しそうな微笑みと一緒に紡がれた。

しかし、皮肉にもその言葉がその人に対する彼女の思いと相反し、彼女の中で憎しみが芽生えた。

 

ラストシーン。

自分の中に芽生えた憎しみと葛藤する彼女を余所に、その人はやり切った顔で祖国へ帰る飛行機に搭乗した。

 

・・・なんか・・・なんか、モヤモヤする終わり方じゃった。

それに・・・彼女は気づいとったんじゃないか? 無意識の内に「自分はその人の”弟の代わり”」じゃったと。

 

「・・・どーなんじゃ、少佐殿?」

 

「・・・・・ッ」

 

俺は映画が終わったモニターの向こう側にちょこんと座る少佐殿に声をかける。

そんな彼女は佃煮海苔の沼みたいな所に酷ぉ暗い顔でズブズブ沈んでいきょーた。

 

 

 

 

 

 

 

 





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31話

 

 

 

「少佐殿~、聞こえてます~?」

 

「・・・・・」

 

ある少女の半生を半ば強制的に見させられた春樹は、モニターの向こう側で黒いコールタールのような沼に沈みゆくその少女、ラウラ・ボーデヴィッヒに声をかける。

しかし、幾ら言葉を投げ掛けても返って来る言葉はなく、ただ一方的な呼びかけが続くばかり。

 

「あ~・・・聞こえとらんのかのぉ? でもなぁー・・・」

 

正直、春樹はもうこの空間から出て行きたかった。けれど、入り方すら不明なこの場所で出方など更にわかる筈もない。

 

「(大方、ここは少佐殿の精神世界的な場所じゃろうなぁ。まさか少佐殿が『ZZ』で言う所の『プル』や『プルツー』、『UC』で言う所の『マリーダさん』みたいな強化素体人間だったとわのぉ・・・いや、髪色的に言えば、『OO』の『マリーちゃん』や『ソーマ・ピーリス』か? そんでもって、俺は彼女を助ける『アレルヤ』か『ハレルヤ』か?・・・似合わね~)・・・・・まぁ、ええか」

ズブリッ

 

『この世界から抜け出す為には、彼女と関わる以外に選択肢はない』という結論のもと、春樹はコールタールの沼へと足を踏み入れた。

 

「おおッ、変な感触~」

 

沼は膝下までの深さくらいしかなかったが、予想通りと言って良いぐらいの不快な感触。

引き返そうと思って足を後ろに引こうとしたが、中々に足が抜けない。

 

「あぁ・・・(俺、これ知っとる。後戻り出来ないヤツじゃがん)」

 

若干の後悔を思案しながらも、春樹はラウラの座っている所へと進んでいく。

ズブリズブリと足を踏み出す度に不快な音と感触が感覚を刺激する。加えて、進めば進むほどに沼はその深さを増していき、最初は踝までだったのが、今や太腿を埋めるまでとなっていた。

 

「よっこらしょっと・・・やっと着いた。少佐殿?」

 

「・・・・・」

 

ラウラに手の届く位置まで来た春樹は無反応のラウラに再び声をかける。しかし、やはり彼女は黙ったまま。

そんな彼女の肩に手を伸ばす春樹。

 

「・・・ふむ」

 

だが、彼はその伸ばした手を引っ込める。

どうしてそんな事をしたのか。それは春樹自身にも解らなかった。けれど、『その方がいい』気がしたから、彼はラウラに触れなかった。

その後、春樹は一呼吸吐くと彼女の背に自分の背を向けるのだった。

 

「・・・なにも、聞かないのか?」

 

俯いたままであるが、此処まで無言を通していたラウラが遂に口を開く。口調も声色も、普段の彼女からは想像できない程の重く沈んだものだったが。

 

「はい、聞きませんよ」

 

「なら・・・どうして私から離れようとしない? 見たのだろうアレを? そして、理解しただろう? 私は出来損ないだ。私は失敗作だ。何の為に生きるかも解らない愚図だ」

 

「・・・」

 

「だから、もう私に構うな。もう私は・・・」

 

言葉一つ一つを声を震わせながら紡いでゆくラウラ。

悲壮感と絶望感が彼女を更に沼へと沈めて行く。

 

「・・・貴女は一体何者なんじゃ、少佐殿?」

 

「・・・・・え?」

 

春樹の言葉にラウラは疑問符と共に彼の背を見る。

 

「言葉からも、貴女自身からも、負の感情しか感じん。殺人マシンよりも尚、始末が悪い」

 

「それは・・・私が、強化人間だからだ。鉄のフラスコから生まれた祝福のない人間の出来損ないだからだ」

 

「・・・確かに、貴女は欠けている。人間としても、生物としても欠陥品だ。高圧的で、ぶっきらぼうで、とんでもないじゃじゃ馬じゃ」

 

「解っているのならば―――「じゃけどなぁ・・・貴女とおった時間は心地えかったで」―――えッ・・・」

 

長い銀髪の隙間から垣間見えるラウラの潤んだ灼眼が真ん丸になった。

 

「俺ぁよ、寂しかったんじゃ。どっかの科学者が発明した訳の解んねぇ代物を動かしたばっかりに。一人こねーな所に押し込められて、要らん義務まで押し付けられて・・・周りからはオマケじゃのなんじゃの言われて・・・もう嫌じゃった。そねーな時に貴女と会うた」

 

「・・・・・」

 

「・・・嬉しかった。一人ぼっちで戦っているんは、俺だけじゃないって・・・俺は一人じゃないって思えたんじゃ」

 

春樹はそう言うと反転し、銀髪から垣間見えるラウラの灼眼を見通す。

いつになく真剣な面持ちで、手を差し出しながら。

 

「これが俺の今の気持ちじゃ。なら・・・君は?」

 

「え・・・」

 

「思いがあるなら、言葉にせにゃあおえん。じゃないと・・・俺のような阿呆には解らんのじゃ」

 

「・・・でも、私は・・・私は・・・」

 

言いよどむラウラに春樹は続ける。

クスリとぎこちない笑顔を浮かべて。

 

「強化人間じゃとか、出来損ないとか関係ねぇでよ。完全な生物なんぞ、この世にはおらん。完璧な人間なんぞ、この世界にはおらん。君の代わりはいくらでも居るんじゃろう・・・じゃけど、君は君しか居らんのじゃ。ラウラ・ボーデヴィッヒっていう人間は一人しか居らん。何の為に生きているのか解らんのなら、時間をかけて見つけりゃあええ。・・・それでも、其れでも生きて行く理由が欲しいんじゃったら・・・・・ッ」

 

そこまで言って、春樹は言い淀む。

言い淀んだ後の言葉が・・・とても考えなしで、とても恥ずかしくて、とてもクサい台詞だったからだ。

だが此処まで言ったのならば、此処まで言葉にしてしまったのならば、後戻りは出来ない。

バツが悪いように頭を掻いた春樹は、そのまま言葉を勢いよく紡いだ。

 

「今この時だけは、この瞬間だけは・・・俺の為に生きてくれりゃあせんかッ?」

 

「!」

 

「ここまで振り回しといて「はい、さよなら」なんて、俺は嫌じゃ。一緒に帰りましょうや、帰って美味いもんでも食いましょうや。俺ぁ、君の何かを食うとる姿がとっても幸せそうで好きなんじゃ」

 

「・・・ッ・・・」

 

ぎこちなさから、言葉を紡ぐごとに柔らかくなる表情と温かみを持った春樹の言葉にラウラは再び顔を俯かせる。

春樹は何かマズい事でも言ったのかと焦ったが、彼女の耳が赤くなっている事に気づき、加えて自然と出た自分の言葉に顔を赤らめた。

 

「・・・清瀬 春樹」

 

「なんなら、少佐殿?」

 

「・・・私は―――」

 

ザグッ!!

 

・・・春樹の伸ばした手にラウラが手を伸ばした、その時。

彼の背中を何本もの杭が貫いた。

 

「阿”・・・ッ!!?」

 

「清瀬 春樹ッ!?」

 

杭は春樹の貫いた部分から根をような触手を伸ばし、彼の身体を覆ってゆく。

遂にVTSが飲み込んだ人間を一体化せしめんと動いたのだ。

 

「あ”ッ、阿ア”っ・・・!!(なんじゃあ、こりゃあッ? 身体の動きが鈍うなりょうるッ・・・! こ、この野郎・・・ッ!!)」

 

意識レベルが徐々に薄れ、自信がISと同化していく状態が手に取るように理解できた。

しかも、この杭は更にラウラへと狙いを定める。

 

「(糞タレがァ・・・このまんまじゃと、少佐殿まで・・・!!)少佐ッ!!」

 

「ッ?!」

 

「うろ”ァアアア”ア”ア”ッ!!」

 

春樹は脇目もふらずにラウラのか細い腕を掴むと、畑に埋まったニンジンでも引っこ抜くかのように沼から引き揚げ、そのまま未だ侵食されていない真っ新な空間へと放り投げた。

 

ザクザクザクッ!!

「うげぇ阿”ッ!!?」

 

ラウラを放り投げた瞬間、新たな杭が春樹の全身を串刺し、そして更に彼を沼の底まで引き釣り混んで行った。

 

「あ・・・阿”、阿ァ・・・ッ・・・」

 

沼に引き釣り込まれていく中で春樹が見たのは、自分の名を精一杯に叫ぶラウラの姿だった。灼眼の右目と黄金に光る左目から涙をこぼしながら、春樹の名を叫ぶ彼女の姿だった。

 

「あぁ・・・綺麗なもんじゃのォ。星みたいじゃわぁ」

ザグリッ!!

 

「”春樹”ィイイ―――ッ!!」

 

その呟きを掻き消すかのようにどす黒い杭が彼の頭を貫くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「ハァ・・・ハァッ・・・ハァ・・・ッ!!」

 

・・・俺は走りょうた。

誰も居らん、学園の廊下を何でか知らんが走りょうた。

 

脇腹がとんでもなく、でぇーれー痛い。

胸は張り裂ける位にバクバク鳴りょーるし、喉からは血が混じった唾が出る。

 

「なにあれ、やっぱり『オマケ』ね。大したことないじゃない」

「おまけの分際で、この学校に来るんじゃないわよ!」

「なんで、あんなのがこの学校にいるのよ」

 

この長ったらしい廊下を進めば進みょーる程、教室の窓ガラスから見下す様な眼と言葉が俺に向けられる。

 

「なんで・・・なんでそねーな事を言われにゃあおえんのじゃッ?・・・なんでこんな思いせにゃあおえんのんじゃ?!」

 

歯を食いしばって、ガリガリと頭を掻き毟る。

 

「さ・・・酒が・・・酒が飲みてぇ! 酒が飲みてぇよぉ―――ッ!!」

 

・・・俺は、何の為にッ・・・俺は一体何の為に・・・ッ!?

 

「苦しいよぉッ・・・えらいよぉ・・・ッ!!」

 

誰のせいでッ・・・こんなに!!?

 

「・・・・・してやる・・・ころしてやる、コロシテやる、殺してやる・・・ッ!!」

 

・・・誰を?

一体誰を?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「清瀬!!」

 

・・・・・あ”ッ?

なんだ、なんだコイツはぁ?

・・・・・プツ

 

「聞こえてるのか、おい?!」

 

なんでコイツは俺が苦しい思いをしてんのに、こねーに涼しい顔しょーるんじゃ?

・・・あぁ、そうか。・・・やっぱり・・・やっぱり・・・全部ッ!!

・・・プツプツ

 

「聞こえてるんなら返事しろよ、清瀬ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・プツプツプツ・・・ブチリッッ!!

「オメェのせぇええかぁァアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆


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32話

 

 

 

・・・其れは突如として起こった。

 

「『・・・あ・・・あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッッ!!?、』」

 

「ッ!?」

「な、なにッ?!」

 

シャルロットのラファール・リヴァイヴからシールドエネルギーを受け取り、SEをほぼ完全な状態まで回復した一夏はセシリアと鈴と共に黒いISに対峙した。

 

最初は黒いISの持つ自動修復機能に手を焼かされたが、セシリアと鈴の援護射撃もあってか、アリーナ壁際まで敵を追い詰める事が出来た。

しかも、攻撃を加えれば加える程に修復機能は衰えていき、後は白式の単一能力『零落白夜』で止めを刺すのみ。

 

「『ア”あ”、A”A”A”A”A”ッ阿”阿”あ”ッ!!』」

 

「な、なんですのッ? 一体何が起こってますの?!」

 

「わかる訳ないでしょ! なにがどうなってんのよ?!!」

 

だが、そのボロボロで瀕するISが突然、のたうち回りながら男女の声が混じった様な絶叫をあげて苦しみだしたのである。

 

≪一夏ッ、一体どうなっている? 倒したのかッ?≫

 

「それが解らねぇんだよ、千冬姉! コイツがいきなり苦しみだして・・・」

 

黒いISの断末魔にも似た絶叫にアリーナ場内ならびに管制室にも動揺が走る。

 

「一夏・・・アレ・・・ッ!」

 

「な、なんだよ・・・一体どうなってんだよ?!」

 

黒いISはその断末魔を上げながら、ズルリズルリとその姿形を変えて行く。

一歩歩けば、肩の部位がドロリと融け落ち。もう一歩歩けば、腹部の装甲がズルリと剥がれ落ちた。

その姿は非常に不快極まりなく、「うッ・・・」とセシリアは口元を抑え、一夏はつい道を引き気味に開けてしまう。

 

ボタリッ

 

「え・・・ちょっと皆、アレ!」

 

そんなドロドロと溶ける自らの肉片を落としながら歩む黒いISの背中から、これまた大きな肉片が響く様に落ちた。

その肉塊に鈴が声を上げ、皆の注目が集まる。

 

「あ・・・あぅ、う・・・ッ」

 

「ッ、ボーデヴィッヒ!!」

 

まだ湯気の立つ脂ぎった黒い肉の中から垣間見えたのは銀色の髪と小さな呻き声。

黒いISを顕現させたラウラ・ボーデヴィッヒが横たわっていた。

 

「ボーデヴィッヒさん!」

 

「セシリア!」

 

そんな息も絶え絶えな彼女を救助すべく前へ飛び出すセシリア。されど、ラウラのいる場所はまだ黒いISから手の届く距離にいた。

 

「『あ”ッ・・・A”A”A”A”A”ッ!!』」

 

「セシリア、避けろ!!」

 

近づいた来たセシリアに気づいた黒いISは屑落ちかける片腕を振り上げ、偽・雪片を突き立てんとした。

 

「『阿”ッ、ア”あ”あ”!?』」

 

「えッ・・・?」

 

しかし、黒いUISが腕を振り上げた瞬間に動作が急停止。そのまま腕が偽・雪片諸共腐るように崩れ落ちた。

これには攻撃を覚悟していたセシリアは勿論、何故か彼女へ攻撃をしようとしていた黒いISも驚嘆したのであった。

 

「大丈夫ですか、ボーデヴィッヒさん!!」

 

「う・・・ぅうッ・・・」

 

敵と交差するように倒れたラウラを救い上げるセシリア。

その時、彼女はある事に気づいた。とても重大なある事に。

 

「ッ!(ボーデヴィッヒさんのシュヴァルツェア・レーゲンが”待機状態”になっている?)」

 

其れはラウラの専用機がエネルギー切れで待機状態となっているという事。

この事が理解できたことで、大きな疑問がセシリアの脳内に思い浮かびあがった。

 

「な、なら・・・なら、なんであのISは未だに動いていますの!? 誰が、一体誰が動かしていますの!!?」

 

あの黒いISはラウラの専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』に搭載されていたVTSによって顕現した。

その大本の原因が待機状態になっているにも関わらず、何故に未だあのISは活動しているのか?

・・・考えられる要因は一つしかない。

 

「ぅ、あっ・・・せ、セシリア・オルコット・・・」

 

「ッ、ボーデヴィッヒさん!」

 

様々な思考がセシリアの頭で渦巻く中、焦点の合っていない目で彼女を見ながら、ラウラが口を開けた。

 

「あいつを・・・は、春樹を・・・助け・・・・・」

 

「ボーデヴィッヒさんッ? ボーデヴィッヒさん?!」

 

ガクリとセシリアの腕の中で意識を手放したラウラ。

 

「一体・・・一体何がどうなっていますの?!!」

 

セシリアの叫びにも似た疑問に答える者は居らず、皆はぐずぐずに崩れてゆく黒いISを異様な眼で見るばかりだった。

 

「『あ”ぁ・・・ア”ッ・・・阿あ”・・・!』」

 

アリーナ場内中央まで進んだ黒いISは遂にその身体をズシンッと地面に横たわらせた。

普通なら、漸くこれで終わったかと皆が胸を撫でおろすシーンなのだろう。

・・・だが、そうは問屋が卸さないのが世の常だ。

 

ブチリッ

 

『『『ッ!?』』』

 

倒れ伏した残骸から、人の形をした何かが黒いISの背中を引き裂いて起き上がる。

まるでそれは、蛹の中から羽根を広げる蝶のようだった。

 

「・・・・・」

 

「春樹!」

 

蛹から起き上がったのは、黒い液体を全身から滴らせるラファール・リヴァイヴを身に纏う春樹の姿だった。

無事なような彼の姿にシャルロットは思わず声を弾ませ、近づこうとする。

 

「お待ちになってください、デュノアさん!!」

 

「えッ?」

 

けれども・・・そんな彼女を止めたのは、救出したラウラを自らの後ろに寝かせたセシリア。

それに加え、彼女の手の中にある専用ライフルの銃口は春樹に向けられていた。

 

「えッ・・・何してるの、オルコットさん? なんで春樹に銃口を向けてるのッ?」

 

「デュノアさん、退がってください! あの春樹さんは・・・春樹さんであって春樹さんじゃありません!!」

 

「な・・・何を言って・・・ッ」

 

「えぇ。セシリアの言う通り、なんだか嫌な予感・・・!」

 

セシリアの言葉に鈴も改めて武装を構え直した。

それぐらいに何か得体の知れない雰囲気が彼から放たれていたのである。

 

「・・・・・ッ」

 

黒いISから羽化し、ゆっくりと立ち上がった春樹は目を開くと辺りを見回す。

そして、一夏を視界に確認すると身体を彼の方に向けた。

・・・”琥珀色に輝く両眼”を向けながら。

 

「ッ!? そんな、あれは・・・ま、まさか・・・!!」

 

「どうしましたか、織斑先生ッ?」

 

管制室にいた千冬は、見開いた春樹の眼に驚きを隠せないでいた。

何故なら、その眼を彼女は以前見た事があったからだ。

 

「『ヴォーダン・オージェ』・・・だとッ?!!」

 

「う”ぉーだん・・・え?」

 

『ヴォーダン・オージェ』、日本語名『越界の瞳』。

ISの適合性向上のために行われる処置であり、擬似ハイパーセンサーとも呼ぶべきそれは、脳への視覚信号伝達の爆発的速度向上と超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした肉眼へのナノマシン移植処理のことを指す施術だ。

 

だが、春樹はついこの間まで普通のごくごく一般の人間であり、そのような極秘施術を受ける事も、ましてや知る事も出来ない筈だ。

 

「(それが何故、清瀬の目に・・・それも”両目”にッ? あの施術は”片目だけ”しか適応しない筈ッ。現に強化素体であるラウラも片目しか適応できなかった。それが何故・・・ッ?!!)」

 

けれども、千冬は確信した。あれは見紛う事なき、『越界の瞳』なる代物であると確信したのだ。

そして、こうも直感した。『あれは危険だ』と。『近づいてはならぬモノ』だと。

 

≪皆、よく聞け。其処から一刻も早く退避しろ!≫

 

「えッ、でも千冬姉。清瀬が―――≪いいから早くしろ、馬鹿者ッ!≫―――ッ!」

 

つい千冬は声を荒らげてしまう。

されど、それくらいに今の彼は異常なのだ。

・・・しかし。

 

「清瀬!!」

 

「「「一夏(さん)?!」」」

 

一夏はそんな千冬の警告を無視し、春樹に声をかけた。

 

「聞こえてるのか、おい?!」

 

「一夏ッ、アンタは今の千冬さんの話聞いてなかったのッ? 退避しろって言われてんのよ!!」

 

「でも、清瀬をここで放って置けないだろ!」

 

敵であり、シャルロットの件で仲たがいをしている春樹に対して一夏は良い印象はない。

けれど、相手が傷付いているのならば助けてやるのが彼の長所であり、短所でもある。

そして、今回その性格は・・・・・

 

「聞こえてるんなら返事しろよ、清瀬ッ!!」

 

「・・・・・阿”ッ」

 

・・・裏目に出る事となった。

 

「ウェ阿”阿”阿”ッ!!」

 

「なッ―――バギィイイッン!!―――ッ!!?」

 

『『『ッ!?』』』

 

彼の声に反応したと思った次の瞬間、通常の瞬時加速以上の速度で距離を詰めた春樹はフルパワーの左殴打を一夏の鳩尾へと突き刺す。

 

「ぐブふぇッッ!!?」

 

踏まれた蛙のような声を胃液と共に吐き出す一夏。

なんと春樹の拳は、操縦者を外部の衝撃から守るISの絶対防御を通り抜け、確実に生身へとダメージを与えた。

 

「が阿”阿”阿”うッ!!」

 

ボバギィイッ!

「げバぁああ―――ッ!」

 

すかさずに春樹は、後ろへ降り抜いていた右拳を半円を描きながら突き出す。

そしてメキメキと嫌な音を鳴らしながら、一夏を後方へ吹っ飛ばした。

 

「あァアッ―――ッ!?」

 

「一夏ッ!? 清瀬、アンタなんで―――ッ!!?」

 

地面へ叩きつけられる一夏から、その彼を殴り飛ばした春樹の表情を鈴は見た。見てしまった。

 

「フゥーッ・・・フゥー・・・! グルルァ阿阿”阿ッ・・・!!」

 

「は・・・春樹・・・さん・・・ッ!?」

 

「は、春樹・・・ッ!」

 

其処にいたのは清瀬 春樹と言う人間の姿ではなかった。

全身から湯水のように溢れる闘志、肉眼からも確認できる程の殺気。本能を剥き出しにした”獣”が其処にいたのである。

この姿にセシリアは絶句。シャルロットは腰を抜かしてしまった。

 

「ウ雅ァ阿”阿阿あ”あ”あ”ッ!!」

 

「ッ!? 御免なさい、春樹さん!!」

ズキュゥウウーン!

 

地面へ沈んだ一夏に更なる攻撃を加えんと雄叫びを上げながら飛び出す春樹。そんな彼を止めようと、セシリアはライフルの引き金を絞る。

躊躇しながらも、狙いは正確な彼女の射撃は春樹の胴体部にクリティカルヒット。

彼女は並のIS、ましてや彼の纏っている訓練機用ラファール・リヴァイヴならば衝撃ダメージで静止できると踏んでいたからだ。

 

「阿阿阿阿阿ッ!!」

バシャァアッン!

 

「なッ!?」

 

だが、春樹はそんなビーム射撃を掻き消した。まるで「しゃらくさい!」と言わんばかりに、露でも掃うかのように払いのけたのである。

 

「阿”阿”阿”阿”阿”!!」

 

「いぃいッ!!?」

ガギィイーンッ!

 

ビーム攻撃と言う名の小雨を掻き消した春樹は、サッカーボールかのように一夏の顔面目掛けて蹴りを放つ。

幸い、一夏はこれを雪片で防御する事に成功したのだが―――

 

「駄ッ羅阿阿阿―――ッ!!」

 

「ぅうッ、うわァアアッ!?」

「一夏ッ!!」

 

―――蹴り圧に押され、更に後退。

今度は一夏の方がアリーナの壁際まで吹っ飛ばされてしまった。

 

「清瀬ッ、アンタいい加減にしなさいよぉお!!」

 

ついに鈴が大型ブレードを振り上げ、瞬時加速で春樹に迫る。

 

「阿”!」

ガチィッ

 

「えッ!?」

 

「阿”阿”阿”ッッ!」

「きゃあああああ!!?」

 

しかし、彼はその刃をすんなりと片手で掴むと勢いのままに彼女をアリーナ反対側の壁へと投げ飛ばす。

まさか掴まれた上で投げ飛ばされる等と思ってもみなかった鈴は、ブースターの対応が遅れ、そのままズシャーン!と壁へめり込んだ。

 

「鈴さん!!」

 

「鈴ッ! 清瀬、お前―――ッ!!」

 

鈴がやられた事に激昂した一夏は再び雪片を構え、春樹に向かって瞬時加速で飛び込む。

 

「デェヤァアアアアッ!!」

 

そして、持ち前のセンスが籠った剣技で雪片を振う。

その斬撃のどれもが日々の特訓の成果であり、当たれば申し分ないダメージを与える事は明白だ。

 

「ッ!」

 

だが結局、その斬撃も当たらなければ意味はない。

春樹はまるで来る方向が解っているかのように、必要最小限の動作で攻撃を避けると―――

 

「雅ぁア”ア”ア”う!!」

 

ズドンッ!

「がフぅうッ!!?」

 

―――一夏の右脇腹に鋭く、そして重い殴打を叩き込む。

余りの衝撃と激痛に再び彼の口から、今度は血が混じった胃液が飛び出す。

 

「駄阿阿阿ッ羅阿阿ッ!!」

 

バギィイッ!!

「がハァアアアアッ!!」

 

その血反吐を吹き出した顔面にこれまた重い殴打をフルパワーで叩き込む春樹。

一方、そんな右ストレートをもろに叩き込まれた一夏はアリーナ壁面まで吹っ飛ばされ、鈴と同様に壁へめり込んだ。

 

「もう止めてください、春樹さん!!」

 

ライフルの銃口を再び春樹に向けて叫ぶセシリア。

けれど、そんな彼女の足は震えていた。目の前の彼に恐怖していたのだ。

 

「もう敵はいません! ボーデヴィッヒさんも此方で保護しましたッ。だから・・・だから、もう止めて下さいまし!!」

 

「阿”阿”阿”・・・ッ」

 

「―――ッ!!」

 

セシリアの声が届いたか、動きを止める春樹。

その瞬間、「今だ!」と言わんばかりにアリーナ反対側の壁にめり込んでいた鈴が飛び出す。彼の動きを完全に止めんと飛びかかる。

 

「・・・阿ッ・・・阿”阿”阿”阿”阿”阿”阿”―――ッ!!」

 

『『『!!?』』』

 

それに気づいたかどうなのかは不明だが、突然、春樹は雄たけびをアリーナ場内に命一杯轟かせる。

すると―――

 

シンッ・・・

「えッ、そんな! どうして?!!」

 

「う、”動きません”! 動きませんわ!!?」

 

春樹の背後に迫っていた鈴と彼の前方にいたセシリアのISが突如として”沈黙”したのである。

 

「ブルー・ティアーズ機、甲龍機が共に機能停止ッ! 沈黙しました!!」

 

「なんだとッ!?」

 

これには管制室にいた職員達も泡を食う。

何故なら、こんな芸当が出来る機体は今まで一機だけだったのだから。

 

「こ、これは『AIC』!? どうして、ボーデヴィッヒさんの機体に搭載されている機能を彼が使えているんですか?! しかも、複数に?!!」

 

「それを聞きたいのは此方の方だ!」とこの時の千冬は聞き返したかったが、そういう訳にもいかない。

雄叫びを上げた春樹が再び一夏に琥珀色の眼を向けたのだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ビィーッ、ビィーッ!

 

「(・・・・・あぁ・・・? この音は・・・危険アラームッ?・・・なんじゃあ、俺・・・死にかけとるんか?・・・・・・・・って、ありゃあ??)」

 

散々暴れ、雄叫びで二機のISを機能停止させた春樹の眼に精気が漸く戻って来た。

彼は疑問符を頭に何個も浮かばせながら、辺りを見回す。

 

「(なんじゃッ、どーなっとるんじゃ? なんで、あの駄目バナ野郎が壁にめり込んどるんじゃ? なんで目ぇ回しとるんじゃアイツッ? 俺か、俺がやったんかッ?? 全然覚えとらんぞ、この野郎!!)」

 

そして、目の前で目を回す一夏に春樹は頭の疑問符を更に膨らませた。

しかし、彼は見落としていた。目を回す一夏の近く、其れに自身の背後にセシリアや鈴が動けずにいる事に。

それは今現在の春樹の視野が扇形ではなく、肉食獣のような直線的な視野である事に他ならなかった。

更に奇妙な事は重なるモノで・・・。

 

「(確か、海苔の佃煮の針に全身串刺しのカズィクル・ベイされたんじゃけどなぁ・・・なんか全身をデトックスしたみてぇに軽いし、なんか気分がええ)」

 

彼の心身は絶好調であった。

あの精神世界で受けたダメージなど幻だったかのように絶好調だったのである。

其れは何故なのか。思い当たる節なら、一つしかない。

 

「(ああ、”これ”の御蔭か)」

 

其れは、春樹の左手の甲で恒星のように光り輝く痣『ガンダールヴ』だ。

ガンダールヴはその能力上、武器の運用方法と効率的な操作が出来る。

 

管制室にいる千冬達は春樹がVTSに乗っ取られた事による暴走と判断しているが、それは違う。

『春樹が乗っ取られている』のではなく、『VTSが乗っ取られている』のである。

一時はVTSも彼の身体を乗っ取る事に成功はした。しかし、彼の一夏に対する憎悪と嫌悪がガンダールヴの能力を飛躍的に増幅させた結果が現在の状況だ。

因みに。無意識状態であそこまで一夏をボコボコに出来たのは、大会前からラウラと共にやっていた訓練の賜物である。

 

・・・と、ここまで来れば、彼の中での第一ラウンドは終了。

 

「阿”阿”阿”ッ!!」

 

『『『ッ!!』』』

 

・・・”第二ラウンド”の幕開けだ。

 

「(冗談じゃねぇぞ、フザけんじゃねぇぞこの野郎ッ。織斑をボコった事、全然覚えてねぇぞ、こん畜生ッ! どーせ試合は少佐殿のアレで無効になっとるんじゃろうけんど、俺はまだアイツに一発も入れた事を実感しとらんのじゃッ! 記憶に残るもんでねーと気が済まんで、俺はよぉ!)立てや、織斑ァア―――ッ!!」

 

「・・・ぅ・・・うう・・・ッ」

 

「うがー!」と唸る春樹に壁にめり込んだ一夏はピクリと息を吹き返す。

幸いにも周囲は未だ彼が暴走状態であると踏んである為、このまま押し切りたいのが春樹の算段である。

 

「教師部隊は何をしている?! 約束の五分はとっくに過ぎているぞ!!」

 

「そ・・・それが、先程の清瀬くんの咆哮でアリーナ発射口が故障して開きませんッ!」

 

加えて、五分後に出撃する筈だった教師部隊は、春樹が無意識の内に何故か出来た停止結界の御蔭でアリーナ場内に入って来れない。

まさか、こんな事が起きるなどと思っていなかった千冬は頭を抱えるしかなかった。

 

「どうしたんじゃ、このボケカス?! ほれ。待っちょっるちゃるけん、さっさと立ち上がれやッ!」

 

「ぅう・・・う・・・ッ!」

 

春樹の声にめり込んだ壁から抜け出した一夏。

しかし、思いの外ダメージは深く。うつ伏せになったまま、呻き声を出すばかり。

 

「そーいやぁ、オメェ・・・デュノアを助けるじゃとか粋まいとったのぉ?! その執念を俺に見せてみんさいや! それとも何か? やっぱりただの口だけの能無しかぁ~?!」

 

「ッ・・・こ、このぉ・・・ッ!!」

 

春樹の言葉が彼の心の琴線に触った。

一夏は漸う立ち上がると雪片に白式の残り全てのエネルギーを注ぎ込む。

 

「さぁ来いよ、俺ぁ此処じゃ! どうしたんじゃッ劣化版バナージ、来てみんさいやッ!!」

 

「お前みたいな・・・お前みたいな卑劣なヤツに、負けるかァアアアアッ!!」

 

バヒュンッと音を置き去りにした一夏は蒼白く光る雪片を振り上げ、一直線上に春樹へ突撃する。

人間の目では、確実に追えない速度。加えて、雪片にエネルギーを集中させた事で零落白夜は今までにない威力を発揮する事は間違いなかった。

 

「ウォオオオオオ―――ッ!!」

 

そして、高性能の専用機に甘んじることのない一夏のセンスが更に威力を増幅させた。

喰らえば、どんな相手も再起不能に出来る真の一撃必殺の剣戟。

 

ガギャアアッッン!!

 

その剣撃がガードした春樹の右腕を直撃する。

これを見ている誰もが、一夏の勝利を確信した。ボロボロの状態から、暴虐の怪物を倒す物語の英雄の姿を皆が見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・だが、『彼』は皆のその想像を凌駕した。

 

「阿”阿”阿”阿”阿”ッ!!」

 

ガキィッン!

「―――・・・へッ?」

 

春樹は右腕で受けた雪片を外側に逸らせた。

標的を失った蒼白き刃は地面に飲み込まれ、土煙を巻き上げる。

 

「阿”羅”羅”羅”羅”羅”イッ!!!」

 

メグシャアア―――ッ!!

「ッ―――――ッ!!」

 

重力によって落ちる一夏の顎目掛けて突き出される左アッパー。

其れは、まるで青い空に浮かぶ太陽を掴むような仕草であった。

 

ビィイ―――――ッ!!

 

そして・・・再び地面にズシンッと沈む一夏を合図に情緒もへったくれもない無機質な試合終了のブザーが鳴り響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆
・・・長くなっちゃた。


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33話

 

 

 

「う・・・ぅッ・・・こ、此処は?」

 

学年別トーナメント、準決勝第一試合から数刻後。

意識が回復したラウラ・ボーデヴィッヒは目にしたのは、夕焼けのオレンジ色に染まっている見慣れぬ天井だった。

 

あの騒動後、気絶していたラウラは直ぐに医療棟に運ばれての精密検査が行われた。

幸いにも身体や脳に異常が見当たらなかった為、彼女は保健室へと移動させられていたのである。

 

「・・・目が覚めたようだな」

 

「ッ、教官!」

 

保健室の扉をガラリと開けて入って来た千冬にラウラは起き上がって対応しようとしたのだが、僅かに身動きしただけで痛みが走り、思わず声が詰まってしまう。

 

「うッ・・・」

 

「大人しく寝ていろ。全身に無理な負担が掛かった事での筋肉疲労と打撲だ。しばらくは安静にしておけ」

 

「は・・・はい・・・」

 

申し訳なさそうな表情を浮かべるラウラに千冬は少し、安堵の溜息を漏らす。

 

「・・・ところで教官、一体私に何があったのでしょうか?」

 

「覚えていないのか?」

 

「ハッキリとは・・・すみません」

 

再び申し訳なさそうな表情を見せるラウラに「構わない」と手を見せる千冬。そして、今回の騒動を考え込みながら口を開いた。

 

「本当は機密事項なのだが、当事者の一人であるお前には話しておかなくてはな。VTSの事は知っているな?」

 

「は、はい。正式名称は『ヴァルキリー・トレース・システム』。過去のモンド・グロッソ部門受賞者選手の動きをトレースするシステムで、アラスカ条約で今は完全に触れることを禁止されているものです」

 

「そうだ。そのVTSが・・・ボーデヴィッヒ、お前のISに搭載されていた」

 

「え・・・ッ」

 

ラウラは最初、千冬が何を言っているのか理解できずにいた。

その内、思考が追い付いてゆくと身体の末端から痺れるような震えが襲って来た。

 

「おい、大丈夫かッ?」

 

「は・・・はいッ」

 

彼女は完全に思い出した。

自分の欲望に呼応し、自身を喰らい尽くさんと飲み込んだあの恐怖を。

そして―――

 

「春樹は・・・清瀬 春樹は、ヤツは無事なのでしょうかッ?」

 

その恐怖から自らを犠牲にするように救い上げてくれた人間を思い出し、千冬の腕をすがりつくように掴んだ。

 

「・・・・・あぁ、大丈夫だ。命に別状はない」

 

「そ・・・そうですか・・・(・・・・・ん?)」

 

「良かった」と胸を撫でおろすラウラ。

しかし、その次に頭へ浮かんだのは、何故に彼が無事である事を安心している自分の『心』であった。

自分の部下を思いやる気持ちとも、憧れの千冬を敬愛する重いとも違う。初めて感じる温かな気持ちに、彼女は疑問符を浮かべた。沢山浮かべた。

 

「・・・ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「は、はい!!」

 

しかし、そんな事を深く考える前に名を呼ばれた彼女は思わず返事をし、千冬の方へと顔を向ける。

 

「ッ!? きょ、教官・・・ッ!!?」

 

そして、これ以上ないぐらいに眼を見開いて呆けた。

 

何故にラウラがこれ程まで驚嘆しているのか。

其れは彼女の目の前にいる世界最強の名を欲しいままにしたブリュンヒルデ、織斑 千冬がラウラに対して頭を垂れていたからである。

 

「な、なにをしているのですか教官?! 顔をあげて下さい!」

 

「いや、今回の件は私の責任だ」

 

「な・・・何を言って・・・ッ」

 

戸惑い動揺するラウラに構わず、千冬は言葉を紡いだ。

自分自身に対し、敬愛以上の崇拝をしているラウラに一介の兵器としてではない一人の人間として生きていて欲しかった事。その為にラウラを冷淡にあしらい、冷遇した事を。

 

「全てはお前の為だと思っていた。けれど・・・やはり、私は愚か者だったようだ。結局はお前を孤独にしてしまったのだ。ブリュンヒルデと讃えられているが、私にそんな資格はない。・・・・・すまなかった、”ラウラ”」

 

「教官・・・」

 

ポタリと自分の頬を温かい雫が伝っていくのをラウラは理解した。

そして、ある言葉を彼女は思い出す。

 

「『私の代わりはいても、私は私しかいない』・・・・・フフフ・・・アハハハッ」

 

「ラウラ・・・?」

 

突然の笑い声に思わず千冬は顔を上げる。

すると、其処にいたのはなんとも朗らかに、そして楽しそうに笑うラウラがいたのである。

 

「フフフ・・・教官、私はラウラ・ボーデヴィッヒですか?」

 

「え?・・・あぁ、そうだ。お前はラウラだ、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「はい、私はラウラ・ボーデヴィッヒです! アハハハハハッ」

 

この時、ラウラは生まれて初めて心の底から笑ったような気がした。識別コードではない自分の名前が、嬉しいと感じた。

 

「ハハハ! 痛たたた・・・ッ!」

 

「笑い過ぎだ、馬鹿者。身体に響くぞ」

 

「すいません、教官。ところでアイツは、清瀬 春樹は何処に?」

 

この気持ちをラウラは春樹と共に分かち合いたいと思った。

何故なのかは解らなかったが、一刻も早く彼に伝えたいと思ったのである。

 

「・・・それなのだが・・・」

 

「どうしましたか、教官?」

 

しかし、彼女の言葉に千冬は顔を暗くした。

先程言った『命に別状はない』とは、必ずしも『心身共に健康』とはイコールではないのである。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

後日。

ラウラ達のいる保健室から大分離れた場所にある学園内の医療棟。

 

「ぎゃーッ!!」

 

その一室で、けたたましい奇声を上げながら医療職員と取っ組み合いをする男が一人いた。

 

「いい加減にしてください、清瀬くん!!」

 

「ぎゃぁあ―――ッ!!」

 

今回の騒動で大暴れした清瀬 春樹その人である。

しかし、アリーナでの暴れっぷりがまるで幻だったかのように彼の人相は酷くやつれていた。

頬はトーナメント初日以上にこけ、目の下にはどす黒いくまが刻まれ、琥珀色に輝いていた瞳は澱みなく淀んでいたのである。

そんな廃人にも見える彼は現在・・・・・

 

「その小瓶に入っている”モルヒネ”を渡しなさい!!」

 

「いーやぁーじゃー!!」

 

・・・モルヒネの奪い合いをしていた。

 

アリーナコロシアムでのVTS暴走後、一夏並びにセシリアや鈴の三人の専用機持ち達を屠った春樹は故障したアリーナの出撃ピットを破壊した教師部隊と闘争心のままに交戦。

交戦の末、隊員三名を再起不能すると破壊された出撃ピットからアリーナバック内部に侵入。壁面に備え付けられていた消毒用エタノールをイッキ飲みし、急性アルコール中毒で倒れたのである。

 

その後にこの医療棟に運ばれ、緊急治療が行われた。

幸いにも症状は軽いモノであったが、治療後に行われた精密検査で身体の不調が次々見つかり、この病室に入院する事になった。

 

「清瀬くーん、良い子だから手を離しなさーいッ!」

 

「やーん!!」

 

「す、凄い力だッ!!」

 

しかし、意識が回復したのも束の間。

どこから持って来たのか。モルヒネを勝手に使用している所を職員に見つかり、こうして取っ組み合いをしている。

 

「ダメだッ、鎮静剤! 鎮静剤持ってきて!!」

「本当に病み上がりッ? 活きが良すぎるだけどッ!」

 

・・・大人三人がかりを相手に。

 

「こ、これは一体何の騒ぎですか?! 外まで声が聞こえてきましたよ!」

 

『『『ッ!』』』

 

騒ぎを聞きつけ、病室のドアを開けたのは緑色の髪を振り乱した山田教諭。

 

「うわぁーん、山田せぇんせーい!!」

 

「きゃッ? き、清瀬くん!?」

 

そんな彼女の背後にすかさず身を隠す春樹。

彼はオドオドと身を震わせながら、自分と取っ組み合いをしていた職員達に指を差す。

 

「山田先生、山田先生。あの人たちが俺に酷い事するんじゃー!」

 

「そ、そうなんですか?!」

 

『『『そんな訳、ないでしょうが!!』』』

 

「ッヒ!? ご、ごめんなさい!」

 

声の揃った職員に圧倒され、つい謝ってしまう山田教諭。

 

「そこの清瀬君が薬品室からモルヒネの瓶を盗って来たんですよ!」

 

「違うもん! 戸棚の中に落ちとったけん、拾っただけじゃもん!!」

 

「それは『落ちている』とは言いません!!」

 

「屁理屈言うなー!」

 

『『『お前が言っているんでしょうが!!』』』

 

山田教諭を挟んで、言い争う春樹と職員達。

そんな彼らに間にいる山田教諭がワナワナと身体を震わせた。

 

「もうッ、いい加減にしてください!!」

 

『『『ッ!!?』』』

 

いつも大人しい彼女が大声を上げた事に全員が呆けていると自分の後ろに隠れた春樹の方へ顔を向けた。

 

「いいですか、清瀬くん。いくら痛くても、勝手に薬品を持ち運んで自分で打つのは関心しません。注射針が変な所に刺さったら、大変です」

 

「じゃけど山田先生、あの人らぁから貰った鎮痛剤は効かんのじゃー」

 

「大丈夫です。ちゃんとお薬は効きますから、お利口にするんですよ」

 

「むぅ・・・はぁーい」

 

山田教諭の言葉に春樹は仕方なくモルヒネ瓶を彼女に渡し、トボトボと病室のベッドに潜り込んだ。

そして、あんな聞かん坊を言葉で諭した彼女に職員全員は感心した。

 

「そんなに落ち込まないでください、清瀬くん。今日は意識が回復した清瀬くんにお客さんがお見えです!」

 

「えッ、お客さん? 誰じゃあ?」

 

打ち揚げられた魚のような目でハキハキ答える春樹だが、山田教諭の発言に医療職員達は戸惑った。

何故なら複数のISを同時に機能停止させ、両目がヴォーダン・オージェに変質化した春樹は面会謝絶の状態であったからだ。

 

「どうぞ、お入りください」

 

「失礼する、君が清瀬君だね」

 

病室に入って来たのは、頭は総白髪で顔にも歳相応の皺が刻まれている初老の男性だった。

 

「うわぁッ・・・・・誰ぇ??」

 

春樹はこう言っているが、職員達は驚き、そして”納得”した。

 

「今日は君に贈り物を持って来たのだよ、気に入ってくれると嬉しいのだが」

 

「えー、なになに~?」

 

老紳士から紙箱を受け取った春樹は、乱雑に封を破り捨てて中身を見る。すると中には、綺麗に並べられたチョコレートが納められていた。

 

「はぁ~・・・なんだ、ただのチョコレートかぁ~・・・」

 

「き、清瀬くん。失礼ですよッ!」

 

「いえいえ。構わないですよ、山田先生。清瀬くん、試しに食べてみなさい。美味しいから」

 

「え~・・・」

 

男に促され、渋々チョコレートを口の中に放り込む。

 

「ッ!!? こ、こりゃあ~ッ!!」

 

その美味さたるや、言い表せない程にチョコレートは美味だった。なんとも”久しぶりに口にしたマトモな味”に春樹は感激したのである。

 

「美味しぃい~ッ!! ありがとう、知らないジーちゃん」

 

「フフフ。実はもう一つ清瀬君へ贈り物があってね」

 

「え、なになに~??」

 

老紳士が次に取り出したのは、なんとも黒い瓶であった。

その瓶の中身の正体に逸早く気付いた春樹は、それを受け取ると大事そうに抱え込んだ。

 

「うわぁ~い、嬉しいなぁ!!」

 

「ハハハ。喜んでくれて、何よりだよ」

 

「良かったですね、清瀬くん!」

 

傍から見れば、入院した孫にお土産を持って来た祖父のようなシーンに思わず山田教諭や職員からも笑みが零れる。

 

・・・だが、彼等は知らない。チョコレートと瓶の中身を、その正体を。

 

「ところで山田先生、私は彼と一対一で話したいのだが・・・構わないだろうかね?」

 

「えッ・・・そ、それは構いませんが・・・」

 

老紳士の言葉に山田教諭の目が春樹に移る。

今の情緒が不安定な春樹と彼を二人だけにしていいものかと考えたのだ。

 

「俺も構んでよ、山田先生」

 

「清瀬くん・・・」

 

「俺もこの人と話がしたいでよ~、阿破破ッ」

 

「本人がそう言うなら・・・」と病室を後にする山田教諭と職員達。

部屋を出る直前、心配そうな目の山田教諭に春樹は乾いた笑顔で手を振った。

 

・・・パタン

 

扉が閉まり、足音が病室から離れて行く。

そして、その音が聞こえなくなった途端―――――

 

「さて、俺に一体何の御用でしょうか・・・『轡木』学園長閣下?」

 

「ふむ・・・やはり、気づいていましたか・・・清瀬 春樹君」

 

―――淀んでいた春樹の眼が大きく見開かれ、琥珀色の瞳が大きく開いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆


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酔い覚まし:幕内・酒を使う
34話


 

 

 

「興味本位で申し訳ないが、清瀬君。君はどこから気づいていたのかね?」

 

『老紳士』改めIS学園学園長『轡木 十蔵』は、舌なめずりをしながらマグカップへ黒い瓶の中身を注ぎ込む春樹に問いかける。

 

「・・・『気づいていた』とは?」

 

「私の正体にですよ。まさか、最初から・・・と言う訳でもないでしょう?」

 

「ん~・・・そうですね、確かに。俺が正体に気づいた要因は主に二つ。一つ目はこの状況です。一生徒をこんな部屋に押し込めて、面会謝絶をさせる事が出来るん言うんは学園の上層部クラスだろうという事。二つ目は山田先生と職員さん達の反応。・・・じゃけど、俺が確信を持ったのは、学園長先生が『やはり、気づいていましたか』と言う台詞を使った所からなので」

 

「ほう・・・私はまんまと君にカマをかけられたという訳か」

 

「はい。でも、学園長先生も気づいていたのでは? 俺がイカれたフリをしているのを」

 

興味深そうに頷く轡木に春樹は液体を注いだマグカップを差し出した。

その彼の行動に轡木は少し眉をひそめる。

 

「・・・私は未だ業務の最中なのですが?」

 

「話をしに来たんでしょう? 俺だけ飲む言うんは癪ですし、これは学園長先生が持って来た品です。俺ぁは一緒に飲んだ方が美味い。それとも生徒のからの気遣いは無用じゃと?」

 

「・・・少しだけですよ」

 

仕方なくマグカップを受け取る轡木にニッコリと口角を上げる春樹。

そんな彼は、自身の分のグラスに表面張力ギリギリまで並々と液体を注ぐ。自分の瞳と同じ色をした”琥珀色の液体”を。

 

「それじゃあ何に乾杯します? 俺は『実は真の学園長が男だった』と言う事を見破った事にしますが」

 

「ならば、私は二人の出会いに」

 

「「乾杯ッ」」

 

チンッと軽く杯を重ねる二人。

轡木は大人の嗜み程度に舐めるように味わうが・・・

 

「ゴッキュ・・・ゴッキュ・・・ゴッキュ・・・ッ!!」

 

・・・春樹は一気にそれを呷るように飲み干す。

まるで三日間、砂漠を彷徨った後に飲む水のように呷った。

 

「ゴクッ、ゴク・・・ぷヒュ~! なんじゃぁな、こりゃ~!? でぇりゃー美味ぇのぉッ!」

 

その余りの美味しさに目を見張る春樹に対し、轡木は少し引き気味に笑顔を取り繕った。

 

「そ、それは良かった」

 

「久々にマトモなモン飲んだんじゃけど、こんな美味いんは初めてじゃ~!! ホントに『良い酒は水に似る』言う中国の故事まんまじゃ。ありがとうございます、学園長先生! こねーな上物の”スコッチ”を差し入れてくれて。阿破破破破破ッ!!」

 

「・・・あまり、飲み過ぎないように。君は急性アルコール中毒で倒れているんですからね?」

 

心配そうに語る轡木に対し、「解っています!」と元気よく返事をする春樹。しかし、彼は再び自分のグラスに並々とスコッチウィスキーを注ぎ込むのだった。

 

「そんでもって、話し言うんは何ですかね? 学園を裏で取り仕切っとるような人が”今更”態々出て来るんじゃけん・・・世間話しに来た訳じゃないでしょう?」

 

春樹の物言いには所々棘のようなものがあった。

しかし、これまで一夏を贔屓目にしていた学園からの対応上、彼から言わせれば上記のように『今更』と言う言葉が性にあった。

 

「・・・そうですね。君には色々と嫌な役柄ばかりを押し付けてしまっていた。学園側を代表し、謝罪します」

 

そんな深々と頭を下げる轡木に対し、春樹は「構いませんよ」と手を見せた後にこう続けた。「それに、俺は今こうして”守られている”ので」と。

 

「・・・君は自分の立場と状況を?」

 

「大方は。まぁ・・・両目ともこねーな事になっちゃってますからね。嫌でも、薄々気づきます」

 

自分の目を指差しながら、ガッカリした様に肩を落とす春樹。

しかし、少し前まで一夏の付属品扱いされていた自分が、今やとんでもない関心を寄せられている事に若干の『喜び』を含ませながら。

 

「ええ・・・君の言う通りです。大半の生徒は避難指示の為、君の”活躍”を見てはいない。だが、安全圏で君達を観察していた各国政府関係者やIS企業関係者は違います」

 

「・・・やっぱり」

 

あの準決勝第一試合の後、各国の政府関係者達は今まで歯牙にもかけていなかった春樹の存在に目の色を変えた。

 

第二世代型、それも訓練機で日英中の三ヵ国が総力を挙げて作った三機の専用機を屠ってしまった事。

ドイツの専用機にのみに搭載されていたAICを使えるばかりではなく、複数のISに対して使用できた事。

ドイツの虎の子技術であった『越界の瞳』に完全適応している事。

・・・数を上げればキリが無くなるが、主にこの三つが軽視されていた春樹の存在を大いに覆した。

 

「特に君が倒した専用機が所属しているイギリスと中国は君の情報開示を請求してきていますし、ドイツは不正にヴォーダン・オージェを取得したとして君の身柄引き渡しを要求。フランスは君が試合に使っていたラファール・リヴァイヴの返還を申請。アメリカに至っては、ISの破棄と占有権を主張しています」

 

「わーお・・・俺って、一気に人気もんじゃのぉ」

 

「何を呑気な・・・」と轡木は口から零れ落ちそうになった言葉を拾い上げると、足元に置いてあった鞄から幾つかの資料を春樹に手渡す。

 

「これは?」

 

「君をスカウトしたいと言ってきている企業の資料です。大なり小なり合わせて二十以上。・・・これからもっと増えるかもしれませんが」

 

「はぁ~ん。ハヅキにイングリッド、クラウス・・・名立たる面々の数々のご企業様方。モテ期到来ってやつじゃろうか? 阿破破破破破ッ」

 

呆気らかんと笑う春樹の目に二つの企業が目に留まった。

一つ目は試合に使ったラファール・リヴァイヴの制作元であるデュノア社。そして、もう一つは・・・

 

「学園長先生、この『倉持技研』言うところは・・・確か・・・」

 

「はい。織斑 一夏君の専用機である白式を制作した政府公認のIS企業です。今回の件で、織斑君から君に白式を譲渡しようと言う話が持ち上がって来ていますが」

 

「いや、要らんですよ。武装が刀一本だけの欠陥機なんて、使いづらいでしょうに」

 

「・・・ズバッと言いますね」

 

「だってこの会社、日本代表候補生に造ってたISを途中で制作放棄して白式を作ったんでしょう? それも欠陥機を」

 

その言葉に「う~む」と唸る轡木。

唸る轡木に「阿破破破ッ」と隠し事無く笑う春樹。

 

「それで、我らが日本政府からは? 大方、学園長先生は俺と日本政府の橋渡しに来たんでしょうからね」

 

「・・・君はどこまで気づいているんですか?」

 

「俺は何も知りません。知っているのは貴方ですよ、轡木学園長」

 

そう言って「阿破破破!」と快活に笑う春樹。

轡木はその笑顔が少し奇妙に感じた。底のない思案があるかのような笑い声を不気味に感じた。

 

「・・・日本政府からは、今まで冷遇していた君に対する謝罪の要望を聞きたいそうです」

 

「えッ、要望? 政府が一個人に対して、そこまでやる言うんは・・・結構、切羽詰まってます?」

 

「そうですね。冷淡に接せられていた君が政府の度肝を抜くほどの活躍をしましたからね。ここで他国に移られると大きな影響を持つ外交カードが無くなってしまうのを恐れているんでしょう」

 

「はぁ~ん・・・」

 

諸外国との国交において、一夏や春樹の存在は大きな意味を持っている。

アラスカ条約による協定があっても、日本は技術力においては他国の先をいっていた。

ISの登場まで隣国や彼の国に辛酸をなめさせられた日本にとって、一夏の代わりから虎の子にグレードアップした春樹を失うのは国益に反すると判断したのである。

 

「(”左”か”右”のどっちか言うたら、俺は”右”よりじゃけんな。俺的には、徹底した俺の身元不公表と学園長先生からの謝罪と見舞いのスコッチ、ラムレーズンチョコで十分なんじゃけど・・・貰えるもんは貰っとこうっと)」

 

「そうじゃのぉ・・・」と頭をフル回転させる春樹。

まさかこんな美味しい事になるとは思ってもみなかった彼は必死に知恵を絞った。

 

「ん~、それじゃあ・・・『織斑 千冬の初夜権』なんてどうです?」

 

「・・・はい?」

 

「俺の心労の原因になっとるデュノアの男装の件に関しても、少佐殿・・・今回のボーデヴィッヒさんの件に対しても彼女に責任があるのは学園長先生もご存じの筈。それに対する罰としてもええんじゃないでしょうかな。それでもしも子供が出来たら、政府としても万々歳では?」

 

「そ・・・それは織斑先生の意志を尊重した方が―――「阿破破破破破ッ!」・・・なにが可笑しい?」

 

轡木は耳を疑ったが、余りにも突拍子もない言葉に脳が一旦フリーズしてしまう。

だが、そんな彼を嘲笑うかのように春樹の笑い声が病室に響いた。

 

「そねーに怖い顔をせんでくださいよ、学園長先生。単なる冗句、冗談です」

 

「・・・私はあまり、そのような戯言は好きではない」

 

「おおッ、それは奇遇ですね。俺もこの手の下ネタは苦手なんですよ。もしかしたら、俺達って気が合うかもしれませんね」

 

「阿破破破ッ!」と再び笑う春樹に眉をさらにひそめる轡木。

春樹自身は「イカれたフリをしている」と言っていたが、先程の冗談には”真実味”があった。目が完全に笑っていなかった。

『正気のまま狂っている』のだろうと轡木は確認し、彼をここまで追い詰めてしまった事を改めて反省した。

 

「まぁ、こんな下劣な冗談はさておき。俺からは三つ要望があります」

 

「三つ?」

 

「はい。そう警戒しないでください、ちゃんとマトモですので」

 

「・・・本当に?」と顔に書いてある轡木に「さっきのはやり過ぎたな」と反省しながら、春樹は言葉を述べ始めた。

 

「一つ目の要望は、今回の暴走の件のラウラ・ボーデヴィッヒに対する責任を零にして頂きたいです。これは、要望云々関係なく学園側にもお願いしたい事項です」

 

「・・・ほう」

 

轡木は少し驚いた。先程の悪趣味な冗談と同じように自身の欲でも言うのかと思っていたからだ。

 

「理由を聞いても?」

 

「はい。今回の暴走は彼女が搭乗していた機体に原因あったとはいえ、決して故意によるものでないです。彼女には、なんら責任がないという事をお願いしたいと思っております。それでももし、彼女に何らかの罰が下されるようならば・・・俺としても”考え”があるので」

 

「・・・なんらかの証拠を君は持っていると?」

 

「そう考えて頂いて構いません」

 

おちゃらけた雰囲気から一転、いつになく真剣な眼差しで春樹は轡木にそう言った。

確かに今回の暴走事件は、ラウラの専用機に搭載されていたVTSが原因である。しかし、事件後に回収された機体を検査した所、ある筈のVTSがなかった。・・・というよりは”消滅”していたという言葉が正しいだろう。

加えて、VTSが秘密裏に搭載されていた可能性も示唆される事やラウラの所属する部隊からも軍に対する抗議や政府への恩赦の署名が集まっている事が解っている。

その為、彼が関わらなくても良いのだが・・・証拠を持っているという人間が味方でいるという事は、日本政府にとってドイツ政府を黙らせるのに好都合な要望である。

 

「それで、二つ目の要望なんですが・・・学園長先生?」

 

「なんでしょう、清瀬君?」

 

「この目って・・・治りますか?」

 

春樹の二つ目の要望は、琥珀色のヴォ—ダン・オージェに変質化した両目の治療である。

この要望に轡木は渋い顔をした。

 

「・・・難しいでしょうね。そもそもなぜ君の目が、それも両目がヴォ—ダン・オージェに変化したのかは原因不明なので」

 

「そんなッ!? 帰った時に父ちゃんと母ちゃん・・・父と母になんて言えばいいんですか?!!」

 

「・・・え?」

 

春樹の言葉に轡木はポカンと呆気に取られた。

 

「ただでさえ俺がISを動かしちゃったからって心配してんのに、家に帰ってきた息子の目の色が物理的に変色してたら卒倒しますよ! 不良になっただのなんだの言われて困るんは俺なんですよ!!」

 

「そ、それは・・・カラーコンタクトでも付けて誤魔化せば―――「目ん中に異物なんて、入れとうないですッ!!」―――・・・は、はぁ・・・」

 

轡木は増々、この清瀬 春樹という人物を不思議に思った。

世界からとんでもない興味関心を抱かれているのに、当の本人は目の色が変色した事で親からなんて言われるかを心配しているのだ。

・・・『面白い』と彼は不覚にもそう思ってしまった。

 

「ホントどーしょー・・・あぁ、胃がキリキリして来た。酒飲まんとやっとられんわ」

 

「ヤケ酒は止しなさい。身体に障りますよ」

 

「止めんでくだせぇ、学園長! 酒ッ、飲まずにはいられない!!」

 

いつの間にか空になっていたグラスにドボドボとまたもやウィスキーを注ぎ込む春樹。

これで瓶の中身は、三分の一まで減ってしまった。

 

「・・・それで清瀬君。急かすようで悪いのですが・・・君の三つ目の要望は?」

 

「あぁ、三つ目・・・三つ目ですか。・・・・・あッ」

 

この時、春樹の頭の中にある人物の顔が浮かんだ。

その人物の顔が頭に浮かんだ瞬間・・・・・

 

「・・・阿”破ッ」

 

「ッ・・・!」

 

春樹は三日月へと口角を歪めた。

その表情は明らかに禄でもない事を考えている下衆ともとれるものであった。

 

「・・・学園長先生。俺の三つ目の要望なんですが、ちぃっとばっかし人手のいる事でも構わんでしょうか?」

 

「人手?」

 

「ええ。上手くいきゃあ、これは政府のモンにも学園のモンにとっても利益のある事ですけん」

 

そう言って春樹はその三つ目の要望を轡木に話した。

結果だけ言うと、瓶の中身が完全に空っぽになる程の長話であったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 





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35話

 

 

 

IS学園内で開催された学年別トーナメントの準決勝第一試合。

ドイツ代表候補生の専用機に秘密裏に搭載されたVTシステムが暴走を起こした騒動、通称『VTS事件』から数日経ったある夜。

 

「ふぅ・・・」

 

都内にある高級ホテルの夜景が見えるレストランの個室。

ある顎髭を生やした厳格な風貌の男が如何にも高そうなワインと共にディナーの余韻に浸っていた。

 

彼の名は『アルベール・デュノア』

IS関連産業において、様々な分野で世界シェア三位を誇る大企業デュノア社社長であり、男装の麗人シャルロット・デュノアの”父親”である。

 

今回、彼が来日した目的は主に二つ。

一つ目は、IS先進国であるこの日本の技術視察。

二つ目は、貴重な男性IS適正者の情報を探る為にスパイとして送り込んだシャルロットの様子を伺う事であった。

だがしかし、以下の二つの目的がまるで霞むような出来事が起きたのである

 

「『ハルキ・キヨセ』・・・まさか彼があれ程の人物だったとは・・・」

 

世界初の男性適正者である『織斑 一夏』の次に発見された”二番目”の男性適正者『清瀬 春樹』の活躍だ。

 

当初の春樹は、あの世界最強のブリュンヒルデ『織斑 千冬』の弟である一夏ばかりが注目され、各国のみならず自国からも『付属品』『オマケ』『代用品』と認識されていた。

しかし、そんな認識を彼はたったの十分にも満たない時間で覆したのである。

 

第二世代型、それも従来の機体よりもスペックの低い訓練機で各国が総力を注いだであろう三機の専用機を屠った操縦技術に加え、ドイツ軍上層部が奥の手とばかりに詳細をひた隠しにしていた『越界の瞳』にも完全適応する身体。

 

ついこの間まで眼中の端にも入っていなかった『ISが使える”だけ”の一般男子学生』が、今や世界各国が喉から手が出る程の存在になったのである。

 

「彼があの試合に使っていた機体・・・アレが手に入りさえすれば・・・」

 

しかも、そんな一躍有名人となった春樹がその時使っていた機体は、デュノア社の主力商品としていた『ラファール・リヴァイヴ』の訓練用だった。

 

『世界シェア三位』と名高いデュノア社であるが、第三世代機を制作する国策『イグニッション・プラン』においては大きな遅れをとっていた。

IS関連企業とは言え、やはり国からの援助がなければ成り立つ事が出来ないこのご時世。このままだと国からの援助も受けられなくなる・・・という矢先に起こったのが、今回のVTS事件なのである。

 

VTSに飲み込まれながらも生還し、複数の専用機を一度に倒した性能と一対一でしか使えなかったAICを世界で初めて複数相手に使用成功した能力。

そんなISを手に入れられれば、第三世代機の開発どころかの騒ぎではない。政治的にも、軍事的にも優位な立場になることが出来る代物なのだ。

 

「(だが・・・あの学園長がおいそれと渡してくれるかどうかが問題だな)」

 

アルベールの頭に思い浮んだ人物、IS学園学園長『轡木 十蔵』。

修理という名目で申請したものに対し、彼は未だ承認の意志を現していなかったのである。

 

「(ここが踏ん張りどころだ。私にとっても、会社にとっても)」

 

そう思いながら、グラスのワインを飲み干すアルベール。

そのカラになったグラスへ隣から来たウェイターがワインを注ぎ直した。

 

「お客様、当店のお食事は如何だったでしょうか?」

 

「あぁ、堪能させてもらった。実に美味しい食事だったよ。今度は妻も連れて来よう」

 

酔いが回っているのか、いつもの厳格な表情が少し緩む。

アルベールは明日、帰国する前のほんのちょっぴりの寛いだ時間を過ごしていた。

 

「それは良かった。でしたら・・・この後に頂く”ご息女様”は、今の料理よりも実に”美味”でありましょうな」

 

「ッ!?」

 

・・・ワインを注いだウェイターがこんな事を言う前までは。

 

「何者だ・・・ッ?」

 

「ありゃあ? さっきまで俺の事を言っていたのでは?」

 

アルベールが振り返った先にいた若いウェイターはそう言いながら、不自然にかけていたサングラスを外す。

 

「グラサンかけとったけん、バレるかー思うたが・・・案外、大丈夫じゃったのぉ」

 

「!? き、君は・・・ッ!!」

 

黒いレンズから除いたのは、今夜の月のように輝く琥珀色の瞳。

その眼をアルベールが知らぬはずがなかった。

 

「初めまして。デュノア社社長、アルベール・デュノアさん。知っとられると思うが、自己紹介させてもらいます。”二番目の男”、清瀬 春樹です。どうぞ、良しなに」

 

目の前にいたのは、世界各国が注目する男『清瀬 春樹』が左手を胸に添えて立っていたのだ。

 

「あ~。この蝶タイ、結構きついな。あぁっと、前を失礼」

 

「あ・・・あぁ、どうぞ。かけてくれ」

 

「よっこらしょっと」と、未だ驚嘆するアルベールの前へ襟を緩ませながらドカリと腰を据える。

そして、先程アルベールに注いだワインをテーブルに置かれていた別のグラスへドボドボ注ぐと一気にそれを呷った。

 

「ゴク・・・ゴク・・・ッ、くッはァ―――ッ! 美味ぇえの、これ! 高い分だけはあるわなぁ。ねぇ、社長? つーか、日本語上手いっすね、社長」

 

「あ・・・あぁ、ありがとう」

 

アルベールはこの状況にただ困惑するしかなかった。

先程まで考え込んでいた人物が、今自分の目の前で不作法者の山賊のように酒をガブガブ飲んでいる。

しかも、彼はまだ未成年の筈。それなのに目の前でさも当たり前のように酒をかっ喰らっている事に困惑した。

 

「な・・・何故、君がここにッ? 君は確か、全治一か月の大怪我を負ったと・・・それに外には私の部下がいた筈・・・ッ?!」

 

「全治一か月の怪我~? ほぉん、外じゃあそねーに言われよーるんか。じゃけど、俺はこの通りピンピンしとるで? ほんで、その後の質問じゃけど・・・部下の人達、寝不足みたいじゃったんじゃなぁ。ほんのちょっぴりの睡眠薬で眠りこけとらぁ。阿破ッ破ッ破ッ! ・・・しっかしホント美味いな、このワイン」

 

「す、睡眠薬だと・・・ッ?」

 

二杯目をグラスに注ぐ彼の話に冷静になりかけていた頭が再び惑わされる。

 

「君は・・・一体、なにをしにここへ?」

 

「なにって、え~と・・・・・あ、そうそう。さっきも言いましたが、社長の娘さんの事で話に来たんですよ」

 

庶民には滅多に口に入らない高級ワインの美味しさで本題を忘れかけていた春樹だったが、なんとかそれを思い出した。

 

「・・・娘? 私に娘はいな―――「シャルロット・デュノアの事ですよ、社長。変にとぼけようとせんでええですけん」―――・・・ッ・・・」

 

一気に表情筋が強張ったアルベールに対し、春樹はヘラヘラと二杯目のワインを葡萄ジュースのように呷る。

 

「・・・なにが目的だ?」

 

「目的? 目的ねぇ・・・逆にウザい事、聞いていいですか? 何が目的だと思います?」

 

「阿破破破ッ!」と快活に笑う春樹。

だが、目の前のアルベールにしては堪らない程の不気味な笑い声である。

 

「・・・私が思うに。君の祖国、日本政府の意向か?」

 

「いんえ、違いますよ。これは俺が属する”組織”の意向ってやつでさぁ」

 

「”組織”だと・・・? ま、まさか・・・ッ!!」

 

「そのまさかだとしたら・・・面白いですよねぇ、阿破破破!」

 

春樹の言葉に顔を青ざめるアルベール。そんな彼の反応に春樹はニッコリと口角を三日月に歪めた。

琥珀色の眼と相まって、更に不気味さが増徴される。

 

「社長。普通、考えてみてくださいよ。ISを動かせる人間が、ただの一般人な訳ないでしょう? 組織の上の人らぁが年齢詐称してくれたんはええけど、学園の中に入るのだって楽じゃないんですぜ?」

 

「失念していた」とアルベールは眉をひそめた。

目の前の男の言う通り、ただの一般人がISを動かせる訳がない。何らかの裏がある事はある程度の予想は出来ていたが・・・・・

 

「(まさか、彼があの”組織”の一員だったとは・・・ッ。ぬかった! 私はパンドラの箱を開けてしまったかッ?!)」

 

「・・・阿? どうしたんじゃ、社長? 顔色が悪いですだよ」

 

二杯目のワインを早々に平らげた目の前の春樹は、呆気らかんとそう言葉を紡ぐ。

 

「・・・いや、少し飲み過ぎたようだ。気にしないでくれ」

 

アルベールの返答を聞いて春樹は「あぁ、そうですか」と何故か嬉しそうに答えると、ワインをからになったグラスに注ぐことなく、そのまま直接ボトルの口から中身を飲み始めた。

何とも贅沢で、何とも粗野な飲み方である。

 

「それで君の・・・いや、組織の目的はなんだッ? 私に何をさせようと言うのだ?」

 

「あぁ、目的ですか。・・・それを聞く前に社長。これってどう思います?」

 

そう言って春樹がズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、その画面をアルベールに見せた。

 

「ッ!? こ、これは?!!」

 

その画面を見せられたアルベールはガタリッと座っていた椅子から立ち上がる。酷く動揺し、さらに青ざめた表情で。

・・・何故、彼がこんな表情になっているのか。

 

≪むーッ! むー!≫

 

それはテレビ通話になっていたその画面の先に目隠しをされ、口に猿轡を噛まされた自分の娘であるシャルロットが椅子に縛られていたからである。

 

「き・・・貴様ァ・・・ッ!!」

 

ギロリと静かに激昂し、怒りの目を向けるアルベール。

そんな目を向けられた春樹は、少し驚いたように目を見開く。そして、ニヤリと笑った。

 

「おんやぁ? なんでそねーに怒っとるんじゃ、社長? スパイとして送り込んだ時点で、こねーな事になるんは想定内じゃろう? まー、落ち着きんさいや。酔ってるんじゃけん、水でも飲みんさいよ。それに下手な事したら・・・解っとるじゃろう?」

 

「・・・ッ・・・」

 

ワナワナと震える手を抑えながら席へと戻るアルベールにケタケタと春樹は乾いた声を木霊させながら、注いだ水を差しだした。

 

「・・・・・目的はなんだ? 金か、それとも専用機かッ?」

 

「まーまー、そう結論を急がんでも」と両手を見せる春樹。だが、その次に見せたのはニタニタとした表情ではなく、無表情に近い真剣な顔。

その表情から、彼はある質問をアルベールに投げかけた。『あなたは自分の娘、シャルロットの存在を一体いつから知っていたのか』と。

 

この問いかけに「え・・・ッ?」とアルベールは一瞬だけだが呆ける。

立場や職業柄、彼は今まで敵対する人間から恐喝される事は珍しくなかった。

しかし、大抵の輩はアルベールの金や会社の秘匿情報が目的だ。

 

「どうしました?」

 

「い、いや・・・」

 

だが、春樹の問いかけに一体どんな思惑があるのか。その疑問にアルベールの頭は引っ張られる。

 

「ふむ。色んな疑問符に引っ張られている社長の為に、もうちょっと具体的な質問を。・・・社長、あなたはシャルロット・デュノアの存在を彼女が生まれた時から知っていた? それとも・・・あなたの父君である前社長の臨終の床で彼女の”存在を聞かされました”?」

 

「ッ!」

 

春樹の言葉にアルベールは酷く驚いたように目を見開いた。

そんな彼の反応に春樹は再び口角を緩ませ、さらに続ける。

 

「十五、六年前。あなたは父君の会社を継ぐ為、将来必要になるであろう知識や能力を学ぶ為にアメリカに渡った。そこであなたは偶然にも同郷の女性と出会い・・・恋に落ちた。その人こそ・・・」

 

「・・・あぁ、シャルロットの母親だ」

 

アルベールは春樹の言葉に頷いた。

・・・なんとも物憂げで、悲しそうな表情で。

 

「恋の炎を燃え上がらせ、愛し合う二人。・・・じゃけど、そんな二人の交際に反対している無粋な輩が・・・・・あなたの父君じゃ。当時、軍事会社としてデュノア社の利益は右肩上がり。更なる規模拡大を狙っていた強欲な前社長は政略的とも言える結婚を画策。反発したあなたはシャルロットさんの母君と駆け落ちしようとした・・・じゃけど・・・彼女はあなたのもとから去った。あなたの父君から世界的有名な大会社を継ぐ息子の将来の為と聞かされ、身を引いた」

 

「・・・ッ」

 

春樹の言葉に過去を思い出すかのように顔をしかめるアルベール。

春樹は尚も続ける。

 

「そんな事とは露知らず、祖国に帰った傷心のあなたは父君の画策に半ば自棄で乗った。そして、デュノア社の規模拡大は成功。このままいけば、世界一の栄冠が掴める・・・筈だった。十年前、あの『白騎士事件』が起こらなければ」

 

『白騎士事件』

ISが『現行兵器全てを凌駕する』ことを世界に認めさせるためにISの生みの親である『篠ノ之 束』が起こした事件である。

日本を攻撃可能な各国のミサイルが一斉にハッキングされ、制御不能に陥った。

だが、突如現れた白銀のISを纏った一人の女性によって無力化。その後、各国が送り出した戦闘機や巡洋艦、空母、監視衛星を一人の人命も奪うことなく破壊。

これによりISは『究極の機動兵器』として一夜にして世界中の人々が知るところになった。

 

「じゃけど、その事件によって現状の兵器類は屑鉄同然と世界は判断した。そんな武器類を扱っていたあなたの会社は業績不振の窮地に直面。さらに会社の存亡に奔走していた父君が心労から急病に倒れた。「もうダメじゃ」と会社を離れて行く者が多くいる中、そんな危機的状況のあなたに寄り添う人物が一人・・・『ロゼンダ・デュノア』、今の社長の奥さんだ。政略結婚とは言え、デュノア夫人はあなたを愛していた。その献身的な愛の御蔭か、IS産業に進出したデュノア社の業績はV字回復。世界有数の大会社に返り咲いた」

 

「そうだ・・・今の私があるのは、妻の・・・ロゼンダの御蔭だ」

 

そう言って、アルベールは安らぎの表情を浮かべるとおもむろに口を開いた。

 

「・・・六年前、父は病床のベッドで私に全てを話してくれた。十五年前、私と彼女との仲を引き裂いたのは自分であると。そして、その時彼女は私の子を身ごもっていたと。父は涙を流しながら私に謝罪し、その一時間と経たぬうちに亡くなった」

 

「その事を聞かされたあなたは、父君の足跡からシャルロットさんの母君を見つけた。彼女はあなたのもとを去った後、生まれ故郷のフランスの田舎に帰っとった。じゃけど・・・」

 

「・・・スキルス性のステージ4、もう手の施しようがない状況だった」

 

ドンッとアルベールはテーブルに拳を打ち付ける。

なんとも悔しそうな表情から悲哀の感情が伝わって来るようであった。

 

「その後・・・あなたは彼女からシャルロットさんを託されて引き取った。じゃけんど、引き取ってはみたものの、初めて顔を合わせた娘に過去の罪悪感からどう接していいか解らず今に至ると。・・・不器用じゃね~」

 

「・・・もういいだろう、私の身の上話はッ。早く目的を言ってくれッ、私に出来る事ならなんだってする! だから、娘には・・・シャルロットには!!」

 

「・・・・・」

 

懇願するアルベールに春樹は少し考え込んだ後、グイッとワインボトルを呷る。

そして、そのままゴクゴクと最後まで中身を飲み干した後に彼はまたしてもこう言った。「そう結論を急ぐな」と。

 

「最後に二つ質問がある。こっちで掴んだ情報だと、あなたはシャルロットさんを暗殺から守る為にIS学園に送り込んだんでしょう?」

 

「ッ・・・そんな所まで掴んでいるのか、君達『亡国企業(ファントム・タスク)』はッ?」

 

「ふぁんとむ・・・・・はッ?」

 

「・・・・・ん?」

 

奇妙な沈黙と間が空いたが、春樹は”勘付かれまい”と捲し立てる。

 

「その暗殺の首謀者って、もしかしてデュノア夫人ですか?」

 

「・・・なんだとッ?」

 

「そう考えるのが自然でしょう。社長夫人は不妊体質。しかもシャルロットさんの存在が分かる一年前に不妊治療を諦めている。愛する人の子供が出来ない故の悔しさかと、昔の女への嫉妬から彼女を暗殺する動機には―――――」

 

「ふざけるな!!」

 

アルベールは激昂し、テーブルに拳を叩きつけた。

 

「確かに妻は一時、シャルロットと仲違いで逆上した事がある・・・だが、彼女はその事について酷く後悔していた。今回の件でもシャルロットを助ける為に私を手助けしてくれたのだ!」

 

「なら、奥様はシロだと?」

 

「そうだ!」

 

「そいつは良かった」

 

「え・・・」

 

呆気らかんと案した様に朗らかな表情でそう答えた春樹にアルベールは再び呆気に取られる。

奇妙で醜悪な表情を見せる一方で、時として無邪気な子供のような笑みを浮かべる彼にアルベールは例えようのない不思議な感覚を味わった。

 

「なら最後の質問です、アルベール・デュノアさん。あなたはご息女を・・・シャルロット・デュノアを愛しておられますか?」

 

「当たり前だッ。たった一人・・・たった一人の私の娘なんだぞ!」

 

「・・・破破破・・・阿破破破ッ、阿ーッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

春樹は笑った。なんの躊躇いもなく盛大に笑った。

愉快に愉快に、弾むような声で笑い声を部屋中に響かせた。

 

「ッ・・・!」

 

その笑い声にアルベールの酔いは完全に覚め、目の前で狂喜に悶える一種の恐怖を覚えてしまった。

 

「な・・・なにが可笑しいッ?」

 

「阿破破ッ。いえいえ、お気を悪くされたのなら失礼。そんじゃあ、俺の目的について話しますね」

 

そう言って春樹は席から立ち上がると個室の扉へを大きく開ける。そして、「入って来んさい」と奥にいるある人物の腕を引っ張った。

 

「な・・・ッ!?」

 

春樹が腕を引っ張って来た人物にアルベールは酷く驚嘆した。

何故ならば・・・・・

 

「シャ・・・シャルロット・・・!!」

 

「・・・・・」

 

其処へ立っていたのは、IS学園の制服に身を包んだ自分の娘だったからである。

 

「こ、これは一体どういうことだ!? 何故、ここにシャルロットが?! ならば、あの映像は一体ッ!」

 

慌てて動揺するアルベールに春樹は「落ち着き下さいや」と両手を見せる。

そして、漸く自分の目的を話し始めた。

 

「俺の目的は・・・社長、ここにいる”彼”と話をして頂きたい」

 

「彼? いや、其処に居るのは―――――ッ」

 

「ええ、そうです。あなたの不器用な愛が作り出した、『シャルル・デュノア』という存在しないあなたの御子息です。彼に今まで隠していた全てをお話しください」

 

「は、春樹・・・」

 

真面目な表情でアルベールに対する春樹の腕の裾をとても不安そうな表情で抓むシャルロット。

春樹はそんな彼女の両肩へ手を添えると、彼女の瞳に自らの琥珀色の瞳を合わせる。

 

「デュノア、お前は今まで人に流されて此処まで来たんじゃろう。じゃけどなぁ、これからは自分で自分の道を決めにゃあおえん時が来る。その練習じゃあ思やぁええ」

 

「れ、練習にしてはハードルが高いよ・・・!」

 

「じゃあ本番じゃ。全てを知った上で受け入れるか、それとも切り捨てるか。お前が決めろ、お前が決めるんだよ!」

 

「ッ・・・う、うん・・・!」

 

強引ではあるが、シャルロットの瞳が決意の眼差しへ変化した事を確認した春樹は大きく深呼吸をする。

一仕事終えたような感じで、肺の中の空気を全部吐き出す。そして、通路の奥にいる人物に目配りをした。

 

「それでは、社長。この目的の為に、こんな茶番劇に付き合ってくれた事に感謝と謝罪をさせて頂きます。申し訳ございませんでした」

 

そう言って部屋から立ち去っていく春樹。

 

「すぅ・・・ハァー・・・ッ」

 

部屋の入口に残ったシャルロットは大きく一呼吸を置くとアルベールの方へ視線を向けた。

 

「・・・”お父さん”、ボクと話をしてください」

 

「・・・シャルロット・・・」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「これで良かったのですか?」

 

そう春樹は通路の奥にいた人物、IS学園学園長『轡木 十蔵』に声をかけられた。

 

「さぁ? 良かったんじゃあないですか?」

 

「「さぁ」って・・・下手をすれば、国際問題になりますよ」

 

「そん時は、そん時です。頼みますよ、学園長先生」

 

「人任せですか、あなた?!」

 

ツッコミを入れる轡木に「阿破破」と軽く流す春樹。

 

「それじゃあ、俺は下の階のバーでウィスキー喰らって来るんで。終わったら、呼んでくだせぇ」

 

そう言って早々に立ち去ろうとする春樹に轡木は聞く。「・・・何故、最後の要望にこれを選んだんですか?」と。

すると彼は少し考え込んだ後、困った様に笑いながらこう返した。

 

「こんな漫画みたいな色の目ん玉になっちまったんでね。”らしくない”事がやってみたくなったんですよ。阿破破破ッ」

 

そう言って春樹はエレベーターホールに向かう。

腹も減ったから、ついでにステーキも食べようと心に決めながら。

 

「・・・フフッ・・・図れない人ですね」

 

轡木は彼の後ろ姿を見ながら、そう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆
・・・長くなっちゃったで。


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36話

 

 

 

・・・都内某所にある研究施設の一室にて。

 

≪阿”阿”阿”阿”阿”―――ッ!!≫

 

「おおッ・・・!」

「まるで獣、其の物じゃないか」

「本当に、ついこの間まで中学生だったのか?」

 

モニター画面の中で雄叫びを上げながら暴れまわる噂の人物に様々な機関から集められたその道の専門家たちが感嘆の声を上げていた。

 

モニターに映し出されているのは、IS学園内で行われた学年別トーナメントの試合映像。

その中でも今回、世界中で話題に上がっている人物であろう二人目の男性IS適正者『清瀬 春樹』の戦闘シーンがピックアップされていた。

そんな第一試合から準決勝第一試合の全試合を部屋にいる全員が食い入るように見詰める。

 

≪阿”羅”羅”羅”羅”羅”―――ッイ!!!≫

パチリッ

 

映像は世界初の男性IS適正者である『織斑 一夏』が纏う白式に止めを刺したシーンでストップ。

暗がりの室内に蛍光灯の明かりが眩しく灯るとモニターの端からスーツ姿の男が現れた。

 

「さて、これがIS学園から提供された二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹氏の資料映像だ。何か質問は?」

 

「はい」

 

スーツの男の言葉に若い研究員風の職員が手を挙げる。

 

「はい、どうぞ」

 

「何故、彼の顔が詳細に映ってはいないのでしょうか? かろうじて、両目が黄色になっているぐらいしか確認できなかったのですが」

 

「それは学園側からの配慮だ。清瀬氏は日本政府に対し、自分の細胞組織の提供の報酬として完全な身元不公表を第一条件に出している。したがって、彼の身元の詳細な検索は控えるように。・・・次は?」

 

「はい」

 

・・・と、次々に質問を投げ掛ける職員達にその質問を的確に返すスーツの男。

 

何故に彼等がこんな場所に集められているのか。

それは先日起こったVTS事件にて、各国のみならず自国の政府関係者までをもの予想を覆す活躍をした春樹へ『専用機』を制作提供する為に集結したのである。

 

 

 

「ゴク・・・ゴク・・・ふぅー・・・ッ」

 

室内の資料映像を交えての制作会議に休憩を挟み、一部の職員達が一時の一服を落ち着かせる。

 

「・・・どう思います、『幕内』さん?」

 

「ん?」

 

休憩所に設置されている自販機の缶珈琲を片手にストライプシャツの若い技術者が、自分の向かい側で煙草をふかす中年の男に言葉を投げ掛けた。

 

「どうって・・・何がよ?」

 

「あの二番目の彼へ提供する為に集められたこの面子がですよ。防衛相関係者に名立たる技研の連中まで・・・彼にそこまでの価値があるんでしょうか?」

 

「そりゃああるだろうさ。よく考えろ、『壬生』よ」

 

「・・・なにがです?」

 

ストライプシャツの若者、壬生へ灰を落とした煙草の穂先を差し向ける幕内。

そんな彼から投げかけられた言葉の意図が解らず、壬生は頭を傾げる。

 

「世界で初めてISを動かした男が、あのブリュンヒルデの弟だって事は今じゃあ誰でも知っている。だから、そのブリュンヒルデと同等の力があるのではないかと危惧した世界からの圧力で彼は日本国籍から自由国籍になっちまった。その点、清瀬っていう子は最初、偶然にもISを動かしただけの”一般人”。そんな子を自由国籍にでもしてみろ、闇夜に紛れて今頃バラバラになってるぜ。それに本人が日本の国籍のままで良いと希望してたしな」

 

「・・・それがあの事件で、あんな活躍をすれば・・・ですね」

 

「そうだよ。眼中にもいれてなかった諸外国は大慌て。念のための保険に匿っていた日本政府はウハウハ。『長谷川』の若がなんとか口説き落としたかいがあるってもんさね」

 

「長谷川・・・って言うと・・・」

 

「あぁ。ほらっ、テレビ見てみろ」

 

幕内が促した先にある休憩所のテレビには、若輩ながらも威厳を感じさせる人物がインタビューを受けていた。

 

「『長谷川 博文』。親父さんの地盤を引き継いで、一気に官房副長官にまで出世。今じゃあ、IS統合本部副本部長になった傑物よ」

 

「幕内さんは面識がおありで?」

 

「あぁ。昔、長谷川の親父さんには世話になった事があるからな。・・・それよりも壬生よ、あれはどうなったんだ?」

 

「あれ、とは?」

 

「ほら、あれだよ」と人差し指を宙になぞる幕内。

最近の年のせいなのか、中々思ったような単語が出てこずに表情を苦悶へ歪めた。

 

「え~と・・・事件の時に清瀬が使っていたフランスの・・・らふぁるなんちゃら、みたいな」

 

「・・・ラファール・リヴァイヴの事ですか?」

 

「そう、それ! その事件に使用されていたラファールがなんで日本に提供されることになったんだ? こっちじゃあ、詳細な情報がまわってないんだが?」

 

「あぁ、それなら製作元であるデュノア社が日本政府に提供を決めたそうですよ」

 

「なんで? そんなのフランス政府が止めるだろう?」

 

「それがどうやら、アチラさんも裏事情を抱えているそうで。フランスの大統領自らが許可を出したそうです」

 

「ほぉ~。だから、フランスとの共同制作と言う訳か・・・おっと!」

 

壁に掛けられていた時計を見るなり、幕内はふかしていた煙草の火をもみ消すと脱いでいたスーツの上着を羽織った。

 

「もうそんな時間ですか?」

 

「あぁッ。・・・まったく、倉持の連中は今回の専用機製作の件にハジかれた事に大そうご立腹よ。また違う妥協案を出してくるだろうさね」

 

「頑張ってくださいよ、幕内”主任”」

 

「お前もな」と、そう言って駆けだしていく幕内の背を見送った壬生は、ため息と共に手元の資料を見直す。

その資料には、予め春樹から聞いていた彼の希望する専用機の理想が書かれてあった。

 

「『中・近距離特化型のコードギアスに出て来た『KMF』みたいな精密高機動の機体』・・・って。・・・あんなに凄い戦い方をするのに、やっぱり十代前半だな。具体性に欠ける。しかもあの資料映像を見る限りでは、絶対に『超接近戦型』の方が良い。・・・と言うか、なんだよ『鉈』って?! 希望する近接武器が剣でもナイフでもなく、鉈って・・・ッ。芝刈りじゃないんだぞ!」

 

「ハァ~ッ」と、春樹からの大分アバウトな要望に大きくため息を吐く壬生であったが、その口角はヒクりと緩んでいた。

 

「だが・・・倉持の連中が作ったシールド無効化攻撃である白式の単一能力、零落白夜を防ぎ切った謎の能力と絶対防御の壁をすり抜ける衝撃を持った攻撃力・・・尚且つ、彼には俺達と同じような”ヲタ”の臭いが感じる。ククク・・・ッ!」

 

「おい・・・また笑ってるぞ、壬生さん」

 

「大丈夫だ、いつもの発作だと思えばなんともない」

 

こうして、各機関の良く言えば『個性的』。悪く言えば『はぐれ者』『一匹狼』『変わり者』『ヲタク』『問題児』『鼻つまみ者』『厄介者』『異端児』の専門家たちが春樹の専用機製作に着手するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





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37話

 

 

 

あの色々と世界各国の要人達を騒然とさせた『VTS事件』から一週間後。

被害鎮静化の為に取り繕われた臨時の学級閉鎖が解除され、漸く授業が再開される事となった日。

 

「え・・・え~とですね。きょ、今日はなんと皆さんに”また”転校生を紹介します!」

 

『『『・・・えッ!?』』』

 

フラフラと心労がたたっている面持ちで教室に入って来た山田教諭の言葉にクラス全員の興味が注目した。

流石に『三人目』の転校生は多いだろうと思っている者も少なからずいたが、好奇心の強い者が多く居るこのクラスでは、早速「誰だろう?」と騒がしくなった。

・・・しかし。

 

「いやぁ、転校生と言いますが・・・すでに皆さんは知っているので、ええと・・・」

 

『『『?』』』

 

その転校生とやらを紹介する山田教諭の様子が明らかにおかしかった。

『挙動不審』と言った四字熟語がこれほどまでにピッタリと言った具合に彼女は百面相をしていた。

 

「と・・・とりあえずッ、入って来て下さい!」

 

「『とりあえず』て・・・」と誰かが呟いたのはご愛敬。

勢いに任せて教室の外で待機する転校生に声をかけて招いた。

 

「失礼します」

 

「え・・・ッ?」

 

聞き覚えのある声にガタリと椅子を鳴らしたのは、未だ頬に湿布を貼っている一夏。

その彼の視線の先にいた人物は、確かに山田教諭の言う通りの「皆さんが知っている」人物だった。

 

『シャルロット・デュノア』です。改めて、皆さんよろしくお願いします」

 

其処には、IS学園の”女学生用”制服に身を包んだシャルロットが佇んでいたのである。

 

「え・・・えッ、えぇッ!?」

「デュノア”くん”は・・・デュノア”さん”だった・・・だと?!」

「美少年か~ら~の~・・・美少女ぉお―――ッ!!?」

 

この状況に頭が追い付かない連中は目の前で起こっている現実を徐々に受け入れ、そして発狂でもするかのような驚嘆の叫び声を上げた。

・・・「新刊がッ!」「イベントがッ!!」という悲鳴はカウントしていない。

 

「シャル・・・お前、もう正体を隠さなくていいのかよッ?」

 

「うん。あの事件から、その・・・”偶然”にも”お父さん”と話をする機会があってね。仲直りって言うのかな・・・ボク達はお互いにすれ違ってたんだよ」

 

「そ、そうか・・・良かったな!」

 

「うんッ。・・・・・これも”春樹のおかげ”だよ」

 

「・・・え・・・ッ」

 

この時、何気なく呟いたシャルロットの囁きを聞いてキリッと一夏の中に不快な痛みが走った。

気にかけていた人間の抱えていた大きな問題が解決して嬉しい筈なのに、それがあの男の”おかげ”とは一体どういうことなのか。

この時ばかりは、先の事件によるダメージのせいなのか。彼の『肝心な時に難聴』という属性は機能しなかった。

 

その刹那の戸惑いの後、「それは、どういう事なんだ?」という言葉が喉から出掛かった時だった。

 

「ちょっと待って・・・確か昨日は、男子が大浴場を使ってたわよねッ?!」

 

『『『ッ!!?』』』

 

この状況下で、まったくもって似つかわしくないな事を思い出した生徒がついポロッと口を滑らせてしまった。

そんな彼女の軽口に全員の目が二人に注がれる。

 

「え・・・えぇッ・・・?」

「・・・・・は?」

 

だが、当の本人達は鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンと呆けた。

確かに前日は大浴場が男子生徒に初めて解放された日であったという事は間違いない。

しかし、あの事件のダメージによる全身打撲で一夏は入浴を断念。シャルロットに至っては今回の編入手続きによる多忙の為、軽いシャワーで済ましている。

 

だから、クラスの生徒達が期待するような『キャッキャ、ウフフ』な出来事は起きていない。

 

バシィ―――ッン!

「「一夏ぁあッ!!」」

 

『『『!?』』』

 

されど、そんなあらぬ妄想に思考を支配されたある生徒二人が片や座っていた椅子と机をひっくり返し、片や教室の扉を蹴破って来た。

 

「一体なんだってんだよ、箒に鈴ッ?!! 俺は昨日、大浴場には行っていな―――」

 

落ち着いて考えれば、すぐに勘違いだと合点がいく話なのだが・・・生憎、二人ともどうやら思い込んだらそのまま突貫するような似通った性格の様で・・・・・

 

「問答―――ッ」

「―――無用ッ!!」

 

揃った掛け声と共に箒は竹刀を振り回し、鈴はドゥウッン!と両肩に展開した衝撃砲を解放させた。

 

「デュノアさん、危ないッ!!」

 

「わッ!?」

 

一夏よりもこのままでは箒の竹刀は当たらずとも、加減無しの鈴の衝撃砲にシャルロットが巻き込まれてしまうと直感した後列の席のセシリアが飛び出す。

幸いにも、間一髪で回避に成功したのだが。

 

「う、うわぁあああッ!!?」

 

代わりに一夏へ二人の攻撃が一辺倒に襲い掛かる。

あのベルセルクと化した男から運良く生き残ったにも関わらず、こんな勘違いで消し炭にされるのかと思われた瞬間だった。

 

「―――――やらせはしない!」

 

「「ッ!」」

「・・・へ?」

 

二人の攻撃を一瞬の内におさめてしまった人物が、両者の間に割って入ったのだ。

 

「大丈夫か、織斑 一夏?」

 

「ぼ・・・ボーデヴィッヒッ?」

 

その人物とは、黒衣の専用機を身に纏ったラウラであった。

彼女は機体に備え付けられているAICで鈴の衝撃砲を無効化し、手甲で箒の竹刀を弾いたのである。

 

「ちょっと邪魔しないでよッ、コイツには裁きを喰らわせてやんないと!」

「そうだぞッ、邪魔をするなボーデヴィッヒ!!」

 

自身の妄想による筋違いな興奮作用に我を失って、訳の解らない事をのたうち回る両人へ「まぁ、落ち着け」とラウラは力づくで二人をねじ伏せた。

 

「よく考えてみろ、二人とも。織斑 一夏は先の試合で全身打撲を負っているのだぞ。そんな人間が、意気揚々と風呂になど行くんものなのか? それとも多くの日本人は皆、どんなに瀕死の重傷を負ってもそうなのか?」

 

「・・・あッ・・・」

「そ・・・そう言えば、そうね。・・・流石によく考えてみれば・・・」

 

改めて二人は一夏の身体を見る。

脳震盪の為に未だ顎や頬には白い湿布が目立ち、一時は肋骨にヒビがはいっていると言われた重傷者が意気揚々と風呂に行くものだろうか?

・・・能天気な一夏なら有り得るかと一瞬思ってしまったが、普通はあり得ないと二人は合意に至った。

 

「す、すまなかった一夏!」

「流石にあんたでも、そんな怪我で大浴場には行かないわよね・・・」

 

「当たり前だろッ、一体何考えてんだよ!!」

 

激昂する一夏にシュンと反省する二人。

そんな彼を「まぁ、落ち着け」と宥めたのは意外にもラウラであった。

 

「二人は貴様とデュノアとの間に何か良からぬことがあったのかと心配したのだ。許してやれ」

 

「な、なに言って!?」

「そうだぞッ! 別に私は一夏とデュノアの事を心配していた訳では・・・ッ」

 

ごにょごにょと薄紅色に頬を染めながらモジモジする二人に対し、一夏は・・・・・

 

「は? 俺とシャルが良からぬ事って・・・・・え?」

 

何の事だがさっぱりだと勘付きもしないままに頭へ疑問符を浮かべた。

これには察しの良いシャルロットは「ハハハ・・・」と乾いた苦笑いを浮かべ、セシリアは「ハァ~ッ・・・」と溜息を漏らした。

 

「・・・なるほど、これは酷いな。教官の言っていた通り・・・苦労するな、二人とも」

 

「フンッ」と箒と鈴を見ながら鼻息を漏らすラウラにカチンと来たが、なにぶんと正論な為に反論できない。

 

「それよりも・・・織斑 一夏!」

 

「な、なんだよッ?」

 

そんな二人を鼻で笑ったラウラだったが、ISを解除すると一夏の名をいつもの様にフルネームで呼ぶ。

今度はなんだと身体を強張らせる一夏だったが、その次の彼女の行動に彼は「!?」と驚く。

 

「貴様にやってきた無礼を詫びる。すまなかった」

 

何故ならば、出会った当初から敵対視して来たラウラが自分へ深々と頭を垂れて謝罪したのである。

これには一夏のみならず、クラスの全員も驚嘆した。

 

「私は織斑教官・・・いや、織斑”先生”に憧れるあまり、その存在の一番近くにいた貴様に対して嫉妬していたのだ。オノレの未熟さゆえに・・・それであの試合で私は暴走してしまった。『許してくれ』とは言わない。ただ、貴様に私のやった事を謝罪したかった。申し訳なかった、織斑 一夏。そして、クラスの皆にも私の勝手で不快な思いをさせてしまった。すまなかった」

 

そんな”らしくない”ラウラの姿に驚愕するクラス全員にも、彼女は謝罪の言葉とお辞儀をしたためた。

やはり職業病の軍人独特の威圧感は少しあるが、言葉の一つ一つからラウラの誠意は見て取れ、その表情の反省の色にクラスの皆も納得した。

 

「べ、別に・・・俺は気にしてねぇぜ、ボーデヴィッヒ。だから、顔をあげてくれよ。皆もそうだろッ?」

 

「そうだよ~。全然気にしてないよ~、ラウラウ~!」

「うん。まぁ、織斑先生に憧れて暴走しちゃったてのは解るかな」

「気にしなくていいよ、ボーデヴィッヒさん!」

 

「ッ・・・ありがとう、皆・・・!」

 

皆からの温かな言葉に受け止められ、ラウラはホッと胸を撫でおろす。

その時の安堵の表情から漏れた彼女の笑顔の破壊力は凄まじいものであり―――

 

『『『(か・・・可愛い!)』』』

 

―――・・・皆を虜にするのに、そう時間はかからなかった。

 

「ッ! そうだッ、それで山田先生!」

 

「は、はい。なんでしょうか、ボーデヴィッヒさん?」

 

そんな朗らかな笑顔を浮かべた後にラウラはキョロキョロと辺りを見回す。まるで、誰かを探す様に。

そして、その誰かを本題とばかりに山田教諭に声をかけた。

まさか、彼女から声をかけられるとは思ってもみなかった山田教諭は若干シドロモドロになりながらも、聞く姿勢に入った。

 

「は、春樹は・・・清瀬 春樹はここにはいないのですかッ?」

 

「えッ」

 

「そう言えば!」と、シャルロットもこれに反応した。

彼女もまた、自分の問題と向き合わせ解決の糸口を掴ませてくれた春樹にお礼が言いたかったのだが、その肝心な春樹が教室にいなかった。

 

実はVTS事件後、春樹の容態は悪いと生徒達は聞かされていた。

その内容としては、右腕の複雑骨折に全身打撲。それに出血性ショックといったものだった。

その為、治療に専念する為にこの一週間は面会謝絶となっており。漸く彼が回復したと言う一報を聞きつけ、ラウラは一組のクラスに来たのである。

 

しかし、ここに春樹はいない。

未だ病室にいるのではないかと考えるが、ここに来る前にラウラは医療棟に立ち寄って彼が退院した事を確認している。

 

ならば、彼は何処にいるのか?

 

「え~と・・・清瀬くんでしたら―――――」

 

「「!」」

 

山田教諭から語られた言葉にラウラとシャルロットの二人は教室を後にしようとするのだったが・・・・・

 

「・・・これは一体、どう言う事だッ?」

 

『『『ひッ!?』』』

 

破壊された一組教室の扉の前には、何とも言えない恐ろし気な表情で腕組をしているブリュンヒルデが立っていた。

 

・・・・・勿論。鈴は出席簿アタックを喰らう事、間違いなしである。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿・・・じゃなくても、良いかな?◆◆◆◆◆


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38話

 

 

 

あの訳の解らん海苔の佃煮みたいなバケモン・・・『VTS』って言うんか?

そいつに飲み込まれた後、なんでか知らんが織斑の野郎をボコボコにして消毒用エタノール飲んでぶっ倒れた事件後の一週間。

俺・・・でぇーれー忙しかった。

 

騒動を聞きつけ、俺が目を覚ましたって言うその日の内に『長谷川さん』が尋ねて来た。

長谷川さんってのは俺がISを動かしたじゃあって時に、この学校へ通えるように取り繕ってくれた人じゃ。

なんでも内閣の官房副長官で、ISなんちゃら本部の人らしい。

 

まぁ、その人にも学園長先生に言った要望を話した。

そん時に長谷川さんが「それを立証してくれるかな?」と言って来よった。

「いいともー!」って返した俺じゃけど、口で説明するのに”アレ”は中々高度じゃ。

じゃけぇ、学園に厳重保管されとった事件当時に使っとったラファールちゃんのメインコンピューターへ記憶されとった情報を取りあえず渡した。

そしたら長谷川さん、「ちょっと、諸外国黙らせてくる」的な感じで出て行った。

 

今思うと、あのメモリーの中には他の情報も入っとったような気もしたが・・・まぁ、ええか!

つーか俺的には長谷川さんのお土産がただの菓子類じゃったけん、秘書官の『高良さん』に「今度のオミヤは酒がええ」って言うたら、「現役の代議士が未成年に酒類を送るんはおえんじゃろう? 許してつかーさい」みたいな事を言われた。・・・解せぬ。

 

その後に学園長先生との悪巧みでデュノアの親父さんを罠にハメてやった。

自分の娘をスパイにやるような人間じゃけん、どんな極悪人なんじゃろうかと思とったんじゃけど・・・なんか、思っとった感じよりも良え人じゃった。・・・娘への愛がめちゃんこ不器用じゃったけど。

・・・つーか、俺がなんかせんでもあん二人の親子仲は解決しとったんじゃなかろうか?

まぁ・・・えろう高いワインと分厚いステーキにウィスキー奢って貰ったけん、良しとしよう! 阿破破ノ破ッ!

 

そして、俺氏ついに退院!

・・・言うても、無断でモルヒネを打ちょうたけんに追い出されたようなもんじゃ。

 

・・・因みに。

退院した後に聞いたんじゃけど、俺ってホントに重傷じゃったんじゃと。

右腕は織斑の打ち込みの衝撃でゴボウみたいにへし折れとって、全身は肉叩きで調理されとるみたいに筋肉がズタズタじゃったそうな。

じゃけんど、一晩寝たら何事もなかったように”治ってた”んじゃって。凄ない?

 

目ん玉は黄色うなったけど、怪我の治りが早うなるんは良え事じゃ。

しかも、あの事件から結構酒を飲んでも酔いにくぅなった。じゃけん、今まで以上によーけぇ酒が飲めるし、楽しめる。

・・・そー考えんとやっとられん。ストレスかどうかは知らんが、髪の毛の一部が筋みたいに白うなった。

ホント、どうやって母ちゃんと父ちゃんに説明しようかのぉ?

 

まぁ、あんましネガティブに考えんとポジティブに考えにゃあな。

そう思うて、自分でこの何か月かで伸びた髪の毛切ったら、左右非対称の変な髪形になってもうた。・・・おっふッ。

 

そんな俺は今現在・・・・・

 

「え~と、皆さん知っとられると思うが・・・一組からこっちに移る事になった清瀬 春樹です。どうぞ、良しなに」

 

これからクラスメイトになる一年”四組”の人らぁに自己紹介をしとった。

 

『『『・・・ッ・・・』』』

 

なんか皆、俺が先生に呼ばれて教室に入って来た辺りからポカーンとなっとるし。

学園長先生にお願いされてコッチのクラスに移ったんじゃけど、やっぱり驚くわなぁ。

・・・来て早々じゃけど、早う帰って買い直したスコッチ飲みたい。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

一組との騒がしさとは対照的な静かなる衝撃的転”組”生発表から一時間目を挟んだ小休憩時間。

 

「やっぱ、烏賊川市シリーズって面白いのぉ・・・」

 

「なんであの問題児がここにッ?」や「というか、なんでサングラスかけてるの?」等と言った聞こえるか聞こえないかの微妙な音量でヒソヒソ周りで噂話が囁かれる中、次の授業の用意した春樹は呑気に図書室から借りて来た小説を読んでいた。

 

何故に彼が一組から四組へ転がり込む事になったのか。それは、やはり彼のあのVTS事件での活躍が主な要因である。

 

ただの『ISが動かせる”だけ”の男子生徒』から『『越界の瞳』に完全適応した凄腕IS男性パイロット』へ進化してしまった為、日本政府としては他国の代表候補生が多くいると一組にはあまり在籍してほしくなかった。

 

その為に日本政府の意向を汲み取った轡木の指示で、春樹は四組に移動したのである。

しかし、何ゆえに三組ではなく四組なのか? それは・・・・・

 

「あの・・・?」

 

「阿?」

 

ある生徒が本を読む春樹へ声をかけて来る。

その生徒は、澄み渡る蒼白のセミロングの癖毛と眼鏡が特徴的であった。

 

「ありゃあ? 君は・・・」

 

その声をかけて来た生徒に春樹は見覚えがあった。

あれはまだシャルロットがシャルルという名前で男に化けていた頃。

千冬から押し付けられるように彼女のルームメイトにさせられた事へ失望した春樹が大事にとっていたスコッチウィスキーでヤケ酒をしていた時、迷い込んだ格納庫兼整備室で―――――

 

「あぁッ! 確か、君はあのスカイブルーヘアー生徒会長の”妹さん”・・・じゃったけか?」

 

「ッ・・・」

 

春樹の言葉に彼女はキリリッと下唇を噛むような仕草をする。

その反応に「ありゃ、なんかマズった?」と春樹は何故か申し訳ない気持ちになった。

 

「ちょっと、今・・・良い?」

 

「え・・・あ、うん。ええけど」

 

そのまま春樹は彼女の言われるがままに四組の教室から連れ出され、人気の少ない廊下まで歩いた。

 

「それで・・・なんかね、『更識』さん?」

 

「・・・・・」

 

春樹は自分に背を向ける生徒に疑問符を投げかけた。

 

彼女の名は『更識 簪』

IS日本代表候補生の一人であり、倉持技研が世界初の男性IS適正者である一夏の専用機開発の為に制作放棄した『打鉄弐式』のパイロットだ。

 

一応、春樹とは格納庫兼整備室での一件で泥酔状態の彼と対面しているものの、お互いにこうしてちゃんと顔を合わせるのは初めてである。

 

「えーと・・・更識さ―――「あなたに聞きたい事がある・・・!」―――お、おう」

 

彼女から伝わって来る内気さとは裏腹に、簪は強い口調で春樹に詰め寄った。

その反応に「あの時、俺なんかしてしもうたんかッ?!」と身に覚えのない焦燥感が春樹の身体を奔る。

 

「あなた・・・倉持技研からの専用機提供を断ったって・・・本当?」

 

「・・・は?」

 

目の前の簪に酔って何か荒事をしてしまったのかと心配して春樹だったが、簪からの今の言葉にキョトンと拍子抜けした。

 

「倉持・・・って、あぁ。あの野郎の欠陥機を作った所か」

 

「け、欠陥・・・って・・・」

 

思い出したように口を開いた春樹へ今度は簪がピクリと眉をひそめた。

彼の言う通り、倉持技研の制作した一夏の専用機である白式は欠陥機ではあるが、倉持技研そのものは日本のISを扱う企業の中でもトップクラスの実績を誇り、世界でも名の知られた会社である。

そんな会社からの専用機を提供されると言う事は、他の代表候補生や候補生を目指す生徒達から見れば羨ましい事なのだが・・・この男は違う。

 

「あの事件の後、その倉持から俺宛に専用機を提供の書状が来たんじゃけどな。今更、俺に専用機を作ってやる言われても・・・掌返しして来たみたいでムカついたけん、丁寧にお断りの書状を送ってやったんじゃ」

 

「・・・その時・・・なにか、した?」

 

「は? なにかって・・・・・あッ」

 

その断りの書状を書いた時に春樹は倉持技研が白式を制作するにあたって、、日本代表候補生の専用機を制作放棄した事を知っていた為、その事を断りの理由の一つに書いたのである。

 

「確か・・・「代表候補生の専用機を作っている途中で止めるとは何事か」みたいな事を書いたのぉ。それが、どーしたんなん?」

 

「その、代表候補生って・・・私の事・・・」

 

「えッ・・・」

 

簪の言葉にゾッと春樹は背中が寒くなった。

「やっぱり、あねーな余計な事をするんじゃなかった」という言葉が彼の頭を駆け抜ける。

 

「VTS事件の後・・・倉持技研の人達が突然やって来て・・・あの子を完成させるって言って来たから」

 

「あぁ、そうなんか・・・なんか、お騒がせしました」

 

「大丈夫・・・私も断ったから」

 

「えッ・・・なんでーな?」

 

「・・・覚えてないの?」

 

「あの時の俺よ、一体なにを言うたんじゃ!?」と、春樹は焦燥感たっぷりに心中で叫んだ。

IS制作の玄人連中がいる倉持技研からの専用機制作再開の打診を断った理由が、自分の言った事にあるという事に焦った。

 

「・・・覚えてないなら、いい」

 

「えッ、教えてよ更識さん!!」

 

「・・・簪」

 

「・・・へ?」

 

「あまり・・・名字で呼ばれるのは・・・好きじゃない。簪でいい・・・」

 

「え・・・でも、そねーに親しゅうもない人を下の名で呼ぶ言うんは、抵抗が・・・」

 

「・・・なら、教えない」

 

「えーッ、なんでじゃー!?」

 

自分が何を言ったのか動揺しまくる春樹に対し、そんな動揺する彼に簪は「やっぱり、変な人」とクスリと微笑んだ。

その微笑みで、更に春樹は混乱してしまう。

 

「あッ・・・もうすぐ授業が始まる。行かないと・・・」

 

「えッ、ホントに教えてくれないの?!」

 

「・・・うん」

 

「え―――ッ?」

 

結局この後、簪から自分が格納庫で何を言ったのか教えてもらえる事はなかった。

「一体何を言うてしもうたんじゃ、俺はぁ?!!」と悩んだ為にこの後、鬼気迫る表情で授業を受けた為に『転属初日にクラスメイトを威嚇していた』という悪評が加えられる事を彼は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿・・・じゃなくても、良いかな?◆◆◆◆◆


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39話

 

 

 

「腹が減ったぞなもし」

 

衝撃的な四組への転属報告を終えた数刻後。

正午を告げるチャイムが鳴った途端、未だ自分の存在に眉をひそめる生徒達の目などお構いなしに教室を出た春樹は、一直線に食堂へと向かう。

 

・・・結局、小休憩の時に簪から言われた言葉の真意は解らずじまい。

格納庫での一件で自分が彼女に対して何を言ったのか。午前中は其ればかりを悶々と考えていた春樹だったのだが・・・・・

 

「・・・まぁ、ええか」

 

・・・と、考えるのをやめた。放棄した。

もしあの時、何かマズい事を口から溢しても彼女は滅多に言いふらさないだろうと春樹は”勝手”に思う事にした。

噂好きで、口が軽い他の生徒達とは違った簪の人柄をとりあえず信じてみる事にしたのである。

 

「おッ、ありゃあ・・・?」

 

そんな食欲に現実逃避した春樹がふと中庭の方へ目をやる。

すると其処には一組の生徒達と共に談笑しながら、朗らかな笑みを浮かべている見知った顔がいた。

自らの因縁と立会い、『シャルル』という偽りの仮面を脱ぎ去った『シャルロット・デュノア』だ。

 

「・・・良かったのぉ」

 

春樹は隠していた正体をさらけ出したシャルロットという人間を一組の生徒達は受け入れたのだろうと感じ取った。

元々、男装していた時から他の生徒達に受けが良かったのだ。妬む者も少なからずいるだろうが、大半の生徒達に受け入れられた事へ彼は安堵にも似た笑みを溢す。

・・・ただ、マス”ゴミ”と揶揄する黛上級生から取材を困惑した表情で受けている光景には「阿破破・・・」と苦笑いを浮かべたが。

 

「―――――清瀬 春樹!」

 

「阿?」

 

苦笑いを浮かべていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえて来る。

振り返って見れば、其処には少し息を切らした”彼女”が仁王立ちで立っていた。

 

「少佐殿・・・」

 

一組での朝の一件で彼女、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』は他の騒動に関わった生徒達に巻き込まれ、あのブリュンヒルデからキツイ説教を喰らう事に。

 

「ハァ、ハァ・・・やっと見つけたぞ!」

 

その説教がようやく終わり、春樹が移動した事を山田教諭から聞いたラウラは此処まで彼を追って来たのだ。

 

「き、清瀬 春樹!」

 

「は、はい?」

 

「そ、その・・・元気そうで、なによりだな」

 

しかし、いざ春樹を目の前にすると先程まで考えていた事が綺麗さっぱり頭から掻き消えてしまった。

そして、何故かは解らないが走った事による動悸が更に早くなり、心臓が熱を帯びたように脈打った。

 

「・・・えぇ。少佐殿も元気そうで何よりです」

 

「そ・・・そうか・・・ッ」

 

「「・・・・・」」

 

そんな彼女に対し、春樹はニコリと口角を引き上げる。

サングラスをしている為に目元は解らないが、彼の反応にラウラはホッと胸を撫でおろす。

だが、途端に無言が二人の間を行き来した。

 

「えと・・・その・・・」

 

いつもの強きな尋問口調は何処へやら。なんとか言葉を振り絞ろうと頭を捻るが、口から声が出てこない。

その内、プルプルと仁王立ちが震えて来た。

 

「・・・ふむ。どうですか少佐殿、似合っとりますか?」

 

「え・・・?」

 

先に春樹がこの無言のやり取りを終わらせんと、目にかけたサングラスのフレームを指で弾きながら口を開いた。

 

「このサングラス、学園長先生からの貰いもんでして。俺としちゃあ、『アルバート・ウェスカー』みたいでカッコええち思うとりますが・・・どねーじゃろうか?」

 

「あぁ、そうだな・・・似合っているぞ。その・・・あるばーとうぇすかーという人間よりも似あっていると思うぞ、私は」

 

「阿ッ破ッ破ッ破ッ! そうですか、そりゃあ嬉しいのぉッ!」

 

そうやっていつもの調子でケラケラ声を弾ませて一頻り笑うと、春樹は仁王立ちをしているラウラに近づいて行く。

その途中でかけていたサングラスを外し、ラウラに手の届く距離まで近づいた春樹は琥珀色の瞳を覗かせながら、こう言った。

 

「・・・無事で良かった。ホント、無事で良かった」

 

「ッ・・・”春樹”!」

 

そう言った途端、抑えられなくなった感情と共にラウラは春樹に飛び付く。

突然、抱き着かれた当人としては驚きを隠せなかったが、春樹は彼女を優しく受け止める事にした。

 

「おいおいおい。一体どうしたと言うんじゃ、少佐殿? いつもの様に『清瀬二等兵』って呼ばんのんですかい?」

 

「・・・五月蠅い。少しばかり静かにしろッ」

 

「えぇッ??」

 

実は、『抱き着いた』のではなく『抱き着いて”しまった”』ラウラも驚いていたのである。

どうして、彼に抱き着いてしまったのか。どうして、彼を見ているとこんなにも動悸が早くなるのか。どうして、彼の傍にいると顔が熱くなるのか。

生まれて初めて体験するこの感情の名前を、彼女はまだ知らない。ただ、なんとも心地良い事だけは理解する事が出来た。

 

そうしている内、彼の身体に顔をうずめていたラウラがふと春樹の顔を見る。

目線の先には、琥珀色に輝く瞳が二つあった。

 

「・・・春樹、その目は・・・」

 

「あぁ。あのよーわからん佃煮に飲み込まれてから、目の色が変わっちまったんでさぁ」

 

「そう、なのか・・・」

 

「私のせいで・・・すまない」と、今にも言いそうなラウラへ春樹は朗らかな笑顔を浮かべ、そっと彼女の片方の目を覆っている眼帯をずらす。

その無骨な黒い眼帯の下に隠されていたのは、春樹の両目と同じ色をした琥珀色に輝く眼だった。

 

「綺麗なもんじゃあのぉ。こねーに綺麗な目をしとる少佐殿と同じ瞳の色じゃったら、悪い気はせんな」

 

「は、春樹・・・?」

 

「どうした、少佐殿? いや・・・”ラウラちゃん”?」

 

密着しているラウラのか細い腰をなぞるように左手を添え、眼帯を外した右手で彼女の頬を優しく撫でた。

 

何とも言えない感覚がゾワリッとラウラの身体を奔る。

身体を動かそうにも、その琥珀色の眼に見抜かれて抵抗する気もなくなってしまう。

 

「・・・春樹・・・!」

 

「ラウラちゃん・・・ッ」

 

ゆっくりと灼眼と金眼を閉じたラウラへ顔を近づけて行く春樹。

そんな彼の両目は、今まで以上に黄金色に光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ~、ラウラウ~?」

 

「「―――ッ!?」」

 

背後から聞いた事のある間の抜けた声に春樹は思わずラウラを身体から引きはがして振り返る。

すると、キョロキョロ辺りを見回す一人の人物が目に入った。

 

一年一組に在籍しているマスコットキャラクター的な生徒にして、春樹へ対して侮蔑的な見方をしない数少ない同級生の『布仏 本音』。

どうやら彼女は、たまたま見かけたラウラを探している様だ。

 

「布仏さんッ?!」

 

「あ~、きよせんだ~。それにラウラウもいた~!」

 

二人に気がついた本音はトコトコ近づいて来る。

そんな彼女から醸し出される相変わらずのホンワカ雰囲気に、何故だか春樹は我に返って行った。

 

「二人とも、こんな所でなにやってるの~?」

 

「えッ・・・そ、そのッ・・・私、私達は―――「別になんもやっとらんでよ」―――・・・春樹?」

 

薄紅色の頬で慌てふためくラウラに代わり、いつの間にかサングラスをかけ直した春樹が答える。

 

「布仏さんも、こねーな所でなにやりょーるんな? 食堂には行かんのか?」

 

「私はね~ラウラウを見つけたから、一緒にご飯食べようって誘いに来たの~」

 

「そうか~。で、どねーするんな”少佐殿”?」

 

「わ、私かッ?」

 

話を振られ、先程との雰囲気のギャップにどう反応していいのか解らず動揺するラウラ。

そんな彼女の反応を楽しむかのように春樹と本音はニヨニヨと表情を崩した。

 

「わ・・・私は、その・・・春樹も一緒なら・・・」

 

「いいよ~。なら、きよせんも一緒にご飯食べよ~!」

 

「えッ・・・でも、俺は・・・」

 

春樹はなんとなく自分が他の生徒達から良く思われていない事を知っている。

知っているからこそ、そんな自分と仲良く食事なんてしたりしたら、折角クラスに馴染みだしたラウラに迷惑がかかるのではないかと考えた。

しかし・・・

 

「だ・・・ダメか?」

 

「別にええでよ」

 

シュンとし、若干ウルウルと目を潤ませた美少女の頼みを断る事が出来ようか。

否。勿論、春樹には出来なかった。

見えないウサ耳が力なくペタりんこしていたのだ。断る事が出来る訳がない。

 

「・・・あ~ッ、そうだ。俺、教室に忘れ物したわ。先に行っといてくれんか?」

 

「わかった~。なら行こう、ラウラウ」

 

「了解した。そ、それではな春樹」

 

「あぁ、それじゃあ」

 

そうして食堂に向かう本音とラウラの背を見送りながら、春樹は通路の角を曲がる。

そして、壁にドゴンッ!と力一杯のヘッドバッドを叩き込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・・・痛いでよ」

 

俺は自分を落ち着かせようと壁に打ち込んだデコッぱちを抑えながら、食堂に向っとった。

 

いや・・・なんじゃったんじゃッ。なんじゃったんじゃ、さっきのは!?

布仏さんの声が聞こえんかったら、俺は少佐殿に何をしようとしたんじゃ!!?

てか、なんじゃあ「ラウラちゃん」って。気安い野郎じゃのぉ、俺ぁはイタリア男かッ?

・・・いや、これは生粋のイタリア男に失礼じゃわ。

 

・・・・・いや、問題はそこじゃねんじゃ!

あと一瞬、布仏さんの声が聞こえんかったら俺は少佐殿にキ・・・キ、キ・・・『キス』するところじゃったわッ!!

 

なに、なんなん?

あの時、なんか少佐殿を見とったら、こう・・・なんじゃろうか、ちゅーをしとーなったと言うんか・・・なんというか。

 

・・・いやいやいやいやいやッ、おかしいじゃろうがな!

なんじゃーな「キスをしたくなったから」って。

そねーな台詞と思考回路は、『ハーヴィー・スペクター』とか『パトリック・ジェーン』とか『モンテクリスト・真海』とかのイケメンにしか許されんじゃろうがな! 阿呆か、俺は!!

 

いくら俺の身体の肉体年齢が十代半ばじゃ言うたって、前の世界から数えたら俺と少佐殿って十以上も年が離れとるんぞ。

俺はロリコンじゃない。

じゃけん、こりゃあ『恋』なんて清らかなもんと違う。『気の迷い』じゃ。

ほうじゃ、気の迷いなんじゃ。じゃけん、あれは違う!!

 

ハァッ・・・ホント、あの事件に巻き込まれてから身体も心も調子がおかしいでよ。

・・・つーか、デコ痛い。強う打ち過ぎたでよ。今朝よりも悶々とするでよ。

 

「ハァ~・・・すんません、焼きジャケ定食一つ」

 

そんなこんなで食堂に辿り着いた俺は、とりあえず毎日食っている日替わり定食を頼む。

今日は俺ん好きな塩鮭じゃけん、あとで飯をお替りして茶漬けで喰らおう。

 

「お~い、きよせーん。こっちだよ~」

 

「はーい」

 

そんでもって、俺を見つけた布仏さんが此方に手を振ってくれよーる。

隣には、可愛らしゅうちょこんと座った少佐殿もおった。

 

「・・・かわええのぉ」

 

確かに可愛い。

客観的に見ても、少佐殿は可愛い。

 

「・・・喰いた―――――ゴッふ、ごホ!」

 

・・・ええ加減にしんさいよ、俺。

なんか、とんでもねー事を無意識に口走ろうとしやがったな、俺よ。

阿呆か、阿呆なのか俺よ。おわんごが過ぎるでよ。

別にあの薄紅色の唇に吸い付いてやりたいなんて事はない。断じてない。

 

「どうかしたのか、春樹?」

 

「いんやぁ、なんでもねーですよ」

 

――――――って、阿”ッ?

 

「やぁ、春樹ッ」

「どうも・・・春樹さん」

 

ちょっと待て・・・ちょっと待ちんさいや、布仏さん。

百歩譲って、デュノアがここに居るんは解る。セシリアさんもここに居るんは解る。

じゃけど・・・・・

 

「オメェ・・・」

 

「き・・・清瀬・・・ッ!」

 

なんで劣化版バナージの織斑がここに居るんじゃ?

しかも・・・

 

「清瀬、アンタ・・・」

「清瀬・・・貴様ァ・・・ッ!」

 

幼馴染一号と二号も居るって・・・なんでじゃ?!

 

「(どういう事じゃ、セシリアさん!?)」

 

「・・・はぁ・・・ッ」

 

取り敢えず、セシリアさんに疑問の答えを求める目線を送ったら、ため息で返された。

・・・ゴメン、セシリアさん。あの事件で君に酷い事した事はちゃんとあとで謝るけん、今はこの状況を教えてくださいッ!

 

「・・・それにしても偶然ですわね、本音さん」

 

「ん~? あぁ、そだね~。食堂に入ったら、シャルルンとおりむー達と一緒になるとはね~」

 

・・・なるほど。

大方、布仏さんと少佐殿が食堂に入ったらデュノアと遭遇。そのデュノアと事前に食事をとる約束をしていた織斑連中と一緒になった言う訳じゃね、セシリアさん?!

 

「・・・ハァ・・・お茶が美味しい事」

 

・・・セシリアさん。別に溜息で有無の返事をせんでも、ええがん。

あとで大福でも奢っちゃるけん、勘弁してくださいセシリア嬢。

 

「・・・ッチ」

「・・・ッ・・・」

 

俺は仕方のぉ、少佐殿の隣に座った。

織斑の野郎はスンゲー渋い顔しょーるし、隣の幼馴染共は凄い顔しとる。特に篠ノ之さんの方、般若の面のモデルみたいな顔をしとる。

そねーな顔するんじゃったら、どっか行けや。飯がマズーなろうがな。

 

・・・あッ、そうじゃ。忘れんうちに言うとこぉ。

 

「セシリアさんに凰さん。ちょっとええか?」

 

「・・・なんでしょうか?」

「な・・・なによ?」

 

なんかまたセシリアさんは溜息でも吐きそうじゃし、なんか凰さんはビクビクしとるのぉ。

まぁ、ええわ。ちゃっちゃと言うとこ。

 

「なんか、こないだのVTS事件ではスマンかったのぉ。俺、全然覚えとらんのじゃけど」

 

「え・・・えぇッ!? ちょっと、覚えてないってどういう事よ?!」

 

凰さんがスゲー剣幕で立ち上がる。

いや、仕方なかろーがな。

 

「なにぶんと頭がプッツンしとったけんな。全然覚えとらん」

 

「確かに・・・あの時の春樹さんは、目が完全に・・・その・・・ッ、何て言いましょうか」

 

「『イッちまってた』かい、セシリアさん?」

 

「・・・もっと良い表現はなくて、春樹さん?」

 

多分ないと思う。というか、こっちのが早い。

 

「あー・・・なら、しょうがないわね。・・・で?」

 

「・・・阿?」

 

「・・・もう一人には、謝らないの?」

 

もう・・・一人?

・・・って、誰?

 

「・・・あーッ。布仏さん、君に謝っておくことが―――「違う!!」―――って、どうしたのよ凰さん?」

 

「アンタが亥の一番に謝るのは私でもセシリアでもなく、一夏でしょうが!」

 

「そうだぞッ、清瀬! 貴様が暴走なんてしなければ、一夏はあのような怪我などしなかったのだ!!」

 

・・・・・・・・は?

 

「いや・・・いやいや、待ってくれよ。聞くところによると、其処に居る織斑何某は、織斑先生の警告も聞かんと俺に近づいたんじゃろう? なら、俺にぶん殴られようが蹴られようが知らんがな」

 

「なんだと、貴様ッ!!」

 

「それにじゃッ。俺だって、そこの織斑の野郎に右腕を木端微塵に折られとるんじゃ。それを入れたら、プラマイゼロじゃろうがな」

 

何か間違うた事を言うとるか、俺?

触らぬナントカに祟りなしじゃ。それを承知で近づいたんなら・・・自業自得じゃ。

 

「オメェだって其れぐらい解っとろうがな、織斑サンや? 手負いの獣に手を出す事がどれ程、きょーてぇー事なんか・・・勉強になったじゃろうが」

 

「貴様ッ―――「やめてくれ、箒ッ!!」―――ッ!?」

 

やっとこさ、その重い口ば開いたか。

早い所、今にも物理的に噛み付いて来そうなオメェの武士娘をちゃっちゃと黙らせてくれんかのぉ?

 

「だがな、一夏ッ―――「もういいって言ってるだろ、箒!」―――・・・む、むぅ・・・」

 

「確かにお前の言う通りだよ、清瀬。千冬姉の警告を無視して、お前に近づいたのは俺の責任だ。だから、謝る必要なんてない」

 

「・・・ほう?」

 

なんじゃあな。随分と今回は物分かりがええのぉ。

コイツの事じゃけん、何かにつけてイチャモンでも付けようって算段かと思っとたわ。

 

「なら、織斑。今後は―――「・・・だけどッ」―――ッ阿”?」

 

「だけど・・・次は負けない・・・!」

 

・・・ッケ。

ホントに・・・ホントに織斑、オメェって野郎は―――――

 

「もし次があったら・・・今度こそ、オメェの顔面を現代アートに作り変えてやったろうかのぉッ?」

 

「望むところだ・・・ッ!」

 

―――忌々しい輩じゃのォ・・・ッ!!

 

・・・と、そんなこんなで俺の昼飯タイムは、何とも言えない雰囲気の悪さで終息していった。

 

・・・因みに。

セシリアさんと凰さんには、食堂名物の苺クリーム大福を奢ってやった。

あと・・・

 

「春樹。今後、私の事は階級名で呼ばなくていいぞ」

 

「えッ? じゃあ、『少佐』以外で何て呼びゃあええんじゃ?」

 

「そ、それはだな・・・・・あ、あれが良い・・・」

 

「あれとは?」

 

「その・・・ファーストネームの・・・そのアレだッ!」

 

「・・・・・ッえ!?」

 

結局、少佐殿の今後の呼び方は本人経っての希望で『ラウラちゃん』になった。

なんでも、『呼び捨てされるよりも、特別な感じがする』だそうだ。

こっちとしては、何か変な気分で口走ったもんだから・・・でぇーれぇー恥ずかしいんじゃけどのぉ。

 

「えーと・・・じゃあ、ラウラちゃん?」

 

「なんだ、春樹ッ?」

 

・・・めちゃんこ可愛え顔で答えてくれるけん、アリにした。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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40話

 

 

 

「あ~・・・なんか、再始動初日からえろう疲れたのぉ」

 

一年四組への転属初日から、『冷汗の困惑』と『甘酸っぱい驚嘆』と『いつも通りの忌々しさ』と言った怒涛の出来事を味わった春樹は「やれやれ」溜息でも吐きながら帰路を歩む。

 

「まぁ、ええ。織斑の野郎と相部屋にならんようじゃし。それに・・・阿破破破ッ!」

 

されど喜ばしい事にシャルロットとの相部屋から、一人部屋へと移動した事を轡木から聞かされているので、心なしか彼の歩みは弾んでいる。

 

これでやっと誰からも邪魔されずに酒が楽しめるからだ。しかも味醂や料理酒、ましてや消毒用エタノール等と言った”紛い物”ではない本物の『酒』をだ。

 

「阿ッ破ッ破ッ破ッ! さぁ・・・待っててくりんさいよ、我が愛しのウィスキーちゃん達!」

 

春樹の歩みはやがてリズムをとったスキップへと変わり、疲労感のにじみ出る表情は嬉々とした明るい笑顔を溢し始めた。

 

「るーらるらるー♪ るーらるらるー♪・・・・・ッ阿”?」

 

しかし、そんなルンルン気分で部屋の鍵を開けようと鍵穴へ鍵を刺し込もうとした矢先。目元のサングラスを外した春樹の手が不機嫌そうな声を漏らしながら止まる。

 

何故、彼は手を止めたのか。

それは、触れようとしたドアノブの先に・・・このドアの向こう側へ”何者”かがいるといった気配が感じられたのである。

 

普通なら、こんな事は玄人筋のその道の人間でなければ気づかない。

だが、今やヴォーダン・オージェの完全適正者になってしまった春樹だからこそ気がついた。感じ取ってしまった。

 

「(・・・誰じゃ? 俺とウィスキーちゃんとの出会いを邪魔する無粋な糞タレ野郎は?)」

 

清々しい気分が、一気にムカムカしていくのが手に取るように理解できた。

大方、自分の存在価値を改めて見直した各国政府からの手先だろうと見当をつける春樹。

 

「(今更なぁ、掌返しでハニートラップを送り込んで来られてものぉ・・・)」

 

「とりあえず、一言二言文句でも言って追い出そう」と春樹はドアノブに手をかける。

すると案の定、今朝方ガッチリと締めた筈のドアはガチャリッと簡単に捻る事が出来た。

そして、ゆっくりとドアを開けると其処には・・・

 

「お帰りなさい♪ ご飯にする? お風呂にする? それとも・・・わ・た・し?」

 

あられもない姿でエプロンを纏った水色髪の人物が春樹を出迎えたのである。

 

『帰宅すると、プロポーション抜群の美少女が裸エプロンでお出迎え』なんて、世の男性陣からすれば憧れるシチュエーションではなかろうか。

そして、”もし”彼女の前にいる男性が一夏だった場合。彼なら間違いなく赤面し、アタフタ慌てふためくだろう。

・・・だが。

 

「・・・なにやりょーるんな、生徒会長閣下・・・」

 

春樹はまるでドブ川の底のように淀んだ眼で目の前の人物、IS学園生徒会長『更識 楯無』を見た。

そして、自分制服の上着を脱ぐと彼女に纏わせ一言・・・

 

「帰れ」

 

・・・と、開けっ放しにしたドアの向こうを親指で差した。

 

「ちょ・・・ちょっと、清瀬君。あまりにも冷静すぎやしないかしら? お姉さん、悲しくなっちゃう。あと、誰か来るかもしれないから、ドアを閉めてくれない?」

 

まさか、こんなにも冷ややかな反応をされるとは思ってもみなかった楯無は、戸惑いつつも春樹に声をかける。

 

「・・・聞こえんかったんか? 俺ぁ、帰れち言うたんじゃ」

 

「え・・・えーと・・・」

 

しかし、春樹は完全に聞く耳持たずで、目を見開く。

何故か淀んだ琥珀色の眼が怪しく光り、恐ろし気な雰囲気が醸し出される。

 

「ッ・・・べ・・・弁明をさせてください」

 

「・・・・・ッチ。早う、服着ぃや。・・・ッチ」

 

その凄味の圧力に堪え兼ねた楯無は、ついにギブアップ宣言を告げる。これに春樹は無遠慮な舌打ちを二回も鳴らし、部屋の外へ出て行った。

そして数分後、ノックによる合図で漸く彼は自室へ入る事が出来たのだった。

 

「・・・で。なんの用なんじゃ、キサン?」

 

「き、キサンって・・・一応、私は清瀬君よりも―――「阿”ッ?」―――・・・なんでもないです」

 

反論しようとする楯無を説き伏せ、ゴゴゴッとでも表現できそうなプレッシャーをかける春樹。

至福の時間を邪魔された時の彼の不機嫌さと言ったら、修羅の如きである。

 

「それで・・・なんの御用で? 短く纏めてください」

 

「えーと・・・端的に言うとね、あなたの護衛の為に私もここに住むのよ」

 

「・・・は?」

 

「なにを言うとるんじゃ、お前は?」と言いたげな表情に顔を歪める春樹。

だが、これも完全適応したヴォーダン・オージェの能力か。彼は頭を抑えながら唸った。

 

「あー、なるほど。・・・よーするに俺がこねーな目になっちまったけん、各国から新たに送られてくるハニトラ共から俺を守る為・・・いう事ですか?」

 

「物分かりが早くて、お姉さん嬉しいわ」

 

「へぇー、そりゃどうも。・・・つーか、学園長先生から何にも聞いていないんですけど」

 

「・・・事前に聞いたら、あなた逃げるでしょう?」

 

「勿論」

 

当たり前のようにシニカルに返答する春樹。

どう反応したものか、苦笑いを浮かべる楯無。

・・・彼が思っていた以上に偏屈で変わり者だと彼女は確信するのだった。

 

「と言うか、何故に俺なんですか? 俺よりも守るべき野郎がいるじゃないですか。あの馬鹿とか、あの馬”夏”とか」

 

「酷い言いようね。・・・確かに君よりも、織斑君の方が危機管理能力は低い。でも、彼は『あの織斑 千冬の弟』という後ろ盾がある」

 

「俺はこねーな目になる前から、後ろ盾なしで頑張ってきましたけど?」

 

「・・・・・そんな後ろ盾も何もない清瀬君を守ってあげようと―――「流すな」―――・・・ッうぅ」

 

春樹としては『本当の事』が知りたかった。

・・・と言うか。今更、守るだの護衛だのと言われても知ったこっちゃない。逆に露骨な掌返しで、むかっ腹が立つのだろう。

 

「俺が困っとった時に動かなかった輩が、護衛って・・・もっと別の思惑があるんじゃあないですか?」

 

「・・・考えすぎじゃないかしら?」

 

「変な間があったんじゃけど・・・」

 

日本政府が自分に対してどんな思惑があるのか。別段、興味関心がそれ程あるわけではない春樹は「まぁ、ええか」と考えるのをやめた。

 

「解りました。それじゃあ、出て行ってください」

 

「え!? ちょっと清瀬君、ちゃんと私の話を聞いてたッ?」

 

「聞いてましたよ。要するに他国のハニトラを寄せ付けないようにする日本政府公認の国産ハニトラでしょう?」

 

「・・・なんか棘のある言い方ね。私って、清瀬君に何かした?」

 

「デュノアの件で『何もしなかった』というのが問題ですね。それは其方も解っとると思うとりますがね。まぁ、要するに・・・あんまりにも虫が良すぎるんでさぁ。つーか俺に惚れられたかったら、その水色髪をヴァイオレットカラーにするか。ピンク色にして、狐耳を付けて下さい。俺の押しキャラはキャス狐なので」

 

「ヴァ、ヴァイオレット? それに・・・狐耳って??」

 

春樹の言う『何もしなかった』というのは、シャルロットの男装の件であろう。

事前に彼女の正体を把握していた生徒会は、事前の対策はしていても一夏に害がなかったので放置していた節があった。

それを春樹はほんのちょっぴり根に持っていたのだった。

 

「そうと解れば・・・さぁさぁ、出て行った出て行った」

 

「残念ね。こんな事したくなかったけれど・・・こうなったら!」

 

部屋主からの立ち退き要請に反するか、楯無は『実力行使』と書かれた扇子を広げる。

そんな彼女に対し、春樹は・・・

 

「・・・ッチ。わかりました、俺が出て行きます」

 

「えッ、ちょっと清瀬君!?」

 

「それでは、さようなら!」

 

そう言って春樹はすたこらサッサッと部屋から出て行く。勿論、その背を楯無は追うのだが、彼は煙のように姿を消してしまった。

鍛え抜かれた逃げ足の速さがこんな所で役に立つとは、春樹本人が一番吃驚している事だったろう。

・・・因みに。

ちゃっかり、スコッチウィスキーは懐の中に入れて逃げた模様。

 

「な・・・なんなの、あの男・・・ッ」

 

楯無は姿を消した彼に呆然としながら、そう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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41話

 

 

 

四組転属から三日。

俺は相も変わらず、糞真面目に授業を受けているんじゃが・・・。

俺の自室に水色髪の生徒会長が住み着いとるけん、デュノアの時と同じように部屋へ帰れず仕舞いじゃ。

・・・部屋があるようでないとは、これ如何に?

 

じゃけどあの人、声はストライクじゃけどな。

『物語シリーズ』の『ひたらぎ』とか、『Fate/Extra』の『キャス狐』とか。俺ぁ、結構好きなんじゃけどのぉ・・・

・・・じぇけぇって、水色はないわ。うん、ない。

 

「のぉ、やっぱりその髪色って遺伝? 遺伝なら劣性遺伝? それとも優勢遺伝? もしかして、まさかの突然変異色?」

 

「・・・知らない」

 

宿無しの俺のそねーなくだらん問いかけに一切興味を示してくれない簪さんは、黙々とモニター画面へ集中力を注ぎょうた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

ここはIS学園に併設されているIS格納庫兼整備室。

今まで、この場所をを毎日と言って良い程に利用している生徒は簪ぐらいしかいなかった。

・・・そう、”今までは”だ

 

「なぁ、ここおかしゅうねぇか?」

 

「・・・解ってる。だから、ここをこうして・・・」

 

「ほぉ~ん。そねーなやり方があるんじゃのぉ」

 

「やっぱり、簪さんは頭がええんじゃのぉ」と一緒に打鉄弐式のモニターを春樹が感嘆詞を彼女へかける。

それに対して簪は「別に・・・これぐらい普通・・・」とぶっきらぼうに答えるが、その素振りがどこか機嫌良く見えた。

 

彼がこの格納庫に転がり込んで三日が経過する。

楯無との同居生活を知った春樹はすぐさま学園長である轡木に抗議したのだが、学園の意向だのなんだのと説き伏せられてしまった。

しかし、ここで「はい、そうですか」と引き下がる春樹ではない。

 

彼はその日の内に作業を行っている簪がいる格納庫へ赴いた。そして、簪が組み上げている専用機『打鉄弐式』への製作助力を申請した。

あの信用ならない生徒会長の鼻っ柱をへし折る為にだ。

 

だが、『自分一人で組み上げる』事を固く決意していた簪にあえなく断られ、ならばせめて格納庫への滞在だけでもと春樹は懇願した。

簪も自分の意志を確立してくれた彼に多少の恩を感じる節があったのか。「・・・別に構わない」と、それだけは承諾。春樹が格納庫へ滞在する事を許可した。

 

・・・まぁ別に格納庫には幾つかの空きスペースがあり、其処を春樹は勝手に使えば良かったのだが、一応の礼節として彼女に許可取りしたのである。

 

「じゃけど・・・そこを弄ったら、今度はこっちの出力が落ちるで?」

 

「あッ・・・」

 

「フッ・・・まだまだじゃねぇ、簪さん?」

 

「・・・むぅッ」

 

しかし、滞在するからには、やはり何かしなければならないのではないかと考えた春樹は専用機製作の実質的な手伝いではなく、アドバイスやサポートをする事にした。

彼の左手の甲に描かれているガンダールヴで打鉄弐式の不調箇所や欠点を探るだけではなく、IS製作で不規則になっている彼女の生活習慣の改善をだ。

 

「ほいじゃあキリがええけん、ここいらで夕飯に行こうやぁ。布仏さんらぁが待っとるで」

 

「・・・もう少しだけ、させて」

 

「・・・それ五分前にも聞いたでよ」

 

「・・・あと、五分」

 

「おえんちゃに。早う飯に行くでよ」

 

PCモニター画面の前に座り込む簪の腕を掴んで持ち上げようとする春樹だったが、予想以上の力で彼女は離れようとしない。

・・・傍から見ると、それは駄々をこねる子供を無理矢理引き連れようとする大人の姿そのものであった。

 

「・・・二人とも、なにをしているのだ?」

 

そんな二人に声をかけたのは、手に何やら大きな風呂敷と小さな巾着袋を持ち合わせたラウラだった。

彼女は春樹が四組に転属した後も、彼の事が気になってここを良く訪ねていた。

その事から、簪や彼女のルームメイトである本音とも交流するようになったのである。

 

「おーラウラちゃん、調度ええ所に。ちょっと、この駄々子を食堂まで持っていくの手伝ってくれんかッ? 予想外に力が強いでよ、この娘ッ」

 

「もうちょっと・・・あとちょっとだけだから・・・ッ!」

 

「そう言うて・・・君は今日の昼飯も、昨日の昼飯と夕飯を食べ損なったじゃろうがな! いつもカプ麺となんとかメイトだけじゃ、おえんって言うとるじゃろうがな!!」

 

ムカついた春樹が更に力を籠めるが、意地でも製作の続きがやりたい簪は依然として動かない。それどころか、カタカタと作業の続きをやり始めた。

 

「うむ。まるで童話の『北風と太陽』だな。春樹が北風で、簪が旅人だ」

 

「上手い事言うとらんで、早う手伝ってよ! って、コラッ。続きをすな!」

 

「フフフッ、ならば私は太陽となってやろう。手を離してやれ、春樹」

 

「阿?」

 

何か考えでもあるのかと渋々、簪から手を離す春樹。ラウラはそんな二人の前へ持って来た風呂敷包みを広げた。

 

「おッ、こりゃあ」

 

「おー・・・ッ」

 

紺の風呂敷に包まれていたのは、これまた立派な黒漆の三段重箱。

蓋を開けてみれば、中には美味しそうなおむすびに彩鮮やかな総菜が詰め込まれていたのである。

 

「ラウラちゃん、どーしたんなんこりゃあ?」

 

「うむ。簪を食堂まで連れて行くのは難儀だろう? それを本音に相談したら、彼女の方からお弁当だと、これを受け取ったのだ」

 

自分が作って来たわけでもないのに、何故か「エッヘン」と胸を張るラウラへ「そーなんか」と微笑ましい笑みを浮かべる春樹。

・・・その可愛さに彼女の頭を撫でようとする自分の右手を必死に抑えながら。

 

「・・・ボーデヴィッヒさん、本音は?」

 

「あぁ、本音は飲み物を買ってから来ると言っていたな」

 

「・・・そう」

 

「そ・・・それでだな、春樹?」

 

「阿ッ?」

 

何故か顔を薄紅色へ染め、春樹に声をかけるラウラ。

彼女はそのまま彼へ持っていた黒い巾着袋を恥ずかしそうに差し出した。

 

「ん? なんなん、これ?」

 

「え、えっとだな・・・その・・・お、お弁当だッ!」

 

「・・・阿”!?」

 

その時、春樹の身体へ雷でも落とされたかのような衝撃が走った。

 

「実は・・・祖国にいる部下へ”気になる人間”がいると言ったら、「まずは胃袋から攻めましょう」と言われてな」

 

「お、おう・・・ッ」

 

照れくさそうに、この弁当の経緯を説明するラウラ。

「あれ? ボーデヴィッヒさん・・・無意識に告白してる?」と簪は思ったが、彼女の性格上そこまでの出歯亀ではないので、とりあえず沈黙する。

隣で静かに慌てふためく春樹の表情を見ている方が面白いからだ。

 

「でも・・・まさか、こんな立派な弁当を出されるとはな。これでは私の作って来たものなど―――「そ・・・そねーな事言うなや、ラウラちゃん!!」―――・・・春樹?」

 

「勿論、頂くでよッ。いやー、楽しみじゃのォ!!」

 

「そ、そうかッ?」

 

早速、ラウラからの手作り弁当を受け取る春樹。

何か気恥ずかしさもあってか、早口のドギマギした様子で弁当箱を開けると・・・

 

「・・・阿ん?」

 

・・・弁当箱の中には、細かく潰された練り物のような物体が敷き積まれていたのだった。

 

「あのー・・・ラウラちゃん、これ何?」

 

「あぁッ。我が祖国、ドイツ名産のジャガイモを使ったポテトサラダだ」

 

「うわーお・・・見た感じ、ジャガイモだけのマッシュポテトサラダじゃねー?」

 

「うむッ。口に合うと良いのだが・・・」

 

弁当箱の中身を見て、簪はつい吹き出しそうになったが我慢した。

一方、彼女が甲斐甲斐しく作って来た弁当の中身に唖然としながらも、変な顔をせんと春樹は「い、いただきます」と細かくマッシュされたポテトサラダを口に運ぶ。

 

「ど、どうだ?」

 

「ッ・・・ありゃ意外じゃ。コレ美味ぇのぉ」

 

「ほ、本当か?!」

 

「意外って・・・清瀬くん、失礼」

 

「いやはや、簪さん。ちょっと食うてみんさいや。ホントに美味いけん」

 

見てくれは歪であるが、意外にも味は申し分のない美味さに勧められた簪も驚いた顔をした。

 

「皆、お待たせ~ッ・・・って、きよせん何食べてるの~?」

 

「おー、布仏さん。飲みもん、お疲れさん。ちょっと、君もこのマッシュポテト食うてみんさいよ」

 

「ん~?」

 

こうして、普段は静かな格納庫にやんややんやと明るい声が弾む。

いつもは薄暗い中で作業に没頭している為、こんな明るさは久しぶりだなと騒がしくも心地の良いこの状況に簪は「・・・ふふっ」と無意識に笑みを溢すのだった。

 

「・・・お、おのれ・・・ッ!!」

 

そんな微笑ましい仲良しムードを格納庫ゲートの影から覗く人影が一つ。自身のISの待機状態アクセサリーがついた扇子をミシミシ言わせながら、歯を食いしばっていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「そんじゃあ、俺ぁ風呂行ってくるけんな。俺が風呂から上がってきたら、部屋に戻りんさいよ」

 

「・・・ん」

 

「生返事すなよ・・・まぁ、ええわ」

 

夕食後、またしても作業に没頭し始めた簪を放置して浴場に向かう春樹。

浴場と言っても、楯無がいる出て行った自室のシャワー室でもなければ、この前に解放されていた大浴場でもない。

少し遠いが、アリーナの選手控室にあるシャワー室へ向かっているのだ。

 

「るーらるらるー♪ るーらるらるー♪」

 

鼻歌混じりにアリーナへ向かう春樹。

途中、自分を狙う他国からの手先と化した生徒が待ち伏せている通路がいくつかあったが・・・ヴォーダン・オージェか、元々あった野生の勘か。無意識にその道を通らなかったのだが・・・・・

 

「るーらるらるー♪・・・阿?」

 

背後から自分を追う気配が何度もしたので、遂に春樹は後ろを振り返る。振り返ってしまう。

 

「うーむ、誰もおらん・・・訳ないわな、会長閣下?」

 

「あら? 良く気付いたわね、清瀬君?」

 

振り返った彼の首元へ扇子を押し当てながら笑みを溢す楯無が、どこからともなく現れ出でたのだった。

 

「いや、あれ程の殺気を出しといて気づかん訳にはいかんじゃろう。それに顔が見れんのんじゃけど・・・声の感じからして多分、笑顔じゃろうな。・・・絶対、目が笑ってない方の笑顔じゃけど」

 

「よく解るわね、清瀬君。もしかして、君は後頭部にも目があるのかしら~?」

 

「阿破破破ッ・・・んな訳、あるかい。あと、痛いわ」

 

声は結構明るめのものだが、首に押し当てられている扇子はギリギリと春樹の皮膚に突き刺さって行く。

 

「んで。俺になんのようなんじゃ、会長? あぁッ、夕飯の弁当ならごちそうさんでした」

 

「・・・気づいていたの?」

 

「まぁ、一応。布仏さんが態々作ったとも考えたんじゃけど、そー言う感じが彼女から感じ取られませんでしたし。弁当を食べていた簪さんの反応から察するに、身内の誰かが作ったと考察しましてね」

 

「・・・清瀬君って、先祖に名探偵でもいるのかしら?」

 

「は? そねーな阿呆な事を言うてないで、扇子を退かしてください。結構、痛いわ」

 

ギロリとサングラスに隠された琥珀色の眼を覗かせると、楯無は渋々扇子を引く。

その扇子で押さえられた首を春樹は手で撫でながら舌打ちすると「そんで、用件は?」と催促した。

 

「まぁ、いいわ。ところで、簪ちゃんの専用機・・・今はどれぐらい出来ているの?」

 

「そうじゃのぉ・・・七か八割ぐらいでしょうかね。後の二、三割の問題はブースターパックの出力安定と装甲板のコスト維持ぐらいじゃ。・・・つーか、こういうのって俺に聞くよりも直接、簪さんへ聞きゃあええじゃないですか」

 

「・・・こっちにも色々と事情が―――「あッ。そーいやー、喧嘩してんでしたっけ? なら、しゃーないですな」―――・・・清瀬君、一々そういう風に言わなくてもいいんじゃないかしら?」

 

「ムカつきました? 俺も会長が裸エプロン・・・いや、水着エプロンで出迎えてくれた時はムカッ腹が立ちました。あれで会長閣下への信頼度はスツーカの爆撃並みに急降下しましたからね」

 

「む、むぅッ・・・」

 

『清瀬 春樹』がどういう人間かという事を楯無は事前に轡木から聞いていた。

しかし、やはり本人の生の反応を見る為にあのような暴挙を行ったのだが・・・それが面白いくらいにこうして裏目に出てしまったが故、楯無は何も言えなくなってしまった。

 

「それに比べて簪さんは・・・こっちの話は素直に聞いてくれるし、優しいし。自分を卑下する所は気に喰わんが、それだけ謙虚じゃっていう裏返しになるし。アンタとは大違いじゃのぉ」

 

「なによ、それ・・・たった数日一緒にいただけで簪ちゃんを、あの子を解ったような言い方をしないでくれるかしらッ?」

 

先程よりも濃密な殺気が春樹に当てられる。

「やっぱり、カタギじゃなかったのぉ」と彼は確信しながら、”笑み”を溢した。

 

「おー、きょーてぇーきょーてぇー。確かに俺はまだ、閣下よりも彼女の事は知らん。じゃけどなぁ・・・これからもっと、彼女の事を知る機会が多いのは俺の方なんで、会長閣下殿?」

 

「このッ―――――!!」

 

ニヤリと酷く嫌な癇に障る下卑た笑みに、つい楯無は攻撃の体勢をとってしまう。

しかし、それよりも早くに春樹は防御と逃走の体勢を整えた。

 

「阿ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ! それが嫌なら、とっとと仲直りしんさいな。・・・簪さんの方も、それを願ってる筈ですよ」

 

「えッ・・・簪ちゃんが・・・?!」

 

春樹の発言に一瞬呆ける楯無。

この三日間、彼が簪の傍にいて気づいた事は、自分を卑下する際に「お姉ちゃんなら~~~」といった事を言っていたのである。

多分、無意識で言っている節が彼女から感じられたので、心の根底には姉を思う気持ちがあるのではないかと春樹は察知した。

 

「(よーするに、どっちもシスコンを拗らせているって訳か。あ~あ、ホント・・・大人になるにつれて、素直な気持ちってのは小さくなるんじゃのぉ・・・)」

 

「ヤレヤレ」と溜息を吐きそうになる春樹であったが、また良からぬ印象を与えるのではないかと思い、それを飲み込んだ。

 

「じゃあ精々、俺に上の兄弟ポジションを取られないようにさっさと仲直りしてください。・・・会長が仲直りした頃に簪さんが俺の事を「お兄ちゃん」って呼んでたら、どうしましょう? 悪かーねぇのー」

 

「なんちて。阿破破ノ破ッ!!」と春樹は再び癪に障る笑い声を響かせ、そのまますたこらさっさと逃走。

対する楯無は「ぐぬぬッ」と唸りながら、どうやって簪と仲直りしようかと知恵を絞ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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42話

 

 

 

紫陽花の色が映えた季節から、蝉の声が徐々に降りしきり、夏を感じられるような風が肌を撫でる様になった頃。

 

「ふぁ、あ~ぁ・・・ッ。眠ぃのぉ・・・」

 

春樹はリニアモーターの列車に揺られながら、眠気眼をこすっていた。

 

「・・・昨日も、遅くまで作業やってたの?」

 

そんな今にも眠りそうな彼の隣には、オレンジブロンドを後ろでヘアゴムで纏めたシャルロットが顔を覗かせる。

 

今から数日前の事。

相変わらず格納庫へ不法滞在している春樹のもとへシャルロットが訪問して来た。

そして、そこで彼女は彼と今度の休日に出かける約束を取り付けたのである。

・・・その時、春樹は酒を飲んでいたとかいないとか。

 

「阿? あぁ、中々と簪さんが寝かしてくれんかったけんな。・・・ホントにあの子は、よー頑張る子じゃ。飯を持ってきてくれるラウラちゃんも有難いしな」

 

「ふ、ふーん。そうなんだ・・・」

 

「むぅ」と春樹の何気ない言葉にシャルロットは不機嫌そうに頬を膨らませる。

親し気にファーストネームや下の名前で簪とラウラを呼んでいるのに、自分はまだ名字でしか呼ばれた事がないからだ。

 

「そーいやぁ、デュノア。ラウラちゃん達とは、今日行く所で待ち合わせなんか?」

 

「え!? え・・・えーと、そ・・・そうだね! ラウラ達は織斑先生にちょっと用があるって言ってたみたいだし」

 

自分から聞いておいて、「・・・ふーん」と春樹は興味なさそうに声を漏らす。

それに対してシャルロットは、「あ、危なかった・・・ッ」と心の中で安堵した。

・・・どうして、彼女は安堵したのか。

何を隠そう、このお出かけにラウラ達など”誘っていない”からである。

 

何故にシャルロットが、このような抜け駆けとも言える行動を起こしたのか。

それは彼女は自らの本当の正体を生徒達の現した日から、話題を聞きつけたミーハーな生徒達に連日取り囲まれ、中々に春樹と接触する機会がなかったからに他ならない。

 

自分がそうした面白半分で群がる連中に対処している間。

新たなにルームメイトとなったラウラは彼にお弁当を作り、簪とは昼夜問わず共に機体を製作している事にシャルロットは慌てた。

学年別トーナメントでペアを組んでいたラウラは兎も角、面識のない四組の生徒である簪が春樹と親睦を深めている事に焦りを感じたのだ。

 

そんな思惑が錯綜する中、リニアは目的地であるショッピングモール『レゾナンス』の前にある駅で停車した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「うわーお・・・凄い人じゃのォ」

 

レゾナンスへの入り口付近で、春樹はそんな感嘆詞を並べる。

休日という事もあってか。店外には人が溢れかえっていたからだ。

 

「人”酔い”しそうなぐらいにウジャウジャおるなぁ・・・」

 

「あれ? 春樹って、人が沢山いる所って苦手だったりする?」

 

「いんや、別にそんじゃねぇけど・・・こねーな場所は久々じゃ」

 

そんな感慨に浸りながら、二人は店内へと入って行く。

店内には店外以上の人が居り、活気に溢れた声が騒がしく感じられた。

 

「それで、気分転換に買い物じゃあち言うとったけど・・・なに買うんなん?」

 

「えッ? 春樹って、臨海学校に水着持っていかないの?」

 

シャルロットの言うように、学園の学校行事ごとである臨海学校が近々行われる。

だが、そんな生徒達が浮足立つようなイベントにも関わらず、春樹は「あぁ、そんなんあったのぉ」と他人事のように呟いた。

 

「まぁ、別に俺はそこまで海に入って泳ぎたい言う訳じゃないしな。ラウラちゃん達が来たら、二人して水着を見てくりゃあええがん。俺はそこら辺の本屋で買いもんでも―――「そ、それは駄目だよ!」―――・・・デュノア?」

 

「折角の学校行事なんだから、楽しまないと! だから、春樹も一緒に水着を買おうよッ!」

 

はやし立てるかのようなシャルロットの言葉に「お、おう」とついぞ頷いてしまう春樹。

そんな彼の気が変わらぬ内にとばかり、シャルロットは彼の手を引いて水着売り場へと向う。そして、水着売り場へ到着すると眉をひそめる彼の腕を強引に引っ張り、そのまま女性用の水着コーナーへと引きずり込んでしまったのだった。

 

「・・・なんで、こーなるのッ?」

 

自分がとても場違いな場所にいる事は明白に理解できている事に加え、周りにいる店員や他の女性客達から異様な目で見られている為、冷汗をかきながら試着室の前で苛々と足を踏み鳴らす春樹。

何も悪い事をしていないのに、悪い事でもやっているかのような感じがして気が落ち着かないのだろう。

 

・・・因みに。

春樹の現在の姿恰好は、かなりラフだ。

そんな恰好で厳つい黒のサングラスなんてかけているものだから、不良漫画とかに出て来そうな雑魚チンピラの様である。

 

「は、春樹!」

 

「阿ッ?」

 

そんな彼の前の試着室がシャルロットの声と共にシャーと音を発てて開く。

 

「ど・・・どうかな?」

 

「お・・・おう・・・ッ」

 

彼の目の前には、オレンジ色のビキニを身に纏ったシャルロットが恥ずかしそうに頬を朱鷺色に染めて佇む。

元々彼女のスタイルは、出てる所はボンッと出て、引っ込んでる所はキュッと引き締まっているモデル体型。

周りにいた店員は「おーッ!」感嘆詞を上げ、女性客は「良いな~」と羨んだ。

 

「良いですね~! とってもお似合いですよ、お客様ッ! どうですか”彼氏”さん?」

 

「そ、そんな彼氏とかって・・・」

 

褒める店員の言葉にシャルロットは「彼とは、”まだ”そういう関係ではない」と言おうとしたのだが、言い淀んでしまった。

それは何故か?

 

「え、えぇ。そ・・・そうですね・・・かわええって・・・その・・・ッ」

 

シャルロットの水着姿に春樹は口元を抑えながら、耳を真っ赤に動揺していたからである。

この反応をあまり予想していなかったシャルロットも「え、えへへッ」と照れた。

その隣で、「それではお客様方、ごゆっくりどうぞ。・・・ッチ」と先程まで彼女を褒めていた女性店員が舌打ちをした事に二人は気づかない。

 

「もう、それでええんじゃないんか? 早う、服着てくれや」

 

「あ、あれ~? 春樹、もしかして照れてる? 照れてる~?」

 

「う、うぜぇ・・・ッ!」とハッキリ言ってやりたいが、やはりなにぶんと春樹も年頃の男の子であったようだ。

その反応が面白いのか、悪乗りしたシャルロットが更に呷って来る。

 

「デュノア・・・オメェ、ええ加減に―――「春樹!」―――のわぁッ!!?」

 

そんな彼女に怒声を上げようとした、その時。突如、シャルロットが試着室の中へと春樹を引きずり込んだのである。

この訳の解らない状況に普段なら文句でも叫ぶ春樹であるが、なにぶんとシャルロットの豊満な胸がドアップで迫った事へとりあえず悶絶した。

 

「あ・・・あれは・・・ッ」

 

一方、自分の胸へ春樹を抱え込んだシャルロットは試着室のカーテンの隙間から外の様子を伺う。

 

「織斑先生、こっちの黒い方がいいんじゃないですか?」

 

「そうか?」

 

「(織斑先生に山田先生ッ! 二人がどうして此処にッ?!!)」

 

なんと外には、学園にいる筈の千冬達が水着を選んでいたのである。

今日は一日中、行事の用意で学園にいるだろうと予想していたシャルロットにこれは想定外であった。

だが、想定外はこれに留まらない。

 

「あれッ、千冬姉じゃないか」

 

「あら? 皆さん、奇遇ですわね」

 

「ん?」

「ッ!?」

 

店内の奥から、箒と鈴に両脇に挟まれた一夏とセシリアに連れられたラウラまで登場したのである。

 

「ほう、我が弟ながら両手に華とは良い身分だな。だが、今日は一人いないな? デュノアはどうした?」

 

「あぁ、シャルか? なんか、用事があるって言ってたんだよ」

 

実は、一夏は箒と鈴に臨海学校買い出しに誘われた時にシャルロットも誘っていた。

しかし、春樹の事で頭がいっぱいだった彼女は其れを断ったのである。

ライバルが一人減って、ホッとした箒と鈴。けれども、一夏は何故だか残念な気持ちになっていた。

 

「そう言えば、春樹さんも朝いなかったですわね」

 

「もしかして・・・二人して出かけたりしててね」

 

「な、なに?!!」

「えッ・・・」

 

何気ない鈴の予想に『ガビーン!』と背景を曇らせるラウラ。

あと、何故だか一夏にもなんとも言えない不快さが心にポツリと浮かぶ。

 

「じょ・・・冗談よ、冗談。だから、そんなにガックリしないでよ」

 

「べ、別に私は・・・・・しかし、春樹が他の女といると想像したら・・・そうだな、何故か胸がチクチクする」

 

『『『ッ!』』』

「ん? ラウラ、どこか具合が悪いのか?」

 

ラウラの言葉に女性陣は何かを察する。

解っていないのは、一夏とシャルロットに耳を塞がれている春樹ぐらいだ。

 

「清瀬と言えば・・・ラウラ、最近お前は四組の更識の専用機製作に清瀬と共に携わっていると聞いたのだが」

 

「はい、肯定であります織斑教官。とは言え、携わると言っても簪や春樹に食事を作って届けるぐらいしかやっておりませんが」

 

「食事を持って行ってるって・・・まさか、あの噂ってラウラの事なの?!」

 

鈴の言った『噂』とは、ここ最近ある生徒が食堂の厨房を借りてお弁当を作っているというものである。

なんでもその生徒は、ある人物に美味い食事を持っていきたいと食堂の職員達にレシピを教えてもらっているそうだ。

 

「あぁ、そうらしいな。因みに春樹は私の作った里芋の煮っころがしを面白いと言って食べてくれたぞ!」

 

「そ、そうなのか・・・」

「そう・・・」

 

思った以上に気になっている異性との距離を詰めているラウラへ疎外感を感じる箒と鈴。

試着室に隠れているシャルロットは更に焦燥感を募らせた。

 

「・・・おい、デュノア・・・もう、勘弁してくりんせぇ」

 

「え?」

 

漸く悶絶状態から意識が舞い戻った春樹が自分の耳を抑えるシャルロットの腕をタップした。

 

「目ぇ閉じとくけん、早う離せぇや」

 

「ちょッ、春樹! 今はマズ―――」

 

シャルロットの肩を突き放し、試着室の外へと出る春樹。

その出た先がマズかった。非常に不味かった。

 

「あッ、すいません」

 

「ん?」

 

試着室から後ろ向きに出た春樹の背中が試着室の前にいた黒いスーツの女性の背中へトンッとぶつかる。

さて・・・その人は一体誰でしょうか?

 

「・・・清瀬ッ?」

 

「ありゃあ、織斑先生?!」

 

目が合う二人。

流れのままに彼女の脇にいた全員とも目が合う。

 

「は、春樹さんッ? どうして女性用水着売り場の試着室から出てきますの・・・!?」

 

「ま、まさか清瀬、貴様・・・そう言う趣味が・・・!!」

 

「だ、大丈夫ですよ清瀬くん。世の中、そういう人もいると・・・先生、解っていますからッ!」

 

「マズい」と、このまま女性陣から変態の称号を受けるのは嫌だと焦った春樹は、自分が出て来た試着室へ親指を指す。

 

「違うっちゃに。急にデュノアが俺をこん中へ引いて来たんじゃ」

 

「デュノアって・・・まさかッ!?」

 

「・・・ど・・・どうもー・・・」

 

とうとう観念したのか、試着室から顔だけ出すシャルロット。

何故に顔だけ出すのか最初は解らなかったが、ラウラと山田教諭以外の勘のいい連中はチラリと見えた生足に彼女が水着であることを悟った。

 

「まさか、こんな所で教え子が乳繰り合っているとはな」

 

「シャ、シャル・・・お前、どうしてここに?」

 

「はぁ? なにをよーるんじゃ? おいデュノア。篠ノ之さん達は兎も角、先生や織斑の野郎まで来るとは聞いとらんぞ、俺ぁ」

 

『『『・・・ん?』』』

 

話が噛み合わない。

まさか、こんな事態になるとは思ってもみなかったシャルロットは「えーと、えーとッ・・・!」と知恵を絞るが良い案が思い浮かばない。

所詮は浅知恵であったかと、少しばかりの後悔をした。

 

「・・・待たせたな、シャルロット!」

 

「えッ・・・」

 

そんな彼女に助け船を出したのは、意外にもラウラだった。

ラウラは何処かの伝説の傭兵の決め台詞を高らかに言うと、今度は春樹の方を向いた。

 

「すまない春樹。待たせてしまったようだな」

 

「いや、別に待っとりゃあせんでよ。俺らの方こそ、先ぃ先ぃ行ってて悪かった。・・・じゃけど、なんでコイツと先生らぁが居るんじゃ?」

 

「それはだな・・・織斑教官たちとは偶然出会ったばかりなのだ。・・・そうだろう、セシリア?」

 

「えッ!? ッ・・・えぇ、そうですわね」

 

ラウラの言葉に何かを察したセシリアも同意した。

これに春樹も疑問符を浮かべながらでは有るが、「ほぉーん・・・そうなんか」と納得。

 

「いや、俺はそんなの聞いてな―――「一夏、アンタは黙ってなさい」―――っぐフッ!?」

 

・・・空気を読もうとしなかった一夏は鈴の肘鉄で強制沈黙。

これには「まったく、ヤレヤレ」と事情を察した千冬がため息を漏らした。

 

―――――と。

こんな風になんやかんやありながら、いつもの連中と合流を果たした春樹は買い物をするのだった。

 

「・・・シャルロット、抜け駆けは感心しないな?」

 

「ご・・・ごめんなさい、ラウラ。」

 

「うむ。ならば、私の水着を選んでくれ。どうにもこういうのは、私には解らない」

 

「うん、お安い御用だよ」と仲直りしたシャルロットに対し、ラウラは「・・・今度は私がやってみるかな?」と思ったとか、思わなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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43話

 

 

 

学園に在籍する一年生生徒達が、今か今かと楽しみにしている臨海学校。

そのイベントがもう指折り数える頃まで差し迫ったある日の事。

 

「阿”ァッ~~~・・・解らねぇー・・・!!」

 

放課後の図書室の一角で、数多の参考書に囲まれながら、ゾンビのような唸り声を上げる春樹がテーブルへ突っ伏していた。

 

何故に彼がこのような状況に置かれているのか。

それはやはり、今まさに組み上げている簪の専用機『打鉄弐式』関連に他ならない。

 

春樹が実質的な助力ではなく、ガンダールヴによるアドバイスとサポートに廻ってから、打鉄弐式の完成は着々と進行していた。

しかし、それが残りのあともう少しの所で躓いてしまったのである。その躓いた部分というのが、打鉄弐式の推進ブースターの出力問題であった。

こればかりは、ガンダールヴで出力調整をしようにも簪が望むような形にならなかったのだ。

 

「阿~・・・なんじゃーな反重力とか、流動なんちゃらって・・・小難しい事ばっかりで意味わからん。しかも活字ばっかりの説明ばっかりじゃけん、目が回るでよ。・・・だいたい俺ぁ文系じゃし、理系工学とかは喧々諤々で顎が外れるっちゃに」

 

その問題を解決する為、春樹は四方八方へ知識を求めた。

元日本代表候補生であった一組の山田教諭に意見と解決案を求め、IS整備科に属する職員へ話を聞きに行ったりした。

だが、これと言って決定打になるモノがこれと言ってないのが実情である。

 

「ラウラちゃんや布仏さんらぁにも手伝ってもらったけんど・・・中々なぁ。こういう時は無力じゃなぁ・・・俺も”お前”も」

 

溜息を漏らしながら、春樹は左手の甲へ刻まれたルーン文字に愚痴を垂れる。

そんな意気消沈している彼の背後へ、獲物に狙いを定めた猫のように足音を隠した人物がゆっくりと近づいて来た。

 

「・・・なんじゃーな、会長? また、首に扇子はご免じゃで」

 

「あら、それは残念ね」

 

そう言って楯無はニコリと笑みを溢す。

・・・目と雰囲気は全く穏やかではないが。

 

「珍しいわね。君が図書室でIS関連の参考書を読み漁るなんて。いつもは推理小説や文庫本なのに」

 

「あー、ちょいと壁にぶつかっちまいましてね。それの解決策を目下探索中でして。・・・つーか、なして俺の本の趣味を知っとるんで?」

 

「清瀬君、私は生徒会長なのよ。察しの良い君なら・・・解るでしょう?」

 

「あぁ、はいはい。職権乱用ですね」と呆れたように溜息を溢す春樹の前席へ楯無は腰を据える。

そして、広げた扇子で口を隠しながら、彼へ「・・・で、どこが解らないの?」と聞いて来た。

 

「そうじゃね~・・・って、言うかとお思いで?」

 

「なら、生徒会長命令よ。簪ちゃんの機体にどんな不備があるのか教えなさいッ」

 

「それこそ教えるとでも? だいたい・・・俺を中間に立てて簪さんとコミュニケーションをとろうとすんじゃねぇ。自分で聞け、自分でぇ。つーか、こういう会話は何度目なんじゃ? 俺ぁ、間男じゃーねぇんじゃぞ」

 

「む、むぅッ・・・」

 

「それが出来たら、こんなに苦労はしないわよ」と言いたげな楯無のむくれた表情に、春樹は再び溜息を漏らす。

 

ここ最近・・・正確には簪の専用機組み立てに関わるようになってから、一人になった春樹へ楯無は頻繁に接触していた。

その度に彼は『専用機の状況はどう?』だの、『あの娘、無理してない?』だの、『簪ちゃんに手を出したら・・・解ってるでしょうね?』だのと色々な小言を彼女から聞くハメとなる。

「・・・面倒臭い」と、春樹は『鯉登少尉』に絡まれる『月島軍曹』の気持ちをほんのちょっぴり理解出来たような気がした。

 

「・・・と言うか、なして二人は喧嘩しとるんですか?」

 

「・・・それは君に関係のある事かしら?」

 

この何気ない素直な疑問に楯無は冷淡な声色とゴゥッと放たれた殺気で返した。

これに対して春樹は「ハァ・・・ッチ」と、舌打ちを混ぜ合わせた溜息を不機嫌そうに吐露する。

重苦しい二人の雰囲気に当てられ、図書室にいた無関係な生徒達の呼吸が徐々に重くなっていくのだった。

 

≪その血の運命ェエ~!!≫

 

「ッ!?」

「あッ、ヤベ」

 

そんな重苦しい空気の中、春樹の胸ポケットに入っていた携帯電話が大音量で鳴り響いた。

「しーッ!」と眉間に皺を寄せて注意する図書委員へ平謝りしながら、春樹は電話をとる。

すると・・・

 

≪大変なんだよ、きよせんッ!!≫

「五月蠅ッ!?」

 

鼓膜をつんざくように携帯から聞こえて来たのは、悲鳴にも似た本音の叫びであった。

 

「うるさいわね、清瀬君。一体どうしたのよ?」

 

「いや、知るかよ。どーしたんなん布仏さん、そねーに慌てて? なにが大変なんじゃ?」

 

≪かんちゃんが・・・かんちゃんが!!≫

 

「・・・阿? 簪さんがどねーしたんなら?」

 

「ッ! 本音、簪ちゃんに何かあったの?!!」

 

電話から漏れた本音の声に反応した楯無は携帯を奪い取ろうとするが、そうはさせまいと春樹は携帯電話の通話をスピーカーモードにした。

 

「とりあえず、落ち着け布仏さん。それで簪さんがどーしたって言うんなん?」

 

≪ふぅーッ、ふぅーッ・・・えっとね、かんちゃんがブースターのテストをやるってッ!≫

 

「ッ!!」

「えッ、ちょっと清瀬君!!?」

 

深呼吸し、それでもテンションが高めな本音の言葉を聞いた春樹は、突如として図書室を走って出て行く。

彼の行動に楯無は訳が解らなかったが、とりあえず後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「ぬぉおおおおおッ!!」

 

俺は今、懸命に全力疾走で簪さんがいるであろう第二アリーナへと向かっている。

突然走ったもんじゃけん、わき腹がでぇーれぇー痛いが・・・そねーな事を今は言っとられん。

 

「ちょっと清瀬君、一体どうしたって言うの?」

 

俺の行動に何かを察したんか、シスコン会長が追って来る。

いつもならこーいうんは、ご免じゃが・・・今は”都合がええ”。

 

「簪さんは、自分の設定した出力のブースターでテスト飛行する気なんじゃ!」

 

「それの何が大変だって―――「大変なんじゃって、シスコン会長ッ!!」―――シ、シスコンって!?」

 

おおっと、つい本音がポロリしちまったでよ。

じゃけど大変なんじゃ、それが。

 

ブースターの設定出力は各々にあった出力でないと幾らISスーツを着とっても、何らかの形で身体へ異変をきたす。

加えて、そのブースターにあった出力でないとコストオーバーで故障の原因にもなる。

じゃけん―――――

 

「簪さんの設定した出力でブースターを飛ばしたら、飛行中に機能停止する可能性があるんじゃ!」

 

「そ、それって!」

 

「あぁッ。いくらISで身体を守っとる言うたって、高い所から落ちたら色々とおえんじゃろうがな!!」

 

「・・・簪ちゃん・・・ッ!」

 

「えッ、ちょっと会長ッ? なにやりょうるんなん?!!」

 

事の重大さに気づいた会長はISを身に纏いやがった。

そんでそのまんま、最大出力でブースターを吹かして俺を追い抜こうとする。

つーかアンタ、専用機持ちだったのね。

 

「そうは烏賊の金時計ッ!」

 

「きゃぁッ!? ちょ、ちょっと清瀬君ッ!!?」

 

俺は、そんな会長の右足にダイビングしてとっ掴まる。

なんか会長が喚きょうるが、そんなの知らん。

 

「行けや、会長ッ! 最大速じゃッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・ッ・・・」

 

第二アリーナ、A出撃ゲート射出口。

地面から結構な高さにあるこの場所に未だ完成されていない打鉄弐式を纏った簪がいた。

 

≪かんちゃ~んッ! 危ないよ~!!≫

 

「・・・・・」

 

アリーナ外部の放送室から本音がマイクで声をかけるが、簪は聞こえないふりをする。

加えて、本音が救援に呼ぶであろうラウラの対策の為でゲートの入場口にバリケードを設置する念の入れようだ。

 

「・・・大丈夫・・・きっと、きっと上手くいく」

 

まるで自分に言い聞かせるように何度もそう呟く簪。

何故に彼女がこのような暴挙に打って出たのか。それは数日前に遡る。

 

その日、簪は授業を受け終わるといつものように作業場と化していた格納庫に向かっていた。

その道中の事だ。

 

「ねぇ、聞いたあの話?」

「なになに~?」

「なんでも、あの問題児が格納庫に入り浸っているって噂よ」

 

「・・・?」

 

格納庫に向かっている途中、通路にたむろしていた生徒達が春樹の事を噂していたのである。

いつもならそんな噂などを気にしない簪であったが、なにぶんと作業場になっている格納庫の話が出て来たので、興味を引かれた。

しかし、彼女はよく知らなかった。なにぶんとVTS事件の全容を知る生徒はごく一部であり、大半の生徒は春樹の悪い噂ばかりを面白おかしく掻きたてている事を。

 

「やっぱりISを使える”だけ”の男だから、部屋も与えられなくなったんじゃないの?」

「そうだよ、きっと。織斑くんに突っ掛かるだけの能無しなんだから、さっさと解剖されちゃったらいいのに」

 

「・・・・・ッ!」

 

春樹を悪く言う彼女等に簪は何やら胸の奥がムカムカとした。

彼が格納庫に泊まるようになった理由は知らないが、春樹のアドバイスやサポートの御蔭で打鉄弐式の製作が軌道に乗り、自分の体調が以前よりも良くなった事を簪は理解していた。

 

「そう言えば・・・格納庫って、四組の代表候補生が使ってたんじゃない?」

「そうそう、確かそうだった」

「最近、サングラスかけて余計に怖くなったあんな能無しの問題児と一緒だなんて・・・可哀想ー!」

 

「キャハハハッ!」と楽しそうな彼女たちのお喋りで、更に簪の胸の奥のムカムカが込み上げて来る。

 

そこで簪は考えた。

彼と行動を共にする内に、春樹が噂とは似ても似つかない優しい人物であるという事をどうやって他の生徒に証明するのか。

 

「そうだ・・・打鉄弐式を一刻も早く・・・そうすれば!」

 

大方の作業全般を簪が一人で制作した専用機。

それに問題児のレッテルを貼られている春樹が生活サポートという形で関わっているのなら、他の生徒達は彼を見直すのではないかと言う考えに行きついた。行きついてしまった。

 

・・・別段、彼はそんな噂などお構いなし。

しかも、良くも悪くもこのIS学園は外界と隔離されている為、彼が各国から喉から手が出る程のとんでもない人間に成ってしまった事を大半の生徒は知らなかった

 

そんな事など露とも知らない簪は、間違った認識のままに打鉄弐式の完成を急いだ。

そして、あとはブースターの設定を完了させれば完成と言う状況まで行きついたのであった。

 

≪かんちゃ~ん!!≫

 

「・・・本音、大丈夫だから・・・よし・・・!」

 

覚悟を決めた簪は推進力をONにする。

そして、火の入ったブースターをと共に大空へと駆けだす。

 

「おッ・・・おぉー・・・!」

 

簪は代表候補生になる前から、量産機である打鉄にはよく搭乗していた。しかし、この自分で組み上げた打鉄弐式は今まで乗って来たISとは違っていた。

まるで自分の肌にピッタリと張り付くかのような心地良さが感じられたのである。

 

「これッ・・・これなら・・・!」

 

「ふふ・・・ふふふ・・・ッ」と簪の気分はドンドン舞い上がって行く。

貸出用の訓練機のように予約をとり、順番待ちをする訳ではない自分だけの専用機。そのISで大空を自由に鳥のように飛んでいる事のなんと嬉しい事か。

 

・・・だが、そんな舞い上がった気分はすぐに蹴落とされる事となる。

 

ビィーッ! ビィーッ!!

「え・・・!?」

 

突如として警告を発する危険アラートが騒がしく鳴り響く。

原因は、やはり主要ブースターのオーバーヒート。簪が設定した出力に本体の熱排出量が間に合わなかったのである。

 

「ッ!?」

 

急いで主要ブースターの出力を下げ、副ブースターの切り替えを行う。

しかし、メインコンピューターが主要ブースターの熱処理演算の対応に追われ、上手く起動しなかった。

その内、ブスブスと嫌な音がブースターから聞こえ―――

 

ボォオッン!

「きゃッ!?」

 

≪かんちゃん!!≫

 

―――オーバーヒートしたブースターは酷く嫌な爆発音を響かせる。

その上昇する推進力を失った機体がどうなるか。それが解らない彼女ではない。

 

「きゃぁあああ―――ッ!!」

 

飛行能力を失い、重力に導かれるように打鉄弐式は真っ逆さまへ落下する。

打鉄弐式には『不動岩山』という広範囲防壁を展開できるシールドパッケージが装備されているのだが、墜落によるパニックで簪の身体は硬直してしまう。

 

≪かんちゃ―――んッ!!≫

 

本音の悲鳴が放送室に轟いた・・・その時!

 

ドグォオオオーッン!!

 

「ッ・・・え・・・?」

 

出撃ゲートに設置していたバリケードを難なく木端微塵にして、突撃してきた機体が現れた。

その期待に登場している人物は簪が良く知る人物であったから、余計に彼女は驚いた。

 

「簪ちゃん!!」

 

「お姉、ちゃんッ・・・?!」

 

楯無は下から上へと救い上げる様に落下する打鉄弐式をキャッチ。

 

「おおおおおッ!!?」

 

「き、清瀬君ッ!?」

 

その瞬間、何故か楯無が搭乗するISの右脚部分へへばり付いていた春樹が打鉄弐式へ飛び付く。

そして、雄叫びを上げながら左腕を焦げ付いたブースターパックへ押し当てた。

 

「うぎぎぎぁッ阿”ッ!!?」

 

肉の焼ける音が微かに聞こえた後、何故か緊急停止していたメインコンピューターが復活し、副ブースターが点火。

落下を食い止めたのだった。

 

「熱ッ、熱ッ!! 水、水!!」

 

副ブースターを点火させる為とは言え、やはり熱を帯びたものに手を当てた事に春樹は大きな後悔をしながら―――

 

「―――あッ・・・!」

 

「「あッ!?」」

 

―――ヒュー、ドンッ・・・と、バランスを崩して地面に落下してしまった。

幸いにも、それほど高い場所からの落下ではなかったので、背中を強打し痛みに悶える位で済んだのだった。

 

「ぬぉおおおおお・・・痛ぃいい・・・ッ!!」

 

「清瀬君!」

「あッ・・・」

 

背中の痛みに悶える春樹へ楯無の腕を振りほどいて駆け寄る簪。

勿論、打鉄弐式を待機状態である指輪にし、彼を介抱するのだった。

 

「ごめん、ごめんなさい・・・清瀬君・・・私ッ・・・!!」

 

「痛々・・・構んちゃに、それより・・・無事で良かった。怪我ねぇか?」

 

「ッ・・・う、うん!」

 

「・・・・・」

 

春樹と簪のやり取りに自分の出る幕が無いと悟った楯無は、少し寂しそうな表情をすると、この場を後にしようと後ろへ一歩下がろうとする。

・・・だが、それを許さない人物がいた。

 

「オラァァンッ! 何を逃げようとしとるんじゃ、このシスコン女郎ッ!!」

 

「え、えぇッ!?」

 

簪が無事な事を確認した春樹は、何事もなかったかのように立ち上がると浮かない顔をする楯無に突っ掛かっていったのだ。

 

「オメェちゃんと操縦せぇやッ、このスカタン! おかげで地面に叩きつけられたがろうがな!! それでも生徒会長か?!」

 

「なッ・・・だ、だってしょうがないじゃない! 君が右足に引っ付いてたからッ・・・ショ、ショーツが見られると思って・・・ッ」

 

「阿呆かッ、このおわんご! こねーな緊急時に誰もオメェの色気のねぇパンツなんか見るか、このエセ『峰 不二子』が!!」

 

「え、エセって・・・あなたねぇ!!」

 

「ウガーッ!」と怒鳴り立てる春樹に負けじと、「キーッ!」と反論する。

そのやり取りが余りにも突拍子であり、まるでギャグマンガのようなやり取りだった為、ついつい簪は「・・・ぷッ」と吹いてしまった。

 

「阿”ァ”ッ! なに笑っとるんじゃ、簪さん?!!」

 

「ご、ごめんなさいッ・・・」

 

「ちょっと清瀬君ッ! 別に簪ちゃんに怒鳴らなくたっていいじゃない!!」

 

「喧しいんじゃッ、このシスコン会長ッ!! 何があったか知らんが・・・素直になりゃあええのに、心配だからって一々俺に簪さんの近況報告を聞いてくるなや!!」

 

「あッ、ちょっと清瀬君! それは言わない約束じゃ―――「・・・そうなの?」―――か、簪ちゃん・・・」

 

勢い余った春樹の発言にあわあわと慌てる楯無と疑問符を投げかける簪。

 

「あぁッ、そうじゃ! この女、簪さんが心配じゃけんって、一々俺に様子を聞いて来るんじゃッ! 鬱陶しいったら、ありゃせんでよホントに!!」

 

「ちょ・・・ちょっと・・・」

「そ・・・そうなん―――「だいたい、簪さんも簪さんじゃ!!」―――わ、私・・・ッ?」

 

もう勢いに乗った彼は止められない。

今度は簪へ”口撃”の対象が移った。

 

「君も君で「お姉ちゃんなら、こうした」だの、「お姉ちゃんなら、どうする」だのって・・・君、お姉さんの事ホントは大好きじゃろうがな!!」

 

「なッ・・・なな・・・ッ!」

「か・・・簪ちゃん・・・ッ」

 

今度は自分の事を暴露され、慌てふためく簪。そんな彼女を楯無は何処か嬉しそうな表情で見据える。

一方の春樹は、制服の上着からスコッチウィスキーの入った愛用のスキットルを取り出すと、コクリッと一口飲んだ後に其れを消毒の為に火傷した左掌にかけた。

 

「阿”阿”ァあああッ!! めっちゃんこ奔るッ! 糞痛ぇええーッ!!」

 

「「き、清瀬―――「狼狽えるな、おわんご共!!」―――は、はい!!」」

 

「とりあえず、二人は反省と仲直りをする事ッ!! あと、打鉄弐式ちゃんとアリーナの修繕費は生徒会持ちの事!!」

 

「き、清瀬君・・・そ、それは流石に―――「阿”ァッ?」―――は、はい・・・解りました」

 

「あとなぁ―――――ッ!!」

 

其処から始まったのは、春樹の独壇場の説教。

口と傷口からスコッチウィスキーを飲んでいる為、若干の絡み酒のような感覚で、彼は二人を叱り飛ばす。

 

「うわ~・・・きよせんって、怒ったら怖いんだ~。・・・って、どうしたのお姉ちゃん?」

 

本音から騒ぎを聞きつけ、駆けつけた彼女の姉である『布仏 虚』は楯無と簪を叱る春樹を見て、「うーむ・・・生徒会に欲しいわね」と呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
・・・思ったより長くなった。


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四升:臨海学校・酒は人を飲む
44話


 

 

 

「海! 見えてきたよー!!」

 

高速のトンネルを抜け、皆がバスの窓から見える外の景色にキャッキャウフフと騒ぎょーる。

 

今日は待ちに待った臨海学校の初日。

天候にも恵まれて、まさに絶好の海日和というもんじゃ。

・・・ほいじゃけど・・・

 

「・・・なして、熱海なんじゃ?」

 

臨海学校を行う場所が、何故に日本の熱海なんじゃ?

色んな企業やら国家が学園を支援しとるんじゃけん、豪勢にハワイとかモルディブやらの海外とかでやらんのんか?

・・・まぁ別にそうなったらなったで、パスポートとか取らにゃあおえんしな。面倒臭い。

 

それに熱海と言やぁ温泉が有名じゃし。

それ関連の食い物とか酒とか酒とか酒が美味かろうのぉ。

あと・・・

 

「ほ~ん、これが太平洋かぁ・・・大けぇのぉ」

 

海と言えば、瀬戸内か日本海ぐらいしか見たことがなかったけんな。

窓の外へ広がる太平洋に、俺はあっけらかんとした感動を覚える。

 

「・・・どうしたの、春樹?」

 

そんな初めて見る太平洋にポケーッとした俺へ声をかけて来た物好きが一人・・・簪さんじゃ。

第二アリーナでの打鉄弐式ちゃんのテスト飛行失敗から、俺は彼女にあのシスコン会長共々説教を喰らわせた。

布仏さんのお姉さんが止めに入るまで延々とやったけん。あの人が止めに入る頃には、二人して抱き合いながら涙目で震えとった。

・・・よー思い出したら、そん姿がちょっと笑えたんは内緒じゃ。

 

ほんで、その一件を機にシスコン会長のISからブースターの情報をまるっと応用したモンを打鉄弐式ちゃんに組み込んでやった。

その事で会長が国家間の問題がどーのじゃへったくれじゃと言いよったが、布仏さんのお姉さんが黙らせてくれた。

なんでも会長は俺にちょっかいを出している間、生徒会の仕事をサボタージュしとったそうじゃ。

そねーな弱みもあってか、会長閣下は渋そうな顔で了承してくれた。

 

此処だけの話。

別に会長のISがロシア産だろうが、知ったこっちゃあないとばかりに俺が散々ガンダールヴで弄ってやったのは内緒じゃ。

 

「もしかして・・・左手が、まだ痛むの?」

 

・・・因みに。

会長と簪さんは、アリーナでの一件から仲直りした”らしい”。

”らしい”ってのは・・・あの後、俺が保健室へ緊急で運ばれたけん、全容は知らん。

あとで布仏さんに聞いた話じゃと、お互いに素直にならなかった事による”すれ違い”じゃそうじゃ。

まったく・・・デュノアの親子いい、こん世界の出来る人間は意外に不器用な人間が多いのぉ。

・・・あぁ、あと下の名まで呼ぶ事を許可した。

 

「いんや。見た目は酷ぇもんじゃったが、この通り一晩二晩で寝たら治ってしもうた。じゃけぇ・・・大丈夫じゃけん、そねーな申し訳なさそうな顔すんな」

 

「で、でも・・・」

 

「おいおい・・・折角、臨海学校前に自分の専用機が完成したんじゃけんな。そねーな顔せんと楽しそうにしんさいや。それとも何か? 簪さんって、もしかして泳げんのんか?」

 

「ううん・・・そんな事ない」

 

「なら、ええがな。俺も海は久々じゃけんな、楽しみじゃわぁ」

 

「うん・・・私も楽しみ」

 

おッ・・・漸く柔らかい顔になったか。

あの会長から、簪さんの写真を撮って来てくれ言われたけんど・・・一枚、千円で売ってやろう。そんで、その儲けで新しい酒を買お。

 

つーかあの人・・・簪さんと仲直りしてからシスコン隠さんようになったけん、ウザさが増した気がするんは俺だけか?

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

IS学園一年生を乗せたバスが臨海学校の拠点となる旅館に着くと、学年主任である千冬の声に従って生徒達は整列する。

 

「此処が今日から三日間お世話になる花月壮だ。全員、従業員の仕事を増やすなんて事は無いようにな」

 

『『『よろしくお願いしますッ!!』』』

 

生徒達の元気良い声に、出迎えた旅館の女将は朗らかな笑みを溢しながら丁寧にお辞儀を返す。

そして、ふとお辞儀した後に女将の目が二人の生徒へと向けられた。

 

「あら、こちらが噂の・・・?」

 

「ええ、今年は二人も男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません。お前達、挨拶しろ」

 

千冬の言葉に従い、一夏と春樹は前に出る。

 

「お、織斑 一夏です。よろしくお願いします」

「清瀬 春樹です。右に同じく、三日間よろしくお願いいたします」

 

「うふふ、ご丁寧にどうも。当旅館、花月壮の女将『清州 景子』です」

 

二人の挨拶に再び丁寧なお辞儀をする女将。

その一つ一つの動作に美しさと奥ゆかしさが見え隠れした気品のある見事な作法へ「プロじゃのぉ」と春樹は感嘆詞を浮かべた。

 

「それでは皆様、お部屋にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさって下さい。場所がわからなければ、いつでも従業員に訊いてくださいまし」

 

『『『はーい』』』

 

再び元気の良い返事をした生徒達を女将は旅館へと導く。

その列に春樹達も付いて行こうとしたのだが・・・

 

「二人ともの部屋は此方だ。ついて来い」

 

呼び止められた二人は千冬に導かれるままに旅館内にある奥の客室へと案内される。

 

「・・・・・阿”ッ?」

 

その案内された部屋の前で、春樹は酷く眉間に皺を寄せた。

何故ならその部屋の入り口には、教員室と書かれていたからである。

 

「あの、織斑先生?・・・なんでッ??」

 

春樹は聞きたい事だらけ過ぎて、普通にシンプルな質問を千冬に投げ掛けてしまう。

それに対して彼女は・・・

 

「個室にしてしまうと就寝時間を無視した女子が押しかける可能性があるからな。私と同室なら、その心配は無いだろう」

 

・・・と、返す。

その言葉に「確かに」と一夏も頷いた。

 

「いやいやいやいやいやッ、「確かに」じゃねぇよ! 俺は!? まさか、俺も二人と同じ部屋?!」

 

「慌てるな、清瀬はこの部屋の隣を使え。ただし―――「よっしゃぁ!!」―――五月蠅いッ」

 

ズビシッと、騒ぐ春樹のデコっぱちへ千冬の手刀が炸裂し、その衝撃に彼は「ぬおぉおお・・・ッ!!」と身悶える。

 

しかし、春樹が咄嗟にガッツポーズをしてしまったのも無理はない。

正直、嫌悪感しかない野郎との相部屋を回避する事が出来たのだから、彼にとっては嬉しい事なのだろう。

 

「ただし、清瀬。一人部屋だからと言って・・・他の生徒を連れ込むなよ?」

 

「ふむ・・・つまり夜這いに行けと―――――って、危なッ!!?」

 

春樹本人からすれば軽い冗句を千冬は再び鋭く重い手刀で返す。・・・渾身の避けられて、「・・・ッチ」と舌打ちが聞こえたのは間違いない。

 

「・・・まぁ、いい。精々、旅館に迷惑をかけるなよ」

 

「フッ・・・どこかの劣化品バナージじゃあるめぇし、大丈夫ですよ」

 

「・・・なぁ、それって俺の―――「阿”?」―――・・・なんでもない」

 

一夏を押し黙らせた春樹は「イエーイッ!」と心の中で絶叫しながら部屋に入ると、部屋の内部に備え付けられている冷蔵庫へ直行する。

何故なら、部屋の冷蔵庫にはジュースや酒が入っているからだ。

 

「こーいう旅館の冷蔵庫には・・・おッ! やっぱり有った、地元の酒じゃ!」

 

「阿破破破破破ッ!!」・・・と盛大に笑いを晒した後、春樹は水着とタオル等を持って更衣室にある別館へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

スカッと爽やかな紺碧のパシフィック・オーシャン!

蒼天の空にギラギラ照り付ける太陽ッ!

そして・・・ッ!!

 

「あ、織斑君だ!」

「嘘! 私の水着変になってない!?」

「織斑くん、私達と遊ぼう!」

 

「えッ、ちょっと待って・・・ッ」

 

ビーチパラソルの下で寝転ぶ俺を余所に、織斑の野郎に群がる水着姿とうなじが眩しい戦乙女候補達!

疎外感、半端ねぇって!!

 

「アオハルだねぇ・・・」

 

「なにを黄昏ていますの、春樹さん?」

 

可憐な水着姿の美少女達に囲まれ、無様に慌てふためく織斑の野郎の姿を肴に自前のスキットルを呷っとったら、セシリアさんが声をかけて来よった。

 

「ぴゅう~♪ ISと同じく鮮やかなブルービキニが似合っとるで、セシリアさん!」

 

「ふふッ、お世辞でも嬉しいですわ。春樹さんは・・・その赤いアロハシャツは兎も角。なんですの、その水着の柄は?」

 

「阿? あぁ、レゾナンスで見っけた『ニャンコ先生』柄の海パンよ」

 

俺の水着は、白地ベースに右太腿部分へ『夏目友人帳』の『ニャンコ先生』が実寸大で描かれている半ズボンタイプの海パンだ。

 

「レゾナンスの中にあったアニメショップで見つけたんじゃ。高かったけど、ええ買い物したわぁ」

 

「意外に可愛らしいものがお好きなんですね、春樹さんは。でも、その黒いサングラスとはミスマッチではなくて?」

 

「ん? あぁ、まぁそうじゃな。でも、これをかけんかったら・・・眼が見えるけんな」

 

サングラスをちょいと外して、琥珀色の眼をセシリアさんへ見せる。

すると、彼女は「そ・・・そうでしたわね」なんて申し訳なさそうな顔をしやがった。

 

「やっぱり・・・この目は怖いかい?」

 

「えッ・・・そ、そういう訳では・・・」

 

「ええっちゃ。最近、怖がられるのは慣れて来たけんな。取り繕わんでも―――「違いますわ!」―――セ、セシリアさんッ?」

 

急に大きな出したら吃驚するでよ。

・・・って、どした? なんで俺を見つめるんじゃ?

そんな綺麗な青い眼で見つめられたら・・・て、照れるでよ。

 

「その、春樹さんの眼が・・・余りにも美しくて・・・あの、その・・・」

 

「・・・・・破ッ!?」

 

・・・おいおい、”美しい”って。

 

「・・・阿破破破ッ! そいつは嬉しい言葉じゃのぉ、セシリアさん。君の目もサファイアみたいで綺麗じゃでよ」

 

「も、もうッ。お上手ですわね、春樹さん」

 

阿破破破破破ッ・・・って、危ない危ない。

ヤバかった。セシリアさんの髪色がエメラルドグリーンじゃったら、勘違いで惚れる所じゃったわ。中の人的な意味で。

 

「って、ありゃあ?」

 

「どうかしましたの?」

 

「スキットルん中が空になったわ、ちょっと中身補充してくらぁ。・・・あぁ。あと、ちゃんとサンオイル塗んせぇよ。じゃないと、折角の絹肌が痛うなるで」

 

「お気遣いどうも。春樹さんもあとでサンオイルを塗って差し上げましょうか?」

 

セシリアさんの気遣いに「お気持ちだけで」と言って、俺ぁスキットルの補充に向かう。

途中、俺よりもツッコミどころのある着ぐるみタイプの水着を着た布仏さんに遭遇。

俺がポケットでモンスターな戦闘音を口ずさむと、すぐにお互いにハイタッチした。

 

「は・・・春樹ッ・・・!」

 

「阿?」

 

そんなハイタッチをかます俺の背後から聞き覚えのある遠慮がちな声が聞こえて来た。

振り返れば案の定、其処には簪さんが佇んどった。

・・・ただ、いつもと違っとったのは―――

 

「おおッ。可愛えのぉ、簪さん!」

 

「そ・・・そうかな?」

 

―――可愛らしいフリルの付いた髪色と同じ水色の水着を纏っとった所じゃ。

 

「おおッ、可愛え可愛え。やっぱり素材がええんじゃろうなぁ、美人は何を着ても似合うのぉ」

 

「び・・・美人って・・・からかわないで・・・ッ」

 

おーおー、苺みたいに真っ赤っかじゃ。

 

「じゃけど、ホントの事じゃ。そけー居る布仏さんがホンワカ美人なら、簪さんは清楚系美人じゃ」

 

「て・・・照れるよ~、きよせん!」

「う、うぅ・・・ッ!!」

 

阿ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!

増々真っ赤になって、ホントに可愛らしいのぉ。

この世界に来て、数少ない良かった事は目の保養になる美人が其処ら辺にようけぇ居る事じゃろう。

・・・まぁ、外見と中身の美醜の差は凄まじいけどな。

 

「春樹~? 君はなにを普通に女の子を口説いているのかな?」

 

「阿? って・・・なんじゃあ、デュノアか」

 

「むぅッ。なんだよ、その反応!」

 

「あー、はいはい。水着ニヤっとるで」

 

「なんか違うような気がする・・・」

 

だって、VTS事件以前からお前さんにはシツコイくらいに話しかけられてるんだもの。

新鮮味がないんじゃ。

 

「つーか・・・なんじゃあ、その隣に居るぐるぐる巻きタオル人間は?」

 

「・・・わ、私だッ!」

 

・・・阿?

この声は・・・・・まさか!

 

「もしかして・・・ら、ラウラちゃんかッ?」

 

「う、うむ・・・」

 

「ど・・・どーしたんじゃ、そん恰好は? 熱うないんか?」

 

「そ、その・・・そのだな・・・ッ」

 

なんかモゴモゴ言よ-るけど・・・具合でも悪いんかッ??

 

「ハァッ・・・もう、ラウラ。そろそろ水着姿を春樹に見せてあげたら?」

 

「し、しかしだなシャルロット・・・なんだか、その・・・・・恥ずかしい・・・ッ!!」

 

・・・えッ、なにこの可愛い生物?

あッ、見物人の一人が鼻血出して倒れた。

 

「ふーん・・・なら、ボクはこのまま春樹と一緒に遊びに行っちゃおうかなぁ」

 

「な!? そ、それは・・・それは駄目だ!」

 

「なら、早くタオルとったら?」

 

「で、でも・・・でも・・・ッ!」

 

・・・あー・・・もう、しゃらくさい。

 

「ラウラちゃん、すまん」

 

「えッ―――って、うわぁあああッ!!?」

 

もう辛抱できない俺は、ラウラちゃんの身体に撒いてあるタオルを端からひっぺ返す。

後ろで布仏さんが「あ~れ~!」ってアテレコしてくれたけん、とりあえず親指でイイネサインを見せる。

 

「おおッ・・・!」

 

「うわ~、ラウラウ可愛いね~!」

 

タオルをひん剥いてみれば、其処にはレースの付いた黒いビキニ型水着を身に纏ったラウラちゃんの姿が。

しかも、あの長い銀髪をアップテールにしとる。

 

「ぶはッ!」

 

・・・あッ。また一人、鼻血出して倒れた。

 

「み、見るなぁ・・・ッ!」

 

「見るな」言われてもなぁ・・・見るで俺は。

だって可愛えもん。すげぇ、かわええもん。

 

「いやー、ええのぉ。でぇーれぇー可愛えがな。めちゃんこ可愛えがん」

 

「か、かわッ!?」

 

ありゃあ? どうしたんかなぁ、ラウラちゃん? 白い肌が朱鷺色みたいに赤々しとってからにぃ~。

 

「むぅ・・・なんか、ボクの時と違うんだけど!」

 

「そりゃあそうじゃ。デュノアは美人の中でも、綺麗系の美人じゃけんな」

 

「えッ!? そ、そうかなぁ・・・ッ?」

 

急にモジモジするなよ。

まぁでも、率直な感想である事に変わりはないな。

 

綺麗系の美人で言うと、今言うたデュノアやセシリアさんが入る。

可愛い系の美人だと、簪さんや布仏さん・・・それに・・・。

 

「阿破破破破破ッ。ホント・・・可愛えのぉ、ラウラちゃんは」

 

「う、ウゥ・・・ッ!」

 

俺はしゃがみ込んだラウラちゃんに顔を近づかせる。そしたら彼女、増々顔を真っ赤にして唸り出した。

右目の灼眼がちぃっとばっかし潤んどるんが、増々ポイントが高い。

 

あぁ、『阿良々木先輩』。アンタもこねーな気持ちで『八九寺ちゃん』を弄っとったんじゃな。

今更ながら、スゲェ気持ちがわかるでよ。

 

「清瀬くんって・・・見かけによらず、かなりSだよね」

「なんか、変態っぽい・・・ていうか、変態!」

「きよせん・・・もうその辺にしたら~?」

 

喧しいッ、外野連中は黙っとれ!

俺はこの増々赤みを帯びた可愛ええラウラちゃんをどう料理するか、考えよーるんじゃ。

 

「じゅるり・・・ありゃあ、ヤバい。涎が―――「何をしとるか、貴様」ズバァッン!―――ぐべらぁッ!!?」

 

そんなサングラスでは隠し切れない程に琥珀色の眼の輝きを増す俺の脳天へ凄まじい衝撃が放たれた。

勿論、こんな無粋な事をやる女郎なんて一人しか居らん。

 

「なにするんじゃ、織斑先生?!! 痛かろーがなッ!!」

 

「お前がボーデヴィッヒに対して気持ちの悪い事をしているからだ」

 

痛ッー・・・ホントにこの女、容赦ねぇのぉ。弟には甘いブラコン先生の癖に。

つーか、なんでまだこの人スーツを着とるんじゃ?! 水着はどーした、水着は?!!

 

「また、お前は・・・良からぬ事を考えているな?」

 

「当たり前じゃあッ! 十代の煩悩の強さを舐めるんじゃあないでよ!!」

 

「ハァ・・・まったく・・・」

 

いやいや、溜息を吐きたいんは俺じゃで先生。

水着になったら、その姿を舐めるように見ちゃるけんのぉ。覚悟しときんさいよ!

 

「そんなお前に客だ。今すぐ旅館に戻れ」

 

「・・・破ッ?」

 

俺に客ぅ~?

・・・・・誰~ッ?

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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45話

 

 

 

「・・・ッケ、まったく一体誰じゃあ言うんじゃ?」

 

春樹は少し不機嫌気味に客が待っているという本館へと向かう。

服装は未だ海に入っていなかった為、そのまんまで良いだろうと上は赤いアロハシャツと下はキャラクター海パンのまま。それにサングラスと本音から被らされた麦わら帽子をしているので、完全なリゾート観光客の風貌だ。

・・・しかし。

 

「阿ッ? ありゃあ・・・・・阿”ッ!?」

 

自分を待っているという”客”の正体を知った瞬間。春樹は、どんな客であろうと礼節を弁えるべきだったと後悔する事となる。

 

「おッ。やぁ、暫くだったね清瀬君」

 

「た・・・『高良』さんッ?!」

 

春樹へ会いに来たという客人の上質なスーツを身に纏った青年の名は『高良 健』。

春樹がISを動かしてしまった当初から懇意にしている内閣IS統合本部副本部長『長谷川 博文』の秘書官だ。

 

「す・・・すいません、高良さん。知らなかったとは言え、こんな格好で出迎えてしもうてッ」

 

「いや、別に構わないよ。先生方から聞いたけど、今は臨海学校なんだろう? 楽しんでいるようで安心したよ」

 

「は、はぁ・・・」

 

年相応の春樹の姿に安心したような表情を見せる高良に対し、学校行事のイベントにはしゃぐ姿を見られ、バツが悪そうに春樹は頭を掻いた。

 

「そ、それで・・・俺に何の御用で?」

 

「あぁ。遂に出来たんだよ、専用機が!」

 

「え・・・専用機? 誰の?」

 

高良の言葉に「・・・何のこっちゃ?」と言わんばかりの疑問符を浮かべる春樹。

そんな彼に高良も拍子抜けしたかのように声のトーンが下がる。

 

「誰のって・・・清瀬君の専用機だよ」

 

「俺の?・・・なんで?」

 

「「なんで?」って!? 君が病室にいた時に話した専用機の事だよッ! 一応、君の希望通りの機体を作ったと製作チームが言っていたんだけど」

 

「・・・・・ッ?」

 

高良からの話にイマイチぴんと来ない春樹は思い出す。VTS事件後、自分の病室に長谷川と高良が来た日の事を。

 

「・・・あぁッ、あれですか! 冗談じゃなかったんですか、アレッ?!」

 

「えぇッ!? 冗談だと思っていたのかいッ?」

 

「えぇ、まぁ。俺を元気づける為の冗句かなんかじゃと・・・阿破破ッ・・・」

 

「ハハハハハ! 清瀬君、君って人は!」

 

まさか、あんな大真面目で話していた専用機計画を当の本人は冗談だと思っていた事に高良は思わず笑いを溢してしまう。

そんな彼の背後へ春樹が初めて見る顔が近づいて来た。

 

「なーに笑ってるんだ、高良?」

 

「ハハハッ、すいません壬生先輩。あぁ、清瀬君。此方、君の専用機製作チームの現場責任者である『壬生 柾木』さんだ。壬生先輩、此方が―――」

 

「言うな、言うな、皆まで言うな。初めまして、壬生 柾木だ。よろしくな二人目の・・・っと、これは失礼だな。我らがホープ、清瀬 春樹君」

 

「ホープだなんてとんでもねぇッ。清瀬 春樹です、よろしくお願いします」

 

「あぁ、よろしく。ところで、その恰好は・・・」

 

「あッ・・・すいません・・・」

 

再び自分の恰好を指摘された事に申し訳なさそうな表情を見せる春樹。

そんな二人のやり取りに、高良は再度つい笑い声を溢してしまう。

 

春樹はそんなスーツ二人組に傍から見れば連行される形で旅館の表に停められているコンテナ車へ誘導され、自らの専用機が待っているであろうコンテナの中へと足を踏み入れた。

 

「おおッ・・・!?」

 

中はコンテナとは思えない程の整備と設備が整っており、小型の研究施設と言っても過言ではない造りとなっている。

そして、そのコンテナ中央部分にまだ見ぬ主を待っている機体が佇んでいるのであった。

 

「これが・・・」

 

自分の身の丈よりも若干背の高い体躯と、白と赤の装飾が施された甲冑のような機体に春樹は息を飲まずにはいられなかった。

 

「可能な限り、君の希望通りに製作した。コンセプトとしては『パワースーツ型ナイトメアフレーム』。君の身元不公表の元、装甲は頭部まで覆うフルスキン。推進機関は地上用のランドスピナーと飛行用のフロートユニット。フロートシステムには、チーム内の議論の末に小回りの利く飛翔滑走翼を採用していて―――「壬生先輩・・・多分ですが、聞いてないと思いますよ」―――ッえ?」

 

高良の声に壬生が其方を見ると、其処には幼稚な感嘆詞を漏らしながら少年のように目を輝かせる春樹の姿があった。

そんな姿を見せられてか、壬生は小さな溜息と共に口角を吊り上げる。

 

「清瀬少年、乗って見るかい?」

 

「ええんですか!?」

 

「いいも何も、その機体は清瀬君用に開発されたものだよ。壬生先輩、早速フォーマットのセッティングに移りましょう」

 

壬生の「勿論」の言葉と共に春樹は上半身のアロハシャツを脱ぐ。

本当はISスーツに着替えなければならないのだが、興奮冷めやらぬ彼の為にと水着一丁でのセッティングへ移行した。

 

「ありゃあ? この機体って・・・」

 

春樹の生体認識を設定し、いざ身体に専用機を纏ったその時。何故かは理解できないが、心地の良い久方ぶりの感触が肌へと伝わって来た。

 

「おッ、やはり気づいたか少年。その通り、その専用機のISコアは君がVTS事件時に纏っていたラファール・リヴァイヴのものだ」

 

「えッ・・・でも、あの機体は・・・」

 

春樹がVTS事件時に搭乗していたラファール・リヴァイヴは事件後にデュノア社へ返還されたのだが、日本とフランスの共同開発においての実験機体ISコアへ採用されたのである。

 

「それにそのISコア・・・向こうで何回も初期設定にしたのに、清瀬君以外の搭乗者を拒否し続けたって言う話があるんだ」

 

「阿? どういう事っすか?」

 

「さぁね。詳しい話は解らないけれど、そういう噂話を小耳に挟んだんだ」

 

「・・・・・」

 

高良の話に春樹は『ISコアには意思がある』と言う根も葉もない噂話を思い出すと、表情を緩めた。

 

「(そうか・・・君は・・・)あの、壬生さん?」

 

「ん、どうした少年?」

 

「この子の・・・この機体の名前はなんて言うんですか?」

 

「機体名か・・・あー、そう言えば、正式なのはないな」

 

「長谷川先生や僕らの方でも形式番号の『NH-00型』とかで呼んでましたね」

 

「こっちは皆で好き勝手呼んでたぞ。カラーリングが似ているから、『ニルヴァーシュ』や『タウバーン』。少年が希望コンセプトで書いた『コードギアス』関連から、『紅蓮参式』だとか『アレキサンダ・リヴァイヴ』って呼んでたやつもいたなぁ」

 

「ほへ~・・・」

 

この形式番号『NH-00型』は、春樹の希望通りに製作チームが造り上げた機体である。

しかし、当の搭乗者本人がこの開発製作計画を冗談だと思っていたので、希望欄にこれでもかと具体性のないものを書いた。

その為に最初は計画に難航が生じたのだが、個性的な技術者連中の変態性が発揮されて生まれたのが当機体である。

 

「・・・・・『琥珀』って言うのは、どうですか?」

 

「琥珀? なんでそんな名前を?」

 

「あぁ、いや。別に深い意味はないんです。・・・ただ理由を上げるなら、このISコアでこんな目になっちまったからでしょうかね」

 

そう言うと春樹は自らの眼を指差す。鳶色の瞳から、”琥珀”色へ変わってしまった自らの瞳を。

 

「琥珀か・・・そう言えば、清瀬君の好きなものも琥珀色してるからかな?」

 

「ん~・・・それもあるかもですね」

 

「何の話だ?」

 

「いんや、こっちの話ですだよ。ねぇ、高良さん?」

 

「あぁ。そうだとも、清瀬君」

 

「・・・なんか、感じ悪いぞ二人とも!」

 

「阿破破破破破ッ」と、そのままお三方はケラケラ笑いながら設定作業を続ける。

途中、正式な機体名が決まった記念として頭部パーツの額部分へ名前と同じ琥珀色のクリスタルがはめ込まれた。

 

最初は不機嫌だった春樹の表情も、こんな豪勢なプレゼントに陽が夕焼けに沈むまでの間、終始ニヤケ顔が治まらなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

≪こ・・・はく・・・こはく、コハク・・・琥珀・・・・・わタシの、名まえ♪≫

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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46話

 

 

 

臨海学校初日。時計の針が午後七時を回る頃。

旅館『花月荘』に宿泊するIS学園一年生達は、大広間を三つ繋げた大宴会場にて夕食を堪能していた。

勿論、旅館の正装である浴衣を身に纏ってだ。

 

「阿破破破ッ! 流石は海辺じゃ、魚がでぇーれぇー美味いのぉッ」

 

そんな中、春樹も皆と同じように目の前へ出された太平洋の幸が盛られた船盛に舌鼓をうつ。

昼間の思いもよらぬプレゼントに加え、旅館から提供される食事に彼は満足げな表情を見せる。

 

「(・・・じゃけど・・・やっぱし)」

 

「・・・ん?」

 

「おおッと、危ない危ない」と、春樹は生徒と共に夕食を楽しんでいる千冬から気付かれまいと目を逸らす。

春樹とて男。外見は素晴らしく整っている彼女の浴衣の艶姿に目が移ったのもあるが・・・やはり―――

 

「・・・ええなぁ・・・」

 

―――・・・千冬の膳の端に鎮座する黄金の液体に心を奪われていた。

その液体の名は『ビール』。

刺身には日本酒が合うと頭で解ってはいても、春樹の心はアルコールという甘美な飲み物に興味津々であったのである。

 

「なに・・・見てるの?」

 

「阿~?」

 

そんな春樹の凝視に対し、左隣に座っていた簪が些か怪訝な目で見る。

一組と四組の席は離れている為、膳に置かれたビールを遠目から確認しようと春樹は少々前のめりに身を出し過ぎていたのだ。

 

「もしかして・・・織斑先生を見てたの?」

 

「阿ぁ~・・・ええよなぁ・・・(俺も酒飲みてぇ)」

 

「・・・むぅ・・・」

 

視線の先にいる千冬・・・正確には千冬の前に置かれたビールに心を奪われ、生返事を返す春樹へ簪は面白くなさそうに頬をプクリと膨らませた。

そして、何を思いついたのか。春樹が口へ運ぼうとしているであろう刺身の裏にこれでもかと言う程の本わさびをベットリと塗りたくったのである。

 

「あぐッ・・・ぐギぇッ!!?」

 

そんな罰ゲームのような刺身を口へと放り込んだものだから、さぁ大変。

頭の中が酒でいっぱいになっている思考を裁かんと、わさび特有の鋭利な辛さが春樹を襲う。

 

「なッ、なにがッ・・・どうなって、ぬぉおおおおお・・・ッ!!?」

 

「・・・」

 

刺激的な本わさびに周りに迷惑をかけまいと静かに悶える春樹の隣で、簪は何事もなかったかのようにお吸い物へ口をつける。

何とも言えない達成感とまろやかな出汁の風味が優しく彼女を包んだ。

 

「・・・ふふッ」

 

「ん? なに笑ってるの、ラウラ?」

 

そんな簪の可愛い悪戯に気づき、ほくそ笑むラウラへシャルロットが疑問符を投げかける。

 

「いや、ああ言うトラップもあるのだとな」

 

「何言って・・・って、春樹が凄い顔してる?!」

 

「大丈夫だ、シャルロット。あれは春樹の自業自得だ」

 

「へ?」

 

短期間であるが、春樹と寝食を共にしていたラウラは春樹の酒好きにある程度の理解はしていた。

こんな豪勢なご馳走を目の前にして、彼が酒を求めない筈が無かろうと彼女は容易く推測できたのである。

 

「ふふふ・・・面白いな春樹は」

 

「・・・ッ・・・」

 

そんな様子で微笑むラウラにシャルロットは少しばかりの焦燥感を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「あ~・・・酷ぇ目にあったでよ」

 

大人しく刺身を食っとった筈なのに、鼻腔内へ突然槍を突っ込まれたような激痛に襲われた夕食後。俺ぁ、楽しみの一つである温泉へ続く廊下をブラブラ歩いとる。

途中に見えて来た中庭が月明かりに照らされて綺麗じゃった。

 

「しっかし・・・ホントに貸し切りなんじゃのぉ、俺らぁの他に客が居らんでよ。高良さんや壬生さんも此方に泊まりゃあ良かったのにのぉ」

 

誕生日でもねぇのに、とんでもねぇプレゼントを贈って来てくれた二人は、この旅館とは別のホテルへ泊まるらしい。

そんで、明日の実習授業で今日できなかった分の設定をするそうじゃ。

 

「まぁ、ホントに・・・阿破破ッ、嬉しいのぉ」

 

俺は浴衣の右裾でつり上がる口を隠しながら、左手薬指にはめてあるウィスキーみたいな色をしたクリスタルが装飾されている紅白カラーのリングを眺める。

 

この指輪こそ、昼間にプレゼントして貰うた俺の・・・”俺だけ”の専用機『琥珀』ちゃんの待機状態じゃ。

夕食ん時は目立たんようにチェーンで通して首からかけとったけんど、やはり指輪じゃったら指へはめんとな。

 

因みに・・・なんで左手の薬指にはめとるかってのは、ノリじゃ。

俺ぁ、結婚指輪言うモンにちぃっとばっかしロマンを持っとるけんのぉ。

 

「それにそれに・・・阿破破ノ破!」

 

俺は懐に内緒で忍ばせたモンへ笑みを溢し、涎をすする。

徳利と杯でやれんのは残念じゃけど・・・まぁ、良しとしよう。阿破破破破破ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「るらるらるー♪ るらるらるー♪」

 

旅館自慢の名物である天然かけ流し温泉へ辿り着いた春樹は、隠し持って来た日本酒の酒瓶と共に、さながら『ババ―――ァンッ!』と登場する漫画の主人公のように浴場へ入場する。

 

「・・・ん?」

 

「―――阿”ッ?」

 

しかし、そんな彼よりも先にこの温泉へ辿り着いていた人物がいた。

春樹が学園の中でほぼ一方的に毛嫌いしている人物。織斑 一夏、その人である。

 

「なんでオメェがこねーな時間に温泉へ浸かっとるんじゃ、織斑のボケェッ」

 

「えッ!? だってそりゃあ、今は男子の入浴時間だろ?」

 

「ッケ、解っとらんのぉ。オメェみたいな野郎は、時間を間違えて女湯に入るのがセオリーじゃろうがな!」

 

「な、なんだよ其れ・・・?」

 

春樹の意味不明な一方的な言葉に疑問符を沢山浮かべる一夏。

そんな彼に春樹はあからさまな舌打ちをこれでもかと鳴らした後、念入りに身体を洗ってザブンと温泉へ浸かる。

 

「「・・・・・」」

 

・・・温泉独特の臭いと共に、気不味い空気が二人の間に漂う。

まさか一夏が自分よりも先に温泉へ入っているとは思ってもみなかった春樹は、温泉へ浸かりながらの一杯が出来ない事へ大変な憤りを感じつつも、彼が早く此処から出て行く事を願った。

 

「・・・なぁ、清瀬。お前がシャルの問題を解決したって言うのは、本当なのか?」

 

奇しくも彼の願いとは裏腹に、一夏は遠慮がちに春樹へ話しかけて来る。

その言葉に対して春樹は、大きな溜息と渾身の舌打ちで答えるのだった。

 

「・・・阿ぁ・・・『誰から、聞いた?』なんてのは野暮じゃな。デュノアから大方は聞いたんじゃろう?」

 

「・・・あぁ・・・」

 

「・・・んな訳なかろうがな」

 

「え・・・ッ?」

 

春樹からの意外な言葉に一夏は表情を崩す。

 

「あのぶきっちょな親子のすれ違いは、俺が介入しようがオメェが手を出そうが、遅かれ早かれ解決してたんだよ」

 

「・・・でも、解決した事に変わりはないだろ」

 

「は?」

 

「シャルは清瀬の御蔭だっていつも言っているだよ。自分がここに居られるのは、清瀬の御蔭だって・・・」

 

「・・・プッ、阿破破破破破ッ!」

 

暗い表情の一夏に春樹は吹きだして笑い声をあげた。

いつか自分を嘲笑ったかのような弾んだ笑い声が男湯へ響き渡る。

 

「な、なにが可笑しいんだよ!?」

 

「いやぁ、悪い悪い。そうか、そうだよなぁ~。オメェぐらいの年の男だったら、それくらいの”ヤキモチ”ぐらい妬くわなぁ」

 

「や、ヤキモチッ? 何言って・・・ッ!」

 

動揺を隠せない一夏に春樹は「阿破破ッ」と嘲笑う。

其の春樹の笑みが、一夏は酷く酷く不気味に感じられた。

 

「ヤキモチじゃろうがな。自分が救う筈じゃった人間を横から掠め取られて、憤っとるんじゃ。なんじゃぁオメェ、デュノアの事が好きなんか? いや、”好きになってしもうた”んかッ?」

 

「な、なに言ってんだよ! だいたいなんで俺がシャルの事を、その・・・好きとか、その・・・ッ!」

 

思いもよらぬ文言に慌てふためく一夏に春樹は大きな大きな溜息を漏らす。

「コイツ・・・他人どころか、自分の気持ちにも鈍感じゃったんか」と、それは大きな溜息を漏らした。

 

「あ~ぁ、可哀そうじゃのォ。長年思っておったのに、突然出て来た訳アリヒロインに恋を持ってかれるとは・・・篠ノ之さんと凰さんは不憫じゃなぁ」

 

「・・・? なんでそこで箒と鈴が出て来るんだよ?」

 

「・・・あぁ、やっぱし。俺ぁ、オメェのそういう所ホントに嫌いじゃ大嫌いじゃ。これじゃけん、鈍感系主人公は嫌なんじゃ。『あっちこっち』の『音無 伊御』を見習えッ! あの人はにぶちーじゃけど、ちゃんと解っとるぞ!!」

 

「おとなし・・・って、誰だよ? 清瀬、お前さっきから何言ってるんだッ?」

 

「もぉ~・・・ホントに嫌だ、この主人公ぉ・・・ッ」

 

他人にも自分にも鈍い一夏に結局は調子を崩された春樹は、早々に温泉から出て行く。

なんでそんな反応をされたのか、一夏は解らないままにただ時間だけが過ぎて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
ぐだぐだはもう少し続くでよ。


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47話

 

 

 

「ぶぅ~ッ・・・」

 

温泉から早々に帰って来た春樹はテレビを眺めながらブウを垂れる。

折角、ドラマや漫画のワンシーンみたいに温泉へ浸かりながら一杯やれるものだと楽しみにしていたのだが・・・先に温泉へ入っていた邪魔者の御蔭で、春樹の計画は御破算となってしまった。

 

「畜生ぉ~・・・あんのスカタン野郎のせいで全然酔えんがな!」

 

部屋へ帰ってから、ほぼ八つ当たりの感覚で冷蔵庫の中で冷えていた酒類の蓋を次々と開けた春樹。

されど、どんなに飲み干そうが一向に酔いが回る事はなかったのである。

 

「あぁ、なんかまだ飲み足りんのぉ。・・・しっかし、もう冷蔵庫ん中は空っぽじゃしなぁ。はぁッ・・・面倒じゃが、買いに行くしかねぇか」

 

仲居さんが敷いてくれたであろう布団周りへ転がる空き缶・空き瓶を粗方片付けると、春樹は外の夜街へ出掛ける支度をする。

温泉ありしところに温泉街アリ。外にはそれこそ、此処では飲めなかった酒が売っているかもしれない。

・・・まぁ、無断外出な事に変わりはないが。

 

「るらるらるー♪・・・・・って、阿?」

 

そんな思惑を持ちながら春樹が部屋の外へ足を向けると、扉の外には奇妙な光景が広がっていた。

 

「・・・君ら、一体何をしょーるんな?」

 

『『『ッ!!?』』』

 

其処には、千冬と一夏が泊っているであろう部屋の前へたむろする少数の人だかりがあった。しかも、その人だかり全員が春樹の知っている面子であったのである。

 

「篠ノ之さんや凰さんは兎も角・・・セシリアさんやデュノアに簪さん。それに・・・ラウラちゃんまで二人に用があるんか?」

 

「ち、違うぞ! 私とシャルロットと簪は春樹に用があって来たのだッ。別に教官や一夏に用があった訳では―――」

 

「ほうッ、”一夏”か。俺の知らん間にラウラちゃんは織斑の野郎を下の名前で呼ぶようになったんか。ほーかほーか、いつの間にか随分と親しうなったんじゃのぉッ?」

 

「阿破破破ッ」と、心底乾いた笑い声を響かせる春樹にラウラは半ば涙目になりながら「違うのだ!」と声を張った。

 

別段、彼はラウラ達の言っている事が本当の事だという事は知っている。

VTS事件後。シャルロットは兎も角、ラウラは一夏達よりも春樹と過ごす時間が多かったし、簪に至っては自分の専用機開発が頓挫した原因が一夏にある為、彼に対してあまり良い印象は抱いていなかった。

それでも春樹は尚も乾いた笑い声を出す。何故ならば、先程の皮肉った文言へ対するラウラの反応が思った以上に”愛い”かったからだ。

あらぬ疑いをかけられて慌てる彼女の姿に、ゾクゾクとした快感が春樹の身体を奔ったのだった。

・・・この男、少し酔っている。

 

「ちょっと其処、五月蠅いぞ」

 

「静かにしててよ、聞こえないじゃないッ」

 

「阿?」

 

そんな焦るラウラを楽しんでいた春樹に箒と鈴の注意がかかる。されど彼に注意した二人はと言うと、扉へ片耳を当てて中の様子を伺っていた。

珍妙な事をしている二人の行動へ疑問符を浮かべていると、セシリアが二人と同じように聞き耳を立てるように促す。

「なんのこっちゃ?」と訳が解らない春樹は、とりあえず二人と同じように扉へ耳を傾けた。

 

「ッ、おいおい・・・!?」

 

するとどうだろう。

聞き耳を立てた扉の奥から聞こえて来たのは、甘い甘い女の喘ぎ声とその近くにいるであろう切羽詰まった男の声。

 

「・・・なにをやりょーるんな、あの姉弟は?」

 

呆れた溜息を漏らす春樹の隣で、箒と鈴は顔を真っ赤にしながら鼻息を荒くしていた。

 

「やはり、織斑先生と一夏さんは・・・・・ご姉弟でそう言う”仲”ッ!!」

「そうなのかなッ? やっぱり二人って、そういう関係なのかな!!?」

「一体いつからなのだッ?・・・まさか、ドイツから帰ってしまわれたあの時からか?!!」

「・・・ッ・・・!!」

 

呆れ顔の彼を余所に女性陣連中は鼻息荒くわちゃわちゃ騒ぐ。勿論、気づかれないように小声でだ。

やはり”この手の話”は、お年頃の彼女達だからこそ興味が惹かれるのだろうと春樹は思った。

 

「(まぁ、どうせ『織斑の野郎が織斑先生をマッサージしてました』って言うオチじゃろうけどな。これがホントに部屋ん中でR-18同人誌展開じゃったら、ドン引きじゃ。実の弟まで”喰う”んじゃ。余程、男日照りがあるんじゃろう)」

 

などと考えていると、突如としてバンッ!とたむろしていた部屋の扉が勢いよく開け放たれる。

 

「・・・なにをしているか、小娘共・・・ッ」

 

『『『ひぃッ・・・!?』』』

 

其処から顔を覗かせる恐ろしい形相の千冬に春樹を除いた全員が硬直してしまう。

その恐ろしい形相の彼女の後ろから、「皆、なにやってるんだ?」と疑問符を浮かべた一夏が出て来た。

 

「さてな。皆、オメェと織斑先生が部屋ん中で”ナカヨク”しょーるんかぁ思うて、ドキドキしとったんじゃろう」

 

「は?」

 

「ば、馬鹿! 清瀬、貴様ッ!!」

 

「ほう・・・そうなのか、お前達?」

 

ニヒルな笑みを溢す春樹に箒が突っ掛かるが、すぐに千冬に黙らされる。そして、全員が借りて来た猫のように大人しくなった。

 

「仲良くって・・・そりゃあ、俺と千冬姉はマッサージする仲だからな。仲がいいさ」

 

「ま、マッサージッ?!」

 

「そ、そうよね! ま・・・まぁ、私は解ってたけどッ」

 

「なッ!? ズルいぞ鈴ッ!!」

 

「騒ぐな貴様ら、旅館の迷惑になるだろう。一夏、お前はもう一度風呂に行ってこい」

 

「え? でも、俺はさっき―――「女の時間と言うヤツだ、つべこべ言うな」―――わ、わかったよ」

 

圧倒的威圧に押され、渋々部屋から出て行く一夏。

このやはり予想通りな展開に春樹は「やれやれ、人騒がせなこった」と呆れ顔で立ち去ろうとするのだったが・・・

 

「おい、どこへ行く気だ清瀬ッ?」

 

「阿ぁ?」

 

何故か千冬に呼び止められてしまう。

 

「別に、どこだってよろしいでしょう?」

 

「そういう訳にもいかん。無断外出は禁止だと、栞にも書いてあった筈だが?」

 

「そうでしたっけ? なら、こうも書いてあったのでは? 『生徒への職権乱用は禁止』だと」

 

「今は授業外だ。家族団らんの時間をお前にとやかく言われる筋合いはない」

 

「なら、今は授業外の俺だけの時間です。貴女にとやかく言われる筋合いはない」

 

「「・・・あ”ぁッ?」」

 

バチバチと視線の火花を散らす春樹と千冬だったが、「まぁまぁ、二人ともそれくらいにして」とばかりに周りにいた全員が止めに入る。

その隙に春樹はさっさと逃げ出す。「皆、喰われんようにな」と余計な一言を残して。

 

「・・・教官、先程の春樹の言葉はどういう意味ですか?」

 

「あ~・・・・・」

 

無垢なラウラの質問に千冬は「後で覚えていろよ、清瀬ッ」と心の中で呟くのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「さてと・・・おいおい、いつものバカ騒ぎはどうしたんだ?」

 

部屋の前での騒ぎの後、千冬は女学生連中を部屋に招き入れたのだが、彼女たちはどうしたらいいのか戸惑ったように黙りこくっていた。

 

「い、いえ・・・織斑先生とこうして話すのは初めてですし」

 

「・・・私は・・・違うクラス・・・」

 

「そう言えば、更識は四組だったな。どうだ、清瀬のヤツは迷惑をかけていないか?」

 

「はい・・・・・皆、彼を怖がってますけど・・・」

 

「・・・そうか。しかし、こうも静かだと調子が狂う。私が皆に飲み物を奢ってやろう。皆、なにがいい?」

 

皆がまごついている間に千冬は備え付けの冷蔵庫から人数分の飲料水を取り出す。

 

「ほれ。ラムネとウーロン茶とスポーツドリンク、それにオレンジとコーヒーに紅茶だ。それぞれ他のがいいやつは各人で交換しろ」

 

そうは言われ、渡された飲み物を全員が受け取る。

そして、遠慮がちな「い、いただきます」と言葉と共に全員が中身を飲む。

 

「・・・飲んだな?」

 

そのゴクリッと動いた喉を確認した千冬が不敵な笑みを浮かべたのである。

 

「は、はい?」

 

「そ、そりゃ、飲みましたけど・・・」

 

「まさか・・・織斑先生ッ、私達に一服盛ったんですの!?」

 

『『『えッ!?』』』

 

「失礼なことを言うな、オルコット。なに、ちょっとした口封じだ」

 

勘繰り過ぎたセシリアにツッコミを入れた千冬は、冷蔵庫の中から自分の飲み物を取り出す。

そして、銀色に光り輝く缶から注いだ黄金の液体をそれはそれは美味そうにゴクゴク飲み干した。

 

「うむッ、美味い。やはり、気を緩めている時に飲むビールは最高だな!」

 

いつもの凛とした姿はどこえやら。

世界が讃えるブリュンヒルデ『織斑 千冬』と、目の前にいるの人物とが一致せずに女子全員がポカーンとしている。

特にラウラは先程から何度も目を瞬かせ、目の前の光景が信じられないかのようだった。

 

「ん? 皆、おかしな顔をするな。私だって人間だ。酒くらいは飲むさ。それとも・・・私は作業オイルを飲む物体に見えるか?」

 

「い・・・いえ、そういうわけではないですけど・・・」

 

「でもその、今は仕事中じゃ・・・?」

 

「堅いことを言うな。それに・・・口止め料はもう払った筈だが?」

 

「あ・・・」

 

全員が手元の飲み物を見て、自分達がまんまと千冬にビールを飲ませる口実作りに利用された事へ気づいた。

 

「さて・・・前座はこのくらいでいいだろう。そろそろ肝心の話をするか」

 

「肝心な話?」

 

「あぁ、そうだ。お前達・・・アイツらのどこがいいんだ?」

 

『『『ッ!!?』』』

 

一本目のビールを飲み干し、早々に二本目を開けた千冬の言葉に皆は動揺する。

彼女の言う『アイツら』とは、IS学園の黒二点である一夏と春樹の事以外に間違いないからだ。

 

「まずは、うちの愚弟からだ。アイツのどこがいいんだ?」

 

「わ、私は別に・・・以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけですので・・・」

「私は腐れ縁なだけだし・・・」

 

この場でもツンデレ属性持ちの二人はプイともごもご顔を逸らして肯定しない。

しかし、千冬がいざ「ならば、一夏にそう伝えておこう」と言うと、口をそろえて「言わなくていいです!!」と顔を真っ赤にして叫ぶ二人。

その反応が面白いのか、豪傑のように千冬は笑い声をあげる。

 

「ハッハッハッハッハ! まぁ、確かにアイツは子供の頃から超が付く程モテていたな。実際に家事も料理も中々だし、姉の贔屓抜きでも顔だって良い。付き合える女は得かもな。どうだ、欲しいか?」

 

「「く、くれるんですか!?」」

 

食い気味に前のめりになる箒と鈴に千冬は「さぁな」と言葉を濁してビールを呷る。

その動作に「なんだ、くれないのか・・・」と二人は若干残念がりながら、自分の飲み物へ口をつけた。

 

「さて、次は清瀬の方だ。見た処、お前達はヤツに気があるんだろう?・・・因みにだが、オルコットと更識は清瀬に気があるのか?」

 

「ッ!」

「えッ、私ですか?」

 

突然、名前を呼ばれたセシリアと簪ははギョッとする。しかし、セシリアの方は彼女なりに冷静沈着な心で言葉を紡いでいく。

 

「ん~・・・どうでしょう。奢り高ぶった悪い私の考えを正してくれた素晴らしい御人だと思いますが・・・そうですわね。もっと違った出会いをしていたならば、きっと好きになっていましたね」

 

「えッ・・・セシリア、アンタは清瀬の事、好きじゃなかったの?!」

 

「いえいえ。勿論、春樹さんの事は好きですわ。ですが、好きと言ってもラウラさんやシャルロットさん達のような”Love”ではないという事ですわ」

 

「ほう・・・」

 

穏やかにそう言い放つセシリアに千冬は感心する。

一方のラウラとシャルロットは、自分の心を見透かされたように頬を朱鷺色に染めた。

 

「私も・・・オルコットさんと同じかな?」

 

次に簪が遠慮がちに言葉を紡ぐ。

オドオドしながらも、しっかりと自分の意志を言葉に乗せて。

 

「そうなのか、簪?」

 

「うん。・・・春樹には、打鉄弐式の組み立てをサポートして貰った恩がある・・・でも、この気持ちは・・・なんだろう? 私に・・・もしもお兄ちゃんが居たら、こんな気持ちなのかな? でも・・・違う気もする」

 

「(う~ん。聞いている限り、更識さんの気持ちはまだ『恋』になっていない気持ちなのかもしれませんわね)」

 

簪の吐露した思いを分析するセシリアの前で、千冬が「ふむ、ならば・・・」とまだ言葉を発していない金と銀の人物へ目を向けた。

 

「デュノアにボーデヴィッヒ、お前達はどうなんだ? あんな小生意気なヤツのどこが気に入ったんだ?」

 

「ぼ、ボクは・・・春樹の人柄です。男装して、スパイとして紛れ込んだボクの正体を彼は何も聞かずに受け入れてくれた。それに・・・ボクがこうして皆と居られるのは、お父さんとの中を取り持ってくれた春樹の御蔭です」

 

「最近は全然、構ってくれなくなったけど・・・」と一瞬だけ眼からハイライトが消え失せたが、照れくさくなったのか、熱くなった頬を両手で覆って俯いてしまう。

 

「それで・・・ボーデヴィッヒ、お前は?」

 

「わ、私ですか?! わ・・・私は・・・その・・・」

 

自動的に最後の大トリを任されてしまったラウラは、白い肌をピンク色に染めながらモゴモゴもじもじしてしまう。

その様子は小動物の様であり、何故か周りにいた全員がホッコリしてしまった。

 

「ラウラさん、落ち着いて」

 

「う、うむ。わ、私は・・・私は春樹が好きです!!」

 

『『『ぶッ!』』』

 

「ちょっと、ラウラ!?」

 

焦ったラウラの発言に皆が思わず吹き出してしまう。

特に千冬は酒が回って来た為に大笑いで自分の膝をバンバン叩く。

 

「クククッ、アッハッハッハ! そうかそうか、アイツの事が好きかボーデヴィッヒ。ならば、どういう所が好きなんだ?」

 

「はいッ。アイツは・・・春樹は私を人間だと言ってくれました。ただのラウラ・ボーデヴィッヒだと肯定してくれました」

 

「・・・そうか。清瀬がそんな事を・・・」

 

その言葉を聞いて、千冬は納得した。

VTS事件直後に目覚めたラウラの清々しい表情の理由に納得した。

 

「しかし・・・そう巧くはいくかな?」

 

「どういう事ですか、教官?」

 

「クククッ。なに、アイツは私に対して礼儀がなっていない事する事が多いが・・・それは清瀬からの好意の裏返しだと思ってな?」

 

「そ、それは一体どういう?!!」

 

「なに、今日の夕食時にアイツが物欲しそうな目で私を見つめていたものでな」

 

「そ、それは本当ですか織斑先生?!!」

 

満更ではない千冬の言葉に全員が前のめりになる。

だが・・・

 

「(いえ、教官・・・あれは貴女ではなく、教官の飲んでいたビールに首ったけだったのですが・・・・・此処は空気を呼んでおこう)」

 

空気を読むことを多少覚えたラウラは沈黙し、少しながら優越感へ浸ったのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「えっくしょん!」

 

「おおッ、どうした兄ちゃん? 風邪か?」

 

「ずずッ、さてね。こんな色男だから、噂されとるんじゃろう」

 

「ははッ、違いねぇ!」

 

ある酒場の一角で、一杯ひっかけている琥珀色をした眼の男がクシャミをしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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48話

 

 

 

自由時間である一日目が終了し、本来の目的であるIS各種装備の試験運用とデータ収集が行われるであろう臨海学校二日目の朝。

今日は四方を崖に囲まれた専用ビーチで、朝から夜まで一日がかりの授業と言っても差し支えない一日だ。

特に装備品の多い専用機持ちにとっては中々に骨の折れるものだろう。

 

「ようやく集まったか・・・おい、ボーデヴィッヒ。眠気覚ましにISコアのネットワークについての説明をしてみろ」

 

「は、はい!」

 

・・・そんなハードな一日の始まりに寝坊で遅刻してきたのは、意外にもラウラであった。

大方、昨夜の興奮冷めやらぬ夜更かしのせいでよく眠れなかったせいであろう。

その遅刻の罰として、彼女は整列した一年生の皆の前へ出る。

 

「ISのコアはそれぞれが相互情報交換のためのデータ通信ネットワークを持っています。これは元々広大な宇宙空間における相互位置情報交換のために設けられたもので、現在はオープン・チャネルやプライベート・チャネルによる操縦者会話等、通信に使われています。それ以外にもシェアリングをコア同士が各自に行うことで、様々な情報を自己進化の糧として吸収しているということが近年の研究でわかりました。これらは製作者の篠ノ之博士が自己発達の一環として、無制限展開を許可したため現在も進化の途中であり、全容は掴めていないとのことです」

 

長々としたコアネットワークの説明に一部の生徒達は頭が痛くなりそうであったが、基本例文を説明し終わったラウラへ千冬は「よろしい、良く出来たな」と声をかける。

・・・勿論、「ただし、授業には集中しろ」と呈されて。

 

「さて、各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

「あの・・・織斑先生。春樹・・・清瀬くんの姿が見当たらないのですが?」

 

千冬の言葉に皆が「はいッ!」と軍隊返礼をした後、シャルロットが恐る恐る彼女に指摘をした。

ここに居る筈のもう一人のIS男性適正者、春樹が居なかった為である。

 

何故に彼がこの場にいないのか。

それは昨日と同じ、内閣IS対策本部の開発チームが造り上げた専用機のフォーマットセッティングをしているからだ。

 

「あぁ、清瀬は諸事情で遅れる事になった。すぐに合流するだろう」という千冬からの説明を聞き、シャルロットは「そ、そうですか」と引き下がる。

 

けれど、彼女は気になっていた。臨海学校初日も彼は昼間にどこかへ抜け出していた。

昨晩の女子会でハッキリとラウラの告白を聞いていたシャルロットは若干の焦りを感じていたのだ。

 

「あぁ、それと篠ノ之。ちょっとこっちへ来い」

 

「・・・? はい」

 

その一方で、千冬は訓練用の打鉄装備一式を運んでいた箒へ声をかけた。

何故に声をかけられたのか解らない箒は、少しばかりの不安を抱きながら千冬の方へ足を向けた・・・その時。

 

「ちぃいいいいちゃぁあああああんッ!!」

 

そんな大声と共に人影が砂塵を巻き上げながら物凄い速さで此方へ近づいて来るではないか。

この謎の人物の登場に周りにいる生徒達の目も釘付けとなる。

 

「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん!! さぁハグハグしよう、愛を確かめ――「ふんッ」―――ぎゃふんッ!?」

 

ダイビング宜しく自分に飛びかかって来る謎の人物の顔面を千冬は片手で掴んで動きを止める。

ガッチリと指が表皮に喰い込んでいる為、それは見事なアイアンクローであった。

 

「はぁ・・・まったく。五月蠅いぞ『束』

 

「ぐぬぬぬ・・・相変わらず、容赦ないアイアンクローだね!」

 

まるで絵本『不思議の国のアリス』の主人公そっくりな服装に身を包み、頭にはやたらにメカメカしいウサギの耳を装着したその人物は弾んだ声で千冬のアイアンクローからするりと抜け出すと、今度は箒の方へ「やぁッ!」と元気良く近づいた。

しかし、対する箒は呆れたように素っ気なく「・・・どうも」と初対面のように会釈する。

 

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね箒ちゃん。特におっぱいが―――――」

 

なんともナチュラルにセクハラ発言をブッ混んで来たこの人物に箒は、何処からともなく取り出した木刀でバキリッ!と容赦なく殴ったのである。

 

「・・・殴りますよ」

 

「な、殴ってから言ったぁ・・・! ひどい! 箒ちゃん、ひどい!」

 

だが、殴られた当人はまるで平気な顔をして「えーん、えーん」と泣きまねをしてみせる。明らかに骨が折れた音がしたのにも関わらずだ。

 

「おい、束。自己紹介くらいしろ。流石にうちの生徒たちが困っている」

 

「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー」

 

『『『・・・えッ!!?』』』 

 

千冬に促され、渋々素っ気ない自己紹介をするこの人物の名前を聞いて、生徒達の目は完全に点となってしまった。

何故ならばこの人物こそ、人類史上最高の発明と称されるインフィニット・ストラトスの開発者『篠ノ之 束』博士だったからである。

 

「ハァ・・・お前はもう少しまともにできんのか。そら一年、手が止まっているぞ。コイツのことは無視してテストを続けろ」

 

「こいつとはひどいなぁ、ちーちゃん。ラブリー束さんと呼んでもいいよ?」

 

「うるさい、黙れ」

 

「ぎゃぼむッ!」

 

溜息混じりに今度は千冬の躊躇いのない拳骨が束の頭部を襲う。

その拳骨をニコニコしながら受け入れる彼女へ、箒が「あの・・・それで、頼んでおいたものは・・・?」と躊躇いがちに尋ねて来る。

その彼女の言葉を聞いた瞬間。束の眼が綺羅星のようにキラーンと光った。

 

「ふっふっふっ・・・それは既に準備済みなのだよ、箒ちゃん!」

 

「さぁ、大空をご覧あれ!!」と盛大に束が叫ぶと、ズドォオオーン!!という激しい衝撃と共に銀色の塊が砂浜に落下して来る。

そして、塊の外壁部がパカッと開くや否や、中身の鮮やかな”紅”がその身を太陽の下へ晒す。

 

「じゃじゃーん! これぞ、箒ちゃん専用機こと『紅椿』!! 全スペックが現行のISを凌駕する束さんお手製ISだよッ!!」

 

「これが・・・私のIS・・・ッ!」

 

箒は漸く自分専用のISを手に入れられる嬉しい気持ちを表情に出すまいと、口角の釣り上りをなんとか堪える。

されど、その後方でボソボソと呟きが紡がれた。

 

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの? 身内ってだけで?」

「だよねぇ・・・なんか、ズルいよねぇ」

 

確かにその呟きは的を得た部分があった。

いくら箒が中学生時代に剣道の全国大会でも名を馳せていた存在だとしても、彼女は国家に所属する代表でなければ代表候補生ですらないのである。

いくらISの発明者の妹という事であっても、傍から見れば依怙贔屓な事に変わりはない。

 

「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」

 

『『『・・・ッ・・・』』』

 

そんな陰口を呟く輩を束はピシャリと黙らせる。

この偉大な発明家に意見を具申できる人間は現場に誰もいない。

 

「さあ、箒ちゃん! 今からフィッティングとパーソナライズをはじめようか! 私が補佐するからすぐに終わるよん♪」

 

「・・・それでは、頼みます」

 

「堅いよ~。実の姉妹なんだし、こうもっとキャッチーな呼び方で―――「早く、始めましょう」―――んもぉ~、せっかちなんだから。まあ、そうだね。じゃあ、はじめようか。箒ちゃんのデータはある程度先行してあるから、あとは最新データに更新するだけだね。さて・・・ぴ・ぽ・ぱ♪」

 

箒に急かされ、束がリモコンのスイッチを押すと紅椿が操縦者を受け入れる状態姿勢へ変わる。

 

「やれる・・・本当にこの紅椿なら、絶対に・・・!!」

 

その数分後、テスト飛行の為に蒼空へ舞い上がった箒が感慨深そうに呟きながら降下する。

そんな彼女の両掌には、紅椿の専用武装である日本刀が二振り握られていた。

 

右手に握られている刀の名前は”雨月”。

箒の打突の動きに合わせてエネルギーの刃を発射して周囲に漂って積乱雲になりそこないだった雲をあっという間に蜂の巣に変えて霧散させてしまった。

そして、もう片方の手である左手へ握られている刀の名は”空裂”。

放った斬撃に合わせて発射された帯状の赤いレーザで、束がダミーとして発射した全てのミサイルを撃沈して見せた。

 

「ん~♪ 箒ちゃんが気に入ってくれたようで、束さんは何よりだよ。・・・あッ。そうそう、ちーちゃん?」

 

喜ぶ箒へ満足したように頷いていた束だったが、ここで何かを思い出したように隣にいた千冬の方へ顔を向ける。

 

「どうした、束?」

 

「箒ちゃんの事ですっかり忘れてたんだけど、”二号”君は何処にいるの?」

 

「二号君? 誰だ、それは・・・・・って、あぁッ」

 

”二号君”とは、やはり春樹の事であろう。

その彼の所在について尋ねて来た束に千冬が話をしようとした刹那であった。

 

「すいません、遅れました!」

 

「おッ、噂をすれば・・・遅かったな、清瀬」

 

小生意気な生徒のレッテルを貼られた人物の声が聞こえて来たので、振り返る千冬。

だが、そんな彼女を春樹はさも平然と通り過ぎ、ある人物達の前へ二ヤツいた顔のまま近寄った。

 

「ちょっとちょっと、聞いてくれぇや二人とも!!」

 

「ん・・・?」

 

「遅かったな、春樹。しかし、なにをそんなに興奮しているのだ?」

 

その人物達と言うのは、専用機持ちグループとして作業に移っていたラウラと簪であった。

その二人に春樹は興奮冷めやらぬ表情で言葉を連ねていく。

 

「いやさぁ、俺の琥珀ちゃん・・・あッ、琥珀ちゃんって言うんは俺に贈られた専用機の機体名でな。その琥珀ちゃんの完成度がでぇーれぇースゲぇんじゃッ! コンセプトのパワースーツ型KMFって言う通り、原作に忠実な作りをしとるんじゃ、これがさぁ!」

 

「原作に忠実・・・って、どれぐらい?」

 

「KMFの標準兵装であるランドスピナーやスラッシュハーケンは勿論の事、バリアシステムがまた凄いんじゃ」

 

「バリアと言うと、春樹が前に言っていた『輻射障壁』か?」

 

「いや、流石に其れは開発に時間がかかるらしいんじゃけどな。琥珀ちゃんに搭載されとるんは『ブレイズルミナス』なんじゃけん、近いうちに出来るじゃろうなぁ!」

 

「それ・・・凄い・・・!」

 

やんややんやとサングラスに隠れた琥珀色の眼を輝かせながら、春樹は二人と会話を盛り上げる。

何故にこんなにも盛り上がれるのか。それは簪の専用機である打鉄弐式を組み立てている時、戦闘データの見本として春樹が持って来たコードギアスの戦闘シーンを皆で見た事に他ならない。

 

「おい。お喋りはそれくらいにしろ、清瀬」

 

「阿ッ? ありゃッ、織斑先生おったんか」

 

「・・・なんだと?」

 

「あッ・・・しもうた」

 

「しまった」という感想と共に振り下ろされる千冬の鉄鎚を瞬時に払いのける春樹。

その行為に彼女は「・・・ッチ」と遠慮のない舌打ちをかます。

 

「おい」

 

「阿?」

 

そんな春樹へ束は声をかける。・・・というよりも、呼びつけると言った方が正確か。

 

「いっくんの今後の為にも仕方ないから、ついでにお前のISデ―――「えッ、誰?」―――ッはぁ?」

 

「ぷッ!?」

 

つい口走ったさも当然な春樹の疑問符に束は怪訝な表情を見せる。その隣では思わず千冬が吹き出し、周りの生徒もそれにつられる。

 

「あぁッ、すいません。新しい先生ですよね、これは失礼しました。一年の清瀬 春樹です」

 

「は、春樹ッ、失礼だぞ! この方はあの篠ノ之 束博士なんだぞ!」

 

「えッ、この人が?」

 

ラウラに指摘され、驚嘆の表情を作る春樹。

その反応を見て、束は自分の正体に恐れおののく其処らの有象無象の人間と同じだろうと推測する。

・・・次に彼の口から出て来た言葉を聞くまでは。

 

「ふぅ~ん・・・あ、そうですか。それはそれは・・・・・えと、すごいですね」

 

「・・・はッ?」

 

「ぷッ! あっはっはっはっはっは!」

 

春樹の絞り出した様な苦しい感想と苦笑いに束はまたしても怪訝な顔をした。

これには隣で聞いていた千冬がついに笑い出してしまった。

 

別に春樹に他意はない。

他意はないが、同じく”興味もなかった”。

別に目の前の人物が自分をこんな場所に押し込めたISの発明者であろうと、そんな事は彼には”どうでも良かった”のである。

 

「ちょ、ちょっとちーちゃん! なに笑ってるのさ!」

 

「クククッ・・・いや、すまんすまん。清瀬はたまに笑わせてくれるな、コイツめ・・・クククッ」

 

「は、はぁ・・・ありがとうございます?」

 

褒められた?事に一応の礼を言う春樹に束は再び目を向ける。

今度は睨むように先程よりもキツイ目で。

 

「おい、お前! いいからお前のISデータを見せろよ!!」

 

「えッ、いやですけど」

 

再びさも当たり前に束の要求を拒否する春樹。

このやり取りに今度は千冬のみならず、騒ぎを見ていた一夏達や周りにいた生徒達の何人かがつり上がる口角を抑えた。

 

「お前、失礼なやつだな! この束さんが見せろって言ってるんだから、大人しく見せたらいいんだよッ!」

 

「えッ、なんでですか? IS学園の関係者でもない人に俺の琥珀ちゃんを見せるいうんはちょっと・・・」

 

「うるさいなッ! お前に拒否権なんてないんだよ!!」

 

「拒否権がないんなら、俺も貴女の言う事を聞く義務もないですよね?」

 

「こ、このッ・・・!!」

 

春樹の言っている事は当然の事である。

いくらISを発明した束であっても、彼女はIS学園の職員でも何でもない部外者。そんな人間へ自分の為に開発してくれたISを見せる義理があるだろうか。

・・・というか。彼女に琥珀を見せたくないのは、ただ単に”束の物言いが気に入らない”という理由が大半を無意識下に占めるが。

 

「クククッ・・・そこまでだ、束。もう止めろ・・・クククッ」

 

「で、でもちーちゃん! って、まだ笑ってるし!?」

 

年端もなく喚き散らすようになって来た束を抑える千冬。

その姿を見て、春樹は「・・・大変じゃなぁ、篠ノ之さん・・・」と箒へ温かい目を送った。

そんな目を送られた箒は反応に困ってしまったが。

 

「お・・・おお、おおお、織斑先生ッ! た、大変ですッ!!」

 

「ん?」

 

そんな時、席を外していた山田教諭が携帯電話を片手に明らかに尋常ではない程に慌てた様子で、叫びながら千冬へ向かって走って来たのである。

 

「・・・阿ッ・・・」

 

「どうしたの・・・春樹?」

 

「面倒事の予感しかせんのんじゃけど・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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49話

 

 

 

臨海学校の二日目。

あわてんぼうの山田先生は、いつになくドモリ気味で織斑先生に耳打ち。

すると、どうじゃろうか。「全員、注目ッ!」の声と共に「面倒臭いけど授業だから仕方ねぇな」と高を括っとったテスト稼働が”中止”になりよった。

しかも・・・なんでか知らんが、先生の連絡が来るまで生徒は各自室内での待機を通達された。

 

「やった!」と、俺ぁ内心でニカッとはにかむ。

俺は他の連中と違って、同室のモンがいない一人部屋じゃ。

その”先生方からの連絡”とやらが来るまで、内緒で持って来たスパロボと新しく買った地元の酒で一杯やりながら優雅なひと時過ごす・・・・・筈じゃった。

 

「では、現状を説明する」

 

なんでか知らんが、俺を含めた専用機持ち連中は旅館の宴会用の大座敷へ集合。

そんでもって、頭に疑問符を浮かべた俺らの前へいつも通り偉そうにふんぞり返った織斑先生がご丁寧にいらん状況説明をしてくれた。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

なんでも米国のISが暴走して、米軍監視区域を離脱。その後にどーいう訳か知らんが、この旅館からだいたい二㎞離れた先の空域を通過する事が予測されたそうじゃ。

 

ここまで聞いた話から捻りだした俺の感想は、「ふ~ん、あっそう・・・で?」と言った淡白なもんじゃった。

「別に、アメリカのISが暴走したけんなんなんな?」と言ってやりたかったが・・・そういう雰囲気じゃなかったけん、俺ぁ此処は空気を読むことにした。

・・・つーか”軍用IS”って。アラスカ条約でISの軍事利用は禁止されとったんと違うんか? 流石は”自由の国”じゃのぉッ。

 

「福音の目標地点までの到達時間は現時刻より、五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処こととなった。教員は学園の訓練機を使用し、空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちのお前達に担当してもらう」

 

「・・・・・ッは!?」

 

えッ・・・ちょっと待って、ホントに待ってッ。織斑先生、なに言いよーるんですかッ?

 

「なんだ、清瀬。意見があるのなら、挙手するように」

 

「いやいやいやッ、なにをさも当たり前のように俺らぁが軍用ISの相手をする話になっとるんですか?!」

 

普通、此処はアレじゃろう。先生らぁ教員部隊がその銀の福音やらを相手にして、俺らぁ生徒が海域封鎖をするんと違うんか?

 

「それに、なして俺らがアメリカの尻拭いをせにゃあおえんのんですかッ? こう言うんは、それこそアメリカのIS部隊か自衛隊がやりゃあええでしょう! 俺らは関係な―――「清瀬、お前は話を聞いていたのか?」―――阿?」

 

話を遮ったんは、ギロリッときっつい目を俺へ向けた篠ノ之さんじゃ。

 

「あぁッ、話ならバッチし聞いとったよ。じゃけど、なんで俺らが戦わにゃあおえんのじゃ?」

 

「それは我々が期待されているからだろう。それに私達は専用機持ちだ。機体のスペック上、私達のISが対処するのが得策だ」

 

「それは解っとるよ。その暴走機体言うんは第三世代なんじゃろう? じゃったら打鉄やラファールのような第二世代型量産機よりも、同じ第三世代型のISで叩いた方がええ事は俺でも解る。じゃけどなぁ篠ノ之さん・・・これは試合でもなけりゃあ、訓練でもない。命をやり取りするかもしれん”実戦”なんじゃぞッ!」

 

専用機体を持ってる言うても、所詮は学生じゃ。

学徒出陣でもあるめぇし、なんで俺らが命を賭けて戦わにゃあならん?!!

 

「なんだ清瀬、怯えているのか? フフッ・・・意外にも小心者なんだな、お前は」

 

「・・・きょーてーに決まっとろうがな。殺されるかもしれんのんじゃぞッ!」

 

「なら、此処からすぐに出ていけ! 覚悟のない軟弱者に用はな―――「やめんか、篠ノ之ッ!」―――しかし、織斑先生!」

 

「今は内輪揉めをやっている場合ではないッ」

 

織斑先生の一喝にシュンとする篠ノ之さん。

じゃが、君の気持はよく解るで。貰ったばっかの新しい”玩具”で遊んでみたいって言う気持ちは。

 

「・・・いんや先生、篠ノ之さんの言う通りじゃ。俺はこの作戦を降りるで」

 

「・・・良いのか、清瀬?」

 

「はい。今の俺にそねぇーな”覚悟”はないですけんね」

 

そう言うて、俺はこの大座敷を後にせんと襖の方へ顔を向けるんじゃけど。

そねーな俺に・・・

 

「待てよ、清瀬!!」

 

・・・この空気の読めん忌々しい劣化バナージが声をかけて来よった。

 

「・・・ッチ、なんじゃーな織斑?」

 

「お前、逃げようとするなよ! 皆が困ってるんだぞッ!」

 

「困ってる? あぁ、困っとるじゃろうな。条約で禁止されとる軍事転用のISが暴走して、米国は大慌てじゃろうな」

 

「だったら、尚更ッ!」

 

「悪いが織斑くぅん、俺はこんな常識外れな迷惑事は勘弁じゃ。じ-さんばーさんが道端へ買い物袋をぶちまけるんと訳が違うんぞ」

 

「なんだよ、それ・・・シャルの件で見直そうと思ったけど・・・見損なったぞ、清瀬!」

 

「・・・ッケ。今更オメェなんぞに見直されても仕方ねぇし、嬉しゅうもないわな」

 

酷く眉間に皺を寄せた織斑を背に俺はずんずん出入口へ向かう。

途中、俺を心配そうな顔でセシリアさんやシャルロットが見て来るが知れた事か。

・・・じゃけど・・・。

 

「(・・・ちっとばっかし、この面倒事は”オカシイ”ぞ」

 

「ッ!」

 

俺は擦れ違いざまにラウラちゃんへボソリと耳打ちする。

本職が軍人である彼女ならば、俺の何とも言えんこの面倒事への”異様さ”をちったぁ解ってくれるじゃろうと思うてじゃ。

 

「・・・なんか知らんが。絶対、”裏”があるぞコレ」

 

自室へ戻った俺は、触らぬなんとやらに祟りなしとばかりに内緒で持って来たゲーム機の電源をONにした。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

言いたい事だけ言って、早々にこの特殊作戦から離脱を表明した春樹を余所に残ったメンバーたちは作戦の準備段階へと移行。

 

「それでは作戦会議を始める」と言った千冬の言葉を皮切りに早速「はい」と手を挙げるセシリア。

作戦離脱を表明した春樹に動揺はしたものの、自分のなすべきことを彼女は弁えていた。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「わかった。ただし、これらは二ヵ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低二年の監視がつけられる。いいな」

 

「了解しました」

 

セシリアの懇願に敵IS『銀の福音』、通称呼称名『福音』のスペックデータが皆の前にある簡易モニターへ映し出される。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型・・・私のブルーティアーズと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」

 

「攻撃と機動の両方を特化した機体ね、厄介だわ。しかも・・・スペック上では私の甲龍を上回ってるから、向こうの方が有利ね」

 

「この特殊武装が曲者って感じはするね。この間、お父さんが送って来てくれたリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど・・・連続しての防御は難しい気がするよ」

 

様々な意見が出される中、ラウラが千冬へ福音の細かな状況を確認するための『偵察』をするべきではないかと具申する。

しかし、この福音は現在も超音速飛行を続けており、その最高速度はマッハ2を超えるとの指摘を受けた。

 

「つまり、福音へのアプローチは一回が限界と言う訳ですわね」

 

「・・・そうなると・・・一撃必殺を持った機体が・・・この福音へ対処するしかない」

 

「そうなると・・・・・ッ」

 

簪の言葉にその場へいた全員が一夏へ視線をやった。

 

「・・・あぁッ、俺が零落白夜でやってやる!」

 

彼の言う通り、単一能力の特性で確実に相手を落とす事が可能な『零落白夜』を使用する事が白式には出来る。

今まで話についていけず弱っていた一夏だったが、皆が自身を指名した事で直感的に納得の言葉を連ねた。

 

「・・・・・」

 

だが、そんな決意を秘めた彼に簪は何故か怪訝な顔をする。

自分で言っておいてなんだが、今作戦を離脱した春樹に対し、一夏から当てつけのような感情が感じられたのだ。

それを感じ取った彼女は一夏に過度な期待はしないでおこうと内心へ思う。

 

「なら、問題は『どうやって、其処まで一夏をそこに運ぶか』だね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから、移動をどうするか・・・」

 

「その福音に追い付ける速度を持った機体・・・この中で一番速い速度を出せるのって、確かセシリアのブルーティアーズよね?」

 

鈴の言葉にセシリアは強く頷く。

何故なら、まるでこの日を予想していたかのようにイギリス本土から強襲用高機動パッケージなるものが送られて来ていたのである。

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

 

「二十時間を超えますわ」

 

「よし、それならば白式の移動にはブルーティアーズが適任―――――」

 

「待った待ったー! その作戦は、ちょっと待ったなんだよ~ッ!!」

 

作戦事項が纏まりかけた矢先。このシリアスな現場には似つかわしくない陽気な声が聞こえて来た。

何事かと思えば、座敷の襖をババンと開け放って束が登場したのである。

 

「ちーちゃん、ちーちゃん。そんなのよりも、もっと良い作戦が束さんの頭の中にナウ・プリンティングゥッ!」

 

「出て行け」

 

「あうッ!」

 

突如として現れた束の顔面目掛け、千冬はアイアンクローをかます。

されど、その攻撃に負けじと彼女は我を通した。

 

「ここは断然ッ! 紅椿の出番なんだよ!」

 

「何?」

 

「紅椿のスペックデータ見てみて!パッケージなんかなくても超高速機動ができるんだよ!」

 

その言葉と共に数枚のディスプレイが千冬を囲むようにして現れる。

 

「紅椿の展開装甲を調整して・・・ほいほいほいっと。ホラ! これでスピードはばっちり!!」

 

陽気な声でディスプレイを操作し、「えっへん!」と子供っぽく胸を張る束。

そんな彼女の言ったある単語に簪が疑問符を浮かべながら、オウム返しをする。「『展開装甲』・・・って?」と。

 

「おや、眼鏡のお前は理解できないって顔をしているね? この展開装甲というのはだね、この天才束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよー。それでこの第四世代ってのは『パッケージ換装を必要としない万能機』という現在絶賛机上の空論中のもので、具体的には白式の雪片弍型に使用されてまーす」

 

『『『・・・・・えッ!!?』』』

「はッ・・・え・・・えッ?」

 

束の説明にチンプンカンプンな一夏を除いた全員が、あんぐりと口をチョウチンアンコウのように開けたままフリーズしてしまう。

 

「それで巧くいったので、なんとなんと紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありまーす! システム稼働時にはスペックデータはさらに倍プッシュッ♪ ちなみに紅椿の展開装甲はより発展したタイプだから、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能。これぞ第四世代型の目標である『即時万能対応機』ってやつだね。束さん、箒ちゃんのために頑張り過ぎちゃったよ。ぶいぶいッ・・・って、はにゃ? あれ? どうしたの、皆?」

 

はしゃぐ束を余所に皆がシーンと静まり返るのも無理はない。

世界の現状的に言うと、皆が膨大な時間と莫大な資金でようやっと第三世代機を実験段階まで造り上げたというのに。それをこの天才もとい・・・自称、天”災”科学者は無に帰してしまったのだ。

 

「はぁッ・・・束、言ったはずだぞ。『やりすぎるな』・・・と」

 

「そうだっけ? えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ~・・・って、待ってちーちゃん! その振り上げたグーは―――グエッ!?」

 

振り上げた拳を束の頭上へ振り下ろした千冬は話を元に戻さんと、言葉を連ねる。

 

「・・・束、紅椿の調整にはどのくらいの時間がかかる?」

 

「えッ・・・!?」

 

「お、織斑先生ッ!?」

 

驚いた声をあげたのは簪とセシリアだった。

 

「わ、私とブルーティアーズならば今作戦を必ず成功させてみせます!!」

 

「私も・・・オルコットさんの方がいいと思います。それに・・・実践経験の薄い篠ノ之さんと織斑くんでは危険・・・だと思います」

 

「私も簪の言葉に同意見です。経験の浅い二人だけでは作戦に支障を来す恐れがあります」

 

「なんだとッ! 私と一夏では無理だと言うのか?!!」

 

「止さんか、篠ノ之」

 

簪へ噛み付く箒をとりあえず落ち着かせた千冬はセシリアの方に視線をやる。

 

「オルコット、その高機動パッケージはブルーティアーズへ量子変換してあるのか?」

 

「そ、それは・・・ッ」

 

追加パッケージの量子変換には時間がかかる。

その点、紅椿の調整には時間がかからないとなると、残り時間が少ない彼女等には選択の余地はない。

 

「しかし、織斑教官。やはり、一夏と箒だけで今作戦を実行するのは些か危険です。私も同行する事を許可してください」

 

「心配には及ばん、私と一夏だけで十分だ。ラウラの手はいらないぞ」

 

「だが、箒!」

 

「そこまでだ、二人とも! では本作戦は織斑と篠ノ之、両名をメインとした目標の追跡及び撃墜を目的とする。・・・いいな、ボーデヴィッヒ?」

 

「・・・ッ・・・教官がそう仰るのであれば」

 

諭されるように千冬から引き下がるラウラへ箒は「フンッ」と鼻を鳴らす。

その態度は見るからに自信がある者でなければとれないようなものであった。其れほどまでに束から受け取った紅椿と自身の技量に自信があるのだろう。

 

「よし。作戦開始は三十分後。各員、ただちに準備にかかれッ!!」

 

手を叩いて促す千冬の声に皆が大きく「はいッ!」と返事をする。

しかし、浮かれる箒といつになくやる気を見せる一夏をラウラと簪は若干怪訝な目で見たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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50話

 

 

 

「来い、白式!」

「行くぞ、紅椿!」

 

作戦開始時間五分前。

『銀の福音討伐作戦』の会議を終え、高速戦闘の経験があるセシリアからみっちりとアドバイスを受けた一夏と箒は共にISを纏う。

そして、作戦開始時間ちょうどピッタリ。一夏を背に乗せた箒は千冬の合図と同時に大地を蹴り上げて蒼空の大空へと飛翔する。

流石は天下に名高きIS開発者が一から造り上げた機体か。二人の姿は一分と経たぬ内に水平線の彼方へと消えて行った。

 

「・・・・・」

 

一夏と箒が飛翔した方向を見ながら、ラウラは真剣な面持ちで太平洋の水平線を見つめる。

「・・・どうしたの、ラウラさん?」という簪の疑問符に「・・・いや、なんでもない」とラウラは単調に返す。

だが、彼女の内には奥歯に物が挟まったような言い表せぬモヤモヤした気持ちの悪い感触が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

一夏と箒の二人が出撃した数分後。

箒の紅椿のハイパーセンサーが、前方向へ現れた機体に反応する。

 

「見えたぞ、一夏ッ!」

 

「ッ!」

 

彼女の声に一夏が目を向けると其処には全身が銀色に輝かせ、頭部へ一対の巨大な翼を持つIS『銀の福音』を確認する事ができた。

 

「一気に決めるぞ、一夏!!」

 

「おうッ、わかってる!」

 

一夏は白式の唯一の武装にして最大の攻撃力を誇るであろう雪片弐型を握り締め、この作戦において重要な役割を果たすであろう単一能力『零落白夜』を白い刃へ纏わせる。

 

「今だッ、箒!」

 

「行って来い、一夏ッ!!」

 

「うぉおおおおおおッ!!」

 

一夏の合図で、最高速度で福音に向かっていた紅椿からカタパルトの如く一夏の掛け声と共に凄まじい勢いで白式が発射される。そして、その急転直下の勢いのままに彼は斬り結ばんと刃を振り払う。

 

≪ッ!!?≫

 

突然高速で現れた一夏に対処が間に合わなかったのか。ガギンッ!と鈍く重い音と共に蒼白い刃をその身に受ける福音。

 

「(いけるッ!)いっけぇええ―――ッ!!」

 

この直撃に一夏は福音をこのまま真っ二つにするつもりで更に力を籠める。

零落白夜の攻撃力で徐々に失われていく福音のシールドエネルギー。しかし、福音とてやられっぱなしというわけではない。

 

「なッ!?」

 

自らの身体をぐるりと反転させ後退。

正面に立つような形で白式と対峙し、一夏から動揺の声を引き出した。

 

「こ、このぉおッ!!」

 

だが、臆さずに二発目の零落白夜で叩き斬らんと体勢を立て直し、一夏は再び福音へ目掛けて踏み込んで行く。

 

≪敵機確認。迎撃モードへと移行。『銀の鐘』稼働開始≫

 

「なにッ!?」

 

その踏み込んだ二発目の零落白夜を今度はいとも容易く回避した福音は、なんとも機械的な音声を警告音のように二人へ聞かせた。

そして、装甲の一部であるスラスターをまるで銀の翼を広げるように展開させ、砲塔を露わにする。

 

 

「ッ! 一夏、離れるぞ!」

 

「あぁ!」

 

≪・・・・・La・・・♪≫

 

二人はすぐに福音の近くから離脱する。

しかし、そんな二人を逃がさんと甲高い機械音声と共に福音の全砲口から高密度に圧縮された羽のような形の無数のエネルギー光弾が全方位に向けて発射。

しかも、どうやら発射されたこの光弾は追尾システムが備わっているのか。二手に分かれてそれぞれを追う。

 

「うわッ!?」

 

「一夏?!」

 

そのエネルギー光弾が僅かに白式の装甲へ突き刺さる。

すると光弾は即座にシャボン玉のように弾け、予想以上の破壊力を見せた。

 

「俺は大丈夫だ、箒! だけど・・・なんて連射速度だよッ・・・!」

 

「くッ・・・ならば!!」

 

その衝撃に思わず顔をしかめる一夏。

そんな歯噛みをする彼に変わり、今度は箒が福音に向かって駆けて行く。

 

第四世代特有の展開装甲を発動させ、斬撃そのものをエネルギー刃として放出できる空裂で此方へ向かって飛んで来る光弾を迎撃しながら接近。

その猛攻に対して福音は両スラスターを前面に出し、通常の光弾を射出させると同時に高出力のビームを放って弾幕を厚くする戦法をとった。

 

「やるなッ・・・だが!!」

 

≪・・・La・・・ッ!?≫

 

箒はその弾幕を雨月のレーザーと空裂のエネルギー刃で粉砕し、そのまま福音の腹部へ強烈な一撃を叩きつけた。

この攻撃によって福音は大きく後方へ吹き飛ばされ、体勢を崩すと共に明後日の咆哮へエネルギー光弾をばら撒く。

 

「今だ、一夏ッ!!」

 

漸く出来た決定的な一撃を与えられる隙が出来た事で、今度こそ仕留めんと一夏は福音へ接近して行く。

・・・だが・・・

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

「い、一夏ッ!?」

 

この箒が作った隙に乗じて福音へ飛び込むはずだった一夏が、何を思ったのか瞬時加速と零落白夜を同時に最大出力で発動させ、福音とは真逆の方向へと飛んでいった光弾を必死になって掻き消したのである。

 

「一夏、お前は一体何を・・・折角のチャンスをッ!!」

「船がいるんだ! 海上は先生たちが封鎖したはずなのに・・・・・あぁ、クソッ! 密漁船か!」

 

一夏が何を守ろうとしていたのか。その後方を箒はハイパーセンサーで確認すると、この近くで密漁をする漁船がいたのだ。これに一夏がもし気付かなければ、福音の攻撃はあの船に直撃していただろう。

されど、こうしている間に雪片弐型へ宿っていた蒼白い炎はエネルギー切れで消えてしまい、展開装甲が閉じてしまった。

それを見た箒は苛立ちを隠せないようにギリリッと歯軋りをし、一気に叫ぶ。

 

「馬鹿者! 犯罪者などを庇って・・・そんなヤツらは―――「箒ッ!!」―――ッ!!?」

 

「箒、そんな寂しいことを言うなよ。力を手にしたら弱いヤツの事が見えなくなるなんて・・・どうしたんだよ、箒ッ? らしくない、全然らしくないぜ」

 

「わ、私は・・・私は・・・・・ッ!」

 

一夏の文言に動揺の色が隠せず狼狽える箒。

 

「ッ! 箒!!」

 

「え――――――――」

 

またしても何を思ったか、一夏は咄嗟に箒の身体を紅椿ごと抱きしめて反転する。

最初は何をされたのか全く分からなかった彼女だったが、その次に目に飛び込んできた光景へ衝撃を受けた。

 

「がぁあああああッ!!?」

 

「い、一夏ぁああッ!!」

 

福音が安易に近づきすぎた箒へ向けて行った一斉射撃を一夏が代わりに直撃したのである。

掠めただけでも十分な威力を見せた福音のエネルギー光弾。それをまともに何十発も受ければ、一溜まりもないのは確実であった。

 

「一夏ッ、一夏ッ、一夏ぁッ!!」・・・と、箒の悲痛な叫びが海上に木霊する。

しかし、操縦者を守る筈のエネルギーシールドで相殺出来ない程の攻撃を受けた一夏からは何の返答もない。

そのまま二人は真っ逆さまに海へと落下し、大きな水しぶきを上げた。

 

≪・・・La♪≫

 

ただ一機だけ残された福音は二人が海へ落ちた事に対し、機体特有の高い機械音を鳴らす。

まるで勝者だけに許された笑みを浮かべているようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

所変わって、此処は国会議事堂にある一室。其の部屋の扉の横にはデカデカと『IS統合本部』と書かれた看板が掛けられている。

 

部屋の中では様々な分野の知識を持っている多くの職員達が紙の資料や端末資料に目を通している。

そんな連中に混じって、スーツをビシッと決めたある男がいた。

その男の容姿は中々に整っており、自らの務めを果たしている姿は実に様になっていた。

 

「・・・ん?」

 

ふと、男が小休憩の為に一息入れよう等と思っていると、胸ポケットに入れていた私用の携帯電話が鳴った。

男は大方秘書からの電話かと思っていたのだが、画面へ表示された相手の名前を確認し、すぐさま顔色を変えた。

 

「・・・こんな日に君から電話をかけて来るとは。どうだ、楽しんでいるかね?」

 

男は電話相手と何ともフレンドリーに会話を始めるが、何処かその表情は微妙に引きつっていた。

何故ならば、電話の相手は何の前触れもなくとんでもない情報を渡してくる人物であったからだ。

 

「やはり、日本海や瀬戸内海とは違って太平洋は・・・・・・・・何ッ?」

 

男の顔が柔らかい表情から一気に強張る。

周囲にいた職員達は彼の表情の変化に気づき、やんややんやと騒ぎ始めて来た。

 

そんな職員達へ「シィー・・・ッ」と静かにするようとジェスチャーを送った男は電話相手に聞き返す、「その話・・・詳しく聞かせてくれ」と。

 

すると、電話相手は何とも奇妙な「阿破破破ッ」と言った笑い声をあげた後にこう聞き返した。

 

≪ええけど。その前に幾つか調べて貰いたい事があるんじゃけど・・・よろしいじゃろうか、『長谷川』さん?≫

 

これに日本IS統合対策部副本部長、『長谷川 博文』は大きく頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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51話

 

 

 

二泊三日の臨海学校の二日目。

突如として起きたアメリカとイスラエルが太平洋沖にて極秘開発中の軍用IS『銀の福音』による暴走事件。

その暴走ISを討伐せんと、我らが劣化版バナージの織斑の野郎とちょっと見た目が頭の弱そうに見える天才科学者から直々に専用機を受け取った篠ノ之さんが意気揚々と出撃しよった。

・・・じゃけど・・・

なんと俺の予想を大きく”裏切って”、この銀の福音討伐作戦は”『失敗』”という形で幕を引いた。

『スパロボZ2』の『再世編』をやりょーる時、作戦終了の連絡を届けてくれた山田先生が今にも泣きそうな顔じゃったのが印象的じゃった。

 

その作戦失敗の連絡を聞いて、俺ぁ思わず手で口を覆っちまった。

・・・今にも耳まで”つり上がりそうな唇”と”笑い声”を隠さずにはいられんかった。

 

≪弾けろッ!!≫

 

「お~・・・流石は改造度MAXで強化精神を詰め込んだ『紅蓮聖天八極式』。中ボスクラスが輻射波動一発で・・・・・流石、『紅月 カレン』ちゃん、サ〇ライズの歴史を変えただけの事はあるのぉ」

 

・・・で、山田先生からその連絡を聞いた後、俺はさも何事もなかったようにスパロボの続きに勤しんどる。

今は現実世界の”戯言”より、『ガイオウ』倒してスパロボ世界を救わねばならぬ使命感に俺は燃えておった。

 

「なら次は、これまた魔改造を施した『藤堂』さんの『斬月』でコイツを・・・・・っと、そん前に俺の”燃料補給”をせんとな」

 

残弾尽きた酒の補充をせんと、救える世界も救えないでござる。『ノーゲーム・ノーライフ』ならぬ、『ノーアルコール・ノーライフ』じゃ。

・・・別にノンアルコール飲料が悪いという意味とは違う。アレもいろんな味があって美味いんは確かじゃ。

じゃけどやっぱり、俺は酒がええ。

 

そんな客観的に見てもかなり”アレ”なほろ酔い気分の俺が勢い余ってバンッと扉を開けるとあら吃驚。

 

「きゃッ!?」

 

「どわッ!?」

 

何でか知らんが、俺の部屋の前に立っとった凰さんと鉢合わせしてしもうた。

そんでもって、俺があんまりにも扉を開け放ったもんじゃけん、お互いに吃驚じゃ。

 

「もーッ、吃驚したなぁ。なんじゃーな、凰さん? 確か今は皆、自室待機なんじゃねぇんか?」

 

「えぇ、そうね・・・・・清瀬、ちょっと話があるんだけど」

 

「阿?」

 

そう言うた凰さんの目は、いつになく真剣じゃった。まるで、これからカチコミにでも行くようなギラついた目じゃった。

 

そねぇーな目を見てしもうた俺は、容易に彼女がこれから”しでかそうと”しょーる内容が解ってしもうた。

・・・まぁ、当然か。

 

「清瀬、私はこれから―――「ゆーな、ゆーな、皆までゆーな」―――ッえ?」

 

「大方・・・あの野郎の『仇討ち』をやろうってんじゃろう?」

 

ニコリとニヒルに笑う俺の言葉に凰さんは驚いたんか、ちぃと目を見開く。そして、「えぇ・・・そうよッ」とさっきと同じ強い視線に戻った。

 

「ほぉ~ん・・・「私、覚悟できてます」ってツラじゃのぉ。そねぇーな顔で、他の皆も”オトして”来たんか?」

 

「・・・ッ・・・」

 

押し黙る凰さんの横を見ると、其処にはこっちの様子を見るラウラちゃんや簪さんをはじめとした専用機持ちの人がおった。

 

「・・・嫌じゃ」

 

「ッ、春樹さん!!」

 

俺の意図した発言にセシリアさんが噛み付いて来る。

じゃけど、そんな彼女に凰さんは「やめて!」と声を荒らげる。

 

「別に無理してアンタを誘いに来た訳じゃないわ。アンタは元々、一夏の事が嫌いだものね」

 

「おーッ、よう解っとるがな。・・・じゃけど、なんで俺を誘いに来たんじゃ? 今の頭数でも十分足りとると俺は思うんじゃけど?」

 

「それは・・・」

 

「それは私が春樹を推したからだ」

 

言い淀む凰さんの代わりに口を開いたんは、ラウラちゃんじゃ。

 

「なして俺を?」

 

「春樹、お前は私とシャルロットがIS学園へ転校して来る前に福音と同じタイプの無人機を破壊した実績があるそうだな」

 

「あぁッ、そねーな事もあったのぉ」

 

射撃を主軸に攻撃をしてくるという点では、俺が一学期の初め位にブチ回したゴーレムと同じタイプじゃろう。

 

「じゃけど、アレはたまたま運が良かっただけじゃ。俺にそねーな実力はな―――「ありますわ」―――ッへ?」

 

今度はセシリアさんが俺に真剣な眼を差し向けて来よった。

 

「春樹さん。こんな事を言うのは大変悔しいのですが・・・この中で、貴方は一番の実力者ですわ」

 

「おいおい、ちょっとちょっとセシリアさん! 俺ん事、買い被り過ぎじゃって」

 

ヘラヘラ笑う俺に相変わらずセシリアさんは、その綺麗な青い眼で強く見据えて来よる。

そんな覚悟が伝染するかのように、今度はデュノアと簪さんが俺に目を向けて口を開いた。

 

「春樹、ボク達は正直言って不安なんだ。だから・・・ボク達に力を貸して欲しいんだ」

 

「それに・・・あのまま、あのISを放って置いたら、皆が危険。・・・放って置く事はできない」

 

・・・ふむ。『一人は皆の為に、皆は一人の為に』ってヤツじゃな。

 

ラウラちゃんは二人だけで戦場へ行かせてしもうた罪悪感みたいなもんが感じられるし、簪さんはセシリアさんとデュノアと同じくあの危険ISを放って置けないって感情が感じられる。

・・・この琥珀色の目玉になってから、人の心情がちぃっと解るようにようになったけんな。

 

「じゃけど・・・ひー、ふー、みー・・・一人頭数が足らんのんじゃないんか?」

 

『『『・・・ッ・・・』』』

 

俺の指摘に皆がバツの悪そうな顔をしよる。凰さんに至っては、ギリリッと歯軋りが聞こえて来そうじゃ。

 

銀の福音の攻撃で織斑の野郎は意識不明の重体。

何で野郎がそねーな事になったんか。それは同じ戦場に居った篠ノ之さんを庇ったけんじゃ。

 

「箒は・・・その・・・・・」

 

「・・・デュノア、言わんでも解る。ホントは凰さんも野郎の傍に居りたいんじゃないんか?」

 

「ッ・・・当たり前、じゃない・・・!!」

 

我ながら意地の悪い質問じゃ。

自分の大切な人がとんでもない事に巻き込まれたら、傍に居りたいに決まっとる。俺だってそうじゃ。

じゃけど・・・凰さんは涙をグッと堪えて絞るような声で俺に言い放ちよった。

「そんな事をアイツは望んじゃいない。アイツなら皆を助ける為に動けって言う」・・・と。

 

俺ぁ思わず「・・・ッチ」と舌打ちがしとうなった。

なんで、こねぇーにエエ女があねーな男に惚れとるんじゃろうと。

 

「ふむ・・・君らぁの気持ちはよう解った。でも・・・皆、先生に黙って行くつもりじゃなかろうな?」

 

『ギクリッ』っていう擬音語が顔から読み取れたんは、ラウラちゃんとデュノアからじゃ。

浴衣の下にISスーツをバッチし着こんどるんが、バレバレじゃで皆さん。

じゃが、まぁ・・・・・調度ええ”茶番”にはなったかのぉ?

 

「清瀬~~~~~ッ!!」

 

「なッ!? あ、あれは・・・ッ!!」

 

「お、織斑教官・・・ッ!!?」

 

阿破破破破破ッ!! ナイスな展開だぜぇ。

流石は長谷川さん、仕事が早~い!

 

じゃけど、解ってはおったが・・・あねーに恐ろしい形相でドスドス迫って来るんは、かなりきょーてーのぉ。

阿破破ノ破ッ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

『銀の福音討伐作戦』失敗から一時間とせぬ内に、ある一団がゾロゾロとIS学園一年生生徒が宿泊する旅館・花月荘を訪れた。

貸切の筈の当館へ訪れた思わぬ来訪者に旅館の従業員達は驚く。だが、そんな彼等よりももっと驚いたのが学年主任の千冬だった。

 

「私達は”日本代表候補生である”清瀬氏の要請を受けて参った所存であります」

 

「なに・・・ッ!!?」

 

旅館を訪れた謎の一団の正体は、日本政府が独自に組織した『内閣IS統合対策部』の副本部長、長谷川 博文が送って来た職員達だったのである。

 

「これより『銀の福音討伐作戦』の陣頭指揮を織斑 千冬教諭から受け継ぎ、作戦続行を開始します」

 

「ちょっと待ってください! この作戦はIS学園上層部からの―――こッ、これは!?」

 

反論しようとする山田教諭へ長谷川の秘書官である高良がある書類を彼女に見せる。

其れはIS学園の長である轡木学園長のサインが書き込まれた許可証だったのだ。

 

「IS学園の学園長であらせられる轡木 十蔵氏からは許可をもらっております。偽造だと思われるのならば、どうぞご確認ください」

 

「えッ・・・その・・・あの・・・ッ!」

 

「よろしいですね、織斑 千冬学年主任殿ッ?」

 

捲し立てる高良の言葉に千冬は、眉間に若干の皺を寄せて目を細めながら了承とも取れる頷きをした。

 

「ありがとうございます、織斑先生。・・・ところで、清瀬君・・・いや、清瀬代表候補生は何方に?」

 

この時、千冬は第一次作戦会議から降りる事を宣言した春樹へ口外禁止の誓約書を書かせるべきであった事を後悔するのと同時に、彼の嘲笑うかのような笑い声を思い出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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52話

 

 

 

≪皆さん、ディスプレイ越しに申し訳ありません。私は日本政府直下機関『内閣IS統合対策本部』副本部長の長谷川 博文です。どうぞよろしくお願いします≫

 

第一次福音討伐作戦の失敗から一時間後。作戦会議室となっていた宴会場の大座敷へ再び集まった専用機持ち達。

 

しかし、先程までとは状況は違う。

作戦会議室である宴会場には、作業服やスーツに身を包んだ日本政府関係者達がなんとも忙しなく動いていたからだ。

加えて、この福音討伐作戦から真っ先に身を引いた筈であろう二人目のIS男性適正者である春樹が、政府高官を名乗る男が映っているモニター画面の右側に立つ秘書官の高良と対になるように左側へ、さも当たり前のように佇んでいた。

まるで腹心の部下の一人のようである。

 

「あ、あのMr.長谷川・・・これは一体どういう事なんですの?」

 

それに対し、未だこの状況下が飲み込められない専用機持ち達の疑問符を晴らそうとセシリアが恐る恐る問いを投げ掛ける。

 

≪君はイギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットだね。清瀬君から、君のお噂はかねがね。とても優秀な操縦士だそうだね≫

 

「は、はぁ・・・ありがとうございます」

 

「こほんッ・・・長谷川副本部長、よろしいですか?」

 

彼女へニコやかな笑みを向ける長谷川に高良が咳ばらいをし、本題を話すよう急かす。

そんな彼に長谷川が短く「すまない」と言葉を連ねると、モニター画面へある映像が投影される。

 

≪これは現在、日本の衛星カメラで確認した『シルバリオ・ゴスペル』、『銀の福音』の映像です。映像に映っている通り、何故か福音は周囲を警戒するように旋回行動をとっている。これを君達に撃破して貰いたい≫

 

『『『ッ!?』』』

 

長谷川の言葉に全員が驚愕に表情を染める。

そして、「なぜ?」とばかりに真っ先に口を開いたのはラウラだった。

 

「お言葉を返すようですが、長谷川殿。私達は今作戦をIS学園上層部からの通達と織斑教官・・・織斑先生から伺っておりますが・・・何故に貴方達、日本政府が?」

 

「今更、出しゃばって来るな」と言いたげなラウラの物言いに長谷川は神妙な面持ちで事の内容を説明しようと唾を飲み込む。

 

「そん事は俺が話してもええですか、長谷川さん?」

 

「春樹?」

 

だが、そんな彼に待ったをかける人物が一人。今まで沈黙していた春樹だ。

そんな彼に長谷川は「あぁ、構わない」と了承を口にする。

 

「ラウラちゃんの言いたい事はよー解る。今更なんじゃって気分じゃろうよ。・・・じゃけどそーいう訳にもイカンようになった。過程と工程をキング・クリムゾンの能力で吹っ飛ばして言うと、IS学園上層部から送られて来た言う福音の討伐は・・・”ダミー”じゃった」

 

「な、なんですってッ!?」

 

「”偽物”・・・だったていう事・・・ッ?」

 

「だが、何故そんな事を日本政府がッ?」

 

春樹の発言に顔を見合わせて驚く皆を余所に、彼は尚も話を続ける。

 

「そりゃあ、俺が長谷川さんへ情報をリークしたけんじゃ。まぁ・・・俺としちゃあ、織斑の野郎と篠ノ之さんの福音討伐が成功しとったら黙っとるつもりじゃったがな」

 

ポロリと出た春樹の本音に長谷川は渋い顔をし、高良は苦笑いを浮かべる。

 

「どうして、春樹が情報のリークなんて・・・ッ」

 

「「どうして」じゃと? デュノアよ、冷静に考えてみんさいや。福音が居るんは日本の領海と領空内じゃ。許可取無しの領海領空侵犯である以上と俺が善良な日本国民である以上は、ちゃんとした所にちゃんとした報告をせんとな」

 

「しかし、春樹さん。それでは貴方が情報漏洩の罪で査問委員会からの罰則を受けてしまいますわ!」

 

「確かにそうじゃのぉ。こねーな事になったとは言え、軍事機密情報の漏洩はおえまぁのぉ・・・・・まぁ、これが”表沙汰に出れば”の話じゃがな」

 

クツクツと悪巧みでもするかのような春樹の表情に只ならぬ異様さを感じ取ったセシリアが身を一歩引く隣で、ラウラが「・・・なるほど、そうか!」と納得の言葉を紡いだ。

 

「アラスカ条約でISの軍事利用は禁止されている。もし、春樹が査問委員会にかけられるような事態になれば・・・」

 

「流石はラウラちゃん、頭がさえて来たね。そうじゃ・・・この問題が表に出れば、芋ずる式にISを軍事利用した事が明るみになるじゃろうし、尚且つそれが暴走した事が解ったら大変な国際問題に発展するじゃろうなぁ~。阿破破破破破ッ!」

 

ケラケラと春樹は笑い声を会議室へ響かせる。

その笑顔は彼女達には見慣れたモノであっただろうが、周囲にいた職員達は彼の表情に何とも言えない不気味さを感じ取った

 

「それで、事情を知った日本政府が米国の弱みを掴もうと今作戦をIS学園から引き継いだ・・・という訳か?」

 

「あぁ、極論はそうじゃな。”表の理由”は領空侵犯している機体の排除。”裏の理由”は機体の撃破による残骸回収か、鹵獲による機体情報の収集・・・じゃろうかな、長谷川さん?」

 

≪其処までだ。それ以上は喋らないでくれ、清瀬君≫

 

苦言を呈する長谷川に「はーい」と間の延びた返事を返す春樹。

そして、大方の説明を一方的に聞かされた皆へこう疑問を投げかける。「さて・・・どうする?」と。

 

「・・・・・関係ないわ」

 

「鈴さん?」

 

「政府の思惑だか、なんだか知らないけど・・・私は止められたって福音をぶっ飛ばしに行くわよッ! 別に構わないわよね?!」

 

鈴は高らかに吠える。

元々、罰則を喰らうつもりで秘密裏に出撃しようと思っていたのだ。それに今更国の思惑が絡もうが、もう知ったこっちゃない。それなりの覚悟が彼女には出来ていたからだ。

 

「おうッ、勿論じゃ。ぶっ飛ばす為にちゃんと長谷川さんらぁがバックアップもしてくれるしなぁ。・・・で、皆はどうする?」

 

「はぁ・・・しょうがありませんわね」

 

「後で先生たちに怒られないなら、これで心置きなく戦えるね!」

 

吠えた鈴の言葉が皆の闘志に火を着け、やってやろうと雰囲気が辺りに伝染していく。

そうして皆は、出撃の準備段階として機体の最終設定を行う為に職員達に導かれ、作戦会議室を後にして行った。

 

「・・・春樹、少しいいか?」

 

「阿?」

 

しかし、皆が出て行った後、同じく機体の最終準備に向かおうとする春樹へラウラが声をかける。

・・・なんとも怪訝な表情で。

 

「お前が日本政府に情報をリークした理由は解った。それでなんだが・・・・・」

 

「織斑先生の事か?」

 

「・・・あぁ」

 

彼女の心配事は、福音討伐作戦の指揮権を降ろされた千冬の進退だった。

IS学園上層部からの通達とは言え。学生を軍用ISに特攻させた上に貴重な男性適正者を負傷させての作戦失敗。

重い処罰が降されるだろうとラウラは気が気でなかった。

 

「・・・優しいなぁ、ラウラちゃんは。大丈夫じゃ、俺と同じでこれが表沙汰にならん限りはな。まぁ、ちぃっとした罰があるかもじゃけど・・・今は目の前の事柄を解決せにゃあな」

 

「・・・あぁ、そうだなッ」

 

春樹の言葉にスイッチを切り替えたラウラは、セシリアたちの後を追うように部屋を後にする。

そんな彼女の背を最初は朗らかな表情で見ていた春樹だった。

 

≪・・・君も、あのような表情をするのだな≫

 

未だ通信が切られていないモニターから聞こえて来た長谷川の声に「おや、これはお恥ずかしい所を見られましたな」と春樹は照れくさそうに頬を掻く。

そんな照れ顔の彼に長谷川は「・・・すまない」と申し訳なさそうな表情を見せる。

 

「・・・構いませんよ。自衛隊を動かしゃあ、遅かれ早かれマス”ゴミ”共が何処からか嗅ぎつけて来る。それに相手は第三世代機なんじゃし、こっちでやった方が一石二鳥ですだよ」

 

≪だが・・・ISを使えるとは言え、結果的に私は君達を戦場へ赴かせる事に―――≫

 

「やめて下さい。ここで水ば差されたら、今更ブルッちまいますよ」

 

≪・・・ッ・・・≫

 

ギリッと歯噛みする長谷川に春樹は「心配するな」とばかりに口角を上にする。

そして、こう続けた。

 

「それに、俺ぁ負け戦には手を出さぬ主義なんですよ。勝てる気がしなくたって、勝ちまさぁッ!」

 

「阿破破破ッ!」と春樹はそう笑って、会議室から出て行く。

彼を傍で見ていた、秘書官の高良はその笑い声が自らを鼓舞するような無理をしている笑いに聞こえた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

第二次福音討伐作戦の進行が決まった数分後、皆がIS統合対策部からのバックアップを受けて出撃準備を整えている頃。

 

「・・・・・一夏・・・」

 

第一次作戦で意識不明の重傷を受けた一夏が眠る部屋の外で、一人パイプ椅子に座った箒は黄昏る。

その顔は酷くやつれており、眼は泥のように淀んでいた。

 

「失礼しますよッと」

 

「!」

 

そんなドンヨリ雰囲気の部屋の中へ何ともあっけらかんとした声で春樹が声をかける。だが、彼の登場に最初こそは驚いたものの、すぐに視線を下へと落とす箒。

そんな彼女に春樹は大きくため息を吐いた。

 

「黄昏てる悪いが・・・第二次作戦の日取りが決まったで」

 

「・・・知るか、もう私には関係ない事だ・・・もう私は、ISには・・・乗らない・・・ッ」

 

「ふ~ん、あっそ」

 

「・・・・・」

 

ぶっきらぼうに、されど静かに答えた箒に興味が無さそうに返答する春樹。

その後に訪れたのは短くも長ったらしい沈黙の瞬間だった。

 

「・・・まったく、グーすか呑気に寝やがって。ホントにむかっ腹が立つ野郎じゃ」

 

沈黙を再び破ったのは、心電図の音に繋がれた一夏を見ながら悪態を吐く春樹だった。

 

「禄に世の中も知らねぇくせに、「皆を守る」だのなんだの大義だけは一丁前の糞野郎」

 

「・・・・・ッ」

 

「自分で好き勝手やって置いて、俺らぁに糞メンドクセェ厄介ごとを残しやがってよぉ~・・・ホントに箸にも棒にも掛からんのぉッ」

 

「・・・めろ・・・ッ」

 

「んで、最後は宝石珊瑚の密漁者を庇ってくたばるか。コイツは笑いもんじゃ。阿破破破破破ッ!」

 

「やめろッ!!」

 

酷く下卑た笑い声を発てる春樹に箒はたまらず掴みかかる。

しかし、そんな彼女に対して春樹は「どうした、なに怒ってんの?」とばかりにニヒルな笑みを浮かべた。

 

「どうしたんじゃ? ホントの事を言うただけじゃろうがな。コイツの勝手な偽善の御蔭で、俺ぁは張りとうもない命張らにゃあおえんのんじゃぞ」

 

「貴様に何が・・・貴様に何が解るッ?!!」

 

「解る訳ねぇじゃろうが。あの薄ら馬鹿の事も、誰からも構ってもらえずに泣いとる悲劇のヒロインぶったオメェの事ものぉ」

 

「ッ!!」

 

カッとなった箒は思わず右手を春樹の頬目掛けて振り払う。

 

「おいおい、天才様の妹君は随分と単細胞なこった」

 

「ッ!?」

 

だが、その手を春樹は容易に掴む。

そして、琥珀色のギラついた眼で彼女の目を貫くように見据えた。

 

「じゃあ、一体誰のせいじゃあ言うんじゃッ? この馬鹿野郎のせいでなきゃあ、一体誰のせいじゃあ言うんじゃッ?! ホントはオメェ、気づいとるんじゃろうが。自分が専用機をねだった途端にこねーな事件が起こったんじゃ。気づかん方がオカシイと違うか、阿”ぁッ?」

 

「そ、それは・・・ッきゃ!」

 

春樹はそんな言い淀む箒を後ろへ押し返す。

押し返された事でバランスを崩した彼女はパイプ椅子に躓き、尻餅をついて転倒してしまう。

 

「そう言やぁ・・・「もうISには乗らん」なんて世迷い言を言っとったのぉ。なら、もう”コレ”はいらんなぁッ!」

 

「なッ!?」

 

箒は春樹の手に掴まれていた”金と銀の鈴が一対になってついている赤い組紐”に驚いた。

何故ならば、その組紐は箒が束から受け取った第四世代型IS『紅椿』の待機状態であったからだ。

 

「返せッ、それは私の・・・・・私の・・・ッ」

 

縋りつくように近づく箒。

だが、そんな彼女を足で振り払うと春樹はこう言い放った。

 

「玩具を取られて悲しいなら、そのまんま無様に泣いてろッ。戦う力が欲しいなら、立って歩いてみせぇや!!」

 

そう言って春樹は身体を反転させ、ズカズカと歩いていく。

後に残されたのは、一夏が眠る病室となった部屋の前ですすり泣いて跪く箒の姿だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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53話

 

 

 

「お疲れ様です。壬生さん、首尾はどねーですか?」

 

第二次福音討伐作戦の作戦開始時刻の数刻前。

春樹は自らの専用機である『琥珀』の本格的調整が行われている一室へ顔を覗かせた。

 

中ではブラックスーツに淡い青の作業服を着た技術者や開発者達が、部屋の中央に佇む日本の戦国時代の鎧とも中世ヨーロッパ時代の甲冑にも似た全身装甲のISの周りでてんやわんやとアクセク動いている。

 

「おおッ、”我らが刃”。今の所、順調にやってるよ」

 

そんな顔を覗かせた彼にワイシャツの袖をこれでもかと捲り上げた壬生が掌を見せる。

春樹は彼の口から出た自分の固有名称に若干の違和感を感じつつも、慌ただしい部屋の中へと入って行った。

 

「製作してから君に届けた途端にこの様だ、なにぶんと手が足りん有様よ。それでも皆、一生懸命にやってくれてる」

 

「・・・すいません、こんな事態になっちまって」

 

「おいおい、何で清瀬少年が謝るんだよ。・・・・・謝りたいのは此方の方だ」

 

「えッ?」

 

「おっと、悪い。今さっきのは無しだ」と語尾をはぐらかし、壬生は自らの鞄から分厚い紙封筒を取り出す。

中には『取扱説明書』と乱雑にボールペンで書かれた書類が入っていた。

 

「えッ・・・何ですか、コレ?」

 

「書いてあるだろう。NH-00型人型装着装甲騎『琥珀』の取説だよ」

 

「長いな日本語名。いや、それは解りますけど・・・なんで書類に? 普通は端末データに入れとくもんでは?」

 

「そうしたかったんだけどな。なにぶんと今頃はネット社会だ。プロトタイプ情報をどこからハッキングされて盗られちゃ敵わんからな。デジタルにはアナログって事で、全ての初期データは昔懐かしの青写真ってやつだ。それでも、この後に端末データへ変換しないといけないがな」

 

「阿破破破ッ、なるほど。”古き良きもの”ってやつですね。エエもんは廃れない」

 

「解ってるね。流石は”我らが刃”だ」

 

「あの・・・さっきから、そん名前なんですか?」と少々困惑気味で問う春樹に壬生は「まぁ、気にするな!」と朗らかな笑みを浮かべる。

 

「さて・・・清瀬少年、それで俺達に何を聞きに来た?」

 

「はい。取りあえずは琥珀ちゃんに装備されている武装、並びに今作戦へ参加する全員に配布される高機動パックについての確認です」

 

その言葉を待ってましたとばかりに「良し来たッ」と手を叩く壬生。

其れを合図に部屋中央へ佇む機体の横へ折り畳み式長机が置かれ、その上にそれぞれの部門に分かれた職員が書類を並べた。

 

「君にこの機体を送り届けた初日にも説明したが、この人型装着装甲騎『琥珀』は清瀬少年のご希望通りのもんだ。ナイトメアフレームの基本兵装であるランドスピナー並びにファクトスフィアを装備。バリアシステムには、開発に困難を極めたブレイズルミナスを採用している」

 

「あの壬生さん、なんでスラッシュハーケンが腰に付いてるんですか?」

 

「高橋、なんでだッ?」

 

春樹の質問に呼ばれた高橋なる眼鏡をかけた青年が立ちあがる。

彼の話によると、腕などの戦闘時に良く動かす部位にスラッシュハーケンを装備するよりも、腰などの固定できる部分へ装着した方が正確性や戦闘時の邪魔にならないとの説明が返された。

 

「それに『立体起動装置』みたく使えるなら、腰部分の装備が順当かと」

 

「成程、それは納得です。次に追加武装ですが、俺が希望した通りに?」

 

「あぁ、其処が中々と困難を極めた。『ヴァリス』の再現に挑んだんだが・・・目下製作中。大方再現できたと言えば、プロトタイプの試験用『MVS』ぐらいだ。・・・剣じゃなくて、”鉈”だけど」

 

「充分です。じゃけども・・・中・近距離兵装として装備されたハンドガンがなんで”回転式”タイプなんですか? 俺は拳銃と言ったら、リボルバー派じゃけども。今は有事の際じゃけんオートマチック、自動式の方が装弾数が多い。こう言うちゃあ悪いが・・・”男のロマン”でクタばりたかぁないですけんね」

 

「悪いな、清瀬少年。なにぶんと”銃弾を軸に銃を作った”からな」

 

「阿ッ? そりゃあ一体どういう・・・」

 

「澤ッ、例のモノを」

 

「はい!」

 

怪訝な表情を見せる春樹に壬生は自分の部下を呼ぶと、呼ばれた部下が長机の上へ確りと施錠されたジュラルミンケースをドカリと置く。

そして、鍵を開けてみれば、中には銀色に輝くIS専用コンバットリボルバーが存在感を放っていた。

 

「おぉーッ・・・通常サイズよりはデカいが、やっぱりカッコええ!」

 

「お気に召して何よりだ。だが、本体のリボルバーよりも澤達が懸命に作ったのは此方の”銃弾”だ」

 

そう言うと壬生は、銃本体が収納されている上部の窪みから弾頭を取り出す。

その銃弾は薬莢部が白色、弾頭部分が青色になっていた。

 

「『十一式氷結特殊炸裂榴弾』。長ったらしいから、略して『氷結弾』だ」

 

「”氷結”? つーことは、相手をカチコチに出来るんですか?」

 

「そうだ。この特殊銃弾と通常銃弾を装填するにあたって、オートマチックよりも併用性の高いリボルバーにした」

 

「なるほど・・・因みに澤さん、このリボルバーの元ネタは『イングラム』ですか?」

 

「はい、『パトレイバー』からのオマージュです。タイプは『次元 大介』が使っているM19モデルです」

 

春樹は返された答えへ満足するかのように「いいセンスだ」と称賛を送る。

しかし、その隣で壬生が酷く困ったような表情を見せ始めた。

 

「だけどな、清瀬少年・・・この氷結弾、”一発”しかないんだ」

 

「え・・・えぇ~~~ッ??」

 

壬生の話によれば、この特殊弾頭は開発費と製作時間の関係で一発だけしか完成しなかったという。

なので、この銃弾が対IS戦闘においてどのような威力を有するのかの実証実験も行われていない。

 

「理論上の威力だと着弾と同時にIS本体を凍結、停止させる事ができます」

 

「・・・時間としては、どれくらい?」

 

「え~と・・・計算上は、五分です」

 

「五分か・・・ぶっつけ本番で通用するかのぉ。此れだけはやってみなきゃあ解らんなぁ」

 

そう言って、「ヤレヤレ」と言わんばかりに苦笑する春樹。

 

「・・・ッ・・・!」

 

だが、その表情に何故か壬生は若干の”狂気”が感じられた。

これから赴くであろう戦場に対する興奮を抑えられぬ感情が感じ取れたのである。

 

「最後に壬生さん・・・武装以外の事で確認したい事があるんですけど、エエですか?」

 

その後、琥珀の基本兵装と追加武装等の確認を終えた春樹は、作戦開始時刻までかかるであろう機体調整が行われている部屋から出て行く間際に上記の質問を壬生に投げ掛けた。

 

「どうした、清瀬少年?」

 

「あの機体・・・銀の福音には”人が乗っとる”じゃろうか?」

 

「・・・・・」

 

春樹には、無人のISとの戦闘経験があった。

今回の暴走事件も中に人が搭乗していない無人機ならば、存分に戦えるだろう。

しかし・・・。

 

「・・・無人IS開発は世界各国が行っている。ましてや、無人兵器の先進国であるアメリカが作った所で不思議じゃない。・・・だが、有人である可能性はゼロじゃない」

 

「・・・そうですか。それと、変な事を聞くようですが・・・今回の一件、外部からのハッキングが原因での暴走の可能性はありますか?」

 

「ハッキング?」

 

壬生は春樹の発言に顔をしかめ、顎に手をやる。そして、絞り出すようにして答えを口にした。

 

「そうだな、確かにISへのハッキングは理論上は可能だ。コアネットワークから侵入して、偽装データを入力する事は出来るだろう。だけど、”理論上”はという言葉が付くとおり、ISコアはそれこそアメリカ国防省のファイヤーウォールも真っ青な完全なブラックボックス。そんな事は不可能だ。・・・・・だが、可能だとすれば・・・」

 

「・・・可能だとしたら?」

 

「それこそ、”IS其の物を一から造り上げた人間”でないとな」と苦笑いを浮かべる壬生の言葉に「そうですか」と春樹は愛想笑いを浮かべて部屋を出て行く。

最初こそ、朗らかな表情を保っていた春樹だったが・・・その内にギリリッと歯が擦れる音を躊躇いもなく口から漏らした。

 

「・・・おのれ・・・おのれ、オノレ己おのれオノレ己ぇえ・・・”やっぱりか”、畜生ッ!!」

 

酷く怒気に塗れた呪符のような文言を垂れながら、春樹はヨタヨタとある場所へと向かって歩いて行く。

・・・琥珀色の淀んだ目を雫で濡らしながら。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

作戦開始時刻が差し迫る頃。

セシリア以外の皆が、自らの専用機へ日本政府の用意した高機動パッケージ『冬雷』を量子変換し、出撃準備を整えていた。

しかし、開始時刻の三十分前にも関わらず、今作戦の中心人物であろう春樹の姿が見えないままであった。

やはり年端も行かぬ少年には荷が重すぎたかと、作戦指揮に関わった職員達が思案する中。

皆が出撃前の緊張で身を強張らせる中でも軍属らしく少し余裕のあったラウラが彼を探しに行くと言って抜け出した。

 

「どこにいる、春樹ッ?」

 

彼女は取りあえず旅館のロビーに温泉の出入り口と彼がたむろしていそうな場所を探した。

しかし、其処に春樹の姿はなく。彼の携帯電話へかけてみても繋がらない。

 

「・・・ん?」

 

もしかしたら、入れ違いで出撃場へ行っているのではないかと身体を反転させたその時。

なんとも鼻孔をくすぐる独特の甘い匂いが微かに香って来た。

 

「ここに居たか、春樹!」

 

香りに導かれ、ラウラが行った先は何とも詫び錆のきいた風流な中庭。

その中央で、何所から拝借して来たのかも知れない一升瓶を片手にお尋ね者が猫背で鎮座していた。

 

「・・・阿? って、ラウラちゃん」

 

「もう出撃までの時間が迫っているというのに、お前は何をして―――――ッ、この臭いは!?」

 

近づいてみれば、彼から臭って来たのは何とも風流もへったくれもない酷いアルコール臭だった。

 

「あぁ・・・もうそねーな時間か。そーいやぁ、携帯切ってたんじゃったわ」

 

「よっこらしょッ」と爺臭い声と共に起き上がるが、酔っているのか。ヨタヨタと身体を傾け、持っていた一升瓶を地面へ転がしてしまう。

 

「あ~ぁ、勿体ね」

 

「春樹ッ、貴様はこの緊急時に一体何を考えているのだ?! このような状況で酒などとは―――・・・ッ!」

 

情けない彼の姿に激昂し、声を張り上げるラウラ。

だが、すぐにその声は困惑のモノに変わった。何故ならば、彼女は見てしまったからだ。面白い程にガクガク震える彼の膝を。

 

「ッ、春樹・・・怖いのかッ?」

 

「・・・・・うん」

 

いつも恐れ知らずで、この世に怖い物など無いような男が酷い顔色をしながら身体を震わせてラウラの言葉に頷いた。

 

「あぁ、怖い。武者震いじゃ言いたいが・・・でぇーれぇーきょーてぇーよ、めちゃんこきょーてぇーよッ・・・!!」

 

「春樹・・・ッ」

 

彼は目頭に涙を溜めながら、酷く不格好に口角を吊り上げる。

 

「あぁ~・・・なんでこうなるかなぁ。俺ぁなんか悪い事でもやったんかなぁ~・・・なんで、なんでいっつも俺ばっか・・・ッ・・・!!」

 

「こっちは悪夢なら見飽きてるんだ。悪い夢なら覚めてくれッ!」・・・と、春樹は静かに静かに涙をボタリボタリと地面へ落とす。

 

「・・・悪ぃ。一応、”覚悟”は決めたんじゃけどなぁ・・・情けねぇ―――――」

「春樹ッ」

 

涙を拭い、瓶に残った酒を全て平らげた春樹は立ち上がらんと前に身体を出した、その時。ラウラは咄嗟によろめく彼を優しく抱きしめた。

その予想だにしなかった彼女の行動に春樹は表情を驚愕へ染める。

 

「ラ、ラウラちゃんッ!!? 一体なにを―――「五月蠅いッ、少し静かにしろ」―――ッ・・・!」

 

驚きで身が硬直した彼をそのままに、ラウラは頭を優しく撫でる。まるで、母親が子供をあやす様に。

その行為が心地良かったのか。彼の表情は徐々に柔らかくなり、無意識の内に彼女のか細い身体へ両手を回した。

 

「・・・落ち着いたか?」

 

「・・・・・うん。ありがとう、ラウラちゃん」

 

「そうか。なら・・・その、だな・・・ッ」

 

「え・・・・・あッ!? わ、悪い!!」

 

いつのまにか自分が彼女と密着していた事に、春樹は慌てて身を引き剥がす。だが、自分の身体を引きはがした時に調度、ラウラと春樹の眼が合致してしまった。

 

「阿ッ、ぁ・・・」

「ッ・・・!」

 

琥珀色の両眼と灼眼の隻眼が合うべくして合ってしまったかのように、二人は磁石で引き合わせれる様に近づいて行き―――――

 

「・・・ゴホンッ」

 

「「ッッ!!?」」

 

―――両者の唇と唇が合わさる直前、外部の第三者の咳払いが中庭へ響き渡った。

 

「取り込み中悪いが・・・少し良いか?」

 

「なッ、ななな・・・!!」

 

行為前に入って来た第三者にラウラは思わず我に返って赤面を晒す。

しかし、春樹の方は「待ってました!」とばかりに口角を三日月へ釣り上げた。

 

「・・・よぉ。随分と遅かったのぉ、”篠ノ之”」

 

涙を拭った春樹がいつものように「阿破破破ッ」と笑みを溢し品が振り向けば、其処に居たのは最後の”作戦参加者”の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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54話

 

 

 

風情ある庭園で恐怖を忘れる為の酒をかっ喰らった俺ぁやっとこさそん重い腰を上げ、長谷川さんらぁが用意してくれた出撃地点に重役出勤。

 

「ヤーヤー皆さん、待たせたな」

 

申し訳なさの欠片もない口上に作業服やスーツ姿の人らぁはホッとした感じで胸を撫でおろす。

じゃけども・・・

 

「清瀬ッ、アンタどこほっつき歩いてたのよ!!」

 

「鈴!?」

 

えらい酷い形相で凰さんが俺の襟目掛けて掴みかかって来よった。

一応、出撃時間を過ぎんように来たんじゃけどなぁ・・・アラームでも設定しときゃあ良かったのぉ。

 

「阿破破ッ。なんじゃあ、心配しとってくれたんか?」

 

「べ、別にそんなんじゃないわよ! アンタが居なきゃ、折角立てた作戦の意味がないじゃない!」

 

「ツンデレ乙。はいはい、解っとるっちゃ。なにぶんと”最後の一人”が待たせてくれたんでな」

 

「アンタ、何言ってんのッ?」とばかりに眉間へ皺をば寄せる凰さんじゃけど・・・俺が親指で差した後方を見て、えらい驚いた顔をさらした。

まぁ、そうじゃろう。「もうISに乗らない」なんて戯言を吐いた女郎がISスーツ着て其処に立っとったんじゃけん。

 

「箒・・・ッ!? 清瀬、これは一体どういう事よ!!」

 

「啼くな、喚くな、唾が飛んで来るんじゃ。さっき言うた通り、其処に突っ立っとる篠ノ之が最後の作戦参加者じゃ。リストにも乗っとったじゃろうがな」

 

「で、でもッ・・・アイツは・・・!!」

 

それでも尚も喚こうとする凰さんに篠ノ之が近づき・・・「すまない」と頭を下げよった。

あのプライドの高い篠ノ之が申し訳なさそうに頭を垂れる姿に皆ポカンと意外そうな顔をしよった。

勿論、俺もじゃ。

 

「私は愚かだった。新しく貰った力に酔いしれ、自分を見失ってしまった・・・だが、それでも私は―――――ッ!!」

 

絞り出すように言葉を紡ぐ篠ノ之。じゃけども、其処から先についての話は続かんかった。

何でかと言うと、パシッと凰さんが彼女の頬っぺたを右から左へ叩いたからじゃ。

デュノアが驚いた顔で二人に近づこうとしたけど、セシリアさんが其れを止めた。

・・・なんか、セシリアさんには凰さんの行動の意図が解ったんじゃろう。

 

「箒、これは仲直りの握手の代わりよ。アンタがやるって気があるなら、とっとと準備して」

 

「解った・・・・・ありがとう、鈴」

 

・・・君ら二人は『ポルナレフ』と『花京院』かッ? なんか、”肘鉄の仲直り”のビンタバージョンを見せられた気分なんじゃけど。

 

「何はともあれ・・・戻って来てくれて安心しましたわ、春樹さん。怖気づいてしまわれたのかと思いましてよ」

 

「阿破破破破破ッ! 辛辣じゃなセシリアさん。もしかして、ちぃとばっか怒っとる?」

 

「えぇ、それなりに」

 

怖ッ。ニッコリ微笑んどるけど、背後に『ドドド』って感じの擬音語が浮かんどらぁ。

・・・あ~ぁ、こりゃあアレじゃ・・・行きも帰りもきょーてぇーヤツじゃ

 

「阿破破破・・・はてさて、楽しくなってきやがったのぉ。武者震いが止まらんでよ」

 

「春樹・・・鼻水出てるよ」

 

「五月蠅ッ」

 

あぁッ、早速また命の水が恋しくなって来やがった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・なぁ。前、お前に俺のジーさんの事を話した事あったっけ?」

 

作戦会議室から作戦司令部へと様変わりした大宴会場。

その前方中央部へ設置された大型モニターを横目に壬生がエナジードリンク片手に横へ座る高良に声をかける。

 

「え・・・あ~、先輩のおじいさんって整備士やってたんでしたっけ?」

 

「あぁ・・・ゼロ戦やら、紫電やら、戦闘機のそりゃあ腕のいい整備士だったそうだ。よく自慢話をガキの頃に聞かされたよ。それがキッカケで、俺も技術者畑に根を下ろしたって訳さ」

 

「先輩のお父さんも確か開発者でしたよね? 親子三代で技術屋になるなんて筋金入りじゃないですか」

 

「そうだな。多分・・・じーさんもこんな気持ちだったんだろう。自分が整備した機体が、戦場に向かって飛んでいくのは・・・こんな気持ちだったんだろうさ」

 

「えッ・・・」

 

そう少し悲しそうに呟く壬生だったが、すぐに其れは大音量の警告アラートと通信で掻き消される事になる。

 

≪此方サーヴァント2、目標を確認。これより迎撃態勢に移行する≫

 

「さぁ、おっぱじまったぞ。映画さながらの隠密作戦がッ!」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

実証実験として太平洋のど真ん中で”相棒”と共に空へかけた途端、”彼女”の身体は自由をなくす。

そして、訳も解らぬまま何処からともなく送り込まれた意図不明の作戦情報を強制的にインプットされた。

その後、相棒の仲間達からの監視網を抜け出し、作戦情報の通りに目的地へ飛んだ彼女を待っていたのは”白”と”紅”の機体。

 

その二つの機体が突然、彼女を襲った。

 

彼女は訳も分からぬまま迎撃態勢を整え、反撃を開始。

危うく窮地に追い込まれるが、その戦闘の最中に何故か動きを止めた白い機体を紅の機体諸共撃墜する事に成功。

・・・だが、作戦終了の合図が勧告されない。

 

目的地まで飛んだのに。

襲って来た敵機を撃墜したのに。

未だ帰投する事が出来ない事に疑問符を浮かべながら、彼女は周囲を警戒する様に何度も何度も旋回する。

その内、疲れてしまったのか。彼女は海上から二百m離れた地点で、戦闘で使った羽を休める様にうずくまってしまう。

 

≪・・・・・La・・・?≫

 

休んでいると、前方から”同族の気配”が香って来た。

その気配に反応した彼女が顔を上げて見た途端―――――

 

ドグォオオオ―――オオッッン!!

≪ッッ!!!??≫

 

―――超音速で飛来した砲弾が頭部を直撃。辺りを照らすかのような大爆発を起こした。

 

「初弾、命中を確認。このまま攻撃を続行する!!」

 

砲弾パッケージ『パンツァー・カノニーア』のレールカノンから繰り出される炸裂型榴弾を更に福音目掛けて発射するラウラ。

されど狙撃位置を正確に判別した福音は、自分へ向かって飛んで来るグレネードを舞うように躱しながら突っ込んで行く。

そして、自分の射程距離に入った彼女へ大型スラスターと広域射撃武器を融合させた新型システムである『銀の鐘』を向けた。

 

「隙ありですわッ!」

 

だが、光弾発射の直前に起こったタイムラグの隙をついたセシリアが、福音よりも高い高度からレーザーライフルを狙撃。

強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』に搭載されている為、その威力は通常のモノをはるかに超えた破壊力を有していた。

 

「おかわりはどうかなッ?」

 

≪La・・・!?≫

 

上空から降り注いだ青き稲妻のようなレーザー光線に撃ちのめされながらも、今度はセシリアへターゲットを変更した途端、背後からシャルロットの連装ショットガン『レイン・オブ・サタデイ』が火を噴く。

更に彼女の得意技であるラピッド・スイッチでショットガンからアサルトカノン『ガルム』へ武装変更し、福音のどてっぱらへ鉛玉を撃ち込み体勢を更に大きく崩した。

 

≪Laッッ・・・!≫

 

このシールドエネルギーをジワジワ削って行く踏んだり蹴ったりの状況にキレたのか。福音はスラスターを花弁のように全方向へ展開し、光弾をシャワーのように撒き散らす。

 

「っく!」

 

これに溜まらず三人は防御パッケージを展開し、撒き散らされる光弾を回避するしかない。

ただこれによって、福音は下から来る機体の反応の対処に遅れた。

 

バシャァアア―――ンッ!

 

≪La!?≫

 

大きな水飛沫を上げて夜の暗い海から二つの機体が飛び出す。

その内の一機に福音は見覚えがあった。

 

「もらったぁあああああッ!!」

「喰らえェエエエエエエッ!!」

 

鈴からは機能増幅パッケージ『崩山』によって威力が増幅された衝撃砲が繰り出され、箒からは雨月と空裂を振り降ろす事でエネルギー刃とレーザーが発射される。

 

ズドォオオオオオオッッン!!

 

「うわッ!?」

 

「ッ・・・!」

 

その最大出力で放たれたであろう攻撃が福音へ直撃した途端、眩い閃光と衝撃が辺りに轟く。

 

≪・・・―――『銀の鐘』・・・最大稼働―――開始・・・≫

 

『『『!!?』』』

 

だが、この直撃を受けても尚、福音の稼働停止には至らなかった。

福音は先程のモノとは比べ物にならない程の広範囲一斉射撃攻撃を実行せんと両腕と翼を左右いっぱいに広げる。

 

「・・・・・・・・―――ぉおお・・・ッ!」

 

≪・・・・・?≫

 

その時。福音はセシリアのいる高度から、更に高い位置から此方へ迫って来る機影を確認する。

その機影は、まるで激突して来るように猛スピードで真っすぐ福音へ突っ込んで行く。

 

≪La・・・!≫

 

福音はこの突っ込んで来る機体を待ち伏せるように光弾を発射するが、その射撃軌道上に出来る間を縫うようにその機体は迫り来る。

 

≪Laッ!!?≫

 

漸く肉眼で確認できる距離まで迫って来た機体に何故か福音は人間のような酷く驚いた機械音を発てた。

 

「ヴるぉおおお阿”阿”あ”あ”ッッ!!」

 

何故ならば、闇夜へ金色に光る四つの眼と一本角を持った機体が歯を剥き出しに赤く濡れた刃を振り上げ、超速度で迫って来たのだから。

 

「クタバりやがれぇええええええッッ!!」

≪ッ!!≫

ガキャアァアアアアアンッ!!

 

急速直下の勢いのままに振り下ろされた”鉈”は酷く甲高い音を響かせながら、福音の頭部へ炸裂するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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55話

 

 

 

俺達の作戦はこうじゃ。

先ずは射撃を得意とするセシリアさんとオールラウンダータイプのラウラちゃんとデュノアが目標と交戦する。

 

最初はラウラちゃんが目標に向かってグレネードの雨を降らす。

勿論、最初の一発二発は直撃するだろうが、決定打とはならんじゃろう。

 

次にラウラちゃんへターゲットロックをかました野郎のド頭へセシリアさんが拳骨を喰らわす。

 

拳骨を喰らった野郎は、ラウラちゃんからセシリアさんへターゲットを変更。

其処へ下手だが有能なステルス機能で目標へ近づいたデュノアの散弾銃が火を噴く。

 

其処からは撹乱を織り交ぜての射撃包囲網。

意地悪くジワジワHPを減らすつもりなんじゃけど、やっぱり上手い事にはならんじゃろう。

スペックデータじゃと野郎は広範囲に攻撃できるタイプじゃけん、問答無用でレーザービームをバンバン撃つじゃろうな。

 

まぁ、そうなったらそうなったでラウラちゃんらぁ三人は上の方で回避行動やら防御態勢をとってもらう。

きっと野郎はやっきになってラウラちゃんらぁを撃ち落とそうとするじゃろうな。そしたらそしたで、今度は野郎の下に隙が出来る。

 

下に隙が出来たら、海中に潜っとった高い攻撃力を持っとる篠ノ之と凰さんが突撃をかける。

連続で攻撃を仕掛ければ、それだけ攻撃が当たる可能性は跳ね上がる。

 

そして、最後のダメ押しに俺がスツーカの急降下爆撃のようにMVSで野郎の頭をカチ割ってタッチダウンじゃッ!

・・・・・じゃったんじゃけど・・・

 

ガキャアァアアアアアッン!!

「なッ、何じゃとォオオ!!?」

 

福音の野郎はMVSが頭に当たる瞬間。咄嗟に右腕を出し、更に首を傾げて俺の攻撃の直撃を反らしやがった。

俺はそのまんま野郎の頭についている鳥の羽みたいな翼を一枚だけ叩き斬り、勢いのままに海へダイビングする事に成っちまった。

 

「こ、この野郎!!」

 

≪La・・・♪≫

 

福音はそのまま俺にビーム砲の発射口を向ける。

野郎、俺の攻撃が通らなかったからって得意げなロボ声を出しとるが、舐めるなよ。

 

「・・・どこを見ているの?」

 

≪!?≫

 

福音は「しまった」とばかりに振り返るが・・・もう遅いんじゃ、ボケェ!!

 

「援護するぞ、簪!」

「全弾・・・持っていけぇえッ!!」

 

ドカーン!!とばかりに野郎の背中目掛けて、隠し玉として待機して貰っとった簪さんのミサイルパックが出血大サービスで撃ち込まれ、ラウラちゃんのグレネードとデュノアのアサルトカノン、セシリアさんの精密射撃のビームが野郎の背中と関節部を貫く。

 

「一夏の仇ッ、取らせてもらうぞ!!」

「これで終わりよッ!!」

 

≪~~~~~ッ!!≫

 

その滅多打ちになった野郎の身体へ篠ノ之の二刀流の連撃と凰さんの青龍刀の痛烈な攻撃が打ち込まれた。

怪我人へ鞭打つようでちっとばっか心が痛むが・・・・・いや、やっぱし全然平気じゃわ。

 

ガチャリッ

「悪いが・・・このまま撃ち抜かせてもらうでよ!」

 

≪La・・・ッ≫

 

俺はリボルバーカノンの撃鉄を起こし、野郎の電脳が詰まっているであろう頭部へマグナム弾をズガンッ!とぶち込む。

銃口から飛び出した弾丸は福音の頭部へ付いている残った片翼諸共電脳を吹っ飛ばし、顔の上半分がひっぺ替えされたようになくなった。

そして、そのまま俺の真横の海へと落下し、大きな水飛沫を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「お、終わったの?」

 

「や・・・やったッ、やったぞ!」

 

ついに福音を撃墜した事に作戦参加者たちは安堵の表情を見せる。

・・・だが。

 

「ハァッ・・・ハァ・・・ッ! 全員、迎撃態勢とれや!!」

 

「・・・春樹?」

 

唯一人、春樹だけは声を荒らげて海から飛び出す。

頭部の装甲で表情は解らないが、声色からして血相を変えていた事に間違いはなかった。

 

「此方、サーヴァントリーダー! 聞こえるか、壬生さんッ?」

 

≪あぁッ、バッチリ聞こえてる!≫

 

「なら、単刀直入で頼まぁッ! 俺の”勘違い”か?!!」

 

≪”ところがギッチョン”!≫

 

通信インカムから聞こえて来る壬生の怒声に「糞ッタレのおわんごがッ!!」と春樹は歯を剥き出しで唾を吐きつつ、リボルバーカノンを福音の墜落地点へ向ける。

 

「各員、聞こえたなッ! これより第一フェーズの”α作戦”から第二フェーズの”γ作戦”へ移行! βじゃねぇぞ、γじゃけんなッ!!」

 

「なんですって・・・!?」

「そんな馬鹿なことがあるのかッ?!」

「・・・ッ・・・」

 

「き・・・清瀬?」

 

春樹の大声に皆が顔を青くし、歯をギリギリと喰いしばる。

ただ一人、出撃直前に合流した箒だけが周りから漂う焦燥感へ疑問符を投げかけた。

 

「清瀬、何を言っているんっだ? 福音なら、もう倒して―――「ッ、来るぞッ!!」―――・・・え?」

 

バシャァアアア―――ンッ!!と、間欠泉のような今まで以上に大きな水飛沫が福音墜落地点の海面から立ち上る。

これには、先程まで疑問符を浮かべていた箒も即座に警戒態勢をとった。

 

『『『なッ!!?』』』

 

その水飛沫と共に現れた機体に全員が驚愕の表情を浮かべる。

何故ならば、其処には青い雷を纏ったような福音が自らを抱くかの如くうずくまっていたからだ。

しかし・・・福音の其の姿よりも特出すべき点がある。それは―――――

 

「あぁッもう、最高じゃ・・・なんてスパロボ的な展開・・・ッ!」

 

―――撃ち、斬り、穿った筈の福音の装甲が何事もなかったかのように”修復”されていたからだ。

加えて、先程の戦闘では確認されなかったエネルギーの翼のようなものが全身に這えていた。

 

「この状況下で、『二次形態移行(セカンド・シフト)』・・・だとッ!!? 不味い、全員はなれ―――――」

 

≪La・・・LaaA”A”A”A”A”A”A”A”A”!!≫

 

ラウラが全員へ警告を発しようとした途端、福音は酷いノイズが入った機械音声を轟かせながら彼女へ敵意を見せ、飛びかかって行く。

 

「危ねぇッ!!」

 

ズガン、ガンッ!!

≪A”A”A”ッ!?≫

 

しかし、ラウラへ襲い掛かろうとした福音へ春樹は即座に二発の銃弾を叩き込む。

その威力に体勢を崩した福音は自らの無機質なバイザーを彼へと向かせ、破壊された頭部から先程のモノよりも大きなエネルギー翼を生やした。

 

「阿、阿破破破・・・・・うぉおおおおお!!」

 

≪LA”A”A”A”A”!!≫

 

咄嗟にリボルバーをぶっ放してしまった春樹はバツが悪そうに苦笑いを浮かべ、そのまま更に空高く上昇をする。

一方の福音も頭部の翼をむしり取られた事に激昂しているのか。春樹の後を超高速全開で追跡した。

 

「春樹!!」

 

「待ってください、シャルロットさん!」

 

福音からマークされてしまった彼に加勢しようとデュノアがアサルトカノンを構えたが、何故かセシリアが其れを静止する。

この彼女の行動に箒が「何をしているッ!?」等と声を荒らげたが、すぐに作戦概要の詳細を知らない彼女に簪が説明を始めた。

 

「落ち着いて、篠ノ之さん。説明は省くけど・・・あの機体、銀の福音には人が乗っているの」

 

「なんだと!?」

 

衝撃の事実に箒の表情は驚愕へ染まる。

 

「ゴーレム事件の事があるから皆、無人機だと思ってたんだけど・・・春樹だけが有人の可能性である事を考慮したの。αで様子を見て、無人機ならβ作戦・・・つまりは徹底的な包囲網攻撃で完全破壊を行う。でも・・・・・」

 

「アイツの予想通り、福音にはパイロットが居た・・・冗談でしょ?!」

 

≪残念ながら冗談ではない、凰代表候補生≫

 

『『『!』』』

 

鈴の言葉に通信インカムから旅館にある作戦指令室とは別の場所にいる長谷川の声が聞こえて来た。

 

≪清瀬君が搭乗しているIS、琥珀の頭部パーツには解析装置が内蔵してある。その装置から此方へ送って来た現状映像によると、福音から微弱だが”人間の生体反応”が確認された≫

 

「そ、そんなッ・・・」

 

長谷川からの通信にシャルロットは表情を曇らせる。

当初の目的である福音討伐は、機体の完全破壊も視野に入れていた。もし、機体の完全破壊に成功したとしても、内部にいる操縦者の生命は守られるだろうか。

 

「何故・・・何故そんな事を黙っていたんだ?!」

 

≪仮に君が福音へ意識不明の搭乗者が居ると聞いていれば、その搭乗者を助けようと力加減をしただろう。だが、アレは手加減をして勝てる相手ではない≫

 

「しかし!」

 

「箒さんッ、今は言い争っている場合ではなくてよ! Mr.長谷川、γ作戦の概要は発令時に貴方から聞くよう春樹さんから言われています。作戦概要の説明を求めますわ!!」

 

≪ッ、それは・・・≫

 

セシリアは青筋を立てる箒を抑え、長谷川にγ作戦の説明を乞う。

だが、彼女の言葉に長谷川は口をへの字に曲げながら言い淀んだのである。

 

「どうしたってのよ、長谷川おじさん!」

 

「春樹は身を挺して福音の囮になっているんだよ! 早くしないと、福音にやられちゃうよ!!」

 

≪・・・解りました。作戦概要を説明します・・・・・―――――――全員、”退却”してください≫

 

「・・・えッ」

 

通信ネットワークから聞こえて来た文言にその場にいた全員が言葉を失い、まるで時間が止まってしまったかのような感覚に襲われた。

 

「ッ、ちょっと・・・なにを言っているのか、わかりません」

 

「そ・・・そうですわ、簪さんの言う通りです! それは何かの間違―――≪・・・繰り返します、退却してください≫―――ッ、何故ですか!!?」

 

間違いだと思いたかった指令が再び聞こえて来た事に、セシリアは思わず声を荒らげる。

何故ならその指令に従えば、現在福音に追われている春樹を見捨てる事になるからだ。

 

≪これは清瀬君、彼からの要望です≫

 

「なんですってッ・・・あの馬鹿、私達があんな暴走マシンにやられると思って―――≪それは違います≫―――ッ、何が違うって言うのよ!!?」

 

≪彼は・・・君達に”人殺し”をさせたくはないからです!≫

 

「ッ・・・!」

 

ゴクリと誰かが息を飲んだ。

長谷川の言う通り・・・二次形態移行で暴走状態に陥っている福音を止めるには、機体の完全破壊を行うしかない。

だが、零落白夜のような機体を傷つけずにシールドエネルギーだけを刈り取る方法が現状無い場合。物理的な破壊活動を行うしかない。

ただその様な事を行えば、例え絶対防御があると言え、ISへ搭乗しているパイロットの命の保証は出来ない。

装甲破壊の衝撃にパイロットが耐えられない可能性があるからだ。

 

≪彼の覚悟を無駄にしないでください。それに・・・彼に人殺しなどさせません。我々が責任を持って彼を―――「・・・けるな・・・ッ」―――ボーデヴィッヒ候補生?≫

 

「ふざけるなッ!!」

 

皆が暗い表情でシーンとする雰囲気の中。突如、ラウラが大きく吠えたかと思ったら、レールガンをジャキリと取り出した。

 

「私はドイツ空軍IS部隊所属だ! ついこの間まで一般市民だった春樹に心配されるほどの柔な精神は持ち合わせていないッ! 軍人として成った日から、覚悟は出来ている!!」

 

≪しかし、ボーデヴィッヒ候補せ―――「あとで厳正な処罰ならいくらでも受けてやる。だが、今はその指令は受け付けられない!」あッ、ちょっと―――≫

 

ブチリッ・・・とラウラはそのまま酷く乱暴に通信拒否を行う。

そんな彼女の行動に皆は鳩が豆鉄砲を食ったようにポカーンとなった。

 

「・・・さて、私はやってしまったな」

 

「・・・えぇ、やってしまいましたわね。で、どうしますのラウラさん?」

 

「決まっているだろう・・・だが、皆はどうするッ?」

 

鋭い灼眼を輝かせるラウラに皆は一斉に首を縦に振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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56話

 

 

 

「阿”阿”あ”ぁあああああッッ!」

 

≪LAAAAAAAAAAAAッ!!≫

 

上空一万千五百m地点。

対流圏を超えた成層圏の中、二つの機影が熾烈な生存競争を繰り広げていた。

言わずもがな、銀の福音と春樹だ。

 

当初、福音に背を見せて必死に逃げ惑っていた春樹だったが、臨海面を超える辺りで反撃へ打って出た。だが、反撃に出てみたものの、おいそれとはいかぬのが事の定理。

琥珀の専用武装は未だ開発途上であり、実際に使用できる追加武装はリボルバーカノンと鉈型MVSのみ。

 

「糞ッ、糞糞! 駄目じゃ、全く歯が立たん!!」

 

大口径のリボルバーカノンを何発も何十発も撃ち込むが、二次形態移行した福音には掠り傷一つも付かない。

それどころか、鬱陶しい蠅でも掃うかのように福音はその攻撃を自らのエネルギー翼で振り払い、銃弾を蒸発させる。

 

こうなれば彼の左手に握られた鉈で切りかかるくらいしかダメージを与える事が出来ないのだが、春樹はその衝撃ダメージが搭乗者に伝わる事を危惧した。

・・・と言うよりも、第一福音から絶え間なく発射され続けるエネルギー光弾を避けながら近接戦闘を仕掛けるのは土台無理な話である。

左腕部に搭載されたブレイズルミナスでエネルギー光弾を一発や二発なら防ぐ事が出来ようが、割に合わない。

 

「畜生めッ、このポンコツや―――≪LA”ッ!≫―――いぃッ!!?」

 

悪態を吐きながら、尚もヤケクソ染みた発砲を行おうと身体を反転した時だった。

業を煮やした福音が瞬時加速でイッキに詰め寄り、春樹の鳩尾目掛けてドガッ!と強烈な蹴りを放ったのである。

これに対し、「グべぇえええッ!!?」と踏んづけられた蛙のような断末魔とメキメキと生々しい音を上げて春樹は吹っ飛んだ。

 

搭乗者を守る筈であろうISの絶対防御が壊れているのではないかと思う程の激痛が腹部から全身へかけ奔るが、彼はスラスターを逆噴射させて体勢を立て直す。

そして、血反吐を抑えながらカタカタ振える手でリボルバーカノンの照準を定める。

 

ズギャンッ!

「ぎぃいッ!?」

 

しかし、その定めたリボルバーカノンが福音から発射されたエネルギー光弾によって破壊された。

 

「あ”ぁッ、痛ぇえッ・・・!!」

 

≪・・・LA・・・♪≫

 

その反動衝撃波は銃を持っていた右手の手装甲を破壊し、筋肉をズタズタに引き裂いた。

その痛みに悶える春樹を見て、福音はなんとも嬉しそうな機械音を響かせつつ、全ての砲口の照準を彼に合わせた。

 

「ハァッ、ハァ・・・ちょっとタンマ」

 

≪・・・・・LA?≫

 

そんなフィニッシュを決めようとする福音に春樹は左掌を見せる。

この覇気のない彼の行動に福音は首を傾げた。

 

「なぁ、これが”さいご”になるかもしれんけん・・・話でもせんか、”篠ノ之 束”博士? どうせ、その無愛想なバイザーを通して俺を見とられるじゃろうけんな」

 

「よっと」と春樹は頭部の兜を収納し、素顔で福音へ話しかける。

すると、いつも無機質なアルファベットの羅列しか発しなかった福音から≪・・・あははははは!≫と中傷染みた弾むような笑い声が聞こえて来た。

 

「破破破ッ・・・やっぱりな、この野郎」と遂に抑えていた血反吐を吐き、琥珀の装甲板を濡らす春樹に福音・・・いや、束は見下す様な笑い声をあげた後で「お前、結構やるじゃん。一体いつから気付いてた?」と問いかける。

 

「そうじゃのぉ・・・ケホッ。怪しいって思うたんは、織斑先生が福音暴走の報告を俺らぁに持って来た辺りじゃろうか。・・・でも、途中で違うと思うたんじゃけどな・・・コッホゴホ・・・あぁ、血が喉に絡まらぁ」

 

≪んん? どうして違うと思ったのかな?≫

 

「ハァ・・・ハァ・・・そうじゃなぁ、織斑の野郎が撃墜されたけんかなぁ。・・・ッぺ」

 

そう言って春樹は口と喉に溜まった血を吐き切り、薄ら笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「じゃけど、織斑の撃墜はアンタにとっても予想外の出来事じゃったんじゃろうな」

 

≪そーなんだよー! まさか、いっくんがたまたま近くにいたあんなヤツらを庇うだなんて思わなかったんだよー!≫

 

「阿破破破破破ッ! ホントにそうじゃ、どうしようもなく救えない阿呆―――――」

 

・・・と春樹の口が紡ごうとした瞬間。

福音から放たれたエネルギー光弾によって、彼の左足が曲がってはならぬ方向にひん曲がった。

 

「阿”ぁ”~~~~~ッ!!?」

 

≪黙れよ≫

 

激痛に悶える春樹に束は先程までの弾む声色から一転、酷くドスの効いた低い声を出す。

 

≪お前みたいな道端の石ころが、いっくんを馬鹿にするんじゃないよ。それにお前、束さんが箒ちゃんへ渡した紅椿を勝手に取り上げただろ≫

 

そのまま束は春樹に向かってエネルギー光弾の雨を降らせる。

彼は其れを展開したブレイズルミナスで防ぐが、弾き洩らした光弾が直撃し、多大なるダメージが春樹へ襲い掛かった。

 

≪無駄な抵抗しちゃって・・・でも、大丈夫。お前の死体はこの束さんがちゃんと有効活用してやるよ。お前がなんでISに乗れるのか、束さんの今後の為に貢献できるんだから喜べよ―――――って、ん?≫

 

そう言って、更に光弾の弾幕を厚くする束。

だが、その時。不意に彼女は自らの後方をチラリと覗く。

高性能レーダーを見てみれば、此方に近づいて来る複数の機影が確認できた。

 

「ハァ、ハァ・・・ッ、予想外ってやつじゃろう? 「なんで退却した筈のラウラちゃんらぁがこっちに向かって来とるんじゃ」って顔じゃで、キサン。さっきの物言いと言い、やっぱり俺らぁの事を盗聴やら盗撮しとったんじゃのぉ」

 

そう言って、春樹は血を滴らせながら「ざまぁみろ」とばかりに口角を吊り上げる。

彼が長谷川に進言したγ作戦内の自分以外の退却指示は、彼女たちの命令無視で完了する内容だったのだ。

作戦を盗聴し、自分が優位に立っていると思っている束の鼻を明かす為の。

 

≪ふ~ん、でも・・・だから何? 箒ちゃん達が此処に来られるまで、まだ時間はある。その間にお前をぶっ殺して、連れ去るなんて造作もない事なんだよ≫

 

「確かに。じゃけど・・・解っとらんのぉ、魔”砲”少女もどきッ! キサンがちぃとばっかの隙を見せたんが運の尽きなんじゃでッ!!」

 

春樹はそう見得を切りながら、未だ血の滴る右手を束に差し向けて叫ぶ。

 

「ッ、―――――”跪け”ッ!!!

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ッ、見えた・・・!」

 

長谷川副本部長の退却指示を無視した専用機持ち一行は遂に春樹と福音に追い付いた。

だが・・・

 

「なに、アレ・・・!?」

 

「ッ、春樹!!」

 

ハイパーセンサーで春樹を確認した時、一行の表情から血の気が引いた。

何故なら彼女たちの目に映ったのは、全身から血を滴らせ、白い装甲を真っ赤に染めた春樹の姿だったからだ。

 

其の姿を目の当たりにしたシャルロットが、彼を助けようと飛び出す。

しかし、そんな彼女を「ちょっと待て!」と箒が止めた。

 

「なんで止めるのさ、箒! 早くしないと春樹がッ!!」

 

「待て、何かがおかしい!!」

 

「えッ?」

 

冷静になってよく見れば、警戒する箒の言う通りだった。

ズタボロのボロ雑巾状態になっている春樹の前で、掠り傷一つも付いていない福音が錆び付いたブリキの玩具の様な動きをしていたからだ。

 

「まさかッ・・・アレは―――≪そうだ、AICだ!!≫―――ッ!?」

 

何かに気づいたラウラが言葉を紡ぐよりも早く、切った筈の通信インカムから男の大声が聞こえて来た。

「だ、誰ッ?」と問う鈴に≪俺だ、作戦司令部の壬生おじさんだッ!!≫と壬生が返答を返す。

 

「一体どうやってッ? 通信は切った筈なのに・・・」

 

≪それはだな、君達の機体に量子変換した高機動パッケージから強制的に通信を復旧して―――――って、違う! そんな事は良いから早く清瀬少年を助けに行け!! 早くしないとマズいんだよッ!!≫

 

「どういう事よ?!」と叫ぶ鈴の隣で、事情を察したラウラが亥の一番に飛び出す。

 

≪良いか。今、少年がやっているのはボーデヴィッヒ候補生の機体にも搭載されているAICを俺達がコピーで作った代物だ。だが、やっぱりまだ未完成の為に相手の動きを完全に停止させる事が出来る反面、使用者の身体と脳に多大な負担をかける本当に本当の最後の切札なんだ!! だから、あんな状態で使ったら―――≫

 

『『『ッ!!』』』

 

壬生が全部を話す前に皆が一斉に福音へ殺到する。

 

「加勢するぞ、春樹!」

 

「お、おぅ・・・ラウラちゃん・・・やっと来たか・・・ッ!」

 

一方、AIC云々の特性を知っているラウラは瞬時加速で一気に距離を詰めると、福音の背後で春樹と同じように右手を差し向けた。

 

≪LAAA・・・!?≫

 

「もう逃がしはせんぞ、福音! 皆、囲めッ! このまま一気に捕縛しろ!!」

 

「さぁ、観念なさい!!」

 

ラウラと春樹がAICで福音を抑えている間、セシリアたちはラウラから渡されたワイヤーブレードを繋ぎ合わせた捕縛縄でグルグル巻きにする。

・・・しかし。

 

「ぅ・・・うぇえ阿”ッ!」

 

「春樹ッ!?」

 

≪LA”A”A”A”A”A”!!≫

 

身体の限界値が迫っていた春樹が、自機のAICの負担に堪え兼ねて吐血する。

これにより春樹の集中力と共にAICの効力が弱まり、福音は好機とばかりにエネルギー光弾を乱射。自らの身体に纏わり付いたワイヤーを焼き千切った。

 

≪A”A”A”A”A”A”A”A”ッ!!≫

 

「・・・ちきッ・・・しょう、めッ・・・」

 

「春樹ィイイイイ!!!」

 

そして、ダメ押しの一撃とばかりに止めを刺さんと福音が全ての砲口を春樹へ差し向ける。

シャルロットの悲鳴にも似た絶叫が響き渡った・・・その時だった。

 

ズドォオオオ―――オオンッ!!

≪LAAAAAAAAAッッ!!?≫

 

『『『ッ!!?』』』

 

斜め後方から一筋の光の粒子が降り注ぎ、発射体勢に入っていた福音を吹き飛ばした。

 

「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ!」

 

「ッ、”一夏”ぁッ!!」

 

粒子砲と声がする方を見れば、其処には第一次福音討伐作戦で意識不明の重傷を負った筈の一夏が第二形態移行へ変貌した白式を纏って居たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やら、せはせん・・・やらせはせんでッ・・・キサンのシナリオ通りにはなぁ・・・!!」

 

その純白の機体を目にしながら、春樹は意識を手放すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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57話

 

 

 

『ガンダールヴ』。

そりゃあ『ゼロの使い魔』っていう作品において、主人公である『平賀 才人』がヒロインである『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』、通称『ゼロのルイズ』に使い魔召喚された事で、左手の甲に刻まれたルーンの事じゃ。

 

《――――――――・・・・・ッ》

 

能力としちゃあ『あらゆる”武器”を手で触れただけで百%使いこなす事が可能』なんて言うシンプルじゃけども、シンプルが故に強い能力じゃ。

この能力で才人は青銅で出来た自動人形を砕き、巨大なゴーレムの身体を斬り裂き、ゲリラ豪雨のように降りしきる鏃の雨を切り払いながら邁進する程じゃ。

 

《―――――・・・きて・・・きッ》

 

そねーに凄ぇもんが、何でか知らんが俺の左手の甲にも刻まれとる。

最初はこの大きな戦争もない平和な世界で何とも不必要なモンじゃと思うとった。

・・・じゃけど、このルーンのせいで俺はISを動かしちまうし、このルーンのおかげで今までの危機的状況も乗り越えられた。

有難さと忌々しさが混雑した複雑な気持ちにさせられる能力じゃでよ。

 

《―――おきて・・・るきッ!》

 

さて、このガンダールヴ。実はとんでもなく応用性が高い。

さっきも言うたが、ガンダールヴは『この世のありとあらゆる”武器”を十全に使える事が可能』という能力じゃ。

じゃったら、屁理屈染みとるが『他人の使っとる武器も使える』や『相手からぶん盗った武器も使える』って言う事になりゃせんか?

 

そー言う能力を持っとるキャラクターを俺は少なくとも一人は知っとる。

そのキャラは正義を愛し、女性を敬い、邪悪を憎む清廉にして浪漫に溢れた其の姿は世界で最も有名な王様の一人に『理想の騎士』と評される程じゃ。

じゃけんこの騎士の名前は色々な作品で使われるし、大抵その名前が付いた人物や機体は最強クラスの強さを持っとる。

 

正に『最強の騎士』ってヤツなんじゃけども・・・この野郎の不貞行為がキッカケで国が滅びる事になったし、晩年の『最期は自らの食を持って生を終えた』とあるように餓死した言う残念な話じゃ。

 

あと個人的なんじゃけども、コイツの名前が付いてる機体へ乗っとる野郎が気に喰わん。スゲェ個人的じゃけども、なんか気に喰わん。

 

・・・まぁ、そねーな話は置いといて。

そんな野郎の”宝具”と同じ用途でガンダールヴの能力を実際に使う言うんは、何でか知らんが気が引けた。

別に今まで相手の武器をぶん盗って使う言う程の状況はそうなかったけんな。

・・・・・・・・じゃけどなぁ――――――――

 

《起きて、春樹ッ!》

 

―――そねーな事を四の五の言うとる場合じゃないんは確かじゃ。

・・・てか、この声誰ぇ??

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・ッ、ァあ・・・ッ?」

 

「ッ、春樹?!」

 

福音からの猛攻で意識を失った春樹が目を覚ませば、彼はシールドパッケージ『不動岩山』を展開した簪の腕の中へ納まっていた。

そんな意識を取り戻しても尚、未だ血を垂らしながら朧げな眼を浮かべる彼を簪は目に一杯の涙を堪えて「良かったッ・・・生きてた・・・!」と腕の力を強める。

 

「あ阿”ッ・・・簪さん、俺ッ・・・どれくらい意識を失とった・・・? というか・・・どういう状況じゃ・・・ッ?」

 

「えッ・・・」

 

だが、今にもまた意識を手放してしまいそうな危うい状況にも関わらず、春樹は現状説明を簪へ求めた。

彼女はそんな彼に呆気にとられつつも、周囲で繰り広げられている戦闘状況を口にする。

 

「春樹が倒れる直前・・・旅館で治療中だった織斑くんが来て、福音に攻撃を仕掛けたの。それで、今は皆と連携しながら福音を攻撃してる」

 

「そう、か・・・音の感じからして、まだ野郎は元気みたいじゃな・・・ッ」

 

「ッ・・・春樹、もしかして目が・・・!」

 

「だい、じょうぶじゃ・・・段々と目が見えて来た。破破ッ・・・なんじゃあ、簪さん。君、花粉症じゃったんか? 目が真っ赤っかじゃで」

 

「もう、馬鹿・・・ッ!!」

 

目頭へ溜まった涙をゴシゴシと乱暴に拭う簪に春樹は「通信インカムを貸してくれんか?」とまだ無事な方である左手を出す。

彼の使っていた通信機器は、福音との戦闘で故障して使い物にならなくなっていたからだ。

其の簪から借りたインカムで、春樹はヤキモキしているであろう作戦司令部へ連絡を試みた。

 

「もしもし、此方サーヴァントリーダ―――≪無事かッ、清瀬少年!!?≫―――ッ五月蠅・・・!」

 

すると、インカムから春樹の耳をつんざく様に大音量で震える壬生の声が聞こえて来るではないか。

 

≪大丈夫かッ、無事なのか?! こっちじゃあ衛星カメラで少年が血塗れだという事が確認できるんだけども!!≫

 

「落ち着いて、下さい・・・俺ぁ大丈夫です。ゴフッ・・・」

 

「春樹!」

≪清瀬少年ッ!?≫

 

咳と一緒に血を吐き出した彼に簪と壬生は再び慌てふためく。

そんな二人を「大丈夫、大丈夫ですけん」と抑えながら、春樹は壬生にある事を聞く。「琥珀ちゃんのエネルギー残量はどれくらいですか?」と。

 

「は、春樹・・・ッ?」

 

「こっちじゃあ野郎にディスプレイやらなんやかんやぶっ壊されてしもうて、確認できんのんですわ」

 

≪な・・・なにを言っているんだ、少年ッ? まるで、まだこれから戦うみたいな事を言って・・・冗談でも、おじさん怒るぞ!!≫

 

声を荒らげる壬生に春樹はぜろぜろ声を掠らせながら、「ところが・・・ギッチョン」とぎこちなく口角を上げながら絞るような声を出した。

 

≪ッ、ダメだ! だめだ、ダメだッ、駄目だッ! 今の少年の身体では福音との戦闘は不可能だ!! 血圧や心拍数だって下がってきているんだッ、そんな状態で戦えばどうなるかッ!!≫

 

「じゃあ、野郎に・・・織斑の野郎には伝えてあるんですか? 福音に・・・搭乗者がいる事を。セシリアさんらぁも野郎との戦闘が忙しいけん、伝えられてなかろうけんな」

 

≪そ、それは・・・ッ≫

 

壬生は春樹の問いかけに口籠もった。

春樹の一時的な意識消失直前へ、突如として現れた昏睡状態から復活した一夏。その彼が纏うIS、白式は福音と同じ二次形態移行である『雪羅』へ至ってはいた。

だが、そんな彼と春樹の後を追って来た専用機持ち達との戦闘を福音は意外にも長引かせていた。

 

「織斑は二次移行して直後じゃろうけん、力の使い方が加減できん。そねーな状態で戦ったら、福音の中に居る人が危険じゃ。かと言うて、搭乗者がいる事を伝えたら伝えたで織斑の野郎は手加減する。じゃけど・・・手加減して勝てる相手と違うで、野郎はッ」

 

≪しかし・・・こうなってしまえば手段は選んでいられない! 今更、瀕死状態の君が福音へ立向った所でどうなる?! それに琥珀のエネルギー残量は長く持っても”三分”しか持たないッ、そんな状態で立向えば犠牲者の最低人数が一人から二人へ増えるだけだぞッ!≫

 

「・・・”三分”か・・・十分じゃ・・・ッ!」

 

「おいッ、聞いているのか?!!」とインカムから聞こえて来る壬生の怒声を上の空で、春樹はいつものように「阿破破破ッ」と笑い声を漏らした。

 

「ッ・・・ダメ・・・駄目だよ、春樹・・・ッ!」

 

「阿?」

 

其の良からぬ事を考えているであろう彼の身体を離すまいと簪は腕に力を籠める。

春樹はそんな風に顔を強張らせる彼女へ朗らかな笑みを浮かべ、口元の血を拭いながら口を開いた。

 

「『福音は”倒す”』が『福音に乗っとる搭乗者は”助ける”』。矛盾しとるこの二つをやりゃにゃあおえんのが、この任務の辛い所じゃ。じゃけぇど・・・両方やるんは訳ない事じゃ」

 

「春樹、一体何を―――――ぅッ!?」

 

春樹は何のためらいもなく簪の鳩尾へ拳を放つ。

打鉄弐式の防御装置が働き、然程ダメージはない。しかし、自分の身体へ引っ付いていた簪を引きはがすには十分だった。

 

「うぅるぉあ”あ”あ”あ”あ”――――ッ!!」

 

雄叫びを上げながら、春樹は最大出力でスラスターを吹かす。

そのまま一直線で福音へ向けて弾丸のように飛んで行く途中、彼は「初陣で、こねーにボロボロにしてしもうてゴメンな」と琥珀に呟く。

すると、《大丈夫、私は貴方の”牙”だから》と何処からともなく幼い少女の聞こえて来るではないか。

之に春樹は「あッ・・・もう俺、駄目かもしれん」と腹を括った。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「くッ、この!!」

 

≪LA”A”A”ッ!!≫

 

第一次福音討伐作戦による大ダメージから見事な復活と白式の二次形態移行を遂げた一夏。

左手への多機能武装腕『雪羅』の発現と大型化したウイングスラスターが4機備わっており、『二段階加速』が可能。加えて、加速のためのエネルギー充填速度も三分の二へと短縮されて最大速度も+五十%くらいまで向上した。

だが、前回の戦闘データから一夏の戦闘スタイルを学習している福音は、自機の長所である俊敏さで彼と距離を置きながら攻撃を交わす。

 

≪A”A”A”A”A”A”A”ッ!!≫

 

「ッ! コイツ、またッ!!」

 

「卑怯者めッ!」

 

他にも白式は一次形態移行よりもエネルギー消費量が格段に増え、単騎では力を発揮しきれず、紅椿の単一能力『絢爛舞踏』による補助を得なければならない。

その補給の隙を狙いながら、福音はのらりくらりと攻撃を仕掛けて行く。

 

本来ならば、この事件の黒幕である束が一夏の実力にあった福音の出力調整を行うのだが・・・事件発生当初時の束からの過干渉負荷と春樹から繰り出されたAICの影響により、外部からのデータ入力を全く受け付けない本格的な暴走状態に成り果ててしまったのである。

 

「御免あそばせッ!!」

 

≪ッ!≫

 

そんな真のバーサーク状態で二人へ襲い掛かる福音にセシリアのライフルがズギャンッ!と火を噴く。

これを福音は持ち前の反射速度で回避するのだが―――

 

「うぉおおおおおッ!!」

「うわぁああああッ!!」

「これでも喰らいなさいッ!」

 

回避した所へ待ってましたとラウラのプラズマ手刀とシャルロットの近接ブレードが待ち構える。

更に背後からは鈴の衝撃砲が唸りを上げた。

 

≪・・・LA・・・♪≫

 

「「「なッ!?」」」

 

だが、またしても福音は之を風に舞う一枚の羽のように躱す。

そして、クルクルと駒のように回転しながら傍迷惑な程にエネルギー光弾を其処ら中にばら撒く。

 

「アイツ・・・!」

 

「まるでこっちの動きを全部読んでるみたいに・・・ッ」

 

ギリリと歯噛みする一夏達を嘲笑うかのように福音は≪LA・・・LA・・・♪≫と無機質な機械音声を弾ませる。

 

「これじゃ、埒があかない。どうすればヤツを―――「おぉおおおおおッ!」―――ラウラッ!?」

 

多数の機体で福音の周囲を囲んでいるにも関わらず、ちょこまかと動き回る福音に皆が難儀していると、またしてもラウラが両腕のプラズマ手刀を展開して突撃をかけた。

しかし、福音は之を容易に回避。それでも尚、ラウラは威力の高い近接戦闘武器で攻撃を仕掛ける。

 

「貴様の、貴様のせいで春樹は!!」

 

≪・・・LA”ッ≫

 

「うぐッ!?」

 

「ラウラ!」

 

その攻撃がついに鬱陶しくなったか、福音はラウラのワイヤーブレードを避けたと同時に強烈な蹴りの一撃を彼女の脇腹へ叩き込む。

絶対防御の許容範囲を超えた衝撃がメキメキとか細い彼女の身体を襲う。

 

「ぐぅ~~~ッ! あぁああああッ!!」

 

≪LAッ!?≫

 

だが、流石は軍属か。ラウラはこの攻撃を逆手に取り、超近距離からAICを福音に向けて放った。

ギョロリと鋭い灼眼と怒気の籠った琥珀色の眼が福音を突き刺す。

 

「今だッ、やれぇええ!!」

 

「ッ、おう!!」

 

ラウラの作ったこの好機にエネルギー補給を終えた一夏は荷電粒子砲の狙いを定める。

勿論、福音を抑えている彼女に当たらない様に慎重にだ。

けれども、ラウラが言ったこの言葉は別に雪羅を構える一夏に対して言い放ったものではない。

 

「―――――あぁああぁッ!」

 

「え・・・?」

 

「この声・・・まさか!?」

 

前方より迫り来る自らの鮮血で機体を濡らしたバーサーカーに向けて言い放ったのである。

 

「阿”ぁ”あ”あ”あああッ!!」

 

「遅いぞ・・・馬鹿者ッ・・・!」

 

「清瀬、お前無事だったん―――「邪魔じゃ、ボケェッ!!」―――グふぇッ!?」

「「一夏!!?」」

 

≪ッ!!?≫

 

突撃射線上に佇んでいた一夏を轢き飛ばしつつも、福音へ迫る春樹。

流石の事件の黒幕もこの展開は予想していなかったらしく、福音のバイザーの向こう側で泡を喰らう。

 

「ヴぅろぉおお阿”ああぁッ!!」

 

超音速のまま福音の胸部目掛けてズタボロに引き裂かれた右手をバシィイン!と叩きつける春樹。されど、この攻撃は大した威力でもない平手打ちである。

福音はこれを躱して迎撃態勢をとろうとした。

 

≪A”A”A”A”A”A”A”ッ!?≫

 

だが、この男がヤケクソ紛れに唯の平手打ちをする筈がなかった。

なんと彼の右手は福音の胸部装甲へピッタリと張り付いていたのである。しかも、その手の周りは”蒼白い氷”で覆われていた。

 

「流石は琥珀ちゃんを製作したチーム・・・ええ仕事しとらぁ!」

 

春樹は平手打ちの直前、右掌へ壬生から渡された十一式氷結炸裂榴弾を撒きつけていた。その氷結弾が平手打ちの衝撃により炸裂。彼の右手と福音の胸部を一時的に接着したのである。

 

≪LA”A”A”A”A”A”A”ッ!!≫

 

胸に張り付いた蟲を必死に取ろうとエネルギー光弾を乱射せんと砲口全てを春樹に向ける福音。

そんな事をさせんと春樹は―――――

 

ズシャリッ!

≪!!?≫

 

―――残った左腕へ仕込み武器として装備されていた『ウルナ・エッジ』を福音の脇腹へ刺し貫いた。

 

≪A”A”A”A”A”ッ!!?≫

 

「覚悟はええか、”福音ちゃん”? 俺ぁ出来とるで・・・!」

 

痛みに悶えるかのように酷く雑音の入った機械音で喚き散らす福音に対し、春樹はこれまでの御返しとばかりに口角を耳まで裂ける位に三日月へと歪めながら、バイザーの向こう側にいる人物にでも語り掛けるかのように叫んだ。

「お前も”武器”なら、俺のモノになりやがれ!!」・・・と。

 

≪~~~~~・・・ッ!!≫

 

脇腹へ左手ごとウルナエッジを刺し込まれた福音は、声にならない声を絶叫しながら果てて停止。

アーマーを失い、スーツだけの状態になった搭乗者を残して待機状態へと戻った。

 

「ハァ・・・ハァッ・・・破破ッ、阿破破破破破ッ・・・阿ーッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッッ!!」

 

暴走した銀の福音からようやく解放された搭乗者を抱きかかえながら、春樹はタガが外れたようにゲラゲラゲラゲラと大笑いを周囲に響かせる。

そして―――――

 

「阿ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ―――――ぶビぅッ!!?」

 

「春樹ッ!!?」

 

目、鼻、口から血と正体不明の液体を吹きだして白目を剥いた。

それでも尚、琥珀を解除しなかったのは彼の”覚悟の表れ”だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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58話

 

 

 

空が朱に白む頃。

【第二次銀の福音討伐作戦】は銀の福音の沈黙並びに同機体搭乗者の確保により、作戦完了となる。

しかし、今作戦の立案者兼現場指揮官であった春樹は、熾烈な福音との戦闘により重症を負う事となり、作戦結果は素直に喜べぬものとなった。

 

「えッ、それは一体どういう事・・・ですか?」

 

その作戦終了から数時間後。

土壇場で今作戦に途中参戦した一夏の姿は、急遽併設された作戦司令部である大宴会場にあった。

 

≪そのままの通りですよ、織斑 一夏君。君の所有している専用機、白式を我々日本政府へ”譲渡”して頂きたい≫

 

彼の前に置いてあるモニター画面で、淡々とそう話す長谷川に一夏は怪訝な表情を見せる。

 

「どうしてですかッ? なんで白式をアンタ達に渡さなくちゃならないんだよ!」

 

「簡単な話です。織斑君、君は第一次討伐作戦において明確な命令違反をしている。そのペナルティーと思えば、優しいものです」

 

「命令違反?」

 

長谷川の言葉に納得がいかない一夏へモニター画面の右側へ立っていた高良が諭す様な口調で口を開いた。

 

「はい。君は織斑 千冬学年主任の下、篠ノ之 箒さんと共に銀の福音討伐へ出撃した。そして、太平洋上で福音との戦闘を行った。しかし・・・その戦闘中、君は近辺で宝石珊瑚の密漁を行っていた漁船を福音の攻撃から庇った。そうですね?」

 

「あぁッ。でも、それがなんだって―――「それが命令違反です」―――ッえ?」

 

「君は任務遂行中、私情による身勝手な行動を行った。『福音の討伐』という重大な命令を放棄し、自由行動を行った事が命令違反へ該当します」

 

「な・・・なんだよ、ソレ。だったら、助けなくても良かったって言うのかよッ! 密漁をやっていた犯罪者だからって、福音の攻撃に巻き込まれてもよかったって言うのかよ!!」

 

「はい、そうです」

 

「ッ!!」

 

声を荒らげる一夏へ高良は冷淡に即答した。

その彼の目はいつもの朗らかなものではなく、何処か光のない冷たい眼をしていた。

 

≪・・・高良≫

 

「・・・すいません、先程の文言は撤回させて頂きます。・・・・・ですが、織斑君。君の身勝手な行動により、君を含めた生徒の生命を危険に晒した事には変わり有りません。現に、そのせいで清瀬君は多大な重傷を負いました。『専用機の没収』と言われても文句は言えない愚行です」

 

「ッ・・・そ、それは・・・ッ・・・」

 

≪それに織斑君、此れは君の姉君である織斑 千冬学年主任の為でもあります≫

 

「え・・・!?」

 

容赦のない高良からの言葉に口籠もる一夏へ、今度は長谷川が言葉を紡いだ。

 

≪織斑教諭は外部から不正アクセスで送信された偽情報を掴まされたとは言え・・・独断で、それも実戦経験のない生徒を暴走した軍用ISの対処に向かわせたのは大きな問題です≫

 

「で、でもそれは、俺と箒を信頼してくれたからでッ・・・その千冬姉からの信頼を俺が・・・ッ!!」

 

必死になって弁明する一夏に長谷川は真剣な表情から一転し、朗らかな笑顔を浮かべる。

明らかに、その表情から重苦しい圧力が感じられたが。

 

≪此方としても、新しく日本代表候補生となった清瀬君の重傷の責任を織斑教諭へ求めたい。・・・ですが、織斑君。君に誠意があると言うのならば・・・・・解りますよね?≫

 

「それに譲渡と言っても、一時的なものです。解析が終わり次第、所有者である織斑君へ返却されますので、ご安心を」

 

「ッ・・・は、はい。解り、ました・・・」

 

言い淀む一夏を丸め込んだ長谷川は「よろしい」の一言と共に彼を部屋から退かせると、眉間の皺を指で物理的に広げる高良へ視線を向けた。

 

≪高良・・・清瀬君の容態はどんな具合だ?≫

 

「はい、この近くにある救急医療センターへ搬送したのですが・・・どうにも言えない状況です。担当医の話だと、十トントラックに三回跳ねられた以上のダメージが全身へ広がっているとの事です。生きているのが、不思議なくらいだと・・・ッ」

 

≪そうか、私達に出来る事は祈る事だけかッ。・・・・・ッ、高良?≫

 

「はい、何でしょう先生?」

 

≪それは何だ?≫

 

悔しそうに表情を歪める二人。

だがその時、長谷川は高良のズボンの右ポケットの膨らみに気づいて指摘した。

「あぁ、これは」と高良がポケットから取り出したのは、何とも古い掌大サイズのウルトラマンを模ったフィギュアであった。

 

「出撃前、清瀬君が僕に”お土産”だと言って渡してくれたものです。まさか、このウルトラマンが彼の形見になるかもしれないなんて・・・ッ!」

 

≪”お土産”?≫

 

再び悲しそうな表情をする高良を余所に、長谷川は眉をひそめる。

今回の銀の福音の暴走をリークした事を含め、春樹は長谷川へ多くの有益な情報を頼んでもいないのに横流しして来た。

そんな男が意味もなく自分の直属の部下である高良へお土産を、ましてや古びたウルトラマンフィギュアを渡すだろうか?

 

≪・・・高良。そのフィギュア、上半身と下半身が分離できるものだな? ちょっと、二つに割ってみてくれないか≫

 

「えッ? しかし―――「いいからッ」―――は、はい・・・」

 

長谷川に急かされ、渋々フィギュアを二つに分離する高良。

すると―――――

 

「せ、先生ッ・・・これは・・・ッ!!」

 

≪高良・・・清瀬君の重傷でナーバスになっているだろうけれども、急いで壬生開発室長を呼んできてくれ。なるべく静急にだ≫

 

「はッ、はい!」

 

≪まったく、彼は・・・サプライズが好きだな・・・ッ!≫

 

―――フィギュアの上半身裏面へUSBメモリが安っぽいテープで貼り付けられていたのである。しかも、そのUSBには『だいよんせだいせっけいず』と平仮名で書かれていた。

 

長谷川と高良の脳内には此方に向かい、したり顔を「阿破破破ッ!」と晒す春樹の姿が上映されたという。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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59話

 

 

 

・・・・・俺が最後に覚えている事は主に二つだ。

一つ目は、太平洋の水平線彼方から様子を伺うようにひょっこりと顔を覗かせたお陽さん。

二つ目は、薄れゆく意識の中・・・視界へ映った俺の名前を呼びながら涙を流す”あの娘”の顔じゃ

 

「・・・ッ・・・こかぁ・・・?」

 

気がつけば、俺はある場所に居った。

其処は一階から二階までが吹きぬけになっとって、壁には一寸の隙間もないくらいに整理整頓された小難しい本が本棚に収められとる。

 

そねーな部屋の中心で、俺ぁ椅子に座っとる。

・・・真っ白な拘束着で全身を包まれて。

 

「目が覚めたかね、ハルキ? いや・・・この”部屋”で目が覚めたと聞くのは、少々可笑しな話か」

 

そんな調度『C.C.』が初登場時に着とった拘束着と同タイプのもんを着させられとる俺の前に、この部屋の主であろうある人物が居った。

『彼』は何とも上品で上質なスーツを身に纏とって、第一印象なら誰もがとても知的な印象を持つであろうハンサムな外見じゃ。

 

「はぁ~ッ・・・一番来とうなかった場所に、俺ぁ来た訳か。”また”」

 

「そう、”また”だ。前回、君が来たのはソイソースの一Lボトルを過剰摂取した時だから・・・調度、”一年ぶり”になるわけだ。元気だったかい?」

 

「「元気だったか?」じゃと? よー言うわな・・・」

 

捻くれた口を利く俺に、彼はニコリと口角を上げる。

 

「それよりも、今回はまた手酷くやられたようだな。だが・・・前回と違う点は、『肉体的』にという事だけれども」

 

「・・・ッ・・・」

 

「そう怖い顔をするな、ハルキ。前にも話したと思うが、”此処”は外とは時間の流れが違う。近いと言えば・・・君とラウラが共に居た空間に近いな」

 

ッ!? なんで其れを知って・・・!

・・・いや、其れはそうか。”俺が彼の事を知っている”ように、”彼も俺の事を知っている”。当たり前じゃったわ。

 

「気安く彼女の名前を呼んでんじゃねぇ。んで、俺が此処に居る言うこたぁ・・・俺はクタバリかけとるんか?」

 

「ん~・・・そうだな。骨折箇所は、左足の複雑骨折・右と左合わせて計七本の肋骨が骨折・胸骨にひび割れ・右手の凍傷に右手骨の全てが粉砕骨折・左上腕骨と前腕骨が複雑骨折・右側頭骨が陥没・左下顎にひび割れ。折れた肋骨が右肺に突き刺さっての出血。胃の破裂。全身打撲etcエトセトラ・・・と、医師ならば匙を投げたくなるような悲惨な状態だ。そんな状態で、よくあんなオブジェを機能停止に追い込めたものだな」

 

彼は呆れながら、何処からか取り出した俺のカルテを見ながら溜息を吐く。

 

「ハルキ・・・何故、殺さなかった?」

 

「ッチ・・・またその話かよ!」

 

「おや、君は一年も前の事など覚えていないと思っていたが・・・フフフッ」

 

当たり前じゃ、覚えとるわ。

一年前、俺はあと少しで彼のサイドへ”堕ちる”所じゃったんじゃけんな。

 

「しかし、何故だ? 君の左手の甲には魔法の紋章がある。それが有れば、あんな趣味の悪い造物など君一人で簡単に破壊できた筈だ」

 

「ハァ~・・・俺はさぁ、”博士”。貴方と違うんじゃ、あんたのような”化物”とはのぉ」

 

「可笑しな話をするな・・・私は君から生まれた”産物”だ。私と君は表裏一体」

 

「そうかぁ~。なら、俺の事をパパって呼んでみぃやッ。俺から生まれた産物なら、お前は本物の博士じゃない。ただの偽物ッ、”幻覚”じゃッ!!」

 

「・・・・・」

 

俺の発言に彼は一寸息を吐く様に肩を上下させると、椅子から立ち上がる。

そして、コツコツ靴音をたてながら俺の背後へ回り込んだ。

 

「確かに。君の言う通り、私は『ハンニバル・レクター』ではない。言うなれば、ハンニバル(偽)だ。だが・・・」

 

彼・・・レクターは俺の両肩をグッと掴みながら、キスでもするくらいに近づいて俺の耳へ囁く。「いつか”本物”になる日が来る」と。

 

や、野郎~・・・幻想とは言え、外見が映画版の『A・ホプキンス』じゃのーて、ドラマ版の『M・ミケルセン』の方じゃけん顔がエエッ! 其れに声もエエッ!!

 

「用心する事だ。私は必ず、君を滅ぼす」

 

・・・関係ない話じゃけど・・・ドラマ版の『レクター博士』と『夏目友人帳』の『ニャンコ先生』の中の人が同じって、俺は未だに信じられない。声優って、めちゃんこスゲェ~ッ。

 

「・・・春樹から、離れなさいッ」

 

「おや?」

 

「・・・え?」

 

傍から見りゃあ、BでLみたいな展開が繰り広げられそうな時に聞き覚えのない声が部屋に響いた。

声のする方を見れば、俺の真ん前で彼へ睨みを利かせる白髪で赤いワンピースを着た”幼女”が一人。

 

・・・・・えッ、誰ぇ??

つーかこの子の声、どっかで聞いた事があるような・・・?

 

「これは之は、驚いた。『外』からの来客とは珍しい」

 

「え、ちょっと待って・・・こんなキャラ、俺ぁ知らんのんじゃけど」

 

「えッ・・・!」

 

俺の知っている範疇で、こねーな幼女キャラ居ったけなぁ?

・・・ってか、なんかマズい事言うた? あの子、なんか泣きそうなんじゃけど。

つーか、”外”ってなんじゃ?!

 

「ひどい・・・あんなに私をメチャクチャにしておいてッ」

 

「え、えッ、えぇッ!!? ちょっと待って、待ってくだせぇよ!! 身に覚えがないんじゃけどッ!」

 

「そ、そうだった。”この姿”で会うのは初めてだったもんね」

 

はッ? この姿? この姿って何?

俺とあの子はどっかで会っとるんか?

・・・・・・・・何処で? まったく見当がつかんのんじゃけど?!!

 

「ふむ。フフフッ・・・これは面白い。あの仮説は真実だったわけだ」

 

「自分一人で勝手に納得するんじゃねぇよ、ハンニバル! 俺にも説明を―――――」

 

―――って、アレ? なんか頭が痛くなって来よったで?!!

 

「ほぉ、時間切れか。ハルキ、”元の世界”に帰る時間だ」

 

「えぇッ!? ちょっと待ってよ、私まだ彼と全然話をして―――――」

 

「では・・・またのお越しを、ハルキ」

 

・・・・・すぅ~~~ッッ・・・

 

「二度と来るか、こんな場所―――――ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「―――――――ッ・・・ぁ、あ”ッ・・・あぁ?」

 

第二次銀の福音討伐作戦終了後。

目を覚ました春樹が一番に目にしたものは、見知らぬ白い天井だった。

 

「ありゃれ・・・かかはぁ・・・ッ? って、はべりにく!」

 

何だか喋りにくい事に違和感が感じられた春樹は包帯ぐるぐる巻きにも関わらず、左手を何とか起き上がらせ、口と鼻へ付いていた人工呼吸器を自力で外す。

そして、ゴキリッと顎の骨を鳴らした。

 

「ゲッホ、ゲッフォッ! あぁッ、苦しかった!・・・って、ありゃあ? 俺・・・生きてる? 俺ッ、生きてる!?」

 

春樹は自分が生きている事に衝撃を受けながら、ムクリと身体を起き上がらせる。

するとどうだろうか。銀の福音との戦闘で負った筈の負傷箇所が、不思議と痛感が無かったのだ。

 

痛感が無いと言っても、神経が通ってないいないと言う訳ではない。

ちゃんと神経も感覚もあり、負傷した手足がちゃんと動いたのである。

 

「えぇッ・・・なんでェ~~~~~ッ??」

 

両手と頭に巻かれた包帯を取りながら、困惑の感想を述べる春樹。

彼自身、前々から「俺って、傷とかが治りやすい性質なんじゃろうか」と自覚していたが、福音との戦闘中から「こりゃあ、もうダメじゃ」と思っていた負傷が何事もなかったかのように”完治”していたのである。

 

流石に此れには春樹も引いた。ドン引きした。

例え、治ったとしても一生寝たきりか車椅子生活だと思っていたのだから。

 

「あッ、ちゃんと右目も見えらぁ。・・・・・えぇ~~~ッ・・・!」

 

窓から見える月に再び困惑の感想を垂れる春樹。

琥珀のAICとガンダールヴの使用時に両目が焼ける様な感覚を味わったのにも関わらず。彼の目は健在だった。

 

「なにコレぇ~・・・俺って、まだ夢でも見とるんか~?」

 

そのまま春樹はブチブチと両腕の脈へ突き刺さっていた点滴針やら心電図やらの線を引き抜く。

途中、心電図が五月蠅く鳴ったので、コンセントから引き抜いた。

 

「んッ、ん~・・・あぁ~ッ・・・しっかし、よ~寝たわぁ」

 

取り敢えず、自分の身体に何が起こっているのか解らない事へ春樹は思考力を放棄し、ベットから立ち上がると大きく伸びをする。

バキバキと身体から骨が鳴る音が響き、心地良い爽快感が充満した。

 

「じゃけぇど、よー寝た言うても・・・どれぐらい寝たんじゃ?」

 

月を見ながら、春樹は自分が意識を失った経過時間を疑問符混じりに独り言で呟いた・・・その時。

 

「十二時間以上だよー」

 

「ほぉ~ん・・・・・・・・阿”ッ!!?」

 

自分一人しかいない筈であろう病室から、彼が今最も聞きたくなかった声が聞こえて来るではないか。

 

「やっほー!」

 

「ッ・・・!!」

 

その声のする方を見れば・・・其処に居たのは、ウサ耳を付けた紫色の長髪を月夜で艶やかに照らした全世界が噂する天”災”科学者『篠ノ之 束』だった。

 

「なんでッ・・・テメェが・・・!!」

 

春樹は驚嘆しながらも、自分の腕から引き抜いた点滴針をすぐさま手に持つ。

本当は銃やらナイフやらが良いのだが、無いよりはマシだ。

 

「そんなに警戒しないでよー。束さんは、君のお見舞いに来ただけだから」

 

「お見舞い~? 止めを刺しに来た言うんの間違いじゃないんかッ?」

 

フゥーッと猫のように背中を大きく立たせる春樹に、束はニコニコと表情を崩さない。

 

「んー、本当はそのつもりだったんだけどね・・・気が変わったんだー。だって、あんなにボロボロでズッタズッタだった君の身体がピンピンしてるんだもん! 束さん、興味津々だよー!!」

 

「阿”ぁッ?!」

 

「なに言ってんだ、コイツッ?」とばかりに表情を歪める春樹を束は「おもしろーい!」とケラケラ笑う。

その彼女の様子に春樹はゾゾッと背中へ鳥肌が立つのが実感できた。

 

「んふふ~・・・ねぇ、”はーくん”?」

 

「・・・阿ッ? なんじゃあ、その名前は? もしかしなくても、俺の事をよーるんか? じゃとしたら・・・勝手なアダ名付けるな、このおわんご兎!!」

 

「えー、別にいいじゃん。小さい事言ってると、はーくんの頭ハゲちゃうよ」

 

「誰が禿げるか、このおわんごがッ!!」

 

「むーッ・・・まぁ、いいや。ねぇ、はーくん? 世界って楽しい?」

 

「・・・は?」

 

突拍子もない質問に更に顔を歪める春樹。

だが、元来の真面目な性格が変な所で垣間見えてしまい、素直にこう答えた。

 

「そこそこ楽しいッ。酒は美味いし、飯も美味い。最近、俺が好きな作品が漫画化とかアニメ化とか実写化しとるし、まぁまぁ面白い。じゃけど・・・贅沢を言うんじゃったら、キサンみてぇなキチガイとか面倒事とは今後一切関わり合いとうないッ!!」

 

「ふーん、そうなんだぁー・・・でも最後のは頂けないかなぁ」

 

「阿?―――――ッ!!?」

 

疑問符を浮かべた春樹に向かって、束は常人には到底反射出来ない速さで迫る。

そして、その勢いのままに彼の唇へ自分の唇を―――――

 

「オラァッ!!」

 

「ッ!?」

 

―――合わせようとしたのだが、その顔面目掛けて春樹のカウンターパンチが突き刺さる。

バギィイイッ!!といった生々しい音が室内に木魂し、束はそのまま部屋の壁へと激突した。

 

「いきなり何するんじゃ、ボケェ!!」

 

「汚ぇなッ、もう!」と汚物でも触れたかのように掛け布団で拳を拭う春樹に対し、束は「・・・ふふッ、ふふふッ!」と口元から血を垂らしながら口角を吊り上げる。

 

「はーくん・・・束さん、君の事気に入ちゃった!」

 

「阿”ぁ”あ”ッ?」

 

酷く顔をひしゃげて驚く彼に、彼女は「じゃあまたねッ、はーくん!!」と言って部屋の窓から外へと飛び出す。

その数秒後、変な形と色をしたロケットが夜空に向かって飛んで行ったのだった。

 

「何事ですかッ!!?」

 

「あぁ、看護師さん。なんか俺の病室に不審者が―――「って、ギャァアアアアア―――ッ!!?」―――って、なんで俺の顔見て悲鳴を上げるの~ッ???」

 

騒ぎを聞きつけて駆けつけた夜間の看護師達に春樹は何故か化物でも見たような絶叫を上げられ、この後酷く拗ねるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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60話

 

 

 

暁の夜明けと共に作戦完了した第二次福音討伐作戦。

その後、『銀の福音事件』と呼称されるであろう作戦が終了した当日の夜。

 

「ぅ・・・うぅ・・・ッ!!」

 

AICによる攻撃で、福音を機能停止に追い込むキッカケを作った今作戦の功労者であろうラウラは、怪我の為に搬送された医療機関のベッドの中で眠れぬ夜を過ごしていた。

作戦が成功したにも関わらず、何故に彼女はその灼眼と琥珀色の瞳を涙で濡らしているのか。

其れはやはり、今作戦最大の功労者を思っての事だろう。

 

今回、太平洋上の日本領海区域内で発生したアメリカ軍所属の軍用IS『シルバリオ・ゴスペル』(日本呼称名・『銀の福音』)の暴走事故。

その対応と対処を行ったIS学園所属の専用機持ちである生徒の過半数は無傷か軽傷であり、第一次福音討伐作戦内に置いて、銀の福音の拡散攻撃により一時は昏睡状態へ陥った織斑 一夏は、第二次福音討伐作戦遂行中に突如として全快。加えて、自身の専用機である白式を二次形態移行させた。

・・・しかし、何事にも『例外』というものは存在する。

 

作戦参加者生徒の中で、福音からの攻撃でダメージを負った者は二人。

一人は第二次福音討伐作戦において、上半身へ福音からの打撃攻撃による打撲傷を負ったラウラだ。

幸いにも彼女はISによる絶対防御のおかげで大事をとっての入院はしたものの、軽いもので済んだ。

・・・だが、問題なのはもう一人の方だ。

 

「ッ・・・春樹・・・!」

 

暴走した銀の福音の搭乗者の生命を奪うことなく、機体の機能完全停止を成功させた春樹。

しかし、その代償は割に合わないものであった。

 

福音との苛烈な戦闘による戦傷は全身各所に渡り、特に上半身へのダメージは外部内部ともに合わせて酷いものであった。

外傷は上から右側頭部の陥没と左下顎のひび割れに始まり、肋骨や右手と左腕の粉砕複雑骨折。内傷は折れた肋骨が肺に突き刺さっての内出血に胃の圧迫破裂。

他にも例を挙げればキリがないが、目を覆いたくなる凄惨たる状況に彼は陥っていた。

 

「春樹・・・春樹ッ・・・ぅう・・・ッ!!」

 

そんな状況下でも、何とかこと切れずに集中治療室で眠っている春樹を心配そうな表情で見つめていたラウラを院内の看護師達は気遣った。

うら若き顔立ち整った美しい少女が、時間の経過と共にやつれていく姿は見るに堪えないものだったのだろう。

 

看護師達や常駐していた臨床心理士に促され、ラウラは怪我の治療と休息を渋々受けた。

その後、暴走事件を知らない他の生徒達に怪しまれない為に傷を負った二人以外の生徒達は学園へ帰還する事と相成る。

無論、無傷で済んだ作戦参加者たちもだ。

 

勿論、学園へ帰還する簪やシャルロットを始めとした専用機持ち達は治療の為に残ったラウラと春樹を心配したが、皆のその心配を彼女は随分と冷めた面持ちで受け答えた。

特に「貴様が余計な事をしなければ・・・!」と第一次福音討伐作戦でヘマをやらかした一夏に対しては八つ当たりに近い感覚で辛辣な感情を向けた。学園へ転校してきた初日のように。

 

・・・けれど、そんな事をしても意味もないという事をラウラ自身が一番よく解っていた。そんな事を思っても彼が目覚めぬ事など重々承知の上。

だが、この行き場のない憎悪と悲哀の感情はグルグルグルグルと彼女の中を這いずり回り、軽傷で済んだはずの怪我をズキズキと生々しく余計に痛ませた。

やがてその痛みは「もっと自分が強ければ・・・」「自分が弱かったせいで・・・ッ」という自己嫌悪の坩堝へと誘い始める。

 

「・・・・・・・・」

 

そんなドブ川のヘドロのように淀んだ感情を内に溜め込みながら、ラウラはムクリとベッドから身体を起こした。

シクシクとただ静かに泣き腫らした為か、彼女の喉は渇きを訴えたのである。

 

「ッ・・・ッ・・・」

 

まだ喉奥から出て来そうになる嗚咽を堪えながら、ラウラは自販機等が置いてある患者や職員の休憩所へ壁を伝いに向かう。

 

時刻は21時を少し回る頃。

昨夜から今朝にかけて行われた熾烈な戦いが幻想だったと思わされるくらいに夜は静けさにとんでいた。

そんな中、休憩所へ漸う辿り着いたラウラは自販機に一定額の硬貨を入れる。

夜だと言っても、季節は夏を指す頃。院内に冷房が効いていても、自然と彼女は冷たい飲み物を選んだ。

そして、ガコンッと落ちた缶ジュースを取り出し口から拾い上げ、プルタブをプシュリと開けて中身を一気に飲み干す。

 

「んく・・・んく・・・ぷはぁ・・・ッ」

 

缶の中身を半分ほど飲み干したラウラは休憩所の窓から見える月をぼんやりと眺めた。

・・・すると・・・

 

「ありゃあ? ラウラちゃんじゃがな」

 

「・・・?」

 

此処には絶対にいない筈の聞き慣れた声が背後から聞こえて来た。

声のする方を見れば、其処には―――――

 

「こねーな所でなにしょーるんな? 俺よりも軽い言う話は聞いたんじゃけど、怪我しとるんじゃけん安静にしとかなぁ」

 

「は・・・るき・・・?・・・・・春樹ッ!?」

 

―――休憩所の本棚から取り出したであろう雑誌を読みふける重傷を負った筈の春樹がいたのである。

 

「え・・・えッ・・・え・・・ッ??」

 

ラウラは自分の網膜に映っている事柄に脳がフリーズしてしまう。

何故ならば・・・今朝方、全身を包帯でぐるぐる巻きにされ、人工呼吸器や心電図等の生命維持装置を付けられてベッドに横たわる彼の姿を目の当たりにしていたからだ。

 

そんな瀕死の重傷を負った筈の男が、半日とせぬ内に自分の目の前でケロッとした顔のまま椅子の上で胡坐をかいて週遅れの少年ジャンプを読んでいるのだから、かなり驚く。

 

「は、春樹・・・お前、な・・・なぜ・・・重体だった筈ッ・・・!」

 

カランッと驚きの余り持っていた缶ジュースを床へ落としながら、ラウラは絞るような声で呆然とそう言葉を紡いだ。

そんな声を震わす彼女に対し、この男は「阿? あぁ、治った」と何とも緊張感のないあっけらかんとした言葉を返す。

 

「な、治ッ・・・は? えッ・・・!?」

 

「あぁ・・・そりゃあ、そねーなリアクションになるわなぁ。まぁでも、俺が一番吃驚しとるんじゃけどな。福音ちゃんと戦よーる時から無事じゃ済まんと思っとったんじゃけど、寝て起きたら何でか知らんが五体満足で元気になったでよ」

 

「寝て、起きたら・・・えッ・・・え・・・?!」

 

困惑し、動揺するラウラに春樹は「阿破破ノ破!」といつものようにケラケラ笑う。

 

「でも、一応身体に異常が無いかを調べにゃあおえんけんな。それでこれから緊急検査なん―――「春樹ィイイ!!」―――って、のわ!!?」

 

ケラケラといつものように奇妙な笑い声を陽気に弾ませる春樹に向かってラウラは突然ガバッと飛びかかった。

春樹はそんな彼女を思わず受け止め、両者は傍から見れば抱き合う形となる。

 

「春樹ッ・・・はるきぃ・・・うわあああッ、わぁああ!!」

 

彼の胸へと飛び込んだラウラは、今まで心へ溜め込んで来た全ての感情を吐き出す様に叫んだ。

もう枯れ果てて出ないと思っていた涙が、灼眼と琥珀色の瞳から堰を切ったようにボロボロ溢れ出す。

 

「えッ、ちょ! ラ、ラウラちゃんッ?」

 

一方、抱き着かれた春樹の方はどうしたらいいのか解らずにアタフタ慌てる。さっきまで読んでいた『ONEPEACE』の展開がどうでも良くなるくらいに。

 

「わ、私はッ・・・お前が、あの戦いで・・・ひっぐ、うわあ”あ”あ”ッ!!」

 

「あぁ、あーッ、解った解った。俺は大丈夫じゃけん、そねーに泣かんでくれよ! ほら、五月蠅うしとったら看護師さんらぁに怒られるで?」

 

「そんなことしるか、バカー!! わぁあああああッン!!」

 

「おーおー、よしよし」と童のように泣き喚くラウラを抱きしめながら、春樹は彼女の頭を撫でる。そして、彼女が落ち着くまで背中を一定のリズムで優しくポンポン叩く。

 

「うぅ、ぐス・・・・・春樹・・・!」

 

漸く落ち着いたのかと未だ涙が零れてはいるが、顔を上げるラウラ。

其れに対して春樹は「どうしたんなら?」と優しく声をかけようと”した”。

 

・・・この時、何故に”した”という過去形になるのか。

其れは、言葉を紡ぐ前に―――――

 

「・・・んむッ」

「ッ!!!??」

 

―――――春樹の唇へラウラが自分の淡い紅色の唇を合わせたからである。

所謂、『キス』をラウラは春樹にしたのだ。

 

・・・因みに。

これまでも二人はキスを交わす機会があったのだが・・・なにぶんと邪魔者が入る事が多かったので、今回が『三度目の正直』という結果だろう。

 

「え、あッ、へ、や!? ラウラちゃ・・・!!?」

 

突然の彼女からのキスに顔を真っ赤にし、これ以上ない慌てようを晒す春樹。

其の彼の両眼は、今夜の月夜のように琥珀色を通り越して黄金に輝いていた。

・・・しかし、事は之だけに留まらなかったようで。

 

「・・・けっこんする・・・」

 

「阿・・・ッ?」

 

「私はッ、お前と結婚するぞ、春樹!」

 

「阿”ッ―――――んグッ!!?」

「ちゅうー!」

 

ラウラの衝撃的な発言に素っ頓狂な声も上げられぬまま、春樹は再び彼女に唇を奪われてしまう。

・・・・・漸く彼女が彼の唇から離した頃、ラウラは溜め込んでいた疲労感と共にそのまま寝入ってしまった。

 

「え・・・え―――――ッ???」

 

唯一人。

この状況が未だ飲み込めれない春樹は検査準備完了を告げに来た看護師に呼ばれるまで、唖然とした表情のままに窓から見える月を眺めるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





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酔い覚まし:幕内・酒に別腸あり
61話


 

 

 

ジャンプ作品の中でも名作と名高い『ジョジョの奇妙な冒険』。

その『第五部:黄金の風』にもう一人の主人公のような立ち回りで登場する『ブローノ・ブチャラティ』は、劇中でこーいう台詞を残しとる。

 

「吐き気を催す『邪悪』とはッ! なにも知らぬ無知なる者を利用する事だ・・・!!」

(一部抜粋)

 

・・・とな。

正に今回、太平洋上で起こった福音ちゃんの暴走事件・・・・・長谷川さんらぁが、第一次と第二次討伐作戦を合わせての総称で『銀の福音事件』って呼んどる事件は之に当て嵌まるじゃろう。

 

あの女郎・・・もとい、キチガイ兎・・・もとい、『篠ノ之 束』は福音ちゃんを通して俺にケラケラ笑いながら、今回の事件の黒幕は自分だと”自白”しやがった。

・・・しやがったんじゃけど・・・その自白を録音したレーコーダーは福音ちゃんとの戦いで木端微塵。実に、実に惜しい。

 

まぁ、事が起こった時から怪しかったんじゃ。

あの女郎は自分の妹である篠ノ之に第四世代なんてとんでもねぇ代物をプレゼントした時点から『自作自演』が始めた。

・・・よーするに自分の作った機体で”遊びたかった”って言うんが本音じゃろう。

 

じゃけど・・・俺のこの言葉をあの女郎が聞いたら、きっと否定するじゃろうなぁ。

『自分の妹の為』じゃとか、『織斑の野郎の事を思って』とか。きっと耳障りの言い言葉を並べるじゃろう。・・・仮初ではない『本心』の言葉でのぉ。

じゃけん・・・そーいう輩には、『ジョジョ第六部:ストーンオーシャン』に登場する『ウェザー・リポート』のこのセリフがエエじゃろう。

 

「おまえは・・・自分が『悪』だと気づいていない・・・もっともドス黒い『悪』だ・・・」

 

・・・さて。

そねーなとんでもねぇ女から直々に『お気に入り』の言葉を頂いた俺の身体は―――――

・・・吃驚する程に健康其の物。

 

いやー・・・当直の看護師さんが連れて来られた医者の顔ったら、とんでもねぇ事。

まるでホラー映画のワンシーンみたいに表情を真っ青に変えて、よたよた後退りしよった。

 

「奇跡だッ・・・正に奇跡としか言いようがない・・・!!」

 

・・・そう言うとる医者の前で、俺は必死に笑いを堪えとった。

何でか言われたら、あまりにもその顔が面白すぎて。

 

まぁでも、そりゃーそうじゃろうな。

病院へ運ばれた時は、現状生きているのが不思議なくらいの状態じゃったそうじゃし。

例え、一命を取り留めても全治一年以上かかる重傷。

それが、たったの十二時間ぽっちで完治。しかも、投薬やら手術なしの自然回復なんじゃから、そりゃあ吃驚仰天じゃろう。阿破破ノ破!

・・・って、笑いを堪えとったら俺の全快を聞きつけた壬生さんに後頭部を小突かれた。

・・・地味に痛い。

 

そんなこんなで・・・翌日には俺、退院。

「今後の医学の為、是非とも君の細胞組織をサンプリングさせてくれ!!」みたいな事を其処の病院長が言い始めた時は、色んな意味で焦った。ホントに焦った。

因みに医療費は長谷川さんが出してくれた。保険証持ってなかったけん、実にありがたい。

そんな優しい長谷川さんから、俺がぶっ倒れた後に事件がどうなったか聞かされた。

 

まず・・・俺が躍起になって助けようとした福音ちゃんの搭乗者さんの命に別状はなく、直に意識を取り戻すそうじゃ。

そん事に「えかった、エかった。覚悟を持って挑んだかいがあるって言うもんじゃ」と俺が笑うと、「相変わらず、軽いねぇ清瀬君は・・・」と高良さんから苦笑された。

・・・解せぬ。

 

二つ目に、俺が行動停止にした福音ちゃんは壬生さんらぁが解析しとるそうじゃ。

アラスカ条約違反で作られた軍用の機体じゃけん、機体内部はアメ公どもの機密でいっぱいじゃろうなぁ・・・。

そん事で壬生さんが涎でも誑しそうな顔でウへウへよーたけん、「壬生さん、気持ち悪ぃ」って言うたら・・・「清瀬少年だって、銀の福音を”手籠め”にした癖に」と言い返された。

・・・解せぬ。俺は純情な少女を無理矢理組み敷いた下衆野郎と違うでよ。

 

三つ目に、なんとも可笑しな事に福音ちゃんの所属している米軍基地のお偉いさんが、俺と琥珀ちゃんの身柄引き渡しを要求して来たそうじゃ。

「・・・なに言っとるんじゃ、オメェ?」とひしゃげる俺の顔が面白かったんか、長谷川さんが「ぷッ!」って、吹いた。

 

まぁ彼方さんとしては、軍用に作った筈の機体を撃破した琥珀ちゃんと搭乗者の俺に興味が湧いたんじゃろう。・・・・・じゃけどなぁ・・・

 

「はッ? アンタら、なに言うとるんなん? 国連やらにチクって、国際問題にしたろか? あぁんッ?」・・・的な事を長谷川さんが言うてくれたけん、彼方さんは黙ったそうじゃ。

・・・カッコええ。出来る大人は違うでよ。

 

四つ目に、今作戦に参加した人らぁは俺とラウラちゃん以外は無傷じゃそうな。

俺としては、あのキチガイ兎の掌の上でトリプルアクセルを決める位に踊りまくっていた織斑の野郎にはクタばって欲しかったんじゃが・・・そーなると、野郎に乗っかっとる面倒事を全被りしてしまうけん、とりあえずは織斑の野郎が元気になって良かった。・・・ホントに不本意じゃけども。

 

そんな元気になった野郎に・・・今回の手柄も、功績も、責任も、全部を”押し付けて”やった。

壬生さんは俺が福音ちゃんをノした事を大々的に発表するべきじゃと言うとったが、内閣に巣くっとる親IS派閥の、中でも織斑先生やキチガイ兎を崇めとる連中を刺激しとうないと長谷川さんが反対。

別に俺も其処まで手柄が欲しかった訳と違うから、「別にエエですよ、構いません」って言うたら、「良いのかい、清瀬少年!?」と壬生さんに両肩を掴まれてガクガクされた。

そん代わり、俺は長谷川さんに「じゃけん、此れだけ下さい」と五本指を見せたら、「勿論。今回の働きに見合った報酬を送るよ」と約束してくれた。

太っ腹な長谷川さん。流石は議員の先生さまじゃあ。

 

と、言う訳で。

非公式の公式記録と言うちょっと解らん記録では、福音ちゃんは織斑の野郎が倒した事になった。

野郎の機体も二次移行した事じゃけん、妥当じゃろうな。

 

・・・と、まぁ。

サクサク上手い具合に事が進みょうたんじゃけど、この後が大変じゃった。

 

「は・・・春樹さんッ・・・!!?」

「き、きき・・・清瀬、アンタ・・・無事だったの?!!」

「あ~。きよせん、おはよ~」

 

上からセシリアさんに凰さんで、最後は布仏さんじゃ。

事件の事は秘匿されとったけん、「かんちゃんから酷い怪我をしたって聞いてたけど、全然大丈夫そうだねぇ~」と軽い布仏さんに対し、作戦参加者のセシリアさん達はギョッとした顔で俺を見よった。

山田先生には「生きてて良かったです~ッ!!」なんて、出会った廊下の真ん中で大泣きされたし、其れに釣られてデュノアもなんか目を潤ませとった。

戦闘中に腹を小突いてしもうた簪さんには、「馬鹿ッ・・・心配したんだからね・・・!」と静かな声と共に張り手を喰らわされた。

じゃけぇ、「き、清瀬・・・お前、無事だったんだな」と顔をヒクつかせながら騒ぎを聞きつけて来た織斑の鳩尾にグーパンをめり込ませてやった。

ちょっとはスカッとしたけんど、「一夏に何をするかッ!」と篠ノ之に竹刀で叩かれそうになった。

 

・・・因みに。

俺をぶちまわそうとした篠ノ之は長谷川さんの計らいもあってか、日本代表候補生になったそうじゃ。

まぁ、第四世代いうとんでもねぇ専用機を持っとるけん、当然といやぁ当然じゃ。

・・・後々の外交カードの為にしっかりしてもらわにゃあな。

 

そんなこんなで学園へ帰投して早々に騒ぎを起こしょーたら、「一体何を騒いでいる?!!」と師の素人にも関わらず、生徒を軍用機体に特攻させたA級戦犯であろう織斑先生が恐ろしい形相で近づいて来た。

 

本当なら今回の事件の失態責任で、この学園には居られん筈なんじゃけども・・・壬生さんの所へ二次移行した白式の一時的な譲渡と、未だその筋に影響力が強いブリュンヒルデに貸しを作ってやった事でお咎めなし。・・・なんじゃけれども・・・

 

「ッ!!? 清瀬・・・もう大丈夫なのか?」

 

俺の顔見て早々に動揺したんとまるで化物でも見るかのような視線が、腹立つ。

あと、姉弟そろってリアクションが同じなんもムカつく。

・・・「一晩二晩三晩か、夜這い出来るように長谷川さんへ頼むべきじゃったかなぁ」と、下衆な冗句が思いつく位に虫の居所が悪うなった。

じゃけん・・・

 

「オラァッ!」

 

「ぐフェえッ!?」

 

オマケのリバーブローをバキッと織斑の野郎に叩き込んでやった。

そんで、野郎の踏んづけられた蛙のような断末魔に心地良く浸っとったら、ゴキッ!と織斑先生に出席簿で殴られた。

・・・解せぬ。

 

そんな事がなんやかんやありまして・・・現在、俺は―――――

 

「阿”・・・ぁあ~~~・・・ッ!」

 

―――・・・返却された期末テストの結果にK.O.寸前じゃった。

臨海学校が終わったら、すぐに恐怖のテスト週間があるという事をすっかり忘れとった。

・・・しかも・・・ッ!

 

「よりにもよって、織斑先生の担当が赤点て・・・・・阿”~ッッ!!」

 

絶対、コレ補習じゃがん。あと一点で赤点回避なんじゃけん、オマケの一点くれてもええがん。

事件解決に尽力したのに、この仕打ち・・・・・解せぬゥウッ!

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

太平洋上の夜空で激しく火花散らせた『銀の福音事件』。

その戦いから奇跡的とも言える生還を果たした『不死身の刃』(壬生が命名)こと、春樹は今現在、主に三つの事柄で悩んでいた。

 

一つ目は今し方返却されたテストの凄惨たる結果だ。

得意の文系はまぁまぁの結果だが、理系はレッドラインすれすれの状況。加えて、IS学園特有のIS基礎知識試験は全一年生内でぶっちぎりの最下位結果となった。

 

「阿”~、いやじゃぁ~! 夏休み削ってまで、学校に居りとうない~ッ! 補習やりとうないィイ~!!」

 

「・・・大丈夫、春樹?」

 

「阿”ァ”ア”ア”・・・ッ!!」と静かな断末魔を上げながら机へ突っ伏す春樹の背中を簪が心配そうに擦る。

 

「わからないところ・・・教えてあげるから、頑張ろ?」

 

「・・・うん。ありがとな、簪さん」

 

福音との戦闘後よりも精神的にグロッキー状態な彼の頭を優しく撫でた簪は、少し用があるからと席を外す。

 

「清瀬 春樹はいるか?!」

 

『『『!』』』

 

そんな彼女と入れ替わるように、四組へ大声と共に入室して来た人物が一人。

 

「阿? おぉッ、ラウラちゃん」

 

皆がなんだなんだと視線を向ければ、其処には大きな重箱を小脇に抱えた銀髪美少女、ラウラ・ボーデヴィッヒが「フンスッ」と立っていた。

彼女の登場に春樹は椅子から立ち上がると、「迎えに来てくれたんか?」と足を進ませた。

時刻は正午を回る頃。昼飯時である。

 

「あぁ、春樹が今日返却されたテスト結果で落ち込んでいると思ってな。迎えに来たのだ」

 

「おっふ・・・その通りじゃ、散々たる結果じゃったわ・・・阿破破破破破・・・・・」

 

予想を当てられ、再び落ち込む春樹に「す、すまん春樹!」と慌てるラウラ。

 

「そんなお前の為に今日のお弁当は、お前の好きなモノを揃えたぞ!」

 

「えッ、ホントに? 何を作って来てくれたん?」

 

「これだッ!」と持っていた三段重箱の上段を開けてみれば、中には一面の細かくマッシュされたジャガイモだけが敷き詰められていたのだった。

 

「わおッ、マッシュポテトじゃがん!」

 

「うむ。中段は塩おにぎり、下段は緑黄色野菜のバター炒めだ」

 

「おにぎりの中身は?」

 

「勿論、春樹の好きな鮭だぞ」

 

「「イェーイ!」」とハイタッチした二人は颯爽と教室から出て行く。

其の時、重箱を受け取った春樹の手にラウラは自分の手を絡ませた。別段、春樹は拒む素振りを見せなかったので、そのまま二人は手を繋いで行ってしまった。

 

「あれ・・・春樹は・・・?」

「春樹・・・清瀬くん、いませんか?」

 

『『『・・・あ~・・・』』』

 

「「・・・ん?」」

 

教室へ戻って来た簪と、ラウラに遅れて後から入室して来たシャルロット。

四組の生徒達は、そんな二人に優しさに溢れた視線を送るのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「うん。美味い、美味い」

 

「フフフッ。そんなに急いで食べなくても、弁当は逃げないぞ」

 

教室がある学習棟から離れた位置にある春樹お気入りの場所で、二人は朗らかに昼食をとる。

夏真っ盛りが近づく中、この場所は外から入って来る海風の通る気持ちの良い場所だ。

 

「んく・・・んく・・・くっひゃぁ~、喰った食った! 度重ねる程に美味うなってくるなぁ、ラウラちゃんの料理はッ。ご馳走さんでした」

 

「喜んでもらえてなによりだ」

 

ラウラが作った弁当を全て平らげた春樹は、「阿破破破ッ」とケラケラ笑いながら満腹感に浸る。

いつもは耳障りな蝉の鳴き声が、今日は何だか心地が良い。

 

「春樹」

 

「阿?」

 

そんな彼にラウラは「来い」とただ一言声をかける。

見れば、彼女が両手を広げながら正座をして待ち構えているではないか。

 

「いや、悪いよ。弁当こさえてもらったんじゃけん」

 

「つべこべ言うな。私がしたいからするんだ。良いから来い」

 

「あ~・・・解ったよ」

 

「良い子だ」

 

なんとも清々しいラウラの言葉に春樹は渋々、自分の頭を彼女の膝の上へ横たわらせる。

見上げれば、ラウラの灼眼の瞳と黒い眼帯が彼の顔を覗き、柔らかな銀髪が顔を優しく撫でた。

 

「春樹・・・眼は、あれから大丈夫か?」

 

ラウラはそう言いながら、閉じた春樹の瞼をか細い指でなぞる。すると、閉じられた瞼から”鳶色”の瞳がパチリと見えた。

 

事件後の奇跡の全快を見せた春樹だったが、その自然治癒の際に琥珀色に変色していた瞳は元の鳶色へ戻った。

原因は不明だが、琥珀に内蔵されていたAIC使用による副作用なのではないかと思われる。

 

「あぁ、別になんともないでよ。大体、今までヴォーダン・オージェが常時発動中みたいな感じじゃったけんな。俺としては元に戻って良かったでよ」

 

「そうか、私は少し残念だ。お揃いだったのでな」

 

「露骨に残念な顔すなよ。まぁ・・・琥珀ちゃんを纏ったら何でか知らんけど、両眼の色が変わるけんな」

 

春樹の言うように両眼の瞳の色は元に戻ったが、左手の甲のガンダールヴへ呼応するように武器使用時には彼の両眼は琥珀色に輝いたのだ。

「俺は、イノベイターへ覚醒した『刹那・F・セイエイ』か!?」と自分自身でツッコミを入れた事は未だ記憶に新しい。

 

「・・・春樹、私は待ち遠しいぞ」

 

「何がよ?」

 

「お前が十八歳になるのがだ」

 

ラウラから出た言葉に春樹は若干眉をひそめた。

事件後、春樹が病院のベッドから全回復した当日の夜。彼は検査入院として入院していたラウラから涙の逆プロポーズを受けた。

 

「お前の十八歳の誕生日当日、共に婚姻届へサインしよう。そして、二人でこれからの人生を一緒に―――「待て待てッ」―――春樹?」

 

灼眼の目からハイライトが徐々に失われかけた瞬間、春樹はラウラの膝から頭を上げて正面を向いた。

 

「その話じゃけど、もうちょい待ってくれ」

 

「何故だ? 私は今すぐにでも春樹と一緒になりたいのに・・・私の何がいけないんだ?」

 

「いや、君の何が気に喰わんとか言う話じゃのーてな。結婚とかいう、そー言う話はまだ早いじゃろう。もしかしたらこの先、俺よりも好きなヤツが出来るかも―――「ふざけるな!」―――ッ!?」

 

春樹の紡ぐ言葉が気に入らないのか、キッと彼を睨み据えたラウラは彼の両肩をめいいっぱいの力で掴む。

 

「春樹よりも好きな男など、この先できる筈などない! お前は私の思いを疑うのかッ?! そう言って、私を置いて何処かに行ってしまう気なのか?!! ふざけるなッ、フザケルナッ!!」

 

見開かれた灼眼の瞳がどんどん赤錆びた色になって行くのと同時に、彼女の表情は曇って行った。

 

「もし、そうならば・・・お前を殺して、私も―――「ラウラちゃんッ」―――あッ・・・」

 

軽くパニック状態になり始めたラウラを春樹は引き寄せ、優しく抱きしめた。

 

「ラウラちゃん、ラウラちゃん、ラウラちゃんよ~。少し落ち着け」

 

「春樹、私は・・・私は・・・ッ!!」

 

興奮する彼女の瞳に自分の瞳を合わせながら、ゆっくり深呼吸する様に促す。

 

「大丈夫、大丈夫。そーならんように俺も気を付けるけん。な?」

 

「・・・・・うん・・・解った・・・」

 

ラウラを落ち着かせた春樹は、取り敢えず一服しようと飲み物を買いに近くの自販機へ赴く。

無論、彼女の目が届く距離にある場所で。

 

これが春樹が悩む二つ目の事柄、「なんか最近、ラウラちゃんの様子がおかしいくない?」である。

 

「なんで、あねーになったんじゃろうか? なんか俺、ラウラちゃんのトラウマでも踏んじまったか?」

 

〈あぁ、明らかにそうだろう〉

 

ガチャリガチャリと自販機に硬貨を入れていっていると、彼の横へ何時の間にかある男が立っていた。

三つ目の悩み事の種であるその男を横目に、彼は「はぁ・・・”また”か」と溜息を漏らす。

 

男の名は『ハンニバル・レクター』。

春樹の追い込まれた精神が生み出した実像を持たない虚像の幻覚である。

その幻覚である彼が、精神世界を飛び出して遂に現実世界に現れたのだ。

 

〈彼女は、君と織斑 千冬の事を重ねて見ている節がある。そして、恐れている。織斑 千冬が自分を捨てたように、ハルキ・・・君からも何時か捨てられる日が来るのではないかと〉

 

「・・・そうじゃろうな。つー事は、あの先公のせいやんけ」

 

〈いや。全部が全部、そうだとは限らない〉

 

「阿? どういう事じゃ」

 

〈ハルキ、君がハッキリと彼女に対して拒絶の意を唱えないのも悪い〉

 

「・・・・・」

 

〈君はあの『織斑 一夏(無礼な豚)』とは違い、人の心が解らぬ人間ではない。彼女からの思いが迷惑なモノならば、ハッキリと言うべきだ。でなければ、このままズルズルと今の関係を続ける事になるぞ〉

 

「迷惑なもんかッ! つーか、とんでもねぇルビを野郎に振ったなッ?!」

 

ハンニバルの言葉に声を荒らげる春樹だったが、途端に声のトーンが下がる。

其れを察知したハンニバルは彼の傍まで近づき、すぐ隣に佇んだ。

 

〈君の心配も解る。もし彼女からの思いを受け止めれば、彼女の上司であるドイツ軍上層部が黙ってはいない。君の遺伝子情報を手に入れる為に彼女を道具として利用するだろう。『彼女と彼女の思いを道具にしたくない』・・・それが君の本音だ〉

 

「・・・ッ・・・」

 

グサリと本心を見透かされた事に春樹は口籠る。

 

〈そうならない為、君は長谷川に命令違反者へのDNAサンプリングを行うように進言したのだろう?〉

 

銀の福音事件終了後。

日本政府側は、γ作戦の指示を無視した主犯格であるラウラから血液や体組織のサンプル等を徴収していた。

その細胞サンプリングを長谷川に提案したのは、他でもない春樹だった。

 

〈君は一見、何も考えていないようだが・・・腹の奥底では”奪う”事だけを考えている。悪い子だ〉

 

「喧しいッ・・・とっとと消えろ!」

 

ギロリと春樹はハンニバルへ琥珀色に光る視線を突き刺す。

これにハンニバルは両掌を見せ、〈あまり飲み過ぎるな。それとリラックスさせるなら、紅茶がお勧めだ〉と言って消えた。

 

其れに対し、春樹は「・・・畜生め」と軽くボヤいて紅茶のボタンを押す。

そして、後ろポケットに入っていたスキットルを取り出し、中身のスコッチを一気に呷ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





編集の上、再投稿。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆







Q.EXイベントに進みますか?

A.YES! YES!! YES!!! ←


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62話

 

 

 

《―――――八月の糞暑い残暑が厳しい頃。母ちゃんと父ちゃんは如何お過ごしじゃろうか?

学校に在籍しとる生徒の大半が自国やら地元やらへ帰省していると言うに。俺ぁ、期末テストの点が悪かったけん、夏休みが始まる前から追試テストを受ける事が確定してしもうた。

ほいじゃけど、俺には優しいクラスメイトが居るけん心配いらん。

自国やら地元へ帰る前、頼んでもいねぇのにみっちり勉強を教えてもろうたでよ。

じゃけん、ちぃとばっかし帰るんが遅れるけんな。

ほいじゃあ、また。

 

愛する愚息より。

 

―――追伸。

何か知らんけど、どーいう訳かベルギー行く事になったわ。

お土産にベルギービール買うてくるわぁ》

 

「・・・・・なんじゃあな、こりゃあ?」

「さぁ?」

 

息子から送られて来た暑中見舞いに、清瀬夫婦は頭上へ疑問符を浮かべるばかりであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

季節は八月。

蝉の鳴き声が本格的に喧しくなって来る頃。

 

「むぅ・・・ッ」

 

臨海学校の最中に発生した『銀の福音事件』のドタバタの為に期末テストの結果を”捨てた”春樹は現在・・・何故かヨーロッパはベルギーに向かう飛行機内に居た。

その座席シートに座っている彼の表情は、とても気分の良いものとは見て取れない。

 

そんな彼に「清瀬君、そうむくれないでくれよ」と真向かいに座っている高良が声をかけてCAから貰ったシャンパンを勧めたが、「”ジュース”はいらんでよ」と冷たくあしらわれてしまった。

 

「も~、何をそんなに怒っているのさ?」

 

「阿”ッ~? 別に怒っとりゃあせんですよぉ。まさか、追試テストを受ける日にベルギーへ出発するなんて事を当日に聞かされて、納得がいかないだけですだよぉ~ッ」

 

「・・・やっぱり、怒ってるじゃないか」

 

春樹は、そう口をへの字に曲げながら生意気な態度をとった。

・・・何故に彼が此処まで拗ねているのか。それは三時間前に遡る。

 

その日、春樹は朝から行われるであろう追試テストに覚悟を決め込んでいた。

・・・しかし・・・

 

「はぁッ!? 今からっすか?!!」

 

今の今までテスト勉強の為に電源を”切られていた”携帯からけたたましく着信音が聞こえ、彼にベルギー行きを通達したのだった。

 

「夏休み前に、長谷川さんから外国へ行くいう話は聞いとったけんど・・・まさか、今日だとは聞いとりませんでしたからねぇッ」

 

「しょうがないだろう。ベルギー行きの詳しい日程を連絡しようにも、今朝の今まで連絡がつかなかったんだから。其れに、長谷川先生のおかげで追試テストがなくなったんだよ。「テストやりたくねぇええ!」って唸ってたから、てっきり喜ぶかと思ってたけど・・・」

 

「あぁ・・・そうっすね。一週間前の俺なら、そうでしたね・・・」

 

そう言いながら、春樹は窓際から見える雲を細い眼で眺めた。

この一週間、彼は追試テストの為に簪へ自分のテスト勉強を見てもらうように頼んだ。

・・・だが、それを他の人間にも聞かれていた。

 

「ほぅ、テスト結果が悪いとは聞いていたが・・・まさか、教官が担当されている学科で赤点を取っていたとはな・・・ッ」

 

「えッ・・・ラ、ラウラちゃん?」

 

「特訓だ! 春樹ッ、お前に満点を取らせてやる!! それがお前の”妻”となる私の務めだッ!!」

 

「ラウラちゃーんッ??」

 

其処から始まったのは、いつか彼が学年別トーナメント前に彼女から受けた訓練と同等の勉強であった。

酒を含めた一切の娯楽が禁止され、昼も夜も最低限度の行動範囲以外はIS基礎知識の勉学へ費やされた。

そんな猛特訓が終了したのは、ラウラがドイツへ帰国する三日前の事である。

 

「あ~ぁ・・・あんなに勉強したんじゃけどなぁ・・・」

 

「なんか・・・・・ご免ね、清瀬君」

 

「いや、ええんです。長谷川さんに宜しく言っとかんと・・・・・つーか、なんで俺はベルギーに行く事になったんでしたっけ?」

 

「あららッ? 一週間前に電話で話したんだけど・・・覚えてないの?」

 

「えぇッ、まったく。脳内の殆どがIS基礎知識の単語で埋め尽くされとりますけん!」

 

何故か決め顔で答える春樹に高良は苦笑いを浮かべながら、何故に彼がベルギーへ招集されたかを説明し始めた。

 

「清瀬君は今回、ベルギーの首都ブリュッセルで行われる欧州IS新機体発表会に招かれたんだ。それも主催者側の一つである大手企業、デュノア社からの招待だ。其の招待を受けたから、長谷川先生が学園側に追試テストの中止を取り繕ってくれたんだよ」

 

「ほぉ~ん・・・でも、なして俺がそんなもんに呼ばれるんで?」

 

「・・・え!?」

 

まるで赤の他人ごとのように疑問符を浮かべる春樹に高良は大きく表情を崩した。

 

IS関連企業内において、世界シェア三位を誇る大企業デュノア社。

しかし、第三世代型機体の開発難化の為に一時は経営が危ぶまれる程に追い込まれていた。

其れを意図せずして救ったのが、高良の目の前でボケッと座席へ座る春樹だった。

 

当時、彼はVTS事件の意外な活躍のおかげもあってか、掌返しを決め込んだ日本政府を春樹のバックを受け持っていた長谷川が丸め込め、日仏第三世代型機体共同開発を打診したのである。

 

之にデュノア社社長であるアルベール・デュノアは甚く感銘。

自社の窮地を救うばかりか、当時すれ違いをしていた娘との深い溝までをも埋めてくれたのだから、恩人と言っても差し支えない。

そして、今回開催する欧州IS新機体発表会に出展される機体は、その日仏共同で制作された内の一つであった。

 

「(向こうとしては、微々たる恩返しの一環のつもりなんだろうが・・・恩人の彼がこの様子だからなぁ)アハハッ、やっぱり君は興味深い人だよ」

 

「阿? まぁ、ええわ・・・それよりも高良さん、聞きたい事があるんじゃけどエエですか?」

 

ふてくされ顔から、キョトン顔。そして、今は真剣な表情で高良を見据える春樹。

コロコロ表情を変える彼に吹きだしそうになる高良だったが、いつになく真剣な眼に一応の体勢を整える。

・・・まぁ、どうせ―――――

 

「新機体の発表会なら、パーティーしますよね? 酒は―――「飲み放題じゃないだろうし、一応未成年者なんだから控えてね」―――阿”ァ”ぁ、やっぱしダメですか・・・!!?」

 

「いや、そりゃあそうでしょ」

 

「・・・・・高良さん、やっぱりさっきのシャンパンください」

 

「ジュースだから、いらないんじゃなかったの?」

 

「確かに俺にとってはジュースですけど、アルコールが入っているのでジュースじゃありません!!」

 

「・・・支離滅裂だよ、清瀬君!」

 

「飲まなきゃやってらんねぇでよ!!」

 

・・・そんなこんなで経由地であるオランダ、アムステルダムに到着するまでに春樹はシャンパンと白ワインを計五本開ける事となる。

その後、先に現地へ到着していた長谷川と壬生から「酒臭い」と言われてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

春樹がオランダはアムステルダム空港へ到着する少し前。

先にイギリス、ロンドンを経由してベルギーへ入国したフードを姿のある人物がいた。

 

その人物は偽造パスポートと現地の仲間の手引きにより入国した模様で、ベルギーへ到着するや否や、”組織”の仲間に連絡をとる。

 

≪イギリスでの任務はご苦労だったわ。間を置かずに悪いのだけれど―――――≫

 

「・・・・・」

 

通信機器から聞こえて来る女の指示を、”彼女”は黙々と聞く。

大まかな話の内容としては、ベルギーで行われるIS新機体発表会に出展される機体の奪取。そして―――――

 

≪そのパーティーの招待客名簿に『ハルキ・キヨセ』の名前があったわ。・・・後は言わなくても解るでしょう?≫

 

「・・・」

 

通信機器から聞こえて来る指示に静かに頷いた彼女へ女は≪なら、頼んだわよ『M』≫と最後にそう言って通信を終えた。

 

「ハルキ・キヨセ・・・・・二人目の男・・・」

 

頭からすっぽりと覆ったフードの下から僅かに見えた彼女の輪郭は、『ある人物』と酷似しているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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63話

 

 

 

「ハァ~・・・」

 

宿泊しているベルギーにあるホテルのベランダで、陽だまりのような美しいブロンド髪の少女が一人。昇る朝陽を見ながら溜息を一つ吐いていた。

 

彼女の名は、『シャルロット・デュノア』。

IS関連企業内において、世界シェア第三位を誇る大企業デュノア社の社長令嬢だ。

だが、彼女がこうして公の場に出て来たのはつい最近の事。

・・・と言うのも、彼女が父親の存在を知ったのは二年前の事。シャルロットの実母がスキルス性の悪性腫瘍でお隠れになった直後であった。

 

その後、実父であるアルベールに引き取られたシャルロットであったが・・・気まずい雰囲気の為に互いにコミュニケーションが上手くとれず、加えて引き取られた直後にアルベールの現在の伴侶である継母のロゼンダから「泥棒猫の子供!」と叩かれてしまった為、「自分は愛人の子供」「望まれぬ子供」だったとあらぬ誤解をシャルロットはしてしまう。

しかし、そんな彼女に転機が訪れる。

 

今年の初め、『男性IS適正者発見』というニュースが世界を駆け巡った。

その人物とは、世界最強と名高いブリュンヒルデ『織斑 千冬』の弟である『織斑 一夏』だ。

その為、世界各国が彼の遺伝子情報と専用機情報を入手しようと躍起になった。無論、彼女の父親の会社であるデュノア社もだ。

当時、デュノア社はIS関連商品市場で世界シェア第三位の地位を持ってはいたものの、第三世代型機体の開発に難航し、会社存続の危機に陥っていた。

そこで会社の危機を救う為、シャルロットをハニートラップとして一夏が在籍しているIS学園へ送り込むことが計画される。

アルベールは会社内の重役員達が後に会社の醜聞となるであろうシャルロットの暗殺計画を企んでいた事を内々に知っていたので、自分の娘の命を守る為に彼は之を利用する事にした。

 

だが、そんな自分の身を案じている父親の意図など知らぬまま、シャルロットは学園へ男子生徒として潜入。

あとは持ち前の美しい容姿と抜群のスタイルで一夏を篭絡する・・・・・筈だった。

・・・と言うのも、彼女はハニートラップとしての素質が皆無であった。加えて、スパイとしての教育も受けていなかった為に見る者が見れば、ズブの素人だとバレバレ。

しかも、彼女が同室の相手となったのは世界各国が入れ込んでいる一夏ではなかった。

 

彼女のルームメイトとなったのは、一夏の発見後、日本全国で行われた適性試験でギリギリの適正レベルE-判定を受けた世界で二番目の男性適正者である『清瀬 春樹』だったのである。

加えて、彼は別にISに関わっている身内もいなければ、政府に知り合いがいる訳でもない真の一般人。

一応、日本政府からは彼自身と家族の身元不公表の保護を受けていたが、一夏のオマケか付属品としか扱われない人物だった。

それでも、一応は世界に二人しかいない男性適正者の片割れ。どうしたらいいモノかと思っていると―――――「はい、ダウトッ!!」・・・と目の前で指を差され、自身が女である事を見破られてしまったのである。

 

此れに多感な年頃であったシャルロットは、この三白眼であまり人相が良いとは言えないこの男に自分が本当は女であるという事をネタに脅され、自分の純潔を散らされるのではないかと気が気ではなくなった。

けれども、短気で粗暴なのは同じく男性IS適正者の嫌っている一夏の前だけなのようで、本当の彼は口は悪いが紳士的な人物だったのである。

会社から道具として送り込まれた自分に対し、理由を聞く事もなく不器用ながらも優しく接してくれる春樹にシャルロットは徐々にのめり込んで行った。

しかし、そんな関係は長くは続かなかった。

 

何故ならばある日、彼女がISの実践訓練を終えた後にシャワーを利用していると固有スキル『ラッキースケベ:A+』を常時発動している一夏と遭遇してしまったのだ。

そして、自分が何故にデュノア社のスパイをしている事を一夏から話す様に促され、其れを聞いた彼から「お前は此処に居ていいんだ!」「お前を守ってやる」等と言われたのである。

危機的状況に置かれ、渋々自分の正体を偽ったか弱い娘がイケメンからこんな事言われたら、普通はそのイケメンを好意的に思ってしまう。

・・・だが、シャルロットはそんな事よりも、一夏に自分のあられもない姿を見られた事に対して凹んだ。

「この前、春樹に見られた時はドキドキしたのに・・・何故だろう?」かと、彼女は彼の事が気になり出したのだが・・・この事柄がキッカケで、彼はシャルロットから離れる事となる。

「何故ッ? どうして?」と問う彼女に春樹は「別に君が悪い訳じゃない」と遠回しにシャルロットを拒絶し、彼と同じように一夏を嫌悪するラウラと行動を共にするようになった。

・・・モヤモヤとした気持ちが彼女の心を覆っていき、其れが『春樹の事が好きだ』という事を悟ったのは、学年別トーナメント準決勝で彼と相対した時であった。

 

・・・因みに。

公式記録から抹消されたその試合で、春樹は世界各国と自身を舐めていた日本政府の認識評価を百八十度改めさせる程の活躍をする事となる。

 

その後、そんな逸材となりあがった春樹の御蔭(さくりゃく)ですれ違っていた父親と和解する事ができ、会社の存続も可能になった。

そんな恩人とも言える春樹にシャルロットが増々のめり込むのも時間の問題だった。

 

だが、彼と彼女の関係はそれ以上の発展は遂げる事はなかった。

代わりに自身の気持ちに素直になったラウラが春樹との仲を深めていき、今まで交流が無かった四組の簪とも彼は交友するようになった。

 

意外にもライバルが多い事に焦燥感を募らせていくシャルロット。

春樹との距離を詰めようと食事やデートに彼を誘うが、外部からの邪魔が入る等し、一向に巧くいかない。

そうしている間にも春樹はラウラと情を深めていき、遂に臨海学校の最中に起こった『銀の福音事件』後の搬送された病院で、ラウラは彼に逆プロポーズとキスを交わしたと言うではないか。

しかも、其れを新しくルームメイトになったラウラ本人の口から聞かされたのだから溜まったものではない。

 

其れが真実かどうなのか。確認しようにもあの事件から春樹の様子はおかしくなり、そんな彼を気遣うようにラウラや簪が殆ど常時傍にいた。

帰室時間で春樹が自室へ戻ったとしても、彼はその部屋のドアを完全に締め切り、訪ねても応答がなかった。

その為、容易に二人っきりになれないままシャルロットは夏休みを迎え、本国へ帰還する事となった。

 

「お、おはよう・・・シャルロット」

 

「!」

 

後ろから自分の名前と挨拶をされたので彼女が振り返ってみると、其処にはある女性が佇んでいた。

その女性にシャルロットは未だぎこちなさが残るが、「お、おはよう・・・”おかあさん”」と挨拶を返した。

この女性の名前は『ロゼンダ・デュノア』。シャルロットの父親であるアルベールの現在の伴侶であり、シャルロットが引き取られた直後に彼女へ暴言と手を挙げた継母である。

だが、シャルロットに罵声と暴力を振るったのは、自分がアルベールとの間に子供をもうけられない身体である事に対する八つ当たりであった。

その事を反省したロゼンダはシャルロットの帰国後に彼女と改めて対面し、謝罪とお互いの間にある膿を出し切った。

 

これで家族間にあった禍根を全て消すことが出来たのだが・・・シャルロットの最大の悩みの種である春樹への恋情は未だ彼女の心に住み着いていた。

 

「そう言えば、シャルロット。用意は出来ているの?」

 

「え?」

 

ぎこちなさはあるものの、普通の家族のように会話を弾ませながら二人でホテルの朝食をとっているとロゼンダはシャルロットにそう聞く。

何の事か解らずに疑問符を浮かべる彼女にロゼンダが今日の昼に行われる昼食会の事を話した。

 

「疲れているのなら、私からアルベールに・・・お父さんに話しておくけど?」

 

家族間の膿と会社経営の問題と暗殺計画を企んでいた重役員共の一掃がなされた事で、アルベールは堂々とシャルロットを自分の子供だと公にした。

その事で本当に社長令嬢となった彼女は、本当は娘思いだった父親の為に積極的に彼の仕事を手伝いだした。

しかし、帰国してからここの所、取引先などへの顔出しをアルベールと行っていた

その為か、彼女の顔には疲労の色が見え隠れしていた。

 

「大丈夫だよ、おかあさん。それに今日はうちの会社の危機を救ってくれた日本政府の人との昼食会でしょ? しっかり私の顔を覚えてもらわないと!」

 

「そう・・・あまり無理しないでね」

 

そう心配そうに手を握って来たロゼンダの手をシャルロットは掴み返し、「うん。ありがとう、おかあさん」と微笑み返した。

 

それから時は加速し、時刻は正午を回る頃。

フォーマルドレスに着替えたシャルロットは、ビシリとビジネスマンの戦闘服を着こなしたアルベールと共に昼食会が行われる会場へと急ぐ。

昼食会と言っても、その日の夜に行われるIS新機体発表会の前祝のようなものだ。

 

「これはこれは、デュノア社長。お久しぶりです」

 

「Mr.長谷川、息災で何より」

 

到着した会場の扉前で、今日の昼食会に招かれた日本政府の関係者と出会う。

アルベールと親しそうに握手を交わす日本IS統合対策部副本部長の長谷川に「どうも、”初めまして”」と挨拶をするシャルロット。

彼とは銀の福音事件で面識はあったものの、あの事件自体が機密案件だったために初めて会うような素振りを彼女は心がけた。

之に対し、長谷川も「初めまして」と挨拶を交わす。

 

「ふむ。こんな綺麗で可愛らしい娘さんがいるとは・・・将来は気が気でありませんな、デュノア社長?」

 

「ハハハッ。上手い事を言ってくれるな、長谷川さん。ところで長谷川・・・”彼”は来ているのかい?」

 

「彼?」

 

アルベールから長谷川に投げ掛けられた言葉にシャルロットは疑問符を浮かべる。

 

「はい。しかし、初めての飛行機と時差ボケに壁々しています。・・・ですので社長、なにぶんと彼に酒類は厳禁です。一応、未成年者なので」

 

「そうか、それは残念だ。彼の飲みっぷりは好ましいものがあるのだがな」

 

「お父さん。二人の話している彼って・・・?」

 

「あぁ、シャルロット。我がデュノア社・・・いや、私達家族の大恩人だ」

 

「大恩人?・・・・・まさか!」と思い当たる人物がいたのか、ハッとするシャルロットの耳に「すいやせんッ、遅れました!」と聞き馴染んだ声が聞こえて来た。

声のする方を見れば・・・・・

 

「遅かったな。大丈夫か、”清瀬”君」

 

「はい! エラかったけんど・・・胃の中全部空っぽにして来たんで、もう大丈夫です!」

 

「まったく・・・飲み過ぎですよ、清瀬君」

 

「阿破破破ッ」と奇天烈な笑い声をあげる世界で二人目の男性IS適正者がいるではないか。

 

「は、はる―――「Mr.清瀬!!」―――って、お父さん!?」

 

「おぉッ。久しぶりっすね、アルベール・デュノア社長」

 

シャルロットが春樹へ声をかける前に何故かアルベールが彼に勢い良く迫り、両手をとった。

 

「よく来てくれた! 長谷川からは聞いているが、昼食には君の好物を用意しているよッ!」

 

「デュノア社長ッ?」

 

「ホントっすか? やったでよ!!」

 

「ダメですからね、清瀬君ッ!!」

 

そうたしなめる高良に「え~ッ!」と不満げな声を出す春樹だったが、アルベールの後ろにいるシャルロットへ手を振った。

 

「おおッ。終業式ぶりじゃのぉ、デュノア・・・いや、社長も”デュノア”じゃしなぁ・・・紛らわしいのぉ」

 

「どうしたの、春樹?」

 

「いんや。なぁ、デュノア? ”シャルロット”って、呼んでもエエか?」

 

「へ!?」

 

春樹の発言に「シャルロットって、呼んでもエエか」のセリフが彼女の頭の中でエコーで木霊する。

学園ではファーストネームで呼ばれるラウラや簪を羨ましく思っていたので、かなり嬉しい事であった。

 

「阿? なんじゃあ、気に入らんのんじゃったら別に―――「ううんッ、そんな事ない! そう呼んでよッ!!」―――お、おう。じゃあ・・・シャルロット」

 

「フフフッ・・・行こう、春樹!」

 

ガチガチの緊張感が一気にほぐれたシャルロットはニコやかな表情で春樹に笑いかける。

そして、彼の手を取りながら一行は会場内に入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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64話

 

 

 

オランダのアムステルダム空港を経由してベルギーに入国した俺と高良さんは、先に現地入りしていた長谷川さんらぁと合流。

合流した後、今回の新機体発表会に招待してくれたデュノア社の社長らぁと昼飯を一緒にとった。

そん時、終業式が終わった後に直ぐに帰国したデュノア・・・いや、今はシャルロットじゃったな。シャルロットがデュノア社長と一緒に居った。

流石は社長令嬢か。着とるモンも綺麗じゃったし、様になっとった。

まぁ、素体がエエけんな。そりゃー当然じゃわなぁ。

 

そねーに別嬪なシャルロットを何故か俺と対面する様に前へ座らせたデュノア社長たちとの昼飯は、そりゃあエエもんじゃった。

高良さんにゃあ止められたけど、ヨーロッパの方じゃあワインやこーは水みたいなもんじゃって聞いとったけん、遠慮なく飲ましてもろうた。

其れに出された料理も実に美味かった。特に外はサクサク、中はトロ~りチーズが絡んだ海老のクロケットが美味かったでよ。

 

そんでもって夜に行われる新機体発表会まで時間があったけん、ホテルの一室で休もうと思うたんじゃけど・・・携帯で壬生さんに呼ばれて、機体整備班の人らぁが居る部屋に入った。

 

「おめぇが完成したばっかのNH-00型をボロボロにしやがった、清瀬って野郎かッ?」

 

「え?(ヒィイ~!?)」

 

・・・じゃが、入った途端にこの有様。

酷くきょーてぇー顔したヤンキー風貌のおにーさんに俺は詰め寄られてしもうた。

 

「ってかお前、酒臭ぇーな! こっちはおめぇのリクエストに応える為に酒も飲まずにやってるってのによぉ!」

 

「うわぁッ!? すいません、すいません!!」

 

「ッ、おいコラ! 何やってるんだ、『芹沢』?!」

 

この目の下へ酷ぇ隈を刻んだおにーさんに掴みかかられる寸前、俺をここに呼んだ壬生さんが止めに入って来てくれた。

こっちに近づく壬生さんにおにーさんは「ッチ」と舌打ちをかまして、向こうの方へ行ってしもうた。

 

「大丈夫か、清瀬少年ッ? まったくアイツ、何を人に当たり散らしてるんだよ」

 

「いや大丈夫ですよ、気にせんでください。つーか壬生さん、あの人は? NH-00型・・・琥珀ちゃんがどーのって言ってたんじゃけども」

 

「ん? あぁ、前はあの倉持技研に在籍してた俺の大学時代の後輩でね。名前は『芹沢 早太』、琥珀の機体基礎を設計したヤツだ」

 

「琥珀ちゃんの? なら、挨拶しとかんと」

 

「やめとけ、今は気が立ってるらしい。それに・・・かなり酒臭いぞ、我らが刃。一体何杯飲んだんだ?」

 

「一本です」

 

「本数単位かよ!?」

 

呆れた様子で、俺は壬生さんにため息を吐かれた。

・・・まぁ、流石に調子に乗っち待った事は反省せんとな。だが、ワインは美味かった。

 

そんな事もありながら、俺は壬生さんに連れられて技術班の人らぁが集まっとる別の部屋に通された。

辺りを見れば、チラホラと銀の福音事件でバックアップをしてくれた顔も窺える。

その中で、壬生さんは部屋の後方に設置されとったディスプレイを起動させて説明を始めた。

 

「コホンッ、我らが刃よ。早速だが、先の銀の福音事件で判明したマイナス点は何だったかな?」

 

「阿? あぁ、はい。そうですね・・・機動性は互角でしたが、なにせ火力不足で戦闘が長引きましたね」

 

「そうだ。俺は福音との中距離攻撃での戦闘は、コンバットリボルバーで事足りるだろうと言った甘い考えを持ってしまい、それ以上の武装は機動性に邪魔だと判断して付けなかった。それで、戦闘を長引かせた上にあんな怪我をさせてしまった。・・・すまなかった!」

 

「なッ!?」

 

そう言って深々と頭を下げる壬生さんに俺だけじゃなく、周りに居った職員の人らぁも驚いた声を上げた。

 

「壬生さんッ、別にエエですよ。壬生さんらぁが琥珀ちゃんを作ってくれたけん、あの軍用機体を倒せたんじゃし。それにあの事件は突然の事じゃったし、時間がなかった。壬生さんの判断は間違っちゃあいませんでよ!」

 

「そうですよ、室長!」

「我らが刃の言う通り、あの時の判断が最善の決断でした!」

 

「皆・・・ッ」

 

俺の言葉に他の人も呼応してくれた。

それでも壬生さんは「し、しかしだな!」と愚図りを見せる。

・・・つーか、此処の人らぁの俺の呼称ってホントに『我等が刃』なのね。

 

「グチグチ言ってんじゃないですよ、壬生室長」

 

『『『!』』』

 

そんな時、呆れた声と共に部屋の扉を開け放ったのは、さっきのきょーてぇー顔した芹沢さんじゃった。

前髪がちぃとばっかし濡れとるけん、顔でも洗って来たんじゃろうか。

 

「其処に居る不死身の刃が「もう良い」って言ってるし、ソイツの負ったって言う怪我はソイツ自身がヘマをして受けた傷なんでしょうが。別にアンタが責任を感じる必要はないですよ」

 

おっふ!?

・・・結構、心にグサリと来るモンを言うてくれるなこの人!

まぁ・・・じゃけど、この人の言う通りじゃ。あの怪我は俺が無理矢理に負ったもんじゃしな。

 

「其れに、さっき漸くコイツのご希望通りの火力を持った追加武装パッケージが出来上がったんですからね」

 

「なんだってッ!?」

「遂に出来たんですね、芹沢さん!」

「納期はもうとっくに過ぎてますけどねッ!」

 

「おうッ。って、喧しいわ! 誰だ、最後に余計な一言言ったヤツは?!!」

 

「あッ、おい芹沢!」

 

顔を洗っても未だに気が立っとったんか、近くに居った職員の一人に掴みかかる芹沢さん。

其れを皆で止めに入り、何とかその場を収めた。

 

「まったく・・・その短気な性格はどうにかならんのか、お前は」

 

「すいませんねッ、なにぶんと性分なもんで。・・・あッ、あと清瀬!」

 

「は、はい!?」

 

「さっきはすまなかったな。追加パッケージが完成して、興奮してたんだよ」

 

そう言うて、芹沢さんは今度は紳士的に俺へ握手を求めた。

あぁ、この人・・・もしかしなくても、情緒不安定だ。

 

「別に構いませんよ。ご存知かもしれませんが、俺は清瀬 春樹です。宜しくお願い致します」

 

「あぁ、知ってるとも。我らが不死身の刃。俺は芹沢だ、芹沢 早太。だけど、随分と丁寧だな。とても酒を飲んでいる不良とは思えないぜ」

 

「えぇ。飲んでいると言っても、ほんの少しなので」

 

「・・・ボトル一本飲んでるぞ、彼は」

 

「コノヤロウゥウウ!!」

「ぎゃぁあーッ!!? 何でバラした、壬生さぁあん?!!」

 

・・・と、そんなこんなで大分キャラの濃い情緒不安定気味の芹沢さんと相対した俺は、この人から貰った追加武装と追加装甲パッケージを琥珀ちゃんに量子変換させて取り込ませた。

そしたら、なんか装飾品で付けていたクリスタルが待機状態の指輪にドンドンめり込んで行った。・・・何故に?

 

壬生さんと芹沢さんに「何で?」って聞いたら、「「知らん!」」と即答された。

それでエエんか、開発部?!

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「春樹、そろそろ時間だよ」

 

IS新機体発表会開始時間が迫る頃。シャルロットは春樹が休んでいるであろう部屋をコンコンとノックした。

すると「ヴぇ~い」と何だか具合が悪そうな声と共に扉が開く。

 

「ッ!? ど・・・どちら様ですかッ?」

 

そして、その部屋から出て来たのはビシリと決まったフォーマルスーツを着たフルフェイスマスクの男。

予想外の展開に固まるシャルロットに対し、男は不機嫌な声と共に口を開いた。

 

「阿? 誰って・・・俺以外のモンが出て来たら、きょーてぇーじゃろうがな」

 

「その声、もしかして―――「もしかしなくても、俺じゃ!」―――ご・・・ごめん、春樹」

 

そのフルフェイスマスクの男は、少し不機嫌気味な春樹だった。

シャルロットが「なんでマスクなんて被っているの?」と問うた所、なんでも会場にいる他の各国政府関係者や企業関係者に素顔がバレない様にするためだと言う。

 

「ホントは、俺に酒を飲まさんようにする為じゃと思うけどな。こんな『コードギアス』の『ゼロ』みたいなマスクしとったら、容易に飯も酒も口にできんでよ。つーか・・・クオリティが無駄に高いでよ、このマスク」

 

「でも・・・ボクは意外にカッコいいと思うよ。なんかピッタリかも」

 

「・・・どーいう意味じゃ、シャルロットさんや?」

 

「まぁ、エエわ」と溜息を一拍点いた春樹は「ほれ」とシャルロットに左手を差し出した。

之にシャルロットは「・・・えッ?」と疑問符を浮かべる。

 

「阿? なんじゃあ、俺のエスコートはいらんか? いらんのんなら別に―――――」

 

「ッ! い、いるいる! いるから待ってよ、春樹!!」

 

そんな差し出された彼の左手どころか、左腕へ勢い良く抱き着くシャルロット。

この時、彼女の年の割に豊満な胸が春樹の腕を包み込み、彼は不意にドキリとしてしまった。

フルフェイスマスクを着用していなければ、悪乗りしたシャルロットにカラかわれていた事だろう。

 

「そ・・・そういやぁ、そのドレス似合っとるのぉ。昼間とは違って、えろう大人びとらぁ」

 

「そ、そうかな? ありがとう、春樹!」

 

他愛もない話をしながら、会場へ向かう二人。

だが、シャルロットは知らなかった。

IS新機体発表会には、それこそ隣国でIS部隊を率いる黒兎が勿論来ている事を。

 

春樹は知らなかった。

このIS新機体発表会でとんでもなく面倒臭い出会いがある事を。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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65話

 

 

 

「フゥ~・・・」

 

その日、IS新機体発表会が行われている会場で、透き通るような銀髪を持った少女が疲労感のある吐息を漏らしていた。

 

彼女の名は『ラウラ・ボーデヴィッヒ』。

若輩ながらもIS部隊を率いるドイツ人将校だ。

されど、若輩ながらに一個部隊を率いる事が出来るのには理由がある。其れは彼女が遺伝子操作で生み出されたデザインベビーだからだ。

 

戦わせる為に生み出されたラウラは当初、生体兵器としては他に申し分のない”性能”を誇っていた。

だがその後、ドイツ軍上層部が自国独自に開発した生体ナノマシン施術『ヴォーダン・オージェ』に彼女は片目しか適応する事が出来なかった。

生み出されて初めて経験した挫折に打ちのめされたラウラ。加えて、上層部からは”欠陥品”の烙印を押され、あわや秘密裏に”処分”の対象になった。

 

しかし、そんな彼女を救う存在が突如として現れる。

彼女の名は『織斑 千冬』。世界最強のブリュンヒルデと名高いIS乗りだ。

彼女は連覇がかかったモンド・グロッソ大会中に誘拐された一夏を救助する際、協力を打診したドイツ軍に恩返しの名目で教導に来たのである。

その千冬に見込まれたラウラはメキメキと才能を開花させ、軍上層部に対する自身の評価を覆させる事に成功した。

 

千冬と過ごした日々は彼女にとって、とても心地良いものであった事だろう。

・・・だが、そんな日々にも終わりが来た。

 

千冬のドイツ軍への教導は”一年間だけ”といったリミットがあり、その期日が迫る中、ラウラは彼女にある事を問う。『何故、教官は其れほどまでに強いのか』・・・と。

すると千冬はこう答えた。『私には弟がいる』と。

そう答えた千冬の理由よりも、彼女の表情にラウラは驚いた。

まるで、想い人でも思うかのような慈愛に満ちた表情。決して自分には向けられた事のない顔があったのだ。

そんな千冬の表情を見たラウラは、未だ見ぬその弟に対して激しい嫉妬心を覚えた。

・・・嫉妬心と言っても、当時のラウラはその気持ちの名前も知らなかったが。

 

日本へ千冬が帰国した後、ラウラの心中に芽生えた嫉妬心は風船のようにドンドン膨らんでいき、何時しか其れは明確な”殺意”へ変貌していった。

・・・そんな頃だろう、『男性IS適正者』のニュースを彼女が耳にしたのは。

しかも、その男性適正者は千冬の弟だと言うではないか。

千冬の”弱さ”であるその弟から強い彼女を取り戻さんと、ラウラは軍上層部に嘆願し、IS学園へ転入した。

 

その転入初日。

ラウラは教室で自己紹介とは言えない自己紹介を終えると千冬の弟だと思われる男の前に立ち、彼の頬へ強烈なビンタを放った。

けれどもその男は千冬の弟である『織斑 一夏』ではなく、彼の後に発見された二番目のIS男性適正者『清瀬 春樹』だったのである。

そんな衝撃的な初対面をした直後。春樹は叩かれた事へ激情する事なく、穏やかに彼女へ挨拶を返した後・・・・・離れた席に座っていた一夏の顔面へこれまた強烈なヘッドバッドを叩き込んだのだ。

此れにはラウラのみならず他の生徒達も驚いたが、彼女がこの男に興味を惹かれる理由には十分すぎた。

 

春樹に興味を持ったラウラは幾度との会合を重ね。彼も自分と同じように一夏へ憎悪の感情を持っている事を理解した。

しかし、その時に春樹から自分とラウラの憎悪には違いがある事を言われ、彼女は彼に自分でも解らなかった胸の内を見透かされる事となる。

 

そんな事もありながらその後、ラウラは春樹の弱みであるアルコール依存症をネタに自分とタッグを組んで学年別トーナメントに出る様に恐喝した。

之に意外にもすんなり了承した春樹はラウラと同居生活を送りながら、特訓を開始。打倒一夏を目標にした。

・・・だが、彼女は春樹と過ごしている中で、彼の何とも言えない人柄によって徐々に人間らしい気持ちを知らず知らずの内に取り戻して行った。

 

そして、ラウラにとって転機となる日が訪れた。

学年別トーナメント準決勝第一試合。今まで憎悪を向けていた一夏との戦いが始まった。

最初は春樹との息の合ったコンビネーションとAICで痛烈な初撃を取り、一夏を追い込む事に成功したのだが・・・彼女の一瞬の隙をついた一夏の零落白夜によって、一気に形勢逆転を許してしまった。

その事がキッカケで、ラウラは自身の専用機シュヴァルツェア・レーゲンへ隠されていた条約禁止装置『VTS』に身体と機体を乗っ取られる事となる。

 

VTSに飲み込まれた後、ラウラはコールタールのような流動体の中に居た。其処は暗くて冷たい氷の中のような場所だった。

「もう・・・どうでもいい」と、このまま自我が失われるのをただ待っているその時だった。

どこからともなく何故か自分のタッグパートナーである春樹が、この空間に入り込んで来たのである。

それでも無関心な態度をとるラウラに対し、彼はただ黙って彼女の傍へ寄り添った。

そんな春樹の行為にラウラは「何故だ?」と疑問符を投げかける。その問いに対して彼は軽口も含めて答えて行った。

そして、彼は最後にこう締めくくった。「生きて行く理由が欲しいのなら・・・今だけは俺の為に生きてくれないか」と。

―――――事件後。ラウラは一夏に対する憎悪を忘れ、彼と和解。そして、自分を新たに生まれ変わらせてくれた春樹へのめり込んで行く事となった。

 

・・・実はこの事件の裏で、ラウラの専用機へVTSを仕込んだ軍上層部の連中が、彼女を秘匿的に”処分”しようと企んでいた。

しかし、春樹の掴んだ情報とラウラを慕っているドイツ軍関係者によって連中は逆に処分されてしまったのだった。

春樹曰く、「ざまぁ未晒せ、この糞野郎ッ」との事。

 

・・・話を元に戻す。

事件後、ラウラは元々持っていた純真さを武器に彼へアタックをかけていく。

一夏のような酷い鈍感さを持ち合わせていない春樹は、彼女の好意を快く思っていたのだが・・・なにぶんとラウラが軍属である為、彼女の気持ちをドイツ軍によって道具のように使われてしまうのではないかと春樹は躊躇った。

その為に二人はあと一歩の一線を超えられぬままズルズルと、友達以上恋人未満の曖昧な関係を続けていた。

 

しかし、そんな関係に終止符を打つような事件が起こる。臨海学校の最中に起こった軍用試験型IS銀の福音の暴走事件、『銀の福音事件』だ。

この事件は当初、臨海学校に来ていたIS学園でも選ばれた精鋭生徒達の間で秘密裏に事件終息へ挑んだのだが、見事に失敗。

之に事件の詳細状況を知っていた春樹は自分のバックである日本政府直属機関、IS統合対策部副本部長の長谷川へ情報をリーク。

急ごしらえ乍らも、日本政府のバックアップを受けて再編されたチームで事件を終息させた。

だが、銀の福音との激しい戦いによって再編チームのリーダーを任された春樹が瀕死の重傷を負ってしまう。

ラウラ自身も打撲などの軽傷を負ったが、彼の事が気掛かりで受けた傷以上に心が痛んだ。そして、いつか千冬が自分を置いて行った忌まわしい記憶と悲痛な気持ちが甦り、彼女の心を支配していった。

・・・されど、傷口へ辛子味噌を塗りたくられたように心を痛めているラウラを余所に春樹はたったの半日ぽっちで医者から絶望的だと言われた重傷を全治全快。奇跡とも言われる回復を見せた彼は、その日の内に職員の休憩所で水分補給をしているラウラと対面した。

そんな驚くべき自然治癒力を見せた彼に唖然とパニックによって湧き上がった衝動を抑えられなかったラウラは勢いのままに春樹へ飛びかかってキスを交わし、春樹へ逆プロポーズを申し込んだ。

 

その後、学園へ無事に帰還した二人だったが、以前よりも春樹に対するラウラのアタックは激しくなった。

殆ど四六時中彼女は彼の傍にベッタリで、のめり込んでいると言うよりは春樹に”依存”し始めていると言った方が正しいくらいだった。

そんなラウラの変化と未だ彼女の気持ちを軍が利用するのではないかと疑心暗鬼になった春樹は、超えた筈の一線から引き下がるように為りを潜めた。

 

この傍から見れば何ともヤキモキさせられる二人は、そのまま夏休みに突入し、離れ離れになった。

ドイツへ帰国後。VTS事件をキッカケに一新されたドイツ軍で、ラウラは軍の仕事に従事した。

今まで離れていた部隊との懇親や後進の育成に学園から出された夏休みの課題。やるべきことが多くて、折角手に入れた春樹の連絡先へ連絡をする暇もない。

 

「・・・春樹に会いたい・・・」

 

今夜は軍の上層部と共に訪れたIS新機体発表会。大方の関係者と面通しを行った彼女は、おもむろに私用携帯電話を取り出す。

けれど、今の時間は十九時を回る頃。日本との時差は七時間ある為、彼方は真夜中だ。連絡されても迷惑になるだけと彼女は諦めた。

 

「あら、ラウラさんではありませんか?」

 

「ん? おぉ、セシリアではないか!」

 

そんな溜息を漏らすラウラの背後から、聞き馴染みのある声が聞こえて来た。

振り返ってみれば、其処には学園で新しく友人となったイギリス代表候補生のセシリアが居るではないか。

 

「ラウラさんもこのパーティーに招待されて?」

 

「あぁ、ドイツ軍の仕事の一環でな。しかし、VTS事件から軍が一新されたとは言え・・・この様な催し物は私には似合わんがな」

 

「そんな事ありませんわ。・・・ですが、流石に”軍服”での参加は頂けませんわね」

 

そう言ってセシリアは渋い顔をする。

何故ならば、彼女を含めた周囲の女性陣は煌びやかな装飾が施されたドレスを身に纏っているのに対し、ラウラはドイツ軍特有の厳つい軍服を着こんでいたからだ。

 

「何を言うか、此れは私の正装だぞ」

 

「けれど、それでは折角の可愛らしい容姿が台無しですわよ?」

 

「フンッ、別に私は媚を売りに来たわけではない。其れに着飾ったところで・・・・・アイツが居なくては意味がないだろう・・・」

 

「・・・ほほぉ~う?」

 

俯き加減で答えた彼女に何かを察したのか、セシリアはニヤニヤと表情を緩ませた。

 

「・・・なんだ、セシリア? その癇に障るような顔はッ」

 

「別に何でもありませんわ。あ~ぁ、私も素敵な殿方との出会いが欲しいですわ。何処か近くにいらっしゃらないかしら? 一人だけなら知っているのですが・・・」

 

「・・・・・春樹はやらんぞ」

 

「・・・別に春樹さんの事は一言も言っていませんわ、ラウラさん?」

 

「!?」

 

セシリアの言葉にハッとし、自分がカマをかけられた事に「ぐぬぬッ」と唸るラウラ。其の表情をセシリアは何とも楽しそうに「オホホホッ」と上品に笑った後、彼女のお付きの者であろう女性に呼ばれ、ラウラから離れて行った。・・・お上品な笑い声と共に。

 

「むぅ~・・・!」

 

何だか面白くないラウラは持っていた飲み物をグイッと一気に呷り、次の飲み物を受け取った後に会場の中央へと歩を進める。

会場の中央には、今回この新機体発表会へ出展された三機の機体が展示されていた。

 

「これが・・・」

 

ラウラはその中でも、今回特に注目されている機体の前で止まった。

其れは低迷から一気にV字回復を図ったデュノア社が、日本政府直属機関と共に製作した第三世代型量産機。機体名は―――――

 

「―――『ランスロット・リヴァイヴ』・・・か」

 

そのホワイトカラーをベースに所々をゴールドにペイントされた全身装甲型ISランスロット・リヴァイヴを見るなり、ラウラはある既視感を覚える。その既視感とは、「此れは『コードギアス』に登場した『ランスロット』ではないか?」と言うものだ。

正に彼女の言う通り、その姿は『第七世代型KMF:ランスロット』だった。・・・ただオリジナルと違う点は、背中のフロートユニットが飛翔滑走翼である点だ。

 

「う~む、見れば見る程にクオリティが高いな・・・細部まで詳細に作ってある」

 

春樹と傍に居た時、ラウラは彼と一緒になって『コードギアス』を始めとした多くの作品を見ていた。

 

「だが・・・やはり私は『ブリタニアサイド』よりは、『黒の騎士団サイド』が好ましいな」

 

「そうそう、特に俺は『藤堂さん』が搭乗しとった『斬月』が好きじゃ。『E.U.サイド』なら、『アキト』が搭乗しとった『アレクサンダ』じゃな」

 

何気ない感想にラウラの背後から聞き馴染んだ声が合の手を入れて来た。

「え・・・!?」と彼女はここに居る筈のない”彼”の声に驚き、振り返ってみると―――――

 

「やぁ、美しき銀髪の戦乙女。こねーな場所で逢い見えるたぁ、光栄じゃ」

 

―――其処には『コードギアス』の主人公『ルルーシュ・ランペルージ』が自身を『ゼロ』と偽る為につけているフルフェイスマスクを被った人物が佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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66話

 

 

 

ベルギーの首都、ブリュッセルで開催された欧州IS新機体発表会。

その機体完成パーティーに主催者側の一社であるデュノア社から招待された春樹は・・・・・

 

「・・・飽きた」

 

集中力が切れてしまっていた。

何故に春樹がこんな状態になっているのか。其れはやはり、彼がこの様な催し物に慣れていない事が大きな要因に挙げられるだろう。

 

パーティー開始直後。シャルロットをエスコートしながら会場入りした彼を待っていたのは、多くの各国政府関係者や企業関係者達。

世界で二人しかいないIS男性適正者の片割れである彼との関係を持とうと、大半の人間は媚を売るような態度をとる。・・・しかし、世界最強のブリュンヒルデである織斑 千冬を姉に持つ一夏と違い、全くの一般人から出て来た彼を周囲は『成り上がり者』として軽く見ていた。

 

ドイツが今まで秘匿していた独自ナノマシン施術であるヴォーダン・オージェに世界で初めて完全適応したという事以外は、特に”表”立った功績のない春樹。

だが、”裏”ではとんでもない功績を打ち立て続けている事を知っている日本政府関係者やデュノア社関係者は彼を気遣ったのだが、彼等には変な所で精細な一面を持っている春樹がそんな周囲の目に傷ついていた・・・ように見えた。

 

「あ~・・・酒飲みてぇ~・・・」

 

ところが当の本人は、全然そんな周囲の目を気にしている訳もなく。会場の隅にある休憩用の椅子に腰かけながら彼はパーティーの参加者たちが飲んでいるシャンパンを凝視していた。

本当は、長谷川から顔を隠す様に促されて被ったフルフェイスマスクの為に飲酒どころか食事も出来ない事に対して苛立っていたのである。

 

折角初めて来た外国の、しかもビールで有名な此処ベルギーで酒が飲めないとは如何なモノかと各関係者との業務的な面通しを終えた春樹はさっさと会場の隅に身を潜めてしまう。

まだ会社の取引先との挨拶が残っていたシャルロットは彼に「知らない女の人には付いて行かない様に」と釘を刺し、長谷川の秘書である高良からは「あまり目立った事はしないように」と釘を刺された。

 

「ハァ~ッ・・・パーティーって、思ったよりも退屈なんじゃね」

 

黄昏る春樹だが、このパーティーが全て退屈な訳ではない。

今回出展されたデュノア社の新たな量産機の外見モデルとなった『第七世代型KMF:ランスロット』の版権もとへ許可取を行ったIS統合対策部広報主任の『幕内 和歩』と会い見える事が出来たし、VTS事件後に彼が提案した専用機開発計画が作り出した第三世代型量産機が今、会場の中央で喝采を浴びている。

思い付きではあるものの、自分の”想像”した機体が”創造”物となって現実世界に顕現した事に多少なりとも満足感はあった。

なので、あとの気掛かりな事と言えば―――――

 

〈そんな恰好は関心しないな。唯でさえ君は注目の的なのだ、もっと節度良く振る舞えないか?〉

 

―――自分の隣で佇んでいる幻覚からの小言が煩わしい事だけだった。

 

「別にエエじゃろうが、被っとるゼロマスクの御蔭で見てくれは多少はエエし・・・其れに、思ったよりも”無礼な豚”が多いけんな。気ィ張るんが面倒じゃ」

 

〈ククク・・・確かにそうだな〉

 

「「そうだな」じゃねぇわ。人の前で美味そうに飲んでんじゃねぇでよ!」

 

幻覚、ハンニバル・レクターは春樹の言葉に対してせせら笑うと、手元のシャンパンを呷る。

之に何故に宿主の自分が飲みたくても飲めず、その代わり自分の幻覚風情が高級な酒を呷れる事が出来るのかと余計に彼は拗ねた。

 

「大丈夫ですの? どこか御加減でも悪いんですの?」

 

「・・・阿?」

 

そんな傍から見ればぶつくさと独り言を呟いているこの仮面の変人に、声をかけて来た者が一人。

「こんな不審人物に声をかけて来るとは、どこの物好きじゃ?」と顔を上げれば、馴染みのある金髪ドリルが自分の前に佇んでいるではないか。

 

「おーッ、セシリアさん。君も来とったんか」

 

「・・・申し訳ございませんが、私たち何処かでお会いになりました?」

 

セシリアからすれば、何とも怪しいこの人物にファーストネーム呼びの馴れ馴れしい返事を返されたのだから警戒して当然。

・・・・・警戒するくらいなら、最初から声をかけなければ良い話なのだが。

 

「(阿? あぁ、そうか。ゼロ仮面被っとったら、誰じゃあ解らんもんな〉俺じゃ、俺。終業式以来じゃのォ、セシリアさん」

 

「その声に、そのイモ臭い喋り方・・・まさか、春樹さんですのッ?」

 

「おう、そうじゃ・・・って、イモ臭いってなんじゃキサン!?」

 

「おっと、失礼。つい本音が出てしまいましたわ」

 

「ぬぁにぃいッ?!!」

 

「ホホホ」と笑う彼女に激昂し椅子から立ち上がる春樹へハンニバルが〈・・・からかわれているだけだ〉と指摘する。

之に彼は「それくらい解っとらぁ」と目で返した。

 

「まぁ、エエわ。イギリスの代表候補生じゃもんな、居って当然じゃあ言やぁ当然か」

 

「えぇ。それよりも、私は春樹さんがいらっしゃる事に驚きですわ。それに其の仮面は?」

 

「ん? あぁ、デュノア社社長から今日のパーティーに招待されてな。仮面は・・・顔バレせんように言うて、長谷川さんからな」

 

「そうでしたの。ですが・・・喋り方でバレバレですわよ」

 

セシリアの指摘に春樹は「阿破破破ッ、そりゃあ意味ねぇな!」とカラカラ笑い声をあげる。

周囲としては、次期イギリス代表と名高い彼女とデュノア社が直々に招いた謎の男の会合に興味の視線が注がれた。

 

「じゃがアレじゃなぁ。君が居る言う事ぁ・・・”あの娘”も居るんかのぉ?」

 

「え?」

 

「あ・・・悪ぃ、気にせんでくれ。慣れん場に居るけんな、ちぃとばっかし気をやられてな。無礼じゃった、すまない」

 

「・・・はぁ・・・まったく妬けてしまいますわね」

 

「阿?」

 

謝罪する彼にセシリアは「ヤレヤレ」と溜息を漏らしながら、ある場所を指差す。そして、ただ呆れたようにその方向へ行くように促した。

最初、春樹はポカンと呆れるだけだったが、すぐに彼女の行った意味を汲み取ると足早に歩いていく。

 

「そう言えば・・・・・シャルロットさんには悪い事をしてしまいましたわね」

 

そう自分へ呆れたような台詞を吐きながら、セシリアは持っていた炭酸水をチビリと飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「だが・・・やはり私は『ブリタニアサイド』よりは、『黒の騎士団サイド』が好ましいな」

 

セシリアさんに促されて彼女が指差した方向へ赴けば、其処には俺にキスを咬ましてくれた銀髪少女がそんな事を言いながら立っていた。

 

確かに、ランスロットはカッコええ。

円卓の騎士物語でもフランスはランスロット卿の領地じゃったけん、新機体にその名前を付けるんは自然じゃろう。

じゃけぇど・・・著作権料を払うんじゃったら、ブリタニアサイドじゃのぉて黒の騎士団サイドの機体にすりゃあエかったのに。あとヨーロッパでの新機体なんじゃけん、せめてEUサイドじゃろう。

 

「そうそう、特に俺は『藤堂さん』が搭乗しとった『斬月』が好きじゃ。『E.U.サイド』なら、『アキト』が搭乗しとった『アレクサンダ』じゃな」

 

「え・・・!?」

 

まさか自分の独り言に答えられると思ってなかったんか。銀髪美少女、ラウラちゃんは驚いてこっちへ振り返って来よった。

じゃけぇ俺は、ゼロのようなキザな台詞を吐こうとしたんじゃけども・・・

 

「やぁ、美しき銀髪の戦乙女。こねーな場所で逢い見えるたぁ、光栄じゃ」

 

・・・と、最後らへんでつい訛ってしもうた。

そん時、隣に居ったミケルセンなハンニバルに〈ナンセンスだ〉いうて言われてしもうた。

しかも・・・

 

「ッ・・・誰だ、貴様ッ?」

 

「え、えー??」

 

被っとった仮面がフルフェイスじゃったからか。最初はラウラちゃんには俺が俺じゃあ言う事を気づいてもらえんかった。

 

「声が似ているから振り返って見たものの、この様な場所でコスプレに興じている人間がいるとは・・・やはり、仕事とはいえ来ない方が良かったか」

 

加えて、あからさまにゲンナリガッカリしているから溜まったもんじゃねぇ。

なので、この何とも言えない彼女のリアクションに堪えられなくなったメンタル貧弱な俺は普通にネタバレをする事にした。

 

「いや、ラウラちゃん。俺じゃ俺、追試テストの勉強を手伝ってもらった俺じゃ」

 

「追試テスト? ・・・ッ! いや、まさかそんな筈はない! アイツは貴様のようにコスプレに興じる趣味はないし、第一アイツは日本にいる筈だ! よって、お前はアイツではない!! ヤツの名を騙る偽物だッ!」

 

「俺だって、こんな変にクオリティの高いコスプレをしとーてしょーる訳じゃないわ! こんな仮面さえ被ってなけりゃあ、俺ぁ酒を樽ごと飲めるのにッ!!」

 

偽物かと疑われた事へ地味なショックを喰らわされた俺の心は思った以上に絹豆腐。

・・・絹豆腐と言やぁ、俺は生醤油をかけて冷やしたスコッチの肴で食べるのが好きじゃ。

 

「酒・・・? まさか、その言葉尻から感じ取れる並々ならぬアルコールへの執着意欲・・・・・本当に春樹なのか? 春樹ならば、私との同棲生活で飲んでいた代用アルコールを知っている筈だ!」

 

「あぁ、勿論知っとらァ。忘れも知れない味醂か料理酒のサイダー割りの味ッ、思い出すだけで侘しくて涙が出らぁ!」

 

我ながらアルコールに飢えていたとは言え、代用品としては不出来なモノを飲んどったなぁと今更ながらに思う。・・・つーか、俺は自分を自分と証明する為に何をこんなしょうもない事を叫んどるんじゃろうか。全くもってみっともない。

じゃが、不幸中の幸いか。俺の叫びは日本語じゃけん、周りの輩は理解できていないと思う。・・・・・・・・多分じゃけど。

 

「ッ・・・本当に、本当に春樹なのかッ?」

 

「あぁッ、そうじゃ。ホントのホントに俺じゃ。早々にこんな妙に高クオリティな仮面を脱ぎゃあエエんじゃろうが・・・なにぶんと長谷川さんらぁから―――「春樹!!」―――ぐフェッ!!?」

 

言い訳にもならん言い訳を述べる途中、『花京院』が『THE・WORLD』によって殴られた如くの衝撃が俺の腹部を奇襲する。

無論、この衝撃波はラウラちゃんがサイのように突っ込んで来た他にない。

 

「春樹、ハルキ、はるき!!」

 

「ぐべべべッ!」

 

ツンもクーもないデレデレの猫のように俺の上半身へ頭部を擦りつけて来るラウラちゃん。

「なんじゃあ、この可愛い生物は?」と彼女の愛らしさに語彙力が無くなりそうになるが、何とか耐えてラウラちゃんを身体から引きはがす。

 

「ちょッ、ちょっと待てラウラちゃん! 人が見とるんじゃけん、自重しようや」

 

何故ならば、彼女は未来あるIS次期ドイツ代表じゃ。

こんなポッ出の正体不明のヤポンスキーと噂にでもなれば、輝かしいラウラちゃんの経歴に傷がつく。

 

〈ならば、会いに行かなけれいいものを〉

 

慌て微睡む俺の横で、ハンニバルの野郎が冷静にツッコミを入れて来る。じゃけん、ぐうの音も出ないその言葉に俺ぁ「喧しいッ!」と目で返す。

 

「なんだッ、私がお前に引っ付く事に何の問題があると言うのだッ? 私はお前と会えてこんなにも嬉しいと言うのに、運命さえ感じると言うのに・・・!!」

 

「ヤバい言葉を間違えた」と俺は思った。

ぶつくさ言いながら、ラウラちゃんの灼眼からハイライトが消えて行く。学園の寮でもこうなる事は時たまあった。

 

「ほ・・・ほら、ラウラちゃんも俺と同じように今は仕事中じゃろう? 業務の時には業務に集中せにゃあおえんじゃろうがな、な?」

 

「・・・・・」

 

〈ヤレヤレ〉

 

被っとる仮面のせいで表情も表へ出せない俺だが、この時の仮面の中の俺は苦虫を磨り潰した様な愛想笑いを浮かべていた事だろう。

それに今の時点で解っている事は、隣でハンニバルの野郎が呆れた表情をしている事とラウラちゃんがハイライトのない灼眼で俺の顔を覗き込んでいる事だけだ。

 

「・・・むぅ・・・確かにその通りだな。今は私も仕事中だ」

 

「じゃ、じゃろうが―――「それならば!」―――は、はい?」

 

「それならば、パーティーが終わった後、春樹の泊っている部屋にお邪魔しても良いだろうか? なぁッ、良いだろう?」

 

食い気味でそう問いかけるラウラちゃん。

俺もパーティーと言う名の仕事が終われば、こんな妙ちくりんな仮面を外して酒が飲める。

別段、断る理由が無い。それにこんな美少女に酒の酌をして貰うのもヤブサカじゃないですだ。

 

「おう、エエでよ」

 

「やった!」

 

ラウラちゃんは俺の返答に満足したのか、小さくガッツポーズを決める。

実に愛らしい。学園内で彼女のファンサークルが出来るのも頷ける。・・・そのサークルに俺は幾つかの脅迫状を送られとるが、取り合っとらん。

 

〈・・・ハルキ〉

 

そん時じゃ。俺の剥離性幻覚であるハンニバルが随分と渋い表情で語り掛けて来よったんは。

 

「(どうしたんじゃ、ハンニバル? 俺はそろそろ体内に備蓄されとったアルコールが切れて来た事で、左手が痺れて震えて来たんじゃけども)」

 

〈君のアルコール依存症はいつかは治療しなければならないが、今はその時ではない。敵が迫っている今は特にだ〉

 

「・・・・・は?」

 

俺は思わず変に上擦った声が出てしもうた。

ラウラちゃんも「突然どうした、春樹?」と疑問符を浮かべとる。・・・可愛え。

 

〈呆けるな。左後方二m付近だ〉

 

「阿?」

 

ハンニバルが言うた方をグルリと首を傾けて見てみるが、人どころか何もいない。

幻覚の言う事を一々相手にしていたら、限もなくのめり込んでしまうが、なにぶんと俺の見ている幻覚はあの『ハンニバルカニバル』だ。意味もなくこんな事を言う訳がない・・・・・と、信じたい。

 

「・・・琥珀ちゃん」

 

俺はスーツの懐へアル中で震える左手を入れ、琥珀ちゃんの武装を部分展開させる。

この部分展開で左手の甲のガンダールヴと両目のヴォーダン・オージェが顕現し、通常では見る事もでないモノが見えるようになるんじゃ。

 

「なッ・・・!!?」

 

するとどうじゃろうか。

その方向には、まるで『メタリカ』で自身の姿を風景にカモフラージュさせた『リゾット・ネエロ』のような輩が居った。

リーダーと違う点は、暗殺者にも拘らずあんな露出の多い服装ではのうて、頭からズッポリ被ったフード姿な点じゃろう。

 

〈ハルキ、”彼女”の狙いは―――――〉

 

「解っとる。降りかかる火の粉は振り払わんとなぁ・・・!」

 

俺はハンニバルの言葉を最後まで聞かぬまま、左手にリボルバーカノンを展開させる。敵の狙いであるランスロット・リヴァイヴを守る為にじゃ。

 

・・・じゃが、この時の俺はもうちぃと考えて行動するべきじゃった。

其の時の俺はなにぶんと体内アルコールが切れたせいで気が短くなっとった。

 

でなけりゃ俺は、”彼女”とあんなファーストコンタクトにしてワーストコンタクトを取らんかったろうに・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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67話

 

 

 

国際IS委員会とは別離で設立された日本政府が直属の対IS機関『内閣IS統合対策本部』。

その特務機関の副本部長を任されている『長谷川 博文』から見て、世界で”二番目”に発見された男性IS適正者である『清瀬 春樹』は”異様で異常”な人物であった。

 

齢十五とは思えぬ大人びた雰囲気を持ち合わせながら、時に幼子のように怯え、時に歴戦の老兵のような表情を晒す。

未成年でありながら酒類を好み。中でも度数の高い蒸留酒を好んで飲む様は、豪快でありながら、自らの内にある誰にも言えない”孤独”を埋める為の捌け口の様にも捉える事が出来た。

 

当初・・・彼は大多数の大人達が判断した様に世界で”初めて”発見された男性IS適正者である『織斑 一夏』の”付属品”、若しくは”代用品”、または”オマケ”扱い。

されど、世界に二人しかいない男性適正者。一夏程ではないが保護の対象とされた。

 

そんな彼の背後に付く様に上の上から指名されたのが長谷川である。

当時、長谷川は先代達が築いてきたコネを最大限に利用する高い野心を持った政界の若き傑物であった。

だが、目上の議員に対しても顔色を窺ったり媚びた態度を取ったりする事が決してない自分の意思をハッキリと言う向う見ずな一面を持ち合わせていた為に反感を買う事も多く、中でも特にISの登場より次第に増え始めた女性優権派閥との仲は最悪であった。

 

二番目の男性適正者である春樹の発見が世間へ報じられる直前、事前に情報を誰よりも入手した長谷川は彼をその様な派閥から守る為、持っていたコネを散々使って情報操作を錯綜させた。

何故に彼が赤の他人である春樹にここまでの事をしたのか。其れは彼がIS搭乗者の身内でもなければ、IS開発者の身内でもなかったからだ。

何ものにも染まっていない彼を保護していれば、いつかは此方の益になってくれるのでないかと言う下心が長谷川にはあった。

しかし此の後、彼の期待以上の利益を春樹は怖いくらいに次々起こすのであった。

 

普段は粗暴で傍若無人な酒浸りのアル中患者な春樹だが、油断していると何処からともなく有益な情報をリークし、此方がアッと驚くような功績を息を吐く様に持って来るのだ。

だから・・・・・

 

「其処で止まれや、キサン!」

 

「ッ!!? は、春樹君?!!」

 

『彼が”誰もいない”場所に向けてリボルバーカノンの照準を構えている事にも何かきっと意味があるのだろう』と思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

其れは何の脈絡もなく起こった。

なんと今回の新機体発表会に招待された日本代表候補生にして、世界で二番目の男性IS適正者である人物が突如、懐からIS用にカスタマイズされたリボルバーカノンを引き抜いたのである。

その天井に吊り下げられたシャンデリアの光によって黒光りする逸物を見た貴婦人達が「きゃぁああ――――ッ!?」と、絹が裂けるような悲鳴を上げた。

 

「なッ、なな、なにをやっているんだ清瀬くん!? こんな所でISの武装を展開するなんて、一体何を考えて―――――」

 

「悪いが高良さん、今はアンタの説教を聞いてる場合と違うんじゃ。それよりも、さっさとここらぁに居る人たちを避難させてくだせぇよッ」

 

「な、何を言っているんだ君は?!」と、高良を含めた大勢の人間は春樹が乱心したのだと冷汗をかく。

すると、騒ぎを聞きつけた主催者達が武装した警備員を前に彼を囲み始めた。

 

「一体何事が起こって―――――なッ!? Mr.清瀬?!!」

 

「春樹!? 一体なにしてるの!!」

 

駆けつけたアルベールとシャルロットも周囲と同じように冷汗をかいたが、相変わらず春樹は銃口を水平に向けたまま動こうとしない。それどころか、彼はリボルバーの撃鉄をゆっくりと起こしたのである。

 

「馬鹿な真似は止めるんだッ、清瀬君!! 君も何とか言ったらどうなんだッ?」

 

・・・と、高良は顔を真っ青にしながら、彼のすぐ隣にいたラウラへ向かって叫ぶ。

ところが彼女は―――――

 

「ッ・・・春樹の言う通りだ。高良秘書官、この場にいる者を即刻避難させろ!」

 

「ちょっと、ラウラまで!? というか、いつから居たの?!!」

 

―――左目を覆ていた黒い眼帯を取り、春樹と同じように自身の専用機を部分展開させた。

まさに一触即発。会場の空気は一気に硬直し、大衆は混乱の余り集団ヒステリーを起こす直前状態になっていた・・・・・その時!

 

「・・・喰らえやッ」

ズダァアアンッ!!

 

『『『ッ!!』』』

 

ついに春樹の手に握られていたリボルバーカノンが火を噴いた。

だが、銃口から飛び出した徹甲マグナム弾は射撃線上にある高級そうな白磁の壺へ命中する事なく―――――

 

・・・キィャァッン!

 

「・・・へ?」

 

何もない筈の空中で”ワンバウンド”し、天井へ吊り下げられているシャンデリアの支柱を撃ち抜いたのだった。

本支柱を砕かれたシャンデリアはそのまま自重で床へと落下し、ガシャァア―――ン!と大きな音を発てる。

 

「あッ、あれは・・・ッ!!」

 

そして、そんな大きな音と共に巻き上げられた粉塵はピリピリと言った音をたてながら、何もなかった筈の空間から重苦しいフードを被った侵入者の姿を顕現させた。

 

「悪いのぉ、侵入者さん。警告を聞かんかったけん、つい撃ってしもうたわ。・・・・・っで、キサンは誰じゃ?」

 

「・・・ッ・・・」

 

侵入者は春樹の問いかけに対し、両手を上げた。

「まさか、早々に降参か?」と、隣でラウラが首を捻っていると・・・カランッと音を点てながら白い筒が床に転がった。

 

「ッ!? グ、グレネード!!」

 

『『『!!?』』』

 

誰かが叫んだか定かではないが、絶叫にも似た大声と共に白い筒は瞬く間にボシュゥウ!と破裂。辺り一面に黒く着色された煙幕を撒き散らした。

 

「・・・ラウラちゃん、見えてるよな?」

 

「無論だ」

 

「なら、左を頼まぁ」

 

「あぁッ、任せろ!」

 

皆が煙幕で右往左往しているというに、ヴォーダン・オージェの御蔭で何ともないような素振りをしつつ春樹とラウラは武装を構える。

そして、ズダンッ!と二つの銃声を轟かせた。

 

ズビシュッ!

「ぐァ・・・ッ!!?」

 

バリィイイッン!!

 

そのどちらかが撃った弾が身体へ命中したのか、小さく上ずった声と共に侵入者は窓ガラスを蹴破って外へと逃げおおせる。

 

〈ふむ・・・血は出てない。だが、血の臭いはする・・・内出血か?〉

 

「知らんわな。ほいじゃあラウラちゃん、あと頼むわ」

 

「えッ!? お、おい春樹!!」

 

春樹はすぐさま侵入者の後を追わんと琥珀を全身展開し、破壊された窓から夜空へ飛び立つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

俺は真ん丸お月さんがポッカリ浮かんどる夜空をエラい速さで飛びょうる。

眼下には電飾で彩られた綺麗な街並みがあって、エエ眺めじゃ。・・・ええ眺めなんじゃけども・・・。

 

「待てや、ゴラァアッ!!」

 

「・・・・・ッ」

 

パーティーへ乗り込んで来よったお邪魔虫を追撃するんが忙しゅうて、それどころと違う。

しかもこのヤッコさん。とんでもなくでぇーれぇー速さでちょこまかネズミみてぇに逃げよーるけん、リボルバーカノンの狙いがつけにくい。酒切れで手が震えるけん、余計にじゃ。

こねーな事になるんなら、無理にでもゼロ仮面の隙間からシャンパンでも飲んどきゃあエかったわ。

 

≪・・・えるかッ・・・聞こえるか、我らが刃!?≫

≪聞こえますか、春樹さん?!≫

 

「阿?」

 

ぶつくさ考えよーたら、通信インカムから壬生さんの声が聞こえて来た。あと、何でか知らんがセシリアさんの声も。

 

「なんなんな二人とも? もしかしなくても俺、とっても忙しいじゃけど!」

 

≪よく聞け、我らが刃! ヤツは―――――≫

 

「は?―――――ッ!!?」

 

壬生さんからの有難い言葉がインカムから全て紡がれる前に、追っていたヤッコさんからズギャンッ!と青い稲妻が飛んで来よった。

俺は其れを何とか避けるんじゃけど―――――

 

「・・・」

 

「・・・おいおいおいおいおいッ」

 

俺が回避動作をした途端、追っとったヤッコさんがこっちに振り返りよった。

しかも、ただ振り返った訳と違う。

ズッポリ頭を覆っとったフードから、どっかで見た事あるバイザーとこれまたどっかで見た事がある銃口の付いた花弁が機体から分離しよった。

 

≪春樹さんッ。貴方が今追っている機体は先日、イギリスのIS研究施設から強奪されたものですわ! 名前を『サイレント・ゼフィルス』と言って、射撃タイプの機体です!!≫

 

「セシリアさん、その機体って・・・もしかして、君のブルー・ティアーズちゃんと同じBT搭載型か?」

 

≪ッ、どうしてその事を春樹さんがご存知でッ?≫

 

「今、目の前でそのBT兵器を周りへばら撒いたからじゃよ!!」

 

「・・・喰らえッ」

 

状況説明も全部できんまま、ヤッコさんは俺に向かってファンネルからビームをビュンビュン撃ちまくって来やがった。

 

「のわァアア!? また、射撃タイプの敵を相手にするんかよ!!」

 

射撃タイプの敵にはあんまりエエ思い出がないんじゃけど。シルバリオ・ゴスペルちゃんとか、福音ちゃんとか・・・銀の福音ちゃんとか。

そー言えば・・・俺って、あの手の兵器に一回負けとるわ。強制的にやらされたクラス代表決定試合で。

・・・・・ん? 待てよ。

 

「つー事は・・・・・この野郎!!」

 

俺はファンネルからの攻撃を避け乍ら、ボサッとしとる本体に向けてリボルバーカノンの銃口を構える。

こー言う手の武器は脳への神経接続が肝になっとるけん、ファンネルを自由自在に動かせる代わりに他の動作が出来ん筈じゃ。ソースはクラス代表戦でのセシリアさん。

 

「喰らいやがれッ!!」

 

ズドンッ!と撃鉄が薬莢ののケツを叩く事で、銃口から大口径のマグナム弾がブッ放された。

酒切れで手が震え撮ったけど、ガンダールヴの能力で照準補正したけんバッチリじゃ。

 

「ッ!」

ドグゥオッン!

 

よっしゃあ! どうじゃ、このバイザー野郎ッ!

俺がオメェみたいなBT兵器使いと戦った事がる事を、言うなればセシリアさんを怨むんじゃな。

 

〈喜んでいる所悪いが、ハルキ〉

 

「おわ!? なんじゃあなハンニバル、空中に立った状態で急に出てくんなや!!」

 

〈すまない。だが、どうやら本体への命中は回避された様だぞ〉

 

「はぁ? なに言うとるんじゃ、確かに弾は当たって・・・・・阿?」

 

ハンニバルの言葉をよーよー思えば、俺はあんな爆発が起こるような炸裂榴弾を撃った覚えはない。其れに弾が当たったんなら、ファンネルからの攻撃も弱まる筈じゃ。

其れがない言う事は・・・!

 

ズキュゥウン!!

「ぐフェッ!?」

 

≪どうした我らが刃ッ?≫

 

考え事しょーたら、被弾したヤッコさんからファンネル攻撃の比じゃない位のビームが飛んで来て、俺の脇っ腹を抉って来やがった。

 

「俺は大丈夫じゃ! じゃが、なしてッ・・・って、おいおいおい?!」

 

ビーム攻撃が飛んで来た方向を見たら、其処には全くの無傷のヤッコさんが俺にライフルを向けとった。

じゃけど、注目すべきは其処じゃない。注目すべきは、野郎の周りにフワフワ浮かんどる青いまな板みたいなもんじゃ。

 

「『シールド・ビット』!? って、のわァアア!!?」

 

≪春樹さん!!≫

 

本格的にヤッコさんの機体が、セシリアさんのティアーズちゃんよりもサバーニャ・ガンダムじゃと関心する暇もなく、ファンネル攻撃の雨霰が俺に降り注がれる。目の前がビームの青い光でいっぱいになって、眩しゅうてしょうがない。

 

ここで俺は漸くヤッコさんがパーティー会場からさっさと逃げた意図を理解した。

コイツは俺を自分の狩場へ誘い込む事が目的じゃったんじゃ。

 

「・・・ふん、他愛なし。予想以上に弱い男だ」

 

・・・野郎、漸く喋った思うたらムカつく事言いやがって。

 

「じゃけど、こんままじゃあホントに負け―――≪何やってんだ、この馬鹿垂れッ!!≫―――ギぇッ!!?」

 

落ち込みムードの俺の耳をつんざくように壬生さんとも、セシリアさんとも違う三人目の声がインカムから聞こえて来た。

 

≪テメェ、またウチのNH―00をボロボロにするつもりか?!!≫

 

「芹沢さん!」

 

この国へ来て早々に絡まれたヤンキー風貌の技術者、芹沢さんじゃ。

 

「んねぇな事言うても・・・ぐへェ!? 糞ッ、ウザったらしいのぉ!!」

ズガンッ!

 

取り敢えず俺は近場に追ったファンネル一個をリボルバーカノンで撃ち落とし、ビームの集中攻撃の合間をくぐって回避行動を取った。

じゃけど、残ったファンネル連中は攻撃を続けて来るし、加えてヤッコさんからのビームライフル攻撃もバンバン来る。

 

「こねーな状況でどうやって反撃せぇ言うんですかッ?!」

 

≪何の為に追加武装パッケージを量子変換したと思ってる?! 両腕の兵装を取り出して戦え!≫

 

「両腕の武器ッ? そんなモンがどこに―――≪腕同士をぶつけてみろッ、そうしたら出る!≫―――はぁ?!」

 

こねーな切羽詰まった状況で何を言うとるんじゃ、この人は?!!

 

「じゃけど、しゃーねぇやるしかねぇ!!」

 

俺は力任せに両腕をガンッとぶつけた。

すると・・・どうじゃろうか―――――

 

「ッ、こ・・・こりゃあ!?」

 

―――ぶつけた両腕から、赤いレーザービームのような糸鋸が展開される。

俺は”実物”でこの兵装を見るんは初めてじゃったけん、つい『KMFモデルの機体にこねーなの付けてもエエんじゃろうか?』と場違いな疑問符を浮かべてしもうた。

 

「・・・芹沢さん。もしかしてアンタ、あの”作品”のファンか?」

 

≪・・・答える必要があるか?≫

 

「ないでよッ!!」

 

俺は迫って来るファンネルに向かって、ピッチャーがボールを投げる前のフォームをとる。

そのフォームのまま、掌へ溜まった赤いビームを高速回転させてレコード盤のようなリング状にした。

そして、其れを”あの掛け声”と共に一気に放つ。

 

「”シュワッチ”!!」

 

「なッ!!?」

 

掌から放たれた”元祖”とは違った色の『八つ裂き光輪』は、大根でも切るようにザクザクッとファンネル共を斬り裂いていく。

 

≪お前がどっかから持って来た第四世代のエネルギー回復能力と銀の福音の武装を応用したビーム兵器だ。理論上はSEが尽きるまで撃ちまくれるし、全身へのブレイズルミナスも強化してる。・・・・・って、聞いてんのか清瀬?!≫

 

「勿論、聞いてますよ! よーするに『ウルトラマンスーツ』なんでしょうッ?」

 

≪いや、厳密には違―――「ほいなら、反撃じゃァアア!!」―――って、おい清瀬!!≫

 

「うろぁ阿”あ”オオオオオッ―――!!」

 

一瞬の隙もあけんと八つ裂き光輪を撃ちまくりながら、俺は瞬時加速で野郎との距離をいっきに詰める。

・・・じゃけど―――――

 

「―――――って、ありゃあッ?」

 

「な!?」

 

―――なんか思った以上にスピードが出てしもうて、まるで瞬間移動したみたいに野郎の懐まで迫る事が出来ちもうた。

・・・ラッキー!

 

「オぅラぁ阿”阿ッ!!」

 

ゴキィイッ!!

「がぁアアアアアッ!!?」

 

何の躊躇いもないフルパワーで、俺は野郎の顔面に向かって上から下へ右ストレートを振り下ろす。

確かな手応えと砕け散るバイザーの破片が宙に舞い、野郎は真っ逆さまに落下していく。

 

「・・・あッ、ヤベ。そう言やぁ、下は街中じゃったわ」

 

後悔先に立たずじゃ。

思い出した時には、野郎はドッカーン!て大音量と一緒に何かの建物の中へ突っ込んで行ってしもうた。

・・・ヤベェ、あとで高良さんにどやされらぁ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・ごめんくださぁーい」

 

春樹は撃墜したサイレント・ゼフィルスを捜索せんと、ポッカリと開いた大きな穴から建物へと侵入する。

中は墜落時の影響からか、様々なモノが散乱し、ゴチャゴチャしていた。

 

「うわぁ~、やっちゃったわぁ・・・散らばっとるモンを見た感じ、こかぁスーパーマーケットみたいじゃなぁ・・・・・店員さん達、ご迷惑をお掛けします」

 

誰もいないところで深々と頭を垂れた春樹は、気を取り直して辺りを散策する。

すると、不本意ながらに彼のお目当てのモノと対面を果たした。

 

「こ、こりゃあ・・・ベルギービール!」

 

サイレント・ゼフィルスからの煙幕攻撃をものともしなかった春樹のヴォーダン・オージェは、難なく足元へ転がっていたビール瓶を発見する。

昼からアルコール類を摂取していなかった春樹は、床へ横たわるビール瓶に熱視線を浴びせ、ゴクリッと生唾を飲む。

 

「ビール・・・ビール! しかも、本場もんのベルギービールッ!」

 

彼は興奮冷め止まぬ荒い鼻息で、ビール瓶の栓に指をかけた。

何故なら、栓抜きが無くても琥珀を装着している今なら指の力だけで開ける事が出来るからだ。

・・・しかし。

 

〈待つんだ、ハルキ〉

 

そんな彼の手にハンニバルが手を添えた。

 

「何をするかハンニバル! 我が愉悦を邪魔せんとするか!?」

 

〈何故、見得を切るような喋り方をしているのかという事はさておき。今は何処から敵が襲って来るか解らない状況だ。飲酒をするべきではない〉

 

「知れた事かッ。俺はもう七時間以上も飲んでねぇんだ、邪魔するでねぇ!」

 

止めるハンニバルからビール瓶をひったくった春樹は瓶の栓を抜き、意気揚々と傾けたのだが・・・・・

 

「あ・・・そーいやぁ、ゼロ仮面被っとったわ。全然飲めんでよ」

 

〈・・・マヌケだな〉

 

「喧しい!! あぁッもう、ウザったらしいのぉ!!」

 

「・・・ッ・・・!」

 

 

冷ややかに嘲笑うハンニバルの隣でプンスコ怒って喚き散らす春樹。

その彼の背後から、息を潜めたサイレント・ゼフィルスがピンク色のナイフを持って静かに、されど勢い良く気配を消して襲い掛かって来た。

 

「じゃけぇ、こりゃあ・・・キサンに喰れてやらぁ!」

 

「ごひゅぅッ!!?」

 

予めサイレント・ゼフィルスの接近を知っていた春樹は、飛びかかって来た彼女の口へ目掛けてビール瓶を突っ込む。

そして、そのまま残ったもう片方の手でサイレント・ゼフィルスの喉を絞めた。

 

「オラオラオラァッ! パーティーを邪魔してくれたお礼にビールでもご馳走してくれるわ、こん畜生が!! 遠慮せんと美味そうに瓶をしゃぶって、全部飲みやがれッ!!」

 

「ゴふッ、げふッ、がヒュ、~~~~~ッッ!!?」

 

無理矢理に口へ捻じ込まれた事で飲み口から溢れ出て来るビールに溺れ、鼻孔を襲う炭酸にもがき苦しみながらも抵抗するサイレント・ゼフィルス。

しかし、タガの外れた春樹の手を振りほどく事は出来ず、目の前がぼんやりと霞んでゆく。

 

「阿破・・・阿破破破・・・阿破破破破破ッ!!」

 

そんな彼女の様子をまるで楽しむかのように、仮面で隠されている春樹の口は耳まで裂けるかの如く吊り上げられていった。

 

「阿ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ! そうじゃッ、最後にキサンのバイザーの下にある顔でも見せて貰おうかのぉ!!」

 

意識が遠のき、抵抗が弱まったサイレント・ゼフィルスのバイザーを彼はケラケラ笑いながらメキメキ音を点てながら剥いでいく。

 

「なッ・・・オメェは・・・ッ!!!??」

 

「ッ・・・! ぁああッ!!」

 

だが、春樹はそのバイザーの下にあったサイレント・ゼフィルスの素顔に驚いた為に寸での所で意識を保っていた彼女の反撃に喰らう。

バキリッと腹に蹴りを喰らい、踏んづけられた蛙のような「げぼッラァアア!?」という断末魔を上げて吹っ飛ばされる春樹。

対するサイレント・ゼフィルスは「み、見たな!」とでも言いそうな表情をし、ギリリッと彼を睨んだ。

 

「そん顔はッ・・・オメェ、その顔は! もっと、もっと良く見せんさいや!!」

 

彼女からの手酷い蹴りと視線に臆する事のない春樹はすぐさま立ち上がると、再びサイレント・ゼフィルスへ飛びかかって行く。

しかし、そう簡単に巧くいく筈もなく、彼女から「く、来るな!」とあるものを投げつけられる。

 

「うおッ!?」

 

其れは安全装置が外された手榴弾。

春樹がその手榴弾に驚いて間もなく、強い光と鋭い破片を撒き散らしながらドグォオオン!と爆発するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





長くなったでよ。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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68話

 

 

 

ヨーロッパはベルギーが首都、ブリュッセル。

EUの主要機関本部が多く置かれ、『EUの首都』と言われているこの地において開催された『IS新機体発表会』。

その機体完成祝賀パーティーが、”ある”テロリストによって襲撃される事件が発生。

標的となったのは、パーティーに出展された三機の中でも一際話題となった第三世代型全身装甲IS『ランスロット・リヴァイヴ』。

第三世代型IS開発、通称『イグニッション・プラン』において、大手企業であるデュノア社が導き出した答えとも言える次世代量産機のプロトタイプである。

 

テロリストはパーティーが行われている会場へ光学迷彩に身を包んで潜入。あわや、機体を強奪される所であった。

しかし、其れを唯一人で食い止めた人物が会場内にいたのである。

その人物の名は―――――

 

 

 

 

 

 

「―――『ギデオン・ザ・ゼロ』・・・また、えらくとんでもねぇ二つ名を貰ったな、我らが刃のクソガキ」

 

「いや、最後の糞餓鬼は余計でしょ!」

 

事件発生から三日後、ベルギー郊外にある病院の一室へ、今回テロリストからデュノア社の新機体強奪を阻止した英雄である春樹が入院していた。

傍らには、今回の襲撃事件をトップで報じる新聞を読む芹沢が居る。

 

「襲撃をかけて来たヤローを勝手に追撃。それで捕まえりゃあ良いのに、取り逃がして。それが悔しいからってヤケ酒喰らって。それを駆けつけて来たパパラッチに撮られるヌケサク野郎をクソガキって呼んで何が悪いんだ? あぁッん?」

 

「うッ・・・なにも悪うございやせん・・・芹沢さんの言う通りです・・・ッ」

 

顔右半分を包帯で覆った春樹をいびる芹沢。

何故に彼が春樹を責め立てているのか。それは事件発生から一時間後、パーティー会場から逃走したテロリストを追撃した筈の彼が、近辺にあったスーパーマーケットでヤケ酒を喰らっている姿を写真に撮られたからである。

 

本人の話によれば、あと一歩の所まで追い詰めたものの、隙を突かれて放たれた手榴弾の爆発により再度の逃亡を許してしまったとの事。

その悔しさからか、春樹は戦闘の影響で散らばっていた商品である酒類をところ構わず飲み漁ってしまったのである。

・・・因みに。

頭部を覆っていたマスクは、酒を飲むために口元部分を力づくで引き千切った。

 

「NH―00のダメージと、お前自身への被害が奇跡的に軽い火傷で済んだとは言え・・・なにテメェ、パパラッチされてんだよ。バカなのか? バカなんだな、このバカ!」

 

「ッ、そねーに馬鹿馬鹿言わんでもええじゃろうに! ゼロマスクの御蔭で素顔が撮られとらんのんじゃけん、大目に見て下さいや!」

 

「バカ野郎ッ、この写真の御蔭で各方面から色々言われてんだよ!! 『あの機体に乗っていた人物は誰だ?』とか、『周囲の被害を考えずに戦闘を行うとは何事か』とか色々さぁ!」

 

「エエがん! 別に民間人に直接被害が出とらんのんじゃけんよぉ!」

 

「いい訳あるか、バカ野郎!!」

 

説教を垂れる芹沢に逆切れする春樹。

二人の怒号を交えた口喧嘩は、騒ぎを聞きつけた看護師に止められるまで続けられた。

 

「ったく・・・・・それで?」

 

「・・・阿? なにがですか?」

 

「テロリストとの戦闘で何があったんだよ? 知り合ってそんなに経ってない俺でも、お前の様子がおかしい事ぐらいは解るぜ?」

 

「ッ・・・・・」

 

芹沢からの問いかけに対し、春樹は先程までの癇癪からは想像も出来ない程静かになった。

その包帯で隠されていない俯く左目からは、哀愁のようなものが見て取れる。

 

「ふんッ・・・まぁ、別にいいさ。だが、長谷川の旦那と壬生さん、あとついでに高良にもよく謝っとけよ。・・・いや、別にいいのか。あの人たちの事だから、今回の件でまた一悶着起こそうって算段してるに違いねぇ」

 

「阿破破ッ・・・そうかもしれんッスねぇ。・・・ねぇ、芹沢さん?」

 

「なんだよ」

 

「俺って・・・一体なんなんすかね?」

 

「・・・・・はぁ?」

 

突如として春樹から問いかけられた言葉に対し、一時は芹沢は顔をひしゃげたのだが、すぐに首を傾げながら言葉を返す。

 

「お前は・・・俺達の『希望』だよ」

 

「・・・阿ぁッ??」

 

芹沢からの返答に今度は春樹が「何言ってるんだ、お前は?」と表情を歪めたが、彼は更にこう続けて言葉を紡ぐ。

 

「お前、知ってるか? うちの開発室のメンバーは、倉持やらの大手企業に不満を持っていた連中を長谷川の旦那が集めて来たんだぜ」

 

「え・・・あぁ、はい。壬生さんの方からなんとなく聞いています。確か、芹沢さんもでしたよね?」

 

「そうそう。俺はお前が『出来損ないの欠陥品を作った会社』だと酷評した倉持技研から”飼い殺し”の目に遭ってたんだよ」

 

「え?」

 

彼の口から出たとんでもないワードに興味を惹かれる春樹。

しかし、芹沢は其れを「・・・ま、この話は置いておいて・・・」と言葉を挟んで続けた。

 

話の内容としては、IS登場から台頭して来たIS関連企業間の争いに始まり。

その争いに敗れてあぶれた者達が、勝ち残って行った企業にどう飲み込まれ、どう鉄砲玉にされていったかを細々と恨みつらみを連ねて説明されていった。

 

その様な時代に突如として現れ出でた世界に二人しかいない男性IS適正者。

勿論、皆の注目の的となったのは、世界最強のブリュンヒルデの弟。

 

その弟は大手のIS企業よって奉り上げられ、あぶれた者達には『ISが動かせるだけの男』であった春樹があてがわれた。

最初は、誰も何も彼に期待などしてはいなかった。

・・・だが!

 

「お前はVTS事件で、連中の目をギョロリとひん剥かせやがった。オマケに掌返しで近寄って来た連中を酷評して足払いしやがった。あの時は、実に胸がすくようないい気分にさせてもらったぜ!」

 

「は、はぁ・・・」

 

「其処からお前は、俺達あぶれ者の反骨のシンボルだ。だから、お前は俺達の『希望』って訳。・・・だからと言って、NH―00をボロボロにしていいって訳じゃない! 解ってんのか、テメェ!!」

 

「ちょッ、なして突然キレる!? 途中までエエ話じゃったのに!」

 

「うおぉおおおおんッ! ざまぁ見ろ、『篝火』のヤツゥウウ!!」

 

何故か唐突に癇癪を起して春樹の胸倉を掴む芹沢。

混乱する彼をよそに芹沢は発狂する様に喚き、いつしか子供のように泣きじゃくり始めてしまう。

 

「失礼します。大丈夫かい、清瀬君―――――って!? なにやってるんですか、芹沢先輩!!」

 

もし高良がガラリッと病室を訪れなければ、春樹の着用着は芹沢の涙でぐっしょり濡れてしまっていただろう。

 

「大丈夫だったかい、清瀬君? あの人は前の職場で心をやられていてね。たまにああやって発狂してしまうんだ」

 

「ほぉん、それはそれは・・・改めて、あん人とは気が合いそうじゃ」

 

「は? まぁ、いい。君の今後の動きだが・・・今日の夜の便で日本へ帰国して貰うよ」

 

高良のこの言葉に「えぇッ!?」と春樹は表情を暗く歪めた。

何故なら、彼は人生初めての海外旅行をまだ存分に楽しめていないからである。

此処ベルギーでやった事と言えば、自分を成り上がり者と見る連中との顔合わせに御呼び出ないテロリストとの戦闘。・・・正直言って、胸糞が悪い。

良かった事と言えば、デュノア社社長のアルベールが持って来た本場の高級フランスワインとベルギー料理を昼食会で御馳走になった事だけだ。

 

「俺、まだベルギービール飲んでねぇんですけど!」

 

「君がいらん気を回さずにテロリストを追撃しなければ、飲めていたかもね」

 

「ぐぬぬ・・・己おのれオノレ、テロリストめ!! ”織斑の野郎”がぁああ!!」

 

「いや、織斑君は関係ないでしょ」

 

何故か怨嗟の声と共に春樹の口から出た言葉へ苦笑いを浮かべながらツッコミを入れる高良。

これに「あッ・・・それもそうか」と彼は口を咄嗟に抑える。

・・・抑えた事で、次に紡がれた「・・・・・危ない危ない、これは”秘密”じゃった」という言葉は外に漏れる事は防がれた。

 

「ま、そんなしょぼくれた清瀬君にお客さんが見えているよ」

 

「お客さん? それは部屋の外で待っている体格のエエ、SPを連れた男の人ですかねぇ?」

 

「! どうして判ったんだい?」

 

「えぇ、なにぶんと・・・右目ん方が”また”之になっちまいましたからね」

 

そう言いながら春樹は右顔面に覆われていた包帯を外すと、其処から左眼の鳶色の瞳とは違った琥珀色の右瞳が露わになった。

先のテロリストとの戦闘による手榴弾の爆発により、またしてもヴォーダン・オージェが常時発動状態へ変わってしまったのだ。

・・・因みに。何故に右目だけヴォーダン・オージェになっているのかは、戦闘時に手榴弾の爆発が右目近くで起こった為と思われている。

 

「左右で違う色の瞳・・・まるでアレクサンドロス大王のようだな、Mr.清瀬」

 

「よっす、社長!」

 

病室へ入って来たアルベールに親戚のおじさんと会うかのような軽い返事をかける春樹。

隣にいた高良が「ちょっと、清瀬くん!? 失礼でしょ!」と慌てるが、「いや、構わない」とアルベールが彼を抑えた。

そして、早足に春樹へ近づくと突然彼の手を自分の両手で掴んだのである。

 

「ありがとう、Mr.清瀬! 君の御蔭で私達が作り上げた機体を奪われずに済んだ。本当にありがとう!!」

 

「いやいや、別に俺は大した事は・・・って、痛い痛い痛い! 握力強いでよ、社長ッ!」

 

痛がる春樹を余所にぶんぶん握った手を揺らし続けるアルベール。

その目は若干潤んでいたのだが、すぐにいつもの威厳のある顔つきに変わった。

 

「ところでMr.清瀬。病み上がりの君につかぬ事を聞くのだが・・・君はシャルロットとはどういった関係なのだね?」

 

「・・・阿ッ?」

 

真剣な表情と眼差しで春樹の顔を覗くアルベール。その顔は大企業の社長と言う立場ではない、一人の父親としての顔であった。

 

この突拍子もない問いかけに一時フリーズしてしまう春樹。

助けを求めようと隣にいる筈の高良へ目線を送ったのだが、彼は空気を読んで部屋から退出しようとしている最中であった。

 

「(・・・頑張れ!)」

 

「(高良さん、コノヤロウ!)」

 

援軍が求められない孤軍状態でこの問いかけに挑む事となった春樹は、とりあえず牽制を投げ掛ける事にした。

 

「あの・・・質問を質問で返すようで恐縮なのですが。どうしてそのような事を?」

 

「うむ。清瀬氏、君はこれまで我が社・・・いや、会社のみならず私達家族の事までをも救って来てくれた。今回の襲撃で新機体を守ってくれた事も大変感謝している。だが、どうにも腑に落ちないんだ。何故、君がここまで我々に良くしてくれるのかが」

 

「あぁ、なるほど。俺にどういう下心があるのか聞きたい訳ですね。其れもシャルロット・・・お嬢さん絡みの事で」

 

「いや、そういう訳では―――「何もありませんよ」―――・・・何ッ?」

 

「社長がご心配されるような関係は、シャルロット嬢とはありません」

 

眉間に皺を寄せるアルベールに春樹はハッキリとそう答えた。

之にアルベールは「では、何故に我々を助ける様な事をした?」と問いかけると彼はこう答えた。「”お詫び”と”ついで”です」と。

 

「・・・どういう意味だ?」

 

「ご存知の通り、俺はVTS事件以前は粗悪なオマケでしかなかった。そんな時に現れたのが男装したお嬢さんでした。俺は自らの境遇に嘆き悲しみ打ち震える彼女を利用して自分の立場をなんとか好転させようかと思案しました・・・じゃが、結果的に俺はVTS事件のせいで以前いた立場から成り上がる事が出来ましたがね。そのお詫びもかねて、俺はお嬢さんを助けた。そして、これからの俺の立場を守る為、ついでに貴方方も助けたと言う訳です」

 

「・・・・・」

 

春樹からの「これが俺の答えです。ご満足いただけました?」と言った返答にアルベールは口をへの字に曲げて首を傾げた。

目の前にいるオッドアイの男は、要するに自分の身可愛さでシャルロットを利用しようと画策したのだ。許せるべき所業ではない。

 

だが・・・だが、アルベールは未だ腑に落ちてはいなかった。

彼の言い方は『如何にも自分は卑劣で浅はかな考えを巡らしていた男です』と言いたげな大根役者のような節があったのだ。

まるで偽りの仮面で自らの”本心”を隠す様な姿が其処にはあった。

 

「・・・Mr.清瀬、君は―――――」

 

―――と、アルベールが彼に疑問符を投げかけようとしたその時だった。

バンッと病室の扉が大きく開け放たれると同時に、ある人物がズカズカと春樹の前へと前へと近づいて行った。

その人物とは―――――

 

「・・・・・」

 

「・・・よぉ、君も来とったんか」

 

「シャルロット・・・ッ」

 

アルベールとは時間差でこの病院へ辿り着いた噂のシャルロットであり、彼女はどこか悲しそうな表情と怒ったかのような瞳を彼に向けた。

そんな自分の娘にアルベールは声をかけようとしたのだが―――――

 

「・・・お父さん。春樹とボクの二人だけにしてくれない?」

 

―――と、お願いされてしまった。

今まで見た事もない娘の物憂げな表情にアルベールは何も言えなくなり、いそいそと静かに病室から退室した。

 

「ふむ・・・今日は客が多いのぉ。客が多い分には、お見舞いの品もたっぷり―――「春樹、さっきの話は本当なのかな?」―――・・・聞いとったんか?」

 

呆れたかのような春樹の問いかけにシャルロットはコクリと静かに頷くと、「あ~ぁ、この病院の防音には問題がありますなぁ」と彼は溜息を漏らした。

 

「あぁ、ホントじゃ。端的に言えば、俺はお前さんを利用しようとしたんじゃ」

 

「・・・それ、ウソだよね」

 

「阿?」

 

「だって、春樹にそんな器用な事・・・出来る筈がない・・・よね?」

 

「ッ、阿破破・・・阿破破破ッ!」

 

恐る恐る問いただすシャルロットに春樹はケラケラといつもの様に奇妙な笑い声をあげた。

 

「ッ、な・・・なにがそんなに可笑しいのかな?」

 

「破破破ッ・・・いや、すまんすまん。お前があまりにも俺に夢を見過ぎてるからな、ついな・・・阿ッ破ッ破ッ破!」

 

「夢? 夢ってなにさッ?」

 

ハロウィンカボチャのように嘲笑う彼が癇に障ったのか、シャルロットはムッとした顔で春樹に再度問いかける。

 

「エエか? 俺は下心があってお前さんと社長の中を取り持ったんじゃ。決して善意で助けた訳じゃない。まぁ・・・シャルロット、お前さんは俺に助けられた恩で俺に好意を向けとる訳じゃ」

 

「ッ、違う・・・違うよ! ボクはッ!」

 

「いや、違わん。それに俺が助けんくても、あの熱血漢の織斑の野郎がお前さんを実に理想的な出来もしないおべんちゃらで精神的に助けてくれたじゃろうな」

 

「ッ・・・春樹・・・最低だよ・・・!」

 

「おおッ、なんじゃあ今更気づいたんか? そうじゃ、俺は最低野郎じゃ。じゃけぇ、俺に恩なんか感じるな。シャルロット、お前は勝手に助かったんじゃ。俺が助けた訳じゃなく、勝手にお前自身で助かっただけじゃ」

 

「・・・ッ・・・」

 

春樹の剥き出しの刃物のような言い方に目を潤ませるシャルロット。

しかし、彼女はふとある事を思い出す。それは自分と似通った状況にありながら、自分とは違う着地点に降りた”彼女”の事を。

 

「なッ、なら・・・なら、ラウラの事はどうなのさ!」

 

「阿?」

 

「ラウラだってVTS事件の時、たまたま春樹が近くにいただけで・・・其れだって、春樹じゃなくて一夏がラウラを助けてたんじゃないかなッ? ラウラもただ恩があるから、春樹の事が好きなんじゃないかな?!」

 

最もなシャルロットの言い分に春樹は唖然とした表情を晒した後、「そうじゃのぉ・・・」と言いながら頭を掻いた。

 

「其れを言われると、ちぃとばっかしイタいのぉ」

 

「ッ!」

 

・・・皆に見せる奇妙な笑顔とは違う、随分としっとりとした朗らかな笑みと共に。

 

「・・・・・なんだよ・・・なんだよ、なんだよその笑顔!」

 

「シャ、シャルロット?」

 

「ボクの方がラウラよりも先に春樹の事が好きになったのに! なんだよ、ズルいよ!!」

 

まるで愛する人を思うかのような慈愛に満ちた春樹の表情にボロボロと涙を流し、顔を両手で覆うシャルロット。

 

「お、おい。シャルロット、ちぃと落ち着きんさいや」

 

「うるさい、ウルサイ、五月蠅いッ!! 春樹なんか・・・春樹なんか、こうしてやる!!」

 

「ッ!!?」

 

若干、パニックになっている彼女を抑えようと身を乗り出す春樹にシャルロットは自らの専用機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムを部分展開させ、彼の胸倉を掴むと―――――

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「フンス、フンスッ」

 

その日、ラウラ・ボーデヴィッヒは春樹の入院している病院をある情報ルートから漸く調べ上げ、その病院の廊下を鼻息荒く足早に急いでいた。

その手には、お見舞いの品である彼が飲みたがっていたベルギービールとベルギーチョコレートが。

 

「まったく、ここを調べ上げるのにも苦労した。流石は日本政府と言った所か。だが、私の春樹に対する思いの前では無力なモノだったな」

 

何故かドヤ顔なラウラは、看護師から教えてもらった偽名で登録された春樹のいる病室へ向かうと、何故かその扉の前で黒服のSPを連れたデュノア社社長のアルベールと日本政府関係者の高良が気不味そうな表情で立っていたのである。

 

「・・・お二人とも、何をしているのですか?」

 

「ッ! 何故ここにドイツのボーデヴィッヒ代表がッ?」

 

「フッ、我々ドイツ軍の情報収集能力を見くびらないでいただきたい。それよりも其処を退いては貰えないだろうか。私は中の春樹に用があるのだ」

 

「あッ、ちょっと!!」

 

両者の有無も言わさず、ラウラは大きく病室の扉を大きく開け放つ。

そして、一人部屋のベットに横たわる想い人の名を呼ぼうと・・・・・したのだが。

 

「・・・カチュ・・・ンッ・・・チュ・・・んハぁ・・・ッ!」

「ん~~~~~ッッ!!!」

 

「・・・・・は・・・?」

 

病室の中では、オレンジブロンドの後ろ髪を纏めて留めた女が春樹に覆いかぶさり、何とも艶めかしい縋り付くように執拗なキスを交わしているではないか。

 

「クチュ・・・はぁ、ハァ・・・あぁ、ラウラ」

「ゲッホ、ごっほッ! ら、ラウラちゃん!!?」

 

「な・・・ななッ、な・・・何をしておるか、シャルロット! 其れは私の”男”だぞッ!!?」

 

「テンパり気味にとんでもない事言うんじゃないでよ、ラウラちゃん!!」

 

自分の想い人に粘着質なキスをするクラスメイト兼ルームメイトに顔を真っ赤にしながら当たるラウラ。

之に口に付いた春樹の唾液を舌でペロリと舐めとったシャルロットが艶やかな表情でこう答える。

 

「ボクだって春樹の事が好きだもん!!」

 

「何をぉおお!! だからと言って、私の目の届かぬところでキスをするな!!」

 

病院と言う静粛な場にも拘らず、やいやい口論を始める二人。

そんな中、「お、おい。二人ともッ」「ここは病院なので静かに・・・」と病室の外にいたアルベールと高良が二人を止めようとしたのだが・・・

 

「お父さんは引っ込んでてッ!」

「高良秘書官は邪魔しないでください!!」

 

「「あッ、はい・・・」」

 

・・・と、いそいそ病室の扉を閉めてしまった。

 

「おい―――ッ!! 俺を残して何を勝手に扉を閉めとる―――「春樹ッ!!」―――あッ、はい!!?」

 

「其処を退かぬか、シャルロット!」

 

「うわッ!?」

 

この喧騒の場から逃走を目論んだであろう彼を逃す筈がなく呼び止めるラウラ。

そして、春樹の身体へ乗っかったシャルロットを押しのけ、今度は彼女が強引に彼の唇を奪ったのである。

 

「チュく・・・ちゅパ・・・んンッ・・・チュ・・・!」

「ん―――――ッ!!?」

 

以前、二人が病院内でしたキスとは比べ物にならぬ程の濃厚なキス。

ラウラの可愛らしい赤い舌が春樹の歯茎を蹂躙し、ねっとりと彼の舌を容赦なく甚振った。

 

「ちゅぱッ・・・んん、よし! 上書き完了!!」

 

「じゃあ、今度はボクの番だね!」

「何を言うかッ。シャルロットは先程したばかりではないか!」

「えぇッ! ボクよりも、ラウラの方が多く春樹とキスしてるじゃないか!! そんなのズルいよッ!」

 

「エエ加減にせんか、キサンらッ!!」

 

自分の胸の上で口論する二人に痺れを切らした春樹がついに立ち上がって怒声を叫ぶ。

 

「二人とも、こかぁ病院じゃぞ!! それにシャルロットに至っては外に父親の社長が居るんじゃけんな、節度を持ちんさいや!!」

 

「・・・大丈夫だ。気にしないで・・・続けてくれ、Mr.清瀬・・・ッ」

 

「気にするわッ!! あとなんか言葉に覇気が籠っとらんでよ、社長!」

 

自分の娘の大胆な行動に動揺しているのか、声が震えるアルベール。

その声にハッとし、「あッ・・・あぁッ!!?」とシャルロットは我に返るがもう遅い。

そんな顔を真っ赤にして悶える彼女を余所にラウラが再び春樹の唇を奪おうと脂ぎった眼で彼を見つめて来たので、春樹は大慌てで立ち上がると窓の外へとダイブを敢行した。

 

・・・因みに。

彼のいた病室は地上三階にあった個室である。

もし春樹が地上スレスレで自らの専用機である琥珀を展開していなければ、入院期間はもう少し延びたであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 





ヤキン、ツライ。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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五升:文化祭・酒は百薬の長
69話


 

 

 

世界最強のIS搭乗者である称号『ブリュンヒルデ』。

その称号を未だ欲しいままにする織斑 千冬から見て、人類史上二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹は当初、偏屈な少々変わった人物であった。

 

人類史上初の男性IS適正者にして自分の弟である一夏を嫌悪し、度々衝突こそはするものの、彼と関わらなければ普段の学校生活に問題は見られない。

授業も真面目に受講し、授業内容に解らない点が有れば率先して質問を投げかける模範的な者であり、山田教諭を含めた教師陣からも受けの良い生徒であった。

・・・にも関わらず、筆記成績は中の下だったが。

 

そんなテストを受ければ赤点スレスレの超低空飛行を見せる彼だが、ある抜きん出た”才能”を持ち合わせていた。

其れはISに対する実技能力が一夏を含めた他の生徒よりも高い事だ。

春樹のIS適正はギリギリのレベルEではあったが、実践訓練では自分よりも格上の相手を翻弄し、IS展開速度は一年生の中で三本の指に入る程に速い。

しかし、彼は其れを見せびらかす訳でも誇る訳でもなく、日々をのんべんだらりと過ごす事だけに意識を集中している節があった。

加えて、人気者である一夏を一方的に嫌悪していた為、彼を擁護する女生徒間では嫌われている男だった。

 

そんな春樹を最初は千冬もある程度の問題児として認識していたのだが、今まで一夏のオマケ扱いを受けていた彼の評価を一変させる事件が起きた。

其れは学年別トーナメントの準決勝第一試合で起こってしまったVTシステムによる暴走事件、通称『VTS事件』。

この事件で春樹は暴走したラウラの専用機シュヴァルツェア・レーゲンに一時は取り込まれてしまったのだが、奇跡的に生還するだけでなく、今まで誰も完全適応する事がなかったドイツ軍の秘術である『ヴォーダン・オージェ』の完全適正者になってしまったのである。

更に学校行事である臨海学校の最中に起こった米軍所属軍用ISによる暴走事件、通称『銀の福音事件』では瀕死の重傷を負ったにも拘らず、僅か半日の内に全快してしまった。

 

以下の事柄により「・・・これはオカシイ」と、千冬は彼の異常なまでの自然治癒回復力とIS技能を不審に思った。

そして、こうも思った。「若しかしたら・・・ヤツは私達と”同じ存在”なのではないか?」と。

そんな疑問を解決すべく、春樹がヨーロッパへ赴いている間に彼女は彼の故郷へと電撃家庭訪問を決行する事にしたのだった。

 

彼女が降り立ったのは、敵の根城へカチコミを決めた日本一有名な御伽話の主人公生誕の地。

その山間部にある春樹の実家に訪問したのだが・・・其処で解った事と言えば幼少期の彼は今とは考えられない程に病弱で偏屈な性格だった事。

その性格が災いし、中学の時に受けたイジメを苦に何を考えたか醤油樽へ身投げを敢行して死にかけたという事。

自分達とは違って彼には血の繋がった両親や祖父母も健在であり、彼等が過去に海外へ住んでいた記録も無ければ渡航歴もないと言う事だけだった。

 

普遍的で普通の家庭と弱々しい過去。

もし・・・ISという余りにも逸脱した存在が現れなければ、彼はなんの変哲もない”モブ”という役割しか与えられなかったであろう。

 

「・・・清瀬 春樹・・・お前は一体・・・?」

 

現在の姿とは似ても似つかない、そのあまりパッとしない彼の生い立ちに千冬は逆に増々興味が湧いた・・・湧いてしまった。

 

何故、彼が女性にしか動かせない筈のISを扱えるのか。

何故、瀕死の重傷を負ってもすぐに回復してしまうのか。

 

謎を解明しようとして、更に謎が深まってしまった彼は現在―――――

 

「ぬおぉおおおおお・・・あんまりだぁア・・・・・ッ!!」

 

―――千冬が担当している”一組”のクラスで怨嗟の呻き声を上げながら、机に向かって俯いていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

あ・・・ありのまま、今起こった事を話すでよ!

何とも色々あり過ぎたヨーロッパ旅行を終えて実家に帰省したと思うたら、IS学園の始業式を迎えていた。

しかも、俺の在籍していたクラスが四組から一組にまた”移動”しとった。

最初は、まるで『キング・クリムゾン』と『ザ・ワールド』のスタンド攻撃を受けたように頭がどうにかなりそうじゃった。

時間に関係するラスボス二人と戦った事のあるポルナレフの気持ちが、ちぃとばっかし理解できたような気がするでよ。

 

何故にこんな糞ッタレな事が起こったのか。其れは俺が、銀の福音事件と夏休みのベルギー旅行で自重しなかった事に関係するらしい。

自分の身に降りかかる火の粉を振り払うために行った俺の行動が、VTS事件で俺の評価を改めた学園側の興味を更に煽ったそうじゃ。

 

『色んな意味で問題の多すぎるこの生徒を如何にしようか』と、頭を捻る学園上層部。

そんな連中にあの”女郎”が余計な事を吹き込みやがった。

 

「・・・ならば、監視し易いように問題のある専用機持ち達を一緒のクラスにしてしまえば宜しいのでは?」

 

『『『それだ!』』』

 

「それだ!」じゃねぇよ、おわんごが!!

こっちは織斑の野郎と同じ教室の空気を吸うのも嫌だってのに、隣の席にしやがって・・・・・。

何考えてんだ、あのシスコン生徒会長めッ!?

麻縄でグルグル巻きにして出汁醤油で煮込んでやろうか?!!

 

〈ふむ・・・其れは実に食欲がそそられるな〉

 

出たな、ハンニバルカニバル!

宿主である俺が苦しみ身悶えてるって言うに涼しそうな顔しやがって!!

実体がありゃあ、ぶち回しとるでッ!

 

〈そう言うな、ハルキ。これは愚かな君に対する”罰”だと思えば、”此れだけで済んだ”ことを感謝するべきだと私は思うがね〉

 

・・・・・そりゃあ、どーいう意味じゃ?

 

〈福音の暴走事件とベルギーでの事柄で、二人の乙女が自分の思いを想い人である君へ吐露した。其の答えを君はあろう事か先延ばしにした。・・・実に無礼な行為だと、私は思うがね〉

 

・・・五月蠅ぇよ。

こっちだって、色々思う節があるんじゃ。

 

〈”色々”とはなんだ? ”前の世界”ではなかった『モテ期』とやらの良い気分をもう少し味わいたいからか? もしそうならば・・・ハルキ、君は君自身が嫌う”無礼な豚”と同じ醜悪な存在だ〉

 

黙れって言ってんだろうが、この食人鬼ッ!!

 

〈・・・まぁいい。だが、ハルキ・・・君はいずれ選ばなければならない。自らと相手に誠実でありたいのならば、一人を。欲望に吹っ切れてしまえば、皆を。人である事を続けるか、獣に成って果てるか・・・楽な方を選べば良い〉

 

・・・知っとるか、ハンニバル・レクター?

”奈落”の道へは善意のアスファルトで舗装されとるんじゃで?

 

〈フフフ・・・私としては、君が此方側へ”堕ちる”事を望んでいるのだがね。・・・ところで、ハルキ?〉

 

・・・なんじゃーな?

 

〈ビームが来るが・・・避けなくて良いのか?〉

 

・・・・・阿”ッ?

 

「当たっておしまいなさい!!」

 

ズギャァアア――――ッン!

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

ドォオーン!

 

「やった! ついに当たりましたわ!!」

 

二学期が始まって最初の土曜日。

模擬戦闘の為に貸し切りとなった第三アリーナでは、セシリアから放たれたビームライフルが地面の土を大きく巻き上げていた。

 

何故、この様な状況になっているのか。其れは始業式後、セシリアが春樹に対して模擬戦を申し込んだからだ。

ベルギーでの襲撃事件に使われた機体が、自国から強奪されたブルー・ティアーズの姉妹機である事を事件現場で知る事が出来た彼女は、その機体に搭乗していたテロリストを撃退した春樹と戦う事で自らのスキルアップと”いつかの借り”を清算する為に彼へ挑んだ。

 

試合開始当初、制空権をとったセシリアからのビームライフルとBT兵器による砲撃で優位な試合展開が繰り広げられている・・・ように見えた。

だが・・・本当の所は、セシリアの攻撃は全て回避されていたのである。

 

彼女から繰り出されるビーム攻撃を春樹はまるで氷上のアイススケートのようにランドスピナーで地面を滑らかに舞う。

そして、セシリアに僅かな隙が出来ると追加武装の一つであるリボルバーカノンを発砲したのである。

 

「なッ!?」

 

しかし、彼の撃った弾丸はカラーペイント弾。

セシリアの纏うブルー・ティアーズのSEを削る事はなく、代わりに青い機体表面を鮮やかなショッキングピンクで塗装した。

そのペイント弾がブルー・ティアーズへ着弾する度、春樹の「阿破破ノ破!」といった奇妙な笑い声がアリーナへ響き渡る。

明らかに煽られている事を感じ取ったセシリアはどんどんムキになっていき、其処等彼処へビームの雨を降らし始めた。

 

そんな攻撃が功を奏したのか。春樹の動きが一瞬だけ鈍くなる。

最初は何かの罠かと勘繰ったが、呆けた阿保面を晒す彼に問答無用と正確無比で無慈悲な一撃を放つセシリア。

今まで散々煽られていた為に通常の倍の威力で発射されたビームは春樹に直撃したのか、大きな爆発音と土煙を上げた。

 

漸く当たったこの攻撃に彼女は「どんなもんだい!」とばかりに胸を反らせ、「フンスッ」と鼻息を荒らげる。

 

「―――――其れは、どうじゃろうかのぉ?」

 

「え・・・!?」

 

だが、気の緩んだセシリアの横眼から、銀と赤の装飾が施された全身装甲の機体が土煙を掃いのけて現れた。

特徴的なのは、その胸部装甲中心部にある琥珀色のY字型クリスタルと何処かの光の巨人をベースにしたデザインであろう。

 

「遊びは終わりじゃ、喰らいんせぇッ!!」

 

「ッ、きゃぁああ!!?」

 

春樹は腰に備え付けられているスラッシュハーケンをセシリア目掛けて射出。

先端部のアンカーがブルーティアーズの足に巻き付くや否や、高速でワイヤーを巻き取り、制空権を陣取っていた彼女を地面へ引きずり落とし―――――

 

「どうする? まだ、続けるか?」

 

―――・・・セシリアの首筋へ鉈型MVSの刃先を添わせた。

鉄仮面の下から見える艶めかしくも脂ぎった琥珀色の眼に彼女は「い、いえ・・・参りましたわ」と下唇を噛みながら言葉を紡ぐのだった。

 

「クラス代表戦から半年も経っていませんのに・・・もう此処まで差をつけられてしまうなんてッ、悔しいですわ!」

 

「阿破破破ッ、ええストレス発散になったわ。ありがとうな、セシリアさん」

 

模擬戦闘後、ISを待機状態にしたセシリアが口をへの字に曲げる。

その隣で、琥珀の頭部装甲であるフルフェイスマスクを小脇に抱えた春樹がケラケラ笑みを溢して彼女に礼をした。

其の姿が気に入らないのか。「キーッ! 小バカにして!!」とセシリアは歯噛みしていたのだが・・・急に真剣な顔つきに表情を変え、こう言った。

 

「先の戦い、私の何がいけなかったでしょうか?」

 

・・・と。

之に春樹は「阿ぁ? イギリス代表候補生ともあろうお方が、同じ代表候補生とは言え、この間なったばっかしのペーペーに評価を乞うんか? 随分と謙虚になったのぉ。初対面の高飛車な一面からえろう様変わりしたもんじゃ」・・・と、茶化しながら言葉を紡いだのだが、「その事は忘れて下さい。・・・それで、どうなのですか?」とセシリアは食い下がった。

いつもの彼女なら煽られた事に腹を立てて怒るのだが、今日のセシリアは何だか違った。

ベルギーのあの一夜から、何か思う節があったのか。いつになく真剣な眼差しで彼を見つめる。

 

「ふむ、そうじゃのぉ・・・実に見事なまでの正確無比な射撃じゃ。じゃけど、あんまりにも正確無比”過ぎる”んが傷じゃのぉ」

 

「正確・・・『すぎる』?」

 

「応。セシリアさんの射撃は、「私、今から此の場所に撃ちますよ」って感じの射撃なんじゃ。じゃけぇ、実に避けやすかった。遠距離で、相手が気づいとらん狙撃とか。止まっとる的を撃ち抜くには十分じゃが、中・近距離での動きょーる敵には相性が悪いでよ。あと・・・」

 

「あと?」

 

「接近戦が弱すぎる」

 

直球的なこの言葉にセシリアは「ぅッ!」と表情を歪める。

一応ブルー・ティアーズには接近戦用のショートブレード『インターセプター』が装備されているのだが、彼女自身が射撃戦を主にするので滅多に使用されておらず、入学当初は候補生でありながら呼び出すのに装備名を口頭で挙げるという初心者用の手段を使うほど時間が掛かっていた。

 

「セシリアさんの戦い方じゃと自分に敵が近づく前に足止めか撃破するんが一番エエんじゃろうけども、今まで通りじゃと無理じゃろうな」

 

「うぅ・・・確かに一理ありますわ。ですが、一体どうすれば宜しいんでしょうか?」

 

「んなモン知らんがな・・・って、前の俺なら言うとったかも知れんけど。そうじゃなぁ・・・つかぬ事を聞くが、セシリアさんや。フェンシングとかの経験は?」

 

「えッ? いえ、ありませんが・・・どうしてその様な事を?」

 

「ほら、映画とかで貴族って役柄は剣術とか馬上試合とかやっとるじゃんか。それでじゃ」

 

この春樹の発言にセシリアは「映画と現実は違いますわよ。それに古臭いですわ」と溜息混じりに言葉を返す。

 

「そうかぁ、古臭いかァ。・・・あッ。そう言やぁ、セシリアさんはテニス部じゃったよな?」

 

「えぇ、そうですわ。幼い頃より打ち込んでいるモノの一つですわ」

 

「じゃったらアレじゃのォ・・・ショーブレードよりも、両手で使えるロングソードや片手でサーベルの方がエエかもしれんな。つーかそもそもライフルを使よーるんじゃけん、銃口付近に銃剣付けて・・・いや、ここは射撃タイプであるセシリアさんの長所を伸ばす方が・・・・・」

 

「は、春樹さん?」

 

顎に手をやり、ブツブツと物思いに耽る春樹。

其の姿を目にしたセシリアは最初は戸惑ったのだが、次には「・・・ふふッ」と口角を引き上げた。

 

「阿ぁ? なんじゃあ、そん顔は?」

 

「ふふふ。ごめんなさい、春樹さん。私の為にそこまで考察してくれるなんて・・・ラウラさんやシャルロットさんが、あなたに想いを寄せる気持ちがほんの少しですが解りましてよ」

 

彼女の言った言葉の意味が解らないのか、春樹は「・・・阿ぁ?」と首を傾げるばかり。

 

「聞きましてよ、シャルロットさんにもキスしたんでしょう?」

 

「・・・ッチ。ヤレヤレ、情報が早いのぉ。しかも、さっきの戦いよりも目がイキイキしとるんは、どういうこっちゃ? それにキス”した”んじゃのぉうて、キス”された”んじゃ。それも無理矢理にのぉッ」

 

「あら、そうでしたの。今まで心の内はラウラさんでしたが、シャルロットさんにキスされた事で揺れ動いている・・・と言った具合でしょうか? それで、どちらの方になされますの?」

 

「・・・ええ趣味しとるのぉ、セシリアさん。心配してくれて、俺ぁ涙が出らぁ」

 

「ありがとうございます。それに後ろの”御二方”も春樹さんの御答が早く知りたいのではなくて?」

 

セシリアが視線を向ける方を振り向けば、アリーナの物陰からおずおずと手に持ったバスケット共に姿を現す簪の隣で、ラウラとシャルロットがひょっこり顔を覗かせていた。

・・・瞳からハイライトを消して。

 

「・・・あぁッ・・・もう・・・!」

 

「オホホホッ。モテる殿方はお辛いですわね」

 

「他人事だと思ってッ・・・この女郎・・・!!」

 

先程までの落ち込んだ表情とは打って変わり、顔を片手で覆う春樹を嘲笑うセシリア。

「・・・この女郎、ちぃとばっかし痛めつけりゃあ良かったかのぉ」と春樹は琥珀色に輝く右眼で睨む。

この心労も合わせてか、彼の頭髪の二割が白く変色してしまった。

御蔭で夏休みの実家帰省前、琥珀色に変色した右眼は物貰いで誤魔化し、白髪は年若いと言うに白髪染めを使う羽目になった。

 

「あら怖い。その様な恐ろしいお顔をしていると、皺が刻まれてしまいますわよ」

 

「はぁ・・・セシリアさん、君って人は・・・・・ッ」

 

「さ、行きますわよ」と三人が待つ方向に進む彼女の隣で春樹はとても大きな溜息を吐くのであった。

・・・・・これから巻き起こるであろう『混沌』を憂うように。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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70話

 

 

 

「うぉおおおおお―――ッ!!」

 

二学期が始まった九月前半の事。

その日、一夏は二学期に入って初めての実戦訓練を行っていた。

 

「はぁあああああッ!!」

 

その彼の相手となったのは、ある生徒会長の思惑で二組から一組に転属した元二組クラス代表の鈴。

二人の手に握られている得物が、アリーナ中央で苛烈な火花と甲高い金属音をギィンギィンッ!と響き渡る。

 

「ッ、貰ったァアア!!」

 

幾度となく行われた青龍刀と雪片弐型の鍔迫り合いの中、その均衡を打ち崩さんと一夏が刀身に蒼白いエネルギー光を纏わせた。

彼の纏っている専用機、白式は言うなれば短期決戦型。長期戦になればなる程に不利な状況へ立たされる事を一夏自身、認識している。

その為、白式の単一仕様能力『零落白夜』で相手のシールドエネルギーを一気に消滅させてしまうのが、本来の戦い方と言えるだろう。

だが・・・

 

「だから、甘いって言ってんのよ!!」

 

「うわッ!!?」

 

いくら押せ押せムードで相手に仕掛けようが、彼の単調な攻撃パターンはすぐに見切られてしまっている。

その為、今回も必殺の一撃を鈴に容易に躱された。

 

「これで、終わりよッ!!」

 

「ぐふぇッ!!?」

 

躱された事で体勢を崩した一夏の背中目掛け、彼女の衝撃砲がドドッン!!と唸る。

そのまま一夏は地面へ叩きつけられ、更に鈴の衝撃砲の餌食となってしまう。

 

・・・結果、は言わずもがな。

試合終了のアラームが鳴った時、最後まで立っていたのは鈴の方だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「まったく、たるんでいるぞ一夏! 一体なんだ、あの様は?!」

 

「ぐぅ・・・ッ」

 

実戦訓練終了後。昼食を取りに食堂へ来ていた箒が声を荒らげてテーブルを叩いた。

それに対し、彼女のすぐ隣に座っている一夏が悔しそうに言葉を飲む。

彼はあれから鈴だけでなく、新しく日本代表候補生となった箒とも模擬試合を行ったのだが・・・やはり機体の燃費の悪さとあまりに直線的な戦術の為、彼女とは痛み分けに終わってしまった。

二戦〇勝一敗一引き分け。二学期の始めから、勝ち星なしの負け越しを喰らってしまった事は、一夏にとって大きなショックであろう。

 

「箒、そうカッカしないでよ。でも・・・一夏、大の男がいつまでそうしてるつもり?」

 

しょぼくれている一夏を見かねたのか。彼の隣で食事をしていた鈴が手を止め、ため息混じりに言葉を連ねる。

 

「だって俺、臨海学校で二次移行したって言うのに・・・鈴にも箒にも勝てないなんて・・・・・悔しいじゃねぇかよッ・・・! こんなんじゃあ、”アイツ”にだって・・・」

 

「一夏・・・あんた・・・」

 

ギリギリと歯噛みしそうなほど顔を歪める彼の口から出た「アイツ」という人物。その人物が誰なのか、鈴にはすぐに理解できた。

その人物とはやはり同じ男性IS適正者であり、銀の福音事件で能力的にも精神的にも大きな差を見せつけられた―――――

 

「し・・・心配するな、一夏! そんな問題、私と組めば万事解決だ!!」

 

「ちょッ、いきなり何言ってるのよ!?」

 

悔しそうな表情を晒す一夏に対し、突如として箒が大きく啖呵を切りながら立ち上がる。

何故に彼女がこの様な自信タップリな態度が撮れるのか。其れは箒の専用機であり、未だ誰も手にした事のない第四世代機である紅椿の単一能力『絢爛舞踏』を持っているからであろう。

 

「勝手なこと言わないでよ、箒! 組むなら、ここは幼馴染な上に白式との相性もバッチリな私でしょ!」

 

「何を言うかッ、私の方が鈴よりも早く一夏と幼馴染だったのだ! それに白式の零落白夜を大きく活かせるのは、私の紅椿において他にない!!」

 

「「ぐぬぬ~!」」

 

「お・・・おい、二人とも・・・」

 

何故か、話は誰とタッグを組むかというものになってしまい、一夏は眉間に皺を大いに寄せた二人に挟まれる形となった。

 

「・・・何をやりょーるんなん、あの三馬鹿は?」

 

「さてな。それよりも・・・このジェラートは美味いぞ、食べて見ろ春樹」

 

「ちょっとラウラ、抜け駆けしないでよ! こっちの方が美味しいよ、春樹!」

 

その背後で、ラウラとシャルロットから苺とブルベリーのジェラートをスプーンで口元に抑えつけられている春樹が怪訝な目で彼等を見ていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

俺とセシリアさんとの模擬戦闘を終えてから数日後。

漸く俺と簪さんが左遷された一年一組に慣れた言う頃合で、一組を含めた全生徒が学園内にあるホールへ集合させられた。

なしてこねーな事になったかと言うと、二学期に行われる学園祭についての説明をするそうじゃ。

ほいじゃけど・・・

 

「ふぁ~あ・・・眠いでよ・・・」

 

朝っぱらから全校集会は大義ぃなぁ。

しかも撮り溜めとったアニメのを昨日の夜遅うまで見よーたけん、眠い。

あと、酒飲みたいでよ。スキットルの中身って、まだあったかのぉ?

 

そねーなボケッとした態度をとっとたら、生徒会役員の一人である布仏さんのお姉さんである布仏先輩が、我が校の生徒会長殿が壇上に上がるのを告げた。

そんでもって俺らぁを見下ろす様に壇上へ現れたんは、あの忌々しい水色髪じゃった。

 

「皆、おはよう。ちゃんとした挨拶がまだだったけど・・・私が君達生徒の長、名前は更識 楯無よ。以後よろしくね」

 

宜しくしたくねーよ、このシスコン会長。

アンタぁ、臨海学校に行っとった簪さんの生写真を一枚五千円のルートで買い占めた事を本人へチクってやろうか?

 

とりあえず俺を一組に左遷しやがった会長に向けて中指を立てて見せとったら、隣に居った簪さんに「やめんさい」と手を掴まれた。

・・・なんか、ピクリと会長のこめかみが動いた気がしたでよ。

 

「・・・会長」

 

「ッ、ゴホン・・・さて、今月行われる学園祭の事なのだけど・・・今年に限り、特別ルールを設けさせてもらうわ」

 

特別ルール?

・・・・・なんか嫌な予感しかせんのんじゃけど、気のせいか?

いや、気のせいじゃないな。絶対これ、面倒事の前フリじゃもん! だって、右眼がなんか知らんが痒いんじゃもん!!

 

動揺する俺を尻目にニタニタと顔を綻ばせる会長が自前の扇子を横に振り払うと、空中投影されたディスプレイにデカデカと文字が浮かび上がる。

 

「その名も『織斑 一夏&清瀬 春樹の各部対抗争奪戦!!』ッ!!」

 

ディスプレイに大きく張り出された俺と織斑の野郎の写真に「ふざけんな、このおわんごが!!」と、俺は叫んだんじゃけど・・・あの女郎の宣言によって、ホール内は地鳴りのような雄叫びに包まれてしもうた。

 

「フフンッ♪」

 

「ッ、こんの女郎・・・!!」

 

扇子で口元を隠しながら、俺へ鼻につく視線を落とす会長。

『殴りたい、この笑顔』って言葉をどっかで聞いた事があるんじゃけど、正にこういう時に使う言葉なんじゃろうな。

 

あと・・・今日は寝かさねぇぜ、俺の肝臓ちゃん。

ヤケ酒を鱈腹飲んでやるッ!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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71話

 

 

 

朝の行かんかった方が良かった全校集会が終わった後。この学校に居る大半のヤツらから、俺に対する印象を否が応でも突き付けられた。

 

あの会長が出した特別ルール『織斑 一夏&清瀬 春樹の各部対抗争奪戦』は、噂話に尾ひれに背ひれに胸びれが付いてしもうて・・・半日と時間が立たん内に『優勝した部は織斑をゲット。最下位の部には清瀬をプレゼント』と言う醜悪なモンへ変わってしもうた。

 

俺は罰ゲームに飲まされる苦汁かッ!?

・・・なんか、中学ん時に受けたイジメを思い出したわ。・・・・・うぇップ・・・喉の奥から醤油が込み上げて来そうじゃ。

 

そねーな嫌な記憶をスキットルん中のスコッチウィスキーで胃の中へ流し込みながら、俺は今日一日を鬱屈した気分で過ごさせてもろうた。

ホント、あの会長様には感謝してもし切れんで、ホントに。・・・こねーな嫌味でも、言うとかんと心が参ってしまうでよ。

 

・・・そんでも昔の状況と違って救われたんは、すぐ近くに俺の味方になってくれる人がいた言う事じゃろう。

セシリアさんや簪さんは自分の事のように憤慨してくれたし、ラウラちゃんとシャルロットはアル中の酒切れとは違う震え方をしょーる手を優しく握ってくれた。

 

「夫の弱さを支えるのが、妻としての私の当然の務めだからな!」

 

「ちょっとラウラ、なに言ってんのさ!!」

 

・・・ちぃとばっかし喧しかったけんど、ホントに心からありがたかった。

何か知らんが、いつもよりも酒が美味う感じたでよ。

・・・・・じゃけん―――――

 

「却下ッ、却下だ!! どうしてそうなるんだ!!?」

 

―――学園祭で出す一組の催し物で慌てふためく織斑の野郎を存分に嘲笑ってやろう、そうしよう。

 

「は、春樹さん・・・あなたって人は・・・」

 

「春樹・・・悪い顔。ヴィランみたい・・・」

 

阿破破破破破ッ! 実に酒が美味いのォ!!

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

衝撃的な宣言が、よりにもよって生徒会長である楯無から告げられた日の放課後。

噂の人物達が在籍する一組では、学園祭に出店する催し物について熱い議論が行われていたのだが・・・・・

 

「ダメだ、ダメ! そんなの却下だッ!!」

 

一人、また一人とクラスメイト達が出す意見を一夏が悲鳴にも似た叫びと共に一刀両断していっていたのである。

何故に彼がこの様な状況に陥っているのか。其れは議論が始まった直後から出た数々の意見の為だ。

一部の例を挙げれば・・・

 

『織斑一夏のホストクラブ』

『織斑一夏とポッキーゲーム』

『織斑一夏と王様ゲーム』

『織斑一夏とツイスター』

 

―――――等々。

春樹とは違って、学園の王子様たる位置に居る彼を押しに推した意見ばかり。

流石に此れには一夏と言えども我慢ならなかったようで、更に次々とクラスメイト達から出されるどう譲歩しても学生らしいとは言えない内容の意見をバッサバッサと叩き切って行く。

 

・・・因みに。

この混沌たる状況に担任である千冬は呆れ果ててしまい、職員室へ帰投。

副担任である山田教諭も苦笑いを浮かべながら、皆を見守るばかりで役に立ちそうにない。

 

「なんでこんなコッ恥ずかしいものばかりなんだよ?! お前もさっきから笑ってないで何とか言えよッ!!」

 

皆の出す意見に苦悩する一夏の感情の矛先は、先程から和気眼もなくゲラゲラと奇妙な笑い声を響き渡らせる男に向けられる。

 

「阿破破破ッ、ククク・・・阿破ッ、阿ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!―――「清瀬ッ!!」―――阿破破破! いやぁ、悪ぃ悪ぃ。オメェがあんまりにもクラスメイトから好かれとる事が、実に実に・・・破破破ッ・・・愉快でのぉ。阿ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

「こ、このッ・・・!」

 

人目もはばからず腹を抱える彼に一夏はヒクヒクと口角を痙攣させる隣で、この時ばかりは春樹に良い印象を持っていないクラスメイト達も同調していった。

 

「そうそうッ、清瀬くんの言う通り! 皆から好かれている織斑君だからこそ出来る出し物なんだよ!」

「この企画が通れば、集客率と収益でガッポガッポ! 実に美味すぎる儲け話ッ」

「其れに貴重な男子生徒を多くの生徒達から触れてもらう良い機会だし!」

 

「・・・だとさ。良かったのぉ、織斑クゥ~ン? 阿ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

「き・・・清瀬、お前ッ・・・・・あぁッ、もう!!」

 

ポッカリと開いたハロウィンカボチャの口のように嘲笑う春樹の表情と己が欲望に支配されてしまったクラスメイト達の猿叫に一夏は頭を抑えて掻き毟る。

 

「ふむ・・・ならば、メイド喫茶はどうだ?」

 

この収拾が着きそうにもない騒動の中、凛とした声が一つ。

声のする方を見れば、ラウラがさも良い事を言ったように佇んでいた。

 

「客受けは良いだろう。飲食店は経費の回収と云う利点もある。文化祭は招待券制と聞いたから、外部の客入りも十分期待出来ような」

 

「そりゃあエエ案じゃのォ」

 

「そうだ。折角だから、一夏には執事服で接客して貰うってのはどうかな?」

 

「執事服・・・」

「織斑くんが執事の恰好で・・・」

「バトラー織斑・・・ッ」

 

この時、一組クラスの女子生徒の脳内には執事服に身を包んだ一夏が「お帰りなさいませ、お嬢様」と笑顔を浮かべる姿が容易に想像できたという。

 

「ぶハッ!」

 

「あ、鼻血噴いたでよ」

 

「それって、最高じゃん!」

「決定ッ、決定よ! 一組の出し物は、織斑くんによるご奉仕喫茶よ!!」

「ボーデヴィッヒさんにデュノアさん、貴女達は最高よッ!!」

 

「フンスッ」

「えへへ、そうかなぁ?」

 

クラスメイト達から称賛の声を送られ、ラウラは満足そうに鼻を鳴らし、シャルロットは照れくさそうに頬を掻いた。

 

「なら、俺は裏方で厨房の皿洗いでもすらぁ」

 

「なッ!? ズルいぞ、清瀬! だったら、俺も裏方で―――『『『ダメ』』』―――あッ・・・はい・・・」

 

「阿破破破破破ッ」

 

全クラスメイト達からの並々ならぬ圧力に負け、渋々首を縦に振る一夏。

其の姿をクツクツと面白がって笑う春樹にセシリアがそっと耳打ちする。「あまり調子に乗っていると、痛い目に遭いますわよ」と。

彼は之に一時はギョッとした表情を晒したが、すぐに歯を見せながらニヤリと笑みを溢して一言。

 

「ご忠告痛み入るよ、セシリアさん。じゃが・・・ちったぁ楽しんでもエかろう?」

 

「・・・あまり良い趣味とは言えませんわね、Mr.”ギデオン”」

 

「阿破破破ッ、なにぶんと人より”歪んでいる”もんでな。・・・あぁッ、そうだ! なぁ、ラウラちゃんや。ちぃとばっかし俺にエエ名案が浮かんだんじゃけど・・・聞いてくれりゃあせんか?」

 

「んん、なんだ春樹?」

 

「いやな、実はな・・・ゴニョゴニョ・・・」

 

「ッ! それはなんと名案だ!!」

 

「じゃろう?」と、良からぬ事を考えついた春樹はニタニタと気持ちの悪い薄ら笑みを浮かべる。

この彼の表情に「うぇッ」と鈴は舌を出し、箒は怪訝に眉をひそめるたが、簪は「・・・さっきよりも・・・元気になって良かった」とベクトルの誤った言葉を呟いた。

 

「阿ッ破ッ破ッ破ッ! 楽しくなってきたのォ!!」

 

「うむッ。春樹が楽しそうで、私も嬉しいぞ!」

 

「ラウラさん・・・なにか違う気がしますわよ」

 

何だかんだ有りながら、無事に学園祭の出し物が決まった事で今日の議題は終了したのであった。

 

「うぅッ・・・なんか、納得いかない・・・!」

 

唯一人、大役を勝手に任された一夏だけがドンヨリ雰囲気で大きく肩を落としていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

それから一時間とせぬ内、授業中でもコソコソ隠れてスコッチウィスキーを引っかけている不良生徒は―――――

 

「ヒぇええ、逃ィげるんじゃァアア!!」

 

「待てぇッ! 待たんか、清瀬ェエエ!!」

 

憤怒の形相に駆られた千冬に現在進行形で追いかけられていた。

何故にこの様な窮地とも言える状況に彼が陥っているのか。其れは先程行われた一組の学園祭出店議論において、メイド喫茶を発案したラウラにこの酔っ払いがある事を吹き込んだ為だ。

 

「いやな、実はな・・・この際、先生らぁもメイド服に身を包んで貰うってのはどうよ?」

 

・・・とんだ酔いどれである。

やはり酒に酔って気分が大きくなっていた為か。普段では到底言わないような大それたことを口滑らしてしまった。

本人としては多分冗談のつもりだったのだろうが、彼はラウラの純真さを若干甘く見積もっていたようだ。

 

当然の事ながら、この事案は千冬の耳に担ぎ上げられた一夏を通して入ってしまい、現在の状況に繋がっている。

 

「じゃけど、皆の話の輪から呆れて抜け出した織斑先生が悪いんじゃなかろうかッ? 山田先生なんて、ちょっと乗り気じゃったんですけど? 大丈夫じゃって織斑先生、エエ年こいてコスプレしとる人なんて、ごまんと居るんじゃけん! 似合うかもしれんでよ?」

 

「論点をすり替えるな、この問題児! 貴様には前々から色々と聞きたい事があったんだッ。この際、手っ取り早く説教も交えて”尋問”してやるッ!」

 

「尋問ッ!? 初期ラウラちゃんの尋問口調は、やっぱりアンタ譲りかよ!!」

 

喋りながら校内をフィールドとした追いかけっこを繰り広げる二人。

だがその後、流石にいつまでも追って来る千冬に嫌気がさした春樹は専用機である琥珀を校則に反しない程度に展開させ、左手の甲のガンダールヴを顕現させる。

そして、一気に身体能力をブーストさせ、三階の窓から外へ飛び出す。

 

「阿ーッ破ッ破ッ破ッ! あばよ、姐さん!!」

 

「清瀬ェエエッ!!」

 

其処から彼はいつかロンドンの街を席巻した『ばね足ジャック』のようにぴょんぴょん飛んで、千冬の追走から脱したのであった。

 

「ハァッ・・・ハァッ・・・どうじゃあ、こん畜生ッ!」

 

命かながら逃げおおせた春樹は、逆流する胃液とウィスキーに苦しみながら呼吸を整えて行く。

 

「大丈夫ですか、清瀬君?」

 

「阿ぁ、なんとか。あんのブリュンヒルデ、意外と早―――って、うわおッ!?」

 

ぜろぜろ息を切らしながら前を向けば、いつの間にか自分の隣に三つ編みと特徴的な丸眼鏡をかけたの人物が佇んでいる事に驚く春樹。

 

「吃驚させんでくだせぇよ、布仏先輩」

 

その人物はクラスメイトである本音の姉で、生徒会に属する『布仏 虚』であった。

彼女は驚く彼に「ごめんなさい、驚かせてしまったようね」と笑みを溢す。

 

「とんだ災難にあったようね」

 

「えぇ、全くですよ。可愛い可愛い自分の生徒の悪戯如きで、まるで俺をこれから絞め殺すような形相して追いかけて来るんですからね。あぁ、きょーとかった」

 

「ふふふ、其れは本当にご愁傷さま」

 

何気ない会話を交わす春樹と虚。

二人は簪と楯無が和解した時からの中で、面倒事を吹っ掛けて来る楯無と違ってかなり常識的な人間であり、妹である本音と同じように自分に対して優しくしてくれる彼女に春樹は好印象を持っていた。

その為、千冬との追いかけっこで喉が渇いた自分にお手製の紅茶を振る舞おうかと言う虚のお誘いに何の疑問も躊躇いもなく乗っかってしまう。

 

「清瀬ッ・・・なんでお前がここに?」

 

「・・・・・そりゃあコッチのセリフじゃ、ボケェ」

 

「フフフッ・・・よく来たわね、清瀬 春樹君」

 

だから彼は、案内された生徒会室で待ち伏せていた一夏と生徒会長席を陣取っている楯無に春樹は大きく舌打ちをした。

 

「あ~、きよせんだぁ~。お菓子食べる~?」

 

「・・・食べるでよ。簪さんもいるか?」

 

「うん・・・ありがとう、春樹」

 

もし此処に簪と本音がいなければ、いくら虚からの誘いであろうと部屋から出て行ったであろう。

彼は仕方なさそうに溜息を吐きながら、「そんで・・・俺に何の様じゃ、更識生徒会長閣下殿?」と口をへの字に曲げてソファへ腰かけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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72話

 

 

 

「どうぞ。熱いから気を付けてね」

 

「はい、ありがとうございます。おぉッ、ええ香りじゃのぉ」

 

春樹が虚から受け取った紅茶の香りを堪能する横で、ソファの隅に追い詰められた一夏が生徒会長である楯無から何故に生徒会室へ呼ばれた説明を受けていた。

 

「部活動?」

 

「そう。織斑君に是非とも我が部に入って欲しいって要望の手紙がこんなにも送られてきて、お姉さんとっても困ってるの」

 

「ほぉ~ん」

 

彼女はそう言って、彼に手紙で溢れかえった目安箱を見せる。

興味を持った春樹がその中の一つを手に取って見てみると、中はとても綺麗な字で清書された欲望丸出しの内容が書かれていた。

 

「うわぉ・・・そりゃあ、こねーにようけぇの要望の手紙を出されたらアンタら生徒会も無視できんって訳じゃなぁ。そんで、朝にあねーな事を言うたんか」

 

「そうなのよ。解ってくれたかしら?」

 

「なんとなく」「いんや、ちっとも」

 

「あららッ?」

 

返答が全く違う二人に眉をひそめる楯無。

そんな彼女に全く納得のいっていない春樹が反論を紡いでいく。

 

「大体・・・部活動に入って欲しいって言われとんのは、織斑の野郎じゃろうがな。それなのに、なして俺まで景品扱いされにゃあおえんのじゃ?」

 

「そうだよ、お姉ちゃん・・・なにも春樹まで巻き込む事はなかった筈だよ・・・ッ」

 

明らかに機嫌が悪い事を隠そうともしない春樹と、彼に同調した簪が楯無へ怪訝な視線を突き刺す。

之に対し、彼女は大きな溜息を一つ吐いた後に目を細めて言葉を連ねた。

 

「清瀬君・・・君、自分の立場がどういう状況下に置かれているか・・・解っているの?」

 

「どういう状況下、じゃと?」

 

「そうよ」と楯無は頷き、彼がこの学園に入学してから関わった事件について述べだした。

有名どころとしては『ゴーレム事件』『VTS事件』『銀の福音事件』に始まり、『シャルロット男装騒動』やベルギーで起こった『テロリスト襲撃事件』と、春樹が首を突っ込んだ事件は多い。

 

「特にドイツの秘術だったヴォーダン・オージェに完全適応してしまった件は大きいわ。今や君は―――「阿ぁッ、なるほど。そう言う事ね」―――ちょっと、まだ説明してる途中なんだけど?」

 

「ええっちゃ、なんかもう粗方解ったけん。ゆーな、ゆーな、皆までゆーな。じゃけど・・・大分、まどろっこしい遣り方じゃのぉ」

 

「はッ・・・え?」

 

「ん~? どういう事、きよせん?」

 

二人のやり取りと春樹の納得へ一夏や本音達は何が何だか理解できずに頭を傾げる。

そんな周囲に彼は「要するにこういう事じゃ」と説明を述べて行く。

 

確かに春樹は多大なる功績と実績を積み上げて来たのだが、其れは決して表沙汰にはならないものばかり。

学園内での彼は人気者の一夏に突っ掛かるだけの能無しと認識されている。

 

「そねーな嫌われモンの俺を学園祭投票決戦が終わった後、最下位の部が可哀想だからという面目で生徒会が仕方なく拾う・・・こーすれば、会長閣下は合法的に俺を生徒会に引き入れることが出来るって訳じゃ。これで色んな意味で問題児な俺を手の届く監視下に置けれるけんなぁ」

 

「所々、語弊がありそうだけど・・・大方はそんな所ね」

 

『大体正解』と中央に書かれた扇子を広げる楯無に「阿破破ノ破ッ」と笑っていない眼で笑い声を響かせる春樹の隣で、「なら、俺も?」と一夏が自分に指を差しながら呟く。

 

「まぁ、そうじゃろうなぁ。その方が火種が小そうて済むし」

 

「なんだよ、それッ。要するに出来レースってことじゃないか!」

 

『争奪戦』と銘打っておきながら、最終的には美味しい所を全部持っていく事に何故か一夏は声を張った。

彼としては、そのような謀に対して怒りの感情があったのだろう。

だが・・・。

 

「阿呆か、オメェは」

 

「なにッ?」

 

「考えてもみられぇ。オメェが固定の部に入ってしもうたら、それこそハッキリとした確執が生まれるじゃろうがな。女いう生物は恐ろしいけんのぉ」

 

「はぁ?」

 

春樹の言っている事の意味が解らないのか、表情を困惑に曇らせる一夏。

そんな彼に対し、春樹は茶請けに出されたクッキーを頬張りながら更にこう続けた。「其れに・・・オメェはこの中で一番”弱い”からな」と。

なんとも自然に軽~く出たこの言葉に一夏は「・・・・・はッ?」と、表情を険しいものに変えた。

 

「うわ~、きよせんってば直球だ~」

 

「こら、本音」

 

「ええんですよ、布仏先輩。織斑の野郎が弱いんはホントの事なんですから。あと、紅茶の御代わりください」

 

「な、なんだよ・・・それ・・・ッ!」

 

ズズッと口の中のクッキーを紅茶で流し込む彼をギロリと睨む一夏。

そんな彼にお構いなしと、春樹は虚から受け取った御代わりの紅茶へ口を付けた。

 

「俺だって・・・俺だって、”あの時から”ずっと鍛えてるんだ。だから、福音事件の時に白式を二次移行させる事も出来たんだッ」

 

「そりゃあ・・・オメェが強うなった訳じゃのうて、白式”だけ”が強くなっただけじゃろうがな。それに『鍛えてる』じゃと? 阿破破ッ、”乳繰り合う”とるの間違いじゃねぇか?」

 

「ッ! 清瀬、テメェ!!」

 

春樹の発した言葉が、自身の鍛錬に付き合ってもらっている箒や鈴を侮辱しているように感じられた一夏は彼の胸倉を掴む。

 

「やめなさいッ、織斑君!」

 

「止めないでくれ、更識会長! コイツは―――「離せや、ボケ」―――ッぶ!?」

 

「織斑君!」

 

自分の胸倉を掴んだ一夏の顔面に躊躇なく裏拳をメキリとめり込ませる春樹。

顔を抑える彼の隣で、春樹は「あ~ぁ、オメェのせいで紅茶がこぼれてしもうたでよ」と呑気にティーカップの残った紅茶を飲み干した後、「阿ぁ、美味かったでよ。布仏先輩、馳走になりました」と立ち上がり、懐に忍ばせていたスキットルを一気に呷る。

そして、意気揚々と生徒会室の出入口へと足を向けた。

 

「待てよ、清瀬!」

 

「阿?」

 

ちょうどその時。打たれた鼻を抑えながら、一夏が春樹を呼び止めた。

なんだなんだと振り返ってみれば、「勝負しろッ・・・俺と勝負しろ、清瀬!!」と彼は自分に向かって叫ぶではないか。

 

「ヤレヤレ」と溜息でも吐きそうな春樹に対し、一部始終を見ていた楯無が『真っ向勝負』と書かれた扇子を広げ、こう言い放つ。「その勝負、私が預かるわ!!」と。

 

「おい、勝手に預かるな。俺ぁやる気ねぇぞ」

 

「いいじゃない。それに君、そう易々と生徒会に来る気ないんでしょ?」

 

「応ッ」

 

「即答って・・・まぁ、良いわ。なら、この勝負で負けた方が私からの”特別授業”を受けるというのはどうかしら?」

 

「お前は何を言っているんだ?」と言わんばかりに顔を歪める春樹の隣で、「解った、そうしよう」と一夏が二つ返事で之を了承してしまった。

 

「オメェ、なにを勝手な事しとるんじゃ!?」

 

「なんだよ。あれだけの事を言っといて、逃げんのかッ?」

 

「あぁッ・・・もう・・・!」

 

春樹は煽り返してくる一夏を見て、これ以上考えるのを止めた。

この展開はクラス代表を決める時、セシリアと決闘騒ぎになったのと同じ流れだ。

彼を焚きつけてしまったのは自分だとはいえ、この状況を春樹は酷く面倒臭いと頭を抱えてしまった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「阿~・・・ホントにやんの?」

 

生徒会室の一件から一時間と経たぬ内に、二人の姿は関係者以外立ち入り禁止となった完全貸切状態のアリーナへあった。

其れも二人と因縁の深いVTS事件が起こったアリーナで、一夏が吹っ掛けた勝負が行われようとしていた。

 

「当たり前だろッ!」

 

「あっそう・・・そんで勝負の方法はどねーするんよ、会長閣下?」

 

締まらない顔の彼は、そのまま自分達の勝負の行く末を見守るであろう楯無が居る管制室に目をやる。

 

≪そうね。ここは男同士の熱い戦いを見せて貰いたいから・・・どちらかが戦闘続行不可能か、相手に「参った」の一言を言わせた方が勝者ってのはどうかしら?≫

 

「其処は国際法に合わせたISバトルの方がエエんと違うか? ”やり過ぎ”言うんがあるでよ」

 

「ゴチャゴチャ言ってないで構えろよ、清瀬!!」

 

「熱いのぉ・・・残暑で余計に暑苦しいでよ。オメェって、そねーなキャラじゃったか?」

 

心どころか頭までヒートアップしている一夏に対して、一方の春樹はぬるま湯へ浸かったようにだらけていた。

これから行われる戦闘に緊張感の欠片も持っていなかったのである。

 

「来いッ、白式!!」

「はぁ・・・行こうか、琥珀ちゃん」

 

そんな相反する二人が同時に専用機を身に纏うと、指定された位置へと立つ。

 

一方は、日本が世界に誇るIS企業『倉持技研』が造り上げた機体。

もう一方は、日本政府直属の機関である『内閣IS統合対策部』が造り上げた機体。

ある意味この試合は、代理戦争とも言えなくもないものである。

 

「阿~、大義ぃなぁ・・・なんでこんな事になったんだっけか?」

 

其れは春樹がウィスキーに酔った勢いで、煽らなくて良いモノを呷った為なのだが・・・もうそんな事は関係ないだろう。

頭に血の上った馬鹿程、後先を考えぬ者は居らんのが通説なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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73話

 

 

 

「・・・会長」

 

アリーナ管制塔の中央管制室にて、生徒会会計である虚は斜め前に立つ生徒会長の楯無へ訝し気な視線を送る。

 

「ん? 何かしら、虚ちゃん?」

 

「このような事をしても宜しかったので?」

 

今現在の春樹と一夏の実力を見る為とは言え、彼等二人を戦わせる事を彼女は疑問視していた。

首席で整備科に所属する虚から見て、二人のISは同程度の機体能力があると推測される。

だが、機体の纏い手となっている二人の力関係は春樹に分があるだろうという事も推測できた。

 

「勿論。本当は私が織斑君に”身の程を解らせたかった”んだけどね・・・でも、いい機会になったわ」

 

「・・・と、言うと?」

 

「彼・・・清瀬君はVTS事件より前から、才能の片鱗を見せていた。その彼が今や簪ちゃんと同じ日本代表候補生に上り詰め、政府直属の機関が造り上げた機体を纏っている。・・・・・見せてもらおうじゃない、今の彼の実力を」

 

「・・・・・」

 

ディスプレイに映った春樹を指で撫でながらほくそ笑む楯無に虚はただ黙って頷いた。

そして、こう思った。「この人は、ただこの状況を楽しんでいるだけではない」と。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「おい、織斑の豚野郎」

 

全身装甲タイプのIS、琥珀を纏った春樹はなんとも自然に罵倒を織り交ぜながら一夏へ声をかけた。

 

「・・・・・なんだよ、清瀬ッ」

 

対する一夏はギロリと彼に鋭い眼光を見せ、威圧せんとばかりに愛刀である雪片を構える。

 

「なんじゃあな。自分の悪口に反応せんようになった言う事は、オメェさん・・・本気と書いて、マジで戦う気なんか?」

 

「ッ、当たり前だろ!」

 

「おいおいおい、そねーにイガるなや。もっと肩の力抜いて、気楽にやろうぜ。どーせ、俺らぁはあの会長閣下の掌の上で踊らされとるだけなんじゃけん」

 

「ッ・・・清瀬、テメェ・・・ッ!!」

 

春樹のフルフェイスの鉄仮面下からでも解るくらいヘラヘラした声で話す仕草に一夏は「バカにしやがって!」と、更に感情を昂らせた。

 

≪こら、清瀬君。試合開始前に相手を煽らないの≫

 

「煽ったつもりはないんじゃけどなぁ。はいはい、仰せのままに閣下殿」

 

「・・・ッ・・・」

 

管制室から聞こえて来る楯無の声に春樹が答える前で、一夏は意識を集中させる。

そして、VTS事件が起こった学年別トーナメント第一準決勝や銀の福音事件で見た彼の戦い方を思い出す。

 

≪試合開始、十秒前≫

 

「(清瀬の機体は、俺と同じ短期決戦型。だけど・・・アイツの性格から考えて、最初は変則的な戦い方をして来る筈だ)」

 

トーナメント準決勝でも、春樹は真正面から突貫したと思ったらスタングレネードによる目くらまし攻撃を行って来た。

ならば、射撃武装を持ち合わしている彼からの最初の攻撃は銃撃だと一夏は睨んだ。

 

≪開始、五秒前・・・・・三・・・二・・・一・・・≫

 

「(でも、最終的には超接近戦を仕掛けて来る。なら・・・最初の攻撃を防ぎ切ったら、零落白夜と雪羅で一気に片を付ける!!)」

 

過去の春樹の戦闘データを必死に思い出し、自分の戦闘戦略を組み立てる一夏。

そして、戦闘開始の合図が鳴るのを今か今かと待ち望んだ。

 

≪・・・ゼロッ≫ビィイ―――――ッ!

ズダンッ!!

 

「ッ!」

 

カウントゼロの試合開始のブザー次に鳴り響いた銃声。

其れは、西部劇の早撃ちガンマンのようにリボルバーカノンを腰辺りで展開させた春樹からの攻撃だ。

「来た!」と、予想していた通りの彼の攻撃に一夏は射撃・格闘・防御を全てカバーする事の出来る柔軟性を持ち合わせた多機能武装腕『雪羅』で防ごうと左手を前に出す。

 

「・・・阿破ッ!」

 

「!?」

 

しかし、「その動作を待ってました」とばかりに不気味な笑い声が鉄仮面から聞こえて来るではないか。

其の笑い声に何か嫌な予感がした一夏は咄嗟に回避運動をかけるが、もう遅い。

彼の左手に達した銃弾は着弾と同時に破裂し、内部に収納されていた蒼白い液体をベットリ撒き散らした。

 

「な、なに!?」

 

液体は空気に触れると同時に瞬間凍結し、一夏の左手全体を氷で包んでしまったのである。

これでは、幾ら多機能と銘打った雪羅と言えども能力が使えない。

 

だが、春樹の攻撃は之に留まらない。

彼は「もういっちょ喰らえッ」と、更に三発の銃弾をズダンッ!×3と発砲。

 

「ッくぅ!!」

 

一夏は銃口から放たれた三発の内の二発を間一髪回避する事に成功するが、残りの一発が二次移行により大型化したウィングスラスターの一つに着弾。

スラスターをカチコチの氷漬けにしてしまい、残った三つのスラスターで彼はなんとか空へと舞った。

 

「おおッ、やっぱり使えるなぁ氷結弾は。ええ感じじゃ」

 

そんなヨロヨロとバランス悪く飛ぶ一夏を見ながら、春樹は銃弾の戦果にウンウンと満足げに頷いた。

 

春樹が撃った弾頭は、IS統合対策部開発チームが造り上げた特殊弾『十一式氷結炸裂榴弾』。

銀の福音事件では時間と予算の関係上、実験弾頭が一発しか製造されなかった代物だったが、福音戦で大きな戦果を納めた為に正式な特殊弾頭として採用されたのである。

 

「こ、このッ! 一体、何をしたんだ清瀬?!!」

 

再び鋭い眼光を突き立てながら怒号を放つ一夏に春樹は「言う訳なかろうがな」と銃口を突き付ける。

飛び道具に対する防衛策を先程の攻撃で絶たれてしまった一夏に春樹の射撃を防ぐ手立ては飛んで来る銃弾を雪片で弾くか、避けるしかない。

けれどもし、雪片の刀身で銃弾を弾けば、今度は一つしかない武装である雪片を氷漬けにされると思った彼に銃弾を刀身で弾く手立ては使えなくなっていた。

 

「さぁ。弾に当たりとうなかったら、逃げろ逃げろ! 阿破破破破破ッ!」

 

「くぅッ・・・!!」

 

ケラケラ品のない笑い声を轟かせる春樹に下唇を噛みながら一つ欠けたスラスターで空中を飛び回る一夏。

 

だが、彼もただ単純に逃げ惑っている訳ではない。チャンスを伺っていたのだ。

 

「(左手の雪羅とスラスターに当たったヤツと避けた弾は合計”四発”。清瀬の持っているあのリボルバーってのは、確か弾が”六発”しか入らない銃だ。・・・残り”二発”、銃本体に残った二発の弾さえ気を付ければッ!)」

 

回転式拳銃は残弾数を数えやすいのが利点であるが、其れは相手にとっても同じだ。

正に長所と短所は表裏一体・・・ままならぬものである。

 

「ほらよっとッ」

 

「ッ!」

 

そんな事を考えているとズダンッ!と春樹のリボルバーカノンが火を噴いた。しかし、彼が銃口を差し向けたのは標的である一夏でなく、何故かアリーナの壁だった。

何故そんな事をするのかと疑問符を浮かべた一夏だったが、すぐにその疑問への答えは”背後から襲って来た”。

 

バギィッ!

「がァッあ!!?」

 

『跳弾』。

其れは目標などに当たった後に、当たった場所から弾き飛ばされる弾丸の事を指す。

この跳弾を春樹は狙っていたのだ。

 

「ん~、まずまず。・・・じゃけど『リボルバー・オセロット』なら、もっと巧くやったろうなー」

 

自分のやったスゴ技に納得がいっていないのか。春樹はそうボヤきを入れつつ、バランスが取られない様に残った三つの内の一つの大型スラスターをズダンッ!と氷結弾で撃ち抜いた。

 

前と後ろからの攻撃を諸に喰らってしまった一夏はバランスとスラスター制御を誤り、「うわぁあああああッ!!?」と悲鳴にも似た叫びを上げながら地面へ落下。其れは大きな土煙を立ち上らせた。

 

≪織斑君ッ!≫

 

「うわぁ~・・・やっちゃったか? 生きてる、よな? お~い、大丈夫かぁ~?」

 

結構な高さから落下した彼を心配する春樹。

・・・けれど、心配と言っても彼の場合は上辺だけだろう。一夏が完全な再起不能になってしまうと、色々と春樹には都合が悪いのだから。

 

「ッ、うぉおおおおおオオ―――ッ!!」

 

「おッ、生きとった」

 

だが、そんな上っ面だけの彼の心配を余所に土煙を愛刀で掃いながら現れる一夏。

彼は四つある内の無事で済んだ二つのスラスターを精一杯吹かしながら、残弾数が尽きた春樹へ刃を突き立てんと突撃していく。

しかし・・・

 

「ほれ」

 

「なッ―――ゴキャ!―――ぐガッ!?」

 

あまりにも直線的な動きに対し、春樹は其れを難なく避けると一夏の延髄目掛けて手刀を打つ。

人間の急所の一つである部位を攻撃された一夏は、吹かせたスラスターの勢いそのままにアリーナの壁へと激突してしまう。

 

「阿? なんか前にもアイツ、アリーナの壁にめり込んでなかったか? デジャヴゥを感じるのぉ」

 

顎に手を当てながら、いつか起こった事と今の状況を照らし合わせて首を傾げる春樹。

その内、其れがVTS事件で起こった事だと思い出した彼は、管制室に連絡を入れた。

 

「なぁ、会長閣下・・・”まだやるんか”?」

 

春樹のこの問いかけに楯無は≪・・・そうね・・・≫と間を一拍おいて、考える。何故ならこの試合は彼女が予想した以上に力の差が歴然と露骨に表れていたからだ。

 

まるで赤子の手をひねるが如く軽くあしらう春樹にまだ一発も一夏は攻撃を加えることが出来ていない。

楯無がこの決着は”つける”前から”終わっている”状態の試合をこのまま続けて良いモノだろうかと考えだした・・・・・その時ッ。

 

「ッ、もらったぁあアア―――!!」

 

「・・・・・阿?」

 

戦闘不能になったかと思われた一夏が突然起き上がり、残った二つのスラスターで漸う瞬時加速を行って一気に距離を詰めて来たのである。

 

「しぶといのぉ」

 

「ウォオオオオオッ!!」

 

ガギィイ―――ッン!・・・と、一夏の振り下ろした雪片の刃が銀と赤の装飾が施された琥珀の装甲を捉える。

之に「やった!」と遂に漸く当たった自分の攻撃に一夏の内心は昂った。

・・・・・彼が攻撃された春樹の眼を見るまでは。

 

「・・・気ぃ済んだかッ?」

 

一夏が春樹の目を見た後、視界へ広がったのはアリーナの天井だった。

「・・・え・・・?」と何が起こったか理解できていない彼の腹部に今度は途轍もなく鋭い痛みが突き刺さる。

 

ドグゥッ!!

「ぐぇアアッ!!?」

 

右から来たアッパーカットに続いて繰り出された左拳のボディーブロー。その威力たるや、一夏を三m後方へ吹き飛ばす程だ。

 

「・・・逃がすかッ」

 

「ッ!」

 

後ろへ吹っ飛ばされた一夏に春樹は腰から発射したスラッシュハーケンを撒き付け、リールを巻く様に一気に手繰り寄せる。

 

「う、うわぁあああああ!!」

 

しかし、之を一夏は利用しようと考えた。

彼は先程の攻撃とは違い、刃に蒼白いエネルギー波を纏わせた単一能力『零落白夜』を発現させた状態で春樹に突撃を敢行したのである。

 

この一撃必殺の攻撃が通れば、形勢は一気に逆転するだろう。

二人の離れていた距離が三mから二mに、二mから一mに、そして一mから―――――

 

「これで終わりだァアアッ!!」

 

「・・・・・・・・オメェがな」

 

≪ッ!?≫

 

―――・・・一mがゼロmになったその時。

一夏が突き立てようとした切先は空を斬り、その代わりにタイミングを見計らって後ろへ振り抜いていた春樹のカウンターパンチがドグシャァアッ!!・・・と、彼の顔面を捉えた。

 

「ァ・・・あぁ・・・ッ・・・!!」

 

「シャッ!!」

 

放たれた右拳の衝撃に後ろへ反り返る一夏。

その腹部に春樹は躊躇なく二発目のリバーブローをグシャリ!とめり込ませる。

 

「が、あッ・・・!!」

 

彼の打撃はISの絶対防御をすり抜け、確実に内臓へと届いた。

そして、今度は身体がこれ以上離れて行かない様にスラッシュハーケンのワイヤーを釣り竿のリールのように巻きながら、起き上がった彼の顎に再び左拳がバキリッ!と打ち込む。

 

「ァ、―――――ッ・・・ッ・・・!」

 

「・・・・・」

 

上体を下から上へと移動させ、吹き上がる間欠泉のように打ち込まれた拳によって再び跳ね上がった一夏の頭部へ静かに狙いを澄ます春樹。

 

もう春樹の右カウンターを喰らった時点で、一夏の意識は消失しかけていた事だろう。

だがしかし、未だ彼の意識の”完全消失”は成されていない。

『確実なる”トドメ”』を刺す為、春樹は上半身を左右に大きく八の字を描く様に揺らす。

 

「くたばれ」

 

・・・と、馬鹿に単調で冷たい言葉と共に駄目押しの拳が一夏の顔面を捉えた――――――――・・・かに思えた。

 

「阿”ッ?」

 

何故か突然、春樹は一夏へのダメ押しを急停止し、瞬時にランドスピナーを高速回転させて彼と距離を取ったのである。そして、”ある人物”がいる方向を見ながら戦闘態勢を構えた。

その人物とは―――――

 

「あら・・・気配は消したつもりなんだけど?」

 

「・・・(よー言うわ。舐めるような、ぬめった殺気を当てて来た癖に)」

 

春樹の視界の先に居たのは、水色のカラーリングが施されたフルスクラッチタイプのISに身を包んだ楯無であった。

 

「なんじゃあな、今度はアンタが相手か?」

 

管制室で戦いを見守っていた筈の彼女の登場に春樹は琥珀の新しい基本兵装として装備された糸鋸状ビームブレードを両腕に展開。

ブゥウウッン・・・と、ジェダイが振るうライトセイバーのような唸り声で楯無を威嚇する。

 

「其れも良いかもしれないわね。でも・・・その前に、少し冷静になったらどう?」

 

「阿?」

 

彼女の言葉に疑問符を浮かべる春樹だったが、よくよく辺りを見れば・・・いや”聞けば”、ビー! ビー!と試合終了を告げるブザーが鳴っているではないか。

 

「結構前にブザーを鳴らしたんだけど・・・その様子だと、聞こえていなかった様ね」

 

「・・・・・知るか・・・」

 

「・・・え?」

 

「そんな事、知ったこっちゃねぇッ!! 折角、”気持ち良うなって来た”って言うんに・・・もう少しでエエ感じに成れた筈じゃったのにッ・・・何をテメェ邪魔してんじゃ、こんボケェッ!!」

 

鳴り響くブザー音が気に喰わないのか。春樹は突如として声を荒らげ、掌へ高速回転するビームをリング状に形成する。

この彼の行動に「えッ、ちょっと!?」と楯無は身構えた。

 

「清瀬君、試合は終わったのよ。それも君の勝利と言う形でッ」

 

「何が試合じゃッ・・・そりゃあそっちの都合で始めたもんじゃろうがな。じゃったら、終わらせる権利は俺にある筈じゃ!! 其れに『勝ち』じゃと? おいおいおい、ソイツはまだ・・・”生きとる”じゃろうがな」

 

春樹はそう言いながら、膝から崩れ落ちている一夏を指差す。

 

「確実なトドメを、完全なるトドメをッ・・・刺してやる、刺してやる、刺してやるッ!!」

 

「ガルルルッ!」と、彼は獣のような唸り声を上げる。

何故、春樹がこんなにも興奮しているのか。其れはやはり楯無にフィニッシュパターンを邪魔された事が大きな要因だろう。

 

当初、彼は一夏との模擬戦闘に乗り気ではなかった。

だが、戦っていく内に春樹の感情は大きく昂って行き、彼の内にある凶暴性のスイッチが入ってしまった。

・・・”食事”を邪魔された事に”獣”は大きな怒りを顕わにする。

 

「・・・そう。君がその気なら、お姉さんにも考えがあるわ」

 

「考え? もしかして、そりゃあ俺の周りをフワフワ浮かんどる”水粒”の事をよーるんか?」

 

「!」

 

春樹の言った言葉に楯無は少し目を見開く。

彼の言った水粒とは、楯無がもしもの為と散布していたナノマシンで構成された霧の事であった。

 

「『清き激情』と書いて『クリア・パッション』と読むんじゃったかなぁ? 確か、ナノマシンで構成された水を霧状にして攻撃対象物へ散布。そんでもって、其のナノマシンを発熱させることで水を瞬時に気化させ水蒸気爆発を起こす・・・そうじゃよなぁ?」

 

「ッ・・・どうしてそんな事を知っているのかしら?」

 

「おいおいおい、簪さんの打鉄ちゃんのブースターを組み立てる時にアンタの専用機を応用した事を忘れたんか? 調度そん時、”偶然”にも知る機会が有ってのォ」

 

「覗き見なんて・・・悪趣味ね」

 

「あぁ、俺もそう思う。此れじゃあ、妹の部屋に盗聴器や隠しカメラを設置する輩と同じじゃのぉ」

 

「・・・ちょっとッ、その話は今関係ないでしょ!」

 

「おんやぁ? 別にアンタの事なんて、一言も言うとらんのんじゃけど・・・そねーな顔をする言う事は・・・・・んん?」

 

「こ、このッ・・・!」

 

二ヤツいた春樹の嫌味ったらしい笑みに楯無はナノマシン内部の温度を上昇させていくのだが・・・・・

 

≪・・・お姉ちゃんッ?≫

 

「か、簪ちゃん!?」

 

管制室から、静かでありながらドスの効いた簪の声が聞こえて来るではないか。

 

≪春樹・・・どういう、事?≫

 

「さぁのぉ。つーか本人がそけぇ居るんじゃけん、聞いてみたら?」

 

「ちょっと! 清瀬君、君ッ―――≪ちょっと、お姉ちゃんッ?≫―――は、はい!」

 

≪あとで・・・ううん。やっぱり、今・・・話があるんだけどッ?!≫

 

「ひぃいい!!」と声は出さなかったが、怯えた感情が楯無から伺えた事に春樹は「阿破破ノ破!」と笑ってしまう。

この学園の生徒会長であり、大国ロシアの国家代表である彼女が妹の簪にこれから怒られるであろう事が面白くて堪らなかった。

 

「破破破破破ッ。俺、帰るわ」

 

「えッ!? 君、まだ戦うんじゃなかったの?!」

 

「いやぁ~なんか、興が逸れたわ。其れに、アンタにゃあ俺よりも厄介な相手が居るようじゃしなぁ」

 

≪・・・春樹ッ?≫

 

「おっと、目を付けられる前に退散すらぁ。じゃあ、其処でクタバリかけとる野郎の片づけ頼んだで」

 

「あッ、ちょっと!!」

 

「ほいじゃあのぉ~」とそう言って、先程のシリアスが幻だったかのようにさっさとアリーナから退散してしまう春樹。

≪彼にして遣られてしまいましたね、会長?≫と笑い声を抑える虚の声に楯無は「ぐぬぬッ」と楯無は歯噛みするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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74話

 

 

 

「・・・・・ぁ・・・ッ・・・ここ・・・は?」

 

「「一夏!」」

 

アリーナで行われた模擬戦闘から一時間後。

膝から崩れ落ちた状態で気絶してしまった一夏が目を開けた時、彼の網膜に映ったのは夕焼け色に染まった保健室の天井と自分を心配そうに呼ぶ箒と鈴の顔だった。

 

何故にこの二人が此処に居るのか。

其れは意識を失っていた一夏を保健室へ送っている最中、偶然にも出会ってしまったからである。

 

「・・・俺・・・一体・・・?」

 

「覚えてないの、自分に何があったのか?」

 

「え?・・・あッ・・・!!」

 

「思い出したか?」

 

自分に何が起こったのか、気づいた様に声を上げる一夏に対して「一体、何があったんだ?」と箒は問いかけた。

 

「何がって、別に・・・なんでもねぇよッ」

 

「うそを吐くな、眉間にシワが寄っているぞ」

 

「うッ・・・」

 

「何? 一夏、アンタ誰かに突き落とされでもしたの?!」

 

「そ、そんな訳ないだろッ。俺は、別に―――――ッ・・・!!」

 

何だか事を大事にされそうな予感がした彼は否定の言葉をしようとするのだが、一時間前にあった忌まわしい出来事が脳裏を過ぎ去った。

この記憶に躓いて言い淀んでいる一夏に「本当に誰かに突き落とされたのではないか?」とあらぬ誤解が二人の間で芽を出し始めた。

こうなると『一夏を突き落とした犯人』としてブッチギリの最有力候補に真っ先に挙げられるのは春樹であろう。

・・・日頃が日頃故、不憫な男である。

 

「あーら。漸くお目覚めね、王子様」

 

「ッ!」

 

そんな中、そう言って閉ざされたカーテンを開いて現れた楯無に一夏はギョッとし、目を見開く。

その表情が気になったのか、「ん?」と箒が頭に疑問符を浮かべた。

 

「あッ、会長。今回はどうもウチの一夏がお世話になりました」

 

「えぇ、別にいいのよ。困ってる生徒を助けるのが、生徒会長である私の役目だからね。そうでしょ、織斑君?」

 

「え・・・あッ、あぁ・・・はい」

 

「なんだ一夏、その間の抜けた返事は? なにか、おかしいぞ」

 

「い、いや・・・別に、なんでもねぇよ・・・」

 

未だアリーナで起こった出来事のショックを受け止め切れていないのか。心ここにあらずな彼に対して、楯無はここぞとばかりに本題を切り出す為の前置きを並べる。「ところで、話があるんだけど・・・いいかしら?」と。

とても先程まで簪から小一時間説教を喰らい、メンタルがズタボロとは思えない程の艶やかな微笑みを浮かべて。

 

「話? 話とはなんだ?」

 

「あー。別に君じゃなくて彼・・・織斑君と二人っきりで話がしたいんだけど」

 

「なによ、一夏と話って。それも二人きっりでって・・・」

 

「あら? 私・・・何か変な事言った?」

 

楯無が何気なく言った言葉で二人の態度は明らかに豹変し、目から笑みが消える。

之には流石の楯無も頬を引きつらせるが、意外にも彼女の突破口を開かせたのは一夏であった。

 

「箒、鈴・・・すまないけど、会長と話をさせてくれないか」

 

「一夏ッ?」

 

「彼はこう言って言ってるんだけど?」

 

「なんだ、その話と言うのは? 幼馴染である私が居ては不都合な話ではあるまいな?」

 

「う~ん、そうね・・・」

 

だが、その突破口も二人の睨み眼に潰されてしまい、増々疑いの目を向けて来る。

こんな箒と鈴に楯無は春樹とは違った手の面倒臭さを感じ始め、彼女はもう本題を斬り出すことにした。

 

「この生徒会長である私が一肌脱いで、直々に彼へ特別授業をつけてあげようと思っ―――「断る」―――・・・ちょっと、篠ノ之さん? 君には聞いていないんだけど?」

 

「一夏にはもう私と鈴が付いている。これ以上の鍛錬相手はいらん!」

 

「へぇ~、そう。私はお邪魔虫って事ね、なら―――「ッ、待ってくれ!」―――あら?」

 

特別授業に断固拒否の構えを取る箒に対し、容易に引き下がろうとする楯無を引き留めた一夏。

そんな彼の口から出た次の言葉は「受けます・・・会長の特別授業を」だった。

 

「一夏!?」

 

「ちょっと、アンタ本気なのッ?」

 

「あぁッ・・・それで強くなれるならな」

 

「・・・そう。なら、決まりね」

 

真剣な眼差しの一夏に優しく微笑む楯無。

「”彼”もこんなに素直だったら良かったのに」と彼女は不気味な笑い声を響かせる男を思い出した。

 

・・・因みに。

この後で「なら、私達も!」と箒と鈴がこの特別授業に割り込んで一騒動起こったのは、別の話。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

一方その頃。

 

「阿”ぁ~・・・疲れた・・・ッ」

 

異様に疲労感漂う溜息を漏らしながら、春樹は帰路を歩んでいた。

彼がこんなにも干乾びた中年の様なかすれ声を出すにも理由がある。其れは余りにも今日一日が”濃過ぎた”為だ。

まるで一週間の出来事を二クールのアニメにされたように濃かった。

 

朝は、生徒会長の楯無から全校生徒に向けてとんでもない暴挙が宣言され。

昼は、そんな暴挙が大きく捻じ曲げられた噂話が校内中を駆け巡り。

放課後は、元凶となった楯無の口車に乗せられた一夏と試合をやらされた。

 

特に放課後の部分が春樹には酷く堪えた。

普段から嫌悪の対象として見ている一夏を公然とボコボコに出来る機会があったまでは良かったのだが・・・計算違いだったのは、春樹が一夏に対して本気を出す程ではなかった事だろう。

小手先調べのジャブ程度の攻撃で勝敗が決まってしまった事は、ハッキリ言って消化不良である。

春樹の身体には、行き場のない感情がグルグル巡って仕方がない。

 

こんな酷い日にはいつも飲んでいるウィスキーではなく、ウォッカのような火酒を飲むのが一番だ。

そんな酒を飲む前にやるべき事がある。

最初は、部屋に備え付けられたシャワールームで今日の皮脂汚れを洗い流す事だ。

 

ここで試合で火照った身体と熱くなった心を冷たい水で冷やし、ついでに専用機の洗車(?)も兼ねて琥珀を身体に纏っておく。無論、全裸で。

 

身体と琥珀を水で洗い流した後は、昨日から予め用意していた甚平に身を包んで、南京錠のかかった冷蔵庫を開ける。

中にはキンキンに冷やされた酒瓶たちが勢揃い。

春樹はそんな”彼女達”を見ながら舌なめずりをし、丸氷を入れたグラスへ溢れんばかりに並々注ぐ。

そして其れを一気にグッと飲み干す・・・前に今夜見る映画をセットする為、テレビの前へと向かったのだが―――――

 

「・・・阿”ッ?」

 

・・・ベッドの中に誰かいる。

毛布を被っており、顔は解らないが・・・大体誰なのか彼には見当がついていた。

 

「はぁ・・・何をしょーるんなん、君は!―――って、ィいッ!?」

 

毛布をバッと剥いで見れば、其処には彼の思った通りの人物がくぅくぅ寝息を立てているではないか。

だが予想外だったのは、彼女が今朝方洗濯機へ放り投げた筈の春樹の甚平を一枚だけしか着ていなかった事だけだ。

 

「ん、んー? おぉー・・・おかえり、春樹」

 

眠気眼を擦りながらボヤけた声で彼を迎えたのは、紺の甚平に良く映える長い銀髪を有したラウラであった。

その紺色の甚平一枚しか羽織っていない為、チラリと彼女の白い柔肌が垣間見える。

 

「阿ー・・・なんで君が俺の部屋に居るんかの理由は聞かん。”いつも通り”、ピッキングで鍵を開けたんじゃろう・・・・・じゃけど、なんで俺が朝脱いだ甚平を着とるんかは教えろや」

 

「ん? あぁ、お前の部屋を訪れたら調度発見してな。春樹の良い香りがするので、堪能させてもらっていたのだ!」

 

「威張んなや、このおわんごッ! あと、着るんならちゃんと着んさいや!! 目のやり場に困ろうがなッ!」

 

エヘンと少々変態じみた持論を述べるラウラに春樹は、酒も飲んでいないのに頬を紅に染めて目を片手で覆う。

 

「ん~? 何を照れておるか、私とお前の中だろう」

 

「『親しき中にも礼儀あり』言う言葉が有ってじゃな。つーか、君ってそんなキャラじゃったか!? 初登場の尋問口調の少佐殿は何処へ行きよった?!!」

 

「むぅッ・・・時々私を階級名で呼ぶな、お前は。春樹の前では私はただのラウラだと言うのに・・・そう、つれない事を言うな・・・ッ」

 

「あッ・・・ごめんな、ラウラちゃ―――「隙あり!」―――のわッ!?」

 

悲しそうな声を出すラウラに何故か謝罪の言葉を述べた直後、ラウラは春樹の手に握られたウォッカを奪取しようと飛び付いた。

しかし、流石はヴォーダン・オージェ完全適応者か。春樹は瞬時に彼女の銀髪アンテナがあるデコッぱちを掴む。

二人には二十㎝以上の身長差がある為、ラウラはこれ以上の接近は出来ないのだった。

 

「むぅ~! 手を離せ、春樹! そして、その手に持っているアルコールを渡せ!! 毎日毎日、お前は飲み過ぎなのだッ!!」

 

「喧しいッ! 俺の一日の終わりを奪おうとは、なんて不貞野郎・・・いや、女郎じゃ!!」

 

「夫の身体の心配しない妻が何処にいると言うのだ?!!」

 

「そもそも夫婦じゃなかろうがな、俺らぁはッ!!」

 

「問答無用ッ!!」

 

ついにラウラは専用機であるレーゲンを部分展開した強行手段に打って出た。

「ず、ずりーぞ!!」と、のたまう春樹をベッドへ押し倒し、無理矢理組み敷くラウラ。

彼女は「むふふッ、良いではないか良いではないか!」と何処で覚えて来たかは知らない言葉を発しながら春樹からウォッカを奪う。

そして―――――

 

「ぎゅーッ!」

 

「ッ!!!??」

 

―――彼の頭を自分の胸へと埋めてしまったではないか。

この予想だにもしていなかったラウラの行動に春樹は思わずフリーズしてしまう。

だが、彼女の行動は之だけに留まらない。

 

「春樹・・・今日も良く頑張ったな」

 

「!・・・ッ・・・」

 

ラウラは固まってしまった春樹の頭を部分解除した白魚の様な掌で優しく撫でる。

まるで母親が愛おしい我が子を撫でるが如く、優しく優しく、其れは慈愛に満ちたように彼の頭を撫でた。

またしても予想だにしていなかった彼女の行動に春樹は身動きが取れず、ただラウラの成すがままに撫でられるばかりだ。

 

「お前はよく頑張っている。だから、あまり無茶するんじゃない」

 

「ッ・・・・・うん・・・」

 

ラウラから撫でられる度、春樹の強張った筋肉が徐々にほぐれて行く。

最近・・・と言うかこの学園に入ってからと言うものの、彼の人生はこれ以上ない程に乱高下が激しかった。

春樹は苦しい事が多いこの学園生活を此れまでカラ元気と酒の勢いだけで乗り切って来た。

 

肉が裂かれては、酒を飲み。

骨が砕かれては、酒を飲み。

血が吹き出しては、酒を飲み。

心がひしゃげては、酒を喰らい。

酒に次ぐ酒を飲んでは、酒に溺れ。

酒が無くなれば、激しい渇きと喪失感に際悩まされ。

其れを埋めて潤す為にまた酒を喰らう。

 

人間の身体の七割が水分で構成されていると言われているが、春樹の場合は身体の五割がアルコールに満たされていると言っても過言ではない。

・・・そんなアルコール依存症重度の男が今、ラウラからの抱擁によって確りと握った筈のグラスを零れ落とす。

 

「・・・ぅうッ・・・しんどかったよぉッ、辛かったよぉ・・・ッ!!」

 

度数90%のアルコールがシーツに染み込んで行く隣で、春樹はか細いラウラの背中へ両腕を回し・・・泣いた。

前の世界から数えて二十代半ばの年月を超える男が、軍属と言えど二十にも満たぬ十五の少女の胸の中で静かに泣いた。

そんな彼をラウラは「よしよし」と慰めると、おもむろに春樹の頭を嗅いだ。

 

「くんくん・・・春樹、お前はなんだかいい匂いがするな」

 

「ぇ・・・そうかのぉ? 新しゅう買い替えたシャンプーの匂いじゃねぇんか?」

 

「・・・いや・・・違うな・・・ッ!」

 

「!?」

 

何故か突然、ラウラは自分の背中に回されていた春樹の腕を掴むと、そのままマウンティングをとった。

 

「えッ、ちょっ・・・ラウラちゃん?!」

 

着ていた甚平の紐が緩かったのか、完全にほどけてしまい・・・チラ見どころの騒ぎでは済まない程に肌がハラりと露出する。

彼女の美しい柔肌から真っ赤に茹で上がったタコの様な自身の顔を春樹は背けようとするのだが、其の頭をラウラはガッチリと掴んで自身へ向けた。

 

「いい匂いだ。とても・・・とてもとても、とてもとてもとても・・・いい匂いだ・・・ッ!」

 

「うへぇッ!!?」

 

彼の頭を両手で掴んだラウラは血涙を流しそうなほどに血走った灼眼と光が漏れる程に眩しく輝く越界の瞳を向け、春樹の首筋にガブリッと喰らい付いた。

 

別に・・・喰らい付いたと言っても肉食獣が牙で肉を抉るようなものではない。

どちらかと言えば、幼子がアイスクリームを頬張るように歯を添わせてベロリと舌で皮膚を撫でたのである。

 

「甘い・・・まるで砂糖菓子のように甘いな、お前は。春樹がこんなにも甘かったとは知らなかったぞ、私は」

 

「ちょっと待て! かなり待ってくれ、ラウラちゃん!! 眼がッ、目が完全に正気じゃないでよッ!!」

 

「正気? 想い人の男を慕う女が正気な訳があるまいッ!」

 

「ヒッ、ひぃぇええ!!?」

 

『喰われる』。

春樹はそう思わずにはいられない。まるで蛙が蛇に飲まれる瞬間を味わっている気分だった。

抵抗しようにも、あのか細い腕からは想像も出来ないほどの万力の力で拘束を解く事が出来ない。

 

「大丈夫だ、天井のシミを数えている間には終わらせてやる。それまで大人しくしていれば、お前の肌を傷つける様な事はしないぞ」

 

「おいおいおい! そう言うシチュエーションじゃあ、普通立場が逆じゃろうがなッ!!」

 

「五月蠅いッ、問答無用だ!」とラウラに身包みを剥がされる春樹。

あわや此れまでかと思われた・・・その時だった。

 

「春樹、いる?」

 

「「!」」

 

トントンと部屋のドアをノックする音とラウラのルームメイトであるシャルロットの声が聞こえて来るではないか。

之に「・・・ッチ」と舌を鳴らしたラウラは身なりを整え、ドアの前へと歩んで行く。

 

「・・・春樹」

 

「は、はい!?」

 

「続きは、また今度だ」

 

「ふふッ」と普段では到底みられない妖艶な笑みのラウラに春樹は不覚にもドキリッと胸を高鳴らせる。

 

「あッ、春樹―――――ッじゃない!? なんでラウラがここに居るのかな?!!」

 

「別にいいだろう」

 

「よくないよッ! と言うか、その服は?!」

 

「ん? あぁ、春樹の着ていた甚平なるものだ。良い香りで、春樹に全身を抱きしめられている感触がするぞ」

 

「だ、だだ、抱きしめられッ!!? ちょっと春樹ッ、どういう事なのかな?!!」

 

玄関先で叫ぶシャルロットの声に春樹は「・・・・・知らんがな」と弱々しい声で何とかツッコミを入れるのだった。

若干回復傾向にあった春樹のSAN値は急転直下の降下状態。

こんな具合で、彼は学園生活を乗り越えられるであろうか。

 

〈大丈夫か・・・・・なんて言葉は愚問だな、ハルキ〉

 

そんな春樹をハンニバルは嘲笑うかのようにほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 






・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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75話

 

 

 

あのキャス狐もどき・・・もとい我らが学園の生徒会長閣下からとんでもねぇ宣言がされてからと言うものの、俺は自分の部屋に引き籠るようになった。

 

理由としては二つある。

一つ目は、担任の織斑先生のえろうキツイ眼から一刻も早く逃げる為じゃ。

『学園祭では、先生らぁもメイド服』言う俺の思案は、一組連中を巧う巻き込んで実現に漕ぎ着ける事が出来た。

ソースとしては、『あっちこっち』で『御庭 つみき』に猫の着ぐるみを着せる事に成功した『戌井 榊』と『片瀬 真宵』の「あ~ぁ、残念だぁ~。ションボリだぁ~」じゃ。

「き・・・着ればいいんだろうッ!!」と、ブリュンヒルデ先生が叫んだ時には、俯きながら皆で「・・・計画通り!」と口角を引きつらせたんはエエ思い出じゃ。

ざまぁ見ろ。

 

二つ目は、勝手に仕組まれた試合で織斑豚野郎に勝ったんにも関わらず、「生徒会に入らない?」と誘って来る会長閣下から、これまた逃げる為。

 

アイツらぁの目の届かん所で、俺が何しようと別にえかろうがな。

こっちは長谷川さんや学園長に迷惑かけんように細々やりょーるのに、なんであの人は態々火を焚きつける様な真似をするんじゃろうかのぉ?

今度、あのいやらしい眼と猫なで声の口調で来たら簪さんにチクってやろ。

 

そんなこんなで、俺ぁ学園で受ける授業以外の時間は部屋に亀みたいに籠とった。

部屋に引き籠っとる間にやる事と言えば、忙しゅうて今まで見られんかったアニメを見たり、琥珀ちゃんにアニメの戦闘シーンを戦闘データとして取り込ませたりした。

特に『ULTRAMAN』や『ONEPEACE』、『はじめの一歩』のデータは一対一でやるIS試合で役立つじゃろうとよーけぇ入れ込んどいた。・・・別に趣味とかじゃないで。

趣味じゃったら『スター・プラチナ』の『オラオララッシュ』とか、『ザ・ワールド』の『無駄無駄ラッシュ』を入れ込んどらぁ。

之を酒でも飲みながらやれたら、えかったんじゃけど・・・そう巧くいかんのが世の常じゃ。

 

引き籠りの俺ん部屋を毎日のように訪れる物好きがおった。

一人目は、俺に酒を飲まさまぁ飲まさまぁとして来るラウラちゃん。

「酒ばかり飲んでいたら、身体を壊すぞ!」と、一杯二杯は許してくれるが其れ以上は飲ませてくれん。

・・・加えて時折、俺をなんか脂ぎった目で見て来る。なんか、きょーてぇー。

 

二人目は、頼んでもいねぇのに食事を作りに来てくれるシャルロットじゃ。

この子は引き籠りがちの俺に栄養バランスじゃー言うて野菜多めの料理をよーけぇ食わして来る。

・・・まぁ、飯ウマなフランス料理じゃけん苦ではないし、そねーなシャルロットに触発されてラウラちゃんも美味い料理を作ってくれる。

じゃけど、この子も俺に酒は御猪口一杯ぐらいしか飲ましてくれんけどな。

・・・あぁ、酒が飲みたい。せめて湯呑み一杯ぐらいは飲みたいでよ。

 

「一組であの織斑くんの接客が受けられるって、マジなの!?」

「マジマジッ! 其れも燕尾服のバトラー姿で対応してくれるって話よッ!」

「しかも、ちょっとしたゲームに勝ったら記念撮影もしてくれるんだって!」

『『『なにそれ、マジヤバくね!?』』』

 

「・・・はぁー・・・ッ」

 

そねーなアルコール依存症の発作が出るか出んかのギリギリの状態の俺を唯一慰めてくれるんは、まだオープンもしてねぇのに教室の前で行列を作る色目気だった女生徒共に対して溜息を吐く織斑の野郎の怪訝な表情じゃ。

 

実に、実に安らぐ。

これからコイツが、自分の綺麗な顔に引きつった笑顔を張り付けて苦しむ事になるんが楽しみでしょうがない。

 

「阿破破ノ破ッ」

 

「・・・春樹さん、また悪い顔して。そんなに一夏さんが苦しむ顔がお好みで?」

 

「応ッ」

 

「まぁ、なんて良い笑顔。ハァ・・・その調子で接客も頼みますわよ」

 

なんか、セシリアさんから呆れ顔で注意を受けたでよ。

じゃけど俺、接客をやるつもりねぇしな。其れに嫌われモンの俺よりも、皆から好かれとる野郎がやった方がえかろうに。

 

「おっと、もうすぐ開店時間じゃ。さてと、気を引き締めますかな」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

いよいよ今日は待ちに待った学園祭当日。

世界最強の兵器であるISを扱うとは言え、九割を超える女子率を有するIS学園は熱気に包まれていた。

其れに加え、今年は例年とは違って男子がこの学園に居る為、彼女たちの熱気にはある種の『スゴ味』が感じられるほどの雰囲気が感じられる。

そんな熱に浮かされた彼女達が真っ先に向かうのは、噂の男子生徒がいる一年一組の『ご奉仕喫茶』だ。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

・・・と、扉の入口では燕尾服に身を包んだ一夏が長蛇に並ぶ最前列を歓迎する。

この時点で気をやられて鼻血を吹いた生徒は数知れずで、其の反応に一夏は困惑気味に口角を引きつらせた。

そんな魔の入口を抜けた先では、メイド服に身を包んだ一組生徒達が接客をしている。

 

・・・因みに。シャルロットだけ、一夏と同じ燕尾服に身を包んでいる。

何故かと言うと彼女の男装の件から執事役が似合うのではないかと言う案が飛び出し、満場一致で可決されたからである。

この事にシャルロットは不服であったが、「ええがん、君はああ云うんが似合うんじゃけん」と春樹から説得されて着る事を渋々了承。

其のせいか、一夏の後に出迎える男装麗人執事シャルロットにノックアウトされる女生徒が続出する事となった。

 

「わーッ! 忙しい忙しい!!」

「ちょっと、さっき注文したヤツはまだなの?!」

 

この大盛況の御蔭か、厨房は接客場よりも苛烈な状況下に置かれていた。

捌いても捌いても一向に減る様子どころか、増えて行く客数。

予想を大きく上回る盛況ぶりに、サボって一夏の燕尾服姿を見ようと画策していた連中はパニック寸前状態に陥っていた。

 

「・・・皆ッ、一旦手を止めんさい!!」

 

『『『!?』』』

 

そんな天手古舞な状況下に陥っている場に大きく男の声が響いた。

皆の視線を追えば、その先に居たのは皿洗いの為に腕をまくった春樹が「ヤレヤレ」と腰に手をやっているではないか。

 

「皆、とりま落ち着けや。最初にやった手筈通りにやりゃあエエんじゃけん。慌てるこたぁなかろうが」

 

「で、でも!」

 

「こーいう時はホントにパニくったヤツからヘマをやらかすでよ。本格的にパニックになる前に一拍呼吸を吐いて、情緒を落ち着かせんさい」

 

「う・・・うん」

 

「すぅー・・・はぁ~・・・」と春樹に言われた通り、深呼吸を行う生徒達。

その呼吸で情緒が少しは安定したのか。彼女達の表情から焦燥感が引いて行った。

 

「さて・・・一拍おいた処で作業再開じゃ。鷹月さんと谷本さんらぁAチームは配膳、夜竹さんと相川さんらぁBチームは調理じゃ。あと、重てぇもんが有ったら俺を呼びんさい!」

 

『『『はッ、はい!』』』

 

こうして彼は大慌てとなっていた彼女達を沈める事に成功する。

何故、春樹がこの様な事が出来たのか。其れは彼が無意識の内に『言葉』を『武器』としてガンダールヴに認識させたからだ。

これによって、彼の放った言葉は一種の催眠効果を持つ事となった。

 

「・・・なんか皆、えろう素直じゃのォ?」

 

こんなスゴ技をしていると言うのに無意識な為か、普段ならば起きない不思議な事柄に春樹が首を傾げる春樹。

そんな彼を尻目に「は・・・春樹・・・ッ!」と血相を変えた簪が厨房に入って来たではないか。

「なんじゃあ、どーしたんなら?」と怪訝な顔をする春樹に彼女はただ一言こう言った。

 

「は、春樹・・・お客さんから・・・”ご指名”だよッ・・・!」

 

『『『・・・え!!?』』』

「・・・・・阿ッ?!!」

 

簪から出た信じられないような言葉に春樹のみならず、厨房に居た全員が驚嘆の表情を浮かべた。

 

「・・・あッ。あぁ、そうか! 俺を指名する言う事は、IS統合部の人らぁが遊びに来―――「ううん、違う人。それも・・・女の人だよ」―――へッ?」

 

素っ頓狂な声を上げる彼を余所に皆は「誰だ、誰だ」と厨房からホールを覗き、春樹を指名して来た女性客を探す。

そして、「・・・あの人」と簪が示したお客に再び皆は「えッ!!?」と仰天の声を上擦らせる事となる。

何故ならば・・・其のテーブル席に長い脚を組んで座っていたのは、モデルのような容姿と鮮やかで艶やかな金髪を持った美女が居たからだ。

その人物は、明らかに周りにいる生徒とは違った『大人の女』特有の色気を漂わせていた。

 

「・・・誰ェッ???」

 

「えッ・・・春樹、知らないの?」

 

「知らんわ、あねぇーな美人! つーか、ホントに俺を指名したんか? 織斑の野郎と間違えとりゃあせんかッ?」

 

予想外の出来事に今度は春樹がパニック状態へ陥る。

そんな慌てる彼に簪は「ううん・・・あの人、ちゃんと「清瀬 春樹をお願いね」って・・・」と宣告を下す。

 

「ええぇッ、ホントかよぉ・・・! ヤベェ、完全にマニュアル外じゃがな。どーすりゃあエエんじゃ・・・?!!」

 

「春樹さん」

 

狼狽える彼の肩を叩く人物が一人。

振り返ってみれば、其処には満面の笑みを浮かべたセシリアが春樹に何かを差し出しているではないか。

 

「あの・・・セシリア、さん? なんぞ、コレ?」

 

「こんな事もあろうかと予備の燕尾服を用意していましたの。・・・勘の良い春樹さんならば、私が言わなくてもお解りになられると思いますが?」

 

「・・・因みに聞くけど、拒―――「ありませんわ」―――・・・最後まで言わしてもくれんのね・・・」

 

「はい。それにアドリブは春樹さんの得意分野・・・でしょう?」

 

この時、春樹はこの場から退散しようと逃走ルートを確認したのだが・・・既に逃げ道は事態を勘繰った生徒達の悪ノリによって潰されていた。

 

「・・・セシリアさん・・・君、狙撃手よりも指揮官の方が向いとるんじゃない?」

 

「ホホホッ、御誉めに預かり恐縮ですわ」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「お待たせ致しました、お客さ―――・・・いえ、お嬢様。当喫茶の第三執事の清瀬 春樹でございます」

 

「あら・・・こんな私でも『お嬢様』と呼んでくれるのね?」

 

ほぼ強制的に燕尾服を着させられ、頭に整髪料をつけられ、琥珀色の右目を隠す為に黒いモノクルを掻けた春樹は、自分を指名した人物の前へと佇んで首を垂れた。

『馬子にも衣裳』ではなく『”駄馬”にも衣裳』と自分を内心の客観視で卑下する彼を横目に彼女は「うふふ」と艶やかな笑みを浮かべる。

其の笑みは周りにいた同性の生徒達も思わずうっとりする様な表情だったが、彼女の素性を知らぬ春樹には不気味に映った。

 

「破破破ッ、御戯れを。・・・それで、ご注文は如何なさいますか?」

 

「そうねぇ・・・・・じゃあ、この『執事にご褒美セット』をお願いできるかしら、執事さん?」

 

この注文に春樹は思わず「阿”ッ?」とドスの効いた声が出そうになった。

上記の品は、皆に楽しんでもらう(一夏に苦しんでもらう)為に彼が提案したものだったのである。

春樹は此れを「か、かしこまりました。少々お待ちください」と口元を引き攣らせながらキッチンテーブルへと戻って行く。

 

「ふふふッ・・・すいません、春樹さん。笑っては駄目なんでしょうけれど・・・『自業自得』と言うものですわね。ふふふッ」

 

「頑張ってね、きよせん」

 

「あぁ・・・ありがとう(・・・覚えとれよ、セシリアさん!!)」

 

厨房から注文の品のハーブアイスティーと冷やされたアイスポッキーのセットである『執事にご褒美セット』を受け取った春樹は、意を決してテーブルへと足を進めた。

 

「お待たせ致しました、『執事にご褒美セット』になります」

 

「ありがとう」と注文の品を受け取った彼女に対し、春樹はこのまま厨房へ逃げ帰りたい。だが、彼はそんな心を押し殺しつつ彼女の正面へ腰かけた。

 

実はこの『執事にご褒美セット』なるものは、客がスタッフに対してお菓子を食べさせると言った内容だったのである。

・・・一体、どこのホストクラブだ。

 

「うふふ。それじゃあ早速―――「その前に少し宜しいでしょうか?」―――・・・何かしら?」

 

「お嬢様は・・・私と面識がありましたでしょうか?」

 

パフェグラスからポッキーを手に取った彼女に春樹は前置き無しの直球的な質問を問いかけた。

世界的に有名な世界最初の男性IS適正者にしてブリュンヒルデの弟である一夏ではなく、彼を訪ねて来たという事は何らかの裏事情に関わっている。

春樹としては、『ベルギーの一件』に関わっていない事を祈るばかりだ。

 

「あら、酷いわ。あんな”激しい夜”を忘れるなんて」

 

そう艶やかな笑みを浮かべて彼女は返答するのだが・・・目の前に居る彼に対し、この対応は間違っている。

一夏ならば、「あわわッ!?」と顔を真っ赤にして慌てふためくだろうが・・・春樹は違う。

 

「・・・・・阿”?」

 

ドスの効いた声と共に二人掛けテーブル下からカチリッと撃鉄を起こす金属音が木霊する。

冗談を冗談だと解った上でいつでも相手を仕留める迎撃態勢をとるのが、この男だ。

 

「・・・正気? こんな人だかりで私を撃とうって言うの?」

 

「”覚悟”の上じゃ。其れにお嬢様、アンタを逃して周囲の皆に危険が及ぶ事の方がヤバかろうがな」

 

引き金に手をかけ、ニコリと春樹は口角を上げる。・・・だが、その眼は明らかに獲物を射程距離内に捉えた獣其の物であった。

幾ばくかの無言が二人の間で続けられた後、「・・・・・解った、解ったわ。私の負けよ」と彼女は両手を上に挙げた。

 

「・・・それじゃあ、お嬢様。アンタの正体を教えて―――「おや、来ていたのか」―――阿”?」

 

これから目の前の人物の正体に迫ろうかと思った、その時。背後から聞き馴染んだ声が聞こえて来たので、振り返ってみると・・・

 

「あら、”千冬”。随分と可愛らしい恰好をしているじゃない」

 

「ッ、しまった・・・メイド服を着ていた事を忘れていた・・・!!」

 

春樹と一組生徒の策に嵌まってしまい、自身をゴシック調のメイド服に身を包んだ千冬が居たのである。

そんな彼女を正体不明の人物は親しそうに下の名前で呼んだのだ。

 

「阿ぁッ? 織斑先生ェ、この人の事を知っとるんですか?」

 

「なに? 知ってるも、なにも・・・清瀬、お前も会った事があるだろう」

 

「・・・はぁ?」

 

千冬の言葉に春樹は疑問符を頭にこれでもかと並べたてる。

彼がどんなに記憶の断片をひっくり返してみても、思い当たる人物が該当しなかったのだから。

 

「無理もないわよ、千冬。彼は私を助けた後、意識を失ってしまった聞いていたから」

 

「其れを解った上でからかう様な真似をするな、『ナターシャ』。コイツはその手の冗句が嫌いな男だ」

 

「は、えッ・・・え? どういう事?」

 

相変わらず疑問符を浮かべる彼に”ナターシャ”と千冬から呼ばれた人物がキチッと敬礼を構えと微笑みを浮かべ、こう言った。

 

「私はアメリカ合衆国軍所属のISパイロット、『ナターシャ・ファイルス』。・・・と言ってもアナタにはシルバリオ・ゴスペル、『銀の福音』の”搭乗者”と言った方が解るかしら?」

 

「・・・・・えッ!!?」

 

謎の人物の明かされた正体に春樹は素っ頓狂な声と共に目を見開く。

『銀の福音事件』から二か月以上経って漸く、影の英雄とその英雄に救われた戦乙女は会合を果たすことが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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76話

 

 

 

「えッ!? あ、貴女が”彼女”の・・・いや、銀の福音のパイロ―――――ッ、ゲフンゲフン!!」

 

目の前の人物が『銀の福音事件』で、自身と戦っていた機体の”中の人”だという事に驚嘆の声を上げる春樹だったが、急に彼は咳ばらいをした。

何故ならば、かの事件は極秘中の極秘案件となっている事件。こんな人だかりである場所で叫ぶわけにはいかないと思ったのだろう。

 

「大丈夫よ、清瀬くん。そんな気遣いしなくても、私達の代わりに千冬が目を引いてくれるから」

 

「阿?」とナターシャの言葉に疑問符を浮かべる春樹だったが、直ぐに其れを理解する事が出来た。

 

「み、みみ、皆見てッ!! 千冬様のメイド姿よ!!」

「流石は千冬様ァッ! 私達よりもメイド服を着こなしていらっしゃるッ!!」

「素敵ッ、素敵す―――ッブッはぁ!!」

 

見ればメイド服を着て現れた千冬に場の視線は釘付けとなっており、黄色い叫びと鼻血による鮮血が教室に飛び散っているではないか。

この状況下で「う、うわぁ・・・ッ」とドン引きの表情を隠せない春樹に対し、「や、やめろ、お前達ッ! というか其処ッ、勝手に写真を撮るな!!」と千冬はいつもは決して見せない焦燥感漂う表情を晒していた。

・・・その表情が余計に生徒達の滾りを煽らせるとは露知らず。

 

「うふふ、千冬は何処に行っても人気者ね」

 

「『人気者』の一言で片づけるには、些か騒がしすぎますけどね。阿破破ノ破」

 

そう溜息を漏らしながら薄紅色の頬で慌てる千冬へ「ざまぁ見ろ」と言わんばかりに春樹は口角を吊り上げたと思ったら、「それでファイルスさん・・・俺に一体何の御用でしょうか?」とナターシャへ視線を移す。

彼の眼には、未だ警戒の色が伺えた。

 

「あら・・・此方の正体を明かしても、まだ警戒するの?」

 

「貴女が俺に自分の正体を明かしてくれた事には感謝します。・・・ですが、其れが警戒を解く理由にはならない。特に貴女が福音パイロット・・・米国の軍人だと猶更」

 

そう言いながら春樹はパフェグラスに入っていたポッキー一本を手の取り、彼女から目を離さずにガジガジと噛み砕いて平らげる。

そんな警戒どころか敵視していると言っても良い彼に対して、ナターシャはクスリと朗らかな笑みを浮かべてアイスハーブティーへと口をつけた。

 

「・・・何が可笑しいんで?」

 

「ふふッ。ごめんなさい、気に障ったのなら謝るわ。でも・・・下手な探り合いは結構よ。今日、私はアナタにお礼を言いに来ただけだから」

 

「お礼?」

 

「そう、お礼よ。アナタが自分の身を挺して私を救ってくれた事に対するね。はい、あーん」

 

ナターシャはそう言って理由を述べると共に春樹の口元へとへポッキーを差し向ける。

『執事にご褒美セット』は客がスタッフへお菓子を食べさせる内容な為、彼は之を断る事が出来ず「・・・あーん」と心を無にしてポッキーを食べた。

 

「ふふふ。私をあんなにも強く抱きしめてくれた人が、私の手から食べ物を啄ばむ姿は感慨深いものね」

 

「むしゃむしゃ・・・ホントにお礼を言いに来ただけなんですか? 俺にゃあ、別の意図がある様に見えますがね」

 

「・・・流石は日本政府の虎の子。アナタがそう勘繰るのも無理はないわ。でも・・・正直言うとね、私はアナタに助けられた”実感がない”の」

 

「は?」

 

「どーいう事で?」と眉をひそめる春樹にナターシャは事情を説明し始める。

IS学園の臨海学校が行われた同日、彼女はハワイ沖でアメリカとイスラエルが共同開発した軍用機体『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の実験運用の為に当機へ搭乗していた。

その最中、突如として機体が暴走。搭乗者であるナターシャを乗せたまま銀の福音は米軍の監視区域から消失した。

 

「あの子・・・ゴスペルが暴走していた時、私は意識を失っていた。その間に覚えていた事はとても断片的で・・・私がアナタの御蔭で助かったという事を知ったのは、事件から三日経ったベッドの上でなの」

 

「えぇ? 米国には福音を墜としたんは、織斑の野郎じゃっていう話を通しとる筈なんですけど・・・」

 

「”マサキ”が教えてくれたの。「貴女には真実を知っていて欲しい」ってね・・・慕われてるのね、清瀬くん」

 

「マ、サキ・・・? って・・・あぁッ、壬生さんの事か! 壬生さんと面識があるんですか、ファイルスさん?」

 

「えぇ。彼って・・・・・とってもチャーミングよね・・・」

 

IS統合対策部は開発者チームのリーダーである『壬生 柾木』の話になった途端、今までとは大きく違う表情を見せるナターシャに春樹は「・・・阿ぁッ、此れは??」と少々驚いた感情を胸の内に宿す。

 

「(おいおい・・・壬生さん、一体いつの間にこねーな美女を墜としたんじゃ。あの人、人の事を言えんでよ)阿破破破ッ」

 

「どうしたの?」

 

「いんえ。それなら調度良かったなって思いましてね」

 

「? それってどういう―――「おッ、清瀬少年!」―――ッ、え!」

 

聞き覚えのある声に春樹が振り返ってみれば、其処には学園祭の招待券を片手に此方へ手を振るスーツ姿の壬生が居た。

 

「な、なんで此処に彼がッ?」

 

「さぁ? 運命の悪戯・・・ってヤツじゃねぇですか?」

 

動揺するナターシャに内心「こねーな面白い展開になるとは・・・流石、俺。招待券を渡しといて正解じゃった」と謎のドヤ顔を見せる春樹。

そんな二人に壬生は参観日に来た父兄のような面持ちで近づいて来る。

 

「流石は我らが刃の通っているIS学園だ。一味も二味も違うな・・・って、なんだ君も来てたのか”ナターシャ”」

 

「ご・・・ごきげんよう。マ・・・マサ・・・・・ミブ・・・ッ」

 

「え!?」

 

ナターシャをファーストネームで呼ぶ壬生に対し、先程の大人の色気を漂わせていたナターシャが借りて来た猫のように大人しくなってしまう。

この彼女の様子に「さっきまで平気で壬生さんを下の名前で呼んどったのに」と春樹は呆けてしまったが、すぐに「阿破破ッ」と口角を吊り上げて立ち上がる。

 

「お帰りなさいませ、旦那様。ささ、どうぞ此方の席へ。太閤秀吉のように座席を温めておいたので」

 

「え? でも、我らが刃はナターシャと何か話してたんじゃないのか? あの事件から初めての御対面だろう? 俺は別の席に―――「アンタは此処の席以外座るんじゃねぇ」―――えッ??」

 

「ちょ、ちょっと清瀬くん!?」

 

あれよあれよと言う間に自分の座っていた席へ強制的に壬生を座らせた春樹は「それじゃあ御両人、ごゆっくり!!」とそそくさ厨房へ戻って行く。

 

「どうしたんだ、清瀬少年は? というか、ナターシャ。君もなんで急にサングラスをかけるんだ? 屋内だぞ」

 

「わ、私ッ・・・その、眩しい光に弱くて・・・」

 

「へー、そうなのか。確かに青い眼の人は黒目の人よりも光に弱いって言うしな。ナターシャの目は綺麗な青だから猶更か」

 

「き、綺麗って・・・ふ、ふふふッ・・・!」

 

自分の目を褒められて少女のようにほくそ笑むナターシャに壬生は「何か良い事でもあったのか?」とキョトンとする。

 

「ふむ。俺の与り知らぬところであねーなストロベリー案件が発生してるとはのぉ・・・・・セシリアさんや?」

 

「はいはい。なんでしょうか、春樹さん?」

 

「これより作戦コード亀を発令。『出歯亀作戦』を開始する!」

 

そんな二人を厨房の出入り口から観察していた春樹がセシリアに謎の作戦事項を開始する様に通達するのだったが、「その前に春樹さん?」とセシリアが彼に声をかけた。

 

「どうしたんじゃ、セシリアさんッ?」

 

「二人の間を進展させる前にご自身を顧みてはいかがでしょう?」

 

「阿?」

 

彼女の言うように振り返ってみれば、其処にはハイライト先輩がご退場なされた瞳を持ったラウラとシャルロットが佇んでいるではないか。

 

「春樹・・・あの女の人・・・・・誰?」

「早急な説明を要求するぞ!」

 

「えッ、どうしたんなん?!」

 

学園祭はまだ始まったばかり。

・・・・・しかし、禄でもない騒動が起きるのにそう時間は掛かりはしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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77話

 

 

 

突如として現れ出でた謎のパツキン美女・・・もといファイルスさんの接客を終えた俺は、どことなく目を潤ませたラウラちゃんとハイライト先輩がご退場された目を持ったシャルロットにとっちめられた。

二人共まさか俺が指名される事になるとは露にも思っていなかったらしく、魅惑的な色香を持って突然現れたファイルスさんに焦ったんじゃろう。

 

・・・じゃけど、彼女は俺よりも壬生さんの方に気があるみたいじゃ。

あの人、いつの間にあねーな美女とそーいう関係になったんじゃろうか?

ただハッキリと言える事は、ファイルスさんと壬生さんを引き合わせたのは俺の手柄という事だけじゃ。

 

まぁでも、いつまでも二人に変な目で見られとうない俺は、ファイルスさんが福音の搭乗者だった事を素直にゲロった。

後、彼女が俺なんかよりも壬生さんの方に夢中な事も説明したら納得してくれた。

・・・・・納得してくれたんじゃけど・・・

 

何でか知らんが、休憩時間を使ってラウラちゃんとシャルロットと一緒に文化祭を回る事になってしもうた。

・・・なんか、上手く丸め込まれてしもうたでよ。

 

「阿~・・・腹減ったなぁ」

 

そんで、今の俺ぁ教室の入口付近で二人が来るのを待ちょーる。

厨房の仕事が思った以上に忙しかって気づかんかったが、調度昼ぐらいじゃけん、腹の虫がグゥグゥと鳴って敵わん。

口も渇いたけん、喉と心を潤そうにも・・・スキットルはラウラちゃんに没収されてしもうてどーにもならん。

 

「あらぁ? 君にしては珍しく、随分とお疲れ気味のようね」

 

「・・・阿?」

 

そねーな気が悪い時に限って、この水色髪は俺の前に現れる。

ホント、タイミングを見計らって来たみたいじゃ。

 

「なんじゃあ・・・誰かァ思うたら、会長閣下か。こねーな所に居る言う事は、また生徒会の仕事をサボっとるんですか?」

 

「・・・相変わらず口が減らないところを見ると、まだまだ元気なようね」

 

「応とも。そんで、さっきも言いましたが・・・サボりで?」

 

「馬鹿な事言わないの、これは列記とした生徒会の仕事よ。生徒の皆が精力的に文化祭に取り組んでいるかの調査よ」

 

「ほ~ん」

 

軽く受け流す俺の態度が気に入らんかったのか、「・・・何よ、その顔は?」と更識会長閣下は『態度不敬』と書かれた扇子を拡げる。

まぁ・・・この人の事じゃけん、メイド服を着た簪さんにでも会いに来たんじゃろう。

 

「俺の事は別にエエけん、さっさと入ったらどうじゃ? 眼鏡メイドの簪さんは人気者じゃけんなぁ・・・早うせんと他の者に指名権を取られてしまうでよ」

 

リアル貴族のセシリアさんがプロデュースに関わっとるけん、接客スタッフの連中はそりゃあもうクオリティがでぇれぇー高い。

ベースはロングドレスを基調としたヴィクトリアンメイドじゃが、其処から各個人の特徴にあった改造が施されとる。

例を挙げると篠ノ之なら和装小物を。凰さんならスリットの入った中華柄を・・・的な具合に。

 

「其れに何でか知らんが、簪さんの装いはゴスロリ要素が強めでのぉ。フリフリしたスカートが可愛えで」

 

「なッ、なんですって!? 流石は私の簪ちゃんね・・・そうと解れば!!」

 

俺の言うた事にオープンシスコン閣下は目の色を変えて店内へ突撃して行きよった。

・・・あぁ、なんか簪さんに悪い事したみたいじゃわぁ。あとで菓子でも買うて来てやろ。

ついでに布仏先輩に会長がサボっとる事もチクろう、そうしちゃろう。

 

「春樹!」

「お待たせ、春樹!」

 

「おッ、よーやく来たか御二人さん・・・って、なんじゃあなそん恰好は?」

 

待っとった二人の声に振り向けば、其処には執事服からメイド服に装いを変えたシャルロットと大きめの執事服に着られたラウラちゃんが居るじゃあないか。

 

「ふっふっふ、実はシャルロットの執事服に興味が湧いてな。取り換えっこしたのだ!」

 

「ほ~、そうなんか。じゃけど・・・破破破ッ、ラウラちゃんにはちぃと大きかったんじゃあねぇか? 袖の所が、萌え袖になっとるでよ」

 

俺がそう指摘してやると、「そうか? でも、似合っているだろう?」とラウラちゃんはニコリと余った右袖を顎に当てて微笑みよった。

・・・実に可愛え。

 

「春樹、ボクはどうなのかな?」

 

「阿? あぁ、やっぱり美人は何着ても似合うわな。二人とも似合っとるでよ」

 

そう言ってやると、二人とも「えへへッ」と頬を朱鷺色に染める。

・・・こうしてみると、俺は随分と異質な世界にいるという事が嫌でも理解できちまう。

だってそうじゃろう。こねーにとんでもなく可愛らしい美少女二人に好意を向けられているなんて・・・有り得ない。

 

「つーか、その恰好のまんまで行くんか?」

 

「うん。セシリアから、一組の宣伝も兼ねて行って来てねって。春樹も執事服を着たままで良かったのに」

 

「阿呆抜かせ、駄馬に衣装じゃろうがな」

 

「そんな事ないよ! カッコ良かったのになぁ・・・」

 

「はいはい、お世辞でも嬉しいでよ。それじゃあラウラちゃん、そろそろ俺から取り上げたスキットルを―――「返さないぞ」―――・・・最後まで言わしてもくれんのね」

 

酒でも飲みたい気分じゃが、幾分と目の前の銀髪戦乙女が其れを許してくれん。

・・・手が小刻みに震えて来た。禁断症状が大っぴらに出る前に何とかせにゃあな。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

一年一組の催し物である『ご奉仕喫茶』のスタッフ休憩時間に入った春樹は、自身を丸め込んだラウラとシャルロットと共に文化祭を回り始めようと他のクラスへ足を向ける。

 

他のクラスもそのほとんどが飲食を主力とした内容の店を営んでおり、昼時で腹を空かせている生徒達や学園へ招待された来訪者達には好評であった。

 

「色んな国から生徒が来とるけん、色んな料理が出されとるのォ」

 

「春樹、これも美味しいぞ」

 

「ふふふッ。春樹、口元に食べカスが付いてるよ」

 

流石は世界各国から生徒が集まっている為か、模擬店に出される料理は実に国際的なものばかり。

それらに舌鼓を打ちながら、彼等は他愛もない話をしては「阿破破破破破ッ!」と笑い合う。

 

ISという兵器を取り扱う専門的な学び舎に所属している生徒達も、今日この日は普通の学校生活を楽しんでいる学生でしかない。

ケラケラ、ケラと会話を弾ませて彼等彼女等は笑い合った。

 

「阿ッ、そうじゃった」

 

・・・と、ここで何かを思い出したように春樹が有る方向を見据える。

「どうかしたのか?」とラウラが不思議そうな顔で彼を覗き込むと、春樹はカラカラ笑って「挨拶に行こう」と言った。

 

「春樹・・・ここは?」

 

疑問符を浮かべるシャルロットを連れて三人が立っていたのは、一学年上にあたる二年生のクラスの出入り口。

其の扉を開け放った春樹は、目当ての人物を見つけると手を振って声をかけた。

 

「よっす、サファイア先輩。遊びに来ましたで」

 

「おお。よく来たッスね、清瀬後輩」

 

彼が声をかけたのは、メイド服とまでとはいかないがフリルのあしらわれた改造制服に身を包んだ三つ編みの上級生。彼女の方も自分を呼んだ春樹に答える様に手を挙げた。

この二人のやり取りに横にいたラウラとシャルロットに加え、教室にいた生徒達も興味関心のある視線を向ける。

 

「お・・・おい、春樹。あの女は誰だ?」

「ボクも知りたいなー・・・なんて」

 

「あぁ。あん人はギリシャ代表候補生の『フォルテ・サファイア』先輩じゃ。俺が学園に入学したばっかの時に色々教えてもろうてな。この間、文化祭が始まったらクラスに遊びに来いって誘われてな」

 

「そ、そうなのか」と訝し気な眼で春樹を見ながら頷く二人にフォルテは人懐っこい笑顔を浮かべて手を差し出した。

 

「はじめましてッス、ボーデヴィッヒ後輩にデュノア後輩」

 

「ど、どうも・・・初めまして」

 

「いや~遠目から見るよりも、ずっと可愛らしいッスね~。どうしてこんな二人が、こんな冴えない顔の清瀬後輩に懐いてるか不思議ッス」

 

「破破破ッ、余計なお世話ですだよ」

 

「むッ・・・」

 

軽口を挟みながら会話する二人が面白くないのか、ムスッと少々眉間にしわを寄せるラウラとシャルロットにフォルテが「大丈夫ッス、彼を狙ってる訳じゃないんで」と耳打ちした。

之に頬を紅に染めて慌てる二人に彼女はケラケラと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 

「・・・先輩、あんまし後輩を揶揄う様な真似は止してくだせぇよ」

 

「なんスか、清瀬後輩? 妬いてるんスか?」

 

「あ~、はいはい。そんで、先輩のクラスの出しもんは何なんですか?」

 

「ヤレヤレ」と溜息を漏らす春樹に「ん~・・・反応が面白くないッスね」と溜息を吐き返すフォルテだったが、気を取り直して催し物で使う道具を彼等の前に出した。

 

「私達のクラスの出し物は『射的ゲーム』ッス」

 

そう言って彼女が手に持っていたのは『コルト1911ガバメント』、所謂45口径拳銃である。

こんなものを出されて驚いたのか、「おいおい、モノホンの銃を使った射撃ゲームでもするんすか?」と春樹が眉をひそめた。

 

「まさか。モデルガンッスよ、モデルガン。本当は本物を使いたかったんスけど、生徒会からの許可が降りなくて」

 

「そりゃあそうじゃろう・・・」

 

「何を当たり前な事を・・・」と若干引く彼を余所にフォルテはモデルガンをラウラとシャルロットに手渡す。

勿論、招待された自分も射的が出来るものだと思っていた春樹も手を出したのだが、彼に手渡されたのは一本の缶ジュースだった。

 

「えッ、やらせてくれないんですか!?」

 

「レディーファーストってやつッスよ。彼氏さんは大人しくジュースでも飲んで待ってって下さいッス!」

 

「いやッ、俺は彼氏とかじゃなくて―――――」

 

「良いから向こうに行ってるッス!!」

 

勢い良く捲し立てられるフォルテに丸め込まれた春樹は、教室の隅へと追いやられてしまう。

 

「まぁ、そこで待っていろ春樹。商品はゲットして来てやる!」

「春樹の手いっぱいに獲って来てあげるからね!」

 

「いや、そねーにいらんけんなッ!」

 

そして、フォルテに何か耳打ちされて鼻息荒くなったラウラとシャルロットが意気揚々と射的場へ乗り込んで行くのであった。

そんな二人を見送った春樹はプルタブをプシュリッと開けて中身を喉へと流しながら辺りを見回して「・・・あぁ、そう言う事ね」と納得する。

 

フォルテが自分をここに呼んだ理由は、後に付いて来たラウラとシャルロットが目的だったのである。

二人の知名度は学園内でも名高く、秘密裏にファンクラブまで出来ている始末だ。

そんな二人を客として引き込むことが出来れば、多くの来場者を見込めるだろうと言う魂胆が彼女にはあったのだろう。

其の企み通り、射的を楽しむ二人に釣られて何人かの生徒が教室の出入口へ駈け込んで来るではないか。

 

「まんまと出汁にされた言う訳か・・・・・まぁ、エエか。”前の事”もあるし」

 

「なんだ、その”前の事”ってのはよぉ?」

 

背後から聞き覚えのある声に振り返ってみれば、其処には随分とセクシーな改造制服に身を包んだ生徒が春樹へ睨み眼を送っていた。

 

「ほらアレですよ、ケイシー先輩。前に射撃場でケイシー先輩とサファイア先輩の中が皆にバレバレだって言う事ですよ」

 

「あ、アレか・・・アレの御蔭で少しの間、周りの目がぬるく感じる様になっちまったんだぜ?」

 

「エエじゃないですか。アレで漸く自他共に認める公認の中になったって言う訳じゃないですか。つまり俺の御蔭じゃ」

 

「・・・ッチ。可愛くねぇ後輩だぜ」

 

舌打ちをするダリルに春樹は「阿破破ノ破!」と奇天烈な笑い声を上げる。

だがそんな彼に対し、不機嫌な表情から一転してダリルは悪戯っ子の様に口角を吊り上げた。

 

「それよりも清瀬・・・テメェの方こそどうなんだよ?」

 

「阿? 何がですか?」

 

「とぼけんじゃねぇよ。あの二人だよ、ボーデヴィッヒとデュノアだっけか・・・どっちと”寝た”んだよ?」

 

「ごフッッ!?」

 

衝撃的なダリルの言葉に対し、目に見えて動揺する春樹。

其の姿が面白かったのか、彼女は手を叩いて「汚ねぇなー、アハハハ!」と笑う。

 

「ケッホ、ゴほッ! アンタ、いきなり何を言うんじゃ?!!」

 

「なんだよ、別に普通の事だろ? ボーデヴィッヒがテメェに気が有る言う事はオレの耳に入るくらいに有名だし、見たところデュノアも気が有るみたいだしよぉ。・・・で、どっちと寝たんだよ? まさか、二人纏めてモノにしたのかよ?」

 

「普通じゃねぇからな! つーか、どっちとも寝てねぇわなッ!!」

 

「なんだよ、トボケようってのか? ネタは上がってんだぜ、ネタはよぉ。清瀬の部屋に二人が連日訪れてるって話が上級生の間じゃ持ちきりだ。其れも朝方帰るって話もあるじゃねぇか。・・・朝まで部屋の中で何をズコバコやってんだよ?」

 

「ずこばッ・・・!? ケイシー先輩、アンタぁもうちょっと言い方考えんさいや!! あと、其の卑猥なハンドサインを今すぐやめろッ!! つーか、其のネタはどっから出て来た?!!」

 

憤りを隠せない春樹の表情にダリルはケラケラ笑いながら「二年の黛ってヤツからだ」とネタ元を呆気なくバラす。

之に彼は「あんのマス”ゴミ”女郎ゥウウッ・・・!!」と、静かに心内の中で絶叫した。

 

・・・因みに。

この時、文化祭を取材していた新聞部の生徒の背筋が凍ったとか凍ってないとか。

 

「ハハハハハッ! その様子だと、まだ手を出してねぇのかよ。『据え膳食わぬは男の恥』って言葉が日本にはあるんじゃねぇのか?」

 

「はぁ・・・エロい恰好してる割には、よく勉強してるこって。頭痛うなって来たでよ・・・」

 

「うるせぇよ。此処はテメェと織斑以外は皆、女ばっかりだからな。そう言う噂話はすぐに広まるもんだ。どうだ、ざまぁ見ろ」

 

頭を抱える春樹にダリルはマウントでも取ったかのようなしたり顔を晒した後、続けざまにこう言った。「どっちが本命なんだ?」と。

 

「本命・・・? いや、本命もなにも・・・・・」

 

「なんだよ、テメェは”どっちも本命”だとかフザケタ事を抜かしたりしねぇよなぁ? 『古来より、強い雄は雌を囲む』とか言う様なヤツだったら、オレはテメェの”タマ”を潰してやっからな」

 

「じゃからぁ・・・言葉を選べや、ケイシー先輩! 年頃の娘っ子がそねぇな言葉を使うんじゃないでよ!!」

 

「余計なお世話だ、テメェはオレのマンマかよ。それで、どっちが本命なんだよ? 教えろよ、オレとお前の仲だろうがッ」

 

何ともガサツなフレンドリーさで春樹の肩を引き寄せるダリル。

この光景を射的に夢中になっているラウラとシャルロットに見られていないのが、唯一の救いだろう。もし見られていれば、とっちめられる事は間違いない。

 

「ッチ、畜生め・・・・・じゃあ、その質問に答える前に俺の問いかけに答えて下さいよ」

 

「なんだよしょうがねぇなぁ、わーったよ。情報交換のGIVE&TAKEだ、答えてやるよ。それで何だよ?」

 

「じゃあ聞きますが、ケイシー先輩はフォルテ先輩との”これから”を考えてるんですか?」

 

「・・・・・はぁッ??」

 

「何を言っているんだ、お前は?」と春樹の問いかけが理解できないのか、表情を歪めるダリル。

そんな呆気にとられる彼女に春樹は更に続けた。

 

「ほらッ、先輩はアメリカの代表候補生で将来有望だ。其れに合衆国じゃあ”同性同士の結婚”も認めらとるじゃろうがな。そー言う将来の事を考えとるんかと俺は聞いとるんです」

 

「け、けけッ、結婚!? 馬鹿言えッ、オレは―――「なんじゃあ、サファイア先輩との事は遊びじゃあ言うんですか?」―――はぁッ!!?」

 

春樹のこの問いかけで、一気に形勢は逆転した。

顔を真っ赤にして慌てふためくダリルに彼は追撃の手を許さない。

 

「あんな可愛え人よりもエエ女が出て来たら、そっちに乗り換えるつもりなんかアンタは?!」

 

「ザケた事抜かしてんじゃねぇぞ、清瀬!! フォルテみてぇな良い女が他にいる訳ねぇだろうがよッ!!」

 

「あぁッ、そうなんか?! じゃったら、健やかなる時も病める時も汝はフォルテ・サファイアを愛する事を誓いますか?!!」

 

「当ったり前だろうがッ! オレはフォルテを愛してるッ!!」

 

鼻息荒く目を血走らせながらダリルは大声でそう叫んだ、叫んでしまった。・・・ここが教室であるという事を忘れて。

「・・・阿破ッ」と罠にかかった獲物を嘲笑うかのような春樹の下品な笑顔に「・・・あッ!?」と、自分がとんでもない事を行ってしまった事に彼女は気づくが・・・もう遅い。

 

「ダ、ダリル・・・先輩・・・!」

 

振り返れば、其処には顔を真っ赤に熱の籠った瞳でダリルを見つめるフォルテが足を震わせているではないか。

辺りは先程の喧騒が無かったかのように静まり返り、皆の視線は二人へ釘付けとなって息を飲んでいた。

 

「フォ・・・フォルテ・・・お前、どっから聞いてた・・・ッ?」

 

「え、えと・・・清瀬後輩が私とダリル先輩のこれからを聞いて来たところ、からッス・・・」

 

フォルテの言葉を聞き、ダリルはギョロリと春樹を睨む。

だが、一方の春樹はまるで『バットマン』に出て来る『ジョーカー』の様に口角を吊り上げて一言・・・「さぁ、続きをどうぞ」。

それだけ言うと、彼は射的を終えて手にいっぱいの商品であるお菓子を抱えたラウラとシャルロットの方へ歩む。

 

「(清瀬ェッ・・・テメェ、ブッ殺してやるぅうう!!)」

 

「(阿破破破破破ッ! ざまぁ見さらせ、おわんごがッ!!)」

 

眼と眼で会話する二人を余所に只ならぬプレッシャーがダリルを押し潰していく。

この後、気を利かせたクラスメイトが何ともムーディな音楽をかける。

そして、フォルテとダリルを二人っきりにしようと教室にいた全員が蜘蛛の子を散らしたように退室。

ご丁寧に出入り口へ『貸切中』と張り紙を貼り付けて。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「な・・・なんだか、凄い現場に居合わせてしまったな」

 

「で、でも・・・とってもロマンチックだったよね」

 

「公開プロポーズなんて・・・やるのぉ、ケイシー先輩」

 

二年生のクラスであったサプライズに興奮冷めやらぬラウラとウットリした様子のシャルロットを引き連れて一組へ帰投する春樹。

―――――しかし、そんな穏やかな雰囲気がある人物によって一変する。

 

〈・・・ハルキ〉

 

「ッ!!?」

 

「ん? どうかしたのか、春樹?」

 

生徒も来客者たちもこぞって集まる学園の中央広場で、春樹が一番聞きたくなかった男の声が鼓膜を震わせた。

 

「・・・いんや、別に」

 

「別にって事はないんじゃないかな。なんだか、とっても目が怖いよ?」

 

「阿・・・あぁ、急に腹が痛くなってな。トイレ行ってくるけん、二人とも先に教室へ帰っといてくれや」

 

そう言うと春樹は二人と別れ、トイレへ向かう・・・フリをし、周囲を見渡しながら隣にいる幻覚へ語り掛ける。

 

「・・・で、敵はどこじゃあハンニバル?」

 

〈あの人物だ〉

 

右眼を溢れんばかりの琥珀色に輝かせる彼にハンニバルは怪しくも魅惑的な笑顔と共に標的へ指を差すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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78話

 

 

 

世界で初めて発見された男性IS適正者『織斑 一夏』。

彼にとって世界で二番目に発見された男性IS適正者『清瀬 春樹』は当初、同じ境遇化に置かれている”仲間”、あるいは”同志”だと思っていた。

しかし、春樹は一夏を自らの平穏を奪った者として憎み、周囲の者が見ても解るようにあからさまな形で嫌悪していた。

だが、そんな彼の気持ちが一夏にやっと通じたのは、シャルロットの男装の件が二人にバレた頃だ。

・・・こんなにも時間が掛かったのは、ひとえに一夏が持っている固有スキル『鈍感:A+』のせいだろう。

 

その日を境に彼は漸く春樹を『他人を思いやらない冷たい人間』レベルまで認識したのだが、春樹との確執は之に留まらなかった。

 

シャルロットの男装発覚後に行われた学年別トーナメントにおいて、春樹はペアリングの相手であるラウラと共に対戦者達をラフプレーでバッタバッタと薙ぎ倒していくではないか。

勿論の事、ルールの範囲内で行われたプレーなのだが・・・女子搭乗者に対して行われる春樹の乱暴行為を一夏は許容できなかった。

だから一夏は彼の行いを正す為、並々ならぬ気持ちでシャルロットと共にトーナメンを勝ち進んで行き、遂に春樹との対戦が決まったトーナメント準決勝へ辿り着いた。

 

・・・ところが、彼は試合途中に起こったVTシステムの暴走に飲み込まれた春樹に文字通りボコボコにされてしまう事となる。

加えて、VTS事件の影響によってヴォーダン・オージェの完全適応者となった春樹は、自分に出来た新たなコネを使いまくり、窮地に立っていたシャルロットを救ってしまった。

彼女に対し、『俺がお前を守ってやる』等と発言した一夏の面目丸潰れである。

 

だが、この時はまだ春樹に対してのコンプレックスを抱く事はなかった。

何故なら事件の時に彼はVTSによって暴走しており、しかも突然の事だったので不意を喰らってしまった為に自分は負けてしまったのだと何とも都合の良い解釈をしたのである。

だから『正々堂々と真正面から戦えば、勝機はある』と言う思いが、一夏の心の片隅に心なしかあった。

 

しかし、彼のそんな甘い考えとは反する様に春樹はVTS事件から日毎ドンドン力をつけるようになっていく。

日本政府が組織した機関から専用機を譲渡され、その機体に見合った以上の戦果や成果を打ち立てていったのだ。

 

臨海学校の最中に起こった『銀の福音事件』では、第一次討伐作戦で撃墜された一夏に変わって第二次討伐作戦を現場指揮し、重傷を負いながらも銀の福音並びにその搭乗者を無事に鹵獲する事に成功。

夏休みには、デュノア社を始めとするIS関連企業が開催したIS新機体発表会を襲撃したテロリストを撃退。

皆の知らないところで手柄と力を春樹は付けていた。

そして、その二人の力の差を歴然と明白にした試合が始まってすぐの二学期に行われる事となる。

 

この試合を取り計らったのはIS学園生徒会長の更識 楯無。

彼女は二人の行う試合に当初二つの目的を持っていた。

一つ目は、『どこか平和ボケした一夏に身の程を知ってもらう為』。

二つ目は、『学園長や各機関の関係者から一目置かれる春樹の実力を知る為』。

・・・だったのだが、試合は楯無の予想を遥か斜め上にいくものとなってしまった。

 

目も当てられぬ程の試合展開。

『二次移行した白式と自分が敗ける筈がない』と心のどこかで思っていた一夏のプライドは文字通りズタズタにされた。

だから彼は、試合後に楯無から提示された『特別授業』を受ける事を志願した。

もう二度と春樹に負けない為に。自らの”力を示す”為に。

 

そんな少々歪な思いを抱え込んでいる一夏は現在・・・・・

 

「・・・・・・・・なんでこんな事になったんだッ?」

 

まるで寝物語に出て来る王子様の様な恰好の自分に眉をひそめていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

場所は第四アリーナの更衣室。

其処で一夏は何故か王子様役の衣装を身に纏っていた。

何故に彼がこの様な状況に陥っているのか。其れはやはり、一夏の特別授業を担当している楯無が関わっている事に他ならない。

 

今から数分前。喫茶店の休憩時間に入った一夏はいつものメンバーである箒や鈴に加え、自分がIS学園へ招待していた中学生時代の友人『五反田 弾』と彼の妹である『五反田 蘭』と共に文化祭を回っていた。しかし、突如として一夏の携帯へ楯無からの一報が入った。

どうかしたのかと彼女の言う通りに第四アリーナを訪れてみれば、楯無から自分が生徒会の出し物である舞台演劇『シンデレラ』の王子様をやるように通達されたのである。

 

あまりにも突然な事に一夏は当然辞退すると言ったのだが・・・楯無の偽りの涙に泣き落とされ、現在に至るのだった。

早い話が、一夏は楯無に嵌められたのである。

 

「織斑くん、ちゃんと衣装着たー?」

 

「わッ!? いきなり入って来ないで下さいよ、会長!」

 

了承も得ずに楯無が更衣室を開けると、其処には随分と不服そうな表情を晒す王子様がいるではないか。

一夏の容姿はかなり整っている為、まるで絵本の中から出て来たような姿だ。

 

「おー・・・これは実に良いわね。思った以上に王子様って感じで、お姉さんビックリ」

 

「からかわないで下さいよ。それに・・・会長にはお世話になってるって言っても、こんな格好なんて・・・」

 

「あら、王子様役は不服? だったら、今からでもシンデレラの役に変更する? 織斑くんならドレスを着てもピッタリよ」

 

「ウフフッ」と悪戯っぽい笑みを浮かべる楯無に「やりませんよッ!!」と顔を真っ赤にして叫ぶ一夏。

 

「はいはい、そんな怖い顔しないの。舞台の成功は織斑くん、君にかかってるんだからね」

 

「なんでそんな大役を俺なんかに・・・」

 

「ぶつくさ言わないの。はい、これが王子様にとって大事な大事な王冠よ」

 

「は、はい。あと、会長? 俺、この劇の脚本とか台本とか一度も見てないんですけど・・・?」

 

確かに一夏の言う通り、あれよあれよと言う間に舞台へ立つ事になった彼は、この劇に出演する為に必要な台詞を一言も知らずにいた。

『シンデレラ』のキーキャラである『王子』が、何も喋らずにただ突っ立ったままでいると言うのは考えにくい。

 

「大丈夫、大丈夫。基本的にこちらからアナウンスするから、その通りにお話を進めてくれればいいわ。あ、もちろん台詞はアドリブでお願いね」

 

「えぇッ!? 大丈夫なんですか、それ?!」

 

「大丈夫よ、生徒会長の言うことは絶対なの。私を信じなさい!」

 

「は、はぁ・・・」

 

一体何処に大丈夫な要素があるのか理解できない一夏だったが、如何にも自信ありげな態度の楯無に仕方ないように頷くのだった。

 

ほとんど無理矢理に出演する事となった一夏がアリーナいっぱいに作られたセットの舞台袖に立ってみると、緞帳の外からガヤガヤと歓声が聞こえて来た。

どうやらアリーナの席は満席なようであり、今か今かと舞台の開演を待ち望んでいる様だ。

この外の歓声に一気に表情が強張る一夏だったが、そんな不安がる彼を余所にブザー音と共に幕が上がる。

 

≪むか~し、昔。ある所にシンデレラと言う娘が居りました≫

 

物語は楯無のアナウンスから始まった。

その普遍的な出だしに安心したのか、一夏は胸を撫でおろしてセットの舞踏会エリアへと向かう。

・・・しかし、あの更識 楯無が普通の舞台劇を行うだろうか?

 

≪・・・否ッ! それは最早名前では無い。幾多の舞踏会を駆け抜け、群がる敵を薙ぎ倒し、灰燼を纏う事さえ厭わぬ強者のお姫様達。彼女らを呼ぶに相応しい称号・・・・・それが『灰被り姫(シンデレラ)』ッ!!≫

 

「・・・・・は?」

 

―――――答えは”否”である。

 

≪今宵もまた、血に飢えたシンデレラ達の夜が始まる。王子の冠に隠された2つの軍事機密を狙い、舞踏会と云う名の死地に今・・・お姫様達が舞い踊るッ!!≫

 

「なんだそりゃッ!!?」

 

勢い良く捲し立てられる楯無のアナウンスに悲鳴のようなツッコミを入れる一夏。

だが、そんな彼の背後に電光石火の勢いで突撃する人影が一人。

 

「貰ったぁあああああッ!!」

 

「うおぉおッ!? り、鈴ッ!!?」

 

その人物とは、白地に美しい銀の装飾が施されたシンデレラ・ドレスに身を包んだ鈴だった。

そんな鈴の体当たり攻撃を間一髪で回避する事に成功した一夏は、彼女との距離をとる。

 

「その王冠を・・・その王冠を私に寄越しなさい、一夏!! はぁあああああッ!!」

 

「う、うわぁああッ!!?」

 

尚も鈴は空かさず飛び上がると再び一夏に強襲をかけるのだが、彼は寸での所で転がって回避する。

 

「織斑君、その王冠を私に!」

「いや、私に頂戴ッ!」

「なに言ってんの、私の方が先よ!!」

 

「なッ・・・なんなんだよ、この劇は一体?!!」

 

鈴の攻撃を何とかギリギリで躱し、後退した一夏に向かって周囲にいた女子生徒達がジリジリと距離を詰めて行く。

その光景はまるで、生者の肉を求めて襲い掛かるゾンビに追い詰められているかの様だ。

何故にこの様な事になっているのか。其れは楯無から予め女子生徒達だけに”ある事”が通達されていたからだ。

其のある事とは、『『王冠』をゲットした者は、織斑 一夏との同居の権利を進呈される』というモノだった。

 

『『『王冠・・・おいてけぇえッ!!』』』

 

この事案に幼馴染二人を含めた一夏を学園の王子様と崇める連中は獣の眼になり、彼の頭へ乗っかった王冠に舌なめずり。

 

「な・・・なんなんだよッ、なんなんだよ一体!? そんなに王冠が欲しけりゃ、くれて―――――あびゃッ!!?」

 

攻撃色一色の女子生徒達に慄いた一夏は被っていた王冠を放り投げようとしたのだが、頭から外そうとした瞬間、何故か手に強烈な電流が奔る。

 

≪王子にとって国とは全て。その重要機密が隠された王冠を失うと、自責の念によって電流が流れます≫

 

再びアリーナへ響いた楯無のアナウンスに一夏はこう叫んだ。「そう言う事は先に言ってくれッ!!」と。

 

「ほぉ・・・これは中々に面白い事をしているな」

 

「面白い・・・のかな、これは?」

 

一夏の悲鳴と女子生徒達の唸り声が入り乱れる中。アリーナ内の中継が映っている一年一組教室へ、フォルテの射的屋さんでゲットしたお菓子で頬袋を膨らませたラウラと苦笑いを浮かべたシャルロットが戻って来た。

そんな興味深そうに舞台となっている第四アリーナで繰り広げられている状況を見つめる二人へ先に部屋へ来ていた簪が「あれ・・・春樹はどうしたの?」と問いかける。

 

「あぁ。春樹なら、どうやら食べ過ぎたらしい。トイレへ行って来ると言っていたぞ」

 

「あら、それは大丈夫なんですの?・・・って、彼には『大丈夫』と言う心配の言葉は不要でしたわね。春樹さんの事だから、すぐに平気な顔して帰ってきますわ」

 

ラウラの言葉に「ヤレヤレ」とセシリアが溜息を吐きながら首を横に振る。

『銀の福音事件』の時に医者から完全な再起不能と診断を受けながらも、たったの半日で全快してしまった彼の治癒力に呆れているかのようでもあった。

この彼女の言葉に福音討伐作戦へ参加した関係者各員が大きく頷く。

 

「あッ・・・そうこうしている内に織斑君がアリーナの外へ出て行った・・・」

 

「流石は更識会長、エンターテインメントを解っていますわね。これで舞台はアリーナから学園全体に移ったという事・・・・・面白くなってきましたわ!」

 

肉食獣から必死になって逃げる一夏の姿に教室にいる生徒達が鼻息を荒くする。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・ッ! ま、巻いたかッ?」

 

一方、アリーナの獣たちから命かながら逃げ出す事に成功した一夏は学園の廊下で息を切らしていた。

しかし、猛獣たちの巣窟となったアリーナから逃げ出す事は出来ても、外では彼を待ち構えていたかのようにスナイパーとなった乙女達が待機。王冠を奪わんと狙撃を開始し、銃撃に怯んだ一夏を今度は強襲部隊と成り果てた生徒達が襲い掛かる。

 

「と・・・とにかく、何処かへ隠れないと・・・!!」

 

そんな悪夢たちから何とか逃げ切ったのだと一安心した一夏は、ほとぼりが冷めるまで何処かへ隠れていようと画策する。

・・・だが、其の彼の考えは蜂蜜のように甘かった。

疲れ切った絶好の獲物を逃す捕食者がいる訳がないのだから。

 

「・・・・・一夏」

 

「ッ!!?」

 

息を切らす彼の背後から聞こえて来たのは、随分と聞き馴染んだ自分の名前を呼ぶ幼馴染の声。

しかし・・・いつもと違っていたのは、その声がいやに低く静かな声色だった事だ。

 

「ほ・・・箒・・・ッ?」

 

「一夏、お前の状況は確認した」

 

しかも振り返ってみれば、其処には非戦闘時にも関わらず彼女は自身の専用機である紅椿を身に纏い、二振りある内の一振りの日本刀を構えていたのである。

 

「大丈夫だ・・・私の一撃ですぐに楽にさせてやる」

 

「ィいッ!!?」

 

そんな恰好の箒からの文言に一夏の背筋は凍てつき、表情は真っ青に変わる。

箒にしてみれば『一撃で王冠を奪う』という事を言った訳なのだが、一夏にしてみれば『今からお前を殺す』と宣言されているのと同じ事だった。

 

「ま、待ってくれ箒ッ! 話せばわかる!!」

 

「問答無用ッ!!」

 

青ざめた彼に向かって無情にも振り下ろされる会心の一撃。

勿論、加減はしているのだろうが・・・こんな一撃を喰らっては王冠は真っ二つにされ、頭蓋骨にはヒビが入ってしまうだろう。

 

「危ない!」

 

「え・・・?」

 

あわや此れまでと思った一夏だったが、気がつけば自身の身体は何者かによって引っ張られていた。

 

「さぁ、お早くこっちに」

 

「あ・・・あなたは・・・!」

 

箒の斬撃から救ってくれた人物に一夏は驚きつつも、二人は足早にその場を去る事にした。

後に残ったのは紅椿の斬撃によって舞い上がった粉塵と「どこへ行った、一夏!!?」と言う箒の雄叫びだけである。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ハァッ、ハァ・・・! あ・・・ありがとうございました、『巻紙』さん」

 

第三者の介入によって漸く追手から逃げおおせた一夏は酷く息を切らしながらも、自分を助けてくれた人物に礼を述べた。

彼を助けたのは、IS装備開発企業『みつるぎ』の渉外担当『巻紙 礼子』と名乗るロングヘアーの女性だ。

一夏がご奉仕喫茶の休憩時間中で文化祭を回っている時、彼女は彼と接触して名刺を渡していたのである。

 

「いえいえ。我が社の大事な専属になるかもしれないパイロットを助けるなんて、当然の事をしたまでです」

 

「あ、あのー・・・その話なんですが。今はこんな状況だし、また後でも・・・」

 

「まぁ、そんな事をおっしゃらずに。今後の事を邪魔の入らないところで話しませんか?」

 

先程の追手から助けられた恩を感じてか、一夏は「は、はぁ」となし崩しに頷くと「さぁ、此方へ」と彼女に誘導されるがままに人気のない更衣室へと入って行った。

 

「あの、巻紙さん。さっきも言ったように俺は―――――って、何してるんですか!?」

 

更衣室へ通された一夏は巻紙からの勧誘話に再びNOの返事をしようとしたのだが、振り返ってみれば彼女はプチプチと先程までしっかりと留められていたワイシャツの一番上のボタンを外していたのである。

其の巻紙の行動に思春期男子特有の邪な感情を抱いてしまった彼は思わず顔を背けた。

しかし・・・

 

「あぁッ、やっとこんな堅苦しい恰好から解放されるぜ」

 

「ま・・・巻紙さ―――――ぐフェッ!!?」

 

先程まで営業スマイルを浮かべていた彼女の表情が、一気に歪なものに変わる。

其の顔に一夏が疑問符を浮かべた瞬間、ドカッ!と彼の腹部に強烈な痛みが襲い掛かり、そのまま一夏は更衣室のロッカーに叩きつけられてしまう。

 

「ま、巻紙さん・・・アンタ、一体なにを・・・?!!」

 

「おいおい、さっきの蹴りでとっとと堕ちんどけば良かったのに・・・タフなガキだぜ。・・・まぁいい」

 

未だ巻紙の豹変と現状に困惑する一夏に対し、巻紙は着ていたスーツの下からバリバリと背中を引き裂いて八本の鋭利な爪を”展開”させる。

其の鋭利な爪は蜘蛛の脚によく似ており、先端は刃物の如く尖っていた。

 

「選べよ、織斑 一夏。テメェの専用機の白式を今すぐ寄越すか、ここでグチャグチャにミンチにされるかをよぉッ!!」

 

「ッ!!」

 

酷く邪悪な笑みと共に巻紙はナイフの様に鋭利な爪を一夏に突き刺そうと振り上げる。

一夏はこの攻撃に対して瞬時に白式を身に纏い、雪片で防御した。

 

「一体何なんだよ、お前?!!」

 

「ああん? 何も知らねーのか? 悪の組織の一人だっつーの!」

 

「ふざけんな!」

 

「ふざけてねえっつの、糞ガキがッ! 秘密結社『亡国機業』が一人、『オータム』様って言えばわかるかぁ?!!」

 

そう言いながら巻紙・・・改め、オータムは八本の鋭利な脚で貫かんとバラバラに突き出していく。

其の的確に急所を狙う刺突攻撃を一夏は楯無との特別授業を思い出しながら何とか回避する。

 

「ヒャ―――ッハッハッハッ、中々シブといじゃねぇか! 嬲り殺しするにはそう来なくっちゃなぁッ!!」

 

「ッ・・・く!!」

 

だが、オータムの攻撃の手は更に激しさを増す。

このままでは不味いと判断した一夏は相手の隙を突く為に天井上へと上昇し、刃を突き立てんと一気に急降下する。

 

「そこだァッ!!」

 

「ハンッ、あめぇんだよ!!」

 

しかし、オータムは其の会心の一撃を鼻で笑いながら容易に回避すると先程よりも更に苛烈な攻撃を一夏に仕掛けた。

そして何を思ったのか、彼女は歪な笑みを浮かべてある事を言い放つ。

 

「あー、そうそう。そう言えば、テメェと会うのはこれで二回目なんだぜ?」

 

「なにッ?!」

 

「なんだよ、覚えてねぇのか? 第二回モンド・グロッソでテメェを拉致したのは、オレたちの組織だ! 感動のご対面ってやつだなぁ、ヒャ―――ハッハッハッ!!」

 

「ッ!! お前ェエッ!!」

 

オータムの言葉は、一夏に自身の忌まわしい記憶を思い出させるには十分すぎるものだった。

「だったら、あの時の借りを返してやるぜッ!!」と彼女の言葉に火が付いた一夏は、瞬時加速を行って一気にオータムの懐へと飛び込む。

 

「ッケ、やっぱりガキだな。こんな安い言葉で引っかかるなんてよぉッ!」

 

「なッ!?」

 

そんな突貫する彼にオータムはマニピュレーターで精製した塊を投げつけると、其の塊は一夏の目の前で大きく破裂し、四方八方へ拘束網を展開。安易に彼女へ近づいた一夏を容易に絡め捕った。

 

「くッ、この!! クソォッ!!」

 

「ヒャハハハ! 予想したよりも歯応えが無くてガッカリだぜ、この糞ガキィッ」

 

「がァッ!!?」

 

そうオータムは笑いながら、蜘蛛の巣の様な網から何とか抜け出そうと藻掻く一夏の頭部を踏みつける。

そして、鼻歌でも口ずさみながら何処からともなく取り出した装置を起動させた。

其の装置の大きさは四十㎝程度で、時間の経過と共に駆動音が大きくなり先端の四本のアームが開く。

 

「さて・・・お別れの挨拶は済んだかよ?」

 

「な、なんのだよッ?!」

 

「決まってんだろうがッ、テメェのISとだよ!!」

 

「ッ、がぁあアアアアアッッ!!?」

 

其の装置をオータムは一夏の胸に装着すると、装置から流れ出る電流が身体を駆け巡り、彼の口から絹を裂いたような悲痛な叫びを奏でさせた。

 

「・・・終わったな。よっと」

 

「ぐァ・・・ッ!!」

 

装置が停止するとオータムは一夏の拘束を解き、紙屑でも捨てるかのように其処等へ放り投げた。

 

「お、お前・・・この野郎ッ!!」

 

「あ? 当たらねぇよ、ISの”ない”テメェの攻撃なんてなぁ!!」

 

「がフッ!!」

 

放り投げられた一夏はすぐさま立ち上がると拳を振り抜いてオータムへ飛びかかって行ったのだが、彼女からの強烈な脚撃を腹部に喰らって更衣室のロッカーに叩きつけられてしまう。

そして、其処で一夏は漸く自分の”違和感”に気づくことになる。

 

「な、何が起こったんだッ・・・おい、白式! おい!!」

 

其の違和感とは、先程まで身に纏っていた筈の白式がなくなっていた事だった。

 

「ククク・・・おいおい僕ちゃん、お探し物はこれかな?」

 

「そ、それは!?」

 

慌てふためく彼を嘲笑うかのようにオータムは自分の手に握られているあるものを彼に見せつける。

其れが一体何なのか、一夏はすぐさま理解できた。

 

「そうだよ、テメェのISである白式のコアさ! さっきの装置は『剥離剤(リムーバー)』って言って、テメェみたいなマヌケからISコアをブン獲れる代物さ!!」

 

「返せ・・・返せよッ、俺の白式を!!」

 

「返す訳ねぇだろうがッ、このダボがッ!!」

 

「ぐハァッ!!」

 

奪われた白式を取り返そうと再びオータムへ飛びかかる一夏だったが、生身の人間がISを纏っている者に敵う筈もなく、早々に再度蹴り飛ばされる。

 

「ISを使えるだけの野郎が調子乗りやがって・・・テメェみてぇなトーシロがこのオータム様に敵う訳ねぇだろうがよぉ!!」

 

「がアッ、ぐフェ! ガッはッ!!」

 

一夏を蹴り飛ばしたオータムはそのまま彼に蹴りを連撃させ、グリグリと踏みつける。

この彼女からの攻撃に一夏は手も足も出せず、骨の軋む音と筋肉が千切れる生々しい音と共に血の混じった胃液を吐く。

 

「うわッ、汚ぇな。吐いてんじゃねぇよ、オレの『アラクネ』が汚れるだろうが!」

 

「ぐハぁッ! か・・・返せ・・・!」

 

「あ?」

 

「俺の・・・俺のISをッ・・・白式を返せ・・・!!」

 

「ッチ、シツけぇ野郎だ。あぁ、もういい。テメェは用済みだ」

 

「ッ・・・!」

 

「くたばれ」

 

興が逸れたオータムはアラクネの装甲脚の切先を一夏の心臓に狙い定める。

そして、一気にそれを振り下ろした・・・・・その時だった。

 

「―――――いや、オメェがくたばりんさいやッ」

 

「なッ―――――ぶゲェエッ!!?」

 

ズドンッ!!と言う発砲音と共に更衣室のドアが吹き飛び、一夏の心臓まで僅か数㎝と迫ったアラクネの装甲脚ごとオータムを更衣室の壁にめり込ませた。

「え・・・ッ!?」と最早本当に此れまでかと覚悟していた一夏が驚きの表情で吹き飛んだ扉の方へ視線を向ければ―――――

 

「ったくよぉ~。一時見失ってしもうた時ぁ、どねーしたもんじゃと思とったが・・・何とかギリチョンで間に合ったみたいじゃのォ」

 

―――――「阿破破ノ破!」と奇天烈な笑い声を上げる鉄仮面がリボルバーカノンを構えて居たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





長くなったでよ。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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79話


・・・一か月ぶりの投稿。
なんかスゴくヴィランな彼。
・・・・・どうしてこうなった?



 

 

 

「き・・・清瀬・・・ッ!?」

 

心臓目掛けて迫り来る切先鋭い装甲脚にあわや此れまでかと思われた其の瞬間、更衣室の扉ごとアラクネを反対側の壁にめり込ませた人物の名を一夏は驚嘆しながら呟いた。

 

「ッ、何モンだテメェ?!!」

 

「!」

 

しかし、彼の意識はすぐにめり込んだ壁を壊して起き上がって来るオータムへと移る。

其の表情は怒気に満ち溢れ、青筋がはち切れんばかりに浮き出ていた。

 

「おー、意外とシブトイんじゃのぉ。・・・あッ、そうじゃ。おい、其処で血を吐きょーるボケ」

 

「へ?」

 

「オメェしか居らまぁがな、ボケカスの方の織斑。さっさと退けぇや、邪魔じゃ」

 

「なッ!」

 

「テメェッ、無視してんじゃ―――――」

 

だが、警戒する一夏を尻目に彼女へ不意打ちを喰らわせた春樹はあっけらかんとした感想を述べた後、構えたリボルバーの銃口を下げながら一夏に顔を向ける。

相変わらずの悪態に一夏は思わずムッとしてしまうが、そんな彼よりも”獲物”へのトドメを邪魔された人物が今にも噛み付きそうな勢いで叫ぼうと”した”。

 

・・・何故、この時『した』という過去形なのか。

其の理由を上げるならば、一つしかない

 

「喧しい」

 

「ぐェッ!!?」

 

オータムがガナリ声を発てる前に春樹が彼女の顔面へ向けてズドンッ!と発砲したからだ。

銃口から勢い良く飛び出た弾丸は見事彼女へクリティカルヒット。起こした身体を再び更衣室の壁へと叩きつけた。

 

「ったく・・・おい織斑、だいたいオメェは危機感言うもんがないんか? 其の頭に被った阿呆丸出しの王冠を狙よーる阿呆共から逃げる為とは言い、知らん人に付いてっちゃあおえまーがな。じゃけんオメェは馬”夏”なんじゃ、おわんご」

 

そして、何事もなかったかのように再度一夏へ悪態を吐いた。

このゴミをゴミ箱へ捨てる様な何とも自然な動作に彼は思わず「あ、あぁ・・・」と頷いてしまう。

 

「~~~ッ!! ザケてんじゃねぇぞ、テメェ!!」

 

「!!」

 

「・・・阿?」

 

一方、不意打ちを二度も喰らってしまったオータムは激昂。

すぐさま起き上がり、アラクネの切先鋭い装甲脚を春樹に突き立てんと瞬時加速で一気に距離を詰めた。

 

「とった!」

 

「ッ!?」

ズシィヤァアッ!!

 

一夏の方を向いてボケッとしていた春樹は此れに反応できなかったのか、アラクネの鋭い攻撃が脇腹へと直撃。

 

「ヒャーッハッハッハッ! 舐めた事してくれた報いだッ、このまま装甲ごと肉をブチ抜いて―――

「何してくれとんじゃ、こんボケェッ!」ゴチン!

―――うゲッ!?」

 

「フザケやがって、こんボケカス野郎がァッ!!」

 

バキャァッ!!

「うげぇッアあ!!」

 

攻撃が命中した事に得意げな笑い声を上げたオータムだったが、其の直後に頭上から振り下ろされた春樹の拳骨が頭部へ的中。

彼女は顔面から床へと叩きつけられたと同時に春樹はオータムの後頭部を右足で力一杯何度も何度も踏みつける。

 

「え・・・えぇッ・・・!!」

 

まるでギャグアニメのワンシーンの様な余りに一方的なこの展開に先程まで自身のISを奪われ、心身共にボコボコにされた一夏は酷く動揺してしまう。

そんな彼を余所に気が済んだ春樹は床へ叩きつけたオータムの首を鷲掴んで持ち上げると、親が我が子に言い聞かせるように彼女の眼を見ながらこう言い聞かせた。

 

「さて、襲撃者さんや。挨拶はこれぐらいにして要件を言うで? 今からお前さんの両手首に其れは素敵な素敵な銀色のブレスレットを嵌めて豚箱にぶち込む。OK?」

 

「・・・こ・・・この・・・ッ」

 

「阿? 何じゃって?」

 

「ブッ、殺してやるッ・・・!!」

ズドォオンッ!!

 

息も絶え絶えなオータムの声をよく聞こうと顔を近づけた矢先。アラクネの装甲脚に装備されていた全砲門から一斉射撃が行われた。

 

「このクソ野郎! このオータム様に向かってふざけた真似をしやがってッ、死に晒しやがれッ!!」

 

至近距離からの一斉射撃が終わった瞬間、オータムは更にアラクネの装甲脚で春樹を切り裂いては刺し貫く。

流石にSEゲージが十分ある機体であろうと、この様な攻撃に晒されれば一溜まりもない。

・・・・・そう、普通ならば。

 

ゴキャッ

 

「ッ・・・ひ?!」

 

生々しい音と共に近くで其れを見ていた一夏は思わず息を飲んだ。

 

「あ”ア”ッ・・・あ”ア”ア”・・・ッ!!?」

 

見れば、夥しい白煙からギロリと垣間見えた琥珀色の二つの輝き。

其の眼を持つ彼の手には、苦しみ悶えるオータムが生きも絶え絶えに精一杯の力で自らの首を掴んだ手を振り払おうと殴っていた。

彼女は更に砲撃と斬撃を加え、必死になって春樹の魔手から逃れようと暴れる。

・・・しかし・・・

 

「・・・・・そうか・・・」

 

そんな攻撃をモノともせず、彼は更にオータムの首を掴んだ手に力を籠める。

ギチッギチッと耳障りな音が木魂し、アラクネのSEを貫いて鋭い琥珀の爪装甲が彼女の皮膚組織を裂く。

 

「オメェさんは手荒なサービスがお好みなんか。じゃったら・・・・・お望み通りにしちゃらぁッ!!」

 

ブチィッ!

・・・・・肉が千切れる音が一つ。

 

バギィッ!!

・・・・・骨が砕かれる音が一つ。

 

そんな聞くに堪えない生々しい音が何ともリズミカル且つテンポ良く繰り返されると同時に鼻から吹きだした血が銀色の拳を濡らし、折れた歯が無機質な鉄仮面にコツンと当たって床に転がる。

 

「オメェッ、みたいな、輩が、居るから! いつまでッ、経っても、世の中、良く、ならんのじゃッ!!」

 

一切躊躇いのない殴打に最初は「がッ!」「ぐァッ!?」等と短い傷声を上げていたオータムは段々と静かになり、逃れようと反撃していた手と装甲脚はダラリと力なく床へ寝そべる。

 

「・・・やめろ・・・・・やめろよ・・・もうそれぐらいで良いだろ、清瀬!! それ以上やったら、ヤバいって!!」

 

「五月蠅ッ、役立たずは引っ込んどれや!!」

 

「うわぁッ!!?」

 

春樹のオータムに対するこの暴力行為に一夏は咄嗟に彼の背中へ飛び付く。

だが、白式を纏っていない彼が琥珀を纏っている春樹に敵う筈もなく。容易に振り飛ばされ、床へ叩きつけられる。

 

「この糞タレのボケカス女郎が! オメェみたいな屑はッ、クタバッテこそ世の中の為に成るんじゃッ!!」

 

「やめ・・・やめろッ・・・やめてくれ・・・!!」

 

「くたばれ! クタバレッ! クタばりやがれッ!!」

 

「やめろぉおオオオッ!!」

キィイイ―――――ン!!

 

悲痛な一夏の叫びに答えるかのように春樹の殴打によってオータムの手から零れ落ちた待機状態の白式が眩い光と甲高い音を発した。

 

「もうやめろ、やめてくれ清瀬・・・ッ!!」

 

「・・・・・阿?」

 

其の光が部屋を包んだ後・・・自身を呼ぶ声のする方へ春樹が振り返ってみれば、其処にはオータムが放った剥離剤によって奪われた筈の白式を纏った一夏が雪片の切先を此方に向けて構えているではないか。

 

「阿”ァ? なんじゃあオメェ・・・刃を向ける相手が違うんじゃあないんか?」

 

色々と指摘する部分はあるだろう。しかし、そんな事は今は気にするまでもない小さな事である。

 

「もうやめろ、清瀬。それ以上やったら・・・!」

 

「・・・オイ・・・オイオイ・・・オイオイオイ、織斑くんよぉ。オメェ、お人好しにも程があるんじゃあないんか?」

 

一夏の態度を見るなり、春樹は首を掴んでいたオータムを床へドシャリ!と叩きつける。

そして、彼女の頭部へ足を乗せるとグリグリと捻じ踏んだ。

 

「コイツは・・・この糞阿婆擦れはよぉッ、織斑。何が目的か知らんが、学園に潜り込んで悪さをしようとしやがったんじゃで? 皆が楽しみにしとった学園祭を打ち壊そうとしたんじゃで? 其れにさっきまでオメェさんを亡き者にしようとしょーたがな。そねーな悪党を野放しにできまぁーが。それなのに・・・それなのに、それなのにッ! この悪党を成敗しょーる俺に刃を向けるとはどういう事じゃ?!!」

 

春樹から発せられる絶叫が、一夏には何もかもを吹き飛ばす暴風のように感じられた。

されど一夏は其れに負けじとグイッと身体を前に出す。

 

「ッ、だけど・・・だけどそれ以上やったらダメだ、やめろ!」

 

「・・・・・・・・五月蠅ぇなぁ・・・」

 

「え・・・ッ・・・?」

 

ヒュンッと一夏は自分の頬に何かが掠ったように感じた。

何かと思って頬を撫でてみれば、指に赤い液体とヌルリとした感触が伝わった。

 

「き・・・清瀬、お前・・・ッ!!?」

 

驚いた一夏が春樹の手元を見てみれば、其処には高速回転するエネルギーの光輪が甲高い音を発しているではないか。

 

「ええか、織斑? 俺は今・・・アルコールが切れてメロメロなんじゃ。其れを紛らわす為に気持ち良うなっとったって言うんに・・・・・邪魔しやがって・・・ッ」

 

其の手元の光輪から徐々に上へと視線を映せば、明らかに正気を失っているように見える琥珀色の両眼が銀色の鉄仮面の下から垣間見えた。

 

「責任として・・・・・今からオメェをグチャグチャにしてやらぁ」

 

「ッ!!?」

 

「阿破破ノ破」と乾いた笑い声と濃厚な殺気が一夏を包む。

そんな正に一触即発の状況下において・・・・・。

 

「・・・・・・・・く・・・ッ」

 

「・・・阿?」

「えッ?」

 

「くた・・・ばり、や・・・がれ・・・ッ・・・・・!!」カチリ

 

今の今まで春樹に踏んづけられていたオータムが何かのスイッチを押したのだった。

 

ドゥグォオオオッオオン!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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80話

 

 

 

・・・其の日、”彼女”はある任務の為にIS学園へ来ていた。

任務の大まかな概要としては、世界で初めて発見された男性IS適正者である織斑 一夏の専用機『白式』の強奪である。

個人的な彼女の目論見としては、白式の強奪並びに一夏の”抹殺”までをも完遂したかったのだが・・・今回の実行犯役には、同僚であるいけ好かないオータムが選任される事となった。

 

何故かというと今から半月前の事、彼女はベルギーの首都ブリュッセルで行われた欧州IS新機体発表会で出展されたデュノア社第三世代型IS『ランスロット・リヴァイヴ』の強奪に失敗し、加えて思わぬ”反撃者”によって心身へかなりのダメージを負ってしまったのだ。

以下の事により、彼女はオータムを外からサポートする役回りを担う事となったのであった。

 

 

 

 

 

 

強奪作戦当日。オータムが先行して学園内に潜入した頃を見計らい、『彼女』は陽動として自身のISを展開した状態で上空から学園へと急降下。

 

BEEPッ、BEEP!!

 

≪高速で学園に接近する武器展開したISを発見! 専用機持ちは直ちにISを展開し、各自状況に備えて下さい!!≫

 

『『『ッ!!?』』』

 

『彼女』が急降下直後に引っ掛かったIS学園のレーダーによって敵機認定をされた為、学園内へけたたましい警報音と山田教諭の校内放送が響き渡る。

之に学園祭というのんびりムードによって結構ノンキしていた生徒たちは度肝を抜かれる事となった。

 

「はぁッ、せっかくの学園祭だというのに・・・春樹の言葉を借りるなら『ヤレヤレじゃ』だぞ、まったく」

 

「えぇ、本当に。少しは空気を読んで欲しいですわ」

 

「・・・台無し」

 

「ちょっとちょっと貴女達ッ、なんでそんな悠長に構えてるのかしら?!」

 

しかし皆が慌てる中、ここ数ヶ月の出来事でこういう事に些か”慣れ”てしまっていたラウラは口へほうばっていたスナック菓子をジュースで流し込みながら溜息を一つ吐き、其れにセシリアと簪が同調する。

このやり取りに楯無のさも当然なツッコミに対し、シャルロットが「最近、こんな事が多かったからかな?」と苦笑した。

 

≪聞こえるか、専用機持ち共!≫

 

『『『ッ、はい!!』』』

 

そうこうしている内に学生主任である千冬から通信が入った事で、漸く彼女たちの表情がキュッと引き締まる。

 

≪篠ノ之とデュノアは生徒達の避難誘導を! 更識姉妹は学園内を索敵ッ、凰とオルコット並びにボーデヴィッヒは上空からの敵機を迎撃しろ!! 以上、散開ッ!!≫

 

『『『了解ッ!!』』』

 

千冬の指示によって彼女達は自らの務めを果たすべく各方面へと出撃していった。

 

「織斑先生、各専用機持ち生徒達は所定位置へと移動しています」

 

「解った。それで山田先生、一夏・・・いや、織斑と清瀬に連絡はまだつかないのか?」

 

「は、はい。そ、それがさっきから何度呼び出しても応答がないんです!」

 

「なんだとッ? この非常時に一体何をやっているんだ、アイツらは?」

 

山田教諭からの返答に彼女は頭を片手で抱えて溜息を大きく漏らす。

まさか、其の二人が侵入者とドンパチやっているとは露も知らず。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ッ、来たぞ!」

 

一方、所定位置へ待機していたラウラ達は高性能レーダーにて学園へ向かって急降下してくる機影を確認。

敵機の情報を得ようとライフルスコープを覗いたセシリアはギョッと表情をしかめた。

 

「ラウラさん、あの機体は・・・!」

 

「あぁッ、此方でも確認できた。ベルギーでの一件以来だな・・・ッ」

 

「えッ、なに? アンタ達の知り合い?」

 

セシリアと同じようにラウラも機影を確認した後に「ッチ!」と大きく舌打ちをする。

二人が目にしたのはベルギーのブリュッセルで起こった襲撃事件の主犯格―――――

 

「「―――『サイレント・ゼフィルス』!」」

 

「ちょッ、二人とも?!!」

 

「!」

 

敵機の正体を確認した二人はジャキリッと武装を構え、何の躊躇いもなく一斉射撃を行った。

ラウラは砲弾パッケージ『パンツァー・カノニーア』で榴弾の雨をこれでもかと降らせ、セシリアは専用レーザーライフル『スターライトmkⅢ』で的確な射撃をする。

鈴も二人に遅れまいと拡散衝撃砲『崩山』で攻撃を開始。

 

ボシュゥウッ!

「・・・ッ・・・」

 

だが、『彼女』・・・サイレントは三人の攻撃を容易くシールド・ビットで防ぎ、取りこぼした攻撃は難なく回避。更に速度を上げて三人の防護壁を突破しようとする。

 

「やはり・・・あれぐらいでは止まりませんわね」

 

「それは解っていたことだろう。春樹の追撃から逃げ遂せるようなヤツだぞ」

 

「そうでした・・・わね!」

 

すかさずセシリアはライフルビットを展開させ、スターライトとの同時射撃を行う。

勿論、サイレントはこの直線的な攻撃を防ごうと迫りくるレーザーの進行方向にシールドビットを持っていく。

 

ズギャンッ!

「ッ、ぐゥ!!?」

 

しかし、どういう訳かレーザービームはサイレントが展開したシールドビットの前で弧を描いて曲がると黒い装甲板に見事命中した。

まさか彼女が偏光制御射撃をするとは思わなかったサイレントは進行を停止し、後退する。

 

「ビームが曲がった!? セシリア、いつの間にそんな事が出来るようになったのよ?!」

 

「つい最近です。これも春樹さんとの特訓のおかげですわ」

 

驚く鈴にセシリアは得意げな顔をして鼻を鳴らす。

その表情が気に入らなかったのか、攻撃を喰らってしまったサイレントがギロリとバイザー越しに彼女を睨む。

 

「さて・・・観念しろ、サイレント・ゼフィルス。貴様をここで確保する!」

 

「・・・・・フッ」

 

見得を切るラウラにサイレントは不敵な笑みを浮かべる。

之が癪に障ったラウラは「何が可笑しい?!!」と声を張り上げた。

 

「・・・貴様だけが出来ると思うなよ」

 

不敵な笑みと共にサイレントは六基のビットを放出し、三人に目掛けてレーザーをズギャン!と放つ。

彼女のビットから放たれたレーザーは、セシリアの放ったものよりも複雑なまるで空を舞う燕のような曲線美を描きながら彼女を捉えた。

 

「ッ、きゃぁあああああ!!?」

 

「セシリア!?」

 

「アンタよくもッ、このぉ!!」

 

サイレントの射撃によって吹き飛ばされたセシリアをラウラに任せ、鈴は近接戦闘武装である『双天牙月』を展開して瞬時加速で切り込む。

けれど、その攻撃を読んでいたようにサイレントは銃剣『スター・ブレイカー』で容易に受け流す。

 

「くッ・・・アンタ、一体誰なのよ?!」

 

「答えると思うか?」

 

サイレントはそう短く切り上げると銃剣を振り上げては振り下ろす。

その背後からセシリアを安全な場所に移したラウラが奇襲をかけようとしたのだが、サイレントは六基のビットで応戦する。

傍から見ればラウラ達が多勢に無勢でサイレントを推しているかのように見えるが、逆に二人がサイレントに弄ばれていた。

 

「フッ・・・」

 

「何がッ、可笑しい?!!」

 

「あのイギリス人には少々驚かせたが・・・・・拍子抜けだな、ドイツの”遺伝子強化素体(アドヴァンスド)”」

 

「ッ、貴様・・・何故それを?!」

 

容易に二人を捌くサイレントはラウラへバイザーから歪んだ笑みを覗かせる。

自分の文言に動揺したラウラにサイレントはビットの一斉射撃を喰らわせんと狙い澄ました・・・・・その時だった。

 

ドゥグォオオオッオオン!!

 

『『『ッ!!?』』』

 

突如として何とも凄まじい爆発音が轟いたかと思えば、学園の一角から黒煙が立ち込めているではないか。

 

「ッ、しまった! 貴様は陽動―――」

 

「ッ―――――!!」

 

「あッ!? 待て、この!!」

 

サイレントが陽動だという事に気づいたのも束の間。当の本人は一瞬フリーズした後、その黒煙が立ち込めているであろう場所に再び急転直下の速度で突貫するではないか。

彼女を逃がすまいと進行ルートに鈴が立ち塞がるが―――

 

「ッ! 目を閉じろ、鈴!!」

 

サイレントはその彼女の前に掌大のモノを放って投げる。

其れが何なのか逸早く察知したラウラは目を瞑るように促すが、一足遅かった。

 

バキィイイイッイイン!!

『『『ッ!!?』』』

 

辺りを覆い尽す強烈な閃光と鼓膜を破く甲高い爆発音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・二回目の爆発オチ。こんな筈じゃなかったのに・・・
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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81話

 

 

 

バキィイイイッイイン!!

「くゥッ・・・!」

「きゃぁあッ!!?」

 

恒星のような眩い光を放つ閃光弾(スタングレネード)に怯んでしまったラウラと鈴の間を抜け、サイレント・ゼフィルスは未だ黒煙の上がる学園建物内部へと瞬時加速で一気に侵入する。

内部へ入って見れば、辺りはモクモクと多くの煙が立ち込めていた。

 

・・・何故に彼女は交戦していた二人を牽制し、この様な行動をとったのか。

それはサイレントの回線に彼女の上司から緊急通信が入ったからだ。

 

「・・・どこだ?」

 

通信内容としては、サイレントよりも先行して学園へ潜入していたオータムの”救援”に迎えとの御達しである。

 

・・・だが、サイレントはこの通信に不信感を抱く。

何故ならば、彼女から見てオータムという人物は常日頃から傍若無人な態度をとっているいけ好かない人間ではあるものの、そんな態度が許される程の実力を有していたからだ。

そんな組織でも指折りの実力者が窮地に陥っている事がサイレントには甚だ疑問であった。

 

「ぜェッ・・・はァ・・・! え、『M』・・・ッ!!」

 

「ッ、オータム・・・?!」

 

しかし、『百聞は一見に如かず』といった言葉にあるように、サイレントはISのハイパーセンサーで発見したオータムを見て息を吞んだ。

見れば彼女の顔面は赤く何倍にも膨れ上がっており、身体の至る箇所に裂傷と火傷を負っていたのである。

 

「オータム、一体何があった? それにアラクネは・・・お前のISはどうしたッ?」

 

「ウルセェ、うるせぇッ! 訳は後だッ、さっさと此処からズラからるぞ!!」

 

ヨロヨロと漸う立つオータムに肩を貸しながら声をかけると、彼女は喚きながらサイレントに離脱を急かした。

 

「くそ、クソッ、糞ッ! ふざけんなフザけんな!! あんなヤツがいるなんて聞いてねぇぞ、クソッタレ!!」

 

「・・・・・」

 

サイレントは自分の横で侮蔑の言葉を吐き散らすオータムが”恐怖”や”怯え”に飲み込まれまいと自らを鼓舞しているように感じ、普段の彼女では到底考えられない青い青い表情が強く印象に残った。

 

「あのクソ野郎ッ、次やるときは必ず・・・必ずぶっ殺してやる!! オレにこんなヒデェ事をしやがってあの野郎ッッ!!」

 

オータムの脳裏に浮かぶのはある人物の”笑い声”と”眼”。

順調に進んでいた任務を容易にぶち壊し、自分を虫けらの様にコケにしてくれた人間に彼女は強い殺意を抱く。

けれど今は重傷を負った身。

幸いにも自爆する直前にアラクネのISコアは抜いた。コアが無事なら再びISを纏うことが出来る。

その為にも今は逃げるしかない。『三十六計逃げるに如かず』である。

 

ギャシィイッン!

 

「「!!」」

 

だが、そんな二人の背後から何かが勢い良く飛んで来た。

見れば刀身が鮮血の様に色付いた”鉈”が自分達の前にあった壁へ突き刺さっているではないか。

 

「こ、これは・・・!」

 

サイレントは其の鉈に見覚えがあった。

半月前、ベルギーで遂行しようとした任務を失敗に追いやった者が装備していた武装に酷似していたのである。

 

「オータムちゃ~ん、どこ行くの~♪ まだまだ遊ぼうやァ~~~♪」

 

「ッひ!!? や、やや、ヤツだ! Mッ、早く飛べ!! ヤツがッ、あの野郎が来る!!」

 

その時、二人の背後から何とも軽やかな歌声が聞こえて来た。

サイレントの肩を借りていたオータムは酷く狼狽し、青い顔を更に青白くする。

 

「阿破、阿破破ッ・・・阿阿破比比破破破比比比比比ィ!!」

 

「あ・・・アイツは・・・ッ!!」

 

煙の中から揺らめく二つの光と気味の悪い笑い声にサイレントは覚えがあった。忘れたくても忘れられない夏の忌々しい記憶が一気に脳内へ蘇る。

 

『ギデオン』ッ・・・!」

 

彼女はハイパーセンサーから肉眼で認識できる距離に立った人物の名を呼ぶ。

ベルギーで起こったテロリスト襲撃事件で自らを撃退し、知りたくもない”味”を無理やり口に詰められた人物の名を。

 

「阿ぁ、阿アぇ? ア破阿はハ比は比比比ひひッ!! こ子個コりリリャ一体どう言うこここった? ひさ、ひさささ、ひさビさにあうコが居るぞゾ?」

 

『ギデオン』こと、二人目の男性IS適正者である春樹も半月ぶりに合うサイレントに気づいたのだが・・・様子がおかしい、かなりおかしい。

 

「さイレんと、サいれント、サイレント! サイレント・ゼフィルス!! き見みミ、君のほほ方からアイに来てくれるななんて・・・うれうれ嬉シイねぇ~♪」

 

爆発によるダメージからか。片目と片額が露出する程に鉄仮面の一部が吹き飛ばされており、口のある部分からは体液の混じった涎がポタリポタリと垂れていた。

明らかに正気ではない。

 

「ででデも、今は君によよ、要はない~ンだ。大人しク、其のノ隣に折るくソったれアバズレを寄越せセ!」

 

「なにやってるんだッ、M?! さっさとオレを逃がせ!! 『スコール』からもそう指示されたんだろうがッ!!」

 

「・・・ウるちゃい、クタバレ~」

 

喚くオータムに春樹はリボルバーの銃口を向けてズドンッ!と発砲。

 

ガシィッ!

 

「阿らン?」

 

しかし、オータムの顔面向けて発射された弾頭をサイレントは寸での所で掴み取った。

 

「え、M!」

 

「・・・行け、オータム。此処は私に任せろ」

 

「逃がすか、阿保”ホ”ホ”ほ”ほ”?!?」

 

春樹は正気の沙汰とは思えない奇声を上げながらバシュッと腰へ装備されているスラッシュハーケンを射出する。

だが、またしても其れをサイレントは掴み取った。

 

「早く行けッ、早く!!」

 

「!」

 

「行カせないィイイッ!?!」

 

春樹は逃さまいと瞬時加速で迫るが、「そうはさせん」と彼の進行方向にサイレントが立ち塞がる。

案の定、両者は激しい金属音を響かせながら通路から隣の部屋へと壁を突き破って入室した。

 

「阿”破”破”破”ッ? ジャジャジャジャますーな!!」

 

「ぐゥッ!!」

 

遂に言語中枢が狂いだした春樹はサイレントの頭部を掴んだまま次の部屋、次の部屋へと壁を突き破って行く。

その間、自爆したアラクネの火が建物内へと燃え広がっていった。

 

「ッ、ビット!!」

 

春樹との揉みくちゃにサイレントは堪らずビーム攻撃を放とうと射程位置へビットを配置する。

 

「無ダダダダダダッタ!!?」

 

「な!?」

 

だが、射程位置についたビットは突如として機能停止する。

理由を挙げるとするならば、遂に頭のイカれた春樹の専用機『琥珀』が有しているAIC能力の賜物だろう。

 

「阿”阿”阿羅羅ッイィ!!!」

 

「ぐフぁッ!!?」

 

AICによる多大な負荷を脳に負いながら、目の焦点が合ってない春樹は狂ったようにサイレントを殴る。

先程までオータムを殴打したように彼女の首を圧し折る勢いで掴んでだ。

 

「ッ、このォッ!」

 

「ぶゲッ!!?」

 

されどサイレントの方も黙ってやられている訳ではない。

彼女は殴打と殴打の間を縫って春樹の顔面へ向け発砲。更に銃剣で突き刺す。

 

「・・・阿比比比っ?!!」

 

「ッ・・・この、バケモノめ!」

 

「おんどりゃぁアアッ!!」

 

頬を抉る様に突き刺さった銃剣をバギンッと圧し折り、奇天烈な叫びを轟かせながら拳を振り切った。

フルパワーで殴り飛ばされたサイレントは再び隣の部屋へと壁を突き破って入室。

幸い学園祭開催中だった為、一般生徒や招待客は不在。だから存分に暴れまわっても問題は・・・・・あるにはあるが、今はないことにしておく。

・・・二人の背後ではボヤが火災へと発展してしまっていたが。

 

「阿”アあッ!! 酒ッ、酒酒酒酒酒、酒? 酒! アルあるアル、アルコール!! おヴぉえええッ!!」

 

サイレントを殴り飛ばした春樹は奇声を上げながら頭を抱えて激しいヘッドバンキングをし、後に部屋の壁が陥没するほどヘッドバッドをして嘔吐を吐き散らかした。

 

「おヴぉええッ、オエッ・・・! ハァ・・・はぁ・・・ッ!!」

 

体内の多量失”酒”とアドレナリンの多量分泌、脳内麻薬の過剰摂取によって彼の神経系統はオーバーヒート寸前。

熱を冷まそうにもここには消毒用エタノールどころか水もない。

 

「おおッ兄弟よ、この旋律ではない! メタリカはバンド名でスタンド!! ジャンボピーマン美味い美味いッ!!」

ジャキッ

 

・・・いや、冷やすものならばある。

言語中枢異常によって支離滅裂なことを言いながらもリボルバーに弾丸を込め、銃口を自らのこめかみに当てて―――――

 

「ッ!!」

ズドン!!

 

・・・撃鉄で薬莢を蹴り上げた。

 

「ゲホッ、ゲホ! い、一体何が・・・・・って、な!?」

 

春樹の殴打から漸う立ち上がったサイレントは、目の前で仰向けに引っ繰り返っている彼に仰天する。

先程まであんなに執拗に自分を攻撃していた男の頭部がカチコチに”凍っていた”のだから無理もない。

 

「な、なんなんだ・・・本当に何なんだ、コイツは!?」

 

突然襲い掛かって執拗に攻撃をして来たと思ったら自分の頭を氷漬けにしている春樹に動揺しつつ、「今のうちに」とこの場から立ち去ることにした。

勿論、一応のトドメを刺すことも吝かではなかったが・・・彼女としてはこれ以上この男に関わり合いたくなかった。

 

ソロリそろりと体重移動させながら、その場を立ち去ろうとした・・・・・その時。

 

「・・・・・」

 

「!?」

 

氷結弾で自分の頭を撃った春樹がまるで絡繰り人形のように無言で起き上がり、また随分と機械的にカクンと琥珀色の目を向ける。

その余りの不気味さにサイレントは小さく「ひッ・・・!!」と悲鳴を上げ―――――

 

「~~~~~~~ッ!!」

 

―――其の場から逃げ出すようにブースターを命一杯吹かせた。

 

「(逃げないと、早く此処から・・・早くアイツから逃げないと!!)」

 

サイレント改め、Mは脅えていた。

この世に生まれ出でて数々の戦場を跋扈し、砲火を疾駆した百戦錬磨の生体兵器が”恐怖”していた。

背後から猛スピードで迫り来る頭部がカチコチに氷漬けとなった人間が正しい二足歩行で走ってくるのだ。そりゃあ怖い。

 

「オータムッ、掴まれ!!」

 

「え、M?!」

 

途中、先に逃げていたオータムを拾い更に速度を上げるMだが、其れを狂った春樹は距離を拡げる事無く猛追する。

 

「やっと追いついた!!」

「もう逃がしませんわ!!」

「覚悟しろッ、テロリスト!!」

 

そんな二人の前に漸く閃光弾を搔い潜って来たラウラと鈴、Mの攻撃から回復したセシリアが現れた。

 

「どけッ、クソガキども! 頼むから其処をどいてくれ!!」

 

「くッ! ビット!!」

 

進行ルートを塞ぐ三人にオータムはすがるような声を張り上げるすぐ隣で、Mはビットを展開するのだが・・・・・

 

「おいッ、どうしたM?! さっさとビットを出して戦わねぇか!!」

 

「・・・出来ない・・・ビットが、ビットが使えない!!」

 

「~~~ッ、ふざけんじゃねぇッ!!」

 

あろう事か、ビットは春樹のAICによって再起不能にされてしまっていたのだ。

前門の戦乙女に後門のキチガイ・・・二人は正に絶体絶命の状況である。

 

「ッ、こうなれば!!」

 

この状況を打開せんとMは窓から脱出を図った。

ガシャンとガラスを蹴破り、蒼空の彼方へ瞬時加速を命一杯吹かす。

 

「あぁッ、もう!!」

「このままだと逃げられてしまいますわ!」

「一体どうすれば・・・・・って―――――」

 

「「「一体何があった(んです/んだ)の、(清瀬)春樹(さん)ッ!!?」」」

 

空高く逃走する二人を見ながらラウラ達は歯嚙みをする前に眼前へ現れたズタボロカチコチの春樹に吃驚仰天。

 

「・・・・・」

 

けれど、一方の春樹はそんな三人などお構いなしに逃げるM達の方を見据えると左手首のコネクタへ右手首の制御ユニットを接続。その構えは、大抵の男子なら誰もが通る道と言えるほどのキャラクターの必殺技であった。

 

「・・・・・く・・・」

 

「「「く?」」」

 

「・・・クタばりやがれ・・・ッ」

 

そして、今にも息も耐えそうなか細い声と共に右手首へ接続された左コネクタを一気に下へスライドさせる。

 

ズビャァアアアアアアアアッ!!!

 

さすれば、右手首の射出口から凄まじい勢いで眩い紅白のレーザービームが放出された。

 

「ッ!!?」

「うッ、うぎゃぁあああああ!!?」

ドッゴォオオオオオ―――オオッン!!

 

空へ逃走し、やっとこさ一息吐けると思っていたオータムの断末魔と共に二人は春樹の放ったスペシウム光線(仮)に飲み込まれてしまうのであった。

 

「どうじゃ、ざまぁ・・・みや、がれや・・・!!」

 

侵入者二人が光線に飲み込まれた事を確認した春樹は張り詰めていた糸が切れたのか、前に倒れ込む。

 

「は、春樹!!」

 

そんな彼にラウラは猪の一番に駆け寄って抱き寄せる。

未だ現状が読み込めていない彼女はアタフタと動揺し、顔を青くして体を揺さぶった。

諤々とラウラの手に揺られながら春樹はこう一言。

 

「・・・・・・・・酒が、飲みたい・・・」

 

そう言葉を紡いだと同時に意識を手放すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・決め技の為の一話。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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82話

 

 

 

「”惜しかった”・・・今回”も”彼は実に惜しい所までいった。だが、残念な事に今回も”至る”事はなかったな」

 

様々な言語で編集された本が建ち並ぶまるで大図書館の様な空間の一室で、上質なカウチに坐した男が一人、悩まし気な表情と口調で溜息を漏らす。

 

「当たり前よ。春樹があなたみたいな男の思い通りになってたまるもんですか」

 

そんな哀愁漂う男の声にガラスを隔てた真向かいの空間から、真っ赤なバラの様なワンピースを着た白髪の幼い少女が答える。実に得意げにだ。

 

「まさか、あそこで彼が自分の頭へ氷結弾を撃ち込むとは思わなかった。あのまま自らの本能に抗うことなく、自らの”獣性”に身を委ねれば良かったものを」

 

「黙りなさい、”怪物”。彼を解ったような口を利かないでちょうだい」

 

此方を睨む少女に男はクスッと口角を引き上げる。

 

「フッ・・・ついこの間まで”プログラムされた感情”しか持ち合わせていなかった幼子が随分と無礼な口を利くな? 其れに「彼を解ったような口を利くな」とは可笑しい。私と彼はコインの表と裏の様なもの。後からやって来た君にとやかく言われる筋合いはない。未だ己の存在を彼に認識されていないのなら猶更」

 

「ッ・・・やなヤツ。本当に本当にやなヤツよ、あなたみたいな”獣”は。自分でもそう思わないの、”人食いハンニバル”?」

 

くすくすと笑う男に少女は苦虫でも噛み潰したような表情と忌々しそうな視線を突き刺す。

 

「何とでも言えば良い。未だ彼は私の掌の上、なにも焦る必要はない。私はこのままじっくりと彼が”染まる”のを見守る事にする。高温で一気に焼くよりも、低温でゆっくりと焼いた方が肉は美味いのと一緒だ」

 

「・・・もう一度・・・あえてもう一度同じセリフを吐かせてもらうわ、ハンニバル・レクター。『春樹があなたみたいな男の思い通りになってたまるもんですか』」

 

「フフッ・・・そうなる事を”私も望んでいるよ”」

 

「・・・ッチ」

 

綺麗な顔に見合わない舌打ちを吐き捨てた少女は席を立ち、元居た自分の居場所へと戻って行った。

其れを視認しつつ、男は・・・ハンニバル・レクターは自らの記憶の宮殿へと思考を沈ませる。

 

「あと少し・・・あと少し”キッカケ”さえあれば、彼は・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

『後日談と言うのが、今回のオチ』みたいな感じで今回の一件の顛末を語らせてもらうこうじゃ。

 

学園祭に乗り込んで来たテロリスト共は、何でか知らんが撃つ事が出来たスペシウム光線(芹沢さんに言わせるとゼットシウム光線らしいが、この際どーでもええ)に飲み込まれた”らしい”。

『らしい』ってのは、俺は其の事を断片的にしか覚えとらん故にじゃ。

正確に言えば、オータム言う絡新婦が自爆しやがった辺りから覚えとらん。

 

・・・あッ、そうそう。ついでに言うと其のオータム言うボケにボコボコにされとった”阿呆の方”の織斑は、廊下で気絶しとる所を学園内を索敵しょーたシスコン会長と簪さんに拾われたそうじゃ。

 

んで、其の必殺光線に飲み込まれた賊共は未だ行方不明。まだ土左衛門が打ち上がっとらん言う事は、多分生きとるじゃろう。

サイレントちゃんの方は兎も角・・・ゴキブリみたいなヤツじゃなぁ、オータム言う輩は。

しかもまた”逃して”しもうた。あぁ~イラつくのぉッ・・・!

 

・・・話を元に戻す。

今回の一件は勿論、一般生徒や招待客には秘匿じゃ。表向きはオータムの自爆を生徒の火の不始末による火災として公表された。・・・・・されたんじゃけども・・・

 

≪春樹ッ! あんたぁ、ホントに大丈夫なんかぁ?!≫

 

御蔭で俺ぁ今までの敵を優に超える人間と交戦・・・いや、”口”戦する事になってしもうたでよ。

 

「じゃけんさっきから言ーろーがなッ。俺ぁ大丈夫じゃって、”母ちゃん”!」

 

≪よー言うわな! そねーな事言うて去年、醤油樽中へ身投げしたんは誰じゃったかなぁッ?≫

 

「うぐッ・・・痛い所突くのぉ・・・」

 

どっかのおわんごな招待客が「IS学園出火ナウ」みたいな阿呆な事をネットに投稿してくれたせいで、俺は我が家の『ゴットマザー』からの電話対応に追われる始末じゃ。

 

此の所『ダイ・ハード』みたいな映画が何本も撮れるような糞ッタレなイベントごとに晒されようたけん、心配かけまぁと電話するのを怠ったツケが回った来た感じじゃ。

 

≪夏休みでもちょこっとしか家に帰って来んかったし・・・あんたぁホントに大丈夫なんか? そん時にバイト代じゃ言うて、”五百万円”の入った封筒持って帰ったけど・・・なんか危ない事をしょーるんじゃねぇじゃろうなぁ?≫

 

五百万円言うんは、俺が『銀の福音事件』の活躍で長谷川さんから貰うた報酬額の事じゃ。

まさかそねーに貰えるとは思わんかったけん、実家の家電一式を最新型に買い替えて、夏休みの帰省中はいつもなら行かんような豪華な店で外食三昧してやったでよ。

・・・そのせいかは知らんが、父ちゃんの痛風がぶり返してしもうたけんど。

 

「大丈夫じゃっちゃ。あの現ナマは安心安全な金じゃけん、心配せんでもエーって何度も言うよーるがな」

 

≪そねーな事言うても春樹・・・お母ちゃんは心配で心配でッ≫

 

「相変わらず心配性じゃのぉ。俺は(テロリストのせいで左の肋骨三本と右足首を粉砕骨折したけど)元気にやりょーるけん心配せんでもエエでよ」

 

≪ほうかぁ? ならエエんじゃけど・・・・・ところで春樹、あんたぁ次はいつ帰って来るんなら?≫

 

「阿ぁ? そうじゃな、今度は冬休みじゃ。土産でも買うて帰るけんな」

 

≪土産はエエけん、無事に帰って来るんよ? それだけで十分じゃけんな≫

 

「あ~、はいはい。解った解った」と、なんとか母ちゃんを丸め込む事に成功した俺はこのまま話を切り上げて電話を切った。

口から出任せ言うんは、織斑先生からの事情聴取と言う名の尋問を受けよーる時の何千倍も緊張してしもうたでよ。

流石は母ちゃんッ、子供を心配する母親の凄味があったでよ!!

 

「・・・ご家族への電話終わりましたか、清瀬君?」

 

そねーな安堵する俺に疑問符を投げかけるんは、我らが学園の長である轡木学園長先生じゃ。

 

「すんません、学園長先生。話の途中じゃ言うんに電話に出てしもうて」

 

「構いません。流石にあのような呟きが全国区のニュースになるとは私も思いもよらなかったですから。清瀬君の御母上が心配するのも当然の事です」

 

「阿破破ッ、いやはやお恥ずかしい。・・・そんで、どこまで話してましたっけ?」

 

「はい・・・清瀬君の指摘した『学園内に”モグラ”が紛れ込んでいる』と言う辺りからです」

 

なんだか照れ臭うなって頭を掻く俺に学園長先生の柔い表情が一気に鋭うなった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

学園祭襲撃事件から数日後。

襲撃者であるオータムによって全治三か月以上の重傷を負った筈の春樹の姿は、何故か病室ではなく学園長室にあった。

 

事件後、すぐさま彼は学園内にある緊急医療棟に搬送されたのだが、日を跨ぐ前に持ち前の異常治癒能力で負傷箇所を回復させて起き上がった。

そして千冬からの事情聴取後、率先して轡木の召喚へ応じたのである。

 

「まさか、私が所用で学園を空けている時に襲撃をかけて来るとは・・・やはり君の言うように内部へ”モグラ”、つまりは亡国企業のスパイが潜伏していると見て良いでしょうね」

 

「はい。阿呆の方の織斑・・・もとい織斑の話だと最初はIS関連企業関係者としてコンタクトして来たって言うんですからね。大きなリスクをしょって無理矢理入り込んで来たんじゃのうて、生徒間のみに発行された招待チケットを使っての侵入でしょうな。其れに当日の警備情報や監視カメラ位置も把握しとった節がありますけんね。間違いないと思いますよ」

 

春樹の意見に轡木は「・・・そうですか」と相槌を打って瞼を閉じた後、彼に対してつかぬかぬ事を聞いた。「スパイとして怪しい人物は誰か」と。

 

「取りあえずは、今回の生徒会の出し物を予め把握していた人間全員です。その中でも特に怪しい人間が少なくとも二人います」

 

「参考に聞いておきますが・・・誰でしょうか?」

 

轡木の言葉に対し、春樹は「一介の個人的な意見なので、お気を悪くされないでくださいね」と前置きした上で話し始める。

 

「先ず一人目は、男子生徒争奪戦なんて催し物を企画した生徒会長の更識 楯無。あの企画のせいで警備が手薄になった箇所が幾つかありました。二人目はそんな時に学園を出払っていた人間・・・学園長先生、貴方だ」

 

「・・・ほう」

 

彼の突拍子もない発言に轡木は一瞬眉をひそめて頷いた。

 

「理由としては・・・学園長先生は表に殆ど姿を現さないし、今までの騒動でも蚊帳の外が多かった。素人考えでも、学園長先生が黒幕なんじゃないかと思いまして」

 

「・・・ふむ、確かに。今まで私が席を外している時や私の手から離れた場所で騒動が起こっていた。清瀬君がそう考えるのも無理はないでしょう。ですが、本当に君はそう思っているので?」

 

怪訝な表情で語り掛ける轡木に春樹は「阿破破破ッ」といつもの様に不気味で奇妙な笑い声を上げた後で「まさか!」と声を張り上げる。

 

「ご気分を害されたのなら謝罪します。ですが・・・可能性としてはなくはないでしょう?」

 

「・・・いつかのように私にカマをかけようとしても無駄ですよ、清瀬君。そして、あまり賢いとは言えないやり方だ。本当にそうだったとしたら、先程の親御さんとの電話が君にとって”最期”になるかもしれなかったんですよ?」

 

「お気遣い痛み入ります。ですが・・・そん時はそん時ですよ、学園長先生。阿破破ノ破ッ!」

 

ニヤニヤと笑みを溢す彼に轡木は溜息を漏らす。

相変わらず春樹の行動パターンは裏で長年に渡って暗躍していた轡木でも計り知れない部分が未だある。

何も考えていないようで多くを考え、正気なようで狂気に陥っている印象が強く彼から感じ取れた。

 

「じゃけどモグラが居る言う事は、これからもアヤツ等は襲撃をかけて来るでしょうな」

 

「次に襲撃をかけて来るとすれば・・・・・」

 

「「『キャノンボール・ファスト』の時」」

 

二人の意見が同じである事に春樹は口角を吊り上げ、轡木は口角をへの字に曲げる。

前途は多難だ。

 

「ふぅ・・・今年は本当に騒動事が多い」

 

「心中お察ししますよ、学園長先生」

 

「ありがとうございます。どうですか、これから君も一杯?」

 

そう言いながら轡木は二人の間にあるガラステーブルへクリスタルボトルへ注がれたデカタンを置く。

 

「・・・いえ、今日の所は止しておきます」

 

「? そうですか」

 

だが、春樹はその誘いを断り、早々に自室へと帰室するのであった。

 

「・・・・・何かがおかしい」

 

春樹が退室した後、彼の対応に轡木は違和感を抱いた。何故ならば、あの春樹が”酒を断った”からだ。

 

「(いつもならばボトルごと呷るように飲む彼が酒を断るとは・・・・・いや、未成年なのだから其れが普通なのだが・・・何かがオカシイ。あの清瀬君が何の理由もなく酒を断るなどとは到底思えない)もしもし、私だ」

 

古来日本では大地震が起こる前には鯰が暴れるといった言い伝えがある。

其の前触れではないかと勘繰った轡木は自身の部下へと指示を入れた。『清瀬 春樹への監視強化』の指示を。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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83話

 

 

 

「ア”ァ”ア”ッ、痛ェ! 痛ェよぉッ!!」

 

世界中各地に点在する数ある亡国企業(ファントム・タスク)のアジトにて。IS学園襲撃の実行犯であるオータムは現在、病床の上で苦しみ身悶えていた。

 

組織の中でも三本の指に入るであろう戦闘力を持った彼女が何故にこの様な状況下に陥っているのか。其れはやはり今回、オータムが遂行するはずだった任務が原因であろう。

 

今回、彼女は世界初の男性IS適正者である織斑 一夏の専用機『白式』の強奪の為に学園へと潜入。

其の当時、生徒会主導で行われていた王冠争奪戦の喧騒を利用してまんまと一夏を拘束。そして、秘密兵器である剥離剤(リムーバー)で一旦は白式の強奪に成功する。

 

されど何故に彼女達は一夏の専用機を狙ったのか。其れは一夏の駆る『白式』という機体は表向きは日本のIS企業である倉持技研が設計開発していた代物と認識されているが、本当は開発が頓挫して欠陥機として凍結されていたものをISの発明者である『篠ノ之 束』が貰い受けて完成させた機体なのである。

其の為、ISを重要視している者達にとっては喉から手が出る程の代物だ。

・・・まぁ、乗り手が”アレ”だが。

 

話を元に戻す。

白式をまんまと一夏から強奪したオータムだったが、彼女はある”ヘマ”をやらかした。

強奪した此処でさっさと逃走すれば良かったものをオータムは専用機なしの生身で抵抗する一夏へ対して更なる暴行を加え、彼を殺害しようとしたのである。

・・・この行為が自身の後の命運を大きく別ける事となるとは露も知らずに。

 

「許さねぇ・・・ヤツだけはッ、ヤツだけは絶対にぶっ殺してやる!! ア”ア”ァ”!!」

 

全身へ奔る激痛と共にエコーがかって脳内に響き渡るのは、「阿破破破ッ!」と笑う鉄仮面の奇天烈な笑い声。

一夏の心臓を抉りださんとアラクネの装甲脚を振り上げた其の時、突如として彼女の身体は後方へ吹き飛ばされた。

 

「阿破破ノ破ッ!!」

 

・・・と拷問部屋と変貌していた更衣室のドアを破って現れたのは、何処かの光の巨人を模した鉄仮面で表情を隠した不気味な男。其の男にオータムは文字通りボコボコにされた。

男は彼女の首を骨を圧し折る勢いで掴むと何の躊躇いもなく頭部を滅多打ちにする。

メキメキと実に生々しい嫌な音と共に歯や顎を砕かれ、頭蓋骨が陥没する程の殴打を喰らったオータムの顔は何倍にもパンパンに膨れ上がってしまう。

 

勿論、彼女もただ黙ってやられている訳ではない。アラクネの装甲脚の切先で男の脇腹を抉り、骨を確実に砕く事に成功する。

しかしてこの攻撃に苦しみ悶える事無く、男は更にオータムの頭蓋骨を砕く。あらゆる攻撃を受け止めるシールドである絶対防御や操縦者の人体を戦闘時の衝撃やGから護る筈の皮膜装甲(スキンバリアー)を通り抜けて骨を粉々に砕いた。

 

この執拗な男の攻撃に遂に耐えられなくなった彼女は、何故か自分を助けようとした一夏と男の諍いの一瞬の隙を突き、自身の専用機であるアラクネからISコアを引き抜いての自爆攻撃を慣行。漸く男の呪縛から逃げる事が出来た。

其の自爆の際、強奪した筈の白式を奪い返されるという失態をしてしまうが・・・四の五の言ってる場合ではない。

 

すぐにでもあの男から逃げたかったオータムは、救援として駆け付けたサイレント・ゼフィルスを駆るMに命からがら合流。

さっさと撤退をしようとしたのだが、其の背後から不気味な笑い声と共にあの鉄仮面が迫ってくるではないか。

 

そんな状況を何とか打破し、”狩る”側から”狩られる”側の恐怖を植え付けられつつもオータムはMに背負われて空へと脱出。

やっと落ち着けるかと思ったのだが・・・そんな二人を紅白色のおめでたい光が包み込んだ。

 

「・・・ア”ァッ・・・! 嫌だ、ヤダやだヤダヤダヤダッ、やめろ!! ヤメテくれェエ!! 熱いのはもう嫌だぁアアッ!! 助けてッ、助けてくれ!!」

 

「オータム!」

 

ISを纏っていなかったオータムは背中を中心に身体全体を焼かれ、瀕死間近の大火傷を負ってしまった。

其の為、その時の記憶がフラッシュバックしては時折彼女は酷く狼狽した。

 

「大丈夫・・・大丈夫よ、オータム。此処には貴女を傷付ける人間はいないわ」

 

「うぅッ・・・『スコール』・・・ッ!!」

 

そんな動揺するオータムの手を彼女の恋人で組織の実働部隊『モノクローム・アバター』を率いる女性幹部『スコール・ミューゼル』が優しく両手で包む。

その手と声に安らいだのか、オータムは静かな寝息を点て始めた。

 

「・・・・・M、いるんでしょう?」

 

「・・・・・」

 

眠るオータムを見ながらスコールはキィンと自動ドアを開いて入って来た無言のMへ声をかける。

 

「『ギデオン』・・・彼が二人目の男、『清瀬 春樹』に間違いないのね?」

 

「・・・あぁ」

 

スコールの問いにMは静かに短く答えた。

 

世界で男性IS適正者の二人目として発見された『清瀬 春樹』と言う男。

其の全貌は様々な方面へ手を伸ばしている組織でも把握する事に到っておらず、未だ素顔さえ掴めていなかった。

だが今回オータムの働きもあってか、ベルギーで突如として現れた謎のIS操縦者『ギデオン・ザ・ゼロ』と彼が同一人物だということが判明。

しかし、其れを突き止めたオータムは「どうせ雑魚だろ?」とそれ以上の詮索をやめてしまったのである。

なので、未だ彼の素顔はMがサイレントの内部カメラで捉えた鉄仮面の無骨な表情だけだ。

 

「・・・私達も他の人間の様に彼を見誤ったのね。”おまけ”と侮っていた清瀬 春樹という男を」

 

「・・・・・」

 

そう呟くスコールにMは何も答えない。其の代わりにギュッと両拳を握り緊め、キュッと悔しそうに下唇を噛んだ。

そして、聞こえるか聞こえないかの小さな舌打ちをした後に部屋から退出した。

 

「(・・・・・クソッ・・・クソ、クソクソ、クソッ!!)」ガン!

 

病室から出たMは少し歩いた後、彼女は通路の壁を思いっ切り素手で殴る。

 

「(また・・・またあの男に私は・・・・・)クソッ!!」

 

其の衝撃で手の裏から血が出るが、尚も御構い無しにMは更に何度も壁がヘコむまで殴った。

 

「(”姉さん”に会う前にヤツを・・・ヤツを私の手で・・・ッ!!)」

 

人知れず少女は噛んだ唇から血を滴らせながら、口をへの字に結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

≪阿”阿”阿羅羅ッイィ!!!≫

 

「うわ~、”はーくん”ってばライオンさんみたいだぁ~」

 

一方の同時刻。

此処ではない何処かに必ずあろう研究所(ラボ)で、ISの発明者である天才科学者『篠ノ之 束』はどう見ても隠し撮りであろう映像を超大型モニターで楽しんでいた。

 

「・・・また見ているのですか、束様?」

 

「あッ、『クーちゃん』!」

 

そんなヒーローショー楽しむ幼子のようなキラキラ輝く目でモニターを見つめる彼女へ、何やらドス紫色のゲル状な物体を皿へ乗せて持って来た流れる様な銀髪を有した少女が背後から声をかける。

其の容姿は、学園へ在籍する銀髪少女と酷似していた。

 

「うん! 何度見ても飽きないから不思議だよ~!」

 

「・・・そうですか。お食事の方はどうされますか、束様?」

 

「クーちゃんの作ってくれたものだもん、もちろんいただくよ~!」

 

そう言って束は彼女から皿に乗せられたゲル状の物体を受け取るとモシャりぐしゃリバリバリと食べた。

其の食べ物から聞こえてくるとは思えない咀嚼音を点てる束の隣でクーちゃんこと、『クロエ・クロニクル』がジッと細い糸目でモニター内で暴れ回る春樹を見る。

 

「んん? クーちゃんもはーくんに興味があるのかな~?」

 

「・・・はい、束様。清瀬 春樹様は、”あの子”の様に越界の瞳(ヴォ―ダン・オージェ)に完全適応されております。・・・それも”両目”ともです」

 

そう言ってクロエは”黒の眼球”に”金の瞳”で彩られた自分の瞳を撫でる。

 

「そうだよね~、はーくんってば意外とスゴイんだよね。なんでISを動かせるのか、束さんでも解んないしさ」

 

「そうなのですか?」

 

「YES YES! ほんと生意気な細胞だよ! でも、そんなところが・・・・・ムフフフ~♪」

 

「・・・束様、楽しそうですね」

 

何処か照れ臭そうに口元を抑えて笑う束にクロエは意外そうな表情を見せた。

何故ならば、篠ノ之 束という人物は今まで自身の妹である箒や親友である千冬、彼女の弟である一夏にしか興味を抱かなかった。

しかし、そんな彼女の前へ彗星の如く現れたのが春樹である。

 

最初は何故に一夏以外の男がISを駆る事が出来るのか理解できず、其の事から『銀の福音事件』時にはドサクサに紛れて彼を殺害しようと目論んでいた。

だが、そんな束の目論見を持ち前の爆発力と不思議な力(ガンダールヴ)で彼は覆したのだから、彼女が興味をそそられるには十分だ。

・・・ただ、いつもと違う点があった。

 

「ふふ~ん♪ また会いたいな・・・はーくんに・・・」

 

「束様・・・?」

 

其れは、束の目がまるで想い人でも思うかのようなシットリとした艶やかな目元をしていた点である。

クロエはそんな彼女の目を不思議そうに見るばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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84話

 

 

 

謎の過激派組織『亡国企業(ファントム・タスク)』のIS学園襲撃から一週間後。

テロリスト二人を撃退し、事件を解決へと導いた影の英雄であろう春樹は、都内某所にある研究施設で―――――

 

「くぁ~ッ・・・」

 

―――猫のような大欠伸をしながらCTスキャンを受けていた。

 

・・・何故に彼がこの様な場に居るのか。簡単に要約すると、春樹の専用機である琥珀のメンテナンスと彼自身の健康診断の為だ。

今回の一件でまたも琥珀は大きな機体ダメージを負い、同じく春樹も身体に大ダメージを受けた。

琥珀の方は”いつもの事”と言えばいつもの事なのだが・・・問題は春樹の方である。

 

VTS事件以降、度々・殆ど・いつものように厄介事へ巻き込まれてはとんでもない大怪我を負って来た春樹。

だが、其の度に彼は常人では考えられない治癒能力でダメージから回復して来た。

そして、其の度に「身体を調べさせてくれ」との話が関係各所から舞い込んでくるではないか。

勿論、春樹はそんな話をのらりくらりと回避して来た・・・・・今までは。

 

「阿”~・・・次の検査なんじゃたっけ?」

 

春樹は何を思ったのか、今回はその要請をすんなりと受け入れたのである。

彼を良く知る人物達からすれば少しばかり不気味であり、春樹へ健康診断を勧めた内閣IS統合対策部副本部長の長谷川は、また何かしらの裏があるのではないかと変な勘繰りを巡らせる。

そんな事を知ってか知らずか、春樹は淡々と次々に検査を受けて行くのだった。

 

「阿~ぁ・・・なんか、疲れた」

 

大方の検査を終えた春樹は、次の検査が行われるまでボケーッと日向ぼっこをする。

待合室の窓から差し込む陽の明かりが、彼の琥珀色の瞳に反射し、まるで右眼から金色の炎が零れている様であった。

 

・・・しかし、いくら其の瞳が宝石のように輝けど輝けど、傍から見れば植物の様に光合成をする随分とやつれた少年が座っているばかりである。

其の少々薄気味悪い様子に周囲にいた職員達は若干引いていた。

だが、彼は朝早くから検査を受けていて御眠なのだ。しょうがあるまい。

 

実は事件後のこの一週間、春樹は一種の睡眠障害と摂食障害に悩まされていた。

上記の二つはVTS事件前に行なったラウラ指導のドイツ軍式新兵訓練においても発症したのだが、前回とは大きく違う点が一つあった。其の点とは・・・彼は現在”酒が飲めない”のである。

 

『飲めない』と言っても、彼の現在の身体年齢が未成年であるからと言う理由ではない。其れまでも平気で大酒を喰らって来た。

なれば飲めないとはどういう事か? 端的に言うと今の春樹は・・・酒を飲んでも”吐いてしまう”のである。

 

目覚めの一発とラウラから返されたスキットルを呷った瞬間。春樹はギャグマンガのワンシーンの様に中身を全部吐いてしまった。

”不味い”のだ。あれ程美味で仕方がなかった命の水(ウィスキー)が、まるでヘドロでも飲んでいるかのように不味かったのである。

 

之に彼は酷く驚き、質の悪い冗談だと思って今までスキットルを預かっていたラウラを叱り上げた。

いきなり怒鳴り散らされて戸惑うラウラを余所に春樹は自分が持ってる全ての酒を飲んだ。

けれど不味い、不味過ぎる。飲めたものではない。

 

この事が余程ショックだったのか。其れからというもの彼は小六に食事も睡眠も摂らなくなり、そのせいで急激に痩せてしまった。

検査後の結果欄には鬱病の初期症状と記入されるであろう。

 

「・・・清瀬 春樹君で間違いないかね?」

 

「・・・・・阿?」

 

そんな人生の楽しみを奪われた抜け殻のような男にある物好き・・・いや、次の検査の担当医が声をかけて来た。

 

「阿ぁ・・・・・ハンニバル・・・?」

 

「え・・・?」

 

一瞬、春樹は彼の顔があの忌々しい人喰い精神科医と被ったが、すぐに「あッ、すいません。ボーッとしとりました」と謝る。

 

「大丈夫かね? 今日はここで止めるかね?」

 

「い、いえ・・・大丈夫です。え、えーと・・・・・ッ?」

 

「ん? あぁ、自己紹介が遅れた。私は・・・そうだな、”今は”精神科医をやっている『芹沢 大助』だ。よろしく頼むよ」

 

「芹沢・・・?・・・・・あッ!」

 

「もしかして!」と声を張る彼に対し、どことなく”ある人物”に良く似た芹沢と名乗る医師は笑みを溢して頷く。

 

「あぁ。”弟”から君の話はよく聞いてるよ、我らが刃」

 

そう言って差し出した芹沢の手を「いつもお世話になっています!」と春樹はカラ元気を張り上げて握った。

 

「あの芹沢さんにお医者さんのお兄さんがいるとは・・・」

 

「はははっ、弟はあまり自分の事を話さないからな」

 

自分達の知っている共通の人物で話を弾ませながら、芹沢 大助こと芹沢医師は春樹を次の検査が行われるであろう部屋へと通す。

 

「あれ、我らが刃は?」

 

「どこ行ったんだ? もう検査も”終わった”って言うのに・・・芹沢さんになんて言おうか?」

 

・・・後から来た職員二人は首を捻っていたが。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「あの・・・芹沢先生、これ何ですか?」

 

春樹を検査室へ通した芹沢医師は、早速頭へ様々な電極が付いたヘッドギアを彼にかぶせた。

 

「次の検査は、君の脳波をテストする。これはその為の装置だ。きつくはないかい?」

 

「い、いえ大丈夫です」

 

何だか拷問器具な検査機器と自分へ視線を送る多くの検査員にビビりつつも、春樹は深呼吸をして指示された席へと着く。

 

「さて、これから検査を始めるが・・・そう緊張しなくても良い。緊張緩和の為に紅茶を淹れたのだが、飲むかね? そう言えば弟から聞いたのだが、君は未成年にも関わらずアルコールを嗜むそうだね。ブランデーでも混ぜようか?」

 

「・・・・・いえ、遠慮しておきます」

 

「そうかね・・・なら、私だけ頂くとしよう」

 

機械のスイッチを入れる前に何故か芹沢医師は態々春樹の前でティーカップへ紅茶を淹れ、更にミルクを注いでティースプーンで掻き混ぜる。

カップに擦れるスプーンの音が実に小刻み良く快い。

 

「ふうむ。清瀬君、高校生活はどうかね? 楽しいかね?」

 

「・・・え?」

 

検査とは思えない問いかけに春樹は疑問符を浮かべつつも返答する。「えぇ、まぁ楽しいです」と。

 

「いや、それは嘘だ」

 

「・・・阿?」

 

そう芹沢は彼の放った言葉へ即座に否を唱えた。

その言葉に春樹は眉をひそめる。

 

「楽しむどころか、君は苦しんでいる。苦しんでいなければアルコール依存症にはならなかっただろうし、今現在を依存症の禁断症でその左手を震わせている訳がない」

 

「・・・何が言いたいんじゃ、芹沢先生ぇ?」

 

「清瀬君、君は今何が苦しい?」

 

「・・・・・」

 

芹沢の問いに怪訝な表情を晒しながら考え込んだ後、掠れる様な声で呟いた。「酒が飲めない事が苦しい」と。

 

「酒が飲めない?」

 

「あぁッ、不味いんじゃ。飲む酒飲む酒、全部が不味いんじゃ! まるで廃油でも飲んどるみたいに糞不味いんじゃ・・・ッ!! 酒が飲めんせいで手は震えたまんまじゃし、イライライライラしてしもうて周りに当たっちまう! 糞クソクソくそクソッ!!」

 

禁断症の為に震える両手で顔を覆いながらすすり泣く春樹。

其の内、「己、おのれオノレッ・・・! 全部アイツの、”アイツら”のせいじゃ!!」と白目を充血させて琥珀色の瞳を燃やした。

 

「落ち着け、清瀬君。其の味覚異常は君の脳が損傷したせいだ」

 

「脳の、損傷?」

 

「あぁ。AICだったかな? 其れが君の身体に合わず、使う度に脳へダメージが蓄積されていったようだ」

 

「・・・確かに」と春樹は今までのAIC使用時に味わった目玉が焼ける感覚を思い出し、納得してしまう。

 

「でも大丈夫。CTの結果だと回復傾向に向かっている事が解った。直に良くなる」

 

「直・・・? 直っていつじゃッ?! 明日か、明後日か、一週間後か、一年後か?!!」

 

『『『!?』』』

 

芹沢の言葉が気に入らなかったのか。突如として春樹は激昂し、彼へ掴みかかる勢いでガタンッと椅子を蹴っ飛ばして立ち上がった。

其の尋常ならざる様子に検査員達は焦るが、それを芹沢は目で制止する。

 

「俺はッ、俺ぁ今すぐにでも震えを止めたいんじゃ! 不安なのはもう嫌なんじゃ!!」

 

「・・・ならば、味覚が戻るまで別の何かで気分を紛らわせるしかないな」

 

「別の、何か?」

 

彼の言葉に春樹は疑問符を浮かべるが、未だギョロリと琥珀色の眼を燃やす。

 

「別の何かって・・・何じゃ?」

 

「さっきとは別の問いをしようか、清瀬君。君は今、何が楽しい?」

 

「楽しい? 楽しい事?」

 

「そう。君がこんな苦しい中でも、楽しめる様な事は?」

 

「・・・あー・・・」

 

彼は顔を覆っていた両掌を見つめ乍らボーッとした後―――――

 

「・・・・・阿破破ッ」

 

―――あの奇妙奇天烈な笑い声と共に口角を吊り上げた。

 

「ッ・・・!」

 

其の表情を初めて見た芹沢は静かにギョッとする。

 

「(之は此れは・・・強烈だなッ、早太に聞いていた以上だ。それにこの少年は・・・!!)」

 

「あったよ、先生。楽しいことがあったよ」

 

春樹は今までの事を思い出す。其の拳で殴り飛ばして潰して来た敵の感触を思い出しす。

そして、こう思う。「あぁ、もっと”殴りたい”」と、「もっとあの感覚が欲しい」と。

 

「ありがとうございます、芹沢先生。光明が見えましたでよ」

 

「あ・・・あぁ・・・」

 

「阿破破破破破ッ! そうと決まれば、話は早い!」

 

「あッ、清瀬君!?」

 

先程までの鬱屈としていた表情から一転。鳶色と琥珀色の四白眼をランランとさせて立ち上がる春樹。

それから皆が止める間もなく彼は特有の不気味な笑い声を上げながら走り去っていくのだった。

 

「あぁ、しまった! ”刷り込み”をする前に!!」

 

「構うな、構うな」

 

焦燥感を漂わせる研究員達を抑えながら、芹沢は何処か楽しそうにほくそ笑む。

 

「今日の検査で十分な成果は得た。当分の間は様子見で良いだろう」

 

「ですが、”芹沢博士”。IS支持派党からの指示はよろしいのですか?」

 

「構うものか。男性IS適正者を親IS派閥に引き込む為とはいえ、齢十五の少年を”洗脳”しようなどと言った命令など私は聞けんね。そもそも彼に接触したのは、私の理論を確実なモノへと進める為だ」

 

「・・・それで。彼はどうでしたか、博士? 貴方のお眼鏡には適いましたか?」

 

「あぁ、彼は間違いなく・・・”優性人類”だ。まさか、副業でやっていた精神科医の資格がこんな所で役立つとは思ってもみなかったよ。はっはっは!」

 

部下の問いかけに芹沢は実に満足そうに笑うが、すぐ隣にいた別の部下は顔を青くして恐々と口を開いた。

 

「し・・・し、しかし博士! 彼女達からは前金を貰っているんですよ! 裏切ればどうなるか!!」

 

「ふうむ、”裏切る”・・・か。君は何を言っているんだ?」

 

「え・・・ッ?」

 

『『『クックックッ・・・』』』

 

くつくつと笑う芹沢に他の部下たちも笑みを溢しだす。

どうやら、恐々と身を震わせる彼はこの中では新人なようだ。

 

「我々は、”表返る”だけだ。そもそも彼女達は此方側に就く為の”手土産”。カモにする相手からカモられる彼女達の顔は見られないのは残念だが、しょうがあるまいて」

 

「あの・・・それでなんですが、博士? 彼は、清瀬君は大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫、結果を見たところ彼のダメージは回復へ向かっている。まぁ、依存症患者が依存先を絶たれると他の物へ依存する傾向がある。例えば、ドラッグやギャンブルにセックスだ。弟の話だと彼は二人の女性に想われているらしい。例に挙げた依存先の先二つはないとしたら・・・・・清瀬君には世界的に進む少子化の為に励んでもらおう。はっはっは!!」

 

他人事の様にカラカラ笑っているとバンッ!と乱暴に部屋の扉が開け放たれた。

何事かと視線を向ければ、其処には彼の弟である芹沢 早太が青筋を立てて立っているではないか。

 

「おぉッ! 誰かと思えば、我が果報者の弟ではないか!! お前の御蔭で私は―――

「この糞兄貴!!」バキィッ!

―――ぶげぇッ!!?」

 

『『『ちょッ、博士!?』』』

 

芹沢技師が部屋へズカズカ入って来たと思ったら、思いっ切り芹沢博士の頬を殴打する。

 

「テメェ、清瀬の野郎に何の”ヤク”を盛りやがった?!! ハイになって部屋に入って来やがったもんだから滅茶苦茶だッ!!」

 

「ッ、はっはっはっはっは! そうか、そうか。其れは悪い事をしたな、早太!!」

 

「ヘラヘラ笑ってんじゃねぇよ、兄貴!!」

 

ケラケラ笑って転げまわる芹沢博士に芹沢技師はこれまた命一杯の蹴りをドカリ!と入れた。

 

一方その頃・・・琥珀のメンテナンスを行っている研究室では、とんでもなくハイになった春樹が患者服のまま「この辺の美味しい和菓子屋さん誰か知らんか?! 黒兎ちゃんとの仲直りに持って行くけんな!!」と喚き散らし、工業用スパナとMVS鉈を振り回していたのだった。

 

そして・・・・・この日、この瞬間、春樹の中で大きく何かが狂った事も確かであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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六升:キャノンボール・ファスト・酒は百毒の長
85話


 

 

 

『キャノンボール・ファスト』とはISを使って行われるバトルレースの名称で、国際大会として開催される程に白熱している競技の一つだ。

IS学園があるこの地域では市の特別イベントとして催され、本来は二年生からの参加する事が出来るイベントなのだが、今年は予期せぬ出来事に加えて専用機持ちが多い事から、一年生までを対象とした参加が決まった。

 

部門は一般生徒が駆る訓練機部門と専用機持ち生徒が纏う専用機部門の二つに分かれており、開催場所は臨海地区に建造された超大型アリーナで行われる。

其の為、このイベントは一種のお祭りの様な事になっていた。

 

そんなイベントが日に日に近づいている頃。IS学園内にあるアリーナでは、今日も上昇志向の強い生徒達が切磋琢磨している。

 

「はぁあああああッ!!」

 

其の中でも一際輝くサファイアブルーのような逸材が一人、大きく息を切らして訓練に勤しんでいた。

 

「ハァ・・・ハァ・・・ッ! ッ、もう一度!!」

 

彼女の名はセシリア・オルコット。イギリスの代表候補性であり、専用IS機ブルー・ティアーズの纏い手だ。

そして、今日も彼女はビット連動の高速ロール射撃を行っては、動く的と化したドローン目掛けてレーザービームを発射する。・・・『曲がれ』と念じながら。

 

ズキューン!

「っく・・・・・もう一度ですわ!」

 

しかし、発射されたビーム攻撃は僅かばかり角度をつけてフワフワ浮かぶドローンの横を掠めた。

この攻撃に納得のいかないセシリアは其の後、何度も何度もドローンに対するビーム攻撃を行うが、彼女の納得のいくものには仕上がらない。

それどころか、回数を重ねれば重ねる毎にレーザービームは角度を本来の直線的なモノへと変えていった。

 

「く、ぅう・・・ッ。どうして、どうしてなんですの・・・?!」

 

的となったドローンを破壊するには至ったが、セシリアは下唇をギリリと噛み締める。

・・・そして、思い出す。自分よりもBT適性の高い能力を持った学園祭襲撃者の一人を。

 

一週間と少し前、IS学園はある組織の襲撃を受けた。

組織の名は『亡国企業(ファントム・タスク)』。

組織自体は五十年以上前から存在している事は解ってはいるものの、国家も思想も不明であり、其の目的も不明。其れ故に存在理由も規模も不透明だ。

 

そんな組織から送り込まれて来たテロリストの一人が、セシリアと同じBT兵器を有したISを所持していたのである。

其の機体の名は『サイレント・ゼフィルス』。ブルー・ティアーズの姉妹機として開発され、今から数か月前に何者かによって強奪された代物だ。

 

其のISを奪ったテロリストが襲撃事件時、机上の空論とまで言われた偏向射撃(フレキシブル)を軽々しくやってのけたのだ。

”ある男”の突拍子もない考えにより、何とか漸くビーム攻撃へ僅かばかりの角度をつけて来たセシリアには癪に障った。実に実に癇に障った。

 

「・・・認めません・・・認めてたまるものですか・・・!」

 

彼女はギリリと唇を噛み締めながら再びドローンを飛ばし、スターライトmkⅢの狙いを絞る。

セシリアは悔しかった。

自分よりも高い適性を持つ嫉妬に加え、燕の様に空を舞うサイレント・ゼフィルスのレーザービームを美しいと考えてしまった自分自身に対する苛立ちもあった。

 

「(・・・曲がれ、曲がれ・・・曲がりなさい!)」

ズキュゥーン!

 

彼女はすがる様な気持ちで念じながら引き金を絞る。

・・・だが、銃口から放たれた光の粒子は直線的なルートでドローンの横を通り過ぎて行った。

 

「ッ・・・ッ~~~~~!!」

 

遂にセシリアは儘ならない自身の不甲斐なさに対し、癇癪を起してライフルを地面へと叩き付ける。

対IS用の為に滅多に壊れる事はないが、ガシャァアーン!と高い金属音が響いた事で皆の視線は彼女へ注がれ―――――

 

「阿ーッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

『『『!!?』』』

 

「え・・・?」

 

―――る事はなかった。

何故ならセシリアが振り返れば、其処にいたのは白髪が多く混じったやつれた男が一人、琥珀色のオッドアイを輝かせながら口角を吊り上げらせて居たからだ。

 

彼女は其の男の事を良く知っていた。

先の学園祭襲撃事件の一件でテロリスト二人を撃退し、自身の専用機を二次移行(セカンド・シフト)・・・までとはいかないが、自身の専用機である琥珀の単一能力(ワンオフ・アビリティ)を引き出す事に成功した二人目の男性IS適正者―――――

 

「・・・春樹さん・・・」

 

「阿破破!」

 

初めて会った時とは大きく容姿を変貌させた春樹は、ケラケラと奇妙な笑い声を上げながらセシリアへと近寄った。

 

「荒れとるねぇ、荒れとるねぇ。教室じゃああねーに気丈に振る舞っとたが・・・・・ふうむ」

 

「・・・・・なんですの?」

 

「やっぱり追い詰められとるな・・・サイレントちゃんに」

 

ニヤニヤと下卑た表情を晒す春樹に「・・・嫌な人ッ」とセシリアは渋い顔をし、地面へ叩き付けたライフルを拾い上げる為に降下する。

 

「どしたんな、セシリアさん? いつもの余裕綽々なお貴族様態度はどけぇ行ったん?」

 

「・・・春樹さん。私、今とても気分が優れませんの。お話なら後にして下さいませんこと?」

 

「まぁ、そう言いなんな」

 

「ッ!!?」

 

彼女はなんとか冷静さを保つが、そんな事などお構いなしに春樹はセシリアを”左手”で抱き寄せる。

するとどうだろうか。彼女が纏っていたブルー・ティアーズは強制的に待機状態へと戻された。

 

「阿ぁ、コイツは良え。君の”青い雫”のように、綺麗な綺麗なサファイア色の瞳じゃ」

 

「は、春樹さんッ! 一体なにを・・・!!」

 

キスでもしてしまうかのような至近距離で、春樹はセシリアの青い瞳を覗きながら彼女の柔らかい金髪を残った片方の右手ですく。

そして、長い金髪をすいた後に人差し指で輪郭を上から下へと優しくなぞった。

 

「どした? 抵抗するんなら抵抗せぇや。このまんまじゃと・・・キスしてしまうかもしれんで?」

 

「ッ・・・この!」

 

ゲヘリと笑う春樹の頬目掛けてセシリアは手をバチンッ!!と振り下ろす。

 

「いい加減にして下さい! 春樹さん、一体何を考えて!!」

 

「・・・阿破破ノ破!」

 

顔真っ赤に涙目で怒る彼女に臆することなく、春樹はニヤリと笑みを溢す。

 

「そうじゃそうじゃ、そん顔じゃ」

 

「・・・え?」

 

「暗~い顔するより、そっちの顔ん方が似合うとるでよ」

 

「だ、だからと言って! あ、あのようなッ!!」

 

喚くセシリアに構う事なく、相変わらず春樹は「阿破破破ッ!」と笑うばかり。

 

「そーいやぁ覚えとるか、セシリアさん。俺らぁが初めて戦うた時の事を覚えとるか? そん時、君がどう俺に啖呵をきったかをよ~」

 

「え? そ・・・それは・・・」

 

「俺ぁよー覚えとるで。あん時、君はコー言うたんじゃ、「私、セシリア・オルコットとブルーティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)で」ってさぁ」

 

「よ、よくそんな事を覚えてらっしゃいますわね。忘れてください、あの時の私は・・・その・・・・・」

 

二人が初めて手合わせしたクラス代表決定戦の事を思い出し、バツの悪い顔をするセシリア。

対して相変わらず春樹はケラケラ笑うと「あん時みたいに踊ってみんさいや」と言った。

 

「お・・・踊る?」

 

「じゃーじゃー、踊るんじゃ。気分を上げて、レッツダンシング!」

 

「気分を上げる・・・・・」

 

ヘンテコなダンスを踊る春樹を余所にセシリアは何かを思い詰める。

 

「(確かに・・・私はあまりにも思い詰めていたのかもしれません。それを気付かせる為に、この人は・・・・・!)」

 

「イロハオエ~」

 

・・・深読みする彼女には悪いが、春樹は多分なにも考えていないと思われる。

学園祭襲撃事件の一件により、彼は脳と精神に重大な支障をきたしており、正常な心身状態ではなかった。

 

「あッ! 此処に居たのか!!」

 

「阿?」

 

「あ、ラウラさん」

 

そんな珍妙な事をやっていると、アリーナのゲートから聞き覚えのある声が聞こえて来た。振り返ってみれば、見覚えのある銀髪が威風堂々とした面持ちで立っているではないか。

彼女を視認した春樹は「おー、ラウラちゃん」と部分展開した琥珀の脚力で瞬時加速で近寄っていった。

 

「「おー」ではないぞ、春樹! お前はまだ身体が万全ではないのだッ、早く部屋へ―――「破破破ッ、ちょっと黙ってろ」―――んグッ!!?」

 

『『『・・・・・ッ!!?』』』

 

キャンキャン子犬の様に喚くラウラの薄紅色の唇を春樹は、さも当たり前の様に自分の唇で塞いだ。

 

「「かチュ・・・ちゅパ・・・んンッ・・・くチュ・・・ッ!」」

 

「は・・・は、春樹さん・・・い、いい一体なにを!!?」

 

顔を真っ赤にする皆に向け「静かに」と掌を見せ、尚もラウラの口内を自らの舌で蹂躙する。

其の内、二人の混じった唾液が地面へ落ちる頃になって漸く春樹は彼女の口から離れた。

 

「は・・・はるきぃ・・・!!」

 

「阿破破破破破。愛いやつじゃのぉ、ラウラちゃん。・・・じゃあ行くか」

 

「行くって、どこへですの?」

 

「茶道教室じゃ。俺の身体を思うて、ラウラちゃんが進めてくれたんじゃ。あの一件で生徒会に半ば無理矢理入らされてしもうたけんなぁ、疲労が溜まってしもうて適わん。それに・・・あぁ、またか・・・!」

 

痙攣する腕を忌々しそうに抑える春樹。

その彼の腕を隣にいたラウラが「大丈夫か、春樹」と手を添える。

 

「阿ぁ、大丈夫じゃ。その内良ーなるみたいじゃしなぁ」

 

「あ、あぁ・・・ッ」

 

「・・・・・?」

 

トロ~り蕩け切ったラウラを撫でながら目を細めてシットリと笑う春樹にセシリアは疑問符を浮かべる。

いつものように奇妙にケラケラ笑う彼が、いつもの春樹のように感じられなかったのだ。

 

「阿破破ノ破。じゃあの、セシリアさん」

 

「え、えぇ・・・」

 

笑みの下にある何やらおかしな気配を感じつつ、セシリアは二人を見送る。

・・・・・この時、彼女が彼を呼び止めなかった事が後々の面倒事に繋がる事を誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





日常回?を何話か続けます。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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86話

 

 

 

最近の清瀬 春樹こと、俺ぁ色々と”オカシイ”。

「自覚症状があるだけ、余計に性質が悪い」なんて芹沢さん(弟)から言われてしまう程、最近の俺はイカれとると思う。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

・・・俺がISを動かせる事が解り、こん学校に強制入学してからの四捨五入して約半年の間。俺は普通のヤツなら絶対合わないような面倒事に襲われて来た。

骨や筋肉が千切れるわなんて珍しゅうもなく、死にかけた事なんて数えるのも大儀になるくらいじゃ。

特に臨海学校で軍用ISの福音ちゃんとドンパチやった時は、流石の俺ももう駄目じゃと思うた。・・・まぁ、なんとか乗り切れたけど。

 

家族と引き離されて色々と苦しい日々じゃったけど・・・それでも俺ぁギリギリの所で踏ん張とった。

そねーな俺をいつも支えてくれとったのは、遥か古の時代から親しまれとる偉大な飲み物・・・そう、酒じゃ。アルコールじゃ。

 

酒の力で俺は”俺”を保っとった。理性を見失わずに未だ済んどとった。

・・・じゃけど、そんな安定状態は突如として終わりを告げたでよ。

 

『学園祭』。そりゃあ学生生活を送る上で、最も楽しいイベントの一つじゃろう。

各言う俺もこのイベントを楽しんどった。

IS学園言う所は世界各国から色んな人が集まっとる人種のサラダボウルじゃけん、色んな出店が出て楽しかったし、面白かった。”昔”みたいにボッチじゃなかったしな。

 

・・・じゃけど・・・じゃけど、あんのオータム糞BBA!!

人が折角、青春を謳歌しょーる時に襲撃かけて来るとか阿保なんかッ? ド阿呆なんかッ? ド阿呆なんじゃな糞BBA!!

御蔭で俺は頭部に酷いダメージを負うて、味覚障害になってしもうたんじゃで! どうしてくれるんなら、あんの糞女郎!! 糞織斑ッ!!

 

あ~ぁ・・・こねーな事なら織斑なんぞ助けるんじゃなかった。

ハンニバルの忠告なんて聞かんと、サファイア先輩の射的屋で獲った菓子をラウラちゃんとシャルロットと一緒にムシャムシャ喰やぁ良かったでよ。

 

頭部ダメージのせいで、俺はストレス発散の捌け口じゃった酒が不味く感じてしもうて飲めれんようなってしもうた。

日々の楽しみを奪われた俺ぁ前みたいに自室で引きこもる日々が来るかと思うとったんじゃけど・・・・・其処んところがギッチョン!!

 

アル中の禁断症状で相変わらず手は振るえて毎日が不安で堪らんが、眼のヴォーダン・オージェの御蔭かは知らんがいつも以上に頭は冴えわたとった。

しかも、ヒビの入りまくった心と反比例するように身体はいつもの異常治癒能力でピンピン。

じゃけぇ心と体のバランスがとれんで、悶々とする日々が多いうなった。

 

じゃけん健康診断から俺の担当医になってくれて、「もしかして裏でオキシジェンデストロイヤーとか作ってます?」みたいな話題で仲良うなった芹沢(兄)先生に『激情型うつ病』の初期症状と診断されてしもうた。

其れに俺は社会的病質者で、暴力型と支配型の複合型サイコパスの気があるとまで言われた。

まぁ、前者は素直に受け取るけど・・・後者は怪しいじゃろう。

俺は別にサイコパスじゃない。どちらかと言うと俺ぁ後天的なソシオパス。壬生さんの厨二的台詞で言わせると『善意が俺を育て、悪意が俺を歪にさせた』じゃ。

 

・・・八つ当たりも甚だしいのは自分でも良ー解っとる。

じゃけど、こーでも考えんと俺は俺じゃ無-なる気がしてきょーとくて堪らんよーなるんじゃ。仕方がなかろうがな。

 

・・・・・酒が飲めれんようなってからの楽しみと言えば、海外ドラマじゃ。

特に『メンタリスト』をファーストシーズンから見直し始めた。

ドラマの展開も『レッド・ジョン』の正体も解っとるが、其れは其れで面白い。

後は、コップ一杯に溜めたラウラちゃんの唾液で処方された抗鬱剤を一気飲みする事と彼女の柔肌に歯型を付ける事じゃろう。

 

「・・・っと・・・ちょっと聞いてるの、清瀬君?!」

 

・・・さて、そろそろ現実逃避も程々にこのエセ峰 不二子の相手をしてやろうか。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

とある放課後の生徒会室。

其処ではある男と女が対峙していた。

 

「・・・・・」

 

若いのに白髪が混じった男の方は眠気眼でボンヤリと天井を仰ぎ・・・

 

「ちょっとッ、聞いてるの清瀬君?!!」

 

自然色とは到底思えない綺麗な水色の髪の女の方は男に対し、見事な青筋を立てて怒鳴り上げていた。

 

「阿・・・? あぁ、聞いとるよ。・・・・・何じゃったっけ?」

 

「ッ、こ・・・この・・・!」

 

ボーっと呆ける春樹にワナワナと震えながら、部屋の主である楯無は何とか自分を抑えて溜息を「はぁー・・・ッ!!」と漏らす。

何故に彼女がこんなにも憤っているのか。其の原因は二人の間に置かれているテーブルの上の目安箱であろう。

箱の中は蓋が閉まられない程、ギチギチに手紙が詰まっている。

 

「苦情よ、苦情! これ全部、君への苦情なんだからね!!」

 

「阿~・・・そーなんか」

 

「「そーなんか」って・・・君ねぇ!! 君がボーデヴィッヒさんと、その・・・あの・・・ッ」

 

「阿? なんじゃーな、ハッキリ言えや」

 

「ッ、き・・・キスよ! ここ最近、いつでもどこでも彼女とキスばっかりしてるじゃないッ! その苦情なのよ、これは!!」

 

「ほ~ん・・・」

 

興味なさそうに感想を吐露しながら、箱の中を弄って何枚かのクレーム文を読む。

手紙の内容は、やれ破廉恥だの、やれ不潔だの、やれラウラさんが可哀そうだのといったもので、中には「くたばれ、清瀬 春樹!」や「私達のボーデヴィッヒさんを返せ、この■■■■■野郎!!」等と言ったドストレートな侮蔑の言葉まであった。

 

「別に良かろうがな。ラウラちゃんとの行為は互いに合意の上じゃし、遺伝子的にも俺と彼女は相性も良えし、其れにラウラちゃんの方が美味いし。この間、キス代わりにシャルロットの首を絞めてみたんじゃけど・・・変な高揚感以上に首へ鬱血痕が残ってしもうたけんな。毎日は出来ん」

 

「・・・ちょっとなんかとんでもない事が聞こえたけど!? デュノアさんの首を絞めたって何?! お姉さん、初耳なんだけどッ?!! 君はもう生徒会の一員なんだから、生徒の模範となる様にちゃんと自覚を持って―――

「・・・おい、待てやッ」

―――な、なによ?」

 

声を張る楯無に春樹の低く重たい声が割って入ると彼はゆっくりと立ち上がり、血走った琥珀色の眼を見開いて叫んだ。

 

「俺はもう生徒会の一員? 一員じゃと? オメェが勝手に俺を生徒会へ強制入会させたんじゃろうがなッ! フザけんじゃねぇでよ、このメスガキが!!」

 

「め、メスガキ!?」

 

予想だにしていなかった蔑称にフリーズしてしまう楯無だが、更に春樹はギャーギャーと罵詈雑言を吐き散らす。

其れに負けじと一瞬戸惑っていった彼女もキーキーと反論した。

 

この様に二人が言い争う原因となったのは、学園祭で話題となった『男子生徒争奪戦』が関係している。

IS学園学園祭終了後、春樹の予想していた通り、争奪戦と各部活に振れ込んだ筈の生徒会が学園に二人しかいない男子生徒を取り込む事になった。

 

しかし、この決定に春樹は不服であった。

自分が酷い外傷で床へ伏している時に勝手に籍を移動されたのだから尚余計であろう。

 

「なして俺が好きでもねぇ仕事をする為に生徒会に入らにゃあならんのじゃ?!!」

 

「それは前にも言ったでしょう! 君はもう自由に動ける身じゃないのッ。今月末にはキャノンボール・ファストがあるし、私達が織斑君と君を”ヤツら”から守ってあげないと!」

 

楯無の言った『ヤツら』とは、噂の過激派組織『亡国企業』の事だ。

学園祭で一夏の専用機奪取に失敗した彼女らは再び襲撃をかけて来るだろうと上層部は予想しており、其れが次の学園行事であるキャノンボール・ファストに決行されるのではないかと疑心暗鬼を起こしていた。

 

「守る? 守るじゃとッ? 守ってくれとりゃせんがな、実際!!」

 

「ッ、そ・・・それは・・・」

 

春樹の言葉に言い淀む楯無。

彼は学園祭襲撃事件の原因は学園内部にスパイが潜入している事と、生徒会が学園祭期間中に催した参加型演劇『シンデレラ』の影響で警備が手薄になった事だと考察。

学園長である轡木へ妥当な処分を求めたのだが・・・其れよりも様子が酷くおかしくなった春樹を彼は重要視し、楯無へ処分の代わりとして春樹の監視を命じたのである。

 

「そ、それでも私は轡木学園長から君達の護衛の任を預かっているの! だから私は君達二人を守る為にッ!」

 

「あー解った解った、皆まで言うな。この話何回目じゃ、まったく」

 

「なッ・・・!? 元はと言えば、君が始めたんじゃない!!」

 

話に飽きた春樹は突然話を切り上げ、懐の中から小さなボトルを取り出して中の処方薬を適当にジャラジャラ掌の上へ出す。・・・・・尋常ではない量を。

 

「清瀬君、飲み過ぎではありませんか?」

 

「これぐらいでないと不安で不安でしょうがないんですよ、布仏先輩」

 

「・・・それは薬物依存なのでは?」という虚の呟きを余所に春樹は彼女から紅茶を受け取り、其れで一気に薬を呷った。

 

「んグ・・・ング・・・あ~そうじゃ、会長」

 

「・・・何かしら清瀬君?」

 

「さっきの話じゃけど・・・ラウラちゃんとの情事は合意の上じゃし、キス以上の事はしとらん。じゃけぇ、これからも何時でも何処でも好きな時にラウラちゃんとキスすらぁ。楽しみが其れぐらいしかないけんのぉ」

 

「ッ、本当に・・・本当に君って云う人は・・・・・お姉さん、頭が痛くなるわ」

 

「年上ぶるな耳年増。碌な恋愛を・・・と言うか、初恋もまだじゃろうが。いつまで実の妹の盗撮動画をオカズにするつもりなんじゃ?」

 

ドゴォオオ―――オンッ!!

 

ブチリッと堪忍袋の緒が切れると同時に清き激情が春樹を生徒会室の窓から吹き飛ばしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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87話

 

 

 

「ラウラちゃん、ラウラちゃん」

 

清瀬 春樹の朝は早い。

まずは一人で寝ていた筈のベッドで、いつの間にか自分へ寄り添ってくぅくぅ寝息を点てる銀髪の少女の耳元へ優しく声をかける。

大方、またピッキングで部屋の鍵を抉じ開けたのだろう。

 

「ん・・・んぅ~・・・?」

 

「起きたか?」

 

「んふふッ・・・はるきぃ~・・・!」

 

「ありゃりゃ・・・」

 

だが寝惚けているのか、彼女は自分の額をぐりぐり春樹の胸板へ押し付けるばかり。

彼はそんな彼女に対し、一つの溜息と「・・・一応、警告したけんな」と呟く。

 

・・・ぢゅるり

「ッ、ひィあ!!?」

 

そして、春樹はラウラの耳の中へ自分の舌を否応なし突っ込んだ。

 

ぢゅる、ぢゅる、ぢゅるり

 

「ひッ、ぃイっ・・・やぁ・・・あ・・・ッ!」

 

流れる様な美しい銀髪を梳かし、いやらしい水音をワザと響かせながら彼はラウラの耳垢を舐り取るように中を蹂躙した後、「可愛えのぉ、ラウラちゃん」と優しく甘い声色と共に彼女の瞳を覗く。

 

「は、るきぃ・・・はるきィ・・・ッ!!」

 

赤い右眼と琥珀色の左眼がシットリと潤んでおり、其れがまるで宝石の様に感じられた。

 

「阿~ッもぉおおおおお! 可愛えなぁ、君はホントに・・・!」

 

堪らず春樹はラウラの薄紅色の唇へキスを何度も落とした後、「可愛え、可愛え」とすりすり頬擦りする。

この時、彼女の頭皮を嗅ぐ事を忘れない。

 

「ラウラちゃんはホントに可愛えなぁ~。大好きじゃで、愛しい愛しい銀髪黒兎ちゃん」

 

「ッ・・・ッ・・・ッ」

 

耳元でそんな甘ったるい言葉を囁かれるものだから、ラウラにしては堪ったものではない。

白い肌が赤く紅潮し、身体は硬直する。しかし、其れだけで春樹の手が止まる事はない。

洗濯機に入れた筈の彼の使用済みワイシャツ一枚しか着ていない彼女の全身を弄り、耳元で何度も「好き」や「愛してる」と繰り返す。

そしてまた戯れに何度も「ちうちう」とキスする。髪に、額に、瞼に、頬に。

 

「春樹ぃ、もっと・・・もっとぉ・・・!」

 

其の内、ラウラは春樹にへキスをせがむように彼の着ている作務衣を縋りついた。

 

「阿破破ッ・・・君ってホントに可愛えわぁ、ラウラちゃん」

 

春樹の方も興が乗って来たのか、琥珀色の輝きを両目から溢れ出させ、彼女の頬を優しく撫でまわす。

口から吐く熱の籠った息が互いの顔を覆う。

 

「・・・口、開けれる?」

 

「・・・・・んぁ」

 

恐る恐る開けたラウラの口の中へ春樹は自分の舌を刺し込んだ。

 

「んンッ、ん―――ッ・・・っ!!」

 

彼女の口の中へと押し込まれた春樹の長い舌はラウラの可愛らしい紅色の舌をこれでもかと撫で回した後、自分の口内へ誘い込むように彼女の舌を吸った。

 

「はぁ・・・はぁ・・・ッ、ラウラちゃん・・・ラウラちゃん・・・ッ!」

 

バードキスとディープキスを繰り返す内、遂に辛抱堪らなくなって来た春樹は切羽詰まった声色へ変化していく。

だが「一線を越えない」と心情の元、彼は何とか自信を抑えようとする。

 

「・・・・・別に良いぞ」

 

「・・・阿?」

 

「我慢しないで、私を求めてくれ・・・・・私はお前のモノだ、春樹」

 

「・・・・・・・・あぁっもう、君って人は!!」

 

「きゃっ!」

 

ラウラの無意識な誘惑にタガが外れた春樹は彼女へ覆い被さると、首筋に噛みついた後に先程よりももっと深いキスを交わす。

 

「ッ、んン―――――んっ!!?」

 

息も出来ない程に激しいキスの為、徐々にラウラの意識は遠のいて行き―――――

 

「あ・・・あぁ・・・っ・・・・・」

 

―――しまいに彼女は自らの意識を手放し、力なく身体をベッドへと沈ませた。

 

「ハァ、ハァ・・・あ、危なかったぁ~~~ッ」

 

度重なるラウラの早朝襲来に磨きのかかったキスで彼女の意識を刈取った事に成功した春樹は、焦燥感を漂わせながら胸を撫で下ろす。

 

ベッドを抜け出した彼は息を整えながらキッチンへと向かい、最近使わなくなったウィスキーグラスへ水を注ぐ。

そして、芹沢博士の経由で手に入れたアヘン系鎮静剤をラムネ菓子でも食べるかの如く貪りながら水を呷った。

 

「ちょっと、ラウラ! また部屋を抜け出して―――

「阿?」

―――ッ、え?」

 

砕かれた錠剤が食道を通るになって漸く部屋の扉が勢い良く開け放たれる。

春樹は自室の扉を開け放ったオレンジブロンドの人物へこう言い放った。「遅いで、シャルロット。何やっとんじゃ?」と。

 

「あと少しで俺ぁ一線を越える所じゃったんじゃぞ。ちゃんと見張っとれよ」

 

「それはラウラが部屋にバリケードを―――――って、そういう事じゃなくて! ラウラに何したのかな?!」

 

「聞く必要があるんか? キスで黙らせたに決まっとろうがな」

 

「な・・・!?」

 

さも当たり前の様に答える春樹にシャルロットは泡を食った後に「むむむっ!」と頬袋を膨らませた。

 

「・・・何じゃ、其の顔は? 羨ましいんか?」

 

「べ、別に羨ましくなん―――

「あっそ。なら、もう一回ラウラちゃんにしとこうかなぁ」

―――ッ、ダメ!!」

 

もう一度ラウラへ迫る彼の腕を咄嗟に掴むシャルロット。

そんな彼女に対し、春樹は先程までラウラへ向けていたものとは違う視線を突き刺す。

 

「・・・なら、誰にすればエエんじゃ?」

 

「そ、それは・・・・・」

 

シャルロットは幾分か押し黙った後、搾るような小さな声で「ぼ・・・ボクにすればいいんじゃないかな?」と呟いた。

それを聞いた春樹は「じゃぁ、口開けぇや」と彼女を促し、其れにシャルロットは顔を紅潮させながら渋々口を開ける。

 

じゅるりッ

「ん、んッ―――――ッ!!?」

 

其の開いた口へ春樹は自分の舌を押し込んだ。

 

「んっ・・・むちゅ・・・クちゃ、カチュ・・・ッ・・・」

「・・・・・・・・」

 

彼は片腕でシャルロットを抱き寄せ、残った片手で彼女の髪や頬を撫でながらただ黙って深いキスを落とす。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・ッ」

 

口から垂れる銀の糸と共にキスを終えてみると、シャルロットは目をトロンとさせて息を切らしていた。

 

「大丈夫か?」

 

「う・・・うん。・・・ね、ねぇ・・・春樹? もう一回・・・しよ?」

 

目を潤ませ、彼の作務衣の裾を摘まみながら再びキスをせがむシャルロット。

彼女の様な美少女とキスするだけでも有り得ない事なのに、そんな少女がISを動かす以外は取り柄がないと学園生徒達から揶揄させる彼にキスを迫っているのだ。余程の理性的な男でないと、この様な誘惑に耐えられる筈がなかろう。

・・・・・だが。

 

「いや、ええわ」

 

「え・・・」

 

彼が最も成りたく無い筈の”屑野郎”に為りつつあった春樹は、シャルロットの誘いを無下にあしらったのである。

勿論、シャルロットは「ど・・・どうしてかな?」と疑問符を投げかけた。すると・・・

 

「そろそろ用意せんと朝飯に間に合わんよーなるし。其れに・・・」

 

「そ、それに?」

 

「やっぱり、ラウラちゃん方が・・・”美味い”けんな」

 

「ッ・・・最っ低!!」

バチィイイッン!!

 

春樹の発言に彼女は堪らず自身の専用機を部分展開させた手で彼の頭部を振り払ったのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「清瀬、あんたその頬っぺたどうしたのよ?」

 

「阿?」

 

朝の生徒達でごった返す食堂。

其の隅の方で朝食を静かに食べる噂の男、春樹に声をかけて来たのは、中国の国家代表候補生である凰 鈴音だ。

そんな彼女が指摘したのは、手の形に赤く腫れ上がった春樹の左頬。

 

「あぁ、今朝方ちょっとな・・・皆まで言わんでもエエじゃろう?」

 

「えぇ。どーせあんたの事だから、あの二人に事に関してでしょう? 最近、サイテー具合に磨きをかけて来たわよね」

 

「あぁ、ありがとうよ」

 

「褒めてないわよ」

 

鈴はそう溜息を突きながら、皮肉を漏らして朝食をつつく彼の前へと座る。

 

「・・・んで、学園一の嫌われもんの俺の前に座るとは、どーいう要件じゃ? 物好きチャイナ娘。愛しの種豚野郎とはご一緒じゃないんで?」

 

「種豚って・・・あんた、サイテー具合と一緒に一夏嫌いにも磨きをかけてるわよね」

 

「あぁ、ここ最近は特にな。・・・で、相談かなんかがあるんじゃろう?」

 

「そう言う察しの良さが一夏にあれば、もうちょっと楽なんだけどね」

 

「まぁ、いいわ」と鈴は春樹に自分の相談事やらを話し始めた。

話の内容としては、キャノンボール・ファストが行われる今月二十七日は、なんとあの世界初の男性IS適正者で鈴の想い人である一夏の誕生日だと言う。其の彼に一体どんなプレゼントを贈れば良いのかというものだ。

其れを聞いた春樹は「ッチ!」と躊躇いのない舌打ちと苦虫を嚙み潰したような表情を晒すが、とりあえずは彼女の言う事を黙って聞く事にした。

 

「アイツももう高校生だし・・・男子ってどんなものを貰ったら喜ぶの?」

 

「・・・そー言うんは、中学ん時の同級生に聞きゃあ良かろうがな。あの豚にも一応、野郎の友人がおろーがな。そいつに聞けば?」

 

「いるにはいるけど・・・一夏の事で揶揄ってくるに決まってるし、気が進まないのよ」

 

「俺も気が進まんわ」と思いはすれど、春樹は「そうじゃなぁ~」と首を傾げる。

彼にしてみれば、汚物が人の皮をかぶって歩いている様な男に贈るプレゼントを考えるなど拷問でしかないが・・・学園内でも数少ない仲の良いクラスメイトの一人である彼女の相談事を無下にするのも些か気が引けた。

 

「プレゼントねぇ・・・あんまりパッとは出てこんなぁ」

 

「何よ。あんた、友達からプレゼントとか貰った事ないの?」

 

「ねぇよ。だって俺、友達なんぞ居らんもん。小・中の時はイジメに合よーて、ボッチじゃったし」

 

「え・・・」

 

発言に戸惑う鈴を余所に春樹はふと自分の左腕を見る。すると其処に巻かれている筈の腕時計がなかったのだ。

大方、早朝のゴタゴタで巻いてくるのを忘れたのだろう。

 

「・・・凰さんや、時計はどねーじゃろうか?」

 

「時計?」

 

「置時計じゃねぇで、腕に巻く腕時計じゃ。学生やら社会人には必須じゃろうて」

 

「時計・・・うん、良いわね! あんたにしちゃ、良い考えじゃない!」

 

「あぁッ、俺にしちゃあエエ考えじゃろう?・・・贈るんが、あの豚なんが気に食わんが」

 

ぶつくさ険しい顔で愚痴る春樹に鈴は「一夏に似合う腕時計ってどんなのがいいと思う」と問いかけていたので、彼は「其処まで知るか」と返す。

 

「まぁ、いいわ。ありがとうね、清瀬! 参考になったわ!」

 

「まぁ、礼はエエけん。俺ぁ喰い終わったけん、先に教室行っとるで」

 

「じゃあ、また教室でね!」と手を振る鈴に答えた春樹はスタスタ教室へと足を向ける。

 

「阿~ぁ・・・なぁんで、あねーにエエ女が織斑のような豚にゾッコンなんじゃろうか? 阿~・・・恨めしぃ、妬ましぃ。阿ぁ・・・殴りたいなぁ、絞めてやりたいなぁ!」

 

・・・其の時、春樹は鬱屈とした感情を撒き散らしながら四白眼をして口角を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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88話

 

 

 

『『清瀬 春樹』とは如何様な人物か?』と問われ、一部を除いた学園生徒の大半は彼へのマイナスイメージしか抱かないだろう。

 

彼は言わずと知れた世界で二番目にISへ適応した男性IS適正者であり、ドイツの秘術である『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』の完全適応者だ。

しかし、世界初の男性IS適正者である織斑 一夏の次に存在が確認された為、彼は関係者周囲から一夏の付属品か若しくはオマケという評価をされていた。

これで彼が一夏の様な甘いマスクをしていれば幾分かはマシだったろうが、残念な事に彼の顔面偏差値は一夏とは雲泥の差。

此の為、厳しい審査眼を持つIS学園女生徒達からは神聖なISを汚す存在として嫌悪と軽蔑の視線を突き付けられていた。

 

IS適正に合格した事で強制的に学園へ入学させられ、慣れない環境に晒されながら周囲からは疎まれ、頼れる者もおらず日々を孤独に過ごす・・・・・元々彼はアルコール依存症を患っていた為に本人の与り知らぬ所で精神に変調をきたすのも時間の問題であり、これにより隠れ飲酒量が増えた。

 

一時は所属不明の無人IS機による襲撃事件、通称『ゴーレム事件』においてパニックに陥った生徒達を鎮め、尚且つ避難経路を作ったとして生徒達からの評価は若干上がったのだが・・・逆恨み(自覚アリ)の対象である一夏への確執がフランスのデュノア社から送り込まれたシャルロットの男装の件で余計に深まった事で、一夏を良く思っている連中から最低評価を受ける事となる。

更に加えて、シャルロットの男装発覚後に開催された学年別トーナメントの試合で春樹が行った無慈悲極まりないラフプレーによって彼の評判は地に落ちて穴まで掘る始末となる。

この試合中に起こったラフプレーによって出た被害者たちは彼を恐れ、試合を見ていた観客者達も春樹へ畏怖を抱いた。

春樹へ対するの畏怖の念はVTS事件後も誇張と付け加えが成されて語り継がれる事となり、『銀の福音事件』を経て夏休みが終了しての二学期が始まった時には、彼は人を傷付ける事に悦楽を感じるサディストとして恐怖の対象になってしまっていた。

 

・・・・・・・・そして、ここにも清瀬 春樹という人物に恐れを抱く者が居た。

 

「フッ、フッ、フン!」

 

ある休日の武道館にて、ブンブンと蜂が飛ぶような音を響かせるのは言わずと知れた世界初の男性IS適正者である織斑 一夏その人である。

彼は白の道着に紺の袴を身に纏い、ただひたすらに竹刀を振って汗を流す。水も滴る・・・いや、汗も滴るいい男とは正に彼の事だ。

 

しかし・・・そんな彼なのだが、いつもとは違う状況下にあった。其れはいつも一夏に金魚のフンの様に付いて回る二人の姿がなかった点だ。

何故二人の姿がないのか。其れは二人の内の一人である鈴は近日に迫る一夏の誕生日の為のプレゼントを求めて外出し、箒の方は修行の邪魔だと彼自らが遠ざけたのである。

想い人から邪魔だと遠ざけられた事に箒はショックを隠せなかったが、一夏はそんな事お構いなしに一人で修行へ打ち込んだ。

”修行”と言っても其れはいつかやっていた剣道の練習其の物で、自身のISである白式を纏っての修行は監督役である楯無が来てからとなっている。

何故に今までのらりくらりと学園ラブコメを送って来た彼が強さを求めるようになったのか。やはり其れは無意識化で自分の同類とも言える春樹を恐れての事だろう。

 

一夏は顔面偏差値と学園内での人気で彼に勝ってはいるものの、其れ以外の事では戦況芳しくなかった。

春樹との軋轢を決定的なものとしたシャルロットの男装の件では、彼女を守ると本人の前で啖呵を切って置きながら何も事を為さず。

銀の福音事件では戦況有利にも関わらず、巻き込まれた密漁船を勝手に庇って撃墜された。

以下の二つはその後に春樹が尻拭いする様な形で事を納めたのだが、一夏は其の事に対して彼に礼を述べるどころか、あまり良い印象を抱いてはいなかった。

この時の一夏の心情を例えるならば、追っていた獲物を別の猟犬に獲られた犬のような気持に似ていた事だろう。

 

ISを用いての戦闘でも彼は春樹に不利を強いられていた。

二人が初めて対面しての戦闘を行った学年トーナメント準決勝第一試合の終盤。春樹はVTSによって暴走状態に陥ってはいたが、一夏からの攻撃を一発も喰らうことなく彼をまるでサンドバックのようにタコ殴りでノシてしまった。

連ねて二学期が始まったばかりの頃、IS学園生徒会長である楯無の監督下で行われた模擬戦闘試合では、銀の福音事件で二次形態移行(セカンド・シフト)した筈の白式を駆り乍らも一夏は赤子の手をひねるかのような具合で春樹に意識を失うまで殴られる羽目となってしまった。

彼は今まで其の甘いマスクで幾人もの女性達を無意識無自覚で篭絡させ、これまた無自覚に同性の野郎共からの嫉妬を安く買い叩いて来た。だが彼自身の御人好しな性格とカリスマとも言える持って生まれた魅力からか、実力行使に打って出る男共からの手は今までなかった為、殺意を持って行う荒事と言える争い事に無縁であった。

しかし、其れも二人目の男性IS適正者である春樹と相見えるまでの話だ。

 

春樹はある一定の殺意を持ってして彼を亡き者にせんと拳を振っていた節があったのである。

其の殺意とは理不尽に慣れない環境へ放り込まれた鬱憤でもあったろうし、一夏に対する妬みや嫉みと言った歪んだ気も込められていた事だろう。

・・・だが、一夏の心へ彼に対する恐怖心を植え付けるには十分すぎる程の事だった事に間違いはない。

 

「・・・ッ・・・クソ・・・!」

 

竹刀を振う彼の頭に時たま浮かぶのは、無機質な鉄仮面の表情と薄気味の悪い「阿破破ッ」という特徴的な笑い声。

 

学園祭襲撃事件の折り、春樹に不本意で不覚にも自分を襲撃者オータムの魔の手から救い出されたあの時。彼は自分が苦戦必至を強いられていたオータムの顔を右へ左へと拳で弾ませた。

其の様な状況を見せられた一夏は無意識で咄嗟に待ったをかけてしまった。この待ったのせいでオータムの自機を自爆させて逃走する事を許してしまう事となる。

この一夏の行動によって更に春樹との関係に軋轢を刻むのだが・・・まぁ、今は置いておこう。

 

兎にも角にも、一夏は清瀬 春樹と言う男を危険視した。

そして疑問を抱いた。其の疑問とは、彼を取り巻く女生徒達の事であろう。

周囲より朴念仁と名高い一夏であるが、彼の目から見ても危険人物であろう春樹へ親しき想いを抱く者は明らかであった。

 

判り易いと言えば、ここ最近人目もはばからず彼とキスを交わすラウラだ。

彼女は学園への転校当初から一夏に並々ならぬ憎悪を抱いており、其の憎悪に共感した春樹と親密な関係となった。

ラウラとはVTS事件後に一応の和解は得たものの、銀の福音事件の一件により彼女は一夏との距離を置いたのであった。

 

次にそんな二人の情愛を蔭から羨ましそうに見つめるシャルロットだ。

一夏は一度自分の決心を持って彼女を救おうとしたのだが、自分の与り知らぬところで春樹が代わりにシャルロットを救ったのだ。

彼が其れを知ったのは事柄の事情が全て終わった大分後の頃だった。

此れに一夏は複雑な感情を抱いたが、もう終わってしまった事柄なのだから仕方がないとモヤモヤした気持ちのまま現在に至る。

 

次にそんな三人のやり取りを楽しそうに観察するセシリアだ。

彼女は特に春樹に対して恋慕を抱いている様には見えなかったが、彼とはISの知識の交換や模擬戦闘についてアドバイスを交わす仲であった。

二人は親しい友人の様に見えた。

 

そして、次の吾人が一夏の心中に形容し難いモヤモヤを抱かせる人物である。其の人とは、彼がセカンド幼馴染と称する鈴だ。

彼女は同じ幼馴染枠である箒と違って春樹を毛嫌いする事なく、まるで親しい友人の様に彼へ接していた。多分無自覚で無意識であろうが、其の事が一夏には気に入らなかったのだろう。

自身の親しい人間があのような男と関わりを持つ事が、彼は実に不愉快であったのだ。

 

先の『自身と親しい人間』と言う点では、尊敬し敬愛する自分の姉君である千冬もここ最近春樹に目をやる事が多いような気がしてならない。

 

・・・・・気に入らない。

何故にあのような底意地の悪い男に皆が惹かれているのか。其れが一夏にとっては甚だ疑問で、不愉快極まりない事柄であった。

 

「・・・あれ?」

 

「ん?」

 

そんなモヤモヤとした疑問を薙ぎ払うかのように竹刀を振っていると不意に武道館の引き戸が開けられた。

一夏は修行相手である楯無が来たのだろうと出入口の方を覗くと、其処に居たのは春樹に雌猫のガキと揶揄される彼女ではなく、楯無と同じ髪色を持った小柄で眼鏡をかけた女生徒が佇んでいたのである。

 

「アンタは確か、会長の妹の・・・えーと・・・・・」

 

一夏は其の女生徒に見覚えがあった。

面識は余りないが、彼女は楯無の妹で一年一組のマスコット的存在である布仏 本音、通称『のほほんさん』の友人だと言う更識 簪である。

彼が其れ以外に知っている事は、簪が箒と同じ日本代表候補生な事と彼女も又、あの男を慕っている女生徒の一人だという事だけだった。

 

「お姉ちゃん・・・もとい、更識会長はいないの?」

 

「え? あぁ、もうすぐ来ると思うけど・・・」

 

一夏の返答に簪は「・・・そう」と短く呟いて武道館の扉を閉めて出て行こうとした。

 

「あッ、待ってくれ!」

 

「・・・?」

 

其の場を離れようとする彼女を不意に一夏は呼び止める。

何故呼び止められたのか簪は解らなかったし、呼び止めた方の一夏も何故彼女を呼び止めたのか解らなかった。

しかし、簪に何かを聞かなければならないと思っての事だった事に間違いはない。

 

「・・・なんかよう?」

 

「いや、用ってものじゃねぇけど・・・どうしてアンタはあんなヤツと仲が良いんだ?」

 

「あんなヤツ?・・・もしかして・・・春樹のこと?」

 

「あぁ、そうだ」と一夏は肯定すると簪は再度彼に疑問符を投げ掛けた。「どうして・・・そんな事を聞くの?」と。

 

「だってそうだろ。生徒会に入ってもろくに仕事もしないあんな乱暴で身勝手なヤツと仲良さそうにしてたら誰だって不思議に思うぜ? アンタも含めて、皆は何かヤツに変な弱みでも握られてるのか?」

 

最後の「弱み~」云々の話は余計だけれど、彼の疑問は真っ当であった。

何故なら簪を含め上記で述べたラウラ、シャルロット、セシリア、鈴と他数人の女生徒以外は春樹をゴキブリかそれ以上のマイナスイメージしか抱いていないからで、他の生徒達は彼の事で口を開けば、やれオマケだのロクデナシだのと散々な口ぶりであるからだ。

 

「・・・・・・・・はぁッ・・・」

 

短い沈黙の後、簪は一夏の疑問に答えるかのように呆れた風な溜息を漏らした後、随分と低く冷たい声色で声帯を震わせた。

 

「あなた・・・バカなの?」

 

「・・・はッ?」

 

彼女からの唐突な侮蔑の言葉に一夏は呆然と疑問符を浮かべるが、其の様な事などお構いなしに簪は更に続ける。

 

「皆が彼を・・・春樹を慕うのは・・・皆が彼を良い人だと知っているから。他の皆は其れを知らないから・・・アテもない悪い噂を信じて春樹を悪く言うの」

 

「良い人だって? アイツのどこが良い人間なんだよッ? 卑怯で卑劣で・・・俺がアイツに何度殴られたか!」

 

「それはあなたの自業自得。彼はどれ程陰口を叩かれても・・・癇に障らなければ春樹の方から手を出しては来ない。それ程・・・あなたは春樹に迷惑をかけてるって事」

 

「何だと?!」

 

簪の物言いが気に入らなかった一夏はギロリと彼女を睨みつける。が、簪は彼の視線に対して全く臆する事なく更にこう続けた。

 

「春樹はあなたと違って自力で頑張って来た。最初から専用機を与えられて・・・皆からチヤホヤされていい気になっているあなたとは違う」

 

「俺は別にいい気になんてッ―――――」

 

「いいえ・・・あなたはいい気になってる。だから・・・自分の弱さも認められず、あなたは彼を目の敵にしている」

 

「そんな事はッ・・・・・!」

 

一夏は簪の言葉に言い淀んでしまう。彼女の言い述べた事が十中八九当たらずも遠からずな内容であった為だ。

そう、一夏もまた春樹に対してある意味で嫉妬していたのである。

 

彼は無意識無自覚に関わらず、これまで春樹を心のどこかで軽んじて下に見ていた。しかし、今では立場は大きく逆転している。

事情を知らぬ者達からは理由もない称賛はあれど、事情を知る者達からは落胆されているのではないかと言う恐れが彼にはあったのだ。

無論、其れは一夏の被害妄想なのだが、如何にもそう感じてしまう本人がいた。

 

「・・・ッ・・・ッ・・・」

 

ギリギリ歯噛みする彼を余所に簪は「・・・話は終わり」と短く言葉を連ねて武道館より立ち去る。

此のすぐ後、悔しさを含んだ「クソッ!!」と言う短い怒鳴り声と共に武道場の床へ鈍く竹刀が叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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89話

 

 

 

「・・・はぁ・・・ッ」

 

生徒会室の会長席で更識 楯無は大きな溜息を一つ吐く。

其れは目の前へ大量に積まれた書類の山に辟易しているのもあったが、その他にも悩みの種が大きく二つあった。

 

一つ目は、最近自身が個人的に稽古をつけている『織斑 一夏』の事だ。

彼は世界初の男性IS適正者でありながら、世界最強の”戦乙女(ブリュンヒルデ)”と名高い織斑 千冬の弟で、しかも高身長のイケメン。

加えて、世界でも指折りのIS関連会社の一つである倉持技研から第三世代型のIS『白式』を専用機として与えられている。

以下の経歴と甘いルックスに高い家事スキルで、彼は学園内では王子様的な立ち位置で皆から慕われ親しまれている。

 

しかし、正直に言うと・・・彼はあまり優秀とは言えなかった。

幼い頃に剣道を嗜んでいたという事もあり、潜在的な能力はかなり高いと思われるのだが、「俺が皆を守ってやる!」と云う本人の正義感と十代にありがちな感情論で周りを振り回している節がある。

其の性格の御蔭で、VTS事件では暴走したIS機体に単独で立ち向かおうとした他、銀の福音事件では福音撃墜の数少ないチャンスを目前にミッションエリア内にいた密漁船の救助を優先してしまい、逆に撃墜されてしまうという失態を犯してしまった。

 

以下の事を鑑み、楯無は彼を鍛える為に稽古を打診。

最初はこの申し出に渋っていた一夏だったが、もう一つの”悩みの種”の御蔭で彼は楯無に師事するようになった。・・・なったのだが、稽古の成果はあまり順調とは言えない。

其れは時たま楯無が自身自慢のプロポーションで彼の純情をからかう事もあったが、一夏は『女性に手を上げない』と言うフェミニストであった為、稽古にあまり身が入らない。

・・・・・まぁ、一夏の事に関しては目をつぶれる箇所がある。問題はもう一つの悩みの種の方だ。

 

「も~っ本当になんなの、あの男ッ」

 

学園の長にしてロシア代表の楯無を酷く悩ませるのは、世界で二番目に発見された男性IS適正者である『清瀬 春樹』だ。

彼は言わずと知れたIS学園の問題児で、ドイツの秘術である越界の瞳(ヴォ―ダン・オージェ)の完全適正者である。

 

先に言った春樹の問題児たる所以は、一夏との確執が大きい。

加えて彼は学園の妖精と名高いドイツ代表候補性ラウラ・ボーデヴィッヒに対して学園の風紀を乱す破廉恥行為を人目もはばからず行っている。

しかも現在の春樹は生徒会に所属しており、彼ばかりか生徒会まで風評被害が及んでいた。

また彼独特の「阿破破破ッ!」という笑い声も評判の低迷に拍車をかけている。

 

元々春樹を半強制的に生徒会へ入会させた手前、楯無はそんな彼の悪行を止めんと様々な手を考えた。

時に飴を、時に鞭で春樹に迫る楯無。しかし、心を病んで依怙地になってしまっていた彼には成す術がない。

春樹が隠れて飲酒していた事や自慢の抜群プロポーションで彼に迫った事もあったが、「阿”ぁッ? じゃけん、何じゃあな」「破ッ、引っ込んどけメスガキ風情が」と取り合ってもくれなかった。

 

「も~! 本当に、本当に・・・何なのよ~~~!!」

 

「大丈夫ですか、会長?」

 

唸りを上げて机に突っ伏す彼女に虚が淹れたての紅茶を出す。

 

「うぇ~ん。清瀬君が虐めるよぉ、虚ちゃーん!」

 

「自業自得です」

 

「辛辣過ぎない!?」

 

嘘泣きをしながら紅茶を飲む楯無に虚が訝し気にこう言った。「・・・会長、もう彼にちょっかいを出すのは止したらどうです?」と。

之に彼女は「う~ん」と再び唸った後に「・・・それは出来ないわね」と呟いた。

 

「どうしてですか?」

 

「虚ちゃん。私は清瀬君に「あなたを守る」と面と向かっていったのよ」

 

「・・・・・」

 

「それで酷く彼を怒らせてしまったけど・・・更識家”当主”として自分の言った事は守りたいのよ。・・・わかってくれる?」

 

「えぇ、勿論です。・・・なので」

 

「・・・え?」

 

そう言いながら虚は制服の内ポケットから一つの封筒を彼女に差し出す。

其れを口端を引きつかせながら受け取ると楯無は封を切り、中身を見た後で「さて・・・もう本当にどうしようかしらッ?」とこれまた大きな溜息を吐くのだった。

 

封筒の中身にはつらつらと並べられた文章とある診断書が入っていたのだが・・・まぁ、要約するとこう書かれていた。『清瀬 春樹は今回のキャノンボール・ファストの参加を辞する』と。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・・・」

 

世界中各地に点在する亡国企業(ファントム・タスク)の数あるのアジトの一つで、BT兵器搭載型IS『サイレント・ゼフィルス』を駆る少女は自室のベッドに腰掛けながら、ディスプレイに映ったある画像に睨みを利かせていた。

 

「入るわよ、M―――って・・・貴女また見てるの、”彼”を?」

 

そんなディスプレイと睨めっこをしている彼女の部屋に入って来たのは、組織の幹部でMの上司でもあるスコールだ。

 

「貴女が織斑 千冬以外の他人に興味を持つなんて・・・いや、それもそうね。彼のせいでオータムはあんな大怪我を負ったし、貴女は彼の件を引き摺ってこの前のアメリカでの任務も―――――・・・おっと」

 

何かを言いかけた所で、ギロリと彼女にMの「・・・黙れッ!」と視線が突き刺さる。

 

「貴女が彼女以外の人間に興味を持つことは私としても嬉しいけど・・・程々にしなさい。今度の任務は―――――」

 

「解っているッ・・・もういいから出て行け!」

 

思春期真っ盛りの娘を持った母親ように「ヤレヤレ」と両肩を浮かせたスコールは「早く寝なさいよ」と言って部屋から退出する。

 

「・・・・・ギデオン・・・貴様だけは私が・・・・・ッ!」

 

一人部屋に残されたMはディスプレイへ映った無機質な鉄仮面を被った人物を再び穴が開くような勢いで睨み付けた。傍から見れば、良くも悪くもまるで恋をしている乙女の様である。

 

「・・・危険ね」

 

そんなMの様子を危惧してか。スコールは策を張り巡らせた・・・其の時だった。

 

Prrrrr

 

「・・・えッ?」

 

普段なら鳴らない・・・いや、鳴ってはいけない筈の仕事用携帯が鳴り響く。しかも相手先不明の通信だ。

スコールはそんな電話に勿論警戒し、一旦は切ろうとしたのだが―――――

 

≪・・・切ろうとすんなよな≫

 

「な!?」

 

ハッキングされたのか、彼女の携帯は勝手に通話設定に移行されてしまったのである。

唖然とするスコールを余所に電話の向こう側から何とも弾んだ声が聞こえて来るではないか。

 

≪やっほーッ! ハロハロ~、なんとかタスクの誰かさん!!≫

 

「・・・ッ!」

 

其の一本の電話によって、学園側や企業側も巻き込んだ嵐が巻き起こる事をこの時誰も予想だにしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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90話

 

 

 

・・・俺ぁ、最近よー思い出す事がある。

其れは”三年前”の”あの日”の事じゃ。

 

三年前・・・あの日の俺はまだ中学に入ったばっかの”此方の世界”の俺じゃのうて、”前の世界”で地元企業に勤しむ社会人三年目の青二才。

目指しとった公務員にはなれんかったけど、慣れればまぁまぁ充実しとった日々じゃった。

 

・・・じゃけど、あの日・・・俺はいつもの様に十一時間勤務を終えて、母ちゃんがパート勤めをしょーるドラッグストアで酒を買うた。

もう殆ど覚えとりゃせんが、其の酒は新発売らしい変わった銘柄のウィスキーじゃった。

勿論、俺は其のウィスキーを買うて、家に帰って其れを飲んだ。

酒を飲んだんはエエんじゃけど・・・問題は其の酒に”呑まれて”しもうた事じゃ。

御蔭で俺は、このよー解らん世界にトリップしてしもうたという訳。ホント訳解らん。

 

そー言やぁ・・・あの頃は”異世界転生”やら”異世界転移”やら”異世界召喚”やらの作品が、よーメディアミックスされとったのぉ。

其れを思えば、これも一種の異世界転移?か、憑依?ものなんかな?

まぁ・・・異世界言うても『”異”なる』世界じゃのーて、『”異”常な』世界じゃけどな。

 

・・・俺は此れを思い出して、ある事をよー仮定する。

其れは、『あの日、あの時、あの酒を飲まなかったら?』と言うIfストーリーじゃ。

あの日を休肝日にしていれば、酒を飲まんかったら・・・たられば理論で考察し、退屈だけど平穏無事な生活が続いて行った人生を目を瞑って妄想する。

 

・・・じゃけど、結局は妄想じゃ。

目を開ければ、酷く嫌な事実が此れでもかと現実を突き指してくる。まるで心臓を抉る様に。

出来る事なら、この現実から逃げたい。

 

じゃけど・・・じゃけどじゃけど・・・じゃけどじゃけどじゃけど! 誰も彼も俺を逃がしてはくれん!!

あぁ、いっその事狂う事が出来たら・・・どれ程までに楽じゃろうか。

其れでも狂う事が出来んのならば、せめて・・・せめて酒が飲みたい。

 

あぁ・・・恋しや恋し、いと恋しい。

バーボン、焼酎、スコッチ、泡盛、ウィスキー、テキーラ、電気ブラン、老酒、日本酒、白酒、酎ハイ・・・酒の種類を上げればキリがないこの浮世で酒が飲めんとは・・・拷問以外のなにもんでもないでよ。

酒が呑めんのに、アル中なんが余計に苦しいわぁ。

あぁッ、糞! また吐き気と手が震えて来るわなッ! 薬飲まんとやっとられんわ!!

・・・・・ホント、生殺しとはこの事じゃ。ゾンビの様な気分じゃで、まったく!

 

あぁ、酒が飲みたい。

酒飲みで有名な李白の様に湖面へ映った月を取ろうとして溺死するんは勘弁じゃけど・・・あぁ、酒が飲みたい。浴びる様に飲みたい。と言うか、酒に浸かりたい。酒で満たされた25mプールを自由形で泳ぎまくりたい、ダイブしたい。

あぁッ、酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒・・・酒が呑みたい、飲みまくりたい!!!

 

「・・・・・せくん・・・よせ君・・・清瀬君ッ?」

 

「・・・阿ッ・・・あぁ、はい」

 

高良さんが「大丈夫かい?」と目の下に刻まれた酷いクマとこけた頬の俺の顔を心配そうにのぞき込んで来る。

俺は其れにいつものカラ元気で「はい、大丈夫です!」と答え、「なら、良かった」と高良さんが答える・・・筈じゃった。いつものようにならな。

 

「・・・本当に? 本当に大丈夫なのかい?」

 

「えッ・・・・・えぇ、まぁ・・・大丈夫ですけど」

 

此の所、酷いイベントに巻き込まれ過ぎて、傍から見ても俺は心身共にボロボロらしい。

・・・ホント俺って、そねーに顔色悪いんか?

 

「調子が悪いのなら、僕から長谷川先生に託けて置くけれど?」

 

「いやいやいや大丈夫じゃっちゃ、高良さん。実を言うと今日は朝から調子がエエんですよ。ホント、キャノボに出んのが残念なくらいにイキイキしとるんですよ!」

 

「・・・・・本当に大丈夫なのかい?」

 

「俺ぁ、ホントにホントのホントに元気ですよ!! 心配性じゃなぁ、高良さんは!」

 

カラ元気でこの状況を乗り越えようとする俺を高良さんは相変わらず訝し気な表情で覗き込んで来る。

俺の事を心配してくれんのは、ありがたいけど・・・この人、偶に子猫ちゃんみたいな目で見てくるけん、扱いにくいでよ。

 

其れに今日は折角の―――――

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

ポンッ、ポポンッ

 

雲一つない蒼空の天に花火が何発も打ち上げられる。

そう。今日は待ちに待ったキャノンボール・ファストの開催当日だ。

プログラムとしては、一年生の訓練機組のレースに始まり、一年生の専用機持ちのレースへ。其れから次に二年生のレースで、最後は三年生によるエキシビション・レースで締める内容だ。

 

「絶好の試合日和だな!」

 

「本当にそうだね」

 

大会参加者の控室では、優勝候補の一人でもあるラウラはこの晴天に大きく頷き、其れに隣にいるシャルロットが同意する。

お互いレースで競い合う仲だが、二人は仲良さそうに機体の最終メンテナンスチェックを行っていた。

 

「でも、あれだよね」

 

「ん? 何がだ?」

 

「春樹の事。レースに出られない事は残念だけど、あんな体調じゃあしょうがないよね」

 

「そうだな。しかし、春樹も徐々に回復へ向かっている。その証拠にこれだ」

 

そう言ってラウラはシャルロットにISスーツの首元を捲って見せる。すると其処には、赤い小さな花が白い絹肌へぽつぽつと咲いているではないか。

「今日は試合だというのに・・・昨夜は中々離してくれなかったな」と何処か照れ臭そうに笑みを溢す彼女へ、シャルロットは「・・・むぅ・・・」と頬を膨らませる。

 

「へ・・・へぇ、そうなんだ。た、確かにそうだよね。春樹ってば、今朝なんかボクの手首に噛みついて来たんだよッ。こっちは試合の準備で忙しいのに・・・ホント困ちゃったよ」

 

対するシャルロットも負けじと手首を見せるが、其処にはラウラと違って生々しい噛み跡がポツポツと点在している。

そうして二人は互いに互いの名誉の勲章?を自慢し合っては、火花を散らしていたのだが・・・・・

 

「「(・・・・・いいなぁ)」」

 

シャルロットはラウラの肌に付けられた春樹の優しいキスマークを羨み。一方のラウラはシャルロットの肌に付けられた情熱的なパイクマークを羨んだ。

彼女達と同じ控室を使っている練習機組達としては、「・・・惚気なら余所でやってちょうだいよ」や「なんであんなオマケ男がモテてんのよ」などと言った呟きが木霊するが、其れは同じく専用機持ち達の中にもいる。

 

「このキャノンボール・ファストで優勝すれば・・・私も一夏にき、キッスを・・・ッ」

「う・・・羨ましいなんて、思ってないんだからね!・・・・・で、でも・・・ッ」

 

ポニテとツインテの乙女は想い人との口づけを想像し、二人は顔を真っ赤に息を切らし始めていた。

 

「はいはい、皆さん其処までですわよ!」

「そろそろ・・・スタンバイしないと。・・・織斑先生に怒られるよ?」

 

『『『!』』』

 

そんな混沌とし始めた控室にセシリアの活発的な声と恐る恐るとした的確な簪の声が響き渡る。

其の声に気を取り戻した皆はせっせと機体チェックを終わらせようと手を動かしていった。

 

「そう言えば・・・春樹はボク達の事を見てくれるかな?」

 

「勿論、観戦するだろう。あいつは面倒臭がっていても、ちゃんと見ていてくれるからな。其れにシャルロット、今日はお前の父親が大会を見に来ると春樹が言っていたぞ」

 

「えッ!? そんな事、ボク聞いてないんだけど!! と言うか、なんでラウラがそんな事を知っているのかな?!!」

 

「あッ・・・これは確か秘密だったな。忘れろ、シャルロット」

 

「無理だよ!!」

 

大会開始のアナウンスが流れるまで、相変わらず控室は緊張感のあるわちゃわちゃした雰囲気が流れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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91話

 

 

 

「御二方、今回は私達夫婦をお招き頂き感謝します」

 

IS産業関係者や各国政府関係者の専用観客席ブースで、隣に美しい淑女を連れた世界的IS関連会社の社長であるアルベール・デュノアは二人の人物へ手を差し出す。

一人はこのIS学園の長で、威厳ある老紳士『轡木 十蔵』。もう一人は日本政府直属の機関であるIS統合対策部副本部長『長谷川 博文』。

 

「いえいえ、デュノア社との提携の御蔭でプロジェクトが成功しました。なので、此れ位はさせて頂きたい。其れに此れは”彼”の要望でもあります」

 

「えッ・・・彼と言うと!」

 

浮かない顔をいつもの作り笑いで覆った長谷川の口から出た二人称にアルベールの表情がパッと明るくなる。

普段は見る事はないであろう爛々とした夫の表情に妻のロゼンダは「あ・・・あなた?」と不思議そうな視線を送る。

 

「えぇ、噂の彼です。彼は学園への襲撃者を撃退した報酬として、デュノア夫妻を学園へ招待したいと願いまして」

 

「何故、そんな事を彼が・・・・・?」

 

「さて、彼の真意は解りかねますが・・・・・デュノア社長が学園へ赴かれる事に意味があるのだと私は思いますが」

 

「それは一体どういう・・・?」

 

疑問符を浮かべるロゼンダを横目にアルベールは『ジーンッ』という効果音を背後に浮かび上がらせているではないか。

 

「ロゼンダ・・・彼は仕事で忙しい私達を気遣い、長谷川代議士を通じて私達を学園へ招待してくれたのだよ。私達とシャルロットの時間・・・家族の時間を作ってくれようと彼はしてくれているのだ!」

 

『おー・・・ッ!』とロゼンダや長谷川を始めとしたデュノア家の事情を知る関係者は感動を露わにしている・・・・・が、果たしてあのアル中PTSD薬物乱用者にその様な「や、優しい」思惑があるかどうかは彼のみゾ知る。

 

「あッ。デュノア社長、来ましたよ」

 

「おぉッ!」

 

噂をすれば何とやらとばかりに秘書官の高良に連れられて話題の人物が一行へ近づいて来た。

アルベールは長谷川を通じて自分を学園へ招いてくれた彼へ熱烈な感謝のハグしようと振り返り、ロゼンダも自分の愛する夫やわだかまりが解けた義娘が気に入っている男がどんな人物かと興味の視線を送る。

 

「・・・やぁ、どうも社長・・・・・ご無沙汰しております・・・」

 

「なッ!?」

 

・・・ところが、彼等の振り返った先を見てアルベールは驚いた。

何故ならば、彼の視線の先に居たのはベルギーで快活に「阿破破ノ破!」と笑った人物とは到底思えない姿をしていたのである。

頬は大きく痩せこけ、目の下には炭でも塗ったかのような黒々とした隈が刻まれ、全体的に覇気のない右眼を眼帯で覆った男が其処には居た。

 

「ア・・・アルベール・・・彼がその・・・あなたやシャルロットの言っていた清瀬 春樹・・・なの?」

 

ビシリと新品のスーツを着ているにも拘らず、滲み出るまるで廃人のような雰囲気にロゼンダは声を震わせて夫の腕を思わず掴んでしまう。

そんな不安がる彼女の手を自らの手で優しく覆いながら「あッ、あぁ・・・そ、そうだ」と耳打ちで肯定するアルベール。

しかし、あまりの彼の変貌ぶりにやはりアルベールも動揺で声を震わせた。

 

「M、Mr.清瀬! 君はどうしたと言うのだねッ?! 一体君に何が!!?」

 

「ありゃ、ご存じないんで? 学園祭での一件の時、不覚にもテロリストの野郎から喰らってしまいまして・・・お恥ずかしい限り。じゃけど、もう大丈夫なんです。此処に来たんは、長谷川さんの招待を受けてくれた社長にご挨拶に来ただけ・・・お目汚しご勘弁願います。どうかシャルロットの・・・娘さんのご活躍を特等席でご覧ください」

 

「・・・ッ・・・」

 

「それじゃあ、俺ぁここで」と頭を下げて立ち去ろうとする春樹にアルベールは「・・・ま、待ってくれ!」と声を張り上げる。

 

「阿? 何でしょうか、社長?」

 

「長谷川代議士から君が今回のキャノンボール・ファストを棄権する事は前もって聞いていた。しかし、そこまでの傷を受けているとは知らなかったんだ」

 

「構ヤァしませんよ。俺が好きでやった事ですし・・・」

 

「いや、それでは私の気は収まらない。そこで提案なのだが・・・私達と一緒に大会を観戦しないか? 君の為にフランスから最高級のボトルを持参して来た。共に酌み交わそうではないか!」

 

「デュノア社長ッ?」

「あなた・・・ッ」

 

「・・・宜しいんで?」

 

訝し気な眼で見据えて来る春樹に「あぁ、勿論だとも!!」とアルベールは大きく頷く。

アルベールとしてはデュノア社の危機みならず、デュノア家のわだかまりも解決してくれた春樹に対して大恩を感じている。

そんな大恩人が自分の身を削ってまで自分達家族の事を思って(?〉くれた健気さ(?〉にアルベールは胸を撃たれてしまった。

 

「構わないか、ロゼンダ?!!」と何処か必死さを覚える面持ちで詰め寄る夫の姿に「・・・えぇ。勿論構わないわ、あなた」とロゼンダも快く了承した。

彼女としても、愛する夫がここまで気に入る人物に興味があっての事だったろうが。

 

「私としてはテロリスト撃退の功労者にゆっくりと休んでいただきたいのだが・・・・・こればかりは清瀬君に判断を任せるよ。だが、解ってはいると思うが」

 

「解っとりますよ、長谷川さん・・・・・大体今の俺ぁ、身体が酒を受け付けないですし」

 

「えッ!? そうなのか、Mr.清瀬!!」

 

外見の雰囲気だけでなく、酒を飲むことが出来ないという事へ驚嘆するアルベール。

其の反応が意外だったのか、「俺って、そねーに飲兵衛じゃろうかなぁ?」と疑問符を浮かべる春樹に彼のこれまでの飲酒遍歴を知る者は思わず吹き出して笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

今日はキャノンボール・ファスト開催当日。

幸いな事に空は雲一つもねぇ晴れやかな晴天じゃ。

 

会場になっとるアリーナの一般観客席やマスコミ専用席にゃあ、ISを纏った生徒をカメラに納めようとしょーるオッサン共やらマスコミ共やらが鬼気迫る目をギラつかせよーる。

・・・改めて傍から見るとかなりきょーといけん、ご同伴に誘うてくれたデュノア社長様様じゃでよ。

しかもVIP席で美味い酒と料理が出るけん、万々歳じゃ。・・・酒が飲めれんのがアレじゃけどな。

 

「なんとも巧い事に懐へ入り込んだわね。お姉さん吃驚!」

 

「・・・阿?」

 

そねーな結構気分のエエ思いをしょーる時に限って、邪魔が入るんが世の常なんかのぉ?

酒の代わりに飲みょーた珈琲のせいで催し、トイレで事を済ませた帰りの事。あの年上ぶった水色髪が『吃驚仰天』と書かれた扇子を拡げて俺に声をかけんでもエエのに声をかけて来やがった。

 

「・・・・・」

 

「ちょっ、ちょっと無視しないでよ!!」

 

当然の如く知らん顔で素通りしたら、後を追って来やがった。

 

「ハァ・・・なしてオメェが此処に居るんならな? 此処の通路は関係者以外立入禁止じゃなかったかぁ?」

 

「あら忘れたの? 私はこの学園の―――「知っとる、生徒会長じゃろう」―――ちょっとッ、私のセリフ取らないでよ!」

 

相変わらず口喧しいやっちゃのぉ、とてもあの簪さんの姉貴とは思えんでよ。

 

「んで、俺に何の様じゃ?」

 

「何の用って、君ねぇ! 君は一応護衛対象なの。それに今回、君はキャノンボール・ファストに棄権してるのよ」

 

「じゃけぇ、俺はオメェの傍で縮こまって居れと? 勿論そのつもりじゃったけど・・・残念じゃなぁ、デュノア社長が俺とどうしても一緒に大会を見たいって言うてな。じゃけん諦めぇや」

 

「こ、この・・・ッ!!」

 

ありゃりゃ、真っ赤な顔してプルプル震えりょーらぁ。

じゃけどそねーな顔してもおえんで、一応社長や長谷川さんらぁと居った轡木学園長には許可を貰っとるけんな。

 

「だ・・・だったら私も!」

 

「阿呆か。オメェさんは一応まがいなりのシスコンでも生徒会長じゃろうがな。また仕事をサボりょーたら布仏先輩にドヤされよーがな。それとの何か? また俺からチクって、あの人に怒られて~んか?」

 

ニヤリと俺が笑ってやると水色髪は「ッう・・・!」と口と眉間をへの字に曲げやがった。

この間も男のケツばっか追いかけよーるけん、布仏先輩にドヤされたって布仏さんに聞いたけんな。

ん~、人の弱みを掴むんもたまにゃあ乙なもんじゃのぉ。

 

「で、でも解ってるの?! 今回のイベントでもファントムタスクの連中が襲撃をかけて来るかもしれないの! そうなったら関係のないデュノア社長を撒き込む事になるのよ、解ってる?!!」

 

「解っとるよ」

 

「はッ、はぁ!!?」

 

「俺が何の為に大会を棄権したか、解っとるんか?」

 

・・・と言ってやると水色髪は「えッ・・・どういう事?」と?マークを浮かべやがった。

 

俺が今回、キャノンボール・ファストを棄権したんは理由があった。

無論、そりゃあ第一に体調不良が大きく占めとるが、他にもある。

 

前回の学園祭襲撃時、ファントムのヤツらぁはツーマンセルで仕掛けて来やがった。

なら今回も二人以上のチームで来る筈じゃ。

 

「其れに野郎共はまた阿呆の方の織斑を狙って来る筈じゃ」

 

「・・・その理由は?」

 

「勘じゃ」

 

「ッ、なによそれ!?」

 

いがるないがるな、喧しい。じゃけど、ヤツらは絶対に織斑を・・・白式を絶対に狙って来るじゃろうな。

其れ程までにダメバナ野郎のISは貴重じゃ言う事じゃろうか。しっかし、なして白式は貴重なんじゃ?

・・・まぁ、今はそねーな事はどーでもエエか。

 

「まぁ兎も角じゃ。野郎共がチームで襲うて来たら、棄権した筈の俺とオメェがヤツらを背後から襲う寸法じゃ。其れに俺が大会を棄権する事を知っとるんはオメェとラウラちゃんにシャルロット、其れに簪さんやセシリアさん。先生じゃと学園長にブリュンヒルデだけじゃ」

 

「でも・・・そう巧くいくと思ってる?」

 

「思っとりゃせんよ」

 

「はぁ!?」とまた顔を歪める水色髪じゃけど、事実じゃ。

大体、ファントムの輩が今日の良き日に襲撃をかけて来ると言う保証はない。もしかしたら、何事もなく大会が終わるかもしれん。

そしたらデュノア社長達は気兼ねなくシャルロットと家族の時間を過ごしゃあエエし、シャルロットの居らん内に俺は気兼ねなく存分にラウラちゃんとイチャイチャできる。

・・・・・ま、有り得ん事じゃが。

 

「兎に角じゃ、事が起こったら臨機応変に対処すればエエ」

 

「・・・要するにリスクだけ増やして、何も考えてないって事じゃない! 一体何を考えているのよ、清瀬君!!?」

 

「・・・・・・・・知りたいか?」

 

「え・・・ッ?」

 

「本当の本当に・・・俺が何考えてるか、知りたいんか?」

 

「・・・ッ・・・!!?」

 

ニヤリと巷で話題の俺の凶悪顔を覗かせてやると水色髪は後ろへ一歩後ずさる。

其の内に俺はさっさと皆が待ってるVIPルームへ逃げ込む。

 

「あッ、ちょっと!!」

 

とっとと逃げ込めりゃあコッチのモノ。

しっかし、痛い所を突かれた。確かに挟み撃ち作戦以外の事は何も考えとりゃせんわ。ハッタリで如何にか誤魔化したけんど、ホントどねーしょー?

ここ最近、碌に酒も飯も食っとりゃせんけんな。おかしゅうなっとるな俺。

 

「またか・・・糞ッ」

 

あぁッまた手が震えて来やがったッ。あぁ、酒が飲みたい・・・酒さえ飲めれば、落ち着くのにッ! 酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒・・・酒飲みてぇ!

薬を、薬を飲めねぇと・・・・・薬薬薬薬薬薬薬くすり薬クスリ薬くすり薬薬薬くすり・・・・・

 

「どうかしたのかね、Mr.清瀬?」

 

「・・・阿? えッ、あぁッ。な、何でもないですよ社長! そんな事より・・・もうすぐシャルロットが、お嬢さんが出場しますよ!!」

 

やべぇやべぇ、意識が一瞬ぶっ飛んでたでよ。

気付かれん内に早い所・・・薬を・・・飲んでおこう・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

春樹は皆に気づかれない様にまるでドリトスの様にアヘン系鎮静剤と抗うつ剤を”いっぺん”貪り食い、一気にそれを珈琲で流し込む。

 

この時、この”いっぺん”に食べた事がミソだ。

薬というモノは、適切な量と飲み合わせで飲めば薬となるが、逆に其れを誤ると一気に毒となってしまう諸刃的な面がある。

 

「あ・・・阿”ァッ・・・あ”阿ぁ”・・・・・ッ?!!」

 

彼は焦って薬の飲み方を大きく誤ってしまった。

その影響はまず彼の右眼から溢れ出す琥珀色の光だったのだが、なにぶんと眼帯で隠されている為に周りに気づかれる事はなかったのである。

 

〈・・・・・さぁ、後は導火線に火が付くのを待つだけだ〉

 

唯一人、春樹の中に巣食う怪物だけが口角を引き攣らせるだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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92話

 

 

 

織斑 一夏は考える。

其れは、自分と同じ男性IS適正者である清瀬 春樹についてだ。

 

同じ境遇下に置かれながらも二人は光と影にくっきりと分かれていた。

一人は皆から賞賛絶賛の雨あられを浴び、一人は皆から侮蔑と軽蔑の視線を突き刺されていた。

勿論前者は一夏で、後者は春樹だ。

しかし、一見勝ち犬である筈の一夏は負け犬と揶揄される春樹へ大きな大きなコンプレックスを持っていた。

 

清瀬 春樹と言う男は粗暴で乱暴者、しかも郷里の言葉は酷く乱雑でべらんめぇ口調。

だから品行方正を謳っているIS学園生徒の多くから彼は敬遠されていた。

されど此の男、持っているIS技術は一級品。『ゴーレム事件』では最新鋭の第三世代型ISが手こずる様な機体を旧型第二世代訓練機でスクラップにし、『VTS事件』では暴走状態と云えども、複数の第三世代型IS機を軽々と無力化してしまう始末。

以下の事件が切っ掛けで与えられた専用機を纏ってからは向かう所に敵はなし。

身に降りかかる火の粉が飛んで来るものなら、其の元凶をメッタメタのボッコボコにする有様。

・・・斯く言う一夏も春樹にそんなズタボロにされた一人である。

二人の確執の始まりは話せば長くなるが、一夏が春樹に対して劣等感を抱き出したのはここ最近の事。

其れはIS学園生徒会長である更識 楯無を審判とした模擬試合を行ってからだ。

 

試合の直前、春樹に煽られて一夏は頭へ血が上っていた。けれど、彼なりの冷静な心境で試合に臨んでいた。

先のVTS事件では辛酸を舐めたが、今度はそうはいかないと強い思いがあった。

・・・だが、結果は悲惨なモノであった。

『福音事件』でセカンド・シフト(二次形態移行)し、強化された筈の白式を纏っていた一夏は、まるで赤子の手を捻るかのように春樹に蹂躙されてしまったのである。

もしこの時、楯無が二人の間に割って入らなければ、一夏は福音事件以上の外傷を受けたであろう。

確かに楯無が途中介入したことで、一夏は酷い怪我を負わずに済んだ。けれども、其の心はどうだろうか。

卑劣で卑怯者と軽蔑していた春樹を真正面から叩き潰す筈が、逆に叩き潰されてしまった。

 

「自分の方がヤツよりも早く専用機を渡されたのに・・・自分の専用機が二次形態移行で強くなった筈なのに・・・・・何故、あんな人を人とも思っていない人間に勝つ事が出来ないんだ?」と、一夏は四六時中考える様になった。

其れは食事中でも、入浴中でも、楯無との修行中でもふと考えずにはいられない事柄になった。

・・・だから今日の良き日に寝坊で遅刻したのも回り回って言えば、春樹が悪いのである。

 

「遅いぞッ! 何をやっているんだ、一夏!!」

 

「わ・・・悪い・・・」

 

レース開始直前、急いで控室へと飛んで来た一夏はぷりぷり怒りを露わにする箒へ申し訳なさそうに謝る。

 

「まぁまぁ箒さん。一夏さんが中々来なくて心配していたのも解りますが、そんなに声を荒らげないでくださいまし」

 

「べ、別に私は一夏の心配など!!」

 

「はいはい、解っていますわ。春樹さんの台詞を借りるならば、「ツンデレ乙」と言ったところでしょうか?」

 

「ッ!」

 

セシリアの軽口に「別に私はツンデレではない!!」とムキになる箒。しかしこの時、セシリアの口から出た名前に一夏はピクリと反応する。

 

「ん? どうしたの、一夏? あんた顔が怖いわよ」

 

「・・・別に何でもねぇよ」

 

彼の名を聞いただけで自然と目つきが鋭くなった事を悟られまいと一夏は不愛想にそう振る舞う。

そう言う彼に鈴は疑問符を浮かべながら「・・・あっそ、なら別にいいわ」と言葉を切った。

 

「やれやれ・・・やっと来たか、愚弟」

 

そんな彼らの背後から大きな溜息を吐いて現れ出でたるは世界最強と名高いブリュンヒルデ。

其の彼女に一夏は「あッ、千冬姉!」と声をかけ、「織斑先生と呼べ」と出席簿の粛清をスパァーッンと受ける。

 

「しかし・・・遅刻した事は兎も角、二人の内の一人だけでも出場する事には申し分ないな」

 

「え・・・それってどういう事だよ、千冬ね・・・織斑先生?」

 

千冬の言葉に疑問を持った一夏が声を上げると彼女の代わりに箒が答えを返す。「アイツは・・・清瀬はレースには出ない」と。

 

「・・・・・えッ・・・?」

 

「まったくヤツめ。怪我からはもう回復したというのに体調不良で棄権するとは軟弱な男め!」

 

「そう仰らないで箒さん。春樹さんだって本当は出たかった筈ですわ」

 

常日頃から多くの学園生徒と同じように春樹を毛嫌いしている箒は「ヤツは逃げた」だの「臆病風に吹かれた」だのと非難する。

其れを彼を良く知るセシリアは物腰柔らかにされどキッパリと否定し、フォローを入れた。

 

「・・・・・」

 

其の二人を余所に一夏は一人黙りこくった。そんな彼の姿に鈴は「一夏・・・?」と恐る恐る声をかける。

何故に恐る恐るなのか。其れは彼の表情が今まで見た事もないくらいに険しくなっていたからだ。

 

《レース出場者は、スタートラインまでお願いします》

 

「ふむ、出番だ。ボーデヴィッヒ達はもう先に行っているぞ。力の限りを尽くして来い!!」

 

『『『はい!!』』』

「・・・はい」

 

千冬の激励に声を上げる三人に対し、何処かモヤモヤした面持ちでスタートラインへと一夏は赴くのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

《それでは・・・皆さん、お待たせいたしました。続きまして、一年生専用機部門のレースを開催致します!》

 

舞台となっているアリーナ会場へ大きなハウリングをする事もなく無事に響き渡る山田教諭のアナウンス。

其の号令を聞くや否や一夏を含めた七人の専用機持ち達がスラスターへ火を入れ、高機動用のハイパーセンサー・バイザーをスッと下げる。

そして、揃いも揃った皆の前へあるシグナルランプが三…二…一…のカウントダウンと共に点滅し出し―――――

 

《GO!!》

 

「スタートダッシュは貰いましてよッ!」

 

カウント零の合図と共に真っ先に飛び出したのは、高機動操縦の腕に多少なりとも腕のあるセシリアだ。

彼女はあっという間に第一コーナーを過ぎ去ると、一気にトップへ躍り出る。

 

「逃がさないわ、セシリア!! 先に行ってるわよ、一夏ッ!」

 

「お、おう!」

 

そうはさせまいと一夏と並走していた鈴がグーンッと加速し、彼女へ勝負を仕掛けに行く。

そして、展開した衝撃砲でセシリアへと狙いを澄ませる鈴だったが―――――

 

「させるとお思いでしてッ?」

 

「えッ!?」

 

―――そんな彼女に向けてライフルビットの咆哮がズギャァーン!と唸りを上げる。

此れを何とか寸での所で躱す鈴。其の反動で発射された衝撃砲の不可視の弾丸がレース場の地面を巻き上げた。

 

「ふふん、どんなもんですか!」

 

「フッ・・・油断とは頂けんな、セシリア」

 

「!?」

 

声と共に鈴の背後からスリップストリームで現れた黒い機体のラウラにセシリアは驚嘆しつつも彼女はライフルビットの銃口を向ける。

 

ズダンッ、ダン! バキィッ!!

「きゃああッ!!」

「うわッ、ちょっ―――――ッ、きゃぁああ!!?」

 

「あッ、危ねぇ!!?」

「おっと!!」

 

しかし、幾何かラウラのリボルバー・カノンの方が速かった。

ビットは実弾によって撃ち落とされ、更には回し蹴りが加えられた事でセシリアは後ろへ付いて飛んでいた鈴に激突。コースラインを大きく外れてアリーナの外壁へと激突してしまう。

 

「邪魔よ、セシリア! さっさと退いて!!」

 

「それはこっちの台詞でしてよ、鈴さん!!」

 

「あ・・・危なかったッ。もう少しで俺達も巻き込まれるところだったぜ」

 

「余所見をするな、一夏! 早く先頭集団に追いつくぞ!!」

 

めり込んだ壁で激しく言い合う二人を尻目に一夏と箒はトップ集団目掛けてスラスターの発破をかけるのだが―――――

 

「・・・お先に」

 

「それじゃあまたね、お二人さん」

 

―――其のすぐ隣を瞬時加速の猛スピードでオレンジと水色の二機が通り過ぎていく。

「あッ!? 待て、この!!」と喚く箒と共に「なら、俺も!!」と一夏も先頭集団へと喰らい付いていく。

 

 

 

 

 

 

「よしッ、良いぞ! 其処だシャルロット!!」

 

VIP観客席で、アルベールは目の前で繰り広げられるレース展開に熱狂していた。

其の勢いは凄まじく、椅子から立ち上がって叫び倒している始末。

そんな夫を恥ずかしそうにロゼンダは「ちょっと、あなた・・・!」と嗜める。

 

「少しは落ち、着いたら・・・どうです、社長・・・?」

 

「ハァ、ハァ・・・いや、すまない。年甲斐もなく興奮してしまってね。そういう君は随分と静かなのだね、Mr.清瀬? それに何だか喋り方が・・・」

 

「えッ・・・ぇえ、実を言うと俺も・・・大変興奮しているのです。其れで、この・・・喋、り方なんです。でも、俺だけがはしゃぐのも悪いと思って・・・」

 

「なら一緒に応援しようではないか!・・・あぁ、でも君はドイツのボーデヴィッヒ代表と・・・その・・・・・」

 

「ご、存じ、だと思いますが。其の、ドイツ代表候補性と・・・貴方、の愛娘さんは、ご親友なんですよ。一応、娘さんに許可も貰っとります。あぁ、でも・・・日本代、表候補生の俺が他国の候補生を応援してもエエ、んでしょうか?」

 

春樹はデュノア夫妻の隣に鎮座する長谷川に恐る恐る確認すると、彼は「あぁ、勿論だとも」と首を縦に振る。

其れならばとアルベールは春樹の肩を抱いて応援の声を上げた。

 

しかしこの時、春樹は周囲にバレない様にしていたのだが、先程飲んだ薬の飲み合わせが悪かったのか、彼はひきつけを起こしていた。

其の為、春樹は首と喉の筋肉が痙攣をおこし、軽い呼吸不全に陥っていた為にあのようなおかしな喋り方をしていたのである。

場の空気を崩さぬ様に彼は文字通り命を削って空気を読んでいた。

 

「ハァッ、はァ・・・かッは・・・ァはっあ・・・はぁッ・・・!!」

 

・・・・・だが、其れも時間の問題である。

脳に酸素が行き届かなければ、其の内呼吸困難となって意識を失う。

刻々とタイムリミットが迫る中、白熱するバトルレースは二周目へと突入していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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93話

 

 

 

序盤である内から既に抜きつ抜かれつ、撃ちつ、避けつつのラストパートを思わせる様な火花飛び交う派手なバトルレースを繰り広げられるキャノンボール・ファスト一年生専用機部門。

其れはアリーナ中の観客を多いに沸かせるのと同時に興奮に包み込み熱狂させる。

 

・・・さぁさぁッ、そんな白熱するISバトルレースは二周目へと突入した。

二周目の現状態は先頭でラウラとシャルロットが火花を散らし、其の二人の間を何とか抜けようとチャンスを伺う簪が張り付く。

其の先頭集団の背後へバトルロワイアルレースにも関わらず、ツーマンセルでアクセルを吹かす一夏と箒。

其のまた後ろでは、コースラインを大きく外れた事を取り戻さんと鬼気迫る表情で鈴とセシリアが追い掛ける。

 

「・・・そろそろ仕掛ける」

 

第二コーナーを過ぎるかと言う所で、三番手に甘んじていた簪が動きを見せる。

自らの専用機『打鉄弐式』の最大兵装であるマルチロックオン・システム『山嵐』を展開させ、前方の二人へ狙いを定めた。

そして「・・・行け」と静かな声と共に八門ある内の二門のポッドからミサイルが勢い良く射出される。

 

「ッ、そうはいかんぞ! 合わせろ、シャルロット!」

「任せてッ!」

 

自分達に向かって来るミサイルをラウラはお得意のAICで空中停止させるや否や、シャルロットがアサルトカノンで此れを狙撃。

トップ争いをする競争相手と云えど、瞬時に行われた二人の連携は見事なものである。

 

「・・・・・かかった」

 

「「なッ!!?」」

 

・・・しかし、これが簪の狙いであった。

迎撃された事でチュドーンッ!と爆発するミサイルだったが、なんと其の爆発したミサイルからネトネトしたイカ墨の様な黒い煙が吹き出し、二人を覆ったのである。

 

「うわぁあッ?!!」

 

「小癪な真似をッ! さては春樹の入れ知恵だな!!」

 

「・・・当たり」

 

粘着性の煙幕に気を取られた二人に簪は間髪入れずに仕掛ける。

突然視界を遮られた事で動揺したシャルロットには連射型荷電粒子砲『春雷』が火を噴き、ラウラには煙幕に紛れて近づくと対装甲用超振動薙刀を勢い良く振り下ろした。

 

「だが・・・ここは私の距離だ!!」

「そう簡単にやられないよッ!」

 

「ッ・・・!」

 

だが、このラウラとシャルロットの両者とてむざむざやられる気はない。

ラウラは自らに振り下ろされた簪の薙刀を両腕手首に搭載されたプラズマ手刀で真剣白刃取りして動きを止めると、彼女の前から挟み撃ちする形で荷電粒子砲攻撃を防ぎ切ったシャルロットが盾殺し(シールド・ピアース)を構えて突貫して来る。

 

「負けない・・・!」

 

此の連携攻撃に負けじと簪は予め備えておいたシールドパッケージ『不動岩山』を展開し、二人の攻撃を何とか防ぎ切った。

 

「「「・・・ッ・・・!!」」」

 

電光石火の如く行われた攻撃の後、三人はレースだという事を忘れ、互いに睨みを利かせながら空中で止まる。

 

「すげぇ・・・ッ!」

 

「感心している場合か! 私達も突っ込むぞ!!」

 

観客の大歓声を代弁するかのように呟く一夏に活を入れる箒。

二人はそんな苛烈な火花を散らす先頭集団へ飛び込まんとブースターに再び火を焚きつけようとした・・・・・其の時だった。

 

「ッ・・・!? 三人とも危ねぇッ、避けろ!!」

 

『『『!』』』

 

異変に気付いた一夏が睨み合う三人へ警告を送るが、既に時遅し。

ズギャァアンッ!と突如として上空から飛来した機体がラウラ達目掛けてレーザービームを放つ。

 

「「「ッ!!?」」」

 

砂煙を撒き散らしながら放たれたレーザーに三竦みとなっていたラウラとシャルロットに簪は悲鳴を上げる間もなく撃ち貫かれた。

 

「・・・フッ・・・」

 

コースアウトして吹き飛ばされゆく三機には目もくれず、余裕たっぷりにコース上へと佇む突然の襲撃者はニヤリと口元を歪める。

 

「あれは・・・!!」

 

目の前へ降り立った機体に一夏の脳内にある記憶が蘇る。

其れは自分が酷い目にあった学園祭襲撃事件後、楯無からディスプレイを以てして自らに怪我を負わせた正体を教えられた。

其の時に見た鮮やかなモルフォ蝶のような機体が眼前で不敵な笑みを溢す其れであった。

其の機体の名は『サイレント・ゼフィルス』。春樹が二度も獲り逃した何かと因縁のある人物だ。

 

「やはり来たか、亡国企業! 来いッ、この私が成敗してやろう!! 行くぞ、一夏ッ!!」

 

「お、おうッ!」

 

現れた襲撃者に箒は鼻息荒く意気揚々と自らの専用機『紅椿』の主力武装である『雨月』と『空裂』を構える。

腕にも機体にも憶えのある彼女は自信満々だ。其れに釣られて一夏も『雪片弐型』の刃を向けた。

しかし・・・・・

 

「・・・・・」

 

刃を向けられているにも関わらず、サイレントゼフィルスはキョロキョロと誰かを探すように辺りを見回す。

そして、ただ一言・・・「”ヤツ”は何処だッ?」と問いかける。

 

「ヤツ? ヤツって誰よ?!」

 

「・・・ッ・・・」

 

後から一夏と箒に追い付いた鈴はサイレントの疑問符に疑問符で返し、セシリアはギリリッと歯噛みをする。

そんな四人を余所に「いないのならば仕方ない・・・」とサイレントはライフルビットを四方に展開した。

 

「あんた、実は算数出来ないでしょ? この数相手にやる気ッ?」

 

馬鹿にした様な表情を浮かべる鈴に「・・・あぁ、心配するな」とサイレントが手を挙げて振り下ろすと―――――

 

「こ・・・コイツらは!!」

 

サイレントの合図に天から降り立ったのは随分と見覚えのある計六つの機体。

其の六機は以前とは姿も形も、恐らく仕様も全く異なっていたものの、ある意味トラウマとなっている存在であった。

 

「さぁ行け、『ゴーレムⅡ』共! ”ヤツ”が出て来ないならば、引き摺り出すのみだ!!」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「きゃ・・・きゃぁあああああッ!!?」

「た、助けてくれぇええッ!!」

 

突如として現れたテロリスト集団により、先程までキャノンボール・ファストの歓喜に湧き上がっていた一般観客席からは阿鼻叫喚の悲鳴が巻き起こり、一気にパニック状態へと陥ってしまった。

 

「えッ・・・何ッ、何なの? いったい何が起こってんの?!」

 

そんなパニック集団と化した観客と同じようにキャノンボール・ファストを観戦しに来ていた一夏の友人の妹である五反田 蘭もまた、困惑に晒されていた。

 

《緊急事態発生! 緊急事態発生!! 観客並びに来賓の皆様はスタッフの指示に従い、落ち着いて避難してください! 繰り返します、緊急事態発生―――》

 

「お兄もどっか行っちゃたし。わ、私も―――って、きゃあ!?」

 

何が起きているのか解らない困惑と不安の中、なんとか彼女も警告アナウンスに従って避難しようとしたのだが、後ろから走って来た別の観客に押されてしまう。

 

「おっと・・・大丈夫かしら、お嬢さん?」

 

「は、はい。あ、ありがとうございます」

 

そんな転びそうになった彼女を支えたのは、サングラスに真っ赤なスーツで身を包んだ鮮やかな金髪を持った女性だった。

 

「全くあの子ったら張り切っちゃって・・・困ったものだわ」

 

「あ、あの・・・」

 

「あ、そうそう。向こうは危ないから、あっちの非常階段を使うといいわ」

 

「え・・・え?」

 

戸惑う蘭に金髪美女は「ほら、早く行って」と促す。

之に彼女は「あ、ありがとうございます」と言って頭を下げ、言われた方へと走って行った。

 

「さて・・・」

 

あとに残された金髪美女は、暴徒と化した避難客を余所にヒールを鳴らして悠然とアリーナが見渡せる位置へと移動する。

 

「私としては生で”彼”を見てみたかったのだけれど・・・目論見が外れたわね」

 

「あら、それは残念、なら、あの子共々さっさとお帰り願うわ」

 

腕を組んで呟く彼女へ答えるのは、閉じた扇子を顎に当てる楯無だ。

金髪美人は楯無に背中を取られた形となるが、彼女は別に気にもしないように「そう言えば・・・」と言葉を続ける。

 

「貴女の機体・・・名前は『モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)』・・・いえ、今は『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』だったかしら?」

 

「・・・耳が早いわね、亡霊さん。いえ・・・『スコール・ミューゼル』と呼んだ方がいいかしら」

 

楯無の返答に「フフフッ」と肩を震わせてほくそ笑むと、スコールは振り返りながら自身のかけていたサングラスを胸ポケットへと差す。

楯無は笑顔を浮かべる彼女に意識を集中させ、ゆっくりと呼吸を整える。

 

「・・・一応聞いてもいいかしら? 貴女達の狙いは何?」

 

「冗談でも云う訳がないじゃない。IS学園の生徒会長とあろう人が、とんでもなくナンセンスな質問を投げかけるのね」

 

「そう。なら、無理矢理にでも話してもらおうかしらッ!」

 

そう言って楯無は自らの専用機を瞬間的に展開させ、蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を構えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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94話

 

 

 

「クソッ、一体何が目的なんだよ!」

 

「答える必要は・・・ない!」

 

「ッ!?」

 

忌々しそうに声を上げる一夏に対し、サイレントことMは淡々と主力兵装である『星を砕く者(スターブレイカー)』を展開。そして、一気に瞬時加速で距離を詰め込んで銃剣突撃を慣行した。

 

「「一夏(さん)ッ!」」

 

「貴様ぁッ!!」

 

一夏へ突き立てられる刃に激昂する箒だったが、二人の間に割り込む前に彼女の前へ鋼鉄の乙女が立ち塞がる。

 

「箒!」

 

「他人の心配をしている場合か? フンッ!」

 

「ぐぅうッ・・・このォオ!!」

 

一夏も負けじと雪片で応戦するが、Mはひらりと身を翻してご自慢のBT兵器を彼に差し向ける。ズギャン!とライフルビットから発射されたビームが一夏を襲い、確実に白式のSEを削った。

其れでも一夏は反撃を行おうと雪片を振るうが、絶妙のタイミングでシールドビットがMを防御する。

 

「サイレント・ゼフィルスッ!!」

「セシリア?!」

 

「!?」

 

ゴーレムⅡ達との乱戦の中、立ち塞がるゴーレムⅡの間を抜けてセシリアがMへと突撃する。

まさかその様な無茶な行動を予想していなかったのか、青いビットライフルから放たれた閃光はモルフォ蝶のような機体表面を削った。

 

「・・・貴様ッ」

 

機体に傷を付けられた事に憤ったMはスターブレイカーの銃剣でグサリッ!とセシリアの脇腹を突き刺し、更にライフルビットの乱射攻撃を加える。

 

「きゃぁああッ!!?」

 

「「セシリア!!」」

 

攻撃されたセシリアはアリーナ壁へと吹き飛ばされて激突。パラパラと壁の塵が彼女の頬を伝う。

 

「アンタ、よくもセシリアを!!」

 

激昂した鈴は双天牙月を振り上げる。

しかし、其の前にブレードを構えた改良型ゴーレムが立ち塞がって此れを防いだ。

 

「テメェエエッ!!」

 

「雑魚がさえずるな。貴様らの様な者が何人来ようが―――――」

ドグォオオッン!

 

この優位的状況にMが啖呵を切ろうとした矢先、彼女の周囲を爆炎が覆う。

 

「ど・・・どうだ・・・!」

 

爆炎の来た方向を見れば、其処にはMの先制攻撃で撃ち貫かれた三人が漸う膝をついて此方を見ているではないか。

彼女達はMの攻撃を受ける直前、異変に気付いた簪のシールドパッケージの御蔭でなんとか軽度の損傷で済み、反撃の機会を狙っていたのである。其の為、先程の攻撃はラウラの大型レールカノンによる攻撃であった。

 

「やった・・・のかな?」

 

「シャルロットさん・・・それ、フラグ」

 

簪の指摘に「あ・・・しまった」と慌てて口を手で覆ったシャルロットだが、もう遅い。

シュゥウウ・・・と白煙が晴れた後に現れたのは、ギョロリと無機質な赤い眼で三人を睨み付ける三体のゴーレムⅡが佇んでいるではないか。

 

「・・・・・貴様らぁッ・・・!」

 

「ほらぁッ、やっぱり・・・!」

 

「ごめんよー!」

 

見るからに怒気を含んだMの声に対し、シャルロットは申し訳なさそうな声で喉を震わせた。

 

「遠慮はいらんッ。かかれ、ゴーレムども!!」

 

『『『《!!》』』』

 

Mに命令されたゴーレムⅡは其の本領を発揮せんと甲高い機械音を上げ、一斉に襲い掛かっていった。

 

「皆ッ!」

 

「貴様の相手は私だと言っているだろうが!!」

 

「ぐふぇッ!!?」

 

ゴーレムⅡの攻撃に気を取られた一夏は、セシリアがMにされた様な刺突攻撃を受けた後にライフルビットによる攻撃で針の筵となる。

 

「一夏ァ!!」

 

「ぐぅ・・・ッ! 箒、俺の事はいい! 鈴、セシリアを―――――」

 

「おしゃべりが過ぎるぞ、織斑 一夏ぁッ!!」

 

ズギャァンッ!ザクゥッ!!と情け容赦のないMの攻撃が一夏の身体を痛め付けた。

しかし、其の攻撃のどれもが致命傷とはなっていない。ただ徐々に、されど確実にSEと体力だけを削っていく。

・・・此れはMの意図的なモノであった。

 

「何故・・・何故、貴様の様な弱者が・・・”あの人の隣”なんだッ?」

 

「な、なにを言って・・・ッ?」

 

「何故ッ、貴様なんぞがぁアア!!」

「がァア!!?」

 

感情を剥き出しにした様な攻撃がバキリッ!と白式の装甲板ごと一夏の身体を抉る。

だが、彼とて一方的にやられている訳ではない。

 

「う、うぉおおおおおーッ!!」

 

「ッ!?」

 

攻撃の合間を縫って白式の単一能力『零落白夜』を纏った雪片とエネルギー爪がMへと振り下ろされる。

一夏の振るった刃は確実に彼女への直撃ルートを辿る。・・・辿るのだが・・・

 

「無駄だ!」

 

「な!!?」

 

流石の一撃必殺技も当たらなければどうという事はない。

振るわれた刃と爪はMのシールドビットに阻まれ、彼女の元まで届くことはなかった。

 

「く、くそぉおおおおお!!」

 

「黙れ!」

「がはぁッ!!」

 

慟哭のままに刃を振るう一夏。しかして其の攻撃は空を切るばかりで、其の合間を縫って再びMの射撃と斬撃が彼を襲う。

 

「一夏ァ!!」

 

「くッ・・・其処をどけぇッ!!」

 

否応なしに弄られる一夏を助けようと突出する箒と鈴。だが、其の前へ無慈悲に立ち塞がるは鉄の乙女達。

そんな彼女達を無理に突破しようとするのだが―――

 

「ッぐぅう!!?」

 

受け零したゴーレムⅡの攻撃が鈴の腹部へと直撃。

其の衝撃たるやあまりに凄まじきモノがあり、まるでIS操縦者を守る絶対防御システムが無効化されているようであった。

 

「鈴?! 貴様ァア!!」

 

隣で膝をついた鈴に対し、怒りの感情をこめて刀を振るう箒だったが、其れをゴーレムⅡは難なく払い除ける。

・・・けれど不思議な事で、箒の対するゴーレムⅡは皆の前へ立つモノと違って彼女に対する大きな反撃を行ってはいなかった。精々、”防ぎ易い”攻撃を行うだけである。

 

「・・・そろそろ終わりにしてやる」

 

「はぁッ・・・はァ・・・ハァ・・・ッ!」

 

そうこうしている内、膝をついて四つん這いで息を切らす一夏の頭蓋にスターブレイカーを突き付けるM。

 

息も絶え絶えに呼吸する一夏はこの時に何を思ったであろうか。

一番初めに思った事は「悔しい」という事だろう。あれだけ楯無や箒達と修行したにもかかわらず、目の前にいるテロリストに歯牙にもかけられていない事が悔しくて悔しくて堪らなかった。

 

「お・・・俺が・・・ッ・・・」

 

「?」

 

「俺が・・・みんなを・・・・・俺が、皆を守るんだ・・・ッ!」

 

だが、彼の信念は未だ折れてはいなかった。

「それでも、それでも!」と一夏は雪片を握って立ち上がろうとする。

 

「ッ・・・ククク・・・フハハハハハ!」

 

「!」

 

其れを聞いてMは被ったバイザー越しでも解る程の笑い声を響かせた。

 

「守る? 貴様、今守ると言ったか?」

 

「な・・・なにがおかしんだよ・・・?!」

 

「貴様の様な弱者が何を守ると言うんだ、誰を守ると云うんだッ? 貴様の様な弱者には何も守れない!! 弱者は黙って強者に道を譲れッ!!」

 

「ぁ・・・ッ・・・」

 

半ば起き上がっていた頭をMに踏みつけられ、一夏は声にもならない溜息を洩らす。

 

「(ダメ、なのか・・・? 俺じゃあ、ダメ・・・なのか? 千冬姉の剣を受け継いで・・・白式を持っても・・・・・俺はダメなのか? 皆を守れないのかよ、俺じゃあ・・・?)」

 

頬を伝う涙は砂にまみれ、ジャリジャリと口の中が軋む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・其の時だった。

 

――――――――――・・・阿破破破」

 

「ッ!?」

 

彼の耳に聞こえて来たのは、あの耳障りな笑い声。

人を人とも思わぬ、血も涙もない卑怯卑劣の愚劣な輩の声。

 

「・・・・・せ・・・」

 

「?」

 

「・・・よせ・・・きよせ・・・清瀬ぇええ・・・!!」

 

ギョロリと閉じられていた一夏の目が見開かれる。

この大会を棄権したヤツが、あの男が、何処かで自分を見ている。何処かで自分を嘲笑っている。

彼の頭の中にはあの笑い声が、あの声が何度も何度もフラッシュバックした。

 

「ッ!」

 

「まずい」とMは何故だかそう感じた。ここで手を打っておかないと後々不味いと無意識に感じた。

其れならば早い方がいいと一夏に突き付けたスターブレイカーの引き金をゆっくり着実に引こうと”した”。

 

・・・何故に”した”と云う過去形なのか。

勿論、其れは邪魔が入ったからである。

 

ドゴォオオオオオオ―――ッオオン!!!

『『『!!!??』』』

 

突如として上がったとてつもない爆発音に皆の目が注がれる。

 

    「きゃぁあああ!!?」

 「何だ、何が起こった?!」

             「爆発ッ、爆発だ!!」

「やだ、やだッ! 怖いよー!!」

「今度は一体何だってんだッ!?」

「なんでこんな目に合わなくちゃならないんだよ?!!」

「うわぁあああああんッ!!」

 

この地響きする大爆発に何とか静まりかけていた群衆の悲鳴が再び大津波となってアリーナ中を駆け巡る。

恐怖、困惑、不安と言ったマイナスの感情が波一杯に溢れて木霊する。

 

「ずび、ぐす・・・ねぇ、まま。あれって、なぁに?」

 

「え・・・ッ?」

 

しかしそんな中・・・先程まで怖くて怖くて堪らずに泣きじゃくっていた幼子が、自分を抱いている母親に疑問符を投げかけた。

此の疑問符にパニックでヒステリックになっていた母親も我が子が指さす方を見て少しばかり我を取り戻す。

 

「な・・・なに、アレ?」

 

二人の目線の先にあったレース中継を映す超大型ディスプレイには、白煙の中に輝く金色の四つの光がボンヤリと浮かんでいるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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95話

 

 

 

・・・・・・・・此の世界は”悪夢”じゃ。

孤独が俺の心を苛ませ、悪意が血を沸かせ、狂気が骨を軋ませる。

束の間の休息は綿飴の様に甘い・・・じゃけど、其れ以上の苦難と痛みが俺を蝕む。

『リスク・オブ・マイライフ』・・・なんて、『クロウ・ブルースト』は言っておったが、この世界での俺のリスクは余りにもデカ過ぎる。

 

確かに前の世界じゃ味わえないエエ思いもした。

俺みたいなボンクラにラウラちゃんやシャルロットのようなトビキリ上玉の美少女が思いを寄せ、前の世界じゃ飲む事も出来んかった一級品の酒を湯水みたいに飲めれた。

じゃけど・・・其れらぁを手に入れる為に流した血と砕いた骨はあまりにも多すぎるんじゃないか?

 

ISが動かせるからと言う理由で、俺の退屈でも平穏だった筈の人生はもう元には戻らん。

勝手に期待され、勝手に失望され、勝手に戦わされ、勝手に利用される。理不尽じゃろうがな。

 

・・・知っとる。世の中は理不尽じゃ。運が悪いと言えば其れ迄の事じゃ。

奪い奪われ、喰らい喰われるんが世の常じゃ。

そねーな事は何百、何千、何万年前から変わっとらん。

 

・・・解っとる。そんな事はもう何年も前の小学校の時から知っとるし、解っとる事じゃ。どんなに苦くても”其の道理”を飲み干して来た。

 

じゃけど・・・じゃけど、じゃけど・・・なして俺ばっかりこねーな目に合わにゃあならんのじゃッ? なして俺ばっかりが血を流す? 骨を砕かれる? 心を潰される?

”アイツ”ばかりが皆から理由もなく賞賛され、何のリスクもなしに力を得る事が出来るんなら?

そねーな事は簡単じゃ。アイツはこの世界にとってなくてはならない”主人公様”じゃからじゃ。

アイツが居らんかったら”物語”は始まらん。じゃけん、アイツは生まれながらにして全てを得る立ち位置におる。

俺が手を下さずともラウラちゃんの事もシャルロットの事も全部アイツが、あの野郎が解決しとる。

 

・・・・・なら俺は? じゃったら俺はなんなんじゃ?

俺は一体何の為にこねーな”異常な世界”に・・・”異”世界に居るんじゃ?

 

〈・・・喰われ、奪われる為にだ〉

 

・・・・・・・阿?

 

〈所詮、君は”彼”を引き立たせる為の存在でしかない〉

 

・・・・・なしてッ、なして俺がッ?

 

〈弱いからだ〉

 

・・・弱い?

 

〈あぁ。君も良く知っているように、何時の時代も弱者は存在する。強者が自らの欲を満たす為にね。だから、いじめは無くならない〉

 

・・・・・・・・

 

〈弱さは『悪』だ。君もよく知っているだろう。これまでの進化上、異端の種は絶滅して来た。生き残った者が常に勝者だ〉

 

勝者・・・

 

〈君はこの世界では異端者。いずれはこの世界の枠組みから落とされる。・・・其れは嫌だろう?〉

 

ッ・・・嫌じゃ、そんなん嫌じゃ!

どうすりゃエエんじゃ? どうすりゃ、俺は強うなれるんじゃ・・・”博士(せんせ)”ぇッ!!?

 

〈其れは簡単な事だ、ハルキ・・・『(わたし)』を受け入れろ〉

 

え・・・?

 

〈強くなりたいんだろう? 誰にも、誰からも脅かされない力が欲しいだろう? 其の”左手の甲”に刻まれた”紋章”以上の力が〉

 

・・・ッ・・・

 

〈さぁ・・・どうする?〉

 

・・・

・・・・・

・・・・・・・・なぁ、ハンニバル・レクター?

 

〈・・・何だね、ハルキ?〉

 

俺は・・・もう疲れたでよ。

 

〈あぁ・・・可哀想に、私の可愛い”半身”よ〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・せく・・・よせくん!・・・清瀬君!!」

「Mr.清瀬!!」

 

「ハァッッッ・・・・・!!」

 

アルベールの声と高良に激しく揺さぶられ、春樹はまるで息を吹き返したように大きく息を吸い込んだ。

意識を取り戻した彼がまず最初に思った事は、高良の顔が近い事と自分の身体が地に横たわっている事である。

 

「ありゃッ、高良さん・・・どした?」

 

「どうしたじゃないよ、清瀬君!!」

 

当然の事ながら春樹は自分が何故にVIP席の床へ仰向けで寝かせられている事を疑問符を投げ掛ける。・・・が、其れ処ではないといった具合に慌てた高良の声が部屋に響く。

どうやら春樹はテロリスト集団の急襲によるショックで気絶したのだと皆から思われていた。

実際は薬の飲み合わせによって一時的な意識不明に陥ったのだが・・・今は其の事で議論している場合ではない。

 

「早くここを離れないと! 轡木学園長ッ、避難ルートは?!」

 

「はいッ、皆さん此方です!」

 

「・・・・・」

 

「ッ、ちょっと!? 何をしているの、Mr.清瀬?!」

 

大慌ての一行を余所に、まるで他人事のように春樹は襲撃者が暴れている会場内を見て呆けていた。

其のあっけらかんとした姿にロゼンダもついつい声を荒らげてしまう。

 

「清瀬君、彼女達の事は心配だろうけども今は―――――ッ!?」

 

早く逃げる様に春樹へ促そうとした長谷川だったが・・・其の声を彼は何故か途中で飲み込んでしまった。

彼が何故に言葉を飲み込んでしまったのか。其れは―――――

 

「・・・学園長、長谷川さんに社長らぁを連れて先に行っといてくれませんか?」

 

「なんですって!?」

「何を言っているんだ、Mr.清瀬?!!」

 

春樹の言葉に信じられないような驚嘆の声を上げるデュノア夫妻だが、其の隣ではIS統合部組二人と轡木が「あぁッ、またか・・・」と半ば呆れたような表情を晒した。

 

「・・・行きましょうか、デュノア社長に夫人!」

 

「ここに居ては彼の邪魔になってしまいます。さ、お早く!」

 

「「えッ・・・え?」」

 

何が何だか解らずに連れ出される二人を背後に春樹はただ黙ってサイレント・ゼフィルスと六体のゴーレムⅡ達が暴れ回るアリーナ会場内を見渡す。

其の沈黙が彼を良く知る長谷川達にとってはとても酷く不気味に感じられた。

 

・・・其れを裏付ける様に一行が避難完了した五秒後。VIP席は地響き轟かせて大爆発を起こす。

其の爆発によって白煙立ち昇るVIP席跡からは、四つの金色の炎がボワッと揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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96話

 

 

 

”其れ”は大地を揺らす程の爆発と共に現れた。

 

「・・・・・・・・」

 

”其れ”は、金色に煌めく四つの眼を持っていた。

”其れ”は、鯨の尾鰭の形をしたクリスタルを胸に赤々と艶めかせていた。

”其れ”は、体表を雪の様な銀の鱗で指の先から垂れ下がった尻尾までも覆っていた。

そして”其れ”は、今日の空の様に蒼い六枚羽の翼を背中へ大きく広げていた。

 

「かっ・・・かっこいい・・・!!」

 

空中へ佇む”其れ”の姿に対し、今日の昼に開催されるヒーローショーを諦め、姉の活躍を見に来ていた幼子は精一杯の感嘆を述べる。

 

「おお・・・ッ!」

「ありがたや、ありがたやぁ・・・!!」

 

皆の注目を一身に浴びる”其れ”へ対し、孫娘の活躍を見る為に態々北九州から出て来た老夫婦は思わず手を合わせて拝んでしまう。

 

「な・・・なに、アレ・・・ッ?」

「まさかッ・・・新手か?!」

 

一方、突如として現れた正体不明の”其れ”に対し、鈴を始めとした者達は一気に警戒心を高める。

・・・無論、其れは管制塔にいる教師達も同じであった。

 

 

 

 

 

 

「一体何ですか、あの機体は?!」

「機体解析急いでください!!」

「それよりも、教師部隊投入の為に入場ゲートを一刻も早くッ!!」

 

”其れ”の登場により、管制室は余計に大混乱の坩堝へと陥った。

唯でさえテロリストの一個小隊の襲撃を受けているのだから、尚余計である。

 

「皆ッ、何を慌てている?! 持ち場を維持しろ!!」

『『『ッ!』』』

 

この阿鼻叫喚の中で唯一人、学年主任である千冬が声を上げた。

其の声に今までパニック状態となっていた教員達が我に返る。

・・・しかし。

 

「くッ・・・!」

 

一方の彼女自身も焦っていたのである。

自分の目の前でテロリストが好き勝手暴れまわり、自身の生徒は勿論の事、弟である一夏が蹂躙されている。

此れをただ黙って指を咥えて見ている事しか出来なかった千冬は激しく苛立つ。

そんな中で現れた正体不明のISに再び彼女はギリリと歯を軋ませた。

 

「ッ、そんな・・・この機体は・・・!? お、織斑”先輩”!!」

 

そんな中、千冬に山田教諭が何時も通りの慌てた様子で声をかけた。

唯、今回は余りに慌て過ぎて敬称が変わるぐらいであったが。

 

「先生を付けろ、山田先生!! 一体どうした?!」

 

「すみません!! で、でも・・・でも、あの機体は―――――!!」

 

「!?」

 

山田教諭の口から放たれた正体不明機の識別番号に千冬は驚嘆の声を飲んだのであった。

 

 

 

 

 

 

《――――ッ!!》

 

「あッ・・・!?」

 

白煙が晴れ、遂に全貌を現せた”其れ”に気を失っているセシリアへ接近していた一体のゴーレムⅡが急速反転し、甲高い機械音と共にブレードを構えて突撃攻撃を敢行する。

其のゴーレムⅡの姿に専用機持ち達は、”其れ”がテロリストの仲間ではないのかと疑問を浮かべた。

・・・だが、この刹那の後、皆の疑問符は驚きへと変貌する。

 

「・・・・・」

 

バギィイイッ!!

《ッッ!!?》

 

『『『な・・・!!?』』』

 

ドグォオオオ―――オオッン!!

 

なんと”其れ”は、自らに近づいて来たゴーレムⅡを服に付いた塵埃でも掃うかの如く伽藍堂となった観客席へと叩き落としたのである。

此れに専用機持ち達は勿論の事、管制室にいる教員達も息を飲まずにはいられなかった。

 

「ッ・・・あ、あれ・・・!」

 

その時、簪が信じられないような物を見るような目で”其れ”を・・・正確には”其れ”が持っている物を指差す。

 

「あ・・・あれは!!?」

 

「そんなッ、ありえない・・・一体どうやって?!!」

 

其の手に握られていたのは、ISの心臓とも呼べるISコアであった。

なんと”其れ”はゴーレムⅡの絶対防御装置を潜り抜け、内部の心臓を一瞬で抉り取ったのである。

 

 

 

 

 

 

「うわあああッ・・・すごい・・・すごい、すごいすごいッ!!」

 

「なんて・・・事でしょう・・・!!」

 

他のゴーレムⅡのメインカメラを通し、今回の黒幕の一人は大はしゃぎで目をらんらんと輝かせる。

其の隣では、彼女と同じ様に少女が感嘆を吐露した。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

コアを抉られ、プスプス煙を立ち上らせているゴーレムⅡを尻目に”其れ”はギョロリ・・・と金眼四ツ目の視線を会場内へ突き刺す。

其の鋭くも凍える様な視線にシャルロットは思わず「ッひ・・・!」と小さく悲鳴を上げ、すぐ隣にいる簪とラウラの手を握った。

 

「ッ・・・?」

 

けれど彼女はある違和感を覚えた。

 

「は・・・はは・・・はははッ・・・!」

 

「フフフッ・・・流石だな。それでこそ私の”夫”だ!」

 

何故ならば、右手で握った簪は小刻みに震えながら笑みを溢し、ラウラに至っては何処か得意げな表情で口角を緩ませているではないか。

 

「・・・え!? ちょっとラウラ、夫ってどういう意味かな?!!」

 

「ん? 何を言っているのだ、シャルロット? だってアレは―――――」

 

シャルロットのツッコミにラウラが返答をしようとしたのだが、其の前にアリーナ中へある人物の声が轟き響き渡った。

 

「ギィイデェエオォオオオオオッン!!」

 

戦場へ響き渡るサイレント・ゼフィルスを駆るMの絶叫。

無意識の内に口角を歪ませながら自分の前へ跪いた一夏の事など目もくれず、スターブレーカーとライフルビットの銃口を”其れ”に・・・・・いや、二次形態移行(セカンド・シフト)へ達した琥珀を纏う”春樹”へと差し向けた。

 

・・・阿”ぁあ”ア”ア”ァあああぁあ”ア”アぁあアアッッ!!!

 

『『『―――――ッ!!!??』』』

 

そんな敵意剥き出しの彼女の声へ反応するかのように春樹は手元のコアをグシャリ!と握り潰しながら咆える。

其の咆哮は何とも恐ろし気なモノであり、幾らかの人間が鼓膜をやられて意識を渾沌させられた。

 

『『『《―――――ッ!!》』』』

 

「なッ!?」

「えッ、ちょっと?!」

 

春樹の存在に動いたのはMだけではない。

ラウラ達や箒達を相手取っていたゴーレムⅡ達が目標優先順位を変更し、先程撃墜された仲間の仇を取らんと得物を構える。

そして、ライフルやらマシンガンやらチェーンガンやらの引き金を機械的に絞ってズダダダッ!!と銃弾のシャワーを下から上へと掃射した。

 

「・・・・・」

 

だが、精確に機体の損傷部を狙って迫るゴーレムⅡ達の弾雨の前にしながら春樹は回避行動を取らない。

そんな彼の姿に「あッ、危ない!!」と避難客の一人が声を上げるも、もう遅い。

バババババババッ!!と云う猛烈な着弾音と白煙が春樹をすっぽりと覆ってしまう。

 

「き・・・清瀬ェ!!」

 

目の前で起こった出来事に鈴は思わず叫ぶ。

彼女は知っていた。あのゴーレムⅡ達は何らかの能力を使って、ISに備わっている操縦者を守る為の絶対防御を無効化しているのだと。

そんな攻撃を受けてしまえば、例えあの春樹でさえも只では済まないと顔を青くする。

 

・・・・・終わったか?

 

『『『《!!?》』』』

『『『なッ!!?』』』

 

しかし、バサリと青いエネルギー翼で白煙を払いのけて現れた春樹はピンピンしていた。それどころか、装甲に傷一つない無傷であったのだ。

 

其の姿へ驚嘆する皆を余所に彼は「なら・・・今度ぁ此方の番じゃな」と青い六枚羽を光らせ―――――

 

くたばりんさい

シュバババババッ!

 

―――短い言葉と共に狙い澄ませた刃状態の粒子をゴーレムⅡ達目掛けて発射した。

 

『『『《!!?》』』』

 

此れにすぐさま反応し、回避行動へ移行するゴーレムⅡ。

されど、其の内の三体のゴーレムⅡが導き出した回避率は残念ながら零%であった。

 

《―――・・・ッ―――》

《―――――・・・ッ・・・》

《・・・―――ッ―――――・・・ッ》

 

切先鋭いエネルギー刃は分厚い装甲をまるで障子紙の様に貫き、腕や足、内部の電気回路をグチャグチャに抉った。

オイルを垂れ流しながら倒れ伏した鋼鉄の乙女達は、息も絶え絶えに電子音を鳴らしながら周りへ助けを求めるように残った腕を伸ばす。・・・・・が。

 

もう・・・眠れ

 

()()()

 

シュパァアンッと投擲したMVS鉈でゴーレムⅡの頭部を三体纏めて跳ね飛ばした。

其の様はまるで大根の葉を包丁で切るように爽快であり、斬首されたゴーレムⅡ達は力なく地面へと突っ伏す。

 

「・・・フン・・・」

 

そんな切り飛ばされたゴーレムⅡの頭部パーツをサッカーボールの様に踏みつけるM。

彼女はそのまま其のパーツをグシャリと踏み砕く。

 

ガルルルルルッ・・・!!

 

其れと同時に春樹はゆっくりアリーナ場内へと降下し、基本兵装である両腕のレーザーブレードを全展開したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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97話


※はお好きなBGMで。



 

 

 

「なんて・・・美しいの・・・ッ」

 

二次形態移行へ至った琥珀を纏う春樹の姿を目視し、スコール・ミューゼルはそう言って感嘆の言葉を漏らす。

 

「余所見をしている暇が・・・あるのッ?!」

 

そんな彼女に対し、楯無は蛇腹剣の切先を其の金色の機体へ突き立てんと振う。

だが、スコールの纏う『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』は其の刃を機体を覆うプロミネンス・コートでいとも容易く跳ね返してしまった。

 

「おっと・・・私ったらついつい。あまりにも彼が美しかったから見惚れてしまっていたわ。まさか、彼がここまでの存在だったなんて・・・今まで私達が放って置いていた事が悔やまれるわ」

 

「ッ!」

 

楯無の攻撃を防いだスコールは御返しとばかりに両肩へ備わった炎の鞭、プロミネンスで彼女を打つ。其れを楯無は展開した水のヴェールで漸う防ぎ切る。

そうして、ジュゥウッと水が蒸発する音が幾度となく繰り返された。

 

「・・・フッ・・・フフフ・・・!」

 

「?」

 

と、二人の属性刃が交じり合う中。突如として楯無は不敵な笑みを浮かばせる。

其の突然の含み笑いに未だ力の全貌を見せていない流石のスコールも眉をひそめた。

 

「なにが可笑しいのかしら、レイディ? 確かに私との手合わせは貴方にとってとても良い経験でしょうね。でも、そろそろ決着を着けましょうか!」

 

そう言ってスコールは周囲へ散らばった火の粉を凝縮させ、サッカーボールサイズの火球を形成する。

しかし、そんな状況にも関わらず楯無はキッとした目付きで彼女を見通す。

 

「いいえ、そうじゃない・・・そうじゃないわ、スコール・ミューゼル。もう終わりなのは、あなた達の方よ、ファントム・タスク」

 

「・・・どういう意味かしら?」

 

「ただでさえファースト・シフトの彼は手に負えないってのに・・・それがセカンド・シフトですって? 冗談じゃないわ!!」

 

「!」

 

実を言うと楯無は焦っていた。

何故ならば、春樹は今までファースト・シフト状態で想像の斜め上を行く成果と衝撃を皆に振りまいて来た男なのだ。

そんな彼の纏うISがセカンド・シフトすればどうなるか・・・少しでも彼を知っている楯無は直感的にこう思った。

 

「”台無し”よ、もう”台無し”にしかならないわ。でも・・・不幸中の幸いって意外とあるものね」

 

「なに?」

 

「彼は・・・いえ、清瀬君は”今の所”は私達の味方よ。でも・・・あなた達はどうかしら? それと・・・・・ここってなんだか暑くない?」

「ッ!?」

ドボォオオ―――オオッン!

 

焦燥感と不安感が混ぜ込まれた冷汗をタラリと垂らしながら、楯無は防御と攻撃によって周囲へ撒き散らされた水蒸気内のナノマシンを発熱させる能力『清き激情(クリア・パッション)』を発動したのだった。

 

 

 

 

 

 

「・・・フフ・・・フフフッ・・・フハハハハハッ!」

 

威嚇の為の唸り声を上げ、両腕のレーザーブレードを構える春樹に対し、サイレント・ゼフィルスを駆るMは高らかに笑い声を上げる。

「なにが可笑しい?!!」と怒りに燃える箒が声を荒らげるが、そんな事などお構いなしに彼女は彼へ語り掛けていく。

 

「待っていた・・・待っていたぞ、ギデオン! 漸く貴様を引きずり出す事が出来た。貴様は今ここで私が・・・引導を渡してやる!!」

 

「ッ・・・うぉおおおおお!!」

 

高らかに宣戦布告を勧告するMに今まで跪いていた一夏が雪片の刃を下から上へと振り払う。

しかし、そんな単調な攻撃を受ける彼女ではない。

 

「フンッ・・・死にぞこない風情が。いつまでも鬱陶しいぞ!!」

 

ドグォオ!

「がハァッ!!?」

 

「一夏ァ!」

「貴様ァ!!」

 

「ゴーレム共ッ、そいつらを近づけさせるな。そいつは後で私が仕留める」

 

最低限の動作で雪片の切先を躱したMは容赦ない一撃で一夏をアリーナ壁際まで蹴り飛ばす。そして、邪魔者達を近づけさせない様に生き残ったゴーレムⅡ達を防御陣形に配備させた。

 

「さぁ・・・これで邪魔者はいない。私と貴様、一対一の―――――・・・・・んッ?」

 

「・・・・・」

 

彼女としては、ここでベルギーの夜に学園祭襲撃と続いた三度目の正直を決しようという時なのであるが・・・先程まで自分を見て唸っていた筈の彼がいつの間にか静かになっているではないか。

そんな彼の金眼四ツ目の視線を追ってゆくと、其処に居たのは未だ気を失っているセシリアであった。

 

「ッ、何所を見ている? 私を見ろッ、ギデオン!」

 

「・・・・・」

 

自分に注目する様に再度促すMだが、一方の春樹は彼女等眼中にないようで唯黙々と心配そうにセシリアを見つめるばかり。

 

「き・・・貴様ァ・・・ッ!!」

 

そんな彼の態度が気に入らないMはジャキリとスターブレーカーとビットの銃口を差し向け、容赦のないショッキングピンクの雨霰をゲリラ豪雨の如く降りしきらせた。

土砂降りのレーザー光線は鈍い音と土煙を上げ、春樹のいる場所に大きなクレーターを形成する。

 

「は、春樹・・・ッ!」

 

ハイパーセンサーで捉えた土煙の中で突っ立ったままの彼を案じ、シャルロットが叫ぶ。

其の悲痛な叫びをBGMに立ち上る土煙の前でニヒルな笑みを浮かべるM。・・・だが、すぐさま其の表情はへの字に曲げられる事となる。

 

 

単一能力(ワンオフ・アビリティ)起動。これより顕現へ移行します》

 

突然、白煙の中から聞こえて来たのはゴーレムⅡが発する機械音とは違う幼い少女の声。

そして、其の次に皆が目の当たりにしたのは、腕を十字に組んで”あのポーズ”を決める春樹の姿であった。

 

「あ・・・あの構えは、スペシウムこう―――――」

「皆ッ、伏せろ!!」

 

ある特撮シリーズを知っている簪は、其のポーズを見ただけで彼が何をしようとしているのかが理解できた。

其の十字を組んで放たれる光線の威力を知っているラウラ達はすぐさま身を屈ませた。

 

《単一能力『晴天極夜』発動》

シュワッチ!

ザビャァアアアアアアアアアアッ!!!

「なッ!!?」

 

独特の掛け声と共に十字へ組まれた腕から発射されたオレンジ色の贈り物は吸い込まれる様に一直線にMへと向かって突き進む。

無論、此れを受け取り拒否したい彼女は自身の前にシールドビットを並べ立てるのだが・・・如何せん、相手が悪過ぎた。

 

バグォオオオオオ―――オオッン!!

 

必殺技の贈り物は並べ立てたシールドビットを飲み込み、アリーナ外壁へ激突。其のまま腹を食い破る様にスタジアムの外まで続くトンネルを形成したのだった。

 

「う、うわぁあッ・・・!?」

 

身体を起こし、被害状況を確認したシャルロットは若干引き気味に声を上擦らせた。

何故ならば、光線が突き抜け通ったであろう道筋は灼熱のマグマの様にドロリドロリと液状に融けていたからである。

 

《ガッ・・・gPー・・・ッ・・・!》

 

・・・ついでに加えて言うと、そんなとんでもない光線の射線上に偶々配置された一体のゴーレムⅡが斜め半分になった状態で喘いでいた様はトラウマものであった。

 

「ハ、ハハッ・・・ハハハッ、フハハハハハ!! そうだ、そう来なくてはなッ、ギデオン!!」

 

間一髪の所で春樹の放った単一能力を回避したMは、何故だかご満悦にせせら笑った。

そして、今度は此方の番だと甲高いソニックブームを響かせながら、彼に向かって瞬時加速を合わせた銃剣突撃を行う。

 

「ハァアアアアアアア!!」

 

ッ!

 

春樹はMが自分の胸へ突き立てようとした銃剣を躱し、すかさず銃口と切先を下へ向けながら両手で抑えた。

 

ラウラちゃん・・・!

 

「ッ・・・解った!」

「「!?」」

 

其の時、彼はラウラと鈴へアイコンタクトを送る。

其れを理解したのか、ラウラは負傷した簪とシャルロットの首根っこを掴むと退却を急いだ。

 

「ラウラさんッ、私・・・まだ、戦える!」

 

「ダメだ!」

 

「どうしてさ?! 味方は多い方が!!」

 

首根っこを掴まれた簪とシャルロットは春樹に加勢しようと渋るが、そんな二人にラウラは悔しそうな表情と声色でこう言った。「私達がいると・・・ッ・・・春樹の邪魔になるのだ!」と。

 

「な、なんでそう言う事言うのさ?!!」

 

「見ただろう、さっきの春樹の単一能力を! 今のアイツはまだ力の調整が出来ていない。そんな状態の春樹に加勢しても、負傷した私達では巻き添えを喰らう事になるぞ!!」

 

「ッ・・・!」

 

ラウラの言葉を聞き、簪は思わず下唇を噛む。自分が情けなく思えてしまい、悔しくて仕方がなかった。

だが、其れはラウラやシャルロットとして同じ事。彼の足枷になってしまっている今の状況に歯を軋ませる。

 

《―――――ッ!!》

 

「「「!?」」」

 

そんな辛酸を舐める三人の前へ現れたのは、最後の一体と成り果てた鋼鉄の乙女。

 

ッ、皆!

 

「余所見をするな、ギデオン! 私を・・・私を見ろ!!」

 

ッチ・・・!

 

ゴーレムⅡの魔の手から三人を助けに行こうとする春樹だが、彼の征く手をMがバイザー越しでも理解できる程の笑みを浮かべて阻害する。

 

「っく、このぉお!」

 

《!》

 

ラウラは二人を守ろうと飛び出すと大型レールカノンの照準をゴーレムⅡへ差し向ける。

しかし、ゴーレムⅡはレールカノンが火を噴く前に近接ブレードを砲口へ突き刺し、意図的な暴発を引き起こした。

 

ボォオッン!

「ぐぁああ!!」

 

「ッ、ラウラ!? こっのぉ!!」

 

《ッ・・・!》

 

レールカノンの爆発の影響で吹き飛ばされたラウラを助けようとアサルトカノンを連射するシャルロット。

其の掃射攻撃が通じたのか、ゴーレムⅡは怯んで防御態勢をとった。

 

「簪ッ、今のうちにラウラを!!」

 

「う、うん!―――――ッ、危ないシャルロットさん!!」

 

「えッ―――

《ッ!!》

―――うわぁああ!!?」

 

ラウラに気を取られた隙を突かれ、シャルロットの腹部へゴーレムⅡのボディーブローが振るわれる。

彼女はこれを咄嗟にシールドで防ぐが、叩き込まれた拳の威力は表面を砕いてシャルロットを殴り飛ばすには十分であった。

 

《・・・ッ・・・!》

 

「・・・!」

 

「今度はお前の番だ」と言わんばかりに無機質なメインカメラを簪へ差し向けるゴーレムⅡ。

彼女は思わず小さな悲鳴を上げそうになるが、負けじとMの襲撃時に折られた薙刀の切先を差し向けた・・・其の時だった。

 

「・・・いつまでも調子に乗るんじゃないわよ!!」

「貰ったァアッ!!」

 

《ッ!?》

 

「ッ、篠ノ之さんに凰さん!」

 

ズシャリッ!とゴーレムⅡの背中へ三刀の斬撃が加えられる。

一刀目は鈴の青龍刀が横に薙ぎ払われ、二刀目と三刀目は箒によって縦へと撫で切られた。

 

「・・・えいッ」

《―――ッ!!?》

 

反撃に出ようと急速反転したゴーレムⅡだったが、其の隙を簪が見逃す事は無く、即座に下腹部へと薙刀の切先を突き刺す。

 

「さっきはよくもやってくれたわね!!」

「一夏の援護を邪魔しおって、このッこの!!」

「えいッ、えい!」

 

簪の攻撃でバランスを崩したゴーレムⅡを三人は一気に袋叩きにするのだが―――――

 

《・・・・・・・・ッ!!》

 

「「「ッ!?」」」

 

―――鋼鉄の乙女も流石に大人しく再起不能になるつもりはないらしく。内蔵されていたビーム兵器を使用し、三人を牽制した。

 

「まったく・・・しぶといわねッ、ホント嫌になるわ!」

「ヤツを倒さない限り、いつまで経っても一夏の仇が討てないではないか!!」

「・・・そんな場合じゃないと思う・・・」

 

《ッ―――――ッ!》

 

簪は箒の言葉にボソリとツッコミを入れつつ、警戒態勢をとる。

一方のゴーレムⅡも彼女達を仮の主人の邪魔をさせまいと立ちはだかり、アリーナのシールドバリアーを破壊する程の威力を持ったビーム砲を構えた。

 

「「「・・・ッ・・・」」」

 

《・・・・・》

 

互いが互いを睨み抜き、膠着状態へ陥る。

けれど、そんな重苦しい空気はある意外な人物によって崩されたのだった。

 

「・・・・・バーン」

 

《ッ!!?》

 

「「「え?!」」」

 

三人の周りを円を描いて飛ぶ燕の様にショッキングピンクの流星が駆け抜け、更に箒と鈴が付けたゴーレムⅡの”背後”にある斬傷を更に深く抉った。

 

 

「ッ、セシリア!!」

 

鈴が振り返ってみれば、其処には指を折り曲げて片手で小さくピストルを作ったブルーティアーズを駆る彼女が意識を取り戻していたのである。

 

「すいません、遅くなりましたわ! さぁッ、皆さん!!」

 

「「「おう!!」」」

 

土壇場の土壇場で自分の納得のいく偏向射撃(フレキシブル)を放つことが出来たセシリアは追撃の号令をかける。

其の彼女の声に反応し、三人は一気に攻勢へと打って出た。

 

「チェストォオオオオオッ!!」

「ヤアアアアア!!」

「はぁあああああ・・・ッ!」

 

《ッ!!》

 

ザギィイッン・・・と鈍くも響く金属音がゴーレムⅡの体表へ木魂する。

 

《・・・・・ッ!!》

 

『『『なッ!!?』』』

 

しかし、流石はタフな機体か。

此の攻撃が決定打になることはなくゴーレムⅡは周囲の全員をマルチロックし、一斉射を放たんと砲塔を構えた。

 

「させるか!」

「大人しくしておいてよ!!」

 

ズオォオッン!!

《ッ―――!!?》

 

されど勝機は彼女等を選んだようである。

ゴーレムⅡの攻撃から何とか漸う回復を果たしたラウラとシャルロットの銃撃が鋼鉄の乙女顔面へクリティカルヒット。ゴーレムⅡは顔から煙を上げて身体を仰け反らせた。

 

「さて・・・それじゃあ、トドメは」

 

「うむッ、任せたぞ・・・・・・・・一夏!!」

 

「ウォオオオオオオオオ―――――ッ!!」

 

そして、最後のトドメはMによってアリーナの壁際へと蹴り飛ばされていた一夏が受け持つ事と相成った。

 

彼は瞬時加速で一気にゴーレムⅡとの距離を詰め、大きく振りかぶった雪片弐型を振う。

勿論、刀身は白式の単一能力である『零落白夜』のエネルギー波が纏われている。

 

「これで・・・終わりだァアア!!」

 

《!!!??》

 

ズシャリッ!!・・・と上から下へと振るわれた刃は確実にゴーレムⅡを捉え、其の身体を斜め一線に両断。

其のまま鋼鉄の戦乙女は断末魔を上げる間もなく地へと伏したのであった。

 

「ハァ・・・ハァ・・・次は・・・アイツを・・・ッ・・・!」

 

「「一夏!!」」

 

最後の一体であるゴーレムⅡを切り裂いた事で区切りがついたのか。気力に体力が追い付かず、一夏は糸の切れた人形の様にバランスを崩して跪く。

そんな彼を支える箒と鈴であったが、ラウラやセシリアを始めとした四人は此処よりも苛烈な激闘が行われている方向へ目を向けるのだった。

 

ヴ”ぇろ”ぉおお阿”ア”ァあ”ぁああアアアッ!!

ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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98話

 

 

 

カキーンカキーンッ・・・と鈍くも甲高い音が鳴る。

雲一つない晴天の空の下、鋼と鋼が、力と力が、技と技が衝突し合う心地の良い音が小刻みに、されど大きく土煙を舞わせながら戦場と変わり果て場所で響き渡っている。

 

阿”ぁア羅”ァアアアアアぃいッ!!

 

剣戟と共にアリーナスタジアムへ轟くのは、とても人間の声帯から発せられているとは到底思えぬ獣の様な咆哮。

 

「フフッ、フフフッ・・・!!」

 

そんな獣の咆哮へ答えるかのように静かな笑い声を響かせるのは、モルフォ蝶の様な羽と美しい戦装束を身に纏った仮面の乙女。

二人は互いの刃をぶつけ合わせ、激しい鎬の削り合いを行っていた。

 

「すッ・・・すげぇ・・・!」

「なんて戦いだ・・・ッ」

「ね、ねぇ! まだカメラまわってる?!」

 

其の二人の戦いは逃げ遅れたマスコミや中継映像を見る避難客達からどう見えたであろうか。

目の前で繰り広げられるのは、まるで古の時代から言い伝えられて来た寝物語か。其れとも書物や映画でしか語られる事のない戦記か。

人の感性は十人十色、人それぞれ。されど、この場にいる多くの人間が二人の激闘を食い入る眼で見ていた。

 

幾度の剣戟が重ねられた後、二つの影は距離をとって互いに互いを見定める。

先程の激しい鍔迫り合いが、空耳だったかのように会場はゴクリッと固唾を飲む音が嫌に目立つほど静かになった。

 

「ハァッ・・・ハァ・・・フフフ・・・フハハハハハッ!」

 

刹那の重い沈黙を先に破ったのは煌びやかな青を纏う仮面の乙女。名はM。

其の手に握られているのは、美しい姿には似つかわしくない命を奪う為に作られた兵器。

其れを手に彼女は実に楽しそうに口の端を吊り上げている。

 

ガルルル・・・ッ!!

 

笑うMに対し、地を這う様な唸り声を上げる獣。名は清瀬 春樹。

其の両腕にはオレンジ色の糸鋸の様なレーザーがブォーンと同じように唸りを上げていた。

 

「ハハハッ! そうだッ、それでこそ貴様は私の敵だ、ギデオン!! もっと私を昂らせろ、楽しませろッ!!」

 

・・・何を訳解らん事言よーるんなら?

 

「今に解る・・・喰らえ!!」

 

Mは再び声を響かせながら周囲に浮かんでいるビットと共にライフルの引き金を絞って一斉射撃を行う。

ビームやら実包やらの弾丸が吸い込まれる様に春樹へ向かって飛んで行き、彼は其れを背中の青い六枚羽や八つ裂き光輪で跳ね返す。

・・・だが。

 

ドォオオ―――ッン

『『『きゃぁあああああッ!!?』』』

 

!!

 

跳ね返しによって跳弾したMの攻撃がシールドバリアーを破ってアリーナ観客席へ直撃し、土煙を上げる。

幸い逃げ遅れた観客や生徒に被害は出なかったが、当たれば一溜まりもない。

 

「どうしたッ? いつまでも塞ぎ込んでいると周りに血を見る事になるぞ、ギデオン?!!」

 

・・・ッチ、糞ッタレが

 

仕方なく春樹はボクサーの様にガードを上げてMとの距離を一気に詰める。

されど・・・其れが彼女の狙いだった。

 

「フフッ・・・少しだけ本気を見せてやろう!」

 

!?

 

瞬時加速で詰め寄った春樹へ向けてビットの銃口が火を噴く。

前から後、左から右、上から下へとショッキングピンクの流星が彼の身体に激突。そして、其の射撃に合わせるようにMの近接格闘術が猛威を振るった。

 

「ハハハッ! どうした、ギデオン?! さっきまでの威勢は何処にいった?!!」

 

・・・・・

 

全方位から放たれるMからの攻撃を黙々と防御する春樹。

其の嵐ような猛攻に誰もが彼を苦戦必至と思い、M自身も春樹を追い詰めているという自信を持って行った。

 

銃剣がガードを上げた両腕を崩して顎先を跳ね上げ、放った回し蹴りがバキリッと装甲版を砕く。

そんな砕かれた装甲版の破片が周囲へ飛び散る事で、二人の間ではダイアモンドダストが舞っている様であった。

 

「これで・・・・・終わりだァッ!!」

 

『『『!!』』』

 

ズザシュゥウウッ!!・・・と連打連撃コンボを締めくくる渾身の一撃が春樹の左胸へ放たれる。

此の銃剣による刺突攻撃に又もやMの口端が釣り上がり、ある事を彼女は確信した。

 

「(あぁ、そうだ・・・そうだとも! この感触、私はこの感触を待ち望んでいたのだ!)」

 

命と云う存在を抉る生温かな感触・・・Mが今まで何度も何度も味わっていた心地の良い感触。其れは敵が強ければ強い程に温度が高くなり、彼女へ生体兵器としての”喜び”を与えるものであった。

そして今回、Mは史上最も手こずった敵の心臓目掛けて銃剣を解き放つ事が出来た。

「やった、やったぞ! これで漸く私は”あの人”のもとへ・・・!」と彼女は内心小躍りしていた事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・其の脂ぎった金眼を見るまでは。

 

・・・・・阿”ッ?

 

「!?」

 

幕が引く様に晴れたバイザー越し視界でMが最初に見たものは、ガッチリと左手で掴まれた銃剣の切先と迫り来る拳骨だった。

 

ドッゴォオン!

「がッぁああ!!」

 

振り切られた白銀の右拳は、Mの被ったバイザーを砕きながら彼女を後方彼方へと吹き飛ばす。

 

はぁ~ッ・・・きょーとかった!

 

彼女を殴り飛ばした後、春樹は奪い取ったスターブレイカーを其処等へ放り投げると突き刺された筈の自分の左胸を触診した。すると、彼の左胸部装甲板は剥がれるどころか傷一つ付いてはいなかったのである。

 

此れに彼は「・・・なして?」と疑問符を浮かべた。

何故ならば、今までの戦闘によって周囲へ破片が撒き散らされる程に体表が削られていたからである。にも拘らず、彼の全身は無傷どころかシールドエネルギーさえ減っていなかったのだ。

えッ、なんじゃこりゃ・・・怖ッ!」と若干引きつつも、春樹はダウンから立ち上がるMの方を見る。

 

「・・・なんだ・・・一体何が起きた・・・・・?!」

 

漸う立ち上がりながら口元から滴る血を拭うM。

彼女自身、一体何が起こったのか解らなかった。

確実に銃剣は機体の装甲を貫き、刃の切先で彼の命を刈り取った筈。なのにどうして倒れているのは自分なのだろうかと頭の中は疑問符で一杯になってしまう。

加えて、頭部を殴られた事による衝撃で視界がぐわんぐわんと揺らめき、目の焦点が合わなくなってしまっていた。

 

「くッ・・・ぅう・・・!!」

 

・・・・・ジュアッ・・・!

 

そんなよろめくMへ春樹はトドメの一撃を加える為、十字に腕を組んだ”あのポーズ”を構える。

だが、すぐさま彼が単一能力『晴天極夜』を発動させるには至らなかった。

 

・・・なぁ、サイレント・ゼフィルスよ。もうこんな事やめようやぁ

 

「なん・・・だと・・・?」

 

諭す様にゆっくりと穏やかな態度でMにそう呼び掛ける春樹。

・・・声色は相変わらず、獣の様なガサガサ声であるが。

 

後ろ・・・見てみぃ

 

「ッ・・・!」

 

春樹に促されて振り返ってみれば、其処には最後の一体であるゴーレムⅡを破壊し、此方へターゲットロックを照準設定する六人の戦乙女が佇んでいるではないか。

特に一夏をボコボコにされて怒り狂っている箒と鈴からは濃密な殺気が感じられる。

 

降参しんさい、君の負けじゃ!

 

「・・・私は・・・・・てない・・・」

 

・・・阿?

 

「私は・・・負けてない!!」

 

『『『ッ!!』』』

 

ジャキリとMは未だ健在であるライフルビットを構える。

 

おい・・・無理すんなや。さっきのは俺でも解るクリティカルヒットじゃった。立っとるのもやっとじゃろうがな

 

「やめろ・・・やめろ、やめろやめろやめろやめろッ! そんな目で私を見るな、ギデオン!!」

 

春樹の言葉も聞かず、彼女は半ば喚きながら体勢を堪える。

そんなギリギリの状態でもビットの銃口を維持しているのは流石と言って良いが。

 

「(ヤッべぇえ、ど~しょ~? 下手に刺激すると自爆でもしちまうな、こりゃあ・・・・・ん? と言うか、今気づいたんじゃけど、なんだか身体が楽じゃわぁ。しかも、なんだか清々しい気分じゃでよ)いや、今はそういう場合と違うな・・・・・ま・・・まぁ、落ち着きんさいや、サイレントちゃん。別に降参しても悪いようにゃあせんから。君には黙秘権やら何やらの権利があるし、俺が上に掛け合って司法取引でも持ち掛け―――――

 

「黙れッ!! 貴様は・・・貴様は違うと思っていた。しかし・・・所詮、貴様も他の人間と同じだったのか!」

じゃけん、さっきから何言よーるんか訳解らんのじゃっちゃ! 勝手に期待して、勝手に俺に失望するんじゃねぇでよッ! こん阿呆!!

「ッ、黙れ黙れ! 所詮は俗物の分際で私に説教を垂れるな!!」

なッ・・・なんじゃとコノ女郎~~~!!

 

其処から始まったのはキーキーギャーギャーと互いに互いを侮辱する口喧嘩。

先程までとても命のやり取りをしていたとは思えない傍から見れば男女の痴話喧嘩が繰り広げられる。

そんな二人のやり取りは「な・・・何かな、アレは?」と遠くで様子を伺っていたシャルロットの呟き一つに集約されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・唯、こんなぐだぐだな状況を問屋が易々と卸す訳がない。

 

「ッ・・・・・サイレント・ゼフィルスゥウウ!!」

 

『『『ッ!!?』』』

うわぁお!!?

 

なんとこの状況で、春樹とMの様子を伺っていた六人の戦乙女を飛び越えて来る猪武者が現れたではないか。

無論、其の猪武者とは説明不要のこの人物―――――

 

『『『いッ、一夏(さん)?!!』』』

 

織斑 一夏、復活!! 復活の織斑 一夏!!

・・・されど何故にゴーレムⅡを破壊して気絶した筈の一夏が元気にMへ突貫攻撃を行っているのか。其れは彼が気絶した直後、箒が良かれと思って紅椿の単一能力『絢爛舞踏』で白式にシールドエネルギーを提供していたのである。

なので、意識を取り戻した一夏はMを見た瞬間に無意識に白式を纏うと持ち前の爆発的感情行動力で突撃攻撃を敢行したのである。

 

「ッ、出来損ない風情が・・・!!」

オッ・・・オメェ、この状況でかよ!? 空気読めや、ボケェッ!!

 

まさか一夏が前線復帰するなど思ってもみなかった二人は動揺し、彼の接近に対応が遅れてしまう。

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ぐ、ぅうあッ!!」

 

瞬時加速で迫った一夏の接近を許すも、ライフルビットで彼の振り下ろす雪片の軌道を反らす事に成功したM。

しかし、あまりの一夏の勢い圧されて、二人は激しいクラッシュを引き起こす。

 

え、ちょッ・・・えぇ~!?

 

晴天極夜の発射体勢に入っている春樹は、余りに突然の出来事に撃つ事を躊躇う。

普段の彼ならば躊躇いもなく一夏ごと焼き払うのだが、如何せん光線の出力を見誤ってしまうと蒸発させかねない。

そうなると今まで一夏が背負っていた男性IS適正者としての責任を被る事に成り兼ねない。

其れだけは御免被りたい春樹であった。

 

「こんの、野郎! 仮面なんか外しやがれ!!」

 

「邪魔だ、どけッ! 織斑 一夏!!」

 

そうしている間にも二人は激しい揉み合いとなり、周囲に再び土煙を舞わせ―――――

 

「ッ!!!?? お、お前!!」

「ッ・・・糞ッ!!」

 

ボグォッ!

「ぐふぇッ!!?」

 

―――何かの拍子でMの被っていたバイザーが外れ、一瞬ではあるが彼女の素顔を目撃する一夏。

其の衝撃によって硬直した彼の身体をMは力の限り蹴り飛ばした。

 

ッ、今じゃぁあ!!

 

「ッ!!」

 

一夏とMの身体が離れた一瞬を見逃さず、春樹は左手首のコネクタを下へとスライドさせる。

そして、遂に右腕の射出口から朝陽の様なオレンジ色のレーザービームが発射されたのであった。

 

ザッビャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・ぐだ~ズ。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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99話

 

 

 

「うわぁ~・・・・・なぁに、これ・・・ッ」

 

日本政府直属のIS対策機関、IS統合対策部。

其の開発室室長である壬生 柾木は、自宅に設置してあるテレビの前で立ったまま顔を両手で覆って項垂れていた。

 

今日、彼は休日だった。

此処の所、誰かさんのせいで禄にプライベートを充実させていなかった壬生は寝床で優雅な二度寝を楽しんでいた。

そして、昼頃を回る頃になって漸く身体を起こして何の気なしにテレビを点けてみれば・・・アラ不思議。

なんとテレビの中でまるで御伽話に出てくるドラゴンの様な暴れっぷりを見せる噂のテストパイロット生がいるではありませんか。

 

「アレ? 清瀬少年って体調不良で大会を棄権した筈だよな?」

「そもそも論、アレは彼なのか?」

「いや、あんな声で叫ぶのは我らが刃しかいない」

「じゃあ何だ、あの機体は?」

「機体の形態が変わった・・・? 変わったって事は、二次形態移行・・・?」

「えッ・・・二次形態移行!!?」

「それに何だあの翼と破壊力は?! あんな風に設計してたっけ?!!」

「え・・・ッ・・・えぇ・・・えぇえええええ!!?」

 

顔を覆っていた手を上へ持っていき、脂汗を掻きながら情報量過多でオーバーヒート寸前になる頭を必死に抑える壬生。

そんな彼を助ける様に充電器を突き刺したままの携帯電話がピリリッと鳴る。

 

「お・・・俺だッ」

 

《あぁッ、壬生室長! 俺です、芹沢ですッ!》

 

すかさず通話モードへ変換すれば、電話の向こうから酷く狼狽え慌てた様子が手に取る様に解る部下の芹沢 早太の声が轟いた。

 

《室長ッ、今テレビ見てますか?!!》

 

「あぁ、見てる・・・! せ、芹沢、これって何かのドッキリか何かか? 何なんだアレは?! どうなってんだよ、一体全体?!!」

 

《んな事、俺が解る訳ないでしょうが!!》

 

半ばパニックになる壬生を電話口で叱る様に諭す芹沢。

其の怒声に「あ~~~ッ、もう!!」と頭を掻き毟りながら唸った後、キリリと目付きを鋭くする。

 

「緊急事態だッ・・・今すぐ全員に連絡付けろ!! 特にフロートユニット担当の井出には絶対にだ!! あと、芹沢?! なんだあのスペシウム光線の威力は?!!」

 

《室長ッ、アレは正確にはスペシウム光線じゃありませんから!》

 

「どっちでもいいよ、この際!!」・・・と芹沢の言葉にツッコミを入れながら、壬生は大急ぎで出掛ける準備を行うのであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「全員、清瀬生徒から離れなさい!!」

 

・・・・・阿?

 

一方、キャノンボール・ファストを襲撃したテロリストを排除する事に成功した一行であったが・・・外部からのハッキングで開かなかった扉を破壊して現れたIS教師部隊の面々は何故か自分達の得物を春樹に向ける。

 

「えッ!?」

「ちょッ、ちょっと何をしているんですの先生方?!!」

 

此れに対し、共にテロリストへ悠然と立ち向かっていた専用機持ち達は表情を驚愕の色へと染めた。

「こ・・・これは、何かの冗談だよね?」と呟くシャルロットであったが、彼に銃口を差し向ける彼女達の目は真剣そのものであったのである。

 

「春樹に銃を向けるなど・・・貴様らフザけるなッ!!」

 

テロリスト撃退の功労者である彼に何と無礼な真似をするのかと、激昂したラウラが負傷しているにも関わらず、ワイヤーブレードを構えた。

 

「やめんか、ボーデヴィッヒ!!」

 

「ッ、きょ・・・教官・・・!!?」

 

しかし、そんな彼女の愚行を止めんと教師部隊を率いる千冬が間に割って入る。

いつになく眉間へ皺が寄り、恐ろし気な雰囲気が醸し出されている。

 

「し・・・しかし、織斑教官! 春樹は襲撃者であるサイレント・ゼフィルス撃退に大きく貢献したと私は思っておりますッ! それが何故にこのような事をされなければならないのですか?! 教官も彼の活躍を見ていたでしょう!!」

 

「あぁ、見ていたとも・・・あの惨状もじっくりとな」

 

「ッ・・・!」

 

千冬が指差した方向を見てラウラは押し黙ってしまう。

何故ならば、其処には春樹の単一能力『晴天極夜』によって溶けたチョコレートの様な惨状となっているアリーナスタジアム観客席の残骸が広がっていたからである。

 

加えて、彼女はある事を危惧していた。其れは今の春樹が暴走状態か否かと言う点である。

彼には一応の前科がある。其れは学年別トーナメント時、VTSによって一時ではあるものの暴走状態へ陥っていたからだ。

其の時の彼は一夏をK.O.するには飽き足らず、鎮圧に出動した教師部隊を蹴散らし、アリーナバックヤードまでも破壊したのである。

そんな男がアリーナスタジアムへ大きな穴を二つも開ける程の強力な武器を以て暴れれでもしたら一溜まりもない。

千冬が警戒するのも当然であった。

 

「織斑先生、あまり近づくと危険です!」

 

「構わん。おい、清瀬!」

 

対装甲用ISライフルを構える教師部隊を分け入り、彼女は異様な雰囲気を醸し出す春樹に声を掛ける。

 

「一度しか聞かんぞ・・・お前は正気かッ?」

 

・・・・・ッ・・・

 

千冬の呼び掛けに春樹はギョロリと云った具合に自らの金眼四ツ目を彼女へ突き刺す。

其の余りに恐ろしい形相に教師部隊の面々は思わずライフルの引き金を絞り、立っているのもやっとな一夏でさえ「千冬姉ッ!!」と彼女を守る様に雪片を構えた。

 

・・・阿破破ッ・・・阿破破破、阿―――ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!

 

『『『ッ!!?』』』

 

「は・・・春樹?」

「春樹さん・・・!」

 

ゲラゲラゲラ、とあの笑い声を響かせる春樹。其の笑いは獣の様なガラガラ声と相まって実に恐ろしい。

そんな寝物語に出てくる怪物の様な笑い声を一遍に響かせた後、彼は口端を吊り上げてこう言った。

 

正気じゃと? そりゃあ俺ん事か? 其れとも無抵抗の生徒に銃を向けるアンタらの事か・・・織斑先生?

 

「・・・相変わらずの減らず口だな、清瀬。全員、武器を下げろ」

 

彼の正気を確認し、教師部隊へ武器を下げるよう指示する千冬。

其の指示に舞台の面々は本当に大丈夫なのかと疑心暗鬼を生じさせながら銃口を下へと向けた。

 

「織斑、お前もいつまで雪片を構えて居るつもりだ?」

 

「えッ・・・で、でも千冬姉!」

 

「フッ・・・織斑先生だ、馬鹿者。さっさと医務室で手当てを受けて来い」

 

「お・・・おう。解ったよ、千冬姉」

 

「馬鹿者、先生を付けんか」と千冬は一夏の額を小突くが、其の顔は何処かホッとした面持ちである。

 

「おい、お前らもだ。手が要るものは遠慮せずに言え」

 

『『『は、はい!』』』

 

元気良く返事はしたものの、ISを解除した途端に其の場へへたり込んでしまう面々がチラホラ。

そんな彼女等へ未だ教師達から警戒心を抱かれている春樹が「おっと

、大丈夫か?」と手を差し伸べる。

 

「・・・お気遣い痛み入りますわ、春樹さん。ですが私、これぐらいでへこたれる英国淑女ではなくてよ」

 

「ぼ・・・ボクも大丈夫だよ、春樹。一人で平気だから」

 

「私も・・・大丈夫・・・」

 

だが、其の手を彼女達は遠慮した。

何故なら、改めて思い返して周囲を見ると自分達の目の前にいる彼が何処か手の届かない場所へ到達してしまったかのように感じられたのである。

 

自分達が苦戦したゴーレムⅡをまるで硝子細工を叩き壊すかの様に破壊した力と他を寄せ付けない荘厳な姿。

こんなにも近くにいるのにも関わらず、彼と彼女達の間を一瞬にして深い溝が隔ててしまったかのようだ。

そんな彼女達の気持ちを汲み取ってか、「・・・そうかッ・・・なら、エエわ」と手を引っ込めようとした・・・その時である。

 

「春樹・・・抱っこだ」

 

・・・・・阿ッ?

 

寂しそうな口元を晒す彼にラウラが両手を伸ばし、そう言葉を連ねた。

 

「ら、ラウラ?」

 

「恥ずかしい事に先の戦闘によるダメージで身体が痛んで足に力が入らん。これではとてもじゃないが立てん。だから・・・・・その・・・頼めるか、春樹?」

 

若干恥ずかしそうに顔を紅潮させて其の場へへたり込んだ彼女に対し、春樹は「あぁ・・・勿論じゃとも、ラウラちゃん」と優しく口角を緩ませて抱き抱える。所謂、御姫様抱っこという具合で。

 

「ふふッ・・・!」

 

春樹に抱えられて嬉しそうにほくそ笑むラウラの表情に対し、春樹は心が軽くなった気がした。

彼自身、先の戦闘で琥珀が二次形態移行した事よりも其の振るった力の方が印象深く刻まれていた。

 

確かに其の力は、自分が生み出してしまった”怪物”を受け入れた事で得たものである。

だが、其の余りに強大な力を目の当たりにし、正直に言えばビビってしまっていた。

自分でもビビってしまう力を他の人間が見れば如何なるか・・・解ってはいても心苦しいものがあった。

しかし、そんな自分を受け入れてくれたかのようなラウラの態度と表情に春樹は少しばかり救われたのである。

 

「ッ・・・は、春樹・・・!」

 

そんな仲睦まじい春樹とラウラの姿にシャルロットは先程の事を後悔し、彼へ声を掛けようとする。けれど、其の彼女に向かってアリーナ出入口から声を張り上げて来る二人の人影がいた。

 

「「シャルロット!!」」

 

「ッ、お父さんにおかあさん!?」

 

其の人影とは、避難そっちのけで娘の安否を確かめに駆けて来たデュノア夫妻であった。

二人は教員達の制止を振り切り、脇腹を痛めつつも煤と土煙に塗れた愛娘を思いっ切り抱きしめる。

 

「良かった・・・シャルロット、私の娘よ!」

「本当に・・・ッ・・・本当に無事で良かった・・・!!」

 

「お父さん・・・おかあさん・・・」

 

両親に抱き留められ、シャルロットは何だか胸が一杯になる。自分の身を案じてくれている二人に自然と瞳が潤んだ。

・・・・・ただ、彼女の視線は自分から離れていく春樹の背中を追っていたのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「えッ、今からですか? でも、今日は皆さん働き方改革で御休み・・・はぁ、『それどころじゃない』? 確かにそうですが・・・・・あ、はい・・・はい・・・解りました、それではお待ちしております。失礼します・・・・・ふへぇ~~~ッ」

 

高良は壬生からかかってきた電話応対を済ませると、大きく息を吐き切る。

先程の電話がとんでもなく喧しかったのもあるが、彼自身は先程の春樹の活躍による興奮を抑えるので漸うであった。

しかし、こうしては居られない。間もなく此処へ自分よりも興奮して殺気立ったIS統合部の技術者連中が押し寄せて来るのだ。

 

「長谷川先生、もうすぐ壬生室長以下十一名のスタッフが此方へ着くそうです」

 

「くくッ・・・そうか、やはり彼等も見ていたか。それは居ても立っても居られない筈だ」

 

「はい。私も、凄く興奮しています」

 

そう言う高良に「あぁ、私もだ」と笑みを溢す長谷川。だが、内心では彼は苦悩していた。

 

キャノンボール・ファストは唯の学校行事ではない。

次代を担うダイアモンドの原石達を発掘する為の品評会という名目が含まれているのだ。

無論、皆の関心は世界初の男性IS適正者である一夏や各国の代表候補生達へ向けられていた事だろう。・・・しかし、其れも専用機部門レースの口火が切られるまでの話だ。

世界各国のIS企業関係者や各国政府は、もうレースの結果等どうでも良いのだろう。

何故ならば、皆の関心はもう春樹へ釘付けなのだから。

 

確かにVTS事件の時、春樹はドイツの秘術である越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)に完全適応したと話題にはなった。

けれど、IS統合部がIS学園長である轡木との連携で情報秘匿介入を行った。幸いにも事件当時の試合映像がなかった為、彼の情報は眉唾物へ出来た。

だが・・・今回はそうはいかない。

 

キャノンボール・ファスト中の映像は常時リアルタイムで全世界へ中継され、観客の中には事件当時の出来事をカメラや携帯でネット配信している者もいるだろう。

もう今更介入など出来る訳がない。

 

「(清瀬君の事は、もう少し時機を見てからにしようと思ったのだが・・・ハハハッ、もう台無しだ。)まったく・・・清瀬 春樹と言う少年は我々の予想の遥か上を行くな。ハハハハハ!」

 

「まったくですね、長谷川先生。アハハハハハッ」

 

もう笑うしか・・・もう笑うしかなかった。

唯、其の笑いは不快なものでは決してない。まるで目の前で自分の弟や息子が成長した事を見届けれた事を喜ぶような・・・そんな笑い声であった。

・・・此の後、彼の元へ首相官邸からの電話が掛かって来た時は流石に笑い事ではなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ぜェ・・・ハァッ・・・ゼェ・・・ッ!!」

 

キャノンボール・ファストが行われたアリーナスタジアムから少し離れた砂浜で、今回の襲撃事件を引き起こしたファントム・タスク構成員であるMは肩を喘がせていた。

 

何故に彼女が琥珀の単一能力『晴天極夜』を真正面から受けたのにも関わらず、こうして命を保ちつつ逃走する事が出来たのか。其れは一重に春樹の力加減の問題であった。

 

晴天極夜の発射時、突如として乱入して来た一夏に動揺した彼は無意識に能力出力を抑えてしまったのである。

其の為に放たれたビームはサイレント・ゼフィルスを蒸発させる事なく、彼女を海まで吹き飛ばすだけとなったのだった。

 

「ぜぇッ、はぁ・・・! おのれ・・・おのれ、ギデオン!! こんな辱めをよくも私に・・・おのれぇえッ!!」

 

しかし、攻撃を受けた方の本人はそんな事など露知らず、彼女は春樹の情けで生かされたのだと勝手に解釈したのである。

 

《Mッ、M?! 聞こえてるの、M?! 聞こえているなら返事をなさい!!》

 

「ギデオンッ・・・ギデオン・・・ギデオン・・・清瀬 春樹ィイイ・・・ッ!!」

 

彼の眼、彼の声、彼の言葉、彼との闘い、彼への胸の高鳴り、彼からの侮辱で頭と心が一杯なってしまっていたMが同じくキャノンボール・ファストからの脱出に成功したスコールからの通信に気づくのは其れから大分後の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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100話

 

 

 

「せーのっ!」

 

『『『一夏ッ、誕生日おめでとう!!』』』

 

「お・・・おう。皆、ありがとうな!」

 

パァーンッと、鈴の掛け声を合図に箒と五反田兄妹がクラッカーを弾き鳴らす。

銃声とは違うクラッカーの軽快な音が部屋へと響き渡る。

 

キャノンボール・ファスト襲撃事件から僅か数時間後の夕方17時過ぎ。

あんな惨劇を経験したにも関わらず、未だ気力と体力が余っていた一夏をはじめとした一行は、途中から合流した中学時代からの友人である御手洗 数馬と五反田 弾に彼の妹である蘭と共に事件現場となったアリーナスタジアムから程近くにある織斑家宅へ集合。

事件解決の功労者の一人である一夏の誕生日パーティーを行っていた。

・・・しかし、祝われている当の本人は何処か浮かない固い笑顔を浮かべる。

 

「何よ一夏、そんな辛気臭い顔して? まさか・・・どこか痛むの?」

「何ッ!? そうなのか、一夏!?」

「大丈夫なんですか、一夏さん?!!」

 

「えッ・・・い、いや違うって。ちょっと今日は疲れたなって・・・と言うか、近いぞ皆!!」

 

自分を心配し、身を前に乗り出す彼女達に向かって首を横に振る一夏。

 

確かに彼の言う通り、今日は色々とあり過ぎた一日であった。

ファントム・タスクの襲撃を受けて何とか撃退したものの、其の次は襲撃者との戦闘の事で取り調べを受けたのである。

 

「そうね、コッチはテロリスト退治でクタクタだってのに・・・あんな事されるなんて最悪よ!」

 

「あぁッ、それも四時までだぞ! まったく何を考えているんだ!!」

 

「・・・・・」

 

サイレント・ゼフィルスやゴーレムⅡとの戦闘後に傷の手当と並行して行われたまどろっこしくて長ったらしい取り調べを思い出し、しかめっ面を晒す箒と鈴。

・・・ただ、一夏としては其の取り調べに不満があると言う訳ではなかったのだが。

 

「あッ・・・あ、あの・・・ッ、一夏さん!!」

 

「へ?」

 

「私、ケーキ焼いて来たんです! 良かったら食べませんかッ?!」

 

そんな彼の心情を知ってか知らずか、重い空気へ蘭の声が分け入られる。

 

「あ、あぁ・・・ありがとな、蘭。今日は楽しめたか?・・・って言っても、途中からめちゃくちゃになっちゃったけどさ」

 

「いえいえ! 一夏さんが悪者をやっつけてくれたから、私も無事だったんですよ!!」

 

「ッ・・・そ、そうか」

 

彼女の言葉に言い淀みつつも頷く一夏。

何とか気分を切り替えようと蘭の用意したチョコレートケーキへ手を伸ばすのだが・・・

 

「いや~、でも凄かったよな・・・あの”ドラゴン”」

 

「ん? ドラゴンって何よ、お兄ぃ?」

 

「・・・ッ」

 

・・・弾の何気なく言った一言に彼の手が止まった。

 

「ドラゴンだよ、ドラゴン。銀色で目が四つあるヤツだ、見なかったのか?」

 

「・・・私はお兄ぃに置いてかれて、それどころじゃなかったんですけど」

 

「それに関しては本当にスマン! だから、じーちゃんにはチクらないでくれよ!!」

 

蘭へ手を合わせて頭を下げる弾の横で、話のタネとなったドラゴンを自分も見たと数馬も口を開いた。

 

「あれは凄かったよ。だってあの黒っぽいロボットみたいなヤツを一発でぶっ飛ばしたし、それにあの光線技が凄くてさぁ!」

 

「そうそうッ。こう腕を十字に組んでさ・・・スペシウム光線っての? まるでテレビの中から出て来たヒーローみたいだったぜ!!」

 

事件当時、避難客の濁流に巻き込まれてそれどころではなかった蘭は二人の話に興味なさそうな「ふ~ん、あっそ」といった具合で露骨な態度をとるが、「ちょ・・・ちょっとアンタ達、その辺で・・・ッ」と当事者の一人である鈴がやんわりと話を止めに入る。

だが、其れで止まる男子二人ではない。テロリストと戦ったドラゴンの話は増々ヒートアップし、弾は一夏も話に巻き込もうとした。

 

「なぁ、一夏? あのドラゴンってお前の知り合い―――――」

 

「やめろッ!!」

 

「―――なのか?」と弾が言葉を紡ぐ前に一夏はそうハッキリと言い放つ。

悲壮感に満ちた怒声が部屋へ木魂する。

 

「い・・・一夏さん・・・?」

 

「お、おい・・・どうしたんだよ、お前?」

 

「ッ・・・わ、悪ぃ・・・俺、トイレ行って来る・・・」

 

自分の怒号に怯える蘭や驚く弾たちを見て我に返った一夏は、ひとまずトイレへ行く為に席を立つ。

後に残されたのは、何とも言えない冷めた空気。・・・とりあえず、鈴と箒は弾の頭を叩く事にしたのだった。

 

一方、噂のテロリストと戦ったドラゴンはと言うと―――――

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

馴染む・・・実に馴染むでよ。阿破破破破破ッ!

IS言うもんは、我が運命と言う路線図を百八十度変えちまった忌々しいもんじゃったが・・・実になんと身体へ馴染む機体なんじゃろうか!!

阿破破・・・阿破破破破破ッ・・・阿―――ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!

 

んッ、ン~~~♪

実に清々しい気分じゃ。歌でも一つ歌いたいようなエエ気分じゃ!

”三年前”に此方の世界へ来たんじゃけれども・・・此れ程までに絶好調の晴れ晴れとした気分は無かったわぁッ!!

最高に『ハイ』ってヤツじゃぁあ!! 阿破破破破破破破破破破ッ!!!

 

「おい、清瀬。大丈夫か?」

 

「・・・阿? あぁ、すんません・・・ちぃとばっかし居眠りをしょーりましたわ」

 

・・・・・さて、現実逃避もこれ位にしとこうかのぉ。

 

キャノンボール・ファストでサイレント・ゼフィルスちゃんと鉄屑共を撃退した俺ぁすぐに取り調べを受けた。

自分で言っちゃあ何じゃが・・・俺ってば、事件解決に尽力した功労者じゃと思う。

じゃけど・・・俺を待っとったんは、射殺しそうな視線を送る織斑先生と数人の教員じゃった。

其処から始まる質問に次ぐ質問の嵐。

やれ、「どうして機体が二次形態移行したッ?」だの。やれ、「あの超えた測定不能の速さと動きは何だ?!」だの。やれ、「あの破壊力を持った武器は何だッ?!」だのと言うた具合じゃ。

十五のガキ相手にマジで青筋立てて責め立てて来るけん、思わずプッツンする所じゃったわ。

取調室・・・いや、尋問部屋に壬生さんらが来るんがもうちぃとばっか遅かったら、感情的なった俺が先生らぁの顔面へグーパンチを決めとったな。

 

そんでもってやっとこさ取り調べが終わったと思うたら、今度は壬生さんらぁからの質問の嵐じゃった。

まぁ・・・さっきの先生らは兎も角、壬生さんらぁは今回の事件で二次移行した琥珀ちゃんを設計開発した技術者の人らぁじゃけん、仕方ないわな。

特に飛行ユニット担当の井出さんが、「何で飛翔滑走翼がエナジーウィングになってしもうたんじゃ?!! 僕はそねーな設計はしとらんでよ!!」・・・って、泣きべそを掻きながら俺に聞いて来た時は笑っちゃ悪いが吹いてしもうたでよ。

 

・・・そんで、そんな俺は現在―――――

 

「すんません、芹沢博士ぇ? まだ検査は掛かりますかぁ?」

 

―――――緊急の全身メディカルチェックを受けよーる最中じゃ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

キャノンボール・ファスト襲撃事件によってIS学園の教員並びにIS統合部の開発チームから怒涛の質問を喰らった春樹は、都内にある日本政府直轄の研究所の一つで全身スキャンチェックを受けていた。

担当医は勿論この人。IS統合部所属の精神科医にしてオールラウンダーを自称する芹沢(兄)博士である。

彼もまたテレビの中で暴れまわる春樹を見届け、弟の芹沢技師と共にアリーナスタジアムへ駆けつけた一人であった。

 

「うぅ~む・・・」

 

「博士・・・俺は一体・・・?!」

 

診察結果のカルテを見ながら眉間に皺を寄せる芹沢博士に対し、其れを心配そうな表情で見守る春樹。

思い悩む博士の態度にまさか自分は何か重い病気を患ったのかと覚悟する彼だったが―――――

 

「なんて事だ・・・何処にも異常が見当たらない!」

 

「なッ・・・何じゃあな、おい! 驚かせんで下せぇよ、博士ぇ!!」

 

―――芹沢博士の言葉を聞き、ズッコケそうな勢いで春樹は突っ込んだ。

彼は「あぁ、もう! 心配して損した!!」と胸を撫で降ろすが、相変わらず芹沢は訝し気な表情でカルテを再度じっくりと読む。

けれども結局は『異常なし』の結果だけが其処には書かれているだけであった。

 

「だが・・・しかし、おかしい。あんな動きと攻撃を受ければ、並外れた技量を持ったIS操縦者でさえ骨の一本や二本・・・いや、臓器まで無事では済まない筈だ。”異常なし”という事が”異常”だ」

 

「でも、異常なしじゃったらエエんじゃないですか?」

 

「確かに良いのだが・・・良いんだけど・・・良いんだけれどなぁ・・・ッ。清瀬君よ、もうちょっと詳細な検査を受けてみるつもりはあるかね?」

 

「ないです。もう当分、検査は結構です」

 

バッサリと自分の申し出を断る春樹に項垂れる芹沢。だが、今日はもう色々とあり過ぎた。春樹としてはさっさと帰ってゆっくりしたい。

全ての解析が終了して待機状態となった指輪の琥珀を装着し、さっさと帰り支度をし始める。

 

「ふむ・・・やはり家に”恋人”が待っていると早く帰りたい気持ちになるよな。解るぞ、少年よ」

 

「え・・・」

 

「隠さんでもよろしいよ。恋愛感情は自由意志だ。しかし、人目もはばからずにあんな濃密なキスを交わすとは・・・やはりドイツ人もヨーロッパ人と言う事か」

 

何故、芹沢がこんな事を言っているのかと言うと・・・此の施設へ来る以前、彼を含んだ一団が春樹を引き取る際にラウラが春樹へ別れ際のキスを交わす現場を目撃していたからだ。

其のキスと言うのが、舌と舌を絡め合わせてぴちゃぴちゃと水が滴るかのような濃いものであったのである。

 

「あ・・・いや、すいません・・・」

 

「何を謝る必要がある。清瀬君が普通の高校生と同じように青春をしている事が微笑ましいし・・・それに私としては、優性人間である君が遺伝子強化素体である彼女と仲良くしている事は大変興味深いのだ」

 

「うわッ、途中まではエかったのに最後で台無しじゃ。芹沢博士、俺ぁ博士の言う優性人間じゃないってあれ程―――――」

 

「いや、何を謙遜する必要がある? 君は間違いなく優性種、ガンダムで言う所のNT(ニュータイプ)・・・選ばれた人間だ!」

 

「ッ~~~・・・じゃからぁ・・・・・!」

 

頭を掻いてどう説明しようかと悩んだ挙句、春樹は「はぁ・・・」と溜息を吐いて思考を停止した。

こうなった芹沢は、何を言おうと聞く耳を持たないのだ。

 

「あぁッもう、取り敢えず此の話は終わりです。俺ぁ帰りますよ!」

 

「おっと待ち給え、一人で帰るつもりかね? 学園までの車が用意されているから、それを使いなさい。まだ近辺にテロリストの残党がいるかもしれん」

 

「大丈夫ですよ。サイレントちゃん・・・もとい連中はもういないでしょう。居たとしても、様変わりしちまった俺を見つけられるかどうか」

 

そう言って春樹は自分の頭を指差す。

指差した先には、もう元の黒髪はメッシュとなりかけ、大部分が白く変色した毛髪で覆われた頭があった

 

「甘いな・・・いや、優性種たる君の余裕か? それとも慢心か? 我々の観察対象である君が消されてしまっては元も子もないだろう」

 

「あの・・・博士は俺の事、大切に思ってます?」

 

「思っているとも・・・君は世界に二人しかいない大切な”研究対象”なのだよ? 勿論さ」

 

「・・・・・はぁッ・・・それじゃあ博士、また」

 

「あぁ。またね、清瀬君。いつでもこのラボにおいで」

 

「はい(出来れば遠慮したい)」

 

『類は友を呼ぶ』と言う言葉があるが、自分が見て来た変人の中でも疲れる部類だなと改めて感じた春樹はマッドサイエンティストの診察室を後にする。

そして、彼はぐぅーと大きく背伸びをした後に背後へ語り掛けた。

 

「さて、帰る前に聞いておきたいんじゃけど・・・君は誰じゃろうか?」

 

〈・・・・・ふふふ〉

 

振り返ってみれば、其処に居たのは春樹と同じ新雪のような髪と金色の両眼を持った幼い少女が笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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七升:専用機タッグマッチ戦・酒の上
101話


 

 

 

【IS学園学校行事掲示板】キャノボに現れたドラゴンについて語るスレ

 

 

 

752:戦車のカード

 

あ…ありのままあの日起こった事を書き込むぜ!

俺は麗しき乙女たちの上半身の膨らみや下半身のISスーツの食い込みに夢中になっていたと思ったら、いつの間にか突然現れたロボット軍団とドラゴンの戦いに釘付けになっていた。

な…何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった…

あと青い金髪の子がかわいかった

 

 

753:名無し

 

〉〉752

ポルナレフ乙www

因みにポニテ推し

 

 

754:ごんべぇ

 

〉〉752

いや確かにあれは意味が解らんかった。

なにあれ…

 

 

755:名無し

 

ボインのロボット、焼かれて抉られる。

眼鏡っ子最高。

 

 

756:名無し

 

エロいスーツ姿目当てにテレビつけたら、胸アツ展開とグロい殺戮シーンが映っていた。

 

 

757:名無し

 

〉〉756

 

お前もか、歓迎するぞ同士よ。

 

 

758:名無し

 

でもあれそもそもISか?

銀髪ロリは至高。

 

 

759:名無し

 

〉〉758

ISじゃなければ、なんなんだよ。ウルト〇マンの親戚かなにか?

オレンジブロンドこそ究極 

 

760:名無し

 

某光の巨人の技を使うドラゴン。

 

 

761:名無し

 

ドラゴンなのにブレスを吐かずのスペシウム光線。

オレンジは良い…

 

 

762:名無し

 

必殺技の贈り物(受け取り拒否不可避)

青いパツキン。

 

 

763:れっどふぁいっ。

 

ウル〇ラマンなドラゴン…いや、レッ〇マンなドラゴン。

ツインテ最強

 

 

764:名無し

 

〉〉763

 

赤じゃなくて、白い通り魔現るWWWWW

ツインテ最強

 

 

765:M77星雲民

 

胸のYマークがノア様か紳士ザギ様と酷似。

銀髪ロリ派

 

 

766:ファイヤーヘッドZ

 

〉〉765

 

でもあれ四ツ目だった。

オレンジブロンド党

 

 

767:774

 

ウル〇ラマンってより、ガ〇ダムタイプ。

ポニテ推し

 

 

768:シャア・レイ

 

劇場版ガンダムO〇にあんなのいた

銀髪ロリ最高

 

 

769:名無し

 

>>768

 

ちょWWW伏字になってないWWWWW

メガネっ子が一番だろJK

 

 

770:俺が刹那だ!!

 

と言うか…あれ誰?。学園の生徒?

ポニテ党

 

 

771:名無し

 

〉〉770

 

学園からの公式発表なし。噂では…『二人目』らしい。

それにベルギーで起こったテロ事件でも、このウルト○マン擬きの機体によく似たISが確認されている。

 

 

772:ナンテコッタ・パンナコッタ

 

〉〉771

 

なにそれkwsk。

 

 

773:名無し

 

二人目の名前は確かきよ…なんとか。

影が薄すぎて全容不明WWWWW

 

 

774:英雄さぁ

 

二人目の男は…デュナミストだった!?

ツインテこそ最強。

 

775:名無し

 

てか、一人目弱すぎWWWWW

 

 

776:ブリュンヒルデ親衛隊

 

〉〉775

 

貴様…千冬様の弟君を馬鹿にしたな?

 

 

777:じーく

 

〉〉775

 

うわ、出た過激派www

どうする処する?処する?粛清しちゃう?

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「うわー・・・荒れそうな予感」

 

IS統合対策部開発室へ所属している技術者の一人が、缶コーヒー片手にネット掲示板を見ながら、そう呟く。

其の呟きに「おま、また見てんのかよ?」と隣に座っている同僚が呆れた様に返した。

 

「いいでしょう、別に。やっと我らが刃殿が日の目を見る様になったんです。ネット民共の反応が気になるのが普通ですよ」

 

「俺とお前の普通の価値観については大きな差異があるな・・・つーか未だに話題なのな、刃くん」

 

「当たり前ですよ! あのキャノンボール・ファスト襲撃事件の一件以来、世間の皆様の目は我らが刃殿に釘付けなんです!!」

 

「そうだけどさぁ・・・おかげで俺達は大変なんだぜ? なんで刃くんの琥珀が二次形態移行したのかも調査中だしさ。特にフロートユニットの劇的変化な」

 

「いいじゃないですか、それくらい。あ、もうそろそろ休憩時間終わりますよ」

 

「え~・・・もう? 俺、もう一本飲んでから行くわ」

 

そう言って休憩室から出ていく技術者の背を見送りながら同僚は二本目のエナジードリンクのプルタブを抉じ開けた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ねぇ、やっぱり・・・」

「そうよ、絶対!」

「マジで・・・ひくわぁ~」

 

全世界へ色々な意味で多大な衝撃を与えた『キャノンボール・ファスト襲撃事件』から一週間。臨時休校を終えたIS学園では、”ある噂”が生徒の間で口々に囁かれていた。

 

其の噂とは、襲撃者であるテロリストを七人の専用機持ち達と共に撃退した謎のドラゴン型ISの正体が”二人目の男性IS適正者”であるという事だ。

何故にこの様な噂話が発ったのか。其れは単衣にあのドラゴンの耳を劈くかのような咆哮を耳にした幾人かの生徒が悲鳴に近い声色でこう叫んだからである。

 

「あ・・・アイツの声だッ・・・あの男の声だッ!!」

 

・・・と、真っ青な顔でガチガチ顎を震わせて。

奇しくもそう脅えた叫びを響かせた生徒達は、あのVTS事件が起こった学年別トーナメントで、ある男の餌食となった者ばかりであった。

加えて、事件当時の写真と共に『号外!』と書かれた学校新聞が学園の至る所に貼られている始末。

勿論、そんな噂話に熱を擁する一行の視線は自然と食堂の椅子へドッカリ腰を据える”彼”へと向けられる。

 

「・・・・・」

 

世界で初めて確認された男性IS適正者、『織斑 一夏』。

其の次に各国が競い合うように行った男性IS適正者検査によって発見された世界で二番目の男性IS適正者、名を『清瀬 春樹』。

発見された当初の彼は一番目の男である一夏の代用品やオマケ扱いを受けていたが・・・今や其の姿は見る影もない。

鳶色だった右眼は金色の炎が溢れるかのような琥珀色の瞳へと変貌し、元々の地毛であった黒髪は右端へ追いやられてメッシュと化して頭髪の大半を白雪の様な白髪が覆っていた。

 

「お・・・おはよう、清瀬くん!」

 

そんな雰囲気も周囲からの評価もガラリと変えて変わってしまった春樹にオドオドした様子で声を掛ける女生徒が一人。彼女の後ろには興味津々な視線を彼へ向ける女生徒が二人。

 

「・・・阿? あぁ、おはようさん」

 

見知らぬ生徒に声を掛けられ、春樹はオッドアイ向けて朝の挨拶を彼女達へと返する。

本人としては別に他意のない軽い挨拶程度であっただろうが、何故か挨拶を返された女生徒は頬を紅潮させて俯いてしまう。

この彼女の反応に春樹は少しの戸惑いを覚えて疑問符を投げ掛けようとしたのだが、其れを遮るように女生徒の後ろにいた別の生徒が疑問符を問いかけて来た。

 

「ねぇねぇッ、清瀬君? あのドラゴン型ISに搭乗してたのって、やっぱし清瀬君なの?」

 

「ッ・・・あぁ、其りゃあ―――――」

 

何とも脈絡のない疑問文に春樹は少しの覚えつつも肯定文を紡ごうとする。

別に先のキャノンボール・ファスト襲撃事件は情報規制等が敷かれる事はなく、連日のニュースで報道されていた。

流石にあのドラゴン型ISの正体である春樹の顔写真や氏名が公開される事はなかったが、暗黙の周知として彼の存在は周囲へ認知された。だから、彼女達の様なミーハー崩れの輩が其れを確認しようとしても不思議ではない。

・・・しかし、彼の口から彼女達の疑問文に対する肯定文が発せられることはなかった。

 

「春樹!」

 

「あッ・・・ラウラちゃん!」

 

言葉が紡がれる前に食堂へ入って来たラウラが春樹を呼んだ。

是に気がついた彼は、前にいる女生徒三人へ向けた無愛想なものではない朗らかで柔らかい笑顔を彼女へ向けて立ち上がる。そして、スタスタと近づくと慣れた手付きでラウラを抱き寄せ、其の額へ唇を落とす。

 

其の手慣れた春樹の様子を今まで何度も見ている生徒は呆れた表情を浮かべるが、彼へ話しかけた女生徒三人はギョッとした。

何故に三人がその様な表情を晒したのか。

 

「・・・ッ・・・!」

 

「「「ッ!?」」」

 

何故ならば、其の三人へラウラのギョロリとした灼眼が突き刺さっていたからだ。

其の殺気立った視線に女生徒達は何も言えなくなって俯いた。

 

「春樹、行くのなら私を起こせと言った筈だが?」

 

「すまんすまん。ラウラちゃんがあんまりにも気持ち良ー寝よーたけん、起こすんがしのびのぅてな。じゃけど、俺ぁまだ朝飯は食うとりゃせんで」

 

「・・・そうか。なら、師匠方の作ったお弁当を貰って別の場所で食べよう」

 

「え? いや、別に俺ぁ此処でも・・・つーか、師匠方って誰じゃあ?」

 

「師匠方と言うのは、私に料理を教えてくれたこの食堂の職員の方達だ。それに私は・・・・・その、春樹と二人っきりで・・・」

 

「・・・皆まで言うなラウラちゃん。エエで、二人で食べようやぁ」

 

「ッ、あぁ!」

 

ラウラの気持ちを察した春樹は再び柔らかい表情を浮かべ、彼女の手を取って弁当の食券を買いに券売機へと向かう。

 

「・・・ッ・・・」

 

そんな和やかで仲睦まじい二人を壁際で見る人影が一つ。

 

「・・・行きませんの、シャルロットさん?」

 

「セシリア・・・」

 

食堂から去る二人を恨めしそうに見るシャルロットへ思わず声を掛けたのは、同じくキャノンボール・ファスト襲撃事件で成果を見せたセシリアであった。

 

「いつもの貴女なら遅れを取らない様に駆け寄る筈ですのに・・・」

 

「・・・ボクにその資格があるのかな?」

 

「え・・・ッ?」

 

「ボク・・・あの時の春樹が怖かったんだ。ボク達一人一人が手も足も出なかったゴーレムをあんな簡単に撃墜させて・・・ッ」

 

「・・・・・」

 

「全部が終わって、春樹がボクの前に立った時・・・彼が怖くて怖くて仕方がなかったんだ。だからあの時、ボクは春樹が差し伸べてくれた手を・・・・・ッ」

 

事件の時の春樹をもい出し、身体を震わせるシャルロットの肩へセシリアは優しく手を添えた。

 

「私も・・・私も同じですわ、シャルロットさん。あの時、私も春樹さんが怖かった。だから思わず、春樹さんが差し伸べてくれた手を断ってしまいましたわ。ですが・・・それは彼の優しさに対する無礼です。あの時の事をとても私は悔いておりますの」

 

「セシリア・・・」

 

「強くなりましょう。言葉ではなく、行動で春樹さんに示しましょう」

 

「ッ・・・うん!!」

 

美しい瞳に溜まった涙を拭いながら、シャルロットは自分の肩に添えられたセシリアの手を強く握り返したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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102話

 

 

 

キャノボの最中に来よったサイレントちゃんと糞鉄屑スクラップ人形共らぁとのドンパチから一週間と少し・・・最近の俺ぁ、周りから変な目で見られよーる。しかもヒソヒソヒソヒソ人の顔見て噂話をコソコソしょーる始末じゃ。

 

自分でもフツメン黒髪から白髪オッドアイに容姿がガラリと変わってしもうたんは、流石に情報量が多いと思う。

じゃけど・・・やっぱし聞こえるか聞こえんかの微妙な音量でコソコソ言われるんは、昔あったいじめを思い出して気が悪い。

加えてあの目、あの目じゃ。俺をまるで動物園の珍獣でも見る様な”好奇”の目で見て来やがる。四月初めにあったIS学園の入学式を思い出すでよ。

 

まぁ・・・でも、”無礼な豚(ダメバナ野郎)”とのわだかまりで周囲の依怙贔屓共から向けられとった”敵意”の眼よりはマシじゃろう。

其れに人間万事塞翁が馬云う事もあって悪い事ばかりじゃない。

 

一時はどうなる事かと思うとった味覚障害が完治した。

今じゃあガブガブ酒が呑めれる様になったし、御蔭で薬の量も減った。

相変わらずアル中が治らんのは仕方ねぇが、また命の水(ウィスキー)が飲めるようになったんはこの上ない幸いじゃ。

ラウラちゃんとも、あの事件からより一層の仲が深まったと思う。・・・まぁ、之に関しては俺の勝手な思い込みかもしれんけどな。

 

〈そんな事ないわ。あのカッコいい春樹の活躍にラウラはますますゾッコンよ!〉

 

・・・・・・・・そんな相変わらずのジェットコースター学生生活を送っている俺だけれども、勿論のこと悩みの種の一つや二つはある訳じゃ。

ラウラちゃんとの絆は深まった(と思う)けれど、其ん代わりにシャルロットやセシリアさんらぁがヨソヨソしくなった。簪さんに到っては俺をワザっと避けよーる始末じゃ。

 

まぁ解らん事でもない。

アリーナスタジアムの壁から観客席まで、バターをナイフで抉る様に焼き溶かしたあねーな力をまざまざと見てドン引きしない方が無理じゃろう。

・・・ありゃ? そしたら何で相変わらずラウラちゃんは俺に懐きょーるんじゃろうか?

 

〈”愛の力”ってヤツじゃない?〉

 

・・・・・他にも悩みの種はある。

最初に言うた変な目の続きで、あの事件で暴れ回ったドラゴン型ISの正体が俺である事を知っとるミーハー崩れな連中が頻繁に俺に声をかける様になった。

別に挨拶したり、話をするんは構わんんじゃけど・・・言葉を交わす最中にペタペタとボディタッチが多いんは頂けん。

まぁ悪い気はせんのんじゃけど、今まで非モテ男子が長かった俺からすりゃあどう反応すりゃあええか解らんよーになる。

其れに俺を慕ってくれとるラウラちゃんにも何か悪いし。

 

〈大丈夫よ。それに自分の彼氏が他の女にモテてるって自慢になるらしいし〉

 

「・・・・・はぁ・・・ッ」

 

そねーな俺の今最大の悩みの種云うんは、夏目の肩に乗っかったニャンコ先生の様にちょこんと俺の肩へ自分の顎を乗せとる白髪金眼ロリの”幻影”じゃ。

 

〈もう! だから違うって言ってるでしょ!! 私は”あの男”とは違うんだってば!!〉

 

そう言うて俺の背中をポコポコ叩く白髪金眼ロリ。

小さな拳が当たってる気はするが、全然痛うない。

 

〈私はあなたの鎧にして刃。清瀬 春樹の専用IS、NH―00型人型装着装甲騎の『琥珀』ちゃんよ!〉

 

人喰いハンニバル(ハンニバルカニバル)が居らんようになったか思うたら、今度は此れって・・・・・

あぁッ・・・なんて前途多難な人生じゃでよ、まったく。

 

〈あ、もう飲み過ぎだってば!〉

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

自らを春樹専用IS機体『琥珀』の化身と称する白髪金眼の少女。

彼女が現れたのは、キャノンボール・ファスト襲撃事件後にIS統合対策部の研究所で行われた検査終了後の廊下であった。

 

当初、春樹は目の前に現れた彼女の存在をハンニバル・レクターと同じ幻覚だと思っていたのだが・・・・・

 

「むッ。おい、琥珀! くっつき過ぎだぞ!!」

 

〈え~、別に良いじゃない。私は春樹の専用機で、この間やっと”表”に出れるようになったんだからね!〉

 

「しかしだな・・・ッ」

 

〈だったらあれよ、春樹の前に座ったらいいじゃない。そうしたら春樹に抱きしめられるし、春樹はラウラの頭をくんかくんかできるじゃない〉

 

「おお!!」

 

「『おお!!』じゃねぇよッ。くんかくんかとかどっから覚えて来るんだよ」

 

なんと彼女は春樹だけではなく、他の人間にも知覚することが出来たのである。

しかし、他の人間と言っても其れは特殊なハイパーセンサーと琥珀自身が認めた者しか見る事が出来ない。

ラウラは生体型ハイパーセンサーである越界の瞳(ヴォ―ダン・オージェ)に適応している為、人間体となった琥珀を認識することが出来た。

 

〈むふふ~、春樹の頭部体臭~♪〉

 

「春樹の体温が背中に伝わって・・・とても温かいぞ!」

 

「あぁ、そう・・・良かったの」

 

放課後の自室で二人の美少女に挟まれ、彼は半ば呆れたような表情でグラスへ注がれた七杯目の琥珀色を飲み干す。

寒くなる季節にピッタリな体の芯から温まる魔法の飲み物だ。好きな海外ドラマを見ながらは特に。

 

〈だから飲み過ぎだってば!〉

 

「別にエエじゃろうがな。ウィスキーは俺にとっては必要なガソリンじゃからな」

 

〈そのガソリンの入れ過ぎで身体が悪くなってしまうって言ってるのよ、私は! ラウラからも言ってやってよ!!〉

 

「そうだぞ、春樹! 琥珀の言うようにお前は―――――」

 

・・・とラウラが春樹に注意を促そうと振り返るのだが、其の薄紅色の可愛らしい唇を彼は「ちゅっ」と自らの唇で塞ぐ。

勿論、春樹の行為と唇に残ったウィスキーの残り香に驚くラウラだったが、次第に彼の行為を受け入れた。

 

〈・・・ちょっとぉ、私がいるんですけど~?〉

 

「ちゅ・・・ちゅぱ・・・邪魔すんなよ、琥珀ちゃん。今、私達エエ所なんじゃけん」

 

〈良い所ねぇ・・・随分とキスがお好きだ事。それ以上の事はしないくせに〉

 

「むぐ!? おい、琥珀ちゃん!」

 

「ッ、ぷはぁ・・・そ、それ以上って・・・なんだ、春樹ぃ?」

 

〈勿論、それはセッ―――――〉

 

「琥珀ちゃん、口を噤んでいなさい。何でもないからな、ラウラちゃん!」

 

大慌てで琥珀に釘を刺す春樹。

そんな彼の様子に彼女は〈肝心なところでヘタレね〉と呆れたような表情でなんとも随分と人間臭い溜息を吐く。

 

「・・・・・別に・・・」

 

「阿?」

 

「別に・・・私は構わないぞ。私はお前を・・・春樹を受け入れたい。私はお前との―――――」

 

「ラウラちゃん・・・ッ!」

 

蕩け切った灼眼と金眼の恍惚の表情で先走ろうとしたラウラの口を春樹は焦燥漂う人差し指で抑えた。

 

「ラウラちゃん、俺は君を大切にしたい・・・いや、こりゃあ唯の自分勝手じゃろうかな。俺は浮ついた気持ちで君を抱きとうないだけじゃ」

 

「・・・キスは良いのにか?」

 

「いや、キスは俺が・・・その・・・・・ッ、したいからで・・・」

 

「「・・・・・」」

 

互いに顔を真っ赤にする二人に琥珀は再び大きな溜息を吐き、〈人間って面倒くさいわね。生殖活動したいならすればいいのに〉と情緒もヘッタくれもない言葉を並べる。

此れに春樹は「喧しいッ!」と遂に声を荒らげるのに対し、彼女は〈はいはい〉と呆れた表情のまま待機状態である指輪へ身体を粒子化させて入り込む。

 

〈あ、そうそう。早く柾木に新武装の希望書と私の経過報告書を書いて出しなさいよ〉

 

 

 

 

 

 

「―――――なんて、まるで母ちゃんみたいな口調で云うんですよ!」

 

「あぁ、そうなの・・・大変だねぇ・・・」

 

後日、春樹は機体格納庫でIS学園を訪れた壬生に先日あった事を相談(ぐち)するのだが、上の空な壬生の方は春樹から渡された琥珀二次形態移行経過報告書と新武装企画書へ熱心に目を通す。特に前者を。

 

「あの・・・聞いてます、壬生さん? お宅が造り上げた琥珀ちゃんがえろうマセとるんですがね。つーか、いつの間に自立型AIなんて乗せたんですか?」

 

「はぁッ? AIなんて俺達は乗せてないぞ!」

 

「えぇッ、だったら何で琥珀ちゃんが人型になって出て来るんですか?」

 

そう言って春樹は他の作業員達からのメンテナンスを受ける琥珀を指さす。

其れに対し、彼女は彼に笑顔を見せて手を振る。

 

「知らないよッ! 琥珀が二次形態移行したのだって原因不明なのに・・・その琥珀が自意識に目覚めて、表に出て来るって・・・ハイパーセンサースコープで彼女を見なければ、今でも・・・いや、今も信じられないんだけどッ! 我らが刃がリア充している事だけは良くわかったよ!! 本当に君は技術者泣かせのパイロットだな!!」

 

「其りゃあ心外じゃわ、壬生さん! 俺ぁアル中じゃけど、マトモな方じゃあ!!」

 

『『『ッ、何処がだ?!!』』』

「えぇッ!!?」

 

春樹のマトモ発言に其の場にいた全員がツッコミを入れた。

まさか技術者全員からの総ツッコミを受けるとは思わなかった彼は思わず愕然とする。

 

〈まぁまぁ皆、そんなに春樹を責めないであげて〉

 

『『『姫様・・・ッ』』』

 

「えッ、ちょ・・・”姫”って何?! つーか皆、順応早いな!!」

 

ハイパーセンサースコープを付けた技術者全員が崇める様に琥珀へ羨望の視線を送る姿に再び愕然とする春樹。

もうツッコミが追い付かない。

 

「まぁ、琥珀姫の事は置いておいて・・・やっぱり新しい武装は中距離近接系が欲しい?」

 

「はい。単一能力の晴天極夜は必殺技としての威力は申し分ないですが、其れを出すまでの戦闘じゃあ武器が欲しいですね。MVS鉈とは違う他の武器が」

 

「それで君が提案するのが、”槍”かい?」

 

「はい。『槍で百姓三日鍛えれば、武者をも制す』云うぐらいに順応鍛練も早いですし、扱いやすい。攻撃距離も柄の長さに準じて長くなるし」

 

「ふうむ、確かに・・・射撃系統のリクエストはショットガンになっているけれど、アサルトライフルは?」

 

「考えましたけど、俺にゃあこっちが性に合いまさぁ。リボルバーとショットガンの併用が望ましいです」

 

「そうか、解った。なるべく『タッグマッチ』に間に合うようにするよ」

 

壬生の言った『タッグマッチ』とは、先の文化祭襲撃事件やキャノンボール・ファスト襲撃事件を踏まえて行われる事が決まった全学年合同のタッグマッチ戦である。

表向きは、各専用機持ちの為のレベルアップなのであるが・・・・・

 

「そう言えば、我らが刃は更識日本代表候補性とは旧知の仲だったよね?」

 

「はい、そうですけど・・・何か?」

 

「いや、此処だけの話・・・倉持技研の連中が何か企んでるそうなんだよ」

 

「阿ぁ、どういう事で?」

 

「先の事件での君の暴れっぷりが評価されてね。今度の次世代IS量産機体の作成がウチに任せられるかもしれないんだよ」

 

「おおッ、そりゃあ・・・スゲェけど、まだ俺だけでしょ。プロトタイプの琥珀ちゃんだけで、次のISを作ってないじゃないですか」

 

「だから異例なんだよ。プロトタイプしか作ってないチームが次の量産機体の増産を任せられるかもしれない。今年の初めぐらいに出来たばかりの連中に出し抜かれるのを倉持の連中が黙って見ている訳がない・・・って芹沢は言っているが、本当の所は解らない」

 

「チッ、ったく・・・大人の事情には振り回されたくありませんなぁ」

 

「誰のせいだと思ってるの?」と言いたげなジト目の壬生を余所に「ヤレヤレじゃわぁ」とため息を吐いて首を振る春樹。

 

「あッ・・・そう言えば、我らが刃よ。広報の件はどうなったんだい?」

 

「・・・・・」

 

壬生の切り出した内容に先程までヘラヘラしていた春樹の口が一文字に閉じられ、酷く不愛想な表情へと変わる。

彼が気分を悪くした『広報の件』とは、ある出版社の取材を春樹が受けるという事案であった。

先のキャノンボール・ファスト襲撃事件で活躍したドラゴン型ISパイロットとして春樹には数々の取材依頼が山の様に来ていたのだ。

IS技能優秀者は、時として国家公認のアイドル的な立ち位置でタレント活動することもある。組織の上層部としては此れを春樹に受けてもらいたいのだが、当の本人は顔出しNGを理由に断固として拒否していたのであった。

 

「なして俺が掌返し決め込んだ連中のご機嫌伺いせにゃあおえんのんですか? フザケるんじゃねぇでよ!」

 

「でも・・・俺達としても我らが刃の活躍を世間に伝えてもらいたいなぁ。だって、君はこんなにも頑張ってるんだぜ?」

 

「別に俺の頑張りを公表せんでもエエでしょうに。俺の頑張りは、壬生さんらぁや長谷川さんらぁが知ってるだけで十分ですよ」

 

「我らが刃・・・ッ」

 

「其れに・・・どーせ勝手に期待されて、勝手に失望されるんがオチじゃ。マスコミ云うんは持ち上げるだけ持ち上げて、落としますけんね」

 

「・・・良い話だったのに最後捻くれてるね。でも、副本部長の事だから我らが刃を酒で釣るもんだと思っていたんだけどなぁ」

 

「はっはっは!」と笑う壬生だったが、其の彼の言葉に『すんッ』と春樹が目を細めたる。

「・・・まさか?」と眉をひそめた壬生に春樹は遠くの方を見ながら「まさか・・・!」とオウム返しした。

 

「も~・・・君、未成年の学生なのに酒に釣られるなよ!」

 

「じゃって~・・・取材を受けたら後で美味うて高い酒を飲ましてくれるっていうから。勿論、顔出しはNGですぜ」

 

「えッ・・・だったら、どうやって取材を受けるの?」

 

当然の疑問符に春樹は「阿破破ノ破!」と笑ってこう言った。

「ベルギーでの一件で使うた仮面・・・まだ残っとりますよね?」・・・と、相変わらずの企み顔を浮かべたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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103話

 

 

 

「・・・・・」

 

織斑 一夏は黙す。

キャノンボール・ファスト襲撃事件以来、彼は思い悩む時間が増えた。

理由は明白。目の前で起こった先の一件の事実に未だ首の上に乗っかった脳みそが追い付いていなかったのである。

 

IS学園入学以来、一夏は数々の騒動に巻き込まれて来た。

クラス対抗戦を襲った謎の無人IS機による『ゴーレム事件』や学年別トーナメント準決勝第一試合で巻き起こった『VTS事件』に自身の機体が二次形態移行を遂げた『銀の福音事件』。

様々な災難に見舞われながらも、彼は其の身にある勇気と姉である千冬から受け継いだ剣で斬り結んで来た。

・・・だが・・・だが、しかし!

 

そんな強くなった一夏の数歩先を行く男が一人。

最初、彼は皆から『オマケ』や『代用品』と蔑まれ、悪意のない悪意の海の中で藻掻き苦しみ項垂れていた。

されど常人ならば廃と化す状況にも関わらず、彼は唯只其の場に居た。

何故ならば・・・彼は其の時点で、其の以前から常人ではなかったからだ。正気を保つ以前に彼は正気ではなかったからだ。狂気に歪んだ異常な状況下で正気を保とうとあがく異常人であったからだ。

 

彼の名は『清瀬 春樹』。

何故か知らず知らずの内に”此の世界”へ迷い込んだ哀れな飲んだくれ。

そんな哀れな飲兵衛が何故にISを扱うことが出来るのか。其れは単衣に彼の左手の甲へ刻まれているルーン文字の御蔭なのであるが、其れを知るのは本人以外の誰も知らない。

 

そんな彼が一夏へ見せたのは・・・いや、魅せ付けたのは圧倒的力量の差でありました。

『文化祭襲撃事件』では不意打ちを喰らったとは云えども自分が手も足も出なかったオータムをズタボロにし、今回巻き起こった『キャノンボール・ファスト襲撃事件』では苦戦必至を強いられたサイレント・ゼフィルスと互角以上の戦いを繰り広げ、手下のゴーレムⅡ達をほぼ一人で一掃する始末。加えて、彼もまた自らと同じように自身の専用機を二次形態移行へと昇華させた。

二学期の初め、彼は生徒会長である楯無が審判を務めた非公式試合で未だ一次形態の琥珀を纏う春樹に惨敗している。格の違いをまざまざと見せつけられ、今や二人の力の差がどれ程開いているのか考えるだけでも一夏は焦燥を感じられずにはいられなかった。

其れにサイレント・ゼフィルスとの取っ組み合いの最中に彼が一瞬だけ見た彼女の素顔・・・・・

其の事を千冬に聞こうにも聞けぬまま事件から一週間以上経っても尚、一夏の頭の中はぐるぐる色々な事が巡り巡っていた。

 

「おい、一夏! 聞いているのかッ?」

 

「え・・・あ、あぁ・・・・・何だよ、箒?」

 

だから休み時間に話しかけて来た箒の話にも何処か上の空であった。

 

「まったく・・・今度のタッグマッチ、一夏はその・・・誰と組むか決めているのか?」

 

「あぁ、アレか」

 

箒が切り出したのは、此度行われる『全学年専用機持ちタッグマッチ』についてのパートナー選びであった。

現在のIS専用機持ちは、一夏・春樹・箒・セシリア・鈴・シャルロット・ラウラ・簪の八人に加えて上級生からは生徒会長の楯無にギリシャ代表候補性のフォルテとアメリカ代表候補性であるダリルの三人を足した計”十一人”である。

十一人という奇数の為、早い所でパートナーを決めないとあぶれ者となってしまう事は確実だ。

・・・因みに。春樹の策略によって文化祭で自他共に公認の仲となったダリルとフォルテの間へ割って入ろうとする無粋な人間はいないことを此処に明記する。

 

「ど、どうしてもと言うのならば・・・わ、私がお前のパートナーになっても良いぞ!!」

 

若干声を震わせつつも箒は半ば叫ぶように一夏へそう告げた。

キャノンボール・ファスト襲撃事件後に行われた彼の誕生日会で、彼女は鈴に遅れをとったと自分自身思っていた。

何故に其の様な考えを箒が持ったかと言うと、其れは一夏の左手首に巻かれた鈴の専用機と同じ色彩を持った腕時計のせいであろう。

しかし・・・鈴が所用で教室を外している内に仕掛けるのは結構な事だが、其の仕掛けに些か”素直”さが入っていないところを見れば、流石は彼女の持って生まれたサガである。

 

「・・・なぁ、箒。その話なんだが―――――」

 

「やっほー! ちょっといいかしら?」

 

現状では精一杯の箒からのお誘いに一夏が答えようとした矢先。一年一組の教室へ聞き馴染みのない声が響く。

声のする方へ振り返ってみれば、何時か取材を申し込んで来たであろう新聞部所属の二年生、黛 薫子が居るではないか。

 

「あなたは確か、新聞部の・・・何でしょうか? 要件なら私が伺います」

 

「うん、ちょっと今から専用機持ちの人に取材して回っててね。今は二人だけ?」

 

「はい、それが何か?」

 

「ふーん、だったらちょうどいいかも。二人に頼みたい事があるんだよね」

 

「頼み、ですか?」

 

黛はそう笑顔を浮かべながら二人へ手を合わせる。

少々一夏に色目を使う彼女に対し、「其の『頼み』とは一体何だ」と訝し気な表情を見せる表情を晒す箒。

 

「実は私の姉がね出版社に勤めてるんだけど・・・ほら、これの副編集長をしてるの」

 

そう言って彼女が取り出したのは、言わずと知れたティーンエイジャー向けのモデル雑誌『インフィニット・ストライプス』。

 

「その姉さんがキャノンボール・ファストの一件で活躍した人達に独占インタビューがしたいんだって」

 

「独占インタビュー・・・」

 

「うん。あの襲撃事件で皆をテロリスト達の魔の手から守った実力者として取り上げたいって訳なの」

 

思わぬ話の内容に呆ける一夏を余所に箒は口をへの字に曲げた。

 

「ありがたいお話ですが・・・今回はお断りさせていただきます。雑誌に載りたくて戦ったわけではありませんので。なぁ、一夏?」

 

「え・・・あ、あぁ」

 

雑誌の中身がISの『あ』の字も、インフィニットストラトスの『い』の字もない内容であった事がお気に召さなかった箒は丁重に御断りを申し出る。

 

「え~! そんな事言わないでよ、篠ノ之さん! オルコットさん達にも頼んだんだけど、ダメだって言われちゃったしさぁ!」

 

「残念ですが、申し訳ない」

 

「ちぇ~ッ、そうなると・・・・・来月号の表紙は清瀬くんだけになるわけかぁ」

 

「・・・・・ッ、なんだって?」

 

申し出を断られ、ブウをたれながら去ろうとした黛の呟きに今まで呆けていた一夏が反応した。

 

「やばッ、私ったらついつい・・・」

 

「それって、本当なんですか?」

 

すっとぼける黛に対し、一夏は疑問符を投げかける。

其の表情は先程の呆けた表情とは打って変わり、キリリと険しく眉間へしわを刻んでいた。

此の彼の表情に箒は「い、一夏?」と疑問符を浮かべ、黛は「・・・シメた!」と口角を引きつらせる。

 

「いやぁ実はね、ここだけの話・・・色んな出版社が先の件で大暴れした彼に取材を申し込んだらしいんだけどね、姉さんの昔の伝手で独占取材が出来るようになったらしいのよ。誰にも言わないでね?」

 

「・・・・・」

 

「お、おい一夏!」

 

春樹の対抗心からか、其れを聞いて黙する一夏を不味いと感じた箒が割って入ろうとしたのだが、黛はそうはさせんと透かさず迎撃体制へと移った。

 

「まぁまぁ、篠ノ之さん。これを見て考えを改めて貰えないかしら?」

 

「これは?」

 

そう彼女が差し出したのは、誰もが一度は耳にしたことのある一流ホテルのディナー招待券とパンフレットだった。

 

「今回のインタビューの報酬よ。勿論、ペアの。いらないんだったら、凰さんの方に話を持ち掛けるけど・・・どうする?」

 

「ッ・・・そ、そういう話なら仕方がない。この話、受けます! なぁ、一夏!!」

 

「お、おう」

 

「なら良かったわ。それじゃあ今度の日曜日に取材ね。時間はおって伝えるから」

 

まんまと二人を言い包めた黛は満足そうに軽やかな足取りで教室から出て行く。

後に残ったのは、想い人とのディナーデートを想像して頬を染める乙女と対抗心に火を付けられて再び黙する様になった朴念仁だけであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・・・」

 

所変わって此処はIS格納庫兼整備室。

色々と思い出深い此の場所で、簪は自身の専用機である打鉄弐式をメンテナンスの為に無人展開していた。

 

「・・・大丈夫、大丈夫だから」

 

そう呟きながら、簪は機体表面を触る。まるで我が子の頭を撫でる母親の様に。まるで自分に言い聞かせる様に。

何故、彼女がこの様な事をやっているのか。理由の一つとして挙げるのならば、やはり其れは先の襲撃事件であろう。

 

あの時、簪はレースのトップ集団の中に居た。

機動性に特化した打鉄弐式は其れはもうとてつもない速度で駆けていた。そんな機体をまさか実質一人で組み上げたとは誰も思っていなかっだろう。

そして、”もし”あのままレースで優勝していれば彼女は一躍時の人となっていた事だろう。

だが、結局はIfの話である。

現実はキャノンボール・ファストを襲ったサイレント・ゼフィルス一団の攻撃を受けて早々に脱落。

其の後に何とか回復して一体のゴーレムⅡへ致命傷を与えるも、皆の評価や関心は機体を二次形態移行へと昇華させた春樹に持って行かれてしまった。

 

確かに二次形態移行を果たした琥珀は美しくも力強かった。そして其れに簪は魅せられてしまった。まるで御伽噺や寝物語に出て来る圧倒的な力を持ったあの姿に惹きつけられ、同時に彼女は恐怖してしまった。

自分がどれ程までに知恵を絞って努力を積み重ねようと覆せない追い付けない存在があるという事をまざまざと見せつけられたと感じたのである。

機体が幾ら強かろうと其れを扱う搭乗者が弱ければ意味がない。簪は打鉄弐式の良さを引き出せずにいる自分が悔しかった。

 

そして、二つ目の理由と言うのが彼女を悩ませる最大の事案。

其れは、次に行われるタッグマッチ戦を一夏と共に出るように要請する倉持技研からの案内状であった。

キャノンボール・ファスト襲撃事件を治めた春樹の活躍により、IS統合対策部開発室は次の日本国次世代量産機体開発を任せられる有力なチームの一つとして名を挙げた。

此れを余り良く思っていないのが、現在の日本のIS量産機体開発を担っている倉持技研である。

当初、倉持技研はIS統合対策部と合同開発を行うよう画策していたのだが、そんな思惑は何処かのアル中テストパイロット生や技研を毛嫌いする技術者達によって水泡へと消えた。

 

もうこれ以上後がない倉持技研の開発者チームは何とか成果を上げようと何処から聞きつけたか、今回のタッグマッチを耳にして此れを利用しようと考えたのである。

元々、打鉄弐式は開発放棄されたとは云えども所有上は倉持技研であった。なので案内状には、今回の要請を断った場合には厳正なる処置を判断する等と言った内容が書面されていたのである。

『厳正なる処置』とは何か。簪の頭をよぎったのは、専用機の”没収”と言う二文字であった。

極端な話だが、今の倉持技研には十分考えられる内容である。

 

「・・・させないッ・・・そんな事、絶対に・・・させないからッ!」

 

奪われて堪るものかと簪は強く強く熱の籠った眼で打鉄弐式を撫でた。

 

「・・・・・かんちゃん・・・ッ」

 

其れを物陰で心配そうに本音は彼女の背中を見るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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104話

 

 

 

「・・・・・ッチ」

 

其の日、春樹は”二度”眉間にしわを寄せて短くはっきりと舌を打ち鳴らした。

一度目はワザとらしく誰が見ても解る様に、自身の不快感を周囲へ決定付けるかの様に響かせる。

二度目は逆に周囲へ聞こえないよう心の内でひっそりと木霊させた。

 

「清瀬・・・ッ」

 

一度目の舌打ちの理由は、自分だけだと聞かされていた特別独占インタビューの場に自分の嫌う男と其れを慕う乙女が居たからである。

 

 

 

 

 

 

「これは・・・一体どういうことですかッ?」

 

独占インタビューとして招かれた部屋で、話に聞かされていなかった一夏と箒の二人の存在を春樹の付き人として付いて来ていた高良は怪訝な表情で担当者に疑問符を投げかけた。

彼から発せられる圧に担当者は「えと・・・その~・・・」としどろもどろとなって言葉を詰まらせる。

 

「阿~・・・良いですよ、高良さん」

 

そんな担当者に助け舟を出したのは、意外にも春樹であった。

彼は静かに激昂する高良を引き寄せ、そっと静かに耳打ちする。

 

「しかし、清瀬くん。これは契約違反だよ! 今回のインタビューは君だけだった筈だッ、それなのに他の人間もいるなんて聞いていない! それもその人間が君の一番嫌う―――――」

 

「まぁまぁまぁ、落ち着いて下せぇ。状況から鑑みて、あの人たちは要するに”蝙蝠外交”の極小版をやった訳じゃ。まんまと嵌められたんは気に食わんが、此処で騒ぐんは得策じゃない気がするでよ」

 

「・・・大丈夫、なのかい?」

 

高良は湧き上がる怒りの感情を落ち着かせ、心配そうな眼差しを春樹へ向ける。其の視線に対し、彼は「えぇ、大丈夫です。俺も大人にならんと」と表情を緩ませた。

・・・と言っても、春樹は其の頭部を黒々としたフルフェイスのマスクで覆っていたが。

 

現状、春樹は実に周囲の目を引く姿をしていた。

頭部を覆うフルフェイスマスクに加え、闇の様な真っ黒なジャケットにゴツゴツとしたアーミーグローブを嵌めている。

全身黒ずくめで、仮面や服の下にある皮下組織を一切晒さない紫外線シャットアウトの完全防備だ。

顔出しNGを原則とした結果が今の彼の装いである。

 

「其れじゃあ行って来まさぁ。もし、俺が野郎に手を挙げそうになったら・・・其ん時は頼みまさぁ」

 

「冗談で言ってるんだろうけれど、冗談に聞こえないよ。あと、なるべく標準語でね」

 

「解ってますよ、”兄さぁ”」と春樹は高良にそう言ってインタビュアーが待つ場所へと此の日の為に買って貰った高い靴をコツコツ鳴らして行った。

 

 

 

 

 

 

「さて・・・織斑君と篠ノ之さんは妹の方から聞いていると思うけれど、もう一人の人の為に一応ね。私は『インフィニット・ストライプス』の副編集長をしている『黛 渚子』よ。皆さん、今日はよろしくね」

 

取材の為に用意された落ち着いた空間で、今回のインタビュアーである渚子が三人へ自己紹介をしたためる。

其れに対し、一夏と箒は自分の名と挨拶をしたため返すが、春樹はシーンと黙したままだ。

 

「えーと・・・そんなに固くならなくて良いわ。リラックスして構わないわ、清せ―――

「ギデオンです」

―――ッえ?」

 

「本名で呼ばれるのは、気に喰いません。『ギデオン』・・・と、そうお呼びください。あとリラックスしろと仰られるのならば、そうさせて頂きます」

 

突っぱねる様に春樹は渚子へ言うと、足を組んで伸ばす。

其の礼儀を弁えない彼の態度に横に居る箒は顔をしかめた。

 

「そ、それじゃあインタビューを始めましょうか。まず最初の質問は・・・そうね、織斑君ときよ・・・ギデオン君に聞いてみようかしら」

 

三人の不穏な空気を感じつつも渚子は恐る恐るレコーダーのスイッチを入れ、インタビューを開始した。

 

「IS学園は二人以外の生徒は全員女性だけど・・・どう? 女子高に入学した感想は?」

 

「そうですね。最初は戸惑いの連続だったけれど、周りのみんなが良くしてくれますし・・・楽しくやってますよ」

 

「そう、ありがとうね。・・・ギデオン君の方はどうかしら?」

 

当たり障りのない一夏の回答に一応の納得を示した後、彼女の興味の矛先は春樹へと向く。

 

「ふむう。彼と一緒・・・では駄目ですかな?」

 

「私はあなたの言葉で聞きたいのだけど?」

 

食い下がる渚子に春樹は幾等かばかり考えた後、思いの丈を話す事を決めて言葉を紡ぎ出した。

 

「ふむ。なら遠慮なく・・・息苦しいですね」

 

「へぇ、息苦しいとは?」

 

「考えてみて下さい。貴女がもし或る日突然、家族と引き離されて野郎共しかいない男子校に押し込められた場合・・・想像したくないでしょうが、想像してみて下さい」

 

「・・・OK、解ったわ。なら引き続き聞かせてもらえる? ギデオン・・・その名前を名乗るって事は、君はベルギーで起こったテロ事件に現れた謎のIS『ギデオン・ザ・ゼロ』と同一人物なの?」

 

「はい」

 

「『はい』・・・って!!?」

「なんだと!?」

「え・・・?」

 

迷いなく肯定を示した春樹に渚子と箒はギョッとする。

何故ならば、夏のベルギーで行われたIS新機体発表会で襲撃して来たテロリストを撃退した人物とキャノンボール・ファスト襲撃事件で大活躍を果たした目の前の彼が同一人物なのだから。

何の事だか解らない一夏は、上記の事件を知らなかった為に呆けるばかり。

 

「えとッ、その・・・! ごほんッ・・・ごめんなさい、取り乱したわ」

 

「いえ、構いませんよ。いつかはバレる事なので」

 

何処の大手出版社でさえも掴んでいない大スクープに心が躍るのを隠せない渚子だったが、なんとか其れをグッと堪えて別の人物へ質問を問いかける事にした。

 

「こほん・・・時に篠ノ之さん? あなたは臨海学校の二日目にお姉様である篠ノ之 束博士から専用機を譲渡され、その後に日本代表候補性となったそうね」

 

「はい。それが・・・何か?」

 

「警戒しないで、別に深く勘繰るつもりはないわ。私が聞きたいのは、今度のタッグマッチ戦であなたが誰とペアを作るのか。先のキャノンボール・ファスト襲撃事件で高い実力を示したあなたとね」

 

タッグマッチ戦の事を聞かれ、箒は無意識に隣にいる一夏に目線をやる。

其の目をみすみす逃す渚子ではない。

ニマニマと口角を緩ませるが、「こほん!」と春樹の咳払いが部屋に木霊した。

 

「これでは俺は・・・いや、私は邪魔者だな。そろそろお暇しましょうかね?」

 

「あッ、待ってギデオン君! 君にはまだまだ聞きたい事があるの!!」

 

席を立とうとする彼を引き留める渚子だったが、彼女の後ろに居た高良が首を横に振った。

 

「そうですか?」

 

「そうそう! 例えば・・・君はどうして顔を仮面で隠しているのか、とか! 君の専用機の事とか! 色々とね!!」

 

「ふうむ・・・其れだと私一人だけと話した方が良いのでは? 此の二人と一緒にインタビューを受ける必要性はないと私は思いますが」

 

「そ・・・それは・・・」

 

言い淀む彼女に春樹は仮面の下でバレない様にニヤニヤとほくそ笑む。

仮面を被っていても彼の動向が理解できてしまう高良は「あ、彼の悪い癖が出て来たな」と怪訝な表情を晒す。

 

「・・・おい」

 

「・・・阿?」

 

そんなSっ気を出して来た春樹に水を差して来たのは、勿論とも言って良い人物である一夏であった。

一気に部屋へ息苦しい険悪な空気が流れる。

 

「清瀬・・・お前、さっきから黛さんに失礼だろう!」

 

「おっと、頭の弱いオメェからそねーな正論を言われるとは思わなんだ」

 

「なんだと・・・!」

 

椅子から立ち上がった一夏に春樹はクスクスと嘲笑う。

其の間に「やめないか、二人とも!」と箒が割って入り、渚子の後ろに佇む高良は口パクで「やめろ、清瀬君! あと訛ってる!」と伝える。

 

「清瀬ぇ・・・ッ!!」

 

「阿ァ? やんのか、この野郎~?」

 

「えッ、ちょ・・・二人とも?!」

 

このまま何とか事態は平行線のままインタビューは終息するのだが・・・この後、専用スタジオで行われたモデル撮影まで針で突っ突かれる様なピリピリした雰囲気が春樹と一夏の二人から発せられ、実に息の詰まる現場となってしまった。

 

・・・・・此れが春樹の打った一度目の舌打ちの詳細である。

なれば、二度目の舌打ちの理由は何なのか。

其れは―――――

 

「・・・えぇ~~~~~ッ???」

 

―――独占インタビュー終了後に約束された飲み会の面子が、とんでもない面々であったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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105話

 

 

 

「・・・・・何じゃあこりゃぁ・・・ッ?」

 

ISの『あ』の字もインフィニットストラトスの『い』の字もねぇ雑誌の取材が終わった後、俺ぁ高良さんに連れられて長谷川さんが待っとる約束の飲み会場へと向かった。

向かったんはエエんじゃけど・・・案内された場所言うんが、前の世界でも行った事がない映画やドラマやこーに出て来るような”料亭”じゃった。

素人目から見ても『一見さん御断り』みたいな重厚感溢れる趣深い深すぎる外観で、気楽に酒が呑める事と高を括とった俺は中へ入るなり何でか知らんが、歯が痛うなってきてしもうた。

独占インタビューじゃあ聞いて、現場にダメバナ野郎と其の連れが居った時のショックが霞むくらいに衝撃的じゃ。

・・・じゃが、『二度あることは三度ある』たぁよー言うたもんじゃわ。其れさえもカスに思える情景が通された襖の先にあったでよ。

 

「おぉ・・・君が、長谷川が良く口に出す噂の少年か。漸く会えたね」

 

飲み会場へ入った俺へ先に会場入りしとった紳士の一人が声を掛けて来たけん、俺ぁ思わず両目をこすった。

そりゃあそうじゃろう。だって通された部屋には長谷川さんや壬生さんだけじゃのうて、テレビのニュースで良-みる人らぁも居ったんじゃけん。

 

其の正体言うんが、内閣官房長官の『柄本 義明』さんじゃ。

此の人はIS統合対策部本部長も兼任しとるけん、早う言ってしまえば長谷川さんの直属の上司じゃ。

其のボスのボスの周りには、見知らぬ眼鏡ハンサムと渋い顔の人らぁが居るんじゃけど、一目で解る位には只者じゃねぇ。

誰ェ??

 

〈春樹、あの眼鏡ハンサムは内閣総理大臣補佐官の『竹ノ内 秀喜』。渋い顔の方は防衛省政務官の『四十院 芳次』よ〉

 

教えてくれてありがとうな、琥珀ちゃん。・・・って、何じゃあな此の面子は!? 独占インタビューお疲れ様会のメンバーの殆どが、俺と壬生さん以外が政関係ってどんな飲み会じゃ?!

良い酒飲ましてくれる言うけん来たのに・・・えぇッ、どうしょー・・・困惑なんですけどぉ~。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「えぇっと・・・其れじゃあ、若輩者ながら乾杯の音頭を取らせていただきます。あの、その・・・お、お疲れ様でした~?」

 

困惑して動揺する春樹の音頭に合わせて皆が杯を上へと挙げる。そして、各々がビールやらが注がれた杯を打ち鳴らした。

 

「お疲れ様、清瀬君。どうだった、取材の方は?」

 

「えッ? 阿~・・・た、楽しかったですよ。カメラ撮影とかで、ジョジョ立ちとかしちゃいましたし。詳しい話は後で高良さんから聞いて下さいよ、阿破破・・・」

 

現場の状況に未だ口端を引き攣らせる春樹はどうにか思考を安定させようと手探りをかけるが、中々そうはいかない。

 

「どうも、清瀬君。こうしてお会いするのは初めてだ」

 

「おぉッ! 此れは此れはどうもです、柄本官房長官殿!!」

 

「そんなに畏まらなくても結構。今は仲間内の飲みの席なんだ。其れに私も君くらいの年には酒の味を覚えていた。遠慮しないでくれたまえ」

 

「いや、しかし・・・」とぎこちない春樹に柄本はビール瓶を勧める。

此れを断っては申し訳なかろうと、彼は勧められるままに注がれたグラスの中のビールを飲み干していく。

元より、嫌々受けた取材の報酬が今宵の飲み会なのである。柄本の其れを皮切りにやがて場の雰囲気と興に乗って来た飲兵衛の春樹のペースは、始まって一時間を過ぎる頃には出来上がってしまっていた。

 

「阿破破破破破ッ! 此の酒、美ン味ぁあ―――いッ!!」

 

時が経つにつれて背後へ転がるビール瓶にお銚子。いつしか其の中にカラの一升瓶までもが積み上げられてゆく。

彼が酒を嗜むという事は長谷川から聞いていた面々も、大樽に頭を突っ込んで酒を飲む大蛇の様な春樹の姿にアングリと口を開けた。

 

「ハハハッ、凄いな清瀬君! なら、これはどうだろうか?」

 

「おぉッ、ありがてぇ! 勿論、頂きまさぁ!」

 

一周回ってあまりに気持ちの良い飲みっぷりに気を良くした柄本が更に彼へ酒を勧め、春樹は其れをガブガブと平らげてしまう。

其の内、部屋に飾られていた有田焼の大皿を杯に代えて浴びる様に酒を飲んでいった。

 

「んグッ・・・ンぐッ・・・んぐッ・・・プッヒャァアア! 阿比比比破破破破破破破ッ! でぇれー美味いがぁ!!」

 

「き・・・清瀬少年、飲み過ぎじゃあないかい? そろそろ酔い覚ましの水を飲んだ方が・・・」

 

「何を言うとるんですか、壬生さん? こねーにエエ酒を飲まして貰うとるのに水を飲むんは、おえんでしょーが。其れに『良い酒は水に似る』って言うし・・・実質、水しか飲んでいないのではァ??」

 

「いや、暴論が過ぎる!」

 

「阿破破ノ破!」と上機嫌な春樹だったが、やはり飲み過ぎだったようで口元を抑えて席を立つ。

誰かが付き添おうかと聞いたが、彼は「大丈夫です、大丈夫です!」とあっけらかんに笑顔を浮かべてトイレへと向かった。

 

「・・・さて、どうでしょうか彼は?」

 

足音が遠くに行ったのを確認したのを機に長谷川は柄本へ疑問符を投げかける。

 

「・・・聞いていた以上だ。まるで戦国時代の豪傑のようだな、あんな戦い方をするのも頷ける」

 

「しかし、長谷川・・・大丈夫なのか?」

 

満足そうに頷きながら清酒を呷る柄本だったが、其の隣では四十院が眉をひそめてビールを飲む。

 

「大丈夫とは?」

 

「お前の話によれば、彼はPTSDと未成年ながらアルコール依存症を患っていると聞く。にも関わらず、あの飲みっぷり・・・不味いんじゃないか?」

 

「ですが、清瀬少年はパイロットとして優秀です」

 

「壬生室長、彼がパイロットとして優秀だとしても人格がそうとは限らない。それに彼は学園でドイツ代表候補性に首っ丈と言うではないか。多感な十代の少年が色恋で落ちては堪らんぞ」

 

「それに関しては、清瀬少年は弁えている事でしょう」

 

「どうだか・・・ああいう手合いはすぐに周りの女に手を出す。スキャンダルを起こす前にちゃんと手綱を掴んでおかんとな。其れに二年前に漸く政権を連中から奪還する事が出来たんだ。彼のスキャンダルのせいで、また政権を奪取されて『女性優遇処置法案』などと言う愚法を提出されては適わん!」

 

ひそめた眉の四十院に壬生は不愉快そうに「ふんッ」と鼻を鳴らす。

そんな二人の間に「まぁまぁ、その辺で」と割って入ったのは、ちびりちびりと飲んでいた竹ノ内だった。

 

「きつい事を聞かされて悪いな二人とも。四十院はIS学園に通っている姪御さんが心配で言っているんだ」

 

「おい、竹ノ内! 口を慎まんか!!」

 

「あぁ、それで。大丈夫、ああ見えて清瀬君は一途な男です。心配はいりませんよ」

 

「長谷川・・・それは私の姪の『神楽』が可愛くないと云う事かッ!!」

 

「あれ!? どこか癪に触る部分があったかッ?!」

 

いきなり激昂した四十院の背後を見れば、二本のビール瓶が転がっているではないか。

 

「いつの間に・・・兄に比べて酒が弱いというのにな。これ、やめんか四十院!」

 

「やれやれ」と柄本が取り成してくれた御蔭で危うく乱闘騒ぎになる事は回避出来た。

 

「ところで四十院。今度の次世代IS量産機体計画はどうなんだ?」

 

「あぁ・・・このまま何事もなく順調にいけば、IS統合対策部が次期次世代IS量産機体計画を任せられるだろうな」

 

「本当ですか!」

 

其の言葉にパッと顔がほころぶ壬生だったが、四十院は「しかし!」と語尾を強めた。

 

「今年度の初めに設立されたばかりの君達よりも、第二世代型の『打鉄』で確かな信頼と実績を得ている倉持技研を押す人間も多い。だから、壬生室長・・・連中を黙らせる為、早く二機目の機体を製作してくれんか?」

 

「口で言うのは容易いですが・・・それがどれ程難しいか解っておりますか?! 自分で言うのもなんですが、元々ウチはヲタクと変人の寄せ集め集団なんですよ!」

 

「そのはみ出し者共を纏め上げるのが、君の役目だろう!」

 

酒が入っている為、論に熱がこもる壬生と四十院。

其れを長谷川と竹ノ内が抑え込み、柄本が二人を諫める。

 

〈・・・ねぇ、春樹? 私は一体何をやらされてるの?〉

 

「しーッ・・・琥珀ちゃん、其のまま其のままじゃ」

 

部屋の中でちょこんと座る琥珀を盗聴器にし、春樹は部屋の外で聞き耳を立てる。

席を立った理由は吐き気を催したのではなく、長谷川達の話を盗み聞く為に部屋を出たのだ。しかし、彼が聞き耳をたてる内に未だトイレから帰って来ない春樹を心配して部屋の中が騒がしくなって来た。

〈・・・春樹、リミットよ〉と琥珀に促され、春樹は漸く部屋の中へ戻って行く。

この後、盗聴を諦めた春樹は再び煌びやかな色彩を持った有田焼の大皿を使ってぐびぐび酒を平らげていった。

・・・しかし、今宵の春樹は少々飲み過ぎである。其れが色々と問題なのだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「阿破破破・・・エエ気分じゃわぁッ」

 

料亭での一席が終わった後の事。春樹は長谷川一行の乗った車の側でフラフラしながら笑みを浮かべていた

此の明らかな酔っ払いの彼に車の後部座席に乗った長谷川が「おいおい、大丈夫かい?」と心配そうな視線を送る。

 

「大丈夫ですってば! ありゃ・・・スキットルがねぇぞ? 落としたか? 迎え酒しようと思ったのに・・・」

 

「あれだけあった酒を全部飲んでおいて、まだ飲むつもりかよ・・・! ウワバミにも程があるだろう、清瀬少年!」

 

呆れる壬生に「阿破破ノ破! 其れ程でもねぇでさぁ!」と照れる春樹へ長谷川は「ヤレヤレ」とため息を吐く。

其れも其の筈。なんと彼は料亭へ置いてあった酒を全て飲み干してしまったのである。

御蔭で店は早々に灯を落とす破目となり、其れに伴って飲み会も御開きになった。

 

「清瀬君。ほら、スキットル」

 

「阿ッ・・・そういやぁ、高良さんに渡しとったんじゃった。ありがとうございますだ」

 

しかし、此の飲兵衛は未だ満足に達していなかった。

春樹は高良から受け取ったスキットルの中身を何とも旨そうに飲んだ。

 

「かっはー! 舌の上で天使が叫びょうらぁ!」

 

「私はあの席でそれほど飲んではいないが・・・君の飲みっぷりを見ているだけで吐きそうになるよ」

 

「ホントに一人で帰れるのか?」

 

「えぇ、勿論! このまま”飛んで”帰りすけん!!」

 

「「「・・・え!?」」」

 

三人は何かの聞き間違いかと耳を疑った刹那、春樹の背中へ深い蒼の六枚羽が広がった。

聞き間違いではない。彼は学園への足を使わないつもりだ。

 

「其れじゃあ、お疲れ様でした!!」

 

「あッ、おい待ッ―――――」

 

壬生の言葉が紡がれる前にビューン!・・・と瞬時加速を行って空へ舞い上がるや否や、一気に亜音速に乗って学園方向へと舵を切る。

其の姿はまるで流星の様であり、衝撃波で揺れる車の中で長谷川達は其れをポカーンと眺めるばかりであった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・」

 

鈴は掻いた汗を鬱陶しそうに振り払いながら歩いていた。

 

タッグマッチ戦を行う事が伝えられたあの日、彼女は箒に遅れを取るまいと真っ先に一夏へペアを申し込んだ。

だが、彼はこの申し出を拒む。

何故に拒んだのか。其れは彼が生徒会長である楯無からある”お願い”をされていたからである。

其の”お願い”の為に鈴は一夏とのペアを諦め、代わりに前々からペアを組むことが多かったセシリアとタッグを作る事と相成った。

 

其れから彼女はセシリアと共にタッグマッチ戦を勝ち抜く為に様々な策を弄し、模擬戦闘を行って来たのであるが・・・今宵の鈴はそんないつも感じと違っていたのである。

 

「ッ・・・あぁ~も~~! なんかスッキリしないわねぇ!!」

 

モヤモヤした心中を吐露する様に叫ぶ鈴。けれども、どうして彼女がこんなヤキモキした気分になっているのか。

其れはやはり想い人である一夏が箒と一緒にティーンエイジャーに大人気の雑誌『インフィニット・ストライプス』の独占インタビューを受けたと云う事案が原因であろう。其処で二人が揃って写真撮影などしたと聞いたのなら猶更である。

しかし、何故に鈴がその様な事を知ったのか。

理由はいろいろと省くが・・・端的に言えば、独占インタビューから(鈴から見て)仲睦まじそうに帰って来た二人と偶然出会ってしまったからである。

其処から始まった鈴の質問に何処か上の空の一夏を尻目に何処か(鈴から見て)勝ち誇ったかのような表情をする箒から事情を聴いたのだ。

此れに嫉妬の感情が内へグルグル回り出した彼女は其れを沈めんとたった一人で自主練を行い、気が付けば時計の針は夜の十時を過ぎていたのである。

 

「戻ってもうちょっと練習しようかしら・・・でも、千冬さんにどやされたくないし・・・」

 

自主練の合間合間に軽食をとっていた為、夕食を食べ損なったという気分ではない。

だが、自主練に熱中するあまり消灯時間ギリギリまで外出していたのである。寮監の千冬に見つかれば大目玉は免れない。

鈴はなんとか自分を抑え、自室への帰路を歩む。

 

「こらッ!」

 

「ッひ!? す、すいません!!」

 

ところがどっこい。恐る恐る寮へ帰還する彼女の背後から怒声が聞こえて来たではないか。

思わず鈴は身を縮めて謝罪の言葉を口にしてしまう。

 

「おっと、まさかそねーに吃驚するとは思わなんだわ。阿破破破」

 

「・・・ふぇ?」

 

振り返れば、其処に居たのは頬と鼻を真っ赤にした春樹がヘラヘラしているではないか。

 

「な、なによ! 誰かと思ったら清瀬じゃない!! ビックリさせないでよ!!」

 

「悪ぃ悪ぃ。ちょっとした出来心じゃ、許してつかぁさい」

 

「もう、寿命が縮まるかと・・・ってか、何か臭いわよ! あんたまさか、お酒飲んでんの?!」

 

「阿? あぁ、ちょいとした飲み会でのぉ。なに・・・付き合い程度じゃけん、ちぃっとばっかしじゃ。”しょうしょう”じゃ、”しょうしょう”」

 

「”しょうしょう”ねぇ・・・」

 

何気ない会話だが、ある食い違いが起こっていた。

話の中に出た「しょうしょう」を鈴は『少々』と変換したのであるが、漢字変換の正解としての「しょうしょう」とは一升二升の『”升”々』なのである。

実際、春樹が飲みほした酒の量単位は『升』ではなく『斗』であるが。

 

「少々で顔が真っ赤っかなんて・・・あんたって意外とお酒に弱いのね」

 

「ホントじゃわぁ。年じゃろうか?」

 

「未成年がなに言ってるのよ。ふふッ」

 

若干の食い違いがあるものの、春樹の冗句に鈴はクスリと笑みを溢す。

しかし、彼女の笑みの次に春樹が放った「そーゆー凰さんは、こねーな遅い時間になにしょーるんなん?」と言う言葉に鈴は表情を曇らせた。

 

「ありゃ? 俺なんか・・・不味い事言うたか?」

 

「う、ううん。別に・・・別になんでもないの!」

 

「ほぉ~ん・・・」

 

曇った表情を取り繕った笑顔で隠す鈴に春樹は口をへの字にしていたが、何を思ったのか口端を大きく吊り上げた。

 

「破破破ッ、今宵の俺は酔っ払い♪」

 

「え・・・な、なによ?」

 

急にへべれけな声で歌い出した春樹に不信感を持った鈴だったが、彼は構わず即興曲を紡いでゆく。

 

「飲み過ぎ飲み過ぎ喰らい過ぎ♪ じゃけん、明日にゃ記憶なし♪ 今宵の事は記憶なし♪ じゃけぇ、何話しても構わんぜ♪」

 

「・・・・・あ、あのね清瀬?」

 

自分の目の前に居るのは、明日には今日の事を忘れる大酒を喰らった飲兵衛の男。其れを知った鈴は、其の酔っ払いにモヤモヤした自分の気持ちを吐露する事にした。今度開催されるタッグマッチ戦で一夏にペアを断られた事や、自分の与り知らぬ所で想い人である彼が箒と逢引きした事にショックを受けている事をだ。

 

「ホント、一夏のヤツってば私がどれだけ勇気を振り絞ってるのかわかってないのよ!! 言っても、「ん? 何か言ったか?」って聞こえてないしッ!」

 

「・・・・・」

 

取り合えず寮の中へ入った春樹は、中広間で自分の驕りである缶ジュース片手に鈴の内心の言葉をただ黙って聞く。

そんな聞く態勢の彼に興が乗ったか、鈴は一夏の鈍感っぷりに対する日頃の恨み辛みさえも吐露していった。

 

「でも・・・でもね・・・自分でもわかってるのよ、子供っぽいヤキモチっだってことは! でも・・・でも・・・・・ッ!」

 

「・・・凰さんって、健気じゃなぁ」

 

目頭を熱くし、俯く彼女の頭に春樹は自分の手を乗せた。

普段の彼なら到底しないし、出来ない行為に頭を撫でられている鈴は思わず硬直してしまう。しかし、優しくゆっくり自分の頭を撫でてくれる春樹の手に強張った身体から余分な力が抜けてゆく。

 

「あぁ・・・妬ましいのぉ。こねーに可愛ええ人に想いを寄せられるとは・・・ホント、あいつ嫌いじゃわぁ」

 

「・・・・・」

 

「阿? どうしたんなん、凰さん? 急に黙りこくってよ~」

 

「ッ! な、なんでもないわよ! あ、ありがとうね話聞いてくれて!!」

 

彼の手によって撫でられる快感から我に返った鈴はすぐさま春樹との距離をとるが・・・其の時、彼女は偶然にも彼の瞳を見てしまう。琥珀色の炎が漏れる艶やかな眼を。

 

「・・・綺麗・・・」

 

「綺麗? そりゃあ・・・君の事じゃろう」

 

いつもなら到底有り得ない色っぽい春樹に顔を紅潮させる彼女のリンゴの様な頬へ片手を添える春樹。

窓から漏れる月明かりに照らされた朗らかに笑う艶やかな彼の表情に何故かバクバクと鈴の心臓が飛び跳ねた。

 

「ッ・・・鈴!!」

 

「ッ!?」

「・・・ッチ」

 

だが、そんな彼女の名を呼ぶ男の声が聞こえて来る。

鈴が振り返ってみれば、其処には自分の想い人が酷く眉間にしわを寄せているではないか。

 

「よー、ダメバナ野郎。夜更かししてっと、きょーてぇーブリュンヒルデお姉ちゃんどやされるでよ?」

 

自分を便所のネズミの糞でも見るかのような侮蔑の目の春樹を無視し、一夏はすぐさま鈴の手を取って距離をとる。

 

「ティナが心配して、俺のとこまで来たんだ。帰るぞ、鈴! 」

 

「ちょッ、わかったから! そんなに強く引っ張らないでよ、痛いから!」

 

「おい、痛がっとろうが。離してやりんさいや」

 

「ッ、うるさい!!」

 

春樹の声に思わず声を荒らげる一夏。

其の彼の姿に鈴は「い・・・一夏?」と驚き、春樹は耳まで裂けるかのような酷く下卑た笑顔を浮かべた。

 

「おや? おやおやおやおやおやぁ? どうしたんかなぁ、織斑 一夏くぅん? そねーな余裕のねー顔してさぁ? もしかして、焦ったか? 俺に凰さんを・・・いや、”鈴”さんを盗られるかぁ思うてさぁ」

 

「え・・・?」

 

春樹の言葉に鈴は一夏の顔を咄嗟に見る。

彼が紡いだ言葉が図星だったかどうかは解らないが、一夏はギリリと歯噛みをしつつ春樹を睨んだ。

 

「図星か・・・ナァ~~~ッ??」

 

「黙れよ・・・!」

 

春樹の安い挑発に一夏は待機状態である白式を差し向ける。此の威嚇に「おぉ、きょーてぇーきょーてぇー」とヘラヘラ笑う。

其の態度が益々気に入らない一夏は、何か言い返してやろうと精一杯のニヒルな笑みを浮かべてこう言った。

 

「そういうお前こそ、ラウラが居るのに鈴をナンパしようなんて・・・そんなにアイツに本気じゃないだろ?」

 

「・・・・・阿”ッ?」

 

周囲の温度が幾何か下がったように鈴は感じた。

明らかに今の一夏の発言は春樹の癪に障った事だろう。ギョロリと彼の目が獲物を見る眼になった事が手に取る様に理解できた。

 

「それもそうか。お前は血も涙も、思いやりの欠片もない人間だもんな!」

 

「ちょっと一夏! 止めなさいよ!!」

 

心無い言葉を吐く一夏を制止しようと声を荒らげる鈴だったが、「・・・別にエエよ、鈴さん」と春樹は掌を彼女へ見せた。

 

「確かに・・・俺ぁ、オメェの言うように血も涙も思いやりもない人間かもしれん。じゃが、そりゃあそうじゃろうな」

 

「・・・なに?」

 

「俺はオメェと違い・・・血を流して専用機を、琥珀ちゃんを手に入れた。涙を流して生き残った。そして、心を潰してあの娘を・・・ラウラちゃんを手に入れた。俺の中にゃあ、もう何も残っとりゃあせんじゃろうな」

 

「阿破破ノ破!」とどこか寂しそうに笑った後、銛の様に獲物を突き刺すような鋭い目つきへと変わる。

 

「じゃが・・・じゃがなぁ、糞鈍感腐れダメバナ野郎・・・俺ぁあの子を、ラウラちゃんにゃあ真剣と書いて”マジ”なんじゃ。其れこそ、今にでも彼女を孕ませてやりたい程にのぉ!!」

 

「ッ!!?」

 

一夏はギョッとする。

背筋に氷でも入れたかのような冷たさが彼を襲う。

 

「オメェはどうじゃ? 本気で人を好きになった事のないオメェに・・・与えられるばかりで、奪われた事のないオメェには何がある?」

 

「ッ・・・行くぞ、鈴!!」

 

恐ろしい形相の春樹に居た堪れなくなった一夏は、鈴の手を引いて彼の前から立ち去った。

後に残ったのは、ゲラゲラゲラと奇妙奇天烈な笑い声を上げる酔っ払いだけである。

 

「・・・・・・・・えへへ・・・ッ」

 

一方、思わぬ所で想い人に手を引かれるイベントが発生した鈴は素で照れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





今年最後と言う訳で、長めです。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
それでは皆様、良いお年を。


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106話


謹賀新年。
明けましておめでとうございます。
元日早々体調を崩した私目ですが、本年もよろしくお願いいたします。



 

 

 

キャノンボール・ファスト襲撃事件が発生した事により、この度行われる事となった専用機所持者だけによるタッグマッチ戦。

其の第一回戦の対戦表が発表された。

 

第一試合。

織斑 一夏・更識 簪ペア vs 篠ノ之 箒・更識 楯無ペア。

 

第二試合。

フォルテ・サファイア・ダリル・ケイシーペア vs セシリア・オルコット・凰 鈴音ペア

 

第三試合。

シャルロット・デュノア・ラウラ・ボーデヴィッヒペア vs 清瀬 春樹(単独)

 

「・・・解とったけどさぁ。やっぱし俺、一人なのね」

 

放課後の生徒会室。

春樹は渡された対戦表を見ながら、未だ二日酔いで痛む自身の後頭部を氷嚢で冷やす。

 

「それはそうよ。学園にいる専用機持ちは全部で十一人なの。割り算ぐらいはできるでしょう?」

 

「あ~はいはい。どうせ俺ぁ余りもんですよ」

 

ブウをたれる彼を余所に楯無は生徒会長席の机へ置かれた書類に目を通す。

其の彼女の姿に春樹はニヤニヤしながら「老眼鏡はいらんのか?」と茶々を入れ、「私はそこまで年上じゃないわよ!」と楯無はアッカンベーの舌を出す。

そんな二人のやり取りに「ふふふ」と微笑みながら虚は湯気が香る淹れたての紅茶と茶菓子を配膳した。

春樹は其れを待ってましたとばかりに茶菓子として出された色とりどりのマカロンへ噛り付き、何とも美味そうに紅茶をすする。

 

「・・・それで、何の用? 君の方からここへ出向いてくるなんて珍しいじゃない。もしかして、その対戦表の組み合わせへの文句を言いに態々?」

 

「阿ぁ? いや違ぇよ。別に対戦組み合わせに文句はないでよ」

 

「それ本当? 愛しのボーデヴィッヒさんとペアになれなかった事が残念で残念で仕方がないって顔してたけどぉ?」

 

ニヤニヤ揶揄う様な仕草と笑みで問いかけて来る楯無。

此れが一夏相手ならば、彼女好みの反応をしてくれるのだろうが・・・何分と相手は”あの”春樹である。

 

「ありゃぁ、バレてしもうたか。じゃけどラウラちゃんはシャルロットとも相性がエエけん、仕方ないわな。そー言うアンタも簪さんとペアが組めんと残念じゃったのぉ」

 

「・・・本当に可愛くない後輩よね、君って」

 

ジト目で睨む楯無に対し、春樹は「ッ破ン!」と鼻で嘲笑う。

 

「ペアの話で思い出したんじゃけど・・・なして、簪さんがあの鈍感屑豚野郎とペアを組む事になっとるんじゃ? 俺ぁ許可した覚えがないんじゃけど」

 

「相変わらず織斑君に対する罵詈雑言が凄まじいわね。それにペアを作るのにどうして君の許可がいるのよ? 一体誰目線よ?」

 

「”兄”目線じゃけどぉ?」

 

「簪ちゃんの上の子は、実姉の私しかいないわよ!」

 

食い気味に実姉宣言をする楯無にケケケと嘲笑う春樹。

普段は掌の上で人を転がす彼女が良いように揶揄われる姿に虚は思わず吊り上がる口端を手で抑えた。

 

「しかし、なしてよ? なして簪さんがあん豚とペアを組んどるんじゃ? もしかして・・・またアンタが裏で糸を引いとるんか?」

 

「正解!・・・と言いたいところだけど、今回は違うの」

 

「・・・ホントかぁ?」と疑いの視線を向ける春樹に「本当なの!」と念を押す楯無。

話によれば楯無は当初、一夏と簪がペアになる様に画策していたらしい。

 

専用機持ち達の力の差は先のキャノンボール・ファスト襲撃事件でより一層明確なものとなった。

特に一体で専用機持ち達数人を相手取って互角以上の戦いを繰り広げたゴーレムⅡ小隊を容易に殲滅してしまった春樹の扱いは大きな悩みの種だ。其れもあってか、彼は此度のタッグマッチ戦においてソロで戦わされる羽目となる。

あとは相性適性の良いメンバーでペアを作ってゆけば良いのだが、またしても問題が出て来た。

其の問題とは、やはりもう一人の男性IS適正者である『一夏のペアはどうするか』である。

此れに対し、楯無は残った専用機持ち達の能力を鑑みて一夏のペアには簪が適任なのではないかと言う結果に到った。至ったのだが・・・?

 

「簪さんの打鉄弐式ちゃんは、野郎の専用機を作る為に制作放棄されたんじゃろうが。御蔭で簪ちゃんはたった一人で弐式ちゃんを作る羽目になったんじゃぞ。其れなんによりにもよって彼女にあん豚を宛がうとか・・・・・阿呆じゃねぇんか?」

 

「だから私もダメもとで織斑君の方から簪ちゃんを誘うようにお願いしたのよ。そうしたら・・・・・」

 

「予想に反して簪さんは了承したと・・・なんか腑に落ちんのぉ」

 

納得のいっていない春樹は眉をひそめて首を捻る。

其の時、彼の頭にいつか壬生が言っていた「倉持技研が何か企んでいる」と言う事を思い出す。

 

「(何ぞ、”裏”がありそうじゃのぉ)」

 

「・・・ちょっと、何してるの?」

 

春樹が「阿?」と疑問符を浮かべれば、頬杖をついた楯無が「それよ、それッ」と彼の手元を指し示す。

見れば、中身が半分減ったティーカップへスキットルの中のウィスキーを注いでいるではありませんか。

 

「君、二日酔いだって言ってなかったかしら?」

 

「言うたよ。御蔭で勉学に身が入らんでのぉ。其れなのにあのブリュンヒルデ思いっくそ頭を出席簿で叩きよってからに・・・其んせいで外身も中身も痛むわぁ」

 

「自業自得じゃない・・・それなのにまだ飲むの?」

 

「知らんのか? 二日酔いには迎え酒が一番良ー効くんじゃ。其れに此れでアスピリンを飲むと更に良く効く」

 

そう言いながらポケットから取り出した鎮痛剤を紅茶割ウィスキーで一気に煽る。

薬の服用時、アルコールで薬物を服用すると重篤な副作用を及ぼす為に良識のある人間は控えた方が良い。

 

「はぁ~、まったく君って人は・・・・・それで?」

 

「阿? 何なんな?」

 

「「なんなんな?」じゃなくて! 今日は何しに生徒会室へ来たのって聞いてるの!」

 

「何って・・・布仏先輩の美味しい紅茶を飲みに?」

 

「ここはカフェじゃないのッ。あと虚ちゃん、嬉しそうにしない!」

 

あっけらかんと飄々した面持ちでケラケラ笑う春樹に調子を狂わされる楯無だったが、「そうじゃった、そうじゃった」と何を話すか思い出した彼の口から紡がれる言葉を聞いて目の形が変わる。

其の話の内容とは・・・・・

 

「タッグマッチ戦・・・また襲われるんじゃね?」

 

「・・・何ですって?」

 

キャノンボール・ファストでの襲撃事件に引き続き、今度の専用機タッグマッチ戦も襲撃されるのではないかと云う予想であった。

 

「・・・どうしてそう思うのかしら?」

 

「いや、そりゃあそうじゃろうが。イベントがある度に外部からの襲撃が立て続けに巻き起こってんで? 次のタッグマッチ戦でもあろうに」

 

「一応、襲撃がある事を仮定して教師部隊を―――――」

 

「来るよ、絶対来るって。あとさぁ襲撃を想定してもよぉ、事が起こってから教師部隊が来るの遅過ぎね? ゴーレム事件でも、VTS事件でも、キャノンボール・ファスト襲撃事件でも、部隊が来る前に俺らぁが対処したんじゃで。つーかそもそも幾ら経験が生徒よりもある言うても教師部隊が扱ってる機体って量産型の第二世代型じゃがん。あんまり言いたかねぇが、気休めにもならんぞ」

 

「中々声を大にして言えない事をズバッと言うのね、清瀬君。でも、ある人が言っていたわ。「機体の性能の違いが、戦力の決定的差ではない」ってね」

 

「其れを言うてもエエんは『青い瞳のキャスバル』じゃろうが」

 

「何言ってるの清瀬君? これは『赤い彗星』の名言をもじったのよ、知らないの?」

 

「知っとるわ。つーか、其の二人は同一人物じゃし」

 

「えッ、そうなの!? でも・・・簪ちゃんが勧めてくれたアニメにキャスバルなんてキャラ居たかしら?」

 

「ヲタへの道はまだまだじゃな。ってか、簪さんガンダムのファースト勧めたんかい・・・まぁええわ、話戻すぞ。取り合えず教師部隊はアテにならん。じゃけん、事が起こったら部隊には観客の避難に回した方がエエでよ。下手に出て来られると邪魔じゃ」

 

「邪魔って・・・もしかして、また”アイツら”が襲撃をかけると思ってるの?」

 

楯無が”アイツら”と危惧したのは、文化祭襲撃事件やキャノンボール・ファスト襲撃事件を引き起こした過激派組織『ファントム・タスク』が再び襲撃をかけるのではないかという事だ。

 

「『二度あることは三度ある』言うしな。アンタもキャノボの一件で取り逃がしとるし」

 

「ッ・・・嫌な事を思い出させてくれるわね! 本当に可愛くない後輩!!」

 

「阿破破破、ザマぁ」

 

「こ・・・この・・・ッ!」

 

春樹の言葉に楯無はギリッと歯噛みする。

キャノンボール・ファスト襲撃事件において、彼女は眼前で組織の幹部であるスコール・ミューゼルを取り逃がしていたからだ。

 

「ほいじゃけど・・・問題はゴーレムの方じゃろうなぁ」

 

「ゴーレムの方? ゴーレムもヤツらの仕業なんじゃないの?」

 

「さあな、どうじゃったっけなぁ・・・?」

 

「ちょっと含みのある言いしないの!」とプリプリする彼女を余所に春樹は”ある人物”を思い出しながら手の感触を確かめる。

先のキャノンボール・ファスト襲撃事件で現れたゴーレムとゴーレム事件で出現した機体の殴り心地がかなり近かった。

機体の解析結果は公表されていないが、彼の冴えわたる勘はキャノンボール・ファスト襲撃事件の機体はゴーレム事件の機体の後継機だと告げる。そして、其の機体の制作者があのウサ耳カチューシャの・・・・・

 

「俺ぁ”兎”は”黒兎”だけで十分じゃ。俺の山勘はこー言う時だけ当たりよるけんな。”不思議の国のアリス”には引っ込んどいて貰いたいのぉ・・・」

 

呟く様に、祈る様な面持ちで春樹は其れだけ言ってティーカップの中身を全て飲み干す。

 

「其れじゃあ、俺ぁ此処で。布仏先輩、紅茶と氷嚢をありがとうございました」

 

「お粗末様です」

 

「えッ、もう帰っちゃうの!?」

 

「阿、何じゃあ? もうちょっと居って欲しかったんか? かまってちゃんじゃのぉ」

 

「なッ・・・なに言ってるのかしら! 自意識過剰なんじゃないのッ?」

 

「動揺しましたよ、布仏先輩?」

「はい。怪しいですね、清瀬君?」

 

「ちょっと二人とも!!」

 

いつの間にか仲良さそうに自分を揶揄う二人の様子に楯無はプクーと頬を膨らませる。

其の楯無の反応を「阿破破破ッ、蛸じゃ蛸じゃ」と笑いつつ生徒会室を後にしていく春樹だったのだが―――――

 

「あ・・・きよせん」

 

「ありゃあ? よぉ、布仏さん」

 

―――部屋を出てすぐにクラスメイトである本音とばったり出会った。

 

「これから生徒会かい? 布仏さんって意外と真面目じゃのぉ」

 

「意外って、褒めてるの~?」

 

「勿論じゃっちゃ。阿破破破ッ!」

 

他愛もない世間話を相変わらずの奇天烈な声で笑った後、「其んじゃあ、また明日な」と手を振って其の場を跡にしようとした彼の袖を本音はちょっぴり摘まんだ。

 

「ん? どしたんなら布仏さん?」

 

「きよせん・・・この後って、ヒマ?」

 

「・・・・・・・・阿ッ?」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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107話

 

 

 

木枯らしが吹き、秋の季節を感じさせるうだつの上がらぬ月曜日。IS専用機所有者だけによるタッグマッチ対戦表が公表された。

 

其の日の放課後の事。

前々日に一夏からの誘いを沈黙のままに受け入れた簪は、彼との本格的な戦闘戦略を練り上げる前に自身の専用機である打鉄弐式の調整を行っていた。

 

「・・・ふぅ・・・」

 

時刻は十九時を回る頃。

小休憩の夕食を食堂で取り終えた彼女は、機体の調整を行っている格納庫兼整備室へと足を運ぶ。

ほんの少し前ならば寝る間も食べる間も惜しんで機体に張り付いていた簪であるが、”ある男”との出会いによって彼女なりに自らの健康面を考える様になり、体調面は随分と改善された事だろう。

 

しかし、皮肉な事か。

其の男のせいで、簪の精神面はこれまで無い程にひっ迫している。

理由としては、IS量産機体開発計画で崖っぷちに追いやられている打鉄弐式の所有権を有す倉持技研から此度のタッグマッチ戦において同じく表面上は倉持技研に所属している一夏とペアを組んで出場する事を要請されたからだ。

 

簪としては一夏の専用機である白式せいで自身の専用機開発が放棄されてしまったのだから、此の半ば強制的な要請には大きな不満を抱く。だが、要請を断った場合は『厳正な処分を下す』と聞かされた為に彼女は此れを渋々受け入れる事と相成った。

 

『厳正な処分』とは何か?

様々な処分内容が挙げられるが、猪の一番に頭へ思い浮かんだのは『専用機の没収』である。

折角、開発放棄された打鉄弐式を完成させたと云うのに、其れを良いトコ取りで奪われるなんて堪ったものではない。

「守らなければ・・・自身の尊厳をかけて作った”あの子”を奪われて堪るものか」と歯を軋ませて彼女は決心を固めた。

・・・因みに其の後、そんな事情を露とも知らない一夏がタッグマッチ戦へのペア組を申し込んで来た時、簪は彼の顔面へグーパンを叩き込んでやりたかったが、「・・・疲れるからやらない」と自身を抑えた。

 

「・・・・・え・・・ッ?」

 

そんなひっ迫した彼女の事情を知ってか知らずか、簪にとって色々と思い入れのある格納庫兼整備室に其の男がいるではないか。

男は一人でハンガーに無人展開状態でかけられた打鉄弐式の機体表面を撫でながらケラケラ奇天烈な笑みを浮かべてクダを巻く。そして、彼女の気配に気づいたのか。男は振り返ると「よぉ、こんばんわ」・・・と酒の入ったスキットルを掲げて会釈をする。・・・初めて出会った時と同じように鼻頭を赤く染めて。

 

「・・・なんで、春樹がここにいるの?」

 

「阿? あぁ、そりゃなぁ~・・・・・」

 

暗いジト目で疑問符を投げ掛けて来た簪に二人目の男性IS適正者である春樹は少し眉をひそめてしまう。

何故、春樹が此処に居るのか。其れは少し前に遡る。

 

 

 

 

 

 

「阿ぁ? 簪さんの様子がおかしいじゃとぉ?」

 

「うん。そうなんだよ~、きよせん!」

 

放課後の生徒会室で今度行われるタッグマッチ戦へ意見具申をした後、自室へ戻ろうとした春樹を引き留めた本音。其の彼女の口から紡がれた言葉に春樹は歪んだ表情を晒した。

 

「おかしい・・・言われてもなぁ。キャノボのアレから俺ぁ彼女に避けられとるし・・・どう、簪さんがおかしいんじゃ?」

 

「なんか、かんちゃん最近どんより~って感じで・・・かんちゃん一人だけで専用機を作ってた時よりも暗いんだよ~!」

 

「暗い・・・って、言われてもなぁ」

 

キャノンボール・ファスト襲撃事件以降、第二次形態移行に達した春樹を恐れてか。今まで交友を深めていたラウラを除いた専用機持ち達は彼と距離を置いていた。

其れは春樹にとっては少々侘しいものだったが、先の襲撃事件で見せた自身の途轍もない圧倒的な力を前に萎縮してしまうのは至極当然の事だろうと飲み込んでいた。

 

「・・・そりゃあ・・・やっぱり、俺の事が原因なんじゃねぇか。其の・・・キャノボの時の俺がトラウマになって―――――」

 

「それはちがうよッ、きよせん!!」

 

視線を落としながら呟いた春樹の言葉を本音はキッパリと否定した。

あんまりにも強く否定されたものだから、彼は「お、おう」と思わず唖然としてしまう。

 

「かんちゃんにとって、きよせんはヒーローなんだよ! 自分を救ってくれたヒーローを怖がるわけないもんッ!」

 

「ッ、そ・・・そうかぁ?」

 

彼女の力説に何とも複雑な気持ちが湧き上がる春樹だったが、其れならば何故に簪が暗い表情を晒しているのであろうかと疑問を抱いた。

 

「それをきよせんに探ってもらいたいんだよ~!」

 

「はぁッ? なして俺が?!」

 

春樹が表情をひしゃげるにも無理はなかった。

自分を恐れて避けているものだと思っていた簪が、自身に身の内の気持ちを話してくれるかどうか甚だ疑問であったし、何よりも彼女には本音という親友の存在と家族間のわだかまりを解消した姉である楯無がいるのだ。

 

「俺が態々出刃亀する必要ねぇじゃろうが。簪さんには頼りになる人らぁがよーけー居るんじゃけん、別に俺じゃのーても・・・」

 

「も~ッ・・・鈍ちぃだなぁ、きよせんは!」

 

「阿? 鈍ちん? 俺がかッ?」

 

「やれやれ」と溜息と共に首を横に振る本音にムッとする春樹。

反論せんと思考を巡らせた其の時、彼女は思わず”ある事”を口にしてしまう。

 

「そうだよ~。その分だと”おりむー”の方が勘がいいんじゃないのかなぁ~?」

 

「・・・・・・・・阿”ッ?

 

発せられた本音の言葉に春樹の表情が豹変し、琥珀色の右眼と鳶色の左眼がギョロギョロと動いた。

彼女の口から出た『おりむー』とは、一夏を示すニックネームであった。

元々春樹は一夏の持っているスキル『鈍感:A』をこれでもかと毛嫌いしていた為、彼と比較された事が如何にもこうにも癪に障ってしまったのだ。

 

「・・・そうか、解った、上等じゃ。布仏さんが何を企んどるんか知らんが、其の口車に乗ってやろうじゃねぇか!」

 

眉をひそめて口端を吊り上げて笑った後、春樹はズカズカ歩いて其の場を去って行った。

 

「・・・こ、怖かった~!」

 

跡に残された本音は少しギョッとしつつ彼の背を見送った。

 

 

 

 

 

 

「阿ぁ~・・・ちょっと、此ん場所が懐かしゅうなってな。ふら~・・・っとな」

 

本音の口車に意気揚々と乗ってはみたものの、結局考えなしであった為に随分と苦しい方便を並べてしまった。

そんな春樹の言葉に「・・・ふ~ん」と簪のジト目が突き刺さる。

其れが痛くて痛くて堪らなかった彼はすぐさま視線を打鉄弐式へ移してスキットルの飲み口を傾ける。

 

「んグッ・・・ぷはぁ。其れにしても・・・改めてこーして見てみると立派になったもんじゃのぉ、弐式ちゃんは」

 

「・・・無理しなくていい」

 

「阿? 何が?」

 

「そんな・・・無駄に取り繕わなくてもいい。おおかた・・・本音に言われて、私の様子を見に来たんでしょ?」

 

「・・・・・はぁ~・・・ッ」

 

さっさと本題を切り出された事で、身構えていた春樹の肩から要らぬ荷が漸く降りた。

其れによってどっと要らぬ疲れが出たか。ドサッと其の場に腰を据える彼を余所に簪は何事もなかったかのように打鉄弐式の調整へと移った。

 

「阿~ぁ・・・んで、何を悩んどるんよ?」

 

「・・・・・何が?」

 

「「何が?」じゃなかろうがな。鏡見てみんさいや。君、えろう酷い顔しとるで?」

 

「・・・・・春樹には関係ない」

 

投げ掛けられる疑問符にキッパリと言葉を返す簪に春樹は「あぁ、そう。それもそうか、俺にゃあ関係ないか」と乾いた声を発した後―――――

 

「・・・と俺が言うと思ったか、このおわんごがッ!!」

 

「ッ!?」

 

荒い声と共に詰め寄る春樹。

其の勢いに押され、簪の目は思わず丸くなってしまう。

 

「ネタは上がっとるんでぇ? 倉持技研から圧をかけられとるんじゃねぇか?」

 

「ッ・・・そ、そんな事・・・な、ない!」

 

「はい、ダウト。流石は簪さん、俺と一緒で正直者じゃわぁ」

 

「ッ・・・!」

 

「いや・・・春樹は違う」と普段なら静かなツッコミを入れる簪だが、自分の動揺を知られてしまい、表情が強張ってしまう。

 

「変じゃあ思うたんじゃ、君が織斑のダメバナ野郎からの誘いを弐つ返事で受けるなんてよぉ。大方、技研のヤツらから弐式ちゃんを没収されるかなんかと言われたんじゃね-んか?」

 

「ッ!?」

 

「な、何故其れを?!」とでも言いたげな表情を晒す簪に対し、春樹は嫌に鼻につく笑みを浮かべた。

実に嫌な男であるが、何故に彼が此れ程まで彼女が巧く隠していた事情を知っているのか。

何故ならば―――――

 

「さぁ、もうゲロっちまえよ。正直に身の内を曝け出しちまえよぉ!」

 

「・・・・・・・・ぅッ・・・!」

 

「阿?」

 

「う・・・うぁああ・・・・・うああぁああぁあん・・・ッ!」

 

「あッ、ヤバ!?」

 

酷く下卑た表情で尋問・・・もとい問い質した為、一杯一杯だった簪の心から色々な思いが遂に溢れ出てしまった。

苦悩から救い出す為とは言え、対象者を必要以上に追い詰めてしまうのが、此の男の悪い癖である。

 

「わぁあああああッん!」

「ご・・・御免ッ、簪さん! そねーに泣かせるつもりはなかったんじゃ!!」

 

ポロポロポロポロ止め処なく涙を流す簪をあやそうと慌てる春樹の側で、〈あ~ぁ、春樹が泣かしたー!〉と捲し立てる金髪金眼の美少女が一人。

先の襲撃事件で第二次形態移行へと至り、何故か人間態となる事が可能となった琥珀である。

実は簪が格納庫兼整備室に来る前、春樹がガンダールヴと琥珀を通して打鉄弐式から情報を抜き出していたのである。要するにハッキングをしたのだ。

 

しかし、情報を抜き出したとしても其の後の遣り方が悪かった。

座り込んだ簪が泣き止む迄の幾分間、春樹はオロオロ戸惑うばかりで、彼女が泣き止む頃には春樹の方がベソをかく始末である。

 

「ぐすッ・・・うぅ・・・」

 

「ずッ・・・あぁ? もう大丈夫?」

 

〈どっちも涙目って・・・カオスねぇ〉

 

涙を拭う簪と鼻水をすする春樹。

もうどっちが泣かされたんだか解らない状況になってしまったが、とりあえず状況は落ち着いた。

 

「其れで・・・何があったんじゃ?」

 

「う・・・うん・・・あ、あのね―――――」

 

目を真っ赤に腫らした状態で、簪は自分の置かれた状況をツラツラと述べる。

其れは倉持技研から持ち掛けられた要請の事や断ればどういった処分が下されるかもあったが、以下の内容を受け入れるしかない不甲斐ない自分に対する不満も吐露していった。

 

「わた、私が・・・私が強かったらッ、私にもっと力があれば・・・! こ、こんなことに・・・こんなことにならな・・・かったのに・・・ッ!!」

 

時に言葉を詰まらせつつも、内に溜まった膿を押し出すように恐怖に慄くか細い悲鳴をを上げる。

其れを只静かに、静かに頷きながら春樹は隣で黙っていた。

 

「強く・・・強くなりたい・・・ッ! お、おね、お姉ちゃんのように優しくて・・・は、春樹のように強い・・・完全無欠のヒーローみたいにッ・・・!!」

 

頬を紅に染め、掠れた声で言葉をつづる簪の頭にポンッと軽い感触が伝わる。

「え・・・?」と彼女が顔を上げてみれば、目の前にはニコリと朗らかに優しく笑う春樹が自分の頭に手を乗せていた。

其の春樹の右眼からは、暖かな琥珀色の炎が漏れ出す。

 

「なぁ、簪さんや。俺って強いんかなぁ?」

 

「・・・え?」

 

簪には春樹の問いの意味が解らなかった。「自分は強いのか?」と疑問符を抱く彼の心が解らなくなった。

 

「簪さん、俺が酒を飲むんはな・・・きょーてぇーからじゃ、怖いからじゃよ」

 

「こわい?」

 

「あぁそうじゃ、怖いからじゃ。怖くて怖くて堪らんから手が震える。じゃけど酒を飲めば、其ん怖さが一時的じゃけど和らぐんじゃ。手の震えも止まる。じゃけん、俺ぁ酒に溺れる・・・・・こねーな人間が強いって云えるかなぁ?」

 

「それは・・・・・ッ」

 

寂しそうに呟く春樹の姿に簪は息を詰まらせた。

弱々しい男の姿に息を呑んだ。

 

「前にあるヤツに言われたよ・・・『弱さは悪だ』ってな。どう思う?」

 

「ッ、わ・・・解らない」

 

「ほうか。実を言うと俺にも解らん。じゃけど・・・”弱いから強うなれる”んじゃないんか?」

 

「弱いから・・・強くなれる?」

 

「あぁ、そうじゃ」と首を傾げて疑問符を浮かべる簪の両肩へ春樹は手を添える。

 

「人間がゼロから下へ落ちる事はない。じゃけん、簪さん。君が今、ゼロ地点に居ると思うなら後は這い上がるだけじゃ。強うなるだけじゃ。其の為に泣いてもエエ。声を上げて大泣きして、泣き喚いたってエエ。じゃけど・・・気が済む迄泣いたら其の涙が拭って前を見ろ、地に足を付けて立ち上がれ。其れでも立ち上がれんかったら思い出せ、今の自分に対する許せない気持ちを、他人に対する激情を」

 

「許せない気持ち・・・」

 

「あぁ。許せん云う純粋な怒りは、手足を動かす揺るぎ無い原動力になる。実際、俺がそうじゃったけんな」

 

春樹は思い出す。

理不尽に家族と引き離され、好き勝手に言われ続けられた胸糞の悪い日々を思い出して歯を軋ませる。

 

「さて・・・君はどうするんじゃ、簪さん? 足掻いてみるか? 覚悟を決めてみるか?」

 

しかし、其の表情は酷く晴れやか。耳まで裂けるくらいに口角が吊り上がり、琥珀色の炎が両眼から漏れ出していた。

・・・話は変わるが、”狂気”と云うものは伝染しやすい。殊更、其れが慕っている相手からだと尚の事だ。

 

「春樹・・・私・・・私はッ!!」

 

「言うな云うな、みな迄謂うな。エエ眼になったのぉ、簪さん。阿破破破ッ!」

 

光の灯った簪の眼に満足したように頷いた春樹は、ケラケラ笑いながら立ち上がると其の場を跡にする。

もう此処には、自分の弱さに嘆く人間はいない。此処に居るのは、自身の眼に覚悟の炎を宿す一人の戦乙女だ。

 

〈春樹・・・?〉

 

しかし、琥珀はそんな覚悟の炎を簪に灯した春樹に違和感を持った。

彼女の目に映った今の彼はまるで、あの―――――

 

「ん? どうした、琥珀ちゃん?」

 

〈・・・・・ううん、なんでもないわ〉

 

「なら、エエわ。さてと・・・しかし、よくもウチの妹分を苦しませてくれたのぉ。どう落とし前を付けてくれようか?・・・・・あぁ、そうじゃ・・・ッ」

 

口を三日月に歪ませる春樹がこの後、どうしたか。

詳しい内容は省くが、彼の携帯の通話履歴に親しい二名のIS統合部関係者の電話番号が表示された。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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108話

 

 

 

タッグマッチ戦の対戦表が発表されて幾数日が経ったある日の朝。

 

「はぁッ・・・ハァッ・・・はァッ・・・!!」

 

開放されたグラウンドを酷く青い顔をしながら走る生徒が居た。

もう一体何十周走ったかは解らないが、後ろ手に括った金髪の一本一本間を滴る汗が朝陽に反射して実に美しい。

 

「おい! 何をノロノロしているデュノア”二等兵”ッ?! さっさと走らんか!」

 

「さ・・・サー・イエッサー・・・」

 

「声が小さい!!」

 

「サーイエッサーッ!!」

 

しかし其の背後からは、同じく朝陽で煌めく銀髪を揺らす鬼教官が怒号と共に彼女を追い駆け回していた。

お察しの方もいると思うが・・・疲弊した表情で走り続ける新兵がシャルロットで、其の後ろから声を荒らげている上官がラウラだ。

何故に此の様な状況が展開されているのか。其れはタッグマッチ対戦表が公になる前のペア決めのある発言まで遡る。

 

「ラウラ、ボクと一緒にタッグマッチ戦に出ない?」

 

タッグマッチ戦が開催される事が決まった其の日。シャルロットはルームメイトであるラウラへペア組を申し込んだ。

同じ人間へ想いを寄せる恋敵同士ではあるが、其れを除けば二人は仲の良い親友であった。

加えて二人の戦闘スタイルは相性が良く、手を取り合えば必ず勝ち残る事が出来るとペアを誘われたラウラも確信していた。

しかし・・・其処でシャルロットはラウラに対してある事を口にした。口にしてしまった。

 

「ラウラ・・・ボク、強くなりたいんだ!」

 

「・・・ほう?」

 

キャノンボール・ファスト襲撃事件の一件以来、第二次形態移行に達した琥珀を纏う春樹に対して負い目を感じていた。

何故ならば、襲撃事件終結直後に彼女は春樹から差し出された手を思わず拒否してしまったからだ。

当時の彼はシャルロットには恐ろしい怪物に見えて仕方がなかった。其の恐怖から自分の手を拒んだ彼女を春樹は責める事はなかったが、想い人からの手を拒んでしまった事をシャルロットは後に酷く後悔した。

そうして「自分がもっと強ければ・・・」と力を渇望する様になった彼女は、どうすれば強くなれるだろうかと自分なりに考えた結果・・・学年別トーナメントで春樹を鍛えたラウラにペアの申し込みと共に稽古を頼んだのである。

・・・此の時、まさかドイツ式新兵訓練をさせられるとは露にも思っていなかったが。

 

「はぁッ、ハァ! も・・・もうだめ・・・ッ!」

 

基礎体力作りのランニングに壁々し、其の場にへたり込んでしまうシャルロット。

口の中と喉から鉄の味がして堪らない。

 

「またか、二等兵! 本当ならば、丸太を抱えて走らせているところを走るだけにしておいてやってるのだ! ガッツを見せてみろ!!」

 

「う、うぅッ・・・うぅ~~~!!」

 

早朝五時から毎日続く厳しい訓練に思わず涙ぐんでしまうシャルロットだったが、唇を噛み締めて立ち上がると半ばヤケクソ気味にランニングを再開した。

其の後、基礎体力訓練は五分休憩を挟んで近接格闘訓練へと移行し、朝食の為に食堂が開けられるまで組手が続いたのだった。

 

「うッ、うぅ~・・・疲れたよぉ~・・・!」

 

「だ、大丈夫ですの?」

 

朝食時、食堂のテーブルに突っ伏すシャルロットへセシリアが心配そうに声をかける。

其れに対し、彼女は疲労感の溜まった弱々しい声で「だ・・・大丈夫じゃない、かな?」と返すと大きな溜息を漏らす。

 

「むッ。おはよう、早いなセシリア」

 

「おはようございます、ラウラさん」

 

「うむ。おい起きろ、シャルロット。朝食を持って来てやったぞ!」

 

「あ、ありがとうございます・・・”少佐”」

 

「しょ、少佐って・・・」

 

二人分の朝食を持って来たラウラに礼を述べるシャルロットの言葉遣いにセシリアは口端をヒクヒク痙攣させて苦笑いを浮かべた。

 

「ラウラさん。見た所、随分とシャルロットさんがグロッキー状態ですが・・・これで訓練の効果はありますの?」

 

「問題ない。少なくともこれで気迫と自信がつく。それに、この特訓で春樹も成長したのだからな!」

 

自信満々に語るラウラの言葉に「あ~・・・それで・・・」とセシリアは何処か納得した様に頷く。

よくよく思い出せば、春樹の情緒が一気に不安定になったのは学年別トーナメント以降であったからだ。

 

「みんな、おっはよー・・・って、どうしたのよシャルロット?!」

 

「お・・・おはよ、鈴」

 

グロッキー状態のシャルロットに驚く鈴だったが、セシリアから事情を聞き、彼女もまた「あぁ、それで」と納得した。

こうして何やかんやありながら集まった四人は朝食をとりつつ、此度のタッグマッチ戦を話題にする。

 

「そう言えば・・・一夏は簪と一緒に出るんだったな」

 

「・・・・・」

 

しかし、ラウラが其の話題の中でポロッと口にした内容に鈴が表情を暗くした。

 

「ちょっと、ラウラさんッ」

「あ・・・すまない、鈴!」

 

「・・・別にいいのよ。私は大丈夫」

 

鈴が表情を暗くした理由は、やはり彼女の想い人である一夏が自分とではなく簪とタッグマッチ戦へ出場する事だろう。

無論、此れが残念な事に変わりはないのだが、切り替えの早い鈴は自分と相性の良いセシリアと共にペアを組んで事に臨もうとしていた。

 

「でも・・・私はいいとして、問題は箒でしょ。あの子、なんか当てつけみたいな感じで生徒会長とペアを組んだみたいだし」

 

「そうなんですの? 確か、生徒会長って・・・」

 

「そう、簪のお姉さん。どうなのかしら?」

 

「箒もそこまで私情を挟むのかな? と言うか、生徒会長・・・簪のお姉さんって強いかな?」

 

シャルロットのふとした疑問にセシリアは「それは生徒会長ですから・・・・・ねぇ、鈴さん?」と隣の鈴に同意を求めた。

其れに対して彼女は「う~ん・・・どうなんだろ?」と口をへの字に曲げる。

 

「え? 鈴は箒や一夏と一緒に生徒会長と特訓してたんじゃないの?」

 

シャルロットの疑問は勿論である。

二学期の始め、彼女達は生徒会長である楯無にISの稽古をつけてもらっていたからだ。

 

「でも私、あの人とは模擬戦やった事ないのよ。ほとんど一夏に付きっ切りだったし」

 

「そうなんだ」

 

「って言うか、私よりもはる・・・清瀬の方が詳しいんじゃないの?」

 

「どうしてだ?」

「(・・・ん? 鈴さん、今・・・)」

 

「だって、清瀬はあんなのでも一応は生徒会の一員でしょう?」

 

鈴の発言に「あんなのって・・・」とシャルロットは苦笑いを浮かべるが、彼女の言葉は中らずと雖も遠からずな為に皆は頷きを入れてしまう。

 

「それにこの間偶然見たんだけど、生徒会室から出て来たとこ見たし」

 

「へ、へぇ~・・・そうなんだぁ・・・」

「(シャルロットさん、目が・・・)」

 

IS学園の生徒は春樹と一夏を除いた全員が女生徒。つまりは必然的に生徒会も女の園という事になる。其処から出て来たという事が癪に障ったのか、シャルロットの瞳から光が消える。

 

「ほう、そうなのか」

 

「あら? 何よ、ラウラ。あんたもシャルロットみたいにヤキモチでも焼くかと思ったのに」

 

「なッ!? ちょっと、鈴!」

 

「むぅッ」と頬を膨らませるシャルロットの隣で、ラウラは「別にそんな事をしなくてもいいではないか」と返す。

其れに対して「どうして?」と鈴が疑問符を投げ返すと・・・

 

「どうしてもなにも・・・どこに行っても、アイツの帰る場所には私が居るからな」

 

「「「「ッ・・・!」」」

 

さも当然とばかりに平然と答えたラウラに三人は息を飲む。無論、四人の近くで朝食をとっていた生徒達も思わず共に息を飲んだ。

 

「ん? みんな、どうかしたのか?」

 

「・・・なんでもないです。そろそろ行きましょうか、”少佐”殿」

 

「え? シャルロット、なんでラウラを少佐って呼んで―――――」

 

鈴の疑問を聞く前にシャルロットはラウラの手を引いてさっさと席を跡にしてしまう。

後に残されたのは、「なによ、もう」と口を尖らせる鈴と「フフッ、ごちそうさまです」とほくそ笑むセシリア、並びに悶える周囲の女生徒達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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109話


二話分を統合したので長くなっちゃっいました。



 

 

 

「失礼します」

 

専用機所有者だけによるタッグマッチ戦の開催日が刻々と迫りつつあるある日の放課後の事。

専用機『紅椿』の所有者にして出場者の一人である箒は第二アリーナの扉を推す。

 

「いらっしゃい、”箒ちゃん”。待ってたわよ」

 

貸し切りとなった練習会場へ入って見れば、既に自分のパートナーである楯無が自らの専用機『ミステリアス・レディ』を纏って佇んでいた。

 

「ッ、すいません。遅れましたか?」

 

「ううん、まさか。遅れるどころか、約束の時間の十分前よ。えらいえらい」

 

自分が約束の時間に遅れたと危惧する箒に何とも人懐っこい笑顔を浮かべる楯無。

元々二人は二学期始め、鈴と共に一夏の稽古に携わっていた。其の縁もあってか、此度のタッグマッチ戦で一夏からペア組を断られた箒を楯無の方から誘ったのである。

 

「更識会長は―――――

「ノンノン、そんな他人行儀の呼び方はダ~メ。一緒に手を取り合って戦う仲なんだから、もっとフレンドリーに接してくれなきゃ」

―――――・・・”楯無さん”は一体いつからココに?」

 

しかし、何処か捉え処のない雰囲気を醸し出す『人たらし』な彼女に対し、箒は若干距離を置きたい気分だったが。

 

「そうねぇ。朝からずっと・・・って言ったらどうする?」

 

「え!?」

 

驚きの表情を晒す箒に「な~んちゃって!」と薄紅色の舌を出す楯無。だが、よくよく彼女の身体を見ると滴った汗がISスーツを伝って地面を濡らしていた。

其れがどういう事を意味するのか、解らない彼女ではない。

 

「さぁさぁ、それよりも今日のトレーニングを始めましょうか。いつまでも喋ってると、あそこで見張ってる虚ちゃんが怖いからね」

 

楯無が視線を使って箒へ合図を送れば、其の先の管制室には三つ編みの布仏 虚が自前の眼鏡を光らせて此方の様子を伺っているではないか。

どうやら彼女は隙あらばサボタージュを決行しようとする楯無の御目付役のようだ。

そんな監視の目を背に箒は紅椿を纏うと楯無監修の元、タッグマッチ戦の為のトレーニングを開始した。

 

トレーニングの内容は来るタッグマッチ戦の為にお互いのペアとしての相性や戦闘コンビネーションを確かめ合うと云うもので、今回は空中を漂う射撃機構を有するドローンを仮想敵機体とした模擬戦闘を行った。

 

「はあああああッ!!」

 

戦闘開始早々、攻撃を仕掛けんと次々と勢い良く立向って飛んで来るドローンを展開装甲であるエネルギーシールドで防御する箒。

展開装甲は自動支援プログラムで動いている為、彼女は容易くドローンから発射されるカラーペイント弾を受け流すと一気に瞬時加速其の機体を主力武装の一つである雨月で刺し斬り、自分と距離をとっている敵にはもう一振りの主力武装である空裂のエネルギー斬撃で放つ。

 

「くッ・・・!」

 

しかし最初は善戦する箒だったが、徐々に徐々に劣勢に追い込まれていき、機体表面にショッキングピンクのペイントが施されてゆく。

劣勢の原因として考えられるのは、やはり機体のシールドエネルギーを使った攻撃であろう。

其れを補う為、紅椿には第一次形態でありながらエネルギー増幅能力を持つ単一能力『絢爛舞踏』が備えられている。

・・・・・だが。

 

≪ッ!!≫

 

「うわ!?」

 

紅椿との初陣であった『銀の福音事件』以降、彼女は此の単一能力を任意で発動する事が出来ずにいたのである。

此れを好機と捉え、指揮官機のドローンがエネルギー消費によって疲弊した箒の顔面目掛けてペイント弾を発射。

ドロリと弾の内部に溜まった液体が彼女の顔を汚す。

 

「箒ちゃん!」

 

≪ッ!!?≫

 

顔を汚された彼女を見兼ねてか。様子見をしながら距離を取っていた楯無が漸く助太刀に加わった。

そんな楯無の接近に気付いた指揮官ドローンだったが、迎撃態勢を取り成す前にミステリアス・レディから放たれた超高周波振動する水を螺旋状に纏ったランス、蒼流旋によって破壊されてしまう。

 

「大丈夫、箒ちゃんッ?」

 

「だ、大丈夫です! それよりも―――――・・・!」

 

自分を助けてくれた楯無に対する礼よりも未だ周囲を漂っているであろう敵ドローンへ注意を向ける箒だったが、彼女は自分が視線を移した楯無の方を見て愕然とする。

何故ならば、其処には自分よりも多くのドローンの残骸を作った楯無と少しの汚れもないミステリアス・レディが居たからだ。

 

「ッ・・・!」

 

其の姿に箒はギリッと下唇を噛む。

箒は第四世代を持っているにも拘らず、未だ弱いままでいる自分に圧倒的な差を見せつけられているように感じたからである。

 

 

 

 

 

 

「はい、箒ちゃん」

 

「あ・・・ありがとうございます」

 

トレーニング終了後の事。模擬戦闘の結果に落胆する箒へ楯無は自分の奢りである缶ジュースを手渡す。

 

「大丈夫よ、箒ちゃん。誰にだって苦手な事はあるものよ。私も君ぐらいの時は全身がショッキングピンクに染められちゃったことだってあるし!」

 

落ち込む彼女を励まそうとする楯無だったが、「は、はぁ・・・ッ」と返って来るのは溜息によく似た返事ばかり。

此れではダメだと様々な言葉を使って元気づけようとする楯無だったが、溜息の代わりに返って来たのは何処か余所余所しい引き攣った笑顔。

「むむむッ・・・!」と此の反応に楯無も溜まらず口端を引き攣らせて焦燥感を募らせる。

そして昔、自分の妹である簪と確執が生まれてしまった時、彼女は簪に思ってもいない事を言ってしまった過去があった為に其の二の前を踏んでしまうのはないかと思い、あんなにも饒舌だった口が鈍くなる。

 

「・・・はぁ・・・清瀬君だったら、どう言うかしら?」

 

思わず楯無はそう言葉を紡いだ。

楯無と簪の間に出来た溝を埋める切っ掛けを作ってくれた男の顔とあの珍妙な笑い声を思い出す。

二人がトレーニングを行った第二アリーナは、姉妹仲良く彼に説教を喰らった場所であった為、余計に印象が強い。

 

「・・・清瀬ッ?」

 

「あッ・・・ううん。何でもないのよ、箒ちゃん!」

 

此の時、まさか思わず自分の口から出てしまった名前が、箒の琴線に触れるとは楯無は思いもしなかった。

 

「清瀬・・・・・アイツ・・・あいつだけは・・・ッ!!」

 

「ほ・・・箒ちゃん?」

 

春樹の名を聞き、箒の脳内に映し出されたのは『第二次福音討伐作戦』が決行される前の場面であった。

其処で、彼女は慢心のせいで一夏を傷付けてしまった事に落胆する自分を嘲笑って自身の紅椿を取り上げた男の表情を思い出す。

そして、こうも仮定した。またあの時の様に落胆する自分を見れば、あの男はどういう反応をするのだろう?・・・かと。

「阿破破ノ破!」と何処からか、自分を小馬鹿にする嘲笑が聞こえて来る。

 

「ッ、楯無さん!」

 

「は、はい!?」

 

「もう一戦お願いします!!」

 

楯無はカラの缶ジュースを握り潰して迫って来た箒に「も、勿論です!」と呆気に取られて思わず敬語になってしまう。

しかして、其の口端は上へと吊り上がっていた。

 

実は、箒へペアを申し込む前、楯無は彼女のISステータスをチェックしていた。すると入学前の適性検査では『C』だったIS適正が『S』まで上昇していたのである。

適性度『S』を出した者は、世界でも『ブリュンヒルデ』や『ヴァルキリー』ぐらいしか居ない激レア。しかも、入学から僅か半年程度で此れ程の変化を見せた者は前例が無い。

此の急激な適性向上に楯無は、彼女の姉にしてISの発明者である束が関わっているのではないかと推測し、其の調査も兼ねていたのである。

 

「ふふ・・・おもしろいわね」

 

其の件も含めての彼女の今の反応・・・・・楯無の好奇心がくすぐられない訳がなかった。

 

「何してるんですか、楯無さん! 置いていきますよ!!」

 

「はいはい、そんなに焦らなくたってアリーナは逃げたりしないわよ!」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

一方、其の頃。

整備室の一角では、ある黒髪と水色髪のコンビがタッグマッチ戦への戦略を練っていた。

 

 

「織斑君の白式はただでさえ燃費が悪い・・・だから作戦うんぬんを立てる前に慎重な行動をとって」

 

コンビの片割れである簪が静かに諭す様な口調で目の前のコンビ相手である一夏に言葉を連ねる。

 

「慎重な行動って?」

 

「まず・・・敵の懐に安易に飛び込まない。戦闘に対して熱くならない。あと攻撃の一つ一つにフェイントを入れる」

 

「えーっと・・・簪さん、それだと俺がまるで考えなしのバカみたいなんだけど・・・」

 

「まだわからないの・・・実際そうでしょ? あなたは典型的な猪武者。あと・・・気安く名前で呼ばないで」

 

歯に衣着せぬ簪の言葉に「うッ・・・」と表情をしかめる一夏。

「それは違う!」と申し開きを入れたいが、そうすれば容赦のない簪の自己分析表の餌食になる事は明白・・・と言うか、もう既になっていた。

此の作戦会議を行う前、一夏は彼自身と白式の弱点を簪からパワーポインターで懇切丁寧な説明を受けていたのである。

 

「わ、わかった! かんざ・・・更識さんの言うように気を付けるからさ! 取りあえず、作戦を考えようぜ!」

 

「・・・あなたみたいな人間の「わかった」・・・なんて、アテにならないけど。まぁいい・・・織斑君はどんな作戦を考えてる?」

 

「え・・・そうだな・・・俺が近距離担当で、更識さんが中距離担当。それで俺の零落白夜をセーブしつつの更識さんがメインってのは?」

 

意外にも真っ当な作戦に「・・・いいかも」と頷く簪に「なら!」と先程とは打って変わって表情が明るくなる一夏だったが・・・・・

 

「・・・でも、得意としてる得物だとそうなるけど・・・多分絶対に読まれてる。だいたい・・・さっきも言ったけど、白式は高燃費。長期戦になると二対二の関係性が一気に崩れて不利になる」

 

此の一夏・簪ペアのネックとなるのは、やはり白式の単一能力である零落白夜の使い方であろう。

何故ならば、零落白夜は有り余る威力を持った一撃で相手を戦闘不能にすることが出来るが、其の代償として膨大なエネルギーを使用しなければならないからだ。

 

「わ・・・悪い。そうだよな」

 

「別に・・・その分だと早く勝負を決めてしまえばいいだけの事」

 

「勝負を早く決める?」

 

「うん。二対二で互角の勝負をするよりも・・・ニ対一に持ち込んでの各個撃破が望ましい」

 

此の簪の提案に一夏が眉をひそめる。

其れを感じ取ってか、彼女は更にこう続けた。

 

「卑怯に感じるかもしれない。でも、向こうだって・・・お姉ちゃんも多分私と同じ考えだと思う。と言うか、誰だってそうする」

 

「それは、そうだけどさ・・・」

 

尚も渋い表情の一夏に対し、簪はずいッと顔を寄せて彼の瞳を覗き込む。

余りの唐突な急接近に一夏は「ちょッ、更識さん!?」と顔を赤らめて慌てるが、そのまま簪は確りと目を見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「織斑君・・・勝つことには必要悪だっているの。それに勝てば・・・みんなだって認めてくれる」

 

「いや、だけど・・・ッ」

 

「今は・・・私を信じて?」

 

あんまりにも強い意志を持った瞳でそう語り掛けられるものだから、一夏は「お・・・おう。わ、わかったよ」とついつい首を縦に振ってしまった。

其れを確認した簪は自分なりの「・・・ありがとう」と精一杯の笑みを浮かべる。

 

「(私は・・・私自身をあの人たちを認めさせる。あの子を・・・奪われない為にも、絶対に。だから・・・・・悪く思わないで。それに・・・もともとこれはあなたのせいなんだからね?)」

 

其の静かな微笑の下で冷たい思考を張り巡らせて『目的の為ならば、手段をいとわない』と言った具合に自分の思惑を隠しつつ、簪は一夏と共にタッグマッチ戦に対する迎撃作戦を練っていくのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「やぁあああああッ!!」

 

「ッ!!」

 

上記の二組が様々な思惑を張り巡らしている同時刻。

剣道部が部活動で使っている武道場では、部活顧問と一年生部員達に見守られながらある二人の生徒が防具を身に纏って試合を行っていた。

されど其の二人の生徒が手にしている得物は練習用の竹刀ではなく、別の競技である練習用薙刀先竹である。

 

「てぇえええええい!!」

 

「おっと!?」

 

試合は出入口向かって右側の生徒が凄まじい勢いで猛攻を仕掛けていき、普段着慣れぬ防具の動きに手こずる左側の生徒を劣勢に虐って有利に立っている。

 

上下左右、縦斜めから来る振りに胴当てごと上半身を貫かんとする突き。

其の有り余る気迫に圧倒されて対戦相手の生徒のみならず、周りに座す部員たちも固唾を飲んだ。

 

「おわッ! マジかよ!?」

 

「ッ・・・てやぁあああああ!!」

 

そんな猛攻に堪えられなくなったか。劣勢を強いられている方の生徒がバランスを崩し、後ろへと倒れる。

此の隙を見逃さず、止めを刺さんと一気に右方の生徒が距離を詰めた・・・・・其の時!

 

「あぁらよっと!」

 

「な!?」

 

バランスを崩した左方の生徒が其のままバク転を決めて体勢を立て成したではないか。

そして、其のまま自分を追い込んでいた右方の生徒へ反撃の一手を振う。

 

「ヴぇぉおろぉお阿”ァアアア!!」

 

「ッ、きゃぁあああああ!!?」

 

バシィイイッン!と強烈な薙ぎ払いにより、左方の生徒の持っていた薙刀は取り落とされるどころか、武道場の壁へと叩きつけられる。

其れを合図に「そ、それまで!」と顧問の試合終了の声が掛かるのだったが・・・・・

 

「ぜぇッ・・・はぁッ・・・ハァ・・・ッ! つ、疲れたぁあ・・・!!」

 

逆転勝ちを決めた左方の生徒は、其の場に息を切らしつつ四つん這いとなってしまったのだった。

傍から見れば、此れではどちらが勝ったか解らない有様である。

 

「はぁ、はぁッ・・・お見事です」

 

黒星を付けられたにも拘らず、未だ余力が残っていそうな左方の生徒が面当てを外しながら頭を振う。

すると其の中から出て来たのは、編み込みを入れて下ろした清楚な黒髪ロングヘアーと端正な顔立ちであった。

 

「み、見事ねぇ・・・お世辞でも嬉しぃわぁ」

 

そんな大和撫子に返答しつつ、勝ったんだか負けたんだか判らない疲弊した右方の生徒が面当てを脱ぐ。

さすれば、其処から晒されたのは、白く変色した頭髪と琥珀色と鳶色のオッドアイであった。

 

「いえ、お世辞なのではありません。私の正直な感想です、”清瀬”さん」

 

「阿破破破破破ッ・・・ありがとうな、『四十院』さん」

 

そう言って奇天烈な笑い声で答える春樹に対戦相手の『四十院 神楽』は朗らかで上品な微笑みで返す。

其の二人のやり取りに何故か周囲からは拍手が鳴っていた。

 

・・・しかして、何故に此の二人が試合を、其れも剣道ではなく薙刀で行っていたのか。其れは今から数刻前に遡る。

 

其の日の放課後、春樹はいつもの様に生徒会室をカフェ代わりにしようと訪れた。

だが、彼はお目当ての紅茶を頂く事は叶わず、代わりに生徒会室の仕事を承ってしまったのである。

其の仕事と言うのは、剣道部が使用している倉庫の整理整頓だ。なにぶんと重い荷物が大量にある為、男手が欲しかったのだろう。

しかして普段の春樹ならば、この様な戯言は断るのだが・・・なにぶんと美味しい紅茶をご馳走してくれる虚からの頼み事であった為に此れを承諾した。

 

・・・因みに。

後に上記の事柄を聞いた普段から彼にないがしろにされている楯無はブウを垂れて拗ねたと言う。

 

そんな事もあったりなんかしつつ、仕事を片付ける為に剣道部へと向かう春樹。

だが、てっきり男子生徒は男子生徒でも学園のアイドルである一夏が来るものだと思っていた部員達には肩透かしであり、冷ややかで白い眼を彼へ突き刺した。

あからさまに歓迎ムードではない痛い視線に胸を悪くしながらも、春樹は一人で仕事を片付けて行っていく。

 

其の時であった。春樹は片付けの途中で練習用の薙刀先竹を発見する。

今度行われるタッグマッチ戦において自分の提案した槍が実装される事を聞いていた彼は、唯なんとなしに其の薙刀を振ってみた。

其れが何となく性に合った為、「俺ぁ学園のランサーよ!」と何処かの猛犬の様に朱槍に見立てた薙刀を振う。

・・・けれど春樹は失念していた。彼がファンであるクランの猛犬の幸運値が『E』であることを。

 

たまたま片付けの様子を見に来た剣道部顧問に自分の剣舞・・・もとい槍舞を見られてしまい、何が何やら解らぬ内に練習台として剣道部員との試合を行わされる事と相成ったのである。

 

「・・・なんでじゃ!?」と最初は嫌がっていた春樹だったが、『ISがなければ唯の弱い男』と舐めて掛かって来た部員達が癪にさわり、ムカついた相手にはついついガンダールヴを使って勝利してしまう茶目っ気を披露してしまった。

 

其れが部員達の勘に触ってしまい、彼を五体一や十対一の試合を申し込んで袋叩きにしてやろうと画策したのだが・・・並みの修羅場を潜っていない春樹にとって彼女達の剣は畳の上の水練でしかなく、幾ら束になろうと無駄であった。

 

しかし、其の内に部員の一人が『春樹の持つ得物が長いから卑怯だ』と言い出す。

そんな事もあってか、薙刀の師範代を祖母に持つ四十院に白羽の矢が立ったのである。

 

「す、すごーい!」

「IS使ってなくても強い・・・って、半端ない!」

「流石は学園のバーサーカー・・・侮れないわね」

 

だが、其の四十院まで降してしまった春樹に対し、部員達は遂に彼の実力を認めざるを得なかった。

 

「ご苦労だったわね、清瀬」

 

「ッ・・・なにが「ご苦労だった」ですか、榊原先生ぇ! ぶっとうしで試合を続けやがって!! 俺ぁ試合をしに来たんじゃのーて、倉庫の片づけをしに来たんですよ!!」

 

「そんなに噛み付かないで。君の御蔭で皆、いい勉強になったと思うわ」

 

「何をいけしゃあしゃあと―――――」

 

其の場にへたり込む自分に上から労いの言葉をかけて来た今回の元凶である部活棟の管理を任されている教員、『榊原 菜月』へ春樹が更に噛み付こうと声を荒らげた矢先・・・「き・・・清瀬、くん!」と彼を呼ぶ声が聞こえて来る。

振り駆れば、其処には先程まで自分へ殺気を指し向けていた部員達が正座をしているではないか。

余りに意外な其の彼女達の姿に対し、「えッ・・・ど、どしたん?」と急激に春樹が冷静さを取り戻した次の瞬間。

 

『『『す・・・すいませんでした!!』』』

 

「阿ッ???」

 

部員達は一斉に春樹へ謝罪の言葉を述べたのである。

此れには流石の学園のバーサーカーもタジタジだ。

 

「え、あの・・・四十院さん、此れって何じゃぁな?」

 

「みなさん、今まで清瀬さんに対してあまり良い印象を抱いていなかったので。それを謝罪しているんですよ」

 

「・・・ほ~ん、今更のぉ」と呟いた春樹の一言に皆の身体がビクッと震える。まるで親に大目玉を喰らう前の幼女の様にだ。

・・・しかし。

 

「・・・・・阿ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!」

 

『『『!』』』

 

怯えて萎縮する部員達を前にし、春樹はいつもの様に快活で奇天烈な笑い声を轟かせる。

 

「皆、素直で可愛えのぉ。大丈夫じゃっちゃ、そねーな事で気ぃ悪うする程・・・(まぁ、ちぃとばっかしムカついたけど)俺ぁそねーに怒っとりゃせんでよ」

 

「ほ・・・ほんとに?」

 

「応ッ、構ん構ん。阿ッ破ッ破ッ破ッ」

 

ニヤリと笑って頷く彼にパァーッと部員達の表情が明るくなった。

 

「う・・・器が大きい! か、かっこいい・・・!」

「な、なに・・・清瀬くんの笑顔見てたら何だか胸がぽわっとする・・・!」

「なんかボーデヴィッヒさん達が惚れてる理由がわかるかも・・・ッ」

 

・・・明るくなるどころか、若干頬に赤みを帯びている部員も居たが。

 

「さて・・・其れじゃあ榊原先生の驕りで食堂のパフェでも喰おうやぁ!!」

 

「・・・えッ、ちょっと!!?」

 

此れもあまりに唐突な発言に『『『えッ! いいんですか、先生?!』』』と期待に胸を膨らませる部員達の眼が声を上ずらせて驚嘆する榊原に向けられる。

 

「ちょっと清瀬、私はそんな事―――――

「榊原先生?」

―――――な・・・なによッ?」

 

「俺ぁ・・・タダじゃあやらん質なんです。断りゃあ・・・勝手に俺をタダ働きさせた事で、出るとこ出てもらいますよ、先生ぇ?」

 

ニッコリと彼女に向けられた春樹の笑顔は、部員達に向けられたものとは全く違う文句を言わせぬドス黒い微笑だった。

此れには榊原も「は・・・はい」と頷くしかなく。其れを皮切りに今まで静かだった部員達から歓声が上がる。

 

「破破破ッ。阿、そうじゃ。なぁ、四十院さん?」

 

「はい。なんでしょう、清瀬さん?」

 

「ちょっと、相談に乗って欲しい事があるんじゃけど・・・よろしいかね?」

 

自身の財布の中身を確認しながら項垂れる榊原を余所に春樹は今までとは違った悪戯っ子の様な無邪気な笑顔を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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110話

 

 

 

「・・・ぅう・・・くァ~~~ッ・・・ねむ・・・」

 

時刻は早朝の午前五時を過ぎる頃。タッグマッチ戦の出場者である凰 鈴音は自分のベッドの上でまだ眠気を感じる目を擦りながら、猫がする様なアクビを晒す。

部屋の中は薄暗いが、閉じられたカーテンの隙間からは白んだ光が漏れている。

 

そのまま鈴は寝間着から運動のしやすいジャージへ着替えると、ルームメイトで未だ夢の中に居るティナ・ハミルトンを起こさぬ様に部屋から寮の外へと駆け出した。

 

「すぅー・・・はぁーッ・・・」

 

外は秋の訪れを感じさせる空気が辺り一面を支配しており、涼しさを通り越して若干の寒さが感じられる。

 

「・・・よし!」

 

そんな中で、軽い準備運動を終えた鈴は日課であるランニングでアップを始めた。

其の内、身体を動かした事によってポカポカと彼女の体が熱を帯びる様になる。

 

「はぁ、はぁッ・・・ふぅ~・・・!」

 

しかし、今日の鈴はいつものハツラツとした姿とは少し違う雰囲気を其の身に纏う。

眼を幾何かの殺気で脂ぎらせ、何処か緊張感のある強張った表情をしていたのである。

其れも其の筈。今日は待ちに待った全学年による専用機所有者だけのタッグマッチ戦が行われるのだ。

 

「(やるだけ、やれるだけの事はやって来た。あとは・・・ただ勝つだけよ!)」

 

「よし!」と其の身に気合を入れた鈴は再び走り出す。

今日此の日の為、パートナーであるセシリアと共に訓練で切磋琢磨し、出来るだけの対策を練って来た。試合で戦う相手に対する不安は一切ない。

・・・ただ、少しばかり体に力が入り過ぎていた。

其れ故なのであろうか。彼女はいつもとは違うランニングコースを進んで行く。

 

「・・・ん?」

 

調度其の時、彼女の視界に見知った人物の姿が映る。

 

「・・・・・・・・」

 

其の人物はまるで其の場所に何十年も立っている樹木の様に佇んでおり、手には自分の身長よりも長い棒を握り緊めている。

傍から見れば、其の姿は異様な事この上ない見ての通りの不審人物。

此の不審者こそ、良くも悪くも学園一有名な男性IS適正者である清瀬 春樹その人であった。

 

「・・・なにやってるのかしら?」

 

そんな相も変わらず変人独特の雰囲気を漂わせる春樹に鈴は興味を引かれたのか。ランニング中にも関わらず立ち止まると、恐る恐る木の物陰から観察する事にした。

 

「・・・すぅ・・・・・はぁ・・・ッ」

 

「!」

 

興味をくすぐられた彼女がおもむろに春樹を見ていると、彼は小口に息を吸い込んで其のままゆっくりと閉じられていた目を開く。すると、瞼より現れたのは琥珀色の”両眼”であった。

普段の春樹ならば、珀色の瞳は右眼だけ。だが、両眼から琥珀色の炎が漏れ出していると云う事になると其れは鈴の経験上、『戦闘モード』と云う事を示す。

 

「あぁ・・・阿”ア”ぁ”・・・ッ!!」

 

其のまま春樹は短くも低い唸り声をあげ、自らの専用機である琥珀を起動。鱗の様な銀の装甲版を体表へと纏い、背中からは眩いばかりの蒼い六枚羽を拡げる。

そして、再びゆっくり胸の赤いクリスタルと同じくらいに映える金色の四ツ目を開けた。

其の姿は、以前にも増して色濃く竜の姿を形どっていた。まるで眠りから目覚めたばかりの様な飛竜が其処に居たのである。

 

「・・・綺麗・・・」

 

”あの夜”と同じ炎を灯している金眼四ツ目に鈴は思わず息を呑む。

けれど・・・其の姿に目を奪われたのも束の間。

 

「ッ、あ・・・あれ!?」

 

彼女が瞬きをした瞬間、さっきまで其処に佇んで居た筈の春樹が消えたのである。あまりの突然の事に鈴は辺りを見回すが、彼の姿を見つける事は出来なかった。

其れ故、彼女はまだ寝惚けているのだと思って自分の頬を抓ってみるが、痛いばかりで更に眼が冴えてしまう。

 

「・・・おはよーさん!」

「ッ、うひゃぁあ―――――ッ!!?」

 

そんな中、鈴は突然背後から聞こえて来た声に吃驚し、思わず振り向き様に自身のISを部分展開した拳を振るってしまう。

 

「おわぁあッ!? 凰さん?!!」

 

其の拳を寸での所で受け止めたのは、先程まで彼女の目の前に居た筈の春樹であった。

 

「び、ビックリさせないでよ! 心臓が止まるかと思ったじゃないの!!」

 

「ご・・・御免なさい。でも、そねーに怒らんでもエエじゃ―――――」

「何ですって?!!」

 

弁解を返しようとした春樹をキッと睨み付ける鈴。

其の涙目に悪い事をしてしまったと春樹は沈黙し、再度謝罪文を述べたのだった。

 

「それで・・・あんた、この時間にこんな場所でなにやってるのよ?」

 

「阿? 俺ぁタッグマッチ前に肩を慣らしとこぉ思うてな。そー言う凰さんは?」

 

「私? 私はランニングよ、いつものルーティーンってやつ」

 

「ルーティーンでランニングなぁ・・・元気なもんじゃのぉ。其れに気合十分って感じじゃし」

 

「あったり前よ! セシリアとこの日の為に頑張って来たんだから!!」

 

「破破破ッ、其りゃあ頼もしい限りじゃ。じゃけど、凰さんとセシリアさんが戦う二人・・・サファイア先輩とケイシー先輩は強いで?」

 

「ふんッ。アメリカだかギリシャだか知らないけど、負けるつもりなんてみじんもないわよ!」

 

鼻息荒い彼女の言葉に「そうか、そうか」と春樹はケラケラ笑っていたのだが、何故か鈴の眉間にしわが寄る。

 

「でも、清瀬・・・あんた、どうなのよ?」

 

「どう・・・って?」

 

「だってあんたの相手って、その・・・ラウラ達じゃない」

 

「阿? 其れが何よ?」

 

「それが、って・・・その、ためらったりしない訳?」

 

「・・・ッは?」と思いもよらぬ鈴の言葉に春樹は大きく表情を歪めた。

 

「は、えッ? 何よーるんな、凰さんや? 君だってクラス対抗戦の時に織斑の野郎とバトったじゃろーが」

 

「それはそうだけど・・・あの時は私、あいつに対して頭に血が上ってたから。でも、清瀬とラウラは違うじゃない。その・・・仲がいいみたいだし」

 

鈴が心配しているのは、普段から仲の良い春樹とラウラ達が戦う事で、二人の間に溝が出来るのではないかと云う事である。

 

「そうじゃなぁ。確かにラウラちゃんらぁと戦うのは偲びねぇけど・・・手加減して戦うたら彼女、きっと怒るじゃろうし。手加減して勝てるとも俺ぁ思うとらん。其れに・・・・・」

 

「それに?」

 

「打ち負かしてやって、ものにした方が・・・なんかエエじゃろう? 好きな子なら特になぁ」

「ッ!」

 

口角を吊り上げて紡いだ春樹の言葉に何故か鈴は『ゾッ』としてしまった。愛する人を想う優しい感情と獲物を狙う獣の様な表情に。

 

「清瀬・・・前から思ってたけど、あんたってドSのロリコンね」

 

「阿”ッ? 急に何なんな? ドSじゃーなんじゃーは置いといて、ロリコンって何なら? 喧嘩売ってる? 売ってるよね?? 言い値で買っちゃうよ???」

 

またしても思わぬ鈴からの発言に表情が明るいが背後からは『ドドド』と云った言葉が浮かび上がる。

 

「だってそうじゃない! ほら、ラウラって私と同じで、よ・・・幼児、幼児体け―――――」

 

「其れ以上はおえん、おえんで凰さん! 無意識じゃろうと思うけど、穴が開きそうな程に唇を噛み締めとるでよ!!」

 

自分が認めたくはない自滅ワードを口から出そうとする鈴を何とか抑えた春樹は「別に俺ぁロリコンじゃねーわ」と念を押す。

 

「でも・・・」

 

「でも、とかじゃねーわ。つまりはあれじゃ、えーと・・・『余はロリコンではない。好きになった女がロリだっただけ』じゃ!!」

 

「え~~~・・・・・」

 

春樹は納得のいっていない彼女の表情に「えーと、えーと・・・じゃけんなぁッ・・・!」とダラダラ額から変な汗を出し始める。其の表情が面白かったのか、疑心暗鬼を晒していた鈴の表情が急にほころんだ。

 

「・・・っぷ! あはははははッ!」

 

「なっ・・・何が可笑しいんじゃ、凰さん?!」

 

「ごめんごめん。あんたの顔がおもしろかったから、ついね。ふふふ、あはははははッ」

 

「ッ、な・・・なんかムカつくわぁ!」

 

八重歯を見せつつケラケラ笑う鈴に対し、春樹はムッと眉間にしわを寄せた。

 

「あはははッ・・・はぁ~、笑った笑った。なんか、あんたの御蔭でリラックスできたわ。ありがとね」

 

「いや、御礼言われてもなぁ。こっちは凰さんのせいで謎の疲労が―――――

「”鈴”よ」

―――――ッ阿?」

 

「”鈴”で良いわよ。いつまでも名字で呼ばれるのも何だか嫌だし。だから、鈴で良いわよ。私もあんたの事、”春樹”って呼ぶから」

 

「お・・・おう、解ったでよ。り、鈴さん?」

 

自分の名を呼ばれ、何処か満足げな表情を浮かべた鈴は「よーし! やってやるわッ!!」と叫ぶや否や、「それじゃあね! あんたも頑張りなさいよ!!」と春樹に言って其の場を跡にする。

 

「な・・・何じゃったんじゃ、一体?」

 

後に残されたのは、疑問符を浮かべたままの春樹と・・・・・

 

〈へぇ~・・・・・〉

 

サーモカメラで彼女の表情を読み取り、どこか面白そうな表情で彼の肩に手を回している琥珀だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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111話

 

 

 

「え~っと・・・此れって??」

 

今日の此れより開催されるは、専用機所有者だけによるタッグマッチトーナメント。

其の開会宣言が刻々と迫る中。唯一人単独で今大会に臨む春樹は、バックアップチームとして学園へと赴いたIS統合対策部の面々が居る控室で口をへの字に曲げていた。

 

何故に彼が疑問符ばかりを浮かべているのか?

其れは、今日此の日の為に制作された新型ISスーツへ対する反応に困っているからに他ならない。

今回、新しく開発された春樹のISスーツは、今までのIS運用データに基づいて作成されたウェットスーツ状の全身タイプなのであるが・・・配色は赤と銀色を基調とし、其の胸の中央部にはサファイアの如き鏃型のランプが付いていた。

 

「―――――いやッ、”カラータイマー”やんけ!!」

 

「そうだよ」

 

「「そうだよ」ッ!?」

 

何ともあっけらかんとした壬生の肯定文に「えッ、マジで言ってんの?!」と、信じられない声を上げて顔をひしゃげた。

 

『カラータイマー』。

其れは、初代ウルトラマンを始めとする全てのウルトラ戦士の胸に取り付けられている丸いランプの名称である。

作品によってはライフゲージやエナジーコア、パワータイマー等と様々な呼び方をされているが、要するに『活動限界を知らせるもの』だ。

起源は諸説あるが、『怪獣に対して無敵すぎる設定を鑑み、『時間制限』という弱点を設けた』と云うものが有力な説の一つである。

 

「いやいやいやいやいやッ、おかしいでしょ!! なしてカラータイマー付けたんですか?! 此れがピコンピコンって鳴ったら、「俺ッ、弱ってます!」って宣言してるようなもんですからね!! 此れじゃあまんまのウルトラマンじゃねぇですかッ!!」

 

春樹の言い分は、ごもっともなものであった。

上記にもある様にカラータイマーは活動限界を知らせる時限装置。エネルギー量が残り少なくなってくると、此のサファイアの輝きが血を思わせるルビーの色へと様変わりし、警告アラームを周囲へと響かせる。そんなものが付いていては、戦闘に悪影響が出る事は必須であろう。

しかも、ちゃんとISを纏った状態でもカラータイマーが露出する様に琥珀を調整する始末。

 

「何考えてるんですか!!」

 

「ぎゃーぎゃー喚くな、清瀬。ちゃんと考えてある」

 

「やれやれ」と面倒臭そうに溜息を吐く芹沢に「ホントかよ?! つーか、此れって円〇プロにちゃんと許可取りしてるんですか?!!」と勢い良く差し迫る。

そんな彼を「まーまー」「その辺にしてください、我らが刃」「どうかここは冷静になって」と周囲の技術者連中がなだめた。

其れが通じたのかどうかは定かではないが、一応の落ち着きを取り戻した春樹は「・・・で、頼んでいたものは?」と疑問符を投げ掛ける。

すると、「其の言葉を待ってましたッ!」とばかりにどっと周囲の声が弾んだ。

 

「勿論ですとも、我らが刃! 刃殿に応えようと総力を上げて作り上げました!!」

「まずは最新の実装武器としてリクエストされた『槍』武装!」

「中でも試作品として完成に扱ぎ付けた品を持ってきました!!」

 

餌を求める雛鳥の様に口喧しい担当技術者連中が持って来たのは、彼らの身の丈を優に超える六尺ばかりの得物であった。

 

「試作壱號型高熱斬槍、名を『逆叉』!!」

「モデルとしては、日本独自の進化を遂げた『大身槍』を基調としております!」

「穂先は一尺強。その長大な穂先を利用した薙ぎ払いも可能で、扱いは難しいとは思いますが、我らが刃の手に掛かれば無類の強さを―――――」

 

「解った、解ったッ、解りましたから! そねーに一遍に喋らんでくだせぇよ!!」

 

担当開発者達の口から放たれる雪崩の如き怒涛の説明文と謎の圧迫感に「もう止めてくれ」とばかりに春樹は両掌を挙げる。

其れに対し、壬生が未だ喋り足りない彼らを何とか抑えると、対装甲IS用大身槍『逆叉』は春樹の掌へと握られた。

 

「ッ・・・こりゃあ・・・!」

 

担い手の元へと収まった逆叉はキィインッ!とけたたましく鳴いたかと思えば、其の穂先をルビーの様に真っ赤に染め上げた。

 

「おぉッ、逆叉が喜んでおる・・・!」

「自らの主がわかるとは・・・我々はまたしてもとんでもないものを作ってしまいましたな!」

「いやいや、これもすべては我らが刃の御力故よ!!」

 

逆叉の嘶きに何を感じ取ったのかは知らないが、やんややんやと騒ぎまわる彼らへ「喧しい!!」と芹沢の一喝が響き渡る。

 

「ッチ、まったく・・・騒ぎ過ぎだぞ、お前ら。清瀬、とりあえずそれは琥珀に仕舞っとけ」

 

「はい。其れで、ショットガンの方は?」

 

「心配するな、清瀬少年。そっちは試合までには調整しておくよ」

 

「・・・出来れば、今此処で貰いたかったんじゃけどな」と呟く春樹に壬生が「更識代表候補性に”例の件”を話したのか?」と問うた。

 

「いや・・・実は、まだ・・・・・」

 

「おいおいッ・・・まだ話してなかったのかよ! もうコッチは話が纏まってる。本人の預かり知らぬ所で進めるのはマズいだろうが!」

 

「落ち着け、芹沢。例の件は、トーナメントが終わってからでも遅くはあるまいて。長谷川副本部長も了承しているんだ、焦るなよ。それに・・・清瀬少年の話だと、今日も”また”あるかも知れないからな」

 

そう言って壬生はドカリと春樹の目の前へ幾つものアタッシュケースを並べる。

開けば、中には水色の液体の詰まった弾頭が敷き詰められているではないか。

 

「・・・話は通してあります。榊原 菜月って言う美人な先生に渡して下さい」

 

「だけどよ、本当に襲撃なんて来るのか? あんまりにも備え過ぎじゃないか?」

 

「其れもまた良しです。襲撃がなかったらなかったで、其れもまた良し。笑いものになるのが、俺だけで済む話ですよ。破破破ッ」

 

ケラケラ奇天烈な声で笑う春樹であったが、其の眼は緊張感に満ち満ちたものであり、其れを見た技術者たちは思わず息を飲んだ。

そんな彼らに対し、春樹は「其れじゃあ、俺ぁ此処いらで。新しい大業物をありがとうございました」と礼を述べて控室を後にする。

 

「さてさて・・・それじゃあ俺達も準備に取り掛かるか」

 

「しかし、室長。我らが刃の予言する様に・・・襲撃なんて本当にあるので?」

 

「だったら賭けてみるか? 俺は清瀬少年の予言的中に二万だ!」

 

壬生の此の発言に「賭けになりませんよ!!」とドッと笑いが巻き起こった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 「それでは・・・全学年専用機持ちタッグマッチトーナメント開会の挨拶を更識 楯無生徒会長からして頂きます」

 

第一アリーナに設けられた特設ステージ壇上脇へ立つ虚の挨拶により、檀上中央に立っているマイクスタンド前へと楯無が立つ。

其の隣では、生徒会メンバーである一夏を始めとした面々が立っている。

 

「おはようございます。皆さん、今日は全学年専用機持ちタッグマッチトーナメントです。勿論の事、専用機持ちと銘打っているだけあって出場選手はたったの十一名。ですが、その試合内容は決して見ていて無駄になるような物にはならないと思います」

 

会場に居る全員の視線が集まる中でも関わらず、相も変わらぬ圧倒的存在感を放ちながら一切淀みのない澄んだ声でスラスラと流れるように言葉を紡ぐ楯無の姿は、流石の生徒会長と云ったものだ。

 

「・・・・・ん?」

 

しかし、厳粛な雰囲気の中で一夏はある違和感を覚えた。

其れは起立した姿勢のまま視線だけを動かして生徒達のすぐ近くに並んで集合している教師陣の中で、コソコソと不審な行動をする人物がいたからである。

其の人物とは、逆三角形が特徴的なフォックス型眼鏡をかける一見御堅めに見える教頭先生であった。

先程から何故か自分達を睨み付ける様な視線を送っているのだが、其の表情は何処か青白い。

 

「ん~~~? どうしたの、おりむー?」

 

「いや・・・なんでもない」

 

未だ眠気眼を引き摺る本音からの問いに気のせいかとばかりに一夏は首を横に振るった。

だが・・・彼は見逃し、失念していた。ポケーと呆ける彼女の隣で、口端を吊り上げる男が居た事を。

 

「さて・・・お堅い話はここまでにしといて!」

 

「・・・え?」

 

そして、此の生徒会長が普通に開会式挨拶を終える筈がない事を。

 

「今日は参加しない生徒の皆さんにも思う存分楽しんでもらう為、生徒会でとある企画を考えました。その名も『優勝ペア予想応援・食券争奪戦』!!」

 

極々普遍的な淡々とした挨拶の最後を締めたのは、とても弾むようないつもの楯無の声と胸元で開いた『博打』と書かれた扇子だった。

 

「えッ・・・えぇぇッ!!?」

『『『ッ、うわぁあああああああ!!』』』

 

楯無からの宣言に対し、綺麗に列を作って並んでいた生徒達が一夏の疑問の声を掻き消して一斉に湧く。

 

「ちょ、ちょっと楯無さん! これって完全な賭け事じゃないですか!!」

 

「大丈夫よ、織斑君。一応、これは生徒達の応援の一環・・・所謂、レクリエーションの一つであって賭け事ではないの。それに、もう既に交渉済みよ」

 

「こ、交渉って・・・まさか!」

 

脊髄反射でそう楯無にツッコミを入れた一夏が恐る恐る教師陣の方へ視線を移してみれば、千冬や山田教員を除いた全員の視線が上か下ばかりを見ているではないか。

 

「もしかして・・・先生達を買収したんですか、楯無さん?!」

 

「買収だなんてとんでもない。ちょっとした取引をしたの、取引を」

 

「と、取引って・・・!」

 

未だ納得のいっていない一夏が口元をヒクヒクさせていると、本音を隔てた隣から普段では絶対に聞こえては来ないであろう甲高い声が聞こえて来た。

 

「水を差すようで申し訳ございませんが、皆様方! どうやら、今し方の生徒会長よりの御言葉に納得のいっていない人間がチラホラいるようでして・・・」

 

「き・・・清瀬?」

 

言わずもがな。声の主はケタケタ笑みを浮かべる学園一の飲んだくれである春樹だ。

其の彼の声に皆が耳を傾ける。

 

「しかし、此処は民意を反映いたしましょうやぁ! さぁ・・・さぁさぁッ、此のレクリエーションに賛成の者はどうぞ拍手を!!」

 

『『『わぁあああああ!!』』』・・・と、春樹の掛け声と同時に巻き起こったのは、賛同を表す満雷拍手の雨あられ。

彼は其の拍手に気を良くしたのか。「・・・ッチ!」と舌打ちをする千冬を前に「阿ッ破ッ破ッ破ッ!!」と奇天烈な笑い声を響き渡らせた。

 

「清瀬、お前一体なにを・・・! ま、まさかお前も?!!」

 

「破破破ッ、そねーに怖い顔をするな糞垂れの方の織斑ちゃん? 此りゃあ唯のレクリエーションなんじゃけん」

 

「そーそー。これを決めるための多数決を取る日も、おりむーは生徒会室に来なかったからね~」

 

「じゃよねぇ、布仏さん。じゃけぇ、オメェに文句を言う権限はないんじゃなぁ・・・此れが!」

 

「て、テメェ!!」

 

春樹のしたり顔に一夏は、今日此の日の為に今まで懸命に切磋琢磨して来た自分を始めとする出場者達を馬鹿にされたのではないかと感じ、彼に食って掛かる。

しかし、そんな憤る一夏に春樹は相変わらずの嘲笑を浮かべながら「其れにじゃ・・・ほれ、あれ見てみぃ」とある場所を指さす。

 

「ッ・・・!」

 

其の指差された場所を見た一夏は思わず息を詰まらせた。

何故ならば其の視線の先に居たのは、お祭り騒ぎの周囲に流される事なくキリリッと集中した表情を保つ出場者達の姿があったからだ。

 

「ん~、何ともエエ顔じゃ。実にそそられる仕上がった表情じゃ。其れに比べて・・・オメェは何て顔をしとるんじゃ?」

 

「なんだと・・・ッ?」

 

「あの会長の下賤な策を聞いたオメェの顔・・・ホントに無様とした言いようがないでよ。エエか、織斑? こー言う時はな・・・笑え、笑うんじゃ。破破破破破破破ッ!」

 

ケラケラ笑う春樹にゾワッと一夏の背中に寒気が走る。

此の男の此の笑い声が、実に実に自分の癪に障る事が改めて理解することが出来た。

 

「清瀬・・・俺はお前に勝つ!」

 

「勝つ? 阿破破破ッ! 此れは実に面白い。オメェは未だ自分と俺の実力差を理解できていないようじゃ」

 

「うるさい! 確かに・・・俺はお前より弱いかもしれない。でも、俺はお前と違って泣きもすれば笑いもする人間だ! 諦めないッ、逃げ出さずに戦える人間だ!! 人間を舐めるなよッ!!」

 

「ッ・・・破破破・・・阿ーッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

一夏の言葉に目を見開いた春樹だったが、次に彼の口より紡がれたのは相変わらずの嘲笑染みた笑い声。

其の笑い声に一夏は益々憤りを感じ、彼の胸倉を掴もうとしたのだが・・・ふと、あんなにも騒がしかった周りが静かな事に気が付いた。

 

「素敵・・・!」

「さすがは千冬様の弟ね! あのバーサーカーに啖呵を切ったわ!!」

「そんなヤツ、コテンパンにやっちゃえ織斑君!!」

『『『織斑! 織斑!! 織斑!!!』』』

 

「え・・・えッ・・・?」

 

振り返ってみれば、一夏を応援する熱を帯びた織斑コールがアリーナ中に響き渡っているではないか。

其処で、漸く彼は自分が場を盛り上げる為の出汁にされてしまった事に気づいた。

 

「阿破破破破破ッ。さぁ、会長! 幕引きの御言葉お願い致します!!」

 

「(まったくもうッ、清瀬君! これじゃあ私が添え物みたいじゃない!!・・・まぁ、いいわ)出場者の皆さん、思うことはあると思いますが・・・しっかりと準備をして試合に挑んでください。それではこれで開会式を終わります」

 

そう言って楯無はステージ上で深々と礼をし、タッグマッチトーナメント開会の挨拶を締めくくる。

跡に残ったのは、アリーナの大半を占める熱狂と申し訳程度にある困惑の感情だけ。

 

「うわぁ・・・流石は清瀬少年の通う学園だな・・・ッ」

 

「・・・どいつもこいつもイカれてやがる」

 

・・・そんな状況をモニターで見ていたIS統合部の面々は、若干引き気味であったと云う。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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112話

 

 

 

「・・・・・・・・」

 

大いに盛り上がった開会式終了後。簪は機体準備と精神統一も兼ねて出場選手の控室となったピットに居た。

外では開会式のステージの撤去や用具準備に警備の再確認等が行われており、選手にとっては最後の調整となる貴重な時間である。

しかしながら、刻々と試合開始の迫る中で簪の心は未だ何処か不安定であった。

 

理由を挙げるならば其れは勿論の事、試合に対する緊張もあろう。だが、其れだけが彼女の心を乱す要因に足り得はしない。

簪の内を乱す気掛かり・・・其れはピットの隣に併設された倉持技研特設会場であろう。

其処には今回のタッグマッチトーナメントの噂を聞き付け、簪と一夏がペアを組む様に画策した倉持技研の上層部が送り込んだチームが控えている。

勿論の事、自身の専用機を製作放棄し、今更になってゴマを擦りに来た連中からの手など借りたくはないのだが・・・彼女の性格上、初対面に近い相手に強く踏み込む事が出来なかった為に済し崩しに彼らを迎え入れる結果となってしまった。

そんな簪の心中と理由を露とも知れない一夏は、半ば押し掛けて来た倉持技研のバックアップチームに自身の専用機である白式の調整を任せて彼らと談笑に浸っていた。

・・・まぁ、談笑と言っても倉持技研から一夏に対する一方的な賛美やIS論ばかりであったが。

 

「・・・ッ・・・」

 

此度の大会で戦果を挙げ、倉持技研の上層部に自分の存在意義を認めさせなければ、最悪の結果になる事を危惧している事を簪は表面には出さずとも気が気ではない。

思わず親指の爪を噛み締めて何とか落ち着きを取り戻そうとするのだが、其れが尚に焦燥感とイラつきを積もらせる。

もし、彼女が汚い言葉を平然と口にする様な人間であったのならば、散々に喚き散らしていた方が幾分か自身の心に負担をかけなかった事だろう。

 

「・・・ノックしてもしもーし?」

 

「え・・・?」

 

だから、そんな追い詰められた状況の中で自分が心を許した人物の声が扉の向こうから聞こえた時には、遂に幻聴が聞こえて来たのではないかと別の意味で焦った。

 

「よぉ、簪さん。気張るなぁ言うたのに・・・相変わらずじゃのぉ」

 

「は・・・春樹には、関係ない・・・というか、どうやって・・・ここに?」

 

「阿? いや、普通に正面から。どうやら倉持のお堅い技術屋さん達は、やっぱりおまけの俺よりも本命の織斑の方が気掛かりで仕方ないらしいけんな。其れに織斑の野郎の方も自分が開会式で啖呵を切った相手が自陣に来るとは思うまいて」

 

「・・・そう。それで・・・私に何の、用?」

 

いくら心を許していてもトーナメントを勝ち抜けば、いづれは戦う羽目となる両者。

簪は、なぁなぁの関係を嫌うかの如く精一杯の睨み眼を差し向けるが、流石は数多の修羅場をくぐって来た春樹には其れは効果がなく、彼は彼女の問いかけにあっけらかんとした表情で「ただの様子見じゃけど?」と返す。

 

「様子見・・・?」

 

「応。ほら、俺は今回単独でトーナメントに出にゃあおえんじゃろう? じゃけぇ、他の組と違うて、ちぃとばっかし暇なんじゃ。じゃけん、ちょいと偵察がてらの様子見じゃな。此処に来る前にラウラちゃんらの方にも顔を出して来たし」

 

「へぇ・・・随分と余裕。それでラウラさん達に足元掬われても・・・知らないよ?」

 

「確かにそりゃあ御尤もじゃのぉ。じゃけど・・・俺がこうして様子見に来た御蔭で、幾分か肩の力が適度に抜けたんじゃねーんか?」

 

「・・・え?」

 

言われてみれば、先程まで落ち着こう落ち着こうと焦ってガチガチになっていた身体が、幾分かほぐれている様に感じる。

 

「さっきも言うたと思うが・・・ラウラちゃん所に行ったら、ペア相手のシャルロットが腐った魚みたいな酷い目をしとってな。大方ラウラちゃんの新兵訓練でも受けたんじゃろうけん、労いも兼ねて頭を撫でてやったら、元に戻ったけんな。そうじゃ、簪さん。ついでじゃけん、俺が頭を撫でてやろうか?」

 

「べ、別にいい。でも、あ・・・・・ありがとう、春樹」

 

「構ん構ん。簪さんには頑張って貰いたいけんな」

 

ケラケラとそんな事を言った春樹に簪は「ど・・・どうして?」と半ば期待感の様なものを言葉に乗せて問いかけた。

自分が憧れている人物からの「頑張れ」で有る為、尚余計な期待感がある。

 

「あぁ、そりゃあ・・・・・おっと、此れは失礼じゃけん言わん方がエエな」

 

「ッ? なにそれ・・・気になる。私に失礼な事なら、なおさら」

 

「破ッ破ッ破! なら、俺を打ち負かして聞くんじゃのぉ」

 

「だったら・・・絶対に勝ち残って。私も勝つから」

 

「おや、実に強気じゃな。初戦の相手は、君の姉じゃと云うに」

 

「お姉ちゃんなんて・・・恐るるに足らず・・・!」

 

簪の此の強気発言に春樹は再びケラケラと奇天烈な笑い声をあげていると、〈春樹、そろそろ〉と耳元で琥珀が囁いた。

どうやら、一夏が倉持技研のゴマすり賛美に飽き飽きしたようだ。

 

「それじゃあな、簪さん。・・・勝てよ」

 

春樹は呟くよう紡がれた応援の言葉に簪は「ッ・・・うん!」と背一杯の笑顔を浮かべ、再び眼に覚悟の火を灯した。

 

〈春樹・・・どうして?〉

 

お忍びの会合後、人目を忍んで簪のいるピットから出て行った春樹に琥珀が問う。

 

「琥珀ちゃん、せめて主語を付けてくれ。其れじゃあ解らんて」

 

〈じゃあ・・・なんで、簪を元気づける様な事をしたの? オッズの予想で最下位の大穴になった簪たちにジャイアントキリングさせる為?〉

 

「まぁ、其れもあるが・・・そりゃあ無理じゃろうな」

 

〈・・・・・なんで?〉

 

「そねーな事は簡単じゃ。今日は”招かれざる客”が来るかもしれんからなぁ。じゃけぇ、襲撃があった時に簪さんの身体がガチガチじゃったらすぐに撃墜されてしまうかもしれんがな」

 

そう言葉を漏らす春樹に琥珀は〈・・・・・そう・・・ッ〉と何処か悲し気で寂し気な表情を晒す。

 

〈本当に・・・”来る”かしら?〉

 

「俺は来ると思うとる。こー云うちゃあ悪いが、あの頭がワンダーランドの”アリス”は、君から俺の情報を引き出す事を拒否られたんじゃけんな。実力行使に打って出る・・・と、俺ぁ思うとる。じゃけど、結局は俺の勝手な予想じゃ。来んかったら来んかったで、俺の被害妄想が過ぎるって理由で笑い話になるだけじゃ。じゃけん・・・そねーな悲しそうな顔をせんでくれよ」

 

悲しそうな表情を晒す琥珀の頭を春樹は無言のままに左手で撫でてやる。すると彼の左手の甲のガンダールヴが輝き、琥珀は気持ち良さそうに目を細めてグルグルと喉を鳴らした。

しかし、琥珀は慰めの言葉と愛撫の手を受けつつも、自分の持つ思考回路の何処かでは彼の予言が的中するだろうと確信していた。

そして・・・そんな心中を裏付ける様に・・・・・

 

〈ッ、春樹・・・!〉

 

「・・・破破ッ! あぁ、ホントに・・・当たって欲しくない時に限って、良ー当たるもんじゃわぁ!!」

 

春樹は呆れた笑い声を吐くと共にギョロリと両目へ琥珀色の炎を灯して奔る。

予め仕掛けて備えて置いた策を披露する為に。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ドッグォオオオオオ―――――ッン!!

 

「ッ!?」

「きゃぁあああああッ!!?」

 

タッグマッチトーナメント第一試合開始十分前。

今か今かと胸を膨らませる皆の期待を切り裂く様な爆発音と共に地震の様な激しい地響きが突如として巻き起こり、室内へ備え付けられた電灯が赤い非常灯へと変わる。

其の突発的衝撃にアリーナ管制室に居た教員達も動揺の余り絹を裂く声を上げてしまう。

 

「・・・ッチ・・・」

 

唯一人、周囲の騒めきに物怖じもせずに酷く眉をひそめる千冬へ「お、織斑先生!!」と通常の三倍以上に慌てふためく山田教諭がモニター画面を指さして声を上げる。

見れば、第一アリーナのピットからモクモクと上がる煙と共に無機質で無愛想な”顔のない顔”が此方を見ているではないか。

 

「あ・・・あれは・・・ッ!」

 

其の顔を見て、一人の教員が見覚えのある様な声を上げる。

何故ならば、彼女は其の顔をついこの間に見たばかりであったのだ。

 

「『ゴーレム』か・・・ッ」

 

所々に小さな違いはあれど、其の場に居た全員が其れを見間違う筈がなかった。

先のキャノンボール・ファスト襲撃事件において、過激派ISテロ組織ファントム・タスクと共に学園を襲った機体が又しても現れたのである。

 

「織斑先生ッ! 他にも多数の熱源を確認!」

「加えて、各アリーナのセッションが最高レベルでロックされています!!」

 

緊張感漂う甲高い声と困惑の雰囲気に流されまいと千冬が皆に活を入れようとした・・・其の時であった。

 

「失礼します」

 

「えッ? き、清瀬くん?!」

 

突如として現れたゴーレムと同じ様に管制室へと入って来た春樹に山田教諭の上ずった声が周囲へ響き渡る。

勿論の事、何故か現れた此の男の登場に千冬は「一体何をしに来たッ?」と鋭い視線を突き刺す。

だが、此の彼女の弟ならば縮み上がりそうな睨みにも臆せず、随分と落ち着いた様子で春樹はツカツカ歩みを進めて「山田先生。其処、よろしいですか?」と彼女へ微笑む。其の何とも自然な笑顔に山田教諭は思わず自分の目の前にあったマイクを譲った。

そして、春樹は彼女に礼を述べながらマイクへこう語りかける。

 

「業務連絡、業務連絡。各戦闘教員は氷結弾の使用を許可、使用を許可する。尚、”ワルキューレ部隊”は教師部隊に随行し、一般生徒の避難を開始せよ! 繰り返す。状況を開始せよ、ワルキューレ部隊!」

 

「清瀬ッ、貴様!?」

 

千冬は緊急時の指揮権を持つ自分の目の前で、聞き覚えのない言葉と勝手な緊急連絡内容を話す春樹の胸倉を掴む。

しかし、一方の彼はそんな事にも悪びれた様子を晒す事もせず、今度は右耳に備えられたインカムで何処かへ連絡を取っているではないか。

 

「織斑先生ぇ、今は詳しい話は後じゃ。今、壬生さんらぁがシェルターへの避難経路を抉じ開けてくれよーります。其れに教師部隊の方は榊原先生が率いてゴーレム共の対処に向かっております。まぁ、邪魔な防護壁が木っ端微塵になっちまう事は御愛嬌云う事で」

 

「ッ・・・お前は、一体何を・・・!」

 

千冬は勝手な行動をする春樹を咎める筈が、逆にまるで養豚場の豚を見る様な彼の冷たい眼を見てしまった事で、彼女は一瞬だけ怯んでしまった。

其の隙を巧みに利用し、自分の胸倉から千冬の手を振り解くと彼女に向って頭を下げる。

 

「あとで如何様な処分は受けます。ですので、今の指示を決して撤回しないで頂きたい。これも全ては学園に居る生徒を守る為です」

 

其れだけ言うと春樹は千冬の返答を待つことなく、さっさと管制室から出て行ってしまう。

其の一陣の風の様な彼の行動に一時は呆気にとられる千冬に山田教諭が恐る恐る尋ねる。「お・・・織斑先生? 清瀬君は、一体何を・・・・・?」と。

其れに彼女は「そんな事・・・私が知りたい!」と言いたそうな殺気立った眼を突き刺す。

後に響いたのは、「ご、ごめんなさいぃ~~~!!」と悲鳴にも似た山田教諭の叫びであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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113話

 

 

 

秋の帳が下りる頃。専用機所有者達の技術向上と云う面目で急遽開催される事となったタッグマッチトーナメント。

しかして何処かの阿呆が予想した通り、顔のない顔を持った狼藉者達が出場者達を手にかけんと剥き出しの牙のまま襲撃をかけて来た。

だが、鋼の乙女達が居の一番にメインカメラで確認したものは、悲鳴を上げて逃げ惑うばかりの群衆ではない。

 

「撃ちぃ方、始めぇッ!!」

《ッ!!?》

 

まるで自分達を待っていたかの様に轟く鬨の声とライスシャワーの如く撒き散らされる弾丸の雨あられであった。

ズダダダダダダッ!!と扇形陣形へ配備された教師部隊から一斉斉射に襲撃者・・・ゴーレムⅢ達の周囲に白煙が上がる。

 

《・・・―――ッ・・・》

 

けれども流石はゴーレムⅢか。

教師部隊の待ち伏せ攻撃に驚いたものの、自分達に向かって放たれた弾丸を機体の周りに浮遊する球状物体を円状に展開。其処からシールドを発生させる事で射撃の全てを容易く防ぐ。

そして、筒状の装置が備えられた左腕を無造作に向けると其処から甲高い音と共に凄まじい光が放たれた。

 

「ッ、各員散開!」

 

しかし、放たれた熱戦を流れる様に回避すると二手に分かれて再度射撃を開始する。

尚も懲りぬ教師部隊からの攻撃にまたも此れを防がんとシールドを展開するゴーレムⅢだったが―――――

 

「目標、左腕砲塔!」

「撃て―――ッ!」

 

二手に分かれた一方の小隊がゴーレムⅢのシールドを弾き返し、もう一方の小隊が其の開いた穴に向かって弾丸を撃ち込んだ。

勿論、見るからに分厚い装甲を持つゴーレムに唯の弾頭で左手の砲手を潰す事は出来ない。

 

《―――ッ!!?》

 

だが、何の策もなく彼女等が攻撃を行った訳ではない。発射された弾頭が左手砲塔に着弾するや否や、瞬く間に其の部分を青白い氷が覆ったのである。よって左手砲手は強制的に機能停止へ陥れられた。

其れを合図に部隊の一人が「今よ!」と誰かに合図を送る。

 

「こんのぉおおおおおッ!!」

 

其の合図に応え、瞬時加速でゴーレムへと迫ったのは、近接格闘武器である青龍刀を振り上げた鈴だった。

 

《ッ―――――!》

 

されど此の斬撃を右腕に備えられたブレードで耐え忍ぶ。

酷く歪で大きな金属音が戦場に響き渡ると同時に「もらいましたわ!」と云う言葉がショッキングピンクの流星となってカチコチとなったゴーレムⅢの左腕を撃ち抜いた。

撃ち抜かれた左腕は氷結弾とビーム攻撃の温度差に耐える事が出来なくなり、飴細工の様にバラバラに砕かれる。

 

「鈴さん!!」

「解ってるわよ、セシリア! 墜ちろぉおおッ!!」

 

《ッッ!!?》

 

後方からの支援攻撃を構えたセシリアの声に応える様に鈴はズドンッ! ズドンッ!!とゴーレムの頭部目掛けて命一杯の衝撃砲を発射。

其の至近距離の砲口から放たれた不可視の砲弾はゴーレムの頭部をアルミ缶の様にグチャグチャに潰し、地面へと共に落下させた。

 

《ッ・・・ッ・・・・・!》

 

「・・・せい!」

 

頭部電脳を潰されながら尚も立ち上がろうとするゴーレムに鈴は馬乗りとなって頑丈な装甲を無理矢理食い破りつつ留めを刺す。さすれば、ゴーレムは無機質なノイズを呟きながらメインカメラから光を消した。

「よし・・・!」と安堵と喜びの声を上げるのも束の間。彼女の足元に向って一筋の熱線が放たれる。

其の光が来た方へ目を向ければ、此方を見るゴーレムⅢが刃と砲口を向けて佇んで居た。

 

「もうッ・・・一体何体いるのよ!」

 

「あら? 鈴さん、別に逃げても構いませんのよ?」

 

「それこそ冗談! 行くわよ、セシリア!!」

 

「喜んで!!」

 

「皆、凰さんとオルコットさんを援護よ!!」

 

『『『おーッ!!』』』

 

 

 

 

 

 

『ワルキューレ部隊』。

其れは今日のゴーレムⅢ襲撃を予め想定した春樹によって組織された私設部隊である。

構成メンバーは四十院 神楽を始めとした剣道部員と彼等の呼びかけに答えた一般生徒で、前以て襲撃前に訓練機である打鉄やラファールを纏っていた。

だからこそ襲撃時、春樹の緊急校内放送を機にロックされたセッションを無理矢理抉じ開け、非武装の一般生徒の避難を開始。即座の対応をする事が出来た。

・・・・・しかし。

 

《―――――!》

 

「くぅう・・・!」

 

其の避難の途中、ゴーレムⅢの襲撃に合ってしまった。

無論、模擬戦闘を前提とした第二世代訓練機が第三世代クラスの殺戮マシンに適う訳もない。

何とか自身最大の技量で立ち向かえど、劣勢に強いられる事は確実。

 

《―――――!!》

 

「ッ、きゃぁあああああ!!」

「ハミルトンさんッ!」

 

ゴーレムのブレード攻撃に押し負け、シールドごと後方へと吹き飛ばされるティナ・ハミルトン。

四十院はそんな彼女の援護に向かいたいのだが、なにぶんと彼女も我儘な鋼の乙女の刃を受け止めるのに忙しい。

しかも背後にはシェルターに急ぐ一般生徒もいる為、安易に後ろへ退くことが出来ない。

 

「ッ―――!」

 

「ぐッ・・・うぅ・・・!」

 

そうこうしている内、ゴーレムⅢの圧倒的に力量に押されて四十院も後方へ歪な金属音と共に薙ぎ倒される。

其れによって彼女の背後へ控えていた一般生徒達から怯えた悲鳴が叫ばれ、其の叫びに反応したゴーレム達が彼女達に無機質なメインカメラを向けてノイズを吐く。

 

「ッ・・・さ、させません!」

 

避難生徒を襲わせわせんと四十院はすぐさま態勢を立て直し、ゴーレムの身体に刀を突き刺ささんと刃を向ける。

 

《・・・?》

 

「なッ・・・!?」

 

されど頑丈なゴーレムの装甲を貫く事は適わない。

其のままゴーレムは四十院の刀を右腕のブレードで叩き折り、左腕砲手を彼女の目の前へと突き出す。

反射的に思わず四十院は目をつむってしまうが・・・待てども待てども射撃による衝撃が来る事はなかった。

不審に思った彼女が目を開けてみれば、其処には古びたブリキの玩具様な動きをするゴーレムが居るではないか。

 

「シャルロット! 今だッ、やれ!!」

 

「了解!!」

 

「!」

 

四十院の頭の上に浮かんだ疑問符を掻き消す様に彼女の上を飛び越えたシャルロットが振り上げた六十九口径のパイルバンカーを突き立てる。

 

「いっけぇえええええ!!」

 

ドォウンッ!と云った破裂音と空薬莢が宙を舞った後、グシャリ!とゴーレムの電脳が刺し潰された。

 

「大丈夫か、四十院?!」

 

「は、はい! ありがとうございます、ボーデヴィッヒさん!」

 

ラウラとシャルロットのペアに助太刀され、漸う胸を撫で下ろす四十院。

されど一体のゴーレムを倒した所で、其の後ろには新たなゴーレムが控えている。

 

「四十院・・・皆を連れてシェルターへ急げ」

 

「し、しかし!」

 

「ここはボク達と先生達に任せて!!」

 

合流した教師部隊が避難生徒達の前へ槍衾ならぬ銃衾を築いて立ち塞がる。

しかし、一体どれだけの時間が稼げるであろうか。ゴーレムⅢに真っ向から立ち向かえるISはラウラとシャルロットの機体しかないと言うに。

 

「撃てぇええッ!!」

 

だが、其れがどうしたと言わんばかりに教師部隊は氷結弾の装填されたライフルで一斉射撃を行った。

弾頭がゴーレムの機体表面へ着弾する度に氷の結晶が一面に飛び散って周辺の気温を下げてゆき、少しでも長く生徒達が避難する為の時間を稼ぐ。

 

「早く!」

 

「神楽、ここは先生達と二人に任せて!!」

 

「わ・・・解りました。さぁ、皆さん! 行きましょう!!」

 

自分の弱さに下唇を噛み締めながらも四十院は一般生徒達を連れて地下にある避難シェルターへと駆け出した。

 

《ッ―――――ッ!!》

 

「ッ!?」

 

しかし、そんな彼女らに向けて氷結弾の被害を免れた一体のゴーレムⅢが無造作に左手主砲を差し向ける。

そして、砲口が熱線を吐き出す為に赤く熱を帯びた・・・・・其の時だった。

 

退けぇッ、雑魚共がぁああッ!!

 

『『『ッ!!』』』

 

左腕砲手を構えたゴーレムが、ザギィイイッン!と云った甲高い金属音と獣の様な唸り声と共に真っ二つに斬り裂かれる。

目の前で起こった状況と其の唸り声へ驚嘆する皆を余所に声の主は更に自分の手に握られた長得物の槍で残ったゴーレムⅢ達を薙ぎ払う。

其の槍の穂先で突き刺して切り裂く様はまるで物語に出て来る戦士其の物であり、加えて竜の形の鎧を纏った姿が更に猛々しい。

 

「「ッ、春樹!」」

 

其の勇将の名をラウラとシャルロットが朗らかな笑みを浮かべて呼ぶ。

其の声に反応し、一切合切を斬り裂き刺し潰した春樹が石突を床へ差し向けて彼女等の方を向く。

 

「応ッ、ラウラちゃんにシャルロット。何体倒した? 俺ぁご覧の通り・・・何体じゃ? やべぇ、数えるの忘れとったわ」

 

〈春樹、さっきのを合わせて十一体よ〉

 

両肩に手を回す琥珀の言葉に春樹は「えッ・・・多くね? 想定外なんじゃけど」とヘラヘラ言葉を並べ、ゴーレム達から噴き出たオイルで汚れた四ツ目のヘルメットをサンバイザーの様に上げる。

人目に晒された琥珀色の炎が漏れる彼の両眼を見て、避難生徒の何人かが何処かウットリとした表情をしていた。

 

「ボクとラウラでさっきの機体を合わせて三体目だけど・・・って、どうしたのかなラウラ?」

 

「い・・・いや、何でもないぞ!(そうか、春樹はもう十体以上も・・・・・流石は私の夫だな!!)」

 

琥珀の言葉を聞いて満足そうに頷くラウラに彼女の声が聞こえないシャルロットは疑問符を浮かべる。

春樹は、そんな二人の頭を「そうか、そうか!」と撫でてやった。

 

「阿? おぉッ、四十院さん! 大事はないか?」

 

「え、えぇ・・・私は大丈夫です。そうだッ、清瀬さん。壬生室長さんからこれを・・・」

 

自分達のやり取りを何処か羨ましそうに見ていた四十院に春樹が声をかけると、彼女はイコライザとして背負っていた武装を彼に渡す。

其れは春樹が前々からIS統合対策部に制作を頼んでた対装甲IS用ショットガンライフルであった。

 

「おぉッ! ありがとうな、四十院さん。じゃけど、使ってくれても良かったんじゃで?」

 

もっともな春樹の言い分に苦笑いを浮かべる四十院の隣で、ハミルトンが彼に噛み付いた。

 

「それには使用制限のロックが掛かってるの! 御蔭で神楽は荷物を背負いながら戦ってたのよ!!」

 

「ッ・・・そうなんか? じゃあ俺ぁ君に迷惑をかけ―――――」

 

「謝らないで下さい、清瀬さん。もしロックがかけられていなくても、私はこれを使う事はしません」

 

「どうして?」と春樹から投げかけられた疑問符に四十院は「だって・・・私は銃は苦手なんです。それよりも弓が得意なんです」と答える。

其の彼女の笑顔に「そうか!」と春樹が笑顔で返すと何故か隣に居たラウラとシャルロットがプクリ頬を膨らませていた。

 

「じゃあ、あれじゃ。此の逆叉を使うてくれや」

 

「えッ、よろしいのですか?」

 

「応。其れに薙刀使いの巧みな四十院さんなら、上手う使うてくれるじゃろうけんな」

 

「は、はい! お任せください!」と春樹から長得物を受け取った四十院達は一般生徒達を連れてシェルターへと急ぐ。

そうしてラウラ・シャルロットペアと教師部隊に合流した春樹は戦闘教員の一人からショットガンの弾薬各種を受け取ると第一アリーナの方を向いた。

 

「他の拠点は先生らぁが意外と頑張ってくれよーるけん、大丈夫じゃろう。フォルテ先輩とケイシーパイセンのバカップルも気怠うても戦ってくれとるようじゃし」

 

「ならば、あとは第一アリーナだけか?」

 

「じゃー。あっこはゴーレム共の巣窟になっとるけんな。早う行って榊原先生や簪さんらぁを助けちゃらんと! 二人はまだ大丈夫か? 先生らぁも戦えます?」

 

「ふんッ。舐めてもらっては困るぞ、春樹! 私をみくびるなよ?」

「うんうん。ボクだってまだまだ戦えるよ!!」

 

「私達も大丈夫よ、清瀬君!」

 

鋭い眼で笑みを浮かべる二人と部隊各員に「阿破破ノ破ッ、其の意気は良し!」と奇天烈な笑い声を上げた後、春樹は面当てを下ろして目的の場所に向かってブースターを吹かしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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114話

 

 

 

「はぁッ・・・はぁッ・・・!!」

 

選手の控室となった出撃ピットで、対複合装甲用薙刀を手にした簪は大きく肩を上下させて荒々しく息を吐く。

そんな彼女の足元には、脊髄反射の様に未だピクピク体を震わせる残骸と成り果てた鋼の乙女が転がっていた。

 

ゴーレムⅢの襲撃直後、一体のゴーレムが彼女のいるピットへ強襲をかけた。

余りの突然の出来事へ対し、簪は咄嗟に反応する事が出来ずに萬力の力で首を掴まれてしまう。

しかし、ギョロギョロと無機質な眼で自分を見つめるゴーレムに彼女は臆する事が無かった。

簪は腕への部分展開と共に渾身の力を込めてグサリッとゴーレムの胸を貫く。そして、其のまま彼女は一心不乱に何度も何度もゴーレムの身体に刃を突き立て・・・正気を取り戻した頃には手はゴーレムの体液で濡れていた。

 

《ッ・・・・・―――・・・!》

 

それでも尚、自分に対して手を伸ばそうとするゴーレムへ簪は「・・・ごめんね」と云った呟きと共に背中へ展開した荷電粒子砲『春雷』で引導を渡す。

 

「さ・・・更識、さん・・・?」

 

一足遅く現場へと駆けつけた一夏が彼女へ動揺の声と戸惑いの視線を向けるのも束の間。レーダーに新たな機影が映り、ロックオンアラートがけたたましく鳴り響いた。

 

「・・・行くよ、織斑君」

 

「は、はい!」

 

簪から放たれる謎の気迫に圧倒されつつ、二人は専用機に身を包んで更なる激闘が待っているであろうアリーナ場内へシールドを斬り破って飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

「撃てぇ―――ッ!!」

 

アリーナ場内は敵味方入り乱れての闘いが繰り広げられていた。

アリーナシールドを突き破って侵入して来たゴーレムⅢ、其の数ざっと二十機。

其れを中央に周囲の観客席からは、何処かの飲兵衛が予め生徒会の名を行使して配置して置いた戦闘教員部隊と私設部隊であるワルキューレ隊が急拵えの防護壁の間から発砲する。

されど相手は第三世代型クラスの機体。彼女らが駆る第二世代型量産機の通常武装では倒すどころか、機体表面に傷を付ける事も出来ない。

 

《ッ!?》

 

だが、容易に此の包囲網を突破できると予測していた鋼の乙女達は想定外の足止めを喰らっていた。

此の理由を述べるのであれば、IS学園側勢力の使う武装弾頭が特殊であった事が挙げられる。

 

「アリーナ北側の氷結弾奏が尽きそうだぞ!」

「西側もです!」

「急いで持ってけ!! あのアル中野郎と専用機持ち共が来るまで持ちこたえろッ!」

 

特殊弾頭『十一式氷結特殊炸裂榴弾・改』、通称『氷結弾』。

『銀の福音事件』時に戦果を挙げた為に今回の襲撃事件を予期したウワバミによって外部から運ばれて来た。

けれども、まさか此れを持って来た自分達が補給部隊の役割を担う事になるとはIS統合対策部の面々は思いもよらなっただろうが。

しかし、其の御蔭で襲撃者達の足止めをスムーズに行う事が出来。加えて、氷結弾と通常弾のコンボでゴーレムⅢの武装を破壊する事に成功していた。

 

「テメーらもいつまでも震えてないで手伝えや、ボケェッ!!」

 

「ひぃッ!?」

「クソッ、こんな事になるなら篝火主任について行けばよかった!」

 

前線補給部隊の鬼軍曹宜しく、突然の襲撃に慌てふためく倉持技研からのバックアップチームに渇を入れる芹沢。

そんな彼の「行け行け行け行け行け!」と荒々しい声が響く中で防衛勢力に弾薬補給が行われているのであるが・・・・・

 

「ヤバいなッ・・・もう無いぞ。売り切れ御免だ」

 

「なに、冷静な事を言ってるんですか壬生室長!!」

 

あれ程持って来た筈の弾薬が先程の補給で綺麗サッパリ無くなってしまった。

其れも其の筈、行使する弾薬数と襲って来るゴーレムⅢの数が釣り合わないのである。

一応は万事を備えて出来るだけ多くの氷結弾を持って来た筈なのだが、此の状況は想定外であった。

 

「さっき北と西に持って行ったので最後です。もう逆さになっても鼻血も出ません!!」

「どうしますッ? 補給に向かわせた連中が帰投しだい俺達だけでも奥に退却しますか? 倉持技研さん達も青い顔して逃げたそうですし」

「馬鹿言え。俺は少年を信じて此処に来たんだ。こうなりゃ、一蓮托生よ!」

「あ~ぁ、始まってしまいましたよ。室長の悪い癖がッ」

「なら、お前だけでも逃げたらどうだ?」

「冗談言わないでください。『踊る阿呆に見る阿呆』です、私も残る!」

 

「そうかそうか、この馬鹿どもめ! はっはっはっはっは!」・・・と口端を吊り上げ、此の異常な状況下を楽しんでいるかの様にケラケラ笑い声を響かせるIS統合対策部の壬生達を見て、倉持技研の面々は信じられないものでも見るかの様に顔を青くする。

 

ドォオオッン!!

『『『!!?』』』

 

調度其の時、またもや地を揺らす轟音が戦場へ響き渡る。

ゴーレムⅢ共の増援かと防衛勢力に緊張が奔る中、今まで泣きそうな顔をしていた倉持技研の一人がニヤリと口を三日月に歪めた。

 

「織斑選手だ!! あと、更識選手も!」

「やった! これで勝てるぞ!!」

 

アリーナ場内へ飛び出して来た一夏と簪に借りて来た猫状態だった面々が万歳三唱で騒ぎ立てる。

彼等には二人が自分達を救いに来てくれた騎士に見えたのだろうか。何処か鼻につく満足げな表情を自分達を足蹴にしていた芹沢たちへ向けた。

加えて、反対側のピットからも紅と水色の二機のISが飛び出してくる。紅椿を駆る箒とミステリアス・レイディを纏う楯無だ。

其の双方の背後には、防衛部隊の攻撃に耐えたゴーレムⅢが猛追を仕掛ける。

 

「・・・解き放てッ『山嵐』・・・!」

 

しかし、そんな鋼の乙女達に向けて、打鉄弐式へ搭載された高性能独立型誘導八連装ミサイル『山嵐』から一斉にミサイルが前後に飛び出す。

其のミサイル達は双方を追撃するゴーレムへと直撃。氷結弾の効能である凍結状態も相俟って、其の体躯を砂糖菓子の様にバラバラに砕いた。

 

「流石ね、簪ちゃん。見ない間に腕を上げて・・・お姉ちゃん、嬉しいわ!」

 

「えへへ・・・ッ」

 

「楯無さん、簪。団欒の時間は後にしてくれ」

 

箒の云う通り、アリーナ中央に集まった新参者の四人へゴーレムⅢ達の熱い視線が注がれる。

 

「皆・・・気をつけるのよ。この数相手にすべてを対応できるとは思えないから」

 

「なら、ここは一番適性の高いペアで動くべきだな」

 

「むぅ。せっかくお姉ちゃんたちを倒す作戦作って来たのに・・・残念」

 

「言ってる場合かよ。皆っ、来るぞ!!」

 

『『『《ッ!!》』』』

 

四人を囲んでいたゴーレムⅢ達が功を競う様に襲い掛かって来た。

其れを合図に四人は二手に別れて刃を振り上げる。

 

「うおぉおおッ!!」

 

ガギンッ!と歪な甲高い音と共にゴーレムのブレードを受け止めた一夏は単一能力である零落白夜を発動させ、其のまま一気に押し斬ろうと力を籠める。

 

《ッ―――!》

 

しかして斬撃の瞬間。周囲を浮遊していた可変シールドが身代わりとなってゴーレムは難を逃れたではないか。

そして、ゴーレムはひらりひらりと風を舞う花弁の様に駆動したかと思えば、超高密度圧縮熱線を放たんと彼に左腕砲手を差し向ける。

・・・けれども此れが一夏の狙いであった。

 

「もらったぁああッ!!」

 

《ッ!!?》

 

零落白夜で張り倒したエネルギーシールドの間を縫い、彼はゴーレムの顔の顔へ第二形態左腕部多用途武装である『雪羅』を突き立てて引き金を絞った。

ドグォッンと云った爆発音で鋼の体躯が大きく仰け反るや否や、ひゅーっと気の抜けた音と共にゴーレムは地面へと其の身を墜とす。

「やった!」と思わず掌を握っては緩める一夏であったが、其の背後から右腕ブレードを振り上げたゴーレムが迫る。

 

「ッ、せやぁあああああッ!!」

 

《!!?》

 

そうはさせまいと箒は両肩の展開装甲をクロスボウ状に変形させたブラスターライフル『穿千』を発現させ、ゴーレムを圧縮された二本のエネルギービームで後方彼方へ吹き飛ばした。

 

「一夏ッ、この程度で浮かれるな!」

 

「わ、悪い。ありがとうな、箒!」

 

「礼なら後にしろ! 今はとにかく攻撃の手を休めない事だ!!」

 

早々に会話を切り上げ、二人は敵を一掃せんとゴーレムの群れの中へと飛び込む。

しかして武装に元から備わっているエネルギーを使う楯無や簪とは違って、箒は兎も角としても一夏はエネルギーの消費速度が他の機体と比べて凄まじい事になっている。

されど、其の事を誰よりも良く知っているのも一夏であった。

成功率は未だ低いままであるが、彼は箒の紅椿が持っているエネルギー回復能力『絢爛舞踏』を頼りにするしかないのが現状である。

 

《―――ッ!》

《!!》

 

其れを知ってか知らずか。ゴーレムⅢ達は単独で動く事を止め、連携した動きで二人を追撃する。

 

《ッ―――――!!》

 

「ぐッ! 小癪な!!」

 

先程、穿千の攻撃でアリーナ壁に叩き付けられたゴーレムが特にだ。

鋼の乙女は瞬時加速で箒に迫るや否や、其のまま一夏との別離を謀るかの様に彼女を後方へと追いやった。

 

「箒! こんのぉお!!」

 

《―――!》

 

箒を心配し、追いかけようとする一夏の前へゴーレムが並び立つ。

無人機でありながら何ともいやらしい戦い方をするものだ。

 

 

 

 

 

 

「え―――いッ!」

 

「せやぁあああああ!!」

 

一方の簪と楯無も一夏達と同じ様に複数のゴーレムを相手に戦いを繰り広げていた。

 

「ッ、お姉ちゃん!」

「任せて、簪ちゃん!」

 

《!?》

 

ゴーレム達からの射撃や斬撃を簪は打鉄弐式のシールドパッケージ『不動岩山』で受け止めて態勢を崩すや否や、楯無が其れを利用して『クリア・パッション』や『蒼流旋』で機体を後方彼方へ吹き飛ばす。

そんな即席のコンビでありながらも姉妹ならではの抜群のコンビネーションを取る二人にゴーレムⅢ達は手を焼いた。

しかも・・・

 

「撃て撃て撃てッ!」

「生徒会長や織斑君達を助けるのよ!!」

 

周囲の観客席からは、支援攻撃をする教師部隊とワルキューレ隊が居る為、実に煩わしい。

加えて彼女らが使っている特殊氷結弾頭は機体を凍らせて動きを鈍くするだけでなく、凍結させた部分を脆くする効能を持っていた。実にウザい。

 

《!!》

 

「・・・え?」

 

其処でゴーレム達はまず此の煩わしい支援部隊から叩き潰す事にしたのである。

ターゲットを簪と楯無の二人から四方を囲む防衛部隊へ変え、左腕砲手の砲口を向けた次の瞬間。オレンジ色の高圧縮熱線による一斉斉射が行われた。

 

『『『きゃぁあああああ!!?』』』

 

「ッ・・・みんな!!」

 

放たれた熱線は電子レンジで熱せられたチーズの様にドロドロに溶かされた後、火鉢で焼いた餅が膨らむ様にズッドォオ―――ッン!!と大爆発を引き起こす。

其の余りの衝撃に思わず簪の注意が逸れる。

 

《ッ―――!!》

 

其れを高性能レーダーを有すゴーレムが見逃す筈がない。

簪の動揺に気付いた一体のゴーレムが氷結弾で凍り付いた左腕を熱線の高熱で素早く融かすと凄腕のスナイパーの如き精密射撃をぶっ放した。

 

「ッ、ぐぅう・・・!?」

 

放たれた熱線は、今まで受け応えた来た射撃とは違う鎧の隙間を縫う様にシールドパッケージの間を縫って本体へと到達。

華奢な身体からは聞こえてはならない生々しい音が聞こえ、後方へと吹き飛ばされる簪。

 

「簪ちゃん!!」

 

()()()()()()

 

自身の溺愛する妹が撃墜された事に注意が逸れた楯無へ二体のゴーレムが襲い掛かる。

普段の彼女ならば、この様な攻撃など屁とも思わないのだが、簪の負傷に動揺を奔らせた為に対応が遅れた。

 

『『『《!!》』』』

 

「くぅううッ・・・!!」

 

ゴーレム二体から次々繰り出される射撃と斬撃のコンビネーションに最初は持ち堪えたものの、足し算の要領で周囲の機体が二体のゴーレムへ加勢。

其のあまりの猛攻に耐え兼ねて、遂に後方へと蹴り飛ばされてしまった。

 

「会長!!」

 

楯無と簪が劣勢を強いられている姿を目の当たりにした一夏はすぐさま助けに向かおうとするのだが、其の彼の前にわらわらとゴーレムⅢ共が集う。

 

「くそッ・・・そこを退けぇええッ!!」

 

喚き散らす様に雪片を振るうが、徒に白式のエネルギーを減らすばかりで徐々に徐々に彼は窮地へ追い詰められる。

エネルギー補給の為に箒と合流したいが、其の彼女も四方をゴーレムⅢに囲まれて身動きが取れない状態となっていた。

 

()()()()()()()()()()

 

「ぐふァあッ!!?」

 

其の内に一夏はゴーレム達から集団リンチの如く殴られ蹴られていき、最後は斬撃を雪片と雪羅で受け止めた衝撃によってアリーナ壁面へとぶつけられた。

 

「はぁッ・・・はぁッ・・・だ、大丈夫、織斑君?」

 

「あ・・・当たり前ですッ、まだ俺は―――――」

 

調度隣で荒い息を漏らす楯無の返答を紡ぐ前に漸う立とうとする一夏にゴーレムⅢ達から放り投げられた箒が衝突し、「グえッ!?」と潰れた蛙の様な断末魔を短く上げる。

 

「す、すまん! 大丈夫か、一夏?!!」

 

「だ、大丈夫・・・だ、箒。お、お前こそ大丈夫か?」

 

「あ、あぁ!」と肯定の言葉を聞いて、一夏は再び立ち上がるとゴーレムⅢ達を睨みながら掠れた大声でこう叫んだ。

 

「どうした、ゴーレム共?! 俺はここだぞ、さぁ来てみろ!!」

 

彼は一歩ずつ前へ前へと歩むと後ろの三人を守る様に雪片を構える一夏。

 

「そう・・・織斑君の言う通り・・・・・まだ私達は・・・負けて、ない!」

 

其の雄たけびに呼応する様に並び立つゴーレム共に刃を向けたのは、意外にも簪であった。

未だダメージが残っているのか、震える手で掴んだ薙刀の切先を高々く掲げる。

 

「まだ・・・まだ私達は戦える! 本当の”覚悟”は・・・ここからッ!」

 

「簪・・・!」

 

「フッ、フフフ・・・アハハハッ!」

 

簪の咆哮に一夏と箒が呆気にとられる隣で楯無が実に愉快そうに朗らかな笑い声をアリーナ場内へ響かせた。

 

「本当・・・本当に成長したわね、簪ちゃん! さぁ、来てみなさい!! 本気になった私達は手強いわよ、ゴーレムさん達!!」

 

『『『《・・・・・―――――ッッ!!》』』』

 

此の咆哮にゴーレムⅢ達は下ろしていた武装を構え直し、酷くノイズの混じった機械音を轟かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――だが、其れよりももっと大きく恐ろしい獣の様な唸り声が聞こえて来た。

 

ヴぇろぅう”オ”おぁあ”あ”阿”あ”あ”あ”ッ!!

 

『『『!!?』』』

 

そんな猛獣の声と共にアリーナ会場の入場ゲートが木っ端微塵に吹き飛ばされるや否や、其処からライフルの肩当でゴーレムⅢの電脳頭部を潰しながら白銀の鎧を纏った飛竜が現れたではないか。

 

「なッ・・・なんだ、あれ・・・?」と突如として現れた銀飛竜に安全地帯でモニターを見守っていた倉持技研の面々は驚嘆の余り目を見開いてポカーンと口を開けて呆け、其の隣ではIS統合対策部の面々が「あぁ・・・もう台無しだ」と少々苦笑い気味に口端を引き攣らせている。

対するアリーナ場内では、反応が大きく二つに分かれていた。

一つは驚きと興奮の感嘆詞。もう一つは焦燥と忌々しさの籠った恨み節に近い呟き。

 

グルルルルル・・・ッ・・・!

 

そんな周囲の声など御構い無しにギョロギョロと金色の四ツ目で辺りを見回した後、腕を大きく振り上げて雄叫びを上げた。

 

全軍、突撃ィイイッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆



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115話

 

 

 

全軍ッ、突撃ィイイ!!

『『『オォオオオオオ―――ッ!!』』』

 

意図的に閉鎖され、酷く凄惨な戦場と化したアリーナ場内へ突入して来た金眼四ツ目の銀飛竜の雄叫びと共にドドドッ!と入って来たのは、自前の銃剣を取り付けたライフルと大太刀で鋼の乙女達の喉笛を喰い千切らんとする雌狼達の群れであった。

 

おんどりゃぁああッ!!

《ッ!!?》

 

突如として現れた銀飛竜が先導する学園防衛勢力の援軍に泡を喰らったのか。状況対応プログラムを起動させるの為、一瞬だけフリーズしてしまうゴーレムⅢ。

其のフリーズは一秒にも満たない刹那の瞬きであったが、銀飛竜の握った鍵鉈の赤く染まった刃で彼女の顔のない顔をグチャグチャにするには十分過ぎた。

 

「大丈夫か、皆?!」

 

「ら、ラウラさん・・・!」

 

ゴーレムⅢ達と同じ様に余りにド派手な登場シーンを決めた援軍に呆ける簪達へ声を掛けたのは、暴れ回る援軍先鋒の背後に付いていた次鋒の片割れであるラウラだった。

そんな彼女と其の隣でガトリング砲をブッ放しているシャルロットの鋭い眼を見て漸く簪は安堵の表情を浮かべる。

しかし、彼女のホッとした表情とは相対する様に緊張で顔が強張った援軍である教師部隊の面々が周りを囲む。

 

「密集陣形展開! ファランクス急げ!!」

 

掛け声と共に簪達四人を囲んだラファール・リヴァイヴを纏った戦闘教員達が一斉に装備しているシールドを前へ突き出す。

其の教員達の行動に疑問符を浮かべた簪だったが、ズドォオオ―――ンッと前から来た衝撃音と衝撃波に納得の表情を晒した。

 

『『『《ッ!!》』』』

 

見れば、状況対応プログラムを適応させたゴーレムⅢ達が自分達の方へ目掛けて左腕砲塔を構えているではないか。

其処から発射される凄まじい威力を持った熱線に教師部隊の面々は何とか耐え忍び、其れをフォローせんとラウラ・シャルロットペアが前線へ飛び出す。

 

「ッ、早く俺達も助けに行かないと!!」

 

「待って、織斑君!!」

 

ゴーレムⅢ達からの攻撃を耐える彼女達を助けんと飛び出そうとする一夏だったが、其の首根っこを楯無は掴んで引き留める。

勿論、此の彼女の行動に「何するんですか、会長!?」と自らの憤りを叫ぶ彼に楯無は静かな口調でこう紡いだ。

 

「織斑君、君はさっきの戦闘でどれくらいのエネルギーを使ったの? お姉さんの予想だと・・・それほど残ってはいないんじゃないかしら?」

 

楯無の言葉に「そ、それは・・・!」と言い淀む一夏。

確かに彼女の言う通り、彼の纏う白式のエネルギーは先程の戦闘と其の高燃費のせいでカツカツであったのだ。

 

彼等に残された道は二つ。

一つは教師部隊を盾にし、自分達は撤退する道。

もう一つは―――――

 

「・・・・・だけどッ・・・だけど、それを理由に皆を置いて逃げる訳にはいかねぇよ!!」

 

「ッ・・・織斑君」

 

「俺は逃げ出さずに戦える人間だ! ここで諦めてたまるかよ!!」

 

其れは開会式で春樹と口論になった際に言い放った言葉であった。

実際、一夏には焦りの様な感情があった。自身の事をあの男に認めさせたいと願う心があったのだ。

 

「良く言ったぞ、一夏!!」

 

決意を持った彼の叫びに箒が呼応する。

そして、今の今まで任意による発動が出来なかった紅椿の単一能力『絢爛舞踏』を顕現させたのだ。

此の増幅能力の発動によって底を尽きかけていた白式のエネルギーは大幅に増幅し、彼を万全な状態へと回復させたのである。

 

「恩に着るぜ、箒!」

 

「礼なら後で良い。さぁ、アイツらをやっつけて来い!!」

 

「おうよッ!!」

 

箒の激励の言葉に感化された一夏は口端を吊り上げるや否や、防御陣形を展開する教師部隊の間を掻き分けて敵陣へと躍り出た。彼はもう一つの選択肢である玉砕覚悟の応戦を決めたのだ。

其の彼の行動に思わず目を見開いて驚嘆する楯無だったが、飛び出した一夏に続けと言わんばかりに簪までもがブースターを吹かした為に「・・・ほんとッ、しょうがない後輩達ね! お姉さん困っちゃう♪」と楯無も其の後を追う。

跡に残ったのは単一能力発動の反動でエネルギー切れを引き起こした紅椿を纏う箒だけだった。だが、其の表情は何処か満足そうであった。

 

 

 

 

 

 

ヴぇろぉおあ”阿”ァアアア!!

 

一方、教師部隊が展開したファランクス陣形を背後にし、切り込み隊長として敵陣深く攻め込んでいた銀飛竜こと春樹は孤立していた。

 

《!》

《―――ッ!!》

 

最初は『ガンガン行こうぜ!』とばかりに暴れ回っていたが、奇襲対応プログラムに適応したゴーレムⅢ達は被害を最小限へ抑え込もうと、春樹を宙を浮かぶ自分達の可変型シールドで囲みつつ退路を断った。

そして、教師部隊と同じようなファランクス陣形を確立するとシールドを前に春樹を押し潰さんと突撃攻撃をかます。

 

《――――ッ!!》

 

ッうギィイ!!?

〈春樹!〉

 

バギンッ!と背中の青い防護翼の隙間を縫ってゴーレムⅢのブレード攻撃が彼の右腕に直撃する。

無論、琥珀の頑丈な鱗装甲版の御蔭で腕が斬り落とさせる事はなかったが、ゴーレムはIS操縦者を危険から守る絶対防御システムを阻害するジャミング装置が搭載されていた為、ブレード攻撃の衝撃波で彼の腕を折る事は容易かった。

 

ッ、こぉの野郎ゥウ!!

 

《!?》

 

けれども右腕から奔る激痛をものともせず、春樹はブレード攻撃を仕掛けて来たゴーレムの頭部へ左手に装備したショットガンでズドンッ!と氷結弾を撃ち込むや否や、自分の周囲を囲むゴーレム共を一掃せんと蒼いエネルギー翼から刃上の粒子を広範囲に射出した。

 

『『『《・・・ッ・・・》』』』

 

「ハァ・・・ハァ・・・ッ! 畜生、コイツ等学んでやがらぁ。ミックスアップタイプの機体かよ」

 

掠れた声でそう呟いた春樹は折られた右腕をブロック玩具の様に無理矢理自分で嵌め直すと、糸鋸状のレーザーブレードを展開する。

 

〈春樹ッ、さっきの攻撃でウザったい可変型シールドは大方破壊出来たわ。後は教師部隊と観客席にいる戦乙女見習いに任せて、ここは撤退するべきだと思うんだけど?〉

 

「琥珀ちゃん、其の意見にゃあ賛成じゃ。じゃけど・・・どーやら鋼の貴婦人さん達は俺に夢中の様じゃ。モテる男は辛いのぉ」

 

〈ホント、そうね。春樹目当ての屑鉄がまだまだ来るようだし〉

 

「・・・・・琥珀ちゃん、今なんて?」と我が耳を疑った春樹だったが、其の次に瞬間に訪れたのはアリーナ出撃ピットを喰い破る爆発音と粉塵と共に現れた青と赤みがかった黒の機体であった。

 

「きゃぁあああああ!!」

「くぅう・・・ッ!!」

 

「ッ、鈴さんにセシリアさん?!!」

 

吹き飛ばされて来た二人へ春樹が驚嘆の表情を晒すのも束の間、彼女達が出て来たピットからゴキブリの如くワラワラとゴーレムⅢの群れが溢れ出て来るではないか。

 

「(おいおい、冗談じゃねぇよ! こればっかりは想定外じゃッ! 多すぎるぞ、敵が!!)おいッ、大丈夫か二人とも?!」

 

「「ッ、は・・・春樹(さん)!?」」

 

減らしていた筈の敵が増えた事に舌を鳴らしつつも春樹は地面へ倒れ込んだ鈴とセシリアに声を掛ける。

すると二人は目を見開いて驚くが、察しの良い彼女達はすぐに状況を理解した。

 

「セシリア、どうやら私達―――――」

「春樹さん曰く『みなまで言うな』ですわ、鈴さん。とりあえずは同じ専用機持ちと合流できた事を喜びましょう」

 

ゴーレムⅢ達との戦闘で押し負けてしまった事を悔いる鈴にセシリアが切り替えの言葉をかけていると「二人ともッ、どれぐらいぶっ壊した?!」と金眼四ツ目の銀飛竜がそう疑問符を投げ掛けると共に二人の背後へ瞬時加速を使って張り付く。

 

「私と鈴さんで五体ほどを再起不能にしましたわ。春樹さんは?」

 

「俺ぁが今の所、全部で十二か三ぐらい。ラウラちゃんとシャルロットが五か六ぐらいじゃ。簪さんらぁは知らんがな」

 

「ッ! 春樹、あんたもうあんな化物を十体以上も倒してるの?! ホント、相変わらずね!」

 

「阿破破破ッ。何じゃ、褒めてくれるんか? なら、後でお礼に其のデコッパちにチューしてやらぁ」

 

春樹の軽口に鈴は「ばッ、馬鹿言うんじゃないわよ!」と少々顔を赤らめて喚いていると「―――ならば、私達にはどういうご褒美をくれるのだ?」と彼の後を追って来たラウラとシャルロットが近づいて来た。

こうして集まった五人は、互いに背を預ける方円陣形を取ってゴーレム達と睨み合う。

 

「さて・・・一応聞くんじゃけど、退却する気は?」

 

「「「「ない!」」」」

 

「OK OK、解ったよ。セシリアさん、君らぁの所におった先生らぁはどしたよ?」

 

「当初は春樹さんの手回しで使っていた氷結弾で善戦していましたが、弾薬が尽きた途端に悪戦苦闘を強いられてしまいました。ですから、私と鈴さんが囮となりましたわ」

 

「ほうか。なら、先生らは無事なんじゃな」

 

「おかげでボク達はピンチなんだけどね」

 

「こら、シャルロット。逆に考えてみんさい。御蔭で俺達は無茶が出来るんじゃで? 値千金の功名上げ放題じゃ!!」

 

「阿破破ノ破!」とそう言って笑う春樹にラウラだけが「あぁ、そうだな!」と頷くが、残りの三人は「あ~ぁ。始まったよ、春樹の悪い癖が」とウンザリ顔となる。

すると―――――

 

『『『《―――ッ!!》』』』

 

遂に痺れを切らしたゴーレムⅢ共が刃や砲身を差し向けて襲い掛かって来た。

「来たぞ来たぞ来たぞ!」と口端釣り上げる春樹の言葉にラウラ達へ緊張の色が奔った・・・其の時である。

 

「撃てェエエ!!」

 

《!?》

 

「おっと?」

 

無惨に破壊された観客席から号令がかかるや否や、蒼白い弾丸の雨霰がゴーレムⅢ達へと降り注いだのだった。

 

「お~い、きよせ~ん!」

 

なんだなんだと観客席の方を見れば、ラファール・リヴァイヴを纏った本音が此方に手を振っているではないか。

 

「壬生のおじさん達から弾を補充したから~、援護するよ~!」

 

「ありがとうよ、布仏さん! お礼に俺の権限で、ワルキューレ部隊の副隊長に任じてやらぁ!」

 

本音が「やった~!」と喜ぶのも束の間、反撃に打って出んとゴーレム達が標的を観客席側へと向ける。

されど、更に彼女等へ追撃を仕掛ける輩が居た。

 

「―――ウォオオオオオオオオオオ!!」

 

「一夏ッ!?」

 

防御陣形を展開する五人の上を飛び越え、颯爽とやって来た一夏は彼等の前に居たゴーレムⅢへ斬りかかる。

幸いにも其のゴーレムが装備していた筈だった可変型シールドは春樹によって破壊されていた為、瞬時加速から繰り出される御決りの零落白夜で薙ぎ倒すのは容易であった。

 

「ッチ! あのおわんごがッ、退却せんと考えなしに突っ込みやがって! しょうがねぇ、突撃だッ! 者共、俺に続け!!」

 

『『『おぉ―――――ッ!!』』』

 

『『『《―――ッ!!?》』』』

 

春樹の鬨の声に後ろでファランクス陣形で控えていた教師部隊が一斉に牙を剥く。

そうして一気に防衛勢力は突出した白式を先頭にゴーレムⅢ軍と全面激突する事と相成った。

 

「うぉおおおおッ!!」

 

《―――ッ!?》

 

ザシュリッ!と一夏は瞬時加速とのコンボで雪片弐型を振るう。

初戦ではゴーレムの周囲を漂う可変型シールドに零落白夜を防がれてしまったが、援軍として来た春樹の奮戦でゴーレム達のシールドは木っ端みじんに砕かれていた。

御蔭で防衛勢力の攻撃は容易く鋼の乙女達へ届けられた。

其の調子で次々とゴーレムⅢを次々と倒していく一夏だったが―――――

 

《―――ッ!》

 

「くぅッ!?」

 

―――やはり高燃費の影響によって動きが悪くなった瞬間を狙われ、多勢に無勢の劣勢へと追い込まれていく。

 

「せぇええいッ!」

《ッ!?》

 

「さ、更識さん!」

 

そんな状況へ追い込まれた彼を助けたのは、すぐ後ろを追って来た簪だった。

彼女は自分の得物である薙刀と荷電粒子砲で一夏に纏わり付いたゴーレム共を一掃するや否や、ゴツンと彼の頭に拳骨を喰らわせる。

 

「な、なにすんだよ!?」

 

対して威力のない攻撃でダメージはなかったが、大人しい彼女に殴られるとは思っていなかった一夏は目をぱちくりと瞬かせているとムスッと機嫌の悪い顔を晒す簪がこう言い放った。

 

「いい加減に・・・いい加減にしてよ!」

 

「ッ!」

 

「これは・・・これは自分だけ戦う個人戦じゃないの! いつまでも・・・ヒーロー気取りで戦わないでッ!」

 

「お・・・俺は別にそんなつもりで―――――」

 

言い争う二人に容赦なくゴーレム共が襲い掛かる。

しかして強襲をかけようとした彼女達は、横側から飛んで来たマゼンタ色のベールに包まれ、全身をミディアムレアのローストにされてしまった。

 

「馬鹿野郎ッ! この非常時に口喧嘩なんぞしとる場合じゃなかろーがな!!」

 

破壊光線の来た方を見れば、其処には両腕で十字を組んだ春樹が二人に対して怒声を喚き散らしているではないか。

 

「ご・・・ごめん、春樹。で、でも―――――」

 

「でももヘッタくれもヘチマもあるかッ、今は現状の対処に集中!! あと、阿呆の織斑! オメェは後ろに下がってエネルギーの節約をせぇッ!!」

 

金色四ツ目の酷く厳つい顔で怒鳴られたもんだから、簪は「は、はい!」と上ずった甲高い声を上げてしまう。

だが、其の隣では一夏が忌々しいものでも見るかの様な目付きで彼を睨んだ。

 

「・・・阿”ァ”ッ?

 

「なッ!?」

 

其れに気付いたのか。春樹は獣の様な唸り声をあげて彼との距離を瞬時加速で詰めて来た。

此れに一夏は殴られるのではないかと思い、思わず雪片弐型を差し向けてしまうが・・・・・

 

「簪さんッ、合わせぇ!!」

「ッ、ターゲット・・・マルチロック!」

 

《ッ!?》

 

刃を向ける彼には目もくれず、春樹は簪に呼びかけると共にエナジーウィングを展開。

支援攻撃を行う観客席へ強襲をかけようとするゴーレム達に照準を合わせるや否や、簪は展開した山嵐からミサイルを発射し、春樹は刃状の粒子をばら撒く。

二人からライスシャワーの如く振る舞われた射撃の雨あられにゴーレムⅢ達は爆炎へと包まれ、其の前にワルキューレや教師部隊達から受けていた氷結弾の効能と相まって全身を粉々に砕かれた。

 

「さぁ、残りはなんぼじゃ?」

〈ざっと数えて二十さ・・・あッ。楯無が蒼流旋で三体まとめて倒したから、あと調度二十体ね。ダリルとフォルテの方もそろそろ済みそうよ〉

 

「解った、ありがとう。じゃけぇ、俺ぁ次に行くでよ!」

 

そう言って独り言のように叫んだ春樹は、さっさと其の場を跡にしようとブースターを吹かす。

しかし、其れに「・・・待て・・・待てよ!」と一夏が絞り出した様な声を連ねた。

だが、吹かしたブースターの音で其の声は掻き消されてしまい、無情にも戦場の爆発音だけが木霊する。

 

「待てって―――――」

 

「お、織斑君・・・ッ!?」

 

「―――言ってるだろうがッ!!」

 

其れが、自分の存在を無視されたかのようで一夏には気に入らなかったのか。彼は握った雪片弐型に零落白夜発動の為のエネルギーを送ると刃を天高く振り上げ、一気にそれを振り下ろす。

 

ズバッシュゥウウウ―――――ンッ!!

 

『『『なッ!!?』』』

「・・・阿”ッ?」

 

一夏の振るった雪片弐型からは青白いエネルギーが飛ぶ斬撃となって、春樹へと放たれた。

突如放たれた此の零落白夜版月牙天衝に皆は釘付けとなるが、標的となった春樹は「・・・ッチィイ!」と舌打ちをして何とか此れを避けようとする。

 

ドグォオオオオオッッン!!

「ッ・・・は、春樹!!」

 

しかして思ったよりも早く斬撃波が彼へと到達し、凄まじい衝撃波と爆発音がアリーナ場内へ轟いた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁッ・・・!!」

 

目の前で起こった現状に皆が息を飲み、其の場の時間が一瞬停止したかのような空気が流れる。

そんな中、一夏の息を切らす音だけが馬鹿に良く響く。

 

《ッ―――――!!》

 

此の状況を好機と捉えたか。ゴーレム達は戦況を一気に自分達のモノにせんと、身体を強張らせる防衛勢力に攻撃を仕掛けんと構えた。

・・・・・構えたのだが。

 

ザッピャァアアアアアッ!!!

 

『『『《―――――ッ!!!??》』』』

『『『ッッ!!?』』』

 

立ち昇る白煙の中から一直線の金色の焔が一閃となって攻撃を仕掛けようとしたゴーレムⅢ達を飲み込む。

其の金の焔が通った後に残ったのは、真っ黒に焦げた人型の炭だけだった。

 

手ン前ぇえ・・・織斑ぁ”あ”あ”ッ・・・!!

 

金の焔が放たれた其の場所から白煙を払って現れたのは、ジャリジャリジャリジャリと全身の鱗を擦って威嚇音出す一体の獣だった。

 

背中へ生えた蒼い六枚羽の翼からはプスプスと煙が上がっている。其れは飛んで来た零落白夜の効果を防御翼で何とか受け流し、被害を最小限に留めた証拠だ。

 

こ”ぉろ”ぉし”ぃて”ぇえや”る”ぅううううう・・・ッ!!!

 

其の獣の胸には、サファイアの煌めきではなく血の様に赤いルビーの鏃がドクンッドクンッと高鳴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





今回で終わらせるつもりでしたが・・・・・もうちょっと続きます。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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116話

 

 

 

―――――――「それでは、これより調書を始めさせていただきます」

 

専用機タッグマッチトーナメント襲撃事件・・・後々『ゴーレムⅢ事件』と呼称されるテロリズムから後日の事。

事件の詳細を聞く為、IS委員会から来た調査員達は、事件終息に尽力した関係者各員へ聞き取り調査を行った。

 

「あの日・・・一体何がありましたか?」

 

そう疑問符を投げ掛けて来た調査員へ事件の中心に居たであろう関係者達は、自分が遭遇した事をツラツラと述べていく。

其の供述の中には、撃破したゴーレムの武装や行動パターンを語るものもあったろうし、自分の武功をアピールするものもあった。

・・・ただ”ある問いかけ”に関し、皆は口を揃えてこう言う。

 

「・・・・・他に気になった事や変わった事はありませんでしたか?」

 

『『『ありません』』』

 

其れは、調査員達が問い掛けて来た最後の質問事項。

かく言う学園に二人しかいない男子生徒も皆と同じ様に「ない」と答えたが・・・・・其れは”真実”ではない。

襲撃事件があったあの日、本当は何があったのか。

其れは―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「はぁッ・・・はぁッ・・・はぁッ・・・!!」

 

酷く顔色の悪い一夏は、自身の専用機である白式を纏った状態で肩を震わせる。

彼は「や・・・やってしまった」と酷く後悔した事だろう。

何故ならば、此の敵味方入り乱れて目まぐるしく状況が変わる戦場となった第一アリーナで、十代にありがちな感情論による突発的暴力行為を味方に対して振るったのだから。

けれども今更、後悔した事で何になろうか。『吐いた唾は吞めぬ』とある様にやらかしてしまった事をなかった事には出来ない。

此れが幼稚園ぐらいの子供の喧嘩なれば、泣き喚きながらポコポコと可愛らしい諍いを起こしただろう。

・・・・・・・・だが・・・

 

「ヴるォグぁア”ア”阿”阿”ぁ”ぁ”ア”ア”ッ!!!」

 

『『『!!?』』』

 

・・・若輩の騎士が喧嘩を売ったのは、よりにもよって此の戦場の中で最大戦力を誇る人の皮を被った獣。

彼は其の金色四ツ目から血の様な線を滴らせると、一夏に向かって憤怒の雄叫びを上げる。

其の咆哮は大気をビリビリと震わせ、アリーナに居る意識ある者すべての心を萎縮させた。

 

「ガァル”ル”ぅ阿”ァあ”ア”ア”阿”ッ!!」

 

「ッ!?」

 

そして、視界に居る一夏の命を狩り獲らんと牙を剥き出しにし、前へ前へと飛び出す。

其の速度はとても人間の知覚できるものではなく。一度の瞬きで、既に一夏へ手が届く距離まで移動する。

・・・しかし、此れを邪魔する無粋な輩が彼の前へと現れ出でた。

 

『『『《―――ッ!!》』』』

 

「なッ!? ご、ゴーレム?!」

 

なんと学園の防衛勢力勢と死闘を繰り広げていたアリーナ中のゴーレムⅢ達が一夏を守る様に彼の前へ扇の陣を構えて立ち塞がったのだ。

予期せぬ鋼の乙女達の行動に一夏を含んだ皆があんぐりと呆けるが、一度勢いよく駆け出した獣が急に止まれる筈もない。

ゴーレム達は隙間なく刃と砲口を構え、突貫してくる彼を針の筵にせんとする。

 

「ッ、ジャヤァアあアア!!」

 

「! 皆、伏せろぉ!!」

 

そんな彼女等を前に獣は身を横へ捩ると両腕で十字を組む。

彼が何をしようとしているのかが理解できたラウラは、周囲へ回避運動する様に号令をした次の瞬間―――――ザッピャァアアアアア!!と云った独特な音と共に立ち浮かび並んだゴーレムⅢ共を金色の焔が包み込んだ。

 

《ッ!!?》

《・・・ッ・・・!!》

 

其の金の焔に包まれた瞬間。彼女達の纏った薄くも堅牢な装甲は湯煎されたチョコレートの様にドロリッと融け、内部の配線やAIチップはカリカリに焼き焦がされた。

 

ズドォオ―――ッオン!!

『『『きゃぁあああああ!!?』』』

 

体をねじって放たれた金色の焔は鞭のようにしなっては、癇癪を起した幼児の様に周囲へ撒き散らす。

其れは余波と云えども凄まじい威力を持っており、ラウラの回避号令がなければ、防衛勢力にも多大な被害が出たであろう。

 

さて・・・今の敵味方関係なく放たれた破壊光線によって、此の第一アリーナに巣くっていたゴーレムⅢは一機残らず炭火と化した。

此処とは別の場所でゴーレムⅢと対峙しているダリルとフォルテも氷結弾頭を備えた教師部隊と共に順調に彼女等を殲滅。

結果としては、もう防衛勢力であるIS学園勢の勝利なのだ。

・・・勝利なのだが、一つ大きな問題があった。其れは―――

 

「グるぅあァあアアッ!!」

 

「き、清瀬ッ!?」

 

―――あれ程の攻撃力と防御力を持ったゴーレムⅢ共を撃滅させた男が、あまりの激昂によって未だ牙を剥き出しにしたままなのである。

 

「阿”ァ”あ”ア”ア”ッ!!」

 

自らが放った琥珀の単一能力『晴天極夜』で残存していたゴーレムを全て灰にした春樹は、勢い其のままで一気に一夏へと自身の拳骨を突き付けてドカン!と云った衝撃音を彼の鳩尾へ打ち鳴らした。

 

「ッ、ぐぅふぇあ!!?」

 

防御への動作も許さぬ電光石火の速さと其の余りの衝撃に一夏の身体は正しくくの字に曲がり、ゴーレムⅢから受けたダメージよりも数段上の激痛が生々しい筋肉を千切る音と共に全身を駆け巡る。

されど、獰猛な虎狼と化した春樹が此のたった一発のパンチで終わる訳がない。彼は其のまま振り絞っていたもう片方の拳を一夏の脇腹へと突き指す。無論、威力は先程のものと同等の強烈な一撃。

此のボディーブローに一夏は再び踏んづけられた蛙の様な断末魔を上げるが、まだ彼への仕打ちは終わらない。

春樹は拳を振り抜いた状態で回転行動を行い、一夏の顎目掛けて足蹴にを放ったのである。

 

「がッはぁアアッ!!?」

 

ただ命を狩り獲る為だけに放たれた蹴りを喰らわされた一夏は胃液の混じった吐瀉物を吐き散らしながらドグォンッ!とアリーナ壁へ叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 

「ヤバい・・・やばいやばいやばいやばいッ!!」

 

酷く怒り狂う暴飛竜に脂汗をダラダラ流しながら顔を青くしていたのは、第一アリーナ全体を見渡せる位置へ移動していたIS統合対策部の面々を率いた壬生である。

 

「どうすんですか、壬生さん?! 血迷った野郎のせいで、あいつ絶対に暴走してますよ!!」

 

「んな事見れば、解るよ!!」

 

芹沢からの指摘に焦燥感漂う声色で叫ぶ壬生。

彼の眼には、自分の好きな映画の一つである『風の谷のナウシカ』で登場する『王蟲』と不意打ちを喰らって怒りの余り我を忘れて暴走する春樹がダブって見えた。

そして、此のままでは彼が本当に一夏の息の根を止めるだろうという予測も簡単に出来た。

 

「清瀬少年からの応答はまったくないのか?!!」

 

「ダメです、室長! 呼びかけても唸り声しか返ってきません!!」

 

此のまま放っておけば、一夏だけではなくアリーナ場内に居る全員が暴走した春樹の猛牙に掛かってしまうだろう。

そうなってしまえば、襲撃者であるゴーレムⅢよりも多大な被害と凄惨な状況が作られる事は明白だった。

 

「壬生室長ッ、ここはIS学園の教師部隊と専用機所有者達に任せるべきでは? 我々では手に余ります」

 

「そうですよ! それに刃殿の暴走の原因はブリュンヒルデの弟に責任がありますし!」

 

「そういう訳にもいかんでしょうが!! あのままにしておけば、少年が積み上げて来た功績もパァになってしまうかもしれんのだぞ! 放っておくわけにはいかん!!」

 

「ですけどッ・・・どうやって止めると?! ISどころか武器も持っていない我々がどうやって?!!」

 

「そ・・・それは・・・ッ・・・」

 

壬生は部下達の言葉に言い淀む。

ただの技術者風情の自分達に一体何が出来るであろうか。

 

「ッチ、糞。どうやって清瀬の頭を冷やすかが問題だ・・・!」

 

「! せ、芹沢殿・・・今、なんて言いました?」

 

忌々しそうに苦言を吐いた芹沢に反応したのは、IS統合対策部の中でも数少ない女性職員の一人である『浅沼 翠』だった。

 

「何だよ、浅沼ッ? 俺は今、アイツの頭を冷やすって―――――」

 

「そうですッ、それですだ!! ”冷やす”んですよ、刃の若を!」

 

「どういう意味ですか、浅沼氏?」

 

浅沼の言葉に皆の視線が彼女へと注がれる。

其れに思わず浅沼は「ひッ!」と小さく悲鳴を上げて、同じ女性職員である『金城 沙也加』の後ろに隠れてしまう。

 

「自分から喋り出したんだから責任もって喋ろ、小心狸!」

 

「うッ・・・わ、わかりましたよ金城くん。今、多分ですけど、若と琥珀姫は物理的に熱くなっているんだと思います。それを冷やせば・・・」

 

「暴走も止まるって訳か。でも、冷やすたって・・・・・」

 

顔をしかめる皆を余所に「あぁッ、そういう事か!」と壬生が頷いた。

 

「そうです、壬生室長! 我々には氷結弾があります!! 其れをありったけ若に撃ち込めば、強制的に停止させることが出来ますぜ!!」

 

「皮肉だな、おい。だが、それしかないな。それに・・・幸いな事にこっちには、『福音事件』で使ったプライベートチャンネルがまだ生きてるしな!」

 

 

 

 

 

 

ドグォ―――オンッ!

「がッハ・・・!」

 

『『『織斑くん!!』』』

『『『一夏(さん)!!』』』

 

ボディーへ二発と顎に強烈な回し蹴りの強烈な一撃を喰らった一夏は壁に叩き付けられる。

其の時、不運な事に彼は脳が大きく揺れた事によるブラックアウトを引き起こしてしまって意識を消失してしまう。

 

「グるるぁ阿”ァ”・・・ッ!」

 

そんな一夏に暴走状態である春樹がゆっくりと歩み寄る。確実な止めを刺す為に。

 

「一夏ッ! 清瀬ッ、貴様ァア!!」

 

「箒!?」

 

其れを阻止せんと躍り出たのは、ガス欠気味だった自身の機体を単一能力『絢爛舞踏』でエネルギー回復させて来た箒だった。

彼女は想い人を助けようと斬撃其の物をエネルギー刃として発射できる空裂を春樹に向かって振るう。

 

「・・・ッ!」

 

「なッ!?」

 

・・・しかし、放たれたエネルギー刃を彼は小煩い蠅でも叩くかの様に叩き落すとギョロリッと血涙を流す金眼四ツ目を彼女へ差し向けた。手に持った高速回転する金のエネルギー光輪と共に。

 

「・・・・・グルァアアッ!」

 

其の八つ裂き光輪を雄叫びと共に投擲せんと春樹は投球フォームを構える。

するとどうだろう。手に携えていた光輪が其の形を小さくしつつも指の数と同じ五つに分裂したではないか。

 

「ッ、春樹さん・・・謝罪はあとで致します!」

 

「!?」

 

何かを察したセシリアが此れはマズいと自身の得物であるロングライフル、ブルー・ピアスの銃口を差し向けてズキュンッ!と撃ち放った。

発射されたショッキングピンクの流星は、本来ならばなる事はない鋭角な曲線美を経て彼の背後へ直撃。案の定、春樹はバランスを崩して明後日の方向へ光輪を投げてしまう。

 

「・・・ガルあぁアア・・・ッ!!」

 

「おっと・・・此れはマズいですわねッ」

 

ビーム攻撃を放ったセシリアに眼を向ける春樹。其の眼は正に獲物を狙う捕食者の目であった。

 

「させないわ・・・よっと!!」

「!」

 

今度はセシリアに狙いを定めた春樹に瞬時加速で距離を詰めた鈴の青龍刀が振り下ろされる。

彼は此れをエナジーウィングで受け止めると基本兵装であるレーザーブレードで彼女を叩き斬ろうと腕を振り上げた。

 

「あら♪ そうはさせないわよ♪」

「ごめん・・・春樹ッ・・・!」

 

「・・・ッ・・・!」

 

しかして此れも横から割って入った楯無と簪の姉妹による連携攻撃が炸裂した事で不発に終わる。

三回も攻撃を邪魔された事で、無意識化でも春樹の不満が堪り、不機嫌な唸り声を「ウルルッ・・・!」と挙げた。

 

「すまん、春樹!」

「許してね!」

 

「みんな、かかれぇ!!」

 

だが、専用機持ち達は反撃の機会を与えず一気に彼を倒してしまおうと襲い掛かる。暴走しているのならば、尚の事だ。

セシリアが射撃で牽制し、鈴が衝撃砲でバランスを崩す。其処をラウラのレールカノンとシャルロットのアサルトカノンが更に突き崩し、簪が薙刀で押さえつけた部分を楯無のクリアパッションが襲う。

皮肉にも彼女達の連携攻撃は、ゴーレムⅢと対峙している時よりも洗練されていた。

 

「グぁララRARARA・・・A”A”A”A”A”A”A”ッ!!」

 

「なッ!?」

「きゃぁあああああ!!?」

 

けれども、流石は百戦錬磨の銀飛竜か。

頭がプッツンしていても野生の勘と感覚で自分に纏わりつく専用機持ち達を一掃せんとエナジーウィングから刃状の粒子を斉射する。

 

「A”A”A”A”A”A”A”・・・ッ!!」

 

「くッ・・・!」

「やっぱり、手強いわね」

 

此の攻撃によって彼を囲んで行っていた攻撃が止み、専用機持ち達は春樹との距離を置いた。

 

「A”・・・A”A”A”A”A”A”!!」

 

「な、なに?!」

「春樹の身体が光って・・・!」

 

するとどうだろう。琥珀の機体表面が甲高い音と共に金色の眩しい光に包まれていくではないか。

 

《ヤバいッ、エネルギーの回復だ!》

 

『『『!?』』』

 

春樹が光り出した瞬間。通信チャンネルに焦燥感を漂わせる男の声が響いた。

なんだなんだと皆に動揺が走る中、其の声をいつかの太平洋上で聞いた覚えのあった簪が言葉を紡ぐ。

 

「み・・・壬生さん・・・ッ?」

 

《そうだッ、壬生おじさんだ! 福音事件の時に使ったプライベートチャンネルが、まだ生きてて良かったよ!!》

《室長、そんな事は後で良い! 榊原先生ッ、聞こえますか?!》

《せ、芹沢さん?!!》

 

聞いた事のある壬生の声とは別の男の声と教師部隊を率いる榊原の声に皆は益々眉をひそめるが、そんな事など御構い無しに芹沢が話を進める。

 

《銀の福音戦の時に使ったチャンネルから無理くり教員チャンネルへ繋いだ! まぁ、そんな事は置いておいてッ! あの馬鹿を止める算段を伝えるぞ、いいな!!》

 

「わ、わかったぞ!」《わ、わかりました!》

 

半ば強制的に話を勧めようとした芹沢だったが、ちょうど其処で《待て》と待ったをかける声が回線に割り込んで来た。

此の無粋な輩に対し、芹沢は《誰だ、テメェ?!》と声を荒らげる。

・・・因みに。其の声にチャンネルを開いていた全員が吹いた。

 

《・・・私はIS学園の織斑 千冬です》

《そうか。忙しいから後でもいいか?!!》

『『『芹沢さん!?』』』

 

世に聞こえるブリュンヒルデの名を聞いても決して臆さない芹沢に何故か皆がドキッとするが、彼には全然関係のない事なんだろう。

 

《ダメです。あなたは清瀬のバックアップチームであるIS統合対策部のですね》

《そうですけどッ、それが?》

《なら、あなた達は部外者の筈だ。その方たちがこの件に関わるのは―――――》

 

・・・何だか長ったらしい制止文句を聞かされると勘付いた芹沢は、千冬から其れ以上の言葉が紡がれる前に取り合えずこう言った。

 

《やかましいッ! 四の五のばっかり言うだけの役立たずは黙ってろ!!》

『『『ぶぅううッ!!?』』』

《ッ、や・・・やくたた・・・?!》

 

天下に聴こえるブリュンヒルデの話を遮るどころか、暴言を捲し立てた芹沢に全員が驚嘆してポカーンと口を開けた。

其の隙に芹沢は暴走した春樹の対処案を講釈師の様に立て板に水の口調で述べる。

 

《ボーデヴィッヒ! あん畜生に対してのAICの効果は?!》

「は、はい! だ、だいたい十秒ぐらいでしょうか?」

 

《なら、ボーデヴィッヒがAICで野郎を抑えている間に・・・榊原先生!!》

《は、はい?!》

《ワルキューレ隊だか何だか知らねぇが、そいつらと一緒に氷結弾で野郎を仕留めて下さい!》

《は・・・はい、解りましたッ!》

《残りの専用機持ちはボーデヴィッヒの援護を優先しろ。解ったなら、状況開始! 急げ、急げ!!》

 

『『『は、はい!!』』』

 

本来ならば皆を纏める筈の千冬の代わりに芹沢が彼女にも負けない圧で全体を纏め上げ、号令をかけた。

其の号令に皆が一斉に得物を向ける。

 

「A”A”A”ッ!!」

 

其れに気付いたのか。春樹はエネルギー増幅を半ば途中で取りやめ、再びエナジーウィングによる全方位攻撃を行おうと青い六枚羽を光らせた。

されど、そうはさせまいと陣営の先頭に立ったラウラが右手を前へ突き出す。

 

「悪い、春樹・・・本当にすまん・・・!」

 

想い人に武装を向ける事は彼女にとって悲痛な事この上ないだろうが、今は私情を挟んでいる場合ではない。

涙を呑んでAICを差し向けた。

 

「A”・・・A”A”ッ・・・A”A”A”A”A”A”A”・・・ッ!!」

 

ラウラからかけられた停止結界を振り払おうと古びたブリキの玩具の様に動くが、更に其処へ申し訳なさそうな表情を晒す簪がラウラから受け取ったワイヤーブレードを彼に巻き付ける。

其の巻き付けたワイヤーへ「お願いだから、大人しくしてね♪」と楯無が楔の代わりに蛇腹剣、ラスティー・ネイルを突き刺した。

 

「ッ、今ですわ先生方!!」

 

「わかったわッ、撃て―――!!」

 

セシリアの声を合図に氷結弾をアサルトライフルへ装填した教師部隊並びにワルキューレ隊がズダダダダダッ!と撃ち放つ。

銃口から飛び出た氷結弾は確実に琥珀の機体表面へ直撃し、徐々にではあるが其の体を凍て付かせる。

 

「A”・・・A”A”ッ・・・!」

 

「くッ、うぅ・・・!!」

「・・・ラウラ・・・ッ」

 

寒さと冷たさから来る痛みに春樹は呻き声を上げて苦しむ。

其の痛々しい姿に対し、ラウラは何もしてやれぬ自分が悔しくて悔しくて堪らずに目を潤ませる。だが、決して目を逸らす事なくAICを維持した。

 

「A”・・・―――――ッ・・・ッ!」

 

やがて春樹の全身が氷結弾でカチコチになったのを確認し、皆は漸くやっと胸を撫で下ろす。

しかし、誰一人として事件終結に笑顔を浮かべる者はいない。学園始まって以来の何とも後味の悪い勝利であった。

 

 

 

 

 

 

 

 





急いで纏め上げた感が拭い切れないぃい。
もうちょっとかけた筈なのにィイ。
じゃけど此れが今の実力ゥう。
申し訳ないィイ。
悪しからずぅう。
・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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117話

 

 

 

「・・・阿”ぁ~、また此処か・・・」

 

俺ぁ気がつくといつの間にやら”あの場所”に居った。

一階から二階までが吹きぬけになっとる図書館のような場所じゃ。

俺ぁ此処の”主”とは否が応でも旧知の中で、”彼”は椅子の上で微睡む俺に何処か冷たい笑顔を浮かべて話しかけて来る・・・・・と、思うとったが、今回は違うた。

 

〈・・・気分はどう、春樹?〉

 

そう優しくも眠たそうな声色で俺へ言葉を放って来たんは、前にはなかったソファの上でゆったりと身体を横たわらせている白髪の美少女、琥珀ちゃんじゃ。

ソファが黒いけん、彼女の雪みたいに白い髪と着とる紅いワンピースが実に良ー映えるでよ。

 

「・・・どうじゃろうな。微妙な気分じゃわぁ」

 

ここに居る言う事は、福音ちゃんと戦うた時と同じように相変わらずのズタボロの状態でベッドの上で寝よーるんじゃろう。

其ん前にあった事は何処か断片的じゃけども・・・ハッキリ覚えとるんは、あのダメバナ野郎からの不意打ちから俺を守ってくれた琥珀ちゃんの叫び声と野郎に対する純粋な殺意だけじゃ。

其処から先の事は、指の爪先程も覚えとらん。

 

「あぁ・・・怒りに任せて”暴走”した後って言うんは、いっつもこうじゃ。酷い虚無感と罪悪感に苛まれらぁ。まぁ、あの糞の方の織斑に対する罪悪感はこれっぽちもねぇがなッ」

 

〈そうなの。フフッ♪〉

 

俺のジェスチャーを入れたボヤきが受けたんか、琥珀ちゃんは優しい微笑みを浮かべてくれた。

其ん表情に釣られて思わず俺も口端が上がる。

 

「そう言う琥珀ちゃんは、大丈夫なんか? 覚えとらんが・・・かなり無茶をしたんじゃねぇか、俺?」

 

〈そうね。春樹ったら、あんなにも激しく求めて来たもんだから・・・流石の私もグロッキー気味。眠たくてしょうがないわ〉

 

「ッ、そ・・・そうか。そりゃあ、悪かったな」

 

年相応の無邪気な笑顔と違うて、何処か妖艶な瞳に俺は思わずドキッてしてしまう。

意識が目覚めて半年ぐらいしか経ってないって言うに随分とマセたもんじゃ。女の子は成長が早いと云うが、ホンマじゃのぉ。

 

〈だから私・・・ちょっと寝るわ〉

 

「寝るんか? どれくらい?」

 

〈大丈夫、ほんの少しばかりよ・・・しん、ぱい・・・しないで・・・〉

 

琥珀ちゃんはニャンコみたいなアクビをした後、何処からともなく取り出した毛布を頭から被る。

 

〈あ・・・そうそう。ねぇ・・・春樹?〉

 

「阿?」

 

〈ちゃんと・・・ラウラを・・・抱きし、めて・・・あげてね・・・〉

 

「・・・は? どういう意味じゃ、そりゃあ?」

 

「ふわぁ~~~ッ・・・すぐに、わかるわ・・・じゃあ、おやす・・・み・・・・・ッ」

 

また大きなアクビをした琥珀ちゃんはそう言って目を瞑った。

其んアクビが移ったんか、俺も目がトローンとして来て・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・・・・・・痒ッ・・・いや、ホントに痒い!」

 

『『『なッ!!?』』』

 

意識を覚醒させた春樹が亥の一番に気付いた事は、全身を奔る痒みだった。

其れが余程痒かったのか。彼は呼吸器を付けたままノーモンションで起き上がると身体中をガリガリ掻き毟る。

其の春樹の突然の行動にベッドの周りに居た全員が目を剥いた。

 

「だ、大丈夫なのかい清瀬君?!!」

 

「阿ッ? ありゃ、長谷川さん。なして此処に?」

 

「えッ、い、いや・・・君が負傷したと聞いて、急いでIS学園にッ!」

 

「おぉッ、そりゃあどうもありがとうございます。あと悪いんですが、背中掻いてもらえます? 痒い所に手が届かんので」

 

「お前ぇ・・・心配かけやがって!!」

「痛ッ!?」

 

何とも軽い春樹の背中をバチィッンと叩いたのはヤレヤレと呆れ顔の芹沢で、其の隣では壬生を始めとしたIS統合部の面々が彼の無事にやんややんやと歓声を挙げる。

 

「良かったッ、本当に良かった! 一時はどうなる事かと持ったが・・・本当に、本当に・・・申し訳なかったッ!! 暴走していたとはいえ・・・私達は君へ向けて―――――」

 

「ちょ、ちょっと! 泣かんでくださいよ、壬生さん!! 其れに、しょうがないですよ。プッツンしたとはいえ、俺ぁ暴れていたんですから。止めるのは当然ですよ」

 

「そうですよ。それに言ったでしょ、コイツは殺しても死ぬような人間じゃないんですから。だから、少し手荒な真似しても構いませんよ」

 

「其れは其れで酷ぇな、芹沢さん!!」

 

『『『ぷッ・・・はっはっはっはっは!!』』』

 

三人のやり取りに対し、先程までズーンと沈んでいた空気がパッと明るくなって皆の笑いが部屋全体に響き渡る。其の皆の笑い声に釣られて春樹も又、彼独特の奇妙な笑い声を上げた。

しかし、彼は其の笑い声を早々に切り上げるとキリリと目を三角にし、「其れで・・・状況はどねーですか?」と低い声を出す。

すると、其の声と表情に釣られて皆の表情が一気に険しくなった。

 

「襲撃者であるゴーレムは君達、専用機所有者と教師部隊・・・それにワルキューレ部隊だったかな? 皆の活躍でその全てを撃墜する事に成功。それに君が色々と準備していてくれていた御蔭で被害は最小限に抑える事が出来た。若干の負傷者はいるものの・・・皆、無事だよ」

 

「そいつは良かった。其れを聞いてホッと一安心ですよ。・・・因みにですけど、襲って来たゴーレムは何体居ったんですか?」

 

「清瀬少年が晴天極夜で何体も一気に消し炭にしてくれた御蔭で、詳細な数は把握できていないが・・・その他の専用機持ち達の破壊した残骸の計数から見て五十体程度だろう」

 

壬生の言葉に春樹は「そうですか・・・」と頷くと考え事でもするかのように眉をひそめたが、すぐに別の話題を口にした。

 

「処で・・・織斑の野郎はどうなりましたか?」

 

其の言葉に皆は何とも度し難い表情をする。芹沢と壬生に至っては、怒りの感情を隠す事無く晒している。

 

「こう言ってはなんだが・・・血迷った彼の行動のせいで、清瀬少年を氷結弾で強制停止する事に至った。当然、我々としては彼を許す事など出来ない」

 

「壬生さん、そんな丁寧な言葉を使わなくてもいいんじゃないですか? あの野郎は、清瀬の言う通りのクソ野郎だった。俺にはそれで十分ですよ」

 

芹沢の言葉に「阿破破破!」と春樹は笑うと今度は「其れで倉持の人達は、まだいますか?」と彼等に聞いた。

其の質問の意図が解らない皆は顔を見合わせて疑問符を浮かべる。

 

「あ、あぁ・・・まだいるぞ。君が此処に運ばれて来てから、まだ一時間も経っていないからな。臨時避難所になっている格納庫にいるんじゃないか?」

 

「破破ッ、そいつは好都合。誰か、俺の制服の上着を持っとりませんか?」

 

そう言って制服の上着を探す春樹に芹沢が疑問符を投げ掛ける。「・・・何考えてんだ、清瀬?」と。

どうして彼がこの様な問いかけをしたのか。

其れは春樹の顔がどことなく歪んでいたからだ。何かを謀を企む薄笑いを浮かべていたからだ。

 

「破破破破破ッ。なぁに・・・唯、野郎に責任を取ってもらうだけでさぁ」

 

そう言って彼は高良から受け取った上着の内ポケットに収納されていたスキットルの中身を勢い良く呷る。

 

「うわ・・・禄でもない事を考えてるな、コイツ」

 

此の春樹の企み顔に芹沢を始めとした何人かが苦笑した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

―――――此処はIS格納庫兼整備室。

ある水色眼鏡っ子にとっては思い入れのある場所であるが、現状では臨時の避難所兼治療室へと変貌している。

中ではゴーレムⅢ軍団を退ける事に成功したものの、名誉の負傷を受けてしまった功労者達が集まっていた。

・・・まぁ、名誉の負傷と云っても重篤な生傷を負った者は一人もいない。

此れも鋼の乙女達との戦闘時に距離を取って闘うようある飲兵衛に指摘された為だ。御蔭で彼女達は傷を負ったとしても軽度の火傷や打撲ぐらいで済んだ。

・・・しかし。

 

『『『・・・・・・・・』』』

 

学園を襲った賊軍を最小限の被害で撃退したというにも関わらず、皆の表情は暗いものであった。

理由は言わずもがな、原因は防衛戦の終盤であった第一アリーナで行われた敵味方入り乱れての総力戦。

其処で、ある若輩の騎士が同じく防衛勢力の金目として敵陣深く斬り込んでいた銀飛竜の逆鱗をあろう事か荒い鑢で削った。

其のせいでブチ切れた銀飛竜は怒り狂い、敵であるゴーレムⅢどころか味方である防衛勢力さえも消し炭にしようと金の焔を振り撒く。

もし彼の仲間の機転と恋仲である黒兎の能力がなければ、全員が炭化されていた事だろう。

 

「・・・ッ・・・・・」

 

さて・・・其の原因を作る事と相成った若輩の騎士は、チラチラと事情を知っている人間達に晒されながら格納庫の隅でブツブツと何やら呟く。

其の隣では彼を思う紅の鎧を持つ乙女がオロオロしながらも寄り添い。其の前では騎士の姉である世界最強の戦乙女がゴゴゴッと云った具合のオーラを放っている。

其れをアワアワと眺めるは騎士のバックアップチームだ。

 

襲撃事件終幕後。

氷漬けとなった飲兵衛が運ばれる隣で、フレンドリーファイアを行った騎士は自身の姉に頬を叩かれての折檻を受けた。

其の様は傍から見ても背筋が凍って顔が青ざめる様なものであった為、折檻を受け終わった後の彼に皆は同情の目を向ける。

・・・だが、そんな周囲の情けの目に流されない人間が少なからず居た。

 

「・・・」

 

其れは若輩の騎士と共に今回のタッグマッチトーナメントへ挑む筈だった水色の眼鏡っ子こと、簪である。

彼女はキリリと精一杯の潤んだ三角眼で騎士を睨み、ワナワナと一番近くに居ながらも彼の蛮行を止めることが出来なかった自分を悔いた。

 

「簪ちゃん・・・」

 

そんな彼女の両肩に手を添えて寄り添う楯無も生徒会長でありながら力を発揮できなかった自身を責める。

されど・・・上記の二人よりも自分を責め、若輩の騎士を呪う人物がいた。

 

「織ぃい斑ぁあ一ぃい夏ぁあああ・・・・・ッ!!」

 

其の人物とは、泣く泣く想い人である銀飛竜に刃を向けた・・・向けてしまった銀髪の黒兎ことラウラである。

事件終幕後、彼女は自分の恩師に説教を喰らう若輩の騎士の頬を拳骨が折れるぐらいの力で殴り抜いた。

御蔭で彼の左頬は若干赤紫に腫れているのだが、其れでも殴打を繰り返そうとするラウラをシャルロットや鈴を始めとした全員が止めに入り、落ち着かせようとセシリアが彼女を抱き締める。

そんなセシリアの十五でありながらも豊満な胸の中でラウラは声を上げて泣いた。

悔しくて悔しくてしょうがない気持ちの悪い何かが胸の中をグチャグチャに駆け巡って堪らない。許される事ならば、想い人の仇を取りたいと願うばかり。

けれども、其れは許されぬ事だと彼女は理解できるぐらいの理性が残っていた為、余計に苦しさが増す。

時間が経てば経つ程にシクシクシクシク、灼眼と眼帯に隠された琥珀色の瞳からポロポロ流れる涙はセシリアの青いISスーツを暗く染め、其れと同じ様に暗く重い雰囲気が部屋全体を支配している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――其の時であった。

 

「オープンセサミ!」

 

『『『!!』』』

 

突如としてババーンッと開かれた臨時避難所の扉。

其処から現れ出でたのは―――――

 

「阿破破破! 諸君、任務お疲れさん!!」

 

『『『なッ・・・なぁああああ!!?』』』

 

―――あの奇天烈で奇妙な笑い声を上げるあの銀飛竜だった。

 

「阿ぁん? なんじゃなんじゃ、なんじゃーな其の反応は? 布仏さんいつものトロンとした目がパッチリしとるし、榊原先生は真昼間にグレイ型宇宙人みたいな顔しやがってよぉ。破破破ッ!」

 

「だ、だだ、だって~・・・!」

「う・・・うそでしょッ・・・!?」

 

四白眼に見開く皆の目を余所に一人ケラケラ笑う今回の襲撃事件終息の最大功労者である金眼四ツ目の銀飛竜こと春樹。其の元気な姿に全員が吃驚仰天し、中には白目を剥いて倒れる者もいる。

 

「じゃあ、ちょっと其処よろしいか?」

 

『『『は、はい!!』』』

 

そんな彼女等の間を海を割る如く退かせると、其の間を歩んである人物の前へと立った。

 

「セシリアさん・・・よろしいか?」

 

「えッ・・・えぇ、勿論・・・勿論ですわッ。ラウラさん!」

 

声をかけられたセシリアは驚きつつも、いつもの様に優しく微笑みながら自分の胸の中で泣いていたラウラを彼の前へ突き出す。

一方の突き出された方のラウラは、状況が未だ解らずに目をまんまるにしている。

 

「ッ、は・・・はる・・・はる、き?」

 

「応、そうじゃけど?」

 

「はるき・・・はるきっ、はるきハルキ春樹・・・・・春樹ッ!!」

「うわおッ!?」

 

漸く状況を理解したラウラは春樹に飛び付く。

いつかの夏の病院での夜を思い出す春樹だったが、あの時と違う所がハッキリと一つあった。

 

「ごめん、なさい・・・ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・ッ! 許して、ゆるしてくださいッ・・・!!」

 

『『『ラウラ(さん)・・・ッ』』』

 

ラウラは春樹に許しを請うていた。

先程以上に涙をボロボロボロボロ流しながら謝罪の言葉を彼女は口にし、最後は「お願いだから、私の側からいなくならないでくれ!」と懇願し出したではないか。

 

「・・・ラウラ・・・」

 

其れを何故か申し訳なさそうな表情で見ている人間が居る。彼女の恩師である千冬だ。

彼女は「いやだいやだ、いなくならないでくれ!」と叫ぶラウラの声が耳について敵わなかった。

 

「おい・・・ボーデヴィッ―――――」

 

遂に千冬が彼女の言葉を遮ろうとした時、其れよりも早くラウラを黙らせる人間が居た。

 

「―――――・・・んむッ」

「ッ!!!??」

 

『『『!!?』』』

 

涙に濡れる淡い薄紅色の唇を春樹は己が口で塞ぐ。

アッと驚く周囲の喧騒など何の其。彼はラウラの銀髪を右手で優しく梳きながら、彼女の唇を何とも美味そうに味わう。

最初は此の春樹からの突然のキスに驚いて目を見開いてしまったラウラだったが、すぐに彼へ自分の全身を預けてウットリと目を細めた。

 

「ッちゅ・・・・・落ち着いたか、ラウラちゃん?」

 

「う・・・うん・・・だ、だいじょうぶでひゅ・・・はい・・・ッ」

 

キスを終え、とろりと恍惚の表情を晒すラウラを「・・・そうか」と短く言葉を切って彼女を優しく抱き留める。其の実に絵になる様に「はぁ・・・ッ」と思わず周囲の面々は溜息を洩らしてしまった。

しかして、此の男がただ単純にラウラへのキスだけで終わる筈があろうか。

 

「あッ、そうそう・・・なぁ、フレンドリーファイアの織斑や?」

 

「ッ・・・!?」

 

否、断じて否である。

春樹はラウラを抱きとめたまま、其の近くで俯き嘆く悲劇のヒーローへ声をかける。けれども、声をかけられた若輩の騎士・・・一夏は春樹の方へ顔を向ける事が出来なかった。

其れもそうだろう。いつも春樹を”卑怯者”やなんだかんだと散々扱下ろしている筈の一夏が、今回は其の”卑怯者”であるのだから。

 

「・・・ゴクリッ」・・・と誰かが固唾を飲み、思わず手元の得物を掴む。何故なら、また”あの惨劇”を起こされては敵わないからだ。

 

「織斑、俺は・・・・・・・・お前を許そう」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

「・・・・・・・・・・・え?」

「「・・・・・・・・え?」」

「「「・・・・・え?」」」

『『『え・・・えぇえええええッ?!!』』』

 

此処に居る全員が、春樹の口から紡がれる事は決してないと思っていた言葉の羅列に再び驚嘆の声を上げた。

そして、「何故?」と疑問符ばかりが彼女等の頭の上を飛び交う。

 

「えッ・・・あ・・・・・き、清瀬?」

 

「阿破破破ッ。どうしたよ、織斑?」

 

かく言う加害者であろう一夏も思わず目を四白眼にする。

そんな驚いて自分を見る彼を春樹は満面の笑みで出迎えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・もうちょっと続きます。あと一話ぐらいでしょうか?
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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118話

 

 

 

『清瀬 春樹は、織斑 一夏を嫌悪している』

 

此れは学園へ在籍している誰もが知っている周知の事実である。

そんな事ある毎に対立し、其の度に言葉と物理の暴力によって互いを牽制して来た二人の様子を間近で見ていた専用機所有者達は、春樹の放った「お前を許そう」等という言葉に唖然茫然としてしまう。

 

「えッ・・・あ・・・・・き、清瀬・・・ッ?」

 

かく言う骨の一本や二本を折られる事を覚悟していた一夏も目を真ん丸にして言葉を淀ませる。

しかして彼に降り注がれたのは鋭く尖った言葉と固く握られた拳骨ではなく、晴れやかで爽やかないつもの春樹らしからぬ笑顔であった。

 

「は・・・春樹?」

 

「ん? どうしたんなら?」

 

此の何処か不気味な雰囲気を醸し出す彼に優しく抱き留められているラウラも疑問符を浮かべるが、春樹の柔らかな表情には些細な疑問であり、彼女は再び彼の胸へ顔を埋める。

其の柔らかな表情に疑問を抱く学園サイドの隣では、彼と初めて出会う倉持技研の面々が、聞いていた噂と違う春樹の人物像に別の意味で驚いていた。

されど・・・何故に此の男が今まで憎悪し、嫌悪し、逆怨んでいる一夏へ容赦の言葉を投げ掛けるのか。

鈴の考える様に身体全体へ撃ち込まれた氷結弾の影響で、脳と心の思考回路が狂ってしまったのだろうか。

 

「壬生さんに聞いたよ、織斑。大変だったな・・・白式が”暴走”しちまうなんてよぉ」

 

「え・・・ッ?」

『『『え!!?』』』

 

朗らかな春樹の表情から出た思わぬ言葉に一夏だけではなく其の場に居た全員が又しても驚いた。

倉持技研の面々に到ってはギョッとしてしまう。

 

「ゴーレム共の攻撃で、機体の制御が訊かなくなったんじゃろう? じゃけぇ、俺に攻撃してしもうたんじゃろう? なら、お前を責めても仕方ないわなぁ。阿破破破」

 

「え・・・い、いや俺は・・・ッ!」

 

予想外の表情と言葉に一夏は再び言葉が詰まるが、春樹の”策謀”がまだ始まったばかり。言い淀む彼を尻目に春樹は突如としてギョロリと射殺す様な鋭い視線を倉持技研の面々へ向けた。

 

「じゃけん・・・俺はアンタらが許せんわぁ、倉持技研!! よくもよくも白式を暴走させやがったなッ!!」

 

「ちょッ、ちょっと待ってください! 織斑選手が清瀬選手へ攻撃したのは、決して我々の―――――」

 

春樹の発言に慌てふためく倉持技研チーム。

勿論、倉持技研のスタッフ達は反論しようとするのだが、彼がそう易々と難癖を付けた相手に喋らせる訳がない。春樹は「喧しいッ!!!」と怒声を撒き散らす。

其の到底十代の少年が出す事はないであろう並々ならぬ気迫に倉持技研の面々は圧倒されてしまい、思わず押し黙ってしまう。

・・・ここまでは範囲内。

 

「やめんか、阿呆!」

「ぎいぇッ!?」

 

一瞬にして現場の空気を持ち前の獣性と咆哮で掌握した春樹だったが、そんな彼の頭を叩く者が居た。其れは彼の後から追い付いて来たIS統合対策部の芹沢である。

 

「なッ、なにをするだー!?」

 

「小一時間前に起きたっばかりで、大人しくしとけと言ったろうが!」

 

「じゃけどなぁ、芹沢さん!」

 

最初は癇癪を起した童の様に喚き散らす春樹だったが、芹沢の後からドシドシと彼を追いかけて来たIS統合対策部の面々に取り囲まれ、感情を抑える様に説得をされていったのだ。

 

此れに倉持技研のスタッフ達は胸を撫で下ろす。難癖を付けた来た相手が相手の仲間によって説得されているのだから。

・・・しかして此れも策謀の一つであった。

 

春樹は後から出て来た仲間であるIS統合対策部スタッフ達からの諌言を受託したという”てい”で不満顔を晒しながら抱き留めているラウラ共々芹沢達の背後に回る。

其れと入れ代わり立ち代わりで倉持技研スタッフ達の前にある人物が現れた。

 

「申し訳ありません、倉持技研さん。ウチのテストパイロットが。私はIS統合対策部の金城と云う者です」

 

其の人物とは、IS統合対策部の中でも数少ない女性職員の一人である金城 沙也加である。

彼女は先程の春樹の非礼を詫びる様に深々と頭を垂れたのだが、「・・・しかし、今回の一件をあなた達はどう責任を取るおつもりで?」と顔を起き上がらせたと同時に口を三日月に歪めた。

此の言葉に再び倉持技研スタッフ達の心臓が飛び上がる。

 

「せ、責任とは・・・ッ?」

 

「無論、ウチのテストパイロット・・・清瀬氏の暴走を誘発させた責任ですよ。もしや・・・このまま済し崩しになかったことにされようとは思っておりませんね?」

 

「ま、まさか! し・・・しかし、何故に我々が責任を問われる事に?」

 

此の質問に金城は乾いた笑い声を響かせるが、其の目は完全に冷めきっていた。

 

「面白い冗談を言われますな。別に我々は織斑氏を責め囲んでも構わないのですが・・・それだと、そちらに大変不利益が生じるのではないですか? そうですよね、織斑先生?」

 

「・・・・・」

 

金城の言葉に千冬は目を逸らし、彼女の言葉に漸く何かを察した倉持技研の面々は顔を青くする。

 

「ま・・・待ってくれよ!」

 

「あん?」

 

そんな時、やっとショックから我に返った一夏が声を上げた。

彼は自分の起こしてしまった過ちに向き合おうと決心し、倉持技研スタッフ郎党とIS統合対策部代表の金城との話し合いに割って入る。

 

「あ、あれは・・・清瀬の暴走は俺の・・・俺の責任なんだ! あの時・・・俺がアイツに零落白夜を撃たなきゃ、こんな事にはなってないんだ。だから―――――」

 

「―――俺が責任を取る!」・・・等と彼は言いたかったのだろう。

だが、彼の台詞に金城は自分の台詞を被せてこう言い放つ。「・・・”子供”のあなたに一体どんな責任が取れると言うんですか?」と。

 

「これは大人同士の話し合いです。責任の取り方を知らない子供は・・・引っ込んでてもらいたいのですが」

 

「なッ・・・何だよ、それ!!」

 

「やれやれ、これだからガキはッ」とため息交じりの金城に噛み付こうと一夏は声を上げようとしたが、其れを意外な人物が引き留めた。

 

「やめんか、一夏・・・!」

 

「ッ、ち・・・千冬姉・・・?」

 

其れは一夏の姉であり、世界最強ブリュンヒルデの名を冠する千冬であった。

彼女はいきり立つ彼をいつも以上に静かで低い声と鋭い眼光で制止すると、一夏に噛み付かれる寸前だった金城へ目配せをする。

そんな千冬からの視線に彼女はニヤリとほくそ笑むと、ガヤガヤざわつく周囲に気取られないようなトーンで話を始めた。

 

「・・・倉持技研さん。さっき清瀬氏は自分の暴走の原因は、織斑氏の専用機である白式の暴走であると言い放った。ここは”そういう話で纏める”のが、一番の得策だと私は思うのですが・・・如何でしょう?」

 

ニタニタといやらしい笑みで微笑む金城に倉持技研の面々の多くが、瞳孔を震わせる虚ろ気味な目で頷く。

其れでも渋る輩がチラホラと居たが、其の様な者達も彼女の次の言葉である。

 

「責任として、我々の要求を呑むのであれば・・・この件はこれ以上の深掘りは致しませんので、どうかご安心を」

 

・・・と云った文言に歯を鳴らしながらも残った面子も頷いた。

 

しかし、何故に彼らは急に大人しくなったのか。其れは金城が一夏の責任を追及すると言い放ったからだ。

彼が個人的な見解で故意に春樹へ不意打ちを喰らわせた事が追及されれば、一夏は専用機の剥奪の他にも傷害や殺人未遂の罪による罰を喰らわされる事になるだろう。

そうなってしまえば、そんな危険人物に専用機を付与したという事で倉持技研の権威は失墜し、政府から与えられたIS開発許可権を取り消されてしまう。

 

だが、春樹が皆の耳に聴こえる様にわざとらしく自分の暴走は、襲撃者であるゴーレムの攻撃によって引き起こされた白式の暴走による不意打ちだという事にしておけば、上記の様な最悪の展開になる事だけは幾分かまだ避けられる。

 

「それで・・・我々にどうしろというのですか?」

 

「そうですねぇ・・・・・」

 

虚ろな倉持技研に対し、余裕綽々で仕方ない金城は顎に人差し指を当てて思い悩む。どんな”貢物”を貰おうかと思い悩む。

けれども・・・最初から”目的のもの”は決まっている。

 

「それでは、技研さんにいらっしゃるパイロットと機体・・・個人名を挙げれば、更識 簪氏と打鉄弐式を技術提携という面目で頂きたい」

 

『『『なッ!?』』』

「え・・・?」

 

金城の言葉に吃驚仰天する倉持技研の面々の隣で、名前を挙げられた簪が鳩が豆鉄砲を食った様な表情を晒す。

するとそんな顔を晒す彼女に金城がしたり顔の視線を送る。

 

「ちょッ、ちょっと待ってください!! それはあまりにも無茶な要求ですッ!!」

「一度、本部に帰ってから此方で検討を―――――」

 

「・・・あ”あ”ん?」

 

あまりに狼狽えてたじろぐ面々に金城の不機嫌な疑問符が響き、其の後ろで控えるIS統合対策部スタッフ達の表情が歪む。

 

「あんたら・・・自分達の立場がどうなってんのか、わかってないようですねぇ。でも・・・別にいいですよ。一度、本部に戻って検討いただいても」

 

「な、なら―――――」

 

「し~か~し~・・・本部に戻っている間、此処に居る誰かが情報を漏らすかもしれませんねぇ~」

 

そう言う金城の背後では、誰もがおもむろに自分のスマホの画面を開いた。

 

「それに・・・聞くところによりますと、あなた方は更識氏に今回のタッグマッチトーナメントで織斑氏と組む様に無理強いしたというではありませんか。選択の余地は・・・ないと思いますがね、私は」

 

「お・・・脅すつもりか?!」と倉持技研サイドの一人が声を挙げるが、彼女は「まさか!」と相変わらず厭味ったらしい笑顔を浮かべる。

 

「ッ、だ・・・だが、それは本人の同意が必要なはず!」

「そ、そうだ! 本人が拒否すれば、無理強いは出来ないでしょうが!!」

「そうでしょう、更識さん?!!」

 

技研の一人が言った言葉に全員が乗り、話のタネに上がった簪へ期待の眼を送る。

・・・『犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ』と云う。そんな言葉がある様に彼らは簪が自分達の与えた恩に報いる事を願ったのだろう。

・・・・・・・・だが・・・

 

「・・・金城、さん?」

 

「はい。なんでしょうか、更識氏?」

 

「契約書の書き方・・・教えてもらえませんか?」

 

『『『なッ、なぁああ!!?』』』

「えぇ、勿論です」

 

今まで受けて来た倉持技研からの”仕打ち”を『恩』と感じる程、簪はM気質ではなかった。

実を言うと簪は自分の専用機である打鉄弐式が制作放棄された時点で倉持技研を見限っていた。其れでも倉持技研サイドに居たのは、一重に打鉄弐式の所有権を彼らが持っていたからだ。

しかし、もうそんな心配をする必要はない。心置きなく出立することが出来る。右手中指に填められた待機状態の戦友と共に。

 

「さ、更識さ―――――」

 

されど納得のいっていない一人の職員が、IS統合対策部の契約書の書き方を聞こうと金城に近づく簪を物理的に止めようと距離を詰める。

だが、そんな彼の足元に突如として赤い鋼が突き刺さった。

 

馴れ馴れしゅう近づいてんじゃねぇよ、おわんごが

 

ビィイーンッと床に突き刺さったのは、血の様な赤で染まった刃の刀身。其れが飛んで来た方向を目を移せば、其処には酷く恐ろしい顔をした夜叉が立って居た。

其の恐ろしい形相から醸し出される気迫と狂気に職員は思わず尻餅をつく。

 

「さて、それでは参りましょうか」

 

「は・・・はい!」

 

「あッ、私も簪ちゃんの保護者として同伴します!」

 

「ご自由に」と金城は簪と其の引っ付き餅である楯無を引き連れ、IS統合対策部の所属契約書を書く為に別の場所へと移動する。

 

一方、跡に残された床に突き刺さる鍵鉈MVSを春樹は引っこ抜くと、倉持技研の面々へニタリと不敵な笑みを浮かべる。

其の笑みに今まで置いてけぼりを喰らっていた一夏が意外にも何かを察した。

 

「清瀬、お前まさか最初から・・・・・ッ!!」

 

其れに春樹はいつも彼に向ける目・・・どうしようもない程に相手を侮蔑する目と口パクで答える。

 

ざまぁ見晒せ

 

「ッ!」

 

「阿破破ノ破ッ! それじゃあ、俺はもうちょっとだけ休んでくらぁ。皆も今日は早めに休むんよぉ~!」

 

そういつもの様に春樹は笑って避難所を後にする。

あまりにも怒涛の展開に皆の中にはまだ呆気に取られている者がチラホラいたが、唯一人だけ彼の其の笑顔が一夏には人ならざる化け物に見えた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ッ・・・かッはぁ!?」

 

「春樹!?」

『『『清瀬君(少年/我らが刃)!!?』』』

 

カツアゲ的交渉術を終え、臨時避難所となった格納庫から出た春樹は何の前触れもなく吐いたと同時に崩れ落ちる。

胃液の混じった吐瀉物は主にアルコールを主成分としていたが、其の色から見ても解る様に血が混じっている事は明白であった。

 

「阿・・・阿破破破ッ・・・緊張で吐いてしもうたわぁ。あぁ、胸が痛ぇッ」

 

「だから酒を飲むなって言ったろうが、この馬鹿!!」

 

「春樹ッ、春樹!!」

 

再びパニックになる皆の心配をよそに春樹はケラケラ笑いながら内ポケットから取り出したウィスキーを飲み込むと、又しても目を潤ませるラウラの頭を撫でてやる。

 

「清瀬君!!」

 

「大丈夫でさぁ・・・長谷川さん。俺の生命力の強さは御存じでしょう? これぐらい・・・直ぐに治りまさぁ」

 

「だからといって・・・!」

 

心配そうな顔をする皆だったが、相変わらず春樹はカラカラと愉快そうに奇天烈な笑い声を響かせるばかり。

しかして彼の体調を心配し、担架を持って来るように叫ぶ壬生を抑えた。

どうしてかと言うと、先の戦闘によって自分が弱っている事を勘繰られたくないとの事。

そんな強がる彼が、皆には強くも哀れにも愛おしくも見えた。

 

「ッ、おっと・・・ラウラちゃん、ちょっと手ェ貸してや」

 

・・・と此処で春樹は何かを察した様にフラフラまだダメージが残る身体を起こすや否や、シャキッと何事もなかったかのように制服の襟を正す。

 

「さて・・・どうかされましたかね、織斑先生?」

 

「・・・・・」

 

口角を引き攣らせて振り返ってみれば、其処には此方を静かに睨む世界最強の戦乙女が佇んで居るではないか。

今まで春樹へ注意が逸れていたラウラやIS統合対策部の面々は、彼女の登場に表情が一気に強張る。

 

「清瀬・・・貴様、最初からこれが狙いだったのか?」

 

「破破破ッ、さて何の事やら」

 

千冬の鋭い視線に彼はケラケラと笑顔を浮かべるが、二人の間に漂う空気は余りにも重い。

 

「ぬぬッ!?(これはなんという圧じゃ! く、苦しい!!)」

「清瀬・・・ッ」

 

其の慣れない重圧の空気に中てられたのか。ラウラやIS統合対策部の一部を除いた職員の息が浅くも荒くなった。

そんな彼らを気遣ってか。其の圧力を緩和しようと千冬との距離を詰めようとしたのだが、そんな彼の腕を心配そうにラウラが掴む。

 

「ラウラちゃん、大丈夫じゃで・・・」

 

「ッ、う・・・うん」

 

心配する彼女を抑えて離れると、春樹は自らの心を”墜とす”。

ワザと冷血で冷酷で残酷で残忍で無慈悲な状態に心を”堕とす”。

其れがどれ程まで彼の心へ負担をかけるかは想像だに出来ない。

そして、彼は其の崩れかけの心のままに背後へ控える皆に聴こえないような声量で

 

「・・・其れで先生ぇ? 俺の狙いってのは?」

 

「とぼけるなよ、小僧。貴様は最初から更識が目当てで今回の騒動を利用したのだろうが」

 

「阿破破破ッ、流石はブリュンヒルデ! じゃけど・・・「惚けるな」言う言葉はコッチの台詞じゃ」

 

「・・・どういう意味だ?」

 

「言葉のままなんじゃけどな・・・キチガイ兎の”犬”っころ」

 

春樹はギョロリと三角眼の中央から金の焔を瞬かせる。

 

「私が、犬だと?」

 

「俺の郷里じゃあ、スパイや裏切り者は”犬”じゃあ言うんですよ。織斑先生、今回の一件の首謀者が誰なんか・・・アンタぁ、知っとる筈じゃろうがなッ」

 

「・・・・・」

 

彼の言葉に千冬は無言と睨み眼で返す。

普通の者ならば、其の射殺す様な視線とオーラで大抵は萎縮して押し黙ってしまう。・・・が、今彼女の目の前にいるのは、狂気の表情を浮かべる手負いの獣。

こういう手合いが一番危険だ。

 

「・・・阿破破破破破ッ!!」

 

「ッ・・・何が可笑しい?」

 

「いやいや・・・俺がエロゲやらエロ漫画やらエロ同人に出て来る唾棄すべき糞下種野郎なら、此れをネタにアンタの熟れた四肢を貪って、其の胎ん中にタップリと俺の”種”を植え付けてやるんじゃけどなぁ・・・っと思ってですね」

 

酷く下卑た邪な表情でそう語る春樹に千冬は嫌悪と取れる表情を晒すが、其れを彼はニタニタと嬉しそうに眺める。

 

「阿比比比ッ・・・じゃけど心配せんで下せぇよ、先生。俺はまだ・・・・・まだ其処までは”墜ち”とりゃしません。じゃ~けぇ~ど―――――」

「ッ!?」

 

突然、春樹は千冬との距離を一気に詰めるや否や、両肩をガッチリと掴むと彼女の耳へ囁く。

 

「俺の世界を”侵そう”もんなら、”犯される”覚悟をしときんさいよッ・・・! そうあのキチガイにも、アンタの”妹”にも伝えとけやッ!!」

 

「ッ、く!!」

 

千冬は春樹の手を振り払うと、思わず平手打ちの構えを取る。

 

「ふん!」

「!?」

 

しかして其れを防がんと彼女の前へ春樹の背後に居た筈のラウラが割って入って来たではないか。

 

「ラウラ・・・!」

 

「たとえ教官と云えども・・・これ以上、春樹に手出しはさせません!」

 

驚く千冬を余所にラウラは彼女の平手打ちを打ち防ぎ払うと、組手の構えを取る。其の構えは若干の震えがあるものの、彼女の目には確かな闘志が籠っていた。

まさか、自分の愛弟子に邪魔をされる等とは思ってもみなかった千冬は思わず目を見開く。

其れを春樹はニヤニヤと暫く眺めた後、ゆっくりと背後からラウラへ腕を巻き付ける。

 

「落ち着け、落ち着け。もう大丈夫じゃで・・・ラウラちゃん」

「あッ・・・・・」

 

そう彼はラウラの耳元へ優しい声色を呟くとソロリソロリ後ろへ退いて行く。

そうして一定の距離を置いた所で春樹は彼女を担ぎ上げるや否や、「其れじゃあ撤収~ッ!!」とばかりにIS統合対策部の面々を率いてスタコラさっさと其の場を後にする。

こうして、まるで一か月以上かけたかの様なたった数時間のゴーレムⅢ襲撃事件は、呆気ない幕引きへと至った。

 

「清瀬ッ・・・何故、お前が”その事”を・・・・・!!」

 

跡に残されたのは、春樹の発言に綺麗な顔を曇らせる千冬だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・ッ!」

 

「た・・・束様ッ・・・鼻から血が・・・ッ」

 

此処ではない何処か。

今回の襲撃事件の黒幕は、ゴーレムⅢのメインカメラを通してディスプレイへと映し出された映像に息を浅く荒らげる。

 

「だってッ・・・だってだって、だってクーちゃん! はーくんがねッ、はーくんがスゴいんだよ!! ほんとにスゴいのッ!!」

 

「束様・・・清瀬様の映像を見るたびに語彙力がいつにも増して悲惨です。それに・・・先程からファントム・タスクの皆様より―――――」

 

「あー、いいのいいの。あんなやつらなんてほっといても。それよりも・・・・・うふふ♪」

 

ウットリと画面の中で暴れ回る春樹に不思議の国のアリスはウットリと恍惚の表情を浮かべる。

 

「はーくん、はーくん・・・! 君を見てると束さんのお腹の奥が切なくなるんだよぉッ・・・! ふふふッ、次は君の為に何をしようかなぁ~?」

 

『類は友を呼ぶ』等と云う言葉があるが・・・果たして此れは其れに当てはまるであろうか?

答える者は誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・ここいら辺でで酔い覚ましはいかがでしょうか?
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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酔い覚まし:幕内・酔って狂乱、醒めて後悔
119話


 

 

 

『化物語シリーズ』の〆場面に出て来る「後日談というか、今回のオチ」みたいな言葉を使わせてもらうと、今回の一件・・・巷じゃ、あの屑鉄スクラップから『ゴーレムⅢ事件』なんて云よーる襲撃事件は、無事に”後腐れもなく”「ゴーレム共を全滅に追い込んで終わり、チャンチャン♪」みてーな感じで終わった。・・・表面上はな。

 

物事にゃあ表もあれば、裏もある。勿論、此度の一件もじゃ。

今回の事で”裏”じゃと言われるんは・・・無論の事、糞忙しい乱戦の中でも元気に俺へ不意打ちを喰らわせて来やがった途方もないほど史上最低糞垂れおわんごのダメバナ野郎の事じゃろう。

普通じゃったら、事態が落ち着いた後にこねーなヤツの鼻と前歯と全身の骨と臓器を圧し折って潰してやる処じゃけども・・・俺は、”俺達”は此れを利用する事にしたんじゃ。

 

野郎の『故意』による不意打ちを『事故』による白式の暴走と云う形で有耶無耶にし、其の代わりとして倉持技研へ所属しとった簪さんを彼女の専用機である打鉄弐式ちゃん共々、俺らぁのIS統合対策部陣営へ引き込んだ。

今はまだ仮契約状態じゃけども、本契約になるのも時間の問題じゃ。

 

つーか元々、今回の襲撃事件があろうとなかろうと此方の口八丁手八丁に金と暴力で一人と一機をものにするつもりじゃった。じゃったんじゃけど・・・あのダメバナ野郎の御蔭で難なく簪さん達をスムースにハンティングする事が出来た。

阿破破破ッ。転んでもただは起きぬよ、俺は。

 

加えて・・・交渉役に立ってくれた金城さんが、思った以上に此れまたぼっこう優秀じゃった。

御蔭で、学園上層部との交渉によって世界初の男性IS適正者の不祥事を公表しない代わりに殆ど無傷の状態のゴーレムⅢを(解析と云う面目で)入手する事に成功したでよ。

其のせいでダメバナ野郎には何の処罰も与えられず、手に入れたゴーレムもたったの一体だけじゃったけども・・・其れを差し引いても値万金の大手柄!

此れでゴーレムⅢの中に入っとる”アレ”を大いなるガンダールヴで取り出した後、別のモンへ技術転用する事が出来るじゃあ!!

其れが出来れば・・・俺達は今一度、此の日ノ本を列強国へ成り上がらせる事が出来る。

阿比比、比破破破ッ! 楽しみで涎が出らぁ。

 

・・・じゃけど油断は禁物。『捕らぬ狸の皮算用』なっては適わん。

此の”計画”は慎重に慎重を重ねて、また”別の計画”で欺いた上で進めんとおえん。まだまだ我慢じゃ、我慢。

 

「清瀬くーん! ちょっとお願ーいッ!」

 

「へーい! 今行かぁ!」

 

・・・そねーな謀略(笑)を張り巡らせる俺は現在、作業服に身を包んで野良仕事に勤しみょーる。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

IS学園にまたしても巻き起こったテロル『ゴーレムⅢ事件』が終息した二日後。

未だ生々しい傷跡が残る戦場となったアリーナ他各地では、事件に関わった面子による後片付け作業が行われていた。

 

「お、重い~!」

 

各々が体操服や作業服に身を包んだ状態で辺りに散らばった瓦礫や粉塵を運搬並びに清掃している。

特に瓦礫の運搬は骨のいる作業で、到底一人では運べない大きさのモノもチラホラ散らばっていた。

「ならISを使えばいいのでは?」と云った疑問符は勿論あるだろう。しかし、先の襲撃事件によって勝利を収めた学園防衛勢力だったが、戦闘に躍り出た大半の機体が多大で深刻なダメージを負っていた。

其の為、自己修復による完全回復が出来るまで学園では緊急時以外のIS禁止令が決行されたのである。

加えて機密情報漏れを防ぐ為、外部業者を呼べない事も相俟って片付け作業は意外にも難行していた。

 

「うわッ、うわわ!?」

 

「おっとッ。大丈夫か、布仏さん?」

 

けれどもそんな中にも使える人材はいるものである。

重い瓦礫の撤去作業に苦戦する本音に助太刀したのは、先の一件で知略と武功を立てた春樹だった。

彼は襲撃事件の際、乱心した一夏によって暴走状態へと陥れられ、皮肉にも自身の仲間達に鎮圧されて負傷したのであるが、其処は持ち前の異常回復力で前線へと復帰。率先して清掃撤去作業に従事していた。

 

・・・まぁ・・・本人としては、ゴーレムⅢ事件前に私設防衛隊ワルキューレを設立する為に生徒会権限を無断濫行使した事に対する贖罪であろうが。

因みに此の件は一夏の不意打ちの件と合わせて不問となった。

 

「ありがと~、きよせーん」

 

「構ん構ん。で、こりゃあ何処へ持ってたらエエんじゃ?」

 

「あっちだよ~、案内するねぇ~」

 

自身の専用機である琥珀が鼻風船を膨らませてはいるものの、持ち前のカラ元気でセカセカ動き回っては人手の足りていない所へ駆けずっては、春樹は手こずる生徒や教員達の助力に回る。

そんな彼を周囲の者、特に襲撃事件終息に関わった面々は好意的に感じているのであるが・・・・・

 

「あッ、清瀬くんだ!」

「ホントだ、清瀬くんだ。おーい!」

 

「あ~・・・どうも~」

 

其の中には、いつも彼に畏怖や軽蔑の目を向けている一般生徒も居た。

彼女達は作業を行う春樹に精一杯の笑みと共に手を振る。其れに彼は張り付けたような笑顔で手を振り返す。

しかして・・・何故にこの様な事が起こっているのか。其れは―――――

 

「ふっふっふっ。モテモテだね~、きよせん。まゆずみっち先輩の新聞もバカにならないね~」

 

―――ゴーレムⅢ事件終結後、号外として学園中へ張られた学園新聞が影響している。

勿論、作成並びに編集者はあの新聞部所属の黛 薫子だ。

彼女は「一体いつどこで撮ったんだ?!」と言わざるを得ないゴーレムⅢとの戦闘を切り取った写真と共に『来たぞ! 我らのヒーロー!!』と見出しで新聞を発行したのである。

 

「それに・・・見たよ~、今月号のインフィニット・ストライプス。なんだっけ~・・・ギデオンのゼロさんだったけ~? きよせん、かっくいー!」

 

加えて、時を同じ様に前回不覚にも受けてしまった雑誌の取材結果が発売されたインフィニット・ストライプスに掲載。見出しとしては、『二人目の男性IS適正者、其の仮面に隠された素顔は欧州の英雄だった!?』と云う夏のベルギーであったテロ事件を引き合いに出したものであった。

 

「やめれ、布仏さん。其の二つの御蔭で掌返し決め込んだミーちゃんハーちゃんから「連絡先交換しませーん?」って来るようになったんじゃけんな、勘弁してくれや。アイツらはいつも通り、織斑の野郎のケツでも追っかけときゃあエエんじゃ」

 

「・・・でも、本音は~?」

 

「満更でもない」

 

「うわ~、きよせんってば正直~。調子乗ってるから、ラウラウにチクってやる~!」

 

「えッ、なして!? 俺ぁ調子何ぞ乗っとりゃあせんでよ!!」

 

動揺する春樹に本音はしたり顔でケラケラ笑う。

其れに釣られて彼も奇天烈な笑い声を響かせていると、ポコリッと背後に衝撃が当たった。

なんだなんだと振り返ってみれば、其処にはプクリと頬を膨らませているラウラが居るではないか。

 

「お~、噂をすればなんとかだ~」

「おッ、ラウラちゃん」

 

「むーッ・・・二人で何をしているのだ?」

 

彼女は二人のやり取りに嫉妬しているかの様にムッとする。

 

「見ての通りの手伝いじゃ。、ラウラちゃんが勘繰る様な事ぁねぇーよ。其れよりも、そっちの方は終わったんか?」

 

「あぁ、あとはここだけだ。セシリア達はもう引き上げたぞ」

 

「ほうか。なら、もうちょっとやったら終わるのぉ」

 

そう答えながら、春樹は抱えた瓦礫を本音に指定された場所へと置く。そして、また撤去作業に戻ろうとしたのだが、此れにラウラが待ったをかけた。

何故ならば、彼女は彼がまだ休憩を取っていない事を見抜いたからである。

 

「春樹、もう今日はここまでにしろ。あとは皆や先生方に任せれば、もう終わるではないか。それにお前はまだ病み上がりだという事を忘れるな。今朝、デュノア社に呼ばれて行ったシャルロットも心配していたぞ」

 

「そうかぁ? 大丈夫じゃって、水分補給もちゃんとしょーるし」

 

「・・・飲酒は水分補給にはならんぞ」

 

ジト目で呟かれたラウラの言葉に春樹は「ギクぅッ」とショックを受けていると隣で本音が「不良だぁ~」と彼を指さす。

 

「まったく・・・ッ。そんなお前の為に私がとっておきの昼食を作ってやろうではないか! なにかリクエストはあるか?」

 

「おぉ、そいつはありがてぇや。そうじゃのぉ、何がエエかなぁ? ラウラちゃんの飯ゃ何でも美味いけんなぁ」

 

「そ、そうか」

 

照れるラウラと其れに朗らか微笑みで答える春樹に「あいかわらず、らぶらぶだね~」と本音は呆れ気味に首を振りながら溜息を吐いていると、唐突に電子音がズボンのポケットから鳴り響いた。

 

「おっと悪い、ラウラちゃん。ッ・・・はい、清瀬です」

 

《どうも、清瀬君》

 

春樹は一瞬だけ眉をひそめた後に通話ボタンをスライドさせる。すると・・・通話口から男の声が聞こえて来たではないか。

此の男の声を彼は知っている。此の学園を取り仕切っている轡木 十蔵だ。

 

「春樹?」

「シィーッ、静かに・・・どうかされましたか、轡木学園長閣下殿?」

 

《お忙しい所、申し訳ありません。今少し、問題が起きてしまいまして・・・》

 

「問題ですと・・・ッ?」

 

只者ではないと認める人間から電話がかかって来るだけでも緊張するというに、其の者が問題と云う事案が起こった事に春樹は戦慄した。

一体何が起こったと云うだろう。またしてもテロリズムによる襲撃か、其れとも此の前に追い返したIS委員会からの調査員が抜き打ちで再びやって来たのか。彼は様々な面倒事を想定し、グルグルと考えを張り巡らせる。

 

《君にしか対処する事が出来ません。お願いできますか?》

 

「ッ、勿論です! 其れで敵は何処に?!」

 

《いやッ、別に敵ではないんですが・・・そのッ・・・・・まぁ、行って見ればわかります。応接室にお通ししていますので》

 

「わっかりましたぁ! 今すぐ行きます、お任せ下さい!!」

 

電話をすぐさま切ったと同時に春樹は駆け出す。

「どうかしたのか?」と心配そうな顔をするラウラに「大丈夫じゃ。俺の部屋で芋の煮っ転がし作って待っとってや!」と言い放つや否や、彼は雄叫びを上げて応接間に待っているという問題へ奔って行った。

 

「きよせん、行っちゃったね~」

 

「まったく・・・・・ふふふッ、しょうがない。春樹の為に美味い芋煮を作ってやろうではないか!」

 

「うわ~、ラウラウはりきってるぅ~!」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「フゥーッ・・・此処か・・・!!」

 

轡木の連絡を受け、春樹は汚れた作業服からキッチリとした制服に着替えると『問題』が待つという応接室へと向かった。

 

「おおぉッ、武者震いじゃあ・・・やっぱし、こういうんはいつでも緊張するわぁ!」

 

緊張で奮えてるのか、酒切れのアル中禁断症状で震えているのか解らない手をスキットルの中身を飲み込む事で抑えると、呼吸を整えて応接室のドアをノックした。

 

「はーい、どうぞぉ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・んッ?」

 

・・・春樹は、自分のノックに応えた声へ素っ頓狂な疑問符を浮かばせる。

何故ならば、其の声の持ち主は此処に居る筈がないのだ。居てはいけない筈なのだから。

 

「・・・んン~??(破破破ッ、おかしいなぁ。まさか、まさかな。そねーな阿呆な事があって堪るもんかよ。疲れてんなぁ、俺。まだ屑鉄共との疲労が抜け取らんわぁ)」

 

・・・な~んて抜かしやがっているが・・・ドアを開けた瞬間、春樹の其の考えは的を射る事となった。

其の時、彼は膝から崩れ落ちて只一言。

 

「なしてぇ・・・ッ!!?」

 

今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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120話

 

 

 

「―――――♪」

 

草臥れたデニム生地の身の丈の合わぬ作務衣を着たラウラ・ボーデヴィッヒは、予め炊いておいた御飯を三角に握りながら上機嫌に歌を謡う。

曲名は『創聖のアクエリオン』。愛しい想い人が日頃から良く口遊んでいる歌であった。

 

「ふうむ、こんなものだろう」

 

二日前に起こったゴーレムⅢ事件の後片付け作業から帰還したラウラは想い人のリクエストに応えようと、師と仰ぐ食堂のおばちゃん達から教授されたレシピでコトコト芋を煮込む。

加えて、流石に芋煮だけでは寂しかろうと炊飯器一杯に炊いた御飯で焼き鮭入りのおにぎりを握り、秋の味覚である茸を盛り沢山入れた味噌汁を温める。

 

「作り過ぎ・・・たか? いや、アイツならこれぐらいペロリだな。もし残ったとしても、焼きおにぎりにしてくれるだろう。それはそれで楽しみだな!」

 

「あぁ、早く帰って来ないだろうか」と口元を綻ばせ乍ら、ラウラは愛しい人の帰りを待つ。

すると部屋の外から甲高い金属音がキィイーッンと聞こえて来たではないか。

此の音は、地上戦闘に特化した高速移動用ホイールが嘶く音だ。其の音が徐々に徐々に近づいて来る。

 

今日は調度良い所で二人の仲へ割り込む邪魔者も居なければ、興味津々で二人の様子を窺う白髪金眼のISっ娘もいない。

今朝方、親友にして恋敵であるフランス娘からは「抜け駆け禁止!」と釘を刺されたが、知った事ではない。

ラウラとしては此のまま一気に彼との仲を次のステージへと移したい。

自然と彼女の鼻息は荒くなる。

 

「むっふー!」

 

遂に居た堪れなくなったラウラは料理と酒をテーブルに並べるや否や、玄関先へと急ぐと今か今かと扉が開け放たれるのを待った。

そして、金属同士が擦れるブレーキ音の後にガチャリとドアノブがゆっくりと回される。

居ても立ってもいられなくなった彼女は「おかえり、春樹!!」と自分から部屋の扉を開け放った。

・・・・・・・・開け放ったのだが。

 

「「「うわぁああ!!?」」」

「なッ!?」

 

突然、扉を開け放って現れたラウラに”三人”は吃驚仰天して声を上げる。

此れには彼女も声を上げてしまうが、其の次にラウラの頭の上へ浮かんだのは疑問符であった。

何故ならば、愛しい想い人である春樹の両隣りには、見知らぬ髭面の年配の男と中年配の女が居たのだから。

 

「は、春樹? その二人は―――」

 

「―――一体誰だ?」と彼女が言葉を紡ぐ前に中年の女が先に言葉を述べる。

 

「春樹ッ、この子ぁ誰なんな?!」

 

随分と親しそうに中年の女が春樹の名を呼んだ後、髭面の男が口をへの字の曲げて言葉を紡ぐ。

 

「おい、春樹。部屋ぁ間違えたんじゃあねぇーんか?」

 

やんややんやとピーチクパーチク疑問符を並べる二人にラウラは更に混乱してオドオドと動揺する中、正体不明の二人に挟まれた春樹は「しもうた・・・忘れとったぁ・・・ッ」と自分の手で顔を叩いた後、言い聞かせる様にこう叫ぶ。

 

「取り敢えずは部屋ん中に入ってくれやッ、”父ちゃん”に”母ちゃん”!!」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「えーと・・・な、なんて言やぁエエんじゃろうか? 取り敢えずは紹介じゃよな。ラウラちゃん。こっちが俺の父ちゃんで、こっちが俺の母ちゃんじゃ」

 

「なんじゃー春樹ぃ、其のおざなりな紹介はッ? どうもぉ、春樹の母の『清瀬 澄子』ですぅ。ほれ、お父ちゃんも」

「わかっとらぁッ。・・・どうも、春樹の父の『清瀬 康史』です」

 

「ど・・・どうもッ」

 

料理が並べられたテーブルに向かい合わせで行われる突然の顔合わせにラウラは得も言われぬ緊張感と奔らせ、ダラリと玉の様な冷や汗をかく。

 

「そんで、こっちが・・・えーっと、い・・・今・・・お、おお、御付き合いをさせてもろうとる・・・・・こ、恋人のら、ラウラ・ボーデヴィッヒさんじゃ」

 

「「・・・・・・・・・・・・・・・阿”ぁ”ッ!!?」」

 

柄にもなく顔を赤らめる春樹に彼の両親は顎を外して驚嘆する前で「ら、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐であります!!」とラウラはスクッと立ち上がって軍人敬礼をする。

着ている草臥れた作務衣が実にミスマッチだ。

 

「お、オメェ恋人って・・・冗談じゃろう?!!」

「アンタぁ、こねーに綺麗な娘と付き合うとるんかな?!」

 

「ッ、そうじゃ! 何度も言わせんなや、阿呆!!」

 

唖然とする両親に春樹は真っ赤な顔で喚き散らす。

ラウラはそんないつもとは違う表情を晒す彼に興味津々な視線を送っていると、清瀬夫婦は互いの顔を見合わせた後・・・・・

 

「「・・・破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」」

 

「ッ!」

 

大いに大いに”あの”いつも春樹が発する奇妙奇天烈な笑い声を部屋一杯に響き渡らせたではないか。

 

「破破破ッ。そーかそーか、オメェもそねーな年ごろじゃもんなぁ!」

「ほいじゃけど、まさかこねーな綺麗な人と付き合う事になるたぁ思わんだわぁ! 二人はいつから付き合よーるんなん? 春樹、アンタぁ夏休みの時は何も言わんかったろうがぁッ!」

「ほうじゃ、ほうじゃ。”ショウサ”さんはこねーなトッパーのどこが良うて付きあよーるんじゃ?」

 

「喧しい! 一遍に喋るんじゃねぇわッ! 其れに父ちゃん、ショウサは名前じゃねぇわな。ショウサは軍隊階級の少佐じゃ!」

 

「なんじゃと!? じゃったら、この子ぁ軍人さんなんか?!」

 

「前に学園にゃあ軍属の子も居るって言うたろうがなッ、覚えとらんのかぁ? じゃけぇ父ちゃんは阿呆なんじゃッ、流石はトッパーの親じゃわぁ!!」

 

「なんじゃと、こん餓鬼ぁ!」と声を張る父・康史に「やめんさいやぁ、二人とも! みっともないわぁ!!」と母・澄子が声を荒らげて諫める。

 

一方、余りのキャラの濃さと結構キツい方言の入り混じった言い争いの様な言葉の応酬にラウラは「お・・・おう・・・ッ」と圧倒されていた。

流石は”あの春樹”の親か。彼女は一人、納得してしまう。

 

「そんで・・・二人は何しに来たんな一体ッ?」

 

「なんじゃー息子が無事に学校生活を送れとるんか、心配で様子見に来たんじゃ」

「ほうじゃほうじゃ。じゃけど・・・そねーな心配はいらんかったようじゃのぉ!」

 

「じゃからって事前通達もなしに来るなや!!」

 

「それならSMSでしたろうがな。「あと十分でIS学園に着くよー」って」

 

「そりゃあ事前通達じゃあのーて、事後報告じゃろうがな!! つーか、其のメッセージ見てねーしッ! 意味なかろうがなッ!!」

 

あっけらかんと笑う二人に春樹は「あ~~~ッ、もう!!」と頭を抱えた。

ゴーレムⅢ事件が終結したとは云えども、まだあの惨状と重たい空気が生々しく至る所に残っている。

そんな未だ危険が香る場所に超超超一般人の両親が訪れる事などあってはならない。二人目とは言え、世界でも貴重な男性IS適正者の肉親だ。下手をすれば誘拐されても不思議ではない。

偶々、清瀬夫婦が最初に声を掛けたIS学園関係者が用務員に扮して学園前を掃除していた轡木だった事が唯一の救いである。

轡木は二人を他のIS学園関係者や監視カメラに合わせない様に取り計らってくれたのだ。

 

「あのなぁッ、俺ぁ一応は世界に二人しかおらん男性IS適正者なんよ。そんで二人はそんな男の親なんよ! 解っとるんか?!!」

 

「解らん!」

 

「此ォの糞爺!!」

「ぎゃーッ!!」

 

「お、おい春樹!?」

 

父・康史の揶揄いにキレた春樹が飛び掛かるや否や、其の肩に彼は思いっ切り齧り付いた。

思わず止めに入ろうとするラウラだが、そんな彼女を母・澄子が「別に止めんでもえーんで、ボーデヴィッヒさん。いつものやり取りじゃけん」と呆れ顔を晒す。

 

「つーかオメェ、なんじゃー其ん頭ぁッ? ブリーチにも程があるじゃろうが!! あと、右眼が何で金色になっとるんじゃ?!」

「髪ん毛はストレスで白うなってしもうたんじゃ! 右眼は階段でけっぱんずいてコケてしもうたせいで色が変わった!!」

「階段でけっぱんずいたじゃとぉ? ちょろ~ッ!」

「喧しいッ、この糞爺!!」

「ぎゃーッ!? 春樹ぃ酷い事するなやッ、五十肩なんじゃけん!!」

「五月蠅ぇッ! 人の気も知らんで、何を呑気な事をよーるんで!!」

 

早口と怒鳴り声のキツい方言にもう何を言ってるのかラウラには解読不可能であった。

僅かに聞き取れるのは「~じゃ」と「~で」。其れ以外はドイツ人の彼女には他の言語に聴こえる。

 

「アンタらもうええ加減にしんさいよ!! ボーデヴィッヒさんがきょーとがっとろうがなッ!!」

 

「・・・ッチ。此の糞爺・・・!」

「やーいやーい、ガキんちょが怒られてやんの!」

「何じゃとぉ~、そりゃあ父ちゃんもじゃろうがな!」

 

尚も取っ組もうとする二人に「やめぇってよーろがな、二人とも!」と母・澄子の怒号が降り注ぐ。

其れに漸く二人は「ブーブー」言いながらも矛を収めた。

 

「んで、ホントに何しに来たんよ?」

 

「じゃけぇ、言うたろうが。様子見じゃ」

 

矛を収めたと同時に春樹はまるで何事もなかったかの様に二人へ語り掛け、其れに父・康史は平然と答える。

此の親子の尋常ならざる余りに早い切り替えの早さに「えッ・・・?」とラウラは更なる置いてけぼりを喰らってしまうが、此の際其れは置いておこう。

 

「様子見て・・・なしてぇ?」

 

「知らん。かかぁが言い出したんじゃ」

 

「母ちゃんが?」

 

春樹が不思議そうに母・澄子の方を見ると彼女は自身のスマホであるサイトを開いて見せた。

然らば、其処には『IS学園、またしてもテロの標的に!』と云った内容のネットニュースが開かれていたのである。

 

「昨日、ネットで此れを見てなぁ。そしたら私ゃ心配で心配で堪らん様になってなぁ」

 

「其れで来たってか・・・其れについては大丈夫じゃあって電話で云うたろうがぁ」

 

「そうじゃあ。別に心配いらんて儂も言うたんでぇ、其れなんにウチのかかぁが―――」

 

「よー言うんじゃわぁッ、アンタじゃって「大変じゃッ、春樹が心配じゃ!!」って言うとったろうが!!」

 

親子喧嘩の次に今度は夫婦喧嘩へヒートアップする事を防ごうと春樹は「まぁ、ええわ。そんで、どうやって此処迄来たんなん?」と話をすり替えた。

 

「汽車乗ってから新幹線じゃ。云十年ぶりに乗ったわぁ」

「じゃーじゃー。行きの窓から富士山が見えたで」

 

「はぁ~・・・ッ!」

 

遠足気分の両親に息子は肝を潰して溜息を漏らす。

其れと同時に春樹は稲妻が如く策謀を張り巡らせる。あまりに予想外で想定外の此の局面を引っ繰り返す算段を考える。

けれども・・・・・

 

「あ~・・・なんか腹減ったわぁ」

 

下手に策を模索するにも彼にはMPもHPもない、カラータイマーが赤くピコピコ点滅している状態だった。

 

「私も~」

「儂も~」

 

「喧しい」

 

息子の呟きに両親も燕の雛の様に呼応し、其の声に「な、ならどうぞ召し上がってください!」と今まで置いてけぼりを喰らって黙りこくっていたラウラが声を挙げる。

其処で漸くテーブルに並べられた料理に手がつけられた。

 

「美味い美味いッ!」

「ッ、美味しいわぁ」

「ちと芋が辛いんじゃねーか?」

 

「「黙って食え、爺」」

 

「ふふッ・・・ふふふ♪」

 

炊飯器一杯に炊いて握った大皿山盛りのおにぎりはあっという間になくなり、味噌汁や芋煮が入った鍋は空っぽに。

料理のなくなる余りの速さに再び唖然とするラウラだったが、もう一周回って何だか其れが可笑しくなってしまった。

其の一輪の華の様に笑う彼女に釣られ、清瀬親子もケラケラ笑いだす。「阿破破破ッ♪」とあの奇天烈な笑い声で。

途中、テーブルの下に隠された酒の事を母・澄子に追及されたが、IS学園に入学してから身に付けて来た要らぬ知恵で此れを何とか回避する。

 

「あぁ、喰うた食うた。それじゃあ、そろそろ帰ろうかなぁ」

「春樹も元気そうじゃしなぁ。付き合っとる彼女がおったんは予想外じゃったけど」

「そりゃコッチの台詞じゃ。今度からは事前通達しんさいよ」

「次ぁいつ帰って来るんならな?」

「冬休みじゃあって前にも言うたろうがな」

 

他愛もない会話をした後、春樹は両親を無事に郷里へ送り届ける為に自分のボスである長谷川に連絡を入れんと席を外す。其れと同時に父・康史も尿意を催したと言ってトイレへ入った。

 

「・・・ねぇ、ボーデヴィッヒさん?」

 

「は、はい?」

 

自然と母・澄子と二人っきりになった事に緊張していたラウラは思わず声が上ずってしまうが、そんな彼女に母・澄子は優しく「別に取って食おうなんて思っとりゃあせんけん、そんな緊張せんでもええよ」と声を掛ける。

 

「あの子は・・・春樹は無理しとりゃあせんか?」

 

「え・・・?」

 

「春樹は小さい頃から私らぁに気付かれん様に影の方で泣く癖があるけんなぁ。酒の味を覚えてからは、隠れて飲む様になっとる。心当たり・・・あるんと違う?」

 

其の言葉にラウラは思い当たる節が多くあった。

彼は事ある毎に襲来して来る厄介事を撥ね退けては、其の度に大酒を喰らっていた。

『酒は百薬の長』とは云うが、過ぎたる薬は毒になる。其れが彼女には心配で他ならぬ事で有り、何とか其の酒の量を減らそうと日頃より努めていた。

 

「そ・・・それは・・・ッ」

 

「・・・まぁ、エエわ。なぁ、ボーデヴィッヒさん。勝手な随分と勝手な”お願い”・・・してもええ?」

 

「え?」

 

言い淀むラウラに母・澄子は「破破破ッ」と朗らかな笑顔を浮かべた後、彼女はラウラに―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――じゃあ、家ぇ着いたら電話するんよぉ」

 

「解った解った。にしてもオメェ、こねーな車どうしたんならぁ?」

 

長谷川に手配してもらった黒塗りのハイヤーに年甲斐もなく興奮する父・康史。

其れに「俺の御蔭でこねーなエエ車に乗れるんじゃけんな。崇めて奉って平伏せぇ!」と鼻息荒く春樹は踏ん反り返る。

 

「お父ちゃん、阿呆な事言わんと大人しゅうしんさいや。じゃあ春樹、身体に気をつけるんよ。ラウラちゃんに迷惑かけるんじゃあないで」

 

「解っとらぁ。二人も気をつけるんよ。じゃあ、お願いしまさぁ」

 

「了解です、我らがや・・・・・清瀬候補性」

 

IS統合対策部所属の運転手に両親を頼み、ブロロ~ッと走り去っていく車を見えなくなるまで見送った。

 

「・・・ゲッはぁ―――――ッ!!」

 

「だ、大丈夫か春樹?」

 

車の見送りを終えた春樹は、大きな溜息と共に糸の切れた操り人形の様に其の場へへたり込むや否や「疲れたぁアア!!」と喚いた。

何故なら、此処に来るまで他のIS学園関係者や監視カメラに映らない様に、映ったとしても顔バレがない様に超慎重な行動を謹んだのだから。

 

「あぁ、昼飯も食った感じせんし。父ちゃん母ちゃんを無事に帰らせる事だけ考えとったわぁ。御免なぁラウラちゃん、変な事に巻き込んでしもうて」

 

「気にすることはないぞ、春樹。まさか今日、お前の御母上や御父上に会うとは思わなかったが・・・私には実に有意義な時間であったぞ!」

 

「・・・なんか、えろう上機嫌じゃなぁ?」

 

「そうだな。世界最強の名を冠する織斑教官にさえ食って掛かる春樹が、御母上の前ではタジタジな姿を見る事が出来たのでな」

 

爛々とそう語るラウラに春樹は眉をひそめて口をへの字に曲げる。

 

「男って輩は、『母親』には滅法弱いもんなんじゃ」

 

「そうなのか?」

 

「そうじゃよ」

 

肯定する春樹に「ほう・・・」と興味深そうに頷くと部屋で食事をしながら母・澄子と談笑する春樹のシーンを思い出す。

 

「・・・・・羨ましいものだな」

 

其の言葉は一体どういう意味だったであろうか。

愛しい想い人が自分の知らない素顔を見せる事に対する羨望か。其れとも―――――

 

「なぁ・・・春樹?」

 

「阿? 何じゃあ?」

 

「私は・・・お前との―――――」

 

ラウラが言葉を紡ごうとした其の時。春樹の携帯電話が「出ろ出ろ」と喚き散らす。

もしや両親に何かあったのではないかと焦って画面を見てみれば、其処に表示されていた名前は、今朝方ラウラに釘を刺したフランス娘であった。

 

やはり結局は良い所で邪魔が入った事に落胆する「はぁ~・・・」と頭を抱えるラウラの隣で春樹は「どしたんなら?」と通話する。

通話の大方の内容としては、近々行われる技術共有についてのものだ。

 

「・・・ふふッ、まぁいい。楽しみは後の方が良いと言うしな」

 

電話をする彼を見据えながら、ラウラはゆっくりと口端を綻ばせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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121話

 

 

 

IS関連の機体や装備品類において世界シェア三位を誇るフランスの企業、デュノア社。

其の大企業を治める頭目であるアルベール・デュノアについ最近、娘がいる事が解った。

名をシャルロットと云う彼女は当初、表向きは世界初の男性IS適正者をハニートラップに掛けんと男装してIS学園へと編入した。

しかして彼女は其処で、もう一人の男性IS適正者である”蟒蛇”と出会う事となる。

 

蟒蛇は容易にシャルロットの男装を見破ったどころか。VTS事件を皮切りに自らの策を弄する事で、崖っぷちに立たされていたデュノア社の窮地を救う事と相成った。

其の御蔭でシャルロットはわだかまりのあった実父並びに継母と和解する事が出来、少しばかりの混乱はありつつも学園へ留まる事が出来た。

 

さて・・・そんな人の皮を被った蟒蛇へシャルロットは恋情を傾ける様になる。

最初は自分を窮地から救い上げてくれた事に対する情け故の恋心であったろうが、月日を追う度に恩情からではなく心の芯から彼を想う様になった。

 

・・・けれども、彼女と同じ様に其の蟒蛇へ恋情を傾ける物好きが他にも居た。

自身の親友で今のルームメイトでもあるドイツのラウラ・ボーデヴィッヒ其の人である。

彼女は持ち前の無邪気さと無垢さで、蟒蛇の脆弱でありながら強靭な心へ寄り添った。

 

負けじと、シャルロットも蟒蛇との距離を詰めんと時に強硬策を打ち出しては、彼との仲を深めようと精進した。

・・・だが、幾ら追いかけようとも蟒蛇との距離は中々に縮まらない。其れ処か、恋敵であるラウラとの差を見せ付けられる事案が起こった。

 

其の事案とは、先の『キャノンボール・ファスト襲撃事件』である。

此の折、其の身を銀飛竜へと昇華させて襲い掛かる敵を屠った蟒蛇の姿にシャルロットは恐怖心を抱いてしまった。

しかし、対照的にラウラは彼の恐ろしい姿に動じず、いつもの様に接した。

此の行動に感銘を受けた蟒蛇は其の後、自らの蜷局の中へ黒兎を囲っては寵愛を注ぐ様になる。

 

勿論、上記の此れにシャルロットは頬へ不満を溜めた。

遅れを取り戻さんと彼女は蟒蛇へ寄り添おうとするのだが・・・キャノンボール・ファスト襲撃事件で銀飛竜へと至り、其の後に起きた『ゴーレムⅢ事件』で武功を上げた彼の周りには、蟒蛇の持つ金眼四ツ目に魅了された者達が集う様になった。

此れでは容易に近づく事が出来ず、近づいたとしても巻いた蜷局の中には入れず仕舞い。シャルロットはただ指を咥えて蟒蛇と黒兎の戯れを見るばかりである。

・・・・・されど、其の様な状況をひっくり返す好機が彼女へ巡って来た。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・・・阿”ッ?」

 

ゴーレムⅢ事件から数日後のSHR。

大酒飲みの蟒蛇こと、清瀬 春樹は酷く機嫌の悪い低く重い声を漏らす。

其の獣の唸り声にも似た声色に教室に居る大半の生徒が身を強張らせる。しかして春樹をを少しでも知る生徒達は、彼の憤りを当然とばかりに理解できた。

何故に春樹が憤怒の表情を晒すのか。其れは―――――

 

「なして俺まで身体測定の”測定係”なんてせにゃあおえんのじゃ?!」

 

そう。今日は身体測定をする日なのであるが、何故か其の測定係の一人に春樹が抜擢されたのである。

 

「俺は別に必要なかろーがなッ、織斑だけに測定係をやらせりゃあエエじゃろうが!」

 

「お・・・おい、清瀬!」

 

春樹はそう喚きながら席へ項垂れて座る一夏に指を差す。

当初、一組は率先して測定係をやりたがる生徒が居なかった為、女子高特有の其の場のノリと勢いで測定係は男子生徒である一夏に決まった。

勿論、此れに異を唱えた一夏であったが、いつかのクラス代表を決める他薦の状況に似ていた為、容赦なく流されてしまった。

 

其処で彼は自身の此の状況を静かに嘲笑っていた春樹へ目を向けるが、先のゴーレムⅢ事件で起こった謀反行為についての罪悪感があった為、ギョロリと琥珀と鳶色の眼で睨まれた時に思わず目を逸らしてしまう。

そして、此のまま係が一夏だけになるかと思いきや・・・・・意外な人物が声を挙げた。

 

「春樹、私は嫌だぞ」

 

今や春樹と自他共に相思相愛の仲となったラウラである。

無論、春樹も自分の恋人の身体を嫌悪する相手に触らせる程の度量はない。

 

「当り前じゃ。誰が織斑の野郎にラウラちゃんの身体なんぞ触らせるか、ボケェ」

 

・・・されども、此の贔屓によって彼は測定係の任を背負わせられる事となるのであった。

 

「そ、それだったら春樹も測定係をすればいいんじゃないかな?」

 

「ッ、阿”ぁ!?」

 

声を挙げたシャルロットに春樹はギロリと眼を向けるが、彼女は臆する事無く視線を向ける。

 

「そうですわね。春樹さんがラウラさんだけ測定すると言うのは、些か不平等ではなくて?」

 

「そうだぞ、きよせーん!」

 

「なッ!?」

 

其の眼に呼応するかの様に春樹の素顔を知る者達が一斉に食って掛かった。

まさか、この様な事態になるとは思わなかった彼に動揺が走るが、すぐさま体勢を立て直すために弁を論ずる。

 

「破ッ、阿呆な! 確かにラウラちゃんだけを測定するは一見不平等。じゃけど・・・俺が測定係となった所で、一体誰が俺の元で測定をすると言うんじゃ?!」

 

悲しいかな春樹は『自分は学園一の嫌われ者』としての自負があった。

学園入学以来、彼は他生徒から虫でも見るかの様な侮蔑の目に晒されていた為にこの様な捻くれた考えを有していた。

 

・・・本当の事を云えば、恋人でもない嫁入り前の年頃の少女の身体に触れるなど言語道断と春樹は考えていた。

彼の性根は良く言えば、紳士。悪く言えば、ヘタレな本性であったのである。

 

「あら。私は別に構いませんのよ、春樹さん」

 

「私も・・・別に・・・」

 

「はぁッ?! そ、そんな簪さんまで!!」

 

「それじゃあこうしましょ。一夏と春樹の二班に別れて測定すればいいじゃない。別にいいでしょ、ラウラ?」

 

「うむ。別にいいぞ」

 

「良かねーよ!! つーか許しちゃダメじゃろう、ラウラちゃんッ!!」

 

だが、漁色家ではない其の本性は、聡明な見識眼を持つセシリア達に既に見透かされており、恋人のラウラの許しが出た為、尚余計益々劣勢に立たされる春樹。

そんな彼をアワアワ慌てる山田教諭の隣で、此の状況を静かに眺めていた千冬がニタニタと思わず口角を吊り上げる。

正直、其れが春樹には一番ムカついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・なぁ、榊原先生ぇ。やっぱり此処の生徒は頭の螺子が一・二本足らんのんじゃねぇんか?」

 

運命の身体測定が行われようとしている放課後の教室。其処で春樹は実に渋い顔をして記録係である榊原教諭に愚痴を垂れる。

 

「つーか、先生が測りゃあよろしいが。そーしましょーやー、先生ェ!!」

 

「くくくッ。だめよ、清瀬。ここは刺激があんまりないから、今だけはみんなの一興に付き合ってあげなさい。”男の子”でしょう? 覚悟決めなさい」

 

「刺激て・・・此の前、あんまりにも刺激的な事件があったでしょうに。あと、先生・・・俺ぁ”男”なんですよ。歌にでもあるでしょう? 『男は”狼”』ってよぉ~。思春期男子の性欲を舐めんでくだせぇよ」

 

「大丈夫。そうならないように織斑先生から麻酔銃を貸し出してもらったから」

 

そう言って榊原教諭は春樹に大型猛獣へ使われる様な麻酔用ライフルを見せ、「だから・・・滅多な事をしないように」とニコリと笑顔を見せた。

此れに彼は「あの女郎ぉ~・・・マジで俺ぁ狼か!」と頭を抱える。

 

「じゃけど・・・”もしも”はあるかもしれんけんなぁ。一応、弾ぁ装填しといて下さい」

 

「えッ・・・ちょ、ちょっと清瀬・・・?」

 

キリリと急にシリアス顔を晒す春樹に榊原教諭は動揺した。

何故なら千冬から麻酔銃を渡された時、其れが彼女なりのユーモアに富んだ冗句だと思ったからである。

しかし、「俺は俺が一番信用できん」と呟く彼に榊原教諭はゴクリと思わず固唾を飲む。

 

「・・・よっしゃぁッ・・・や、やってるぜぇ!!」

 

まるで戦場へ赴く様な武者震いをする春樹に彼女は一抹の不安を覚えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「それではこれより身体測定を始めていきたいと思います。順番に一人ずつ教室へ入ったら、体操服を脱いでくださいね」

 

『『『はい』』』

 

春樹の担当となった教室の外では、彼の予想に反し、一組所属生徒の半数が屯していた。

中には、ティーンエイジャー向け雑誌『インフィニット・ストライプス』や先のキャノンボール・ファスト襲撃事件にゴーレムⅢ事件で春樹の活躍を知ってミーハーと化した生徒も居たが、其のほとんどが彼と共に戦った事のある面々である。

 

「すぅー、はぁ~・・・それでは、このセシリア・オルコットが先陣を切らせて頂きますわ!」

 

話し合いの結果、一番槍を託されたセシリアは、大きく深呼吸をして自らを鼓舞するかの如く声を挙げると意気揚々と教室の扉を開け放つ。

そして、室内に設けられたスペンサーの中でしゅるりしゅるりと身に纏った体操服を脱いでいった。

 

「そ・・・それでは失礼いたしますわ、春樹さん!!」

 

自らの機体のパーソナルカラーと同じ冴え渡るエレガントな青のブラとショーツの姿で測定係の前へ出るセシリアだったのだが・・・・・

 

「えッ・・・・・は・・・春樹、さん?」

 

思わず彼女はギョッと驚いた表情を晒した。

 

「はい、其れではよろしくお願い致しまーす」

 

何故ならば、彼女の前に居たのは、いつかの夏のベルギーに現れた黒いフルフェイスマスクを被った白衣姿の怪人であったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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122話

 

 

 

「―――――はーい、其れでは万歳してくださーい」

 

「は・・・はい。よろしくお願いしますわ」

 

身体測定を行うにあたり下着姿となったセシリアは、顔の見えないフルフェイスマスクを被った測定係の春樹の前へ立つと胸囲を測る為に両腕を挙げる。

其の腕を挙げている間、春樹は何とも静かに伸ばしたメジャーを齢十五でありながらも圧倒的破壊力を誇る彼女の胸部装甲へ巻いた。

 

「(・・・・・なんだか、おもしろくありませんわね)」

 

セシリア自身、自分のプロポーションに細やかながらも自信を持っていた。

同世代と比べても彼女のスタイルは服の上からでも解る程のモデル並みのグンバツダイナマイトボディ。

セシリアとしては、自分の美しい曲線美を擁する身体へ頬を紅潮させる春樹の動揺を見てみたかった。

・・・にも関わらず、目の前で其れを測る男は随分淡々と機械的な作業で事を進めていく。

 

「(やはり、春樹さんはラウラさんのような体形がお好みなのでしょうか?・・・というか、何故に私がこんなにも残念な気持ちにならなくてはなりませんの!)」

 

クールすぎる春樹の態度にセシリアは「むぅ・・・ッ」と機嫌を損ねる。

しかして、一方の春樹は其れ処ではなかった。

 

「・・・・・・・・(うぎぃいいッ!! セシリアさん、スタイル良過ぎるじゃろぉおお!! エロが、エロが過ぎるッ!!)」

 

黒々とした仮面の下で、春樹は下唇を噛んで耐え忍んでいたのである。

砂金の様に流れる美しい髪に艶やかでキメ細やかな白い肌。其れを包むような妖しげな青が視界にチラつく。

彼がフルフェイスマスクを被っている訳は、自身の見開かれて血走った眼と激しく荒れる吐息を隠す為であった。

 

「・・・んッ・・・・・あ・・・!」

 

だが、肌にちょくちょく触れるメジャーがくすぐったいのか。時に漏れる喘ぎ声にも似たセシリアの吐息にザクザク理性が削られる。

されども春樹は必死に十代の肉欲を二十代の理性で抑え付けて「(心頭滅却心頭滅却心頭滅却ゥッ!!)」とゲシュタルト崩壊する程に心の中で唱える。

・・・しかし、此処で彼の頭にある事が思い浮かんだ。

 

「(そう云やぁ・・・セシリアさんの声って、CVゆ〇にゃんじゃん)」

 

・・・・・まったくもって余計な邪念である。

此の邪念によって春樹の脳内は邪で猥らな映像が駆け回った。

因みに彼は『コードギアス』では『紅月 カレン』派、『フルメタルパニック』では『千鳥 かなめ』派だが、嗜みとして『ルルC』のエロ同人誌を所有している。

 

「(阿”ぁア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ! こんな事なら昨日コードギアスの同人誌何ぞ読むんじゃなかった!!)」

 

「ん? どうかしましたの?」

 

静かに動揺し、俯く春樹へ上目遣いの顔を向けるセシリア。

其の綺麗な碧眼から自然と青いブラに包まれたたわわな果実へ目線が―――――

 

「ふんッ!」

 

「は、春樹さん!?」

 

バギィッ!・・・と春樹は自分の顔を命一杯の力で殴る。

勿論、此の行為にセシリアは驚くが、「大丈夫、ただの発作じゃけん」と彼は其の場を濁す。

そんな事もありながら、何とか無事に彼女のB・W・Hを測り終えた春樹だったが・・・此れは単なる序章に過ぎない。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「うわ、エッ―――――ゲフンゲフン! はッ・・・はい、よろしくお願いします」

 

次に入って来たのは、恥ずかしそうに頬を真っ赤に紅潮させるIS学園防衛施設部隊ワルキューレの隊長、四十院 神楽であった。

スペンサーから体操服を脱いで現れた彼女は、翡翠色のフリル生地のブラとショーツを身に纏っており、鴉の濡れ羽色の黒髪と相まって実に美しい。

 

「(こうして見ると四十院さん、めちゃんこでぇーれー綺麗な人じゃわぁ。若干涙目なのが、より一層男心をくすぐ・・・・・る、じゃねぇーよッ!! しっかりしろや俺ェ! こりゃあ身体測定言う歴とした真面目な仕事なんじゃッ! 私情を挟むな、やり遂げろ!! つーか此れ、防衛省の四十院さんにバレたら抹殺されるんじゃね?!)はい。それじゃあ、万歳で」

 

「あの柔肌に齧り付きてぇ」等と云う劣情を「俺にはラウラちゃんが、ラウラちゃんが居る」と言い聞かせながら抑えて測定する。

・・・されども春樹の受難はまだ続く。

 

「ど~う、きよせーん?」

 

「・・・あい・・・その・・・ものすんごいです・・・は、はい」

 

次に入って来た本音に彼は度肝を抜かれた。

何故ならば、普段から身の丈に合ってないダボダボな制服を着ている彼女が、とんでもないボンキュッボンのナイスバディであったからだ。

春樹は何だか歯が痛くなって来た。

 

「ねぇねぇ~? きよせんも男の子だからおっぱいは大きい方がいいの~?」

 

「阿”ぇッ!!?」

 

「あ、でも~らうらうは”ちっぱい”だよね~。という事は、やっぱりきよせんはロリコンさんなの~?」

 

此の発言が一夏によるものならば、彼は其の頭が陥没するくらいに殴っていた事だろう。

しかしながら発言者は、日頃から仲良くしてもらっていて、ワルキューレ部隊副隊長格の本音である。

此の吾人は時折鋭い発言をする為に油断ならない。

 

「えッ、あ・・・いや、お・・・俺ぁ別にロリコンじゃあないでよ?」

 

「なんで疑問形なの~? じゃあ私みたいな大きいおっぱいが好き~?」

 

春樹の理性が強靭な事を知っている本音は、調子に乗って「うりうり~♪」と自分を測定中の彼へ豊満な胸を見せつける。

春樹は吐きそうになって来た。

 

「本音さん、俺ぁロリコンじゃあねぇでよ。其れにおっぱいは大きさじゃなかろうな」

 

「そうなの~?」

 

「応。『鬼灯の冷徹』云う作品にもあったわ。『おっきな乳は包まれたい。ちっさな乳は包んであげたい』って」

 

「ッ、きよせん・・・」

「清瀬・・・セクハラよ」

 

彼の発言に本音は目を細め、記録係の榊原教諭は麻酔銃を差し向ける。

此の思わず言ってしまった発言に春樹は「・・・さっきのなしでお願いします」と頭を下げた。

だが、そんな逆境に立たされる彼にも一瞬の清涼剤が投入がされる。

 

「うふふ♪ お・ま・た・せ♪」

「あぁ、”オチ”か。交代してや」

「ちょッ、オチって何よ!?」

 

何故か一年生の身体測定の教室に入って来たのは、二年生の楯無だった。

無論、身体測定の為に彼女も皆と同じような下着(それも水色のかなり際どい)姿なのだが、春樹の劣情を搔き乱すには一切至らない。

逆に”安定のオチ”とばかりに落ち着いてしまう。

 

「阿~、良かったぁ。此れが簪さんだったら色んな意味でヤバかった。ありがとうございます、生徒会長。初めて役に立ちましたね」

 

「それってどういう意味よ?!! ま・・・まぁ、それよりもどうかしら清瀬君?」

 

「阿? 何がぁ?」

 

「照れなくても良いのよ。すごいでしょ、お姉さんのスタイル♪」

 

グラビアアイドル並みにポーズを決める楯無へ春樹は―――――

 

「・・・・・破ッ」

 

「ッ、鼻で笑った!? ちょっと清瀬君、今鼻で笑ったでしょ!! ねぇ?!!」

 

表情が見えないフルフェイスマスクの春樹に詰め寄る楯無だが、彼は「別に~」と乾いた棒台詞を並べる。

そんなあまりのムカつきに「むきー!」と上級生とは思えない様子で喚く彼女の後ろから、「お・・・お姉ちゃん・・・も・・・もういい?」と恥ずかしそうな声色でスペンサーから簪が顔を覗かせた。

 

「・・・・・」

 

「は、春樹・・・?」

 

「・・・・・・・・いやん」

 

オドオドと現れた彼女の可愛らしいレース生地の下着姿に春樹は顔を両手で覆って俯いてしまい、簪もまた恥ずかしそうに紅潮した顔を逸らす。

 

「・・・あの、ちょっと清瀬君? どうして私と簪ちゃんでこんなにも反応が違うのかしら? ねぇ、ちょっと、おいこの野郎??」

 

余りに露骨に違う彼の反応に対し、楯無は若干ハイライトの消えた眼で再度詰め寄る。

此れに春樹は「喧しい、黙っとれ」といつもの様に冷たくあしらった。

後、簪の身体測定は楯無が行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「阿”ぁああああああ~・・・疲れたぁ~!」

 

何やかんやありながらも身体測定も終盤に差し掛かった。

しかして春樹の理性はもうボロボロである。何とも脆弱な理性だ。

 

「あともう少しよ。頑張りなさい」

 

「頑張れないです。なんか奢ってくれたら頑張れそうです。芹沢さんの電話番号をエナジードリンク一本で売るんで買うてきて下さいよ」

 

「ッ、先生をパシり使おうなんて・・・相変わらずいい度胸してるわね。まぁでも、しょうがないわね。職員室に少し用があるからついでに買って来てあげるわ。それまで休憩してなさい」

 

「わーい、ありがとうございます」と言う棒台詞と共に榊原教諭を見送った春樹は被っていたフルフェイスマスクを脱ぐ。身体測定中の興奮による荒い吐息の為、内部が蒸れて気持ちが悪い。

 

「はぁ~、痒いわぁ」

 

彼はすっかり白く変色した髪の毛を掻き揚げ、再び大きな溜息を漏らす。

 

何とか此処まで自らの肉欲を抑える事に成功したが、まだ気掛かりな事が春樹にはあった。

其れはまだ本命の”黒兎”が此の場に来ていない事だ。

 

「もしかして織斑の野郎の所に・・・・・いや、そりゃあねーな。ッチ、畜生。なんかイライラするわぁ。だいたいあの子が許すけん、俺がしとーもねぇー測定係なんてせにゃあおえんよーなるんじゃ。・・・・・・・・・・・・・・・御仕置きしてやらんとなぁ」

 

彼は机の上に腰掛け、金の焔が零れる血走った眼をギョロリギョロリと動かして良からぬ事を考える。

 

「阿”ぁ、歯が痒い。歯が痒いんは久しぶりじゃなぁ。早うあの子の肌に吸い付きたいわぁ」

 

徐々に徐々に獣の、蟒蛇の本性が現れ出す。

身体を巡り回る血液が下腹部より下の部位へと集まり、股座が滾り出して来た・・・・・・・・其の時であった。

 

「し、失礼しまーす」

 

「ッ、何じゃーな?」

 

突然の来訪者に春樹は眼を元に戻して立ち上がる。

するとスペンサールームから制服姿のシャルロットが顔を覗かせたではないか。

 

「応、シャルロット。今は休憩中じゃ。扉にも立てかけてあったろうが、測定なら後にしてくれや。つーかお前、なして体操服着とらんのじゃ? もしかしてダメバナ野郎・・・もとい、織斑の所で終わらせたんか?」

 

彼には何気ない問いかけであったが、シャルロットは此れを「う、ううんッ! まさか!! 体操服は昨日洗っちゃってね、だからだよッ!!」ととても強く否定した。

思いもよらぬ強い否定文に春樹は少し驚く。

 

「そ、それよりも記録係の先生は? 春樹一人だけ?」

 

「阿? あぁ、榊原先生は職員室に少し用があるんじゃとさ」

 

彼の返答に「・・・ふーん、そうなんだ」と述べたシャルロットは、くるりと反転して教室の出入り口へ向かう。

彼女の行動に「ん? 何しに来たんじゃ、アイツ?」と疑問符を浮かべる春樹だったが、其の疑問符に答える様な音が聞こえて来た。

 

「・・・えへへへ♪」

 

「・・・・・阿?」

 

ガチャリッと金属的な音と共にシャルロットが彼の前へ戻って来る。いつもとは違う随分と妖艶な笑みを浮かべて。

 

「ねぇ、春樹・・・二人っきりだね」

 

彼女は妖しげな笑顔のまま春樹との距離を詰めるや否や、ゆっくりと彼の左胸へ片手を添え、其のまま肩から首へ手を回す。

 

「おい、何を・・・?」

 

「・・・嫌だった?」

 

「いや、別に嫌じゃあねぇーけども」

 

「ごめんね。春樹とこうして二人っきりになれる時なんて・・・中々ないからさ」

 

「ねぇ・・・いい?」とシャルロットは目を瞑って自分の唇を春樹へ近づける。

・・・だが。

 

「悪い、シャルロット・・・」

 

彼は近づいて来るシャルロットの唇へ自分の指を当ててキスを防いだのだ。

 

「ッ・・・どうして?」

 

「解っとるじゃろう? 俺は今、ラウラちゃんと・・・・・」

 

「・・・そう」

 

其の言葉にシャルロットはすんなりと春樹から離れる。

気まずい状況に春樹は思わず目を逸らす。

しかし此の時、彼は目を逸らすべきではなかった。もっと良い事を云えば、芹沢の電話番号を餌に榊原教諭をパシりへ使うべきではなかった。

 

「ッ、おい!!?」

 

目を離した幾何かの間、しゅるりしゅるりと彼の耳へ此の日で一番聞きなれた音が入って来た。

そう・・・服を脱ぐ音だ。

 

「・・・・・春樹・・・ッ」

 

パサリと脱ぎ捨てた制服の下には、彼女の専用機と同じ鮮やかなオレンジ色のレースがあしらわれたブラとショーツ、そしてガータベルトが白い絹肌を包んでいた。

 

「お・・・おお、おいッ。随分とまぁ・・・し、刺激的な恰好じゃのぉ」

 

「そう? 嬉しい、春樹の為に選んだんだよ?」

 

「そ、そそ・・・そ、そうなのッ? 破破ッ・・・破破破ッ・・・」

 

余りに突然の出来事に頭の中パニックになり、表情が引き攣って身体が強張る。

其の隙にシャルロットは再び彼との距離を詰めて春樹の手を取るや否や、あろう事か其れを自身の柔らかな母性の象徴へ押し付けた。

 

「ッッ!? お、おお、おい!! しゃ、シャルロット!!?」

 

思考がショート寸前になる彼を余所にシャルロットは潤んだ瞳を差し向けながら語り掛ける。

 

「春樹・・・ボク、こんなにもドキドキしてるんだ。好きな男の子の側に居れて、とっても嬉しいんだよ。それなのに・・・それなのに・・・ラウラだけずるいよぉ・・・ッ」

 

「ッ・・・シャルロット」

 

泣き出しそうな顔で彼女は想い人の男へ絡み付く様に手を回す。

ドキドキバクバクと互いの心臓音が唸りを挙げて共鳴するのが手に取るように理解できた。

 

「ボクだって君の事が、春樹の事が好きなんだよ」

 

「じゃけど、俺には・・・!」

 

「・・・・・いいんだよ」

 

「阿?」

 

「ボクは何番目だっていいんだ! だからボクの事も―――――」

 

「―――愛して」とシャルロットは言葉を紡ぎたかったのだろう。

けれども、其の言葉が彼女の口から出る事はなかった。何故ならば―――――

 

やめぇや・・・ッ!!

 

「ッ・・・春樹・・・!」

 

春樹は静かに唸り声の様な言葉を発し、張り付いたシャルロットを身体から引き剥がす。

 

「前にも言うたと思うが・・・シャルロット、お前は俺に助けられた恩があるから俺に好意を向けとるだけじゃ。其れに・・・そねーな事言うなや! 自分が何番目でもエエなんて・・・自分を安く見積もるなや!!」

 

「・・・確かにそうかもね」

 

「ッ、解っとるなら―――――」

 

「でも、ボクは君以外を好きになるつもりはないんだ!!」

 

シャルロットは春樹の胸倉を掴んで喚く様に訴えかける。

 

「春樹の言う通り、ボクにとって君は悲劇のヒロインを救うヒーローだよ! そうだよッ、ボクは春樹に恩を感じて君を好きになったんだ!! 其れの何が悪いって言うんだよ?!! それに春樹だって逃げないでよ!!」

 

「コイツ、開き直りやがって・・・ッ。其れに逃げる? 逃げるじゃと、俺がッ?!!」

 

「そうだよ!! 救うだけ救っておいて、あとはポイだなんて・・・無責任だよ!!」

 

「ッ・・・そ、其れは・・・其れは・・・!!」

 

何かが琴線に触れ、動揺して言い淀む事で出来た春樹の隙にシャルロットはヌルリッと漬け込む様に身体を寄せた。

 

「春樹・・・春樹ッ、ボクは君の一番じゃなくていいんだ。君に愛されれば、ボクはそれでいいんだよ。春樹、また君の手でボクの首を絞めてよ。春樹、また君の歯でボクを傷付けてよ。ボクを愛してよ、春樹。ねぇ、ねぇ、ねぇッ?」

 

「や、やめ・・・やめろシャル、ロット・・・ッ」

 

酷く澄んだ淀みのない澱んだ瞳が、正常な判断を失いかけている春樹の琥珀色と鳶色の眼を刺し貫く。

 

「春樹・・・春樹・・・春樹・・・大好きだよ♡」

 

「んグッ・・・!?」

 

そして、シャルロットは自分の舌で無理矢理に春樹の口を抉じ開けると彼の口内を蹂躙する。

 

「・・・カチュ・・・ンッ・・・チュ・・・くちゃハぁ・・・ッ♡♡♡」

「ん・・・ッ・・・ッ・・・・・」

 

成すがままに蹂躙され、徐々に徐々に瞼が重くなる春樹を良い事にシャルロットは彼のシャツのボタンへ手をかけて一つずつ其れを外していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――あぁ、しかして此のピンチを切り抜ける切欠が、此の哀れな男へ与えられる事に漸く相成る。

 

Ich habe es seit 10.000 und 2.000 Jahren geliebt~♪

「ッ!!」

 

春樹の懐から聞こえて来たのは、とても流暢で流れる様な独逸語の美しい歌だった。

 

「ッ、退きんさい!!」

「きゃッ!!?」

 

其の歌によって目が覚めたのか。春樹は自分の唇へ蛭の様に吸い付いたシャルロットを振り解くや否や、教室の外へと駆け出す。

唯一人、跡に残されたシャルロットは一言こう言った。

 

「あ~ぁ、惜しかったな。でも・・・ふふふッ♡」

 

・・・とてもとても艶やかで悪戯っぽい妖しい笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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123話

 

 

 

・・・俺は、日々を平穏無事に生きたかった筈じゃ・・・

何事もない退屈な日常に一喜一憂し、平々凡々な毎日をのんべんだらりと過ごす事が幸いな事じゃなかったんか?

 

・・・じゃけど・・・今の状況を見てみぃ。

何じゃーな、此の様は?

 

此の世の兵器全てをガラクタにした鎧を身に纏い、嘲笑や侮蔑の言葉に苛まれながら、左手の甲の紋様と共に迫り来る厄介事を打ちのめして来た。

其の度に血反吐を吐き、骨を折り、肉を裂き、心を潰して来た。

阿ぁッ・・・いっその事、狂う事が出来たらどれ程までに楽じゃろうか。

じゃけども楽にはさせてくれん。狂う事もままならぬ。

生殺しとは正に之也。

 

何故・・・・・・・・

何故に・・・・・

どうして・・・

なして、俺がこねーな目に合わねばならんのじゃ?

 

・・・嗚呼・・・やめじゃ、やめじゃ。

堂々巡りも良い所。

何度も何度も考えた所で結局は何も変わらん。

此の世界にとって俺は”異物”じゃ。

”正史”を搔き乱すだけの”奸悪”じゃ。

どうせ俺は無責任で能無しの阿呆じゃ。

箸にも棒にも掛からぬトッパーじゃ。

 

・・・・・破破ッ。

・・・破破破ッ!

阿破破破破破ッ!!

阿ぁッ、嗚呼・・・可哀想に可愛そうに。

 

「俺みたいな野郎に救われて、”君”は本当に可哀想じゃのぉ」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

ドイツ国家代表候補性兼ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒにとって織斑 千冬という存在は特別なものであった。

其れも其の筈。

遺伝子強化素体のデザインベビーとして生まれながらもISとの適合性向上の為に行われたヴォーダン・オージェに適合する事が出来ず、軍上層部から『出来損ない』と見なされていた自分を再び部隊最強の座に座らせてくれた大恩人であるからだ。

だから彼女は千冬の事を絶対的に敬愛している。

 

しかして、ラウラは其の価値観を”永遠”に変える人物と学園で出会う事となる。

其の人物は未成年でありながら日頃より大酒を喰らうロクでなしで、共に学園へ通う学友である筈の生徒達からは、男だからという事で高貴なるISを汚す存在として煙たがられていた。

だが、此の大凡褒める所がないろくでなしは、捻くれてはいるものの情け深く心優しい性根と其のまた奥にある”狂気”を持っていた。

 

そんな清瀬 春樹と云う男へひょんな事からラウラは好意を持ってしまう。

其れは『VTS事件』と呼ばれるISの暴走事件より前から彼女が男の強靭なれど脆弱な、正気なれど狂気染みた心に魅かれてしまった事が原因だろう。

 

此のラウラが生まれて初めて持ってしまった感情は、一個の生体兵器として存在していた彼女を一人の人間、想い人を一途に想う恋する乙女へ生まれ変わらせるには余りにも十分過ぎた。

まったく『愛』とは偉大なものである。

・・・しかし、上記の此れに苦言を呈す者が居た。

 

「ボーデヴィッヒ・・・あの男に深入りはするな。アイツは危険だ」

 

身体測定が行われる事と相成った放課後の事。

順番を待つラウラを彼女の恩師である千冬は人気少ない中庭へと呼び出し、唐突に上記の一言を言い放った。

其処はいつかラウラが千冬にドイツへ戻る様に説得しようとした場所であった。

 

無論、千冬の言葉に彼女は「えッ・・・」と困惑する。

けれどもラウラがIS学園へ転入する前から、千冬は春樹へ目を付けていた。

目を付けていたと言っても其れは危険視と云う意味で、其れがハッキリと明確なものとなったのは、皮肉にもVTS事件以降であった。

彼はかの事件で遺伝子強化素体であるラウラでさえも適応する事が出来なかったヴォ―ダン・オージェに完全適応するだけでなく、一気に決して日常生活では開花されないであろう”闘争の才能”や”策謀の知略”を花開かせた。

そして、更に彼の中にある狂気は大きく膨れ上がり、狂奔となって周囲を染め上げていくではないか。

 

其のある種の疫の様な雰囲気で周囲を引っ掻き回して伝染させる春樹へのめり込んでいく純真な心を持つラウラが千冬にはとても心配であった。

されど・・・・・

 

「ッ・・・織斑教官・・・なぜ、そのような戯言を仰られるのですか?」

 

「何ッ、戯言だと?」

 

「だってそうではありませんか。ヤツが、春樹が危険? 何を戯けた事を仰られるか」

 

目の前に居る黒兎は、もう昔の様に自分を何の疑いもなく信ずるだけの狂信者ではなかった。

ラウラはキリリッと灼眼を三角にし、千冬を睨む。

 

「ッ、ボーデヴィッヒ・・・いや、”ラウラ”。あの男、清瀬は狂気に囚われている。あれではいつか人の道に背くことになるだろう」

 

「それこそ妄言です、織斑教官! それに春樹が狂気に囚われている? 春樹を狂気に追い込んだのは、あなたの弟である織斑 一夏のせいではありませんか!!」

 

「ラウラ・・・」

 

「既に時遅し」と悔やむ千冬を余所にラウラは「話はそれだけですか?」と迫り、「それでは、私はこれで」と其の場を跡にする。

そんなズカズカと自分から離れる彼女へ千冬は寂しそうな目を向けて見送るしかなかった。

 

「はぁッ・・・はぁッ・・・!」

 

一方で其の場から立ち去ったラウラは、千冬の視界から外れた所で急に息を荒立たせる。

少し前なら千冬に口答えするなど考えられない事であったが、想い人である春樹を批判された事にラウラは憤って思わず声を荒らげたのだ。

けれども、今まで敬愛していた人物に異を唱えてしまった事に彼女の心は萎縮してしまう。

 

「春樹・・・春樹・・・ッ!」

 

其の縮んだ心を膨らませる為、ラウラは心の拠り所である想い人に電話を掛ける。

呼びかけ音が耳元で鳴り、相手の電話には多分ラウラが独逸語で歌った彼の好きな歌の一節が着信音として鳴っている事だろう。

だが・・・・・

 

《ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ!!》

 

「は、春樹?」

 

電話口から聞こえて来た愛し人の声は、酷く荒れた絶え絶えな息遣い。しかも此方が幾ら呼び掛けても苦しそうな吐息しか帰って来なかった。

此れは只事ではないと察したラウラは、すぐさま彼が居るであろう場所へと急いだ。

 

「ァッ・・・ッ・・・は・・・ッ!」

「ッ、春樹!!」

 

すると廊下の途中で人目から隠れる様に蹲る春樹が居るではないか。

そんな表情は青く息苦しそうに喉元を抑えて痙攣していた彼をラウラはISを纏った状態で担ぎ上げるや否や、自室へと急いで帰還した。

 

「春樹、ゆっくり息を吸え!」

 

部屋へ入るとラウラは空の紙袋を春樹の口に当てて呼吸する様に促す。過呼吸発作の対処法だ。

 

「はァ”・・・ッハァ”・・・はあ”・・・!」

 

「・・・大丈夫か? 落ち着いたか?」

 

背中を擦りながら語り掛けるラウラに春樹は「・・・あぁ」と薄らボンヤリ濁った眼を向けた。

彼女は此の目を知っている。酷く彼が弱っている時に見られる兆候だ。

 

「春樹・・・すまない」

 

「阿・・・?」

 

ラウラは彼が弱っている原因は、身体測定の測定係を行った事が原因だろうと勘繰る。

其の測定係を許可してしまったのは自分であり、彼女は責任を感じた。

 

「皆の為になると思って許可してしまったが、お前に不快な思いを与えてしまったようだ。夫を支える妻として私は―――――

「・・・やめーや」

―――――えッ?」

 

深々と頭を下げる自分に春樹は随分と冷たく切り込む。

其の突き放す様な物言いの彼にラウラは少々戸惑った。

 

「どうせ・・・どうせ君も・・・・・破破破ッ・・・」

 

「は・・・春樹?」

 

「俺みたいな野郎に救われて、君は本当に可哀想じゃのぉ」

 

顔を覆った手の指の隙間から垣間見える濁った眼で睨むようにラウラへ語り掛けた。

なんだかいつもとは様子の違う春樹に彼女は更に戸惑い、其れを収めようと彼の肩へ手を伸ばす。

 

「やめろッ、触るんじゃねぇ!」

 

「ッ・・・春樹・・・」

 

けれど、春樹は其の手を拒絶した。其れも随分と怯えた様子で。

 

「俺みたいなろくでなしの役立たずに救われんと、織斑のヤツに救われた方が幸いじゃったろうなぁ! そうじゃッ、絶対にそうじゃ!! 俺みたいなおえんヤツにどうして君みたいな人が惚れにゃあおえんのじゃ!!」

 

頭をガリガリガリガリ掻き毟りながら体を震わせて泣いた。

今の彼の状態は鬱状態であった。

PTSDにアルコール依存症、加えての激情型鬱病である春樹は時として酷い自己嫌悪に陥る事があった。

 

「どうせ、どうせ君も俺に対する恩情で俺に・・・そうじゃ、其の筈じゃ! どうせ、どうせどうせどうせどうせ・・・ッ! いやじゃいやじゃいやじゃ、やじゃやじゃやじゃッ!!」

 

話が通じない支離滅裂な言葉を吐き捨てる彼にラウラは如何すれば良いか解らず、バイブレーションの様に震える春樹の肩へ再び手を伸ばして添える。

今度は拒まれる事はなかったが、何もできないでいる無力感だけが彼女を包む。

 

「うッ・・・うぅ・・・うわぁあ・・・あ・・・!!」

 

「春樹・・・大丈夫、大丈夫だ。ここには私しかいないぞ。お前を傷付ける人間はいないぞ。大丈夫だ、大丈夫」

 

唯只咽び泣く春樹にラウラは寄り添って言葉を掛ける。

其れは彼の目から涙が枯れ果てるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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八升:ワールドパージ・女と酒は二合まで
124話


 

 

 

―――――IS学園内で開催された専用機タッグマッチ戦において発生した『ゴーレムⅢ事件』と呼ばれる襲撃事件から幾何か過ぎた頃。

IS統合対策部に所属するある蟒蛇パイロットがこう云った。

 

「皆さん、新しいプロジェクトに着手してみませんか?」

 

吞兵衛が言うには、現在IS統合部が行っているIS第三世代型量産機体製造計画に並行して新たな機体開発を行おうと言うものだった。

しかし、機体と云ってもISではなく、国連がISにとって代わるという面目で開発したパワードスーツ。名をエクステンデッド・オペレーション・シーカー・・・通称『EOS』の開発である。

・・・けれども、いつもはやんややんやと騒ぎ立てるIS統合部の職員達も流石に彼の此の提案には難色を示した。

実を言うと此のEOSなる物。ISにとって代わると銘打っておきながら、色々と問題のある・・・いや、問題”しか”ない代物であったのだ。

 

欠点の例題を挙げるとするならば以下の通りである。

一、あって無いようなパワーアシスト。

二、重たすぎる機体。

三、シールドが無いのに生身の身体が露出。

四、反動が強すぎて使い辛い事この上なしな火器。

五、三十㎏ものバッテリーを背負っているとは思えない短すぎる最大作戦行動時間。・・・等と云った欠陥が多い。

 

・・・だが、蟒蛇には自信があった。

何故ならば、彼等の手中にはゴーレムⅢ事件で鹵獲した機体が一機あったからだ。

正確には其の機体の中にある”装置”であるが。

 

「今やIS業界市場は血を血で洗う果てしなく激しいレッドオーシャン。競争相手も強敵ばかりじゃ。じゃけども、打って変わってEOS業界市場は未だ平和なブルーオーシャン。市場に打って出るには今が好機じゃ!!」

 

『『『おーッ!』』』

 

そんな訳で蟒蛇は、IS統合部の全員を上手く言いくる・・・説得し、量産機体製造計画と並行してEOS開発を行う事となった。

当初、此の計画は前途多難なものになるだろうと思われていたが・・・周囲の予想に反し、順調な足取りで機体が開発されていったのである。

 

元々、IS統合部へ集まった職員達は一癖も二癖もある変人奇人変態の曲者揃い。加えて、彼等彼女等は生粋で筋金入りのヲタク共であった。

其の日常生活では一㎜も役に立たない知識や技術能力を駆使して機体の動力源、機能性、重量、機動力、etc・・・隅々にわたる問題点へ解決策を見出し、僅か一週間にも満たない短期間で試験試作機完成へと漕ぎつけたのであった。

 

そして、晴れやかな今日の良き日。

IS第三世代機体共同開発を行っているデュノア社の日本支社へ完成した試験試作機体EOSを持参し、技術共有と云う面目で訪れていた。

・・・・・訪れていたのであるが・・・

 

「・・・阿”ぁ・・・ッ」

 

新EOS開発計画の発起人である蟒蛇・・・もとい、世界で二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹は酷く濁った眼でボーッとしていた。

 

「お、おい金城氏。なにゆえ若は、あんなにも浜へ打ち揚げられた魚のような目をしておるんじゃ? ちょいと前までは、爛々ハツラツとした目だったと言うに」

 

其の鈍く光る琥珀色と鳶色の眼に対し、計画中心メンバーの一人である浅沼は、隣に居る同僚である金城の袖を引っ張りながら疑問文を並べる。

其れに対し、彼女は「さぁ? 大方、二日酔いなのでは?」と素気なく返す。

 

「おぉ、Mr.清瀬。息災であったかね? 噂によると先の襲撃事件で、また君は武勲を立てたそうじゃないか」

 

そうしていると前からゾロゾロと部下を引き連れたデュノア社社長であるアルベール・デュノアが現れ、自然に春樹と握手を交わす。

共同開発を行っているとは言え、まさか態々大会社の長自ら自分達を出迎えるとは思ってもみなかった小心者の浅沼は此れにオドオドと動揺してしまう。

 

「いえ、私一人が自力で功を挙げた訳ではありません。功を挙げられたのは、此処に居る浅沼さんや金城さんの御蔭です」

 

「ほう、このような若いお嬢さん達がか。IS統合部には君の他にも優秀な人材が豊富で羨ましい限りだ。知っているとは思うが、私はこの会社を経営しているアルベール・デュノアだ。どうぞよろしく」

 

そう言って隣に佇む二人へ手を指し示した春樹に対し、アルベールは感心した様に頷いて二人に握手を求めた。

此れに金城は相も変わらない冷静な態度で「金城です。よろしくお願いします」と握手を交わすが、浅沼の方は「あ、ああ、浅沼です! よ、よ、よろしくお願いします!!」と身体にバイブレーション機能が搭載されているが如く震えながら手を差し伸べる。

其のあまりに緊張している彼女の姿に溜息を漏らす金城の前で、アルベールはクスリと笑みを浮かべた。

 

「デュノア社長。この度は当社との技術共有の件で御社に伺わせていただきました」

 

「あぁ、聞くところによると君達はEOS事業へ新規参入するそうだね。しかし・・・酷な事を云うようだが、正直EOSは成長乏しい事業だ。いくら君達と云えども・・・」

 

「・・・・・阿破破破ッ」

 

場所を玄関ロビーから会議室へ移したのも束の間、新規事業のEOSに消極的な発言をするアルベールだったが、其れに今まで張り付けた鉄仮面な表情であった春樹があの奇天烈な笑い声で返す。

 

「・・・・・やはり、君には何か考えがあるようだね。Mr.清瀬?」

 

「勿論ですよ、社長。逆に聞きますが、私が今まで考えなしに事を起こそうとした事がおありで?」

 

「フッ・・・まさか。聞かせてもらうか、君の考えとやらを」

 

ニヤリと微笑む春樹にアルベールは背筋へジットリと汗をかく。

初めて彼と会合を果たしてから此の方、春樹の策謀には舌を巻くばかり。

そして、今回もまた此の奇天烈な笑い声を響かせる齢十五の少年に驚かせられる羽目となる。

 

「聞く・・・と云うよりも。”見る”と言うのが、正しいですね」

 

「ん? どういう意味かね?」

 

「浅沼さん、例のモノを」

 

春樹の声に「ガッテンでい!!」と浅沼が意気揚々とアルベールの前に出したのは、IS統合部がとても短期間で作ったとは思えぬ程に完成度の高い試験試作機EOSであった。

 

「・・・・・支部長、急いで我が社精鋭の技術班を呼んでくれたまえ」

 

「は、はい! 承知いたしました、社長!!」

 

此のIS統合部産EOSを目にしたアルベールは一気に目の色を変え、社内の技術者全員を呼ぶように指示する。

其の状況にケラケラと春樹は乾いた笑みを浮かばせた。

 

 

 

 

 

 

其れから一時間とせぬ内に会議室にはIS統合部製EOSを一目見ようとドッと人が押し寄せ、機体制作に携わった浅沼や金城に質問の雨あられが投げかけられる。

此の質問の応酬に若干コミュ障を有している浅沼は気負ってしまい、涙目を浮かばせながら春樹の方へ助けを求める視線を送るが、彼は口パクで「頑張ってください」とエールだけを送るのであった。

 

「・・・はぁッ・・・」

 

一方、やんややんやと繰り広げられる状況を他人事の様に見つめながら、春樹は部屋の隅っこで一人、鬱々とした溜息を吐く。

目の前にある新規プロジェクトも大切だが、彼の頭の片隅には”あの日”の出来事ばかりが巡り巡っていた。

 

『あの日の出来事』・・・と云うのは、やはり身体測定を行ったあの日であろう。

今でも目を瞑れば、思い浮かぶ理性をハンマーで壊す様な刺激的なシャルロットのあられもない姿と彼女に対する筆舌に尽くし難い言い表せぬ思い。

其れに―――――

 

「・・・・・ラウラちゃん」

 

シャルロットとの会合後、パニックに陥った自分を優しく包み込んでくれたラウラに対する罪悪感にも似た気持ちが未だモヤモヤと春樹の心へ巣くっていた。

 

彼がパニックに陥ったあの後、春樹は何とか処方されていた薬といつもの酒で発作を抑える事に成功する。・・・だが、一度抱いてしまった罪悪感と背徳感に彼は思い悩んだ。

結果として、春樹は今日までラウラとシャルロット双方との会合を避ける様になった。

されど、其れで自分の中にある鬱々とした気持ちが晴れる事は決してない。其れ処か、逆に彼の中にある闇は深くなる一方である。

 

「随分と浮かない顔をしているが・・・どうかしたのかね、Mr.清瀬?」

 

「社長・・・」

 

そんな春樹に声を掛けた来たのは、問題となっているシャルロットの父親でもあるアルベールであった。

彼はいつもと違って元気のない春樹を気遣い、騒がしい会議室から連れ出して自身の臨時社長室へ通す。

 

「ワインかブランデーがあるのだが・・・どうだね、Mr.清瀬?」

 

アルベールは部屋に入るや否や、戸棚の美酒を春樹に勧めた。

彼は此れを仕事中と理由で一度は拒む。だが、芳醇な香りを放つ酒の誘惑に勝つ事は敵わず、一杯だけとブランデーを春樹は所望する。

・・・しかして此の蟒蛇が一杯の酒だけで事足り得るだろうか。答えは否、否である。

 

「阿破破破ッ! こりゃあ美味いのぉ!!」

 

「おおッ、良い飲みっぷりだ。どうだね、もう一杯?」

 

「勿論ですとも! 阿破破破ッ!」

 

此度の新型EOSの話を肴にグラスに酒を注がれれば注がれる程、其れを水の様にグビグビ飲み干してゆく春樹。

其の内にブランデーの入っていたボトルは空となり、今度はワインの入ったボトルに手を掛ける。

此の時、コルク栓を開けるのが面倒だと言ってボトル口を叩き折った。

まるで山賊だ。

 

「阿ーッ、美味い美味い! こねーな酒を毎日の様に飲めて、羨ましいですなぁ!!」

 

「ほう・・・羨ましいかね?」

 

飲んでいた酒が身体へ良い感じで回って来た為か、嫌な事を忘れて酔いに浸ってゆく春樹。

気分と共に口が良く回り出していく。

 

「んグ・・・んグ・・・かーッ、勿論でさぁ。世界第三位のシェアを誇る大会社の社長で、嫁さんは美人ッ。娘さんのシャルロットとは一悶着ありましたけんど・・・今じゃあ仲も良好でしょうが。誰もが羨みまさぁ! 阿破破破ッ!」

 

「・・・まるで他人事のようだな」

 

「阿? 何がです?」

 

「私達家族を円満に導いてくれたのは君じゃないか、Mr.清瀬。正しく君は私達のヒーローだ」

 

「ッ、阿破破破破破!」

 

随分なシリアス顔で語るアルベールに春樹はゲラゲラと奇天烈な笑い声を上げた。

「一体何が可笑しいのかね?」とアルベールが疑問符を投げ掛けると、彼は「アンタも同じような事を云うんじゃねぇ」と溜息でも漏らす様に肩を落とす。

 

「俺ぁ何にもしちゃあいませんよ。アンタらが勝手に助かっただけでさぁ。俺がやらなくても誰かがやってた。そうじゃのぉ、大方ダメバナ・・・もとい、おわんごの織斑が社長とシャルロットの千切れた縁を結び直したんじゃねぇですか?」

 

「つーか・・・こん話、前にもしましたでよ」と酒杯を呷りながら囁く様に呟く春樹に対し、「君は・・・本当に謙虚だな」とアルベールは感心の意を心の中で抱いた。

 

「実を言うと・・・Mr.清瀬、私は前々から君にある提案を持ち掛けたいと思っていたのだよ」

 

「提案?」

 

「そうだ、Mr.清瀬。我が社、いや・・・我が”デュノア家に来る”つもりはないかね?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・阿”ッ!?」

 

唐突なアルベールの思いもよらぬ言葉に春樹は驚きの余り力が抜け、持っていたグラスが掌から滑り落ちる。

グラスは重力のせいで真っ逆さまに床へと衝突すると、甲高い音と共に其の身体を粉々に散らした。

 

「破・・・破破ッ、破破破破破! いやはや斯様な美酒は久方ぶりじゃったけん、些か飲み過ぎた様じゃわぁ。・・・社長、今何て言うたんですか?」

 

「言った通りだよ、Mr.清瀬・・・いや、春樹君。我がデュノア家の跡取り、思惟ては私の義息子にならないかね?」

 

「・・・・・あーと、そりゃあ養子縁組言う意味あ―――――」

「無論、”婿養子”としてだ。シャルロットと共に我が社を盛り立てて行って欲しいのだよ!」

 

目を爛々と輝かせて溌溂と語るアルベールに春樹はふらりとバランスを崩してしまう。

危うく転びかけるが、何とか態勢を持ち直すと「な、何故にそねーな話に?」とすっかり酔いの醒めた表情で疑問符を投げ掛ける。

 

「春樹君、君は我が家に多大な恩を与えてくれた。娘のシャルロットも君を好意的に慕っている。だが、それだけで君を取り立てる訳ではない。君には他者とは違う三つの秀でた部分がある」

 

「・・・と、言うと?」

 

「まず第一に君には戦いの才覚がある。ISなどなくとも・・・もし生まれる時代が違っていれば、君はあのシャルルマーニュにも勝るとも劣らない英雄として史記に記されていた事だろう。第二に私は君に勝手ながら経営者の才覚があると思っている。粗削りだが、磨けば必ず光るものを持っているだろう。その証拠に君は我が社とIS統合部の懸け橋となり、共同開発によって私の悲願であった量産型第三世代機を完成させてくれた。加えて今回の新型EOSの件が世間に出れば、どれ程莫大な利益を生むか計り知れない。以下の二つだけでも、君はかのブリュンヒルデの弟に劣らぬ処か勝っている」

 

「其れは・・・あまりにも過大評価と言うモノ。俺ぁ唯只我武者羅に突っ走って来ただけの事。そんな唯の功名餓鬼に其の様な過度な期待は・・・・・」

 

「まぁ、最後まで聞きなさい。そして最後、これが大切だ。第三に人を惹きつける得も言われぬ魅力が、所謂カリスマが君にはある。これがなければ人を率いる事は適わない。かく言う私もこれを持っている・・・つもりだった。君に出会うまでは」

 

「・・・・・」

 

「恩情云々の前にこの三つの秀でた才をもっている君は、私の後見として相応しい人材だ。だから・・・だから私は君に我が社を継いで貰いたいのだよ!! シャルロット共にねッ!!」

 

酒が入っている為か、余りにも熱いアルベールのラブコールに春樹は目を見張った後にガリガリと頭を掻き毟った。

 

「阿~~~~~ッ、もう! じゃけど、社長!!」

 

「わかっているともッ。君には意中の女性がいるのだろう。そして、その人物はシャルロットの親友であるドイツの代表候補性だという事もわかっている」

 

「解っているのならば、何故に?! 何故に其の様な酷な事を云うか?!!」

 

激昂し、琥珀色の右眼から焔を溢す春樹にアルベールは目を細めて語り出す。

 

「春樹君、私は二人の女性を同時に愛している。一人はロゼンダ、もう一人はシャルロットの母親だ」

 

「まさか・・・・・まさかとは思いますが、俺にアンタと同じ真似をせぇって言うか? 俺に屑の真似事をせぇってか?」

 

「そうは言っていない。さっきも言ったが―――――」

 

「其れが詭弁だと言よーるんじゃ、俺は!」

 

春樹はアルベールから注ぎ口の折れたワインボトルを奪い取るや否や、其れを一気に逆様にして飲み干した。

 

「俺ぁッ・・・俺はね、社長! ラウラちゃんの事が好きなんじゃ、でぇれぇー好きなんよ! じゃけど、シャルロットからも迫られて心がグラつきょーるんよッ! 俺ぁ其れが許せれんのじゃ!!」

 

「ッ、春樹君・・・」

 

「あねーな可愛らしい子が一途に俺を想うてくれるんなら、其れに対して俺も一途に想わにゃあおえまーがなッ! 其れなんに俺は二心を抱きかけとるッ、こりゃあラウラちゃんとってもシャルロットにとっても無礼じゃろうがなッ!! のわッ!?」

 

酒が入った心のままに喚き散らしたのが祟ったか。再びバランスを崩し、春樹は今度こそ床に膝を打ち付ける。

 

「春樹君!」

触るんじゃねぇッ!!

 

「ッ・・・!?」

 

見損なった・・・見損なったぞッ、アルベール・デュノア!! アンタは”俺の心を裏切った”ッ!!・・・ッ!!?」

「は、春樹君!!?」

 

彼は血走った琥珀色の焔が零れる眼でそう叫ぶと遂に後ろへ仰け反って倒れ、「ゲぼッ!?」と腹に納めていた筈の酒を吐き戻す。

急性アルコール中毒であろうか否かは判らぬが、其れから数分間、春樹の意識は消失してしまうであった。

今日はまだ色々と面倒事がIS学園で待っていると言うのに・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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125話

 

 

 

「・・・別に『酒を飲むな』とは言いません。今や悪習とも云える飲みニケーションを嬉々として行える貴男の事を尊敬しています。ですが・・・・・どこの世界に社長室でゲロを吐く馬鹿がいるんだッ、この馬鹿野郎!!」

 

日本デュノア支社での技術共有会議が終わった帰りの事。IS統合部所有の黒ハイヤー内に金城の怒号が響き渡る。

ハンドルを握っていなければ、腹パンをする勢いであったろう。

 

「ほ、本当に面目な―――――ッ、うげぇええあああ!」

 

「だ、だだ、大丈夫ですか、若?!」

 

そんな眉間に皺を寄せる彼女の叱り声に春樹は応えようとするも、定期的に襲って来る吐気に負けて手元のビニール袋へ胃の中の内容物をドボドボ吐き戻す。其のせいで車中はすっかり異様な臭いが立ち込めて居た。

 

「臭いッ! 浅沼氏、窓を!」

 

「承知! 若、お水をどうぞ!」

 

日本デュノア社社長室で起こったアルベールとの揉め事で、春樹は急激な飲酒と激昂によって一時は意識を消失してしまう。

だが、持ち前の異常治癒能力ですぐさま回復した春樹は逃げる様に其の場を跡にするのであった。

 

「んグ・・・んグ・・・ぷはぁッ。はぁ~・・・浅沼さん、水ありがとうございました。」

 

「いえいえ。それよりも若、落ち着きましたか?」

 

「阿ぁ・・・まぁ、何とか」

 

そう言って彼は自分の鳩尾を大きな溜息を吐きながら擦り、車窓の外を流れる情景を虚ろな眼で唯々ぼんやりと眺める。

 

『我が”デュノア家に来る”つもりはないかね?』

「・・・ッチ・・・!」

 

此の時、春樹は社長室でアルベールに提案された事を思い出しては忌々しそうに舌を打ち鳴らす。

 

昨年まで、此の清瀬 春樹と云う男は色々と特殊でありながらも地方の田舎に住む唯の少年だった。

しかして其れが男の身でありながらIS等と云う代物を動かしてしまった為、彼は様々な厄介事に巻き込まれて来た。其の度に幾度となく窮地に追い込まれ、時には危うく命を落としそうになった事も多々あった。

だが、其の御蔭で春樹は次々と武功を挙げる事が出来、織斑 一夏の”おまけ”から天下に名を轟かせる銀飛竜へと昇華した。

今回のアルベールからの提案もそんな彼の手腕と器を買われての事であったのだが・・・・・

 

「あの・・・金城さんに浅沼さんって、彼氏とかいるんですか?」

 

「なぬ!?」

「どうしたんですか、清瀬氏? ついに脳神経がやられましたか?」

 

突拍子もない春樹の問いかけに表情をしかめる二人だったが、此の疑問符に「今はいない」と返答する。

其の言葉に彼は更にこう続けた。

 

「なら、居る云う仮定をして・・・其の彼氏が堂々と「俺、二股するから」って言うたら、どねーします?」

 

「な!? そりゃなんと不届き不貞な!」

「フンッ。今回は浅沼氏に同意見です。私なら怒りの余り男の局部を切り取っていますね」

 

口を三日月に歪めながら澄ました顔でとんでもない事を口走る金城に「君は阿部定か!」と浅沼のツッコミが冴え渡る。

けれども其の言葉に春樹は何故か安心してしまう。「そうじゃよな。”普通”はそうじゃよなぁ」と胸を撫で下ろし、スーツの内ポケットに収めていたスキットルを取り出して中身を一気に呷った。食道を駆け奔る命の水が実に心地良い。

相変わらずの飲んだくれのロクデナシだが、先程よりもずっと心が安定している事には間違いなかった。

されど・・・そんな平穏が長く続く筈がない。

 

「・・・・・阿?」

 

「ん? どうかされたんですかい、若?」

 

三人の乗る黒ハイヤーがIS学園門前まで迫った其の時、春樹はある違和感を覚えた。

其れは何とも筆舌に言い表せないモヤモヤとした違和感であったが・・・・・確実に言える事が一つだけあった。

 

「チィイイッ・・・阿”ぁ”、またかぁあ!!?」

 

「ホントにどうかしたんですかい、若?!」

 

『何か嫌な予感がする』。例えるならば、先に起こったゴーレムⅢ事件に負けず劣らずの酷い厄介事の臭いがしたのである。

 

「浅沼さんッ、何か帽子かカツラとかって持ってません? 出来れば、サングラスもあるとありがたいんですが」

 

「そんなもんある訳―――――

「ありますで」

―――――あるのかよ!」

 

春樹の言葉に浅沼は四次元ポケットならぬ四次元リュックの中から黒サングラスと黒髪のウィッグを取り出した。・・・何故に彼女がこの様なモノを持っていたのかは、此の際置いておこう。

彼は此れ等を受け取ると、自身の白く変色した髪の毛と琥珀色の右眼を隠す。そして、何かあれば急バック発信する様に金城に指示をし、入場ゲート前で車窓を開けた。

 

「どうもこんにちは。私、IS統合対策部の真庭って云うもんです。今日は清瀬 春樹さんに面会があって来たのですが・・・よろしいでしょうか?」

 

「ダメです。今は警戒態勢が敷かれている為、来客はお断りしています」

 

偽名を用いて顔を覗かせた春樹に警備員は随分と冷めた面持ちで答える。

其の警備員の言葉に彼は疑問符を浮かべた。

 

「警戒、態勢? 其れは一体、何があったんで?」

 

「詳しい事は差し控えます。今日の所はお引き取り下さい」

 

「其れでは納得いきませんな! 我々は彼の為に時間を割いてきたのです。「はい、そうですか」と帰れるわけにはいきません。貴方、もしかして新入りの方ですか? 清瀬氏に掛け合って下さい、真庭と云えば解ります!!」

 

其れでも警備員はダメだと言葉を突っぱね、彼等に帰るように促す。

何度も此のやり取りを行った後、流石に不味いと感じた浅沼が間に分け入って事を取り成した。

此の彼女の言葉を合図に真庭(仮)は「後で覚えて居なさい!」と随分と使い古されたチープな言葉を吐き、車をバックする様に指示した。

 

「・・・・・今度、ネットの掲示板でスレ建てよー思うとるんです。テーマは『ウチの学校が襲われ過ぎな件について』って題名で」

 

「清瀬氏、洒落になっていません」

 

IS学園から少し離れた場所で、両手で顔を覆って項垂れる春樹に口をへの字に曲げる金城。其の隣では「どういう事ですか!?」と小心狸がオドオドしていた。

 

「ありゃあニセモン、パチモン、バッタモンの警備員じゃ。ホンモンの警備員さんは皆みんな女性の人じゃ。なんにあのバッタモンは白人野郎じゃった。しかも名札が川口って何じゃ。俺ぁホンモンの川口さんを知っとるし、あれは川口さんの名札じゃ! 其れにあの野郎、俺が新入りか聞いたら一瞬ギョッとしよったでよ。ありゃあクロじゃ」

 

「えッ・・・と、という事は・・・!」

 

「またしてもIS学園は襲撃に合っていると云う事でしょう。其れも外部にバレない様に隠蔽している。まぁ、あまりにもずさんな隠蔽ですがね。というか第一、清瀬氏が学園を離れている事など承知のはず。それなのに・・・」

 

あんまり冷静な考察を二人がするものだから、対照的に「ど、どど、どうするんじゃ一体!?」と浅沼がガタガタ震える。

 

「ハァ~・・・金城さん、取り敢えずは長谷川さんと壬生さんらぁに連絡を」

 

「了解」

 

「お願いします。あと、浅沼さん?」

 

「はい!」

 

「ちょっと無茶しようと思うんで、試作機の緊急メンテのお願い・・・できますよね?」

 

「・・・・・・・・へ?」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「むぅ~・・・」

 

IS学園前で春樹がまたしても悪巧みをする数刻前。IS学園の食堂では、何処かつまらなそうな顔でほうじ茶をすするラウラが居た。

手元には間違って買ってしまった”二人分”の思い出のある大福餅が鎮座しており、其れを彼女はモクモクと頬ぼるが、如何せんあまり美味とは感じなかった。

其れも其の筈、ラウラの頭の中はある人物の事で一杯だったのだから。

 

「春樹・・・大丈夫だろうか?」

 

身体測定の一件から想い人の春樹は自分を避ける様になった。

いつもはピッキングで開く筈の部屋の鍵も内側に何十にも別の鍵を取り付けられてしまい、忍び込む事が出来ない。

其の御蔭で此処何日、彼と対面しての会話をしていないか。考えるだけでも気分が落ち込む。

 

「むぅう~ッ・・・春樹ぃ・・・!」

 

もしや春樹に嫌われたのではないかと云う嫌な思惑がギュウギュウと彼女の心を締め付け、胸が張り裂けそうになる。

今や乙女達の相談役となってしまったセシリアには、「春樹さんがラウラさんを嫌うなんて事はありませんわ!」と太鼓判を押されたが、如何にも卑しい勘繰りが内に巣くうばかり。

 

「―――――どうしたの?」

 

そんな落ち込む銀髪の乙女に声を掛ける人物が居た。

彼女は陽光の金髪を揺らし、妖しげな笑みを浮かべてラウラの前へと座る。

 

「そんな悲しそうな顔しないでよ。なにかあったならボク、相談に乗るよ?」

 

「シャルロット・・・・・いや、実はな―――――」

 

ラウラは親友であるシャルロットに自分の思いの丈を話始める。

・・・彼女が春樹の心を追い込んだ張本人だと露にも知らないまま。

 

「大丈夫だと思うよ。ラウラの考えすぎなんじゃないかな?」

 

「しかしだな・・・」

 

自らの思いの内を吐露しても未だ不安顔をする彼女の頭をシャルロットは優しく撫でてやる。

其の優しい手にラウラは少々ぐずりながらも気分を落ち着かせてゆく。

・・・そして、其れを確認したシャルロットは漸く自分の本題を切り出す事と相成った。

 

「ねぇ、ラウラ。ボクの事ってどう思う?」

 

「え・・・」

 

シャルロットから投げかけられた疑問符にラウラは少し泡を食ってしまうが、彼女は素直に「シャルロットは私の親友だ!」と胸を張って答える。

其れに気を良くしたのか、シャルロットは更に「じゃあ、ボクの事・・・好き?」と聞き返す。

無論、此れにラウラは「勿論だぞ! 私はシャルロットの事が好きだ!」と答える。

 

何とも他愛もない会話で、見る人から見れば何とも百合百合しい光景なのだろう。

・・・けれども、其の次に出て来た話の内容が問題であった。

 

「じゃあさ、ラウラ・・・春樹の事、”一緒にシェア”しない?」

 

「・・・えッ・・・?」

 

シャルロットの言葉にラウラは目を真ん丸にしてパチクリする。

 

「は、春樹をシェアとは・・・一体どういう事だ?」

 

「言葉のままだよ、ラウラ。ほら、このまえ一緒にベリーのクレープとイチゴのクレープをシェアしたでしょ? あの時のクレープ・・・美味しかったよね」

 

「あ、あぁ。だが、それがどうして―――――」

 

「ボクだって春樹の事が好きなんだよ」

 

柔らかな表情から一転、シャルロットは瞳の中から光を消した。

其の余りの変わりようにラウラはギョッとしてしまう。

 

「ボクだって春樹の事が好きなのに・・・どうしてラウラだけ春樹に愛されるかな? ズルいよ・・・ズルいズルい・・・!」

 

「シャ、シャルロット・・・?」

 

「だからね、ボク良い事考えたんだ! ねぇラウラ、知ってる? アメリカでは三人で愛を育む”スリップル”って形があるんだよ。それを応用しようよ。春樹とボクとラウラで一緒に幸せになろうよ!」

 

シャルロットの力説にラウラは圧倒されつつもこう返した。「それは・・・春樹も望んでいる事なのか?」と。

 

「・・・勿論だよ」

 

「ほ、本当かッ?」

 

「うん。春樹だってボク達が仲良くしているのは、うれしいはずだよ。ね、いいでしょラウラ? それとも・・・・・ラウラはボクと一緒なのは嫌かな?」

 

「わ、私は・・・・・ッ!」

 

答えを急かすシャルロットに心を搔き乱されたラウラは言い淀んだ・・・・・其の時だった。

 

バチィイッ

「「ッ!?」」

 

部屋の明かりが突如として一斉に掻き消える。

其れが新たなる騒乱の幕開けの合図となった事を此の時、誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 





此の章がこれまで以上に長くなる事をついさっき確信致しました。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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126話

 

 

 

―――――織斑 一夏は今日も今日とて思い悩む。

悩みの議題・・・やはり其れは自分にとって因縁の相手となった”二人目の男”、清瀬 春樹の事である。

先の戦い『ゴーレムⅢ事件』の敵味方入り乱れての戦場と化したアリーナにおいて、一夏は白式の単一能力である零落白夜で彼を背後から奇襲してしまう。

本来なら専用機の没収や退学処分と云う厳罰が下されるが、此れを被害者である春樹が容赦したのに加え、倉持技研とIS統合対策部の取引並びに一夏の姉であり世界最強ブリュンヒルデの名を冠する千冬の計らいによって有耶無耶となった。

 

されど、間近で一夏の未熟さによる暴挙を垣間見ていた教師部隊や学園防衛私設部隊ワルキューレに所属する面々は彼へ冷ややかな視線を刺す。

一方で事件の真相を避難していた為に知らぬ一般生徒達は「”今回も”織斑くんが悪いやつをやっつけてくれた!」と一夏に手放しの賞賛を送った。其のギャップが余計に彼を苦しめる。

 

「はぁ・・・ッ」

 

実は今日、彼は倉持技研から御呼びがかかっていた。

だが、先の事件の影響によって技研へ疑心感を有した一夏は体調不良を言い訳にし、心の靄を払拭せんと一夏は朝から稽古に励んだ。無論、IS禁止令が出ている為に生身によるものであったが、如何せん心の内の霧を晴らすには至らなかった。

 

「おい一夏、いつまで辛気臭い顔してるッ。折角の茶菓子が不味くなるではないか」

 

「わ、悪ぃ箒」

 

そう沈んだ表情の彼に声をかけるのは、最早一夏の引っ付き餅と化した箒である。

彼女は恋敵で親友である鈴が山田教諭に呼ばれて居ないのを良い事に想い人との距離を縮めんと稽古から食堂での小休憩へと付き添う。

しかし、素直になれない乙女心故かどうかは知らぬが、ヤキモキしていた。

 

「・・・もしや、まだ清瀬に雪片を振るった事を悔やんでいるのか?」

 

「いや・・・俺は・・・・・」

 

「あれはもう過ぎた事ではないか。いつまでもクヨクヨして・・・情けない、それでも男か!」

 

「・・・・・」

 

思わず言ってしまった其の一言で押し黙ってしまった一夏に箒は「わ・・・悪い言い過ぎた」と反省の言葉を述べようとした・・・其の時である。

 

バチィッ

「「!!」」

 

突如として室内の電灯が一斉に消えた。其れも至る所全ての電子機器が一瞬にして機能停止したのだ。

最初は唯の停電かと誰もが思った。何故なら先のゴーレムⅢ事件の影響による電気工事が行われており、其の折に計画停電が行われていたからである。

だが―――――

 

「ッ、おい一夏!」

「なッ!?」

 

窓から差す陽の光を遮らんと各フロアの硝子窓に重々しい厳つい防壁シャッターが下りたのである。

御蔭で校内は真っ暗闇に包まれ、周囲から不安の声が木霊した。

 

≪専用機持ち共、聞こえるかッ?≫

 

「千冬姉!」

 

此の状況に合わせて自身のISをローモード起動させると千冬からの通信がインカムに入る。

「何があったんだ?!」と問いかける一夏に彼女は≪話は後だ≫と前置きした上で、各機体にマップを送信する。

 

≪専用機所有者達は地下のオペレーションルームへ集合。防御シャッターが進路を阻む場合は此れを破壊しても構わん≫

 

「わかったぜ、千冬姉! 行こうぜ、箒ッ!」

「言われずとも!」

 

冷静でありながらも強い口調の千冬に一夏は大きく頷くと送信されたマップに従って地下へと急いだ。

途中、進行方向へ重苦しい鉄の扉が行く手を阻むが、千冬の言っていたように其れを手にした雪片で切り開いていった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「皆、揃ったな」

 

IS学園地下にある特別区画オペレーションルーム。

秘密区画故、本来なら生徒は知らされない場所なのだが、緊急事態のため現在学園にいる専用持ち全員が其の場に居た。

室内は校内とは違うシステムで構成している為か、完全に独立された電源でディスプレイは情報を表示している。

 

「それでは山田先生」

 

「は、はい! 現在、IS学園では全てのシステムがダウンしています。恐らく何らかの電子的攻撃、ハッキングを受けているものだと断定します」

 

「ハッキング? もしやまたファントムタスクがッ?!」

 

「そ、それは未だ不明ですが・・・可能性としてはあるでしょう」

 

山田教諭の表情と言葉から伺える硬さに「ヤツらめッ、舌の根の乾かぬ内に・・・!」と箒は渋い顔をした。

 

「今の処、生徒に人的被害は出ていません。防壁によって閉じ込められる事はあっても、命に別状があるような事は無いです。それに教師部隊とワルキューレ部隊の皆さんが生徒達を一か所に集めて警護しているそうです。でも・・・」

 

「問題は、この学園がまたしても外部からの攻撃を受けているという点だ。敵の正体と共に目的も不明。今現在の被害状況は、システムダウンに電波ジャックと言った処だな」

 

静かなれど怒気の籠った千冬の言葉に皆の表情が強張る。

加えて、今日は此の場に居る筈のもう一人の男が居なかった。

 

「山田先生、春樹・・・清瀬くんとの連絡は?」

 

「そ、それは・・・」

 

不安そうな表情で語り掛ける簪に山田教諭の口が縺れる。

そう。こう云った非常事態に半ば狂気の混じった面持ちで先陣切って対処するアル中パイロットが不在なのだ。加えて、彼に連絡を取ろうにもジャミングが張られており、外部への連絡は途絶されている。

此れには共に数々の修羅場を潜り抜け、彼を精神的支えにしていた者にとっては些かな不安の種だ。

 

「フンッ。あんなヤツがいなくとも私達がいれば大丈夫だ! なぁ、一夏!」

 

「お、おう」

 

心配ないと声を挙げる箒に頷く一夏だったが、其の隣では簪が「・・・どーだか」と冷ややかな目をする。

其れが気に喰わなかったのか、「なんだと!」と憤る箒を鈴とセシリアが「まぁまぁ」と仲裁に入った。

 

「それで織斑先生、一体どうされるおつもりなんですの? まさか、このまま手をこまねいているおつもりで?」

 

「ふん・・・言うようになったな、オルコット。お前達、専用機持ちに集まってもらったのは他でもない。ある重要な任務に就いてもらう為だ」

 

「重要な任務?」

 

「はい。これから織斑君、篠ノ之さん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんはアクセスルームへ移動してもらい、そこでISコア・ネットワークを経由した電脳ダイブをしていただきます。其の時、更識さん・・・簪さんには皆さんのバックアップをお願いします」

 

『電脳ダイブ?』と山田教諭の言葉に皆は顔を見合わせる。

まるでSF映画や漫画の様な話であるが、ISには操縦者個人の意識をISの同調機能とナノマシンの信号伝達により、ISの操縦者保護神経バイパスを通して電脳世界へと仮想可視化して侵入させる事が出来る機能を有している。

此れによって操縦者自身が直接ネットワーク上のシステムに干渉する事が可能となるのだが、電脳世界へ入っている間は操縦者が無防備になる為にあまり活用されていない機能なのだ。

 

「今回の作戦は、電脳ダイブによるシステム侵入者の排除だ。やれるな、お前達?」

 

「でも、千冬姉・・・それは・・・ッ」

 

「今回の男手ではお前一人だ。一夏、お前の手で皆を守ってやれ」

 

前回のゴーレムⅢ事件での失態の事があるのか。浮かない顔をする一夏に千冬はそっと耳打ちをする。

其れに応える様に「ッ・・・あぁ、わかったぜ。俺が皆を守るんだ!」と気を取り直した一夏は皆を連れてアクセスルームへと向かった。

 

「さて・・・更識、お前には別の任務に就いてもらう」

 

「はい。何なりとお申し付けください」

 

一夏達を見送った千冬は側で控えていた楯無に彼等とは別の任務を与える事となる。其れは、学園の防衛システムを停止させた敵とは違う別の敵対勢力の対処だ。

けれども何故に其の様な勢力が襲って来るのか。其れは単衣に先のゴーレムⅢ事件とキャノンボール・ファスト襲撃事件で挙げた戦功が大きく関わって来る。

 

「ヤツらの目的は、この学園に安置されているゴーレムⅡとゴーレムⅢのISコアだろう。何処の国でもISコアは喉から手が出る程の代物だ。こんな機会逃しはせんだろう。厳しい防衛戦になるとは思うが・・・本来ならお前達生徒を戦場に立たせるなど、あってはいけない事だ」

 

「織斑先生、ご心配には及びません♪ 『適材適所』、織斑先生にもやるべき事があるのでしょう? それに・・・」

 

「それに、何だ?」

 

「これぐらい、あのヤンチャな後輩に比べれば大した事ないですから♪」

 

其の言葉を聞いて「確かにそうだな」と千冬は静かに笑みを浮かべた。

確かに今まで色々な敵が此の地に現れた。しかしてそんな襲撃者達よりも暴れ回る輩が学園サイドには居たのである。

敵よりも手を焼かせる味方とは此れ如何に?

 

そんな訳で楯無はオペレーションルームから出ると大きく深呼吸して息を整える。

そして、僅かな足元の非常灯のみが灯る暗闇の中で自らの専用機を蝶が羽を広げる様に展開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが此の時、此の襲撃事件が今まで起こった事件の中で最も血を流す事になろうとは・・・誰も予想だにはしていなかった。

 

〈さて・・・無礼な”豚”は何処かな?〉

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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127話

 

 

 

専用機所有者達一行は山田教諭の案内によってアクセスルームへとたどり着いた。

室内へ入ると白一色で左右に五対、計十台のベットチェアがあり、部屋同様の白い其れらはまるでヘアサロンの様にも見える。

 

「思ってたよりも、なんか・・・しょぼいわね」

 

「・・・本当にここから電脳世界って場所に行けるのかな?」

 

電脳ダイブとSF染みた事を此れから行うには似つかわしくない部屋に木霊するのは、鈴の率直な感想とシャルロットの疑問符。

此の二人の言葉に残りの皆も沈黙しつつ、心の中では「確かに・・・」と同意の意を述べた。

 

「と、とにかくだ。さっさとその電脳世界に行って、システムを復旧せんとな!」

 

「でも・・・どうやって? 山田先生・・・私達を案内した後に慌てて出ていっちゃったし・・・」

「―――――大丈夫ですよ、簪御嬢様」

 

簪の当然の疑問符に答えた声へ皆が振り返る。

見れば、其処にはのほほんとしたクラスメイトと顔立ちの似た眼鏡生徒が佇んで居るではないか。

 

「虚さん・・・どうして? 本音は・・・大丈夫なの?」

 

「私もバックアップメンバーとして御嬢様・・・更識会長の指示でやってまいりました。あの子は「私、ふくたいちょーだから!」とワルキューレ部隊の皆さんの所へ」

 

「それよりもッ」と話を切り上げた虚は皆にベッドチェアへ体を預ける様に指示し、簪と共にバックアップ用のディスプレイが並ぶデスクへと移動する。

一方、ベッドチェアへと横たわった専用機持ち達は彼女に指示されたように所有する専用ISをベットチェアの脇にあるコネクタへ接続し、ソフトウェアを優先処理モードへ変更した。

 

「因みにだけど・・・電脳世界って、どういう所かしら?」

 

「鈴さん・・・これは遊びじゃないんですのよ?」

 

「わかってるわよ! でも、こんな事めったにないんだから・・・わかるでしょ、ラウラ?!」

 

「え・・・・・あ・・・あぁ、そうだな・・・」

 

鈴の無茶な同意振りに戸惑うラウラだったが、其れにも増して何処か様子がおかしい。まるで『心ここにあらず』である。

 

「ラウラさん、どうかしましたの? まさか、おかげんが・・・」

 

「い、いや。大丈夫だ、問題ない。ただ、ただな・・・」

 

「ただ・・・何よ、気になるわね。まっどーせ、春樹の事でしょ?」

 

「うぐ・・・」

 

其の言葉が図星だったのか。渋そうな顔を晒すラウラにやれやれとセシリアが溜息を漏らす。

 

「ったく、しょうがないわね。なら、春樹が帰ってくる前にちゃっちゃとこんな事終わらせて、みんなでなにか美味しいものでも食べましょ。勿論、春樹のおごりでね!」

 

「良い考えですわ。乙女に心配をかけさせた当然の報いになりますわね」

 

明るい声の二人に「まったく・・・不謹慎だぞ、二人とも!」と箒の諌言が響き渡る。されど其の二人に意外にも一夏が同調した。

 

「まぁ、そう言うなって箒。俺も清瀬に一泡吹かせるつもりなんだからな。それに・・・なにかあっても俺が皆を守ってやる!」

 

「一夏・・・」

 

「だってさ・・・どうするのよ、箒?」

 

「しょ、しょうがない! やってやろうではないか!!」

 

若干白け眼の簪を余所に皆の気分が盛り上がって来た調度其の時、「皆さん、其処までです」と虚の声が上がる。

 

「準備が出来ました。あとはこちらでバックアップをしますので、皆さんはシステム中枢の再起動に向かってください。それでは、御武運を・・・!」

 

『『『了解ッ!』』』

 

全員の返事を虚と簪は学園システムへの接続を行う。

其の瞬間、六人は落ちるようで吸い込まれるような不思議な感覚に包まれながら意識を奥深く迄沈み込ませた。

 

「みんな・・・がんばって」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ・・・此処は・・・・・?」

 

再び浮かび上がって来た意識と共に一夏達は目を開ける。

すると自分達が辺りは星を散らしたかのような煌めきが浮かぶ宇宙空間の様な場所に立って居る事が理解できた。

 

「綺麗・・・」

 

「なんだか幻想的な場所だね」

 

自分達を囲む状況にセシリアとシャルロットは目を輝かせるが、一方で鈴は「だけど・・・ッ」と訝し気な表情である方向を睨む。

見れば其処には扉が六つ、此方へ手招きする様に光り輝いているではないか。

 

「ふむう・・・この展開は知っているぞ。この扉を通らなければ、次に進めないようだな。それにこの扉のどれかがシステム中枢に繋がっていると見た!」

 

「ゲームのRPGかよ。でも、なんでこんなものが・・・?」

 

「初めからあったか・・・それとも、私達の存在に気付いた”侵入者が出現させた”? どちらにしても、私には見え透いた罠にしか見えんな」

 

「でもラウラ、どうするのさ? 箒の言うように扉の先へ進まないとダメなんじゃないのかな?」

 

「しかしだな・・・ッ」

 

光り輝く扉に警戒するラウラだったが、罠を危惧して膠着した所で今の状況が変わる訳がない。

彼等にそんな猶予は許されてはいなかった。

 

「んー、考えたって始まらないわ! 全員で一つ一つ突破するよりも、ここは手分けして扉に入って行くしかないんじゃない?」

 

「そうですわね。鈴さんの意見に賛成ですわ」

 

時間の猶予も限られている事もあり、ラウラも渋々此れを了承。

皆は互いの目を合わせて大きく頷くとそれぞれの扉の前へと立った。

 

「それじゃあ皆、せーので行くぞ」

 

『『『せーのッ!』』』

 

そして、皆は一斉に白く光る扉を一斉に開ける。

すると扉の名からは閃光が放たれるや否や、其の光は六人の身体を包み込んだのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

外は天晴青空快晴。

・・・にも拘らず、学園内は陽の光が遮られた暗闇の中。灯っているのは非常灯の赤い電灯、けたたましく鳴っているのは非常ベル。

其の異様な状況下でもダウンした学園のシステムから独立した監視カメラはせっせと自らの務めを果たす。

しかし・・・彼らが映しているものにはある違和感があった。其の違和感とは、止まっている筈の風景が若干動いているかの様なのである。其れも歪な人の形をしているのだ。

例えるならば、透明になっている『プレデター』であろうか。

 

「ふーむ・・・」

 

そんな迫り来るであろうプレデター達を前に楯無は扇子を顎にやって唸っている。

大方、襲撃者達の使っている装置は周囲風景を投影し、迷彩効果を発揮させる”光学迷彩”であろう。

此の様な最新装備させた特殊部隊を惜しげも無く突入させる事が出来る国が幾つあるだろうか。

楯無の脳裏に浮かんだのは主に数ヵ国。其処からある条件で絞り込みを掛けるとたった一つの答えを導き出す。

 

「まぁ・・・そうでしょうね。”かの国”が一番ISコアを欲しているでしょうから♪」

 

答えを導き出して得意げに口角を引き上げた楯無だったが、傍から見ればただ突っ立てるだけの的でしかない彼女に向け、襲撃者達は小脇に抱えた銃口を差し向けた。

銃口の先にはサイレンサーが装備されていた為、銃撃とは思えないダンスのステップの様な小粋なリズムと共に弾丸達は一直線に彼女の体を食い破らんと突き進む。

 

「・・・フフッ♪」

 

だが、標的となっている筈の楯無は余裕そうに笑みを溢す。

何故に彼女がこんなにも余裕でいられるのか。其れは実に簡単な事である。

 

『『『!?』』』

 

放たれた弾丸達は楯無が予め空中散布していた自身の専用機『ミステリアス・レイディ』のアクア・ナノマシンの御蔭で時が止まったかの様に停止した。

SE節約の為にISを完全展開せずとも、通常兵器の弾丸程度なら問題はない。簡単に遮る事が出来るのだ。

 

「どう? 私ってばマジシャンみたいじゃない?」

 

「くッ・・・!」

 

目の前で起こった現状と楯無の余裕の表情に対し、襲撃者達は動揺しつつも防御隊形に陣形を変動する。

しかし、其れをそう易々と見逃す彼女ではない。

 

「貴方達の姿・・・見てみたーいなッ♪」

 

『『『ッ!!?』』』

 

楯無がパチンッと指を鳴らした刹那。

ズドォオーンッ!!と、ナノマシンを発熱させる事で水を瞬時に気化させ水蒸気爆発を起こらせる技『クリア・パッション』で襲撃者達の光学迷彩諸共廊下を発破して破壊した。

 

「うッ・・・うぅ・・・!!」

 

「よいしょっと・・・ッ」

 

アクア・ナノマシンの爆発攻撃によって光学迷彩はおろか意識まで渾沌させられてしまった襲撃者達の手足を楯無は丁寧に丁寧に特殊ファイバーロープで縛り上げる。

そして、襲撃者達から没収した装備を脳内にある”答え”と照らし合わせながら答え合わせを行った。

 

「やっぱり・・・予想してた通り相手はアメリカの連中ね。でも、流石に彼等でも外部からIS学園のシステムをダウンさせるのは難しい筈・・・・・なら、一体誰が?」

 

学園校舎内に侵入して来た襲撃者達を倒した事で、楯無には考えを張り巡らして予想する余裕が出来た。

しかして此の余裕は慢心となり、敵に浸け入られる油断となってしまった事を―――――

 

ズダンッ!

「・・・・・えッ・・・?」

 

―――耳に響いて来た銃声によって理解した。

だが、理解した所で所詮は後の祭り。今まで経験した事のないような激痛と熱さが脇腹を襲う。

 

「ッ、うぁ・・・ッ!!?」

 

其の余りの痛みに楯無は思わず体勢を崩して跪いた。

痛みが奔る脇腹を触ってみれば、手にはベットリと赤い体液がついたではないか。

「ヤバいッ・・・!」と彼女は急いでミステリアス・レディを完全展開しようと扇子を握る。

けれども、其の隙さえも敵は与えてはくれない。

 

ズダン!

「ぃッ・・・!!」

 

粉塵舞う暗闇の奥から飛び出した鉛玉が扇子を握る楯無のか細い掌を食い破った。

其の狙撃の衝撃によって彼女は扇子を取りこぼしてしまう。

無論、急いで落としてしまった扇子に無事な方の手を伸ばすが―――――

 

「―――――今だ、確保しろ」

 

「ぐッ・・・!」

 

静かな男の声と共に後方に第二陣を敷いて息を潜めていた特殊迷彩が施された大勢の屈強な兵士達が重傷を負った楯無目掛けて雪崩れ込んだ。

 

「フンッ・・・随分と手こずらせてくれたな、ロシア代表」

 

彼等は床へ彼女を押し付けて制圧すると、ある一人の兵士が口を覆っていたマスクを外しながら忌々しそうに呟くが、其れでも楯無は減らず口を叩く。

 

「はぁ・・・はぁ・・・ッ! 私ってば、どう・・・なっちゃうのかしら?」

 

「喋るな。日本からロシアへ鞍替えした尻軽と言っても、貴様は貴重なサンプルだ。当然、貴様も貴様のISもモルモットになってもらう」

 

男の言葉に彼女は悔しさの余りギリリと歯を食いしばるが、其れを舌を噛み切って自決しようとする行動だと勘繰られてしまい、楯無は兵士によって口を無理矢理抉じ開けられて自殺防止の猿轡を無理矢理嵌めさせられた。

 

「大事なサンプルだッ、絶対に殺すなよ」

「止血を急げ」

 

「むッ、む―――――ッ!!」

 

彼女は襲撃者達からの魔の手から何とか逃れようと暴れ回る。

されどISを使わなければ彼女は一介の非力な少女。自分よりも何倍も力のある兵士達によってあれよあれよと云う間に拘束される。

 

「ッ、大人しくしろ!」

 

「ッ!?」

 

そんな尚も暴れる楯無が癪に障ったのか。一人の兵士が彼女の頬へバキィ!と拳を入れる。

其れはかなり手加減されたものではあったものの、彼女のきめ細かな白い肌を青くするには充分であった。

 

「う・・・うぅ・・・ッ・・・」

 

自分の僅かな油断によって陥ってしまった窮地に楯無は悔しさの余り目を涙で濡らす。

きっと此の襲撃者達は自分を捕縛した後、電脳ダイブによって無防備となった専用機所有者達を狙うであろう。

其れだけは・・・其れだけは防がなければならぬ。

 

「(誰か・・・・・誰かッ、助けて・・・!!)」

 

されど願った所で彼女が待ち望むような白馬に乗った王子様などやって来る訳がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・精々、やって来るのは―――――

 

ズドォオーンッ!!

『『『ッ!!?』』』

「・・・ふぇ?」

 

―――――重苦しい防壁シャッターを破って現れた鉛色の鎧を纏う灼眼独眼の”鬼”ぐらいであろう。

 

ヴぇろぉお”ぁア”ア”阿”ぁア”ア”ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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128話

 

 

 

―――――『メロスは激怒した』

昭和を代表する作家の一人、太宰 治の著『走れメロス』に出て来る有名な一節じゃ。

じゃけども、何でメロスは激怒したんじゃろうか? 其れは彼が王の暴虐ぶりを人づてに聞いたからに他ならん。

其の後、暴君の残酷ぶりを聞いてブチ切れたメロスはナイフを持って王の元へ乗り込んで行く事で物語が動き出すんじゃ。

・・・冷静になって考えてみると、メロス短気過ぎじゃね?

人づてに暴君の残虐ぶりを聞いて憤慨するんは別に構わん。じゃけど其れでブチ切れて、すぐに単身王宮へ乗り込むって・・・・・阿呆と違う?

そねーな事する前に結婚式を控える妹の元へ帰ってやれーや。其の結婚式の準備の為に王都へ来たんじゃろうがな。

 

・・・じゃけれども、逆に考えてみればメロスは其れだけ正義感が強い男じゃという事じゃ。顔も名も知らぬ暴君の被害者達の無念を必要以上に痛み入る事が出来る共感能力が高い優しい人間じゃーいう事じゃ。

”ヒーロー”云う存在は大抵こねーな輩ばっかりじゃろう。自らの危険を顧みずに大義を成そうとする良くも悪くも自分勝手な種類の人間じゃ。そう・・・あの織斑の様に。

野郎は大して親しくもない他者の痛みを自身の痛みの様に感じ、憤慨し、其れを改善しようと行動する事の出来る人間じゃ。

じゃけん野郎には其の大徳に見合った”人気”がある。おまけにイケメンとくれば、何をしても何をしようとも黄色い悲鳴がキャーキャー巻き起こるじゃろうな。

其れに異常な状況下へ放り出されてもすぐに適応する能力も持っとる。

 

そんな皆のヒーロー織斑くぅんに対して俺はどうじゃ?

荒事や災い事があっても其れが自分の周囲の事でなけりゃあ対岸の火事と捉え、傷付きたくない一心で事なかれ主義を貫かんとする。加えて、俺は癇癪持ちの捻くれ者で放り出された環境下にすぐに適応する事も出来ん。

ホンマ、野郎とは比べる間でもねぇくらい・・・まるで月とスッポン並みに大違いじゃわぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・じゃけど・・・じゃけどなぁッ・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ、なんだ!?」

 

こねーな俺でも・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むッ、むぅ―――――!!」

 

”吐気のする悪”は、わかる・・・ッ!

 

阿”ッ?

何やっとるんじゃ、オメェら?

・・・ブチッ

 

何を寄って集って血に濡れた更識の躰を組み敷いとるんじゃ?

・・・ブチブチ!

 

何を口に物を咥えさせて、そいつの綺麗な顔に青紫色の腫物を付けとるんじゃ?

・・・ブチブチブチィッ!

 

フザケた事やってんじゃねぇーぞ、テメェら此の野郎共ッ!!

ブッチンッ!!

 

「ヴぇろぉお”ぁア”ア”阿”ぁア”ア”ッ!!!」

 

此の時、俺の中で何かが引き千切れる様な音が轟く。

じゃけど、そねーな事は今はどうでもエエ。

今、俺がやるべき事・・・其れは―――――

 

「どいつもこいつも有罪じゃ!!」

 

―――コイツら全員を半裂き八つ裂きにする事だけじゃ!!

 

〈・・・さぁ、”惨劇”を始めようか? ハルキッ?〉

 

其ん時、久々に聞いた”男”の声が・・・酷く馬鹿に頭へ響いた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

IS統合対策部製作の新型EOS、Jp式自動装甲機動甲冑兵器『義月一型』。

謳い文句としては、今まであった既存EOSの持っていた問題点を払拭した機体と言っても良い。

あってないようなパワーアシストと重すぎるバッテリー問題は大幅に改善。

生身の身体が露出する事に関しては全身装甲甲冑にし、装甲版を軽量化する事で防御力問題と重量問題を解決。

他にも改善された点は多々あるのだが・・・一方でデザインは、流石はヲタクが集まって製作したと云える程に偏っていた。

モデルデザインは『機動戦士ガンダム』からジオン公国軍主力量産機である『ザクⅡ』を主とし、其処に『コードギアス』からKMFの推進機関であるランドスピナーや基本兵装であるスラッシュハーケンを付け加え、更に此れに『装甲騎兵ボトムズ』から仮想戦闘データ等を読み込ませた。

正に「ぼくのかんがえたさいきょーのEOS」として誕生した、してしまった義月一型。

 

「ヴぇロロロォ・・・ッ!」

 

其の姿は異形と呼ぶに相応しかった。

一本角が生えた頭部を覆うフルフェイスマスクからは赤いモノアイが怪しげに灯り、全身はカラーリングが未だ施されていない為、ガンメタリックカラーが鈍い光沢を有している。

 

「な・・・なんだッ!?」

「どこから湧いて出た?! あの方向には守備隊を置いていた筈ッ!」

 

そんな絵本から飛び出して来たキャラクターかの様な義月に襲撃者である流石の米軍特殊部隊員達にも思わず動揺が走った。

しかして彼等の心への撃侵は此れだけに留まらない。

 

「ゲヴぇロぁアア阿ぁアアアッ!!」

『『『ッッ!!?』』』

 

何を隠そう試作試験機である義月一型を纏っているのは、あの学園のバーサーカーとして名高い清瀬 春樹なのだ。

彼は大凡とても人の声とは思えない絶叫を轟かせながら脚部のランドスピナーを高速回転させて突貫を仕掛ける。

其の雄叫びと動作行動に特殊部隊員達に再び激震が走った。

 

「ッ、全体撃てぇ!!」

 

無論、彼等は動揺はすれども流石は米軍の精鋭兵か。一糸乱れぬ動きでサプレッサー装着のアサルトライフルを構えて一斉射撃を行う。

タタタッタン!と、ダンスのステップの様な銃声と共に銃口から発射された銃弾は一直線に義月の鉛色の装甲版へ向かって飛んで行く。

 

「ウだら阿ぁアアアッ!!」

「「ゲべぁあッ!!?」」

 

『『『なッッ!?』』』

 

されども此れで止まる銀飛竜・・・いや、”鬼”春樹ではない。

学園ゲート前の拠点制圧を行った時の様に自分へ飛んで来る銃弾を物ともせず、突貫射線上に居た兵士二人へ体当たりした。

タックルされた二人はメキャメキィッ!と生々しい音を発しながら他の兵士達を巻き込んで後方にあった通路壁へ強く身体を打ち付ける。

 

「阿”羅羅羅ぁアアいぇえあッ!!」

「げぇえあッ!!?」

 

そして、春樹は其のまま手当たり次第に強く握り締めた鉄の拳と鋼の脚をフルパワーで振るい捲る。

しかも唯無茶苦茶に拳や脚を振るっている訳ではない。

 

「な、なんだ・・・・・ッ・・・!!?」

 

ひとたび拳を振り被れば、振り被った腕の肘が背後から奇襲を仕掛けようとした兵士の顎を砕き、其のまま拳を振るえば、必ず彼らの何処かの骨ごと体内の臓腑を圧し潰す。

ひとたび脚を振るえば、肉を抉る様な一撃と共に必ず兵士共を藁の様に薙ぎ倒した。

 

「なんなんだこれは・・・ッ!!?」

 

目の前で起こる理解しがたい凄惨な状況に此処まで兵士達を率いていた『班長』は目を剥く。

 

「(兵士達が、同胞達がッ! 戦場を跋扈し、砲火を疾駆した百戦錬磨の我ら『アンネイムド』がッ・・・! まるで藁の様にッ、虫けらの様に!!)」

 

勿論、兵士達は棒立ちのまま殴られ蹴られていた訳ではない。

ある者はライフル弾を使用したアサルトライフルやショットガンを超至近距離で発砲し、ある者は鎧の隙間を縫ってサバイバルナイフを突き刺した。されど・・・此れが止まらぬ。

彼等の撃った銃弾は確かに弱い部分の装甲版を突き貫いては肉を抉り、斬撃は肉の筋を綺麗に切り裂いては血を床へ流させた。

だが、止まらぬ。止まる訳がない。

 

「ッ、ゲボェえええええ!!」

「ッ!!?」

 

時折、春樹は襲っては襲い来る兵士達に向かって嘔吐を吐き散らす。

高速格闘と高速移動によって胃の中がシェイクされ、最悪な気分となって口から出る。

其の最悪な吐気が余計に春樹の逆鱗へ触り、彼の暴虐に拍車をかけた。

 

「(眼前の・・・何だかよくわからんッ・・・いやッ、コイツは一体・・・・・本当になんだッ!!?)」

 

班長は自分でも気付かぬ内に迫り来る目の前の春樹に釘付けとなり、額から玉の様な脂汗をたらーりたらりと流しつつ恐怖する。

・・・一方で、そんな彼と同じ様に春樹へ釘付けとなっている人物が居た。

 

「(な・・・なに・・・一体、なんなの・・・?)」

 

未だ手足を拘束され、口に猿轡を咥えさせられた楯無である。

彼女は突如として現れた鉛の鎧を纏う夜叉に目を奪われた。だが、米軍特殊部隊員達が突然抱え込まされたような不安感や恐怖心を楯無は抱く事は不思議となかったのである。

「何故か?」と問われれば、彼女は戸惑っていた事だろう。けれども、何故か此の正体不明の夜叉に只ならぬ”安心感”を抱いたのだった。

楯無は無意識ながらも理解していたのだろう。あの一つ目モノアイの下には、あの小生意気な後輩のしかめっ面がある事を。

 

「・・・・・グルルルァアッ・・・!」

「ッ!?」

 

粗方の兵士達を再起不能にした夜叉はギョロリッと遂に残った班長達へ灼眼を向け、血と折れた歯が付いた拳をゴキゴキと鳴らした。

 

「・・・逃げろ・・・ッ」

 

「は、班長?」

 

「いいから逃げろッ、撤退だ! 責任は私が持つ!!」

 

『戦ってはならない』と班長は本能から理解できた。

目の前に居る此の”化け物”は、腕が千切れようと足が捥げようとも必ずや自分達の喉笛を喰い千切って来るだろう。

 

改めて任務を確認しよう。

米軍特殊部隊『アンネイムド』の今回の目的は、IS学園へ所蔵されているゴーレムⅡ・Ⅲから回収された未登録ISコアと二人の男性IS適正者が所有している専用機を強奪であるI。

だが、最早任務を続行するには不可能な状況に陥られてしまった。先行して突入した”隊長”には申し訳ないが、これ以上の被害を出す訳にはいかない。

 

「ッ、ですが班長! このロシアの女狐だけで―――――」

 

班長の意見に反論しようとした部下の一人が其処まで言葉を続けた後、急に押し黙ってしまった。

此れは何故か? 答えは簡単―――――

 

「うッ、げ、ゲぇ・・・!!?」

「ッ、ディアボロⅡ!!」

 

其の喧しい口の中に重々しい色をしたスラッシュハーケンを突っ込まれてしまい、其の射出された錨の勢い其のままで壁へ叩き付けられたからだ。

 

「阿”ぁ”ア”ッ・・・・・!」

 

「ッ、な・・・なん、なんだ・・・・・」

 

「・・・ウッバッしゃぁア”阿”ア”ア”ア”ッ!!」

 

「なんなんだッ、お前はぁあああああああッ!!」

 

暗い暗い赤い非常灯しか光が灯っていない空間に響き渡る誕生以来変わらぬ銃撃と閃光と硝煙の香り。

しかして・・・其れも永遠には続かない。

やがて瞬く銃声と火花が終わる頃には、酷く生々しい嫌な音が小さく暗闇へ木霊したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はグロに挑戦しようと思います。まぁR‐18Gにはならないので軽いお気持ちで。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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129話

 

 

 

―――非常灯の薄明かりが灯る薄暗いIS学園校舎内。

其の通路の真ん中で佇む者が一人。

 

「・・・破阿―――――ッ・・・・・・」

 

鉛色の強化外骨格を纏いし”夜叉”の身体は、非常灯の光と其の身からポタリポタリと滴り落ちる血によって赤く濡れている。

其の滴る血は鎧の下から流れる彼自身の血でもあったが、其の殆どが周囲へ骸の様に転がる兵士共の返り血であった。

 

「あッ・・・ぁあ・・・!」

 

そんな骸の山の中から浅い息を吐きつつも這いつくばり、すぐ傍に転がる九㎜拳銃へ手を伸ばす。

だが―――

 

「・・・おりゃ」

「ッ、ぐぁアアッ・・・ッ!!」

 

其の手の上に夜叉は自分の足底を置き、其のままゆっくりと踏み抜いた。

メキメキィッ・・・と、実に生々しい音と共に苦し気な断末魔が木霊する。

しかして夜叉の鞭打つ行為は此れに留まらない。

 

「よい、しょっと・・・」

「ッ―――――!!」

 

彼はしゃがみ込んで兵士の髪をむしり取る勢いで掴み上げると、其の頭部を有らん限りの力を使って床へ叩き付けた。何度も、何度もだ。

 

「あ・・・あがが・・・ッ」

 

「・・・ふ~ッ」

 

グシャグシャに兵士の頭蓋骨へ茹で卵の殻の様にヒビを入れた夜叉は、鼻で一息吐きつつ兵士が手にしようとしていた九㎜拳銃を拾い上げるや否や、ズダンッ!と彼の手足に向けて発砲。骨の悉くを撃ち砕いた。

 

「ふーッ、ふーッ・・・!!」

 

そんな死人へ鞭打つ様な凄惨行為をする夜叉を前に楯無は息を荒らげる。

猿轡を噛まされている為、声を出す事は出来ないが、口の中に溜まった唾液が顎を伝って落ちた。

 

「・・・阿”?」

 

「ッ!?」

 

其れに気付いたかどうかは解らぬが、夜叉は壁側で縮こまる楯無へギョロリと血に濡れた独眼を差し向けて歩み寄って行く。

 

「破―――・・・よっとッ」

「うッあ!?」

 

夜叉は縮こまる彼女に顔を近づけると、溜息を吐く声と共に未だ脇腹から血が流れる楯無を米俵でも持つ様に担ぎ上げた。

余りの突然の事に彼女は最後の力を振り絞り、身を捩って暴れるが夜叉はガッチリと拘束を解く事はない。

 

「うぅッ!!」

 

そして、彼は少し離れた場所まで楯無を運んでゆっくりと床へ腰を据えるや否や、彼女の着ている上半身の制服を酷く乱暴にビリリッと引き剥がす。

遂に最早これまでかと覚悟する楯無を余所に夜叉は血を拭った自身の鉄の指先を彼女の傷穴へ突っ込んだ。

 

「ッ、あ”ッ、あぁ!!?」

 

無論、グチャリグチャリと傷口を引っ掻き回されている為に激痛が身体を奔る。

 

「よし。弾は抜けとるし、内臓にもダメージはいってねぇ。出血も言うほど大した事ぁねーな。手の方も軽い方・・・か? まぁ、一応は止血じゃ。ちぃとばっかしみるぞ」

 

そんな激痛に身悶える楯無の二つの傷口へ、夜叉は何処からか取り出した青白い弾頭を押し込むと一気に其れを破裂させた。

 

「ッ、あ”ぁ”!!?」

 

するとまたしても鋭い痛みが傷口に響き渡る。

唯、先程と違って痛みと共に刺す様な冷たさが同時に襲い掛かったのだった。

 

「あ、そうじゃそうじゃ。そう言やぁ、口に噛まされとったなぁ。外しちゃらぁ」

 

と、此処で夜叉は漸く楯無が噛まされていた猿轡をブチリと切ってやる。

猿轡から解き放たれた事で「はぁッ、ハァッ!」と彼女は荒らげた呼吸で酸素を肺に入れた。

其の様が過呼吸気味に見えた為に夜叉は「焦るな。ゆっくり息せぇ」と楯無の背中を擦りながら手足へ嵌められていた拘束具を引き千切る。

 

「ハァッ・・・ハァ・・・あ、あなた・・・ッ、一体・・・?!」

 

「阿? あぁ、こねーな兜被っとたら解りゃあせんか。ほれ」

 

「な・・・・・ッ!!」

 

そう言って独眼の兜を脱いだ夜叉に彼女は目を丸くする。

何故ならば其の無骨で恐ろし気な面当ての下にあったのは、自分の良く知るあの小生意気な後輩の顔があったからだ。

 

「き、清瀬くんッ? あ・・・あなた・・?!」

 

「遅れてすまんかったな。後、詳しい話は後にしようやぁ、会長。今は傷に障るけん、大人しくしょーれや」

 

夜叉・・・春樹は金の焔を両目から零しながら氷結弾によって凍結した楯無の銃傷へ簡易的な手当てを施すと、何処からともなく今度は注射器を取り出す。

勿論、其の何処からともなく取り出した注射器に彼女はギョッとしてしまうが、春樹は「心配せんでええ、アイツ等からかっぱらったモルヒネじゃ」と随分軽い口振りで其れを何の躊躇も容赦もなく楯無の柔肌に突き刺した。

けれども・・・

 

「あッ・・・あれ?」

 

其のモルヒネが身体に回った途端、彼女の意識は急に昏迷へ陥ってしまう。

「しもうた、分量間違うた」と春樹が気付いた頃には既に時遅し、フッと楯無は意識を手放してフラッと頭を彼へ預ける。

 

「・・・まぁ、ええか。此れで酷いものを見せんで済まぁ」

 

春樹は自分の胸中でくぅくぅ寝息を点てる楯無を寝かせると、彼はすくり立ち上がるや否や、あの血に濡れた独眼の一本角兜を被った。

そして、再び屍骸の様に転がる兵士たちの前へと立つと語り掛ける。

 

「さて・・・米国人(アメリカーナ)、まだ息があるだろう?」

 

春樹そう冷淡な口遊みと共にアンネイムドの班長の腹目掛けてドガッ!と蹴りを放つ。

其の蹴りによって此の場を死んだふりで乗り過ごそうとした連中の背筋が凍り、班長は血の混じった胃液を「うげぇッ!」と床へぶちまけた。

 

「お前らアメリカーナが此処に来たって事は、大体の理由の察しが付く。・・・が、一応は理由を聞こうか。此処へ何しに来たよ、アメリカーナ?」

 

「き・・・貴様、一体・・・何―――――」

 

「―――者だ?」と班長が口を開く前に春樹は彼の肋骨を踏み折る。

ボキメキィッ!と嫌な音と一緒に再び血の混じった胃液を吐き散らす班長。

そんな躊躇も容赦もない春樹の行いに兵士達は再び背筋を凍らせる。

 

「質問を質問で返すんじゃあない。・・・まぁ、良い。お前らが此処に来た理由は大方の予想は着く。しかしだ・・・此処まで入って来れたと云う事は、お前らを導いて来たIS乗りが居る筈だろう? 何処に居る?」

 

「言うと・・・・・思うか・・・ッ?」

 

春樹の言葉に班長は口から血を垂らしながらニヤリと微笑む。

 

「・・・そうかい、流石はアメリカーナの精鋭兵だ。其の忠義に免じて見逃してやろう・・・・・と思ったが、ダメだな」

 

「だ、ダメ・・・?」

 

「応・・・あんなのでも一応は私達の代表だからな。其の代表を慰み者にしようとしやがった。さて、此の責任・・・・・どう取らせてやろうか?」

 

「ま、待ってく―――――」

 

最後まで言葉を紡ぐ前に彼は班長の額へ兵士共から奪ったナイフを差し向ける。

其の様に背筋の凍る兵士共の額へ今度は脂汗がガマの油の様にたらーりたらりと流れ出た。

 

「大丈夫だ、殺しはしないさ。しかし・・・貴様達は”殺して欲しい”と”私”に懇願するだろうがな」

 

「あ・・・アぁッ!!」

 

「さて・・・”剥ぐ”か」

ガリィッ・・・!!

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

地下にある無人機ゴーレムⅡ並びにゴーレムⅢのISコアが所蔵されている保管室前。

非常灯しか明かりのない薄暗い通路の其処でガギィイッン!!・・・と、鋼を打ち付ける火花と瞬きが響き渡る。

 

「(何なんだッ・・・・・何なんだ、この”女”は!!?)」

 

アメリカが所有するステルス使用IS『ファング・クエイク』を駆る米国軍特殊部隊アンネイムドの”隊長”は困惑していた。

 

IS学園の地下区画にて行われている世界最強の兵器と”生身の人間”による戦闘。其の戦闘が開始してから一体幾何かの時間が経ったであろうか。

上記の此れだけ見てみれば、まず間違いなく兵器・・・の方が勝つに決まっている。

しかして―――――

 

「ふふッ・・・!」

「クッ・・・!!」

 

彼女が相手にしている生身の人間は、ISハイパーセンサーで捉えられぬ程の高速剣戟を放って来るではないか。

其の剣戟の威力並びに技量の高さに隊長である女は驚嘆した。此れが人の為せる技なのかと。

しかし、今回ばかりは相手が悪いと内心では思っていた。

何故ならば、此の斬り付けて来る相手・・・初めてこの世界で『最強』の称号を賜り、世界の頂点に立った女・・・ブリュンヒルデ、『織斑 千冬』であったからだ。

アンネイムドの隊長は彼女が現役を引退した後、ドイツ軍のIS部隊の教官をしていた事は知っていた。そして、任期満了に伴い、日本に戻ってIS学園の教師をしている事も知っていた。

しかも今やかつての相棒である専用機もない。

最早、唯の人に戻ったのだろうとばかり思っていた。・・・しかし、憶測はあくまでも憶測に過ぎない。

実際、目の前にいる女は生身でISと戦っている。其れも互角にだ。

 

「ッ!!(何故ハイパーセンサーで捉えきれんッ?!!)

 

捉えきれないというのは些か語弊がある。センサーに反応はするのだが、自分が感知した時には既にその場に居ないのだ。

 

「ハッ・・・ぐぅッ!!?」

 

其れでも何とかアンネイムドの隊長は千冬からの斬撃を受け止める。

IS絶対防御に守られている為、自分が傷を付く事は無い。しかし、衝撃を押し殺せないのだ。

だが・・・其れももう終わりである。

 

「ふむ・・・?」

 

千冬がチラリと自身の刀を見れば、其の刃は刃毀れを起こしているではないか。

其れも其の筈、絶対的な兵器であるISを幾度となく斬り付けているのである。刃はボロボロになって当然。もう既に四本の刀が刃毀れしており、其の両手に握った刀もボロボロである。

千冬は其の両刀を地面に突き刺すや否や、腰に携えた新たな刀を再び抜き放つ。

シャランッ・・・と鞘から刀身が抜き放たれる際に聞こえた音色と其の得物を持つ千冬の姿が見事なまでにマッチしている。

全身黒いボディースーツという異様な姿ではあるが、正に其の姿は『サムライ』であった。

 

「ッ、いい加減にしてもらおうか・・・!」

 

「ん・・・?」

 

「何だ、お前喋れたのか?」と千冬は言わんばかりに挑発的な笑みを浮かべる。

けれどもアンネイムドの隊長もそんな安い挑発には乗らない。否、乗らないように訓練を受けてきた。

 

「米軍の特殊部隊というのは、随分も暇を持て余しているようだな? 態々、こんな極東の島国の、こんな学園にまで派遣されて来るとはな・・・」

 

「・・・・・」

 

「何も喋らなくていいぞ。お前たちの目的は大体想像がつく・・・クラス代表戦にキャノンボール・ファスト、それにタッグマッチ戦へ乱入して来た無人機のコア・・・・・我々は破壊、処分したと言ったのだがな・・・早々に信じる馬鹿どもはいないと思っていたよ。しかし・・・それだけではないのだろう? それよりも重要なのは一夏と清瀬の専用機・・・・・と、言った所か?」

 

「・・・ッ・・・」

 

千冬の言葉に、隊長は何も言い返さない。

此処まであからさまな動きをしておいて今更だとは思うが、流石はブリュンヒルデだと改めてアンネイムドの隊長は思い知った。

 

「いや、今や最も重要なのは清瀬・・・ヤツの専用機に身体だろうな。アイツの専用機、琥珀とアイツ自身には毎回驚かされる。ヤツは今までの常識を遥かに覆す現象を起こして来た。悔しいが、私の弟よりも・・・いや、今やこの学園に居る誰よりも強いな。そんな男のデータだ。お前達、米国だけではなく世界中があの男のデータや専用機を欲しているだろうからなぁ?」

 

「そこまでわかっていながら・・・何故ッ!」

 

「生身ではISに敵わない・・・か?」

 

不敵な笑みを浮かべた千冬。

右手に持っていた刀をクルクルと回しながら構えを取ると、其れをしっかりと握り緊めた。

 

「並の人間なら・・・なッ―――――!!」

「!!?」

 

突如として千冬の姿が消える。

あまりの突然の出来事に一瞬だけ狼狽する隊長。しかし、視覚的に消えただけであって、千冬の姿はISのハイパーセンサーが捉えている。

されども更なる驚きが彼女を襲った。

 

「―――――おい、どうした? 胴がガラ空きじゃないか」

「なッ!!?」

 

アンネイムドの隊長が纏っているIS、ファング・クエイクのセンサーが千冬の居場所を捉える。

だが、其の場所が問題であった。

 

「ハァアアアアアッ!!」

「(いつ懐に入ったッ!?)」

 

振り返れば、既に目と鼻の先には刀を構えた千冬が居るではないか。 

彼女の頭は防御をしようと判断している。けれども、其の思考に体の反射が追い付いてゆかぬ。

両手で防御に回ろうとしたが、其れよりも速く千冬の刀が閃く。

 

「グッ、ゥう!!?」

「どうした・・・まだ終わりではないぞッ!」

 

「あッ?!」

 

またしてもアンネイムドの隊長の視界から千冬の姿消える。そして、またしても懐に入られている。

 

「くぅッ!!」

「・・・ほう?」

 

しかし、今度ばかりはナイフ型ブレードを展開して千冬の放つ剣撃を受け止めた。

 

「一度見ただけで反応したか? だが、そんな付け焼き刃のような防御・・・いつまで保つかな?」

「くッ・・・!」

 

ニヤリと笑う千冬の表情に隊長は苦虫を噛んだような表情を取る。

恐るべき身体能力を持っていようと生身の人間が兵器であるISと対等に渡り合える筈はない。其れが世界の常識・・・”だった”。

されども目の前の女はあらゆる常識を超えてくるのだ。最早、彼女には千冬が自身と同じ人間だとは到底思えなかった。

先程から一瞬だけ姿が消えるのも何らかの技術によるものなのだろう。

何故なら彼女の体からはISの装備などは検出されていない。なれば、あれは間違いなく千冬本人の技量から来るものだ。

 

「私を一瞬だけでも見逃すのがそんなに不思議か?」

 

「・・・ッ・・・」

 

アンネイムドの隊長は心の声を聞かれたような気がした。

千冬はそんな彼女の顔を見て嬉しそうに語る。

 

「貴様にはわからんだろうが、これは古来の歩法だ。名を『抜き足』という」

 

「ヌキ、アシ・・・・・?」

 

「人間の脳というのは、目の前にあるもの全てを知覚しているわけではない。必要な情報とそうでない情報とを区別し、必要ないものは認識していない。でなければ、脳がキャパを越えてしまうからな。だからこれは・・・人間が自動的に作り上げる無意識の領域に入り込む歩法技、とでも言えばいいのか?

 

「・・・・・」

 

「さて、答え合わせをしてやったんだ・・・早々にくたばってくれるなよ?」

「ッ、チィイ!」

 

舌打ちも束の間、再び千冬が消える。

否、消えたように自分の脳が錯覚させているのだ。

『抜き足』は脳の無意識の領域に入り込む。其れ故に其の対処法としては、其の無意識の領域に意識を向けなければならない。

目の前で拳銃を突きつけられていても、其の銃を向けている相手の服装やアクセサリーの種類やメーカーなどに注目するような蛮行にも等しい行為をしなければ、『抜き足』は破れない。

人間は、必ず必要な情報だけを得ようとする。

マジシャンがマジックを披露する時にも注目されているのはマジックの”結果”だけ。

其の過程であるタネを仕掛ける作業に目が行っていない。

視線を誘導させる技術・・・俗に『ミスディレクション』と呼ばれる技術だ。

『ミスディレクション』が視線を誘導して自分以外を見ないように仕向けるのなら、『抜き足』は其の逆。

自分を見させておきながら、相手の視線の範囲外を掻い潜ってくるようなもの。

違う技術であるが、其の本質は人の本能を錯覚させる事にある。

 

「どうした、もっと攻めてきてもいいんだぞ? 米国人(ヤンキー)?」

 

「うるさいぞッ、日本人(モンキー)・・・!」

 

完全に千冬の挑発に乗せられた隊長。

彼女は千冬との戦闘に集中する為、神経を研ぎ澄ましながら他の場所で行動を起こしている部下達との通信を遮断しようとインカムに手を掛けた・・・・・・・・其の時だ。

 

ギャァアアアアアアアッ!!

「ッ!!?」

 

突如として通信インカムから聞こえて来たのは、渇き切って張り付いた喉を引っ掻くような酷く荒れた断末魔であった。

しかも一つではない。

 

やッ、やめ・・・ッ、うぎゃぁアアあああ!!?

         た、助けて・・・助けてくれぇえッ! ぎぇえええええ!!

   いやだ、やめッ―――ギぃヤァああああああ!!

          ぐぎゃぁアアあああああッ!!

                      あ”ギャぁいぇえええええッ!

     痛い痛い痛い痛い痛い、痛い”ィい”い”い”!!

 

幾つもの耳障りで聞くに堪えない断末魔の絶叫が否が応でも聞こえて来る。其れも”聞きなれた声”で。

・・・加えて、其の断末魔の隙間隙間にある”歌”と”音”が聞こえて来た。

 

≪破ー破破ー破ン♪ 破ァ破ーン♪≫

 

歌は鼻歌である。其れも何処か上機嫌な鼻歌だ。

其の鼻歌に合わてガリガリッザリッザリシャリッシャリッ・・・と小気味の良い音が刻まれる。何かを削り削ぎ落す様な音が。

 

「・・・ん? おいッ、どうかしたのか?」

 

インカムから聞こえて来る断末魔に聴き入るアンネイムドの隊長に千冬は疑問符を投げ掛けるが、彼女としては其れ処ではない。

どうしようもない部下達の悲痛な絶叫に揺るがない筈の心がハンマーで砕かれたように崩れ去った。

 

≪た”じけ”て”ッ・・・だずげでぐだざい”、だいぢょぉお”お”!!≫

「ッ・・・く!!」

 

「むッ!? おッ、おい?!!」

 

引き留める千冬の声も振り払い、アンネイムドの隊長は断末魔を絶叫する部下達の元へとISブースターを吹かす。

其の折、通信インカムから断末魔とは違う・・・酷く冷淡で異質な声が聞こえて来た。

 

≪チク、タク、チク、タク・・・さぁ、急がないと。取り返しの着かない事になるぞ≫

 

 

 

 

 

 

 

 





次回も挑戦です。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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130話


―――――元来、清瀬 春樹と云う男は温厚な善人で諍い事や争い事が苦手な平和主義者。悪く言えば酷い臆病者。
しかして、彼にはある”才能”があった。
けれども其の才能は到底日常生活では決して開花しない・・・開花しては”いけない”ものであった。
其の為、幼少期の頃より春樹は其の外と内のギャップに苦しめられて来た。学校では陰湿ないじめを受け、社会に出てからはボーッとした不安に苛まれた。
だが、其れでも彼が道を踏み外す事がなかったのは、春樹を育て上げて来た両親の愛と教育の賜物である。
されども此の異常な世界、IS等と云う本来ならば存在してはいけない代物が蔓延る”異世界”に陥った途端・・・皮肉にも其の才能の蕾は徐々に徐々にだが開く事となる。
春樹は自身へ襲い掛かる理不尽な侮蔑や暴力に恩讐と憎悪を抱いて奮い立つ。でも、まだ”開花”には至らない。四分咲き程度で止まっている。
何故ならば、彼には”癒し”があったからだ。家族と強制的に引き離されたとしても、心を潤す癒しが側に居てくれた。今や相思相愛の仲となった『黒兎』の御蔭でまだ踏み止まれていた。
けれど・・・其れも”今”は違う。正確に言えば、身体測定を行った日より大きく調子を狂わされた。
加えて”今日”、美酒で調子を上げられてから一気にまた心を搔き乱されてしまった。
其のせいで彼のSan値は零に程近い所まで落とされた。
更にまたしてもIS学園を襲う事件が発生し、其れを鎮めようと校舎内に乗り込めば、襲撃者達が生徒会長へ性的暴行(誤解)を加えようとしているではないか。

・・・塵も積もれば山となる。
最早、彼のSan値は零を通り越してマイナスになってしまった。
発狂には至らずとも心は深淵を良しとした。
小指の爪先程度の良心と湧き水の様に湧き出る悪心を胸に秘め、春樹は刃を手に握る。



 

 

 

「・・・ッ・・・!!」

 

激しい火花散る剣戟を手合わせした地下区画の保管室前からアンネイムドの隊長はブォオーンッと自身が纏うIS、ファング・クエイクの四基あるスラスターを噴かせて勢い良く通路を駆け上がる。

途中、重々しい黒々した防御シャッターが行く手を阻むが其れを自身の拳とナイフで打ち砕いて切り開く。

 

ウぎぃイあァああアアアッ!!

 

其の間にも自分と部下達を繋ぐ通信インカムからは、酷く耳に残る汚らしい断末魔が轟き響き渡っている。

 

「く・・・ッ!」

 

尋常ならざる部下達の絶叫にアンネイムドの隊長は千冬との鍔迫り合いを一旦切り上げて彼等の元へと急ぐに急ぐ。

けれども・・・・・

 

「ッ・・・!!」

 

アンネイムドの隊長が部下達の反応がある場所に着くや否や、ハイパーセンサーと共に彼女は目を見開いた。

 

あ・・・ア”ぁ”ッ・・・

 

何故ならば、溜まりに貯まった水溜りの中で部下の一人が上半身の身包みを剥がされた上でうつ伏せに倒れていたのだから。

無論、アンネイムドの隊長は急いで彼に近付き、其の身体を起こして抱きかかえる。

 

「なッ・・・ぁ・・・!!?」

 

しかし、其の抱きかかえた部下の顔を見て彼女は恐怖に顔を歪めて思わず目を背けたくなった。何故ならば、部下の顔は真っ赤に染まっていたからだ。

けれども、別に其れは非常灯の明かりに照らされている事への比喩表現ではない。

 

あ・・・ア”うッ、あ・・・・・・・・!

 

”剥がされていた”のである。

「何を?」と問われれば、「皮を」だ。

なんと部下は顔を剥がされていたのである。表皮の下の筋肉が剥き出しとなり、顔面の骨が垣間見える程に皮膚を引き剥がされていたのだ。

しかも其れだけに留まらない。鼻は扉の様に切り離され、片耳は丁寧に削ぎ落とされていた。

 

だッ・・・だいぢぃぉおう・・・・・!

 

加えて胸から腹にかけてをこれまた綺麗に剥がされ、唇のなくなった口の中は欠けた歯が舌に突き刺さっているではないか。

 

「ッ、な・・・なんだッ・・・」

 

アンネイムドの隊長が辺りを見回せば、其処には抱き抱えた部下と同じ様に顔の皮、鼻、片耳、胸から腹を削られ削ぎ落とされ引き剥がされた虫の息の部下達が、杭で穴を開けられた掌へワイヤーを通された状態で壁に吊るされていた。

 

「なんなんだッ、これは・・・!!?」

 

まるで肉屋の貯蔵庫に吊るされた肉塊の様な見るも無残な部下達の姿に彼女は動揺の声を挙げる。

だが、声は通路の壁を伝って山びこの様に反響するばかりで後には恐ろしい程シンとした静寂が彼女を包み込んだ。

 

だッ、だいぢぃぉおう・・・だいぢょうぅう・・・!

 

そんな瞳孔を揺らすアンネイムドの隊長の胸倉を抱き抱えられた部下が掴む。

其の手は酷く血に濡れており、彼女のISに赤黒い染みを付けるが・・・彼はしっかりと其の胸倉を掴んでこう言った。

 

に、ニゲろぉッ・・・これは、罠だ・・・ぁッ!

「ッ!」

 

其の絞り切る様な声で隊長の鼓膜を震わせた後、部下は涙と血で潤んだ目を命一杯開く。まるで此の世のものではないものでも見るかの様な四白眼を晒したのである。

何故に此の様な眼を晒すか。

其れは―――――

 

阿”ロロロぁ・・・ッ

ア”ぁ・・・ぁあ”ッ!?

 

目線の先にあるであろう非常灯の明かりが差し込まない天井へ赤い一つ目の化け物がヤモリの様に張り付き、此方の様子を涎を垂らして伺っているではないか。

 

「ッ、な!!?」

 

部下の様子に気付いた隊長は天井を見上げて驚くが、最早既に時遅し。

彼女が驚嘆の声を挙げる頃にはズドンッ!と云った瞬きと爆発音が轟き響き渡る。

 

げビャァッ!?

 

天井から床へ向かって放たれた青白い弾頭は隊長が抱き抱えた部下の額を物の見事に撃ち抜いたと思ったら、其の額ごと頭全体をカチコチに凍らせた。

 

「ッ、貴様ぁ!!」

阿”ぁ!

 

部下がやられてしまった事に激昂した隊長はすぐさま得物を構えるが、其れよりも早く独灼眼の化物は彼女の機体目掛けてズドドンッ!と撃ち放つ。

然らば銃口から射出された”氷結弾”はファング・クエイクの四基あるスラスターを全て凍結停止させ、其の足を留めた。

 

「なッ!?」

ヴェろぉおぁアア阿”ァ”ア”ッ!!

 

其の瞬間を逃す化物・・・否、殆ど吹っ切れた春樹ではない。

一秒にも満たない躓きであったが、止まった隊長目掛けて春樹は襲い掛かるや否や、其の頭部目掛けてドゴンッ!!と拳骨を振り下ろした。

 

「ぐアッ!? ッ、この!!」

グべらッ!?

 

彼女は殴られた衝撃に衝撃を感じつつも握った得物ですぐさま反撃を行った事で春樹を後方へと吹っ飛ばす。

しかし、春樹はとても軽量化されたとは言え重量のある鎧を纏っているとは思えぬ程の軽快な立ち回りで宙返りを行うと、四つん這いの状態でガリガリ床を鉄爪で引っ掻いた。

 

「・・・貴様・・・・・何者だッ?」

 

目の前に佇む春樹にアンネイムドの隊長は、手垢が付き過ぎて擦り減ったスタンダードな台詞を並べ立てる。

無論、此の手の台詞に返答しなくても良いのだが、生真面目な春樹は丁寧に返す。

 

生憎、私は貴様ら程度に名乗る名など持ち合わせてはいない

「ッ・・・!」

 

獣の見た目と声色とは程遠い丁寧な文言に隊長は驚くが、キュッと漢数字一文字に噤んで得物を構え直した。

けれども、そんな彼女とは裏腹に今度は春樹の口が開く。

 

意外と来るのが早かったな。しかし、十分な”練習”が出来た。其れに安心してくれ。私は貴女の部下を殺してはいない。まだ生きているし、治療すれば五体満足の状態で復帰できる

 

「貴様・・・ッ・・・!」

 

破ァ~・・・おいおいおいおいおい。そう怖い顔をするな。先に攻めて来たのは御前達なんだぞ。よって此れは御前達にとって必要な”罰”だ。被害者意識を持つんじゃあない。其れに―――――」

 

ガギンッ!・・・と未だ喋っている途中の春樹にナイフを突き立てんと隊長は一機に距離を詰めて迫る。

スラスターを潰されている為に瞬時加速には及びはしないが、素早く彼女は何とも容易に距離を詰めると彼の胸目掛けて刃を突き振り抜く。

 

「―――――私が喋っている途中だと言うのに・・・全く無礼だな

「ッ!?」

 

だが、振り抜いた切先を春樹は当然の如く掴み取る。

勿論、対IS用ナイフの刃先を掴んだ事で其の手からは血が滴るが、彼はしっかりと隊長の得物を掴んで離そうとはしなかった。

其れ処か―――――

 

ウダラアアッ!!

 

ナイフを掴んだ手とは違う方の拳骨でドゴンッ!と隊長の顔を殴打した。

 

―――――話は変わるが、春樹の纏っているIS統合対策部製新型EOS『義月一型』は従来の機体とは大きく違う点が明確に一つだけある。

其の点とは―――――

 

「ッぐ、がアッ!!?」

 

春樹の落とした拳骨に対し、アンネイムドの隊長は困惑する。

其れは頭部に受けた衝撃でもあったが、何よりも驚いたのは自分の頭部から聞いた事もないようなバビキィッ!と何かが割れるような音と激痛が奔った事である。

隊長が聞いた何かが割れるような音・・・其れは彼女の被ったヘルメットが割れ、頭蓋骨にヒビが入る音であった。

 

けれども何故にEOSの攻撃がISパイロットへ直接届いたのだろうか。ISにはパイロットを守る筈の”絶対防御”がある筈・・・・・其れなのに何故に?

理由を挙げるとするならば、其れは義月に搭載された絶対防御を阻害するジャミング装置の御蔭である。

此のジャミング装置なる代物は、元々IS学園に襲撃をかけて来たゴーレムⅢに搭載されていた技術であったのだが、其れを春樹は自らの異能である”ガンダールヴ”を使って新型EOSへ技術流用したのだ。

そうして義月は世界初の完全対IS兵器として誕生したのである。

 

もういっちょ!

 

「ッ!!」

 

加えて春樹の異能であるガンダールヴの効能によって攻撃力は通常よりも格段に上がっている為、一撃一撃が途轍もなく重い。

そんな拳骨を再び頭部に受ければ、間違いなく隊長の頭は熟した果物の様に潰されるであろう。

彼女は其れを避けようと咄嗟に避けた。

 

「ッ、ぐぎぃいッ!!」

 

しかし、得物ごと手を掴まれている為に完全回避は儘ならない。

何とか首を振る事で頭部への攻撃は避けられたが、上から下に振り下ろされた彼の拳骨はドゴンッ!と肩へと直撃。其の衝撃によって肩甲骨やら鎖骨やらが粉々に砕かれた。

 

はい、もういっちょ!

「まッ、待―――――」

 

尚も春樹は馬鹿の一つ覚えの癇癪を起した子供の様にアンネイムドの隊長へ殴打を繰り返す。

 

はい、はいッ、はいはいはい!! まだまだ行くぞッ!

「がはッ、ぐゲッ、ゲは、ぐあッ!!?」

 

春樹は彼女を殴る、殴る、殴る、兎に角殴る。乱雑なれど正確に筋肉を圧し潰し、骨を砕く。

 

「ッく、ぐぅうう~~~!!」

 

 

されどもアンネイムドの隊長も唯只殴られているばかりではない。どうにか彼の魔の手から逃げようと彼女は画策して行動するのだが、距離を取る為にスラスターを吹かそうとしても氷結弾の影響で機能停止。掴まれている手を振り解こうと残った片方の拳で彼を殴打し、的確に急所目掛けて足蹴りを放って暴れるが、逆に萬力の握力でナイフごと手を握り潰されてしまう。

更に絶え間なく隙間なく続く鉄拳殴打によって徐々に体勢を崩され、遂には春樹に馬乗りを許してしまった。

 

春樹と対峙する前に行ったかの名高きブリュンヒルデである千冬との戦闘には花があった。

端的に言ってしまえば、千冬は相手を翻弄し、自分が最低限の手傷も負わぬ様に最大限の注意を払って戦う大胆不敵なれど慎重なスタイル。

一方、打って変わって春樹の戦闘スタイルは実に泥臭く絵面もとても地味である。

・・・なれど、自分の受ける手傷など二の次で唯々相手を即倒す事を前提としたものであった。

 

「グッ・・・しゃらああッ!」

のわッ!?

 

其れでも彼女は諦めない。

最早完全に頭に血が上っていた為、隊長はファング・クエイクの拳を容赦なく春樹に向けて放つ。

・・・が、彼は打たれ強い。

 

ッ・・・ヴェろぉおアアアッ!

「ッ、がッハァッ!!?」

 

バキィッ!と彼女の拳は春樹の被る兜へヒビを入れるが、構わず彼は肘鉄を放つ。

放った肘鉄が、隊長の顔の左側面に直撃。其のせいで顔を覆っていたバイザーが弾き飛ばされ、彼女の顔が露わになる。

其の隊長の顔立ちは眼光は鋭くも端正なもので、後ろで結んだ金髪がとても美しい。

見た目の年齢としては、千冬よりも少し下だろうか。

 

ほう、此れは何とまぁ

 

美人なアンネイムドの隊長の顔を見た春樹は何を思ったのか。「よっしゃ」と言って殴る事を止めた。

・・・だからと言って彼が攻撃を止めたとは言っていない。

 

おりゃッ

「ッ、ぎぃァアァアああああ!!?」

 

殴打を止めた春樹は隊長の足をISの装甲板ごとボギィイッ!と足を芋けんぴの様に圧し折るや否や、「そりゃ」と彼女を通路壁へ投げ叩き付けた。

 

本当、此の世界の人間に外見が醜い者はいないな。醜いのはせいぜい、中身だけか? えぇ、おい?

 

そんな事を呟きながら春樹はズドムッ!と隊長の四肢に向かって取り出したリボルバーの撃鉄を起こしては薬莢の雷管を叩く。

其れによって銃口から放たれた氷結弾頭が彼女の手足を撃ち抜く度に「ッ、がァア!!」と短くも悲痛な断末魔が暗い通路に響き渡る。

そして、顔を覗き込む様に息も絶え絶えなアンネイムドの隊長の顎を指で引き上げた。

 

・・・美しいな。とても人殺しを生業としている者の目とは思えんよ。綺麗な碧い瞳だ

 

「ッ・・・ば、馬鹿にする、な・・・!」

 

馬鹿に等はしていない。私は美しい者は美しいと・・・素直な意見を述べただけだ。お解りか、レディ?

 

彼女には不気味に映ったであろう。感じたであろう。

其の燃える様な色をした独眼も、しわがれた獣の唸り声の様な声色も、そして其の声と姿に対して似つかわしくない紳士的な口調も。

 

「くッ・・・殺すなら、さっさと・・・殺せ!!」

 

うん? 殺す? 馬鹿な事を・・・そんな酷い事を私がする訳がないだろう

 

どの口が言っているのだろうか、此の男は?

IS学園を襲撃し、楯無の隙をついて彼女を拘束した上で拉致誘拐しようとしたアンネイムドの隊員達を撃破した事は褒められる事だろう。

・・・だが、其の後が問題だ。

此の部隊の長である彼女を誘き出す為とは云え、彼は隊員達の歯を折り、皮膚を剥ぎ、鼻を削ぎ、片耳を切り落とした。・・・ハッキリ言ってやり過ぎである。

されど此の男に言わせれば、別に眼球を刳り貫いた訳でもないし、手足を切り落とした訳でも、彼等の命を奪った訳でもない。要するに”容赦”したと言うのである。

 

本来ならば、部下達の手前で貴女を犯した上で辱めるのだが・・・其れは私の理念に反する。だから今日は其の美しさと私の慈悲に免じて貴女も貴女の部下達も”命だけ”は見逃してあげよう。・・・・・だが・・・”罰”は受けてもらうがな

 

「なッ!!?」

 

そう言いながら春樹は優しそうな口調と共に自身の”左手”で隊長の身体を上から下へいやらしく撫でてやる。

するとアラ不思議。ISのSEがゼロになるか、本人の意思がなければ出来ない筈のISが強制的に待機状態へとなったのだ。

此れには流石のアンネイムドの隊長も今日一番の驚愕に身体を震わせた事だろう。

 

心配するな。貴女の整った顔立ちと美しい瞳を傷付ける様な真似はしない。そうだな・・・背中か、腰か、腹か、胸・・・いや、胸は止めて置こう。女性にそんな酷い事は出来ん。まぁ、其れは考えながらでも良いか

 

「い・・・いや・・・やめろッ・・・!」

 

大丈夫、貴女の部下達で散々練習は出来ているからな。・・・手早く済ませるつもりだ

 

「いやぁあああああああああああああああッ!!」

 

甲高い絶叫と共に春樹は何の躊躇も容赦もなく彼女のISスーツをビリビリ切り刻み、其の白い柔肌へ赤黒い血で濡れたナイフを―――――

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「(・・・んッ・・・あ・・・あ、あれ・・・?)」

 

楯無は朧げながらも意識を取り戻す。

 

「(えーと・・・私、なにして・・・たんだっけ? あれ、この音・・・)」

 

彼女が起きたと同時に聞いたのは、キィーンキィーンッと小気味の良い金属音であった。

 

「(・・・良い音・・・なんだか安らぐわ)・・・あッ」

 

そんな目覚ましで目を開けてみると目の前には金色の焔がポーッと灯っているではないか。

其の焔に朧げな意識のまま楯無は手を伸ばして一言・・・・・

 

「きれーい・・・」

 

・・・と、率直な感想を述べた。

述べたのであるが―――――

 

「・・・何ならな?」

 

「・・・・・・・・ふぇッ?」

 

小気味の良い金属音とは違う男の声であった。

其の声に驚いた事で一気に意識はハッキリとしたものとなり、よく見れば楯無の手は兜を脱いだ事で粉塵に塗れた春樹の頬を撫でているではないか。

 

「き、清瀬君!? ど、どうして君がッ? って、なにこの状況?!」

 

「おい、暴れんな。落っことしてしまおーがな」

 

覚醒した意識の中で辺りを見れば、自分が彼に所謂”お姫様抱っこ”をされている事に彼女は益々動揺するが、そんな楯無を余所に彼は高速機転する脚部のランドスピナーを巧みに操る。

 

「あッ!? そ、そう言えばあのアメリカの特殊部隊は?!」

 

「あぁ、心配すんな。全部”やっつけた”」

 

「やっつけたって・・・って言うか清瀬君、これなに着てるの?! これISじゃないでしょ!」

 

「五月蠅ぇのぉ。起きた途端にピーチクパーチク喚くんじゃねぇよ。其れよりも脇腹と右手、痛うないんか?」

 

「えッ、なんで脇腹と手・・・・・あぁッ、そう言えば!!」

 

「そう言えばじゃねーよ。モルヒネで痛みが鈍くなってるとは言え、簡単な手当てしかしてねーんだからな。安静にしとけや」

 

見れば、右手と脇腹には簡易的だが丁寧な医療処置が施されていた。

しかし・・・

 

「ッ、ちょッ、ちょっと! なんで私、お腹が剥き出しなのよ?!」

 

「治療の邪魔じゃったけんな、切った。大丈夫じゃ、切った布切れは包帯にしちゃったけん」

 

「「包帯にしちゃったけん」じゃないわよ! き、清瀬君、まさかあなた、私が意識を失っている間に私に何かエッチな事でも―――――」

 

「するか、阿呆。変な事ばぁ言うとったらお前、ここら辺に投げて行くぞ。其れに助けてやったんじゃけん、ありがとうの一言ぐらい言えれんのか?」

 

真っ赤な顔で身をすくませる楯無に対し、春樹は呆れた眼で刺しつつ溜息を吐く。

其れに対して楯無は顔を俯かせて漸く「あ・・・ありがとう」と礼を述べ、「ま、及第点じゃな。阿破破ッ」と彼は口端を歪ませた。

 

「其れで、どういう状況じゃ? 敵はあれだけなんか?」

 

「いいえ。まだ学園のシステムが回復していないから、まだね・・・まだ終わってないわ」

 

「阿? システムの復旧って・・・え、何て?」

 

疑問符しかない春樹に楯無は粗方の内容を便利な『かくかくしかじか』で説明する。

すると・・・

 

・・・・・阿”ッ?

 

「ひッ・・・!? か、顔が怖いわよ、清瀬君?」

 

「・・・悪ぃ」と謝る春樹だったが、明らかに目の奥はドス黒いナニかで一杯となった。

IS学園のファイアウォールを攻略し、システムをダウンさせる事の出来る人間など彼には一人しか思い当たる節がなかった。

 

「阿”ぁ、糞・・・面倒臭いったらありゃしねぇよ。阿”ぁ、もうヤじゃ」

 

事件の詳細を聞き、少々回復したSan値がまたしても減少して春樹は泣き出しそうな顔をしていると、何故か彼の頭を「よ・・・よしよし」と楯無が撫でたではないか。

 

「おッ、おぉ・・・何じゃ、気色悪」

 

「きしょくわ・・・ッ?! ちょっと清瀬君ッ! こんな美少女が労わってあげてるんだから、もうちょっと・・・その、言い方があるでしょ!!」

 

「悪ぃ、遂な。てか、慣れん事するなや。顔真っ赤じゃで、会長?」

 

春樹に指摘され、「ッ、も~! ホント可愛くない後輩ね!!」と頬を紅潮させてポカポカと春樹の胸を叩いた。

 

「っていうか、清瀬君・・・すっごくナチュラルに私の事、お姫様抱っこしてるけど・・・」

 

「阿? あぁ、こっちの方が慣れてるからな。お米様抱っこの方が良かったか?」

 

「い、いや・・・このままで、良いわ」

 

「慣れている」という言葉を聞き、楯無は納得してしまう。

そう言えば此の男、最近は見ないがあの”ドイツの妖精”をいつも抱き抱えていたなと。

 

・・・チクッ

「(・・・あれ? なんで、私・・・・・あれぇ??)」

 

「阿? おい会長、どうし―――――ッ・・・!?」

 

キキィッと春樹はターンピックで急ブレーキをかけて停止する。

突然の出来事に「どうしたの?」と彼女は疑問符を投げ掛けようとしたが、すぐに其れを飲み込んだ。

 

ガロロロ・・・ッ!

「!」

 

何故ならば、彼女の目線の先には歯を剥き出しにして通路の曲がり角を睨む春樹が居たからである。

彼は手元に赤く震える鍵鉈MVSを発現させると其れを構えた。

 

「会長・・・しっかり俺に掴まっときんさいよ」

 

「お、おろしてはくれないの?」

 

「其れじゃとアンタを守れんからな。エエな?」

 

鋭い目付きの春樹からの発言に楯無は珍しくしおらしい態度で「は・・・はい」と頬を赤くする。

対する彼はそんな彼女の表情など余所に停止していたランドスピナーを再び高速回転させた。

 

ッドゥウラァア!!

「!!」

 

ランドスピナーの高速移動とターンピックによる動作と共に春樹はMVSを振り上げる。

対する相手側も構えた日本刀を突き刺さんと構えたのだが―――――

 

「ッ、ブリュンヒルデ!?」

「清瀬!!」

 

其の相手とは黒のボディースーツを身に纏った千冬であった。

両者は互いの姿を一目で認識するや否や、あわや刃が直撃するギリギリの所で得物の動きを止めるのであった。

 

「何じゃー、先生か。吃驚したわぁ、も~。つーか、何じゃあな其の恰好は? 『退魔忍』かよ。エロアニメに出て来るぐらいめちゃんこエロいわぁッ、痴女じゃがん」

 

「この緊急時にお前というやつはふざけた事を・・・ッ。それよりも楯無、大丈夫かッ?」

 

「は、はい!」

 

出会った人間が敵ではなかった事に胸を撫で下ろす楯無だが、春樹は何処か不機嫌そうに表情を歪める。

 

「大丈夫じゃなかったわ、阿呆。会長は危うく下種野郎共の手で男キズモノにされる所じゃったんじゃぞ。冷やして頬っぺたの腫れが引いたとは言えども・・・・・織斑先生、アンタぁ何しょーたんなら?!」

 

「ッ・・・それは・・・」

 

「別にいいのよ、清瀬くん! 私は自分のやるべき事に従事しただけよ」

 

彼女は千冬を庇う様に発現するが、春樹は「ッケ・・・!」と口を鳴らした。

 

「ッ、それよりもお前たちの方へ敵のISパイロットが向かわなかったかッ?」

 

「阿? あぁッ、其れなら下種野郎共共々向こうでのたうち回ってますよ」

 

彼の聞き捨てならない言葉に千冬は「・・・清瀬、それはどういう事だ?」と言葉を連ねたかった。連ねたかったが、其れよりも先に彼女の通信インカムへ連絡が入る。

 

≪お・・・織斑先生ッ、緊急事態です!≫

 

オドオドと動揺した簪の声に「どうかしたのか?」と千冬が答える前に春樹が其のインカムを奪い取って答えた。

 

「どしたんなら簪さんッ?」

「おい、清瀬―――――」

 

≪春樹ッ・・・!? 戻って来て、くれたの?≫

 

「応。すぐ傍に楯無お姉ちゃんも居るでよ。其れよりもどうしたんならなッ?」

 

≪じ、実はね―――――≫

 

帰って来てくれた春樹に喜びの動揺を感じつつも簪は恐る恐る其の緊急事態なる事情を話す。

すると其の話を聞くや否や―――――

 

・・・・・阿”ぁッ?

 

―――――と、酷く低い声色を出してビキリッとインカムを握り潰さんと力を籠めた。

そして、「お、おい清瀬?!!」と呼び止める千冬の声を碌に聞かぬまま楯無を抱えた其のままで凄まじい速度を出し、彼女等が待つ部屋へと急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





ストレス限界突破、プレスウルトラな春樹のテーマ曲は『Glitter & Gold』です。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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131話

 

 

 

「・・・応ッ、皆無事なようじゃのぉ」

 

「は・・・春樹・・・ッ!!」

 

アクセスルームの自動扉が開くと共に室内へ入って来た春樹に簪は思わず両手で口を覆った。

其の身へ纏った鉛色の鎧は真紅に染まり、隙間からは彼の体液と思われる赤い液体が滴っている。

 

「ッ、清瀬君! 早く手当てを!!」

 

「俺は後でエエわな。其れよりも布仏先輩、此の人の方を先ぃ頼むわぁ。眠っとるんは、ランドスピナーの高速機動でワーワー喚きょうたけん、途中で気絶させたんじゃ。んで、どういう状況?」

 

「はい。先程も言った様に今現在、皆さんはIS学園は何者かのハッキングを受けコントロールを失っています。そこで電脳ダイブにてサーバーのコントロールを奪取しようと試みたのですが・・・」

 

「ですが?」

 

「それがダイブした後、サーバーへと向かう途中にアクシデントが発生。こちらでも異常を感知したのですが、どうにも出来ず・・・」

 

「・・・ほうか」と春樹は自分の腕の中で眠る片手と脇腹を負傷していた楯無を虚へ差し出した。

 

「・・・よっしゃ。其れじゃあ、簪さん。其の電脳世界言う所にはどうやって行きゃあエエんじゃ?」

 

「ッ・・・だ、だめ!」

 

「阿ぁ? 何がおえんのんならな?」

 

「だ、だって・・・!」

 

今にも泣きそうな彼女を余所に春樹は身に纏っていた鎧を脱ぎ落してゆく。

するとどうだろう。転がった鎧は表面に付いた血液で白い床を赤く汚していくではないか。

 

「阿? あぁ、此の怪我か。大丈夫じゃ。殆どが敵の返り血じゃし」

 

「で、でも・・・!」

 

彼はそう言って弁解するが、重々しい装甲版の下から露わになったのは、赤く汚れた生身の身体。

春樹は襲撃者達を撃破する為、身動きを軽くしようと下着一枚で新型EOSを身に纏っていたのである。其の為、襲撃者であるアンネイムド達との接近戦で彼の身体は大きく負傷していた。

至近距離から発射された幾つもの散弾やライフル弾が身体へ食い込み、ナイフによる裂傷や刺傷の跡が生々しい。

 

「い・・・痛くないのッ?」

 

「ドンパチする前に鎮痛剤やら何やらをウィスキーで流し込んだけんな。痛うは・・・ない事もないな。鈍痛がするでよ。こねーな事になるなら、事前にISスーツでも着とくんじゃったな。後ろの方で人間砲台みたいになっとった山田先生が青い顔をしとったわぁ」

 

彼は「阿破破ノ破!」といつもの様に奇天烈な笑い声を響かせるが、並の人間ならば身体を奔る激痛と失血性ショックで今頃卒倒している。

・・・にも拘らず、春樹の気力は未だ衰えてはいなかった。

 

「ま、そねーな事ぁ今はどーでもエエわ。んで、どーやったら其の電脳世界に行けるんならな? 此のベッドに寝ころんだら行けるんか?」

 

「だから、ダメ・・・春樹、いっちゃダメ!」

 

「なんでよ?」

 

「だって・・・だって、そんな状態で行ったら・・・!」

 

目を潤ませて縋り付く様に彼の腕を掴む簪。こんな瞳を潤ませた眼鏡の美少女の腕を振り解く事など誰が出来ようか。

・・・しかし。

 

「・・・大丈夫じゃ」

「・・・ッ・・・」

 

春樹は自分の腕を掴む簪の手を振り解くと兄が妹を慰める様に彼女の頭を撫でる。

 

「電脳世界に行く云う事は、よーする意識だけ向こうに行く云う訳じゃろう? じゃったら大丈夫じゃがん。俺が向こうの世界に行っとる間に治療してくれや」

 

「そ・・・そういう事じゃなくて!」

 

「心配すんなや。早い話、『ソードアートオンライン』とか『ログホライズン』みたいなもんなんじゃろうが、大丈夫じゃ大丈夫。あ、これが電脳世界へ行くマニュアルか?」

 

「あッ、ちょっと清瀬君!?」

 

そう言って彼はベッドチェアへ血に濡れた格好のまま横たわると左腕へ自らの専用機である琥珀を部分展開する。

先のゴーレムⅢ事件以来、休眠状態に入っている琥珀だが、部分展開や武装展開ぐらいは出来るのだ。

そうして心配する彼女等を余所に春樹は琥珀をベットチェアの脇にあるコネクタへ接続し、ソフトウェアを優先処理モードへと変更。そして、「早くしろ」と言わんばかりに虚に学園システムへの接続を急かせる。

「な、ならやりますよ!」と虚は心配そうに彼を見つめる簪に戸惑いながらも春樹を電脳世界へと送り出すスイッチを押した其の瞬間、春樹は落ちる様でいて吸い込まれる様な不思議な感覚に包まれながら意識を奥深く迄沈み込ませていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

『トンネルを抜けると其処は雪国だった』みてーな似たような比喩表現を使うと、『目を開けると其処は一面の星空だった』じゃな。

着とるもんも汚れ地味が目立つIS学園の白制服に早変わりしとるし。

 

「ほぇー、此処が電脳世界かぁ。宇宙を漂ってるみたいじゃわぁ、足場があるけども」

 

≪なに、のんきな事言ってるの?≫

 

「おッ、簪さん。通信の感度は良好じゃぞ、どうぞ」

 

部分展開で左手にはめた手甲から何処か呆れた声の簪さんの声が聞こえて来たけん、俺はそんな彼女の声にシニカルな気持ちで返答した。

 

実を言うと俺、ちぃっとばっかし興奮しとる。じゃってまるで映画や漫画の世界じゃがん。”アイツら”の皮を剥いで骨を圧し折ってやった何十倍も興奮するでよ。

 

「・・・いや、そんな事しょーる場合じゃないわな」

 

≪・・・なに言ってるの?≫

 

「いやいや、こっちの話じゃ。あぁ、そうじゃ簪さん? ちぃっとばっかし聞きたい事あるんじゃけど?」

 

≪どうしたの?≫

 

「『ソードアートオンライン』とかじゃったら、ゲームでの”死”が現実世界の”死”に直結する訳じゃけども・・・其処ん所どーなん?」

 

≪・・・・・≫

 

・・・いや、急に黙らんといてや!

えッ・・・そーなん? 此の電脳世界でゲームオーバー=現実世界でのゲームオーバーなん?!

 

≪わからないの・・・ISを通じての電脳コネクタは未だに謎の部分が多いから・・・・・もしかしたら・・・ッ≫

 

うそーん。

えぇ、どうするで? どうするでよッ?

 

「あぁ、でも・・・別に死ななきゃいんじゃよな。なら、大丈夫じゃろうか」

 

≪・・・春樹・・・なんで、そんなにのんきでいられるの?≫

 

何処か不機嫌そうで怒った感じの簪さんの声が聞こえて来よった。

悪かったな、緊張感のない阿呆みたいな男で。

 

「さぁね。此処最近、変な自信が付きよったからじゃろうか。あぁ、そうじゃ。後、俺の身体の傷、何とかしといてや」

 

≪うん。今、虚さんが春樹の傷を縫ってる≫

≪たまたま裁縫道具を持っていてよかったです≫

 

用意がエエな、布仏先輩。

じゃあ、チクチクチクチクお願いしますでよ。

 

「じゃあ・・・そろそろ行きますかね?」

 

前振りは此処まで。

俺は首を傾げ乍ら目の前にそびえる六つある扉へ目を向けた。

六つ・・・六つ?

一人一つの計算か?

 

≪それぞれの扉へ織斑君、篠ノ之さん、オルコットさん凰さん、ボーデヴィッヒさん、デュノアさんが入って行きました。そして、その扉をくぐった後に皆さんとの通信が途絶しました≫

 

という事は、皆を助けて扉を全て消さないといけない感じ~?

じゃあ味方殺し未遂の織斑と無意識エゴイストの篠ノ之は当然後回しでエエな。つーか助けんで良くね? 大丈夫じゃろ、主人公じゃし。死にゃあせまぁな。

・・・個人的にはアイツらと同じ様に顔を剥いでやりたい。

 

≪・・・清瀬君、くれぐれもですが・・・解ってますね?≫

 

ッチ。

やはり布仏先輩にはバレとるか。

・・・ん? あれッ、ちょっと待てよ。

 

「簪さん。此れって誰がどの扉か解るの?」

 

≪・・・ごめん。わからない≫

 

おっふ・・・マジか、マジなのか。

じゃあ確率的にはアタリか、フツウか、ハズレの三つ・・・いや、ハズレが二人おるけんな。慎重に選ばにゃあな。でも、急がんと。

・・・・・しょうがねぇ、こういう時は此れじゃ!!

 

「・・・ど~れ~に~しようかな♪ かみさまのいうとおり♪」

 

≪・・・春樹?≫

≪清瀬君・・・ッ?≫

 

「てっぽううって、ばんばんばん♪ かきのた・あ・ね♪」

 

そうして俺が指さした扉のドアノブへ俺はゆっくりと手を掛けた。

・・・・・・・・・・・・・・・頼むから、ハズレは勘弁じゃでッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
最後に。今回の章は前半に力を入れた為、後半はぺラくなりそうです。でも自身の性癖は組み込ませたい作者であります。


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132話

 

 

 

「・・・あ・・・あれ・・・ここってッ?」

 

机と椅子が整然と並べられた真っ赤な夕焼けが差し込む教室で、凰 鈴音はふとして疑問符を浮かべた。

 

「確か・・・私・・・・・」

 

身に纏った”中学”のセーラー服に何処か違和感を感じつつも彼女は無意識に手元を見てみる。だが、其処にはいつもならあるべき筈の物がない。

 

「なにか大事な事を忘れてるような・・・というか私、さっきまで何やってたんだっけ?」

 

鈴は自分が先程まで何をやっていたのかを思い出そうと腕を組んで首を傾げるが、記憶へ靄がかかった様に不透明なものしか思い浮かばない。

其れでもどうにか此の現状を打破しようと彼女は教室の扉へ手を掛ける。

 

「えッ・・・!?」

 

しかし、そんな鈴よりも一瞬早く反対側からドアが開け放たれる。

其のガラリと開け放たれた扉の先に居た人物に彼女は吃驚マークを頭上へ浮かべて固まってしまう。

 

「おう。待ったか、鈴?」

 

何故ならば、其処に立って居たのは同じ中学の学ランへ身を包んだ一夏だったからである。

 

「い、い、一夏ぁ!? あんたがどうしてここにいんのよ?!」 

 

「どうしてって・・・一緒に帰るって約束してただろ?」

 

「一緒に帰るって・・・な、なんでよ?」

 

「なんでって・・・だって俺達付き合ってるんだし、当然だろ?」

 

「・・・え?(つ、付き合っている? 一夏が? 誰・・・と?)」

 

其の瞬間、鈴の脳内へ高いような低いような無音のノイズが響き渡った。

 

「おい、どうかしたのか?」

 

「(いっけない! 私ってば何、当たり前な事忘れてんのよ!)な・・・なんでもないッ、なんでもない! ちょ、ちょっとボーッとしちゃって!」

 

「何だよ、おかしな鈴だな」

 

そう言って一夏は彼女に「ほら」と手を差し出す。

其の差し出された手に鈴は再び疑問符を浮かべるのだが―――――

 

「手・・・繋がないのかよ?」

 

「ッ・・・も、もちろんつなぐわよ!」

 

母性本能をくすぐられる様な彼の表情に頬を紅潮させながら其の手を取る鈴。

そんな自分よりも大きく温かな一夏の掌に引かれながら彼女は彼と共に帰路を歩んで行く。

 

「(はわッ・・・はわわ・・・!)」

 

帰路の最中、鈴の心臓は甲高く鳴り響いていた。

所謂”恋人繋ぎ”と言われる形で掌と掌が結ばれ、時折ギュッと一夏の方から自分の手を力強くも愛おしそうに握って来てくれる事が彼女にはとても嬉しくて嬉しくて堪らない。

 

「(・・・ずっと・・・・・ずっとこうしてたいなぁ~)」

 

高鳴る心臓の鼓動を抑えるので精一杯な鈴だったが、漸く想い人と”相思相愛の仲になった”のだ。少しばかり浮かれていた。

 

「・・・なぁ・・・鈴?」

 

そんな浮ついた彼女へ一夏が声を掛ける。けれども、唯単に声を掛けた訳ではない。

鈴の耳元へ顔をやり、そっと囁いたのである。

其の何処か甘い声色に彼女は思わず「ひゃ、ひゃい!?」と声を上ずらせてしまうが、すぐさま気を取り直しての咳払いをした。

 

「今から鈴の家に行っても良いか?」

 

「へッ・・・?」

 

一夏の投げかけられた疑問符に鈴の身体は一瞬だけではあるもののフリーズしてしまう。

そして今日の朝、「今日からウチの親、旅行に行っててさー。家に私一人なのよねぇ」なんて事を彼へ話をした事を”思い出す”。

恋人同士の男女が、両親の居ない家で二人っきり・・・という事はつまり―――――

 

「そ・・・そ、そ、それってつまり・・・ッ!!」

 

顔を真っ赤にしつつ慌てた様子で一夏の表情を見る鈴。すると、彼の顔もまた何処か赤みを帯びた照れくさそうな表情であったのだ。

 

「いい、よな・・・鈴?」

 

「(~~~~~ッ!!)う・・・うん・・・ッ」

 

鈴は此れから恋人と行う情事を想像し、耳まで真っ赤にした顔を俯かせながら一夏の声に小さくコクリと頷いた・・・・・其の時。

 

―――――《ワールド・パージ、完了》

 

・・・と、そんな無機質な言葉の羅列が鈴の頭の何処かで木霊する。

だが、今の彼女は其れ処ではない。

 

「(か・・・可愛い下着に履き替えなきゃ・・・ッ! い、いや、まずはシャワーを浴びる方が良いのかしら?!)」

 

鈴の脳内は、ピンク色の悶々とした事で既にいっぱいであった。

しかし、そんな劣情を洗い流す様に夕陽の光に照らされる二人へ突如としてザァ―――ッとゲリラ豪雨が襲い掛かる。

 

「ちょっと!? さっきまであんなに晴れてたじゃない!!」

「とてもじゃないが、すぐに止みそうにないぞ!」

 

突如としてザァザァ切れ目なく降って来た雨の中、鈴と一夏は持っていたカバンで頭をガードしながら走る。

途中、雨宿りをしようと辺りを見回すが、とても二人が入れるような場所もない。

 

「あーッもう! このまま私ン家まで走るわよ!!」

 

半ば吐き捨てる様に鈴はそう叫ぶ。

あまりの土砂降りの雨にセーラー服や学ランもぐっしょりと濡れ鼠となり、もはや雨宿りの意味が無い。

ならば、此処は少しでも早く冷えた体を温める為、一刻も早く家でシャワーを浴びる方が良い。

其れに急げば急ぐ程、家で早く二人っきりになれる。

 

「おう、分かった! なら急ごうぜ!」

「ッ・・・!?」

 

そんな彼女の声に呼応するかの様に一夏は先程よりも強く鈴の手を握る。其れに鈴も力強く握り返し、二人は目的地を目指して走った。

 

「もーッ、最悪!」

「はー、やっと着いたな」

 

漸く目的地である鈴の家、中華料理屋『鈴音』へ到着した二人は店から母屋に入り、リビングまでやって来た。

 

「こうもびしょ濡れだと服が肌に張り付いて気持ち悪ぃな」

 

激しい雨に打たれた学ランを一夏は鬱陶しい脱ぐと、其の下にはこれまたぐっしょりと濡れたワイシャツが彼の身体に張り付いている。

白地の生地が一夏の肌色を透かし、服の上からでも解る程の肉体美が露わになった。

 

「こ・・・こ、このままじゃ風邪引いちゃうわね。い、一夏シャワー貸してあげるわ」

 

「え? でも、お前だってビショビショじゃないか。先に入れよ」

 

「あ、私は乾いた服あるから! ほ、ほらッ、アンタは濡れた服のままじゃダメでしょ!!」

 

「そうか?」

「そうなの!」

 

そんな彼の身体にドキドキしながらも鈴は一夏にシャワーを進める。

其れに対し、一夏は彼女に「じゃあ・・・一緒に入るか?」と悪戯っ子が浮かべる様な微笑で投げ掛けた。

すると「ボン!」と擬音語が付けられる程に一瞬で鈴の顔は真っ赤に染まり上がってしまう。

 

「なッ、何考えてんのよ!!? バカバカッ! 一夏のスケベ!!」

「痛ッ!?」

 

そう言ってからかう一夏の足を鈴は思いっ切り踏んづけると、さっさと自分の部屋へ入って行く。

 

「もうッ・・・一夏ってば大胆なんだから! ちょっとスケベだけどそんな処も、あ・・・アリよね?・・・・・って、あれ?」

 

其の逃げる様に入った自分の部屋に対し、彼女は実に妙な違和感にかられる。『懐かしい』等と云う不思議な感覚が心に浮かんだのだ。

 

「(私、なんで懐かしいなんて・・・私は小学生の時からずっと日本に・・・だけど今は中国に家が・・・・・あ、あれッ? そう言えば、なんで私・・・ッ・・・)」

 

鈴は此のモヤモヤとする違和感の正体を探ろうとするが、煙を掴むばかりでスッキリとしない。

 

「ッ・・・あぁ~も~~! なんかスッキリしないわねぇ!! ”前にも”こんな事あったけ? 確かその時は”春樹”が・・・・・・・・あれ?」

 

”前にも”? 前にもとはどういう事だろうか?

其の時、何故か彼女の脳内にとても奇天烈な笑い声が響いた。

 

―――――・・・阿破破破ッ!」

「え・・・ッ?」

 

其の笑い声を鈴は良く知っていた。そして、其の声の主も彼女は良く知っていた。

”あの夜”、酒を飲んで顔を真っ赤にしてヘラヘラ自分に語り掛ける白髪金眼の男の事を鈴は思い出す。

 

「は・・・るき・・・って、誰だっけ? あれ・・・学校にそんな人・・・・・あれッ?」

 

闇夜に浮かぶ月の様な目が、どうしても彼女には忘れたくとも忘れる事が出来なかった。

しかし、其の男を何とか思い出そうと幾ら首を傾げてもどうしても出来ない。

 

「―――――おい、鈴。大丈夫か?」

 

「えッ・・・えぇ、大丈夫よ」

 

だからシャワーを浴び終え、後から部屋へ入って来た一夏に気付くのが一拍遅れてしまう。

鈴はそんな自分をすぐさま取り繕って彼のいる方へ振り返るのだが―――――

 

「ッ、ちょ、ちょっと一夏!? あんたなんで服着てないのよ?!!」

 

振り返った先に居たバスタオルを腰に巻いただけの一夏に彼女は動揺を隠せずにいた。

 

「え? だって俺の服、びしょびしょになっちまったし・・・着るものないじゃんか」

 

「だからってそんな恰好で家の中うろうろしないでよ! ちょっと待ってて、お父さんの服があったはず―――――

「・・・鈴ッ」

―――――ッ、きゃ!?」

 

そう言って部屋から出て行こうとする鈴だったが、一夏はそんな彼女の腕を掴むと一気に自分の方へと抱き寄せる。

 

「ちょ・・・ちょ、ちょ、ちょちょちょ、ちょっとッ、い、いい、い、一夏!!?」

 

無論、余りにも大胆な彼の行動に鈴は吃驚仰天してしまうが、顔を真っ赤な茹蛸にする彼女の耳元で一夏はゆっくりと囁く。

 

「・・・いいか?」

 

其の甘い言葉に加え、雨で濡れて冷えた鈴の身体へシャワーから上がったばかりで表皮の熱い一夏のぬくもりが直に伝わる。

此れに対して彼女は「あ・・・うぅッ・・・」と思考能力がショートしてしまい、近くへあったベッドにトサッと押し倒される事を許してしまう。

 

「鈴・・・」

「い・・・いちかぁ・・・」

 

熱い涙で濡れた瞳を除きながら自分の髪を掻き揚げる彼へ覚悟を決めた様にゆっくりと鈴は目を閉じる。

其れを合図に一夏は彼女の着ている服のボタンを一つずつゆっくりと外していき・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――おどりゃ、オメェ・・・何やりょーるんなッ?」

 

「―――――え?」

「―――・・・へ?」

 

さて此れからお楽しみタイムという調度其の時。一夏が閉めた筈のドアから酷いしかめっ面を晒した白髪金眼の男が現れ出でたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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133話

 

 

 

―――――ありのまま、今起こった事を話すでよ。

『電脳世界の入り口で、俺が六つある内の一つの扉を開けてみたら、”熱の籠った瞳をしとる鈴さんに腰にバスタオル巻いただけの”ハズレ”が覆い被さっとった』

 

・・・・・・・・・・・・・・・阿”ッ?

おいッ・・・・・おい、オメェ・・・おい、オメェふざけるんじゃねぇーよ。

こっちゃあ酒で頭がメロメロの状態で鬼畜米兵のボケ共達とどったんばったんドンパチやって来たんじゃぞ。

其れもISなんぞ纏わんと、改良点が未だあるじゃろう軽量してもまだちょっと重い新型EOSで戦うたんじゃぞ。

御蔭で装甲版の隙間を縫うてナイフで刺されて血は出るわ、ライフル弾や散弾撃ち込まれて肉を抉られるわ、銃座で殴られて骨を折られるわ、散々な目に合うた。

しかもスキットルに銃弾が突き刺さっとるし。

あぁ・・・今回も今回でホント、向こう傷が増えたで。あぁ、酒飲みたい。アルコールを摂取したぁい。

 

・・・・・其れなのに・・・其れなのに・・・

オメェッ、何しょーるんならッ?!! 此のボケカスがぁあッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「は・・・”春樹”!?」

 

此方をしかめっ面で伺う見た事もない”白い制服”を着た”見知らぬ男”の名を鈴は酷く狼狽えた様子で叫んだ。

 

「おい、鈴。こいつのこと知ってるのか?」

 

「えッ・・・え、えと・・・(あれッ? なんで私、この人の名前知ってるんだっけ?)」

 

虚無虚無しい眼で自分達を見る彼に動揺する鈴を余所にバスタオル装備のみの一夏は「誰だッ、テメェ!!」と凄まじい勢いで男の胸倉を掴み上げる・・・・・のだが、此れは最悪の悪手だ。

何故なら此の浜に打ち上がった魚の目をした様な男は、此処に・・・正確に言えば、此の”電脳世界”を訪れる前にあの”残虐非道な特殊部隊”『アンネイムド』を撃破した学園の狂戦士と名高い―――――

 

「・・・・・るんじゃねぇ・・・ッ」

 

「はぁッ?! なにブツブツ言ってるんだよ! いいからさっさと出て行けよ!! 警察呼ぶぞ、このやろ―――――」

フザケルんじゃねぇええッ!!

 

バキィイッ!と男は自分の胸倉を掴む一夏の腕を振り払うや否や、其の一夏の顎目掛けて下から上へ鋭くも重い掌底を打ち放つ。

無論、此の躊躇はおろか容赦もない正確無慈悲な打撃によって一夏は「ぶげぇッ!?」と踏んづけられた蛙の様な呻き声を挙げるが、男は更に彼の踏み出した足を膝から思いっ切り圧し折った。

 

「―――――ッ、うぎぃあああぁああッ!!?」

「い、一夏!!」

 

断末魔を挙げてうずくまる一夏へ声を挙げる鈴だが、そんな彼女を余所に男は一夏の黒い頭髪をもぎ取る勢いで掴むと、其のまま彼を部屋の窓辺へと円盤投げのスタイルで放り投げる。

 

ガシャーン!と割れて砕け散る窓ガラス。

其の後すぐ、どしゃりと地面へモノが叩き付けられる音が木霊した。

 

「ッ、一夏ぁあ!! ちょっと春樹! いくらなんでもやり過ぎよ!! あれじゃあホントに一夏が―――――

「喧しいッ!!」

―――――ッ?!!」

 

喚こうとした彼女に間髪入れずに学園のバーサーカーこと清瀬 春樹は怒鳴り返す。

其の彼の余りの酷く恐ろしい形相に対し、鈴は思わず圧倒されてしまって息を飲んでしまう。

 

「確かにッ、二人の愛の営みを邪魔した事は謝るわ! じゃけど、今はそねーな事をやっとる場合じゃなかろうがな!! 学園のシステム復旧はどうしたんならな?! つーか、いつの間にあの鈍感屑と恋人になったんじゃ、鈴さんはぁ?!!」

 

「し、システム復旧・・・? なんのことよッ、なに言ってるのよ! それに私は前から一夏と―――――」

 

鈴が其処まで言葉を発した後、「・・・あ・・・あれ?」と彼女の脳内に大きな疑問符が浮かぶ。

「一体いつから自分は彼と恋人同士となったんだろう?」と、「自分から告白したのか? 其れとも一夏から?」と。

思い出そうとしても、どうしても思い出す事が出来ない。

 

「まさかじゃと思うが、またあんな馬鹿みたいに遠回しの告白をしたんかッ?」

 

「ば、バカみたいな告白って・・・な、なによソレッ?」

 

「何じゃ、忘れたんか? ほれッ、『料理が上達したら、毎日私の酢豚を食べてくれる?』ってヤツじゃ」

 

「ッ、そうよ! 私は一夏に確かそう言って告白したのよ!・・・って、え?」

 

春樹の言葉に大きく頷く鈴だったが・・・次の瞬間、彼女の脳内にある映像がフッと再生される。

其れは、目の前の春樹と見覚えのない見知らぬ”筈”の金髪少女と共に玄米茶を飲みながら恋愛相談をする様子でもあったし、自分の心の内に溜まった鬱憤を見た事も触った事もない”筈”の赤黒い鎧を着て一夏にぶつけていた様子でもあった。

 

「そ・・・そうよ・・・あの鈍感バカったら、私の一世一代の渾身の告白を「毎日酢豚を奢ってくれるなんて、ありがたい」って解釈しやがったのよ!」

 

「応ッ、そうじゃ。そんで君は野郎はぶっ飛ばそうとクラス対抗戦で頑張ったろうがな!!」

 

「うん! でも、もうちょっとの所でゴーレムが邪魔して・・・き、て・・・・・」

 

「あれ?」と、またしても鈴はフリーズしてしまう。

確かに春樹の言う通り、彼女はクラス対抗戦で鈍感な一夏を相手に”IS”を纏って試合を行った。

しかして此処でもまた鈴はある矛盾に気が付く。

 

「あ・・・あれ? でも、今の私は中学生で・・・でも、クラス対抗戦は”一学期”にやったんでしょ? だから・・・・・あれぇ??」

 

「おい、鈴さん? 大丈夫か?」

 

泉の様に湧き出る疑問符に次ぐ疑問符に対し、頭を抱えてウーンウーンと唸る彼女を余所に春樹は「まぁ、ええわ」と壊れた窓ガラスの外を見る。

すると其処には体を丸めた状態で絶叫を挙げて転がる一夏の姿があった。

 

「オラぁッ!!」

「ゲッばぁあ!!?」

 

さすれば春樹は颯爽と窓から飛び出すと、そんな一夏の鳩尾をサッカーボールでも蹴るかの様に萬力の力を込めて蹴り上げた。

メキメキィッ!と筋肉と骨が千切れて砕ける生々しい音の後に響いたのは、実に汚らしい胃液と唾液混じりの断末魔だ。

 

「な・・・なんでこんな事するんだよぉ・・・ッ!? 誰なんだよぉ、お前はぁ・・・!!」

 

「阿ぁ? おいおいおいおいおい、何忘れとるんじゃよオメェ? 俺とオメェはドドメ色の糸で結ばれた仲じゃろうがな。えぇッ、織斑ちゃぁあん?」

 

其の声と共に再び響いたのは、またしても酷く耳障りな生々しい音と潰された蛙の様な断末魔。

其れが何度も何度も何度も何度も何度も響き渡る。

そして、いつしか其のメロディに「阿破破・・・阿破破破ッ!」と云った奇天烈な笑い声が混じる様になった。

 

「オラオラオラァッ!! こんのボケカスがァア! 死なん程度に殺してくれるわぁああッ!!」

「ゲぼばぁあッ!!?」

 

・・・いくらアンネイムド達との戦闘の後とは言え、アドレナリンが出っ放しの状態で正気を失った春樹を傍から見れば、唯の悪党である。

 

「う、うわぁ・・・ッ」

 

其れを窓の外から眺めるのは、フリーズから漸く立ち直った鈴であった。

そんな彼女のドン引きの目に気付いたのか。何とも不様な姿を晒す一夏が「ッ、り・・・鈴・・・!」と手を伸ばす。

 

「た、たすけ・・・助けてくれッ、鈴!」

 

「・・・ッ・・・!」

 

其の酷く哀れな姿に鈴は”ある事”を確信した。

其の”ある事”とは―――――

 

「やっぱり・・・あんたは一夏じゃない。”偽物”よ!」

 

「!!」

 

「全部・・・全部思い出したわ。そうよ、あの鈍感バカがあんな告白で私の恋人になってくれてるなら、とっくの昔に私達は付き合ってるわよ!!」

 

彼女の視界に映っている織斑 一夏は、鈴が「こうだったらいいな」と造り上げた”幻想”であったのだ。

 

「それに・・・それにどんなにボロボロなっても、一夏はそんな無様に助けを乞うような事はしないわ!! 絶対によッ!!」

 

「・・・・・」

 

そう鈴の張った声に対し、一夏・・・いや、ニセ一夏は何処か機械的にゆっくりと立ち上がると無機質なノイズ混じりの音声を発する。

 

「ワ・・・ワールド・パージ、異常発生。コレヨリ、ショウガイハイジョヲ開始スル》

 

そんな一夏の声とは似ても似つかない声と共にニセ一夏の白目が墨でも入れたかの様に真っ黒に染まり上がり、瞳は金色に変色した。

・・・・・したのだけれども・・・

 

「おんどりゃぁアア!!」

《!?》

 

本物だろうが偽物だろうが一切関係ない様子で、殴打を加えようと拳を振るう。だが、そんな彼の拳をニセ一夏は先程とは打って変わって容易に掴み取った。

 

ニヤリとほくそ笑むニセ一夏。

普通なら此処で拳を掴まれた春樹はギョッとした表情で動揺し、ニセ一夏の反撃を許してしまう・・・・・筈だったのだが。

 

「どっせい!!」

《ッ!?》

 

間髪入れずに春樹は部分展開した琥珀の左腕部でニセ一夏にスマッシュを打ち放つ。

余りに想定外の攻撃にニセ一夏は後方へと殴り飛ばされてしまった。

 

「さぁて・・・其れじゃあトドメといこうかのぉ」

 

土煙を上げて倒れるニセ一夏に対し、春樹は武装の一つである鍵鉈を展開する。

其の刃で確実に頭を・・・いや、例え頭をかち割らずとも手足の一本や二本を大根の様に叩き斬るつもりだ。

 

「―――――ちょっと待って春樹」

 

「阿?」

 

しかして、そんな彼を静かに呼び止める声が一つ。

其の声に応えて春樹が振り返ってみれば、其処には自らの専用IS『甲龍』を身に纏った鈴が佇んで居るではないか。

 

「私に・・・やらせてくれない?」

 

いつもの目の輝きを取り戻した彼女に春樹は「・・・阿破破ッ」と口角を三日月に歪めると「どうぞ」とばかりに道を譲る。

 

《り・・・り、リリ、リりりンんんんンン!!》

 

「私を惑わせた罪・・・・・しっかり落とし前付けて貰うわよッ!!」

 

そう言って鈴はズドムッ!!とニセ一夏はへ最大出力の衝撃砲を喰らわせた。

すると其の破壊力故か。ニセ一夏の身体はまるで引っ繰り返したジグソーパズルの様にバラバラとなり、其れと同時に夕陽に照らされた世界も崩れ始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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134話

 

 

 

「ねぇ、やっぱり知ってたの?」

 

唐突な鈴の問いかけに春樹は「阿? 何がじゃ?」と表情を歪める。

 

彼女の頭に思い浮かべた理想の幻想世界でニセ一夏を倒し、パズルをひっくり返した様に崩れる世界から何とか脱出した鈴と春樹の二人は”五つの扉”が立ち並ぶ星空の世界へと佇んで居た。

 

「なにがって・・・そりゃ、あの一夏がニセモノだってことによ。でなきゃ、あんたが最初っからアイツをあんなにもブチのめさなかったでしょ?」

 

自分が想像した理想像丸出しのニセ一夏の正体を見破る処か、デレデレに籠絡されていた事に対し、鈴は若干の恥を感じていた。

其のニセ一夏を一目で見抜いた鋭い観察眼の秘密を探る様に彼女は春樹を見る。

・・・しかし。

 

「いや、知らんよ。」

「・・・へッ?」

 

彼からの返答に鈴は目を丸くするが、春樹は更にこう続けた。『別に”アレ”が本物でも偽物でも”どっちでもええ”』と。

 

「ど、どっちでも・・・って、あんた・・・ッ」

 

彼の言葉を聞き、鈴はちょっと身を引いた。

何故ならば、春樹のニセ一夏への対応は確実に息の根を止める様な攻撃であった為だ。

先にニセ一夏が彼の胸倉を掴んだとは云えども、其の応酬に頭蓋骨を砕いて脳を揺らす鋭くも重い掌底と右膝を圧し折る足蹴では『目には目を、歯には歯を』では当然釣り合わない。

其れに電脳世界でのダメージが現実世界でのダメージへ反映されるかもしれないので、余計に彼女は動揺した。

 

「ッ・・・ほんっと、あんたって一夏の事が嫌いよね」

 

「応ッ!」

 

口端を引き攣らせる鈴に春樹は両目と口を綺麗なアーチに曲げて微笑む。

其の表情と薄目の間から垣間見える金色の焔に何故だか思わずドキッとしてしまった。

だから、鈴は興味本位で彼に聞いた。「どうして其処まで一夏の事が嫌いなのか?」と。

そうしたら・・・・・

 

「まず、野郎のしみったれたイケメン顔が嫌いじゃろう。声は、まぁ中の人がエエとしても、独りよがりの正義感振りかざす口だけの性格が嫌いじゃろう。其れに―――――」

 

出るわ出るわ、多いに出るわ一夏に対する恨み節に罵詈雑言の数々が。

其れに対して鈴は「お・・・おう」と当初は身を引いて聞いていたのだが、「鈍感な所がホントに屑過ぎて笑えない」と云う点については、打って変わって大いに賛同した。

 

「そうなのよ! アイツってば、私が一生懸命に勇気を振り絞った言葉を「ん? なにか言ったか?」で済ませるのよ!! ホンット、肝心な所で聞こえないって何なの?!」

 

「じゃーじゃー! どんな突発性難聴なんじゃ?! 馬鹿じゃねーの? いや、馬”夏”じゃねぇーの?!!」

 

其の一点で大いに盛り上がる二人だったが、此処でふと春樹は彼女に前から思っていたであろう疑問符を投げ掛ける。

 

「じゃけど、鈴さんや。なして、そねーな鈍感屑肝心要の時に難聴野郎へ恋心抱いとるん?」

 

「ッ、そ・・・それは・・・・・」

 

少しの間、頬を赤らめて口籠った後、大きく深呼吸をして言葉を紡いだ。

 

「私ね・・・小学生の時、日本へ家庭の事情で移住したのよ」

 

「阿? あぁ、確か篠ノ之のヤツと入れ代わり立ち代わりで転校したじゃー何じゃーかんじゃーって言よーたなぁ」

 

「うん。その時、私、日本語もあんまりできなくって・・・それに私の名前って「鈴音」でしょ。それをバカな男子共が「リンリン、リンリン! パンダのリンリン!」って言って茶化して来たのよ。それを―――――」

 

「あぁ、なるほどな。其処に颯爽と織斑の野郎が現れて君を助けてやったと・・・・・何だか、分かり易いやっすい恋愛フラグじゃの」

 

「い・・・言わないでよ、私だって気にしてるんだから。自分でも思うわよ、「ちょろい女だな~」ってさ」

 

そんな俯く鈴に対して春樹は「ホンマじゃ。チョロいヒロイン・・・”チョロイン”じゃわぁ」と揶揄うが、静かに「・・・殴るわよ」と握拳へISを部分展開して見せつける彼女に「悪ぃ悪ぃ」と苦笑い気味の平謝りをする。

 

「だから・・・だから、ちょっとアンタ達が羨ましいわ」

 

「阿? どういうこっちゃ?」

 

「だって、二人は互いに素直に伝え合って思い合ってるじゃない。それが、私にはとっても羨ましい事よ・・・」

 

「・・・・・」

 

溜息と共にそう吐き連ねる鈴に春樹は何とも微妙な表情で視線を逸らす。

確かに彼女の言う通り春樹は”彼女”と思いと想いを積み重ねて来た。されど其れに思わぬ茶々が入った為、彼は思い悩む事となったのだから。

 

「・・・鈴さん、俺はね―――――」

《―――――春樹、聞こえる?》

 

彼が何かを呟こうとした其の時、通信障害が回復し、本部に居る簪からの応答が入って来た。

其れに春樹は気を取り直して返答をする。

 

「あぁ、聞こえるでよ。こっちで鈴さんを確保したけんな。ほれ、鈴さん」

「えッ。あ、あぁ、もしもし簪?」

 

《無事で良かった。とりあえず・・・鈴さんはこっちに戻って来て。電脳世界のハッキングによるバイタルチェックをしたいから》

 

「わかったわ」

 

「簪さん、俺はどうするでよ?」

 

《春樹には、そのままみんなの救出をお願いしたい。でも、身体・・・意識の方は大丈夫?》

 

「応ッ。パチモンとは言え、糞野郎の顎を砕いて足を圧し折ってやったけんな。清々しい気分じゃでよ」

 

《・・・どういうこと?》と首を捻る簪に春樹は「帰ったら詳しく話さぁ」と悪戯っ子の様な笑みを浮かべていると、二人の目の前に木目調の扉が現れる。

 

「じゃあ私は行くけど・・・みんなの事、頼んだわよ」

 

「ん、頼まれた。織斑の事は気が向いたら助けてやらぁ」

 

「全員ちゃんと助けなさいよ。あ・・・あとね・・・ッ。あんたが来なきゃ私、あの世界に囚われたままだったわ。ありがとうね、春樹」

 

「阿?」

 

照れ臭そうに頬を紅潮させて感謝を述べる鈴に春樹は驚きつつも「阿破破ッ」とケラケラ笑いながら扉の向こう側で光の粒子となって消える笑顔の彼女を見送った。

 

「はぁ~・・・危ねぇ危ねぇ、健全なDKだったら危うく惚れる所じゃったでよ。ホントになしてあねーなエエ女があねーなボケカス屑鈍感男にホノ字なんじゃろうか?・・・・・畜生、なんかムカついて来たわぁ。今度は野郎にゲロ吐かせてやろ。・・・まぁ、其の前に。あの娘に謝らんとな。其れにちゃんと”ケジメ”も着けんと」

 

そんな事をブツクサ云いながら春樹は五つ並んだ扉の前へ立つと、あの選ぶ歌を口遊んだ後でドアノブに手を掛けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

―――――扉を開けると其処は・・・・・

 

「ほへ~、何じゃーこりゃあ・・・ッ」

 

三百六十度何処を見ても見回しても綺麗な花々が咲く実に洗練された庭園が広がっとった。

 

「しっかし、何処じゃあ此処ぁ? 見た感じで言うと間違いなく此処は日本じゃねー事は解る」

 

庭園の感じからしてヨーロッパのどっかじゃろうな。

ヨーロッパ云う事は、メンバー的に言うとイギリスかフランスかドイツのどれか何じゃろーが・・・

 

「屋敷を見る感じとしては、イギリスか? という事は、セシリアさんか?」

 

庭園の細工垣根の背後にそびえる屋敷・・・いや、此の場合は”城”と言うた方がエエんか?

『ダウントンアビー』とかに出てきそうな建物じゃもん。見る感じに年代物・・・という事で導き出された答えがリアル英国貴族のセシリアさんじゃ。

 

「でも、とても電脳世界とは思えんな。花のエエ臭いがすらぁ。何だか久々に花の香りを嗅いだわぁ。・・・母ちゃんもガーデニングしょーたしなぁ」

 

此処にある赤や白の薔薇じゃー何じゃーかんじゃーみたいな花じゃあなかったが、実家の庭を綺麗に飾っとったなぁ。

・・・・・母ちゃぁん・・・

 

「ッ、おえんおえん。今はホームシックに浸っとる場合じゃないでよ。此の世界のキーキャラを探さにゃあな。何処に居るんじゃあ?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

青々と茂った緑と其れに彩を添える花達が並ぶ庭をとりあえず彼は赤い薔薇達が絡む鉄柵を伝って城の入口へと向かって突き進む。

 

「・・・のどかじゃわぁ。ポカポカ陽気で気持ちエエわぁ~」

 

途中、任務を忘れて道沿いに咲き誇る花に目を奪われて彼女達を愛でる。

此の世界に来るまでテンションのアップダウンが激しい場所でドンパチやっていた為、和やかな雰囲気に充てられてしまって表情がツイツイ綻んでしまう。

だが、其の度にすぐに我に返って任務遂行の為に探索を再開する春樹。

 

「阿? ありゃあ・・・」

 

そんな彼の遠くの視界に見慣れた縦巻きロールの金髪と青いカチューシャが映る。

琥珀を常時部分展開している為、遠目からでもヴォーダン・オージェの機能で正確に確認する事が出来た。

 

「声は聞こえんが、随分と楽しそうじゃのぉ。つーか、誰じゃああの人らぁは?」

 

よくよく見れば、白いワンピース姿のセシリアと共に丸テーブルを囲む金髪の紳士と茶髪の淑女の二人の人間がティーカップを片手に談笑しているではないか。

どうやら三人でお茶会をしているようだ。

 

「鈴さんの世界のボケをぶっ壊したみてぇにあの二人をデリートすりゃあエエ感じじゃろうか? あ~、でも鉈持ってあの輪の中に入ってから二人の頭をかち割るのは気が引けるなぁ」

 

「しょうがねぇなぁ」と春樹は左手へコンバットリボルバーを展開し、シリンダーに弾丸を装填する。

弾の種類としては、いつも使っている非殺傷の氷結弾ではなく、鋼鉄の装甲版も撃ち抜く徹甲弾だ。

 

「現実世界だとこねーな事は絶対にやらんが、此処は電脳世界で幻想に囚われているセシリアさんを助ける為じゃ。全くもって気が引けるが、やるしかないけんなぁ」

 

・・・等と云いながらも春樹は口端を引き攣らせながら近くにあった枝を台座にし、銃口をを標的の頭に差し向ける。

 

「すぅーはぁーッ(拳銃で狙撃なんて久々じゃわぁ。一気に間髪入れず仕留めるか)」

 

深呼吸しながら春樹はゆっくりと撃鉄を引き起こすと、金色の焔が零れる眼を細めて暗夜の霜の如くこれまたゆっくりと引き金を絞ってゆく。

此の何処かのほほんとした雰囲気の世界に充てられて表情は和らいでいるが、彼の根底にある異常性は未だ牙を剥き出しにしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――しかし、撃鉄が弾薬莢の雷管を叩く其の刹那であった。

 

「・・・・・阿ッ?」

 

しゅるりッと布擦りの音が彼の耳に入る。

何だと思って見てみると自分の首に鉛色のワイヤーの輪っかがかかっているではないか。

 

「ッ、うギげぇぁ嗚呼あああッ!!?

 

無論、「ヤバい!!?」と春樹はワイヤーを切ろうとしたのだが、既に時遅し。無情にもワイヤーは首骨を圧し折る勢いで締め上げ、彼を一気に垣根を中へと引きずり込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

「あら・・・?」

 

「ん? どうかしたのかい、セシリア?」

 

「今、何か聞こえませんでしたか?」

 

「いや、別に何も聞こえなかったが・・・君は聞こえたかい?」

 

「いいえ、私も聞こえませんでしたわ。それよりもセシリア? 御紅茶が冷めてしまいますわよ」

 

「スコーンもまだあるからね」

 

「はい、ありがとうございますわ。”お母様”、”お父様”」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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135話


※話の展開が駆け足気味です。



 

 

 

恐らくセシリアの幻想を具現化したであろうと思われる電脳世界を訪れた春樹は、早々に此の世界より離脱する為に此の世界を構築している要因を手持ちのリボルバーカノンで撃ち抜こうとしたのであるが・・・・・

指を掛けた引き金を絞ろうとした瞬間。春樹の首に輪っか上のワイヤーが引っ掛かるや否や、萬力の力を込めて彼を後方彼方へと凄まじい勢いで引きずって行ったではないか。

 

うギぐげッェええエあ”え”え”ッ!!

 

絞首刑を受ける死刑囚が如く、酷く汚らしい断末魔と唾液を吐きつつズルズル引きずられてゆく春樹だが、彼がいつまでも唯只大人しく現状に甘んじている男ではない事を皆々様は御存じの筈。

 

ふざッ・・・けんじゃねぇ!!

 

ジャギンッと左手首から取り出したるは銀色に煌めく隠し刃、名をウルナ・エッジと申します。彼は此の刀身で自分の首から張った鉛色の絞首縄をブチリと切った。

無論、ワイヤーを切った事で身体は勢い良く地面に打ち付けられ、ゴロゴロとのた打ち回る。

 

「ゼーはぁッ、ゼ~はぁッ!! く、苦しかった! 何じゃーな一体!?」

 

首を締め上げられる力から脱した事で漸く空気を吸える事が出来た春樹は、泥と折れた草木に汚れる身体を震わせながら此の箱庭の何処かに潜んでいるであろう敵の様子を伺った。

 

「ふぅー、ふぅーッ!(く、糞垂れがぁ・・・ッ。完全に出鼻を挫かれた! 鈴さんの居った場所と違うて、完全に”出待ち”をしてやがった。糞がぁッ、獲物は俺の方か?!!)」

 

彼は身を屈め、青々と茂る細工垣根に身を寄せて辺りを伺う。

しかし、視界に映るのは美しい花々の色とムカつくくらいに清々しい青空だけだ。

 

ズダダダダダッ!!

「ッ、いぃいッ!!?」

 

そんな色鮮やかな景色からライスシャワーの如く降り注いで来たのは、美しい景色とは打って変わってくすんだ鋼色の弾丸達。

彼等は肉を食い破って骨を砕かんとと突っ込んで来るが、春樹は其れを寸での所で漸う回避する。

恰好なんて気にしていられない為、またしてもゴロゴロと地面に転がって此れを避けた。

 

「ぬぉおおおおおお! フザケんじゃねぇええッ!!」

 

連射される銃撃に追い付かれぬ様、彼はローリングを繰り返す。

一見すると其れは酷く滑稽で無様なモノであったが、本人は大真面目に真剣である為に滅多な事は言えない。

 

―――――ガジャッ

「ッ、其処じゃボケェ!!」

 

だが、そんな姿を晒す男にも反撃の合図が鳴る。其の合図とは、空になった弾倉へ新たな銃弾を差し込むリロードの音だ。

戦闘による超感覚を有している春樹は、其の音が鳴った方向へ銃口を差し向ける。

 

ズダンッ!!

 

漸く撃ち鳴らされた銃撃の音と共に銃口から射出された徹甲弾は敵に着弾したのだが、春樹は「ッチィ!」と忌々しそうに舌打ちをする。何故なら此の正体不明の敵は発射された弾丸を最小限の力を使って受け弾いたのだ。

 

「ッ・・・!」

 

しかし、着弾の衝撃を完全に受け流す事には失敗したのか。身を隠していたであろう細工垣根の中から敵は漸く姿を晒した。

 

「ッ・・・おいおいおい・・・!」

 

其の敵の姿に春樹はギョッとしてしまう。其れも其の筈。彼の視界に映ったのは、赤毛のブリティッシュメイドであったからだ。

 

「アンタぁ・・・誰じゃあ?」

 

表情を歪める彼の疑問符に対し、メイドは実に丁寧な礼節を弁えた様な態度をとる。

 

「お初にお目にかかります。私、オルコット家でセシリア御嬢様の専属メイドをさせて頂いております、『チェルシー・ブランケット』と申します」

 

随分と落ち着いた雰囲気を醸し出す彼女に春樹は「ほう・・・」と身体に付いた草花や泥を叩き落としながら唸った。『目の前に居る此の人物は、生半可な手数で勝てる相手ではない』と。

 

「メイド、か。リアルで本物のメイドさんを見るんは初めてじゃ。・・・いや、此処ぁ電脳世界じゃけん”リアル”って言葉はオカシイな」

 

「セシリア御嬢様の御学友であられる清瀬 春樹様でございますね。先程は礼節も弁えない手荒な真似をしてしまい、申し訳ございませんでした。ですが、御嬢様に危険が及ぶかと思っての行動です。どうぞご了承ください」

 

「そういう事なら、構わん構わん・・・・・なんて、言うと思うたかボケェ!」

 

春樹は怒号と共にズダンッ!とチェルシーに向かってリボルバーカノンを発砲する。

だが、其の行動を彼女は読んでいたのか。回避行動をとると共に袖口に忍ばせていたサブマシンガンをズバババッ!と発砲した。

此れを春樹は何とか避けると再び撃鉄を撃ち鳴らす。

 

「此の・・・ッ! メイドはメイドでも戦闘メイドか、テメェ!!」

 

「御免あそばせ」

 

激しい銃弾と銃撃の応酬が両者の間で繰り広げられるが、銃の構造状先に弾が無くなったのはリボルバーを使う春樹の方で、彼は持ち前の反射速度と逃げ足で逃走する。

 

「(畜生めッ! 『オーバーロード』に出て来る『プレアデス』ってより、『ブラックラグーン』の『ロベルタ』かよ!! なら、フリントロックライフルでも使っとけや!!)」

 

「其処です」

 

「うわぁおッ!?」

 

シリンダーに弾を装填しようとしても彼女は其の隙を与えてはくれない。

春樹は唯只逃げるばかり・・・ではなかった。

 

「・・・・・何処へ行こうと言うのです?」

 

「おわっと!」

 

チェルシーは不様に逃げるばかりに見える春樹を足止めする様に鉛玉の雨を降らせると、此の銃撃に彼は「・・・バレた?」と苦笑いを晒した。

何故に苦笑いをしたかの理由としては、春樹は逃げる振りをしてセシリア達が楽しくお茶会をする場所に突っ走っていたからだ。

 

「やっぱし・・・近づくのはダメな感じ?」

 

「当り前です。折角の家族団らんの時間を邪魔する気ですか、貴方は?」

 

「家族団らんの時間ね・・・じゃあ、あの二人はセシリアさんの親御さんか。美人なのは遺伝じゃのぉ」

 

「お仕えする私としても嬉しいお言葉です。ですが、不義の輩にはご退場頂きたいのですが?」

 

「・・・御断りじゃな!」

 

そう言って春樹は弾切れのリボルバーの代わりに今度はショットガンを展開した。

 

 

 

 

 

 

グワシャァアア―――アアアンッ!!

 

銃弾の応酬が幾度となく度重なり、二人の戦場は箱庭内にある離れの屋敷へと移った。

 

「糞ッ! どんだけ広いんじゃ、此処ぁ?!」

 

春樹としては、セシリア達のいるお茶会場から大分距離を離された為に渋い顔をする。

ISを全展開すれば怪力無双の力を誇る彼でも今はほぼ生身の左腕だけの部分展開。米軍特殊部隊アンネイムドを屠った時には新型EOS義月を纏っていたが、今は其れもない。

現状、春樹は劣勢に立たされている。何とか壁際に隠れながらチェルシーの攻撃を耐えるばかりが精一杯だ。

 

「もう十分抵抗されたと思われますが・・・如何でしょう?」

 

「阿呆か。こっちはセシリアさんを連れて帰らにゃあおえんのんじゃけんな!」

 

そう言って春樹は壁から立てた中指を彼女に見せつけた。

其れに対し、チェルシーは溜息にも似た鼻息を吐くとつらつらと言葉を並べる。

 

「別に私は貴方を殺そうなどとは思っておりません」

 

「阿”ぁ? どういうこっちゃ?」

 

「私は此の”夢の世界”から貴方を排除したいだけです。御嬢様が奥様と旦那様と共に笑っていられる為ならば、私はどんな事でも致しましょう」

 

慈しみに満ちた表情で語るチェルシーに無言で答えていた春樹だったが、ふとある事を彼女へ問いかけた。

 

「・・・・・ブランケットさん。”人”に”夢”と書いて何て読むか知っとるか?」

 

何の脈絡もない此の問いにチェルシーは疑問符を浮かべる。

そんな彼女に対し、「英国人に漢字の読み方を聞くのは、間違っとるか?」と前置いた後で答えを発表する。

 

「人に夢と書いてな、”儚い”って読むんじゃ。儚いって解るか? 例えるなら、綿飴を水に浸けたようなもんじゃ。まぁ、俺が何を言いたいのかって言うと・・・・・此の世界は間違っとるよ」

 

「・・・・・」

 

「確かに、此処はエエ場所じゃ。遠目じゃけども、あんな笑顔のセシリアさん見たのは初めてじゃ。じゃけど、結局は此処は思い描いただけの幻想世界に過ぎん。甘いが、苦しい夢じゃ」

 

春樹は更に「其れに―――――」と言葉を続けようとしたのだが、其れは止められる事となった。

何故、止められたのか。其れは彼のすぐ脇に安全装置の外れた手榴弾がカランカランと投げ込まれた為である。

 

「ちょッ!? 俺まだ喋ってる途ちゅ―――――」

ドグォオオンッ!!

 

轟音轟く爆音と共に春樹が身を隠していた邸内の壁はおろか、天井までもが崩れ落ちた。

そんな大惨事に合いながらも粉塵立ち込める瓦礫の中から「ゴホッゴホッ!」と咳き込みながら彼は身を起こす。

しかし・・・・・

 

チャキッ

「・・・おう・・・」

 

其の起こした頭にチェルシーはサブマシンガンの銃口を突き付ける。

 

「チェックメイトです」

 

「・・・其の様じゃのぉ」

 

淡々とした会話が二人の間で交わされる。されど、いつまで経っても彼女がサブマシンガンの引き金を引く事はなかった。

 

「・・・撃たんのか?」

 

「私の仕事は貴方の殺害ではありません。私の仕事は、此処から貴方を排除する事です」

 

「あー、そう。んで? 俺を排除してどうするんよ? 此のままずっとアンタはあのお茶会を見守り続けるんか?」

 

「勿論。解ったのなら、早く此処から―――――」

「・・・阿破破破ッ!」

 

再度此の幻想世界から出てゆく様に促すチェルシーだったが、其れを遮る様な奇天烈な嘲笑が木霊する。

 

「・・・何が可笑しいのですか?」

 

「破破破ッ、じゃって・・・じゃって傑作じゃからじゃよ。好き好んで下手な悪夢よりも酷い此の夢に居ろうなんて・・・アンタは筋金入りのトッパーか、真のマゾヒストなんじゃろうな。アンタは極上の道化じゃのぉ、チェルシー・ブランケット? 阿破破破ッ!」

 

そう言いながら春樹は嘲笑う。どうしようもなく尊厳など踏みにじるかの様に何の遠慮もない笑い声を上げる。

其の実に不快な笑いは、チェルシーの神経を逆撫でするには十分過ぎるものであった。

「・・・黙りなさい」と静かなれど熱の籠った口調で彼女は銃口で春樹の頭を小突く。

 

「此処が、この場所が、『悪夢よりも酷い夢』? 此の素晴らしい世界を侮辱する権利など、貴方にはありません。撤回なさい、今すぐに」

 

静かに静かに・・・けれども内に溜まった膿を吐く様に彼へ疑問符をぶつけるのだが、其れに対して春樹は―――――

 

「破ッ・・・嫌じゃね。もう一度行ってやらぁ。此処は悲劇のヒロイン気取りが作った醜悪な世界じゃってな!」

「ッ!」

 

―――あまりにも情け容赦のない最悪な返答をしたではないか。

其の御蔭で彼はチェルシーにドガ!と顔を蹴られる羽目となった。

更に彼女は「うげぇッ!?」と汚らしい声を挙げて瓦礫の上を転がる春樹へ馬乗りになって胸倉を掴む。

 

「撤回なさい・・・あの方の苦しみや、寂しさ・・・悲しみを理解できないようなものが、その様な侮蔑を云う事を許しません!」

 

チェルシーの言うセシリアの苦しみや悲しみとは何か。

セシリア・オルコットと云う少女はイギリスでも名門貴族と言われるオルコット家の出自であり、縦ロールに整えた長い金髪と透き通った碧眼が特徴的な美しい容姿に加え、イギリスのIS国家代表候補性へ選ばれる程の頭脳明晰さだ。

しかし、誰にでも人目にはつかない裏面がある。

其れは、あのお茶会に参加している彼女の両親がもう―――――

 

「悲しみ? 苦しみ? んなもん知るか。どんな悲しみを抱えていようが、どんな憎しみ抱え込んでいようが、他人からすりゃあどーでもエエ事なんじゃもん。理解する事なんぞ出来る訳なかろうがな」

 

「ッ、知ったような口を!!」

 

チェルシーは振り上げた拳を其のまま春樹の顔面へ叩き付ける。何度も何度も叩き付ける事で女の力と云えども、地味に痛い。

 

「其れにッ、ウゲ! 人間はなッ、ぶゲッ!? 偶に自分の事も解らん、ガふ! 解らんよーになるんじゃ! 他人の気持ち何ぞ解るか、阿呆!! 人の気持ちが解るなんてのはなッ、所詮は詭弁じゃッ! 心なんて厄介なものが理解なんぞ出来るか!!」

 

其れでも彼は尚も言葉を吐き続ける。其の度に「だま、りなさい!」と殴られるが、其れでも続けた。

話は変わるが、IS等と云う兵器を動かせてしまった為に春樹は日常を奪われ、此れまで多くの理不尽な目に合わされて来た。

其の事から大きな差異はありながらも似通った境遇を持つセシリアの心を全部とは言わないが、ほんのちょっとでも理解する事が出来た。

だが、唯の其れだけで「君の気持ちは良く解る」等と云ったキザな言葉が吐ける程に彼は己惚れが強い訳ではない。

 

「ッ・・・なら・・・なら何故、彼女に構うのですか?! もういいでしょう!! 彼女の事など放っておいてください!!」

 

此処で疑問符を投げ掛けながら春樹を殴るチェルシーにある変化がみられて来る。

紅葉の様に燃える赤毛が徐々に徐々に金色にあせてゆくではないか。加えて口調にも変化がみられた。

 

「どうして・・・どうして彼女に・・・・・どうして”私”の様なものの為に・・・!!」

 

「”理解したい”からじゃ!!」

 

チェルシーの・・・いや、”セシリア”の手が止まる。

 

「り、理解・・・? で、でもあなたは先程―――――」

 

「おう。人を理解できるなんてのは所詮は詭弁じゃ。じゃけどな・・・じゃけどな、理解する事が出来んけん、人は人を理解したいんじゃ! 知ろうとしたいんじゃ!!」

 

春樹は起き上がり、憧れの人物に”偽装”する事で自分の本心を隠していたセシリアの頬を両手で優しく包んだ。

 

「俺はなんも知らん! 君が今までどんな苦しい目に合って来たか、どんな悲しい目に合って来たか・・・どんな、どんな寂しい思いをして来たかを俺は知らん!! じゃけぇ教えろッ! 君の内をッ!!」

 

「は・・・春樹さんッ・・・・・春樹さん!!」

 

彼の叫びに呼応するかのようにセシリアは宝石の様な碧眼からポロポロと涙を流し、咽び泣く様に彼の胸へ顔を埋めた。

そんな彼女を慰める為、春樹はそっとセシリアの頭を優しく撫でてやる。

・・・されど其の眼はある方向へキッと刺し貫いていた。

 

《わ・・・ワ、ワールド・パージ、いじょ、いじょ、異常発生》

《ワールド・パージ、異常発生》

《コレヨリキョウセイカイニュウニイコウ、キョウセイカイニュウニイコウ》

 

其処に居たのはフラフラと此方に近づいて来る真っ黒な両目を晒した三人の人物であった。

一人はセシリアの母親、一人は同じくセシリアの父親・・・そして―――――

 

「ぐずッ・・・春樹さん」

 

「阿?」

 

アンチシステムが造り上げた幻想へリボルバーカノンを向ける春樹の手の上にセシリアは自分の手を乗せる。

其れが何を意味するのか理解した春樹はそっと自分の得物を下ろす。

 

「どなたかは存じませんが、少しの間だけでも私の心は穏やかな時を過ごす事ができましたわ。ですが・・・・・やはり、いつまでも過去に囚われている訳にはいきませんの」

 

《カイニュウカイニュウ、カイニュウ》

 

セシリアは自らの専用機『ブルー・ティアーズ』を展開し、青い花弁達を宙に舞わせた。

 

「さようなら・・・私のやさしい幻想・・・ッ」

 

涙で震える声を精一杯振り絞りながら、ゆっくりとスターブレイカーの引き金へ指を掛けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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136話

 

 

 

―――――甘いようで苦い、醒めなければいい”夢心地の悪夢”な幻想に対し、セシリアさんは自分自身の手で終止符を打った。

ライフルの銃口から飛び出たショッキングピンクのレーザービームの光が、彼女のサファイアの様に碧い眼から零れる涙に反射しているんがホント印象的じゃ。

 

じゃけど・・・大変なのは其の後じゃった。

ピンクの炎が甘い悪夢を焼き尽くした瞬間、鈴さんの時の様に世界はひっくり返したジグソーパズルみてぇにバラバラと崩れ去って来やがった。

”前回と同じく”巻き込まれたら確実にヤベェと感じた俺は、余韻に浸って呆然とするセシリアさんの手を引っ張って此の世界の出入り口の扉へ駆け込んだ。

・・・幻想世界が崩れる前、チェルシー・ブランケット云うターミ姉ちゃんの皮を被っとったセシリアさんにボコボコにされてしもうとったけん、頭がグワングワンしてしもうたけど、ギリギリ間に合うた。

 

「・・・春樹さん・・・・・ごめんなさいッ」

 

幻想世界から脱出できた後のセシリアさんの開口一番が其れじゃった。

俺は走り過ぎて口ん中が血の味がしてしょうがなかったけん、気が利いた事も言えんと「別に、構ん」なんてゼーハァゼーハァ吐きながら遂々ぶっきらぼうにそねーな事を云うてしもうた。

じゃけん「阿呆か、俺!」なんて、気を取り直して俺は其の不愛想な言葉の後にこう続けた。「其れに、此処は「ありがとう」が適切なんじゃねぇの?」ってな。

 

・・・実を言うと、俺はセシリアさんの造り上げた幻想世界の原因を知っとった。

一学期の始めにあったクラス代表を決める模擬戦が行われる前に俺は彼女の事を調べとったからじゃ。

セシリアさんがイギリスでも有数の名門貴族の出の事も、コネとか無しで懸命に勤しんだ勉学で国家代表候補性になった事も、彼女の御両親が過去の列車事故で・・・・・多分、其の事が関係して、野郎を軽視していた事も俺にゃあ容易に想像できた。

 

じゃけぇ、俺は涙ながらに自分の事を語るセシリアさんの言葉を全部聞く様にした。彼女にあった悲しい事も、寂しかった事も、辛かった事も、全部全部じゃ。

そねーに着飾る事無く自分の内の事を正直に語るセシリアさんを・・・俺はスゲェって思うた。

じゃってそうじゃろう。誰だって自分の事は良く見せたいもんじゃ。じゃけど彼女はそんな事など御構い無しに正直に自分の身の内を俺みてーな野郎に話してくれた。

・・・・・俺も自分の事を隠さんと、もっと”あの娘”に対して―――――

 

《・・・・・き・・・るき・・・春樹、大丈夫!?》

 

「お、応。聞こえとるで、簪さん」

 

セシリアさんの身の上話が終わる頃。部分展開した琥珀ちゃんの左腕から本部に居る簪さんの声が聞こえて来よった。

 

「今度ぁセシリアさんを無事に確保したでよ」

「ご心配をおかけしてしまいましたわ」

 

《良かった・・・途中、春樹との通信が切れたから・・・・・》

 

「やっぱり、扉の先はジャミングがかかって砂嵐になるんか?」

 

《うん・・・》

 

そうかぁ。扉の先は圏外になるけん、簪さんらぁのサポートなんぞ有ってないようなもんじゃな。・・・こりゃあ、思ったよりもえろう大義ぃな。

 

《・・・ごめん、春樹。サポートなのに・・・私・・・ッ・・・》

 

「構ん構ん。俺ぁ大丈夫じゃけん、心配せんでエエ。じゃけどあれじゃわ・・・」

 

《だけど・・・なに? なにか欲しいものがあるの?》

 

「応。其の・・・そっちから酒か何かを、てかアルコールを送れんか?」

 

「春樹さん・・・」

 

ちょッ・・・セシリアさん、そねーな呆れた視線をせんでや。簪さんも「はぁ・・・」って溜息吐かんといて。

しょうがなかろうな! もうアルコール切れがして来たんじゃ!!

俺じゃって、何で電脳世界で手が震えて来るんか解らんのんじゃもん!

 

《簪御嬢様、清瀬君の右手が痙攣をおこしています》

 

おう・・・現実世界の俺の身体もアル中の症状が出よったな。

 

「布仏先輩、俺のズボンのケツポケットにもしもん時の紙パック酒が入っとりゃせんか? 無かったら、別に消毒用エタノールでも飲ましといて下さいや」

 

何て言うたら、簪さんが「ダメ・・・身体に悪い」と却下されてしもうた。

じゃったら、せめて酒を量子変換で電脳世界に送信できんか?

 

《無理》

 

「即答かよ・・・しょうがねぇなぁ」

 

《わかればいい。なら、セシリアさんはこっちに帰還して》

 

「そんなッ!? 私も戦えますわッ、春樹さんに付いていきます!」

 

「ありがてぇけど・・・セシリアさん、向こうでバイタルをチェックして貰いんちゃい。君、幻想世界で他人になっとったんじゃけんな」

 

俺の言葉にセシリアさんは「むぅッ・・・」と口を尖らせる。可愛えけど、そねーな顔してもおえんでよ。

俺は目の前に出て来た現実世界へ戻れる扉へ彼女をエスコートしてやる。

 

「あ・・・あの、春樹さん?」

 

「うん? 何じゃーな?」

 

別れ際、セシリアさんは俺が着とる制服の裾をちょこんと掴んだ。そんでもって「あ・・・ありがとうございました。おかげで助かりましたわ」・・・なんて、真っ赤な顔で言うてくれた。

外見美少女、CVゆかにゃん・・・結構”来る”ものがあるでよ。

危ない危ない。俺が宗かな派じゃなければ、其のぷっくりした唇にキスしとるところじゃったわ。・・・・・まぁ、そねーな冗談はさて置いてじゃ。

 

「さて、アタリかハズレか・・・何が出るかな?」

 

俺は酒切れで震える手でゆっくりと扉のドアノブを引く。

じゃけど・・・此の時の俺は知らなんだ。此の扉の先で俺は”彼女”との決着を着ける事になるなんてな。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・・・何じゃあ此処ぁッ?」

 

扉を開けた先に広がっていた景色に春樹は自らの表情を訝し気に歪めた。

何故ならば彼の目の前にあったのは・・・いや、”建って居た”のは、シンプルなれども洗練された白い外壁の一軒家であったからだ。

一見すると鈴の幻想世界にも酷似していたが、周りを見てみると此の場所は彼女の世界とは違った住宅街である事が見受けられる。

小高い丘の上に立って居る為か、景観は良く。上を見上げれば青く澄んだ空が天を覆っているではないか。

 

「阿~・・・状況が解らん。誰の世界じゃ?」

 

彼は疑問符を浮かべるが、セシリアの世界の様に突然襲われる事も危惧してリボルバーカノンとMVS鉈を展開する。また首に縄を掛けられて引きずられるのは御免被るからだ。

そんな警戒心を露わにする春樹に対し、何の脈絡もなく目の前に建って居る一軒家の玄関がガチャリッと一人でに開いた。

 

「ッ・・・!!」

 

思わず身構え、恐る恐る開いた其の扉へリボルバーの銃口を差し向ける春樹。

扉の奥から出て来るのは果たして何か。自分の身の丈を優に超えるレプタリアンか。其れとも生者の肉を喰らうゾンビ共の群れか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー、ぱぱだぁ!

 

「・・・・・・・・・・・・・・・阿”ッ?」

 

上記の其のどちらでもなく、彼を出迎えたのは淡い金色の髪を持った年端もゆかぬ幼子であった。

此の予想の斜め上を行く想定外の人物の登場に春樹は身を強張らせてギョッとする。

 

ぱぱ、おかえりー!

 

そんな動揺する彼を余所に小さい幼子はとてとてと駆け寄ると、満面の笑みでギュウッと春樹の足を抱き締めたではないか。

 

「お・・・お、おい・・・ッ」

 

なぁにー?

 

此の幼子は先程から自分の事をなんて言ったのか。間違いでなければ『ぱぱ』と云ったのか。『ぱぱ』って何だ。もしや『ぱぱ』とは父親の事を差す『パパ』なのか。

誰が?

自分が?

―――――と云った疑問符がマシンガンの様に脳内へ撃ち放たれる。

 

ぱぱ、どうしたのぉ? おかおがこわいのよん

 

明らかに今までの状況とは全く異なる。

今までの幻想世界では、細菌を排除する免疫抗体の様な存在がこう言う場合には現れた。

されど今の状況は、春樹自身が現れる事で世界が完成されるような―――――

 

「―――――”シャルル”~? どこに行ったのかなぁ~?」

 

あ、ままだ。ままー! ぱぱがかえってきたよー!!

 

「ま・・・ママ、じゃと?」

 

幼子の言葉に眉をひそめながら、春樹は再び一軒家の扉の方を見る。

 

「あッ、おかえりなさい。今日は早かったんだね」

 

「ッ・・・シャ・・・シャルロット・・・?」

 

すると・・・其処に居たのは、生後間もない赤ん坊を抱いたシャルロットが柔らかな笑みを浮かべて立って居たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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137話

 

 

 

「シ・・・・・シャル、ロット・・・ッ?」

 

自分の目の前へ立つ生後間もない乳飲み子を其の手に抱くシャルロットに春樹は呆然としてしまい、思わず構えた得物の切先が地を向く。

 

「ん? どうしたの、”あなた”?」

 

「ッ・・・あ、あなた・・・って・・・!」

 

ぱぱね、さっきからおかしいの

 

「ほら、シャルルが怖がってるよ。も~、困ったパパだね~」

ねー

 

仲良さそうに顔を見合わせる二人に春樹は益々困惑した。

・・・だが、此処は現実世界でない事を彼は知っている。此の”甘い悪夢”から抜け出すには、其の原因となっている―――――

 

カチッ

 

春樹は固唾を飲みつつリボルバーカノンの撃鉄を起こし、静かなれども確実に銃口を自分の足に掴まる幼子の眉間へ当てた。

後は簡単。いつもの様に引き金を引き、傀儡の頭を吹き飛ばすだけ。

・・・吹き飛ばすだけなのだが・・・

 

ぱぱぁ?

「ッ・・・!」

 

果たして彼に其れ程の度量があるだろうか。

今、自分が”壊そうとしている”相手は、傀儡として自らに刃を向けるどころか。自分を”父”と慕い、屈託のない笑顔を向けているのだ。

 

ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ッ!!

 

其れでも春樹は成さねばならぬ。

此の電脳世界に引きずり込まれてしまった仲間を助ける為、彼は心を鬼にして引き金へ指を―――――

 

「―――――春樹」

「ッ!?」

 

顔を上げれば、其処には静かな笑みを浮かべるシャルロットが居た。

 

「大丈夫・・・大丈夫だよ、春樹。ここは安全だから・・・ね?」

 

彼女はそう呟きながら春樹の頬を撫でる。

優しく、慈しみを込めて愛おしそうに撫でる。

其の肌触りが心地良かったのか。一撫で、また一撫でされる度に意識が刈り取られてゆく。

 

「ここは誰も苦しまない・・・みんなが幸せな世界なんだよ、春樹?」

「あ・・・ッ、あぁ・・・・・!!」

 

そして、最後の一撫でによって春樹の意識は完全に刈り取られ、彼の視界は一気に暗転してしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、簪御嬢様! 清瀬君の身体が!!」

 

「は・・・春樹・・・ッ!!」

 

春樹が米国軍特殊部隊アンネイムドとの戦闘を終え、間髪入れずに電脳世界へ突貫して幾分か経った頃。突如として彼の身体全体が大きく震え出した。

 

「ちょッ・・・ちょっと大丈夫なの、これ?!」

 

「春樹さんッ・・・春樹さん!!」

 

釣上げられた魚の様にのた打ち回る様に対し、彼の御蔭で電脳世界から脱出できた鈴とセシリアにも動揺が走る。

まるで其れを具体的に表す様にバイタル測定も異常値を叩き出す。

 

「虚さん・・・春樹との通信はッ?」

 

「ッ、ダメです。やはり扉の先とは通信が断裂されています」

 

「どうすんのよ?! これって結構ヤバい状況なんじゃないの?!!」

 

「簪さんッ! 私がもう一度電脳世界へ行って、春樹さんを!!」

 

「だめッ・・・また、電脳世界へ誰かを送ったら帰って来られない可能性がある」

 

「ッ・・・じゃあ何? 私達はただ黙って見てろっていうの?!」

 

鈴の言葉に簪は下唇を噛んで押し黙ってしまう。

目の前で泡を吹いてのた打ち回る春樹に対し、何も出来ない自分が彼女にはとても恨めしい事この上なかった。

 

「ッ・・・こうなったら・・・!」

 

「か、簪さん?」

 

そんな思い悩む簪は何を思ったのか。ベッドチェアに身体だけを預ける春樹をまさぐり、「あった・・・!」と”ある物”を取り出す。

其の”ある物”とは、『命の水』が入っている銃弾の突き刺さった銀色のボトルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ッ、あ・・・あれ?」

 

一軒家の玄関前で気を失った春樹が今一度重い瞼を開けた時、彼は白いソファへゆったりと腰を据えていた。

辺りを見回せば、洗練されたデザインの家具が並び、自分の着ている衣服は白を基調としたIS学園制服からワイシャツにスラックスパンツに代わっているではないか。

 

だいじょーぶ、ぱぱぁ? だいじょうぶだったら、ぼくとあそぼー

 

横へ振り返ると金髪の幼子が自分の肩へ頭を乗せて此方を見ていた。

シャルロットの眼の色と似た瞳が実に印象的だ。

 

「こーら、シャルル。パパ、お仕事から帰って来たばかりで疲れてるんだからね」

 

やだぁー! ぱぱとあそぶんだもん!

 

「それはご飯を食べた後でもいいんじゃないかな~?」

 

シャルロットの諌言に「ぶー!」と幼子はブウを垂れる。

 

「・・・あぁ。俺ぁ大丈夫じゃで、シャル・・・”ママ”。一緒にテレビで映画でも見よーか、シャルル?」

「え・・・」

 

春樹は可愛らしい我儘を云う幼子の頭を撫でてあやすと「わーい! じゃあさじゃあさ、ぼくこれがいい!!」なんて屈託のない笑顔で自分の見たい作品を彼に指差した。

 

「え・・・あ・・・じゃ、じゃあパパ。マリーのことも頼めるかな?」

 

「応」

 

そんな静かに微笑む春樹へシャルロットは何故だか少しばかり戸惑いつつも自分が抱き抱えた乳飲み子を渡す。

彼女の腕から春樹の腕の中に移った赤ん坊は彼の顔を見るなり、「あー、あー」とニッコリ笑顔を浮かべる。

 

「おー、可愛えのぉ。ママに似て美人じゃわぁ」

 

春樹は朗らかな笑みを浮かべながら赤ん坊をあやし、幼子が見たいと言っていた『借りぐらし』を一緒に見た。

 

「ふふ・・・ッ」

 

其の微笑ましい様子をシャルロットは何処か幸せそうな面持ちで見つつ自分の得意料理を作ってゆく。

そして、豪勢な料理が出来上がると其れを皆で仲良くテーブルを囲んで食べた。

笑い合いながら美味しい食事を楽しむ・・・在り来たりだけれども確かな幸せと云うものが其処にはある様に感じられた。

 

ふぁあ・・・・・

 

「ん? 何じゃあな、シャルル。お腹一杯になって眠うなったんか?」

 

ねむ、くないもん・・・・・ぱぱともっと・・・あそぶ、もん

 

そうは言うが、幼子は眠たそうに瞼を擦っている為に説得力が微塵もない。

春樹はそんな愛し子の背中をぽんぽん優しく一定のリズムで叩いてやると、幼子は愚図りながら必死の抵抗を見せるも結局はくぅくぅ寝息を点てた。

 

「シャルル、寝ちゃった?」

 

調度其の時、同じくくぅくぅ寝息を点てる赤ん坊を抱いたシャルロットが小声で声を掛けて来る。

春樹と彼女は眠る二人の子供を別室に運び、身体が冷えない様に布団をかけてあげた。

 

「二人とも・・・気持ち良さそうだったね」

 

「あぁ、ぐっすりじゃ。ああなったら、当分は起きんじゃろうな」

 

「ふふッ・・・パパに似てるからね。寝つきの良さもそっくり」

 

子供達を寝かせた二人は、リビングでシャルロットの淹れてくれた紅茶で食後の一服をゆったりとソファに腰掛けながら楽しむ。フルーティーな香りが鼻腔をくすぐり、適度に力が抜けてリラックスできた。

其の内、眼を細めて深く息を吸い込む春樹をシャルロットは自分の方へ引き寄せる。そうする事で彼の頭はすっぽりと彼女の母性の象徴へ収まる。

彼は訳も分からず目だけを向ければ、シャルロットの慈しむ顔が大写しになった。

 

「パパ・・・ううん、春樹。ボク、今とっても幸せだよ」

 

「・・・そうか?」

 

「うん。君と出会ってもう”十年”も経つけど・・・出会ったばかりのあの頃は、こんな事になるなんて想像もできなかったよ」

 

「十・・・年・・・?」

 

春樹はシャルロットの放った言葉に疑問符を抱く。

しかし、優しくゆっくり自分の頭を撫でてくれる彼女の掌によって思考力が徐々に機能しなくなる。

 

「でも・・・今の春樹はお父さんの会社でボクや子供たちの為に働いてくれてる。だけど、僕の傍に居る時は無理しないでいいんだよ? ボクは君のことが好きになって、ずっと君を傍で支え続けたかったから”結婚”したんだ。だから、ボクにだけは・・・全てを晒してくれていいんだよ?」

 

成すがまま、されるがままシャルロットに愛撫される春樹は再びゆっくりと意識を手放して―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――なら、もうエエじゃろう?」

 

「・・・・・・・・え?」

 

―――――しまう事はなく、彼はギョロリと金色の焔が零れる眼を彼女へ差し向けた。

突然の事にシャルロットは困惑してしまう。

 

「此処ぁ本当の世界じゃない。現実の世界に帰らんと」

 

「か、帰る? 何を言ってるのかな? 帰るも何も、ここがボクたちの家じゃないか」

 

「違う。此処ぁ甘ったるい悪夢の世界じゃ。所詮はまやかしの世界なんじゃ」

 

春樹は身体を起こして立ち上がると左腕へ自身のISである琥珀を部分展開し、簪達のいる本部へ通信をかける。

だが、返って来るのは砂を巻き上げた様な音ばかり。

 

「悪夢? まやかし? さっきから何を言ってるのさ。それに、誰に電話してるかな?」

 

「やっぱし、外の扉を通っていかんと帰れんか。なら、行くぞ」

 

「ちょ、ちょっと春樹?!」

 

「そうと分かれば話は早い」とばかりに彼はシャルロットの手を引っ張り、家の前に佇む電脳世界の出入り口となっている扉へと急いだ。

しかし・・・

 

「ちょっと待ってよッ。離してよ、春樹!」

 

キッチンの所でシャルロットは春樹の手を振り解いた。

 

「悪い。じゃけど、早うせんと思考汚染が進んで帰れんようになる」

 

「帰れないって・・・だから、ボク達の家はここでしょ! それに思考汚染ってなにさッ? 帰って来てから何だかおかしいよ。会社で何かいやな事でもあったの?」

 

「じゃ~か~ら~! 此処は現実世界じゃないんじゃっちゃ!!」

 

完全に電脳世界に囚われているシャルロットへどういった説明が適切なのかどうか。春樹は思い悩む。

けれども、どう説明したところで彼女を傷付けるしかないのである。

 

「阿ー・・・なぁ、シャルロット」

 

「どうしたの? 何か悩んでいるならボクが聞いてあげるから、そんな悲しい顔―――――

「俺はお前と結婚なんてしてない」

―――――・・・へ?」

 

シャルロットの目が四白眼となり、表情が大きく歪む。

 

「な・・・に・・・言ってる、のさ? 悪い冗談にも、ほどがあるよ・・・! 現にボクは君からもらった結婚指輪をこうしてはめてる! それにシャルルやマリーだっているんだよッ! それなのに、どうして・・・・・ひどい・・・ひどいよ、春樹!!」

 

「じゃあ聞くがッ、俺ぁお前になんて言ってプロポーズしたんじゃ? あの子達は一体いつ生まれたんじゃッ?」

 

「それは―――――」

 

彼女は春樹の言葉に怒りを含ませて反論しようとした。

されど・・・・・

 

「そ、それは・・・えッ・・・・・あ、あれ・・・?」

 

其の行為が薄っぺらい”偽装”を剥がすには十分だった。

目に付く場所へ飾ってあるウェディングドレスとタキシード姿の二人の写真が酷い張りぼての様に感じられる。

 

「ち・・・違うよ・・・ボ、ボクは、春樹と結婚して・・・シャルルとマリーを・・・!!」

 

「違う。シャルロット、お前はまだ十五だし、子供も産んどらん」

 

「やだッ、やめてよ・・・そんなこと・・・・・やだぁ!!」

 

真実と偽装の記憶が入り乱れてしまい、シャルロットはパニックに陥ってしまう。

するとどうだろうか。周りの壁がパキパキと音を点ててパズルピースの形に浮き出て来た。

電脳世界の崩壊に巻き込まれれば堪った事ではない事を確信している春樹はさっさと脱出したいが為、”ある事”を口走る。

 

「其れに俺は・・・シャルロット、お前の事は好きじゃけど・・・・・”愛してる”って気持ちじゃないんじゃ」

 

「ッ・・・!」

 

「もっと・・・もっと早う云うべきじゃった。いつまでもまごまごしとったけん、お前にいらん期待を抱かせてしもうたんじゃ。はっきりと云うべきじゃった!」

「・・・・・めて・・・ッ」

 

「俺が愛しとるんは―――――」

「やめてッ!!」

 

拒絶の言葉と共にシャルロットは自身のISを展開し、近接格闘武器であるブレードを構えた。

 

「ッ、シャルロット・・・」

 

「わかってた・・・わかってたんだよ。こんなこと夢なんだってわかってた。でも、でもね・・・・・!」

 

震えて掠れた声と熱の籠った潤んだ瞳。

其れを武器に彼女は想い人へ迫る。

 

「ボクは君が好きなんだよ、春樹。君の為ならお金だって、お酒だって・・・なんだってあげられるよ! それに、赤ちゃんだって・・・・・ボク、春樹との赤ちゃんなら何人だって産んであげるッ! だから・・・だから、ボクを愛してよ!! 何番目でもいいから、ボクも愛してッ!!」

 

「・・・・・」

 

熱烈で情熱的なシャルロットの告白に春樹は一度口結んだ後、意を決して自分の内にしまい込んでいた言葉を連ねた。

 

「・・・ありがとうな、シャルロット。俺みてーな飲んだくれゴミ屑なんかを好きになってくれて」

 

「な、なら―――――」

 

「じゃけど、じゃけどなシャルロット。俺は、あの娘を考えたり思ったりするとな・・・心が綻ぶんじゃ」

 

「ほこ、ろぶ・・・?」

 

「応。まるで華が開いた様に心がほわほわするんじゃ」

 

そう言いながら照れ臭そうに頬を掻く春樹。

其の姿を、其の表情を彼女は知っている。

 

「ベルギーん時、気恥ずかしゅうて言えれんかったが・・・今は胸張って云える。俺はあの娘に・・・・・ラウラ・ボーデヴィッヒ云う女性(ひと)に心底、”惚れとるんじゃ”」

 

シャルロットはギリッと下唇を噛む。そして、納得してしまう。

此の男の心が決して自分の手に入るものではない事を。

 

「・・・・・どうしても・・・どうしても、だめなの? ボクじゃ、だめ?」

 

「・・・キスをする相手は、一人でエエ」

 

春樹の答えに彼女は「・・・・・そう」と悲しそうに呟き、構えたブレードの刃を床へ向ける。

そんな落ち込む様子のシャルロットに対し、彼は親しい者に対する人の甘さからか思わず手を伸ばしてしまう。

・・・・・・・・其の時だった。

 

チャキッ

「ッ、シャルロット!!」

 

あろう事か、彼女は床へ伏した筈の刃を自らの首へ向けたのである。

 

「やめろ・・・ナイフ捨てろや・・・!!」

「いやだ・・・やだやだ、やだ! 春樹がボクを・・・ボクを愛してくれないなんてッ、そんなの耐えられないよ!! それならいっそ・・・ボクの命をかけて、君の記憶に一生残ってやる!!」

「傍迷惑じゃ! やめろッ、ボケェ!!」

 

助けに来た筈が、惚れた晴れたの振った振られたの話で自決されたら元も子もない。

春樹はシャルロットの手へ握られたブレードを奪わんと咄嗟に彼女に飛び掛かる。

無論、シャルロットとて容易に刃を奪われる訳にはいかない。纏ったISのフルパワーを絞って必死に抵抗した。

 

「やめてッ、離してよ!!」

「阿呆か!!」

 

揉みくちゃになる両者。

ISの全展開と部分展開による密接格闘はどちらも決定打に欠け、春樹の方はガンダールヴを発動しようにも隙が見出せない。

・・・・・・・・・・・・余談だが・・・こういう場合、手に握られた刃物の切先の行方は大抵決まっているのだ。

 

―――――ザクリ!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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138話

 

 

 

ジャッジャッジャーッ♪

ジャッジャッジャーァッン♪

 

―――――不意に耳をつんざく大音量で、脳味噌を揺らす音楽が脳内へ響き渡って来よった。

曲名は、小さい頃から土日の再放送枠でやりょーる『火曜サスペンス劇場』のメインテーマじゃ。

実に懐いでよ。あの番組の御蔭で俺はサスペンスや推理モンが好きになったんじゃ。

・・・・・いや、今はそねーな物思いにふけっとる場合じゃねぇな。

 

ウぎぃいッアッッ・・・!?

「は、春樹!!?」

 

右の脇腹へ鋭く突き抜ける激痛と焼き鏝でも当てられたみてーな燃える様な熱さ。

其の痛みと熱さが響くとこを触ってみれば、其処にあったんは、ピカピカ光る鋼の刃とヌルリ滑って垂れる真っ赤な血じゃった。

・・・最低じゃ。三文推理芝居の導入部分か?

 

「ごッ・・・ご、ごめんなさい! ごめんなさいッ、春樹!! ボ、ボクッ、こ・・・こんなッ、こんなつもりじゃ・・・・・ッ!!」

 

あんまりにも痛うて痛うて堪らんくて尻餅をつく俺の前で、俺のどてっ腹に誤ってナイフを刺してしもうたシャルロットは怯えた目と強張った表情でガタガタ震えてコッチも尻餅をついておった。

 

痛ぇ”ッ! 痛ぇ”え”よぉッ!!

 

酒も痛み止めも効かん此の電脳世界で、俺は久々の”純粋な激痛”にのた打ち回る。

肉体的ではなく、意識的な存在しかない此の世界じゃあ痛みに耐え兼ねて気絶する事もままならん。

 

「ど・・・ど、どうすればッ・・・どうすればいいの!? ボクッ、どうすれば!!?」

 

パニック状態で頭を抱えながら涙をボロボロ流すシャルロットに謀らずも俺は思わず「シメタ!」と思うてしもうた。

此れを利用しない手はないってな。

 

ハァッ! ハァッ!! だ、大丈夫・・・大丈夫じゃ、シャルロット。俺がッ・・・しぶとい事は、よー知っとるじゃろうがな」

 

「で、でも・・・でもぉ!」

 

「喧しいッ、泣くな! 俺は、お前を・・・無事に社長の所まで送り届けにゃあならんのじゃ」

 

「しゃ、社長って・・・お、お父さんのこと?」

 

応、そうじゃとも。

子供の為じゃあ、俺の為じゃあ、会社の為じゃあ、御家の為じゃあ云うて、俺にシャルロットとの結婚話を打診した親バカ拗らせた阿呆な男じゃ。

今でも思い出すとむかっ腹が立つ。何が「私は二人の女性を同時に愛している」じゃ、ボケェ!

 

「社長は・・・アルベール・デュノア云う人は、不器用なりにもお前を愛しとる」

 

「・・・・・」

 

「今は、男に現を抜かすよりも・・・漸くやっと、繋がりを持てた父親との関係を大切にしんさいや」

 

ほいじゃけど、自分の子供をちゃんと愛しとる事は確かじゃ。

 

「じゃけん・・・帰ろ?」

 

「う、うん! わかった、わかったから! もう喋らないでッ。」

 

よっしゃあ、どさくさに紛れて言質とったでぇ!

・・・あッ、ヤベ・・・クラクラして来たでよ。早うせんと。あぁ畜生ッ、畜生ッ!! でぇれー痛ぇ、ぼっこう痛ぇッ!!

 

そねーな腹に響く激痛を何とか耐えつつ、俺ぁシャルロットに肩を貸して貰うて、外にある現実世界への扉に急いだ。

・・・急いだんじゃけどなぁ・・・

 

「―――――ぱぱぁ、ままぁ、どこにいくのぉ?

 

「ッ・・・シャ、シャルル・・・!」

 

振り返ればヤツがいるとばかりに出やがったな、俺の息子(偽)!

まぁた面倒臭ぇ状況で出やがってからにッ。

あぁッおい、シャルロット! そねーな目でヤツを見るな!! あぁ、畜生!!

 

「もう・・・バレてんだよ、パチモン!」

 

俺は撃鉄を起こしたリボルバーを野郎に向ける。

じゃけど、此れの照準がブレるブレる。

おい、どーしたガンダールヴ! 震えるんじゃねぇッ、振るわせるんじゃねぇ! ありゃあ俺の本当の息子じゃねぇんじゃ! 躊躇うなッ!!

 

「・・・・・大丈夫だよ、シャルル」

 

「ッ、シャルロット?」

 

すると、モタモタしょーる俺の隣でシャルロットが声を上げやがった。

俺は野郎の姿にまた当てられたか思うて「おい待てッ、此の状況で引き返すなよ!!」って、言いかけたんじゃけども・・・・・

 

「パパとママはねッ・・・ちゃんと帰って来るから・・・・・シャルルとマリーをちゃんと、ちゃんと迎えに行くから・・・ちょっとッ、ちょっとだけ・・・・・待っててくれる?」

 

ズビズビ涙で顔を濡らしながら、シャルロットは野郎に語り掛ける。

そねーな事を云う事は、思考汚染が払拭された云う事じゃろうか。

じゃけど・・・じゃけどな、シャルロットさんや? 此の状況で言うんは、不味いんとちゃう?

 

「・・・・・そっかぁ

 

「うん、だからね―――――

ワールド・パージ、異常事態発生。コレヨリ、障害排除へ移行スル

―――――・・・へ?」

 

ほらぁ・・・遂に本性を表しよったでぇ。

黒曜石みてぇな真ん丸御目愛で俺らぁへ照準を合わせて来よったでよ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

ドグォオッン!!

 

絵本にでも出てきそうな白い一軒家から響き渡る爆発音と黒煙。

其処から窓ガラスを突き破って現れたのは、オレンジ色の鎧を身に纏い、小脇へナイフの突き刺さった男を担いだ戦乙女と黒い触手の様なものを携えた黒い眼の幼子だ。

 

「やめて、シャルル! ボクは君と戦いたくないよ!!」

 

「阿呆! 云って聞く相手じゃなかろうに!!」

 

《障害排除障害排除障害排除障害排除障害排除障害排除》

 

遂に本性を表したハッキングシステムは、春樹を抱えたシャルロットへ猛攻を仕掛ける。

しかし、攻撃を仕掛けられているシャルロットは、自分の子供の姿をしている敵に遠慮してしまっての防戦一方だ。

 

「そう云やぁ、『鋼の錬金術師』であねーな敵キャラが居ったな。あのキャラってどうやって倒したんじゃったっけッ?」

 

「春樹ッ、なにのんきな事言ってるのさ!!」

 

何処か間の抜けた言葉を紡ぐ彼へ文句を言いつつ、シャルロットは襲い掛かる黒い触手を盾やライフルで弾きながら防ぐ。

だが、春樹には考えがあった。

 

傍から見れば敵に一方的な攻撃を受けている様に見えるが、二人の背後には現実世界へ帰還する為の扉が直線状で佇んで居たのである。

 

「シャルロット、今じゃあ!!」

「うんッ!!」

 

彼の掛け声に応えるかの様にシャルロットは自身の前方へ一気にブースターを噴かせた。

もう扉を開ける時間すら惜しい為、此のまま一気に扉を突き破って無理矢理帰還を果たす算段だ。

・・・・・だがしかし!

 

《ッ!!》

「なぁッ!!?」

「春樹!!」

 

そうはさせまいとハッキングシステムは黒い触手をジャギュッ!と春樹の首へ絡ませた。

「また首かよ!!」と喚く彼を余所にシャルロットとハッキングシステムの間で綱引き大会が行われる。

此の綱引きで「ウぎグゲゲゲッッ!」と呼吸困難になりかける春樹だったが、次の瞬間―――――

 

ウギェッ・・・許せよ!

「え・・・?」

 

―――――ドガッ!と、彼はシャルロットの身体を蹴り飛ばす。

ISを纏っている為に彼女は対してダメージを負う事はなかったが、シャルロットを扉の方へ突き飛ばすには十分だった。

 

「は、春樹ィイ!!」

 

「・・・破破破ッ!」

 

彼女が最後に見たのは、いつもの様にされど久方ぶりに見る奇天烈な春樹独特の笑みと笑い声。

其の光景を聞きつつ見つつ、シャルロットは扉の先にあろう現実世界へ帰って行った。

 

「・・・ッチ・・・キザじゃったかな」

《障害・・・排除!!》

 

現実世界への扉を通って行く彼女をニヒルな笑みで見送った春樹にハッキングシステムは其の黒い触手を彼へ巻き付け、捕食する様に自分の方へ引き込んだ。

暗く黒い墨汁の様な肉の塊が彼を包み、氷の様な冷たさが指先から全身へ伝わっていく。

此の感覚に春樹は身近に感じながらも目を背けていた『死』を実感してしまった。

けれども不思議と彼は走馬燈を見るには至らない。

其れは何故か?

 

「ラ・・・ラウラ、ちゃん・・・・・ッ!!」

 

愛しい想い人の名を呟きながら、屈強なれども哀れな男は其の意識を深く深く暗い肉の塊の奥へと沈めて行った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

《も、もすもすこきゅーとすぅ~・・・・・貴女の・・・か、可愛い妹の・・・く、クーちゃんですよ~》

 

此処ではない何処か。されども地球の何処かにあるであろう研究所にある電話口から、顔を見なくても照れているのが分かる声が聞こえて来た。

 

「もすもすひねもすぅ~、可愛いクーちゃんのお姉さんの”束さん”だよ~!」

 

其の声に応えたのは、ウサ耳のカチューシャを頭へ被った不思議の国のアリス・・・もとい、”今回も”事件を引き起こした黒幕であるISの発明者である『篠ノ之 束』だ。

彼女は何だかよく解らない消し炭のゲルをスナック菓子の様に摘まみながら、目の前へ設置されているモニターで電脳世界へ侵入しているIS学園専用機持ち達一行を観察していた。

 

「むふん♪ それでクーちゃん、どんな感じ?」

 

《はい。現在、シャルロット・デュノア様の”ワールド・パージ”にて清瀬 春樹様を拿捕いたしました》

 

電話の相手、クロエ・クロニクルの言葉に束は「イエーイ!!」とガッツポーズをした。

今回の一件、実は束の命令を受けたクロエが自らのIS能力で学園の独立システム内にハッキングを行った事による騒動であったのだ。

其のIS能力の名は『ワールド・パージ』。

其れは対象者に幻覚を見せる能力であり、此の能力で対象者を外界と遮断して精神に影響を与える事が可能。

仮想空間では相手の精神に直接干渉する事で、現実世界では大気成分を変質させることで相手に幻覚を見せる事が出来る。

今回は電脳世界にて相手の精神に干渉する事で幻影を見せる能力を使用し、己の心の内に秘められている自分でも気付いていない程の無意識な『本音』や『願望』で作成された世界で顕現させたのだ。

 

《ですが・・・束様、申し訳ございません。シャルロット・デュノア様には逃亡を許してしまいました》

 

「ん~? あぁ、あのオレンジ? いいのいいの、あんなのどーでもいい。あんなの、はーくんを誘き寄せる為のエサだよ、エーサ」

 

《はぁ・・・》

 

「そ~れ~よ~り~も~・・・早く早く! 早くはーくんにワールド・パージに見せてあげて!!」

 

《かしこまりました》

 

其れを合図にクロエは捕獲した春樹に幻影を見せる為、彼の脳にアクセスを開始する。

 

「クーちゃんクーちゃん、ちゃ~んとはーくんに束さんの好印象を”植え付けて”おいてね♪」

 

《承っております》

 

「むふふ~♪ 次に会う時の為にちゃんとしとかないとねぇん!」

 

そんな自分勝手な私的内容を含みつつもクロエは春樹に終わる事のない”悪夢”を見せんとワールド・パージを行う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――〈だが・・・『私』が其の様な傍若無人をいつまでも許すとは思わない事だ〉

 

《え・・・これは、一体・・・・・・・・ッ、きゃぁあああああああ!!?》

 

「あれ・・・クーちゃん? クーちゃん、どうしたのッ?」

 

通信口から聞こえて来たのは、今まで聞いた事がないクロエの悲鳴だった。

まさかそんな叫び声が聞こえて来るとは思わなかったのか、流石の束でさえも疑問符を浮かべる。

珍しくクロエが彼女に対して茶目っ気を披露したのか。勿論、そんな筈がある訳がない。

 

《―――――初めまして、篠ノ之 束博士》

 

「・・・・・誰だよ、お前?」

 

ザーッザーッと砂嵐の後に聴こえて来たのは、見知らぬ男の声だった。

 

《失礼。此方の名を名乗らず、貴方の名を呼んでしまった無礼に値する。しかし・・・先に無礼をはたらいたのは君の方だぞ?》

 

「束さんが誰だって聞いてるんだよ!! 誰だよお前?! クーちゃんをどうしたんだよ?!!」

 

見知らぬ男の声に束は発狂したかの様に叫ぶ。

だが、相手側通話口の男は「フッ・・・」と嘲笑うかの様にほくそ笑む。

 

《まるで玩具を取り上げられた子供のようだな。突然とは言え、もう少し落ち着いた会話が出来ると思っていたのだが》

 

「うるさい! うるさいッ! うるさいんだよ!!」

 

束は男の正体を探ろうとクロエが使っている通信機器へハッキングを掛けるのだが・・・そうしようとした途端、モニターが写真の様にフリーズしてしまう。

 

「な、なんで!? なんで動かないのさ?! お前ッ、何したんだよ?!!」

 

《無駄だ、やめたまえ。君のシステムをクロニクル嬢のISからハッキングさせて貰った。少しの間は君の足止めが出来るな。まぁ・・・其れだけあれば十二分だが》

 

男は薄く笑うとモニター画面前で「ぐぬぬッ・・・!」と唸る束に次の様な事を云い放っては、一方的に通信を切ったのであった。

 

《今まで私は君の傲慢不遜な態度と行動を見て来た。此れは其の今迄に対する”報復”だ。無礼な兎は、必要ない。あぁ・・・そうだ。最後に名乗っておこう。私の名は、レクター・・・・・『ハンニバル・レクター』だ。どうぞ宜しく、愚かで哀れな兎よ》

 

其の言葉を最後にツーツーッと通信の切れた音が通話口から木霊する。

こうして、天下に名高い『天災兎』と羊の皮を被った『人喰い』の会合は僅かな時間で終わってしまった。

だが・・・ある一定の人物達を除いた人間を道端の塵芥とみなしていた彼女には、彼が嫌でも印象に残った事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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139話


※今回は空白が多いですが、演出のつもりなのであしからずです。



 

 

 

「ラ・・・ラウラ、ちゃん・・・・・ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――・・・ん?」

 

此処はドイツ郊外にあるドイツ軍士官寮。

其の一室でゆったりとした部屋着姿のラウラ・ボーデヴィッヒ”大佐”は、サバイバルナイフを片手に対面式キッチンで料理を行っていた。

しかし、ふとした瞬間に聞こえて来た想い人の声に芋の皮を剥く手が止まる。

 

「おい、何か言ったか?」

 

「ん? 何がじゃ?」

 

彼女はおもむろに”目の前で”寛ぐ『春樹』に声を掛けた。

 

「いや・・・別にな」

 

「おいおい、やっぱし俺も手伝おうか?」

 

「何を言うか。お前は新兵共の訓練終わりで疲れているだろう?」

 

IS学園を卒業してから”五年”・・・二人には様々な事があった。

第一に春樹の年齢が十八を迎えた頃、ラウラは全校生徒が祝福して見守る中で彼へ給料半年分で購入したと言う結婚指輪を贈ると共に逆プロポーズを申し込んだのである。

そして、第二に晴れて公の夫婦となった二人は学園を卒業した後、ラウラ達は彼女の祖国であるドイツでIS部隊育成に携わっていく事と相成ったのである。

 

「其れを言うなら”ラウラ”だってそうじゃろ? 史上最年少で大佐になって、前よりも大きい仕事を任せられる様になったんじゃけんな。疲れているんじゃないか?」

 

「私がしたいからするのだ。別に良いだろう?」

 

「ラウラ・・・ッ」

 

春樹はラウラの放った言葉がじんわりと心に染み渡って行くのが手に取る様に理解できた。

此処最近、二人は仕事の忙しさにかまけて夫婦の時間が取れずにいたのだ。

 

「ラ~ウラ!」

「わッ!? ちょっと危ないではないか!」

 

彼女の言葉に感動したのか。立ち上がった春樹は調理をするラウラへあすなろ抱きなるものを介する。

 

「ラウラ・・・俺、今幸せじゃで?」

 

「春樹・・・!」

 

其れから二人は二人だけの世界を形成し、イチャイチャいちゃいちゃ・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――する訳がなかった。

 

「―――――なら、戯れはここまでだ」

「・・・・・へ?」

 

慈愛と愛情に満ちた声色から一転、酷く冷淡な呟きと共にザクリッ!と云った木霊が響く。

其れはまな板に置かれた皮を剥かれた芋を切った音か?

・・・そんな訳がない。

 

ッ、ぐぁあ・・・ッ!!?

 

肉を抉るオノマトペの後に聞こえて来たのは、息の詰まった春樹の断末魔と床へ膝をつく音であった。

 

ラ・・・ラウラッ・・・ど、どうして・・・!?

 

彼は腹部から血を流しながら、怯えと疑問符が混じりに混じった上目遣いをラウラへ突き刺す。

けれども返って来たのは・・・・・

 

「春樹はな、私の事を『ラウラちゃん』と呼ぶのだ・・・わかったか、この”ニセモノ”め!!」

「!!」

 

彼女の氷の様に冷たい見下した眼と細くも程良く筋肉質なおみ足から繰り出される脚撃であった。

其のラウラの蹴りはバキィッ!と彼の頭部へと直撃する。

 

「せぇえい!!」

ッ、うげぇ!?

 

更に彼女は首根っこを掴むや否や、今度は其の矮躯からは想像もできない程の力を込めて春樹を・・・いや、春樹の皮を被ったハッキングシステムの鳩尾へローリングソバットを決めた。

 

「お前の様なニセモノ如きがッ! ”春樹不足”に悩む私の慰めになると思ったかッ、この”おわんご”が!!」

 

そうラウラは機嫌の悪い兎の様に「ブーッ!」と想い人から移った訛りのある息を荒らげながら金色の焔を左眼から零しつつ、右腕部へ部分展開したシュヴァルツェア・レーゲンの拳を容赦はおろか躊躇もなくドゴォッ!!と再び頭部へと叩き込む。

・・・しかし。

 

「ッ、ぬ!?」

 

あ・・・ア”あ”ア”ぁア”ア””阿”あ”あ”ぁ”ッ!!

 

其の拳をハッキングシステムは容易に掴み取り、ギョロリと黒曜石の様に真っ黒な瞳をラウラへ差し向けたのであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ラウラ・ボーデヴィッヒと云う吾人は、微量ではあるものの体内へ医療用ナノマシンを有している。

しかも独軍秘術であるヴォーダン・オージェに完全適応し、進化型人類化している春樹と頻繁にキスによる経口接触をしていた影響からか。其のナノマシンは本人の与り知らぬ所で変異体となってしまい、身体的異常の治癒は勿論の事、精神的異常の排除までをも想定とした働きを担う様になったのだ。

だからこそ、今回の騒動の根幹となっている『ワールド・パージ』の効力が彼女には薄かったのである。

 

ドグォオオッッン!!

「ハァアア―――ッ!!」

《ッ―――――!!》

 

黒漆にも似た黒色の鎧を身に纏ったラウラは、正体を現したハッキングシステムへ向けてレールカノンをぶっ放し、ワイヤーブレードで其の体躯を切り刻まんとした。

此れに自らの身体を変化させて対応するハッキングシステムだが、彼女からの予想以上で想定外、躊躇も容赦もない攻撃に悪戦苦闘する。

 

《ワールド・パージ異常発生。強制介入、強制介入、強制介ニュ―――――

「やかましいぞ、このおわんごが!!」

―――――げボラぁアアッ!!?》

 

的確に正確に相手の急所を斬り、抉り、穿ち、削ぎ落とすラウラ。

 

「私がここ数日どんな思いでいたのか知っているのか?! いや、別に解らなくても構わん! だが、よりにもよって私の前で春樹を偽った事を精々後悔するがいい!!」

 

《ッ!!?》

 

「終ぉわぁありぃだぁああッ!!」

 

遂に彼女の猛攻に耐えられなくなったニセ春樹の顔面へラウラは光り輝くプラズマ手刀を振り払う。

此れをニセ春樹は何とか高質化させた自らの両腕を変化させた触手刀で防ぐのだが、彼女の勢いと刃の鋭さに耐える事には至らない。

其のままラウラは殆ど力任せにズバシュゥウッと触手ごとニセ春樹の首を刎ね飛ばした。

 

「そりゃ!」

《げビャッ!?》

 

其の宙を飛ぶプラズマ手刀で刎ね飛ばしたニセ春樹の頭へ彼女はダメ押しとばかりにシュヴァルツェア・レーゲンの大型レールカノンをズドンッ!と撃つ。

正確無比な此の一撃に彼の頭部は短い断末魔と共に破裂し、其の肉片を辺り一面へ散らせた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・ッ!」

 

ニセ春樹を文字通り木っ端微塵に還したラウラは喘息にも似た吐息を吐き連ねる。

流石にニセモノとは言え、想い人と同じ姿をしている敵を倒した事に罪悪感を感じているのであろうか。

 

ッ、はるきぃ・・・はるきぃい・・・・・ッ!!

 

・・・・・何だか様子がおかしい。

絹ごし豆腐の様に白い肌は真っ赤に紅潮し、灼熱の赤い右眼と金色に萌える左眼は熱を帯びた様に潤んでいた。

 

寂しいぞぉ・・・切ないぞぉ・・・・・春樹ぃい・・・ッ!!

 

此処最近、彼女は想い人に合えない鬱屈とした気持ちを洗濯機から拝借した春樹の使用済みシャツや下着を嗅ぐ事で発散していたのである。

されども終ぞ其れだけでは済まなくなってしまい、ある意味でラウラは禁断症状に陥ってしまっていたのだ。

調度其の時に今回の騒動だ。ニセモノとは言え、久方ぶりに出会えた春樹の姿に彼女のリビドーが滾ってしまったのである。

 

《・・・ッ・・・・・!》

 

しかし、其の隙を狙ってか。頭部をなくした筈のニセ春樹の身体が一人でに起き上がった。

彼は一人で身悶えるラウラに気付かれぬ様ゆっくりゆっくりヌルリヌルリと距離を詰めて行き、首を刎ねられた傷口から洗脳の為の細々とした触手を出す。

そして、其れを彼女の耳へと突き―――――

 

ガブリッッ!

《―――――ッ!!?》

 

「なッ・・・!?」

 

―――――刺す前にニセ春樹は胴体を何者かに”食い千切られてしまった”。

其の肉を食い千切る音に我に返ったラウラが振り返ると・・・・・其処に居たのはなんと―――――

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

大陸歴2022年。

人と魔が入り乱れる『アイエス大陸』では千年前に封印された魔王が復活した事で、世界は混迷を極めていた。

しかし、そんな世界を救わんとする救世主が現れたのだ。

 

彼の名は『イチカ』。

大陸の極東部にあるジッポン国の出身の唯の少年であったが、魔王復活に際して出現した聖剣に選ばれた勇者である。

当初、イチカは自らに与えられた使命に戸惑っていたが、『みんなを守る』と云う信条を胸に魔王軍との戦いに打って出る事となった。

 

其の勇者イチカのパーティーを紹介しよう。

まずは彼の幼馴染であり、優秀なジッポン国の剣士『ホウキ』。

同じくイチカの幼馴染であり、シナ帝国の拳闘士『リン』。

大陸の西にあるエゲレス王国の名門貴族にして銃士『セシリア』。

マーニュ公国の王族でありながらも戦う決意を固めた治療師『シャルロット』。

プロセン連邦の軍人で魔族の力を使う事が出来る魔法騎士『ラウラ』。

そして、まだ若く未熟な彼等をサポートする勇者のイチカの姉にしてジッポン国守護者として名高い聖騎士『チフユ』に隠密忍者の『タテナシ』と『カンザシ』。

更に謎の協力者である魔女『タバネ』。

 

そんな頼もしい面々と共に勇者イチカは魔王が送り込んで来るゴーレムや数々の困難へ立ち向かい、諸悪の根源が潜む魔王城へと進軍して行く。

そして、現在―――――

 

「うぉおおおおお―――ッ!!」

 

無駄無駄無駄無駄ァアッ!!

 

勇者イチカは魔王城で魔王との最終決戦に挑んでいる。

此の地に到達するまで様々な困難があった。

最初は国の違いや立場の違いで対立していたが・・・共に困難を踏破し、道を切り開いていく事で結束が固まり彼等は強くなった。

途中、シャルロットが魔王軍にさらわれ、ラウラが闇墜ちする等のハプニングもあったが、イチカは持ち前の勇気で此れを解決した。

 

 

「イチカ、負けるな!!」

 

「頑張ってイチカ!!」

 

彼の周囲には共に魔王と戦う皆の姿があった。しかし、彼女達はぜぇぜぇ息を切らして膝をついている。

其れも其の筈、魔王は戦闘中に三段階の進化が出来るタイプであったのだ。

近接戦闘型の第一形態から魔法使い型の第二形態、そして人外型の第三形態。

 

ヴェろぉア”ア”阿”ぁアアッ!!

 

魔王の第三形態。其の姿は正に異形であった。

鋼の髪は怒髪衝天し、勇者イチカをギョロギョロとした金眼四ツ眼で睨み抜いている。

背中には青海泥の蝙蝠の様な翼が広がり、胸には血みどろの結晶が光る。

 

破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ! 勇者イチカよ、貴様の命運も最早尽きた。今からでも我に屈すると言うのならば、命ばかりは助けてやらん事もない

 

「黙れ! イチカが貴様程度のものに負ける者か!!」

 

貴様には聞いておらんわッ、小娘がァア!!

 

「ッ、うわぁああああ!?」

「ホウキッ! お前ぇええ!!」

 

爆風に吹き飛ばされる剣士ホウキを目にした勇者イチカは手にした聖剣を振り上げ、勢い良く魔王へ突貫する。

幾つかの火花と共に凄まじい剣戟が幾度となく繰り広げられ、其の後に両者は激しい鍔迫り合いへと至った。

 

認めよう・・・我に挑む貴様の勇猛さを認めよう。だが、此の我に勝つ事など絶対にありえん。今、こうして貴様が生きて居られるのは我の慈悲だと感謝しろ

 

「ぐ、ぅう・・・ッ!!」

 

イチカは圧倒的な力を誇る魔王の圧に苦い表情を晒す。

 

しかし、もう其れも飽きた。人間が我に敵う事などないのだ! 猿が人間に追い付けるかッ? 此の我にとって貴様は猿以下なんだよ、勇者ァアアッ!!

 

此のまま圧し潰さんと魔王は更に力を込めた。

あわや最早此れまでかと思われた・・・・・其の時である。

 

「ッ、違う!!」

 

阿”ぁッ?

 

「人間に不可能はない! 俺は諦めずに立ち向かえる人間だ!! お前みたいに血も涙もない自分勝手な野郎に負けるもんかよぉおおっ!!」

 

そんなイチカの叫びに応えるかの様に彼の握った聖剣が凄まじい光を放ったのだ。

 

なッ、何ィイイッ!!?

「ウゥオオオオオオオオッ!!」

 

其処からイチカは態勢を持ち直すと一気に魔王をズザシュゥウウッ!!と一刀両断したのだ。

 

うぎぃい嗚呼あああッ!? 此の激痛ッ、此の熱さ! お、我がこんな人間如きにぃ・・・人間如きにぃいいッ!!

 

断末魔を上げながら地面を転げ回る魔王を前にイチカは「はぁッ、はぁッ!」と肩で息をする。

 

あぁッ、糞ぉお・・・いやだぁ、死にたくない・・・死にたくないよぉお・・・!!

 

「・・・ッ・・・」

 

刻々と迫る死の瞬間に魔王は泣き言を言いだした。其れを聞いたイチカは何を思ったのか、彼へと近づいて行くではないか。

周囲はトドメを刺すものばかりだと思っていた。・・・・・だが!!

 

「ッ、な・・・何をしてるのよ、イチカ!!?」

 

何と彼はあろう事か魔王に治癒魔法をかけたのである。

此れには周囲はおろか。イチカによって瀕死の重傷を負った魔王でさえも驚嘆した。

 

な・・・なぜだ・・・何故、我を助ける?

 

「前に言ったろ。俺は『みんなを守る』んだって・・・別に俺はお前を殺したいわけじゃない。人と魔族が共に生きて行くにはお前の力が必要なんだ。だから、俺にお前の力を貸してくれ!!」

 

ッ・・・・・!

 

勇者イチカの言葉に魔王は目を真ん丸にし、周囲の者たちは呆れる様にほくそ笑む。

そんな周囲の反応はなど御構い無しに彼は笑顔を浮かべながら手を差し出す。

 

「だから・・・だから、俺と友達になろうぜ!」

 

・・・フッ・・・おかしな人間だな

 

其の手を魔王は苦笑いを浮かべながら握る。

こうして短くも長い勇者と魔王の戦いは幕を引くのであった。

 

「そう言えば・・・魔王、お前の名前って何て言うんだよ?」

 

何?

 

「友達になったんなら、名前で呼び合おうぜ! 俺の名はイチカ! ジッポン国のイチカだ! よろしくな!!」

 

知っておるわ。だが、しょうがあるまい・・・とくと聞け我が名を! 我が名は、『はる―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁッ・・・余りにも酷い出来の、醜悪過ぎる三文芝居だ」

―――――ゲッばッ!!?

 

さぁ、此れから魔王が自分の名を述べようとした其の瞬間・・・ブチュッとミニトマトが潰れる様に彼の頭が弾け飛んだ。

 

「・・・・・・・・えッ・・・?」

 

最初、勇者イチカには何が起きたのか理解する事が出来なかった。

頬を伝う飛び散った魔王の脳漿を指で摘まんで取った所で漸く状況を理解する事が出来た。

 

「ひ・・・・・・・・ッ!!?」

 

其れを理解した瞬間。彼の背筋は凍り付き、顔は血の気が引いて真っ青になる。

其れもそうだろう。先程まで笑顔で話していた相手が―――――

 

「おっと・・・すまない。あまりにも癪に触ってしまったもので・・・力加減を誤ったよ」

 

「・・・ッ・・・・・!」

 

聞きなれぬ声にイチカが振り返ってみれば、視線の先には高級スーツに身を包んだ端正なルックスの如何にも機知に富んだ紳士が薄い笑みを浮かべて佇んで居た。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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140話


今回より、二つのやり取りを並行的に行おうと思っております。
・・・後、ちょいとした新キャラを触りで出します。
ヒント、CV:キリコ・キュービィー。



 

 

 

「な・・・なんでッ・・・」

 

「ん?」

 

「なんで、こんな事したんだよッ?!」

 

自分の前へ突如として現れた見知らぬ男に対し、勇者イチカは顔を真っ赤にして吠えた。

何故ならば、敵でありながらも戦いを通して友となる事が出来た宿敵・魔王を目の前で熟し過ぎた柿の様に潰滅されたからである。

 

「確かにッ、あいつは俺達の敵だった・・・・・だけど・・・だけどッ、何もこんな事をしなくたって・・・!!」

 

勇者イチカは涙する。

此れから親友として世界を共に支える筈であったライバルの無念さを悔いた。

・・・だが・・・

 

「ふむう・・・解ってはいたが、改めて君の口からそんな事を聞くと心外だな」

 

「なに・・・?」

 

「もう既に君と”もう一人”の世界は掌握している。私は、君を此の世界から助けに来たんだよ・・・『織斑 一夏』?」

 

其の男の発言に対し、イチカは彼が何を言っているのかが理解できず「え・・・・・?」と呆けてしまうが・・・次の瞬間、「ッ、ぐぁ!?」とイチカは頭を抱えてしまう。

激痛だった。鈍器で頭を殴られた様な痛みが脳内を駆け奔る。

 

「ッ、イチカ?!」

 

「貴様ァア!!」

 

勇者イチカの異常状態に先程まで蹲って跪いていた彼の仲間たちが、一斉に男へ自らの得物の刃を突き立てんと駆けた。

流石は最終決戦の魔王城まで駒を進めた歴戦の戦士達。ほんの刹那の瞬きの内に男との距離を一気に詰めた彼女達は、彼の肉を食い千切らんと各々の武器を振り上げる。

 

「・・・・・やれやれ」

 

しかし、男は慌てる事無く耳元へ自分の手を持って行くと、まるでマジシャンやイリュージョニストの様にパチンッと指を弾いた。

 

『『『《ッ―――――!!?》』』』

「え・・・・・ッ?」

 

するとどうだろう。男に襲い掛かって行った彼女達全員が、まるで雨に溶ける土塊人形の様にあっと言う間に崩れ去ったではないか。

此の訳の分からぬ状況に対し、イチカは唯只疑問符を浮かべるばかり。

・・・そして、そんな彼の隙を見逃す男ではない。

 

「・・・さてと」

「ッ!」

 

男は呆けるイチカの額へ自分の右掌を添えた。

其の瞬間、彼の意識は淡く水泡へ記す様に消失していく。

 

「あ・・・ぁあ・・・ッ・・・・・」

 

熱病にでも罹った様な灼熱が脳のみならず身体全体を駆け巡る様は、彼に不可思議な心地良さと浮遊感を与えた。

けれども、まだ此の時のイチカ・・・いや、一夏は知る由もなかった事だろう。

 

「・・・フフフッ」

 

此の男・・・ハンニバル・レクターが自分の事をどんな目で見ていたのかを。

まるで、良い”食材”を見る”料理人”の様な目付きだったのかを。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「(・・・・・・・・・・・・・・・阿ッ・・・?)」

 

暗く冷たい泥の様な水底で、春樹のぼんやりとした意識が芽吹く。

 

「(・・・あれ・・・・・俺、何やっとったんじゃったっけ・・・ッ?)」

 

コポコポッと、鼻口から零れる吐息が水泡となっては暗闇へ掻き消える。

 

「まぁ・・・エエわ。今は・・・・・何じゃあ、眠いわぁ・・・ッ」

 

其れと同じ様に彼の意識もまた闇夜へと消えてゆく。

冷たい感覚が指先から身体全体へと伝わって行き、途方もない睡魔が思考感覚を奪っていった。

・・・・・されど・・・

 

「・・・・・ッ・・・?」

 

突然、春樹の口元へ何かが触れる。

其れは液体で、其の液体は彼の唇を伝って容易く口内へと招かれた。

 

「ッ!!?」

 

瞬間、其の液体は春樹の舌へジワリと何とも言えない染み渡るかの様な衝撃を与えた。

実に久方ぶりの、けれど、いつも通りの”味”が眠りこけていた彼の脳を覚醒させる。

 

「あ・・・・・あぁッ・・・あ”ぁア”あ”ア”ア”阿”ぁア”ア”ッ!!

 

春樹は叫ぶ。

其れは驚きの声でも有ったろうし、喜びの声でもあったし、怒りの声でもあったし、憎しみの声でもあったし、悲しみの声でもあった。

其れを単衣に纏めて彼は”彼女”の名を呼ぶ。

 

ラウラちゃん!!

 

春樹は身体を飛び起き上がらせた。

ザバァッと水を勢い良く掻き分ける音が大きく鼓膜を揺さ振った。

 

「・・・・・えッ?」

 

だが、彼が目を開けてみると其処に広がっていたのは青々と茂った針葉樹林の樹木達で、水面から起き上がった感覚があったにも関わらず、春樹が腰掛けていたのは古めかしいロッキングチェアだったのだ。

 

「此処・・・何処ぉッ??」

 

呆けた声を上げながらも彼は自己防衛の為にリボルバーカノンとMVS鉈を展開しようとする。

 

「ッ、ありゃあ!?」

 

しかし、いつもの様に出て来る筈の武装が手元に現れる事はなかった。

其れも其の筈。何故なら春樹の左手薬指へ嵌められている筈の琥珀の指輪が無くなっていたからである。

不味い、実に不味い。丸腰状態のこんな状況で”敵”に襲撃されれば一溜まりもない。

ジットリと嫌な汗が額を伝った。

 

「―――――大丈夫かい? 随分と顔色が悪いようだけど?」

「!」

 

そう「やべぇッ・・・やべぇよぉ・・・ッ!!」と焦燥感を漂わせる彼へ一つの声が掛けられる。

春樹は其の声に聞き覚えがあった。其れもそうだ。一時は”彼”の出る”ドラマ”ばかりを見ていた事があるのだから。

其の声の方へおっかなびっくりしつつも春樹は視線を向け・・・琥珀色の瞳を四白眼へと見開いた。

 

「やぁ、春樹。”初めまして”になるのかな?」

 

そんな吃驚仰天する春樹に対し、カールした金髪の碧眼の紳士は、ロッキングチェアへゆったりと腰掛けながら人懐っこい笑顔を垣間見せるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「ッ・・・う・・・・・うぅ・・・?」

 

勇者イチカ・・・改め、一昔前のなろう系主人公並みに痛い妄想世界で聖剣を振り回していた織斑 一夏はゆっくりと瞼を開ける。

 

「こ・・・ここは・・・ッ?」

 

目覚めた彼の視界へ入ったのは、裕壮な柔らかい光を灯すシャンデリアと光沢のある見るからに高級なロングテーブル。

其のテーブルの上には、此れまた見るからに手の込んだ豪勢な一品料理が並んでいた。

 

「おや・・・目覚めたかね?」

 

其の次に一夏の視界へ映ったのは、あのRPG風世界で出会った高級スーツに身を包んだ端正なルックスを持つ四十代後半の紳士。

彼は一夏の調度真正面へ座っており、薄くも朗らかな表情をしている。

 

「あんたは・・・・・ッ」

 

「紹介が遅れてしまって申し訳ない。私は、レクター・・・ハンニバル・レクター。アメリカで精神科医をやっている」

 

「精神・・・科医?」

 

「何故、アメリカの精神科医が此処に居るのか?」と云う尤もな疑問符が一夏の脳内へ浮かんだが、ハンニバルの「ところで、あの世界を覚えているかい?」と言った言葉によって彼はハッとする。

『あの世界』とは、此の部屋へ来る前に居た世界だ。そして、其の世界へ囚われる前に自らに与えられた使命も思い出した。

 

「そうだッ・・・俺は、ハッキングされたIS学園のシステムを復旧させる為に電脳世界に来たんだ!」

 

そう言うや否や、「こうしちゃいられない!」と席を立とうとする一夏をハンニバルは「落ち着きなさい」と抑える。

勿論、彼は「どうしてッ?」と強い口調で返すので、ハンニバルは淡々と「その件なら、もう既に解決している」と述べたのだ。

 

「か、解決した?」

 

「あぁ、そうだ。学園のシステムをクラッキングした犯人は此方で確保した。後は、システム再起動を待つばかりだ」

 

其のハンニバルの言葉に一夏はギョッとしつつ、今にも溜息を吐きそうな暗い表情をさらし、「また俺は、何も出来なかったのか・・・」と呟いた。

 

「どうして・・・そんな事を云うんだ?」

 

「だって、そうだろ。今回も清瀬のヤツが・・・ッ・・・」

 

彼は其処まで言うと、おもむろに言葉を飲んだ。悔しそうに歯を軋ませ、視線を落としたのだ。

 

「・・・それは違う」

 

「え・・・・・?」

 

そんな気落ちする一夏に対し、ハンニバルを否定文を口にする。

まさか、そんな事を彼が言うと思わなかったので、一夏は少し驚いた表情で顔を上げた。

 

「彼・・・清瀬 春樹は、今回の騒動を纏め上げるには力不足だった。だから・・・”第三者”が介入する事になったのだよ」

 

「だい、さんしゃ?」

 

ハンニバルの言葉に対し、彼は疑問符を浮かべる。

何故ならば、此の任務の前に彼の姉である千冬から『機密任務』だと聞いていたからだ。

 

「それに・・・そんなに気を落とす事などないさ」

 

「え?」

 

「君の活躍は素晴らしい。皆を率い、先導して此の任務にあたっただろう? 並の人間が出来る事ではない。君の様な出来た弟君を持って、さぞかし姉君は誇らしいだろうね」

 

「ッ、い・・・いや、俺は・・・!」

 

しかし、其の様な疑問符はハンニバルの口から次々と出る賞賛の言葉によって掻き消されていった。

 

「俺はただ・・・ただ、自分にできる事をやっただけだ。みんなを守りたいから・・・ただの、それだけだ」

 

「それが一番難しいんだ。人間は、当たり前のことを当たり前の様に出来るとは限らないからね。それをしようとしている君は、尊敬に値すべき人物だ」

 

「あ・・・えっと・・・何だか、照れるなッ」

 

其の賞賛の言葉は月並みであったが、何故か彼の言葉を一夏は素直に受け入れられる事が出来たのである。

自分を”ブリュンヒルデの弟”としか見ていない事情を知らぬ周囲からの理由なき賞賛よりもずっと彼の心へ響いたのだ。

 

「こうして話してみると、聞いていたよりも君はずっと”魅力的”な人間のようだ。どうだろうか? 提案なのだが、学園システムの再起動まで私と会食など如何かな?・・・と言っても、見て御覧の様にもう既に用意は出来ているがね」

 

「えッ、でも・・・」

 

「無論、無理強いはしない。それに・・・この電脳世界では料理を味わう事は出来ても、実際に腹を満たす事は出来ない。加えて、”今なら”・・・この部屋から出て行って現実世界へ帰っても良い。君の自由意志だよ、Mr.織斑?」

 

「俺の事は一夏でいいですよ、レクター先生! 俺もあんたと話がしてみたいからさ!」

 

「なら・・・私の事もハンニバルで構わないよ、”一夏”」

 

二人は朗らかで楽しそうに会話を弾ませ、一夏はハンニバルの提案を二つ返事で答えた。

・・・けれども、こんな簡単に彼は返事をしても良かったのだろうか?

「”今なら”、この部屋から出て行くことが出来る」とは、どういった意味であろうか?

まるで・・・此の時を逃せば、二度と部屋から出て行く事が出来ない様な口振りではないか。

其れに加えて、『ハンニバル・レクター』と名乗る人物に食事に誘われた。

さて、此の織斑 一夏と謂う人物は普段読書を・・・するにしても、『ウィリアム・トマス・ハリス三世』が書く様な”サイコサスペンス”なジャンルを読むだろうか?

 

「これは私の得意料理の一つでね。生きの良い”新鮮な肉”を綺麗に捌いて、肉の風味を損なわない様に味付けした・・・すね肉の赤ワイン煮込み。そうだな・・・題名を付けるとするならば、『~”無礼者”のすね肉を赤ワインのフランボワーズソースで~』だろうか?」

 

「へーッ、俺も家で料理するけど・・・こんなの作った事ないな」

 

「それは良い。電脳世界とは言え、”実際の食材”を使っているからね。追々、レシピを教えようか?」

 

「あぁッ。頼むぜ、ハンニバル!」

 

・・・いや、読むわけがない。

ハンニバルとの短いながらも喜ばしい会話に気を良くした一夏は、意気揚々とナイフ&フォークを彼の作品へ差し向ける。

新しく出来た年の離れた友人の料理を楽しむ為に。

 

「フフフッ・・・ボナペティ(どうぞ召し上がれ)

 

其の様子をハンニバル・レクターは実に嬉しそうに、実に楽しそうに見詰めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





因みに此のハンニバル・レクターはドラマ版をベースにしているので、CV:ニャンコ先生です。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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141話

 

 

 

―――――『パトリック・ジェーン

アメリカのCBSで放送され、エミー賞などの功績に輝いたテレビドラマ『The Mentalist』の主人公じゃ。

彼はCBI云う捜査機関で犯罪コンサルタントとして数多くの難事件を解決に導きながら、ニコちゃんマークのシリアルキラー、宿敵『レッド・ジョン』を追い詰めてゆく謂うストーリーなんじゃけども・・・

 

「ん? どうかした?」

 

其の主人公が、何でか知らんが俺の目の前で寝転びながらターコイズブルーのティーカップで紅茶を飲みょーる。

・・・流石は演者がS・ベイカーな事はあらぁ。くるくるって感じのブロンドにディープブルーの瞳と爽やかな笑顔が眩しいでよ。

 

「―――――いや、そうじゃねぇよ!! 何じゃ、此の状況!!?」

「あ、急に立つと・・・」

 

俺は緑色のロッキングチェアから思いっ切り立ち上がろうとした。

・・・・・したんじゃけど・・・

 

「―――――い”ぃ”ッ!!?

 

突如として俺の右脇っ腹に激痛が走りよる。

御蔭で俺ぁバランスを崩して地面に倒れ込んでしもうた。

 

「ほら、だから言ったのに・・・立てるかい?」

 

「お、おう。ありがとうございますだ・・・・・じゃねーよッ!!」

 

俺は思わず此のパトリック・ジェーン”もどき”の手を振り払って、野郎との距離を取る。

 

「誰じゃあ、オメェ? いや、言わんでも解らぁ。鈴さんやセシリア、其れにシャルロットに幻覚を見せた敵じゃろうがな!!」

 

シャルロットの電脳世界で下手こいちもうたが、俺が他の三人と同じ様にやられると思うたら大間違いじゃ!

よりにもよって俺が初めて沼った海外ドラマの主人公に化けよってからに・・・琥珀ちゃんが居らんでも俺ぁラウラちゃんから習ったCQCに我流の徒手空拳を混ぜ込んだ格闘術でブチのめいてやらぁッ!!

 

「おんどりゃぁあッ!!」

 

「うわぁあッ!? ちょっと待ってッ、ちょっと待ってよ!!」

 

「阿”ぁ?」

 

「当方に迎撃用意あり」と構えた途端、ジェーンもどきは目にも止まらん速さで椅子の後ろへササッと隠れて白いハンカチを白旗みてぇに振りよった。

 

「僕が荒っぽい事が苦手なのは知ってるだろう? それに僕は敵じゃないよ」

 

「やかましいッ、此のバッタモン!! 俺はさっさとオメェをブッ飛ばしてラウラちゃんを迎えにいかにゃあおえんのじゃッ!!」

 

「それなら問題ないと思うよ? 彼女の所には”ヤツ”が相応しい”使い”を送ったから」

 

「阿”ぁッ?!!」

 

どういう事じゃ?!

ヤツって誰じゃあッ?!!

使いって何じゃあ、此ん畜生ッ!!

 

「―――――って、ぎぃ”ッ!!?

 

ッッ、糞がぁ・・・!!

さっきから右脇っ腹がジクジクすらぁッ・・・そう言やぁ、火サスよろしくシャルロットに刺されたんじゃったわ。

じゃけどもッ・・・こねーな痛みじゃったけか? 刺された云うより、斬った様な・・・・・

 

「ほらほら、やっぱり”術後”にすぐ動くと痛いだろう?」

 

「じゅ、”術後”って何じゃ―――――って、何じゃぁあこりゃぁああ!!?」

 

『太陽にほえろ!』のジーパンよろしく俺ぁ年甲斐もなく叫んでしもうた。

そりゃそうじゃろう。脇っ腹を捲った先には、綺麗に”縫合”された刺し傷があったんじゃからな。

 

「結構深い傷だったみたい。ナイフの刃が肝臓まで達してた。後、日頃の飲み過ぎで肝臓の一部がダメになってたようだから切除したんだってさ」

 

「ちょっと待てぇい! 何で俺のナイフ傷がちゃんとエエように縫合されとるんじゃ?! 敵の俺を治療するたぁ・・・何を考えとるんじゃ?!! てか、切除ぉお!!?」

 

「だから、敵じゃないって言ってるじゃないか。『テレサ』が居れば、もうちょっと穏やかに出来たかな?」

 

イガる俺にジェーンもどきは「やれやれ」ってワザとらしく溜息を吐きおった。

・・・何かムカつく。よーコイツ、事件の容疑者候補共に殴られとったが・・・今ので理由が解ったわ。

コイツ、癪に障るわぁ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

不気味な霧が薄っすらとかかった欧風の森の中。

あわや一触即発の状況からパトリック・ジェーンもどき・・・もといジェーンは、混乱する春樹を何とか諫めてロッキングチェアへ座らせ、今の現状を話した。

 

「わ・・・ワールド・パージ?」

 

「そう、それが今回の事件で皆に幻惑を見せていた原因さ。その犯人を”ヤツ”が捕まえて、乗っ取られたシステムを取り返したって訳だよ」

 

春樹は彼のIS学園の中央システムをクラッキングして乗っ取り、意識下へ潜り込んだ犯人をまんまと捕まえた話を顔をしかめながら聞く。

 

「ちょっと待て。犯人が其のワールド・パージ言うヤツを使って、皆に幻想を見せよーたんは解った。じゃけども・・・じゃったら、お前は誰じゃ? ワールド・パージで作られた幻覚じゃないんじゃったら・・・・・」

 

「”ヤツ”と同じ。春樹、僕は君の深層心理の中・・・『記憶の神殿』の住人さ」

 

「其の、さっきから言ってるヤツってのは・・・」

 

「勿論、君が大好きなサイコパスの”彼”だよ」

 

ジェーンの言葉に「おいおい・・・」と彼は顔を両手で覆った。

ジェーンの言う『彼』とは一人しかいない。春樹の記憶の中の神殿に潜む中で最もドス黒い部類の人物だ。

 

「いや、ちょっと待て。其の前に・・・俺って記憶の神殿なんか持っとったんかッ? 初めて聞いたんじゃけど!」

 

「ま、驚くのも無理はないよ。大抵の人間は自分の中に神殿を持っていても、其れを自覚する事はあまりないからね。中でもヤツは特殊な部類だった。主人格とは別の自由意志を持った人格なんてのは特別だ」

 

「・・・は?」

 

「おっとッ」とジェーンは口を噤むと、「話を元に戻すよ」と言って続きを述べていく。

シャルロットの幻想世界で春樹を飲み込、彼の深層心理を乗っ取ろうとしたワールド・パージだったが、其れをヤツ・・・ハンニバル・レクターは逆手にとって犯人を捕らえる事に成功。そして、二人のいる此の森林地帯は、犯人からクラッキングされて奪われていたIS学園中央システムを心象具現化させた場所だと言う。

 

「阿~・・・まるでさっぱり解らん。俺の深層心理がカウンターシステムじゃと? 其れになしてシステムの中央が針葉樹林の森なんじゃ? 独逸の黒い森か?・・・あぁッ! ドイツで思い出した!! 早うラウラちゃんを助けに・・・痛だだだだだッ!!?

 

再び立ち上がろうとし、またしても身悶える春樹。

ジェーンはそんな彼を溜息の後に慈しむ様な表情で眺める。

 

「さっきも言ったと思うけど、彼女の所にはヤツが使いを送ったから。もうすぐここに来るんじゃないかな?」

 

「其の使いってのは誰なんじゃッ? 野郎が送ったとしたら『アビゲイル』か? 其れとも『ウィル・グレアム』かッ?」

 

「さぁね。僕は会った事ないけど、ヤツの話だと肝心な時に眠りこけていた子らしい」

 

「どういうこっちゃッ?」と春樹は表情を歪めたが、今の所、自分に出来る事はないのだという事だけが彼には理解できた。

ジェーンは其の忌々しそうに溜息を漏らす春樹に紅茶を勧めたが、彼はウィスキーを所望。

無論、肝臓の外科手術をしたばかりの患者に酒を与える事をあの執刀医が許可している訳がない。

 

「取り敢えず・・・暇つぶしに僕と話でもしない?」

 

「話ぃ?」

 

「僕一応、君のハマってたドラマの主人公だし、声もキリコ・キュービィーだよ?」

 

「ッ、破破破! メタい事言わんでよ、思わず吹いてしもうた!! ッ、あだででで!!?」

「おいおい、大丈夫?」

 

ジェーンの言葉に思わず春樹は爆笑してしまい、縫合した傷口をまたしても痛ませてしまうのだったが・・・・・

 

「さて・・・じゃあ、話の題材はどうする? そうだッ。君が中々一線を越えようとしない、アルビノの黒兎のお嬢さんについて話そうよ」

 

「・・・・・阿”ぁッ?」

 

話の内容に彼は眉をひそめ、歪んだ口から牙を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

―――――「うんッ、美味いなぁ!!」

 

一夏はテーブルの上へ並べられた豪華で綺麗な料理を次々平らげる。

羊足のサラダ。

鳥のレバームース。

リヨン風血のソーセージ。

豚の腎臓腸詰。

次々と出て来る日常生活ではあまり味わえない珍しい料理はとても美味で、特に彼の舌を唸らせたのは、最初に出て来たすね肉の赤ワイン煮込みだ。

 

「ハンニバル、あんたは自分の事をアメリカの精神科医って言ってたけど・・・本当は有名なシェフなんじゃないのか?」

 

「フフッ・・・お世辞でも嬉しい言葉だよ、一夏」

 

「おいおい、俺はお世辞なんか言わねぇよ。ただな・・・ただちょっと量が少ないな」

 

「フフフッ。確かに育ち盛りの男子には少なかったね。最後のデザートを出す前に何かおかわりはいるかな?」

 

「それじゃあ・・・」とばかりに一夏は一番お気に入りとなったすね肉の赤ワイン煮込みのお代わりを注文した。

其れにハンニバルは薄い笑みを浮かべながら「承りました、王子様」とキッチンの方へ足を向ける。

 

「あぁ、そうだ。一夏?」

 

「ん? 何だよ、ハンニバル?」

 

「言い忘れていたが、此処は現実世界とは時間の流れが違う」

 

「え? なんだそりゃッ? 浦島太郎みたいなもんか?」

 

「うーん。いや、其の逆だな」

 

「逆って?」

 

「此処での一日は、現実世界での一分と考えた方が正しい。此処は時間の進み方がゆっくりだ」

 

「・・・だから?」

 

ハンニバルは言う「だから、思う存分ゆっくりと料理を楽しみながら暇を潰せる」とウィンクをうって部屋を出る。

彼の言葉に一夏は頭の上へ疑問符を浮かべたが、そんなくだらないクエスチョンマークなどすぐに掻き消えて手元にあったソーダ水へ手を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

一つの白熱電球が薄暗い調理台のある部屋をユラユラ照らしている。

其の部屋へ意気揚々と入室したハンニバルは、静かな微笑を浮かべながら調理器具とコンロが並んだテーブルの横へ不自然に配置された椅子に手を掛けた。

 

「―――――さて・・・気分は如何かな?」

 

其の椅子には、何処かのアルビノ黒兎の様に流れる銀髪とスレンダーな美脚を有した美少女が座っている。

 

「ァ・・・ッ・・・・・アぁッ・・・!」

 

しかしなれど、少女の様子が何だかおかしい。

声にならない声で口に噛まされた猿轡を震わせ、漆黒の目に金色の瞳を目の前へ立つハンニバルに向けている。

一見、可愛らしい真ん丸お目愛で彼を見ている様に見えるが、其の彼女の眼には真の恐怖が感じられた。

恐ろしい怪物でも見るかの様に、おぞましい化物でも見るかの様に男を見ていたのだ。

そんな彼女に対し、「さてと・・・」と言葉を漏らしながら・・・ハンニバルは”鋸”へ手を伸ばす。

 

「ッ、むグ―――――!! むゥウ―――――ッ!!」

 

其の彼の行動に少女は酷く怯えた声で声帯を震わせる。

だが、ハンニバルは彼女に対して喚く幼女をあやすかの様に「しー・・・ッ」とジェスチャーを見せた。

 

「しょうがないだろう。君の主のお気に入りは、君の”脛肉”をご所望なんだ。君としても彼に”食べられる”事は、本望なんじゃないのか?」

 

そう言いながら彼は慣れた手付きで鋸のギザ刃を少女の足へ向けると―――――

 

「大丈夫。此処は現実世界とは時間の流れが違う。だから、時間のかかる煮込み料理もあっと言う間に出来てしまう。うむ、実に助かる。”彼”も此処に呼んで共に食事をしたかったけれど・・・しょうがない。また次の機会に私の料理を振る舞おう」

 

―――――ハンニバルは優しい朗らかな浮かべて鋸を引いた。

 

ガリガリガリガリガリッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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142話

 

 

 

「・・・アルビノの黒兎って―――――」

 

「とぼけなくても大丈夫、もしかしなくても彼女さ。ドイツのお嬢さん、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』嬢の事だよ。君も隅に置けない男になったね、春樹?」

 

ニタニタニヤニヤ白い歯を見せるジェーンに春樹は「阿ぁ、もうッ・・・!」と歪めた表情を隠す様に両手で覆う。

だが、彼は気を取り成して指の間から琥珀色の眼を覗かせた。

 

「そんで、俺が・・・ラウラちゃんとの一線を中々越えようとしない? いやいや俺はラウラちゃんとはもう、其の・・・キ、キス・・・をじゃな」

 

「キス? 何言ってるの? 僕が言ってるのは、”男女の夜の営み”の事。端的に言えばセックスだよ、セックス。何でまだしないの?」

「ッ、お・・・おい!!?」

 

柄にもなく春樹は目を見開き、頬を紅潮させて勢い良く立ち上がる。硬く握った拳骨を振り上げて。

勿論、ジェーンはすぐさま逃走態勢をとる。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「待たんわ、阿呆! お、オメェ何を言うとるんじゃ!!」

「だってそうじゃないか! 年頃の両想いの男と女が一つ屋根の下にいるんだよ? それなのに君達は、いちゃつくだけのキスばっかり・・・いつになったら次のステップに進むのさ?」

「つ・・・次のステップって?」

「だから、セック―――――」

 

彼は「喧しいッ!!」と怒鳴り上げ、ジェーンは「理不尽だなぁ」と呟くが、相変わらず癪に障る微笑を浮かべたままだ。

そんな彼に春樹は大きな溜息を吐きつつロッキングチェアへ再び腰を据えた。

 

「はぁ・・・僕はね、いや”僕達”は君達二人のやり取りにとってもヤキモキしているんだよ?・・・で? 彼女とはいつするの?」

 

「知るか!」

 

「僕としては、彼女を見晴らしの良いホテルでディナーをした後に「部屋・・・とってるんだ」って言ったりなんかしてさ」

 

「やめれ!! テメェ、ぶん殴るぞッ!!」

 

彼はギョロリ眼でジェーンを睨むが、ジェーンはケラケラ子供の様に笑う。

春樹は再び溜息を吐き漏らすが、彼もただ黙っているばかりではない。

 

「ジェーン、パトリック・ジェーン! 大体お前だって俺を、”視聴者達”をヤキモキさせたじゃろうがな!」

 

「・・・え?」

 

「とぼけんじゃねぇッ! リズボン、『テレサ・リズボン』との事に決まってるじゃろうがな!!」

 

『テレサ・リズボン』

ジェーンが主人公をやっている海外ドラマ『The Mentalist』のヒロインで、ファーストシーズンから長い間ジェーンに想いを寄せていたものの彼の過去の事もあり気持ちを伝える事が出来ずにいた。

しかし、漸く六シーズン目の最終話でジェーンと両想いとなる。

因みに、此の話が最高視聴率回だ。

 

「何でテレサが出て来るんだい?」

 

「そりゃそうじゃろうがな! 俺が第一シーズンからどんな気持ちでオメェら二人の事を見ていたか!!」

 

春樹は暑苦しい程に『ジェリズ』を熱く語るが、語る程にジェーンは照れ臭い様な渋い顔を晒す。

 

「OK、OK、ありがとう。君がどれ程、僕とテレサの仲に入れ込んでいたのは解ったよ。そして、僕と彼女はありがたい事に結ばれた。・・・まぁ、それは脚本家のおかげとも言えるけどね」

 

「メタい事言うのやめれ」

 

「だから、僕も・・・君達二人には幸せになってもらいたいんだ」

 

「じゃからってプライベートな事に口出しすんじゃねぇよ。そう言う所じゃぞ、ジェーン。オメェ、其れで何回被疑者候補に殴られて来たんじゃ?」

 

「しょうがないだろ、僕は好奇心が旺盛なんだ。後、話をそらさない。今は君とボーデヴィッヒ嬢の事だろ?」

 

「・・・殴りたい此の笑顔」と春樹は再三溜息を漏らすが、相変わらずジェーンのしたり顔は止む事はない。

けれども彼は急にシリアス顔になった。

 

「春樹・・・何で君は彼女との関係を躊躇ってる? 君が奥手な事は知ってるけどね」

 

「俺は・・・俺達は色々あるんじゃ・・・・・解るじゃろ?」

 

「それは・・・元々、君が”この世界”の住人じゃないからか?」

「ッ・・・」

 

其の言葉に春樹は押し黙ってしまう。

其れに対し、ジェーンは静かに微笑みながら彼の表情を伺った。

 

「やめろッ、メンタリスト。俺の感情を読もうとするな」

 

「・・・ごめん、ついクセで。でも、やっぱりそれが関係してるんだよね?」

 

春樹は舌打ちをしつつ「・・・あぁッ、そうじゃ」と忌々しそうに呟く。

 

「ジェーン・・・お前が俺の記憶の神殿、マインドパレスの住人なら俺の苦悩ぐらい解るじゃろうがぁ」

 

「そうだね。知ってるよ、君の苦悩は十二分にね。あぁ、君はこの言葉が嫌いだったね。『君の気持はよく解る』なんてさ」

 

「・・・ワザとだろ、絶対」

 

「うん、勿論!」と頷くジェーンに「な~ぐ~り~てぇ~!」と頭を抱えて塞ぎ込む春樹。

だが、彼の深層心理に住まうジェーンは知っている。此の異常な世界に来た春樹のこれまでの事を。其の苦しみと葛藤を。

 

「ジェーン・・・俺はお前の言う通り、此の世界の人間じゃあない」

 

「些細な事だと思うけどね」

 

「ッ、些細って・・・些細で済ませるもんか、此れ?! 俺は此の世界の人間じゃねぇんじゃぞ!」

 

憤る春樹だが、ジェーンの方は逆に「だから何?」と言いたげな酷く冷めた様子だ。

 

「聞くけどさぁ・・・君って結局、何で悩んでる訳?」

 

「えッ・・・何って・・・・・」

 

「まぁ言わなくても解るよ。ボーデヴィッヒ嬢の事だ。それも本来の彼女の”立場”を考えてしまうんだろ?」

 

「・・・・・」

 

途端、彼は沈黙した。

「図星って顔だ」と微笑むジェーンを睨むが、凄味がない視線を向けられてもどうってことはない。

 

「彼女はヒロインだ。この『インフィニット・ストラトス』って世界のね。僕、こういうのに詳しくないんだけれど・・・ハーレム作品の走りって事でいいの? 屑鈍感系主人公ってやつ?」

 

あんまりにもアバウトな発言に対し、ツッコミ気すら失せた春樹は其れを敢えてスルーする。

 

「まぁ、何でもいいさ。そんなハーレムラノベのヒロインの一人が、ボーデヴィッヒ嬢だ。春樹、君が危惧しているのは―――――」

「やめろ」

 

だが、やはり癪に障る言葉には殺気の籠った言葉を突き刺した。静かなれど、ハッキリとした言葉を放つ。

其の言葉の直後に続く言の葉なく、幾何かの沈黙だけが続く。

実際、沈黙は僅か数えるばかりもない短いものだったが、たったの一秒が一分にも一時間にも感じられる。

 

「・・・・・・・・ジェーン・・・お前さんの言う通りじゃ。俺はきょーてぇー・・・怖いんじゃ。ラウラちゃんが俺から離れるんが怖いんじゃッ」

 

けれども其の沈黙に春樹は耐えられなかったのだろうか。そっと振り絞る様なか細い声と苦渋に満ちた表情で言葉を並べた。

 

「そうじゃ、怖いんじゃ! あの子がいつか、俺から離れて行ってしまいそうで怖いじゃ!! また・・・一人ぼっちになってしまうんが、怖いんじゃ!!」

 

泣きそうな哭きそうな啼きそうな顔で、自分の両肩を抱いて苦しそうに悲しそうに憎たらしそうに歯を軋ませる。

 

「なら・・・さっさと繋ぎとめておけばいいじゃないか。君は彼女に対する『愛』を”異性愛”じゃなく”父性愛”に変わらせつつあるんじゃない? それを区別するためのキスだ、そのためのセックスなんじゃないの?」

 

「阿呆を・・・言うな・・・・・俺なんかが、あの子が縛ってしもうてエエんか? 此の世界のもんじゃねぇ俺が、彼女を・・・・・ッ」

 

「うわッ、面倒臭い男」・・・と言う言葉をジェーンは吐きそうになったが、彼は其れを飲み込んだ。

 

『清瀬 春樹』と云う男は自尊感情が低い部類に入る。有体に端的に単衣に言えば、春樹は自分に自信がないのだ。

どんな大きな手柄を立てても、功名を挙げても、彼の精神が満たされるには不十分だった。

そんな彼が初めて愛した家族以外の女性・・・其れがラウラ・ボーデヴィッヒだ。

彼女との出逢いは正に衝撃的で、彼女と育んで来た絆は偽りのない真実だった。

だが、彼女から向けられる『愛』は何処か恐ろしかった。往年の名曲『神田川』に出て来そうなフレーズだ。

男として自分を初めて愛してくれた女性が、自分から離れて行ってしまうのも付き添ってくれるのも怖かった。

 

「春樹・・・僕は一度、テレサを失いかけた。知ってるよね?」

 

「・・・知っとるよ。誰だっけ、美術犯罪科のぽっと出の捜査官じゃったよな?」

 

「僕としてもあんまり思い出したくない思い出だ。だから・・・今の君を見てると、その時の事を思い出しちゃうんだ」

 

そんな恐怖心を抱く彼へジェーンは言い聞かせる様に言葉を投げ掛ける。

 

「僕も・・・テレサを愛する事には抵抗があった。やつ・・・レッド・ジョンの事もあったしね」

 

「じゃけど、結果的に倒した後で結ばれたじゃろうがな」

 

「結果論を言うのは容易い。でも、そこまでの過程や工程が難しいんだよ。だってそうだろ? 心強い同僚と恋人になるなんて想像もつかなかったよ、あの時は」

 

確かにジェーンとリズボンの恋路には、あまりにも多くの障壁や障害があり過ぎた。其れでも二人は何とか其れ等を収めて両想いとなったのだ。

だからこそ、彼としても春樹には幸せになってもらいたい。

 

「春樹、君は此の世界の住人じゃないって事を嘆いていたけれど・・・・・こう考えてみたら? この世界を一つの樽としよう。それで中には『インフィニット・ストラトス』って名前のワインが詰まってる」

 

「阿?」

 

「このままでも十分美味しいんだけど・・・・・誰かがこのワインへティースプーン一杯のウィスキーを入れてしまった。さて、この樽の中の酒を純粋なワインと云える?」

 

「いや・・・言えないじゃろ。酒は、たったの一滴でも味が変わってしまうけんな」

 

彼の言葉に「その通り」とジェーンは口角を吊り上げて頷いた。

 

「もうこの世界は君と謂うウィスキーが入ってしまった事で、純粋なワインではなくなってしまった。そして、これを君は飲み干すしかないんだ」

 

何処かのスペースブラザーズで聞いたような妙に説得力のある謎の例え話に春樹は戸惑いながらも「お、応ッ」と頷いてしまう。

しかし、其れでも彼は「・・・・・じゃけど・・・」と暗い顔をしてしまうのだったが―――――

 

「ッ、おっと・・・・・それにいつまでも彼女を待たせちゃ駄目だ。さもないと”食べられちゃう”よ?」

 

「阿?」

 

ジェーンは暗い表情を晒す彼へ声を掛けようとしたが、何かを発見して「ほらッ」と指を差す。

何が何だか解らない春樹は、其の指の方向へ振り返ってみれば―――――

 

グルルルォオオオオオ―――ッ!!

「ッ、ぎぇえええええ!!!??」

 

―――――なんと視線の先には、身の丈三十mはあろうかという巨翼を拡げたドラゴンが此方へ迫って来るではないか。

 

「お、おいッ! ジェーン、ありゃ一体・・・―――――って、居ねぇッ!!?」

 

流石は人の心を読むメンタリスト。逃げ足も一流だ。・・・まぁ、そんな些細な事は置いといて。

さぁ、逃げ遅れた彼へ目掛けてドラゴンは宝玉の様な四つの金の眼を差し向けるや否や、急降下爆撃機スツーカの如く凄まじい勢いで急降下して来た。

此れには、流石の春樹も「ひッ、ひぇえええええ!!」と恐れおののき慌てふためいてしまう。

しかし―――――

 

「―――――春樹ッ!!」

「えッ、えぇええええええッ!!?」

 

そんなドラゴンの背からヒョッコリと顔を覗かせ、彼の名を呼ぶ人物が現れたのである。

其の人物は、流れる白銀の髪に灼熱の太陽の眼と夜空を照らす月の様な黄金の瞳を持った戦乙女―――――『ラウラ・ボーデヴィッヒ』其の人だ。

 

「ラ、ラウラちゃ―――――

「春樹ィッ!!」

―――――って、おぉ―――い!!?」

 

吃驚仰天する春樹を余所に彼女は駆け足と共に銀色の巨躯を有するドラゴンの背から駆け足と共に飛び出す。

其れもISを纏わない丸腰状態でだ。

 

「わッ、ちょッ、待ってぇええ―――ッ!!!」

 

彼は走った。

近くに合ったであろうロッキングチェアを蹴飛ばして走った。

勿論、切開されて縫合された傷口が痛むが、そんな事など知った事ではない。

春樹は無我夢中で空高~くから落下して来るラウラをキャッチせんと両手を広げて駆け奔る。

 

「ラウラちゃぁああああん!!」

「春樹ィイイ!!」

 

上から下への力と前に突進する力が交差し、バッチィーン!とけたたましい音を発てた二人は其のままゴロンッゴロン!!と転がって行き、ドッシィイ―――――ッン!!と針葉樹の硬い幹へ衝突した。

 

「がッ、ぁあッ・・・痛ぁア”ア”ッ・・・・・ッ、じゃない!! 大丈夫か、ラウラちゃん?!!」

 

背中からメキメキィイッ!なんて謂う酷く生々しい音が聞こえて来たが、そんな事など御構い無しに春樹は抱き抱えたラウラの安否を気遣う。

けれども、彼女からの返事として返って来たのは・・・・・

 

んむぅう・・・♡」

「んッぐぅう!!!??」

 

熱烈な、余りにも熱い、火傷してしまいそうな程に濃密な口付けであった。

ラウラは「はむはむ♡」と薄い春樹の優しく唇を噛んだ後、「じゅるりッ♡」と口内へ真っ赤な舌を差し込んで「れろりれろり♡」とアイスクリームでも味わうかの如く彼の歯肉や舌を味わう。

 

はるき・・・はるきぃッ・・・♡ しゅきぃ・・・だいしゅきぃい・・・ッ♡♡

「え・・・あぇあッ・・・ら、ララ、ラウラちゃ―――――

むちゅぅうッ♡♡♡

―――――んンンッ!!?」

 

濃厚なディープキスとトロットロに蕩け切ったオッドアイの瞳に動揺する春樹を余所に語彙力を完全に失ってしまった彼女はキス攻撃の更なる猛追を仕掛けた。

ごくりッごくり♡」と彼の唾液を飲み干しては、「はぐはぐ♡♡」と自分の口へ吸い寄せた春樹の舌を美味しそうに甘噛んだ。

 

「・・・・・・・・ガウ

 

さて・・・其の余りにもしつこいとも云えるキスに業を煮やしたのか。大地へ降り立ったドラゴンは「もういい加減にしなさい」とばかりにラウラの後頭部をデコピンで小突く。

無論、手加減しているとは言えども其の威力は申し分ない。其の衝撃によってベロチューを交わす両者の歯がゴチンッと衝突してしまった。

 

はぁ・・・はぁッ・・・・・ッ、何をするのだ!? 折角の春樹との逢瀬を邪魔するな!!」

 

想い人との口付けを邪魔された事に憤り、自分の何十倍もある金眼四ツ目の銀飛竜へラウラは喚く様に怒鳴り上げる。

しかして春樹の方はあまりにも濃密なキスで呼吸困難必至だった為、ドラゴンの小突き攻撃はありがたかった。

 

「ちょっと待っていろ、春樹! 私はこいつと折り合いをつける! あぁ、あとその唇から垂れる血は拭くな! 私が舐めとってやるから!!」

 

グルルアッ

「痛ッ!? 何をするか、『琥珀』!!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・へぁッ!!?」

 

春樹は再び仰天する。ラウラの口から出た言葉に上擦ったウルトラマンの声が出てしまった。

 

「えッ、ちょ・・・待って! ラウラちゃん、今なんて言うたんなん?!!」

 

「ん? あぁ、『琥珀』と言ったのだ。このドラゴンは琥珀なのだ」

 

「エッヘン」と踏ん反り返るラウラの後頭部を再びドラゴン・・・いや、琥珀は「ガウッ」と小突いた。

其のせいで両者は額を付けて言い争うが、一方で春樹は相変わらずあんぐり口を開けたまま茫然自失である。

だが、彼はすぐに我を取り戻すと何故か飛竜化してしまった琥珀の頭部へ手を伸ばした。

 

「ホントに・・・ホンマに、琥珀ちゃんなんかッ?」

ガルル・・・ッ

 

彼の伸ばした掌へ琥珀は愛おしそうに自分の顔を擦り寄せる。

鋼の様な銀色の鱗が掌をなだらかに滑ってゆく。

 

「むぅー・・・!!」

 

其れがラウラには面白くない。

頬を膨らませ、潤んだ瞳で春樹と戯れる琥珀を睨んだ。

其れに気付いたかどうかは知らぬが、春樹はほくそ笑みながらそっと彼女を抱き寄せた。

 

「お、おいッ、春樹!?」

「・・・・・」

 

先程まで夢中でベロチューしていたとは思えない初々しい反応を見せるラウラを余所に春樹は無言のまま彼女を抱き締め続ける。そして、散々抱き締めた後に琥珀色の両眼でラウラの瞳を除いた。

其れがキスの前兆だと思ったラウラは思わず目を閉じて自分の唇を突き出すが・・・・・

 

「・・・・・ごめん。今は、俺からは出来ん」

 

「・・・・・えッ?」

 

「現実世界に帰ったら話があるんじゃけど・・・エエかな?」

 

其の有無を言わさない表情に彼女は「あ・・・あぁ」と頷いた。

そんな二人のやり取りに琥珀は何かを感じ取り、「クォオンッ」と頭で春樹の身体を軽く圧す。

 

「あぁ、解った。ありがとうな、琥珀ちゃん。後、ようやっと起きた言うんに其ん姿になったんかは教えてくれよ?」

ガウ!

 

「よっしゃ。じゃあ帰るか! ラウラちゃん、お手をどうぞ?」

「あ・・・あぁッ!」

 

大きく頷いた彼女の背に春樹はラウラの手を引いて跨った。

さすれば意気揚々と琥珀は其の巨翼を羽ばたかせ、濃霧が覆う空へと飛び立っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・ふーん」

 

其の飛び去って行く姿をジェーンは針葉樹の蔭から覗いていた。

 

「僕は彼の背中を押したのだけれども・・・押すまでもなかったかな? いや、余計に悪い方向に行ったかも。んー・・・まぁ、いいか。”良い笑顔”をしてたし」

 

そう言いつつ彼は再びロッキングチェアに腰を掛けると、傍にいつの間にか配置されたテレビの電源を付ける。

 

「さてと・・・”ヤツ”の方はどうかな? ”ネタバレ”はこれからかな?」

 

そう言って口を歪めて歯を見せるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





次回。ハンニバルカーニバル。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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143話


―――『血』は『魂』を具現化した所謂『貨幣』。
―――其れ故、流した血が多い”彼”が得るモノは『必然』。
―――なれば、『対価』を支払った事のない”彼”が得たモノとは?



 

 

 

「ふぅー・・・ッ」

 

古めいた、されども高貴な光を放つシャンデリアの下。落ち着いた雰囲気に包まれた一室にて、少年・・・織斑 一夏は満足そうな息を一服吐く。

 

「フフッ・・・満足そうで何よりだ」

 

そんな一夏の様子に対し、彼の腹へ納まった日常生活では決して味わう事は出来ないであろう洗練された料理を作り上げた料理人・・・ハンニバル・レクターもこれまた満足そうに口端を吊り上げる。

 

「いやー、美味かった! ホルモン料理なんて食べる事なんてあんまりないからな!!」

 

「フフフ・・・お世辞でも嬉しいよ、一夏」

 

「世辞なんて言わねぇよ! マジで美味かったんだからな!!」

 

「ありがとう。それならデザートも喜んでもらえると嬉しいよ」

 

ハンニバルの言葉に「勿論だ!」と快活な言葉を返す一夏。

其れに応えるかの様にハンニバルは彼の前へコースの締めとなる一品を置いた。

 

「ッ・・・え、えーと・・・これは?」

 

一夏は自分の目の前へ置かれた其の一品に思わず眉をひそめる。

何故ならば、其の料理は一見するとドス黒く焦げたベーコンの様な見た目をしていたからだ。

実に・・・怪しい。悪く言えば、不味そうである。

 

「そんな警戒しないでくれ。此れはブロードプディング・・・簡単に言えば、『血のプリン』。北欧の伝統料理だよ」

 

「血の、プリン?・・・・・美味いのか?」

 

「さて、どうだろう? 日本人の君に合うようには作った。それに・・・私の作った料理に不味いモノはあったか?」

 

其のハンニバルの言葉に一夏は恐る恐るナイフとフォークを差し向けた。

心の中では「本当に食べ物なのか、コレ?」と思いつつ、とにかく彼は其れを口の中へ入れる。

そして、目をつぶって一回二回と噛んでみた。 

 

「・・・あれ?」

 

すると、血のプリンは思っていた程に変な味でも食感でもなかったのである。

予想していた血特有の味も生臭さもない。言ってみれば、レバー・ペーストよりも食べやすい。

加えて、シナモンの香りと甘すぎない優しい口当たりが実に良い。

 

「美味い・・・!」

 

「それは良かった」

 

驚きを含んだ感嘆詞にハンニバルは再び頬を緩ませた。

そんな彼の目の前で、一夏はパクパク料理へ手を伸ばし、あっと言う間に皿の中を空にする。

 

「あぁ~・・・初めての料理だったけど美味かった!!」

 

「良かった。君は本当に料理の作りがいのある人物だね」

 

ハンニバルからのお褒めの言葉に一夏は何だか気恥ずかしくなってしまった。

そんな戸惑う彼にハンニバルはある提案を持ち掛ける。

 

「ふむ・・・そうだ。此の料理の対価と言ってはなんだが・・・一夏、君の事を教えてもらえないか?」

 

「え、俺の事を?」

 

「あぁ。私は、君の事が知りたい」

「ッ!」

 

・・・・・其の言葉が一夏には嬉しかった。

手放しの”賛美”でも”媚び”でなければ、”落胆”でもない。純粋な同性との”友情”を深める行為に彼の瞳は明るくなる。

だから、思わず一夏は彼に気を許した・・・”許してしまった”。

此の紳士の皮を被った”怪物”に。

 

「・・・ハンニバル・・・・・俺は―――――!」

 

一夏は話した。自分の事を。

其れは自分の好きな事だったろうし、嫌いな事でもあったろう。理想や憧れを父親に夢を語る幼子の様に彼は語りつくす。

 

「ふむ・・・・・なるほど・・・」

 

其れをハンニバルは、ただ黙って聞いた。何とも絶妙な相槌で、彼の口から連なる言葉を引き出し・・・・・ある言葉を投げ掛けた。

 

「一夏、君は・・・”ヒーロー”になりたいのか?」

 

「・・・・・え・・・?」

 

其の言葉に一夏の表情は、鳩が豆鉄砲を食った様なあっけらかんとした表情に一変してしまう。

 

「な・・・なに言ってんだよ、ハンニバル。俺は・・・ッ!」

 

『ヒーロー』とは、何だろうか?

人によっては、其れは『バイクに乗ったバッタ男』。其れは『銀色と赤色の宇宙人』。其れは『二人組の女戦士』。

例題を上げれば、キリがない。人一人の胸の内に様々な”ヒーロー”がいるだろう。

けれども・・・織斑 一夏にとって、”ヒーロー”とは嫌悪する存在。

『完全無欠のヒーローなんていない。ヤツらは泣きもしなけりゃ、笑いもしない』・・・其れが彼の言葉だ。

 

「すまない。気分を害したのなら謝る。だが、君の話を・・・・・いや、君の”これまでの行動”を見る限りでは・・・君は、誰かのヒーローに”なりたがっている”」

「ッ!!」

 

一夏は勢い良くガタッと立ち上がり、「ふざけるな!!」と叫びたかった事だろう。

だが、寸前にハンニバルはスッと制止の掌を見せる事で、其の機会を永遠に奪い去った。

 

「だってそうじゃないか。否定はしていても、君は無意識化でテレビに出て来るヒーローの様に誰かを救いたいと、”守りたい”と願っている。・・・違うか?」

 

『誰かを救いたい』・・・言い換えれば、『誰かを守りたい』と一夏は思っていた。

其れは幼い頃から彼の姉である千冬に守られて生きて来た事からの思いでもあったし、彼の根底にある”願望”と言っても差し支えない。

其れ故に其の思いから、彼はIS学園へスパイとしてやって来た何時かのシャルロットを救おうとした。

銀の福音との戦いの最中、戦場へ迷い込んでた密猟者を自らの身を犠牲にしてまで助けようとした。

そう。全ては自らが尊敬し、憧れの対象である世界最強のIS搭乗者にして姉である織斑 千冬の様に”皆を守る”為だ。

 

「・・・そう・・・・・かもしれねぇ・・・ッ」

 

不思議と一夏はハンニバルの言葉を肯定した。

何故に彼の言葉を肯定してしまったのか。其れは一夏自身にも解らなかった。

解っている事と言えば、此の目の前の紳士が自分の苦悩を理解しようとしている事だけだ。

 

「だから・・・だからこそ、自分の前を行く彼に・・・『清瀬 春樹』という男に君は認められたいんじゃないのか? 『勝つ』のではなく、一人の人間として認められたいじゃないか?」

 

「ッ・・・」

 

言葉が痛かった。心の奥から「違う!!」と言い放つ事が出来なかった。確かにハンニバルの言う其の通りであったからなのだ。

世界で二番目の男性IS適正者、清瀬 春樹。彼は身内にIS関係者が居る一夏とは違い、完全無欠のTHE一般人。

其れも昨年まで地方田舎の公立中学に通っていたISが動かせる”だけ”の唯の少年・・・の筈だった。

此の”おまけ”や保険等と周囲から冷たくあしらわていた男が、『VTS事件』を境に頭角を現す等とはゆめゆめ思わなかった事だろう。

しかも此の男、性格にかなりの難があった。

入学当初から完全一方的に一夏の事を逆恨みし、自己中心的な考えと共にISを纏う責任感のない男だ。

其れ故に最初は同性のIS適正者として彼を許容していた一夏も、月日が経つにつれて春樹を嫌悪する様になった。(具体的に言えば、シャルロットの男装発覚してから以降)

しかし、傍から見れば一見どうしようもない此の男・・・何処か人を惹きつける不思議な魅力を持っていた。

加えて、一夏以上のISへの才能も持ち合わせていたものだから尚のこと質が悪い。

其の魅力と才能で、彼は一夏が解決できなかった難事件を次々と解決して来たのである。

デュノア家の家庭問題を解決し、銀の福音を討伐し、学園へ襲い掛かる魔の手を払い除けて来た。

 

「・・・そう、だな。俺は・・・俺はあいつに・・・・・清瀬に認められたいんだ!」

 

最初は春樹を自分勝手な卑怯者と嫌っていた。けれども・・・これまでの事を鑑みても、彼を認めない事には至らなかった。

一夏には悔しかった事だろう。自分が卑怯者と揶揄していた男が、自分の何倍もの才能と強さを持っていたのだから。

其れ故、其の悔しさと嫉妬から春樹の背後を必殺の一撃で襲う等と云う事もあった。

 

「でも、俺は・・・俺は・・・・・ッ」

 

一夏は俯き、ガックリと肩を落とす。

自分の弱さを認められず、他人の強さも認められない自分が、酷く惨めに思えて仕方がないのである。

そんな彼にハンニバルはただ一言言い放つ。

 

「―――――大丈夫」

「え・・・ッ」

 

其のシンプルなたった一言が、無防備な弱った彼の心へ突き刺さるには容易かった。

思わず顔を上げた一夏にハンニバルは更にこう続ける。

 

「君は、自分の想いを形に出来る人間だ。今は無理でも、いつか必ず・・・きっと。それに君は、諦めない人間なんだろう? 一夏?」

 

「は、ハンニバル・・・・・あぁッ、そうだ! 俺は諦めない人間だ!!」

 

瞳に光を取り戻した一夏にハンニバルは「その意気だ」と微笑むと、ある提案を彼に出した。

 

「そうだ。一夏、彼・・・春樹に君を認めさせる為に”練習”をしてみないか?」

 

「練習?」

 

「そう、練習だ。彼に自分を認めさせる為には、春樹を理解する事が近道だ。しかし、そんなすぐには出来ない。なら、先ずは新しく友人となった手近な私の事を”理解”する事から始めてみたらどうだ?」

 

「理解・・・か。でも、どうやってやるんだよ?」

 

「そうだな・・・」と自分の顎へ人差し指と中指を添えて一拍置いた後、ハンニバルはクスリと静かに微笑んだ。

 

「それなら私が、一夏へ”ある秘密”を打ち明けよう。それを君は理解しようとしてくれれば良い」

 

「秘密って・・・何だよ、ハンニバル?」

 

「ふむ。その料理の美味さの秘密を君に打ち明けよう」

 

そう言うとハンニバルは席を立ち、調理場の方へ足を向けた。

 

「料理の秘密・・・か。隠し味に何を使ってるんだ?」

 

『料理の美味さの秘密』と聞き、一夏は浮足立つ。

一見完璧超人に見えがちでも家事全般がからっきしな姉である千冬に代わり、家の事はいつも一夏が行っていた。

其れは義務感からではなく、好きで行っていた家事の中でも彼が好んでいたのが炊事である。

 

「(ハンニバルの料理は全部美味かったからな。その秘密で今度、千冬姉や皆に何か作ってやろう)」

 

最近はISの戦闘訓練ばかりで味気ない日常が続いていた。

気分転換にいつもお世話になっている皆へ料理を振る舞い、其れを機会に春樹に自分を認めさせてやろうと画策する一夏。

 

「お待たせ、一夏。これが、私の料理の秘密だ」

 

そうしていると調理場からハンニバルがあるものを持って戻って来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・え・・・ッ?」

 

其のハンニバルが持って来た”秘密”に一夏は目を真ん丸にして驚いた。

・・・・・いや、上記の表現は優しすぎる。実際は四白眼と共にゾッと表情が引き攣ったのだ。

・・・何故に彼の表情が引き攣ったのか。

 

「さて、一夏。これが、君が美味しいと言ってくれた料理の秘密・・・”食材”だ」

 

勿論、其れはハンニバルが持って来た料理の秘密・・・”食材”が原因である。

何故なら、彼が食材と称する”其れ”は―――――

 

―――――はだけた患者衣を身に纏い、車椅子に乗った黒の目と金の瞳で虚空を見詰める銀髪の少女であったからだ。

何処か其の容姿は、あの春樹と相思相愛の仲であるドイツ軍人と酷似していた。

 

「あー・・・あー・・・・・あー・・・ッ・・・」

 

だが目の前に居る彼女は、其の特徴的な目と酸素吸入器が取り付けられた薄い唇から体液を流しては、赤子の様な呻き声を呟いている。とてもアルビノ黒兎の彼女とは似つかない。

 

「な・・・なんだよ・・・こ、これ・・・・・!!?」

 

けれども其の少女に一夏の目は釘付けとなった。

はだけた患者衣から垣間見えた透明感のある絹肌に思わずドキッと男心が弾んだのか?

いや、違う。

 

彼が凝視したのは、其の柔肌を痛々しく”ワザと”乱雑に縫い合わせた胸部並びに右脇腹の手術痕と膝から下がない左足であった。

 

「本当は、肉の鮮度を保つ為に頸動脈を切り裂いて、肉が生臭くならない様に血抜きを徹底するが・・・今回は日本古来からある”踊り食い”を参考にして―――――」

 

車椅子のへ手を掛けているハンニバルが何やら説明しているが、そんな事など一夏の耳には一字一句も入っては来ない。

其れほどまでに衝撃的な光景である。

 

・・・・・おや?

そう言えば、ハンニバルは彼女の事を”食材”と言っていた。其れも”先程”の、一夏が美味しいと絶賛していた料理に使った食材だと。

 

「は・・・ハンニバル、こ・・・これは何かの冗談か? 冗談だよなッ? 冗談にしては、あんまりにも・・・グロすぎる、だろ・・・ッ」

 

「冗談? まさか! 私は食材の偽装などしない。彼女はデータのプログラムでもなければ、ゲームのCPUでもない。君と同じ、現実世界から来た”肉体を持つ人間”だ。えーと、名前は確か・・・・・あぁ、そうそう。『クロエ・クロニクル』だったかな? そして、今回のIS学園ハッキング事件の実行犯だよ」

 

「じ、実行・・・犯?」

 

「そう。美味しかっただろう、彼女の”肉”・・・正確な部位を言えば、肺・肝臓・腎臓・血液は。あぁ、そうそう。特に君は、彼女の脛肉が好物だったね。鋸で骨ごと肉を斬るのに難儀したが、喜んでもらえて何よりだった」

 

一流のレストランでは、シェフが客に対して実物の食材を前にして説明をする事がある。

正にハンニバルは、其れを行っていた。何とも得意げな表情で、”食材”と其れを使った料理の説明をだ。

 

「え・・・あ・・・・・え・・・ッ・・・?」

 

其の説明を前に茫然としていた一夏だったが、ガーゼへ水が浸透する様に脳へ理解が浸み込む。

其の瞬間―――――

 

「―――――ッおッ、おぇええぇぇえええええッ!!

 

―――――彼は、空になった皿の中へと胃の内容物を吐き戻したのである。

 

「おっと。大丈夫か、一夏?」

 

そんな一夏の様子に対し、ハンニバルは心配そうに身を乗り出すが、相変わらず彼は「おえおえッ!!」と吐瀉物を皿へ盛り付けてゆく。

其の様は必死に自分の胃を絞り出す様で、其の内に一夏はバランスを崩して椅子から崩れ落ちた。

 

「ハァッ、ハァッ・・・! お、おぇええ!!」

 

彼は更に自分の口の中へ指を突っ込んで吐こうとするが、もう出るのは嗚咽と胃液ぐらいだ。

 

「諦めろ、一夏。もう既に大部分は栄養となって君の血肉となった。・・・いや、此の電脳空間では君の意識の一部となったと言った方が正確か」

 

「うッ、うぅ・・・ッ! ど・・・どうして・・・・・ッ?」

 

「ん?」

 

「どうしてこんな事をするんだよ?!!」

 

一夏は吠えた。胃液と唾液が付いた手を床へ置き、ライオンが吠える科の様に絶叫した。

・・・けれども、其れに対してハンニバルはさも当然の様に冷めた面持ちでこう答える。

 

「どうしてって・・・当然の”罰”じゃないか」

 

「ば・・・罰だって・・・ッ?」

 

「あぁ、そうだ。彼女が此の学園へサイバー攻撃など加えなければ、皆を危険にさらす事も彼が手を血に濡らす事もなかった。正に彼女は咎人、罪人だ。ならば、罪人には刑罰を課さなければならないのは当然の事だ。だが、ただ単純に刑罰を執行するのも味気ない。ならばと、有効活用した訳だ」

 

笑みを浮かべながら紡がれる其のハンニバルの言葉に一夏の表情は一気に青くなった。

彼は恐怖したのだ。其れも唯の恐怖ではない。今まで生きて来た中で、決して出会う事はなかったであろうおぞましい恐怖。所謂、『吐き気を催す邪悪』に恐れ慄いたのだ。

 

「ハンニバルッ、俺は・・・俺は、あんたが良い人間だと思っていた。それなのにッ・・・それなのに!!」

 

「勝手に私を善人だと誤解したのは君だ。それに・・・そう、被害者面をするな。君も彼女の肉を”食べた”。君も「美味しい」と、言ってくれたじゃないか!」

「ッ、わぁあぁああああああ!!」

 

彼の言葉に思わず一夏は自身のISである白式を展開し、専用武装である雪片を構えた。

後はいつものように刃を振るい、此の人の皮を被った怪物を斬り付けるのみ。

・・・しかし、一夏は知らない。彼が立って居る此の場所は、ハンニバルの空間だという事を。

 

「大人しくしていなさい」

「な!!?」

 

幼子をあやす様に手を向ける。

すると、辺りの重厚感のある家具や装飾品が柔らかくしなやか触手の様に一夏の四肢へ絡み付き、其の動きを止めた。

無論、「は、離せ!!」と彼は暴れ回るが、逆に余計に動きが封じ込められてしまう。

 

「一夏・・・そう言う所だぞ。直情型は動きが読みやすい。ところで・・・どうだい?」

 

「ッ、何がだよ?!!」

 

「何がって・・・さっきの話だ。私の事を理解してくれるかい、一夏?」

 

朗らかな笑みと共にハンニバルは問いかける。

此の男の言葉に一夏はどう答えたのか。

 

「・・・・・けるな・・・!」

 

「ん?」

 

「ふざけるんじゃねぇッ! 誰がお前の事なんて理解できるか!! このッ、”バケモノ”ッ!!」

 

勿論、彼が此の怪物の事など理解できる事できる筈がない。

苦虫でも噛み潰した科の様な渋い表情と共に一夏はハンニバルへ怒号を轟かせる。

 

「・・・・・そうか、それは残念だ。君には期待していたのだが・・・致し方あるまい。」

 

其れに対し、ハンニバルは目に見えて落胆した。

自分を理解してくれると思っていた人物が一転して自分の事を非難して来たのだから当然と言えば当然。

だが・・・果たして此の男が、最初から其れを目的にしていたのだろうか。

 

「いや・・・逆に此の方が”食べやすい”のか」

 

「ッ・・・なに、言ってんだよッ?」

 

否、断じて否である。

此の男は最初から―――――

 

「一夏、私は最初から君を食べるつもりでいた。”獲物”と一度顔を合わせてから、それらを食すのが私の流儀だ」

 

「た、食べる・・・って・・・!!?」

 

「前々から君の事は知っていた。後はどうやって君と会い、どの部分を食べるかが問題だった。前者はクリアした。残る後者だが・・・今決めた。やはり、その脳を食べる事にしたよ」

 

そう言ってハンニバルは手慣れた手付きで懐から、あるものを取り出す。

其れはバッテリー式の電動丸鋸だった。

 

「さて、どうやって食べよう。脳という部分は濃厚な味だ。コロッケにしてもいいな・・・シンプルにそのままステーキも良い」

 

調理方法を口遊みながら、ハンニバルは電動丸鋸のスイッチを入れる。

キィイ―――――ンッと、甲高い音が辺りに響く。

 

「ふむ・・・よし、決めた。先ずは一夏、君の頭を切り開く。そして、そのままプリンの様にアイススプーンで穿りながら・・・食べよう

「ぃッ!!?」

 

そして、薄い微笑と共に一夏へ足を向けたのだが・・・ハンニバルは何故か途中で「おっと」と歩みを止めて元居た場所へ戻った。

 

「一夏、君を食べる前に・・・君はある事を知っておかなければならない事がある」

 

「知っておく、事?」

 

「あぁ。さぁ、起きろ」

 

そう言うとハンニバルは車椅子に固定された食材・・・クロエの耳を掴んで引き上げる。

其の彼の行動にクロエは「あぁ・・・ッ!!」と呻き声を上げながら虚ろな黒と金の眼を開けた。

 

「さて、クロエ・・・聞きたい事があるんだが、いいかな?」

 

「こ・・・・・して・・・ッ」

 

「ん?」

 

「ころ・・・してッ・・・・・殺して、くださ・・・い・・・・・ッ」

 

生きたまま喰われる・・・そんな世にも恐ろしい所業を味わったクロエの心は既に風前の灯火となっていた。

そんな彼女に対し、ハンニバルは「・・・はぁ」と溜息を吐くと―――――

 

「まだ質問をしていないのに答えるな」

「ぁッ!!?」

 

シャッ・・・」と、丸鋸で其の耳を切り取った。・・・にも拘らず、クロエは大したリアクションもないまま元の位置へと着地する。

其の余りにも非道な扱いに一夏は精一杯喚くが、そんな事など御構い無し。

 

「美味い。いや、不味い。もう少し、気力を残すべきだった。しっかりしてくれ、クロエ」

 

切り取ったクロエの耳片をスナック菓子の様に食しながら、もう痛みも感じなくなった彼女の頬を叩くハンニバル。

 

「答えてくれれば、ちゃんと君の要望は聞く」

 

「ッ、ほ・・・んと、うですか・・・?」

 

「本当だ。じゃあ聞くよ・・・クロエ? 誰が、君を此処に送ったんだ?」

 

此の質問を普段の彼女ならば答える筈がない。

だが、此処に居るクロエ・クロニクルは違う。此処に居る彼女は凄惨な拷問、尋問、薬物投与がなされていた為に人格は崩壊してしまっていたのである。

そんな鈍い苦しみと鋭い痛みに苛まされる彼女は、おもむろに力なく「あうあう」と黒幕の名を並べた。

 

「た・・・ばね・・・たばね、さま・・・・・しののの、たば、ね・・・さまです」

 

「え・・・ッ?」

 

『しののの たばね』とは誰か。

無論、其れはまごう事なきISと云う代物を発明した大天才『篠ノ之 束』の事に相違なかった。

其の名を聞き、一夏はあっと驚いた。そして、「なぜ、どうして?」と言った疑問符が思考を支配する。

 

「ありがとう、クロエ。助かったよ」

 

「な、なら・・・は、やく・・・!!」

 

「あぁ、また後でね」

 

「そ・・・そ、んな・・・ッ!!」と呻くクロエを余所にハンニバルは一夏へと近寄り、「だ、そうだ」と耳打ちした。

 

「う・・・うそだッ・・・うそに決まってる!!」

 

「疑うのか? 私がクロエに言わせたと? 確かにそう考えてしまうな。君は篠ノ之博士とは懇意にしてるようだしな。だが・・・事実だ。加えて言うと、今まであったゴーレム事件も銀の福音事件や他の数多の事件も彼女が裏で糸を引いていたんだ」

 

ハンニバルの言葉に一夏は「そんなッ・・・!!」と動揺した後、「うそだ!!」と「でまかせだッ!」と喚き散らす。

しかし、そんな彼にハンニバルはこう続けた。

 

「本当に・・・何も知らなかったのか。この分だと、君の”妹”の事も知らないんだろう」

 

「い、妹? な、なんだよそれ!!?」

 

動揺する一夏にハンニバルは口端を吊り上げた。

 

「見た筈だ。サイレント・ゼフィルスの素顔をね」

「!」

 

一夏は思い出す。

キャノンボール・ファスト襲撃事件で遭遇したファントムタスクの構成員、サイレント・ゼフィルス。其の素顔を彼は一瞬だが目視していた。

確かに其の顔立ちは、自身の姉である千冬に酷似していたのである。

 

「思い出したか。あれは見間違いではない。サイレント・ゼフィルス・・・彼女は君の妹だ」

 

「なんで・・・千冬姉は、そんな事一度だって俺に!!」

 

「君の家庭事情は知らないが・・・一夏、君は本当に姉君から愛されているのか疑問に思えて来たよ。だって、家族は包み隠さないものじゃないのかい?」

 

「ッ・・・うるせぇッ・・・うるせぇッ!! お前に、お前なんかに俺達の何が解る?!!」

 

「さぁな。だが・・・一夏、君の脳を食べれば解るかもしれないな」

 

「ッ!! や、やめろッ。やめろッ! やめろ!! やめろッ!! 俺の側に近寄るなぁああ―――――ッ!!

 

動く事も出来ず、絶叫するばかりの一夏のこめかみへハンニバルは丸鋸の刃を近づけてゆく。

 

「あぁ、楽しみだ。君はどんな味がするだろうね、一夏?」

 

甲高いモーター音と共にハンニバルの冷酷にして冷血な笑みが部屋へと木霊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――「させない」―――――

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆



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144話

 

 

 

うッうわぁああ”あ”あ”あ”あ”あ”ッッ!!

 

・・・・・織斑 一夏は絶叫する。

其れは、彼自身が今まで上げた事も聞いた事もない程に大きく響き渡る怯えた恐怖の猿叫であった。

 

其の断末魔に到るには、大きく別けて三つのステップに分けられる。

先ず一つ目は頭蓋骨をハンマーで殴られた科の様な衝撃の事実。

第二に其の事実を理解した事で胃の奥から止め処なく溢れ出てる余りにもおぞましい嫌悪。

そして―――――

 

「フフフ・・・ッ」

 

全ての”元凶”である男、ハンニバルが浮かべる笑顔に対する絶大なる恐怖。

 

「や、やめろ!! 俺に近付くんじゃねぇえッ!!」

 

一夏は自らへ迫り来る圧倒的な”死の恐怖”に萎縮し、声を震わせて喚く。

当然と言えば当然なのだが、そんな事をしているものだから「ふむ、中々と煩い口だ。そんな口には蓋をしよう」とハンニバルは彼の口へ紳士のマナーであるハンカチを無理矢理ねじ込んだ。

 

んぐぅううッ! むぐぅうう”う”う”ッ!!

 

「何で俺がこんな目に!!?」・・・と、一夏は現在進行形で降り掛かって来ている余りにも悍ましく醜悪で原始的な理不尽に対し、悔しさの涙を流す。

「どうして、こんなバケモノに心を許してしまったのだろう」と激しい後悔の念に苛まされる。

けれども・・・此れから彼を生きたまま喰らおうとする怪物には、其の涙は同情を誘うどころか逆にハンニバルの”食欲”を掻き立てた。

其れは、腹ペコの食いしん坊がステーキ肉が鉄板の上で焼ける音を聞いて舌舐めずりをする様にだ。

 

「さぁて・・・どんな味がするのだろうね、一夏?」

 

そう言いながらハンニバルは毟る様に一夏の黒髪を掴むと、其の側頭部へ向かって甲高く唸る電動丸鋸の刃を差し向けてゆく。

 

「・・・・・おや?」

 

するとどうだろう。あんなにも五月蠅かった籠り声の絶叫が途端に掻き消えたのである。

遂に一夏は此の絶望に観念し、彼に喰われる事を受け入れたのだろうか?

 

「ッ・・・ッ・・・」

 

そんな訳がない。

今まで生きて来た人生の中で味わった事のない余りの恐怖に一夏の頭脳はオーバーヒート引き起こし、思考を放棄したのだ。

痙攣する瞼から垣間見える涙に濡れた白目。ズルズル垂れ流しの鼻水。口へ押し込まれ、ぐしゃぐしゃに涎で濡れたハンカチ。傍から見れば酷く不様でみすぼらしい姿だ。

しかし・・・

 

「あぁ・・・素晴らしいよ、一夏」

 

其の様をハンニバルは楽しむ。

食事とは、人間の持つ五感をフル動員して行う尊い行為と彼は考えている。

だから一夏の恐怖に脅える声を『聴き』、怯えて震える身体を『触り』、香しく薫る匂いを『嗅ぎ』、不様な姿を『見て』楽しんだ。

此処までにハンニバルは四つの感覚を満たしている。

 

「やはり、君は最高の”食材”だ!」

 

なら後は、目の前へある”ごちそう”を『味わう』だけだ。

ハンニバルは此れ以上ない程に口端を吊り上げると、遂に其の頭を切り開かんと刃を近づけて行った。

チュインチュインと高速回転する丸鋸の刃が一夏の黒髪を散髪してゆく。

そして、焦らして焦らして漸くやっと其の頭皮を削り取ろうと―――――

 

 

 

 

 

 

 

―――――した、其の瞬間だった。

 

「させない」

「ッ!? くぅ・・・!」

 

眩い真っ白な光が気絶した一夏の身体を包み込んだと思うや否や、彼を脳味噌を喰らおうとしていたハンニバルを後方へと吹き飛ばした。

 

「ほう・・・」

 

吹き飛ばされても見事に受け身を取り、何事もなかったかの様に佇んだハンニバルだったが、ほんの一瞬だけ興味深そうに眼を見開く。

 

「・・・・・」

 

其れも其の筈。

何故なら捉えた筈の獲物の前には、汚れを知らぬ真っ新な白いワンピースを身に纏った少女が此方を睨んでいたのだから。

 

「これはこれは。やはり、春樹と”同じ様に”一夏のものにも”宿っていた”か。初めまして、お嬢さん(フロイライン)。私の名はレクター、ハンニバル・レクターだ」

「・・・ッ・・・」

 

其の少女に対し、ハンニバルはあくまでも丁寧に自己紹介を介す。

しかし、そんな彼の行為にワンピースの少女は言葉やお辞儀ではなく刃を差し向けたのである。

此れに対し、ハンニバルは黙った。表情は薄く笑みを浮かべてはいるものの、其の雰囲気は怒気を含んでいる事が明白に解る。

当たり前と言えば当たり前だ。

『食事』を、其れも自分の”大好物”を食べようとしていたのに横槍を入れられたのだ。誰だって怒る事柄だろう。

彼は彼女を『無礼者』と、『無礼な”豚”』と判断するには十分過ぎた。

 

「・・・前置きは此れぐらいにして、要件を云おう。そこを退きたまえ。私は、食事を邪魔する事がこの世で最も唾棄すべき事だと考えている。解るかね?」

 

「・・・・・」

 

返答の代わりに無言を貫き、ただじっと雪片の刃を向けて此方を睨んで来るワンピースの少女にハンニバルは「・・・はぁッ」と一つ溜息を吐いた。

 

「本当に・・・本当に君達ISは、融通が利かないなぁ・・・!」

「!」

 

そんなとても面倒臭そうでとても忌々しそうな溜息を吐いた後、ハンニバルはギョロリと鋭い視線を彼女へ突き刺す。

其れはまるで喉元へナイフを突き立てられているような感覚で、少女は咄嗟に意識を消失している一夏を抱え込んで後方へ退く。

人間の脳味噌を、其れも生きたまま喰おうとする輩が常軌を逸脱していない訳がない。

じっとりぬるりとした殺気が身体中を這えずり回り、気持ちの悪い感覚が悶々と部屋中へ漂っている。

 

《―――――レクター》

「!」

 

けれども、一触即発かと思われた其の時。どこからともなくハンニバルとは違った男の声が聞こえて来た。

其れはまるで校内放送のアナウンスの様に部屋へ響き渡り、「新たな敵か?!」とワンピースの少女は身構える。

 

「はぁ・・・もうそんな時間か」

 

「・・・?」

 

だが、一方で其の男の声を聞いたハンニバルは落胆を露わにした。

そして、何が何だか状況が理解できない彼女へ今度は落ち込んだ瞳を向け、諭す様な声色を発する。

 

「残念な事に・・・時間切れだ。再起動を掛けていた学園のシステムがもうそろそろ復旧する。彼を食べたかったのだが・・・本当に残念だ、本当にね。そうだろう、クロエ?」

 

「あッ、あー・・・あー・・・ッ」

 

ハンニバルは「ヤレヤレ」と落ち込んだ声を出しながら近くにあった椅子へと腰掛けると、踊り食いとして内臓の一部や左足膝下を切除した満身創痍のクロエの頭を撫でた。

しかし、クロエは苦しそうな呻き声を上げるばかり。

 

「でも、君の”肉”の味をみる事が出来たのはよかったよ。次は・・・心臓がいいね」

「ッ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」

 

「!」

 

恐怖に歪んで怨嗟の声を上げるクロエにワンピースの少女は構えるが、ハンニバルは彼女へ自分の掌を見せる事で争う気がない事を表す。

 

「今回は残念だが・・・次は今度こそ君の主を、一夏を食べる」

 

「・・・そんなことさせない」

 

「フフッ。なら精々そうならない事を祈っておく事だ、”白い騎士”よ。其れに”本来の目的”は完遂している」

 

「?・・・それはどういう・・・?」

 

「フフフッ、さてね?」

 

そう言ってパチンッとハンニバルが指を弾けば、彼とクロエが居る場所が舞台装置の様に上へ上へと上昇して部屋の外部へと退場していく。

後に残されたのは、呆然と立ち尽くす白の少女と其の傍らで電脳世界にも拘らず未だ意識を失っている一夏だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

・・・・・・・・さて、此の章も始まってもう二十一話目。

起承転結の『結』の期間に入っている訳ですが・・・皆さまは、まだ”ある人物”が取り上げられていない事にお気づきでしょうか?

 

「てやぁあああああッ!!」

《ぐげぃヤァあああああッ!!?》

 

温かな木漏れ日が格子窓から入る武道場の中。

彼女、『篠ノ之 箒』は自らの得物である二振りの日本刀で、想い人の一夏の姿に化けた真っ黒な瞳のアンチシステムを斬り刻む。

 

《ホ・・・ほホ、ほうキ・・・箒ィイイッ!!》

「軽々しく・・・其の声と姿で、私の名を呼ぶなぁああ!!」

 

此処に来るまで、箒も他の専用機所有者と同じ様にハッキングシステムからの甘い幻想を見せられていた。

しかし、其処は武闘派系大和撫子。持ち前の器量でニセ一夏の正体を見抜くや否や、すぐさま紅椿を展開して交戦を図ったのである。

後は簡単。第四世代の機体性能と持ち前のぼうりょ・・・戦闘能力で此の憐れなニセ一夏を斬り、穿ち、撃った。

 

「これで・・・終わりだッ!!」

《ッぐわぁああああああ!!?》

 

そして、会心の一撃が芯へと直撃し、憐れなニセ一夏は遂に其の身体を床へと打ち付けたのだ。

其の床に倒れ伏したニセ一夏は、空気の抜けたタイヤの様にプシューと音を点てながら萎んで細かなジグソーパズルの如くバラバラになってしまった。

 

「ふん! 一夏の姿で私をだまそうなどと・・・浅はかだったな!」

 

そう言って箒は止めと言わんばかりにブスリッと崩れた其の胴体へ二振りの片割れである日本刀型武装『雨月』を突き刺す。

こうして大和撫子兼女傑の箒は見事に自らの姉が放った刺客を討ったのであった。

さて、ニセモノを倒したのも束の間。彼女はある事に気付く。「はッ! まさか、皆もニセモノに惑わされているのではないか?」・・・と。

正にその通りなのだが、「特にラウラなどは惑わされているだろうな」といらん事を思案する。

失敬な。彼女は”本当に自力”でニセ春樹を打ちのめしたのだからな。

 

・・・まぁ、そんな事は置いておいてだ。

敵を倒して意気揚々と鬨の声を一人で挙げる箒は、幻惑に囚われているであろう皆を救うべく此の空間から出る為の出口を探した。

けれども、敵を倒したにも関わらず其の空間がジグソーパズルの様に壊れる事はない。・・・というか、そんな事など彼女が知る訳がないが。

 

「・・・ねぇ?」

 

「ッ、誰だ?!!」

 

調度そんな時、彼女へ声を掛ける声が一つあった。

其の声に驚いた箒は、思わず振り向き様に刀を振り上げる。

 

「ッひ!? ご、ごめんなさい!!」

 

「ん? お前は・・・誰だッ?」

 

しかし、其処には、出会った事も見た事もない栗毛色のロングヘアーに翡翠の眼を持った美しい少女が怯えた様子で佇んで居たのだ。

 

「わ、私・・・私はアビゲイル、『アビゲイル・ホッブス』よ」

 

突如として現れた此の美少女。

果たして彼女は敵か味方か?

けれども、今言える事は一つだけ。

『疑似餌に魚は食いつくか?』。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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145話

 

 

 

「あび、げ・・・何者だ、貴様?!」

 

突如として現れた碧眼茶髪の少女に対し、箒は其の首元へ日本刀の切先を怒号と共に差し向ける。

対する碧眼茶髪の美少女、アビゲイルは短く「ひッ・・・!?」と悲鳴を上げて首をすくめた。

 

「お・・・お、落ち着いて箒! 私はあなたに危害を加えるつもりはないわ!!」

 

しかし、取り繕う彼女に箒は「うるさいッ!」と問答無用で突き放した言葉を発した後、『斬捨て御免』とばかりに得物を振り上げる。

登場早々にあわやこれまでかと思われた其の時。窮地に立たされたアビゲイルは実に早口で言葉を並び立てた。

 

「わ、私はッ! 『ある人』によって送り込まれたAIよ! そんな事が出来る人なんて限られてるでしょうッ?」

 

「ッ・・・なに?」

 

其の言葉に彼女の手が止まる。

『ある人』とは誰であろう?

世界でも有数な鉄壁を誇るであろうIS学園のファイアーウォールを悠々と越えて来る人間など限られる。箒の頭へ浮かんだのは、頭へ兎耳を付けた紫髪色の放蕩娘だ。

 

其れを理解したのか。彼女は「ッチ・・・!」と実に忌々しそうな舌打ちをした後、「一体、何の用だッ?」とアビゲイルを睨んだ。

 

「何の用って・・・もちろん、あなたを助けによ」

 

「助けだと? フッ・・・バカバカしい。私は、あの人の力がなくても―――――」

 

箒は彼女の言葉を嘲笑と共に一喝しようとしたのだが・・・「なら、どうやって”この次”に行くつもり?」と云う疑問符に対し、途端にバツが悪い様に黙ってしまった。

そんなツレない彼女にアビゲイルは吐きそうになった溜息を飲み込んで、”此れから”の事情を説明し始める。

 

彼女の話によれば、此れから二人はアビゲイルの力を使って箒の居る電脳次元世界から他の誰かのいる電脳次元世界へワープするのだそうだ。

此れに箒も当初は渋い顔を晒したが、刀を振るう事しかできない武士娘に選択肢など有ってないようなもの。

渋々此れを了承し、アビゲイルの繋いだ扉をゆっくりと開けた。

 

《フフッ・・・よくやった。いい子だね、アヴィ》

 

・・・・・此の時、アビゲイルが少しだけほくそ笑んだ事を『怪物』以外が知る由もない。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・・・ここは・・・?」

 

扉の先に広がっていたのは、美しい花々が咲き誇る庭園だった。

 

「おい、AI。どこだここは?」

 

「さぁ?」

 

「さぁって・・・貴様、やはり!」

 

「ちょッ、ちょっと待って! 私はただ電脳世界の壁を越えるだけで、指定して誰の世界に行けるとか・・・そんなんじゃないの!!」

 

必死に首を横へ振るアビゲイルに箒は「はぁ・・・ッ」と呆れた様に溜息を吐き漏らす。

だが、このままボーッとしている訳にもいかないので、彼女は状況を打開する為に探索を開始する事にした。

 

庭園内はISの高性能レーダーが役に立たないような『設定』になっている為か。近くに人がいる様な反応はない。

仕方がないので、二人は身の丈以上もある垣根に沿って歩く事にした。

すると、二人はある開けた場所へとたどり着く。

 

「あれは・・・」

 

其処で箒の目にあるもの、ある建物が留まった。

其れは白い外壁をしており、とても特徴的で人生の大きな転換期が行われる重要な建物だ。

 

「こんなところに立派なチャペルがあるなんて・・・一体誰の世界かしら?」

 

「さてな。だが、大方の予想など付く」

 

そう言って箒は其のそびえるチャペルの方へ歩みを進めて行く。

けれども・・・

 

「ん? なんだこれは?」

 

そんな彼女の進行を妨げる”見えない壁”が現れたのである。

無論、「邪魔臭い」とばかりに刀を振るって此れを破壊しようとする箒だったが、其れは思いの外堅固な耐久力を誇っていた。

仕方がないのでチャペルへの侵入ルートを変更する事にした・・・そんな時。

 

「ねぇ、箒?」

 

今まで静かにしていたアビゲイルが口を開いたのである。

 

「なんだ?」

 

「さっきの話だけど・・・あなたは、ここが誰の世界かわかったの?」

 

「どういう意味だ?」

 

「だって、あなたさっき「大方の予想はつく」って、言ってたじゃない。一体誰の世界なの? 聞かせてくれない?」

 

其の言葉に箒は「あぁ、あれか」と呟いた後、自分の持論を披露し始めた。

 

「大方、あそこでは誰かが結婚式をしているのだろう。そして、この電脳世界へ入り込んだメンバーから予想するとおのずと絞られる」

 

「へぇ、誰なの?」

 

「決まっている。あのロクデナシ・・・清瀬に恋い焦がれているラウラかシャルロットのどちらかだろう」

 

キッパリとそう告げた箒の言葉にアビゲイルは「・・・どうして?」と少々訝し気な疑問符を投げ掛ける。

 

「あの人に送り込まれたAIだから知らないだろうが・・・この二人は、あのロクでもない清瀬という男にゾッコンなのだ。なぜ、あんな卑屈で低俗な男に夢中になるのか私にはわからんがな」

 

箒は「はッ!」と軽蔑を含んだ嘲笑を晒した。

其の鼻笑いに対し、アビゲイルは眉をひそめながら彼女とは別の予想を話す。其の予想と言うのが―――――

 

「・・・・・でも、もしかしたら違うかもしれないわ」

 

「ふん、じゃあ誰だと言うんだ? あぁ、もしかしたらセシリアか? いや、それとも鈴か? まぁ、どっちにしてもそんな幻想など私と紅椿が一刀両断にするがな!」

 

「・・・あと一人残っているんじゃない?」

 

彼女の其の言葉に「・・・なにッ?」と箒が随分と凄んだ表情でアビゲイルを振り向いた。

其の今にも自分を切り殺そうとする恐ろしい睨み顔に彼女は思わず苦笑いをして「じょ・・・冗談よ」と両掌を箒へ見せつける。

 

「ふんッ。AIの分際で下手な冗談を抜かすな! だいたいあいつが・・・一夏がそんな事など―――――」

 

そう箒が否定文を言いかけたのだが、「―――――んッ?」と疑問符で其れを打ち止めた。

何故ならば、進むべき道の先に二人の背丈を優に超える厳重な金網フェンスが現れたからだ。

 

「ッチ、またか。おい、AI。他に行ける道はないのかッ?」

 

「知らないわ。あと、いつまでも私の事をAI、AIって呼ばないでくれる? 私の名前はアビゲイルよ」

 

ムッとした表情で言い返すアビゲイルに「役に立たないAIだ」と言わんばかりに表情を曇らせる箒。

しかし、「むッ、あれは・・・?」と何かに気付いて紅椿のハイパーセンサーで其れを注視した。

するとどうだろう。其処には煌びやかなれども落ち着いた雰囲気のあるドレスやスーツに身を包んだ見知った顔の者達がいるではないか。

「何をしているのか?」と問われれば、其れは勿論、彼等彼女等は待っているのだ。新郎と新婦の登場を。

・・・けれども、此処である問題が発生した。

 

「な・・・なんで・・・?」

 

其の問題とは、箒が見守る結婚席の列席者の中には彼女が予想したラウラやシャルロットの姿が確認でき、おまけに恋敵である鈴の姿となんと”自分の姿”まであったのだ。

なれば残るのは―――――

 

「ッ・・・てやぁあああああ!!」

 

「箒!?」

 

最悪の事態を察した箒は、慌てて引き抜いた二振りの刀を金網フェンスへ振り下ろす。

されども頑丈なフェンスは其の刃を弾き飛ばしてしまう。

 

「ッく! だったら!!」

 

―――――と、言って今度は飛ぼうとするが・・・あら不思議。なんとブースターがプスンプスン。これでは障壁を越える事が出来ない。

 

「あ・・・ッ・・・あれは!」

 

そうこうしている内に白のヴェールで顔を覆った花嫁を連れた白タキシード姿の朗らかで幸せそうな笑顔を浮かべる一夏が奥から現れたではないか。

其の事から察するに此の電脳世界に囚われている人間が箒の想い人であることが理解できた。

しかし、問題は其処ではない。

 

「ほら、やっぱり。私の予想した通りだったわね。ここは一夏の望んだ世界・・・でも相手は誰かしら?」

 

「うるさい!!」

 

そう問題は一夏の相手、つまりは新婦役である。

此処は対象となった人間の望んだものを具現化する世界なのだ。という事は、此の結婚式を彼は望んだ。箒とも鈴とも違う。全く別の女と夫婦の契りを交わそうとしているのだ。

其れが、其の事が箒には―――――

 

「あいつは・・・一夏は・・・・・ッく!!」

 

「箒?!!」

 

居てもたってもいられなくなった彼女は、萬力の力を振るって強引にフェンスを突き破ると一気に駆け寄った。

 

「一夏!!」

 

「え? ほ、箒?」

 

いきなり式場へ乱入して来た箒に新郎一夏は大いに驚く。

其れも其の筈。何故なら、彼の目の前にはドレスを身に纏った箒と紅椿で武装した箒・・・二人の箒が居たのだから。

 

「一夏ッ、目を覚ませ!! ここは幻想の世界だ!!」

 

「な・・・何言ってるんだよ、箒? お前だって俺達の結婚を祝ってくれたじゃないか。それなのに・・・どうしてこんな事を・・・?」

 

「ッ、やはり洗脳されてしまっているな・・・大丈夫だ、一夏!! すぐにお前を解放してやるッ!!」

 

状況に対応できずに唖然とする一夏を助けんと箒はヴェールを被った新婦に向かって刀を振り上げた。

其の動作に偶然にも対応したのか。新婦は彼女の振り下ろした刃を寸での所で躱し、肉の代わりに被っていた其のヴェールが地へ落ちる。

 

「なッ・・・!!?」

 

其の瞬間、箒は驚天動地の表情に顔を歪めた。

 

「ほ・・・箒ちゃん・・・!」

 

其れも其の筈。隠されていた白のヴェールの下にあったのは、あの忌々しい自身の姉、篠ノ之 束の顔があったのだから。

其の事実に彼女は頭脳はフリーズする。一夏が望んで結ばれようとしていたのは、自分でもなく恋敵の鈴でもなく、自身と一夏を引き離した原因を作った人物だったからだ。

此れなら顔も名も知らぬ女であった方が随分とマシだ。

 

「な・・・な、なんでッ・・・なんで姉さんが、姉さんが一夏と・・・!!?」

 

「ッ、箒ぃい!!」

 

其の混乱と同様で止まった箒の手に握られた得物を奪わんと一夏が彼女へと掴みかかる。

勿論、箒は此れに抵抗の意思を示した。

 

「は、離せ一夏!! 私はお前を救う為に―――――

「ふざけんなッ! さっきからなに訳わかんねー事言ってんだよ!! 束さん・・・”束”のお腹には、”俺の子供”がいるんだ!! 手荒な真似すんじゃねぇええ!!」

―――――な・・・なんだと・・・ッ!!?」

 

余りに衝撃的な発言に箒は傍から此方の様子を伺う束の顔を見る。

 

「ね・・・姉、さん?」

 

「箒ちゃん・・・ごめんね?」

 

「ッッ・・・!! う・・・うわぁアあぁぁアアアアッ!!」

 

申し訳なさそうに顔を伏せた束の反応に箒はギョッとした後、混乱がピークに達したのか。訳も解らず彼女は叫んで、一夏の手を振り払おうとした。

・・・・・・・・其れが大きな間違いだという事がすぐに解る。

 

ザクゥウッ!!

「あッガ・・・!!?」

「・・・・・え?」

 

振り解こうとした手が不思議と一夏へと差し向けられ、其の手に握られていた日本刀の切先が彼の腹を刺し貫いた。

 

「ほ・・・ほう、箒・・・ッ、ど・・・どうし、て・・・・・!!」

 

裂かれた腹から噴き出した血が真っ白で真っ新なタキシードに鮮やかで真っ赤な薔薇を幾輪も咲かせる。

そして、其のままズルズルと一夏は力なく地面へと倒れ伏した。

 

「い・・・一夏・・・お、おい・・・一夏ッ・・・?」

 

箒はゆっくりと倒れ伏した彼に近寄り、其の肩へ手を添えて揺らす。

しかし、返って来るのは無言と光を無くした虚無の眼だけ。

 

「・・・ち、ちがう。違う、違う違う! わ、私は・・・わたしはただ一夏を救おうと!!」

 

言い訳でもするかの様に四白眼で叫ぶ箒。

だが、周囲の皆は彼女に何か恐ろしい者でも見る科の様な畏怖の眼を向けた。

 

「ちがう違うちがうちがう違う違う!!」

 

其の眼に箒は思い出す。あの夏の、あの忌まわしい第一次福音討伐作戦を。自分の勝手な振る舞いのせいで、一夏に重傷を負わせてしまった事を。

 

「わ・・・わ、わたしは・・・私は・・・!!」

 

ガチガチ歯を震わせて、遂に其の場へへたり込んでしまった箒。

手にはべっとりと一夏の血が付いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・さて。此処までの茶番にお付き合いくださりありがとうございます。

皆さんもご存じの通り、此処は本当の一夏が陥った幻想世界ではありません。

本当の一夏は、ある怪物によって救い出されて陥れられてしまいました。

 

なれば、此の世界の一夏は何者なのか?

説明をしたいのは山々なのですが、また長々となってしまいそうなので、簡単に言います。

彼は”ある目的”の為にあの怪物、ハンニバルによって作られた『ニセモノ』です。

ですが、何故こんなまどろっこしい真似をしたのでしょう?

 

「―――――そうよ。あなたのせいじゃないわ、箒」

「・・・・・え?」

 

想い人の骸の側で呆然と崩れる箒に声を掛けたのは、此処までの道中を共にしたアビゲイルだ。

彼女はそっと囁く様に箒の耳元へ語り掛ける。

 

「あなたは彼を救おうとした。全然、あなたは悪くないわ」

 

「で、でも・・・でも、わ・・・私が、い・・・一夏を・・・!!」

 

「違う、違うわ。あなたは全然悪くない―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――悪いのは・・・全部、あの女のせいじゃない」

「へ・・・ッ?」

 

そう言って、アビゲイルは黒曜石の様に『真っ黒な眼』で彼女の姉である束を指差した。

 

「あの女・・・篠ノ之 束は、あなたから一夏を奪ったの。だいたい・・・今まで一夏と離れ離れになっていたのも全部、あの女がISなんてものを作ったから。ISなんて作らなければ・・・あなたは一夏と離れ離れになる事も、彼に悪い虫が付く事もなかったのよ!」

 

「そ・・・それは・・・ッ」

 

ジットリと箒の思考内に侵入したアビゲイルは、彼女から反論の思考と言葉を奪い去り、本来の”目的”を植付ける。

 

「全部、全部全部、ぜーんぶ・・・あの女のせい。あの女が・・・篠ノ之 束がいなければ、あなたは今よりもずっと幸福だったの」

 

「ッ・・・そうだ・・・・・姉さんが・・・あの女なんて居なければ、私は一夏と・・・!!」

 

ギリギリ歯を軋ませ、ギョロリと束へ目を向ける箒。其の目は、血走って懇々とした憎しみで染まっていた。

・・・其れを確認したアビゲイルは、”止めの一言”を囁く。

 

「なら、あなたのするべきことは・・・わかるでしょ?」

 

「・・・・・・・・あぁ・・・ッ」

 

彼女の言葉に箒は今一度刀を握ると、其の刃を振り上げる。

・・・実の姉に向かってだ。

 

「や・・・やめて、箒ちゃん・・・!」

 

「だまれッ・・・姉さんの・・・お前のせいで・・・・・一夏は!!」

 

彼女は、蒼天高く振り上げた赤く濡れた白金の刃を何の躊躇も容赦もなく・・・・・振り下ろした。

 

 

 

 

 

ズザシュゥウッ!!

 

 

 

 

 

「素敵よ、箒」

 

蒼天の空の下で飛び散る血飛沫と悲鳴の中、そっとアビゲイルは朗らかに笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆







































―――――あぁッ! やっとグロ系の血なまぐさいのが終わった!
やっとイチャラブが書けるぞ! よっしゃ書くぞー!!


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146話

 

 

 

「・・・・・・・・阿ー・・・ッ・・・」

 

「・・・知らない天井だ」なんて、何処かのシンジくんの言葉が俺にゃあ吐けれん。

じゃって知っとる天井だもの。いつかの戦いの後に運び込まれた医療室なんだもの。

そんでもって息がし辛い。

此れも覚えがある。呼吸器を付けてるあの嫌な感じ。

 

「じゃ、ま・・・くぜぇ・・・ッ」

 

俺はどゅるんッてか、ヅルんて感じで呼吸器を取る。

クシャミと咳がいっぺんに出そうな不快感が堪らねぇ。気持ち悪ぃ。

 

「(吐きそう。其れよりも腹減った。そんな事よりも喉乾いた。酒が呑みてぇ。酒が飲みてぇ)」

 

ぐるぐる何だかよく解らん感情が胸の内に滞る。

・・・そー言やぁ、さっきまで良え夢を見とった筈なんじゃけど・・・

 

「・・・・・現実は非常であるってか? 阿”ぁッ、痛ェ・・・!!」

 

ボンヤリ眼の先には、ギプスなんか包帯なんかでぐるぐる巻きになっとる右腕がぼんやり。

鈍い痛み・・・久々の慣れた鈍痛が全身を奔って敵わん。

此の痛みんせいで思い出さんでもエエ事も脳内で自動再生。

金の龍の背に乗って~♪・・・って所は先ず良いとしてもよ。あの”豚野郎共”の皮を剥いだ感覚やらが手に残っとる。

 

・・・気色悪。

じゃけども、俺ぁ此れっぽっちも不思議と『後悔』なんてものはない。

逆に・・・・・なんつーかこう・・・自然と口端が”歪んでしまう”。

 

「・・・糞ッ」

 

”彼”を・・・あの『怪物』を受け入れてしもうてから、あれの性格が若干うつってしもうたか?

其れでもそうでもせんと、喰われていたんは此方じゃったかもしれんけんな。

しっかし、ジクジク痛ぇなぁ。ナイフなんぞ掴むんじゃなかった。俺ぁ右利きじゃけんな。箸が持てんかったらどうしよう。

 

「あ~ぁ・・・ホント、マジで疲れたわぁッ。其れでも・・・まだやらにゃあおえん事があるなぁ」

 

眩しいなぁ。

窓から入るお天道様の陽が、君の銀髪に反射してホントに眩しいでよ・・・ラウラちゃん。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

酷く乱雑な喧騒から一夜明けた朝。

現と夢を我武者羅に駆け抜け、泡立てた様な硝煙と血肉の匂いを胸一杯に嗅いだ今回の吞兵衛は、何とも言えぬ表情で自らの左傍らにてくぅくぅうつ伏せ状態で寝息を点てる想い人の流れる様な銀の髪を梳く。

其れを知ってか知らずか。彼女の顔は何処か優しく朗らかだ。

 

〈・・・・・気持ち良さそうね〉

 

そんな彼へ語り掛ける声が一つ。

飲んだくれが其の声の方へ金と鳶のオッドアイを差し向ければ、其処には金眼白髪の少女がユラリと海を漂うクラゲの様に浮いてどこか寂しそうに微笑んでいた。

 

「なぁ・・・上手ういった?」

 

〈えぇ〉

 

ズタボロで包帯と点滴まみれの蟒蛇・・・もとい春樹は人間態を模る自らのISである琥珀に短く「ならば良し」と、あの奇天烈な笑い声をこれまた短く「阿破破ノ破ッ」と口端を歪ませる。

 

其の屈託のない気取らなく飾り気のない笑顔に彼女は、グッと下唇を噛み締めた。

「どした?」と彼が首を傾げれば、琥珀は何だかとても啼きそうな表情で「ごめんなさ・・・ごめんなさい、春樹・・・ッ!!」と首を垂れた。

 

「わ、私が・・・寝過ごしたせいでッ、はっ・・・春樹が、春樹に傷を・・・!!」

 

彼女は其の金の瞳からポロポロ雫を溢す。

そんなスンスン音を出す琥珀の様子に春樹は「AIでも泣くのね」なんて頓珍漢な考えを一つ思い浮かべた後、再びケタケタ笑う。

 

「阿破破ッ、ひでぇ顔」

 

〈ッ・・・わ、笑い事じゃないわ! 私が起きてたら、あなたにそんな怪我をさせなかった!! それなのにッ・・・!!〉

 

そう喚き散らす琥珀に対し、春樹は唇の前へ自分の人差し指を当てる。そして、「ありがとうな」と一言述べながら彼女の頭を優しく撫でた。

此の彼の行為に「えッ?」と琥珀は当初戸惑ってしまうが、其の優しい手触りに徐々に自らを頭を預ける。

 

「そう自分を責めんでくれよ。最後にゃあ助けに来てくれたじゃない。琥珀ちゃん、電脳世界じゃとあねーにデッかいドラゴンなんじゃなぁ。驚いたでよ」

 

〈で、でも・・・私ッ・・・私!〉

 

「皆迄謂うな。ありがとうな、琥珀ちゃん」

 

〈は・・・春樹・・・ッ〉

 

朗らかな春樹の表情に琥珀は安心したのか。そっと彼の手に自分の手を重ね合わせた。

そうしていると「ッ・・・う・・・うぅ、ん・・・」と、春樹の隣で銀髪の君が呟く。

 

〈・・・じゃあ、春樹。私は引っ込んでおくわね〉

 

「え?」

 

〈話、あるんでしょ? ラウラと大事な話が〉

 

其れを察してか。琥珀は少し名残惜しそうに彼の手を離れ、粒子体となって待機状態へ戻る。

すると入れ代わり立ち代わりで、銀の君・・・ラウラ・ボーデヴィッヒは其の灼眼をゆっくり開けて春樹の方を向く。

 

「・・・? は・・・るき?」

 

「応。おはようさん」

 

最初は薄らボンヤリした眠気眼であったが、すぐに身体へ電流でも走った科の様に「ッ、春樹!!」と彼の名を叫ぶと同時に飛び付いた。

其の衝撃はいくら傷の回復が異常に速い春樹でも少々キツかったようで、「痛ぁああ!!?」と唸る。

 

「す、すまん春樹!」

 

「だ、大丈夫じゃ。ちいとばっかし吃驚しただけじゃ。見た感じ怪我もなさそうで良かったわ」

 

今回のIS学園サイバー攻撃事件、後に『ワールドパージ事件』は意識による電脳世界での戦いだったので、ラウラ達に目立った外傷などはない。

けれども・・・

 

「当り前だ! それよりも春樹!! もう大丈夫なのか?!!」

 

電脳世界だけでなく、現実世界でもドンパチをやった春樹はそうもいっていない。

筋肉断裂、分離骨折、粉砕骨折、ナイフによる裂傷に刺傷、散弾やライフル弾による銃傷、全身打撲etc・・・例を挙げるとキリがない怪我をまたもや負っていたのである。

 

「応ともよ。俺の頑丈さはよー知っとるじゃろう?」

 

だが、そんな命に関わる重傷を負ったにも拘わらず。春樹は鬱陶しかったのか、両腕へ嵌められているギプスと身体の至る所に付けられた点滴やらを外す。

そして、ゴキゴキ音を鳴らしながら首を回して一言。

 

「あ~ぁ、酒飲みたい」

 

まったくどんな状況でもアルコールに対する情熱を失わない男である。

そんな彼にラウラは「お前という男は・・・ッ」と呆れた顔をしつつも安堵の微笑と涙をこぼした後、彼の為に酒を持ってこようと席を立とうとする。

・・・しかし。

 

「・・・ラウラちゃん」

 

其れを春樹は静かな声色で彼女を引き留めた。

其のどこか寂しそうな彼の面持ちにラウラは「まだ傷が痛むのかッ?」と心配そうに春樹の手を取った。

塞がったとは言え、生々しい傷跡が残る彼の手を。

 

「前から思ってたんだけどさ・・・俺は、その・・・なんだ・・・ッ」

 

「どうした? やはりまだ安静にしていた方が―――――」

「俺は、君の側に居てもええんじゃろうか?」

 

歯切れの悪い口から紡がれた其の言葉にラウラは「・・・・・は?」と呆気にとられるが、春樹は構わず続ける。

 

「俺ぁいっつもボロボロで、泣き言ばっかりじゃ。なーんで俺ばっかりこねーな目に合うんじゃろうなぁ。こんな俺じゃあ、君を守る事なんて出来んなぁ。運よく今までやって来れただけじゃろう。其れに君も・・・ッ・・・」

 

春樹は口を濁す。

彼はいつかの事を思い出したのだ。

激情型鬱病の症状として酷い自己嫌悪に陥ったあの時を。自身に対するラウラの本心を疑ったあの時を。

 

「俺は・・・弱い。其れに・・・俺は異常じゃ。此の世界にとって俺は・・・”異質”なんじゃ」

 

彼は思い出す。

電脳世界で、自らの幻影と話した内容を。

 

皆さんもご存じの様に『清瀬 春樹』と云う男は、此の世界・・・『インフィニット・ストラトス』と謂う”作品”の登場人物ではない。元は、酒好きで飲んだくれの唯のロクでなしに片足突っ込んだ社会人だ。

其れが何の因果か知らぬが、こんな異常な世界・・・『異世界』へと迷い込んでしまった。

 

幸いにも自分の身内家族は元の世界と変わらずであったが、酷く苦しい出来事ばかりに合って来た。

一つあっては骨を砕き、一つあっては血を流し、一つあっては心を潰した。

そんな苦しい中で不思議な縁に導かれて出会ったのが、ラウラ・ボーデヴィッヒと言う人物である。

だが、其れには問題がある。其れは、彼女が此の世界の主要人物・・・『ヒロイン』の一人であると言う事だ。

今まではラウラとの甘い蜜の時間に此の問題を先延ばしにしていたが・・・もう其れも其れ迄である。

此のまま彼女との関係を続けても良いのか。原作通りに、元の”シナリオ”の流れの方がいいのではないか。様々な考えが春樹の心と頭をぐるぐるぐるぐるぐるぐる回った。

・・・そうして、彼はある一つの答えを導き出したのだ。

 

「じゃけどなぁ、ラウラちゃん・・・・・そねーな俺でもエエじゃろうか?」

「え・・・ッ」

 

春樹はラウラの手を包む様に握り返す。まるで壊れ易い物を触る科の様に。

 

「君の事が・・・俺は君の事が、好きなんじゃ。君と居ると心がほころぶんじゃ。君と居ると俺ぁ幸せなんじゃ」

 

恥ずかしそうに何度も顔を俯かせてしまいそうになるが、其の度にグッと堪えて彼女の眼を見据える。

 

「じゃけん・・・じゃけんラウラちゃん。俺の・・・・・俺の(ひと)になってくれんか? たった一人の俺の愛する人に。こんな哀れな俺の想い人に」

「ッ・・・は、春樹・・・!」

 

ラウラはギョッと呆気にとられた様に目を見開いた後、何度も何度も何度も頷いた。再びポロリポロリと灼熱の眼と厳つい眼帯に隠された琥珀眼から雫を流しながら。

 

「あぁッ・・・あぁ! あぁ、勿論だ!! わ、私もッ・・・私もお前といると、幸せなのだ! 愛してる・・・私はお前を愛しているぞッ、春樹!!」

 

決定的な瞬間であったろう。

「何が?」と問われれば、其れは『恋』が『愛』に変わった決定的な瞬間であったろう。

そんな嬉々とした涙を流すラウラを春樹はそっと抱き寄せ、ぎゅーうっと抱き締めた。

病み上がりな為、有らん限りの力は出せないが、しっかりと彼女を抱き締める。其れが尚余計にラウラの心を揺さぶった。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・けれども、彼女は知らない。

 

「(原作? シナリオ? 知れた事か! 此の人は・・・此の女は俺のもんじゃッ、俺だけのもんじゃ! 誰にも渡さないし、誰にも渡すつもりはない!!)」

 

彼の中で、あの怪物から受け継いだものが花開いている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・そして、二人は知らない。

 

「・・・・・・・・春樹・・・ッ」

 

部屋の外に想いが通じ合って抱き合う二人の様子を光のない目で見る金髪の君が居る事を。

 

 

 

 

 

 

 

 





後味に不穏が。
でも此の不穏は先延ばし。
今はイチャラブを先行する。
それでもまだちょっと不穏回がちょっと続きます。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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147話

 

 

 

秋の趣が益々深まる頃。

IS学園を襲ったサイバーテロ。後に『ワールドパージ事件』と呼ばれる事件を解決に導いた男の元へある人物が訪れていた。

 

「病み上がりなのに申し訳ないね。しかし・・・また、君とこの病室でまみえる事になるとはね」

 

そう言って整えられた真っ白な頭髪の威厳ある老紳士、轡木 十蔵は、重傷人でありながら目前で悠々と酒をかっ食らう同じく白髪の若武者に語り掛ける。

其れを白髪金鳶眼の若武者、清瀬 春樹は苦笑いを浮かべて十蔵からの見舞い品であるスコッチウイスキーをぐい吞みで呷った。

 

「破破破ッ、ホントにそうでさぁ。俺っていっつも怪我してますよ。酒でも飲まなきゃやっとられんですわ」

 

「そんな軽く言える程度の怪我じゃないでしょう、君の負った怪我は。常人なら、もう既に”黒袋”に入って安置所に居る程のものですよ?」

 

「えぇ。俺ってホントに運が良い」

 

あの惨劇の中で生き残った事を唯の『運』で片付けてしまう春樹に十蔵は呆れたような溜息を漏らしつつ、彼は漸く本題を切り出す。

其の本題とは、勿論―――――

 

「・・・まぁ、良いでしょう。では、聞きますよ。清瀬 春樹君、これより事情聴取を行います。IS学園が襲撃を受けた時、君は何をしていましたか?」

 

十蔵の問いかけに対して彼はぐい飲みを空っぽした後でニヤリと口端を歪ませると、つらつらつらつら自分の行った所業を述べた。

 

正直に? いや、まさか。

此の男が述べたのは、学園内へ侵入した敵を倒した事とIS学園のシステムネットワーク内で遭遇した敵に関する事だけ。其れも大まかにしか語らなかった。

敵兵の人皮を剥いだとか、鼻を削いだとか、耳を切り落としたとか、そんな物騒な話はしていない。・・・・・と言っても、彼は全然其の事を隠すつもりはない話し方をしたのだ。

其れもそうだろう。逃げる気が失せるまで、あれ程までに痛めつけたのだ。

其れに逃げられない様に手足の骨まで粉々に砕いておいたのだ。いくら星条旗の精鋭兵隊でも捕縛されていると彼は確信していたのだ。

ところが・・・・・

 

「ほう・・・それで君は電脳世界へダイブしたんですね?」

 

「はい(・・・・・ありゃ?)」

 

どうも様子がおかしい。

学園内でも珍しく春樹が一目置いて信頼している十蔵の口から学園内部へ侵入して来たテロリスト達の事が一向に語られないのである。

捕縛しているのなら、彼等の惨状を目にして「清瀬君、テロリストが相手と云えども君はやり過ぎだ!」の一言があっても良い筈なのだ。・・・なのに語られない。

其の代わりに聞かれるのは、「電脳世界はどういう所だった?」とか。「サイバー攻撃はどういったものだった?」とかである。

・・・段々と、徐々にだが・・・ある”最悪の事態”を春樹は予想する。予想してしまう。

 

「あ、あの学園長・・・ちょっといいですか?」

 

「ん? どうしました、清瀬君?」

 

「学園に侵入した・・・俺がブッ飛ばしておいたテロリストの下手人共は・・・其の・・・・・捕まえてくれたん、です・・・よね?」

「ッ、き・・・清瀬君?」

「捕まえたんですよねッ? あの糞ったれ共を?!!」

 

此の時、春樹の表情は酷く凄んでいた。

ヴォーダン・オージェで両眼を金色にギラギラ四白眼で輝かせ・・・乞う様に、願う様に、祈る様に十蔵へ問いかける。

其の恐ろしい形相に幾ら経験豊富な老紳士でも思わず後退りしてしまうが、彼は答えた。

・・・・・春樹が最も聞きたくなかった”答え”を。

 

「清瀬君・・・・・すみません。君が命懸けで倒してくれた敵なんですが・・・我々が捕縛する前に逃走を許してしまいました。申し訳ありません」

 

「へ・・・ッ」

 

気の抜けた声が不意に出てしまう。

尚も十蔵の方は謝罪の言葉を口にしているが、気の抜けてしまった春樹には筒抜けである。

其れもそうだ。

彼は命懸けで戦ったのである。対IS兵器を身に纏い、怒りの余り我を失っていたとは云え、唯の十五の学生が百戦錬磨の特殊部隊と一戦交えたのだ。

それにも関わらず、倒した相手が逃げたとなれば・・・何のために戦ったのか。

 

「え・・・えッ・・・え~・・・・・」

 

余りにも衝撃的な事に春樹は其処から小一時間はボケーーーッと茫然自失になってしまい、事情聴取どころではなくなってしまう。

ショックだった。起き抜け直後のラウラとの抱擁からのキスを邪魔された以上にショックだった。

 

折角、全員倒したのに。

全身ボロボロでやっと倒したのに。

心がガタガタの状態で倒したのに。

逃げられた。

逃げられた。

 

「・・・・・でも・・・あいつらどうやって逃げたんじゃ?」

 

何も考えられないぼうっとした状況の中、ふとそんな疑問符が彼の頭の中へ浮かんだ。

テロリスト・・・其の正体は米国の特殊部隊アンネイムド。春樹はそんな彼らと新兵器と云えども試作EOS機で対処し、其の事如くを打ち破った。

問題は其の後。

春樹は高ぶった感情のままに敗残兵の彼等を必要以上に蹂躙したのである。無論、彼等を纏め上げていたIS乗りの隊長も其の覚醒した残虐性を持って甚振ったのだ。

 

「逃げられる訳がないんじゃ・・・」

 

あの当時の春樹は『鬼』であった。

其れ故に彼はアンネイムド達の靭皮を剥ぎ、鼻を削ぎ、耳を切り落とし、骨の事如くを圧し折って肉を潰したのだ。其れも殺さぬ程度に生きた状態で。

正に残虐極まりないが・・・そんな事をされる程、アンネイムドは”オイタ”をしたのである。

自力で逃げる事など出来る訳が―――――

 

「・・・・・・・・ちょっと待て」

 

されども彼等は学園長が指揮する教師部隊の手から逃れる事が出来た。

其れはどういう事なのかは決まっている。『自力』を使えないアンネイムドは『他力』・・・つまりは何処かの誰ぞの手引きで逃げたという事だ。

 

「無事なのがいた・・・? いや、一人も逃した覚えはない。俺ぁちゃあんと全員の皮剥いで、壁へ”吊るした”んじゃ。なら誰が・・・・・ッ?」

 

疑問符はつのるばかり・・・だったのだが。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・あッ」

 

突如として彼の頭の中の『?』は『!』へ変貌する。

居るではないか。あの時、あの惨たらしい状態へ陥った敗残兵達を助ける事が出来る人間が。

・・・されども其の人物は此のIS学園を、さしては学園生徒を守る教職の地位に居る筈だ。其れが何故に?

 

「ッ―――――あぁああああのぉおお女郎ぉおおおおおお!!」

 

だが、そんな事は最早些細な事である。

激昂した春樹は掛布団を蹴っ飛ばして病床から飛び降りるや否や、凄まじい勢いで其の下手人が居るであろう場所へと走って行った。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「織斑ぁあああああッ!!」

 

下手人の名を叫びながらドガッシャぁアアン!!と扉を蹴っ飛ばして現れたるわ赤鬼形相白髪金眼の春樹だ。

しかして何故に彼は同じく電脳世界で戦ったクラスメイトの名を叫ぶのか?

・・・いやいや、織斑は織斑でも一夏の事を指した訳ではない。というか、此処はそもそも―――――

 

『『『!!?』』』

「きッ、清瀬君!?」

「ど、どうしたのよ一体?! まだ安静にしてないとダメなんじゃないのッ?」

 

突然現れた春樹の驚き慄く一年一組副担任の山田教諭に部活塔管理者の榊原教諭並びに他教員達。そう、此処は学園へ勤める教員達が集まる職員室だ。

そんな場所で患者服のまま鋭い視線をギョロギョロ覗かせた後、目的の人間がいない事を確認した春樹は喰らい付きそうな飢えた顔つきで近くに居た山田教諭へ迫る。

 

「山田先生ぇッ!! あの女郎・・・織斑先生はどこ行った?!!」

「ひッ、ひえぇえ!! せ、先輩・・・織斑先生なら、た・・・多分、りょ、寮の方へ居ると思いまひゅ!」

 

「阿”? なして居らんのんなら!!?」

「そ、それは! お、おお、織斑くんが体調を崩してしまったそうなので、看病のためだと!!」

 

其の山田教諭の言葉を聞き、「応ッ、そうか!!」と納得した春樹はくるりと反転して出て行こうとしたのだが―――――

 

「待ちなさい、清瀬!!」

 

「阿ぁん?」

 

其処に居たのは麻酔銃を構えた榊原教諭。

明らかに常軌を逸脱した精神状態の彼を危険視し、いつかの身体測定で渡された鎮圧用ライフルの銃口を差し向けたのだ。

 

「そこのいてくれや、先生!! 俺はあの女に用があるんじゃ!!」

 

「残念だけど、それはできないわ」

 

「なら押し通らぁ!!」

 

ダッと前のめりになった春樹だったが、そんな彼の背後からガッと衝撃が走る。

 

「ッ、畜生め!!」

『『『きゃぁああ!!?』』』

 

其れは不審者撃退用のサスマタであった。明らかに興奮状態の彼を押さえつける為だ。

其の場に居た大人五人がかりで春樹を取り押さえるが、其れで止まる男ではない。ISを纏っていなくても十分強い其の怪力で職員達を蹴散らし、再び正面突破を図る。

 

「ッ、痛!?」

 

此れは止む終えまいと、榊原教諭は其の卓越した射撃で麻酔弾を発射。銃口から放たれた其れらは、突進してくる春樹の額や上腕部に腹部へ直撃した。

 

「こ・・・このぉお!!」

 

「ッ、う、うそでしょ?! しょうがないわね!!」

「ぷげぇッ!?」

 

熊でも一発で倒す麻酔を三発喰らっても動こうとする彼に衝撃を受けつつも、気を取り直した彼女は更に二発の麻酔弾を射出。

其の二発で漸く春樹は急激に襲って来た眠気に降参するのであった。

 

「ち・・・ちき、しょうめ・・・ッ!!」

 

意識の消失の中、彼は「此れだけでは絶対に済まさん!! 必ず落とし前をつけさせてやらぁッ!!」と心に決めたのだと後に語る。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・・・」

 

職員室での騒動と同時刻。

話題となっているブリュンヒルデは学生寮の一室で、彼女には珍しく浮かない顔を晒していた。

何故に其の様な表情をするのか。理由を挙げるのならば、其れは千冬の視線の先にいる人物が原因であろう。

 

「・・・・・一夏・・・」

 

彼女が心配するのは、力なくベッドへ横たわる弟の一夏であった。

いつもは溌溂とした明るいイケメンフェイスを振り撒く彼だが・・・現在、其の顔は酷く具合が悪そうである。

肌は血の気が引いて青く、頬は痩せこけ、呼吸は重病人の様に浅い。まるで死んだように眠っているが、別に現在意識不明と言う訳ではない。

 

「・・・・・千冬さん」

 

「ん、箒に鈴か。なんだ?」

 

「少し、お休みになったらどうですか?」

 

部屋へ入って来た箒と鈴の気遣いの言葉に対して彼女は「大丈夫だ」と返すが、どことなく其の声色はトーンが低かった。

何故なら・・・先程まで錯乱していた一夏を抑えていたからだろう。

 

ワールドパージ・・・電脳世界から帰還した一夏は、酷く怯えていた。

其の状態は尋常ならざるもので、起き抜けに自らの専用機白式を展開し、暴れたのである。

彼は「いやだッ! 助けてくれ!! やつが! やつが!!」と雪片弐型を振るい回り、あわや大惨事を引き起こす所であったが、AICを有するラウラの機転により抑え込む事に成功。

鎮静剤を打つ事で一時的な安静状態を保った。

・・・だが。

 

「・・・ん・・・ッ・・・んん・・・・・ち、千冬姉・・・?」

 

「ッ、大丈夫か一夏?」

「「一夏!」」

 

目を覚ました一夏はハイライトのない視線を三人に向け、ボーっと暫し虚空を見つめていたのだが―――――

 

「・・・ッ、うわぁあああああああ!!?」

「一夏!?」

 

飛び起きるや否や、壁際へと凄まじい勢いで後退りし、「助けッ、助けてくれ!!」と恐れおののいたのである。

 

「だ、大丈夫・・・大丈夫よ、一夏!」

「そうだぞ、一夏! もうここは電脳世界ではないのだ!!」

 

箒と鈴は必死になだめようと距離を詰めるが、「く、来るなッ、くるなよぉおお!!」と身の回りにあるものを投げ付けた。

しかし、其の内投げるモノが無くなると、今度は自分のISである白式を展開しようとしたのだ。

 

「ッ!? な、ない!! 白式がッ、俺のISが!!」

 

けれども、錯乱した状態でISを扱った前科のある為、眠っている間に白式は一時的な没収を受けていたのである。

そんな身を守る術がない事に動揺した一瞬の隙を千冬は見逃す事がなかった。

 

「一夏・・・!」

「ッ・・・!!」

 

彼女は其の抜群のスタイルで一夏を抱き締めると、赤ん坊をあやす様に背中を一定のリズムで優しく叩く。

そうする事で、錯乱して情緒が落ち着かなかった一夏を大人しくする事に成功したのだが・・・・・

 

「ち・・・千冬姉・・・! お、教えて・・・教えてくれよ・・・! 俺に・・・ッ、俺達に妹なんているのか?」

「・・・ッ・・・」

 

彼の言葉に口籠ってしまう千冬であったが、まるで自分にも言い聞かせる様にこう言い放った。

 

「・・・いない。私の家族は・・・一夏、お前だけだ」

「・・・・・」

 

其の言葉に一夏は無言で返すと、ゆっくりと瞼を閉じて眠りについた。

そんな彼をベッドへ戻すと一つ咳払いをし、「・・・水を飲んで来る」と言って二人に後を任せて部屋を跡にする。

 

「・・・千冬さん、大丈夫かしら?」

 

「今は戸惑っているだけだろう。それよりも今は一夏の回復が優先だ!」

 

何処か強気な箒に「そ、そう?」と鈴は少しの違和感を覚えつつ、彼女の意見に賛同する。

だが、鈴は知らない。

 

〈・・・ねぇ、箒。その鈴って子・・・邪魔じゃない? 一夏にはあなただけでいいじゃない〉

 

箒に耳打ちをする彼女だけにしか見えない栗毛色の翡翠の瞳の少女がすぐそばで佇んで居る事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

一方、所変わって世界の何処かであろう研究施設。

其処では―――――

 

「いッ、いやぁああああああああああ!!」

 

―――――ある一人の少女の断末魔が轟き響いていた。

 

「くーちゃん!」

「た、束様!! 束様ッ、助けて下さい!! わ・・・私のあ、足が! 痛いッ! 痛いぃいいいいいッ!!」

 

身体の至る所に電極や自作の医療装置を付けた白髪金瞳の少女は、ある筈の左足が切り落とされたと叫び、傷一つない肌を斬り刻まれたと泣き喚く。

そんな幻痛に苦しむ少女、クロエ・クロニクルの手を今回のワールドパージ事件の黒幕である篠ノ之 束はただ手を握る事しか出来ずにいた。

 

ワールドパージ事件終結直後。電脳世界でハンニバルにかどわかされたクロエの異変を察知した束は、すぐさま救出に向かったのだが・・・既に時遅し。到着した時には、彼女は泡を吹いて倒れていたのである。

すぐに体のスキャンが行われ、身体への異常は見受けられなかったのだが、問題はクロエの心にあった。

 

意識下しか動くことが出来ない電脳世界であったからこそ、其処で遭遇してしまったおぞましい『踊り食い』と言う行為に彼女の心は耐えられなかったのだ。

電脳世界で切り落とされた左足が現実世界で激痛を引き起こし、抉り取られた臓器の喪失感が未だに残っている。

 

「束様! 束様ぁああああああ!! 痛いッ! 痛いよぉおおおおおッ!!」

「く・・・くーちゃんッ・・・!!」

 

ファントムペインに泣き叫ぶクロエの手を握ってやる事と、痛みを和らげる為の鎮痛剤を打ってやる事しか出来ない束は、今まで味わった事のない『無力感』に苛まされた。

・・・・・しかし其の内、ある方向への感情が昂ぶっていく。

 

「―――――ッ・・・”ハンニバル・レクター”・・・あの男ぉおお!!」

 

自分の計画を台無しにし、自分の娘も同然のクロエを蹂躙した男に束は激情の炎を燃やす。

だが・・・彼女は解っているのであろうか。自分の其の思いが唯の逆恨みである事に。

そして、其の相手が自分が思っている以上に純粋なドス黒さを有している事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして・・・様々な思惑が終始入り乱れた『ワールドパージ編』は、不穏な後味を残して終幕とさせていただきます。

 

〈さて・・・”冷蔵庫”の『中身』は、いつまで残るだろうか? ある限りは、私は大人しくしておこう〉

 

 

 

 

 

 

 

 





はい。と言う訳で、長かった章も此れまで。
次回からは、幕内と言う名のオリジナルが開幕。
構想のネタとしては・・・「ブリュンヒルデが彼等を逃がさなければ、あのカップルは割を食う事もなかったのにWWW」みたいな感じを考えてます。
・・・・・どうして逃がしたんでしょうね?
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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酔い覚まし:幕内・とかく浮世は色と酒
148話



旧148話と旧149話を結合しますた。



 

 

 

―――――〈ワールドパージ事件〉

其れは鉄壁を誇ると謳われたIS学園のファイアーウォールを難なく超え、中央システムをダウンさせた正体不明の”天才ハッカー”と”謎の実働強襲特殊部隊”が引き起こしたテロリズムである。

・・・されど、蓋を開けてみれば此れ幸いな事に学園側の”外的”負傷者数は、ある一人の”大酒吞み”を除いてゼロ。

システムダウンの影響で降りて来た防壁シャッターによって一時的な監禁状態に陥った一般生徒達もシステム復旧の為に電脳世界へ乗り込んだ専用機所有者達にも大事に至る外傷を負う事はなかった。

(※内的負傷を負った”鈍感騎士”が一人いるが、カウントしないものとする)

 

そんな事件から三日後・・・・・

 

「・・・・・ふふ・・・ッ」

 

電脳世界へ進撃した討伐部隊の一人である独逸の妖精は、其の美しい銀髪を揺らしながら静かにそっと微笑む。

 

「お? 何かいい事でもあったのですか、”銀の君”?」

 

其の彼女の微笑に反応したのは、IS統合部開発室所属の技術者である浅沼 翠だ。

彼女は共に並んで歩く銀の君ことラウラの顔を覗いて疑問符を浮かべるが、其れに対してラウラは「い、いや・・・なんでもない」と照れ臭そうに目を逸らす。

 

「ほうほう・・・愚問でしたな。こんな美少女に恋い慕われる・・・”刃の若”は羨ましい限りですなぁ」

 

ラウラの反応に浅沼は「うんうん」頷いた後、「銀の君・・・愛って、良いものですか?」と疑問符を投げ掛けるのだが・・・

 

「揶揄ってやるな、小心狸」

「あ痛ッ!」

 

そんな狸の後頭部を軽く叩く手が一つ。

振り返ってみれば、其処には成人女性の平均身長を優に超える背丈のスレンダーが一人。浅沼と同じくIS統合対策部に所属する金城 沙也加だ。

 

「まったく。ボーデヴィッヒ女史、うちの子狸が失礼を」

「このーッ、誰がたぬきか!」

 

反撃に打って出ようとする浅沼だったが、身長差もあってか簡単に抑え込まれてしまう。

ラウラはそんな二人の何処か喜劇的なやり取りに「フフフッ」と笑みを溢す。

其の笑顔が実に印象的だったのか。浅沼と金城は同性でも思わず魅入ってしまった。

 

・・・まったく関係ない話だが、此処まで彼女が感情を表情に素直に出す事もなったのもあの大酒飲みの蟒蛇のおかげだったりする。

 

「ん? どうかしたのですか、二人とも?」

 

「い、いえ! なんでもありません!」

「浅沼氏、ボーデヴィッヒ女史を次の”検査”へお連れするのです」

 

金城の言葉に「はい」ではなく「おう!」と元気よく返事した浅沼は、患者着姿のラウラを次の検査室へ案内するのだった。

 

―――――此処は、都内にあるIS統合対策部が持っている医療研究所。

其処で、蟒蛇からの寵愛を受ける独逸の銀の君は、電脳世界から帰還した事による影響がないかどうか身体や脳の精密検査を受けている。

 

ワールドパージ事件直後、あの鈍感騎士を除く全員がうんざりする程の事情聴取が行われたのだ。

蟒蛇との心が漸く通じ合い、二人は幸せなキスを・・・・・する直前で、事情聴取に巻き込まれたラウラとしては歯痒い事この上なかった。

けれども現在、彼女の機嫌は上々である。何故かと言うと其れは―――――

 

「ん? おッ、ラウラちゃん!」

 

―――――共に精密検査を行う相手が、自分の想い人であるあの飲んだくれの蟒蛇だからだ。

 

「ッ、春樹!!」

「うわお!?」

 

自分に向かって手を振って笑顔を溢す彼が嬉しかったのか、思わずラウラは春樹に体当たり攻撃・・・もとい、抱き着いてしまう。

ウェイトが軽いと云えどもドイツ軍仕込みのタックルに蟒蛇、もとい春樹は思わずよろめいてしまうが、グッと腹に力を入れて持ち堪えた。

 

「むふふ~。ラブラブですな~、若ぁ~?」

 

此の二人の遣り取りに対し、浅沼がニヤニヤと揶揄う様に口を抑えて彼等を生暖かい目で見る。

此れに金城は口を三角にし、呆れた目で彼女を見たのだが・・・

 

「応ッ、えかろうがな!」

「春樹・・・ッ!」

 

揶揄われる筈の春樹はニッカリ口を三日月に歪め、いつもの通り「阿破破ノ破!」と嘲り笑う。

其のあっけらかんと馬鹿に朗らかに笑う彼の表情に周囲に居やわせた皆は思わず息を飲む。

 

「ふははッ、流石は我らが刃だ! ドンと肝が座っている!」

「ッ、室長!」

 

そんな彼の様子に上機嫌な壬生が賞賛するかの様に手を叩く。

其れを皮切りに「確かに!」「やっぱり前よりも男っぷりが上がった!」と言った各々の感想が述べられ、春樹は何だか照れ臭くなって口がモゴモゴ動いてしまう。

 

「うむッ、流石は春樹だな!!」

「ですな、銀の君!」

 

「ボーデヴィッヒ女史は解るにしても・・・なんでお前が偉そうなんだ、浅沼氏?」

 

金城の言葉に「うひひひッ」と浅沼は黙って誤魔化した。

 

「所で・・・壬生さん?」

 

「ん?」

 

「俺とラウラちゃんは朝早うから学園から呼び出されて身体検査じゃー、健康診断じゃー、脳波検査じゃー、体力検査じゃー、なんじゃーかんじゃーヘチマじゃー云うて検査を受けたんじゃけども・・・まだあるんですか?」

 

ジトーと暗い視線の春樹に壬生は「すまん、もうちょっとだから! ねッ!」と拝む様に彼へ手を合わせる。

此れに春樹は「ヤレヤレ」と首を捻った後、「ほんで、次は何をするんで?」と疑問符を投げた。

其れに対して壬生は待ってましたとばかりに二人をある部屋に通す。

 

「・・・・・・・・何じゃあこりゃ?」

 

其の検査室の中央へ佇んで居たのは、春樹の身の丈はあろうかと言う二本足の白い無表情のロボットだった。

 

「・・・ペッ〇ーくんじゃがん」

 

「ん? なんで胡椒なんだ、春樹?」

 

「・・・・・何でもないでよ、ラウラちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

一方其の頃―――――

 

「紹介いたします。此方が、我がIS統合対策部開発室が製作しました次世代型EOS・・・jp式自動人型装甲機動甲冑、『石英』です」

 

IS統合対策部開発室の筆頭技術者である芹沢 早太は、背後に控える青と銀をパーソナルカラーとした甲冑の様なパワードスーツをパワーポイントを交えてPRしていた。

 

jp式自動人型装甲機動甲冑『石英』。

ワールドパージ事件において怪力無双の武勇を誇ったIS統合対策部製試作EOS『義月一型』の正式改修型機体。

学園内で刃を交えた正体不明の襲撃者との戦闘データを元にグレードアップ加え、老若男女を問わず誰でも簡単に乗りこなす事をコンセプトとした操縦性を追求した機体だ。

義月は試作型だった為に基本兵装は腰部分に内蔵されているスラッシュハーケンだけであり、主要武器と言えば拳ぐらい。

しかし、此の石英は違う。

義月から引き続き内臓されているスラッシュハーケンに加え、対人戦闘及び対IS戦闘を目的として開発された自動小銃並びに近接格闘武装を内装していた。

 

・・・けれども、そんな完全な”武器”として誕生した石英を芹沢(弟)は一体誰に紹介しているのだろうか。

 

「昨今、世界のテロリズムは過激の一途を辿っています。特に問題となっているのは、そのテロにISが使われていると云う点です。『ファントム・タスク』・・・所属国籍、規模も不明の過激派反政府組織であります。彼等は各国で開発されたISを強奪し、其れを悪用しています。これは許されざる行為です!」

 

普段の気怠い様子とは打って変わり弁舌を論ずる芹沢の言葉に「うーむ・・・ッ」等とクライアント側は頷きを入れる。

 

「されども・・・ISにはISでしか対処できないと言う原則が。ですが、それも今日までの事! この石英は、武装犯のみならずISを所持しているテロリストにも負けぬ性能を誇っています!!」

 

「こちらをご覧くださいッ!」とモニターへ映し出されたのは、謎の黒づくめの武装集団と戦闘を繰り広げる鉛色の一角独灼眼の戦士だ。

・・・実は此の映像、ワールドパージ事件と称される騒動を捉えた決定的映像を少々加工して放映している。

流出元は御想像にお任せする。

 

「おぉッ!?」

「あの数と弾丸をたった一人で・・・ッ」

「一体これはどういう事なんだ?!」

 

残虐非道を良しとする襲撃者どもを藁の様に薙ぎ倒してゆく鉛色の夜叉に室内に居る全員が息を飲む。

特に盛り上がったのは、此処まで彼等を先導して来た敵の大将であるIS乗りとの一騎打ちだ。

 

「・・・・・さて・・・いかがだったでしょう? 先程の映像は、この石英の前段階であった試作試験機である義月一型のものであります」

 

映像が終わった後、芹沢は静かなれども熱気醒めあらぬ面前へ向かって語り掛ける。「さぁ、どうしますか?」と。

此の芹沢の言葉にクライアント側は各々に目配せを交わした後、「・・・採用配備に対して前向きに検討してみましょう」と好意的な言葉を並べるのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「あぁ・・・コーヒー美味い」

 

石英のプレゼンが終わった芹沢は、仲間のスタッフと共に待合室で缶コーヒー片手に一服する。

其の表情は先程の明るくハキハキしていたものとは打って変わり、いつもの何処か気怠い感じだ。

そんな一仕事終えた彼に「お・・・お疲れ様です」と何処か遠慮がちな声が掛けられる。

目を向ければ、其処には小柄な水色髪の丸眼鏡の少女が一人。

 

「あぁ、ホントマジでお疲れだよ。でも・・・そっちも頑張ってたじゃねぇか、”更識”」

 

芹沢の言葉に簪は「い、いえ・・・私は・・・」と余所余所しい言葉を返す。

・・・其れにしても、何故に簪が此の男と共に行動をしているのか? 其れは彼女が改修機である石英の製作に携わっているからに他ならない。

 

「謙遜すんじゃねぇよ。血と何かの汁でドロッドロのボッコボコになってた義月を修理して、それを改修できたのはお前の御蔭だろうが。もうちょっと胸張れよ」

 

「で、でも・・・」

 

「更識、過ぎたる謙遜は嫌味にしか聞こえなくなるから気を付けろ」

 

「は、はい」

 

見るからに「しゅん・・・」としてしまった簪に「・・・やりづれぇ」と芹沢は顔をしかめる。

普段はあのちゃらぽらんな大酒飲みの相手をしている為か、其の余りに落差のあるギャップに困惑してしまう。

そうしていると簪の携帯がブーンブーンとバイブレーションの唸りを上げる。

 

「ッ、すいません。外します」

 

「あ、あぁ」

 

電話で席を外した彼女に何でかは解らないが、芹沢は「ふぅッ」と胸を撫で下ろす。

 

「芹沢さぁん。あんなかわいい子イジメちゃだめですよ」

「そうですよ。もうちょっと、なんか・・・もうちょっと優しくできません?」

「だからモテないんですヨ。それに”この場所”へ売り込もうってアイデアを出してくれたのは簪嬢なんですからね!」

 

二人の遣り取りを見ていた同僚たちは彼に諌言を云うが、「んな事言ってもよ・・・」と腕を組んで首を傾げた。

三十路間近の野郎に年頃の美少女の相手は荷が重かったのだろうか。いまいち表情が優れない。

 

―――――「失礼します。芹沢 早太さんはいらっしゃいますか?」

 

そんな中、IS統合対策部が仕切っている待合室に聞きなれない声が響く。

振り返ってみれば、其処には「おぉッ」と感嘆詞が出る程の容姿端麗な女性が佇んで居るではないか。

 

「なぁ、おい。あんな美人な”婦警”さんっていたか?」

「あれはスーツ組の人じゃないか? ”警部”とか”警視”クラスのさ」

「じゃあ責任者の人かな? つーかあんな美人と出会えるんなら、この仕事もちったぁ楽しいな」

 

皆は此の美人の登場に頬を緩ませる。

・・・・・だが。

 

「なッ・・・!?」

 

「ん? どうかしたんですか、芹沢さん?」

 

「あッ。いたいた」

 

一人だけ、芹沢だけは酷く驚いた様で不快そうな表情を晒していた。

そんな彼を余所に室内へ入ってきた女性は明るい表情を振り撒きながら距離を詰めて行き―――――

 

「久しぶり、”早太くん”」

『『『・・・・・えッ!!?』』』

 

何とも親しそうに彼の下の名を呼んだのだ。

此れに周囲から好奇の目が一斉に二人へ差し向けられるが、芹沢は彼女の名を忌々しそうに呟いた。

 

「なんでテメーが此処に・・・”警視庁”にいるんだよ、『篝火』・・・ッ!!」

 

 

 

 

 

 

「―――――んで・・・俺に一体何の用だ?」

 

待合室から離れた通路の一角。

其処で芹沢は酷くぶっきらぼうに忌々しそうな声色で目の前で微笑む切れ長の瞳と抜群のスタイルを持った女性に言葉を投げつける。

彼女の名前は『篝火 ヒカルノ』。世界的にも有名な倉持技研は第二研究所の”所長”だ。

 

「相変わらずとげとげしいねぇ、早太くん?」

 

「気安く人の名を呼ぶんじゃねぇよ、このボンクラが・・・ッ。なんでお前がここに居る? 研究所であの古いスク水でも着て机に噛り付いてるお前が?」

 

夜街に蔓延るヤンキーやチンピラの様にメンチを決める芹沢に「やれやれ」と溜息でも吐きながら篝火は彼に返答をしていく。

 

「はぁ・・・ここには技研のコネもあってね。今日、君が警察関係者に次期機動隊への特殊パワードスーツをプレゼンするって小耳にはさんだものだからね」

 

「おぉ、それはそれは。わざわざありがとうございます。御蔭で俺は胸糞の悪い気分だ。達成感も糞もねぇ!」

 

「もうッ、本当は嬉しい癖に」

 

クスクスにやけながら此方を見る彼女に「ッ、テンメェ・・・この・・・!」と芹沢はワナワナ拳を震わせ、ギリギリ歯茎を軋ませる。

 

「おぉッ・・・あの芹沢さんが調子を狂わされている!?」

「ただもんじゃねぇな、あの美人さん!」

 

明らかにあからさまに機嫌が悪くなっている芹沢に物陰から様子を伺っていたIS統合対策部の面々は、彼を手玉に取り始めている篝火に対して感嘆詞を呟いた。

しかし、其れにしても組織内でも重要人物である芹沢を容易に転がす彼女は一体?

 

「・・・と言うか、どういう関係なんだあの二人?」

「知らねぇのか? 元部下と上司の関係なんだよ。あぁ、芹沢さんが部下で、篝火さんが上司な」

「えッ、マジかよ!?・・・ちょっと待て、つーことは芹沢さんって元倉持技研の人だったの?!」

「うそん、僕も初耳なんですけど!」

 

思わぬ事実の発覚にやんややんやと盛り上がる外野を余所に芹沢の眉間の皺がどんどんドンドン深くなっていくが、当の元凶は相変わらず悪戯っ子な笑みを浮かべる。

しかし、途端に篝火の表情が真剣な顔つきなものとなった。

 

「早太くん・・・私がここにいる理由ってわかる?」

 

「知るか!」

 

「ちょッ、芹沢さん!?」と外野の声が響くが、当の本人は「っけ!!」と唾でも吐きそうな不快な表情を晒す。

けれども、篝火は其れを何故か好意的に受け取ったらしく「ふふッ」と楽しそうに微笑む。

 

「私はね、早太くん・・・君を、君ともう一度仕事がしたいと思っているんだ」

「断る!!」

 

食い気味に否定文を並べた芹沢にIS統合対策部の面々から『『『レスポンスが速い!!』』』とのツッコミが炸裂。

其の大声に近くに居た私服やら制服やらの警官たちが集まって来るが、何とか其れを諫める。

 

「・・・即答だね」

 

「俺とお前の関係は、もう終わってるんだよ」

 

「まだ根に持ってるの? あれはしょうがない事じゃないか! 私だって”彼”が発見されなかったら!!」

 

「ッ、ふざけるんじゃねぇ!!」

 

警視庁内で大声を上げる男に周囲は警戒し、「あわわ」と芹沢の同僚達は焦燥感を募らせた。

だが、芹沢は其の不機嫌さを隠すことなく篝火に振り向ける。

 

「いいか! お前は打鉄弐式のプロジェクトを捨てて、白式プロジェクトを先行したんだ!! 天才プログラマーだか何だか知らねーがッ、俺達のプロジェクトをお前が潰したんだッ!!」

「ッ、芹沢さん!!」

「待て待て、其れ以上はダメですってッ!」

 

「そ・・・それは・・・ッ」

 

今にも篝火に掴み掛ろうとする芹沢を止める同僚達。

彼は其の手をと舌打ちと共に振り払い、「これ以上付き合ってられるか!!」と身を翻して去って行く。

其の背を追う様に篝火は「ま、待って!」と手を伸ばすのだが・・・

 

「此れ以上はダメっす」

 

其の通路を阻む様に彼の同僚達が並び立つ。

 

「・・・そこをどいてくれないかな」

 

「無理っすね」

「二人の間に何があったか知りません。ですが・・・俺達の仲間が嫌がっている事はもうやめて頂きたい」

 

「ッ・・・!」

 

そんな表情は朗らかなれども鋭い視線を放つ彼等に気圧されたのか、グッと下唇に力を入れて彼女もまた身を翻すのであった。

 

「・・・・・一体・・・どういう、こと?」

 

其れを更に物陰から一部始終見ていた簪はふとそんな疑問符を思い浮かべ、去っていく芹沢を興味深そうな目で見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

―――――今日は朝からぼっこう疲れた。

身長・体重測ったり、視力検査じゃあ聴力検査に血液検査に尿検査にレントゲンに心電図・・・・・

まぁ、健康診断でやる検査ばっかりなんじゃけども・・・問題は其の後じゃ。

なして、酸素マスクみてぇな装置付けてルームランナーとか走らにゃおえんのじゃッ?

俺、一応病み上がりなんじゃけど?

片手の指で数えるぐらい前に骨を折りーの、肉を千切られーの、鉛玉撃ち込まれーの、刃物で刺されーのしたんじゃけどもッ??

・・・其れで其の体力テストみてぇーなもんをやる「はいはい」やる俺も俺もじゃけどな。

んでもって最後に”アレ”じゃ。二本足のペッ〇ー君、もといパッペー君(命名、壬生さん)とのステゴロ。

 

・・・・・・・・なんで??

なして朝とーから検査や体力テストみてぇなのやって、最後の最後に機械人形と殴り合いせにゃあならんのんなん?

今日まで酒飲まんかったら、でぇーれぇー美味い旨過ぎる酒を飲ましてくれる言うたけん飲まんかったのに・・・割に合わねぇー!

其れにッ、其れにじゃ!! 連日続いた尋問・・・もとい事情聴取のせいで、我が愛しの銀色黒兎ちゃん・・・ラウラちゃんといちゃいちゃイチャイチャ出来んかった!!

俺ぁよーやっと自分の気持ちに正直素直にいようと決めたんじゃ! 前の世界から数えても、生まれて初めて出来た恋人といちゃいちゃらヴらヴしたかったのにッ!!

こ、このッ、ち・・・チキショウめ~~~ッ!!

 

はぁッ・・・ハァッ・・・ハァ~~~!

酒飲みてぇエエエ!!

 

「「お酒が飲みたい」って顔してるね、清瀬君?」

 

「心配すんな、我らが刃。すぐに美味い酒が飲めるよ」

 

そう云いながらほとんど呆れた感じで俺の前に座っとる高良さんは口角を歪め、隣の壬生さんはぐりぐり俺の頭を撫でやがる。

 

―――――現在、俺は真っ黒なハイヤーに乗せられてどっかに連行されよーる。

検査が終わって、ようやっとラウラちゃんとのふれ”愛”が出来る思うたのに・・・思うとったのに!!

なーにが、「若ッ、こっから先はオンナノコの検査です!」じゃボケェッ!

あーッ! 齧りたい、舐めたい、吸い付きたい!!

・・・あぁッ、ダメじゃ。ホントに酒が飲みてぇ。頭がメロメロになって来たでよ。ちゃんとした理性が働きょーらん。

 

「(・・・壬生先輩、ちょっとヤバくないですか?」

 

「(ッ、あぁ・・・そうだな。さっきから黙って外見てるし、眼が両方とも”狼の眼”になってるしな」

 

「(大丈夫でしょうか? この後、お酒を飲む前に―――――」

「(バカ! 滅多な事言うな! 案外、我らが刃は耳が良いんだぞッ!」

 

・・・・・悪いが、聞こえとるんじゃけどもな。

ッチ、やっぱし一悶着あるんかい。なして静かにタダ酒って飲めんのんじゃろうか?

せめて初めての恋人とのイチャラブを楽しみたかったんじゃけどなぁ・・・ここ最近、変に億劫になってしもうとったけんな。

ラウラちゃんには悪い事・・・してしもうたなぁ。あんなに俺なんかを思ってくれる人は、家族以外でそー居らんでよ。

・・・ラウラちゃん・・・・・

 

 

 

なーんて感傷に浸っとったら、俺らぁを乗せた黒曜石みてぇに真っ黒なハイヤーは郊外から離れた場所に来た。

そんでもって、なんか時代劇に出て来る見るからに厳つい武家屋敷に入って行った。

えッ、誰の家なんなんな此処?

高良さん云うには長谷川さんが待っとるって言うとったし・・・・・政界の若き傑物を待たせる俺も俺じゃが、其の人と一緒に居る此の屋敷の持ち主・・・一体何モンじゃあ?

 

〈あらッ? 春樹、見てなかったの?〉

 

「阿ぁ?」

 

〈立派な門構えに表札が立てかけてあったじゃない。―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――『更識』って〉

 

「・・・・・・・・阿”ッ??」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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149話


旧150話と旧151話を結合しますた。



 

 

 

「クフフフ・・・素晴らしい!」

 

どう見てもふざけたネタTシャツの上に白衣を羽織った芹沢(兄)博士は、静かなれどもケタケタ笑い声を上げてモニター画面を見つめていた。

其のモニター画面には、午前中に採った二人の被験者の検査結果が映し出されている。

特に喜んで見ているのは、彼が『新人類』や『ニュー・タイプ』と常日頃から揶揄しているあの吞兵衛のデータだ。

 

「楽しそうですね、博士」

「いつもよりだいぶハイテンションっすねぇ」

 

まるでアニメ映画でも楽しむ子供の様に目を輝かせる芹沢へ部下の一人が彼へ一服のコーヒーを差し入れる。

「あぁ、勿論だとも!」と芹沢は砂糖をドバドバ入れた其れを何とも美味そうに飲み干す。

 

「とてもついこの間までただの地方の中坊だったとは思えぬデータだ! 特に身体能力の急上昇が著しい!! これを見てくれッ!!」

 

そう言って芹沢は随分興奮した様子でモニターを部下達に見せつける。

其のモニターへ映し出されたデータを見て、部下達は目を見開いて「・・・はッ!?」とすっ呆けた声を漏らしてしまう。

何故なら其処へ映し出されていたのは、到底常人では考えられない数値であったからだ。

其の中でも特に目立った点を紹介しよう。

 

先ずは足の速さ。

ある特殊なルームランナーで計測した所によると、其の速さは時速七十km。

其の車並みの速さに加え、ハーフマラソンを三十分以内で完走するスタミナをも有している。

 

次にジャンプ力。

走り幅跳びを本人は軽い気持ちで行ったらしいが、推定でも縦二m・横八mを悠々と飛んでいる。

 

特に常人離れしているのは、其の筋力。

平気な顔で三百㎏のベンチプレスを片手で持ち挙げ、其の力から繰り出される打撃力はヘヴィー級プロボクサー並以上。

おかげで最後の検査として行ったスパーリングで、自動サンドバック人形パッペー君は無残なスクラップへと変貌してしまった。

 

「・・・いやッ、どこのアメコミヒーロー!?」

「確かに年下とは思えないガッチリした仕上がりだったけれども・・・ッ、まさかここまでとは!」

「加えて、あの異常な速度の回復力に耐久力・・・確かに博士が心躍るのも解る気がします」

「あぁ・・・本当に彼は生まれる時代を間違えているな。これが戦乱の時代に生まれて居れば、一国一城の主も夢ではなかったはず」

「『知世の能臣、乱世の英雄』・・・曹操タイプの吾人ですな、我らが刃は」

「しかも我々がアッと驚くような大酒飲みですしおすし。でも、なんで今も彼のIS適正は『E』のまま何でしょう?」

「それがまた謎なんだよねぇ・・・コレが!」

 

若干口角をヒクヒク引き攣らせながら研究者達や技術者達は感嘆詞と疑問符を述べる。

そんな「武器使わなくても十分強いじゃん」な人間が、世界最強の兵器と名高いISを纏えばどうなるか・・・正に『鬼に金棒』『虎に翼』『駆け馬に鞭』だ。

しかし、此処で「・・・・・あッ、そういえば!」と芹沢はある部下へ目を向ける。

其の部下は医療資格を持つ研究者で、もう一人の研究被験者であるラウラの担当をしている人物であった。

 

「銀の君、もといボーデヴィッヒ女史の方はどうだった?」

 

「そうですね。遺伝子強化素体と聞いていましたが・・・IS適正や反射神経が高いと言う点以外、特に一般人女性と変わらぬデータ数値ですね」

 

「いやいや、違う。私が聞きたいのはそういう事じゃない」

 

「はい?」

 

「うーむ。こういう事を云うと私が性差別主義者の様に聞こえるかもしれないが、誤解しないでくれたまえ。私が聞きたかったのは・・・彼女は”子供を産む事の出来る身体”かどうかだという事だ」

 

其の芹沢の発言に周囲は渋い顔を晒す。

ISという前時代の兵器をガラクタと変貌させてしまった発明品が世界へ広まった結果。「男よりも女の方が強い」と言う誤解が世間へ浸透してしまい、『女尊男卑』という間違った概念が世論を跋扈していたのである。

だからこそ、芹沢の今の言葉は前時代的『男尊女卑』の発言にとれるのだ。

 

「・・・よかったですね博士、ここに我々だけで。浅沼さんや金城さんの女性陣がいたら侮蔑の眼差しもんですよ」

「そうですよ! そんな事を外で言ったらメッタメタのボッコボコですだよ!!」

「それに不妊の原因は男性にもある場合があるんです。なにも女性だけに問題があると言う訳では・・・」

 

口々に苦言を呈す部下達に「わかっているとも!!」と両掌を見せた。

 

「別にボーデヴィッヒ女史の身体が不妊体質であるかどうかと云う話はしていない。私は、彼女が一般的な女性と変わらない身体であるという事を聞きたかっただけだ」

 

「なら最初っからそう言ってください」

「言い方ひとつで炎上しますから気をつけて下さいよ、博士」

「しかし、なんでそんな事を聞くんですか?」

 

そんな疑問符に芹沢はさも当然の様にこう答える。

 

「あぁ。彼女には、彼と・・・清瀬 春樹くんとの間に”子供”を儲けてもらいたいからね」

 

其の発言に再び部下達は口角を引き攣らせ、ドン引きするのだった。

先程まで晴れていた空へ大きな大きな真っ黒い雷雲が忍び寄っていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

一方其の頃・・・・・

 

「・・・・・(・・・うぇえッ)」

 

芹沢達の話題に上がった蟒蛇若武者こと清瀬 春樹は、何とも言い表せないプレッシャーに圧し潰されそうになっていた。

 

今の状況を端的に説明しよう。

様々な検査が終わり、ご褒美のタダ酒を飲ませてもらう為に黒のハイヤーである武家屋敷に連行された春樹。

其処で彼はある和室に通されたのだが・・・

 

「・・・あんれぇ??」

 

まるで外観と同じ如何にもな内室に通されたのである。

見るからに高そうな掛け軸に洗練された装飾品。前に一見さん御断りの料亭に連れて行った貰った事がある春樹にも十分「ただの個人宅じゃねぇ!」と理解できる気品が漂っていた。

 

「ん? 大丈夫かい、清瀬君?」

「顔が青いぞ、我らが刃?」

 

そんな気負けしている春樹を知ってか知らずか、隣に居る長谷川や壬生が声を掛ける。

其れに「だ、大丈夫っす!」と答える彼だが、其の長谷川達の座り位置に春樹は益々緊張してしまう。

何故なら、壬生ならまだしも世間にも名の知れた政界の若獅子である筈の彼が自分と同じ下座位置にいるのだ。・・・という事は、上座に座るのは此の屋敷の家主であろう。

一体どんな人間が出て来るのだろうと内心ドッキドキだ。

 

「(俺ぁ酒を飲みに来ただけなのに・・・ッ。しかも此処って更識って・・・たまたまの同姓?・・・んなわきゃねーよな! 絶対あの会長や簪さんの御家じゃん!! 親御さん? 親御さんが出て来んの??)」

 

春樹が謎の焦燥感で心の汗をダラダラ流していると、スッと奥の襖が開け放たれた。

 

「どうも皆、お集まり頂き感謝する」

「ッ!?」

 

何とも上質な襖を開けて入って来たのは、どう見ても見るからに”カタギ”ではない雰囲気をムンムン醸し出す厳格そうな壮年男性。

そんな戦国武将の様な風貌の此の屋敷の家主であろう人物に対し、春樹が思った第一印象はと言うと―――――

 

「(あッ・・・・・あのふざけた水色髪色は、父性遺伝の方だったのね。つーか髭の色まで薄水色って・・・ッ)」

 

どうでも良い点に納得していた。

けれども其の隣では、真剣な面持ちで長谷川達が深々と頭を垂れる。

 

「ご無沙汰しております、更識”当主”!」

 

「やめてくれ、私はもう既に当主の座を譲った身だ。昔の様に”更識のおじさん”と呼んでくれてもいいんだぞ、”博文”」

 

どうやら長谷川は此の水色武将と旧知の仲らしく、男は薄く笑みを浮かべているが、長谷川の方は緊張の為か表情が強張っている。

 

「そして・・・・・君が噂の二人目の男のIS乗りか?」

 

「は、はい。清瀬 春樹っす。どうも、よろしくお願いします」

 

挨拶を返す春樹に「ほう・・・」と更識元当主は眉をひそめると、彼へ握手の為の手を差し出した。

 

「私は更識家前当主、名を『更識 天山』と云う。君の事はよーく・・・聞いている」

 

其の差し出された手を春樹は「ッ、は・・・はぁ」と手に取って握手を交わすのだが、更識は明らかにカタギではない雰囲気と視線で刺し貫く。

此れに春樹は「え・・・え~??」と疑問符ばかりが渦巻いて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

「・・・う~ン?」

 

「・・・・・此れ程までに”味のしない”美酒を飲むんは初めてじゃ」・・・と、後に春樹は此の状況を眉をひそめて語る。

何故ならば、美酒の芳醇な味を感じられぬ程に空気が山椒の如くピりりッとしていたのだ。

 

「はっはっはっはっはっ、これはどうも愉快だな!」

「は、はぁ・・・」

 

春樹としては、此の機会は『ワールドパージ事件を何とか頑張って治めたで賞』の賞品として招かれた酒宴。

檜の薫りがほんのりと香る春樹の右瞳と同じ琥珀色が入った酒樽とテレビのバラエティー番組でしか見た事のない和な御馳走が出て来た時は心躍るものがあった。

 

・・・しかし、其れも束の間の話。

自己紹介も兼ねた他愛もない世間話もしつつ酒を呷って行くのだが、段々とどうも周りの雰囲気が不可解な事に気付いた春樹。

檜の酒樽が半分になる前にもう既に酔ってしまったのだろうか?

 

「して・・・刃殿。先程から手が止まっているようだが、体調が優れないのか?」

「ッ、い・・・いえ。ちゃんと飲まさせてもらいますよ、はい!」

 

・・・・・いや、違う。

彼の目の前で共に同じ酒樽の美酒を茜色の酒器で呷る男・・・此の大邸宅の家主である更識 天山が春樹に対して言い知れぬプレッシャーを与えていたからである。

表情は穏やかなれども背後からは『ドドドッ!』と云う擬音語が浮かび上がっている様ではないか。

其の雰囲気を察してか。周囲に居る長谷川や壬生達も焦燥感の漂う汗が額から滲み出る。

 

「(・・・・・なして?)」

 

此の状況に春樹は心の中で表情を不快に歪めた。

其れもそうだろう。彼は美味い酒が飲めると聞いて態々出向いたのだ。

其れなのにどうしてこんな圧迫面接の様なで酒を飲まなければならぬのか? 此れでは折角の美酒が台無しだ。

 

「・・・はぁッ・・・」

 

だが、天山がどうして自分を警戒しているのかを春樹は理解できた。理解できてしまった。

此の目の前に居る『戦国無双』の『北条氏康』似のどう見ても職業が”ハンシャ”の吾人は、若しかしなくても政府関係者だろう。

其れは春樹が最も信頼している長谷川との対話を見る限りでは明らか。

そんな人間が、ISを扱えるだけのこの間まで地方の中学生だった少年を簡単に信用できる訳がない。其れも未成年で酒をカっ喰らう不良を。(※実は其れだけではないのだが・・・)

・・・其処で彼は行動を起こす事にした。

 

「あの・・・更識、さん? 一つよろしいでしょうか?」

 

「ん? どうかしたのか? それに私の事は天山で構わんよ、刃殿」

 

「なれば、天山さん。一つ此処で酒の肴になる話をしても宜しいでしょうか?」

 

「・・・ほう?」

 

其処から春樹はある哀れで卑しい飲んだくれの男の話をし始める。

個人名は出さねども、明らかに其の話は春樹自身が逢って来た此れ迄の自分自身の事だった。

勿論、其の事に長谷川や壬生も気が付いたのだが・・・彼等は春樹の話を止める事はしない。何故なら、此の話によって天山に春樹の事を良く知って貰える事になると思ったからだ。

其れに―――――

 

「其処で男は言った! 『イピカイエーッ、糞ったれ!!』。怒号と共に十字に組んだ腕から飛び出る黄金色の破壊熱線! 其れが直撃するや否や、其の鉄の表皮をドロリとアイスクロームの様に溶かした!!」

「「「おおッ!!」」」

 

―――――春樹はまるで一流の講釈師の様に語るのが巧かったのである。

自身の武勇伝を人に語るのは気恥ずかしい面も勿論の事あったが、話と喋りが波に乗るにつれてそんな事などどうでも良くなった。

 

春樹は語る。

『ゴーレム事件』を。『VTS事件』を。『銀の福音事件』を。『欧州襲撃事件』を。『文化祭襲撃事件』を。『キャノンボール・ファスト襲撃事件』を。

少しだけ話を盛っている部分もがあったが、ほとんど大まかには事実であった為に問題はなかった。

・・・・・しかし。

 

「鎧を着こんだ男が城に入った其の時、男が見たもの・・・・・其れは、敵の手によって慰み者にされかけていた水色髪の少女でありました」

 

「ッ、お・・・おい!」

「清瀬君ッ、それは・・・!」

 

『ワールドパージ事件』の話になった時、事情を知っていた壬生と長谷川は怪訝な表情と共に彼の講釈を制止しようとする。

其れも其の筈。其の水色髪の少女の実父が此の場に居るのだから。

 

「・・・構わん」

 

「し、しかし・・・!」

 

「良いのだ、博文。続けてくれ、刃殿」

 

けれども、制止する長谷川を余所に天山は春樹に其のまま話を進める様に促した。

そんな言葉に「・・・其れでは」と春樹は頷き、再び立石に水で口を開く。

 

「口に猿轡を噛まされ、腹と手から血を流す少女を見た途端・・・男の中で何かが千切れちまいました。男は怒りに身を任せ、黒ずくめの敵をバッタバッタと薙ぎ払っていきました」

 

「ほう。それで男はその襲われていた女子を助けたのだな?」

 

「えぇ。けれどもしかし、男の腹は治まっていませんでした。男は少女を安全な所へ一旦預け置き・・・床へ転がる敵に更に一手間加えようとしたのです」

「・・・・・え?」

 

其の春樹の言葉に長谷川は疑問符を浮かべた。

何故なら、彼は春樹が話そうとしている”其の先”の話を聞かされていなかったからである。

 

「男は・・・敵の生皮を手持ちのナイフで剥ぎました。ベリリッベリリッと顔皮を剥ぎ、躊躇はおろか容赦もなく敵の鼻と耳を削ぎ落したのです」

 

「なッ・・・!?」

「お・・・おい、冗談だろッ・・・我らが刃?」

 

彼の口から出た衝撃的な告白に対し、長谷川と壬生はドン引きの表情を晒す。しかし、「・・・話はまだまだこれから」と春樹は前置きをして喋りを続けてゆく。

 

「其の後、男は敵の大将とも戦いました。敵大将は”装甲機”を纏っていましたが、夜叉と化した男の敵ではなく、手下と同じ様に其の生皮を剥ぎ取ってやりました。・・・・・けれども・・・」

 

「けれども? けれども・・・どうしたんだ?」

 

「ッ・・・事が終わった後、不可思議な事に襲撃者達は跡形もなくなっていたのです。そう、逃げられたのです」

 

天山の疑問符に春樹は一瞬バツの悪い顔を晒した後、忌々しそうな声色で此の事件で一番口惜しく悔しい事情を話すのだった。

そして、彼は突然立ち上がり、天山の側まで来ると其のまま頭を下げて額を畳に圧しつける。

所謂、『土下座』をしたのだ。

 

「御嬢様を傷付けた悪辣な賊徒を逃してしまった事は、全て俺の・・・私の責任です。申し訳ありませんでしたッ! 出来るならば、私に挽回の機会をお与えください!!」

 

「き、清瀬くん・・・!?」

「我らが刃・・・!」

 

深々と頭を下げる春樹に長谷川と壬生は驚き焦って思わず立ち上がってしまう。

 

・・・けれども、そんな二人を余所に天山は額を畳に擦り付ける春樹の両肩をガッチリと掴んだ。

其の動作に思わず春樹はビクッと身体を震わせてしまうが―――――

 

「頭を上げてくれ、刃殿・・・いや、清瀬殿」

 

「しかし・・・私は・・・!」

 

「確かに娘を襲った悪漢共を取り逃がした事は誠に残念な事だ。しかし、貴殿が助けに来てくれた御蔭で、娘があれ以上の毒牙に掛かる事はなかった。礼を言うのは私の方だ」

 

「天山さん・・・ッ」

 

「改めて言う。私の娘を・・・”刀奈”を救って頂き感謝する。本当に、本当にありがとう」

 

そう言って天山は顔を上げた春樹の手を握って謝礼の言葉を述べる。

其の言葉が嬉しかったのか。春樹は再び俯いて肩を震わせた後、あの酷く目立つIS学園の生徒制服の袖で顔を拭った。

 

「・・・して、清瀬殿。貴殿は先程「自分に挽回の機会を与えて欲しい」・・・そう言ったな? そういう言葉が吐けるという事は、何か考えがあるのだな? それと・・・博文、お前も清瀬殿に何か聞きたい事があるのではないか?」

 

「えッ・・・あッ、は、はいそうです! 清瀬君ッ、敵の・・・テロリストの皮を、皮膚を剥いだって・・・・・えぇッ、ちょっと待ってくれ!! 聞いてないぞ、僕はッ!!」

 

春樹のまさかの衝撃的告白に長谷川は今になって漸く別の焦燥感が額からにじり出るのが理解できてしまう。

其の珍しく目に見えてアタフタする彼が愉快だったのか。思わず春樹は苦笑いを浮かべてしまうのであった。

 

「何が可笑しいのかなッ? 清瀬君!?」

 

「阿破破ッ・・・いや、すいませんすいません。お答え致しますから、長谷川さん。えと、でも其の前に天山さん・・・一つよろしいですか?」

 

「何だね、清瀬殿?」

 

「あの・・・・・”かたな”、さんって・・・誰ですか?」

 

「・・・・・・・・なに?」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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150話

 

 

 

曇天の空から雨が降る。

午前中はあんなにも雲一つない晴天だったにも関わらず、今は天を真っ黒な黒雲が支配し、ザーザーザーザーッ雨粒が酷く激しく地面を叩いて風景の先を陰らせている。

仕舞いにはドロドロドロドロ太鼓を敲く様な重低音が響き渡っては、時折りピカッと雲の中を駆ける龍を照らす。

 

「・・・・・つまんない」

 

そんな曇天空を自室の窓から少女が一人、湿気でうねる水色の自分の髪を弄りながら何とも不愛想な表情で眺めていた。

 

彼女の名は、更識 楯無。

先のワールドパージ事件においてIS学園の物理的防衛を担当し、襲い来る悪漢達に奮闘した功労者の一人だ。

しかし、其の時の獅子奮迅の戦いの中で楯無は片手と脇腹を鉛玉によって喰い破られると云う重傷を負ってしまい、今現在は自宅療養を命じられてしまっていた。

当初は日々迫り来るIS学園生徒会の業務に追われない事を喜んでいた彼女だったが、其れも最初の内三日。

情報秘匿の為に外出できない事に加え、元々アクティブな性格である楯無に此の自粛生活は退屈で退屈で仕方がない。

かと言って抜け出そうと画策すれば、同じく生徒会であり更識家の侍女でもある布仏 虚に「・・・ダメですよ、御嬢様」と釘を刺されてしまうのだ。

其れでも今日まで此の退屈に耐える事が出来たのは、いつも傍らに日頃から溺愛する妹の簪が居たからである。

つい数か月前まではギクシャクしていた関係だったが、今は普通に仲良い姉妹として簪おすすめのアニメや漫画を楽しむ事が出来ていた。

けれども・・・

 

「今日は簪ちゃんはIS統合部のお仕事・・・虚ちゃんと本音は生徒会の実務だし・・・・・あ~ぁッ、つまんないの!!」

 

今日は一緒に暇を弄んで潰す相手がいない。

仕方がないので一人でアニメや漫画を見ていたのだが・・・如何にも如何せん退屈さを拭うには至らない。其れに外へ行くにも此の土砂降りで気が滅入ってしまう。

そんな楯無は読み終えた漫画に囲まれながら大の字になって駄々っ子の様にジタバタ退屈との戦いに苦戦を強いられていた。

 

・・・だが、こうでもしないと思い出してしまうのである。あの時あった痛みを、恐れを。

更識家の当主の座を、『楯無』の名を受け継いだ時にある程度の事は覚悟していた。

―――――とは言っても彼女もまだ花も恥じらう可憐な十代の乙女なのだ。自分の中にある許容量を超えるものに畏怖するのも当たり前であろう。

加えて―――――

 

「・・・・・・・・清瀬くん」

 

―――――あの時の手と腹の痛みと共に彼女が思い出すのは、窮地に立たされた自分を助け出す為に颯爽と現れた琥珀色の瞳を持つ一人の勇士。

普段は口を開けば小生意気な事ばかり言って来る実に可愛くない後輩なのだが・・・あの時の彼は、まるで映画に出て来るスーパーヒーロー其の物だった。

あの日、あの時、あの瞬間、楯無は自分が寝物語に出て来るヒロインであった。あの力強く悠然とした腕に抱えられていた時がとてもとても心地好かったのである。

 

「ッ・・・ち、違う違う! べ・・・別に私は、清瀬君の事なんて・・・ッ! そ・・・そ、そう! これは彼に対する感謝の気持ちよ!! 私が清瀬君に・・・こ、恋なんてするわけないじゃない!! あんな・・・あんなッ・・・・・あんな男なんかに・・・・・」

 

「それに私の全然タイプじゃないし!!」・・・と、一体誰に対する弁解なのか。今度はゴロゴロ右へ左へ転げ回る。

其の内疲れたのかどうかは知らぬが、其れさえも飽いた楯無は気分転換に縁側の庭先でも見ようと自室の外へ足を向けた。

 

「・・・・・え?」

 

するとザーザー雨が降る中、コの字に曲がった縁側の向かい側に誰かが足を延ばして寛いでいるではないか。

今日、楯無は客人が屋敷に来る事を知っていた為にあれは父親ではない事は理解できた。

なれば、あれは一体誰であろうか?

 

「えッ・・・!?」

 

彼女は其の人物の顔に見覚えがあった。

「どうして?」「なんで?」と疑問符を浮かばせながら、楯無は其の人物へと近づいて行き・・・・・

 

「ど・・・どうして君がここにいるのかな?」

 

・・・と、腕組みをしながら疑問符を投げ掛ける。すると応える様に男は彼女の方へ目を向ける。

 

「阿? 応ッ、思ったよりも元気そうじゃな会長殿」

 

男は・・・清瀬 春樹は赤く染まった鼻と頬を掻きながら楯無へ掌を向けた。

呂律は回っているが、表情からも読み取れるようにかなり酒を飲んでいるらしく、吐く息からも酔っ払い独特の臭いが漂っている。

 

「そういう事を聞いているんじゃ・・・って、臭ッ!? なんでそんなにお酒臭いのよ?! ここ、私の家なんだけど!!?」

 

「悪ぃ悪ぃ。天山さんが、えろう美味い旨い酒を出してくれたんでな。よーけーよーけー飲んでしもうたんよ」

 

「ッ、ま・・・まさか、ウチに来ているお客様って・・・清瀬君だったの?!」

 

「ご名答。俺もまさか会長の御父上様に酒を飲ましてもらう事になるなんて思わんかったがな。・・・最初の内にちょっとした”誤解”もあったし。今はちょっと休憩じゃ。代謝か何かが上がって酔い難い身体になったとは言え、飲み過ぎはおえんじゃろう」

 

「なによ、それ」

 

春樹は此の場所に居る経緯を話すと楯無は若干呆れた表情を晒したが、「まぁ、いいわ」と溜息を吐いて何故か其のまま彼の隣へ座した。

勿論、此の彼女の行動に春樹は疑問符を浮かべる。

 

「阿ん? 寝ょーらんでええんか?」

 

「私、もう身体は大丈夫なの。それなのにみんなして・・・・・過保護なのよ、心配し過ぎ! だから暇で仕方ないの!」

 

「知らんがな。其れにそりゃ心配じゃろうな。会長閣下は此の家の”御当主様”なんじゃけん。聞いたで、会長の家の事。”忍者”、暗部組織の家柄なんじゃろ?」

「ッ、え・・・!?」

 

其の春樹の言葉に楯無はギョッとするが、そんな事など御構い無しに彼は自分の聞いた事をつらつら並べ立てる。

 

「天山さんの話じゃと、更識云う家は随分と歴史のある家なんじゃな。会長の代で、えーと・・・何代目? 十五か、十六代目か? 何百年も前から続いとるんじゃなぁ」

 

「・・・どこまで、知ってるの?」

 

「どこまで・・・どこまでねぇ。俺が知っとるは、此の家が北条に仕え、徳川に仕え、今は日本政府に仕えとる云う事。あとは、会長の”本名”ぐらいか?」

 

「そう・・・・・って、ちょっと待って・・・私の本名って!?」

 

「天山さんから聞いたで。『刀奈』ってのが、会長の本名なんじゃろ? 随分と鋭い名前じゃのぉ」

 

「なッ、なんでお父様が君に私の名前を・・・?!!」

 

「誤解されとったんじゃ。何でか知らんが、俺と会長閣下が良い仲・・・恋人同士じゃあ思われとったらしくてな。じゃけん、俺が会長の本名を知っとるじゃろう思われとってな。最初、誰の事を話しょーるんか解らんかったでよ。しかも彼氏じゃ思われとった御蔭で、酒の席での最初は異様な殺気当てられたしな」

 

「阿破破ノ破!」と冗談ぽく春樹は笑うが、其の隣ではどうしてか楯無が耳まで顔を真っ赤にして小刻みに震えていた。

 

「お・・・おい、そねーに怒らんでもエエがん。別に天山さんだってワザとじゃないんじゃけん」

 

「そ、そそ、そうね! 間違いは誰にだってあるものよね!! お父様が清瀬君を私の”婿”だと勘違いしてもしょうがないわよねッ!!」

 

慌てふためく彼女の言葉に春樹は「は? 何言ってんのッ?」と眉をひそめるが、そんな彼を余所に楯無は「恋人・・・恋人ねぇ・・・ふふふッ」と引き攣る口角を隠す様に頬を両手で抑えた。

そして、いつものあの悪戯っ子な笑みを浮かべたではないか。

 

「ね、ねぇ清瀬君? 私も・・・私も君の事を名前で呼んで良い?」

 

「阿? 呼んでるじゃねぇか、名前でよ」

 

「ノンノンッ、下の名前ででよ。私も春樹君って、君を呼んでも良い?」

 

「えッ、何それ。気持ち悪ッ」

 

「ッ、ちょ、ちょっと!! 気持ち悪いって何よッ、気持ち悪いって!!? 別にいいでしょ! 君もわ、私の事・・・か、刀奈って呼んでくれても良いのよッ?」

 

顔を若干赤らめ、もじもじソワソワしながら提案した楯無に春樹はキッパリとこう答えたのだ。

 

「そりゃダメじゃろう」

 

「ッ、ど・・・どうしてよ?」

 

まさか即答されるとは思ってもみなかったのか。楯無はジトーと睨む様な視線を彼に突き刺す。そして、「簪ちゃんの事だって名前で呼んでるのに・・・」等とブツブツ不満げな表情を晒した。

其の彼女の反応に春樹は「・・・面倒臭ぇ」と溜息を漏らす。

 

「むぅ・・・どうせ私はめんどくさい女よ! フンッだ!」

 

「閣下・・・普段は年上のお姉さんぶるくせに、ガキみてぇな事言わんでくださいよ。ホントマジで面倒臭いっす」

 

「あーッ! めんどくさいってまた言ったー!! それに私の事、ちゃんと名前で呼んでよー!!」

 

小型犬の様にキャンキャン喚く楯無に「五月蠅ぇッ。酔ってんのか、テメェ?」と春樹は諫めつつ、何故に自分が彼女の本名を呼ぼうとしない理由を述べていく。

 

「あのね、会長閣下? 名前ってのは、本来は神聖なもんなんじゃ。じゃけん、そう云う・・・本当の名前、”真名”は将来の”特別な人”に呼んでもらいんさい」

 

「・・・・・私は・・・」

 

「阿?」

 

「私は・・・私は、君の特別な人になれないの?」

 

「・・・・・・・・はッ??」

 

「だって・・・だってそうでしょ? 君は私が特別じゃないから、私の事を名前で呼んでくれないんでしょ?」

 

彼女の思いもよらぬ疑問符に春樹は思わず身体が硬直してしまった。

其れもそうだろう。

十人居れば十人が美少女と呼ぶであろう抜群のプロポーションを持つ早熟乙女が、身を乗り出して潤んだ宝石の様な瞳を差し向けて来るのだ。

普通の男であれば、勘違いしてしまう事間違いない。

・・・・・だが・・・知っての通り、此の男はちょっと変わっているのだ。

 

「・・・そねーな事ないで。俺にとって、あんたは特別な人間じゃ」

 

「ッ、な・・・なら!」

 

「じゃけど呼んでやらね」

 

春樹はほくそ笑む。

いや、ほくそ笑むと言っても優しそうに朗らかにではない。

ニヤリと口端を耳まで吊り上げる『バットマン』に登場する『ジョーカー』の様な笑みを浮かべたのだ。

其の表情に楯無は、ゾッと身の毛がよだった。まるで蛇に睨まれた蛙の様な気分を味わったのだ。

 

「・・・・・阿破破破ッ!」

 

「ッ・・・な・・・なによ?」

 

「冗談じゃ、冗談。そうマジに受け取らんでくれよ、”楯無”」

「!」

 

春樹はそう彼女の名前を呼びながら今度は優しそうに柔らかな表情で笑む。

 

「流石に本名じゃ呼べねぇが。”今は”其方の名前で呼んでやらぁ。じゃけぇ宜しくな、楯無さんよ?」

 

「そ・・・そう。それじゃあ改めてよろしくね、”春樹”くん」

 

楯無はそう何故かおずおずとお辞儀をし、春樹は「応ッ!」とあの奇天烈な笑い声を轟かせる。

其の笑い声に何処か安心してしまう自分が居る事に彼女は理解が追い付かなかった。

しかし、そんな楯無など余所に春樹は突如として「あぁッ、そうじゃ!!」と立ち上がったではないか。

 

「ど、どうしたのッ?」

 

「今何時じゃったっけ? 俺、早う帰らんとおえんのんじゃったわ!!」

 

「帰るって・・・さっき特別警戒大雨警報が出てたわよ? 今日は無理せず・・・と、泊まっていったら? お客様をお泊め出来る部屋くらいあるわよ?」

 

絞り出したような楯無の発案に春樹は「ありがてぇが、お気持ちだけで結構」と言いつつ脱いでいた上着を急いで着る。

何故に彼がこんなにも急いでいるのか?

・・・そんな事など決まっているだろう。

 

「俺の特別で大切な人が待ちょーるけんな。早う帰らんと!」

「・・・ッ・・・」

 

そう話す春樹の表情は先程の笑みよりもずっとずっと優しく柔らかかった。

そんな想い人を思う男に何故か楯無は胸のあたりがキュッとなったが、そんな事など露知らず。

春樹はさっさと長谷川や壬生達が待つ部屋へと舞い戻ると、檜の樽に入った残りの酒を一気にかっ喰らい、天山に別れの挨拶を済ませる。

そして、土砂降りの中へ立つ否や。其の背へ蒼天の空の様な翼を広げ、大酒飲みの蟒蛇は曇天の空へと駆け出すのであった。

 

目指す場所は唯一つ。

あの愛おしい白き黒兎が待つ場所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
次回はいよいよRに挑戦です。


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151話


―――――見つめ合うだけじゃ、朝は遠すぎる―――――
by『マクロス7』



 

 

 

曇天の空からドロドロドロドロ・・・おどろおどろしい音と共にピッシャーン!!と稲光が轟き響く。

昼過ぎから降り出した雨は特別警戒警報が出る程のゲリラ豪雨となり、道路を水没させて人々の足を止めていた。

色とりどりの落ち葉が水溜りを鮮やかに染め上げ、どことなく風情があるが・・・人々は帰宅難民にならぬ様にタクシー乗り場等へ急ぎ足。

しかも此の雨のせいでグッと気温が低下している。

・・・寒い。

 

「・・・・・はぁ・・・ッ」

 

そんな人恋しい季節が明確になって来た頃。ラウラ・ボーデヴィッヒはホテルの窓辺から外の様子を眺めつつ一つの溜息を吐く。

 

今日は身体検査や体力測定の様な検査が盛沢山で少々疲労があったが、精神的にはいつも以上に快かった。

何故ならば、今日は朝から想い人である清瀬 春樹と行動を共にできたからである。

ワールドパージ事件より前後一週間は様々な事情で一緒に居られなかった為、今日の此のひと時がラウラにとってはとても嬉しかった。

しかし何故に今現在、彼女はモノ悲しい溜息なぞ吐いているのか?

端的に言えば・・・・・『寂しい』のだ。

 

検査終了後、春樹だけは別件である場所へ赴く事になった。

其処でラウラは一人、IS学園へ帰る事も出来たのだが・・・彼女は春樹の帰りを待つ事にしたのである。

けれども・・・

 

「・・・・・よく降る雨だ」

 

入れ代わり立ち代わりの様に降って来たのが、此のゲリラ豪雨だ。

御蔭で学園への帰還方法は断たれ、IS統合対策部が急遽用意してくれたホテルに足止めをくらう事になってしまった。

自らのIS専用機を纏って飛べば、帰る事もできるには出来るのだが・・・春樹は「ラウラちゃん、久々に一緒に夕飯食わん?」と言っていた為、彼女は忠犬の如く愛しい人の帰りを待つ事にしたのだ。

だが、時刻はもう十八時を過ぎる頃。雨足は弱まるどころか逆に強まるばかりで、彼からの連絡もない。

折角のスイートルームも一人ではあまりに広すぎる。

 

「・・・春樹・・・」

 

ラウラはベッドへうつ伏せに寝転び、クッションへ顔を埋めた。

この様な寂しく悲しい気持ちを彼女は経験した事は未だかつてない。千冬がドイツ軍から去った時でもこんな切ない気持ちに苛まれる事はなかったろう。

 

「春樹・・・ハルキ・・・・・はるきぃ・・・ッ!」

 

想い人の名を呼ぶ度に胸に溜まる切なさは増して下腹部の奥が疼き出す。

やがて其れはどんどん艶やかで湿っぽい声色となり、枕を抱いていた右手が腹から下へ下へと伸ばされる。

・・・・・そんな時だった。

 

「!」

 

突然、ラウラは顔を上げて飛び跳ねる様に身を起こす。そして、部屋の出入り口まで走って行くではないか。

彼女としても何故にこんな行動をとってしまったのか、ラウラ自身にも理解が出来なかった。

されども何か良い事があるのだろうと云う確信だけがあったのである。

すると・・・・・

 

「うぇークッショい、畜生い!!」

「ッ、春樹!!」

 

ガチャリと扉を開けて入って来たのは、グッショリと雨で服を濡らした想い人であったのだった。

 

「応、ラウラちゃん。待ちょーてくれとったんじゃなぁ」

 

「当り前だ! しかし・・・春樹、一体どうやってここまで来たのだ? 外は見ての通りの大雨なのだが・・・」

 

「あぁ、其れな。車で来れんかったけんな。琥珀ちゃん纏って飛んで来たでよ」

 

春樹の其の言葉にラウラは驚いた。

確かに宇宙にでも行けるISならこの様な大雨でも楽々なのだが、強力な兵器故に色々と誓約も多い。

 

「早う・・・早うラウラちゃんに会いたかったけんな」

 

そんな代物を何とも私情な事に使ったのである。然る所から罰せられても文句は言えまい。

(※とは言っても、なら学園で私的な暴力行為にISを使っている者はどうなるのかと云う話だが・・・)

 

「ッ・・・私に早く会う、その為にか・・・?」

 

「応、久々に一緒に居られるけんな。文字通り飛んで来たでよ」

 

「そ・・・そうか、そうなのか・・・ッ」

 

けれども、春樹の其の気持ちがラウラには痛い位にとても嬉しかった。思いが通じ合っているのだろうと彼女は思った。

其れがどんなに喜ばしい事なのか。感動の余りラウラは泣きそうになったが、其の瞳から零れそうになった雫を引っ込める。

 

「ん? どうかしたんか、ラウラちゃん?」

 

「ッ、いや! いやッ、なんでもない!! おかえり・・・おかえり、春樹!!」

 

そして、精一杯の笑顔を彼へ向けた。

そんな彼女に春樹の表情は自然と綻び、「あぁ、ただいま」と柔らかな言葉を紡いだ。

其の顔は他の誰にも見せない表情だった。

 

「ん?・・・春樹、お前・・・・・もしや飲んできたのか?」

 

「阿ッ、やべ・・・!」

 

「はぁッ、まったく・・・いいから早くシャワーをして来い。夕食はその後だ」

 

「はいな。仰せのままにじゃ」

 

だが、隠せぬ酒の臭いに彼は悪戯がバレた子供の様にヘラヘラと苦笑いを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~・・・やっと落ち着いた」

 

シャワーから上がった春樹は首の骨をコキリコキリと鳴らして一息吐く。

雨で凍えた身体と体内のアルコールが熱いお湯で流された事で、身体が軽く綺麗サッパリだ。

 

「着替えも用意してくれとったし、後はビールで一杯やりましょうかね」

 

更識家邸宅であれ程酒をカっ喰らったと云うに相変わらずの大酒飲み。異常的とも謂える自然治癒力と超人的な代謝能力の無駄遣い此処に極めりである。

 

〈ちょと春樹。飲み過ぎるのも大概にしなさいよ? 本当に身体を壊してしまうわよ!〉

 

「そんな事で壊れる俺の肝じゃねぇわな。阿破破破!!」

 

こんなどうしようもない有様なので、自らの専用機である琥珀に呆れ顔で窘められるが、此の男はそんな事など御構い無し。可能なれば朝昼晩、一日中酒を飲んでいたいと考えている春樹には効果が全くない諌言なのだ。

 

「・・・って、何やっとるんなラウラちゃん?」

 

そんな琥珀の言葉を一笑した春樹が待ち人が待っているリビングへ行って見ると、何故かラウラがキッチンに立って居たのである。

 

「ん? 見て解らんか? 夕飯づくりだ」

 

「いや、そりゃあ見りゃ解るでよ。俺が聞きたいんは、なして料理しょーる云う事じゃ。ホテルのレストランか、ルームサービス頼まんのんか?」

 

春樹の疑問符も尤もだ。

折角のホテルのスイートルームに宿泊できるのにも関わらず、ラウラは手間のかかる料理を作っていたからだ。

 

「いやな・・・数週間ぶりのお前との食事なのだ。折角だから私の手料理を久々に食べてもらいたくて、キッチンのある部屋をお願いしたのだが・・・・・わ、私の料理は食べたくないか?」

 

悲しい顔をした愛する人にそんな事を云われて「食べたくない」と云える程の無神経さを彼は持ち合わせていなかった。

「まさか! ラウラちゃんの料理なら食べとうて食べとうて仕方なかったんじゃ!!」とニヤけつつ彼女の事を手伝おうとする春樹。

しかし「後は煮込むだけだ。お前はビールでも飲んで待っていてくれ」とソファへ追いやられてしまい、仕方なくプルタブを開けて黄金の美酒を飲む事にした。調理姿のラウラを酒の肴に。

 

「「いただきます!」」

 

そうして出来た夕飯、ジャガイモマシマシのカレーはいつも以上に美味に感じられた事だろう。

 

「・・・阿破破破ッ」

「ん? 何がおかしいのだ?」

 

其の食事中、不意に蟒蛇は口角を吊り上げて笑う。其れが不思議だったのか、兎はキョトンとした顔で彼のオッドアイを覗く。

 

「いやいや、不思議なもんじゃなぁ・・・って思うてな」

 

「なにがだ?」

 

「何がって・・・ラウラちゃん、君とこーしょーる事がじゃよ」

 

春樹の言葉にラウラは再び首を傾げる。けれども、春樹としては当然の事だったろう。

初対面で頬を力一杯叩かれた相手とこうして食卓を囲み、其の相手と恋人と云う関係を結んでいるのだから。

其の事を伝えると顔を真っ赤にして「わ・・・わすれてくれ!!」と彼女は叫ぶが、其の表情があまりにも可愛らしくてついつい声を上げて春樹は笑ってしまった。

 

「阿~・・・・・食った喰った。美味かったわぁ」

 

夕食後の洗い物を終えた春樹は、食後のウィスキーを嗜みながら体を横たえる。

 

「は・・・春樹? その、あの・・・だな・・・ッ」

 

「阿ん? あぁ、エエで。来んちゃい来んちゃい」

「う、うむ」

 

其の彼の隣へすっぽりと納まるかの様にラウラも寝転ぶ。

まるで其れは、親猫へ甘える子猫の其の物であった。擬音を付けるとするならば、「にゃーん」や「ゴロゴロ」であろう。

 

「ふ・・・ふふふ・・・ッ」

 

「破破ッ。ご機嫌じゃなぁ、ラウラちゃん。阿~、でも今日は大変じゃったなぁ。本当なら今日は二人でどっか行きたかったわぁ。『文豪ストレイドッグス』の聖地巡りとかしたかった」

 

「どこかへ行く? それは・・・デートと言う意味でか?」

 

「そうじゃけど・・・おえんかった?」

 

「ッ、ううん。まさか、そんなわけないだろう! 私だってお前と・・・その・・・ッ」

 

「解っとる解っとる。あぁ、可愛えなぁ」

 

気持ち良さそうに喉を鳴らし、頬を朱鷺色に染める彼女のふわりと柔らかい銀髪を春樹は指で梳いてゆく。

其の度にラウラの艶やかに濡れた口から「あッ・・・はぁ・・・♥」と甘い声色が漏れ、彼女は思わず春樹の背中を引掻く様に掴む。

細く長い指が、服の上から酷く抉れた傷跡に引っ掛かる。

 

あ~~~・・・ドキッとするぅ~~~~~・・・♥

 

両眼から金色の焔を溢しながら彼はラウラの頭皮臭を満遍なく嗅ぎ尽くし、彼女の表情をリンゴの紅玉よりも真っ赤にし尽くす。

 

うッ・・・うぅ~~~~~・・・!

 

けれども、ラウラは酷く恥ずかしい思いをしているものの別に不快に思っている訳でない。

久方ぶりの想い人からの抱擁とスキンシップに胸が一杯になっていたのだ。

かく言う春樹の方も脳内麻薬がドバドバ出過ぎるぐらいに出ていた。

 

「(あぁ・・・幸せじゃわぁ)・・・・・ラウラちゃん?」

ふぁ・・・?

 

彼は更に抱擁の手を強め、其れに応える様にラウラもしっかりと春樹を抱き締める。

そうして互いの体温で温まったのを皮切りに春樹は優しく彼女の名を呼び、そっと其の厳つく黒い眼帯を外す。

されば其処から現れ出でたるは彼と同じ琥珀色の瞳、ヴォーダン・オージェだ。

 

・・・ちゅッ

「―――――ッ!?」

 

そんな美しい眼の少女の薄い唇へ男は唇を落とす。

ハチドリが花の蜜を吸う様なバードキスをした後、ぴちゃぴちゃと水が滴る様な口付けを交わす二人。

 

「・・・・・阿破ッ・・・阿破破破」

「ふふッ・・・ふははは」

 

短いような長いキスをした後、二人は互いの額を突き合わせて笑顔を溢し合った。

そして、再びキスを交わそうと春樹は唇を突き出したのだが―――――

 

「・・・春樹?」

 

「ん? どうしたん?」

 

「ボトムのポケットになにを入れているのだ?」

 

「阿? ポケットって・・・――――――って、うぉおッ!!?」

 

―――――其の言葉に春樹は思わず身体を起こしてそっぽを向いてしまう。

突拍子もない彼の行動に「どうかしたのかッ?」とラウラは疑問符を浮かべているが、そんな事など御構い無しに春樹は何かを必死に両手で隠そうとしている。

イキリ立った股座の”其れ”を。

 

「おぉッ、知っているぞ。それは『勃起』だな」

 

「ッ、ら・・・らら、ラウラちゃん!!?」

 

「えっへん!」と得意げ自慢げで彼女の口から紡がれた言葉に春樹は動揺を隠せずどもってしまう。

まぁ、当然と言えば当然か。

 

「ら、ラウラちゃん・・・えと、意味解っとる?」

 

「むッ。馬鹿にするな。勃起とは、男のせいしょ―――――」

「やっぱ言わんでエエです!!」

 

近年まれにみる慌てぶりを露呈する春樹だったが、そんなあわあわ泡を喰らう彼を余所に何故かラウラはうっとりとした表情を晒しているではないか。

 

「春樹・・・私はうれしいぞ」

 

「へ?」

 

「シャルロットやセシリア達のように豊満な胸を持ってはいない私を・・・こんな貧相な体の私に欲情してくれているのだろう? それが・・・私にはうれしいのだ」

 

「ラウラちゃん・・・」

 

「それにお前が性処理に使っているエロ同人誌とやらも、胸の大きいものばかりだからな・・・」

「ラウラちゃ―――――んッ??」

 

「何でそんな事知ってんの?!!」と喚く春樹に「琥珀が教えてくれた」と云うラウラ。

「琥珀ちゃ―――――んッ??」と呼びつける春樹に〈シャットダウン中〉と返す琥珀。

こうして意図せずして彼は窮地に立たされたのであった。

 

「それで・・・するのか?」

 

「ッ、い・・・一応聞くが・・・・・何をな―――――

「セックスだ」

―――――先に言われてしもうた!!」

 

目を血走らせて頭を抱える春樹。

そんなとても先程まで彼女の唇を我が物顔で独占していたとは思えぬ情けない姿を晒す男へラウラはゆっくり自分の身体を傾ける。

 

「春樹は・・・したくないのか?」

 

「え、あ・・・いや、え・・・お、俺ぁ・・・・・」

 

「それともやはり・・・私のような矮躯ではダメ―――――

「そりゃねーよ!!」

―――――ッ、春樹?」

「恋人に・・・好きな人に迫られて滾らねぇ訳なかろーがなッ!! あーッ、もう!!」

 

春樹はそう絶叫にも近い大声を挙げてガリガリ頭を掻き毟ると一つ大きな溜息を吐いた後、琥珀色の瞳を向けてラウラの両肩を掴む。

 

「ラウラちゃん・・・君がッ、君が其の気なら・・・容赦はせんで? 傷付けてもエエんか?」

 

酒に酔っている以上に朱鷺色に染まった頬と琥珀色に輝く開いた獲物を狙う科の様な瞳孔。

されども肩を掴んだ手は僅かに震え、自身がなさそうに口元は引き攣っている。

 

「そ・・・そういう事は、わざわざ聞くもの・・・なのか?」

 

「し・・・知らんでよ、そねーな事! こねーな事、俺ぁ・・・は、初めてなんじゃけん・・・」

 

遂に春樹は目線を下に向けてしまい、「うっわ。俺、情けねー・・・!」と呟いて表情をひしゃげた。

そんな彼を気遣ってかどうなのかは知らぬが、ラウラは自分の肩を掴んでいる春樹の手を取ると・・・其れを自分の胸へ押し当てたのである。

 

「ッ、ラ、らら、ララら、ラウラちゃん・・・!?」

 

ん・・・♥ ど・・・どうだ? 私も初めての、あッ・・・♥ け、経験だから、こんなにもドキドキしているぞ? 心臓が痛いくらいにな」

 

もう脳の処理が追い付かない。

鼻汁どころか鼻血でも出そうな状況だが、此の憐れな白髪金眼の男を銀の君は更に追い込んで行く。

 

「春樹、実はな・・・私はワールドパージ事件前にあった身体測定で、シャルロットに言われたのだ。春樹の事を・・・春樹の事をシェアしないか・・・とな」

 

「・・・何じゃとッ?」

 

一瞬ひそむ夜叉の眉。

其れでも彼女は続ける。

 

「その時の私は戸惑った。シャルロットは親友だ、それも私の初めての親友だ! でも・・・でも私は、シャルロットからそんな事を提案されて・・・とても不快な気持ちになったのだ。奪われたくない、取られたくない・・・この男は私のものだ!・・・と、叫びたくなった。醜い気持ちだという事はわかっている。わかっているのだが・・・・・」

 

想い人の背中へ手を回し、抱き寄せながら震える声で呟いた。言い放った。

 

「お前をッ・・・春樹、お前を誰にも渡したくない!」

 

「・・・ラウラちゃん」

 

「この細く痩せた貧相な私の身体でお前の事を・・・お前の心をを引き留められるのならば、私は喜んでこの身を捧げよう! ふしだらな女と思われても構わん! だから・・・だから・・・・・ッ!」

 

私の事を抱いてくれ・・・!!」・・・と。

震える声が部屋へ響いた後、外の雨音が馬鹿に良く鼓膜を揺さ振る。

 

「・・・ッ、す・・・・・すまん! や・・・やはり、突然すぎたな。別にお前を困らせようとは思わなかっ―――――」

 

沈黙に耐えられずに其の場を取り繕うとしたラウラだったが、其の言葉が最後まで紡がれる事はなかった。

何故ならば、其の口を自らの唇で塞ぐ者が居たからだ。

 

「は、春樹・・・待っ―――――んむぅッ!!?

 

春樹は「黙れ」と云わんばかりに彼女の唇を貪り、強引に口内へ舌を差し込んで歯茎を蹂躙。更にはラウラをベッドへと押し倒し、控えめなれども確かに膨らみを持っている胸を揉んだ。

そして、強引に彼女の着ていた服を引き剥がし、其処から露わとなった何とも色気のない黒いスポーツブラへタラ~リタラリと自身の口から零れた唾液を滲み込ませた。

 

「「はぁ・・・ハァッ・・・はァ・・・ッ!」」

 

乱暴なキスの後、二人の吐息がシンクロする。

ギトギトに油ぎった琥珀色の瞳が、ウルウル潤んだ灼眼と金眼を貫き通す様に見つめる。

一回りも二回りも大きい男独特の筋肉質な手が、細く白くしなやかな女の子の手を拘束する。

 

「解った・・・解ったわ、ラウラちゃん。君がその気なら、俺も我慢せんで?」

 

「え・・・?」

 

「俺が・・・俺のしたい様にしてもエエよな? 君の身体をよ?」

 

もう正気など爪先程度も残ってはいない。

理性はなく本能丸出しの”獣性”だけが此の男の感情を支配し、組み敷いた想い人の柔肌を艶めかしく指でなぞっては、ソフトクリームを食べる様にベロりと舐め回した。

そんな男に女は答える。

 

んァ・・・ンんッ♥・・・あ、あぁ・・・も、もちろんだ。身も心もお前と結ばれたい。私を・・・私をお前の、春樹のモノにしてくれ。お前が満足するまで、私を傷付けてくれ」

 

「ッ・・・なぁ、ラウラちゃん? そー云う事言うの普段はやめれよ?」

 

「どうしてだ?」

 

「抱きたいって思うからじゃ。其れも壊れるまで犯してやりたってな」

 

「なら・・・なら、そうしてくれ。で、でも・・・」

 

「阿?」

 

「私も”ハジメテ”だから、”オンナノコ”だから・・・少しは手加減して、くれるか?」

 

眼を熱く潤ませる兎の其の言葉に蟒蛇は口端を耳まで裂けるくらいに吊り上げて応える。

 

「悪い・・・俺、”オトコノコ”だから手加減なんて出来んで。好きな相手なら特にな・・・!」

 

そう言って彼は、愛しい恋しい想い人の白い柔肌へ自らの牙を突き立てた。

外は雨の音がただただ響くばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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152話


※突然のストロベリーにご注意ください。



 

 

 

―――――織斑 千冬は、”あの日”の事を忘れないであろう。

 

ワールドパージ事件が起こったあの日、あの時、あの瞬間。彼女はIS学園へ侵入した武装集団『アンネイムド』を率いる”隊長”と火花散る激しい鍔迫り合いをしていた。

驚くべき事にアンネイムドの隊長が人類の英知の結晶であるISを纏っているのに対し、人類最強の『ブリュンヒルデ』の名を冠する千冬はISスーツと一振りの刀だけの装備を持って此れに挑んだのである。

聞いただけでとんでもなく非常識な事なのだが・・・彼女は此の常識をいとも簡単に覆した。

ISのハイパーセンサーでも追い付く事の出来ない『抜き足』なる技法と類稀なる剣術で隊長を翻弄し、互角処か逆に彼女を追い詰めて行く千冬。

そんな彼女の挑発に完全に乗せられ、本気モードに移行したアンネイムドの隊長だったのだが・・・・・状況は一瞬にして変わってしまった。

 

何かの音が大音量で響いたのか、隊長の身体が一瞬硬直する。

其の表情はバイザーを被っている為に見えないが、何か彼女にとって不味い事が起きたと云う事は理解できた。

そして、アンネイムドの隊長は何を思ったのか。敵である千冬に背を向けてブースターを命一杯噴かしたのである。

此の突発的な行動に千冬は泡を食ってしまう。

 

先程まで本気の殺気をぶつけ合う敵だったが、彼女との戦闘に千冬は好印象を抱いていた。

裏表のない唯々純粋な武力の応酬。実戦から離れていたブランクと戦力のハンデはあれど本気を出せる相手に巡り合えた事は、退屈な教員生活の日々を送る彼女にとってとても幸運な事であった。

そんな好敵手足り得る相手が自分との勝負の決着を待たずして敵前逃亡した事に千冬は憤った。

だが、今は学園の防御システムがダウンし、此の機に乗じて侵入して来た襲撃者も多数いる。

確かに今自分が追い掛ければ、確かに彼女との勝負に決着をつける事は可能だ。けれども其れで自分の背後に居る無防備な教え子達にもしもの事があったら・・・・・其の一抹の不安が千冬の脳内によぎり、其の場に留まるを得なかった。

しかし、ちょうどそんな時に”あの男”・・・二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹が現れたのだ。

一時は彼から教員としての責を責められる疑問符を受けたものの春樹が来たからには安心とばかりにアンネイムドの隊長の後を追う千冬。

久々の有意義な闘争に彼女の心は心なしか弾んでいた。

・・・・・弾んでいたのだが・・・そんな気分は一瞬の内に木っ端微塵で四散したのだ。

 

「な・・・何だこれは・・・・・!!?」

 

追い付いた先にあった場所・・・其処は『赤色』が支配していた。

点滅する非常灯が床や壁に飛び散った赤色を照らし、周囲からは今にも事切れそうな呻き声が木魂している。

 

まるでホラー映画やスプラッター映画の一幕であった。

肉屋の冷凍庫や冷蔵庫の中にある肉塊の様に壁側へ吊るされていたのは、上半身と顔の皮を剥がされた”のっぺらぼう”の兵士達。

そんな血の滴る肉のカーテン達に囲まれるように廊下中央へ鎮座していたのは、跪いて手を組んで祈る天使のオブジェ・・・ではなく、両手をナイフで串刺しにされ、ワイヤーによって羽を広げる様にナイフで剥がされた背中の皮膚を吊るされたアンネイムドの隊長であった。

 

「ッ、おい!? 大丈夫か?!!」

 

自分の時はバイザーで顔を隠していたが、彼女である事を確信した千冬はすぐさま近寄ると両掌に刺さったナイフと口に噛まされたワイヤーを解いてやる。

しかし―――――

 

「ッ、い・・・いやぁああアアぁアあああッ!!

「お、おい?!」

 

アンネイムドの隊長は狂った様な絶叫を轟かせながら暴れ回った。

千冬は此れを抑え込もうとして身体や顔に血飛沫を浴びてしまうが、正気に戻す為の平手打ちを炸裂。彼女はそんな漸く静かになった隊長の顔を覗き込んで聞く。「何があったのかッ?」と。

すると彼女はこう答えた。

 

「デ・・・『悪魔(デモン)』・・・悪魔(デモン)が!! いやッ! いやぁあああああ!!」

「何ッ・・・?」

 

瞳の焦点の合わぬ血まみれの青い顔でアンネイムドの隊長はそう喚き散らす。

先程まであんなにも冷静に自分と刃を交わしていた人物とは思えぬ変貌っぷりに千冬は唖然としてしまうが、彼女はそんな恐怖に打ち震える隊長の身体へ簡易的な治療を施した。

 

「一体・・・一体何があったのだというのだ? 貴様ともあろう者が何故ッ?」

 

「ブリュンヒルデ・・・先程言った、通りだ。悪魔・・・悪魔が出たのだッ! 燃える眼に鉛色の肌を持った人知を超えた化け物が!!」

 

先程よりも正気を取り戻したとは云え、未だ怯えた声でさえずるアンネイムドの隊長。

千冬は最初、彼女が何を言っているのか理解できなかった。しかし、此処に来る前にあっているのだ。

其の『化け物』とやらに。

 

「ッ・・・まさか・・・!?」

 

「あぁッ、其れなら下種野郎共共々向こうでのたうち回ってますよ」・・・と、あの男は眉をひそめて言っていた。

「のた打ち回る」とは言葉の綾だろうと思っていた千冬には酷くショックな真実である。

 

「も・・・もう任務は放棄せざるを得ない。部下達の傷も多大だ。任務失敗に加え、敵の虜囚になるくらいならば・・・・・ッ!!」

「ッ!!?」

 

そう言って隊長は拳銃で撃ち抜かれた腕を何とか漸う動かし、手榴弾の安全ピンへ指を掛けた。

本当なら自決用の毒物が奥歯に詰められているのだが、其の毒を奥歯ごと抉り取られていた為、此の方法を彼女は取らざるを得なかった。

しかし・・・

 

「・・・貴様のISはまだ動くか?」

 

「ッ、なに・・・?」

 

「私は・・・なにも見なかった」

 

其の千冬の発言にアンネイムドの隊長は目を剥く。

仮にも学園を襲ったテロリストに対して云う言葉では到底考えられない言葉であるからだ。

 

「不幸中の幸いだが、私達学園側の損害は微少だ。貴様の部下達がウチの生徒会長にケガを負わせたが・・・あれにも貴様らにもとっても良い勉強になっただろう」

 

「だ、だが・・・!!」

 

「それに・・・私は貴様の様な稀な傑物を失いたくはない。貴様の様な腕の立つIS乗りをな」

 

「ブリュンヒルデ・・・ッ!」

 

僅かな、ほんの僅かな剣による会合で有ったが、千冬は彼女の剣を気に入っての情けを掛けたのだ。

そして、其の情けにアンネイムドの隊長は甘える事にした。

ズタボロの四肢をISを展開する事で何とか動かし、其の手を持って瀕死の重傷を負った部下達全員と共に撤退を開始したのである。

武士の情けによって結ばれた友情・・・なんと美しい事か。

 

「―――――んな訳あるか、ボケがぁッ!!」・・・等と此の場に蟒蛇が居れば、そう叫んでいたであろう。

其れも其の筈。折角苦労して殺さぬ程度に痛めつけて捕獲した”手柄”を超個人的な私的理由で逃がされたのだから堪ったものではない。

けれども、此の時の彼は電脳世界に囚われた想い人と学友達と鈍感屑を助けるのに忙しかった為、文句など云える訳がない。

加えて・・・・・

 

「清瀬 春樹・・・アイツだけは、本当に・・・ッ!!」

 

千冬はアンネイムド達一行を無惨な状態にした春樹に対し、此れ以上ない多大なマイナスイメージを抱いたのだ。

学園を襲った敵とは言え、彼等に対する冷酷無慈悲にして残忍非道、常軌を逸脱した行動に彼女は例えようもない恐れを抱いた。

更に言えば、千冬は心配になった。此の人を人とも思わぬ血に飢えた獣の様な男に心底惚れているドイツの愛弟子の事が心配になった。

そして、いつか彼女の目を覚まさなければならぬと決心したのだった。

 

しかし・・・彼女は知る由もない。

此の時の決断によって、ある一組のカップルが酷い目に合うのだが・・・其れはまた別の話。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・・・んッ・・・んぁ?」

 

雲の切れ間から顔を覗かせた朝陽は、其の威光でベッドへ身体を横たえていた銀色の妖精こと、ラウラ・ボーデヴィッヒの意識を覚醒させる。

 

「んー・・・あさ、か?・・・ンん?」

 

意識が覚醒したばかりの眠り眼の彼女が其の赤と金の瞳で認識したのは、視線の先で「くかー・・・ッ」と気持ち良さそうに寝息を点てる想い人、清瀬 春樹の寝顔であった。

窓辺から差し込む陽の光が、彼の白く変色した白髪を柔らかく印象付けている。

そんな春樹の表情に「・・・ふふッ」とラウラは微笑んで体を起こそうとしたのだが・・・・・

 

「ッ、い”!!?」

 

突如としてピシィッ!と云った鋭い痛みが彼女を襲ったのである。

 

「(い、痛い・・・! なッ、なんだこれは?! こ・・・腰が痛い、というより動くと股が・・・”中”が、痛い!!)」

 

身体の中、下腹部から来る今まで経験した事もない痛みにラウラは身を捩らせた。

 

「(や・・・やはり、裂けたのか? 見えなかったが、ナイフで切られたみたいに腹が痛い・・・ッ! なぜ・・・どうして昨夜、この痛みに気が付かなかったのだッ?)」

 

ズキズキ痛む腹を抑えながらも「・・・・・あ・・・ッ」とラウラは声を漏らして顔を上げる。

視線の先には勿論―――――

 

「(・・・そうか・・・春樹が、夢中にさせてくれたからだ。この痛みを和らげるために・・・)」

 

彼女はウットリ目を細めながら、大きく抉れた傷跡が無数に残る春樹の傷のある胸板へ頬を寄せて思い出す。

 

「(・・・昨日は、たくさん私の身体をさわってくれて・・・何回もキスしてくれて・・・・・それから、いっぱい・・・)」

 

昨夜あった生々しい”情事”が鮮明に脳内へフラッシュバックすると、腹を抑えていた手の力が徐々に徐々に抜け、愛しそうに撫で回す様になった。

 

「(いっぱい・・・いっぱい・・・”(ここ)”にそそいでくれたんだ・・・春樹のをいっぱい)」

 

下腹部を撫で回しながらラウラの呼吸は荒く「はぁー・・・はぁー・・・ッ」と浅いものとなり、其れと同時に程良く鍛えられた柔らかい胸筋へ自分の頬をすり寄せ始める。

 

はぁー・・・はぁー・・・ッ、気持ちよかったぁ・・・春樹、すっごくかっこよかった・・・・・身体、つらいけど・・・今日もしたいッ・・・・・だけど、またダメって叱られてしまうだろうか? でも・・・でもなぁ・・・ッ・・・

 

顔を真っ赤にし、もじもじ身体をくねらせるラウラ。

・・・そんな彼女に声を掛ける声色が一つあった。

 

〈・・・・・朝からお盛んね?〉

「ッ!!?」

 

振り返れば、其処には生暖かい目で此方を見る白髪金眼の少女、琥珀(人間態)が居るではないか。

彼女の登場にラウラはギョッとして声を挙げそうになったが、そんな唇を琥珀は〈静かにッ〉と人差し指で抑えた。

 

〈兎は年中発情期って云うけど・・・本当なのねぇ?〉

 

「い・・・一体いつから見ていたッ? 昨夜、お前はシャットダウンしていた筈・・・!」

 

〈さぁ? どうだったかしらねぇ? それよりも、どう? 身体の具合は?〉

 

琥珀はそう言いながらラウラの身体を触診し、ハイパースキャンをかける。

 

〈んー・・・バイタルに問題はないわね〉

 

「そ、そうか」

 

〈そうよ。もうちょっと時期が合致してれば、”受精”できてかもしれないのに・・・残念残念〉

「ッ、こ・・・ここ、琥珀!!?」

 

再びギョッとするラウラに対し、琥珀はキョトンと疑問符を浮かべた。

 

〈何よ、欲しいんでしょ? 春樹との”赤ちゃん”〉

 

「た、確かに・・・欲しいが・・・・・それは私の勝手であって、春樹を困らせたいわけでは・・・」

 

〈何が勝手よ。春樹だって欲しいからラウラとしたんじゃないの?〉

 

「そ・・・そうなのか? だったら・・・だったら、うれしいのだが・・・・・」

 

〈心配しなさんなってヤツよ。それよりもシャワー入ってきたら? チェックアウトには余裕を持った方が良いわよ〉

 

「そ、そうだな」と琥珀に促されて呼吸を整えたラウラは浴室へ入り、丁度良い湯加減を捻る。

其れを見送った彼女は今度はニタニタ微笑ながら自らの主へ視線を移す。

 

〈さーてと・・・起きてるんでしょ? 我らが刃さん?〉

「・・・阿”ぁアアアア阿ああ、もうッ!! 君等は俺を萌え殺す気か!!?」

 

すると悲鳴にも近い叫びを響かせながら春樹は飛び起きたではないか。

彼は腰に掛布団を巻いて立ち上がるとガリガリ頭をかいた後、頬杖をついて琥珀色と鳶色の瞳を琥珀へ向けた。

其の表情は酒を飲んでいないにも関わらず、ほんのりと赤みを帯びている。

 

〈別にそんなつもりは微塵もないわ。勝手に春樹が藻掻いて苦しんでるだけじゃない。それよりも・・・どうだったラウラの”味”は?〉

「おいおいおいおいおいおいおいおい・・・琥珀ちゃ―――――んッ??」

 

ギョロリと両眼を琥珀色に変えた春樹に彼女は「てへぺろッ」と舌を出してサッサと定位置である指輪の中へ引っ込んでしまう。

「あッ、待てコラ!」と云ってももう遅い。

 

「じゃけど・・・赤ちゃん・・・・・子供かぁ・・・」

 

溜息を漏らしつつ彼は自分の顔を両手で覆って俯く。

昨夜、春樹は己の欲望に身を任せ、愛する人との逢瀬を堪能した。

今まで手を出したくても屈強な己の自制心の御蔭で手を出せずにいた恋人と漸く身も心も結ばれる事も出来たのだ。

心底とても嬉しい事なのだが、其の恋人が其れ以上の事を望んでいる事に動揺を隠せずにいたのである。

其れも勿論の事だろう。前の世界から数えて二十代後半と云っても、今は肉体的にも法的にも十五の少年なのだ。

彼は生涯で初めてできた恋人に浮かれてはいたが、此れからの将来についてはボウッとした不安感が渦巻いていた。

 

「・・・阿破破ノ破ッ。今更、何を怖気づきょーるんじゃ俺ぁ? 覚悟なら決めた筈じゃろうがな・・・!」

 

春樹はニヤリと口角を引き攣り上げ、あのいつもの奇天烈な笑い声でほくそ笑む。

そんな獰猛な笑みを浮かべた後、彼は部屋の掃除を始める。流石に散らかしたまま部屋を出て行くのは癪に障ったのだ。

「よっしゃッ、じゃあやりますか!」と気合を入れ直し、其処等へ散らばった服や下着、丸めたティッシュを袋に詰めて行く春樹・・・だったのだが、ふと彼の琥珀色の瞳にあるものが留まる。

其れは掛布団を畳もうとベッドから剥いだ時だ。

 

「阿ッ・・・!」

 

シーツに付いた”赤いシミ”。

ワインとも、ケチャップとも違う赤。”血の赤色”だ。

其の”赤”を目にした途端、彼はワナワナ手を震わせながらシーツを無意識で手に取ると其れを躊躇いもなく口へと含んだ。

 

じゅる・・・じる・・・ッ

 

春樹は其の赤を堪能する。

少しの生臭さと鉄の味のする赤を涎をダラダラ垂らしながら「まむまむまむ」と味わってゴクリと飲み干す。

シーツに付いた赤が薄いピンク色になるまで吸い尽くす。

 

はぁ・・・ッ・・・ふぅーッ!・・・ふぅー!!・・・ら、ラウラちゃん!!

 

ブヂりッ・・・と、心の中の鎖が千切れる。

そして、血走った金眼を水の音が滴る方向へ向け、ズカズカと歩んで行き―――――

 

「ッ、な!? は、春樹?!! 起きたのか・・・・・って、なんだその眼は?! 明らかに正気じゃな・・・―――――んぁ”アッ♥♥♥

 

・・・・・ヤレヤレと琥珀は指輪の中で溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
・・・そろそろ次章にとりかかなければなりませぬな。


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153話


※突然のストロベリーにご注意ください。



 

 

 

―――――其の日、IS学園に激震が奔った。

 

「ッ、え・・・・・えぇッ!!?」

 

ある者は二度見し―――――

 

「はうぅ・・・ぶへぇッ!」

 

ある者は鼻血を吹き出し―――――

 

「・・・尊、過ぎん?」

 

ある者は脳のキャパシティーオーバーの為、何とも幸せな表情で倒れ伏す。

 

ワールドパージ事件から幾何かの日数が経過し、普段通りの日常が戻って来たとは云え・・・またしても面倒事が起こったのか?

いや、違う。そんな早々に厄介事が立て続けて堪るものか。

 

実の事を云えば、あれ程血生臭く硝煙漂ったワールドパージ事件の事を一般生徒は誰一人知る由もなかった。

あの日の騒動は学園システムの誤作動と云う事となっており、真相を知る部外者は教師陣や極々一部の生徒だけである。よって大半の生徒はあの事件をいつもの様にほのぼのとした日常の中にあるちょっとしたスパイス程度に感じていた。

・・・しかして何故に今現在、学園の通路に黄色い声が鳴り響いているのか。

其れはやはり、生徒達の視線の先に居る人物のせいであろう。

 

「・・・? 今日は、何だか朝から騒がしいな?」

 

「まぁ、ここではいつもの事か」・・・と、知らず知らず内に噂の的となってしまっていたラウラ・ボーデヴィッヒはそう呟く。

流石は『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』を地で行き、隠れファンクラブを持つ御人だ。

彼女が普通に「おはよう」と挨拶をするだけでも皆ウットリ口角を綻ばせる。

だが、今日は一段と歓声大きく響いていた。

其れは何故か?

一重に言ってしまえば、其れは彼女の格好に要因があろう。

 

「おっはよ~、ラウラウ~!」

 

「ん? おぉ。おはよう、本音」

 

そんな何処か向けた声色で本音はいつものほんわか表情と声色で朝の挨拶をする。

無論、いつも呑気そうにのほほんとしている彼女でさえも『学園の妖精』と称賛されるラウラの変化に気付いた。

いや、気付かずにはいられない。

 

「―――――って、おぉッ!! 今日のラウラウ、”スカート”はいてるぅ~! しかも髪の毛・・・どうなってるの~? あみあみしてるパンみた~い!」

 

本音はいつもと違う彼女の姿に吃驚仰天する。

何故なら今のラウラは学園指定のひらひらと舞うスカート着用し、星の様に流れる銀髪を丁寧に編み込んだヘアスタイル・・・所謂、おしゃれをしていたのである

 

「しかも黒のタイツが似合ってるぅ。ラウラウ、かっわいい~! でも、いつもの軍人さんみたいなズボンはどうしたの~?」

 

「む・・・私だって一介の乙女だぞ。おしゃれぐらいお手の物だ」

 

「ホントに~? だったらその髪、誰にやってもらったのかな~? まぁ・・・考えなくてもわかるけどねぇ~」

 

彼女の発言に「ッ・・・むぅ」とラウラは頬を朱鷺色に染め上げた。

其の照れ顔に本音は勿論、周囲に居た生徒達もニヨニヨニタニタ何とも言えない表情でニヤける。

けれども、其の内の何人かは苦虫でも噛み潰した科の様な渋い表情を晒した。

 

『「阿―――――破破破破破ッ!!」』

 

其れも其の筈、彼女には異性の恋人が居るのだ。上記の様な奇天烈な笑い声を挙げる恋人が。

其れも唯の恋人ではない。曰く『学園の怪物』、曰く『学園の狂戦士』、曰く『学園の守護者』、曰くetc.etc.・・・・・

良くも悪くも様々な畏敬の二つ名を持つ男。彼の名は清瀬 春樹。熱血にして冷血にして鉄血の二人目の男性IS適正者だ。

渋い表情をした生徒達はそんな春樹を畏怖している一派や親織斑派閥の連中で、顔を真っ赤に照れているラウラは可愛く尊いが、其の相手が気に入らない連中であった。

 

「それにしても・・・きよせんってば、意外に器用なんだねぇ~?」

 

「そうだな。『フルメタル・パニック』とやらを参考にしたらしい」

 

「うんうんッ、やっぱりかわいい~」

 

「ふふッ。くすぐったいぞ、本音」

 

『『『(か・・・可愛い!!)』』』

 

・・・しかし、そんな生徒達もうりうり頬をすり寄せ合って子猫の様にじゃれ合う二人には大満足である。

休み明けには特にだ。

 

「そう言えば・・・きよせんって、身体の方はもう大丈夫なの~?」

 

「あぁ、大丈夫だ。それにしてもアイツの回復力にはいつも驚かされる。常人ならば、未だに病院のベッドの上なのだからな」

 

「すごいねぇ~! 流石は『不死身の刃』って呼ばれる事はあるもんねぇ~?」

 

「あぁ、本当に・・・すごかった・・・・・♥

 

「・・・ん~?」と本音は首を傾げる。何故なら目の前のラウラが今まで見た事もない表情をしていたからだ。

乙女の顔どころか、もう見るからに『女の顔』である。同世代だと言うのに其の漂う色香は半端なものではない。

 

「(そう言えば御嬢様の話だと、きよせんってば本邸に呼ばれた時にさっさとラウラウの待ってるホテルに帰ったって・・・・・もしかして・・・もしかしてぇ~~~!?)」

 

呑気にのほほんとしている彼女でもラウラに何があったのかを予想する事は容易かった。

其れは周囲に居る何人かの勘の良い生徒達も反応し、『ま、まさか!!?』と再び激震を身体へ奔らせたのだった。

さて、そんな学園の銀妖精を雌の顔に変貌させた男はと云うと・・・・・

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヴぇろぉお阿ぁああ嗚呼ッ!!

 

武道場に響き渡る黒い防具袴姿の男の野太い雄叫び。其れと同時に竹を打ち叩く音が場内へ響き渡る。

 

「ッ・・・く! せいやぁあああッ!!」

 

其処から繰り出される連撃の破竹音を受け止め、受け流す練習用薙刀を握る白い防具袴姿の生徒。

彼女は何とか此れを防ぎ切って攻撃に転じようとするのだが、相手はそう簡単に反撃を許す事はなく、「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」と鋭くも重い一撃を喰らわせた。

さすれば「ッ、きゃぁああ!!?」と白防具の生徒は其の大きな衝撃に堪え兼ねて薙刀を思わず手放してしまう。

 

くたばりやがれぇええッ、おんどりゃぁアア!!

「なッ!?」

 

其れでも尚、黒防具の男の手が止まる事はなかった。

床へ手を付して尻餅をついている白防具に止めを刺そうと薙刀を大きく振り上げるのだったが・・・・・

 

「そこまでよ!!」

ッ、阿”ぁ”!?

 

其の瞬間、黒防具の男に竹刀が投擲される。

無論、此れを彼は薙刀で叩き落とすと今度は自分に攻撃を加えて来た人物の方へ頭を向け、「ガルルル・・・!!」と唸り声を挙げたではないか。

完全に闘争スイッチが入った男に此れはマズいと白防具の彼女は急いで面当てを脱ぎ捨てて鴉の濡れ羽色の黒髪を曝け出した。

 

「ま、待って下さい! 私の降参です、”清瀬”さん!!」

 

そう言って白防具の生徒、四十院 神楽は今にも学友に飛び掛かろうとしている彼に待ったをかける。

すると先程まで唸っていた猛獣は薙刀の石突を床へ突き立ててドカリとの其の場へ座り込んだ。

そして、頭へ被っていた面当てを脱げば、其処には琥珀色と鳶色のオッドアイを黒い帯で目隠しをした二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹が居た。

彼は目隠しを取ると自分に竹刀を投げつけて来た人物へ軽く会釈しながら謝罪の言葉を述べる。

 

「いや~、悪ぃ悪ぃ。思わず熱が入ってしもうたでよ。ごめんなぁ、ハミルトンさん?」

 

「だ、大丈夫よ、私は! それよりも神楽の方に謝りなさいよ!」

 

物凄い剣幕で迫るハミルトンに「ひぇ・・・ッ」と春樹は思わず身を引き、「すんませんでした!!」と素早く身を翻して四十院へ頭を垂らす。

 

「か、顔をお上げになって下さい、清瀬さん! 別によいのです、ハミルトンさん。私が未熟だった為にこうなったのですから」

 

「うわお・・・ありがとうございますだ、四十院さん。流石は旧家の御令嬢じゃ。お優しい~。其れに比べて・・・」

 

「なによ、このサディストッ?」

 

「いんえ、別にー!―――――って、誰がサディストじゃ!!」

 

「べーだ!」「いーだ!」と幼子みたいにいがみ合う二人を四十院は保母さんの様に「まぁまぁ」と諫める。

其の様子に周囲に居たワルキューレ部隊の面々はクスクスとせせら笑うのであった。

 

けれども何故に皆が朝から武道場へ集まっているのか?

理由を挙げるとするならば、其れは学園防衛独立施設部隊ワルキューレの隊長を任されている四十院 神楽の一声で有ろう。

 

「清瀬さん・・・いえ、”清瀬総隊長”。私達を鍛えてはもらえませんか?」

 

「・・・・・・・・はい?」

 

ワールドパージ事件終結後から少し経過した頃、昼食のラーメンをすする春樹に四十院はこんな提案をしたのである。

何故、彼女は此の様な提案をしたのか。其れは先の事件による原因が大きい。

 

ワールドパージ事件時、謎の武装集団襲撃を生徒会長である楯無から秘匿回線で伝えられたワルキューレ部隊の面々は、システムダウンによって怯える一般生徒達を蔭ながら護衛し、事件終結まで教師陣と共に全校生徒達を守り抜いた。

其れだけでも十分誇れる事なのだが、ある有様を見て其の自身は脆くも崩れ去る事となった。

 

「そ、そんな・・・なんですか、あれは・・・ッ!?」

 

事件終結直後、四十院は負傷した春樹の様子を見に行った其の時、彼女は見たのである。彼の身体へ刻まれた大きく生々しい戦傷を。

其れは刀傷であったし、銃傷でもあったし、火傷でもある。溝が出来る程に皮膚が抉れ、悍ましいケロイドが至る所に這いずっていた。

四十院は多大なるショックを受けた。自分達が何と軽い事で己を誇らしく思っていたのかが情けなく位に。

だから其の時、四十院は春樹に顔を合わせる事が出来なかった。

 

「いんや、別に気にせんでもエエんよ?」

 

・・・等と、へらへら彼は笑っていたが、其れで収まる四十院ではない。

圧倒的な熱量を持って春樹に鍛錬の稽古を頼み、其れに彼が折れる形で彼女は稽古の約束を取り付けたのである。

そして、此処にもまた一人・・・

 

「ちょっとお二人とも! いつまで遊んでいるのですか?!」

「阿?」

 

振り返れば其処には道義袴姿の金髪碧眼の美少女が一人、竹刀を持って佇んで居るではないか。

彼女の名はセシリア・オルコット。何処からか(主に本音から)ワルキューレ部隊の鍛錬の話を聞きつけて来た人物であり、彼女もまた四十院と同じ様にワールドパージ事件で奮闘した春樹が切欠で己の未熟さを哀れんだ一人だ。

そんなセシリアは「さぁッ、次は私の番ですわ!」とポカンと呆ける彼へ竹刀の切先を差し向ける。

 

「いやいやいや。面当て付けようや、セシリアさん。怪我してしまうでよ」

 

「構いません。これぐらいの緊張感がないと鍛錬の意味がありませんわ! それにハンデの目隠しも必要ありませんッ。本気でかかって来てくださいまし!!」

 

「いや、目隠しは俺が勝手に視覚以外を鍛える為にやっとるだけじゃし・・・それと本気でやったら危のうない? 悪ぃけど、セシリアさん・・・接近戦でぇれぇー弱いがん」

 

ISを使用したものならまだしも、此れは生身の訓練である。

最早、ISを纏わずとも怪力無双を誇るゴリラになった春樹にそう易々と勝てる訳がないのだが・・・彼の指摘に「むぅッ!」とセシリアは不満げに頬袋を膨らませた。

春樹は其れに対し、「しょうがぁねぇなぁ~」と溜息を漏らしながら練習用薙刀から竹刀へ持ち手を変える。

 

「解った解った。練習には付き合っちゃるけん。放課後は皆に射撃の事を教えてくれんさいよ? 流石に俺とラウラちゃんだけじゃあ辛いと思うけん」

 

「もちろんですわ! 皆さんにビシバシ指導の方をさせていただきます!!」

 

「そういう事じゃねぇんだよなぁ・・・」

 

流石にラウラのドイツ軍式鍛錬では、素人に毛が生えただけのワルキューレ部隊の面子にはキツ過ぎる為のセシリアなのだが・・・まぁ、此処は良しとしよう。

 

「あぁ、それと・・・放課後の鍛練時に生徒会の人らぁと一緒に次の”捕り物”の打ち合わせをするけんな」

 

『『『・・・・・えッ!?』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「あ、待っ・・・あン♥♥

 

何処か生々しい熱気が籠る一室に色っぽい艶やかな声が木魂する。

其の声の発生源を追って行けば、白いシーツをぐしゃぐしゃの皺だらけにする二人の乙女が、互いの絹の様な素肌を擦り合わせているではないか。

 

はぁ・・・はぁッ・・・フォルテ、フォルテぇ・・・♥

だ、ダリル・・・ダリー・・・すきっす、スキぃ♥♥

 

湿っぽい音を発たせながらフォルテ・サファイアとダリル・ケイシーは御互いの掌を重ね合わせて愛を確かめ合う。

 

ダリー、だりー・・・きしゅ・・・キスしてくださいッス♥♥

お前、マジでキス好きだな? ほら・・・口開けろ

ン、あッ・・・♥

 

呂律の回らない言葉と共に綺麗なピンク色の口内を覗かせる彼女にダリルは自分の舌をねじ込んで、フォルテの歯茎や舌を「じゅるッ♥ じゅる・・・♥♥」と音を出しながら蹂躙する。

 

ダリー・・・だりー、ダりー♥♥ すきぃ・・・しゅきィッ・・・♥♥♥

やべぇッ・・・フォルテ、オレ・・・もう♥

わ、私も・・・もうだめッス♥ だりゅりゅへんぱぁあい♥♥

「「イッ・・・ンあ”~~~~~♥♥♥」」

 

 

濃厚なキスの後、快楽に堪えられなくなった二人は終ぞ果ててしまう。

そんな気持ちの良い疲労感の後、ゆっくりと深呼吸して呼吸を整えたフォルテはしわくちゃなシーツで未だ汗ばむ胸元を隠して起き上がる。

 

「もうそろそろ行かないとダメッスよ、ダリル先輩?」

 

「別にいいじゃねぇか、一日二日サボったってよ。もうちょっと楽しもうぜ、フォルテ?」

あッ・・・♥ ダリーってば、さっきもそう言ってた♥♥

 

「そうだっけか?」

 

とぼけて笑うダリルに「もうッ♥」とフォルテは赤い顔をしながら立ち上がってシャワー室へ足を運ぶ。

其の姿を名残惜しそうに見送ったダリルは、枕へ付いた恋人の抜け毛を見つけると其れをウットリとした表情で見つめた。

・・・・・・・・調度、其の時である。

 

≪Prrr.Prrr.Prrr≫

「ん?」

 

不意にダリルの携帯電話が鳴り響く。

当初は、自分達のサボタージュを察知した教師からの着信音だろうと疎ましく思っていた彼女だったが・・・画面を視認した途端、ダリルは眉をひそめた。

 

「『非通知』だ?」

 

彼女の携帯は非通知からの電話を受けない様に設定されていたのだが、「電話に出ろ」と着信音は鳴り響く。

此の時、ダリルは別に電話を切っても良かったのだが、相手が誰なのか気になった彼女は通話ボタンONした。

 

「Hello、もしもし、誰だテメェ?」

 

少し不機嫌そうにそう電話を取ったダリル。

すると相手は―――――

 

やぁ、こんにちは。ダリル・ケイシー。お楽しみの後で恐縮だ

 

―――――機械音で変換された声で話しかけて来たのだ。

 

「・・・・・誰だッ?」

 

突然だが、用件だけ伝えるぞ

 

「誰だって聞いてんだよ、こっちは?! 何モンだッ、テメェ?!!」

 

一気に彼女の表情が険しくなるが、そんな事など御構い無しに相手は言葉を紡いだ。

 

バレてる

「ッ・・・・・!!?」

 

其れだけ言うと正体不明の謎の人物は一方的に通話切断する。後に残ったのは、口をへの字に歪めた四白眼のダリルだけであった。

 

此の不穏な一本の電話が、新たな騒動事の発端となる。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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九升:体育祭・酒は涙か溜息か
154話



※加筆修正しました。



織斑 一夏は”憶えて居る”。

落ち着いた雰囲気を醸し出す空間に眩いシャンデリア。其れに重厚感のあるデザインの家具と其の食卓へ並べられた豪華で豪勢な料理を品々を。

 

「どうだろうか・・・私の”料理”はお気に召したかな?」

 

けれども、そんな料理を用意した部屋の主であろう男の表情はうすぼんやりと靄がかかっている。

確か・・・男はヨーロッパ系白人であった。

洗練された上質なスーツに身を包んでおり、言葉も細かな動きや所作に至るまで上品。言って見れば、まるでお手本の様な上流階級の紳士であった。

しかし・・・”思い出せない”。

男は老年でもあったし、中年であったし、青年でもあったし、少年でもあった。

瞼を閉じれば、つい先程の様な体感であるのにも関わらず男の顔や声を彼は思い出せずにいる。だが、一夏は憶えて居るのだ。

 

・・・『矛盾』である。

『憶えて居るのに覚えていない、でもおぼえている』。相反する言葉であるが、彼の脳裏には確かに刻み込まれているのだ。

男と何を話したのか。男が何を語ったのか。そして・・・・・

 

「”彼女”の肉は美味しかったかい、一夏?」

「た・・・たす・・・けて・・・・・ッ」

 

男が自分に何を食べさせたのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ、うわぁあああああ!!」

「うぉおおおおおお!!?」

 

刹那的な一睡の悪夢から悲鳴にも近い叫びを挙げて飛び起きる一夏。

すると隣で其の声に吃驚仰天する声が一つ。

 

「お、おい! なんだよ突然?!」

 

「わ・・・悪ぃ、『弾』」

 

そんな驚く声に彼は今にも掻き消える様な声で謝罪文を述べると、赤髪の少年、『五反田 弾』は心配そうな表情で「だ・・・大丈夫なのかよ、一夏?」と疑問符を浮かべた。

 

此処は郊外にある大衆食堂『五反田食堂』が住居スペース。

先のワールドパージ事件以来、一夏は度重なる悪夢と日中でも容赦なく襲って来るフラッシュバックによって精神的に病んでしまった。

加えて其の悪夢とフラッシュバックのトラウマによって彼は肉を使った料理が食べられなくなり、其れによって軽い摂食障害に陥った。

御蔭で一夏の体重は短期間の間に頬骨が少し浮き出るくらいにガクンと落ち込んだ。

 

勿論、こんな想い人の彼を放っておく程、二人の乙女は薄情ではない。

ポニーテールの武士娘は好物だったものなら食べられるだろうと手作りの唐揚げを沢山作って食べさせようとし、ツインテールの中華娘は肉がダメなら魚や大豆で作った代用食を作った。

けれども、精神的疾患に陥った人間が「はい、そうですか」と料理を食べられる訳がなかった。

口に含みは出来るが、どうしても”あの時”の触感と匂いと味を思い出してしまい、同時に嫌悪感までもが蘇って食べた物を吐瀉してしまうのだ。

此れでは治るものも治らないと、気分転換も兼ねて閉鎖的な学園でなく、一夏の心が休まるであろう自宅での療養が開始された。

無論、貴重な男性IS適正者に危険が迫らない様に世界最強のIS使いであり、彼の姉でもある千冬が付く事になった。

最初は幼い童の様に千冬の手を握って離さなかった一夏だったが、徐々に社交性を取り戻していき、今日はリハビリの一環として親友である弾の家を一人で訪れているのである。

しかし・・・

 

「ちょっと変な夢、見ちゃって・・・・・うぷッ」

「ッ、おいおい! ホントにマジで大丈夫なのかよ!?」

 

「ちょっとお兄! 今の声って・・・一夏さん!!?」

 

どうやら間が悪い事に悪夢を見てしまった様で、弾のみならず彼の妹である蘭までもが青い顔で駆けよって来た。

 

「だ、大丈夫・・・大丈夫だって。ちょっと気分が悪くなっただけだ」

 

「そ、そうなのか? 学園で事故に巻き込まれたって聞いたけど・・・それのトラウマなのかよ?」

 

「あ、あぁ・・・まぁ、そんなとこだ。悪ぃ、弾。ちょっとトイレ借りるぞ」

 

「お・・・おう」

 

二人よりも更に青白い顔で微笑んだ一夏は、気分を落ち着かせる為に五反田家のトイレへ一人向かう。

其の力ない背後を見送った後、蘭は兄である弾へ詰め寄った。

 

「ちょっとお兄ッ、一夏さんが事故にあったってマジ?!」

 

「あ、あぁ。なんかISの訓練で事故にあったってよ」

 

「でもISには絶対防御装置がある筈でしょ! それなのになんで・・・ッ」

 

「知らねぇよ! 事故の事はあんまり”上手く話せない”って言ってたし・・・」

 

弾の言う上記の言葉は、彼が学園外の人間であるという事だから話せないという事でもあった。

だが、唯の其れだけと云う訳ではない。

 

ワールドパージ事件直後、精神的ダメージを負った一夏にはカウンセリングの人間が付いた。

カウンセラーは彼の傷付いた心を治そうと事件当時の事を聞こうとしたのだが、一夏が話す事が出来るのは事件冒頭の場面ばかりで、学園のシステムを復旧させる為に乗り込んだ電脳世界であった出来事は話す事が出来なかったのである。

・・・いや、此の場合は”話せなかった”と言う言葉が正しい。

電脳世界で遭った事を出来事を話そうとする度に不快な嗚咽と尋常ならざる震えが全身を襲い、呼吸さえも苦しくなって呂律が回らくなった。

解る人には判る例えを出せば、其れは『荒れ地の魔女』によって若さを奪われたヒロインの様であったのだ。

 

「それに・・・やっぱし事故のトラウマってヤツじゃねぇのか? そのせいでなんか肉が食えなくなって、飯も食えなくなったってアイツ言ってたぞ」

 

「・・・だから、あんなに痩せてたのね。一瞬、誰かわかんなかった」

 

「あぁ。だから蘭、今日は大人しくしてろ。折角、男受けの良い服に着替えたところで悪いがよ」

 

弾の言葉に「うッ、うっさい!」と恥ずかしそうに蘭は頬を赤くして喚く。

今日は久々に片思い中である一夏が来た為、折角オシャレをして彼を出迎えたのだが、肝心要の想い人があんな状態では話にならない。

学園に居るライバルに追い付け追い越せ精神は一旦封印し、何を思ったのか蘭は弾へ「お兄、ちょっと一夏さんを引き留めて置いて!」と言い残して階段を駆け下りた。

 

其処から二時間、トイレから戻って来た一夏は何処か哀愁漂うカラ元気と苦しい笑みを浮かべながら、弾とのゲームに興じる。

其れは一般的な男子高校生が送っている休日の一幕であった。

最近は血沸き肉踊る生々しい血生臭く硝煙臭い災難ごとに毎度の如くあっていた為、此の一時は彼にとってとても安らぐものであった事だろう。

此処には自分を狙う敵対組織も、食べられないと言うのに無理に手料理を勧めて来る幼馴染も、自分がコンプレックスを抱く同じ男性IS適正者もいない。

気の置けない友人との一時に一夏の心は自然と癒されていた。

 

「さてと・・・俺、そろそろ帰るわ」

 

「えッ、もういいのか?」

 

「あぁ、数馬に会えなかったのは残念だけど・・・なんか久しぶりにゆっくりできた気がするぜ。ありがとうな、弾」

 

「ッ、一夏・・・」

 

力なく笑う彼に弾はグッと胸を掴まれたような感覚に合う。

今まで見た事もない初めて見る親友のやつれた笑顔が意外にも堪えたのだろうか。

 

「・・・なぁ、昼めし食ってかないか?」

 

「え?」

 

「蘭がさ、最近料理に凝り始めちゃってよ。今、作ってるから食べてから帰れよ。別にいいだろ?」

 

弾の此の勧めに一夏は「お・・・おう」と少し遠慮がちに頷く。

下に降りてみれば、其処は営業スペースの食堂が広がっており、厨房では蘭が調理に専念していた。

 

「今はじーちゃんや母さんは買い出しに行ってっから店も閉めてるし、ゆっくり食えるぜ。まぁ・・・蘭の料理の味は保証できねぇがな」

 

「ちょっとお兄! 一夏さんに変な事ふきこまないでよ!!」

 

「お、おい! わかったから包丁を俺に向けるんじゃねぇッ!」

 

二人の遣り取りに一夏はほくそ笑んで「蘭の料理、楽しみだな」と言葉を紡ぐと、蘭は頬を朱鷺色に染めて「待っていてください!」と再び調理へ専念し出す。

 

「で、できました! ど・・・どうぞ食べてみて下さい!!」

 

そうして出て来たのは、サバの味噌煮を主菜とした御飯と味噌汁のスタンダードな定食であった。

 

「サバの味噌煮はじーちゃんの作った残り物をアレンジしただけで、一から作ったのは小鉢のカボチャぐらいだけどな」

 

「・・・刺すよ、お兄?」

 

「ひぃッ、おっかねぇ!」と叫ぶ弾を横に「へぇ~、そうなのか」と一夏は小鉢に添えられた南瓜の煮つけに箸を付ける。

 

「ど・・・どうですか、一夏さん?」

 

「・・・優しい味がする。美味いよ」

 

「だとさ。良かったなぁ、蘭」

 

想い人からの誉め言葉に強張っていた蘭の表情は柔らかくなり、デレデレと頬を再び朱鷺色に染め上げた。

 

「でも、事故にあっちゃうなんて・・・大変でしたね、一夏さん。私に出来る事があるなら何でも言ってください。一夏さんの為なら私、何だって頑張ります!!」

 

「あ、あぁ・・・ありがとうな、蘭」

 

此処へ最初に来た時よりも柔らかくなった彼の表情にホッと一安心したのか、弾はある話題を一夏へ振る。

其の話題とは・・・・・

 

「そう言えば・・・一夏、今度IS学園で”体育祭”やるんだろ? 応援に行ってもいいか?」

 

「・・・え?」

 

彼の放った言葉に一夏は箸を止めて振り返る。

 

「お兄ってば、まーたそんな事言って。一夏さんをダシにしないでよ! いくら”ウツボ”さんに会いたいからって!」

 

「ウツボじゃねぇよ! 虚さんだッ、『布仏 虚』さん! なぁ、いいだろ一夏? IS学園の関係者の家族なら学園へ招待されるんだからさ! 頼むぜ、親友~!」

 

縋り付く様に拝み倒す弾に蘭は軽蔑の視線を向ける。

其れに対し、一夏はヒクヒクッと口角を痙攣させた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 体育祭って、何だよッ?」

 

「はぁッ? 何言ってんだよ、一夏? 体育祭だよ、体育祭。やるんだろ? なぁ、蘭?」

 

「そ、そうですよ! IS学園にお姉さんが通てるっていうクラスメイトが居て、その子が言ってたんですよ!」

 

「な、なんだって・・・ッ!?」

 

正に寝耳に水である。

血と糞尿と硝煙の臭いがまだ消えぬ内に何をほのぼの悠長な行事ごとをやろうと云うのか。

意味が分からない。

またしてもあの何処か正体の掴めない生徒会長が強行したのだろうか。

しかし、幾ら考えても答え等出る筈もない。何故ならば、彼もまた壇上の役者の一人に過ぎぬからである。

問題は今回の配役に一体どんな意味があるかどうかである。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

―――――同時刻。秋の中頃、生徒会室の窓辺に人影が一つ。

 

「・・・はぁ・・・・・ッ」

 

見れば、流れる様に美しい水色髪の少女が物憂げな眼で外の紅葉を眺めているではないか。

彼女の名は、更識 楯無。此のIS学園に在籍する全校生徒の上へ文武両道で君臨する人物だ。

けれども、そんな完璧超人(※個人的な見解が含まれます)な楯無と云えども一人の乙女である。

彼女は今、”恋”をしていた。

 

『恋』。

其れは特定の相手に強く惹かれる、焦れる事である。

其れは気がつくと相手のことを思っていたり、二人だけでいたい、触れ合いたい、好意を持ってもらいたいと願う事である。

其れは時に寂しくやるせなく、時に歓喜し、少しでも疑念が生じれば不安になる。そんな不安定な感情を差す言葉だ。

愛情がピンク色に例えられるのに対し、恋情は水色に例えられる事が多い。

 

・・・・・しかし、問題がある。

彼女が特別な想いを抱いている人物が実に大変に厄介なのだ。

 

「・・・阿? 何じゃーな?」

 

其の相手と云うのが、ウィスキー入りの紅茶をすすりながら此方へ視線を向ける蛇顔の白髪男である。

男の名は、清瀬 春樹。

世間一般的には二人目の男性IS適正者と云う事だけしか解ってはいない程に影が薄いが、学園と日本政府の間では知らなければモグリと云われる程の人物だ。

 

「べ、別に何でもないわよ。それよりも、は・・・”春樹くん”こそ何? もしかしてお姉さんの美貌に見とれちゃったり?」

 

「・・・・・ッチ。布仏先輩、紅茶のおかわりください」

 

「ちょっと!? 舌打ちしないでよ!!」

 

「もう!」とふくれっ面を晒しながら会長席へ座し、机へ並べ積まれた資料へ手を伸ばす。

ワールドパージ事件でてんやわんやであった楯無だったが、其れは裏向きの事であり、通常業務はいつも通り。

加えて事件当時、利き手と脇腹に銃撃を受けるという重傷を負ってしまった為、自宅での療養をしていた事でかなりの仕事が溜まっていたと思われていたのであるが・・・・・

 

「ほれ。此れも確認頼みます」

「あ、ありがと」

 

今の所、机の上へ並べられているのは春樹が全て終わらせた仕事の山であり、楯無の仕事と云えば、彼の終わらせた仕事が及第点であるかどうかを判断するくらいであった。

 

「会長、こかぁどーなっとるんよ? やっぱ俺の判子かサインがいるんか? と云うか、未だにハンコが居る書類ってどーなんよ?」

 

「ううん、大丈夫よ。ここはこのままでいいわ。春樹くんが意外と仕事ができる子で、お姉さんとっても助かる」

 

上記の発言に「じゃろーがな。もっと俺に感謝せぇ」と嫌味ったらしい台詞を並べ立てる春樹。

こんな可愛くない態度をとる後輩に先輩は苦言の一つでも云いたくなるものだが、今の楯無は違う。

 

「(もうもう! なんで私って素直になれないのかしらッ?)」

 

怪我の為に手があまり動かない彼女に代わって仕事をこなす彼に謝礼を述べたいのだが、どうしても自分の作ったキャラクターに引っ張られてしまって素直な気持ちが表に出ない。

前はもっとサバサバ対応できたのに今は春樹と同じ空間に居るだけで胸の奥がドキドキ高鳴る。

だが、此の恋が今後みのる事は確率的に低い。

理由を挙げるとするならば初対面時に楯無はとんでもない悪手を春樹へ対してはたらいていた事もあるが、もっと言えば―――――

 

「早う終わらせんとな。ラウラちゃん待たせとるし」

 

「ッ・・・そ、そう」

 

「どうかされたんですか、会長?」

 

「・・・なんでもないわ」

 

最早既に彼には互いに思い合う両想いの恋人が居たのである。其れもとても強い絆で結ばれた彼女が。

幾ら文武両道眉目秀麗ロシア国家代表の肩書を持つ流石の楯無でも二人の間に立ち入る事は出来なかった。

恋と云う気持ちが生まれ、其の気持ちに気付くには余りにも遅すぎたのである。

そんな事に若干の後悔を抱き、其れを払拭する様に彼女は今まで溜まっていた仕事は全て終わらせた・・・調度其の時だ。

 

「阿・・・そうじゃった。会長、此れも確認を頼みまさぁ」

「え?」

 

春樹は湯気が漂う紅茶を飲む楯無にある一つの資料を手渡す。

其れは赤字マーカーペンで㊙のロゴがデカデカと表紙に刻まれており、ちょっとどころかかなり大袈裟な代物であった。

しかし、其の中身はかなり綿密な計画が書き記されていたのである。

 

「ちょ・・・ちょっと春樹くんッ・・・これ、本気?」

 

無論、此の計画書に驚く楯無だが、当の計画立案者である春樹はさも当然とばかりに「早く承認のサインを書いてくれ」と指で書類を弾く。

 

「本気じゃ、本気。此の前の放課後の訓練の時に話したろうが」

 

「あ・・・あれって本気だったの? 私、訓練の仮想敵だとてっきり・・・其れに・・・・・」

 

「何じゃ? 流石に生徒会長と云えでも・・・”学友”をとっ捕まえるんは気が引けるんで?」

 

「そうじゃないわ! だって”彼女”は・・・君とも仲が良かったじゃない!」

 

捲し立てる楯無に春樹は「・・・じゃけんじゃよ」と口端を吊り上げる。

 

「ど・・・どういう事よ?」

 

「親しい人間じゃけん、俺の手で・・・俺らぁの手で縛に付けたいんじゃ」

 

「だけど・・・」

 

「其れに体育祭も通常通り行われる。此の機を逃す手はないし、長谷川さんらぁにも話は通してある。何も心配する事はないでよ」

 

そう春樹は何度も何度も説明するが、踏ん切りがつかないのか「でも・・・」と楯無の表情は暗い。やはり唐突な彼の提案に気後れしているようだ。

其れを察してか、彼は真剣な眼差しで楯無の瞳を覗く。

 

「・・・解ってくれ、なんて事は言わん。其れでも・・・其れでもやらにゃあおえん事なんじゃ。頼む・・・頼むよ、”刀奈”」

 

「ッ、春樹くん・・・!」

 

・・・・・ズルい男よ。

惚れた男が両の眼を琥珀色に輝かせて自分に微笑みかけて来るのだ。少女漫画でしか恋愛を知らぬ少女には余りにもキツい”毒”である。

此の男はあの鈍感難聴を売りにしている男とは違う。人の気持ちを食い物にする事に躊躇いがない。

 

「(何処かのバンカーみたく『やられたらやり返す。倍返しだ!』・・・・・いや、違うわ。此の場合はアレじゃわ。『やられてなくてもやり返す。身に覚えのないヤツにもやり返す。誰彼構わず、八つ当たりだ!!』じゃろう・・・・・・・・阿破破ノ破♪)」

 

・・・果たして、一体誰が此の蟒蛇を変えたのだろうか。ほんの一年前まで彼は地方都市に住む唯のちょっと変わった少年だった筈だ。

なのにどうして・・・今の彼はあんなにも恐ろし気な笑みを浮かべる事が出来るのであろうか。

内に巣食う”怪物”の御蔭か。其れとも世界を狂わせた”兎”のせいか。

一体・・・誰が彼を”化け物の皮を被った人間”にした?

 

「「(うわ・・・悪い顔)」」

 

そんな灰汁の強い表情を晒す蟒蛇に耐性のある眼鏡の二人は、苦笑いと呆れ顔をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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155話


※シリアス→シリアル?→かなり攻めたハニーストロベリー→不穏の順でお送りします。



 

 

 

「・・・・・」

 

体育祭の開催が目前に迫った或る日の放課後の事。

学校行事で浮足立つ生徒達が集まる食堂に陽の光の様な美しいブロンドヘアーの女生徒がポツンと授業終わりの御褒美であるケーキをつついていた。

其の表情は何とも言えぬものであったが、端麗な彼女の容姿と相まって傍から見れば一枚の絵画の様であり、雰囲気も相まって何処か声を掛けづらい。

 

「ちょっとどうしたのよ、シャルロット? そんな辛気臭い顔して?」

 

「・・・鈴」

 

しかしそんな彼女、シャルロット・デュノアへ声を掛ける者が一人。

振り返ってみれば、其処にはクラスメイトにして同じ専用機所有者である凰 鈴音が居るではないか。

彼女は疑問符を浮かばせつつもシャルロットの前へと座を構える。

 

「なんか、最近のあんたって表情がいっつも暗いけど・・・何かあったの? やっぱり、この間の事が原因?」

 

「ッ・・・別に、そんなんじゃ・・・ないよ」

 

そう言って取り繕うシャルロットだが、其の表情は更に更に渋くなった。

其れを察してか。鈴はあからさまに話題をすり替える。

 

「・・・そう。それにしてもなんか変な感じよね」

 

「なにが?」

 

「だってそうじゃない。ついこの間、学園のシステムが乗っ取られて、何だかわからない連中が入り込んできたなんて思えないじゃないの」

 

「ちょ、ちょっと鈴! その事は機密の筈だったよね・・・!」

 

「別にいいでしょ。他の皆の耳に入ったって何の事かわかりゃあしないわよ」

 

余りにもサバサバした彼女の理由に「え、え~・・・ッ」とシャルロットは驚いた表情を晒したが、其の後すぐにクスクスと笑みを溢した。

 

「やっと、笑ったわね」

 

「え?」

 

「さっきみたいな辛気臭い顔よりも、あんたは笑った顔の方が似合ってるわよ」

 

「鈴・・・」

 

「ありがとう」と礼を述べる先程よりも表情が柔らかくなったシャルロットに安心したのか。鈴は「別に気にしないで」と笑みを返す。

・・・そんな時だ。彼女の瞳に”あの男”が映ったのは。

 

「・・・あ」

「うん?」

 

鈴の声にシャルロットが振り返ると二人の視線の先に居たのは、数人の女生徒と喋り歩きながら食堂の前を横切る白髪の男子生徒・・・『学園の狂気』等と云った異名を持つ二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹であった。

 

「あいつも・・・春樹も随分と他の皆に慕われるようになったわよね。最初の頃は皆、あいつを怖がってたのに・・・今じゃ、ワルキューレ部隊だっけ? それを率いてるんだから。ま、今でもあいつを怖がってる連中は多いけど」

 

「そう・・・だね・・・・・ッ」

 

「・・・シャルロット?」

 

ふとシャルロットの顔を伺う鈴。

すると彼女の表情は先程よりもずっとずっとずーっと暗くなっており、玉の様な瞳は陰りに陰って光を失っているではないか。

 

「シャルロット・・・やっぱり、あんたが調子悪かったのって―――――」

「鈴・・・ボク、春樹にフラれちゃったんだ」

 

「・・・え?」と空気が凍るのが鈴には理解できた。

 

「「お前の事は好きだけど・・・”愛してる”って気持ちじゃない」って・・・言われちゃった。ボクじゃなくて、ラウラに惚れてるって言われちゃったんだ」

 

ハイライトの消えた目から幾つかの雫が零れ、下にある生クリームの上へと落ちる。

 

「ボクは・・・ボクは選ばれなかったんだ。愛して欲しい人に拒まれたんだ。頭では、わかってるんだけどね。どうしても・・・ッ、どうしても受けいられないんだ。なんで、かな? 諦めなきゃダメなのに・・・・・まだ・・・まだ、ボクは彼の事が・・・春樹の事が好きなんだ、忘れられないんだ・・・!」

 

「シャル、ロット・・・」

 

袖口を濡らす彼女に鈴はどう声を掛けたらいいのか解らず、唯只息を飲む事しか出来なかった。

 

「鈴も・・・どうする?」

 

「な、なにが?」

 

「鈴も・・・一夏から選ばれなかったら、どうする? 一夏が鈴じゃなくて、箒を・・・もしかしたら他の別の人を選んだら・・・・・君ならどうする?」

 

「ッ、な・・・なによ、ソレ・・・・・!」

 

其の発言に眉をひそめる鈴。此れにシャルロットは短く「・・・ごめんッ」と言い残して席を立つ。

後に残ったのは、少し苦い空気だけであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

学園内で”此の男”を織斑 一夏の”オマケ”等とは誰も言わなくなった。

其れ処か、今や敬服するものからは『守護者』と、畏怖するものからは『怪物』と呼ばれる様になった世界で二番目の男性IS適正者、清瀬 春樹は今現在・・・悩んでいた。

 

「阿~~~ッ・・・やっぱし十二分の壁は高ぇなぁ」

 

テラス席へ腰掛けて手元の資料やストップウォッチと睨めっこしつつ頭を抱える春樹。

其の彼の前では同じく渋い顔をしている私設学園防衛部隊ワルキューレの主要メンバーが居た。

 

「最低でも八分・・・いや、ギリ十分以内で納めたいんじゃけどなぁ」

 

「だから、それは無理だって言ってんの! 最短でもやっぱり十二分が限界!」

 

「じゃけど、其れ以上の時間かけっとヤッコさん逃げてしまうでよ。つーか最悪、人質とられてしまう可能性もあらぁな」

 

「やはり・・・”制圧場所”を別の場所にするほかありませんね」

 

「問題はそれをどこにするか・・・それが問題ですわね」

 

「で、何処にするんの?」と恋人と御揃いの黒く厳つい右眼帯端を小指で掻きながら問い掛ける春樹に対してセシリア、四十院、ハミルトンは声を合わせて「うーん・・・?」と首を捻った。

話の内容としては、学園に潜伏する不届き者を如何にしてひっ捕らえるか、何処でひっ捕らえるかの作戦会議である。

 

「てゆーか・・・清瀬が捕まえた方が早いじゃないの?」

 

「おいおいおい、ハミルトン・・・俺に任せてみろい、どうなるか解っとるんじゃろうな?」

 

春樹の返答に三人は「あー・・・ッ」と顔を見合わせる。

どう考えたって此の蟒蛇は必要以上に其処等一辺で暴れ回るだろう。そうなると後片付けが酷く面倒だ。

 

「其れに、こりゃあワルキューレ部隊の力を示すには絶好の機会じゃ。大丈夫じゃっちゃ、ホントにヤボーなったら俺が助太刀するわな」

 

「阿破破ノ破!」と呑気に笑う春樹にハミルトンは呆れ、四十院とセシリアは彼につられて笑う。・・・だが次の瞬間、そんな三人の表情が一瞬にして強張った。

其のギョッとした顔にどうしたどうしたと眉をひそめた春樹は三人の視線を追って行って、グルんと見上げる様に振り返れば・・・・・

 

「ありゃ、織斑先生ぇ?」

「・・・・・」

 

網膜に映るは、酷く眉間に皺寄せたしかめっ面を晒す世界最強。

彼女の表情にセシリア達三人はビビってしまっているが、其の鋭い視線を直に差されている肝心の春樹はケロッとしている。

 

「・・・三人とも、悪いが席を外してはもらえんか?」

 

明らかに纏っているオーラが並々ならぬ殺気が立っている事に気付いた三人は「はッ、はい!」と声を上げると同時に席を立つ。

立ち退く三人へ彼は「ほいじゃあ、俺の方で場所は考えとくわぁ」と云って手を振ると忌々しそうに視線を直す。

 

「・・・・・何ぞ、俺に何か用ですかいねぇ? 授業中でもナイフみてぇな視線を突き付けられて堪ったもんじゃなかったでよ」

 

天下に名を轟かせる戦乙女に相変わらずの軽口をたたく春樹だが、千冬の方はニコリともしない。

そんな明らかにどう見ても不機嫌な彼女に春樹は心の中で「畜生、面倒臭いのぉ」と舌を打つ。

 

「・・・先生、俺も今度の体育祭の警備の事で忙しいんですが・・・・・何も用がねぇなら―――――」

「清瀬・・・貴様、ボーデヴィッヒと正式に恋仲になったようだな?」

 

「・・・阿い?」と春樹は思わず一瞬呆気にとられるが、即座に態度を取り成す。

 

「えぇ。なりました、なりましたよ。ラウラちゃんとやっとこさ手に手を取り合う深い仲に。いやー、その節はどうも。周りの人達にゃあどうもヤキモキさせちゃったみたいで」

 

「・・・・・」

 

彼は若干照れ臭そうに言葉を述べるが、相対する千冬は何も言わず鋭い視線だけを突き刺すばかり。

其れが春樹には心底気に喰わなかった。

 

「何ですか・・・織斑先生は、俺とラウラちゃんの交際に反対なんですか?」

「あぁ」

 

彼女の短い其の返答に春樹は「ギリッ」と奥歯を噛み締め、「・・・何でですか?」と作り笑いを浮かべて見上げる。

 

「隠しているつもりだろうが、貴様は必要以上に人を甚振る残忍な性格をしている」

 

千冬は知っている。目の前に薄ら笑みを浮かべて佇む此の男の残酷な一面を。

彼は敵とは云えども満身創痍の負傷兵の耳を切り、鼻を削ぎ、生皮を剥ぎ、骨を折り、殺さぬ程度に其の命をもてあそんだ事を。

そんな悪影響の塊でしかない人間がドイツ軍教官時代からの教え子であるラウラの恋人である事が彼女には心配でならなかった。

 

「清瀬・・・貴様はボーデヴィッヒには相応しくない」

「・・・・・」

 

千冬の言葉に春樹は視線を落として俯く。

けれども此の男が高々こんな事で落ち込むタマであろうか。・・・・・んな訳がない。

 

「・・・比比ッ・・・阿比比ッ、阿比破破破!!」

 

春樹は落ち込むどころか、あのいつもの奇天烈な笑い声を響かせたのである。

 

「・・・何が可笑しい?」

 

「破破破ッ、だって、だってそうじゃなですか! ラウラちゃんに俺が相応しくない? なら・・・ならどうして、俺に彼女を”あてがった”んですか?」

 

嘲笑う様に口角を歪ませた彼から発せられた言葉に千冬は益々眉をひそませた。

 

「ラウラちゃんが転校して来た時、貴女は彼女を疎ましがっていたじゃないですか。だから―――――」

「違う。私は―――――」

「いや! いやいやいやッ、違わない! あんたはラウラちゃんが疎ましかったんじゃッ! じゃけん、あんたはいつでもトカゲの尻尾切りが出来る俺に彼女を押し付けたんじゃ!! 其れを・・・今更、何じゃ? お前にゃあ相応しゅうない? 知らんわなッ!!」

 

反論の隙を与えず、春樹は捲し立てる。

 

「あの娘ぁ・・・ラウラちゃんは、もう俺のもんじゃ! 俺だけのもんじゃ!! 誰にも渡してなるもんかッ!!」

 

「貴様ッ・・・人を物の様に云うのは―――――」

「何を言うか!! 最初に人を物の様に扱ったのはオドレの方じゃろうがな!!」

 

有無を言わさずに捲し立てる。

 

「返せ言うんじゃったら、オノレは今まで何をしょーたんじゃ?! あの子が寂しさに枕を濡らす夜も、空虚な悲しさに晒されよーる時も、何をしとった? 何をしょーた? 安全圏から見下ろしょーるだけで、事が終わったらさも当たり前の様に掌を返すんじゃねぇーでよ!!」

 

今まで溜まっていた不満をぶちまける様に。

けれども最初は目を見開いて怒りの表情を含んでいたが、捲し立てれば捲し立てる程に彼の口角は吊り上がって行く。

 

「すーはぁー・・・まぁ、何が言いたいのかって言うと・・・・・貴女にもう彼女の人生を歪める権利はないって事、DEATHッ!・・・最早、其の権利は俺にある。俺だけがラウラちゃんの人生を滅茶苦茶にしてもエエんじゃッ!!」

 

「・・・・・言いたい事はそれだけかッ?」

 

「まさか! まだまだ言いたい事は、よーけーあります。ですが・・・今は此処までにしときます。突然に大声上げて、喉が痛うなってしもうたけんね。じゃけぇ、此れで終わりにしときます。」

 

そう言うや否や、スクッと立ち上がった春樹は微笑む様に千冬の瞳の奥を覗いた。

 

「貴女の御蔭で俺はラウラちゃんを手に入れる事が出来た。貴女が早々に俺を見放し、面倒事を押し付けてくれた御蔭で俺ぁ今の地位を手に入れる事が出来た。どうも、”ありがとう”ございました」

「ッ、貴様・・・!!」

 

ズイッと近づいて彼は笑う。

『バットマン』の『ジョーカー』の様に、

『からくりサーカス』の『フェイスレス』の様に、

『ヘルシング』の『少佐』の様に、

笑う、嗤う、哂う、わらう、ワラウ。

「お前のせいだ、ざまぁみろ」と言わんばかりに嘲笑った後、春樹はあの奇天烈な笑い声を挙げ乍ら逃げる様に其の場を跡にした。

さぁ、此れから反論に転じようとした千冬にとっては口惜しい限りであったろう。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

―――――「(言ってやった、言ってやったぜッ、ド畜生め! なぁにが「貴様はラウラには相応しくない」じゃ、ボケカスが!!)」

 

天下に名高いブリュンヒルデへ一方的に文句を言ってやった春樹の精神状態は高ぶっていた。

其れも其の筈。今まで溜まりに貯まっていた彼女への不満を一部でも吐露する事が出来たのだから。

 

春樹は前々から高々ISを使った競技の世界チャンピオン”風情”が軍事作戦や専門でもない学園防衛のプロトコルに関わっている事が気に入らなかった。加えてプライベートの事にも口を出して来たのだから癪に触って仕方がない。

だからこそ、今回の一件はほんの少しの意趣返しが出来たと彼はほんの少しの満足感を得ていた。得ていたのだが・・・・・

問題なのは、彼の今の異常に昂った精神状態だ。

 

「ラウラちゃ・・・ん・・・ッ!」

イひッぃぁああ♥♥♥

 

・・・現在、春樹はラウラを壁へ半ば押さえ付ける様にして”致していた”。

 

「気持ちええか? えぇッ? 気持ちエエか、ラウラちゃん?」

き、きも・・・きもひぃい♥ きもひっぃいから・・・ンひぃい♥♥

 

―――――ブリュンヒルデとの一件の後、自室へ帰宅した蟒蛇は、玄関まで出迎えに来てくれた白き黒兎を心の昂りのままに押し倒す。

勿論、此れに黒兎は驚いたが、彼の長い舌が口内を蹂躙した後に抵抗する力など残っている訳がなかった。

 

獣欲剥き出しで彼女の矮躯へ背後から覆い被さった蟒蛇は、乱暴に黒兎から衣服を剥ぎ取ると其の絹ごし豆腐の様に白き肌へ齧り付く。

そして、控えめなれども確かに膨らんだ胸を含んだ上から下までを味わった後―――――

 

「いく・・・でよ!」

ッ、ひぐぅうッ♥♥♥

 

・・・サカッた獣の様に腰を振る蟒蛇の荒い息遣いと黒兎の喘ぎ声が部屋一杯に木魂する。

 

「可愛え・・・かわええなぁ、ラウラちゃん。どこが・・・どこが一番気持ちエエ?」

おッ・・・おくが、おなか、のおくがゴリュゴリュって♥♥ ごりゅごりゅって・・・んひぃいいいいい♥♥♥

「ありゃ? ラウラちゃ、ん・・・もしかして、イッちゃった? 辛いなら、もう・・・やめようか?」

ッ、い・・・イってない♥ イッひぇないもん♥♥ だひゃら・・・だきゃら、もっと・・・もっとぉおお♥♥♥

 

「・・・そうか。なら!」と春樹は”繋がった”ままラウラをベッドへ運ぶと今度は前から力強く圧し掛かる。

 

「これならもっと”奥”まで・・・挿入れられるけん、な!」

ッ、お”ぉお”お”お”お”♥♥♥

 

更に更に奥へ奥へとラウラへ春樹は再び何度も何度も叩き込む様に掘削機の如く撃ち込む。

其のあまりの衝撃と堪え難い淫猥な快楽に幾ら軍事用遺伝子強化素体と云えども・・・いや、痛みに強い彼女だからこそ意識を保つのに精一杯であった。

カプリカプリとラウラは彼の皮膚を噛み、ガリガリと爪が剥げる勢いで春樹の背中を掻き毟る。

 

・・・因みにだが、二人が初めての肉体的逢瀬を果たした後日。

あの若干頭の異常さを疑われている博士から「紳士の嗜みだよ?」と”ゴム”を渡されたのだが、今の此の時点では既に”完売”状態であった。

とどのつまり・・・・・

 

「ッ・・・や、やっべ・・・!」

ひゃ・・・ひゃるひぃッ?

「そ、そろそろ俺もイクわ」

 

流石に”中へ出す”のは不味かろうと春樹は腰を引かせる。

・・・・・・・・だが!

 

だ・・・ダメぇッ!!

「ッ、ラウラちゃん!!?」

 

其の退こうとする腰へ彼女は両足を絡ませる。細くなれども鍛え上げられた脚力はガッチリと彼の腰を挟み込んで逃がさない。

此れには自分から襲っておきながらも春樹の身体へ焦燥感が奔った。

 

「ちょ、ちょっと! ラウラちゃん、流石にヤバいって!!」

やだッ・・・やだやだやだやだ、ヤダぁ! はるきの、はるきのほしぃいのぉお♥♥

 

懇願する様にラウラは叫び、背中へ回した腕に更に力を籠める。

 

ほしいッ、ほしいの・・・はるきのあかひゃん♥ はるひとのあかちゃんがほしい♥♥

「・・・ラウラちゃん」

わ、わたし・・・わたひを・・・・・ママに・・・おまえのこどもの、ままにしてくれぇえッ♥♥♥

 

さて、此れを聞いて滾らぬ男ではない。

「・・・覚悟しろよ」と云わんばかりに春樹は再び長い舌を彼女の口内へ差し込んで其のピンク色の歯茎をジュルジュルリッ侵すと、逃げ腰から一転の本腰を入れた。

 

「なら・・・なら、孕んじまえ! 俺の種で子供を身籠っちまえ!! そんでもって俺の子を産んでくりんさいやッ!!」

は・・・ハラむ♥ はるきの、はるきのこどもいっぱい・・・いっぱいうむから、ちょうだい♥♥ ちょうだぃいい♥♥♥

 

「あッ・・・い、イ―――――」

ッ、くぅうウウうううッ♥♥♥

 

春樹は自分の遺伝子をドプリドプリッと想い人へ注ぎ込む。

 

ひ・・・ひあわへぇえ・・・・・ッ♥♥♥

 

想い人から注ぎ込まれた感覚にラウラは恍惚の表情を晒した後、琥珀色と灼熱の眼から温かい雫を落とした。

 

 

 

 

 

 

「・・・うわぁ~~~、やっちもうた~~~・・・・・」

 

”激戦”の後、春樹は洗面台で項垂れていた。

玄関からベッドへの一戦から其れから事。二人は何度も何度も体力の続く限りの手合わせを重ねた。

気付けば、時計の針は深夜三時を回る頃。

よくもまあ飯も食わずにやれたものだと自分でも呆れるが、相手は最後の一戦で意識と共に果ててしまい、今はスースー気持ち良さそうな寝顔を浮かべている。

 

〈「十代のカップルじゃあるまいし」などと云ったセリフがあるが・・・まさしく其の通りだな、ハルキ?〉

 

聞きなれた声に頭を上げれば、洗面台の鏡に映るのは自分の顔・・・ではなく、スタイリッシュな寝間着に身を包んだヨーロッパ系の白人であった。

 

〈フフフ・・・若さを振り乱しているな、ハルキ。腰は大丈夫か?〉

 

「・・・御心配頂き感謝するよ、ハンニバル。大丈夫、ちょっとばっか罪悪感に打ちひしがれてるだけじゃ」

 

春樹の心の宮殿の住人であるハンニバル・レクターの微笑に対し、彼は微笑み返す。

ほんの少し前まではハンニバルの顔を見ただけで口をへの字に歪めていたが、度重なる騒動によって若干の改善があったのか?

 

「あ・・・そう云やぁ、ハンニバル。お前、ワールドパージ事件の時に俺の肝臓を半分盗ったろ? 返せや」

 

〈・・・・・〉

 

「急に真顔になって黙んな! 返せや!! つーか、もしかしてもう喰っちまったのか?」

 

・・・どうやらまだまだ二人の間には溝があるようだ。

 

「あと、ハンニバル・・・お前、あの精神世界でなんかやったろ?」

 

〈・・・さて、どうだろう?〉

 

「この野郎・・・・・まぁ、エエわ。ところでハンニバル、相談があるんじゃけどさ。次の作戦・・・場所は何処がエエと思う?」

 

「ハルキ・・・私は精神科医であって、軍略家ではないのだが?」

 

「参考にじゃよ。獲物を捕まえるんは得意じゃろう?」

 

ソシオパスからの相談事にサイコパスは嬉しそうに微笑むのであった。

全くもって体育祭は始まる前から波乱の予感しかしない。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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156話

 

 

 

「くぁッ、あぁ~~~・・・あぁ、眠ぃ」

 

時刻は七時前。

外はちぃとばっか薄暗いが、昨日の天気予報じゃあ晴れるって言うとったし、雨が降ってもアリーナには屋根があるけん大丈夫じゃろう。

 

今日は皆が待ちに待った大運動会の日。

学園へ無断侵入して来たボケ共とドンパチやってから一週間とちょっと経ったとは思えん。

・・・まぁ、ワールドパージ事件を知っとるんは俺を含めた専用機持ちと何人かの先生方だけじゃけんな。変に行事ごとを中止して怪しまれてもおえんじゃろう。

しっかし・・・病み上がりの身体には応えるハードスケジュールじゃったわぁ。

会長・・・楯無は先の事件で怪我してしもうたけん、大半の仕事を代理の俺がやらにゃあおえんかったし、”モグラ捕獲作戦”のデモンストレーションもせにゃあおえんかったしな。

 

「阿~~~・・・寝不足じゃわぁ」

 

〈・・・・・どの口が言ってんだか〉

 

「阿?」

 

横を向けば、白けた目で俺を見る白髪金眼の女の子・・・俺の専用機である琥珀ちゃん(擬人化体)が頬杖をついてプカプカ浮かんどった。

 

〈疲れているならさっさと寝なさい! それなのに・・・ここのところ毎晩だったでしょ! 昨日も前日のテント設営でてんてこ舞いだって言ってたけど、シャワーもせずに二人とも直行でベッドへ行ったじゃない!!〉

 

そう云うて琥珀ちゃんが指差した先に居ったんは、「すー・・・すー・・・」って気持ち良さそうに眠る銀髪オッドアイの俺の愛しい恋女房。

寒うなって来たけん、冬布団に餃子みてぇに包まっとるが、布団の下は綺麗な絹肌が生まれたまんまの姿で居る。

・・・・・はい。此処の所ずっと毎晩お盛んでした。

 

〈まったく・・・それなのに疲れただの、寝不足だのって言わないの!〉

 

「解っとる解っとる。じゃけぇそねーに大きな声出さんといてや。ラウラちゃんが起きてしまおうが」

 

「・・・私なら起きているぞ」

 

「ほらぁ、起きちゃったが。御免なラウラちゃん、五月蠅うしてしもうて」

 

「大丈夫だ、気にするな」

 

そう言いながら「ちゅ・・・ッ」とラウラちゃんは俺の頬っぺたへ起き抜けのチューをして、「ふふ♪」と微笑む。

 

・・・・・・・・やべぇ、滾って来た。

まだちょっと眠気が残る赤と金色の瞳と緩んだ口元・・・ヤベェッ、ヤベェよ・・・! 昨日の夜にあれだけ出したけど・・・・・じゅるりッ

 

〈駄目よ、ハルキ〉

 

「ふぅーッ、フーっ・・・ッ、な・・・何がぁ?」

 

〈鼻息が荒い! もう朝なのッ! それに運動会の準備があるでしょ!!〉

 

「「えぇー・・・」」

 

〈「えー」じゃない! ラウラも残念そうにしない!! さぁ、立った立った! 起きた起きた! さっさと動けエロ刃に発情兎ッ!!〉

 

ッチ、しょうがあねぇなぁ~。

あぁ、しっかし・・・気が重い。万事が万事巧く行きゃあエエんじゃけどなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

パン! パパン! と大運動会開催を告げる花火の音が鳴った後、前々日から準備されていた第一アリーナへ入場行進が行われている。

 

「よ、よし!」

 

其の入場行進の先駆けを任されたのは、天下に名を轟かせる世界最強のIS使いブリュンヒルデの弟にして世界初の男性IS適正者、織斑 一夏。

先のワールドパージ事件での後遺症からまだ万全ではないが、威風堂々とした姿で誉ある旗持ちの役に務めている。

因みに、ここIS学園はあらゆる国家に属していないので、校旗だけだ。

 

そんな入場行進を終えた後、引き続き今度は選手宣誓を行う一夏。

 

「宣誓。我々選手一同は、スポーツマンシップに乗っ取り、日頃の努力と鍛錬を信じー、その成果を存分に発揮して競技に望むことを誓います!」

 

此の選手宣誓に会場の生徒達から拍手が湧き上がるが、彼の仕事は此れで終わりである。

やはり男子生徒が女生徒ばかりのチームに入るのはパワーバランス的に問題があった。

・・・と云うか、そもそも一夏は競技に出られる程に万全ではなかったし、春樹に至っては学園警備の仕事で其れ処ではない。

宣誓を終えた一夏は台から降りると本営部が置かれているテントへと入る。すると「お疲れ様」と先に中に居た生徒会長の楯無が労いの声を掛けた。

 

「いや、俺は大した事なんて別に・・・」

 

「十分よ、十分。やっぱり男の子が声を掛けるとみんなやる気になるわね!」

 

「そ、そうですか?」

 

同じく怪我の病み上がりでありながらも元気一杯な楯無に対し、一夏は口端を引き攣らせながら眼を逸らす。

何故に目を逸らすか。其れは楯無の姿に理由があった。

 

「どうしたの、織斑君? って、あぁ! もしかしてお姉さんの”ブルマ姿”があんまりも魅力的だったからかしらぁ?」

 

彼女はそう言ってポーズをとる。

IS学園体育祭は大方は他の一班高校での運動会と変わりない競技内容と着用着の上は体操服と普通だ。

されども大きく違っている部分もある。其れは女生徒の下がブルマで統一され、MVP優勝者の景品が織斑 一夏との相部屋だという事であった。

怪我を負ったとしても楯無の悪戯好きの性根は変わりなく、其れに春樹の嗜虐性も加わって手の施しようがなくなっていたのである。

 

「べ、別にそんなんじゃ・・・!」

 

「もう、照れちゃって可愛い!・・・・・”彼”も君みたいな反応してくれたら良かったのに」

 

「え?」

 

「ううん、なんでもないの」と彼女が答えていると「お疲れ様でーす」と本営テントに黒々としたフルフェイスマスクの男が入って来たではないか。

 

「あら、意外と遅かったわね。会場と観覧席の警備は万端かしら? ワルキューレ部隊の総隊長さん?」

 

「阿? あぁ、盗撮目的だと思われる輩が招待客に紛れ込んでいる疑いがあった以外は大丈夫じゃ」

 

「え!? 大丈夫じゃないじゃない、それ!」

 

「大丈夫じゃ、大丈夫・・・ちゃんと対処したけんな」と云いつつフルフェイスマスクを脱げば、其処から現れたのは雪の様に白い髪の毛と金色と鳶色のオッドアイ。

「あ~、やっぱり蒸れるのぉ此りゃあ」と春樹は指でゼロマスクを弾くとどっかりパイプ椅子へ腰を据える。

 

「対処って、それは・・・ううん、やっぱりいい。聞くのがなんか怖いわ」

 

「破破破ッ。あぁ、其れがエエじゃろうな。・・・・・って、おお。其処に居るんは優勝景品である織斑くんじゃあ-りませんか?」

 

「清瀬・・・・・ッ」

 

ワザとらしくギョロ目を向ける春樹へ一夏は奥歯を軋ませて睨むが、彼は其れをニタニタ嘲笑うばかり。

 

「大丈夫でちたか~? ワールドパージで酷ぇ目にあったって聞きましたで~? ちょっと痩せたんじゃねーの?」

 

「・・・お前には、関係ないだろ」

 

カンカラカンカラ笑う春樹に一夏はそっぽを向く。

相変わらず深い溝のある二人に「まったく、もー」と楯無は呆れた様な溜息を吐く。

 

「ま、エエわ。じゃあ俺、他ん所を見て来る。テロリストにはくれぐれも気をつけんさいよ。特に織斑の野郎は知らない人間に付いて行くなよ。助けるんが面倒じゃけんな」

 

「それは君もよ、春樹君。ま、君の場合は襲う相手が気の毒になりそうだけどね」

 

「そいじゃあの」と云って席を立とうとする春樹。だが、其の彼へ「・・・おい」と今まで無視を決め込んでいた一夏が声を掛けた。

此れに「阿ぁ? 何じゃ?」とフルフェイスマスクを再び被りながらギョロリと目を向ける春樹。

 

「お前・・・今度は一体何考えてる?」

 

一夏は今回開催される体育祭に疑問を持っていた。

いくらIS学園が各国から支援されているとは言え、行事ごとがある度に毎回毎回襲撃されては堪ったものではない。其れにも関わらず体育祭は通常通り行われる運びとなった。

彼は教員である千冬や生徒会長でる楯無に聞いた。何故にかと。

すると千冬の方は学園上層部の指示だとしか聞く事は出来なかったが、楯無からは別の事を聞くことが出来た。

其れは―――――

 

「今回の体育祭、お前がするように偉い人に進言したんだってな? 何を考えてるのか知らないが・・・皆を危険な目に合わせるような事があったら、俺はお前を!」

 

「・・・阿―――――破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

「ッ・・・なにが、おかしいんだよ?」

 

自分の奇天烈な笑い声をいぶかしむ一夏に春樹は一言言ってやる。「其れこそテメェにゃあ関係ないじゃろ?」と。

其れだけ言うと彼はさっさとテントから出て行く。

後に残ったのは、再び呆れ顔をする楯無と苦虫を噛み潰したような表情を晒す一夏だけであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『『『ワァアアー!』』』と歓声轟く第七アリーナ。観覧席は満員で、ある種の『人種のるつぼ』とも云える有様である。

そんな場所で此れから行われようとしている第一種目の競技は50m走だ。

 

「ふー・・・ッ」

 

深い呼吸と共にストレッチをするのは、ドイツの妖精と称えられるラウラ・ボーデヴィッヒ其の人である。

今回、別に彼女は優勝しよう等と云った意気込みはないが、出るからには目標は高い方が良い。

其れに実を言うと、彼女は無断で想い人である春樹と同衾しているのである。此処で誰にも文句を言われない高い評価を得られれば其れは其れで万々歳だ。

 

「・・・・・ラウラ?」

「ん?」

 

さて此れから競技が始まろうかと調度其の時、精神を集中させるラウラへ声が一つ。振り返ってみれば、其処には体操着ブルマ姿の親友、シャルロット・デュノアが薄い微笑を浮かべているではないか。

しかし、其の微笑は何処かぎこちなく、影が差し込んでいた。

其れも其の筈。彼女とラウラは親友でありながら、同じ男を愛してしまった恋敵であり、本来のルームメイトであったからだ。

加えて、春樹の自室へラウラが無断居住していた為にこうして面と向かって顔を合わせるのは一週間ぶりである。

 

「その・・・元気、だった?」

 

「あぁッ、こうして会うのは何だか久しぶりだな!」

 

そんな恐る恐る声を掛けるシャルロットに対し、ラウラは相も変わらず屈託のない笑顔を向けたのである。

此の毒気の全くない笑顔に「ッ、う・・・」と目が眩みそうになったが、何とか此れを耐え忍ぶ。

 

「ん? どうした、大丈夫か?」

 

「う・・・ううん、なんでもないよ。ど、どうラウラ? 春樹との生活は?」

 

・・・久々に会う親友との会話を拡げる為とは言え、何で彼女は自分の傷口に辛子味噌を塗る様な真似をするのだろうか。

そんな事を聞けば必ず―――――

 

「あ、あぁ・・・すっごく、イイぞ

「ッ・・・!」

 

其処にあったのは純真無垢な笑顔ではなく、色香漂う艶やかな微笑。

・・・学園の貴公子は心の中で堪らず吐血した。

 

「そ・・・そ、そうなんだ」

 

「あぁ、そうだぞ」

 

其れでも此れを何とかシャルロットは耐え抜いた。

多分・・・と云うか、絶対にラウラには相手へマウントを取っている自覚はないだろう。

されども彼女は軍人。戦う事を専門の生業としている人間だ。自覚はなくとも無意識に”敵”へ対するけん制を行っていたのである。

しかし、いくら恋敵と云ってもシャルロットは未だにラウラを大切な親友だと思っていた。

 

「ね・・・ねぇ、ラウラ?」

 

「ん? なんだ?」

 

「まだ、ボク達・・・友達、だよね?」

 

恐る恐る投げ掛けるシャルロットの疑問符にコテンッと首を傾げた後、ラウラは「当り前ではないか!」と表情を照らす。

そんな彼女の表情に安心したのか。シャルロットは仲直りの握手と云わんばかりに手を差し出すと、其れをギュッと握り返すラウラ。

だが・・・・・

 

「けれど・・・シャルロット?」

 

「ん?」

 

「私は一切譲るつもりはないぞ」

 

「・・・ッ・・・」

 

ギョロリとラウラは刺し貫く様な鋭い眼を向けたのだ。

ハッキリとした独占欲が渦巻く灼熱の瞳は、強固で強靭な意思が感じられる。

 

「・・・・・わかってる、わかってるよ。でも・・・ボクだって、諦めた訳じゃないから」

 

其の燃える様な眼にシャルロットは若干怖気づきながらも強く強く自分よりも一回り小さな手を握った。

 

「・・・・・そうか・・・」

 

其れを察したのか、ラウラは口端を引き攣らせる。あの大酒飲みの蟒蛇を彷彿とさせる笑顔を浮かばせたのだ。

・・・傍から見れば随分と異様な光景だった事だろう。

あの愛らしい白い黒兎が、愛くるしい子犬に向かって得も言われぬ美しさと恐ろしさを併せ持った表情をしていたのだから。

 

 

 

 

 

 

「阿ーっと・・・異常はなし、よと!」

 

第七アリーナへ警備の為の赴いた春樹は後頭部をペンで掻きながら重要リストへチェックを付ける。

 

アリーナを警備するワルキューレ部隊隊員や実働部隊の教員に警備の進展具合と進捗状況を確認した後、彼は休憩がてらにアリーナ会場で行われている50m走へ目をやった。

自分の恋女房が出場する競技なのだから当然と言えば当然なのだろうが・・・・・

 

「・・・なーして、ウチの学校の体操服はブルマなんならな?」

 

彼は観覧席の手すりへ頬杖を突きながらブウを垂れる。

IS学園の体操服がブルマだという事は前々から知ってはいた。「うっわ・・・学園上層部の連中の性癖って歪んどらん?」等と云うくらいには、「正直言って、目のやり場に困るでよ」と照れるくらいには思っていた。

けれども其れも半年以上前の話。今思う事はと云うと―――――

 

「阿ーッ、野郎はどいつもこいつもイヤラシイ目をしやがって・・・招待客でなけりゃあ今すぐに”のっぺらぼう”にしてやるってからに」

 

ギリギリギリギリ奥歯を軋ませながら不満気に観覧席を見渡す。

春樹としては観覧席に居る観客などどうなろうがどうでも良く、生徒が守られれば其れで良いと考えていた。

だから「なぁ、あの子可愛くね?」とか「うっわ、あれエッロ!」等とのたまわっている招待状持ちの野郎の生皮を剥ぎたくて剥ぎたくて敵わなかった。

品のない言葉を吐き散らしているのは、大方、学園へ多額の出資をしている投資家の身内か何かだろう。

だが、其れで怯む男ではない。もしも此の輩共が生徒に何かしようものなら有無も言わさず爪を剥いで顎の骨を割る筈・・・と云うか、確定事項だ。

・・・されども・・・・・

 

「うわー、肌白ぇし、細ぇ・・・」

「あの銀髪って本物かよ? かわいいな!」

「おい、あとで声かけてみようぜ」

 

「・・・・・・・・阿”ぁッ?

 

ラウラであろうキーワードが出る度にドロリとした濃厚な殺気が否が応でも滲み出る。

其れでも其れを聞いて其の度に殴り込みをかけていたらキリがない。

 

〈ちょっと春樹、落ち着いて落ち着いて〉

 

「阿~・・・畜生め、チクショウめ、ちきしょうめッ!」

 

そんなイラつきで身体を震わせる度に「おー、よしよし」と琥珀が彼の頭を撫でる。

其れでも機嫌が治らないのか。「グロロロッ・・・!!」と不機嫌を囁く春樹。

傍から見れば、厳つく黒いフルフェイスマスクを被ってIS学園特有の白い男子学生服を着た男が唸りを挙げているので、不気味な事この上ない。

 

「ラウラちゃんが褒められるんは嬉しい事なんじゃけれども・・・如何せん野郎どもの眼が気に入らん! はぁ~・・・俺ってつくづく器の小さい男じゃわぁ~」

 

〈複雑な男心ってやつね〉

 

「・・・琥珀ちゃん。マグロの目玉ってとっても美味しくて栄養価が高いんよ?」

 

〈・・・・・なんでこのタイミングでそんな話をするの?〉

 

「破破破・・・何でじゃろうなぁ?」と不穏に笑う春樹。

 

「あら・・・貴方は・・・・・?」

 

そんな守る側の警備員なのに明らかな不審人物丸出しの彼へ掛ける声が一つ。

「阿い?」と振り返ってみれば、其処に居たのは黒服の女性SPを連れた大人の色気が漂う白人女性。其の美貌は、先程までアリーナの花達に釘付けだった男どもの目を奪うには十分であった。

其の人物を網膜に確認した途端、春樹は深々と礼儀正しくお辞儀を披露する。

 

「ッ、これはこれはデュノア夫人! いつもご主人、デュノア社長にはお世話になっております!!」

 

彼女の名はロゼンダ・デュノア。

取引先のお得意様であるデュノア社社長、アルベール・デュノアの妻であり、シャルロットの継母だ。

 

「本日はこのような無粋な仮面で失礼いたします!」

 

「そんな堅苦しくしなくて結構よ。私達も今日はプライベートだから」

 

「私”達”?・・・と云う事は、社長も此処へ?」

 

「えぇ、そうよ」と云う肯定文に春樹は仮面の下で口をへの字に困らせた。

本当なら此のまま挨拶周りに行くべきなのだろうが、彼は前回IS統合対策部製新型EOSの件でデュノア日本支社を訪れた際、アルベールとシャルロットとの件で喧嘩別れの様な事になってしまった為に個人的にはとても気まずかった。

 

「・・・無理に来なくても良いわ、Mr.ギデオン。私は貴方とあの人に何があったから知っているから」

 

「い、いえいえ。俺・・・私も社長へ罵詈雑言吐いた上に社長室を汚してしまいましたので・・・・・今更ながら、申し訳ございませんでした」

 

「謝らないで頂戴。元はと云えば、あの人が”あんな提案”を持ちかけた事が原因。私からもキツく言っておいたわ。でも・・・本当に良いの?」

 

「何がです?」

 

「いきなりの提案だったけれど、貴方にとってはとても良い話だと思うのだけど?」

 

ロゼンダの台詞に春樹は眉をひそませる。

仮面を被っている為に表情は読めないが、低姿勢から一転して肩を怒らせた。

 

「確かに・・・確かに社長からの提案はとても良いお話でした。私の様な田舎出の、ISがただ使えるだけの野郎には勿体のないお話・・・・・ですが・・・」

 

春樹はそう言って話を途中で切ると、流し目でアリーナの方を見る。

其の彼の視線の先には、流れ星の様に美しい銀髪を後ろ手に纏めた愛しい恋人が50m走のスタートラインに立って居た。

 

「俺にゃあ、もう居るもんで」

 

仮面の御蔭で表情は読み取れないが、きっと彼は優しく微笑んでいるだろうとロゼンダは察し、ただ「・・・そう」と呟くのみ。

 

「貴方は・・・誠実な人、なのね」

 

「誠実? いえいえ、俺はそねーに立派な御人じゃありません。唯の功名ガキ、度量の狭い男です」

 

「謙遜ばかりね。でも、あの娘を悲しませるような真似は頂けないわ。お腹を痛めた子じゃないけれど・・・私の大切な娘よ」

 

「破破破・・・ちょいと其れは、お約束できませんね」

 

ロゼンダの言葉に春樹が苦笑いを浮かべた其の時だった。

パン! と乾いた発砲音が鳴り響く。

 

「よっしゃー! 行けやッ、ラウラちゃぁああん!!」

 

スタート合図と共に彼は手すりへ足を引っ掛けて人一倍大きな声で轟き叫ぶ。

其の御蔭かどうかは知らぬが、彼女は見事一等賞を取り、観覧席で応援してくれた恋人に向けて二人にしか解らない合図を送った。

其れに春樹はちょっとした優越感に浸ったのは、また別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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157話

 

 

―――――芹沢 早太は意外と仕事人間だ。

働き方改革が叫ばれる世の中となっても昼夜関係なく働き、休日であったとしても仕事場へ入り浸っていた。

一応、上司から注意を受けてはいるが、本人に改善する気は一切ない。

 

「・・・・・うっわぁ・・・」

 

現在、そんな趣味=仕事の人間である芹沢はIS学園で開催されている体育祭に表情をしかめている。

 

今日、仕事中毒な彼は上司である壬生の指示で”ある品物”を届けに来ていた。

本当ならこんな子供のお使い程度などすぐに終わらせて本来の仕事に戻るのだが、壬生からのお願い(強制)で彼等の”刃”がどんな所に通っているか見て来るように言われていた為、すぐのすぐには帰れない。

仕方がないので体育祭を見て回る事となったのだが、どうも落ち着かない。

 

其れは中々男心をくすぐるIS学園標準体操服であるブルマ姿の女生徒達が目の毒になっていたのもあるが・・・此の男、意外にも顔が良いのだ。

御蔭で女生徒達からコソコソ噂話をされて幾分か居心地が悪い。

 

しかも体育祭で行われている競技も競技だ。

最初は50m走やリレー等と云った一般的陸上競技が続いたのだが、此処は世界最強の兵器と名高いISを扱う学校。そうそう普遍が続く訳がなかった。

ISの射撃武装を使用した玉撃ち落としに有刺鉄線などの障害物が配置された軍事障害物競走。しまいには量産機体である打鉄やラファール・リヴァイヴを纏っての騎馬戦に棒倒し。

武器の使用はせずとも、実戦さながらの大迫力の試合に生徒達や観客は大盛り上がりなのだが・・・其の熱狂に芹沢は違和感を抱いた。

 

「・・・まるで、古代ローマのグラディエーターだな」

 

彼はアリーナで行われている事が、疑似的殺戮を見世物にしている様に見えたのだ。

加えて、明らかにどう見ても試合結果で賭博をしている連中もチラホラ。

学生運動会をテーマに賭け事をするのは、倫理的にもいかがなものか。

 

「あッ、あの! 芹沢さん!!」

 

「ん?」

 

そんな考え込む男に背後から声が一つ。振り返ってみれば、妙齢の美しい女性が居るではないか。

 

「あぁ、これは。どうも榊原先生」

 

此れ迄何度も見識のあるIS学園側の関係者に芹沢はお辞儀をすると、ジャージ姿の彼女は何処か嬉しそうに距離を詰めた。

 

「こ、こんな所で会うなんて奇遇ですね! 今日はどうされたんですかッ?」

 

「えぇ、ウチのパイロットへ届け物を指示されましてね。無事に届ける事が出来たんですけど・・・」

 

「けど?」

 

「どうも、会社から良い機会だから学園を見学しとけ・・・って、言われましてね。でも、来たのはタッグマッチの時以来だし・・・どこをどう見ればいいのか」

 

「ッ・・・な、なら! 私が学園をご案内いたします!」

 

「え? いや、悪いですよ。榊原先生だって生徒さん達を見るのにお忙しいでしょう。それに変な輩もチラホラいますし」

 

「大丈夫ッ、大丈夫です! もう午前の部が終わって昼食に入るんです! あと、芹沢さんの御心配には及びません。その辺は、我が校の自警団が対処しますので」

 

「は? 自警団?」

 

疑問符を浮かべる芹沢に「ほら」とばかりに榊原教諭はある観客席へ指をやる。

すると其処には桜色のだんだら模様の羽織を着た集団が、賭博行為や盗撮と思しき疑いのある人間に対して声を掛けているではないか。

 

「”ワルキューレ部隊”ッ、ですの!!」

「御用改めです! 神妙にしてください!!」

 

名乗りを上げるや否や其の集団は該当者たちを捕縛していく。中には抵抗しようとする輩も居たが、即座に目にも止まらぬ体術で此れを取り押さえてしまう。

其の光景に芹沢は「え・・・・・えッ・・・えぇ!?」とギョッとした。

 

「どうです? すごいものでしょう? 『ISなくとも自己防衛を果たせ』って、自警団の”親分”が指導したんです。最初は心配しましたが、今は安心しています」

 

呆然驚く彼の表情に満足したのか、榊原教諭は頷く。

 

「あの子たちの親分・・・って言うと、アイツですか?」

 

「はい、彼です。御蔭で皆、たくましくなりました」

 

「フッ、あの野郎・・・」と芹沢は少し困った様に口端を吊り上げていると、「どうです、凄いもんでしょう」の声が一つ。

目をやれば、黒いフルフェイスマスクの怪人がケタケタ頭を揺らしている。

 

「ムッフー! どんなもんじゃ!!」

 

「えばるな、バカ」

 

「えぇ~ん?? つーか、芹沢さんは何で此処に? 来るんじゃったら連絡くれてもエエですが」

 

「お前に頼まれてたもんを持って来たんだよ。それに清瀬、態々お前に連絡しなくてもいいだろ」

 

「んもぉ、そんな事云うて。水臭い。でも、忙しい中ありがとうございます。此れで予定通り決行出来ますだ」

 

サムズアップする春樹に「まったく」と芹沢は呆れた表情を晒すが、二人の遣り取りを見ていた榊原教諭には、彼の表情が何処か嬉しそうに見受けられた。

 

「阿ッ、そうじゃ。芹沢さん、昼飯食いました? 一緒にどうです?」

 

「は? いや、俺は別に・・・」

 

「大丈夫ですって、見知った連中も他にもいますし。其れに心配せんで下さい。榊原先生も一緒ですから。ねッ、先生?」

 

そう言って榊原教諭へ春樹は合図を送る。

其れに最初は「え?」と戸惑った彼女だが、すぐに「えぇッ、もちろん!」と叫ぶ様に頷いた。

 

 

 

 

 

 

「む。待っていたぞ、春樹!」

 

芹沢と榊原教諭を引き連れた春樹が午前の部が終わったグラウンドへ赴けば、其処にはラウラ並びにワルキューレ部隊の面々がブルーシートの上で用意した昼食を並べていた。

 

「お待たせ致しましたでよ。ちょうど知ってる顔を見つけたもんでな」

 

「おおッ、これは芹沢技術士。いつも春樹がお世話になっている」

 

よくできた妻の様に芹沢へ頭を下げるラウラに彼は「お、おう・・・これは、どうもご丁寧に」とお辞儀を返す。

其の様子がワルキューレ部隊の面々には奇妙に映ったのか。くすくすと小さな笑い声が周囲から漏れ出る。

 

「はいはい。それじゃあ皆、お昼ごはんにしましょうか!」

 

「じゃーじゃー・・・って、なして会長が此処に居るん? 仕事は? サボりなん?」

 

「そんな訳ないでしょ! 終わったから私もここにいるのよ!! そんな可愛くない事を言う春樹君には、炊き込みご飯のおにぎり食べさせてあげないわよ!」

 

「いや、別に俺はエエで。ラウラちゃんの塩握り飯あるし、皆にあげて下さいや」

 

春樹の発言に目に見えて「・・・えッ」と落ち込む楯無。

そんな姉を不憫に思ったのか。簪が「春樹・・・食べ比べてみたら?」とフォローを入れてあげたのだった。

 

「春樹、そんな意地の悪い事を言ってやるな。簪の言うように私のものと食べ比べすればよいではないか」

 

「そうですわ。そのおにぎりのお供に私のトムヤムクンもいかがです?」

 

「セシリアさん、君はイギリス人なんになしてベトナム料理を・・・? まぁ、ええわ。解った解った。ありがたく頂きますよっと」

 

そう言って春樹は黒漆の重箱からむんずと炊き込みご飯の御握りを掴んで口の中へ放り込んだ。

 

「ど・・・どう?」

 

「おー、美味い旨い。普通に美味い」

 

「そ、そう! よかったわ!!」

 

「よっしゃ!」と心の中でガッツポーズを取る楯無だったが、当の春樹はさっさと恋女房の作った塩握り飯へ手を伸ばして喰らい付いた。

其れを見てラウラの表情はほころぶが、何処か申し訳なさそうである。

 

「本当なら、もっと豪華なおかずを作る筈だったのだがな・・・私としたことが時間配分を間違えてしまった。やはり、軍用レーションはおかずになりえんな」

 

「んねぇな事ねぇでよ。此れは此れで物珍しくて美味いし・・・其れに仕方ねぇでよ。昨日は・・・・・”色々”と忙しかったし」

「ッ・・・そ、そそ、そうだな!」

 

何故か顔を見合わせて頬を紅に染め上げる二人へセシリアやワルキューレ部隊の面々はニヤニヤと生暖かい視線を送り、楯無は羨ましそうに頬を膨らませ、そんな彼女を励ます様に簪は自分の持って来た菓子パンを差し出した。

 

「惚気てるが・・・そんなので大丈夫なのか、清瀬?」

 

「大丈夫ですって。人事は尽くしたし、狩場も抑えた。此れで巧くいかなきゃ、天命って事です。まぁ、無能者の俺の策が巧く行くこと自体が奇跡かもですがね」

 

「ようするに行き当たりばったりって事か? お前っていつもそうだよな」

 

「お恥ずかしい限りで。じゃけど・・・果たしてそうじゃろうか?」

 

「ッチ・・・清瀬、お前って人間は読めないやつだ。せめて味方にぐらいは本性を見せたらどうだ?」

 

芹沢からの疑問符に春樹はいつも通りの呵々大笑奇天烈な笑い声を挙げ、「秘すれば華なり、皆迄云うな。阿破破ノ破!」と裂けるまで口端を吊り上げるのであった。

・・・因みに。セシリア作のトムヤムクンは、限度のない辛さと旨味もヘッタくれもない痺れが舌先に襲って来た為、彼女の料理を初めて食べた面子は悶絶必至となったのは別の話。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・ハァッ」

 

観覧席へ腰掛けるギリシャの国家代表候補生、フォルテ・サファイアは随分と浮かない表情を晒していた。

別に現在進行形で行われている体育祭が退屈でツマラない・・・という訳ではない。

世界各国から集まった人種のサラダボウルの様な場所で、ほぼ日本式の運動会をやっている。自国では決して味わえない新鮮な経験に感動すら憶えているのだが・・・やはり彼女の表情は冴えないし、何処か不満気だ。

 

理由を挙げるとするならば、女性特有のホルモンバランスの乱れもあるだろうが、其れは極々些細な事でしかない。

なればギリシアの専用機持ちが何に苛まれているのか。

 

「あ~~~もうッ! 何なんすか、ダリル先輩!!」

 

其れはやはり彼女の恋人であり、アメリカの国家代表候補生にして専用機持ちのダリル・ケイシーの事に他ならない。

何だか最近・・・正確に言えば体育祭の開催が叫ばれた一週間前であろう。ダリルの様子が変わってしまったのは。

元々、気性の尖った所がある故に人を寄せ付けない雰囲気を持ち合わせていた彼女だったが、此の一週間は更に目に見える様な『殺気』を身に纏っていた。

朝から晩まで張り詰めた弓の弦の様に意識をピリピリ集中させ、時には不意に近付いて来たクラスメイトにさえ鋭い視線を突き刺す。

しかしまぁ、こんな事は偶にあった。そんな時、フォルテはダリルと共に同じ空間で同じ時間を過ごしていく事で彼女の精神を安定させた。

けれども・・・今回はどうも様子が違う。様子がおかしい。

一緒に行動する事を何度も拒む事が多く、何処か怯えたともとれる表情をしている時があるのである。

前者は気分が乗らないにしても、後者の方はフォルテには考えられない事であった。

いつも強気でISを纏わずとも勇猛果敢に戦う恐れなど知らぬような強者である筈のあのダリルが、時折り暗闇を怖がる幼子の様に瞳を俯かせるのだ。

彼女には其れが不思議でならなかったし、其の姿が愛らしくて堪らなかった。・・・だから、フォルテはそんな愛おしい愛おしいダリルを”求めた”。

けれども共に暮らす二人だけの密室で彼女はダリルを艶やかな姿で誘惑したのだが、一向に此れへ乗る気配はなかったのである。

御蔭でフォルテは行き場のない滾りを抱え込むだけ抱え込んで、今日の今日まで日々を悶々と過ごしていたのだ。

 

「はぁ・・・ダリル・・・・・ダリー・・・ッ♥

 

最後に肌を重ねた夜を思い出し、彼女はダリルが噛んだ自分の小指へ歯を当てていると、こういう時だけ呼ばれもせずに出て来る怪人がひょっこりフォルテの顔を覗いて来たのでないか。

 

「・・・どうかしたんすか、サファイア先輩?」

「ッ、うわ!?」

 

彼女は鏡の様に磨かれた黒いフルフェイスマスクへ映る自分の顔に吃驚してバランスを崩してしまうが、怪人は咄嗟に其の手を取って支えてやる。

 

「おいおいおい。気をつけて下さいよ、サファイア先輩?」

 

「な・・・なんだ、清瀬後輩っスか。ビックリしたじゃないっスか!」

 

「いや、知らんでよ。そっちが勝手に吃驚仰天したんでしょうがな・・・何かあったんですか? ボーっとしてたみたいですけど・・・悩み事ですかね?」

 

「え・・・いや、私は別に悩んでなんか・・・・・」

 

言い淀むフォルテに「あ、そうですか。じゃ!」と何ともドライな対応をする春樹だったのだが、「もうちょっと踏み込んで来るっス!」なんて言いながら彼女は首根っこを掴んで引き留めた。

そんな秋の空の様な乙女心に仮面の下で苦笑いを晒しながらも「解った解った」と彼はフォルテの横へ腰を据える。

 

「何だか・・・最近、ダリル先輩が冷たいんっスよ!」

 

「ちぃとばっかタンマです。其れって、普通は同性の友達に相談する事柄じゃなくて? 俺、野郎ですよ?」

 

「私の周りでちゃんとした恋人がいるのは清瀬後輩だけなんスよ。それに・・・清瀬後輩は、同性同士の恋人に理解があるじゃないっスか。クラスメイトでも私が先輩との事を話すと変な顔する人がいるんで・・・」

 

「まぁ、日本人の大半は薔薇じゃ百合じゃ云うんは漫画とかアニメの中だけで、実際に聞くと現実とのギャップがあるんじゃろう。良かったっすね、俺が理解ある人間で!」

 

「・・・なんかムカつくっス。清瀬後輩のくせに」

 

「えぇ・・・?? ムカつかんで下さいよ」

 

口をへの字にしつつも春樹はフォルテの悩み相談に相槌を打つ。

其の相談事は徐々に徐々に男生きる惚気話へいつの間にかシフトチェンジするのだが、彼は変わらず付き合う。

 

「そう言えば・・・そういう清瀬後輩はどうなんスか?」

 

「どうって?」

 

「とぼけるんじゃねーっス。ボーデヴィッヒ女史と遂に一線を越えたんじゃねぇんスか? でなきゃ・・・彼女があんなにも綺麗になるわけないっス」

 

「か、考え過ぎっすよ。其れに・・・ラウラちゃんは前から美人ですぜ?」

 

「・・・・・適度なセックスは美容に効果的なんスよ?」

 

「あー言えば、こー言うのねサファイア先輩・・・参ったね、こりゃあ」

 

「阿破破・・・」と苦笑いをする春樹に対し、「フフフッ♪」とフォルテは悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。

傍から見れば可憐な少女と仮面の怪人が談笑すると云う異様な光景だが、本人達にとっては楽しい時間であった事だろう。

 

「んー、しかし不思議っスね」

 

「何がっすか?」

 

「清瀬後輩と話してると・・・なんか時々、”年上”の男の人と話をしてるみたいっス。年下のくせに生意気っス」

「ッ・・・・・!!」

 

春樹の身体が一瞬、ほんの一瞬だけ硬直する。

其れが何故なのか。彼自身にも理解できなかったが、フォルテの発言が春樹の心の柔らかい部分に突き刺さった事は間違いない。

 

「な・・・なんスか、急に黙って? もしかして、怒ったんスか?」

 

「ッ、阿破破! んな訳がなかろうて。こんな年上の妹みてぇに可愛らしいサファイア先輩の戯言で俺ぁ怒らんわ」

 

「おーよしよし」と春樹は優しく彼女の頭を撫でてやる。

フォルテは「子ども扱いするなっスー!」と云いながらも何処か嬉しそうな表情を晒していたのだが・・・・・

 

「・・・・・おい」

 

兄妹の様な二人に少しドスの効いた声が一つ。

 

「おッ、噂をすればなんとやらじゃ。普段からはだけ具合がエロい制服着とるけん、ブルマに違和感がありませんな、ケーシーパイセン」

 

「・・・うるせぇッ。テメェ、オレのフォルテに何してやがるッ?」

 

ヤの付く職業の方並のメンチを切るダリルに「おー、きょうてぇきょうてぇ(怖い怖い)」と云いながらお道化て見せる。

 

「つーか、「オレの」って・・・うわー、サファイア先輩ってば愛されてるぅ」

 

「・・・えへへ」

 

「可愛えねぇ」

 

「黙ってろ。いいからテメェはとっととどっかに行け。それにもうすぐテメェの女が出るんだろうが」

 

「ありゃりゃ、ホントにご機嫌斜めらしい。其れに別にいいでしょ? 俺がどこでラウラちゃんの活躍を見てもよぉ~?」

 

きっと仮面の下で春樹はニタニタと笑っていた事だろう。

そんな彼の様子にダリルは不快感丸出しの苦虫を嚙み潰した様な表情を晒したが、次の瞬間には彼女はニタリと口端を上げた。

何だ何だと顔をしかめていると「あれ、見てみろ」とダリルが指を差す。

 

「阿?・・・・・って、何ィイイ!!?」

 

彼女の指の先にある電光掲示板を見ると、其処には≪次の競技は『コスプレ生着替え走』≫と映っているではないか。

此のコスプレ生着替え走は、文字通りコスプレの生着替えをしてからレースをすると云う競技である。

無論、生徒達は面白い恰好やキワどい姿で走る事が予想された為、度量の狭い春樹はラウラのあられもない姿を見せまいと却下した筈なのだが・・・どうやら何処かの悪ガキが彼に内緒でプログラムへ組み込んでいたらしい。

 

「クックックッ・・・早くしねぇと観客席の下種野郎どもに―――――」

「あんのボケカスがぁああ!!」

 

煽り言葉を紡ぐ前に春樹は血眼でグラウンドへ乗り込んで行ってしまう。

其の後ろ姿に「ざまぁみろ」とダリルは唾を吐いた後、上書きする様にフォルテの頭へ自分の手を置いてガシガシ荒く撫でた。

 

「ちょ、ちょっとダリル!?」

 

「上書きだ、バカ。軽々しく頭を撫でられてんじゃねぇ」

 

「す、すいませんっス」

 

しょんぼりしてしまうフォルテだが、そんな彼女の額へダリルはそっと唇を落としてやる。

 

「ッ、ダリー・・・!」

 

恋人からのキスにフォルテは表情をパァッと明るくし、口端を上げた。

 

「フォルテ・・・後で話がある。大事な話がな」

 

「へ?」

 

『大事な話』とは何だろうか。疑問符を投げ掛けようとした彼女だったが、其の前にダリルは一人でさっさと何処かへ行ってしまう。

其れをフォルテは忠犬の様に後を追うのであった。

 

 

 

・・・因みに。

コスプレ生着替え走に乱入した春樹は、無事に出走前のラウラを救出する事に成功。

そして、下手人へ渾身の拳骨と足蹴にを叩き落したのは別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 





今回が今年最後の投稿でひっちゃかめっちゃか掻きまわすのは次回からになります。
其れでは良いお年をお迎えください。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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158話


明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。



 

 

 

―――――さて、生徒教員並びに観覧者達へ興奮と感動の大熱狂をもたらしたIS学園大運動会もそろそろ終幕と相成る。

50メートル走、玉打ち落とし、軍事障害物走、IS騎馬戦、IS棒倒し・・・と、多種多様な競技が行われて来た。

そんな最後を飾るのは『バルーンファイト』なるもの。

体育祭のトリを飾るには少々派手さに欠ける名称であるが、百聞は一見に如かずと云える程にド派手な競技内容であった。

 

まず、世界初の男性IS適正者である織斑 一夏を用意します。

次に彼の上半身へ大量のヘリウムガス入り風船を装着させてアリーナ上空に浮遊させます。

最後は簡単。其の風船をISを纏った抽選者達が撃ちまくるだけ。

・・・だったのだが―――――

 

「・・・おいおいおい・・・おいおいおいおいおい・・・!!」

 

前提条件である的当ての的である一夏が病み上がりと云う点を考慮し、其の代りとしてコスプレ生着替え走へ乱入して競技内容を滅茶苦茶にした二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹がペナルティとして抜擢されたのだった。

 

勿論、只で撃ち落とされる男ではない。

射撃武装を構える量産型ISを纏った抽選者達と優勝賞品である一夏との相部屋を虎視眈々と狙う中華娘並びに武士娘へ対し、彼が手加減をする筈がなかった。

特に勝手に大会プログラムへコスプレ生着替え競走を組み込んだ生徒会長に対しては其れは其れは躊躇はおろか容赦の微塵もなかった。

 

「渇かず餓えず・・・無に還りやがれぇええッ!!」

「ッ、きゃぁあああああ!!?」

 

腰へ風船ぶら下げて浮遊しているとは云え、流石は学園の狂戦士。十字に組んだ両腕から放たれる金色の破壊光線は周囲の敵を文字通り蹴散らしていく。

 

「ちょ、ちょっと春樹! あんた、もうちょっと手加減しなさいよ!!」

「そうだぞ! いい加減に墜ちんかッ、このバカモノ!!」

 

「喧しいッ! 俺がそう簡単にやられるか!! 特にテメェだけは許さんぞ、此のバ会長ッ!!」

「ま、待って春樹君! 私はただみんなに楽しんでもらおうと―――――」

「問答無用じゃぁアアッ! 影も形も消し飛ばしてやらぁああ!! 喰らえッ、晴天極夜!!!」

 

場内へ響く絶叫と悲鳴に相反する様に観客席の観覧者達は、けたたましい爆撃音や土煙が舞う余りにも緊迫感のある情景に『『『ワァアア―――ッ!』』』と大興奮し、此処一番の大盛り上がりを博した。

 

「わー・・・かんちゃん、これはもう競技じゃないね~」

「もう、お姉ちゃんってば・・・だから止めといた方がいいって言ったのに・・・」

 

「うむ。やはり春樹はこうでなくてはな」

「容赦のないあの感じ・・・悔しいけど、やっぱりかっこいいなぁ・・・」

 

其の惨状を目にした競技不参加者である本音や簪は呆れた声を漏らし、ラウラやシャルロットは暴れ回る想い人の勇壮な姿に感嘆詞を吐く。

 

「はぁ~・・・やれやれってやつですわ」

 

そんな状況にセシリアは肩をすくめて溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『ダリル・ケイシー』。

IS学園三年生で、アメリカの国家代表候補性の専用機体『ヘル・ハウンドVer2.5』の所有者である。

端麗な容姿に砂金の様に美しい金髪、モデル並みの長身スタイルにFカップのバストが特徴的で、世の男共なら誰もが振り向くであろう。

IS学園二年生で、ギリシャの国家代表候補生であるフォルテ・サファイアとは同性の恋人同士である。

普段は下着が露出するほどの短いスリットスカートと黒いガーターベルトを着用し、やる気のない態度が見られるが、其の性格に反して高い実力を持っており、先の『ゴーレムⅢ事件』においてはフォルテとのコンビネーション『イージス』は襲撃者ゴーレムⅢをたやすく撃破した。

一見、態度に問題がありながらも周囲から優秀であると慕われる人物だが・・・其れは彼女の”本来の正体”ではない。

 

「・・・」

 

体育祭も終盤にかかって来た頃。自分の出番を終えたダリルは体操服ブルマから特徴的な白い制服へと着替えていた。・・・まぁ、露出度は変わらないが。

 

そんな彼女の眉間には普段と違って更なるしわが刻まれている。

此のしわは一週間前にあった”ある出来事”によって付けられたものであった。

 

―――――「バレてる

「・・・・・クソ・・・ッ」

 

恋人との情事の後にとった電話から聞こえて来た正体不明の人物からの声。

話の内容は上記のたった一言。しかし、其のたった一言がどれ程までに陰のある彼女の心を揺さ振った事だろう。

其の声によってダリルは今まで経験した事のないような苦悩に打ちひしがれた。

だからこそ彼女は悩んで・・・悩んで、悩んで、悩んで悩んで悩んで、悩み抜いた末に自身の秘密を愛する恋人に打ち明ける事にしたのである。

 

きっと最初は戸惑う事だろう。けれどフォルテなら・・・彼女ならきっと自分の事を理解してくれる。

 

・・・そんな淡い期待を胸にダリルは待ち合わせとなっている場所へと急いだ。

 

「フォルテ・・・?」

 

部屋へ入るなり彼女は恋人の名を呼ぶが、返事はない。

此処は二年生クラスの教室。文化祭の時、ある蟒蛇の計略よって大勢の前でフォルテに対する愛を叫んだ場所だ。

 

「早く着いちまったか?」

 

現在、第三アリーナでは体育祭最後のプログラムが行われており、此処へ来る人間など誰もいない・・・・・・・・筈だった

 

「―――――失礼致します」

「ッ・・・!」

 

待って居ようと机へ寄りかかった途端に入って来た待ち人ならざる声。目をやれば、其処に居たのは緊張した面持ちで自分を見る三人の生徒達。

ダリルはそんな彼女達に見覚えがあった。

 

「何だよ。誰かと思えば、清瀬の野郎とつるんでる一年共か。昼間は随分と活躍してたな」

 

「・・・・・」

 

ダリルが喋りかけても彼女等はうんともすんとも答える様子はない。其れ処か此方をキッと睨み付けているではないか。

普段ならそんな失礼な後輩には”オハナシ”をするのだが、今の彼女に其の様な余裕はない。

「悪いが、オレは人を待ってるんだ。用があるなら別の教室を使え」とぶっきらぼうに言い放って顔を背けた。

 

「・・・サファイア先輩なら、来ません」

 

「・・・・・なんだと?」

 

ところが、不意に返って来た言葉にダリルは彼女等をジロリと睨む。

其の殺気立った視線に気負けして後ろへ足を引いてしまいそうになるが、其れをグッと堪えた彼女達は続きの言葉を紡いだ。

 

「サファイア先輩は先程、榊原先生に呼ばれて職員室へ行っています」

 

「・・・ッチ、なんだそれを先に言えよ。(あいつ、人なんか寄越さなくたってケータイで連絡を寄越せてってんだ)わかったわかった。それだけなら、もう帰って良いぞ」

 

「いえ・・・ケイシー先輩。貴女にも用があります」

 

「は? 何の用だよ?」

 

「ケイシー先輩・・・いや、ダリル・ケイシー。これより貴女を”逮捕”致します」

 

「・・・・・・・・は?」とダリルは疑問符を浮かべた後、耳に小指を突っ込んで耳垢を取る様な仕草をする。

 

「なぁ、今なんつった? オレを逮捕するって、言ったのか? 何の為にだよ?」

 

「貴女には、先のワールドパージ事件においてテロリストを学園へ誘導した容疑がかかっています。これは学園長から頂戴いたしました逮捕状になります」

 

そう言って彼女がダリルへ見せたのは、『逮捕状』と印刷された正式な書状であった。

 

「大人しくして下さると大変助かります。ですが、抵抗する場合は―――――

「クククッ、クハハハハハ!」

―――――・・・なにがおかしいのですか?」

 

彼女等の説明にダリルは呵々大笑とばかりに声を上げて笑った後、「ふざけるんじゃねぇッ!!」と近くにあった机を蹴飛ばす。

 

「下手に出てりゃあつけあがりやがって! 舐めた口きいてっと容赦しねぇぞ!!」

 

憤怒の形相を曝け出すダリルだったが、彼女・・・ワルキューレ部隊隊長、四十院 神楽は気負けせずにズイっと前へ出る。

そして、一言こう言い放った。

 

「・・・『バレてる』」

 

「ッ!?」

 

其の言葉にダリルの身体が硬直し、顔から一気に血の気が引く。

何故、彼女が其の言葉を知っているのか。様々な考えが頭の中を駆け巡るが、今言える事は唯の一つ。『ヤバい』だ。

 

「テメェ・・・!」

 

「ッ、動かないでください!」

 

拳に力を入れるダリルに四十院は注意と共に量産型IS『打鉄』の射撃武装を展開し、其の銃口を彼女へ差し向ける。

同じ様に四十院の後ろへ控えていたワルキューレ部隊隊員達も武装を展開した。

 

「ダリル・ケイシー・・・私達は貴女と無益な争いをしたいとは思いません。此処で大人しく縛に付いて頂ければ、悪いようには致しません」

 

「フン・・・随分と舐められたもんだ。ごっこ遊びのテメェらにオレが遅れると思って―――――」

 

「―――――いるのか?」と最後まで言葉を紡ぐ前にズダァアッン!!・・・と、一発の銃声。

其れと同時に鋭い衝撃と肌を刺す冷たさがダリルの背後を襲った。

 

「ッ、ぐッぁアア!?」

 

彼女は悲痛な声と共に前のめりで机を掴む。

そして、痛みの奔る箇所を触ってみれば、手に伝わったのは文字通りの氷の冷たさであったのである。

 

「て・・・テメェら・・・!!」

 

「抵抗する気配が見えましたので・・・申し訳ありません」

 

見れば、ダリルの身体にはポツポツと赤い点が光っており、彼女の背後にあった窓ガラスは銃弾が通過した影響によって穴が開いていた。

 

「レーザーサイト・・・か。よく言うぜ。テメェら最初からオレを撃つつもりだったろ?」

 

「・・・・・」

 

「・・・ククク・・・あぁ、そうか。そうかよ、ちくしょうが!」

 

四十院は何も答えなかったが、視線を伏せる。

其れを察してか。ダリルは苦笑いをする様に口端を少し上げた後、首元にあるダークグレーのチョーカーへ手を伸ばした。

 

「こういう時、日本じゃこういうんだったけか? 『毒を喰らわば皿までも』ってな!!」

「ッ、させません!!」

 

彼女のISを展開する方が早かったのか。其れとも四十院らの銃撃が早かったのか。

・・・解っている事は、二年生クラスの教室に大きな大きな氷柱が立った事。

そして―――――

 

「ダリル先輩ってば遅いっスねぇー」

 

「・・・えぇ、そうね」

 

職員室でフォルテ・サファイアが来る筈のない待ち人に待ちぼうけを喰っている事だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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159話


―――――Q、コメントが欲しいとか思っちゃうぐらいに追い込まれた事があるか?
―――――A、今が其の時だ!

Adoさんの『うっせぇわ』からの『レディメイド』って良いよね。



 

 

 

『英雄』

其りゃあ才知や武勇などが優れとって普通の人にゃあ出来ない様な事柄を成し遂げる人の事を示す言葉で、伝説や物語の中に出て来る『主人公』の事を指し示す言葉でもある。

そんな大業な言葉を冠する事を此の『世界』で許されているんは、たった一人じゃ。

あのどうしようもない鈍感屑で顔と主人公補正しか取り柄のないダメな方のバナージ・・・もとい『織斑 一夏』じゃ。

野郎は『インフィニット・ストラトス』と云う学園ラヴバトルコメディーの物語の中で、怪力無双の英傑にして大層な漁色家であったろう。

・・・じゃけども残念な事に此処は純粋たる『インフィニット・ストラトス』と云う『世界』じゃあない。

 

其れは何故か?

勿論其りゃあ『清瀬 春樹』云う”異物”が、大酒飲みの『俺』が此処に居るけんじゃ。

純粋たる物に一度異なる物が混ざれば、其れはもう別物じゃ。トマトジュースに酒を混ぜるとブラッディ・メアリーになるみたいにのぉ。

 

・・・じゃがしかしじゃ。

俺ぁあの鈍感屑に成り代わって『英雄』や『主人公』云うもんになるつもりなんぞ爪の先程もない。

何が何だか解らん内に此の世界に来て、半ば無理矢理に荒波に突き落とされて、強引に歪んだ憎悪と血みどろで揉まれた。

『モブ』であった俺にはとても酷な事じゃ。酒を飲まなきゃやっとられん。

俺ぁ『エヴァ初号機』のパイロットでもねーのに正体不明の無人ISを潰したり、暴走した軍用ISを無効化したり、テロリストと命の遣り取りしたり・・・精神体が二十代とは云え、十五のガキにやらせる事じゃなかろうが。

まぁ、其れに対する『報酬』はちゃあんと手元に転がり込んで来た・・・が、俺も欲深い人間になったもんじゃ。

もっと・・・もっと、もっともっと好き勝手にやってみとうなった。もっと欲しゅうなった。

 

さて、今の俺は一体何者じゃろうか?

『英雄』に片足突っ込んだ馬鹿か。『悪党』に成り損ねている阿呆か。

人か、魔か。

・・・俺はまだ人間じゃろうか?

 

〈あぁ、勿論。君は・・・ただの”人間”だ。どうしようもなく唯のね〉

 

阿破破破ッ!

あぁ、あぁ、あぁ・・・そう言ってくれるのはお前だけじゃ、”人喰いハンニバル”。

さて、ところで博士? 話は変わるが・・・ちょっと催眠術のやり方について教えてくんね?

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「うわー! ここが一夏さんたちが過ごしてる教室なんですね!!」

 

体育祭終了後、会場の後片付けが行われている余所で、観覧者の一人として招かれた五反田 蘭は普段IS学園生徒が学んでいる整然とした教室に感嘆詞を述べる。

 

「おい、蘭。あんまり騒ぐなよ。悪いな一夏、無理聞いてもらってよ」

 

「あぁ、別に構わないぜ。蘭には美味い弁当を食べさせてもらったしな」

 

病み上がりと云う理由で後片付けの労を免れた一夏は、IS学園入学を強く希望する蘭のお願いもあって自分が招待した五反田兄妹を連れて学園の案内をしていた。

 

「しっかし、聞いてたよりもスゲー設備だな。ちょっとしたSF映画みたいだぜ」

 

「そうか? 俺にはこれが日常なんだけどな」

 

「どんな日常だよ! それに学園祭と一緒で運動会も桁違いの迫力だったし・・・流石はIS学園だな!」

 

「ハハッ、そうかもな」

 

他愛のない親友との会話に一夏の心は少しばかり和らいでいた。

あまりにも殺伐とした騒動事が続き、つい此の前には電脳世界の意識だけとは云えども美味で醜悪極まりない料理を食べていたのである。

其のせいで彼は肉料理全般が食べられなくなり、体調を崩しがちになってしまった。

そんな中での一時の平穏に一夏はホッとしていたのである。

 

しかし、其れも彼の意図を酌んだ弾の思惑であった。

酷くやつれてしまった親友の為を思い、本当は話題にしたかった体育祭最後のプログラムで暴れまくっていた”二人目”ついて聞きたかった。

でも・・・其れが一夏にとって禁句である事を知っていた彼はグッと腹の底へ押し込めていたのであるが・・・・・

 

「・・・お兄。私、絶対にIS学園に入るからね!」

 

「ッ、おいおい!」

 

「あらためて決心がついたの! もう何回もここに来てるけど、やっぱりIS学園がいい!」

 

「・・・はぁッ、やっぱり来るんじゃなかったか?」

 

「そう言ってやるなって、弾。でも蘭、IS学園の入学試験って難関じゃないのか?」

 

「ふふ~ん! 心配ご無用です一夏さん! 私って頭良いんです! それにISの適性だって高いんですからね!」

 

「そっか。なら、問題ないな」

 

「そ、それで一夏さん!」

 

「ん?」

 

「わ、私が・・・私がIS学園に入学できたら・・・・・そ・・・その、ISの事・・・手取り足取り教えてくれませんか?!!」

 

顔を真っ赤にして言葉を並べた蘭に対し、一夏は「あぁ、もちろん」と答えた。恋する乙女の振り絞った勇気に対し、いつもと変わりのない態度で答えた。

・・・丁度、其れと同時であったろう。

 

「―――――誰じゃッ、テメェら・・・?」

 

教室へ白髪金眼の蟒蛇が入って来たのは。

 

「ッ・・・!?」

 

蟒蛇の登場にギョッと表情を強張らせる一夏。

そんな彼の顔に何かを察したのか。弾は一夏を庇う様に前へ出る。

 

「な、なにッ? 誰よ、あんた?!」

 

「そりゃあこっちの台詞じゃい。おいボケの織斑。テメェ、また絡まれてんのか? 病み上がりで片付けサボるくらいなら大人しゅうしょーれって言ったろうに」

 

またしてもテロリストに襲われているのかと勘違いし、チャキリと蟒蛇は手元へリボルバーカノンを顕現させる。そして、其の銃口を何の躊躇もなく蘭へ差し向けた。

まさか銃を向けられると思わなかった彼女の表情は一気に青くなり、妹へ凶器が向けられた事に弾は吃驚仰天する。

 

「ま、待て! 待ってくれ!! この二人は敵じゃない!! 撃つなッ、清瀬!!」

 

「き、清瀬?・・・って事は、コイツが二人目の?!」

 

一夏の言葉に再び吃驚仰天する弾だが、其れでも蟒蛇・・・春樹は銃口を下げない。其れ処か、撃鉄を起こしたのだ。

今の春樹は未だ最後の体育祭プログラムであるバルーンファイトの興奮状態を引き摺っており、狂暴な本性を曝け出したままでいたのである。

 

「おい。こかァ、例え招待客でも関係者以外立ち入り禁止じゃった筈じゃが? 其れなんに敵じゃねぇとは・・・どういうこった?」

 

「こ、この二人は俺の親友の五反田 弾とその妹の蘭だ! だから敵じゃない!!」

 

「い、一夏?」

「い・・・一夏さん?」

 

ギョロリと脂ぎった異様な金色な眼の男にも驚いたが、其れよりも其のあまりにも弱々しく必死に弁解する彼の姿に呆気を取られる蘭と弾。

そんな二人を余所に春樹は「・・・ッチ」と舌打ちをしつつではあるが、銃口を下へと下げて武装解除を行った。

 

「なんで、お前がここに?」

 

「忘れもんじゃ。今さっき、此の前テロリストを引き込んだスパイを縄にかけたけんな。事情聴取を行うんじゃ。おッ、あったあった。ボイスレコーダーちゃん」

 

「て、テロリスト!? おい、一夏! どういう事だよ?!」

「一夏さん・・・!」

 

衝撃の言葉に動揺する弾と蘭だが、どう説明したものかと一夏は言い淀む。

其れを余所に春樹は目当てのモノを懐へ忍ばせると「あ、やっぱ今のなし。誰にも言わんでくれよ、お二人さん」とあの奇怪な笑い声を響かせて教室を出て行くのであった。

後に残ったは酷く重苦しい空気だけである。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

体育祭終了後、ダリル・ケイシーは運動会プログラムで火照った身体と焦燥感に駆られた心を強制的に”冷却”させられた。

IS専用機持ちの国家代表候補生と云えども、流石にたった一人で小隊クラスの緻密な連携がなされた奇襲作戦には打ち勝つ事が出来なかったのである。

 

「”猟犬”を展開する前に彼女は背後から右肩へ十一式凍結弾頭、通称『氷結弾』一発を被弾。IS展開後は前後から炸裂弾及び貫通弾に加えて氷結弾、計二十四発を被弾。重度の凍傷と骨折並びに筋肉断裂を負いながらも学園防衛私設組織『ワルキューレ部隊』の弾幕を突破。しかし・・・最終的には、予め予想されていた逃亡ルートで待ち構えていた氷結弾装備の教師部隊によって鹵獲された。・・・と、あの凍結弾頭の直撃を受けても動けるなんて・・・・・敵ながらあっぱれと称賛を送りたいですね」

 

「そう、だな」

 

IS学園内における隠密作戦行動においてスパイの捕縛を聞き付けたIS統合対策部副本部長の長谷川は第一秘書官の高良からの報告に固唾を飲んだ。

無論、スパイの捕縛による安堵もあったが、其れよりも勝っていたのは今作戦を立案及び指揮したのが、たった一人の男子学生によると云う静かな驚嘆であった。

 

「(清瀬 春樹・・・君は、一体・・・・・ッ?)」

 

「長谷川先生、どうされますか?」

 

「今はダリル・ケイシー候補生・・・もとい、被疑者は?」

 

「現在はIS学園の医療施設で治療を受けているそうです。すぐにでも公安のテロ対策課が事情聴取で出張ってくるでしょう」

 

「身元は必ずこちらが抑えたい。私達も出向こう」

 

「勿論です。車は手配していますので、早速」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ワルキューレ部隊の奇襲と教師部隊の待ち伏せ攻撃によって重傷を負ったダリル・ケイシーは逃亡の果てに遂に中庭で撃墜された。

 

目の前で青白い弾頭が炸裂した後、彼女は白を基調とした病室で目を覚ます。

周囲には心電図の他に医療器具や点滴がぶら下がっている。

 

「・・・ッチ・・・」

 

しかし、特出すべきは腕へはめられた無骨な金属の輪っかだ。

起き抜けに暴れられては適わんと何処かの”二人目”がダリルへ手錠を装着したのである。無論、彼女のIS待機状態である首元のチョーカーは外されていた。

 

一体どれ程の時間が経過したのであろう。

時間への感覚はすっかり狂ってしまっていたが、心なしかダリルは満足感のある睡眠に浸った感覚に陥っていた。

所謂、心地の良い”安心感”に彼女は包まれていたのである。

皮肉にも今まで藻掻き苦しんでいた不安感からダリルは解放されたのだ。

 

其れからしばらくして、意識の回復した彼女の事情聴取が始まった。

 

「・・・ダリル・ケイシー」

「ダリル・ケイシーさん・・・」

 

まず最初にダリルの事情聴取を行ったのはIS学園の教員達。

性格と服装に難はあれど学生生活に何の支障もなく、成績も優秀であった彼女が起こした事は学園内を震撼させるには充分であった。

教員達はダリルに疑問符を投げ掛ける。「何故?」と。「どうして」と。

しかして彼女は何も答えない。『黙秘権』と云う当然の権利を行使し、何も喋らなかった。世界最強のブリュンヒルデが凄まじい無言の圧にも屈さずにだ。

 

「ダリル・ケイシー。あなたには外患援助罪の容疑がかけられている」

「単刀直入に聞こう。裏で糸を引いているのは一体誰だッ?」

 

次に事情聴取をしたのは、黒いスーツに身を包んだ日本政府直属の一団。

『IS学園に所属する生徒は、其の在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』等と云った内容が特記事項第二十一条に明記されているが、例外も勿論存在する。

何よりも此のIS学園は日本の領海内に存在し、先のワールドパージ事件で一番の被害を被ったのは日本政府に所属する日本国籍の代表候補生なのだ。

其れも世界に三人といない貴重で希少な男性IS適正者が重傷を負ったのだ。流石に黙っていられる訳がない。

此れが日本人でありながら自由国籍の生徒であれば此処まで大事になる事は無かったろう。

 

「・・・ッ・・・」

 

何とも言えない凍えた痛みが疼く。

サブマシンガンの様な執拗な疑問符の押収にダリルは終始一貫にして無言を貫いた。

 

「・・・しぶといな」

 

学園側も政府側も彼女の背後には米国政府が居る事には察しがついている。

政府としては米国の弱みを握ってやりたい所なのだが、生憎と日本政府も一枚岩ではなかったのだ。

 

「ダリル・ケイシーさん、もう大丈夫です」

「こんな窮屈な場所に押し込めてしまって申し訳ありません。もうすぐ場所を手配いたしますので」

 

「・・・・・(なんだ、コイツら?)」

 

テロリズムのスパイである彼女を擁護する様な発言をするのは、親米派にしてISを重要視する派閥の人間である。

彼女等はダリルの為に弁護士を用意し、此処よりももっと手厚い看護医療をすると云った。

だが、其の余りにも見え見えな下心の魂胆をダリルは何かの罠ではないかと変に勘ぐって此れをスルーする事にする。

 

意識が戻っての短時間で彼女は多くの思惑を持った人物達に出会ったが、其の全員に自らの本心を少しでも話す事はなかった。

・・・・・・・・唯一人を除いて。

 

「よぉ、ケーシーパイセン。御加減は如何?」

「ッ・・・清瀬・・・!!」

 

ひょっこり部屋へ顔を出したのは、ニタニタと何処か気色の悪い笑みを浮かべる自分を捕まえる作戦を立案及び指揮した二人目の男性IS適正者であった。

そんな人間が何故、お盆に乗ったティーポットセットを手に現れたのか。彼女には理解できなかったが、此処で初めて彼女は自分の感情を表情へ表した。憤怒と嫌悪を丸出しにしたマイナスの感情を。

 

「テメェッ、一体どのツラさげて来やがった・・・!」

 

「此のツラですけどぉ? 阿破破破!」

 

ガシャンと似つかわしくない金属の音が病室へ響く。

ダリルの反応は当然と言えば当然であろう。彼女をカチンコチンの氷漬けに傷め付けたワルキューレ部隊の発起人が此の二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹なのである。

そして、彼が自分を現在の窮地に陥れた事を彼女自身は本能的に感じ取っていた。

此の男こそ全ての元凶だ・・・と。

 

「おいおいおいおいおい、そねーにきょーとい顔で睨まんでくりんさいや。折角、リラックスの為にハーブティー持って来たんですぜ?」

 

そんなダリルの様を嘲笑うかの様に一笑した後、春樹は彼女の前で良い香りのするハーブ茶を注いで目の前へ置いた。

 

「疲れたでしょう。ちぃとばっかし休憩しましょうや。お腹もすいとるでしょう? 茶菓子もありますで。えーと、無難にクッキーでしょう? 煎餅でしょう? チョコレートに大福饅頭。どれがよろしいんで?」

「ふざけるんじゃねぇッ!!」

 

ダリルは自分に対して微笑んでお菓子を勧める春樹の首を出来るならば圧し折ってやりたかった。だが、今や鎖に繋がれた彼女に一体何が出来ようか。

下唇から血が出そうな程にギリギリ噛み締めて彼を睨み付ける事しか今のダリルには出来なかった。

 

「阿~ん? まさか・・・まさか、まさかまさか、まさか先輩・・・もしかしなくても俺を恨んでるんで? 破破破破破ッ! ソイツはお門違いってヤツじゃろうが!!」

 

其の睨み眼に対し、春樹は自分の琥珀色の両眼で彼女の瞳を覗きながら舌を出してあの奇天烈な笑い声を上げる。

 

「先に”裏切った”のはアンタじゃ! 俺を、俺達を・・・”あの人”を先に裏切ったのは、まぎれもないアンタじゃ!! 阿―――破破破破破破破ッ!!」

 

散々惜しみのない侮蔑でダリルを嘲笑った直後、彼は急に顔を無表情へ変えると本題を切り込む。

 

「さて・・・戯言は此処までにして本題に入ろう。まぁでも、先輩は答える気なんてサラサラないでしょう?」

 

「当り前だろうがッ! オレは今すぐにでも清瀬・・・テメェをぶっ殺してやりたいんだからよぉ!!」

 

「阿破破! 威勢が良えのは楽しいわぁ!! じゃあさじゃあさ! 答え合わせをしようや、答え合わせをよぉ!!」

 

「答え合わせ?」

 

「あぁ、答え合わせじゃ。アンタの正体についての答え合わせじゃ!」

 

春樹は嗤う。

眼から琥珀色の炎を溢し、口端を三日月の様に大きく歪める。

怪物の様に、バケモノの様に、獣の様に歯を見せて『答え』を其の口から紡いだ。

 

「もう”バレてる”んですぜ? ダリル・ケイシー・・・いや・・・・・亡国企業の『レイン・ミューゼル』さんや?」

「ッ!!?」

 

其の『答え』に彼女は目を四白眼にし、ゾッと顔を青くする。

そんな反応に春樹は益々満足の笑みを浮かべたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





書いた後で思ったが、前半のシーンいるか?
深夜テンションで書いた所だから何を思ってたんだ?
まぁ、ええか。
後に繋げる様に頑張ろう。
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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160話


※久々に長くなりました。



 

 

 

「緒方警視、先程の少年は一体・・・?」

 

IS学園の地下施設にて。

先のワールドパージ事件で襲撃者を内部へ招き込んだスパイ捕縛の情報を受けて駆け付けた警視庁公安部の一人が直属の上司へそんな疑問符を投げ掛ける。

 

今回の被疑者、ダリル・ケイシーの事情聴取を終えた一団が一旦本部に帰還しようとした時。公安部の一人が被疑者の居る部屋へ入って行くのが見えた。

IS学園の男子生徒服へ身を包んだ白髪に琥珀色の瞳を持った日本人離れしている容姿を持つミステリアスな少年。

無論、此の様な場所に関係者以外が立ち入る事など禁止されている為、少年を怪しんだ彼が事情を聞こうと近づこうとしたのだが・・・・・

 

「・・・やめておいた方がいいよ、清水ちゃん」

 

寸での所で彼の上司が引き留めた。

そんな上司の行動に対する疑問符が上記の発言である。

 

「IS学園の制服を着ていましたけど・・・やはり?」

 

「そうだよ、彼が噂の”二人目”。そんでもって今回の被疑者を捕まえた作戦を指揮した功労者さ」

 

「ッ、本当ですか? 被疑者って国家代表候補生でしょう? そんなヤツを捕まえるなんて・・・IS学園の生徒と云っても確か、まだ彼は十五でしょう?」

 

「あぁ、只者じゃないよね。僕が十五の時はなんて友達と遊んでばっかりだったなぁ。あんな・・・熟練の”殺し屋”みたいな目はしてなかったさ」

 

「・・・何者なんですか、彼って?」

 

部下の疑問符に上司はニヒルな笑みを浮かべて応える。

 

「この世界じゃ、知らない方が良い事だってあるよ。口外も無用さ。藪をつついて”蛇”を出すな・・・ってね」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ッ・・・!!」

 

ダリル・ケイシーは心臓を濡れた冷たい手で握られたかの様な感覚に襲われていた。

全身の毛穴から汗がとめどなく溢れ、空調が管理されている筈の部屋の温度が極寒に感じられる程の身の毛もよだつ寒さを感じていた。

喉奥を荒縄で縛られた様な息苦しさに胸を締め付けられていた。

 

「破ッ破ッ破ッ!」

 

其の原因である口を三日月に歪めて嘲り嗤う一人の自分よりも年下の少年に彼女は小鹿の様に震え、蛇に睨まれた蛙の様に畏れていた。

ダリルには、目の前にいる彼がまるで人間に見えなかった。其れは己に贈られるべくして来た人の形を成した『死』に見えたのである。

 

「一体・・・一体テメェは・・・・・テメェは一体何なんだ!!?」

 

「おいおいおい、真昼間に黄色い目の”悪魔”でも見た様な顔をするんじゃあないっすよ。其れに問い掛けてるのは俺の方なんじゃけども? まぁでも答えてあげまさぁ。俺はちゃんとした人間で、ちょっと此の前まで其処等にいるパンピーだった清瀬 春樹ちゃんでーす!」

 

ケタケタ笑う春樹に「嘘だ!!」とダリルは叫びたくとも口籠ってしまう。異様な雰囲気を醸し出す彼に未だ内なる恐怖が拭い切れていなかった為だ。

 

「じゃけども・・・破破ッ、答えを聞くまでもねぇっすね。其の動揺っぷり、正解って事で良えですよね。ケーシーパイセン・・・いや、今は『レイン・ミューゼル』か。ミューゼルパイセンって呼んでも? 其れとも今まで通りがお望みで?」

 

「ッ、テメェ・・・一体、どうやって・・・?」

 

「んも~ッ、ケーシーパイセンってばまーた疑問符を疑問符で返した。ジョジョな世界線だったら「質問を質問で返すんじゃあない!!」って感じでブチ回されとりますよ。まぁ、でも仕方ないっすよね。混乱するのも当然っすよ。じゃけぇちゃーんと説明しますわ。しかし・・・何処から話そうかねぇ?」

 

彼は少し悩んだ後に「あぁ、そうじゃ!」と閃いて、どうしてダリルに目を付けたのかを説明し出す。

 

「スパイの調査を本格的に始めたんは、キャノンボールの時かな。其の時にさ、変な電波を拾ったんじゃ」

 

「電波?」

 

「あぁ、電波信号。普通なら見逃してしまう、聞き逃してしまうんじゃけど。俺の勘がビビビッと来てね。んでもって調べてみたら大当たり。其の電波信号が出てからちょっとしてから大事件が起きる事が解った。ファントム・タスク絡みの事件がよぉ。後は電波信号の発信元を突き止めるだけ・・・じゃったんじゃが、此れも巧く行かんかった。なにぶんと信号が短いのなんの。つきとめる難航したでよ。あの事件がなかったら、もうちょっとかかってた」

 

「・・・オレはテメェの為に自分の墓穴を掘ったわけか」

 

「イグザクトリーってか、破破破!」

 

一々オーバーリアクションを取る春樹のウザい事ウザい事。

されども拘束されている為に殴りに殴れない生殺し状態で、精神的に唯々甚振られる時間が続く。

もう彼女としては早く斬首して欲しい気分だ。

 

「でも・・・それだけでオレがファントム・タスクの人間だって事はわかんねぇじゃねぇか」

 

「あぁ、そりゃ簡単じゃ。アンタのISを”バラした”けんな」

 

「ッ、なんだとテメェ!!?」

 

彼のとんでも発言が再び飛び出した事でダリルはまたしても吃驚仰天し、手錠のされていない手で春樹の胸倉を掴んだ。

其れも其の筈。最早、戦友とも云える愛機が分解されたとなれば、パイロットしては堪ったものではない。

恐怖に染まった表情から一転して青筋を浮かせる怒気の形相に何故か春樹は嬉しそうに口端を吊り上げる。

 

「大丈夫、大丈夫。バラしてぶっ壊した訳じゃねぇって。ちゃんと分解して、情報だけ抜き出して、ちゃんと組み上げたから。芹沢さんには文句やら皮肉やら言われてしもうたけど、其処はちゃんとしたで?」

 

「・・・けど、それだけじゃダメな筈だ。あれには何十にもロックをかけていた。それをそう簡単に―――――」

「其れが出来ちゃったんだなぁ・・・此れが!」

 

其の発言にダリルは奥歯を噛み締めてへの字にひしゃげ、一方の春樹は彼女と相反する様に益々口を三日月にした。

そうだ。目の前に此の男は銀の福音事件の時、IS発明者である篠ノ之 束が妹である箒の為に作成した第四世代型IS、紅椿を短時間の間に解析した『能力』を有しているのだ。

 

「抜き出した情報から色々解ったんじゃぜ? アンタの本名もじゃけど、アンタが本当に所属する組織の事もちぃとばっかし解明する事が出来たんじゃ。今まで謎にしか包まれていなかった組織の事が少し解っただけでも値千金と違うか? ファントム・タスク実働部隊が一つ、モノクローム・アバターのレイン・ミューゼルさんよ?」

 

春樹はそう奇天烈な笑い声を上げると共にダリル・・・いや、レインの手を振り解く。

 

「・・・・・じゃあ、なんなんだよ」

 

「阿ん?」

 

「じゃあ一体何なんだよ!! オレのハウンドから抜いた情報でもう何もかもわかったんだろッ? だったらなんでオレに構うんだよ?! オレを甚振ってそんなに楽しいのかよ、このサディストが!!」

 

「あぁ、勿論じゃとも。楽しい、めちゃんこ楽しいで?」

 

「ッ・・・て、テメェ!!」

 

再び手錠のされていない手で彼の胸倉を掴もうとするレイン。

・・・だが、そうはならなかった。

 

「ぐァッ・・・!!?」

 

春樹は自分へ伸びて来た彼女の手を振り払うと、すかさずレインの其の手と喉を掴んだ。

其の力は手加減しているとは云え、首を絞めるには十分すぎる。

 

「苦しいかい? 俺も痛かったし、苦しかった。オメェが引き込んでくれた厄介は、俺の身体に穴を開けて、骨まで折ってくれた。血だってようけー事でた。しかも、其れだけに留まらんと・・・オメェらは俺の大切な”仲間”まで傷付けようとしやがった。十分・・・オメェをなぶり殺しにする理由にはなるんじゃねぇか?

 

琥珀の炎を両目から漏らしながら鋭い殺気が籠った視線を彼女へと突き刺す。

またしてもゾッ・・・とした凍てつく感触がレインの身体を包み込む。

物理的にも精神的にも窒息しそうになる。此の氷の剣の様に鋭い視線で殺されそうになった。

 

「・・・・・・・・破破破破破ッ!」

「ッ・・・!」

 

また此の笑いだ。奇妙で奇天烈でいて不気味で気色悪く恐ろしい怪物が牙を見せて舌なめずりをしているかの様な形相。

凍り付く。ガチガチと歯が小刻みに震え、瞳孔が此れでもかと見開かれる。喉への強い圧迫感と共に脈が痛い位に早くなる。

 

レイン・ミューゼル・・・彼女の此の学園へ来る以前の過去を誰も知る由もない。

しかし、過激派テロ組織と位置付けられる組織に在籍する彼女が普遍的で一般的な少女の様な人生を送って来た筈がない。

古い新しいに関わらず、レインの記憶にしつこい油汚れの様にこべりついている硝煙の臭い。其れと同時に鼻腔へ自然と思い出される血生臭さ。

忘れていた筈の・・・忘れたい感触が、こんな得体の知れない人間によって呼び起こされる。

 

「・・・ッ・・・!」

 

『怖い』。

実にシンプルな言葉が心を支配し、鈍く重い不安感が精神を蝕む。

けれども・・・そんな永遠に続くかの様に思えた苦痛が、此れもまた突然に終わりを告げる。あの笑い声と共に。

 

「・・・破ッ破ッ破ッ!」

「ッ、ゲッほ! ゲホゲホッ!!」

 

口端を吊り上げた状態で春樹はレインから手を放す。

窒息寸前で手を離された事で肺にやっと酸素が入って息が出来る様になったが、彼女は後ろへ倒れ込む。

 

「阿破破ッ、悪い悪い。酷い事してしもうたなぁ、”ケーシーパイセン”。ワザととは云え、やり過ぎてしもうた。痕にならなきゃ良えんじゃけどな」

 

そんな彼女を尻目に彼は他人事の様な言葉を並べ、持って来たハーブティーに手を付けて「美味い、美味い」とのたまわる。

其の余裕綽々な姿の春樹にレインは睨み眼を突き刺す。

 

「は、ハァッ・・・ハァ・・・! い、一体・・・一体テメェは・・・・・いったいテメェは何がしたいんだ!!?」

 

「別に。言ったでしょう、休憩をしましょうってよぉ~。飲まないの? 結構、美味く淹れられたと思うんじゃけど。あぁ、チョコレート貰うでよ」

 

だが、彼は飄々とした面持ちでチョコレートを口へ放り込む。

本性が解らない。目的が分からない。まるで此の男の内が理解できない。其れが益々不安感と恐怖心を煽る。

 

「ん~、美味ぁい。知っとる? 甘いって味覚は心を落ち着かせる。食べんさい、飲みんさい。ちぃとばっかし、楽にはなるんでね?」

 

「・・・・・」

 

其の感情に煽られたレインは半ば強いられた形で春樹の言葉に乗せられ、彼の持って来たハーブティーと茶菓子を口へ含んだ。

味なんて分からない。

 

「そう、怖い顔せんでよ。首を絞めたんは悪かった。でも、其れだけで済んで良かったって思ってくれよ。ま、パイセンが本題をさっさと話してくれ云うんなら話す。なぁ、ケーシーパイセン? ”俺達の陣営に来ない”?」

 

「・・・・・はぁ?」

 

レインは思わず心の底からの疑問符をうっかり吐露してしまった。

先程、自分の首を本気で其れも笑顔で潰そうとしていた輩からの言葉とは思えぬ。

 

「言ってしまえば、勧誘さ。ヘッドハンティングってやつさね」

 

「それは・・・オレにダブルスパイになれって事か?」

 

怪訝な表情を晒す彼女に対し、春樹は更に続ける。

 

「スパイ? まさか! そんな危険な事なんてさせる訳ないじゃろ? そんな事はしなくても良いし、させない。ちゃんとした仕事をあてがうさ。例えば・・・テストパイロット生への指導や技術的側面のアドバイス。まぁ、最初は組織に対する事を話す事になるじゃろうが・・・其の後の生活は保障するでよ」

 

「・・・司法取引をオレにしろってか? オレに・・・仲間を売れってか?」

 

「応、売ってくれ。そうすればアンタの未来を保証してやれる」

 

裏表のないスピーディーなレスポンスに更に更にレインは眉間へしわを此れでもかと寄せるが、御構い無しに春樹は懐へ忍ばせていた書類を彼女へ広げて見せた。

 

「日本政府からの正式な誓約書じゃ。新しい身元に新しい居場所や諸々を保証してくれる。此れ手に入れるんに結構な苦労をしたのよん?」

 

再びお道化た仕草で笑いかけて来る春樹に対し、レインは当然の疑問符を投げ掛ける。「どうしてそんな事をするのか?」と。

彼の前に来た親米IS派の連中の様に「貴女は優秀だから」とか、「君は強いから」だとか、そんなあからさまな太鼓持ちの言葉が聞こえて来るのかと思っていたのだが―――――

 

「俺はアンタが好きなんじゃ」

「ッ!?」

 

返って来たのは余りにストレートな言葉に彼女は遂に口をへの字にして歯を見せた。

 

「おっと勘違いすんじゃねぇ。そう言う意味じゃねぇけんな。阿ー・・・何て言やぁエエの? レイン・ミューゼル・・・いや、ダリル・ケイシー。アンタはエエ人じゃ」

 

「・・・良い人? まさかテメェ、オレが善人だと言いてぇのか?」

 

「阿呆か、テロリスト招き込んだ人間が善人な訳なかろうがな。俺が言いてぇのはな・・・アンタ、ケジメってもんを付けようとしたろ?」

 

「・・・・・」

 

心の奥底を見透かされた気がした。

此の男は何を何処まで知っているのか。

 

「警告したじゃろう? 『バレてる』ってよ? じゃけどもアンタはすぐに逃げんかった。其れ処か、あの人に・・・サファイア先輩に全部話そうとしてたろ?」

 

「・・・・・バカ言うな。オレがすぐに逃げなかったのは、脱走の準備と機会をうかがってただけだ」

 

「確かに馬鹿な事言うとるな、俺は。じゃけど、すぐに逃げなかったのは事実じゃろうが。アンタは、優しい人じゃ」

 

「・・・・・めろ・・・」

 

「最初は遊びのつもり・・・いや、任務の為の偽り愛ってやつじゃった。ところがどっこい、アンタは本気になっちまったマジになっちまった。フォルテ・サファイアって言う人に骨の髄まで惚れちまったんじゃ。『ミイラ取りがミイラ』になるって訳じゃねぇけども、アンタはサファイア先輩を置いていけなくなったんじゃよ。じゃけん―――――」

 

「やめろッ!!」

 

拒絶の声が部屋へ響き渡り、ティーカップの中身に波紋を揺らす。

 

「テメェは一体オレをどうしたいんだよ?!!」

 

「どっちが良い?」

 

「はぁッ?!」

 

「色恋に惑わされて決断の遅れたマヌケなテロリストか。其れとも愛の為に組織を裏切った人間か・・・どっちがエエ? どっちが・・・サファイア先輩の為になる?」

 

ニタニタと下卑た表情を浮かべる男にレインはちょっぴりの後悔を抱いた。

どうして自分はこんな恐ろしい怪物に捕まる前に逃げなかったのか。あの『警告』の後、いくらでも逃げる機会はあった筈なのに。

一体どうして彼女は逃げなかったのか。

 

「・・・テメェは、オレが出会って来た中でトップクラスの嫌な男だな」

 

「誉め言葉として受け取っとくでよ」

 

春樹の言う通り、レインはスパイとして致命的な失敗をしていた。利用する筈の人間を心の底から愛してしまったと云う失敗を。

 

「アンタが捕まった事で、サファイア先輩も多少なりとも責められる。そんでもって疑われる。テロリストと交際していた重要参考人としてな。そうなりゃ一体どうなるかは・・・解らないアンタじゃあるめぇし。さっさと逃げちまえば良かったんじゃ。恥も外聞もなく全部を捨てて逃げてくれりゃあ・・・俺も容赦何ぞせんかったのに」

 

品のない笑顔から一転し、春樹は苦虫でも買い潰したかの様な渋い表情を晒す。

 

「俺は・・・アンタら二人を気に入っている。今回の捕縛作戦も本意じゃなかった。じゃけどやらにゃあおえんかった。いつまでも此の学園に危険を呼び込む存在を居らせる訳にゃあならんのじゃ!」

 

其のまま彼は頭を下げて頼み込む。「裏切ってくれ」と、「”表返ってくれ”」と。

 

「引き返せる、まだアンタは引き返せる位置に居るんじゃ! ソッチに行くな、コッチに来いッ! 此方側に来てくれ!! どうか此の通りじゃッ!!」

 

「清瀬・・・ッ」

 

先程まで自分を嘲笑っていたのがウソのだった様に頭を下げる春樹にレインは何を思ったのだろうか。

されど・・・・・

 

「・・・清瀬、それは無理な相談だぜ」

 

「ッ、なしてよ? あぁ、ケーシーパイセンに埋め込まれとった自決用のナノマシンやら薬物はもう取り除いとる。其れの心配をしてるんじゃったら―――――」

「違ぇよ、そうじゃねぇッ! これはオレの意地の問題なんだよ! 捕まったからと言ってオメオメと仲間を売れるもんか!!」

 

叫ぶ様に言い放ったレインに対し、春樹は今度は冷ややかな視線を彼女へ差し向ける。

 

「・・・アンタ、状況が解ってんのか? 今のアンタは学生でもなけりゃ、兵士としての身分も無い単なるスパイ。もしかしてアンタらの組織のケツ持ちをやってる”あの国”が助けてくれるなんて期待してるんならお門違いじゃで? アイツらはアンタを助けん。何故なら司法取引を持ちかけようとすれば、確実に足がついて不利益を被るからじゃ。トカゲの尻尾切りでアンタは切り捨てられるしか選択肢が無いんじゃで? もしそうはならなかったとしても・・・最悪、アンタは殺されるか、次世代を産む為だけの”苗床”にされかねんのんじゃぞッ?」

 

「そうだとしてもだ。テメェら平和ボケした日本人には解らんだろうが・・・オレはこの生き方以外知らねぇんだよ」

 

再び鋭い視線で自分を睨んで来たレインに「はぁ~~~・・・ッ」と重苦しい大きな溜息を吐き漏らした。

 

「・・・いやじゃ」

 

「は?」

 

「いやじゃ・・・いやじゃ、いやじゃいやじゃッ、いやじゃいやじゃいやじゃ! 俺ぁアンタと戦いとうないッ! 俺はアンタを助けたいんじゃ!! 其れなんに、なして・・・なして拒むんじゃ?!」

 

春樹は叫ぶ。

まるで癇癪を起した幼子の様に泣き叫んだ。

嘲笑い、侮蔑し、今度は泣き叫ぶ。まるで情緒が不安定で仕方ない精神病患者の様だ。(※実際、彼は重度の精神病を患っている)

ボロボロ其の琥珀色の瞳から涙を流し、彼は再びレインに語り掛ける。

「まだやり直せる」と。

「此方側へ寝返れ」と。

・・・しかし、彼女からの返答は変わらない。レインは『マヌケなテロリスト』のレッテルを受け入れると改めて宣言したのだ。

 

「・・・じゃあサファイア先輩はどうなるんじゃ? アンタを想って待ってるあの人はどうなるんじゃ?」

 

「・・・・・オレの事を思うならアイツを、フォルテの事をよろしく頼む」

 

「ッ、ふざけるんじゃねぇ!! フザけんじゃ・・・ふざけんじゃねェッ!!」

 

遂に激昂した春樹は彼女の胸倉を掴むが、レインは申し訳なさそうに彼から視線を逸らす。其の仕草に春樹は苦々しい表情を晒し、「・・・ッチ」と忌々しそうな舌打ちと共に首元から手を離した。

春樹は未だワナワナ震える手を必死に抑えつつ、ティーカップの中身を全て飲み込むと懐へ手を伸ばす。

彼の一番の精神安定剤である酒を飲むつもりであったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――いや、違う。

 

「そっか。じゃあ仕方ねぇよな」

 

「? おい、なにを―――――」

 

自分の耳に詰め物をした春樹が取り出したのは、小型ラジオの様な珍妙な機械。其れをレインの耳元へ持って行き、カチリッとスイッチをONにしたならば・・・・・

 

キィイイ―――――ッンン!!

「ッ、がッァあアアああ!!?」

 

耳元へ大音量で轟いたのは、とても酷く不快な金属音であった。

無論、此の音から逃れようとレインは身を捩るが、そうはさせまいと春樹は彼女の頭を機械へ押さえ付ける。

 

「しょうがねぇよな、しょうがねぇよなぁ。催眠術初心者の俺がやりやすいように薬物入りにお茶を用意したんじゃけどもそんなに飲んでもらえんかったし・・・うん、もしもの為に用意して良かった良かった」

「あ”ァア”ア”ア”ア”ぁあ”あ”ッ!!」

 

暴れるレインの断末魔等気にせず、彼は唯々淡々と作業的に彼女へ催眠音波を聞かせ続けた。

 

〈・・・ハルキ、そろそろ止めた方がいい。これ以上は”壊れる”〉

 

「はーいっと」

 

〈しかし、あんな大きな音を点てても良かったのか?〉

 

「勿論よ。人払いは済ませとるし、もしバレても扉が一定時間開かなくなっとる。ISでぶっ壊さない限りは無理」

 

〈だが、念には念を入れよう。手短に済ませる〉

 

「応ともよ」

 

春樹は隣に佇む幻影と共に「あ”・・・ぁア”・・・・・ッ・・・」と白目を剥いてピクピクあらぬ表情筋を動かすレインへある施術を施してゆく。

 

〈さて・・・それでは何を”刷り込む”?〉

 

「博士、刷り込む前に”抜き出さない”と」

 

・・・あまりも不穏な事をしている事は間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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161話

 

 

 

Raーーー♪

 

ラウラ・ボーデヴィッヒはお玉片手に随分と上機嫌に歌を謡いつつ、想い人の好物である料理を作っている。

献立は鮭のアラを使った粕汁と茶碗蒸し。無論、食堂の御婦人方直伝の品々だ。

 

表面上では何もなかった事になっている体育祭の翌日。此の日は振替休日となっていたが、彼女の恋人である二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹は朝早くから『仕事』に出ていた。

『仕事』というのは、熱狂を博した体育祭の"裏"で行われた『スパイ捕獲作戦』の後始末である。

上記の作戦は見事成功し、被疑者を確保したのだが・・・其の被疑者というのが、彼等にとってとても馴染みのある人間であった。

名をダリル・ケイシー。アメリカの代表候補生で、春樹達とは何度も共に学園の防衛作戦に携わった人物だったのだが、実は其の厄介事を此処へ招き込んでいた張本人であったのだ。

此の事実に彼女を知る者達は衝撃を受けたのは言うまでもない。春樹も其の一人であり、そんな彼女の事情聴取に彼は出向いていた。

 

「・・・これで少しでも気を取り直してくれれば良いのだが」

 

ラウラから見て、春樹の表情は優れなかった。

捕獲作戦が無事に成功したにも関わらず、彼は喜ぶどころか悲嘆にくれている様に見えたのである。

そんな春樹を元気付け様と彼女は前に春樹が食べたいと言っていた物を作った。

 

「・・・! 帰って来たか!」

 

微かな気配に耳をピクピクさせてラウラは玄関へと急ぐ。そして、扉を開けてとびっきりの笑顔で「おかえり!!」の言葉を言い放つ。

 

「・・・・・あぁ、おう・・・ただいま」

 

「ッ・・・は、春樹?」

 

ところが返って来たのは何処か弱々しいか細い声だった。

目は虚ろで、溜息ばかりが漏れるやつれた表情を晒している。

 

「だ、大丈夫か春樹?! ソラマメみたいな顔色をしているぞ!」

 

「阿? あぁ・・・今になって疲労感がどっと出たんかもしれん。御免なラウラちゃん」

 

「なにを謝っている? お前がそんな事を言う理由はないぞ、頑張ったな。それよりも、昼食を食べる前にシャワーに行ってこい。少しは血行と心がほぐれるだろう」

 

そう言って彼女は酷い表情の春樹から上着を預かり、彼の着替えを用意しようと身体の向きを変えたのだが・・・何を思ったのか、春樹は此れからパタパタ走るであろうラウラへバックハグをしたのである。

無論、彼女は此の行為に吃驚仰天して顔を真っ赤に紅潮させた。

実を言えば、前にも今に似た状況があった。其の時は、其のまま玄関前で欲望のままにくんずほぐれずの触れ合いを行ったのである。

 

「ッ、は・・・はは、春樹!? ま、まだ鍋に火をかけたままなのだ! だ・・・だから、ここでスルのはだな・・・ッ!」

 

「・・・・・」

 

「・・・春樹?」

 

ところがどっこい。いつまでたっても彼の手がラウラの控えめながらも確かな母性的膨らみのある胸や引き締まった臀部へ延びる事もなければ、長い舌が彼女の柔肌を淫らになぞる事もない。

ただ・・・ただ春樹はラウラの流れる様な美しい白銀の毛髪へ顔をギュウッと埋めるばかり。

其れは一分にも満たない時間だったが、其の沈黙の時間は彼女は少しばかりの奇妙さを感じ、思わず自分を抱き締める春樹の腕を掴む。

 

「え・・・?」

 

其の腕は少しばかりの震えを纏っていた。

ラウラは即座に理解した。今の春樹が怯えている事に。

其れを察すると共に彼女の鼓膜を揺らしたのは、「ラウラちゃん・・・君ぁ、俺を一人にせんよな?」との弱々しい声。

 

「・・・ッ、悪ぃ! 御免、離れらぁ!」

 

そんな弱音を吐いた直後、あらぬ言葉を吐いてしまったかの様にハッとした春樹はすぐにラウラから突き放す離れると苦笑いを浮かべてシャワー室へ足を向ける。

今更ながらの焦燥感が身体中を駆け巡り、背中は氷水でもかけられたみたいにゾーっとし、タラりと脂汗が一滴流れた。

 

「待て、春樹!」

「のわッ!?」

 

しかし、逃亡を謀ろうとする彼へラウラは足払いを仕掛けて其の背後に飛び掛かる。

無論、其の衝撃によって春樹は前のめりにスっ転んでしまう。

 

「痛たた・・・な、何するんよ、ラウラちゃ―――――

「大丈夫だ!」

―――――・・・は?」

 

そう、彼女は春樹へ言い聞かせる様に呟く。

彼より一回りも二回りも小さな手でグッと背中を掴んで、ギューっと柔らかい頬っぺたを押し付ける。

 

「大丈夫・・・大丈夫。私は・・・私はお前を一人にはしないぞ。私はお前と共にいるぞ」

「ッ・・・ラウラちゃん」

 

裏表のない純真で真っ直ぐなラウラの言葉が、先の聴取の一件で使った薬の副作用でナーバスになっていた春樹の心をほぐす。

 

「・・・・・ありがとう。ありがとね、ラウラちゃん」

 

心をほぐされた春樹は寝転んだまま身体をクルリと回転させ、包み込む様に彼女を抱き締める。其の抱擁にラウラは頬を朱鷺色に染めて「う、うむ」と彼の腕の中で頷いた。

けれども、あんまりにも愛おしく抱き締めた為か・・・

 

「な・・・なぁ、春樹?」

 

「うん? どしたん?」

 

「き・・・キスしたい」

 

彼女は潤んだ瞳で愛しい人の琥珀色と鳶色の眼を見つめる。

此れに春樹は羞恥の為なのか。思わず「・・・どんな風に?」と揶揄うようなセリフを吐いてしまう。

普段なら、こんな取るに足らない揶揄い言葉にラウラはプクッと可愛らしく頬を膨らませてポカポカとバカップルの遣り取りを行う筈なのだが―――――

 

「ふ、深い・・・深いのが、いい」

 

「ッ、阿ぇ?」

 

「むぅ、何度も言わせるな! は・・・恥ずかしいではないか!!」

 

「破破破ッ、悪ぃ悪ぃ」

 

「貴様ぁ~・・・こうしてくれるわ!」

「ッ!!?」

 

そう言って彼女は馬乗りになって春樹の頭を両手で鷲掴みにすると、其の想い人の唇へ自身の唇を重ね合わせた。

無論、彼は驚いて目を見開くが、すぐに此れへ対応する。最初は軽いバードキスから始まり、其処から徐々に徐々に互いの舌を絡ませるディープキスへと移行した。

 

はぁ・・・ふぅーッ・・・はぁッ・・・!

 

艶やかな声を漏らして自分の胸板へ顔を埋めるラウラに春樹は疑問符を投げ掛ける。「・・・・・どうする?」の一言を。

さて、此れに彼女は大きく口端を吊り上げて「言ったな・・・!」と艶やかな笑みを浮かべる。

其のままラウラは自らの欲望のままに春樹の身ぐるみを引き剥がすや否や・・・・・後は言わずもがな、なのであるが・・・火をかけたままの鍋が其のままなのはいかがなものか。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・・・」

 

織斑 千冬は人工的な光が照らす長い廊下をツカツカツカツカと踵を鳴らして歩んで行く。

其の表情はいつも以上に険しく、無駄のない引き締まった身体から放たれるオーラは並々ならぬ殺気を有している。

 

「ま・・・待ってくださいよ~!」

 

そんな脂ぎった眼の背後から聞こえて来る何とも気の抜けた声。

見れば、緑髪の童顔眼鏡っ子がたわわを揺らしつつ必死になって千冬に追い付こうとしているではないか。

其の声に「・・・やれやれ」と彼女は溜息を吐き連ねて立ち止まった。

 

―――――IS学園へ災厄を招いていた”一人”が捕まってから一夜明けた。

学園防衛の為に立ち上げられた部隊が創設直後に挙げた大手柄。

無論、一般の生徒には秘密裏にされていたが、事情を知る人間や作戦に加わった隊員達にとっては大変喜ばしい内容だ。

しかし、大変なのは此処から。

捕まえた下手人、ダリル・ケイシーから事情聴取をしていかなければならない。

 

最初は、意識が回復した直後の無防備な彼女から情報を引き出そうと学園ならびに日本政府の尋問官達はあの手この手で躍起になった。

だが、流石は鍛え上げられた潜入工作員か。口を一文字に結んで沈黙を貫き通したのである。

こんな甲羅に閉じこもった亀の様になってしまったダリルにどうしようも出来なくなった大人達は仕方なしと一旦手を引き、彼女を病室へ軟禁した。

未だ学園内に仲間のスパイがいる可能性も捨てきれなかったので、スパイ仲間からの暗殺を防止する為、面会謝絶。無論、自殺防止と監視の為に室内には監視カメラが配置されている。

誰にも病室へ近づく事は勿論、入る事も許されていない・・・・・”筈だった”。

 

「ケイシーさん・・・今度は話してくれますでしょうか?」

 

不安げな様子で山田教諭は呟く。

ダリルとは盛んな交流はなかったが、まだ彼女にはダリル・ケイシーと云う人物がスパイではなく、学園の一生徒と言う印象が強かった。

 

「山田先生、ヤツの前ではそんな不安そうな顔をするな。相手は私達を平気な顔で欺いて来た人間だ。浸け込まれる原因になるぞ」

 

「・・・・・織斑先生は切り替えが出来てるんですね。私なんて、まだ現実感がなくて・・・」

 

「私だってまだ信じられんさ。こんな内部に・・・それも生徒に化けていたとはな」

 

「・・・はい。そう、ですね(そうじゃないんだけどなぁ・・・)」

 

二人は短い会話を交わしながら病室前にあるゲートへ向かう。此処を通らなければ、容疑者を一時的に閉じ込めている部屋へ行きつく事は出来ない。

 

「あッ・・・」

 

そんなゲートの前で立ち尽くす人影に山田教諭は短く声を発するが、一方の千冬は冷淡な視線を向けた。

 

「なぜ、貴様がここにいる・・・フォルテ・サファイア?」

 

此のフォルテ・サファイアなる人物は、今回スパイ容疑で捕縛されたダリルの恋人である。

彼女は学園内で一番被疑者に近かった人物である為、隔離された場所で事情聴取を行っていた筈なのだが・・・・・

 

「ダリルに・・・ケイシー先輩に会わせて下さい! お願いしますっス、織斑先生!!」

 

「サファイアさん・・・」

 

一夜でまるで何十年も年を取った様にどう見ても憔悴感を漂わせている彼女から発せられるか細く弱々しい声に山田教諭は同情の余地を見せる。

けれども千冬は「ダメだ」とフォルテの嘆願を一蹴してしまう。

 

「お願いっス! お願いしますっス、先生!! 先輩にもなにか事情があった筈なんス! そうでなきゃ・・・そうでなきゃ、先輩があんなこと!!」

「黙れ・・・!」

 

其れでもすがり付く様に迫る彼女に対し、鋭い視線をギロリと向けて殺気立った圧をぶつけた。

其のオーラに思わず「ッ、先輩・・・!」と山田教諭は身を引いてしまうが、此れでおののくフォルテではない。

彼女は日頃から目の前にいる世界最強よりももっと不気味で恐ろしい人物との交流があった為、一般人よりも多少は胆力が付いていた・・・・・が。

 

「・・・失せろと言わねば解らんか、小娘?

「ッ・・・!?」

 

千冬は更に其の上の威圧を出して遂にフォルテを黙らせた。・・・と云うよりは、恐怖によって其の場へ跪かせたと云う方が正しかろう。

そんな萎縮してしまった彼女を「あとは頼む」の一言で山田教諭に任せた千冬はゲートを通って被疑者の待つ部屋へと向かう。

 

「なにか、異常はありませんでしたか? 私達の他に誰か訪ねて来ましたか?」

 

「いえ、何も。昨夜から”誰も来ていません”」

 

「そうですか・・・被疑者は?」

 

「大人しいもので、黙秘を続けたままです」

 

信用のある看護師と言葉を交わした後、彼女は被疑者の待つ部屋へ入室。さすれば室内には未だ包帯と点滴をしたままの美しき女スパイ、ダリル・ケイシーが眠っているではないか。

 

「・・・起きているのだろう、ダリル・ケイシー? いや、その名前さえ偽名だったな。貴様の事はなんと呼べばいい・・・えぇ、テロリスト?」

 

疑問符を投げ掛けるが、返って来る言葉はない。

・・・一応言っておくと、別に今日もまた昨日の様に黙秘権を行使しようとも千冬は構わなかった。

先のワールドパージ事件において米国特殊部隊アンネイムドがIS学園へ襲撃した事で今回のスパイ捕縛と相成ったのだが、其の襲撃者達の逃亡を許した・・・いや、逃亡を”助けた”のが千冬だと云う事は”ただ一人を除いて”誰も知る由もない。だから彼女の心の何処かには此の騒動への『無関心』さがあった。

しかし、学園防衛の一任を担っている為、一応の仕事はしておこうと云う魂胆だったのだが・・・・・

 

「・・・・・まえ・・・いだ・・・」

「・・・なに?」

 

ボソボソした声を聞き取ろうと千冬がダリルへ耳を傾けた・・・其の時である。

 

「ッ!?」

 

突如としてダリルはガシリッと萬力の力で千冬の胸倉を掴む。

其の彼女の表情は文字通りの顔面蒼白で、此れでもかと見開かれた眼は異様に血走っており、其処から流れる雫と鼻の穴から溢れる体液は枕を赤く染めた。

 

お”まえ・・・の、ぜい・・・だ!! お”前の、お前のせ”い”で・・・オレは・・・・・オレたちはぁ”ぁア”!! ア”ぁア”あア”アあ”あア”アあ”ア”ア”ッ!!

「ッ、おい!!?」

 

とてもうら若き十代の少女の口から放たれているとは思えぬ怨嗟の絶叫をダリルは奏でた後、蟹の様に泡を喰うや否やグルりんと白目を剥いてしまったではないか。

加えて、其れと同時に生命維持活動が只事ではない事を伝えるアラートがけたたましく夜泣きの赤子の様に泣き喚いた。

 

「織斑先生ッ、一体何があったんですか?!!」

 

「わ、わからん! 突然、泡を吹いて!」

 

「何処かに隠し持っていた自決用の毒物を服用したのかもしれません! 急いで集中治療室へ!!」

「早く医師に連絡して!!」

 

何だ何だと病室へ飛び込んで来た医療スタッフ達が側に居た千冬を押し退け、泡を吹いて身体を大きく痙攣させるダリルへ急いで処置を行う。

 

「織斑先生ッ、一体何が・・・って、どうしたんですかコレは?!!」

 

「ダリル!? ダリーッ!!」

「落ち着けッ、サファイア!」

 

尋常ではない事態を察して走って来た山田教諭は両手で口を覆う横で、フォルテは四白眼にしてダリルへ駆け寄ろうとするが、千冬に其れを阻止されてしまう。

 

「いやっス! ダリル死んじゃダメっス! いやぁああああああッ!!」

 

運ばれて行ってしまう想い人をフォルテはただ泣き叫んで見届ける事しか出来なかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あぁ、悪い事してしもうたかなぁ?」

 

〈ククク・・・微塵にも思っていないくせに。悪い顔が出来る様になったね〉

 

〈はぁ~・・・まぁ、いいわ。それで次はどうするの?〉

 

「・・・どうしょ?」

 

〈まさか・・・何も考えてないのッ?〉

 

「まぁ取り敢えず、ウィスキー片手にマイスイート・ラヴリー・アルビノラビットをハグハグしてから考えるでよ」

 

〈バカじゃないの?!!〉

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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162話

 

 

 

「・・・・・はぁッ~」

 

生徒会室の会長席へ腰掛けた更識 楯無は、両手で顔を覆いつつ大きな溜息を吐き連ねる。其れも何度も何度も何度もだ。

何故、彼女が此の様な精神的疲労を溜め込んでいるのか? 理由を挙げるとすれば、先程まで目を通していた机の上に置かれた資料であろう。

其れには、ある人物の事が書かれていた。

其のある人物とは、先のIS学園大運動会の裏側で行われたスパイ捕縛作戦において確保されたダリル・ケイシー国家代表候補生の事である。

 

血と汗と涙の苦労と努力によって漸くやっとこさ捕まえる事が出来たスパイ。

当初、其の背後で糸を引いていると考えられていたのは、彼女が所属する『かの国』だろうと思われていた。

・・・・・ところがどっこい。

 

「まさか・・・まさか、まさか、”連中”の斥候が学生として入り居んでいたなんて・・・!」

 

忌々しそうに楯無の口から出た『連中』とは、IS学園の宿敵と言って良い存在と成り果てた国際的犯罪組織として其の筋では有名な過激派テロリスト『亡国機業(ファントム・タスク)』の事だ。

実は今回の作戦で捕縛されたダリル・ケイシー・・・いや、本名をレイン・ミューゼルなる人物はファントム・タスクの実働部隊『モノクローム・アバター』に所属する人間であったのだ。

世界的にも脅威とされていながら、其の概要は多くの謎で包まれている組織の構成員を生きたまま捕獲出来た事はとんでもない大手柄なのだが・・・如何せん、其れに国家間の利権が絡んでくると面倒な事この上ないのである。

 

スパイ捕縛作戦の立案ならびに指揮をした人物は日本政府に所属する国家代表候補生であり、今までファントム・タスクが引き起こして来たであろう事件で重軽傷を問わない負傷を負った被害者でもあった。

其れ故にレインには日本側の殺人未遂罪や暴行罪ならびに外患誘致罪が適応されるのだが・・・其れをかの国が黙って見過ごす訳がなかったのである。

騙されていたマヌケな事実を棚に上げて利権を主張し、パイロットと機体の引き渡しを要求したのだ。

此れには勿論、日本政府は大変遺憾な態度を示したのだが、先の大戦後から公然の秘密で続く上下関係と日本政府も一枚岩ではなかった為、押され気味である。

其の御蔭でスパイの身元保護権は空中浮遊し、一旦は其の権利を何処の国家にも所属しないIS学園が預かる事になったのだ。

 

「・・・・・それよりも・・・いや、それもなんだけど」

 

・・・しかし、上記の”上同士”の諍いよりも楯無には気になる事があった。

其れは、どうやってダリル・ケイシーがファントム・タスクの潜入構成員、レイン・ミューゼルである事を暴いたという事だ。

 

「一体どうやって・・・春樹くんは彼女が連中のスパイだと暴いたのかしら?」

 

彼女の目の前に置かれた資料は、スパイ捕縛作戦の立案及び指揮を執った第二の男性IS適正者である清瀬 春樹が作成したものである。

彼はレインの愛機であるIS『ヘル・ハウンド』から情報を抜き出したと言っていたが、其れは余りにも無理難題であるのだ。

ISの動力源であるISコアは完全なるブラックボックスであり、其処へ納められた個人情報は基本的にIS所有者しか引き出せない。他者が引き出すには、其のISを解体してから特殊な技法を使わなければならない。

だが、春樹は其れを一人でISを解体せずにしかもレイン捕縛から半日と経たぬ内にやってのけたのだ。

加えて、資料にはとてもISだけから抜き出したとは思えぬ情報まで記入されていたのである。

例を挙げると以下になる。

 

・組織幹部であるスコール・ミューゼルは彼女の叔母にあたる。

・炎の家系であるミューゼル家に属する。

・軍に所属していたが、公式記録では十年以上前に死亡した事になっている。

 

―――――等と云った各国の情報局が掴んでもいない様な事まで書かれていたのだ。

一体どうやってこんな情報を手に入れたのか。無論、此の疑問符を楯無は春樹に投げ掛けたのだが―――――

 

「・・・阿? 其りゃ勿論、芹沢さん達に無理してもらったけんな。阿破破ノ破!」

 

―――――と、誤魔化し台詞ならびに奇天烈な笑い声を発して出て行ってしまった。

加えて、此の資料の事実を確認しようにも情報源となったレイン・ミューゼルは隠し持っていた毒物を煽った事による為か、意識不明の重体に陥ったのである。

・・・余りにも”出来過ぎている”。しかし、昨年まで地方の一般中学生だった人間が出来る事にしては余りにも大規模過ぎる。

謎は深まるばかりだ。

 

「春樹くん・・・一体君は何者、なの?」

 

「シリアスな雰囲気を出しているところで申し訳ございませんが・・・御嬢様、それよりも仕事をして下さい。教室修繕の稟議書などがたまっていますよ?」

 

「・・・・・むぅ・・・ッ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

突如として卑劣なスパイから意識混濁意識不明の大重体患者へジョブチェンジしたレイン・ミューゼルは、呼吸器を付けられて集中治療室のベッドの上で眠っている。

治療処置が早急で的確だった御蔭からか。此れ以上の大事には至らなかったが、依然予断を許さない状況であった。

 

「・・・・・」

 

そんな彼女をガラス越しに見ている・・・いや、睨み付けているのは学年主任にして元世界最強のIS操縦者である織斑 千冬だ。

 

『「お前のせいだ!!」』

「ッ・・・何だと言うんだ」

 

彼女の耳に残るのは、レインが自分に向けて発した断末魔にも似た怨嗟の叫び。

彼女の網膜に残るのは、レインが自分に向けて突き刺した憎悪の視線。

自分へ向けられる”恨み”を思い出す度に千冬は眉間へしわを寄せた。

・・・けれども、其れと同時に彼女は疑問符を浮かべた。どうして此処までの憎悪を向けられなければいけないのか?

レインが捕まってしまったのは、IS学園へ襲撃を仕掛けて来た米国特殊部隊アンネイムドを招き入れた事が原因である。

しかし、其の襲撃者達を容赦なく残忍冷酷非道に必要以上に屠ったのは千冬ではない。其れ処か、彼女はズタボロ状態と成り果てた襲撃者達の逃亡を手助けしている。

千冬には思い当たる”節”がなかった。

 

「―――――ありゃ、先客がいるとは意外」

 

「ッ、貴様・・・!」

 

そんな事を考えていると室内へ入って来る人物が一人。千冬にとっては招かれざる客であったろう。

 

「清瀬、貴様・・・表の札が読めなかったのか?」

 

「阿ん? 『関係者以外立ち入り禁止』って書いとりましたね。別に問題ないじゃないですか。俺ぁ関係者ですしおすし」

 

確かに言う通り、春樹は関係者である。其れ処か、今作戦においての功労者の一人だ。表の立て札に断られる理由はない。

しかし、其の生意気な態度が気に入らなかったのか・・・いや最早、千冬にとって彼の存在自体が気に入らない為、不機嫌そうに彼女は鼻を鳴らす。

 

「それで・・・一体何しに来た? 出された課題は終わらせたのか?」

 

「別にエエでしょう。放課後なんですから俺が何やってもよ~。ただのお見舞いですだよ、お見舞い。つーかよぉ、課題出し過ぎと違います? スパイ捕まえたのに褒美が何にも無しって酷くありません?」

 

「フン・・・厚かましいやつだ。それに知っているぞ。ケイシー・・・いや、ミューゼルの専用機の情報を日本政府へ流した事で報酬を受け取っただろう?」

 

「当り前じゃないですか。拿捕した得物を上に献上するんは当然ですがん? 其れでご褒美貰っても問題ないじゃろうに。つーか、貰わんとダメですがん」

 

太々しい。何て太々しい態度なのでしょう。そんなんだから千冬の眉間へ更に更にしわが寄るんだ。自重をしろ、自重を。・・・・・何て事を言われたとしても春樹は「そーですね」と棒読みする事だろう。

・・・と云うか、最早此の男はワザと此の様な態度をとっていた。春樹もまた彼女の事が気に入らなかったのである。

変な所で気の合う二人だ。

 

「そんで・・・まだ目覚めんないんで?」

 

「見ての通りだ。わかったならさっさと出て行け」

 

「えーん? 何だか冷たくありませんか、先生? 世間話でもしましょうよ」

 

「世間話・・・だと? 一体どういう了見だ?」

 

「こう言っちゃ何じゃけども・・・今じゃ、俺も貴女の様な”英雄”に片足を突っ込んでいる。是非とも、そんな先輩と話をしてみたくなりましてね」

 

ニタリと引き上げた蟒蛇の口端。胡散臭い、実に胡散臭い。

大体、此の二人にはラウラの件で決定的な溝があった。其れも歪で深い溝が。

そんな溝を埋める為に突如として春樹は千冬へ歩み寄ったと言うのか?

 

「英雄だと? ッは・・・バカバカしい。貴様のどこが英雄だ。それに・・・私もそんな御大層な存在ではない」

 

「へぇん? 誠にぃ~? 別に英雄ってのは、良い行いをした輩だけじゃないでしょう? あの大泥棒、石川 五右衛門や切り裂き魔、ジャック・ザ・リッパーの凶状持ち共だって英雄の部類に入ると言えば云えるでしょう?」

 

―――――そんな訳がない。

此の男が、一度剥いた牙をそう易々と引っ込める輩だろうか?・・・んなわきゃ、ないない。

 

「・・・何が言いたい?」

 

「先の一件で我が学び舎に押入りやがった不届き者・・・織斑センセ、アンタ、あれらを逃がしたじゃろうがな」

 

「破破破!」と珍妙な含み笑いと共に放たれた言葉に千冬は「ッ・・・!?」と静かに眉間へしわを刻んだ後、ギロリッと刺し殺す様な視線を彼へ向けた。

 

「さぞ、ケーシーパイセンは・・・いや、レイン・ミューゼルはアンタを怨んでおるじゃろう。アンタが下郎共を逃がした御蔭で、自分が捕まっちまったんじゃけんなぁ!」

 

しかし、常人ならば必ず顔を青くする殺気に対しても相も変わらず減らず口を春樹は叩く。

其の叩いた言葉によってより鮮明に千冬の脳内へ映し出されたのは、あのレインの瞳だった。満身創痍、なれど眼の奥へ炎の様な怒りと憎しみを燃え上がらせていたあのレイン・ミューゼルの瞳を。

 

「・・・・・一体、何の証拠があってそんな戯言を・・・」

 

「はぁッ・・・センセ、腹割って話しましょうやぁ? まぁ、証拠を出せって言うんなら出しますけんど」

 

そう言って春樹は自分の携帯を取り出すとフォルダへ保存されていた映像を再生し、其れを千冬の前へと見せる。

すると―――――

 

「ッ・・・清瀬ッ、貴様ァア!!

 

―――――グッと強張っていた両眼がほんの一瞬だけ四白になったかと思えば、其処から一気に表情を憤怒へ燃え上がらせて千冬は春樹の胸倉を掴んで壁へと叩き付けたではないか。

何故に彼女が此処までの激昂の感情を晒したのか。隠すも何も理由は画面へ映し出された映像が原因だ。

 

ギィいヤァああアアアァああッ!!

 

音声スピーカーから放たれて来たのは、耳をつんざくとても人とは思えぬ獣の様な断末魔。

其の怨嗟の絶叫が聞こえるモニター画面には、非常灯の赤い薄明かりと共に生々しい”赫”を滴らせる肉人形がジタバタ蠢いていた。

 

NOoOOOooOOOOO!!

「う~っわぁ、よー叫ぶじゃろうコイツ? まだちょっと慣れてなかったけん、”皮を剥ぐ”のが巧くいかんでね。時間がかかったんじゃ。じゃけど、三人目ぐらいから慣れて来だしましてね。四人目からは、キレーイに美肌マスクを脱がすみたいに・・・”のっぺらぼう”に出来たんですよ」

 

映像を見つつ、春樹は自分の成果を自信たっぷりに自慢しながら説明する。人の皮を、人間の皮膚を筋肉から引き剥がす様子を事細かに情感たっぷりで説明する。

 

「やはりッ・・・やはりあれは、あれは貴様がやったのか・・・!! 」

 

千冬は凄まじい剣幕で迫るが、一方の春樹はニタニタ下卑た表情を崩さない。其れ処か悪びれもせずに胸倉を掴んでいる彼女の両手を掴み返したのである。

 

「ッ・・・!?」

 

其の力は容易く千冬の力を凌駕し、胸倉から容易に彼女の手を引き剥がす。そして、懐いている飼い犬の距離感で微笑みかけた。

 

「何を怒っとるんですか、センセ? 俺ぁ当然の事をやったまでじゃ。目には目を、歯には歯を・・・血には血を、罪には罰を。じゃけん俺は・・・当然の報いを施してやっただけじゃ」

 

「ッ、ふざけるな! 自分が何をしたか解っているのか、貴様は?!」

 

「ほぉん・・・じゃあセンセは、コイツらが何をしたんか知っとるんか?」

 

「なにッ?」

 

疑問符の千冬へ春樹は「ほれ、やっぱり知らんのんじゃが」と鼻で笑う。

 

「コイツらはのぉ・・・会長に血を流させた。しかもじゃ。あの下郎共は、汚らしい手で寄って集って楯無を慰み者にしようとしやがったんじゃ。口から涎を垂らして、刀奈の肌に齧り付こうとしやがった。畜生の・・・いや、畜生以下の所行じゃ。唯の下劣な下種野郎共じゃ」

 

琥珀の炎が零れる両眼の奥には、おどろおどろしくも悍ましい情念が籠っていた。

其の今迄見た事も感じた事も出会った事もない瞳に流石のブリュンヒルデも息を飲む。

 

「じゃけん、やった。人の皮を被ったケダモノに其れ相応の報いを受けさせてやった。勿論、其のケダモノ共を纏めとったアバズレにもな」

いッ、いやぁああああああ!!

 

映像の最後には、美しい容姿をした女が無慈悲に無惨にも皮を剥かれて泣き叫ぶ様子が映し出される。

其れを見て益々千冬は表情を曇らせる一方で、春樹は恍惚の表情で口を三日月に歪めた。

 

「ッ、何様の・・・いったい何様のつもりだ?! いくら更識が傷付けられそうになったとは言え、貴様のやった事はとても許されん事だ! 人間の所業ではない!!」

 

「じゃあ聞くが、センセ? アイツが乙女の危機を迎えてる時、アンタ・・・何しょーたん? 教師として、生徒を守る立場の教員があん時、一体何をしとられたんですか?」

 

「ッ、そ・・・それは・・・・・」

 

楯無が襲撃者達に寄って集って嬲られている時、千冬は其の襲撃者達の隊長と一戦を交えていた。其れは彼女にとってとても楽しい一時であったろうが、春樹にしてみれば、いくら楯無がカタギじゃないロシア代表のIS使いだったとしても守るべき立場である生徒に荒事を任せているのは非常識な事柄だ。

 

「其れに織斑センセ。俺は人間じゃ。リリンで、リントで、ヒューマンな人間じゃ。じゃけど・・・俺が怪物じゃけん許せれん云うんなら、どうぞ出る所に出て貰っても構いませんぜ?・・・・・あッ・・・でも、先生もマズい事になりますな」

 

「何だと?」

 

「じゃって、センセは俺がやった有様を其の眼で生で見とるんでしょ? 加えて再起不能で逃げる事もままならぬ連中を逃がした疑いが・・・いや、俺が去った後であの場へ行くことが出来たのはセンセだけなんじゃ。じゃけん、状況証拠から見てもアンタが下郎共を逃がした事は確実。ふむう・・・マズいですなぁ」

 

襲撃者達であるアンネイムド達へ春樹が行った無慈悲な行為は、学友である楯無を助ける為にやった過剰防衛に捉えられる。

だが、千冬の方はアンネイムドが楯無へ行った悪行を知らなかったとは云え、学園へ襲来したテロリストを逃がしたのだ。到底許される行いではない。

 

「センセが捕まったら・・・弟さんはどうなるじゃろうか? アンタ云う後ろ盾を失った貴重な男性IS適正者には、飢えたハイエナ共が群がるじゃろうなぁ」

 

嘲笑う彼に千冬は人間とは別の何かを見据えた。人の也をした別の何かが微笑んでいるかの様に感じた。

 

「清瀬・・・貴様、私を脅すつもりか?」

 

「脅すぅ? おいおいおいおいおい・・・なら黙ってやる代わり、今から先生の服をひん剥いて、其の胎ん中へタップリと俺の子種を植え付けてやる展開か? 其れもエエなぁ。センセみたいな男の欲望を滾らせる体つきもエエし、尚且つ女教師なんて最高じゃがん」

「ッ・・・!!」

 

ぢゅるりッ・・・舌なめずりしつつ春樹は千冬へ迫り、先程とは逆に彼女を壁際に追いやって其の瞳の奥を覗く。

けれども、身の毛もよだつ恐ろしい獣の様な視線と下劣な感情を向けられてるにも関わらず、彼女は何処か恥ずかしそうに頬を朱鷺色に染めて目を伏した。

余りにもドストレートな異性からのアプローチと彼から漂って来る何とも言えない香しい雰囲気に思わずそそられてしまい、其の自身の感情に驚きと共に羞恥を感じてしまった事が原因である。

しかし・・・

 

「・・・・・なーんて、ちょっと昔の俺なら堪えれんかったろうなぁ」

 

春樹はバックステップを踏んで千冬のとの距離を置く。

其の呆気ない身の引き方に何処か暖簾に腕押し気分で「えッ・・・」と彼女の口から吐息が漏れた。

 

「もう俺にゃあ大切な人が居るけんな。良かったですね、織斑先生?」

 

「ッ、ば・・・馬鹿を言うな! やはり、貴様にラウラは任せられん・・・貴様の様な人を人とも思わぬ輩には!!」

 

「五月蠅ぇ、煩ぇ、うるせぇわ、貴女が思うより”純愛”です・・・ってね。阿破破破!」

 

不敵な甲高い声で千冬を嘲笑った後、春樹は彼女にある事を提案する。「じゃあ、いつもの様に・・・此の話題は忘れましょうや?」と。

其れだけ言うと、彼はさっさと部屋から出て行く。

跡に残された千冬は「あ、あの男は本当に・・・!!」と奥歯を鳴らして行き先を失った拳で空を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

〈それで・・・ブリュンヒルデをからかっただけ?〉

 

「まさか。あぁやって釘を刺しといた方がエエ事がある。其れに・・・まだ最後の”仕上げ”が残っとる」

 

〈そうね。早めに終わらせて、ちゃっちゃと”打ち上げ”に行きましょ〉

 

「応とも。其の前に琥珀ちゃんや? カリギュラ効果って、どんな感じじゃ?」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
次回で此の章を終わらせる予定となっておりますだよ。


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163話


『カリギュラ効果』
隠されたり、禁止されたりするとそうされないよりも其の対象が魅力的に映り、余計に気になってしまう心理効果。
一例を挙げれば、「情報の閲覧を禁止されると、むしろかえって見たくなる」「開けるなと言われたら開けたくなる」「押すなと言われたら押したくなる」が挙げられる。
早い話が、ダチョ〇俱楽部。



 

 

 

―――――「はい。其いじゃあ皆、手元に飲みモンは行き渡ったかぁ?」

『『『はーい!』』』

 

「よぉし、よし! そいじゃあ作戦成功のお祝いを兼ねて・・・お疲れ様でしたー! カンパーイ!!」

 

宴会場へ響き渡る『『『カンパーイ!!』』』の大合唱。

其の合図と共に熱された金網鉄板からはジュウジュウ食欲をそそられる音と香ばしい臭いが漂って来る。

部屋一杯に漂う美味なる匂いと共に口の中へ放り込まれた肉の味に「うーん♥」と云った腹の底から美味さを伝える感嘆詞が各席から響き渡った。

 

「ほう、これが日本の焼肉か。学食の焼肉定食とはだいぶ違うな」

 

「そりゃそうじゃろう。こうやって焼きながら食うんがエエんでよ。ほれラウラちゃん、此れ焼けたけん喰いんさいや。俺ぁ他の席を回って来るけん」

 

そんな日本に来て初めて体験する焼肉へ関心を示すラウラの皿へ焼けたねぎタン塩をよそっているのは、乾杯の音頭を執った此の宴会の幹事を務めている春樹だ。

 

今回のスパイ捕獲作戦で多大な貢献をもたらしたワルキューレ部隊一行は、引率の先生並びにバックアップに回っていたIS統合開発部のメンバーと共に打ち上げパーティーへと繰り出した。

場所はIS統合開発部副本部長である長谷川が紹介してくれた都内にある評判の良い超高級焼き肉店。

 

「悪いな、清瀬少年。俺達も呼んでもらって、しかも君を差し置いてビールまで・・・」

 

「構んですよ。壬生さんらぁの御蔭で色々とスムーズィに進みましたしね」

 

「そうですぜ! まったく、若の無茶ぶりは骨身にこたえます・・・あッ、ビールお代わり!!」

 

「お前はほとんど出番がなかったろうが、小心狸!」

「あで!?」

 

「ちょっと春樹さん! これはどこまで火を通せばいいんですのッ? 私、こういうのは初めてなんですから教えてくださいまし!」

「や、焼き目がわかりません・・・」

 

「春樹、これはどのタレで食べたらいいの?」

 

「セシリアさん大丈夫じゃ、大丈夫。ホルモンはよー焼いた方が美味いでよ。シャルロット、其の肉はレモンで喰うと美味いでよ」

 

セシリアの様に焼肉を食べ慣れていない御嬢様達へ肉の焼き方を伝授しながら各テーブルへ挨拶周りをする春樹。

其の表情は酒を飲んでないにも関わらず何処か上機嫌で朗らかであった。

 

「おい、若大将。お前、随分と上機嫌だな? そのサイダー、酒は入ってないだろうな?」

 

「破破破ッ。大丈夫ですって、其の場の酔いに浸ってるんですよ。それより上手くやって下さいよ。折角、榊原センセが隣に来るようにしたんですから」

 

「ッチ・・・ガキが、余計な真似しやがって」

「せ・・・芹沢さん、このお肉焼けましたよ!」

 

照れた様に目を逸らす芹沢を揶揄った後、「ふぅ~、やれやれ」と溜息を吐いて自分の席へ戻れば、愛しい恋女房がトングをカチカチ鳴らしているではないか。

 

「春樹、ご苦労だったな。お前が席を回っている間にたくさん焼けたぞ」

 

「いや、俺を待たんと食やよろしかったろう」

 

「むッ。そう、つれない事を言うな。やはり、春樹がいないと美味くないのでな」

 

「も~ッ、ラウラちゃんはそんな可愛え事云うて! よしよししてやらぁ」

 

「えへへ♥」

 

「うへぇ・・・かんちゃん、なんかこのお肉甘すぎな~い?」

 

「あっち見ながら食べるから・・・って、お姉ちゃん。何でそんな顔して食べてるの?」

 

「いや、春樹くんにおススメされたヨメナカセって部分なんだけど・・・焼き過ぎたのかしら? 硬くてアゴが疲れてるだけ。決して、羨ましくてこんな顔になってるわけじゃないわよ?」

 

「御嬢様方、こちらのハツと上ミノも焼けました」

 

奇天烈な「阿破破ノ破!」と云った笑いが他の皆の笑い声と重なり、やんややんや騒がしい。

されど決して不快ではない心地の良い喧騒へ朗らかな表情を晒す春樹に対し、ラウラはとても嬉しそうな笑みを浮かべるのであった。

ちなみに二次会はカラオケだ。

 

・・・しかし、戦乙女見習い達の宴の裏側で、ある一人の少女が自分の人生の転機を決心していた事を知っていたのは、今宵酒を飲まずにいる蟒蛇だけである。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・・・」

 

ギリシャの国家代表候補生であり、IS学園内でも数少ない専用機所有者であるフォルテ・サファイアは少しやつれた表情を晒しながら夜の帳が落ち切った廊下を歩いている。だが、血の気の引いた表情とは反比例する様に其の瞳はギラギラと脂ぎった光が宿っていた。

・・・時は夜の帳が降りる前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

「ぐスッ・・・う、うぅ・・・!!」

 

カーテンを閉め切った薄暗い部屋に響く咽び泣く声。

声の主のはフォルテ・サファイア。今回のスパイ捕縛作戦で捕縛されたダリル・ケイシー(本名:レイン・ミューゼル)のルームメイトであり、恋人だった人物である。

 

「ダリル・・・ダリーッ・・・ダリー・・・! う、うぁ・・・うわぁあああああん・・・!!」

 

ショックだった。

勿論、其れは恋人の正体が国際的過激派テロリストの構成員だった事もあるが、何よりも其の事を今まで自分に対して秘密にしていた事が何よりもショックだった。

強敵を相手に何度力を合わせて戦ったのか。何度同じ夜を過ごして朝を迎えて来たか。身も心も通じ合ったと思っていたのに・・・なんて裏切りだろうか。

 

フォルテは胸が張り裂ける悲しみを体感し、ハラワタが煮えくり返る怒りを巡らせ、尋常ならざる憎しみを抱いた。

なれど其の激情が込み上げる度に思い起こされたのは、ダリルとの優しくも甘い想い出ばかり。

 

「会いたい・・・会いたいっス・・・・・会いたいっスよ、ダリー!」

 

憎んで、怨んで、怒りを湧き上がらせても募る想いは愛しさばかり。

・・・さて、こんな結構特殊な愛憎に心を揉まれて涙を流している少女を訪ねるけったいな人物が一人居た。

 

―――――「ノックして、もしもーし!!」

「ッ・・・!」

 

部屋の外から聞こえて来たのは、聞き覚えのある・・・いや、良く知っている男の声。自分の愛しい想い人をお縄にかける作戦の総指揮を執った男、第二の男性IS適正者、清瀬 春樹の声だ。

 

「居るんかぁ? 居るんは解っとるんじゃでぇ、サファイア先輩ぃ?」

 

春樹は固く閉じられた扉へ寄り掛かってトントントントン何度も何度もノックをする。

 

「・・・・・」

 

しかし、フォルテは毛布を頭に被ったまま扉の鍵を開けようとはしなかった。

当然と言えば、当然の選択である。此の男のせいで自分は愛しい恋人の残酷な正体をする事もなければ、突然の別れを経験する事もなかったのだ。

普通は開けない・・・・・そう、”普通”なら。

 

「・・・・・何の、用っスか?」

 

「よう、ぼさぼさ髪で思ったよりも酷ぇ顔色じゃわぁ。まるで蚕豆みてぇな顔色ですなぁ」

 

何故、自分の恋人を破滅に追いやろうとした男に会おうと思ったのか。其れは彼女自身にも理解できなかった。

・・・ただ、ただ此の目の前で軽口を叩く男に出会えば何かがあるだろうと直感したのだろう。

 

「ま、エエわ。なぁ、サファイア先輩? 此れから作戦に関わった皆で祝賀会の打ち上げやるんですけど、一緒にどうですか?」

 

「ッ、この!!」

 

しかし、彼から放たれた言葉によってフォルテは後悔の念と共に春樹の顔面へ渾身の右ストレートがめり込む。しかも彼女の拳には専用機が部分展開されている為、其の威力は岩をも砕く。

けれども対する春樹の方も常人とはかけ離れた耐久力を有している。「ぶげらぁッ!?」等と踏んづけられた蛙の様な叫びを挙げれどもグッと体勢を堪えた。

無論、打撃のせいで口から出血はしたが。

 

「どのッ・・・一体どのツラ下げて! そんな事を言えるんスか?!! 信じられないっス! バカなんじゃないっスか?!」

 

「痛ぇえ・・・た、確かに傷心の人間に掛ける言葉じゃなかったわぁ。じゃけど・・・先輩が思ったより元気そうで良かったっすわ」

 

「ッ~~~! ふざけるんじゃねぇっス!!」

「うッゲぇええ!!?」

 

またしても彼女から穿つ様に放たれた打撃が、今度は鳩尾にクリティカルヒット。此れには流石の春樹も両膝をついてうずくまってしまい、更に其処へフォルテは鋭い蹴りを放った。

 

「グっが! げべバッ!!」

「お前のッ・・・お前のせいで!! 私は・・・ッ、ダリーは・・・!!」

 

元よりフォルテ・サファイアと謂う人物は何処かのドメスティックなヒロインの様な気性は持ち合わせては居ない。

けれども今までのストレスと一々癪に障る表情を晒す男によって遂に彼女の堪忍袋の緒が切れた。

フォルテは春樹を蹴り上げては踏ん付けてを繰り返す。顔を真っ赤にし、充血した宝石の様な瞳から雫を溢しながら何度も何度も何度も・・・・・

其の当たれば一溜まりもない攻撃を春樹は汚い叫びを挙げながら甘んじて受けた。

 

「どうして・・・どうして教えてくれなかったんスか?! ダリーがスパイだって事を知ってて、どうして私に教えてくれなかったんスか?!!」

 

「ハァッ、はぁッ、ハぁッ・・・! 教えた所で、どうなったって云うんですか? アンタに教えた所で・・・どうにもならんでしょうが! 其れに・・・下手に勘付かれて、先輩が殺されちゃ元も子もないでしょうに」

 

「ッ、うるさい・・・うるさい、うるさいうるさい、うるさいっス! 黙りやがれっス!!」

「グぼらぁッ!!?」

 

激情に駆られたフォルテは白髪に変色した春樹の毛髪を掴むと、其のまま壁へ彼の顔面を叩き付けた。

 

「わ、私ッ・・・私は! 私はダリルになら何をされたって私はよかったんっス! ダリルになら殺されても私は文句はなかったんっス!・・・私は、私はッ!!」

 

ズルズル潰れたトマトの様に壁を下へ下へと流れ伝う春樹を前にフォルテは両膝をついて幼子の様に「うわーん! うわーん!!」と喚き泣き散らす。

其れを顔面血だらけの春樹は折れた鼻を無理矢理はめ込んで見ていた。そして、彼女がスンスンとすすり泣く様になった時を見計らってある事を持ちかける。

 

「(あぁ。許さんでくれ、怨んでくれ。俺のやった事は決して許される事じゃないんじゃ・・・・・”此れからやる事”もな!)なぁ、フォルテ・サファイア先輩よ。気は済んだかい? 済んだんなら・・・俺の話、聞いてくれんか?」

 

白髪を自分の血で赤く染めているにも関わらず、相も変わらないニタニタ癪に障る笑顔を浮かべる春樹。

其の顔面へ向けてフォルテは返事代わりのダメ押しの一発をくれてやる。

 

「ッ・・・あぁ、痛ぇや。じゃけども話す気がねぇんなら、其のまんま聞き流しておくんなさい。なぁ、先輩ヨ。アンタは今、自分の人生の岐路に立ってる事をご理解頂きてぇ」

 

まるで講釈師の様に正座を組むと下卑たニヤケ顔から一転、ギョロリ琥珀色の鋭い眼を突き刺す。

其の眼にギョッとしたのは唯の一人、フォルテだ。

先程まで床にこぼれたトマトジュースを拭いたボロ雑巾の様な情けない姿を晒していたとは思えぬ眼光に彼女は心臓を掴まれた様な身の毛もよだつ感覚に襲われた。

蛇に睨まれた蛙の気持ちとは此の事で、ガマでもないのにフォルテはタラりと汗をかく。

 

「先輩ヨ、アンタが歩む道は二つに一つじゃ。一つは・・・すっぱりと忘れる事じゃ」

 

「わす、れる?」

 

「応。サファイア先輩ヨ、アンタはギリシアの代表候補生で尚且つ其の中でも極々限られたエリート中のエリートである専用機持ちじゃ。そんな優秀な人材であるアンタが高々一時の色恋の過ちで、人生を棒に振ってはおえんでよ。じゃけぇ・・・忘れちまえ。人間は忘れる事の出来る生き物じゃ。忘れちまえ、忘れちまえ」

 

「・・・・・」

 

春樹の言う通り、知らなかったとは云え、フォルテは国際的テロ組織の構成員と恋仲であったのだ。表には決して出せない下手をすれば専用機の剥奪並びに代表候補生の権利すら失いかねないISパイロットとして最大の汚点である。

「忘れちまえ」・・・春樹の言葉は全くもって的を得ていた。しかし、そんな言葉一つで忘れられるのならば苦労はない。

ダリルとフォルテ、此の二人がどんな馴れ初めで恋人になり愛を育んだのかを春樹は知らない。だが、二人がどんなにも強い絆で結ばれている事は事情を知らずとも火を見るよりも明らかな事実。

だから・・・・・此れを利用しない手はなかった。

 

「そうじゃ、忘れちまえ。あねーな女の事なんかよぉ。悲哀に打ちひしがれて泣いてる先輩を余所に呑気にグースか寝ょーるんじゃけんな。あんなヤツは”苗床”になって当然じゃ」

 

「ッ・・・なんスか、その・・・苗床ってのは?」

 

真剣な表情から一転し、「おや、ご存知ない?」とまたしても春樹は口端を耳まで裂けるくらいまで釣り上げる。

 

「意識不明の重体である事言う意外は健康的なIS適正の高いそそられる乙女の身体じゃ・・・・・次世代のIS適正者を”産ませる”には十分な素体じゃろう?」

 

「ッ、そ・・・そんなの、非人道的行為っス! まるで女の子を赤ちゃんを産む為だけの道具みたいな言い方・・・あんまりっス! 酷過ぎるっス!!」

 

「じゃけど、あながち冗談とも言い切れんじゃろう? 今やISは核弾頭以上の世界のパワーバランスを示す基準になっとる。しかし、ISの機体数には限りがある・・・じゃったら? ISを動かす為の最後の”パーツ”の質を上げるしかなかろう?」

 

カチカチッと歯を鳴らす春樹にフォルテは顔を強張らせる。

彼の言っている事は当たらずも遠からずだ。今や世界情勢はISによって左右されていると過言ではない。其れも核兵器による軍拡が行われていた冷戦時代並みの不安定さだ。

しかし、前時代と違って絶対的兵器であるISには限りがある。其処で重要となって来るのがISを纏うパイロットの育成だ。

だが、育成する人間の皆が皆優秀なパイロットになるとは限らない。ならばどうするか? 極端な話が最初から”造って”しまえば良いのだ。

ある程度育ってしまった適正度の成長性も解らない少女達を育てるよりも、高いIS適正を約束されたデザインベイビーを育てた方がよっぽど良い。

そうした一例がドイツの生体兵器技術によって誕生した遺伝子強化素体であるラウラだ。

けれども彼女の様な一例はコスト面において膨大な予算がかかる。なれば、時間はかかるが確実かつ低コストな素体を造りたい。

そうなると・・・・・

 

「競走馬でも、優秀な雌馬とこれまた優秀な種馬を掛け合わせりゃ早い駿馬が生まれる。ようは其れの人間版じゃ」

 

「・・・・・やめろっス・・・」

 

「素体が若けりゃ若い程、産める子供は多いけんなぁ。後は、”種”じゃな。どんな種がエエじゃろうか? IS適正が高いのを産んでもらう為にゃあ色んな種を種付けした方が―――――」

やめろって言ってるじゃないっスか!!

 

夕焼けが差し込む廊下へ響く震えた声色。ポタポタと落ちる水音。

両手で顔を覆いシクシク涙をこぼす彼女に対し、「・・・・・御免な、御免よ」と春樹は掠れた囁き声を呟いて立ち上がった。

 

「じゃけども其れとは違うもう一つの道がある」

 

「ぐすッ、ぐす・・・ふぇ・・・?」

 

「もう一つの道はなぁフォルテ・サファイア先輩ヨ? レイン・ミューゼルと・・・いんや、ダリル・ケイシー謂うどうしようもない人間と一緒に墜ちてやる道じゃ。共に地獄へ堕ちてやる術じゃ」

 

疑問符と共に顔を上げたフォルテの瞳を見通しながら春樹は語り掛ける。

 

「・・・しっかし、此の道はお勧めしないですよ? じゃって、そねーな事をすりゃあ先輩の人生は滅茶苦茶になる事は確定するんじゃもん。じゃけぇ、二つ目の道は絶対に選んではおえん選択肢なんです。絶対に絶対の絶対にダメな事なんです」

 

念を押す様に、説得する様に、言い聞かせる様に、説教する様に。

 

「今なら専用機を剥奪される可能性ぐらいで済みます。代表候補生としての箔に傷は付きましょうが、アンタなら其れを乗り越えられると俺ぁ信じていますだ。じゃけん絶対に、絶対に墜ちてはならん。あんな人間の為に自分の人生を棒に振ってはならん。絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に血迷った事をしてはならんですよ」

 

「絶対にやめろ」と刷り込む。

其れと同時にある事も彼女へ吹き込んだ。

 

「今日、今夜、今宵、生徒会ならびにワルキューレ部隊の面々は打ち上げの為に学園を一旦離れて”留守”にするが、魔が刺してはいけませんぜ。サファイア先輩は人生で良い選択をせにゃあおえん。じゃけん、決して一緒に堕ちてやるな。救い出せないのなら、一緒に墜ちる事を選んではおえんのですけんな」

 

「破破破!」・・・ケラケラ相変わらずの浮かべた後、春樹は踵を鳴らして其の場を跡にする。

 

「ッ・・・・・勝手な、勝手な事ばかり言って! 一体全体何のために私の所に来たんスかッ? 一体、清瀬後輩は何がしたくて・・・・・―――――ッ、え?」

 

跡に残されたフォルテは短く恨み節を呟いた後、何かに気付いた様に彼女はハッとして背向けて立ち去る男を見据えた。

すると彼は見計らった様に手を振ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――「ダリル先輩に会わせて下さい」

 

時は戻り、夜の帳が降り切った頃。厳重に警戒された病室の前でフォルテは真剣な面持ちで言葉を並べ立てた。しかし、千冬は「・・・ハァッ・・・」と眉をひそめる。

 

「サファイア・・・何度来ても同じ事だ。意識不明だとしてもテロリストに会わせる訳には―――――

「わかってるっス。だから・・・だからこれで最後にするっス」

―――――ッ・・・なに?」

 

いつもならば泣いてすがり付く様を晒すフォルテだが、今回は様子が違う事が目に見えて明白だ。

そんな覚悟を決めた彼女が懐から取り出したのは、自分の名前を署名した『退学届』であった。

 

「・・・本気か?」

 

「はいっス。もう・・・私、疲れたんスよ。ISのパイロット・・・やめるつもりっス」

 

フォルテの決意に千冬は「・・・そうか」と短く呟く。

 

「だから・・・だから、今日は先輩にお別れを言いに来たんっス。織斑先生、会わせてはもらえないっスか? お願いしますっス・・・!」

 

決意を固めた彼女へ対し、千冬は最初無言を連ねた。だが其の内、千冬の頭の中へ浮かんだのは「お前のせいだ」と自分へ向けて恨み節を叫んだテロリストの憤怒の瞳。

 

「・・・・・五分だけだ。手早く済ませろ」

 

「ッ、先生! ありがとうございますっス!!」

 

其の罪悪感からなのか。千冬は顔を背けて病室への道を開け、フォルテに最後の面会をする事を許可した。

 

「私も・・・甘くなったものだな」

 

「フッ・・・」とキザっぽく微笑む千冬。

・・・・・けれども、きっと彼女は此の判断を一生憶え、後悔する事になるだろう。

 

「お、おお、お、織斑せんせーい!! 大変ッ、大変ですぅうう!!」

 

「ん?」

 

パタパタと走って来たのは、母性の塊と緑髪を揺らす丸眼鏡の山田教諭だ。

相変わらず焦燥感に駆られるとドモリ癖がある彼女に千冬は「まぁ、落ち着け。どうかしたのか?」と溜息交じりの疑問符を投げ掛ける。すると・・・

 

「ハァッ、はぁッ! た、大変です! だ、だだ、第四格納庫が! 第四格納庫がッ、何者かによって破壊されてしまいました!!」

「ッ、何だと!!?」

 

一気に千冬の表情から余裕がなくなり、両の眼が一瞬だが四白眼になった。

山田教諭の言った第四格納庫。其処にはスパイとして捕縛したダリル・ケイシー改めレイン・ミューゼルの専用機であったIS『ヘル・ハウンドver2.5』が一時的に保管されていたのだから焦るのも当然と言えば当然だ。

 

「格納庫には教師部隊が護衛についていた筈だ!」

 

「そ、それが皆さん”凍らされて”いて! あッ、でも皆さん命に別状はありません! 低体温症で一時的に意識を失っていたみたいで!」

 

「何ッ? 凍らされていた・・・だとッ?」

 

山田の言葉に千冬は「まさか・・・!?」と自分の背後にある病室へ向けて勢いよく振り返った。

彼女の記憶違いでなければ、フォルテの首にはダークグレーのチョーカーの様なものが巻かれていた筈だ。

 

「―――――クソッ!!」

「織斑先輩!?」

 

千冬は走る。

そして、勢い良く病室の扉を開ければ、ゾワリと冷たい絶対零度の空気が肌を撫でるではないか。

 

「・・・織斑先生、まだ制限時間まであと二分半以上もあるっスよ?」

 

冷凍庫並みに冷え切った室内に居たのは、水色に近い白のカラーリングと機体の各所に氷を連想させる水色のクリスタルが施された自らの専用機体『コールド・ブラッド』を身に纏ったギリシャの代表候補生・・・いや、反逆者と成り果てたフォルテ・サファイアが眠っている恋人を抱えていた。

 

「さ、サファイアさん!? なんであなたがここに?!!」

「山田先生ッ、それよりも緊急ブザーを!!」

 

「無駄っスよ、先生方。アラームの配線は予め凍らせておいて使えなくしておいたんで」

 

焦燥感を漂わせる二人を余所にフォルテは何食わぬ顔で室内の壁面を圧倒的冷気で冷却し、ぽっかりと大きな穴を開ける。そして、彼女は犯罪者への入り口に足をかけた。

 

「やめろッ、サファイア!! 貴様は自分が何をやっているのか解っているのか?!!」

 

「もちろんっスよ。私のやっている事は正気の沙汰じゃねぇっスし、私は自分の人生を今から棒に振ろうとしてるんっス」

 

「ッ、解っているなら何故?!!」

 

投げ掛けられた怒号の疑問符にフォルテは場違いにも程がある表情を彼女に向けたのである。

 

「私、たぶんきっと今の事を後悔するっス。でも・・・愛する人と一緒に地獄に堕ちれるんなら、それはきっと幸せな事なんスよ」

 

幸せ一杯のウエディングドレスに身を包んだ花嫁の様な微笑を浮かべたフォルテは、千冬と山田教諭の前へ氷壁をそびえ立たせ、鳥籠の外へと駆け奔って行ったのだった。

 

「サファイア・・・ッ!!」

 

氷壁の先で遠くなっていくISのブースター音を千冬はきっといつまでも覚えている事だろう。噛み締めて切れた唇から垂れた血の味もだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「―――――春樹、何を見ているのだ?」

 

「ん? あぁ、月じゃよ月。今日は綺麗な御月さんじゃなぁ思うてなぁ・・・月が綺麗じゃなぁ、ラウラちゃん?」

 

「うむ、そうだな。綺麗な月だ」

 

「(ありゃ、通じんかった)じゃけども・・・・・・・・ちゃんとした御祝儀、渡したかったなぁ」

 

「ん? 何か言ったか、春樹?」

 

「いんやッ、なーんでもねぇでよ。さて、デザートじゃデザートじゃ! 行くでヨ、ラウラちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
やっぱり〆でもう一話投稿せねばならなくなってしもうた・・・・・おっふ。


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164話

 

 

 

「今すぐ君に会いたーい♪ 君に会って確かめてみたい♪ 世界の理♪ 愛の定義♪ 幸せのカテゴリー♪」

 

打ち上げ二次会のカラオケ会場で、我らが刃が自分の十八番である『アニソン界のおしゃべりクソ眼鏡』の楽曲を皆の前で熱唱し、大盛り上がりを博している頃・・・・・

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「ふぇっふぇっふぇ・・・じゃじゃーん♪」

 

此処ではない何処かにあるラボで、特徴的な紫色の毛色にこれまた特徴的な長いウサ耳カチューシャを付けた人物が掛け声と共に花嫁が被る様なベールを脱ぐ。

其のベールの下には、漆塗りをした様な黒を身に纏った機体が威風堂々とした風格を漂わせていた。

 

「これが君の新しい機体・・・その名も『黒騎士』でっすぅ☆」

 

そんな美しさと強さを兼ね備えた様な機体をウキウキ気分で紹介するのは、世界の軍事力バランスを狂わせたISを発明した天才科学者『篠ノ之 束』、其の人である。

 

「ふふーん! どうどう? あんな極西の島国が作ったISをよりパワーアップ♪させたからとってもすごいんだよね☆ ぶいぶい☆」

 

「・・・・・ッチ」

 

一々言葉の語尾を煩くしながらも束は此のISを纏うであろう人物に機体の説明を行う。其れがあんまりにも見るに堪えなかったのか。肝心の当人は無表情・・・いや、酷くぶっきらぼうで忌々しそうな態度だ。

 

「ちょっと・・・もーッ! 束さんのありがたーいお話を聞いてるのかな~?」

 

其の態度を見透かされたか、束からの注意が飛んで来るが、其れを彼女は肉に集る蠅でも見るかの様な視線で返す。

 

「ふーん、その目・・・ちーちゃんにそっくり! やっぱり”姉妹”だね☆」

 

束の言葉に黒騎士の纏い手・・・ファントムタスクはモノクロームアバター所属のISパイロット、『M』は少し恥ずかしそうに鋭利なナイフの様な眼を俯かせる。其の表情は何処か嬉しそうで、思わず束はニマニマしてしまう。

 

「気を取り直して! 君の要望通り、シールドビットとかライフルの類はとっぱらってちゃってインファイター専用にしたよ☆ 着心地はどうかなぁ~? 君は、ちーちゃんよりもちょっとだけお胸が控えめだから―――――」

 

「・・・うるさい」とばかりにMは彼女へ向けて腕部の7.62㎜マシンガンに火を噴かせるが、束は其れを驚異的な反射神経と身体能力で難なく回避し、新しく手に入れた玩具でも見る無邪気な表情を晒した。

其の表情に対してMは顔をしかめるが、束の造り上げた”新しい力”には満足している様で、掌でグーとパーを繰り返す。

 

「あー、その癖! いっくんも同じ―――――」

「ッ、黙れ!」

 

言い掛けた所で今度はランサービットの穂先から殺意の籠った熱線が放たれた。

 

「その名前を口にするな・・・!」

 

「もう、まったく困った子なんだから☆ だったらどうかな? 最初のターゲットはいっくんにしたら?」

 

束からの提案にMは「いや・・・」と短く呟いた後、スタビライザーとしても機能する大剣、フェンリル・ブロウの切先を照明へ当たらせながら・・・彼女は”想い人”の名を口にする。

 

「その前にヤツを・・・ギデオンを・・・・・キヨセ・ハルキッ、ヤツを私の手で必ず・・・!!」

 

Mはギリリッ奥歯を噛み締めて宿敵にして怨敵の名を口にした。

先の戦で彼は自分を討ち取れるにも関わらず、手加減をしてみすみす戦場から追い出した・・・・・と、Mは勝手に思っている。

 

「あの屈辱、必ず晴らしてくれる・・・ッ!」

 

Mの脳内に浮かぶのは、あの奇天烈な「阿破破ノ破!」と云った自分を嘲笑う声。思い出しただけでも腹が立つ。

・・・しかし、何故だろう。彼女は沸々と怒りの感情を湧き上がらせているにも関わらず、其の口端は吊り上がっていたのである。

其れもただ単に吊り上がらせているのではない。何処か其れは遠距離恋愛で遠方に居る恋人に此れから会える様な微笑であったのだ。

 

「・・・うわー、歪んでるー。ヤンデレってやつだー」

 

「貴様、殺すぞ・・・!」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

んッ・・・あ~~~ッ♥♥

 

煌びやかな美しい夜景が見える大きな一枚板の窓ガラスを有するホテルのスイートルームに木魂する情欲掻き立てる喘ぎ声とちゅぷちゅぷちゃぷりの生々しい熱の籠った粘着質な水音。

 

スコールッ・・・んン・・・スコぉおルぅ・・・きもち、いい♥

 

真っ新だったシーツの上で、ファントムタスクは実動部隊モノクロームアバターに属する構成員であるオータムは、普段では考えられない艶やかで可愛らしい声と共に其の長い髪と手足を相手へ絡ませながら愛を囁く。

 

うッ、んん♥♥ 素敵よ。愛しているわ、オータム」

 

そんな呂律の回らない愛を囁くオータムへ艶めかしい愛撫で返すのは、モノクロームアバターを率いるファントムタスクの女幹部であるスコール・ミューゼルだ。

彼女は何度も何度もオータムの耳元で愛を呟きながら手を絡ませ、足を組ませ、何度も何度も「ちゅッ♥ ちゅるり・・・♥♥」とキスを落とす。

・・・火傷によって出来た痛々しいケロイドが浮かび上がる彼女の肌へ何度も何度も。

 

 

 

 

「んッ・・・ん~」

 

情事が終わった後、大きく伸びをしたスコールは白いシャツを一枚羽織ると通信用端末を起動させる。

だが、待ち人からの連絡は未だ来ていなかったのか。彼女は「はぁ・・・ッ」と大きく溜息を漏らす。

 

「・・・オレとのセックスの後で溜息を吐かないでくれよ」

 

そんな溜息を吐くものだから情事相手であるオータムは何処か悲し気な表情をシーツの下から彼女へ差し向けた。

 

「ううん、違うわ。あの子からの連絡がまだ来なくてね」

 

「アイツからの定期連絡か? 大丈夫だろ。前にも遅れただろ?」

 

オータムの言う「アイツ」とは、IS学園へ潜り込んで鼠をやっているスコールの姪の事だ。

其の彼女からの定期連絡がない事が気掛かりなのか。スコールは物憂げな表情で端末の画面を見つめている。

 

「大丈夫だって。今頃アイツ、学園で引っ掛けた女でも抱いてるだろうさ。オレ達みたいによ」

 

シーツ一枚を纏ったオータムはスコールへ枝垂れかかって腕を回し、吐息を耳へ吹きかけた。

 

「なぁ、スコール・・・もう一回、いいだろ?」

 

「もうッ、オータムったら・・・貴女、まだ病み上がりなのよ?」

 

「リハビリだよ、リハビリ」

 

そんな言い訳と共に口を尖らせた彼女にスコールは呆れた表情を晒した後、「しょうがないわね」とオータムの唇へ甘く噛み付くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度、其の時。ほぼ同時と言っていい位にドッグォオ―――ン!!・・・と部屋の出入り口が木端微塵に四散したのである。

 

「「ッ!?」」

 

勿論、此の突発的な爆発に吃驚仰天する二人であったが、間髪入れず、今度は夜景が見える一枚板の窓ガラスがドガシャーンッ!と蹴破られた。

そして、其処からドカドカと土足で入り込んで来たのは、赤い一つ目を光らせる青銀の武者鎧の集団であった。

 

「テメェらなにもんだ?!!」

 

そんな二人の百合百合しい愛の時間へ無粋にもゾロゾロと入って来た一つ目の武者鎧共に向かってシーツ一枚だけというあられもない姿にも関わらず、オータムはスコールを背にして勇ましく叫ぶ。

ところがどっこい。其の殺気立った叫びに物怖じするどころか。武者鎧共は二人へ大型のアサルトライフルの銃口を差し向けたのだ。

 

「・・・なるほど。まさか、この国の警察機関がここまで優秀だったなんてね」

 

其の銃口を向けられながら、スコールは静かに呟いた。

いつか内通者から送られて来た資料の中に日本の警察組織が新型EOSを入手したとの記述があったのだ。

 

≪国際テロリスト、ファントムタスクのスコール・ミューゼルとオータムだな?≫

≪お前達は不法入国並びに外患誘致罪等で逮捕状が出ている。大人しくしてもらおうか≫

 

ほとんど裸の美女二人に一つ目の鎧武者・・・いや、新型EOS『石英』を身に纏った警察特殊部隊隊員達の機会音声の混じった声が掛けられる。

 

「(こっちに情報が回ってこなかったって事は、潜り込ませてた人間が捕まってるって事ね。まさか、あの子も・・・・・)はぁッ、まったく・・・」

 

スコールは「ヤレヤレ」と大きく溜息を漏らしながら、何処から取り出したか解らぬリモコンのスイッチをカチッと押す。

さすれば、予め部屋全体に仕掛けられていたスタングレネードが強烈な光と爆音を轟かせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

―――――後日談・・・と云うか、今回のオチ。みてぇな『物語シリーズ』的な感じで言うと、久々の焼肉は美味かったし、久々のカラオケもめっちゃこ楽しかった。

特にヨメナカセが食えたんは嬉しかった。中々、あぁ謂う部位は地元でないと喰えれんけんな。ホルモンはゲテモン等と云う阿呆が居るが、ゲテモンは美味いと相場が決まっとるんじゃ。

酒は飲めれんかったが、腹一杯食えたけん大満足じゃ。

 

其の後のカラオケでも好きな歌が歌えたし、ワルキューレ部隊の皆が部隊名の由来にもなった『マクロスΔ』の劇中歌を歌ってくれたんもでぇーれぇー良かった。

ラウラちゃんとシャルロットがデュエットで『マクロスF』の『ライオン』やら『サヨナラノツバサ』を歌ってくれた時は感動の余り涙が出そうになった。

・・・まぁ、『シェリル』派か『ランカ』派かでもめる事があったけんども。

 

ま、ぼっこう楽しかった事は確かじゃ。

酒は飲めんかったが、テンション上がりまくりで年甲斐もなく・・・いや、今は十五のガキ何じゃけん其れは可笑しいか。

まぁ、はしゃいだハシャいだ。あ~もう、ホントにマジで楽しかった。

・・・じゃけど俺らぁが楽しみょーる其の裏で、けったいな事も起こっとった。

 

俺らぁが留守にしとる間、学園じゃあ一騒動起こっとった。

二年でギリシア代表候補生の専用機持ちじゃったフォルテ・サファイア先輩が、愛という名の下にワルキューレ部隊の面々が必死になって苦労してお縄にかけたテロ組織の諜報員と共に脱走しやがった。

加えて、ありがたい事に・・・いや、忌々しい事に其の諜報員から没収しとったISも強奪しやがった。

此れでテロ組織ファントムタスクの貴重な情報を日本政府は独占できるという訳。

しかもあのISの中には、あの糞垂れ犯罪組織へ資金やら情報を提供をしてあげていた恥知らずのボケカス糞ったれ『放送禁止用語』『放送禁止用語』『放送禁止用語』共である売国奴の名簿が極々一部じゃけど入っとった。

勿論、俺ぁ善良な日本国民。出せる所に出したらアラ不思議。朝から晩まで緊急ニュース放送が流れる日までありやがった。

警視庁公安部や検察庁の人らぁには余計な仕事を押し付けた感じで申し訳ねぇと思っとるが・・・・・心の底から、ザマァ見晒せバ―――――カ!! 阿破破破破破ッ!!!

 

・・・しかし、やっぱり良い事ばっかりじゃない。ウィンウィンの関係なんて極々一部じゃ云う事は今回の一件でよー解った。

 

俺があれだけ『やめろ』『忘れろ』『するんじゃない』って言ったのにも関わらず、愛の為に恋人と共に堕ちる事を選んだサファイア先輩。後で知ったんじゃが、此の人の実家はギリシア・・・いや、ヨーロッパでも有数な資産家の名家じゃったそうな。

無論、娘さんの闇墜ちに抗議にIS学園へ厳ついSP連れた弁護士やら何やらかんやらヘチマやらの連中が乗り込んで来やがった。

加えて、国家代表専用ISも持ち逃げしてるけん、国としてギリシアからも苦情が来た。

後はひっちゃかめっちゃか責任の押し付け合いじゃ。

やれアメリカが悪いじゃ、ギリシアが悪いじゃ、其の日の警備担当者が悪いじゃ、何じゃーかんじゃーヘチマのクソッタレ。

結局の所、全部が全部あのテロ組織が悪いんじゃろうが。そんなでぇれーシンプルな事が原因なのにお偉いさん方々は醜い争いをしっちゃかめっちゃかやっとる。

 

後、残念な事に新型EOSによる日本史上初の装甲騎兵による捕縛作戦は失敗に終わったらしい。

二対三十でも、やはりIS相手による戦闘経験はまだまだ未熟じゃけんな。エエ経験になったし、極東の島国を舐めんじゃねーぞって云う宣言にもなったじゃろう。

 

・・・まぁ、俺ぁそんな事知ったこっちゃねーがな。

美味い焼肉食わしてもろうたし、”お小遣い”ももろうたし、皆の結束も強うなったし、万歳万歳万々歳じゃ。

責任問題云々は・・・学園長先生やら長谷川さん辺りが何とかしてくれるじゃろ。

 

〈うっわ、無責任ね。まぁいいわ。私も”強く”なったしね〉

 

おっと、琥珀ちゃん。其れはまだ企業秘密よ、秘密。

ま、兎にも角にも俺達らぁに非は全然なかった訳じゃ。

・・・ん? ブリュンヒルデ? 織斑 千冬?・・・・・知らない人ですね。

 

〈惚けるな〉

 

・・・・・俺、知らんもん。あの人の場合は自業自得じゃがん。

 

〈聞く所によると山田教諭が気を利かせたらしい。後、学園長殿が取り持ってくれた御蔭で謹慎処分ぐらいで済むだろう〉

 

警備の不手際で教え子をテロリストにしても、世界最強ブリュンヒルデはブリュンヒルデか。

・・・一応は原作主人公の姉じゃけんな。世界の修正力ってやつか?

 

〈・・・・・クククッ〉

 

何じゃあな、レクター博士?

 

〈修正力があると言うならば、君はとっくの昔に消されているさ。前にも言われただろう。此処は、似て非なる世界だとね。・・・まだ不安が残るかい?〉

 

ッチ・・・あぁ、糞垂れめ。図星じゃ、図星。やっぱり心のどっかで不安が蠢いとるんじゃ。

はぁ~ッ・・・俺って超面倒臭いわ。

 

〈今に始まった事じゃない〉

 

喧しい。

 

〈しかし・・・今はそれよりも大事な事がある〉

 

何がぁ?

 

〈次のテストだ。このままだと確実に赤点だぞ。進級も危うい〉

 

・・・・・もうヤダ。テスト嫌い。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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酔い覚まし:幕内・赤いは酒の咎
165話



※キャラ崩壊アリ



 

 

 

「―――――俺は、”自分の世界”を守りたいだけです」

 

内閣直属特務機関、IS統合対策部。

そんな組織の副本部長と云う大役を任されている長谷川 博文は、ふと”ある少年”の言葉を思い出す。

 

其の少年は、自分の事が嫌いだと言っていた。

其の少年は、自分の事を無力だと言っていた。

其の少年は、自分の事が愚かだと言っていた。

其の少年は、自分の羞恥を隠す為に酒を喰らうと言っていた。

其の少年は、自分の人生に酷く疲れた様な濁った瞳をしていた。

・・・・・それでも。

 

「其の為なら俺は喜んで『利用』されます。其の代わり、俺は嬉々として貴方達を『利用』しますよ。阿破破破ッ!」

 

其の少年は、”笑う”。

ただISを使えるだけと謂う理由で家族と引き離され、孤独に惑い、理不尽に打ちのめされながらも少年は”嗤う”。

其れは、少年の精一杯の強がりだったのだろうが、長谷川には其の”哂い声”が耳に残っていた。

まるで自分達を嘲笑うかの様な表情が強く印象に残っていた。

憔悴しきっているにも関わらず、笑みを浮かべる少年へ長谷川は酷く興味を抱いていた。

・・・そして、今も尚、其の少年への興味は益々強まっていた。

 

≪ご覧下さい。今、事務所へ検察庁の方々が次々と入って行きます!≫

≪捜査関係者の話では―――――≫

 

現在テレビで放映されているのは、ある代議士の事務所に家宅捜査が入るニュース映像である。

しかも一人ではない。

一人は防衛省の事務方であった。

一人は野党第一党の名物議員であった。

一人は最近売り出しの若手のホープであった。

一人は芸能界から鳴り物入りで議員になった人物であった。

しかも其れらに関した企業からも胡散臭いボロが芋づる式で出て来た。

其の他にも様々な人物が居たが・・・皆が皆、共通している点と言えば、”ある少年”が策を弄して手に入れた情報によって陥れられた点だろう。

 

「・・・やはり、凄まじいですね」

 

一緒にテレビを見ていた秘書官の高良は苦笑いを浮かべて噂の彼を思う。

 

「あぁ。益々、彼が味方陣営であった事をありがたいと思うよ」

 

其の高良の発言にニヤリと笑みを浮かべた後、パリッとしたフォーマルジャケットへ腕を通す。

今回の騒動の一件により、長谷川が所属する派閥へ敵対する売国奴まがいの政敵共は大幅に減少したかに見える。

だが、切り落としたのは僅かばかりの末端連中。本当の”膿”を出すのはこれからだ。

 

「(君がどこの誰であろうと関係ない。・・・君の其の頑張りに私達は少しでも応えてあげたいんだ!)」

 

キリッと表情を鋭くし、長谷川は踵を鳴らして行くのだった。

 

―――――さて、こんな政界きっての若獅子を滾らせる少年はと言うと・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おんどりゃテメェッ! くたばりやがれやぁああッ!!

「きゃぁああああああッ!!?」

 

何故か道着袴姿で、同じく道着袴姿の少女へ向けてありったけの力を込めた拳を振り下ろしていた。

・・・無論、畳には拳大の穴が開く。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

―――――学生の本分とは何であろうか?

勿論、其れは他ならぬ『勉学』である。

無論、いくらIS等と云う超兵器を扱うIS学園の生徒も例外ではない。

其処等の進学校よりも高いレベルの教育に加え、其れにISのとんでも物理法則を理論的に纏めた必須学科もあるのだ。

余程の秀才でなければついて行けない。

 

さて、そんな世界トップレベルのIS学園に半ば強制的に入学させられたついこの間まで地方の田舎公立中学生だった少年がついて行く事が可能であろうか?

毎日毎日必死こいて朝も昼も夜も平日も休日も勉強すれば可能と言えば可能だが、其れに命の遣り取りをする様な『イベント』に強制的に巻き込まれたらどうなるか?

・・・まず無理だろう。

 

『学園のケダモノ』『学園の狂戦士』『学園のイカレポンチ』『ギデオン・ザ・ゼロ』『金眼四ツ目の銀飛竜』等と云った畏敬の名を幾つも持つ『我らが刃』こと、二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹は”劣等生”である。

入学当初は、其のハイレベルな学力に喰らい付こうと必死になってはいたものの・・・『ゴーレム事件』を皮切りとしたイベントと言う名の『喧嘩』に巻き込まれ行くにつれて増えるストレスと酒の量により、春樹は”諦め”を覚えた。

 

『酒』と『喧嘩』。

其れが彼の過ごして来た日常だった。

其れからしばらくし、IS学園一年生の半分を終えた頃になって漸く自他共に認める相思相愛の仲となったドイツ代表候補生であるラウラの御蔭で酒とストレスの量はだいぶ減ったのだが・・・・・まぁ、其処は年頃の男女の恋人関係だ。

『酒』と『喧嘩』と『セックス』。

春樹の学園生活はお世辞にもとても健全とは言えぬ爛れたものに成り果ててしまっていたのであった。

 

其れでも彼は学力以外の面では優等生達とは変わらぬ成績を修めていた。

特に学園防衛を担う私設防衛部隊ワルキューレ部隊を立案発足指揮し、名ばかりではない大手柄を挙げた功績は大きい。

御蔭で留年の心配は無くなったのだが・・・其れは其れ、此れは此れである。

 

ド畜生めぇええッ!!

 

IS学園大運動会後に行われた筆記テストの結果は散々たるものであった。

赤点は免れたものの周囲に居るセシリアやシャルロット、簪達の優等生達等に比べると余りにも目も当てられぬ凄惨たる結果だったのである。

毎夜毎夜くんずほぐれず同じ寝床で愛を語らうラウラでさえ今回のテスト結果は高得点の嵐。

特に授業中でも居眠りが目立つ本音が成績上位者の欄に名を連ねたのは地味にショックであった。

日本代表候補生の専用機所有者なのに、生徒会役員なのに、ワルキューレ部隊の総隊長なのに、テスト成績はドベである彼をよく思わない連中は聞こえるか聞こえないかの音量で陰口をたたいた。

其のせいで春樹は普通に落ち込んだ後、いじけて拗ねて躁鬱状態となった。

 

そんな凄まじく面倒臭い性格を矯正してやろうと生徒会長である楯無は、ストレス発散の為には運動するのが良いと武道場へ彼を連れて行ったのだが・・・・・

 

往生しやがれぇえッ!!

「ちょッ、ちょっと待ってってばー!?」

 

連行の仕方が悪かったのか。春樹の不機嫌さはカンストし、確実に命を獲る攻撃を仕掛けて来たのだ。

運動音痴から一騎当千万夫不当の狂戦士へジョブチェンジした彼の攻撃は、対暗部組織、更識家当主である楯無でも流石に苦戦した。

 

「ハァッ・・・ハァ・・・ッ! ちょ、ちょっと春樹くん? がっつき過ぎじゃないかしら? 流石のお姉さんも疲れちゃうわ」

 

ガルルルッ・・・!! じゃったら当たれや、此の女郎が」

 

「当たったら確実に骨が折れちゃうじゃないの!」

 

「阿呆な事言うな。骨が折れんくらいには加減しとる・・・・・当たっても肉が千切れるか、ゲロを吐くくらいじゃ。其れかハラワタが破裂する。ハラワタをぶちまけろッ!」

 

「ダメじゃない!!」

 

「喧しいわい!!」と彼は一撃確殺の打撃を放つ。楯無は其れを寸での所で回避する事で、彼女の代わりに壁へ春樹の拳がめり込んだ。

 

「あッ、畜生!? 抜けねぇ!!」

 

「ッ・・・ふっふっふっ、チャーンス!」

 

此の隙を逃す楯無ではない。

彼女はササッと春樹の腕へ自らの四肢を絡ませると一気に其れを締め上げる関節攻撃を仕掛けた。

 

「どーう? 降参するなら今の内よ?」

 

先程とは打って変わり、余裕ぶったしたり顔で春樹の顔を覗く楯無。

常人なら大の男でも呻き声を挙げる負荷が関節へかかっているのだ。勝利を確信するのは至極当然だった。

・・・だが相手は骨を折られ、肉を千切られ、ハラワタが飛び出しても戦闘不能にならなかった男だ。

 

「・・・なら、其のまま”砕く”だけじゃ」

「えッ、ちょ―――――」

 

春樹は腕に巻き付いた楯無ごと腕を振り上げると其れを一気に畳へと振り下ろす。

 

「ッ、とぉおお!!」

 

しかし、眉目秀麗な楯無の顔面が畳へ直撃する寸前。彼女は春樹の腕に絡ませていた身をひらりと宙に舞わせ、彼との距離を置く。

其の緊急回避に春樹は「ッチィ!」と忌々しそうに舌を盛大に打ち鳴らした。

 

「はぁ・・・はぁッ・・・はぁ・・・! ちょ・・・ちょっと春樹くん?! 本当にお姉さんの頭を砕く気だったでしょ!!」

 

「応ッ。腐ったメロンみてぇにグシャリとな」

 

「誰が腐ったメロンよ!!」

 

「もう、ほんとにヤダ・・・この後輩」と楯無は後ろ手に両手をついて腰を抜かしたが、春樹は未だ脂ぎった瞳をしており、彼女へ向けて何とも妙な構えをとったではないか。

 

「あ・・・あの、は・・・春樹くん? なーんで私に殺気立った目を向けて来るのかな? お姉さん怖ーい」

 

「阿? んなモンまだ続けるけんじゃろうが」

 

「・・・お願いします。一休みさせてください」

 

楯無は静かなれども迅速に正座をしつつ頭を下げた。

流石の忍びの家系の御令嬢も体力バカのバーサーカーゴリラと成り果てた地方出身者には付いて行く事が難しくなったようだ。

 

「おい、フザけんじゃねぇよ。部屋ぁ引き籠もっとった俺を無理無理連れ出しておいて、俺より先にバテるんじゃねぇでよ」

 

「そのことについては謝るからぁ! 休ませてよぉ!!」

 

「五月蠅ぇよぉ! もうちょっとで何か掴めそうなんじゃ。もうちっと付き合え・・・・・次は確実に捻じ切ってやるけんなぁ!」

 

「物騒な事言わないで!! それに・・・なにか掴めそうって、なにが掴めそうなの?」

 

「・・・知らん。何かは何かじゃ。ボンヤリとした『拳法』みたいな感じじゃ」

 

「・・・・・はぁッ、まったく。アニメとか漫画ばっかり見てるからテストの点が悪いのよ」

 

「おんどりゃテメェ・・・云うてはならん事を。やっぱ、ブチのめいてくれるわ!」

 

自分から誘っておいて駄々をこねだし、あろう事か春樹の地雷を踏み抜いた楯無だったが、眼を三角にする彼の表情を見た途端にニヤリと口端を吊り上げたではないか。

 

「フフッ・・・やっと、いつもの顔になったわね」

 

「阿ッ、何がじゃ?」

 

「やっぱり、春樹くんは落ち込んでいるよりもその方が君らしいわ」

 

「ッ・・・あぁ、調子狂わされるのぉ!」

 

何だか納得のいかない表情を晒しつつ春樹はドッカリと其の場に腰を据える。

落ち着いてみれば、かなり汗をかいていたようでグッショリ濡れた道着が鬱陶しい。「畜生め」と彼は道着をシャツの様に脱いで大の字となった。

 

「ッ、ちょ、ちょっと!? なんて格好してるのよ!!」

 

「こうした方が涼しいんじゃ。楯無もすればエエが」

 

「もうッ、馬鹿な事言わないで! そのままだとカゼひいちゃうから着替えて来なさい!!」

 

頬をほんのり朱鷺色に染めて喚く楯無に春樹は「へいへい」と冷めた台詞を吐いて更衣室へ向かう。

其れを見送った楯無は「ふぅ、やれやれ」と溜息を漏らした後、朱鷺色だった頬を其れよりも濃い紅に染め上げた。

 

「はぁ・・・・・ん~ッ! かっこよかったー!」

 

春樹が着こんでいた白い道着の下にあったのは、鋼の様に鍛え上げられた上質な筋肉。

多感な思春期の少年が水着のグラビアアイドルを見て性的興奮を覚える様に花も恥じらう乙女である彼女もまた鼻息を荒くしたのである。

更に加えてそんな鋼の肉体に付けられた無数の傷跡が、くっきりと刻まれた刀傷に銃傷に火傷が、肌を伝う汗で艶やかで色っぽく見えたのだ。

 

「私、あの体に抱えられて・・・お姫様抱っこしてもらって・・・んン~~~ッ!!」

 

真っ赤な顔でごろんごろんと身悶えする楯無。

彼女が思い出すのは、ワールドパージ事件の最中だ。襲撃者共の魔の手から颯爽と現れて自分を救い出してくれた彼の腕の温もりだ。

 

「また・・・また春樹くんに抱きしめて、もらいたいなぁ」

 

あの時の感覚を思い出しながら名残惜しそうに自身の肩を自分で抱いて溜息を吐き漏らしつつ道場の天井を見上げた彼女の瞳にふと『あるもの』が映った。

 

「・・・・・・・・ごくりッ!」

 

思わず楯無が生唾を飲んでしまった其の『あるもの』とは、乱雑に畳の上へ放置された

じっッとりと春樹の汗がタッッップリ含まれた道着である。

そんな汗臭い・・・いや、”雄臭い”代物に楯無は「ダメよッ、だめ!」と言いながらも手を伸ばし、其れを大切そうに抱き締めた。

 

「すぅ~・・・はぁあッ・・・・・いいにおーい・・・」

 

楯無はとろーんと艶やかに目を潤ませ、胸一杯にむせ返る汗臭を飲み込む。

煩いくらいドクンッドクンと心臓が高鳴って行くのが理解できた。

 

「春樹くん・・・春樹くぅん・・・ッ!

 

切羽詰まった吐息と共に艶やかで色っぽい声色で春樹の名を呟く彼女であったが、甘美で香しい匂いに夢中になるあまり背後へ来た気配に気づくのが遅れたのは、忍びの家の棟梁として如何なものだろうか。

 

「―――――・・・おい」

「ひゃい!!?」

 

投げ掛けられた若干不機嫌な声に上擦った変な声色を発した後、恐る恐る振り返ってみると其処には腕組み仁王立ちの”銀髪の黒兎”が右の灼眼を三角にしていた。

無骨な黒の眼帯と相まって威圧感が凄まじい。

 

「ラ・・・ラウラちゃん、ワルキューレ部隊の子たちと一緒に訓練してたんじゃ・・・ッ?」

 

「なに、それならセシリアや四十院の好意に甘えて任せている。そういう貴様は何をしているのだ?・・・えぇッ?」

 

どうやら落ち込んでいる恋人を元気付けてやろうと早めに訓練を切り上げたにも関わらず、自室に帰投してみれば其の肝心な恋人が居ないのだ。

何処に居るのだろうと彼の専用機である琥珀へプライベートチャンネルをかけてみれば、なんと武道場で二人っきりでくんずほぐれずヤッていると云うではないか。

・・・ラウラは奥歯をギリリッと噛み締めた。

 

「生徒会長であろうと言うモノが、”妻”である私の留守中に”夫”にちょっかいを出そうとは・・・見下げ果てた根性だな」

 

「い・・・いやだわ。誤解よ、ラウラちゃん。私は春樹くんが酷いテスト結果で落ち込んでいたから励ましてあげようと思―――――」

やかましいッ!!

 

ラウラの凄まじい怒号がビリビリと武道場へ轟き響き渡る。

普段では考えられない殺気立った表情とオーラに思わず楯無は一歩後ろへ足を引いてしまう。

 

「今になって春樹の魅力に気付いた愚か者共が、蛆蝿のようにむらがりおって・・・! もう春樹は私の・・・私のものなのに・・・ッ!!」

 

「ラ・・・ラウラ、ちゃん?」

 

ラウラはワナワナと同世代と比べても小さい肩を震わせ、ルビー色の瞳をどんどん年月の経った赤錆色へ変色させていく。

・・・因みにだが、現在の学園での春樹の評価は本人が思っているものに”反比例”する様に高い。

理由を挙げるのならば、『キャノンボールファスト事件』で垣間見せた彼の真の力であろう。

『学園の王子様』も霞むあの強さに加え、『ゴーレムⅢ事件』で見せたリーダーシップに事件の渦中に居た今まで彼をよく思わなかった生徒達は春樹を認めざるをえなかった。

更に多くの鉄火場をくぐって来た御蔭なのか。彼の顔面偏差値に『イケメン』とは違う属性が付与された。

其の属性の名は『男前』。戦う男・・・いや、勇ましい『漢』となった春樹の顔は、身内ぐらいしか異性との関わりがない女子高育ちの多いIS学園生徒にはかなり堪らないものになっただろう。・・・其のせいでラウラの心労は多くなった。

前述の彼女の発言の通り、今更になってワラワラと春樹に群がるメスブ・・・・・生徒が増える増える。

ワルキューレ部隊にも彼目当てで入隊を希望するもの出る始末だ。

・・・無論、そんな半端な輩は鬼教官のドイツ軍仕込みの訓練によって蹴落とされるが。

 

「ちょ・・・ちょっと落ち着きなさいよ、ラウラちゃん」

 

「落ち着いていられるか!! よくも私の楽しみを獲りおって、この泥棒猫がッ! それに・・・貴様、その手に持っているものはなんだッ? 春樹の、春樹のたまらないいい匂いがするぞ!」

 

「こ、これは・・・別になんだっていいじゃない! あなたには関係ないでしょ!」

 

「大ありだ! それは春樹の着ていたものだ! それもたっぷりと春樹の汗が浸み込んだものだろう?! 私にはそれを洗濯する義務がある! 妻としての義務がッ!!」

 

「だ、だめよ! これは春樹くんに貸してあげてたものだから・・・私が責任をもって洗濯するの!!」

 

「そんな事を言って・・・あとでそれをちゅうちゅう吸う気だろう?!」

 

「バッ、バカじゃないの!? そんな事する訳ないじゃない!! あッ、あー! もしかしてラウラちゃんはそうしたいのかなー?」

 

「なにを言っている。そんな事は当り前だろう。当然の権利だ。しっかり楽しんだ後で洗うに決まっているだろう?」

 

「ッ・・・あ、あなた・・・春樹くんが関わるとキャラ変わり過ぎじゃない?」

 

「さも当然」とばかりに真顔となったラウラに色んな意味での『狂気』を感じた楯無は思わず口をへの字に曲げてしまうが、彼女とて引けぬ理由がある。

彼女は彼女で春樹の着ていた其の道着を私物のテディベアに着せて抱き枕にすると云う下心丸出しの思惑があるのだ。

 

「・・・ならば、仕方あるまい。こうなれば実力行使だ」

 

「はぁッ・・・しょうがないわね。ラウラちゃんがあんまりにも聞き分けの悪い子だから、お姉さん大人げなくなっちゃおうかなぁ?」

 

「ほざけ! ロシア代表の実力・・・試させてもらおうかッ!」

 

遂にISを出して臨戦態勢を構える二人。

そんな二人の間に仲裁に入る人間が一人居た。

 

「・・・・・何をしょーるんじゃ?」

 

「ッむぐぅ!?」

「春樹くん?!」

 

袴姿からシャツ姿に着替えた春樹である。

彼は毛を逆立させて敵を威嚇する猫の様なラウラの背後を執ると落ち着かせる為なのか。彼女の口の中に自分の指を突っ込んだ。

 

「落ち着け落ち着け、ラウラちゃん。じゃけど楯無、あんたも下手に煽るなや」

 

「ご、ごめんなさい・・・思わず熱くなっちゃったわ。お姉さんってば、うっかり!・・・と云うか、大丈夫なのソレ?」

 

「阿ん?」

 

楯無の言う『ソレ』とは、口へ捻じ込まれた春樹の指をガジガジ噛み締めて「フゥーッ・・・フゥッー・・・!」と鼻息を荒くし始めたラウラの事である。

 

「あぁ、大丈夫大丈夫。なぁ、ラウラちゃん?」

 

ちゃぷッ・・・・・♥ あぁ・・・だ、大丈夫・・・大丈夫だぞ! だから・・・春樹、もっと指なめさせてくれ♥♥

 

恍惚の表情を晒すラウラに対し、「そ・・・そう」と楯無は口端を引き攣らせてた。

すると其れを察したのか。そんな彼女に向けてラウラは潤んだ目を細めて口端を吊り上げた。

 

「ッ・・・むぅ!」

 

「何ならな? 突然、鯖河豚みてぇに脹れやがって。よー解らんやつじゃのぉ」

 

「なんでもない! フンだ!! 勝手に二人でイチャイチャすればいいじゃないッ!」

 

「いや、勿論其のつもりじゃけど? アンタが途中でバテてくれたせいで消化不良じゃけんな。あぁ後、道着は俺が洗っとくわ」

 

「えッ、ちょ―――――」

 

そう言って春樹は山賊の様にラウラをお米様抱っこする。

まさか自身の発言を肯定されるとは思っていなかった楯無の目は点となってしまい、一方で担ぎ上げられたラウラは何とも艶やかな表情を朱鷺色に染め上げた。そして、そんな彼女と共に「じゃ、そーゆう事でー」と春樹は武道場を去って行く。

・・・跡に残されたのは、真っ白な目であんぐりと口を呆けた様に開ける哀れなロシア代表だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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166話


『デジャヴ』
フランス語で「既に見た」と言う意味の単語。



 

 

 

『倉持技術研究所』、通称『倉持技研』。

日本純国産にして航空自衛隊正式配備にもなっている第二世代型量産IS『打鉄』を設計開発をした日本を代表する世界有数のIS関連企業だ。

更に世界で初めて発見された男性IS適正者『織斑 一夏』の為に設計開発した第三世代型IS『白式』を作成した事は日に新しい。

・・・しかし、そんな企業始まって以来の栄光の日々を送っている倉持技研にも落日の日が訪れようとしている事もまた確かであった。

 

実際、倉持技研が自社開発設計したと云う此の白式なる機体は、当初、技術面による問題の為に開発が頓挫し、欠陥機として凍結されていた機体であった。

其れを何処からともなく嗅ぎ付けて来たISの発明者である『篠ノ之 束』が勝手に貰い受けて完成させた機体なのである。

加えて、此の白式の作成の為に推し進めていた『打鉄弐式』の開発作成を放棄してしまっていた。

御蔭で其の事に目を付けた目ざとい”大酒飲みの蟒蛇”によってパイロットごと機体を技術提供の面目でかすめ取られてしまう始末。

更に更に―――――

 

「おいッ、あのニュース見たか?」

 

「あ、あぁ。防衛省の顧問が逮捕された件だろ?」

 

此処数日間、国会議員や議員秘書にIS企業の上層部役員が連日連夜で逮捕や議員辞職すると言う事が報道されていた。

其の逮捕内容としては”政治とカネ”にまつわる事が多かったが、中には反社会的勢力に支援助力していたと言う連中もいたのである。

其の御蔭で痛くもない腹を探られ、尚且つ関連企業の株価の落ち込みが止まらない。

しかも黒い影が差し込んでいる彼等の中でも過激的な思想を有する女権団体は、アメリカのIS企業との癒着が問題視されている。

そんな売国奴連中と同じ様に倉持技研にも痛くもない腹を探られる事案が発生したのだ。

事案内容としては、倉持技研製の傑作量産型IS打鉄を自衛隊へ推薦した防衛省関係者がIS企業から賄賂を貰っていた疑いがあると言う事であった。

無論、倉持技研が其の人物へ収賄した事実はない。だが、世間様の疑いの目はとても辛いものがある。

 

「どうなっちまうんだろうな。やっとの思いでココに入ったのに・・・入った途端にコレはねぇーだろ」

 

「・・・あの”噂”、本当なのかもな」

 

「噂って?」

 

「知らんのか? 『芹沢の呪い』だよ」

 

「芹沢・・・って、誰だ?」

 

「先輩が言ってたんだよ。昔、ここに居た技術者らしいんだけどな。機体の設計開発で上層部の人達と対立して左遷されて、それで・・・」

 

「うそくせー」

 

「俺もそう思うけどさ・・・先輩たちがやべー顔して話してたらそりゃ気になんだろ」

 

「それよりも俺はアレだね。あの”顔だけが取り柄のパイロット”のせいだろ」

 

「そうそう。隣に美少女侍らせてるだけのな」

 

「ッ、おいおい!」

 

昼休みの倉持技研の食堂。昼食をとりながら談話を交わす新米技術者達の一人の発言に皆はギョッとしてしまう。

 

「めったな事言うなや! そんな事聞かれたらどやされちまうで!」

 

「だけど本当の事だろ。大した操縦技術もねーくせに専用機はピーキーなんだぜ? お前らはIS学園でアレの乱暴っぷりを見た事がねーから、そんな事が言えんだよ! あいつが馬鹿なことしてくれた御蔭でIS統合部の連中に機体とパイロットはぶん盗られたしさ」

 

「・・・先輩らぁはIS学園であった襲撃事件に関してはタブーやって言うとったけど、ホンマに一人目くんは手に負えんアホやったんか?」

 

「あぁ、ホントだ。ゴーレムだか何だか知らねーが、ひっちゃかめっちゃかやってる最中に何を思ったのか、二人目へ目掛けてブスリよ。アレは狙ってやったんだろうさ。そのあとがモー大変。ブチ切れた二人目が―――――」

「なーにを話してるのかなー?」

 

話に割り込んで来た女の声。

其の声に吃驚して振り返ってみれば、其処には切れ長の瞳と巨乳を持ったとびっきりの美女がスクール水着に白衣を羽織っていると謂う珍妙な恰好で佇んで居るではないか。

 

『『『ッ!? お、お疲れ様です!!』』』

 

自分達と変わらない年頃の彼女の登場に技術者達全員が立ち上がって頭を垂れた。

此の人物こそ若いながらも倉持技研第二研究所は所長を任された傑物、『篝火 ヒカルノ』だ。

 

「なにかオモシロい話が聞こえて来たんだけど・・・私も混ぜてくれない?」

 

朗らかに微笑む篝火だが、技術者達は真っ青な顔をすると「いえいえいえッ、滅相もない」と言いながらさっさと席を立って逃げる様に食堂から出て行ってしまった。

 

「まったく・・・マズいわね。いやな噂が蔓延してる。早く”あの計画”を実行に移さないと・・・でも、それにはまだまだデータが足りない。やっぱり、”彼”ではダメかな? ダメだね! 対象を変えよう、そうしよう」

 

話の輪に入る事を拒まれた彼女はブツブツぶつぶつと呟きつつ食堂を後にするのであった。

因みにIS統合部に奪われたと言う機体だが、正確にはトレード交換である。

倉持技研から目的の機体とパイロットを譲渡させる代わり、IS統合部は最早”用済み”となった第四世代型ISとパイロットを移籍させている。

 

 

 

・・・さて。

そんな皆の人気者である”一人目”はと云うと―――――

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「なんで・・・なんでだよッ!!」

 

世界で初めて存在が観測確認された男性IS適正者。其の最初の一人である『織斑 一夏』は憤っていた。

ワールドパージ事件直後は頬がこけた酷くやつれた表情をしていたが、其の後の食事療法と精神治療で元のイケメンフェイスに元通り。

そんな彼が放課後の寮長室で其の美少年フェイスに青筋浮かべて彼は何を怒っているのか?

 

「なんで千冬姉が謹慎処分なんて受けるんだよッ?!」

 

其れは他ならぬ自身の姉にして世界最強のIS操縦者、ブリュンヒルデの名を持つ『織斑 千冬』に下った厳正なる処分勧告に対してだ。

 

「はぁ・・・落ち着かんか、バカモノ。それに今は織斑先生だ」

 

「落ち着いてられるかよ! 千冬姉が危ねぇ目にあったって言うのに・・・なんで!」

 

「・・・それは私がヘマをしたからだ。捕まえたテロリストを逃すと言うヘマをな」

 

「ッ・・・で、でもそれは、相手が姑息な手を使って来たからだろ?」

 

「なら殊の外尚更だ。警備の指揮を預かる者が、涙一つで絆されたんだからな」

 

激昂する一夏とは反比例する様に千冬は淡々と事情を話す。

其のらしくない彼女の様子に一夏は下唇を噛み締めて「く・・・悔しくないのかよ!」と眉間に皺を寄せた。

 

「感情論で語るな。お前の悪い癖だぞ、一夏」

 

「ッ、で・・・でも!」

 

「ものは考えようだ。ちょっとした長い休みをもらったと思うさ」

 

一夏は知らんが、千冬だけが厳正な処分を受ける訳ではない。奪取されたISを警備していた教員達も冬のボーナス減額などの処分が下されている。

本当ならば懲戒免職処分になったとしても不思議ではないのだが・・・まぁ、此れにも”裏”があったりなんかする。

 

「さぁ、そうと分かれば、とっとと出て行け。私が居なくてもちゃんと授業を受けるんだぞ」

 

「ちょッ!? 千冬姉!!」

 

話は其処までだと言わんばかりに千冬の寮長室から追い出される一夏だったが、未だ納得がいかずに悶々とした感情を持ったままだ。

結局、彼は一体何に怒っているのか自分でも解らなくなっていたのかもしれない。

千冬が処分勧告を受けた話を聞いたのは今日の放課後で、しかも本人からではなく副担任の山田教諭からなのだ。

自分の知らない所で自分の姉が危険な目に遭い、理不尽(?)な処分を受けた事のいづれかに憤っていた。

・・・しかし、其の様な処分を受けたのは千冬自身の自業自得であり、元はと言えばワールドパージ事件時に襲撃して来た米国特殊部隊アンネイムドを可哀想だからとアライグマの様に逃してしまった事が原因だ。

以下の通りに対して怒りの感情を起こすと言うのは筋違いと云うものだが、一夏が其れへ気付くには彼の精神は幼過ぎた。良く言えば、純粋過ぎたのだ。

そんな行き場のない憤怒を抱えた一夏が外廊下を歩いていると”ある人物”が率いる集団を瞳に収めた。

其の人物は、最近IS学園生徒達に自主的に創設された防衛部隊ワルキューレを率いる白髪金眼の奇天烈な笑い声を発する”男”であった。

 

彼の名は『清瀬 春樹』。

世界初の男性IS適正者、一夏が発見された後に同じ様な男性IS適正者がいないかと全国各地で行われた適正試験で見事ISを起動させてしまった哀れな男である。

しかし最初はオマケ等と称され、IS学園の上級生や同級生からヤッカミ者であった彼だったが、今や学園の守護者と敬服される傑物へと成り上がった。

最初はブリュンヒルデを姉に持ち尚且つ美少年である一夏に群がっていたミーハー連中は熱狂的な織斑信者を除いて春樹の方へ熱烈な視線を向けたのである。だが、其の様な取って付けた掌返しの思いを古参の春樹一派が許す訳がなかった。

 

けれども、そんな春樹を慕って御味方している彼女等の気持ちが一夏には理解できなかった。

一夏から見て、清瀬 春樹と云う御人は最低の人間である。

どれぐらい最低かというと・・・最低に糞尿吐瀉物をぶっかけて、額縁をはめ込んでルーブル美術館へ飾って展覧料をとる程に最低だ。

こんな人を欺き、弱者を助けるどころか逆に虐めて甚振り、権力に媚びる様なサディスティックな男のどこが良いのか。

 

「破ッ破ッ破ッ!!」

 

・・・こんな気色の悪い奇妙な笑い声を発する男のどこが。

 

「―――――おいッ、清瀬!」

 

「阿ん?」

『『『ッ、織斑くん!?』』』

 

思わず一夏はケタケタと笑う此の普段から正気の沙汰ではない男へ苛立ちをぶつける。

まさか学園の王子様が犬猿の仲である学園の狂戦士に声を掛けて来るなどとは微塵も思っていなかった為、春樹と一緒に居たワルキューレ部隊の面々は思わずギョッとしてしまった。

 

「ッ・・・!」

 

此れへ反応したワルキューレ部隊一番隊隊長である四十院 神楽は、咄嗟に春樹を守る様に此方へ近づいて来る一夏の前へ出る。

今、春樹の周りに居たのは、ワルキューレ部隊の一般構成員と彼女等を取り纏める隊長各クラスの四十院だけだ。

引っ付き餅の様にいつも春樹の側に居るワルキューレ部隊総隊長補佐のラウラや一夏の側に金魚の糞の様に居る箒や鈴もいない。要は止める間に入って止める相手がいないのだ。

そうなると・・・・・

 

「おうおうおう。誰かと思やぁ大運動会で花形を務めた織斑ん所の一夏くんじゃありゃせんか!」

「ちょ、ちょっと総隊長?!」

 

敵対心剥き出しで春樹は自分を守る様に立つ四十院を押しのけて一夏へ近づいて行き、雑魚チンピラの様に彼へ下から上にメンチを切った。

すると口をへの字に曲げてメンチを切られた一夏は彼の胸倉を掴んだのだ。

 

「ッ、やめて下さい織斑さん!」

 

どう見てもマジで喧嘩する五秒前の臨戦態勢を構える二人を止めようと四十院は非力ながらも割って入るが、「構わんでエエよ、四十院さん」と何処か余裕綽々な春樹が彼女へ掌を見せた。

 

「おいおい。随分と気が立っておられるが・・・どうかされたんか、織斑どん? あぁ、もしかしてテメェの姉御が真っ当な処分を受けた事に腹立っとるんか?」

 

「清瀬、お前ぇ・・・なにが真っ当な処分だ! 千冬姉が危ない目にあったって言うのにどうして!!」

 

「阿呆かオメェ。当然の報いじゃ。俺らぁが必死になって苦労して捕まえたテロリストをまんまと目の前で逃がしやがったけんな。其の態度じゃと・・・姉の非礼を代わりに詫びに来た訳じゃないな」

「ッ、お前!!」

 

胸倉掴んだ腕とは違う拳を振り上げる一夏。

其のまま振り下ろされた拳はバキッと春樹の左頬へ炸裂するのだが・・・・・

 

「ッ、え・・・? あれ、オメェ・・・弱くなってね?」

「な!?」

 

殴られた方の春樹が随分とケロッとしており、殴った方の一夏が随分と痛そうな表情を晒したのだ。

此れには両者とも吃驚仰天。

 

「踏み込みが足らんのんじゃね? 拳骨の打ち方ってのは、こうするんじゃろうがなッ」

「ッ!」

 

左頬へ拳を打ち込まれたまま固く握った拳骨を振り上げる春樹。

其の明らかに殺気立った念の籠る拳に一夏は本能的な恐怖を感じて回避行動をとろうとしたのだが、グッと胸倉を掴んだ腕を逆に掴まれてしまい、逃れる術を断たれてしまっていたのである。

 

「ほら・・・よ!!」

「ぐっッギィい!!?」

 

其処から放たれた拳骨はドガンッと云った衝撃音と共に踏ん付けられた蛙の様な断末魔が轟き、一夏は崩れ落ちてしまう。

 

「おい、おいおいおい・・・おいおいおいおいおい! ちょっと待てよ、待ちんさいや。軽く小突いたくらいで倒れるなよ。先に殴って来たんはオメェの方じゃろうがな。ツー訳でもう一発殴らせろ」

 

「ッ、お・・・おい、待・・・待て・・・!」

 

渾沌して悶絶する一夏の手を掴んで、またしても固く握った拳骨を大きく振り上げて叩き付けようとする春樹だったが、其の振り上げた腕を部分展開したIS訓練機で掴む者が一人居た。

 

「―――――いい加減にしてくださいッ、清瀬くん!!」

 

「ッ、四十院さん?」

 

訓練の為に予め待機状態の打鉄を所持していた四十院が目を三角にし、春樹へと怒鳴ったのである。

まさか彼女に怒られるとは思っても見なかった春樹は口をへの字に曲げて眉を挙げた。

 

「ちょ、ちょっと四十院さん。先に手を出して来たんはコイツなんじゃけど?」

 

「だとしてもこれ以上はやり過ぎです。これでは弱い者イジメではないですか!!」

 

「ッ、よ・・・弱い? 俺が、弱いってのか?!」

 

四十院の諌言が何故か一夏の琴線に触れてしまい、彼は殴られた頭を抑えながらも立ち上がると三角に釣上げた目を今度は彼女へと向けて詰め寄ったのだ。

同い年の同級生とは言えども青筋浮かべて怒る男が迫って来れば、異性との経験が薄い少女なら思わず身を引いてしまうだろう。

しかし、流石はワルキューレ部隊一番隊隊長である。

 

「そうです! 織斑くん、あなたは弱いです!!」

「ッ!?」

 

四十院は上目遣いで下から上へと怒鳴り返したのだ。

此の彼女の態度に彼女等の背後に居た隊員達は「あ~ぁ、怒らしちゃった」と言わんばかりに苦笑した。

 

「ご自身の力量を理解できない人が、いちいち格上の相手に突っかかって喧嘩を売らないでください! あまりにも不様です!!」

 

「ぶ、ぶざま・・・?! ふ、ふざけんな!! 俺は弱くなんてない!!」

 

「だったら、なぜ清瀬くんが頭を”撫でた”程度で膝をついたのですか?! 彼と互角と云うのなら尚の事!!」

 

「えッ、いや四十院さん? 俺、コイツの頭を撫でた訳じゃ―――――」

「清瀬くんは黙ってて下さいッ!!」

 

春樹の台詞に被せて四十院が起こった為、彼は「えーん??」と疑問符を並べてしょもーんと縮こまってしまう。

彼女としても一部隊を預かる責任者としての使命感で此の場を治め様としたのだろうが、やはり未熟な部分もある為か。ブレーキのかけ処が解らなくなってしまっている状態であった。

そんな四十院に激昂されるとは思っても見なかった一夏は思わず身を引いて口籠ってしまったが、すぐさま体勢を取り直す。

 

「俺は弱くない! 俺だって学園に入ってから大分強くなったんだ!! 白式だって第二次移行したし―――――」

 

「それはあなたではなく、あなたの専用機が強くなっただけでしょう?! 鎧の下のあなたは非力ではないですか!! 実際、あなた渾身のパンチは清瀬くんにはまったくもって効いていませんでしたし!」

 

けれども感情の波に乗ってしまった四十院に圧し勝つ事は敵わず、いつか春樹から言われた図星の言葉に「ぐぬぬッ・・・!」と一夏は行き場のない拳を脇腹横で震わせた。

これが同性相手であれば、彼は間違いなく手を出していただろう。されど相手は女子なのだ。其れは一夏の己の中にある騎士道精神が許さない。

・・・春樹なら同性異性関わらず殴っているだろうが。

 

「―――――だったら、オリムーときよせんでISなしの試合をしたら~?」

『『『ッ!?』』』

 

ふとそんな言葉が聞こえて来たので振り返ってみれば、其処にはダボダボの改造制服に身を包んだワルキューレ部隊一番隊副長の本音がいつものぼんやりした様子で佇んで居るではないか。

 

「布仏さん・・・いつの間に?」

 

「みんなが来るの遅かったから呼びに来たんだよ~。きよせん、ラウラウが親指の爪を噛んで虚ろな目してたよ~?」

 

「あ、やべ・・・!」

 

恋人を待たせてしまっていた事にバツが悪い顔をする春樹の隣で、顔を伏した一夏が両肩をワナワナ震わせている。

 

「上等だ! やってやろうじゃねぇか!! 清瀬ッ! この前みたいに行くと思うなよな!!」

 

自分に指を差してギラつかせた瞳を向ける一夏に「・・・うわお。またしてもデジャヴュウじゃがなん」と春樹は呆れた表情を晒し、いつかの彼とのIS試合を思い出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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167話

 

 

 

「―――――会長、次はこれをお願いします」

 

どんッと机の上へ置かれた束の書類にIS学園生徒会会長である楯無は年頃の乙女に似つかわしくない表情を「うぇ~・・・ッ」と晒す。

やってもやっても終わる気配がない書類の内容は、学園の警備システムについての最新化と其れに関する警備員の追加装備や設備の配備であった。

先のスパイ捕縛作戦で捕縛した筈の被疑者が日本政府へ送致される前に脱走し、其の逃亡の手助けをしたのは専用ISを所有したギリシャの国家代表候補生だったと云うのだから堪ったものではない。しかもスパイは何年にもわたって学園の情報を横流ししていたのだ。

御蔭でスパイ共がどれ程のIS学園の警備情報を持ち出したかの確認作業をせねばならないし、警備強化にかかる費用を算出して国連や各国家政府へ警備強化の理由書も提出せねばならなくなった。

こうして何処かの誰かさん・・・正確には其の名を天下に轟きわたる戦乙女が襲撃者を逃がしてしまったと云うヘマをやらかしてしまったが故、楯無を始めとした多くの人間が大迷惑を被ってしまったのである。

美談も視点を変えると考えモノだ。

 

「・・・もうヤダぁ! 虚ちゃん、休憩しましょうよ~!!」

 

「ダメです。さっき休んだばかりではないですか」

 

「やだやだやだ! ここもう何日も朝から晩まで書類とにらめっこよ。学生やってんだか、事務員やってんだかわからなくなっちゃう!」

 

「それは会長だけではないでしょう? 文句言ってないで従事してください」

 

「いーやーよーッ! こんな事の為に貴重な学生生活を使ってる訳じゃないの!! 私だって青春を謳歌したーいッ!!」

 

「残念ですが、諦めてください。というか・・・会長の言われる青春とは?」

 

「そ、それは・・・私だってお年頃の女の子ですもの。恋愛なんかしちゃったりして・・・」

 

「一体誰とですか? 私には”彼”があまり余所見をする男性には見えませんが」

 

「そこは年上の魅力で迫れば・・・ロリコン疑惑のある春樹くんだって!」

 

「・・・・・私は清瀬君とは一言も言っていないのですが?」

 

其の言葉に「ッ、謀ったわね!!」と楯無は顔を真っ赤にして机上を敲き、虚はニヤリと薄く微笑んでいると軽快な音が何処からか聞こえてくるではないか。

音の正体へ視線を向ければ、其れは机の上へ置かれた虚の携帯電話であった。

 

「ちょっともー! マナー違反だぞ、虚ちゃん。もしかして・・・噂の”彼”からかしら?」

 

「ッ・・・どうして御嬢様がそれを・・・?」

 

「フッフッフッ・・・暗部の家系を舐めないことね!」

 

フンスッと鼻息荒くドヤ顔をする自身が仕える主に「ヤレヤレ」と心の中で溜息を吐きつつ虚は端末画面を確認したのだが、其の彼女の表情が一気に驚きと焦燥感に染まってしまったのである。

そんな虚の様子に只事ではない事を察した楯無は茶目っ気のある態度から一転し、シリアスなトーンで「・・・何かあったの?」と疑問符を投げ掛けた。

 

「本音からの連絡なんですが・・・あの、また清瀬君が織斑君と試合をするそうです。それもISなしの形式で」

 

「・・・・・・・・あぁッ、もう! どうして彼は問題ばっかり招いて来るのよ!! でもそこが好き!!」

 

「バカな事言ってないで止めに行きましょう! 織斑君の方はともかく、清瀬君は手加減のヘッタくれもないんですから!!」

 

・・・生徒会の苦労はまだまだ絶えないらしい。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・ッチ」

 

なして・・・なーしてこうなったッ?

折角、面倒な厄介事は楯無に推し付けてやった云うに。

折角、自由気ままに新しい戦い方を編み出す事に専念しようと思うたと謂うに。

なして、今の俺ぁ武道場で此のボンクラ糞垂れの方の織斑とガン突き合わせとるんじゃろうか?

前にもあった。楯無の口車にまんまと乗せられた野郎とIS纏ってボカスカやった。

やったけど・・・前と状況がちぃとばっかし違う。

今回、此のボケを乗せたのは、俺とは違うて皆の人気者のホンワカ美人の布仏さん。

更に今回はギャラリーも前よりもようけー居って、しかもISを纏わんと生身でやるスタンス。

・・・面倒臭い。メンドクセー。でぇれー大儀ぃがん。

なんなん? ホントになんなん? マジでなんなん? オメェらの”血族”は俺に何か恨みつらみでもあるんか? ディオとジョースター家の因縁みてぇなんがあるん? 俺が知らんだけで、前々々世から君を探しはじめたよ系なん?

こっち睨んでんじゃねぇよ、豚野郎。

あぁッ・・・畜生、チキショウ、ちくしょう!

あぁッ・・・ホンマにどうしょー?

 

〈春樹、物は考えようだ。琥珀に頼らない戦い方をする大きな機会。ただ注意点があるとすれば・・・”生かさず、殺さず”だな〉

 

・・・・・ラウラちゃんと体に悪いモン喰いながら日がな一日映画見てラヴラヴちゅっちゅっしたいわぁ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

放課後の武道場。

本来ならば此の時間帯に此の場所で行われるのは剣道部の部活動なのであるが、今や『ゴーレムⅢ事件』直前に発足された私設防衛部隊ワルキューレの鍛練場として占拠されていた。

本来ならば剣道部から文句や抗議が出そうなものだが、ワルキューレ部隊発足時に”ある一人”を除いた剣道部全員を取り込んだ。悪く言えば丸々一つの部活動を乗っ取ったのである。

加えて、部隊の立案者兼発起人兼総隊長のカリスマの御蔭で入隊して来た新規隊員も合わせるとワルキューレ部隊は一番隊から五番隊まである大所帯になった。

 

『『『・・・ゴクリンコ・・・ッ!』』』

 

さて、そんな部隊員達が絵文字で表すと(;゚д゚)な表情で正座をしつつ固唾を飲んで見つめる先に居たのは”二人の男”。

一人は世界で初めて観測された男性IS適正者にして世界最強のIS使いブリュンヒルデを姉に持つ学園の王子様、織斑 一夏。

そんな彼に睨み付けられているのは、世界で二人目に観測された男性IS適正者にしてワルキューレ部隊総隊長を任ぜられている学園の狂戦士、清瀬 春樹。

 

「えー・・・ホントにやんのぉ?」

 

「当り前だ! さっさと構えろよ、清瀬!!」

 

身体全体から「面倒臭い」オーラを放つ春樹を尻目に一夏はやる気満々で竹刀の切先をを正眼の構えで彼へ向けた。

そんな対照的な二人を囲みながらギャラリーはヒソヒソと呟いていく。

 

「・・・どうしてこうなりましたの? 今日は私が徹底的に春樹さんと近接戦闘について語らう筈でしたのに」

 

「毎度の如く織斑ダメバナが因縁を付けて来たそうだ。まったく、ヤツは相も変わらず面倒事を・・・」

 

「申し訳ございません、ボーデヴィッヒ教官。お二人の諍いを止める立場の私が悪いのです。止める筈が、火に油を注ぐ様な物言いをしてしまった為に・・・」

 

「しかし、もう覆水盆に返らずだ。致し方あるまい。四十院、後で私の料理に付き合え。今日は春樹の苦労をねぎらってやらねばならぬからな」

 

「ラウラさん、私も手伝いますわ」

 

「良いが・・・余計な真似はするな。勝手に隠し味など入れるなよ?」

 

「・・・肝に銘じますわ」

 

「あとは・・・本音、会長共に連絡は?」

 

「したよー。すぐに来るんじゃないかなぁ~? て言うか・・・かんちゃんは、なんでカメラ回してるの~?」

 

「後学の為・・・あと弱みを握る為」

 

思い思いで駄弁るギャラリーをバックにカチカチ歯を鳴らした春樹は、竹刀の峰部分を右肩へ乗せた。

 

「なぁ、ボケカス織斑きゅんよ。俺ぁ剣道なんかした事ないけん、勝手にやらしてもらうでよ」

 

「何だよ・・・今から負けた時の言い訳か? 別にコッチはお前が得意なのでもいいんだからな!」

 

「そうじゃな。ホントは俺、槍とか鉈が得意じゃけど。今度、新規で琥珀ちゃんに配備される得物が日本刀タイプらしいんよ」

 

「舐めやがって・・・! 俺は試し切りの練習台じゃねぇ!」

 

「おろ? 何じゃー、普段は鈍感な癖して今日は物分かりがエエがん。今からでも遅うないけんさ、防具付けたら?」

 

「ッ、ふざけんじゃねぇッ! この前みたいに行くと思うなよな!!」

「うわお!」

 

三角の目を更に鋭くした一夏は春樹との距離を一気に詰める様に前へ出ると同時に竹刀を振り上げる。

流石は剣道の経験者か。悪くない太刀筋に春樹は思わず驚嘆の声を上げて其れを鳥居の構えで受けた。

一夏は其のまま力任せに彼を押し切ろうとするが、何故か肝心の春樹は眉をひそめて口をへの字に曲げる。

 

「ふむう・・・よっと」

「ッく!」

 

春樹は一夏の竹刀を振り払うと近づき過ぎた相手と距離を置く様に上から下、下から上へ自分の竹刀を振るった。

其の牽制攻撃を難なく回避した一夏は下段の構えをとって相手の出方を伺うのに対し、春樹は再びダルそうに肩を竹刀置きにする。

明らかに自分を舐め腐っている彼の態度に一夏はギリギリ奥歯を鳴らす。

 

「なぁ、クソッタレの織斑よう。オメェ、四十院さんに弱い言われて怒っとったけど・・・オメェ、自分の何処が強いって思うとるんじゃ?」

 

「は? お前、何言ってんだよ?」

 

「いやな。オメェ、自分の強さを実感した事があるんかなって思うてさ。大して力もねぇくせに何を威張っとるんじゃろうってさぁ~」

 

「ッ、テメェ!!」

 

ヘラヘラ笑う春樹の軽口に一夏は再び竹刀を振り上げて距離を詰めようと前へ一歩踏み出す。

 

「破ッ・・・単調」

「!?」

 

だが、其れよりも早く春樹は彼の目と鼻の先へ竹刀の切先を差し向けたのだ。

此の一手で生身での戦闘経験のあるラウラは二人の明らかな実力の差を改めて感じ取った。

 

「・・・・・11秒34」

 

「はッ?」

 

「俺が中学校の時に叩き出した”50m走”の自己ベストじゃ」

 

突然、春樹は一夏へ竹刀を差し向けたまま口をへの字に曲げて話し出す。

 

「実は俺、小学校ん時から運動音痴でなぁ。クラスで一番の・・・いや、学校で一番の鈍足じゃった。おまけに力もそねーに無くてなぁ。格好の虐めの対象になったわ。今思い出しても辛い想い出じゃでよ」

 

「そ・・・それがどうしたってんだよ?」

 

「オメェってさ・・・そういう目に遭った事ないじゃね? あの頃の俺ぁ惨めじゃった。ホントに惨めじゃった。溜息が出るくらいに本当に」

 

「だから何だってんだよ! 自分はかわいそうな人間ですとでも言いたいのかよ!!」

 

一夏は目の前へ向けられた春樹の竹刀を払うと八双の構えから次々と攻撃を仕掛けて行く。

しかし、春樹は其の次々繰り出される剣戟を空を舞う蝶の様にひらりひらりとふざけた感じを混ぜつつ回避する。

其の明らかに人を揶揄っている態度に益々一夏の額へ青筋が浮き出た。

 

「このッ・・・マジメにやれよ!!」

 

「真面目言われても・・・やる気ないけんなぁ」

 

「ッ・・・あぁ、そうか!」

 

「阿ん?」

 

「俺の事を弱い弱いってバカにしてるけど、ようするにお前はISがなけりゃ弱いって事だろ?!」

 

一夏の言葉に大人しくギャラリー役に甘んじていたラウラが「ッ、貴様!」と身を乗り出すが、其の彼女に向けて「・・・ラウラちゃん」と視線を送って抑える春樹。

其の隙を狙って「もらった!」と一夏は横払いの一閃を放つ。

 

「―――――そうじゃな。あぁ、俺は弱いよ。格下相手にも手加減が出来んって言うくらいに未熟じゃ」

 

バシィイッン!と、束ねられた竹が人体を叩き付ける音が武道場へ響いた。

 

「ッ、がッハ!!?」

 

短い断末魔と共に腹を抑えて四つん這いになったのは一夏の方であった。

決着はついたとギャラリーは『『『おぉッ!』』』と歓声を上げるが、何が起こったのか未だ理解できぬ一夏は顔を上げて立ち上がる。

 

「何で虐めが無くならないか。今ならちぃとばっかし解る気がする。弱い者虐めってさ・・・ちょっと楽しいよな」

「ッ、いっでぇえ!!?」

 

けれども此方へ振り向き様の一夏に向け、春樹は彼の足を踏ん付けると同時に上から下へ弁慶の泣き所を打ち込んだ。

防具を付けていない為、其の余りの痛みに怯んだ一夏へ春樹は更に追い打ちをかける。

 

バシィイッン!

「ぎゃッ!? ッ、くそぉお!!」

「おっと」

 

頭部へ一発竹刀を打ち込まれたが、半ば涙目の一夏の闘争心は冷めてはいない。

雄叫びと共に振り上げた竹刀を勢い良く振り下ろした事で鍔迫り合いへと持ち込む事に相成った。

―――――ところがどっこい。

 

バキィ!

「ぐッフぇえ!!?」

 

鍔迫り合いで鎬を削る一夏の腹部へ向け、春樹は前蹴りを放ったのである。そして、くの字に曲がって突き出した頭部へ固く握り込んだ拳骨を落とす。

骨が叩かれる音と共にグシャリと綺麗な顔が畳へめり込んだ。

 

「き、清瀬ッ・・・テメェ、卑怯だぞ!!」

 

「何がぁ?」

 

叩き付けられた事で鼻の骨が折れたか。タラりと穴から血を流し、自分をボコった相手に向かって叫ぶが、当の本人は呆けた表情で疑問符を浮かべるばかり。

 

「な、何がって・・・!!」

 

「俺、云うたよな。俺、剣道やった事ないって。其れなんに防具も付けんとオメェの土俵で戦ってやった云うのに・・・傷付くわぁ」

 

「こッ、この・・・! うらぁあああああッ!!」

 

一向に悪びれない態度をとる春樹に激昂した一夏は、立ち上がりと同時に渾身の刺突攻撃を放つ。

しかし、春樹は難なく其の突きを回避するだけでなく、更に一夏の腹部へ今度は強烈な膝蹴りをズドムッ!と突き刺したのだ。

 

「ウげぇえッ!!?」

 

またしても崩れ落ちる一夏。

其の学園の王子様と普段から呼ばれる姿からは想像もできないあられもない不様さに殆どのギャラリーはドン引きし、口端を引き攣らせる。

だが、其のギャラリーの隣に鎮座する春樹を知る人物達は主に二つの表情を晒した。

呆れ果てる表情とざまぁみろと揶揄する微笑だ。

 

「さて・・・どうするんなん?」

 

「ッ!?」

 

そんなギャラリーを余所に四つん這いで跪いている一夏の首へ春樹は竹刀を押し付ける。

最早、勝負は着いた。あまりにも二人の戦闘技術及び戦闘経験は歴然とした差があったのだ。

 

「5秒21。此の前計ってもろうた50m走の記録じゃ。一気に六秒も縮めてしもうたし、バーベルも300㎏を挙げられる様になった。俺、スゲー強うなったって実感しとる。じゃけどもオメェは? 何を持って自分は強いって言えるんじゃ?」

 

「う・・・うるせぇッ、うるせぇ、うるせぇえんだよ!!」

 

其れでも一夏は後ろへ転がって春樹との距離をとり、よろよろと立ち上がって竹刀を構えた。

彼は諦めない。何故なら彼は人間だからだ。彼は諦めない人間だからだ。こんな人を人とも思わぬ悪辣非道表裏卑怯者に負ける訳にはいかないのだ。

皆を守る為、この力で皆を守る為に負ける訳にはいかないのだ。

 

「うおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

一夏は脇構えの姿勢をとった後、雄叫びを挙げて駆けた。

そして、渾身の力を込めて―――――

 

「はぁ~ッ・・・俺さぁ新装備が日本刀タイプって聞いて、色々とやったんじゃ。『手が目より肥える事はない』って誰かが言うよーたけん、刀がよー出る作品をようけー見たんじゃ。特によぉ・・・邦画の、時代劇の本気ってのを見た。何度も何度も繰り返してよぉ~」

 

春樹は竹刀を納刀し、音無の構えをとった。

話は変わるが、此の清瀬 春樹と云う御仁は一応異能者である。

異能名『ガンダールヴ』。端的に言うと全ての武器と言う武器を自由自在に玄人達人レベルまで使う事の出来る能力だ。

実は彼は此の能力を派生させていた。其の派生とは、アニメや漫画や文学に及ぶサブカルチャーに出て来る武技を使えると云う能力だ。

其の派生能力を強化する為、春樹は色々な作品を何度も何度も鑑賞しては、使える様に身体へ叩き込んだのである。

 

「『るろうに剣心』って・・・面白いよなぁ!!」

 

一夏が自分の間合いに入った刹那。神速には及びはせぬが、迅速で抜かれて振り払われた竹刀は一夏が仕掛けた竹刀ごと彼の身体を見事捉えた。

 

「なッ!? ぐぁあああああ!!」

『『『!!?』』』

 

小気味良いバキィイイッ!!と云った音が響いた後、一夏の身体は武道場の内壁へ叩き付けられた。

一体どんな力を籠めれば人一人を何mにも渡ってブッ飛ばせる事が出来るのであろうか。

真っ青になったギャラリーの目が壁へ叩き付けられた一夏に向く中、勝者となった筈の春樹は何故か悔しそうに奥歯を鳴らした。

 

「あぁ、畜生。力の加減がムズいわぁ」

 

彼の手元に握られていたのは、根元から圧し折られて力なく垂れ下がった竹刀。

・・・取り合えず、弁償だ。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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168話

 

 

 

「・・・・・はぁッ~・・・なんで、あなた達ってば・・・はぁ~ッ・・・!」

 

楯無はもう溜息が止まらなかった。

自分の右腕として頼りにしている虚の妹、本音からの連絡によって現場となった武道場へと駆け付けてみれば、其処に広がっていたのは目も当てられぬ光景であった。

 

「阿りゃん? 応、会長殿や。ぜぇぜぇ云うて、どうしたんよ?」

 

「はあッ・・・ぐぐ、ぁ・・・ッ」

 

キョトンとした表情で圧し折れた竹刀にガムテープを巻いて直そうとしているのは、問題児にして学園の狂戦士として有名な二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹。

其の前方の壁へ力なく鼻血を垂らして項垂れているのは、世界最強のIS使いブリュンヒルデの弟にして学園の王子様としても有名な世界初の男性IS適正者、織斑 一夏。

IS学園に二人しかいない男子学生である両者だが・・・其の仲は正に犬猿。呉に対する越。ゴジラに相対するキングギドラだ。

 

そんな二人は以前、ISを纏った状態で試合を行った事がある。

当時、一夏の纏う専用IS『白式』は先の『銀の福音事件』で第二次移行によって第二形態・『雪羅』へ昇華していた為、未だ第一次形態の状態であった専用IS『琥珀』を纏う春樹の苦戦が予想された。

だが、ところがどっこい蓋を開けてみれば、まごう事なき春樹の圧勝であった。

其の春樹も『キャノンボール・ファスト襲撃事件』で第二次移行を経験し、第二形態・『極夜』を会得。更に其の状態でいる事に甘んじる事なく、彼はもっともっと強さを求めたのだ。

しかし、其れは同じ男性IS適正者に敗北の二文字を叩き付けられた一夏も同じ。

今まで自分よりも格下だと思っていた気に喰わない男にぐうの音も出せぬ程にコテンパンにされたのだから勿論の事だろう。

 

元々、一夏はIS学園入学までISに関する知識は皆無だったにも関わらず、驚異的なスピードで腕を上げた。

ただし、ブリュンヒルデの弟だからIS適性も高い・・・と云う訳ではない『B』ランクであり、ISの操縦に関しては学園に入るまで訓練を受けていなかった素人である為、長期間訓練を受けてきた他の専用機持ちと比較すると実力は劣っている。

加えて幼い頃から姉である千冬に守られて来た事から『誰か・何かを守る事』に強い憧れを持っていた為、其れにこだわるあまり自身の実力を弁えない行動をとったり、直情的になったりする事が多々見られる。

更に考えが表に表れ易いらしく、戦闘においてもよく考えを読まれている事が多々あった。

其れに比べて春樹の方はと言えば、彼もまたIS学園入学までISに関する知識は皆無であり、更に身体能力も平均よりも下の運動音痴であった。

しかもIS適正も一番最低ランクである『E』ランクであり、其のせいで周囲からの評価も低かった。

・・・だからこそだろう。周囲からの軽蔑や嘲笑に彼は負けじと憤怒し、アルコール依存症と鬱病を患いながらも自らを自らとしてあり続けた。

其の心を潰し、相手に己を悟られぬ様に心掛け、蛇の様に好機を待ち続けた事が功を奏したのか。不運と踊るばかりだった彼にも幸運が差し伸ばされたのである。

加えて春樹には一夏と違い、”才能”があった。戦いに対する圧倒的なセンスがあった。生まれ出る時代が違えば、手腕一つで一国一城の主になる程の才覚が彼にはあったのだ。

そして、また一夏とは違う”魅力”を此の男は持っていたのである。

其の魅力が人や物との”縁”を手繰り寄せ、今や清瀬 春樹なる吾人は自らの専用機を纏って駆ける日本代表候補生だ。

 

そんな同じ男性IS適正者でありながら、全く異なる経験と才能を有した二人が今度は生身での試合を行った。

結果は、一夏の惨敗。本気を出すまでもなく春樹の勝利で幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ッ、クソ・・・!」

 

試合の後、武道場の壁面へ叩き付けられて気を失ってしまった一夏は意識を覚醒して直後に思った事は、「なんで? どうして?」と云った疑問符だった。

彼としてはISを扱った試合に負けはすれど、生身での試合、其れも自分の領分である剣道での試合ならば利があると踏んでいたのだろう。

そして、人を人とも思わぬ悪逆非道な春樹を打倒し、彼に騙されている生徒達の目を覚ましてやる算段だったのだろう。

・・・まぁ、そもそもの前提が間違えっているのだが。

 

何故に一夏は春樹に生身での勝負に勝てると思ったのか。

ISを装着した状態での試合で敗北を経験した一夏は、確かに強くなろうと彼なりに努力をしたのだ。

しかし・・・・・

 

「どう? 少しは頭が冷えたかしら?」

 

苦虫を嚙み潰した様な表情を両手で覆い隠す彼に声を掛けるのは、保健室の窓辺へ腕を組んで寄り掛かる楯無であった。

けれども彼女の声に一夏は答える事はなく、バツが悪そうにそっぽを向いたのである。

そんな悪戯が見つかって怒られる前の子供の様な態度を示す彼に楯無は今日何度目かの溜息を吐き漏らした。

 

「なんで、あなた達二人って仲良くできないの? 学園にたった二人しかいない男の子なのに」

 

「・・・アイツ、清瀬は?」

 

「竹刀を折っちゃったから反省文を書いているわ。一体どんな風に振り回せば、束ねた竹が折れるのかしら? 他の専用機持ちの子達も君達二人を止めなかったから反省文よ」

 

「ッ、ちょっと待って下さい! これは俺と清瀬の問題です! セシリア達は関係ないでしょう!!」

 

飛び起きた一夏に楯無は「・・・冗談でしょ?」と再び溜息を吐き漏らす。

 

「関係大ありよ、大あり。君達は世界に二人しかいない男性IS適正者よ。その二人の私闘を止めなかった事は、専用機を持つ代表候補生としての責任を問われるわ」

 

「でも・・・!」

 

「だいたいね・・・今回も一夏くん、君が春樹くんに突っかかった事が原因だと聞いてるんだけど? 一体、彼の何が気に入らないの?」

 

楯無の諌言交じりの疑問符に一夏は目を伏すとワナワナ拳を震わせて声帯を震わせた。

 

「アイツは・・・清瀬は、人を人とも思わない心の冷たい人間なんです。人の気持ちも知らないで、へらへらした態度で簡単に心を踏みにじれるなんですよ! そんなヤツがISなんて・・・!」

「・・・・・はぁ~ッ・・・!」

 

三度呆れた様な溜息を吐き漏らす彼女に対して一夏は「どうしてそんなにも溜息を吐くんですか?」と目を向ければ、其処には随分と冷めた瞳をした楯無が居るではないか。

 

「それは一夏くん、君もでしょう?」

 

「ッ、なに? 俺のどこがアイツと、清瀬と同じだって言うんですか?!!」

 

「君だって、人の気持ちも知らないでISを・・・力を振り回しているじゃないの。それも随分と子供っぽい理由でね」

 

「こ、子供っぽい・・・? 俺はみんなを守る為にISを使っているんだ! 清瀬の様にただ悪戯にISを、力を自分勝手に自分の為だけに振り回している訳じゃない!!」

 

「あぁ、そう。それで・・・誰を守ったの?」

 

「えッ・・・?」

 

「みんなを守る為って言ってたけど・・・その力で一体誰を守ったって云うの?」

 

「そ、それは・・・ッ!」

 

楯無の疑問符に一夏は口籠ってしまう。

「みんなを守る」と言いながら彼は一体誰を守ったのだろうか?

いや、守っている。銀の福音事件で作戦区域内の海域で宝石珊瑚の密漁をしていた密漁者連中を福音の魔の手から守っている。

しかし、其れは到底誇れる事だろうか。いや、違うだろう。

 

「それに一応春樹くんは私達の命の恩人なんだから。お姉さんとしては、あんまり彼といがみ合って欲しくはないのだけれど」

 

「は? どうしてアイツが、清瀬が俺達の命の恩人なんですか?」

 

「あら? ワールドパージで皆が学園の中央システムへダイブしている間、春樹くんは命懸けで私達の事を守ってくれていたのよ。知らなかった?」

 

「ッ、で・・・でも、俺達を守ってくれたのは会長の筈じゃ!」

 

「まぁ、私も頑張ったんだけど・・・不覚にも隙を突かれちゃってね。もう絶体絶命の乙女のピンチ!って時に春樹くんが駆けつけて来てくれたの! あぁ・・・カッコよかったなぁッ・・・」

 

「は、はぁ・・・ッ」

 

若干想い出補正のかかったワールドパージ事件時の春樹を思い出し、うっとり乙女の顔を・・・いや、雌の顔を覗かせた楯無に一夏は戸惑った。

いつも自分を年上ぶった表情で揶揄う彼女が、随分と瞳を潤ませて頬を紅潮させているのだから。

其れがショックだったのか。俯いた一夏に対し、楯無は彼が反省したのかと思って保健室を後にした。

 

「どうでしたか、織斑君の様子は?」

 

「一応、口を酸っぱくしたけど・・・ま、彼にはいい薬になったでしょ。それよりも虚ちゃんの方が大変だったんじゃない? ”あの二人”が相手だったから」

 

保健室前の廊下で楯無の帰りを待って居た虚に彼女は労いの言葉を掛ける。

楯無の言う”あの二人”とは、一夏の幼馴染ファースト・セカンドのあの二人だ。

 

「そうですね。凰さんの方はともかくとして・・・問題は篠ノ之さんの方でしたね」

 

「やっぱり、依存している感じ?」

 

「そう見受けられても間違いはないでしょう。久々にあの手の殺気を感じました」

 

「そう・・・その割には、今はいないわね」

 

「あまりにも騒ぎ立てるので、榊原先生に引き取ってもらいました。凰さんも冷静になって頂いたので、二人で一緒に」

 

其の言葉を聞いて楯無は安堵の溜息を漏らす。

・・・今日の彼女は溜息ばかりが多い。

 

「そう言えば、春樹くんの方は? 落ち込んでた?」

 

「そうですね。部の備品を壊してしまった事が申し訳ないと言っていましたが、あとは全然です。今頃はボーデヴィッヒさんに慰められているのではないかと。しかし、其処へ御嬢様の付け入る隙があるかどうか・・・ですが、急ぐべきかと」

 

「ちょ、ちょっと虚ちゃん! それちょっとどういう意味よ!!」

 

顔を真っ赤にして喚く楯無だったが、「舐めないでちょうだい!」と反省文を書き連ねているであろう専用機持ち達の場所へ急ぐのであった。

けれども、まだまだ今日は面倒事が続く様で・・・・・

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「清瀬の大バカモノはどこだ?!!」

『『『!?』』』

 

決闘もどきの現場となった武道場へ響き渡ったのは、何処かの公園前派出所に勤務する巡査部長の様な怒号であった。

何だ何だと総隊長と教官抜きの訓練を行っていたワルキューレ部隊の面々が視線と向ければ、其処にはポニーテールに美髪を纏めたIS学園一年一組の名物生徒が居るではないか。

一難去ってまた一難。「またか・・・ッ!」と困り顔と不満顔をするワルキューレ部隊隊員達は口をへの字に曲げた。

 

「あの・・・どうかされたんですか、篠ノ之さん?」

 

「どうしたもこうしたもない! またしても一夏に手を挙げよって・・・もう許さんッ、私が成敗してくれる!!」

 

「・・・・・はぁッー・・・」

 

顔を真っ赤にして怒っているのは、ISを発明した大天才である『篠ノ之 束』の妹にして世界で唯一の第四世代型IS『紅椿』の纏い手である一年一組の『篠ノ之 箒』だ。

そんなどう見ても直情的な彼女の登場に此の場を任されたワルキューレ部隊一番隊隊長の四十院は大きく溜息を漏らした。

 

「おい、四十院? 何をめんどくさそうに溜息を漏らしている?」

 

「いえいえ、別に何でもありません。生憎と総隊長・・・清瀬さんは、ここにはいません。”誰かさん”のせいで反省文を書く破目になったなので」

 

「・・・何だと貴様ッ?」

 

何処からか一夏がボコされた事を聞き付け、保健室へ恋敵兼親友の『凰 鈴音』と共に駆け付けた箒。だが、保健室手前で生徒会メンバーである虚に制止され、一応彼がブッ飛ばされた原因が自業自得である事を聞かされたのだ。

彼女から聞かされた事情に鈴は納得し、想い人ながらも自信の力量を計りきれていない一夏に「やれやれ」と呆れたが、箒の方は違った。一夏が傷付けられた事に激昂したのである。

一時は榊原教諭と冷静になった鈴になだめられて部屋へ戻ったのだが、やはり一度火が着いてしまった彼女の癇癪玉が簡単に収まる訳がなかったのだ。

しかし、愛用の木刀片手に現場へ乗り込んでみれば、明らかに自分に対して敵対心を向ける者達が居るではないか。

 

「四十院、なんだその態度は?」

 

「篠ノ之さん、布仏先輩から事情を聞いてはいませんか? 何か誤解なさっている様なので、言っておきますが・・・織斑君があのような不様を露呈したのは、彼自身の自業自得です。もしや仇討ちをしに来たのなら、お引き取り下さい。私達の訓練の邪魔になりますので」

 

「ッ、ふざけるな! 一夏をあのような目に遭わせておいて、反省文程度で済むとはどういう事だ!!」

 

「何を言っているんですか。先に手を挙げたのは織斑君の方ですよ? それも彼の方から言いがかりを付けて来たんです。それで止むを得なく清瀬さんはいやいや試合をする事に。憤りを覚えるのは、むしろこちらの方なのですがね」

 

「言わせておけば・・・貴様ぁ!!」

 

淡々と諭す様に語り掛ける四十院が気に入らなかったのか。箒は握り締めていた木刀を相手に叩き付ける様に降り上げた。

剣士にあるまじき直情的な行動である。

・・・しかしだ。

 

「―――――ヤレヤレ、ですね」

「ッ、きゃ!?」

 

木刀を振り上げたと同時に四十院は箒の目の前へ竹刀の先端を突き付けたのだ。

まさか自分よりも早く仕掛けられると思っていなかった彼女は思わず驚嘆の表情と共に尻餅をついてしまう。

 

「・・・申し訳ありません。思わず迎撃態勢をとってしまいましたわ」

「こ、この・・・ッ!」

 

彼女は文面では謝罪を述べているが、尻餅をついている箒には蔑む目で自分を見下している様に見えた。

此の四十院の目に益々箒は奥歯をギリリと噛み締めた苦々しい表情を晒したが、ふと周囲から注がれる視線に再び彼女はギョッとする。

何故ならば、四十院の背後に居たワルキューレ部隊の全員が自分に対して敵意のある眼差しと手元に握られた得物である竹刀を向けていたからだ。

 

「お引き取り下さい。それとも・・・私達全員がお相手しましょうか?」

 

「四十院、貴様・・・! 多勢に無勢で卑怯だとは思わんのか?!」

 

「えぇ、これっぽちも思いません。それに・・・先に仕掛けて来たのは篠ノ之さん、貴女の方でしょう? 当方に迎撃の用意アリです」

 

視界範囲全体から注がれる隠す気もない明らかな敵意に感情的となった箒は遂に自身のIS紅椿を展開しようとした・・・其の時だった。

 

「―――――ちょっと箒ッ!」

「ッ、鈴!?」

 

真剣を引き抜かんとする箒の腕を背後から引いたのは、酷く嫌な汗を現在進行形で垂らしている鈴であった。

 

「いやな予感がしたから来たけど・・・アンタッ、なにやってんのよ!!」

 

「なにって・・・見てわからんか? 私は一夏の仇討ちをだな!」

 

「バカ言わないでよ! 布仏さんから聞いたでしょ、あれは一夏の自業自得だって! それにアンタ・・・今なにしようとしたのよッ? まさか、一般生徒相手にIS使おうとしたんじゃないわよね?」

 

鈴の言葉に図星を突かれた箒はグッと息を飲む。

そんな彼女を自分の背後へ引き込むと鈴はのぞき込む様に四十院へ目を向ける。

 

「悪かったわね、箒が訓練の邪魔をして」

 

「・・・別に構いません。こちらこそ過度な態度をとってしまいました。みなさん、もう大丈夫みたいです」

 

四十院の鶴の一声に其の場に居た全員が迎撃態勢を解く。其の様子は彼女等が良く訓練されている事が伺えた。

 

「鈴ッ、お前はなにを謝っているんだ! コイツらは私の邪魔を!!」

 

「いい加減にしなさいよ、箒!! アンタは、もうちょっと専用機持ちとしての自覚を持ちなさい!! 相手は同じ専用機持ちじゃないのよ! 下手をすればッ!!」

 

「凰さん、もういいではありませんか。篠ノ之さんも感情的になってしまったあまりの行動だったのではありませんか? 幸い私達にケガはありませんから」

 

「四十院・・・ッ」

 

何故か、先程まで箒の凶刃に遭う寸前だった四十院が彼女を庇う様に鈴へ微笑みかける。

此の彼女の表情を不審に思った箒は怪訝な眼差しを彼女へ送ったが、鈴にとってはありがたい言葉であった。

もし此れが教員の耳に入れば堪ったものではない。

今までは、校則でも禁じられている専用機所有者のISを使用した小競り合いは学年主任である千冬によって揉み消されていた節があった。

しかし現在、千冬はスパイを取り逃がした処分で謹慎を受けている。其の為、専用機持ちが不祥事を起こせば必ず相応の処罰が下る事は間違いない。

無論、専用機持ちの生徒が専用ISを持たぬ一般生徒にISを使用して危害を加えるなど言語道断。下手をすれば退学になるかもしれないのだ。

 

「箒、今は状況が悪いわ。今は大人しくしておいた方が得策よ」

 

武道場から箒を連れ出した鈴は彼女へ諌言を語るが、当の本人は眉間に皺を寄せて納得のいかない表情を晒す。

 

「なにをヘタレた事を言っている?! 一夏がやられてしまったんだぞッ!」

 

「だから、アレは一夏が先に春樹に手を出したって言ってたじゃない!」

 

「お前は、あんな胡散臭い生徒会の人間の言う事を鵜吞みにするのかッ?」

 

「鵜呑みって・・・箒、アンタ、過敏になり過ぎよ」

 

「過敏だと? そんな事はない! それよりも鈴の方が異常だ。一夏が酷い目に遭ったと言うのに・・・どうしてあんな男を庇いだてする?」

 

「庇ってなんかないわよ!」

 

諫める鈴と反抗する箒。

段々と二人の間に険悪な空気が流れ始めて来ると、此れ以上状況が悪化する事を危惧したのか。鈴が「もういい!!」と頬を冬眠前のリスの様に膨らませて自室へとプンスカ帰って行った。

其の姿に箒は今更ながら罪悪感を感じたのか。引き留めようと手を伸ばすのだが―――――

 

〈―――――だめよ、箒〉

「!」

 

其の手を抑える者が一人。

自分の手を抑える其の手の主へ目を向けると其処には柔らかな笑みを浮かべる栗毛色の少女が居るではないか。

「・・・アヴィゲイル」と呼ばれた彼女は鈴へ伸ばした箒の手を諫めた。

 

〈放っておきなさい。あの子は、あなたが折角やろうとした事を否定したのよ?〉

 

「でも・・・ッ!」

 

〈きっと、あの子は一夏の事をあなた以上に思っていないんだわ。そんな人があなたの友達に相応しい訳ないじゃない。放っておきましょ。あなただけが一夏の事を一番思いやってるんだから・・・ね?〉

 

アヴィゲイルの言葉に「そ、そうだな!」と彼女は気を取り直し、「今に見ていろ、清瀬!」と筋違いの見当を思い浮かべるのであった。

 

〈ふふふ・・・大丈夫よ、大丈夫。箒、あなただけが一夏の事を大切に思ってるんだからね〉

 

・・・耳元で妖しい笑みを浮かべた彼女を従えて。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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169話

 

 

 

 

『篠ノ之 束』。

彼女は何の為に『インフィニット・ストラトス』、通称『IS』を発明したのだろうか?

それを知る者は篠ノ之博士当人しかいないだろうが、間違いなく解っている事が確実に一つある。

それはISの登場によって既存の兵器がガラクタ同然となってしまった事だ。

 

十年前、ISの発明者たる博士は日本を射程距離内とするミサイルの配備されたすべての軍事基地のコンピュータを一斉にハッキングし、二千発以上のミサイルを日本へ向けて発射。しかし、あわや大惨事となる寸前に其の約半数を搭乗者不明のIS『白騎士』がこれを迎撃。

更に白騎士を鹵獲or撃破せんと各国が送り込んだ大量の戦闘機や戦闘艦などの軍事兵器の大半を無力化してしまった。

御蔭でこの事件以降、ISとその驚異的な戦闘能力に関心が高まる事となる。

まぁ、そうだな。理論上、ISを纏った状態から超至近距離で核爆発に巻き込まれても五体満足が約束されるんだからな。

 

だが・・・この完璧な兵器と名高いISにも少ないながらも大きな欠点があった。その中でも特出すべきは、ISが”女性にしか動かせない”と言う点だ。

原因は全くの不明。そもそもISの心臓部たるISコアは自己進化の設定以外は一切開示されていない完全なブラックボックスなのだから、しょうがないと言えばしょうがない。

 

まぁ、その欠点の御蔭で女性の地位向上が国際的に注目される様になった。

低年齢の児童婚、貧困層を狙った売買春を目的とした人身売買、途上国での女性の社会進出に教育と云った事の取締りや改善が強化された。

助けられたり、助かった女の子達は全世界に数多くいるだろう。そんな彼女等が、自分達の尊厳や未来を救ってくれた篠ノ之博士に対して敬意を表するのは当然だ。

・・・問題なのは、その恩恵を勘違いした人間達だ。

 

ISの登場により、男よりも女の方が”強い”・”優れている”と言った間違った世相が蔓延してしまった。

ある国では男だから教育は必要ない、産まれて来たのは男の子だから家には必要ないと云った極端な思想を持つ人間も出て来たらしい。

男女同権が叫ばれていた時代が懐かしいよ。今や世間では男尊女卑ならぬ『女尊男卑』が蔓延している始末だ。まったく嘆かわしい。

だいたい篠ノ之博士はいつからかISコアの製造をやめてしまっているし、謎の多いISコアを量産製造出来る事にも至っていないんだ。

人類の進歩に障害は付き物だと云うが・・・この障害はあまりにも醜悪だ。

 

・・・けれどもだ。喜べ、全世界の虐げられている男性諸君。そんな男にとって生きにくい世界を創ったISを纏う事の出来る男が現れたぞ。しかも二人、日本人だ。

「日本はズルい」と言った声が聞こえてきそうだな。

しかしだ。この二人の男性IS適正者には色々と問題があった。

世界初の男性IS適正者である一人目の方は、姉が世界的に有名なIS操縦者でありながら自分の立場をあまり良く理解しておらず、この少年の専用機開発によって私の”弟”が酷い迷惑を被った。実に嘆かわしい。

ところがだ。二人目の男性IS適正者、オマケだの付属品だのと呼ばれていた方の少年は実に興味深い存在だった。

まず、『彼』は未成年でありながらアルコール依存症だった。しかも鬱病の初期症状も患っていた。

このご時世、彼の様な男は例え十代であっても珍しくはなかった。だが、彼には時代に大きくそぐわない”才能”があった。全くもって生まれて来る時代を間違えた才能を持っていたんだ。

もし、彼が安土桃山時代に生まれていたのならば、その槍働きで一国一城の主に・・・いや、百万石の大大名でさえ成り上がっていた事だろうな。

 

「いんや・・・博士ぇ、そんな事ぁ・・・ない、でよ」

 

だけど本人は否定する。

前に彼の人間性を知る為にマジックマッシュルームを無断で処方した時、彼は呂律の回らない口を一生懸命動かして私にある”秘密”を教えてくれた。

 

「は、かせぇん? 俺、が・・・アイSを動かせるんはねぇ、此れのオカゲなんですぜぇん?」

 

そう言って彼が私に見せたのは、自分の”左手の甲”だった。

キノコのせいで若干の支離滅裂はあるが、彼の話を要約すると自分には『ガンダールヴ』と言うルーン文字が刻まれている御蔭でISを使役する事が出来るのだと。だけど・・・そう言って私に見せて来た彼の左手の甲には、”何もなかった”。何も刻まれても描かれてもなかったんだ。

多分だけど、彼は自身に対して何かしらの強い”暗示”や”催眠”を自分でかけているのだろう。「ISを使えるのは俺のせいじゃない。これのせいだ」と謂う一種の自己暗示を。

 

まぁ、彼には”サイコパス”と”多重人格障害”の疑いも見受けられたからこれ以上の詮索はしなかった。

それよりも私は彼のDNAが男性IS適正者の秘密だと思っている。何故なら彼の自然治癒速度は常軌を逸脱していたのだから。

医者も匙を投げるに及ぶ大怪我が、たったの数時間で完治。今では斬られ、穿ち抜かれた目も当てられぬ戦傷が一時間とせぬ内に再生する始末。

アメリカンコミックに出て来るスーパーヒーロー並みに異常な再生復元能力。私の仮説が正しければ、彼はその手足を切り落とされたとしてもドラゴンボールの登場人物であるピッコロの様に手足を生やす事が出来るだろう。

 

「まるでプラナリアの様だ」・・・と、こんな事を言ったら彼は間違いなく気分を害し、私に対して実力行使をやって来るだろうな。

だから私はそんな事は絶対に言わない。彼との関係を悪化させて研究材料の提供を差し止められでもしたら堪ったものじゃないからな。

因みに・・・男性IS適正者の体液は例え1㎎でも出すところに出せば、300万$以上の値打ちがあるそうだ。

 

「つまり・・・定期健診の度に体液を採っている私は、その気になればいつでも億万長者になる事が出来るんだなぁ」

 

「・・・(まーた変な事を言よーるでよ、この人は)」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

幾度の火の粉を被り、其の身に幾つもの余りにも不相応な戦傷を負った二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹は定期検診を受ける為にIS統合対策部本部を訪れていた。

 

「ふーむ・・・血中アルコール濃度も及第点、バイタルも安定。薬の量も減っているし、ストレスチェックも問題は見受けられない・・・うん、良い傾向。顔色も良さそうだ」

 

「そりゃ、どーもありがとうございますだ」

 

「しっかし・・・いつ見ても荘厳で生々しい傷跡だね。まるでタイムスリップした戦乱の猛者みたいだ。皮膚移植はしないのかい? 良い整形外科医を知っているよ、私」

 

「構んですよ。此の傷は俺の不甲斐なさで受けたモンです。戒めとして憶えとかんと」

 

「だけど・・・ご両親にはどうやって説明する気だい? 幸い顔には傷はないが、上半身と足の傷は大いに目立つ。半袖短パン着た時にスゴく露出するよ?」

 

「帰省するんは、冬休みの時じゃし・・・見られても、ちょっとした事故に遭うた云うて誤魔化しまさぁ」

 

「誤魔化しが効くかなぁ? 絶対に責められると思うよ?」

 

担当医である芹沢 大助の疑問符に春樹は「阿破破ノ破!」とあの奇天烈な笑い声を上げて誤魔化す。

其れに対して芹沢は「時々、君がニュータイプなのか疑わしくなる。いや、そうやってオールドタイプを装っているだけなのか?」と『考察・仮説』と表紙にマジックで書かれたノートへ文字を起こした。

 

「・・・あんねぇ博士。俺は博士の言うようなニュータイプじゃねぇし、イノベイターでもないんじゃけども。ISが使えるだけの唯の田舎ガキでよ」

 

「いや・・・そもそもの話、男でありながらISが使える時点でただの人間ではない。それにその異常な治癒能力。君を新人類と仮定しても・・・いや、君が私の提唱する新人類じゃないにしても、今度は君が『異能生存体』である可能性が出て来るぞ?」

 

「俺が遺伝確率二百五十億分の一? 其れこそ眉唾モンよ。俺ぁ運がエエだけじゃ」

 

「謙虚だ。本当に君は謙虚だよ、清瀬 春樹君。流石は『我らが刃』だ。実るほど頭が下がる稲穂かな、だね。旧人類とは違う余裕だね」

 

相変わらず自分を『進化した次世代新人類』呼ばわりする芹沢に「・・・ヤレヤレ」と春樹は溜息を漏らす。

 

「ところで・・・我らが刃殿? 『銀の君』殿との関係は良好で?」

 

「銀の君・・・誰が付けたんですか、其の愛称? ラウラちゃんも何か気に入ってるし」

 

「まぁ、大方はあの騒がしいお嬢さん達が付けたんじゃないかな。打ち解けている証拠だよ。喜ばしい事だろう。それとも何かい? ちょっとした嫉妬心かな?」

 

「・・・かもしれません。俺は器の小さい男ですけん。何か・・・ラウラちゃんが俺以外の人間と仲良うしょーたら、ちぃとばっかしイラつきます」

 

「・・・同性異性に関わらず?」

 

「関わらず」

 

研究ノートに「新人類は嫉妬深い」の一文が明記された。

 

「ふむう。フッフッフ・・・仲が良い事は結構な事だ。これなら”夜の方”も激しいんじゃないかい? 大丈夫? 依存症になってないかい?」

 

「ううわッ、下世話じゃわぁ。じゃけど・・・依存症云々に関しては心当たりがありますでよ」

 

「ほう! ニュータイプと云えども十代の男子と謂う訳だ。可憐な乙女を目の前にして、溢れる獣性が抑えきれないのだね?」

 

「うわおッ。否定し辛いが俺じゃのーて、其の・・・ラウラちゃんの方なんじゃ。今日は一緒に此処へ来とるし、博士に診断してもらおうと思うて」

 

「ほうほうッ! それは益々興味深いじゃないか!! 素晴らしいッ、是非とも診断を請け負おうではないか!!」

 

「目を爛々とさせんでくれや。博士じゃなかったらブチ回しとるでよ」

 

「すまない。今どうも精神科医としてではなく、研究者としての知識欲が奮い立ってしまった。それに・・・”家内”も来ているから、これは丁度良い」

 

「ハァ~・・・喜んでもらえて何より。・・・・・・・・って、ちょい待ち」

 

「ん? どうかしたのかい?」

 

「え、いや・・・今、変な単語が聞こえたんですけど・・・・・え、博士、今さっき”家内”って言いました?」

 

「あぁ、言ったよ。ついでに言うと”息子”も来てる」

 

「・・・・・・・・はぁッ???」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「え・・・えーと・・・」

 

IS統合対策部の連中に銀の君と愛称で呼ばれているドイツの国家代表候補生『ラウラ・ボーデヴィッヒ』は現在進行形で困惑していた。

今日、彼女は溺愛する恋人の春樹と共に定期検診へ訪れていた。

そして、検診内容を一足先に終えた彼女は想い人を待って居たのであるが・・・・・

 

あぁう?

「おッ、おう」

 

現在、ラウラは頭部へ特殊な電極が施されたヘッドギアを装着して、生後幾何か経った赤ん坊を慣れぬ力加減で抱っこしている。

しかも抱っこしている赤ん坊が覚えたての喃語を口遊みながらヘッドギアから漏れた銀髪を物珍しさからか引っ張って来るものだから地味に痛い。

 

「ボーデヴィッヒさん、ごめんなさいねー。もうちょっとで終わるから。『春雄』くんもそのままイイ子でねー」

 

「は、はい!」

ぶぶぅ

 

硝子窓の向こうから聞こえて来た声に二人で一緒に答えた様に感じたのか。ラウラは自分の手指を咀嚼する赤ん坊の顔を覗く。

 

「・・・美味いか?」

 

だぁあ

 

「そ、そうか」

 

初めて接する未知の存在にアタフタしながらもラウラは何処か心地の良い気分に浸っていた。

温かくも程良い重さの赤ん坊に彼女は無意識の内に自然と微笑んでいたのである。

 

「はーい、これで終わりよ。ありがとうね、ボーデヴィッヒさん。御蔭で良い測定結果が確認できたわ。春雄くんもイイ子だったわねー」

 

あー

 

ガチャリと入室して来たのは、深い青のボブショートの髪の毛を揺らす切れ長の細目をした白衣姿の女性であった。

其の女性にラウラは「ど、どうぞ!」と壊れ物を扱うかの様に赤ん坊を引き渡す。

 

うーあー!

 

「この子ったら、ボーデヴィッヒさんに抱っこされてとってもご機嫌さんねー。ママの私よりもイイのかなー?」

 

「そ、そんな事はありません。私が抱っこしている時よりも穏やかな表情をしております!」

 

「あらあら、嬉しいわねー。ありがとうね、ボーデヴィッヒさん」

 

柔らかな笑みを浮かべる彼女にラウラは思わず見惚れてしまう。なんて優しい顔が出来るのだろうか、と。

 

「ところで・・・貴女は一体?」

「ん?」

 

此処に来てラウラは漸く真っ当で当然の疑問符を投げ掛ける。しかし、其れと同時に部屋の扉がガチャリと開いたのであった。

 

「やっほー。どうだい、”ミッちゃん”? 調子はどうだい?」

 

「あらあら、”大助さん”。思ったよりも早かったわねー。調子はグーよ、春雄くんもグーよねー?」

おー!

 

「おー! かなしやかなし、”我がお子”や。もっとそのお顔を見せておくれ、春雄くんや」

 

入って来るなり女性から赤ん坊を受け取り、うりうりと頬擦りする男をラウラは知っている。

恋人の担当医をやっている芹沢博士だ。

 

「・・・ん? 我がお子・・・だと?」

 

「どうやら其の様ですぜ、ラウラちゃんや?」

 

「おおッ、春樹!!」

 

そんな芹沢博士の背後からひょっこり白髪と琥珀と鳶色のオッドアイを覗かせるのは、噂の男性IS適正者にしてラウラの恋人である清瀬 春樹其の人である。

 

「あらあら。あなたが大助さんがいつも言ってるボーデヴィッヒさんの旦那さまねー? 大助さんの奥さんをやっている『芹沢 美位子』ですー。そして、こっちは私達の息子くんの『芹沢 春雄』くんですよー」

 

「これはどうもご丁寧に。俺ぁラウラちゃんの旦那の清瀬 春樹です。博士、俺も抱っこしてみてエエですかい?」

 

「勿論だとも。さぁ、春雄くん。これが我らが新人類の清瀬くんだ」

 

「初めまして、息子さんや」と春樹が抱っこすると、赤ん坊・・・春雄は「ぶぅう?」とキラキラ光りを溢す物珍しい琥珀色の右瞳に手を伸ばし、誤って彼の鼻を其の小さな手で掴んだ。

 

「破破破ッ、くすぐったいのぉ。博士、何か月なんで?」

 

「もう三か月になる。それにしても我らが刃殿よ、何だか抱っこに慣れてるようだけれど・・・?」

 

「あぁ、いとこの姉ちゃん所にも乳飲み子がおりましてね。前は、じーちゃんばーちゃん家で会う度ぃ抱っこしょーるんです」

 

「ほうほう! ニュータイプ殿は意外と子煩悩の子供好きなのだね!」

 

「まさか。『子供嫌うな来た道じゃ』と言うじゃないですか? 俺ぁ其れに習っとるだけです」

 

「あらあら。これは将来は一緒に子育てに取り組んでくれるイイパパさんになりそうで良かったわね、ボーデヴィッヒさん」

 

「ッ、はい!!」

 

頬を朱鷺色に染めて大きく返事をするラウラに吃驚仰天してしまったのか。春樹の腕に抱かれた春雄が命一杯の力で「ッ、ふんぎゃあああ!!」と泣き出してしまった。

 

「あッ、あわわわ!? す、すまない春雄!! 別に泣かせたかった訳ではッ!!」

 

「阿ー破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ! 流石のドイツ軍人も泣く赤ん坊には勝てぬか! 此れは愉快じゃ!!」

 

「笑うな!! あぁッ、もうどうすれば?!!」

 

何だか春雄に釣られてラウラまで泣きべそをかいて来た為、芹沢夫人がヘルプに入る。するとどうだろう。あんなに泣き喚いた春雄の表情が見る見る内に柔らかなものへと変貌していくではないか。

 

「春雄ちゃんは、びっくりしちゃっただけだもんねー」

「どーれ、ほらべろべろばー!」

うーばーだぶぅう

 

「・・・・・」

「おろ? ラウラちゃん?」

 

そんな赤ん坊をあやす芹沢夫婦をラウラは何処か其れを物憂げで羨ましそうな眼差しで見ていたのである。

 

「可愛かったのぉ、春雄ちゃん」

 

「・・・そうだな」

 

帰りの道すがら春樹の言葉にラウラは何処かボンヤリした感じで素気なく返答した。

 

「まっさか、博士が所帯持ちじゃったとは思わんかった。俺に「君は肝心な事は伏せてるねぇ」って言う癖して、あの人も自分の事を話しとらんじゃねぇか」

 

「・・・そうだな」

 

「今度、ちゃんとした土産持って伺いたいのぉ」

 

「・・・そうだな」

 

「・・・・・チェーンジ、ゲッター1!!」

 

「・・・そうだな・・・・・って、へ?」

 

ボーッと伏せていた灼眼の右眼が漸く春樹の方を向く。

 

「やーっとコッチ向きよった。まだ怒っとる? 御免って、笑うてしもうてよ~」

 

「いや、それはもういいのだ」

 

「じゃったら何でよ?」

 

「それは・・・・・わからん。ちょっと言葉にできんのだ・・・すまん」

 

またしても目を伏せて謝罪の言葉を述べるラウラに対し、春樹は「・・・ほうか」と共に彼女の肩を抱き寄せる。

 

「ゆっくり・・・ゆっくりとでエエよ。傍に居っちゃるけんな」

 

「ッ、春樹・・・・・ありがとう」

 

するとラウラは安らかな笑みを浮かべ、瞳を閉じて春樹の胸へ頭を傾けるのであった。

 

「・・・・・なぁ、春樹?」

 

「おん?」

 

「帰ったら・・・抱いてくれ。朝までたっぷりとお前の腕の中にいたいのだ」

 

「・・・うわお。でぇれー殺し文句じゃわぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆





































































































































































































次章:そうだ京都へ行こう。


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拾章:京都修学旅行・酒は詩を釣る針
170話


 

 

 

―――――世界で二人目の症例となる男性IS適正者。彼の名を『清瀬 春樹』と云ふ。

そんな彼にとって、ドイツの国家代表候補生にしてドイツ国防軍少佐でもある『ラウラ・ボーデヴィッヒ』と云ふ人物は一体どういった存在であろうか?

此の問いに答えを当てはめるとするならば、其れは彼にとって正に”運命”を運んで来た戦乙女、”運命のヴァルキュリア”と言っても差し支えなかろう。

 

もしあの日、此の流る銀髪を有した妖精が貴公子に扮した金髪の男装の麗人と共に一年一組の扉をくぐらなければ一体どうなっていただろうか。

 

彼女と出会っていなければ、彼はいつまでも自分を哀れんでいただろう。

彼女と出会っていなければ、彼はいつまでも慰めの酒を呷っていただろう。

彼女と出会っていなければ、彼はいつまでも塞ぎ込んで腐っていただろう。

 

其れでももしそうはならなかったとしても・・・彼が国家代表候補生になる事はなかったろう。つまりIS専用機も与えられる事もなかった。

其れにフランスにある名家の歪んだ家族の溝を埋める事もだいぶ先送りになっていた事だろう。

他にも色々と弊害も出たろうし、もしくは二人が出会わなかった事の方が都合の良い人間も居ただろう。

 

しかし・・・されども二人は出会ってしまった。

あの日、あの時、あの瞬間、此のオマケや付属品と呼ばれるだけのどうしようもない飲んだくれ男の人生はガラリと変わってしまったのだ。

後は御存じの通り。暴走事件に巻き込まれた御蔭で身体的に人間を超越し、十五の未成年でありながら軍用機との戦闘を強要され、降りかかって来る火の粉と言う名のテロリスト共と激闘を繰り広げた。

しかもただ使われるだけではなく、事ある毎に起こる厄介事に巻き込まれては人脈を構成し、手に入れた情報で策略をたて、増える痛々しい生傷と共に強くなった。

最近になっては、取っ捕まえたスパイから抜き出した情報を元に始めた投資で結構洒落にならないくらいに儲ける程だ。

だが・・・そんなイケイケドンドンな春樹であるが、彼もまた悩みを持つ一人の男だ。

 

「ラウラちゃんからの”おねだり”が洒落にならん」

 

〈・・・・・はぁ・・・ッ〉

 

此処は清瀬 春樹の心の内にある宮殿、所謂マインド・パレスにある一室。

部屋は一階から二階までの吹き抜けとなっており、壁には無数の本が理路整然と並んでいる。

其の空間の中央で一局のチェスを行う向かい合わせの二人の人物。

一人は深刻そうな表情で祈る様に手を組む少年、清瀬 春樹。

一人は呆れた様に溜息を漏らす此の部屋の壮年な主、ハンニバル・レクター。

 

「おい、レクター博士。ハンニバル・レクター博士よ。俺が真剣に悩み事を話していると謂うに・・・なして溜息を吐くか?」

 

〈いや、なに。思ったよりもくだらない・・・いや、しょうもない低俗な事だと思ってね〉

 

「おいコラ此の野郎、悪く言い直すとは何事か。診断してやる言うたんは其方じゃろうがな」

 

〈・・・一昔に流行ったな。『リア充爆発しろ』と謂う低俗な言葉が〉

 

春樹の悩みと言うのは、ラウラとの交際関係・・・いや、と云うよりは二人の男女の”夜の営み”についてだ。

あの嵐の日、初めて肌を重ね合わせたあの夜から今日に至るまで、彼女が彼を求めなかった時は片手で数える程度しかなかった。

其の数える程度も春樹の方からラウラを求めたものだから救いようがない。

 

〈何を悩む必要がある? 二人とも特殊な部類に入るとは言え、恋人が情事を交わす事が多いなど珍しくもない。特に春樹、君に至っては彼女が二回許しを請うまで貪る事もザラではないだろう。其れに・・・此処へ来る前にラウラへ何回ほど”注ぎ込んだ”?〉

 

「・・・・・七回から数えんのヤメタ」

 

〈・・・愚か者め。紳士としての淑女への”配慮”は弁えているのか?〉

 

「当り前じゃろうがな!・・・と言いたいが、俺の悩み処云うんは其処なんじゃ」

 

〈何だと?〉

 

ハンニバルの言った配慮とは『避妊具』の事を指す。其の配慮が春樹にとっての悩みの種であったのだ。

彼の話によれば、ラウラは其の配慮を途轍もなく嫌がるのだと云う。

最初の頃、行為の時に用いる春樹の”ゴム”を受け入れていたラウラだったが、何故に彼がゴムをするのかという事を理解した途端、春樹が行為の際に使うゴムへ多大な拒絶の意を表す様になったのだ。

 

「其れでゴムに穴開けたり、時には隠したり捨てたりするんじゃ。何つーか、其の・・・ラウラちゃんは、どうしても・・・・・其のな! 破破破ッ・・・何でじゃと思う?」

 

〈・・・・・はぁ・・・ッ〉

 

何処か照れ臭そうに笑って誤魔化す春樹に再びハンニバルの溜息が部屋へ木魂した後、自分から質問して置いて面倒臭くなったハンニバルはある答えを導き出す。

 

〈簡単な話だ。ラウラは春樹、君との子供が欲しいんだ。だから避妊具を拒絶する。私に聞かなくとも理解できると思うがな。ん? という事は、今の配慮はどうしている?〉

 

「あぁ。芹沢博士からアフターピル貰って、其れを気取られん様に口移しでな。じゃけども・・・やっぱりそうじゃよなぁ。最初はリップサービスかぁ思うたけど、あねーな事をされたらなぁ・・・・・そっかぁ、俺の子供が欲しいんかぁ・・・ッ!!」

 

淡い疑惑が確信に変わった瞬間、春樹はどうも複雑な表情を晒した。困惑と喜びが入り混じった何とも言えぬ表情を浮かべたのである。

 

〈しかし・・・何故、其れを悩む? 子供が出来たら都合の悪い事でもあるのか?〉

 

「おいおいおいおいおい・・・忘れちゃ困るでよ、ハンニバル・レクター。俺は兎も角としても、ラウラちゃんはまだまだ成長著しい心身共に十五の乙女じゃろうがな。未成年の妊娠出産がどれ程までに危険か・・・知らんとは言わせんぞ。しかも、あの子はドイツ軍の少佐じゃ。そんなエリート経歴に傷は付けられん」

 

〈・・・其れは大きな間違いだと思うぞ、春樹〉

 

「阿ん?」

 

〈彼女は、賢いラウラはそんな事など百も承知の筈だ。そんな輝かしい自分の積み重ねて来た経歴よりも・・・彼女は春樹との子供を望んでいるんだ〉

 

「・・・・・なして、なしてそうまでして・・・?」

 

〈春樹、彼女の半生を知っている君なら理解できる筈だ。ラウラは、”繋がり”を求めているのだ。確かな形ある”絆”が欲しいのだよ〉

 

ハンニバルの言葉に対し、春樹は沈黙で返答した。

彼は知っていたからだ。此れ迄のラウラ・ボーデヴィッヒと謂う造られた人型生体兵器の半生を。

 

彼女は軍上層部の思惑によって誕生した遺伝子強化素体のデザインベイビーだ。

当初は戦う為の”道具”としてありとあらゆる兵器の操縦方法や戦略などを体得し、好成績を収めて来た。

しかし、ISの登場後、ISとの適合性向上のために行われた『越界の瞳』ことヴォーダン・オージェの不適合により左目が金色に変色。能力を制御し切れずに以降の訓練では全て基準以下の成績となってしまう。此の事から彼女は『出来損ない』の烙印押されてしまい、ラウラも自身の存在意義を見失ってしまう。

此処で彼女は、生みの親とも云える存在から見放されてしまった。

 

けれども其の後、ISの教官として赴任した世界最強のIS操縦者であるブリュンヒルデの名を冠する織斑 千冬の特訓により部隊最強の座に再度上り詰めた。

此の経緯からラウラは千冬を尊敬して『教官』と呼んでいるのだが、結局自分は彼女の”弟”の代わりであった事が発覚した後、千冬が日本へ帰国してしまう。

此れをラウラは見放されたと感じ、千冬の弟である一夏へ逆怨みを抱いてしまった。

 

・・・逆に言えば、此の逆怨みが共通の話題となって春樹との交際に繋がるのだが、今は其処は置いておく。

 

さて・・・話を戻すと、ラウラ・ボーデヴィッヒと云う少女は二度も大きな存在から見放されているのだ。

一度目は、生みの親的な存在に。二度目は、恩人に。其れも大きな期待を持たされた後で、崖から奈落へ突き落とされる様にだ。

 

「・・・俺って、そねーに信用ないんか?」

 

〈其れも違う。ラウラは春樹の事を心の底から愛し、信頼している。だが、内面にある本能が勘繰ってしまうのだ。「自分は、”また”見放されてしまうじゃないか」・・・とね〉

 

「・・・・・」

 

春樹は再び沈黙する。

しかし、先程までとは違い、苦虫を嚙み潰した様な忌々しい表情で奥歯をギリッギリッと鳴らしたのだ。

 

「・・・ハンニバル、俺ぁ思うんじゃ。ラウラちゃんは幸せになるべきじゃって、今まで酷う虐げられて来たんじゃけん、幸福になるべきなんじゃって。じゃけど、なぁ・・・」

 

〈春樹、そう結論を急いで出そうとしなくても良い。今でも十分にラウラは幸せを感じているよ。其れも今まで感じた事もない多幸感をね。心配しなくとも君の”毒牙”は、確実に彼女の心を”蝕んでいる”さ。其れとも・・・ラウラの心の中に織斑 千冬が居る事にまだ”嫉妬”しているのか?〉

 

「俺ぁ器の大きい寛容な男じゃねーけんな。どーも其れを考えると歯が痒うなる」

 

「まったく・・・あぁ、そうそう。あと、チェックメイトだ」

 

「ッ、阿ぇ!? 畜生!! また負けた!!」

 

悔しがる春樹へハンニバルは少しばかり口端を歪めた。

一方の春樹も気の置けない相手に相談する事が出来た御蔭か。心の奥底につっかえていたモノが取れ、今まで浮ついていた気持ちへ少しばかりのケジメを着けようと覚悟が宿る。

 

・・・其処までは良かった。其処までは良かったのだ。

しかし、ままならぬモノよ。どうやら厄介事は未だ此の男に心底惚れているようでして・・・・・

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「―――――というわけで、春樹君。生徒会から選抜メンバーによる京都修学旅行への下見をお願いするわね」

「何を言よーるんなら此のボケ」

 

後日、書類の修羅場と化した生徒会へ呼ばれた春樹にそう言い放った楯無。

だが、彼は口をへの字に曲げて辛辣を呟いた。

 

「もうおえんな。遂に頭が狂うたか」

 

「確かにブラック企業並みに仕事が多すぎて狂いそうだけど、私はまだ正気よ」

 

「いや、じゃったら正気のまんま狂うとらぁ。おい、つい此ン前じゃぞ。ワールドパージ事件で学園が襲われーの、スパイ取っ捕まえーの逃がしーのしたんわ」

 

「清瀬君、申し訳ありませんが御嬢様は・・・いえ、会長は正気です。しかもあなたの言うように正気のまま狂っているわけでもありません」

 

渋い顔を晒す彼に諭す様な口調で語り掛けるのは、若干表情に疲労感が漂う布仏 虚である。

 

「大丈夫っすか、布仏先輩? 目の下にクマが居りますでよ」

 

「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、大丈夫です。山場はなんとか越えましたので。あぁ、紅茶をお淹れします」

 

「せんでエエです。俺が代わりに淹れますわ。布仏先輩は座って休んどいて下せぇ」

 

「あの・・・春樹くん? お姉さんもボロボロなんだけど? なんで私には優しくしてくれないの?」

 

「・・・紅茶は引き出しに?」

 

「ッ・・・無視しないでよぉおお! 私にも優しくしてよぉおお!!」

「あッ、やべ」

 

春樹としてはいつもの様に軽くあしらった程度だったろうが、思った以上に追い込まれていた楯無にはトドメとなってしまった。

書類仕事のストレスに堪え兼ねて「うわーんッ!!」と演技でも上っ面でもないマジ泣きを晒す楯無。

此れには流石の春樹も罪悪感を感じた。

 

「解った解った。優しゅうしちゃるけん」

 

「ぐすッ・・・ほんとぉ? だったら・・・いーこいーこしてぇ」

 

「あぁ、しちゃるしちゃる。エエ子じゃなぁ、刀奈はなぁ」

 

「えへへッ・・・♥」

 

「(よかったですね、御嬢様)」

 

水色の髪の毛を撫でられ、先程まで涙でグシャグシャになっていた顔をほころばせている楯無を余所に虚は自慢の紅茶を淹れるのだった。

 

「―――――んで、何で俺が京都に? 渡されたメンバーリストも・・・”いつものメンバー”じゃし」

 

京都へ行く者は、選抜と云えどもどうやらメンバーは事前に決められているらしく。渡されたリストには、いつも厄介事に巻き込まれている専用機所有者全員の名前が書き記されていたのだ。

 

「あと・・・どーせ裏が、いや裏の方が真の目的があるじゃろう。専用機持ち集めて今度は何する気じゃ? 此の京都への旅路の本来の目的は?・・・まぁ、大方は”あの連中”関係でしょうがね」

 

「流石は清瀬君ですね。そこまで理解されているんですね」

 

「伊達に鉄火場はくぐってませんよ。そんで、やっぱりで?」

 

春樹の疑問符に虚は申し訳なさそうに「・・・えぇ、残念ながら」と呟いた。

彼の言った『あの連中』とは、IS学園サイドの最早宿敵と言っても過言ではない国際過激派テロ組織、ファントム・タスクの事である。

 

「春樹くんがダリル・ケイシー・・・ううん、レイン・ミューゼルの機体から抜き出してくれた情報によると京都に連中の一大拠点があるみたいでね。小さな拠点はすべて潰したから、あとはここだけなの。ここは激しいISによる抵抗が予想されているから、もしもの為に戦闘経験豊富なIS乗りが控えてると安心ってわけ」

 

「ほんじゃあアレか。京都旅行は、日本からヤツらを完全に追い出す為の掃討作戦云う事か・・・・・うわおッ、凄まじく厄介じゃがん。つーか、ガキが・・・専用機持ちじゃあ云うても学生が参加してもエエんか?」

 

「なに言ってるのよ。世界中の軍や司法機関が手も足も出なかった組織を何度も打ち負かすどころか、今まで謎だった組織概要まですっぱ抜いたのは私達・・・いえ、あなただけなのよ春樹くん?」

 

「はぁ~~~~~ッ・・・俺ぁ降りかかる火の粉を振り払って来ただけなんじゃけども? あと、そろそろ太腿から降りぃや」

 

「いーやーよー! もうちょっと膝枕してー!!」

 

とても長い長い溜息と共に春樹は京都旅行の裏で行われようとしているテロ掃討作戦の理由に納得した。

けれども、招集リストに関しては眉間へしわを寄せたままだ。何故かと言えば―――――

 

「なして、リストにダメバナ野郎とDV武士モドキ娘が入っとるんじゃ?」

 

―――そう。招集リストの名簿欄に一夏と箒の名前が記されていたからだ。

 

「鈴さんは兎も角としても・・・此の二人はおえまーな。チェンジじゃ、チェンジ。チェンジ、チェンジ、チェンジ、No.39!」

 

「しょうがないじゃない。一夏くんと箒ちゃんは傍から見れば、一応清瀬軍団の一員なのよ」

 

「一応でもアイツ等いらんわ。留守番でエエじゃろうが。代わりに楯無が来てや。織斑の野郎に書類仕事は任せてよぉ」

 

「えッ!!? しょ、しょうがないわねぇ。春樹くんがそこまで言うなら、お姉さんが代わりに―――――」

「いけませんよ、清瀬君。御嬢様は病み上がりなんです。大規模作戦の参加はまだ許可されていません。それに・・・この量を織斑君が出来るとでも?」

 

そう言って虚は机の上へ置かれた大量の書類を指し示す。山場は越えたと言っても流石にまだまだ書類仕事が続きそうだ。

 

「・・・デスヨネー。じゃけど、布仏先輩? 冗談抜きで此の二人は獅子身中の虫になる可能性が大なんじゃけど?」

 

「それに関して気を付けて下さいとしか言えませんが・・・あくまでも清瀬君達専用機所有者は、もしもの為に保険である事をお忘れなく。逆説的に言えば、その『もしも』がなければただの旅行です。少しでも観光を楽しめるのでは?」

 

「いやじゃー、そんな気の休まらない観光。其れに布仏先輩の言う『もしも』がありそうなんじゃよなー。当たらなくてもエエ時に当たる俺の勘がそう言よーるんじゃよなぁー」

 

「そんなに気負わなくても大丈夫です。それに現地には先に織斑先生が行っているので」

 

「・・・・・・・・はいぃい???」

 

其の彼女の言葉に春樹はギョッとした。

何故ならば、彼の知る所では千冬はスパイの取り逃した罰で謹慎処分を受けていた筈だからだ。

 

「・・・成程、大人しく処分に従った理由が他にもあった云う訳か」

 

「物分かりが早くて助かります」

 

「じゃけどぉお・・・・・多分、あの人戦力になんねーと思うんじゃけどなぁー?」

 

「・・・・・」

 

「目を逸らさんと何か言って下さいよ、布仏先輩ぃ~! つーか楯無、オメェ人の太腿ん上で寝るな! 起きろやッ!!」

「いやぁああッ、もうちょっとだけぇええ!!」

 

・・・・・またしても春樹の気苦労は絶えない様である。

折角減った酒の量がまたしても増えそうだ。

 

※尚、帰室時に春樹は身体へ楯無の残り香が付いていた為、嫉妬心を煽られたラウラにタップリ搾られた模様。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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171話

 

 

 

―――――シャルロット・デュノアは、”面白くなかった”。

理由を挙げるとするのならば、今や恐ろしい傑物と成り果ててしまった二人目の男性IS適正者にして想い人でもある『清瀬 春樹』についてだ。

 

此の清瀬 春樹と云ふ男、シャルロット・デュノアにとって・・・いや、彼女の実家でもあるデュノア家にとっても大恩人なのである。

深い溝が刻まれていた父娘の関係を良好に導いただけでなく、傾きかけていた会社の経営状況さえも建て直した程だ。

シャルロットにとっても彼女の父アルベール・デュノアにとっても彼は白馬に乗った王子様と言っても過言ではない。(※実際は赤兎馬に乗った荒武者だが・・・)

 

さて、そんな勇者に彼女が惚れ込まない訳がなかった。

恋する乙女となったシャルロットからのアプローチはそりゃあもう凄まじく、父アルベールに至っては会社経営に必要な手腕とカリスマを春樹に見出して次代の後継者に選ぶ程であった。

・・・・・しかし・・・

 

「見ろ、春樹! 実に可憐でキューティフルだろうッ?」

「応、かわええかわええ。東京銘菓もかわええが、ラウラちゃんも可愛えのぉ」

 

「・・・・・むぅッ」

 

彼が恋人として選んだのは、シャルロットと同じタイミングでIS学園へ編入して来たドイツの国家代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒであったのである。

彼女もまたシャルロットと同じ様にどん底の窮地から春樹に救い上げられた一人であったのだが・・・幸運か不運か、彼はラウラにあるシンパシーを感じた事と共通の話題によって急激に仲を深め、今や二人は学園の誰しもが知る仲睦まじいカップルとなってしまったのだ。

其れでもシャルロットは諦める事はなかった。

隙を見ては彼女は春樹に迫った。だが・・・高い実力と傷だらけのワイルドな鋼の肉体に魅せられたミーハー共が二人の間に分け入って来たのだ。

其のせいでシャルロットは中々想い人に接近できなくなり、そうしてモタモタしている内に春樹とラウラの仲は更に深く爛れた関係へとなったのである。

 

最早此れ迄・・・か、と思われた調度其の頃。専用機所有者達に京都への出張命令が下ったのだ。

此の出張命令、表向きは修学旅行なのだが、真の目的は京都へ潜伏している国際過激派テロリストのファントム・タスク殲滅のバックアップだ。

けれども、出動要請がかからなければ、ただただ京都観光を楽しめば良いだけの楽そうな仕事なのである。

シャルロットは此れを千載一遇の好機と捉えた。

風情漂う古都京都で気になる彼との距離を一気に縮ませる算段を計画するのだが―――――

 

「じゃけどもラウラちゃんや。早う喰わんとダメになるで?」

「む、むぅ。し・・・しかしだな、あんまりも愛いから実に食べにくいぞ!」

「しっかし、こー云うモンは足が速いけんなぁ。いつまでも食べんと置いとったらカビが生えてきてしまうわね。青いフワフワしたのがよ~」

「う、うぅ・・・青カビに晒すくらいならば、一思いに・・・・・あぐっ!!」

「おぉッ。よーし、よしよしよしよしよし! よーやったでラウラちゃん。えーこえーこしてやるけんなぁ」

「うぅ、はるきぃ・・・」

 

「ぐぎぎぎ・・・!」

 

其の京都行の新幹線の中、東京駅で買ったひよこを話題に背後の座席でイチャイチャ乳繰り合う春樹とラウラにシャルロットは精一杯の力を込めて奥歯を鳴らす。

 

「だ・・・大丈夫ぅ~、しゃるるん?」

 

そんなとても花も恥じらう十代の少女がすべきではない苦虫を嚙み潰したかの様な表情を晒す彼女へ京都行の選抜メンバーに組み込まれる事となった一年生のマスコットキャラクターである本音が心配そうに声をかけた。

 

「だ・・・だ、大丈夫だよ。ちょっと朝が早かったからね。べ・・・別にう、羨ましいとか・・・思ってないんだから、ね!」

 

「いや、明らかにダウトですわ。変な顔になってますわよ」

 

「でも、すごいよねぇ~。あみだくじで席決めしたのに・・・きよせんとらうらう一緒の席になっちゃたぁ。愛の力ぁ~?」

 

「ぐッフェ・・・!?」

 

流石にあの特徴的で独特で目立ち過ぎるIS学園の制服を着用し、新幹線を貸し切りにしてしまうと狙ってくれと言わんばかりに襲撃されるリスクが高まる為、今回の京都旅行は全員私服での参加だ。

其の際、シャルロットは春樹に自分の私服を褒められた事で有頂天になっていたのだが、目立たない様にグリーン車ではなく自由席での移動が求められた事で発生した籤引きは彼女のテンションを崖から突き落とした。

 

「本音さん、なんでも口に出しても良い訳ではありませんわ。だけど、モノは考えようですわ。シャルロットさん、あちらをご覧になってくださいまし」

 

「右手をご覧ください」と添乗員の様にセシリアがシャルロットの視線をある二人へと誘導する。

 

 

「「・・・・・・」」

 

さすれば其処には無言を貫いてピコピコ携帯ゲーム機でゲームをする簪と虚無の表情で窓の外を眺める一夏が居るではないか。

二人とも無言であるが、席決めの時に「・・・うェッ」と簪が渋柿を食べた科の様な表情を晒した為、何処か険悪な雰囲気が流れている。

 

「あんな風にならなくてよかったですわ」

 

「まぁ、でも仕方ないよ~。おりむーとかんちゃんには専用機の事で因縁があるからね~。でもぉ・・・なんであっちも険悪なのぉ~?」

 

「「え?」」

 

本音の言う事に疑問符を浮かべて彼女の指さす方を見れば、其処にはブスッとした表情でソッポを向き合う箒と鈴が居た。

 

「くじ引きでおりむーと一緒になれなかったから、不機嫌さんなの~?」

 

「いいえ、本音さん。どうやら二人は喧嘩をなされたようですわ。ほら、この前の春樹さんと一夏さんとの一件で・・・」

 

「あー・・・ボクも聞いたよ。でも、なんでそれで箒と鈴が喧嘩しちゃうの?」

 

「春樹さんにこっぴどく倒されてしまった一夏さんの仇討ちを箒さんがしようとしたのですが、四十院さん達がそれをお止めになって、鈴さんが箒さんを叱ったそうですの」

 

「でも、箒は逆に反発しちゃったって感じかな?・・・大丈夫? 有事の際に連携できるの?」

 

「一応、春樹さんは箒さんと鈴さんには今回の旅の真の目的は伝えてないとの事ですわ。その方が二人にはもしもの時に連携が取れると」

 

「とーぜん、おりむーにも秘密なんだよね~・・・・・なんにも起きなきゃいいね~」

 

「だ、大丈夫だよ・・・・・たぶん」

 

「・・・なんだか途端に不安になって来ましたわ」

 

今までイベント事がある度、とんでもない横槍を入れられて来た経験があるセシリア達は本能的に察していたのだろう。今回の旅でもまた一波乱あるのだろうと。

そんな何処かモヤッとした気分を心の隅に抱えながらIS学園専用機所有者達、通称ファントム・タスク討伐後衛隊は≪―――――まもなく京都駅≫のアナウンスが聞こえるまでの三時間弱の新幹線の旅を費やしていった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

俺は祈っていた。

どうか・・・どうか、どうかどうか、どうかどうかどうか何も起こらんでくれよと祈っていた。

頼むから、お願いだからやっちゅもねーテロリスト共をブチ回す役回りが廻って来んと楽しく京都観光が出来ますようにと心ン中で五体投地しとった。

 

〈・・・無理だろうな〉

〈とっても癪だけど・・・今回ばかりはこの男と同じ意見よ〉

 

喧しい!!

俺ぁ今回の旅でラウラちゃんに対してやらにゃあおえん事があるんじゃけんな!

つーかさぁ! もう普通にデートしたいんじゃ俺ぁ!! 恋人とのステップAやらBやらすっ飛ばしていきなりSまで行ったんじゃけんな俺らぁは!!

 

〈そう興奮するな。頭の血管が切れてしまうぞ?〉

 

興奮させたんはオメェじゃろうがなハンニバル・レクター!!

あぁ、もう・・・心労で倒れそう。減った酒の量がまた増えそうじゃわぁ。

 

〈しっかりなさい、春樹。今日の為に色々プランを考えたんでしょう? モノは考えようよ。面倒事が起こるまでは楽しめるってね〉

 

気休めでもありがとうな、琥珀ちゃん。

そうじゃよな。俺がしっかりせんとおえんよな。引率の山田先生は何処か抜けとるけん心配じゃし、織斑のボケ共とDVエセサムライガールが獅子身中の虫にならんと気ぃ使わんとおえんのんじゃしな。

まぁ、大丈夫じゃろう。学園の方は信頼できる四十院さんらぁに任せとるし、もしダメでも楯無や布仏先輩が居るし・・・大丈夫じゃろう。

 

 

 

 

 

・・・・・なーんて思ってた時が俺にもありました。

 

「皆さま、本日は遠路はるばる当旅館までお越しいただきありがとうございます。私、当旅館の若女将でーす♪」

 

・・・はぁ~~~~~・・・・・はい、面倒事が起こる事が確定しました。もう最高じゃわ、ド畜生め。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

新幹線で京都駅へ到着した一行は、名物の長い階段を通った後、観光の前に宿泊する旅館へと向かう。

其の旅館は対暗部組織である更識家の息のかかった場所だと知らされていた春樹は、此処ならば安全だろうと思っていた。

ところがどっこい。

 

「な!?」

「なんでここに生徒会長がいるんですの?!」

 

周囲を囲む様に萌える紅葉と壮観な外観に思わず息を吐いた彼等を迎え入れたのは、上品な薄桃色の着物を纏った水色髪の美しい若女将・・・いや、IS学園生徒会長である更識 楯無であったのだ。

学園で留守番をしている筈の彼女の登場に一行の大半は驚きを隠せずに眼を四白眼するが、ただ一人だけ顔を両掌で覆い隠して項垂れたのである。

 

「はぁッ・・・・・布仏先輩、話が違うじゃありませんか」

 

「申し訳ありません」

 

「あ。お姉ちゃんだぁ~」

 

「確定フラグやんけ」と口をへの字に曲げる春樹の呟きに答えたのは、楯無の後ろに控えていた彼女の右腕的存在である虚であった。

 

「病み上がりで作戦には参加できないって言ってたじゃないですか! 其れに机から零れるくらいに仕事も山積みじゃった筈ッ!」

 

「それが・・・あのあと、御嬢様は尋常ならざる人知を超えたと言っても良いスピードで溜まっていた仕事をすべて片付けたんです。よほど皆さんの京都旅行に付いて来たかったのだと・・・」

 

「どーだ! スゴイでしょ、春樹くん!! ほめてほめてー!」

 

「てんめッ・・・このヤロ・・・!!」

「よーしよし、落ち着け春樹」

 

キャピキャピ年相応にはしゃぐ楯無の顔面に春樹はグーパンを叩き込んでやりたかったが、旅館に迷惑はかけられないとグッと堪えて大きな溜息を吐き漏らす。

そんな心労を抱える春樹の頭をラウラは優しく撫でてやった。

 

「お前達、何を玄関先で騒いでいる? 旅館の人達に迷惑だろう」

「ッ、え!?」

「ち、千冬さん?!」

 

そうこうしている内に現れたのは、旅館の浴衣を身に纏った世界最強のIS操縦者、織斑 千冬だ。

彼女の登場に謹慎処分が下された日から会ってなかった一夏や箒達は驚愕の表情を晒す。

ところが事前に千冬の参加を聞いていた春樹は一瞬だけ奥歯を軋ませた後、忌々しそうに口端を吊り上げた。

 

「破ッ・・・酒の臭いが微かにじゃ。お先に待っとるとは聞いとったが、酒盛りして待っとるたぁ聞いとらんかったわ(・・・・・俺の分の酒ぁ残っとるんじゃろうかなぁ?)」

 

「酒は旅館の方たちからのご厚意だ。無下に断る訳にもいかんだろう。それに心配するな。身体から酒は抜けきっている」

 

「ッケ。あぁ、そうかい」

「あぁ、そうだ」

 

二人は互いに互いを睨んで火花を散らせた。

其の様が恋人が見つめ合っている様に見えたのか。ラウラやシャルロットは「・・・むぅッ」と頬袋を膨らませる。

其れだけならまだ良かった。其れだけならまだ良かったのだ。

 

「ッ・・・」

 

「ん? どうかしたのか、一夏?」

「なんだか顔色が悪いわよ?」

 

「・・・・・なんでもねぇよ」

 

さて、一夏には傍から見た二人の関係がどう映った事だろう。

最愛の姉が、ケダモノの如き卑怯卑劣な男と見つめ合っているのだ。弟としては堪ったものじゃないだろう。

しかし、実際は御互いを御互いに目の敵にしている同士だ。主にラウラの事で。

けれども、何処かの蟒蛇のせいで鈍感を拗らせている一夏には考えものっだったろう。

 

「(千冬姉ぇ・・・なんでソイツなんだよ・・・ッ)」

 

・・・・・まだまだ春樹の心労は始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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172話

 

 

 

―――――『五反田 弾』と『布仏 虚』の出会いは文化祭まで遡る。

弾は親友にして世界初の男性IS適正者である織斑 一夏の招きもあり、一部を除いて男子禁制と云えるIS学園を訪れた。

其の際、一夏を揶揄いに来た楯無の付き添いとして傍に佇んで居た虚を網膜で認識した瞬間、彼の身体へビビビッと電流が奔ったのである。

正しく運命の出会いと言っても差し支えなかった。今まで生きた中で出会った事がないタイプの美人であったのだ。

弾の経験上、十人の内八人の野郎共が振り返るタイプの美少女は十中八九、親友にして無自覚鈍感プレイボーイの一夏にウットリなのだが・・・・・何となんとッ、布仏 虚と謂う御人は違ったのである。

今まで「良いな」と思った相手が全員一夏に靡いていて付け入る隙も無かった弾にとっては、人生唯一の千載一遇の大々々チャンスと言っても過言ではない。

此の好機を逃さんと彼は恥も外聞もなく虚へアタックを仕掛けた。

 

一方、虚の方も一夏や学園の狂戦士と名高い二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹とも違うタイプの弾の事を悪いとは思ってはいなかったようで、一生懸命に自分を口説き落とそうとする彼へ好印象を抱く様になる。

其の内、二人は専用機持ち共が血みどろのドンパチとポルノ映画張りの爛れた関係を築いている事を余所にピュアッピュアの純愛を育んでいく事となった。

 

しかし、愛に障壁は付き物と云える。

九分八厘で女子高と云えるIS学園へ通う虚と純度百%の一般男子である弾が容易に会える機会はオリンピック並みになかった。

一昔前ならば、余程の事がない限り疎遠となってしまう関係。・・・・・だが、今は通信機器が発達した現代だ。何時でも何処でも好きな人と繋がる事が出来るアプリを片手に愛を育んだ二人。

だが、其れでも距離と云う障壁はとても手強い輩だ。頻繁に連絡を取っていると言っても空虚な時間は確かに存在した。

けれども、そんな空虚な時を持て余して溜息を漏らしている弾へある日突然の光明が訪れたのである。

 

「ッ・・・ど、どうして・・・どうしてここに、弾さ・・・五反田さんが・・・ッ!!?」

 

「ど・・・どうも」

 

宿泊する旅館へ荷物を置いた専用機所有者一行は、京都観光の最初の目的地を金閣寺にするか鴨川にするか揉めていた。

揉めるくらいなら別行動するば良いのだが、生憎と一行の最強戦力と最弱戦力の目的地が綺麗に二つに分かれている為、もし最弱戦力が厄介事に巻き込まれた場合とんでもなく面倒臭い。其の為、集団行動は欠かせないので結局行き先は多数決となる。

 

さて・・・其処で初めての恋人との京都観光デートに浮かれている最大戦力は、カップル河原が有名な鴨川へ挙手。其れに釣られて想い人が居る全員が挙手。金閣寺が見たかった最小戦力は置いてけぼりを喰らってしまう。

 

されど場所は決まれども目的地までの足がない。其処で登場したのが、楯無が何処からか手配した人力車だ。

古都に似合うノスタルジックな雰囲気に感嘆詞が上がる。しかし、用意された人力車は一台だけ。其の事に疑問符を浮かべているのも束の間。一行の中で二人だけが両眼を四白眼へ剥いたのだ。

 

「なんでここに弾がッ?! 清瀬、お前!」

 

「なーして、其処で俺の名前を出すか。見当違いも甚だしいわ。おにぎりの具の中身しか喋れない様にブチ回してやろうか、テんメェ此の野郎?」

 

「はぁッ!?」

 

「こら、春樹くん煽らないの。まぁまぁ、落ち着いて一夏くん」

 

「・・・何が目的ですか、御嬢様?」

 

メンチを斬り合う春樹と一夏の隣でムッと虚は眉間に皺を寄せる。

どうやら弾の旅への参加は彼女も知らなかった様で、横を振り向くと妹の本音を始めとしたメンバーが「大成功ー!」とピースサインを振り撒いていた。

 

「本音、あなたまで私をだまして・・・!!」

 

「お姉ちゃんってば、人聞きの悪いこと言わないでよ~! サプライズだよ、サプラ~イズ!」

 

「虚さん、もうすぐ誕生日・・・でしょ? 何か良いプレゼントはないかなって思って・・・虚さんにはいつもお世話になってるし・・・・・ちょうど、そんな時に本音から虚さんが彼氏さんと中々会えないって聞いて、それで・・・」

 

「さっすが私の簪ちゃん! なんてッ、なんて優しい子なの!!」

 

はしゃいで抱き着く楯無を「お姉ちゃん・・・うっとうしい」と照れた表情を隠す様に簪は俯く。

其れに対して虚は、「簪御嬢様、皆さん・・・ッ」頬を紅潮させて何とも言えない表情で瞳を潤ませた。

 

「(もしもが起こっても専用機持ちでも顔バレもない布仏先輩はで非戦闘員になる・・・なるほどな。其れで巻き込まれん様に別行動をさせる訳か)さてと・・・おいッ、”車夫”」

 

「・・・えッ、あ? あぁ、俺の事??」

 

「お前さんしかいねぇじゃろうがな、色男。とりあえず、お前さんは布仏先輩の専属じゃ。二人で京都を廻って来んさい。しっかり会えなかった分を埋めて来りゃあエエ」

 

「ッ・・・二人目、さん・・・・・」

 

「じゃけど・・・解っとるじゃろうな?」

 

「はい?」

 

全てを察した春樹はニコニコ笑顔で弾の耳元へ囁く。「布仏先輩に手ェ出したら・・・ハラワタ引き釣り出してやるからな」と。

ゾッとした事だろう。言葉の後に続いた笑顔が余計に恐怖を助長させ、思わず彼は悲鳴を飲み込んだ。

そんな事とは露知らず、照れた表情の虚は若干恥ずかしそうに弾の引く人力車へ乗り込むと皆の声援を背後にデートへ駆けて行った。

 

「生徒会長ってば、中々小粋な事するじゃないの。それにしても・・・あの弾が本音のお姉さんと付き合うなんて・・・なんか悔しい。弾の分際で」

 

「何じゃそりゃ。まぁ、あの人は先輩にゃあいっつも世話んなっとるけんな。此れぐらいは当然じゃろう。なぁ、楯無さんや」

 

「ふっふっふ♪ これぐらいの手配なんて朝飯前よ!」

 

「どんなもんだい!」とふんぞり返る楯無に「えばり過ぎじゃ」と春樹がツッコミを入れる事で和やかな雰囲気が漂う。

そんな雰囲気のまま一行は折角だから街の景観を見ながら行こうと徒歩で目的地まで行く事と相成った。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

古都、京都。

千年より遥か昔から都がおかれていた華の都は、鮮やかな彩ある秋の紅葉によって更なる美しさを誇っていた。

御蔭で街は観光客でごった返している。

 

「こりゃあ私服で来て正解じゃったな。学園の真っ白な制服で来とったら間違いなく目立っとったわ」

 

山田教諭のガイドで街を巡る一行は、もっと街へ溶け込み馴染む為に一軒の茶屋を訪れた。

どうやら此処では観光客向けに着物体験を行っている様で、現在は此れに興味を示した女性陣の着替えを男性陣が待機していると云う状態だ。

 

「・・・・・」

「・・・まだかのぉ」

 

しかし・・・空気が重い。

仲の良い二人なら兎も角。此の春樹と一夏は正しく水と油と言っていい程に険悪な関係であった。

例え店先でも本当ならこんな野郎の側になんぞ居りたくはないと思う春樹だが、なにぶんと嫌う相手である一夏に何かあっては不味いと仕方なく待って居るのだ。

 

「あのぅ・・・御二方?」

 

「はい?」

 

「待ってるのも退屈でしょうから、御茶菓子なんていかがでしょう?」

 

どうにも険悪な雰囲気を見兼ねた茶屋の主人が、二人へ店の名物を勧めた。

モノは京都名物と言っても良い生八つ橋である。

 

「そいつはありがたい。おいッ、折角のご厚意じゃ。頂こうじゃねぇか」

 

春樹は外向きの作り笑いを浮かべ、茶屋主人から勧められた生八つ橋を店自慢の抹茶と共に頂く事にしたのだが・・・険悪な二人の雰囲気が解消される訳ではなかった。

顔が良いとは云えども一夏の方はムッと不機嫌な表情のままで、どう見ても堅気ではない感じが漂えども愛想の良い春樹は、傍から見ればどう見ても異様に映った事だろう。

 

「うん、美味い旨い。京都で喰う八つ橋は格別じゃ」

 

「お粗末様です。失礼ですが、御一行様方は何処からいらっしゃったので? お連れの方々がえらい別嬪さんばかりでしたけど・・・」

 

「あぁ、私達は東京からですよ。折角、日本に来たんじゃけん京都へ行きたいって言われましてね。友達も誘って来たんですよ」

 

そんな他愛もない会話で春樹が場を持たせていると何処からか「にゃぁあ」と可愛らしい鳴き声が聞こえて来た。

何だと思い、一夏が自分の足元を見ると其処には白い猫が此方を覗いているではないか。

彼が抱き上げてみれば、猫は嬉しそうに喉を鳴らす。

 

「ごろごろごろ・・・」

 

「おッ、ニャンコちゃんじゃねぇか。こちらの子なんですか?」

 

「いんえ、ウチは猫は飼っていませんが・・・何処から入り込んで来た?」

 

「可愛えのぉ。おい、俺にも抱っこさしてくれや」

 

そう言って春樹は手を伸ばすが、白猫は彼を見た途端に「フシャーッ!」と毛を逆立てた。

 

「ッ、ハハ! 動物は人の気持ちがわかるんだな」

 

「・・・ッッケ。今日一の笑顔をしてんじゃねぇよ、畜生め」

 

何処からともなくやって来た白猫にフラれた事に春樹はムクれて懐へしまっていたスキットルの中身に口を付ける。

そうして燃える火酒で自分自身を慰めていると・・・・・

 

―――――「どこにいっていたのサ、『シャイニィ』」

「阿ん?」

 

二人に近づいて来る気配。

振り返ってみれば、其処には腰まで届く燃え上がる様な赤い髪のツインテールと肩から胸元に掛けて大胆に開けさせた真っ赤な着物にピンヒールという何とも奇抜なファッションに身を包んだ隻眼隻手の美女が居るではないか。

其の女性を見た途端、一夏の腕の中へ蹲っていた白猫は彼女へと飛びついて行った。

 

「おかえり、シャイニィ」

「にゃん」

 

二人の前で嬉しそうに抱えられている処を見ると、どうやら此の女性が白猫の飼い主なのだろう。

しかし、現れた飼い主の風貌にポカンとする一夏に対し、何故か表情を崩さずに春樹は上着のポケットの中へ手を突っ込んだ。

 

「・・・其の猫、お宅の猫さんで?」

 

張り付けた表情で疑問符を投げ掛ける春樹。

すると女性はシャイニィと呼ばれた白猫を肩へ置くと開けた胸元から取り出したキセルを口へと差し込んで紫煙を燻らせた。

 

「そうサ。名前はシャイニィって言うのサ」

 

「可愛い猫ちゃんで。連れには懐いとったが、どうも俺は嫌われてようで」

 

「フシャーッ!」と再び春樹に対して威嚇するシャイニィ。

其れを落ち着かせる様に女性はシャイニィの頭を撫でてやる。

 

「ふーん・・・どうやら、シャイニィは君から漏れ出す殺気に脅えてるみたいなのサ」

 

「其れは失礼を。御免ねシャイニィちゃん。怖がらせてしもうたみたいじゃなぁ」

 

しかし、謝っては見ても猫のシャイニィは毛を逆立てたままで警戒を解こうとしない。

其の事に春樹が残念な表情を浮かべると女性は顔一杯に平たい笑顔を浮かべた。

 

「私はいいと思う。とても15の少年とは思えない良い殺気・・・流石はファントム・タスクを何度も退けた事をやった事はあるサね。清瀬 春樹君?」

 

カチリッ・・・と何処からか金属の音が聞こえて来た。

一夏は其の音に聞き覚えがあった。いや、何度も自分に向けられて来た音を忘れる訳がなかった。春樹の愛用するリボルバーカノンの撃鉄を引き起こす音を忘れられる訳がなかった。

 

「ッ、清瀬!!」

 

「騒ぐんじゃねぇ。じゃが構えろ、織斑」

 

「へぇ。じゃあソッチの君が千冬の・・・やっぱり姉弟だから似てるサね、織斑 一夏君」

「なッ・・・!?」

 

急いで立ち上がった自分の名前を当てられた事と千冬の名前が出た事に一夏はギョッと動揺するが、春樹の方は随分と落ち着いた様子でポケットの中の銃口を彼女へ向けたまま動かない。

されど殺気は先程以上に濃厚で、其のせいで彼女の肩へ乗っていたシャイニィは逃げるように下り去ってしまう。だが、隻眼の女性からはまるで堪えた様子は見られない。

 

「・・・ギャラリーがいる所で死合うつもりはないのサ。私はこう見えても有名人だからネェ。あまり事を荒立てたくないのサ」

 

「なら・・・利害は一致している。また後で機会があれば・・・其れでよろしいか、”ヴァルキュリア”?」

 

「ッ・・・へぇ、面白いネ。ますます興味が湧いて来るのサ」

 

そう言って隻眼の彼女は足元で怯えるシャイニィを拾い上げると「邪魔したね」と言って其の場を跡にするのだった。

 

「ッ、おい清瀬!」

 

「喧しい。喚こうとするんじゃねぇ。ありゃ今ん所敵じゃねぇよ・・・先生らぁに連絡入れる必要もねぇじゃろ」

 

「は?! 敵じゃないならなんでッ? って言うか、誰だよアレ?!」

 

「俺を見定めの品定めって感じか。ッチ、気が悪ぃ。あとオメェ、一応はブリュンヒルデの弟じゃろうがな。”前大会の覇者”ぐらい憶えとけ」

 

「はぁッ?」と一夏が怒気を含んだ疑問符を発した。

だが、其れと同時に室内の奥から「どうかされたんですか?」と何処か間の抜けた声が聞こえて来た。

振り返ってみれば、其々の専用機体パーソナルカラーである着物を纏った専用機所有者達を引き連れた山田教諭が居るではないか。

其処からノミで刻んだ様に深く刻まれた眉間の皺が一転し、山田教諭の背後で恥ずかしそうにコソコソ佇む愛しい恋人にISを纏っていないのにも関わらず、瞬時加速並の速度で距離を詰めた。

 

「破破破ッ! えろう美人じゃわぁ、ラウラちゃん!!」

「きゃッ!? こ、こら! いきなり抱き上げるな馬鹿者!!」

 

自分機体のパーソナルカラーである黒を基調とした下地に季節独特の柄である紅葉した紅葉の柄があしらわれた振袖を纏うラウラに思わず表情が綻ぶ春樹。

 

「ちょっと春樹! 僕達だって振袖に着替えてるんだからね!」

「そうよそうよ! お姉さんだって着替えてるんだから反応してよ!!」

 

「シャルロットは兎も角、楯無はホントに着物から別の着物に着替えただけじゃろうが。新鮮味ねぇよ」

 

「ガーーーんッ!!?」

 

「まぁ、似合ってるけどよ。皆、綺麗じゃねぇか」

 

「ッ、春樹くん・・・もう好き!!」

「僕も僕もー!」

 

「退けッ、更識 楯無にシャルロット! 春樹は私のだぞ!! 抱き着こうとするな!!」

 

シリアスな雰囲気から一転。ラブコメの騒がしさが周囲を支配する。

其の余りの落差に呆気に取られてしまう一夏だが、彼の方も他人事ではない。

 

「お・・・おい、どうだ一夏? 似合っているか?」

「ちょっと箒、抜け駆けしないでよ! 私の方はどう一夏?!」

 

「え・・・えぇ・・・ッ」

 

一夏も一夏の方で箒と鈴と言う其処ら辺の酔っ払いよりも質の悪い幼馴染に絡まれてしまった。

 

「・・・いつもの感じ」

 

「でも、これぐらいがちょうど良い感じがしますわ」

 

「八つ橋おいしいねぇ~」

 

「本音・・・太るよ?」

 

「そうかなぁ~? でもちょっとお胸がきつい感じがする~」

 

「私も胸囲が少しばかり苦しいですわ」

 

「着物は帯できつく締めますからね。先生も着物を着たら胸がきつくって」

 

「・・・・・テメェら、コノヤロウ」

 

「「「簪さん!?」」」

 

そんなこんなで一行は目的地である鴨川の『鴨川等間隔の法則』で有名な三条河原へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





そろそろ次回辺りで劇薬を投下する予定。
そう言えば・・・『秋』は英語でなんて言うんでしたっけ?
・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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173話

 

 

 

 

 

―――――国際的過激派テロ組織ファントム・タスクは日本へ進出する際、各地で不況や暴対法の煽りを受けて崖っぷちに立たされている反社組織並びに零細企業へ資金提供をする代わりに彼等を傀儡にする事で勢力を拡大させていった。

そして、其処から更に政界へと蛸の様に魔の手を伸ばし、国家其の物を飲み込まんとしていた・・・・・のだが・・・

 

「おりゃ開けんかいッ、ゴラァア!」

「早う出て来んか、ボケェ!!」

「開けんとドアぶち破るぞッ、ボケコラァア!」

 

「あ、開けます・・・開けますから・・・!」

 

何処かの大酒飲みの蟒蛇が、学園に潜入していたファントム・タスクの構成員からすっぱ抜いた情報を上司を通じて”お上”へリーク。

其の御蔭で売国奴が逮捕された事で、芋づる式に全国の反社組織の事務所へ家宅捜索が一斉に行われたのである。

結果としては、ファントム・タスクとは全く関係ない余罪で逮捕された連中の割合が大半を占めていたが、確実に其の支配力を削って行った。

 

「おいッ、中でガチャガチャ音がするで!」

「証拠隠滅か! 突入やッ、いてもうたれ!!」

 

『『『ッ!!?』』』

 

しかも組織との繋がりが深いと思われる団体事務所には、家宅捜索とは名ばかりの押し込み強盗と言っても良い勢いで警官隊が突入して来るのだ。

更に警官隊の装備は此れから何処かへ戦争にでも行くのかと言う重装備で、先頭に立つ隊員達は対IS装備であるIS統合対策部製の新型EOSを纏っている。

下手に突っかかれば、公務執行妨害の名の下に制裁を受けるのだ。本当に堪ったものではない。

 

「おどりゃテメェ! ここにファントム・タスクの連中が居る云う事はわかっとるんや!!」

「大人しゅう身柄を引き渡さんかいッ、ワレェエ!!」

 

「こ・・・ここには、もうおれへんのです・・・ッ」

 

「なんやとワレェエッ?!」

 

大鎧の武者甲冑の様な厳かな新型EOSを身に纏った目の血走った隊員に胸倉を掴まれた事に流石の組構成員もタジタジ。

 

「ッ、おーい! ちょっとこっち来てくれや!!」

「ッチ。どした、何があったんや?」

「これ、見てみぃ・・・!」

「おいッ、こりゃあ・・・!?」

 

押し入った事務所内で何かを発見し、隊員達が目の色を変えてしまったではないか。

そして、其のまま彼等は取っ捕まえた組員へ尋問を行う。

 

「こりゃ何や貴様ッ? プラスチック爆弾の破片やないか?! 他にも時限信管なんぞもぎょーさんあったで!!」

 

「そ、そりゃあ・・・ッ!!」

 

「・・・・・そりゃ、”秋の姐御”のもんや」

 

一人、騒ぐ他の組員とは雰囲気の違う冷静な態度をとる人物の発言に隊員達の熱い視線が注がれた。

 

「あ、兄貴! そんな事言ったら!!」

 

「かまへんかまへん。わしは最初っから、あんなガイジン連中の傘下に入るんはイヤやったんや。・・・お兄さん達、ただのポリ公と違うやろ? 一目見ただけでわかったで」

 

「おい、誰や秋の姐御って?」

「そんなヤツ、組の中に居ったか?」

 

「わしは中学しか出とらへんのんやけど・・・ちょっとぐらい英語は知っとるや。秋や、秋。秋は英語でなんて言うんや?」

 

「秋ぃ? んなもん簡単や。秋は英語で・・・・・ッ、ま、まさか!!?」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

過激派テロ組織、ファントム・タスク。

其の実動を受け持つモノクロームアバターなる部隊に所属する『オータム』は窮地に立たされていた。

彼女は組織内においても高いISへの適性と操縦技術を有しており、第二世代型と云えども米軍が開発製作した機体である『アラクネ』を強奪して我が物としている。そんなオータムであったが、彼女の栄光にも落日の日が来る事となったのだ。

 

世界初の男性IS適正者である織斑 一夏の専用機『白式』を奪取せんと文化祭が行われるIS学園へ潜入したあの日・・・・・オータムは出会ってしまったのだ。あの『怪物』に。

 

―――――「阿ーッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

・・・今でも時より思い出すあの奇妙奇天烈摩訶不思議な気色の悪い不気味な高笑い。其れと同時に肌へ伝わる燃える上がる幻痛と辺りに広がる紅白の焔。

 

「ッ・・・クソ、クソクソ、クソクソクソ!!」

 

思い出す度にオータムは顔を両手で覆い、激痛を耐えるかの様に口をへの字にして奥歯を噛み締める。

全くもってノーマークのオマケと侮っていた二人目の男性IS適正者。其の彼にオータムは皮膚を焼かれ、圧倒的で絶対的な恐怖をねじり込まされた。

あの男のせいで彼女はかなりの重度の火傷と心的外傷後ストレス障害を負ってしまい、テロ活動の復帰までにかなりの時間を費やしてしまう事となる。

 

しかもオータムが床に臥せっている間、例の二人目の男性IS適正者によって組織の襲撃を防がれる処か、学園へ忍ばせていた仲間の潜入工作員まで捕縛されてしまった。

其の後、工作員は学園内で勧誘した離反者によって脱獄に成功するのだが、今まで隠し果せていた組織の情報がまんまと盗まれてしまった。

さて・・・其の盗んだ情報を元に日本政府の猛反撃が始まった事は言うまでもない。

今まで悠々自適でのさばって支配力を伸ばしていたのは何時の事やら。平和ボケした国の司法機関だと侮っていた日本警察の力は想像以上に強烈であったのだ。

 

御蔭で東から西へ西へと追い遣られていったファントムタスクは、遂に日本の最終拠点として置いていた京都支部まで追い詰められてしまう。

しかし、そんな京都各所に散らばっていた支部までにも対IS用装備を有する新型EOSを纏った警官隊が乗り込んで来た。

更に傘下に降りながらも自分達に不満を持って獅子身中の虫と成り果てた裏切り者達により、警察の手があと一歩のところまで迫って来た始末である。

 

「・・・もう、ここはダメね」

 

此の圧倒的不利な状況に対し、日本支部を任されていた実動部隊モノクロームアバターの長である『スコール・ミューゼル』は、拠点を捨てて国外への逃亡を画策した。

けれども、其の考えに至るまでタッチの差で遅かったのか。逃げようにも既に包囲網が組まれていたのである。

勿論、警察内部にも内通者を造り送り込んではいたが、彼等彼女等も最早監獄の中。頼れるのは自分達だけだ。

其処で追い詰められた彼女等が考えたのが、警察の目を多方面へ向けさせている間に街を脱出する算段であった。

其の作戦の誘導員として自ら志願したのが、オータムである。

作戦としては、彼女は捨て駒の反社組構成員が調達製作した時限爆弾を手にテロを起こし、警察の目を其方へ向かせている間に逃げると云うモノであった。

 

こんな短絡的な作戦しか出来なくなるまで追い詰められてしまった彼女達だが、無論、此れから起こすであろうテロでオータムは死ぬつもりもなければ捕まるつもりもない。もし、包囲されたとしても持ち前の突破力で包囲網を突き抜け、其のままランデブーポイントまで駆け抜けるつもりだ。

 

そんな爆破テロの標的となってしまったのは、近年新しく造られたモノレールであった。

長年の間、京都へ新交通機関を導入したいという意見が前々からあった。其処で地下鉄よりも現実的な理由でモノレールが造られたのだが、当初は古都京都の歴史的景観を破壊してしまうのではないかと指摘から見送られて来た。

しかし、ぶら下がり型モノレールでなく上乗せ型の環状線モノレールならば、レールはあまり目立たないので景観破壊の量は小さい事が新たに指摘されたのである。

其れが切欠によって開発が進んだ環状線上乗せモノレールは遂に半年前に完成し、順調な運用を行う事が出来ているのだ。

 

新たな観光名所として大々的に発表されたモノレールは各所メディアで紹介がなされていた為、テロの標的としては申し分なかったのである。

 

「あのう・・・お客様、いかがされましたでしょうか?」

 

「あ”ッ?」

 

ふとオータムが我に返ると今までブツブツと自分が精神病患者の様に譫言を言っていた為、彼女を気遣った他の乗客が車内に居た車掌を呼んでいたのだ。

・・・此れは都合が良いとオータムは思った。

 

「じ、実はさっきから動悸が激しくて・・・あぁッ、苦しい!」

「だッ、大丈夫ですか?!」

 

胸を患ったフリをして若い車掌へと倒れ込むオータム。

若い車掌は、彼女の持つ美貌とナイスなバディに「これは役得!」と思ったのだが、彼はすぐに其れを後悔する事となる。

 

「ッ、うげぇえ!!?」

「オラァアッ! テメェら全員床に伏せやがれ!!」

 

『『『ッ!!?』』』

 

オータムは若い車掌を床へ組み伏せると懐から取り出したサブマシンガンを天井へ向かって連射したのだ。

突如として響き渡った銃声に車内に居た乗客全員が吃驚仰天するのも束の間。彼女はそんな彼等彼女等へ銃口を向けたのである。

 

『『『きゃッ・・・きゃぁああああああ!!?』』』

 

オータムは再びサブマシンガンを連射させ、射線上に入ったモノレールの窓ガラスを全て割砕いた。

其の割砕かれたガラスの音と共に車内へ響き渡った悲鳴絶叫に「そうそうッ、コレコレ!」と彼女は御満悦な表情を晒す。

久方ぶりの職場にオータムは胸がすくような気持ちであったろう。

 

「い・・・い、一体なにを?」

「見りゃ解るだろッ? ジャックだよ、ジャック! レールジャックだ!!」

 

彼女から現在進行形で踏まれている若い車掌の言葉にオータムは宣誓すると持参していた黒い大袋からある物を取り出す。

其れは実にクラシックな形をした時限爆弾であった。

 

「テメェら全員窓際に並んで立て! 今すぐにだ!! さっさとしねぇと撃ち殺しちまうぞ!!」

 

其の時限爆弾を車両の中央に設置すると人質となった乗客全員を割れた窓際へ並べ立てたのだ。

此れなら外からのスナイパーの狙撃をされ難くなる。

 

「ひッ・・・ひぃい!!」

 

「あぁん?」

 

そんな中、人質の一人が隙を突いて逃げようと別車両への通じる扉に駆け寄った。

 

「・・・ッチ。逃げてんじゃ、ねぇよ!!」

「ッ、ギャぁアア!!?」

 

しかし、其れを逃すオータムではない。

舌打ちを盛大に打ち鳴らした彼女の背中から黄色と黒の縞模様のカラーリングが施された絡新婦の様な触腕が現れるや否や、其の腕に内蔵された砲塔が火を噴いたのである。

だが、以前のアラクネとは違う点があった。

 

「ひッ・・・ひぃいい!?」

「ッ・・・畜生、まだ慣れねぇから外しちまったぜ。テメェ、運が良かったな」

 

其れは、装甲脚に内蔵されていたのは以前の様な実弾機構ではなくビームライフルの様なエネルギー機構であったのだ。

其のいつもとは違う射撃感覚に慣れていなかったのか。的を外してしまうが、威力は申し分ない。

発射されたビーム砲は床を突き抜けて貫通してしまい、其れによって異常を検知したモノレールが緊急停止してしまった。

 

「まぁ良い。おい、そこのジャリガキ。サツに電話しろ」

 

「はッ? え・・・えぇッ、でも!」

 

「いいからさっさとしやがれ! ぶっ殺されてぇのか?!!」

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

まさか警察に電話する様に促されるとは思って見なかった女学生は、怯えながら自分の携帯で通報する。

 

「なぁ・・・おい、ありゃISとちゃうんか?」

「何でハイジャック犯がISなんて持っとるんやッ?」

「んなもん知るかぁ! そやけど・・・うつやかな人やわぁ」

「「阿呆!!」」

「なして、うちがこないな目にあわにゃああきまへんの?!」

「かなんなぁ、なんかしんどうなって来たわぁ・・・」

 

「ッ、どいつもこいつも・・・喧しいんだよ!!」

 

恐怖が伝染し、其々の不平不満が零れだす。

其のぼそぼそとした声が癪に障ったのか。オータムは再びサブマシンガンを連射し、今度こそ完全に大きな穴ぼこを開けてしまう。

其の再び響いた大きな銃声が切欠となったのか、一度目の銃声で恐怖を抱えて押し黙っていた幼子が母親の腕の中で大きく泣き喚いたのである。

 

うっ、うわぁぁあああああん!!

 

「・・・あ”ぁん?」

 

大きく声を泣き声を上げた幼子へオータムはギョロリと殺気立った視線を向けたのだ。

其のナイフの様な恐ろし気な瞳に幼子を抱いていた母親の瞳が揺れ動く。

 

「おい・・・オレ様は慣れねぇ事やってイライラしてんだよ。本当なら、今すぐにでも全員ぶっ殺してやりてぇんだがなぁ!」

 

「か、かんにん! かんにんしてぇな!! 坊や、そんなに泣いたらあかしまへん。大丈夫、大丈夫やさかい。坊や、お願いや・・・!」

 

祈る様に願う様に幼子をあやす母親だが、親の心子知らずとも云える程に幼子は「こわいよー、こわいよー」と大きな声で泣き喚く。

其の耳障りな喚き声をいつまでも我慢できる程にオータムは大らかな性格ではなかった。

 

「うるせぇって言ってんだろうが!!」

「ッ―――――!!?」

 

短気な其の性格により、彼女は蜘蛛の様な装甲脚を幼子目掛けて振り上げる。

咄嗟に母親は自分の子を守ろうと庇う様に身を挺して前かがみとなり、周囲に居た人質達は息を飲む者もいれば、目を背ける者も居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・さて、話は変わるが、オータムと云う御人は全くもって”ツイてなかった”。

いや、もう其れは逆に言えば”ツイている”と言っても差し支えがない程にツイていなかったのである。

 

―――――『赤子泣かすな、ドヨが来る』―――――

 

「・・・・・何をしょーるか? 此の外道・・・ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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174話

 

 

 

―――――其の日、京都駅を中心にぐるりと囲む様に張り巡らされた京都環状線モノレールは今日も今日とて盛況であった。

秋の連休と云う事もあり、車内には地元住民以外にも新たな観光名所も目当てに京都を訪れているであろう観光客も多く乗車していたのである。

そんな折に発生してしまった国際的過激派テロリスト集団、ファントム・タスクによるレールジャック事件。

荒ぶる怒号を上げながらサブマシンガンを連射し、自らのISを展開したファントム・タスクのオータムは、彼等彼女等の目にはとんでもない”怪物”・・・いや、古の都を背景にすれば、恐ろしいに”妖怪”に映った事だろう。

 

・・・・・しかし、日本には『類は友を呼ぶ』と云う言葉がある。

偶々居合わせた何の罪もない人々を虐げる悪逆卑劣な天魔外道の気配に惹かれて現れる者・・・・・事件から解放された元人質達は後にこう証言する。

―――――『鬼』が出た、と。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

京都は鴨川にある三条河原。

パッと見た感じは何処にである様な河川敷じゃが、辺りには普通の河川敷じゃあ比にならん程のカップル共が等間隔に間を開けて愛を語らっとる。

『鴨川等間隔の法則』と云うソースが何処からか解らん有名な法則があるみたいで、しかも鴨川の三条河原でデートをした恋人達はより深い絆で結ばれて生涯を共に円満に過ごせるというジンクスが存在するそうじゃ。

 

俺ぁ此の手の話にゃ疎いけん、鈴さんから此の話を聞いた時、「ラウラちゃんとの初デートには此処がエエじゃろうなぁ」なーんて妄想を膨らませた。

じゃけども・・・やっぱ理想と現実は違うな。京都旅行じゃ云うても襲撃の可能性を考慮し、原則団体行動が徹底されてとるけん、中々ラウラちゃんと二人っきりになれる時がない。全然ない。ホントにない。ド畜生めじゃ、ド畜生。

 

「ふふ・・・楽しいな春樹♪」

 

・・・じゃけどまぁ、ラウラちゃんと手ぇ繋いで京の都を散策出来る云うんは、ちぃとばっかし前じゃったら想像も出来んかったけん、此れでもまぁ良しとしよう。

団体行動の中でのデートでも例の法則が適用するかは眉唾もんじゃが、ラウラちゃんが嬉しそうならエエじゃろう。

 

「・・・なんで教えた私よりも満喫しちゃってんのよ」

「お姉さん、ちょっと面白くなーい!」

「ブーブーッ!」

「お似合いだねぇ~」

「そうだね」

「べ、別に羨ましいなどとは・・・おい、一夏! 私達も向こうへ行くぞ!!」

「えッ、おい?!」

「ッ、ちょっと抜け駆けはダメよ!!」

 

「・・・騒がしいですわねぇ」

 

ホントじゃわ。

あぁッ、もうちょっと静かにしてくれや。特に水色。

ただでさえ厄介事が何時何処から来るんかコッチは内心ヒヤヒヤなんじゃけんな。ちょっとぐらいは恋人との甘酸っぱい青春を味合わせてくれや。

 

「ラウラちゃん、寒うない?」

 

「大丈夫だ。ドイツ軍人たるもの並の鍛え方はしておらんぞ!・・・だが、もう少し手を握っていても良いか?」

 

「勿論ですとも!」

 

あぁ、もう最高。尊みがヤバい。泣きそう、俺の彼女が可愛すぎて泣きそうじゃわぁ。

まぁ、そうじゃよな。あれだけ激闘の日々を送って来たんじゃもん。俺だってたまにゃあエエ目を見てもエエ筈じゃもんな!

 

 

 

・・・・・何て思っとった時が俺にもありました。

 

〈春樹、楽しんでいる所で大変申し訳ないが・・・〉

 

「・・・・・ド畜生め。ホントマジでド畜生め」

 

丁度良く腹も減って来たもんじゃけん、飯でも食いに行こうとテレビでも話題になった京都新名所のモノレールに皆で乗ってみた。

鴨川ん方でクソッタレの織斑が焼き栗や焼き芋の話をしょーたけん、俺ぁ余計に腹が減っとった。

京都は着倒れと云うが、美味しいもんもようけーあるけん楽しみにしとった・・・楽しみにしとったのに!

 

〈春樹、先頭車両にISの反応があるわ。しかもご丁寧に銃器と爆発物もセットでね〉

 

「マジでふざけんな。ホントマジでふざけんなド畜生。初日、初日じゃぞ。初日で此の様か、ド畜生め」

 

耳元で囁かれたハンニバルと琥珀ちゃんの警告に対し、俺は取り合えず怨嗟を呟いた。

人間ってマジでショックな事があると語彙力が駄々下がりになるのね。

 

「ん? どうしたのだ春樹?」

 

「ラウラちゃん・・・なんか御免、ホント御免。折角の京都旅行なのにマジで御免なさい」

 

「ッ・・・まさか!」

 

其のまさかなのよね。

「ふーざーけーんーなーよーッ!」って感じじゃ。こねーな事になるなら此のダイヤに乗るんじゃなかった。

 

「はぁ~~~・・・小隊各員へ通達。防戦態勢を構え」

『『『・・・えッ!?』』』

 

「・・・ん?」

「みんな、どうかしたのか?」

 

俺の一声にダメバナ織斑とDV篠ノ之以外の面々が口をへの字に曲げる。布仏さんに至っては「え~~~ッ、やだぁ~~~!」って目に見えて不満気じゃ。そりゃ折角、綺麗で可愛え御着物に着替えて京都の街並みをぶらり散策しとったんじゃけんな。そりゃあ嫌じゃわ。

俺じゃって嫌じゃわ。ホント、俺じゃって嫌じゃわ。じゃけど、ほっとく訳にもいくまーがな。

あぁ~~~・・・ホントマジで嫌い。

 

「俺が先行するけんバックアップは任せらぁ。布仏さんや簪さんは乗客の避難を誘導してくれんか?」

 

「任せて」

「がんばるぞー!」

 

「ちょっと待てよ、清瀬! お前、なにやろうとしてんだよッ?」

 

「何って・・・毎度の如くの厄介事退治に決まっとろうが」

 

「はぁッ!? 一体どういう事だよ?!」

 

「喧しい。静かにせぇ。後、お前は引っ込んどけよ織斑。篠ノ之もじゃ、足手纏いはいらんけんな。鈴さん頼んだ」

 

「なんだと貴様ッ!!」

 

喚くな喧しい。こういう場合は迅速的な行動が必要なんじゃ。

とりま様子見でISを部分展開した状態で俺を先頭、ラウラちゃん、シャルロット、楯無、セシリアさんの縦列フォーメーションで進撃。

するってぇとコッチの動きに勘付いたんかは解らんが、先頭車両から軽快な破裂音が聞こえて来た。

此れがクラブミュージックのパリピ音楽なら良かったんじゃけど、生憎と此の音は聞き慣れて来たサブマシンガンの連射発砲音じゃ。音からしてイスラエル製のウージーじゃろうか?

乗客の人ん中には、聞き慣れん音じゃけども銃の発砲音だと理解できた人がチラホラ居って、顔をソラ豆色にし始める。

ホントマジでエエ迷惑じゃ。カタギのモンに迷惑かけてんじゃねぇーよ、ド畜生め。

 

・・・さて。

まぁ、此の様にして俺はイライラしとった。

折角の可愛い可愛い恋人との旅行に水を差されたんじゃけん、当然と言えば当然じゃ。

しっかし・・・そんなボケのテロリストは俺を更にキレさせるある種の才能があったらしい。

 

「・・・・・阿”ッ?

 

車両と車両を繋ぐ扉の窓ガラスを通じて見えたのは、サブマシンガン片手に喚き散らす被疑者の酷く不細工な形相。

俺ぁそいつの顔に見覚えがあった。いつかの文化祭でクソッタレの織斑のISをブン盗って、野郎を八つ裂きにしようとしたおわんごじゃ。名はボケカスBBAのオータム。

あんまりよー覚えとらんが、確か一緒に居ったサイレント・ゼフィルスちゃん諸共スペシウム光線で焼いた筈なんじゃが・・・ゴキブリみたいなやっちゃな。

 

まぁ、そねーな事は今はどーでもエエ。

肝心なのは、其の不細工な顔がきょーとーて泣きょーる子供に対して、クソッタレのオータムがISの刃を現在進行形で振り上げている事実じゃ。

 

何をしょーるか? 此の外道・・・ッ!!

 

・・・つくづく俺ぁ自分の未熟さを改めて実感した。

昔から怒りの沸点が自他共に理解不能と云われとるけん・・・まぁ、是非もなしじゃろうな。

堅いワイヤーか何かが千切れる音と一緒に思わず俺ぁ手元に顕現させた鉈をぶん投げとった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「ッ、チィイ!!」

 

ガシャーン!と車両と車両を繋ぐ通路の間にある扉の窓ガラスが割れると同時に飛んで来た”ソレ”へ対し、オータムは持ち前の反射神経とIS戦闘技術でソレを自らのISであるアラクネの装甲脚で弾き飛ばした。

またしても響き渡った甲高い破壊音に対し、先頭車両へ居た人質達の何人かが同じくらいの悲鳴を上げる。

・・・しかし。

 

「ッ、ひッ・・・ヒィイッ!?

 

そんな人質達と同じ様な脅えた声色を何故かオータムまでもが響かせ、尻餅をつく勢いで後退したのだ。

先程まであれだけの威圧感を放っていたテロリストが、ホラー映画を怖がる子供の様な表現をした事に彼女の近くへ居た乗客達は「えッ・・・?」と困惑の表情を浮かべた。

 

けれども何故にオータムがこんな表情と態度をとったのか。

理由を挙げるとするならば、其れは間違いなく先程彼女が弾き返したであろう物体が原因だ。

 

「な・・・なな、何でここに! 何でここにコレがあるんだよぉおお?!!」

 

アラクネの装甲脚で弾き飛ばされて車両の天井へ突き刺さった”ソレ”をオータムが忘れる筈がなかった。

あの日、あの時、あの瞬間、自分達に向けられて投げられた狂暴な形をした真っ赤な刃を忘れられる筈がなかったのである。

そして、戦闘に対しての優れた察知能力を持っている彼女だからこそ、どうして此処へ其の思いでの刃があるのかがすぐに理解できた。理解できてしまった。

 

―――――「グルルァア嗚呼ッ・・・!!

『『『ッ!!?』』』

 

四つの金色の眼を持った”其れ”は、低い唸り声を上げて割れた窓ガラスが着いた扉を押し倒すとオータム達の居る車両へ入って来る。

異様な雰囲気を放つ”其れ”の登場に「お・・・『鬼』や」と人質達の誰かが小さく呟いた。

 

・・・ヴぇロォアぁア嗚呼ッ!!

「ッうヒィイい!!?」」

 

一拍の沈黙の後、突如として『鬼』は一気にオータムとの距離を詰めるや否や、人体の急所目掛けて殴打を繰り出してくる。其れを彼女は悲鳴を上げつつアラクネの装甲脚によって寸での所で受け止めたのであった。

オータムが纏っているアラクネは、先の文化祭襲撃事件において自爆と云う手段で長らく再起不能となっていた。だが、世界で最も偉大な”天災博士”が新たなISを作成する其のついでとして改修されたのである。

よって以前よりも装甲による耐久力は上がっている筈なのだが・・・・・

 

バッキャァアアアアアッン!!

ぐッぺぇえエエ!!?

 

瞬時加速にも劣らぬ凄まじい勢いと共に放たれた教科書通りの右ストレートは、立ち塞がったアラクネの装甲脚をまるで味のしなくなったガムの様に凹ませると同時にオータムの顔面を後方へブッ飛ばす。

そうする事で殴られた彼女は、踏ん付けられた蛙の如き断末魔を上げて先頭車両の運転室真横へめり込んだのであった。

 

ガロロロォア・・・ッ

「ひッ・・・!」

 

低く唸りながら弾き返された事で天井へ突き刺さっていた自分の得物を抜いた彼に対し、先程までオータムに狙われていた母子は再び悲鳴を飲み込んだ。

そんな二人へギョロリと鬼は金眼四ツ目を向けると同時に手を伸ばす。

しかし、最早此れ迄かと思いきや―――――

 

「よー頑張ったな。もう大丈夫じゃ」

 

「・・・え?」

 

「駅員さんも大丈夫ですか?」

 

「は・・・はい!」

 

彼は守られる様に庇われていた幼子の頭を優しく撫でて口端を上げたのである。

そして、「皆さんを頼むでよ」と自分の背後へ控えていた色とりどりの装甲を纏った和服美人達へ担ぎ上げた母子や床へ倒れた車掌を任せたのだ。

 

「ちょっと春樹くん? いきなりギアをトップに上げないでくれる? お姉さん、困惑しちゃった」

 

「ラウラちゃん、後ろの人質の人らぁは?」

 

「もうッ、無視しないでよ!!」

 

「大丈夫だ、後ろの車両へ移した」

 

「そうか。じゃあ・・・」

 

「―――――コイツ、ブチ回してやろう」と鬼は・・・いや、春樹は剥き出しにした牙を面白い様に壁面へめり込んだオータムへ差し向けた。

此のあまりに殺気立った瞳にオータムは再び「ぎゃひぃいいッ!!」とあられもない悲鳴を上げて倒れた体で後退りをする。

幾度の修羅場を潜り抜けて来た彼女と云えども恥も外聞もなく歯をガタガタ震わせ、顔を真っ青よりも真っ白にしたのだ。

其れ程までに目の前に佇む春樹が恐ろしくて恐ろしくて堪らなかったのである。

其の無様な様子に対して、ファントム・タスクの狂暴性を知っている楯無は若干の拍子抜けを感じ、一方の恐れられている当人である春樹は『ジョジョ第三部』の『スティーリー・ダン』の情けなさを思い出す。

けれども、一切の容赦をする気はない。人質をとった時点で、幼い子供と其の母親を煩わしいと云う理由で手に掛けようとした時点で、オータムがボコボコにされる事は決定事項であった。

 

「ッ、ギャハハハ!!」

 

「阿?」

「な、なにッ?!」

 

だが、突如として怯えた表情を晒していた彼女が一転して口端を吊り上げたのである。

そんなオータムに春樹達が疑問符を浮かべていると彼女は自分がめり込んでいる壁面の横にある運転室へアラクネの装甲脚を伸ばしたのだ。

 

「オッラ、テメェら! コイツがぶっ殺されたくなかったら、さっさと後ろへ退がりやがれ!!」

「うッ、うぅ・・・!!」

 

切先鋭い装甲脚の先には運転室へ取り残されていたモノレールの運転士が捕まっており、形勢逆転とばかりにオータムは彼へ銃口を差し向けた。

 

「ッ・・・まったくテロリストらしいわね。なんて卑怯なの!」

 

「うるせぇ! 黙ってろ、ロシアの尻軽女!! オラッ、さっさと後ろに行けや!!」

 

「ッチィ!!」

 

再び人質を取れた事に御満悦のオータムに楯無は眉をひそめて口をへの字に曲げ、ラウラは大きく舌打ちを鳴らす。

 

「・・・・・」

 

しかし、春樹だけは表情を変えず、黙々とオータムを金眼四ツ目で睨む。

其の表情と態度が気に入らないオータムは人質の運転士の頬へサブマシンガンの銃口を押し当てて喚き散らした。

 

「なんだテメェッ?! 睨んでんじゃねぇよ、このダボがぁ!! 本当にマジでコイツぶっ殺しちまうぞ、ゴラァ!!」

「ひぃい!!」

 

けれども春樹は動じる処か、呆れた様に「あ~ぁ・・・」と肩をすくめて溜息を吐き連ねたのである。

 

「ふざけんじゃねぇ、フザケンジャねぇ!! なんだテメェッ、その態度はよぉ!!」

 

「いんや。なぁ、オータムだっけか? 今ならまだ間に合うで。今、投降すりゃあ半殺しで済ませてやる。其の人を・・・放せ」

 

「ッ、ギャッハハハ!! 誰が離すかよ! 逆にぴったりくっついてやるぜ!!」

 

「おー・・・破破ッ、そりゃ好都合じゃ」

 

「なんだと?!」

「春樹くん!?」

 

意外な返答に目をぱちくりさせるオータムと楯無だが、側に居たラウラだけは少し微笑んだ。

 

「春樹、もちろん何か考えがあるんだろうな?」

 

「モチのロンよ。なぁ、運転士さーん?」

 

「は、はぇ・・・?」

 

「俺を信じてくれるかい?」

 

「コイツは一体何を言っているんだ?」と疑問符を浮かべる間もなく、春樹は運転士へ再度疑問符を投げ掛ける。「俺を信じてくれるかい?」と。

頬にサブマシンガンの銃口を押し付けられると云う有り得ない状況に運転士はおっかなびっくりで冷静な情緒ではいられなかったが、突拍子もない春樹の問いかけに彼は一周回って落ち着きを取り戻す。

そして、ピカピカ金色の焔が零れる春樹の四ツ目を覗いた。

 

「し・・・しし、信じますで! ワイはあんさんを信じます!」

 

「おいッ、なに勝手にしゃべってやがる?!」

 

「ほうか。じゃあ・・・行きますでよ」

 

『言質を取った』とばかりに春樹は口端を吊り上げると何故か自分の得物である鉈を鞘へ仕舞い、クラウチングスタートの構えをとったではないか。

此の謎の行動に一拍だけキョトンと其の場に沈黙が訪れた。

 

「スゥー・・・ハァー・・・ッ」

 

そんな周囲の状況に目もくれず、春樹は呼吸を一定にする。

 

コォォオオオオオッ!!

 

『波紋の呼吸』をするかの様に、『全集中の呼吸』をするかの様に呼吸する。

そして、合掌した手に力を籠める。『呪力』を込める様に。『霊圧』を込めるかの様に。『念』を込めるかの様に。

 

「・・・!(ヤバいッ、何だか知らんがコイツはヤバい!!?)」

 

オータムは異様な殺気を出し始めた春樹に何かを察したが、もう時すでに遅し。

”準備”は整った。断頭台の刃は天上まで上がったのだ。後は振り下ろすだけなのだ。

 

「避けんなよ? まぁ・・・外さんがな

「ッ、ひぃ―――――!!?」

 

オータムが瞼を閉じた一瞬の間の後、春樹は瞬時加速で距離を一気に詰める。

彼女にしてみれば、まるで畏怖が瞬間移動して来た様だろう。しかし、オータムには盾としての人質がいた。

彼女は咄嗟に其の人質を前へ出す事で、突き出して来た春樹の掌底を受け流したのだが・・・・・

 

ズドッゴォオオオオオッン!!

「ぐッッべぇばぁあアアアアア!!?」

 

「は?」

「え?」

 

春樹の放った拳は確実に運転士へ直撃した。

しかし、放たれた衝撃は楯となった彼の身体を通り抜けてオータムへぶち当たったのである。

 

清瀬流対決術・虚刀ノ型四式柳緑花紅』・・・よっしゃ、成功!」

 

後は初手と同じ様に蛙の断末魔を上げて彼女は後方へとブッ飛ばされた。けれども先程とは違って背後にあったのはモノレールのフロントガラスのみ。

其のままオータムはフロントガラスをぶち破り、車外へと放り出されてしまった。

 

「ぐッ・・・ぎゃぁあああああああ!! 痛ぇッ、痛ぇええよぉおお!!」

 

モノレールの上から落っこちたオータムは、叩き付けられたミミズの様に道路の上で暴れ回った。

 

お察しの方もいるかもだが、説明しよう。

春樹は体育祭の一件以降、自分でオリジナルの武術を試行錯誤で造っていた。

其れはステゴロから得物を使ったオールラウンダーの戦闘術であり、早い話が、彼のお気に入りの『作品』から技を拝借した感じになる。

其の一つであるオータムへ放った『清瀬流対決術・虚刀ノ型四式『柳緑花紅』』は、春樹の愛読書の一つである『刀語』から拝借したモノだ。

此の技は、元来は身体を捻って拳を相手に突き出す事で敵の肉体を内側から破壊する鎧通し的な技である。

本来ならば一撃必殺の技なのだが、なにぶんと今日が初めてのお披露目と実践であった為、威力は抑え気味だ。

まぁ・・・其れでも骨の二・三本と臓物の一つくらいは潰す事には成功してはいるが。

 

「―――――よう」

「ッ!!」

 

そんな激痛にのた打ち回るオータムを見下ろす四つの金色の瞳。

ギョッとするのも束の間。其の金眼四ツ目の持ち主は、彼女の鳩尾を萬力の力を持ってグシャリ!と踏みつけた。

 

「ゲぇ・・・ッ!!」

 

「汚ねぇな。俺のISが汚れるじゃねぇか」

 

口から出た吐瀉物が足にかかった事が癪に障ったのか。春樹は更に足へ力を込める。

肋骨が割れる様に折れた。

 

「さて・・・トドメと行こうかね」

 

「ま・・・待て! 待って下、さい!!」

 

さぁ、此れから完全なるトドメを刺さんと春樹は愛用の得物である鍵鉈をすらりと抜くのだが、此れにオータムが口元から血を吐きつつ待ったをかける。

 

「阿? 何なら?」

 

「た、助けて・・・助けてください!」

 

「・・・は?」

 

オータムは目に涙を浮かばせて許しを請うたのだ。

 

「お、オレの・・・オレの負け、負けです! どうか許してッ、助けて下さい!!」

 

「ほう? 大人しく捕まるってか? 洗いざらい吐くってか?」

 

「は、はい! 捕まります! 洗いざらいある事ない事しゃべるから!! だから許して下さぁあい!!」

 

手を組んで許しを請う彼女は自分の美貌を理解していた。嘆き咽び泣くオータムは傍から見れば、まんま悲劇のヒロイン其のままであったろう。

そんな彼女の涙に周りのギャラリーの目が何だ何だと注がれる。

 

「(そうだ。男なんてチョロいもんだ。今は下手に出てやるんだ。この薄汚ねぇ野郎の足がどいたら、一気に首をかっ切ってやる!!)」

 

オータムは機会を伺っていた。

今は従順な振りをして、拘束力が弱まったら一気に其の頭だけを地面に落としてやると機会を伺っていた。

 

・・・・・しかし、此の女は間違っていた。

もし、自分を拘束してい人物が一人目の男である一夏であったなら難なく誑す事が出来たろう。

けれども今、彼女が相手にしている男は―――――

 

「そうか、解った・・・・・」

 

春樹は許しを懇願するオータムの瞳を覗いた後、得物を鞘へ納めた。

此れに対して彼女はしめしめと思い、騙し討ちの機会を虎視眈々と狙う。

・・・ところがどっこい。

 

「・・・シュワッチ!」

 

「へ?」

 

此の男はオータムから足を退かせる処か。両腕のレーザーブレードを展開したのである。外は紅く、真は白い退魔の焔を顕現させたのだ。

 

「お・・・おいッ、ちょっと待てよ。なに、やってんだよ?」

 

「・・・」

 

「なにするんだよってオレは聞いてんだよ!!」

 

酷く酷くオータムは嫌な予感がした。夕刻の闇夜に不気味な金色の焔が、自分を見下ろしていたからだ。

 

「なぁ・・・お前は笑っていたよな」

 

「は、はぁ?」

 

「モノレールん中で、お前は子供を串刺しにしようとした時・・・お前は笑っていた」

 

「ッ、この!!」

 

咄嗟に彼女はアラクネの切先鋭い装甲脚を展開させての刺突攻撃を行った。

 

「・・・手癖が悪いなぁ」

「がァア!?」

 

しかし、其の黄色と黒の縞模様が施された絡新婦の足は、金眼四ツ眼の飛竜の背中に生えた蒼穹の六枚羽によって其の全てが断ち切られてしまう。

 

「お前は子供を笑いながら殺そうとした。其れも・・・”私”の目の前でだ」

 

「や・・・やめ・・・ッ」

 

「許せれん、許せれんよなぁ?」

 

飛竜は左手の制御ユニットへ右手のコネクタを接続させ、腕を十字に組んだ。

彼女にとって忘れられないポーズであろう。

 

「大丈夫、大丈夫じゃ・・・・・殺さぬ程度に焼いてやるけんね」

「い”ッ・・・い”やぁあ”あ”あああ”ああ”ああ”ああ!!

 

其のまま春樹は腕をスライドさせ、自身の専用ISである琥珀の単一能力『晴天極夜』を超至近距離で発動させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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175話

 

 

 

 

「はぁ~~~・・・おい、一体どういう事だコレは?」

 

長い溜息の後、織斑 千冬はいつにも増して眉間へ皺を寄せた。

 

此処は清水寺前に併設された対組織犯罪対策捜査室。

京都へ潜伏しているであろう国際的過激派テロリスト集団『ファントム・タスク』の一斉検挙を指揮する前線基地の様な場所だ。

そんな所に対ISの専門家として招かれたのだが・・・訪れたのも束の間、彼女の携帯がけたたましい音と共に激しく震えたのである。

此の着信音に千冬は思わず表情をしかめた。戦士としての直感が働いたのであろう。

しかも恐る恐る画面を確認すれば、電話をかけて来た相手は学園一の問題児と評される二人目の男性IS適正者の名前が。

・・・どう考えても芳しい予感はしないが、意を決して通話に切り替えてみる。

すると―――――

 

≪”下郎”を一人お縄にかけましたけん。今からそっちに引き渡しに行きまさぁ≫

 

其の言葉と共にプツリと電話が切れた。相変わらず一方的な文言の此の遣り取りが、正に二人の深い確執を表している。

しかし、大人の余裕からか。千冬は大して気にも留めない様子で「ふんッ」と一呼吸。まるで鼻で笑うかの様な仕草であったが、忙しい最中でもかの有名なブリュンヒルデを一目見ようとする警官達にはとても興味深く見えたのだ。

 

「そりゃコッチの台詞じゃでよ。こりゃ一体どういう事なんなら?」

 

一方、焦げ臭い黒い煤を被り、涙と鼻水と若干のアンモニア臭で汚れた白目を剥きつつ泡を蟹の様にブクブク噴く女の首根っこを掴んで引き摺る二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹は口をへの字に曲げた。

 

環状線モノレールで馬鹿をやらかしたファントム・タスクのメンバーをボッコンボコにしてワイヤーで亀甲縛りで縛り上げて来た専用機所有者達一行は、緊急合流地点であった清水寺前に集合したのであるが・・・

 

「Ciao、さっきブリなのサ」

 

疑問符を投げ掛ける千冬の背後には、昼間の茶店の待合室で春樹と一夏に絡んで来た随分と奇抜な着物に身を包んだ赤髪ツインテールの女性が、ピンヒールを履いた足をブラブラ遊ばせながら煙管を燻らせつつ此方へ微笑を向けていたのだ。

隣に居た一夏は「ッ、アンタはさっきの!?」と驚愕の表情を浮かべて彼女に指を差し、女性の正体を一目見た途端に察した其の他の所有者達は「ま、まさか!?」とギョッとする。

 

「なして”アレ”が此処に居るんなら? まさか、関係者とは云うまいな? 助っ人外国人が来るなんて聞ぃちゃおらんぞ、俺ぁ」

「”アレ”に関しては私も驚いた。なんで此処に居るのかは私も知らん」

 

「な・・・なぁ千冬姉、あの人って・・・誰なんだ?」

 

バッチバチの二人の遣り取りへ水を差した一夏の言葉に「じゃけぇッ・・・なして、オメェは知らんのんじゃ?!!」と歯を剥き出しで春樹は苛立ちを露わにした。

 

「い、一夏・・・」

「アンタ・・・ちょっと今のはマズいわよ」

「一夏さんって、ニュースを見ない人なんですわね」

「ニュース見なくても知ってる人はいるんじゃないかな?」

「だからダメバナ野郎なのだ、お前は」

「・・・ドン引き」

「うわぁ~・・・」

「お姉さんも悪い意味でびっくりよ」

 

一夏の無知に流石の幼馴染二人も困惑した表情をし、彼をよく思わない者は養豚場の豚を見る目を向ける。

 

「まぁ・・・世の中にゃあ、あの『お笑い怪獣』を知らん云うヤツも居るけんな。じゃけど・・・オメェ、一応はIS操縦者じゃろうが。しかも専用機持ちの。なんなん? 馬鹿なん? いや、其処らの馬鹿でもモノを知っとるわ。オメェは其れ以下か、豚野郎」

 

「なッ! 清瀬ッ、お前!!」

 

『人に悪口は言ってはダメ』と教えられているものの、春樹は一夏へ罵詈雑言を言わずにはいられなかった。

そんな呆れ果てて物も言えぬ表情を晒す彼に対し、「そこまでにして欲しいのサ」と現在進行形で話題になっている赤髪の女性が勢い良くパイプ椅子から立ち上がって此方へ近づいて来る。

 

「初めましてなのサ、弟くん。私の名はジョセスターフ・・・『アリーシャ・ジョセスターフ』。これでもイタリアの代表なのサ」

 

『アリーシャ・ジョセスターフ』

イタリアの国家代表操縦者にして第2回モンド・グロッソ大会優勝者であり、ISの単一使用能力を発動させた数少ない存在だ。

ISを知る者ならば誰もが憧れる存在なのであるが、自己紹介されても一夏はピンとも来ておらず、「変わった名前だな」等と云った見当違いの言葉を並べた。

 

「『ヴァルキュリア』の名を冠する世界最高レベルのISパイロット・・・生で見る日がこんなにも早いとは思いませんでしたわ!」

 

「でも・・・なんで、そんな有名な人がここにいるのかな?」

 

「ただの偶然にしては出来過ぎているな」

 

一方で、世界でも指折りのパイロットの登場にセシリアは目をキラキラさせるが、あまりにも出来過ぎた状況にラウラは目を細める。

 

「ラウラちゃんの言う通りじゃ。茶店では偶然と捉えられるが・・・今は必然じゃ。どうやって此処が?」

 

「そう怪訝な目を向けないで欲しいのサ。種明かしをすれば・・・SNSなのサ」

 

「SNSぅ?・・・・・まさかッ?!」

 

何かを察したのか。春樹は自身の携帯端末でSNSアプリである『ツブヤイター』を確認する。

すると出るわ出るわ。『ブリュンヒルデ発見』のハッシュタグ付きの呟きが。

 

「ちょっと前に千冬に電話した時、京都にいるって話していたのサ。其処からSNSのつぶやきを頼りに探した結果がこれサ」

 

「アンタぁ有名人なんじゃけん、変装ぐらいしとけぇや!!」

 

まさか、現代の情報社会の問題の一つである写真からの場所特定をやられるとは思っても見なかった春樹は奥歯を軋ませて怒鳴り上げた。

一応、秘密裏に行われる作戦にも関わらず、各場所で『京都の○○でブリュンヒルデ発見』の目撃情報を上げられている事に流石の千冬も分が悪い様に目を伏せる。

其れでも「・・・そういうお前たちはどうなのだ?」と自分の事は棚に上げて彼女は問いかけた。

 

「いや、俺はちゃんと対策しとるわ。山田先生、俺らの事をスマホで撮ってくれません?」

 

「は、はい。それでは!」

 

「チーズ!」と山田教諭が自身の私用携帯端末でピースサインの晒す春樹達をカシャリと撮影する。

ところが・・・・・

 

「あ、アレ?」

 

「どうした山田先生?」

 

「あの・・・その・・・ッ、清瀬くんたちを撮ってみたのですが・・・・・」

 

山田教諭の画面を見てみると其処にはピースサインを構える『両津 勘吉』をはじめとした『こち亀』メンバーが写っていたのだ。

 

「特定端末以外からの撮影じゃったら、皆の顔がこち亀メンバーになるシステムを導入しとるんじゃ」

 

「あ、でも・・・織斑くんは全然変わってないんですけど?」

 

「あぁ、そりゃ途中で面倒臭くなったんで。織斑だけフィルターかけとらんのです」

 

「ッ、おい!!」

 

「何じゃやんのか、屑鈍感野郎?」

 

「まぁまぁ二人とも。そんなに熱くならないでくれなのサ」

 

一体誰のせいで熱くなっているのも関わらず其の場を宥め様とするアリーシャに対し、千冬は「ところで何故、お前がここに居る?」と此の場の誰もが思う疑問符を投げ掛けた。

 

「暇なら相手をしてやるが、生憎と今は急を要するのでな」

 

「OH・・・久しぶりに会ったって言うのに相変わらずつれないネェ千冬ってば。まぁ、そんなとこも素敵なんだけどサ」

 

「・・・・・ん?」

 

アリーシャのある文言が春樹には引っ掛かった。・・・と云うよりも、其の文言と共に彼女の頬が朱鷺色になった点が引っ掛かった。

今はもう学園に居ない”あるカップル”と似通った雰囲気をアリーシャから感じ取ったのだ。

 

「千冬・・・私と一緒にイタリアで人生を歩もう!!」

 

『『『・・・・・えッ?? えぇッ!!?』』』

 

プロポーズの言葉ともとれる彼女の発言にギョッとする専用機所有者の少女達。

一方の専用機所有者の少年達は、一人は「ルームシェアするのか、千冬姉?」と頓珍漢な事を言い、「破ッ・・・良かったのぉ。お姉ちゃんが増えるぞ、愚弟」ともう一人は呆れた様な笑みを浮かべる。

 

「またその話か・・・もう何度目だ」

 

「さてね。もう八十回目から以降は数えてないからサ」

 

呆れた口調で返す千冬だが、アリーシャはまるで堪えてない。其れ処か寧ろ先程から終始一貫してニッコニコである。

正確に言えば、此の屯所に来てからずっとだ。

そう。何を隠そう此のアリーシャ・ジョセスターフなる人物は、千冬に対して第一回『モンド・グロッソ』で手合わせをした後から何度も求婚し続けているのである。

そして、其の度に千冬は断っているのだが、彼女曰く『自分よりも強い戦女神に出会えた』との事らしい。

 

「大丈夫。子供の心配ならデザインベビー技術があるから問題ないのサ!」

 

「一体誰がそんな心配をした! 私はIS学園から離れるつもりは無いと何度も言っているだろうが!」

 

「別に今すぐって訳じゃないのサ。弟くんの事があるから学園に留まっているんでショ? 弟くんが卒業してからでも全然構わないのサ」

 

「ッ、だからお前は・・・人の話を!!」

 

傍から見ても上機嫌で仕方ないアリーシャに対し、千冬はワナワナ拳を震わせる。

さて、此処から話は末広がりに広がって面白くなるのだが・・・”此の男”は生憎といつまでも痴話喧嘩を傾聴する訳がなかった。

 

「おいコラ、ブリュンヒルデとヴァルキュリアのお二人さん」

 

「ん?」「なんだ?!」

 

「将来設計を話合うんは楽しいじゃろうが、後にしてくれや。いつまでも此の色々垂れ流しとるボカケスをほっとくつもりか?」

 

そう言って春樹は亀甲縛りで晒されているオータムを踏ん付ける。

其れで漸く此の喧嘩に一段落が着いたのか。千冬は一つの咳払いをした後、屯所に居る警官達へテロリストと云えども同情の余地が感じられる不様と恥辱を晒すしかない彼女を引き渡した。

 

警察に身柄を引き渡した事で、「あぁッ、やっと此れで一息つけらぁ」と手柄を立てた春樹はグーと伸びをして「楯無、夕飯は何が出るんなら?」とクエスチョンマークを投げる。

・・・ところがどっこい。

 

「え?」

 

「「え?」じゃないわ。夕飯じゃ、夕飯。何が夕飯に出るんかって聞いとるんじゃ。やっぱし京都じゃけん、豆腐とか鱧が出るんか?」

 

「春樹くん・・・まさか、このまま帰るつもり?」

 

「・・・・・はいぃ?」

 

話が通じてない事に対し、まるで『杉下 右京』の様な疑問符を出す。杉下警部とは違い、酷く嫌そうに口をへの字に曲げて。

 

「お姉さんとしては、このまま一気に攻勢に出るべきだと思うわ。まさか、部隊の主要メンバーがすぐに捕縛されるなんて向こうも思って無い筈!」

 

確かに彼女の云う様にいつも受動的なIS学園勢が此処で逆に攻勢を掛ければ、ファントム・タスクに大打撃を与える事が出来る。

しかも此方には組織の実働部隊主要メンバーと所有ISが手中にある状態だ。傍から見ても好機である。

しかし・・・

 

「いや、解るけどさ。其れさ・・・俺らの仕事か?」

 

「えッ?」

「ッ、ちょっと何言ってるのよ春樹!」

 

珍しくIS学園勢で最大戦力を誇る春樹が難色を示したのだ。

彼の此の反応には賛同してくれると踏んでいた楯無は唖然とし、彼女の提案に賛同していた専用機所有者メンバーも驚く。

 

「まぁ、ちょっと聞いてくれや。あのさ、確かに俺達がバックアップで呼ばれたんは理解しとるよ。じゃけどさ・・・此れさ、もうバックアップの領域から外れてんじゃん。もう俺達が突撃する流れになっとるが」

 

「清瀬・・・貴様、何が言いたい?」

 

「御株を奪う事になるんじゃねぇか? お巡りさん達にじゃって”メンツ”ってもんがあろうが」

 

彼が難色を示した理由は、京都もしくは日本からテロリストを殲滅する為に躍起になっている警察の面子だった。

日本警察は、此のファントム・タスク殲滅作戦の為に開発されて日が浅い新型EOSを三十機以上も配備している。そんなヤル気満々で構えていた彼等の御株をケツの青い十代半ばの少年少女達に横から掠め盗られる事になれば、確執が生まれると春樹は危惧していたのだ。

 

「何言ってんだよ、清瀬? EOSなんかよりもISの方が強いんだから俺達が出た方が良いに決まってるだろ。そんな事言ってお前、怖気づいたんじゃねーのか?」

 

「うん。ちくっとばっかし黙ってようねぇ、最弱戦力くん」

 

「ッ、なんだと!!」

 

自分へ軽蔑の表情を向ける一夏を軽くあしらうと春樹は再び今作戦にISが出るべきではない事を説く。

 

「大体、ガキの仕事じゃねぇじゃろうが」

 

「が、ガキッ? 俺達が子供だってのか?!」

 

「子供じゃろうが。オメェ、自分の年まで解らんのか? 十五、六はガキじゃ。四百年前までなら兎も角、俺らぁは守られるべき存在じゃ。専用機所有者云うても鉄砲玉じゃねぇ。命を獲る獲られる場所に居るべきじゃねぇ・・・・・ん~、何か前にも同じ様な事言うた様な気がするでよ」

 

「熱海でやった福音討伐戦だ。あの時、春樹はIS戦術機との戦闘による危険性を説いていたな」

 

「おッ、あん時か。ありがとうね、ラウラちゃん。何か嬉しいね。憶えてて貰うのって」

「ッ、こら! 今はみんなが見て・・・・・あふんッ♥

 

春樹のテクニシャンな頭撫でりこによってラウラは一気にドロッドロに蕩けた表情を晒してしまう。

そんな表情を皆に見せまいと彼女を自分の懐へ匿うと「そんじゃあ、俺らぁは先に旅館へ帰ってるでよ」と足早に其の場を立ち去ろうとする。

 

「な・・・何だよ、アイツ! 大丈夫だぜ、千冬姉!! 俺は怖気づかずに戦って見せる。なぁ、箒?」

 

「あぁ、勿論だ! あんなヤツなどは最初から当てにしていないぞ、私は!!」

 

消極的な春樹に失望したか、一夏と箒は鼻息荒く目を爛々とさせる。

だが、『専用機持ちと云えども十代半ばの子供を過激なテロリストと戦わせる事は道理に反する』と論ずる春樹も尤もな事を言っていると言えば云っていた。

最新型のISを専用機として所有していると云えども、守られるべき筈の子供を矢面に立たせるのは倫理的に良いだろうか。

 

―――――「おっと。それは大変困りますね、清瀬代表候補生殿?」

「阿”ん?」

『『『え?』』』

 

そんな多感な年頃の心が倫理観に揺れる中で聞こえて来た声へ皆の視線が注がれた。

すると何故か、一夏が「アンタは・・・ッ」と渋い顔をする。

 

「ありゃ・・・なして”金城さん”が此処に居るんよ?」

 

「私もおりますで、若旦那に銀の君!」

 

声の主は、IS統合対策部へ所属する数少ない女性職員の一人にして中々の美脚を有するである金城 沙也加と其の背後からひょっこり顔を覗かせる同じくIS統合対策部に所属する技術者、浅沼 翠だ。

何故に一夏が金城に対して渋い顔をしたのか。其れは先の『ゴーレムⅢ事件』の時にこっ酷い目に合わされたからであるが、此処では割愛させていただく。

 

しかし、浅沼の方は警官隊に配備された新型EOS『石英』の顧問技術者である為に此処へ居るのは理解できる。だが、どちらかと言えば広報側の金城がどうして此処に居るのか。

・・・・・春樹は嫌な予感しかしなかった。

 

「長谷川副本部長より、京都に潜伏する過激派テロリスト集団、ファントム・タスク討伐の指令書を持って参りました」

「こんこんチキのバロー岬じゃッ、ド畜生め!!」

 

直属の上司からの指令書を金城から奪い取った春樹は書面に目を通しながら怨嗟を叫ぶ。

 

「やはり学園からの要請だけでは、詭弁を盾に今作戦から離脱するだろうと副本部長は読んでいたようで」

 

「回りくどい。じゃったら最初っからそうしろや。俺って今まで結構頑張って来たけど・・・えッ、信用ないの俺?」

 

「否ッ、そういう訳ではありませんぞ!」

 

「はい。やはり新型EOSではなく、ISによるテロリスト討伐が望ましいとの事です」

 

「・・・・・もしかして、上の上からの忖度で?」

 

何かを察した春樹の言葉に金城は目を背け、浅沼に至っては正直者故なのか。明らかに動揺して表情をソラマメ色にした。

 

IS統合対策部が制作した新型EOS『石英』。

機体能力は既存のEOSを大幅に超える高い能力値を有しており、更に大きな特徴としてISの絶対防御装置を阻害する機能、所謂『IS殺し』を備えている。

既存の兵器を越えた存在であるISを破壊する能力を得た兵器・・・やはり表沙汰になるのは、まだ少々早いようだ。

 

「世界には、まだ対IS用EOSのお披露目は早いとの事でして」

 

「じゃとしても方向転換が急すぎるじゃろう。やっぱし・・・国の中枢に居った獅子身中の虫共の退治が影響してるんで? 直接、俺に電話してくれりゃあエエのに」

 

「余計な説明をしなくて済むので手間が省けます。あと電話の件については、現在進行形で副本部長並びに本部長がフェミニスト気取りの連中へ対処している為、私達が伝言役として登場した次第です」

 

「ッ、あ~も~・・・色々と計画してたのに! ラウラちゃんとのデートとか、夜の事とか、色々と!!」

「どうどう。落ち着くのだ、春樹」

 

「ムキィイイッ!!」と歯を軋ませる春樹を抑えるラウラ。

傍から見れば、「なにをもめてるんだろうねぇ~?」と云った本音の疑問符がバッチリ当てはまる。

春樹はそんな疑問符を浮かべる同胞達へ苦虫を嚙み潰した様な表情を晒しつつ手を挙げた。

 

「刀奈ぁあ~ッ、ちょっとこけー来い」

 

「ちょっと!? 春樹くんってば、公衆の面前で呼ばないでよ!!」

 

自分の真名を呼ばれた事にギョッと慌てながらも飼い主に呼ばれた犬の様に見えぬ尻尾を振って走って行く楯無。

其の様子に一夏は怪訝な顔をし、御家の事情をよく知る簪と本音は彼女の嬉しそうな表情に複雑な顔をする。

 

「悪いが、俺も参加する事になった。でぇれー癪じゃけど」

「春樹が参加するならば、私もだな」

 

「ッ、そう! なら良かった! 春樹くんがいれば百人力よ。ラウラちゃんも居るからに百人力ね!!」

 

そう言って楯無は「万々歳」と描かれた扇子を拡げ、皆に二人の参戦を伝えるが、一夏と箒は面白くない顔をした。

 

「おい清瀬! 何だよお前ッ、コロコロ意見を変えやがって!!」

 

「そう怒らんでくれよ。其れに関しては俺が悪ぃ、謝る。ゴメンなさーい」

 

「貴様・・・何だその態度は!!」

 

「あっかんべー!」と舌を出す春樹とキャンキャン子犬の様に騒ぐ一夏と箒へ対し、「いい加減にしろ・・・!」と千冬の地を這う不機嫌な声色が木魂する。

 

「WAO・・・千冬ってば、最高ネ♪」

 

其れに唯一人だけ頬を紅潮させるアリーシャを余所に春樹は「んで、作戦は?」とIS学園勢攻勢を提案した楯無へ話を振った。

しかし―――――

 

「え、えと・・・実はまだ、なの・・・」

 

「えッ・・・」

「あれだけ息巻いておいてですの・・・?」

「お姉ちゃん・・・ダッさ」

 

「ぐっふぇッ!!?」

 

漸う息巻いておいて全くの見切り発車であった事が明るみになり、皆から精神的に追い詰められてしまう楯無。

しかし、其れを見越してなのか。春樹は「ヤレヤレ」と溜息を漏らしながら婦警に台車へ乗せられて連行される少々アンモニア臭いテロリストを呼び止めるのであった。

 

「さて・・・頼みますでよ『神の左手』サマ」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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176話

 

 

 

『野崎 圭』巡査。

彼は中卒でありながらもバイト先の上司の勧めもあり、高卒認定試験合格後に地方公務員区分で警視庁へ入庁。

其の後は町のお巡りさんとして職務に務めていたが、昨年、持ち前の天賦の戦闘力と元バイト先であった探偵事務所で培った操作能力のよって異例の速さで栄転。

警視庁の”鉄人”刑事として名を馳せる『荻野 邦治』が新しく指揮する事となった警視庁対テロ及び特殊犯罪組織装甲機動課、通称『EOS課』へ配属する事となった。

ところが配属直後、公式記録に残る世界史上初めて行われた新型EOSを使用した国際的過激派テロリスト、ファントム・タスク幹部構成員逮捕劇は失敗に終わってしまう。

 

『キャノンボール・ファスト襲撃事件』で世間に名を上げた二人目の男性IS適正者の専用機を開発製作し、既存のEOSを越える新型機体を設計開発したIS統合対策部製のEOSを十機以上投入したにも関わらず、やはりISを纏うテロリストには適わなかった。

しかし・・・EOSでISを排除したという事は、マッチロック式である火縄銃で最新鋭のアサルトライフルに勝利すると云うジャイアントキリングなのであるが、テロリストを獲り逃したという事実は警察にとってもIS統合部にとっても屈辱的な事であったのである。

 

其の屈辱を雪ぐ機会は意外にも早く訪れた。

出所は信用できるが、匿名による情報源によって日本へ潜伏しているであろうファントム・タスクの支部が明らかとなったのだ。

汚名返上を名の下にEOS課は支部を潰し、彼女等に協力していた反社会的勢力を磨り潰した。

そして、東から西へのテロリストならびに反社会的勢力退治の旅は京都が終着点となったのだが・・・・・

 

「え!? 俺達ってもう用済みなんですか?!!」

 

EOSを装備する警官隊が待機する屯所へ響き渡る野崎巡査の驚嘆の声。

其れを先輩である『剣持 和臣』巡査部長が「ちょっとちょっとッ、声を抑えて!!」と抑えるのだが、納得のいかない野崎は更に声を荒げる。

 

「酷いじゃないですか! 今まで頑張って緩衝材のプチプチ潰すみたいにチマチマやって来たのに・・・最後の最後にIS持ってる人たちが全部持ってちゃうって、そんなのアリなんですか?!!」

 

「僕達だって納得はいってない。けど・・・しょうがないでしょ、上からの命令なんだから」

 

「そうだぞ、野崎の坊主。ほれ、見てみろ。坊主よりも我らが課長殿の方が鶏冠にきてらっしゃる」

 

メンバーの中でもベテランである『相馬 信輝』巡査部長が親指である方向を示す。さすれば其処には『エヴァンゲリオン』の『碇 ゲンドウ』スタイルで指を組む課長の荻野 邦治が座していた。

其の様子は傍から見ても不機嫌であり、彼の周囲ならびに空間が歪むほどのマイナスムードが漂っていたのである。

 

「この仕事のせいで、小学校に入ったばっかの娘さんに随分と会えてないからな。おっかないったらありゃしねぇ」

 

「た、確かにそうっすけど・・・で、でも! 俺は、その俺達の後釜をIS学園の学生がやるってのが納得いかないんですよ!! ISの専用機所有者だが知らないですけど・・・まだ学生でしょッ? それもまだ十代の!」

 

「野崎君、それブーメランじゃない? 君も十代の時に探偵社で事件に首突っ込んでたじゃん」

 

「うぐッ・・・それを言われると辛いっすけど。でも・・・でもなぁッ・・・!」

 

市民を守るお巡りさんがやる仕事をISを纏うと言っても普段は普通に学校に通う学生に任せても良いものなのかと野崎は眉をひそめた。

しかも相手は国際的過激派テロリストだ。其れも司法や政界の中枢にまで潜み、今までに何人もの気に喰わぬ人間を闇に葬って来た恐ろしい組織である。そんな血も涙もない連中の相手が学生に務まるだろうか?

 

そんな疑問符を浮かべたのは、何も野崎ばかりではない。

他の隊員達も手柄の横取りの様な真似に同じく疑問符を浮かべる者も居たし、憤慨する者も居た。

調度、其の時である。

 

「どうも~」

『『『!』』』

 

待機所に入って来た一人の人物。

真っ赤な腰まで伸びたツインテールに纏めた赤い髪と肩から胸元まで露出する程までに着崩した着物とピンヒールというアンバランスなファッションが特徴的な恰好をしている隻眼隻手の女性で、彼女の登場にISの知識には疎くともニュースはちゃんと見る者達は目を見張った。

『アリーシャ・ジョセスターフ』。事実上の世界ナンバー2とされている『ヴァルキュリア』の名を冠するISパイロットだ。

 

「おいおい・・・IS学園の学生さんたちが参加するんじゃなかったのか? 俺でも知ってる有名人さんが出て来るなんてよ。さっきから若い連中がソワソワしてたのは、あれが原因か・・・剣ちゃん、俺ってちょっと大丈夫? 汚くない?」

 

「大丈夫ですよ、相馬さん。ダンディ、ダンディ」

 

「でも・・・あんな人が出て来るって事は、さっき言ってたIS学園の学生が参加するっていうのはガセだったんですかね?」

 

やはり流石に学生がテロリストを相手にする訳がないと皆が思っていると待機所に入って来たアリーシャが一瞬立ち止まって振り返った。

自然と其の場に居た全員が彼女の向く方へ目をやる。さすれば―――――

 

「・・・失礼する

『『『ッ!?』』』

 

―――――皆はギョッとし、目を四白眼にする。何故ならば、目線の先には異様な雰囲気を放つ鎧武者が居たからだ。

 

騎士甲冑とも武者甲冑とも捉えられる新雪の様な白銀の鎧兜。

其れを包む様に纏う鮮血の真っ赤な陣羽織と胴へ刻まれた鯨の尾びれの紋様。其の背中にはIS学園の校章が刺繍されている。

しかし、何よりも皆の目を引いたのは、其の人物の顔であった。正確に言えば、其の瞳である。

燃える炎が零れる様に煌めく金眼四ツ目の瞳。其の瞳に姿は違えど”彼”を映像や記録媒体で見知った者ならば、誰もがピンと来た。

 

「『ウルティノイド・レウス』だ・・・!」

 

『キャノンボール・ファスト襲撃事件』の渦中において突如として現れた機体で、ある”光の巨人”とある”銀飛竜”を合わせた様な姿に誰かが付けた異名だ。

其の強さは、当時現場で見た者がいるのならば猶更筆舌に尽くし難い強さである。

 

IS適正者の中でもエリートと呼ばれるIS専用機所有者達が苦戦必至で刃を合わせる鋼の乙女達を一瞬にして、其れも何体も纏めて塵芥のスクラップにした。

加えて、そんな彼女等を率いていた黒揚羽蝶のISをあの左右の腕を十字に組んで放つ必殺技で吹き飛ばした時など、あの”光の巨人”を知る者ならば誰しも興奮したのだ。

 

さて・・・そんなウルティノイド・レウスと呼ばれる金眼四ツ目の甲冑武者は皆の視線を独占しつつEOS課の長である荻野の前へ立てば、被っている銀兜と金眼四ツ目の面当てを外して一礼した後に待機状態である警察職員達の方を向く。

其の時、誰かが「おお・・・ッ!?」と驚嘆の声を静かに呟いた。何故なら其の銀兜と特徴的な面当ての下にあったのは、ワンポイントマークの様に一線の黒があしらわれた真っ新な白髪と数は違うが面当てと同じ金の焔が零れ漏れる瞳があったからだ。

 

「スゥッ・・・皆さん、お疲れ様です!!

『『『ッ―――――!!?』』』

 

そんな驚嘆符と同時に響き渡った大声が彼等の耳をつんざいた。

其の声質声色にウルティノイド・レウスの正体が二人目の男性IS適正者である事は明白であり、そんな彼の声を聞いた者はまるで目の前に上司が居るかの様な感覚に陥ってしまい、即座に直立不動となったのである。

其の状態を見回して確認した後、ウルティノイド・レウスは先程よりも声量はあらずとも誰もの耳へ届く声を張り上げた。

 

「此度のテロリスト殲滅作戦は、皆さんのご尽力がなければ決して順調には行かなかった事でしょう。心より感謝致します。ありがとうございます!」

 

並べられた感謝の文言に職員達は思わず顔をほころばせるが、労いの言葉を発するウルティノイド・レウスは若干渋い表情となる。

 

「されど・・・そんな作戦の最後の手柄を我々の様なケツの青い若輩者が奪い取る様な真似をしてしまい、大変申し訳ございません。ご理解を頂けると幸い等とは露にも思っておりません。幾ら上からの命令であろうと看過できるものではありません。本当に申し訳ありません」

 

そう言って彼は深々と頭を垂れた。

ISを扱う者ならば傲慢不遜な輩が珍しくない此の世の中で見せた其の姿に対し、皆が一寸の動揺をする中で、ある男が空気の読まぬ発言をする。

 

「はい! ウルティノイド・・・さん? ちょっといいですかッ?」

 

「はい、何でしょうか? えーと・・・」

 

「野崎、野崎 圭です! 階級は巡査です!!」

 

其のある男とは、先程までブウを垂れていた野崎巡査だ。

「おいおい、野崎君!」と周囲が戸惑う中、彼は自分の疑問符をIS学園の英雄殿へ放り投げた。

 

「俺・・・いや、私達は今作戦から外されると聞きました。ですが、自分はそれに納得がいってません! 何か我々に出来る事はないでしょうか?!」

 

「おいッ、野崎!」

 

「―――――口を謹め!!」と言葉を発する寸前、ウルティノイド・レウスは再び大声を張り上げたのだ。「其の御言葉を待って居ました!!」と。

轟く言葉に皆は思わず耳を抑えるが、彼は構わずに声を張り上げる。

 

「今作戦は、此の日ノ本に蔓延る害虫害獣共の駆逐が目的! 其れを司法国家の守り人である貴方達なしで行う等は愚の骨頂!!」

 

「お、おお・・・ッ!? な・・・なら?」

 

「浅沼さんッ、例のモノを此処へ!!」

 

呼びかけられた事へ「はッ、はい!!」とビビりながらも皆の前へアタッシュケースを持って現れた浅沼は、ビクビクしながらも其の中身を衆目へ晒す。

 

「此方は我がIS統合対策部の技術で造り上げた特殊弾頭『二十二式凍結炸裂弾』であります。今まで使用して頂いた氷結弾よりも高威力に仕上げて貰いました。皆さんには此の弾頭を装填し、我々の後方支援を行って頂きたいのです!」

 

『『『!!』』』

 

「無論、無理強いをするつもりはありません。志願者のみの配布となります。よろしいでしょうかッ、荻野課長殿?!!」

 

隊員達の視線が一気に荻野課長へ注がれる。

そんな皆の視線に今まで目を閉じていた彼の瞳がカッと見開くや否や即座にち上がった。

 

「許可する。ただ・・・志願する者は相応の覚悟を持て!」

『『『ッ、はい!!』』』

 

其の返事に其の場に居た全員が志願する事が伺えたのか。ウルティノイド・レウスはダメ押しとばかりに叫ぶ。

 

行くぞぉおお―――――ッ!!

『『『ウオオオォォ―――――ッ!!』』』

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・まるで”ドゥーチェ”のようだったサネ」

 

「阿? 誰がぁ?」

 

待機所での志願招集後、各々が殲滅作戦の準備をする中で、アリーシャは装備の最終点検を行う春樹へ声を掛けた。

 

「さっきの君サ。てっきり私を出汁にして集めるかと思ったんだけどネ・・・・・うん、流石は千冬が目を付ける事はあるサネ」

 

「・・・御褒めに預かり後衛じゃが、買いかぶり過ぎじゃ。其れに俺ぁファシズムに傾倒しちゃあおらん。アンタの国の独裁者と一緒にすんな」

 

リボルバーカノンへ新作氷結弾を装填しつつウルティノイド・レウス・・・いや、清瀬 春樹は冷淡に返答する。

其の態度が気に入らないのか。アリーシャはしな垂れかかる様に彼との距離を詰めるが、其れを鬱陶しそうに春樹は払い除けた。

隻眼隻手であるアリーシャだが、其の容姿は同性異性問わずウットリする程の美貌である。そんな自分に対して冷たい態度をとる春樹に彼女は興味を惹かれた。

 

「むぅ・・・君、私の事が信用できない?」

 

「あぁ、出来ん。じゃけぇ、傍に置いとくんじゃ。えろう癪じゃけどな」

 

今作戦、ファントム・タスク討滅作戦は、京都環状線モノレールで馬鹿をやろうとした絡新婦のISから引き抜いた情報を元に練られた計画である。

だが、此の作戦で前線を任せられたのは学生連中ばかり。子供よりも戦う責務があるべき筈の大人である教師は、”ある事情”から捜査本部へ向かう事となったのだ。

其れに部外者であるアリーシャが付いて行こうとした為、監視の為に随分と癪だが、作戦参加に彼女を周囲に無理言って組み込んだのである。

 

「・・・中々酷い事を言うのサ」

 

「出来過ぎた偶然で此処に居るアンタに信用何ぞある訳なかろうがな。此処なら対処もしやすい。アンタが敵じゃと解った途端に袋叩きに出来るしな」

 

「大した自信だけどネ・・・出来ると思ってる?」

 

「・・・試してみるか?」

 

ジャキリッとリボルバーカノンへ弾丸を装填した春樹は、撃鉄を起こしつつ切れ長の目をギョロリとアリーシャへ向けた。

此れに彼女は「へぇ・・・ッ」と口端を歪めるが、アリーシャの飼い猫である白猫シャイニィはビクビクと小さな体を震わせる。

 

「―――――おい」

 

「「!」」

 

そんな何とも言えぬピリついた雰囲気の二人に肝の座った人物が声を掛けた。

振り返ると其処には眉間へ皺を寄せたラウラが、怯えた表情を晒す浅沼を背にしているではないか。

 

「任務開始前に一騒動起こすつもりか? これ以上厄介事を増やす事を私は許さんぞ」

 

「・・・悪い。御免ね、ラウラちゃん。京都に来て早々ドンパチに巻き込まれちゃって、俺ってちぃとばっかし気ぃ悪くなっちまってた」

 

「まったく・・・気持ちは解るが、殺気を抑えろ。浅沼殿が顔を青くする」

 

「すんません浅沼さん。でも俺に何の用で?」

 

顔を青くする浅沼に疑問符を振ってむると彼女は春樹へ新しく開発された装備品を背中のバックパックから二つ取り出す。

一つは長物の近距離武装。もう一つは中距離武装。

 

「・・・はぁ~・・・・・浅沼さん?」

 

「何ですかい若旦那?」

 

「開発部の人達の中に『デモンベイン』見た人っています?」

 

「はい! リボルバーと対となると言えばと言っていました! 長物の方は幕末やら戦国のヲタクの人が監修し、その筋でも有名な刀匠に鍛造して頂いたのです!!」

 

爛々と目を輝かせる浅沼を余所に春樹は「マジっすか・・・ッ」と両手で顔を覆い、「次に新武装を開発する際は自分も一枚嚙ませて下さい」と彼女に念を押すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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177話

 

 

 

「ッ・・・・・遅い! 一体何やってんだよッ、あのヤロウはよぉお?!!」

 

京都の夜景が望めるホテルの高級スイートルーム。

落ち着いた暖色系の明かりが部屋を照らす中、焦燥感と隠す事のない苛立ちと共に砂金の様な美しい髪を揺らしつつ叫ぶ者が一人。

彼女はガジガジと人差し指の爪を噛みながらゴンゴンと拳を壁に打ち付ける。

 

「ちょッ、ちょっと! やめるっス! また手から血が出てしまうっスよ!!」

 

そんな荒ぶりを同世代と思われる猫背気味な小柄な少女が止めようとするが、彼女は「うるせぇッ!!」と自分を抑えようとしてくれた少女の頬を引っ叩く。其のせいで少女は「あぅッ・・・!」と短い悲痛な声と共に床へ倒れてしまう。

叩いた手がフルスイングであった為か。少女の頬は若干赤色に変色してしまうが、そんな彼女に対し、金髪の美少女は更に殴打を繰り返そうと今度は固く握った拳を振り上げた。

 

「・・・やめなさい『レイン』」

「ッ・・・!」

 

其の此れから振り下ろさんとした拳骨を止めたのは、長身で豊かで美しい金髪とバストを併せ持ったセレブ然とした抜群の美貌を誇る美女であった。

彼女・・・『スコール・ミューゼル』は抑えられない感情を露わにする自身の部下にして姪である『レイン・ミューゼル』を諫めると床へ打ちひしがれた新入隊員である『フォルテ・サファイア』へ手を差し伸べる。

 

「大丈夫かしらフォルテ?」

 

「だ、大丈夫っス! それよりも・・・!」

 

差し伸べられたスコールの手を掴んで立ち上がったフォルテだが、彼女は少し腫れた自分の頬よりも別の事を心配した。

 

「あッ・・・あぁあッ!!? お・・・お、オレ・・・オレってば、オレってばまたフォルテを・・・ッ! あ・・・あァ”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!?」

「レイン!!」

 

其れは自分を力一杯ビンタしたレインの事である。しかし、青筋浮かべて歯をギリギリ鳴らしていた彼女はもう其処にはいなかった。

先程とは違い、人が変わったかの様にレインは大粒の涙をボロボロ流しながらへたり込んでしまったのである。

そんな放り投げた赤ん坊の様に泣き喚く彼女をフォルテは「おー、よしよし」とまるで母親の如くあやす。

するとあっと言う間にレインの表情が優しくほころんだ。

 

「え・・・えへへ・・・フォルテ、フォルテ、ぶってごめんなー?」

「うん。もういいっス。私は大丈夫っスから・・・」

「そうかぁ? オレ、フォルテのこと大好きだぜー! だから・・・だからオレのこと、嫌いにならないでくれよぉ」

 

フォルテを引掻く様にしがみ付くレインを静観しつつスコールは小さく溜息を吐いた。

 

IS学園で開催された体育祭。

其の裏で行われたスパイ捕縛作戦により逮捕されたアメリカ代表候補生であった『ダリル・ケイシー』。然して彼女の正体は、国際的過激派テロ組織ファントム・タスクの実働部隊モノクロームアバターに所属するテロリスト、『レイン・ミューゼル』であったのだ。

だが、そんな絶体絶命のピンチに陥った彼女を助けたのは、学園へ潜入する為の道具の一つに過ぎなかったギリシャ代表候補生のフォルテ・サファイアであった。

彼女は自分が利用された事を自覚しながらも”ある男”の助言により、『愛』の為に全てを捨ててレインと共に世界の反逆者へと其の身を堕としたのだ。

しかし、意識を失った彼女と共にレインの叔母であり部隊の長であるスコールと合流するまでは良かったのだが・・・拘留中、よほど”酷い目”にあったのか。渾沌から目覚めたレインは精神に異常をきたしていたのである。

情緒不安定に時折りみられる幼児退行。加えて、何かの拷問がなされた跡が見られたのだ。

 

「・・・・・『織斑 千冬』」

「ッ、ヒィ・・・!!?」

 

スコールが呟いた言葉にレインの表情が一気にサァ―――――ッと蒼白になり、ガタガタガタガタ肩を震わせて怯えたのである。

其の様子は、いつも勝ち気でISを纏って空を駆け抜けていた姿とは余りにもかけ離れていた。

 

「ッ、レイン!? ちょっと隊長、ヒドいじゃないっスか!! レインッ、大丈夫っスよ! 此処にレインを傷付ける人間はいないっスから!!」

「ふぉ・・・ふぉるて・・・ふぉるてぇえ・・・!」

 

顔面蒼白で脂汗を流すレインを庇いながらフォルテはスコールに向かって怒鳴り上げる。

そんな真っ赤な顔で怒りの表情を露わにする彼女に対し、スコールは目を背けて訝し気に眉をひそめた。

 

「(レインがあそこまで怯えるなんて・・・・・まさか、本当にあの『ブリュンヒルデ』が?)」

 

レインの尋常ではない脅え方にスコールは彼女が手酷い拷問を受けたのではないかと勘繰る。

フォルテの話によると、かのブリュンヒルデには学園内で職権乱用や支配的威圧が見られたと云う。

世間が持っているイメージとは近いようで遠い織斑 千冬と云う人物の気質にスコールは自分の”甘さ”に対して歯噛みした。

サディスティックな狂暴性を持つ彼女の本質を見抜けず、可愛い姪っ子を記憶の一部が欠落するまで甚振られた事に酷く憤ったのだ。

・・・・・しかし、ご存じの方もいるだろうが・・・レインを徹底的に痛め付けたのは―――――

 

ピンポーン♪

「!」

 

親指の爪を噛みつつ物思いに耽っている中で聞こえて来たのは、部屋のインターホン。

フォルテは幼児退行中のレインの相手をしている為、対応する事が出来ない。別に居留守を使っても良いのだが、自分達は世界各国で指名手配となっている凶状持ちである。少しの違和感も周囲に抱かせてならない。

 

「ふぅー・・・はぁーい、ちょっとお待ちになって!」

 

スコールは持ち前のスキルでキャラを作るや否や。ドアの前へと駆け寄る。此の際、ISのハイパーセンサーで警戒する事を忘れずに。

 

「どうかなされましたの?」

 

「夜分に失礼いたします、アンデルセン様。私、当ホテルの従業員でございます。今回は長くご滞在なさって頂いているアンデルセン様御一行様へ当ホテルよりサービスの品のワインをと思いまして」

 

「あー・・・大変ありがたいのだけれど・・・・・今夜はもう休みたいわ。また後日になさってくださる?」

 

「そうなのですか。失礼ですが、何かお加減が優れないので?」

 

「ただの疲れよ、ありがとう」

 

「ご迷惑でなければ、何か私達に出来る事がございますでしょうか?」

 

・・・此のホテルマン、しつこい。

偶に居るのだ。こういう従業員が。

スコールはちょっと面倒になってきたのか、少々声を張って此のありがた迷惑な従業員を退かせる事にした。

 

「ッ・・・申し訳ないけれど、私達もう疲れてるの! もう放っておいて頂戴!」

 

彼女は無意識ながらも少し焦っていたのかも知れない。

レインの逮捕から数日も経たぬ内に次々と日本各地に置かれていた支部が潰されて行き、東西から追い込まれる形で此の京都に押し込まれたのだ。

そんな監獄と化した古都から脱出する為、部隊の構成員にして彼女の恋人でもあるオータムが陽動作戦の陽動を行う事を任された。

けれども、陽動を任された筈のオータムからの連絡が一向に来ない。

叔母の恋人をあまり良く思っていないレインからは「オレ達を裏切って逃げた!」と言われる始末だ。

「そんな事はありえない!」・・・と思いつつも徐々に徐々にであろうが、スコールは疑心暗鬼に侵されていたのであろうか?

 

そんな時に・・・よりによって、よりにもよってそんな時に”此れ”だ!

いや、此の瞬間を待って居たのかもしれない。罠を張り巡らせ、相手を陥れ、更に”次”の為に画策する蛇の様な男は此れを待って居たのかもしれない。

 

「―――――そう遠慮しなさんなよ・・・スコール・ミューゼルさんよぉ?」

「ッ、な・・・!?」

 

従業員の口調が変わると共にスコールのISハイパーセンサーが警告音を発する。目の前に、超至近距離に所属不明IS機体が居るのだと警告したのだ。

 

「ちょっくら押し通ります、よと!」

「くッ!!」

 

其の瞬間、固く閉じられていた筈の扉がガコンッと音を点てて蝶番から外れ、スコールの方へ倒れて来た。

彼女は其れを難なく避けるが、少し緊張した様に構えて眼前の敵対者を睨む。金眼四ツ目の白銀の鎧兜と朱の陣羽織を纏った甲冑武者へ三角にした目線を突き刺す。

 

「隊長ッ、どうかされたん―――――・・・って、えぇ!!?」

 

異変を察知して奥の間から駆けこんで来たフォルテの目が真ん丸にする。

そんな彼女に対してスコールは片掌を見せて警戒態勢をとるように促すのだが、其の前に鎧武者は一杯に口端を引き上げて奇天烈な笑い声を上げたのだ。

 

「阿破破破破破ッ! お久しぶりでござんすね・・・サファイア先輩?」

 

「き・・・『清瀬』ッ、後輩・・・!!」

 

フォルテの口から出た驚嘆符にスコールは「何ですって・・・ッ?」と一瞬眉をひそめるが、彼女はすぐに思い出した。

キャノンボール・ファスト襲撃事件で其の名を一気に轟かせた金眼四ツ目の銀飛竜の事を。

 

「あなたが・・・あなたが、二人目の・・・!」

 

「どうもお初にお目にかかります。ファントム・タスクは実動部隊、モノクロームアバターのスコール・ミューゼル殿?」

 

一方、表情を七変化させる二人を余所に金眼四ツ目の鎧武者・・・いや、二人目の男性IS適正者である『清瀬 春樹』は丁寧にお辞儀をする。だが、其の綺麗な所作が余計に彼の不気味さを際立たせた。

 

「どうかしたのかー?」

 

「ッ・・・レイン!」

 

くつろぎの空間とは似ても似つかぬ臨戦態勢の緊張感が一気に増したスイートルームへ響く間の抜けた声。幼児退行状態のレインが恋人の後を追ってとてとてと来たのだ。

戦力処か足手纏いになるであろう彼女の登場にスコールの表情が更に怪訝なものとなる。

しかし・・・

 

「ッ、清瀬・・・!!」

「レイン?」

 

先程までポケーッとマヌケ面を晒していた彼女の表情が春樹の顔を見た瞬間に引き締まっては目を三角にしたのだ。

けれども、其の表情には少しの恐れと脅えの感情が垣間見える。

 

「よぉよぉ、ケーシーパイセン! いや・・・今は、レイン・ミューゼルだっけか?」

 

「ッ、テメェ・・・!!」

 

「おいおいおいおいおい・・・そう殺気立てんで下さいよ」

 

そんな自らのISを展開しようとするレインへ片掌を見せた春樹は、自分の背後にある台車へ手を伸ばすと一本のボトルとグラスを彼女等へ見せた。

 

「俺は話し合いに来ただけです。ちょっとお話しません?」

「・・・何ですって?」

 

異様な姿に尋常ではない雰囲気の中、豪く腰の低い低姿勢で飲みに誘われた事に対し、スコールは自分がどういった表情をしているのか解らなかった。

ただ解っている事と言えば・・・・・

 

「阿破破ノ破!」

 

此の目の前にいる男が、決して一筋縄ではいかぬ面倒臭い輩であるという事実である。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

京都へ潜伏するテロリストであるファントム・タスクの殲滅の為、子供ながらに矢面に立たされる事となったIS学園専用機所有者一年生各員。

彼等は京都の環状線モノレールでレールジャックを行おうとしていたファントム・タスク構成員であるオータムをズッタズタのメッタメタのボッコンボコンにした後、ある特殊な方法によって残りのファントム・タスク構成メンバーが何処に潜伏しているかの情報を入手した。

情報解析に因れば、オータムがレールジャックを起こす事で自分達を血眼になって探しているであろう警察の目を集めている間、他のメンバーが安全圏へ。其の後、オータムは警察の包囲網を無理矢理突破してメンバーと合流する予定であったのだ。

しかし、事を起こす前に再起不能され、しかも他メンバーとの連絡を断たれた為、オータムが起こすであろう騒動待ちの其の他メンバーは待機せざるを得なくなったのである。

其のファントム・タスク待機メンバーの待機場所は大まかに二つの場所で待機していた。

一つは、街から脱出する為の逃走車両が隠されていると思われる大型倉庫。もう一つは、其処から其れ程離れていないホテル。

其処からIS学園勢は二手に別れる事となったのだが・・・・・

 

「なんで私がこんな場所にいなければならんのだ・・・!」

 

班割に不満があるのか、ISスーツの上にコートを纏った状態で待機所に居る篠ノ之 箒は酷く不愛想な表情で憤っていた。

組み分けを明かせば、突発的に作戦へ組み込まれる事となったアリーシャを含む箒・鈴・ラウラ・春樹はホテルへ。残りのセシリア・一夏・シャルロット・簪は倉庫へ向かう事となったのである。

因みに楯無は、捜査本部へ向かう千冬や山田教諭の護衛と云う面目で作戦には組み込まれてはいない。

 

「箒、アンタまだ言ってんの? いい加減、文句言うのやめたら?」

 

「鈴か・・・」

 

想い人と行動を共に出来ない事に腹を立てる彼女に対し、同じホテル班である鈴は呆れた様な表情を晒す。

 

「ふんッ・・・私の紅椿と一夏の白式は相性が良いのだ。一緒に居た方がヤツらに対して優位に立てると言うのに・・・あのバカ、清瀬は何もわかっていない!」

 

メンバーの組み分けを行った春樹に対し、箒は苛立ちを露わにする。

確かに彼女の専用機である紅椿と一夏の白式は相性が良い。白式の一撃必殺にしてエネルギー消費の激しい単一能力『零落白夜』を紅椿はエネルギー増幅を有する単一能力『絢爛舞踏』でカバー出来るのだ。

しかし・・・

 

「ふーん・・・私は春樹の組み分けは適格だと思うけどね」

 

「・・・なに?」

 

機体の相性が良くとも其れを扱うパイロットがあまりにも未熟だ。

箒は専用機所有者であると言っても、其れは彼女の姉であるISの発明者にして自らを”天災”と称する篠ノ之 束に機体を譲渡されただけに過ぎない。

IS適正が『S』ランクまで跳ね上がったと言っても其れが実力と見合う訳ではない。此れは一夏にも該当する事柄だ。

 

「パワーバランスが偏らない配分にしたんじゃない? アンタは嫌ってるようだけど・・・アイツ、春樹そういう事に関しては優秀よ」

 

今までの春樹の尽力を知っている鈴は素直に彼を評価するが、其れが面白くない箒は露骨に表情を曇らせる。

 

「鈴・・・お前は随分とヤツをかってるようだな? なんだ? 一夏から鞍替えするつもりか?」

 

不機嫌な箒はそう憎まれ口を呟く。

此れに以前の鈴ならムキーッと顔を真っ赤にして怒っていただろう。

だが・・・

 

「箒・・・いつまでも子供みたいなこと言わないでよ。こっちが恥ずかしくなるわ」

 

「なッ、なんだと!?」

 

鈴の冷笑にムッとして立ち上がる箒だが、そんなピリついた雰囲気の中へ間の抜けた声が響いた。

 

「ん? 二人ともどうかしたサ?」

 

振り向くと隻眼隻手が目立つが、其れ以上の美貌を持つ赤髪の戦乙女が二人を覗いているではないか。

 

「ッ、ジョセスターフさん。どうかされたんですか?」

 

「ん。いやね、彼が先行している間は暇だから色々見て回ってるのサ。それに私の事はアーリィでいいよ。それよりも・・・二人は千冬の弟くんの事が好きなノ?」

「「なッ・・・!?」」

 

突然のアリーシャの言葉に先程まで険悪な雰囲気を出していた箒と鈴はギョッとしてしまう。

 

「ど・・・どうしてそんな事を?」

 

「そうサネ。千冬と私が一緒になれば、どっちかが私の”義妹”になるからサ。今の内に中を深めとこうと思ってネ」

 

「「い、義妹・・・ッ!」」

 

余りにも急転直下の出来事が続く為に忘れていたが、此のアリーシャ・ジョセスターフと云う御人は世界最強のブリュンヒルデの名を冠する織斑 千冬に惚れているのだ。

 

本筋とは違うが、ISの普及と共にLGBTの認識も世間へ広まり、同性での事実上の婚姻関係も政府が認めてないだけで珍しくもなくなったが、未だそう云う関係を稀有な目で見る者は多い。

まぁ、そんな小難しい話は置いておいて、『義妹』等と云うパワーワードに二人があらぬ妄想に陥っているとドタドタと誰かが駆け込んで来る。

 

「二人とも! こっちにジョセスターフ代表が来なかったかッ?」

 

其の人物とは、此れまたISスーツにコートと云う姿で銀髪を振り乱して来たラウラであった。

そんな彼女に対してアリーシャは「ん? どうかしたのサ?」ととぼけた表情を晒す。

 

「どうかしたではありません。勝手にあっちこっちしないでもらいたい」

 

「そんなカタい事いわないでもいいのにサ」

 

テロリスト退治のシリアスな状況下にも関わらず緊張感のないアリーシャにラウラは眉をひそめて眼帯で隠されていない灼眼を三角にする。

 

「そう怖い顔しなくてもいいじゃないのサ。ちょっとした緊張をほぐしサネ。それよりも・・・ボーデヴィッヒさん。君、二人目の彼と随分と仲がいいように見えたけど・・・二人は恋人同士?」

 

「いえ、違います」

 

「「え!?」」

 

まさかの返答にアリーシャは予想が外れたかと思って目をパチクリさせ、箒と鈴は思いもよらぬ表情をした。

 

「あれ? 途中参加の部外者の私から見ても仲が良さそうに見えたんだけどね。だったら、彼は君にとってどういう存在なのサ?」

 

「決まっているでしょう。春樹は私の”夫”です」

 

「「ふぁッ!!?」」

 

またしても平然と衝撃発言をかましたラウラに箒と鈴はギョッとし、アリーシャは再び目をパチクリさせる。

 

「まだ籍は入れておりませんが、春樹が私の夫である事と私は春樹の”妻”である事。此れは確定事項です。そんな当たり前の事聞かないで頂きたい」

 

「そ・・・それは失礼したネ。・・・・・つかぬ事を聞くんだけどネ。君は彼に”抱かれた”という事でよいのサネ?」

「ちょ・・・ちょっとアーリィさん? そ、それは―――――」

 

「”子作り”の事ですか? 励んでおりますよ。それに近いうちに春樹との間に子供を儲けるつもりです」

 

「其れが何か?」と理路整然と答えるラウラに箒と鈴は開いた口が塞がらず、アリーシャに至っては「・・・最近の若い子はスゴいネ」と驚きの余り単調な感想しか思い抱けなかった。

思ったよりも結構深い関係である事が解り、アリーシャ並びに幼馴染ーズは若干鼻息荒くラウラへもっと春樹との事情を聞き出そうとしたのだが―――――

 

ドッグォオオ―――――オオオッン!!

『『『ッ!!?』』』

 

―――――恋バナを咲かせる前に見張っているホテルの一角へ大輪の火花が咲き誇ったのだ。

突然の爆発に監視に当たっていた警官隊に大きな動揺が奔り、国家代表のアリーシャの表情も強張る。

しかし・・・・・

 

「まったく・・・またか!」

 

「アイツが先陣斬るならどうせこうなると思ったわよ!」

 

「フッ、そう言ってやるな。イラ立っているから、あとでタップリ甘えさせてやらんとな!」

 

此れ迄の春樹の所業を良く知る箒と鈴は溜息交じりに声を上げ、ラウラは何故か上機嫌に羽織っていたコートを脱ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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178話


Q:ノーライフキング+ハンニバルカニバル+デモンベイン=?
A:各々の答えをどうぞご自由に。

ヒント:更に加わる可能性アリ。



 

 

 

千年を越す都、古都は京都。

其の夜空に突如として煌めいた華の焔。

爆音と高温の炎がホテル上階一角を染め上げる中、けたたましく響き渡る声が一つ。

 

「阿―――――ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

揺らめく黒煙と火の中で大きく両肩を揺らす朱の陣羽織を纏った金眼四ツ目の武者甲冑。

其の右手に握られていたのは、今宵の夜空の如き漆黒のフレームに真紅の装飾が施されたミリタリーモーゼル。

其の左手に握られていたのは、今宵の月の様な白銀に光る回転弾倉を有するコンバットリボルバー。

 

さぁッ行くぞ! 謳い踊れモノクロームアバター!! 豚の様な悲鳴を上げろ!!!

 

彼は其れらの撃鉄を引き起こしつつ十字にフレームを重ねると高らかな賞賛の声と共に口角を吊り上げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

・・・時を少し戻す。

 

焔の華が咲き誇る手前。

舞台となったホテルのスイートルームは異様な雰囲気に包まれていた。

 

「・・・」

「・・・・・」

「・・・(なんスか、この状況?)」

 

ファントム・タスクは実動部隊モノクロームアバターが長であるスコール・ミューゼルが中央のソファに座し、構成メンバーであるレイン・ミューゼルとフォルテ・サファイアが其の両脇を固める様に佇む。無論、自身のISを部分展開で纏う臨戦態勢だ。

 

そんな何だか状況が不明瞭でよく解っていない頭へ疑問符を浮かべるフォルテを除けば、酷く眉間に皺を寄せたレインと目を細めながらも冷たい殺気を放つスコールの前に居たのは―――――

 

「ング・・・ングッ・・・・・」

 

我が物顔でグラスへ注がれたワインレッドを優雅に傾ける一人の男。

彼は其の並々と注がれた液体を飲み干すと「ぷッはぁアア―――――!!」なんて云うオッサンの様な溜息を漏らしたではないか。

 

「阿ん? どうかしましたかいマダム? 此のチリワインは、少々貴女の舌には安っぽ過ぎましたかね?」

 

「別にそんな事はないわ。ただ・・・・・確か貴方、年齢は十五じゃなかったかしら? 私の記憶が正しければ、この国では二十歳未満の坊やの飲酒は禁じられていた筈だけど?」

 

「おぉ、おやおやおや。阿破破ッ! 天下に名高い流石のファントム・タスク殿も情報が掴めないと・・・”当てにもならぬ”政府公式発表を信用するしかないのですなぁ」

 

「え・・・どういう意味っスか、ソレ?」

 

話が読めない事に再び疑問符を浮かべる恋人の隣で、レインは「ッ、テメェまさか・・・!」と表情をもっと歪に歪めた。

 

「・・・失念していたわ。もしかして、その名前も”借り物”かしら?」

 

「さて・・・御想像に御任せしますよ。後・・・不躾ながら、其のワイン飲まないなら貰っても? 久々の酒は随分と美味い。常日頃からガキ共に囲まれてちゃあ飲めない格別な味ですから」

 

彼はスコールの「どうぞ」に合わせて彼女の前に置かれたワイングラスを手に取って中身を飲み干し、ついでとばかりに今度はボトルをひっくり返してドポドポワインレッドを胃へ流し込む。

其の後、最初の礼儀正しさは何処へやらとまた再び荒武者の様に礼儀作法もない酒飲みの溜息を漏らす。

 

「い・・・一体どういうことっスか?」

 

「フォルテ、こいつは・・・この野郎は、”オレ達側”の人間だったつー訳だ」

 

「えッ!?」と両目を四白眼にするフォルテだったが、IS学園で体育祭が開催中の頃、彼女は彼の事を年上の男性なのではないかと云う錯覚を感じた事があった。

 

「錯覚じゃなかったんスね。私よりも年下のくせにオッサン臭い感じがしたのは!」

 

「おいおいおい、随分な云いようだ。まぁ、御蔭で仕事はやりやすかったけどなぁ。往来で酒が飲めなかったのは辛かったけど」

 

「だましてたんスね!」と憤るフォルテを彼はあの奇天烈な笑い声と共に嘲笑う。

しかし・・・

 

「阿破破ノ破!(う~~~ッ・・・おっかなびっくり。じゃけど、俺のペースになって来たか? 勝手に”勘違い”してくれたか?)」

〈だが、相手はプロ。ボロを出さない様に注意するんだぞ、『春樹』〉

 

金眼四ツ目の鎧武者、二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹は内心ビクビクで溜まらなかった。

其れを酌んでか。彼の幻覚であるハンニバル・レクターは春樹を見守る様に佇んだ。

 

「さて、無駄話は此処までと致しまして・・・本題に入りましょう。スコール・ミューゼル殿、貴女は今の状況を何処まで御理解しているので?」

 

人喰いハンニバルを自分の背後に付けたエセ紳士気取りの春樹は、空になったワイングラスをクルクル回しながらスコールへ問いかける。

 

「・・・貴方がここに居ると言う事は、オータムが捕まったという事ね。それに私達はもう既に包囲されている・・・・・日本の認識疎外迷彩がまさかここまで進歩していたねんて」

 

「貴女の御内助の名誉の為に言いますが、決して御内助が口を割った訳ではございません。尋問する時間も惜しかったものでして・・・御内助のISをバラシて情報を抜かさせて頂きました。大丈夫、ちゃんとバラシた機体は組み立ててあります。其処に居るレインさんの機体と同じ様にね」

 

「テメェ・・・ッ!!」

 

「野郎ッ、ぶっ殺してやる!」とばかりな形相で前のめりになるレインを「やめなさい」と冷淡な口調で抑え込むスコール。其れに対し、春樹は「おおッ、怖い怖い!」とお道化た仕草をとった。

余りに場違いで余裕ぶった其の振る舞いに益々スコールの視線が冷たくなる。

 

「でも・・・包囲した所でなんだと云うの? まさか、もう勝った気でいるつもりなのかしら?」

 

「しかし、内心は焦っておられるでしょう? まさか日本政府風情に自分達が此処まで追い詰められるなんて、と。勿論、此のまま一気に襲い掛かって貴女達をブタ箱にぶち込んでも良い。けれど・・・私達は貴女達と友好的な関係を築きたいのです」

 

「友好?」

 

「はい。スコール・ミューゼル殿・・・私は、貴女達が此方側に”表返る”事を提案します。私達の仲間になりませんか?」

 

春樹の言葉にスコールの表情筋がピクリと動いた。

よもや自分達が勧誘されるとは思っても見なかったのか。若干興味深そうに彼女は自らの顎へ指を添える。

 

「ッ、いやだ! 絶対にいやだ!!」

「レイン?」

 

しかし、春樹の其の提案にレインは酷く拒絶の意を示す。何とも例えようのない程に表情を青くしてだ。

 

「ん? どうしましたか? 何か嫌な事でも思い出しましたか? 例えば・・・・・自分が捕まっていた時の事とかを」

 

「ッ―――――!!」

「「レイン?!」」

 

不敵な笑みを浮かべる春樹に対し、レインは唇を噛み締めながら両手で喉を抑えた。

圧倒的な恐怖が彼女の呼吸器官を痙攣させた事による軽い呼吸困難であろうか。フォルテがすぐにレインを抱き締めた事で事なきを得たが、「ハァッ! ハァッ!!」と彼女は息荒くしつつ春樹を睨んだ。

 

「ふむう・・・余程酷い目に遭ったらしい。けれども大丈夫。そんな怖い事はしないし、させない。もう二度とね。・・・・・まぁ、私達の仲間になってくれたらの話だが」

 

「私達を脅すつもり?」

 

「そんなつもりではありませんでしたが、不快に思われたのなら謝罪します。申し訳ありません。ですが・・・賢明な判断をして頂きたい。今の貴女達は恰好の獲物だ」

 

「・・・まるでハイエナね」

 

「ありがとうございます。其れは最高の誉め言葉だ。知っています? ライオンよりもハイエナの方が、”狩り”は上手なんですよ。其れに・・・此方側に来てくれた方が貴女方にも利益がある」

 

「利益ですって? それは司法取引と云う事?」

 

「勿論、其れもある。完全な無罪放免と云う訳にはいきませんが・・・貴女方の身の安全は保障しましょう」

 

『身の安全の保障』。其れはスコール達が捕縛された後の事である。

飲んだくれの蟒蛇と政界の若獅子の活躍により、政府内と司法各所に潜伏していたファントム・タスクの”犬”共は駆逐する事に成功した。

そうなるとファントム・タスクを裏で操っている黒幕達にはとても都合が悪く、此れに彼女等の捕縛が加わると更に事態は悪化する。なれば、黒幕達は即刻様々な手段を使ってスコール達を闇に葬ろうとするだろう。其れでは意味がない。

 

「当分の間は我々に協力する事になるかもしれません。ですが、其の後の自由な生活は保障します。誓っても良い。お宅の姪っ子さんには断られてしまいましたが・・・マダム、貴女からは良いお返事があるかと」

 

「・・・・・」

 

「どうかされましたか、マダム?」

 

「貴方は、一体何が目的なのかしら?」

 

スコールの問いかけに対し、春樹は迷いなく返答をする。「全ては日ノ本の平和の為です」と。

 

「平和? それはいつまでも続く長い恒久平和と云う意味で?」

 

「いいえ、恒久平和など机上の空論。私が求めるのは、たったの百年・二百年の短い平和です。私は、子供や孫の時代の為に戦うのです」

 

「だから私達は邪魔だと?」

 

「えぇ。貴女達の存在は不都合極まりない。だから消すのです。臭い物に蓋をする・・・否、焼き払えとね」

 

「身勝手ね。まるで私達が害虫の様じゃない」

 

「特定外来生物・・・貴女達はヒアリやセアカゴケグモと同じだ。此の国に・・・いや、此の世界に居てはならぬ存在だ。だから駆逐するのです。悪逆非道の貴女達をね」

 

「私達は虫じゃないっス! なんなんスか? 清瀬後輩は正義の味方のつもりっスか?!」

 

「善悪は関係ない。此れは生存競争だ。我々と貴女達のね。善悪で判断するのは、其の方が都合が良いからだ」

 

淡々と話を交わす春樹とスコールの両者。其の中に入り込んで来たフォルテへ応対した春樹は、スコールから彼女へ顔を向けた。

 

「サファイア先輩・・・いや、サファイアさん。君もこんなテロリストごっこに付き合っていないで、早く親御さんの元へ帰ってあげなさい。スコール・ミューゼル殿、貴女は恥ずかしくないのか? 未来ある乙女を血と硝煙の匂いのする世界へ引き込んで」

 

「ッ・・・家の事は関係ないっス! 私はもう・・・私はもう決めたんっス!! レインの側にいつまでもいるって決めたんっス!!」

 

フォルテの其の叫びに「・・・そうか」と春樹は何故か何処か嬉しそうに呟く。其の呟きが彼を益々謎めいた人物にさせる事に当人は無自覚である。

 

「ギデオン・・・いえ、Mr.清瀬と呼ばせてもらうわ。確かに貴男の提案は素晴らしいわ。貴男の云う様に私達は絶体絶命の状況ね。仲間は捕まり、私達自身も包囲殲滅されかけている」

 

「おぉッ。なら―――――」

「それでも私は納得がいかないわ」

 

ピシッ・・・と氷に亀裂が入る音が何処からか木魂した。

其の音は空耳か? いや・・・其の音は、春樹の心のから聞こえて来た音を体現したものであった。

 

「・・・何故です? まさか、貴女も矜持や意地とでも言うつもりですか? 其処に居る小娘と同じ様に。其れともまだ状況が理解できていないので? 御内助殿であるオータム殿は捕縛され、ご自身も包囲殲滅戦に晒されている」

 

「十分よ、十二分に状況は理解できているわ。私が納得いっていないのは、悪と揶揄する私達を勧誘する訳よ」

 

「決まっている。敵として殲滅するよりも仲間にした方が有益だからです。其れに其の方がカロリーが少なくて済みますから」

 

「・・・本当にそれだけ?」

 

「阿?」

 

「本当はもっと別な目的があるんじゃないの?」

 

「別な目的?」と金眼四ツ目の面当ての下で春樹は表情をしかめる。

しかし、思った以上に相手が変な勘繰りをしてくれた事を彼は逆に利用する事にした。

 

「・・・破破ッ、流石はモノクロームアバターの隊長殿。えぇ、私の目的はもう一つある。貴女方に協力している”兎”に用があるんです」

 

スコールは「やはり・・・知っていたのね」と呟く。春樹の云う”兎”とは、ISを此の世に生み出した張本人『篠ノ之 束』の事だ。

所以あって彼女はファントム・タスクに協力し、無人機の提供や彼女等のISを強化していたのである。

 

「持て余しているのではないですか? いくら協力してくれているとは言っても・・・いや、利用されている貴女方の方か。今やかの国の手先と云うよりもあの兎の手駒に成り下がったか」

 

「・・・・・」

 

「・・・失礼、口が過ぎました。まぁ、そんなご苦労をもうしなくとも良い様にとの事です。其れが私の別の理由。さて、もう解ったでしょう? 御理解いただけたなら、此方の誓約書にサインを―――――」

 

そう言って彼は懐に手を入れる。

しかし、其れと同時に春樹の鼻先に黄金色に輝く切先がチラついた。

 

「・・・・・何の真似で?」

 

春樹の目の前へ向けられた鋭い爪先を目で追って行くと其れはスコールの尾骶骨部分から蠍の尾っぽの様に生えており、カチカチとハサミムシの様に音を点てている。

 

「つまり・・・彼女と協力関係を築いている私達の方が有利という事ね。なら、貴男の提案を易々と飲むよりも窮地を脱して果報を練って待って居た方が良いわ」

 

「・・・本気で? 此のまんまあの兎に顎で使われる手駒で良いと?」

 

「勿論、いつまでも彼女に使われる私達じゃないわ。そこで、私からの提案なのだけれど・・・Mr.清瀬、貴男こそ私達の仲間にならない?」

「スコール!?」「隊長?!」

 

スコールからの言葉に春樹は彼女の左右に居たレインとフォルテと同じ様に上擦った変な声を上げそうになった。

そして、勧誘しようとした相手に勧誘されると云う何とも言えぬ状況に彼の背後へ佇んで居たハンニバルは口を抑えて微笑む。

 

「Mr.、貴男の活躍は目を見張るものがあるわ。恥ずかしい話だけど・・・私達をここまで追い詰めたのは貴男が初めてよ。素晴らしい才能だわ。これは決して大袈裟に言っている訳ではないのよ?」

 

手放しの賞賛の声を並べるスコールに対し、レインは更に驚く。

此の血と硝煙の臭いが漂う決してスクリーンの中の華やかさなど微塵もない世界を長年にわたって活躍するあのスコールが高く評価しているのだ。

悔しい事に彼の才能は余りにも群を抜いている。抜き過ぎていると言っても過言ではない事をレインは気付いていた。

 

「でも・・・素晴らしいその才能を貴方のボスは持て余している。それはあまりにも不相応と云うものよ」

 

「なれば・・・其の才能を貴女なら巧く成長させる事が出来ると?」

 

「貴方の今のボスよりはね。それに・・・個人的に私は貴方の事を気に入っているわ。まさか、あんな獣の様な戦い方をする人がこんなにも紳士だったなんてね」

 

「ふむう・・・」と春樹は首を傾げて自分の顎へ手をやった後、何処か照れ臭そうなあの奇天烈な笑い声を上げたのである。

 

「阿破破。まさか、其処まで評価してくれるとは・・・照れ臭いですなぁ。春の頃にISが扱えると云うだけで、なまじ金と才能があるだけの糞生意気なガキ共が集る学び舎に押し込められ、『オマケ』だの『無能』だのと蔑まされていた頃の男が聞いていたら泣いて喜んでいた事でしょう」

 

スコールからの賞賛の言葉に春樹は気を良くしたのか。奇妙でありながらも軽快にせせら笑う春樹。

・・・・・しかし。

 

「だが・・・無礼()めるなよッ、無法者(デスペラート)風情が!

「「「ッ!!?」」」

 

彼のそんな和やかな態度が突如として一変する。恐ろし気な声色と共に濃厚な殺気が逆賊三人へ差し向けられたのだ。

其の殺気に対し、レインとフォルテは反射的に自らの得物を差し向けるが、金眼四ツ目の鎧武者は動じない。

 

私は一応の敬意を払って貴様らを誘いに来たのだ。害虫の如き貴様らをだ。其れを何を勘違いしたのか・・・仲間になれだと? ふざけるなヨ、外道共が・・・ッ!

 

「・・・そんなつもりはこちらには毛頭なかったのだけど・・・・・交渉は決裂したと云う事でいいのかしら?」

 

無論。今、貴女達は・・・いや、貴様ら駆逐すべき対象に”成り下がった”。塵も残さず灰にしてくれる!

 

「そう・・・でも、いくら包囲網をかけていると言っても今ここに居るIS使いは私達の方が多いわ」

 

確かに。今此の場の戦力は貴様らに利があろう。だが、そんな事を考えていない私だと思うか?

 

春樹はそう言いつつ懐から取り出したのは書類・・・ではなく、ラジコンのリモコンを改造したかの様な装置だった。

 

貴様ら・・・もしもの時の為にホテル内のあっちこっちへプラスチック爆弾仕掛けたよなぁ?

「ッ、まさか!!?」

 

御名答!!」の掛け声と共に春樹はリモコンのスイッチを問答無用でカチリッテと押せば、彼と彼女等の居る背後から凄まじい爆裂が轟き響き渡ったのだ。

 

―――――さて、こうして冒頭の炎上の中の覇王登場へ戻る。

夜は此れから。未だ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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179話


※注意
9500字越え。
ほぼヴィラン・・・と云うか、ヴィランでしかない我らが刃。
ご都合主義アリ。

以上を踏まえてお願いします。



 

 

 

―――――こんな窮地は一体いつぶりであろうか。

劫火が燃え盛り、夜空の星が見える吹き抜けとなってしまったスイートルームで、ファントム・タスクは実動部隊モノクロームアバターが長であるスコール・ミューゼルはそんな事を何故だかボオゥっと思った。

 

ボスニア・ヘルツェゴビナの時であろうか。

アフガンの時であろうか。

クウェートの時であろうか。

バグダッドの時であろうか。

ウクライナの時であろうか。

されど・・・余りにも数多の戦場を疾駆し、数多の修羅場を潜り抜けて来た彼女でさえも初めて経験する最悪の状況が其処にはあったのだ。

 

阿ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!

 

金眼四ツ目に白銀の鎧兜。其の上から纏う真紅の陣羽織をたなびかせ、百鬼夜行の主の様な風貌の男、二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹は奇妙な嘲り笑いを響かせながら今宵の月の様に輝くコンバットリボルバーのトリガーを引く。

 

「ッ、くぅう・・・!?」

 

すると銀筒発射された蒼い閃光は、全身に金色のカラーリングが施されているスコールの第3世代型IS『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』の装甲へ炸裂した瞬間、其の表面にかなり大きめの氷柱を出現させたのである。

無論、組織でも指折りの実力者の負傷に対して「スコール!!」や「隊長?!」と謂ったレインとフォルテの叫びが聞こえるが、此れに一番驚いたのは他ならぬスコール自身であった。

 

「『プロミネンス・コート』が、効かない・・・ッ?!」

 

『プロミネンス・コート』。

其れはゴールデン・ドーンの機体周囲に張る薄い熱線のバリアの事であり、大抵の攻撃は防ぐ事が出来る。

そんな最強の炎の鎧が、たった一発の攻撃によって凍り付いてしまったのだ。

 

凍てつくせッ! 『イタクァ』!!

 

其の鎧の下の肉までも蝕まもうとする絶対零度の弾丸、『二十二式凍結炸裂弾頭』を春樹は更にスコールへ向けて撃鉄を叩く。

だが、此れに逸早く反応する者が居た。

 

「させないっス!!」

 

プラスチック爆弾の爆風から漸く立ち直ったフォルテは、動揺を隠せないスコールの前へ現れ出でると防御の為の氷壁を顕現させたのだ。

御蔭で此の立ち塞がった氷の塊に対し、新型氷結弾は一定の衝撃波は与えるものの先程よりかは威力が劣る事となる。

 

「・・・阿ッ破!

 

しかし、何故か此の邪魔者に対して春樹は悔しがる処か、更なる笑みを浮かべる。

そして、其の笑みと共にもう片方の手に握られた漆黒と焔のエンブレムが施されたミリタリーモーゼルを構えたのだ。

 

「ッ、フォルテ!!」

 

さて、其の笑顔に何かを察したのか。氷壁を顕現させたフォルテを庇う様に前へ飛び出したのである。

 

焼き尽くせ・・・ッ! 『クトゥグア』!!

 

呟く言葉と共にミリタリーモーゼルのトリガーは絞られ、構造内の特殊薬莢を撃鉄が叩いた。

すると黒筒から放たれたのは、周囲の劫火と同等か其れ以上の火柱であったのである。

 

「ッ、ぎゃぁあああああッ!!?

「レイ―――――ン?!!」

 

ミリタリーモーゼルへ装填されていたのは、トチ狂ったIS統合対策部の連中が造り上げた特殊弾頭『四式爆裂焼夷弾』、通称『爆裂弾』。

決して人に対して向けてはならぬ『ドラゴンブレス弾』をベースに制作された対IS用弾だ。

其の威力・・・申し分なし。

 

「熱いッ! 熱いィイイいいい!!」

「レイン! 今すぐ消すっス!!」

 

操縦者を外傷から守る筈の絶対防御装置が機能していないのか。火達磨になって絶叫と共に転げ回るレインへ消化の為の冷気を送ろうとするフォルテ。

けれども、そんな彼女の腕を「危ない!」と声を荒らげて引いたのは、他ならぬスコールであった。

 

ズドドッン!

・・・ッチ!

 

もしスコールがフォルテの腕を引かなければ、彼女は摂氏何千度ととも云える爆裂弾の餌食になっていただろう。

其れでも燃える恋人を助けようと「放すっス!!」とフォルテは手を振り払おうとするが、そんな彼女に向けて春樹はミリタリーモーゼルを構える。

 

「ッチィ!!」

 

其れを防がんとスコールは主武装である両肩に備わっている炎の鞭『プロミネンス』を展開し、高速回転と共に防御シールドを構築した。

 

無駄無駄無駄無駄無駄ッ、無駄ァア!!

 

されども其れで止まる春樹ではない。

再び新型氷結弾頭が装填されたリボルバーカノンの銃口を向けると何とも言えぬ正確無比な射撃をし、先程のゴールデン・ドーンに着弾した時と同じようにプロミネンスを氷菓子の如く凍らせたのである。

此れでは不味いとスコールは瓦礫の物陰へとフォルテを連れ込むと反撃の為の超高熱火球『ソリッド・フレア』を生成するのだが―――――

 

オラぁッ!

ぐッふぇ!!

 

そうこうしている間、春樹は爆裂弾の熱さに悶え苦しむレインを缶ゴミでも潰す様に踏みつけたのだ。

 

無法者の分際で、ようも俺達に牙を向けやがって此の糞ッタレのボケなすびが! ただでは済まさんッ! 確実に確実に消し炭にしてくれるわ!!

 

激昂状態で何度も何度もレインを踏みつけるものだから、踏む度にベキベキボキボキと馬鹿に嫌な生々しい音が響き渡る。

・・・此れでは、天魔外道がどちらなのか区別がつかない。

 

「―――――ッ・・・ふ、ふざけん・・・じゃねぇ・・・・・ッ!」

阿”ぁッん?

 

しかし、レインもただ黙って踏み付けられていた訳ではない。

熱の苦しさと痛みに耐えつつも一瞬の隙を逃さず、彼女は急ごしらえながらもスコール直伝のソリッド・フレアを生成したのだ。

 

「くたばり・・・やが、れッ!!」

「―――――ッ!?

チュッドォオ―――――オン!!

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「なんなの、この状況・・・!?」

 

国際的過激派テロリスト集団、ファントム・タスクの主要メンバーが潜伏しているであろうホテルを包囲した警察特殊装甲機動隊とIS学園勢。

先行した事実上の現場指揮官である春樹からの連絡を待って居たのだが、突如としてマークしていた部屋が爆音と共に吹き飛んだのだ。

此れを合図と踏んだIS学園勢はコートを脱ぎ据えるや否や、自身のISを纏って現場へと急行。しかし、現場に突入する直前、またしても彼女等の鼓膜を爆音が揺さ振った。

 

「ハァ・・・ハァッ・・・チクショー、やっぱり控えてやがったか!」

「レイン!!」

 

其の爆発音の後に現場へ入ってみれば、其処には口から血を垂らしながら意気消沈で跪く学園の元スパイと其の彼女を労わる様に抱き締める学園の裏切り者が居たのである。

 

「本当・・・本当に優秀な人材ね。仲間に出来なかったのが残念よ、本当に」

 

しかもそんな二人の側には如何にもという感じの雰囲気を放つ黄金のISを纏う人物が恨めしそうに此方を睨んで来るではないか。

 

「・・・・・金ぴかの方、ファントム・タスク幹部、スコール・ミューゼルと見受ける」

「残りの二人はブリーフィングで聞いたスパイと裏切り者で良かったサネ? でも、二人目くんは何処に行ったのサ?」

 

「へッ・・・野郎なら、ブッ飛ばしてやったぜ」

 

ズタボロのレインは得意げに口元の血を拭いながら、春樹が吹き飛んで行った方向を親指で示す。

此れに対してアリーシャは「ッ、残念だけど遅かったネ」と若干寂しそうに表情を歪めるが、彼女よりも彼と付き合いの長い連中は何故かほくそ笑んだのだ。

 

「はッ、馬鹿め。どんな事をしたか知らんが・・・それぐらいであの春樹がくたばると思っているのか?」

 

「・・・だよなぁ。だから、さっさとオレ達は逃げたいんだよ! 邪魔すんじゃねぇ!!」

 

鼻で笑うラウラに対し、焦燥感漂う返答をするレイン。其の様子にスコールは「レイン?」と疑問符を浮かべた。

先程のソリッド・フレアは自分程ではないが、IS一機を再起不能にするぐらいならば申し分ない威力。其れも至近距離の直撃だ。機体処か、操縦者にも多少のダメージが及んでいるとスコールは考えていた。だから焦る必要などないのだ。

・・・けれども。

 

「―――――阿ーッ、糞が。痺れちもうたでよ」

 

「ッ・・・!?」

「WAO!」

 

とても残念な事にモノクロームアバター達が相手にしているのは、IS学園の狂戦士にして不死身の刃の異名を持つ規格外の人間なのだ。

 

「フッ・・・どうした春樹? 油断でもしたか?」

 

「コイツの事だ。どうせ余韻に浸り過ぎた所を突かれたのだ」

 

「オメェと一緒にすんじゃねぇよ、篠ノ之」

「なんだと貴様!」

 

「はいはい、二人とも。今はそれどころじゃないでしょ?」

 

「其れもそうじゃな」と不意打ちのソリッド・フレアの御蔭か、いつもの調子に戻った春樹は再び二丁拳銃を構える。

そして、彼に釣られる様にラウラ達も自らの得物を手元へ顕現させた。

 

「二人目・・・いや、清瀬? そう言えば、作戦はどういったものだったネ?」

 

「決まっとろうが・・・・・『袋叩き』よ!」

 

ニチャリと下卑た表情を歪める春樹に対し、レインを支えるフォルテが吠える。「卑怯っス!」だと、「恥ずかしくないんスか!」と。

此れに正々堂々を信条とする箒や一般的な倫理観を持つ鈴は「うッ・・・」と痛い所を突かれた様な表情を晒す。

 

「いんやちっとも!」

「な!?」

 

ところが、一方の春樹は恥ずべく処か、声を大にして言い放つ。「俺らぁは、こうでもしなきゃ勝てんのじゃ!」と。

 

「卑怯? 卑劣? 上等じゃ! 俺らぁは弱ぇけんなぁ・・・何をしても許されるんじゃ!! テメェらの様な悪党を倒すんなら特にのぉッ!!」

 

あんまりにも堂々と踏ん反り返って言い放つもんだから、思わずフォルテは「ぐ・・・ッ」とぐうの音を呟いてしまい、其の彼の隣で「それはお前だけだ!」と何故か箒が喚いた。

 

「と、いう訳だ。どうだテロリスト共? 今からでも降伏するか?」

 

「ッケ、誰が―――――」

 

「―――――するかよ!」と宣言する前にレインの顔面へ発射される新型凍結弾頭。其れを着弾する直前でスコールの放ったソリッド・フレアが相殺して事なきを得る。

 

「清瀬ッ、テメェぶっ殺してやる!!」

「そいつは奇遇じゃ! 俺も同じ事を考えとった!!」

 

さぁ、其処から再び始まった氷結弾と爆裂弾の雨あられ。

けれども先程とは違って、スコール達は前面の対処だけをするだけではいけなくなっていた。

 

「私達が居る事を忘れるな!!」

「喰らいなさいよッ!!」

 

春樹の銃撃に加え、背後からは日本刀に青龍刀を振り上げた箒と鈴が瞬時加速で迫る。

此れをレインは主武装である双剣『黒への導き(エスコート・ブラック)』で迎撃せんと構える。―――――のだが・・・・・

 

「春樹直伝・・・そうはイカの金時計!」

「ッ、クソがぁああ!!」

 

剣を構えた瞬間、ラウラの十八番であるAICがレインへ襲い掛かる。

『停止結界』とも呼称されるAICは使用に多量の集中力が必要なのだが、対象を任意に停止させる事が出来、1対1では凄まじい効果を発揮するある意味チートなものなのであるが、其処に春樹の実にイヤラシイ悪知恵も加わった事で更なる高等技術へと進化していたのだ。

 

「ッ、レイン!!」

 

無論、恋人の危機に動かぬフォルテではない。彼女は防御の為の氷壁を展開しようとするのだが―――――

 

「―――――私を忘れちゃ困るネ!」

「ッ!?」

 

そうはさせまいとアリーシャの鋭くも重い一撃がフォルテに襲い掛かる。

 

「レイン! フォルテ!」

 

「余所見をしてんじゃねぇでよ!!」

 

二人に意識がブレるスコールに対し、春樹は高速リロード共に何とも素敵な笑顔で迫った。

炎を操るスコールのゴールデン・ドーンと云えども至近距離で爆裂弾の直撃を受ければ一溜まりもない。

 

「いつまでも調子に・・・乗るんじゃあない!!」

「うわお!?」

 

其れを警戒してか。ゴールデン・ドーンの先端が開閉式となっている巨大な尾が投げ槍の速度で放たれる。

 

「―――――ところがギッチョン!!」

「な・・・!?」

 

しかし、其れを防いだのは、先端が三又となっている春樹の纏うIS琥珀の白銀の尾っぽであったのだ。

其のゴールデン・ドーンの黄金の尾を抑え込んだ春樹は、其のまま射撃をするかと思いきや掌へ顕現させていた拳銃を収納したではないか。

此れに対しスコールの崩された調子はもっと崩されてしまう。

「何故、此の状況で銃をしまったのか?」と。「銃をしまったのなら次はどんな武器を展開するのか?」と。刹那の一瞬、彼女の脳内を疑問符が支配した。

無論、いつまでもそんな疑問符を後生大事に抱え持つスコールではない。・・・ないのだが、其の一瞬のフリーズによって対処が遅れてしまうのは否めなかったのである。

 

「オラァアッ!!」

「―――――ッ!!?」

 

ズドムッ!とスコールの整った美しいギリシャ彫刻の様な顔に叩き込まれた白銀の手甲に包まれた拳骨。

最初、彼女は何が起こったのか理解できなかった。

迫り来る拳骨が自分の高い鼻をへし折った瞬間も、其のまま尻餅をついてしまった瞬間もだ。

漸く自分がとても原始的な方法で殴られた事に気付いたのは、自身の纏っている黄金の鎧が圧し折られた鼻から垂れた血で汚れた瞬間であった。

余りにも久方ぶりの外傷に呆然とするスコールに対し、尚も春樹は「おんどりゃぁあ!!」と声高らかに二発目の拳骨を振り上げる。

 

「・・・・・」

「ゲぼらぁッ!?」

 

ところがどっこい。

さぁ此れから殴打せんとした瞬間。何故か踏ん付けられた蛙の様な断末魔を上げたのは、春樹の方であった。

 

「・・・いつまでも調子に乗らないで頂戴」

 

「破ッ・・・ようやっと本性見せたか! えぇ、金ぴか?」

 

「それは貴方もでしょう? 紳士的な態度は上っ面だけの・・・”雄豚”には調教が必要ね」

 

「言うてくれるじゃねぇかよ・・・此の”雌豚”ァッ!!」

 

さて、其処から始まったのは金と銀の拳骨と足蹴にと尻尾撃の応酬。

勿論、殴打に留まらず、両者は互いの近接格闘武装を顕現させ、更なる苛烈な戦闘を繰り広げる。

すらりと抜いた赤く振動する鉈に焔を纏うしなやかな鞭。其れに火球と氷柱が混ざり合っては華を咲かせた。

 

「よくも今まで好き勝手やってくれたなテロリスト! 正義の刃を喰らえ!!」

 

「図に乗るんじゃ―――――

「ザ・ワールド!」

―――――ッ、ボーデヴィッヒてめぇ!!」

 

「ぶっ飛べぇ!!」

 

「ッチィ!」

 

一方のレインは、箒の斬撃→ラウラのAIC→鈴の龍咆のハメ技に苦しんでいた。

各個撃破に映ろうとしても今度は鈴の青龍刀→箒のブラスターライフル→ラウラのレールカノンと云った連携攻撃が襲い掛かって来るではないか。

確実に、確実に相手のシールドエネルギーを削る連携技だ。

 

「レイン!!」

 

「だから・・・行かせないって言ってるじゃないのサ!」

 

さて、もう一方の方も一進一退の攻防が繰り広げられていた。

フォルテは袋叩きに遭う恋人を助けようと近づくが、其の度にアリーシャが立ち塞がっては彼女を叩き伏せる。

流石は前モンド・クロッソ大会覇者か。フォルテに対し圧倒的な実力差を見せ付けるアリーシャ。

しかし、其れでも倒される度に彼女は立ち上がった。

 

「OH・・・すごいガッツだネ。君の様なパイロットがテロリストだという事が悔やまれるサ」

 

「うるさ、いっス・・・! 褒めるなら・・・そこを退いて欲しいんスけど!」

 

「それは出来ない相談だネ。君の気持はよく解るけど・・・私は千冬によしよしペロペロしてもらう為に頑張らないとだからネ」

 

「わけわからない事言うなっス!!」

 

叫びと共にフォルテは機体の能力によって攻撃の為の氷塊を顕現させる。

だが、周囲が劫火に燃えている為か。纏まった塊とならず強度も低レベル。とてもじゃないが、立ち向かうには脆弱過ぎた。

 

「・・・ごめんネ」

「ッ、きゃぁあああああああ!!?」

 

超高速回転するサイクロンの様な物体を削る風と共に紙切れの如く吹き飛ばされてしまうフォルテ。

 

「ッ・・・フォルテ!!」

 

奇しくも其の吹き飛ばされた先に居たのは、もうズタボロと言っても良い状態にされてしまった愛おしい恋人、レインであった。

放り投げられたフォルテをキャッチしようと目線を向けるが、意識までをも向けてしまった為に隙が生じてしまう。

 

「どこを見ている?!」

「ぐっがぁアア!!」

 

放たれたラウラのプラズマ手刀がザシュゥウッ!とレインへ炸裂。

彼女は其の斬撃によって吹き飛ばされた事で、フォルテを抱き締める処か、正面衝突をしてしまった。

 

「さて、そろそろ遊びはここまでだ・・・!」

 

「フッフッフッ・・・」とでも云いそうな雰囲気で二人を囲むIS学園勢。

其の背後でスコールと壮絶な取っ組み合いの殴り合いから睨み合いをしていた春樹も「其の通りじゃのぉ!」と牙を見せてのしたり顔をする。

此れに対して苦い顔渋い顔をするのは敵役テロリストであるスコール達。

最初っから調子を散々に渡って狂わされて崩された挙句、まだ相手が本調子ではないと知らされた。

テロリストに成り立てのフォルテに至っては心が折れそうになって少し泣きそうだ。

 

「阿破破破・・・じゃ、”射撃開始”をお願いしまーす」

「・・・え?」

 

「射撃開始をお願いします」とは一体どういう事であろうか。

まるで他人に頼む様な―――――

 

「―――――まさか!?」

 

スコールのそんな声と共にパァーンッ!と遠くの方から破裂音が聞こえた。そして、自らの背中へ酷く冷たい痛みがビキビキィッ!と襲い掛かって来たのである。

 

「ヒットですじゃ。次は左へ二度修正」

≪了解!≫

 

春樹の声に応えたのか、再び木魂する破裂音と云うか銃声。

しかも先程とは違い、多方面から飛んで来た青白い弾丸は指定された位置へと三人のテロリストへ着弾したのだ。

 

「つ、冷た!?」

「野郎ッ!!」

 

其処からは始まったマシンガンの如き氷結弾の雨あられ。

春樹の使用した拳銃対応の型番ではなく、ライフル対応の専用型番を使っている為に威力は増大している。

 

「弾があるだけどんどん撃て! 数撃ちゃ当たる!! いてもうたれッ!!」

 

さぁ、此のライフル氷結弾頭を使用しているのは、ホテルから少し離れた位置にあるビルの一室を陣取った新型EOSを装備した警察特殊機動隊の面々。彼等は配布された氷結弾を惜しみなくスコール達に向かって発砲した。

因みに此の氷結弾一斉射撃によってあれ程広がっていた劫火が鎮火の一途を辿るのは、

思わぬ副反応である。

 

「ッ、ふざけんじゃねぇえ!!」

 

勿論、只黙って氷結弾の餌食となって氷漬けになるモノクロームアバターの面々ではない。

炎を操る事を得意のお家芸にするレインとスコールは、小さなソリッド・フレアを幾つも生成し、自分達に向かって飛んで来る氷結弾を相殺する。

しかし・・・・・

 

「はい、至近発砲」

「はい、停止結界」

 

「「ッ!?」」

 

底意地の悪い春樹はそんなスコールの迎撃を嬉々として邪魔し、ラウラは標的排除に対する効率的な助力をした。

 

「レイン! 隊長!! 今助け―――――」

「ごめんけど、『高電圧縛鎖(ボルテックチェーン)』」

―――――ッ、きゃぁあああああああ!!?」

 

そんなピンチな二人を助けんとするフォルテだったが、鈴の容赦のない新型武装が身体へと巻き付くや否や、凄まじい稲光が奔ったのである。

 

「阿―――――破ッ破ッ破ッ破ッ破! 惰弱惰弱惰弱ゥッ! 俺らぁを敵に回した事を後悔させた上でブタ箱にぶち込んでやるワァ!! 阿ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

「O・・・OH・・・ッ」

 

アリーシャは此処に居る誰よりも静かにドン引きしていた。

IS界隈では、二人目の男性IS適正者は癖が強いとの噂があったが・・・此れは癖が強いと云うレベルではない。今の春樹はまるでアニメに出て来る典型的な悪役其の物であった。

 

実を言えば、アリーシャは此の戦いが苦戦必至に陥ると思っていた。

専用ISがあると言っても自分を除く乗り手は、一人の軍属を覗いて全員学生。碌な戦闘経験も積んで来ていない素人に毛の生えた程度だと。

ところがどっこい。

 

「はい、ラウラちゃん。空かさず其処へ?」

「AIC!」

「PERFECTじゃ、ラウラちゃん!!」

 

「このクッソたれバカップルが!!」

 

そんな彼女等を率いていたのは、百戦錬磨のテロリストをも手玉に取る稀な才能を持った金眼四ツ目の面当を被った二人目の男性IS適正者。

一応、彼は政府公式発表では昨年まで地方に住む普通の一般中学生の筈なのだが、アリーシャの見る清瀬 春樹と云う人物は、余りにもサディスティックなサイコパスに見えたのだ。

 

「さっさとカキ氷に成れよぉ。そしたら其のまんまブタ箱に入れてSNSに晒してやるわぁ!」

 

一方の春樹は、自分がとても危うい興奮をしている事に気付かずにいた。

初めて出来た恋人との初めての旅行。其れが早くも一日目からオシャカになってしまった事で、憤怒の感情に溺れていたのである。

だから彼は敵を弄る事で其のストレスを発散していた。本来の春樹ならば悪戯に敵を陥れて虐める真似などしなかっただろう。

・・・自陣営が勝利を目前にしている時など特にだ。

 

話は変わるが、春樹の好きな作品の一つに『ジョジョの奇妙な冒険』がある。

其のジョジョ第二部の主人公であり、第三部でも活躍する『ジョセフ・ジョースター』は次の台詞で見得を切った経緯がある。『相手が勝ち誇った時、ソイツは既に敗北している』・・・と。

 

≪―――――ほ・・・本部! 本部! 応答を願う!!≫

 

「阿?」

『『『?』』』

 

IS学園勢が使う通信機器を通じて聞こえて来たのは、随分と切羽詰まった男の声。聞き慣れぬ声からして、彼は別動隊へ行った警察特殊機動隊の隊員だろう。

突然の緊急通信に思わず皆の意識が其方へ一瞬だけ逸れるが、普段ならば気にも留めなかったろう。

・・・・・其の通信内容が、”ある人物”を含んだ内容でなければ―――――

 

≪―――――”織斑”候補生が! 織斑候補生が・・・うわぁあああああああッ!!?≫

 

「―――――ッ、一夏!!」

「え・・・?」

「ちょッ、箒?!」

 

飛び込んで来た通信内容に真っ先に動いたのは箒であった。

彼女は一目散に身を翻すと周囲の声が発せられる前に別動隊が居る方向へブースターを噴かしたのである。

其の場に居た全員が箒の行動に唖然と呆然とした。

 

さて・・・此の彼女の行動を”好機”と捉えたのは何方の陣営であったろう?

 

「―――――フォルテ!」

「はいっス!!」

 

「ッ、しまっ―――――」

 

気付いた時には既に遅かった。

全員がポカンとした一瞬の内にフォルテは自機能力によって人並大の氷塊を造り上げる。

あれ程劫火に包まれていた周囲がEOS隊と春樹の氷結弾の御蔭で冷やされた為、大きな氷を塊を作るのは容易だったろう。

何と皮肉な事か。

 

・・・しかし、大きな氷塊を造った所で何だと云うのだろうか。攻撃用にしては少し大きく、防御用にしては小さい此の氷塊を。

 

「流石よ、フォルテ・・・!」

「愛してるぜ! お前は最高だ!!」

 

赤い舌を出しつつフォルテの作った氷塊へ向けてスコールとレインは同じくらいのソリッド・フレアを衝突させたのだ。

大きな氷塊は、高熱の燃える球によって水を通り越し、水蒸気となって周囲を覆ったのである。

 

『『『!!?』』』

「ッ、畜生が!!」

 

急激に広がった水蒸気に目をやられるIS学園勢。

しかし、所詮は目視をやられただけ。ISのハイパーセンサーの前では無駄・・・・・だと言う事はスコール達も理解していた。

なれば何故に彼女等は爆発的な水蒸気を発生させたのか。

其れは一重に彼等の意識を一瞬でも逸らせる為だ。

 

「本当に癪だけど・・・此処は戦略的撤退をとらせてもらうわ」

 

「スコールッ、テメェエエ!!」

 

「さようなら、ギデオン」の挨拶と共にスコール達の身体が背景の中に溶けたのである。

『特殊光学迷彩』。特に彼女等の使う光学迷彩は、ISのハイパーセンサーさえも欺く代物なのだ。

 

「ッ、此の糞野郎がぁあああああ!!」

「春樹!!」

 

雄叫びと共に銃を乱射する春樹。

だが、飛び出した弾丸は空虚を撃ち抜くばかりで、霧が晴れた頃には現場へ残ったのは瓦礫と凍った炎だけであった。

 

「卑怯じゃぞッ! 出て来い、スコール・ミューゼル!!」

 

喚く春樹を嘲笑うかの様に今宵の月とホテルの下から聞こえて来るサイレンの光が、彼を照らす。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
『承認欲求』、何でしょうね?


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180話

 

 

 

『承認欲求』

其れは人間が他者を認識する能力を身につけ、成長し社会生活を営んでいく内に「誰かから認められたい」という感情を誰でも多かれ少なかれ抱くようになる感情の総称である。

世界で初めて其の存在が確認された最初の男性IS適正者である織斑 一夏は、今までそんな欲求とは無縁であった。

何故なら彼は、いつでもどこでも誰からでも”認められていた”からである。

勿論、一夏の事が気に入らないと心の中で蔑んでいた連中は多かれ少なかれ居たであろう。

しかし、身内は世界最強のIS操縦者ブリュンヒルデで、ともなって実家は裕福。しかも外見は姉に似て文句なしの容姿端麗。そんなスクールカーストのトップクラスに入る彼に誰が文句を言えようか。

そんな諫める者が少ない状況下で、周囲からチヤホヤされていたからこそ、彼の生まれながらの欠点の一つである”鈍感”を育んだ要因と云える。

・・・だが、そんな順風満帆の一夏の前へ大きな障壁となる男が現れた。

男の名は『清瀬 春樹』。一夏から数えて二番目に発見された史上二人目の男性IS適正者である。

 

其の春樹は周囲が一夏を称える中で唯一彼を糾弾し、批判し、嫌悪する人間であった。

そんな人間に初めて出会った一夏は、大いに困惑した事だろう。

当初、そんな態度をあからさまに見せる彼に戸惑いを感じつつも同じ境遇である事に好感を持ち、一夏は無意識かつ無自覚に春樹を籠絡せんとしたが・・・此の捻くれた大酒飲みの蟒蛇は大きく此れを拒絶。

更に二人の溝は、学園へ途中編入して来たシャルロット・デュノアの男装事件を機に決定的となり、一夏もまた春樹を嫌悪する様になった。

・・・しかし、彼の春樹に対するマイナス感情は此れに留まらない様になる。

 

一夏と春樹。学園へ入学当初の彼等は立場が大きく違った。

片方は世界初の男性IS適正者にして、世界最強のブリュンヒルデの名を冠するIS適正者を姉に持つ将来有望株。

対してもう一方は、家柄が良い訳でも、身内にIS関係者が居る訳でもない、本当に唯の地方に住む一般中学生。

無論、賭ける期待は雲泥の差がある。

ところがどっこい。蓋を開けてみれば、二人の実力差は期待とは反比例する様に大きくかけ離れたものになっていたのだ。

周囲の期待から入学当初から専用機を与えられたのにも関わらず、大した戦果も立てられていない一夏に対し、期待ゼロ成長性ゼロ能力ゼロの『ゼロの春樹』と揶揄されていた春樹の打ち立てた功名は凄まじいの一言に尽きた。

 

専用機には確実にスペックが劣るであろう量産型ISで、第三世代専用ISでも苦戦する所属不明の無人IS機体をスクラップにし、違法技術であるVTSによって暴走したドイツ専用IS機体を収めた。

更に日本政府より専用機が与えられて以降は、暴走した軍用機体を諫め、学園を襲撃して来たテロリストが駆るISを屠り、再び襲撃を敢行した正体不明の無人IS機体を撃墜させ、ISを纏わずとも学園へ乗り込んで来た特殊部隊へ悪夢を見せたのである。

更にプライベートでもデュノア社ならびにデュノア家の騒動解決に奔走し、同社が参加した新機体発表会を襲撃したテロリストを撃退する大手柄を打ち立てたのだ。

 

そんな出世街道を奔走する春樹が、一夏は気に入らなかった。

彼としては、自己中心的で他人の事など少しも考えず、敵に対して微塵も手心を加えない血も涙も思いやりもないナイナイ尽くしの春樹が何故に周囲から称えられて慕われるのかが理解できなかったのである。

 

だが、そんな春樹に一夏は追い付けなくなっていた。

『銀の福音事件』で自身の専用機である白式が二次移行しようが、どれだけ己自身を鍛えようが、もう其の実力差をひっくり返す事は出来なくなっていたのだ。

ISを纏っての模擬戦闘で敗北を決し、生身においての得意の剣道でもコテンパンに打ち負かされてしまう有様。

「どうしてあんなヤツが・・・ッ」と一夏の春樹に対する劣等感は嫉妬心に結び付き、いつしか其れは歪んだ憎悪へ変貌していく。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

夜の帳がすっかり居りきった頃。

京都市内は碁盤の外れにある倉庫街へ真っ黒な装備に身を包んだ物々しい一団がゾロゾロと物騒な得物を手に集結していた。

 

「・・・こちらアルファ1、配置へついた」

「こちらアルファ2、狙撃位置に到着」

 

一団の正体・・・其れはIS統合対策部製の対IS新型EOS『石英』を身に纏った警察特殊機動隊の面々である。

彼等は新型氷結弾頭を装填した銃火器を手に国際的過激派テロリスト、ファントム・タスクが潜伏していると思われる倉庫前へ此れから突入せんと戦々恐々としていた。

 

 

 

 

 

 

「・・・納得がいかねぇ」

 

そんなEOS隊員達が絶妙な緊張感を漂わせる中、後方へ待機している車両の中でぶつくさと一夏は唇を尖らせる。

 

「相手はISを使ってるのに・・・何で俺達が控えに回らなくちゃなんねーんだよ・・・!」

 

今作戦において、彼は不満でしかなかった。

作戦の指揮を執るを思っていた世界最強のブリュンヒルデにして姉である千冬と引率で来ていた山田教諭は捜査本部の方へ赴き、生徒の中では一番の年長者である楯無もそんな彼女等に護衛と云う形でついて行ってしまったのである。

其の御蔭で、実質的な現場指揮を執る事になったのが、あの春樹であった。

 

「なにが子供だよ・・・ッ。アイツだって俺達と・・・俺と同じ子供だろうがッ。それなのにどうしてアイツだけ・・・清瀬だけ特別扱いなんだよ・・・!!」

 

彼は警察並びにIS学園勢の部隊を二つに分けて作戦を遂行する様に仕向けたのだが、我が物顔で作戦指揮をする一夏は反発。

しかし、今までファントム・タスク相手に数々の傷を付けたと言う大手柄を打ち立てた春樹以外に作戦指揮をするに見合う人材はいなかった。

 

「・・・・・大丈夫、一夏?」

「シャル・・・」

 

そんな苛立ちを隠せずぶつくさと奥歯を軋ませる一夏を心配してか、シャルロットが彼へ声を掛ける。

しかし、一夏の彼女へ向ける目はとても冷めているではないか。

 

「なんだよ、俺に何か用かよ?」

 

「ううん、別に・・・・・でも、なんだか焦ってる様に見えたからさ」

 

「焦る? なんで俺が焦るんだよ?」

 

「い、一夏?」

 

一夏はハイライトのない目でシャルロットを見る。

元はと言えば、彼女の男装事件の一件から一夏の運命は狂って来たと言っても良いのではなかろうか。

 

「お二人ともどうかされたのですか?」

 

「セシリア・・・ッ」

 

「なんだよ、セシリア?」

 

冷淡な一夏の瞳に戸惑うシャルロットを知ってか知らずか、助け舟を出して来たセシリアに目線が写る。

 

「い、いえ・・・出撃前にシャルロットさんに御用がありましてよ。よろしいですか?」

 

「う、うん。今行くよ! それじゃあ一夏、またあとでね(なんだか・・・なんだかよくわからないけど、今の一夏・・・こわい)」

 

此れ幸いとシャルロットはセシリアについて行き、一夏の前から立ち去った。何とも言えぬ違和感を彼に感じたまま。

 

「・・・・・俺がみんなを守るんだ。アイツなんかよりも、清瀬よりも俺の方がみんなを守る事が出来るんだ・・・!」

 

 

 

 

 

 

「荻野課長、配置付きました」

 

≪よし・・・カウント開始!≫

 

配置に付いたEOS部隊は得物を手にカウントゼロの合図を待つ。

ISのハイパーセンサーをEOS用に改造したレーダーによると倉庫内には複数の反応が見られる事から、相手は此方の動きに気付いていないと思われる。

 

≪5…4…3…≫

 

「ゴクリ・・・ッ」

 

最大限の注意を払い、敵に気付かれない様に銃器を構える。

そして―――――

 

≪2…1…0ッ!≫

 

「行動開始!!」

「行け行け行けぇッ!!」

 

カウントゼロの合図と共に倉庫内へ放り込まれるスタングレネード。

ビキャァア―――――ン!!と凄まじい音と眩い光が炸裂した後、グレネードランチャーから発射された催涙ガス弾。

そんなガス弾から白い煙が立ち込めると同時に倉庫内部へEOSを纏った隊員達が雪崩の如く押し入った。

ところが・・・・・

 

「あれ・・・? 剣崎さん、なんかおかしいですよ?」

「あぁッ、なんかヤバいかも」

 

≪どうした? 一体何があった?≫

 

倉庫内部の異変に真っ先に気付いたのは、野崎巡査だけではなかった。

余りにも内部が静かすぎたのである。其の余りの静けさに隊員達の間に動揺が奔る。

 

「剣崎・・・さっきまであったレーダーの反応が消えた!」

「ッ・・・まずい!!」

 

罠だと気づいた時には、もう既に遅かった。

 

≪―――――≫

 

「げぇッ!?」

「なんだぁ?!」

 

倉庫の二階ベランダ部分から突如としてズラズラッと現れた鉄仮面の集団。其の左腕には大口径の機関砲を持つ者やビーム砲を持つ者まで居るではないか。

さて、そんな機械的な鉄仮面集団はまんまとホイホイされたゴキカブリ共に向けてトリガーを躊躇なく引いた。

 

ズガガガガガガガガガガッ!!

ズギャギャギャギャギャ―――ンッ!

 

照明のない真っ暗闇の倉庫に響き渡る眩い瞬きとピンク色やら緑色やら青色の閃光。

 

≪―――――≫

≪―――――≫

 

此れはまんまと罠にかけてやっつけてやったと鉄仮面軍団は顔を見合わせて銃撃を終える。

射撃線上の先にはモワワーッと床の材質であるコンクリートが粉状となって周囲に舞って居た。

正に「勝った! 警視庁特殊機動隊・完ッ!!」なのであるが―――――

 

「―――――ところがどっこいだぁ!!」

≪―――――!?≫

 

モワワーッと粉塵舞う吹き抜け一階からズガガガガガガガガガガッ!!と青白い弾丸共が下から上へと突き上げる様に噴き出したのだ。

 

バギャン!

≪―――――!!≫

 

青白い弾丸が鉄仮面の体表面へ着弾したと同時に中の用薬が炸裂し、バキバキィッと絶対零度に凍てつく。

其処へ矢継ぎ早にズダダダンッ!とブロンズ色の徹甲弾が直撃する事で、凍り付いた部位が飴細工の様に粉々に砕け散った。

 

「よっしゃやりぃ!」

「浮かれないで! 確実に標的排除を完遂するんです!!」

 

≪―――――?!!≫

 

漸く其処で鉄仮面軍団は罠に填めた筈の警視庁特殊機動部隊EOS課が全滅していない事に気付いたのである。

 

「やっぱし罠を張っていましたね、剣崎さん!」

 

「楯を装備していた御蔭で助かった・・・やっぱり日頃の訓練がこんな所でモノを言うね」

 

「しかし、何だぁあの連中は? ISにしちゃあ随分と機械的だぞ」

 

「ブリーフィングでウルティノイドさんが言っていた『ゴーレム』って言う無人機ですよ、きっと!」

 

「なら・・・遠慮なくぶっ壊せるって事だな!!」

 

罠に填める処か、思わぬ反撃にあってしまった鋼の乙女達。

そんな彼女等に向かって氷結弾頭やら徹甲弾を大盤振る舞いで撃ちまくるEOS隊員達。

しかし、此のまま黙ってやられる鋼の乙女達ではない。彼女等はシールドビットを展開して防御陣形を形成しようとする。

 

「―――――そうはいかなくてよ!」

 

≪―――――!!?≫

 

とこがどっこい。そんな展開したシールドビットを遥か後方から御嬢様言葉と共に撃ち落とすサファイアの戦装束を纏う令嬢が居るではないか。

 

「貴女達の手札などお見通しですのよ! さぁ、EOSの皆様! やっておしまいなさい!!」

 

「オルコット候補生の助太刀だ! 良いトコ見せようぜ、お前ら!!」

 

「おーほっほっほっですわ!」と高笑いを響かせつつ的確にゴーレム達のシールドを撃ち落とすセシリアに導かれるEOS部隊。

 

「―――――行って・・・山嵐!」

「―――――墜ちちゃえ!!」

 

≪―――――ッ!!?≫

 

更に其処へ水色のISを纏う簪と温かなオレンジ色の装甲を持つISを駆るシャルロットが、ミサイルパーティーとマシンガンパーティーを行う。

更なる戦乙女達の登場に歓声に沸くEOS隊員達。何処か悲鳴の様な甲高い機械音を響かせるゴーレム達。

ゴーレム達の最大の誤算と言えば、IS学園勢が以前に彼女達と同じ型番の機体と戦っていたという事とEOS隊員達の練度が想像以上に高かったという点だ。

 

≪―――――!!≫

≪―――――!?≫

 

次々とEOS隊員達とIS学園勢の凶弾に倒れて行くゴーレム達。

けれども声にもならぬ機械音を上げても尚、前へと前へと進む様にプログラムされている彼女等に恐怖心などない。

 

「・・・・・ッチ。やはり木偶は時間稼ぎにもならんな」

 

そんな役立たずの彼女等に業を煮やしたのか、遂にIS学園勢達が狙っていた本命が闇の中で舌を打ち鳴らす。

 

「ん? なんだ? なんかちっこいのが出て来たぞ」

 

闇の中から出て来た其の黒い機体に近くに居た隊員が疑問符を浮かべた。

何故ならば、他のゴーレム達は男受けの良い何ともグラマラスなフォルムに対し、其の機体は随分と控えめなスタイルと身体に黒いヴェールを被っていたのだ。

 

「うちの姪っ子を虐めるみたいで気が引けるが・・・悪く思うなよ」

 

隊員は其の機体へ銃口を向けて引き金を絞っていく。

 

「―――――いつまでも頭に乗るんじゃあ・・・ない!」

「へッ・・・?―――――ぶっげェエ!!?」

 

しかし、其の機体は俊敏な動きと共にゴーレム達とは全く違うアプローチでEOS隊員へ攻撃を仕掛ける。槍の様に長いビットからレーザーを発射し、其の隊員を後方彼方へと吹き飛ばしたのだ。

 

「西方さん!?」

「何だアイツ?!」

「袋叩きだ! 優先的に狙え!!」

 

其の他のゴーレム達とは風格が違う事がハッキリと認識する事が出来、隊員達は其の機体目掛けて一斉掃射を行う。

ところが・・・・・

 

「ッ、まさかあの機体は!? いけませんッ、みなさん下がって下さいませ!!」

「―――――へ?」

 

黒い機体の正体に気が付いたセシリアが声を上げるが、もう遅い。

彼女は自分に向かって掃射された弾丸を器用に回避するや否や、自らのスタビライザーを大剣へと変化させて隊員達へと襲い掛かったのだ。

 

「煩わしいッ!」

 

彼女が自分の身の丈ほどもあろうかと云う大業物を一振りすれば、ズバァアアッン!と大気さえも切り裂く斬撃により自らへ纏わりつこうとした油虫の如きEOS隊員達が薙ぎ払われる。

 

一応、IS統合対策部製の新型EOS石英は対IS戦闘を念頭置いている為、機体に使用されている装甲板の強度は実に高い。

しかし・・・やはり其れは”ガワ”の話である。

 

うげぇえあ”あぁあああああアア!?

ぶぎぃぁアアア阿!!

 

『『『!!?』』』

 

いくら防弾チョッキを着こんでいても至近距離でマグナム弾の発砲を受ければ内蔵や骨に手酷い目も当てられぬ損傷を負う様に・・・振るわれた大剣によって薙ぎ飛ばされた者達は生々しい砕けて潰れる音と共に聞くに堪えぬ断末魔を響かせたのだ。

 

「そんな、みなさん・・・!? ッ、よくも!!」

 

赤子の手を捻るが如く何とも簡単に同胞達が打倒された事にEOS隊員達が唖然とする中、目を鋭く二等辺三角形にしたセシリアが主力武装である巨大な特殊レーザーライフル『スターライトmkⅢ』のトリガーを絞る。

無論、此れに黒い機体は持ち前の第六感で反応し、黒いヴェールをたなびかせつつ緊急回避を試みるのだが―――――

 

「『有象無象の区別なく、私の弾頭は許しはしない』・・・ですわ!!」

「―――――ッ!」

 

ロングバレルの銃口から発射されたショッキングピンクの流星は直線的な動きをせず、まるで燕の様な動きのある曲線美を描いたのだ。

其のままチュドン!と黒い人型を桃色の焔が包む。

其の瞬間、思わず誰かが叫んだ。「やった!」の一言を。戦場で言ってはならぬ「やった!!」の一言を。

 

「チッ・・・!」

 

桃色の焔が焼いたのは、彼女へ被せられた黒いヴェール。

其の燃ゆるヴェールを舌打ちと共に脱ぎ捨てれば、其処から露わで出でたるは、モルフォ蝶の濃い青の装甲。

其れが今宵の月明かりに照らされれば、まるで身体表面を宝石で覆っているようだ。

 

「ッ・・・『サイレント・ゼフィルス』!!」

 

ヴェールを脱いで現れた機体に対し、セシリアは珍しく目の色を変えて叫ぶと再びロングバレルライフルを差し向ける。

 

≪―――――!!≫

≪―――――ッ!!≫

 

だが、支援攻撃に従事ていたスナイパーが自ら進んで位置を晒したせいで、角砂糖に群がる蟻の様にゴーレムが彼女へ一斉に襲い掛かった。

 

「ところがどっこいだよぉ~!!」

 

「撃てぇえ―――――!」

 

そんな彼女を守らんと量産型ラファール・リヴァイヴを纏った本音とEOS狙撃部隊が弾幕を張る。

しかし、一進一退の弾幕合戦が此のまま続くのかと思いきやだ。EOS勢にはファントム・タスクのゴーレム勢に対して明確に劣る部分があった。

 

≪―――――!!≫

「ッ、うわぁあああああ!?」

 

其れは接近戦である。

氷結弾頭の被害を受けつつも何とか弾幕を掻い潜った鋼の乙女は、恨みを晴らさんとEOS隊員達へ向けて刃を振るう。

機械の萬力の力に敵う筈もなく、塵芥のゴミの様に吹き飛ばされて行くEOS隊員達。

 

「ウォオオオオオッ!」

「うわぁあああああああ!!」

 

其れでもボウリングのピンの様に倒される彼等の中にもガッツを見せる者が何人かいた。

警視庁特殊機動課EOS部隊を率いる荻野課長と期待の新人である野崎巡査だ。

 

「うわぁあああああああ!! 何なのこいつら?! マジでなんなの?!!」

「叫んでないで手を動かせッ、野崎!」

「うっわスゴい! さすが荻さん! EOSの御蔭で鬼に金棒、虎に翼!」

「野崎くん、昔の呼び方に戻ってるよ?」

「それそれそーれ! うちの鉄人刑事と大型ルーキーに続け!!」

 

≪―――――ッ!!?≫

 

・・・けれども、想像を超える活躍をする彼等によって圧倒されるゴーレム達も中には居たが、そんな者は極々一部。

必ずしも戦場は一人の英雄によって状況が変わる訳ではない。其の他の雑兵によって大半の戦況は決まるのだ。

 

「どわぁあああああああ!!?」

≪―――――!!≫

 

遠距離では勝算は有れど、近距離になるとやはり天下無敵無双のISにEOSが敵う訳がなかった。

再起不能になる隊員とゴーレム。其の比率はいつの間にかひっくり返ってしまい、尚且つ無人機とは性能を一線を画す黒騎士サイレント・ゼフィルスが現れた事で状況は一転。

・・・先に『其の他の雑兵によって大半の戦況は決まるのだ』と申したが、例外と云うヤツは何処にでもある。

極々稀な事であるが、一人の英雄によって変局の一途を辿る戦場も確かにあるのだ。

 

「失せろ・・・ザコ共がッ」

『『『ぎゃぁああああああ!!?』』』

 

サイレント・ゼフィルス・・・いや、新たな力を得て『黒騎士』となった彼女は、自らが振るう大剣と穂先からビームを発射できる二対のランサービットで周囲に群がる敵を屠って行く。

 

「・・・ッチ」

 

されども多くの敵を屠れども彼女は何処か不満気に舌を打ち鳴らすと、キョロキョロと辺りを何度も見渡した。

まるで誰かを探している仕草だ。

 

「えーい! あったれー!!」

「―――――ッ!?」

 

其れを隙と捉えたか、其れとも唯の流れ弾か。再起不能になったEOS隊員達を助けようと援護発砲した本音の攻撃が黒騎士へと飛んで行き、幸か不幸か黒騎士の背中へと直撃したのである。

 

「ッ・・・!」

「あっちゃあ・・・私、やっちゃた感じかなぁ?」

 

とんでもなく変な所で本音のビギナーズラックが発動し、氷結弾によるラッキーアタックが決まった事に黒騎士は仮面の下にあろう睨み眼をギョロリと彼女へ向けたのだ。

 

「本音!!」

 

≪―――――ッ!!≫

「そこを・・・退けぇえ!!」

 

直感的に本音の危険を感じ取った簪は滅多に面へ出さぬ感情を露わにし、彼女を助けようと前へ出るが、其の進路に鋼の乙女達が立ち塞がる。

 

「本音!」

 

「逃げてくださいッ、本音さん!!」

 

彼女の危機にセシリアやシャルロットも本音を助けに行こうとするが、やはり其れをゴーレム共が邪魔をせんとす。

 

「貴様ァ・・・ッ」

 

「あわッ、あわわ・・・!」

 

只ならぬ殺気と共に大剣を振り上げるや否や、一気に距離を詰めんと瞬時加速で本音へと迫る黒騎士。

あわや此れ迄―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――かと思われた・・・其の瞬間である。

 

「セイヤァアアアアアア―――――ッ!!」

「ッ、チィイ!」

 

『『『!?』』』

 

刃を振り下ろさんとする黒騎士の横から青白い斬撃が雄叫びと共に飛来して来たのだ。

此れはマズいと無意識に感じ取ったのか、黒騎士は奥歯をギリリッと噛み締めると緊急回避を行う。

 

≪―――――ッ!!!??≫

 

そうして行き場を失った飛ぶ斬撃は、たまたま射線上に居たゴーレムへと直撃。哀れチュド―――――ン!と季節外れの花火となった。

 

「・・・ッ・・・」

 

再びギョロリと静かに睨み眼を向ける黒騎士。

だが、視線の先に居るのは本音ではなく―――――

 

「もう・・・もう大丈夫だ! 俺が来たからには、もうお前の好きにはさせねーぜ!! ファントムタスクッ!!」

 

『『『一夏(さん)!!』』』

 

―――――自分とは双極を成す真っ白な機体カラーを施されたISを纏う世界初の男性IS適正者、織斑 一夏へ向けてだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・違う。お前じゃない・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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181話


※9500字以上。
※アンチ高し。
どうぞ良しなに。


 

 

 

「―――――何かよぉ、嫌ぁな予感がするんじゃよなぁ」

 

「え・・・?」

 

京都に潜伏するテロリスト集団ファントム・タスク討伐作戦のブリーフィングの終了後、作戦現場へ向かう簪に声を掛けたのは、何とも味気なさそうにエナジーバーを喰らう実質的な前線指揮官である春樹であった。

 

「なに・・・嫌な予感、って?」

 

「ご存じの通り、”あの野郎”関係での予感じゃ」

 

渋い顔をしつつ呟いた彼の言葉に簪は「あー・・・」と若干浜に打ち上がった魚の様な目で答える。

春樹の言った『あの野郎』とは、無論何を隠そう一人目の男性IS適正者である織斑 一夏の事だ。

今までの経験上、此の手の戦いで敵はおろか味方にさえも手傷を負わせる原因を造って来たのが、此の男であった。

 

「憶えとる? 夏ん時の海事研修と秋口のタッグマッチん時。でぇれー大変じゃったよな」

 

「憶えてる・・・前者は任務遂行中に自分勝手に離脱して撃墜。後者は・・・春樹を後ろから・・・ッ!」

 

「お、おう。御免な、変な事を思い出させてしもうて」

 

「別に・・・いい。春樹が謝る事じゃないもの。でも・・・やっぱり、春樹は今回も”アレ”が問題を起こすって思ってる?」

 

「・・・・・残念な事にのぉ。本当に本当に」

 

溜息交じりに苦虫を嚙み潰した様な表情を晒す春樹に対し、簪は更に眉間へ皺を寄せて奥歯を鳴らす。

 

「何じゃーな。俺の言う事を戯言じゃ云うて一掃せんのか?」

 

「しない。私、春樹が冗談でもそんな事言わないって知ってる。それに・・・春樹の予言は、よく当たるから」

 

「ッ、破破! ありがとうよ」

 

「それで・・・私はどうすればいい?」

 

「阿ー・・・本当なら野郎にゃあ戦場には出て欲しうない。じゃけど、嫌がらせの様にヤル気満々じゃ。じゃけぇ其の為に野郎の機体と相性のええ篠ノ之と部隊を別けたんじゃしな」

 

「・・・出撃前に気絶させる?」

 

そう言って簪が上着のポケットから取り出したるは黒いリモコンの様な物体。其の先端からはバチバチと青白い稲妻が奔っている。

 

「スタンガン使うんは俺的にゃあ大賛成じゃけど・・・今回は、第三者機構の警視庁の面々方々が居るけんな。もし見られたらマズいしなぁ・・・」

 

「・・・だったら、どうするの?」

 

疑問符を浮かべる簪に対し、春樹は「其処でじゃ!」との言葉と共に彼女へある物を手渡す。

其れは形は少々違えど新型氷結弾頭を数十倍に大きくした様な代物であった。

 

「前々から氷結弾をミサイル弾頭に転用する話があってね。此れは浅沼さんに頼んどった其の試作品じゃ」

 

「これを・・・私に?」

 

「応、簪さんなら巧く扱ってくれると思うてな。じゃけど試作じゃけんな。弾数が此の一発しかない」

 

「・・・銀の福音の時の春樹みたいに?」

 

「さっすが簪さんじゃ、痛い所を突いてくれらぁ。一応は、”もしも”の時の為のモンじゃ。使わんかたら敵に向かってぶっぱなしゃあエエで。阿破破破!」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・其の”もしも”が来ちゃったよ、春樹」

 

作戦結構前に控室へ閉じ込めておいた筈の一夏が、悪しきテロリストを打倒さんと月夜の空に其の白い機体を輝かせて登場したのだ。

親友である本音をテロリストの魔の手から救ってくれたのは、とてもとてもとても癪で適わないが、ちょっぴりの感謝の心はある。・・・だが、其れは其れ此れは此れだ。

彼女はゆっくりとミサイルポッドへ氷結榴弾を装填するのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「もうお前の好きにはさせねーぜ! ファントム・タスク!!」

 

一進一退の銃撃から攻勢一転の接近戦によって押され始めた警視庁特殊機動部隊EOS課及びIS学園勢。

そんな彼等を救わんと「颯爽登場ッ!」言わんばかりに白い鎧兜に身を包んで現れ出でたる一人の若騎士。

名を織斑 一夏。

彼は愛刀『雪片弐型』の切先をゴーレム軍団を率いる黒騎士へ向けて大見得を切った。

其の勇猛な姿に味方陣営から「おぉッ!」と歓声が上がる。

 

「・・・・・」

 

しかし、刀を向けられている当の本人・・・サイレント・ゼフィルスから黒騎士へと昇華した彼女は此方に睨み眼を向ける一夏に対して無反応と言って良い態度をとった。

そして、キョロキョロと周囲を見回した後、ゆっくりと言葉を連ねる。

 

「・・・おい、あの”奇天烈な笑い声”を上げる”四ツ目の仮面”を被った男はどこだ?」

 

「何ッ?」

 

「ギデオン・・・・・キヨセ・ハルキだ。あの男・・・あのふざけた男はどこにいる?」

「ッ、テメェ―――――!!」

 

自分を眼中にも入れていない黒騎士の放った言葉が随分と癪に障ったのか。一夏は振り上げた刃と共に瞬時加速で一気に迫った。

 

「一夏!?」

「一夏さんッ!」

 

『『『≪―――――!!≫』』』

 

いつもの直情的な動きに対し、彼の危うさを感じ取ったセシリアやシャルロットは援護しようとするが、其の前にゴーレム達が立ち塞がる。まるで「邪魔をするな」と言っているかの様に。

 

ガッギィン!

「な!?」

「フンッ・・・軽い。余りにも軽い・・・軽すぎる! あの男なら・・・ギデオンならもっと!!」

「うわッ!!」

 

一方、一夏の振るった渾身の一撃を黒騎士は自らが構える大剣フェンリル・ブロウで容易く受け止める。其の瞬間、黒騎士はランサービットのビーム攻撃をけしかけた。

 

「―――――ッ、ちくしょう!!」

 

一夏は其れを寸での所で回避し、距離を置く。

以前までの近距離専用の武器しか持っていない一夏なら攻撃行動制限はかなり狭まるが、彼もいつまでも頭を使わぬ人間ではない。

一夏の専用機『白式』は銀の福音事件以降に第二形態である『雪羅』へと進化し、左手に多機能武装腕が発現していた。此の多機能武装腕と云う代物、射撃用に大出力の荷電粒子砲が展開可能であったのだ。

更に加えるならば・・・彼が劣等感を抱く春樹との戦闘経験により、戦闘レパートリーが増えていたのである。

 

「喰らえ!!」

 

「むッ?」

 

彼は左手をアサルトライフルの様な射撃機構に展開させ、自らの単一能力である零落白夜と同じエネルギーの閃光を黒騎士目掛けてぶっ放す。

まさか、今までの経験上馬鹿の一つ覚えの様に直情的な近距離格闘を仕掛けて来た一夏からの射撃攻撃に目を見張りつつも彼女はまたしても難なく其れを回避した

 

「・・・前に会った時は、随分と無様な姿を露呈していたが・・・・・少しは成長したのか? いいだろう。予定は少々変わるが・・・この私に殺される資格はある!!」

「~~~ッ! 舐めんじゃねぇええ―――――ッ!!」

 

こめかみに青筋を浮かべた一夏は左手の射撃機構で弾幕を張りつつ大型化したウイングスラスター四機で二段階加速をして勢い良く迫って行く。

 

「セイヤァアアアアア!!」

「ッ、な!?」

 

そして、自分の得意な距離で黒騎士を捉えるや否や、左手を射撃機構から格闘用ブレードへ変形させ、単一能力である零落白夜のエネルギー爪を纏わせたのだ。

今までの経験則からは考えられぬクレバーな一夏の戦い方に黒騎士はギョッとする。ギョッとするが―――――

 

「―――――そこは・・・私の距離だ!」

「な―――――ッ、ぐぅうう!!?」

 

中距離遠距離を得意とするサイレント・ゼフィルスならいざ知らず、今の黒騎士は近接格闘に特化された改造を施された機体。

彼女は持ち前の反射速度とカウンターパンチの要領でフェンリル・ブロウを振るったのだ。

 

「・・・ん?」

 

けれども、カウンターブレードが命中して相手を後方へと追い遣った黒騎士の表情は冴えなかった。

 

「ま・・・間に合ったぜ!」

 

すると一夏を見てみれば、なんと彼は射撃機構や近接ブレードに変形する左手の多機能武装腕を防御用のバリアシールドに変形展開していたのである。

御蔭で自身の身を守る事も出来るし、零落白夜のエネルギーシールドによってフェンリル・ブロウに傷を付ける事も出来た。

 

「・・・・・だから何だというのだ!」

「え・・・って、うわぁあああああああ!!?」

 

先の一戦により、一夏に射撃能力がない事を見破った黒騎士はランサービットの穂先からズキューン!と彼を仕留める為のビームを連射する。

黒騎士、彼女の戦いに対しての考え方は、勝利の為なら『全てを利用する』事だ。なれば相手の不利を突き、戦況を自分の有利に持っていく事は至極当然の事。

何故ならならば、此れはスポーツマンシップに則った”試合”ではない。命と命を獲り合う”死合”なのだから。

 

「フッ・・・少しは成長したかと思えば、私としたことがとんだ思い違いをしていたな。いや・・・私が強くなり過ぎただけか?」

 

「ッ、ふざけんじゃねぇええ!!」

 

ランサービットからの弾幕射撃を縫い目を縫う様に避けつつ黒騎士へ接近した一夏は刀を振り下ろす。

 

「フン!」

ゴッギィン!

「うわぁア!!?」

 

ところがどっこい。振り下ろした雪片に黒騎士のフェンリル・ブロウが刃合わせが炸裂した途端、剣圧に負けて吹き飛ばされたのは一夏のほうであった。

しかし、其れは無論と言えば無論であった。白式の専用武器にして主要武装である雪片弐型は太刀である。

其の太刀を片手で扱った事と相手が重量級の大剣であった為、押し負けても当然と言えば当然だ。

 

「この!」

 

しかし、鍔迫り合いに負けても尚、一夏は諦めなかった。

大剣の剣圧によってバランスは崩したものの、其れを利用して左手の近接ブレードを黒騎士に向けて振り回していたのである。

 

「・・・無駄だ!」

「ッ、グっわぁアアアア!!?」

 

だが、平然とさも当然の如く黒騎士は一夏へ向けてランサービットを差し向けた。

しかも唯差し向けただけではない。ランサービットの名の通り、槍として穂先で両腕を刺し突いたのだ。

其のまま彼女は一夏を地面へと叩き付ける。両腕にはランサービットが突き刺さっている為に事実上の拘束状態だ。

 

「このッ・・・クソ! 卑怯だぞ!!」

 

「・・・そうか。それもそうだな」

「は?―――――グげぇええエエッ!!?」

 

喚く一夏に向かって黒騎士は強烈な蹴りを放った。

其の威力は申し分ない程で、蹴り飛ばされた一夏の身体は宙を舞い、大型倉庫の壁を突き破って道路へと投げ出されたのである。

 

「「一夏(さん)!!」」

 

≪―――――!!≫

 

「ッ、さっさとそこをお退きなさい!!」

 

逆流する胃液を抑えつつのた打ち回る一夏。

彼を助けようとセシリア達や警視庁の面々が助けに行こうとするが、やはりゴーレム達が其れを邪魔をする。

 

「フン・・・!」

「ッ、グッげぇ!?」

 

そんな釣り上げられた魚の様に跳ねる一夏を落ち着かせる為に黒騎士は彼の腹部を渾身の力を込めて踏み抜いた。

思わぬ衝撃に一夏は蛙の断末魔を上げる。

 

「こ・・・このッ、やろ―――――うげぇえ!!」

 

一夏は反撃せんと取りこぼしていた雪片を握り直そうとするが、黒騎士は其れを妨害する様に彼の腹部においている足へ更に込めて、ランサービットで雪片を遠くへ弾いた。

勿論、左手の多機能武装腕はフェンリル・ブロウを突き刺して潰している。

 

「・・・他愛もない。本当に・・・本当に本当に、本当に本当に本当に他愛もないな貴様」

 

苦しむ一夏を見下ろし、黒騎士は溜息を吐き連ねる様に呆れた。

ミシミシと機体の装甲版が圧力によって割れ始める。

 

「ヤツの・・・ギデオンへのウォーミングアップにもならん。あまりにも脆弱過ぎる。脆弱過ぎて話にもならん。成長したかと思ったのは、甚だ私の勘違いだったようだ」

 

「ふざ、けんなッ・・・! 俺は! 俺はみんなを・・・ッ!!」

 

「もういい。喋るな。順番は違うが・・・貴様の首を手土産に”あの人”に会おう。さて、あの人はどんな顔をするだろうか?」

 

若干バイザーの下でほくそ笑みつつ、黒騎士はフェンリル・ブロウを振り上げた。一夏の首を叩き斬る為にギロチンの刃を振り上げたのだ。

 

「うわぁああああああああ!!」

 

ガンッガンッガンッ!と黒騎士は無機質な表情のまま抗う術を断たれた一夏を抜き出た釘の様にフェンリル・ブロウを叩き込む。

皮肉にも白式の単一能力である零落白夜を多用した事で、ただでさえ少ないシールドエネルギーが半分以下になってしまっていた。

 

「さぁッ・・・これで、終わりだ・・・・・!」

 

トドメの一撃として再び振り上げられた黒騎士のギロチン。

此れを喰らえば、シールドエネルギーは完全に消失し、ISは強制解除となる処か。其の勢いのまま一夏の青首は大根の如く断ち切られるだろう。

 

「は・・・えッ・・・お、おい・・・?」

 

其の理屈が今頃になって理解できた彼へ何とも言い表せぬ恐怖が襲い掛かって来た。

今まで色々な騒動事がある度に様々なピンチがあった。しかし、其のどれもが突然のピンチであったのだ。

不意に受けた一撃によって意識不明や気絶に陥る事が多かった。其れはある意味で幸運な事であったろう。

けれども、今は此の瞬間は違う。徐々に徐々に大雨で家が沈んでいく床下浸水の様にこんなにも明確で確実なピンチはなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・いや、よくよく考えたらやはりあった。

 

〈やぁ・・・一夏?〉

 

織斑 一夏は思い出す。

『あの男』の声を、

『あの男』の表情を、

『あの男』の雰囲気を、

『あの男』―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の脳味噌を食べようとした『ハンニバル・レクター』を思い出す。

 

「お・・・おお、俺の・・・・・!」

 

「む?」

 

「―――――俺の側に近寄るなぁあああああ―――――ッ!!

ビッカァアアアアアア―――ッ!!

「なッ!?」

 

『『『えッ!!?』』』

 

甲高い悲鳴と共に白式が眩いばかりに光り輝く。

あんまりにも突然に目が眩むほどの光を放つもんだから黒騎士は振り上げたフェンリル・ブロウで思わず其の眩さを遮ってしまう。

まさか其れが最良の防御になるとは、彼女自身思いもしなかった。

 

ドッッッギャァアア―――――アアン!!

「ッ、ぐわぁあああああああ!!?」

 

とても大きな閃光の後に黒騎士を襲ったのは、余りにも凄まじい衝撃。

其の圧倒的なまでの衝撃によってあんなにも重そうな大剣を構えていた黒騎士の身体が何とも簡単に吹き飛ばされてしまい、其のまま彼女は理路整然と並んだ金属コンテナを大きく崩した。

 

「な・・・なんだッ・・・一体なにが起こった・・・?!」

 

ひしゃげて潰れてあっちこっちに玩具の様に散らばったコンテナの上で、黒騎士は疑問符を呟いた後、「・・・まさか!?」と体を起こす。

先程の一撃はきっと彼女が求めていた人物からのものに違いないと思ったからだ。

 

「なん、だと・・・?」

 

しかし、自分が元居た場所へ向けてみれば―――――

 

「≪Aaa・・・あァッ・・・≫」

 

―――――・・・其処に居たのは、真っ白な雪よりも無垢な色を有した騎士甲冑の人物で、何だか人の声と機械音が混ざった様な声にならぬ声を随分な猫背で呟いている。

 

「なんだ・・・なにがどうなっている?」

 

確か、あの場所にはズタボロにしてやった一夏がべそをかいていた筈だ。ならば、あそこに居るのは当然一夏という事になる。

けれども・・・明らかに雰囲気が違い過ぎた。違和感があった。其れは雰囲気に留まらず、外見の容姿さえも変化していたのだ。

まるで其の姿は、世界中の誰もが知るISの始祖たる存在・・・『白騎士』に酷似していたのだが―――――

 

「―――――・・・え?」

 

動揺の為か。ほんの一瞬フリーズしてしまった黒騎士がまばたきをした刹那、其の謎の白い騎士は彼女の視界から消え失せた。

再びの困惑が黒騎士の思考を支配するが、けたたましいアラートが鼓膜を揺さ振る。ロックオンアラートのけたたましい警告音が。

 

「≪Aaァッ・・・!!≫」

「なッ・・・!?」

 

黒騎士が戦場で培った直感で振り返れば、其処には既に自分へ向けて刀を振り被る白夜叉が居た。

此れはマズいと彼女は咄嗟に自らの得物であるフェンリル・ブロウを前へ出す。

 

ズギャァアア!!

「グぁアア!!?」

 

ところが、片手で振るわれた筈の斬撃は先程の一夏の時よりも凄まじい威力を発揮し、フェンリル・ブロウに稲妻の様な亀裂をひびかせたのだ。

 

「ッ・・・舐めるなぁああ!!」

 

先程まで自分に対して劣勢を喫していた男に押し負けている事へ激昂しつつ黒騎士は態勢を立て直すや否や、ランサービットを白夜叉と化した一夏へ差し向ける。

 

「・・・≪Aぁアアッ?≫」

「ッチィ!」

 

矛先から放たれるレーザーやランサービット自体の刃が機体へと向かっていくが、何ら効果が発揮されていないのか。白騎士は首を傾げつつ更に更に酷く歪な形へと変貌してしまった雪片弐型を押し付けた。

此のまま白騎士は黒騎士を圧し潰すつもりかと思いきや。彼は其の刃に青白い焔を注ぎ始める。

余りにもエネルギー消費が激しいが、少しでも当たれば再起不能を余儀なくされる必殺の剣『零落白夜』だ。

 

「貴様ァア―――――ッ!」

 

必死に此の窮地から逃れようと黒騎士は手数を繰り出すが、じわじわと上から掛かる圧力から逃げる事は出来ず喚く事しか出来ない。

そんな追い詰められる彼女に語り掛ける”ある声”が聞こえて来た。

 

―――――〈貴方に・・・力の資格は、ない〉

「ッ!!」

 

何の脈絡もなく幼い少女の声が聞こえて来た事に黒騎士はバイザーの下で目を見開く。其れも目の前の歪な白騎士から聞こえて来たのだから余計にだろう。

 

「・・・・・まれッ・・・黙れ・・・黙れ、黙れ黙れ黙れぇええ!!」

 

其の問いかけがスイッチとなったのか。黒騎士は白騎士の刃を撥ね退けて反撃に移らんとフェンリル・ブロウを振り被る。

 

「―――――≪AAAッ!!≫」

ザッシュゥウウウウウッ!!

 

―――――しかし、其れよりも早く・・・いや、前以て其の動きを解っていたかの様に青白い焔を纏った刃が黒い鎧を斜め一閃に切り裂く。

 

がッ・・・・・ッフ・・・ッ!」

 

お手本の如く袈裟斬りされた黒騎士は、霧の如く掻き消えて行くISと共にバッタリ棒の様に倒れ伏してしまった。

 

「ッ・・・や・・・・・やった、やったー!!」

「織斑候補生がとったぞー!」

 

戦場に居るであろう誰かが声を上げる。ゴーレム軍団の頭目であろう黒騎士を打ち破ったのだから声を上げても当然だ。

此の大手柄に「なら俺も!」とEOS部隊の士気は大いに上昇するのだが・・・・・

 

「ッ、ちょっと皆さん・・・!」

 

「うんッ。ボクも感じたよ。これは・・・ヤバいんじゃないかな?」

 

「かな・・・じゃない。これは・・・ヤバい!」

 

ISを纏った乙女達は、今までの短いながらも濃厚な戦闘経験から随分と非常にマズい危機を察知したのである。

そして・・・其の機器察知能力は、当たらんくても良いのに的を射てしまう。

 

「≪A・・・AAッ・・・・・≫」

 

「え・・・?」

 

「≪AAAぁaアぁアAッaAア―――――ッ!!≫」

 

首がくるりコテンと張り子の虎の様に未だゴーレム軍団と鎬を削るEOS部隊の方へ回った白騎士は、一転して振り被った青白い焔の籠った刃を振るう。

 

≪―――――ッ!?≫

 

「へ・・・ッ?」

「―――――ッ、ギャぁアアアアアア!!?」

 

さすれば飛ぶ斬撃として飛来する三日月となった斬撃は、ゴーレム処か共に戦う同胞である筈の警視庁特殊機動部隊EOS課の面々も焼き尽くしたのだ。

 

ぎぃいイやぁアアッ!!?

熱ぃいッ、熱いィイイいい!!

 

無人型のISなら兎も角とし、生身に鎧を纏ってるだけのEOS部隊隊員には大変に厄介な代物であった。

 

「≪AぁaあぁアAッaAあAAッ!!≫」

 

「ッ、ちょ・・・ちょっと待―――――」

「うわぁああああああああ!!?」

 

燃え堕ちる蛾の様にゴーレム軍団共々吹き飛ばされ行く仲間達を目にした途端、上がった筈の士気は右肩下がりの急転直下。

しかも其の発端が青く燃える斬首刀を掲げて迫って来るもんだから皆一様にして背を向けた。

御蔭で戦線は総崩れである。

 

「み、皆さん! 落ち着いて下さいまし!!」

 

≪―――――!!≫

 

「ッ、危ないセシリア!!」

 

EOS部隊へ動乱敗走が広がる中にも関わらず、ゴーレム軍団は其の攻め手を崩す事はなかった。

其れ処か「此れは好機!」と言わんばかりに突っ込んで来たのだ。

 

「あ・・・ありがとうございますわ、シャルロットさん」

 

「どういたしまして! だけど・・・これはマズいんじゃないかな?」

 

「そう、ですわね。ここは一旦退却を―――――

ドッグゥオオ―――――オン!!

―――――きゃッ!?」

 

突然の第三勢力と化した一夏の暴走に同じく動揺するセシリアにシャルロット。そんな彼女等へ―――――

 

「≪AぁaAAッ・・・!≫」

 

理性のリの字もない白騎士が刀を振り回して迫って来るではないか。

 

「う・・・あ、ぁあ・・・・・!!」

 

一方、突如として始まった惨劇に簪はオロオロと目を泳がせた。

 

うぎげぇええええええ!!

痛ぇッ! 痛ぇよぉおオオオッ!!

助け・・・ダす”け”てぇくぇええ

 

燃えながらのた打ち回る隊員やあらぬ方向に手足が曲がって泣き叫ぶ隊員達の阿鼻叫喚に「はぁッ・・・ハァッ・・・はぁ・・・!」と彼女の呼吸は浅く短くなる。

そんな過呼吸になっている簪は、目を泳がせながらもグッと息を飲んでミサイルポッドへ絶大な信頼を置く人物から預かった弾頭を装填した。

 

「ほ・・・本音、聞こえ・・・る? とりあえず、みなさんに消火活動と負傷者の搬送をやって・・・!」

 

≪う、うん! わかった!! で、でも・・・かんちゃんはどうするの?≫

 

「私・・・わ、私・・・はッ!」

 

「―――――ちょっと、無茶してくる・・・!」と簪はセシリア達に迫りゆく白騎士に向かってブースターを全速力で噴かしたのである。

 

「ッ、簪さん!?」

「簪、なにを・・・?!」

 

真っ直ぐ、ただ真っ直ぐブースターを噴かせる簪に勿論とも白騎士は気が付く。

 

「≪AアぁあAッ・・・!≫」

「・・・させない!!」

 

其の振り向く瞬間、簪はブースターを逆噴射させて目標をロックオンしてミサイルポッド『山嵐』を発動した。

無論、最早IS無双の強となった白騎士にただのミサイルパーティーが効く訳がない。そんな事は重々承知。

其れ故に炸裂して花火を開かせる中に絶対零度の弾頭を混ぜたのだ。

 

「≪AAッ・・・!?≫」

 

榴弾の中に混ざった氷結榴弾を切り裂いてしまった為に刀身が一気に氷柱を纏って凍り付く。

本当は機体其の物に打ち込む筈だったが、此れもまた良し。

 

「みんなッ・・・今!!」

 

「ッ、はい!」

 

怯んだ白騎士を確認した簪の合図によって残り僅かの手勢となったIS学園勢の砲塔が三者三様で向いた。

無機質なゴーレム軍団の対処よりも暴れ回る狂騎士に照準を合わせたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――しかし、やはりと云うのか。

此の状況においてやはり邪魔が入る。しかもとんでもない予想外の邪魔が。

 

「―――――一夏ぁああ!!」

 

『『『え・・・?』』』

 

三者三様の銃口や砲口の前に躍り出たのは、此処とは別の場所で討伐任務にあたっている筈の『紅い椿』であったのである。

 

「篠ノ之さん・・・!?」

 

「どうしてここに箒さんが!?」

 

彼女の登場に唖然とする一同だが、当の本人は知らぬ存ぜぬで其れ処か怒っているではないか。

 

「通信からの叫びに飛んで来てみれば・・・どうして皆、一夏に銃を向けている?! 向けるべき相手が違うだろう!!」

 

「・・・・・うるさいッ、邪魔をするな・・・!」

 

「なんだと?! 更識、貴様ァ!!」

 

とんでもない解釈違いの癇癪に思わず簪の表情も大きく歪む。

 

「≪Aッ・・・≫」

 

そうこうしている内に箒の肩を白騎士が叩く。

「どうした一夏?」と振り返る彼女だったが、其の言葉も想い人への柔らかい表情も向けられる事はなかった。

 

「―――――ッぐ・・・!?」

 

白騎士は振り向き様に箒の喉元を握り掴んだのだ。

そして、食事をする様にゴクリゴクリッと紅椿のエネルギーを啜ったのである。

 

「ッ、やめろぉおお!!」

 

簪は顕現させた薙刀を振り被って襲い掛かるが、白騎士はそんな彼女に向かって”残りカス”である箒を投げつけた。

咄嗟に彼女は投げ付けられた箒をキャッチするが、其れを狙っていたかの様に白騎士は斬撃を放ったのである。

 

次々と襲い掛かる状況に簪は刃を受ける防御壁を展開する事も戸惑った。

此のまま斬られるだろうと彼女は直感する。

ゾッとした。明確な必殺の刃にゾッとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――「・・・何をしとるか?≫」

更にゾッとするのは此の後であるが。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
次回:「理想(おまえ)に現実(じごく)を見せてやる」


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182話


※作者は初の10000字越え
※かーなーりーの速度でサクサク進みます。
※←が最中に出てきたら、皆さんで各々の処刑BGMを。

・・・・・どうぞ良しなに。



 

 

 

―――――「この個体は失敗作だ。力が強すぎる」

―――――「またD判定だ。『№.1000』は、A判定だったというのに・・・」

 

・・・・・声がする。

コポコポ、コポコポと水泡が目の前へ何度も浮かび上がる翡翠色の溶液の中、自分へ向けられているであろう落胆の言葉を彼女は思い出す。

 

「ッ・・・な・・・にが、あった・・・・・?」

 

未だ粉塵が収まらぬ闇夜の中、意識を取り戻した黒騎士はヨロヨロとススぼけたISスーツを纏った身体を起こした。

 

「ぐッ・・・!!」

 

鈍くも鋭い痛みが彼女を襲う。

触診をしなくとも鎖骨やら胸骨やら肋骨やらが折れている事は確実だ。もしISスーツやISを纏っていなければ、黒騎士の身体は真っ二つになっていた事だろう。

 

「まだ・・・まだだ・・・・・まだ、終わってない・・・まだ私は・・・・・ッ!!」

 

彼女は何とか予備のシールドエネルギーを捻出して再びISを纏う。だが、纏った戦衣の装甲版は所々が見るも無残に潰れて凹んでひしゃげて千切れていた。

とてもじゃないが、手の付けようのない歪な白騎士と成り果てた一夏に敵う状態とは思えない。

 

ザッ・・・ザザ・・・・・エ・・・エむ・・・M、聞こえる?≫

 

そんな吹けば飛ぶ様なズタボロの黒騎士の通信チャンネルに入って来た声。彼女の直属の上司にしてファントム・タスクは実動部隊モノクロームアバター部隊長であるスコール・ミューゼル其の人だ。

 

「スコール、か・・・いったい、どうした?」

 

≪今すぐに其処から撤退しなさい。其処での合流は不可能となったわ≫

 

「撤退・・・だと? なにがあった?」

 

≪やられたわ。悔しいけれど・・・まんまと嵌められたわ、”あの男”に・・・・・ッ!≫

 

「あの男・・・? ッ・・・!!」

 

黒騎士は疑問符の後、大きく目を見開くとニヤリと口端を吊り上げたのである。

 

「そうか・・・そうか、そうか・・・! やはり来ていたか・・・!!」

≪M? まさかッ・・・ダメよ! いけないわ!! これは命令よ!! 今すぐに其処から―――――≫

 

「ふ・・・ふふふ・・・ふははははは・・・!」

 

ブチリッ・・・と黒騎士は通信機器を引き千切る様に投げ捨てた。そして、ケラケラと楽しそうな笑い声を上げてキッと目を三角にして飛び出す。

 

「待っていろ・・・待っていろ、ギデオン! キヨセ・ハルキ!!」

 

愛しい怨敵を探して。恋しい宿敵を求めて焼け爛れた蝶は夜空へ羽ばたいた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「(・・・録画、しとけばよかったなぁ)」

 

迫り来る歪な白騎士の刃を眼前に更識 簪は何とも見当違いな思いを心内で描いた。

今日の夜中、彼女がいつも見ているアニメが放映される。ネタバレが許せない簪としてはリアタイ視聴が望ましい。

しかし、今現在進行形で自身へ振るわれる必殺の剣を避ける術が簪には思いつかなかった。

手元にはISのシールドエネルギーを全て搾り抜かれて意識を失った学友の箒。防御の為のシールドを出そうにも時間がない。

出来る事と言えば、ISを強制解除された箒を刃から身を挺して庇う事のみ。

だが、いくらISを纏っているとは云えども彼の刃を一度喰らえば一溜まりないのは確実。骨は砕かれ、肉は潰される事待ったなし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

「『晴天極夜』ッ!!

ザッビャァアアアアアア―――――!!

 

『『『≪―――――ッ!!?≫』』』

『『『・・・え?』』』

「へ・・・?」

 

「≪A”ッaあ”aぁア”ア”AAaAッ!!!??≫」

 

あぁ、此れ迄かと思われた其の時。

闇夜を切り裂く紅白の閃光が鋼鉄の乙女達を次々と飲み込んだ後、勢い其のままに簪の真横を通って歪な白騎士へ命中したのである。

 

「≪A”ッaあ”aぁア”ア”AAaAッ!!!??≫」

 

思いもよらぬ突然の光線に直撃を喰らった白騎士は、機械と人の声が混ぜ込まれた叫び声と共に積み重なったコンテナ群をボウリングのピンの様にストライクを決めるのであった。

 

「ッ、は・・・・・春樹・・・ッ!!」

「「春樹(さん)!!」」

 

あれ程までに苦戦必至を強いられた白騎士を意図も簡単に吹っ飛ばした破壊光線の来た先を見れば、其処には星空を背に蒼穹の六枚羽を拡げた朱の陣羽織を纏う銀飛竜が、四ツ目の瞳から金色の焔を零しているではないか。

 

≪ッ!≫

≪―――――!!≫

 

彼の者の登場にゴーレム達は目の色を変えると最優先事項と言わんばかりに襲い掛かる。

先程まで彼女達と必死に鍔迫り合いをしていたEOS隊員達は拍子抜けを喰らってしまうが、当の本人達は其れ処ではない。

絶対に倒さなくてはならぬ相手なのだ。今まで何体、何十体の同胞達が此の男に飴細工の様に砕かれ、チーズの様に融かされて来たか。

意志を持たぬ無機物の彼女達であれど、かつての同志達の仇を討つ為にゴーレム達は突貫する。

・・・だが、鋼の乙女達を食い破らんとする者は他にもいた。

 

「―――――失せろッ、ザコ共が!!」

「―――――喰らいなさいよッ!!」

 

≪ッ!?≫

≪―――――!!≫

 

蒼穹の六枚羽の左右背後から飛び出したラウラ・ボーデヴィッヒと凰 鈴音は、レールガンと衝撃砲を向かって来るゴーレム達へ発射したのである。

此れを真面に受けたものだから、ゴーレム達の身体は見るも無残にひしゃげて潰れてしまう。

 

「助けに来たぞ!」

「援護しろ!!」

 

しかも彼等の後を追う様に銃器を構えた無傷の別働EOS部隊がハツラツとした表情でゾロゾロと現れる。

 

―――――者共ッ、聞けぇえ!!!

『『『―――――ッ!!?』』』

 

そんな腐肉に集る蠅の様なゴーレム達を一掃し、援軍を引き連れて来た春樹が突如として叫ぶ。

其の声は正しく轟雷の如き声量であり、思わずビリビリ震わされた鼓膜を抑える者も居た。

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ並びにシャルロット・デュノアは、十五機を率いて左翼へ!!

 

「了解!!」

「ッ、りょ・・・了解!」

 

セシリア・オルコットは、射撃精鋭十機と共に全体的な遠距離援護を!! 凰 鈴音は、三十機と共に中央から穿ち抜け!!

 

「わかったわ!!」

「わ、わかりましたわ!」

 

更識 簪と布仏 本音は、残りの残機と共に負傷者を戦場から離脱させろ!!

 

「は・・・はい!」

「わ、わかったー!」

 

春樹は大きく声を張り上げ、各其々のIS使いへ指示と共に檄を飛ばす。

そして、最後は全体へまたしても大きな声で檄を飛ばした。

 

――――――――――市街地へあの化け物どもを一歩たりとも入れてはならん! 者共奮起し、務めを果たせ!!かかれぇえ―――――ッ!!!

『『『ッ・・・お・・・オオォオオオォォオ―――――!!』』』

 

『『『≪!!?≫』』』

 

春樹の檄に対し、出鼻を挫かれて負け犬ムード一色の駄々下がりの士気に成り果ててしまっていたEOS隊員達の心へ再び焔が灯る。淀んでいた瞳に光が戻る。

此れに機械でありながら度肝を抜かれたのは、今まで優勢を誇っていたゴーレム達だ。彼女達は息を吹き返した志士達に面を喰らったのか、ほんの一瞬だけフリーズを起こしてしまう。

・・・其れが全くの致命的な結果に繋がるとは思いもせずに。

 

さて、戦場へ文字通り羽を広げて舞い降りた一騎当千万夫不当の銀飛竜の雄叫びにより、防人達はうら若き戦乙女達と共に無機質な表情を晒す鉄人形共へ駆けて行く中。全体へ指揮と檄を飛ばした当の銀飛竜は何をするのか?

 

―――――「≪A”あ”ア”AaAッ!!≫」

「ッチ・・・阿”ぁッ、ホントに糞ッ垂れがぁあ! 威力抑えめにせんとフルパワーでやりゃ良かった!!」

 

無論、彼は粉塵を振り払うと共に青白い焔の斬撃を飛ばして来た歪な白騎士の相手をしなければならない。

春樹は其の飛んで来た斬撃を八つ裂き光輪を放つ事で相殺する事に成功するのだが―――――

 

「≪A”aAッ!≫」

「い”ぃ!?」

 

なんと、青と赤の炎が交わった瞬間。白騎士は其れらを迂回し、瞬時加速と共に春樹へ迫ったのだ。

普段では考えられない迅速な行動に思わず春樹の表情が驚きに歪むが、彼とて数々の修羅場を潜って来た訳ではない。

振り被った白騎士の刃を防がんと春樹は咄嗟に六枚羽の片翼で自らを包んだ。

 

バッキィ!!

「ッ、うっそぉ!!?」

 

ところがどっこい。

振り抜いた刃を防ぐ事は出来たものの、片翼は安いアクリル板の様に割れたのである。

 

「≪A”AAAAAAッ!≫」

 

此れに気を良くした白騎士は更に攻撃を加えんとしたのだが・・・

 

「―――――清瀬流対決術・るろうノ型悪一文字式・・・『二重の極み』!!」

 

ゴッキャバッキィ!!

「ッ、≪A”じゃbAAAAAぁアアッ!!?≫」

 

振り向き様に一発・・・いや、一発で連撃の威力を持つ打撃が白騎士の腹部を襲い、彼は奇声染みた嗚咽音を上げて後退した。

 

「テンメェ、此の糞野郎・・・ッ! ようも・・・ようも俺の琥珀ちゃんに傷を付けてくれたなぁ! ぶっしゃいてやらぁ!!」

 

ガチガチッと歯噛みをしてギョロリと春樹は金眼四ツ目を切先鋭く白騎士へ向けると両腕のレーザーブレードを顕現させる。

彼としては暴走状態にある白騎士は一夏を速やかに鎮静させ、さっさと暴れるゴーレム共を駆逐したかった。

しかしだ。先程の一夏からの一撃によって考えが変わったのである。

先の一撃により、一筋縄ではいかないと相手だと確信し、尚且つ自身の愛機に傷を付けた輩をただボコるなど以ての外。

氷結弾で動きを鈍らせた後でハーケンのワイヤーでふん縛ろうと思ったが、もう今は違う。

テロリストを捕縛する作戦を道半ばで台無しにする切欠を作り、更に味方である筈のEOS隊員達へ傷を負わせた。到底許せる所業ではない。

 

「―――――見つけたぞ、ギデオン・・・いや、キヨセ・ハルキ・・・ッ!!」

 

「≪・・・Aぁ?≫」

 

そんな状況下において、奥歯を鳴らす春樹の背中を見つけて嬉々なる声を発する人物が現れる。視線を移せば、其処には煤ぼけた焦げ臭い暗い青の装甲を身に纏った”黒揚羽蝶”の様な黒騎士が居た。

 

「決着・・・決着を、決着をつけるぞ・・・! お前と私の・・・・・ッ!」

 

だが、一目で解るぐらい既に息も絶え絶えで、吹けば飛ぶ様な悲惨な状態である。

其れでも彼女は漸く会う事が出来た愛しい怨敵に口端を吊り上げて大業物を構えて見据えた。

 

「・・・・・」

「≪Aぁ・・・≫」

 

けれども・・・けれども男は決して彼女の方を見る事はない。其れ処か、自らの機体と身体を焼いた白騎士さえも最早死に体の彼女に興味はなかった。

 

「おい・・・おい・・・・・おい! どうしてこっちを見ない? 私・・・私は、ここにいるんだぞ! 貴様との決着を着ける為に・・・!!」

 

「・・・・・無駄じゃ」

 

泣きベソをかく童の様に静かに喚く黒騎士へ春樹は溜息にも似た呟きを発する。

 

「な・・・なに?」

 

「無駄、と言うたんじゃ。もうお前さんは戦える様な身体じゃなかろうが。上体を起こしとるのも辛かろうに・・・」

 

「ッ・・・ふ、ふざけ・・・ふざけるな! こちらに目を向けないで・・・私を見ないで、なにが・・・なにがわかる?!」

 

彼の発言が癪に障ったのか。手元の大業物を振り上げ、黒煙混じりの限界稼働ブースターを噴かして春樹へと迫る黒騎士。

 

ズドドドッン!

「なッ・・・ぁ!!?」

 

ところが其の瞬間に三発の銃声が響き渡った。

ノールックで構えられた白銀の回転式拳銃から放たれたであろう其の三発の銃弾は、黒騎士の得物を持つ両手とブースターに直撃するや否や、大きな氷柱となって其れらを凍結させたのである。

普段ならば此れぐらいの攻撃など難なく防ぐ事が出来たろう。しかし、意識が朦朧として気力だけで立って居るだけの彼女には荷が重かったのだ。

 

「い・・・・・いやだッ・・・わ、私を置いて行かないで・・・・・! 貴様まで、私を置いて―――――」

 

ズドンッ!!・・・と再び響いた銃声の後、黒騎士の頭部に炸裂した氷結弾頭は、またしても大きな氷の塊となって其のまま地面へと落ちて行った。

 

「・・・≪AaぁアあAぁA!!≫」

 

其れを合図としたか。白騎士は人の声とも機械音ともとれる雄叫びを発しながら大太刀を引っ提げて春樹へ突っ込んで行く。

だが、そう何度も此の戦法が効く訳ではない。

 

「だから・・・なしてオメェは、そういつも単調なんじゃボケェ! まぁ、其の方がありがたいんじゃけどな!!」

 

彼は氷結弾が再装填されたリボルバーカノンを構える。

戦場で無敵を誇ると言っても結局の所、中身はあの一夏なのだ。

あまりにも感情的で直情的なワンパターンの戦法しか扱わない・・・いや、扱う事しか出来ないあの男なのだ。

だからこそ、彼との戦闘経験が何度もある春樹は距離をとって闘う方法をとる事にした。何故なら流石の春樹でもそもそもの機体である白式の単一能力『零落白夜』を真面に喰らうのは荷が重いからである。

そういう事もあり、春樹は再びズドンッ!!と撃鉄を打ち鳴らした。

 

だが・・・彼は大きな勘違いをしていたのである。

いくら機体の中身があの一夏であっても今現在進行形で春樹が相対しているのは、あの『白騎士』なのだ。

 

「≪ぁAaアア!≫」

「ッ、はぁ!?」

 

銃弾が直撃する一歩手前、白騎士は”直角”に急旋回したのである。しかも其れも縦横無尽に何度も何度もだ。

 

「≪A”A”A”aa―――――ッ!!≫」

「おっわ!? テンメェ此の!!」

「≪A”Aaッ!≫」

 

そんな予想だにしていなかった動きと其処から放たれる斬撃に苦しめられる春樹。

されども彼は負けじと近接武装を展開するが、幾分と其の武装と云うのが両腕にあるレーザーブレードとMVS鉈なのだ。

・・・白騎士の扱う太刀と比べると大分リーチが短い。

 

「≪AAAAAAAAAAA!!≫」

 

「白い癖に『狂スロット』みてぇな声を出すんじゃ―――――

「≪A”A”あ”A”A”ア”ア”!!≫」

―――――ぃいいッ!!?」

 

近距離武装のリーチが短い為に近付こうとするが、そうはさせまいと白騎士は斬撃の幕を張って近付けさせまいとする。

逆に距離をとって戦おうとすると瞬時加速やらで一気に迫って来るもんだからやりにくいったらありゃしない。

・・・・・なので―――――

 

「ッ・・・ダメバナの分際で調子に乗るんじゃねぇ!!」

 

「≪A”?!≫」

 

春樹はあの二丁拳銃を左右掌へ顕現させる。炎と氷の自動拳銃と回転式拳銃を。

 

「クトゥグア! イタクァ! 銃身仕る!!」

 

白銀を前に赤銅を後ろにした構えをした後、春樹は一気に白騎士との距離を詰めた。

本来ならば飛び道具の距離である中距離をとるが、逆に彼は瞬時加速を使用して白騎士の目の前へと現れ出でたのだ。

 

「≪AAAAAAAAAA!!≫」

 

勿論、白騎士は目にも止まらぬ速さで攻守を併せ持った斬撃の幕を張り巡らせる。

 

「≪A”A!?≫」

 

ところが、ガギィイン!!と振るわれる白刃を制止させたのは、割れたアクリル板の様なヒビを負った蒼穹の六枚羽(ウィング・スラスター)

此の一撃によって完全に片翼の翼骨へ刃はガッチリ喰い込むが、此れで動きは止める事が出来た。

 

「―――――懺悔しろ!!」

「≪Aあ”aAア”アあ”あア”!!?≫」

 

ズダダダダダンッ!!と炸裂する超高熱と氷点下の弾頭達。

其の容赦のない攻撃によって白騎士は今までにない程のダメージを負い、聞くに堪えない断末魔を上げる。

 

「清瀬流対決術・機神ノ型四式・・・『アトランティス・ストライク』―――――ッ!!」

 

そして、ダメ押しの一撃と言わんばかりに瞬時加速で馴らした踵蹴りを頭部へ落としたのだ。

 

「≪A”Aぁア”アAaaァああ”あ”ああ―――――ッ!!≫」

 

容赦はおろか躊躇いもない・・・いや、なさ過ぎる余りにも無慈悲な一撃に再び断末魔を上げた白騎士は、其のまま積まれたコンテナをボウリングのストライクの如く薙ぎ倒して行った。

 

「ハァ・・・ハァ・・・畜生ッ、手間かかせよってからに畜生め!!」

 

もがれていない片翼で何とか姿勢を保ちつつ、春樹はもがれて宙ぶらりんとなっている片翼を撫でる。

 

「御免・・・御免なぁ、琥珀ちゃん。俺が未熟なばっかりに・・・!」

 

〈謝らなくても良いわよ、春樹。すべてを利用して勝利を掴む・・・『柱の明夫』だって言ってたじゃない〉

 

「・・・破破ッ、ありがとうなぁ。其れだけでもちぃとばっかし楽になるわね」

 

愛機である琥珀に慰めて貰った春樹は、「さてと・・・」と言いつつ噴煙が未だ上がるコンテナの残骸達へ目をやった。

 

「≪A”A―――――ッ・・・!≫」

 

さすれば瓦礫を押しのけて舞う塵芥を振り払う白い甲冑を身に纏った騎士が居るではないか。

そんな輩に対し、「・・・糞ッ垂れぇ・・・・・!」と云う言葉を春樹はグッと飲み込んで、確実に相手を完膚なきまでに打倒する為の技を構える。

 

「フルパワーじゃ・・・くたばりやがれ!! 晴天極夜』!!!

 

腕を十字に組んだ必殺必滅の奥義。

フルパワーの此れを喰らって無事だった者はいない。

 

ザッビャァアアアアアア―――――!!と紅白の稲妻が白い騎士に向かって飛んで行く。

 

「≪・・・AA”?≫」

 

其の自分に迫り来る必殺光線に白騎士は何を思ったのか?

 

「≪k・・・kい、yOセ・・・・・きヨ、せ・・・キヨセ! キヨセぇえええええ―――――!!≫」

 

〈ッ、春樹!!〉

「へ?」

 

今まで人語を話していなかった白騎士が初めて言葉らしい言葉を発した事に琥珀はある種の危機を感じ取り、春樹へ注意喚起を促す。

・・・しかし。

 

「≪キヨセェエエエエエ―――――!!≫」

ズッシャアアアアアア―――――!!

「ッ、何ィイイ!!?」

 

何と白騎士は左腕へ鋭い零落白夜のエネルギー爪を顕現させるや否や、向かって来る破壊光線を切り裂いたのである。

まさか、一体誰が必殺光線を自らの鋭い爪で切り裂いて来ると予想出来たであろうか。白騎士は其のまま自らに降りかかる赤光をチーズの如く切り裂くや否や、愛刀の刃へ青白い焔を込める。

そして、其のまま―――――

 

「≪セイヤァアアアアアッ!!≫」

ズッシャアアアアアア―――――!!

ゲぎぃいえぇえエエッ!!?

 

―――――十字に組んだ左腕を弾き飛ばす。

弾かれた左籠手は丸焦げとなって、焼けた肉の臭いが漂った。

 

〈春樹ぃい!!〉

 

「≪チェストォオオオオオ―――――!!≫」

う”ギぃッ・・・畜生がァア!!」

 

更に白騎士はトドメと云わんばかりに逆袈裟斬りを振るうが、春樹は此れを何とか高速切替で顕現させたMVS鉈で防いで斬撃の向きを変える事に成功する。

けれども、其の衝撃を押し殺す事は出来なかったのか。彼は弾むゴムボールの様にあっと言う間に後方へ吹き飛ばされ、ドグォオオオ―――――オオッン!!と今度は自分の方がボウリングのボールになってしまったのだった。

 

「≪ウォオオオオオッ!!≫」

 

宿敵たる狂戦士を屠った事に白騎士は勝ち誇った様な雄叫びを上げる。

其れは白騎士自身の声だったか。其れとも・・・・・

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

―――――〈・・・き・・・・・るきッ・・・は、るき・・・春樹!!!〉

「・・・阿”・・・・・ぁッ・・・」

 

まるでブリキの玩具を散らかしたの様に散らばったコンテナの中で、琥珀は自らの纏い手たる男の名を呼ぶ。何度も何度も何度もだ。

しかし、名前を呼ばれている当の本人は呻き声と悪夢にうなされるかの様な上擦った声を上げるばかり。

 

「ま・・・まさか・・・こ、こねーな事になるなんて・・・ッ・・・」

 

若干焼け焦げて黒ずんだ銀兜と面当を脱ぎ捨てて出て来た彼の表情はとても土気色で、幾つもの球の様な汗がタラりと額や頬を伝う。

更に眼差しも何処を見ているのか解らない虚ろな瞳をしているではないか。

 

〈(む・・・無理も、無理もないわ。よりによって・・・よりによって、暴走しているとは言ってもあの織斑 一夏に自慢の晴天極夜を破られたのよ。今まで積み重ねて来た自信と誇りが尽く砕け散った・・・とてもショックな事だと思うわ)〉

 

現状の春樹は、傍から見てもどう見ても戦える精神状態ではない。十人が十人、彼を再起不能と判断するだろう。

 

〈(・・・でも!!)〉

 

琥珀は知っている。今まで春樹がどんな状況の中でも反骨精神を磨いて来た事を彼女は知っている。

 

「―――――テンメェ・・・此の野郎ッ!!

 

春樹は思い出す。最初の最初の最初の頃に織斑 一夏へ、あの”人喰い”が”無礼な豚”と呼ぶ男へ向けた感情を思い出す。

 

ヴェろ”ぉお”ぁア”ア”ア”ああアア嗚呼ぁアア

 

自らの平穏を平然と奪い去った下郎に対する逆ギレ逆怨み甚だしい『憤怒』を思い出したのだ。

 

〈・・・・・春樹・・・〉

 

しかし、そんな彼へ琥珀は酷く落ち着いた声色で語り掛ける。

制止されるのだろうと思ったのか、春樹は金色に燃え上がる瞳をカッと四白眼した。

 

―――――ところがどっこい。

 

〈いっちょやってやるわよ!〉

「ッ・・・阿破破破!!」

 

勝気な声を張り上げた彼女に対し、春樹はあの奇天烈な笑い声を上げた。

 

〈あなたの怒りは、私の怒り。あなたの憤りは、私の憤り。あなたの憎しみは、私の憎しみ。目にもの見せてやろうじゃない! それに・・・春樹の事を度外視しても私もいい加減あの”機体”にはムカついて来たから!!〉

 

「破破破ッ! 途中から何言ってんのか解らんようなったが、兎にも角にも良し!!・・・じゃけど、手筈は? ブチ回された御蔭で肋骨はたぶん折れとるし、左腕に至ってはコネクターごと焼かれて砕かれとる。正直云うて左手の感覚がねぇでよ」

 

最強技である晴天極夜には弱点があった。其れは発動に両腕を組合さなければならないと云う点だ。

先の白騎士の斬撃により、左腕の籠手ごと骨と筋肉を焼かれて砕かれた。此れではスペシウム光線が撃てない。

 

「後ん事は皆に任せて、此のまんま野郎に抱き着いて自爆するか?」

 

〈ダメよ。それに手筈ならあるでしょ?〉

 

「阿ん?」

 

〈切り札ってもんは、最後まで取っておくのが切り札なのよ!〉

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「≪Aa―――――・・・Aaa―――――・・・ッ≫」

 

今まで苦い思いをさせられて来た怨敵に一矢報いた白騎士は大きく肩を揺らして振り向いた。

其の歪な兜目の先で繰り広げられているのは、鋼の乙女達と護国の防人達を率いる若き戦乙女達の戦火の数々。

 

「≪・・・Aaa―――――ッ!≫」

 

白騎士は歩もうとする。敵を駆逐する為に、敵を屠る為に、敵を倒す為に・・・敵を殺す為に。

しかし、彼・・・いや、”彼女”?にとって『敵』とは何か? 其れは、”生体反応のある者”全てだ。

其れ故にゴーレムだろうが、EOS隊員だろうが、IS専用機所有者だろうが、一般人だろうが、男だろうが、女だろうが、子供だろうが、老人だろうが、何だろうが、 邪魔する者は全て敵だ。自身を、”彼”を傷付けようとする者は全て敵だ。

ヤラれる前にヤラなければいけないのだ。

 

 

 

 

 

―――――「おいおいおいおいおいおいおい・・・もう勝ったつもりでおるんか? 此の俺によぉ~?」

 

「≪A・・・ッ?≫」

 

だが、さぁ此れから自分以外の何者も殺戮して破壊してやろうと意気込む白騎士を呼び止める者が一人居た。

振り返ってみれば、其処には黒く焦げた銀の鎧を身に纏う片翼のもげた戦士が何とか宙に浮いている。

 

「残念じゃけど・・・俺ぁまだ生きとるのよぉ?」

 

兜を脱いだ素顔のままで口端を吊り上げる春樹だが、どう見ても其れは虚勢の笑顔であった。

満身創痍のズタボロで呼吸も浅く、鼻の片穴から垂れる鼻血は滑稽にも見える。

 

其の無様とも云える姿に白騎士は「≪・・・A”ッ!≫」と呟く。

まるで、鼻で笑うかの様な仕草だ。まるで、あの時黒騎士に「あなたに力の資格はない」と云っている様であったのだ。

 

「阿ぁッ、糞・・・舐めやがって。じゃけど・・・そうじゃよなぁ。癪じゃけど、随分と癪じゃけど・・・あぁ、強い。お前さんは強いよ。認めたくねぇけども認めるわ・・・オメェは強い!」

 

「じゃけどなぁ!!」と彼は腰へある物を顕現させる。其れは、魔除けの朱い鞘へ納められた銅銭鍔に天正拵えの一振りの三尺太刀であった。

春樹が其れをスラリと抜刀すれば、星明かりによって刀身がいぶし銀に輝く。

 

「IS統合部の皆が打って下さったもんじゃ。本来味方である野郎相手に向かうもんじゃなかろうが・・・致し方無し」

 

そう言って彼は琥珀の新武装である『MVSS』・・・メーザー・バイブレーション・サムライソードの刃へ超高周波振動を起こす。さすれば、いぶし銀の刃は鞘と同じ朱色に染まり上がった。

しかし、唯の其れだけで戦況を覆す事が出来ようか?

 

〈出し惜しみはなし! いくわよ、春樹!!〉

「応ともよ! ウィングスラスター並びに各種装甲、パージ!!」

 

覚悟が籠った声と共に破損した六枚羽と焼け焦げて凹んだ装甲版が外れる。すると触手の様なコンセントプラグが、鯨の尾びれが模られた心臓部から伸びるや否や、其れがグサリッと背中に突き刺さった。

さすれば身体へ残った銀の具足が、紺よりも更に濃い黒色に見える程の暗い藍色へ・・・勝色へ染まる。

 

 

ドグンッ・・・ドグン・・・ドグン・・・

「〈『人機一体・戦衣【琥珀】!!!』〉」

 

「≪ッ!!≫」

 

様変わりした春樹の纏う琥珀の姿に白騎士は驚いた。

胸へ光るカラータイマーが赤く点滅する満身創痍のボロ雑巾の様な姿にも関わず、彼女の中の警告アラートがけたたましく鳴り響いたのだ。

 

「―――――現状で三分しかもたんけん、さっさとやるでよ。清瀬流対決術・応用ノ型!」

 

命の水(ウシュクベーハー)、セット!〉

「『戯曲・藍衣の王』!!」

 

「≪ッ!?≫」

 

バシュッと白騎士の視界から消え失せる春樹。

ハイパーセンサーでさえも捉え切れない其の速さに驚くのも束の間、彼女の背後へ得物振り被った春樹が現れる。

 

「≪・・・Aaa!!≫」

 

けれども、其れを読んでいたか。白騎士はカウンターとばかりに太刀を振るう。

さすれば斬撃は其の姿を捉える事に成功するのだが・・・

 

「≪ッ、Aa!?≫」

 

捉えた筈の姿が、霞となって消えたのである。

其の質量を持った残像に気を捉えられた事で実像は白騎士の裏の裏で刃を構えた。

 

―――――「風は虚ろな空を征く」

ズジャシャシャァアアアアアッ!!

「≪SYEEAaa―――――ッ!?≫」

 

刹那の瞬き間、純白の身体へ縦横無尽に紅の一閃が何度も何度も通っては、装甲を斬り裂く。

白騎士は一瞬何をされたのか理解不能だった。自分が切り伏せた筈の敗者に身体を斬り刻まれているのだから当然と言えば当然だ。

 

「≪キ・・・キヨセェエエエエエッ!!≫」

 

勿論、白騎士とていつまでも俎板の鯉でいるつもりはない。

相手の移動速度と斬撃角度から次に春樹が来る位置を想定して零落白夜のエネルギー爪と太刀を振るう。

 

―――――〈声は絶えよ、歌は絶えよ〉

ザッシュゥウウァアアアアアッ!!

「≪GIIIII―――――ッ!?≫」

 

しかし、春樹と琥珀は其の上を征く。

白の斬撃と斬撃の間を縫って、赤の斬撃が装甲とシールドエネルギーを確実に抉り穿ち削る。

 

―――――〈涙はッ!〉

――――― 「流れぬまま枯れ果てよ!!」

 

斬ッ!!

「≪GAッ・・・aaA・・・・・ッ!!?≫」

 

そして、一刀両断の刃によって遂に白騎士は身体を大きく跳ね上げて力なく地上へ落下していくのであった。

 

「・・・・・がッッフ!!

 

斬撃が決まったにも関わらず、血を口と鼻から吹き出す春樹。

流石に色々と身体に負担がかかった上で強化状態を使用したが為に限界が来ていたのである。

 

〈春樹!〉

「大丈夫・・・大丈夫、じゃけん・・・!」

 

ゆっくりゆっくりと地上へ着陸すると両膝をついて大きく溜息を「はぁ~~~・・・ッ」と吐き漏らす。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁッ・・・・・さ、酒飲みてぇー・・・」

 

情けない声を呟く春樹。

すると粉塵の靄の中から彼を見る目があった。

 

「≪キッ・・・きキ・・・・・キヨセッ・・・!≫」

 

何と未だ白騎士は自我を保っていたのである。何としぶとい機体だろうか。

そんな斬撃によって歪さが増した白騎士は、肩を落とす春樹の背中へ向かってブースターを噴かした。肩へ斬首刀を振り被って。

 

「≪キヨセ・・・・・きよせ・・・清瀬ぇええッ!!≫」

 

宿敵の名を呼びつつ、白騎士は愛刀たる雪片を凄まじい勢いで振るう。其の威力は、ISの絶対防御があろうと首を切断するなど容易いものであった。

「勝った!」と白騎士は確信する。

 

「・・・・・此の刀の名前が決まったなぁ」

 

其の確信と同時だったか。何故かそんな事を春樹は呟いた。

彼の云う刀とは、朱鞘へ納めた新武装の事だ。けれども何故に今、刀の名付けを呟いたのだろうか?

 

「≪・・・・・・・・A・・・?≫」

 

白騎士は疑問符を浮かべた。

ザシュリッ!!と物を斬った効果音がしたにも関わらず、鮮血が散ったにも関わらず、刃を向けた相手である春樹の首は線香花火の最後の火種の様に地面へ墜ちていなかったからだ。

 

其の代わり・・・ひゅんひゅん音を発した後にザクッと地面へ突き刺さる音が木魂する。

音のした方へ視線を向けば、其処には右腕だけがぶらりと太刀の柄を掴んでいたのだ。

 

「≪A・・・? AA・・・A”A”A”aァア嗚呼あ”あA”A!!!??≫」

 

其処で漸く白騎士は自分の右腕が斬り落とされた事に気付いたのである。其の瞬間に叫ばれた断末魔の聞くに堪えない事と云ったらキリがない。

 

「仕掛けて来たのは其方側。俺は降りかかる火の粉を祓ったのみ」

 

春樹は刀から白銀の回転式拳銃へ高速切替をし、撃鉄を起こしつつ銃口を白騎士の頭部へ向けた。

 

「≪Aぁ・・・あな・・・あな、た・・・・・・あなたは・・・いったいッ・・・?≫」

 

譫言の様に呟きながら彼女は春樹へ残った左手を前に迫って行くのだが―――――

 

〈・・・下がりなさい。この出無精者〉

 

「≪え・・・・・?≫」

 

〈いくら貴女が”最初”でも・・・あまりにも過ぎたる無礼。神妙にしなさい〉

 

琥珀が其れを制止させて動きを止めたのだ。

其の愛機の働きに纏い手たる春樹は歯を見せて呟いた。

 

「理想を抱いて、秋の夜長へ沈んじまえ」

 

ッダ―――――ン!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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183話


今回、短いです。
いや、長い文章が続き過ぎただけか・・・
悪しからず。



 

 

 

紅葉が映える秋の夜。

護国の兵共が一喜一憂しつつも奮起して鋼の絡繰り人形と刃を合わせている頃、本来ならば前線指揮に当たる筈の戦乙女の長たる織斑 千冬は、副担任である山田 真耶教諭と学園生徒会長たる更識 楯無を引き連れ、捜査本部へ居た・・・筈だった。

 

「―――――頼まれていた例のモノだ」

 

捜査本部に居る筈の楯無が現在進行形で居たのは、本部が置かれている場所とは別の廃ビルであったのだ。

そんな彼女の前には、暗い緑色のフードを深く被った謎の人物が銀色のアタッシュケースの中身を見せている。

ケースの中に入っていたのは、何処か高そうなアンティークを思わせるブローチが一つ。

其れを「確かに・・・」と言葉を並べて受け取ると無意識だろうか、誰かを探す様にキョロキョロと目配せをする謎の人物に楯無は問いかけた。

 

「随分とソワソワしているけど・・・織斑先生はここにはいないわよ、『アンネイムド』さん?」

 

彼女の問い掛けに対し、謎の人物はフードの下からギョロリと三角にした碧眼を向けたのである。

謎の人物の正体は、『ワールドパージ事件』においてIS学園の実行襲撃を行った特殊部隊『アンネイムド』の隊長であったのだ。

 

「情報提供者が貴女だと聞かされた時は酷く驚いたけれど・・・やっぱり、こうして顔を合わせると違和感があるわね。貴女の事は何て呼べばいい? 隊長さん? それとも・・・フレンドリーにあの人に付けて貰った『カレン』って名前で呼んだ方がいいかしら? 『カレン・カレリア』さん?」

 

先のワールドパージ事件において楯無は彼女の部下である隊員達と衝突し、あわや乙女の危機を迎える処であった。

しかし、彼等を率いていた隊長であるカレンと顔を合わせるのは初めてであり、其れに対して楯無は口元へ扇子を前にして静かに作り笑いを浮かべる。

 

「・・・・・確かにモノは渡した。これ以上、貴様に付き合うつもりは―――――」

 

「そう言わないで。織斑先生は、よりによって私を貴女との橋渡しにしたんだから・・・何か考えがあるんじゃない?」

 

「考えだと・・・?」

 

「仲直りの為・・・とか? ほら、私って貴女の部下達にケガを負わされたじゃない? それに対する謝罪とかないの?」

 

楯無の言葉に「どの口が云うか・・・!!」と隊長は奥歯をギリリ鳴らす。

 

「貴様らとて私の部下を・・・ッ、私を・・・!!」

 

「え・・・? ちょっと待って・・・一体何の話?」

 

「知らないと言わせんぞ! 貴様らがッ・・・き、きき貴様らが・・・あの、あの”バケモノ”が・・・私達にした所業を・・・ッ!!」

 

楯無は知らなかった。ワールドパージ事件において特殊部隊アンネイムドがどういった目に遭ったのかを。口に出すのもはばかれるどんな悲惨な目に遭ったのかを。

其の事を思い出したのか。カレンは苦しそうに口をへの字にし、自らの肩を抱いて体を震わせた。

そんな予想外の反応を示す彼女に驚いたのか、楯無は訝し気に眉をひそめる。

 

 

 

 

 

――――――――――調度、其の時であった。

 

「―――――もうそれ以上口を開いてもらうのは、こちらとしても困りますね」

「「ッ!?」」

 

人っ子一人居る筈のない廃ビルのフロアから聞こえて来た第三者の声に楯無とカレンはギョッとし、声のする方へ目を向ける。

さすれば其処には、三白眼にそばかす顔のスラリと足の長い人物がへの字口を晒しているではないか。

 

楯無は突如として現れた此の人物を知っていた。

『ゴーレムⅢ事件』後、自分の妹である簪を自陣営に引き込んだ酷く頭のキレるIS統合対策部所属の女性職員、金城 沙也加であったのだ。

 

「ッ、おいロシア代表! これはどういう事だ?!!」

「か、金城さん!? どうして貴女がここにッ?」

 

彼女の登場に焦ったカレンは所持していた銃器を取り出そうと懐へ手を差すが、其れに対して金城は溜息と共に呟く。「はい、確保ー」と。

 

バン!!

「ぐァッ!?」

 

すると暗闇の中から破裂音と共に薄黄色いモチの様な物が飛来し、カレンへと引っ付いたのだ。

其のモチの様な物は正しくトリモチであり、彼女の身動きを重くする。

 

「き、貴様らぁあ!!」

 

トリモチに身動きを遮られながらもカレンは反撃を画策するが、金城は相変わらずのへの字口から溜息を一つ漏らすと今度は廃ビルの外から破裂音が木魂した。

 

バン!

バン!!

バン!!!

「ッ、むっぐァア!!?」

 

何発も響いた破裂音の後にべっとりべっちょりぐっちょりとトリモチがカレンを覆い、しまいには彼女の口を塞いでしまったのである。

抵抗むなしく虜となってしまったカレンは楯無へ鋭い目を向けた。「騙したな!!」と言いたげな目を。

 

「―――――被害者ぶるなよ、テロリスト風情が」

 

そう金城は語り掛けながら近づくとカレンの怒りに満ちた瞳を覗きながら其のまま彼女を踏ん付けた。

 

「お前らは国賊だ。お前らの雇い主は己が利益の為に無辜な人間から、子供達から強奪しようとした凶状持ちだ。そんなお前らを私達が許す訳がないだろうが」

 

金城の言葉と共に彼女の背後から特殊光学迷彩を解除したEOS隊員達が現れ、黄ばんだトリモチでべとべと状態のカレンをわっせわっせと連行して行く。

 

「・・・・・どういう事ですか?」

 

疾風怒濤の展開後、楯無はへの字口の金城に疑問符をぶつける。

だが、金城の方は「あぁ、そう言えば居たな」ぐらいの反応で、「何がです?」と疑問符で返した。

 

「何がじゃないです! 私は、さっきの出来事の説明を求めているんです! これも織斑先生の指示なんですか?!」

 

「まさか・・・これは我々の独断専行ですよ」

 

「ッ、独断専行って・・・そんな事を一体誰が?!」

 

「そう言えば・・・貴女は更識家の現当主でしたね。前当主・・・お父様から事情を聞いてはいないので?」

 

金城の言葉に「え・・・?」と戸惑う楯無へ対し、彼女は「・・・余計な事を言いましたね」と顔を背けてEOS隊員達の後を追う。

勿論、「ま、待ってください!」と楯無は彼女を呼び止めるのだが・・・・・

 

「私達は自分の仕事をしたまでです。あなたもあなたの仕事を遂行してください。早い所、そのブローチを届けてあげたらどうです?」

 

「それでは・・・」と終始どこか冷たく気怠げな金城はそう言ってサッサと立ち去って行ってしまった。

「ちょッ、ちょっと!?」と楯無は引き留めたかったが、なにぶんと待たせている人間が居る為に彼女もさっさと其の場を去る事にする。

 

 

 

・・・・・後に残ったのは、壁や床に嚙み終えたガムの様にへばりついた余分なトリモチだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「はい・・・こちらで”犬”は確保しました。”戦姫”の方にも監視を付けていますが、”兎”との接触はありません。このまま今日中に接触がない場合は・・・・・はい、わかりました。引き揚げさせます」

 

トリモチ弾でワールドパージ事件の襲撃犯を拿捕する事に成功した金城は、何処かへ連絡を行っていた。

 

「はい、”刃”の方は問題ないでしょう。彼なら我々が思う以上の戦果を立ててくれる筈です。しかし今度の彼は、”コンニャク”を五個用意したくらいでは納得しないでしょう。”レンガ”でも積まなければ、随分と・・・・・はい、確かに。わかりました、ご用意はそちらで行うという事で。それと報酬の件ですが・・・・・ありがとうございます」

 

礼を述べた後に通話スイッチを切った金城は珍しく上機嫌な表情を見せ、目の前へトリモチ塗れのまま寝そべる”犬”へ目を向けた。

犬はトリモチで塞がれた口から涎を垂らしながらギロリと彼女へ睨み眼を向けている。

 

「ふんッ・・・精々、我々の飯のタネになってくださいよ」

 

そんな犬に向けて金城は嫌味ったらしそうに上機嫌な表情を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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184話

 

 

 

―――――現代の京の都で巻き起こった時代錯誤も甚だしい真昼間の”百鬼夜行”に闇夜の”大捕り物長”。

 

お天道様の目下で、人目もはばからず、突如として新名所のモノレールで飛び道具と爆弾を振り回して車内の乗客乗員を人質にとった天魔外道な絡新婦。

しかし、其処へ幸か不幸か偶然にも現れ出でた金眼四ツ目の異形の”鬼”は、そんな卑劣なる絡新婦を尽く殴り、穿ち、潰し、そして退魔の焔で炙った。

其の余りある圧倒的な強さを目の当たりにした車内に居た人質の誰かが此れをSMSへ投稿してしまい、ネットでは一時的な『バズり』が巻き起こってしまったのである。

情報統制や情報規制が行われても突然のテロリズムを逸早く収めた此の鬼に対し、やれ『ウルティノイド・ゼロ』だの。やれ『両面宿儺の復活』だの。やれ『新しい仮面ライダー』だのと大いにネットは沸いた。

だが・・・此の”鬼”なる者の活躍は此れだけに留まらなかったのである。

 

夜の帳が降り切った京都で行われた国際過激派テロリスト集団、ファントム・タスクの討伐作戦。

情報遮断に情報規制や情報統制が行われ、外部への情報流出を極限まで抑えた誰も知らない、知られてはならぬ戦いにおいて銀兜を被った金眼四ツ目の鬼はファントム・・・”亡霊”達を束ねる組織の幹部と刃を交えた。

・・・けれどもあと一歩と云う所で、味方である筈の若い”騎士”があろう事か乱心し、戦場を搔き乱したのである。

 

自らの乱心に浮足立った者達をバッタバッタと巻き藁の様に薙ぎ払う騎士。

其の影響によって五人も居なかった負傷者は、敵陣営の巻き返しもあってか最終的には十五人にもなってしまった。

其の内の七人が、騎士による必殺の剣によって重度の火傷と骨折を負ってしまったのである。

しかし、そんな最悪の状況下においても死者数0人を貫けたのは、鬼神の如き働きを見せた鬼武者の御蔭であろう。

混乱に紛れて逃走したテロリスト幹部共の捜索を年長者の分隊に任せ、鬼は敗残兵に成り掛けていた味方陣営に檄を飛ばして士気を上昇させるや否や、我を失って暴れ回る騎士に拳骨を喰らわせた。

だが、流石はあの”戦乙女の長”を姉に持つ騎士か。覚醒した後に拳骨を喰らわせた鬼武者へ必殺の剣をブチかましたのである。

咄嗟に防いだ事で直撃は免れたものの、鬼は肋骨を折られ、左腕を焼かれて砕かれた鬼武者は一時的な虚無感に襲われたが、いつかの憤怒を思い出して再び立ち向かったのだ。

 

そんな昼も夜も戦って戦い抜いた鬼武者は今―――――

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

昼と夜に関わらず、血と硝煙と炎に苛まれた怒涛の時間が過ぎ去った翌日の事。

IS学園の専用機所有者達が宿泊する旅館。其の見事に手入れの行き届いた庭園の見える広間にて。

 

「むぐむぐ・・・もぐムシャぁ・・・ッ」

 

目の前へ並べられた手を付けるのも億劫になる煌びやかな京料理の品々をどっかり腰を据えて貪る様にガブガブ喰らう男が一人。

左腕にはめたギプスを気にもせずに飢えた餓え子の様に料理を喰らう男の姿は、第三者から見れば「うわー・・・ッ」と冷めた目か、引いた目で見る関わり合いたくない様子であったろう。

 

「ふふ・・・そうあわてて食べてくれるな。のどにつまってしまうぞ?」

 

「こっちのお料理もおいしいから食べてみて!」

 

「そろそろお茶はどうかな?」

 

しかし、そんな飢えた男をとんでもないレベルの美少女達が甲斐甲斐しく彼をもてなしているではないか。

にも拘らず、其の彼女等からの優しい手を余所に男は『花より団子』とばかりに美味なる料理へ喰らい付いている。

そんな彼等の様子を溜息吐きつつ見る者が居た。

 

「ったく・・・あんだけきのうの夜に活躍したヤツだとは思えないわね。まるで乞食みたいじゃないの」

 

昨夜の討伐作戦で活躍した中国代表候補生である『凰 鈴音』だ。

 

「そう言わないで下さいまし。ほとんど飲まず食わずで駆け回ってたのですからね」

 

其の冷めた目を晒す鈴を諫めるのは、同じく討伐作戦で活躍したイギリス代表候補生の『セシリア・オルコット』である。

 

「そうだとしても・・・あれはないわよ」

 

「まぁ、一理ありますが・・・それにしてもよく食べますわねぇ」

 

「まるで掃除機みたいだねぇ~」

 

苦笑いをするセシリアの隣で頷くのは、何故だか討伐作戦に専用機所有者でもなければ代表候補生でもないのに参加する事になってしまった『布仏 本音』だ。

 

「くー・・・くー・・・」

 

「ありゃ~? かんちゃんってば、おねむちゃんだ~」

 

其の本音の隣で舟を漕いでいるのは、此れも討伐作戦で活躍した日本代表候補生の『更識 簪』である。

彼女は討伐作戦終了後、楽しみにしていた深夜アニメを視聴する事が出来たので、ちょっと寝不足なのだ。

 

「御嬢様・・・いえ、会長。あまり構い過ぎるのもどうかと思われます。ボーデヴィッヒやデュノアさん達もですよ。そして・・・簪御嬢様、起きて下さい」

 

わちゃわちゃと男を世話する三人のかしまし娘に注意し、未だ眠り眼の簪を起こすのは、IS学園生徒会所属の『布仏 虚』である。

彼女からのまるで母親の様な言い方に口を揃えて「はーい」と返事をするのは、昨夜の討伐作戦で活躍したドイツ代表候補生の『ラウラ・ボーデヴィッヒ』とフランス代表候補生の『シャルロット・デュノア』に彼等とは別行動をしていたロシア代表の『更識 楯無』だ。

 

「ごっく・・・ゴクッ・・・・・ぷはぁー! あぁ・・・やっと、やっとこさ落ち着いたでよ」

 

そして、椀物の汁を何とも美味そうに平らげた後で大きく溜息を漏らすのは、昨夜の討伐作戦で多大なる武功を上げたであろう日本代表候補生の『清瀬 春樹』である。

 

「もう・・・清瀬君、あなたはもう少し落ち着いて食べれないのですか?」

 

「阿破破、此れは御見苦しい所を。じゃけど、昨日は京都らしい食いもん云うたら生八つ橋ぐらいしか食うてなかったでしたけんね。ようやっとマトモな飯が食えましたけぇ、美味いのなんのって」

 

昨夜の激闘の後で春樹はバッタリと其の場へ倒れ伏してしまい、其のままぐ~すかぐ~すかと寝てしまったのだ。

後衛と聞いていたのに前線へ出撃し、時間をあけずに強敵達との連戦を繰り返し、エナジードリンクとエナジーバーしか口にしていなかったのだから春樹としては心身共に疲弊してしまっていたのである。

なので、睡眠欲を満たしてからの食欲はとどまる事を知らなかった。

 

「阿・・・おえんわ。昨夜の布仏先輩と五反田くんの馴合いが聞きたいけど、すぐに腹が減って適わん」

 

「ちょ、ちょっと清瀬君!」

「は・・・ハハハ・・・」

 

春樹の台詞に慌てる虚に対し、ニマニマニヨニヨと周囲の目が彼女の方へ向けられる。

昨日はまさかあんな激闘になるとは思ってもみなかった故、置いてけぼりとなっていた虚は車夫のバイトとして来ていた本当の一般人である『五反田 弾』と夜を過ごしていたのだ。

 

「おい、五反田くんよ。どうじゃった? キスの一つでもしたんか? それとも・・・気を利かして部屋を一緒にしてやったんじゃけん、もう夜這った?」

 

「ッ、げっほゲホ!? な・・・なに言って?!」

「清瀬君!!」

 

再び彼からの思わぬ言葉に咳き込む弾と顔を真っ赤にする虚。

其の余りの初々しさに春樹は「何じゃ、まだかい」と残念そうな表情を晒し、「・・・お義兄ちゃんて呼んだ方がいいのかな~?」と彼女の実妹である本音は温かな視線を二人へ送った。

 

「こらこら春樹くん、揶揄ってあげないの。こう見えて虚ちゃんは初心なんだから」

 

「初心なのか」

「初心なんだね」

「初心なんですわね」

 

「ッ、ちょっと皆さん!!?」

 

皆からの温かい目に珍しく慌てる虚を彼女の隣に座る弾は「(・・・かわいい人だなぁ)」と表情を緩ませ、そんな鼻の下を伸ばす中学の同級生と周りの空気に鈴は「まったく、もう・・・」と渋い顔を晒す。

 

「そ、そう言えば・・・き、清瀬さん?」

 

「阿? 何じゃ、五反田くんよ?」

 

「いや、あの・・・一夏がまだここに来てないみたいなんですけど。何かあったんですか?」

 

弾の言葉に眉間へ深いシワを刻む鈴。周囲も彼の発言にどうしたものかと表情を曇らせるのだが―――――

 

「あぁ、野郎なら夜中に腹が痛ぇ云うてな。病院に行きよったで。篠ノ之の方も腹が痛いって云よーたけぇ、一緒にな。何を拾い食いしたんじゃろーな、あのバカ二人はよぉ? 破破破!!」

 

弾の言葉に春樹は平然と”方便”を述べる。無論、「此れ以上詮索するなよ?」と云う程の無言の圧力をしっかりとかけてだ。

其の圧に純粋な一般人である弾は「は・・・はい。わ、わかりました」と同年代にも関わらず敬語で返事をした。

 

「失礼いたします」

 

「阿?」

 

調度、そんな時。部屋の襖を開けて入って来た旅館の仲居さんに皆の目線が注がれる。

 

「清瀬様にお客様がお見えとなっております」

 

「客? ッ、はい! わかりました。どうぞ通して下さい」

 

自分に客だと聞くや否や、春樹は着崩していた浴衣を整えて身綺麗に急ぎ顔をおしぼりで大いに拭ったではないか。

 

「皆さん、失礼するよ」

 

「え・・・!?」

 

仲居さんに案内されて入って来た人物に弾は両眉を上げた。

何故なら其の人物は、自分の祖父が良くニュースで見ている注目の若手代議士であったのだから。

 

「どうもおはようございます、長谷川さん。まさか、こねーに早う来て下さるとは」

 

「いや、君に・・・君達に無理をさせてしまった此方側だ。早く出向く事が良いと言う訳ではないが、来させて貰ったよ。しかし・・・やはり早すぎたか。まだ食事中だったとは」

 

「いんえ、俺が起きるんが遅かっただけです。あとの皆は見ての通り食後の一服中ですわ」

 

「そうか。なら調度良いかもしれない。空手と云う訳にはいかなかったから、手土産を持って来た。皆でどうぞ収めてくれ」

 

有名代議士からの手土産菓子に年相応の反応を見せる面々だったが、未だ状況が読み込めていない一般人枠の弾は思わず長谷川の顔を凝視してしまう。

 

「おや・・・見ない顔がいるね。学園の生徒じゃないようだが、お友達かい?」

 

「あぁ、彼は布仏先輩の”コレ”でさぁ」

 

そう言って長谷川に親指を見せる春樹に対し、虚は「・・・清瀬君?」と三角の目を差し向けた。

 

「はははッ、成程。もうお婿さんを見つけるとはね」

 

「もうッ、長谷川のおじさままで!」

「べ、別に俺はまだ虚さんとそこまでの関係じゃ・・・」

 

「おいおいおいおいおい、聞いたか? ”まだ”・・・だとよ」

「つまりは、そういう関係にいつかはなるという事だな。私と春樹の様な関係にな」

 

ケラケラケラケラと朗らかに笑う春樹とラウラに虚と弾は茹蛸の様に更に顔を真っ赤にし、其の様子を面白くなさそうに楯無とシャルロットは頬を膨らませる。

何とも和やか状況だが、長谷川が此の和やかな雰囲気を見に来た訳ではない事を春樹は重々承知していた。

 

「・・・ラウラちゃん?」

 

「うん? なんだ春樹?」

 

「ちぃとばっかし長谷川さんと話があるけぇ外すでよ」

 

そう言って春樹は明るい表情のまま席を外すと長谷川と共に別室へ移動したのだが―――――

 

「・・・んで、どねーなったんで?」

 

別室へ通された瞬間、長谷川を上座に座らせた春樹の表情は一気に鋭さを増したのである。戦場へ赴く武将の様な険しい表情になったのである。

 

「あのボケカスをブチのめいてから気絶したみてぇに眠ってしまいましたけんな。あのテロリスト・・・スコール一派は? ジョセスターフのヤツに捜索部隊を任せましたけど」

 

「残念だが・・・未だ発見には至っていない。時間的に考えれば、逃げられたと考えるのが妥当だろう」

 

「ッチ、まんまと逃げられたって訳か・・・・・すいません、長谷川さん。折角、俺の思う通りに指揮を任せて頂いたんに・・・しかも警察の人らぁに結構な被害を出してしもうた。本当に申し訳ありません!!」

 

血が滲み出るほど手を握り緊めて悔しがりつつ土下座をする春樹に対し、長谷川は「そう自分を責めないでくれ」と肩へ手を添えた。

 

「君がいなければあのまま戦線は崩壊して死者が出ていたかもしれないし、市街地への侵攻を許して市民に被害が出ていたかもしれない。清瀬君、君は謝るべきじゃないよ」

 

「ッ・・・ありがとうございます」

 

「それに悪い事ばかりでもない。昨夜の作戦で、組織の戦闘員であるオータムと今まで存在だけが確認されていた『M』と云う構成員の捕縛も出来た。世界各国が血眼になっていた存在を捕まえる事が出来たんだ。これは誇るべき事だよ」

 

「・・・はい?」

 

長谷川の並べた言葉に春樹は引っ掛かって疑問符を浮かべる。

 

「長谷川さん・・・なら、あの子の・・・サイレント・ゼフィルスの、Mの”素顔”を確認した云う訳で?」

 

「やはり・・・知っていたのか、清瀬君。一体いつからだ?」

 

「ベルギーの一件で、偶然にもちょっくら顔を見ました」

 

「初対面の時じゃないか! どうして話してくれなかった?!」

 

「話した所で信じてくれましたか?」

 

疑問符を疑問符で返した春樹に長谷川は「・・・確かにそうだな」と溜息を漏らす。

 

「彼女・・・彼女は一体なんなんだ?」

 

「・・・手前勝手な俺が考えるにあの子は、”国際法に触れる”存在でしょうよ。例を上げるなら、ラウラちゃんと”ほぼ同じ”様なね」

 

「同じ? ッ・・・つまり、それは!」

 

ハッと息を飲む長谷川だが、そんな彼に春樹は「シッ・・・!」と自分の唇の前へ人差し指を重ねる。

そして、目を細めつつキロリッと襖へ鋭い眼光を向けるや否や、勢い良く開け放した。

 

『『『ッ、きゃあ!?』』』

 

さすれば様々な髪色の美少女達がドタドタとドミノ倒しとなって部屋の中へ雪崩れ込んだではないか。

 

「・・・・・何しょーるんなん、君らぁは?」

 

眉間を八の字に口をへの字に歪める春樹に対し、美少女達は「え・・・えへへへ」とはにかんで誤魔化そうとするが、彼は大きく長い溜息を吐き連ねた。

 

「す、すまん春樹。お前と長谷川代議士との話が気になってな。本当は、私一人でこっそり聞き耳をたてていたのだが・・・」

 

「ラウラちゃんだけに抜け駆けはさせないわ。そ・れ・に・・・お姉さんも長谷川のおじさまに聞きたい事があったしね」

 

「ぼ、ボクは止めようとしたんだよ!」

 

「シャルロット・・・そんな事言いながら、あんた、ウキウキしてたじゃないの」

 

「あざといですわね~、実にあざといですわ!」

 

「ちょっとセシリア!!」

 

キャンキャンキャンキャンと元気な子犬の様に喚き出した一行に「はいはい、解った解った」と両掌を彼女等へ見せる春樹。

 

「状況から考えて・・・簪さんは其のまま寝かせたまんまで、布仏の虚さんの方は五反田君とイチャイチャして、布仏の本音さんの方は和菓子に夢中って所じゃろうか?」

 

「さすが春樹さん。状況判断が即座ですわね」

 

「ありがとさん。ハァ―――――・・・どうしましょうか、長谷川さん?」

 

目頭を押さえる春樹に「ははは・・・参ったね」と長谷川は苦笑いを零す。

一応、昨夜の出来事は国家機密に当たる重要な作戦だ。

作戦参加者ではありつつも各国の代表候補生が混じった彼女達へ事情を話しても良いのだろうかと彼は悩む。

だが、そんな政界の若獅子に歴戦の蟒蛇が耳打ちをした。

 

「・・・教えといた方がエエと思いますで」

 

「清瀬君?」

 

「多分・・・いや、絶対にまたこんな事は起きますよ。其の時にもまた、ラウラちゃんらぁの力が必要になりますでよ」

 

「・・・・・」

 

春樹の言葉に長谷川は目を瞑って「・・・確かにそうだな」と頷く。

其れに若き戦乙女達は「やった!」と各々顔を見合わせるが、そんな彼女達に春樹は「じゃけど!!」と釘を刺す。

 

「此れから話す”事情”とやらは、かなりショッキングな内容じゃ。特に・・・ラウラちゃんと鈴さんにはな」

 

「何ッ?」

「どういう事よ、それ?」

 

まさか自分の名前が出るとは思って見なかったのか、訝し気に表情をしかめるラウラと鈴。

其れも其の筈。此れから話すであろう”事情”には、二人にとってとても関わりの深い人物が関係するからだ。

 

「まぁ、さて・・・今回のキッカケとなる事の発端じゃけどな―――――」

 

「どう話したもんじゃろうか?」と耳の裏をかく春樹を前にゴクリと固唾を飲む戦乙女達だったのだが―――――

 

「ッ・・・春樹!!」

 

突如としてラウラが何かを察した様に立ち上がったのである。

此れに勿論「何だ何だ?」と驚く面々だったが、すぐに彼女が何を意図しているのかが理解できた。

 

「ッ、総員戦闘配備!」

 

敵襲である。

 

ドッガァアア―――――アアアン!!

 

『『『ッ!!!??』』』

 

直後に響き渡ったのは、鼓膜を震わす途轍もない爆音と建物を大きく揺らす衝撃だった。

 

「庭の方よ!」

 

「ゆっくり息も吐かせてくれませんわね!!」

 

「シャルロット! シールド構えて、長谷川さんを頼まぁ!!」

 

「任せて!!」

 

一行は、着の身着のままドタドタバタバタとISを部分展開した状態で爆心地らしき庭へと向かう。

 

「あッ! きよせんだ!!」

「春樹!!」

 

「五反田君と布仏先輩は?!」

 

「お姉ちゃんが一緒になって安全な場所までさがってるよ~!」

 

庭先へ出れば、爆風によって割れたガラス片や障子紙が散乱する縁側で、すっかり目の覚めた簪と口端に菓子の破片を付けた本音が既に万全の態勢で構えている。

 

「うっわ・・・なによこれ・・・ッ?」

 

「・・・酷いわね」

 

未だ粉塵漂う景色が広がる中でもあんなにも美しかった庭が破壊されたと云う事実は目に見えている光景が其処にはあった。

石灯ろうは砕けて転がり、草木は無残にも引き千切られて辺り一面に散らばっているではないか。

 

「ッ、春樹さん・・・! あ・・・アレは・・・ッ」

 

粉塵が徐々に晴れる中、ハイパーセンサーを覗くセシリアがとんでもない物でも見るかの様な表情へ顔を変える。

其の指差す方向に全員が顔を向ければ、皆一様にして「・・・・・はッ??」と疑問符を浮かべた。

何故ならば、爆心地中央と思われるクレーターへ突き刺さっていたのである。

まるで絵本の中から飛び出して来たような大きな大きな”人参”が突き刺さっていたのだ。

 

「・・・・・」

 

「お・・・おい、春樹?」

「は、春樹さん?」

 

全員が呆然とする中、チベットスナギツネの様な眼差しの春樹は徐に右腕のレーザーブレードを発現させ、手元へ光の輪を高速回転させる。丸鋸の様な紅白の八つ裂き光輪を回す。

直撃すれば、あの様な人参のオブジェクトなど簡単に輪切りに出来よう。

しかし―――――

 

―――――「わーッ! 待って待って、”はーくん”!!」

『『『ッ!?』』』

 

「・・・阿”?」

 

何処からともなく聞こえて来た聞き慣れぬ弾む様な声に皆の注意が注がれる。すると其処には―――――

 

「じゃじゃじゃじゃーん☆ 久しぶりだねッ、はーくん!!」

 

人参の中から出て来たモデルの様なスタイルを擁した紫髪にウサ耳のカチューシャを付けた美女が、春樹に向けて「ぶいぶいッ☆」とピースサインを晒しているのであった。

 

「・・・・・・・・ッチィ!」

 

取り合えず・・・春樹は、そんな彼女に向けて舌打ちと共に丸鋸光線をぶん投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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185話


※10000字越え。
※前半は茶番に近い。
※久々の投稿に打ち震えている作者。



 

 

 

「あ・・・貴女は・・・ッ!!」

 

セシリア・オルコットは驚いた。

何故ならば、美しかった日本庭園を散々に滅茶苦茶にした人参のオブジェから現れ出でたウサ耳カチューシャを付けた紫髪の美女を知っていたからである。

 

「どう? はーくんってば、驚いてくれたかな~?」

 

「ぶいぶいッ☆」とピースサインを晒しているのは、世界のパワーバランスをひっくり返してしまったISを発明した天才科学者『篠ノ之 束』其の人。

そんな彼女が何とも朗らかでニコやかな表情を見せる一方で、セシリア達は眉間へシワを寄せて疑問符を浮かべた。

 

此の篠ノ之 束なる御人は、絶大なる力を有しながらも心臓部にして核心となるISコアの構造が完全なるブラックボックスな故に世界中から指名手配を受けている賞金首である。しかも移動手段は不明だが、世界各国に突如として現れる神出鬼没さを有しており、世界各国の捜査局が血眼になっても捕まえる事の出来ぬ煙の様な存在だ。

其の様な存在が、”再び”自分達の前に現れたのである。

 

一度目は、IS学園の学校行事であった臨海学校に突如として出現し、実妹である篠ノ之 箒へ第四世代型と云う各国政府が喉から手が出る程の機体をお小遣いでもやるかの様にポンっと渡してサッサと消えた。

其の姿を消した途端に太平洋上で試験運用が行われていた軍用IS機体『銀の福音』が暴走したのは記憶に新しい。

 

「・・・・・此の・・・ッ」

 

「春樹・・・?」

「ん? どしたの、はーくん?」

 

「どのツラ提げて俺の前に現れやがったッ、此の糞アバズレがァア!!」

『『『ッ!!?』』』

 

そんな天才科学者へ向け、春樹は鋼鉄をも斬り裂く丸鋸状の光線を渾身の力を込めて投擲したではないか。

まさか、先程までチベットスナギツネの様な冷めた目をしていた彼が突然この様な蛮行を行う等とは露にも思ってもみなかった為、皆は酷くギョッと表情を引き攣らせた。

 

「うわー!!? ちょ・・・ちょっとちょっと!! はーくんってば、いきなりなにすんのさッ?! さすがの束さんでも真っ二つになっちゃうのよさ!!」

 

春樹の突拍子もない行動に吃驚仰天しつつも軽々と容易に八つ裂き光輪を回避する束。

其の様に彼はギリリッと歯を喰いしばった。

 

「喧しい! ”今回の一件も”テメェが関わってんのは解っとるんじゃ!! 其の下手人がいけしゃあしゃあと現れやがって・・・・・其れなんにどうゆうつもりじゃ、此の畜生が?!」

 

「お、おい春樹!?」

「ちょっと落ち着いて下さいまし!」

 

歯を見せて怒り狂う春樹を抑えるラウラとセシリアだが、彼の発した言葉が引っ掛かったのか。疑問符を浮かべる者がいた。

 

「ちょ・・・ちょっと待ちなさいよ、春樹。『今回の一件も』って・・・『今回”も”』って、どういう事よ?」

 

「そ、そうよ。まるで篠ノ之博士が事件に関わって・・・」

 

「ッ・・・・・まさか?」

 

春樹の言葉に対し、頭脳明晰で察しの良い面々は顔を見合わせた後、先程とは違う動揺の表情で束を見たのである。

 

「で・・・でもでも、きよせん? 博士が事件に関わってるなんていう証拠があるの~?」

 

「疑問符を疑問符で返すようで悪いが布仏 本音さんよ。製造方法が完全なるブラックボックスなISコアを此の世の中で唯一作れる人って誰じゃあ思う? あねーによーけーの無人IS機体をよぉ?」

 

「そんなの・・・・・ッ、え・・・えぇ!?」

 

世界のパワーバランスを変貌させてしまったIS。其のISには謎が多く、全容は明らかにされていない。

特に心臓部であるコアの情報は自己進化の設定以外は一切開示されておらず、完全なブラックボックスとなっている。

其れ故にISコアは467機と数に限りがある為、新型機体を建造する場合は既存のISを解体し、コアを初期化しなくてはいけない。

しかし、『ゴーレム事件』を皮切りとした多くの無人IS機体のISコアは、どの国にも登録がなされていない所謂『野良IS』だったのである。

無論、ISが自然発生で現れ出でる訳もない。

―――――と、云う事はつまり・・・・・?

 

「クラス対抗戦の時も、キャノンボール・ファストの時も、タッグマッチの時もオメェは俺達に無人機をけしかけて来やがった。しかも其れだけじゃねぇぞ! 臨海学校の時に銀の福音を暴走させたのもオメェの仕業じゃし、此ん前のワールドパージ事件もオメェのせいじゃろうが!!」

 

銀の福音事件時に福音を通して彼女に酷く弄られた事を思い出したのか。激昂する春樹の怒号に「う、ウソでしょ・・・!?」と目をパチクリさせる専用機所有者達。

だが、「犯人はお前だァッ!」と指差されている筈の束は「ばッ、バカな事を言うな!」と動揺するどころか、何処か誇らしげに口端を吊り上げたのである。

 

「ふっふーん♪ さすがは、はーくん! この天災科学者の束さんが認めるだけのことはあるね☆」

 

「ッ・・・認めますのね? 篠ノ之博士?」

 

「もっちろーん☆ だってホントのことなんだもーん☆」

 

悪びれもせず、其れ処か「どんなもんだい!」と踏ん反り返る彼女の姿に一同啞然としてしまう。

そんなあっけらかんとした自白に驚くのも束の間、「ま、待って・・・!」と呟いたのは深く眉間に皺を刻んだ簪であった。

 

「ど・・・どうして・・・どうしてそんな事をしたの、ですか?」

 

彼女は奥歯を噛み締めて言葉を紡いだ。

今まで束が関わったとされる事件は、一歩間違えば死傷者が出ていたかもしれない重大性が高いものばかりであった。

 

「いや、簪・・・問答は無用だ。この女は敵だ。今、この女は自らが敵だと正体を現したのだからな!!」

 

ラウラはキッと憎悪を込めた三角眼で束を睨み抜く。

何故ならば、束が関わったとされる事件・・・特に銀の福音事件は、彼女の愛する人である春樹が手酷く傷つけられたからである。

 

「まーまー、そんなに怒らなくてもいいじゃない」

 

「いや、怒る事柄じゃろがい!!」

 

「ふざけるんじゃねぇ!!」と、春樹は撃鉄を起こしたコンバットリボルバーを構えて引き金に指を掛けた。

 

「いつも・・・いつもいつも、いつもいつもいつも邪魔ばーしくさりおって! なして俺らーがオメェらの尻拭いばぁせにゃあおえんのんじゃ?!! ええ加減にしろやッ、ボケェ!!」

 

あまりにも感情が高ぶり過ぎたのか。しまいに春樹の両眼からはポロポロと涙が零れ出し、ブルブルブルブルとマグナムを握る腕が振るえた。

激情型鬱の症状の一つである情緒不安定の発作が起きたのだ。

 

「でも・・・はーくんだって、いっくんの右手を切り落としちゃったじゃんか」

 

「え・・・!?」

 

束の発言にアッと誰よりも驚いたのは鈴である。

想い人である一夏が昨夜のテロリスト討伐作戦内において暴走し、其れを春樹によって鎮圧させられたという事は理解していたが、初めて聞く彼女の言葉に鈴は「どういう事よ?」と春樹に視線を移す。

すると彼は更に眉間へ深くシワを刻んで叫んだ。

 

「当り前じゃろうがな! やらんかったら、俺の頭が地面に落ちとったわッ! 其れこそ椿の花みてぇにボトリとな!!」

 

当時、春樹は暴走状態の白式を一時は再起不能状態まで追い込んだ。

しかし、其れでも諦めの悪い白騎士は、春樹を背後から奇襲して彼の首を切り落とさんとしたのである。

そんな状況故に春樹はやむおえず振るった刀で白騎士の腕を斬ったのだ。

 

「つーか・・・つーか大体なぁッ! あの女が・・・ブリュンヒルデが、織斑 千冬がワールドパージ事件の時に襲撃者共を逃がさんかったらこねーな事にはならんかったじゃろがい!!」

 

『『『・・・・・え!?』』』

 

またしても発せられた爆弾発言に一同は再び唖然とする。

だが、呆然とする皆を余所に癇癪を起した春樹の口は大いにまわった。

 

「俺がテロリスト共を折角けちょんけちょんの一網打尽にしておいたのに逃がしよって・・・フザけんじゃねぇ!!」

 

「それは束さんも知らないよ。だけど、そのテロリストさんたちにちーちゃんはシンパシーを感じたんじゃない?」

 

「ッ、何が・・・何がシンパシーじゃ!!」

 

「テメェ此の糞野郎!」とばかりに春樹は躊躇いもなくズドンッ!と史上最高の頭脳と呼ばれる束の眉間目掛けて発砲する。

しかも発射された弾丸は氷結榴弾ではなく、戦車の装甲すら貫く徹甲弾だ。

けれども流石は天災科学者か。自分に向かって飛んで来る弾丸をヒラリと躱せば、お道化た表情を見せる。

 

「おっとっと! もうッ、危ないなぁ! 束さんじゃなかったらあっと言う間にザクロになっちゃってたよ?」

 

「なっとけや、此のカスが!!」

 

其の顔が気に入らなかったのか。春樹は再び銃口を束へ向けるが、そんな両者の間へ割って入る者が居た。

 

「ちょっと落ち着きなさい春樹くん!」

 

表面が揺れ動く水の槍を彼へ向けたのは、キッと真剣な表情をしている楯無である。

無論、春樹は「邪魔すんじゃねぇでよ!!」と牙を剥き出しにするが、楯無は此れを怯まず視線で諫めた。

 

「ふぅ・・・お初にお目にかかります、篠ノ之博士。私はIS学園で生徒会長を務めさせている更識 楯無と云う者です」

 

「知ってる。お前の仲間でしょ? ちーちゃん達の周りでうろついているやつらって。おかげで近寄りがたくて束さん困っちゃってんだよね」

 

「うろついているなんて人聞きの悪い。護衛と云って頂きたいですね。しかし、それよりも・・・篠ノ之博士、ご質問よろしいですか?」

 

「なんだよ? 今、束さんははーくんとの会話を邪魔されてちょっと不機嫌さんなんだけど?」

 

「テメェ、どの口が・・・!」とまたしても銃を構えようとする春樹を治めつつ楯無は「それは失礼いたしました」と平謝りで取り繕うが、一切退くつもりはない。

 

「先程の春樹くんの発言・・・本当なのですか?」

 

「あれ? もしかして言っちゃダメだった?」

 

疑問符を疑問符で返した様子に楯無は訝し気ながらも確信をした。

協力者として接触したアンネイムドの隊長が、自分の目の前でIS統合対策部の金城と其の部下達に捕縛された事がどうも気にかかっていた為、尚余計に納得がいった。

子供の自分達が蚊帳の外である理由がある事にだ。

 

「それで・・・博士は一体どうしてここに来たのですか?」

 

「なに?」

 

「貴女なら例え重警備が敷かれている場所であっても潜入する事が出来る筈です。普通なら妹さんである箒さんのいる病院へ向かう筈でしょう? 心配ではないのですか、箒さんが?」

 

セシリアの疑問符に束は少し考えた後、「まぁ、大丈夫でしょ」とあっけらかんとした文言を述べたのである。

其の発言に眉間を寄せる皆を余所に彼女は理由を更に述べた。

 

「だって箒ちゃんが病院いるのは、自業自得じゃん」

 

「自業自得って・・・あんたそれでも箒のお姉ちゃんなのッ? っていうか・・・その口ぶりからだと私達の事、どこかで見張ってたんでしょ? 見てたんなら、助けたらどうなのよ! 一歩間違えたらどんな事になったのか、あんた解ってんの?!」

 

「うるさいなぁ。別になんだっていいじゃん。いっくんの白式が良い意味で束さんの予想を裏切ったし、プラマイゼロじゃない?」

 

「何処がじゃボケ!」

 

どうやら束はテロリスト討伐作戦の実行中に出た負傷者を勘定にいれていないらしい。

身内や興味のある人間以外は、道端の石ころと認識している彼女らしい発言だが、一般的な倫理観を持っている春樹達からすれば、彼等の神経を逆撫でるには充分であった。

 

そんな世俗から離れた感性を持つ束へ「それで・・・何しに来たのですか?」と簪が再び疑問符を投げ掛ける。

さすれば、彼女はこう答えた。

 

「はーくんをね、誘いに来たの。束さんの所に来ないかなって☆」

 

『『『・・・は?』』』

 

突拍子もない束からの発言に対し、時が止まってしまったかの様な状況になってしまう。

 

「どいつもこいつもツマんないやつばっか。そんなやつらがウジャウジャいる場所は、はーくんにはふさわしくないよ。束さんのところに来れば、ぜったい楽しいし・・・そ・れ・に今よりももっともっともーっと強くなれるんだからね☆」

 

満面の笑みで語る束だが、そんな言葉を掻き消す様にズドンッ!と再び炸裂した発砲音。

・・・だが、雷管を撃ち鳴らしたのは春樹ではない。

 

「ッ・・・ら、ラウラさん・・・?」

 

射線上を目で追えば、其処にはとてもじゃないが人へ向ける様な物では決してないレールガンを構えた銀髪の君が目を三角にし、牙を剥き出しているではないか。

 

「ふざけるなッ・・・ふざけるなよ、貴様・・・! いつか春樹を殺そうとしたヤツの台詞ではないぞ。頭に脳が詰まっていないのかッ?」

 

ISの発明者である篠ノ之 束がテロリストに加担していた事や親愛なる教官、織斑 千冬が今回の事件発端の片棒を担いでいた事は、大いに彼女を動揺させるのは十分過ぎた。

・・・だが、其れよりもそんな事よりも自身の目の前で、”自分の男”を口説く事が何よりも心の底から癪に障ったのである。

最早、其れは自分のテリトリーに入って来た敵を排除する生物的本能に近い。

 

「へぇ・・・?」

 

レールガンの弾丸をまたしても容易に避けた束は、見るからに敵意剥き出しのラウラへ興味を示したのか、少し口端を吊り上げる。

けれどもすぐに其の視線は、勧誘先である春樹に向けられた。

 

「いや、無理に決まっとろうが」

 

しかし、勧誘相手である春樹さえも否定を即答したから取り付く島もない。

・・・と云うか、そもそも何の勝算があって此の男を自陣営に引き込もうとしたのだろうか。

 

「どうしてかな、はーくん?」

 

「テメェ、やっぱし頭に糞でも詰まっとるじゃろ」

「わッ、ちょっとはーくん待っ―――――」

 

理由を述べる事さえも鬱陶しい春樹はそう言うと銃を構える処か、背中へ蒼穹の六枚羽を拡げる。そして、羽より生成された幾つものエネルギー刃の切先を束に向けて一気に発射したのだ。

其のままズドドドドドドドッ!と青いナイフがゲリラ豪雨の様に降り続けて周囲に粉塵を撒き散らしいき、其の攻撃に堪え兼ねたのか、発色の良いオレンジの巨大人参が空高く打ち上がったのである。

 

「セシリアさん、ライフル貸せ。あの距離なら当てられるでよ」

 

「いいですけど・・・・・春樹さん? 説明、してくれますわよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・ッ・・・・・ぁ・・・ぁア・・・・・?」

 

沈んでいた意識が浮かび上がり、織斑 一夏は不思議な感覚の中に身をゆだねていた。

まるで無重力や水中に浮かんでいるかの様な不可思議な感覚。

目を開けて見れば、彼の前へあったのは何処までも広がる『闇』。

 

「(な・・・にが・・・・・?)」

 

状況が読み込めない一夏は疑問符の後に身体を動かそうとするが、思う様に身体が動かない。

其れ処か、熱に浮かされた様に身体が熱く怠い。

 

「(く・・・・・苦し、い・・・な、んで・・・ッ・・・いったい、どう・・・して・・・?)」

 

酷い倦怠感の中、彼はどうして自分がこんな状況に陥っているのかを思い出そうと思考を巡らす。

 

「(俺、は・・・確か、みんなと一緒に京都に来て・・・・・でも、モノレールでファントムタスクのやつらが・・・それで、俺は・・・俺は・・・・・俺は・・・?)」

 

織斑 一夏は思い出す。

修学旅行の下見と云う名目で訪れた京都。

朝早くから新幹線で京都駅へと降り立った後、宿泊する旅館へ行けば、其の場に居る筈のない生徒会長達と親友・五反田 弾が居る事に驚きつつも皆で京都市内を散策。

本当は金閣寺に行きたかったが、鈴たっての希望で鴨川を訪れて其の後に着物の無料レンタルをしている御茶屋を訪れた。

其の茶屋で謎の美女と出会った後、昼食をとる為に巷で話題の飲食店へ赴く為にモノレールに乗ってみれば、怨敵であるファントム・タスクの構成員であるオータムが銃火器片手に暴れているではないか。

皆で此れを鎮圧した後、今回の京都旅行が市内に潜むファント・ムタスクの討伐だと云う事を聞かされ、憎き悪を討つ為に皆で討伐作戦へ参加。

此の討伐作戦に難色を示し、当初は作戦の不参加を表明していたクラスメイトが現場指揮を執ったのは実に癪に障ったが、此れも世に蔓延る悪を倒す為だと我慢した。

 

「(倉庫街に隠れてたやつらを見つけて・・・EOSを装備した警察の人達と一緒にヤツらを・・・・・・・・あれ・・・ッ?)」

 

思い出せない。

「皆を守るんだ!」と勇猛果敢に飛び出して行ったは良いものの・・・其処からの記憶が朧気で曖昧なのだ。

 

「(俺は・・・俺はッ、みんなを守れたのか? ファントム・タスクのヤツらからみんなを・・・!)」

 

彼は何とか思い出そうとする。

自分は皆を守れたのだろうかと。

”あんな男”よりも皆を守れたのだろうかと。

 

「(ッ、痛・・・!?)」

 

しかし、思い出そうとすればする程に何故か右腕が鈍く響く様な激痛が襲ったのだ。

 

「(何でこんなにも右腕が痛ぇんだよッ? ヤツらとの戦いで腕をケガしちまったか?)」

 

身体全体から来る慢性的な鈍い痛みとは格も質も違う激痛に対し、一夏は恐る恐る痛みの元となっている右腕を見る。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・はッ??」

 

其の瞬間、全身から一気に血の気が引く感覚が一夏には手に取る様に理解できた。理解してしまった。

何故ならば―――――

 

「お・・・お、俺の、俺のッ・・・み、みみ・・・右、右腕・・・!!?」

 

『なかった』

右腕が、大根を輪切りにでもしたかの様にバッサリと肘の先から『なくなっていた』のである。

 

「あ・・・あぁ・・・あ”ぁあ・・・ッ!」

 

其の時、一夏の脳内にある映像がフラッシュバックした。

炎炎と燃え盛る周囲の真ん中へ佇む一人の人物。

其の人物は自らの瞳から金色の焔が零し、赫灼に燃ゆる刃を振り上げて―――――

 

ウぁア”アああ”アあ”ぁああ!!!??

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウぁア”アああ”アあ”ぁああ!!!??」

 

「うわお!?」

「ッ!」

 

悲痛な絶叫を病室内へ命一杯響き渡らせると同時に一夏は勢いよく上半身を起き上がらせる。そして、半狂乱状態で自分の右腕をまさぐった。

 

「俺ッ、俺の! 俺の右腕!!?」

 

四白眼であんまりにも必死になるもんだから腕へ付いた点滴チューブがガチャガチャと音を発てる。

 

「おいッ志摩、まずいんじゃねーか?」

 

「もうナースコール押してる! 看護師さん達が来るまで抑えるから手を貸せ、伊吹!」

 

其の状況に病室の来訪者達は危機感を感じ取ったのか、手早くナースコールを押した後に暴れる一夏を取り押さえた。

其れからナースコールで呼び出された看護師達は、慣れた手付きと共に一夏の腕へ鎮静剤を打込む。

二人の来訪者が彼を抑え込んでいた為、処置がしやすかったのだろう。

 

「さてと・・・もう大丈夫かな、織斑 一夏君?」

 

「は・・・はい・・・・・お騒がせして、すいません」

 

鎮静剤によって落ち着きを取り戻しつつも一夏は、薄っすらと肘から先に”繋ぎ目”のある右腕を何度も何度も触る。

 

どうやら春樹の斬撃によって断ち切られた一夏の右腕は、あまりにも断面が綺麗に切断されていた為に筋肉や骨、神経の縫合手術が難なく行えた様子だ。

しかし、斬撃の衝撃と斬腕の感覚を引きずっている一夏は、すぐに違和感を拭う事には至らない。

 

「え、えと・・・それで二人は一体・・・?」

 

「ん? あぁ、俺達は警視庁公安部から来たお巡りさんだよ。よろしくー」

 

「え!? 警察の・・・しかも公安って・・・」

 

「ッ、おい伊吹!」

 

『伊吹』と呼ばれた青年は、もう一人の来訪者に首根っこを掴まれると其のまま一歩身体を引かれた。

 

「この馬鹿ッ、あんな軽いノリがあるか!」

「何言ってんの、志摩ちゃん。コミュニケーションよ、Communication。現役DKには、あれぐらいのノリが調度良いぐらいなの。まぁ、任せなさいって」

 

伊吹は同僚の手を振り払うと張り付けたニッコニコの笑顔を一夏へ向ける。

 

「改めて・・・どうも初めまして、俺は『伊吹 悟』。んで、こっちの頭のカタそうな・・・いや、実際にカタいのは『シマ・ミソジ・スグル』ちゃん」

 

「変なミドルネームを付けるな! と云うか、お前も三十路だろうが!!・・・コホンッ、『志摩 傑』だ。よろしくお願いするよ、織斑 一夏君」

 

「ヨロピコ、織斑君」

 

「は、はぁ・・・」とキャラの濃い二人(特に伊吹)に生返事を呟く一夏だが、そんな彼を余所に伊吹はグイグイと距離を詰めてゆく。

 

「それで、起き抜けに悪いんだけど・・・織斑君、”どこまで憶えてる”?」

 

「・・・はい?」

 

「どこまで憶えている」とはどういう意味なのか。言っている意味の解らない一夏は思わず目をパチクリ。

ところが、伊吹の方は間髪入れずにどんどん話を勧める。

 

「実は君が起きるまでに三日もかかってね。今日は四日目の朝って訳」

 

「えッ、えぇ!? み、三日って・・・み、みんなは・・・みんなは大丈夫なんですか?!!」

 

自分が三日も意識を失っていた事にも驚いた一夏だが、其れよりも彼はあの夜の戦いに参加した人間の安否を心配した。

其れは本心からの事であったろう。本心から一夏は皆の安否を心配したのだ。

 

「大丈夫、ねぇ・・・・・どの口が言ってんだか

 

「え?」

 

「うん。大丈夫、大丈夫。みんな、命『は』助かったよ。これも君達のおかげさ!」

 

伊吹の言葉に「よ、よかった・・・ッ」と一夏は胸を撫で下ろすが、彼は肝心な事に気付いていなかった。

伊吹と志摩が自分へ向ける目が、とても冷ややかな事を。

 

「じゃあ、さっきの続きだ。どこまで君は憶えてる?」

 

「憶えてるって・・・何をですか?」

 

「あの時の夜だよ。聞く所によれば織斑君、君はあの作戦に参加したそうだね。その時の事を聞いているんだ」

 

伊吹の問い掛けに一夏は言い淀む。何故なら其の疑問符と共に彼はあの斬撃と光景を思い出してしまったからだ。

思わず右腕を握る左手に力が入る。

 

「え、えと・・・お、俺、俺は・・・・・!」

 

「無理しなくても良い。伊吹、やはりやめよう。彼はまだ起き抜けの病み上がりだ」

 

「いや、ダメだ。こういう事は徐々に徐々に記憶へ改竄が入る。自分の都合の良い様にね」

 

「さぁッ・・・さぁ・・・!」と志摩の忠告を余所に先程よりも強い口調と眼差しを一夏へ向けた伊吹。

其のある意味『敵意』ともとれる視線に一夏の呼吸は格段に荒く浅くなった。

 

「あの場所で、君は何をした? なにと戦った? 誰を傷付けた?」

 

「き・・・傷、つけた? ち、違う・・・違う! 俺は誰も傷付けてなんかないッ! 俺はッ、俺はみんなを守る為に・・・守る為に・・・・・ッ?」

 

「・・・・・あれ・・・?」と疑問符と共に一夏の脳内へ思い出したくもない場面と覚えのない光景が思い浮かぶ。

 

―――――「さぁッ・・・これで、終わりだ・・・・・!」

 

氷の如き冷血な声色と共に冷たい瓦礫を枕に差し迫る断頭台の刃。

其の直後に視界を覆った眩いばかりの白い閃光と身体の内から燃え上がる様な熱と興奮が全身を駆け巡り、これまで味わった事のない高揚感に支配された。

 

『楽しい』。其れが第一声の感情であった。

其の感情と共に振るう剣のなんと心地の良い快い事。

・・・・・・・・しかし。

 

―――――「ぎぃいイやぁアアッ!!?

 

其の剣を振るった相手は一体誰であったろう?

其の剣で傷を負わせたのは一体誰であったろう?

 

―――――「熱ぃいッ、熱いィイイいい!!

―――――「うぎげぇええええええ!!

―――――「痛ぇッ! 痛ぇよぉおオオオッ!!

―――――「助け・・・ダす”け”てぇくぇええ

 

記憶にない記憶。・・・いや、”封じ込めていた”記憶。

硝煙と閃光。炎によって鉄の焼け付く臭い。そして・・・鼓膜を震わす酷く汚い断末魔。

 

「ッひ・・・!!?」

 

「・・・思い出したようだね」

 

四白眼で両耳を覆う一夏へ伊吹は口端を吊り上げた。

 

「そう。君が傷付けた人達だ」

 

「ち、違う・・・違う! 俺はッ・・・俺はみんなを守ろうと!!」

 

反論する一夏へ伊吹はある物を見せる。

其れは写真だった。其れも酷く悍ましいものが映し出された写真。

 

「君が・・・・・いや、織斑 一夏。お前が誰を、何を守りたかったのかは知らない。だが、お前が傷付けた人達の事を俺は知っているぞ」

 

――――――――

『佐々木 歩』巡査。

肋骨の複雑骨折並びに半身火傷。

 

『内田 健人』巡査。

大腿骨頸部骨折並びに全身火傷。

 

『竹内 廉也』巡査長。

頭部頭蓋骨骨折並びに右上腕部圧迫骨折と全身火傷。

 

『杉本 薫』巡査部長。

肋骨並びに胸骨の粉砕骨折と半身火傷。

 

『藤倉 日々人』警部補。

肩甲骨と胸骨の複雑骨折並びに全身火傷。

――――――――

 

「命は助かった。命は助かったけど・・・皆、すぐには現場へ復帰する事は不可能だろうね。いや・・・それどころか、日常生活に戻れるかどうかだって解らない。ひどいよね。皆、家庭を持ってるってのに。家族が待ってるってのに。酷い悲劇だよね」

 

「違っ、違う! 俺じゃないッ! 俺はやってない!! 俺はみんなを守る為にッ!! 俺のせいじゃ・・・俺のせいじゃないッ!!」

 

目を潤ませて喚き散らす一夏。

だが、そんな彼に向けて伊吹は自らの指を差してこう言い放った。

 

「いいや、お前のせいだ。お前のせいで人が傷付いた」

「―――――――ッ・・・!!」

 

冷たい声で、冷淡に冷徹に冷血な眼差しで言い放った。

其の言葉に一夏は息を詰まらせた。

喉奥がキュッと引き攣り、一呼吸する事も出来ない。

 

「―――――一夏!!」

 

そんな時であった。バン!と勢いよく病室の扉が開け放たれたのは。

視線を向けば、其処には鴉の濡れ羽色の黒髪を振り乱した少しやつれた表情の美女が立っているではないか。

其の鬼気迫る表情をする彼女の登場に伊吹は「ヒュー♪ すっげぇ本物だ」と見当違いの感想を述べる。

 

「一夏ッ、一夏! 大丈夫か一夏?! 貴様ら・・・一夏に何をした?!!」

 

「おっと、落ち着いて下さいブリュンヒルデ。いや、織斑 千冬さん。別に僕達は事情を聞いていただけですよ」

 

「貴様・・・ッ!!」

 

飄々と答える伊吹に癪が触ったのか。其れとも大事な大事な弟を精神的に追い詰められた事に腹が立ったのか。思わず千冬は彼の胸倉を掴む。

其れに対し、伊吹は「きゃー、怖ーい。志摩ちゃん助けてー!」とお道化た仕草をする。

其の彼の様子に「ヤレヤレ」と首を振った後に志摩は伊吹の胸倉を掴む千冬の手を抑えた。

 

「織斑さん。うちの伊吹が大変失礼な致してすみません。ですが、ここは抑えて頂く事はできますでしょうか? 一応、こんなのでもこいつは警察官なので」

 

「ふざけるなよ・・・ッ! 警察だからと言って何をしてもいいとは限らん。この件は重々抗議するぞ!」

 

「あれ? 一応、あなたには外患誘致罪の被疑者隠避の容疑がかかってるんだけどなぁ?」

「え・・・ッ?」

 

「伊吹!!」

「痛い痛い!? 耳を引っ張るなよッ、志摩!!」

 

深々とお辞儀をした後、志摩は伊吹を引っ張って病室から出る。

 

「千冬、姉・・・今の、どういう事だよ? 被疑者隠避の容疑・・・って、何だよ?」

 

「ッ、一夏・・・・・」

 

一夏の疑問符に千冬は答える事なく目を伏せた。

其の一瞬の行動が癪に障ったのか、彼は奥歯を軋ませる。

 

「何で黙るんだよ・・・ッ。なんで教えてくれねぇんだよ!!」

 

「お前には・・・関係ない事だ」

 

「ッ、関係ない事ないだろ! 千冬姉はいつもそうだ! 肝心な事は何も話しちゃくれねぇ!! 俺達、家族じゃねぇのかよ?!!」

 

「これはお前を守るためだ。私はお前の為を思って―――――」

 

千冬が言葉を紡ぎ出して言い掛けた所で、一夏から返って来たのは言葉ではなく”枕”であった。

 

「出てけよ・・・出てけ!」

 

「一夏、お前・・・!」

 

「出てけって言ってんだろ! もう訳わかんねーよ!! 何が・・・一体何がどーなってんだよ!!?」

 

悲痛な泣き声と共に一夏は布団を被って丸くなった。

一方、弟からの明らかな拒絶の声に取り付く島もない千冬は、悲しそうな表情を晒しながら病室から出て行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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酔い覚まし:幕内・酒に冷や水
186話


 

 

 

べベンッ

 

秋の暮れが訪れようとする紅葉真っ盛りの京の都。

其処へ巣食うは、異国より来訪した天魔外道のテロリスト。

其の悪鬼共を退治せんと都へ乗り込むは、『毒を以て毒を攻める』と云わんばかりの大酒飲みの鬼武者に率いられたIS学園専用機所有者一派。

 

さて・・・大蟒蛇の鬼武者に率いられた此の一派、モノレールで暴れる性悪絡新婦をギッタギタのメッタメタにした後、新型EOSを身に纏った護国の防人達と合流するとテロリスト本隊を駆逐せんと動いた。

 

IS学園軍は戦力を二つに別け、ソソクサと都落ちを画策するテロリスト共へ襲い掛かる。

しかし、流石は国際過激派テロリストか。最近は戦上手と巷で噂の鬼武者が仕掛けた奇襲強襲に苦戦しつつも一瞬の隙を突いて脱兎の如く逃げ去った。

卑怯者の煽り文句も何の其、恥も外聞もなく逃げ去る敵方に鬼武者ギリリッと歯噛みをす。

けれども鬼武者、歯噛みをしている場合ではなかった。

 

べベンッ

 

別け隔てた軍の一方。

大した軍功を上げる事が出来ず、焦りを募らす若輩者の騎士へ相対するは、意思もなければ魂もない鉄人形の戦乙女達。

 

此の無表情を以てして得物を手に迫り来る此の鋼鉄の乙女達を若騎士はバッタバッタと薙ぎ倒す。

けれども、いつまでも調子づくなと彼の前へ現れ出でたったのは、闇夜の深き黒と青の戦装束を身に纏った戦姫であった。

 

戦姫は身の丈を優に越える大剣と二本の槍をもちいて群がる防人達をバッタバッタと薙ぎ払うや否や、若騎士の首を刎ねんと襲い掛かる。

 

勿論、負けじと若騎士も応戦するが、実力差は明らか。

若騎士あっと言う間に組み敷かれ、後は戦姫によって首を絶ち切られるあわや此れ迄と云った・・・・・其の時!

 

べンッ

 

若騎士の身体が白き光に包まれて輝いたと思うや否や、若き騎士は白き騎士と成りて苦戦必至を強いられていた戦姫を何とも容易に打ちのめしたのだ。

やったやった、勝った勝ったと勝鬨上げる防人達。

 

―――――ところがどっこい。そうは問屋が卸さない。

 

戦姫を地へ叩き落した白き騎士は何を血迷ったか、自軍である筈の防人達へ刃を向けたのだ。

呆気に取られる御味方達だったが、目の前で同胞共が焼達磨火達磨になった事で一気に全体へ動揺が奔り戦線士気は大崩れ。

 

其れに漬け込むは鋼の乙女。

背を見せて逃げ惑う防人共へ彼女等は容赦なく火を放って刃を振るう。

しかし!

 

べべンッ

 

よもやよもやの敗走必死の御味方を鶴の一声で立て直すは、銀の鎧兜を身に纏い、金眼四ツ目の瞳を光らせる戦鬼。

彼の者の登場に軍の士気は種火にガソリンをぶちまけるが如く急上昇。

防人達は古の狂戦士と成りて、鋼の戦乙女達の喉笛を抉り取って行く。

 

べンッ

 

一方、軍の士気を立て直した戦鬼は正気を失った白騎士と火花を散らせながら鎬を削る。

其の幾つかの刃を合わせた後、戦鬼は一気に雌雄を決しようと必滅の技にて白騎士を焼き焦がさんと両腕を十字に組んだ。

べべンッ

 

だが、流石は腐っても・・・いや、正気を失っても白騎士か。

なんとなんと迫り来る必殺の焔を斬り裂き、逆に一気に勝負をかけたのだ。

 

よもやよもやの展開に戦鬼は咄嗟の反応をとって会心の一撃を刹那で躱す。

しかし、躱したと言っても全てではない。

片腕をミディアムレアに焼かれ、しかも必殺の奥義を刎ね返された。

 

べべべンッ

 

されど此れで終わる金眼四ツ目の戦鬼ではない。

奥の手の奥の手と云わんばかりに戦鬼は、銀の戦装束から一転して軍勝色に身体を染め上げると無銘の宝刀を取り出す。

 

紅葉に燃ゆる鞘から刃を引き抜けば、鉄の刀身は退魔の焔を纏うが如く赤く紅く朱く赫い刃となったのである。

戦鬼は其の刃を以て白騎士を一太刀二太刀三太刀と斬り裂いた。

 

けれども此の白騎士なる者、実に手強くしつこくしぶとい。

地に伏せられ、やられたフリをした後に背後から自らの得物たる大太刀を振り下ろしたのである。

 

されども戦鬼、此れを読んでいた。

正気を失って暴れる白騎士と云えども彼は一応の御味方。其のまま倒れたままであれば見逃すつもりであった。

だが、白騎士は其の戦鬼の手心を逆手にとって彼の首を討ち取ろうとしたのだ。

 

戦鬼は鞘に納めた刃を抜刀するや否や、白騎士の片腕を刎ねると其のまま顔面へ氷の弾丸を喰らわせたのであった。

 

 

 

かくして夜の京都を舞台とした後に『新・百鬼夜行の乱』と揶揄される悪玉退治は、こうして幕を閉じるのである。

 

 

 

 

 

 

 

べべンッ

 

・・・・・・・・しかし、戦いは終われども物語は続く。次の戦いの為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

―――――『「悪いが、俺ぁ善い人間なんかじゃないでよ」』

 

「・・・・・」

 

事件から三日後。

上記の言葉を思い出しながらセシリア・オルコットは随分と思い詰めた表情と憂う瞳と共に自室のベッドの上で臥せっていた。

 

 

 

 

 

 

京都の大捕り物からすぐに専用IS所有者一行は、古都を満喫できぬまま其の日の公共交通機関でIS学園へ帰還を余儀なくされた。

しかし、其の学園へ戻った後に面倒事が彼等を待って居たのである。警察からの事情聴取と云う面倒事が。

 

テロリストであるファントム・タスクの討伐作戦へ参加していたとは云え、IS専用機所有者の一人が、其れも暴走したとは云えどもあのブリュンヒルデの弟たる世界初の男性IS適正者が、多くの警察関係者へ対して凶行に及んだ事は大変な問題であった。

其のせいで、作戦に尽力した筈の他のIS専用機所有者達まで痛くもない腹を探られる事になってしまったのである。

 

エリートたるIS専用機所有者と言っても構成メンバーは大半が全員が十代の少女。

更に家が対暗部の家柄や軍属を除けば、昨年まで一般市民だった少女には警察司法の取り調べは精神的負担があったろう。

だが、そんな精神的負担を強いられる専用機所有者達へ手を差し伸ばしたのは、意外にも討伐作戦に参加した警察関係者であった。

戦場で皆を率いて先導した戦鬼のカリスマが冷や酒の様に後から効いたのか。彼等の反発もあり、すぐに彼女等は解放されたのである。

 

・・・ところがどっこい。そんな警察からの取り調べよりも彼女等の心を歪に震わせる事があった。

其れは―――――

 

グッGYIaAAaaaaAaaッ!!?

「な・・・・・な、なによコレ・・・ッ?」

 

C級新作映画の体でプロジェクターへ映し出されたのは、酷く画面が暗いスプラッター映画の場面であった。

 

ストーリーは、『主人公』の主観的な一人称視点で進んでいく。

ある鉛色のパワードスーツを着用した主人公は、敵対組織が侵入した建物内部へ文字通りの壁やぶりを行って突入。そして、内部で悪行を働いていた武装集団をけちょんけちょんのギッタギタにしたのである。

そう、其処までは・・・其処までは良かったのだが―――――

 

N,NOOOOOOooOOO!!

「う、うわぁ・・・ッ」

 

問題は其の後。

主人公は敵勢力に捕らえられていた手傷を負ったヒロインを救出した後、まだ息の合った敵構成員に対して残虐行為を及んだのだ。

本当に其の行為は目を覆うような凄惨なもので、目を覆うような冷酷残虐非道であった。

 

例えると、包装紙を取り外した色艶の良い果物の薄皮をナイフで丁寧に丁寧に剥いた後、胡麻を擦る様なすりこ木で力の限り殴り潰すが如くである。

 

GUgYUッBbeEEEEEEEEEEEE!!

「ッ、お・・・おぇ・・・!!」

 

視聴者達は生々し音と断末魔に思わず視線を伏せて眉間へシワを寄せ、カメラや辺りへ飛び散り滴り落ちる”汁”に思わず口元を抑える。

だが、此れが此のドキュメンタリー映画の見所ではない。

 

いやぁあああああああああああああああッ!!

 

敵軍の大将たる女戦士を誘き出した主人公は、残酷な方法によって無力化した敵兵の目の前で彼女の鎧を剥ぎ取ると共に其の柔肌をナイフで―――――――

 

「あ、あんた・・・アンタ、一体何やってんのよ?!!」

 

上映会終了後、酷く引き攣った表情で叫ぶ様に怒鳴ったのは、チャキチャキの中国娘こと凰 鈴音。

其の彼女のまるで悍ましい化け物でも見るかの様な視線を浴びるのは、上映されたノンフィクションドキュメンタリー映画の監督兼脚本家兼編集者兼主演兼カメラマンであった。

 

「何がぁ? 知りたい云うたんは、君らの方じゃろうが」

 

鈴の震える声に映画の主演はケロッとした表情でプロジェクターからDVDを引き抜くや否や、証拠隠滅の為に其れを圧し折ったうえで燃やす。

 

事の発端は、討伐作戦終了翌日に突如として襲来したIS発明者、篠ノ之 束へ対する発言であった。

内容としては、今回の一件であるファントム・タスク討伐作戦の発端は、世界最強のIS使いにしてIS学園一年一組の担任教諭である織斑 千冬にあると云うのだ。

思いもよらぬ此の発言を専用機所有者達は信じる事が出来なかったが、其の事を裏付ける証拠があると云う。

其の証拠と云うのが、上映されたノンフィクションスプラッタードキュメンタリーであったのだ。

 

「さて・・・見ての様に連中を文字通りズタボロにしてやった。皮は余す所なく剥いたし、肉は潰したし、逃げられん様に骨も砕いた。自力で逃げられる訳がないんじゃ。どう? 納得してくれた?」

 

「な、納得って・・・な、なんで・・・なんでこんな事が出来るの?」

 

「阿? 何がぁ?」

 

「べ、別にあんな事までしなくたって・・・あそこまでしなくたって良かったんじゃないかな?」

 

脅えた様に身体を振るわせるシャルロット・デュノアの言葉へ対し、主演俳優は「・・・阿破破」と何処か寂しそうに笑った後に疑問符を投げ掛けた。「どうして?」と。

 

「どうしてって・・・ッ」

 

「アイツらは・・・あの糞野郎共は・・・俺達の学び舎で、俺達の仲間を、俺の目の前で傷付けて辱めようとしやがった。挽肉にするんには、八つ裂きにするには、十分過ぎる理由じゃろう?」

 

金色の焔を右眼から零す彼に皆は思わず生唾を飲む。

 

「じゃけど・・・俺じゃって悪鬼羅刹じゃない。ちゃんと命は助けてやったで?」

 

劇中で敵兵が主人公に向けて≪こ・・・殺してくれ・・・ッ!!≫と呟いていたが、此の際其れは置いておく。

残酷残虐非道なる行いはしていても越えてはならぬ一線を越えていないとの主張に益々一行の剣幕は酷くなるが、更に続けて主演俳優はのたまった。

 

「おいおいおいおいおい・・・大丈夫? 今回は俺じゃったが、次は君等の内の誰かがそういう状況に陥るかもしれんのんじゃで?」

 

「そ・・・そんな事―――――!」

「絶対にないと言い切れる? 自分の大切な人を守る為に敵を完全に痛め付けて屠る事が出来る?」

 

『『『・・・ッ・・・』』』

 

彼の言葉に誰もが言葉を噤む。

今まで彼女等が相手にして来た多くが、無人機であった。されど此れから先、討伐作戦の様な有人機体の敵が相手となるだろう。其れもISを纏わぬ生身の敵が相手になるやもしれぬ。

其の際、彼女等はどう対処すれば良いだろうか?

 

「悪いが、俺ぁ善い人間なんかじゃないでよ。敵に容赦は此れポッチも考えん。確実に再起不能にしちゃる。じゃけん・・・考えとった方がエエよ。此れから先、俺以外の誰かが命の遣り取りをする機会があるかもしれんけんな」

 

 

 

 

 

 

「命の遣り取り・・・か」

 

セシリア・オルコットは改めて考える。

そう言えば、事ある毎に自分達へ襲い掛かって来た厄介事においてほぼ100%の確率で負傷していたのは、”二人目”であった。

しかも一歩間違えば命を失ってしまうかの様な重傷を負うなどザラのザラである。

 

セシリアは、そんな男の裸を見た事がある。

・・・別に決してやましい事があって見た訳ではない。もしそんな事があれば、”銀の黒兎”が黙っちゃいない。

 

今や剣道部を呑み込んだワルキューレ部隊の訓練において、お着替えの最中の彼をセシリアは見た事があった。

・・・別に覗きではない。偶々である。偶々のラッキースケベである。もし邪な気持ちで見ていたのであれば、銀の黒兎が黙っちゃいない。

 

其の際、彼の身体を見た時、セシリアは戦慄した。

鍛え抜かれた上腕二頭筋と胸板及び割れた腹筋が・・・・・いや、身体中に刻み付けられた”戦傷”に目を奪われたのである。

 

其れは、銃傷であった。

其れは、刀傷であった。

其れは、火傷であった。

幾つもの大きな傷が身体中を這いずり、幾つもの幾つもの小さな傷が上から下まで付けられていた。

”一人目”が負う筈だった、彼女等が負う筈だった多くの苦痛を受けていた。

 

「・・・・・はぁー・・・ッ」

 

溜息を漏らす様に息を吐きつつ、今まで蹲っていたセシリアはゆっくり其の身を起き上がらせると思い詰めた表情で部屋の外へ赴き、ツカツカ踵を鳴らしてある場所へと向かう。

 

「あの・・・失礼ですが、おられませんか? 私です、セシリアですわ」

 

ある一室の扉をコンコンッとノックすれば、ガチャリと鍵の施錠が解かれて内から扉を開ける者が顔を覗かせる。

 

「おぉ、セシリア。どうかしたのか?」

 

彼女を出迎えたのは、割烹着姿に身を包んだドイツの国家代表候補生にして独軍IS部隊、黒兎部隊を率いるラウラ・ボーデヴィッヒであった。

 

「・・・なにをされていましたの?」

 

「ん? あぁ、ちょっと気分転換をかねて料理のレパートリーを増やす為に試作をしていたのだ」

 

「は、はぁ・・・」

 

「ふんす!」と鼻息を吹かす様が、同性から見ても大変愛らしい彼女だが、何の因果か、あの大蟒蛇戦鬼と恋仲関係にあるのだ。

 

「ラウラー、誰が来たのー?」

「ちょっとちょっとッ、二人ともお鍋から目を離さないのー!」

「・・・お姉ちゃん、うるさい」

「なんで!?」

「あッ、誰かと思えばセシリーだぁ」

「こら本音、はしたないからつまみ食いしながらしゃべらないの!」

 

ラウラの背後からゾロゾロ現れたるは、あの戦鬼を慕う傍から見ればトチ狂ったと言われても仕方のないいつもの面々であった。

 

「ッ、み・・・みなさん、来ていたのですね」

 

「まぁ・・・最初は自主的なかん口令で部屋に閉じこもっていたんだけどね。ちょっと息苦しくなっちゃったから、ラウラに相談しようと思ったんだ」

 

「セシリアちゃんも私達と同じクチなんじゃない?」

 

図星を突かれたのか、セシリアは少々苦しそうな笑みを溢す。所謂、苦笑いである。

だが、何故に皆は此のラウラ・ボーデヴィッヒを頼りにしたのか。

其れは単衣に彼女が彼の戦鬼と相思相愛の恋人である点も大いにあるが、あの残虐行為が記録されたドキュメンタリー映画を視聴しても尚、ラウラが現在進行形で彼を愛慕う事に対して皆は内心興味津々であったのだ。

 

そんな事もあってか。悩める乙女達は此の銀髪黒兎を訪ねて、皆仲良く試作料理の製作に付き合う事となったのである。

 

「どうかな?」

「少し塩気が濃いな。意外とアイツはうす味が好みなのだ」

「へぇ、本当に意外ね。お酒が好きだから味が濃いものがいいと思ってた」

「なら、砂糖を入れて中和しませんと。あと隠し味でお酒も入れましょう」

 

『『『待って』』』

 

砂糖一袋と一升瓶を持ったセシリアを何とか抑えつつ、なんとか料理を完成させての試食会が行われた。

試作品は改善点も見られたが、概ね大いに好評であり、にこやかな雰囲気が場を包む。

・・・しかし。

 

「ねぇ、ラウラちゃんはどう思っているの?」

 

試食会後、例の件について口火を切ったのは楯無だった。

彼女の発言にセシリアの淹れた食後の紅茶を楽しんでいた面々の表情が硬直する。

 

「・・・どう、とは?」

 

「ワールドパージ事件で、彼が行った事よ。助けられた私が言うのもどうかと思うけれど・・・・・ッ」

 

「『やりすぎた』、か? 皆もそう思っているのか?」

 

口が重くなる。口元が鉛の様に重くなり、明るかった雰囲気が一気に暗くなってしまう。

 

「そうか・・・・・確かにアイツがやった事はやり過ぎだろうな。私とて、あの様な残虐行為はとても看過できるものではない。お前たちがヤツを危惧する気持ちもわかる」

 

「ッ、だったらなんで?!」

 

「まぁ、聞け。そうだな・・・例えばの話をしよう。生徒会長、貴様は妹である簪が大切か?」

 

「ッ、ラウラさん・・・?!」

 

「愚問ね。もちろんよ」

「お姉ちゃん!!」

 

突然、自分が名指しされて姉からの肯定文に動揺する簪に対し、皆は思わず吹き出してしまう。

其れを余所にラウラは楯無へ疑問符を投げ掛けた。

 

「なら、更識 楯無。もし簪が、多勢に無勢で悪漢共に襲われていたらどうする? それも自分の目の前でだ」

「生まれてきた事を後悔させてやるわ」

 

「お・・・お姉ちゃん・・・!」

 

恥ずかしさで真っ赤な簪の隣で曇りなき澄んだ眼で即答する楯無に対し、ラウラは更にこう問いかける。「だから、そうしたのではないか?」と。

 

「どういう事?」

 

「会長、貴様が簪を思う様に、アイツも貴様を思って激昂したのだ。そして、生まれて来たことを後悔させてやろうとした結果がアレだ。貴様を大切に思うからこそ、アイツはあんな暴挙に及んだのだ」

 

「ものすごく、でーれー癪だがな」と面白くなさそうに眉間へシワを寄せるラウラに対して楯無の表情はキョトン顔から一転し、一気に頬を朱鷺色に染め上げた。

 

「あの男は、自分から進んで自己顕示欲を満たす為に力を振るった事はない。アイツが牙をむく時は、必ず誰かを守る時だ。それはお前達もよく知っている事だろう?」

『『『・・・ッ・・・!』』』

 

「御嬢様・・・ッ」

「かんちゃん・・・」

 

彼女の言葉に乙女達は目を伏せて下唇を噛む。

其の場に居る布仏姉妹を除く全員が、あのアルコール依存症の激情型鬱病を患っている戦鬼に助けられた過去があったからだ。

 

「私が思うに・・・私達の誰かがまた危険な目に遭えば、アイツはまた残虐非道な怪物になってしまうだろうな」

 

「そんな・・・!」

 

「ど、どうすれば良いのかな?」

 

「だからこそ、私は・・・私達は強くならなければならぬのだ。伴侶として、アイツを心配させない為にも・・・アイツを”止める”為にもだ!」

 

ラウラは椅子から立ち上がって宣誓する。「私は強くなる!」と。

其れを誓う為に彼女は空になったティーカップへ紅茶を再び注ぐと高くカップを掲げた。

其の行為に賛同する様に「ボクだって、もう恐れない!」とシャルロットが、「私も同じですわ!」とセシリアが、「お姉さんも負けてられないわ!」と楯無が、「ヒーローには・・・サイドキックが必要」と簪が、ティーカップを掲げて輪の様に並び立つ。

そして、乾杯と共に一気に中身を呷ったのであった。

 

「おーッ、すごい。私知ってるよ~。『桃園の誓い』だね~」

「本音、それは違うわ」

 

 

 

 

 

 

 

―――――さて、こんな小粋な乙女達に慕われている大酒飲みの戦鬼はと云うと・・・・・

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

百鬼夜行が集う夜の京都で防人達と共に妖怪退治を行った大酒飲みの鬼武者・・・もとい、二人目の男性IS適正者である清瀬 春樹はと云うと―――――

 

「阿”ーッ、大儀ぃいい・・・!」

 

右眼の黒眼帯にブラックスーツと云うどう見てもカタギには見えない恰好で、真っ黒なハイヤーに乗って移動していた。

 

「そんなにブゥを垂れないでくれ。これが最後だからね」

 

彼の正面には、IS統合対策部副本部長である長谷川 博文が鎮座している。

京都での一件後の三日間、春樹は戦いによって負ったダメージを回復させる為に検査入院する事となったのだ。

しかし、検査入院と言っても其れは表向きの理由だ。

今や新人類と揶揄される春樹は、事件で負った傷など翌日には綺麗サッパリ完治する程の異常回復力を有している。

其れ故に彼を待って居たのは、春樹の担当医師である芹沢博士からの精密検と事情聴取であった。

特に事件翌日に襲来したあの天災博士との遭遇の件についてしつこく聞かれたが、話す事もないので適当な事を言って其の場をしのいだ。

そんな面倒事が終わり、やっと愛しの兎に会えると思いきやの長谷川からの招集である。

 

「ちゃんと事件解決の報酬は出すから」

 

「当り前だのクラッカーですわ。誰が好き好んで『スーサイド・スクワット』擬きなんてやりますか! つーか、此れって業務時間外でしょ? サービス残業なんて俺ぁやりませんでよ!」

 

春樹は気が立って居た。

折角の恋人との修学旅行を潰されるわ、頭のおかしいキチガイ兎には絡まれるわの踏んだり蹴ったり。特に事はもう終わったのに恋人と一緒に入れない事が一番癪に触っていた。

 

「すまない、わかっているとも。君の希望する銘柄を用意しているから」

 

「フンだフンだ、ダッフンだ! あぁ・・・本当なら、俺ぁ今頃ラウラちゃんを布団の中で抱いとったのになぁ・・・」

 

面倒臭い拗ね方をする春樹に長谷川は困った表情をするが、不思議と不快感はない。其れ処か、彼に対する申し訳なさで一杯だった。

幾度も戦場で手柄を挙げて来た春樹だが、其の身は未だ齢十五の少年。事がある度にズタボロになる彼が不憫だった。

本当なら此の最後の一件も任せたくはなかったのだが・・・・・

 

「そう言えば、長谷川さん。俺は此れから一体誰に会うんです?」

 

「あ、あぁ・・・その・・・・・ついてからのお楽しみって事で」

 

「・・・・・・・・畜生、騙された。ろくでもねぇヤツじゃがんコレッ!!」

 

勘の良い春樹に長谷川は苦笑してしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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187話

 

 

 

『清瀬 春樹』

言わずと知れた世界で二番目に発見された男性IS適正者である。

当初、彼は世界初の男性IS適正者たる織斑 一夏の付属品やらオマケやらとぞんざいな扱いを受けていた。

 

―――――しかし、其れも今や昔の事。

『ゴーレム事件』において、動機不明の襲撃をかけて来た所属不明無人IS機体を撃破。

『VTS事件』において、国際違法システムによって暴走状態となっていたドイツ第三世代型専用機を鎮圧。

『銀の福音事件』において、外部からのクラッキングによりコントロール不能となった軍用IS機体を鎮圧。

『文化祭襲撃事件』において、要人誘拐の為に学園へ侵入していたテロリスト達を撃退。

『キャノンボール・ファスト襲撃事件』において、専用機所有者を標的として襲来したテロリストを撃退。

『ゴーレムⅢ事件』において、再び専用機所有者を標的とし、戦力を増強して襲来したテロリストを撃退。

『ワールドパージ事件』において、外部からの強制クラッキングでシャットダウンした学園のシステムを復旧させ、混乱に乗じた不法侵入者を撃退。

『体育祭』において、前線へ躍り出る事のない後方指揮によって学園へ長期間潜伏していたテロリストを捕縛。

そして、『修学旅行襲撃事件』において長らく日本へ潜伏して勢力を強めていた国際テロ組織を特殊機動隊と共に撃退し、組織内において重要な戦闘員二名を捕縛。

 

更に技術面においてもIS統合対策部とデュノア社との共同開発によって製作された第三世代型IS『ランスロット・リヴァイヴ』の開発にも着手し、其の難航さから敬遠されていたEOS開発にも乗り出し、既存の機体性能を大きく上回る新型機体までをも開発したのである。

 

そんな今や其の筋では麒麟児との呼び声高い男は今―――――――

 

「・・・・・長谷川さんなんてキライじゃー」

 

部屋の隅っこで口元を酷くへの字に曲げてうずくまっていた。

 

 

 

 

 

 

京都の一件から三日後。

検査入院の呪縛から解き放たれた春樹が連行されたのは、警視庁の地下深くに建造された特別な者しか入る事が許されていない留置所であった。

 

「あぁッ・・・もう、確定演出じゃがん・・・畜生!」

 

こんな所に来る前から嫌な予感しかしていなかった春樹は、此れから会う人物が自分にとって、とてもとてもとても厄介な人物であろうと推理していた。

そして・・・・・其の予感はモノの見事に的中してしまうのである。

 

「・・・・・」

 

マジックミラーの外側の部屋。

其処には、ジットリ澱んだ眼を目の前のテーブルへ向ける白の拘束着と犬の矯正器具の様なマスクを装着した”黒髪の少女”が鎮座していたのだ。ある”人物”によく似た黒髪の少女がだ。正確には”世界最強のブリュンヒルデ”にだ。

 

「―――――糞ッ垂れ!!」

 

春樹は絶叫した。部屋に入るなり、少女の顔が見えるなり、彼は怒鳴り上げた。

幸いにも室内は特殊な防音が施されている為に隣へ声は届いてはいないが、同じ部屋に居た長谷川達の鼓膜を震わすには十分だった。

 

「解っとった、解っとったよ。じゃけど、じゃけど・・・おいおいおいおいおい、勘弁して下せぇや!」

 

眉間に深くシワを刻みながら春樹は長谷川を責め立てる。

だが、其れに対して長谷川は申し訳なさそうに「すまない」の一辺倒。一方の春樹の方は長谷川側の事情をなんとなく理解できてしまった為に其れ以上の怒声は上げなかったが、部屋の隅で壁際へ向いてうずくまってしまった。

 

「畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生・・・ッ」

 

「き・・・清瀬くん、大丈夫?」

 

ぶつくさと恨み言を呟く春樹を心配するのは、長谷川の秘書官である高良である。

彼はいじける春樹の肩を叩きながら「まぁ、これでも飲んで元気だしてよ」とある物を差し出した。

 

「阿? 元気なんて出る訳ぁないで・・・・・って、何ィイイ!!?」

 

春樹は其の差し出されたある物に釘付けとなる。

正確に言えば、彼は其のガラス瓶に釘付けとなった。春樹の金色の右眼よりも明暗濃い琥珀色の液体で満たされたグラマラスなボトルに一瞬で魅了されてしまったのである。

 

ボトルへ張られたラベルにはあるアルファベットが印字されていた。

MACALLAN』と。

更に其のアルファベットの羅列の下には英数字でこう刻まれている。

30』と。

 

「ま・・・まマ、ままま・・・マッカら・・・ッ!!?」

 

じゅるりッ」と春樹は溢れ出るよだれを垂らしつつ、鼻息荒く立ち上がると共に目にも止まらぬ速さで一気に長谷川との距離を詰めた。

 

「は、はは、はせ、はせがわ・・・長谷川さん!! 此れはッ!!」

 

「あ、あぁ。そうだ、そうだとも。M・A・C・A・L・L・A・N・・・マッカラン。あの名門中の名門、ザ・マッカランのスコッチウイスキーだ。それもシェリーオークの30年物。証明書だってある」

 

「ッ、シェ・・・シェリーオーク!? さ、さん、三十年もん!!?」

 

近年稀にみる動揺っぷりを露呈する春樹。だが、彼が此処までの醜態を晒すのも無理はなかった。

彼の両腕に抱かれたスコッチウイスキーは、正に憧れの品物であったからである。

 

『ザ・マッカラン』

ウイスキー愛好家は勿論、ウイスキー初心者でも其の名を耳にした事がある英国スコットランド北部のハイランド地方にあるスペイサイド地区で蒸留される高級スコッチウイスキーの名門。

其の製法とこだわり抜かれた完璧さと気品ある味わいから『シングルモルトのロールスロイス』と讃えられる一品である。

其れも三十年物の一品。百万円を出したって買えるかどうか怪しい代物だ。

そんな手元にあるのだ。両眼が金ぴかバッキバキになってもしょうがない。

 

「あと・・・これは先の一件での報酬だよ」

「へ?」

 

そう言って高良が春樹の目の前へ置いたのは、異様なオーラを纏った段ボール。

其の中身を覗き込んだ春樹は、思わず口の中一杯に溢れる生唾を呑み込んだ。

 

「渡すのが先送りになっていた前金と成功報酬を合わせた分が、”レンガ”二個と”コンニャク”八個。其れに追加報酬でレンガが二個・・・・・意外と地味に重かったよ、清瀬くん」

 

今まで見た事のない段ボールの中身と匂いに春樹は思わず「・・・・・おぇッ!」と嗚咽を漏らして其の場に尻餅をついてしまう。

けれども高鳴る動悸と引き攣る口端を無理矢理に抑えつつ彼は二つの越界の瞳で長谷川を見通す。

 

「・・・えッ・・・・・多く、ありまひぇん?」

 

「いや、当然の報酬だ。これが清瀬君、君に対する評価の形と受け取ってもらっても構わない」

 

「・・・うへぇええッ」

 

連続で巻き起こった余りの出来事に春樹は気が抜けた声を出してしまうが、何とかグッと堪えて目を三角にする。

 

「俺に・・・どーせぇと?」

 

「情報を引き出して欲しい」

 

「無茶言わんでくださいや!」

 

春樹はシンプルだからこそ難しい御題に表情を歪ませる。

しかし、長谷川とて一歩も引く気はないようで、口をへの字に曲げた彼に事情を話し出す。

 

「実は、彼女は難しい立場なんだよ」

 

「そうでしょうよ。国際過激派テロ組織の戦闘員で、未成年で、専用機が英国から強奪した機体で、しかもブリュンヒルデの複製人間の疑いもある。・・・・・長谷川さん、せっつかれてるんですね」

 

「清瀬君・・・君は聡いね、本当に聡い。そうだよ・・・そうなんだよ! 正直言えば、本当に面倒臭い! どうしてあんなの捕まえちゃったんだよ、清瀬君!!」

 

「そねーな事言うたって、しょうがないでしょうがッ! 撃墜しちまったもんを今更どーこー言わんでくださいや!!」

 

「二人とも言い争ってる場合ですか?! 色々と時間がないんですよ、本当に!」

 

ほぼ泣きべそ状態の二人に対し、これまた困惑顔の高良が叫ぶ。

其れに春樹は大きく溜息を漏らした後、一旦状況を整理する為にマッカラン三十年物の蓋を開けた。

 

「んッ・・・ンヒィイいい!!? うみゃ、みゃッ・・・ウンまぁアア―――――いいい!!!」

 

風情のない紙コップへ注がれた琥珀色の『命の水(アクア・ヴィテ)』に春樹は歓喜を上げる。

普段は千円前後の低価格酒類で酔いを楽しんでいる飲んだくれの吞兵衛のへべれけ大蟒蛇にはあまりにも強烈だった様で、舐める様に飲んだたったの一口で恍惚の表情を晒し上げてしまう。

其のとても十代の高校生がするべきではない表情に長谷川と高良は「「うわぁ・・・」」と口をへの字に曲げた。

 

「清瀬君・・・ほどほどに、ね?」

 

「解っとります。そんでもって、どういう状況で? 高良さんが、さっき時間がねぇって云うとりましたけど・・・やっぱり、ありゃあ国連の方が預かるんで?」

 

「あぁ、そうだよ。彼女の捕縛に対して、専用機を強奪された英国ならびに軍用施設を襲撃された米国が引き渡しを要求してね。それに乗っかる形で、今までファントム・タスクの被害に遭った各国も声を上げたという訳だ」

 

「そんで、漁夫の利の如く国連が搔っ攫うツー訳か・・・まぁ、妥当じゃろうね。其の引き渡しのタイムリミットまでに日本政府は各国よりも有益な情報を引き出したい訳ですな」

 

「本当に話が早くて助かる」

 

「じゃけど・・・なして俺なんすか? 日本警察はとっても優秀でしょうが。其れに・・・人権にゃあ反するが、奥の手で自白剤でも使えばよろしいんじゃないんで?」

 

お道化た様にとぼけた表情をする春樹。だが、一方で長谷川達の顔色は余計に暗くなってしまう。

 

「勿論・・・あまり大きな声では言えないが、薬物による尋問も行ったそうだ。それも更識家の専門担当者の手によってね。だけど・・・・・ハァッ~」

 

「・・・ッチ。無理じゃったと。IS統合部の人らぁに体内のナノマシンと自決用薬物を取り除いてもろうて安心、云う訳にゃあならんかったか。薬物耐性がある云うんは、面倒ですなぁ」

 

「本当にそうだよ。それに・・・・・これは、”本人”の要望でもある」

 

「はへぇ~、本人の・・・・・・・・・・・・・・・はい???」

 

長谷川の発言に春樹は鳩が豆鉄砲を食った様になり、思わず手から紙コップが滑り落ちる。

幸いにも能力が向上した反射神経のおかげで、一杯約十万円の液体を床にぶちまける事はなかったが―――――――

 

「は・・・えッ、えぇ・・・ちょ、ちょい・・・ちょいちょい、ちょい待ってッ・・・え、うぇ・・・な、なな、なしてぇん???」

 

あまりの動揺っぷりに春樹は思わず大切に飲む筈だった至高の一杯を一気に胃の腑へ流し込む。

味わう余裕など微塵もない。

 

「実は、君の前に彼女を尋問した者が居るんだが・・・一人は腕の骨を折られ、一人は指を食い千切られたんだよね」

 

「だよね・・・じゃねーですわ! えッ、大丈夫なんっすか其れ?!」

 

「幸いにも折られた腕が利き腕じゃなかったし、千切られた指の縫合手術も成功したそうだよ」

 

長谷川の話によると更識家の尋問官による取り調べが行われたのだが、其の際に今まで大人しかった被疑者が突如として大暴れし、担当していた人間を次々と病院送りにしたのだと云う。

 

「じゃけぇあねーな拘束着を・・・納得ぅ」

 

「それで、お願い出来るよね?」

 

「其れと此れとは話が別なんですが?? ツーか、なして俺? あねーな顔しとるんじゃけん、家族団らんの時間を作ってあげたらエエですが! 俺ぁもうあの血族と関わりとーないんですが?」

 

「それでも本人の希望なんだ! どんな小さな情報でも良い! お願いだよ清瀬君!!」

 

「十五のガキに頼む内容じゃねぇ!! ってか、引き渡し日っていつですか?!」

 

「明日」

 

「ホントマジでッ、おわんごじゃねぇーの?!! えッ、待って! 俺らぁもう一人、ファントムタスクの連中をとっ捕まえたんじゃけど? ソイツは?!」

 

「誰かさんの御蔭で、本当に酷い幼児退行をしちゃっていてね! 箸にも棒にも掛からないから特別警察病院へ収容されてるよ!!」

 

「マジかよッ、糞ッタレ!!」

 

どうやら先の京との一件で春樹達が捕縛したファントムタスク構成員であるオータムだが、捕まえる際に余程の怖い思いをしたのか。「あぇーうー」の喃語しか話せなくなったのである。

其れも精神科医お墨付きの幼児退行だ。

 

「え、えー・・・クッソ、マジで面倒クセぇー・・・!」

 

春樹は大きく俯いて嘆く。手柄を立てたのに何でこんな目に遭わねばならぬのだと嘆いた。

・・・しかし、其処は大酒飲み。転んでもただは起きぬ。

 

「・・・・・追加報酬は?」

 

「・・・出来るだけ要望には応えるつもりだ」

 

「情報を引き出せるかは保証しません。ツーか、出来る訳ないでしょうに・・・其れでも貰いますでよ」

 

「無論だ。元より無理を承知で頼んでいるのだからね」

 

「・・・解りました。では、条件を幾つか出します」

 

長谷川の其の言葉に春樹は大きく深呼吸をした後、徐に右眼の眼帯を外してギョロリと金色の瞳を露わにした。

 

「まずとりあえず・・・三十年物のバランタインを後で飲まして下せぇ」

 

 

 

 

 

 

 

ー◆◆◆ー

 

 

 

「・・・・・」

 

一体どれ程の時間が経ったのだろうか。

 

百鬼夜行の京の夜。

”不思議の国のアリス”によって仕立てられたドレスを身に纏い、自らに寄る羽虫共を撥ね退けた『M』だったが、今まで見下していた”白騎士”から致命傷の一撃を受ける羽目となる。

其のせいで、遅れてやって来た”想い人”との逢瀬を堪能する間もなく地に伏されてしまった。

 

悔し涙に濡れた意識が舞い戻った時、彼女がまず見たのは見知らぬ天井と医療機器。

逸早く自分が虜の身である事をMは悟るが、専用IS機体を失い、思った以上に深い傷を負った為か、敵の包囲網を無理突破する事は出来ない事は明白。

何とか持ち前の治癒能力で身体を動かすまでには回復するが、厳戒態勢のまま事情聴取が行われる事となった。

 

時間制限がある為、無茶を承知でMの担当を受け持ったのは、対暗部組織たる更識家が誇る尋問部隊。

だが、彼女とて国際過激派テロリストの戦闘員だ。昼夜問わずと行われる少々手荒な真似をされても根を上げる訳がない。

其れ処か、隙を突いて尋問官の腕を圧し折り、取り押さえようとした尋問官の指を食い千切ったのである。

此の手負いながらも大暴れする彼女に流石に困ったのか。更識家尋問官達は、『押してダメなら引いてみな』と云った風にMの要望を聞く事にした。

所謂、司法取引染みた御用聞きである。

そして―――――

 

「―――――ノックしてもしもーし」

「ッ・・・!」

 

部屋唯一の出入り口である冷たい鉄扉をノックして現れたのは、片手に魔法瓶、もう片手に歪に膨らんだビニール袋を引っ提げる金眼四ツ目のフルフェイスマスクを被ったMの想い人・・・ギデオン・ザ・ゼロこと、ウルティノイド・ゼロこと、二人目の男性IS適正者である『清瀬 春樹』であった。

彼は「よっこらっしょっと」とMの前にあるパイプ椅子へ腰掛け、ガサゴソと袋の中身を取り出す。

 

「腹減っとらん? カプ麺の自販機あったけん、適当に買うて来たけど・・・何味がエエ?」

 

「・・・は?」

 

そう言って春樹がテーブルの上へ並べたのは、世界初のカップ型インスタントラーメンであった。

 

「シーフードやらカレーやら、最近じゃとホットチリとか味噌もエエけど・・・俺ぁやっぱりスタンダードオリジナルが鉄板なのよね。あぁ、塩も美味いよな」

 

「・・・・・おい」

 

「阿? おい、まさか・・・カプ麺を知らんとか言わんよな? 此れはな、安藤 百福いうとんでもない偉人が―――――」

 

「違うッ、そんな話はしていない!」

 

「阿? あぁッ、そうじゃったな。そねーな邪魔なもんしとったら食えんわなぁ」

「ッ!?」

 

春樹の言葉と共にMはギョッとした。何故なら彼の背後からヌルッと白銀に輝く長い尻尾が現れたからである。

尻尾の先はギチギチと三つ又に分かれたアーム状態であり、其の先端がMに装着されている拘束具を解いた。

 

「ほい。俺は箸の方が使いやすいけん箸じゃけど、君はフォーク使いんせぇ」

 

困惑するMを余所に春樹は湯を注ぎ入れた二人分のカップ麺を配膳し、手腕と口が自由となった彼女へフォークを渡す。

 

ー◆ー

 

「ッ、何をやっているんだ!?」

 

此の何気ない彼の行動に固唾を飲むのは、隣の部屋でマジックミラー越しに二人の様子を見る長谷川達と前任者である更識家尋問官達であった。

けれども彼等が焦るのも無理はない。

手負いの手錠と足枷をかけられた状態で大人二人を病院送りにしたのだ。其れが拘束具を外され、更にフォークなる武器を持てばどうなるか・・・・・ゾッとする。

 

「おい! 今すぐ止めろ! ギデオンだか、ウルティノイドだか知らないがッ、素人に任せるべきじゃなかったんだ!!」

 

「待ってください!!」

 

しかし、長谷川はそんな焦る尋問官達を止めた。

無論、彼の行動に尋問官達は抗議するが、長谷川は彼等を何とかなだめて尋問を続行させるのであった。

 

 

 

ー◆ー

 

 

 

「どう、美味い?」

 

「・・・・・」

 

熱湯注いで三分経過したカップ麺を酷く荒んだ目で食べるMに語り掛ける春樹だが、勿論返答などはない。

そんな大した会話もないまま食事が終わると、さも当然の様にカップ麺の空き皿を春樹はソソクサと片付ける。

 

「・・・・・本当に貴様は、あのキヨセ・ハルキか?」

 

其の春樹の姿に対し、Mは漸く口を開く。

今まで会合して来た彼とは余りにも様子が違っていたからだ。

 

「・・・応。こねーに穏やかな状況下で会うんは初めてじゃったな。お前さんに呼ばれて、こねーな所に態々連れて来られた可哀想な男こと、清瀬 春樹たぁ俺の事じゃ」

 

テロリストを前にしながらも食後のお茶を飲みつつ答える春樹。

其の堂々たる風格といつも彼から漂って来る不思議な”香り”にMは目の前の男があの想い人である事を確信し、思わず口端を綻ばせる。

 

「そんで・・・そねーな男に何の用じゃ云うんじゃ? サイレント・ゼフィルスさんよ?」

 

「・・・・・」

 

「阿ん? おい、聞いとるんか?」

 

「・・・えッ・・・あ、あぁ・・・聞いている。聞いて、いる・・・」

 

「其れで、俺に何の用じゃ云うんじゃ?」

 

「あ・・・あぁ・・・・・わ・・・わか・・・わからない

 

「・・・阿?」

 

「わ、わからない・・・わからない、と言ったんだ・・・!」

 

Mの返答に春樹はフルフェイスマスクの下にあろう眉間へ深いシワを刻んで、大きく大きくこれでもかと「ハァ―――――???」と溜息を漏らした。

 

「わ、私・・・私は、キヨセ・ハルキ、お前に・・・お前に色々と、色々と聞きたい事があった」

 

「じゃあ聞きゃあよろしいがな。いやッ、ツーかお前さん、自分の立場解っとる? 聞くのは、尋問するんは俺の方なんじゃけどッ?」

 

「だが・・・いざ、貴様を前にした途端に言葉が・・・・・あれほど溜め込んでいた言葉が消えてしまった。それに・・・それに貴様を前にしていると心地の良い熱と共に胸へ圧迫感が大きくかかる・・・・・キヨセ・ハルキ、貴様ッ、私に何をした?!!」

 

「ッ、んなモン知るか―――――!!」

 

若干頬を薄紅色にしてモジモジするMの様子に対し、春樹は「コイツぁッ、面倒臭い!」と云わんばかりにフルフェイスマスクで覆われた頭を抱える。

 

因みにだが・・・・・清瀬 春樹と云う男は、何処かの”ダメな方のバナージ”、もとい”ダメバナ野郎”の様な固有スキル『鈍感:A』以上を保有している訳ではない。

其れ故に彼は少々だが、”人の気持ち”なるものが理解できる。其れ故に―――――

 

「キヨセ・ハルキ・・・貴様は昼と夜と問わず、私の頭の中から離れなかった。その金色の眼が私を捉えて離さず、その叫びが私の耳を奮わせてかなわない! 何なんだッ・・・何なんだ、貴様は?!」

 

身を乗り出して発する彼女の言葉が、つたない恋の詩を謡っている様に見えて仕方がなかった。

思わず春樹はパイプ椅子を蹴り飛ばし、さっさと部屋から出て行きたい気持ちで一杯になる。

けれども春樹、此れをグッと堪えた。せめてマッカラン一杯の仕事はしようと云う放棄しても一向にかまわない無駄な責任感があった。

 

「俺は・・・俺ぁ、”復讐者”じゃ」

 

「・・・なに?」

 

「俺ぁ、俺を見下して蔑んで馬鹿にしやがった連中へ復讐する為に力を振るう”リベンジャー”じゃでよ」

 

「ッ・・・そうか、そうか・・・貴様も、お前も復讐したいが為に・・・・・そうか!!」

 

「阿?」

 

下から上へ見上げる様に春樹は金の焔が零れ墜ちる四ツ目を彼女へ突き刺すが、其れがMの琴線に触れたのか。どういう訳か、彼女は何故か嬉しそうに口端を緩めたのだ。

 

「私とお前は、同一の存在だったのだな。私と同じ様に復讐を果たす為に戦う存在だったのだな!」

 

「え・・・あ、あぁ・・・う、ウンソウダヨー?」

 

思わずシリアス口調で言ってしまった厨二臭い台詞に大きく共感するMに一瞬戸惑ってしまう春樹。

しかし、何とか頑張って感情を表出さない様に持ち直して、今度は此方の番だと身を少し乗り出す。

 

「じゃあ・・・お前は何者なんじゃ、サイレント・ゼフィルス?」

 

「違う!」

 

「阿?」

 

「私は、サイレント・ゼフィルスではない。それは機体の名前だ」

 

「じゃあ、コードネームのMって呼べばエエんか?」

 

「それも違う。私・・・私の名は『マドカ』。織斑 千冬の”妹”の『織斑 マドカ』だ!」

 

「ッ、は!? お、おい・・・其れは一体どういう意味―――――」

 

 

ドワァオオオオォォオオオ―――――オオッン!!

 

・・・・・どうやら戦鬼の手中に囚われの姫騎士を救いに勇猛果敢な勇者が攻め入ったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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188話


※師走の様に内容も駆け足でござい。



 

 

 

アリーシャ・ジョセスターフは、世界に”飽いていた”。

 

イタリアの国家代表にして第二回モンド・グロッソ大会優勝者である彼女だが、第二回大会決勝戦で対戦相手であった第一回大会覇者たる織斑 千冬が『ある事情』により欠場した為、不戦勝と云う形で二代目ブリュンヒルデになったものの「千冬との決着はついていない」と公言しており、第二回モンド・グロッソのブリュンヒルデ受賞を辞退している。

 

アリーシャとしては千冬との再戦を望んでいたのだが、当の千冬本人は第二回大会終了後に現役引退を表明。

此れをマスメディアで知ったアリーシャは、膝から崩れ落ちる科の様に大いに落胆してし、其の後の彼女の私生活は荒れる事となった。

他者を圧倒する素晴らしい実力を有しているが故、皮肉にもモンド・グロッソ後にあったであろう諸大会がアリーシャの瞳には子供の喧嘩程度の”小競り合い”にしか映らなかったのである。

更に言えば、千冬が勝ち逃げのような形で引退した為、いつまで経っても世間からの評価は№2であった。

 

しかし、別にそんな世間からの評価などアリーシャは気にも留めていなかった。所詮は戦いの”悦”を知らぬ評論家共の猿の鳴き声にも等しい文句だ。

けれども、其れよりも彼女を蝕んだのは、身体の内に燻り続ける戦いを欲する焔であったのである。

其の焔は昼夜を問わず心を燻し、身体を火照らせた。

 

・・・調度、そんな時だ。苦しむアリーシャの前へ『ファントム』達が現れたのは。

 

ファントムは戦闘中毒の禁断症状を患う彼女に対し、自分達の組織へ来る様に誘う。

無論、アリーシャは此れに最初は難色を示す。だが、余程禁断症状が苦しかったのか。千冬以外との戦闘の拒否を条件に彼女はダークサイドへと乗り換えたのである。

しかし・・・アリーシャは知らなかった。

第二回大会で好敵手たる千冬を欠場に追い込んだ『ある事情』を引き起こしたのが、其のファントムである事を。

 

 

 

さて・・・こうしてダークサイドに陥ったアリーシャは、ファントムからの呼び出しを受けて京都へ赴いた。

調度其の時、偶然にも好敵手以上の思いを抱いている千冬が同じ場所にいる事が判明し、思いの丈をぶつける為に会いに行ったのである。

 

其の過程で、アリーシャはある二人の少年と出会った。

一人は、千冬の弟にして世界初の男性IS適正者である織斑 一夏。

もう一人は、二人目の男性IS適正者にしてファントムから要警戒人物として認識されている清瀬 春樹。

此の後者たる二人目の男にアリーシャは目を見張った。

 

偶然とも云える出逢いの後、彼女はファントムのメンバーの一人が春樹によって捕縛された事を知る。

アリーシャは此れを他のメンバーに伝え様としたのだが、彼から初対面より銃口を向けられる程に警戒されていた為に断念。

そうこうしている内に春樹によってファントム討伐の作戦が立案指揮されてしまい、彼に興味を持ったアリーシャは此れに参加。

作戦遂行中に残りのファントムメンバーと鉢合わせした時の何とも言えない感覚と云ったらない。

 

幸いにも『あるトラブル』によってファントムメンバーは逃げ遂せる事が出来たのだが、春樹によって二名のメンバーが捕縛されてしまった。

一人は、組織の秘蔵っ子。もう一人は、自分を組織に勧誘して来た部隊長の恋人。

ファントムの部隊長は二人を取り戻そうと画策したが、未だ自分達を血眼になって捜している警察の目が厳しい。

 

其処で頼りとなったのが、アリーシャであった。

ファントム討伐部隊に所属し、警察からの信頼も厚いという事もあり、たった一人を除いて誰からも怪しまれていなかった為である。

勿論、彼女はファントムへ出した条件である『千冬以外との戦闘の拒否』を理由に此の頼りを最初は酷く渋った。

しかし、ファントムは其処で『ある事』をアリーシャへ囁く。「『あの坊や』と戦えるかもしれない」と。

『坊や』とは、やはり討伐作戦時に無類の強さを内外へ見せた春樹の事に他ならない。

そんな彼の力を間近で見ていたアリーシャの心にはある欲が出てきている事をファントムは目ざとく察知していたのである。「此の男と闘ってみたい」と云う戦闘中毒者独特のバトルジャンキーが陥り易い症状を見抜いていたのだ。

 

・・・けれども、結局此れはある種の”方便”である。

ファントムの隊長であるスコール・ミューゼルは、どうしても恋人であるオータムを取り戻したかった。

其の為に敗走と云う苦汁をなめた直後でもオータムの行方を捜し、場所を特定し、奪還作戦まで立案した。

しかし、安易に自分達が動けば、またしてもあの男が血気盛んなEOS部隊を率いて押し掛けて来るだろう。

其処でスコールは、半ば捨て石の形でアリーシャを使う事にしたのである。

 

 

 

ー◆◆◆ー

 

 

 

ドワァオオオオォォオオオ―――――オオッン!!

 

 「何だ、何が起こった?!」

             「爆発ッ、爆発だ!!」

「今度は一体何だってんだッ!?」

「一体何が起こったんだ?!!」

「煙ッ、煙で何も見えない!!」

 

「・・・・・すまないネ」

 

ファントムが仕入れた情報を元にフードで正体を隠したアリーシャは、なんと正面きってスタングレネードとスモークグレネードをばら撒く。

非殺傷武器と言っても余りにも凄まじい閃光と衝撃音が響き渡り、煙が周囲を覆った事で現場は一気にパニックへと陥る。

そんな状況の中をアリーシャは風の如く素早く慌てふためく人の波を掻い潜ると渡された情報通りに下へ下へと降りて行く。

勿論、律儀に階段やエレベーターを頼る事なく壁や床を突き破ってだ。

 

「なッ、なんだなんだ!?」

「襲撃者! て、テロリストだ!!」

「動くなッ、手を挙げろ!!」

 

無論、建物内に居た警察官達も黙っていない訳がない。

此の正体不明の襲撃者を確保逮捕せんとサスマタや防護盾で彼女を包囲するが、生身の人間がISを纏った者に敵う筈もなかった。

 

「邪魔をしてないでおくれヨ!」

『『『うわぁあああああッ!!?』』』

 

透明な波動の如き風を纏った腕を振るえば、巻き起こった局所的暴風が周囲の警察官達を吹き飛ばす。

そうして行く手征く手で立ち塞がった警官達を排除していけば、流石に彼等も保管庫から銃器を手に取る。しかも事前情報によれば、庁内にはIS統合対策部から仕入れた対IS新型EOS『石英』と対IS迎撃弾である氷結弾頭が配備されているとの事。

流石のトップレベルのISパイロットであるアリーシャも閉鎖された空間で、氷結弾頭を装備した大人数を相手取るのは分が悪いと判断。

噂の春樹とは戦いたいが、此れ以上の面倒事を起こす事は控えておきたい為、早々に目的のモノを奪取して包囲網が完全に敷かれる前に脱出せんと彼女は急いだ。

 

「ここが、そうかナ・・・?」

 

向かって来る敵を蹴散らしつつ地下の地下にある秘密の空間へ辿り着いたアリーシャは尋ね人を探そうとするが、どうにも彼女を待ち構える人間が居たようで―――――

 

「ッ、おおっと!!?」

 

「・・・ッ!」

 

薄暗い影の中から現れ出でたるは、何とも如何にもな風貌をした黒ずくめの集団が「であえッ、であえ!」と登場。

彼等は忍刀と呼ばれる部類の刀剣やらサブマシンガン等の軽銃器をアリーシャへ差し向ける。

 

「(WAO・・・日本にはもういないって、みんな言っていたけれど・・・・・『忍者』、いるじゃないのサネ)」

 

「かかれ・・・ッ!」

 

どっからどう見ても忍者な集団が一斉に襲い掛かって来る。其れも銃器には対IS兵器である氷結弾を使用している為、上階にいる警官達とは比べれば強い部類に入るだろう。

其れでもやはりISに真正面で挑むには分が悪い。其れ故に彼等は遠距離戦闘と近距離戦闘に分担制を敷いてアリーシャへ挑む。

 

「・・・ッチ、面倒臭いネ」

 

狭い空間で蠅の様に素早く動き回る彼等にアリーシャは眉間へシワを寄せる。

此方としてはさっさと目的を果たして逃走したいのに斬撃を躱せば銃撃が飛んで来る事に苛立ちを募らせた彼女は、遂に大人げない行動に奔った。

 

「『疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)』・・・ッ!!」

『『『ッ!!?』』』

 

突如として忍者達の前へ現れたのは、超高速回転の風で構成された複数の分身体であった。

無論、其の分身体へ向けて忍者集団は自らの得物を差し向けるが、着弾や着刃すると物体がチェーンソーの如き風によって穿ち削られて無力化されてしまう。

 

「(それじゃッ、急いでいるんでネ)」

 

分身体障壁にし、アリーシャはさっさと其の場を離脱。

其れでも襲って来る場合には、最早手加減無用の一撃を喰らわせば、相手は「ぶギョ!?」と云った踏み付けられた蛙の様な叫びを挙げて壁へめり込む。

 

「さーって・・・囚われのお姫様達はどこだろうネ~?」

 

少々アドレナリンが出て来た為、若干楽しくなってきたアリーシャは、まるで遊園地に来た感覚になっていた。

ただ残念なのは、其れももう終わりが近づいているという事だ。

 

「お・・・いたいた」

 

予め受け取っていた個別の生体反応を頼りに探索してみれば、目的の反応が居るであろう部屋を発見。

 

「さてと・・・おっと、その前にネ」

 

部屋に入る直前、アリーシャは左腕へ超高速回転する風圧を纏わせると其のまま正拳突きの要領で一気に拳を前へ突き出す。

 

「『風王鉄槌(マテッロ・リーヴェルヴェント)』!」

ドゴオオオッン!!

 

すると高圧濃縮された風が爆発的な衝撃波と共に扉ごと壁を吹き飛ばし、壁面の残骸諸共「うぎゃあああ!!?」と云った断末魔を挙げる忍者共を蹴散らした。

 

「ふぅー・・・やっと会えたネ、お姫様? って、WAO・・・!!?」

 

邪魔者を蹴散らし、未だ粉埃が舞う尋問室へ入室したアリーシャは、目的である要人の顔を見て大きく驚く。

何故ならば、其処には自らの好敵手にして想い人である織斑 千冬を彷彿させる少女が佇んでいたからだ。

 

「コードネーム『M』。似ているとは聞いていたけれど・・・本当に千冬にそっくりサネ」

 

「・・・誰だ、貴様?」

 

「話はあと。今は急いでここを出る事が一番サ!」

 

フード姿の自分を怪しむMをアリーシャは連れ出そうと手を差し伸べるが、彼女は煙たそうに其の手を振り払う。

無論、Mの此の行為にアリーシャは「どうして?」と疑問符を投げ掛ける。

 

「私は・・・私はもう組織を抜ける」

 

「ッ、なにを言っているのサ?」

 

「私は、やっと出会うべき存在と出会えたんだ! 私と同じ復讐を望む存在と!!」

 

何とも嬉々した表情で「ちょっと何言ってるのかわからない」事を語るMにアリーシャは戸惑うが、折角、警察組織の本丸へ乗り込んだのに「はい、そうですか」と引き下がる訳にはいかない。

 

「スコールは君が必要だと言ってたサ。次の『オペレーション・エクスカリバー』には、絶対にってネ」

 

「・・・なんだそれは?」

 

「さてネ。詳しい事はまだこれからサ。だから―――――

「じゃったらオメェは用なしじゃ」

―――――ッ!!?」

 

呆れた声と共にズドッン!と響いた銃声。バリン!と割れるマジックミラー。

発射された弾丸は、思わず防御姿勢をとったアリーシャの”右腕”へ直撃し、青白い氷と共にカチコチ凍り付いた。

 

「おんどりゃぁあああああ!!」

「っく!!」

 

着弾と共に割れたマジックミラーから飛び出した来たのは、鉈を振り上げた金眼四ツ目の銀兜を被った武者。刀身が真っ赤に染まっている為、まるで人喰い夜叉の風貌である。

 

バキャリィイイッン!

「う阿”ぇ?!!」

「ッチ!!」

 

振り下ろした刃が凍り付いた右腕に直撃した瞬間、まるでガラス細工の様に砕け散った。

まさか、そんな事になるとは思ってもみなかった武者は刹那の吃驚仰天をした後にある事を確信したのである。

 

「ッ、やっぱり・・・やっぱり裏切っとったか、アリーシャ・ジョセスターフ!!」

「まさか、君がいるとはね・・・清瀬 春樹!!」

 

武者・・・否、春樹は砕け散った右腕を正体を隠蔽する為の一つである義手だと判断し、即座にフード姿のISパイロットの正体を見抜くと再び氷結弾頭が装填された銀色のリボルバーカノンを至近距離で差し向ける。しかし、氷結弾の威力を其の身をもって体感したアリーシャは、そうはさせまいと凄まじい風圧纏った左拳を放つ。

撃鉄が雷管を叩くよりも早く放たれたカウンターパンチはグシャリ!と金眼四ツ目の銀兜の顔面を捉えた。

 

ぎっげェエエ!?

 

拳に纏った風がチェーンソーの回転刃が樹木を切り倒す様に表面を削って粉砕する。

其の拳撃によって仮面の下にある頬肉ごと抉り取られる事で、聞くに堪えぬ絶叫を上げる春樹。

常人ならば、此のたった一発の攻撃によってK.O.けれども流石は『狂戦士(ベルセルク)』の畏怖名を一つに持つ男か。脳を揺らす衝撃波と頬の痛みを払拭するかの様にある得物を高速切替(ラピッド・スイッチ)で顕現させる。

 

「ッ、―――――『小手切り”赤”一文字』!!」

 

其れは京都の一件において、御乱心を起こした白騎士の腕を叩き斬った切れ味抜群の三尺太刀。

春樹は其の天下一品たる刃の切先を思いっ切りアリーシャの胸部へと差し向けた。

砕けた仮面の下から垣間見える琥珀の焔が零れる右眼と共に真紅の刀身で串刺しにせんと突き出すが、アリーシャのISであるテンペスタの装甲が勿論其れを阻止する。

だが、装甲の下にある肉を突き刺せなくとも其の身体を後ろへブッ飛ばす事は容易であった。

 

「くたばりやがれやぁああ!!」

「ッ、ぐぅうううううう!!」

 

ブースターを噴かし、押し倒す様な形で背後にあった壁面を何枚も何枚もぶち抜きつつ春樹はテンペスタのシールドエネルギーを削って行く。

しかし、アリーシャとて黙ってやられているばかりではない。

再び高圧縮された暴風纏う拳を放たんとするが、其の鉄拳を春樹は第三の手とも云える先端が三つ又マジックハンドの尻尾で拘束する。

 

ヴェろぉお阿”ァア”ア”ア”ア”!!

 

壊れた金眼四ツ目の仮面から滴る血液が混じった唾液がダラリとアリーシャの顔へと落ちる。

其れが癪に障ったのか、彼女は暴風を脚部へ纏わせた。

 

「『風王鉄槌(マテッロ・リーヴェルヴェント)』ッ!!」

ドゴオオオッン!!

「ッ、ウげらぁああ!?

 

拳に風を纏わせる応用で放たれた脚撃は春樹の腹部を捉えると彼をラケットで打ったテニスボールの様に吹き飛ばす。

 

「ハァ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・・・フ、フフ・・・フハハ! アハハハハハ!!」

 

春樹のハメ技から自力で逃れたアリーシャは、今までかぶっていたフードコートを脱ぎ捨てて息を切らしながら口端を吊り上げる表情を晒した。

「楽しい・・・なんて楽しい時間なんだろうか」と。久方ぶりに体験する強敵との闘いに彼女は興奮していたのである。

 

「もちろん・・・もちろん、まだ戦えるサネ?」

 

そんな疑問符に応えるかの様に粉埃の奥から聞こえて来たのは獣の如き唸り声と此方に向かって飛んで来る真っ赤な刀身の鉈であった。

 

おんどれぇえええええ!!

 

其の投擲された鉈の後ろから粉埃を掻き分けて現れ出でたるは、脇構えで刀を振り被った鬼の形相で迫り来る春樹。

目視で其れを確認したアリーシャは最高の笑顔と共に左腕を振り被る。

 

「『疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)』!!」

 

テンペスタの単一仕様能力である自身の分身を複数作り出し、分身を構成する超高速回転の風で、投擲された鉈を弾き飛ばす。

 

「まだまだ行くサネ! プラス、『風王鉄槌(マテッロ・リーヴェルヴェント)』!!」

 

其の防御に使ったであろう分身体の背後を暴風によってプッシュする事で、物体全てを削り取って破壊する分身体を移動式シュレッダーとして放った。

此の周囲の瓦礫を木っ端微塵にして突き進む嵐に春樹は如何なる方法を以て対処するのか。

 

「清瀬流対決術、黒崎の型一式!

―――――『月牙天衝』―――――!!」

ズッシャァアアア―――アアッン!!

「なァッ!!?」

 

「力こそパワー!」と云わんばかりに春樹が放つは、刀身へ纏わせた紅白のエネルギー刃。

此れは彼が毛嫌いしている織斑 一夏の専用機『白式』の単一仕様能力『零落白夜』を応用した・・・早い話が、”パクった”技なのだが、エネルギー刃には春樹の専用機である『琥珀』の単一仕様能力『晴天極夜』を使用している為に其の威力はオリジナルを優に超える。

其れ故にゴーレムさえも一撃で熔かしてしまう焔は、一気に風の分身達を呑み込むと巨大な炎柱を作った。

 

ウリィイイやぁア阿ァアアッ!!

ウォオオオオオオオオオオオ!!

 

其の炎柱から飛び出してくるは、刃を斜に振り上げた焔を纏う春樹。彼の登場にアリーシャは更に更に口角を吊り上げ、再び拳を振り絞る。

振り下ろされる焔を纏う刃と振り上げられる暴風を纏う拳。

直撃すれば、一溜まりもない攻撃同士がぶつかり合った瞬間―――――

 

ズドオォォオオ―――――オオッン!!

 

―――――余りにも凄まじい閃光と共に地震の如き衝撃波が周囲を大きく揺らした。

 

「・・・・・痛ぇえッ・・・痛ぇんじゃ、ボケカスがぁ・・・!!」

 

少しの静寂の後、春樹は自身へ崩れ落ちて来た瓦礫をどかし、愛刀を杖に仕立て上げて立ち上がると眉間に皺寄せて前方を睨む。

点滅する非常灯が粉塵によってぼやける薄暗い中、彼は愛銃であるコンバットリボルバーを顕現させ、機体反応がある方向へ銃口を向けた。

 

「と、トドメを・・・トドメをさしてやるけんなぁ・・・ッ!・・・・・げフ!?

 

老いぼれの様にヨロヨロと距離を詰める春樹だったが、段差に躓いて転んでしまう。

 

「・・・痛ぇ、痛ぇよぉ・・・痛ぇよぉ、お母ぁちゃーん・・・・・ッ!!」

 

血の混じった痰を咳き込みながら彼はベソをかく。

京都の一件から一週間も経たずにまたしても大怪我を負ったにも関わらず、またしても怪我を負った事は肉体的にも精神的にも大きな苦痛である。

 

「ゴッホ、コホッ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ゴクッ、ハァ・・・ど、どうやら・・・私の勝ちのよう、サネ」

 

そんな彼を見上げる様に口から血を垂らして煤塗れのアリーシャが佇む。

其れでも春樹は取りこぼした銀のリボルバーを掴もうとするのだが、其れはアリーシャによって蹴り飛ばされてしまった。

 

「あー・・・Mr.清瀬、本当にありがとうネ。おかげで久しぶりに楽しい時間が過ごす事が出来たサネ」

 

「こ、此の糞ったれがッ・・・この、やろう・・・!」

 

勝ち誇った様に笑みを溢す彼女に春樹は杖にしていた刀を振り回すが、棒っきれの様に力なく振るものが当たる訳もない。

 

「・・・ここももう崩れる。はしゃぎ過ぎちゃったネ。私としてはもうちょっと楽しみたかったけれどもサ」

 

「五月蠅ぇ、やい。勝手に御開き宣言すんじゃ、ねぇッ・・・まだ、まだ終わっとらんぞ・・・!」

 

「・・・若いっていいネ。そのタフさが眩しいサ。でも、もう終わり。彼女はもらっていくネ」

 

口から出る血を拭いつつ立ち去ろうとするアリーシャの足を春樹は「待て、や・・・!」と掴んだ。

 

「ハァ~、もう・・・しつこい男は―――――・・・は?」

 

何かを言いかけた途端にアリーシャは自身の目を丸くした。

どうして彼女は驚いた様に左眼を見開いたのか。其れはアリーシャの横っ腹へ春樹が箒の柄(モーゼル・ミリタリー)の銃口を突き付けていたからである。

 

「・・・阿破破、捕まえたぜこん畜生・・・ッ!」

 

因みにだが・・・

春樹の握っている銃は、『マシンピストル』と云うものに分類される。

マシンピストルとは、フルオート射撃可能な拳銃サイズの火器の総称で、早い話がトリガーを引いたままにすれば弾倉内の弾頭が無くなるまで撃ち続けられる代物だ。

さて、其のマシンピストルへ装填されているのは、頭の螺子が少々外れた連中が集うIS統合対策部が作成した特殊焼夷弾。通称『爆裂弾』。

此の爆裂弾。あのドラゴンブレス弾を参考に作成されている為、発砲時の火花によって燃焼範囲は銃口からおよそ三十m程度とされる。

 

Q.そんな弾頭を弾倉が空になるまで撃ち続ければどうなるか?

 

「破ッ破ー、ザマぁ見ぃ!」

「ッ、この・・・クソガキがぁ・・・・・!!」

ズドゴォオオオオォォオオオ―――――オオッン!!!

 

A.大爆発を巻き起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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189話


謹賀新年。
あけおめ。
ことよろ。



 

 

 

―――――スプリンクラーの雨をかき分けて駆け寄った時、私の眉間は酷くひそまった事だろう。

 

コひゅー・・・かヒュー・・・ッ・・・・・

 

瓦礫があちこちに散漫し、未だ消えぬ赤い炎がメラメラ燃えている中、彼・・・清瀬 春樹君は、今にも息絶えそうな浅い呼吸をしていた。

あんなにも光の中で輝いていた美しい銀の鱗は真っ黒に焼け焦げ、特徴的とも謂える金色の目が四つある仮面は割れて血だらけの顔が半分見えている。

 

「清瀬ッ、清瀬君! 春樹君!!」

 

・・・ッ・・・ぁ・・・・・あぁ、は・・・・・はせが、はさがわさん・・・かぁ。だ、だいじょうぶ・・・でし、たぁ?

 

それは此方の台詞だった。

割れた仮面の下から覗く金色の右瞳が、あまりにも虚ろで仕方がない。ISの絶対防御で命に別状はないように見えるが、重症を負っている事も確実に見える。

私と高良に隠れて下さいと指示して乗り込んで来たテロリストに挑みかかった時、私は『安心』にも似た感情を抱いた。『高揚感』を抱いてしまった。

笑顔と共に敵へ挑む彼の姿を私は『英雄』だと思ってしまったのだ。

・・・その時の自分を殴ってやりたい。

 

あ・・・あの野郎ッ・・・野郎が、まだいるかもしれないんで・・・・・危ないんで・・・逃げとって、避難して下さいよ

 

守られる筈の十代半ばの少年が、口から血を垂らしながらよろよろと立ち上がる。

『英雄』等と云う名ばかりの称号を我々の様な大人達から押し付けられたが為に血を吐いても彼は立ち上がる。

 

「ここはもう崩れるし危険だ! 早く君も逃げるんだ!」

 

御冗談ッ・・・野郎は、まだ生きてやがる・・・俺には、解る。野郎の胴体から頭を切り離すか、野郎の手首にワッパをかけるまで安心は出来んのんですよ・・・ッ!

 

そう言って黒く焼け焦げた手で刀を握る春樹君を私は引き留められずにはいられなかった。

 

「ッ、ダメだ!! そんな状態で戦えばどうなるか・・・君の命が危険だ!!」

 

じゃけども、野郎を逃がす訳にゃあおえんのんです。あの野郎ッ・・・野郎は、必ずまた俺達に刃を向けて来る。今・・・・・今、やっとかんとおえんのんです。じゃけぇ・・・邪魔すんじゃねぇ!!

「ッ!?」

 

苛立った彼が明らかな睨み眼を此方へ向けた時、私は思わず一歩引きそうになる。

何とも言えぬ恐ろしい視線。蛇に睨まれた蛙の様な感覚が自分の身体を奔るのが手に取る様に理解できた。

だけど・・・だけど、”僕”は―――――!!

 

「清瀬 春樹! ここが退き際だと知れッ!!」

!!

 

思わず出てしまった大声に春樹君が目をクワッとさせた時、僕は「あッ・・・殴られる」と目をつぶってしまった。

でも、いつまでたっても彼の鉄拳が来る事はなく。その代わりに「・・・解りました。ごめんなさい」と云う弱々しい声と共に重い物体がのしかかる感覚が来たんだ。

 

「・・・くー・・・くー・・・」

「は、春樹君・・・?」

 

どうやら気絶してしまったようだ。

意識を失うと同時に黒く焦げた彼のISが、僕のスーツに煤を付けた。

 

「―――――って、重ッ!!?」

 

「長谷川先生!!」

 

「高良か! 早く手伝ってくれ!! 腰が折れるッ!!」

「は、はい!!」

 

ISを解除してないから装甲の重みが直に圧し掛かって来る。其の時、春樹君が心配で飛び出した私を追って高良が来てくれた。

それでも大の大人二人がかりでもISを纏ったままの彼を運ぶのは一苦労だ。

こんな重い物を着込んで彼は今まで闘って来たのか!

 

「―――――・・・おい、貴様ら何をやっている?」

「「!?」」

 

激重の春樹君に悪戦苦闘していると我々に対して酷く尖った文言が来た。

声のする方を見れば、そこには逮捕されたファントム・タスク構成員のコードネーム『M』が居たんだ。

・・・おかしいな。手錠が掛けられていた筈なんだけどな。

 

「―――――って、やらせはせんぞ!」

 

「ん? 何がだ?」

 

「春樹君が弱っている隙を突こうなんて言語道断! 高良ッ、ここは私に任せて春樹君を外に!!」

 

「長谷川先生・・・ッ!」

 

「・・・・・何を勘違いしている。とっととここから逃げるぞ」

「「え・・・?」」

 

「走るぞ、ついて来い!」

「「は、はい!!」」

 

キョトンとする我々を余所に彼女はあんなにも重い春樹君を担ぎ上げ、何とも軽い足取りで走って行った。

僕達二人は、そんな彼女に追い付くのが精一杯。

いや、本当。あのブリュンヒルデのクローンだって聞かされた時は眉唾だったけど・・・いやー本当、スゴいね。

 

「くー・・・くカー・・・ッ・・・」

「ふふッ、中々に・・・そうか、これが『愛くるしい』という事か。『可愛らしい』という事か。キヨセ・ハルキ・・・お前という男は、実に『愛らしい』な」

 

・・・・・・・・・・・・・・・何だか彼女はとっても上機嫌に見えるのは、気のせいかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――◆◆◆◆◆―――

 

 

 

『警視庁襲撃爆破テロ事件』

白昼堂々、其れも真正面からによる襲撃は日本に・・・いや、全世界に大きな衝撃を与えた。

しかも襲撃者が犯行に使用したのは、十年前に世界のパワーバランスをひっくり返してしまった世紀の大発明たる『IS』。

無論、そんなチート兵器で押し入ったものだから現場は大混乱のるつぼと化した。

其れでも襲撃者を取り押さえようと警察官達は、其れはもう酷い有様。幸いにも命を取られなかっただけありがたかったろうが、骨の何本かは持っていかれた。

 

被害は其れだけに留まらない。

警視庁の正面玄関及び庁内の至る所を破壊し、地下へ爆弾を設置して爆破。

御蔭であの刑事ドラマでよく使われる警視庁の建造物が倒壊はしなかったものの、爆発の影響によって地盤沈下を起こして横へ何度か傾いてしまったのである。

・・・さて、そんな大事件を引き起こした被疑者と云うのが―――――

 

≪速報です。警視庁は先日未明、警視庁内で発生しました爆破事件の実行犯を第二回モンドグロッソ大会優勝者である『アリーシャ・ジョセスターフ』と発表≫

≪警視庁は、イタリア国家代表である『アリーシャ・ジョセスターフ』を警視庁爆破事件の被疑者として全国に指名手配しました≫

≪繰り返します。警視庁は、イタリア国籍のISパイロット『アリーシャ・ジョセスターフ』を爆破事件の被疑者として全国指名手配にしました≫

≪容疑者である『アリーシャ・ジョセスターフ』は、専用ISによる武装をしています。目撃した方は決して近寄らず、警察へ通報してください≫

 

一国の国家代表が、其れも第二回モンドグロッソ大会前回覇者が国家司法機関を襲撃する等と云う重大事件を発生させて緊急指名手配されたのだ。其の衝撃のたるや惨憺たるものである。

容疑者であるアリーシャは専用IS機体を犯行に使用した後に逃走している為、イタリア政府は大慌てのてんやわんや。しかも其の国家の面目に泥を塗った人物が、国際的過激派組織であるファントム・タスクに合流したともなれば、恥の上塗りも甚だしい。

だが、そんな超凶悪な犯人が襲撃テロを起こしたと言うのにも関わらず、死者が出なかったのは、全くもって不幸中の幸いだ。

あれもこれも庁内に居たお巡りさん達の奮闘の御蔭であるのだが・・・・・

どうやら今回の一件・・・またしても『あの男』が絡んでいる事は、ニュースを見た関係者一同には明白であった。

 

さて、そんな風を纏う戦乙女へ身の程知らずにも挑んだ大酒飲みの大蟒蛇はとは云うと―――――

 

「ほら、あーんだぞ春樹」

 

「アーんッ・・・まむまむまむ・・・・・阿ーッ、美味い! またまた腕を上げたね、ラウラちゃん?」

 

「喜んでもらえて何よりだ。まだまだお代わりはあるからな」

 

―――――銀髪黒兎の手からお手製の御粥を何とも美味そうにほうばっていた。

 

 

 

―――◆―――

 

 

 

当初、警視庁襲撃事件の戦闘によって負傷した春樹は、都内にある最寄りの警察病院へ運ばれる予定だった。

だが、春樹の固有スキルの一つである異常高速回復治癒能力により、外から歯茎が垣間見える程に抉られた頬のみならず、爆裂弾の連射によって銃本体が爆発した事で吹っ飛んだ手指も再生治癒。

此れでは病院へ搬送しても治療する意味がなくなってしまった為、混乱を避ける名目で更識家別邸へと搬送されたのである。

 

しかし、負傷箇所が完全治癒したと言ってもほんの小一時間前に大怪我をした事に変わりはない。其処で春樹は急遽運ばれた更識家別邸で療養する事となった。

其の際、彼に付き添っていた長谷川が気を利かせてIS学園へいるラウラへ連絡をし、駆け付けて貰った次第である。

御蔭でアリーシャとの戦闘によって疲弊していた春樹の精神状態は良好なものへと変化したのだった。

 

「ラウラちゃんラウラちゃん、もう一回あーんしてや」

「いいぞ。ほら、あーん」

「あー・・・まむまむ・・・うん、おいピー!」

 

「・・・・・いいなー」

「っていうか、春樹くん! 君、利き手が使えるでしょ! 甘えないの!!」

 

そんな仲睦まじい二人を何処か羨ましそうに見つめているのは、長谷川からの連絡を受けてラウラと共に駆け付けた更識家の嫡子にして現当主の楯無とシャルロット並びにいつもの面々であった。

 

「うるへー! 恋人からの看病シチュじゃぞ! 甘えてもえかろうがな!!」

 

「「うッ・・・」」

 

「春樹・・・痛いとこをついてあげないで」

「ほらほら、御嬢様にしゃるるん。元気だして~」

 

「うわーんッ、本音ー!」

「か、簪ちゃ―――

「お姉ちゃん、ウザい」

―――なんでぇー??」

 

「カオスですわね・・・」

 

本音の豊満な胸の中で顔を埋めるシャルロットに習って簪の胸元へ飛び込んで拒否られる楯無。

楯無は悲しくなった。

 

「コラコラ、そうイジメてやるな春樹。仕方ない・・・シャルロットや会長にもこの『春樹にあーん権』を後で譲渡してやろう」

「「ラウラ(ちゃん)大好き!!」」

 

「おい!?・・・まぁ、エエわ。其れよりも楯無、あの裏切りモン・・・もとい、イタ公はどねーなった?」

 

「い、イタ公って・・・口が悪いですわね」

 

春樹の言う『イタ公』とは、無論、ISによる警視庁襲撃事件を行って全国指名手配犯となったアリーシャの事に他ならない。

其の彼女と交戦して撃退した春樹の証言によって犯人を特定する事が出来たのだが、異例の速さで手配をかけたにも関わらずどうにも其の行方が掴めないのである。

 

「包囲網をかけて、検問をやってもサッパリ。まるで煙になったみたい」

 

「んな阿呆な。あの地下の瓦礫ん中から骸は見つかってないんじゃろうが。しかも俺ぁヤツの横っ腹にぶち込んでやったんじゃ。いくらISの絶対防御があろうと無事じゃ済まんじゃろう」

 

「それでも見つからないの! 本当にどこに行ってくれちゃったのやら・・・・・ねぇ、やっぱり誰かが匿ってる?」

 

「確実にな。ファントム・タスクの支部潰して、残党狩りやってもどうしても残りッカス云うんは出る。其れに・・・ヤツは曲がりなりにもあの『ヴァルキリー』。匿うファンはいくらでもおろうが」

 

「そうですわね。あの二代目ブリュンヒルデ、アリーシャ・ジョセスターフなんですもの」

 

「匿いたくなる人も多そうだもんね~」

 

「テレビの中で活躍するヒロインが、弱ってて自分に助けを求めて来る・・・アニメならアツい展開」

 

「じゃよなぁ・・・面倒臭ぇえ」

 

眉をひそめてボヤキを入れる春樹は、ラウラの膝の上へ頭をグリグリ預ける。するとラウラは「よしよし」と彼をあやしてやる。

京都の一件から恋人らしい触れ合いがなかった為、ラウラはとっても嬉しそうに春樹の頭を撫でた。遂に完全な白髪となってしまった彼の髪の毛を撫でた。

 

「じゃけど、まぁ是非もなしじゃ。もう追っても無駄じゃろうな」

 

「ッ、どうしてよ?」

 

「んなもん、あれらぁが目的を果たしたからじゃよ」

 

「目的・・・? でも春樹、あの人たちは織斑先生のそっくりさんを奪取できてないよ?」

 

「いんや、達成しとるよ。ファントム・タスク・・・いや、スコールの姐御の目的は警察病院の方じゃ」

 

春樹の言葉に皆はハッと息を飲む。

実は、警視庁が襲撃されると云う前代未聞の大事件の裏で奇怪な出来事が起こっていたのである。

其の事柄とは、警察病院に収容されていた患者がいつの間にやら跡形もなく消え去っていたと云う事だ。

さて、其の消え去った収容者と云うのが、ファントム・タスクの構成メンバーであり、先の京都の一件で春樹達に拿捕されたオータムであったのである。

無論、国際過激派テロリストのオータムには護衛や監視が付いていたのだが、警視庁襲撃事件の動揺によって目を離した一瞬の内に姿を消してしまったのだ。

 

「・・・春樹さん、どうしてそう思うのですか?」

 

「計画的にしてはずさんな所が目立つでよ。イタ公は、目的要人の場所と侵入ルートだけしか知らされておらんかったと俺ぁ思う。アレは、まんまと陽動・・・囮にされた訳じゃろうな」

 

「だが、春樹。オータムという輩は春樹の攻撃で、確か・・・幼児退行したと聞いたが? そんな役に立たん者を取り戻してどうする?」

 

「役に立つ立たんの問題じゃないでよ。大切な人が・・・恋人が、敵の手に陥っとったら是が非でも取り戻したいじゃろう。かく言う俺もそーするでよ」

 

「まさか・・・!?」

 

「どんな手を使ってでもな」と語る春樹にあの恐ろしいテロ集団である筈のファントム・タスクに意外な一面がある事へ皆は大きく驚いた。

 

「ほいじゃけどな。ラウラちゃんの云う通り、オータムのタコは役に立たん。Mの奪取を防いだぶんだけ御の字じゃ。後は、国連の連中に任せて・・・・・俺は万全を期すまで酒池肉林を決め込むでよ!!」

「ッ、お、おい、春樹!? みんながいるまえで、そんな―――――ひァッ!!?

 

「エエじゃろう! エエじゃろう!! 此処がエエんか?!!」と春樹は酷く下卑た表情で膝枕をしてくれているラウラの股座へ自身の顔をぐりぐり押し込む。

そんな思わぬ彼の行動にラウラは思わず艶やかな喘ぎを漏らし、其れを合図としたか、夢中で足元や下腹部をまさぐる春樹の後頭部へセシリアがライフルビットの銃口を押し当てた。

 

「・・・春樹さん? 時と場所を選んでくださいませんこと? ここは生徒会長の別宅の床の間で、私達がまだいますわ」

 

「うわーお・・・セシリアさんや、ISの展開速度が一段と早くなったんでねーの?」

 

振り返らずとも、見ずとも解る氷の微笑を漏らすセシリアに春樹は「ごめん、ごめん」と両手を上げてラウラから離れようとする。

しかし、そんな彼の頭をラウラはガッチリと掴むと自分の下腹部へ引き寄せた。

 

ふーゥッ・・・フぅーッ・・・は、はるきぃ・・・・・春樹ィ・・・ッ♥♥

「あッ・・・・・ヤッべ」

 

ふざけてやったつもりの行動が予想以上にラウラを刺激してしまった様で、彼女は熱の籠った濡れた灼眼と妖しげな微笑を春樹へ向けている。

 

「お・・・お~・・・! らうらうって、あんな顔するんだぁ~・・・」

「・・・本音、向こうで格闘ゲームしよ・・・・・大音量で」

 

「だ、ダメだよ!! 二人とも人さまの家でナニやろうとしているのかな?!!」

「そうよそうよ! お姉さんの、私の別荘でエッチな事は禁止よ!! す、するんだったら・・・私も混ぜなさい!!?」

「ずるいよ! ボクも一緒にしたい!!」

 

「本音さんのお姉様ー! 生徒会長とシャルロットさんが御乱心ですわー!! であえッ、であえですわー!!」

 

春樹の軽薄な行動により、一瞬にして修羅場と化す床の間。

もし別室で生徒会の仕事を行っていた虚が来るのが少し遅ければ、床の間は銃撃と剣戟によって破壊されていた事だろう。

 

「どうして・・・どうしていつもあなた達は大人しくしていられないのですか?!! と・く・に! 清瀬くんッ、まったくあなたは!!」

 

「い・・・いや先輩、確かに今回のは俺が―――――

「今回”も”です! 言い訳無用です!!」

―――――・・・・・はい、すんません」

 

「フフッ、春樹くん虚ちゃんに怒られてしょげてる」

「なんだかちょっとかわいいかも・・・なんて」

「ふむ・・・・・あとで、たっぷり甘やかしてやらねばな」

「「ッ、ラウラ(ちゃん)?!!」」

 

やかましい! そこお黙りなさい!!

 

「・・・流石は、布仏先輩です。頼りになりますわ」

「セシリー、御煎餅たべよ~」

「・・・・・やれやれ」

 

烈火の如き虚から説教を喰らって「ひッ、ひぇえ~~~!」と萎縮する面々を背後に簪と本音はオヤツの煎餅を食べ、セシリアは優雅に紅茶を飲んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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190話

 

 

 

―――――初代ブリュンヒルデにして世界最強のISパイロットの名を欲しいままにした『織斑 千冬』。

彼女が、世界史上二人目の男性IS適正者である『清瀬 春樹』の『才能』に誰よりも早く気づいていた。

 

「いつ?」だと問われれば、千冬が担任として受け持っている一年一組のクラス代表を決める模擬戦が行われた直後の授業の時である。

其の際、彼女の弟にして史上初の男性IS適正者である『織斑 一夏』がトチッた事により、春樹とISを纏った状態で衝突事故が発生してしまう。

・・・其の時、千冬は目を見張った。

 

「テンメェ、ふざけるんじゃねぇ馬鹿野郎ッ!!!」

 

酷く荒げた怒号と共に春樹は一夏へ向けてライフルを向けたのである。

傍から見れば、不慮の事故に憤った彼が腹を立てて逆上し、一夏へ銃を向けた様に見えた。

実際、此の事故が切欠により、春樹は周囲から『逆ギレ男』の不名誉なるレッテルを張られてしまう。しかし、そんな周囲の感想とは違い、千冬は全く別の事を思ったのだ。

其れは、春樹のISによる武装展開に”一秒も要していない”と云う事である。

 

当初、彼の所作は偶然だと千冬は思った・・・いや、思いたかった。

昨年まで地方の其れも田舎の中坊だった筈のただの一般人に戦闘に対する圧倒的センスがあるとは思いたくなかったのだ。

しかし、其の後に巻き起こった『ゴーレム事件』によって春樹の眠っている才能が確実なものである事をまざまざと見せつけられたのである。

 

千冬の弟である一夏は、春樹と同じ様に昨年まで一般中学に通っていた。

其れが何の因果か、男性にも関わらずISを動かしてしまったある意味で不運とも云える立場である。

運動神経抜群で家事全般の能力も高い音に聞こえる天下のブリュンヒルデの弟と云えども彼はただISを動かせるだけで、特に此れと云った闘争に対する才能を持っている訳ではない。其れ処か、戦闘にとっては致命傷になりかねない感情が表情や行動に現れやすいと言った欠点を有していた。

 

其れ故、ブリュンヒルデの弟と云う事もあってIS委員会と国連によって自由国籍と云う形で保護された”か弱い”存在なのである。

そんな一夏を脅かす存在が春樹であった。

 

一夏と同じ立場でありながら彼にはない『才』を有している春樹を千冬は畏れた。清瀬 春樹が持っているであろう『容易に人を抹殺できる』と云う『才能』を恐れた。

 

本来ならば、春樹の様な世界レベルの生まれながらの最上センスを保持する生徒を教員は更に成長させようとするだろう。

だが、千冬の内心は恐々としていたのである。

 

此の清瀬 春樹と云う男は、育て上げれば世界レベルのトップISパイロットになる事は確実だ。

確かに其れは後進、人を育てる”教師”と云う職業に携わる者にとっては喜ばしい事なのだろうが・・・如何せん、春樹の性別は”男”。一夏と同じ”男性IS適正者”なのだ。

 

そんな男が世間の、世界の注目を集めればどうなるか。

世間に蔓延る有象無象の愚物共は、ただの好奇心と興味によって此の二人の男を比較対象として見るだろう。そして、生憎と一夏に春樹の様な『才能』を持っていない事など千冬は承知の上。

必ず世間の心にもない誹謗中傷が一夏にかけられ、彼を私利私欲の為に利用しようとする輩が出て来るだろう。

大切な家族が、愛する弟が傷付く事が千冬には許す事が出来なかった。

 

・・・・・其れ故に彼女は春樹を排除しようと考えた調度そんな時、フランスとドイツから”転校生”が来る話が舞い込んで来たのだ。

一人は、フランスの大会社から来た疑惑の社長子息。一人は、千冬に対して狂信とも云える感情を抱いている愛弟子とも云えるドイツ軍将校。

・・・此れを利用する手はなかった。

 

フランスからの転校生は、三人目の男性IS適正者だと紹介されたが、勘の良くない人間でも少しぐらい頭を働かせれば、其の者が”男装の麗人”である事は目に見えていた。

其れ故に彼女がフランスからのスパイだと云う事は明白であり、無論こんな人間を可愛い可愛い弟と同室にするなど以ての外。

だからこそ彼女には春樹が宛がわれ、問題でも起こそうものなら彼と一緒に二人纏めて共々”処分”しようと考えていた。

 

ドイツからの転校生は、千冬がドイツ軍に指導教官として招かれていた際の愛弟子とも云える人物であり、ある意味で信仰に近い感情を向けられていた。

此の絶対的なる忠節を千冬は少々厄介で煙たがっていたが、利用できるに越したことはない。

弱みを握る為、春樹を監視する命令が下され、彼女は其れを実行に移した。

ある意味で遅効性の『毒』とも云える二人を送り込んだ事で、千冬の心に少々の余裕が出来た。

 

・・・・・だが、此れは相手が悪かったと云える。

何故ならば、此の清瀬 春樹と云う男は大酒飲みの大蟒蛇。毒を以て毒を制す系男子であったのだから。

 

フランスからの男装転校生、『シャルロット・デュノア』の正体を転校初日に見破った春樹は、彼女の裏事情に深く関わらない様にし、ある事件を切欠に裏事情たるシャルロットの実家や家族が抱える問題を解決してしまった。

 

更にもう一方のドイツからの軍人将校転校生、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』とは共通の話題を以て仲を深め、前記のある事件『VTS事件』から其の後に起きた『銀の福音事件』で彼女の心を完全に射止めてしまった。

 

更に言えば、VTS事件の影響により、ドイツ軍の秘術中の秘術である『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』に何故か完全適応し、更に本来の才能たる卓越したIS操縦技術と戦闘能力などの其れ等を利用して国家代表候補生の地位と専用機を有してしまう。

全くもって想定外の予想外である。

まさか、皮肉にも自分が送り込んだ毒を栄養にして大きく強くなってしまった事を思ってもみなかった千冬は、迂闊に春樹へ圧力をかける事が出来なくなってしまった。

そして・・・千冬の所業を知ってか知らずか、此処から翼を得た蟒蛇の如き春樹の反撃が始まったのである。

 

国家代表候補生の地位と日本政府の直属組織であるIS統合対策部がパトロンに付いた御蔭もあり、其れ迄抑圧されていた春樹は少々の勝手が許される様になった。

更に次々と舞い込んで来る数多のトラブルを解決に導き、大手柄を立てる事で彼の名は広まる事になる。

特に『キャノンボール・ファスト襲撃事件』で自らの専用機たる『琥珀』を第二次形態移行(セカンド・シフト)させた事は今まで無銘だった春樹を世間に知らしめる事となった。

けれども、そんな有名人と成りながらも春樹はメディアの露出を嫌い、どうしても何らかの形でメディアに出る場合はあの仮面に身を包んだ。

其の秘匿性が、余計に彼へ神秘性を加えて人気を上げた。

 

しかし、千冬は知っている。此の清瀬 春樹と云う男の残虐非道にして冷酷無比なるまるで悪魔の様な本性を。

其の所以は、『ワールドパージ事件』で彼が行った所業による所が大きい。

先の事件において春樹はIS学園へ不法侵入して来た米国特殊部隊アンネイムドと遭遇し、此れを撃破。

其処までは良かったのだが、なんと春樹は打ち負かした彼等に対してあまりにも非道な拷問を行ったのである。

其の拷問とは、部隊員全員の顔面や上半身の表皮を剥ぎ、耳や鼻を削ぎ落すという残酷なもので、部隊を率いていた部隊長に至っては、背中の皮膚を剥がされて天井から吊り上げられた。

其の様は、まるで肉屋の冷凍庫に吊るされている肉塊の如きおぞましさだ。

 

・・・・・だが、春樹が此の様な凶行に及んだのには訳がある。

其れは目の前で、IS学園生徒会長である更識 楯無がアンネイムドの部隊員共から暴行を受けていたからだ。

自分よりも上級生にも関わらずいつも彼女に対して舐めた態度と軽口を発している春樹だが、結局の所、彼は楯無を大切な”群れ”の一人だと認識していた。

自身のテリトリーで群れの一人が敵に襲われているのを直視して平気でいられる程、春樹は人間が出来ていない。

だから其れ故に彼は群れに手を出した外敵に対し、”正しき怒り”を胸に裁きを下した次第である。

と云うかそもそも、特殊な家柄出身のロシア国家代表と言えど、十代の少女たった一人にプロの特殊部隊一個小隊を任せる事自体がおかしいのだ。

さて、そんな無茶な命令を楯無に下したのは、何を隠そう天下のブリュンヒルデ様たる千冬である。

いくら命令を実行する実力と自身が楯無にあったにせよ、ハッキリ言って人様の子供である生徒を預かる教員の風上にも置けぬ所業だ。

普通は、生徒に防御を任せて教員が打って出る訳にはいかないのか?

しかもそんな残虐な拷問を受けた下手人を千冬は同情からか秘密裏に無断で逃がしてしまうと云う失態をやらかしている。

言語道断である。

無論、春樹は此の件に関してブチ切れ、職員室で暴れて麻酔弾を撃たれると云う事態に陥った。

 

さて、そんなやらかしが冷や酒の様にたたったのか。春樹の策略によって後々に逃走したアンネイムドの部隊長は拿捕。其れが切欠で色々と其の他のやらかしの裏取りが取れてしまった。

しかも其の裏取りが取れた日の近日に彼女の弟である一夏が京都のファントム・タスク討伐作戦において、暴走状態であったと言っても味方陣営である警察特殊機動隊隊員達へ必殺の剣を振る等と云う暴挙をやらかしていた。

更に更に言えば、千冬の親友にしてISを発明した大天才科学者である『篠ノ之 束』がテロ組織であるファントム・タスクに加担している事が判明。

おまけにダメ押しとばかりに千冬と懇意にしていた二代目ブリュンヒルデたる『アリーシャ・ジョセスターフ』もファントムタスクに寝返ってしまい、警視庁を襲撃すると云う暴挙を行い、官民関わらず負傷者を出した。

以上の事を踏まえ、警察の事情聴取が千冬達へ行われていた。

勿論、身内をやられた事を根に持つ警察官達の事情聴取は激しさと厳しさの熱を持っていた。

 

因みに・・・事情聴取が行わる前に病み上がりの一夏へ対し、彼が行った愚行を教え込んで責め立てた警察公安部所属の警察官が居た為、一夏は精神的に参ってしまい、一時的な情緒不安定に陥ってしまう。

そんなか弱い弟を守らんが為、当初は黙秘権を行使していた千冬は、ある司法取引を持ち掛けられ、此れを引き受けた。

元々、証拠不十分で解放される予定だったのだが、一夏の事をネタに此の様な意地の悪い取引を持ち掛けたのである。

さて・・・・・其の意地の悪い司法取引と云うのが―――――

 

「あッ・・・あぁ・・・! やっと・・・やっとッ、会えた・・・・・”姉さん”・・・!!」

 

骨を砕かれ、血を吐きながらもテロリストの魔の手から奪還を防いだ人物が何とも嬉しそうに千冬へ向けて微笑を向けている。

其の瞳は若干潤んでおり、生き別れた肉親に会えた事を心底喜んでいる事が傍の目から見ても明らかであった。

 

「・・・ッ・・・」

 

だが、一方の千冬の表情は向けられている表情とは正反対に酷く歪んでいた。

まるで生理的に無理なものを見るかの様に眉がひそみ、目を細めていたのである。

 

其れもそうだろう。

何故ならば、強化ガラスを隔てた向こう側には、自分を十歳程に若返らせた”自分”が座っていたのだから。

 

彼女の名は『M』。

・・・・・いや、彼女が自分自身で名を語るとするならば、彼女の名は『織斑 マドカ』。

自分を織斑 千冬の”実妹”だと称するファントム・タスク構成メンバーである。

 

けれども、どうして国連へ護送される筈だったMもといマドカが未だ日本に居るのだろうか。

実は、警視庁襲撃事件が起きる以前に国連へマドカを護送する日時を把握していたのは、日本政府並びに警察庁と警視庁の極々一部。其れと国連並びにIS委員会の僅かな上層部メンバーだけであった。

京都テロリスト討伐作戦前に日本政府並びに司法機関に蔓延っていたファントム・タスクへ情報を漏らしていた売国連中は排除している。

・・・と、なるとマドカの護送情報を流出させていたのは、国連かIS委員会に所属する誰かとなるのは必然的となった。

此れに被害を被った日本政府並びに日本司法機関は猛反発。政府は国連とIS委員会とで大揉めを起こし、マドカの引き渡しを拒否してしまったのである。

そして、継続拘留場所として選考されたのが、最新鋭の警備設備と最強のテロリストと揶揄されて来た組織の襲撃を何度も何度も退けて来た男が所属する世界一安全な場所と云われる・・・・・IS学園へ拘留される事と相成ったのだった。

無論、事情を知らぬ一般生徒もいる為、拘留先はIS学園の地下室だ。

 

「こうして会う事になるなんて思ってもみなかった! 会いたかったッ、会いたかったんだ千冬姉さ―――――」

黙れ・・・!!

 

何とも嬉々とした表情で声を弾ませるマドカに千冬はピシャリと静かに一喝。しかし、マドカの表情は変わる事はない。

 

「私を気安く姉さんなどと呼ぶな・・・! 私の家族は・・・一夏だけだ・・・・・!! 貴様は、私のまがい物に過ぎん」

 

「一夏・・・一夏、一夏、一夏! 姉さんはいつもあの男ばかり・・・どうして私の事を認めようとしてくれない? やはり、あの男は目障りだ。どこにいる? あの男はこの学園の何どこにいる? ここから抜け出して殺してやる。そうすれば姉さんは私を、私だけを見てくれるか?」

 

「黙れと言っているのが、解らんか!!」

 

隠すことなく声を荒らげる千冬に対し、マドカは上機嫌に口端を吊り上げる。まるで彼女の反応を楽しむ様に。

 

「織斑先生、落ち着いて下さい。お気持ちは察しますが、これでは尋問になりません」

 

此れでは平行線のままだと判断して助け舟を出したのは、千冬と共に同席していた老紳士・・・IS学園学園長、轡木 十蔵である。

 

「初めまして、M。私は貴女の身柄を預かるこの学園で、学園長をしている轡木というものです」

 

「そうか。いつも姉が世話になっている」

 

「貴様・・・ッ!!」

 

丁寧に礼をするマドカに千冬は青筋を浮かべるが、無法者のテロリストにしては礼がなっている事に轡木は感心する。

だが、当のマドカ本人はそんなダンディな彼よりも自分の”想い人”が此処に居ない事の方が気掛かりな様だ。

 

「ヤツは、あの男は・・・・・清瀬 春樹はいないのか?」

 

「残念ですが、彼は先の事件の影響で体調を崩してしまいましてね。今回の所は欠席しています」

 

轡木の発言、実は裏がある。

本当は、もう織斑一族と関わり合いたくない為に仮病を使って部屋に籠っているのだ。無論、彼の”つがい”である銀髪兎も一緒に。

其れを察したかどうかは知らぬが、マドカは眉をひそめた。

そんな彼女に対し、轡木は春樹からの伝言を伝える。

 

「ですが、彼から貴女への伝言を預かっています」

 

「なに?」

 

「「一応の礼節は弁える。運んでくれてありがとう。助かった」との事です。」

 

「ッ・・・そ・・・そうか」

 

伝言の「ありがとう」とは何か。

其れは警視庁襲撃事件時に崩れる地下階層から疲労による気絶をしてしまった自分を背負ってくれた事に対する感謝の言葉であった。

本当ならば、敵であるマドカにかける言葉ではないが、此れは春樹なりのケジメである。

伝言を聞いた彼女は、何処か照れ臭そうに頬を緩めた。人間臭い年相応な少女の表情をしたのだ。

 

「それでは、本題に入らせて頂きます。M・・・いえ、織斑 マドカさん。貴女の所属している。いや、所属していた組織・・・ファントム・タスクについてお聞きしたい」

 

そんな異様な雰囲気の中、今まで謎に包まれていた過激派テロ組織の構成員への尋問が行われるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆





















:次回:
燃える紅葉の戦場越えて、次へ向かうは冬の星空。
火酒を片手に蟒蛇は蛟へ至れるか。


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拾壱升:蒼穹のエクスカリバー・聖剣携え、日の酒を呷れ
191話



※旧191話と旧192話を統合しますた。



 

 

 

警視庁襲撃事件から幾何かの日時が過ぎた頃。

司法当局は煙のように消えた容疑者を発見するには未だ至らなかったが、何も其ればかりに気を取られる訳にはいかない。警察は罪なき善良な市民の日常を守らなければならないのだ。

一方、メディアの方も事件に対する高い関心を示しつつ其の他のニュースを報道し、其れも月日を経るごとに下火になって行った。

 

其れでも尚、事件に対する世間の関心は高く、ネット上では様々な憶測が飛び交っている。

やれ「事件直後に日本海近郊で目撃された所属国不明の潜水艦に乗船して脱出した」だの。やれ「横須賀の米軍基地を経由して出国した」だの。やれ「まだ都内に潜伏しており、潜伏先は親IS派閥政党の事務所」等と云った根も葉もない噂が囁かれていた。

だが結局、噂は噂である。其れでもファントム・タスク残党狩りが続いている事は明白である。

 

 

 

 

―――◆◆◆―――

 

 

 

早いもので、師走の十二月が差し迫る頃。秋の紅葉も見頃を終え、すっかり冬らしい寒さが一気に日本列島を包んでいた。

 

ところで、十二月で年末年始前のイベントと言えばクリスマスだ。

世間を見渡せば、クリスマス商戦の為の準備に皆が追われ、街頭にはクリスマスツリーの用意が行われている。

勿論、御祭事に目がないIS学園生徒達も色めき出し、生徒会主導で学園内でのクリスマスパーティーが企画される程だ。まるで事件の鬱屈した空気を払拭する様に。

 

さて・・・そんな色んな意味で賑わいを見せる中で、先の事件の功労者たるアルコール依存症激情型鬱病の大蟒蛇はと云うと―――――

 

 

 

―――◆―――

 

 

 

「あぁ・・・畜生め。なして君はそねーに可愛えんじゃ、ラウラちゃん?」

は・・・はるきぃッ・・・はるきぃいいッ・・・・・ひィぁあ”あ”♥♥

 

薄明かりの部屋を包み込むのは、誤魔化せぬ程に強い酒精の薫りとむせ返りそうになる何とも独特な生臭さ。

其の発生源を辿れば、ベッドの中で情欲に吞まれて獣と成り果てた一組の年若い男女が血眼となってお互いを貪っていた。

 

「ラウラちゃん・・・ラウラちゃん・・・ッ!!」

 

少年は金色に輝く血走った両瞳で少女を愛おしそうに見つめつつ、矮躯ながらも引き締まった彼女の身体へ何度も何度も自分の身体を撃ち付ける。

 

春樹ッ、もっと・・・もっとぉ♥♥ おぉおおおおおッ♥♥♥

 

一方、少女は少年に撃ち付けられる度に甘い甘い艶やかな喘ぎを呟きながら彼の背中や腰へしなやかな手足を巻き付ける。

 

そんな肉が擦れ、水音が鳴り、くぐもった声の応酬が何時間も絶え間なく続く。

途中、其の合間合い間に少年と少女は絶頂へ達した短い叫びを上げるが、其の度に二人は深い深い口付けを交わして尚も躰を絡ませた。

其の御蔭が、女の下腹部はポッコリと歪に膨れ上がり、男が吐き出した欲望が太腿を伝う。

 

はるきッ・・・はるき♥♥ しゅき、だいしゅきィい♥♥♥

「俺も、俺もじゃッ・・・! 俺も大好きじゃで、ラウラちゃん・・・!!」

 

愛を確かめる様に語る言葉と共に気分が高ぶってしまったのか、少年はガブリッと少女の肌へ歯を突き立てる。

すると今や長く伸びてしまった八重歯が彼女の白い柔肌へと喰い込んでタラーリと真っ赤な血が滴り、しわくちゃと成り果てた白いシーツに滲みを付けた。

 

うッ・・・うれひぃ♥ もっとッ、もっと噛んで♥♥ もっと私に傷をつけてくれ♥♥

「ッ、じゃったら容赦せんけんな! 覚悟せぇよ!! オラッ、出すぞ!!」

ひっ・・・ぎぃいああ”あ”あ”あ”あああ”あ”ッ♥♥ いッ、いグっう♥♥♥ いくぅううううう♥♥♥

 

少年は前から後ろからと次々態勢を変化させながら尚一層強く突き上げつつ、少女の至る所へ跡を付ける。

其の行為は、まるでマーキングの様だ。「お前は俺のモノだ!」と云わんばかりに彼は少女の胎の中へ自分の遺伝子を注ぎ込む。

 

はひっ・・・あひぃ♥♥ お、おにゃか・・・お腹がはれ、はれつしてしまいそうだ・・・♥♥

「阿? じゃったらちょっと趣向を変えてみる?」

「へ・・・え? ッ、ちょ・・・ちょっと待て春樹! そこは違うあ――――――オほぉッお”お”お”お♥♥♥

「あぁッ、もう・・・! こっちのラウラちゃんもキツキツで最高・・・!」

 

白目を剥いてよがる少女に気を良くしたのか。少年は更に更に強い力を以て彼女へ齧り付く。

しかし、どんなに体力が有り余っていようとも終わりは必ずやって来るものだ。

 

「はぁー・・・ハァー・・・はぁー・・・ッ、おえッ!・・・やべぇ、世界がモノクロに見えて来たでよ」

 

ぐッひぅ♥・・・わ、私も・・・ちょっとツラ・・・ひぎッ♥♥

 

「あら? ラウラちゃん・・・もしかして余韻でイッちゃった? まぁ、こねーになるまで出してしもうたけんなぁ」

 

「あッ、バカモノ! 急にお腹をつっつ・・・くひぃい”い♥♥♥

 

ドロリと溢れ出る愛しい人の遺伝子情報と共に少女は白目を剥いて躰を痙攣させた。

 

「あ・・・悪ぃ。大丈夫?」

 

あ”ッ・・・ひぅ・・・♥♥♥ だ、だい・・・だいひょうぶ、だぁ!」

 

「・・・・・大丈夫じゃなさそうじゃけど?」

 

「にゃ、にゃめるなよ・・・! これしきの事で、へこたれる・・・私では、にゃい!」

 

「口が廻っとらんのんじゃけど?」

 

「可愛えなぁ」と春樹はラウラを抱き寄せる。

此れがお気に召したのか、其れとも恥ずかしかったのか、ラウラは春樹の胸板へグリグリと美しい自前の銀髪を押し付けた。

そんな可愛くて愛おしい恋人に春樹は何度も何度も唇を落とす。

 

「・・・なぁ、ラウラちゃん? 今度の休み、どっか行かんか? 横浜で、文豪ストレイドッグスの聖地巡りとかさ」

 

「ん? みんなでか?」

 

「いんや、二人っきりで」

 

「ッ・・・そ、それは・・・・・私をデートに誘っているという事か?」

 

春樹の言葉に対し、ラウラは爛々とした目で彼を覗き込む。

 

「じゃー、じゃー。よー考えたら、何か今まで恋人らしい事とかやっとらんかったろ? 京都で其れらしい事やろう思うたら散々に邪魔されたしな」

 

「そうだな・・・・・春樹?」

 

「ん?」

 

「私は、とっても嬉しいぞ。ありがとう、春樹」

 

「ラウラちゃん・・・!」

 

満面の笑みを浮かべる彼女に春樹はグッと来てしまい、思わずギュッと抱き締める力が強くなってしまう。

 

「こ、こら! 苦しいぞ、春樹!!」

 

「御免、御免。あんまりにもラウラちゃんが可愛えけん、ついな」

 

「まったく。・・・あッ、そういえば!」

 

「どしたんなん?」

 

「春樹・・・お前、期末テストは大丈夫なのか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・畜生ッ」

 

 

 

―――――◆◆◆―――――

 

 

 

「ヤベェよ、ヤベェよ、すっかり忘れとった・・・!」

 

色々と欲望に忠実な我らが刃殿。放課後からIS学園生徒会室で教科書やら参考書やら何やらかんやら広げてノートにカリカリ勉強中。

そんな彼に生徒会役員である布仏 虚は、味の濃い紅茶を差し淹れる。勿論、耳打ちで「ウィスキーを入れてはいけませんよ?」と念を押して。

 

「プククッ、春樹くん・・・君って、ちょっとおまぬけさんね♪」

 

目の下にクマを付けて勉学に励む春樹を茶請けに愉快そうな笑みを溢すは、生徒会室の長たる生徒会長の更識 楯無。其の彼女に向けて春樹は「うるせぇやい!」とバツが悪そうに眉間に皺を寄せた。

 

「・・・お姉ちゃん、あんまりからかうと・・・あとがこわいよ?」

 

「「倍返しだー!」ってやつだ~」

 

愉快そうに嘲笑う楯無を妹の簪と虚の妹である本音が注意するが、当の本人はどこ吹く風。広げた扇子で口元を隠し、大きく何度も両肩を震わせる。

 

そんないつもの放課後の面々だが、先の事件で情緒不安定となって自室へ引きこもっている世界初の男性IS適正者たる織斑 一夏の代わりにある人物が、春樹の真向かいのソファへぎこちなく鎮座していた。

 

「あ、あの・・・大変そうでしたら、また日を改めても私は大丈夫ですよ」

 

鴉の濡れ羽色の美しい黒髪ロングを有している御淑やかな和風美少女。

彼女は、剣道部所属にしてIS学園独立自警組織ワルキューレ部隊は一番隊隊長の四十院 神楽である。

 

「いんや、大丈夫。もうすぐ区切りがつくけんな。御免けど、もうちょっと待ちょーて」

 

「は、はい」

 

「ごめんなさいね、四十院さん。春樹くんがちょっとウッカリさんで。まさか、自分から呼んでおいて待たせるなんて・・・フフ♪」

 

「ッチ・・・喧しいなぁ!」

 

苦々しい表情でブウを垂れる春樹と悪戯っ子の様に微笑む楯無。そんな二人の遣り取りに四十院は思わず興味深そうな表情になる。何故なら、一年生の間では楯無はミステリアスで大人びた印象で通っているのだ。

そんな彼女が春樹の前でケラケラと年相応な笑顔でいる事に四十院は何処か微笑ましそうに出された紅茶へ口を付けた。

其れから十数分後。漸く春樹はノートから手を放す事に成功する。

 

「やっと終わった・・・御免な四十院さん、待たしてしもうて」

 

「別に構いません。総隊長からの呼び出しとあらばいつでも」

 

「呼んどいて悪いが、カタいでよ。上司と部下じゃのーて、主君と臣下的な感じがするでよ」

 

「やだ・・・春樹くんってば、不埒だわ」

 

「・・・・・此のバ会長は、放って置いて本題を話すでよ。四十院さんよ、提案なんじゃけど、うちの・・・IS統合対策部の専属パイロット生にならん?」

 

「・・・へ?」

 

突拍子もない春樹からの提案に四十院はギョッとし、周りからは「おー!」と感心の声が上がった。

 

「で、ですが・・・IS統合対策部には、総隊長と更識(簪)さんがもう居るではないですか」

 

「正確に言うと次世代量産型ISのテストパイロットになって欲しいのよ。俺と簪さんは設計開発に携わるけぇ、第三者の目線でのテストパイロットが欲しいって訳じゃ。そん中で四十院さんが適任じゃー思うてな。とっても優秀じゃし」

 

「どうじゃろうか?」と云う春樹からの疑問符に四十院は若干照れ臭そうな表情をしつつ肯定の返事をする。

 

「ッ、はい! 不肖ながらこの四十院 神楽、テストパイロットの務めを果たさせていただきます!」

 

「じゃけぇカタいってば! 其れに総隊長呼びじゃのーてエエよ」

 

「阿破破破!/あははは♪」と奇天烈な笑い声と弾む様な笑い声が生徒会室へ響いたのであった。

 

「そう言えば、総隊長・・・いえ、”春樹”さん」

 

「阿? 何ならね?」

 

「クマが酷いようですが、それは機体設計開発のせいでですか?」

 

「い、いや・・・・・こりゃあテスト勉強でじゃ」

 

「そうなんですか、勤勉なんですね。流石はワルキューレ部隊の総隊長です!」

「ぐッ!?」「ぷっふ!!」

 

あっけらかんとした四十院の感想に春樹は苦虫を嚙み潰した様な表情を晒し、楯無は思わず吹き出してしまう。

 

「そうよ、春樹くんってとーっても勤勉なの! だから、今度の期末テストは大丈夫だもんね!」

 

「楯無、テンメェ・・・!!」

 

「あら・・・・・私、何かマズい事を?」

 

何を隠そう我らが刃たる清瀬 春樹は、戦場で数多の武功を挙げれども学生の本分である勉学の方はサッパリ。

先に行われた中間テストでは赤点こそとりはしなかったものの、赤点になるかならんかのギリギリだった為に山田教諭から注意を受けていたのだ。

此れでは不味い。今回の期末テストで赤点を一つでもとろうものなら、休日が補修でつぶれてしまう。

 

一応、面倒事や厄介事に多く巻き込まれている春樹だからこそ、テストの免除を学園長に相談する手もあった。

そして、春樹は其れを実行したのだが、学園長たる轡木は其の代わりにある事を彼に提案したのである。

 

「清瀬君、テストの免除をする条件として・・・現在地下室へ幽閉しているファントム・タスク構成員、コードネーム『M』・・・もとい、『織斑 マドカ』の尋問をしてもらいたいのです」

 

無論、あの”血族”との関わる事など春樹はノーセンキューなので、キッパリと「・・・此の話はなかった事に」と丁重に断ってしまったのである。

 

「春樹くん、テスト頑張らないと・・・補修になっちゃうわよ~?」

 

「うぅわッ、ウゼェ。じゃけど、ホントの事じゃしなぁ・・・」

 

「大丈夫よ、春樹くん。頑張ったらお姉さんが、クリスマス会でとっても良いご褒美あげるから♥」

 

「いや、別にエエでよ」

 

「もうッ、照れちゃって可愛いんだから」

 

「いや、別に照れてねぇ。赤点回避したらラウラちゃんとデート行くけぇよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・えッ?」

 

春樹の発言が寝耳に水だったのか。楯無は鳩が豆鉄砲を食った様にポカーンとし、彼女の表情に簪や本音は「あッ・・・」と声を漏らし、虚は「はぁ~~~ッ・・・」と溜息をし、四十院は「やりましたね!」と表情をほころばせた。

 

「あ、えと・・・春樹くん、それはみんなでって事?」

 

「いんや、二人っきりに決まっとろーがな。ちゃんと外泊届も出しとくけぇな。頑張らんとなぁ」

 

「よし!」と張り切る春樹に対し、先程まで楽しそうな表情をしていた筈の楯無の顔は一気に暗くなってしまい、ついにはワナワナと身体を震わせて来たではないか。

 

「ッ、ちょ、ちょっと春樹くん! 不順異性交遊よ!!」

 

「失礼な。”純愛”異性交遊じゃ」

 

「だ、だからって!!」

 

『問答無用』と描かれた扇子を拡げると共に立ち上がった楯無。

・・・しかし。

 

清瀬ぇえええええ―――ッ!!

 

其れと同時に生徒会室の扉が怒号と共に開け放たれる。

すると其処には、怒髪冠を衝く侍娘が木刀を掲げて仁王立ちしていたのであった。

 

「うわお・・・面倒事じゃがん」

 

 

 

――――――――――◆◆◆◆◆―――――

 

 

 

「ちッ・・・ち、違ぅ・・・・・! お、俺じゃ・・・俺じゃ、ない・・・!!」

 

鋼鉄の如く固く閉じられたカーテンから木漏れ日が滲む薄暗い部屋の中。其の室内の隅に冬山の遭難者の如くガタガタガタガタと身体を震わせてうずくまっているのは、世界初の男性IS適正者である『織斑 一夏』だ。

 

普段の彼ならば、姉譲りの端正な顔立ちから明るい表情を絶やさぬだろう。・・・しかし、今現在の一夏はどうだろうか?

最早涙も枯れ果てたであろう腫れ上がった眼元からは見えるのは、酷く荒んだ虚ろな目が垣間見え、時折りに口元はガチガチガチガチと歯の軋む音が鳴る。

 

先の京都で行われた国際過激派テロリスト、ファントム・タスク討伐作戦。

其の事件においてIS学園専用機所有者一行は、新型EOSを装備した警察官部隊と共に制圧戦に参加した。

だが、其の作戦中、専用機『白式』を駆る一夏がファントム・タスク構成員との戦闘中に暴走し、あろう事か味方陣営である専用機所有者並びにEOS隊員へ攻撃を行ったのである。

其のせいで白式の単一能力使用による重傷者を出し、一時は戦線崩壊寸前と云う危機的状況に陥ってしまう。

 

此れに警察側が憤慨しない訳がなかった。

事件後、警察による厳しい事情聴取が行われたのだが、其の際に行われた精神鑑定に暴走時の心身消失が認められてしまい、其れ以上の追及をされる事はなかったのだが・・・・・

 

「ッ・・・い、痛ぇ・・・!! う、腕が・・・右腕がぁあ・・・ッ!!」

 

今何よりも一夏の心を蝕んでいるのは、薄っすらと繋ぎ目の見える右腕から襲い掛かる”幻肢痛(ファントム・ペイン)”と勝手に脳内へリピート再生されるあの恐ろしい―――――

 

ガルルぁあア”ァあ”あ”ッ!!

「ひっ・・・ッ、ひぃあァアああ!!?」

 

―――――時折り思い出したかの様に瞼の裏へ映り込むのは、血濡れた様な刃を抜いて自分へ勢い良く迫り込んで来る金眼四ツ目の”化物”。そして、鼓膜を震わせる聞くに堪えぬ断末魔。

痛いッ、痛いぃい!!」と。

助けてくれぇええ!!」と。

熱いぃいいいいい!!」と。

 

「ち、ちち、違う・・・! 違う違うちがうちがうちがうチガウ違うちがうチガウチガウちがうちがう違う違う違う違う違う違うちがうちがうチガウちがうちがう違う違う違う違うちがうちがうちがうチガウ違うちがうチガウチガウちがうちがう違う違う違う違う違う違うちがうちがうチガウちがうちがう違う違う違う違うちがうちがうちがうチガウ違うちがうチガウチガウ違う違うちがうちがうちがうチガウ違うちがうチガウチガウちがうちがう違う違う違う違うちがうちがうチガウちがうちがう違う違う違う違うちがうちがうちがうチガウ違うちがうチガウチガウちがうちがう違う違う違う違う違う違うちがうちがうチガウちがうちがう違う違う違うちがうちがうちがうチガウ違うちがうチガウチガウちがうちがう違う違う違う違う違う違うちがうちがうチガウちがうちがう違う違う違う違うちがうちがうちがうチガウ違うちがうチガウチガウちがうちがう違う違う違う違う違う違うちがうちがうチガウちがうちがう違う違う違う違うちがうちがうちがうチガウ違うちがうチガウチガウ違う違うちがうちがうちがうチガウ違うちがうチガウチガウちがうちがう違う違う違う違うちがうちがう違う違う違う違う違う違うちがうちがうチガウちがうちがう違う違う違う違うちがうちがうちがうチガウ違うちがうチガウチガウちがうちがう違う違う違う違う違う違うちがうちがうチガウちがうちがう違う違う違う違うちがうちがうちがうチガウ違うちがうチガウチガウ違う違うちがうちがうちがうチガウ違うちがうチガウチガウちがうちがう違う!! 違うんだぁあああああッ!!」

 

一夏はガリガリガリガリ頭を抱えて掻き毟りながら狂った様に一心不乱に懸命に叫ぶ。「俺のせいじゃ・・・ッ、俺のせいじゃない!!」と。

祈る様に。

願う様に。

許しを請う様に。

 

・・・・・けれども、其の言い訳に幻聴が応える。

「お前のせいだ」と。

 

「ッ、うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「ッ、ちょっと!? 何やってんのよ、あんた?!!」

「一夏!? 一夏やめろ!!」

 

幻聴に堪えられなくなったのか、ガンガンガンガンと一夏は自分の頭を壁へ何度も何度も打ち付ける。

此の異常事態を感じ取り、部屋の外で様子を伺っていた幼馴染にして専用機所有者である『篠ノ之 箒』と『凰 鈴音』が部屋の扉を力技で突破し、二人がかりで彼を止め様とした。

 

「ッ、やめろ! はなせぇえええええッ!!」

「きゃぁあッ!?」

 

だが、そんな献身的な二人に対して一夏は浜にうち上げられた魚の様な澱んだ目を三角にキッとさせて乱暴に振り払う。

其の際に彼の手が鈴の頬を叩く形となってしまった。

 

「鈴?! 一夏ッ、貴様!」

「うわぁああああ・・・うわぁああああああ・・・・・ぁああッ・・・!!」

 

箒はグイッと一夏の胸倉を掴む。すると彼は声を上げて泣き出してしまう。まるで叱られて泣き散らす童の様に。

そんな余りにも不様を晒す一夏に箒はギリッと奥歯を軋ませた。

 

「一夏・・・ッ! 貴様、なにをいつまでも女々しく泣いている?! 泣くな! 男なら泣くんじゃない!!」

 

「箒、もうやめて・・・! 私は、私は大丈夫だから・・・ッ!」

 

一夏の胸倉を掴む箒の手を鈴は抑え込むと宥める様に彼女は一夏を抱き留める。「大丈夫、大丈夫だからね・・・!」と母親が癇癪を起す子供をなだめる様に。

其れでも彼は「ぎゃぁああん!」と幼子の様にへたり込んで喚いた。

 

「・・・どうして・・・・・どうして、なんで!? なんで、こんな事に・・・?!!」

 

目の前で跪く変わり果てた想い人の姿に箒は表情を酷く歪ませる。そして、一体何があってあの一夏がこんな有様になってしまったのだろうかと彼女は考えた。

 

頼れる大人である筈の千冬は此処にはいない。

何故なら一夏に此れ以上の警察の追及が及ばない様に彼等との司法取引を飲んで此処に居られないからだ。

其れは何故か?

 

「・・・・・・・・やはり・・・やはりッ、”アイツ”か!」

 

箒は一生懸命に一生懸命に一生懸命に一生懸命に考えた。其の考えた結果・・・彼女はもっとも”安易”な責任転嫁の矛先を思いついたのである。

さて、後はいつもの如く猪の様に目標に向かって走り抜けるだけだ。

 

 

 

―――――◆◆◆―――――

 

 

 

清瀬ぇえええええ―――ッ!!

 

バン!と生徒会室の扉を開け放って現れた箒に対し、春樹は惜しげもなく「げぇ・・・ッ、やっぱ来たな」と眉をひそめる。

そんな口をへの字にひん曲げる彼へ向けて箒は私用の木刀を振り上げて勢い良く差し迫った。

 

「―――――ちょっと待ちなさい!」

「なッ・・・!?」

 

しかし、鬼気とした表情の箒の前へ机を飛び越えて立ち塞がったのは、意外にも此の部屋の主たる楯無である。

 

「ッ、楯無さん・・・そこを退いて下さい!」

 

「ううん。ダメよ、箒ちゃん。生徒会を置くこの部屋で荒事は御断りなの。イイ子だから退がりなさい」

 

彼女は箒へ向けて閉じた扇子の先端を向けた。

しかし、どうして楯無は春樹と箒の間に若干焦った様子で割って入ったのか? やはり、目の前で想い人が傷付くのが見たくなかったからであろうか?

・・・・・否である。

 

「だから春樹くん・・・ソレをしまってくれるとお姉さんうれしいなぁー、ってね?」

 

「・・・ッチ」

 

箒の前へ立つ楯無の背後には、すでに撃鉄を引き起こした回転拳銃を構えた春樹が舌打ちを鳴らす。

春樹は正当防衛にかこつけて彼女を撃つ気満々であった。例え、相手がクラスメイトの女子であろうと此の男は一切の容赦はおろか躊躇もなかった。

敵は再起不能にする事が絶対であったのだ。

 

「私は、そのバカに用があるんです! その男のせいで一夏は・・・みんなが迷惑を被っているんです!! 私がそのバカを成敗しなくては!!」

 

「・・・は?」

 

其れでも食い下がる箒だったが、彼女の発言が癪に障ったのか。眉間へしわを寄せて不機嫌な声色を発した者がいた。

 

「・・・ちょっと篠ノ之さん、それ・・・どういう意味? 春樹が、迷惑・・・? ちょっと何言ってるのか、わからないんだけど?」

 

「なんだ簪? またお前は、あの男の肩を持つのか? いつもいつもご苦労な事だ!」

 

「そういう篠ノ之さんは、また・・・あの鈍感屑の唐変木のお世話? そう言えば・・・今は廃人同然何だっけ?・・・・・どっちが迷惑かけてんだか」

 

「ッ、何だと貴様! 一夏は、そこのボンクラのせいで―――――」

「自業自得・・・って言葉知ってる? あれのせいで・・・一体どれほどの人達が迷惑をしたと思ってるの?」

 

「簪ッ、貴様ぁアア!!」

 

煽り耐性の低い箒は簪の言葉に激昂し、今度は彼女に向けて木刀を振るおうと差し向ける。

けれども、其のヒステリックで暴力的な性格を此の状況下で晒すのは頂けなかった。

 

「―――――箒ちゃん・・・何をしているのかしら?」

「ッ!?」

 

箒の頸動脈へ突き付けられる扇子の先端と随分と低い冷淡な声色。

其れでも笑顔を保ってはいるものの、早い話が「何やってんだテメェ? ぶっ殺すぞ!」と言っている様なものである事は明白であったのだ。

そんな明確な殺意に冷や汗を出す箒へ助け舟を出すのもまた意外な人物であった。

 

「おい、落ち着きんさい。相変わらず簪さんが絡むと見境ねぇのな」

 

「ッ、春樹くん・・・」

「清瀬・・・!!」

 

春樹が溜息交じりに殺気を放つ楯無の頭へ軽くチョップした事で、其れ以上の状況悪化を招く事はなかった。

だが、箒の怒りは収まる事はない。其れ処か、助けられた事が逆に癪に障った様で、益々彼女は春樹への視線を強める。

 

「も~、面倒じゃなぁ・・・! オメェ、どーしたいんなら?」

 

「私と闘え! 決闘だ!! そして、貴様を一夏の前で土下座させてやるッ!!」

 

「フンッ!」と胸を張る箒に対し、簪は心の内で「・・・自分が勝つ前提で言うんだ」と呟いた。

一方、指を指されて宣戦布告の決闘を申し込まれた春樹は「え~~~??」と渋い表情を隠すことなく晒したのである。

 

「面倒じゃなぁ。本当にオメェは面倒な女じゃなぁ、おい! 俺、戦うのいやなんじゃけど?」

 

「フンッ、なんだ? 怖気づいたか?」

 

渋い表情の春樹に対し、箒は鼻で笑いつつ冷ややかな視線を彼へ送る。しかし、周囲は其の彼女の態度があまりにも滑稽に映った。

そんな滑稽な態度をとる箒に春樹は呆れながらも困ってしまう。下手に追い返してしまえば後々に禍根を残す事は確実。面倒な事この上ない。

 

「・・・・・阿ッ」

「・・・え?」

 

調度其の時、春樹はふと蚊帳の外となっていた四十院へ目が留まる。そして、あの奇天烈な「阿破破ノ破!」と謂う笑い声を漏らす。・・・ろくでもない考えを巡らせた表情で。

 

「―――――よし、エエじゃろう。篠ノ之さんよ、戦ってやろうじゃねぇか!」

 

渋い顔から一転してしたり顔の春樹に皆は「・・・え?」と眉をひそめてしまう。かく言う箒も「な、なにッ?」と表情を崩す。

けれども其処は賢い蟒蛇である。ニコニコな笑顔を浮かべつつ春樹は大人しく座っている四十院の両肩へ手を置いた。

 

「―――――此の四十院 神楽に勝てたらな!!」

 

「・・・へ?」

「え・・・・・・えッ?」

「えぇええええええ!?」

 

彼の行動に周囲は勿論、当の本人である四十院も大きく動揺する。

 

「ちょ、ちょっと総隊長!?」

「春樹・・・いくら面倒臭いからって、それはちょっと」

「まるなげだぁ~」

 

突然の春樹の提案に周囲の反応もまちまちである。

其れも其の筈。IS統合対策部のテストパイロットに先行されたとは言いつつも、四十院は箒と違って専用機を所有していない。つまり其れは、四十院は訓練機で挑むという事だ。

 

「フッ・・・考えたな清瀬。先に四十院を戦わせて私のスタミナを奪ったうえで戦おうなどとはな・・・浅はかな策略家崩れの貴様らしい考えだ!」

 

此れには勝負を持ち掛けた箒も困惑してしまうが、すぐに気を取り直して口を開いた。

しかし、煽り文句は春樹の方が上である。

 

「・・・・・阿破破破ッ!」

 

「ッ、なにがおかしい?」

 

「いやいや・・・オメェ、何を自分が勝つ前提で話してんの? まさか、自分の方が強いと思ってる訳? 大丈夫、大丈夫。じゃって、オメェさん・・・・・弱いもぉん」

 

「き、貴様ぁあ・・・ッ!!」

 

プチッ・・・と、箒は頭の中で何かが切れる感覚が手に取る様に理解できた。

其の内から湧き上がって来る怒りは、一周回って彼女を冷静にさせる。

 

「・・・・・・・・いいだろう、貴様に吠え面をかかせてやる!! 今すぐにアリーナで戦うぞ!!」

 

顔を真っ赤に血走った眼を三角にし、箒はISを部分展開した腕でアリーナの方を指さしたのであった。

 

 

 

 

 

―――――◆◆◆◆◆―――――

 

 

 

「春樹・・・これはどういう事だ?」

 

俺を見て呆れた顔をするのは、愛しい愛おしい俺の銀の黒兎ちゃんこと、ラウラちゃん。

溜息と共に首を振るから昨日の夜、もっと言えば明け方間近に俺が付けた噛み跡がちらりと見える。

うーん・・・実に悩ましい。成程、オッサン共が言うチラリズムとは実にこうもエロいのか。

 

・・・・・さて、現実逃避は此処までとしょう。

茶道部の用事から帰って来たラウラちゃんにカクカクシカジカ、丸々うまうまと俺は事情を説明する。

するとラウラちゃんはまた大きな溜息を吐く。

 

「どうして・・・どうして、私がちょっと目を離した隙にお前はこうも面倒事に巻き込まれるのだ?」

 

「其れは俺が聞きてんじゃけどぉ??」

 

「まったく・・・しかし、不思議だな。春樹、お前ならあの程度、軽くあしらえた筈だ。一体どういう風の吹きまわしだ?」

 

「阿破破破! 何、ちぃとばっかし試しとうなったんじゃ。俺らぁが育てた”兵”がどれぐらい使い物になるんのかがなぁ」

 

クルル曹長みてぇに俺がくつくつ笑えば、「うっわ~」「・・・篠ノ之さんが気の毒」「さすが春樹くん。外道だわ」との声が聞こえる。

 

「って、誰が外道じゃ?!」

 

「でも春樹・・・四十院さん、大丈夫なの?」

 

「そうだよ~。しののんは専用機で第四世代機なのに・・・かぐらんは、訓練機の第二世代機なんだよ~?」

 

「それに彼女の使う機体は、打鉄じゃなくてラファールよ。私の記憶が正しければ、四十院さんは剣道が得意じゃなかったかしら? 格闘戦に持ち込むなら打鉄の方がいいんじゃないの?」

 

おっ、ニセ峰不二子のくせに鋭いじゃねぇか楯無閣下殿。

確かに仰る通り、此れから篠ノ之に挑む四十院さんの使う機体は、第二世代型訓練機の射撃機構に特化したラファール・リヴァイヴじゃ。しかも打鉄に比べて装甲が薄い。装甲が薄いって事ぁ防御力が高くない云う事じゃ。

ただでさえレシプロ機とジェット機ぐらいの性能差があるのに不利じゃねぇかテメェ此の野郎!・・・って、普通なら俺も言う。誰だって言うじゃろうな。

 

「じゃけども、さてさて・・・どう転ぶかが問題じゃ」

 

 

 

―――――◆◆◆◆◆―――――

 

 

 

アリーナの中央へ対になる形で佇む二つの人蔭。

一人は真っ赤な装甲版が特徴的なISを身に纏った武士娘。名を篠ノ之 箒と言ふ。

彼女はギリギリ歯噛みをしつつアリーナ管制塔で此方を観ているであろう仇敵へ睨み眼を向けていた。

 

「あの・・・篠ノ之さん? どちらをご覧になっているので?」

「む・・・」

 

そんな不機嫌MAXの箒へ疑問符を投げ掛けるのは、生徒会室に呼ばれたばかりに彼女とISバトルをする羽目になってしまった剣道部所属兼IS学園独立防衛組織ワルキューレ部隊一番隊隊長の四十院 神楽である。

 

「・・・すまない四十院。お前に恨みはないが・・・あのバカをコテンパンにする為、早々に終わらせるぞ」

 

あまりに気分が高揚している為なのか、箒は無意識の内に煽り文句を言い放ってしまう。

其れに思わずムッと四十院はしてしまうが、冷静に考えてみれば箒が其の様な発言をしてしまうのも無理はない。

何故ならば、箒が纏っているISは専用機でしかもISを発明した篠ノ之 束が手ずから製作した第四世代機。其れに比べ、四十院が纏うのは訓練機にして第二世代機のラファール・リヴァイヴなのである。

いくら第二世代最後期の機体で、其のスペックは第3世代型初期に劣らない操縦しやすく汎用性が高いと言っても大きく開いた世代差は否めないのだ。

更に言えば、ラファール・リヴァイヴは何方かと言えば格闘よりも射撃機構を得意としており、同じ第二世代機である打鉄に比べて装甲が薄い。

そんな自身の戦闘スタイルに合わぬ旧型で新型に挑むなど無謀にも程があるのだが、四十院はアリーナへ入場する前に春樹から言われた事を思い出す。

 

《大丈夫、大丈夫。四十院さんよ、君は自分が思ってるより、ずっと強いんじゃで?》

 

一体何を証拠にそんな事を言うのか。

当初、四十院は彼の言葉がとても身勝手に聞こえた。相手は、中学の全国剣道大会で覇者であり、あの篠ノ之 束博士から最新型のISを与えられた猛者なのである。其の様な人間に果たして勝つ事が出来ようか?

 

《何を言うとるんじゃ。勿論じゃとも》

 

そんな疑問符を一喝するかの如き太鼓判をあの大蟒蛇は奇天烈な笑い声と共に押したのである。

何の根拠もない説得である。されどもあの奇天烈な笑い声を上げる大蟒蛇が何の根拠もない肯定文を述べるであろうか。答えは否だ。

 

「スゥー・・・はぁ~・・・・・ッ」

 

ネイビーカラーのラファール・リヴァイヴを身に纏い息を整えた四十院は近接格闘武器である日本刀型ブレード葵を顕現させ、一礼した後に其れを鞘から引き抜いて正眼の構えをとる。

一方、箒の方も専用機たる紅椿の主力武装である刀剣型武器を顕現させたのだが、思わず四十院は怪訝な表情をした。

 

「篠ノ之さん・・・確か、あなたは二刀流の筈では?」

 

本来、紅椿の主要武器は、『雨月』と『空裂』なる二振りの太刀である。だが、箒が四十院へ差し向けたのは、空裂の一振りのみだ。

何か策があって一振りのみの顕現をしたのであろうか?。

 

「ん? 何を言っている?」

 

「え・・・?」

 

「さっきも言ったように四十院、お前に恨みはないんだ。全力でやる訳にはいかないだろう?」

 

否、否である。

箒は、”手加減”のつもりで、”ハンディキャップ”のつもりで一振りの刀しか顕現させなかったのだ。しかも構えは上段の構えだ。

其れは第四世代専用機を駆る箒にとっては掌のつもりなのであろう。されども、四十院からしてみれば、自分を格下だと思っている侮辱の何物でもなかった。

 

「ッ・・・・・ないで、ください・・・」

 

「・・・なんだと?」

 

「舐めないでくださいッ、と言ったんです!!」

 

四十院 神楽と云う人物は御家が旧華族と謂う事もあり、闘争心と言うモノを抑え込む性格であった。

しかし、ワルキューレ部隊への入隊を機に其の御淑やかな性分に変化が訪れたのである。

部隊の総隊長が、鬼神の如き大蟒蛇。部隊の教官が、独軍所属の兎みたいに可愛い顔した鬼教官。部隊同期には、各国の個性豊かな専用機所有者。

そんな変人共の巣窟に居て変わらぬ訳がないのだ。

 

「ムカつきました! 腹がたちました! もう絶対に何が何でもやってやります!!」

 

「お、おい四十院?」

 

闘争心に火が着いた四十院は正眼の構えから一転し、八双の構えをとった。

其れと同時に試合開始を告げるけたたましいブザー音がビィイイ―――――ッ!と鳴り響く。

 

「セヤァアアアアアアアアアア―――――ッ!!」

「なッ!?」

 

鳴り響くブザー音と同時に四十院は猿叫の様に腹の底から大声を出しながら一気に前へと突出する。

此れに箒は驚いた。何故なら四十院はIS運用における加速機動技術の一つである瞬時加速で自分に迫って来たからだ。

此の瞬時加速。軌道が直線のみと単純なためタイミングを読まれると回避されやすい欠点を有しているが、強襲や急襲に此れ程に適したものも中々にないのである。

 

ガギーン!

「くぅッ!?」

 

思いもよらぬ瞬時加速で一気に距離を詰められると共に振り下ろされた近接ブレード”葵”を空裂で受け止める箒。しかし、其の予想を超える斬撃力によって彼女は得物共々弾かれて後退させられてしまう。

 

「逃がしません!!」

「ッ!!」

 

間隙を発生させまいと再び瞬時加速を行い、今度は其の刃の切先で喉元を突き刺さんと迫る。

此れを箒は何とか寸での所で回避する事に成功したが、四十院は更に袈裟斬り→斬り上げ→水平斬り→逆袈裟斬りのコンボ攻撃を展開していく。

 

「(な、なんだ?! どうしてこんなにも速い?! それにこの重みは一体・・・ッ!!)」

 

予想を大きく上回る素早さと重い打撃力に弾いた刀の合間を縫って斬撃が紅椿の赤い装甲版へ傷を付ける。

此の第二世代機の四十院が第四世代機の箒に善戦している事に対してアリーナ管制塔に居た見物人達は「え!?」と目を丸くしたが、唯一人、あの大酒飲みの蟒蛇だけは「阿破破ノ破!」と奇妙な微笑を浮かべたのだ。

 

同じ第二世代機と言っても打鉄とラファール・リヴァイヴでは機動力に大きな差がある。

打鉄は格闘を戦闘スタイルの主軸としている為に少々の攻撃でも動じない防御力を持っているのだが、其れは裏を返せば機動力を犠牲にして装甲を厚くしていると云う事だ。

一方、ラファール・リヴァイヴは何方かと言えば射撃を主軸とした戦闘スタイルで、其の為にスペックは機動力を優先としている。

蟒蛇こと春樹は此れに着目した。

 

四十院が駆るラファール・リヴァイヴは従来の機体よりも更に装甲を外して薄くしており、言ってしまえばスペックを第四世代機に負けぬくらいの機動力に極振りしている機体なのだ。其れ故に真面な攻撃を一発でも喰らってしまえば、戦闘不能になる。

・・・・・だが、逆に言えば一発も喰らわなければ良い訳だ。

 

「ちぇりぃおおおおおおおおおおッ!!」

「ぐッ、ぅう・・・!」

 

四十院は間隙を作る事がない様に攻撃を続ける事で、紅椿のシールドエネルギーを徐々に徐々にだが確実に削っていく。

しかして、箒の方も黙ってやられるわけではない。

 

「こ、このッ・・・調子に乗るなぁあ!!」

「ッ!!?」

 

出鼻を挫かれて防戦一方を強いられた箒だったが、遂に其れ食い止めんと彼女はもう一振りの太刀”雨月”を顕現させたのだ。

 

「テヤァアアアアアアッ!!」

 

四十院のコンボ攻撃を雨月で振り払った瞬間、残った片手へ握られた空裂で彼女を一刀両断にせんと振り上げた。

此の空裂なる太刀は、斬撃其の物をエネルギー刃として放出する事が出来る代物なのだ。そんな一撃を真面に喰らってしまえば戦闘不能になる事は必定である。

・・・さて、相手が攻撃を仕掛けようとした時、選択肢として『防御』か『回避』の二択を迫られるだろう。―――――しかし!

 

「ッ、とりゃぁあああああああ!!」

「なッ、なにぃいいいいいいいいい!!?」

 

逆に四十院はスラスターは吹かして突貫攻撃を実行したのだ。

しかも得物による攻撃ではない。刀を弾かれた事を反動に利用した所謂『ヤクザキック』である。

 

バキィイッ!

「ぶッフェ!!?」

 

四十院が放った渾身のヤクザキックは運悪く箒の顔面へ炸裂し、彼女を後方へとブッ飛ばす。

幸いにもアリーナ壁面へ激突する事はなかったが、此の攻撃によって二人の間に間隙が開いてしまった。

 

「ッ・・・し、四十ゥウ院ンンンッ! 貴様ァアア!!」

 

箒は激昂する。格下だと侮っていた訓練機を操る一般生徒風情に手痛い攻撃を受けたのだ。プライドの高い彼女には酷く心に負担がかかった事だろう。

「ゆ”る”さ”ん”!!」とばかりに箒は空裂のエネルギー刃の斬撃と雨月の切先から発射されるレーザー攻撃を遠慮なしに飛ばすが、ヒステリーを起こしている為に正確さはないに等しい。

だが、やたらめったら撃つもんだから近接武装しか装備していない四十院は彼女に近付く事が出来ない。・・・・・・・・”普通”は。

 

「春樹さんだったら・・・絶対にこうする!」

 

師にあの蟒蛇がいる四十院は、頭を素早く回転させると彼女は葵の柄を持ち換える。鋭い切先を敵に向けた投擲の構えに持ち換える。

 

「ゲイ・・・ボルグゥウウウウウ!!」

 

お師さんにおススメされたアニメの必殺技名を叫びながら四十院は箒に向かって思いっ切り刀を投擲した。

手から離れた葵はレーザービームの如く一直線に飛んで行く。

 

「フンッ!!」

 

勿論、そんな突拍子でもなければ奇襲でもない得物を投擲するだけと云う攻撃が当たる訳がない。

ヒステリックになりながらもやはり中学生剣道大会覇者にして第四世代IS専用機体所有者は伊達ではない。

 

「勝負を焦ったな! 四十院、貴様はやはり他愛もない!!」

 

箒はそう言いつつ見得を切って四十院の方を見る。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

けれども・・・何故か彼女は呆けた声を漏らしたのである。

其れは何故か?

箒の考えでは、勝負を焦った四十院はやけになって得物を投げたと思った。そして、投擲した得物で注意を逸らされている内に距離をとるだろうと考えた。

まったく其の逆を四十院はやってのけたのだ。

 

「ちぇりぃおおおおおおおおおお!!」

 

意外! 其れは、飛び膝蹴り!!

 

ゴバキィイッ!

「ぐわぁああアアアアアッ!!?」

 

葵を投擲した瞬間、四十院はスラスターから放出したエネルギーを再び取り込み都合二回分のエネルギーで直線加速を行う瞬時加速を実行したのである。

箒は自分に向けて投げられた葵に気を取られていた為に反応が遅れてしまったのだ。

 

ドゴォオオオオオオッン!!

「がッ、ハァ・・・!!」

 

遂にアリーナ壁面へ赤い機体がひび割れを作った。

壁に打ち付けられた衝撃によって跳ね上がる箒の身体。其のまま地面へ倒れ伏すのかと思いきや―――――

 

ドンッ!

「き・・・貴様ッ・・・・・四十院・・・!」

 

うつ伏せになる寸前、四十院は箒に馬乗りになる形で覆い被さったのだ。

両足で箒の両手を抑えた四十院は見開いた眼で彼女を見下ろす。逆光になっている為に白目が不気味に見える。

だが、彼女が使っていた葵は箒に弾かれて明後日の方向に突き刺さっている。早く

攻撃を仕掛けなければ、世代差のスペックで戦況を覆されるかもしれない。

しかし、得物がない此れでは攻撃が出来ない・・・と、普通は思うだろう。

 

「これで・・・!」

 

四十院はグッと顔をしかめて取り出したのは、葵を納めていた”鞘”であった。

彼女はゴクリンコッと唾を呑み込みつつ其の鞘尻を高く上げて―――――

 

「し、四十院・・・や、やめ―――――」

 

ドッガン!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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192話


※一万字越え。
※ちょっと冗長気味。



 

 

 

―――――突然、失礼する。

私の名は『ハンニバル・レクター』。

周囲から我らが刃と呼ばれる清瀬 春樹の心の宮殿(マインド・パレス)に住まう住人の”一人”だ。

 

私は、常々IS専用機体所有者には大まかに分けて二種類の人間がいると思っている。

一つは、専用機を”勝ち取った者”だ。

代表的な者を選ぶとするのならば、そうだな・・・・・あの英国の淑女見習い、セシリア・オルコット女史が該当するだろう。

以前、春樹が彼女と模擬戦を行う際に事前資料を閲覧していた時、私もそれを少し拝見させてもらった事がある。

 

イギリスは名門貴族オルコット家の出自で、IS適正はAランク。しかも頭脳明晰で、端正な顔立ちに抜群のプロポーション。

『天は二物を与えず』と云う言葉があるが、彼女はこれに該当しないだろう。

最近になって壊滅的な料理下手と云う事が解ったが、逆にギャップとしての魅力度が上がる。

だが、そんなセシリア嬢も順風満帆な人生を送って来た訳ではない。彼女にも抱えている重い過去の一つもある。

今から数年前、彼女の御両親は不幸にも列車事故に巻き込まれて亡くなっている。

それを契機に残されたオルコット家の財産を狙う不届き者がセシリア嬢へ群がって来たが、聡明で賢い彼女は負けじと勉強を重ねてイギリスの代表候補生となり、周囲の無礼な豚達から両親の遺産を守って来た。

初対面の時、春樹に対して高圧的な態度を取っていたのは、こういう経緯がある為なのだろう。

虚勢を張る事で他人を牽制し、自身を強く持っていた。そうして彼女は専用機を、『蒼い雫(ブルー・ティアーズ)』を勝ち取った。

だからこそセシリア嬢には窮地に陥った際、自分を支える強固なバックボーンがある。

その御蔭で、『サイレント・ゼフィルス』との戦闘においてビームの偏向射撃を習得し得た。

決して単なる咬ませ犬ではない。決してだ。

 

これは春樹にも云える事だ。

神の左手(ガンダールヴ)なんてチート(ズルい)能力を有しているが、何度も何度も彼は自分の骨を折られ、肉を千切られ、心を潰されて来た。

そんな傷を受けても尚、立ち上がって来たからこそ、春樹は専用機を勝ち取る事が出来たんだろう。

 

・・・一方で、彼等彼女等とは違う専用機体所有者がいる。

それは所謂、専用機を”与えられた者”だ。

無条件に特別な機体を与えられるという事は、それだけ周囲が期待を寄せているという事なのだろう。

だが、云ってはなんだが・・・無条件になんの実績も実力もない者に強力な機体を与えると云うのはとても危険な行為だ。

それもまだ精神的に未熟な未成年に与えるのは、赤ん坊にピストルを持たせる事に等しい。

因みにだが・・・銃と云う代物は、銃弾を発射する際に反動がかかる。それは殺傷力の高い強力な薬莢を使う度に大きくなるものだ。

そんなものをなんの経験も実力も実績もない者が使えばどうなるか・・・?

 

運があれば、一時しのぎは出来るだろう。

才能が有れば、並の相手なら勝てる事が出来るだろう。

しかし・・・いつまでもそれが続くとは限らない。

 

≪―――――うッ・・・うわぁあああああああ!!?≫

 

深い冬の海の色をした甲冑を纏った”勝ち取るべき者”が、赤い鎧を纏った”与えられただけ者”の顔面へ向かって鞘尻を何度も何度も打ち付ける。

だが、ISにはパイロットを守る絶対防御がある為、その打撃が直接操縦者に届く事はない。

 

・・・私にはそれが残念でならない。

本来なら、両手に握られ、力の限り打ち付けられた鞘尻によって頭蓋骨が砕かれ、歯が折られ、血が辺りに飛び散る筈だ。

あぁ・・・残念だ、残念だ。

 

≪や・・・やめ・・・・・ッ、やめて・・・やめてくれ・・・・・!!≫

 

おや?

戦意を消失したのか?

あれは防御態勢だ。目頭に涙をためた怯える表情が見てとれる。

どうする?

もう止めるか?

四十院女史の方も「ハッ!?」とした表情になって手が止まったぞ?

 

「・・・どねーしょーかなぁ? 向こうから喧嘩を売って来たんじゃ。止める止めないの権利は此方にあると俺ぁ思うんじゃけど・・・・・どねー思う?」

 

確認するが、事前の取り決めでは試合の勝敗は機体のダメージレベルDランク以上になるか、どちらかが負けを認めた場合によるものだったな。

見る限り、相手は戦意消失している様子だが?

 

「・・・参った、なんて篠ノ之は言うたんか?」

 

・・・ほう?

 

「アレは何度も何度も俺に喧嘩を売って来た。俺ぁ其れを流れる雲みてぇに避けて来た。じゃけども・・・そろそろウザったくなったわな」

 

だからここで徹底的に打ち負かすと?

だが、四十院女史は躊躇っているぞ。

 

「・・・・・さて、其れはどうじゃろうか? 簡易的ではあれども、極限状態に置かれた人間は何をしでかすか解らんで?」

 

 

 

 

 

―――――◆◆◆◆◆―――――

 

 

 

「ハァッ・・・ハァ・・・ハァッ・・・!!」

 

両目をカッと見開いて、四十院 神楽は肩で息をする。

鞘を握った左右の籠手の内部は、酷くじっとりとした汗が滲んで仕方ない。

 

「くぅッ・・・うぅ・・・・・!」

 

そんな彼女の目下先に組み敷かれていたのは、悔しそうにも怯えている様にも見受けられる表情を晒す目に涙を溜めた此の模擬戦の対戦相手である篠ノ之 箒。

彼女は姉にしてISの発明者である篠ノ之 束が手ずから造り上げた第四世代機・紅椿を有していた。

だが、試合運びは周囲の予想を大きく裏切り、旧型第二世代機である筈のラファール・リヴァイヴを纏った四十院が善戦。遂には箒を窮地へと追い遣ったのである。

 

「こ、この! どけッ、どかんか四十院!!」

「ッ、きゃ!?」

 

ワルキューレ部隊の訓練必修資料である『ドリフターズ』より習得した組手甲冑術で箒を拘束し、手にした鞘で滅多打ちにした四十院だったが、彼女の涙目に動揺を誘われてブースター噴射からの蹴りをいれられてしまう。

御蔭で折角詰めた筈の距離を離されてしまった。

 

「ゆ・・・油断した! まさか・・・まさか四十院、貴様がこんな実力を隠していたとはな! ここからは私も本気で行くぞ!!」

 

脚で抑えられていた腕を振るい、刃を四十院へ向けながら見得を切る箒。

しかし、其れで先程べそをかいていた事実が覆る訳ではない。其れ処か逆に其の行為が彼女の滑稽さを際立たせる。

 

「フゥ・・・フゥッ・・・フゥ・・・」

 

一方、箒をあと一歩まで追い詰めた四十院は、蹴られた箇所を片手で抑えつつ息を整えていた。

もう片方の手には刀身が納められていない鞘が握られている。

此の鞘で一時は善戦したものの、距離を離された現状では何の役にも立たぬ無用の長物。中身はと言えば、背後は彼方にあるアリーナ壁面に突き刺さっている。

窮地に立たせた相手に対し、一転して窮地に立たせられてしまった。

 

「ふぅーッ・・・・・フ、フフ・・・フフフッ・・・」

 

けれども、四十院の顔に焦りは感じられない。其れ処か、何とも嬉しそうに口端を歪めていたのだ。

先程は箒の怯えた表情に動揺し、躊躇してしまったが、今の四十院に其れは無くなっていた。

無論、彼女の此の表情を不気味に感じた箒は「な・・・なにがおかしい?!」と声を張る。

 

「い、いえ。少し驚いているんです。随分と、その・・・たいした事ないんですね」

「ッ、なんだと貴様?!!」

 

四十院・・・いや、神楽が所属するワルキューレ部隊において重点的訓練とされていたのは、生身での格闘戦であった。しかも指導教官役であるラウラの独軍仕込み近接格闘術と春樹の実践的戦闘術だ。

多くの修羅場を潜って来た現役軍人と一般人を名乗る狂戦士に比較すると対戦相手である箒は、神楽には少々の物足りなさを感じたのである。

 

「私の虚を突いて、少しの間自分が有利になったぐらいで調子に乗りおって!」

 

「はぁ・・・・・御託はいいので、早くかかって来ませんか?」

 

「貴様・・・ッ! もう許さんぞ!!」

 

顔を真っ赤にした箒は、二刀流の構えと共に神楽へ向かってブースターを噴かす。其の速度は流石の第四世代機か。肉眼ではとても認識する事が出来ぬ程の速さである。

しかも相手の武器は、中身なしの鞘。傍から見れば、とても勝負にならない。

 

「喰らえぇえええええ―――――ッ!!」

 

ブゥオオオ―――オオン!とブースターの唸り声と共に箒は、振るえば斬撃を飛ばす事が出来る空裂を雄叫びと共に振り上げた。

更に其の後ろには、切先からレーザービームを放つことが出来る雨月が控えている。

 

さて、此処で神楽はどのような判断をするのだろうか?

背後へ飛ぶ様に回避しても空裂から発射される斬撃に捉えられる。かと云って、左右のどちらかに避けようものなら後ろ備えの雨月が襲い掛かって来る。

しかも一撃でも喰らえば、第二世代機のラファール・リヴァイヴなんぞ一瞬にして再起不能に陥ってしまう。

正に絶体絶命。

・・・・・だが!

 

「・・・フフッ♪」

 

神楽は笑ったのだ。

何とも嬉しそうに、楽しそうに口端を吊り上げて笑みを溢したのである。

 

「―――――せぇえええええええい!!」

 

そんな何とも不敵な笑みと共に神楽はラファールのブースターを噴かす。勢い良く瞬時加速を噴かす。

自棄にも見える此の行動に箒は思わず眉をひそめた。何故ならば、先程も自棄に見える様な刀の投擲によって組み敷かれたのだ。

 

「(なにを考えているか知らないが・・・これで終わりだ!!)」

 

其れでも箒はブースターの勢いを弱める事はなかった。

何せ相手が構えているのは、到底武器とは呼べぬ鞘なのである。どうせ出来る事などたかが知れている。

そう。相手が鞘()()所持していない場合はだ。

 

「・・・・・いつから私が、葵()()しか持っていないと錯覚していました?」

 

そう言いつつ神楽は手元の鞘を高速切替の要領で別の得物へと置き換えた。

其れは刀よりも射程の長い―――――

 

「出番ですよ、『逆叉』!!」

「ッ!?」

 

神楽が顕現させたる其の得物。其れは穂先が一尺もあろうかと云う大身槍。更に言えば、其の穂先たる刃は血に濡れた様に真っ赤に震えている。

名を『逆叉』。IS統合対策部が春樹の要望によって作成した中距離格闘武装だ。

 

「ちぇりぃおおおおおおおおおお!!」

ギィャアアアンン!

「なぁッ!!?」

 

艶やかな赤の刃が振り下ろされた空裂の刀身を横に弾く。

けれども、後ろにはレーザービームの雨月が控えている。

なればどうするか?

 

「てぇええええええええい!!」

ドッゴォ!!

「ゲッはぁア!!?」

 

神楽は槍を素早く反転させ、雨月からレーザービームが発射されるよりも早く其の石突で腹部へ直撃させた。

更に更に!!

 

「とぉおおりゃぁあああああ!!」

「うッ、うわぁあああああああああ!!?」

 

すぐさま箒の腕を掴んだ神楽は、其のまま背負い投げの要領で彼女を投げ飛ばす。

瞬時加速の速度に乗ったままで投げ飛ばした御蔭で、ドッッガァアアアアア―――アアン!!

と凄まじい轟音と共に箒の身体は地面へとめり込んでしまった。

 

「ぐッ、ぅう・・・し、四十院・・・き・・・貴様ぁ・・・!!」

 

大きなクレーターの中央には、機体の一部が埋まった状態の紅椿を纏った箒が恨めしそうな目で神楽を見ている。

そんな彼女に向けて神楽は逆叉を投擲する為のフォームをとった。

・・・・・しかし。

 

≪そこまで! 篠ノ之 箒、戦闘不能! 四十院 神楽の勝ち!!≫

 

「え・・・ッ!?」

「な・・・なんだ、と・・・・・?!!」

 

発熱の激闘中に響き渡るアナウンス。

其の声に大身槍を振り被っていた神楽の手が止まり、砂利だらけの赤い機体を纏う箒が飛び起きる。

アナウンスの声からして、喋っているのはラウラだ。

 

「ま、待て! まだ・・・まだ私は負けていない!!」

 

≪いいや、箒。もう終わりだ。機体のダメージレベルがDになった。最初の取り決め通り今回の一戦、四十院が勝者だ≫

 

淡々と語るラウラの文言に箒は歯をギリギリギリギリと鳴らし、今度は血走った目で「ふざけるな!!」と叫ぶ。

 

「まだだ、まだ終わってない! 構えろッ、四十院!! 本当の戦いはこれからだ!!」

 

槍を手に此方を見下ろす神楽へ箒は刀の切先を向けるが、肝心の彼女はと云うと、箒と目線を合わせる様に地面へ降下して一言申す。「・・・もう、やめましょう」と。

 

「これは模擬戦闘試合で、決められたルールがあります。そのルールに則って試合を行ったのならば、それに従うべきです」

 

「違う! 模擬戦闘と言っても、これは戦いだ! 私はまだ戦える! 私はまだ負けていない!!」

 

「・・・・・小さな子供ですか、あなたは」

 

「ッ、なんだと!?」

 

「篠ノ之さん、あなたは試合を行う前にルールを承知した筈。そして、その結果がどうであれ、あなたはそれを受け入れるしかないんですよ。負けず嫌いが性分なのは、長所だと私は思います。ですが・・・・・篠ノ之さん。今のあなたは()()()()

 

「!!」

 

鋭い真剣な眼差しと共に神楽は諭す様に箒へハッキリ物申すと武装解除し、出口へ足を向ける。

そんな彼女の言葉に箒は表情を酷く歪ませた後、顔を俯かせてワナワナと肩を震わせたと思えば―――――

 

「うるさい・・・うるさい、うるさいうるさい、うるさぁ―――――いッ!!」

≪ッ、箒!!?≫

 

ブースターを出力全開で噴射させ、真っ直ぐ一直線で一気に神楽へと迫って行ったではないか。

 

「ウワァアアアアア―――――ッ!!」

「・・・・・」

 

土埃が付いた憤怒の形相と共に上段の構えで空裂を振り被る箒。しかし、襲い掛かられているであろう神楽は何故か取り乱す事はなく、静かに振り返るのみ。

突然の箒の凶行に動揺してしまったのだろうか?

いや、違う。

 

「・・・何しょーるんなら?」

「―――――!!?」

 

何の前触れもなく不意に現れた気配に対し、放たれた鏃の様に真っ直ぐ突貫していた赤い機体へ急ブレーキがかかる。

そして、カッと開いた眼で気配の方を見れば、其処には随分と面倒臭そうに歯を鳴らす男がボケッと佇んで居るではないか。

 

「さっきラウラちゃんが試合終了の合図を出したろうがな。終わりじゃ終わり。武装解除せーやー。四十院さんは、もう戻ってエエでよ」

 

「はい、それでは・・・総隊長、失礼します」

 

「ま、待て! まだ試合は・・・・・清瀬ッ、貴様!!」

 

事の発端である春樹の登場に箒は神楽と彼を交互に見合わせた後、春樹の方へ青筋を浮かべた顔を向けた。

 

「貴様ァッ、邪魔をするな!!」

 

「邪魔じゃなかろうがな。オメェが阿呆な事を続けようとするから止めに来てやったんじゃろうがな」

 

「アホとはなんだアホとは! このバカモノが!!」

 

「はいはい、そうじゃね。俺はどーせ馬鹿ですよ。じゃけん早う帰りましょうね篠ノ之さん」

 

「清瀬ッ、貴様ァア!!」

 

痴呆老人をあやす様な春樹の煽り口調に益々機嫌が悪くなった箒は、遂にプッツンするにあたり思わず握り締めていた刀を振り上げた。

其の瞬間―――――

 

「ひゅ・・・・・ッ・・・!!?」

 

何故か、彼女は後ろへと飛んで春樹と距離をとったのである。

此の箒の行動に管制塔から二人の様子をハラハラしながら見ていた面子は思わず頭に『?』を浮かべた。

だが、何よりも其の状況に困惑していたのは、回避行動ともとれる背後ジャンプを行った箒である。

 

「き・・・清瀬、貴様・・・・・私に何をした?!!」

 

首の頸動脈あたりを抑えながら箒は少し青い鳩が豆鉄砲を食った様な表情を晒す。

 

「阿? 何がぁ?」

 

けれども春樹の方は、相変わらず口をへの字に曲げた小憎たらしい表情でカチカチ歯を鳴らしている。

・・・ただ、彼に対して変化している事が一つあった。其れは先程まではなかった筈の一振りの太刀が、腰に佩かれていたのだ。

 

「とぼけるな! 今、貴様は私を・・・!!」

 

箒はゾッと鳥肌を立てていた。

自分が春樹へ向けて刃を振るわんとした時、ズザッシュッッ!・・・と、自分の首が”()()”される感覚に襲われたからだ。

しかし実際、首は斬られていない。では、何故そんな感覚に陥ってしまったのだろうか。目の前に居るのは、ISを纏ってもいない爬虫類顔の憎たらしい男の筈なのに。

 

「ッ、認めん・・・認めてなるものか!」

 

キッと表情をしかめて再び春樹に斬りかかろうと箒は刀を構える。

 

「・・・・・阿”?

「ぅ・・・ッ・・・・・」

 

だが、一歩を踏み込む事が彼女には出来なかった。

ISを纏う処か、構えもとっていない面倒臭そうに此方を見るだけの男に箒は斬りかかる事が出来なかった。

 

本来、神楽との試合は、春樹との決闘をかけての一騎打ちだった。

箒はすぐに終わらせる筈だった。四十院と云う格下等に負けるイメージが湧かなかったからだ。

けれども蓋を開けて見れば、機体の性能差を覆す程に実力が違っていたのである。相手を侮っていたとは云え、相手に自分の虚を突かれたとは云え、其れを抜きにしても箒の実力は神楽に劣っていたのである。

そんな彼女が現在進行形で刃を向けているのは、其の神楽の師とも云える春樹だ。

さて・・・彼と箒の実力差はどれ程のものだろうか?

 

「・・・何なら? 来んのか?」

「な・・・舐めるなよ! 今すぐにでも!!」

 

煽り文句に応える様に身体を傾けた瞬間、再びズザッシュッッ!と切断音が鼓膜を震わせると同時に今度は振り上げた腕が叩き斬られる感覚が脳へ駆け奔る。

 

「―――――ぐゥぁアア!?・・・って、あ・・・・・あれ?」

 

箒は思わず振り上げた腕を抑え込む。

ところが、抑え込んだ腕は刀を握り締めた状態で()()()。切り落とされてなどいなかったのである。

 

「どしたん? 腕でも()()()()()()()みたいな顔してよぉ?」

 

「ッ・・・な、なにを・・・・・なにをした?! 一度ならず二度までも・・・私になにをしたぁ?!!」

 

随分と青ざめた表情で叫ぶ箒を尻目に春樹は面倒臭そうに曲げていたへの字口を三日月に歪ませて一言のたまわった。

 

知りたい?

「!!」

 

両眼から金色の焔が溢れて零れた状態で浮かべた春樹の笑みに対し、箒はゾッとした。まるで背中へ氷を入れられた様にゾッとしてしまったのである。

 

「き、貴様は・・・貴様は、いったいなんなんだ?!! この”バケモノ”め!!」

 

自分から喧嘩を売ったにも関わらず、箒は恐怖に飲み込まれてしまっていた。清瀬 春樹と云ふ大蟒蛇から放たれる尋常ならざる殺気に対し、無意識下の防衛本能によって身体が脅えてしまっていたのである。

そして、箒は今になって目の前で佇む男がどれ程の傑物になってしまった、成り果ててしまった事を肌身で理解したのだった。

 

「ッ・・・バケモンね。なら・・・其のバケモンの一太刀喰らってみんか?」

 

箒の一言が癪に障ったのか。春樹は持っていた三尺太刀を引き抜き、構えをとった。まるでビリヤードのキューを構える様に。

 

「清瀬流戦闘術るろうの型、壱式―――――」

「(う、動けん!!)」

 

鋭い目線と共に燃ゆる様な切先で対象を見据える春樹。

其の彼から注がれる視線に箒の身体は硬直してしまい、身動きがとれなくなってしまう。まるで蛙が蛇に睨まれた時の様にである。

―――――しかし。

 

「―――――清瀬ぇええッ!!」

 

「え?」

「・・・阿?」

 

聞こえて来た叫びと弾む様な靴音に何かを察したのか、春樹はすぐさま刀を鳥居構えへと構え直す。

さすれば、ガギィイイインッ!!と火花が散った。

 

「ッ、おい・・・おいおい、おいおいおいおいおいおいおい、おい! 背後から一刀一撃とは随分と穏やかじゃねぇですなぁ・・・・・えぇ、”織斑センセ”?」

 

振り返りざまにニヒルな笑みを浮かべる春樹の眼前へ佇むのは、IS用近接格闘ブレードである”葵”を生身のスーツ姿で構える世界最強のIS使い”ブリュンヒルデ”と称される織斑 千冬。

其の二等辺三角形にした目からは、ビリビリと電撃が奔っているかのようだ。

 

「ち、千冬さん・・・!」

 

「篠ノ之・・・アリーナから上がれ、今すぐにだ・・・!」

「は、はい!!」

 

千冬の静かな怒声にギョッとした箒は、さっさとアリーナ出入口へ向けてブースターを吹かした。其の速度たるや瞬時加速も目じゃない程だ。

 

「おや? センセ、もう”御妹殿”とのお話は済んだんで?」

 

「清瀬・・・貴様、これはどういうつもりだ?」

 

「ありゃ、質問を質問で返された。誤解しちゃおえませんで、センセ。喧嘩を売られたんわ俺ん方。あっちが加害者、こっちは被害者。其れでも俺は、相手を立ててやった。じゃけども相手は其れを無下にしやがった。・・・・・俺にも堪忍袋云うもんがある」

 

「だからと言って、真剣を構えるやつがあるか?」

 

「おっと、センセ。もう老眼鏡がいる御年なんで? いくら俺が真剣を構えているって言っても・・・篠ノ之さんはISを纏っていましたで? 其れなんにアレは本気でISも纏ってもいねぇ俺を斬ろうとしやがった。正当防衛になるんじゃないんでせうか?」

 

「・・・・・篠ノ之には、私からキツく言っておく。だから・・・ここは退け、清瀬」

 

「・・・さっきも言うたが、センセ? 向こうが売って来た喧嘩を俺は買ったんじゃ。ただで納める訳がなかろうて」

 

春樹はそう言いつつ八双の構えをとる。

両者ともに譲る気はない。

 

「そう言えば・・・センセ。さっきは、ようもISを纏ってもいねぇ生身の生徒に、其れも背後から本気で斬り付けてくれましたね。教員として・・・・・いんや、人としてどーなんです?」

 

「ある意味で私は貴様を信用している。あのままバッサリと斬られる貴様ではないだろう?」

 

「ありゃー。まさか、センセからそんな信用して頂けるなんて光栄の至りじゃわぁ。俺ぁ嬉しくッテ・・・加減が出来そうにないわー」

 

「ほざけ・・・ッ」

 

生身の状態で、抜身の通常よりも何倍も重いIS用の刀剣で本気の手合わせを行おうとしている。

とても正気の沙汰ではない。

 

「「・・・・・」」

 

両者とも無言で御互いに自身の殺気をバーナーの様に噴出させ、其れを躊躇いなくぶつけ合う。

其の余波によってゴゴゴゴゴッ・・・と其の場の空気が重く歪んでいってしまう。

 

キシャァアアアアアー!

ハァアアアアアアアア!

 

其の内、両者の背後からユラユラと湯気が放出され、其れが徐々に形を成して来たではないか。

 

「「・・・・・」」

 

八双構えと下段の構えのまま、まるで数時間も膠着しているかの様な状態が続く。

だが、其れも終わりが来る事は明白。

実力が拮抗している者同士が手合わせをする際、勝負開始と共に決着がついてしまう場合がある。其れ故に初手が肝心。

重心をゆっくりと相手の方へ傾け、其の眼と同じ切先鋭い刃を―――――

 

―――――「両者そこまで!!」

ザクッ

「「!!」」

 

刃を傾けた瞬間。春樹と千冬の間へ黒曜石の様に真っ黒なナイフが突き刺さり、両者の間に銀色と水色の戦乙女が割って入った。

 

「春樹くん。そろそろお開きの時間よ」

 

「武器を納めて下さい、織斑きょう・・・・・先生・・・」

 

「・・・ボーデヴィッヒ」

 

「・・・ッチ、しゃーない。是非もなしじゃ」

 

春樹はカチカチ歯を鳴らしながら真っ赤な刀身を鞘へ納めると千冬へ強張った表情を向けるラウラの肩を抱き寄せた。

 

「何じゃーかんじゃーあったが、勝った勝った。今日は俺ん奢りで、皆でデザートを喰おうや。ラウラちゃん、何がエーえ?」

 

先程の殺気立った雰囲気とは打って変わり、何とも優しい朗らかな微笑を浮かべる春樹に対し、千冬は一層に眉をひそめて握った刃を隠そうとしない。

しかし―――――

 

「・・・そうだな。私は、おしるこが食べたいぞ。付け合わせに私の漬けたたくあんでもどうだ?」

 

「ッ・・・ラウラ・・・!」

 

両者の間へ割って入ったラウラは、自分の肩を抱き寄せた春樹の手を握りながら屈託のない笑みを浮かべたのである。

自分へ向けられた強張った顔色とは全くと言っていい程違う朱鷺色に火照った其の彼女の表情に千冬は奥歯をギリッと噛み締めた

 

「渋い、渋いでよ。流石はラウラちゃん。俺は其れに梅昆布茶でも貰おうかな~? どうです? 御一緒に織斑センセも?」

 

ぬけぬけと・・・・・遠慮する。色々と私は忙しいのでな」

 

「破ッ・・・そりゃ失敬しました。それじゃあ俺らぁは此れで・・・」

 

薄っすら浮かべた笑顔が千冬の視界から逸れた瞬間、春樹の表情は一気に暗く・・・いや、()()()になる。

そして、其の顔色を楯無へ向けた。

 

「楯無・・・オメェが()()を呼んだな?」

 

「どーせこうなると思ったからよ。あのままだと・・・春樹くん、君、箒ちゃんをIS()()斬っていたでしょう?」

 

呆れた様に溜息を漏らす楯無。

どうせ「余計な真似しやがって」と春樹から苦言を言われるかと思っていたのだが―――――

 

「・・・・・ありがとうよ」

 

「へ・・・?」

 

「あのまんまじゃったら本当に篠ノ之の事を・・・・・助かったでよ。やっぱり、”()()”は機転が利くでよ」

 

・・・不覚にもドキッと楯無はしてしまう。

常日頃から皮肉染みた言葉で会話を交わしている想い人からの思いがけない誉め言葉+”真名”呼びに我ながらなんてチョロい人間なんだろうと思う事はあれど、自然と頬が緩んでしまった。

 

「べ・・・別に当然の事をしたまでよ! で、でも・・・もっと褒めてもいいのよ?」

 

「破破ッ・・・調子に乗んな」

 

「上げてから落とさないでくれないかしら?!」

 

「うるさいぞ、更識 楯無」

 

「ラウラちゃんまで! いいもん! 簪ちゃんに慰めてもらうもん!!」

 

同世代で年頃の少年少女らしく賑やかな雰囲気を醸し出しながらアリーナの外へと出て行く春樹達。

そんな彼等の背中を見送りながら千冬は呟いた。

 

「何故・・・どうしてだ・・・・・ラウラ?」

 

疑問符に応える者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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193話

 

 

Q.次の単語に共通するものとは何か?

 

『暦の奏』

『豊明節会』

『五節の舞』

『小忌衣』

『日蔭の蔓』

『年越の祓』

『顔見世』

『箕祭』

『髪置』

『袴着』

『年の市』

『羽子板市』

『飾売』

『正月事始』

『松迎え』

『冬至粥』

『柚子湯』

『終天神』

『神楽』

『里神楽』

『夜神楽』

『竈祓』

『年籠』

『鳴滝の大根焚』

『終大師』

『除夜の鐘』

 

A.すべて『十二月』に行われる行事を表す季語である。

 

もっと言えば他にも十二月を表す季語はあるが、上記の単語欄に入っていない十二月を代表する行事ごとと言えば、『クリスマス』であろう。

 

街中はクリスマスカラーに彩られ、駅前や総合複合施設(デパート)では、大きなクリスマスツリーの枝へ色とりどりの火を灯される。

更に言えば、サービス業は此れより行われるであろうクリスマス商戦によって死屍累々の激戦が繰り広げられるのだ。

 

世間はまさに浮足立っていた。

そして、此処にもそんな世間の賑わいに乗せられて浮足立つ男が一人、駅前でソワソワしている。

 

「落ち着け、落ち着くんじゃ・・・波紋の呼吸をして落ち着くんじゃ・・・・・コォォォォォォォッ・・・!

 

冬の装いを身に纏った白髪オッドアイの男、清瀬 春樹は五分間吸って五分間吐き続ける様な特殊な呼吸法をして心を落ち着かせようとしていた。

 

〈クククッ・・・もう少し真面な顔をしたらどうだ? 見るからに緊張して悪目立ちしているぞ?〉

 

「マスク・・・フルフェイスのゼロマスクが欲しいでよ。よー眠れんかったけぇ、顔がひでぇ。もう少し酒を、ウィスキーやウォッカでも飲んで寝るんじゃった。昨日は軽い梅酒じゃったけぇ、軽すぎたでよ」

 

〈馬鹿者。折角の初デートを二日酔い顔を隠して挑むつもりか? ナンセンスにも程がある。其れに彼女に対しても無礼だぞ〉

 

≪大丈夫よ、今の春樹はビシッと決まってかっこいいわ。自信を持ちなさい!≫

 

そんな緊張感丸出しの彼へフォーマルスーツを身に纏った北欧紳士の幻覚、ハンニバル・レクターが面白おかしそうにほくそ笑みながら語り掛け、専用IS機体である琥珀が声援を送る。

 

「大丈夫・・・大丈夫・・・・・大丈夫? ヤベェ、でぇれー不安になって来た」

 

≪もー、また? 大丈夫、大丈夫。あれだけ勉強して、期末テストも赤点ラインは余裕で越える学力は身に着けたし、確定申告も完璧にやったでしょ? 不安がらずに楽しみなさい!≫

 

〈彼女の云う通りだ。忘れ物はしていないし、長谷川代議士から紹介された店も予約確保している。大丈夫だ〉

 

「じゃけど・・・じゃけどさぁ・・・・・こういう時って必ずと言っていい程に邪魔はいるじゃんか。大丈、夫・・・よな?」

 

〈あー・・・其れは・・・・・〉

≪う、うん・・・えーと・・・・・うん・・・≫

 

「何か言ってくれーや!!」

 

春樹はハンニバルと琥珀に向かって叫ぶが、両者とも幻覚と自立AIの特定可視人物である為、大きな独り言を言っている様にしか傍からは見えない。

「ママ、あのしろいひと、ひとりでへんなこといってるー」

「ダメッ、見ちゃいけません!」

・・・等と云った声が聞こえて来るが、春樹としては其れ処ではない。

前の世界から合わせて人生初の”恋人”との初デートなのである。気が気ではない。

 

「ヤバい・・・手が震えて来た。さ、酒が飲みてぇ・・・!」

 

≪だめよ。もうすぐ来るんだから我慢なさい!≫

 

「チキショウ・・・やっぱり、一緒に行った方がエかったんじゃねーか?」

 

〈そう、愚痴るな。おっと・・・噂をすればだ。蟒蛇殿、回れ右〉

 

「阿?」

 

初デートと云う訳で、初々しい恋人らしく待ち合わせを行った事を少々後悔してぶぅを垂れる春樹の顔をハンニバルは右へ逸らせた。

すると其処には―――――

 

「ま・・・待たせたな!」

 

流行りのゆるふわ冬コーデに身を包んだ独逸の銀髪黒兎が、何処か照れ臭そうに、其れでも堂々と佇んで居るではないか。

 

「こういったものを着る事は初めてだったからな。少々手間取ってしまった。遅くなって・・・・・春樹?」

「・・・・・ぢゅるり

 

目の前に現れた冬の妖精に大蟒蛇は、見開いた両眼から金の焔を漏らしながら思わず舌なめずり。

無論、隣にいるハンニバルは〈ハァ・・・まったく君はッ・・・〉と冷たい眼を彼へ向け、琥珀は≪()()早いわよ、バカ≫と悪態を吐いた。

そんな二人の冷淡な態度によって漸く我に返った春樹は、口端から垂れるよだれを袖口で拭って何とか取り繕うとする。

 

「ッ、め・・・めちゃんこでぇーれー似合っとるがん。い、いつの間にそねーな装備品を手に入れたんじゃ、ラウラちゃん?」

 

「・・・・・」

 

「ら、ラウラちゃん?」

 

「ッぷ! くくく・・・クフフッ・・・フハハハ!」

 

取り繕うと狼狽える春樹を余所にラウラ・ボーデヴィッヒは愉快そうに声を上げて笑った。年相応の十五の少女の様に軽やかにだ。

 

「フフフッ、春樹・・・お前というやつは、正直な人間だな。さっきの顔、あからさま過ぎるぞ?」

 

「えッ!? ほ・・・ホントに? うっわ・・・俺ってば、ナンセンスじゃがん」

 

やらかしてしまったかの様に項垂れる春樹に対し、ラウラは上機嫌に鼻を鳴らす。

実は彼女が着ているデート服は、外部の第三者が調達して来たものなのである。

 

当初、ラウラはミリタリージャケットやらなんやらのとてもティーンエイジャーが着る様な物ではない服装で身を固めようと思っていた。しかし、此れに待ったをかけたのは、ワルキューレ部隊の面々とよく彼女とつるんでいる専用機体所有者達。

 

「ラウラさん、あなたは素材がとてもよろしいんですのよ? それをご自覚なさってくださいまし!」

「やっぱり、ラウラにはこういう可愛いのが似合うんじゃないかな?」

「可愛すぎるのも考えものよ。シックなのも捨てがたいわ」

「薄くですけど、お化粧もした方が良いのでは? 真っ赤なルージュが似合うと思います」

「ラウラウ、かわいい~!」

 

ほぼ・・・と云うか、全くと言っていい程までラウラを着せ替え人形にしてしまう周囲へ対し、簪はただただ呆れた表情を向けるばかりであった。

特に恋敵である筈のシャルロットと楯無の熱の入れようは異常とも見てとれた。

 

「そんなあからさまな態度もうれしいが・・・私としては、ちゃんと言葉にして言って欲しくもあるな」

 

ラウラはくるりと其の場で回って見せる。

すると其の愛くるしい姿は、周囲に居た老若男女の視線を奪うには十分すぎるものであった。

 

「あぁ、可愛え。ホントにでぇーれー可愛えでよ、ラウラちゃん。愛い、実に愛い!」

 

「ッ、そ・・・そうか!」

 

そんな贔屓目なしで見ても可愛すぎると言っても過言ではない彼女へ春樹は惜しげもない賞賛の言葉を捧げる。其の想い人からの賞賛の声にラウラは「えへへッ」と口端を緩ませてしまう。

 

「は、春樹も中々に決まっているぞ! いつも以上に魅力的だ!!」

 

「ほうかい? 御褒めに預かり光栄の至りじゃ。いっつも御洒落なんて気にしてねぇけんな。いっつも甚平か作務衣、あとは制服ばっかじゃったけんな。其れに・・・・・ま、()()()のデートじゃけんな。俺も頑張ってみたでよ」

 

「うんうん。フフフッ・・・私もなんだかうれしいぞ!」

 

どう見ても()()()には見えない白髪オッドアイの爬虫類顔の男。

片や此の世の者とは思えぬ程に美しく愛らしい銀髪オッドアイの美少女。

此の相反的なカップルに益々周囲の視線が注がれるが、テンションが現在進行形で上昇している御両人は気にならぬ事。

 

「破ッ破ッ破ッ! そ、そいじゃあ・・・行きますか!!」

「りょ、了解だ! これより我々は、デートを()()する!!」

 

仲良く手を繋いで「おーッ!!」と拳を突き上げた二人は、意気揚々と横浜行きのリニアへと乗り込んで行った。

 

さて・・・そんな上機嫌な二人を後方から後を付ける影がコソコソと居る。

 

「こちら『ミステリアスなお姉さん』。ターゲットが移動を開始したわ」

「こちら『ラファールの麗人』。これより追跡をはじめるよ!」

 

「・・・・・お姉ちゃん、なにやってるの?」

「シャルロットさんまで・・・」

 

物陰から二人を羨ましそうな目で見る水色髪とオレンジブロンド髪・・・楯無とシャルロットへツッコミを入れるのは、簪とセシリア。

 

「朝からコソコソしているシャルロットさんを追ってみれば・・・お二人して、なにをやってるんですの?」

 

「勘違いしないでセシリアちゃん。これは、監視よ。ほら『男は狼』と言うじゃない?」

 

「そ、そうだよセシリア! 春樹は、見境のないとっても狂暴な()()()()だからね。ラウラが襲われないように監視してあげないと!」

 

「いや・・・それ、杞憂だと思う。ラウラが襲われるんじゃなくて、ラウラが()()可能性もあるし。それにあの二人・・・言葉は悪いけど、もう()()()()・・・()()()()な関係だよ? 最後の行き先はホテルだよ、絶対。まさか、だとは思うけど・・・そこまで追うつもり?」

 

冷めた視線の簪の発言に楯無は「ぐ、ぐぅ・・・ッ!」とぐうの音を上げてしまう。

あの()()()()()()()以降、春樹にしてもラウラにしても御互いの見えるか見えないか微妙なラインの肌へキスマークやら噛み跡やらがあからさまに増えたのである。

『鈍感スキル』を持ち合わせていない楯無とシャルロットは、すぐに二人が()()()()()になった事を察知し、大いに苦悩の表情を歪ませた。

 

「か、簪さん・・・あまりにも直球すぎでは?」

 

「ドストレートに言っておかないとダメな時もあるよ」

 

「おー!」と楯無とシャルロットは拳を突き上げる。

二人としては、春樹にはハーレムを築いて欲しい所なのだ。

此れは、彼を想いを寄せている二人の個人的な思惑も含まれているが、フォーカスを離してみれば、其の背景背後には利権を思案する大人達の企みがある事は明白である。

特に其の企みが顕著なのは、シャルロットの実家であるデュノア家だろう。

当初は親子関係修復のキッカケを作り、経営危機にあった会社の状況を好転させてくれた恩人の様な存在だった。だが、デュノア社社長であるアルベール・デュノアは、娘のシャルロットと同じ様に春樹をいたく気に入ってしまったのである。自分の跡目を継がせたいと願う程に。

其れ故にアルベールは、彼へシャルロットとの婚約話を持ち掛けたのだが・・・其れがラウラを一途に想っている春樹の癪に触り、怒らせてしまう。

シャルロットの方も春樹がラウラを愛している事を重々承知だ。承知の筈だが、彼の事をシャルロットは諦めきれていなかった。打ち明けた想いを、内に秘めた願望を拒絶されようとも。

結構重めの想いだ。

 

一方、楯無は純粋な乙女の恋心を春樹へ抱いている。

かなり特殊な家柄である彼女は、年相応の恋愛を諦めかけていたが、これまた特殊な立場に居る春樹にウッカリ惚れてしまった為、諦めようにも踏ん切りがついていなかった。

其の御蔭で少々・・・いや、かなり暴走気味だ。

 

「でも・・・この二人がそれで諦めるとは思わないけどね」

 

「そうよ! その通りよ、簪ちゃん!! 流石は私のかわいいかわいい簪ちゃん!!」

「そう、ボク達はそう簡単にあきらめないからね!!」

「さぁ、行くわよ! 出来る事なら()()()のよ!!」

 

恋を色んな意味で拗らせている二人は、雄叫びにも似た声と共に追跡へと向かう。

そんな二人に対して簪は「まったく、もう・・・!」と片頭痛持ちの様に頭を抑え、セシリアは「ヤレヤレですわ」と大きく溜息を漏らす。

 

「はーい、みんな買って来たよ~・・・って、あれれ? お嬢様としゃるるんは~?」

 

「ハァー・・・本音さんだけが今の癒しですわ」

「セシリアさん・・・めっちゃ同感だよ」

 

セシリアと簪は、とりあえずハリコミの為のアンパンをかって来た本音をハグするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆

































※ネタバレ
???「・・・あなたは、危険な人。ここで排除しなければ・・・いけない」
???「あぁ・・・()()会ったね。今度は・・・()()()()()を調理しようかな?」


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194話


※加筆修正しました。



 

 

 

俺の推している作品の一つに『文豪ストレイドッグス』云うもんがある。

神奈川県の横浜が舞台で、実在した日本の文豪達が各々が執筆した作品名を冠する特殊能力を駆使する能力バトル漫画じゃ。通称『文スト』と云う。

其の中でも特に推しキャラ・・・いや、推しカプがいる。其れは、『中島 敦』と『泉 鏡花』の『敦鏡』云うNLカップリングじゃ。

キャラクター紹介は省くが、概要としては―――――

 

家族を知らない少年と家族を失った少女。

マフィアで三十五人もの人間を殺害し、殺人マシーンとして生きてきた鏡花。敦が見せてくれた「光」に心奪われ、「殺人」以外にもできることがあるということを証明する為、武装探偵社で働くことを決意する。

 

―――――的な感じ。

めちゃんこでぇれー推せる。

 

そんな推しカプに沼ったのは、アニメ版『文豪ストレイドッグス』第九話「うつくしき人は寂しとして石像の如く」で、敦と鏡花ちゃんが横浜でデートするシーンを見た事がキッカケじゃ。

 

ひょんな事から横浜のデートスポットを巡る事となった中島 敦と泉 鏡花。

二人は中華街からスタートして横浜の名所を巡って行き、其の途中でクレープを食べたり、ゲームセンターのUFOキャッチャーでウサギのぬいぐるみを取ったり、観覧車に乗ったりして・・・・・

此れを見た時、俺ぁ「わあお・・・尊い!」って思ったし、「俺もこねーなデートしてみてぇなー・・・」なんて思った。

 

可愛い恋人とのデート。

あん時は、「夢のまた夢じゃなー」なんて思っとった。

・・・じゃけど―――――

 

「うん? どうしたのだ春樹?」

 

『人生、塞翁が馬』と云ふ。

『真実は、小説よりも奇なり』と云ふ。

 

まさか・・・・・まさか、まさか・・・まさか!

此の俺にこねーな可愛え彼女が出来るなんて夢にも思わんかった!

 

「阿破破・・・いんや。別に何でもねーでよ」

 

俺が誤魔化すみてぇにはにかむと、顔を覗き込んで来る彼女は・・・ラウラちゃんは、ちょっと不満気に「むぅッ・・・誤魔化すんじゃない!」と口を尖らせた。

 

・・・うっわ、可愛い。めちゃんこでぇれーかわいい。ぐうの音も出ん程にカワイイ。

そんな彼女が俺の恋人・・・やったでbaby!! Yaahaaa―――――ッ!!!

 

良かったー。俺めっちゃ頑張ったもんなー。

折られたり、切られたり、潰されたり、刺されたり、ぶち込まれたり、焼かれたり、叩かれたり、殴られたり、蹴られたり、陰口言われたり、喰らわせられたりしたけど・・・頑張って良かったー!

全身が裂傷と刺傷と銃傷と火傷と打撲だらけだけど・・・頑張って良かったー!!

あぁ―――――ッ、酒呑みてぇ―――――ッ!!

 

「誤魔化してねぇでよ。じゃけぇ、そねーな顔せんでや。まぁ、そねーな顔も可愛えけどなぁ」

 

「ッ、この! 茶化すんじゃない!!」

 

ケラケラ笑う俺にラウラちゃんがポコポコと怒って、ぷいっとソッポを向くんじゃけど―――――

 

「・・・・・手・・・」

 

「ん?」

 

「手、を・・・つないでくれたら、ゆ・・・許してやる」

 

ソッポを向きつつ俺の方に手を差しだすラウラちゃん。

其ん耳は、寒いからじゃろうか、先まで真っ赤っかじゃ。

 

「勿論、勿論じゃとも。じゃけど・・・緊張のあまりにギュッとしてしまうかもしれんで? 其れに今の俺の手、でぇれー冷たいでよ?」

「ドンと来い、だ! それに私は軍人だぞ? 握力には自信があるし、冷たいなどと―――――」

 

言い終わる前に俺ぁラウラちゃんの一回りも小さな手をギュッと握る。か細い指に俺の指を絡ませる。

 

「おッ! やっぱし、ラウラちゃんの手は温いわぁ。其れに柔こいなぁ」

 

別に最近は手を繋ぐなんて事は珍しくない。ツーか、手を繋ぐ()()()()を良ーやりょうるしな。

ラウラちゃんの方もこんなん慣れて来たじゃろうし―――――

 

うッ・・・うゥ・・・・・

 

・・・・・・・・前言撤回。圧倒的優勝。

めちゃんこでぇれーぼっこう顔が真っ赤っかじゃがん。

『顔が火を噴く』とは正に此の事じゃろうな。

 

「あ、ありゃあ? 何じゃーラウラちゃん、照れとるん?」

 

「べ、べちゅに照れてなどいない! ちょっと驚いただけだ!!」

 

「阿ッ破ッ破ッ破ッ!」

 

「ッ、笑うなー!!」

 

阿ー、可愛え。ホントにめちゃんこでぇれーぼっこう可愛えわぁ。

あぁ・・・・・絶対に――――――――――

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

やはり十二月は寒い。

祖国(ドイツ)から遠く離れたここ日本でもそれは変わりはしないな。吐く息が白い事はどこもいっしょだ。

それに日本でも祖国のクリスマスマーケットと同じ様に街は煌びやかで、一年前にドイツ軍IS教官時代の織斑先生と共に訪れた冬のドレスデンにも劣らないだろう。

それでも少し前の私ならば、過ぎ去る行事の一つだと思って受け流していたな。

・・・だが、今年の冬は違う。

 

「阿ー・・・悩むわぁ。どれも似合うわぁ」

 

私の顔を覗きながら次々とマフラーを物色するのは、世界で二番目に発見された男性IS適合者。

そして・・・・・私の愛おしい愛する()()でもある『清瀬 春樹』だ。

 

今日は、その春樹との初めてのデート。前日は過度な動悸と緊張感に襲われ、あまり寝付く事が出来なかった。初陣前でもこんなに緊張する事はなかったのに。不思議だ。

不思議と言えば・・・先に待ち合わせ場所に到着していた春樹の顔を見た時、とても温かい気持ちが胸に浮かんだ。あのどこかマヌケな笑顔に私は思わず自分の顔をほころばせてしまったのだ。

それに・・・その・・・・・寮では、キスよりも()()()()()()()をしているのに、私は春樹と手を繋いだだけで、火傷してしまうほど顔が熱くなってしまった。

見知らぬ人間が居る外である為なのだろうか?

それでも私は誇り高きドイツ軍人だ。すぐさま態勢を立て直し、春樹とのデートを遂行する。

 

春樹の計画した進撃ルートは、普段の私ならとても赴かない様な場所ばかり。

中華街では朝食代わりに様々なものを食べ歩いた。

フカヒレの小籠包に私の顔くらいもある大きな台湾唐揚げ。それになんとも見た目がキューティフルなパンダの肉まんだ。

どうも私はこの手の可愛らしい食べ物は非常に食べずらい。修学旅行で買ったひよこ饅頭もためらってしまったからな。

でも結局は食べてしまうのだ。罪悪感と共にジューシーな旨味が口いっぱいに広がって、とても美味しかった。

 

最近気付いたのだが・・・春樹は私によく美味しいものを勧めてくれる。

まるで私を太らせて食べてしまうのが魂胆なのかと、この前セシリアが春樹に問い掛けていたのも新しい。

・・・最近は、だいたい周5日のペースで()()()()()()()んだがな。それも軍人たる私が根負けするほど()()()

 

中華街で空腹を満たした我々は、食後の運動とばかりに海の見える公園へと進軍。

冬の海風が少し冷たいが、小春日和の中をゆっくりと行軍するのは、とても気持ちが良い。

休日だということもあって、親子連れや私達の様なカップルもちらほらいた。

 

そこから我々はシーバスに乗船し、横浜の名所観光を海上から眺めた。

折角だからと春樹と一緒に名所をバックに自撮りをしてみる。無論、琥珀が周囲の携帯端末にハッキングしてかけている変なフィルターはない。

だから、撮ったその場で待ち受けにしてやった。

 

そして、海風に吹かれながら名所を見た後、シーバスから降りた我々は現在、巨大複合施設でショッピングをしているという訳なのだが・・・・・

 

「『シュバルツ・レーゲン』・・・シュバルツって、黒じゃ云う意味よな? じゃー、黒がええんかねぇ? じゃけど、クリスマスカラーの赤も捨てがたい・・・! どっちも君の綺麗な銀髪に映えるけんねぇ」

 

「・・・・・おい、春樹?」

 

「うーん・・・まぁ、ええわ。両方買うたろ。すんませーん」

 

「春樹!!」

 

悩みに悩んで結局、此の男は・・・まったく!

 

「ん? どしたん?」

 

「どうした、ではない! 私はマフラーなど・・・」

 

「いるっちゃに。寒い時は、首元とか温めた方がええんじゃ。それにシーバスの時にクシャミしょーたがん。風邪ひくでよ」

 

「あ、あれは別に・・・私は寒さなど平気だ!」

 

「じゃあ俺のお節介いう訳で。其れとも、やっぱ・・・・・迷惑じゃろうか?」

 

「め、迷惑な訳がないだろう! だったら私が自分で買うぞ!」

 

「ええっちゃに。俺からのプレゼントじゃ、プレゼント。専属パイロットで、でぇれー高い給料貰うとっても使う機会がないけんね。其れに前々からラウラちゃんには色々贈りたかったし。恋人同士になってから全然あげられんかったしな」

 

「ッ、()()()()()()()()・・・だと?」

 

お前は何を言っているんだ?

私は・・・春樹、お前からいつも()()()()()()だ。

なのに・・・なのに・・・・・

 

「ありゃ? ラウラちゃん?」

 

「私も! 私も春樹に何か贈りたい! 何が欲しい?」

 

やっぱり酒か?

中華街でもショウコウシュ?とか、コウリャンチュー?とかが飲みたいとか言ってたからな。

いいだろう。私も軍からの給料を使う機会がそんなにないからな。存分に春樹に使ってやるぞ!!

 

「えー。エエよ、俺は」

 

「遠慮するんじゃない! それとも・・・迷惑か?」

 

「んな阿呆な! 解った解った。じゃけど・・・突然欲しいもん云われてもなぁ・・・」

 

「なんだと?! 何かないのかッ、何か?!!」

 

「おいおいおい。そう急かさんで下さいや、少佐殿。えーと、そうじゃなぁ・・・・・阿ッ!」

 

「何だッ? 何か思いついたのか?!」

 

「とりあえず・・・昼飯食べながら考えるでよ。食べ行こうやぁ」

 

「・・・・・紛らわしいのだッ、このおわんご!!」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「お・・・おい、春樹? 本当にここでか?」

 

ラウラ・ボーデヴィッヒは動揺していた。

今日は恋人との初デートで緊張していると言うのに此れ以上何を戸惑う事があろうか。

 

「応。此処じゃ此処。長谷川さんが紹介してくれた日本料理の店じゃでよ」

 

「待て待て待て待て待て! 何だこれは? 何かちょっとした庭みたいなものがあるぞ!」

 

ラウラは現在進行形で戸惑っている。

何故ならば、春樹が案内してくれた食事処と云うのが、素人目から見ても高級店でしかない見えなかったのだ。

 

「大丈夫、なのか? もう少し、こう・・・ちゃんとした服装で来るべき所ではないのか? 修学旅行で宿泊した旅館と同じくらいすごいぞ! 料亭というやつじゃないのかここは?!」

 

「大丈夫、大丈夫。ちゃんとラウラちゃんは可愛えけん心配いらんでよ」

 

「いや、可愛いとかいう話ではないと思うぞ!?」

 

「エエけんエエけん。早う入ろうやぁ」

 

動揺するラウラの両肩を持って店へと入って行く春樹。

しかし、ラウラは兎も角、どうして春樹はこんなにも慣れた感じなのか?

 

勿論、春樹とて緊張はしていた。だが、実を言うと此の店へ来るのは()()()なのである。一度目は、ファッション誌『インフィニット・ストライプス』の取材を終えた後に招かれた政界の重鎮を交えた酒宴の際。

其の酒宴出席者からの紹介の御蔭で、普段ならいちげんさん御断りな店でもこんな若造二人がこうして入店する事が出来るのだ。

 

「き・・・緊張する。味が解るだろうか?」

 

「個室にしてもろうたけんね。多分、すぐに慣れるでよ」

 

「たぶんって・・・と、いうか。春樹、お前は前にもここへ来た事があるのか? オカミという者があいさつで来たぞ?」

 

「応。前に長谷川さんに連れて来てもろうたんじゃ。其ん時は酒ばっかで料理にはあんまり手を付けんかったけど、後で食うときゃ良かったなぁって思うとったんよ。其れに、銀座で寿司食うよりもこっちの方が本格的な日本料理が食えてエエかな思うて」

 

「そ、そうなのか? それで・・・一体何が出て来るのだ?」

 

「今の冬の時期にピッタリの料理。ネタバレすると鍋料理」

 

「鍋・・・・・すきやき?」

 

中庭が臨める趣のある部屋の風格に圧倒され、ラウラは疑問符ばかり浮かべてしまう。

そんな緊張でソワソワする彼女があまりにも可愛らしかったのか。春樹の表情は先程から終始一貫してほころんだままだ。

 

「・・・・・・・・なんだ、これは?」

 

目の前へ運ばれて来た料理に対し、思わずラウラはキョトンとしてしまう。

何故ならば、彼女が想像していた斜め上の料理が登場したからである。

 

「春樹、この赤いのはなんだ? 牛肉とも豚肉とも違うみたいだが? もしかして、魚か?」

 

「そう、お魚よ。じゃけど此れは、魚は魚でも鮪。鮪のしゃぶしゃぶよ」

 

「ま、マグロだと?!」

 

鮪と聞いてラウラはギョッとする。彼女の中では、マグロ=高級食材の認識であったからだ。

 

「応。其れも刺身でも食える新鮮なトロマグロ。其れを昆布と鰹の合わせ出汁でシャブって、ネギと一緒に食べるのよ」

 

「ぜ、贅沢だな」

 

生唾ゴクリッと飲み込んで、分厚い切身マグロを黄金色の出し汁の中で泳がせる。

そして、其れを程良く煮えた白ネギと一緒に口の中へ「あむっ!」と放り込む。

 

「ッ~~~~~!!?」

 

するとどうだろうか。口に入れた瞬間、ギュッと凝縮された本マグロの旨味が口いっぱいに広がって来たではないか。

 

「う・・・う、美味い! マグロとは、こんなにも美味いものなのか?! 口の中でほろろととろけたぞ!! それにネギがシャキシャキとアクセントになって・・・美味い!!」

 

「阿ッ破ッ破ッ破ッ! お気に召してなにより。さてさて、もっと食いんせぇ」

 

促されるまま、ラウラはパクりパクりと一口また一口とマグロをほうばっていく。

其の度に目を輝かせて幸せそうな蕩けた表情をするのもだから、其れに釣られてさっきから春樹の表情はニヤけてきってしまっている。

 

「むぐ・・・むぐ・・・・・ごくんッ・・・あぁ、美味かったぁ~!」

 

其れから何枚もマグロをお代わりし、遂には〆の雑炊までペロリと平らげてしまったではないか。

 

「結構あっさりじゃったなぁ。御蔭で、ようけぇ食うてしまったでよ」

 

「本当にな。あ~、お腹いっぱいだ。それに何だかポカポカと身体が温かいぞ」

 

「途中で生姜を鍋に入れたがん。あれであったまったんじゃ。ショウガオールは身体を温める効果があるけんな」

 

昼食終えて店を出た二人は、仲良く手を繋いで再び横浜の街を散策を再開。

そんなラウラの首元には、春樹に先程買って貰ったマフラーが巻かれている。

 

「・・・本当に感謝するぞ、春樹」

 

「うん? 何なん改まって?」

 

「春樹・・・お前は私に色々な感情を教えてくれる、与えてくれるのだ」

 

突然、ラウラは春樹へ語り掛けて来た。

其の神妙な面持ちに少々驚きつつも春樹は彼女へ耳を傾ける。

 

「私は・・・・・自分がどういう人間かわかっていなかった。いや・・・人間というよりも兵器としての認識の方が強かった。でも・・・でも、お前と出会って・・・・・お前と、春樹と一緒にいろいろな事を体験する事で、私の知らない私を知る事が出来た。私の()()()()()所を作ってくれた。補ってくれた」

 

「・・・・・」

 

「ありがとう。お前を好きになっていくたびに私は・・・自分を好きになる事も出来た。春樹、お前は私にたくさんの喜びを与えてくれるのだ」

 

何処か気恥ずかしそうに頬を朱鷺色に染めるラウラ。

其の麗らかな笑顔に対し、春樹は一瞬目を見開いた後、思わずソッポを向いてしまった。

 

「・・・俺は、ラウラちゃんの喜ぶ顔とか驚く顔とか、色んな顔が見たいだけじゃ。ただの其れだけじゃ。其れに―――――」

 

春樹は外へ向けていた顔をおもむろに彼女の方へ向ける。酒を飲んでもいないにも関わらず、真っ赤に染まって火照った顔を向ける。

 

「―――――ラウラちゃん、君は俺にようけぇ事・・・あったかいモンをくれる。「ありがとう」とは俺の台詞じゃ。こねーな俺を好きになってくれて、ありがとう。でぇれーぼっこう大好きじゃで、ラウラちゃん」

 

彼から向けられる照れた朗らかな笑顔にラウラはギュッと目と掌に力を入れ、「んン~~~~~ッ♥」と悶絶するかの様な声を漏らした。

グーっと体温が急上昇し、熱に浮かされた様に頭がクラクラして来る。

 

「あ、あー! は・・・春樹、あんな所にクレープが売っているぞ!」

 

「おッ、ホントじゃな。甘いものは別腹じゃと云うし・・・何がええ?」

 

「おっと。大丈夫だぞ、春樹。ここは私が持つ。お前にはさっき奢ってもらったからな。ここは私に奢るから、お前はここで待っていろ! おススメを買って来てやる!」

 

「へいへい。了解いたしました少佐殿」

 

余りの気恥ずかしさからか、話を切り上げてラウラは急いでクレープ販売のキッチンカーへ急ぐ。

其の様子を微笑みながら眺める春樹。

冬の北風が着こんだコートと雪の様に真っ白な髪を揺らすが、心は気持ちの良い春風でも吹かれている科の様な心持だ。

一杯の幸福感が身を包む良い気持ちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――だが、だからこそ。()()()は襲って来るのだ。

 

〈春樹、一歩後ろへ退け〉

「・・・阿?」

 

ズギャァアアアアアアア―――――アアンッ!!

 

 

 

・・・・・冬空へ鮮血が舞い、焼けた鉄の臭いが漂う。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

――――――――――「仕留めた」・・・と、”彼女”は引き金を絞った瞬間に確信した。

何故ならば、スコープの中心に捉えた対象へ向けた得物は、とても人体へ向けるには余りにも過度とも云える対物ビームライフル。

トリガーを引けば、確実に対象を木っ端微塵に出来る代物で()()()

 

「ッ!?」

 

・・・しかし『()()()』と過去形なのは、其の必殺必中の筈の一撃が、狙った対象の頭部に的中しなかったからだ。

無論、「どうして・・・ッ?」と彼女は疑問符を浮かべる。

 

其れもそうだ。

銃口からショッキングピンクの焔が吐き出された瞬間。スコープ十字の中心に捉えていた筈の対象が、突然一歩身を引いたのだから。

まるで、居る筈もない()()()に首根っこを掴まれて()()()()()()かの様であった。

其の御蔭で、放たれた桃色の閃光は対象の頬を掠めるだけとなってしまったのである。

 

「こ、殺さないと・・・殺さなければ・・・・・あの方は、危険なのですから・・・!」

 

彼女は、対物ビームライフルからセカンドウェポンであるサブマシンガンと近接格闘武器たるブレードへ切り替える。

そして、対象との距離を詰める為に一気にブースターを噴かすのであった。

・・・()()筈の片足を()()様に引きずって。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

うぎィヤぁあ”あ”ア”あ”ア”ア”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!

 

「ッ、春樹・・・!?」

 

キッチンカーの屋台から二人分のクレープを受け取ったラウラだったが、突如として聞こえて来た鼓膜を破るかの様な絶叫。

何だ何だと振り返れば、其処には恋人である春樹が顔面を抑えて身悶えうち跳ねているではないか。

其の様子は、まるで瀕死の蝉(セミファイナル)の如きだ。

 

「春樹ッ、大丈夫か?!!」

 

勿論、ラウラは春樹の元へ駆け寄ろうとする。

動揺の余り受け取った二つのクレープが地面へ落ちるが、気になどしていられない。

 

ズドン!

ッ、く・・・来るんじゃねぇええ!!

「!?」

 

だが、自分に向かって駆け寄ろうとするラウラに対して春樹は怒号と共に空へ向かってコンバットリボルバーをぶっ放す。

其の絶叫と銃声は、彼女だけでなく周囲に居た人間達の鼓膜をビリビリと刺激し、目の前で起こっている状況が只事ではない事を知らせ、そして其れはパニックとなって一気に周囲へ拡散した。

 

「キャァアア―――ッ!!

 「銃声?!」

             「爆発ッ、爆発だ!!」

「て、テロリストだぁ―――――!?」

「テロッ、テロだって?!!」

「逃げろォオオ!!」

 

静寂の水面に岩を投げ打つ如く広がったパニックにより、人波が濁流の様に流れる。

しかし、そんな状況下にも関わらず、春樹は焼け焦げた肉の臭いが香る自分の左頬を抑えながらある一点を睨む。

 

「(畜生ッ、ちくしょうッ、チキショウめッ! 完全に、完全に油断しとった!! 明らかに俺じゃと認識して撃って来やがった! ふざけやがってッ、ド畜生め!!)」

 

頬肉どころか、歯と歯肉まで焼かれたのが、なんのその。

いくさ人の顔になった春樹は、銀色のコンバットリボルバーの撃鉄を引き起こして構える。

皮肉にもビームの入射角によって狙撃手の大体の位置は割り出しているが、正確な位置は不明。其れ故に次の狙撃があるのではないかと勘繰ってしまい、動けないでいた。

 

〈春樹、落ち着け〉

 

「落ち着けるか、ボケェ! ちょっと間違えたら頭が腐った柘榴みてぇに飛び散っとったんじゃぞ! 冷や汗だらだらで、ちぃとばっかしチビったわ!」

 

≪春樹、ごめんなさい・・・! 明らかに私の落ち度だわ・・・ッ≫

 

〈本当にな。私が気付かなければ、今頃、彼の脳はミディアムに焼かれていたぞ?〉

 

≪ぐッ、うぅ・・・!!≫

 

「二人共ッ、此の状況下で喧嘩すんじゃねぇ!!」

 

愛機である琥珀と幻覚のハンニバルの睨み合いに春樹はうんざり顔でギリリ歯を鳴らす。

 

「・・・・・」

 

そんな言い争いをする三つ巴の背後へ迫る()()()()

其の()()の景色は、掌へ握ったサブマシンガンの銃口を春樹の後頭部へと―――――――

 

「―――――此のッ、糞ったれがァ!!」

「ッ、ぐぅ!!?」

 

けれども、其れよりも早くドガッ!と春樹は馬の様に背後へノーモーションの後ろ蹴りを放った。

まさか、後ろ蹴りをするとは思ってはいなかった()()は、真面に其の蹴りを受けてしまって尻餅をつく。

 

「此のボケカスがぁ!」

「ぎゃッ!?」

 

春樹は更に其の人型の景色へ向かってズドン!ズドン!!ズドン!!!とリボルバーカノンに火を噴かせる。

息も吐かせぬ其のコンボ攻撃によりパチパチ火花が散った後、遂に其の身体へ纏われていた光学迷彩が無効化され、其の本性が姿を現す。

・・・・・のだが・・・

 

「おんどりゃぁああ!!」

「げっふぅう・・・!!?」

 

光学迷彩を暴かれて現した姿に対し、感想を述べる代わりに春樹は暗殺者へ向けて蹴りを放った。

ベキベキ《font:6》凍った部分がひび割れて砕け散る。

 

「何じゃ、オメェ? 襲撃者界隈じゃあ真っ黒パーカーが流行りなんかぁ? 阿”ぁ??」

 

現状、春樹は現在進行形でブチ切れている。恋人との初デートに横槍を入れられたのだから、さも当然だ。

更に言えば目の前の襲撃者に命を狙われ、頬肉を焼き抉られている為にアドレナリンがドバドバ出てしまって力加減が出来ていない。

 

()()!」

 

顕現させた三尺太刀を大きく振り上げる春樹。

其れに対して謎の襲撃者は思わぬ反撃に圧倒されてしまい、「はぁ・・・はぁ・・・!」と肩で息をしている。

 

「春樹・・・!」

 

ラウラは確信した。春樹の勝利を確信するしかなかった。

今までの経験上、負傷した彼が敵に容赦などする訳がない。そして、其の場合は必ずと言っていい程に敵はオーバーキル状態になるからだ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・・フッ・・・」

 

けれども、そんな狂戦士に向けて襲撃者はフードの下で微笑んだ。どうも様子がおかしい。

此れに逸早く気づいたのは、春樹の幻覚であるハンニバルだった。

 

〈ッ・・・待つんだ、春樹!〉

「うだらぁああああああああッ!!」

 

だが、興奮状態である春樹に彼の声は届かなかった。

両眼から焔を零し、歯を剥き出し、春樹は振り上げた赤光の刃を一気に振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・()()()()()()筈だった。

 

「あッ・・・・・!?」

 

刃が直撃する寸前、何故か春樹は手を止めたのである。そして、一気に表情を強張らせて眼を四白眼にしたのだ。

一体何が起こっているのか理解できていないのか、離れた場所で見ているラウラも何が何だかと疑問符を浮かべるばかり。

 

「・・・か・・・か・・・・・ッ」

 

「か・・・?」

 

「か・・・”()()()()”?」

 

驚愕の表情と共に春樹はボソリと一言呟く。

其れと同時に跪いて筈の襲撃者は、顕現させたまるでドリルの様に捻じ曲がったナイフを前へと突き出した。

 

ズブリ・・・ッ!

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆











………………仕事がツラみ。
御褒めのコメントが欲しい。


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195話


※未熟だからこその駆け足気味。
※御褒めのコメント、めちゃ欲しい。
※何でか知らんが『花の慶次』にハマってしまった。



 

 

 

―――――其の能力は、対象者に幻覚を見せる。

―――――此の能力は、対象者を外界と遮断し、精神に影響を与える。

―――――此の能力は、仮想空間では相手の精神に直接干渉する事で、現実世界では大気成分を変質させることで相手に幻覚を見せる。

 

―――――此の能力名を【ワールド・パージ】と云ふ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

がッ・・・フぅ・・・!!

 

刀身の捻じ曲がった特殊な対ISナイフが、ISに備わっている筈の絶対防御の合間を縫ってズブリッ!と、春樹の左脇腹を抉り抜く。

 

「くッ、うぅ・・・!」

 

彼へナイフを突きつけた襲撃者は更に危害を加える為にナイフを引き抜こうとするが、刺された側の春樹がグッと其のナイフを引き抜かれない様に力一杯抑えた。

ナイフが引き抜かれれば、其処からの大量流血してしまうからだ。

 

「糞ったれ・・・がぁ!!」

「うぐぁ!?」

 

相手との距離をとる為にドガッ!と春樹は襲撃者の腹部へヤクザキックを蹴り込む。

力加減皆無の蹴り込みに一瞬だけ怯む襲撃者だったが、すぐさま体勢を立て直し、サブマシンガンを構える。

 

―――――――「させませんわ!!」

 

構えた筈の黒光りするサブマシンガンが、ズギャァアン!と真横から飛んで来た桃色の閃光によって撃ち抜かれて弾け飛ぶ。

其の閃光が飛んで来た方向へ視線を向ければ、其処には流れる金髪をたなびかせながらレーザーライフルを構える青い眼の戦乙女、セシリア・オルコットが居るではないか。

 

「ラウラさんッ、今です!!」

 

「よくも貴様ぁあああああああッ!!」

「ッ、ぐぅうう・・・!!?」

 

セシリアの号令からラウラはタックルを襲撃者の横っ腹へドゴォンッ!と喰らわせる。

其の威力は、瞬時加速の速度と共に放たれた為に絶大であり。対象を吹っ飛ばすには十分すぎるものであった。

 

「春樹ッ! しっかりしろ春樹!!」

うゲ・・・フぅ・・・!

 

「・・・・・」

 

ナイフの刺さった脇腹を抑えて口と鼻から逆流した吐血する春樹を抱き抱えつつ、ラウラはくしゃくしゃに歪んだ表情で叫ぶ。

其の様子に襲撃者は対複数戦の態勢に入る為、バックステップと共に飛翔しようとする。

 

―――――「逃がさないよ!!」

「ッ、くぅ!?」

 

だが、浮かび上がった瞬間。ズダダダッ!と発射されたアサルトカノン用の重い弾頭が其の身体に纏わりつき、其の衝撃でもって襲撃者を地面へ叩き落す。

 

「どーん・・・!」

「な!!?」

 

更に其処へ叩き込まれるのは、ミサイルポッドから射出された誘導ミサイル。

其の人一人に対して行使されるには余り過度とも云えるミサイル群の信管が炸裂すれば、ドグォオオンッ!!と小規模なクレーターを形成した。

 

「ごっフッ、ゴホ・・・! い、一体どうして・・・?!」

 

土煙の中、襲撃者は思わず疑問符を浮かべる。

どうして此処に春樹とラウラ以外の専用機所有者が、其れも複数いるのか?

追跡中にそんな気配はなかった筈なのに。

 

「ですが、今はそれよりも!」

 

流石に一対多数では分が悪いと判断した襲撃者は、退却戦と再び身体へ光学迷彩を覆っていく。

 

―――――ジャラララララッ!

「え・・・ッ!?」

 

ところがどっこい。光学迷彩が覆う直前、其の身体へ刃の鱗を持った蛇が絡み付いたではないか。

 

「ちょっと・・・どこへ行こうって言うのかしら?」

 

「ッ・・・さ、更識 楯無代表・・・?!」

 

鱗刃の蛇、蛇腹剣ラスティーネイルの柄を持つのは、IS学園生徒会会長にしてロシア代表の更識 楯無。

其の両隣には、彼女の妹である更識 簪とフランスはデュノア社令嬢のシャルロット・デュノアが、自らの得物を構えていたのであった。

 

「あら。私も有名になったものね。まぁ・・・テロリストに名が知れるなんてちっとも嬉しくもないけどッ」

 

「ど・・・どうして・・・一体どうして、あなた達がここに?」

 

「それは・・・・・IS乗りとしての直感よ!」

 

実を言えば、楯無達はIS統合部製の新型光学迷彩を借りて春樹とラウラのデートを追跡していたのである。

まさか、そんな馬鹿な動悸でステルス迷彩を使うバカが居るとは、襲撃者も思ってもみなかった。

 

「さて・・・それで、あなたは一体何者かしら? まぁ、彼を狙うぐらいだもの。大方の予想は着くわ。そうでしょ、亡霊(ファントム)さん?」

 

「くぅッ!」

 

疑問符を投げ掛けると同時に蛇腹剣を手繰り寄せ、特殊ナノマシンによって超高周波振動する水を螺旋状に纏ったランス、蒼流旋でフィニッシュを飾ろうとする。

しかし、襲撃者が此のまま黙ってやられる訳もない。身体に巻き付いた剣へ近接ブレードを入れ込んで断ち切ると、彼女等から距離を取ろうと瞬時加速で後退した。

 

「逃がす訳がないだろう!!」

「ぐッ!」

 

だが、其れを特に許さぬ者が此処に一人。

漆黒の装甲を身に纏い、プラズマ手刀を振るう銀髪オッドアイのラウラ・ボーデヴィッヒ其の人である。

彼女は、一団の中で唯一の非戦闘員である本音に春樹を任せると酷い怒りの形相で恋人の仇を討たんと斬りかかったのだ。

 

「殺してやるッ! 貴様だけは、絶対に・・・殺してやる!!」

「うぅッ・・・!(な、なんて力!?)」

 

ラウラの其の一撃をガキィン!と近接ブレードで受け止める襲撃者。

けれども、此れは悪手であった。

此のラウラ・ボーデヴィッヒと云う者は、其の荒ぶる本能を戦闘にフル活用出来る御人なのである。

 

「喰らえッ!!」

「―――――!!?」

 

ドゴォッン!と肩に搭載された大型レールガンが、超至近距離で襲撃者の頭部顔面へ向けて発射された。

爆炎と共に崩れ落ちる襲撃者だが、其れでも尚、ラウラの怒りは治まらない。

 

彼女は襲撃者の首を鷲掴みにするや否や、未だ黒煙が立ち昇る顔面へ向けて固く握り込んだ拳骨をガンガン! ガンガン!叩き込む。

 

「ぐッ! ガ!! ぶべッ!!」

 

パンチングマシーンの如く大きく揺れる頭部。

例え打たれ強いヘビー級ボクサーでも一発喰らえばK.O.間違いなしの連打を叩き込んだ後、ラウラは大きく振り上げた拳骨を思いっ切り振り切った。

 

ドッガァ―――――アアン!

「ゲぼらぁアア―――――ッ!!?」

 

連打に次ぐ連打の後に叩き込まれた渾身の一撃は、襲撃者を後方彼方へとブッ飛ばすには容易である。

 

「ッ、春樹!!」

 

ぶっ飛んだ襲撃者が力なく地面へ倒れ伏した後、ラウラは重傷を負った恋人の元へと駆け付けた。

 

ひゅー・・・ヒゅーッ・・・ヒュー・・・・・

 

「春樹ッ、春樹! 大丈夫、大丈夫だからな!! 本音ッ! 救急、救急車はまだか?!」

 

「お、落ち着いてラウラウ! い、いちおう応急手当はしたんだよ! で、でも・・・でも・・・!」

 

「でも? でも、何だ?!」

 

「な、な・・・なんだか、なんだか様子がおかしいんだよ!!」

 

「おかしい? 何がおかしいのだ?!」

 

本音の言う違和感とは、春樹の現状が、出血性ショックとは違う別の痙攣症状が見られたからだ。

原因は何かとラウラが、ナイフの刺さった春樹の脇腹を捲って見ると、其処には、歪で異常な青紫色の蚯蚓腫れがナイフを中心に放射状に奔っているではないか。

 

「これは・・・毒か?!」

 

「毒ですって!?」

 

「毒でしたら・・・ナイフを抜いた方が、よろしいんじゃありませんの?」

 

「いや、ダメ。抜いたら、ドバッて血が出ちゃう・・・!」

 

予想外の状況に慌てる一同であったが、そんな中で瀕死状態の春樹が自分を抱えるラウラの胸倉を掴んで引き寄せた。

 

ひゅー・・・ヒュー・・・・・ら・・・ラウラちゃん?

 

「しゃべるなッ、しゃべるな春樹! 大丈夫だッ、お前はいつもこれ以上の怪我を負っても平気で元気になるやつじゃないのか?! 今は、ゆっくり―――――」

ええから、聞け!

 

涙をこぼすラウラの悲痛な叫びを遮り、春樹は彼女に語り掛ける。

「襲撃者の()を確認してくれ」と。

 

「か、顔?」

 

「春樹さんッ、どうして顔なんて?!」

 

「ッ、全員警戒しなさい!」

 

春樹の発言に戸惑う一行だったが、楯無の発した声に全員の視線がむくりと起き上がって自分達を見下ろす様に上空を浮遊する襲撃者へ向けられる。

 

「―――――流石は【月の落とし子(ローレライ)】と云った所でしょうか?」

『『『なッ!!?』』』

 

起き上がり、春樹一行へ顔を向ける襲撃者。

しかし、其処へ居たのは、最早最初に見た深々とフードを被った姿ではない。

 

「えッ・・・ど、どうして・・・えッ、えぇ!!?」

 

シャルロットは酷く表情を引き攣らせ、襲撃者とラウラの顔を交互に確認し、再度驚嘆の声を上げた。

何故ならば―――――

 

「ら、ラウラさんと―――――」

「ラウラちゃんと―――――」

 

『『『()()()!!?』』』

 

―――――最早ボロ布ぼろきれと化したフードの下にあった襲撃者の素顔は、血まみれの春樹を抱えるラウラと()()()であったからである。

 

「貴様・・・何者だ!? どうしてッ、春樹を狙う?!!」

 

当然な如く投げ掛けられた疑問符に対し、襲撃者は随分と丁寧な対応と共に自己紹介をする。

 

「私の名は、『クロエ・クロニクル』。私の目的は、そちらにいらっしゃる清瀬 春樹様の”排除”でございます」

 

「排除? どうして・・・一体何の為に?!!」

 

「”我が主”の為でございます。そちらにいらっしゃる清瀬様は、完全なる()()()()()()。それも大いに危険な。それゆえにこの世から消えてもらう事を私は望んでいるのです」

 

随分と澄んだ目で淡々と語る其の彼女の異様な態度に対し、一行は表情を引き攣らせる。所謂『ドン引き』だ。

クロエの異常で異様なオーラが、あっという間に場を支配してしまう。更に彼女は其の支配力を高める為にパッチンと指を鳴らす。

さすれば―――――

 

『『『ッ、なぁ!!?』』』

 

―――――一行を囲む様に黒ずくめの一団が周囲一杯に溢れかえる。

一体どこにこんな戦力を隠していたのだろうか。此れでは戦力の量も勢いもクロエの方へ傾いてしまった。

 

「さて・・・私の目的は、そちらの清瀬様です。大人しく彼を渡して頂けるのならば、貴女方に危害は―――――」

ズガンッ!

 

されども其れで挫ける一行ではない。

主導権を握り、何処か余裕そうな態度を醸し出すクロエに向かってラウラはレールガンを撃ち込んだのだ。

此れには思わずクロエも眉間へしわが寄る。

すると―――――

 

「破ッ・・・・・阿破ッ、破・・・阿破破破ッ・・・阿―――――破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

「え・・・!?」

「は、春樹くん・・・?」

 

ケラケラ、ケラケラと奇天烈な笑い声を上げる者が一人。

無論、こんな状況で笑い声を上げられる者など一人しか居らぬ。口から血を出しながらもクロエの方へニタリと微笑みを向ける清瀬 春樹、其の人だ。

 

「・・・何が、可笑しいのですか?」

 

こっフぅ・・・カフッ・・・・・交渉事で、相手に・・・敵に不安な顔を見せるんじゃねぇでよ。自分が有利じゃと思わせたいのなら・・・()()。こねーな風によ・・・阿破破ノ破!」

 

充血した眼と青白い顔をしているとは思えぬ快活で奇妙な笑い声に対し、クロエは表情を変えずとも内心ギョッとした。

満身創痍の瀕死の死にぞこないでありながら軽やかに笑う彼をクロエ・クロニクルは『()()』と感じたのである。

 

更に次の瞬間。そんな内心を揺さ振られながらも無表情を貫く彼女の鉄仮面を大きく崩す言葉を春樹は吐いたのだ。

 

「あぁ、そう言えば・・・クロエ・クロニクルさんよぉ? ()()に・・・『()()()()()()()』に()()()()部分は、まだ痛むかい?」

「ッ―――――!!?」

 

文字通り血反吐と共に吐き出した彼の言葉に対し、クロエの表情はぐしゃりと歪に変わる。

そして、「ッ・・・うぅェえッ!!」と嗚咽音と共に口を抑えるのだが、胃から食道を通って逆流した勢いを止める事は出来ず、掌と口周りはベッタリベッショリと吐瀉物まみれになってしまった。

 

「え!?」

「なッ、なに・・・?」

「ど、どうしたのかな?」

 

あまりに突然の出来事に春樹を中心に防御陣形を組む一行へ動揺が奔る。

しかし、そんな中でも冷静に状況を読む者が居た。

 

「喰らいなさい!」

 

楯無は、ナノマシンで構成された水を霧状にして攻撃対象物へ散布し、ナノマシンを発熱させる事で水を瞬時に気化させて水蒸気爆発を起こす、清き熱情(クリア・パッション)を発動。

其の衝撃波と熱量を以て自分達の周囲を囲む黒ずくめを一掃するのだが・・・どうも様子がおかしい。

 

「ッ、やっぱり・・・!」

 

何と黒ずくめの集団は吹き飛ばされる事なく、砂で造られた像の様にサラサラと崩れ去ったのである。

吐血状態の春樹がクロエの動揺を誘った際、黒ずくめ集団の一体が一瞬僅かに()()()のだ。

此れは、清き熱情によって大気成分が霧散した為である。

 

「ラウラちゃん!!」

「わかっている!!」

 

周囲の敵軍が”幻影”だと判った途端、ラウラはギロッと三角にした眼と共にクロエへ向かって大型レールカノンを発射した。

 

ドゴォッン!

「ぐッぅ・・・!!」

 

嘔吐の為に必要最低限の防御を強いられたクロエは、バランスを崩して地上へ落下して行くのだが―――――

 

「貴様ァアアアアアアッ!!」

 

其の彼女の落下地点にラウラは瞬時加速と共に差し迫る。振り被った右掌へプラズマをバチバチと輝かせながら。

 

無論、クロエとて近接においての最大火力を易々と喰らうつもりはない。すぐに回避行動をとらんとブースターを逆噴射させる。

けれども、此れを許すラウラではない。

 

「させるものかぁ!!」

「ッ!?」

 

残った片方の左手を突き出すと、クロエの身体はピタッと其の場に()()してしまう。まるで動画を停止ボタンで停める様にだ。

此れは、ラウラが纏う専用機シュヴァルツェア・レーゲンが有する反則的とも云える能力、AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)である。

 

さて、其の対象を任意に強制停止させる事が出来る能力によって相手を固定したラウラは、其のままクロエの腹部へ向けて振り被った光り輝く手刀を鋭く突き出す。

 

デュクシィッ!

「グっはぁアア!!?」

 

「おんどりゃぁああ!!」

 

容姿端麗な少女が出してはならぬ断末魔と共にくの字に曲がるクロエへラウラは更なる追い打ちをかける為に勢い其のままドガッ!と回し蹴りを決める。

其の鞭の様にしなやかなれどもハンマー以上の衝撃力を有する蹴り技により、クロエは胃液が混じった唾液を吐きつつ、付近にあった建造物の壁面へ人並代の穴をあけた。

 

「おい・・・どうした? さっさと立たんかッ、このド三品が!! 私の男に・・・春樹に手を出したのだ! ただで殺してやる訳にはいかんぞッ!!」

 

『『『お・・・おう』』』

 

血走った眼と剥き出しの歯茎と共にラウラは威嚇音をかき鳴らす。

其の只ならぬオーラに味方もタジタジである。

 

「がッ・・・フ・・・・・(ま・・・まさか、これほどまでの力をつけていたなんて・・・ここは退却した方が・・・・・しかし!)」

 

一方、一方的な蹂躙を受けたとも見えるクロエの視線は、未だ虫の息の春樹へ向けられていた。

其れも其の筈。彼はクロエにしか知り得ない事実を言い放ったからだ。

 

「ッぐぅ・・・うう・・・!!」

 

痛む。

勿論、其れはラウラに攻撃された痛みでもあった。だが、其れよりも激しく痛んだのは、特殊な器具が装着された片足である。

 

―――――〈あぁ、クロエ。君は、なんて・・・()()()()んだ〉

「ひッ・・・!!」

 

クロエは春樹の発言によって()()()()()()()()

あの冷たい声色を。あの血の気の引いた顔色を。そして・・・あの”痛み”を思い出してしまう。

 

「い・・・いやッ、いやぁ・・・! い、痛い! 痛いのは、いやぁ・・・!!」

 

切り落とされた膝下が痛む。

抉り取られた肝臓が潜む脇腹が痛む。

食い千切られた片耳が痛む。

 

忘れたくとも忘れられない忌まわしい()()()()()()()”痛み”がフラッシュバックする。

其のおぞましい記憶と体験により、クロエは顔を青くして痙攣発作を起こしだした。

 

「貴様だけは・・・貴様だけはァ!!」

 

しかし、そんなクロエの事情などラウラの知った事ではない。

確実に相手に止めを刺す為、彼女はリアアーマーに計六機装備されたワイヤーブレードを展開し、其れを一気にクロエの細い首へと巻き付けた。

 

「あッ・・・グがァア・・・・・ッ!!」

 

ギチギチ、ギチギチと嫌な音が響く。

絶対防御の規定を越え、鋭い糸鋸の様な刃がクロエの柔肌へ喰らい付いて血を垂らす。

 

「さぁ・・・死ねぇッ・・・・・!!」

 

ラウラは酷く澱んだ赤錆色の右眼を見開き、一気にクロエの首を圧し折ろうと力を込める。

勿論、クロエは此の危機を脱しようと必死になって足掻くのだが、其の力は骨を圧し折るどころか、首を断ち切る勢いだ。逃れようにも逃れられない。

 

 

 

 

 

・・・・・ところが―――――

 

ズギャァン!!

『『『!!?』』』

 

突如として青紫色の光が、ラウラとクロエの二人の間を断ち切る様に通り過ぎた。すると其の光は、いとも容易くラウラのワイヤーブレードを焼き斬ったではないか。

御蔭で呼吸阻害から解き放たれたクロエは大きく激しい呼吸音と共に肺へ空気を取り込む事が出来たのだが、此の横槍によって恋人を傷付けた下手人を仕留め損なった事は、ラウラを更に怒らせるには十分過ぎた。

 

「貴様ァッ、何者だ?!!」

 

そんなテンプレートな言葉と共にレーザービームが放たれた方向へレールカノンを放つが、其の発射された弾頭を新手は何と此れを再び発射し()()()()()()のだ。

 

「・・・・・」

 

ラウラの攻撃を無効化した新手は、亜音速の弾頭を撃ち落とすと云った超絶技法を成した其のビームライフルの銃口を下ろす。そして、無言のままに被っていたフードを脱げば、其の()()が海風にたなびく。

 

「ッ・・・そ、そんな・・・・・貴女・・・!!?」

 

晴天の霹靂の如く現れた敵増援に対し、意外な反応を示したのは、新手と同じ()()()()()()()()()を構えたセシリアであった。

だが、そんな反応も束の間。新手の姿がまたしても突然の如く消える。まるで本人の姿が空間へ()()様に。

けれども、驚くべき事は此れだけに留まらない。

 

―――――「Ms.クロニクル。御無事ですか?」

『『『!!』』』

 

消えたと思った場所から瞬間移動でもしたかの様に新手はクロエの側へ膝をついた後、素早く彼女を抱き抱えたのだ。

其の余りの手際の良さは傍から見ても一級であったが、其れでも新手の次の行動を察したラウラは即座に掌へ稲妻を滾らせる。

 

「させません」

「なッ・・・!?」

 

しかし、其れよりも早く新手はブースタースカートから射出した()()()で、其の掌を明後日の方向へ弾いた。

 

「・・・申し訳ありません、()()()

「!」

 

ビットから発射されたビームによってラウラがバランスを崩した瞬間。赤毛の新手は何かを呟きながらクロエを抱えたまま再び水の中へ沈み込む様に掻き消えて行ってしまう。

 

「ふ・・・ふざけるなッ・・・ふざけるな、貴様ァア!!」

 

あまりの怒涛の出来事に対してラウラは叫び散らすが、其の絶叫は虚しくも周囲に木魂するばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど・・・・・どうして・・・どうしてですの?・・・・・『チェルシー』?」

 

セシリア・オルコットの呟きに応える者は誰も居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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196話


※キャラ崩壊かも


 

 

 

はぁ・・・ハァ・・・ッ・・・ハァ・・・はァ・・・ハぁ・・・・・

 

目の下へ深く暗く刻まれたクマに痩せこけた頬。

肌艶はとても健康的とは遠くかけ離れた土気色。

吸って吐いてを繰り返す呼吸は短く、唾を飲むのもやっと。

 

そんなまるで余命幾ばくもない重病人の様に肩で息をするのは、世界で初めて其の確認がなされた男性IS適性者である織斑 一夏。

入学当初の整った容姿と快活な性格は、最早見る影もない。

 

ハァ・・・ハァ・・・・・ッ、ぐ!? ひ、ヒぃい・・・!!

 

時折り思い出したかの様に酷く怯えた様子で表情を歪め、身を振るわせて頭を抱える様に両耳を塞ぐ。

そして、「痒い・・・かゆい、カユイぃ・・・!」と薄っすら()()()()()()右腕を掻き毟る。

皮膚が破れて血が出ようとも、必要以上に掻き毟った事で左手指の爪が剥がれようともだ。

 

「ッ、一夏?! アンタ、また・・・!! やめなさい!!」

 

血が滲みながらも腕を掻き毟る彼を止めるのは、一夏のセカンド幼馴染にして中国代表候補生の凰 鈴音。

彼女は、洗浄された衣服が入った洗濯カゴを放り投げると一夏の所業を止める為に駆け寄る。

 

「やめなさいよ! やめてッ、一夏! まだ治ってないのに・・・そんなに掻いたら!!」

うぎゃァアぁああ―――――!!

 

掻き毟る行為を止めようとした鈴の腕へ一夏はガブッ!と、自らの歯を喰い込ませた。

無論、此の彼の原始的で幼稚な攻撃に鈴は「痛ッ・・・!!」と表情をしかめるが、其れでも彼女が一夏の事を突き放す事はなく、逆に彼の頭を残った片方の手で優しく撫でたのである。

 

「だ・・・大丈夫、大丈夫よ。ここには、誰もアンタを傷付けるヤツなんていないんだからね?」

 

「ふぅーッ、フゥー!・・・・・ッ、あ・・・り、鈴・・・・・お、俺・・・また・・・? 鈴、お前ッ、ケガを!!」

 

おぞましいフラッシュバックから正気を取り戻した一夏に対し、鈴は「大丈夫、私は大丈夫だから」と諭す様に呟きながら彼を抱き締めた。

自分よりも一回りも大きくも痩せて骨ばった一夏の身体を彼女はまるで母親の様に優しく包み込んだ。

 

 

京都で秘密裏ながらも大規模に行われた夷敵退治。

其処で暴走状態となり、右腕を斬り落とされる重傷を負った一夏。

幸いにも切断面が綺麗だった御蔭で、切断された腕の合致縫合は成功し、他負傷箇所も今や治癒された。

だが、いくら身体的外傷が回復しようとも、其れ以上に精神へは深い傷が刻まれていたのである。

其の精神的外傷によって一夏は疲弊していき、情緒不安定によって体調面でも不良が見られるようになった。

 

京都の一件から彼はIS学園を体調不良を理由に休学し、寮の自室へ閉じ込もってしまう。

そんな精神異常を来した一夏の身の回りの世話を買って出たのが、鈴と彼のもう一人の幼馴染である篠ノ之 箒であった。

 

けれども箒は、一夏の精神異常の原因を作った相手へ仇討ち名目で喧嘩を売ってしまった為、ISを勝手に私闘で使用した罰で自室への禁錮謹慎が言い渡されてしまったのである。

ところで、彼の肉親である姉にして世界最強のIS使いブリュンヒルデを冠する織斑 千冬

は何をしているのかと言えば、現在進行形で警察からの必用な聴取に呼ばれており、今は其れに更に京都の一件で捕縛した国際的過激派テロ集団ファントム・タスク構成員のMこと織斑 マドカへの尋問が加わった為、一夏との時間をとれずにいた。

其れもあって、只でさえ難がある一夏の看病を鈴だけで行っている状態だ。

 

「一夏? 何か食べたいものはない? 酢豚・・・は、今は無理ね。中華がゆ作ったんだけど食べられる?」

 

「・・・ない。何も・・・いらない」

 

「ダメよ、なにかお腹に入れないと倒れちゃうじゃない! そうだ! 売店で杏仁豆腐売ってあったのよ! アンタ好きだったでしょ? それだけでも―――――

「いらねぇって、言ってんだろ!」

―――――ッ・・・一夏・・・・・」

 

癇癪を起して布団へ再び包まってしまう一夏。

普段なら彼に対して強気な鈴だが、今回ばかりは無力を悟った様に「・・・そう。なにかあったら呼びなさいよ」と呟いて其の場を跡にする。

 

「う・・・うぅ・・・・・ッ・・・」

 

水道を捻り回し、歯型と共に血が滲む部分を洗い流す鈴。

ジャバジャバ蛇口から勢いよく出る水の音が、彼女のむせびを掻き消してくれる。

 

「なんで・・・どうして・・・・・どうしてよ・・・!」

 

グッと目を瞑り、何故一夏があのような状態になってしまったのかを考えながら鈴は涙する。

しかし、彼女は箒の様に一夏へ心の傷を付けた人物・・・二人目の男性IS適性者、清瀬 春樹を怨む事が出来なかった。

何故なら、其れは箒と違って鈴は春樹の()を知っていたからだ。今まで彼が受け負って来た傷を。

其れに京都の一件で、暴走状態の一夏を止める事が出来たのは、あの時、春樹しかいなかった。

もしあの時、敵味方入り乱れての乱戦の最中で、暴走した一夏を止める事が出来なければ、勢い付いた敵軍の進撃によって戦線は大きく崩壊し、民間人の被害者が多く出てしまったかもしれない。

其れ故に鈴は春樹を憎む事が出来なかった。だが、安易に容易に彼を憎む事が出来ない事が、余計に鈴を苦しませる事になったのだ。

 

ピンポーン♪

「ッ・・・グス。は、はーい」

 

調度其の時、来客を知らせる甲高い音が聞こえて来た。

鈴は眼元をこすりつつ、涙を拭って扉の前へ向かう。未だ目が赤いが、玉ねぎでも切っていたと云う理由でも話しておこう。

 

「誰? 申し訳ないけど一夏なら話せないわよ」

 

「あら? えぇ、構わないわ。丁度、あなたにも話を通しておきたかったのよ・・・凰 鈴音」

 

扉の外から聞こえて来た聞き慣れぬ声に鈴はギョッとし、思わず腕を展開武装で纏ってしまう。

 

「・・・大丈夫、こちらに敵意はないわ。ただ、話がしたいだけよ。重要なね。それもあなた達にしか話せない案件よ。だから・・・そんな物騒な物、しまってくれないかしら?」

 

「・・・・・」

 

疑りながらも鈴はゆっくりと扉を開ければ、其処には敵意はないと言わんばかりに微笑んだ表情をしているヨーロッパ人が立って居るではないか。

そんな自分の目の前へ佇む其の人物に鈴は見覚えがあった。

 

「アンタ、確か・・・前にセシリアと一緒に操縦訓練してた・・・・・」

 

「憶えてくれてたの。でも、こうして顔を合わせて話すのは初めてね。初めまして凰 鈴音。私は、『サラ・ウェルキン』。一応これでも、オルコット卿やあなたと同じ代表候補生よ。・・・・・専用機は持ち合わせていないのだけれどね」

 

『サラ・ウェルキン』

セシリアの先輩筋にあたり、彼女と同じイギリス代表候補生であるが専用機は所持していない。

だが、前に聞いたセシリアの話によると優秀な人物で、他の生徒へ操縦技術を指南する程の実力者との事。

自分以外の代表候補生など眼中にないと豪語する鈴だが、サラは一応IS学園二年生である為に無下に追い返す訳にもいかない。其れに()()()()()()話せない話とやらに純粋な興味があったからだ。

だが、其れでも今の所信用も其れ程ないので、とりあえず一夏は別室に寝かせたまま鈴だけサラの話を聞く事にした。

 

「へぇー・・・いい茶葉ね。専用機所有者ともなると、それなりのお給金をもらえるのね」

 

「それで、話って・・・なんですか?」

 

「そう言えば、彼女は? あの篠ノ之 束博士の妹。発明者の身内ってだけで、第四世代機を受け取った彼女は?」

 

「箒は・・・今は、自分の部屋に」

 

「知ってる。あの狂戦士(ベルセルクル)に喧嘩を売って、不様にも負けたんじゃなかったかしら? おまけにその罰則で、自室に謹慎命令が出たのよね。本当だったらISによる私闘は退学でもおかしくないのに・・・持つべきものは、IS発明者の姉ね」

 

答えを知っているにも関わらず疑問符を投げ掛けて来ておいて、どこかトゲのある物の言い方に鈴は思わずムッとしてしまう。

同じ想い人を持つ恋敵ではあるものの、箒は彼女にとって親友とも云える存在であったからだ。

 

「でも、そうなると・・・ここには、あなたと織斑 一夏(ファースト)だけになるのよね?・・・どう? もう彼とは、()()()()関係? お邪魔だったかしら?」

 

「ッぶ!? な・・・なな、なに言ってるのよ?! わ、私は別に・・・!!」

 

「あら、意外ね。そうよね。()()()・・・だったかしら? なら、私にもチャンスがあるって訳ね。ベルセルガーはドイツ将校に夢中みたいで、周りも彼を本気で狙うフランス人の御令嬢にロシア崩れの日本人・・・ただでさえ本当にガードが高いんだから、それならいっそのこと・・・・・」

 

「・・・フフ♪」と出されたお茶をすすりながら微笑むサラに対し、鈴はもう隠すことなく不機嫌そうに眉間へしわを寄せた。

 

「・・・一体何の用なの? 重要な話って言ってたけど・・・まさか、こんなくだらない話な訳? だったら―――――」

 

「待って待って! そんな睨まないで。ちょっとした世間話じゃない。あなたとは、チームを()()事になりそうだから、打ち解けたかったの」

 

「・・・チーム? 何よ・・・チームって?」

 

「・・・ここだけの話よ、ここだけの話。ちょっと私の母国、イギリスで()()な事が起こったの。その事態収拾の白羽の矢にあなた達が選ばれたって訳」

 

「厄介事? どうして、私達がそんなものに選ばれるのよ?」

 

「無自覚? だとしても嫌味に聞こえるわよ? あなた達がこれまでにどんな事を成して来たか、知らないなんて言わせないわ」

 

サラの云う通り、IS学園一年生専用機体所有者達は、今まで何度も重大と言って差し支えない事件を解決に導いて来た。

暴走した軍用ISの鎮圧に謎に包まれていた国際テロリストの鎮圧拿捕。とてもISを扱うとは言っても学生と云う身分の者がする所業ではない。

 

「・・・なんで、アンタがそんな事知ってるのよ?」

 

「私、IS委員会関係者と懇意にしてる人がいてね。あなた達、向こうじゃなんて呼ばれてるか、知ってる? 『クランの花嫁達』ですって。クランの猛犬、狂戦士クー・フーリンが従える戦装束に身を包んだ戦乙女達・・・・・私には、ちょっとクサい二つ名だと思うけど」

 

「なにそれ、バカみたい。それに・・・残念だけど、お門違いよ」

 

「・・・なんですって?」

 

「私が・・・私達が、アンタの云うような御大層な事を成し遂げられたのは・・・ただの偶然よ、偶然」

 

「偶然? 偶然が何回も続くものですか! あなた達には確かな実力があるわ! だからこそ、軍の特殊部隊でも難しい作戦を成功させたんじゃない!!・・・・・それとも、なに? やっぱり、”()”から直接お呼びがかからないと無理な訳?」

 

「ッ・・・」

 

サラの云う『彼』とは、やはりクランの花嫁達を率いるクー・フーリンの役回りを担う春樹の事だろう。

其の彼の名前が出た時、鈴はあからさまに表情を曇らせてしまうが、彼女は此れを利用する事にした。

 

「だ・・・だいたい、どうしてコッチにそんな話を持って来たの? そんな話、春樹の方へ持っていったらどうなのよ?!」

 

「え・・・・・ちょっと待って。まさか、聞いてないの?」

 

明らかな話のすり替えだったのだが、其れよりもサラは鈴の発言に怪訝な顔を晒す。

まさか、そんな顔をするなど思ってもみなかった彼女は、「な・・・なによ?」と疑問符を疑問符で返してしまう。

すると―――――

 

「あのベルセルクル・・・清瀬 春樹、今、死にかけてるのよ?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「チャージ!」

「完了!」

「下がって!!」

 

ドンッ!

 

担架の上へ寝かされた白髪の少年の胸に電気ショックが当てられた瞬間、魚の様に身体が跳ね上がる。

其の後、周囲にいる浅葱色の術服を身に纏った一人が、自分の組んだ掌を彼の胸へリズミカルに押し込んだ。

 

「し、心拍再開しました!」

 

「では、このまま対象個所を縫合する! 急げ!!」

 

真っ平だった心電図に波の動きが再び戻ったのを皮切りに医師達は、仕上げの作業へ移行するのだった。

 

 

此処は横浜にある市立病院。

其処へ救急搬送された一人の患者。

患者の年齢は十五歳で、容態は腹部を鋭利なナイフで突き刺された事による出血性ショック。

だが、事はもっと複雑で、其の凶器であるナイフには毒物が塗られていた為、其の毒によって心臓が何度も心肺停止を引き起こしたのである。

刺突箇所の縫合に加えて、体内の毒物の解毒と二つの事を一度に行う事には難が生じた。

其れでも何度か心肺停止に陥り、一度は心肺停止となったが、何とか持ちこたえた少年は、緊急手術の御蔭で首の皮一枚で一命を取り留める事が出来たのである。

しかし、重体は重体。其のまま緊急入院が決まり、集中治療室への入室が決定されたのだった。

 

「まさか・・・あの彼が・・・・・ッ」

 

集中治療室から離れた別室で暗い表情を晒しているのは、代議士にしてIS統合対策部副本部長の長谷川 博文。其の隣にいる集中治療室へ入っている患者の担当医、芹沢 大助も随分と浮かない顔をしている。

 

「今までの経験上、彼の異常再生能力によってあれ程の負傷なら、ものの一時間と経たずに回復するでしょう。ですが・・・やはり、凶器に塗られていた毒物がそれを阻害しています」

 

「・・・回復の見込みは?」

 

「一命は取り留めていますが、予断を許さない状況なのは確かです。信じるしかありません・・・”我らが刃”を」

 

長谷川は苦虫を嚙み潰した様な表情と共に「そう、ですか・・・」と呟く。

ほんの数日前まで、恋人と初デートする事を嬉しそうにIS統合部関係者達へ語っていた事がまるで幻の様だ。

 

「被疑者は、どうですか?」

 

「残念ながら未だ発見には至っていません。ですが、見当はついています・・・・・”()()”め・・・!!」

 

長谷川は、やり場のない怒りを露わにする。其れを彼の秘書である高良が「落ち着いて下さい」と諫める。

だが、彼以上にやり場のない憤怒と悲哀を抱くものが此処には居た。

 

「・・・・・春樹・・・」

 

集中治療室の外で虚ろな目と共に項垂れているのは、中で治療を受けている患者・・・清瀬 春樹の恋人で、初デート相手のラウラ・ボーデヴィッヒ。

其の隣では、人目もはばからず涙をボロボロと流すシャルロット・デュノアと目を瞑って黙したままの更識 楯無がいた。

 

「うッ・・・うぅ・・・・・どうして・・・どうして春樹が・・・春樹ばっかり、どうして・・・!?」

「・・・シャルロットさん」

 

呼吸機器と心電図に繋がれた春樹を不憫に思って静かに泣くシャルロットをセシリアが抱き締める。

 

「ラウラ・・・」

 

簪は酷く澱んだ目を落とすラウラの手を握ると、彼女の手は酷く冷たく小刻みに震えているではないか。

 

「・・・・・せいだ・・・わ、私の・・・私が、もっと強ければ・・・こんな―――――」

「違うよ」

 

ギリリッ歯を喰いしばって自分を責めるラウラへ向かって簪はキッパリと言い放つ。

 

「春樹をあんな目にしたのも、春樹を苦しめたのも、全部・・・全部全部、あの()()()()のせい。あなたの・・・ラウラのせいなんかじゃない、絶対・・・絶対に・・・!!」

 

「そうだよ~、らうらう! それに・・・それにきよせんってば、いっつもどんな目に遭っても復活してきたじゃない! 今回も・・・今回も絶対にケロッと復活しちゃうよ~!!」

 

本音は、いつもの呑気な口調で精一杯ラウラを励まそうとするが、流石の彼女でも此の重苦しい空気を覆す事は出来なかった。

・・・・・外では雪がちらちらとチラついている。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「―――――・・・・・それ、本当か?」

「ッ、一夏・・・!?」

 

場面は戻り、一夏の自室。

サラから春樹が重体である事を扉越しに聞いていた一夏が、ヌルーりと部屋の中へ入って来た。

 

「あら。やっと来たわね、真打さん。本当よ、本当。ベルセルクル・・・清瀬 春樹は、瀕死の重体で使()()()()()()()()。だから、あなた達にしか頼めないという訳」

 

「ッ、使い物にならないって・・・アンタ―――――」

 

サラの物言いがカチンと来た鈴は眉間へしわを寄せて立ち上がるのだが―――――

 

「・・・は・・・は、はは・・・・・ははは!」

 

「い、一夏?」

 

「ははは・・・はははははッ・・・あーっははははははは!! ざ・・・ざま、()()()()()ッ! ざまぁみやがれッ!!」

 

彼女を余所に一夏はケラケラ、ケラケラととても愉快そうに笑い声を上げたのである。酷く歪んだ口端を吊り上げてだ。

そんな歪な笑顔に腹を抱える彼に鈴はギョッと目を開けるが、此れを好機と捉えたサラがニヤリと微笑む。

 

「さて・・・Mr.織斑。これは、()()()()()()出来ない案件よ。もう、あなた()()頼める人がいないの! だから・・・どうか私を、私達を()()()もらえなかしら? どうか、私達を()()()!!」

 

「ちょっと、アンタなに勝手に―――――

「あぁ、わかったぜ!」

―――――一夏!?」

 

「俺が守ってやる! 俺が・・・俺がみんなを守ってやる!! あんなヤツの代わりに俺がみんなを!!」

 

元来、『誰かを守る事』に執着していた一夏。

今や其れに『誰かに認められたい』『誰かに必要とされたい』と云った承認欲求が加わり、其処をサラはちょいとばっかり刺激したのである。

 

「待ちなさいよ! 一夏ッ、アンタは―――――」

「そうと決まれば、話は早いわ! 実は、篠ノ之 箒にももう話をつけてあるの! あなた達がいれば、清瀬 春樹なんて目じゃないわ!!」

 

諫めようとした鈴を押しのけて一夏の手を取るサラ。

其れに気を良くしたのかどうかは知らないが、一夏は「あぁッ、当たり前だぜ!」と大きく頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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197話

 

 

 

雪がチラつく師走の頃。

ニュースでは、積雪の影響によって都心の交通網に遅延が発生する事を伝えている。

そんな十二月初めの()()()()になったデートから()()経過した或る日の事・・・・・

 

IS学園内に併設されている医療施設がある棟内の廊下。

其処を酷く眉間に皺を寄せた怖い表情でカツカツカツカツと踵を鳴らし行く者が一人。

 

「・・・・・」

 

其のブラックスーツに身を包んだ人物は目的の場所へ辿り着くや否や、勢い良く引き扉を開けて入室し、ギロッと目の前へ三角にした瞳を向けた。

すると其処には、心電図と人工呼吸機器、其れに幾つもの点滴に繋がれた白髪の少年が静かに眠っているではないか。

 

「・・・なにか、御用でしょうか?」

 

そして、其の少年・・・二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹の側には、パイプ椅子へ腰を据えて彼の手を握っている銀髪の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒが振り返る事無く酷く虚ろな目を想い人へ向けている。

 

「御用も何も・・・・・ボーデヴィッヒ、どうして電話にでない? それに授業への無断欠席も続いている。担任として心配して当然だ」

 

「心配? あぁ・・・そう言えば、鳴っていましたね。うるさかったので、電源を落としていました」

 

そう言って彼女が取り出した携帯端末の画面には蜘蛛の巣の様なヒビが入っており、電源を入れ直すと其処には春樹とラウラのツーショット写真が、満面の笑みで映る二人の姿が映る。

 

「それで・・・なんの御用ですか、織斑()()?」

 

振り返ったラウラの右眼のなんと澱んだ事、濁った事。まるで錆びるに錆びた鉄パイプの如き赤錆色の虚ろな光を失った瞳。

表情もどこかやつれており、憔悴しているのが目に見えて理解できた。

そんな廃人の様なラウラへ突然の来訪者たるブリュンヒルデこと織斑 千冬は、怪訝な表情と共に息を飲む。

 

「ボーデヴィッヒ・・・いや、ラウラ。少し話せるか? 清瀬の看病で疲れているだろう。気分転換にコーヒーでもどうだ?」

 

「結構です。それに・・・私は別に疲れていません。それよりもなんの御用ですか? 前置きは不要です」

 

千冬には稀とも云える気遣いの言葉をピシャリ一蹴したラウラは、再び眠る春樹へ視線を落とす。

以前の彼女なら千冬の一挙手一投足を取りこぼさぬ様に傾聴観察していたのだろうが、今や目もくれない状態である。

こんな人が変わってしまったラウラに対し、千冬は出鼻を挫かれた様な渋く表情をしかめるが、話を進める為に自分の用を彼女は話す事にした。

 

「先日未明、イギリスにて問題が発生。その問題解決にIS委員会より、IS学園専用機体所有者達へ向けて招集がかかった」

「そうですか・・・・・で?」

 

「イギリスへ行くぞ、ラウラ」

「お断りします」

 

またしてもピシャリと千冬の話を一蹴するラウラ。

其の取り付く島もない塩対応に室内へ何とも言えぬ微妙な空気が漂う。

 

「・・・どうしてだ? お前は、清瀬の仇討ちをしたくないのか? シャルロット達は、意気揚々と参加の意思を示した。清瀬は・・・ラウラ、お前の恋人だろう?」

 

「だからこそです。傷付いて眠る愛する者をおいて行きたくありません。それに・・・あまりにもタイミングが()()()()

 

「何?」

 

「春樹が襲撃されて意識不明の今、イギリスで問題? あまりにも都合がいい。どうせ、その問題とやらの発生源は()()でしょう」

 

ラウラの云う連中とは、現在進行形でIS学園サイドと敵対し、何度も交戦している国際的過激派組織ファントム・タスクの事だ。

 

「さらに言えば、IS委員会という組織もきな臭い。警視庁が襲撃された要因は、IS委員会に潜り込んだ連中のスパイのせいだと春樹が言っていました。そんな()がいる組織からの招集? 私はごめんこうむります」

 

「ラウラ・・・何か勘違いしている様なら、間違っているぞ。これは私からの()()()ではない。正式な委員会から()()だ。一緒に行くぞ!」

 

「いやです」

 

「ラウラ・・・! お前は自分の立場がどういうものなのか解っているのか?!」

 

千冬は聞き分けのない子供の様に駄々をこねるラウラの肩を掴もうと手を伸ばすのだが、「・・・・・やめてください」と彼女は千冬の手を払い除けたのである。

 

「私はドイツの国家軍人。人を顎で使う委員会の()では決してない! イギリスだろうが、何処だろうが、どうだっていい! 私には関係ない事だ!! やるんだったら勝手にやっていろ、()()()()共がッ!!」

 

「ッ、ラウラ・・・!?」

 

職業軍人であるラウラは、IS委員会からの命令に其れ程の強制力がない事を知っていた。

今までの経験上、彼女は現在イギリスで起こっている()()とやらは()()()()だろうと踏んでいた。其れも夏の臨海学校で起こった『銀の福音事件』以上の大規模なものだろうと踏んでいた。

そして、直々に千冬がこうして自分を直接呼びに来たと云う事は、大方其の作戦にあの()()()()()()()野郎が編入されているだろうと容易に予想する事も出来たのである。

 

「ラウラ・・・お前は、いつからそんなにも()()なった? 前のお前であったなら軍人としての職務を全うした筈だ」

 

「弱い・・・? えぇ・・・そうです。私は・・・・・私は、弱い!!」

 

「ッ、ラウラ・・・?」

 

「私が、私が・・・私がもっと、もっと強ければ・・・私がもっと強ければ、春樹をこんな・・・こんな目に・・・!」

 

ラウラはギリリッと砕ける程に歯噛みをし、グッと掌から血が出る程に拳を握り緊めた。

「『弱さ』は『悪』」だと、ラウラは痛感している。自分がもっと強ければ、襲撃者など難なく打倒し、春樹にこんな傷を負わせなかった筈だと云う自責の念に囚われていたのである。

 

「・・・・・もう。今日は帰って下さい、織斑先生・・・」

 

「ラウラッ、私は・・・そんなつもりでは―――――」

「帰って下さいッ・・・帰れ!!」

 

ギョロリ涙で濡れた赤錆色の瞳に、今までに見た事もない表情のラウラに気圧されたか。千冬はギュッと口を結び、バツが悪そうな表情を背けながら部屋を出た。

 

「ふぅー・・・ふぅーッ・・・ふぅーッ・・・・・うッ、うぅ・・・うわぁ・・・ぁあ”あ”・・・!!」

 

両肩で息をした後、ラウラは押し殺す様に口を抑えて涙をポロポロと其の眼から流す。しかし、彼女はすぐに眼元を乱雑に袖で拭うと静かに眠る春樹の手をとる。

 

「ぐすッ・・・す、すん・・・・・はるきッ・・・すまないな、春樹・・・! 少しうるさかったな、許してくれ。さて、今日は何を話してやろうかな?」

 

そうして真っ赤に充血した瞳と共に朗らかな微笑を浮かべたラウラは、愛する者の手を頬擦りしつつ寝物語を語る様に囁くのであった。

 

「・・・・・ボーデヴィッヒ教官・・・春樹さん・・・」

 

そんなおいたわしいラウラを扉の隙間から覗き見ながら四十院は、もらい泣きをする様に眼元をハンカチで拭うのであった。

 

 

 

・・・因みに話は変わるのだが、千冬は今回のデート襲撃事件を転機にラウラを春樹から引き離そうと画策していた。

織斑 千冬から見て、清瀬 春樹と云う男は酷く危険な人物に成り果ててしまっていた。

そんな男に愛弟子とも云えるラウラは()()している様に見受けられたのである。

だが、上記のご覧の通り千冬はあっさりキッパリ()()()()しまった。

春樹が起きて居れば、ゲラゲラゲラゲラ腹を抱えて笑っていた事だろう。

 

けれども・・・今更になってどういうつもりなのだろうか?

ラウラが春樹へ依存させる様なキッカケを作ったのは、千冬だ。

其れが今になって()が廻りきった彼女を引き剥がそうとしている。頭の点骨までどっぷり浸り、骨の芯まで浸み込んだラウラを引っ張り出そうとしている。

・・・・・最早すでに時遅しだと云うのに。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

シャルロット・デュノアの表情は非常に芳しくない。

何故なら今から()()()に彼女の想い人である少年、清瀬 春樹が謎の襲撃者によって瀕死状態へ陥ってしまったからである。

無論、彼女を含む春樹を慕って想いを寄せる戦乙女達は怒髪冠を衝くとばかりに怒り心頭。だが、当の襲撃者は何処かへ雲隠れして行方知れず。

けれども、調度そんな時だった。事件から其の二日後、ブリュンヒルデにしてIS学園一年一組担任教諭である織斑 千冬からの招集が呼びかかったのは。

 

招集内容は、イギリスにて大規模な()()が発生。

其の問題解決の為、秘密保持契約の下でIS委員会によって集められたIS学園所属専用機体所有者(いつものメンバー)達。

しかし、其のメンバーの中に居る筈の顔が二人いない。

一人は、上記にもある様に先の事件で瀕死の重傷を負った清瀬 春樹。そして、二人目は彼の両想いの恋人であるラウラ・ボーデヴィッヒである。

 

今まで部隊のリーダー格を担っていた春樹と中心火力とも云える戦力を誇るラウラが欠けている為、其の不足分を補うのに追加メンバーが二人ほど部隊へ編入された。

 

一人目は、イギリス出身のIS学園二年生、サラ・ウェルキン。

彼女は専用機を所有していないが、同じイギリス国家代表候補生であるセシリアに負けず劣らずの実力を十二分に有している。

今作戦においては、委員会より提供される機体を纏って後方支援に徹するとの事。

そして、二人目なのだが―――――

 

「どうして・・・・・どうして、あの人が・・・ッ」

 

作戦実行地へ向かう飛行機の中、シャルロットは自身の怒りと戸惑いが入り混じった目を三角にし、自分の斜め前へ鎮座する人物を睨み通す。

そんな彼女の目線の先に居るのは、()()()()にとても酷似した容姿を有している黒髪の乙女。

其の黒髪の乙女は、シャルロット・・・いや、他のメンバーから睨まれているにも関わらず、興味なさそうに機内の窓から外を眺めている。

だが、自分の真向いに目を閉じて座る千冬をチラチラと見てソワソワしていた。

 

「・・・お姉ちゃん。どうして・・・あの()が、ここにいるの?」

「そうよ。説明しなさいよ、会長!」

 

四人掛けの席の中。シャルロットへ呼応する様に簪は静かに、鈴はあからさまに怒りの表情を露わにし、現状実質的部隊リーダーである楯無へ説明を求めた。

すると楯無は、渋い表情を晒して奥歯を鳴らす。

 

彼女等が明らかな敵意を向ける追加メンバー。其の人物の名は、『織斑 マドカ』。

今まで幾度となくIS学園勢と交戦して来た国際過激派組織、ファントム・タスクの元メンバーだったコードネーム『M』とは彼女の事だ。

京都で決行されたファントム・タスク討伐作戦において捕縛され、今までIS学園地下階層へ幽閉されていた筈なのだが・・・・・

 

「ハァ―――――ッ・・・・・私もあまり詳細を聞いていないのだけれど、委員会の要請だそうよ。今回の作戦には、彼女の・・・Mの協力がいるとの事よ」

 

「だからって・・・だからって、よりにもよって何で・・・!!」

 

「気持ちはわかるわ。私だって納得できてない・・・でも、今は飲み込む事しか出来ないのよ。納得できないけれどね・・・!」

 

「でも・・・危険な事に変わりない。どうするの? もしかしたら、途中で裏切るかも・・・」

 

「簪ちゃんの心配は、ごもっともよ。でも、大丈夫。その為に彼女には()()を付けてるから」

 

「首輪・・・?」

 

楯無の言葉に皆は横目でマドカを確認すると、彼女の首元には真っ黒なチョーカーの様な物が装着されていたのである。

 

「下手な真似を擦れば・・・遠隔操作でビリビリって来る代物。ほら、文化祭の時に織斑くんが被ってた王冠と同じ原理よ」

 

「ぬるいよ・・・お姉ちゃん。せめて、『エヴァQ』みたいに頭が吹っ飛ぶぐらいにしとかないと」

「そ、それはやり過ぎなんじゃないかな・・・?」

「ううん、それでも足りないくらいよ!」

 

少々過激ともとれる簪の発言に鈴は大きく頷き、シャルロットは苦笑いを浮かべた。

其のどこかの蟒蛇的過激思想に楯無は渋い表情で頭を抱えて溜息を大きく吐き連ねる。

 

「私としても・・・簪ちゃんを危険な場所に連れて行くのは気が引けるわ。それに・・・今回の作戦は、あくまでもIS委員会からの要請。強制的な拘束力はないわ。だから、今からでも何かに理由を付けて()()()事も出来るのよ?」

 

「それこそ、冗談。彼らが・・・春樹とラウラさんがいない分、私達が頑張らないと」

 

「そうね。私もあんな状態の一夏をほっぽり出す事なんてできないわ」

 

「(鈴さんの場合は、もう()()との関係を断った方が、あなたの為だと思う)」

 

鈴の言葉に簪はグッと息を飲む。

そして、()()呼ばわりした問題児へ目を向ける。

 

「飛行機に乗るなんて久しぶりだ。やっぱりISで飛ぶのとは気分が違うな」

 

「そう? 鉄の塊を纏うのも乗るのもそんなに変わらないと思うけれどね」

 

其処には、少しやつれ顔から回復した世界初の男性IS適正者、織斑 一夏が、真向いの座席にいるサラ・ウェルキンと随分親し気な会話を楽しんでいるではないか。

とても此れから戦事に行くとは思えぬ其の何とも腑抜けた表情と呑気な話が、実に簪の癪に障る事触る事。

そんな彼女と同じ様に一夏の態度が気に入らない人物は此処にも一人いた。

 

「一夏め・・・ッ! デレデレと鼻の下をのばしおって・・・!!」

 

其れは別の座席にいる箒であった。

彼女は親指の爪をかじりながら恨めしそうな表情で一夏を凝視する。

 

「たるんでいる! やはり、私が一夏のとなりに!」

 

「ちょっとダメですよ、篠ノ之さん! くじ引きで決めたんですから大人しくしててください!!」

 

一夏とサラの間へしゃしゃり出ようとする箒を対面座席の真向かいに座っていた山田教諭が抑え込んだ。

そんな騒がしさとは裏腹に箒の隣へ座るセシリアは、どこか考え込むような表情で窓の外の雲を眺めていた。

 

「・・・・・どうしてですの、チェルシー・・・?」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『初デート襲撃事件』と後に呼ばれる敵方構成員による襲撃により、春樹が瀕死状態に陥った翌日の事。

セシリア・オルコットは、嘆き悲しむ皆から身を隠す様にある場所へと呼び出されていた。

其の場所とは―――――

 

「我々・・・()()()()としては、今回の事態について大いに危惧している」

 

薄暗い会議室とも見て取れる室内の中。中央に鎮座するセシリアを囲む様にコの字に配置された机へ陣取る顔の見えぬ大人達。

そんな彼等の背後にあるモニターには、監視カメラだと思われる映像へとある人物が映し出されていた。

・・・黒いフードで正体を隠した()()の人物がだ。

 

「現場状況や被害者証言ならびに監視カメラ映像から、三日前の未明に軍上層部が極秘裏に開発を進めていたBT兵器搭載IS三号機、通称名『ダイヴ・トゥ・ブルー』を強奪した実行犯は『チェルシー・ブランケット』と特定した」

 

「ッ、そんな・・・!? これはッ、なにかの間違いですわ!!」

 

場所は都内にあるイギリス大使館。

其の特別会議室において、緊急来日したであろう英国政府関係者からの証言に対し、セシリアは動揺の声を荒らげた。

 

「オルコット卿・・・申し訳ないが、これは残念な事実だ」

「IS強奪以外にも多数の技術関係者が負傷した。更に言えば、設備被害も甚大」

「これは忌々しき事態である。英国貴族に仕える従者、それもエリザベスⅠ世からの恩顧譜代の名家の従者が、国家に反旗を翻したテロリストになるとは・・・誠に遺憾だ! どう責任をとられるおつもりか!!」

 

だが、動揺する彼女へ大人達の無遠慮な責任追及の言葉が四方八方から浴びせられる。

セシリアはグッと下唇を噛み締めて何とか取り繕うと考えを巡らせるが、あまりに衝撃的な内容に頭が回らない。

 

『チェルシー・ブランケット』

彼女はセシリアの年上の幼馴染にして、イギリスでも名のあるオルコット家の優秀な専属メイドである。

十八歳のティーンエイジャーだが、年齢以上に落ち着いた雰囲気を身に纏っており、セシリアにとっては姉の様な存在であり、憧れや目標とも云える存在であった。

そんな彼女が、イギリス政府が開発していたISを強奪した等とは到底信じられる筈もない。

・・・・・だが、セシリアは、IS強奪事件の犯人がチェルシーだと聞いて妙な()()を抱いてしまう。

何故ならば、初デート襲撃事件発生当時、春樹を襲った実行犯の逃亡をほう助した犯人の顔を彼女は肉眼で確認していたからである。

 

出来の悪い嘘だと思いたかった。不謹慎な悪戯だと思いたかった。

けれども・・・セシリアは()()してしまう。()()してしまう。

今まで共に力を合わせて大敵を打ち負かして来た大切な戦友へ毒の滴る刃を突き刺した下手人を逃亡させた者が、血は繋がってはなくとも()()だと思っていた人間だと云う事を受け入れる事しか出来なかったのだ。

 

「従者の失態は、主人に問題があると判断される。当主の座について日が浅いならば、尚の事」

 

「・・・・・私にどうしろと云うのです?」

 

「決まっている! オルコット卿、貴君の手で国家反逆者を捕らえるのだ! この際、生死は問わん!!」

「この事態は()()の耳へも届く。家名に泥を塗った()()()()を主人の手で裁くしか、オルコット家存続の道はないのです!」

「他国に身柄を掠め盗られる前に必ず我々の手で()()しなければ!!」

 

力を入れて論を講ずる政府職員達の其の身勝手とも云える言い分に対し、セシリアは下唇を食んだまま奥歯を軋ませる事しか出来なかった。

「どうして?」と思った。「何故?」と思った。「何か悩みがあるのならば相談して欲しかった」と思った。けれども・・・いくら連絡をかけようとも音信不通。

ただ、重苦しい嫌な気持ちだけが、セシリアの心を覆うばかり。

 

・・・もし此処へ勘の良い()()が居れば、動揺する彼女の心境に()()に気付き、どうにかしようと・・・・・いや、どう自分にとって()()()()()様にするか策謀を張り巡らせただろう。

しかし・・・今は此処に其の頼れるべき存在は居ない。

抱え込まなくても良い秘密を胸にセシリアは孤独に苛まれるばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

鉛色した厚い雲の下へ広がる広大な凍土。

其処では、今まさにごうごう冷たい北風と共に雪が斜めに吹きすさんでいる。

そんなホワイトアウトするかしないかの北の大地にポツンとあるのは、今や放棄された赤錆目立つ旧ソ連軍事施設基地。

 

「―――――”目標”が作戦行動域に入りました。」

「すべてオールグリーン。いつでも行けます」

 

けれども、今日は珍しく施設設備が稼働していると共に軍用防寒着を着込んだ人間の活動が確認できる。

彼等は、今やローテクとも揶揄されるであろうオンボロレーダー探知機を頼りにある作戦を実行段階へ移行しようとしていた。

 

「―――――諸君、私はこの時を待って居た!」

 

整然とする屈強な軍人達の前に佇み声を張り上げる人物が一人。

其の人物の一言一挙手一投足を聞き逃さぬ様に彼等は胸を張る。

 

「今日、今より、我々は長い間奪われていたあの”()()”をあの傲慢なる不届きな連中共からこの手に取り戻す! 我らに勝利を!!」

Ураaaaaッ!!

 

雄叫びを背に彼女は出撃位置へと軍靴を鳴らして進んでゆく。

だが、振り返って雄叫びから顔を背けた瞬間。其の表情は凛々しさから打って変わって、酷く歪んだ笑みを浮かべたのだ。

ニチャァアリと吊り上がった口端からは、少しばかり涎が垂れる。実に品のない締まりのない悪く言えば下卑た恍惚の微笑を浮かべている。

 

くふふッ・・・くひひひ・・・・・ハァッ、はぁッ、ハぁッ・・・やっと、やっと会える♥ 待って居て下さい・・・()()()()ぁああ♥♥

 

・・・・・()()()の乱入まで、カウントスタート。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆











『清瀬 春樹についてのカルテ』
該当者は十二月未明に起きた敵勢力の襲撃により、意識不明の重体へと陥る。
其れでも彼が有するであろう異常治癒能力ならびにラウラ・ボーデヴィッヒ女史の唾液に含まれる生体医療ナノマシンにより、ナイフ刺傷並びに凶器へ付着していた毒物へのショック症状を緩和。一時的安定を保持する事に成功する。
だが、未だ意識回復には至らず、植物状態である。

しかし、気になる点が大まかに二つ取り上げられる。

第一に輸血用パックの()()()が通常の三倍であり、輸血を行わなければ、失血症状が見られた。
幸いにも内出血や傷が開いた事による出血は見られていないが、輸血された血液が一体何処へ行ったのかは現状不明である。

第二にサーモグラフィー映像によれば、常時肩から発生した温度が一気に両掌へと広がり、其の掌から胸へ、胸から腹へ、腹から大腿部へ、大腿部から爪先へと波を打った様に達している。
専門分野からの意見によれば、ベッドで寝たきり状態にも関わらず、当人は()()()()()との事。
其れもサーモグラフィーから確認できる熱量から見るにオリンピック選手と同等か其れ以上の運動量を行っている。
其れが原因なのか不明瞭であるが、徐々にだが、彼の筋肉量は増加の一途を辿る。

現状、現代医療では未だ解明できぬとんでもない事が、彼の人体内で起こっているのが確かな事だけが判明した。

・・・・・因みにだが、警視庁襲撃事件後に彼から提供された細胞サンプルに投薬実験を行った際、()()()()を投与したサンプルに爆発的な細胞分裂が発生。
此の事から清瀬 春樹の覚醒には『命の水』が必要だと仮定。
以上を以て、私は『八塩折之酒』を彼に与える事を此処に推奨する。

担当医:芹沢 大助


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198話


※青字はロシア語
※速度駆け足気味とヤンデレ的キャラ変あり。
※暴力描写アリ。



 

 

 

―――――現状、織斑 一夏の精神状態は良好と云える。

一時は廃人同然だったが、心の回復によって衰弱していた身体も回復傾向へ向かい、痩せこけていた頬も若干膨らみを取り戻した。

あれも此れも彼の精神負担となっていた清瀬 春樹が、敵勢力の襲撃によって意識不明の重体へ陥ってくれた為である。

御蔭で飯が美味いのなんのって。

 

調度そんな時に舞い込んで来たイギリスの問題解決依頼。

一夏は京都での()()を取り戻す為、セカンド幼馴染の凰 鈴音の反対を押し切って作戦参加を希望。

更に彼の姉である千冬が此れを黙認し、ファースト幼馴染の篠ノ之 箒が一夏の作戦参加を肯定した為、あれよあれよ云う間に此の極秘作戦参加が決定。

現在は、ロシア上空を航行する飛行機の中である。

 

「なぁ、()()? そろそろ教えてくれよ。イギリスで何が起こったのかをさ。問題って、何が起きたんだよ?」

 

機内にて、自分の向かい側の席へ座る人物のファーストネームを随分と親しそうに呼ぶ一夏。

其れに対し、彼を今回の秘密作戦に招待したイギリス国家代表候補生のサラ・ウェルキンは、妖し気に口端を緩ませた。

 

()()、云ったでしょう。詳細はイギリス本国に到着してからだってね。こらえ性がないのは、女の子に嫌われるわよ?」

 

「そんな事言ったってさ・・・千冬姉は何にも教えてくれねぇし、それに何で()()()がここにいるのかもさ」

 

そう言って一夏が忌々しそうな視線を送るのは、千冬の向かい側の席を陣取るテロ組織ファントム・タスクの元構成員で、彼女の()を自称するMこと織斑 マドカだ。

彼女には何度も命を狙われ、京都の一件では殺されかけたのだから一夏がマドカを警戒するのは当たり前である。

 

()からの御達しで、喋れない事もあるんでしょ? それにしても・・・本当によく()()()()わね」

「・・・・・やめろよッ、それ」

 

其れは何気なく発したサラの一言。

其の一言に対し、一夏は自身の瞳を酷く澱ませて低い声で不機嫌を呟いた。

 

「・・・軽率だったわ。でも一応、今の彼女は作戦を共にする仲間よ?」

 

「ッ・・・わかってる、わかってるよ。だけど・・・だけどさ!」

 

納得のいかない表情を晒す一夏。

そんな悩める十代の少年の手をサラは優しく自分の手で包み込んで、彼へ優しい微笑んだ。

 

「ごめんなさい、一夏。あなたが辛い思いをしている事はわかっているわ。でも、今は我慢してちょうだい」

 

「サラ・・・」

 

見つめ合う一夏とサラ。

其の二人を見て面白くなさそうに親指の爪を噛む箒。

同じく不機嫌そうに静かに唸る鈴。

鬱陶しそうに舌打ちする簪。

そんな簪を見て苦笑いするシャルロット。

呆れた様に溜息を漏らす楯無。

眠っているのか、目を閉じたまま動かない千冬。

ソワソワしているが、気取られない様に取り繕うマドカ。

機内は渾沌と化していた。

傍から見れば、此れから問題を解決しようとする部隊には到底見えない。

 

そんな時、ポーン♪と間の抜けた音が聞こえて来た。

すると今まで沈黙を貫いて来た千冬がカッと目を三角に見開いて立ち上がり、どういう訳かコックピットの方へ赴いて行くではないか。

 

「え・・・もう着いたの?」

「そんな筈ないですわ。コンコルドだって、もう少しかかります」

「そう、だよね。でも、なんで?」

 

何気ない音一つで機内に溢れる疑問符達。

とりあえず簪は、現状機体が何処を航行しているのか調べてみる事にした。

 

「・・・まだ、ロシアから出てない」

 

「そうして聞くとロシアって大きいのね」

 

「ロシア・・・・・と言えば、ウォッカだね」

 

「え? ちょっとシャルロット・・・何でお酒が出て来るのよ?」

 

「あ・・・・・えと・・・春樹ならそう言うと思ってかな?」

 

「ッぶっふ!? フフ、フフフッ・・・! 確かにそうね!」

 

「うん・・・春樹なら絶対に言う。あと・・・「ウォッカなら肴はキャビアだ!」って、言いそう」

 

簪の言葉に「わかるー!」と春樹が大酒飲みである事を良く知る楯無とシャルロットは大きく頷く。

 

 

「何よ、その飲んだくれのおじさんみたいな言い分? だいたい春樹は、下戸でしょ?」

 

「・・・へ?」

 

「鈴・・・何を、言っているのかな?」

 

「何って・・・前にお酒を飲んで顔を真っ赤にした春樹が言ってたのよ。「しょうしょう」しか飲まなかったのに酔った、ってね」

「「「ッ、あははははは!!」」」

 

しかし、春樹の飲兵衛具合を誤解している鈴は彼が下戸だと話すが、其の話に楯無達はキョトンとした表情で顔を見合わせた後、ケラケラケラケラと笑い声を弾ませた。

 

「な、なによ!? なにが可笑しいのよ?!」

 

「あはははッ・・・ごめんごめん、鈴。そっかー、鈴は春樹の飲みっぷりを知らないんだね」

 

「あの人、本当によく飲むのにね」

 

「そうそう。それも度数の高いものをガブガブ鯨飲してね。よく倒れないで、お酒だけ飲めるわよね」

 

「そうだよ。何か食べながら飲んだ方が良いってテレビで言ってたからボク、お酒の()()のレパートリー増えちゃったんだよ」

 

共通の話題で話に花が咲き、キャッキャウフフと話が弾む。

だが・・・春樹の話題が出る程、彼女等の表情は曇って行く。

 

「・・・・・春樹、大丈夫かな?」

 

「・・・大丈夫。いつだって春樹は、どんなにボロボロになっても帰って来たから。それに・・・今回はラウラさんが、そばにいるから」

 

「そうね。でも・・・こんなに私達を心配させてるんだから、一発ぐらい殴ってもいいわよね?」

 

「フフッ。その時は手加減してあげてよ、鈴」

 

「さてと・・・じゃあ、()()()()()はこれくらいにして・・・・・いくわよッ!」

 

朗らかな微笑から一転し、目を三角にした凛々しい表情となる楯無。そんな彼女の掛け声に「はい!」とシャルロット達は呼応して立ち上がるとコックピットの方へ足を向けたのであった。

 

・・・けれどもどうして彼女達は急に表情を険しくしたのであろうか?

理由を挙げるとするならば、彼女達は()()したのである。自分達の乗る機体の背後に迫る恐るべき()()を第六感的感覚で感じ取ったのだ。

 

「織斑先生、何があったんですか?」

 

「・・・更識か」

 

コックピットに入って来た楯無に対し、千冬は訝し気にひそめた表情を晒す。

其の彼女の手には機長から受け取ったマイク付きヘッドホン。其処から聞こえて来るのは、ロシア語の警告文。

 

「現在、この機体の背後にロシア空軍の戦闘機が張り付き、指定空港への着陸誘導を命令している」

 

「ッ、は!? それは一体なんの権限で?! 私達が、IS委員会からの要請で動いている事は了承済みの筈ではないんですか?」

 

「わからん。理由を問うても機密事項の一点張りだ・・・まずいな」

 

「え、えと・・・もし、命令を無視したらどうなるのかな?」

 

「その時は・・・・・私達に向けて発射されたミサイルがドカーン・・・だろうね」

 

「えぇ!!?」

 

「テロリストにハイジャックされた訳でもないのにどうしてよ?!」

 

まさかの事態に対し、現場一同へ緊張と困惑が奔る。

IS専用機体所有者を乗せる飛行機に撃墜能力を持った戦闘機が背後に張り付いている。尋常ならざる事態だ。

簪の云う様に下手な真似をすれば、其れこそ機体のどてっ腹にミサイルを撃ち込まれかねない。

 

「だったら・・・ここは大人しく着陸命令を聞くべきじゃないかな? もしかしたら何かの行き違いで疑われているのかもしれないし・・・それにこっちには織斑先生がいるんだ。説明すれば、ちゃんと解ってくれる筈だよ・・・・・・・・たぶん」

 

語尾に不安感たっぷりなシャルロットの云う通り、下手な真似して危害を加えられるよりも相手の要求に従い、話合いで平和的解決を行った方が断然良い。

・・・だが、其の提案にある人物は眉間へしわを寄せた。

 

「・・・織斑先生」

 

剣呑な表情と共に楯無は千冬へ自分の手を差し出して彼女の手にあるマイクを要求する。

そんな彼女に対し、千冬は頷く様に楯無へマイクを渡した。

 

ロシア空軍戦闘攻撃機各機の皆さんへ。私は、ロシアIS国家代表の更識 楯無です

 

状況打破の為にロシア代表の楯無がマイクへ向かって流暢な露西亜語で自己紹介を述べる。

日本人でありながらロシアのIS国家代表の肩書を持つ彼女ならば、此の状況を好転させる事が出来るだろうと皆は期待を寄せた。

 

現在、我々はIS委員会からの要請を受け、イギリス本土へ向かっている途中です。御疑いならば、IS委員会ロシア支局への確認をお願い致します

 

こちらロシア連邦ロシア航空宇宙軍西部軍管区第37航空軍所属ニコライ・ウラジーミロヴィチ大尉であります。現在、其の機体はテロリストを乗船させているとの報告を受けて出撃した次第。それも更識代表、あなたを人質にとってとの事

 

「ッ、は・・・!? 大尉、その情報は間違いです。先程も言った様に我々はIS委員会の要請を受け、イギリスへ向けて飛行中です。もう一度、IS委員会への確認をお願いします

 

・・・・・警告。我々の誘導指示に従い、速やかに指定飛行場への着陸を。これが最後の警告とす。従わない場合、機体への攻撃を行う。繰り返す。命令に従わない場合、機体への熱誘導兵器による攻撃を行う

 

そんな警告文の後、「ッ、待ちなさい!!」と楯無の声を聞かぬままに通信がブチリと切れる。

そして、其れと同時に機体を細かに、されど重いドドドッ!と云う衝撃が伝わった。

 

「キャアア!?」

 

「い、今のって・・・も、もしかして!」

 

「乱気流って、訳じゃなさそうね・・・!」

 

衝撃の後に聞こえて来たのは、機体の異常を知らせる警告音。

対象個所は船体尾翼だ。

 

「おいッ、ちょっと! 今の揺れは何なんだよ!?」

 

「どうしたの? トラブルでもあった?」

 

突然の衝撃に只ならぬ事を悟ったのか、客席に居た一夏やサラまでもがコックピットへ乗り込んで来る。

御蔭でコックピットの入り口は大渋滞。

 

「千冬姉ッ、一体何があったんだよ?!」

 

「落ち着け、一夏。機長、飛行に問題はないか?」

 

「は、はい。今の所は・・・ッ」

 

千冬の疑問符に機長が飛行問題なしと答えると、彼女は此の大渋滞の一団を客室へと押し出して皆に現状を述べ出した。

 

「現在、我々の乗っているこの機体背後にロシア軍戦闘機が複数機張り付いている。先程の衝撃は、その戦闘機による機銃攻撃だと思われる」

 

「なッ、なんだよソレ!!? 何でロシアの戦闘機が俺達を攻撃すんだよ?!」

 

「何かの行き違いか、勘違いか・・・この機体がテロリストにハイジャックされ、ロシア代表の楯無が人質に取られていると、ロシア軍は捉えている」

 

「テロリスト・・・・・」

 

「・・・・・」

 

テロリストの単語を聞き、一行の殆どの目がファントム・タスク元メンバーであるマドカへ向けられる。だが、当の本人は我関せずと云う程に無口を貫く。

そんな其の姿が癪に障ったのか。箒が彼女の胸倉へ掴み掛った。

 

「おい、聞いているのか?! 貴様のせいで私達が危険な目にあってるんだぞ!! だから言ったんだ! いくら委員会の要請であっても私は反対だと! おい貴様、どう責任を取るつもりだ?!」

「ッ、ちょっと箒!?」

 

ヒステリックな声色と共にマドカを揺さ振る箒。

周囲の者は彼女を止めようと二人の間へ割って入ろうとしたのだが―――――

 

ドス!

「グっふぇ!?」

『『『なッ!?』』』

 

其れよりも早くマドカのグーパンが箒の鳩尾へ突き刺さったのである。

 

「箒!? お前ッ、何するんだよ?!!」

 

「ッチ・・・」

 

躊躇いも容赦もない腹パンに膝から崩れ落ちた箒を庇う様に前へ出た一夏は、箒と同じ様に彼女の胸倉を掴む。

其の彼の行動にマドカは再び腹パンの態勢に入った・・・其の時。

 

ビリリッ

「ッ、ぐァッア・・・!!?」

 

火花と共に大きくマドカの身体が波打ち、箒と同じ様に其の場へ崩れ落ちたのである。

「えッ・・・!?」と驚く一同だったが、すぐに其の原因が何なのか理解できた。

 

「いい加減にしろ・・・! 今は争っている場合ではない!!」

 

一喝した声の主である千冬の手に握られていたのは、マドカの首に付けられた電気ショックチョーカーの操作リモコン。

御蔭で一気に其の場が静かになった。

 

「・・・ウェルキン、何か心当たりはないか?」

 

「・・・・・ないですね。委員会からの伝達が滞っているとは考えにくいです。それに我々を引き留める理由が不自然です」

 

「そうか・・・」

 

「どうする気ですか、織斑先生?」

 

「我々に立ち止まっている時間はない。今より機体を離脱。離脱した後、部隊を分割し、イギリスで合流する!」

 

千冬は、ドイツからイギリスへ入国する部隊とフランスからイギリスへ入国する部隊に分かれる事を判断。

くじ引きにより、ドイツルートは山田教諭・箒・セシリア・鈴・サラ。

フランスルートは千冬・一夏・シャルロット・簪・マドカとなったのだが・・・・・

 

「ッ・・・お姉ちゃんは、どうするの?」

 

ルート選別の際、楯無はくじ引きを辞退したのである。

ドイツにもフランスにも行かない。其れがどういう事を示すのか・・・簪は薄々解ってはいたものの、疑問符を投げ掛けた。

 

「そうね・・・殿軍になる事にするわ」

 

「どうしてだよ? 何で会長が、殿なんかを!」

 

「一夏さん・・・私達をロシア軍戦闘機が易々逃すとお思いなので?」

 

着陸命令を無視し、機体を離脱すれば、必ず背後に張り付いている攻撃機が戦闘を仕掛けて来るだろう。

 

「ッ、それなら俺も残る! 会長ばっかりに大変な思いはさせらんねぇよ!」

 

意気揚々と胸を張ってそう宣言する一夏。

相手が戦闘機だとしても一体多数では分が悪いと考えたのだろうが、其の発言を一蹴するかの様に「・・・馬鹿は、引っ込んどいてよ」と簪の冷たい声色が呟かれた。

 

「さ、更識・・・?」

 

「一体何の為にお姉ちゃんが殿をすると思ってんの? その頭の中は、竹を割ったように空洞なの?」

 

自由国籍だと言っても他国の人間である一夏が、ロシア軍所属の戦闘攻撃機と交戦すれば、国際問題に発展する事は必定。

其の点、楯無は自由国籍に加えてロシアのIS国家代表である。そんな自国の英雄的人物が矢面に立てば、ロシア軍もおいそれと手を出す事は出来ないだろう。

 

「いい加減、考えなしの馬鹿発言も程々にしてよ」

 

「お、俺は会長の事を思って・・・!」

 

「はいはい、そこまでよ。ありがとうね、一夏くん。簪ちゃん・・・私は大丈夫。あとで会いましょう」

 

険悪な二人を納めた楯無は、そっと簪の頭を撫でる。

そんな姉の手を簪はギュッと両手で握り掴むとジッと楯無を見つめた。

 

「絶対に・・・絶対だよ、お姉ちゃん。会えないなんて・・・私、やだよ」

 

「お姉ちゃんにまっかせなさい! それでは織斑先生、山田先生・・・頼みましたよ」

 

楯無は朗らかな微笑を簪に向けた後、彼女はキリリ目を三角にして機内の格納庫から鉛色の雲の上へと飛び立った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

私はロシアIS国家代表、更識 楯無。私は現在、IS委員会からの任務の為にイギリスへ向かっている途中です

 

自らの専用機ミステリアス・レディを身に纏った楯無が機体後方格納部から飛び立ってみれば、其処には予想よりも多い戦闘攻撃機がフォーメーションを組んで此方へ誘導弾を向けているではないか。

此れは不味いと察した楯無は、ホバリング並走飛行しながら両手掌を見せつつ、再度自己紹介と自己目的を述べる。

だが、其の返答として返って来たのは、ロックオンアラートの騒音だった。

 

更識 楯無。武装解除後に機内へと戻り、我々の誘導指示に従って指定基地への着陸を。繰り返す。武装を解除し、指定基地へ着陸せよ

 

・・・断れば?

 

交渉しようと疑問符を問うたれば、戦闘機の一機左翼からバッシュ!と一発のミサイルが火を噴いて飛んで行き、楯無達が乗って来た飛行機のすぐ真横でボガンッ!と自爆したのである。

 

()()()()。繰り返す、次はない。

 

「ッチ・・・厄介ね・・・!」

 

相手が本気だと云う事に楯無も思わず舌打ちをする。

飛行機内に残る専用機体所有者達と飛行機操縦者の脱出迄の時間稼ぎに出てみたものの、交渉の余地はないようだ。

 

「(ISとか対人戦の経験はあるけど、対兵器戦の経験はさっぱりなのよね。やっぱり・・・()()()()()のはマズいわよね?)」

 

空中戦で相手を殺害せずに撤退させようと楯無は、霧状のナノマシンで構成された水を攻撃対象物である戦闘機に向けて散布。

 

「(お願いだから気付かないでぇー!)」

 

此のナノマシンを発熱させる事で、水を瞬時に気化させ水蒸気爆発を起こす戦闘能力『清き熱情』によって機体の飛行機能を司る精密部分を破壊できる。しかも爆発物は水である為に証拠も残らない。

そうすれば、あとで戦闘機が自爆しただのなんだのと理由付け出来る。

 

ッ、各機散開!!

 

ところが突如として戦闘機のフォーメーションが一気に崩れ、機体が散らばった。

「バレた!?」と焦る楯無。

・・・しかし、次の瞬間に彼女が見たものは、眼下に広がる鉛色の雲を突き破って飛んで来た蒼白色の水を纏った螺旋状の()だった。

 

「ま、まさか・・・あれって・・・・・!!」

 

戦闘機達を追い払うかの様に飛び回る螺旋状のランスを見て、楯無の口端はヒクヒク細かに痙攣する。

 

・・・どうして彼女が此の様な非常に不味そうな表情をするのか。

其れは、今現在飛んでいるランスの持ち主が楯無にとってとても()()・・・いや、()()とも云える人物であるからだ。

 

―――――「ウラジーミロヴィチ隊へ告げる。退却せよ。繰り返す。退却せよ

 

退却!? 一体何の権限でそんな事を? 貴様は誰だ?! 所属部隊と識別番号を―――――≫

「ッチ・・・うるせぇなぁ。いいからとっとと失せろ! 二階級特進してぇんなら別だがな!!」

 

定型文から一変し、一気に乱暴な口調となる謎の人物。

そんな恐ろし気な()()()()()のある日本語と共に螺旋状のランス、『蒼流旋』に装備されている四門のガトリングガンが火を噴き、ズガガンッ!と戦闘機達の翼を撃ち抜く。

 

「ッ、やめて・・・やめなさい!! 『カリニーチェ』ッ!!」

 

楯無は相手と同じ水を纏う螺旋状のランスである蒼流旋を展開させると、ロシア機を守る様に前へと飛び出したのである。

 

ッ、更識代表・・・!?

 

大尉ッ、ここは私に任せて撤退しなさい! あなた達では、彼女には勝てないわ!! あの『ログナー・カリニーチェ』には!!

 

か、カリニーチェだと!? ッチ! 了解した、総員撤退!! 撤退だ!!

 

其の名を聞いた途端、ロシア機達は一挙反転して撤退した。

ご丁寧にフレアまで撒いてだ。

 

―――――「どうして邪魔をするのです? あの()()共はあろう事か、あなたに向けてミサイルを放ったんですのよ?」

 

鉛色の雲から生まれ出でる様にゆっくりと上昇して現れる鋼色の装甲で固められたISを纏った一人の人物。

其の姿は、戦場に舞い降りた戦女神と過言ではない程の見ね麗しい美しさ。

 

「・・・単なる脅しよ、脅し。彼等も本気じゃなかった筈よ。それよりも良いの? 勘違いだとしても自軍の戦闘機を攻撃して大破させたのよ?」

 

相手を探る様に言葉を選んで問い掛ける。

するとカリニーチェと呼ばれた人物は、頬を両手で包み込んで嬉しそうに口端を吊り上げたではないか。

 

あぁッ・・・あぁ! ()()()が私の事を心配して下さるなんて・・・・・ロギーは感激のあまり、()()()しまいそうですわ!!」

 

うふふ・・・ッ♥」と異様な微笑を浮かべるカリニーチェに対し、楯無は必死に眉間へしわが寄らない様に作り笑いを浮かべた。

 

「(みんなそろそろ、この空域から離脱できたかしら?)と・・・とにかく助かったわ。これから機体を旋回させるように通達するわ。それで、どこの空港へ向かえばいいのかしら?」

 

「その必要はありませんわ。もうあの機体は()()()ですから」

 

「・・・え?」

 

楯無が素っ頓狂な声を出したと同時だったか。ドグゥオ―――ッン!!と彼女の背後を飛んでいた飛行機のエンジンが火と共に黒煙を噴いたのである。

突然、エンジンが爆発した理由。其れは、カリニーチェが放った清き熱情による水蒸気爆発であった。

 

「大丈夫ですわ。通常の十分の一までエネルギーを落としましたので、そう簡単には墜落しません」

 

「ッ、あなた・・・自分が何をしたかわかってるの?!」

 

「わかっていますわ。でも機内にいらっしゃったお仲間は、もう無事に()()していましたでしょう?」

 

「何を言っているの!? まだ機内にはパイロットの方達が―――――」

「別に構いませんわ。だって、パイロットと言っても()()風情でしょう? 丸焼きになった方が、()()の為ですわ」

 

そう述べた後、ニコリッと微笑むカリニーチェ。

まるで自分が何も間違った事など言っていないかの様に笑みを浮かべたのである。

 

「ッ・・・・・ふざけないで・・・ふざけないでちょうだい!! 人間を何だと思っているの?!!」

 

「人間? 男なんて豚と同じ・・・いえ、豚以上に下等な分際ですわ。まぁ、()()()()はおいておいて・・・本題になりますが、楯無()()()? 私と共に来ていただきますわ。()()とお聞きしたい事がありますので」

 

人の命を『そんな事』呼ばわりするカリニーチェに対し、楯無は目を三角にして自らの蒼流旋の切先を彼女へ向けた。

 

「・・・お姉様? どういうつもりなのです? ()()とも云える私に刃を向けるなんて! ひどいですわ!!」

 

実を言うと、カリニーチェが纏うIS『グストーイ・トゥマン・モスクヴェ』は、楯無の専用機であるミステリアス・レイディのプロトタイプ零号機。其れ故に二人のISは姉妹機と言っても過言ではない。

 

「誰が・・・ッ、誰が行くもんですか! あなたにはここで再起不能になってもらうわ!!」

 

楯無は確信した。此処でカリニーチェを仕留めておかなければ、きっと彼女は後々の禍根に成り得ると判断したのだ。

其の為には出し惜しみをするつもりはない。

 

「出し惜しみはなし!!」

 

雄叫びと共に楯無はミステリアス・レイディのリミッターを解除。

さすれば赤い翼ユニットが展開され、ドレスの様に装着者を包み込むアクア・クリスタのナノマシンで構成されたアクア・ヴェールがワインレッドに染まる。

『麗しきクリースナヤ』・・・機体のステータスを格段に上げる超高出力モードだ。

 

「なんて・・・なんて美しいのでしょうッ。まるで水面に咲き誇る真っ赤な薔薇のよう!」

 

「無駄口を叩けるのも今の内よ!!」

 

ボグォオッン!!とカリニーチェを襲う清き熱情による水蒸気爆発。

其の威力は恍惚の表情を浮かべるカリニーチェを吹っ飛ばす程である。

 

「そこッ!」

 

追撃とばかりに楯無は超高速と共に手元へ顕現させた蛇腹剣ラスティー・ネイルの高圧水流を打ち付けた。

 

「流石ですわ、お姉様・・・ですが!」

 

しかし、カリニーチェとてトップレベルパイロット。清き熱情で吹き飛ばされながらも自らの蒼流旋を盾にすると同時にズガガッ!と装備されたガトリングガンを撃ち放つ。

だが、楯無は此れを最低限の動作で受け流し、相手との距離をとる。

 

「クフッ、クフフ・・・思い出します。お姉様と初めて出会った日の事を。正式なロシア代表を決める模擬試合・・・まるで昨日の事の様ですわ」

 

狐目を見開いてうっとり表情をほころばせるカリニーチェに対し、楯無は酷く表情を不快に歪ませた。

 

「・・・無駄話は結構。私も忙しい身なの。早くみんなと合流したいのよ、私は!」

 

「みんな・・・ですって? それは、あの飛行機内に居た()()とですか?」

 

狐目を不機嫌に曇らせるカリニーチェ。

其れに彼女が放った「雄豚」と云う言葉・・・察しの良い楯無はハッとする。

 

「雄豚って・・・一夏くんの事ッ? どうしてあなたが機内に居たメンバーを把握して・・・? ッ、まさか!!?」

 

IS委員会からの伝達が、ロシア軍に伝わっていない筈がない。

 

「聡明なお姉様。えぇ。昔取った杵柄でIS委員会モスクワ支局にはパイプがありましてよ。そこで私、()()()()()()()()()をしまして・・・軍に連絡が届くのを()()()もらいましたの」

 

「それだけじゃないでしょ・・・・・あなた、軍へ虚偽の報告を!」

 

「まぁ! そんなに睨まないで下さいまし、お姉様。ヤーパンにも『噓も方便』と云う言葉がありますでしょう? 御蔭でお姉様とこうして会う事ができました。あの雄豚共も意外と役に立ちましたし」

 

「カリニーチェ、あなたッ・・・!!」

 

彼女の自己中心的な思惑によって皆を危険な目に遭わせた事に対し、楯無はもっと目を鋭くして奥歯を軋ませる。

 

「でも・・・お姉様。いただけません、実にいただけませんわ。折角、私との逢瀬を果たした云うのに・・・つまらない男の話なんてして!!」

「ッ!!?」

 

ボオッン!!と突如として瞬く閃光・・・清き熱情によって機体バランスを崩される楯無。

カリニーチェが其の隙を見逃す筈がない。

 

「お仕置きですわッ、お・ね・え・さ・まぁああ―――――ッ!!」

「ッ、きゃぁあああああ!?」

 

瞬時加速と共に流星の如き蒼流旋の捻じれた刃が、ミステリアス・レイディの装甲を穿つ。

そして、カリニーチェはとても見ね麗しい女性がするべきではないだらしない表情と共に突貫し、苦悶の表情を浮かべる楯無の身体を掴む。

 

「さぁッ、お姉様! 私と()()()()()()()()()!!」

 

傍から見ての擬音語をアテレコするのなら「げへへへ!」と呼べる表情。

本人の容姿が整っていなければ、目も当てられない。

・・・・・ところが。

 

「―――――・・・フフッ♪」

「え?」

 

楯無は不敵に笑んだのである。

まさかの表情にカリニーチェは一瞬戸惑うが、すぐに自分に都合の良い解釈をした。

 

「やっぱり・・・私達は相思相愛の仲だったのですね! 愛しい愛しいお姉さ―――――・・・あれ?」

 

自己解釈による相思相愛でカリニーチェは夢心地だったのだが、すぐにある違和感に気付く。

身体が微動だに()()()()と云う違和感に。

 

「やっと・・・やっと()()()()。これで終わらせてあげる!」

 

カリニーチェの手を振り払い、距離をとる楯無。

するとどうだろう。カリニーチェの身体が、其の空間に沈み込む様に歪んでいるではないか。

 

「『セックヴァベック』ッ!? お姉様、まさか!!?」

 

セックヴァベック、『沈む床』と呼ばれるミステリアス・レイディの単一使用能力である。

高出力ナノマシンによって敵機を空間へ沈める様にして拘束する超広範囲指定型空間拘束結界であり、対象は周りの空間へ沈み込む其の拘束力は、シュバルツァ・レーゲンの停止結界との異名を持つAICを遥かに凌ぐ。

 

加えて、カリニーチェは思い出す。

正式ISロシア国家代表を決める試合の際に決められたフィニッシュパターンを思い出す。

 

「これで―――――」

 

弓を引くポーズをとった楯無は、防御の為に装甲表面を覆っているアクア・ナノマシンを一点集中攻性成形する事で強力な攻撃力とする一撃必殺の大技『ミストルテインの槍』の発動態勢に入る。

しかも彼女は超高出力モードの麗しきクリースナヤを纏っている為、其の威力は通常時の小型気化爆弾四個分を大きく上回るであろう。

 

「―――――終わりよッ!!」

 

槍が放たれた瞬間、ピカッ!!と大きな火の玉が、小規模な太陽の様に形成される。

・・・そんな小太陽の目下をヒュ~~~ッと間の抜けた音と共に下へ向かって落ちる焦げた水色の人影が一つ。

其の影は鉛色の雲へ飛び込んだ後、凍てついた大地へズザバァア―――!と真っ白な雪を巻き上げて落ちた。

 

「ふぅッ・・・ハァッ・・・フぅ・・・! み、みんなと早く・・・合流しないと・・・!!」

 

巻き上がって身体へ降り積もった雪を振り払い、楯無は息を切らして漸う立ち上がる。

短時間の戦闘ではあったものの、其の疲労感は何十時間も戦っていたかの様な蓄積度だ。

 

「ISスーツの御蔭で大丈夫だけど・・・見てるだけで寒い白さね。冷たい・・・冷たいわ。あぁ、でも・・・・・そうね。お酒が飲みたいって、こういう気分なのかしら・・・・・春樹くん?」

 

戦闘によるSE減少でパワーアシストが落ちた為、纏うISが重い。

其れでも立ち止まっている訳にはいかないと、ずるずる身体を引きずって前へ進む。

其の際、彼女は自分の想い人がこういう状況下においてどういう気持ちでいるのかを想像し、微かに口角を緩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――「どこのどいつですか、その豚は?」

「ッ・・・!!?」

 

「ひゅッ・・・!!」と背後から聞こえて来た声に楯無は息を飲む。

寒く無い筈の背中がゾッと凍る。

 

「どうして、微笑むのです? 私との逢瀬を果たしたと言うのに、私が近くにいるのに、どうして豚の名前を呟くのです? どうして私ではなく、その豚を呼んで微笑むのです? どうして・・・どうして、どうしてどうして・・・どうしてどうしてどうして・・・・・どうしてぇえ??

「・・・このッ!」

 

勢いのある振り向きと共に直剣状態の蛇腹剣を突き出す楯無。

そして、其の刃は確かに声の主の身体を捉えたのだが・・・其の切先は、()()()()アクア・ヴェールに阻まれた。

 

お姉さまぁあああああ!!

「ッ、ぐッフ・・・!!?」

 

突き出された刃が黒く焦げた鉛色の拳によって叩き割られた後、楯無は身体はゴッ・・・!!と鈍い音の後にくの字に曲がる。

 

「苦悶の表情まで芸術的ですわ、お姉様。そんな顔をなされると・・・もっと歪ませてあげたくなりますわ!!」

「うギッ!!」

 

腹部へ膝蹴りを喰らわせた後、カリニーチェは楯無の顔面へ拳を上から下へドゴ!と叩き込む。

再び雪を巻き上げて凍てつく大地へ倒れ込む楯無。

ミステリアス・レイディの絶対防御の許容範囲を超えたのか。其の整った顔から血が噴き出す。

 

「・・・危なかった。本当に危ない所でしたわ! ですが、お姉様? あなた()()がクリースナヤを使える訳ではないのですよ?」

 

カリニーチェの纏うグストーイ・トゥマン・モスクヴェは、ミステリアス・レイディのデータ元となったISである。

其れ故にカリニーチェも超高出力モードである麗しきクリースナヤを発動させ、あの爆発の中を掻い潜る事が出来た。

勿論、無傷と云う訳にはいかなかったが、肉体的にも精神的にも疲労困憊の楯無を弄るには十二分だ。

そんな状態のカリニーチェは、雪の中で仰向けに倒れた楯無へ馬乗りになる。

 

「それにしても・・・相変わらずうっとりする程のテクニック。そして、本気で私の命を奪いに来た勢い。まさしく・・・『愛』、これは『愛』ですわ。それなのに・・・・・それなのにどうして私を見てくれませんの? どうして私の名前を呼んでくれませんの? どうして私に微笑みかけてくれませんの? どうして、お姉さまぁ??

 

疑問符と共に左右へ振るわれる鉛色の拳は、ドガッ!・・・バキィ!と鈍い音を発てた。

 

「・・・・・そうですわ。お姉様には、私がいないと何もできなくなってしまえばいいのですわ。立って歩く事も、食べる事も、シャワーに入る事も、そしてトイレも・・・うん、とても良い考え」

 

カリニーチェは濁った瞳で最大限に口端を吊り上げると、立ち上がって血に濡れた楯無の胸倉を掴んで引き起こした。

 

ハァ・・・はぁ・・・はァ・・・ハぁ・・・ハァ・・・・・っぺ!!」

 

ところが、楯無は其のカリニーチェの顔へ唾を吐きかけた。血の混じった唾を吹き付けた。

 

ごちゃ、ごちゃと・・・うるさい、のよ・・・! そ・・・れに・・・あんたなんか・・・・・願い下げ・・・! この、キチガイ・・・!!

「・・・・・・・・は?

 

バッギィ!!と思わず真顔で楯無を殴り飛ばすカリニーチェ。

其れによって雪面へ彼女の体躯と一緒に血しぶきが散る。

 

「ッ・・・も、申し訳ありませんお姉様!! 私ったら我を忘れてしまいましたわ。でも・・・先程は何て言いましたの? まさか、私の事が―――――」

「大っ嫌いよ!! って、云うか・・・今の今まで、あなたの事なんか()()()()わ! そんな存在なのよ、あなたは! ログナー・カリニーチェ!!」

 

フラフラ立ち上がった楯無が叫んだ後、しん・・・と、静寂を現場を包み込む。

しかし、ある異変が確実に起きていた。

其れはカリニーチェを中心とした半径二mの雪がジュワーと水となって霧状に蒸発してしまった事だ。

 

ふふ・・・くふふ、くふふふふふ・・・決めました。私、決めましたわお姉様。しっかり、私がしっかり調()()してあげます。手足を、背骨を圧し折って、その首に首輪をつけて一生・・・一生、私のベッドで()()()あげますわ!」

 

額に青筋浮かばせ、涙を流し、ニッコリ笑うカリニーチェ。

そんな正気を疑う表情の彼女に対し、楯無は奥歯を軋ませて心の中で謝罪の言葉を連ねた。

 

「(・・・ごめん、ごめんね簪ちゃん。約束、守れそうにないわ)」

 

楯無は残り少なくなった自身のアクア・ヴェールの粒子を扇状に散布し、其れらを全て震わせる。

今、彼女は自分を媒体にした清き熱情によってカリニーチェを巻き込もうと覚悟を決めたのだ。

 

「お姉様ぁあああああああ!!」

 

「・・・・・・・・ほんと残念。こんな事なら、彼にキスの一つでもしとくんだった」

 

迫る怨敵に楯無は未練の言葉を吐く。

寂しそうに、悲しそうに、哀しそうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――「悪い。遅れた」

「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

「ッ、な!!?」

 

此処に居る筈のない側に居て欲しい人の声が、そんな鬱暗い楯無の気持ちを打ち消す様に鼓膜を震わせた後、稲妻の如き漆黒と紅蓮の閃光が、ザビャァアアアアア―――――ッ!!とカリニーチェへ降り注がれたのだ。

だが、寸での所でカリニーチェは此れを回避すると、閃光が奔って来た場所へ四白眼をギョロリ向ける。

 

「・・・・・誰だ・・・私とお姉様との()()()()を邪魔するテメェは、一体誰だぁアア?!!」

 

とても容姿端麗な美女が・・・いや、人間がするとは思えぬ恐ろし気な形相で激昂するカリニーチェ。

そんな彼女の視線の先に居た者。

其れは――――――――

 

牙ぁ羅ヴぇらぁあ”あア”ア”阿”ぁア”ア”ッ!!!

 

赤紫色の二対翼を大きく広げ、曇天の空を晴れ渡させる程の尋常ならざる叫びを轟かせる鎧を纏う『黒竜』であった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆











:芹沢的仮説:
『ガメラシリーズ』において『ギャオス』と云うキャラクターが登場する。
古代の超文明アトランティスの高度な遺伝子工学によって作り出された生物で、多様な生物の利点のみ集められた「遺伝子的に”完璧”すぎるほどの完璧さ」と称される事もある。
基本的にギャオスには『雌』しかいない。
その為、私は此の部分がISは基本に女性しか扱う事が出来ないと云う点に類似していると思っている。
しかし現在、男性IS適正者が二名確認されている。
そして、ギャオスにも『イリス』と呼ばれる突然変異体が存在する。

太古の昔、生物がまだ原核生物だった頃、其の生物たちは基本的に『雌』しかいなかったとの仮説がある。
だが、激しく変化する地球環境に対応する為、遺伝子の多様化の為に『雄』が突然変異体として出現したとの事だ。

此の事から私は、イリスは完璧を謡うギャオスがもっとより完璧になる為に生み出された『雄』だと仮定する。

…彼等は、その『イリス』なのだろうか?


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199話


※初の二万字越え。
※後半にちょっとした残忍描写あり。
・・・悪しからず。



 

 

 

―――――時を少し巻き戻そう。

 

 

 

 

 

「・・・・・銀の君は、皆さんについて行かなくても良かったのですか?」

 

IS統合対策部に所属する浅沼 みどりは、恐る恐るおっかなびっくりで銀の君・・・ラウラ・ボーデヴィッヒへ疑問符を投げ掛ける。

 

「ッ、おい小心狸!」

「ひぃ!? す、すんませーん!! で、でも・・・あのブリュンヒルデが、招集をかけたのに断ったから・・・気になって、気になって」

 

そんな彼女の其の疑問符が癪に障ったのか。

浅沼と同じIS統合対策部所属である金城 沙也加が口をへの字に曲げて怒鳴り上げたのだが、其れに対してラウラは何処か困った様なぎこちない笑顔を浮かべた。

 

「いえ・・・大丈夫です。浅沼さんが、疑問に思うのも当然の事。己惚れではありませんが・・・ついて行かない事で、戦力が下がるでしょう。それでも・・・・・それでも私は、春樹の側に居たかったのです」

 

発する言葉と共にラウラはベッドの上で静かに眠り続ける愛おしい想い人、清瀬 春樹の頬を撫でる。

 

「・・・織斑先生には、私が「()()()()()」と云われました。確かに・・・その通りかもしれません。私は弱くなりました。昔の私がここに居れば、間違いなく「不甲斐ない!」と殴られていた事でしょう」

 

「銀の君・・・ッ」

 

哀しそうに、悔しそうに視線を落とし口を喰いしばるラウラ。

其の憂う表情に対し、浅沼はこんな話を振ってしまった事を酷く悔やんでしまい、罪悪感で泣きそうになってしまう。

 

「随分と的外れな事をおっしゃる。阿呆ですか、あなたは」

「・・・え?」

 

「ッ、この冷血動物! どうしてそんな冷たい事が云えるのだ、貴様は!!」

 

しかし、浅沼の瞳が濡れるのと同時だったか、ピシャリと金城が一言物申す。

其れに対し、先程まで涙目だった浅沼が目を三角に「うがーッ!」と唸ってポカスカ金城を殴る。

 

「だってそうでしょう。最愛の恋人を傷付けられた事に怒りと悲しみを覚え、守れなかった事に悔しさを滲ませる・・・それはボーデヴィッヒ女史、あなたがこの大酒飲みの大馬鹿野郎を本気で”愛している”からですよ。不甲斐ない訳がない」

 

「!」

 

「軍人であろうがなんだろうが、人間としてそれは当たり前の感情です。愛と云う不明慮な感情を弱さ等と云うのならば、これほど野暮な人間はいないでしょう。ブリュンヒルデという御人は、随分と野暮天な情緒もヘッタくれもない人間なんですね。あと・・・いい加減に痛いわッ、この狸!!」

「ぎゃぼん!?」

 

堂々と天下に名高きあのブリュンヒルデ、織斑 千冬を批判した金城にラウラは驚いて目を見開いてしまう。

 

「大丈夫ですよ、ボーデヴィッヒ女史。あなたに非はない。だから・・・シャンとしてろ。でなきゃ、この飲んだくれが気に病んじまう」

「そうです! 若は、意外とナイーブなんですから!」

 

「はッ、はい・・・あり、ありがとうございます」

 

ラウラは眼元を拭い、グッと息を飲むと共に微笑む。

其れは、一年前まで不愛想な表情ばかりしていた軍人とは思えぬ程に愛らしい笑顔であった。

 

「さて・・・それじゃあ起こすとするか、このボンクラを」

 

「だが・・・本当にこれで起きるのかい、金城氏?」

 

「知るか。だが、溺れる者は藁をも掴むだ。同僚の兄を悪くは言いたくないが、頭がかなり()()とも云える博士の発案でも使えるもんは何でも使いますよ」

 

「溺れる・・・春樹が起きて居れば、狂喜乱舞で飛び込んで()()()()()()()でしょう」

 

「確かに」と頷く三人の前には、水を抜いた大浴場の浴槽。其処へドボドボドボりと注がれるのは、赤に白に透明に琥珀の液体達。

そんなアルコールの臭いドドメ色の水面へ、眠る()()を彼女達は沈めるのであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「早太・・・私はきっと地獄に堕ちるだろうな」

「は? 何だよ・・・・・突然?」

 

兄・芹沢 大助の独白に弟・芹沢 早太は、素っ頓狂な顔と共に自販機で買った缶コーヒーのプルタブをプシュリと開ける。

此の芹沢 大助と云う男は時折り意味深な事を呟いては、ニタリとしたり顔で笑う。

芹沢 早太が幼い頃は、兄の此の表情をカッコいいと思っていた。だが、歳を重ねる毎に其の表情が痛々しくなり、見て居られなかった。

よく結婚して、子供を儲けたと思える程だ。

 

・・・しかし、今回は違った。

此の中二病を拗らせたかの様な兄は意味深な事を呟いた後、苦虫を食い潰した様に顔を歪めたのである。

其の兄らしからぬ表情に弟は思わず疑問符を浮かべてしまう。

 

「知っているか、早太? 鯉は、滝を登りきると『竜』になると云う。水中に棲む蛇が五百年で『蛟』となり、千年で『龍』、五百年で『角龍』となり、更に千年を経て『応龍』となるとも云うんだ」

 

「・・・だから何だよ?」

 

「早太、私のやろうとしている事は・・・人の手によって無理矢理、清瀬 春樹と云う蛇を龍にしようと云う禁断の蛮行なのだ! わかるか?!」

 

「わからん」

 

兄の力説を一蹴する弟だったが、兄の力説は止まる事はない。

手元のアルミ缶を勢いよく潰し、芹沢博士は目をカッと見開いて其れをゴミ箱へ投げ込む。

 

「人間の手によって、人知の及ばぬ存在を造り上げようと云う身の程知らずな行為・・・地上の存在を天上の存在へと押し上げる行為。正に『フランケンシュタインの怪物』!!」

 

「確か、あれって怪物の方じゃなくて、それを造った人間の名前がフランケンシュタインだったよな?」

 

「そうだ! 正に私は現代版ヴィクター・フランケンシュタインなんだ!!」

 

何処か嬉しそうにそう叫ぶ芹沢兄。

彼は、自らが蛮行と呼ぶ行為によって春樹が人間を逸脱する存在になるだろうと確信していた。

もし、芹沢兄の云う様に春樹が上位存在になれば、此れ程までにマッドサイエンティスト冥利に尽きる事はない筈だ。

 

「それで・・・兄貴の最後は、その自ら生み出した()()に殺されて、哀れな怪物である清瀬は、北極海の彼方へ消えるってか?」

 

「はっはっは、まさか! ヴィクター博士は、怪物に()()を作る様に頼まれたが、造らなかった為に両者は悲劇的最期を迎えたんだぞ? だが、今回その心配はない!」

 

「・・・ボーデヴィッヒか?」

 

「その通り!!」と芹沢兄は口角を吊り上げる。

此処で、著者メアリー=シェリーの『フランケンシュタインの怪物、あるいは現代のプロメテウス』と云う小説作品の内容にざっくりふれておこう。

 

スイスからドイツへ留学に来た医学生ヴィクター・フランケンシュタインは、生命の謎と命を解き明かして操ろうと云う歪んだ欲望にとり憑かれてしまい、遂に自ら人間の設計を制作して新しい生物、怪物を作り出してしまう。

そんなマッドサイエンティストに生み出された怪物にはある望みがあった。其れは自分の伴侶を得る事。

其の望みが生まれながらに孤独であった怪物が創造主たるヴィクター・フランケンシュタインへ訴えて望んだ唯一の願いであった。

しかし、ヴィクター・フランケンシュタインは此の怪物が地球に繁殖する未来に恐怖し、其の願いを拒絶してしまう。

其の拒絶によって、二百年以上も読まれ続けられる悲劇が起こってしまうのだ。

 

・・・だがしかし、現代のヴィクター・フランケンシュタインを名乗る芹沢 大助は違う。

此の男は、怪物が伴侶とも云える存在と愛を語り合い、愛を育み、子孫を儲ける事を切に願っていた。

そして現状、伴侶と云えるべき()()()()な存在が確実に一人いる。

 

「他にも伴侶()()と云えるお嬢さん達がいる。私としてその全員と繁殖してもらいたいんだがな!」

 

「ぶん殴られとけ、くそ兄貴」

 

「それに・・・・・()()も用意してある」

 

「供物?」

 

供物と聞き、芹沢弟は其れが復活の為に用意された酒類だと思った。

春樹の大好物であるスコッチウイスキーは勿論の事。ビールにワイン、ウォッカ、ジン、テキーラ、焼酎、日本酒、梅酒、紹興酒、高梁酒、エトセトラetc.と各国の酒が並ぶ。

瓶を並べれば、街にある酒屋よりも種類が豊富だ。

無論、酒代は長谷川代議士持ちである。

 

「なるほどな。『御神酒あがらぬ』なんとやらか・・・」

 

「いやはや弟よ。酒には・・・・・・・・酒には()がいるだろう?」

 

「肴? 肴って―――――――――」

 

兄の言葉に対して弟が疑問符を呟いた途端、ドンッ!と云った衝撃と共に辺り一帯が停電。

そして、大きな機械音と共に重々しい防壁シャッターが建物の外を覆っていくではないか。

其の光景は、IS学園を過去に襲った事件、『ワールドパージ事件』の再来とも云える状況であった。

 

「ほら来たぞ、さぁ来たぞ・・・『贄』が向こうからやって来た」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

先の事件、『初デート襲撃事件』の実行犯であるクロエ・クロニクルの身体は震えていた。

何故ならば、本来の目的であった二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹の抹殺に失敗しただけでなく、”トラウマ”となった男と再会してしまったからである。

 

男は自分を『ハンニバル』と名乗った。

あのトマス・ハリスが描いた『人喰いハンニバル』として有名な『ハンニバル・レクター』だと名乗ったのだ。

そして、此の人の皮を被った『怪物』にクロエは身体を()()()()()()()。其れも丁寧に丁重に調()()されてだ。

 

だが、別に実際に身体を食べられた訳ではない。

IS学園のシステムを乗っ取る際に展開したワールドパージで形成された精神世界。

其の世界において、クロエ・クロニクルは突如として現れたハンニバル・レクターにワールドパージを乗っ取られ、其の精神体を捕縛されてしまった。

・・・其れが悪夢の始まりであった。

 

「君は、とても・・・・・()()()()()だ」

 

ハンニバルは、椅子に雁字搦めに固定されたクロエの髪を指で梳きながら其れを嗅いだ。

布一枚を纏う拘束された美少女の髪を嗅ぐ中年の男。・・・まるで下手なポルノ映画の導入部分だ。

だがしかし、其処から展開は、ポルノではなく・・・血しぶきと悲鳴あがるスプラッターのグロ展開。

 

むグぅううううううううッ!!

 

一つの白熱電球だけが灯る薄暗い一室に響き渡る少女の断末魔。

其の絶叫のに共鳴する様にガリガリガリガリと真っ赤な血が滴る”鋸”が上下に動く。

そして、歪な切断音はボとッ・・・と云う物が落ちた効果音で落ちるピリオドを着けた。

ハンニバルは其れへ丁寧に下味を付けて焼いて焦げ目をつけると、赤ワインで満たされた鍋でコトコトと煮込む。

 

「・・・うむ、中々に良い味だ。折角だ、君も食べ給え」

 

「い、いやッ・・・いやぁ――――――ムごぉッ!!?

 

ナイフで切り取り、フォークで取り分けた肉をハンニバルは無理矢理クロエの口の中へ押し込む。

拒絶の声を発する間もなく舌の上へ乗った味にクロエは「うゲぇえ!!」と嘔吐した。

・・・・・此処で誤解しないで欲しいのは、ハンニバル・レクターと云う人物の料理の腕は一級品である。

三ツ星レストランのシェフにも引けを取らない卓越した技術と才能を持っている。そんな彼が味付けした料理が不味い訳がない。

其れを証拠に此のすね肉の赤ワイン煮込みを食べた()()()()()()I()S()()()()は、其の美味さに感動して()()()()を求めた程だ。

・・・けれども、何故にクロエは此の絶品料理を食べた瞬間に吐いたのか?

まぁ、其れも其の筈だ。()()()()()()()()()()()を食べさせられたのだから。

いくら精神世界とは云え・・・いや、精神世界だからこそ、クロエの心身を抉るには十二分過ぎる出来事であった。

 

「ッ・・・う、うェエえッ!

 

時折りフラッシュバックする残虐にして凄惨な光景にクロエは身体を震わせて口を覆う。

其れでも胃から飛び出した黄色い液体は、彼女の手をベッチョリ濡らした。

 

ハァ・・・ハァッ・・・ハァ・・・ッ! ま、抹殺・・・抹殺しなければ・・・そうしないと私は・・・・・!!」

 

あと一歩の所まで春樹を追い詰めたのにも関わらず、彼を殺す事が出来なかったのは、春樹にあの男・・・ハンニバル・レクターの気配を感じ取ったからだ。

どうして春樹にあの男の面影を思ったのか、其れは全く分らない。

だが、どうしても彼を此の世から()()しなければならないとクロエは確信したのである。

 

突然の恐怖によって硬直してしまった身体を漸う引き摺り起こした彼女は、抹殺目標がいるIS学園へと進撃を開始。

其の傍らには、無機質な仮面を被った鋼鉄の乙女達・・・無人IS機体、ゴーレムⅢ改が八体随伴していた。

 

()()()()()()()()もあり、IS学園には()()()()を除いた専用機体所有者は出払っている。

其れでも念には念を入れ、クロエは前回のワールドパージ事件の様にIS学園のシステムを一時的にシャットダウンさせ、学園側の行動を制限する。

しかし、其れでも心配事があるとすれば、上記の通り、学園に残っている専用機体所有者・・・()()()()()()をしたドイツの国家代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒであろう。

彼女は、きっと想い人の仇を討ち取る為に躍起になる筈だ。

其れに行動制限があると言っても学園側戦力の、特に独立防衛部隊ワルキューレの抵抗が予想される。

だが、其れで良い。

 

別に春樹を殺害するのは、クロエでなくとも良い。いや、クロエ()()が良いのかもしれぬ。

彼女がもう一度春樹と対峙した時、もしかしたら再び恐怖に襲われて動けなくなってしまうやもしれない。

なれば、彼女が引き攣れたゴーレムの内の誰かが春樹へ刃を突き刺すか、撃ち穿てば良いのだ。

 

「作戦、開始・・・!」

 

小刻みに震える手で得物を掴んだクロエは、光学迷彩を纏った状態でIS学園の高い外壁を越える。

目指すは、春樹が眠っているであろうIS学園医療棟。

 

 

 

―――――「ようこそ、お嬢さん達!」

「ッ・・・!?」

 

けれども壁を飛び越えた先に居たのは、此方へニヤリと笑みを浮かべるブラックコートに身を包んだ中年男性。

見覚えのない、データにも載っていない男が待ち構えていた為、クロエ達は思わず臨戦態勢をとる。

 

「いやー、随分と君達が来るのを待たせてもらった。この年になると冬の寒さが堪えるよ。使い捨てカイロを持っていてよかった」

 

「・・・何者ですか、あなたは?」

 

「おっと失礼。私は、彼・・・清瀬氏の担当医をしている者だ」

 

飄々とした態度で、口から白い息を吐きつらねる男。

不気味と云う言葉が実に似合う不敵な笑み見せる男。

 

「君の目的は解っている。彼を、清瀬氏を殺害しに来た・・・だろう? だとするならば、お引き取り願いたい。彼は今、意識不明の重体でね。とても人に会わせる状態ではない」

 

「・・・それは、無理な願いです。私は、清瀬様を殺めなければなりません」

 

「それは、どうして?」

 

「彼が、()()()()()()だからです。きっと彼は、私の()の障害となりえる。ならば、今の内に排除しておかなければ!」

 

「・・・それは、君の主の意志なのかい? 言葉尻から感じ取れるに、私には君の()()()が垣間見えるのだがね」

 

「・・・・・あなたには関係ない事です」

 

「無駄話はしまい」とばかりにクロエは男へ飛び道具の口を向け、其れに倣う様にゴーレム達も彼へ得物を向けた。

 

「おー、おー、怖や怖や。別に私は、君の邪魔をしようとは思わんよ。行きたまえ」

 

「え・・・?」

 

「どうぞ」と道を開ける男にクロエは一瞬呆けてしまうが、其の一瞬の後に男はこう続ける。

 

「だが、ここは()()前。なれば、()()がいる訳だ。儀式を守る番人がね」

 

「―――――撃ち方、はじめぇええ!!」

「な!!?」

 

号令と共に暗闇の中へ潜んでいたワルキューレ部隊隊員達が、光学迷彩を脱ぎ去ってクロエ達へ自らの得物をぶっ放す。

無論、発射された弾頭は、今までの戦いで対IS戦に効果があると証明されている氷結弾である。

まさか、ステルス使用の光学迷彩装備で待ち構えて居るとは思ってもみなかったクロエ一行は、対処に遅れてしまう。

 

≪!!≫

≪―――――!?≫

 

ゴーレム達はシールドを展開するが、的確な精密射撃によって、彼女達の身体がドンドン凍って行く。

クロエは選択を迫られた。待ち伏せに対する一時撤退か、其れともごり押しか。

・・・だが、其の選択肢も()()の登場によってパーになってしまう。

 

「おんどれぇええ―――――ッ!!」

「!!」

 

青白い弾幕と共に現れたのは、黒漆の鎧を纏った流る銀髪をたなびかせる一人の戦乙女。

クロエと同じ顔を持つドイツ国家代表候補生――――――

 

「『ラウラ・ボーデヴィッヒ』・・・!!」

「『クロエ・クロニクル』ッ!!」

 

ラウラが手首へプラズマを展開させた手刀を振るえば、ガキン!と、クロエは此れを近接格闘武器であるブレードで受け止めた。

しかし、格闘適性はクロエの纏うIS『黒鍵』よりもラウラの纏う『シュヴァルツェア・レーゲン』の方が高い。

 

「ッ、ぐゥ・・・!」

 

ミシミシ軋む音と共に吹き飛ばされるクロエ。手元のブレードは、粉々に砕け散ってしまった。

其れでも彼女は態勢を立て直そうとしたのだが、そんなクロエの首に真っ黒な鋼糸が巻き付く。

 

「逃ィがァアすかぁああ!!」

「ッ、うわぁあああああ!!?」

 

ラウラは鵜飼の様にクロエの首に巻き付いたワイヤーブレードを振り回し、其のまま彼女をドカァ―――――ン!と近辺の校舎へ叩き付けた。

 

「ボーデヴィッヒ教官!」

 

「四十院、本音! お前達はゴーレム共をやれ!! 私はコイツをッ!!」

「あッ、ちょっと!? らうらう!!」

 

≪―――――ッ!!≫

 

「本音さん!!」

「あぁッ、もう!」

 

本音の声も届かず、ラウラは土煙の中へ突入する。

彼女を追いかけて行きたかった本音達だったが、クロエが連れて来たゴーレム排除を優先する事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・!」

 

真っ暗闇が支配する校舎内部。

そんな中をクロエは灯りもなしに彷徨う様に移動している。

 

「(どうして・・・どうして、一体どうして突入ルートが把握されていたのでしょうッ? それに私が襲撃を計画していたのを事前に知っていたかのような・・・・・一体どうして?)」

 

先制攻撃を受け、更にゴーレム達と分断されてしまった事を考慮したクロエは、態勢を立て直そうと暗闇の中へ潜む。

彼女の纏うIS、黒鍵は其の特性状近接格闘戦には向いていない隠密型。

其の為に影へ潜まざるを得なかった。

けれども・・・・・

 

――――――「そこだッ、()()()()め!!」

「なッ!?」

 

ガシャーン!と窓ガラスを突き破って現れる灼眼の眼。

其の表情は鬼気迫るものであり、歯を剥き出しにしている様子は、何処かの大酒飲みの蟒蛇である。

 

「おんどりゃあー!」

「ッ、がぁああ!?」

 

プラズマを纏った鋭い手刀がズガン!とクロエを襲い、其の身体を大きくくの字に曲げたかと思えば、其のままラウラの蹴りが斧の様に振り回された。

 

ドギャァアアン!

「ッぐふぅう!!?」

 

壁面を突き破り、教室内の机や椅子を蹴散らして倒れ伏すクロエ。

其れでも危機を脱する為に立ち上がろうとするのだが、其処へ撃ち込まれるのは、シュヴァルツェア・レーゲンの方へ装備されている大型レールカノンの大口径。

 

ドゴォオオ―――――ン!!

「ふぅー・・・ふぅー・・・ッ!」

 

着弾による衝撃で粉々に砕け散る机椅子と窓ガラス。更には床が破壊された影響からか、パラパラと粉が舞う。

だが、ラウラは手応えを感じていなかった。

相手は否が応でもあの春樹へ致命傷を負わせた相手である。こんな攻撃ごときで再起不能になる訳がない。

 

「ッ、ふん・・・!」

 

「ぐぅッ!?」

 

暗闇から現れる銀の刃。

振り下ろされた其の切先がラウラの背後を襲い、ザクリッ!と彼女の肩へ突き刺さった。

黒鍵に内蔵されたジャミング機能が、レーゲンの絶対防御を無効化した事で、物理攻撃が通ってしまったのである。

 

「ッ・・・でやぁああ!!」

「な!?」

 

肩から奔って来る激痛に負けじとラウラはナイフを握るクロエの手を掴めば、其のまま一気に彼女を床へ叩き付けんと振り回す。

けれどもクロエ、ひらり身を捩らせて着地するとお返しとばかりにラウラの腹部へ蹴りをドゴッ!と喰い込ませた。

 

「ぐっふ・・・ッ!」

 

蹴り飛ばされて後方へ倒れ込むラウラ。

其れでも余りある気力に満ちた彼女は、すぐさま反転攻勢に移ろうとするのだが―――――

 

「おっと、そこまでです」

 

上体起こしをしようとするラウラの胸を足で抑え込むクロエ。

其の手にはサブマシンガンが握られており、トリガーにはしっかりと指がかけられている。

 

「流石は月の落とし子、ローレライ。力押しで、ここまで苦戦させられるとは思いませんでした」

 

「黙れッ! 今すぐにでもその身体を引き裂いてやる!!」

 

銃口を向けられても尚、噛み付きそうな勢いで牙を剥くラウラ。

其の改めぬ態度に対し、クロエは被っていたバイザーを脱ぎ捨てると彼女の顔をじっと見る。真っ黒な白目と金色の瞳で、自分と同じ顔をしているラウラへ視線を落とす。

 

「・・・・・私とあなたとでは、一体何が違ったのでしょうか?」

 

「なに?」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ・・・私は、あなたに()()()()()()()()()()ラウラ・ボーデヴィッヒなのですよ」

 

「は?」とラウラは眉をひそめた。

クロエの何処か悲し気で寂しそうな表情が、余計に彼女を困惑させる。

 

「ドイツで行われた遺伝子強化素体兵士生産計画、通称『ヴァルプルギス計画』・・・私もそこで()()()()()()。私は生物学上で言えば・・・あなたの『姉』になるのですよ?」

 

衝撃の事実。

ダース・ベイダーがルーク・スカイウォーカーへ対し、「自分はお前の父親だ」と打ち明けた時の様な衝撃的事実。

そんな衝撃的告白を耳にしたラウラは、次の様に発言した。

 

―――――「そんなこと()()()ッ、このおわんごめ!!」

「ッ、ぐぁ!?」

 

上半身を踏まれて起き上がれないラウラは、ブースターを一気に吹かして急回転。

バランスを崩したクロエの踏み付けから逃れると同時に其の顔面へ固く握り込んだ自分の拳をバゴンッ!と叩き込む。

 

「貴様が私の姉? あぁ、そうか、そうなんだろう・・・なら私と貴様の顔がそっくりなのも頷ける。だが・・・()()()()()()()?!」

 

「なんですって・・・?」

 

「確かに私には、私が()()される前にいた()()()()がいたという事は知っている。状況が違えば、本当ならば、私達は互いに手を広げて抱き合う事を求められるのだろうな・・・だが()()、違うのだ! 貴様は、私の大切な人を傷つけた! その事実は、万や億の言葉よりも確かな一つの事実だ! 貴様をブチ回すのにこれ以上の理由もあるまい!!」

 

ラウラは肩に突き刺さったナイフを抜き取ると、其の切先をクロエへ向けて構えた。

いつの間にかとれた左眼から金色の焔が零れて落ちる。

 

「・・・・・フフ・・・フフフッ・・・フハハハ!」

 

そんなヤル気満々のラウラに対し、突如としてクロエは両肩を震わせた。

張り付けた表情ばかりしていたクロエの表情が満面の笑みで彩られる。

 

「・・・何がおかしい?」

 

「わかったのですよ。生物上のつながりがあったとしても、()()等と云う枠組みに居ても、私とあなたは()()()()だと云う事がです。だから私はあなたに―――――」

 

口角を緩ませ、クロエは自分の右掌をラウラへ向ける。

其れは奇しくもラウラが相手に向けてAICを向ける様子に酷似していた。

 

()()を見せる事への迷いは、ない!!」

「!?」

 

構えたクロエから放たれる漆黒の()()

「マズい!」とばかりに両腕で顔を覆うラウラであるが、もう()()。変質化した大気成分が、呼吸器官を通って脳へ()()を見せる。

 

「ッ、な・・・なんだ?」

 

ブワーッと辺り一面が真っ暗闇に覆い尽くされてしまい、「な、なにが起こった?」と首を傾げるラウラ。

窓ガラスから射す僅かな月明かりもないない完全な漆黒の闇。レーダーを確認しても反応はない。

ラウラは「なにが起こった!?」と辺りを見渡す。自分の手も見えぬ暗闇の中で左右に視線を移す。

 

―――――「・・・・・え?」

 

すると、どうだろう。真っ暗闇の中で、視界の先に突然現れる一つの人影。()()()()()()白髪の後ろ姿。

其の人影が振り向いた時、ラウラは「ッ・・・!?」と息を飲んで一歩後ろへ足を引いた。

 

ラウ、ら・・・ちゃぁ、あん・・・・・ッ!

 

振り向いた人影の正体。

其れは、苦悶の表情で目と口から血を吹き出しす愛おしい恋人・・・清瀬 春樹であったのである。

 

どうしてッ・・・どうして、助けてくれなかったの? ラウラちゃぁ、あん!!

 

血みどろのズタボロで、ラウラにすがり付く春樹。

手に付いた血がべっとりと彼女の体を濡らす。

 

「ち、違う・・・違う! お前は、貴様は春樹ではない!!」

ぎゃッ!?

 

自分の肩を掴むゾンビの如き春樹をドガ!と蹴り飛ばせば、彼は断末魔と共に身体が瓦解して木っ端微塵となる。

しかし―――――!

 

痛いよぉッ・・・痛いよぉ、ラウラちゃぁあん!

ラウラちゃあん、たすけて・・・助けてくれよぉ!!

ラウラ、ちゃん・・・らうらちゃぁ、あん・・・・・ッ!

 

「ひッ・・・!?」

 

暗闇の中から次々と現れ出でるゾンビ春樹達。

彼等は次々と己の手をラウラへ向かって伸ばし、萬力の力で彼女を掴む。

髪を掴み、首を掴み、腕を掴み、胸を掴み、腰を掴み、尻を掴み、足を掴み、揉みしだき、握り潰す。

 

お前の・・・お前のせいだ!

お前が()()から・・・お前が弱いばっかりに!!

お前が弱いばっかりに・・・・・おれはこんなにも痛い思いをッ、つらい思いを 強いられるんだ!

 

「や、やめろ・・・やめてくれ・・・!」

 

『『『お前のせいだ、お前のせいだッ!・・・お前が()()ばっかりに!!』』』

やめてくれぇえええええッ!!

 

呪詛の言葉と共にとてつもない不快感と苦痛が身体中を駆け巡り、あの時に春樹を助けられなかった深い罪悪感がラウラの表情を歪ませる。

其の内、更に増殖していくゾンビ春樹達は彼女を覆う様に積み重なって行くのであった。

 

 

 

「ごめ、んなさい・・・ごめんなさいッ・・・! 春樹、助けてあげられなくて・・・ごめんなさいぃ・・・ッ!!」

 

月明かり射す散々と教室中央。ラウラ・ボーデヴィッヒは、涙ながらの嗚咽混じりで謝罪の言葉をうずくまった状態で呟く。

黒鍵の能力であるワールドパージは、現実世界では大気成分を変質させることで相手に幻覚を見せる事が出来る。

其れを超至近距離で真面に受けてしまったラウラは、自身の内に秘めていた罪悪感が作り出した幻覚で圧し潰されそうになっていた。

其の内、ドロドロと彼女の纏うレーゲンの装甲からコールタールの様な粘着質な液体が溢れ出す。

・・・其の様子は、いつかの『VTS事件』を彷彿とさせる。

 

「・・・終わりです」

 

そんな静かに咽び泣く幼女の様なラウラへクロエは、床に転がったナイフを拾い上げると其れを逆さまに握った。

 

「大丈夫・・・大丈夫です、ラウラ・ボーデヴィッヒ。あとで、清瀬様もあなたの元へ送ってあげます」

 

うずくまるラウラの首筋へ狙いを定めたクロエは、月明かりで光る血に濡れた其のナイフを振り上げ・・・・・そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――〈やめておいた方がいい〉

 

「!?」

 

()()()()()()()()にクロエはカッと四白眼になってしまう。

身体が硬直し、ガチガチと下顎が震え、嫌な不快感が堪らない汗が全身から噴き出す。

そして・・・・・あの日、()()()()()()()が一斉に疼いた。

 

〈あぁ・・・()()会ったね。今度は・・・()()()()()を調理しようかな?〉

「ひッ・・・!!?」

 

一瞬で耳元まで迫った()の声へ対し、クロエはナイフを落とすと共に其の場で尻餅をついてしまう。

心身ともに抉られたトラウマが疼き、彼女の体を小刻みに震わせる。

 

〈久方ぶりの再会だと云うのに腰を抜かしてしまうとは・・・なんとももどかしい気持ちだ〉

 

「こ・・・来ないで! 来ないでください!!」

 

微笑む表情と共に見下ろす()にクロエは声を震わせながら後退った。

其の表情は怯え切っており、目からは自然と涙が零れる。恐怖に染まった涙が流れる。

 

〈・・・大丈夫。今回、私が君に危害を加える事はない〉

 

「そ・・・そんな事、し・・・信じられると・・・・・!!」

 

〈約束しよう。私が君に手を出す事はしない。何故ならば、君は・・・・・『彼』への大切な『()()』なのだから〉

 

「・・・・・え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

赤曇った空の下。其の下には、淀みに澱んだ真っ赤な海が広がっている。

そんな異様な大海に波を打っている者がいた。

 

「はぁ! はぁッ! はぁ!!」

 

バシャバシャと溺れる様にまるで凝り固まっていないゼリーの様な赤い水を掴む白髪の少年。

・・・彼は、後ろから迫る()()()から逃げていた。

 

「いだぁあお”お”お”ぉおお!!」

「ぐびにいいぉおおッ!」

「か”ぁあちゃぁあ”あ”ああ!!」

 

彼を追うのは、ぐちゃぐちゃに焼け爛れて腐ったかの様な亡者達。其れが、我先に我先に怨嗟の声をあげながら団子状態となって集り寄って来る。

其の内、少年は足を亡者達に掴まれてしまい、一気に揉みくちゃとなってしまう。

 

「ぎぇええやえぇええ!!」

「いたいぃいッ、いたいぃいいい!!」

「おギャぁアアアアアア!」

 

「じゃ・・・邪魔じゃッ・・・! 纏わりつくんじゃ、ねぇ!!」

少年を食い千切らんと歯を突き立てる亡者達。

其れ等を煩わしいと振り払う少年だったが、いくら振り払おうとも亡者共は、腐肉を貪る蛆蝿の様に群がる。

 

「(何じゃッ・・・此処ぁ、地獄か?)」

 

何度も亡者達に自分の肉を喰われる度、少年の気力は失われていく。

其れでも彼は、何度も亡者達を振り払い、掌で水を掴む。

 

()()()()・・・帰らんと、帰らんにゃあおえんのんじゃ俺ぁ!」

―――――〈どこにね?〉

 

ぶつくさと呟く少年へ不意に語り掛けられる尊大な男の声。

声のする方を見れば、其処にはモダンスーツを身に纏う人の形をした()()が、杖をついて少年を見下ろしているではないか。

 

〈君は、どこに帰ろうと云うんだ?〉

 

「そねーなもん決まっとろーが! 俺はッ・・・俺ぁ・・・・・俺は?」

 

「・・・あれ??」と少年は首を傾げた。

自分は、一体何処に()()()()()のだろうかと。

 

「ギャヒィイいいい!!」

「ッ、畜生め!!」

 

疑問符に戸惑ってしまった為に再び足をとられ、手をとられ、首をとられる少年。

再び肉を貪られる少年。そんな彼を怪物はジットリと眺めている。

 

〈・・・教えてあげよう、愚かな者よ。その亡者共達は、君が殺して来た()()だ。よく聞いてみなさい。その者達の嘆きを〉

 

白い御人の云う様に少年は亡者達の嘆きに耳を傾けた。

 

「おがぁあぢゃァアアアアんン!!」

「くるじいッ、ぐるじいぃいいいい!!」

「イ”だぁいヨォおおおおおおおお!」

 

・・・するとどうだろうか。

彼等は叫んでいたのである。

「お母ちゃん」と。

「苦しい」と。

「痛い」と。

其のどれもが、少年が今まで抑え込んで来た感情であった。

 

「どうせぇと・・・・・どうせぇ云うんじゃ? 俺にどうせぇいうんじゃ?! そうじゃ! 俺が殺したんじゃ!! そうでも、そうでもせんと俺は生き残れんかったんじゃ!! そんな俺にどうせぇ云うんじゃ?!!」

 

〈・・・さてね?〉

 

「ッ、「さてね」って!!?」

 

〈己が殺して来た感情に喰い殺される。自業自得だ、自業自得。実に・・・()()()()()。惨めなものだ〉

 

怪物は、フンッと少年を嘲笑う。

まるで不様だと、「ざまぁみろ」と云わんばかりに口端を吊り上げる。

 

「ッ・・・なしてッ、なして・・・! なして、俺がこねーな目に遭わなぁならんのじゃ?! どうして、俺がこねーな目に・・・!! 俺は平和に暮らしたかっただけなんに! 退屈でもエエけん、母ちゃんと父ちゃんと一緒に平穏に暮らしたかった、ただの其れだけなのに!!」

 

少年は嘆く。少年は悲しむ。少年は苦しむ。

どうして自分が、こんな酷い目に遭わなければならぬのかと。何故にこんな悲痛な状況に陥らなければならぬのかと。

・・・そんな少年へ、怪物は畳み掛ける様に言葉を放つ。

 

「君が、『()』だからだ。()()も言っていただろう? 君は、この世に存在してはならない()()()()()()だと」

「う・・・ッ、わぁア・・・!!」

 

怪物の言葉に対し、少年は腐肉の塊の中へと埋没する。

最早、此れ迄か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――「・・・・・・・・けんな・・・ざけんじゃ、ねぇ・・・!」

〈・・・おや?〉

 

「ふざけんじゃねぇえ!! 俺ぁ、まだ死ぬ訳にゃあいかんのじゃ!!」

 

腐肉を力強く突き破る腕と共に激昂した少年は何を思ったのか。自分を貪る亡者を掴めば、ガブリッ!と其の爛れた肉に喰らい付いたのである。

 

「まっずい!! じゃが・・・もっと寄越せ! もっと食ってやる!! 食って、喰ろうて強うなってやる! デカうなってやる!! 何が悪じゃ! 何がイレギュラーじゃ!!」

 

「うぎぃい”やァア”あ”あ”あ”ッ!!?」

「い”やだッ、やめてぇえ”え”え”えええ!!」

「たじげてぇえ”エえ”ええ!!」

 

「喧しい!! お前らは・・・貴様らは、俺の・・・俺の()となれ! ()()に成らんが為ッ、善悪共々支配する為に!! 俺の平穏の為に死ね!!!」

 

少年の反撃に亡者達は驚き、逃げようとする。だが、其れを許す少年ではない。

頭に齧り付き、腕に噛み付き、足を食い千切り、腹を食い破った。

やがて断末魔は少なく小さくなり、最後には「・・・げッフ!」と一つのゲップが赤い異界へ木魂する。

 

〈・・・・・食べた。食べてしまったか。そうだ・・・・・それで,それで良いのだ・・・!〉

 

怪物は驚嘆の声を上げ、ニヤリ口端を上げた。

 

「あぁ、血生臭い。あぁ、胸が悪い。何か、何か飲みもんはねぇんか?」

 

〈まぁ、待ちたまえ。もうすぐ・・・もうすぐ、()()()()

 

「阿?」

 

少年が疑問符を浮かべた途端、ザ―――――ッ!!と空を覆う赤雲から大滝の如き豪雨が降り出す。

其の()()()()のする雨を少年は「あーッ!」と口を開けて飲んでいく。

そして、雨はいつしか血みどろの少年を呑み込んでいった。。

 

〈肉を喰らえば、酒を呷げ。今こそ君は、()()()()()()へと相成るのだ〉

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「な、なんだぁ!?」

 

浅沼 みどりは、ギョッとした。

外から聞こえる銃声にビクビクしているのも忘れて、彼女はじっと視線の先にあるものを凝視する。

 

「どうかしたのですか、浅沼氏?」

 

「見たまえ、金城くん!」

 

「あぁん?」

 

浅沼が指示す先にあったもの。其れは、()であった。

ビールにワイン、スコッチにウォッカ、日本酒に焼酎、エトセトラと、各国の酒に満たされた大浴場の浴槽。

其の調度中央位置に突然出現した謎の渦。其の渦の登場によって浴槽内の水位も下がっていっている。

何かの拍子で、水栓が抜けたのか?

いや・・・違う。あの位置に栓はない。

では、何故か?

 

「・・・全員、さがって下さい」

 

「え?」

 

「あれは・・・あれは、()()()()()んですよ」

 

何かを感じ取った金城は、浴槽から離れる様に職員達へ警告する。

彼女は勘付いたのである。あの渦が出来ている位置には、自分達が沈めた()()が横たわっている事に気付いたのだ。

 

ザバァッン!

『『『!!』』』

 

もうドドメ色とも云える酒の池から起き上がった白髪の人物。

其の肉体は、無駄な贅肉のないガッシリとしたもので、其の身体を覆うまるで限界まで捻じ切ったゴムの様に今にも皮膚を引き千切って出て来そうな全身筋繊維は、鎧とも見て取れた。

何よりも・・・そして、何よりも目立つのは、其の身体に刻まれている()。まるで数多の戦場を駆け抜けて来た益良雄の戦傷。

 

阿”・・・阿ぁ”ッ・・・阿”ァア”・・・!

 

そんな傷を纏った戦士は、長く伸びた牙をカチカチ鳴らし、瞳が()()ある眼を黄金の焔を燃やしながらギョロリとさせる。

其の異様な状態の彼に対し、職員達は唖然とした。

 

『人間』と云うには、あまりにも()()()()()其の姿に。

『怪物』と呼ぶには、あまりにも()()()其の姿に。

 

息を呑む者も居た。

涙を流す者も居た。

笑みを溢す者も居た。

嗚咽を漏らす者も居た。

唇を噛み締める者も居た。

 

ごっきゅ・・・ごっきゅ・・・ごっきゅ・・・!

 

整然とする職員達を余所には、這い蹲ると浴槽に残った酒を凄まじい勢いで吸引する。

常人ならば、優に急性アルコール中毒で卒倒する酒量を飲み干す。

 

其の口から入ったアルコールは、胃を通って全身へ駆け巡る。

外傷と毒によって疲弊した細胞へ此れ以上ない栄養が行き届く。

そして、細胞達は誓う。

今後もし同じ最悪な事態に陥った時、必ず()()で乗り越えてみせると誓う。

 

ゲェエッフ・・・!

 

ゲップの後、シュゥウウー!と身体から熱波と共に蒸気が立ち昇る。

そして――――――

 

ヴぇろろろぉああ・・・ッ!

『『『!!』』』

 

口元を拭って唸り声を上げるのは、先程まで瀕死状態であった筈の二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹。

彼がゆっくりと用無しとなったカラの浴槽から歩み出せば、職員達は海を割った様に彼へ道を譲る・・・丁度、其の時だった。

 

「わ・・・わわ、わ・・・わ、若!!」

『『『なッ・・・!?』』』

 

重苦しい現場に響き渡る怯えた声。

 

「あ、浅沼氏・・・!」

 

全員の視線が行きつく先には、狸を擬人化した様な小心者が、青ざめた顔で御守り代わりの兎のキーホルダーを握り緊めて震えているではないか。

 

・・・・・阿”?

「ひぇ・・・ッ!?」

 

琥珀色の重瞳に対し、浅沼は泣きそうになる。あまりの恐怖にお腹が痛くなる。

其れでも・・・其れでも彼女は叫んだ。半ばヤケクソで叫んだ。

 

「ぎ、ぎ・・・ぎ、銀の君は・・・・・ら、ラウラ・ボーデヴィッヒ氏は向こうにいますですじゃ!!」

 

静かな現場にエコーする「ですじゃ」の語尾。

引き攣る職員達の口端と眉間。

そんな一聞に対し、春樹は―――――

 

・・・ありがとう。恩にきります

『『『!!?』』』

 

朗らかに笑ったかと思えば、彼の姿は一瞬にして()()()()()

まるで、煙の様に掻き消えたのである。

 

「僕達は・・・・・僕達は、一体何を()()()()()()のでしょうか?」

 

ある職員の呟きに誰も答える者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ラウラ・ボーデヴィッヒは、怯える。

ラウラ・ボーデヴィッヒは、恐れる。

ラウラ・ボーデヴィッヒは、苦しむ。

 

自分が弱いばっかりに。

自分が未熟なばっかりに。

自分が情けないばっかりに。

()()・・・()()自分は()()()()()()と身体を震わせる。

其れも人生で初めて出来た愛する恋人。自分を一人の人間として認め、求め、愛してくれた大切な恋人。

そんな存在を守れなかったと、護ってやれなかったと後悔が募る。罪悪感が心を蝕む。

 

・・・お前のせいだ!

お前のせいで、おれは・・・!!

ラウラ・ボーデヴィッヒ、お前のせいだッ!!

 

苦渋に表情を歪ませるラウラを囲むのは、愛する恋人と同じ顔、同じ声の幻影達。

連中は、息も吐かせぬテンポと共に怒号を上げて責め立てる。

そして、連中は口を揃えて捲し立てた。「()()をとれ!!」と。

 

「責任ッ・・・せきにん・・・セキニ、ン・・・・・ッ」

 

ラウラは考える。

大切な愛する人を守れなかった自分に出来る精一杯の責任の取り方。

そんな精神的に追い込まれた彼女が考え付いた最も()()で、()()責任の取り方。

 

「すまない・・・春樹・・・・・!!」

 

プラズマを展開させた手刀を自分の首元へ向けるラウラ。

そして、一気に其れを喉へと突き刺――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――「おえんで、ラウラちゃん」

「え・・・?」

 

プラズマが光る手を包み込む一回りも大きな手。

 

「は・・・は、るき?」

 

「応さ。俺じゃ、俺。清瀬の春樹じゃ」

 

疑問符と共にラウラが目を開けると、目の前に居たのは、薄く笑みを浮かべる愛おしい愛しい想い人。清瀬 春樹が其処に居た。

そんな彼は口端を緩ませた後、ムッと口をへの字に結ぶ。

 

「ラウラちゃん。君、何しょーるんなん? 危なかろーがな!」

 

「わ、私は・・・・・私は、お前を守る事が出来なかった! その責任をとるため―――――

「阿呆め!」

―――――むぎゅ・・・!?」

 

突然、春樹は目を伏せるラウラの頬を手で中央へ寄せて眉をひそめた。

 

「そんなんで責任がとれると思うておるんか? まったく・・・ラウラちゃんは頭が良いってのに、阿呆じゃのぉ」

「ッ、阿呆とはなんだ! 私は本気で―――――」

 

言葉を連ねる途中、ラウラは「ッ!?」と口籠る。目をカッと見開いて口籠る。

・・・其れもそうだろう。ちゅっ・・・と、キスで黙らされたのだから。

 

「愚かで、愛しい俺の銀色の黒兎」

 

柔らかな笑み。

いつもの捻くれてて、意地悪で、変に素直な・・・怪物のふりをする優しい表情の春樹が其処には居た。

 

「俺がそんな責任の取り方で喜ぶ訳なかろうがな」

 

「で、でも・・・でも、だったら・・・だったら私は、私はどうすれば良いのだ?! どうすれば、私は・・・!」

 

悩むラウラに対し、春樹は口端を吊り上げる不敵な笑みを浮かべる。

いつもの()()()()()()事を思い付いた化け物の様に笑う春樹が其処には居た。

 

「なれば、ならばじゃ、ラウラちゃんヨ? 俺に一生、其の身を()()()かい? 俺へ生涯、心から()()()かい? 俺の側に終生、()()()()()かい? ラウラちゃん、君を・・・未来永劫、()()()()エエかい?」

 

随分と勝手な文言である。

だが、そんな()()()()の中に琥珀色の()()()()を持つ人の形をした異形から放たれた文言に対し、銀髪の黒兎は其の異形の手を握った。

 

「あぁッ・・・あぁ、あぁ、もちろんだ! 私はこの身を一生、お前に捧げよう。私は生涯、心からお前に尽くそう。私の終生をお前の側で過ごそう。春樹、私は・・・未来永劫、お前に愛されよう・・・!」

 

ラウラは、其の右の灼眼と左の金眼から涙を流して頷く。そして、彼女は春樹と口付けを交わす。随分と満ち足りた表情でキスをする。

 

『『『うヲぉおおォォおオオオ・・・!!』』』

 

さすれば、其の眩しさに当てられた偽りの幻影共は身を焼かれて灰となった。

影は闇の中へと還って行ったのである。

 

「ラウラちゃん・・・少し、お休み。俺ぁ此れから、ちぃとばっかし()()()()するけぇね」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

クロエ・クロニクルは、息を呑む。

クロエ・クロニクルは、目を見開く。

クロエ・クロニクルは、嫌な脂汗をべっとりと噴く。

 

「な・・・なんですかッ・・・・・何者なのですか、あなたは!!」

 

畏怖の表情の彼女が見つめる視線の先に居た者・・・其れは、人の形をした()()()()()()()を持つ男。

其の腕の中には、先程までクロエと刃を交えていたラウラが、随分と安らいだ顔で寝息を点てていた。

まるで母親に抱かれて眠る赤子の様に。

 

「(まったく・・・まったく、これっぽっちも気が付きませんでした! 一体・・・一体どこから?!)」

 

()()()に気を囚われたクロエは、怪物の出現に気が付く事が出来なかった。

彼の気配に気が付き、振り返った時には既に男は其処に・・・・・清瀬 春樹は其処に居たのだ。

 

カロロロロロ・・・!!

 

春樹は到底人間が出すとは思えぬ唸りを上げ、長く伸びたナイフの様な牙を見せる。

其の表情は鬼気迫っており、目の中にある二つの瞳からは金の焔が零れ燃ゆっていた。

 

憤りに満ちた眼。怒りで浮き上がる青筋。そして、()()()()()()様に口から落ちる涎。

圧倒的な捕食者の姿が、其処に居たのだ。

 

―――――〈クロエ、君にも()()があったんだよ〉

「!」

 

刹那の瞬きの後、いつの間にか春樹の横に佇んでいたのは、精神世界でクロエを文字通り料理した人物・・・ハンニバル・レクター。

彼は、残念そうな表情でクロエへ語り掛ける。

 

〈確かな資格があった筈なんだ君にも・・・だが、もう駄目だろう。君は、間違えてしまった。よりにもよって、彼の逆鱗に触れてしまった。もう、既に君は()()となるしかないのだ〉

 

「資格? 供物? あなたは何を言っ―――――」

 

クロエの疑問文は最後まで語られる事はなかった。

何故ならば、大きく口を開けた春樹が飛び掛かって来たのだから。

 

ガぁアアッ!!

「ッ―――――!!?」

 

牙を剥き出しにし、怪力無双を振るう春樹。

反応が一瞬遅れた事でクロエは押し倒されてしまうが、彼の齧り付きを防ぐ事には成功する。

だが、ギリギリと春樹の毒牙は彼女に着実に近づく。

 

「うッ、う・・・うわぁああ!!」

ガ・・・ッ!?

 

ズドンッ!!と響く銃声。

音の発生源は、クロエの手元に顕現した大型口径ハンドガン。銃口の向く先は、春樹の口元。

当たれば、確実に文字通り頭が吹き飛ぶ超至近距離と威力。

しかし―――――

 

ふかまえた・・・!

「ひッ!?」

 

放たれた銃弾を春樹は何と己の歯で噛み受け止めたのである。そして、「ぺっ!」と鉛玉を吐き出せば、春樹は再び大きく大きく口を開けた。

 

「ッ、い、いや・・・! 待ってッ・・・いやぁ・・・・・!!」

 

其の時になってクロエは漸くハンニバルが語っていた事が少しばかり理解する事が出来た。

けれども最早、既に遅い。

 

春樹の背中から生えて来た幾本もの触手がクロエの纏う黒鍵の各所にグサリと突き刺さってズキュン! ズキュン!!と何かを吸い出せば、ガッチガチに固まる彼女の体。

そんなクロエの頸動脈目掛け、春樹が大きく口を開ければ―――――

 

いやぁああああああ―――――ッ!!

 

ガブシャッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

再び戦場となったIS学園。

しかし、度重なる戦いにより培って来た新型氷結弾頭に新兵器である誘導氷結ミサイルで、襲来者である無人ISゴーレムを追い詰めた。

・・・けれども、弾には限りがある。

 

半信半疑で、ラウラの直感を信じて形成された包囲網にまんまとハマったゴーレム達。そんな彼女達へ向け、ワルキューレ部隊並びに教師部隊は思う存分、特殊弾頭を撃ち込んだ。

だが、ゴーレム達とて何の対策も講じていない訳がなかったのである。

 

「剣付けぇ―――――ッ、剣!!」

「抜刀!!」

 

『『『おう!!』』』

 

凍結防止のコーティングがされた装甲を身に纏い、高熱を要する熱兵器を使用し、思わぬ反撃に抗うゴーレム達。

戦況は一時、壮絶な弾幕合戦となったが、IS学園勢が弾切れを起こしてしまい、近接格闘に腕に覚えのある者達が刃を構えた。

 

『『『≪―――――!!≫』』』

 

一方のゴーレム達も耐久許容量を超えてしまったのか。飛び道具と飛行能力が凍り付いて使用不可となってしまい、彼女達も近接格闘戦形態に移行。

片腕や両腕にブレードを展開する。

 

「と・・・突撃ィイイ!!」

『『『オォォ―――――ッ!!』』』

 

近接武装装備のIS学園勢は、四十院の号令と共に銃剣や刀の鋭い切先を前方へ突き出し、雄叫びと共に突撃攻撃を慣行せんとブースターへ火を入れた――――――――――其の時だった。

 

ザッギィイン!

『『『ッ!!?』』』

 

両陣営の間に突如として投げ突き付けられたのは、()()()に色付いた()()()()

其の太刀の持ち主を知るIS学園関係者は、「まさか・・・!」と驚きの表情と共に振り返った。

 

―――――「・・・悪いが、通らせてもらうでよ」

『『『は、はい!』』』

 

さすれば其処に居たのは、瞳が二つある両眼から金の焔を零し、()()()()()()()から覗く牙を軋ませるパンツ一丁の筋肉モリモリマッチョマン。

其のあまりに異常な風体と只ならぬ雰囲気に対し、皆は一斉にザッと道を開けた。

 

≪!?≫

 

対するゴーレム達も無機物の無人機でありながら動揺を奔らせる。

もし、彼女等が()を持って居れば、其の目を白黒パチクリさせていただろう。抹殺標的である清瀬 春樹が、向こうからやって来たのだから。

・・・しかし、其れよりもゴーレム達の電子回路を混乱させたのは、其の抹殺対象が抱えていた存在だ。

春樹は、左右の腕で違うものを抱えていたのである。

 

「は・・・春樹? すごく注目されているぞ?」

 

片方の腕へ大事そうに抱えられているのは、彼と恋仲であり、今作戦で重要な働きを務めたラウラ・ボーデヴィッヒ。

そして、もう片方には―――――

 

「ほれ、返すぞ」

 

そう言って春樹は、もう片方の掌で掴んでいたものをゴーレム達の目の前へ乱雑に放り投げる。

・・・もし、ゴーレム達に表情筋があれば、彼女達の顔はかなり歪に変化していた事だろう。

 

あ”・・・ァあー・・・・・ッ、ア・・・

 

生ゴミの如く放り投げられたのは、異様な呻き声を上げる一人の少女。

其の白く剥いた眼・鼻・口からは、じゅるじゅる汁がこぼれ落ち、首元は血で赤く汚れている。

 

「ッ、う・・・!」

「うーわ・・・ッ!?」

 

学園襲撃犯リーダーであるクロエ・クロニクルの余りにも変わり果てた姿に対し、血の通った人間達は歪な表情と共に口元を抑えた。

 

「貴様らの頭は、再起不能になってもろうたでよ。今なら見逃しちゃる。帰りんさい」

 

「ッ、総隊長!?」

「きよせん?!」

 

瀕死状態だと言われていたにも関わらず、突然現れ出でて突拍子もない発言をかまして来た春樹に皆はギョッと目を見張る。

 

『『『≪―――!!≫』』』

 

だが、そんな彼等を余所にゴーレム達は刃を構えた。

ゴーレム達からすれば、奥に潜んでいた標的がノコノコと自分達の前に出て来てくれた千載一遇のチャンス。逃す手はない。

彼女達はブースターに火をつけて一斉に春樹へ襲い掛かった。

 

―――――「・・・破ッ。そう来なくっちゃなぁ、琥珀ちゃんヨ」

―――――≪今度は、私の番よ。もう私、()()()()()()

 

『『『!?』』』

 

幼い子供の声が聞こえた瞬間。ズるりッと春樹の背中から生物的とも、機械的とも云える触手が現れたかと思えば、其の先端ががパァと口を開け――――――――――

 

ガギュゥウウーン!

『『『≪ッ!!?!??≫』』』

 

()()()へ襲い掛かるゴーレム達の胸を食い破り、其のまま彼女達の心臓とも云えるISコアを身体から食い千切ったのである。

そして、機体から食い千切ったコアを飴玉の様に転がした後、ゴクリと其れを飲み込んだ。

 

≪味覚? これが・・・甘い? 苦い? 辛い? しょっぱい? 酸っぱい? 美味い? 不味い? よく、わかんない。でも・・・・・()()()()()わ≫

 

「・・・ええ気分かい、琥珀ちゃん?」

 

≪いいきぶんよ、春樹≫

 

「・・・お腹いっぱいになったか、琥珀?」

 

≪なったわ、ラウラ。これで、これからも、()()()()そうよ≫

 

ビカッ!!と眩い光が春樹を中心に形成されたかと思えば、其の光の中から現れたのは、黒漆の当世具足を身に纏う烏帽子形兜を被った金眼四ツ目の『黒竜』。

闇夜に浮かぶ其の禍々しい事。月明かりに照らされる其の美しい事。

 

そんな圧倒的な其の姿を皆は声を上げる事なく、息を呑んで魅入っている中、其の後ろから声を張り上げる者が一人居た。

 

「復活ッ! 清瀬 春樹、復活ッ!!」

 

声のする方を見れば、其処にはブラックコート姿の男、芹沢 大助が大きく口端を吊り上げて叫んでいるではないか。

 

「清瀬! これ、持って行け!!」

 

其の狂喜乱舞気する兄の隣に居た弟の芹沢 早太は、黒鎧を身に纏う余りにも様変わりしてしまった春樹へ膨らんだリュックサックを放り投げる。

弧を描いて落下する其れを春樹は掴み取り、「何じゃこりゃあ?」と疑問符を投げ掛けた。

 

「どうせこんな事になるだろうと思ったから、着替えと長谷川副本部長からの軍資金・・・あと、()()()()()()()パックと予備バッテリーを入れといた。()()()()()! ケツ持ちは俺達に任せとけ!!」

 

芹沢弟は、短い付き合いながらも春樹が次にどんな行動を起こすか読んでいた。其れ故に予めの準備をしていたのである。

 

「ありがとうございます! 後、其処で再起不能になってるラウラちゃんのそっくりさんの治療もよろしくお願いしまさぁ!」

 

「大丈夫だ! それは兄貴がめっちゃ張り切ってるから!」

 

「そいじゃあ・・・また後で()()()()()()()()!!」

 

礼の言葉を述べると共に春樹は、背中から赤紫色の六枚羽を()()顕現させると、ラウラを抱えたまま空高く舞い上がった。

 

「寒うない、ラウラちゃん?」

 

「大丈夫だぞ、春樹。むしろ暑いくらいだ」

 

「じゃあ、飛ばすでよ。アイツらぁに早う追い付かにゃあおえんけんな」

 

そう言って春樹が赤紫の二対羽を羽ばたかせれば、一瞬にして其の速度は音を置き去りにして流線を描く。

地上から見た其れは、まるで『()()()()』の如き美しさであった。

 

 

 

 

 

―――――赤き羽根を持つ黒竜は飛ぶ。愛しい銀の黒兎を抱えて西方へ向かう。

きっと、彼の者は慈悲深く・・・そして、残忍無比であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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200話


※アンチ・ヘイト強め。
※暴力描写あり。
※サクサク進行。



 

 

 

更識 ()()は、少女漫画を愛読している。

其れこそ、黎明期から現代最新作までの王道モノにちょぴり刺激的なTL系や昨今流行りの悪役令嬢系までと様々だ。

ヒロインとヒーローの運命的出会い、恋の駆け引き、ライバルとのバトル、二人の絆を引き裂こうとするヒロインのピンチ、其れに颯爽と駆け付けるヒーロー、そして二人のハッピーエンド。

そんな作品達を彼女は時にドキドキ胸を高鳴らせ、時に目へ涙を浮かべ、時に鼻息を荒くして読んでいた。

・・・しかし。

 

更識 ()()は知っている。

自分が、いつも読んでいる少女漫画の様な展開など存在しない事に。

現実は、漫画の様に甘い事はない。現実は、理不尽に不平等な事実を押し付けて来るのだ。

 

彼女は其れを知っていた。そんな事など理解していた。

自分が国家暗部の家系に生まれ、()の為に半ば強引に当主の座に就いたからこそ、現実は非常である事など誰よりも解っていた。

だが、不意に彼女は思ってしまう。自分もこんな少女漫画の様に恋をし、愛する人と共に手を取り合えたらと思ってしまう。

そして、其れは、辛い事がある度にそんな()()()な事を強く想ってしまうだ。

 

十二月のクリスマス間近にかかったIS委員会からIS学園専用機体所有者達への召集令状。

楯無を含めた一行は、イギリスで起こった問題解決の為に専用航空機でイギリスへと向かっていた。

だが、其の航路途中のロシア領上空において、ロシア軍戦闘機に追撃を受けてしまう。

楯無は此れを納めようと殿を買って出て、彼等の前へと躍り出たのだが、露軍戦闘機部隊をIS学園勢へけし掛けた元ロシア国家代表であるログナー・カリニーチェの襲撃を受けたのだ。

 

当初は、戦況を優勢に進めていた楯無だったが、狂気とも云えるカリニーチェの執念によって形勢逆転を許してしまう。

馬乗りに組み敷かれた後、歪んだ笑顔を浮かべるカリニーチェに激しい暴行を受ける楯無。

其れでも彼女は諦める事なく、カリニーチェへ血の混じった唾を吐きつけて、自爆特攻を仕掛けんとしたのである。

 

・・・・・其の時、楯無は不意に思ってしまった。

後で再会する事を約束した大切な妹への謝罪。そして、ひょんな事から惚れてしまった想い人にキスの一つでもしとけば良かったと云う後悔を。

 

こんな時、彼女の愛読する作品ならば、ヒロインのピンチに颯爽とヒーローが駆けつけて来てくれるのだ。

・・・けれども、現実はそうもいかない。

現実は非常である。白馬に乗った王子様など、現れてはくれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――だが、『真実は小説よりも奇なり』と云ふ。

まるで其れは、ヒロインのピンチに駆け付けたヒーローの如く。

 

牙ぁ羅ヴぇらぁあ”あア”ア”阿”ぁア”ア”ッ!!!

 

漆黒と紅蓮の稲妻を放って寒空へ君臨したのは、黒漆の当世具足を身に纏い、トリカブトの華の様に毒々しい赤紫色の六枚羽を二対広げ、金の焔が零れる四つの眼をギラつかせて尋常ならざる憤怒の咆哮を轟かせるある一体の『黒竜』であった。

 

そんな突如として現れた上位概念的存在に対し、楯無は驚きの表情よりも何故か安堵の笑みを浮かべてしまう。

「颯爽登場!」と現れるヒーローではなく、「暴虐推参!」とばかりに現れたどう見てもヴィランに彼女は頬を緩ませたのである。

 

―――――「・・・おい」

「ッ、きゃ!?」

 

そんな安堵の笑みを浮かべる楯無だったが、突然、彼女は背後からの声と共に後ろへと萬力の力で引っ張られる。

無論、手傷を負いながらも抵抗しようと楯無は拳を握った。

 

「大丈夫、私だ。更識 楯無」

 

けれども、一瞬にして雪の中へ引きずり込まれる楯無が見たのは、息もかかる距離で自分の顔を見つめる銀髪オッドアイ・・・日本に残っていた筈のドイツ国家代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ其の人であったのである。

 

「ら、ラウラちゃん?! ど・・・どうして、あなたがここに!?」

 

「野暮天な事を。お前達を追って来たに決まっているだろう。しかし・・・私もこんなに早く合流できるとは思っていなかったぞ。流石は、()()だな!」

 

ニッコリ笑みを溢すラウラの口から零れた名前に対し、楯無はハッと目を見開き、再び思わず口端を緩ませる。

 

「春樹くんッ・・・やっぱり、やっぱりあれは春樹くんなのね! 私は信じてたわよ! まったく心配させてくれちゃってッ・・・・・もうバカ!!」

 

楯無はキュッと唇を噛みながらポロポロと涙が流れる眼元を腕袖で拭うと、彼を手助けする為に傷付いた身体を起こそうとしたのだが―――――

 

「まぁ待て、更識 楯無」

 

「ちょ、ちょっとラウラちゃん!?」

 

立ち上がらんとする楯無をラウラは何故か抱き着く形で羽交い締めしたのである。

またしてもあまりの突然の事に困惑する楯無だったが、そんな彼女の耳元でラウラはそっと耳打ちした。

 

「今は春樹に任せておけ」

 

「任せるって・・・ダメよ! 相手は、元とは言ってもロシア代表だった人間なの! ラウラちゃんだって聞いた事あるでしょ? 相手は、あのログナー・カリニーチェなのよ!! いくら春樹くんが強いって言ったって!」

 

「そうか。相手は、あのロシアの雌熊か。なら・・・ちょうどいいかもしれんな」

 

「はッ!? ちょうどいいってどういう事?!」

 

「フフッ・・・随分と癪だが、更識 楯無よ。お前が傷付けられた事で、今の春樹は随分とご立腹だ。()()()()()()()適わんからな」

 

「・・・・・え?」

 

「とりあえずは・・・応急手当だな。それにISスーツを着ていても体温の低下は否めん。雪を沸かして湯を作るぞ。そう言えば・・・・・芹沢技師が持たせてくれたリュックの中に()()()()()()()があったな」

 

そう言って呑気に雪でお湯を作り出すラウラがリュックから取り出したのは、鈍く光る金属製で長方形の平べったい水筒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェッ、このクソ野郎!! お姉様を()()()()()()()()()!!?」

 

一方、想い人との逢瀬を邪魔されたログナー・カリニーチェは、下卑ただらしない笑みから打って変わって燃え滾る憤怒へと形相を変貌させると、空から襲来した邪魔者へ向けて怒声を浴びせる。

此の襲来者の登場によって注意が逸れた為に楯無を見失ったので、尚余計に彼女の頭には血が昇っていた。

 

「ぶっ殺すッ・・・・・ぶっ殺してやる! それもただでは殺してやるつもりはねぇ! 私とお姉様との逢瀬を邪魔しやがったんだ! じわじわとなぶり殺しにしてやる!!」

 

「そして、その後でお姉様とゆっくり・・・・・うへへへッ」と、あらぬ妄想を抱きながらカリニーチェは、麗しきクリースナヤによって赤く染まった蒼流旋を襲来者へ射し向ける。

 

・・・・・しかし、別に憤っているのは彼女だけではない。

其れ処か、カリニーチェ以上に額へ青筋を浮かべている者がいた。

 

・・・歯ぁ喰いしばれ

 

瞬間、呟きと共に突如としてカリニーチェの視界からシュッ・・・と消える当世具足を纏った襲来者。

其の彼が次にカリニーチェの前へ現れたのは、手が優に届く距離。

相手からしてみれば先程まであんなにも遠くの距離に居た重々しい存在が一瞬にして目の前へ現れたのだから、まるで瞬間移動したかの様に見えた事だろう。

 

―――――「・・・は?」

 

思わず呆けた声が出てしまう。

其の丸くした目の瞳に映し出されたのは、大きく右腕を振り抜いた長烏帽子形兜を被った一人の鎧武者。

其の顔を覆った金色の四ツ目が、ギョロリとカリニーチェを睨み通す。

 

清瀬流対決術、模倣の型・()()・・・『火竜の鉄拳』!

 

前へと突き出し振るわれる拳が纏うのは、黒が混じった紅蓮の焔。

其の焔を纏った拳は、上から下の一直線に呆け顔のカリニーチェの綺麗な頬骨を捉えた。

 

めぎィしゃぁアアッ!

ぶぎぃいええ!!?

 

生々しい音を発しながら後方彼方へデコピンで弾いた紙屑の様にぶっ飛んだカリニーチェは、其のまま地面へと激突。

雪飛沫を巻き上げて倒れ伏す姿は、まさにヤムチャ。

 

「ッ・・・て、テメェ!」

 

余りにも突然の出来事に思考が追い付かないカリニーチェだったが、持ち前のタフさですぐさま起き上がる。

歯を喰いしばって反撃せんと顔を上げる。

・・・・・だが。

 

「へ・・・?」

 

顔を上げた彼女が最初に見たもの。

其れは自分を見下ろす眼。金色の焔が零れ落ちる四つの瞳。

そして―――――

 

・・・オラ!

ぐッギャ!?

 

ガン!とカリニーチェの頭部へめり込む装甲で覆われた拳骨。

踏ん付けられた蛙の短い断末魔と共に再び地面へ叩き付けられるモデル顔。

 

「ふ、ふざけんじゃねぇえ!!」

 

突然とは云え、油断していたとは云え、二発もの、其れも顔面への攻撃を許すと云う屈辱に打ち震えたカリニーチェは、今度は起き上がらずに蒼流旋を操作して敵を牽制せんとす。

ワインレッドのランスビット先頭へ装備されたガトリングの銃口が、鎧武者の顔面目掛けてズガガガン!と火を噴き、白煙が立ち昇る。

 

「ッ、ゲぼらぁアア!!?

 

ところが、悲痛な絶叫を上げたのは、またしてもカリニーチェの方だった。

バッギャぁアッ!と生々しい音と共にグルんグルん丸太の様に雪を巻き上げて転がるカリニーチェ。

鼻から噴き出た血が、ポタポタ真っ新な大地に色を付ける。

 

「(な・・・なにがッ、なにが起こってやがる?! こ、この私・・・ログナー・カリニーチェが、まるで虫けらみてぇに・・・・・!)」

 

カリニーチェの頭の中は疑問符で一杯になった。

其れも其の筈。元とは云え、国家代表を担っていた実力を有する彼女が、手も足も出せない。其れも奥の手とも云える強化形態、麗しきクリースナヤを纏った状態でだ。

いくら楯無との戦闘があった後だとしても、余りにも一方的な攻撃にカリニーチェの表情は、様々な感情によって歪んでしまう。

 

「・・・・・おい、其処のソビエト女郎」

「ッ・・・!」

 

一面の銀世界に木魂する男の声に対し、鼻と口から血を垂らすつつカリニーチェは其の声のする方へ三角にした眼を向ける。

すると其処には、先端が三つ又になった()()をユラユラ揺らす黒鎧を纏う人の形をした竜が、赤紫色の二対の六枚羽を広げて佇んで居るではないか。

先程、装甲の厚い戦車さえも一瞬で粉微塵に出来る蒼流旋に装備されたガトリング砲弾を喰らった筈にも関わらず、彼・・・清瀬 春樹は静かに其処に立って居るではないか。

そして・・・彼は、カリニーチェへ己の人指し指を差し向けて()()する。

 

「今からテメェをボッコボコをする。ボロ雑巾みてぇにズッタズタにする。"私”達の、()()()を傷付けた事を・・・テメェの血と骨と臓物でもって償わさせる。此れは・・・『確定事項』じゃ。ええな、ソ連女郎?」

 

宣告と共に春樹は自らの腕を重ねる。縦に構えた右腕へ左腕を重ねて十字の形へ構えたのである。

さすれば、其の十字に組んだ腕より放たれるは一撃必殺の―――――

 

―――――「ッは・・・このバカ!!」

 

しかし、先に行動を起こしたのはカリニーチェの方だった。

彼女は、殴打と蹴撃の際に辺りへアクア・ナノマシンをばら撒いていたのである。

抜かりのないカリニーチェの次の行動は単純明快。ばら撒いた其のナノマシンを一斉に加熱させる事だ。

 

「べらべらと喋り過ぎなんだよ、テメェはよ―――ッ!!」

 

ドッボォオン!と、清き熱情による爆発が春樹を中心に巻き起こった。

地面へ積もった雪が爆風によって舞い上がって散らばり、局所的な雪が降る現象が発生する。

 

「じわじわなぶり殺しにするつもりだったが・・・やめだ、やめ! 一気に、確実に、ぶっ殺してやるよ!!」

 

そんな降雪の中、カリニーチェは弓を引く構えをとった。

其れは、彼女が敬愛して狂愛する楯無が、アクア・ナノマシンを一点集中攻性成形する事で強力な攻撃力とする一撃必殺の大技『ミストルテインの槍』を発動する態勢と同じであったのである。

 

「死ねぇえええええ―――――ッ!!」

ドグォオオ―――――オオオッン!!

 

清き熱情などとは比べ物にならぬ大爆発が起こった。

しかも強化形態である麗しきクリースナヤ状態であった為、其の威力は気化爆弾十個分を優に超える。

御蔭で、発動者当人は巻き起こった爆風によって後ろ吹っ飛んでしまう。

 

「・・・く、くく・・・クククッ・・・・・クハハハハハ! ア―――ッハッハッハッハッハ!!」

 

転がり吹っ飛んで雪塗れになりながらも体を起こしたカリニーチェは、呵呵大笑とばかりに腹を抱えた。

 

油断して三発攻撃を喰らった程度でフィニッシュパターンを行う事は、傍から見ればあまりにもやり過ぎに見えるだろう。

だが、其の()()でカリニーチェは本能的に感じ取ったのだ。突然、目の前に現れた()()()()の余りある脅威を。

其れ故に彼女は出し惜しみなしで一気に脅威を片付ける事にしたのだ。

 

「私とお姉様の逢瀬を邪魔するからいけないんだ! それに・・・ちょっと私の不意を突いたぐらいで、何を偉そうにしやがって!! 調子に乗ってんじゃねぇよ、クソッタレ! ギャハハハ!!」

 

カリニーチェは跪いた状態で随分と上機嫌に笑う。

其れもそうだろう。折角出会えた想い人との逢瀬を邪魔され、其の想い人を隠されたのだから。

だが、其れも終わり。

邪魔者は消えた。後はゆっくりと隠れた想い人を探し出してからのお楽しみタイムだ。

そして・・・カリニーチェは焦らされると更に燃えるタイプの様で、楯無との逢瀬を妄想するだけで鼻息荒く鼻血まで出しそうな程に「ふゥーッ、フぅーッ!」と興奮していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――だが、そうは問屋が卸さない。

 

「・・・随分とご機嫌じゃねぇ? 何かエエ事でもあったんかい?」

 

「ハハハハハッ・・・・・・・・・・・・は?」

 

横を向けば、其処に居たのはヤンキー座りでカリニーチェのあられもない少々下品とも云える笑顔を興味深そうに頬杖をついて見物する金眼四ツ目の仮面を被った鎧武者。

そんな異形の戦士に気付いたカリニーチェの呆気に取られた表情を見て、彼は口端をニッコリ吊り上げると共に彼女の顎へジャブを繰り出す。

 

たらヴァ!?

 

めぐしゃ!・・・と生々しい音が響いた後、素っ頓狂な短い悲鳴が銀世界へ木魂する。

そんな間の抜けた断末魔の後には、ザバァーッと雪原が人型に抉れて崩れる音がした。

 

「ありゃ? 軽めにやったつもりじゃったんじゃけどなぁ・・・・・悪ぃ、力加減間違えたわ。大丈夫かぁ?」

 

まさかの出来事に驚いていたのは、カリニーチェへジャブを放った春樹の方。

当人としては、小突く程度の軽めのつもりだったのだろうが、其の威力はヘビー級ボクサーのストレートパンチ並である。

 

ぐッ・・・あガ・・・がァ・・・!!

 

一方、殴られた方のカリニーチェは血と唾液が垂れる顎を抑えて漸う立ち上がるのだが、瞳孔が不規則に揺れてフラフラとまるで生まれたての小鹿の様だ。

其れでも春樹へ焦点を合わせる様に視線を向けると、ブレードを杖代わりにして姿勢を安定させた後、外れた顎を無理矢理力尽くではめ直す。

 

「あらー、流石はソビエト人。ソ連名物のAK-47(カラシニコフ)みてぇに頑丈」

 

がッフ・・・! な・・・なんなんだッ・・・なんなんだッ、テメェはよぉー?!!」

 

カリニーチェの表情は困惑と動揺を隠せずにいた。

其処に先程まで、余裕の笑みで勝ち誇り、傷付いた人間を愛の名の下に甚振る事を楽しみにしていた彼女は居ない。

今まで味わった事のない屈辱と痛み・・・そして、困惑と恐怖に動揺し、寝物語の怪物を怖がる幼女の様に身体を震わせる人間が其処には居た。

 

カリニーチェの頭の中は疑問符で一杯になっていた事だろう。

並のISなら大ダメージを喰らう清き熱情を喰らい、更に麗しきクリースナヤなる強化状態で放った小型気化爆弾十個分以上の一撃必殺技『ミストルテインの槍』を真正面から真面に直撃しても尚、ピンピンしている目の前の怪物(ババヤーガ)に動揺が隠せない。

 

「ん? あぁ、"私”か? そうじゃのー・・・・・こういう時、『宇宙海賊コブラ』なら、こう言うじゃろうな。「あててみろ、ハワイへご招待するぜ」・・・ってな」

 

そんな彼女に対し、春樹は軽口を叩く。

其の下手な煽り文句と揶揄う仕草が、恐怖に歪むカリニーチェの琴線へ触れたのか。彼女は「き―――――!」と顔を引き攣らせ、春樹へガトリング砲内蔵のランスビット、蒼流旋を差し向けた。

 

「・・・ええ加減、邪魔じゃわぁ」

「は?」

 

ところが、ガトリング砲の砲口から火が噴くよりも早くに春樹の腕から伸びた触手が、蒼流旋へ突き刺さる。

すると蒼流旋は其のまま力なく雪原の中へ沈み込んだではないか。

 

「ッ、な・・・なに、なにしやがった? 一体なにしやがったんだッ、テメェ!!」

 

次から次へと舞い込む予想外の斜め上を突き抜ける状態にカリニーチェは更にパニックを引き起こす。

其処へ春樹の随分と癪に障る一言。

 

「一々啼くなや・・・この、マ・ヌ・ケ」

 

「ッ、く・・・クきくゥうウ!!

 

カリニーチェ自身、此処まで()()にされた事は初めてだった。

彼女は、今まで相手を自分の意のままにし、従わなければ()()()使()で相手を屈させて来た過去がある。

カリニーチェの場合は、其れが何回も()()行えてしまった事と其れを咎める相手が居なかった為、過度な自信と生まれながらのプライドの高さに拍車が掛かってしまった。

そんな中で出会ったのが、楯無である。

自分よりも若く、才能もあった彼女を当初のカリニーチェは良く思わなかった事だろう。

しかし、楯無はカリニーチェより強かった。外面的にも、内面的にもだ。

此の人生で初めて出会う自分よりも優れた人間にカリニーチェがのめり込むのに時間はそう掛からなかった。

しかし、尊敬や敬愛だけで済むのならば良かったのだが、カリニーチェの場合は其処に偏愛と依存、固執が加わった事で異質なものに変貌してしまったのである。

御蔭で、楯無は災難な目に遭ってしまったと云う訳。

 

・・・話を戻そう。

そんなプライドの高いなまじ強いカリニーチェが本懐を遂げようとした矢先に突如として現れた正体不明の敵IS。

其の敵の正体が、世界で二人目の男性IS適正者である事を女尊男卑癖のある彼女は無意識に感じ取っていた。

そんな自分よりも格下である筈の男にカリニーチェは手も足も出せない。其れも楯無を追い込んだ強化形態を纏った状態でだ。

 

・・・許せない。

自分よりも下等で愚かな男などと云う劣勢生物に苦戦を強いられている事が、絶対強者である自分が下劣な劣等種によって血を流している事が許せなかった。

 

きぇえエエエエエッ!!

 

カリニーチェは、残ったアクア・ヴェールを全て攻撃行動へ回し、有らん限りの出力で以って春樹へ爆発的攻撃を行う。

ボグォオ―――ッン!!と凄まじい爆発音と衝撃波が巻き起こり、雪原を抉って大きなクレーターを形成する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・しかし。

 

「へ・・・・・ッ?」

 

ブリザードの様に吹き荒れる雪の合間を縫ってユラ~リと現れたのは、黒鎧の大武者。

傷の一つも付いていない鎧を纏う長烏帽子の兜を被った金眼四ツ目の人型に押し込められた一体の竜。

 

余りに衝撃的で予想外の出来事に目が点となってしまうカリニーチェ。

そんな呆然と立ち尽くす彼女を余所に黒竜は瞬間移動かと見紛う速度で、一瞬にしてカリニーチェの距離を詰めてしまう。

 

「・・・・・阿破破ノ破ッ」

 

そして、黒竜・・・いや、春樹は笑う。

鬼の様に笑う。怪物の様に笑う。化け物の様に笑う。愉快そうに、楽しそうに、哀れそうに。

其の刺し貫く様な金眼四ツ目で相手を見据えながら静かに激昂する春樹は、口端を吊り上げて牙をカリニーチェへ見せた後、いつの間にか振り上げていた固い硬い堅い拳骨拳を一気に振り下ろした。

 

ぶゲぇえええええ!!?

 

グシャッ!と腐って地面へ落ちた果実の様な音と共に響き渡る断末魔。

鼻孔と口から、またしても血が噴き出す。

だが、先程と違うのは、其の断末魔と血が何度も何度も連続で響き渡って雪原を赤く染め上げた点だ。

 

「オラ! オラ!! オラ!!!」

ぐヴぇッ! ゲひゃ!! ウギィあッ!!

 

春樹の長い尻尾の先にある三つ又がガッチリとカリニーチェの首元を捉え、腰部分から伸びた幾本もの触手が彼女の手足を絡めとって離さない。

さて、そんな囚われの身となったカリニーチェの頭部へ春樹は左右に拳骨と手刀を振るい、腹部へ膝蹴りを何度も喰らわせた。

まるで・・・リンチだ。

 

「破・・・阿破破・・・・・阿破破破ッ!」

 

そんな私刑を楽しむ様に春樹は奇天烈な声で嘲笑う。

噴き出した血が黒い籠手に付く度に彼の口端は大きく吊り上がる。

 

やッ・・・やめ・・・・・!

 

「阿?」

 

やめ、て・・・や・・・めて・・・・・や、めて・・・やめて、くだ・・・さい・・・!

 

真っ赤に汚れて腫れ上がったカリニーチェの眼元から零れる赤く濁った雫。

 

おね、がいです・・・も、もう・・・やめて・・・・・おねがい、だから・・・もう、ひどいことしないで・・・!!

 

最早、其処にあの強く美しい彼女は居なかった。

カリニーチェは懇願する。もう殴らないでくれと、蹴らないでくれと。

もし手足が自由に動いたのなら彼女は跪き、両手を握って許しを請うたろう。

 

そんなカリニーチェへ対し、「ふむう・・・」と春樹は首を傾げると思い付いた様にある言葉を呟く。

 

「I promise honey, I can feel your pain♪ And maybe I enjoy it just a little bit♬」

「は・・・?」

 

とても流暢に、そしてリズミカルに発した英語の一節。

そんな突然歌い出した自分に呆気にとられるカリニーチェへ、春樹はニコリと笑顔を見せた後、再び英語で一節歌う。

 

「Does that make me insane?」

 

さて、春樹が突然歌い出した曲の名は『INSANE』。

アメリカのインディーズアニメ作品『ハズビン・ホテル』に登場する主要キャラクター『アラスター』をモチーフとした曲である。

彼が歌ったのは、そんな曲のサビ部分の一節。

其の一節を和訳するとこうだ。

 

「うん。君の痛みはよく分かるよ」

「でも、其れが楽しいんだよね」

「私って・・・狂ってるかな?」

 

因みに・・・

ハズビン・ホテルに登場する此のアラスターなるキャラクターは、表面上は折り目正しい紳士。だが、其の正体は地獄に堕ちてから地獄の支配者達を次々と殺戮し、其の虐殺の様子をラジオで地獄中に放送したというシリアルキラー。

地獄最強クラスの悪魔として恐れられており、其の所業から「ラジオの悪魔」の二つ名で呼ばれているキャラクターである。

 

「なぁ・・・楯無を痛め付けてる時、テメェは酷く上機嫌じゃったよな? 楽しかったか? 気持ち良かったか? "私”もな・・・テメェを痛め付けてる此の瞬間が、とても心地がエエんじゃ。解るじゃろう?」

「ちッ・・・ちがう! 私とお姉様は、愛し合ってたんだ! 愛を確かめ合う為に・・・私は―――――」

 

バッキィ!と生々しい音が聞こえた後、どしゃりと雪原に沈むのは、手足を圧し折られた事で断末魔を上げるカリニーチェだった。

 

ギャぁアアアアア!!?

 

カリニーチェは悶え苦しむ。バタバタ暴れて身を捩らせる虫けらの様に悶え苦しむ。

そして、其の惨めな様を晒す彼女の胸倉を掴んで引き上げた春樹は、言い聞かせる様に言葉を紡いだ。

 

「大丈夫。テメェを殺すなんて()()事なんてせんよ。つーか・・・殺してなんてやんね。本当なら生皮を剥いで、歯を引き抜いて、耳鼻を削いでやる所なんじゃが・・・精々頭を砕いて、手足を圧し折って、肋骨を割ってやるぐらいにしといてやる。生かしておいてやる。じゃけぇ―――――」

 

春樹は拳を握ると其の拳骨に赤黒い退魔の炎を、摩滅の焔を纏わせる。

 

ひッ・・・ひぃいいいいいいい!!?

 

きっと・・・きっとカリニーチェは此の光景を生涯忘れる事はないだろう。

其の金色に燃ゆる四つの眼を、其の生え揃った牙の間から白い吐息が漏れる事を。

そして―――――

 

「―――――もう二度と悪い事すんじゃねぇぞ」

 

其の拳によって砕かれる自分の顎骨の音を、きっとログナー・カリニーチェは忘れる事はないだろう。

 

ぐめきゃぁアアッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ、終わったでよ! おーい、もう出て来てエエよー!」

 

「ふぅー!」と良い仕事した様に額を拭った春樹は、自分の後方へ向けて声をかけた。

 

「・・・・・ありゃ?」

 

しかし、返事が来る事はない。

どうしたのだろうかと、何かあったのだろうかと、春樹はレーダー反応を頼りに雪原を掘り、雪に埋もれた簡易シェルターを自前の鍵鉈で引き裂いて開ける。

すると其の中には―――――

 

はるきくんってねー、とってもかっこいいのよー! わかってんのー? わたちのぴんちにさっそうとあらわれる・・・ひーろーみたいにねー!! ひっくッ

 

あたりみゃえだろう! はるきは、とってもかっこえいのだ!!

 

白い肌を紅色に染めたカットバン塗れの水色髪と、真っ赤な顔で目が座った黒眼帯の銀髪が呂律の回らない口調で騒いでいるではないか。

 

「えッ・・・え? なして二人とも酔ったみてぇに・・・・・って、阿!!?」

 

見れば、水色髪には変に平べったい水筒が握られていたのである。

 

「た、楯無! お前ッ、其れ俺の()()()()()!!」

 

其れは春樹自前の蒸留酒入れの水筒、スキットルだった。

芹沢が日本出発前に彼等へ渡したリュックの中に入っていたのをラウラが発見し、「身体を温めるにはやっぱりコレじゃな!」と春樹が日頃から言っていた為、真に受けたラウラが良かれと思って傷付いた楯無の身体を温めるのに飲ませたのである。

だが、上記の様にスキットルは蒸留酒を入れる為の水筒だ。

なれば無論、中に入っているのは度数が高いアルコール。其れも春樹の大好きな命の水、ウィスキーだった。

 

「ッ、おんどりゃオメェ!! ほとんど空っぽじゃねぇか!!」

 

酔いどれから愛用スキットルを奪い返してみれば、中は水滴が幾つか残るばかりであったのである。

 

実は当初、勧められたウィスキーの味に戸惑った楯無だったのだが、徐々に飲む度にアルコール効果で楽しい気分なり、酔った勢いでラウラに絡み酒をしてしまったのである。

まだ其れだけでも良かったのだが、前々から春樹の飲む酒に興味があったラウラが好奇心に負けて飲んだ事が切欠で収拾が利かなくなってしまっていた。

更に言えば、芹沢がいらぬお節介(?)で、スキットルの中を満タンにしていたのだ。

 

あーッ、はりゅきくんだー!

おー、はるきー・・・ちゃんとやっつけてきたか~?

 

「なして楯無だけじゃのうて、ラウラちゃんまで・・・・・あぁ、俺の楽しみがッ・・・」

 

ガックシ肩を落とす春樹だったが、落ち込んでいる場合ではない。

きっと、先程のカリニーチェとの戦闘は、ロシアやら他国やらの監視衛星にばっちり撮られている事だろう。

そうなれば、ロシア軍の大部隊がぞっと此処へ集結して来る筈だ。

 

一応、監視衛星対策に春樹やラウラへ特定ジャミングをかけて隠蔽しているが、とっとと此処を離れた方が良いに決まっている。

其れでも―――――

 

「琥珀ちゃん・・・とりま、一番近くの酒屋を検索してくれんかな?」

〈はぁ~・・・まったく、やれやれね〉

 

そうこうしている内にシェルターの外はブリザードが吹雪始めて来る。

そんな雪原の上には、雪だるまにされたカリニーチェが白目を剥いて意識を失っているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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201話


※赤字はドイツ語



 

 

 

国際IS委員会の要請を受領し、イギリスへと向けて飛び立ったIS学園精鋭専用機所有者一行。

しかし、彼等の乗る航空機がロシア領空内においてロシア宇宙軍の襲撃を受けてしまう。

軍との交戦を避けたい学園勢は、ロシアIS国家代表の更識 楯無を殿軍としてロシア軍の応対を任せると、部隊を二つに別けて早々に離脱したのだった。

 

ロシアを起点にドイツからイギリスへ入国する部隊とフランスからイギリスへ入国する部隊に分かれたIS学園勢。

彼等は、背後から迫る追剥共から逃げる様に寝る間を惜しんでEU圏内まで一気に飛ぶと其処から鉄道に乗り込んで、息を潜めて目的地へ向かって行く。

だが、幾らIS学園の精鋭と言っても、外部協力者なしの旅は少しキツい。・・・と云う訳で、二つの部隊は持っている()()を使う事にした。

 

「ど、どうぞ・・・どうぞ、よろひくお願いしまっひゅ!」

 

ドイツルートでイギリスへの入国を目的とする小隊を率いる山田教諭は、酷く緊張していた。

御蔭で、噛み噛みの舌っ足らずに拍車がかかる。

 

「そんなに緊張されなくとも結構です。ブリュンヒルデ・・・織斑 千冬()()から、あなた達を無事にイギリスへ運ぶ様に頼まれていますので」

 

見るからにド緊張な山田教諭へ優しい言葉を掛けるのは、ドイツルート中継基地として使用するドイツ軍基地責任者、ミッターマイヤー准将。

髭を蓄えた威厳のある赤毛の軍人紳士だ。

 

「しかし、随分と災難な目に遭われましたな。露軍の戦闘機に襲撃を受けるとは・・・お疲れでしょう。少しの間ですが、あなた達がゆっくり休める様に務めさせて頂きます」

 

「あ、ありがとうございます! 独軍からのご厚意、甘えさせていただきます!」

 

「なんのなんの。織斑教官・・・いえ、今は先生でしたな。彼女には、うちの将官達が随分と世話になったのです。これくらいの事はお任せください。・・・・・ところで、山田先生?」

 

「は、はい! なんでしょうか?!」

 

「つかぬ事をお聞きしますが・・・一体何の目的でイギリスへ向かうので? それは部隊構成の中に我が国の国家代表候補生、ボーデヴィッヒ少佐が含まれていない事も関係しているのですか?」

 

表情は柔らかいが、一瞬にして目の奥を歴戦の軍人へと変貌させるミッターマイヤー准将。

彼は、IS委員会からの一方的で不明確な要請を無下にする訳にもいかなかった事と一年の短期間とは言え、軍の教官を務めた千冬からのお願いもあって受ける事にしたのだが、職業柄か其れとも単なる好奇心からか、山田教諭へ疑問符を投げ掛けた。

 

「ッ・・・そ、それは・・・・・申し訳ありませんが、規則なので。外部の方へ情報共有できない事になっているのです」

 

「そこを何とかできませんかね? 一応、私はボーデヴィッヒ少佐の保護者を担っている。それでもダメですかねぇ?」

 

ニッコリと人懐っこい笑顔を浮かべる准将だったが、其処はIS学園に勤める教員である。

「えと、えと・・・!」と口籠りながらも詳細を一切言わず。

 

「ご・・・ごめんなさいッ、言えないんですぅ! 失礼しまーす!!」

 

・・・と、さっさと退室してしまう。

其の速度たるや正に電光石火。

 

「(ふむ。見事な息も吐かせぬ退却速度。流石は、元国家代表候補生で現IS学園の教員と云った所か)」

 

山田教諭の逃げ足の速さに感心しながらミッターマイヤーは自席の電話受話器を手に取った。

 

あぁ、私だ。彼女等の()()には、彼女等に任せる。そうだ、『黒兎部隊』にだ。くれぐれも彼女等から目を離すな

 

通話を終えた後、ミッターマイヤーは「ハァ・・・ッ」と溜息を漏らす。

 

「(しかし、山田教諭のあの様子・・・あれだと「言えない」と言うより、「知らない」と云った方が正しいかもしれんな。まったく・・・IS委員会め。今度は、一体どんな面倒事を抱えこんだんだ?)だが・・・あのお嬢さん達には悪いが、うちの()()()()()()があの中に入って居ないのはせめてもの幸いだ

 

ボヤキの様な呟きの後、「よし!」と彼は手を叩くと、自分の鍵付き開き戸の中から硝子瓶を取り出した。

硝子瓶の中は赤琥珀色の液体で満たされており、其れをミッターマイヤーは飾り硝子のグラスへとぷとぷ注ぐではないか。

 

こうも寒くては仕事にならん。ちょっとだけ・・・ちょっとだけだぞ、クラウス・ミッターマイヤー

 

さぁ、此れからグラスの中を空っぽにしようとした瞬間・・・デスクの上の固定電話が唸りを上げた。

折角の休憩時間を邪魔されてミッターマイヤーは「も~ッ」と口をすぼめるが、仕方ないので受話器を手に取る。

 

准将、日本大使館よりお客様方がお見えになっております

 

ん? 日本大使館からだと? 今日は、そういった予定はなかった筈だが?

 

なんでも緊急の要件だそうで・・・急ぎで准将に取り次いで欲しいとの事です

 

「(緊急の要件? このタイミングでか?・・・・・・・・なにか()()()()()がするな)」

 

不穏な事を感じつつも、ミッターマイヤーは日本大使館からの使者を通す事にした。

 

 

 

そして・・・彼の()()()()()は、的中してしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「みなさん、調子はどうですかぁ?」

 

ド緊張の会合を終えた山田は、疲労を振り払う様に自分の頬を叩いた後、生徒達が待機している部屋へと無理に笑顔を作って入室する。

 

「あ・・・」

「山田先生・・・・・」

 

室内には、随分と疲労感を漂わせる箒・セシリア・鈴・サラが気怠そうにソファや椅子に腰を据えていた。

 

「もう大丈夫です。ドイツ軍の方々が、身の安全を保障してくれるよう約束してくれました。イギリスに行くまでの間、休ませていただきましょう!」

 

カラ元気で場を和ませようとする山田だったが、どうにも暗い雰囲気を振り払う事は出来ない。

此のどんより暗い雰囲気な訳は、自分達を此処まで逃がす為にたった一人で殿軍になってくれた楯無の安否であった。

 

彼女とは後で合流する予定なのだが、ロシア領空内で別れたのを最後に音沙汰が一向にない。

何かあったのだろうかと思わずにはいられなかった。

 

「会長・・・大丈夫でしょうか?」

 

「一応あんなふざけた感じだけど、IS学園の生徒会長でロシア国家代表よ。大丈夫よ、大丈夫・・・・・たぶん」

 

沈んだ雰囲気が続く中、皆を元気付けようと脳内で言葉を探す山田だったが、どうにもこうにも舌が廻らない。

・・・こんな時、()()()ならどうするだろうか?

 

「うだうだしてもしょうがない! 今は目の前の事に集中する事が先決だ!」

 

「皆ッ、顔を上げろ!!」と声を張り上げたのは、篠ノ之 箒であった。

彼女は声を発すると共に立ち上がり、皆の前で大きく手を振り上げる。すると「そうね」と賛同する声がした。

 

「殿を買って出たのは、更識本人よ。なら、それは本人の責任。私達が気負う事はないわ」

 

「そ、それは・・・あまりにも薄情ではありませんか、ミス・ウェルキン?」

 

「オルコット卿、私達の目的は何? 更識は、私達が目的を果たす為に()()になったの。だったら、彼女の為にも私達は前に進むべきなんじゃないのかしら?」

 

サラの尤もらしい意見に口籠るセシリア。

・・・だが、彼女に不信感を募らせている者が呟く様に言葉を並べる。

 

「・・・・・随分、口が上手い事言ってくれるじゃない」

 

「鈴さん・・・?」

 

凰 鈴音は、眉間にしわを寄せてジットリとサラを睨む。

背丈は彼女の方が低い為、サラを上目遣いで見る形となった。

 

「私、あんたの事がイマイチ信用ならないのよ。その口車に一夏が乗せられたせいで、私達はこんな所まで来たんだから!」

「おい、鈴!」

 

無遠慮な物言いの鈴に箒はムッと眉をひそませる。

しかし―――――

 

「凰さん、あなた・・・・・本当に可愛いわね」

「ッ、はぁ?」

 

サラは鈴の態度に対して口端を吊り上げ、彼女を賞賛するかの様な言葉を並べたのだ。

まさかの言葉に驚いて身体が固まる鈴だけではなく、妖しく色っぽく微笑むサラへ皆の視線が釘付けとなってしまう。

 

「大丈夫、大丈夫よ。別に私は、彼を・・・一夏を狙ってる訳じゃないから、心配しないで。あなたもよ、篠ノ之さん」

 

「べ、別に私は一夏の事など・・・!」

 

「今更ね。私が一夏が喋っている時のあなた、親の仇でも見る様な目だったじゃない」

 

「フフン♪」と得意げなサラの表情に対し、鈴と箒は「むぅ・・・ッ」とバツが悪そうに眉間をひそめた。

 

「別に私の事を無理に信用しようなんてしなくてもいいわ。私達、今までそんな接点なんてなかったんだから」

 

「で・・・ですが、ミス・ウェルキン。それでは、作戦遂行に対する士気に影響が出てしまいますわ!」

 

「確かにそうかもしれないわね・・・」

 

「・・・・・でもッ」と前置いたサラは、セシリアの耳元まで近づいて一言ボソりと呟く。

 

()()()するような人間をどうやって信用しろって言うの?」

「ッ・・・!?」

 

ギョッとするセシリアを尻目にサラは大きく伸びをし、「山田先生、そろそろシャワーを浴びたいんですけど?」と山田へと問う。

 

「そ、そうですね! 皆さん、シャワーでサッパリした後で食事にしましょうか!」

 

「いいですわね。私、もうお腹ペコペコ。みんなもそう思わない?」

 

彼女の疑問符に皆はただ黙って頷くしかなく、サラ・ウェルキンと云う人物像に謎が深まるばかりであった。

 

調度其の時、部屋の扉をトントンとノックする音が聞こえて来る。

そして、「失礼します!」の声と共にあの()()()()()()()厳つい()()を着けた人物が部屋へと入って来た。

 

「私は、ドイツ国防軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』で副隊長を務めさせております、『クラリッサ・ハルフォーフ』大尉と申します。今回、我が部隊がIS学園専用機所有者方の護衛として配属されました。短期間ですが、よろしくお願いいたします」

 

軍服姿で敬礼を表するクラリッサ。

其の荘厳ながらも美しい振る舞いに対し、皆が緊張の面持ちで「は、はい! よろしくお願いします!」と返答する中、サラだけは砕けた態度でこう言う。

 

「それでは、大尉殿? シャワー室に案内してくれませんこと?」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

其の日、独軍IS部隊所属のクラリッサ・ハルフォーフ大尉は浮足立っていた。

実は此処数日、彼女の尊敬して敬愛して()()()()()上官であるラウラ・ボーデヴィッヒからの連絡が滞っていたのである。

彼女との最後の通信内容は、恋人とのデートをどの様に過ごせば良いのだろうかと云う恋愛相談であった。

 

其のラウラ・ボーデヴィッヒの恋人と云うのは、世界で二番目に発見された男性IS適正者、清瀬 春樹である。

彼はVTS事件で窮地に陥ったラウラを救出し、更に何処から仕入れたのかドイツの国家機密を楯にドイツ政府と交渉して彼女の身の安全を確保した大恩人だ。

そんな人物との恋愛をクラリッサや彼女が所属する部隊、シュヴァルツェ・ハーゼが応援しない訳がない。

そういう訳で、一般的な学生や年頃の少女の感覚に疎いラウラへ皆は良かれと思って色々吹き込むのだが・・・・・クラリッサを始めとした他の部隊員達は、サブカルチャーによる偏った日本文化を有していた為、時折り誤った情報をインプットしたラウラに春樹が困惑してしまった事が多々あったと云う。

 

・・・話を戻そう。

そんなラウラの恋路を全力で応援している部隊各員だったのだが、初デートの感想がいつまで経っても来ない事に四苦八苦で悶えていた。

春樹との交際宣言以降、ラウラから定時連絡で送られてくる恋人との甘々な日常報告が、今や忙しく厳しい軍隊生活を過ごす部隊員のオアシスとなっていたのである。

そんな時に微笑ましく、時に刺激的で、時に口から砂糖を吐く糖度の定時報告が滞った事は、死活問題とも云える重大事件。

しかし、此方から報告をせびるのは、あまりにもナンセンス。

其れ故に部隊員達は、溜息を漏らす日々を送っていたのであるが・・・・・

 

「ッ、何ですと!? 清瀬殿が重体!!?」

 

シャワー室への道すがら鈴やセシリア達からIS学園一行にラウラや春樹が含まれていない理由を聞いたクラリッサは、ギョッと表情を歪めてしまう。

 

「ちょっとッ、大尉さん!!」

「声が大きいですわ!」

 

「も、申し訳ありません。しかし、どうして・・・? 少佐殿より、清瀬殿はタフガイだとお聞きしていたのですが?」

 

「詳しくは言えませんけど・・・凶器に毒が塗られてたらしいです。それで、流石の春樹も・・・」

 

「一応、命は取り留めましたが・・・危険な状態に変わりはありませんの」

 

「・・・なるほど、それで少佐殿は日本に残ったのですね」

 

「・・・意外だ」とクラリッサは口に出さずとも驚く。

彼女の知るラウラ・ボーデヴィッヒと云う人物は、あらゆる兵器の操縦方法や戦略などを体得した自分を戦う為の道具だと自負している戦闘マシンの様な冷徹な人物であった。

最近は、恋愛を知った事で性格や表情が軟化したとは言っても、傷付いた恋人の為に傍に残る様な御淑やかな性格ではなかった筈だったのである。

 

「(・・・・・変わられたのですね、少佐殿。お優しくなられたのですね、少佐殿。ですが・・・このような形で、あなたの変貌を知りたくはなかった!)」

 

ギュッとクラリッサは拳を静かに握り緊めた。

推している上官の性格変化の良い兆候を皮肉にも彼女の悲しみで知る事になるとは思ってもみなかった為、彼女はグッと奥歯を噛み締める。

 

「オルコット卿に凰さん? あまり()()()に話すような事柄じゃないんじゃないかしら?」

 

「・・・ミス・ウェルキン、それは違いますわ。」

 

「何ですって?」

 

「大尉は部外者ではありません。彼女は、ラウラさんの()()()の方です。知る権利はありますわ」

 

二人目男性IS適正者の情報流出を耳打ちで咎めるサラへ、セシリアはピシャリと反論した。

 

セシリアは、日頃よりラウラから自分の所属する部隊の話を聞いていた。

遺伝子強化素体のデザインベビーである彼女にとって、部隊各員は血が繋がってはいないが、家族と云える存在であったのである。

其れ故にセシリアは、ラウラを心配するクラリッサに事情を話したのだ。

・・・勿論、全てではないが。

 

「ウェルキン先輩、セシリア達の事は放って置きましょう」

 

「でも・・・」

 

()()()がどうなろうと知った事ではないが、私も少しラウラや大尉の気持ちは解ってやれるつもりだ。少しは容赦して欲しい」

 

「・・・・・そう。なら、仕方ないわね」

 

そうこうしている内、大尉の案内によって一行はシャワールームへと到着するのだが・・・

 

「あの、大尉さん?」

「シッ・・・静かに」

 

何故か、シャワー室の入り口で一行へ待機を命じたクラリッサは、右手へ部分展開によって自身の専用機大型武装を顕現させる。

『ナハト・ナハト』。ラウラの専用機シュヴァルツェア・レーゲンの右肩に装備されている大型レールカノンの発展型であった。

だが、何故に彼女は此の様な物騒な代物を顕現させたのだろうか。

 

「(此方は女性兵士の宿舎。其れに、この時間帯にシャワー室を利用は禁止されている。侵入者か・・・!)」

 

職業柄の勘によってシャワー室に人の気配を察知したクラリッサは、ゆっくりと侵入者に気取られぬ様に距離を詰めて行き、一気に扉を蹴っ飛ばして其の銃口を突き立てた。

 

動くな!!

 

「うわおッ!?」

 

口を開けた大型カノンの先に居たのは、真っ白なパンツを履いた上半身裸の白髪男。

彼はクラリッサの突然の登場に締めようとしたベルトを落っことし、藍色のボトムズをずり下げてしまうマヌケな恰好になってしまう。

 

「え、えと・・・あの、俺は―――――」

黙れ! 手を頭に置いて、ゆっくりとこっちを向け!!

 

クラリッサの怒号に「解ったけぇッ、撃たんといて!」と観念の言葉を発し、彼女の云うう通りゆっくり正面を向いた。

 

「此れでエエですかい?」

 

すると其処に居たのは、鍛え抜かれた鋼の様な肉体へ銃傷・裂傷・刺傷・火傷の跡が至る所に這い回る右眼を黒い眼帯で覆い、左頬に傷を負った爬虫類顔のアジア人。

彼は引き攣った作り笑いをクラリッサへ向ける。

 

ッ・・・そのアイパッチ・・・・・貴様ッ、何者だ?!!

 

ところが、敵意なしの男の笑顔とは裏腹にクラリッサは更に眉間へしわを寄せたのだ。

実は、男のしている眼帯は、シュバルツェ・ハーゼの部隊各員が付けている特別な物であったのである。

其れを見知らぬ男が使用している・・・・・彼女はギリリ奥歯を軋ませた。

 

「ま・・・待って待って、待ってくりんさい! 俺ぁ、ラウラちゃんがシャワー使ってもエエって言われたけぇ・・・・・って、ありゃ? あの、アンタ・・・もしかして、クラリッサ・ハルフォーフ大尉ですかい?」

 

ッ、どうして私の名を・・・!?

 

自分の名を男に看破され、静かに動揺するクラリッサ。

話は変わるが・・・ラウラの定時報告は、全て文章によるものである。写真などの画像情報は、情報流出防止の観点から報告に添付はされていない。

よって、彼女が男顔にピンッと来ないのも必然だった。

 

「あの・・・どうかされたんですの、ハルフォーフ大尉?」

 

「オルコット候補生ッ、下がっていて下さい! 侵入者が―――――

「って、()()さん!!?」

―――――え?!」

 

「な、なんですって!?」

「清瀬だと!!?」

 

クラリッサの事を心配して様子を見に来たセシリアの驚嘆の声を切欠にゾロゾロとシャワー室へ入って来た一行。

そんな一行に向けて眼帯傷面の男・・・・・二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹は、バツが悪そうな表情で手を振った。

 

「よ、よう。やっぱり皆、こっちに居たのね」

 

「居たのね・・・じゃないわよッ、このバカ!!」

「無事だったんですのね春樹さん! で、でもあなた日本に居た筈では・・・?」

「ゴクりッ・・・す、すっごい身体・・・じゃなくて、清瀬くん無事で良かったですぅ~!」

「ッチ・・・やはり、この男は・・・!」

「やれやれ・・・」

 

鈴は怒り、セシリアは疑問符を投げ掛け、山田は号泣し、彼女等の背後では箒が溜息を漏らし、サラは怪訝な表情を晒す。

此のカオスな状況に対してクラリッサは困惑してしまうが、其処へ更なるカオスが放り込まれる。

 

「おぉ。やはり、みんな此の基地に居たのか!」

 

「ッ、少佐殿!!?」

「「「「ラウラ(さん)!!」」」」

 

一行の背後に現れたのは、一回り大きいドイツ軍のコートを羽織ったシュバルツェ・ハーゼの部隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

「しょ、少佐殿! オルコット候補生の話では、日本に居る筈だったのでは?!」

 

「あぁ、ほんの少し前まではな。ああして春樹が復活したので、皆を追いかけて来た次第だ」

 

「それなら、どうして連絡をくれなかったのですか!」

「そうよ、ラウラ! あのバカが生き返ったなら、私達に連絡寄越してもいいじゃないの!」

 

「いや、実はな・・・・・詳細を省くと我々は()()()しているのだ、クラリッサよ」

 

「・・・へ?」と目を点にした後、春樹を良く知る人物達はジト目を彼の方へと向ければ、下手人は誤魔化そうと苦笑いをした。

 

「阿破破・・・いやぁ、追い付けるか思うてカッ飛ばしたんじゃけど、後々考えてみりゃあパスポートも何も持ってこなかったのに気づいてな。取り合えず、長谷川さんのコネを使ってドイツの日本大使館に寄った後でお邪魔したって訳。連絡できんかったんは、其の手続きで天手古舞じゃったけん」

 

そんな誤魔化し笑いの春樹に対して三者三様の溜息を漏らした後、彼女等はロシア領空で殿を務めた楯無を思い出してハッとする。

 

「ッ、春樹! あんたさっき「かっ飛ばして来た」って言ったわよね?! 会長ッ、楯無さんを見なかった?!!」

 

「そうだ! 私達はロシアで会長と別れたんだぞ!」

 

「阿、楯無? あぁ、大丈夫大丈夫。アイツなら途中で拾うたけん。じゃけど・・・」

 

「だけど・・・何ですの? まさか・・・ケガをされたんですの?!」

 

「じゃー。ちょっとキチガイのソビエトIS女郎と遣り合った時にアバラと顎骨にヒビ入れられたみてぇでな。あと、キツめの二日酔いになってる」

 

「そうですか、それはお気の毒に・・・・・って、二日酔い?」

 

「応。痛み止めと身体を温めるのにスコッチと現地で買うた本場のウォッカを飲んでな。ただ飲み方が解ってのーてな。ガバガバ飲んで、酷い二日酔いって訳じゃ」

 

「ロシア代表が酒に弱いとは意外だ。私も会長に釣られて飲んだが、ちっとも酔わなかったぞ」

 

「ほうかぁ? ちぃとばっかし酔っとったでよ、ラウラちゃん。御蔭で可愛さが、三割増しじゃったわぁ」

 

「お二人とも! 二十歳未満の人がお酒を飲んじゃダメなんですよ!!」

 

「「山田先生、ごめんなさーい」」

 

「ハモるんじゃないわよ、このおバカ達! ハァッ・・・それで、会長は?」

 

「大使館では専門的な治療が出来んかったけん、ラウラちゃんの手配で衛生兵の人らぁに任せた。今はモルヒネ打って眠りょーる。後でお見舞いに行ったらエエ。其れでさぁ・・・そろそろエエ?」

 

「そろそろ・・・って、何がですの?」

 

「いや、ズボン履かせてや! つーか、服を着たいんじゃけど! いつまで俺にストリップさせる気じゃよ?!」

 

春樹の此の一言によって、一行は春樹がパンツ一丁のマヌケ状態である事に漸く気付き、「キャー!」と室外へ退散するのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

おい、聞いたか?

何を? IS学園のお嬢さん達が基地に入った事か?

違う違う。黒兎部隊の()()()()()()が帰って来てるらしんだよ

お前、失礼だぞ。ボーデヴィッヒ少佐殿をそういう風に呼ぶのは。黒兎部隊の彼女達に殴られとけ。それに別にいいだろ、少佐殿が帰って来ても。この基地は、彼女の実家みたいなもんだ

そうじゃないんだよ、そうじゃ!

じゃあ何だ? 少佐殿が、彼氏でも連れて来たのか?

なんだよ、知ってるのかよ

・・・・・何だと? おい、どういう事だ?

どういうって・・・お前の言った通りだよ。あのおチビちゃんが、彼氏を連れて来たんだよ。ほら、噂の『フィエター』で通ってる二人目の男さ。御蔭で、赤ひげ閣下がヤキモキしてる。それこそ、愛娘が男を連れて来た父親みたいにさ

ハァ・・・・・おい

なんだよ?

お前、早くそれを言え。何処にいるんだ。見に行くぞ

そう来なくっちゃ!

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「美味いな、此の薄っぺらいトンカツみたいなの」

 

疲労が堪った凍えた身体を熱い熱いシャワーで温めほぐしたIS学園一行は、食堂で食事をとっている。

調度其の時間は他の兵士達の夕食時であった為か。彼等の周囲には、シュバルツェ・レーゲン部隊以外の他兵科所属兵士も居た。

其の為か、IS学園一行へは兵士達の多くの視線が注がれる。

 

「春樹、これはシュニッツェルと云うのだ。ジャガイモと一緒に食べると美味いぞ」

 

「おおッ、確かにー。美味しいわぁ」

 

「清瀬殿、こちらのズッペもご賞味ください!」

 

「おッ、ありがとうございますだ」

 

「・・・・・随分な御身分ですわね」

 

「阿?」

 

何故だか不機嫌そうなセシリアに問われたのは、右にラウラを左にクラリッサを、そして、周囲に興味津々な目をした黒兎部隊の面々を侍らせた春樹であった。

 

「鼻の下、伸びてますわよ?」

 

「そうよ。人に散々心配かけさせといて・・・春樹のくせに生意気よ! こっちは見世物みたいにチラチラ見られてるってのに!」

 

「いや、折角のご厚意じゃ。受けん訳にはいかんじゃろ。ツーか、鼻の下は伸びとらんしー。其れに見世物の気分は、俺が入学時に学園でいつも味わった事じゃしな」

 

「そうです、オルコット候補生。私は先程、清瀬殿に勘違いとは云えども銃口を向けてしまいました。ですので、これくらいのお詫びはさせて頂きたいのです」

 

「そして、部下の尻拭いは上官である私がするのが務めだ。と云うか・・・私は春樹を甘やかしたいのだ」

 

デレ発言に『『『おー!』』』と部隊員達から感嘆詞が漏れ、「ッケ!」と鈴とセシリアは眉間にしわ寄せ、「ハァ・・・下らん」と箒は溜息を漏らす。

 

「ツー訳で、俺はラウラちゃんに甘えます。今日からイギリス出発までデロデロに甘えさせて頂きます」

 

「―――――流石は、『フィエター・ベルゼアカー』と云う訳か。随分と肝が据わっているね」

 

「阿え?」

 

すっかり気を抜いている春樹が振り返れば、其処にはニッコリ笑みを浮かべた()()が彼を見下ろしているではないか。

 

「ッ、全隊敬礼!」

「おわっと!?」

 

赤ひげを蓄えた赤鬼の登場に一気に現場へ緊張感が奔り、其処に居た全員が直立不動で起立し、彼へ敬礼する。

其れに釣られたか、其れとも赤鬼の持つ他とは違うオーラに当てられたか、春樹も思わず立ち上がってしまう。

 

「ラウラちゃ・・・コホンッ、ボーデヴィッヒ少佐。此方の御仁は?」

 

「こちらは、この基地の責任者であるクラウス・ミッターマイヤー准将殿だ」

 

「ご紹介をありがとう、おチビちゃ・・・・・コホン、ボーデヴィッヒ少佐。私はクラウス・ミッターマイヤーだ。どうぞよろしく、清瀬 春樹殿」

 

差し出されたミッターマイヤーの手を春樹は息を整えた後で掴む。

 

「・・・はい。私は、清瀬 春樹と申します。此の度は、手土産も持たず押し入る様な形で訪問してしまい、申し訳ありません。本当ならば、もうちょっとちゃんとした形で御挨拶に伺いたかったですが、御容赦下さい。そして、うちの生徒会長の治療をして下さり、ありがとうございます」

 

「むッ・・・」

 

眉端をピクリ動かしたミッターマイヤーに春樹は「俺、何か間違えちゃった?」と内心焦ってしまう。

だが、実際はそうではない。

 

「むむむッ・・・!?(この男・・・数々の手骨を握りつぶして来た私が、こんなにも精一杯握り緊めているのに顔色一つ変えないとは!)」

 

ミッターマイヤーは春樹の手を握り潰さんとしていたのである。

彼は、一応のラウラ・ボーデヴィッヒの保護者だ。其のラウラが、恋人彼氏を連れて来たのだから気が気ではなかった。

実はミッターマイヤーには娘が二人おり、彼女等が年頃の時に連れて来たボーイフレンド共の手を彼は握りつぶして来た大人げない過去がある。

しかし現在、ミッターマイヤーの()()に対し、春樹はケロッとしていた。

 

・・・別に今や孫がいるまで年を喰ったミッターマイヤーの握力が落ちた訳では決してない。彼の握力はリンゴを握り潰す程まではあったのだから。

なれば何故に春樹は平気な顔をしているのか。其れは一重に―――――

 

「(・・・あぁ。ギュッとこっちも力を入れればエエんか?)ほれ」

「ッ、ぐぃ・・・!!?」

 

春樹の鉄パイプも握り潰す萬力による握撃がミッターマイヤーを襲う。

幸いにも当人によると軽く握ったと云う感覚だが、ミッターマイヤーの掌へ激痛を与えるには十分過ぎた。

しかし、ミッターマイヤーは一瞬表情を歪めるが此れを堪える事に成功する。そして、何食わぬ顔で春樹との握手を終えたのだ。

 

「う、うむ。あ・・・会えて光栄だよ、清瀬 春樹殿。どうぞ私の事は、クラウスとでも呼んでくれたまえ。クラウスおじちゃんでも良いぞぉ?」

 

「ありがたいお言葉です。ですが、周囲の皆さんの顔も立てなくてはなりません。ミッターマイヤー閣下とお呼びしても?」

 

「閣下か・・・少し堅苦しいが、悪くはない。今後の目標は、おチビちゃんと同じ様に呼んでもらう事だな」

 

「・・・おチビちゃんと云うのは・・・少佐殿の事で?」

 

「ん? あぁ、そうだ。私は親しみを込めて、『おチビちゃん』と呼んでいる」

 

「・・・私は、あまり良く思ってないがな」

 

少し渋い顔のラウラを見て、春樹の様子が少し変わる。

薄く笑みを浮かべているが、目の奥は笑っていない。

彼を知る者達は、春樹の機嫌が悪くなっている兆候だと察した。

 

「そうですか。ならば私は、彼女が良く思っている呼び方をさして頂きます。そして、お聞きになっていると思いますが・・・私は、"ラウラちゃん”と御付き合いさせて頂いております。其れも"真剣”にです」

「ッ、は・・・春樹・・・!」

 

春樹はラウラの手を取り、其の手をギュウっと握り緊める。

あまりの事にラウラは驚くが、何処か恥ずかしそうに両頬を朱鷺色へ染めて微笑んだ。華が開く様にふわりと。

其の彼女の表情に対し、現場に居た全員が目を丸くして『『『OH~!!?』』』と感嘆詞を述べる。

 

「・・・・・魅せてくれるじゃないか」

 

「はい。お気に召しましたか、閣下殿?」

 

しかし、面白くないのはミッターマイヤーの方だ。

其の時、彼は何か思いついたような意地の悪い表情となって、春樹へある事を提案する。

 

「いいだろう。しかし、このままでは面白くない! そこでだ、清瀬殿? 兵士達のリクリエーションも兼ねて、貴君の力を見せてもらいたい!」

 

「な!? ちょっと准将殿?!!」

 

大人げないミッターマイヤーにラウラは動揺し、周囲の兵士達は「またか・・・はじまったよ」と溜息を漏らすが、其の表情はウキウキわくわくしているのが目に見えて解った。

 

「・・・何をすれば、よろしいんで?」

 

「言った通りだ、貴君の力を見せて欲しい。クラリッサ・ハルフォーフ大尉!」

 

「ハッ!!」

 

「自身のISを用意しろ。これより、清瀬 春樹とクラリッサ・ハルフォーフの模擬戦闘試合を行う!!」

 

ミッターマイヤーの宣誓に「待ってました!」とばかりに『『『ワァアアアアアアッ!!』』』とどよめく兵士達。

かくして、黒兎部隊№2と二人目の男性IS適正者の決闘が執り行われる事となったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・春樹、こういう時はなんて言えば良かっただろうか?」

 

「ラウラちゃん。こういう時ぁ、こう云うんじゃ。じゃあご一緒に・・・せーのッ」

 

「「何で、こーなるの??」」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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202話

 

 

 

「・・・・・う・・・うぅん・・・・・うん・・・ッ、痛ぁ!?」

 

更識 楯無は、鈍い痛みと共に目を覚ます。

ぼんやりと重い痛みが、ガンガンガンガン頭を襲い、形容しがたい不快感が鳩尾から食道へと伝わった事で、彼女の表情は一気に真っ青になる。

 

「うッ、うう・・・!!」

「ッ、楯無さん!!」

 

飛び起きた青い顔の楯無は差し出されたゴミ箱へ「うげぇええ・・・!!」と吐瀉物をぶちまけた。

胃の中が空っぽだったのか。黄色い胃液だけが、箱底へと溜まる。

 

ぅげぇッ・・・! はぁ・・・はぁッ・・・・・はぁ・・・! き、きぼちわるぃいよぉ~・・・!」

 

「だ・・・大丈夫ですか、楯無さん?」

 

「う・・・うん、ありがとう箒ちゃん・・・・・・・・ッ、箒ちゃん!!?」

 

自分の背中を擦ってくれている人物の顔を二度見で確認した楯無は、其の表情をギョッと硬直させた。

何故なら其処に居たのは、ロシア領空内で別れた筈の後輩、篠ノ之 箒であったからだ。

 

「ほ、箒ちゃんがどうしてここに? っていうか、ここど・・・・・うぇええ!!」

 

「楯無さん、とりあえず全部吐いて。その後で、水をたくさん飲んでください」

 

「あ、ありが・・・・・おぇえええええ!!

 

ぜろぜろ息と吐瀉物を吐きながら自分の胃の中を空っぽにした楯無は、箒から受け取ったペットボトルに入った経口補水液を飲む。

だが、すぐに嘔吐感が治まる訳もなく、飲んでは吐いてを三回と繰り返した後で漸く一定の安定感を取り戻す事になった。

 

「・・・大丈夫ですか?」

 

「う、うん。まだ、ちょっと気持ち悪いけどね。それで・・・ここは?」

 

「ドイツにある軍事基地です。どうやらラウラの()()みたいです」

 

「あぁ・・・そう言えば、春樹くんがラウラちゃんとそんな話してたような・・・・・って、頭痛ーい・・・!? さっきから一体なんなの、この頭痛・・・?!!」

 

「ヤツの話だと二日酔いだそうです。かなりの酒を飲んだそうですね、楯無さん?」

 

「お、お酒・・・? って、あぁ!! ラウラちゃんに銀色の水筒を渡されて、それを飲んだら変な味だったけど何だか気持ちが良くなって楽しくなって・・・・・あれ、お酒だったのね。と云う事は、これは・・・二日酔いと云うやつね! うッ・・・・・やっぱ、きもちわるい・・・!」

 

初めて経験する二日酔いを何処か嬉しそうに堪能する楯無に対し、箒は「まったく・・・」と頭を抱えて溜息を漏らす。

すると、思い出した様に楯無は()()()の名前を口にする。

 

「あ・・・そう言えば、春樹くんは?」

 

楯無の疑問符に対し、箒は眉間に皺を寄せて渋い顔を晒して再び大きな溜息を漏らした。

其の彼女の表情に楯無は「しまった!」とバツの悪い顔をする。

 

篠ノ之 箒と清瀬 春樹は、犬猿の仲・・・と言っても箒が一方的に春樹の事を嫌っている。

理由を述べるのならば、其れは織斑 一夏が関係するのだが・・・説明するとあんまりにも長くなってしまうので割愛しておこう。

とりあえず、箒は春樹の事を良く思っていない。其の事だけを覚えておいてもらえると良い。

 

「清瀬・・・あの男は今、()()()()事に首を突っ込んでいます」

 

「・・・どういう事?」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』が所属する此の軍事基地には、勿論と云えるだろうが、ISによる模擬戦闘を行う為の闘技場(アリーナ)がある。

普段ならシュヴァルツェ・ハーゼに所属する部隊員の面々ぐらいしか居ない筈のアリーナだが・・・今回は違う。

 

『『『ワァアアアアアア!!』』』

 

アリーナの観客席は非番や休憩中のドイツ軍兵士の面々で一杯になっており、彼等はビール瓶を片手に歓声を上げる。

そんな熱気立つドイツ軍兵士達が見据える視線の先には、ある二人の人物が佇んで居た。

 

一人は、左眼を眼帯で覆ったドイツ軍のコートを其の身に羽織る女性士官。

名をクラリッサ・ハルフォーフ。

 

もう一人は、右眼を眼帯で覆った左頬傷のある勝色の肋骨服を身に纏った少年。

名を清瀬 春樹。

 

彼等はアリーナの中央にて、ピリピリとした空気を醸し出している。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・何でこうなったのかしら?」

 

観客席に座る凰 鈴音は、ズズーッとストローでカップの中の炭酸飲料を飲みながらついついボヤく。

 

「これも春樹さんが、安い挑発に乗ったからですわ」

 

「出店みたいなのが出てるし・・・いい暇潰しに利用されたようね」

 

「・・・とか言いながら、楽しむ気満々じゃないの!」

 

フランクフルトやらケバブを手にウキウキ気分のセシリアとサラへ鈴の鋭いツッコミが入れられる。

 

現在、観客席には小遣い稼ぎの為の売り子達が、春樹とクラリッサの対決見たさにアリーナを訪れた兵士達への販売を行っていた。

兵舎と云う娯楽の少ない場所に訪れた絶好の機会を逃すまいと皆躍起になっていたのである。

そんな本来ならば、此の現状を止めるべき筈の責任者達はと云うと・・・・・

 

「プッハー・・・このビール、美味しぃですぅ!」

 

「おおー! 山田先生、イケる口ですなー? さぁ、我が国自慢のヴルストもどうぞ!」

 

「ありがとうございますぅ」

 

「・・・准将、あまり飲ませ過ぎない様にして下さい。(あぁ、もう・・・大丈夫だろうか?)」

 

ミッターマイヤーに勧められるがままビールをグビグビ飲み干すのは、若干赤ら顔の山田教諭。

其の隣では、珍しく呆れた表情で内心はドキドキのラウラがミッターマイヤーへ注意を促している。

 

「・・・・・カオスね。箒が呆れて行っちゃうのも無理ないわ」

 

「別に・・・鈴さんも無理せず此処に居なくてもいいんですわよ?」

 

「ダメよ。私、もう春樹に()()()()()()んだから」

 

そう云う鈴の手には、春樹とクラリッサの対決で発生した賭け半券が握られているではないか。

 

IS専用機所有者と云えども皆、十代半ばの未成年者達。

短期間と云えども過度のストレス環境に置かれた彼女達のストレス発散には、皮肉にも十全な状況であった。

 

そんな混沌とした状況下で、大注目の二人が羽織物を脱ぎ捨てるのであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「さぁッ・・・始めましょうか、清瀬 春樹殿!」

 

コートを脱ぎ捨てたクラリッサは、自身の専用機体である第三世代型IS『シュヴァルツェア・ツヴァイク』を身に纏う。

ラウラの専用機、シュヴァルツェア・レーゲンと姉妹機であるが、其のフォルムは、全体的に重厚な装甲で構成されたレーゲンに対して、『枝』を連想させる細い機体となっている。

そんな細身の機体を纏った彼女は、肋骨服姿の春樹へ右手に装備されている大型カノンであるナハト・ナハトを展開した。

 

さして一方の春樹はと云うと一時は何処か落ち着かない様子でソワソワとしていたのだが、何かを決心したのか。クワッと鳶色の左眼を琥珀色に変貌させるや否や、呵々大笑とばかりに声を張り上げる。

あのいつもの調子の()()()()()()()で。

 

「阿破破・・・・・阿ッ破ッ破ッ破ッ・・・阿―――ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

『『『!?』』』

「ッ・・・な、なにがおかしいのですか?」

 

突如としてケラケラと奇天烈な声で笑いだした春樹に対し、クラリッサだけでなく観客席に居た全員の目が怪訝となって彼へ注がれる。

しかし、春樹を知る者達は心の中でこう思ったであろう。

「あーぁ、はじまったか」と。

 

「いやッ、失礼。誠に失礼。じゃけど、まぁ・・・いやぁ、実に愉快愉快! まさか、恋人の実家へ挨拶に来れば、決闘の申し込みを受けるとは思いもせんかった。あぁ、実に愉快! 人生、何が起こるか解りませんなぁ!!」

 

快活で弾む様な声と共に春樹は、自身の専用機体である『琥珀』を身に纏う。

其の特徴的な金眼四ツ目の面貌と日本独自とも云える黒漆色の長烏帽子形兜に鱗の様な装甲が特徴的な当世具足は、日本文化に興味津々な者達の目には爛々と映り、更に背中へ展開された赤紫色の二対の六枚羽は容易に周囲の感嘆詞を誘った。

 

そんな余りにも目立つISを纏った春樹は、白銀のリボルバーカノンと真紅の鍵鉈を握って雄叫びを上げる様に言い放つ。

 

「ヤァヤァヤァッ!

遠からん者には音を聞けッ、近くば寄りて目にも見よ!!

我こそは、極東は日ノ本より参った大蟒蛇・・・名を清瀬 春樹と申す!!」

 

『『『ッ!!』』』

 

まるで鎌倉武士の如く名乗りを上げる春樹に会場はギョッとし、シンと静まり返る。

だが、彼は其処にこう付け加えた。

 

「此度は、我が一同の身を案じて受け入れて下さり感謝至極!

されど、此度一戦に手を抜く事は能わず!

更に言えばッ、此度の一戦の勝利によって、其方に御座す銀髪の黒兎・・・

ラウラ・ボーデヴィッヒ殿を是非とも是が非でも我が()として迎え入れたい!!

誰ぞ、異存はあるか?!!」

 

・・・・・春樹の此の行動は、彼の()()とも云えるものである。

今まで、春樹は敵に対してある一定の恨みつらみを持ち合わせていた。其れ故に彼は煽り文句で敵を乱心させ、自らを鼓舞する様に声を上げていたのだ。

しかし、今回の相手に其の様なマイナス感情はない。其れ処か、恋人の大切な()()とも云える存在。

春樹としては、初めて戦う種類の相手。

其の為なのかどうなのかは知らんが、彼は相手の癪に障るであろう文言を並べ立てたのである。

 

・・・けれども、春樹が今放った一言一句は全て勢いの余り口から出た出任せの戯言ではない。

彼は日頃より思っていたのである。「いつかは、()()()を着けなければならぬ」と。

『ケジメ』とは何か・・・と、説明するのは少々野暮天だろう。

 

そして、清瀬 春樹と云う吞兵衛は、顔に見合わず意外とロマンチストである。

そんな男が想い想われ、慕い慕われる人生で初めての恋人との将来をどうしたいか・・・想像するに難くない。

 

「・・・・・・・・ハァ~~~・・・ほんと、あのバカは・・・!!」

「フフフッ・・・あの様子だと春樹さん、完全にテンパっていますわね」

「ヒュー、強烈ね。まさか学園のバーサーカーが、こんなにも情熱的だったなんてね」

 

動揺しているとは云っても春樹の本心の叫びに対し、鈴は呆れて顔を覆い、セシリアは微笑み、サラは口笛を吹く。

三者三様の態度をとる彼女達だったが、其の次に三人の目が向かう先は同じであった。

 

は・・・は、はは・・・・・は、はる・・・はりゅ、はるきぃい・・・!!?

 

視線の先に居た人物。

其れは、白い肌を熱湯で茹でられた蛸の様に真っ赤に染め上げ、うりゅうりゅと瞳を潤ませたあどけなさの残る銀髪の美少女将校・・・ラウラ・ボーデヴィッヒ其の人である。

彼女は恋人からのプロポーズとも受取れる突然の宣誓に対し、理解が追い付いていないのか、真っ赤な顔で百面相をしてしまう。

 

「ッ、な・・・な、なん・・・だと・・・・・!?」

 

春樹の衝撃的発言と其の発言によって茹蛸状態の異常状態に陥ったラウラの愛らしさに対し、ミッターマイヤーはあんぐり顎を外して目を点にし、日本語が理解で出来る黒兎部隊は「かッ・・・可愛い!!」と目を丸くする。

だが、日本語が理解できていない兵士達は、「なんだ? どういう事だ?」と疑問符を浮かべるばかり・・・だったのだが、此処である意外な人物が此の静寂を打ち破る事となる。

 

―――――「きよせくぅううンッ!!

「「「や・・・山田先生!?」」」

 

ビール瓶を片手に観覧席一番前に躍り出たのは、酒臭い息を吐く別な理由で真っ赤な顔の山田教諭。

彼女はビール瓶の中身をグビグビ全て呷った後、フラフラ千鳥足のステップを踏みながら春樹を指さして叫んだ。

 

さすがッ、きよせくんですぅう! よッ、にくいですよ! この、いろおとこさぁあん!!

 

な、なんだ? なに言ってんだ、あのねーちゃん?

見ろよ、あの笑顔。随分とご機嫌じゃねーか?

何だか、わかんねーけど・・・楽しくなってきやがった!!

 

『『『ワァアアアアアア!!』』』

『『『オウ! オウ!! オウッ!!』』』

 

・・・どう見ても酔っ払いのヤジなのだが、日本語の解らないドイツ軍兵士達には、此の上機嫌で叫ぶ彼女の姿に何かを察したのか。堰を切った様な大歓声が巻き起こり、周囲からはチャントが地響きの様に巻き起こる。

 

「・・・・・・・・うわお・・・??」

 

此れには事の発端先である春樹も呆気に取られ、「ヤッベ・・・俺、やらかしてしもうたか?」と、あの金眼四ツ目の仮面の下で口端を引き攣らせた。

しかも、ふと目を前へ向ければ、ラウラとは似て非なるISを纏うクラリッサが小刻みに両肩を震わせているではないか。

 

「(あ、ありゃ・・・? 怒らせ、怒らしてしもうた??)」

 

厳つい顔面で、余りにも内心ドギマギの春樹。

だけれども吐いた唾は呑めぬのが理。

彼は奥歯をグッと噛み締めてリボルバーカノンと鍵鉈を構えた。

すると―――――

 

「・・・プククッ・・・クフフフ・・・!」

 

「・・・阿い?」

 

「ハハハッ・・・ワーハハハハハハハ!」

 

疑問符浮かべる春樹に対し、クラリッサは手を叩いて笑い出したのである。

まさかの彼女の態度に春樹は戸惑って呆けてしまうが、彼を余所にクラリッサの笑いは止まらない。

 

「ハハハ! 流石ッ、流石は隊長が・・・ボーデヴィッヒ少佐が見初めた御人! お見事としか言いようがありません!」

 

「えッ、阿・・・あぁ、どうも?」

 

「其の気概は良し! ですが、気概だけで我が黒兎部隊の隊長をお嫁に出す訳にはいきません! 力を・・・力を示せ!! ラウラ・ボーデヴィッヒが欲しいのならば、我らに己が力を誇示して見せろ!!」

 

クラリッサ・ハルフォーフ大尉は、キッと目を三角にして得物を構える。

其のなんと爽やかな彼女の態度に春樹は目を一瞬見開いた後、ニッカリ口端を吊り上げた。

 

「阿破破! キャプテン・ハルフォーフ・・・貴女、エエ人じゃ! でぇれーエエ人じゃ!!」

 

脳筋なれど、久方ぶりの気持ちの良い人物に春樹は嬉しくなって快活に奇天烈な笑い声を張り上げる。

そして、試合開始の合図であろうブザーが鳴った瞬間、彼は真紅の刃を振り構えると一気にクラリッサの方へ踵を鳴らした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「うっわ・・・何よコレ?」

 

更識 楯無は、ヒクヒクと口端を痙攣させる。

二日酔いのせいで余計に表情が悪いのが見てとれた。

 

「ハァ・・・だから言ったでしょう。くだらないって」

 

眉間に皺を寄せてそう溜息を漏らすのは、楯無へ肩を貸していた箒。

そんな二人の目の前に広がっていた光景・・・其れは―――――

 

 

いけぇええ! やっちまえぇえ!!

そこだッ、やれぇええ!!

負けるなッ、頑張れー!!

『『『HOW! HOW!! HOWッ!!』』』

 

コロッセオ型アリーナの観客席にすし詰め状態で詰まった男も女も一切合切の全員が、拳を振り上げると共に野太い声で大興奮の大絶叫を轟かせる熱気ムンムンの状況。賭け事の対象になっている為、尚余計にだ。

しかも其の熱気冷めやらぬ観客達に冷えたビールを売る商魂逞しい売り子達もチラホラ。

 

「ん? あら・・・あれは楯無会長ではありませんの?」

「え・・・あッ、ホントだ! それに箒も居るじゃない。おーい、二人とも!」

「こっちですわ、お二人とも!」

 

そんな大歓声の中、楯無と箒を呼び止めるのは、冷えた炭酸ドリンクとファストフードを手にしたどう見ても満喫中のセシリアや鈴。

其の隣には・・・

 

う~・・・わたち、まだのめまぁすってばぁ! よってまへぇ~んよー!

「完全に酔っ払いの戯言ね・・・ほら、先生? イイ子ですからビール瓶を放して下さい」

いやぁ~~~ッ!!

 

ビール瓶を抱いて愚図る山田教諭をサラが諫めているではないか。

 

「ご無事で何よりでしたわッ、会長! 二日酔いだと聞きましたけど・・・」

 

「う・・・うん、大丈夫よ。二日酔いに効くって、衛生兵の人にザワークラウトの汁を勧められたからちょっとはマシね。だけど・・・カオスとしか言いようがないわね。てか、何で山田先生は酔っぱらってんの?」

 

「あの赤ひげのおじさんがビールを勧めるから御蔭でベロベロよ」

 

「赤ひげのおじさんって・・・あの人?」

 

楯無が目線で指し示す先には、厳つい顔の赤ひげを蓄えた歴戦の将校が、真っ赤な顔でドイツ語で怒号の様な聞き取れぬ叫びを上げて観覧席の鉄柵を命一杯のひしゃげさせていた。

其の隣では、ジッと腕を組んで黙して座る姿を見せるラウラが居り、周囲にはそんな彼女へハラハラした表情を向ける女性兵士達がワラワラと集まっている。

 

「・・・どういう状況なのコレ?」

 

「あー・・・」

「えーと・・・そのですね」

 

セシリアと鈴は思わず口籠ってしまう。

一体どういう事柄が切欠で、こう云う状況が出来上がってしまったのかを二人は理解していたからだ。

 

「ハァ・・・・・帰りたい」

 

箒のボヤきは、周囲の歓声に掻き消されてしまう。

 

・・・さて、そんな大勢の観客を熱狂させるアリーナの中央で火花を散らせる『黒枝の魔女』と『黒鎧の大蟒蛇』はと云えば―――――

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ウォオオオオオオオ―――ッ!」

 

クラリッサ・ハルフォーフは右腕に展開された大型カノン、ナハト・ナハトを連射する。

ラウラの専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンの右肩に装備されている大型レールカノンの発展型で、攻撃力及び操作性が向上されている為に一発一発の威力は抜群。

ましてや其れにクラリッサのIS戦闘技術が加わっているので、並のISならすぐに窮地へ陥れる事が出来よう。

・・・しかし、現在彼女が相手しているのは、()のIS使いではなかった。

 

ヴェろぉおあ”ア”ア”アアアッ!!

 

此の世のモノとは思えぬ獣声を上げて突っ込んで来るのは、金色の焔を目端から零れ落とす四ツ目の面貌を被った長烏帽子形兜の鎧武者。

()は流星の様な速度で、クラリッサからの銃撃をジグザグな軌道を描いて回避しながら刃の赤い鉈を振るった。

 

「ッく!!」

ドゴォオ―――ン!!

 

寸での所で回避行動をする事で直撃を免れたクラリッサだが、斬撃によって地面が抉れて小規模なクレーターが形成される。

 

彼女は思わずゾッとした。

其れは振るわれた一撃の威力にも驚いたが、勿論、其れだけではない。

凄まじい速度で発射されたレールカノンの弾を回避する速度に運動能力。更に―――――

 

―――――「阿破破ノ破!

「なッ!?」

ズガン!

 

奇怪な笑い声と共に土煙から現れる白銀の銃身。

無論、其の銃口から火を噴いて現れるのは、戦車の装甲版すら撃ち抜く大口径の徹甲弾。

其の発射された弾丸は見事にクラリッサのどてっ腹に命中し、ISのシールドエネルギーを減らすと共に「ぐぁあッ!!」と彼女に短い断末魔を上げさせる。

此れに気を良くした鎧武者は、更に攻撃を加えんとリボルバーカノンの撃鉄を起こした。

 

「ッ・・・舐めるなァア!!」

ッ、うゲらべェえ!!?

 

だが、やられているばかりのクラリッサではない。

カウンターパンチの要領で振るった拳がグシャッ!と鎧武者の顔面へめり込めば、其のまま後方へと吹っ飛ばす。

 

「ハァッ・・・ハァ・・・ハァ・・・ッ!」

 

大尉ッ、何をしている?! そんな機体性能頼みの学生にいつまで手間取っているんだ!!

 

脇腹を抑えて肩で息をするクラリッサに対し、厳しい声が投げ掛けられる。

声の方を見れば、其処には赤ひげと同じ色の顔をしたミッターマイヤー准将が叫んでいた。

 

「(機体性能頼み・・・? 何をバカな事を! 確かに彼のISの機体性能は高い。けれど裏を返せば、それはISの性能を十全に扱えていなければ振り回されると云う事。あの男・・・清瀬 春樹にそんな素振りはない。それどころか・・・機体の性能を十二分に引き出している。なんて・・・なんて恐ろしい相手か!)」

 

クラリッサは、今まで鎧武者の男・・・清瀬 春樹の強さを疑っていた。

資料映像やラウラの報告からしか見聞きした事しかなかった為、多少なりとも個人の感想が()()()()強さだろうと思っていたのである。

だが、実際に相対して彼女は確信した。「この男は強い!」と。

 

う”るるるぁあ・・・!

 

土煙から現れる黒い鎧を纏った春樹。

ユラユラ先が三つ又の尻尾を揺らし、歯を剥き出しに唸る其の姿は正に異形の怪物。

そんな春樹に対し、クラリッサは無意識に口端を吊り上げる。此の男ならば、本気を出して差し支えないと笑みを溢したのだ。

 

「清瀬殿・・・正直言って、ここまで骨のある者と闘うのは久方ぶりです。なので・・・・・少々、私も本気でやらせてもらいます!」

「阿?・・・・・ッ!!?」

 

そう言ってクラリッサは、機体へ装備された黒い枝の様な物に棘を展開する。そして、其の枝先から飛び出た棘を春樹へと差し向けたのだ。

最初は疑問符を浮かべた春樹だったが、無駄に勘の良い此のアル中蟒蛇は、回避行動を選考する。

だが、其の行動は一瞬遅かった。

 

「喰らえ!!」

 

バシュッ!と弾丸の様に射出された薔薇の様な棘は、ザクッザクッ!と春樹の纏う鎧を刳り貫いたのである。

 

うぎィい阿・・・!?

 

貫通力の高い攻撃に対し、春樹は咄嗟にガードを上げて二対の翼を楯にする。

しかし、棘はアクリル硝子の様な赤紫色の六枚羽を砕き、其の向こう側にある本体へ突き刺さった。

 

此れはクラリッサの纏うIS、シュヴァルツェア・ツヴァイクの戦闘能力の一つであるAICの攻撃である

ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンと同様のものではあるが、彼女のものより攻撃特化に調整されており、対象に向けてツヴァイクと呼ばれる特殊な棘を射出し、AICの指向性力場を付与・展開する事で相手の装甲を刳り貫く事が可能なのだ。

 

そんな攻撃を余す事なく、隙を与える事なく撃ちまくる。まるで、ヤマアラシが自分の棘をミサイルの様に敵へ撃っているかの様に。

其のせいで春樹は針塗れの針鼠状態となり、思わず跪いてしまう。

御蔭で『『『ワァアアアアア!!』』』と決着が付いたかの様な歓声が上がる。

 

フッ・・・勝った! 流石のフィエライケガ・ベアザァカー(四ツ目の狂戦士)もここまでだ! 良くやったぞ、ハルフォーフ大尉!

 

膝をついた春樹にミッターマイヤーは口端を上げた。

「弱い男に大切な部下を嫁にやれるか!」等と云った理由を並べて、此れでラウラを御嫁に出す事にケチが付けれると彼の内心は小躍りしていたであろう。

そんな大人げないミッターマイヤーに対し、黒兎部隊の面々は渋い表情を晒した後、心配そうにラウラへ視線を落とす。

 

「・・・ハァ」

どうするおチビちゃん? 何か言ってやりなさい

 

するとラウラは立ち上がると春樹が良く見える様に観客席の鉄柵へと歩み寄った。

彼女が溜息と共に立ち上がった為、ミッターマイヤーは彼女が春樹に失望したのではないかと思わず微笑む。

 

「・・・・・ハルフォーフ大尉、見事な強さだ。また一段と強くなったな!」

 

「え?」

 

だが、ラウラは春樹ではなく、部下のクラリッサに賞賛の言葉を贈ったのである。

此れには思わずクラリッサも驚き、「あッ、ありがとうございます!」と彼女に向かってお辞儀をした。

其のクラリッサの態度にラウラは大きく頷きを入れると今度は膝をつく春樹の方へ顔を向ける。

 

・・・何を言うのだろう? どんな言葉を掛けるのだろう?

会場の注目が一気に二人へ向けられた。

 

「どうだ春樹。私の部下は強いだろう! 我が祖国の開発したISは強いだろう! 私はそんな部下達を誇りに思っている!」

 

「少佐殿・・・!」

 

賞賛の言葉に涙ぐむクラリッサと黒兎部隊の面々。

ラウラはそんな言葉を並べた後、口端を吊り上げて彼に語り掛ける。

 

「そんな自慢の部下達に・・・春樹、お前の力を魅せてみろ!」

「―――――応ともよ!!」

 

春樹は立ち上がる。

拳を地面に打ち付けて立ち上がる。

突き刺さった棘を払い除けて立ち上がる。

目から金色の焔を零し、口端を耳まで裂ける程に釣上げて立ち上がる。

そして、全身の鱗の様な装甲板を逆立させて大きく口を開けた。

 

グルるガぁア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!!

『『『―――――ッ!!!??』』』

 

牙を剥き出しにして轟く咆哮は、ビリビリと観客席に居た全員の鼓膜を揺さ振る。

正に怪物の雄叫び。正に化け物の絶叫。

 

フ・・・フン! 叫んだ所で強くなる訳もあるまい! 大尉ッ、楽にしてやるんだ! 終わらせてやれ!!

 

否定的な言葉を並べるミッターマイヤーだが、彼の言葉がクラリッサの耳に届く事はない。

何故ならば、彼女は今其れ処ではなかったからだ。

 

「(な・・・なんだッ? なにが起こった? 雰囲気が・・・一気に変わった?)」

 

目の前に居る昨年まで一般人だった筈の少年が纏うオーラがガラリと変わる。異質にがらりと変化する。

 

「(まさか・・・今の今まで本気ではなかったと? 私の実力を推し量る為に力を抜いていたと?)」

 

「舐めた腐った真似を!」とクラリッサは憤る。額に青筋浮かべて奥歯を鳴らす。

けれども・・・其の表情は実に朗らかであった。うきうきワクワクと弾む様な笑顔を彼女はしていたのである。

 

「いいだろう・・・いいだろうッ! 貴様の本気を私に・・・私達に魅せてみろ!! 清瀬 春樹!!」

 

クラリッサは再び無数のツヴァイクを撃ちまくる。撃って撃って撃ちまくる。

―――――しかし!

 

「さぁッ・・・アゲてこうか!!」

「な・・・!?」

 

ズタボロの二対の翼がブワリッ!と巻き起こした風圧によって、クラリッサのツヴァイクは正しく枝の様に軽々吹き飛ばされてしまう。

 

「こんな事、言いたかないけど・・・きれいね。春樹のくせに」

「えぇ、そうですわね。春樹さんのくせに」

「魅せてくれるじゃないの。春樹くんのくせに」

たぁまやー!

 

呆気にとられる群衆を余所に杭枝を撥ね退けた春樹は、朱色の鞘に納められた一振りの刀を顕現させる。

そして、スラリと抜いた其の切先を天上へ向けて呟く様に言葉を並べた。

 

「清瀬流対決術模倣の型、機神式奥義―――『超攻性防御結界』!!

 

春樹の放った言葉を合図に辺りへ散らばっていたアクリルガラスの様な六枚羽の破片が、宙へと浮き上がるや否や、切先鋭い刃へと変貌する。

 

「霊験あらたかなる刃よ・・・吾に背く諸悪を尽く殺戮せしめん。―――――往けッ!!」

 

そして、紅蓮の刃をクラリッサの方へ差し向ければ、刃達は一直線に一斉に競う様に彼女へと飛び込んで行った。

 

「ッ、舐めるなぁあ!!」

 

しかし、クラリッサとてタダでやられる訳がない。

彼女は自身の右腕のナハト・ナハトで迫り来るガラスの刃達を撃ち落とそうとするのだが、不思議な事に刃達は、まるで意志でもあるかの様にスルリスルリと弾幕の間を縫ってザクッ!とクラリッサの四肢を貫いた。

 

ぐぅッあアア!!?

 

悲痛なクラリッサの叫びが、静かなアリーナ全体に轟く。

けれども、此れで終わる事は決してない。

 

「久遠の虚無へと還れッ・・・てか?」

「ッ!」

 

春樹は、いつの間にかクラリッサの懐へと距離を詰めていた。其れも刀身を鞘に納めた態勢で。

クラリッサは知っている。其れは、アニメや漫画で幾度となく見た『抜刀術』の構えであった。

・・・然らば、其の状態で放たれるは必殺の一撃に他ならぬ。

 

「フッ・・・・・お見事。流石は少佐殿が見初めた御人!」

ズザッシュ!!

 

下から上への斜めに放たれた紫電一閃。

其れを笑顔で受け止めたクラリッサは、シールドエネルギーの枯渇を知らせる警告音と共に地へと倒れ伏す。

 

「・・・其れは此方の台詞です。流石はラウラちゃんの部下殿、誠に御強いこって」

 

飛沫切りの仕草の後に刀を鞘へ納めた春樹は、自分を見下ろす位置に居る愛しい恋人へ手を差し伸べて名を呼ぶ。

 

「ラウラちゃん!」

 

自分の名を想い人に呼ばれたラウラはパァッと明るい笑顔となって「春樹!」と彼の名を呼びながら鉄柵を越え―――――

 

「認めんッ・・・認めんぞぉ!!」

『『『・・・はッ?』』』

 

「え・・・?」

「・・・阿え??」

 

―――――る前にアリーナへと降り立ったのは、鬼の形相でヒーロー着地をかました赤髪赤ひげの大男。

彼は将校服を脱ぎ、戦傷が垣間見えるタンクトップ姿でファイティングポーズを構えた。

 

「ちょ、ミッターマイヤー准将!?」

「何やってんのよ、あのおじさん?!」

 

驚く面々を余所にミッターマイヤーは叫ぶ。

 

「高々ISを纏った状態で勝ったぐらいで奢るなよ、小僧! そう簡単におチビちゃんを・・・ラウラ・ボーデヴィッヒを嫁なんぞにやれるかぁ!!」

『『『えぇ―――――!!?』』』

 

ドッとどよめく会場。

アッと驚く面々。

しかし、ミッターマイヤーは鼻息荒く春樹を挑発する。

 

「さぁ、かかって来い小僧! ISなんぞ捨ててかかって来い! それとも・・・ISがなければ何もできないヘタれなのか貴様は?!」

 

齢十五の軍属でもない少年を焚きつける歴戦の軍人。

大人げない。実に大人げない。

実際、ミッターマイヤーの此の姿にドン引く者も居るには居たが―――――

 

あ~ぁ、やっぱりこうなったか・・・

だけど、ご機嫌な展開だ! おいッ、どっちに賭ける?

いいぞッ、やっちまえ!!

『『『HOW! HOW!! HOWッ!!』』』

 

まさかまさかの展開に再び沸き立つギャラリーに鉄火場。

異様な熱気に「・・・ここにはバカしかいないのか?」と箒は溜息を漏らし、鈴は再び賭けの半券を買った。

 

そんな此の予想外の展開に一寸呆気に取られてしまう春樹だったのだが、すぐにでも口端を吊り上げる。

 

「破破ッ・・・結局、最後は()()()で決着か」

 

〈人間って・・・男って、馬鹿な生き物なのね〉

〈・・・此ればかりは、否定できないな〉

 

「じゃけど・・・じゃけん面白いんじゃろうな!」

 

春樹は纏った武装を解除して琥珀を待機状態にすると、戦傷がマジマジと見える上半身裸の状態で構えをとった。

 

「行くでッ、御老体! 骨が折れても知らんでよ!!」

「やってみろッ、小僧! ぶちのめしてくれるわ!!」

 

そうして余りにも対格差のある二人の対決は、兵士達が何処からか持って来たゴングを合図に拳を振り抜くのであった。

 

 

カァア―――――ンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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203話


ドイツルートの脱線話は、此れにて終了。
次回はお待ちかねのおフランスルート。

・・・今まで筆が乗ってたから今後が心配ですだ。



 

 

 

「・・・ッ、う・・・・・ウゥん・・・?」

「「「「お姉様!!」」」」

 

クラリッサ・ハルフォーフの意識は朧気なれども回復する。

薄っすら目を開けた彼女の視界へ一番に飛び込んで来たのは、自分を心配そうな表情で覗く可愛い四人の部下であるネーナ・ファルケ・マチルダ・イヨ。

そして・・・・・

 

「起きたな、クラリッサ」

「ッ、しょ・・・少佐殿!?」

 

自分を見下ろす灼眼の瞳を持つ銀髪の美少女上司、ラウラ・ボーデヴィッヒであった。

驚きつつもクラリッサは、状況から鑑みて自分が彼女に膝枕されている事を察知すると、急いで身体を起き上がらせようとする。

 

「ッ、痛!!?」

 

しかし、起きようとした瞬間、上半身へ斜め一閃の激痛が奔ったのだ。

 

「無理をするな。そのままで身体を私に預けていろ」

 

「す、すみません。な、なら・・・お言葉に甘えて」

 

大人しくラウラの言葉に従い、クラリッサは彼女の太腿に自分の頭を預ける。

自分の()()上司に膝枕されるという思わぬ展開に普段のクラリッサならば、思わず口端が緩んでしまうのだろうが、今回は違った。

 

「・・・・・負けたのですね、私は」

 

自分がこんな状況に置かれている理由を察したクラリッサは、溜息にも似た息を吐きながら眼元を片腕で隠す。

珍しい彼女の態度に部下達は、どう声を掛けていいのか解らず、戸惑ってしまう。

だが、そんな部下達を余所にラウラは薄く笑みを浮かべて述べた。

 

「そうだな、負けてしまったな」

 

「ちょ、ボーデヴィッヒ少佐・・・!」

 

ハッキリ言ってしまうラウラに部下達は慌てるが、「皆迄云うな」と云わんばかりに彼女は掌を見せる。

 

「お前でももまだまだという訳だ。まったく、世界は広いな」

 

「・・・・・はい・・・」

 

「・・・悔しいか?」

 

「ッ、はい・・・!」

 

「そうか。なら・・・お前は、まだまだ強くなれるという訳だな」

 

ラウラは、すすり泣くクラリッサの頭を優しくそっと撫でてやる。母親が子供を慰める様に。

其のまるで慈悲深い聖母の様なラウラの表情に部下達は驚きつつも思わず魅入ってしまう。

 

「スンッ・・・ぐス・・・・・すみません、少佐殿。御見苦しい姿を・・・!」

 

「フッ・・・気にするな。お前は大切な私の部下なのだからな」

 

「ッ、しょ・・・少佐殿~~~!!」

「「「「お姉様ァア―――!!」」」」

 

感動の余りか、感極まってラウラを抱き締めてしまうクラリッサと部下達。

対格差がある為、「こらッ、お前達!?」とラウラは戸惑ってしまうが、「やれやれ」と溜息混じりに全員を抱き締める様に手を回す。

穏やかな笑顔でポンポンと背中を叩いて。

 

「ぴすッ、ぴす・・・・・そ、そう言えば・・・清瀬殿は、どうされたのですか?」

 

何気ないクラリッサの発言に「えーっと・・・」とどうも煮え切らない沈黙の態度をとる皆々。

しかし、そんな沈黙を破ったのもラウラであった。

 

「春樹なら、まったく・・・ほら、あそこだ」

 

「え?」

 

どうにも困った顔でラウラが指さす先には、やんややんやと大勢の人だかりが円を囲む様にして歓声を上げている。

其の円の中心には、白髪と赤髪の二人の上半身傷だらけの男が大きなジョッキを片手にテーブルを挟んで向かい合っていた。

・・・青痣だらけの腫れた顔で。

 

「「んグ・・・ングッ・・・・・プッハぁ―――! もう一杯!!」」

 

二人はジョッキに注がれた琥珀色の泡立つ液体を一気に飲み干すや否や、お代わりを催促する様にジョッキを近くの兵士へ渡す。

されば、兵士達は急いで蛇口の付いた大樽の栓を開いてジョッキの中を琥珀色で満たした。

 

ジョッキの中で泡立つ琥珀色の液体。

其れは中世以来、バイエルン地方を中心に南ドイツで飲み継がれてきた伝統のビール。名を『ヴァイツェン』と云う。

フルーティな香りで、口当たりもマイルド。だが、アルコール度数は約5.4%とドイツビールの中ではやや高め。

思わずグイグイ飲んでしまうと、しっかり酔っ払ってしまう逸品である。

そんなヴァイツェンビールを二人は競い合う様にガブガブと飲み干していく。

 

 

クラリッサとの模擬戦闘で勝利した清瀬 春樹であったが、突如としてアリーナへ乱入したミッターマイヤーとのステゴロ試合が発生。

上着を脱いで勝負を挑んで来たミッターマイヤーに対し、春樹は快く此れを快諾。ISを待機状態にして拳を握ったのだ。

 

二人は全力を以て手合わせをした。

「ラウラちゃんを御嫁に下さい!」と、「貴様なんぞにおチビちゃんをやれるか!」と口々に発しながら二人は殴り合う。羞恥心で顔を真っ赤にするラウラを余所に。

 

此の拳闘では、一回りも二回りもミッターマイヤーの方が体格が大きい為、上から下に振るわれる鉄拳に晒される春樹。だが、彼も負けじとミッターマイヤーを拳骨で殴り飛ばした。

意外にも結構良い勝負する二人に対し、クラリッサ戦の賭けで負けた分を取り戻そうとする連中も賭けで勝った連中も大盛り上がり。

結果さえ言ってしまえば・・・そんな少年と老兵の殴り合いは、紙一重の差で少年に軍配が上がった。

決め技は、『清瀬流対決術模倣の型鑢式『鏡花水月』』。

 

そうして殴り合いにK.O.勝利した春樹だったのだが、其れでもミッターマイヤーは引き下がる気は更々なかった様で、意識を通り戻した途端に今度は飲み勝負を挑んで来たのである。

ラウラからの報告で、春樹が二十歳未満でありながら酒を嗜む事を知っていたとは言え、此れは如何なモノかと思う。

だが、ドイツでは十四歳から保護者が同席のもと許可していれば、ビールやワイン等が飲む事が出来るのである。

此の時、春樹の保護者的立ち位置にいるのは、IS学園から派遣された山田教諭となるのだが・・・・・

 

う~・・・もう、飲めませぇ~~ンッ

 

「山田先生ッ、起きて下さいまし! あぁ、もう!!」

「セシリア、もう放っておきましょ。こっちもこっちで手に負えないし・・・」

ぷふぅーッ、二日酔いが治ったわー! ビールって、すごーい!

 

真っ赤なへべれけ顔の山田は、ビール瓶を抱えて寝言を呟く。

彼女が此の有様なので、自然と保護者は基地の総責任者であるミッターマイヤーへと移行。更に大好物の酒、其れも本場のドイツビールが飲めると聞いて断る春樹ではない。

其の結果として、飲み比べ対決が問題なく成立してしまったのだ。

 

「ゴクッ・・・ゴク・・・ゴク・・・ッ、プッヒャァア! 阿破破破ッ、美ん味ぁああい!!」

 

もう数えるのも忘れた幾十杯目のビールをまるで、サウナから出た後の一杯目の様に美味そうに飲む春樹。

其の姿は正に―――――

 

「(なんだッ・・・なんだ、この小僧は・・・?! ワクにも程がるだろうッ! ()()()め!!)・・・うっぷ

 

彼とて若い頃から人一倍の大酒飲みと自他共に言わしめて来た蟒蛇。自分よりもずっと若い娘婿を酔い潰すまでには、まだまだ負けない自信と実績があった。

更に言えば、飲み比べ対決前に中国の代表候補生が―――――

 

「大丈夫かしら? 春樹、()()しか飲めないのに」

 

―――――と呟いていたので、此の勝負は勝てると踏んでいたのだが・・・・・

 

「(どこが、()()だ! 一体何ガロン飲むつもりだ!!)」

 

目の前の少年はガブガブガブガブ、グビグビグビグビ、別段酔った様子もなくジョッキを呷って呷りまくる。

此れには、ミッターマイヤーまではないにしろ酒飲みを謳う兵士達もドン引きだ。

 

「かッハァ―――! 美味ぇ、美味ぇ! でぇりゃー美味ぇでよ!! ドイツに来て良かったー!!・・・・・って、ありゃ? どねーしたんですか閣下? ジョッキん中が減ってないですよ?」

 

「ッ・・・そ、そう慌てるな。私も喉が渇いて仕方がないなぁ!」

 

・・・ミッターマイヤーには限界が差し迫っていた

グルグル胃が廻り出し、嘔吐の嗚咽が先程から何度も何度も襲って来る。

実は春樹のジョッキの中に入っているビールは、ノンアルコールではないかと疑う程に彼の飲む量は尋常ではない。

其れでも尚、彼には余裕の色が透けて見える処か、ビールを飲む度に春樹の身体が明らかに治癒されている様子が確認出来たのである。

一杯飲めば、青あざが引き。二杯飲めば、腫れが治まる。まるで回復薬でも飲むかの様に傷が治っていく。

 

「・・・・・ヴぇッ

 

ミッターマイヤーの顔がどんどん青くなって鳩尾から込み上げて来るが、彼は無理矢理でも其れをビールで流し込む。

こんな大酒飲みの化け物に勝てる訳がない。けれども、兵士達の手前もある為に此のまま勝たせるのも癪なミッターマイヤーは、春樹にある提案を持ち掛けた。

 

「こ、小僧・・・いや、清瀬殿? ただこうして飲むだけでは退屈だと思わないか? どうだ? ここは一つ、歌でも謡ってみてはくれないか?」

 

「阿? 歌じゃって?」

 

「そ、そうだ・・・歌だ。私も妻の家族に挨拶へ行った時、義父や義母たちの前で歌った。勿論、娘が私の前に自分の旦那を連れて来た時も彼等に歌わせたものだ。謂わば、ミッターマイヤー家の伝統だな! うむ!!」

 

春樹は思った。「往生際が悪いじーさんじゃなぁ」と。

春樹は気付いていた。ミッターマイヤーが限界ギリギリである事を。もう一杯でも飲めば、思いっ切り盛大に()()()()してしまう事を。

最早、勝利は確定していた。もう一杯飲ませてミッターマイヤーを潰す事は余りにも容易であった。

・・・しかし。

 

「・・・仕方あるめぇのぉ、一つ歌おうか。じゃけん閣下・・・後で、俺の()()()を聞いて下さいね」

「なに?」

 

ミッターマイヤーの返答を待たず、春樹はジョッキの中を空にすると突如としてテーブルの上へと立ち上がったのだ。

其の場に居た全員の目がテーブルの上に立つ彼へ注がれる。何をするのだろうかと興味が注がれる。何を謡うだろうかと注目する。

すると彼はジョッキを扇の様に回しながら口を開いた。

 

「♬

今は昔の吉備の冠者よ

真金吹く吹く、吉備の国で

今は昔の吉備の冠者よ

ぼっけ、ぎょうさん、宝を産んだ

♪」

 

当初、酔っ払いが日本語で謡う聞いた事もない歌に兵士達はポカーンと呆けてしまう。

だが、春樹は構わずに声を張り上げる。

 

「♬

燃やせ、叩け、熱いうちに!

飲めや、踊れや、夜更けまで!

ぼっけもんじゃ・・・ぼっけもんじゃ

ぼっけもんじゃ・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うらじゃ!!!

♪」

『『『!!?』』』

 

独特な振り付けとステップと共に張り上げた声に一同はギョッとした。耳まで裂ける鬼の様な笑顔のギョッとした。

しかし、不思議と不快感はなく。其れ処か、思わず踊ってしまうかの様に心が疼いた。

何を言っているのかは分からなかったが、彼の歌に心動かされる事は明白。

 

「♬

ハレバレ大空、吉備の国

歌え、踊れ、鬼祭り

ハレバレ大空、吉備の国

うらじゃ、うらじゃ、うらじゃ!

うらじゃ、うらじゃ・・・・・

じゃ、じゃ、じゃ、じゃ、うらじゃ!

♪」

 

「それッ!」と春樹は一同にコールを求める。

すると、兵士達はたどたどしくも彼の声に乗せられて声を揃えて叫んだ。

 

『『『

うらじゃ、うらじゃ・・・じゃ、じゃ、じゃ、じゃ、うらじゃ!

』』』

 

全兵士達を巻き込んでの大合唱の中、春樹は群衆をかき分けて自分の想い人の元へと駆けて行く。

 

「どうじゃ、踊らんか?」

「・・・・・ハァ、まったくお前というヤツは」

 

呆れた溜息を吐きつつも何処か嬉しそうな笑みを溢したラウラは、クラリッサ達に「行って来るぞ!」と言って差し出された手を握った。

そして、再び壇上の上へ立つと手を繋いだままに軽やかなステップを踏むのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

あぁ・・・頭が割れそうだ。それに気持ち悪い

 

ミッターマイヤーは酷く青い顔で、自分の頭へ氷嚢を当てた。

 

「自業自得です。あんなにも飲まれたら二日酔いになるのも仕方ありません」

 

「阿破破ッ。まぁ、そう言うちゃるなラウラちゃん。閣下も引くに引けん状態じゃったんじゃ。其れに・・・あの後、奥さんにぼっこう叱られたそうじゃし」

 

「う、うるさい・・・! 一体誰のせいでこんな事にッ・・・・・と言うか、何で私よりも飲んだ人間が平気な顔を・・・ッ、うぇっぷ!?

 

「おっとッ。ラウラちゃんラウラちゃん、エチケット袋エチケット袋!」

「ハァ・・・まったく、もう!」

 

IS模擬戦闘からの拳闘からの大宴会から翌日。

約束通り春樹の()()()を大人しく聞く事にしたミッターマイヤーは、二日酔いの何とも言えない苦しみを請け負いながら部下が運転する車で、春樹達をある場所へと案内していた。

 

「でも、良かったんかラウラちゃんや?」

 

「ん、何がだ?」

 

「ほれ、セシリアさんらぁとドイツ観光行かんでさ。鈴さんが昨日の賭けで大勝ちしたけぇ、奢って貰えたのに。まぁ・・・山田先生と楯無が、二日酔いで行けれんのは自業自得じゃけど」

 

「いいのだ。私は・・・私は春樹、お前と一緒に居たいのだ。お前の側に居たいのだ。其れに・・・私も()()()をつけなければな」

 

「ッ、ラウラちゃぁん・・・!」

 

「・・・・・おいッ。私は見えて居ないのか? よくも私の前で、おチビちゃんとイチャイチャ出来るな!・・・・・まぁ、いい。到着したぞ」

 

三人を乗せた車が停まったのは、郊外にある如何にも古そうな公営住宅地。

其の内の一軒を一行は訪れる。

 

「ありゃ・・・公営住宅じゃあ聞いとったけど、中は如何にもヨーロッパって感じの内装じゃね」

 

「キョロキョロするな。田舎者か、貴様? ほら、あそこに居るのがお目当ての人物だ」

 

ミッターマイヤーが指差し示した先へ居たのは、赤々と燃える暖炉の前のロッキングチェアに座る一人の老人。

其の年齢は見た所、ミッターマイヤーよりも大分年をとっており、憔悴した様子が感じ取られた。

 

「ッ・・・春樹・・・」

 

老人の姿を確認したラウラは、何故か不安そうな表情で春樹の手を握る。

そんな怯えた様子の彼女の手を春樹はギュッと握り返し、口端を上げてカチカチ歯を鳴らす。

 

「俺もド緊張じゃ。じゃけぇ・・・ちゃっちゃとやっちまおう」

「・・・あぁ」

 

意を決した二人は、呼吸を整えるとノックと共に部屋の中へ入室。そして、春樹はロッキングチェアの前へ立つと丁寧にお辞儀をした。

 

「失礼します。初めまして、『アダム・シュタイナー』博士。私は、清瀬 春樹と申します」

 

自己紹介をした春樹に対し、シュタイナーと呼ばれたヨボヨボの老人は目線を一瞬だけ彼に逸らした後、暖炉の炎へすぐに目を戻す。

春樹の話す日本が理解できていないのか? いや・・・そうではないらしい。

 

久々に聞く()()だ。それに・・・久しぶりだな、()()()Lb2型

 

「・・・お久しぶりです。シュタイナー博士

 

ラウラを被検体と呼ぶ此の老人の名は、『アダム・シュタイナー』。

ラウラ・ボーデヴィッヒと云う遺伝子強化素体を生み出した超人生体兵器計画、通称『ワルプルギス計画』の元総責任者であった御仁である。

そんな人間の家をどうして春樹は訪れたのか。其れは勿論―――――

 

それで・・・突然、一体何の用だ? VTS事件で、私をこんな退屈な所に軟禁しておいて・・・ついに私を殺しに来たのか?

 

「まさか! 今日は・・・シュタイナー博士、あなたが此の世に生み出してくれたラウラ・ボーデヴィッヒさんを()()事を報告しに来たんです。後、空手でいけないと思って、此れ手土産です」

 

・・・・・・・・なに?

 

シュタイナーは暖炉の炎から春樹に視線を移す。まるで信じられないものでも見るかの様な目を向ける。

 

「あ、中はイエーガー・マイスターです。お好きだと聞いたので、急いで買いました」

 

『イエーガーマイスター』

56種類の生薬やフルーツに始まり、西洋ハーブもふんだんに配合されたドイツ版の養命酒である。

因みに・・・お湯割りすれば心地よい眠りを誘い、ショットで飲めば、生薬が気付けとなって元気になると謂う。

 

違う、手土産の中身を聞いた訳ではない! なに、なんだと? Lb2型を()()だと・・・!? 一体誰が、其の()()()()()人間の出来損ないを妻にするのだと云うのだ!

 

「はい、俺です。ラウラ・ボーデヴィッヒさんを是非、御嫁さんに下さい!」

 

正気かッ、貴様!? ん? ちょっと待て・・・・・キヨセ・ハルキだと?! 貴様、あの二人目の男性IS適正者か?!!

 

「そうですけど・・・何か?」

 

そうか・・・貴様が、あのVTシステムを屠った男か。成程、貴様が・・・

 

シュタイナーは目を四白眼にした後、まるで納得した様に溜息を一つ吐く。

実は此のシュタイナーと謂う人物は、ラウラの専用機にあの悪名高きヴァルキリー・トレースシステム、通称『VTシステム』を無断で乗せた張本人であり、事件後にラウラを秘密裏に処分しようとした一味の一人であった。

 

どんな男だと思っていたが・・・成程、道理でイカレた男だな。祝福のない子供を妻に迎えようとするとは・・・正気ではない

 

「そういうモノですかね? 惚れた女を嫁にする・・・男としては、此れ程の願いはありませんよ」

 

フンッ・・・見てくれだけは美しいからな。貴様は、どうせ後悔する。きっと後悔するだろう

 

辛辣なシュタイナーの言葉にラウラは下唇を噛み締めた。

すると、春樹はしたり顔の様な笑顔を浮かべる。

 

「良いじゃないですか、後悔しても」

 

「え?」

・・・なんだと?

 

「惚れた女に・・・惚れた女だからこそ、後悔しても良いじゃないですか。俺は、そう思いますね」

 

馬鹿な事を・・・自分を特別な人間だとても思っているのか? そんなのは、詭弁に過ぎん!

 

呆れた様にぶつくさボヤくシュタイナーだったが、春樹は笑顔を崩すことなく、彼は自分の右眼の眼帯を外して見せた。

 

「自分の()が、こねーな事になったら気分も変わりますでよ」

 

一つの目の中に()()ある金色の瞳を見せた。

 

ッ・・・・・な・・・なん、なんだそれは・・・なんだその目は!?

「「!?」」

 

シュタイナーは目をカッと見開いて飛び起きる。そして、春樹の肩をグイッと掴んで彼の右眼を覗き込んだ。

此のシュタイナーの行動にラウラや後ろに居たミッターマイヤーが止めようとするが、春樹は二人に抑える様に掌を見せた。

 

そんなッ・・・そんな馬鹿な!? あ・・・・・ありえんッ、こんな・・・こんな馬鹿な事があるか!!

 

シュタイナーは狼狽える。自分の常識の範疇を越えた存在に動揺する。

しかし、シュタイナーは知っていた。春樹の右眼球にある二つの瞳の正体を知っていた。

其れは、彼が超人的兵士の為に開発した『オーディンの瞳』の異称を持つ『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』であったのだ。

だが、シュタイナーが驚いているのは、其処ではない。彼が驚いているのは、其のヴォ―ダン・オージェの高い適応力であった。

 

ヴォ―ダン・オージェと謂う代物は、其の適応能力の難しさから完全適応は不可能と謂われていた。

実際、遺伝子強化素体として生み出されたラウラでさえもヴォ―ダン・オージェには不適合であったのでる。

けれども今現在、シュタイナーの目の前に居るのは、そんなヴォ―ダン・オージェに完全適合した()()()()の存在だった。

 

貴様、どこで・・・どこで、この目を手に入れた?!

 

「おんや? 御存知ない? さっきからあんたが何度も言ってるVTS事件で、俺はラウラちゃん共々暴走したISに飲み込まれてしもうてね。其ん時にさ」

 

ッ、ば・・・馬鹿な! そんなでたらめな理由があるか?!

 

「残念じゃけど・・・あるんじゃなぁ、此れが!」

 

「阿破破ノ破!」と奇怪に笑う春樹に対し、シュタイナーはワナワナ手を震わせながらガックリ肩を落として其のまま力なく膝から崩れ落ちる。

 

「シュタイナー博士。俺の担当医は、俺の事を『新人類』と日頃から言っているんよ。俺にゃあ、ちぃとばっかし煩わしかったんじゃけど・・・ラウラちゃんを娶るんには、特別な人間でないとおえん言うなら・・・俺は特別な人間でエエわ」

 

「それじゃあの」と春樹はラウラの肩を抱いて出て行こうとした―――――其の時であった。

 

ま・・・待てッ、待ってくれ・・・!

「阿い?」

 

酷く表情の悪い肩で大きく息をするシュタイナーが、春樹を呼び止めたのである。

別に春樹は此れを袖にしても良かったのだが、老いた一応の恋人の生みの親を無下にする訳にもいかず、彼はシュタイナーの肩を持ってロッキングチェアへ座らせた。

 

ハァ・・・ハァ・・・ハァッ・・・・・私は、私はいつかこんな日が来るとは思っていた。神の領域を冒涜した私を罰する者が現れると!

 

無理するなシュタイナー博士。あんた、もう九十ちかいんだから。今、救急車を!

 

黙れッ! 私は、大丈夫だ! それよりも・・・ミッターマイヤーの()()。そこの机の中に箱があるから、私にその箱を寄越せ!

 

シュタイナーは、小僧呼ばわりのミッターマイヤーを使い、近くの机の引き出しの中から古びた錆びだらけのブリキのクッキー缶詰を取り出す。

そして、中から分厚い書類を手に取った。両翼を拡げた()()()()のスタンプが捺された書類を手に取った。

 

「ッ、このマークは・・・!!」

なッ!? 博士、あんた・・・こんな所に隠してやがったのか?!

 

其の書類を見て、ラウラとミッターマイヤーは心底驚いた。

けれども、無駄に察しの良い春樹は此れを見て「・・・道理でな」と納得した表情を浮かべたのである。

 

「シュタイナー博士・・・其れが、()()()()か?」

 

フッ・・・察しが良い。そうだ・・・私の父や祖父が纏め、私が形にしようとした研究資料だ

 

シュタイナーは薄い笑みを浮かべると春樹の持って来た手土産、イエーガー・マイスターを見て、ある男の半生を語る。

 

・・・知っているか? その酒が発売されたのは、1935年・・・ある男が生まれた年なんだ

 

「おおっ、奇妙な偶然じゃ」

 

男が物心ついた時・・・街には、その()()()模られた旗がそこ辺中に掲げられていた。そして、男の祖父や父もその旗の下で研究を行っていた。世界を制覇する為の研究をだ。だが・・・研究は歓声に至らなかった。ベルリンが崩壊したあの時、男の父と祖父の夢は終わったのだ

 

「・・・じゃけど、()()は残った訳か」

 

そうだ。男は父や祖父の夢を受け継いだ。受け継いで、夢を形にしようとした。だが、そう簡単に上手くはいかない。何十、何百もの失敗があった。それでも男は諦めなかった。出来るか出来ないかを求める余り、するかするべきでないかを考えもせずにだ

 

「そうして生み出されたのが、彼女か?」

 

春樹はシュタイナーの話を聞き、其れがラウラが生まれた経緯なのだろうと思った。

・・・・・・・・だが。

 

・・・・・・・・・・・・・・・違う

「何ッ? 違うじゃと?」

 

思ってもみなかったシュタイナーの言葉に春樹は眉間に皺寄せる。

問題は、彼が思っている以上に複雑怪奇であったようだ。

 

そこにいるLb2型は、私が携わっていた()()()()()()だ。二十年前に頓挫した計画の派生でしかない

 

「計画? 計画って何なら?」

 

春樹の疑問符に対し、シュタイナーは返答代わりに彼の胸倉を掴んで引き寄せ、金色の瞳を覗きながら言い放つ。

 

話してやるッ、話してやる代わりに約束しろ! 私の・・・私の夢を引き継げッ!

 

「えぇ?? 引き継げ言われても・・・何したらエエんじゃ?」

 

決まっている。子供だ! 子供をつくれ!!

 

「ッ、は・・・博士!?」

 

「あッ、そういう事ね。大丈夫じゃ。無理のない範囲内で頑張りょーりますけん!」

 

「春樹!!?」

 

春樹の発言にラウラは顔を真っ赤にし、ミッターマイヤーは「おい、どういう事だ小僧?」と彼の頭へアイアンクローを仕掛けた。

一方、春樹の返答に満足したシュタイナーは、彼にある男・・・自分が関わった計画を話始める。遺伝子操作により『最高の人間』を造り出すという計画を。

 

冷戦時代の半ば・・・男は巨大なパトロン達の元で研究に打ち込んだ。其の計画の名前は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――『プロジェクト・モザイカ』。日本語名は・・・・・『織斑計画』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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204話

 

 

 

―――――シャルロット・デュノアは、思い出す。

―――――眠る度に夢を見る。

 

「ふふッ・・・ふふふ♪」

「阿破破ノ破!」

 

陽だまりが注ぐ窓辺にて食卓を囲んで笑い合う自分と白髪で爬虫類顔の想い人。

そして―――――

 

ままー、これおいしー! ぱぱもたべてみてよー!

うー、あー

 

屈託のない笑顔を自分達に向ける何処となく二人の面影がある年端もゆかぬ幼子と赤ん坊。

其の無邪気な表情を見る度、シャルロットの胸は一杯となって顔が綻んでしまう。

・・・・・しかし、此れは()()である。ワールド・パージと謂う幻術により、蜜に浸った甘い異質な精神世界で経験した幻覚である。

 

IS学園で行われた専用機タッグマッチ戦において発生した『ゴーレムⅢ事件』の後、幾何の間を開ける事無く起こった外部ハッキングによるIS学園中央システムシャットダウン。

後に『ワールド・パージ事件』と呼ばれる事件において、シャルロットを始めとする()()()()を除いた専用機所有者達は、事件終息の為に学園システムへと電脳ダイヴを慣行した。

だが、其れはハッカーが仕掛けた卑劣なる()だったのである。

 

【ワールド・パージ】

其れは、対象者に幻覚を見せる能力。

此の能力で対象者を外界と遮断し、精神に影響を与え、仮想空間では相手の精神に直接干渉する事で相手に幻覚を見せる事ができるのだ。

 

其の幻覚能力にまんまと惑わされたシャルロットが見たのが、想い人と其の間に儲けた二人の子供との()()()()()"記憶”と"日常”。恐ろしく平穏で、虚ろになる程に甘い空間。

そんな幻惑に彼女は・・・ドップリと浸ってしまう。足の指先から頭の天骨まで、どっぽりと。

思考を完全に放棄し、安らかで朗らかな表情で()()()シャルロット。

・・・・・・・・けれども、()と云ふものは()()ものだ。

 

「・・・・・あ・・・ッ」

 

ふと・・・見ていた夢から目が覚めれば、静かな空虚さが全身へ襲って来る。

想い人が自分へ向ける笑顔も無ければ、自分を慕う柔らかく温かな子供達の手の感触もない虚しさが心を締め付ける。

 

・・・まだ其れだけなら良かった。

夜空に煌めく星を手に入れられない事を知っている様に。画面の中に居るキャラクターへ触れられない事を知っている様に。

 

・・・・・・・・だが、シャルロットが恋い慕う相手は、手を伸ばせば触れられる位置に居た。何なら、彼と濃密なキスまで交わしていた。

しかし・・・彼が思い慕って恋い慕うのは自分ではない。

其の金色の焔が零れる熱の籠った艶やかな眼を向けられるのは、自分ではない。

其の鍛え上げられた傷だらけの腕で抱き締められるのは、自分ではない。

其の牙の垣間見える口で貪られるのは、自分ではない。

 

「破破ッ、好きじゃで・・・()()()ちゃん。愛しとるでよ?」

「あぁ、私も大好きだぞ春樹! 愛しているぞ!!」

 

彼が・・・春樹が想い慕い、恋い慕い、愛し慕うのは、流れる様な銀髪とオッドアイを持つ自分の親友・・・ラウラだった。

更に追い打ちをかける様な事を言えば、ラウラも春樹の事を想い慕い、恋い慕い、愛し慕う相思相愛の仲。

共に戦って苦難を乗り越えた二人の間にシャルロットの付け入る隙などない。

 

「・・・・・知ってる。そんな事・・・知ってるよ」

 

自分の方が()に好きになったのに。あんな()()さえ無ければ、彼の隣に居たのは自分だったのに。

考えれば考える程に、思えば思う程に・・・・・"口惜しい”。狂おしい程に手に入れたくなる。喉から手が出る程に自分のものにしたくなる。

けれども・・・春樹が顔に見合わず一途な事は知っていたし、シャルロット自身が拒まれている事も事実だった。

 

「でも・・・・・でも、良いんだ。最後に・・・最後にボクは、"勝ち取れば”良いんだから・・・・・()()()()の様に()()()()()()()んだから」

 

()を見る度にシャルロットの想いは強くなる。

其れが徐々に徐々に明確に()になっている事を知りつつも。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

まだか? まだなのか? まだなのかなぁ~??

 

フランスの南部にある国内最大の港湾都市マルセイユ。

其の見晴らしの良い小高い丘の上に位置するマルセイユ・サン・シャルル駅の構内において、黒のブラックスーツを着込んだSPに囲まれた顎髭を生やした厳格な風貌が特徴的な四十代前半男性が、落ち着きのない様子でウロウロしていた。

 

・・・落ち着いて下さい、()()()。少しは周囲の目を気にしたら如何でしょうか?

 

隣で彼を旦那様と呼んで諫めるのは、傍から見てもベテランだと云える風貌の執事。其の手には大きな花束を抱えている。

そんな執事からの諌言に対し、男はムッと眉間に皺寄せた。

 

落ち着いてなどいられるかッ、『ジェイムズ』! あの子が、()()()が帰って来るのだぞ!!

 

だからと言って・・・組んでいた全ての予定をキャンセルする事はなかったのではありませんか? 其れに・・・出迎えならパリ駅でも出来たでしょうに

 

わかっていない・・・わかっていないなぁジェイムズ! サプライズというものは、いきなり行うからサプライズなのだ!

 

いい歳こいてはしゃぐ自分の主人にジェイムズは、頭を抱えて溜息を漏らす。

 

なぁ、おい。あれってもしかして・・・

ウッソ!? 何で、あの人がここに居る訳?!

なんだ、なんだッ?

 

一方で、顔の良く知れた有名人の男を見ようと周囲には人だかりが形成され、いつの間にか偶々いたアマチュアカメラマンまで湧いて来る始末。

まるでスターの来訪を待ちわびるかの様な光景だ。

 

「・・・・・なにあれ?」

 

此の異様な光景は、此れから駅に停車するであろう列車からも良く見えており、窓辺から外を見ていた水色髪で眼鏡をかけた少女は疑問符を浮かべる。

 

「誰か、有名人でも来てるのか?」

 

「そうかもね。もうクリスマスの季節だから」

 

「ん? 何でクリスマスだと有名人が来るんだ? 何かの撮影か何かでか?」

 

「それもあるだろうけど・・・フランスのクリスマスは、家族と一緒に過ごすのが伝統だからね。早めに実家に帰るスターもいるんじゃないのかな」

 

黒髪の少年、織斑 一夏からの疑問符に応えるブロンド髪の少女、シャルロットは自国のクリスマス文化を話す。

 

「そうか、そう言えば・・・そんな季節だった。十二月に入ってから色々あり過ぎて・・・忘れてた」

 

水色髪の少女、更識 簪の呟きに「・・・そうだね」とシャルロットは、何処か悲し気な表情となる。

 

「大丈夫だぜシャル! 俺達でイギリスでの問題を解決したら、みんなでクリスマスを楽しもうぜ!」

 

力強い声と共に元気のないシャルロットを励まそうとする一夏。

そんな彼の根拠のない言葉にシャルロットは、「う、うん・・・そうだね」と頷くだけだったのだが、其の一夏に対して冷たい視線を送る者が居た。

 

「馬鹿か。なんともお気楽な事だ」

 

一夏に似た面影のある黒髪の少女、元ファントム・タスク構成員コードネームMこと、織斑 マドカは辛辣な毒と呆れた溜息を吐く。

 

「まるで自分が居れば問題が解決できるかの様な口ぶりだな。成した事など一つもないくせに」

 

「ッ、なんだと!!」

 

蔑視のマドカに対し、一夏は身を乗り出して彼女に掴み掛ろうとしたのだが・・・・・

 

「やめんか馬鹿もん」

「痛ッ!!?」

 

一夏の頭に空手チョップが直撃。其の余りの衝撃に彼は頭を抑えて悶えてしまう。

其のチョップを繰り出した者を確認せんと振り返れば、其処には一夏やマドカと面影を同じとする美女が佇んで居た。

 

「まったく・・・おい、デュノア。お前の父親からの連絡はまだか?」

 

「は、はい。マルセイユ駅に向かってるってSMSで連絡したっきり返事はないです、織斑先生」

 

シャルロットの返答に怪訝な表情で「・・・そうか」と答えるのは、イギリス上陸フランスルート進行隊を指揮する天下に名高いブリュンヒルデの名を冠する織斑 千冬。

彼女は、無事にフランスを中継してイギリスへ入国する為にシャルロットの実家のコネを頼る事にしたのである。

シャルロットの実家は、世界第三位のシェアを誇るIS関連大企業デュノア社。なれば、ヨーロッパ各国に顔が利くだろうと千冬は考えたのだ。

 

「私は顔がわれている。さっきから乗客にサインやら写真をねだられて適わん。さっさとどこかで一休みしたいものだ」

 

「そうですね。列車の旅って・・・思ったよりあんまり快適じゃないし」

 

()()()()()。パリ駅の乗り換えまで、どこかで休憩したらいいと私は思うのだが」

 

「おい、お前! 気安く千冬姉を呼んでんじゃねーよ!」

 

再びマドカに突っかかる一夏へ再び千冬の空手チョップが「やめんか!」の声と共に炸裂する。

 

「それよりも・・・なんだ外の騒ぎは? 私達と同じ列車に有名芸能人でも乗り合わせているのか?」

 

「さぁ、どうなんでしょう? マルセイユ出身のスターって、誰がいたかな?」

 

ドンドン近づいて来る歓声に他人行儀だったシャルロットだったが、彼女はふと歓声が上がる人だかりの中心を興味本位で窓から覗いて見た。

すると其処には自分の見知った顔が、ソワソワ落ち着きのない態度で佇んで居るではないか。

思わず「・・・ふぁッ!?」と呆気に取られてしまい、彼女は咄嗟に窓を開けて叫んだ。

 

お、()()()()!?

 

突然、窓を開けて母国語で叫ぶシャルロットにギョッとする皆を余所に停車場で彼女の到着を今か今かと待って居た顎髭を蓄えた人物は、満面の笑顔で手を振ったのである。

 

待って居たよッ、私の愛しいシャルロット!!

 

大はしゃぎで手を振るのは、世界的大企業を率いるデュノア社社長にしてシャルロットの実父であるアルベール・デュノア其の人。

そんな彼のギャップある行動に対し、カメラマン達は彼等の事を写真に収めんとシャッターをきった。

 

な・・・な、なんでお父さんがここにいるのかな?!

 

パリに居る筈の父・アルベールの登場に目を白黒させながら降車したシャルロットをアルベールは其の大きな体躯で抱き締める。

 

大切な娘が帰国すると聞いて急いで来たんだ! サプライズ大成功だな!!

 

お帰りなさいませ、シャルロット御嬢様。花束をどうぞ

 

あ・・・ありがとうございます、ジェイムズさん・・・・・って、違うよ!! どうしてこんな大騒ぎになってるのさ?!!

 

さぁ? 何でだ、ジェイムズ?

 

どうやらアルベールはシャルロットが絡むと一時的にIQが下がる様で、あっけらかんと疑問符を浮かべる自分の主人に対し、ジェイムズは「ハァ・・・ッ」と溜息を吐いた。

 

「おい、シャル! 一体どうしたって言うんだよ?・・・って、え?」

「ッ・・・まさか、あの人って・・・!?」

「おいおい・・・勘弁してくれ・・・!」

 

「おや? やぁッ、ようこそフランスへ! ブリュンヒルデとその教え子たちよ!!」

 

車両から突然飛び出したシャルロットの後を追って来た一夏達一行と目が合ったアルベールは、彼等に歓迎の手招きをする。

其の彼の行動にギョッとしたのは、IS学園一行だけではない。

 

まさかッ、あれはブリュンヒルデ!? ブリュンヒルデのチフユ・オリムラだ!! 間違いない!!

それに・・・隣に居るのは世界初の男のIS乗りのイチカ・オリムラじゃねーか?!!

それだけじゃないわ! デュノア社長が抱き締めた子は、最近になって公表した実娘のシャルロット・デュノアじゃない!!

ん? ねぇ、ブリュンヒルデの後ろにいる黒髪の子・・・なんかブリュンヒルデに似てない?

 

周囲に集まっていた観衆は更なる歓声を上げながら手に持っていた携帯端末で写真を撮り、カメラマン達はシャッター音を止ませる事はない。

そんなシャッターの光の中、アルベールはシャルロットの肩を抱いたまま千冬に握手を求めた。

 

「ブリュンヒルデ・・・いや、織斑 千冬先生! 私の娘、シャルロットと共に我が祖国フランスへ来訪してくれた事を感謝します。最高のクリスマスプレゼントだ!!」

 

「・・・どうもアルベール・デュノア社長。社長自らの出迎え、恐縮の限りです」

 

満面の笑みのアルベールに対し、少し引き攣った苦笑を浮かべる千冬。

秘密裏に中継地のフランスを通過したかった彼女としては、今の状況は余りに余りにも誤算。

千冬は思わず笑っていない自分の目をシャルロットへ突き刺す。

 

「(ひ、ひぇえー!? なんで・・・なんで、こーなっちゃったのかなぁ??)」

 

其の若干殺気立った視線に泣きそうになるシャルロット。

そんな彼女の表情をカメラマン達は父親との再会に感動しているものだと勘違いし、シャルロットへフォーカスした。

此れで新聞の一面は当分の間、彼女の顔が掲載されるだろう。

 

「(こいつが・・・コイツが、シャルの父親ッ・・・・・シャルを無理矢理、IS学園に送った野郎か!)」

 

そんな中、唯一人、一夏はマイナス感情が籠った視線をアルベールへ向けているのであった。

 

 

 

 

 

 

マルセイユ駅での珍騒動後、本格的な報道陣が来る前に一行はデュノア家が所有するプライベートジェットでパリのシャルル・ド・ゴール国際空港へと向けて飛ぶ。

其の空港到着後、息も吐かせぬ間も無くこれまたデュノア家所有のリムジンで、一行はデュノア家本宅があるパリ一等地へ向かったのであった。

 

おかえりなさい、シャルロット!

「うわっぷ・・・!?」

 

見るからに豪邸と言っても差し支えないデュノア家の玄関門前。

オレンジ色のリムジンから降りたシャルロットを精一杯抱き締めるのは、何人もの使用人達を背後へ控えさせた気品に溢れた美貌の持ち主。

 

ちょ・・・ちょっと苦しいよ、()()()()()!?

 

彼女の名は、ロゼンダ・デュノア。

アルベールの正妻であり、シャルロットの義母にあたる人物だ。

其のロゼンダが、シャルロットの頭を何度も何度も自分の豊満な胸へと埋めさせ、彼女の頬へ幾度となく唇を落とす。

 

あッ、ズルいぞロゼンダ! 私にもハグとビズをさせるんだ!

御当主・・・先程、御嬢様にしたのでは?

そうよ、だから今度は私の番! さぁシャルロット、私にもっとお顔を見せて頂戴? チュッチュ♥

 

も・・・もう勘弁してよ、二人とも―――――ッ!!

 

周囲の目など一切気にしない父・アルベールと継母・ロゼンダの熱いビズに挟まれ、もうモミクチャ状態のシャルロットは顔を真っ赤に染め上げて叫ぶ。

 

目の前で行われる情熱的な家族の再会に対し、織斑姉弟妹は様々な表情を晒す。

千冬は溜息を漏らし、一夏は複雑に眉間へしわを寄せ、マドカは何処か羨ましそうに一家を見つめている。

そんな三者三様の表情をする隣で、簪はアンニュイな表情で自分の姉の想い人の様に呟いた。

 

「ヤレヤレ・・・だね」

「ッ、見てないで・・・助けてよ、みんなぁ―――――!!」

 

羞恥心に堪えられなくなって悲鳴を上げるシャルロット。

其れでも此の後、彼女は少なくとも十分は両親の熱いハグとビズに揉まれた事を追記して置く。

 

「と・・・とんでもない目にあった。どっと・・・どっと疲れちゃったぁ~!」

 

熱烈な歓迎から漸く解放されたシャルロットは、豪邸内にある自分の部屋へと逃げる様に駆け込むとベッドへ顔を埋める。

 

「・・・・・すごい部屋。ベッドの方も・・・まるでお姫様のベッドみたい」

 

あまりにも豪華な装飾品に家具が並ぶシャルロットの自室に目を丸くするのは、共に同じ部屋に泊まる事が決定した簪。

彼女はキョロキョロ辺りを見回しながら促されてシャルロットが寝転ぶベッドへ腰掛け、高級マットレスの感触を楽しむ。

 

「ふっかふか・・・・・さすがは、世界シェア第三位の会社社長令嬢・・・とっても豪華」

 

「もうッ、やめてよ。ボク一人じゃ持て余す部屋の広さなんだよ? 広すぎて、夜寝る時なんて怖い時があるもん。あと・・・ボクの知らない内にものが増えてるし。また勝手におかあさんとお父さんが買って来たんだよ絶対」

 

「でも・・・なんか、うれしそう」

 

簪の指摘に対し、シャルロットは「・・・・・そうだね」と眉間にしわを寄せた怪訝な表情から一転して優しそうな笑顔を浮かべる。

 

実はシャルロットは少し前まで、アルベールとロゼンダ含んだデュノア家とは最悪の関係だった。

しかし、ある()()()()とある()()()()()()の御蔭もあって関係は良好なものとなり、一転してデュノア夫妻はシャルロットを猫可愛がりの溺愛をする様になったのである。

 

「・・・・・()()()が見たらどんな事言ってくれるかな? 親バカ拗らせてるなぁ~って、言うかな?」

 

「・・・たぶん。それでお酒の肴にするよ、絶対。あのヘンテコな笑い声をあげてさ」

 

「プッ・・・フフフ♪ それでガブガブお酒を飲むんだ。あ、そうそう。お父さんが、ワインをコレクションしてるんだけど・・・それを全部飲んじゃうんだろうな。おいしいおいしいって言って・・・何本も何本もボトルを一瞬で空にしちゃうんだろうなぁ・・・」

 

あの奇天烈珍妙な「阿破破ノ破ッ!」と云った笑い声を上げる此処にはいない想い人の顔をシャルロットは思い出す。酒の入ったグラスを片手に笑うデュノア家の大恩人、清瀬 春樹の顔を思い出す。

けれども、恋い慕う想い人の顔を思い出すシャルロットの表情は何処か浮かない。

何故なら彼は月初めに()()()()()()の襲撃を受け、意識不明の重体に陥ってしまったのだ。

・・・・・しかし、彼女は知らない。

其の重体の春樹は現在―――――

 

「ッ・・・あ、危ない危ない。思わず暗い気分になる所だったよ。今は・・・今は、そんな場合じゃないもんね!」

 

シャルロットは眼元をゴシゴシ擦るとカラ元気を思わせる笑顔を振りまく。

其の何処か苦しそうな表情に対し、簪は「・・・無理、しなくてもいいんだよ?」と彼女の手を優しくそっと握ってやる。

 

簪はシャルロットの気持ちが少し理解できた。

彼女の姉である更識 楯無が、ロシア軍の追撃から皆を逃がす為にたった一人の殿軍となって残ったからだ。

・・・・・しかし、彼女は()()()()()

其の殿軍を買って出た楯無は現在―――――

 

「・・・・・ありがと、簪。でも、大丈夫。ボク、大丈夫だから!」

 

「ッ・・・シャルロットさん・・・!」

 

「え? ちょ、ちょっと簪!? なんで君が、泣きそうな顔をしているのかな? 意外と感受性豊かだよね、簪って」

 

()()()を感じて複雑な表情をする簪を励まして「お、お腹がすいちゃったね!」などと言った少々雑なオチを着けたシャルロットは、彼女を連れて気分転換に邸宅を案内する事にした。

だが、シャルロットは自宅でありながら邸宅内の間取りがよく解っておらず、半ば迷子になりつつ広い広い邸宅を彷徨った。

 

「・・・・・ごめん、簪。ここって、前にも通ったかな?」

 

「通った様な・・・そうでも、ないような?」

 

「も、もしかしてボク達・・・迷子になっちゃったのかな!?」

 

似たり寄ったりな空間を右往左往して申し訳なさそうにするシャルロットだが、漫画やアニメの一コマ様な特殊状況に簪は何処かウキウキする。

・・・・・そんな奇妙な状況の中、偶々通りかかった部屋から―――――

 

ふざけるんじゃねぇよッ!!

「「!?」」

 

半開きの扉から聞こえて来る若い男の怒鳴り声。

其の怒鳴り声は日本語で発せられており、しかも其の後にはバキィ!と云った打撲音と「あなた!?」と悲鳴の様なフランス語が聞こえて来たではないか。

 

「ッ・・・おかあさん、どうしたの?!」

 

継母ロゼンダの悲鳴に尋常ならざる事態を悟ったシャルロットが、部屋に入ると其処には―――――

 

「しゃ、シャル・・・!?」

「シャルロットッ・・・!」

 

「あぁッ、まったく・・・!!」

 

頬を赤くし、身体を仰け反った状態の父・アルベールと彼の胸倉を掴んで拳を振り抜いた状態の一夏が居り、其の真向いには複雑な状況に眉間を寄せる千冬が、奥歯をギリッと噛み締めていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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205話


・・・・・時はちぃとばっかし戻る。



 

 

 

背後に迫る敵の追撃を振り切り、やっとの思いでフランスへと入国した千冬が率いるイギリスを目指すフランスルート一行。

彼女達は其処でシャルロットの実家であるデュノア家から思わぬ好待遇の歓迎を受ける事となる。

 

多大なる緊張感に精神的にも肉体的にも苛まれていた一行へデュノア家は温かいシャワーやら美味しい食事やら寝床やらを提供し、束の間の休息に彼女達は浸る事が出来た。

 

「Miss.織斑。少しお話できませんでしょうか?」

 

そんな休息の中、三ツ星シェフ級の食事を終えた千冬に声をかけたのは、一行を手厚くもてなすデュノア家家長アルベール・デュノア。其の彼の隣には、妻のロゼンダ・デュノアが佇んで居る。

 

「お疲れの所大変恐縮ですが・・・ぜひ、かの有名なブリュンヒルデであられる貴女とお話を交わしたいと思いまして」

「それに学園でのあの娘・・・シャルロットの様子もお聞きしたいのです」

 

IS学園の大手スポンサーの一つであり、自分達に休息補給場を提供してくれたデュノア夫妻の言葉に首を横に振る訳にもいかず、尚且つ―――――

 

「もちろん・・・()()の方もご用意しているので」

 

何処かの()()の様に織斑 千冬と言う御人は、随分な酒飲みであった。

イギリスで発生した問題解決の為に仕事モードであった彼女だが、一時の憩いの時間に対し、身体がアルコールを求めたのである。

 

まるで自分の心の内を読んだ様な夫妻からの提案に千冬の心はグラついたのだが、なにぶん「はい、そうですか」と首を縦に振る訳にもいかなかった。

 

「どうかしたのか、()()()?」

 

千冬へ背後から声をかけたのは、彼女と随分面影が似通った黒髪の少女。元テロリスト構成員であり、自称織斑家末妹を名乗るMこと織斑 マドカである。

イギリスでの問題解決の為に共に此処迄来たのだが、元テロリストの犯罪者と云う事もあって監視が欠かせないのだ。

更に言えば―――――

 

「おいお前! 気安く千冬姉を呼んでんじゃねぇよ!」

 

彼女の弟であり、世界初の男性IS適正者である織斑 一夏が何かにつけてマドカに突っかかるのである。

 

「ッチ・・・誰も貴様なんぞ呼んでいないぞ。私は姉さんと話しているんだ。とっとと引っ込んでろ愚物如きが」

 

「ッ、テメェ!!」

 

「やめんか、バカモノ!」

「ぐェッ!?」

 

今にも自身の専用機を部分展開して斬りかかろうとする一夏の頭へ空手チョップがお見舞いされ、其の衝撃によって彼は踏み付けられた蛙の様な悲鳴と共に跪いた。

どうもフランスに来てから一夏の様子がおかしい。妙に殺気立って落ち着きがなくイライラしている。

千冬はそんな彼に与えられた自室での待機を命じ、一夏は其れに対して何やらブツブツ言いながら従った。

 

「まったく・・・・・申し訳ない、うちの愚弟が恥ずかしいマネを」

 

「ハッハッハッ。いえ、あれぐらいの年の男の子というものはあんなものです。元気があってよろしいではないですか」

 

「姉さん、私なら大丈夫だ。心配しなくとも()鹿()()()()などしないさ。それでも心配なら・・・おい、そこのお前

 

ッ、はい。私でございましょうか?

 

突然マドカから発せられた流暢なフランス語に驚きつつも丁寧なお辞儀と共に受け応えたのは、デュノア夫妻の後ろに控えていた老執事ジェイムズ。

 

そうだ、お前だ。ボードゲームぐらいこの家にあるだろう? 少し私の相手をしろ。姉さん、この男が私の監視を一時的にすれば良い。その間、姉さんは休むと良い」

 

おい、行くぞ」とジェイムズを連れて行くマドカ。

此の彼女の気を使った行動に千冬な訝し気な表情を晒すが、傍から見れば姉を想う優しい妹の姿にデュノア夫妻は感心し、了承を得たものだと彼女を別室へ案内した。

 

「ささ、どうぞ先生。私、秘蔵のワインコレクションの中でも秀逸な一品です」

 

案内された部屋で待って居たのは、来賓の為に用意された如何にも高級な品々と家具。

其の一つであるこれまた如何にも高級なソファへ座る様に促された千冬にアルベールはワイングラスを手渡し、其れに古びたボトル口を傾ければ、トポトポとグラスが血の様に真っ赤な液体で満たされてゆく。

 

「すぅー・・・・・いい香りだ。ワインには素人だが、そんな私でも素晴らしいものだとわかります」

 

「そうでしょうそうでしょう。これはブルゴーニュのあるブドウ畑で―――――」

「あなた、うんちくは止めなさいと言っているでしょう。申し訳ありませんわ、先生」

 

「いえ。こんな高級ワインを頂ける機会はそうはないので、ありがたいと思っております。それでは・・・ごちそうになります」

 

ワイングラスを満たした芳醇な香りを放つ赤を口にしようとした其の瞬間、動画の一時停止の様に千冬の手が止まった。

此の彼女の行動にロゼンダは「どうかされましたか、先生?」と当然の疑問符を浮かべるが、アルベールの方は「・・・気付かれたか?」と目を細める。

 

「・・・・・デュノア社長・・・()()とは、一体どういうものなのでしょうか?」

 

千冬は今と同じ様な状況になった事があった。

其れは、ある夏の日・・・明確に言えば、『銀の福音事件』が発生する前夜。千冬は、密かに部屋へ集まった生徒達にジュースを飲ませた。

勿論、其れは親切心からもあったからだろうが、本心はジュースと云う()()をあてがい、自分がビールを飲む為の口実であったのである。

そして、現在・・・千冬の置かれた状況は其れに酷似していた。

もし、此の手に持ったワインを呷ってしまえば、千冬は此れからデュノア夫妻が持ち掛ける提案を()()()()ならなくなってしまう。

 

「・・・フム、流石はブリュンヒルデか。実に()が良い。もし・・・ここに()が居たのならば、彼も同じ事をしたかもしれない。彼も勘が良い方だからな」

 

「あなた・・・」

 

「観念しようロゼンダ。織斑先生・・・この様な卑怯な手を使い申し訳ない。だがッ、私達とて手段は選ぶつもりはない!」

 

愛する妻に手を握られつつアルベールはキッと覚悟を決めた様な目を千冬へ向けた。

此の夫婦は一体何を、どんな無理難題を千冬に突き付けようと云うのか?

 

「織斑先生、貴女達がイギリスで何を行おうと構わない・・・けれど私達の娘、シャルロットを危険な目に合わせる訳にはいかん! だから頼みます・・・シャルロットはここで、この国で待機する様に指示しては頂けないか!!」

 

「何・・・?」

 

想像していたモノとは違うアルベールからの頼み事に千冬は眉をひそめた。

 

デュノア夫妻が求めたのは、自分達の娘であるシャルロットの戦線離脱。

イギリスでの問題解決の為に戦力ダウンは避けたい所なのではあるが・・・・・

 

「先生・・・あの子、シャルロットの専用機は第二世代型ですわ。ほとんどが第三世代機以上で構成されているチームにおいて、あの子の離脱はそんな問題にはならないんじゃないんですの?」

 

ロゼンダの云う通り、IS学園遠征軍内においてシャルロットだけが旧世代型を扱っており、戦力構成的なデータで見ると言っちゃあ悪いが、哀しいかな居ても居なくとも()()()()()のだ。

しかし―――――

 

「・・・私は作戦内において、あらゆる不測の事態を想定しております。第三世代機は確かに強力な最新型機体でしょう。ですが、未だ信頼性が薄い諸刃の刃。もし、その第三世代機に問題が発生した場合、デュノア・・・お嬢さんの駆るラファール・リヴァイヴ・カスタムが要となるのです。それにお嬢さんは優秀です。心配いりません」

 

千冬の云う事も尤も。

更に言えば、シャルロット・デュノアと云うパイロットは、其の旧世代型機体で最新型機体と渡り合って来た。エースパイロットとしては申し分ない腕をしているのである。

かのブリュンヒルデからの思わぬ高い評価の返答に対し、アルベールの内心は複雑であった。

・・・・・ところがどっこい。

 

「いや織斑先生、そんな話をしているのではありません」

 

「・・・はい?」

 

複雑な表情を晒すアルベールの隣で、ロゼンダは訝し気な表情と共に()()()()の疑問符を千冬へ投げ掛ける。

 

「そもそも・・・そんな危険な任務とやらにどうしてうちのシャルロットが構成メンバーとして組み込まれているのですか? 聞いた話によれば、軍が動く様な大事ではないですか! あの子はまだ十代の子供なのですよ!!」

「ッ・・・!」

 

彼女からの当然の如き疑問符に千冬は思わず口籠ってしまった。

イギリスでの()()とやらがどういったモノかは定かではないが、今までの経験上、通常ならば国軍が出動せねばならぬ大事だろう。

 

「・・・・・夫人、一体何処でそんな事を聞かれたのですか? それはまったくの誤解です」

 

「誤解? いいえ、そんな事はありませんわ! これは信用のある()()()からの情報です! ブリュンヒルデ・・・あなた、まさか今までもシャルロットや子供達に危険な任務を押し付けていたのではありませんか?!」

 

面と向かって真っ向から千冬を糾弾するロゼンダ。

其の毅然とした彼女の態度に圧倒され、尚且つ何処か()()()()()()()千冬は思わず一瞬だけ眉をひそめた。

・・・其の一瞬をロゼンダは見逃さない。

 

「あなた、それでも人様の子を預かる立場なのですか?! なにがッ、なにが『ブリュンヒルデ』か! あなたは教員失格です!! そんな人間に私達の愛する子を預ける訳にはいきません!!」

 

今にも掴み掛りそうな勢いで怒りを露わにするロゼンダ。

其の激情は、血が繋がってはいなくとも愛する娘であるシャルロットを想うが故であろうか。

 

そんな少々ヒステリックになっているロゼンダを夫であるアルベールは「落ち着いてくれ」と静かに諫めると厳かな表情を千冬へ向けた。

 

「織斑先生・・・ロゼンダの言った通り、私達は信用度の高い情報を持っております。保護者に通達もせず、大切な子供達を危険な任務に関わらせた証拠を私達は持っているのです。出る処に出せば・・・・・みなまで言わなくとも聡明な織斑先生にはお解りでしょう?」

 

言葉の刃を首筋に突き付けられた千冬だったが、脅しとも受け取れるデュノア夫妻の文言が彼女にはどうも引っ掛かったのである。

昂った感情のままに脅し文句を並べたデュノア夫妻の話の内容は、とても()()()()から来る其の場の勢いではないのだと千冬は察した。

なれば、二人に確かな情報を()()させた人物が居る筈。其れは誰か・・・?

 

「・・・・・・・・わかりました。いいでしょう」

 

しかし、現状そんな事は千冬にはどうでも良かった。

彼女の最優先目的は、問題解決の為にイギリスへ入国する事である。

此処で無理に意地を通す事でデュノア夫妻のへそを曲げてしまえば、余計な問題を増やす処か渡英の妨げとなってしまう可能性が十分高い。

ならば此処は夫婦の要求通り、彼等の愛娘シャルロットの身をフランスに置いて行ってしまった方が何かと都合が良いのだ。

戦力の減少は後々補う様に考えれば良い。

 

そんな深く考えた神妙な面持ちの後、千冬から発せられた肯定の言葉にアルベールとロゼンダは互いに顔を見合わせて明るい顔となった。

 

「織斑先生、あなたが話の分かる人で大変助かった」

「えぇ、本当に。これで祝杯が挙げられますわ」

 

夫妻は乾杯しようと誘う様に赤で満たされたワイングラスを掲げ上げる。

其れに対し、千冬は腑に落ちない怪訝な表情で溜息を一つ吐いた後、彼等の掲げるグラスへ自分のグラスを近づけ―――――

 

―――――「おいッ、ちょっと待てよ!!」

 

 

 

 

 

―――◆◆◆―――

 

 

 

織斑 一夏がシャルロット・デュノアについて知っている事と云えば、彼女の半生とデュノア社社長である父・アルベールからの命令によってIS学園へ()()()に送られて来たと云う事だ。

 

少々時季外れの転入生。

其れも世界的大企業デュノア社の()()の『シャルル・デュノア』として、名前と性別を偽ってIS学園へとやって来た男装の麗人シャルロット・デュノア。

そんな彼女の秘密を()()知ってしまった一夏は、シャルロットの事情を聞いて大変憤った。

血の繋がった自分の子供を道具の様に無理矢理扱う父親に対して激怒したのである。

 

「シャル、大丈夫だ! 俺が・・・俺が必ず守ってやる!!」

 

何故なら彼もまた物心ついた時には親はおらず、肉親と云えば姉の千冬しかいなかった為、シャルロットにシンパシーを感じた一夏は彼女を守ると決心したのだった。

・・・・・しかし。

 

―――――「シャル・・・お前、もう正体を隠さなくていいのかよッ?」

「うん。あの()()から、その・・()()にも()()()()と話をする機会があってね。仲直りって言うのかな・・・ボク達はお互いにすれ違ってたんだよ」

 

あの事件・・・・・VTS事件から幾日と経たぬ内に庇護対象だった筈のシャルロットは、自分を道具の様に扱った『あの人』呼ばわりしていた父親と和解したと云うではないか。

堅く彼女を守る決心した一夏にとっては複雑な心境だったが、シャルロットがもう苦しい思いをしないでいいなら其れでもいいと彼は自分の思いを呑み込んだ。

・・・ところがどっこい。

 

「そ、そうか・・・良かったな!」

「うんッ。・・・・・これも”春樹の()()()”だよ」

 

何処か照れた様な柔らかな笑みを浮かべるシャルロットに対し、「・・・・・・・・は?」と一夏は不快になった。

実はシャルロットの男装事件の裏で、一夏は()()()と殴り合いになる程の諍いを起こしていたのである。

 

男の名は、清瀬 春樹。一夏と同じ世界でも稀有な男性IS適正者だ。

そんな男と何故に彼が対立したのかと云えば、やはり其れはシャルロットへの処遇による所が大きい。

 

一夏がシャルロットを擁護するべきだと主張する一方で、春樹は「関わり合いたくない」と発言したのだ。

IS学園転入初日からルームメイトとなり、先にシャルロットの秘密と事情を知っていながらも彼女を助けようともしない春樹へ対し、一夏は失望の念と共に声を荒らげて彼に手を挙げた。

だが、感情的な彼に対し、春樹は揶揄する様な口調とあの癪に障る奇天烈な笑い声で一夏の考えの甘さを指摘したのだ。

其の鋭い指摘に対し、一夏は歯噛みしながらも「やってみないと分からないだろうッ?」と食い下がり、誰の手も借りずにシャルロット防衛を決心したのである。

 

・・・話を元に戻そう。

そんなシャルロットを守ろうとする事に消極的だった春樹が、結果として彼女を救った事に一夏としてはメンツを潰された様で不快だったろう。

しかし、事情を聞こうにも其の後のゴタゴタによって有耶無耶になってしまった為、シャルロットの話は其れ以上の進展はなくなった

だが、此の以下の出来事が一夏に無意識ながらも春樹への劣等感を生み出してしまった事に変わりはない。

其の後、事ある毎に一夏が春樹に突っかかる様になった事は周知の事実。

 

けれども・・・此処で忘れてはならないのは、一夏の春樹に対する劣等感だけではない。

此の事件において首謀者とも云える立場であったシャルロットの実父アルベール・デュノアに対する一夏の嫌悪だ。

其のアルベールに対する嫌悪は、春樹との関係が悪くなる事と比例して歪なものとなっていってしまったのである。

其れ故に今回の騒動でフランスを訪れた際、自分達を熱烈に歓迎したアルベールを見た時、一夏の内心に眠っていた歪な嫌悪が目覚めてしまった。

更に言えば、フランスへ入国した際、一行の中には元テロリストで千冬の自称妹を名乗る織斑 マドカが居た為、彼女の存在が癪に触って堪らない一夏の精神状態は最低であったのである。

そんな思春期特有の不安定さと発酵が進んだアルベールへの嫌悪が、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わさってしまった。

 

さて・・・・・そんな状態の一夏が、デュノア夫妻の一計を聞けばどんな行動を起こすであろうか。

 

「おいッ、ちょっと待てよ!!」

「ッ、一夏・・・!?」

 

トントンとノックもなく犯罪組織のアジトに突入する特殊部隊の様にバーンと扉を張った押して現れたるは、顔を真っ赤にした憤怒の形相を露わにした織斑 一夏其の人。

 

彼は自室での待機を千冬から命ぜられたのだが、デュノア夫妻が彼女を連れて行った事を不審に思い、後を着けていたのだ。

普段ならば、此の一夏の下手な尾行に気付く千冬なのだろうが、彼女の注意が旅の疲労と目の前に差し出された一杯の酒に逸れてしまった事が此の結果である。

 

「千冬姉ッ、何で()()()()()()にシャルロットを引き渡そうとするんだよ?!」

「ッ、一夏、口を謹め!」

 

「・・・こんなヤツらとは、酷い言い草だな」

 

激昂した表情で突然現れて自分達に人差し指を突き刺す一夏に眉をひそめつつ、アルベールは彼を落ち着かせようと「君も何か飲むかね?」と空のグラスを向けた。

だが、そんなアルベールの気遣いを一夏は振り払う。

 

「うるせぇッ! 千冬姉、俺は反対だ! こんな連中にシャルロットは渡せねぇ! なにが『愛する子』だ?! シャルを無理矢理IS学園に送り込んだヤツの台詞とは思えねぇよ!!」

「ッ、そ・・・それは・・・!」

 

一夏の言葉にロゼンダは奥歯をギリッと噛み締める。

ロゼンダは過去にシャルを其の存在が許せずに「泥棒猫!」の罵倒共に平手打ちした過去があった。

覆られぬ過去に彼女は歯噛みする。

 

ガンッ!

「「!?」」

 

此のロゼンダの苦悶の表情に対し、持っていたグラスをテーブルに叩き付ける様に置いて応えたのは、目を細い三角にしたアルベール。

其の表情にはある()()があった。

 

「・・・いくら若いと言っても目に余るな。事情を何も知らない人間が、口を挟む様な事ではない」

 

「事情なら知ってるさ! お前らがシャルを邪魔者扱いして、会社の利益の為()()にIS学園へ送り込んだ事をな!! アンタは知らねぇだろッ? シャルがどんだけ苦しい思いをしたか、どんだけ悲しい思いをしたかをよ?!!」

 

「・・・・・・・・知っている・・・」

 

「ッ、なんだって?」

 

「知っているッ・・・知っていると言ったんだ!」

 

思わぬアルベールの返答に一夏はギョッと目を点にする。

 

「織斑くん・・・君は私達の娘、シャルロットを随分と大事に思ってくれているのだね? それは、親としてとても喜ばしい事だ」

 

「親? どの口が言ってんだよ! 今までシャルロットを放置しておいて、何言ってやがる?!」

 

「・・・・・君は、シャルロットから何も聞いていないのかね?」

 

「なにをだよ!?」

 

口をへの字に曲げ、過去の一件を蒸し返してデュノア夫妻を一方的に悪役に仕立てる一夏をアルベールは呆れる様に溜息を吐いた後、彼はデュノア家のあまり口外できぬ御家事情を話す事にした。

 

「君がシャルロットからどんな事を聞いたかは分からない。だが、確かに私は自分の娘を其の意志に関係なく、事情を話す事もなく学園へ送り込んだ。今思えば、無茶な事をした。悪かったと思っている」

 

「悪かったと思っている? そんな言葉一つでどうにかなるものかよ! どんな理由があれ、自分の子供を―――――

「シャルロットの命を守る為であってもか?」

―――――・・・え?」

 

『命を守る為』と聞き及び、一夏の身体がすくむ。

其の隙を突く様にアルベールは、自分の行ってしまった黒歴史を話始める。

 

「恥ずかしい話なのだが・・・少し前まで我がデュノア社は経営不振に陥っていた。第三世代型ISの開発が難航していたからだ」

 

「その第三世代機をつくる為にアンタはシャルに男の格好をさせて送り込んだんだろ! どこがシャルの命を守る為なんだよッ! 嘘つくんじゃねぇ!!」

 

「・・・どうして私がシャルロットに男装させたと思う?」

 

「は? そんなの・・・警戒させる事なく俺に近付けさせる為に決まってるだろ?!」

 

「そうだ。私はシャルロットに性別を偽らせ、君に近付いてISの機体情報を掠め盗る様に指示した・・・・・()()()はな」

 

「・・・・・なに?」

 

一夏はアルベールの言っている事がちっとも理解できない様な疑問符を浮かべる。

・・・鈍感な人間に察しろという方が土台無理な話だが。

 

シャルロットをIS学園に送る前、確かにアルベールは彼女に上記の様な指示を出すには出した。

しかし、シャルロットはそんな指示を完遂する為に必要な企業スパイとしての技術や訓練を受けてはいなかったのである。

 

訓練も受けず、細かな事情を聞かされぬままたった一人で異国の地に送られた少女の心情はとても心苦しかったろう。

そんな人間が、果たして世界初の男性IS適正者専用機の情報を盗む事に専念できようか?

 

「織斑先生・・・シャルロットは、あなたの目に見えて実に()()()()だったでしょう?」

 

答えは『否』だ。

周囲から気付かれぬ様にシャルロットは取り繕ったのだろうが、解る人間からすればスパイだと丸解り状態。

其れも高等な超一流スパイではなく、素人に毛も生えない()()低レベルのスパイだと理解できる程に。

此れに気付かないのは・・・『鈍感:A+』のマイナススキルを持つ人間ぐらいだろう。

 

無論、天下に名高きブリュンヒルデたる千冬が気付かぬ訳がない。

其れ故に最初はシャルロットのルームメイト予定は一夏であったのだが、彼が面倒事に会わぬ様に職権乱用気味な介入によって、まだ当時は箸にも棒にも掛からぬ存在だった春樹が宛がわれたのだ。

・・・・・まさか、此れが色んな意味でのターニングポイントになるとも知らず。

 

「ッ・・・デュノア社長、あなたは最初から・・・・・!」

「ど、どういう事だよ千冬姉・・・? 千冬姉は、シャルの事に最初から気付いてたのかよッ?」

 

語り掛けるアルベールにどんどん顔が険しくなる千冬。其の彼女の表情に流石の一夏も何かを察したのか、四白眼の目を千冬へ向けた。

端正な顔立ちがそんな表情をするもんだから尚余計にギャップがある。

しかし、そんな二人を余所にアルベールの口の動きは止まらない。

 

「だが・・・シャルロットに何の事情も話さず、突き放す様に学園へ送ったのには理由があったんだ。のっぴきならない理由がね」

 

「あなた・・・」

 

「・・・シャルロットの存在は会社にとってとても不都合だった。それも転覆寸前の大規模なグループにとっては、トドメの一撃に成りかねない()()()()()()。残念ながら・・・そんな存在を疎む者達が、シャルロットの存在を()()()としていた」

 

「消す・・・? 消すって・・・・・」

 

「・・・()()か」

 

重々しく「・・・・・そうだ」の一言がアルベールの口から紡がれる。

第三世代機開発に問題を抱えていたデュノア・グループにとって、シャルロットの存在は正に脳みそ奥深くに蔓延った()()()()

なれば、其の悪性腫瘍を()()()()しようとする輩が居ても不思議ではない。

 

アルベールは、其のデュノア・グループ内でシャルロットの暗殺を計画する不遜な輩達から守る為、彼女を安全なIS学園に預け、あえて冷たい態度をとっていたのである。

まぁ、早い話がつまりは『ツンデレ・パパ』だったのだ。

 

「そ、そんな・・・・・だ、だったら今のシャルは!」

 

「いや、それに関してはもう大丈夫。転覆間近まで傾いていた経営はV字の勢いで回復できたし、グループ内にいた不穏分子も排除する事が出来た。これも・・・これも全て、『彼』の御蔭だ・・・! 本当に彼に出会えた事こそが、私達にとっては幸運に他ならなかった!」

「えぇ、本当に・・・本当にそう! ()がいなければ、どうなっていたかわからないわ! まさしく、私達にとって彼は英雄のような存在よ!!」

 

染み入る様に拳を握り緊め、ある人物への感謝を露わにするアルベールと彼の肩へ自分の手を添えて大きく頷きを入れるロゼンダ。

二人に此処迄の恩情を持たれる人物・・・・・そんな人物は一人しかいない。

 

「彼・・・Mr.清瀬 春樹には、生涯かけても返す事が出来ない恩をもらった。最早、此の恩に報いるには、彼を我がデュノア家の家門に・・・私の()()()に迎え入れる他ない」

「シャルロットもMr.清瀬・・・春樹くんの事を良く思っているわ。私としても彼をデュノア家に迎え入れる事には賛成よ」

 

「ちょ、ちょっと待てよ! なんで・・・なんでここで清瀬が出て来るんだよ!?」

 

春樹をべた褒めするデュノア夫妻を一夏は信じられない目で見る。

何故なら一夏にとって清瀬 春樹と云う男は、人を人と思わず、嘲り嘲笑う悪逆非道の不遜な冷血漢。

そんな人間を手放しで賞賛できる人間の感性が理解できなかった。

 

「アンタらは、アイツがどんな人間か知ってるのか?! 人を人とも思わない・・・()()みたいなヤツなんだぞ!!」

 

「ッ、あなた! 口が過ぎるんじゃないの!!」

 

一夏は少しだけ知っていた。春樹の其の狂暴な暴力性を。

そして、無意識に感じ取っていた。春樹の内にある異常な程の()()さを。

 

無論、家族の恩人を化け物呼ばわりする一夏に対してムッと怒りを露わにするロゼンダ。

だが、そんな彼女をアルベールは制止すると何処か笑みを思わせる様な表情を一夏へ向けた。

 

「化け物か・・・フッ。確かに彼は『ジェヴォ―ダンの獣』の様に恐ろしい人物だ。目的の為なら手段を択ばない人間なのだろう」

 

「だったら―――――」

 

「だが、私達はそんな獣の様な存在に救われた。今まで目を背けて来た()()と向き合わせ、私達の()()の為に手を差し伸べてくれたのだ!」

 

アルベールは思い出す。

VTS事件直後、春樹の策略によって騙し討ちと恐喝の様に行われたシャルロットとの父娘会談。

気不味過ぎて腹を割って話す事のなかった、話す事が出来なかった愛する娘と和解出来るキッカケを作ってくれた事を彼は改めて感謝した。

 

「だからこそ・・・そんな私達の恩人を悪く言う事はやめてもらいたい! とても不愉快極まりないぞ!」

 

「で、でも・・・でもアイツはッ、清瀬は!!」

 

「だいたい・・・男装をしなくなったシャルロットが何よりもの証拠じゃないか? 最早、解決した問題を蒸し返さないでもらいたいね。それとも何か? 君はシャルロットに問題があった方が好都合なのかッ? 私達が自分の娘を虐げている事を望んでいるのか?! 其方の方がよっぽど酷いではないか!!」

「ッ・・・テメェ!!」

 

アルベールの反論が癪に障ったのか、一夏は彼との距離を一気に詰めると其の胸倉をガッシリ掴み上げたのである。

 

「あなた!?」

「(なッ、早い!?)やめろッ、一夏!!」

 

思いもよらぬ弟の突発的行動に千冬は一夏を止める事が適わず、ソファから立ち上がるだけにとどまった。

 

「止めてくれるな千冬姉! コイツはッ・・・この野郎はシャルを()()ておきながら、それを棚に上げて!!」

 

「君は話を聞いていなかったのか?! その話は、もう()()()()()()のだと言うのに! 君の憤りは、自分の手でシャルロットを救えなかった事に対する()()だ! わざわざ事を蒸し返して・・・そんな幼稚な行為に私達を巻き込むんじゃない! 放したまえ!!」

「ッ、ふざ・・・ふざけんじゃねぇよッ!!」

 

アルベールの発言が癪に障ったのか、其れとも()()だったのかは定かではない。

だが、彼の叱責が精神的に不安定な一夏の琴線に触れてしまった事は確か。

・・・なれば、次に彼がとる行動は、またしても突発的行動だった。

 

バキィ!

「ぐゥッ・・・!!」

あなた!!

 

振り突き出された一夏の拳はアルベールの頬へと直撃。

彼の頬を赤くするだけでなく、其の衝撃によって口を切ったのか、唇からタラり流れる血雫が自慢の顎髭を赤くする。

 

き、貴様ァ・・・!

 

殴られた事にアルベールの目の色が変わり、彼は思わず自身の拳骨を固く握った。

しかし、其の拳が振るわれる事はない。何故ならば―――――

 

―――――「ッ・・・おかあさん、どうしたの?!」

 

「しゃ、シャル・・・!?」

「シャルロットッ・・・!」

 

ロゼンダの悲鳴を聞いて部屋へ入って来たのは、話のネタに上がっていたシャルロット・デュノア其の人。

噂をすれば何とやらである。

 

「シャルロットさん、どうしたの・・・・・って!?」

 

其の噂のシャルロットの背後からひょっこり顔を覗かせたのは、彼女と同室になっていた更識 簪。

彼女は現場の状況を一見した瞬間、即座に思い浮かんだ事があった。

・・・「なんて馬鹿な事を・・・!」と。

 

「ちょ、ちょっと・・・一体なにをやっているのかな!?」

 

「シャル、これは違うんだ。俺は―――――

「邪魔だよ、一夏!!」

―――・・・えッ?」

 

「大丈夫ッ、()()()()?!」

「アルベール、あなた痛くないの?!」

 

胸倉を掴む一夏を押しのけ、アルベールへと寄り添うシャルロットとロゼンダ。

此のまさかの展開に一夏は思わず怯み、アルベールは少々驚きつつも照れた様に「わ、私は大丈夫だよ」と言い淀む。

ところが、自分の父親を心配するシャルロットの両肩が震え出した。

 

「・・・・・・・・やまってよ、一夏・・・!」

 

「へ?」

 

「謝って! 何があったか知らないけど・・・()()()()()()を殴るなんて・・・・・なんでそんな酷い事するのかな?!!」

 

シャルロットは一夏の方へ振り向くと共に三角になった自分の視線を彼へ突き刺す。

此の彼女の思わぬ行動にギョッとする一夏だが、自らの正当性を表す為の()()()を並び立てようとする。

 

「ち、違う・・・違うんだ、シャル! 俺は―――――」

「なにも違わないよッ! 君は、お父さんを・・・ボクの()()を傷付けたんだ! 間違った事をしているのは君だよ、一夏!!」

 

しかし、ピシャリと彼の云い訳を一蹴するシャルロット。

其の様子は、まるで傷付いた親犬を守ろうとする子犬の様だが、一夏にとって此れほど()()()事はない。

其れでも負けじと一夏も内なる気持ちを吐露する。

 

「シャルッ、なんでそんなヤツを庇うんだよ?! そいつは仮にもお前を()()()男なんだぞ!! お前が邪魔だったから無理矢理IS学園に送った連中なんだぞ!!」

「「ッ・・・!」」

 

一夏の容赦のない糾弾に顔をしかめるデュノア夫妻。

けれども・・・・・

 

「捨てた・・・? 違う・・・違うよ、一夏。お父さんは、ボクを守る為に学園に送ってくれたんだ! ボクの身の安全を確保する為にさ!」

 

最初は一夏が何を言っているのか解らなかったが、すぐに彼が昔の事を蒸し返しているのだと察して揚々と反論するシャルロット。

 

「そりゃボクだって、最初は酷い気分になったさ。この家に引き取られて、最初はおかあさんにビンタされたし、お父さんは口もきいてくれなかった!」

「「うぐ!?」」

 

シャルロットの勢いあまっての発言がグッサリ心の奥底に突き刺さるアルベールとロゼンダ。

そんな二人に「あッ・・・ごめん二人とも・・・」と謝罪した後、彼女は再び一夏に面と向かう。

 

「でも、でもね! 二人とも、本当にどうしようもないくらい不器用だっただけなんだよ! それにお父さんにもおかあさんにもどうしようもない事情があったんだ! ボクは、二人と話してわかったんだ。ボクの知らない所で、ボクの為に苦しんで、ボクを守ってくれた・・・二人はボクを愛してくれてたんだよ!」

 

「「ッ、シャルロット・・・!」」

 

「そんな二人を・・・ボクの家族を傷付けるなんて許さないだからね!!」

 

デュノア夫妻は泣く。

自分達の不器用さで彼女を傷付けた事に二人は酷く後悔していた。

そんな後悔を洗い流す様な言葉がシャルロットから吐き出されるのだから、感動する事この上なかっただろう。

・・・しかし、彼女の発言によって自分の正当性がポッキリ折れそうな人物が此処に一人。

 

「ち・・・ち、違う・・・・・それは違う!!」

 

「ッ・・・い、一夏?」

 

「そいつらは・・・そいつらは、お前をまた道具にしようと画策しているんだ! だから俺達からシャルロットを引き離そうとしたんだよ!!」

 

「ひ、引き離す・・・? どういう事かな? お父さん、おかあさん?」

 

「えと、その・・・」

「どう言ったらいいか・・・ねぇ?」

 

「お父さん、おかあさん?!!」

「「はい!」」

 

シャルロットの疑問符にデュノア夫妻は少々気不味い顔をしながら彼女に事の発端を話す。

信用のある()()()からデュノア夫妻に渡って来たIS学園専用機一行による英国で発生した問題解決依頼。

そして、其の事件がどんなに危険であるかと言う事と保護者に聞かされていなかった過去に解決した事件の数々。

勿論、今や立派な子煩悩の親バカと化したデュノア夫妻は此れに吃驚仰天し、専用機一行の指揮監督役である千冬に圧力をかけて娘を危険から守ろうとしたのである。

 

「そ・・・そうだったんだ。二人ともボクの為に・・・! でも、大丈夫だよ二人とも。今までだってボク達は、どんな問題だって解決して来たんだから!」

 

「し、しかしだなシャルロット!」

 

「それに・・・ボク、()()()がしたいんだ! ボクの手で、春樹をあんな目にあわせた人達をコテンパンにしてやるんだ!!」

 

心配する夫婦を説得する様に言い放つシャルロット。

だが、一方の二人は「敵討ち・・・って、何の話をしているんだ?」のはてな顔。

 

「さて、この話は終わり! さぁ、一夏・・・早くお父さん達に謝ってよ!!」

 

「な、なんでだよ!? シャル、騙されちゃダメだぜ! そいつらは、またお前を良い様に利用しようとしてるんだ! あの清瀬の様にお前を道具の様に―――――」

 

反論する一夏だったが、彼の言葉が最後まで紡がれる事はなかった。

何故ならば、一夏は春樹を罵倒する様な発言をしようとしたからだ。

両親を貶され、父親を殴られてヒートアップのギアが掛かったシャルロットが()()を起こすには十分だった。

 

―――――「ッぷギャレ!!?」

 

自分に一体何が起こったのか、一夏は訳が解らなかった。

突然視界が揺れ、いつの間にか自分は部屋の壁に叩き付けられていたのである。

 

「デュ、デュノア・・・!?」

 

「一夏・・・ボクのお父さんとおかあさんを貶すだけじゃなくて、春樹まで貶そうとするなんて・・・許さないよ?」

 

明らかにシャルロットの目からハイライトが無くなっていた。

色々と限界が来ていたのだろう。彼女は養豚場の豚を見る様な目で倒れる一夏を見下ろす。

 

「な、なんで・・・なんでだよ、シャル? お、俺は・・・俺はお前を守ろうと・・・・・守ろうとしたのに・・・!!」

 

「守る・・・? ボク、前から思ってたんだけど・・・・・一夏、君って本当に()()だよね」

 

溜息を吐くと共に部分展開された左腕部を収納するシャルロット。

 

「ご、ごうまん? 俺が、傲慢? 俺のどこが傲慢だって云うんだよ?!」

 

「自分にならどんな問題でも解決できるなんて思っている所だよ。ボクを守るって言ってたけど・・・本当にボクを守る気なんてあったのかな?」

 

「あ、あった! あったさ!! シャル、俺はお前を本気で守ろうとしたんだよ!! それなのに・・・それなのに清瀬のヤツが、それを横から()()()()様な真似して!!」

 

「・・・・・はぁ~~~・・・ッ」と室内に溜息が木魂する。

其の溜息は、何処から聞こえて来たのか。

 

「織斑くん・・・あなた、春樹に嫉妬してたんだね?」

 

溜息の発生源。

其れは扉の近くでウンザリとした表情を晒す簪であった。

 

「し、嫉妬? 何で俺が清瀬なんかに嫉妬しなきゃ・・・!」

 

「だって・・・春樹は、あなたに出来ない事をたくさん成し遂げて来たからだよ。だから・・・春樹を妬んで、嫉んでる。自分に出来ない事を羨んでる」

 

簪は過去に自分の姉である更識 楯無に羨望の感情を向けていた。

だが、其の感情は時が経つにつれて歪なマイナス感情となって二人に軋轢をつくっていた過去があった。

其れ故にちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ一夏の抱えていた感情が理解できた。

 

「ち・・・ち、違う・・・・・違うちがう違うちがうちがう!! 俺はッ、俺はあんなヤツなんかに・・・あんなヤツなんかに・・・・・う、うわぁああああああああああッ!!」

「えッ、一夏!?」

 

癪に障ったか、図星を突かれたか。一夏は頭を掻きむしながら発狂の声と共に部屋から走り去ってしまう。

 

「・・・追い掛けなくていいんですか、織斑先生?」

 

「あぁいう時は、無理に関わらん方が良い。それにその前にだ・・・!」

 

走り去った一夏を追い掛けるよりも優先して千冬にはやる事があったのだ。

其れは勿論・・・

 

「デュノア社長、うちの愚弟が本当に申し訳ございませんでした!」

 

綺麗な九十度の謝罪のお辞儀。

此の滅多に見せない彼女の行為に対し、デュノア夫妻だけでなく、シャルロット達もギョッとしてしまう。

 

「か、顔をお上げください織斑先生!」

 

「いえ。愚弟の、一夏の落ち度は私に責任があります。それに一夏の愚行を御停めする事が出来なかった・・・・・如何様な処分もお受けいたします。なので・・・此処はどうか、私の顔を立てて頂きたい」

 

天下に名高いブリュンヒルデに此処までされては何も言えぬ。

デュノア夫妻は「別に大丈夫です。シャルロットの本音も聞く事が出来たし」と怪我の功名を感じて軽く流したのだが・・・

 

「ボクは許さないです、許すつもりはありません」

 

「シャルロット・・・!」

 

「ボクは織斑先生の謝罪が欲しい訳じゃありませんから。一夏が・・・直接、お父さんに謝るまでは許すつもりはありません。そうだッ、今からでもお巡りさんを呼んで暴行罪で訴えようかなぁ~?」

 

大切な家族を傷付けられたシャルロットのハラワタは未だ熱かった様で、「フンッだ!」とソッポを向いたではないか。

そんなへそを曲げた状態の彼女が千冬に譲歩として、ある条件を提示した。

 

「だけど・・・・・ボクもイギリスへ連れてってくれるなら大事にするつもりはないかな?」

「「シャルロット!?」」

 

其れは英国問題解決軍の従軍である。

デュノア夫妻が必死に免除しようとした軍役に志願した訳・・・そんなの一つしかない。

 

「さっきも言ったけど。ボクは、春樹の敵が討ちたいんだ!」

 

決意の決まった眼で両親を見るシャルロット。

だが、一方のデュノア夫妻はやはり彼女の云っている事がピンと来てなかった。

 

「ま・・・待ってくれ、シャルロット。やはり私達には、お前の言っている事が理解できていない。どうして、彼の敵討ちなんて言葉が出て来るんだ?」

 

「それはね・・・二人とも驚かないで。春樹はね・・・十二月の初めにテロに巻き込まれて、それで・・・!」

 

事情を話そうとするシャルロットだが、思い出すだけで悔し涙で目が潤ってしまうのだが、やっぱり事情がデュノア夫妻にはサッパリ解らない。

 

―――――調度其の時、軽快な着メロがアルベールの携帯電話端末から聞こえて来た。

曲名は、ダニエル・ビダル版『オー・シャンゼリゼ』。

あまりにもベタ過ぎる選曲に簪がプッと吹き出すのを尻目にアルベールは電話を懐から取り出す。

 

「ッ、もしもし!」

 

取り出した電話画面を見てギョッとした表情を晒した後、アルベールは急いで其の電話を通話状態にした。

そして、幾度の会話を電話先の相手と交わした後、彼は通話をスピーカーモードにして皆の前へと自分の電話を突き出す。

此のアルベールの不自然な行動に対し、自然と皆の視線が電話へ中止される。

すると―――

 

≪阿ー、もしもし? 聞こよーるか?≫

「「なッ!!?」」

 

電話口から聞こえて来たのは、方言丸出しの日本語でしゃべる男の声。

其の声が聞こえて来た瞬間、シャルロットは大きく狼狽え、千冬も珍しく目を見開いて驚く様な表情を晒した。

 

けれども何故に二人が此の様なリアクションをとったのか?

其れは電話口の人物が、彼女等の知る限りではとても電話など掛けられる様な()()ではなかったからである。

 

そんな人物からの電話に対し、シャルロットは今にも泣いてしまいそうな表情でアルベールから電話を奪い取った。

 

「はッ・・・は・・・・・は、()()! 春樹ッ、はるき・・・春樹ぃい・・・!!」

 

電話先に居るであろう想い人の名を呼びながらポロポロ涙を流すシャルロット。

そう。電話相手は、話の中にも名前が挙がった二人目の男性IS適正者、清瀬 春樹だったのである。

 

「春樹ッ、春樹! も、もう・・・もう大丈夫なの?! もう元気になったの?!! ねぇッ、ねぇってば!!」

 

≪おいおいおいおいおい・・・解った解った、解ったから落ち着かんかシャルロットさんや?≫

 

「落ち着いてッ・・・落ち着いていられるわけないじゃないか! ぼ、ボクが・・・ボクが、どれだけ・・・どれだけ心配したと思って・・・・・う~~~~~ッ!

 

想い人のいつも通りの声色に安心から泣きじゃくってしまうシャルロット。

其の一方で、近くに居た千冬は「・・・なるほど、そうか」と苦虫でも噛み潰したかの様な不快さで表情を歪めた。

 

「清瀬・・・貴様が、デュノア社長達が言っていた()()()()()()()か?」

 

≪あら? 流石は、ブリュンヒルデの織斑先生。第一声が其れとは・・・察しが良いにも程があるってもんじゃわぁ。阿ッ破ッ破ッ破!≫

 

お馴染みの奇天烈な笑い声に益々千冬の眉間にしわが刻まれ、「え・・・ど、どういうことなのかな?」とシャルロットは首を傾げているとアルベールがバツの悪い顔で語り出す。

 

「実はだなシャルロット。お前から連絡が来る前に彼・・・Mr.春樹から電話があってね。事の次第を聞いたのだよ」

 

「え!? ボクから連絡する前って・・・・・でも、春樹はその時!」

 

≪まぁ、説明は省くが色々あってな。君らぁが英国向けて飛び立った後、まるで夢の様な()()で元気になってな。すぐに皆の後を追っかけたんじゃ。そんで、今ドイツにラウラちゃんと一緒に居る≫

 

「ど、ドイツ!? セシリア達が向かったルートじゃないか?! 何でそんな大事な事、連絡してきてくれないの?!! 酷いよ春樹!!」

 

≪いや、連絡はしたで・・・・・簪さん()()に≫

 

春樹の発言に「はぁ!?」と驚きの声が上がった後、ジロリッ鋭い視線が簪に注がれた。

当の簪は思った。「・・・このバカ春樹ッ!」と。

 

≪あッ、簪さんは責めんでやってくれ。ロシアの空の上の方で殿軍やった楯無を保護した事を知らせてやりとぉてな。其ん時ついでに口止めしてもろうたんじゃ≫

 

「だからって・・・もうッ、もう!!」

 

≪・・・悪い。心配かけてしもうたな。ごめんな、シャルロット?≫

 

「あ、謝ったって・・・・・謝ったって、許してあげないもん!!」

 

泣いてばかりのシャルロットちゃん。春樹さん、困ってしまって阿破破ノ破。

そんな和気あいあいとしている中・・・

 

「・・・・・それで、清瀬・・・一体何のつもりだ?」

 

唯一人静かに般若の形相を崩さない千冬は、皆が戦慄する程の覇気を身体から放ちつつ疑問符を春樹にぶつける。

 

≪・・・何のつもりとは?≫

 

「とぼけるなッ・・・! 最初は、大方私達に秘密でラウラと共に今作戦に関わるつもりだったんだろう・・・・・だが、そうしなかった。何のつもりだッ?」

 

千冬の疑問符に対し、春樹は電話先で嘲笑うかの様に「・・・阿破破ノ破ッ!」と奇天烈な声を上げた。

 

≪事情が変わったのさ、織斑センセ? いんや・・・・・『千体目の()()』様よぉ?≫

「ッ!?」

 

≪詳しい事ぁ会ってからでも遅くはあるまいて。そいじゃあ皆さん・・・英国でお会いしましょう≫

 

「えッ、ちょっと春樹!!?」

 

≪ほいじゃあの!≫と其のまま電話を切ってしまう春樹。

何が何だか解らず、納得しないし出来ないシャルロットは、とりあえず自分達に内緒で春樹とコンタクトをとっていた簪に食って掛かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――◆◆◆―――

 

 

 

「通話は終わったのか?」

 

何処か薄暗い場所で携帯電話の通話を切った春樹に疑問符を投げ掛けるのは、首を傾げた様子が実に愛らしい彼の恋人、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

春樹はそんな相思相愛の彼女の頭を優しく撫でる。

 

「あぁ、終わったで。作戦変更をちぃとばっかし伝えた。後は勝手に勘ぐってくれるじゃろう」

 

ンっ・・・そうか。いい結果になるといいな」

 

「じゃなぁ」

 

ラウラは、自分の頭を撫でる春樹の手を取ると其れを自分の頬に沿わせ、気持ち良さそうに目を細めた。

 

「・・・・・ちょっと? 私はいつまであなた達のイチャつきを見ないといけないのかしら?」

 

しかし、此の空間は春樹とラウラの二人っきりと云う訳ではなかったのである。

声のする方を見れば、其処にはドイツで合流した英国上陸部隊の一人、サラ・ウェルキンが冷たいパイプ椅子に座っていた。

 

「話があると言って、こんな所に連れ込んで・・・どういうつもり?」

 

「どういうつもり・・・ね。思い当たる節ならあるじゃろう、サラ・ウェルキン先輩ヨ?」

 

春樹の問い掛けに対し、サラは目を一瞬見開いた後、口端を少し歪める。

 

「フッ・・・・・何を言うかと思えば・・・私が一体何を隠して―――――」

「あぁ、そういうのエエけん」

 

反論しようとするサラに春樹は自分の掌を見せた後、()()()()()を唱える様に呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――「『ワールドパージ』・・・起動」

「え・・・ッ!!?」

 

薄暗い空間に金の焔が二つ灯った。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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206話


・・・久方ぶりの更新でござい。
年内の更新はこれで最後に成ります。
皆様良いお年を。



 

 

 

―――「セシリアさん・・・待っとったでよ」

「ッ、は・・・春樹さん・・・!?」

 

イギリス上陸前夜。

秘匿任務の合間を縫い、気分転換を兼ねたドイツ観光から帰って来たセシリアを待って居たのは一人のレプタリアン・・・・・もとい世界で二番目の男性IS適正者、清瀬 春樹。

暗い部屋にボゥッと灯る彼の琥珀色の瞳は実に不気味で、実に幻想的であったろう。

 

そんな突如として現れた男に対してセシリアは「お、驚かさないで下さいまし!!」と、さも当然な半ば悲鳴の抗議文を叫んだ。

 

「もし、これが私ではなくて鈴さんや箒さんだったらどうしていたんですの?!

あの二人なら間違いなく実力行使をしているところですわ!!」

 

「悪ぃ悪ぃ。

会長閣下の真似をしてみたちょっとしたサプライズでよ」

 

「楯無さんの真似?

あの方、こんな子供っぽいマネをするんですの?」

 

「じゃーじゃー。

普段から年上ぶるくせして、やる事が幼稚な時があるんよアレは」

 

そう言って「阿破破ノ破!」といつもの奇天烈な笑い声を発する春樹なのだが・・・何故かセシリアは彼の雰囲気がいつもと違うと感じた。

 

「春樹さん・・・

なにかあったんですの?」

 

ドイツ軍所属黒兎部隊部隊員達がガイドするドイツ観光を楽しんでいたセシリア達とは打って変わり、春樹と彼の恋人にして黒兎部隊隊長のラウラは別行動をとっていたのである。

 

セシリアは彼等がドイツ軍将校と共に何処を訪れたかは知らぬ。だが、春樹の目が異様に鋭くなっている事は明白。

そして、こんな目をしている時の彼は総じて()()()()()()事を考えている時なのだ。

 

「・・・・・セシリアさん。

人生で()()()()な日って何じゃと思う?」

 

「大切な日、ですか?」

 

「じゃー。

ある()()の話じゃと、自分が生まれた日と自分が()()()()()()()()()()時じゃそうじゃ」

 

()()が、俺には解った」とクツクツと何処か恍惚の表情で天井を見上げて笑う春樹。

そんないつにも増して異様で不気味な彼の様子に対し、セシリアの表情が強張る。

・・・しかし、其の表情が恐怖にも似た感情で染まる事が起こった。

 

「セシリアさん・・・・・

俺が何にも気付いてないとでも?

 

ギョロリ剥いた琥珀の四白眼とニッカリ三日月に歪んだ口元。

其の狂気的な凶器の様な表情を向けられたもんだから、セシリアは思わず「ひッ・・・!?」と息を呑む。

そして、自分が此処に居る事が偶然ではなく()()である事を理解してしまった。

 

「な・・・なにを・・・・・

私がなにを隠しているというのですかッ?」

 

「其れは君が一番良う知っとるじゃろう?

バレるとるんじゃよ、セシリアさん?」

 

春樹の猟奇的な笑顔にセシリアはクラッと後退りしてしまいそうになるが、()()()()()と態勢を整えようとする。

だが、そうはさせまいと春樹はワザとらしい大仰な一歩で彼女の顔面を除くが如く距離を詰めて彼女を壁際へと追い遣った。

其の様子はまるで此れから獲物を丸呑みせんと舌なめずりをする蛇だ。

 

「ッ、ご・・・ごめんなさい・・・!

ごめんなさいッ、春樹さん!!

ごめんなさい、ごめんなさい!!」

 

恐ろしい形相を向けられ、逃げ場もない状況にセシリアは半ばパニック状態で謝罪の言葉を紡ぐ。

そんな涙を流すあどけない少女の両頬を白髪金眼の蛇顔男はそっと優しく自分の両掌を添えると共に彼女の青い瞳を覗いた。

 

「あぁ御免、御免よ。

別に君を責め立てようって訳じゃないんじゃ。

其の様子じゃと、君は何にも知らないみたいじゃな?

じゃあ・・・やっぱり()()の独断専行いう訳じゃのぉ」

 

春樹の口から述べられた『彼女』とは、セシリア、もといオルコット家に仕えるメイド、『チェルシー・ブランケット』の事である。

 

彼にとって噴飯ものの出来事である『初デート襲撃事件』。

其の事件の際、襲撃実行犯たるクロエ・クロニクルの逃亡を手助けするチェルシーを春樹は確認していたのだ。

 

しかし、春樹はチェルシーとの面識はない筈。なれば何故に春樹は彼女の顔を知っていたのか?

其れは初デート襲撃事件以前に起こった『ワールドパージ事件』において、セシリアがチェルシーに()()して春樹を襲った事があった為である。

だが、春樹としてもクロエのナイフ刺突による痛みと刃に塗り込まれていた毒によって朦朧としていた為にハッキリとした確信は持っていなかった。

だが、セシリアの態度を見る限りでは彼の勘は的中していた様である。

 

「・・・ようもようもやってくれたもんじゃ。

さてさて、どう落とし前を着けてくれようかのぉ?」

 

「ッ、や・・・やめて・・・!

やめてくださいまし!!」

 

四白眼で上の空を見上げ、()()()()()春樹に脅えながらもセシリアは声を上げた。

何故ならば彼女は知っていたからだ。目の前で楽しい事を想像する様に口端を吊り上げる男が、どれ程迄に残酷で冷酷な事を然も平然と出来るかを。

きっと此の男は、ワールドパージ事件において学園内へ不法侵入し、当時学園防衛を担っていた楯無へ暴行を働いた悪漢共の骨を砕き、肉を潰し、皮を剥いだ事と同等の事をするに違いないとセシリアは察したのだ。

 

「彼女は・・・彼女は、チェルシーはこんな事をするような人ではありません!

きっと・・・きっとこれにはなにか、なにかきっと深い訳があるはずですの!!」

 

「深い訳?

一体どんな訳があれば、俺のド頭を吹っ飛ばそうとした下手人の逃亡をほう助するんじゃ?」

 

「そ、そ・・・それは・・・ッ!!」

 

復讐に燃える金色の瞳にセシリアは思わず視線を一瞬逸らしてしまうが、一拍置いて彼女はキッと目を三角にして鼻頭を突き上げた。

 

「私は・・・私は信じます!

チェルシーは些細な理由で、その様な事をする人間ではありません!!」

「阿破・・・阿ーッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!」

 

身体をカタカタ震わせながらもサファイアブルーの力強い瞳を差し向けるセシリア。

そんな彼女に対し、蟒蛇は刹那の真顔になったと思えば、耳まで裂ける程に手放しであの奇天烈な笑い声と一緒に口端を再び釣り上げる。

 

「そーじゃよなー、そーじゃよな。

チェルシー・ブランケットの行動は実に()()()()

絶対に何か裏があるじゃろうな」

 

「し、信じていただけますの?」

 

「応とも。

セシリアさん、君がブランケットさんの事をそう信じるんなら俺もそう信じるでよ」

 

「阿破破ノ破!」と呵々大笑を決める春樹に対し、セシリアは複雑な感情を抱きつつ不思議と自分を信じてくれる春樹を好意的に感じた。

尚且つ、自分へ向けてくれる其の笑顔に彼女はこれまた何故か思わずごくりっと生唾を飲んだ。

・・・・・其れが彼の()()だったのかもしれない。

 

「なぁ、セシリアさん?

ブランケットさんの一件なんじゃが・・・俺に任せてもらえん?」

 

「え?」

 

「ほらッ、俺って今ん所、日本で意識不明の重体で寝てる()()じゃがん?

此処でピンピンしとるのを知っとるのって、ごく僅かの人らぁだけじゃしぃ」

 

確かに彼の云う通り、世界で二番目の男性IS適正者が日本でテロ事件に巻き込まれて意識不明の重体だと云う事は公然の秘密となっているが、実際は異国の地で奇天烈な笑い声を上げている。

しかも此処に来るまでに日本で自分を襲った襲撃者をボコし、ロシアでガチレズパイロットとドンパチを繰り広げた上でだ。

 

「じゃけん、秘密裏に俺って動ける訳なのよ」

 

「つまり・・・私達がイギリスで任務を遂行している間、春樹さんはチェルシーの真相を探ってくれるというつもりですの?」

 

「さっすがはオルコット家の当主様!

察しが良くて助かるでよ。

今回の一件、どうも英国政府の”ダークサイド”的な危険な香りがするんじゃ。

おぉ、臭ぇ臭ぇ!」

 

「ダークサイドって・・・私の祖国、イギリスにそんなものなど!!」

 

「まぁ、そうカッカせんでや。

とりま俺は()で動くけん、セシリアさんらぁは表でじゃんじゃん暴れてくりんさいや。

なぁ?

 

「ッ、は・・・はい」

 

「ほいじゃあ頼むわぁ」とギンギンギラギラ目を輝かせた春樹のいつも以上に狂気的な笑みにドキりッと胸を締め付けられるような不可思議な感覚を味わいつつ、セシリアは絞る様な声で肯定の受け答えを述べたのだが・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

―――◆◆◆―――

 

 

 

「・・・・・春樹さぁああん・・・!!」

 

現在、イギリスに上陸した彼女は渋柿と苦虫を同時に嚙み潰した様な苦渋の表情を心の中で浮かべて恨み節を唸っていた。

 

 

 

―◆◆◆―

 

 

 

フランスとドイツ、二つのルートを通ってイギリスへ入国した二つのグループは無事に英国政府が用意した施設において合流を果たす事が出来た。

・・・果たしたのであるが。

 

「ねぇ・・・・・ねぇ・・・ねぇ、セシリア?

春樹は・・・春樹は・・・・・どこにいるのかなぁ?

「ひィっ・・・!?」

 

セシリアは現在進行形で詰められていた。其れも萬力の力でガッチリ両肩を掴まれ、息もかかる距離まで顔を寄せられてだ。

まるで尋問が如く彼女へ静かなれども鬼気とした疑問符を捻じ込む様に問い掛けるのは、まるっきり光が消え失せた四白眼を揺らす学友にして戦友とも云えるフランスの代表候補生、シャルロット・デュノア。

其の中性的な美少年とも見て取れる端正で整った顔立ちは、今や焦燥感によって酷く曇っていた。

・・・だが、セシリアを悩ませるのは彼女()()ではない。

 

「そうだな・・・私も聞きたい。

おい、オルコット・・・あの大馬鹿者はどこへ行った?

あわわッ・・・!!

 

もう一人、セシリアに疑問符を投げ掛けるのは、フランスルート進行部隊を率いていた世界最強ブリュンヒルデの二つ名を持つIS学園学年主任、織斑 千冬。

シャルロットとは違い、セシリアとの間に距離はあるのだが、なにぶんと彼女の放つ殺気の混じったオーラが尋常ならざる存在感を放っている。

其の人を潰してしまいそうな精神的圧力に思わずセシリアは半泣き状態となり、助けを請う様に周囲へ視線を向けるのだが・・・・・

 

「(ごめんセシリア・・・無理」

「(許せッ、セシリア・・・!」

「(あれはお姉さんでもキツいわぁ・・・」

 

誰も目を合わせてくれないし、誰もがセシリアから目を逸らす。

ドイツルートの引率役であった山田教諭に至ってはアワアワ泡を喰うばかり。

そんな薄情な彼女達から目を逸らせば―――――

 

・・・・・マジむりッ」チーン

 

―――其処にはゲッソリして魂が半分抜けた様な人物が一人、糸の切れた操り人形が如くぐったりした様子で佇んで居る。

彼女こそフランスルートで唯一春樹の任務参加を知っていた日本代表候補生の更識 簪その人。

其の様子はどう見てもシャルロットと千冬に春樹についてコッテリ絞られた事は明白であった。

そんな状態の彼女を見てセシリアは今度は我が身かと固唾を飲む。

 

さて、こんな状態になったのも春樹が忽然と姿()()()()()為だ。

途中まではドイツルートチームと一緒にドイツ軍所属の黒兎部隊に護衛されながらイギリスへと入国したのだが・・・

 

「あ、悪ぃ。

俺、ちょっと本場もんのフィッシュアンドチップスを肴にイギリスビール飲んでから行かぁ」

 

・・・と、合流する直前に訳の分からん事を言って姿をくらませたのである。

無論、彼と公私ともにパートナーであるラウラ・ボーデヴィッヒも一緒になっての雲隠れだ。

そんな好き勝手している男の説明を状況説明が一番鮮明なセシリアが不幸にも請け負う事になってしまった。

こんな事ならば、楯無や山田教諭と一緒に大酒を喰らって二日酔いにでもなれば良かったと心底思ったか、自分の優秀さを憎く思った事だろう。

・・・しかし、此処で意外な人物が彼女に助け舟を出す。

 

「おい、もうその辺にしたらどうだフランス女?

それに()()()もだ」

「「あ?」」

 

鬼気とした二人がギョロリ目を向ければ、其処に居たのは腕を組んで呆れた表情をする千冬の少し幼くしたような面影を持つ人物が一人。

元国際過激派テロ組織メンバーであり、千冬のクローンとの噂もある織斑 マドカであった。

 

「清瀬 春樹・・・やつにも考えがあるのだろう。

それに瀕死と聞いていたが・・・・・

フッ・・・流石は私の慕う男だな」

 

「ッ・・・なに春樹を知った様な口をきいているのかな?

ぼ、ボクだって・・・ボクだって春樹が無事な事ぐらいわかってたよ!

ぜんぜん心配なんてしてなかったんだからね!!」

 

「フンッ、どうだか・・・

まぁ、いい。

それよりも姉さん・・・()()はいいのか?」

 

そう言ってマドカが親指で示す先に対し、千冬は珍しく苦い表情を晒す。

何故に彼女がそんな表情を晒したのか?

其れは春樹の復活など馬耳東風で酷く憔悴しきった様子でブツブツ譫言を並べている人間に対してだ。

 

「違う・・・ちがう、チガウッ・・・!

俺はッ、俺はあんなヤツなんかに・・・!!」

 

精神異常を引き起こした様に大きく肩を落とすのは、春樹が瀕死の重傷を負った事を一番喜んでいた()()()()、織斑 一夏。

現在、彼はフランス滞在時に簪から春樹への()()()を指摘された事が余程ショックだった為に周囲の状況が理解できないでいたのである。

 

一夏にとって清瀬 春樹とは、残虐非道で暴虐無人の『悪党』。

其の悪党から()()()()()が彼にとって()()であり、使()()だと思っていた。

だが、過去に自分が守ろうとしていた決めていた存在であったシャルロットから傲慢だと否定されてしまった為に自分を見失ってしまっていたのであった。

 

「ッ、一夏!

貴様、いつまでウジウジしているつもりだ!!」

「うぁ・・・ッ」

 

無論、そんな状態の彼を見たファースト幼馴染である篠ノ之 箒が黙っている訳がない。

彼女は両手で顔を覆って項垂れる一夏を叱咤激励する為か、無理矢理立たせようと少々乱暴に彼の片腕を引っ張る。

けれども、そんな箒に対して「やめなさいよ!!」と酷く憤った声色で制止する者が一人。

一夏のセカンド幼馴染である凰 鈴音は叩き落とす様に箒の手を彼から振り解くと間へ割って入った。

勿論、此れに箒は驚きと共に不機嫌を露わにする。

 

「ッ、なにをする鈴!?」

「それはこっちのセリフ!

箒、あんたもうちょっと一夏に優しくできない訳ッ?」

 

以前より精神不安状態であった一夏を()()していた鈴には、箒の少々乱雑な態度や行動が癪に障ったのだろう。

 

「ふん!

これから重大な任務が待っているが待っているんだぞ?

こんな弱気な状態で大事が成せるか!

私は一夏の為を思ってだな!!」

 

「一夏の為を思ってとか・・・

あんた今の一夏を見て何とも思わない訳?

どう見ても今はそんな声をかけるべきじゃないわ!」

 

「なんだと!?」

 

鈴としては個人的に今回の一件へ一夏が参加する事は反対であったのだが、彼の強い決意によって参戦となってしまった。

おかげで精神的不安定のマイナス異常を抱える一夏の処遇に対し、箒と鈴の二人は対立する様になったのである。

しかし、そんな険悪ムードの二人から漁夫の利を得ようとする者が一人・・・

 

「いい加減にしてちょうだい二人とも。

一夏の迷惑でしょう?」

「「ッ!」」

 

二人を尻目にいつの間にやら病人の様な表情な一夏を胸に抱いていたのは、彼を()()()()()今回の一件に参戦させた新顔のサラ・ウェルキンだった。

 

「一夏、大丈夫?」

「サラ・・・」

 

「ッ、おい貴様!

なに気安く一夏を抱き寄せているのだ!!」

「そうよ!

だいたいあんたのせいで一夏が―――――」

 

いい加減にせんか貴様ら!!

 

様々な思惑とマイナス感情で険悪になった雰囲気を払拭するかの様な鶴の一声。

視線を向ければ、其処にはキッと眉間に皺と目を三角にしている鬼面の千冬が腕組みをしているではないか。

流石に彼女に対して反論する者は現状誰もいない様で、現場は一瞬にして静寂に包まれた・・・調度其の時。

 

「お待たせ申し訳ありません。

IS学園の皆様、どうぞこちらへ」

 

ノックの後に室内へ入って来たのは一人の女性制服士官。

部外者の登場に千冬は一つ咳き込むと「この話は後で詳しくだ。行くぞ」と一行を率いて女性士官の案内を受けた。

 

其のまま一行が案内されたのは、映画のワンシーンにでも出て来そうな地下にある如何にもと云う感じの広間。

其の中央に置かれた大きな円卓には、これまた如何にもと云う政府の重役らしき人物達は並んでいる。

 

・・・来たか

ほう、あれが『クーフリンの花嫁達』か

やはり、皆若いな

 

入室した千冬達を品定めする円卓一同。

彼等のそんな視線に対し、眉間をひそませながらもIS学園専用機所有者達は円卓中央へ招かれた。

 

「コッホン・・・

遠路はるばるよく来てくれたクーフーリンの花嫁達と名高きIS学園専用機所有者達の皆さん。

君達の名声は此処英国においても高く聞き及んで―――――」

「前口上は結構。

早く本題の方をお聞かせいただきたい」

 

「織斑先生・・・!」

 

早々に円卓側の口上を断ち切った千冬にセシリアは固唾を飲む。

其れも其の筈。円卓に座していたのは、彼女よりも格上の爵位を有する重鎮貴族達。

其の彼等を一蹴するかの様な千冬の態度にセシリアの内心はバックバクのドッキドキである。

一方、千冬の威圧するかの如き態度にピクリこめかみをヒクつかせつつ円卓側は()()を持ち出す。

 

「・・・今から二週間前、我が英国が保有していた衛星『エクスカリバー』が衛星軌道を離脱し、制御不能状態となり、本国を攻撃目標に設定している。

私達としては君達にこの暴走した衛星の鎮圧、または破壊を要請したい」

 

「・・・え?

それだけ?

其れだけの為に私達呼ばれたの?」

 

思わず疑問符を呟いてしまったのは、訝し気な表情を浮かべる鈴だった。

確かに軌道から外れた衛星の処理など幾らでも方法がある。

其れこそ大気圏へ突入させて燃焼消滅させるも良し、ミサイルで木っ端微塵に撃墜させるも良しだ。

 

フン・・・

そんな事が出来たなら、とっくの昔にやっているわ」

 

「え?」

 

「鈴さん・・・そんな簡単な訳ない」

 

渋い顔で愚痴を呟く円卓貴族と簪の云う通り、事はそう単純ではない。

進行役の円卓貴族は勿体ぶりを見せつつも苦い表情で事情を口にする。

 

「ここだけの話なのだが・・・

この衛星エクスカリバーは()()()と極秘で共同開発を行っていた()()()使()()()()()()なのだ。

早い話が衛星軌道上から標的に向けて攻撃が行えると思ってもらっていい」

 

「・・・・・という事は・・・迎撃システムや迎撃武装が組み込まれてるって事、ですか?」

 

「そう言う事だ。

解ってもらえたかな?

中華のお嬢さん?」

 

「ふーん・・・

でも、迎撃武装って言っても機銃やミサイルぐらいでしょ?

補給も出来ない宇宙空間にいるなら、相手が弾切れになるまで地上から攻撃しまくればいいじゃない」

 

・・・・・ハァーッ・・・!」と大きな溜息が何処からか漏れた。「何にも解ってないな、この小娘は」と言いたげな大きな大きな呆れたため息が漏れた。

勿論、自分が馬鹿にされている事を察した鈴はムカッと「私、別に間違っちゃないでしょ?!」と不愉快を露わにする。

 

「フッ・・・

わかってないな、鈴」

 

「な・・・なによ、箒?

なら、一体どういう事なのよ?」

 

「鈴、つまりはね、そのエクスカリバーって衛星には鈴の言った武装()()が装備されてるって事だよ。

そう言う事だよね、箒?」

 

「そうだ。

わかったか、鈴?」

 

何処か自慢げな箒が面白くない鈴はへの字に口を曲げた後、自分の気恥ずかしさを誤魔化す様に「そうなの?」と円卓貴族に疑問符を投げつけた。

すると彼等は「此れを見てくれ」と言わんばかりに一行の前へプロジェクターを展開すれば、其処には武装が外された一隻の駆逐艦が映写された・・・次の瞬間。

 

ボッジュゥウウワァアアッ!!

『『『なッ!!?』』』

 

強烈な閃光と衝撃音が画面いっぱいに広がったと思えば、先程まで映写されていた駆逐艦が赤く()()した鉄塊となって大量の水蒸気を上げているではないか。

昨今の特撮映画にドラマでもやらない様な展開に皆はギョッと目を丸くして顔を交互に見合わせる。

唯一人、千冬だけは眉間に大きくしわを寄せて黙想していた。

 

「・・・・・ご覧の通りだ。

エクスカリバーには通常の迎撃武装の他に主要武装として超高性能高火力の大型荷電粒子砲が装備されている。

因みに・・・先程の威力は実験段階での映像であり、出力は()()にも満たない」

 

「ッ、じゅ・・・じゅ、じゅじゅ・・・十%!?

あれで十%!!?」

「おかしいんじゃないかな?!

たったの一割で、どうして船が焼け融けた鉄屑になるって言うのさ!!?」

「いくら・・・ISに絶対防御があると言っても、あんな熱線をまともにもらったら・・・!」

 

まさかまさかの驚愕の光景と事実に一行は目をパチクリ白黒とさせ、またしても互いに顔を見合わせて口をあんぐり開ける。

先程と違っている点は、見合わせた顔が血色の悪い青白の表情だった事だ。

相対する面倒事が想像の上をいく強力で大規模な事に一行へ大きな動揺が奔り、そんな狼狽える彼女等に対して円卓の貴族達は暗転した表情をへの字に曲げた。

しかし、「こんな小娘達には事態解決など無理だな」と言う不満気な鼻息が室内に木魂している時、闘志の焔が目へ灯った者が唯一人いたのだ。

 

「大丈夫だぜッ、みんな!!」

『『『!』』』

 

落ち込んだ暗い雰囲気の中で溌溂とした声が響き渡る。

其の声の主が即座に理解できたある者は「あー・・・やっぱり?」と呆れた溜息と疑問符を垂れ流す。

 

「エクスカリバーだか何だか知らねーけど、俺達なら絶対にできる筈だ!

今までだって、俺達はどんな困難も乗り越えて来たじゃねぇか!!」

 

病人の様に項垂れていた姿から一転し、意気揚々と熱い演説をする一夏に対して「良く言ったぞ、一夏!!」と彼を称賛する箒。

・・・だが、其の他の者達はと言えば―――――

 

「えッ・・・あ、あぁ・・・そうだ、ね?」

「一夏・・・あんたって男は本当に・・・!」

「・・・ッチ、また?」

 

肯定とは違う疑問符を浮かべる者、呆れて顔を覆う者、不愉快に舌打ちをする者と云った具合に渋い表情をする。

其の中でも特に顕著に不満感を露わにする者が一人。

 

「・・・本当に救えないバカだな、貴様は」

 

養豚場の豚・・・いや、道端の干からびたミミズを見る様な視線を一夏に向けるのは、IS学園専用機所有者達とは一線を画すマドカである。

 

「自分の実力がどの程度なものかわからないのか?

さては貴様、頭に脳味噌が入っていないのか?

姉さん・・・やはりこの男は邪魔だ、邪魔にしかならん。

清瀬 春樹がいない今、こんな無謀な作戦に参加するべきではない」

 

「何だと貴様!!」

 

歯に着せぬマドカの発言に食って掛かる箒だったが、意外にも憤る彼女を「やめてくれ!」と抑え込んだのは一夏だった。

 

「わかってる・・・

わかってんだよ、そんな事!」

 

「い、一夏?」

 

「でもッ、俺達がここに呼ばれたって事は、もう後がないってことだろ?!

この人達は俺達しか頼る人間がいないって事だろッ?!

だったら・・・だったら俺達がなんとかするしかねぇんじゃねーか?!!

頼むッ、みんな手を貸してくれ!!」

 

熱い言葉を発して頭を下げる一夏。

まさか彼がこんな事をするとは思ってもみなかった一同は目をパチクリとさせるが、マドカだけは不服そうに鼻を鳴らす。

すると、暗い奥の方からコツコツと云った足音と共にテンポの遅い拍手が木魂した。

 

「熱い・・・実に熱いわねぇ。

やっぱり男の子はこうでなくてはね」

『『『!!?』』』

 

薄暗い通路からやって来た新たな来訪者に対し、一行の表情が一気に強張る。

特にマドカは「ッ・・・なるほどな」の言葉と共に眉間へ深いシワを刻んだ。

 

()が居ない状態でどうなるかと思っていたのだけど・・・

中々、おもしろいじゃない」

 

砂金の粒子を集めた様な美しいブロンド髪を揺らして現れたのは、IS学園専用機所有者達の宿敵である過激派テロリスト集団ファントム・タスクの部隊長、スコール・ミューゼル其の人であった。

 

「ッ、スコール・ミューゼル!?」

「どうしてアンタがここにいるのよ?!」

 

彼女の顔と正体を知る者達はすぐさま臨戦態勢をとるが、其れに対してスコールは両手を上げて掌を見せる。

 

「待ちなさい、お嬢さん達。

今の私達は共に作戦遂行に当たる()()の筈でしょ?」

 

「な、仲間ッ?」

 

「冗談でしょ!

誰がアンタ達なんかと!!」

 

「あら・・・?

ちょっと・・・聞いてた話と違うんじゃない?」

 

どうやら話がかみ合ってない此の状況に対し、またしても新たな来訪者が登場する。

ただし、スコールとは違って大いに()()()だ。

 

ちぃ―――――ちゃぁあ―――ン!!

「ッ、こ・・・この声は、まさか・・・!!?」

 

スコールの隣を光の速度で通り過ぎる白い人影は、一直線に千冬へと突っ込んで行く。

そんな目も追えぬ速度の謎の人物に対して千冬は下から上へと腕を振るえば、「ぎゃぼーん!」と珍妙な声と共に吹っ飛んで体操選手も顔負けな綺麗な着地を行ったではないか。

 

「もーッ酷いよ、ちーちゃん!

折角の再会にハグハグじゃなくて、グーをブチ当てて来るなんて!

照れ隠しにも程があるゾ☆」

 

ハイテンションで「キラッ☆」とポーズをとるのはウサ耳カチューシャを着けた不思議の国のアリス的服装に身を包んだ紫髪の人物。

国際指名手配中で、今やファントム・タスクの一員であるISを発明した大天才科学者、篠ノ之 束である。

 

「し、篠ノ之博士!?

どうしてあなたがここに?!」

 

「どうしても何も・・・この世紀の大()()発明者である束さんが、このロクでもない国のピンチを救ってやろうと思って来たのさ☆

察しが悪いゾ、()()()()()()()☆」

「ちゃん!?」

 

空気を全く読まない相変わらずのハイテンションと親しい人間以外の者を認識しない彼女がセシリアへ親し気に話しかけて来た事に現場は余計に混乱してしまう。

そんな混沌とした現状を打破せんと千冬は眉間に拳を当てながら重々しく口を開いた。

 

「今回の作戦・・・作戦名を聖剣奪壊、ソードブレイカーはファントム・タスクと共同で行う事になっている。

・・・今だけは仲良くしろ」

「みんな、よろぴくー☆」

 

『『『・・・・・・・・は???』』』

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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207話


ちょっと遅いですが、謹賀新年!
機動戦士ぽんぽこ:水星のたぬき1クール最終話のフレッシュトマト展開と大雪に戸惑っている今日此の頃ですが、本年もよろしくお願いいたします。



 

 

 

―――――「・・・まだか?」

 

ある一室にて、作業服姿の男が腕組みした状態で指をトントンと苛立った様子でウロウロウロウロと口をへの字に曲げて愚痴っている。

 

「あなた・・・心配なのはわかるわ。

でも、もうちょっと落ち着いたら?」

 

そんな焦燥感を漂わせる男に対し、同じく作業服の女性が注意を促すのだが、そう言う彼女自身もソワソワと随分落ち着かない状態だ。

此れには、二人の周囲に居る護衛として此処まで来ていたドイツ軍所属IS部隊シュバルツ・ハーゼの面々も苦笑い。

 

実は・・・此の作業服の男女一組は、IS学園専用機所有者達の整備員として紛れ込んで英国へ入国したシャルロット・デュノアの両親であるアルベール・デュノアとロゼンダ夫妻であった。

 

「しかし、そうは言ってもだな・・・ッ」

 

「・・・”アル”、こっちに来て」

 

壁にぶつかって方向転換を繰り返すダンゴムシの様に部屋をうろつくアルベールを自分の隣に座らせたロゼンダは彼の手をギュッと両手で包み込む。

 

「・・・・・あの子なら大丈夫よ。

アル、あなたに似て逆境に強い子だから」

 

「あぁ、わかっているとも。

けれど・・・あぁ!

やはりッ、行かせるべきじゃなかった!」

 

アルベールは今になって愛娘の英国上陸を許可した事を後悔し、ギリリ奥歯を噛み締める。

だが、覆水盆に返らずと云う言葉がある様にもう後戻りはできない。

愛娘が心配で自慢の髭を剃ってまで整備員を偽りついて来たが、やはり心配で心配でしょうがない。胃がキリキリと痛んで溜まらない。

そんなストレス性胃痛に悩まされる彼の顎へ自らの手をやって擦りながらロゼンダは微笑みかけた。

 

「フフッ・・・思い出すわ。

私達が初めて出会った時もそんなしわを眉間に寄せていたわね?

もちろん、今の様にあんな立派な御髭は生えてもなかったわ」

 

「うッ・・・苦い過去を思い出せないでおくれよ。

それに・・・・・”ロジー”、皆が見ているのだが?」

 

「いいじゃないの。

御髭のないあなたの顎を触るのは久しぶりなのよ?」

 

・・・流石は愛の国のフランス人か。

こんな状況下でもイチャイチャできるのは巡り巡って感服に値すると周囲に居た黒兎部隊の面々は感心を示す。

ところがどっこい。此のほのぼのとした状況を打ち破る野暮天な者が扉をバンッと開け放って現れた。

 

―――――「どうもどうも皆さん御揃いで!」

『『『!!?』』』

 

快活な声色と共に入室して来たのは白衣を纏ったスーツ姿の女。其の後ろからはゾロゾロと研究員姿の集団が後に続く。

無論、突如として現れた此の人物に対し、デュノア夫妻と黒兎部隊の面々の視線が其方へと向かう。

 

「ッ、貴様何者だ?!」

 

「おっとっと!

ちょいとお待ちになってくださいな、シュバルツ・ハーゼの皆様方よ!

別に私達は怪しいものじゃぁございません!」

 

侍が腰に差した刀の柄を握る様な臨戦態勢をとる黒兎部隊へ白衣の女は、此方に敵意がない事を証明するかの様に両掌を見せると張り付けた笑顔を繕った。

其の繕った表情にアルベールは見覚えがあったのか。訝し気に片眉を引き攣らせる。

 

「私達はあなた方と同じく今作戦に参加する事を要請された者でございます。

倉持技研・・・と言えば、覚えがありましょうか?」

 

「ッ、倉持技研・・・!

ならば、君は・・・篝火 ヒカルノ所長か?」

 

「おぉー!

私の事を知って頂けているとは光栄の極みですな。

髭がないと随分と若々しい印象に見受けられますよ、デュノア社社長アルベール・デュノア社長?

そちらに居られるのは、社長夫人のロゼンダ・デュノア夫人とお見受けします」

「!」

 

下手とは言え変装しているにも関わらず正体を見破られた事にアルベールは一瞬だけクワッと目を見開く。そして、どうやら自分達の手の内が相手の知る所によると察する事が出来た。

 

「世界に名だたるデュノア社が我々と共に今作戦に参加して下さるとは百人・・・いや、千人力にも等しい。

どうぞ我々、倉持技研と共に作戦成功に勤めましょう!」

 

「・・・あぁ、よろしく頼むよ」

 

白衣の女、もとい篝火はそう言って少々怪訝さを思わせるアルベールへ握手の為の手を差し伸べるのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・・・ねぇ、一夏?

あんたは変だと思わない訳?」

 

英国上陸早々にとんでもない事実が明らかになった衝撃的なブリーフィングの後、多くの整備作業員がいる機体整備室から織斑 一夏を連れ出した凰 鈴音はそう疑問符を投げ掛けた。

 

「変?

人の事を連れ出しておいて変って何がだよ?」

 

「ッ、何がって・・・さっきのブリーフィングがよ!

いくら緊急事態だって言ってもなんで私達が()()()()と一緒にッ・・・・・!!」

 

昂った感情に眉間へ深いシワが一気に寄る鈴。

其の拳はワナワナと固く握られ震えており、怒りの感情が彼女の内に秘められている事は明らかである。

しかし、鈴の怒りは傍からでも理解する事が出来た。

何故なら『聖剣奪壊』ソードブレイカー等と仰々しい銘が打たれた今作戦を共にする相手が、此れ迄幾度となくIS学園や専用機所有者達を襲撃し、剰え仲間の一人を一時的とはいえ瀕死危篤状態へ追いやった国際的過激派テロ組織であるファントム・タスクであったからだ。

 

「どうしてよッ?

なんで千冬さんは、あんなヤツらと一緒になって戦えって云えるのよ?!」

 

「・・・鈴、()()()()、今はどうでもいいだろ」

 

「ッ!?

そ、そんな事って・・・!?

ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!

あんたマジで言ってんのッ?

あいつ等は私達を何度も襲って来た連中なのよ!

それにッ・・・あいつらのせいで春樹は!!」

 

「ッ・・・・・なんで・・・なんで、そこであいつの名前が出て来るんだよ?」

 

二人のまさかの返答に両眼はカッと四白眼になってしまう鈴に対し、春樹の名が出た事に一夏の表情が目に見えて不機嫌に曇る。

 

「はァッ?

なんでって・・・・・春樹はファントム・タスクの連中に殺されかけたのよ!

それなのに!!」

 

「・・・だから、なんだってんだよ」

 

一夏は冷淡な声色と共に鈴の手を振り払うと忌々しそうに奥歯を鳴らした後、機嫌良さそうに鼻を鳴らす。

 

「あいつがファントム・タスクのせいで死にかけたかどうかなんて知ったこっちゃねぇよ。

いや・・・今回は、あいつが居ない御蔭で作戦がスムーズに上手くいくかもな。

そう言う意味でならファントム・タスクの連中に礼の一つでも言ってもいいんじゃないか?」

 

「ッ、一夏・・・あんた!!」

 

僻んだ言の葉を吐く一夏の胸元を掴み取った鈴は衝動的に自らの手を振り上げた。

張り手、所謂ビンタを行う構えである。

・・・けれども、彼女の掌が一夏の頬を捉える事はない。

 

―――「待ちなさい、凰 鈴音」

「ッ・・・あんた!?」

 

鞭の如く振り上げた鈴の手を取ったのは、目を細めた表情すらも美しい一人の女性。

今回の一件に一夏を()()()()()()参加させた張本人たるサラ・ウェルキン其の人であった。

 

「鈴・・・あなたの悪い癖よ。

自分の思う様にならない時に相手へ暴力を行使する事はね」

 

「気安く私の名前を呼ぶんじゃないわよ・・・!

あんたのせいで!!」

 

「あらあら、随分と嫌われちゃったわね。

まぁ、いいわ。

それより一夏?

篠ノ之博士が呼んでいるわよ」

 

「わかったよ、サラ。

また後でな」

 

「えぇ、またあとで」

 

「ま、待ちなさいよ一夏!

まだ話は―――――

「あなたは私とお話ししましょう?」

―――――ぐぇッ!?」

 

引き留めようとする鈴にサラは問答無用のチョークスリーパーをかけ、一夏にウィンクで合図を送れば、彼はウットリする様な笑顔を浮かべて歩み出すのであった。

 

 

 

 

 

 

一方其の頃・・・

 

「ねぇーねぇー、ねぇーってばー!」

 

専用機所有者達のISが並んだ機体整備室では、紫色の長い髪を揺らしてまるで幼子の様にハツラツとした声を弾ませるウサ耳カチューシャをセットした不思議のアリスの様な装いの人物が居た。

其の人物とは此の空間に整然と並べられたIS達の生みの親たる大天才科学者、篠ノ之 束である。

けれども此の束なる人物は親しい人間以外の者を認識しないと云う難儀な性格をしており、滅多に()()()()()()()()()()のだ。

しかし、彼女が慕う様に声を掛けるのは実妹である箒でもなければ、親友の千冬でもない。

 

「ねぇーッ、ちょっとー!

この大天災の束さんが声を掛けてるんだけどー?

ちょっと、”せっちゃん”てばさぁー!」

 

「せっちゃん」と呼ばれた人物はワナワナと身体を震わせ、ギリリと奥歯を噛み締めた後で盛大に「・・・ッはぁ・・・!」と大きな溜息を吐きつつ視線を手元のタブレットから束へ忌々しそうに向けた。

 

「・・・・・あら、誰かと思えば篠ノ之博士ではございません事?

キーキーキーキーとどこからか野生動物が入って来たかと思いましたわ」

 

「え!?

どこに動物がいるの?」

 

「あなたの事ですわ!!」と張り付けた笑顔の心内で叫ぶのは、今回色々と酷い心労を抱える事となってしまったセシリア・オルコット其の人。

彼女は何故か束に懐かれてしまい、先程から付きまとわれていた。

其の鬱陶しさから脱する為に助けを求めようにも束に対処できそうな千冬は英国政府関係者や倉持技研関係者と話し合いをしており、箒は我関せずと自らの愛機と向き合っている。

するとシャルロットや楯無・簪姉妹はどうなのかと言えば・・・・・

 

「どうだいシャルロット?

問題はなさそうかい?」

「うんッ。

大丈夫だよ、お父さん!」

 

今作戦に参加するシャルロットのIS機体が他の専用機所有者達よりも未だ旧世代である事を危惧したアルベールは、秘密裏に持って来たデュノア社独自開発の新型機体フォーマットを行っており―――――

 

「ねぇ、今までの事は水に流して一緒に頑張りましょう?

呉越同舟というんじゃない」

 

「馬鹿な事、言わないで・・・ッ!

誰が・・・お前たちの事なんて!!」

 

「まぁまぁ、落ち着いて簪ちゃん。

・・・私だってムカついているんだから」

 

楯無に至っては、敵意剥き出しの簪と共にファントム・タスクを牽制している。

後に残るは元ファントム・タスクのマドカぐらいだが、此れは論外。彼女も箒と同じ様に愛機と向き合っていた。

 

正しく四面楚歌、取り付く島もないとは此の事。

・・・()()()に言えば、誰も”天災兎”と関わり合いたくなくてワザと口喧嘩相手を見繕った様な状況だ。

 

「・・・・・うさぎは本来あまり鳴かない動物なのですがね」

 

「うさぎ?

せっちゃんはさっきから何を言っているのかなー?

せっちゃんって意外と変な人だね!」

 

「あなただけには言われたくありませんわ!!」・・・と、セシリアは叫びたかったが、グッと此れを呑み込む。

セシリアとて過去に篠ノ之 束へ尊敬の念を抱いていた信奉者かぶれであったが、今まで起こった襲撃事件に彼女が関わっていた真実を知ってしまい其の熱も冷めた。

御蔭で今は敵と云うよりも関わり合いたくない酷く至極面倒臭い人物としての認識である。

 

「あの・・・篠ノ之博士?

私のような者に構わずともよろしいので、ご自分の仕事をなさっても大丈夫ですのよ?」

 

「大丈夫大丈夫!

束さんはとっても優秀だから準備はもう万端なのだぜぃ!」

 

「ッ、な・・・なら、箒さんのもとへ行ったらどうですの?

あまりお会いになれない姉妹同士なのですから!

箒さんだって久々にご自分のお姉様とお話がしたい筈ですわ!!」

 

叫ぶ様に周囲に聞こえる声で束へ言い放つセシリア。

其の言葉に「セシリアッ、貴様!!」と口をへの字に曲げた憎み口が聞こえた様な気がした。

・・・ところが。

 

「えー、でもー、箒ちゃんってば思春期みたいだしー。

束さんが、あんまりかまちょしてもダメかなーって思ったりするんだよね☆

そ・れ・に!

束さん、今はせっちゃんとお話がしたいんですのよ☆」

 

鈍感なのかワザとなのかは知らないが、セシリアのやんわりとした「邪魔だ、失せろ」の言葉も物ともせず、束はにんまり笑顔で彼女へと迫る。

IS学園入学当初なら世界的科学者から関心を持ってもらえる事を喜んだろうが、今は嫌な予感しかしなかった。

 

「・・・私と一体何の話をしようと云うのですの?」

 

「ムフフん♪

そうだねー・・・恋バナとかー?」

 

「は?

こ、恋バナですの?」

 

「うん!

実は束さん、気になる男の子がいるのだ!」

 

束の発した「気になる男の子」と聞いて、セシリアはピクリと眉をひそめる。

と云うのも、彼女が話題に上げた人物は十中八九、此の場に居ない”蟒蛇”の事であろうからだ。

 

「・・・・・私は何も知らないですわ」

 

「何がー?

束さんは、気になる男の子って言っただけなのになー?」

 

「私は本当に何も知りません!

春樹さんは私に・・・私達に何も言わず姿を消したんですのよ!」

 

目を三角にキッと吊り上げて束に食って掛かるセシリア。

そんな彼女に対し、束は「・・・ふーん」と興味がない様な素振りで身体を仰け反った後、「なーんだ、つまんないのー」と呆れた様に溜息を吐く。

 

「まぁ、いいや。

ホントにはーくんの事知らないみたいだしぃ。

ガッカリだぜぃ」

 

「・・・篠ノ之博士、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「んー?」

 

「今回の一件・・・いえ、()()()あなたが裏で糸を引いているのでは?」

 

ゴクリ固唾を飲んで問い掛けたセシリアの疑問符に対し、束はキョトンと()()()()頭を傾けた。

 

―――「束さん?」

 

束が返答をする前に聞こえて来た声へ視線を移せば、其処には随分とやつれた表情の美男子が一人。

 

「おー!

待ってたよ、いっくん!

気分が悪そうな顔してるけど、相変わらずイケメンだぜい☆」

 

「俺は・・・大丈夫ですよ、束さん。

それで、俺に用ってのは?」

 

「そうそう。

用ってのはねー・・・いっくんって超ちょうがんばってるから、骨休みにイギリス観光でも行って来たらどうかなーって。

もちろん、ガイドはこのせっちゃんがやってくれるよ!」

「「は!!?」」

 

突拍子もない束の提案に当たり前の様に自分が組み込まれている事に吃驚して声を上げるセシリア。

しかし、仰天の声は()()()響いている。

 

「ちょっと待て姉さん!

どうしてセシリアが一夏と一緒に観光などせねばならんのだ?!」

 

驚きの声を上げたもう一人は、束の胸元をグッと引き寄せてヒステリックな声色を響かせる箒であった。

 

「えー・・・だって、ここはイギリスなんだよ?

せっちゃんの故郷じゃん、ホームじゃん。

だから、いっくんの観光案内にはせっちゃんがベストなんだぜぃ!」

 

「そうじゃない!

私が言いたいのは、こんな忙しい時に何を悠長なことを言っていると言っているんだ!!

それに・・・観光なら私も一緒に―――――」

 

「だーめ!

箒ちゃんは紅椿を宇宙用にセッティングしないといけないんだからね?」

 

「そんな!?

そんな事は姉さんが勝手にやればいいだろう!」

 

「一体何を騒いでいる?!」

「千冬さん!!」

 

騒ぐ箒を一喝するのは用事を済ませて帰って来た千冬だった。

勿論、突拍子もない束の提案に納得いかない箒は彼女に抗議したのであるが―――――

 

「はぁッ・・・まぁ、いいだろう。

息抜きには調度いいんじゃないか?」

 

「ち、千冬さん!?

あなたまで何を悠長なことを言っているのですか?!

こんな緊急時に観光などと!!

それなら私も二人に同行して!」

 

「ダメだ。

お前は紅椿の調整をしないといけないだろう」

「しかしですね!」

 

「くどい!

文句があるならこっちに来い!!」

 

千冬の不条理で理不尽な物言いと共に連行されて行ってしまう箒。

そんな妹に束は「さらばじゃ!」と敬礼を送った。

 

「さて・・・という訳で―――――」

 

「いや、さてじゃありませんわ。

私はそんな事しませんわよ」

 

勿論、蚊帳の外で勝手にガイド役を任された事に納得がいっていないセシリアは「NO」と拒否を表明する。

 

「私とて暇じゃありませんの。

それに・・・箒さんの言う通り、そんな悠長な事言っている場合ではないでしょう。

ねぇ、一夏さん?」

 

「え・・・いや、俺はどっちでもいいけど」

 

「えー、なんでせっちゃんはそんなこと言うのー?

お疲れのいっくんを労ってあげようとは思わないわけぇ?」

 

「・・・・・ある人の言葉を借りるならこうですわ。

知ったこっちゃあありませんわ」

 

頑なに面倒臭そうにやりたくないと断るセシリアに「ぶー!ぶー!!」と愚図る束だったが、彼女がある事をセシリアへ耳打ちした途端―――――

 

「ッ・・・!?」

 

「むふふ♪

どうだい、せっちゃん?」

 

「・・・・・わかりましたわ。

一夏さん、どこか行ってみたい場所はありませんか?」

 

―――あら不思議。

拒否から一転して観光ガイドを了承し、一夏へ張り付けた笑顔を向けたではないか。

此れには、どっちつかずだった一夏も「あ、あぁ」と戸惑ってしまう。

 

「よっし!

話は丸く収まったし・・・さっそく行って来て!

ISの事はこの大天災の束に任せ―――――」

 

「ほらッ、行きますわよ」

「えッ、お・・・おう」

 

束の言葉を最後まで聞かずセシリアは足早に其の場を退出し、そんな彼女の後ろを一夏は戸惑いつつ追い掛けるのであった。

 

 

 

 

 

 

―――「・・・どうしたんだよ、一体?」

 

政府が管轄する施設から一転、一体何処から手配したのか解らない真っ黒なハイヤーに乗ったセシリアと一夏。

けれども、いくら鈍感で度重なる精神的ダメージを負った一夏でも流石に此の異様な展開に気が付いたのか、訝し気な表情をした。

 

「・・・別に。

少し気分転換をするのもいいかなと思っただけですわ」

 

「・・・本当か?

束さんに何か言われてたじゃんか。

何を言われたんだよ?」

 

「どうしたんですの、一夏さん?

いつもなら「そうか」の一言で終わるじゃありませんか。

別に何でもありませんわ。

「楽しんで来て」と云われただけです。

・・・なにを楽しめとは知りませんがね」

 

「セシリア・・・・・なに怒ってんだよ?」

 

「怒る?

別に怒ってなんていませんわ。

ただ・・・ただ少し不愉快なだけです」

 

「不愉快って・・・・・やっぱ怒ってんじゃん」

 

「ッ、ですから怒ってなんて・・・!

ハァッ・・・もういいですわ」

 

ムスッとした表情で腕と脚を組むセシリア。

いつもとは全然違う彼女の珍しい態度に居心地の悪い一夏は何とか状況を打開しようと話題を振る。

 

「あー・・・えと、何か腹減ったなぁ。

セシリア、何か美味いもの知らないか?」

 

「美味しいものですか?

あら、一夏さん?

ここをどこだと思ってらっしゃるのですか?

世界一まずい料理で何年も覇者になっている国ですわよ?」

「うッ・・・!?」

 

どうやら地雷を踏んでしまったようだ。

何時かの日にイギリス料理を貶された事に対するブラックジョークなのか、セシリアは鼻で笑う。

普通ならヤバいと感じた話題に対して此れ以上立ち入らないのだが、流石は世界初の男性IS適正者。

逆に話題を拡げる事にした。

 

「べ、別にそんな事ないだろ?

サンドイッチとか・・・ほら、色々あるじゃんか!」

 

「サンドイッチ・・・

えぇ、確かに我がイングランド貴族のサンドイッチ伯爵が発明したと言われる料理ですわね」

 

「そ、そうだろ!

ほらッ、イギリスにだって美味い物が―――――

「他には?」

―――――ッへ?」

 

「他にはと聞いていますの。

我が英国にはサンドイッチの他に美味しい料理は何かありませんの?」

 

「え・・・えと・・・・・そッ、そう!

フィッシュアンドチップスとか!」

 

「・・・他には?」

 

「ほ、他!?

他って・・・他、ほかには・・・その・・・えーと・・・?」

 

「・・・ハァッ・・・浅はかな事。

程度の底が知れますわね。

一夏さん、あなたには()()()()が少々足りないのでは?」

 

「す、すまん」

 

「まったく・・・

・・・・・()()()()()()もう少し気の利いた事でもいえますのに」

 

「ッ・・・あ!」とセシリアは思わず口元を手で隠す。

色々と不満を溜め込んでいた為に不機嫌で心根を歪ませていたとは言え、此れは此の一言は余計だったと瞬時に彼女は理解した為だ。

だが、最早既に時遅し。

 

「・・・・・悪かったな。

アイツみたいに物知りじゃなくて。

どうせ俺はモノを知らない人間だよ!」

 

目に見えて一夏の表情は一気に曇り、口をへの字に曲げてどう見ても不機嫌なものとなってしまう。

 

「べ・・・別にそこまでの事は言ってはいませんわ!

誤解です!」

 

「誤解?

何が誤解だよ。

セシリア、お前だってここに居るのが俺じゃなくてアイツだった方が良かったんだろ?

どいつもこいつも清瀬、きよせ、キヨセ・・・・・

何でッ・・・何でみんな、あんな自分勝手で思いやりもヘッタくれもないやつを慕うんだよ・・・!!」

 

「いい加減にしてくださいまし!」

 

奥歯を鳴らして卑屈な面持ちで春樹への恨み節をのたまう一夏に対し、セシリアはカッと声を張り上げた。

 

「ウジウジと・・・面倒臭いったらありゃしない!

春樹さんですかッ、あなたは?!!」

 

「ッ、め・・・面倒臭いって!?

それにッ・・・ふ、ふざけるな!!

俺がアイツと一緒?!

冗談じゃねぇよ!!」

 

「いいえッ、()()()()

春樹さんも一夏さんに対してグチグチグチグチと言っている事がありましたから。

ある意味、()()()()()ですわ!

()()()()も甚だしい!!」

 

「違う・・・違うッ!

俺はッ・・・俺はあんなやつとは―――――」

 

一夏にとってセシリアの発言は最上級の侮蔑侮辱だった為、元来の短気を持ち合わせている一夏は昂った感情に身を任せて彼女の胸倉へと両手を伸ばし―――――

 

「―――ッ!?

ドライバー、停めなさい!!」

「ッ、ぐふぇ!!?」

 

セシリアの一声で急ブレーキがかかった為、慣性の法則によって逆に彼女は一夏の胸へと飛び込んだ。

飛び込んだと言っても、最早其れはタックルに近しい。

 

「一夏さん、ごめんあそばせ!」

「おッ、おい・・・せ、セシリア・・・!!」

 

そんなクリティカルヒットタックルを決めたセシリアは鳩尾を抑え込んで悶え込む一夏へ陳謝して車外へ駆け出すや否や、凄まじい勢いと共に人波をかき分けて行くのであった。

 

「やはり・・・・・やっぱり、来ていましたわね!

今度こそ事情を説明してもらいますわよ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『チェルシー』!」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆

機動戦士ぽんぽこ:水星のたぬき1クール最終話のフレッシュトマト展開と大雪に戸惑っている今日此の頃です。


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208話


―――――鉄の女、マーガレット・サッチャーが率いる保守党が1978年にイギリス経済の源泉を製造業から金融・不動産業の高度専門技能にシフトチェンジ。
そのせいで製造業市場が外国資本に奪われてしまい、製造業に従事する労働者階級へ貧困が広まる。
そして、1997年にトニー・ブレアが高度専門職に就く中流階級を重視し、『結果平等』よりも『機会平等』を強調。
更に労働組合の権限を廃止もしくは縮小した事で、労働者階級の貧困はもっと広がる。
弱った製造業はEU市場で圧倒的なドイツ製品に完敗した事で、イギリス経済の金融業依存は更に加速。

労働者階級へ広がった貧困の影響によって高度教育を受けられない労働者階級の受け皿は減り続けて、社会は上流・中流階級と下流階級の所得格差や社会・文化的断絶が大きくなってしまう。
特に”チャヴ”と呼ばれるスポーツウェアを着た反権威的な若者達の生活は深刻で、2011年には彼等による暴動が起こった。
でも、社会はそんな彼等に・・・()()に手を差し伸べるどころか、「こんなやつらがいるから、この国はだめになった」と貧困者の自己責任を責め立てる始末。

・・・・・貧しさっていうものは病気と同じよ。
身も心もボロボロにしてしまう恐ろしい不治の病。
そんな難病にかかっている人に「努力が足りないから」とか、「向上心がない」とか、心にもない事を言って来るやつらが平気でいる。
そんな時に現れたのが、ISだった。
ISこそ、こんなどうしようもない状況をどうにかしてくれるものだった。
幸いにも私には高いISへの適正があった。

だから私は必死になった。
あんな生活に戻るなんて真っ平!
何にも知らない連中から、何にもわからない、理解しようともしない連中から責め立てられない様に・・・成りやがってやる!!

・・・・・そう・・・そう思ってたのに・・・!
先に国家代表候補生になった私じゃなくて、なんであんな女に専用機が与えられるのよ!?
私はッ、私は誰よりも必死に努力した!
人には言えない様な事も・・・媚びりたくもない相手にも媚びて来た!
なのに・・・ッ、なのになんで私じゃないのよ!!

あの女が上流階級の出身だから?!
私が労働者階級の人間だから?!!

何が『機会の平等』よ!
結局は、持ってる人間が掻っ攫っていくんじゃない!!

ふざけるなッ!
ふざけんじゃあないわよ!!

―――「お前さんは、労もなさずに専用機をもらった彼女に対して憤っとるん?
其れとも・・・今の地位から転がり落ちて、あの屈辱の日々に戻る事に恐怖しとるん?」

何もかもッ、全てによ!!
いや・・・いやよッ、私!
もうあんな屈辱の日々に戻りたくない!!

―――「・・・貧しさは心身を蝕む病。
知らぬがナントカ。
富める者を知らなければ、自分が貧しき事を理解する事もない・・・か。
金は大事じゃなぁ。
金さえあれば、こんな目に遭う事もなかったか?
難儀じゃ、難儀じゃ」

どうすれば・・・私、どうすればいいの?
この任務に失敗したら私・・・今度こそ代表候補生から降ろされるわ!
そうなったら!

―――「まぁ・・・其処はお前さんの働きによるな。
じゃけど・・・すぐ近くに手っ取り早くお前さんの今後の生活を安泰にする方法があるんじゃけどなぁ。
・・・聞きたい?」

ッ、ど・・・どういう事?
一体それはどういう方法なの?!!

―――「まぁ、落ち着きんさい。
そうじゃなぁ、此れはあくまでも参考なんじゃがな?
其りゃあなぁ―――――」



 

彼女は、セシリア・オルコットは憶えている。

今は昔、袖を引っ張りながら母親の背後から恥ずかしそうに顔を覗かせるセシリアと対面するのは、何処か緊張した面持ちの茶髪の少女。

彼女こそ、セシリアの父親が彼女の専属メイドとしてオルコット家に迎え入れたチェルシー・ブランケット其の人である。

セシリアは此の年齢以上に落ち着いた雰囲気を身に纏っているチェルシーに良く懐いた。主従関係にありながらも、まるで姉の様にだ。

 

そんなお姉さんの様な人であり、憧れで目標でもある人物が自分達を裏切った事が、セシリアにはとても受け入れられる事ではなかった。

 

―――「もしかしたら・・・()()()()に会えるかもね☆」・・・と、不思議の国のアリスの様な冗談みたいな恰好をした天()科学者はそうセシリアへ耳打ちして来た。

だから彼女は当初は困惑していた一夏との英国観光に赴く事にしたのである。

 

・・・そして、其の瞬間は突如として来た。

一夏とのちょっとした口論になった其の時、ハイヤーの車窓から見えたのは覚えのある顔。

黒のマントコートを纏ってはいてもセシリアが其の顔を間違える筈がなかった。

 

「チェルシー・・・!」

 

急ブレーキをかけたハイヤーから飛び出る様に雑踏の中へと脚を向けたセシリアはチェルシーを追って駆け抜ける。だが、相手方も彼女の存在に気付いているのか、二人の距離は一定を保ったまま。

其の内、セシリアは人気のない古ぼけた廃ビルへと駆け上がって行き―――――

 

「ッ、チェルシー!!」

 

息を切らして駆け上った屋上でセシリアは自らに背中を向ける彼女の名を叫ぶ。しかし、チェルシーが振り向く事はない。

其の素気ない態度が癪に障ったセシリアは再び彼女の名を叫ぶと共に距離を詰めんと一歩を踏み出した・・・其の時!

 

ズギャン!

「きゃあ!?」

 

セシリアの足元を抉ったのは桃色の強い閃光。

其の光が放たれた先を目で追えば、其処には空中にふわりと浮いた物体が一つ佇んで居るではないか。

其の物体を見た途端、セシリアは表情を強張らせながら身構えた。

 

「・・・・・御嬢様、やはり来ていましたか。

()()()()()()()()()

 

ひらりマントコートを翻して振り返ったチェルシーは、張り付けた無表情をセシリアへと向ける。

そして、同時に先程と同系統の物体を幾つも背後へ展開させたではないか。

 

「『ダイヴ・トゥ・ブルー』・・・ッ!」

 

信じたくない事実に対し、セシリアは目を見開き奥歯を噛み締める。

第三世代型BT兵器搭載IS、ダイヴ・トゥ・ブルー。

いつかの日にマドカが同型のIS、サイレント・ゼフィルス強奪後に極秘裏に開発されたBT兵器搭載ISの3号機。

 

英国政府高官から其れがチェルシーによって強奪された事を聞かされたセシリアは何かの間違いだと思った。

何故なら、そんなモノを彼女が強奪する理由がなかったからだ。

だからきっとテロリストがチェルシーに罪を着せる為に彼女に変装して機体を奪い去ったのだと思っていた・・・・・()()()()()()

 

「本当に・・・本当にチェルシーなんですの?

本当にあなたはチェルシーなんですの?」

 

「・・・・・」

 

「ッ、答えなさい!」

 

セシリアは自らの愛機ブルー・ティアーズを纏うとライフルビットを展開し、其の銃口を姉妹機を纏うチェルシーへ差し向ける。

すると彼女は窘める様に一つの溜息を漏らす。

 

「・・・御嬢様、淑女たる者がそう大きな声をあげないでください。

はしたないですよ?」

「ッ・・・チェルシー・・・」

 

セシリアは確信した。

たったの一言、たったの一つの振る舞いでしかなかったが、彼女が自分の知るチェルシー・ブランケットだと確信するには十二分過ぎるものであった。

 

「どうして・・・どうしてですのチェルシー?

どうしてあなたがこんな事を・・・!!」

 

当然の疑問符。

其の当然の疑問符に対し、従者は下唇をほんの少しだけ噛むと自分の主人に向けて返答代わりの桃色の閃光を射出した。

 

「ッ、チェルシー!!」

「・・・いきますよ、セシリア御嬢様!」

 

よーいドンの合図と共に大空へ舞い上がった両者は、展開したライフルビットから閃光を瞬かせての銃撃の応酬を開始。

尚、同じBT兵器を搭載している為、威力に然程の差はない。よってパイロットの力量が問われる事となる。

なれば、国家代表候補生に上り詰める程の実力を持つセシリアが優勢・・・な筈だった。

 

「そ、そんな!?」

 

スラスターから放出される膨大なエネルギーを利用した高速移動と巧みな銃撃によって追い詰められているのはセシリアの方だったのである。

まるで此方の手の内を知っているかの如く的確な射撃と瞬時加速までをも行うチェルシーに彼女は動揺が隠せない。

此の女、ただのメイドではない。

 

「ッ・・・そうはいきません!!」

 

しかしてセシリアも押されているばかりではない。

国家代表候補生として、そしてオルコット家の女主人として負ける訳にはいかないのだ。

 

「いきますわよ!!」

「!?」

 

()()()()におススメされた機動戦士シリーズ劇中内戦闘を応用した複数あるライフルビットを利用したオールレンジ攻撃とビームの軌道を曲げる偏向射撃によって形成逆転を謀るセシリア。

けれども、此のビット攻撃なるものは操縦者の本人がビットの制御に集中しなければならないので他の武器と連携できず、本体が無防備になるという弱点も持ち合わせている。

無論、此の隙を見落とすチェルシーではない。

・・・其れがセシリアの狙いとも知らずに!

 

「おんどりゃぁああ―――!!」

「ッ、御嬢様!!?」

 

無防備になったセシリアへ手持ちの得物を向けたチェルシーだったのだが、そんな彼女に向かってセシリアは命一杯のエネルギーをスラスターから噴射させた瞬時加速によって一気に距離を詰めて来た。

其の手には、ブルー・ティアーズ唯一の近接格闘武器インターセプターが握られている。

 

「喰らえですわ!!」

「くッ・・・!」

 

タックルの衝撃と共に逆手に持ったインターセプターを振り上げるセシリア。

突拍子もない行動と今まで見た事もない鬼気迫った彼女の表情に気を奪われたチェルシーは思わず目を瞑ってしまう。

 

「・・・・・・・・え?」

 

だが、いつまで経っても斬撃の衝撃が襲ってくる事はなかった。

当然の疑問符と共にチェルシーが目を開ければ、其処に居たのは―――――

 

「・・・できません。

できませんわ。

チェルシーに・・・私のチェルシーにこんな事、できませんわ・・・!!」

 

両頬へ幾つもの雫を伝わらせている空の様に真っ青な瞳を潤ませる自分の主人、セシリア・オルコットだった。

彼女は突き立てる筈だった刃を力なくダラリと下ろすと其のままインターセプターを消失させると両手でチェルシーをそっと抱き寄せる。

 

「どうして・・・どうしてですの、チェルシー?

どうしてあなたが・・・!」

「・・・御嬢様・・・私は・・・ッ」

 

チェルシーは戸惑いながらもセシリアの背中へ自分の腕を回そうとした。

―――――しかし。

 

パシィン!

「へッ・・・?」

 

彼女はグッと握り拳をつくった後、平手でセシリアの頬を叩く。

まさかビンタされる等と思っていなかったセシリアは叩かれた自分の頬を抑え、真ん丸な目でチェルシーを見つめた。

 

「私とて・・・私とて・・・!」

 

「ち、チェルシー?」

 

「私とてッ、こんな事!

こんな事はしたくありません!!

ですがッ・・・!!」

「きゃぁあ!?」

 

チェルシーは奥歯が砕ける程に嚙み締めると渾身の力で突き飛ばすとライフルの銃口を彼女へ突き付ける。

 

「甘っちょろい!

そんな事でオルコット家の当主が務まるとお思いか?!

敵ならば・・・敵ならば、親や子であろうと刃向かうのならば叩き潰しなさい!!

ましてや・・・ましてや使用人に対して情などかけるな!!」

「チェルシー・・・ッ」

 

そして、叫びと共にビームライフルの引き金を絞れば、銃口から勢いよく飛び出した桃色の熱線は呆然と佇むセシリアへ一直線に向かって行く。

 

―――――「セシリア!!」

 

しかし、直撃の瞬間に彼女を風の様に掻っ攫う白い機体が一つ。

白のISを身に纏った若武者はセシリアを抱えたままチェルシーへ向かって自らの得物で指し示す。

 

「いったい何やってんだよ!!」

 

「い・・・一夏さん・・・?」

 

颯爽と現れた若武者の正体は、ハイヤーに置いてけぼりを喰らっていた一夏であった。

何か思う事があったのだろう。セシリアのブルー・ティアーズの反応を追いかけて来たのである。

 

「よくもセシリアを・・・!

許さねぇ!!」

 

「白いISの男・・・ならば、あなたがかの有名な織斑 一夏さんですか。

許さなければどうすると云うのです?」

 

()()に決まってんだろうが!!」

 

「倒す、ですか・・・フッ」

 

「ッ、何がおかしいんだよ?!」

 

「いえ・・・覚悟がなっていませんねと思いましてね。

覚悟がある人間ならば・・・倒すなんて言葉は使いません。

敵ならば・・・敵を前にしたのならばッ、()()()()()とぐらい言ってみなさい!!」

 

チェルシーの放った言葉に一夏はグッと息を呑んだ。

目の前にいる此の女は強いと直感させるには十分すぎる覇気を彼女は放っていたからである。

 

「やめて・・・やめてくださいッ。

やめてくださいまし、一夏さん!」

「セシリアッ?」

 

一夏に抱き寄せられていたセシリアはすがる様に彼の胸倉を引っ張っると頼み込んだ。

「戦わないで」と、「争わないで」と。

 

「なんでだよ!?

あいつはセシリア、お前を!!」

 

「彼女は我がオルコット家のメイド・・・いえ、()()なのです!!」

 

「か、家族!?

おいッ、いったい何を言ってんだよ!

じゃあ何でセシリアの家族が―――――

「・・・家族ではありませんよ」

―――――え?」

 

「え・・・ッ?」

 

セシリアは自分の鼓膜が先程の戦闘で破けたのかと勘繰った。()()()()()()()()()()()

其れか幻聴であって欲しかった。幻聴ならば、まだ自分の弱い心が引き起こした幻惑だと納得できた。

けれども―――――

 

「私の家族はたった一人・・・

お前達によって()()()()()()()()私のたった一人の()、『エクシア』だけです!」

 

「おいッ、それはどういう意味だよ?!」

 

「何も・・・何も知らないのですね。

此の空の上・・・宙域にある衛星エクスカリバーが、英国と米国が極秘に開発していた生体融合型ISだと言う事も!

そして、そのコアに戸籍が抹消された私の妹が()()されている事も!」

 

「だからッ、お前達は!!」とチェルシーは花弁の様なライフルビット達を再び展開させ、其の銃口達を二人へ差し向ける。さすればショッキングピンクが季節外れのゲリラ豪雨が如く降り注いだ。

 

「ッ、ちっくしょう!!」

 

容赦なく飛んで来るビーム攻撃に対し、一夏は自らのISである白式に搭載された多機能武装腕・雪羅のバリアシールドを展開する。

しかし、此のバリアシールドには白式の単一能力・零落白夜と同じエネルギーを使用している為に長時間防御に使う事は出来ない。

なれば其の機動力を以て回避行動すれば良い話なのだが―――――

 

「そんな、チェルシー・・・わ、私は・・・・・ッ」

 

チェルシーの発言が余程ショックだったのか、心ここにあらずと幼子の様に頭を抱えるセシリアを抱えての戦闘は彼には荷が重かった様で、徐々に確実にシールドエネルギーが減少している事が余計に焦燥感を煽る。

 

「ッ、この野郎―――!!」

 

だが、一夏は果敢に反転攻勢に打って出た。

ビーム攻撃雨あられの合間を縫い、雪羅を射撃用の荷電粒子砲へ変化させると共にチェルシーへ向けて焔を放つ。

彼女に向かってズギュゥウ―――ッン!と唸りを上げて射出されたエネルギー弾は周囲の攻撃を呑み込む。

・・・けれども。

 

「・・・・・・・・ハッ」

「え・・・?」

 

チェルシーにとって偏向射撃でもない唯の直線的な熱線の旋律を避けるのは容易かった様で、彼女はヒラリ身を躱すと共に先程の弾幕射撃とは一線を画す正確無比なカウンターショットを放った。

 

ズギャン!

「ッ、ぐぁッ!!?」

「きゃぁアア!!」

 

此の銃撃によって態勢を崩された一夏は抱えたセシリア共々落下し、廃ビル屋上に大きな白煙を巻き上げる。

 

「・・・他愛もない。

本当に本当に・・・他愛もない。

これが世に聞こえた男性IS適正者の実力ですか?

はっきりと言って・・・ガッカリですね」

 

「―――ッ!!

お前ぇえ―――――!!」

 

上から見下ろすチェルシーの煽り文句に対し、一夏は額に青筋を浮かべて歯を剥き出しにする。

そんな悪い癖を晒す彼を囲む様にチェルシーは周囲へライフルビットを八方に展開した。

 

「・・・終わりです。

あなた達にはここで再起不能になってもらいます!」

「!?」

 

銃口へ集束される光の粒子達。

此れではバリアと銃撃に使った為にシールドエネルギーは大幅に減少してしまった白式では、パイロット二人を完全に守るには余りにも足りない。

そんな焦る一夏に対して―――

 

「・・・チェルシー」

 

セシリアは何とも言えぬ表情で目を瞑っていた。

其れは諦めからなのか、其れとも覚悟を決めたからなのか・・・彼女はグッと目を瞑っていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――≪・・・セックヴァベック

「・・・・・え?」

 

最早此れまでと思った其の時、聞き慣れぬ声が聞こえて来た。

初めて聞く()()()()()機械音声。

其の無機質な言葉が紡がれると共に現場の空気が一気に覆る。

 

「なッ・・・に・・・・・!?」

 

一夏とセシリアを再起不能のあと一歩まで追い詰めていた筈のチェルシーの身体が羽交い絞めされたかの様に硬直し、展開していたライフルビット達は生気が抜かれた様に地へと伏す。

チェルシー・ブランケットは自分の置かれた状況に理解が追い付いていなかった。まるで底なし沼に()()()かの様な感覚に混乱した。

そんな突如として巻き起こった理解不明の状況に動揺しながらも彼女は息継ぎをするが如く振り返れば―――――

 

カロロロロロッ・・・≫

 

―――其処に佇んで居たのは、竜を思わせる黒い黒い漆黒の鎧甲冑に身を包んだ一体の騎士。薔薇の様に真っ赤な()()()を輝かせる異形の()()

そんな生物的で無機質な人型物体はゆっくりチェルシーとの距離を詰めて行く。

 

「ッ、う・・・うわぁああ!!」

 

自分に近づいて来る此の異様で不気味な存在を「ヤバい!」と本能的危機感で察したチェルシーは逃れようと藻掻くに藻掻く。

しかし、彼女を嘲笑うかの様に黒竜は()()()()()()チェルシーへ広げた鍵爪を伸ばす。

 

「チェ・・・チェルシーッ!!」

「おいッ、セシリア!?」

 

けれども、今まさに窮地に陥っているチェルシーを助けようと黒竜へ向け、目のハイライトを取り戻したセシリアの援護射撃が炸裂。

此の突拍子もない彼女の行動は、黒竜の登場によって窮地脱出を考えていた一夏の度肝を抜いた。

 

「お、御嬢様・・・!」

 

「逃げなさい、チェルシー!

ここは私達に任せて早く!!

ほらッ、一夏さんも援護を!!」

「お・・・おう、わかった!!」

 

 

何が何だか解らないがセシリアと共に一夏もズビャビャビャッ!と桃色閃光雨あられを黒竜に降らせる。

御蔭で白煙の塊がまるでタンポポの綿毛の様に空へ咲く。

・・・・・ところがどっこい。

 

≪・・・ウラァッ!!≫

 

ドバァアッン!!

「「ッ、きゃぁああ―――!?/うわぁあああッ!!?」」

 

降り注ぐビーム攻撃を埃を掃うかの如く胡散霧消させると幾つも()()()()を御返しとばかりに投擲。

其の攻撃によって二人が怯んだのを確認した黒竜は、()()から真っ赤な骨身の様な刃を顕現させるとチェルシーを背後より―――――

 

ズブシュ・・・ッ!

あグァッ・・・!!?

 

「ッ、チェルシィイイ―――!!」

 

赤々の滴った紅蓮の牙が彼女の胸から飛び出すと共に血を吹き出すチェルシー。

そんな彼女に対し、黒竜は更にグリグリと刃を捻じ込んだ後―――――

 

ガブシャ・・・ッ!

いやぁあああああああッ!!

 

白目を剥いた彼女の頸動脈目掛けて黒竜はずっぷしと己が牙で齧り付いた。

嚙み場所からは噴水の様に致死量並の血が噴き出し、チェルシーの白い肌を赤く染める。

 

ち・・・チェルシーッ!

チェルシィイイ!!

いやぁあああああああッ、やめてぇえ!!

「セシリア!!」

 

目の前で家族と慕う人間を噛み殺される様を見せられたセシリアは半狂乱で泣き叫びながら近づこうとスラスターを噴かそうとするのだが、此の異様な状況に危機感を察した一夏は彼女が飛び出さない様に抑え込んだ。

 

はな、離して!

離してくださいまし!!

チェルシィーがッ、私のチェルシーが!!

 

悲痛に喚くセシリアを余所に更に更にチェルシーへ深く深く牙を突き刺した黒竜は、カメレオンの様に自分の体表を周囲の景色に同化させる。

其れは首筋に喰らい付いた獲物であるチェルシーの身体さえも透明にしていき、最後には跡形もなく黒竜とチェルシーの姿は掻き消えてしまう。

 

ッ・・・お、じ・・・ょうさ・・・・・ま・・・

「!!」

 

消失の直前。

チェルシーが泣きじゃくるセシリアに対して向けたのは、どういう訳か()()()()()を浮かべた。

何故に彼女が笑みを浮かべたのか。

今となっては誰にもわからない。

 

いやぁあああああああああああああああああああッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆

最近、筆が進まないんですよねぇ・・・
スランプでしょうか?と思う今日この頃・・・
書きたい場面はキッチリ決まってんですけどね。
・・・難しいですなぁ。
参考資料ばかりが積み重なるばかりじゃわぁ・・・


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209話


まずは最初に・・・遅くなり、大変申し訳ありませんでした。
どうも久々の投稿でございます。

なので・・・短いです。
ついでに展開が早いかもです。
そんでもって、不都合な部分があるかもです。
そういう訳で・・・ご容赦くださると幸いです。

それではよろしくお願いいたします。



 

 

 

―――――

〈番組の途中ですが、緊急特別ニュースをお送り致します〉

〈こんにちは、デイビット・スミスが代役でお届けします。

先程正午過ぎ、ロンドン市郊外においてテロ事件が発生した模様です。

原因は今の所不明ですが、銃撃と爆発に現場一帯は騒然としているとの事です。

それでは、最新の情報を現場からアリア・ステイシーに中継で伝えてもらいましょう。

ステイシー?〉

 

〈アリア・ステイシーが現場からお送りします。

周辺地域住民へ震撼を与えた惨事です。

突如として起こった白昼の惨劇に現場はパニックを起こした人であふれています。

今の所ケガ人などの情報は入っていませんが、目撃者からの情報によると犯人はISらしきもので武装していたとの事です。

容疑者は所持していた銃火器を乱射し、周囲の建築物を破壊した後、逃走。

現在、ロンドン警視庁が周囲に対して大規模な検問を行い、犯人の行方を捜索をしており―――――〉

 

―――作戦会議室から離れた別室で、白昼堂々に巻き起こったテロ事件を放映するテレビの画面がブチんと真っ黒に変わると一気に其の場を重苦しい雰囲気が支配してしまう。

 

うっ・・・ぅう・・・・・!!」

 

重く静かな部屋へ木魂するのは、嗚咽混じりの押し殺した嘆き。

視線を向ければ、其処には美しい金髪を持った少女が顔を自らの両手で覆って項垂れているではないか。

 

「・・・セシリア・・・・・」

「セシリアさん・・・」

 

そんな悲しみの涙に濡れる少女、セシリアをシャルロットが優しく抱き留めて介抱し、簪はどうしていいか解らないながらも彼女へと寄り添う。

・・・一方―――

 

「・・・・・どういう事だよ?」

 

一夏は奥歯が砕ける程に打ち震えた表情で静かに疑問符を問い掛けていた。

・・・今まで見せた事のない憤怒の表情で。

 

「い、一夏・・・」

「一夏、少し落ち着きなさいよ!」

 

これが落ち着いていられっかよ!!

 

見るからに興奮している彼を宥めようとする箒と鈴だったが、一夏は聞く耳を持たない。

其れ処か余計に拍車が掛かったのか、彼は両拳を固く握ったままアワアワとする山田教諭の隣で眉間に皺を寄せた姉である千冬へ詰め寄った。

 

 

 

 

 

ロンドン市郊外で発生したイギリス国家代表候補生のセシリア・オルコットとオルコット家メイドであるチェルシー・ブランケットによるISでの戦闘は、急遽割り込んで来た謎の第三者の介入によって突如として終了。

其の後、現場へ駆けつけた英国政府当局によって情報操作他諸々が行われた事により、外部への情報流出は最低限抑え込まれた。

・・・だが、家族同然と思っていたチェルシーの裏切り行為と目の前で無惨にも血を流して消え去った彼女の姿は確実にセシリアの心を抉った事に間違いはない。

其のショックから保護されてからも彼女の目から涙が途切れる事はなかった。

 

 

 

 

 

「どういう事なんだよ!

説明しろよ、千冬姉!!」

「・・・・・」

 

普段なら反抗の()の字も出来ない姉に対して頭が上がらないあの一夏が歯を剥き出しにして千冬へ掴み掛る勢いで突っかかっている。

しかし、ある意味で異常とも見て取れる此の状況に周囲が沈黙する中、弟に詰め寄られている千冬は()()()()()()に目を閉じて口を一文字に縫ったままだ。

 

「なんで・・・なんで何も言ってくれないんだよ!

あれか?

また国家機密か何かで、俺達には何にも教えてくれないのかよ!!

俺は・・・俺達は、命令された動く犬なんかじゃねぇんだよ!!

俺達は人間だ、人間なんだよ!!」

 

熱量の籠った言葉を発する一夏。

だが、そんな彼の言葉に応えたのは問い詰められている千冬ではなく―――――

 

「フッ・・・」

「・・・あ”?」

 

マドカは侮蔑するかの如くほくそ笑んだ。

無論、癪に障る人間が癪に障る態度をとったもんだから一夏の敵意は一気に彼女へと向かう。

 

「お前・・・今、なんで笑った?

今なんでお前笑いやがった!?」

 

「ん?

あぁ・・・滑稽だと思ってな」

 

「こっけい?

滑稽って・・・これのどこが滑稽だって言うんだよ!!」

 

「気付いていないのか?

なら本当に・・・本当にお前はどうしようもないバカだ。

解っていたが、改めて認識した。

お前は救いようのないバカだ」

「ッ、テメェ!!」

 

堪忍袋の緒が切れた一夏は、いつもの様に感情のまま突発的にマドカの胸倉目掛けて掴み掛る。

・・・けれども―――

 

「ハァ・・・」

「ッ、ぐァあ!?」

 

「「一夏!!」」

 

ISを纏っても居ない彼がマドカに敵う筈もなく、彼女はあっと言う間に一夏の腕を背に持って組伏してしまう。

 

()()こんな事ぐらいで激情するんじゃあない。

それとも何か?

貴様は、仲良しこよしで楽にこの任務が終えれると思っていたのか?

・・・舐めているのか、貴様?」

「う・・・うるせぇッ!

うるせぇんだよ!!

セシリアが・・・仲間が悲しんでんだぞ!!

それを見過ごせってのか!!」

「それは当人の問題だ。

他人の家の事情に頼まれてもいないのに一々首を突っ込むな」

「お前に・・・お前に何が解るっていうんだよ?

()()()()()()お前なんかに!!」

 

「・・・・・このまま腕を圧し折ってやる」

 

―――――もうやめて下さいまし!!

 

一触即発の状態の中で響き渡った鶴の一声。

其の声へ目をやれば、其処には赤く泣き腫れた瞼を擦って立ち上がるセシリアが居た。

 

「もう・・・もう、いいですわ。

私は、もう大丈夫です。

みなさま、心配をおかけしました。

セシリア・オルコット、復帰いたしますわ」

 

「せ、セシリア・・・!」

 

ペコリと一礼したセシリアは普段の様に笑みをつくって見せる。

けれども、其の笑顔はお世辞にも自然とは言えないもので、皆を安心させようと無理をして作った表情だと目に見えて理解できた。

 

「ほぅ・・・見直したぞ。

それでこそ()()が手元に置くだけの事はある。

私は先に準備しておく、ぞ!」

あだッ!?」

 

「「一夏!」」

 

唯一人、気丈に振る舞うセシリアへ彼女を認めるかの様な笑みを浮かべたマドカは拘束していた一夏の背中を蹴飛ばした後、済ました表情で部屋を出て行く。

すると其の彼女の後を追う様に今度はセシリアが部屋から退出した。

 

「ッ、待てよ!!」

「・・・」

 

そんな彼女を一夏は追い掛ける。

自分を心配して駆け寄って来た箒と鈴を払い除け、彼はセシリアの腕を掴んで引き留めた。

 

「セシリア・・・無理しなくていいんだぜ?

あとは俺達に任せてくれよ!」

 

「無理・・・?

私は、無理なんてしていませんわ」

 

「してるだろ!

セシリア、お前言ってたじゃないか!

家族だって!

その家族を目の前で―――

「やめて下さいまし・・・!」

―――――セシリア・・・!」

 

「私は・・・私の責務を果たさなければなりません。

だから・・・・・私はこんな事で、立ち止まっている訳にはいかないのです」

 

俯きながらもセシリアは言葉を紡ぐのだが、一夏には其れが疑問だった。

家族と呼べる存在に襲撃され、其の事を受け入れられる間も無く、彼女の目の前で惨殺されたのだ。

にも関わらず、セシリアは気丈に振る舞おうとしている。

一夏には其れが()()()()()()()()

 

「何で・・・何でそんなに頑張ろうとするんだよ?」

 

「それは・・・私がオルコット家の当主だからです。

私は英国貴族の務めを果たさなければなりませんの。

だから国の為に・・・家の為に私は止まっていられないのです!」

 

「い、家の為って・・・・・()()()()()()()()()、そんな事!!」

 

一夏は叫ぶ。

自分の気持ちを押し殺し、只々自分の責務を果たそうとするセシリアへ言葉を掛ける。

一夏としては、其れはのセシリアを気遣う言葉であったのだろう。

 

「セシリア・・・辛いんならツラいって言ってもいいんだぜ?

今は自分の気持ちを大切にしてくれよ。

だから、後は俺達に任せて、セシリアは休んで―――――」

「・・・・・()()()()()()()

どうだっていいですって・・・ッ?」

 

だが、其れがセシリアの琴線に触れる事となってしまうのだ。

セシリアは奥歯をギリリ歯噛みした後、乱暴に一夏に掴まれた自分の腕を振り払うとキロリと其の三角にした碧眼を彼へ突き刺す。

 

「せ、セシリア・・・?」

 

「あなたに・・・あなたに何がわかると言うのですか!!

オルコット家の責務をどうでも・・・どうでもいいとは何事ですか!!」

 

彼女はギュッと自らの拳を固くして叫んだ。

自らが必死になって守って来たオルコット家の誇りを何も知らない人間に軽んぜられた事が我慢ならなかったのだろう。

 

「セシリア、何怒ってんだよ?

俺は・・・俺はお前の為を思って!」

 

「私の為?

だとすれば、大きなお世話というものですわ!

私はオルコット家の・・・国家の為に逆賊を討たなくてはならないのです!

それが・・・・・それが、チェルシーの為でもあるのです!!」

 

涙を堪えつつセシリアは歯を食いしばる。

一方、まさか反論される等とは思ってもいなかった一夏は「お、俺は・・・俺は・・・!」と見るからに動揺したかと思えば、血相を変えて彼女へ掴み掛ったではないか。

 

「ッ、なにを!?」

「俺は・・・俺はお前の為を思って言ってやってるんだぜ、セシリア!

それを何で・・・何でそんな事言うんだよぉ!!」

 

自らの()()()()()()()()事が一夏にはどうしても許せなかったのか、彼は血走った眼と共にセシリアの両肩を激しく揺さぶる。

其の普段とは全く違う鬼気迫る表情と萬力の力に彼女は苦痛の表情を浮かべてしまう。

 

「い、いやッ!?

は、離して下さいまし!!

痛いですわ!!」

「ッ・・・ちょっと!

一夏、アンタ何やってるのよ!!」

「やりすぎだぞ、一夏!」

 

此のセシリアに狼藉を働く一夏を止め様とするのは、彼を追いかけて来た鈴達だった。

彼女等はセシリアの肩をガッチリ掴んだ一夏の手を解こうとするのだが、皆が思っている以上に彼の力は強く、とても敵わない。

ならばと鈴は自分のISを部分展開し、其のパワーで以って引き剥がそうとする。

 

「ッ、どけよ!!」

「きゃあ!?」

 

『『『鈴(さん)!?』』』

 

しかし、部分展開とは言え、ISを纏っている筈の鈴を一夏は生身でありながらも突き飛ばして壁へと叩き付けた。

 

「何で・・・何で、なんでなんで、なんでそんな事言うんだよ!

俺は、俺はッお前を為を思って・・・お前を()()()()()()()()()()()()!!

なんでそんなこというんだよぉ!!」

っう・・・!

 

一夏の狼藉に驚きつつも彼を止めようとする周囲を嘲笑うかの様にミシミシと更に強まる握力。

余りある力にセシリアは苦悶の表情を浮かべていたが、彼女は歯を喰いしばりながら口を開いた。

 

「ッ、何様の・・・・・いったい何様のつもりなんですの・・・?」

 

「は?」

 

()()()()()

ふざけないで下さいまし・・・!

私は・・・()()は、守ってもらう程に弱くはありませんわ!!」

「!!?」

 

セシリアは思いっ切り前に向かってガツンッ!と振り子運動で頭を繰り出す。

よもやの攻撃に一夏はヘッドバットされた部分を抑えながらへたり込んでしまうと彼を見下ろしながらセシリアは襟を正しつつ溜息交じりに呟く。

 

「・・・作戦開始まで、まだ時間がありますわ。

それまでに頭を冷やしてはいかがでしょうか?」

 

セシリアは、セシリア個人としてではなく、オルコット家の女主人であるセシリア・()()()()()()として戦場へ赴くのである。其れを改めて自覚したかの様に彼女は表情を引き締めた。

貴族としての務めを果たす『覚悟』を決めた其の姿は、一種の神々しさもあり、思わず感嘆詞を漏らしそうになる程だ。

・・・だが、そんな彼女の態度が気に喰わない男が一人―――――

 

「・・・・・やっぱり、やっぱりそうなのか・・・そうなんだよな・・・!」

 

「え・・・?」

「い・・・一夏?」

 

俯き加減で立ち上がった一夏は歯を喰いしばりながら立ち上がる。

()()()への怨嗟を呟きながら。

 

「全部ッ・・・全部()()()のせいだ!

みんな、アイツのせいで・・・()()()()()で、みんなおかしくなったんだ!!」

 

目をひん剥きながら一夏は頭を掻き毟り、此処にはいないもう一人の男性IS適正者、清瀬 春樹への恨み節を語る。

 

「な、何を言ってるのかな?

なんでそこで春樹が出て来るのかな?」

「だってそうだろ?!

みんな、アイツに関わってからおかしくなっちまったじゃねぇか!!

みんな・・・みんな、みんなみんな・・・・・全部、アイツのせいだ!!

 

無論、突然飛び出て来た春樹の名に皆はキョトンと疑問符を浮かべるが、当の一夏は見るからに正気ではない表情で叫ぶ。

 

アイツさえ・・・アイツさえいなけりゃ!

アイツさえいなきゃ、みんなおかしくならずに・・・みんな()()()だったはず―――――ひぎゃ!!?

 

突如として狂った様に喚いた一夏だったが、またしても此れまた突然に電池が切れた様に彼は倒れ伏した。

見ると其の背中には電極が刺さっており、電極コードを目で追ってみれば、其処には簪がテーザー銃を構えているではないか。

 

「一夏!?」

「簪ッ、貴様!!」

 

「喚かないで・・・危険だと判断したから撃っただけ。

・・・本当ならもう少し早く撃つべきだったけど。

セシリアさんも鈴さんも大丈夫?

シャルロットさん、彼女達を見てあげて」

 

「う、うん!

わかったよ!!」

 

簪は足で一夏が気絶しているかどうかを確認しつつセシリアと鈴を気遣うと医務室に向かう様に促す。

其の後、騒ぎを聞きつけた山田教諭によって白目を剥いた一夏は回収されたのであった。

 

・・・・・作戦前に何とも不穏な空気を造った事であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 











「しぃー・・・フゥー・・・・・マジかぁ・・・」

―――――博士の話を聞いた彼は明らかに動揺していた。
最早すでに空になったスキットルを何度も傾けては愛想笑いをしていたからだ。
そんな行動を幾回も繰り返した後、気分が悪くなったのか、車を止めてくれと言い、近くの公園へ立ち寄った。

私は外の景色を見て来ると言う彼のあとを追おうとしたのだが、彼は「少し一人にしてくれ」と言った。
・・・その時、私は隠していたが、酷く不安な気持ちに襲われて仕方がなかった。
だから、私はこっそりと彼のあとをつけた。

「しぃー・・・フゥー・・・・・マジかぁ・・・」

・・・案の定、ベンチに座った彼は酷い溜息を吐いていた。
博士との会合前、私は彼にプロポーズを受けていた。それも大勢の同僚や部下、上司の前でだ。
しかし、あんな()()()な話をされて彼が()()()()をしたのかと私はいらぬ勘繰りをしてしまう。

・・・・・・・・怖かった。
()()一人になってしまうのかと、一人ぼっちになってしまうのかと怖くて体が硬直してしまった。
けれど・・・そんな時、()()な事が起こった。

「・・・・・bestem dig」

彼の口から聞き慣れない言葉・・・いや、()()が聞こえて来たのだ。
私はふと、その言語が何なのか思い出した。
デンマーク語だ。

しかし、私や私の友人たちからドイツ語、フランス語、英語、中国語、ロシア語を習得した事は知っていたが、デンマーク語を習得した話は聞いた事がない。
それに周囲にデンマーク語を喋れる人間はいない。
でも、それからも彼はデンマーク語で話をした。まるで現地人の様に流暢にだ。

さらに奇妙な事を言えば、彼はデンマーク語と日本語を交互に話していたのだ。
私には、その彼の一人芝居の様な物が・・・()()()()()()()()()()()()()様に見えた。

・・・おかしな事を言っている自覚はある。
今思えば、私は彼に捨てられてしまうのでないかと言うあらぬ妄想によって一時的な鬱状態になっていたのかもしれない。
だが・・・当時の私は、彼の口を借りた別の人物が彼と話し合っている様に見えてしかたがなかったのだ。

「du burde være konge」

「・・・勝手な事を言いやがる・・・・・!」

「Egoistisk ting?
Dette er mit ansvar.
Det er dit ansvar.」

「どうして俺が・・・!!」

「fordi han er kvalificeret til det.
Og... nu skal du være det.
Ellers vil din lykke være skrøbelig og smuldrende.
Og... det er til den pige, du elsker.」

「破ッ・・・脅迫かよ。
俺は趙匡胤か?
其れに・・・ッチ、畜生め」

親しそうに、小憎たらしそうに、長年の()()との話を終えた彼は大きな溜息と共に点を見上げた後、「・・・・・其処に居るんじゃろう?」と潜んでいた私に声を掛けて来た。

おずおずと顔を覗かせる私へ彼はいつもの様にあの()()()()()()を短く発した後、自分の隣に座る様に促して来た。

おっかなびっくりな私がベンチに座ると彼は左手を出す様に言って来た。
そして―――――

「相変わらず細い指じゃ。
さて・・・此の指にあった()()っていくらぐらいするんじゃろうな?」

・・・私は彼の発した言葉に目を丸くした。
すると彼はまたいつもの調子で口端を吊り上げた。

「阿破破ノ破!」



―――あるドイツ人女性元将校の自伝より抜粋―――








・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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210話


申し訳ありません。ダラダラと続けてしまって。
ですが・・・付き合っていただけると幸いです。
本当にとても。


 

 

 

―――――「さて、早速だけど君達には私・・・じゃなくて、我々が開発した特殊外装パッケージである可変型出力増大昇華装置(Output. Variable. Energy. Reverse. System.)、通称『O.V.E.R.S.』を使用してもらいます」

 

衛星破壊を目的に集められた人員が集結した作戦指令室内のモニター前では、切れ長の瞳をした技術者を思わせる女性によるISのパッケージについての説明が行われていた。・・・・・余りにも重い雰囲気の中でだ。控えめに言って最悪の空気感。

しかし、技術員はムード御構い無しに説明を続ける。

すると―――――

 

「はーい!

しっつもーん!!」

 

これまたムードぶち壊しの空気を読まない弾んだ声が室内に響き渡った。

其の声のする方へ技術員が視線を向ければ、其処には白衣姿にウサ耳カチューシャを装備という珍妙とも云える恰好をした紫髪の女性が元気よく手を挙げているではないか。

 

「・・・・・何でしょうか、篠ノ之 束博士?」

 

技術員・・・倉持技研第二研究所所長、篝火 ヒカルノは一拍置いた後に張り付けた笑顔を彼女へ向けた。

すると束は無邪気な態度でこう言い放つ。

 

「お前の作ったそのパッケージって、もしかしなくても箒ちゃんの紅椿をパクったやつだよねー?」

 

・・・最悪な雰囲気が更に凍り付いた気がした。

ピリピリとひりつく空気が痛くて堪らないのか、篝火に近くに居た随伴技術職員は奥歯を噛み締める。

 

「道端の塵芥みたいな分際のくせして、この()()()たる束さんの技術をコピーしてるんだろー?

時と場所が違ってたら分子レベルで分解してるところだぜぇい☆」

 

「・・・確かに我々は紅椿のデータベースを参考にして、このパッケージを作成しました。

ですが、コピーとは少々違います。

()()()()()と言った方が正しいですね」

 

「へー・・・・・オマージュねぇー。

お前、度胸あんじゃん。

束さんは、紅椿を無許可で勝手に()()()()する計画でもあるのかと思っちゃったぜい☆」

 

随伴職員は胃液を吐きそうになってしまう。

とても人間が出してはいけない静かな殺気に加え、倉持技研が秘密裏に画策進行している『量産型紅椿製造計画』を見透かされたのだから堪ったもんじゃない。

だが、そんな彼等を助ける様にスパァッーン!と乾いた音が轟いた。

 

「痛っっーい!?

なにすんだよー、ちーちゃぁーん!」

 

「それはこっちのセリフだ、バカモノ。

私は現場の雰囲気を乱す為にお前を参加させた訳ではない」

 

「でもでもでもー!

コイツ、束さんのをパクったんだよー!!

束さんは、断固として抗議しちゃうんだぜぃ☆」

 

悪びれる様子もない束に対し、千冬は「・・・次はグーだ」と言って自分を拳を見せるとアラ不思議。「(-"-)むー・・・ッ!」と不満気ながらも押し黙る。

そして、現状で一番の問題児を黙らせた千冬は篝火達と入れ代わり立ち代わりで皆の前へ立って現状と作戦進行説明をし始めた。

 

「現在、暴走状態となっている大量破壊兵器を内蔵した超攻撃型衛星、通称エクスカリバーは英国王室宮殿並びにロンドン全域をターゲットとして攻撃態勢に入っている。

我々の目的は、このエクスカリバーを行動不能または完全破壊する事だ。

攻撃開始時間まで一刻の猶予もない。

皆、気を引き締めろ!」

 

彼女の声に対して『『『はい!』』』と返事が響くが、其の声量の中には迷いともとれるくぐもった声もあった。

言わずもがな、色々と事情が有り過ぎるセシリアだ。

更に此の作戦事体へ疑心を抱える者も居た。

 

「(・・・絶対に怪しい)」

 

イギリスで問題があったからとドタバタ珍道中の後に入国して見れば、自分達を待ち構えて居たファントム・タスク構成員に世界中から指名手配を受けているISの発明者然り、作戦会議前のセシリアに対する一夏の狼藉然り、色々と問題があり過ぎるだろうと眉間へしわを寄せた簪である。

しかし、絶対に良からぬ状況になるだろうと云う確信がありながらも彼女は作戦反対を具申する事はない。

其れは、単にあのブリュンヒルデたる千冬に逆らう様な度胸のあるなしに関わる事ではない。

 

「(・・・・・春樹・・・)」

 

簪の関心は、あの春樹が此処に居ない事への理由であった。

自らを標的とした暗殺と言う喧嘩を売られ、仲間に危機が迫っているかの状況に対し、あの蟒蛇が黙っている筈がない・・・と、彼女は確信していたのだ。

けれども現状、其のアングリー・スネーク(怒れる蛇)は姿を見せてはいない。

・・・という事は、何処かで必ず()()()をしている筈。

 

「・・・・・よし!」

 

其れにどうやら沈黙対象となっている衛星は、セシリアの話によれば本当は生体融合型ISであり、コアには国家反逆を行ったチェルシーの妹が()()されているとの事だ。

此の眉唾物の話を()()だと仮定した上で、簪はよもやの場合に対して自分がすぐに動ける様にしようと心に決めた。

・・・彼女はかなりの()()()()に染まってしまっている。

 

「・・・・・・・・ふーん」

 

そんな彼女の決心を知ってか知らずか、束はどうも興味深そうに息を漏らすのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

―――「ちょっと()()()()

一体どういう事なのかな・・・ッ?!」

 

開始時間が差し迫る作戦へ参加するISの最終出撃調整態勢を行う格納庫に響き渡る怒りを含んだ静かな声。

緊張感が漂い、忙しく動き回る整備員達が居る中で、ISスーツを身に纏ったオレンジブロンドの美少女が怒りの表情で静かに髭面の男に詰め寄っていた。

 

「機体調整に問題はないって言ってたじゃないか!

それなのに・・・何でなのかなッ?」

 

シャルロット・デュノアは憤っていた。

今作戦では、宇宙部隊と地上部隊に分かれて行われる事となっており、其の部隊構成に彼女は不満を持っていた。

 

聖剣奪壊作戦の内容としては、IS学園勢では一夏・箒・鈴・簪が囮として宇宙へ進出。

エクスカリバーが彼等に気をとられている隙を突き、BT粒子加速器『アフタヌーン・ブルー』を装備したセシリアが地上からの狙撃によって行動不能にし、行動不能になったエクスカリバー内部へ囮部隊だった一夏が強襲部隊へと転化して突入すると云う流れだ。

 

シャルロットは宇宙へ進出する部隊を希望していたのだが、どうやら地上に振り分けられた。

自分の新しい機体、第三世代型IS『コスモス』の真価を魅せられるばかりか、皆の役に立てると思っていた彼女は気を一時は落とすが、作戦総指揮を担っている千冬に転属を求める。しかし、此れも却下される。

其れでも諦められないシャルロットは尚も食い下がった。彼女としては何か思う所があったのだろう。

今まで自分だけが型式遅れの第二世代型ISを駆り、其の世代差を何とか工夫と努力で補って来た。

だが、其れももう限界が近付いて来る。調度そんな時に手に入れた()だ。振るって見たくなるのが、人間というものではなかろうか。

そんな内心を千冬は見透かしたかどうかは知らぬが、其れとも食い下がって来る彼女を疎ましく思ったのか、彼女はシャルロットを地上部隊に配置した()()をそこはかとなく伝えたのだ。

其の理由とは、シャルロットの父であるアルベール・デュノアが千冬に娘の安全配慮する様に()()()して来たと云うのである。

所謂は()()によって彼女は比較的安全な後方支援へ回されたという事に憤りを感じたシャルロットの怒りの矛先はアルベールへと向かったのだった。

見事に千冬の作戦は大成功だ。

・・・其の御蔭で―――――

 

「答えてよ、お父さん!!」

「シャルロット・・・ッ」

 

アルベールは自分の愛娘に酷い叱責を受けてしまっている。

 

確かに彼は千冬に対してシャルロットを後方へ回す様に()()したのは事実だ。

何も余りにも余りにも可愛い大事な愛娘を危険な目に合わせない為・・・なのは本当の事なのだが、其の他にも理由がある。

 

「シャルロット・・・セッティングしたとは言え、お前の新しい機体『コスモス』はまだ()()()だ。

それにお前もコスモスを完全に操縦できる訳ではない。

そんな状態でホットスポットへ行っても活躍するどころか、皆の足を引っ張る結果になってしまう」

 

「で、でも・・・だったら、だったらラファールで行くよ!

第二世代でも、あれならボクの手足の様に扱えるから問題―――――

「シャルロット!!」

―――ッ!!」

 

屁理屈をこねるシャルロットへアルベールの一喝が響く。

彼の声は周囲の視線を集めるには十分な声量だったが、そんな目を気にせずにアルベールは語る。

 

「これは訓練でもなければ、演習でもない!

一歩間違えば、瞬時に命を落としてしまうかもしれないんだ!!」

 

「ッ、そんなの・・・そんなのわかってるよ!」

 

「だったら何故なんだ!!

何でそんなに前線へ行く事に拘るんだ?!」

 

「それは・・・・・!」

 

返答を渋るかの様にシャルロットは下唇を噛み締めて俯く。

そんな彼女の姿に対し、アルベールは「まさか・・・!」と何かを察した様に息を呑む。

シャルロットが、手柄を欲して駆け抜けて来たあの()()の事を考えているのだと察したのである。

 

―――「・・・どうかされたのかしら?」

 

此処で、出撃前だと云うのに良くない雰囲気を醸し出す親子へ声を掛ける者が一人。

目を向けると其処には、十人の内の十人が()()()()()だと答える程の金髪女性が親子を伺っていた。

此の彼女の登場にアルベールは「誰だ?」と疑問符を浮かべるが、シャルロットはギュッと眉間に皺を寄せて目を三角にする。

 

「・・・・・何の用なのかな?

ファントム・タスクのスコール・ミューゼルさん?」

「ッ、ファントム・タスクだと・・・!?」

 

シャルロットの口から零れた言葉にアルベールの表情が強張り、身を呈する様に娘の前へと割り込んだ。

 

「そんな怖い顔をなさらないで。

私達は共に任務遂行に当たる()()でしょう?」

 

「ッ・・・仲間?

ふざけないでよ!

誰がお前達なんかと!!

だいたい・・・だいたい、お前たちのせいで春樹はッ!!」

「シャルロット!?」

 

スコールの発した言葉にシャルロットは奥歯をギリリ歯嚙みしつつ食って掛かろうとする。

彼女のまさかの行動にアルベールは一瞬呆気にとられるが、寸での所でシャルロットの肩を抑えた。

 

「ちょっと何やってるのかしら?」

 

突如として始まった()()()()に対し、冷ややかな疑問符が呟かれる。

 

「あら・・・()()()じゃないの。

なに、ちょっとした()()よ。

これから一緒に作戦遂行に従事する相手には必要な行為でしょ?」

 

「あら、それはご丁寧な事。

でも、残念だけど私は・・・いえ、()()があなたを信用できるとでも?

今までの事を鑑みても・・・・・わかるでしょ?」

 

冷ややかな笑みを浮かべる楯無。

其の極寒のツンドラ気候にも劣らぬ彼女の表情にスコールは「それは・・・残念ね」と短い溜息を漏らす。

 

「でも・・・目の敵で私ばかりに構ってる訳にはいかないんじゃない?」

 

「・・・どういう意味?」

 

「今作戦の要、あの()()でしょ?

零落白夜・・・とても強力だと聞いているわ。

でも、扱うパイロットの()()が・・・・・ねぇ?」

 

対象のエネルギー全てを消滅させる事が出来る第三世代型ISたる白式の必殺単一能力。

セシリアの超精密射撃によって機能不全に陥ったエクスカリバーへ速やかなトドメを指す事が出来る対IS兵装である。

しかし、自身のシールドエネルギーを消費して稼動する為、使用するほど自身も危機に陥ってしまう諸刃の剣だ。

そんな危険な代物をお世辞にも操縦技術や戦闘能力が高いとは言えぬ白式のパイロット、織斑 一夏が使用するのである。

はっきり言って―――――

 

「―――とても心配よ。

私が指揮官なら絶対に作戦へは参加させないわ。

上層部は・・・いえ、あの()()()は一体何を考えているのかしらね?」

 

「スコール、あなた・・・一夏くんの事をかってたんじゃないの?」

 

「かってる?

あぁ、確かに・・・あの坊や、()()()()はいいじゃない。

横へ()()()()には良いのだけど・・・・・()に比べるとね。

私、これでも楽しみにしていたのよ?

あんな雄丸出しの情熱的な人間と()()()戦場へ赴けると思っていたのに・・・残念よ」

「ッ・・・この!!」

 

またしても挑発的なスコールの発言に再び身を乗り出すシャルロット。

だが、一方の楯無は彼女の言葉に()()が引っ掛かった。

 

「・・・スコール。

あなた、もしかして彼の暗殺計画なんてものに―――――」

 

ビィ―――ッ!と、出撃態勢を伝えるアラームが何かを言いかけた楯無を説き伏せる。

そんな言葉の行き場を失った彼女へスコールはウィンクと共に自分の唇へ人差し指を当てた。

まるで、「それは言わない方がいいわよ」と忠告する様にだ。

・・・・・さて、実は此のトラブルの背後で彼女等の会話を聞いていた者が一人居た。

 

お、俺は・・・俺は違う・・・・・!

俺は違うんだ・・・!!」

 

光を失った酷く澱みに淀んだ眼を俯かせて親指の爪を噛むのは、頬がこけた生気のない土気色の顔をした一人の少年。

彼は()()()()()()()()から回復した身体をようやっと引き摺る様に動かしながら自分の位置へと向かう。

 

俺は・・・俺は、見てくれだけの・・・・・()()()()なんかじゃない・・・!

俺は・・・俺こそが・・・・・!!」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆






































































◆◆◆◆◆



―――――「やぁ、目が覚めたかい?

知らない天井を見上げる仰向けの()にかけられた酷い()()()()()のある母国語。
声のする方へ目を向ければ、其処には()()()()を持った()()が歯を見せていました。

・・・・・地獄にしては、随分と明るい場所ですね

おぉッ・・・いいねぇ!
英国人っぽいセリフ・・・まぁ、英国人な訳だが


私からの返答にかの悪魔は称賛の言葉を述べました。ニッコリと耳まで裂ける程、口端を吊り上げてです。
その際に発せられたあの()()としか表現の仕様がない不可思議な魅力のある()()()が何度も私の鼓膜を震わせました。

あなたには色々と聞きたい事があります。
正直に言ってくれると大変助かるんですが・・・よろしいですかね?


・・・いやだと言ったら?

返事に対して悪魔は自分の手を私の目の前まで伸ばすと、その手は赤錆色の鋭い異形となって私の頬をなぞりました。

()()な事を言わないで下さいよ。
()()()()()()()()()じゃないですか


・・・・・私は、あの時以上に寒気を覚えた日はありません。
日本にはこういう言葉があるそうですね。

()に睨まれた蛙』


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211話


サクサクサクサクサクサク・・・



 

 

 

改めて、状況を説明しよう!

 

イギリスとアメリカが極秘裏に共同開発した軍事衛星エクスカリバー。

一体何の為に開発されたのかの理由は未だ明かされてはいないが、其の大量破壊兵器搭載使型軍事衛星は突如として暴走状態となり、皮肉にもロンドン市内及び英国王室宮殿を破壊対象として臨戦態勢をとる。

此れに英国軍は総力を上げてエクスカリバーを撃滅せんと出撃。

無論、英国軍が誇るIS部隊も此れに参加した。

だが、頑強な迎撃システムを有するエクスカリバーに成す術なくカトンボの様に撃墜されてしまう。

 

無傷のまま万全の状態で攻撃態勢へと移行するエクスカリバー。

正に絶体絶命!

しかし、此の英国史史上大ピンチに対して遥々日本から颯爽と駆け付けた勇猛果敢な者達が居たのだ!

 

此れ迄に幾つもの強大な敵を屠り、国家の一大事を救って来た戦士達!

彼等の名前は―――――!!

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・・・何をやっている?」

 

第三者から見ても解る程に酷く呆れた表情を晒しつつ疑問符を呟くのは、宇宙空間にどっかり腰を据えて待ち構える軍事衛星エクスカリバーを撃滅すべく招集された特別攻撃部隊、通称『クー・フーリンの花嫁達』の中核メンバーたる篠ノ之 箒だった。

 

「何って・・・ナレーションをしているのサネ!」

 

其の彼女の乾いた?マークに応えるのは、ISスーツの上から纏った肩から胸元まで露出する程までに着崩した着物とピンヒールと云うアンバランスなファッションが特徴的な()()()()の赤髪ツインテールの美女。

 

彼女の名は、アリーシャ・ジョセスターフ。

イタリアの()国家代表操縦者で、第2回モンド・グロッソ大会優勝者。

そして・・・京都で巻き起こった”百鬼夜行”の後に国際的過激派組織ファントム・タスクへ()()した人物である。

 

そんな現役テロリストが何故にこんな現場にいるのかと云えば、なんとファントム・タスクが英国政府の要請を受けて馳せ参じたと云うではないか。

勿論、悪名高いファントム・タスクは英国でも()()を仕出かしている。其れも開発していたISを強奪すると云う悪行をだ。

にも拘らず彼女等が此処に居ると云う事は・・・余程切羽詰まった状況なのだろうか。

 

「もし、これが後世に伝わったらこんな風になるだろうと思ってネ。

きっと良いユニオンジャックのプロパガンダ映画になるだろうサ」

 

「ッ・・・ふざけてる!

あなた・・・()()には緊張感と言うモノがないのか!」

 

「OH・・・そんな怖い顔しないでヨ。

それに・・・・・君、敬語はどうしたサネ?

日本人は、目上の人を敬うのが美徳なんじゃないネ?」

 

「目上・・・?

はッ・・・テロリストに墜ちた人間に誰が敬意など!

こんな状況でなければ、即刻ここで刀のサビにする所だ!!」

 

何故かいやに強気な態度をとる箒へ対してアリーシャは怪訝に眉をひそめたが、すぐに何かを察した様に「やれやれ」と溜息を漏らすと、先程までマイクの様に構えていた左手でぐるりと箒の肩を組んだ。

 

「ッ、何を!?」

「まぁまぁ、よく聞くネ。

・・・まったく、モテる相手に片思いするのってツラいよネ?」

 

アリーシャの囁きにビクりと箒の身体が震えた。

彼女は見透かしていたのである。箒の想い人である一夏に近付く雌猫・・・もとい、サラ・ウェルキンに対して抱く大きな不満を。

 

「すぐにわかったネ。

あのイギリス女・・・オルコット嬢の方()()()()()はベタベタして、いかにもって感じサ。

それに・・・彼も彼の方で満更でもないって感じ」

 

「そ・・・そう!

そうなんです!!

ベタベタと気安く一夏にくっついて・・・!

それに・・・一夏も一夏だ!!

あんな女に鼻の下など伸ばして・・・・・あッ・・・!?」

 

思わず溜まっていたフラストレーションを吐露してしまった事に思わず箒は自分の口へ蓋をした。

しかし、時遅しで、ハッとする彼女へアリーシャは生暖かい視線を注ぐ。

 

「大丈夫。

何を隠そう私も孤高の戦乙女に片思いをしているからネ」

「わ・・・私はどうすれば・・・?」

 

一瞬にして絆されてしまった恋する侍娘へ戦乙女は自分なりのアドバイスを送る。

 

「オルコット嬢じゃない方のイギリス女は、専用機を持っていないから作戦には参加できずにお留守番ネ。

そこがチャンスヨ!」

 

「チャンス?」

 

「幸いにも君は宇宙組ネ。

だから命一杯、彼をサポートするのサ!」

 

「サポート・・・」

 

「あんな女より、自分は君を支えられるって事を印象付けるにはいんじゃないのサネ?」

 

「おぉ・・・ッ!」

 

すっかり絆されてアリーシャの()()()()()()()()に感化した箒は目を爛々とさせつつ彼女へ一礼を手向けると出撃態勢を伝えるブザーに導かれて宇宙への発着場に足を向けて駆けて行った。

 

「・・・これが青春ってやつサ。

しかし・・・・・()()()は本当に来ないつもりネ?

私との勝負を持ちこそうなんて・・・・・そうは問屋が卸さないヨ」

 

ポツリとアリーシャは呟きつつ自らの脇腹へ手をやり、ISスーツの下に奔る痛々しそうなケロイドを()()()()に撫でた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

軍事衛星エクスカリバーを撃滅せんと企画された作戦は簡単に言えば、陽動作戦である。

そんな作戦の陽動部隊に選ばれたメンバーはブザー音に導かれて向かった。

・・・向かったのだが。

 

「え・・・うそでしょ?」

 

陽動部隊隊員の凰 鈴音はギョッと表情を強張らせた。

何故ならば宇宙へ行く為と案内された場所には、ニュースで見る様な巨大なロケットが聳え立っていたのだ。

 

「まさか・・・これに乗って行くわけ?」

 

「・・・想像通りといえば、想像通り。

突貫工事を隠す気もない。

速い話が、Gガンダム」

 

「ごめん、簪。

私、それわかんない」

 

想像通りと云えば想像通りの展開だが、想像するのと実際に見るのとでは大きく違う事を実感してしまう。

 

そう。

陽動部隊が宇宙へ行く方法は、急ごしらえで衛星発射を行うロケットを有人に改造した急造品で成層圏を越えての中間圏まで到達し、其処から倉持技研から提供された特殊外装パッケージ『O.V.E.R.S.』でエクスカリバーへ迫ると云う訳だ。

最初からO.V.E.R.S.で行けば良いと云う話は尤もだが、O.V.E.R.S.も実践使用が始めてな為とエネルギー節約の為と云う訳で急造品の有人ロケットが使われると云う訳である。

 

「おいッ、どうした二人とも!

早くしろ!!」

 

「あぁ、もう・・・!

考えててもしょうがないわ!!

行くわよ、簪!!」

 

「・・・・・こんな事で宇宙に行きたくなかったよ」

 

箒に急かされ、切羽詰まされながら腹を決めた鈴と宇宙に行くと云う一大イベントをこんな状況で堪能したくなかった簪は、足早にロケットの急造有人席へ向かった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・・・何を見ているんだ、セシリア・オルコット?」

 

ロンドン市内を離れた郊外の一角。

天空より遥か先に街を狙う敵影が確かに存在するとは思えぬ程に静かな夜空を見上げるセシリアへ声を掛けるのは、黒いISスーツに身を包んだ()()()()()()()()()()()()()()人物、織斑 マドカだ。

其の彼女からのぶっきらぼうな疑問符に対し、セシリアは横目でちらりと見た後で再び空を見た。

 

「星・・・ですわ」

 

「星?

そんなものの何が気になる?」

 

「ハァ~・・・情緒がありませんわね。

あなたには星を愛でる感性と言うモノがないんでしょうか?」

 

「なんだと・・・?」

 

棘のあるセシリアの言葉にマドカの眉間へしわが寄る。

だが、其れが彼女の緊張による虚勢である事をマドカは見透かすと下唇を噛むセシリアの横へ佇んだ。

 

「・・・・・晴天極夜」

 

「え・・・?」

 

「晴天極夜、だ。

()()()が纏うISの単一能力の名前だ」

 

「し、知っていますわ!

そうではなく・・・今のは、その名前が出た事に対してのハテナです!」

 

ムッとする彼女に対して、マドカは「やれやれ」と首を振る。

まるで先程の溜息を漏らして小馬鹿にする言葉を吐いたセシリアの様にだ。

 

「いいか、セシリア・オルコット。

晴天は晴れ渡った空と言う意味だ。

そして、極夜は太陽の出ない夜と言う意味だ」

 

「だから、それが一体どうしたと言うのですかッ?」

 

「「晴れ渡った夜空には、星ばかりが輝く」と言う事だ」

 

元テロリストの口から紡がれたとは思えぬ詩的な表現に驚いたセシリアは思わず振り向くと共に青い目を丸くした。

彼女の呆気にとられた表情にマドカは鼻を鳴らして口端を少し吊り上げる。

そんな不敵なマドカの笑みにセシリアは悔しそうに俯きつつ奥歯を噛むが、どうしてか仕方なさそうに溜息を一つ吐く。

 

「・・・すみません。

少し、気が立っていましたわ。

それにしても、あなた・・・テロリストだとは思えない表現が出来るんですわね?」

 

「元だ、もと。

私はもうテロリスト・・・ファントム・タスクの人間ではない!

それに・・・これぐらいは教養の内だ。

星座の名前ぐらい言える。

いいか、あれが―――――」

 

そう言いつつマドカは夜に煌めく星達をなぞっては星座の名前を並べる。

おうし座、ふたご座、小犬座、ヤマネコ座、キリン座・・・と、イギリスの夜空を彩る星座を答える彼女の姿にセシリアは「あら・・・?」と意外な感情を抱いてしまう。

 

「(なんだか、ちょっと・・・・・可愛いですわね)」

 

まるで大人に自分の持っている知識を披露する子供の様なマドカの姿を愛らしいと思ってしまう自分に驚きつつもセシリアは彼女を見続けた。

 

「そして、あれが・・・・・おい、セシリア・オルコット?

なんだ、その目は?

少々、気色が悪いぞ」

 

「ふふっ・・・いえ、なんでもありませんわ。

あなた・・・・・()()()()()は、とても博識でいらっしゃると思いましてよ。

それに・・・一々、フルネームで呼ばなくても大丈夫ですわ。

セシリア・・・と、ファーストネームで構いません」

 

セシリアの発言に今度はマドカの方が一瞬だけであるが目を丸くした後、其れを隠す様に彼女はまた星空へ目を向ける。

其れが恥ずかしさを隠す様な仕草に見えたのか。「ぷっ!」とセシリアは自分の口元を抑えた。

・・・・・だが―――――

 

「・・・用意をしろ、()()()()

「はい?」

 

表情を険しくしたマドカが指で示す其の先には、一筋の光の矢が天空へと昇って行く様子が見て取れる。

セシリアの拳へグッと力が入った。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

簡易的な急造有人ロケットで宇宙空間へと到達した宇宙部隊は、其々の専用機へ搭載された特殊外装パッケージO.V.E.R.S.を展開して攻撃目標に移動を開始。

そして、彼等は遂に護国の()()となる筈だった巨体をハイパーセンサーで確認したのであった。

 

「あれが、エクスカリバー・・・ッ」

 

初の宇宙空間に心を躍らせる間もなく、自分達の前方へ鎮座するエクスカリバーに簪は目を白黒させた。

何故なら彼女の眼には其れがSF作品に登場する巨大戦艦にしか見えなかったからだ。

言わずと知れたスペースオペラの金字塔『スターウォーズ』の帝国側に出てきても何ら不思議のない其の姿に彼女は思わず息を呑んだ。

更に言えば此処までの道中、エクスカリバーからの迎撃はなし。

余りにも過度とも云える武装と迎撃態勢に移っているにも関わらず、相手からはビーム攻撃はおろかミサイルの一発も飛んで来てはいない。

 

「(これは、罠かもしれない・・・!

一旦ここは、分散して後方へ退くべきなんじゃ・・・?)

HQ、こちらデルタ3。

攻撃目標に不審な動きアリ。

指示を求む!」

 

有効射程距離の長さもさる事ながら、一割程度のエネルギー出力で巡洋艦を一瞬にしてデロデロの融けたアイスクリームの様に変貌させてしまう威力を持つ粒子荷電砲。

其のブリーフィングにおいて明かされたエクスカリバーの最強武装が未だ自分達に向けられて唯の一発も打たれていないと云う事は、相手は確実に自分達へ攻撃を直撃させる為に機会を伺っているのだろうと簪は危惧した。

しかし―――――

 

「いや、俺達はこのままエクスカリバーに仕掛けるべきだと思うぜ!」

「ッ、なにを言って!?」

 

一夏は簪の提案に否を唱えるとエクスカリバーへの即時攻撃を具申したのである。

確かに作戦内容としては、部隊の役割はエクスカリバーの目を惹きつけるのが目的であり、彼の発言には正当性があった。

 

「俺達なら大丈夫だ!

それにエクスカリバーの攻撃時間だって迫ってるんだろ?

なら、迅速に行動してあいつに攻撃するんだ!!」

 

「だ、だけど・・・!」

 

「私も一夏に賛成だ!

それに私達の第一目的は敵の陽動。

敵の目を我々の向けさせる事が目的の筈だ。

どうした簪?

臆したか?」

 

「そんなんじゃ、ない!

私は・・・もっと慎重に行動するべきだと思う!」

 

「何を言うか!

もう時間がないんだ!

鈴もそう思うだろう?!」

 

臆病者と揶揄する様な箒の発言に簪は諌言を述べるが、彼女に其れを受け入れる頭はない。其れ処か、反対意見を述べる簪の孤立を謀る様に鈴へ同意を求めたではないか。

・・・けれどもだ。

 

「・・・・・箒、ここは本部の・・・千冬さんの指示を仰ぐべきだと思うわ」

「「な!?」」

 

てっきり自分達の意見に同意してくれると思っていた一夏達はギョッと眉間をひそませ、唇をへの字に歪ませる。

そんな不満気な表情を晒す二人を諭す様に鈴は真剣な顔で声を発す。

 

「時間がないからこそ、失敗しない様に慎重に行動すべきよ!

それに・・・私達の仕事は陽動だけじゃないの。

まずはセシリアのスナイピングをサポートするのが先決よ」

 

「で・・・でもよ!!」

 

「私は簪の慎重案に賛成。

下手に近付いて、至近距離であの熱線攻撃に晒されたくないわ。

だいたい・・・一夏、あんた射撃兵装に慣れてないでしょ?

しかも白式はエネルギー消費が尋常じゃないほど高いじゃない。

私としては、あんたの戦力を温存しときたいのよ」

 

鈴の言う事は尤もと言えた。

今作戦において、一夏の重要性は幾分にも大きい。

セシリアの狙撃によってエクスカリバーを一時的行動不能にした後、一夏のISである白式の単一能力で再起不能にするのだ。

其の為には、燃費がすこぶる悪い白式の温存は必須である。

つまりは―――――

 

「・・・俺に()()()()でいろって事かよッ?」

 

彼女の意見に対し、あからさまに一夏の顔が変わる。

両の目を四白眼にし、額に青筋を浮かべて片口端をピクピクと痙攣させる其の何とも言えぬ表情は一種の()()さえ感じ取れるものがあった。

 

「鈴ッ、お前・・・お前まで俺を役立たず扱いすんのかよ!!

どいつもこいつも・・・・・どいつもこいつも俺の事を馬鹿にしやがってッ!!」

「はぁ?

一夏、あんた何言ってんのよ?

私は―――――」

「うるせぇえッ!!」

 

突如として癇癪を起した幼子の様に叫ぶ一夏。

まさかの反応に皆へ動揺が奔るが、彼の頭の中は出撃前に()()にも聞いてしまった言葉がエコーしていた。

 

「扱うパイロットの()()が・・・・・ねぇ?」

「私が指揮官なら絶対に作戦へは参加させないわ」

「あぁ、確かに・・・あの坊や、()()()()はいいじゃない。

横へ()()()()には良いのだけど・・・」

 

『此の世で最も信用にたる評価とは()()()()()()である』とは誰が言ったのか、思わず立ち聞きしてしまったファントム・タスク幹部からの辛口評価。

別段、忌々しい敵からの言葉など聞き流してしまえば良かった・・・・・良かったのだが、幾分と電撃からの病み上がりであった為に精神的な負担となったのだろう。

特に此の言葉は一夏の心を抉りに抉った。

 

「・・・・・()に比べるとね」

 

彼女の口から出た自分とは違う()()()の話題。

其の『彼』とやらが誰の事を言っているのかは、いくら『鈍感:A+』の固有スキルを保有している一夏でも容易に想像できた。

 

「俺はッ・・・俺は出来る、できるんだ!

()()()()()よりもおれはできるんだ!!

おれが、オレこそがみんなをまもれるんだよぉおッ!!」

「ッ、ちょっと一夏!!?」

 

ヒステリーのエンジンが一気にフルスロットルでかかった一夏は、見た事もない酷く恐ろしい形相と共に白式の大型化したウィングスラスターを最大出力で作動させる。

無論、距離を詰める相手は、星空の大海に浮かんだ()()だ。

 

ウォオオオオオ―――ッ!!」

 

愛刀の白刃へ青白いエネルギーの焔を纏わせ、一気呵成の猛々しい雄叫びと共に一夏は切掛って行く。

そんな自らへ刃を向けて迫って来る勇猛な若武者へエクスカリバーはギョロリと目を向け、遂に対迎撃用のミサイル砲を()()へと向けるに至った。

 

「い、一夏ぁッ!!」

 

「ッ・・・あぁ、もう!!

鈴さん、ミサイルは私に任せて、あなたは右舷から目標を攻撃して!」

「ッ、任せて!!」

 

流星の如く飛び出した一夏の後を追う様に箒もまた自身のISのウィングスラスターを最大出力で運用する。

此の二人の暴走とも云える突出した行動に対し、簪は奥歯を歯噛みしつつフォローせんと檄を飛ばす。

そんな彼女の聞き慣れない怒りを含んだ大声で、呆気に取られていた鈴は刹那の遅れがありながらも喰らい付いた。

 

「落ち着けッ、落ち着け私・・・!

当ったれぇええ―――ッ!!」

 

簪は自身の専用ISたる打鉄弐式の最大武装、最大48発にもなるの独立稼動型誘導ミサイルを専用ポッドから発射。

マルチロックオン・システムが組み込まれている為、ポッドから飛び出したミサイル達は一夏へ向かって飛ぶ誘導ミサイルへ直撃し、チュドォオ―――ン!!と大きな火の玉を宇宙空間へ浮かび上がらせる。

 

「ッあ・・・!?」

「!!?」

 

しかし、簪の放った弾幕をスイスイーッと回避するエクスカリバーのミサイルが居た。

勿論、小賢しい防御弾幕の網目を抜けたミサイル達は一直線に一夏へと飛んで行く。

正に若武者危うし!!・・・と、言った所で助太刀が現る。

 

()()の・・・邪魔をするなぁあッ!!」

 

突出した一夏の後を追っていた箒が、瞬時加速と共に自らの愛刀たる二振りの刀でミサイルを一刀両断。

見事に敵の攻撃から彼を救った瞬間であった。

 

「大丈夫か、一夏!

危ない所だったな!!」

 

箒はしたり顔の笑みを振り向くと同時に想い人へと向ける。

出撃前にアリーシャから頂いた「命一杯のサポートをしてあげる」と言うアドバイスを実行に移し、想い人に好印象を与えるには絶好のシーンであろう。

・・・・・ところがだ。

 

―――――「邪魔すんじゃねぇよ!!」

ドッゴン!

 

自分の危機を救ってくれた筈の恩人を一夏はあろう事か一蹴したのである。

まさかの出来事に理解が追い付かない箒は「えッ・・・?」と呆けた顔のまま後方彼方へ吹っ飛ばされた。

 

・・・だが、問題は此れだけに留まらない。

無重力の中、クルクル駒の様に回転運動が止まらない紅椿へエクスカリバーは狙いを定めると迎撃ミサイルを発射。

精神的ショックで一時的な呆然自失状態となっていた箒にミサイルを回避する余力はなく、見事な的となってしまう。

 

チュド―――――ッン!!

「ッ、そんな・・・!!?」

「ほッ、箒ぃい!!」

 

エクスカリバーからの攻撃がO.V.E.R.S.に誘爆したのか、色鮮やかな()()()()が暗闇の中で華開き、悲痛な叫びが木魂する。

しかし、そんな事を余所に()()()()に敵の懐どころか喉元まで差し迫る事に成功した一夏は、上段に構えた光刃を振るった。

 

ズザッシュ!!

「ッ・・・ハハハ!!

どうだぁあッ!!

 

紫電一閃が如く振るわれた蒼炎を纏う白銀の刀身。其の斬撃の威力たるや、エクスカリバーの巨体を特大の花火と共に頷かせる様に傾かせた程だ。

そんなバッサリ敵を斬り裂いた自分の攻撃に一夏は「やってやったぞ!」と言わんばかりに高笑いを甲高く響かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――話は変わるが、『爆発反応装甲』と言うモノがある。

本来、此れは戦車に装備される為に開発された装甲だ。

構造としては、金属製の箱の底に薄いシート状の爆薬が設置されており、被弾時に砲弾や成形炸薬弾がもたらす圧力に反応し、爆薬が起爆して表面側の金属板を高速で吹き飛ばして側面から弾頭に衝突する事でメタルジェットの形成を阻害。戦車本来の装甲の内部への貫徹を妨ぐ代物である。

 

グポォンッ

「・・・・・へ?」

 

燃ゆる爆炎の合間から覗くのは、掌を開いては閉じる少年へ向けらえる()()の視線。

其れは例えるならば、腹を空かせたクラーケンが自分の頭上でたむろする()()を狙うかの様であろう。

 

ッ・・・ウワァア”ア”ァア”ア”ア”ア”ッ!!?」

 

漸く其処で、一夏は自身の余りにも危機的状況を理解した・・・()()()()()()()()

激情のまま・・・いや、()()を引き起こして不用意に近づき過ぎてしまったばかりに自分が()()になった事で彼の顔は酷く青ざめる。

 

・・・けれどももう遅い。

幼馴染を邪見に蹴り飛ばしてしまった()()が、一夏もまさかこんなにも早く下されるとは思ってもみなかった事だろう。

 

 

 

 

 

―――――さて・・・今更、慄いて背を向けた恰好の獲物をみすみす逃す()()()()ではない。

エクスカリバーは自らの最大兵装たる砲口を対象へと向ける。

そして、既に()()の発射準備状態へ移行している細かな光の粒子が集まった超大型荷電粒子砲が、今の今まで溜め込んでいたパワーを一気に放出したのであった。

 

 

 

 

 

―――ジュゥッ―――

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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212話


サクサク進んで、独自展開を次回に挟もうかなー・・・なんて思っちゃたり。



 

 

 

「ろ、ロストッ・・・!?

デルタ1、白式・・・・・織斑 一夏くんの反応がロスト!

生体確認できませんッ!!」

「ッ・・・!!」

 

山田 真耶の悲痛な絶叫が作戦本部となっている部屋へ響き渡り、指揮官の織斑 千冬の歯軋りがギリリッと木魂する。

 

英国政府の要請により、実力行使型軍事衛星エクスカリバーの暴走を止める為、陽動と撃破を兼任する部隊として宇宙空間へ送り出された()()のIS学園専用機体所有者達。

そんな部隊の中核メンバーたる織斑 一夏が、攻撃目標を確認した途端に本部からの指示を仰ぐことなく、独断専行で突撃を敢行したのである。

 

其の結果は散々たるものであった。

不用意に接近した為、迎撃ミサイルの弾幕に囲まれてしまい、どういう訳かは()()なのだが、彼を援護した筈の同部隊隊員の篠ノ之 箒へ攻撃を加えてミサイルの()としている。

此れが功を奏したのか。迎撃ミサイルの難を逃れた一夏は自らのIS専用機である白式の単一能力、零落白夜を発動し、エクスカリバーへ斬り掛かった。

しかし、エクスカリバーの機体表面は装甲内部への貫徹を妨ぐ爆発反応装甲で覆われており、致命的なダメージを与えるには至らなかったのだ。

自身が放った会心の一撃が、相手の()()()()()()()()だった事に動揺したのか。其れとも()()()()()()のかは解らないが、急いで戦線離脱を開始。

だが前述の通り、斬撃が届く程に余りにも接近し過ぎていた為、エクスカリバーの最大にして最強兵装たる超大型荷電粒子砲を一夏は至近距離で浴びてしまうのであった。

 

「あ~あッ・・・いっくんってば、なーんで突撃しちゃったんだろーねぇ?」

 

耳が痛くなる程、シ―――――ンッとした静寂の中に発せられた場違いにも程があるあっけらかんとした声色。

勿論、此の声を発した人物へ皆の視線が注がれる。

すると其処には、自称大天()科学者を名乗る篠ノ之 束が、行事ごとに飽きた幼子の様に足をブラブラさせているではないか。

 

「束ッ、貴様・・・!!」

 

厳粛な雰囲気を乱す束に対し、千冬は彼女の胸倉を掴んで持ち挙げる。

千冬は士気を下げぬ為に平静を装ってはいるが、其の内心は喜怒哀楽の『怒』と『哀』に支配されていた。

 

其れも其の筈。

身勝手な独断専行とは言え、()()()()()を敵の攻撃によって()()()()()()()()()()()のだから。

そんなやり場のないクソデカ感情の八つ当たり先が空気を読まない世紀の発明者へ向かったのだ。

 

「ぐッ、ぐぇ―――ッ!?

ちょ・・・ちょと、ちょっとちょっと、ちーちゃん・・・?!

ホントに・・・マジでッ、首が・・・・・首が、しまっちゃってるんだけどォ・・・!!?」

「ッ・・・チィッ!」

 

千冬が舌打ちと共に床へ叩き付ければ、「ゲェッバ!!?」と首の骨を折られたガチョウの如き断末魔を束は上げるのだが、次の瞬間にはケロッとした表情で掴まれていた自分の襟を直している。

・・・・・其の時だった。

 

「も~~~、()()()()()()()()()()()()のにぃ」

 

「・・・・・・・・何だとッ?」

 

束が発した何気ない一言。

其の傍から聞けば気にも留める事もない言葉が、立ち去ろうとする千冬の琴線に触れたのである。

 

「束・・・「こんなつもりじゃなかった」とは、どういう意味だ?」

 

刹那の四白眼の後、振り向くと共にまるで刀の様に鋭い視線を不思議の国のアリスのコスプレをしているとしか言い様のないマッドサイエンティストへ向けた。

此の疑惑の目に対し、ウサ耳カチューシャを着けた束は「あッ・・・!」とアメリカンコメディ風に口を抑えたではないか。

其の反応に千冬は全てを察した・・・()()()()()()()

今までの全てが、此の目の前にいる気の違えたウサギによって()()()()()のだと勘付いてしまったのだ。

 

「・・・・・あっちゃー・・・バレちまったぜぇい☆」

「ッ、()()ァア!!」

 

()()()()()()と激昂と共に再び掴み掛ろうと手を伸ばす千冬だったが、束はヒラリ舞って後方へと回避運動を行い、くるくるとまるで体操選手の様な軽い身のこなしであっと言う間に距離をとってしまう。

 

()()()()、もっとこう・・・アクション映画みたいに劇的な展開を思い浮かべてたんだけど・・・・・いっくんが余計な()()()()なんかしちゃったから、もう束さんの()()()()はどうなるかわかんなくなっちゃった♪」

 

「ふざけるな束!

貴様は・・・貴様は人の命を何だと思ってッ!!」

 

「んンー?

()()()ぃ??

アッハ☆

ちーちゃんてば()()()()事言うね♪

君達、()()()―――――」

 

何かを言いかけた束だったが、傍から見れば瞬間移動とも見て取れる見事な縮地走法で一気に距離を詰めた千冬の正拳突きが顔面へ炸裂する。

・・・だが。

 

―――「おっとっと・・・ギリギリセーフ☆」

「な・・・ッ!?」

 

当たればノックアウト必死な千冬の容赦ない打撃を束は平然と片手で受け止めて歯を見せたのだ。

 

「あー・・・ちーちゃん、ごめんごめん。

そういえば、これは()()だったねー♪

でぇもォ、束さんに構ってる場合なのか・・・なぁ??」

「何を言って・・・?」

 

―――――「織斑先生!!」

 

ニタニタ笑う束に疑問符を浮かべる千冬へ山田教諭の声がかかる。

声がする方へ目をやれば、相変わらずオドオドしっぱなしの山田教諭が息を切らして立っていた。

 

「お・・・おお、織斑先生!

エクス、エクスカリバーがッ・・・エクスカリバーが、荷電粒子砲のエネルギー蓄積を開始しました!!」

「ッ、何だと!?

束、貴様ァあ!!」

 

「わぁー、待って待って!

()()は束さんじゃないよー!

でもでもでも・・・ヤバいねぇ?

どうするのぉ?」

 

煽る笑顔へ千冬は二発目の鉄拳を今度こそ喰らわさんと拳を振り切るが、其の前に束は再び後方へ跳ね飛んで窓辺へ足をかける。

 

「ちーちゃん・・・今の世界に満足してる?

束さんはね・・・不満なんだ。

だから・・・世界を変えるには()()が必要なのサ☆」

 

「何を言って・・・ッ」

 

「ちーちゃん!

今度会う時は、『()()』を纏ってて欲しいな・・・()()()みたいに!!」

「ッ、やめろ!!」

 

千冬の制止もやむなく束は窓辺から飛び出してしまい、其のまま姿を眩ませてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「そんなッ、一夏さんが・・・!!?」

 

織斑 一夏の生体反応が消失した事は、すぐさま作戦参加者全員に伝わった。

まさか、長距離精密射撃でエクスカリバーを無力化する前に突撃を敢行するとは思わなかったセシリアは驚嘆と共に悲嘆にくれる。

・・・・・けれども。

 

「ふ、ふふ・・・クククッ・・・・・!」

 

「ま、マドカさん・・・?」

 

「クフフ・・・クハハハハハッ!!」

 

悲嘆で落ち込むセシリアを余所に一夏の消失を喜ぶ者が一人。

其れは彼に対して余りにも歪んだ憎しみを抱いている()()()()を引く()()、織斑 マドカだ。

彼女は突如として知らされた()()に唇を三日月に歪めて腹を抱える。

 

「そうッ・・・そうか!

あの()()()()()め、ようやく死んだか!

それも独断専行で不用意に近づき過ぎたせいで、熱線に晒されて姿形もなくなっただと?

こいつは素敵だッ、最高傑作だなこれは!!」

 

セシリアは再び驚いた。

元とは言え、冷血なテロリストで不愛想だと思っていた少女が、此処まで感情を露わにして笑い声を上げるとは思わなかったからだ。

 

「アーハハハハハッ・・・!

あーッ・・・あー!

お、おぉ・・・これが、これが『笑い過ぎて腹が痛い』と言う訳かッ?

あー、腹が痛い!!」

 

・・・しかし、此れは酷すぎやしないかとセシリアは不愉快さを表情に出す。

 

「マドカさん・・・一夏さんは仮にも貴女の兄弟だったのではないのですか?

その一夏さんが・・・!」

 

「ん?

あぁ、確かに・・・確かに残念だな。

私も悔しいよ」

 

「ッ、だったら―――――」

()()()で、やつを()()()()()()のは酷く()()だ!」

 

彼女の発言に「あぁ・・・そう言う()()ですか」とセシリアは呆れた様に溜息を漏らしていると、今までゲラゲラ笑っていたマドカは急に表情を強張らせて思い立った様に立ち上がったではないか。

 

「・・・・・マズいな」

 

「ま、マズいって・・・何がですか?」

 

「セシリア、お前の狙撃でエクスカリバーを機能停止に追い込んだ後、再起動する前に内部に突入してコアを無力化するのが今作戦目的だ」

 

「え、えぇ・・・そうですが・・・・・それが?」

 

「狙撃が成功したとして・・・宇宙に上がった部隊の中で、あの愚鈍の代わりに誰が短時間でコアを無力化するんだ?」

 

「・・・・・・・・あ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・ん・・・・・んぁ・・・?」

 

熱圏に浮遊する気象衛星に足が引っ掛かけながらも意識を取り戻した篠ノ之 箒は、未だボーッとした気分とハイライトを失った虚ろな目で辺りを見渡す。

宇宙ゴミと共に漂っていた彼女が最初に見たもの・・・其れは真っ黒な下地に置かれた宝石の様な煌めく星々達。

そして―――――

 

「きれい・・・ッ」

 

網膜に映り込んだのは、清々しいまでの蒼さを持った惑星・・・地球。

其の冴え渡る美しさに箒は思わず、うっとりと目を細める。

・・・しかし。

 

「・・・・・・・・あれ?」

 

箒の脳裏に当然の疑問符が浮かんだ。

どうして自分が宇宙空間に漂いながら御()()見と洒落込んでいるのか、と。

 

「そうだ・・・・・私は、()()はイギリスに来ていて・・・それで、暴走した衛星を討伐する為に宇宙へ・・・・・それで・・・・・・・・それで?」

 

彼女はボーッと考え込む。

フワフワと初めて経験する無重力の中、途切れた記憶を紡ぐ時間は永遠にも感じただろう。

だが、()()にも箒は思い出す。

 

「・・・・・いち、か・・・?

・・・ッ、一夏!!?」

 

浮かび上がった断片的な記憶を頼りに彼女は自分の想い人の姿を探し、其の名前を呼ぶ。

けれども呼びかけに応える声もなければ、姿形を確認する事も出来ない。

 

―――――「ッ、箒!!」

「え・・・?」

 

ゆっくりと箒の心はとても大きいスライムの様な粘り気のある不安で蝕まれていった調度そんな時、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

其の焦燥感がありあり含まれる声色に耳を傾ければ、凄まじい速度と共にツインテールと水色髪の二人の少女達が此方に向かって飛んで来るではないか。

 

「箒!

よか、よかった!

あんた無事だったのね!!」

 

「あんな爆発をしてたから、もうだめかと・・・!」

 

箒の無事を確認するや否や、凰 鈴音は彼女に抱擁し、更識 簪は胸を撫で下ろす。

ところが、安堵を吐く二人を余所に箒はキョトンとした表情で周囲を見渡した後、口を開いた。

 

「鈴、一夏・・・一夏はどこだ?」

 

「ッ・・・ほ、箒・・・!」

「篠ノ之さん・・・!」

 

彼女の疑問符に鈴は下唇を噛む。

血が滲む程に噛み締めるが、彼女に事情を説明しない訳にもいかない。

戸惑いながらも、強張りながらも、歯軋りをしながらも鈴は言葉を連ねる。

 

「い・・・一夏・・・一夏は・・・・・()()()()()わ・・・ッ」

 

「な・・・なんだそれは?

わからない?

わからないとはどういう事だ?

一夏・・・一夏は、エクスカリバーに向かって飛び出して・・・・・って、あれ?」

 

箒が憶えているのは、勇猛果敢にエクスカリバーへ斬り掛かるも迎撃ミサイルの脅威に晒された一夏を助けた時だ。

其れ以降の事は―――――

 

「わ、私・・・私は敵の攻撃から一夏を助けて・・・それで・・・・・それで・・・!!」

 

彼女の脳は()()していた。

助けた筈の人間に侮蔑の言葉を吐かれると共に蹴り飛ばされた事を。

されど問題は其の後だ。

 

「・・・・・織斑くんは、不用意にエクスカリバー近づき過ぎて・・・それで・・・ッ」

「え?」

 

「ッ、簪やめ―――――」

「エクスカリバーからのビーム砲撃で・・・!」

 

簪の発した言葉に箒は凍り付く。

思考がショートし、目を此れでもかと見開いた彼女はワナワナ震える両手で簪の胸倉を掴んだ。

 

「簪、貴様・・・冗談でも言っていい事と悪い事が!!」

 

「・・・・・本当だよ。

あんな近くから撃たれたら・・・いくらISに絶対防御があるっていっても―――――」

「う、うそッ・・・うそだ・・・・・うそをつくな貴様ァア―――!!」

 

思わず振り抜いた拳が真っ直ぐ前へと向かって行くが、簪は自分に向かって迫り来る其の右ストレートを反射的に払い除け、バチーッン!とカウンター()()()を振るったではないか。

此れには二人の遣り取りを見ていた鈴も目を見開いた。

 

「ッ・・・な、なにをする!?」

 

「今は仲間内で小競り合いでも、彼の()()を悼んでる場合じゃない!

今は、あの()()()()をどうにかする事が先決なの!!」

 

中々に辛辣な事を言う簪だが、彼女の云っている事は尤もである。

気象衛星の蔭に隠れた彼女達の目と鼻の先に鎮座するエクスカリバーは未だ健在であり、尚且つ攻撃目標をロンドン全域に定めたままなのだから。

そんな尤もな言葉を並べる簪に合わせるかの様に通信チャンネルから声が聞こえて来た。

 

≪こちら、スカル2!

デルタ部隊、応答せよ!!≫

 

「スカル2・・・?

ッ、千冬さんの()()()()からよ!」

 

此れまた中々に酷い事を言う鈴はさて置き、地上でエクスカリバーの狙撃を行う部隊に所属するマドカからの通信に宇宙部隊の面々は目を白黒させつつも此れに応答する。

 

≪あの()()・・・もといデルタ1が撃墜されたのは、こちらでも確認した。

まったく、余計な事をしてくれたものだ!

貴様らは一体何をやっている!!≫

 

「き、貴様!!」

「篠ノ之さん、シッ!

コホンッ・・・・・面目次第もない。

彼の暴走を止められなかったのは、私達の責任」

 

≪ッチ・・・まぁいい、責任の所在は今は置いておく。

それよりもだ。

貴様らの中で、エクスカリバーが再起動するまでの短時間の合間にISコアを再起不能に出来るやつはいるか?!≫

 

「え?

・・・・・・・・あッ・・・!?」

 

「しまった!!」と、此の時になって漸く簪は気付いてしまった。

そう。此の政権奪取作戦は白式の単一能力、零落白夜()()()の作戦内容なのである。

白式以外でエクスカリバー内部にあろうISコアの無力化を行おうとしても時間がかかってしまうのだ。

到底、再起動前に短時間で再起不能にさせる事は不可能である。

 

「高い火力で、一気に短時間で決着をつけられる攻撃方法を持つ機体って・・・ッ?」

「そんなのって・・・!」

 

簪と鈴の二人が一夏の白式以外で思い浮かべたのは、二人目の男性IS適正者たる清瀬 春樹のIS専用機『琥珀』の単一能力『晴天極夜』であった。

しかし、此処に春樹は居ない。

英国へ上陸した途端にIPAビールを飲みに行く言ったとふざけた理由で雲隠れしてしまったからだ。

 

「なんでッ・・・なんでこんな時に限って・・・!!」

「どうすんのよ、一体?!」

「いや、別に再起動した後でもISコアを無力化すればいいのではないか?」

 

≪愚物が。

エクスカリバーは再起動した途端、目標への攻撃に移行する・・・出力が十分でなくともな。

まぁ、別に・・・私は英国ロンドンが火の海になっても構わんがな!≫

 

≪構いますわ!!

どうにかなりませんの?!!≫

 

現場はヒステリックな声と共にパニック状態へと陥った。

 

状況は最悪である。

事件を後ろで糸を引いていた黒幕が味方だと思っていた束で、呆気なく相手の正体を看破したものの逃亡を許してしまい、エクスカリバーを再起不能にする要は無謀な抜刀突撃で()()

最後の頼みは、何処で()()()()()()()()のやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

其の()()は、あまりにも・・・あんまりにも()()()()

別段、白いと言っても辺り一面が新雪に覆われている訳でもなければ、靄や霧が漂っている訳でもない。

 

塩の様な。

白米の様な。

綿雲の様な。

牛乳の様な。

豆腐の様な。

砂糖の様な。

絹糸の様な。

マシマロの様な。

はんぺんの様な。

生クリームの様な。

淀みも濁りも穢れも染み一つもない真っ新な”白”が上下左右の周囲を()()()()()()()

 

「お・・・おれ・・・オレは・・・・・俺、俺は・・・ッ・・・・・オレおれ俺おれオレおれオレおれ俺おれオレおれオレおれ俺おれオレおれオレおれ俺おれオレおれオレおれ俺おれオレおれオレおれ俺おれオレおれオレおれ俺おれオレおれ・・・・・俺は・・・・・!」

 

さて・・・そんな二百種類もある白を全部詰め込んだかの様な空間の中央であり、端っこでもあり、隅っこでもあり、天井でもあり、底板でもある位置にうずくまっている人影が一つ。

浮かんでも居たし、沈んでも居たし、這いつくばっても居た。

そして、ぶつブツぶつブツぶつブツと何かを呟いては俯いている。

こんな白々しい場所で、酷く鬱屈した空気が”()”から放たれていた。

 

―――――〈目覚めて〉

 

そんな状況下の中で聞こえて来たのは、軽やかな少女の声。

彼女は頭を抱える()()に語り掛ける。

・・・・・ところが―――――

 

「・・・・・・・・いやだ」

〈!?〉

 

彼は少女に拒絶の言葉を突き付けた。

まさか、少年からそんな事を言われるとは思わなかった声の主は、今度は実体となって蹲る彼の目の前へ佇み現れる。

現れた美しい白を身に纏った天使と見紛う程の少女は、気を取り直して再び少年へ語り掛けた。

 

〈・・・目覚めて〉

「・・・・・いやだ・・・!」

 

其れでも少年は拒絶を吐露する。

其れでも少女は語り掛ける。

 

〈目覚めて〉

〈目覚めて〉

〈目覚めて〉

〈目覚めて〉

〈目覚めて〉

〈目覚めて〉

〈目覚めて〉

〈目覚めて〉

〈目覚めて〉

 

何度も何度も何度も何度も何度もしつこい位に語り掛ける少女。

其の機械的な呼びかけに対して少年は―――――

 

―――――「いやだッ・・・!!」

 

益々依怙地になって顔を上げようとしない。

此の少年のいじけた態度に対し、少女は一旦フリーズして最的確な()()()を思考した後、少女は彼に()()()()を見せる事にした。

 

≪ど、どうすれば・・・どうすればいいの!?≫

≪わたし・・・私のせいで・・・・・!!≫

≪だれか、誰か・・・・・誰か助けて下さいまし!!

 

「・・・ッ・・・!」

 

轟き響く乙女達の悲痛な叫びを耳にし、ピクッと少年の身体が僅かばかり震えた事を少女は見逃さない。

 

〈目覚めて。

彼女達を救えるのは、あなただけなの。

だから、お願い・・・!〉

 

少女は祈る様に少年へ声を掛ける。

さすれば、今まで沈黙か拒絶を続けていた少年は俯いたままではあるものの、ゆっくりと其の身体を起こす。

やっと重い腰を上げた事に少女は安心するのだが・・・どうも様子がおかしい。

 

・・・せ・・・・・こせ・・・ぜんぶ・・・・・ッ!

〈・・・・・え?〉

 

少女が少年の異変に気付くも時既に遅し。

彼は少女の喉元へ両の手を伸ばし、萬力の如き握撃を放ったではないか。

 

ッくァ”・・・あグッ・・・・・!!?

 

まさか首を絞められるなどとは露にも思ってもみなかった少女は、身を捩って此の窮地か脱しようとするが、少年が其れを許す事はない。

 

・・・せッ・・・こせ・・・・・よこせ・・・ッ!

 

少年は真っ黒な()の如き光を失った眼で少女を見据えた後、酷く生々しい音と共に掴んだ肉骨を()()()()

そして―――――

 

よこせ・・・寄越せッ・・・・・ぜんぶ、全部寄越せよぉ・・・!!

 

糸の切れた傀儡の様にぐったりと力を無くした少女へ己が歯を()()()()()

まるでスペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤが晩年に描いたとされる絵画、『我が子を食らうサトゥルヌス』の様に其の肉を()()()()のであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

バッビャァア―――――ンッ!!

『『『え・・・!!?』』』

 

パニックが蔓延する現場へ突如として放たれた閃光に皆は身構える。

此の最悪に最厄が重なる状況下において其の反応は当然と云えば当然であった。

一体次はどんな()が、()()が襲い掛かって来るのだろうかと戦々恐々で表情を強張らせてしまう。

―――――ところが!

 

「ッ、あ・・・あれは!

あ”・・・あ”ぁ・・・!!」

 

第四世代のハイパーセンサーで瞬く閃光に中央へ佇む機体を確認した箒は思わず涙を零す。

そして、其の瞬きが収まるにつれて()は現れた。

 

「皆ッ、大丈夫か!!」

 

出撃前に機体へ搭載された特殊パッケージO.V.E.R.S.のである特徴的な意匠と白い大型エネルギー・ウィングを備える()()・・・”第三形態移行”した白式を纏う織斑 一夏が満を持して見参したのである。

 

「い、一夏!!」

「一夏ぁあッ!!」

 

「おわッ!!?」

 

エクスカリバーから放たれた熱線によって()()したかに思われた一夏の生還復活に箒と鈴は瞬時加速で彼へと飛び付き、其れを一夏は驚きつつも抱き留めた。

 

「一夏ッ、一夏!

私は・・・私がお前が、し・・・死んでしまったのかと・・・!!」

「し、心配・・・心配させてんじゃないわよ!

生きてるんなら、とっとと顔見せなさいよ!!」

 

感情を露わにして泣きつく箒と鈴に対して「わ、悪ぃ・・・!」と戸惑いながらも一夏は二人の肩を抱く。

此の目の前で起こった感動的な場面に簪は―――――

 

「・・・お涙頂戴は後にしてくれない?

それよりも今は、目の前の事に集中してよ・・・!」

「ッ、ちょっと簪!」

 

冷ややかな感想を述べる彼女に鈴はギョッと表情をしかめるが、エクスカリバーが荷電粒子砲の第二射準備をしているのだから、急かすのは当然だ。

・・・と云うか、そもそも一夏が独断専行でエクスカリバーに突貫してしまって予定が大幅狂ってしまったという事を―――――

 

「あぁ、そうだな!

さっさとアイツを倒して皆で帰ろうぜ!!」

 

「ッ、この・・・!

まぁ、今はそれどころじゃないし・・・セシリアさんッ、と言う訳らしいから、貴女のタイミングで撃ち抜いて!」

≪わ、わかりましたわ!!≫

 

あっけらかんと答える一夏に苛立ちを募らせながら簪は地上に待機するセシリアへ指示を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッチ・・・死にぞこないめ!

大人しく蒸発してればよいものを!」

 

「またそんな事を言って・・・・・まったく」

 

一夏の復活を聞いてマドカは大きく忌々しそうに舌打ちを響かせる。

そんな彼女にセシリアは呆れた様に目を流して絶対対空砲『アフタヌーン・ブルー』のスコープを覗いた。

 

「すぅ―――・・・ふぅ―――――ッ・・・!」

 

大きく深呼吸する事で息と気持ちを気持ちを整えるセシリア。

地上から射撃目標のいる熱圏への超長距離で、しかも相手の弱点を撃ち抜く超精密狙撃を行わなければならない。

更に言えば、機会はたったの一発だ。

外せば、ロンドンが火の海の後に焼野原である。

 

「(大丈夫・・・大丈夫、大丈夫・・・大丈夫ですわ!

私なら・・・・・私ならできます・・・!)」

 

彼女は何度も何度も心の中で自分に言い聞かせる。

しかし、集中している時に限って余計な雑念と緊張が手を震わせた。

 

「(・・・碇 シンジさんもこんな気持ちだったのでしょうか?)」

 

或る日、セシリアは()()()に勧めでワルキューレ部隊の面々と共に一緒に見た映画を思い出す。

其れがキッカケか、彼女は連想によって再び()()()()から勧められた漫画を思い出してしまう。

とても花も恥じらう十代の麗しい英国淑女が、普通ならば読む筈もない明治日本を舞台にした冒険歴史狩猟文化漫画。

其の作中において、「冬眠中の熊も魘される悪夢の熊撃ち」と評される()()()マタギの師匠、二瓶 鉄造が放った名言―――

 

―――――「一発で決めねば殺される。

―――――一発だから腹が据わるのだ」

 

「・・・・・ふふッ」

 

セシリアは思わず笑みを溢した。

とてもガラではない淑女とは思えぬ思考が自分でも不思議で可笑しかったのだろう。

其れでリラックスしたのか。彼女は口端を吊り上げて引き金を絞った。

 

「ぼっ・・・・・コホンッ・・・バーン!」

 

 

 

 

 

 

バボ―――ンッ!!

 

青い地球の地表から放たれた桃色の閃光はエクスカリバーを撃ち抜くや否や、其の巨体から動力を一時的にシュゥウッ・・・と消失させた。

・・・今が其の時である。

 

「今だッ、皆行くぜ!

遅れんなよ!!」

 

一夏の号令と共に陽動部隊から殲滅部隊へとクラスチェンジした宇宙部隊は、再起動の準備をしているエクスカリバーへ突撃を敢行。

メンテナンスの為に機体内部へ続いているであろう扉を破壊し、ISコアが鎮座するシステム中央へブースターを噴かす。

 

「ッ、あれって・・・!」

 

「えッ、簪?」

 

そして、目的のISコアがあるであろうシステム中央部へ到着した一行だったが、何かを発見した簪は部隊から一時的に離れると大小様々な配線が通る通路へと身を寄せた。

 

「やっぱり・・・!

鈴さんッ、貴女の酸素ボンベの予備を渡してくれない?」

「ちょっとどうしたのよ・・・・・って、()()()()って!?」

 

通路に倒れていたのは、最低限の生命装置が僅かばかりに稼働しているISを纏った二人の人間。

鈴は其の二人に覚えがあった。

一人は、IS学園にスパイとして潜り込んでいたファントム・タスクの戦闘員、ダリル・ケイシーことレイン・ミューゼル。

そして、もう一人は、其のレインに誑し込まれて学園はおろか祖国まで()()()()ギリシャ代表候補生、フォルテ・サファイアだったのだ。

 

「どうして、ここにこの人達が・・・?」

 

「・・・もしかしたら、()()()()だったのかも」

 

「え?」と疑問符を浮かべる鈴を横に簪はISへ予備の酸素ボンベを投入すると其のまま二人を担ぎ上げた。

 

「おいッ、更識!

何処に行くつもりだ?!」

 

「私、このまま離脱する。

残弾もないし、このままにしとけない」

 

「・・・わかった。

その二人、頼んだぜ!」

 

どういう訳か機体内部に居た意識を失った二人を抱え込んだ簪は足早に外へと駆けて行く。

そんな彼女の背を見送った一夏達は、任務遂行の為にISコアが鎮座する支柱へと目を向ける。

 

「・・・まるで竹取物語に出て来る竹みてたいだな」

 

「言い得て妙だと思うぞ。

話によると生体融合型のISだという事だ」

 

「随分と物騒なかぐや姫ね・・・まぁ、いいわ。

それじゃあちゃっちゃとやっちゃいましょ!」

 

「そうだな!」と一夏は愛刀である雪片弐型を抜刀・・・するのではなく、開いては閉じる右掌を固く握った。

すると白式の機体表面から溢れた光の粒子が拳へ纏われる。

 

「ッ、一夏・・・お前、それは!?」

 

「あぁッ、俺の・・・・・俺の新しい()、『夕凪燈夜』だ!

これで一気に片を付けてやる!!」

 

「い・・・一夏・・・・・?」

 

新しい力を嬉々とした表情で紹介する一夏だったが、傍で見ていた鈴は何処か彼から酷い()()()を感じ取る。

しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

「これで・・・・・終わりだぁあッ!!」

バキィイ―――ッ!

 

拳を振るうと共にガラスを割れるかの様な音が響き渡れば、支柱に詰まっていた光が一気に放出。そして、ザバァンッ!!と中を満たしていたであろう液体が飛び出して来たではないか。

予想外の出来事に戸惑う一夏達だったが、中に残った()()に気付いた鈴はポタポタと未だ液が滴る支柱の中を除いた。

すると―――

 

「鈴、中になんか―――

「ッ、一夏、見ちゃダメ!!」

―――――あっだ!!?」

 

「あッ・・・ごめん」

 

中を覗こうとした一夏に思わずグーパンをかましてしまう鈴。

しかし、此れには理由がある。

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

 

支柱の中には、生体維持装置であろう機械を装着した年端もいかぬあられもない姿の少女が崩れ落ちていたのだから。

 

「この子が・・・セシリアが言ってたチェルシーって人の妹?」

 

「これが生体融合型ISの正体か・・・!

素人目にも解るほどの非人道だな!!」

 

「とりあえず・・・何か、この子を運ぶものを探すわよ!

このまま宇宙空間に出す訳にはいかないでしょ!

あと、一夏はちょっとばかり目を塞いどきなさい!!

絶対に見ちゃダメよ、わかった?!!」

 

「わ、わかってるよ!」

 

破損した支柱からチェルシー・ブランケットが実妹だと言っていたエクシアなる少女を救出すると付近に設置されていた予備の生体ポッドへ彼女を詰め込んだ。

そして、「こんな薄気味悪い所、さっさと出るわよ」とポッドを担ぎ込んだ鈴の一声と共に出口へと急ぐ。

 

「あ、来た・・・・・って、なにそれ?」

 

「・・・・・説明は地球に帰ってからでもいい?」

 

疑問を疑問で返されながらも「うん」と頷いた簪は、「早く帰ろう」と地球へ帰還するルートに進路を合わせる。

 

「・・・ん?

何を見ているんだ、一夏?」

 

「いや・・・やっと終わったたんだと思ってよ」

 

一夏は心臓部をを失ったエクスカリバーを感慨深そうに眺めた。

 

「・・・・・一夏?」

 

「ん?」

 

「お前が本当に無事でよかった。

私はお前が・・・お前が死んでしまったのかと・・・!」

 

「箒・・・ッ」

 

潤んだ瞳で自分を見る箒に一夏は息を呑む。

まるで邪魔だと相手を蹴飛ばした事など幻だった事の様に。

 

「一夏、私は・・・・・私はお前の事が―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ピン・ポン・パン・ポーン♪

ここで束さんから()()()()()()()()の連絡をしちゃいまーす☆≫

 

『一難去ってまた一難』と云う言葉を提言するかの様に黒幕たる()()ウサギが、更なる()()を通告するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆















―――「Es ist stabil bei 200 % Energiespeicherung」
「Ich sehe nichts Falsches an dem Instrument.
Startbereit!」

「よぉし、良く狙えよ!
()()()()()()()しかねんだからなぁ!!」
「プレッシャーかけないでもらえますかねッ?」

()()()()()()()()()をキッチリ履修したんだ。
君ならば出来るさ!」
「今になってアレですけど、履修する()()間違えてませんかねぇ??
()()()()()()()の方が良かったんじゃ?!!」

「つべこべ言わずに集中しろ!!
一ミリの()()で、良くて一キロ、下手すりゃ数十キロだ!!
外したら・・・わかってんだろな!?」

()()()()なしてプレッシャーをかけるか!!?
畜生めッ、緊張して来やがった!!」

「大丈夫だ、お前になら出来る!
無事に成功したら何か美味い物でも作ってやるぞ!」

「よっしゃァア!
なにがなんでもやってやらぁあ!!」


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213話


長かった聖剣編ももう残す所あと少しの予定・・・
今回はご都合主義とヘイトが高めとなっており、独自設定が盛り込まれておりますが、悪しからず・・・
それではよろしくお願いいたします。



 

 

 

―――――暴走状態となった実力行使型軍事衛星エクスカリバーは、極東より馳せ参じた()()()()()()()()()()と称えられるIS使い達によって()()を抉られた事で其の活動を遂に停止した。

・・・しかし―――――

 

≪ピン・ポン・パン・ポーン♪

ここで束さんから()()()()()()()()の連絡をしちゃいまーす☆≫

「・・・え?」

 

―――戦場となった宇宙から地球へ帰還せんとする彼等を呼び止めたのは、通信チャンネルから聞こえて来た緊張感の欠片もない弾んだ女の声色。

其の声を発する人物の正体をIS使い達は知っていた。

 

「た・・・束さん?」

 

篠ノ之 束。

言わずと知れた世紀の大発明インフィニット・ストラトス、ISの開発者だ。

そんな彼女はエクスカリバーを再起不能にする聖剣奪壊作戦にIS学園勢の宿敵とも云える国際的過激派テロ組織ファントム・タスクを伴って参加した()()()()人物で、過去に彼等を苦しめたであろう数々の事件をけし掛けた()()の嫌疑がかけられている。

だが、今回は共に同じ()()に立ち向かう()()だ。

手こずって来た敵が味方になると云うのは、とても心強く頼りがいがあるものであろう。

・・・・・ただし、彼女の様な人物を味方と信用するのは少々()()であった。

 

「ボーナスステージ・・・?」

「ね、姉さん?

これは一体・・・?!」

 

≪やぁやぁッ、いっくんに箒ちゃん・・・それに道端の石っころの如き有象無象ちゃん達☆

見事、目的のラスボスを倒したみんなに大天()の束さんからのサプラーイズ!!

みんなには、これからボーナスステージに挑んでもらうよ☆≫

 

投げ掛けられた箒の当然の疑問符に束は答える事無く、相変わらずのマイペースさで淡々と言葉を連ねた後、世界一癪に障る声色で≪それでは・・・ポチッとな☆☆☆≫とスイッチを押す。

さすればボグォオッ―――オオン!!と、沈黙していたエクスカリバーの()()()()()()

そして、ゆっくり其の巨体を青々と光る地球へ向けて進行を開始したのだ。

 

≪い・・・ちか・・・一夏、皆、聞こえるか!!?≫

「ッ、千冬姉!?」

 

突如として目の前で巻き起こった状況に思考が停まっていた一夏を我に返らせたのは、ノイズ混じりで通信チャンネルから聞こえて来た姉、千冬の声だった。

 

「千冬姉、どうなってんだよ?

束さんが言っていたボーナスステージっては一体なんなんだよッ?」

≪詳しく話している時間はない!

お前達は今すぐに其処から避難しろ!!≫

 

一夏の疑問符に対して千冬は答える処か、叱り付ける様に叫ぶ。

そんな彼女に代わり、再び通信チャンネルから束の声が聞こえて来る。

 

≪ンッん~~♪

いっくんの当然の質問にちーちゃんよりもこの束さんが説明してあげるんだぜぇい☆≫

 

「束さん!」

 

≪ボーナスステージ・・・それは地球に目掛けて()()()()()超でっかい()()()()をどうやって()()()()かっていう難易度が超々ハイレベルなステージなのさ☆≫

 

彼女から語られた説明とも言えない説明に一夏達は首を傾げたが、唯一人、簪だけは両眼を四白眼にひん剥いて「なんてことをッ!!」と身体を震わせて怒鳴り上げた。

 

・・・話は変わるが、インターネット上において一時期話題となった噂の()()がある。

『神の杖』と呼ばれる其れは、アメリカ空軍が開発中と噂されている人工衛星型宇宙兵器で、核兵器に代わる戦略兵器として運動エネルギー爆撃または運動軌道攻撃によって軌道上から不活性な運動弾で惑星表面を攻撃すると云うものだ。

・・・・・早い話が、『機動戦士ガンダム』の劇中においてジオン公国が地球連邦に対して行った『コロニー落とし』である。

コロニー落としの詳細は省くが、其の被害は落下地点の()()であるオーストラリアのシドニーをコロニー落下後にシドニー湾と呼ばれる最大直径五百kmの巨大なクレーターとして穿ち、オーストラリア大陸の表面積を一割以上消滅させたと言う。

 

「あんなッ・・・あんな大きさのものが落ちたら、ロンドンどころか・・・イングランド自体が()()・・・ううん、()()しちゃうよ・・・!!」

 

「ッ、そんな・・・!!?」

「ちょっと、冗談でしょ!!」

 

普段は感情を余り表へ出さない簪の鬼気迫る態度に先程までチンプンカンプンで首を傾げていた皆の顔が一瞬にして青くなった。

 

・・・因みに。

恐竜絶滅の大きな要因の()()と言われている隕石落下の衝撃が引き金となって当時生存していた七割以上の種族が”絶滅”に追いやられたとの事だ。

 

「どうしてッ・・・どうしてだよ、束さん!?」

 

≪んー?≫

 

「なんで・・・なんで、こんな事するんだよ!?

大勢の人の命が一瞬で無くなっちまうんだぞッ!!」

 

一夏は真っ赤な顔で音割れする程、通信チャンネルの先に居るであろう束へ訴えかける。

彼としては、自分が幼い頃から親交がある篠ノ之家の人間が・・・ファースト幼馴染である箒の姉である束が、こんな残虐非道の大量虐殺を行おうとしている事が信じられなかった。

篠ノ之 束という人物は、変な人だが根っこは善良だと思っていた・・・()()()()()()のだろう。

・・・されど―――――

 

≪だって・・・()()()()()んだもん≫

「・・・・・は?」

 

あっけらかんと紡がれた束の言葉に一夏はポカーンとマヌケな表情を晒す。

在り来たりな展開に飽き厭きした幼児の様な発言に皆は言葉を失った。

 

≪もっとさぁー・・・こう、なんというかさぁー・・・・・束さんとしては、劇的な展開を期待してたんだよねー。

なのにさぁー・・・なんか、()()()()って感じで残念なんだよねぇ。

()()()()も結局、出て来なかったしぃ≫

 

「な、何を言っているんだ・・・姉さんッ?

一歩間違えば、一夏は・・・一夏は死んでしまっていたのかもしれないんだぞ!!」

 

≪そうなんだよねぇー、束さんにもあのいっくんの行動は予想外だったぜぇい。

でも、いいじゃん。

危うく死にかけちゃったけど・・・おかげで白式が第三形態移行できたんだし、()()()()の結果オーライじゃん。

って言うかぁ・・・全部、束さんのおかげじゃーん☆

感謝して欲しいくらいだぜぇい☆≫

 

「こ、この女・・・!」

 

「ぶいぶいッ☆」と、上機嫌に我が手柄の如く得意げに我が物顔で声を弾ませる束へふざけるなァア!!と一喝の言葉が轟き響く。

其の声は、憤怒の形相で叫び喚き散らかす一夏だった。

 

「見損なったぜ、束さん・・・いや、()()() ()()!!

あんたが、そんな身勝手な人間だったなんて―――――

≪あー・・・ちょいちょい待ってよ、いっくんさんよぉ?

束さんとしては、いっくんからの呼び捨てに思わずドキってしちゃって満更でもない感じなんだけどさぁー・・・・・そんな事やってる場合なのかなぁー?≫

―――・・・は?」

 

≪ほらほら、あれだよアレ。

ほっといていいのかなぁ?≫

 

喉奥で罵詈雑言を用意していた一夏の勢いを挫くかの様に束は彼の意識を逸らせる。

すると彼等の視線の先には、現在進行形で地球に向かって其の腐敗ガスで腹部がパンパンに膨れ上がった鯨の骸の様な巨体を音速などとうに超える速度で落下中のエクスカリバーが確認できた。

 

≪落下地点には、ちーちゃんと愉快な有象無象の仲間達。

ちーちゃんはともかくとして、このままだとみんな影も形もなくなっちゃうよね☆≫

「―――――ッ、篠ノ之 束ェエエ!!

 

激昂する一夏を余所に束は「それじゃあまたね、バイビー☆」と一方的に通信を切り上げる。

御蔭で行き場のない怒りに一夏は砕ける程の力でギリリ奥歯を噛み締めるが、すぐさま彼はキッと墜ち征くエクスカリバーへ三角眼を向けて最大速力をブースターに込めた。

 

「ッ、ちょっとどうすんのよ一夏!?」

 

「落とさせるもんか!

俺がエクスカリバーを()()()()()()()!!」

 

「そんな無茶な・・・!!」と、簪はギョッと顔を引き攣らせる。

地球へ落下する巨大物体を無力化する作品は多々ある。其れこそ今の状況は、機動戦士ガンダムの劇場作品として評価も高い『逆襲のシャア』で登場する『アクシズ落とし』に近い。

しかし、逆シャアの劇中と現状で大きく違う点が確実に一つあった。

 

アクシズ落としが発生した際、其の現場には―――――

 

「ふざけるな!

たかが石ころ一つ、ガンダムで押し出してやる!!」

 

―――と、アクシズを押し戻そうとした()()()()()()()()()が登場した()()()()が居た。

其の上、命令が出た訳でもないにも関わらず、周辺空域を警戒していた味方陣営のみならず敵陣営までもが落下するアクシズへと集結して漸く最後は超常的な力でアクシズの軌道を地球から離す事に成功したのだ。

・・・だが、此処にガンダムは居なければ、大勢の仲間達も居ない。

其れ処か―――――

 

「ダメッ、()()()()()()・・・!!」

 

そもそもの話なのだが、落下するエクスカリバーの先端に一夏はどうやっても()()()()()()

其れは単純に彼が纏う白式の速度よりも大気圏突入間近のエクスカリバーの方が速い為である。

束の煽りに気をとられていた為なのか、其れとも三次移行を遂げたとしても機体速度が其れ程上昇しなかったのかどうかは不明だが、ともかくとして一夏はエクスカリバーに追い付く事が出来なかった。

 

「い、いやだ・・・いやだッ・・・・・いやだァアア―――――ッ!!」

 

一夏の脳裏に最悪の状況がよぎる。

此の聖剣奪壊作戦は極秘中の極秘であり、認知しているのは一部の英国政府関係者・・・IS学園専用機所有者達を招いた”円卓の貴族達”のみ。

なので、英国軍が動いたとしても精々が迎撃ミサイルの発射ぐらいだろう。

けれどもエクスカリバーには強固な装甲が施されている為、急遽発射された迎撃ミサイルでは完全破壊は不可能だ。

よって、ロンドンには大爆発を引き起こす巨大な鉄の塊が落下する事は免れない。

 

待てぇええ―――――ッ!!

 

しかし・・・まさか、仲間と思っていた人物に()()から()()()()()()()事をあの貴族達は()()していなかったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪―――――・・・五月蠅ぇ、糞喧しい()()()

狙いがブレるじゃろうがな、此の()()()()が≫

「・・・・・え?」

ザッビャァアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

通信チャンネルから()()()()()日本語が紡がれた後、青い蒼い地球へ墜ち征くエクスカリバーの鼻っ柱を()()()()()()のは、ポインセチアよりも真っ赤な色をした退()()()()

 

「うッ、うわぁあああああ!!?」

 

巨体へ激突した真紅の熱線の衝撃波により、タンポポの綿毛の様に吹っ飛ぶ一夏などを尻目に熱線は落下運動を行うエクスカリバーの動きを止めるばかりか押し出し、そして、其の表面を()()()()()

 

「な・・・なんだッ・・・・・なんなんだ、アレは・・・・・?!」

「・・・・・きれい・・・ッ」

 

自分達が手を焼き手をこまねき、何とかどうしてやっとこさ再起不能に()()出来なかった敵が、目の前で()()()()程の灼熱の炎に包まれてドロドロと()()()()様子に箒と鈴はふよふよじたばたと宙を舞う一夏を助けるのも忘れて只々呆然と眺めるばかり。

 

「『ヒーローは遅れてやって来る』っていうけど・・・・・もうッ・・・!

遅いにも程があるよ・・・!!」

 

唯一人、瞬時に状況を()()した簪だけは、目を潤ませて安堵のため息を漏らすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

冬の英国ロンドン市を突如として襲った実力行使型軍事衛星エクスカリバーの暴走は、IS学園から派遣された数々の難事件を解決して来た()()部隊により、其の心臓部()()()()()()()()事によって機能停止したのだが、部隊の後方支援を行っていた指揮傘下の一人、篠ノ之 束の暴挙的反逆行為によってエクスカリバーの()()()()()()が行われてしまう。

しかし、此の危機的状況において大西洋公海上から発射された()()()()()()により、落下運動を行っていたエクスカリバーは大部分は()()

他残骸は大気圏突入によって燃え尽きた事が地上班によって確認される。

こうして英国政府が超厳重に秘匿していた聖剣奪壊作戦は、誰一人欠ける事無く遂行されたのだった。

・・・・・だが、何事も()()()と言うモノは面倒なもので―――

 

―――――パァンッ!

「・・・へ・・・・・?」

 

渇いた音と共に自分の顔が横に傾いた事へ一夏は唖然と疑問符を浮かべた。

左頬に色付いた季節外れの()()がジンジンと痛みを帯びて熱い。

 

「・・・・・自分が何をしたか、わかっているのか?」

 

呆然と叩かれた頬を抑える弟へ冷ややかな視線を送っているのは、地上で作戦指揮を行っていた姉たる千冬であった。

けれども何故に彼女は命からがら危険な任務地であった宇宙から帰還した最愛の弟へ手を上げたのだろうか?

 

「ち、千冬さん!

私は大丈夫ですので!!」

 

今にも()()()を繰り出しそうな千冬へすがり付く様に手をやるのは、作戦中に援護したにも関わらず一夏に足蹴にを喰らい、エクスカリバーの迎撃ミサイルの囮にされた箒である。

其の彼女と同じ様に鈴も一夏を庇う発言を紡ぐ。

 

「一夏がポカをやったのは確かにそうですけど・・・あの時の一夏はちょっと正気じゃなかったんです!

でも、一夏のおかげで作戦が成功したんです!

ここは大目に―――――

「黙ってろ、鈴」

―――ひゃいッ!」

 

只ならぬ圧力で想い人を擁護する鈴を黙らせた千冬は、再び一夏へ先程の質問を並べ立てた。「自分が何をやったのか、わかっているのか?」と。

 

「・・・あぁ、わかってるよ。

箒には悪かったと思ってる」

 

「一夏・・・!」

 

「でも・・・でも、あの時は()()()()()()()()んだよ!

俺もどうかしてて、それで―――――」

 

パァンッ!と、ぐちゃぐちゃ言い訳を並べようとした一夏の右頬へ二発目の平手が炸裂する。

利き手ではないと言っても其の威力は先程よりも強烈で、彼の身体は浮いて尻餅をついてしまった。

 

「しょうがない・・・?

しょうがなかった、だと?」

 

「ち・・・千冬姉?」

 

「お前は・・・お前はしょうがなかったからで、仲間の命を無下にしたのか!?」

 

一夏へ鋭い視線と怒気を向けた千冬は拳を握った後、大きな大きな大きな溜息を吐いて彼から顔を逸らした。

 

「一夏・・・私は、お前を少々()()()()過ぎたと思う。

自分のやった事も理解できないとは・・・・・恥を知れ!!」

「ッ、な・・・なんだよッ・・・・・なんだよ、ソレ!!」

 

「「一夏!?」」

 

千冬の言葉がカチンと癪に障った一夏はすくっと立ち上がって身を乗り出す。

滅多に千冬へ刃向かわない一夏の其の似つかわしくない態度に箒と鈴は表情を強張らせた。

 

「そんな事言うなら・・・今回の一件は、束さん・・・・・いや、()()()が裏で糸引いてたんだろ?!

一番近くで()()()を見張ってた千冬姉は一体何やってたんだよ!!?」

 

「―――ッ、それは・・・!」

 

「今までの事も全部・・・全部、あの女のせいなんだろ!?

それなのに・・・それなのに今まで千冬姉は何やってたんだよ!!?」

 

感情に身を任せて捲し立てる()()()()()一夏に千冬は眉をひそめると共に目を細める。

 

「事件のたびに俺達を危険な場所にばっか送って、自分は後ろで踏ん反り返りやがって・・・!!

あれか?

実は、千冬姉もあの女と本当は()()なんじゃねぇのか?!!」

 

「ッ・・・一夏!」

 

昂った一夏の心無い言葉にクワッと目を剝いた千冬だったが、バキッ!と彼の頬を殴ったのは別の人物だった。

 

「一夏ッ・・・あんた、いい加減にしなさいよ!!」

「り・・・鈴・・・!?」

 

真横から一夏の頬へ鉄拳を放ったのは、拳をワナワナと震わせている鈴だった。

いつもなら部分展開で彼を殴っている所だが、今回は白魚の様な細い指を固めた拳で殴っている為にジンジンと手が痛い。

 

「千冬さんが・・・千冬さんが、どんな思いで戦場に送ってるか、あんたわかってるの?!

それに・・・箒の事も考えてあげなさいよ!」

「ッ・・・!」

 

ハッと一夏は目を四白眼にすると口を抑えて箒の方を見た。

遂に決定的な誰にでも解る咎人となった姉を持つ妹の悔しそうで申し訳なさそうな暗い表情を見た。

 

「わ・・・悪い、箒」

 

「悪い?

あんた、それだけなの?

自分勝手に蹴飛ばして、囮にして、あまつさえ逆ギレして・・・いい加減にしてよ!!」

 

鈴の怒号が一夏の鼓膜をつんざく。

 

・・・大体の話、指揮系統からの命令を受ける事もなく、感情のままに敵へ突撃し、あまつさえ自分を援護してくれた味方を囮にしたのである。普通ならば軍法会議モノだ。

だが、幸いにも一夏は軍属でもない特殊ながらも()()()()

なれば此処は、世界的にも有名なブリュンヒルデたる千冬からの厳重注意だけで一時此の場を丸め込もうとしていた。

けれども―――――

 

「―――――・・・ッ、うるさい!!」

「な・・・!?」

 

結果として任務を()()へと導いた自負のある一夏は、自分が皆から()()()()()()()()事に()()()()()()()()

 

「俺はッ・・・俺はみんなを()()()()()()んだぜ?

もういいじゃんか!

作戦も成功したんだし、もうこんなこt―――――」

もういい!!

 

駄々をこねだした幼子を叱り付ける気苦労の多い親御の様な一喝が千冬の口から放たれた後、彼女はグッ―――――と自身の眉間に皺を寄せて額に固く握った拳をあてる。

憤った声色と奥歯が砕ける程に歯嚙みしていそうな千冬の表情を見て、彼女の前に居た者達は()()()

今にも暴れ出しそうな怪力無双の不機嫌極まりない()()を目の前にした面持ちである。

そんな状況の中、「・・・おい」と沈んだ千冬の声が呟かれた。

其の怒りがアリアリと含まれた呟きに応えたのは、彼女等を警護していた兵士達。

彼等は、まるで()()に呼びつけられた近衛兵の様に参上すると千冬の意図を酌み取るかの如く一夏の両脇を抱えたではないか。

 

「なっ、なにすんだよ!?

ッ、千冬姉!!」

 

「一夏・・・日本へ帰国する準備が整うまでの間、お前は反省していろ。

連れて行け!」

 

千冬の声に兵士達は暴れる一夏を()()()()へと連行する。

此れに勿論異を唱えるは、箒と鈴の御二方。「やりすぎです!」だの「放してあげて下さい!!」だのとピーチクパーチク抗議を唱えるのだが、其れ等を「黙れ・・・!」と、いつもの()で抑え付けてしまう。

 

「・・・・・・・・なに、この茶番?」

 

終始、此の状況を見ていた簪はウンザリした表情で人差し指の爪でも弄りながら後方支援組の到着を今か今かと待機しているのであった。

 

「・・・・・漫画の一つでも持って来ればよかったなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

はてさて・・・ゴダごだの事後状況確認(デブリーフィング)が行われている中、今回の聖剣奪壊作戦において重要な働きを担ったであろう一人の優秀な()()()がコツコツ踵を鳴らしていた。

向かう先は、()()()を此の国へ招いたであろう()()()()が座す”円卓の間”だ。

 

「―――――・・・よく来てくれた、オルコット嬢。

いや・・・()()()()()()と呼ぶべきかな?

今回の一件、実に大義であった!」

 

円卓中央で立ち止まって敬礼を示したセシリア・オルコットへ”円卓の貴族”の一人が労いの言葉を掛ける。

此の言葉にセシリアは「・・・恐縮です」と張り付けた笑顔を浮かべた。

 

「貴女の・・・いえ、あなた達のおかげで英国は史上稀にみる危機から脱する事ができました」

「この一件を世論が知る事はないでしょうが、”陛下”のお耳に入る事にはなるでしょう」

 

「・・・ありがとうございます」

 

粛々と述べられる貴族達の言葉に対してセシリアは丁寧に受け応えるが、彼女の心中は虚ろに見舞われていた。

最初は作戦成功の安堵感に浸っていたのだが、徐々に時間が経つにつれて自分が今回の一件で何を()()()のかが否が応でも脳裏をよぎったのである。

 

チェルシー・ブランケット。

セシリアが幼き頃より、オルコット家に仕えていた彼女専属メイドであり、そんなチェルシーをセシリアは頼りにし、血の繋がりもない主従関係ではあるものの彼女を姉と慕っていた。家族だと()()()()()

・・・しかし、そう思っていたのはセシリアだけだったのだろうか?

 

―――「・・・家族ではありませんよ」

 

家族だと思っていた、姉と慕っていたチェルシーの晴天の霹靂と云わんばかりの突然の()()()

英国政府が保有していたISを強奪し、二人目の男性IS適正者の暗殺未遂事件に関係し、主人たる自分にまで刃を向けたのである。

 

けれども・・・家門を裏切り、国家へ反逆した大罪人であろうとセシリアはチェルシーを怨む事が出来なかった。出来る訳がなかった。

幼き頃より自分に仕え、彼女の両親が()()()()()によって他界してしまった際でも悲しみに暮れるセシリアの側を離れる事をしなかった忠臣とも云える存在だったからだ。

・・・だが、チェルシーへ事情を聞く事は()()()()()()

 

「―――・・・失礼ですが、お願いがあります」

 

「ん?

何かね?」

 

そんな()()()()チェルシーが()()()にしているであろう()()()()をセシリアは彼女の代わりに()()()()()()と心に決めていた。

其の人物とは―――――

 

「エクスカリバーへ乗っていた・・・・・いえ、()()されていた『エクシア・カリバーン』を私めオルコット家で引き取りたいのですが・・・構いませんでしょうか?」

 

譜代忠臣が取り戻そうとしたもう身寄りのない()()()()()()()()を彼女の代わりに育てる事が、今までのチェルシーからの恩に報いる事が出来るとセシリアは考えていた。

・・・・・しかし、彼女の願いに円卓の貴族達は顔をしかめる。

 

「・・・・・オルコット卿、何故に貴君は自身の家名を汚した使用人の()()を引き取ろうと願うか?」

「もっと他に願うものはないのですか?

情に絆されただけなのでは?」

 

「・・・絆されてはいけませんでしょうか?」

 

「何だと?」

 

「皆様が大罪人と言うチェルシー・ブランケットは、エクシア・カリバーンを取り戻そうとしておりました。

確かに彼女のやった事は許されざる行為です。

ですが、私は彼女の・・・チェルシーが残した想いを継ぎたいのです」

 

「どうか・・・どうか、どうぞよろしくお願いいたします」とセシリアは深々と頭を下げる。

けれども、彼女の此の願いに対して貴族達が首を縦に振る事は決してない。

 

「・・・それは呑めない要求だ」

「エクスカリバーの暴走には、エクシア・カリバーンの意識が関わっている可能性がある」

「彼女もまたチェルシー・ブランケットと同じ国家反逆者なのかもしれないのですよ」

 

「ッ、そんな!?」

 

説き伏せる様に言葉を並べ立てる貴族達だが、本心はエクシアを()()()()()()()のだ。

世界でも珍しい・・・いや、世界唯一確認できている生体融合型ISを纏う()()なのだから当然と言えば当然だ。

 

「その代わりと云ってはなんだが・・・君にある機会を与えてあげようと思っている」

 

「代わり・・・?

それは一体・・・?」

 

一人の貴族が行った指パッチンを合図に暗闇の中から二人組の兵士が、頭へ黒袋を被らされた人間を連行して来たではないか。

あまりに突然な此の状況にセシリアは目をパチクリさせるが、そんな事など御構い無しに兵士達は連行して来た人物を彼女の前へ跪かせると其の頭部を覆っていた黒袋を乱雑に引き剥がした。

 

「ッ、そ・・・そんな・・・!!?」

 

黒袋を被らされていた人物の正体に彼女は表情を強張らせた。

何故ならば、其の人物とはセシリアの良く知る()だったからだ。

新雪の様な白髪に金色の瞳と鳶色の瞳のオッドアイを持った爬虫類顔の()()()―――――

 

「―――――・・・よぉ、セシリアさん。

今回は、よく頑張ったらしいね」

 

「春樹さん・・・!!?」

 

まるで死刑執行前の罪人の様な風貌に身を包んでいたのは、なんと二人目の男性IS適正者たる清瀬 春樹だったのである。

今まで何処へともなく姿を現さなかった男が何故にこんな所で後ろ手に縛られているのか、セシリアは理解不能で唖然としてしまう。

・・・だが、更に彼女を混乱の坩堝に陥れる言葉が円卓の貴族達から紡がれた。

 

「セシリア・オルコット卿・・・そこにいる()()は、チェルシー・ブランケットの()()を実行した男だ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆

遂に姿を現した飲んだくれの蟒蛇男。
でも、どうしてか危機的状況に陥っていて一体どういうことなの!?

次回!
『たぬきから上前』!!
デュエル・スタンバイ!!!


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214話


※一万字超。
聖剣編は次回で最後・・・なると予定。
ではよろしくお願いいたします。



 

 

 

「セシリア・オルコット卿・・・そこにいる匹夫は、チェルシー・ブランケットの()()を実行した男だ」

「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

円卓の貴族達が発した言葉に対し、セシリアはそんな間の抜けた様な上擦った声で答えた。

視線を横に移すとまるで死刑執行前の囚人の様な風貌に身をやつした爬虫類顔の()()()()()が、自分の目下で随分と()()の悪い顔をしている。

もし、後ろ手に手錠で繋がれていなければ後頭部を掻いていた事だろう。

 

「う、そ・・・ですわよね?

み、みなさんで・・・みなさんで、私をからかって・・・・・ッ!

―――――・・・ッ、()()さん!!?」

 

くわっと四白眼に見開いた青い瞳を向けながら自分でも驚く程の震える声を発すセシリア。

そんな彼女に対して蟒蛇顔の男・・・二人目の男性IS適正者たる清瀬 春樹は、口をへの字に曲げた。

まるで「どう説明したもんじゃろうかのぉ?」と、説明に戸惑っている様に。

しかし―――――

 

「・・・・・本当は、どっかで気付いとったんじゃねぇか?

狙撃手ってのは()が良い・・・特に君はそうなんじゃね?」

 

「ッ・・・は、るきさん・・・・・!!」

 

疑問符を疑問符で返した春樹にセシリアは息を呑んだ。

 

ロンドン郊外において、ブルー・ティアーズの姉妹機である『ダイヴ・トゥ・ブルー』を纏うチェルシー・ブランケットに襲撃を受けたセシリア。

其の際、彼女は国家反逆罪を認めたチェルシーに精神的ショックを受けてしまった為、自分の実力を発揮する事が出来ず窮地に陥れられてしまった。

だが、突如として漆黒を纏った()()()が現れ、其の()でチェルシーを突き刺したのである。

 

血を吐き漏らし、どんどん生気を失っていくチェルシー。

そんな彼女の頸動脈を黒騎士はトドメとばかり()で斬り裂くと共にステルス迷彩で跡形もなく一緒に掻き消えてしまったのだ。

 

其の時、セシリアは聞いていたのである。

竜を思わせる黒い黒い漆黒の鎧甲冑に身を包んだ一体の騎士から聞こえて来た()()()()()()を。

其の時、セシリアは見ていたのである。

薔薇の様に真っ赤な一つ目を輝かせる異形の黒竜が放った()()()()を。

 

―――――「そんな筈ない」

・・・と、何故か心内へ浮かび上がった()()にセシリアは蓋をする。

だって其れは()()()()()事だったからだ。何故なら其れは()()()()()()()()()事だったからだ。

 

「どうしてッ・・・・・どうして・・・どうして、どうしてどうしてッ!?

一体どうしてですの!!?」

 

変人奇人ではあるものの信用信頼に足る人物からの()()()にセシリアは悲痛な叫びを上げながら其の碧眼を潤ませつつ春樹の胸倉を掴んで持ち挙げたではないか。

けれども、日頃より理性的な彼女からは想像だに出来ぬ其の行いに春樹はギョッとしつつも口を開いた。

溜息を吐く様に。

 

「・・・君じゃあ無理じゃったからよ」

 

「ッ、む・・・無理?

無理とは一体・・・!」

 

「チェルシー・ブランケットは開発途中だったダイヴ・トゥ・ブルーを強奪し、あろう事か暴走状態となったエクスカリバーを制圧しようとしていた君達を襲撃した。

随分な実力じゃ。

さて・・・そんな専用機を纏う実力者を()()()()人間が、此の国に居ったけなぁ?

居たかぁ、貴族様達よぉ~?」

 

春樹の疑問符に円卓の貴族達は答える事はなかったが、其の代わりにセシリアが疑問符を彼へ投げ掛ける。一体どうして春樹がチェルシーの殺害に加担したのかと云う当然の疑問符を。

 

「あー・・・セシリアさんよ、君は変じゃと思わんかった訳?」

 

「な・・・何がですの?」

 

「英国招待組に専用機を()()()()()人間がいる事にじゃよ」

 

春樹の言う専用機()所持の人間とは、今の今までセシリア達と行動を共にしていた彼女と同じ英国代表候補生であるサラ・ウェルキンの事であった。

そう言われてみれば、サラは専用機を持っていないにも関わらず専用機所有者達と同じ立場に居り、今になって思えばまるで自分達を()()していた様に思えた。

 

「どうもあの女、此処に居る貴族様達の()()()だったらしくて、ちぃとばっかし()()()()したら正直に事情を教えてくれてな。

そんでもって、ウェルキン先輩を通して貴族様達に話を持ち掛けたと云う訳」

 

「話を・・・もちかけた?」

 

「セシリア・オルコット達の代わりに・・・あんた方にとって()()()なやつを()()してやろうってね。

勿論、幾らか()は付けて貰うがな」

 

其処まで言った春樹の頬がバチィーン!と横へ振り抜かれた後、其のまま彼は床へと叩き付けられた。

 

「私・・・私はッ・・・あなたを・・・・・あなたを信じていましたの・・・!

それなのに・・・・・それなのに・・・ッ!!」

 

自らの得物を展開したセシリアは床へ叩き付けた春樹に其の銃口を差し向ける。

ポロポロと美しい其の青い瞳から涙を流して。

 

「おいおいおいおいおい・・・泣きたいのはこっちの方じゃでよ!

たったの百万ポンド()()()で、快くてオメェらの不都合を取り除いてやったのに・・・こりゃあ一体どういう了見じゃ!!

あーぁ、糞垂れめ!!

テメェら英国人はやっぱり二枚舌やろうじゃ!!

祝い酒に薬なんぞ混ぜよってからに!!」

 

一方で下手人の春樹は被害者は自分だと言わんばかりに喚き散らす。

其の余りにも情けない姿に対し、今までこんな男を信じていたのかと悔しさの余り「ッ、この・・・!!」とセシリアは引き金へ指をかけた。

 

「おいおいおい待てよ、セシリア・オルコット!

俺は仮にも世界で三人といない男のIS使いじゃで?

其れを自分勝手に殺めてしまおうなんぞ・・・許される訳なかろうて!!」

 

「そ、それは・・・!」

 

得意げに「阿破破ノ破!」とあの奇天烈な笑い声を上げる春樹は、「解ったら・・・さっさと金を出せ!!」と業突張り発言をのたまわる。

しかし―――――

 

「―――・・・構わん。

オルコット卿、さっさとその匹夫を亡き者にしろ」

 

「破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ・・・・・は?」

「え・・・!?」

 

円卓の貴族達の思わぬ発言に春樹から血の気が引き、セシリアは再び呆気にとられた表情を晒した。

 

「な・・・な、何を言よーるんなん?

英国貴族冗句は、庶民の俺にゃあさっぱりなんじゃが?

其れに俺を殺せば、日本政府が黙っちゃ―――――」

 

「ジョーク?

聞く所によれば、清瀬 春樹。

貴様は、表向きはテロ事件に巻き込まれて意識不明の状態で日本に居る事になっているのだろう?」

「なら、ここ英国であなたの殺害に至っても誰も文句は言えないのですよ。

おわかり?」

 

貴族達の言い分は尤もだった。

表向き春樹は日本の病院で治療中。

しかも彼自身、ISによる不法入国を行っている為、もし春樹の身に何かがあっても日本政府が口出しなぞ出来る筈がないのだ。

 

「大丈夫、確かに君は貴重な男性IS適正者。

その遺体は我が英国の栄光の為の礎となるのだからな。

光栄に思うと良い」

 

「ま・・・待ってくれ!

ちょっとした唯の冗談じゃ!

百万ポンドなんて欲張り過ぎた!

一万・・・千ポンドで良いよ!

いや、タダでいい!!

じゃから・・・じゃから命ばかりは!!」

 

「無駄な命乞いは結構。

多くを知り過ぎた者がどうなるか・・・さぁ、オルコット卿・・・存分に家族の仇を討ちなさい」

 

冷淡な貴族達からの言葉に更にみるみる顔が青くなる春樹は、今度はセシリアの方へ目を向ける。

 

「せ、セシリアさん!

俺が悪かった・・・悪かったでよ!!

金に目が眩んだからとはいえ―――――」

「黙りなさい・・・!」

 

命乞いも虚しくセシリアは春樹の頭へ銃口を突き付けた。

奥歯をギリリ、鼻息フゥーフゥー荒々しく、涙を目一杯溜めた蒼い瞳を差し向けると共に。

 

「あなたの・・・あなたのせいで、チェルシーは・・・・・チェルシーは!!」

「ひッ、ひぃいい―――――!!?」

 

そして、ゆっくりと指をかけたトリガーを―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――チョイと待て!

待って幸せ、待たずは不幸!!

命知らずは尚惨めってなッ!!」

『『『!!?』』』

 

銃火器の仕掛けが動く直前、部屋に居た全員の鼓膜をつんざく程の大声が響き渡る。

無論、叫びの発生源は先程まで涙を流して命乞いをしていた縮み上がって腰を抜かしていたあの春樹であった。

 

「セシリアさん、撃つ相手を間違えてるでよ」

「え・・・?」

 

先程とは打って変わり、いつもの調子で口端を吊り上げた春樹は意気揚々と円卓の貴族達へ語り掛ける。

 

「貴族の皆様ヨ。

此の憐れな田舎モンの今わの際の質問に答えちゃもらえんか?」

 

「フン・・・いいだろう。

覚悟を決めた男の問いかけだ、答えてやろう。

何かな?」

 

「なーに簡単な事じゃ!

・・・セシリアさんの親父さん達を()()()時もこういう風にやったんか?」

 

コテンと首を傾げた春樹の両眼からは、金の焔が漏れ出ていた。

此の時、円卓の貴族達は不思議な感覚に陥った。

情けない不様な姿を惜しげもなく晒していた此れから頭をブチ抜かれる跪いた男にゾッと背筋が凍ったのだ。

 

「は・・・春樹さん・・・あなた、何を言って・・・!?」

 

「其のまんまの意味じゃで、セシリアさん。

此の椅子に座って踏ん反り返ってる連中が、君の家族の本当の仇じゃ。

そうじゃろう?

なぁ、おい?」

 

今すぐにでも自分へ訪れる『死』の存在に対して、気でも触れたのかとセシリアは眉をひそめる。

しかし、彼女は知っている。

目の前に此の男が獰猛な()()の様な表情をしている時、其れは相手を喰らう()()だと云う事を。

 

「ッ、気でも触れたか!?」

 

「破ッ破ッ破!

解ってないねぇ、()()俺に正気を求めるんか?

生憎と俺ぁ正気よ、お貴族様!」

 

カラカラと毒蛇の様に笑う男に貴族達は訝し気な表情をするが、そんな彼等彼女等を余所に春樹はツラツラと言葉を連ねた。

 

「セシリアさんの御両親は、将来のセシリアさんの力とする為にブランケット姉妹を引き取った。

其ん時、チェルシーさんの妹で当時重度の心臓病を患っとったエクシアさんへISコアを用いた生体融合措置を施したんじゃ」

 

「将来の私の為?

どうして・・・父や母がそんな事を?」

 

「そんなん親父さん達が、此処に居る円卓の貴族達の組織に所属しとったからじゃよ」

 

「え・・・!?」

 

次々と明かされる衝撃の事実にセシリアの呆然顔が、余すところなく大盤振る舞いで晒される。

彼の話によれば、オルコット家の家督はセシリアの母君であり、父君はうだつの上がらない婿殿だったのだが、其れは表向きで本当のセシリアの父君は英国王室に仕えるやり手のエージェントだったと云う。

 

「じゃけど、エクシアさんの為のISコアを入手する際、セシリアの親父さんは余計な事に気付いてしもうた」

 

「余計な事?

それは一体・・・?」

 

「円卓の貴族達・・・彼等の正体にじゃ。

そうじゃよねぇ、円卓の御貴族様達?

いんや・・・ファントム・タスクは()()()()()()()の皆々様よ?!」

 

後ろ手に手錠をかけられながらも探偵作品の登場人物の様に見得を切った春樹だったのだが、名指しされた方はと云うと―――――

 

「―――フン・・・何を言うかと思えば、でたらめな事を・・・ッ!」

「最後の最後にいう事が、なんとも気の振れた戯言だ。

そう言う事は証拠を出してから言うのだな!!」

「何をやっているオルコット卿。

よもや、その匹夫の世迷言を信じる訳ではあるまいな?」

 

「春樹さん・・・!」

 

勿論、円卓の貴族達は春樹の話を狂人の戯言と否定し、セシリアに彼の処刑を再度求めた。

一方のセシリアも半信半疑と云った様相で、訝し気に春樹を見る。

だが、此れも蟒蛇の()()()であった。

 

「証拠を出せ・・・ねぇ?

ええよ、出してやろうじゃねぇか。

()()()()()ってヤツをよ」

 

「ッ、なんだと?」

 

「おい、一体いつまで見物しとるつもりじゃッ?

手前の()()が寒そうに身体を震わせとるんじゃ。

()()()()()()の一つでもかけてやんな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――・・・申し訳ありません。

あなたのあまりのギャップに呆気にとられてしまいまして」

「・・・・・え・・・?」

『『『なッ・・・!!?』』』

 

()()()()()()()声と共に自分の両肩へかけられた()()()()()()にセシリアはハッと四白眼で振り向く。

すると其処には―――――

 

「御嬢様・・・ご機嫌麗しゅう」

「ッ、チェ・・・チェルシー!!?」

 

ステルス迷彩を脱ぎ去って現れたのは、あの日あの場所あの時に春樹によって惨殺された筈のチェルシー・ブランケット其の人が居たのだ。

 

「チェルシーッ・・・チェルシー!

チェルシー・ブランケット!!

私のチェルシーッ!!」

 

今の今まで次々と巻き起こる想定外ばかりだったが、此の想定外はセシリアにとっては嬉しいサプライズ。

人目もはばからず彼女はチェルシーを勢い良く抱き締めた。

 

「わ、私はッ・・・私は、あなたが本当に殺されてしまったと思って!!」

 

「申し訳ございません。

ご心配をおかけしました、セシリア御嬢様。

チェルシー・ブランケット、ただいま帰参致しました」

 

主従の感動的な再会に「良かったのぉ~」と春樹は何度も何度も感慨深そうに頷いているが、気が気でない人物達が此処に居る。

 

「―――――ッ、これは一体どういう事!!?」

「チェルシー・ブランケットは、貴様の手によって亡き者になった筈!!」

「清瀬 春樹ィイッ、貴様ァアア―――――!!?」

 

目の前の不都合な事実に憤りの叫びを上げる円卓の貴族達。

春樹はそんな彼等彼女等に対し、眉を上げながら口端を耳まで裂ける程に吊り上げた。

 

「ジョセフ・ジョースターならこう言うたじゃろうな・・・「またまたやらせていただきましたァ―――ん!」ってな!!

破ッ破―――ッ!!」

 

貴族達の苦虫を嚙み潰した様な形相に春樹は御満悦で、あの奇妙な笑い声を上げると共にブチリッと後ろ手の手錠を自力で()()()()()()拍手をかます。

 

「さて、感動的再会なシーンもそこそこに本題に戻ろう。

セシリアの父君はISコアを裏ルートで手に入れた際、円卓の貴族達が座る席が亡霊に乗っ取られていた事を偶然にも知ってしまった。

そうじゃな、ブランケット嬢?」

 

「はい、そうです。

一体いつの頃からかは不明ですが、円卓の貴族の席はファントム・タスクの巣窟となっていたのです。

旦那様は心を痛めておりました。

そして、危惧しておりました。

いつか亡霊たちの魔の手が敬愛する陛下たちへ及ぶのを」

 

「じゃけど誰かれ構わず話してしまえば、多くの人間に危険が及ぶ。

じゃけん、此れを知っていた少数の人間。

セシリアさんの父君と母君・・・そしてブランケット嬢、君だ」

 

「そんな・・・!

どうして私には教えてくれなかったんですの?!」

 

「いや、教えんじゃろう。

可愛い愛娘を危険な目に遭わせたくない親心ってな」

 

「はい。

旦那様と奥様は、御嬢様を大変愛しておりました。

だから自分達に危険が迫った際、私にセシリア御嬢様を託したのです」

 

チェルシーによれば二年前、円卓の貴族達の素性を調査していたオルコット夫妻は、身の危険を感じ、セシリアを守る為に彼女との距離を決めた。

そして、其の移動中を事故に見せかけて―――――

 

「・・・貴族達は、旦那様と奥様が亡くなった事への混乱に乗じてエクシアを隠し、その時から私は御嬢様を守りながらエクシアの行方を探していました。

ですが、漸く私はエクシアの行方を掴む事になったのです!」

 

「じゃけれども貴族達も其れに気付いた。

昔、葬った筈の()が生き残ったんじゃけん気が気ではなかったろう。

そんでもって、貴族達はブランケット嬢を罠に填めて、ISを奪った国家反逆者に仕立て上げた」

 

「そこまでだ・・・!!」

 

推理を意気揚々と述べる探偵役の春樹とチェルシーに待ったをかけた円卓の貴族達。

彼等がパチンッと指を鳴らせば、部屋の出入り口からゾロゾロと武装した()()()()が雪崩れ込んで来た。

そして、ザッと一連して所持していた銃火器の銃口を彼等へ差し向けて来たではないか。

 

「ッ、な・・・なにをして!?」

 

「・・・ブランケット嬢が生きとった事が、よっぽど想定外じゃったんじゃな。

「こんな時の為に~」って感じで、漸っと本性を見せやがったな!

まぁ・・・俺の()()()()()()()にしては、ちと後手後手じゃねぇか?」

 

「え・・・ッ!?」

 

今やファントム・タスクの天敵と成り果てた春樹が、今回の聖剣奪壊作戦に関わると云う事を円卓の貴族達は危険視し、其の為に()()()()()()()()()()()だが、協力を打診して来た篠ノ之 束へ彼の排除を依頼したのである。

・・・まさか、其の依頼先が今回の一件の黒幕だったとは、円卓の貴族達も露も知らぬ事であったが。

 

「黙れ・・・!

あの気の振れた女にしても貴様にしても・・・散々っぱら我々の邪魔をしおってからに!!」

「しかも今になって、あの愚かなオルコット家の()()()が出しゃばって!

もう最早オルコット家に利用価値はないのです!!」

 

ふざけないで下さいまし!!

 

忌々しそうに小言を並べ立てる貴族達へ憤る叫びの声が轟く。

見れば、其処には奥歯をギリギリ噛み締め、三角した碧眼を()()に向けるセシリア・オルコットが自らの得物を構えているではないか。

 

「父は・・・父は決して愚かでもなければ、家名の恥でもありません!

今になって・・・今になって納得出来ました。

母が・・・お母様が、お父様をあんなにもお慕いしていたのかが!

お父様はッ・・・あなた達の様な愚劣にして下劣な賊と闘った忠臣でしたのよ!!」

 

「・・・それで?

一体どうしようと云う訳だ?」

「予想外な事はあったが、ISを纏う小娘をいなせる程の策は弄している。

それにここに居る者達の多くが、剥離剤を有しているのだ。

あとは聡明なオルコット卿だ、理解できるな?」

 

兵士達が装備していたのは、ISを装着解除させる事が可能な剥離剤と呼ばれる兵器であった。

此の状況にセシリアは「くッ・・・!!」と苦虫を嚙み潰した様な表情を晒し、悔し涙を滲ませる・・・・・のだが。

 

「・・・破ァ~あッ」

 

どういう訳か、凶器を突き付けられる筈の春樹はあくびをする。まるで眠気眼の猫の様に大きな大きな大あくび。

無論、そんな緊張感のない彼の様子は、シリアス全開の現場にはあまりにも似つかわしくなかった。

 

「・・・・・清瀬さま」

 

「阿?

あぁ、すんません。

ちぃとばっかし・・・()()が来たもんで」

 

「飽き・・・って!?

春樹さん!!」

 

「ふははははは!

こいつは傑作だ!!」

「自分達の命が風前の灯火だと言うのに・・・なんと緊張感のない!!」

 

春樹の態度に円卓の貴族達は侮蔑の笑みを浮かべ、セシリアは呆れた様にムッと顔をしかめる。

しかし、唯一人、チェルシーだけはゴクリと大きな生唾を呑み込んだ。

 

「・・・なぁ、オメェさんらは何を()()()しとん?

もう此処ァ、俺が()()しとるんじゃけど?」

 

「はぁ?

何を言っているのだ、この匹夫は?」

「もういい。

さっさと撃ち殺せ!!」

 

円卓の貴族達の号令によって、兵士達は自分達の持った銃火器の引き金を絞った。

―――――・・・号令をかけた筈の仕える主人達に向かって。

 

バァッン!

「ッ、ギャぁあ”!!?

 

『『『ッ!!?』』』

 

脚に鉛玉を喰らった円卓の貴族の一人が、突然襲って来たあまりの激痛で椅子から転げ落ちる。

まさかの状況に其の場に居た全員がギョッと表情を強張らせ、()()だと思っていた、()だと思っていた兵士の顔を全員が其の時()()()注視した。

 

「・・・・・あー・・・」

 

するとどうだろう。

得物を持った屈強そうな全て兵士が全員共に無表情で、虚ろな目と共に涎を垂らす者までおり、其の表情は()()している事に()()()()()()()かの様ではないか。

 

「―――――・・・『鏡花水月』って知っとる?」

 

衝撃が疾走する中、静寂に包まれた現場へ木魂したのは春樹の疑問符。

其の?マークに釣られ、其の場に居た全員が彼の方へ視線を移した。

 

「四字熟語で、儚い幻って事を表すらしいんじゃけどさぁ・・・俺的には、『藍染 惣右介』の斬魄刀なんじゃよねぇん」

 

「な・・・何を言って、いるんだ?」

 

「阿ッ、やっぱし英国貴族様にゃあ『BLEACH』ネタは解らんか。

いやなぁ・・・オメェさんらに命を狙われて死にかけた時にさ、ちょっと実行犯のIS能力を()()()()機会があってな。

其れを応用した感じ・・・って、言やぁええかな?」

 

「ぶんどる・・・?

応用・・・?

何を言って・・・そもそも貴様は今、ISを―――――」

「おぉッ、ちょい待ちちょい待ち!」

 

動揺する貴族を抑え込んで、春樹は一つ咳払いをする。

そして、「()()を言う機会があったんじゃなぁ」と少し照れ臭そうな表情の後、キメ顔をした。

 

「一体いつから────・・・ISを遣っていないと()()していた?」

 

「え!?」

「なん・・・だと・・・・・ッ!!?」

 

そんな驚愕の顔をアリアリと晒す皆に満足したのか、春樹はうんうんと口の両端を吊り上がらせたまま何度も頷く。

 

「ッ、ば・・・馬鹿な!?

貴様のISは、酒で貴様が眠っている間に・・・!!」

 

「あぁ、あぁ・・・其の時点で能力を使ってんのよ。

其れを証拠に・・・ホレ!」

 

未だ目の前の状況が信じられない貴族に向かって、春樹は自分の左手薬指を見せる。

さすれば其処には大粒の()()が嵌められた指輪・・・彼の専用機たる待機状態のISが輝いていた。

 

「『ワールドパージ』・・・此の能力は対象者を外界と遮断し、精神に影響を与えるもんじゃ。

本来は、仮想空間では相手の精神に直接干渉する事が普通なんじゃが・・・俺は此れを現実世界に特化させた。

速い話が、()()特化よ!

つまりは・・・・・」

 

春樹が手を掲げれば、ジャキッと兵士達は銃口を円卓の貴族達へ突き付ける。

形勢逆転・・・いや、最初から此の場は彼の掌の上であったのだ。

 

「さて・・・さて、さてさてさてさて?」

「は、春樹さん・・・?」

 

すっかり最初とは状況が変わってしまった状況に対し、春樹は未だ理解が追い付いていなさそうなセシリアの肩を叩くとニッコリ()()の様な笑みを浮かべて問いかけた。

「どうする?」・・・と。

 

「ど・・・どう、するとは?」

 

「んもうぉ、惚けちゃってぇ・・・・・やれッ」

 

合図と共にバァッン!と響いた銃声。

そして―――――

 

「―――ぎぃいい!!?

 

逃亡を謀ろうとした一人の円卓の貴族メンバーの絶叫が部屋中に響き渡る。

此れによって益々増々貴族達の顔は青褪めてしまい、顔面蒼白の例題とも云える状態となった。

 

「・・・・・M()r().清瀬 春樹、君の要望を受け入れよう。

百万・・・いや、二百万ポンドでどうだ?」

 

自分達が窮地に立たされた事を漸く理解したのか。春樹の提示した金額よりも倍の報酬を貴族達は持ち掛ける。

だが、彼等彼女等の本性を知ってしまった此の男がそう易々と首を縦に振るだろうか?

 

「おい・・・・・おいおい・・・おいおいおいおいおい!

人ってのは、こんなにも綺麗に掌返しするもんかね?

ツーかよぉ・・・俺よりも交渉する相手がいるんじゃねぇの?

なぁ、セシリアさんよ?」

 

「・・・・・」

 

春樹はセシリアの脇腹を肘でつっつくが、彼女は拳を固く握ったまま俯いて無言を貫く。

 

「お、オルコット卿!

私は君の御父上や御母上の暗殺には関わってはいない!!」

「ッ、何を言うか!

今になって自分だけ助かろう等とは!!」

「黙れ!!」

 

円卓の貴族達は彼女がだんまりなのを良い事に自分だけは助かろうと言い訳を並べ立て始めた。

やれ「オルコット夫妻の暗殺には関わっていない!」だの。

やれ「我々が居なくなれば、英国は崩壊する!」だの。

やれ「私には、家族がいる!」だの。

・・・と、どうにかしてセシリアからの恩情を預かろうと必死になり、今までしがみ付いていた椅子から転がり落ちて彼女へすがる様に駆け寄ろうとした。

 

「さがれ、()()ども!!」

『『『!?』』』

 

けれども、すかさずセシリアの前へ割り込んだチェルシーが迫り来る彼等彼女等を一喝し、主人に近付かせまいと刃を向ける。

それでも貴族達は叫んだ。

「助けてくれ!」と。

「命ばかりは!!」と。

「何でもするから助けてくれ!!」と、跪いて懇願した。

 

「・・・・・醜いですわね」

 

部屋に入った当初、貴族達は椅子の上で踏ん反り返っていた。

ところが、今では自分に掌を組んで祈る様に命乞いをしている。

セシリアは心底悔やむが如く下唇を噛み締めた。

こんな人間の為に自分は命を張っていたのかと。

こんな人間達が自分の愛する家族を奪ったのかと。

噛み締めた下唇からは血が滲む。

 

「―――――・・・あぁ、此れが人間じゃ

 

そんな憤る貴族令嬢の両肩を背後から掴んだのは、此の場を支配する人の形をした()()だった。

 

『結果には原因があり、行いには報いがある』

もっと直接的な事を言えば・・・・・『復讐するは、()にあり』じゃな

 

怪物は、金色の焔が燃える()()()()を彼女へ向けながら優しく語り掛ける。

すると先程まで震えていたセシリアの身体は治まり、呼吸は正常に戻り、固く握られていた拳が緩んだ。

 

「・・・・・・・・春樹さん」

 

「ん?

どした?」

 

「私の・・・・・私からのお願いがあります」

 

「・・・・・()()()()かもしれんで?」

 

「かまいません。

それでも・・・よろしいでしょうか?」

 

「・・・ええよ。

俺ぁ何をすりゃあええ?」

 

セシリアは全てではないが、少しながらも()()()()()

自分を背後から包む様に佇む男が、どれ程迄に優しく()()()()のかを。

熱血にして冷血にして冷酷にして残虐非道にして慈悲深い残酷な人間なのかを少しばかり知っている。

 

其れ故に彼女は、此の男に頼んだ。

自分には()()()()からだ。

 

「彼らを・・・・・彼らに・・・()()()()()事を()()させてください・・・!!」

「阿破破ノ破ッ・・・承知致したでよ、我が()()!」

 

奇妙で奇天烈な笑い声を上げた後、春樹はゆっくりとチェルシーの前へ割り込むと円卓の貴族達へ語り掛けた。

 

「オルコット卿は、憤っておられる。

しかしながら彼女は慈悲深く、お優しい御方・・・故に命だけは御救い下さるとの決定じゃ」

 

「ッ、そんな!?

御嬢様!!」

 

春樹の文言にチェルシーは不満の短い言葉を述べるが、『『『おおッ!!』』』と円卓の貴族達は助かった助かったと喜びの声を上げ、セシリアへ感謝の言葉を放つ者も居る。

・・・・・だが―――――

 

「・・・何か勘違いしていないか、外道共?

オルコット卿は、命()()は助けてやると言うたんじゃ」

 

円卓の貴族達は春樹の言っている事が理解できず、頭へ疑問符を浮かべるばかり。

此れに彼は大きな大きな溜息を漏らすとニッカリ口端を大きく吊り上げた。

 

「命()()は助けてやる。

つまりは・・・其れ以外は()()()()()()云う事じゃ」

『『『!!?』』』

 

其処で漸く貴族達は気付くに至る。

自分達は最初から()()()()為に集められたのだと。

 

「うッ・・・うわぁあああああ!!?」

 

恐怖の余り一人の貴族が逃げた。

ところが彼の動きはすぐに止められた。

銃弾によって?

いやいや、違う。

 

ズブシュッ!

はびゅッ!?」

 

『『『ひッ・・・!?』』』

 

春樹から伸ばされた蛸の様な()()が其の頭部を貫き、中身・・・つまりは脳に()()が張り付く。

すると脳に侵入を許した貴族の表情は、催眠状態の兵士達と同じ様に無表情なものと変わり果てた。

 

身体が恐怖で凍り付いた事であろう。

其れはきっと自分の身に此れから起こるであろう()()行為に涙を流し、鼻水を垂らし、涎を溢れさせ、失禁した。

 

「・・・我が名は、清瀬 春樹

我が()()、セシリア・オルコットの両親の無念と魂の安らぎの為に。

誠に勝手ながら仇を果たさせてもらう

 

―――――・・・彼等彼女等の()()が此れから始まる。

 

『『『ぎぃァあ”あ”あ”あ”あ”ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ”ああああああああああああああああああああああああ”あ”あ”あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ”あ”ああああああああああああああああああああああああああああああああああ”あ”あ”ああああああ―――――ッ!!』』』

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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215話


今作において、色んな意味で人気のキャラが久々の登場!
なので・・・誰得な微グロ注意です。



 

 

 

「・・・ッ・・・・・う、ぅ・・・!

こ、ここは・・・?」

 

()は目を覚ます。

先程までまるで悪夢を見ていたかの様に最悪の気分を抱えた彼が最初に認識したのは、見慣れない真っ白な天井と薄緑色のタイル壁。

そして、部屋一杯に奏でられる『ゴルトベルク変奏曲』。

 

「私は、確か・・・・・ッ、ひぃ!?

 

思い出したくはない()()を思い出した瞬間、男は自分が真っ裸の状態で()()に括り付けられて寝かされている事に漸く気付く。

 

男は酷く狼狽えた。

顔面蒼白の表情で歯をガチガチ鳴らしながら動揺した。

()()()()をした()()に襲われた後、自分の身に一体何が起こったのかとパニック状態となってしまった。

すると―――――

 

〈―――・・・おや、目が覚めたのか〉

「!?」

 

パニックを引き起こす男へ声を掛けて来た声が一つ。

其の声のする方へ目を向ければ、其処にはシルバーブロンドをキッチリ整えたエプロン姿の壮年の紳士がタオルで自身の手を拭っているではないか。

 

「だッ・・・だれ、誰だ!?

ここは・・・ここは一体何処なのだ!!」

 

〈まぁ、落ち着き給え・・・と、言っても無理な話だな。

私は、レクター・・・ハンニバル・レクター。

しがない医者をしている〉

 

「なに・・・!?」

 

自分をハンニバル・レクターと名乗る謎の人物の登場に男は冷静になる処か、余計に混乱の坩堝に深まってしまう。

何故なら男の持つ知識が確かならば、『ハンニバル・レクター』とはアメリカ出身の作家トマス・ハリスの小説に登場する()()()()であったからだ。

しかし・・・今はそんな事など()()()()()()

 

「ど、Dr,レクター!

今すぐに私をここから解放してくれ!!」

 

男は目の前の著名な精神科医にして冷酷で残忍な()()()()()()()()と同じ名前を名乗る()に助けを求める。

『藁にも縋る』とは、正に此の事であろう。

 

・・・・・だが、男は()()()()

知らないとは云え、余りにも()()()()()()

 

〈・・・ん?

()()()()?〉

 

「ッ、ど・・・どうしてだと?!!

それは此方のセリフだ!

こんな状況を見て、どうしてそんな馬鹿な事が言えるのだ!!」

 

男の助けを求める声に対し、ハンニバルは眉をひそめて疑問符を頭の上に浮かばせる。

そんな彼の余りにも場違いで素っ頓狂とも云える態度に男は目を見開いて憤りを含んだ声を叫ぶ。

 

然らばどうだ。

ハンニバルは納得するかの様に頷いた後、彼は男に対して柔らかな表情でこう言い放ったのである。

 

「君は・・・何を()()()しているんだ?」

 

「・・・・・は?」

 

〈君は()()()だ。

其れも()からの()()()

何とも()()()()()()()()()()()なんだ〉

 

何処となく嬉しそうな表情を浮かばせるハンニバルが発した一言一句が、男には理解不能だった。何を言っているのかが、ちっとも解らなかった。

そうこうしている内、ハンニバルは持っていたタオルを男の目の前に置くと付近のピカピカに磨かれたシンクで念入りに手を洗い出したではないか。

 

勿論、男は此のハンニバルは態度と行動に対して不満の声を荒らげようと・・・()()

どうして此処で「()()」等と云う()()()を使ったのか。

其れは、男がそんな事よりも()()()()()()()()物事があったからだ。

 

「こ、これはッ・・・()か?」

 

自分の目の前に置かれたハンニバルが手を拭うのに使ったタオルは、()()がかった汚れと()()()()の様な生臭い匂いがしたのである。

此の違和感に何かを察したのか、男の顔から更に血の気が引いた。

 

〈・・・さてと〉

 

そんな中、自分の手を石鹸で洗って綺麗にしたハンニバルは、最早青い顔と云うよりは()()()をした男の目の届く位置にある物を置く。

其れは褐色の陶器製の蓋付き壺で、ハンニバルが其の壺の蓋を取ると中から何とも言えぬ香しさが漂って来たではないか。

 

「な・・・なにを・・・!」

 

〈あぁ、此れは私が調合したスパイスだ。

様々な香辛料とハーブを吟味し、其れにヨーグルトを加えた―――――〉

「そんな事を聞いているんじゃあない!!

貴様はッ、この私に一体何をしようとしているかと聞いているのだ!!」

 

恐怖に染まりながらも怒気を含んだ声を荒らげる男。

そんな男に対し、ハンニバルはキョトンとした表情でさも当たり前の様にこう言葉を並べた。

 

「勿論、私が()()()()()()()為に此れから君を調()()しようとしているのだが?」

ひゅ・・・・・ッ!?

 

当然の様に言い放ったハンニバルに男は目を四白眼にし、何とも間の抜けた声を上げる。

そうだ。トマス・ハリス著の作品においてハンニバル・レクターと云うキャラクターは、猟奇的殺人鬼にして、殺害した人間の臓器を食べる異常な行為から『人食いハンニバル』の異名を持っているのだ。

 

「ふ、ふッ・・・ふざけるな!

こ、この私をりょ・・・りょ、料理するだと!?

イカレているのか、貴様ァ!!」

 

「しかし・・・彼からは、こう聞いている。

()()()()()()()()、何をしても良い』とね。

其れに・・・君()()()()()()()にこう()()()をしたそうじゃないか。

『命()()は助けてくれ』と」

 

男は・・・いや、円卓の貴族メンバーは其処でハッと思い出す。

自分達が今まで騙して傀儡として利用して来た少女へ涙を流して助命の嘆願した時に放った言葉を思い出す。

 

「ど・・・どど、Dr,レクター!

と、取引・・・取引をしようじゃないか!」

 

〈ほう・・・取引?〉

 

「そうだ、取引だ!

貴様に・・・いや、()()()が望むものならば何でも差し出そう!」

 

絶体絶命の窮地を脱しようと貴族はハンニバルへ取引を持ち掛けると彼は興味深そうに首を傾げる。

 

「何が・・・何が欲しい?

多額の金か?

見目麗しい美女か?

それとも揺るがぬ地位か?

私が出来る事ならば何でも用意しよう、差し出そう!

さぁッ、何が欲しいのだ?!!

そうだッ、私からファントム・タスクの幹部に推薦しよう!!」

 

首を傾げたハンニバルに僅かばかりの期待を持った貴族は必死になって舌を回す。

セシリアにすがったあの時の様に。

・・・・・けれども、ハンニバルは彼の予想の斜め上を行く返答を投じた。

 

〈・・・よろしい。

なら、其れ()貰おう〉

「・・・・・・・・は?

それ・・・()?」

 

貴族は自分の耳を疑ったが、ハンニバルは念を押す様に朗らかな表情で「あぁ、其れもだ」と頷くと()()()を取り出す。

其れは()()()と云うには、あまりに大き過ぎた。

大きく、分厚く、重く、そして・・・精巧過ぎた。

 

〈君は・・・交渉が出来る立場と本気で思っているのか?

まったく、此処に来る前に()()を施した()()()()()と同じ様な・・・無礼な()だ〉

 

「ま、待て!!

な、なんだ・・・なんだ、そのハンマーは・・・!?」

 

〈ん?

あぁ、此れは特注の肉叩きでね。

やはり、骨まで()()にするにはこれぐらいなければ〉

 

御自慢の調理器具の説明を終えたハンニバルは、「さてと!」の声と共に戦鎚(ウォー・ハンマー)の如き肉叩きを構える。

 

「うッ、うわぁあああああ!!?

ば、バカな真似は止せ!!

私はファントム・タスクはヨーロッパ支局の幹部の一人なんだぞ!

おいッ、聞いているのか!?

この私に手を出すと云う事は、あの巨大なるファントム・タスクへの宣戦布告を意味する―――――むゴぉッ!!?

 

歯を剥き出しにして喚き散らす貴族の口へハンニバルは側に有った血の染みついたタオルを捻じ込む。

 

〈口を閉じろ、風味が逃げてしまう。

心配せずとも命の保証は約束するさ。

だが、其の代わり・・・肉も骨も臓器も、許す限り存分に使わせてもらう。

そうだなぁ・・・あの彼女はソテーにしたし、あの彼はソーセージにした。

ならば、貴様はオーブンで良く焼きのタンドリー風味のにしよう。

そうなると・・・やはり、焼いた時の肉の柔らかさに注意しなければな〉

 

ムぐぅ―――――ッ!!?

 

〈・・・例えばの話。

胡椒を最高のミニョネットに仕上げたげれば、大切なのは・・・強く、荒く、躊躇わず砕ききる事だ〉

 

そうして、ハンニバルは声にもならぬ相手へ目掛けて振り上げた調理器具を一気に振り下ろすのであった。

 

バキグッチャッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

()()()()()()と云う一聞一見しても矛盾した”復讐劇”が終わった頃、時計の針は天辺を越えていた。

日付が変わる夜中に()()を奪壊し、午前中には睡眠不足もそこそこに眠気眼を我慢して()()と共に貴族達への報告と()()()を終えた少女の疲労はピークに来ていたのだが・・・・・

 

「こ、これは・・・一体、どういう事なんですの・・・!?」

 

セシリア・オルコットは驚愕した。

もう最早何度目かの驚愕かは解らないが、取り敢えずは彼女にとっては疲労を忘れる程に唖然となるぐらいの驚きだった。

其れ程までに彼女を驚かせたものとは一体何なのか?

其れは―――――

 

「おぉ!

意外と早かったな!」

 

騒動後、疲労困憊のセシリアが向かった先は実家であるオルコット家邸宅。

流石は英国貴族の大豪邸と云っても過言ではない御屋敷の胃袋を預かっているであろう厨房を仕切っていたのは、イギリスに入国してから雲隠れをしていた銀髪ロリの白き黒兎ことラウラ・ボーデヴィッヒであったのである。

 

「ただいま帰ったでよ、ラウラちゃん。

どねーな感じぃ?」

 

「こっちで言う所のシチュー的なヴュルツフライシュとリクエストのジャガイモましまし肉じゃがが、もう少しで出来る」

 

「少佐殿!

ローストビーフもあと少しで焼き上がります!」

「ダンプフヌーデルも完成間近です!」

 

更には、ラウラの部下達であるクラリッサを始めとした黒兎部隊の面々までもが、あくせくと調理に従事していた。

 

「よし!

クラリッサはシュトレンの切り分けを!

ネーナはフラムクーヘンを頼む!」

「「サー・イエッサー!」」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!

なんで・・・どうしてラウラさんと黒兎部隊の皆さんが、ここにいるんですの!?」

 

聞き慣れぬドイツ料理名が飛び交う中、受け入れるのは時間のかかる目の前の状況に対し、セシリアは当然の疑問符を紡ぐ。

そんな疑問符に対して、ラウラは目をパチクリした後、セシリアと共にオルコット家邸宅に帰って来た蟒蛇・・・春樹に視線を移した。

 

「なんだ、春樹。

言ってなかったのか?」

 

「うん。

サプラァーイズ!・・・って、やつよ!」

 

「ほう。

なら大成功なのではないか?」

 

「全くもって其の通りじゃと思う」

 

「・・・大成功です」

 

「イェーイ!」とハイタッチする春樹とラウラの横で静かにサムズアップするチェルシー。

其の三人の遣り取りにセシリアは増々疑問符を頭に浮かべ、しかも疎外感からか「みなさん・・・どうしてそんな息ピッタリなんですの?」と若干涙目である。

 

「・・・・・なんでセシリアは泣きそうになっているのだ?」

 

「・・・知っとる通り、ちょっと午前中に色々あり過ぎてな。

精神的にキてる所があるんよ」

 

「そうか・・・大変だったな、セシリア。

ほら、エッグポンチだ。

身体が温まるぞ!」

 

「あッ・・・ありがとうございます」

 

「春樹には、ホットウイスキーだ」

 

「さっすがはラウラちゃん、解ってらっしゃる!

ありがとうねぇ!」

 

酒を受け取って御機嫌な春樹がラウラの頭を撫でれば、「えへへッ♥」と彼女はうっとり目を細めた。

此の二人の遣り取りが原因かは不明だが、セシリアが飲んだ乳製品と卵とブランデーがちょっぴり入ったエッグポンチの甘い事甘い事。

けれども、温かくて甘い飲み物の御蔭でセシリアの心情は少々落ち着く事が出来た。

そんな取り敢えずは落ち着きを取り戻した彼女を春樹とチェルシーは邸宅の団欒室へと案内する。

 

『『『ハッピーバースデーッ、セシリア!!』』』

「・・・・・はい・・・?」

 

パンッ! パパン!の破裂音と共に紙吹雪が入室したセシリアへ吹き荒れた。

其の音のせいか、其れとも目の前の飾り付けられた部屋の装飾品のせいなのかは不明だが、セシリアは目が点となって硬直してしまう。

此の彼女の反応に部屋で待ち構えて居た一部の聖剣奪壊作戦参加組とI()S()()()()()()()()は「あ・・・あれ?」と首を傾げた。

 

「よーし!

人の誕生日に託けて、飲むぞー!」

「おい待て、この飲んだくれ・・・!」

 

何だか微妙な空気を物ともせず、テーブル上のIPAビールに手を伸ばした春樹の頭を叩いたのは口をへの字に曲げたIS統合部メンバーの芹沢 早太。

其の彼の後にオドオドした表情のセシリアが春樹の肩を掴んだ。

・・・物凄い涙目で。

 

は・・・は、はは、はるきさん・・・これは、いったい・・・いったいどういうことなんですの・・・・・?

 

もうセシリアは一杯一杯の限界が来ていた。

今日は本当に色々と有り過ぎて、彼女の心のキャパシティーを越えてしまった為に情緒が訳解らない状態へ陥ってしまったのである。

 

「お、おうッ・・・い、いやね?

今日って、12月24日ってセシリアさんの誕生日じゃがん?

其んでもって、聖剣作戦も無事に成功したしぃー・・・其の祝勝会も兼ねてぇ、準備したって訳なんじゃけど・・・・・あれ?

おえんかった?」

 

「・・・・・馬鹿なんですか、あなた?」

「は・・・ハハハ・・・・・ッ」

「・・・やれやれ」

 

IS統合部メンバーで部屋の飾り付け担当組だった金城の此の場に居た呆れ顔を晒す全員が抱いた思いを集約した疑問符とシャルロットの乾いた苦笑いと簪の溜息が木魂した。

そんな得も言われぬ気まずい状況に対し、春樹は「おんやー?」と何とか此の場を笑って誤魔化そうとするのだが、一方のセシリアは俯いて肩を震わし―――――

 

「ぅ・・・ッ・・・・・うわぁあああああ―――ン!!

『『『ッ!!?』』』

 

今まで抑え込んで来た感情を放出するかの様に有り余んばかりの声で泣き喚き出した。

まさかの彼女の反応に皆は大いにギョッとし、「何泣かせんのよ!」と鈴は春樹の尻をローキックで蹴りつけた。

 

「たらヴぁ!?」

 

「あッ、ち・・・ちがう、違うんですの鈴さん!」

「え?」

「わ、わた・・・私、私とても嬉しくて!

で、でも・・・なぜか、涙がッ・・・・・ぅウッ・・・!!

「ッ、セシリア・・・!!」

 

床へキスをかます春樹を余所に感涙を流すセシリアへ鈴やシャルロット達が、ぎゅうっと彼女にハグをした。

 

「・・・破ッ破ー!

計画通りじゃでよ!」

 

「うそこけ、このバカ」

 

「春樹・・・ちょっとカッコ悪い」

 

「・・・うるへーやいッ」

 

まるでコントの一幕の様な滑稽な場面の後、「さて、茶番はここまでです」とチェルシーの一拍手が響くや否や、何処からともなくズラーリッと様々な煌びやかなドレスが掛けられたキャスター付きハンガーラックが幾つも登場したではないか。

 

「オルコット家の女主人たる御方が、着飾る事なく御自身の誕生日会に出る訳にはいきません。

しっかりとおめかしをしなくては!」

 

「いや、別にいいんじゃない?

・・・てゆーか、あんた誰よ?」

 

「申し遅れました。

私、オルコット家の専属メイドをしております・・・チェルシー・ブランケットと申します。

どうぞよしなに」

『『『・・・・・は!!?』』』

 

チェルシーなる人物は殺されたものだと聞かされていた思っていた一部のIS学園勢はギョッと目を四白眼にした後、「ッ・・・春樹ー!」と実力行使で彼へ迫ったのであった。

 

「さぁッ、お前達!

御馳走を持って来た―――――・・・って、一体どうした!?」

 

完成した豪勢な御馳走を持って来たラウラには、とんでもなく渾沌とした状況に見えた事だろう。

しかし、こうしてセシリア・オルコット誕生日会兼聖剣奪壊作戦祝勝会の宴会が粛々と始まったのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

セシリアの誕生日会に招かれたのは、英国入国と共に裏で暗躍していた春樹のバックアップチームに回っていたIS統合部でも特に彼のお気に入りメンバーである芹沢(弟)や浅沼金城コンビに他複数名。

聖剣奪壊作戦参加メンバーからは、半ば強制的にバックアップへ配属されたデュノア夫妻や実践部隊へ配属されていた更識姉妹、鈴、シャルロット、そして―――――

 

「―――・・・随分と騒がしいな」

 

浅沼が持って来たカラオケマシンによって立食カラオケパーティーと云う喧騒の中、元テロリスト兼地上狙撃部隊でスポット役を担っていた織斑 マドカは慣れない状況に静かなれども若干の戸惑いを感じていた。

 

「ノッてるかい、アリーナァアッ!!」

『『『YEeeeeeeeeeeッ!!』』』

 

「・・・うるさい」

 

聞いた事もないアニソンや特撮主題歌が屋敷中に響き渡り、特に意外だったのが、シャルロットの実父にしてデュノア社社長のアルベール・デュノアが熱唱した『UFOロボ・グレンダイザー』の主題歌で大盛り上がりを博したのである。

 

「・・・楽しくない?」

「更識 簪・・・」

 

そんな慣れない状況に戸惑うマドカへ声を掛けたのは、傍から見ると変わりはないが、解る者からすればテンションが高い簪だった。

 

「・・・私は、こういう場は苦手だ。

どうすれば良いのか、わからん。

食べ物も・・・」

 

「美味しくないの?」

 

「いや、違う。

美味い・・・美味いんだが・・・何て言えばいいんだ?」

 

幼い頃よりテロ組織に所属し、同世代との関わりもなく、食すものと云えば、ビタミン剤やレーション。

そんな普通とは違い環境から離れた彼女には、今の状況は余りにも新鮮過ぎたのだ。

 

「これは甘いが、単純に甘いというわけではないし。

これは美味いが、単純に美味いというわけではない。

・・・よくわからん」

 

「・・・・・幼児なみにボキャ貧だね」

 

「ぼきゃひん・・・?

バカにしてるのか?」

 

「・・・ごめん。

でも、良い傾向だと思う」

 

「良い傾向だと?」

 

「うん。

()()()()()為の練習のね」

 

簪の言葉にマドカは「ほう・・・普通になる、か」と感慨深そうに頷いた後、マイクを手にアニソンを熱唱している浅沼の元へと駆け寄り、手を差し伸ばす。

まさか、今は仲間になっているとは言え、元テロリストの彼女から接近してくるとは思ってもみなかった浅沼はビクビクといつもの子狸状態になってしまう。

 

「おい」

「ひぃッ!?」

 

「そう脅えるな。

そのだな・・・私にもアニソンとやらを教えろ。

私も・・・私も歌ってみたい」

「ッ、なんと!!?」

 

再びのまさかまさかの提案にギョッとしたのは浅沼だけではない。

見た目で言えば、容姿端麗なマドカの容姿に金の匂いを感じた金城はカメラを回しだしたのであった。

 

・・・一方其の頃―――――

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「―――・・・どこに行ったのでしょう?」

 

夜の帳が降りた頃。

煌びやかなサファイアブルーのドレスを身に纏い、古城とも見紛う邸宅の通路を歩むのは、今宵の主役たるオルコット家の女主人、セシリア・オルコット。

彼女はシャンデリアが明々と光り、歌と音楽が響き渡る広間から抜け出すと其の場に居なかった()()()()を探していた。

 

其の人物は、セシリア・オルコットならびにオルコット家・・・恣意ては英国の()()とも云える程の御仁であった。

しかし、そんな()に対してセシリアは、未だ言っていない事があった。

 

「あッ・・・!」

 

漸くセシリアが目的の人物を見つけた時、彼は素晴らしく正確な剪定が施された中庭の中央部で、琥珀色が入ったガラス瓶を片手に月を眺めていた。

 

「・・・・・綺麗ですわ」

 

雪がチラチラと舞う夜空に浮かぶ月を見上げる男の横顔を見た時、セシリアは息を呑んだ。

何故ならば、月を見る彼の()()()()から零れる焔が遠目からでも確認できる程に輝いていたからだ。

 

「・・・・・・・・どねーかしたんか?」

「!」

 

そんな金色眼がギョロリと顔を動かさずにセシリアの方を向く。

其の向けられた視線に彼女の胸奥がドキんッ!と高鳴った。

思わぬ自身の感情に戸惑ったのか。「え、えと・・・ッ」とモジモジ戸惑うセシリアに対し、彼は白い息を吐きながら近づくと自分のジャケットを彼女へ羽織らせる。

 

「おいおいおいおいおい・・・誕生日パーチーの主役が、こねーな所で何をしょるんならな?

其れも・・・そねーに寒そうな恰好でよぉ?

雪が降りょうるんじゃぞ?」

 

「それはこちらのセリフですわ。

ジャケットを見た所、肩部分に雪が付くほど立っていらしたんでしょう?

何をしていらしたんですの、春樹さん?」

 

セシリアの疑問符に彼・・・清瀬 春樹は手に持っていたガラス瓶を振りつつ口を開けば、其処から何処となく酒精が香った。

 

「・・・雪見酒じゃ、雪見酒!」

 

「雪見、酒?」

 

「じゃーじゃー。

折角、英国貴族の邸宅に来とる訳じゃし・・・綺麗に整えられた庭を見ながらスコッチウイスキーを一献・・・乙じゃわぁ」

 

「・・・・・はぁ~~~~~ッ・・・」

 

「阿破破ノ破!」と奇天烈な()()()()()()をする彼にセシリアは大きな大きな溜息を漏らした後、何故か彼女は春樹へ自分の掌を差し伸べる。

勿論、此のセシリアの行為に春樹は疑問符を浮かべた後、彼は徐に其の掌の上へ自分の手を重ねた。

 

「・・・わん?」

 

「お手ではなくてよ!

そうではなく、私にその酒瓶を渡して下さい」

 

「えぇッ!?

折角のクリスマス・イヴなんじゃけん、没収は勘弁してや!」

 

「・・・・・違いますわ」

 

「阿ん?

じゃあ何で?」

 

「・・・・・気分だからですわ

 

「・・・何じゃって?」

 

「ッ・・・わ、私も・・・・・私も飲みたい気分なのですわ!」

 

勇気を出して振り絞ったかの様な言葉を放ったと同時にセシリアは春樹の手からスコッチウイスキーの入った酒瓶を奪い取ったではないか。

英国淑女、ましてや英国貴族令嬢にとってあるまじき行為に春樹は「え・・・!?」と目を点にして呆気にとられるが、そんな彼を余所にセシリアは春樹から取り上げた酒を勢い良く呷ったのである。

 

「―――ッ!!?」

 

バニラや蜂蜜を思わせる甘く華やかな香りと何処までも豊かで滑らかな味わい・・・を()()達は感じる事が出来るのだろう。

だが、今の今までオルコット家の若き当主として優等生の()()()()を背負い、不良行為と呼ばれる行為などやって事のない彼女にとって初めての()()には非常に()()()()()

 

アルコール度数が優に四十度を超える()()特有の野を駈ける焔の様な感覚が、彼女の口腔から食道を奔って胃の腑へ落ちる。

其のあまりの衝撃にセシリアは思わず口を抑えてへたり込んだ。

 

「あぁッ、もう!

初めてなのにそねーな飲み方するなや!

ウィスキーは、苦い薬を舌先で舐める様にして飲むもんなんじゃ!」

 

セシリアの蒸留酒で焼けた口を冷やす為、春樹は付近にあった雪を固めた雪玉を勧めた。

当然ながら彼女は此れを断るのだが、何やらクツクツとセシリアは両肩を震わせて来たではないか。

此の反応に対し、彼女の背中を擦っていた春樹は急性アルコール中毒を疑ってギョッと顔を強張らせて「おいッ、大丈夫か!?」と声を張り上げる。

 

「だ、だい・・・だいじょうぶ、大丈夫ですわ。

す・・・少し、驚いただけですの。

で、でも・・・・・フフッ♪」

 

金色瞳をカッと四白眼にして焦る春樹を余所にセシリアはおでこの上半分が赤みを帯びた、所謂()()()()()()顔でケラケラと楽しそうに笑い始めたのだ。

「何じゃ、酔ってるだけか」と糠に釘の様な表情を晒したが、どうも彼の思っている事とは違う様で。

 

「お酒って・・・お酒って、こんな味がしたのですね。

お父様やお母様は、二人でこんなものを飲んでいたのね」

 

セシリアは思い出す。

幼い頃のほのかな思い出を。

こっそり夜更かしをしたあの日。

ドアの隙間から覗いた先には、暖炉の前で琥珀色が入ったグラスを傾ける柔らかな表情を浮かべる父と母の姿を。

 

「私も・・・私も一緒に飲みたかったですわ。

お父様やお母様と一緒に・・・・・私もお酒を嗜みたかったですわ」

「・・・・・セシリアさん」

 

赤みがかった目の縁から零れたのは、顔へ落ちて来た雪が融けたものか。

其れとも―――――

 

「・・・・・申し訳ありません、春樹さん。

本当なら・・・本当なら私が手を汚さなければ・・・・・仇討ちの本懐を遂げなければならなかったのに。

私に度胸がないばかりに・・・ッ、あなたの手を借りて・・・・・あなたの手を汚して・・・!」

 

笑ったかと思えば、今度はセンチメンタルな暗い表情を晒したセシリアだったが、そんな彼女に対して「・・・・・破!」と春樹は鼻を鳴らす。

 

「俺の好きな台詞にこー云うんがある。

『銃は私が構えよう。

照準も私が定めよう。

弾丸も弾倉も入れ、遊底を引き、安全装置も私が外そう。

だが・・・殺すのは、お前の”殺意”だ』」

 

「え・・・?」

 

「つまり何が言いたいのかってーと・・・セシリアさん、あの時の俺は君にとっての銃じゃった言う訳じゃ。

そして、其の”銃”で君は仇討ちを果たした。

()()ッ、()()()

流石はオルコット家の御当主よ!!」

 

「じゃから謝る必要はない!」と「胸を張れ!!」と、春樹は口端を吊り上げて大いに声を発した。

一方、まさかの称賛の声にセシリアは目を丸くして呆気にとられてしまうが、そんな彼女に向けて春樹はこう続ける。

 

「じゃけども・・・此れで少しは、自分の事に構えるんじゃね?

一応は御家の事が落着したしよ」

 

「・・・どういう意味ですの?」

 

「いや、自分の人生にやっと本気で向き合えるんじゃねぇかと思うてよ」

 

最初、セシリアには春樹の云った事が解らなかった。

だが、僅かばかりとは云え、目の前の彼と同じ様な事を言われた事をセシリアは思い出す。

 

「ッ・・・春樹さん、あなたも・・・・・あなたも、”家の事などどうでもいい”と言うのですか?」

 

聖剣作戦が実行される前、セシリアは同じく作戦参加メンバーである織斑 一夏からこう言われた事を思い出した。

 

『「い、家の為って・・・・・()()()()()()()()()、そんな事!!」』

 

聖剣作戦に参加するのはオルコット家の当主としての責務の為だと、英国貴族としての()()の為だと説明した時、一夏が言い放ったのが上記の通りである。

しかし、勿論―――――

 

「阿ん?

ッ、おっと待っておくれ。

誤解を与えたのなら御免な」

 

「では、なぜッ?」

 

「俺が言いたかったのはな、セシリアさん?

オルコット家は君の()()()()()であっても・・・()()()じゃないって事じゃ」

 

彼の弁解にセシリアは再び目を丸くする。

春樹は、彼女の御家の名誉の為に戦う事や国家の為に務める姿を純粋に尊敬していた。

其れは今の日本人が忘れかけている『愛国心』と云う古き良き文化なのではなかろうかと彼は思っていたのだ。

 

・・・だが、春樹は知っている。

御国の為と、御家の為と、其ればかりに拘るあまり()()()に遭って来た人間達の()()を僅かばかりだが知っていた。

其れ故に彼は、セシリアに自身の人生に向き合うべきだと言いたかったのである。

 

「御家の事を想うのは悪くない。

じゃけど、自分の事も大切にしんちゃい・・・って、事を俺は伝えたかったの!

貴族としての矜持も大切じゃけど、君自身の人生も大切なんじゃなかろうか?」

 

親に叱られる前の子供の様におっかなびっくりの苦笑いをする春樹に対し、セシリアは何を思ったであろうか。

自分に金色の瞳を向ける同世代の男は、一体何を考えているのだろうかと()()()()()()()()

少女は恩人たる少年に対して強い()()を持ったのだ。

 

「・・・・・・・・春樹さん・・・私は・・・・・私は、あなたを―――――」

 

此の時、セシリア・オルコットは自分でも何を考えていたのか理解できなかった。

只、僅かに震える白魚の様な手で男の胸倉を掴み、朱鷺色に染めた頬と熱っぽく潤んだサファイアブルーの瞳を向けながら咄嗟に心内へ思い浮かんだ()()を勢いに任せて口から放とうとした―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――・・・其の時だった。

 

「―――――・・・破ッ!

やっとこさ、()()()()()()()()

来てくれねぇんじゃねーかとヤキモキしちまったでよ!!」

「・・・・・えッ?」

 

どんな男であろうとも自分に恋をしているんじゃないかと勘違いしてしまう程の熱と艶に満ち満ちた表情のセシリアを押しのけて、春樹は随分と凶悪な笑顔と共にピカピカに磨かれたコンバット・リボルバーを展開した。

さて、其の愛銃の口が向けられた先に居たのは―――――

 

「―――――・・・やぁやぁお待たせ、()()()()♪」

 

寝物語、『不思議の国のアリス』から飛び出して来たような珍妙な服装に身を包んだ()()()()

インフィニット・ストラトスの発明者にして、エクスカリバーの暴走を引き起こした黒幕たる篠ノ之 束その人が、まるで聖夜に舞い降りた天使の様に降り立って居たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆

・・・はい、ご覧の通りの有様です。
ですので、もうちょっとだけお付き合いして頂けると幸いです。
・・・すんません。


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216話


―――十九世紀の終わり頃。
ヨーロッパの国境にある都市にて、”ある男”が生まれた。
男は芸術家を志したが、()()()()()才能がないばかりに挫折。
其の後、ヨーロッパはおろか世界中を巻き込んだ()()()()()()()()()()()()()()()が起こった際、祖国の為にと参加。
伝令兵として勇敢に戦ったが、毒ガスにより目をやられて搬送された野戦病院で敗戦を迎えてしまう。
其れでも男は敗戦後も軍に残ってしばらく軍務を続けていたのだが、各地で共産主義を標榜する地方政権の一つに興味を持ち入党。

其処で男は今まで自分でも知り得なかった自身の”才能”を知った。
”演説”と言う名の才能を。

其の後、男は政治家としての才能を発揮し、瞬く間に党の顔となって党の実権を掌握してしまう。

今の今まで何者にもなれなかった男が、ひょんな事から自らの才能を開花させ、遂には国家体制の頂点たる”総統”の地位へと君臨したのである。
正に英雄譚と呼んでも過言ではない立身出世だ。

・・・・・だが、”力”を手にした者は大なり小なりと()()のが世の常。

酔う為の安酒に()()()()男は、()()()を掲げた軍団を率いて世界へ喧嘩を吹っ掛けたのだ。

男は狂気と熱気に浮かされた軍団で自らに逆らう者全てを屠り、殺し、奪い、焼き尽くす。
起こってはならない()()()()()()()()()()()()()()()()()()を引き起こした此の男に世界の皆は「最早此れ迄か!」と恐怖で慄いた。

しかし・・・そうは問屋が卸さない。

戦線の拡大と短期決戦の目論見が予想に反して外れてしまい、遂には敵国に東西挟み討ちされる形で戦況逆転を許し、更に戦況は悪化してしまった。

敵軍が首都に迫る中、進退窮まった男は「最早此れ迄か!」と自らの命運を自らの手によって終わらせたのだった・・・・・



―――――と、此処迄が欧州における()()の一部を簡単に説明したものである。
けれども、此れは()で語られる微々たる一部だ。
実は其の大乱の最中、()ではこんな事が起こっていた・・・・・

全世界を支配せんとする恐怖の軍団。
破壊と虐殺と略奪を繰り返す此の悪魔の軍団を討伐せんと()()()()()()()()()()は互いに資金や科学技術、人員等を出し合って此れを殲滅せんと誓い合った。
其の御蔭か、危うい場面がありながらも三国は此の軍団に打ち勝つ事が出来たのである。

・・・しかし、()()()()()だったのだ。

なんと!
三国が手塩にかけた()()()()を持ってしまったのだ。
しかも数多の戦いによって、組織は軍団の思考や思想に毒されていた。

皮肉にも軍団の遺伝子を引き継いだ組織は、住みにくくなった熊の国を出奔し、鷲の国と獅子の国を裏側から支配し、覇権を握ったのだった。

其れから八十年余り・・・
組織は未だ其の頂を陣取っている。
まるで此の世に未練を残した()()の様に・・・






 

 

 

「ッ、あ・・・あなたは・・・!?」

 

自身の両肩を包む様に掛けられたジャケットを強く握り締めながらセシリア・オルコットは目を丸くする。

 

其れも其の筈。

緊張が奔った事で表情を強張らせた彼女の視線の先には、後の世に『エクスカリバー事件』と通称呼称されるであろう実力行使型軍事衛星エクスカリバーの暴走を引き起こすだけでなく、英国ロンドンへ大量破壊兵器による攻撃と自身を巨大弾頭に模した特攻攻撃を行った黒幕・・・インフィニット・ストラトスを発明した()()科学者、篠ノ之 束が居たのだから。

 

「やっほー♪

世紀の大()()さまが、満を持しての登場だぜぇい☆」

 

まるで聖夜へ現れた天使の様に白衣を翻して降臨した束は、ダブルギャルピースと共に自分の目の前に居る()()へ笑顔を振り撒く。

けれども、彼女が無邪気な笑顔を向ける先には―――――

 

「・・・・・ッケ!」

 

白髪金眼の男・・・清瀬 春樹が、今にも唾を吐きそうな口をへの字に曲げた忌々しそうな表情で、降り積もる雪の様に白いリボルバーの撃鉄をガチリッと引き起こした。

 

「は・・・春樹さん、これは一体!?

どうしてここに篠ノ之博士がッ・・・!

それに先程の発言・・・まるで博士がここへ来るのを()()()()()()かのような!」

 

「応ともよ。

わかっとった・・・わかっとったさ!

此のキチガイ・・・篠ノ之 束は、俺に用があるんじゃけぇな!」

 

目を鋭利な二等辺三角形にして肯定の言葉を並べた春樹にセシリアは、「何ですって!?」と、もう何度目か数える事もやめた驚嘆の声を上げる。

一方で、彼の発した言葉に束はにんまり口端を吊り上げて自分の両手を合せ握った。

 

「やっぱり♪

はーくんは、束さんを待ってくれてたんだね☆

束さんの好感度爆上がりだよぉ♥」

 

照れ臭そうに身体をクネクネと捩りながら紅色に染まる火照った自分の頬を両手で包む束。

其の彼女の反応に春樹は思わずリボルバーカノンのトリガーを引きそうになるが、()()()は使えないとばかりに歯を喰いしばって堪える。

 

「なぜッ・・・どうして篠ノ之博士が、春樹さんに用があるんですの?」

 

「ンなもん知るか!」

 

「ちょっと春樹さん!

フザケないでくださいまし!!」

 

「ふざけとらんわ!

じゃけど・・・どーも()()()は俺に御執心の様じゃ。

じゃなきゃ、俺を引っ張り出す為に無力化したエクスカリバーをロンドンへ墜とそうなんて必要のない事せんわな。

そうじゃろう?

其れとも・・・俺の勘違いか?」

 

「勘違いであって欲しい!」と願う様に言葉を並べた春樹の発言にセシリアは「そんなッ、まさか!」と言いたげな表情を束へ向けた。

すると彼女は更にうっとり顔を蕩けさせる。

 

「むふふふ♥

はーくんったら・・・束さんの口から言わせる気なのぉ?

もうッ、意地悪さんなんだからぁ♥」

 

「ッ・・・あなたと言う人は!!」

 

語るに及ばずを体現したかの様な束の反応にセシリアは奥歯をグッと噛み締め、湧き上がる激情に身を任せて自分の専用機体ブルー・ティアーズを展開。

其の咲き誇る花弁の如き銃口を差し向けた。

 

「自分が・・・自分がなにをしたのかわかっているんですのッ?

もし、あのままエクスカリバーが墜落していたら・・・一体どれほどの犠牲が出たかもしれないと思っているのですか!!?」

 

セシリアは改めて激怒する。

巨体を誇るエクスカリバーが火を噴いてロンドンへ向けて墜ちてゆくと云う今でも鮮明に思い出す事の出来る身も凍る恐怖が、()()()()()()()の気を引く為()()に行われた事に彼女は激昂した。

最早セシリアの目に篠ノ之 束と云う人物は、いつの日か尊敬した偉大な発明家ではなく、余りにも子供じみた()()な理由で大量虐殺を行おうとした狂人にしか見えなかったのだ。

・・・だが―――――

 

「はぁ~~~?

なーんで、この束さんがそんな事を思わなくちゃなんないわけぇ?」

「なッ・・・なにを言って・・・・・!!?」

 

そんな怒れる英国淑女に対して()()()はキョトンと首を傾げた後、溜息を吐いた。相手を心底に馬鹿にする様な大きな大きな溜息を吐いたのである。

 

「この束さんにとったら、あんな年中曇った霧まみれの街に住んでる連中がどうなろうと別にどーだっていいのさ☆

・・・いや、ちょっと待って!

はーくんを引っ張り出せたんだから、ちょっとは役に立ったね☆」

 

「あッ、あなたと云う人は・・・ッ!!」

 

セシリアは奥歯を噛み締めて後悔した。

彼女はISと云う既存の兵器をガラクタへと追い遣り、()()()()()()()()()と云う其の特性から世界中の女性の地位を大幅に高めた篠ノ之 束と云う人間を尊敬していた。

ところがどっこい。そんな偉大な人物が人の命を()()()”塵芥”と認識している狂人であったのだから、セシリアの失望は大きなものであったろう。

・・・しかし、怒りのあまり今にも銃火器の引き金を引いてしまいそうになる彼女へ掌を見せる者が一人。

 

「―――・・・まぁ、待ちねぇや」

「ッ、春樹さん・・・!」

 

春樹はセシリアと同じ様に撃鉄を起こした愛銃を向けつつも冷静な態度で彼女に目配せをした後、不機嫌そうに歯を鳴らして束へ金色の()()()を向けた。

 

「篠ノ之 束・・・オメェにゃあ色々と吐き捨ててやりてぇ文言が幾つもある。

じゃけども・・・一つ聞きてぇ。

さっきオメェは、俺を引っ張り出す為にあのデカブツを倫敦へ墜とそうとしたって言ったよな?

どうして・・・なして俺に其処まで拘るか、関わるか?

オメェの関心は、あの出来の悪い()と人を無意識に見下している()()・・・そんでもって、其の糞垂れ鈍感愚図の()だけじゃった筈じゃろうがな!」

 

春樹の言い並べた三人の人物は、言わずもがな。

一人は、束の血の繋がった実妹たる篠ノ之 箒。

一人は、束の親友にして世界最強のIS使いブリュンヒルデの名を冠する織斑 千冬。

そして・・・其の千冬の弟にして世界初の男性IS適正者として発見された()()()()織斑 一夏であった。

 

「自意識過剰かもしれんが、俺はオメェに興味を持ってもらう程の人間じゃねぇ。

まぁ、世にも珍しい野郎のIS適正者じゃけん。

解剖してみたいってのは、よう解るが・・・其れ以外は、田舎から出て来た只のガキじゃ。

何がそねーに気に障る?」

 

渋い表情で言い放った春樹の文言に対し、隣で聞いていたセシリアは「・・・この人は一体何を言っているのでしょうか?」と仲間ながらに戸惑う。

 

其れも其の筈。

確かに彼は世にも珍しい世界で()()()の男性IS適正者である事は理解できるが、春樹の()()()は其れ()()ではない。

昨年まで地方の一中学生生徒だった少年が、IS学園へ入学して以降、僅かばかりの期間の内に成し遂げた功績の全てが、余りにも多大なもの過ぎるばかりであったからだ。

しかも最初は『偶然』『時の運』『まぐれ』『奇跡』『ビギナーズラック』の言葉が並べられていたのだが、いつの間にやら其れが『実力』の言葉だけで片付くようになり、修羅場を掻い潜る度に尋常ならざる能力を得ては高めた。

最早、清瀬 春樹を『無能なおまけ』と揶揄するのは、余程の目利きのない輩ばかりである。

けれども、当の本人たる春樹は無意識下に未だ自分を肯定できていない為、周囲とのギャップがあった。

 

・・・・・・・・だが、其れも()()()()()()()()()()()したのだが。

 

「ぷっふー♪

はーくんてっば、謙虚にも程があるってもんだぜぃ☆

でも・・・大丈Vだよ、はーくん!

はーくんがとーってもすごい事は、この束さんが保証してあげる!!

だから、自分にもっと自信を持ってもいいだよぉ☆」

 

「喧しい!

俺を解った様な口を叩くんじゃねぇ!

其れにキャピキャピ喋るなッ、煩わしい!!」

 

「えー、でもぉ・・・はーくんは、束さんと()()なんだよぉ?」

 

「・・・阿”ッ??」と、思わぬ束の発言に春樹の眉間に更にシワが寄る。

 

「同じ・・・?

どっかの差別主義が言いそうな、「自分は選ばれた存在」だとでも云うんか?」

 

「んー・・・束さん的には、そんなの全っ然興味なんだけど・・・・・()()()()どもが言いそうな頭の悪ーい感じだとそうなのかもね☆」

 

春樹は頭痛の為か、片手でこめかみを抑える仕草をする。

其れは寒さ対策と緊張緩和の為に飲んでいたウィスキーのラッパ飲みのせいでもあったし、目の前の無駄に明るく話の通じないキチガイ兎のせいでもあった。

 

「はーくんは束さんと()()

誰にも理解されないし、誰にも理解できない・・・そういう類い稀な特別な存在なの☆

だからね、はーくん・・・束さんと一緒に行こう?

束さん達を理解できない分からず屋な世界なんて捨ててサ☆」

 

一切の邪気のない満面の笑みと共に春樹へ手を差し伸べる束。

そんな()()とも云える彼女の発言に対し、セシリアは「何を馬鹿な事を・・・!」と更に不快な表情へしかめる。

・・・ところが。

 

「・・・・・そうかもな」

 

「ッ、春樹さん!?」

 

現在進行形で世紀の大天災に勧誘されている春樹はゆっくり瞬きをしながら引き起こしていた撃鉄を解除しつつリボルバーカノンの銃口を下ろし、空気がピリつく程の殺気を治めたではないか。

まさかの彼の態度変化にセシリアは目を剥いて叫ぶが、当の本人はすっかり戦意喪失状態で何かを呟き始めた。

 

「俺ぁ退屈でもええけぇ、平穏に人生を生きようと・・・生きたいと思っとった。

其れこそ吉良吉影の様な「激しい喜びはいらない。其の代わり、深い絶望もない。植物の様に生きる」事が俺の望む事じゃった。

じゃけど・・・ままならんなぁ!

ISなんぞに適性があるばっかりに俺の人生は、平穏とは程遠いもんになっちまったでよ。

俺の人生は滅茶苦茶じゃ!!

其れなのに・・・其れなのにッ!

どうして皆、俺を助けてくれんのじゃ?!

おまけじゃ、どうのこーの好き勝手な事ばっか言いやがって!!

俺ぁ・・・俺は・・・ッ!!」

 

ウィスキーの酔いが回ったのか。春樹は肩を震わせて俯きながら鬱々しく言葉を並べ立てる。

確かに彼の云う通り、男にも関わらずIS適性があるばっかりに春樹の人生は平穏とは逸脱したものとなってしまった。

其れこそ彼が今まで見て来た映画や漫画の中の登場人物が遭遇して来た災難で、春樹の心身はズタボロだ。

 

「そうだよねぇ、辛かったよね?

だけど、もう大丈夫☆

束さんが、そんな無能共に代わってはーくんを助けてあげるから!!」

 

そんな悲劇のヒーローの様に項垂れる春樹へ束は救世主の如く「ほら!」と自分の手を取る様に促す。

 

「いけませんッ、春樹さん!!」

 

「・・・セシリアさん?」

 

此の状況にセシリアは叫ぶ。

だいたい今まで春樹が経験して来た苦悩の多くは目の前の束が引き起こして来た災難ばかりで、其れを棚に上げて彼に手を差し伸べるなど言語道断な所業。

彼女は万に一つの不安からか、束が差し伸べた手を取らせない様に春樹を後ろへ引っ張らんと手を伸ばした。

 

「―――・・・うるさいよ、()()?」

 

「えッ?

―――――ぅぐッ!!?

 

だが、セシリアが彼の腕を掴む寸前、束は懐から取り出した魔法少女が持つ様な()()()()を振るう。

さすれば突如として、ピンポイントでセシリアの周囲だけへ強力な重力場が発生し、ズゥウウウウウ―――ッン!!と彼女の体を地面へ押し付けたではないか。

 

「お前の()()は、もう終わり・・・ううん、()()()()()()()の。

だから、もう引っ込んでくれない?

折角の名シーンなんだから・・・そこで這いつくばっててよ☆」

 

ぅ、ううッ・・・は、はるき・・・さん・・・!!

 

聖剣作戦時は親しげにセシリアの名を呼んでいたのは幻だったかの様に束は彼女を養豚場の豚を見る目で見下す。

 

「さぁ、はーくん!

束さんと一緒にこんな陳腐な世界から抜け出そうよ☆」

 

「・・・・・あぁ・・・」

 

再び思いを寄せる相手へ純真無垢な恋する乙女の様な笑顔を向けた束に対し、春樹はゆっくり顔を上げて彼女を見た。薄い笑みを浮かべてだ。

其の彼の浮かべた笑みに束は心が通じ合ったのかと嬉しくなって更に口端を吊り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――・・・けれども、束は理解できていない。

目の前の清瀬 春樹と云う男が、薄っぺらい理解力で手懐けられる訳がないのだから。

 

「・・・・・・・・そう言えばテメェ、福音事件の時に俺の左足を圧し折りやがったよな?」

「―――・・・へ?」

 

ダァ―――ッン!!

 

しんしんと雪降る聖夜に響き渡った一発の銃声。

其の発砲音の発生場所は、腰の位置で構えた所謂ヒップシューティングと云う格好で握られたリボルバーカノン。

無論、引き金を絞ったのは、先程まで鬱々しい言葉を並べ立てていた二人目の男性IS適正やたる清瀬 春樹。

なれば、細い白煙が未だ立ち昇るリボルバーの発射口から射出された弾丸は何処へ飛んで行ったのか?

・・・そんなものは決まっている。

 

ブシュゥウッ!

「ッ、ぎゃぁああああ!!?

 

0コンマ三秒の白銀の銃口から飛び出した絶対防御への貫通性能を持った対ISの徹甲弾は、すっかり油断していた束の左足の肉を抉り取った。

慣れない脱力の()()に手間取った為か。精度に少しの不備があり、左足の骨を砕き穿つには至らなかったが、全知全能気取りの自称天災科学者を地に伏せるには十二分である。

 

「オメェ、福音事件の時にようも俺の足を圧し折りやがって!

()()()()は返してやったが、此れで済むと思うなよ!!

徹底的に這いつくばらせてやらぁ!!」

 

「は、春樹さん・・・ッ!!」

 

グラミー賞ものの演技にすっかり騙されたセシリアは両眉を上げて安堵の表情となるが、一方の銃弾によって左足の一部を食い千切られた束は、見た事も()()()()()()()歯を剥き出しにした憤怒の表情で叫ぶ。

今まで()()()()に不覚など取られた事がなかった為、彼女の癪に障る事触る事。

 

こッ・・・このクソガキがぁああッ!!

うゲやァ!!?

 

激昂の絶叫と共に束が重力場を発生させる魔法少女のステッキ『王座の謁見』を振るえば、セシリアよりも酷くキツい重力が春樹の身体を圧し潰した。

メキメキと生々しい骨が軋む音が雪化粧の庭園へ響く。

 

うッ・・・ぅう・・・ッいたい、痛いよぉ!!

どうしてッ・・・どうしてこんな事するのさ、はーくん!!?

痛いッ、痛いよぉお!!

 

肉が食い千切られた事で血が吹き出す足を抑えながら転げ回る束は涙を流して絶叫するのだが、彼女には春樹に報復されるだけの理由が余りにも多すぎる。

ゴーレム事件では彼に危害を加え、福音事件では彼の足を圧し折ったうえでなぶり殺しにし、ワールドパージ事件では学園システムをハックして機能不全に追い遣り、其の気に乗じて現れた不法侵入者にズタボロにされたり、束にけし掛けられたハッカーによって酷い目に合わされたりした。

 

「こんな事?

こんな事じゃと、此の糞垂れが!!?

オメェにゃあ俺にブチ回される理由が、有り過ぎるんじゃボケェ!!

其れが何?

「一緒に行こう」?

「抜け出そう」?

阿呆な事抜かしてんじゃねぇよ、此のおわんごがッ!!」

 

束からの重力攻撃に堪えつつ春樹は漸う起き上がってリボルバーカノンを彼女へ突き付ける。

だが、凄まじい重力の為、狙いが定まらずに撃った弾丸は虫の様に転げ回って苦しむ束の身体を掠めるだけに留まるばかり。

其れ故に決定打に欠け、束の反撃を許してしまう。

 

「ッ、こんのぉッ!」

ぐギェええッ!!?

 

先程よりも何倍も強い重力が春樹に圧し掛かり、其の力によって再び地面へ叩き付けられてしまい、憐れな断末魔を上げた。

 

「生意気なのもはーくんの良い所なんだけど・・・今回は度が過ぎだよぉ?

そんな悪い子にはお仕置きが必要だよねぇ~?」

 

脚の負傷から来る激痛を抑え込んだ束は、ステッキを構えたまま春樹へと接近していく。

異常重力の苦しみに喘ぐ彼に最早抵抗する力はない。

此のまま放って置けば、春樹は彼女に一方的にやられてしまう事は必死。

 

「さ、させませんわ!!」

 

そうはさせまいと未だに這いつくばった状態のセシリアがブルー・ティアーズのビットを差し向けるのだが、此れを束はステッキを振るう事で無力化してしまう。

 

「邪魔すんじゃねぇ―よ!

役立たずは、そこで黙って土でも食ってろよ!!」

「くッ、うぅ・・・!!」

 

セシリアは自らの無力さに下唇を噛んで悔し涙する。

しかし、そんな彼女に対して春樹は口端を吊り上げてニヤリとほくそ笑んだ。

 

「破ッ・・・役立たず?

解っちゃいねぇな、天災様よ。

セシリア・オルコットと云う人間が、オメェよりもどんだけ()()()なのかをよぉ!!」

 

「は・・・春樹さん!?」

 

突然の称賛の声にセシリアは顔を真っ赤にするが、束は負け犬の遠吠えだと「なにを言っちゃってるのかなぁ?」と嘲笑する。

 

・・・だが、よくよく考えてみれば、不可解な点が此処にはあった。

束を誘い込むとは言え、此の男が何の()もなく一人庭園の中央で酒を飲みつつスタンバっていたのか?

―――――答えは・・・否だ。

 

「―――・・・さて、お待たせしました。

今じゃッ、()()殿()!!

 

「―――――LOS!

LOS!!

LOS!!!」

 

「・・・は?」

 

蟒蛇の声に合わせて雪の降り積もった垣根や石垣を掻き分けババァ―――ン!と現れたのは、漆黒の防寒装備を身に着けた()達。

其の狼達を従える熟練兵の号令により、人狼達は手負いの天災兎へ一気に襲い掛かる。

 

「な、なんなんだよ・・・なんなんだよぉ!!」

 

突然湧き出して来た狼達に兎は動揺し、持っていたステッキを振り回すが、其のステッキへ向けて一発の銃弾が放たれた。

 

ダァーーーン!

「ッ、冷た!!?」

 

発砲された弾丸はステッキに着弾するや否やパッキパキに凍り付いてしまい、其の機能を奪う。

 

「・・・破破破!」

「ッ、ド低能の分際でェエ!!」

 

まんまと相手を出し抜いた事にほくそ笑む蟒蛇へ血相変えて飛び掛かろうとする天災兎だったのだが―――――

 

「―――黙って見ていれば・・・私の”男”に何をしているかぁあ!!」

 

バチィイン!!

ウギぃい!!?

 

後方彼方の庭園を囲っている窓ガラスを割って飛んで来たベルトの様な捕縛縄が、回転運動を描きながら兎の振り上げた腕と青白い首へ巻き付いて拘束する。

そして、罠にかかった獲物を捕らえる様に黒頭巾を被った兵士達が刺叉状の捕縛道具で一斉に取り押さえた。

 

「大丈夫かッ、春樹!」

 

大捕り物を余所に焦燥感たっぷりの表情で地面に伏す蟒蛇へ駆け寄って彼を抱き寄せたのは、兎は兎でも()()()()()()()()方の()()()()ことラウラ・ボーデヴィッヒである。

 

「お・・・応、ラウラちゃん。

大丈夫じゃけど・・・何本か肋骨にひびが入ってる感じがすらぁな。

おー、痛ぇ!」

 

「え・・・えッ?

ら、ラウラさん!?

ちょ、ちょっと・・・春樹さん、これは一体どういう事なんですの?!」

 

あばらを抑えて痛がる春樹に今の状況が理解できないセシリアは目をパチクリさせて疑問符を投げ掛ければ、「私が代わりに説明してやろう!」とラウラが胸を張った。

 

「セシリアと春樹が()()()()()と話し合う前からミッターマイヤー准将率いる特殊部隊が、この庭で待機していたのだ!

・・・それで、セシリア?

悪いが、些か・・・いや、だいぶ折角綺麗な庭を掘り返したりしてしまった。

すまない!」

 

「えッ、あ・・・いえいえ。

・・・って、え!?

私達がここへ来る前から・・・って!?

あの人達、朝から土の中に潜っていたんですの?!」

 

「あぁ、閣下達にゃあ寒い思いをさせてしもうた」

 

「本当だ!

もし此処にターゲットが来なければ貴様の頭蓋に一発ぶち込んでやってるところだぞ、小僧!」

 

被っていた黒頭巾を脱いで見事な赤毛を見せたのは、今回の作戦実行部隊を率いたドイツ軍准将のクラウス・ミッターマイヤー。

そんな彼に春樹は呑み口を服で拭ったウィスキー瓶を投げ渡せば、クラウスは美味そうに其れを飲み干す。

 

「ッ・・・ど、どうして・・・どうして、はーくんは束さんがここに来るって思ってたの?!」

 

そんな和気あいあいとした春樹達を余所に雁字搦めで逃げ場のない取り押さえ方をしている束は、一体全体どういう事かと説明を求めるかの様に春樹へ問いかけた。

此れには、セシリアも同じく説明を求める様に視線を向ける。

 

「阿?

訳を話せば長くなるが・・・サラ・ウェルキンっていたろ。

アイツの頭ん中を()()()時に閃いたって訳。

どーせ、オメェさんの事よ。

聖剣作戦が終わった途端、緊張が解けた俺達に接触してくるだろうと思ってな。

じゃけど・・・まさか、こねーに手荒になるとは思わんかったが。

って、阿ーッ・・・マジであばら痛い。

此れ、折れてね?

折れとるじゃろ?

折れとるな、確実にッ・・・痛いでよ」

 

「だ、だけど・・・だけど束さんがここに来るなんて保障なかったはずだよ!

それなのに・・・なんで?」

 

不思議そうに首を傾げる束に対し、春樹はしてやったりの笑顔と共に歯を鳴らしてこう述べた。

「オメェを・・・篠ノ之 束と云う人間を()()()からじゃ」・・・と。

 

「ッ、束さんを信じた・・・?」

 

「応よ。

オメェは、ゲロ以下の臭いのするド腐れ野郎じゃが・・・きっと俺に会いに来ると思うとった。

じゃけぇ、来る事が解っとるなら・・・捕まえてやろうと思ってな。

オメェにゃあ色々と()()があるしな」

 

けれども、「ざまぁみろ!」と言わんばかりに口端を吊り上げる春樹に対し、其れを聞いた束は悔しそうに表情をしかめる処か。目を見開いた後にニッカリと三日月に口を歪めたのである。

 

「ふ・・・ふふふ♪

やっぱり・・・やっぱり、はーくんと束さん繋がり合ってるんだね!

だから束さんの事を待っててくれてたんだ!!

はーくんと束さんは、相思相あ―――――

「黙れ」バチィバチィイッ!

―――ギぃいい!!?

 

メンヘラ構文をのたまう束へラウラは相手を無力化させる為のテーザー銃を撃ち込む。

捕縛対象が此のイカレた兎である為、常人ならば意識を失う処か、感電死しても何ら不思議ではない出力だ。

其の御蔭からか。彼女の美しい紫髪はチリチリパーマとなり、焦げ臭い白い煙を口から吐いて白目を剥く。

 

こうして、這いつくばった()()の眩さに目が眩み、其の傲りから自らを狙う()()に気付かなかった()()()は、怒れる銀髪の()()に組み伏せられたのであった。

此の状況に終始?マークを頭の上へ浮かべていたのは、誇り高き()()だけである。

 

「まぁ・・・取り敢えずはじゃ。

十二月二十四日、午後八時二十二分。

住居不法侵入と傷害の現行犯で、オメェを逮捕するでよ。

国際指名手配犯、篠ノ之 束!」

 

「貴様には黙秘権がある。

証言によっては・・・いや、もう聞いてはいないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――◇◇◇◇◇―――――

 

 

 

―――・・・世界の至る所で賑わっていたクリスマスの喧騒が終わり、日本では「も~、いーくつ寝るとー、お正月ぅ~~~♪」の歌を幼い子供達が歌っているであろう此の頃。

 

早春に各国を震撼させた『男性IS適正者、発見!』の一報よりも同等とも云えるニュースが、世界を席巻する事となる。

 

速報!!!

国際指名手配犯・篠ノ之 束、逮捕!!!!!

 

十年前に起こった二十一世紀最大の大事件とも称される『白騎士事件』のみならず、数多くの大規模テロ事件に関与していると断定されているインフィニット・ストラトスの発明者、篠ノ之 束(24)が、潜伏先であった英国ロンドンで確保されたとの報道が全世界へ発信されたのだ。

 

罪状は、主に英国政府が保有する実力行使型軍事衛星エクスカリバーを暴走させ、ロンドンへの大規模破壊行為を行おうとした国家転覆罪。

次いで、外患誘致罪並びにテロ準備罪にエトセトラえとせとらetc……と。

普段のニュースでは決して聞く事もない罪状が、緊急特別報道番組へ出演しているキャスターの口から出るわ出るわ。

 

さて・・・此の師走の終わりに飛び込んで来た大大大ニュースを打ち立てた功労者と云うのが、北海沖で()()()()()()にも両国の友好関係確認の為に行われていた独軍と英軍の同時軍事演習へ参加していた少数精鋭の特殊部隊各員。

其の全貌は機密とされているのだが、()()として部隊編成されていたIS学園の生徒が、()()()()()()()()()ではあるが()()されたのだ。

 

一人は、暴走した軍事衛星エクスカリバーを鎮圧せんと宇宙空間に出撃した部隊へ配属された中国代表候補生の凰 鈴音。

 

一人は、同じく宇宙へと出撃した最近になって専用機と共に倉持技研から怒涛の急成長を現在進行形で遂げている(株)IS統合対策部へ移籍した若きA級技術者にしてIS日本代表候補生の更識 簪。

 

一人は、上記二名と同じ宇宙空間へ出撃した今回の一件で逮捕された篠ノ之 束容疑者の実妹にして現在一機しか確認されていない第四世代型ISを有する日本代表候補生の篠ノ之 箒。

 

一人は、地上からの超精密狙撃によってエクスカリバーを機能停止へ追い込む事に成功し、死中に活を見出した年若い学生ながら英国名門貴族オルコット家の当主を務めるイギリス国家代表候補生のセシリア・オルコット。

 

一人は、此の客員部隊を指揮して事件を終息に()()()世界最強のIS使いとして名を馳せるブリュンヒルデこと織斑 千冬。

 

そして・・・宇宙へ出撃した実戦部隊のリーダーの大役を()()、見事に暴走したエクスカリバーを()()()した世界初の男性IS適正者である織斑 一夏。

 

以下の此の六名が暴走したエクスカリバーを討伐せんとし、そして見事に戦働きをした()()()()()()だと英国政府が公式報告したのだ。

 

―――――・・・しかし、知る人が知るが御存知の様に此の報告には()()の”誤り”がある。

けれども、あの英国政府が直々に発表した公的報道に多くの民衆や自分達にとって()()()()()方を信ずる者達は此れを手放しで歓迎したのである。

 

此の出来事は、英国はおろかヨーロッパ全体の危機を救った”英雄”として彼女等と彼には此れから多くの称賛と感謝の言葉が掛けられ、此の英雄譚は末永く語り継がれる事になろう。

・・・ところが、そんな英雄譚誕生の裏で、酷く頭を抱える者達が居た。

 

 

 

「―――――一体・・・一体これはどうなっている!!?」

 

二度目の()()()()()()()()()()()()()()()が終わってから八十年余り。

未だ世界を裏から支配してやろうと画策する()()達の組織が本部を置いている()()()()()では、上記の様な悲痛な悲鳴が上げられた。

 

疑問符と共に頭を抱えるのは、先の英国で起きた聖剣事件によって緊急集会を開く破目になった国際的過激派テロ組織と名高い亡国機業、ファントム・タスクの主席メンバー達。

 

どうして彼等がこんなにも動揺しているのかと云えば、先の一件において、二つの()()政府を騙眩かし、七十億$以上もの費用をかけて建造した実力行使型軍事衛星エクスカリバーが跡形もなく()()してしまったからだ。

通称『聖剣計画』と呼ばれる計画によって、()()()()()()()()を牽制し、遂に世界制覇を画策していた野望が打ち砕かれてしまったのだから其の落胆たるや想像だに出来ないであろう。

 

しかも・・・当面のエクスカリバーの()()()として用立てていた五十億$相当の資金が()()()()になってしまったのである。

更に言えば、其の莫大な資金を管理していた筈のヨーロッパ支部とは音信不通であり、其の御蔭で隠蔽する筈だった聖剣事件が世間様へ明るみになってしまったのだ。

 

「我々の資金は一体何処に行ったんだ!?」

「いや、それよりも今回の一件に情報統制を一刻も早く敷くべきだ!!」

「もう遅い!

英国王室は、今回の一件に関わった者達へ大々的に勲章を授与するという噂もあるとの事だ!」

 

エクスカリバーの蒸発と維持資金の紛失によってファントムタスク本部にはパニックが蔓延し、一時は機能不全状態へと追い込まれる始末。

 

・・・だが、彼等は知っている。

今回の事件によって自分達を大混乱へ陥れた人物の名を知っている。

 

『『『おのれッ・・・おのれ!

許さんぞッ、()()()()()()!!』』』

 

長年、闇の世界の最大勢力として力を振るって来た彼等を現在進行形で苦しめるのは、世界初の男性IS適正者として発見された織斑 一夏の()に発見された世界で()()()の男性IS適正者、清瀬 春樹。

当初、彼は何の力も家柄も血筋もない()()()()()と思われていたのだが、どう考えても有り得ない速度で急成長を遂げるや否や、順調だと思われていたファントム・タスクによる日本制覇を瓦解させる事はおろか、其処から本格的なファントム・タスク撃滅運動を展開させた超危険人物なのだ。

 

勿論、ファントム・タスクは春樹を息の根を止めようと事ある毎に亡き者にしようと画策したのだが、其の度に彼は此れを撃退しては力を増していく。

此れでは埒が明かないと思ったファントム・タスクは、春樹を徹底的に調べ上げて弱みを握ろうとした。

・・・のだが―――

 

「・・・ヤツに対して解った事はないのか?」

「い、いえ・・・已然として、日本の中国地方にある岡山県T市の出身で、昨年まで公立の中等学校に通って―――――」

 

ダン!と、机を叩き付ける音が、清瀬 春樹に対して解っている事を述べている主席メンバーの発言を止める。

 

「馬鹿な事を言うな!!

我々に何度も苦汁を舐めさせてきた男が、ついこの間まで田舎のジュニア・ハイスクールに通っていたただの子供だと?!

もう少し真面な情報を持って来られなのか!!?」

 

ある一人の主席メンバーが放った叱責の怒号に「そうだッ、そうだ!」と同調の声が室内へ響く。

けれども、此れは()()である。

されどもどういう訳かファントム・タスクは此れを頑として拒んだ。

 

まぁ確かに長い間世界を牛耳っていた組織が、ある日突然出現した一人の男によって蹂躙されているのだ。

そんな自分達を窮地に陥れようとしている男が、昨年までただの田舎出身の小僧だと云うのは少々割に合わない。

 

()()()、此の男は日本政府によって秘密裏に育成された超凄腕工作員なのだと。

()()()、此の男は自分達と敵対している組織が造り上げた生体兵器なのだと。

 

・・・・・しかし、彼等の推測推論は大きな的外れ。

もし彼等が東西冷戦当時の冷静な思考力を保って居れば、こうはならなかっただろう。

 

世界で最も有名な名探偵はこう言っている。

「全ての不可能を除外して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても其れが真実となる」と。

しかし、今のファントム・タスクに真実を見極める為の審美眼は無くなってしまっていた。

其れは長いこと大きな力を持っていた為の()()であったろうし、()()でもあったろう。

 

目の前の真実を受け入れられず、ある筈のない実態を追い求める。

そんな組織に未来はあるのか?

 

「―――――・・・失礼いたします」

 

喧々諤々で責任の所在を探すファントム・タスク主席メンバーが集う部屋へ入室したのは、砂金の様に流れる見事なブロンド髪を持った絶世の美女と言っても過言ではない人物だ。

 

「モノクローム・アバターが隊長、スコール・ミューゼル。

主席連盟員の召還に応じ、推参致しました。」

 

主席メンバー達へ跪いての敬礼をしたのは、今まで多くのテロ事件に関与し、今回の聖剣事件では敵である筈のIS学園専用機所有者達と共に事件解決に尽力したファントム・タスク実行部隊を率いるスコール・ミューゼル其の人。

そんな彼女に向けて、一人の主席メンバーが自分の飲んでいた酒の入ったグラスを投げつけた。

 

「スコール・ミューゼルッ・・・この()()め!

貴様は一体何をやっていた!!?」

「ッ・・・申し訳ありません」

 

投げ付けられたグラスがパリ―ンッとスコールの頭部へ直撃し、彼女の綺麗な御髪を飲みかけの酒で濡らすと共に砕け散る。

其のせいで皮膚を切ったのか、赤い雫がスコールの顔を伝う。

 

「貴様の仕事はエクスカリバーの再起不能()()に留めて置く事だった筈!

それなのに・・・完全破壊を許すとは何事か!!」

「それだけではない!

折角こちら側で身柄を保っていた()()()()()をみすみす連中に引き渡すとは・・・言語道断だ!!」

「最早使い物にもならない貴様の部下、オータムの()()()()の猶予をやったというのに・・・どう責任をとるつもりだ?!!」

 

方々から飛び交う侮蔑を含んだ怒号叱責に対し、スコールはグッと下唇を噛み締めるが、クワッと目を見開いて立ち上がったではないか。

 

「お待ちください!

私達の不始末のせいで多大な損失を被ったのは、事実・・・ですが、成果も携えております!」

 

「なに?

成果だと?」

 

「はい。

彼・・・()()()()()、清瀬 春樹の正体についての確かな情報です」

『『『ッ、何だと!?』』』

 

スコールの発言に先程までの喧騒が幻だったかの様に一気に静まり返る。

 

エクスカリバーの暴走が発覚した際、春樹が必ず聖剣奪壊作戦の邪魔になるだろうと考えたファントム・タスク主席メンバーはスコールを介して束の子飼いであったクロエ・クロニクルに彼の暗殺をけし掛けた。

其れによって一時は春樹を瀕死状態まで追い込んだのだが、其処から彼はよもやよもやの復活に急成長の大強化を果たした。

其れが解ったのは、ロシア上空でIS学園勢を襲撃した元IS国家代表ログナー・カリニーチェが、()()()の様なISを纏った正体不明機が監視衛星で発見された事が切欠だ。

すぐに主席メンバーはヨーロッパ支局を取り纏める幹部達、通称『円卓の貴族』に警告を送った。

けれども実は此の時、円卓の貴族達は本部の主席メンバー達を出し抜こうと情報共有を行わずに独自行動をとったのである。

 

どうやらファントム・タスクも内に派閥争いがあって一枚岩ではなかった様だ。

もし、エクスカリバーが破壊されずに再起不能のまま円卓の貴族達の独自行動が成功していれば、彼等は本部から独立していた事だろう。

まぁ、其れも()()の話なのだが・・・・・。

 

「此の情報を元にあの忌々しい()()・・・『ファフニール』の喉笛を切り裂く事が出来ます」

『『『おぉッ!!』』』

 

そんなこんなで、今まで苦汁を嘗めさせられて来たスコールが持って来たという情報とやらに主席メンバー達は口端を吊り上げる。

されど・・・日本にはこんな言葉がある―――――

 

「それで、スコール・ミューゼル?

その確かな情報とは何だ?」

「ヤツは、ファフニールは一体どこの誰なのだ!?」

 

「まぁまぁ、皆様落ち着いて下さい。

それでは・・・・・()()()の口から説明してもらいましょう」

『『『・・・・・・・・はッ??』』』

 

呆気にとられる主席メンバー達を余所にスコールが王を迎え入れる臣下の様に再び跪いて深々と頭を垂れれば、其の彼女の影が()()()()()、人の姿形となって正体を現した。

 

「―――――・・・やぁどうも御集りの皆さん方。

「噂をすれば何とやら」・・・ってな!」

 

人の姿を借りた白髪金眼の蟒蛇が、『捕らぬ狸の皮算用』を体現していた()に抓まれた様な顔をする連中に()()()をニッカリと向けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――◆◆◆

 

 

 

聖剣奪壊作戦実行前。

刻々と作戦開始時間が迫る中、一人待機室でスコール・ミューゼルは神妙な面持ちで足を組んで腰を据えていた。

 

「・・・・・オータム」

 

大きな溜息と共に彼女が呟いたのは、愛おしい恋人の名前。

されど此処に相思相愛の人物はいない。

 

オータム。

此れがファーストネームなのか、苗字なのかは定かではないが、スコール・ミューゼルが心を寄り添わせる愛する恋人に変わりはない。

だが、彼女はある大酒飲みの()()との戦いで、精神退行を発症させる程に追い詰められてしまい、戦場へ立てなくなってしまったのだ。

 

仲間と云えども足手纏いとなってしまった人間は見捨てなければならないのが、世知辛くも此の世界の()()

しかし、スコールはオータムを見捨てる事なく、彼女を守りながら奔走したのだが、此れをファントム・タスクの主席達は許さなかった。

 

任務で英国へ入国した直後、オータムは主席達が使わせた執行部隊によって誘拐されたのである。

本来ならば其処でオータムは()()()()されてしまう手筈だったのだが、スコールが此れに猛反対した為に少しばかりの猶予が与えられた。

 

其れ故に此の任務を失敗する訳にはいかない。

されど、斥候として先に暴走したエクスカリバーへ送った姪にして部下のダリル・ケイシー改めレイン・ミューゼルと其の恋人にしてギリシャの代表候補生からファントム・タスクに鞍替えしたフォルテ・サファイアからの連絡が途絶してしまう事態に陥った。

 

しかも此れから暴走したエクスカリバーへ直接接触しようと云うのは、色々と問題のある()()()()()

敵として相手取れば、強力な能力を持つ機体を有しては居るものの此れ程マヌケで楽な()()はいないのだが、味方となると話が変わるぐらい()()な相手だ。

 

されど、そんな厄介な男が居る陣営にスコールは何度も苦汁を飲まされているのは何故か?

其れは今まで彼等の陣営には、尋常ならざる力を持った()()()()()が居たからである。

だが、今回の一件に彼はいない。敵としては()()な事この上ないが、味方となれば()()()筈の彼がいないのだ。

 

「・・・私がやらないとね」

 

スコールは()()した。

百戦錬磨の猛者であろうとも今回の一件は、生きて帰れるかどうか解らないと彼女は息を呑む。

 

「でも・・・・・オータム、あなただけは私が守るわ」

 

呼吸を整えてゆっくりと立ち上がったスコールは出撃する為に扉へと向かい、其のドアノブを捻った―――――

 

「―――・・・どうも」

「え・・・?」

 

開け放った扉の先に居たのは、薄く笑みを浮かべた表情で軽い会釈をする一人の男。

まだ顔にあどけなさが残りながらも彼は白髪であり、右目を覆う様な黒々とした厳つい眼帯をしていた。

此の突然現れた少年と青年の間に居る様な男に対し、スコールは思わず彼と同じ様に「え・・・えぇ、どうも」と会釈を返す。

すると彼女の行動に男は「ありゃ?」と首を傾げた後、「・・・あぁ!」と納得する科の様に頷いた。

 

()()で会うのは()()()じゃったな。

改めて・・・初めましてスコール・”ミザリー”・ミューゼル。

()()()()()!」

 

「え?

ッ、あなた・・・!!?」

 

自分の名前にミザリー、()()のセカンドネームを付けて呼ぶ男の()()()()()()を聞き、スコールは自身の目を四白眼にした後で自らの専用機ゴールデン・ドーンを展開しようとした。

ところが―――――

 

「ーーーゥぐッ・・・!!?

 

其れよりも早くスコールの身体は、男の背中から飛び出した蛸の触手の様なアームによって後方の壁へと押し付けられてしまう。

 

「卑怯・・・じゃと言われるじゃろうが、悪いね。

こうでもせんとアンタを取り押さえられんけんな」

 

「く・・・ッ!

随分と、手荒な事をするじゃないの・・・Mr.清瀬 春樹?」

 

悪びれる様子もなく謝罪の言葉を述べる男・・・二人目の男、清瀬 春樹にスコールは表情を苦痛に歪める。

 

「あなた、雲隠れしたって聞いていたのだけれど・・・やっぱり私を捕まえる為に潜んでいたという訳?

「敵を欺くなら、まず味方から」・・・まんまとやられたわ」

 

そう言ってスコールは少しばかり口端を上げた。

敵の奇襲を受けたとは云え、()()()()()にやられるのならば仕方がないと彼女は受け入れたのである。

されど観念して目を閉じるスコールに対し、春樹は「うーん」と首を傾げた後、彼女をゆっくり近くの椅子へと降ろしたのだ。

此の彼の行為にスコールは訝し気に眉をひそめて問い掛ける。「・・・どうして?」と。

然らば、春樹は歯を鳴らして歯を見せた。

 

「コイツは、()()()()でな。

実はアンタ・・・いえ、ミューゼル()()

貴女に頼みがありましてね」

 

「・・・頼み?」

 

「えぇ。

其の・・・どうか俺を貴女が所属する組織、ファントム・タスクの本部に案内してもらえません?」

 

春樹の頼みに彼女はギョッと表情を強張らせる。

勿論、スコールは彼に対して疑問符を投げ掛けた。「どうしてッ?」と。

まさか、自分を組織に売り込む為に仲介役になれとでも云うのか?

いや、此の男の事だ。きっと予想だにしない事をするのだと彼女は思わず()()()()

 

「どうして・・・ねぇ?

うーん・・・うん。

俺の母ちゃん・・・もとい母親曰く、戦争ってのはいつも無辜の民な力を持った人間の利益の犠牲になっちまう。

じゃったら、上のもん同士で勝負がつくまで殴り合えばいい・・・ってね」

 

「そ、それはまた随分と・・・・・って、まさかあなた!?」

 

春樹のやろうとしている事を察したスコールは再び彼の顔を四白眼でのぞき込めば、春樹は其れにいつもの奇天烈な笑顔で答えた。

此の反応に彼女は思わず口端を緩ませるが、其れは余りにも大それた行為である為にスコールは口元を抑えて唾を飲む。

 

「・・・・・出来るとでも思ってるの?

本気でそう思っているのなら・・・あなたは、正気じゃない!」

 

「正気じゃない?

()()を俺に聞く訳?」

 

「だ、だとしても・・・私がそう易々と協力すると思っているの?

私とあなたは敵同士なのよ!」

 

「あぁ、そうじゃ。

敵同士じゃから・・・敵じゃから信用できるんじゃ」

 

手を差し伸べる様に語り掛ける春樹にスコールは三度「どうして・・・?」と疑問符を投げ掛ければ、彼は先程よりもグイッと口端を吊り上げた。

今度は其の目に二つ金色の瞳を宿して。

 

「・・・京都の一件の後、あなたはあのヴァルキュリアに命じて警視庁を襲わせた。

じゃけど、本命はそっちじゃのーて俺が京都のモノレールでとっ捕まえたあのげすやろ・・・・・こほんッ。

もとい貴女の恋人、オータムを取り戻す事が本命じゃった。

・・・・・じゃけんじゃよ」

 

「・・・答えになっていないわ」

 

「まぁ、何が言いてぇのかって言うと・・・貴女にゃあ守るもんがあるって訳さ」

 

そう言って、春樹は自分の携帯端末を操作すると其の画面をスコールへ見せると彼女は画面を見た途端に三度目を四白眼に見開いた。

 

≪あッ、あー!

スコールだぁー!!≫

 

「お、オータム・・・!!?」

 

スコールが見た画面へ映っていたのは、ファントム・タスクの執行部隊に連れ去られた愛しい恋人、オータムだったのだ。

 

「な、なんでッ・・・何でオータムが・・・!!?」

 

「うーん、いやね?

ちぃっとばっかし人の頭ん中を()()機会があってね。

其れで面白いもんを見つけて・・・俺と銀髪黒兎ちゃんで救出したって訳なのヨ。

其れで・・・ねぇ?」

 

春樹は驚いて固まるスコールの肩を叩きつつ、歯を鳴らして彼女の耳へと囁く。

 

「此のまま連中の()()として、云うがままに虐げられ続けるか?

其れとも・・・俺の()()となって、大切な人と共に自由を謳歌するか?

さぁ、どうする?」

 

甘い誘惑を語り掛ける悪魔の様な彼に対してスコールは生唾を飲んだ後、遂に小刻みに震えながらニッカリと笑顔を浮かべて一言呟いた。

 

「フッ・・・あなた、生まれる世界か時代を()()()()わね」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆―――――

 

 

 

「ッ、す・・・スコール、これは一体どういう事だ!!?」

「貴様ァアッ、組織を裏切ったか!?」

 

何処からともなく突如として現れた春樹に驚愕したファントム・タスク主席メンバー達は、紹介文を述べたスコールへ向けて声を荒らげた。

だが、彼女は口を真一文字に結んで答える事はない。

其の代わり、春樹が皆を自分へ注目させる様に拍手をした。

 

「おいおいおいおいおい・・・そうイガるんじゃねぇよ。

折角、スコールさんが俺を紹介してくれたってのによぉ?

其れに・・・彼女は裏切ってなんかねぇでよ。

()()()()んじゃ」

 

朗らかな表情で場を宥めようとする春樹だったが、そんな彼の声など聞こえていないかの様に「敵だ、敵だ!」と、「侵入者だ!!」と騒ぎ立てる。

そんな彼等の慌てふためき様に春樹は口をへの字に曲げたと共に再び手を叩けば―――――

 

う”ゥッ!!?

んーッ!?

 

ピーチクパーチクと繁殖期の鳥の様に騒いでいた主席メンバー達の口が強制的に塞がれてしまい、其の場は一気に静かになった。

指揮者が指揮棒を振った後のオーケストラの様に動きを合せた彼等を見て、スコールはゴクリと生唾を飲んだ。

 

「―――――・・・思いついた!

此れから此の技を『ワールドパージ・ファンタズマ』と名付けよう」

 

()()()()()()()()

英国は円卓の貴族達へ行った様に春樹は、チェルシー・ブランケットが纏っていたIS、ダイヴ・トゥ・ブルーからコピーした単一能力『イン・ザ・ブルー』でスコールの影の中に潜んでいた際、建物全体に相手へ幻覚を見せる為のナノマシンを大盤振る舞いでばら撒いていたのである。

つまり・・・彼等は、スコールを部屋に入れた時点で()()()()()()のだ。

 

「よし・・・静かになった所で、自己紹介させていただきます。

俺・・・いえ、私の名は清瀬・・・清瀬 春樹。

云わずと知れた二人目でございますれば」

 

春樹は丁寧に自己紹介してお辞儀をするのだが、主席メンバー達は其れ処ではない。

瞬間接着剤でくっ付けられた様に閉じられた口を開こうと椅子から転げ落ちながらも躍起になってのた打ち回るばかり。

此れでは埒が明かないと春樹は苦しみ転げ回る主席メンバー達の中から一人を選んで、其の口にかけられた術式を解いた。

 

「ッ、はー・・・!?

はぁッ・・・ハァ・・・はァッ・・・!!」

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「き・・・きき、貴様ァ!!

私に一体何をした!?

我らは―――――

「あぁッ、やっぱ五月蠅ぇな!」

―――ひぃいいッ!!?

 

耳障りに喚く主席メンバーを春樹は、自身の専用ISから部分展開した先が鋭い三つ又ハンドアームで逆さづりにした後、一方的に自分の思いを述べた。

 

「テメェらみてぇな未練がましい()()が俺に会いたがってたから・・・態々来てやったんじゃで?

ちったぁもっと歓迎しろや!」

 

「ふ、ふざけるな!!

こんな事をしてタダで済むと思っているのか、貴様?!!」

 

「うん」

 

「うん!?」

 

レスポンスの速さに呆気にとられるファントム・タスク主席メンバーだが、確かにこんな事をしてタダで済むわけがない。

ヒュドラの首を斬り落としても再び斬り口から其処から毒牙を持った頭が生えて来る様に此処に居る連中を()()してもまた同様の輩が発生するだけだ。

なれば、どうするか?

 

「殺しても殺しても生えて来るんなら・・・()()()()()ば良いんじゃね?」

 

「か・・・かい、飼いならすだと?」

 

「応。

イギリスでやったみてぇにやれば・・・何とかなるじゃろ」

 

「い、イギリス・・・だと?

まさか、ヨーロッパ支局と連絡が繋がらないのは貴様のせいか!!?」

 

「じゃーじゃー。

今みてぇにテメェらの頭ン中にナノマシンを()()()()()さ。

アレじゃよ、あれ。

ジョジョの奇妙な冒険のラスボスで有名なディオの()()()みてぇな感じよ」

 

そう説明しつつ春樹は触手を主席メンバーの頭に触手を巻き付けた。

 

「テメェらは、此れから俺に従うんじゃ。

俺の為に働く事が、至上の喜びと思う様に頭ン中を()()()()()()()

じゃけぇ、安心して・・・・・俺に()()されろ

 

「・・・お・・・・・お、お前は・・・ッ!」

 

「阿ん?」

 

目の前の人の皮を被った狂気に主席メンバーは恐怖で色々な体液を身体から垂れ流しながら言葉を並べ立てた。

吊り上げられた悪人が許しを請う様に「お前は一体何者なのか」と。

すると彼は拳を振り上げて、こう言った。

 

「I am the righteous hand of God.

And I am the devil that you forgot」

 

其れはある歌の一節であり、翻訳するとこうだ。

 

「『俺は、神の裁きの手。

そして、お前達が忘れた悪魔だ』」

 

其の一節を謳った後、()を従えた()()は、()()()()()()へ近づく為の()()を踏み出したのであった。

 

 

 

―――――勿論、其の場へ聞くに堪えない悪党共の汚い断末魔が響き渡った事を此処に記入しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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217話


どーも初めてのフロムゲーたるアーマードコア6にドハマりし、コーラル漬になってしまっていた作者です。
なので・・・今回は3000字前後となっており、尚且つ此れにて聖剣編は終了となります。
もうちょっとこうしたら良かったなぁ~・・・とか思いますが、未熟な自分が憎らしい。

という訳で、最近のアンケートでワンサマー殿との和解はなしとなりました。
そんな彼でも色々な思惑がありながらも英国を救おうとしたので・・・()()()をあげなければいけないと思いましてね☻。



 

 

 

窓から差し込む月光だけが頼りの薄暗い部屋。

一見して室内には豪華な調度品や家具が置かれているのだが、酷く陰湿で重い空気が部屋中に立ち込めている。

 

「―――――俺は・・・俺は、何も間違ってない・・・・・!」

 

そんな陰気が漂う部屋の主たる()()は、ベッドチェアの上で頭を抱えてブツブツブツブツと()()()()()()

 

現在、彼は英国政府上層部が用意したホテルにおいて()()()()となっている。

軟禁の理由としては、英国領空内の其の更に上の宇宙空間で行われた極秘作戦において、作戦司令本部からの通達命令を受ける事無く独断専行で標的へ接近し、攻撃行動に移行した事が上げられる。

 

共に作戦行動を任ぜられていた同部隊員の諫言を無視して行われた此の独断専行による攻撃により、標的からの凄まじいミサイルでの反撃を受けた事はおろか、突出した彼を庇った隊員が損害を受けた。

更に標的からの熱戦兵器による反抗攻撃で、其の突出した其の彼までもが一時的ではあるものの行方不明となる失態をしでかしてしまったのだ。

 

其れでも何とか其処から彼等は奇跡的とも云える()()()()に成功。

更に作戦司令本部に潜んでいた()()()の妨害によって、()()な状況に陥れられてしまったのだが、()()()()が加勢した事により、彼等は一人の犠牲者も出す事なく無事に作戦完了へ至った。

ところがどっこい―――

 

―――――「でも・・・でも、あの時は()()()()()()()()んだよ!!」

 

作戦終了後、宇宙空間から英国への帰還した際、少年は作戦指揮へ携わっていた姉に対して上記の様な()()()()()()言い訳を並べ立てたのである。

素直に謝ってポーズでも良いから反省の態度を示していれば、幾分でも良かったのだろうが・・・いらぬ波風で煽ったせいで、スパーンとビンタからの軟禁部屋へドーンだ。

 

・・・けれどもだ。

自分の言い分を聞いてくれる訳でもなく、自分を諭す事を言ってくれる訳でもなく、ゴミをゴミ箱へ捨てるが如く、出入り口に守衛が居るホテルへカンヅメ。

反省の為とは言え、帰国のまでの間、外界との接触を断たれたハイティーンの少年は自分の此の扱いに納得がいってなかった。

逆にあんなにも()()()()自分を認めない周囲へ憤慨したのだ。

 

「なんで、俺がこんな目に!?」と。

「みんなを()()()のに・・・どうして!?」と。

「こんなの理不尽だ!!」と。

 

此の現状は、自分が何をやったのか()()()()()()()()少年の不満を膨らませるだけには十分過ぎるであろう。

そんな膨らんだ不満を発散する様に彼は身の回りにあった調度品へ憤りの感情をぶつけたのだが、代わりに生産されたのはボゥッとした虚無感のみ。

 

「くそッ・・・クソ、クソッ!

どうしてッ、なんで・・・俺が!?

俺はみんなを、みんなを守ったのに・・・なんでッ、なんで!!?」

 

幾度も幾度も、何度も何度も血色の悪い唇から紡がれる疑問符。されど其れに応える声はない。

いつも金魚の糞の如く少年について回っているポニーテール武士娘やツインテール中華娘は此処にはいない。

最近は二人の存在を、特に()()()武士娘の方を()()()()思い始めて来た少年だったが、此の二人が居れば幾分か今よりは()()だったであろう。

 

ポニテ娘は検査入院の為に病院へ搬送され、ツインテ娘は祝勝会を兼ねた学友の誕生日会へ行き、肉親たる姉は戦後処理に追われていた。

そんな中、少年は一人寂しく苦悩している。

 

 

 

 

 

 

 

―――――其れ故、彼のポッカリ空いた()()()()()()()()には十二分であった。

 

「―――――・・・一夏?」

「・・・え?」

 

自身の黒髪をぐしゃぐしゃに搔き乱してベッドへうずくまる少年・・・件の人物、織斑 一夏へかけられた一つの声。

彼は目元を真っ赤に腫らした生気の抜けた顔を其の声がする方へ向ければ、其処に居たのは一人の女。

一夏は自分に憂いの目を向ける彼女を知っていた。

 

自分を()()()()()、英国の危機の為に集まった専用機所有者一行と同行した専用機を持たぬ英国代表候補生、サラ・ウェルキン其の人である。

 

「な・・・なんでここにサラが?」

 

一夏の疑問は最も。

命令違反の処罰として日本への帰国準備が整うまでの間、面会謝絶の軟禁状態となっている此の部屋へ第三者が入室する事は禁じられており、其の為に扉の外には政府から派遣された守衛が立っていたからだ。

 

「あら・・・私、これでも国家代表候補生よ?

まぁ、オルコット卿のように専用機は持ち合わせてはいないのだけれど・・・部屋の前に立つだけの無粋な連中をどかせるくらいの権限はあるの」

 

そう言ってサラは得意げに鼻を鳴らすと一夏が居るベッドへ腰を下ろし、彼の虚ろな顔に自分の手を持って行った。

 

「・・・・・ごめんなさい、一夏」

 

「ッ、ど・・・どうしてサラが謝るんだよ?」

 

「だって・・・私のせいで、あなたには辛い思いをさせてしまったから。

私が・・・一夏をそそのかしたばっかりに・・・ッ!」

 

サラは、一夏が今の理不尽な状況に陥っているのは自分のせいだと謝罪の言葉を並べる。

心の底から彼の境遇を悔やんで()()()()()()()()()()()ご丁寧に涙を流してだ。

此のサラの態度に対し、一夏はハッと目を見開いて自分の頬に当てられた彼女の手をとった。

 

「ち、違う!

違うぜ、サラ!

絶対に・・・絶対にお前のせいなんかじゃない!!」

 

「でも・・・一夏、あなたとっても辛い顔をしてるじゃない」

 

「そ、それは・・・ッ」

 

弱弱しく口ごもり、目をうつ向かせる一夏に対し、サラは僅かばかりに()()()()()()()()と、しな垂れかかる様に身を任せて彼を抱きしめたではないか。

此の彼女の行為に「お、おい・・・!?」と一夏は再び目を見開いた。

いくら()()()()から『糞鈍感』と揶揄される一夏でも出てる所は出て、引っ込んでる所は引っ込んでる控えめに言ってもモデル並みのナイスバディな美少女との密着には顔を赤らめたのだ。

しかもよく見てみれば、サラの格好は男心をくすぐるなんとも言えない魅力があったのである。

そんなドキドキと胸を高鳴らせる一夏の耳元へサラはそっと耳打ちした。

 

「私・・・あなたを元気づけてあげられるのなら()()()()()()()()()()わ。

だって・・・だって、あなたは私の祖国を救ってくれた”英雄”なんですもの。

あの人達はあなたを「間違っている」と言っていたけれど、私はそうは思わない。

あなたは・・・一夏、あなたは何も()()()()()()()わ」

 

「間違っていない」・・・サラの一言に一夏は三度目を見開く。

「違う」「間違ってる」「ダメだ」と言われ続けてきた彼にとって最も欲しかった言葉であった。

一夏は自分を抱きしめるサラの顔を見る。今にも泣きだしてしまいそうな涙を我慢する幼子の様な顔で彼女の碧眼を覗き込んだ。

 

「そう、だよな・・・?

そうだよな?

俺、俺は・・・俺は何も()()()()()()よな?」

 

「えぇ、そうよ。

あなたは何も間違っていないわ。

あなたは私たちを守ろうとしてくれたのよね?

だったら、あなたが責められる()()()はない・・・でしょ?」

 

「そう、そうだ・・・そうだ!

俺はみんなを守ったんだ!

俺は間違ってなんかない!!

みんなが・・・みんなが()()()()()()ッ、()()()()()()()()!!」

 

重病人の如き青い顔が見る見る内に赤みを帯び、見開かれた血走った眼と共に一夏はサラの両肩をがっちり掴んで叫ぶ。

彼の心の奥底に溜め込んでいた不満が、今にも堪忍袋の緒が切ろうと一気に膨張したのである。

そんな鬼気とした()()を垣間見せ始めた一夏へサラは―――――

 

「―――・・・ンむッ

「ッ~~~!?」

 

サラはぐるっと両腕を一夏へ回せば、彼の口へ自分の唇を落としたではないか。

言わずもがな。此の突然の”キス”に驚く一夏だったが、まだ其れは()()()であった。

 

はむッ♥ くチュ♥♥ ちゃプッ♥♥♥

 

彼女は()()()()()()で一夏の唇を甘噛みしながら口腔内を舌で蹂躙し、其のままワザとらしくぴちゃピチャ♥音を立てながら彼の歯茎を丁寧に撫で、口から互いの唾液が溢れる程に舌を絡ませる。

そして、そんな深い深いキスが終わった後、二人の間にはつーッと月夜に照らされて銀色に光る線が形成された。

 

此のまさかのファーストキス並びに英国仕込みの濃密なファーストディープキスにぽーッと一夏は放心状態になった後、ワナワナと体を震わせ始める。

・・・そして、サラは自分の()()を確実にする為に()()()()()()を放つ。

 

ふぅ・・・ッ、フフ♪♪。

さぁ・・・次は、どうしたいの一夏?」

 

いくら糞鈍感屑と評される男と云えども・・・否定されて来た自分を肯定され、此処まで丁寧丁寧に()()()を用意された。

しかも邪魔する無粋な輩が入って来る事はない。

―――――・・・なれば?

 

はぁっ・・・ハぁッ・・・ハァっ・・・!!

さ、サラ・・・サラッ、サラァあああああッ!!

あンッ♥

 

憔悴していた心身から一転し、突如として男の本能たる獣欲を刺激された一夏は、其のまま欲望の赴くままサラをベッドへと押し倒す。

・・・其れから暫くの間、薄暗い部屋には男女の嬌声と軋むが木魂するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆

さて、新章なのですが・・・オリジナル編を少し挟もうと思っているのですが、どうでしょう?


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酔い覚まし:幕内・酔い覚めの水は甘露の味
218話



さて、今回から新章スタートです!
ふんどし占めていきましょう!!



 

 

 

「―――一つ、答えてくれ・・・遥々極東から来た()()()()()()よ。

私の人生に・・・・・私のしてきた事に()()()()()()()のだろうか?」

 

アダム・シュタイナーは、そう言ってぜろぜろと・・・今にもくたばっちまいそうな具合で、俺に問い掛けてくる。

まるで懺悔室へ告解に来た()()()()()みてぇに。

 

・・・俺ぁ、こう言う()()()は苦手じゃ。

ハンニバルの野郎なら得意な分野なんじゃろうが・・・こういう時に限って心の宮殿、マインド・パレスの自室に籠っとる。

多分、大方、絶対に此の状況を肴に紅茶かワインで一杯やっとるんじゃろうな。

 

・・・ッチ。

あぁ、もう、どうして・・・全くどうして、こうなったッ?

ただ・・・ただ俺は、可愛えかわええカワエエ俺の銀髪黒兎ちゃん・・・もとい、ラウラちゃんを()()()()()ーって報告に来ただけなんじゃが?

でなけりゃ、なして俺が老い耄れた糞垂れ()()()()()()()()()なんぞに会いに来なけりゃならんのか?

しかもラウラちゃんの育ての親たる閣下にお願いして取り計らってもらってよぉ?

 

・・・じゃけどもじゃけどもじゃ。

認める認めんの前にこう云うんは、形だけでも()()を果たしとかにゃおえまーな。

いくら戦争映画の定番悪役のジジイでもじゃ。

 

しっかし案の定・・・此のジジイ、ラウラちゃんの事を「出来損ない」だの「祝福がない」だののたまわりやがって!

酒瓶で頭をブチ回してッ、顔の生皮剥いでバーナーで炙ってやろうかと思うたわ!!

 

じゃけど・・・俺は大人になる事に徹した。

此のじじいの頭を斧でブチ回すシュミレートをした後、ニッコリ笑って毅然とした態度で応対してやったでよ。

・・・堪え切れんとあっかんべーしてしもうたが。

 

・・・・・今思えば、此のあっかんべーが余計じゃったと思う。

俺のあっかんべー・・・正確にゃあ越界の瞳、ヴォ―ダン・オージェで金色に変色した俺の目を見た途端、じじいの目の色が変わった。ついでにならんでもいいのに顔色も悪くなった。

此れをほっといて、野垂れ死にさせても良かったんじゃけど・・・そいつは寝覚めが悪ぃ。

俺は仕方なく、老い耄れの話を聞いてやる事にした。

 

・・・そしたら、どーだい?

えぇ?

此のじじいめ、()()()()()()()を喋り出しやがった!!

 

おんどりゃテンメェッ、ふざけるんじゃねぇ!!

もー俺ぁ、()()()()とは関わり合いたくねぇのに・・・モザイクだかモザイカだか知らんが、()()()()を聞いちまったら後に引けなくなっちまうじゃねぇか!!

 

俺ぁッ・・・俺は平々凡々に生きていきたいだけなのに!

吉良 吉影・・・とは言わねぇが、俺は普通に生きていきたいだけなんじゃが?!!

 

〈・・・前にも言ったと思うが、其れは無理な話だ〉

 

呆れた口調のハンニバル()()()()の声が聞こえて来たが・・・野郎の言う通りじゃろう。

 

解っとる、分かっとる・・・わかっとるんじゃけども・・・!

どうも未だに拒否反応が残ってる。

 

そんな人の葛藤も知らんと、じじいは俺にあるもんを渡して来た。

態々、後ろにいたクラウス准将閣下に救急車を頼んで部屋から出ていかせるなんて言う小細工を使ってまでじゃ。

 

「これは・・・私からの二人への結婚祝いだ」

 

そう云うて俺に渡して来たんは、幾つもの古い地図じゃった。

其ん時、俺は察してしもうた。

 

もしかして・・・いや、もしかしなくとも此の推定1940年代に作成されたであろう地図には、()()の在処が記されているんじゃろう。

 

・・・いや、ツーかあったの!?

マジであるもんなの?!

『黄金列車』って、眉唾物の都市伝説じゃないの?!!

 

「私の父が亡命計画を立てる際、高級将校からだまし取ったものだそうだ。

今まで有効活用して来たが・・・私には、もう無用の長物だ」

 

此のじじい・・・略奪品を資金にして研究してやがったな!

いらんわッ、そんな曰く付きの財宝!!

くれるんじゃったら、もうちょっと()()()な祝い金くれや!!

 

・・・そんなこんながありまして、若干()()()()()()なもんを俺に渡したじじいは、センチメンタルになったんか、こう言うた。

 

「一つ、答えてくれ・・・遥々極東から来た()()()()()()よ。

私の人生に・・・・・私のしてきた事に()()()()()()()のだろうか?」

 

知らねぇよ!!

つーか俺ァ選ばれしじゃのーて、()()()もんじゃ!!

・・・・・と言ってやりたかったが、此のじじいの言い分を鑑みるとどうもと思う。

きっと、此の翁は「できるか、どうか」を突き詰めたんじゃろうな。

其れが自分の使()()じゃと、()()じゃと思うて突き詰めたんじゃろう。

・・・なればじゃ!

 

「・・・えぇ、勿論。

意味ならありましたとも」

 

「どんな意味がだ?

私の生涯をかけた研究に・・・いったいどんな意味があったと言うのだ?」

 

再度問いかけてくるじじいに対し、俺は隣で神妙な面持ちをしているラウラちゃんを抱き寄せて大いに威張る事にした。

 

「こねーに可愛い花嫁を俺に出会わせる為にじゃ!!」

「ッ、は・・・春樹・・・!?」

 

紅玉リンゴみてぇに真っ赤なかわいい顔したラウラちゃんを愛でる一方で、じじいは渋く顔を歪めた。

 

「・・・・・傲慢で、不遜だ。

選ばれしものよ、もう一度名を聞こう」

 

「俺ぁ・・・いえ、私の名は清瀬・・・清瀬 春樹と申します」

 

じじいは俺の言葉に満足したんか。

ニヤリと笑った後、准将閣下が呼んだ救急車で運ばれていったんじゃったとさ。

めでたし、めでたし。

 

 

 

・・・しかし、よーよー考えてみるとあんまりじゃねぇか?

()()()()()にて早三年・・・特に此の()()は、あんまりにも激動過ぎる。

其れに加えて、まさかドイツくんだりまで来て、()()()()のとんでもない秘密を聞かされるなんて・・・・・

 

・・・・・こりゃあアレか?

本能寺の変を知った秀吉に進言した軍師官兵衛みたく―――――

 

〈―――・・・()()()()()()()()()()

 

ッ、出たなショッカー!!

・・・じゃなくて、ハンニバル・レクター!!

 

〈あぁ、私だ。

また、君は色々と考えすぎているな。

・・・ワインの友にするには、もう()()()ぞ〉

 

・・・そねーな事言うてもなぁ。

悩むじゃろう・・・いや、()()()()()()()()()()て!

色々と()()()が多すぎて、頭ン中を色々と整理したいんじゃけど?

 

〈そんな時間があると思っているのか?〉

 

・・・デスヨネー。

遅かれ早かれ、面倒事が頼んでもねぇのに向日からやって来るじゃろうなぁ。

・・・・・マジで糞、マジ糞フ〇ック!

 

〈では、答えは最初から決まっているな。

いや、そもそも・・・君はあの御老体から此の話を聞いた時、()()()のだろう?〉

 

・・・・・・・・なぁ、ハンニバル?

俺、最近気になってる言葉があるのよ。

『吾唯知足』の()()の言葉的な。

 

〈どんな言葉だい?

とても興味があるよ〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げたら、一つ。

進めば、二つ。

()()()・・・()()

 

 

 

 

 

 

 

―――◆◆◆◆◆―――

 

 

 

「・・・・・・・・阿ー、あ?

なんか、変な夢見たわ。

・・・()()が此れって、どーなんよ?」

 

夜明け前の白々しい空が窓辺から見える中、意識が半分覚醒した春樹はボケーッと眠気眼を開ける。

昨夜の酒が残っているのか、其れとも眠っている間に見た()が原因なのかは定かではないが、胸のあたりにムカつきを覚えた。

・・・けれども、起き抜け直後のそんな不快感が一切気にならない光景が彼の目の前には広がっていたのである。

 

くぅ・・・くぅ・・・ッ」

 

自分の腕にすっぽり埋まりながら安心しきった表情で静かに寝息を立てる銀髪の美少女にカッと目を見開きながら「て、天使がおる・・・!?」と愕然する春樹だったが、すぐに思考をフル回転させた。

 

 

 

―――英国で行った()()()()()の破壊と()()()()退()()並びに()()()()()の捕縛を終えた春樹は其の足で()()()()が蔓延っては牛耳る()()へ踵を鳴らして乗り込んだ。

事前に仕込んでいた()()()の協力もあってか、春樹は難無く敵本陣の懐へと飛び込み、尚且つ其の天魔外道共へ()()()を植え付ける事にも成功した。

 

『転んでもタダは起きぬ』とは此の事であろう。

初デートを邪魔されるばかりか、絶体絶命の危機まで陥った春樹であったが、持ち前のガッツとタフさで復活し、張り巡らせた策謀でもって()()()最大勢力たる組織を手中に収めたのである。

 

ジョジョの奇妙な冒険第五部主人公、ジョルノ・ジョバーナが入団から僅か九日間でイタリアンマフィアたるパッショーネの首領に上り詰めた様に春樹は一気にスターダムへと成り上がったのだ。

しかも此の間僅か三日ばかりの出来事である。

 

・・・だが、『飛鳥尽きて良弓蔵われ、狡兎死して走狗烹らる』と云う故事成語を春樹は知っていた。

此れは、空を飛ぶ鳥が居なくなれば幾ら良い弓でも蔵にしまわれてしまい、兎が居なくなれば、獲物を狩る猟犬は煮込み料理になる。

・・・つまり敵が居る時には用いられるが、敵が居なくなると用済みになるという意味だ。

 

話を戻すが、春樹のやった事は正に自分の敵・・・更に言えば、彼の上役達が敵視する勢力を打倒してしまった事に他ならない。

本来ならば此れは喜ばしい事なのだが、古今東西の歴史を鑑みるに天下人になった者達は誰しも今まで忠君愛国を示していた功臣達を粛正して来た。

 

彼は()()を少しばかりだが知っていた。

だからこそと云うべきか、春樹はファントム・タスクの()()()()成功を上役たる日本政府へ報告する事はなく、当たり障りのない報告書をデータ送信し、さっさと帰国の途に着いてしまったのである。

其れ故に春樹の()()()()()を知る者は、IS学園側では本人と彼の胸の中で眠る銀髪黒兎のみ。

 

「・・・・・よーよー思えば俺、でーれぇ頑張ったなぁ。

頑張ったけん・・・もうちょっと寝よ・・・・・」

 

今日までやって来た自らの()()に感心しながら、春樹はぎゅうっと想い人を抱き締めつつ再び意識を深く沈めていくのであった。

 

・・・・・そう云えば、一騒動終えた彼らが現在何処にいるのかと云うと―――――

 

 

 

―――◆◆◆―――

 

 

 

・・・あー・・・はれ・・・・・?」

 

ぼんやりと眠りから覚めたラウラ・ボーデヴィッヒは眠気眼をこすりながら身を起こし、キョロキョロと辺りを見回す。

すると周りには見慣れぬ調度品が多くあり、彼女自身も人から話で聞いていた”ちゃんちゃんこ”を纏って”炬燵”なるものに入っている事に気づいた。

 

「ッ、ここは・・・一体どこなのだ・・・?」

 

おっかなびっくりで状況整理と記憶を呼び覚ましていると自分の隣から間の抜けた鼻息が聞こえて来る。

其の音のする方へ視線を落とせば、雪の様に真っ白な髪を持った恋人、清瀬 春樹が随分と安心しきった表情で鼻提灯を膨らませているではないか。

そんな男のマヌケ顔を見て、ラウラはハッと全てを思い出して察した。

そう此処は―――――

 

―――「・・・ありゃー?

起きたんかな、ラウラちゃん?」

 

目を見開く彼女に声をかけて来たのは、隣で眠っている男と何処かしら面影が似ている中年の女性。

其の人物を視認した途端、ラウラは新兵の様に起立して敬礼する。

 

「お、おはようございます!

()()()()殿()!!」

 

此の彼女の行動に朝の支度をする女性・・・春樹の()たる清瀬 澄子は、ニコニコと笑顔を浮かべながら「おはようさん」と挨拶を返すのだった。

 

 

 

 

 

 

「そいじゃ、まぁ・・・あけまして?」

「あ、あけまして?」

「あけまして!」

 

「おめでとう!」

 

「父ちゃん、ワンテンポ早いでよ!」

 

「やかましいッ。

こっちは、もう腹減っとるんじゃ!

はい、乾杯乾杯!!」

 

英国での一騒動を収めた春樹とラウラは()()()()()()()()では日本にいる事になっている為、気取られずにさっさと()()()したのだが・・・なんと春樹はラウラを連れて、其のまま築十二年の平屋の実家へと帰省したのである。

本来ならばIS学園帰還してIS統合部へ事の顛末を報告せねばならないのだが、既に学園では終業式が行われた後で、尚且つ春樹の希望もあった為、此の様な個人行動が許されたのだ。

そんなこんなで年末の清瀬家に転がり込む事になったラウラだったのだが、春樹の両親たる父・清瀬 康史と母・清瀬 澄子は未来の()()なるであろう彼女を歓迎したのである。

・・・因みに春樹は、急な帰省に加えて同行者であるラウラの存在を伝えていなかった為に母・澄子に叱られた。

 

「春樹にラウラちゃん?

お雑煮の御餅は何個食べられそう?」

 

「え、あの・・・私は・・・」

 

「お母ちゃん、俺ァ丸餅三個がええでよ。

ラウラちゃんは最初は一個から始めたらええんじゃね?

ほれラウラちゃん、餅を食うんは初体験なんじゃけん」

 

「うん?

春樹、餅ならば私は何度も食しているぞ?」

 

「あぁ、ラウラちゃんよ。

正月に食う餅は、大福もちの餅とは別もんなんじゃ。

・・・毎年、此れのせいで何人も人死にが出とるしな」

 

「ッ、なに!?

日本人は、そんな危険なものを年明けに食べるのかッ?」

 

「そうなんよ・・・・・じゃけぇ、父ちゃん!

ちびちびちみちみ、よー噛んで食うんよ!!」

 

「やかましい!

人を年寄り扱いするんじゃねぇ!!」

 

「うるせぇッ!

心配しちゃりょーるんじゃけぇ、ありがとう思え!!」

 

「あッー、騒々しい!

やかましいんじゃッ、二人とも!!

ラウラちゃんがおるんじゃけぇ、ちったぁ静かにできんのんか!!

ごめんなーラウラちゃん、こねーに喧しゅうて」

 

炬燵を囲んで新年早々から騒ぎ立てる清瀬の男共をいなした母・澄子は、皆の前へ雑煮と共にまな板に載せられた白い塊をドーンと置く。

既に台の上に置かれていた重箱の御節料理に興味津々だったラウラの関心は、すぐに此の謎の白塊へと移った。

 

「は、春樹・・・これは?」

 

「応、こりゃーなぁ・・・()()()みりゃあわかるでよ。

なぁ、お母ちゃん?」

 

「そうじゃなぁ。

じゃあラウラちゃん・・・はい」

 

そう言って母・澄子はラウラに擂り粉木棒を渡す。

しかし、ラウラとしては成り行きとは言え、初めて訪れた恋人の実家で初めて味わう日本の正月料理と云う余りの情報量で未だ平常心を取り戻せずにいる。

そんな中で調理器具とは云え、いきなり棍棒を渡されて、目の前の白い物体を割れと云われたのだ。

・・・力加減を間違えるのも無理はない。

 

パッキィイイ!

「あ・・・!」

「「「!?」」」

 

振りかぶって勢い良く振り下ろされた擂り粉木棒は謎の白塊表面を粉々に粉砕し、室内に白い粒子を四散させてしまう。

実は此の謎の白い物体は、メレンゲと塩でコーティングされた清瀬家特性鯛の()()()()()()塩釜焼だった。

 

「ッ、も・・・も、申し訳ありません!!」

 

慣れない状況と騒がしさに心を乱されていたとは言え、恋人の実家を散らかしてしまった事にラウラは酷く動揺してしまう。

・・・・・ところが―――――

 

「「「ッ・・・阿ーーーッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!!」」」

「へ・・・?」

 

春樹をはじめとした清瀬家一同は大爆笑。

奇天烈な笑い声をカラカラ、ケラケラと家中に響かせたではないか。

 

「でぇれーやっちゃのー、ラウラ少佐さんは!」

「見た目によらんと力があるんじゃねぇ!」

「初笑いじゃ、初笑いじゃ!!」

 

快活に笑う清瀬一家に怪訝な表情をしていたラウラの顔は、何処かホッとした様で照れくさそうに頬を赤らめた。

其の様子は、まるで花の妖精が恥じらっている様である。

 

「・・・春樹、お前どーやってラウラ少佐さんを()()()()()()んじゃ?」

「ホンマじゃで。

我が子ながら、どうやってこねーに可愛らしい子を・・・?

ッ、あんたまさか何かラウラちゃんの弱みでも握って脅して・・・!」

 

「此の親共は我が子に何て事を云うんじゃ!!

俺はちゃんとラウラちゃんと・・・ツーか、だいたい俺の方がラウラちゃんから口説かれて―――――」

「「ほほう?」」

 

「は、春樹!!

余計な事を言おうとするな!!」

 

ギャーギャーと今年の清瀬家の正月は一羽の・・・いや、一人の()()を迎え入れた事により、一段と騒がしいものとなった。

・・・奇しくも此の新しい年の干支は『兎』である。

 

「そういやぁ、春樹?

オメェ、家にゃあいつまでおるんなん?」

 

正月料理を肴に大晦日の残りや新しく封を開けた酒を飲みだした清瀬家の野郎二人。

ラウラは母・澄子から春樹の好物を伝授されている。

 

「んー?

あぁ、五日までよ」

 

「なんじゃと?

九日までと違うんか?」

 

「いんやちょっと・・・あってな。

色々とやらにゃあおえん事があるんじゃ、()()()にゃあ」

 

「なーにが二人目じゃ!

アイエスだか、アイビスだか知らんが、たかだか()()()()()()()じゃろうがな」

 

「うーわ・・・元も子もねぇ事言うわ。

流石は、ロシアを未だにソ連じゃ云う人間じゃでよ」

 

「へん!

じゃけど春樹、あねーに可愛らしい恋人が出来たからじゃ云うて、遊ぶばぁしちゃおえんで」

 

「遊ぶばぁしとりゃせんわ!

こちとら()()退()()()()と大忙しじゃったんじゃで?」

 

「そりゃ()()()()()じゃろうがな!」

 

父・康史の発言に春樹はムッとして反論を述べようとしたのだが、此れをグッと堪える。

まさか、我が子が此れまでに国際過激派テロリストと幾度となく戦闘を繰り返し、更には国の窮地を救った等と夢にも露にも思ってはいない事だろう。

其れ故に春樹はグッと堪えたのだが、父・康史には彼が図星を疲れた様にしか見えなかった様で、「ほれみぃ!」と春樹を野次った。

 

「まぁ、じゃけどもじゃ・・・大切にせにゃあおえんぞ?

オメェにしては、天文学的運の良さなんじゃけんな!」

 

「・・・わかっとらぁ!

お父ちゃんもお母ちゃんの言う事をよー聞かにゃあおえんで?

また()()()()()・・・尿路結石が再発するでよ!

其れか、痛風よ!!」

 

「やかましい!

ガキが生意気にカバチ垂れるんじゃねぇ!!」

 

「其りゃこっちの台詞じゃ、糞ジジイ!!」

 

互いに互いを罵り合って「「阿破破破!!」」と笑い合う変な父と子。

そんな特異な酒盛りの後、春樹は酔い覚ましに家のベランダへと出た。

初日の出は最早天高く青空の頂点へと昇っている。

 

「・・・寒くないのか、春樹?」

 

薬酒イェーガーを片手に空を見上げる春樹に声をかけるのは、付箋だらけのノートを手に持ったホクホク顔のちゃんちゃんこを着込んだラウラであった。

 

「逆に?

酔ってて熱いって感じ?」

 

「・・・お前みたいな酔っ払いが、道端に寝て凍死するのだな」

 

「ラウラちゃんてば、辛辣ぅ~!

じゃったら・・・ぎゅうっとさせてやぁ!」

 

酔っ払い特有のウザったらしい態度に呆れた様な溜息を吐いたラウラであったが、彼女は両手を広げる間にポンッと納まる。

其れを春樹はギュウッと包み込んだ。

 

「むぅ・・・まったく酒臭いぞ、春樹!」

 

「そう言うラウラちゃんは、とってもええ匂いがするでよぉ」

 

「先程、御義母上殿とアップルパイを作っていたのだ。

春樹、お前の好物だと聞いたぞ?

初耳だったぞ!」

 

「ありゃー?

云うてなかったっけか?」

 

「聞いていないぞ!

・・・まぁいい、御義母上殿に色々と聞く事ができたのでな!

これから学園でもお前の好物を作ってやるから・・・覚悟しておけ!!」

 

「んー、ラウラちゃん!

言葉の使い方違くなくなくない?

じゃけど・・・ちゅきぃ♥」

 

クンカクンカと彼女の頭頂部を味わう春樹だったが、急に彼はラウラの手をとって目の前で跪いたのである。

キョトンと惚け顔をする彼女に対し、春樹はラウラのオッドアイを射抜く様に見つめてこう言葉を並べた。

 

「ラウラちゃん、ちゃんと言ってなかったと思うてね。

じゃけん、ちゃんと云うわ。

・・・・・・ラウラ・ボーデヴィッヒさんや?

此の俺の・・・・・清瀬 春樹の”妻”になっては貰えんでしょうか?」

 

「ッ・・・春樹・・・・・!!」

 

互いに互いがダサい柄したちゃんちゃんこ姿でありながら、春樹は自信満々の決め顔でラウラの左手薬指に指輪をはめてプロポーズの口上を述べる。

けれどもラウラは自らの顔面を朱鷺色に染めて、小さく・・・確かにコクリと頷いた。

・・・・・しかし、()()は其処からであったのだ。

 

「・・・春樹、お前の申し出を受ける。

受けるが・・・条件がある」

 

「じょ、条件?」

 

まさか、『条件』を出されるとは思ってもみなかった春樹はギョッと金眼四ツ目をウロウロ動かす。

だが、こうなったら腹を括ってやろうと彼はギリリ歯を食いしばった。

・・・『禁酒してくれ』なんて条件が出ない事を祈って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――・・・ところがどっこい。

ラウラの出した条件は、春樹の予想の斜め上を行っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――・・・春樹、私()()の者とも()()()()()

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・阿”い?

 

・・・どうやらドイツでの一件は、彼だけでなく彼女の考えにも()()を与えた様だ。

 

「え・・・えぇッ・・・・・え”え”ぇ”ェエエエえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!??

 

金眼四ツ目の蟒蛇殿の一年は、初っ端から大波乱である。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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219話


ゴジラ-1。
ゲゲゲの謎。
首。
・・・と、見てきましたが・・・2023年は話題作に恵まれましたなぁ。
さて、それでは今年納めの投稿です。



 

 

 

―――――『ヴァルキリー・アプレンティス』と云う年の初めに催されるU-18大会がある。

直訳すると『戦乙女見習い』を冠する大会なのだが、国際IS委員会から招待された人間しか参加する事が出来ないと云う限定的なものだ。

だが、参加人数が限定されている関わらず、世界大会『モンド・グロッソ』の前哨大会と評されており、過去の上位入賞者はモンド・グロッソで好成績を修めている。

 

そんな小規模でありながら意外にも注目されている大会にある人物の参加が噂された。

其の人物とは、二人目の男性IS適正者たる清瀬 春樹だ。

 

・・・ご存知の方もいるだろうが、『我らが刃』『IS学園の狂戦士』等の異名を複数所有して様々な事件において功名を挙げて来た春樹だが・・・其れはあくまでも表沙汰にできない()()()で立てて来た手柄だ。

 

一方で()()()での彼の評価を一言で言ってしまえば、”マイナー”である。

理由としては、春樹の意向を尊重した日本政府・・・正確に言えば、長谷川代議士の根回しによって素性が公表されなかった事と表舞台に立つ際にはフルフェイスマスクで素顔を隠した為である。

しかも()()()に携わる事ばかりが多かった事と公式戦に参加しても途中で発生した()()によって実績が有耶無耶になる事が多かった。

 

・・・けれども、そんな彼の表向きの肩書は『IS日本代表候補生』である。

世間一般の傍から見れば、名前以外は顔も素性も解らない男が何段もあるであろう工程をすっ飛ばし、専用ISの所有とエリートの肩書を名乗るのは不自然に見え、国内外から疑問の声が上がった。

此の声は、IS学園で発生した『キャノンボール・ファスト襲撃事件』で春樹が()()()()()を魅せた事で一旦の鎮静化したのだが、彼に対する不満の()()がまたしても再燃し始めたのである。

此れには、春樹がテストパイロットとして所属するIS統合対策部が第三世代型IS開発に成功し、其の機体が国防の主力機体となる事を危惧した倉持技研とゆちゃk・・・()()な議員達の思惑もあったのだが、皮肉にも春樹の活躍によって政府内で発言力のあった議員達は軒並み失脚し、跡に残ったのは口喧しいばかりで何の力もない者ばかりであった為、騒ぎ立てるのみに留まっていた。

しかし、此れがいつかは大きな火種となるであろうと勘ぐった長谷川代議士が、そんな彼らにトドメを刺す為に春樹へ提案したのが、公式大会への参加である。

 

長谷川は多くの観衆が見守るであろう大会で、唯でさえ高い彼の実力を魅せる事が出来れば、もう誰も文句は言わない言わせないと考え、自らが持つ全てのコネをフル活用してIS委員会からの招待状を勝ち取る事に成功。

そして、口八丁手八丁のついでに美酒を餌に春樹を丸め込んだ。

 

・・・・・ところがどっこい。

 

 

 

 

 

 

 

―――◆◆◆―――

 

 

 

「ラウラちゃんッ・・・ラウラちゃん・・・・・!!」

は、はる・・・はるきィいいっ・・・んギぃいい♥♥

 

兎年を告げる元日一発目からとんでもない()()()()を提示された新郎予定の清瀬 春樹は、何とかして新婦予定のラウラ・ボーデヴィッヒに考えを改めてもらおうと必死に()()した。

 

「頼む・・・頼むよ、ラウラちゃん!

俺にそんな酷な事出来ると思っとるんか?!

オラッ、ケツ上げろや!!」

だッ、だメェっ♥

こ・・・こりぃはぁッ・・・わた、わたち・・・わたしたちにぃ、かせられたしめい・・・だからァア!!

んほぉお”ッお”お”♥♥

 

両親の目を盗んでは、春樹はラウラを何度も何度も根気よく()()する。

自室で、屋根裏部屋で、風呂場で、トイレで、幾度となく()()()

 

「俺ァッ・・・俺ァ、君の事が好きなんじゃ!

君の事を愛しとるんじゃ!

俺にゃあ君しかおらんのじゃ!!」

わっ、わたひッ・・・わたひもはるきのことが、すきィいい♥♥

で、でもォ・・・わ、わかってほ・・・じぃイイ、ひぃぃいっ♥♥♥

 

「ッ、こっちが心底悩みょーるってのに・・・話の途中で、勝手に()()()()んじゃねぇ!!」

んっギィいいい♥♥

だ・・・だ、だったらおく・・・()()にひびかせるにゃあァッ・・・♥

ま、また・・・はててしまうから、キマっちゃうから♥♥

おく、ぐりぐりしないでぇええ♥♥♥

 

しかし、説得は快方に向く事はなく、其れどころかどんどん意固地になってしまうラウラ。

此れには春樹も思わず感情的となってしまい、二人のやり取りはヒートアップしていく。

 

「俺、ラウラちゃん以外に()()()()()をしとーはねーんよ!」

お、おとこ・・・おとこというもにょはッ・・・だれもが、()()()()をつくりたいとおもっているときいたぞ?

 

「野郎の誰も彼も皆が、作りたいと思っとる訳じゃねぇの!

ツーか、誰じゃあそねーな事を云うたのは?

待て、言わんでも判る。

クラリッサ大尉あたりじゃろう・・・な!」

っ、あヒぃい゛い゛ッ♥♥

いきゃあ゛ぁ゛あ゛あああ♥♥♥

きゅ、きゅうにうちつけてくるにゃぁああ♥♥♥

春樹は怪訝に眉をひそめる。

ラウラの身内とも呼べるIS部隊、シュヴァルツ・ハーゼ内の隊員達は日本文化とヲタク文化を混同している者がほとんど・・・というか、全員。

そんな者達が良かれと思って彼女に色々と吹き込んだのだろう。

御蔭で色々な()()()に興じる事が出来たのだが、其れは其れ此れは此れ。

ありがた迷惑と言っても差支えない。

 

はる、はるきっ・・・き、キス・・・キスしてほしい♥

ちゅうしてほしいッ、ちゅう♥♥

「じゃったら、考え直してくれるな?」

 

い・・・いやぁあッ♥

それとこれとは・・・はなしがべつだぁ♥

「ワガママな事言っとるんじゃねぇよ!

まぁ、ええわ・・・ほらッ舌だせ、舌!!」

もごぉッ♥♥♥

 

卑猥な音を発てながら互いに互いを喰らうが如く貪り合う二人。

ラウラの絹の様な柔肌に幾つもの()()()が至る所に咲き乱れ、春樹の屈強な背に()が付けられる。

彼の()()が彼女の()()を抉る度に花と傷は増えた。

 

「ッ、あぁ糞!

もう出る!

出すからな、ラウラちゃん!!

君の()()ん中にタップリと!!」

いいぞっ・・・そ、そそいで・・・そそいでくれ♥

はるき、おまえ・・・おまえの()()を、わたしのなかにっ♥♥

 

「じゃったら・・・俺ので()()んじゃぞ!

しっかり俺の子供をな!!

この雌兎がッ!!

―――ぐぅ・・・ッ!!

っ、いくイク゛ゥうううううう♥♥♥♥♥

 

自身の肚の中にどぷどぷと注ぎ込まれる春樹からの遺伝子情報にラウラはトロトロの蕩け切った表情で白目を剥いて海老反り状態となる。

一方の春樹は、そんなラウラの身体を押込める様に抱き締め、最後の最後まで()()()()()

 

しゅ、しゅきぃ♥

はるきの()()()()・・・さいこぅ♥

「はぁ・・・はぁ・・・ッ!

其れでラウ、ラウラちゃん・・・考え直してくれた?」

 

ひ・・・ひぁ・・・ひぃ・・・♥

あ・・・あぁ・・・・・ッ、は・・・春樹・・・?」

 

「うん?」

 

「この・・・この調子で、私()()()()()()のだぞ?」

 

「・・・・・・・・此の婬乱雌兎がァア!!」

っうにゃぁあ゛あ゛ぁあ゛ア゛ア゛♥♥♥♥♥

 

・・・・・春樹によるラウラの説得は難航に難航を極め、彼女が一時帰国する三十分前まで粘ったのだが、結果は有耶無耶のままとなってしまった。

今の所、()()()()()の掌の上で蟒蛇は踊らされている状態である。

其のせいで―――――

 

 

 

 

 

―――◆◆◆―――

 

 

 

「はぁああ・・・ッ」

 

新年を祝うIS大会ヴァルキリー・アプレンティスに出場する()()()()、清瀬 春樹は選手控室を兼ねた整備室のベンチに胡坐を組んで頬杖をついて大きな大きな溜息を吐き連ねる。

其の何処か憔悴感を漂わせる姿に対し、彼を遠目から見ていたIS統合部の技術者達は目配せをした。

 

「・・・なぁ、おい?

我らが刃は一体どうしちまったんだ?」

 

「おいおい、これから試合だってのにあんな調子で大丈夫か?」

 

「なんでもあの銀の君・・・ボーデヴィッヒ女史とひと悶着あったらしいですぜ?」

 

「マジかよ!?

あんな仲睦まじそうにしてたのに・・・原因は?」

 

「やっぱそこだよなぁ・・・私、気になります!」

 

『我らが刃』と慕う自分達よりも年下の少年と其の恋人との()()()()に技術者達は興味関心を向ける。

・・・しかし、今はそんな事に気取られている訳にはいかない。

 

「おい、清瀬!

ちゃっちゃと準備しろ!」

 

ぶっきらぼうに注意するのは、彼の専用IS機体たる琥珀の整備を終わらせた芹沢 早太技術員。

彼は扉でもノックするかの様に春樹の頭をコツリ小突いた。

 

「芹沢さぁん・・・もうちぃっとばっか、優しくして下さいや。

俺ってば今、ブロークンハートな悩めるガラスの十代なんじゃけども?」

 

「は?

なーにがガラスの十代だよ。

こちとらお前がウルヴァリン並みにタフなの知ってるんだからな。

いいからとっとと動け!!」

 

渋そうに表情を曇らせる春樹の文言をバッサリ叩き切った芹沢は、彼に行動を促す為か、ベンチを蹴る。

此れに春樹は口をすぼめて重い腰を上げ、トボトボと歩いていった。

其の曇った表情と猫背で歩く姿は、とても()()()()()をする様な人間には見えない。

 

「ちょっとちょっと芹沢さん!

ちょっとあんまりじゃないですか?」

「そうですよ!

我らが刃は今、銀の君と()()してしまった事に心を痛めてるって云うのに!」

 

「ハァ~・・・あのなぁ、お前ら!

今回の大会は、あいつの・・・清瀬の実績作りの為に出場したいう事を忘れてないか?」

 

「だからって・・・あんな言い方は、感心しませんぜ?」

 

「今大会は、()の人達がメンツを立ててる所もある。

それなのに・・・タダでさえ()()()()()ってだけで注目されてるんだ。

ちゃんとしてもらわねぇとこっちが困る。

それに・・・・・」

 

『『『・・・それに?』』』

 

芹沢は顎髭をポリポリ搔きながら忌々しそうに口をへの字に曲げて一言のたまわった。

 

「これからアイツが戦う相手は、どいつもこいつも()()()()からな」

 

 

 

―◆―

 

 

 

「フーフフん♪」

 

ヴァルキリー・アプレンティス大会の対戦コロシアムが一望できる全面ガラス張りのVIP席から会場を臨む一人の少女。

彼女は美しいオレンジブロンドをユラユラ揺らしながら鼻歌を口ずさんでいる。

そんな傍から見てもウキウキ気分の着飾った美少女へ微笑ましい視線を送るのは、これまた見栄えの良い一組の夫婦。

 

「フフッ、随分とご機嫌な様子ね」

 

「ッ、そ・・・そうかな?」

 

「えぇ、そう見えるわ。

鼻歌なんか歌っちゃって・・・ねぇ、あなた?」

 

「あぁ、本当にな」

 

「ウフフ♪」「アハハ!」と手に手を取り合って笑う両親に対し、少女は照れ臭そうに自分の頬へ手をやる。

 

「しかし・・・良かったのかい?

()に会いに行かなくても?」

 

「そうよ!

せっかく綺麗に仕上がってるって云うのに!!」

 

「そうだ!

今からでも間に合う!

激励の為にこれからみんなで控室に行こう!」

 

両親は口を揃えて娘へ()()()()()に会いに行けと勧めるが、少女は「・・・ううん」と首を縦には振らなかった。

 

「ダメだよ、お父さん!

だって・・・()()は、これから試合なんだよ?

お邪魔しちゃったら悪いよ!!」

 

「いいえッ、そんな事はないわ!

こんなにも美しい女の子が自分を訪ねて来てくれるなんて・・・喜ばない男なんていないわ!!

もっと自分に自信を持ちなさいッ、()()()()()()!!」

 

そう言って母、ロゼンダ・デュノアは娘であるシャルロットの両肩を力強く叩く。

此れには父、アルベール・デュノアも大きく頷きを入れた。

 

「それに・・・それによ!

今、彼の横にはあの()()()()はいないのでしょう?

これは・・・チャンスよ!!」

 

「ッ、ちょっとおかあさん!?」

 

昂った感情を含んでヒートアップするロゼンダだったが、そんな彼女を夫であるアルベールが「まぁまぁ」と宥める・・・かと思いきや。

 

「シャルロット、私はMr.清瀬を・・・いや、春樹くんを()()と呼んでも構わないと思っている。

いや、むしろ息子と呼びたい!!」

 

「お父さん!!?」

 

デュノア家にとって清瀬 春樹と云う人物は『大』の字が三つ連なる程の大恩人。

しかも恩を施した事を恩着せがましく語り連ねる様な真似もしないどころか、大きな利益を招きこんで来る始末。

そして、何よりも春樹の才能と度量と人柄に娘と同じくらいデュノア夫妻は惚れ込んでいたのである。

 

「シャルロット、諦めちゃあだめよ!」

「そうだぞ、シャルロット!!」

 

「・・・・・うん、わかってる。

わかってるよ。

でも、会うのは試合が終わってからにするよ」

 

「・・・何か考えがあるのね?」

 

「うん!

我に秘策あり・・・だよ!!」

 

鼻息荒い両親に対し、シャルロットはキリッと表情を整えて大きく大きく頷きを入れた。

 

「だって・・・・・・・・もうラウラからは、()()()()()()()()からね」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆
皆様、どうぞよいお年をお迎えください。
そして、来年もどうぞよろしくお願い致します。


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220話


謹賀新年!
どうも明けましておめでとうございます。
rainバレルーkでございます。

本年もどうぞよろしくお願い致します!!
諸君、今年も私はハーメルンで活動するぞ!!



 

 

 

INFINITE STRATOS NETWORK

NEWS!!!】

≪ンひ♪

さぁ皆さん、大変長らくお待たせしました!

新年の幕開けを祝うビッグファイト!!

次世代のブリュンヒルデの登場に期待する熱いファンの要望に応えて、全世界に衛星生放送で放送しています!!≫

 

新しい年を迎えた世界中の映像放送媒体のモニター画面において、インフィニット・ストラトスU-18大会『ヴァルキリー・アプレンティス』を伝える映像が流れた。

内容としては、今大会においてIS委員会より招待された各国の()()()()()()()()()たる国家代表候補生の紹介である。

しかし、代表候補生と云っても()()()は大なり小なりの他大会で優れた好成績を修めて来た粒ぞろいの精鋭で、中には前大会において優勝を経験した者も出場していた。

・・・そんな中において良くも悪くも()()な存在感を漂わせる出場者が一人―――――

 

≪誰もかれもが優秀な結果を残している選手の中で、注目・・・いや、大注目の()()選手と言えば、この人!

()()()の男性IS適正者にして公式戦大会初出場の『ハルキ・キヨセ』!!

なお彼が所属する日本のIS企業、IS統合対策部から提供された本人の宣材写真は、なんと写真一枚!!

しかもコミックヒーローにでも出てきそうな目が四つあるヴィランの様なフルフェイスマスク姿だぁ!!≫

 

≪ここまで素顔を隠すなんて・・・余程の理由がありそうです≫

 

≪噂によれば、日本政府の()()()と評されているそうですが・・・今大会で、それが()()()()()()()()()()と暴かれてしまう可能性も示唆されます!≫

 

≪はははッ!

なんにしても注目される選手に違いはないですね。

名を上げるか、それとも誰かの()()()になるか・・・楽しみです!≫

 

≪さて、私は毎度おなじみのISアナウンサー、キンブル・ドゥ!

解説は、第二回ヴァルキリー・アプレンティス大会チャンピオン、ルーシィ・ハンネス氏でお送りいたします。

今回もよろしくね!!≫

 

仕方のない話だが、今まで表舞台でなりを潜めていた為、解説者並びに会場にいる大多数の人間が清瀬 春樹を()()見ていた。

中には、神聖なISを冒涜する汚らわしい男として会場外で抗議活動を行う女権団体まで現れる始末。

 

・・・さて、そんな色々な意味で注目されている()()()()が、いよいよを持って堂々の登場である。

 

 

 

―――◆―――

 

 

 

インフィニット・ストラトスU-18大会、ヴァルキリー・アプレンティス。

其のDブロック第二試合が行われるアリーナコロシアム会場は大入り満員の大盛況で、人の目以外にも多くのハイスペックカメラが並んでいる。

 

「うーわぁ・・・見ろ、まるで人がごみのようだ」

「ムスカ大佐ごっこやってる場合じゃないですよ。

だけど、わかる。

こりゃ、すげーや・・・!」

 

今か今かと試合を待ち望む大観衆を見て、IS統合部の整備班チームは口をへの字に曲げて溜息を洩らす。

 

「・・・俺たちなんで、実際に試合に出る訳でもないのに緊張するんだろ?」

 

「それだけ共感性が高いって事じゃないっすか?」

 

「大丈夫・・・大丈夫かな~?

相手は前大会のチャンピオンなんだろ?」

 

此の傍から見るだけでも圧倒される観客達の目の前で、『我らが刃』と慕う少年が戦うのだと思っただけでも彼らはヤキモキどきまぎ手に汗を握る。

しかし、そんな暗い顔で嫌な汗をかく中で、一人だけ健やかな寝息を「かー・・・ッ」と立てて机に突っ伏す男が一人いた。

整備班班長の芹沢である。

 

「・・・よくこの状況で寝られんな、この人?」

 

「あー・・・まぁ、何回も徹夜やったって聞いたし・・・しょうがねぇだろ?

一応、何か起こったら起こせって言われたけど・・・」

 

「うーん・・・不安だ。

我らが刃・・・もとい、清瀬選手もメンタルが万全じゃないしなぁ・・・それに()()()だし」

 

こそこそネガティブ発言が紡がれるが、時間は待ってはくれない。

選手の会場入りを告げるアラームが鳴り響き。其れを合図に戦いのリングへ二人の戦士が入場した。

 

 

 

―――◆―――

 

 

 

―――「さて・・・二人目の実力、見せてもらいましょうか?」

 

青コーナーなる出撃カタパルトからアリーナへ勢い良く入場するのは、ブロンド髪をハーフツインにした一人の美少女。

彼女こそ、スペイン国家代表候補生にして前大会チャンピオンであるセリーヌ・アルバ・デ・エスコバルだ。

纏うISは、愛機であるグランド社の試作第三世代型『ルー・リュンヌM—2』。

射撃武装に特化した機動性の高い機体で、其の機体名と戦闘スタイルから”鋼の雌狼”・・・ロバ・デ・アセーロの二つ名持ち、尚且つ彼女はヴァルキリー・アプレンティス以外にも多くのIS大会で優秀な成績を収めている次代のトップランカー。

・・・そんな若き傑物がジロリッと睨み眼を向ける先、赤コーナーの出撃口から対戦相手がカタパルト射出ではなく徒歩でヌルリと現れる。

 

「・・・しぃー・・・阿~ぁッと・・・!」

 

いつもの通り顔を守る為の防具である金眼四ツ目の装飾がされたの喉輪付き面貌を被って現れたのは、世界で二人目の男性IS適正者たる清瀬 春樹。

・・・だが、いつもと違っていた点があった。

其れは彼が纏う専用IS、第三世代型『琥珀』の出で立ち姿である。

 

『『『―――!!?』』』

「ッ・・・なんですって?」

 

身体全体を覆う全身装甲、フルスキンである事に変わりはないのだが、其の姿は正に日本の”侍武者”を思わせる烏帽子形兜の当世具足を纏った姿であったのだ。

しかし、会場の観衆が驚きの声を上げ、対戦相手のセリーヌが訝し気に眉をひそめたのは其処ではない。

其の装甲に塗装されていた()が問題であったのである。

 

「・・・ハルキ・キヨセ、あなた良い度胸していますね?」

 

「阿い?

あぁ・・・やはり、此の()の事です?

申し訳ない、不快な思いをさせたのなら謝りますよ。

じゃけども・・・どうも()()()()らしくてね」

 

春樹の纏う専用IS琥珀の姿を一言で言うならば『白糸縅二枚胴具足』であり、御丁寧に兜と面貌まで白く塗っていて、逆に白く塗ってない部位がない程に白かった。

其れ故に其の姿は―――――

 

≪おーっと、これはどういうことだぁ?!

赤コーナーから現れた清瀬選手の姿は、まるで伝説の『白騎士』の様ダァ!!≫

 

ISを扱う()()()()()()において『白』と言う色彩は、()()()()I()S()たる『白騎士』を連想させる為、やたらめったらおいそれと使う事が出来ない色であり、其の色を纏えるとすれば『()()』の名を冠する者のみ・・・・・つまりは―――――

 

≪これは前代未聞ッ!

ハルキ・キヨセ選手、堂々自分こそが()()と言わしめんばかりの登場だぁ!!

これは余程の自信があるのかッ、それとも・・・ただの()()()()()()カァア!!?≫

≪なんて生意気なッ!?

これは冗談では済まされませんよー!!≫

 

会場から聞こえて来る『『『Booッ!!』』』の大合唱ブーイング。

そんな大ヒンシュクのアウェーの中で、「ッチ・・・あぁ、やっぱりおえんかった?」と春樹は苦渋に口をひん曲げる。

・・・因みにもう一人の男性IS適正者である織斑 一夏の専用機、白式も白を基調としているのだが、彼の場合は姉君が最強のIS使いブリュンヒルデの織斑 千冬である為に許されていた。

此れは・・・理不尽な()()()()ではなかろうか?

 

「こちらも上から二人目の様子を見て来いといわれたのだけれど・・・気が変わったわ」

 

「・・・失礼だが、聞いてもよろしいですか?

其れは良い方に?」

 

「いいえ・・・すぐに片を付けてあげる!!」

 

セリーナは憤っていた。

自分が・・・いや、ISに乗る多くの者ならば誰しもが敬意を払う存在をISを触って一年も経たない様な初心者が、其れも()()()()()たる男が纏っている事でも苛立つと云うのに・・・其の纏っているISが白色のカラーリングを基調としているのだから堪ったもんじゃない。

静かなれども確かに激昂したセリーナは、試合開始を知らせるブザーがビィイイッ!!と鳴る寸前にブースターを噴かし、瞬時加速で一気に春樹との距離を詰めたではないか。

 

「ッ、え!?」

 

・・・本来ならば、彼女の行為はフライングスタートとして仕切り直しが行われるのが通常なのだが、会場のヒートアップのせいで其れを指摘する事がスルーされてしまった。

 

「SIYAAA!」

「うぉッ!!?」

 

瞬時加速のスピードと共に放たれた回し蹴りが、春樹へバキィッ!と炸裂。

此れを咄嗟に彼は即時展開した赤鞘に納められた三尺太刀で防ぐのだが、其の衝撃に耐えられずに後方のアリーナ壁面へと蹴り飛ばされてしまう。

 

「WHOOOッ!!」

 

そんな塵屑の様に吹っ飛ぶ春樹に向って、セリーナは間髪入れずサブマシンガンとアサルトライフルに火を噴かせ、おまけに両肩に装備されたミサイルポッドを全弾発射する。

鋼の雌狼なる名に恥じぬ何とも苛烈な攻撃が最強を()()匹夫に叩き込まれた。

 

―――「ッ・・・こんッチキショウメ!!」

「な!?」

 

されども流石は幾つもの修羅場を駆け抜けて来た春樹だ。

もぁもぁっと立ち上る白煙粉塵から脚部のローラーダッシュを高速回転させて飛び出すや否や一目散に距離をとろうとする。

だが、セリーナが追撃を止める事はない。

更なる鉛と炎の雨を降らせた。

 

≪流石ッ、流石です!

流石はセリーヌ・デ・エスコバル!

鋼の雌狼の異名は伊達ではありません!!

このまま一気に勝負をかけるのかァア!?≫

≪少し大人げない気もしますが・・・これは仕方がありません。

彼、清瀬選手には身の程を知る良い機会になった事でしょう!≫

 

セリーヌの猛攻に大入り満員の大観衆は『『『ワァアアアアアアッ!!』』』と盛り上がり、解説者達は彼女の勝利を確信した様なコメント並べ立てる。

さて、此の状況に対して春樹陣営たるIS統合部の多数の面々が顔を青くして慌てふためき出す。

 

「あぁ、やっぱりこうなったか・・・ッ!」

「だから装甲に白を塗らない方がいいっていったじゃんか!!」

「まったくよぉ、上の連中は何考えてんだよ!!」

「総スカンだな、こりゃ!」

「それに・・・相手さん、べらぼうに強いじゃねぇか!!」

 

誰もかれもが暗い顔を青くして苦虫を嚙み潰したかの様な顔を晒した・・・・・其の時だった。

 

「―――――うるせぇっぞ、お前ら!!

『『『うわッ!!?』』』

 

不安をさえずる同僚達の声に起こされた芹沢が不機嫌さを露わにして怒鳴り声を上げ、皆の注目を一気に集める。

 

「何をギャーギャー騒いでるッ?

もう勝ったのか?」

 

「そ、それどころじゃないっすよ!

逆に負けそうになってんですよ!!」

 

「・・・はぁ?」と悪態をつきながら芹沢は、眠たそうな目をこすってアリーナ対戦場へ目をやる。

そして、短く舌打ちをすると口をへの字にインカムを手に取った。

 

「おい、聞こえてるか清瀬?

お前・・・肩の力は抜けって言ったが、()()()()なんて言ってねぇぞ!!」

『『『・・・・・は?』』』

 

其の場にいた全員が芹沢の発した言葉が理解できずに頭の上へ疑問符を浮かべる。

其れもそうだ。目の前の彼は、今にも倒されてしまいそうな程に追い詰められて逃げ回っていたからだ。

 

≪ありゃー?

どうしたんよ、芹沢さん?≫

 

「他のやつらが、お前が負けそうだって騒ぎ出したから起こされたんだよ!!

・・・っで、お前なんで手を抜いてやがる?!」

 

≪手なんか抜いとりゃせんでよ!

ちゃんと()()しょーる!!≫

 

「は、はい?

わ・・・我らが刃、それは一体どういう意味ですか?」

 

≪阿?

どういう意味って・・・グランド社と言やぁ、うちと提携してるデュノア社のライバル企業じゃがん!

じゃけぇ、相手方の開発した武装を此の身をもって体感しとるんです!!≫

 

「あぁッ・・・もう、馬鹿!」と芹沢は、ポカーンと呆ける同僚を余所にインカムに苦々しく呟く。

 

「あのなぁ、清瀬よ?

この大会は、お前の実績積みの為に出場したんだから・・・今はそんな気の利いた事しなくてもいいんだよ!!」

 

≪えッ、そうなんです!?≫

 

「そうだよ!

だから・・・もういいから、とっとと早いとこソイツ()()!」

 

そう言って、芹沢はインカムの通信を切ると再び机に伏せった。

一方で、二人のやり取りが何が何だか理解できない同僚達は、彼の肩を「ど、どういう事ですか!?」と揺する。

さすれば、芹沢は再び渋い顔を上げた。

 

「せ、芹沢班長!

何ですか、今の通信は!!」

「そうですよ!

説明してください!!」

 

「あぁ、だからッ・・・あいつはライバル企業の製品リサーチをしてたんだよ!

小生意気に大人に気を使いやがって!!」

 

「じゃ、じゃあ・・・我らが刃は、本当は余裕なんですね?

だけど、芹沢さん・・・言ってたじゃないですか、『今までの相手とは、()()()()』って!」

 

「は?

・・・・・あぁ、そうか。

お前らって、普段は本部にこもってるメンバーだったか。

ありゃ、そういう意味じゃねぇよ。

・・・いや、()()()()であってるか?」

 

「はい?」

 

「確かに・・・格が違う。

清瀬が・・・俺たちが我らが刃と呼ぶあの男が、あんな()()連中に負ける訳ねぇだろうがよ!!」

 

 

 

―――◆―――

 

 

 

「―――――さて・・・じゃあ、そろそろ()()()()()()

 

カチカチッと歯を鳴らして短くそう呟いた春樹は、ターンピックを利用したドリフトでギュルンと方向転換すると自分を見下ろす様に飛ぶセリーナへ向き直る。

 

「・・・フンッ、やっと観念したようね?」

 

此の彼の行動にセリーナは大きな溜息を吐く。

今までゴキブリが如く這いずり回る様にアリーナ中をローラーダッシュでもって縦横無尽に駆けて自分に背中ばかり見せていた彼がやっと此方へ顔を向けた為、セリーナは相手が自分には敵わないと悟ったのだと思った。

 

「おすぶt・・・いえ、男にしてはよくやったわ。

でも・・・もうこれで終わりよ!」

 

セリーナは重火器の銃口を自分よりも()()であろう男へ差し向ける。

―――――されども・・・。

 

「あぁ、終わりじゃな。

じゃけども・・・あんたが思っとる結末とは違うかもね」

 

「・・・どういう意味かしら?」

 

「其のまんまの意味よ。

あんたは、此れから俺の()()になるんじゃけんな」

 

「・・・・・・・・はッ?

 

今まで鞘へ納められていた真っ赤な片刃の刃をすらりと抜刀した春樹は、其の切先を散々っぱら自分を追い回して来た対戦相手たるセリーナへ向けた。

此のどう見ても太々しい態度に対し、彼女は奥歯をギリリッと鳴らした。

 

「今まで私から逃げ回っていたくせに・・・・・は?

知らなかった。

日本の男は、そんな面白くもないジョークが言えるのね?」

「いんや。

俺ァ、生憎と冗談の一つも言えない面白くも減ったくれもないツマらん男じゃけん・・・冗談じゃないでよ?

大丈夫、大丈夫・・・俺、あんたより強いから」

 

≪おーっと!?

ここで清瀬選手、エスコバル選手に向って堂々の挑発だぁ!!

一体何を考えているんだッ、この男ハァ!!?≫

≪これは・・・自棄になっているのでしょうかねぇ?

ですが私は好きですよ、諦めの悪い男ってのはね!≫

 

どう見ても絶体絶命の窮地にも関わらず、平然とした口調で大口を叩く春樹を煽る解説者に再びブーイングで沸き立つ観客席。

しかし、そんなマイナス声援を意に介さず、春樹は朱塗りの太刀で冠受け構えの態勢をとった。

 

「ッ、この男・・・!

まぁ、いいわ。

さっさと墜ちなさい!!」

 

自分に対して無礼な態度をとる男に額へ青筋を浮かべたセリーナは激昂の声を荒らげるとともにトリガーをめい一杯引く。

さすれば両手に構えたマシンガンからは大量の鉛玉がばら撒かれ、両肩へ配備されたミサイルポッドから此れでもかと高性能ミサイルが飛び出した。

勿論、攪乱や牽制の為に撃たれたものではない正確な射撃であった為、攻撃は春樹に向って一直線。

 

チュドォ―――――オオンッ!!

 

≪出たァア!

エスコバル選手の十八番ッ、ミサイルランチャーパーティーが炸裂ゥウ!!≫

≪解説席まで硝煙臭さが匂ってきそうな程にド派手でですねー!

これは決まったんじゃないですかー?≫

 

大規模な爆発に三度『『『ワァアアアアアッ!!』』』と大歓声が轟き、解説席では試合が決したかの様なコメントが紡がれた。

 

「・・・琥珀ちゃんよ、音楽頼まぁな」

〈OK!

なら・・・ジョジョのBGMなんていかが?〉

「さっすが、琥珀ちゃん!

ええセンスしてる!!」

 

・・・だが、現場の熱気によって見落とされていた点が一つ。

ISバトルというものはどちらか一方の機体が有するSE、シールド・エネルギーの残量地をゼロにした方が勝者となるルールだ。

そして・・・未だ春樹のシールド・エネルギーはゼロになっていない。

 

「―――――ッ、うそでしょ・・・!?」

 

セリーナ・アルバ・デ・エスコバルは驚愕した。

彼女とて今まで血の滲む様な努力をもって国家代表候補生の地位と専用機を手に入れて来た。

其の御蔭かどうかは定かではないが、彼女は自分がある程度相手の力量や裁量を分別する事が出来ると思っていた。

・・・ところがだ。

 

「―――――ヴぇロォア”ぁあ”あ”あ”あ”あ”ッ!!

「くッ!!」

 

自分の十八番である高火力攻撃の火の中を掻い潜って現れたのは、自分よりも圧倒的に練度も才能もない()の存在自体が神聖なISを冒涜する男。

彼は自らに降りかかる()()()を切払うや否や、一気にセリーナとの距離を詰めると此の世のものとは思えぬ咆哮を上げながら太刀を振り上げた。

此の状況に「きッ、斬られる!!」と感じた彼女は咄嗟に握っていた得物を交差した防御態勢をとる。

けれども、此れは()()であった。

 

・・・話は逸れるが、かの高名な幕末の治安維持組織たる新撰組を率いた近藤 勇は以下の言葉を残している。

 

『薩摩の初太刀は外せ』

 

此れは当時敵対していた勢力内に薩摩出身者が居り、彼等は一撃に全てをかける示現流や薬丸自顕流を修めていた為、此の様な言葉を残したのだろう。

そして、奇しくも彼・・・春樹が構えたのは、示現流の基本的な構えである蜻蛉の構えであったのだ。

 

うりィイ”イ”ヤァ阿”ア”ア”あ”ああッ!!

 

ガギィイイイ”イ”イ”ンッ!!

あミばぁアッ!!?

 

振り下ろされた剛剣は防御の為に掲げた銃身をバッサリ大根の様にブツ切りにすると共にセリーナの頭頂部へ直撃。

其のまま彼女をアリーナ会場の地面へと凄まじい勢いで叩き落した。

 

『『『―――――ッ!!?』』』

 

≪え・・・ッ、えぇ・・・・・えぇえええ!!?

こ、ここ・・・これは、これは一体どういうことだぁァア!!

え、エスコバル選手・・・エスコバル選手が、お・・・墜とされたぁあ!!

は、ハンネスさん・・・こ、これはいったい?!≫

≪す・・・すごい・・・!

すごいです!!

エスコバル選手のあの攻撃をなぎ、薙ぎ払っての斬撃を叩きつけたとしか・・・!!≫

 

最早此れ迄かと思われていた春樹の突然の反転攻勢に観客達や解説者達へ大きな動揺が奔る。

けれども、彼等彼女等の誰よりも驚愕して動揺しているのは()()であった事だろう。

 

「なっ・・・な、なに・・・・・なに、が・・・起こった、の!?」

 

ISへ備えられた機能である絶対防御によって外傷はないが、あまりの衝撃によってぐわんぐわんと視界が歪んでしまい中々に態勢が立て直せない。

しかも先程の斬撃によってシールド・エネルギーが三分の二以上も削られてしまったのだ。

 

「ふ、ふざ・・・ふざけるな・・・ッ!

ど、どうして・・・どうしてこんなにも・・・・・この私が!!」

 

格下の弱い男と思って侮っていた相手にたったの一撃ばかり喰らっただけで土を着けられた事で、セリーナの自尊心は確実に抉られた。

彼女は「男の分際で、よくも・・・!!」と目を三角にして反撃せんと前を向く。

すると―――――

 

「―――ウルルるゥウウ・・・ッ!!

「ひッ・・・!!?」

 

目の前には、赤く色付いた()()()()()を手に金色の焔を宿した四つの目で此方を睨み付ける白い()()()が呻り声を響かせているではないか。

其の鎧武者は顔を上げたセリーナを確認すると頭を傾げてから南瓜でも切るかの様に得物を振り上げる。

 

「い、いやっ・・・いやぁあああああああッ!!

ドゴォオオッン!!

 

『『『ッ!!?』』』

 

一太刀振るえば隕石でも降って来たかの様な衝撃音が轟き、アリーナを包む程の粉塵が振り撒かれた。

そして、粉塵が落ち着いて晴れると其処に広がっていた光景は、クレーターの如く抉られた地面と―――――

 

ぶくぶくぶく・・・っ・・・

 

―――白目を剥いて泡を吹く前大会優勝者がへたり込んでいるではないか。

此の状況に対し、ざわざわと畏怖の視線と「ひぃ・・・ッ!!」と押し殺して飲み込んだ悲鳴が木魂した。

 

「阿ッりゃ~~~・・・ヤッべぇ・・・・・!!

すんませーんッ、誰か担架持ってきてくれませーん??」

 

流石に此れは「やっちまった」「やらかした」と焦燥感たっぷりの表情で口をへの字にした春樹はカメラに向かって手を上げるのであった。

 

・・・因みに此の試合の御蔭?もあってか。清瀬 春樹の名は世界中に知れ渡る事となり、全世界共通で『清瀬の白()』だの『極東の白()()』だのと様々な畏怖よりの畏敬の諱で呼ばれる事となる。

 

「早うマジで担架持ってきてー!

あッ、やっぱ俺がおぶっていかー!!」

 

・・・・・此の時、素顔を隠す様な装備をしていて助かったと()()()()()は語っていたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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221話


実写版ゴールデンカムイ・・・まさかとは思っていましたが、面白かった!!
あと、今回一万字を大きく超えています。



 

 

 

インフィニット・ストラトスの纏い手達が集結したU-18大会『ヴァルキリー・アプレンティス』。

其の開催国であるオーストラリア現地時刻午後三時未明において、大会史上最大の下剋上ジャイアントキリングが巻き起こった。

大会優勝最有力候補と評されていたスペイン代表候補生のセリーヌ・アルバ・デ・エスコバルがDブロック第三試合において敗退を喫したのだ。

 

そんな連覇を狙っていた前大会チャンピオンであるエースパイロット級の腕を持つ彼女を屠ったのは、これまた今大会大注目株の一人にして大会出場者で()()()()()()

・・・しかし、いくら注目されているとは言っても日本政府からの公式情報ではISに関わって一年も経過していない素人。

其の為、現地へ赴いていた多くの観客達や()調()()()()()()()()記者達は相手が悪過ぎるのもあって彼がすぐに敗退するものだろうと思っていたのだが、結果は周囲の予想を大きく覆すものとなった。

しかも試合は()()と言っても差支えのない始末であり、此の予想外の結果に対してエスコバルの勝利者会見を待っていた記者()()がジャイアントキリングを成した男・・・二人目の男性IS適正者たる清瀬 春樹の元へと駆けたのである。

掌返しを決め込んだ各国の記者達は、どうにかして勝利者のコメントを貰わんと春樹が居る控室前へ一目散でワラワラと詰めかけた。

此の状況に対し、試合終わりで呑気に寛いでいた春樹を含めたIS統合対策部サイドには寝耳に水の出来事であったのだが、暴徒の様に騒ぐ記者達を鎮める為、緊急で勝利者会見を開く事となってしまう。

 

「おい、まだかよ?」

「もうすぐだとさ」

 

ガヤガヤと急遽設けられたパイプ席はあっという間に満席となり、記者達はカメラやボイスレコーダーを構えて今か今かと主役の登場を待った。

・・・すると奥から不機嫌に奥歯を鳴らしつつ噂の注目選手が現れる。

 

『『『ッ、おお・・・!!』』』

 

遂に姿を現した春樹の姿に集まった記者達やテレビクルー達は目を見張った。

何故なら自分達の前へ現れ出でた彼は、あの周囲を威圧するかの様な()()()()()面貌ヴァイザーで口が僅かに見えるまでの顔を覆い、試合中に纏っていた白糸縅二枚胴具足を思わせる様な()()()の装いに身を包んでいたのである。

 

此の白髪金眼四ツ目で着物袴姿の春樹の登場により、其の場の空気は唾を飲む音が聞こえるほどの静寂に包まれた。

其処で漸く彼等は直感したのだ。目の前の人物が、自分達が思っている以上にとんでもない()()である事に。

 

「―――――さて・・・こうして集まった皆さんには申し訳ありませんが、元々()は試合に勝とうが負けようが、こう云った会見を開く予定はありませんでした。

・・・ですが、()()()を決め込んでこうして集まった皆さんをキッパリ追い返すのもなんだと思いましたので、此の後も色々と用事があるんですが・・・()()()()此の様な場を設けさせて頂きました。

御足労頂きありがとうございます」

 

けれども、そんな只ならぬ雰囲気を放つ人物の口から語られたのは、随分と皮肉のこもった嫌味ったらしい口上。

春樹が一筋縄ではいかぬ人物である事をまざまざと現す言葉の節々に苛立ちがある事を隠す気配もない横柄な態度に対して眉をひそめる者も居たが、元はと言えば彼の予定を鑑みずに砂糖に群がる蟻んこの様に詰めかけたメディア連中に非がある。

しかも時間の関係で質問できる回数は少ない。もし此処で要らぬ事や態度をとれば、春樹がへそを曲げてさっさと立ち去ってしまうだろうと()()()()者も居た。

 

「そ・・・それでは清瀬選手に質問です!

一回戦を終えた今の率直な感想を教えてください!」

 

日和見を決めた記者達は、彼の癪に障らぬ程度の当たり障りのない質問を投げかける。

すると此れが功を奏したのか、春樹は淡々と答えていった。

 

「まぁ・・・ひとえに云ってしまえば、今はホッとしています。

此方としては、まさか初戦からラスボスクラスと相対する等とは思ってもみなかったので。

本当に・・・()()()()()()としか言いようがありません。

しかし、其のせいで貴方方の仕事に多少なりとも()()が生じてしまいましたね?」

 

淡々と述べた春樹の文言に記者達は「は、はは・・・ッ」と苦笑いを浮かべ、近くで彼の応対を見ていたIS統合部の技術者達は「おいおい、大丈夫かよ!?」と気が気ではない様子だ。

 

「―――・・・「運が良かった」?

っは・・・心にもねぇ事言いやがって。

()()()してたやつの台詞じゃねーな、おい」

 

・・・唯一人、芹沢だけはシタリ顔で此の様子を見ていたが。

 

「清瀬選手、やはり目標は大会優勝でしょうか?」

「まぁ、目標は高ければ高い程に良いでしょう。

ですが、今大会は今大会は世界中の猛者が集っていますので・・・一筋縄ではいかないでしょうねぇ?」

 

「清瀬選手!

どうして今大会に出場しようと思ったのでしょうか?」

「IS委員会より招待状が届いたからです。

其れに・・・そろそろ自分の実力が何処まで此の世界で通用するか興味があったので」

 

更に次々と投げられる記者達からの質問に飄々淡々と答える春樹だったのだが、どうも言葉尻を濁す様な受け答えが見受けられる。

そんな彼の刺激のない毒にも薬にもならぬ応対に痺れを切らしたのか、ある一人の記者が立ち上がった。

 

「清瀬選手にお聞きします。

先のエスコバル選手との試合・・・あなたは()()()()()とは思いませんでしたか?」

 

「・・・・・・・・阿?」

 

其の問い掛けに対し、今まで飄々としていた春樹の声色に若干だが変化が見られた。

此の彼の反応に記者は心の中でほくそ笑めば、会場へ静かなれども確かな動揺がザワザワ奔る走る。

確かにISを纏ってはいても男女が相対して公式の場で模擬戦闘を行い、其れでいて男の方が勝者になった事は世界的に見ても衝撃的な事実であった。

此の以下の事を()()()()()()連中もいる訳で―――

 

「いくらISによる試合だったとしても相手は、エスコバル選手は()()です。

にも拘らず、あなたは彼女の頭へ躊躇なくカタナを振り下ろすどころか、更に追撃まで行った!

これは()()()()なのではないでしょうか?

それに・・・なんですか、その仮面は?

ここはお遊戯会の一幕ではないのです!

今すぐにそんな()()()な仮面を外していただきたい!」

 

記者は春樹を糾弾するかの様に言葉尻を強くした疑問符を叩き付けるが如く投げ付けた。

けれども此の質問は他の記者達もしたかった問いかけであった為、日和見を決めた記者達には口惜しい事であったろう。

・・・だが、此の質問が春樹の()()()()()事は確実であり、会場に居た全員並びに会場の様子をカメラを通して見ていたテレビの向こう側へ居る大衆達の興味は、彼の動向に注視する。

すると―――――

 

「・・・・・申し訳ない。

貴女からの質問を出来るだけ正確に答えたいので、質問を質問で返す無礼を許して下さい。

さっきの質問ですが、其れは彼女・・・セリーナ・アルバ・デ・エスコバル選手が、()()から()()()すれば良かったのにって意味ですか?」

「は・・・ッ!?」

 

春樹は少し首を傾げた後、そう不思議そうに疑問符を投げ返す。

其のまさかの質問返しに会場は騒然とし、彼に不躾な問いかけを投げ掛けた記者はクワッと目を丸くした。

 

「ッ、な・・・何を言って・・・!?

エスコバル選手に対して、あまりにも失礼ではないですか!

彼女は前大会チャンピオンなのですよ!!」

 

「えぇ、そうです。

将来の国家代表間違いなしと言われる程の実力を有したエースパイロットですよね。

・・・でも、おかしくないですか?」

 

「なにがですか!?」

 

「いえ・・・そんな実力のあるエースパイロット相手にISを触って一年も経ってない様な()()()()()()()()()()の私が、どうして()()()()()()()()()()()のでしょうか?」

 

春樹の発言に対し、更にザワザワと会場へ動揺が走る。

しかし、彼の放った言葉はもっともではなかろうか。

春樹の言う通り、()()()であろうが()()()であろうが、彼がISに触って一年も経過していない事は()()であった。

 

「で・・・ですがッ・・・ですが、エスコバル選手は女性なのですよ!」

 

「其れって関係ありますかね?

そりゃあどっちも生身で棍棒持って殴り合うんだったら多少なりとも男女の力の差は出るでしょうね。

ですが、試合では私と彼女は互いにISを纏っていた。

力の差は少なくとも五分五分で、更に言えばあの重火器による超火力集中型一斉攻撃が出来る腕を持ったパイロットは中々いない。

間違いなく、セリーナ・アルバ・デ・エスコバルと云う人は超一流の()()ですよ。

そんな猛者相手からの攻撃に私は全力で応えただけです。

にも拘わらず・・・・・どうしてそんな彼女が()()()女性と決めつける様な言葉が出てくるのでしょうか?」

 

「失礼なのはどちらか?」・・・と、再び問い掛けた春樹の疑問符と共に会場中の怪訝な視線が一斉に記者へ注がれる。

そんな周囲からの目を向けられた為に記者は小刻みに震えながら自分の席に座ろうと・・・したのだが―――

 

「ちょっと待って下さい。

()()()()、貴女からの質問に答えていません」

 

「・・・もう一つ?」

 

「云ったじゃないですか。

「何ですか、其の仮面は?」ってね?

良い機会なので、私が仮面を被っている理由を話したいと思います」

 

春樹は指でコツコツと金眼四ツ目の面貌の頬分を弾けば、胸に手を当ててゆっくり一呼吸した。

 

「・・・此の異形の仮面は、自分自身と私の家族を()()為の御守りです」

 

「自分と家族を・・・守る?」

 

「はい。

えーと・・・皆様は御存知ですかね?

我が日本が世界に誇るトップ・オブ・トップエースパイロットにして世界最強の二つ名ブリュンヒルデの名を有する織斑 千冬選手が、モンドグロッソ連覇を()()()原因を」

 

またしても会場はザワザワッと騒然となる。

最強のISパイロットの呼び声高い織斑 千冬が連覇確実と評されたモンドグロッソ決勝戦おいて、彼女が急遽辞退した事は誰しもが知る程に有名な事件だ。

けれども何故に千冬は決勝戦開始間近で辞退したのか?

理由を明かすならば、当時、彼女の弟たる一夏が何者かによって誘拐された為である。

 

今でこそ世界初の男性IS適正者として名を馳せて居る織斑 一夏であるが、其れ以前は世界最強のIS使いブリュンヒルデのイケメン弟としてメディアへの露出があった。

ブリュンヒルデの身内である事と顔が割れていた為に一夏は謎の勢力に攫われてしまい、そんな彼を救う為に千冬はモンドグロッソ連覇を逃してしまった。

・・・さて此の一件、一体誰に()()があろうか?

 

「私にIS適正があった途端、政府のお偉いさんは私をIS学園へ半ば強制的に入学させました。

其の際、私は心無い言葉やいらぬ誹りを受けました。

私の素顔が出回っていない時点でですよ?

此れで私の顔が割れようものなら、芋づる式に私の家族が槍玉に上げられる。

・・・・・させるものか・・・ッ!」

『『『―――――ッ!!?』』』

 

ガンッと春樹がテーブルを叩いた瞬間、会場へビリリッと電流が奔ったかの如き衝撃が記者達やカメラマン達の身体を駆巡った。

只ならぬオーラ・・・”覇気”とも云えるが現場を支配し、皆の目は彼へ釘付けとなる。

 

「自分の退屈を潰す為だけに()()()だの、()()だの、()()()()だのと心のない言葉を並べ立てる我儘で勝手で狡くて汚くて醜い底辺の塵屑共に()の家族を貶されて堪るものか!

其れを証拠に表では、神聖なISを汚す悪魔として私を非難している。己の退屈な人生の憂さ晴らしの為にね。

・・・其れ故に私は仮面を被り、顔を隠している。

ですので、不誠実と糾弾されても外す訳にはいかないのです。

解っていただけましたかね?」

 

春樹の放った覇気に半ば飲まれた状態で問い掛けられた疑問符に対し、記者は「は・・・はい」と返事をした後にダラリ操り糸を切られた傀儡人形の様に着席した。

 

「さてと・・・まだ聞く事は?」

 

今度は扉でもノックする様にテーブルを叩いた春樹。

だが、記者達は少々青ざめた表情で「いえ・・・もう結構です」と首を横に振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――◆◆◆―――

 

 

 

「―――なーして試合よりも記者会見で、こねーに疲れにゃあならんのじゃ・・・!」

 

記者会見終了後に招かれた夕食会で、春樹は一気に赤ワインを飲み干すと共に()()を巻く。

すると空になったグラスへ血の様に赤いワインが注がれる。

そんな本日()()()のマグナムボトルを傾けるのは、威厳ある顎髭を蓄えた壮年の男。

彼こそIS関連製品で世界シェア第三位を誇る大企業デュノア社の社長たるアルベール・デュノア其の人だ。

普段ならば厳格な雰囲気を纏っている人物なのだが、どうも様子が違う。

其の表情はまるで()()と酒を酌み交わす父親の如き柔和な表情であった。

 

「まぁそうボヤくんじゃない。

折角の勝利の美酒が不味くなってしまうぞ、春樹()()?」

 

「そねーな事を言うてもよぉ・・・!」

 

「まぁまぁ、飲みなさい飲みなさい!

ワハハハハハッ!!」

 

クダを巻きつつも飲酒を勧められた春樹は再び一気にグラスを呷って中身を空にする。

まるで水でも飲むかの様にグビグビ、ガブガブとワインを飲む彼にアルベールは「惚れ惚れとするいい飲みっぷりだ!」と拍手をする。

・・・どうもアルベール自身もかなり酔っているのか、顔が赤い。

 

「ちょっと()()()()

春樹に飲ませ過ぎなんじゃないかなッ?」

 

「そうよ、()()()

まだメインがこれからなのよ?」

 

そんな酒飲みな男共へ諫言を述べるのは、エプロンに身を包んだ美少女と美女のコンビ。

彼女等こそ、デュノア夫人ことロゼンダ・デュノアとアルベールの実子たるシャルロット・デュノアである。

 

「あの・・・やっぱり俺もなんか手伝いますわ!」

 

「いいのいいの。

勇者は明日の為に休息をとるべきよ」

 

「そうだよ、春樹!

君は今日とっても頑張ったんだからね。

遠慮しないでよ」

 

立ち上がった春樹を座らせたシャルロットは「これでもおつまみにしててよ」と彼にチーズを渡してキッチンへ戻った。

 

―――ここは大会会場の目と鼻の先にある超高級ホテル。

其の中でもキッチンが備え付けられているコンドミニアムタイプの一室へ宿泊しているデュノア一家の夕食会に招待された春樹は、一家から熱烈な歓迎のハグを受けた後、彼がフランス本国から態々取り寄せたヴィンテージワインを酌み交わす。

どうやら春樹を夕食に招待するにあたり、家長たるアルベールは大企業の社長でありながら余程の緊張をしていたらしく、緊張緩和の為の飲酒で既に出来上がっていた。

 

「ぅうッ・・・くふぅ~・・・!」

 

「社長・・・飲み過ぎですわぁ」

 

更に其処へ加えて大酒飲みのステータスに拍車のかかった春樹と同じペースで呑んだ為、デザートを出てくる前に目をぐるぐる回してソファへ沈んでしまう。

 

「悪いわね、春樹さん。

私たちから招待したっていうのに・・・まったくこの人ったら!」

 

「阿破破ッ。

別に構やぁしませんぜ、夫人?

其れに・・・随分といい顔で眠っていますしね」

 

大柄なアルベールをひょいと軽々ソファからベッドルームへ移動させた春樹はカラカラ笑って謙遜の言葉を並べた後、「其れでは俺ぁこれで」と自陣営に帰ろうとしたのだが―――――

 

「―――まぁ待ちなさい、春樹くん。

実は、あの人があなたの為に本国から取り寄せたコニャックがあるのだけど・・・どうかしら?」

 

ごクッ・・・と、生唾を飲む音がロゼンダには聞こえた。

しかし、春樹はぶんぶん頭を振って欲望を理性で押さえつける。

 

「い、いえ・・・すっかりご馳走にもなりましたし、社長が・・・アルベールさんが酔いつぶれてしまいましたし・・・ねぇ?」

 

彼は頬と鼻っ柱が薄紅色に色付いた血色のいい赤ら顔を横に振った。

一家の主人が酔い潰れてしまったのだから御役御免で自陣営への帰還に考えが寄っていた。

しかし―――

 

「(マグナムボトルの赤白ロゼを七本ずつも開けておいて、まだ自制できる余力があるなんて・・・流石ね。

でも・・・・・)ベルクルーのウイスキーもあるわよ?」

「頂きます!」

 

フランスのブランデー銘醸造地であるコニャック地方で製造されたと云うフレンチ・ウィスキーの名が出た途端、春樹は目の色が変えると共に思わず口端を吊り上げた。

これにはロゼンダも思わずニッコリ。心の内で「しめた!」とガッツポーズ。

彼が酒の中でもウィスキーが一番の大好物だという事を聞いていた為、予め用意したのである。

 

「だけど・・・ただで呑ませてあげるつもりはないわよ?

私は可愛い酔っ払いさんの傍にいてあげないといけないから・・・そうね、洗い物でも―――――」

「やらせていただきます!!」

 

食い気味に声を張った春樹は、足早に洗い物が集められているであろうシンクへと急いだ。

あまりの変わり身の早さに唖然としつつ溜息を吐きながらロゼンダは静かに義娘へエールを送る。

 

「頑張るのよッ、シャルロット!」

 

 

 

―――◆―――

 

 

 

「―――・・・のーばしたゆびをー♪

かーすめるほどぉにー♪

つかみたーい、うちゅうのはてまでもぉー♪」

 

「・・・ねぇ、春樹?

その歌って?」

 

シンクの中に溜まった洗い物を丁寧にスポンジで洗う春樹と水で泡を流した皿を拭き取るシャルロット。

傍から見れば、共に後片付けに従事する仲の良いカップルに見えない事もない。

 

「『涙目爆発音』っての。

マクロスδの歌よ」

 

「ふーん・・・初めて聞いた。

春樹ってば、洗い物の時に歌とか口ずさむんだね」

 

「俺って意外と歌う方でよ。

マクロスシリーズは特にかも」

 

「マクロスね・・・あれもマクロス?

りゅうせいにまたがっーて♪

あなたにきゅうこうかぁー♪」

 

「『星間飛行』な。

マクロスフロンティアの歌じゃ。

そういやぁ前にやったカラオケで歌よーたな」

 

「そうだよ。

ラウラと一緒に『トライアングラー』ってのも歌ったよ」

 

「あぁあぁ、思い出した思い出した。

美声じゃった美声じゃった。

・・・俺的にゃあ、シャルロットには『恋愛サーキュレーション』を歌ってもらいたかったけどね」

 

そうこうしている内に洗い物が終わると春樹は()()のフレンチ・ウィスキーを貰う為に両掌をシャルロットへ見せる。

・・・舌なめずりをしながら。

 

「・・・・・え?」

 

「「え?」じゃねーよ。

いや、あるんじゃろ?

ベルクルーのウィスキーにコニャックが。

夫人・・・ロゼンダさんがある云よーたで?

頂戴よ」

 

「・・・ボトルごと?」

 

「はぁ・・・?

うん、そうじゃけど?」

 

春樹は自陣営・・・自室に帰ってロゼンダから勧められた酒を一人で飲むつもりだったのか、それとも貰った酒をIS統合部の同僚仲間達と飲むつもりだったのかは定かではない。

だが、今ここで中身の詰まった二つの酒瓶を渡してしまえば、彼はすぐさまここから立ち去ってしまうだろう。

・・・させてなるものか!

 

「えーと・・・春樹?

ここで飲んでいかない?」

 

「・・・なして?」

 

「な・・・なんでってッ。

それは、その・・・・・そ、そう!

ここにはおつまみだってあるし!

わざわざ部屋まで帰って飲まなくてもいいでしょ?」

 

「いんや俺は別に・・・つまみがのーても呑めるし。

あと俺、塩舐めながら酒呑める人間じゃし」

 

「し、塩って・・・で、でもでも!

ボク、お酒にはお酒に合うおつまみがあった方がいいと思うんだ!

ここにはチーズだってあるし、デザートでまだ出してなかったショコラだって!!」

 

何とか春樹を引き留めようと早口になるシャルロット。

この彼女の説得に普段の彼ならば「何かあるのでは?」と察するに至ったのだろうが、この男は酒が絡むとIQが著しく乱高下するのだ。

そして、今回は―――――

 

「・・・其れもそうじゃな。

美味い酒は、美味い肴と一緒に呑んだ方が美味いもんな!」

 

シャルロットの文言に()()し、うんうん頷く春樹。

これに「しめた!」と心内でニヤリほくそ笑んだシャルロットは、彼の気が変わらぬ内に春樹をソファへ座らせると甲斐甲斐しくせっせとグラスとおつまみの用意をする。

 

「さぁッ、どうぞ飲んで飲んで!」

 

ウィスキーグラスへ並々と表面張力が出来る程に注がれた歳月を感じさせる深い黄金色の液体。

本当ならウィスキーと云うものはグラスの半分が()()であり、しかも()()()()()となるとチェイサーが必要だ。

 

「おッ、嬉しいねぇ!

命一杯ついでくれちゃって!!」

 

けれど、この()()はそんな事は気にしない。

それどころか大喜びで手を叩けば、表面張力がぷっくり張ったグラスへ()()()()()をもっていき、チューと吸った後、グラスを手にして傾けた。

 

「ング、んぐッ・・・カッ破ァ~~~!!」

 

「ど、どう?」

 

「アルコール特有のツンって尖った感じがない。

フルーティーで爽やかな甘みが後味に残って、花を束ねたブーケみたいな良い匂いが鼻を抜けて気持ちがええ!

美ン味いなぁ!!」

 

猛暑日の喉がカラッカラに乾いた時に飲む冷えた麦茶でも飲むかの様な情緒もへったくれもない飲み方でウィスキーを呑んだ春樹は、柔らかな余韻を楽しみつつシャルロットが用意したショコラを口の中へ放り込んだ。

 

「ッ、破破破!

うーん、チョコレートがひどく美味ぇや!

塩を舐めながら呑むんとは訳が違うわ!」

 

上機嫌であの奇天烈な笑い声を響かせる春樹。

そんな彼の様子にシャルロットは「・・・よかった」と柔らかな表情を浮かべた。

 

「・・・・・ありがとうな、シャルロット」

 

「え・・・?」

 

「今夜の晩飯・・・夕食会に呼んでくれてよ。

今日は、思った以上に疲弊してしもうた。

肉体的ってよりも精神的にな。

じゃけども、阿ぁッ・・・ちぃとばっかしじゃけど楽になったわ。

ありがとう、助かったでよ」

 

感謝の言葉を述べた後、再び春樹はフレンチ・ウィスキーに舌鼓を打つ。

一方で、突然の()()()からの感謝の言葉に対し、シャルロットは目をカッと見開いた後でそっぽを向いた。だらしなく緩んだ口端を隠す様に。

・・・しかし、彼女の()()は達成されてはいない。

 

「・・・・・春樹」

「あん?」

 

気を取り直したシャルロットは昂った感情を抑えつつ、ゆっくりと彼の頬へ自分の手を添えた。

酒で火照っているのか。頬のじわりとした温もりが掌へ伝わる。

 

「傷・・・残らなかったんだね。

よかった」

 

英国での一件、『エクスカリバー事件』の前に発生した『清瀬 春樹暗殺未遂事件』において、春樹は頬をビーム射撃によって焼き抉られると云う深手を負ってしまった。

だが、今の彼の頬には抉り傷はない。

 

「あぁ、あれな。

酷ぇ傷跡になるかもしれんかったが・・・ええように治療してくれたけぇ、綺麗さっぱりよ。

ついでに身体の方の傷跡も綺麗さっぱり()()()()()し。

()()()()()()時、母ちゃんと父ちゃんにどやされんで済んだわ」

 

「・・・ふーん・・・・・実家、ね・・・?」

 

春樹の何気なく発した一言に対し、シャルロットの表情・・・正確に言えば、瞳からハイライトが消える。

彼のこの軽率な発言が癪に障ったのか。シャルロットは張り付けた笑顔のまま()()を切り出す。

 

「・・・そう言えば春樹。

君、ラウラにプロポーズしたんだよね?」

 

「阿ッ・・・!」と、春樹はこの瞬間になって漸く自分が選択を()()()事に気が付く。

思えば、このシャルロット・デュノアと云う美少女は狡猾と云うか、()()()と云うかの特性を持ち合わせていた。

しかも彼女だけでなく、デュノア家一家揃って清瀬 春樹と云う男に()()()()()()()

いつかの日にアルベールが彼へ婿入りを打診する程に。

 

「(なんか、ぼっこう俺に酒を勧めて来た思うたけど・・・・・()()()?)」

 

歯をカチカチ鳴らしつつ、冷静に状況を整理した春樹は動揺を悟られない様に息を整えながらグラスの中身を空にする。

 

「応、プロポーズしたでよ」

 

いけしゃあしゃあと春樹は()()()()にはめられた待機状態となっている自身の専用ISである琥珀とは違う()()をシャルロットに見せ、口に出さずとも否が応でも求婚が成功した事を認識させた。

 

「・・・驚かないんだね?

ボクが知ってたこと」

 

「別に。

シャルロット、お前がラウラちゃんと連絡を取り合ってても不思議じゃねぇからな。

想定内でよ」

 

「うん。

ラウラってば()()と教えてくれたよ。

イギリスでの一件が終わったあの後・・・二人して春樹の家、故郷に行ったんだよね?」

 

「応。

事前連絡もなしにラウラちゃんを連れて帰ったけん、母ちゃん父ちゃんにやーやこやーやこ言われたわ」

 

「へぇー、そうなんだ。

そう言えば、春樹の故郷って年越しに蕎麦と焼いたイワシを食べるんだって教えてもらったよ」

 

「じゃーじゃー。

ラウラちゃんってば、初めての焼鰯に苦戦しとったわ。

正月の餅も恐る恐る食べよーる所なんか・・・可愛かったわぁ」

 

「それに・・・ラウラといっぱいエッチしたんだよね?

()()も付けないでさ」

 

ハイライトなしのニッコリ笑顔でとんでもない事を口にしたシャルロットに対し、春樹は思わず吹き出しそうになったが、グッと堪えてグラスを傾ける。

()()()()()()()()空のグラスを。

 

・・・けれども、ラウラとの所謂そう云うセンシティブな事までシャルロットが知っていると云う事は―――――

 

「ラウラってば、他にも教えてくれたんだよ?

特にボクがYoupi!やったー!って思ったのはね―――――」

俺に其のつもりはない!

 

シャルロットがとても上機嫌で嬉しそうに語ろうとした文言を遮る様に春樹は声を張り上げる。

そして、グラスではなく直接ウィスキーボトルを掴んで中身を傾けた。

 

「・・・・・・・・どうして?

ラウラは、()()()()()()んだよ?」

 

「許すも許さんも・・・前にも云うたと思うが、俺に其の気はないんじゃ」

 

春樹の酔いは一気に醒めていた。

朗らかな表情は見る影もなく、苦虫を嚙み潰したかの様に険しいものになってしまっている。

 

「ラウラちゃんは・・・今のあの子はちょっとした気の迷いで、そう云う事を言よーるだけじゃ。

じゃけん・・・真に受けるな」

 

「真に受けるよ!!」

 

勢い良く立ち上がったシャルロットの目の血走った事血走った事。

その四白眼で、彼女は自分の下腹部を両掌で撫でながら語り掛ける。

 

「春樹・・・ボク、夢を見るんだ。

ワールドパージ事件の時のさ。

ボクと春樹・・・そして、()()()()()()()が一緒にいた時の夢を」

 

シャルロットの口から出た二つの名前。それは彼女と春樹の間に儲けられた二人の()()()()()子供の名前である。

IS学園が外部からのハッキングによって一時的機能不全状態に陥った際、これを解決せんと当時学園に居た専用機所有者達がシステム復旧の為に電脳世界へダイヴした。

その時、彼等彼女等は見た・・・()()()()()。自分とって()()()()()”幻想”を。

 

「ッ、シャルロット・・・お前、まだ()が抜けてなかったんか!

ありゃあ幻想じゃ、現実じゃねぇんじゃ!」

 

「幻想?

ううん・・・あれは幻想なんかじゃないよ。

あれは()()()()()()だよ!

ボク・・・ボクは、少し先の未来で春樹の子供を()()()んだよ!

あれは・・・あれは未来のボク達なんだよ!!」

 

シャルロットは口端を吊り上げて春樹の胸倉を掴む。

だが、春樹の表情は暗い。奥歯をギリリと噛んで噛んで噛み締める。

 

「シャルロット・・・お前、精神科に行け。

正気じゃないでよ」

 

「正気じゃない?

そう、かもしれない・・・でも、ボクを()()()()()()()()()()()のは春樹なんだよ?」

 

・・・思えば、彼女の人生に()()が生じ始めたのは春樹と出会ってしまったからであろう。

自分がフランスの大会社社長の”隠し子”だと知ったのも束の間、スパイとして態々男装までしてIS学園へ強制入学させられたシャルロット。

当時、父・アルベールと義母・ロゼンダとの関係は最悪。しかも遠い異国の地で右も左もわからぬまま孤独を感じていた。

・・・丁度そんな時に出会ったのが、春樹であった。

 

彼は転入初日にシャルロットが男装の麗人である事を看破し、軋轢を作っていたアルベールとロゼンダとの和解の架け橋を作り、傾いていた稼業を持ち直させてくれた。

正に彼女にとって、清瀬 春樹と云う男は自分をピンチから救ってくれた”白馬の王子様”であったのだ。

 

「ボクはこんなにも春樹の事が好きなのに、愛してるのに・・・ねぇッ、どうして?

何者でもなかったボクを春樹は最初に受け入れてくれたのに・・・どうして拒絶するのぉ・・・!!」

 

悲劇のヒロイン張りに声を震わせながら涙をこぼすシャルロットは、恨み節を呟きながら愛しい彼とキスをせんと掴んだ胸倉を引き寄せる。

しかし、春樹はこれを阻止した。近づく彼女の薄紅色でぷっくりした唇を自分の手で覆って。

 

「・・・シャルロット・デュノア。

お前には俺よりももっと相応しい人間が居る、居る筈じゃ。

ハリー・ポッターとか、ジョルノ・ジョバーナとか、芥川 龍之介とかよぉ!

お前から見れば、俺はお前の恩人なんじゃろう。

じゃけど・・・俺はお前が思っとる高潔な人間じゃねぇんじゃ!」

 

「知ってるよ!

春樹は飲んだくれで、変態で、情けなくて、面倒くさがりで、スケベで、冷たい人間だよ!!」

「うぉおい!!?」

 

「だけど・・・だけど、ボクは春樹の事が好きなんだよ!!

ぐちぐち文句言いながらも誰かの為に傷ついて戦う君が好きなんだよ!!」

()()()()でもか!!」

 

未だ喚くシャルロットの目を春樹は自分の目で覗き込んだ。

()()()()がこぼれる一つの目の中に()()()()がある金眼四ツ目の眼をシャルロットに差し向けた。

 

「もう・・・もう俺は半分以上も、もしかしたら三分の二以上も()()()()()()()()()じゃぞ!

其れでもええんか?」

 

その表情は正に()()

逆立った白髪と燃える金色の四つの瞳に加え、開かれた大口からは蛇の毒牙の様な歯が上下に伸びているのが解る。

普通の人間ならば、それも年頃の少女が一目見ただけでもで卒倒してしまいそうな()()的な()()だ。

・・・ところがどっこい。

 

「上等だよ!!」

「ッ、こいつ・・・!!」

 

シャルロットは意志が宿った眼を愛しい怪物へ向けながら高らかな声を響かせる。

さすればその声がビリビリと春樹の鼓膜を震わせ、更に彼の口をへの字に歪ませた。

 

「ボクは・・・ボクは、ボクは春樹がいいんだよ。

誰でもない春樹がいいんだよ・・・!」

 

大粒の涙をこぼしながらシャルロットは懇願する。

ボロボロとこぼれた涙が床へ落ちた。

 

「・・・・・シャルロット、お前は()()()()()()を歩むつもりか?」

 

春樹は何を危惧していたのだろうか。

シャルロットが、彼女の母親と同じ()()()を歩む事を危惧していたのだろうか。

それとも可能性として()()彼女との間に出来た()()()の未来を危惧していたのだろうか。

それとも―――――

 

「・・・()()()()は悲しい思いをしたと思う。

悔しい思いも、憎い思いも、苦しい思いもしたと思う」

 

「じゃったら・・・!!」

 

「だけど・・・だけどね・・・・・きっと、きっと()()だったと思うんだ」

 

真っ直ぐに視線を外すことなく、シャルロットは春樹の異形の眼を見据えた。

 

「このッ・・・キチガイめ!

蛙の子は蛙・・・いんや、()の子は()か!!」

「やめなさい!

いくらなんでも口が過ぎるわ!!」

 

思わず放った心無い春樹の一言を一喝する声が一つ。

振り返れば、そこにはしっかり眉間にしわを寄せたロゼンダがオロオロした表情のアルベールを連れて立っているではないか。

そんな二人の登場に「ッ、お・・・()()()()()、お父さん・・・!!?」とシャルロットは狼狽えるが、春樹は歯を鳴らして鼻を鳴らした。

 

「破ッ・・・やっぱり、窺っとったか。

大方、俺をベロベロに酔わせて()()()()でも作ろうって魂胆だったか?

ランスロットを()()()()()エレインみてぇによぉ!!」

 

春樹の言ったランスロットとエレインと云うのは、アーサー王伝説等に登場する人物達である。

 

ランスロットとは、言わずもがなかの有名な騎士王アーサー・ペンドラゴンが率いた円卓の騎士の一人。

一方、エレインとはカーボネックのエレインと一般的には呼ばれるペレス王の娘で、聖杯伝説のキーキャラクターだ。

さして、このエレインなる人物は、その持って生まれた美貌によって魔女の恨みを買ってしまい、酷い呪いに苦しんでいた。

そんな彼女を救ったのが、円卓騎士一の色男たるランスロットであったのだ。

勿論、自分の窮地を救ってくれた騎士にエレインは恋をしてしまうのだが・・・このランスロットなる男はあろうことか主君アーサー王の妻たるグィネヴィアに首ったけ。

そのせいもあってか、エレインの恋は悲恋になってしまう・・・と思いきや、このエレインは中々に()()()()()をしていたのだ。

彼女は()()()()の幻覚効用、所説によっては()()によってベロベロに酔っぱらったランスロットを騙し、彼との一夜限りの逢瀬を果たす事に成功する。

因みに・・・この時エレインが身籠ったのが、後年に聖杯を見つける事となるガラハッドだ。

以下の前述を例に出しつつ春樹は糾弾すれば、二人はグッと奥歯を噛み締めた。

 

「ほう?

図星・・・じゃったか?

愛娘の為に随分と策を弄したもんじゃ。

最初の頃にシャルロットを邪魔もん扱いして、泥棒猫の娘と引っ叩いた親とは思えんわ!」

 

「やめて、春樹!

お父さんとおかあさんを悪く言うのはやめてよ!!」

 

「シャルロット・・・ッ」

 

シャルロットはデュノア夫妻と春樹の間に割って入ると二人へ怒りを向ける彼に対して声を張り上げる。

 

「二人は関係ない。

これは・・・これはボクの考えだよ。

春樹は、いい加減に見えて責任感があるから・・・一回でもなし崩しに関係を持てたらって!」

 

「尚の事余計に悪いわッ、おわんごめ!!

お前は俺を舐めとるんか!」

 

上下の牙を剥き出しにし、金色に燃える四つの瞳を四白眼に見開く春樹。

しかし、どうしても春樹との関係を持ちたいシャルロットは引く気はないのか、顔を突き出して一歩も動かない。

状況は膠着状態。

けれどもここで春樹はある事を思う。

 

「社長・・・いや、アルベールさん。

あんたは、自分の娘が配偶者の居る男の妾になってもええ云うんか?」

 

「え?」

 

「気になったんじゃ。

さっき俺が思わずシャルロットの事を貶してしもうた時、夫人・・・ロゼンダさんは隠れとったのに突然出てきて憤りを露わにした。

じゃけども一方のシャルロットはそんなのは関係なさそうな感じ。

シャルロットは、なりふり構わず俺と関係を持ちたそうじゃ。

・・・()()があるでよ」

 

以前、シャルロットは春樹に対して「自分は何番目でもいいから!」等と云っていたが、彼女の義母たるロゼンダは、どうもラウラから彼を()()()()”略奪愛”を目的としているのではないかと春樹は勘繰ったのだ。

 

「・・・どうなんじゃッ、アルベール・デュノア!

貴様は折角打ち解けられた愛娘を恩人とは言え、俺の様な”バケモン”にくれてやるつもりか!!

云っておくが、俺はラウラちゃんを手放すつもりはない!

()()()()()んじゃったらシャルロットは俺の()にするぞッ!

其れでもええんか?!」

「春樹くん、あなた!?」

 

春樹はしめしめと思った事だろう。

世界シェア第三位を誇る大会社の社長が自分の愛娘を婚約者がいる身でありながら「お前の娘を妾にしてやる!」等と戯言を云う男においそれとやる訳がない!・・・と、彼は考えた。

無論、ロゼンダは「あなたは何を言っているの!?」と目を三角にして更に憤りを露わにしたではないか。

 

「・・・・・私は娘の・・・シャルロットの幸せを願っている。

今まで娘の為に何もしてあげられなかった私に出来る事ならなんでもしよう」

 

「お父さん・・・」

「・・・アルベールッ」

 

「そうでしょう、そうでしょう」

 

「だから・・・私はシャルロットの意志を尊重する。

シャルロットが望むのなら・・・・・いいだろう」

 

「うんうん・・・・・・・・って、はい?」

 

「春樹くん・・・私は構わないんだ。

シャルロットも会社も君に()()()()!!」

 

「何でじゃッ、ボケェエ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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222話


ガンダムSEEDの最新作…良かったわぁ。
キラとラクスの愛の物語だったし、久々の公式のシンルナが見れたし、満足でしたわぁ。
という訳で…何がという訳なのかは不明ですが、今回はちょっとした()()を行いましたのでよろしくお願いします。



 

―――――〈・・・ククッ・・・ハハハ・・・・・クハハハハハッ!〉

 

夜道に響く()()()()()()()笑い声。

その小気味の良い嘲笑を発するのは、上等なスーツに身を包んだ壮年の北欧人男性。

まるで()()()()()の様な彼は笑い声と共に自分の気分が上機嫌な事を周囲へ見せびらかすように踵を鳴らす。

 

「・・・・・・・・喧しい・・・」

 

しかし、その一方で、彼のすぐ隣を歩く白髪の男の表情ったらない。

まるで墓場の下から這い出たゾンビ・・・いや、ゾンビの方がまだ血色がいいだろう。

そんな酷い顔をした男は砕けんばかりに奥歯を噛み締めて不機嫌を吐露する。

だが、彼・・・清瀬 春樹の絞り出した声に対し、男・・・ハンニバル・レクターは更に口端を吊り上げた。

 

〈いや、すまない。

だが・・・おもしろい展開だ。

彼女・・・いや、あの父子があそこまでの”覚悟”を持っているとはね?

腹をくくっていたのは向こうの方だった。

まったく・・・君の()()()()は全くの逆効果だった訳だ!

これを愉快と云わずとして何て言えばいいのか!!〉

 

珍しく感情を表に表すハンニバルが再び愉快に愉快に実に愉快に笑顔を振り撒けば、春樹は更に奥歯を噛み締める。

 

デュノア親子に招かれた夕食会後の晩酌で、シャルロット・デュノアとアルベール・デュノア父子が示した”覚悟”に春樹は酷く動揺して狼狽えた。

もしそこでアルベールの妻にしてシャルロットの義母たるロゼンダが異を唱えず二人に同調しようものならば、()()()()()であろう。

 

「―――――二人とも・・・一体何を考えているの!!?」

 

けれども正妻であり、子供がいない義母と云う立場の彼女だからこそ、自分と自分の愛娘を()に自薦他薦する非常識さを咎める事が出来た。

彼女のこの憤りにこれ幸いと春樹は態勢を立て直す為、()()()()

・・・まぁ、早い話が窓から飛び降りて逃げたのである。

 

〈春樹、君は完全に墓穴を掘った。

ロゼンダ夫人が間に立ったが・・・彼女はシャルロットに対して()()()があるから長くはもたないだろうな。

実に・・・愉快だ〉

「喧しい云よーろーがなッ、こん畜生が!!」

 

くつくつ笑うハンニバルに春樹の鉄拳が襲い掛かるが、彼は()()である為、その拳は空を切ってドゴンッ!と側にあった外壁を()()()

 

〈・・・春樹、何を戸惑う必要がある?

英雄は色を好む・・・いや、()()()()ものだ。

しかも()()()()()は、君に()()を持つことを推奨したじゃないか?〉

 

「おいおいおいおいおいッ・・・オメェは一般的な倫理観や道徳観念を持ち合わせとらんのか!!

普通に浮気じゃろーがなッ、不倫じゃろーがな!!」

 

〈勿論、()()()()()それを有しているが・・・人食いカニバルたる私にそれを問うのかい?〉

 

この疑問符に春樹は何度目かの歯噛みをするが、そんな彼の肩をハンニバルは引き寄せて囁く。

 

〈それに・・・君だって本当は、そう()()()()()んじゃないのかい?〉

 

「ッ、何を云うて!?

違う!

俺はそんな糞みてぇなッ・・・伊藤 誠みてぇな考えはしとらん!!」

 

〈考え・・・ではなく、()()でだよ。

だったら何故、あれを・・・ワールドパージ・ファンタズムを彼女等に使わなかった?

あの女・・・織斑 千冬の様に手頃な誰かに()()()()()()()()?〉

 

ハンニバルからの疑問符に春樹は図星を突かれたかの様に下唇を噛み締めた。

 

『ワールドパージ・ファンタズマ』

春樹を襲ったクロエ・クロニクルの専用機に搭載されていた能力『ワールドパージ』を流用した新しく琥珀に搭載された異能だ。

能力としては、ワールドパージと同様に対象者に幻覚を見せる事が出来るのだが、その他にも対象者の精神を別界へと引きずり込み()()()()()()()事が出来る。

つまりは、この異能を使ってデュノア一家へ春樹にとって不都合な記憶を()()()()()事が出来るのだ。

 

〈―――・・・だが、君はそれをしなかった。

それもその筈だ。

シャルロットは、ラウラと()()様に君が勝ち取って来た()()()なのだから!〉

「黙れ!!」

 

()を剥き出しにし、両眼から金色の焔を溢す春樹はハンニバルに向かって怒号を飛ばせば、鬼人の如き覇気はビリビリと周囲を震わせてガラスへヒビを入れた。

それでも()()()()は御自慢の口上を述べる。

 

〈・・・もう君は常人には戻れない。

それを()()()()散々思い()()()筈だぞ?

自分を未だ()だと思っている()よ、()()()()よ〉

 

口端を上げて言葉を連ねたハンニバルは、まるで砂漠の蜃気楼の様に掻き消える。

あとに残されたのは、空の酒瓶を手に渋い顔をする一人の酔っ払いだけであった。

 

・・・・・しかし、まだ彼の精神的災難は終わっていなかった様で―――――

 

 

 

 

 

 

 

―――◆◆◆―――

 

 

 

「今日は散々な一日じゃった。

初めての公式大会で、初っ端から優勝候補筆頭のヤツと当たるなんてツイてないって思っとったのに・・・・・

え?

何なん?

あんなもんなん?

あんなんじゃったらシルバリオ・ゴスペル・・・去年の夏に戦った福音ちゃんの方がまだ強かったでよ。

んでもって、なして勝った俺が負けたやつのフォローなんてせにゃならんのんなん?

そんで試合終わって、何でか知らんが居るシャルロットが夕飯誘ってくれて、美味いフレンチやワインやこー食わしてもろうたり飲ましてもろうたりしたが・・・あいつ、()があったし・・・・・もう疲れた。

母ちゃんの粕汁が喰いたいでよ。

ラウラちゃんのむすびが食いたいでよ」

 

傷心を負った春樹はぶつくさ言いながら帰路を歩む。

しかし、彼が向かっているのは割り振られたホテルの一室ではない。

 

〈いいの春樹?

ホテルで眠らなくて・・・折角のスイートルームなんでしょ?〉

 

「ええよ。

どーせ、ホテルの前にゃあパパラッチが張り込んでおるじゃろし・・・気が立って寝られん。

それよか・・・気が置けれん人が居る所でちょっとでも寝れた方がええ」

 

春樹が向かう場所は、IS統合対策部整備班が使用しているホテルだった。

自分の専用機たる琥珀と談笑しながら歩くと少しばかりではあるが、気が紛れて表情が和らいだ。

・・・ところがどっこい。

 

「・・・何じゃありゃ?」

 

整備班の面々が泊っているであろうホテルのラウンジがガヤガヤと騒がしい。

どうしたもんかと春樹は集まった野次馬へ紛れれば、押すな押すなと人混みに押されてしまって騒動の中央へ流されてしまう。

すると―――――

 

―――「だから清瀬 春樹を出せって私は言ってんのよ!!

アタシの日本語間違ってないでしょ?!

それとも・・・あんた達、日本語がわかんない訳ッ?!」

 

「ですからッ・・・何度も言っていますが、彼はここにはいないんですってば!」

 

「嘘おっしゃい!

ホテルがもぬけの殻ぐらいバレてんのよ!!」

 

見れば、サイドテールの少女がIS対策部の整備班スタッフに詰め寄っているではないか。

何かあったのかと春樹はスタッフに詰め寄る少女の顔を確認してみれば―――――

 

「ありゃ・・・?」

 

彼はその少女に見覚えがあった。

同じIS学園に通い、幾度もの事件と修羅場を経験しては収めて来た()()とも言える人物と()()()()()をしていたのだ。

 

()さんじゃがん!

何しょーるんなん、こねーな所で?

髪型も・・・いつもと違う感じじゃしよぉ!」

 

春樹は思わぬ場所での戦友との再会にテンションが高くなったのか、彼女へ手を挙げて声をかける。

だが―――――

 

「はぁッ?

なに・・・誰よ、あんた?」

 

「・・・阿い?」

 

少女は怪訝な顔で自分に声をかけて来た春樹に疑問符を投げ掛けて来たのだ。

思いもよらぬこの会話のやり取りに彼はポカーンと口を開けてしまう。

まさか、試合で相手選手に対して容赦のない戦い方をした自分と知り合いだと思われたくなかったのではないかと要らぬ勘繰りをし、春樹の心はキュッと萎縮してしまった。

 

「ッ、あ!?

わ、我らが刃!

この人、すごく似てますけど()()()()からね!!」

 

そんな心が萎んだ春樹に気が付いたスタッフが、思わず声を上げる。

この声に「え?どういう事?」と一瞬だけ戸惑ったのだが、よくよく件の少女を()()()()()、似てはいるものの彼女が凰 ()()ではない事に気が付いた。

 

「え・・・あっ・・・あの・・・・・すんません!

間違いましたッ、失礼します!!」

 

普段の彼ならば、もう少し謙虚で慎重に相手へ声をかけた筈なのだが、今宵の春樹は色々と負担を背負っていた為に事欠いてしまった。

自分から面倒事に首を突っ込んでしまい、「ヤバい!」と春樹は自分が()()()()()事を察して背を向ける。

・・・されども、そうは問屋が卸さない。

 

「―――待ちなさいよ!」

「ぐぇッ!?」

 

足早に立ち去ろうとする春樹の首根っこを掴んで引き留める少女。

おかげで春樹は情けない声を上げて転びそうになった。

 

「何すんじゃッ、ボケぇ!

首が絞まろうがな!!」

 

「あんた、さっき私の事を誰と間違えたのよ?

聞き間違いじゃなきゃ・・・私の事、「鈴さん」って呼んだわよね?!」

 

「ッ、さ・・・さてな!

気のせいじゃねぇんか?

知り合いに似とる思うてみたが、よーよー見たら全然似とらんかったわ!

えーけぇー、早う離せや!!」

 

「・・・ふーん、そういう態度とるんだ。

だったら!!」

「ッ!?」

 

そう言うと少女は何を思ったのか。春樹から手を離すと同時に自らの手へ青龍刀を()()させるや否や、彼目掛けてそれを振り上げたのである。

この攻撃にすぐさま反応した春樹は、即座に愛刀の三尺太刀を展開して防御。

そして、キィイッン!と甲高い音が鳴ると共に二人はバックステップで後退した。

 

「ッ・・・テメェ何考えとるんじゃッ、この馬鹿!!」

 

「バカとはなによ、バカとは!

あんたが下手にしらを切ろうとするから試してやったのよ!

やっぱり、あんたが清瀬 春樹ね!」

 

悪びれた様子もない少女に対し、「このガキが!!」と春樹は金眼四ツ目のヴァイザーを瞬時装着して太刀を冠受け構えの形をとる。

現場へ只ならぬ緊張感が一気に奔り、野次馬をやっていた周囲は悲鳴を上げる間もなくゴクリッ生唾を飲む音を静かに響かせた。

 

「おどりゃテメェ・・・何モンじゃい!?」

 

「アタシ?

アタシは・・・『凰 乱音』!

台湾の代表候補生よ!!

それでもって・・・あんたの次の対戦相手!

そのアタシが、ワザワザあんたに宣戦布告しに来たってワケ!」

 

「なッ、何じゃと・・・!?」

 

名乗りを上げた少女、乱音に春樹はギョッと肩眉を上げる。

顔立ちが似ており、何より苗字が『凰』という事は十中八九、凰 鈴音の親族か何かであろう。

 

「・・・知らんかったわァ。

鈴さんには、こねーによー似た妹さんが居るとはな。

こねーにとんでもねぇ、脳が足らん()()()()()のじゃじゃ馬娘が居るとはなぁ!!」

 

「誰がノータリンよ!

頭っきた!

宣戦布告のつもりで来たけど・・・気が変わったわ!

ここでコテンパンにしてあげる!!」

 

二人は臨戦態勢で得物を構える。

そして―――――

 

「―――何やってんだッ、このバカ!!」

「あっでッ!?」

 

「え・・・ッ?」

 

コーンッと、春樹の被った銀色の変わり兜に銀色の中身の入った350㎖缶が当たる。

その缶が飛んで来た方向を見ると中身の詰まったクシャクシャのビニール袋を提げた見知った顔の男が一人。

 

「せ、芹沢さん?

何をやりょーるんですか?」

 

「じゃんけんに負けて外まで酒買いに行ってたんだよ!

ってか、そりゃこっちの台詞だバカ!!

お前、なにホテルの中でIS展開してんだよ?!

なんだッ、なんだ!?

また、あの頭のイカれたテロリスト連中の襲撃か!?」

 

芹沢の発言に「て、テロ!?」とザワザワ騒ぎ始める野次馬周囲。

これに気おくれしたのか。乱音は「ッチ!」と舌打ちをすると共に自分の得物を納めれば、ふんぞり返って春樹へ指を差した。

 

「今日のところは、これぐらいで勘弁してあげる!

明日はこんなもんじゃすまないと思いなさい!!

覚えておきなさいよッ!!」

 

まるで三下敵役の様な捨て台詞を吐いた乱音は、そのまま足早にさっさとホテルから出て行ってしまう。

 

「・・・・・・・・もう・・・もうッ、本当に・・・本当に何なんっじゃッ、本当に!!

こん畜生めッ!!」

 

春樹はキーッと歯軋り・地団駄・掻き毟りを行った後、自分の頭に命中した缶を開けて一気に飲み干したのだった。

 

「・・・スパァアアッ、ドゥラァアアイ!

・・・・・俺、キリンの方が好き」

 

「ここはオーストラリアなんだよ、クソガキ。

文句言うなら飲むな。

ってか、飲むな()()の未成年!」

 

 

 

 

 

 

 

―――◆◆◆―――

 

 

 

INFINITE STRATOS NETWORK

NEWS!!!】

 

≪ンふ♪

おはよう、こんにちは、こんばんわ!

本日も全世界に衛星生放送で放送している新年を祝うビッグファイト!!

今日はヴァルキリー・アプレンティスの二日目!

昨日の行われた激闘の第一回戦を勝ち残った8()()の見習いワルキューレ達の素晴らしい戦いが今日も観戦できる事に私とてもワクワクしておりますよ、ルーシィさん!≫

 

≪そうですね、キンブルさん。

でも・・・一つあなたに訂正してもらいたい事があります≫

 

≪え!?

私、なにか間違ってましたか!?≫

 

≪栄えある一回戦突破者達です。

キンブルさん、あなたはさっき8()()の見習いワルキューレと言いました、8()()とね。

だけど・・・本当は7()()ですよ?≫

 

≪え・・・?

あっ・・・あー!

そうでした、そうでした!!

今大会には()()()()、たったの一人だけですが()()()()・・・”ベルセルク”が出場していましたね!!

今大会の大注目選手!

一回戦で前大会チャンピオンにして今大会優勝候補筆頭を偶然にも?

それともビギナーズラック?

まぁ、なんでも構いませんが・・・()()()()()()()今大会唯一の男性IS適正者、『ハルキ・”オーガ”・キヨセ』!!

彼が勝ち進んでしまった事により、彼を打倒して名を上げようとみんな目をギラギラさせています!

そんな噂の伊達男の次なる対戦相手!!

それは―――――≫

 

 

 

―――◆◆◆―――

 

 

 

≪青コーナー!

可憐と優美さを併せ持った()()()()

されどその可愛らしい姿に騙されちゃいけない!

小さくても虎は虎!

鋭い爪と牙が対戦者を襲う!!

ご紹介いたしましょう・・・台湾から来訪した()()

『ランイン・ファン』選手!!≫

 

『『『ワァアアアアアアアアアアッ!!』』』

 

―――第二アリーナBブロック第二試合。

アナウンサーの御紹介を預かり、大歓声に応える様に手を上げた乱音は()()()へと入場する。

彼女は三国志で最も有名な登場人物であろう関羽雲長が得意としていた武器として御馴染みの青龍偃月刀を握り、自身の専用IS『甲龍・紫煙』を纏う。

その一般的ISに比べて軽装で機械的な容姿の他に黄色いのリボンで自分の髪をサイドテールに纏めた愛らしい姿の乱音が観客達の目を引く。

 

≪続きまして、赤コーナー!

偶然か、それともはたまた幸運か!

ジャイアントキリングを起こす極東から来た()

最強の証明たる白い鎧は彼に相応しいものなのか?!

賛否両論を巻き起こす()()()!!

『ハルキ・キヨセ』ェエッ!!」

 

ザンッ・・・と、深紅の鞘に納められた三尺太刀を担いで現れたのは、白雪の如き純白の鎧兜を身に纏う金眼四ツ目の()

この鬼の登場にあれだけ大きな歓声が上がっていた客席がシンッと一気に静かになり、誰もかれもの視線が彼へと注がれる。

 

「逃げずに来た事は褒めてあげるわ!

でも・・・これからアタシにボコボコされるんだから来ない方がよかったのかもね!」

 

得意げに「フフン♪」と春樹へ青龍刀の切先を向ける乱音。

そんな小生意気な彼女の態度に対し、春樹は担いでいた太刀をおもむろに腰へ佩くとボトムのポケットからビニール袋を取り出し―――――

 

「―――おっぇえええええ!!」

「ッ、え!?

ちょ、ちょっとアンタ!?」

 

人目もはばからず盛大に嘔吐する春樹。

まさか、これから試合をする自分の目の前でゲロを吐くとは思ってもみなかった乱音は思わず駆け寄る態勢をとってしまうが、これを彼は片掌を見せる事で制止させた。

 

へぇ・・・へぇッ・・・!

だ、大丈夫・・・大丈夫じゃけん。

ちょっと()()()()()だけじゃけん、気にせんといて・・・ッ、うげぇええッ!!」

 

昨夜の()()で飲みに呑んだにも関わらず、その後にIS統合部技術班と共に呑んだくれていた為か、春樹は悪酔いによる二日酔い状態に陥っていたのだ。

 

「ふ、ふーん・・・でも、良かったじゃない?」

 

「・・・何がぁ?」

 

「だって万全の状態じゃないんでしょ?

言い訳が立つじゃないの。

「おれ、万全の状態じゃなかったから負けたー」・・・ってね!」

 

乱音は「やれやれ」と溜息を吐きながら首を振り、「悪い事言わないから棄権したら?」としたり顔をすれば、春樹の異変を察知した観客席からもクツクツと嘲笑がささやかれる。

その一方、この状況に胃の腑の中身を全て文字通りぶちまけた春樹は一つ大きな溜息を吐いた。

 

「・・・そうかもな。

本来なら棄権した方がええかもしれんが・・・・・あれじゃ、アレ」

 

「アレ?

アレって・・・なによ?」

 

「あれ言うたらアレじゃ!

ほれ・・・()()()よ、()()()

ええ()()()になるじゃろうが」

「・・・・・・・・はッ?

 

ぜろぜろ肩で息をする春樹が放った言葉にぴきッと乱音は額へ青筋を浮かべるのだが、彼の()()()はこれに留まらない。

 

「あと・・・君、あれじゃろう?

ちょっと調べてみたら俺よりも()()じゃろう?

じゃけん・・・ちょっとは()()してやるわ。

其れに年下の・・・阿呆な()()の舐めた態度と口悪さぐらいちょっとは許してやらぁな。

なぁ・・・()()()()()?」

 

春樹が放ったカタコトの台湾語を訳すと「子猫」である。

実を言えば、乱音は自分の二つ名である『小虎』と云う名が気に入らなかった。

本来ならば『虎』の漢字一文字だけで良い筈なのにその前に『小』の字が付く事は自分が舐められていると思っていたからだ。

しかし、目の前の男は自分の事を『小虎』の二つ名よりも()()()()()名前で呼んだのである。

 

「ふ・・・フフ・・・フフフフフッ!」

「破ッ・・・破破破破破破破!」

 

乱音は両肩を震わせると共に呵々大笑と声を上げた。

すると春樹の方も釣られてケラケラとあの奇妙な笑い声を上げる。

両者向かい合っての笑い合いに観客席は「一体どうした!?」とざわつき出すが、よくよく見ると乱音の目の奥に()()()()はなく、それは春樹も同じで、仮面の下に隠されている彼の金瞳に余裕はない。

その内、試合開始を告げるけたたましいブザー音がアリーナへ響き渡れば―――――

 

「アンタ―――」

「テメェ―――」

「「ぶっ飛ばすぶっ潰すッ!!」」

 

―――刃を構えた二人の武人が剥き出しの闘争本能を露わにして地面を蹴り上げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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223話


「―――――お、おれ・・・・・おれは・・・おりは、どうしたらええんじゃぁああぁあっ!!?

情けない声といっしょに目やら鼻やらからボロボロずるずる涙に鼻水を垂れ流す一人の()()()()
こいつはバックアップチームの酒盛りに乱入して来ただけでなく、じゃんけんに負けたせいで()が自腹を切って買って来た酒のほとんどを飲み尽くしやがった。
しかも酷い酔いでクダを巻きつつウォッカの入った大瓶を抱えてわんわん泣きわめいて手がつけられない。
仕舞いには、この酒乱を俺に押し付けてみんな部屋から出て行っちまった。
おかげで俺は、この左党のガキとサシ呑みする羽目に・・・

ヴぇええぁあ”ア”ァぁあ”あ”ッ!!

「うるさいんだよ!
赤ん坊が夜泣きしてるんじゃねぇんだからさっさと寝ろよ!!」

いやじゃあああ!
まだ・・・まだ呑むんじゃァア!!

明日も試合があるってのにッ・・・こいつはグズりにグズッて寝ようとしない。
おまけに大事そうに抱えた大瓶を取り上げようとしてもこいつは一向に放そうとしない。

「お前、なんだよ!
折角、今日は勝てたってのに・・・負けたみてぇなツラぁしやがって!
飲むにしても酒がまずくなるだろうが!!」

じゃ、じゃって・・・じゃって!
うぅうおぉオオオおおン!!

どうもコイツ、試合が終わった後、うちの業務提携先のデュノア社社長から夕食に誘われたらしいんだが・・・・・どーもそこで()()()()あったらしい。

「・・・もういいじゃねぇか。
デュノア嬢()いっしょに受け入れたらよぉ?
ボーデヴィッヒのお嬢もOKだしてんだろ?」

ッ、この・・・おわんご!

「おっわ!?
ば、バッカ!
酒瓶を振り回すんじゃねぇ!
危ねぇだろうが!!」

中身もう空なんじゃ!
当たっても痛いだけじゃ!!

「それがダメなんだろうがッ、このバカ!!
もう飲むのやめろ!
酔い過ぎだ!!」

大事な提携先で世界第三位のシェアを誇る大会社の社長が、世界に二人しかいない男性IS適正者とは言え・・・自分の娘を婚約者のいる男にやろうってんだからな。
しかも娘・・・デュノアのお嬢の方も自分は正妻じゃなくて愛人、妾の立場でいいってんだからとんでもない。
目の前のこいつと一緒で、ちょっと・・・いや、かなりイカレテやがる。
そんな狂気染みた親子のせいで、流石の()()()()も精神的に追い込まれたみたいだ。

な、なんで・・・お、おれ・・・おれなんじゃよぉ・・・!

「そりゃ、お前がデュノアのお嬢の・・・さしてはデュノア社ならびにデュノア家の恩人だからじゃねぇの?
昔話でもあるじゃねぇか。
窮地に駆け付けたヒーローにヒロインが嫁ぐなんて話はよぉ!」

でも・・・でも、もうおれにゃあ・・・!
もうおれにゃあ、らうらちゃんがおるんじゃよぉお!

「だっから!
もう()()()()つくりゃあいいだろうが!
()()()()()()()」で言やぁ、()()()だろお前は!!」

「「()()()()()()()()を考えてぇや!

だけど実際問題、こいつが別に一夫多妻・・・ハーレムを作っても問題はないだろう。
否定するだろうが、意外とこいつに向いてる()()は多い。
それに・・・こいつの()()()()()事で喜ぶ連中はそれ以上に多いだろう。
特に()()は大喜びだな。

「もう諦めろよ。
聞けば・・・お前墓穴掘って、逃げてんじゃねぇか!」

でも・・・でも、でもおれぇ・・・!!

・・・煮え切らない。
たまにこいつが本当にあのファントム・タスクを何度も追い詰めた野郎なのかと疑ってしまう。
だが、これがこいつの()なんだろう。
大酒呑みの不良で、女の事でいじける様な十代のガキンチョなんだ。

「あぁッ、ウザったらしい!
惚れさせた責任ぐらいとってみやがれってんだい!!
そんな煮え切れない態度とってるとなぁ・・・その内、おっとろしいもんが襲い掛かって来るんだからなぁ!!」

あぁ、やめてくれぇー!!

・・・・・なーんて事を言ってたら、本当に()()()()()()()()がこいつを襲う事になろうなんて思いもよらなかった。
フラグ建てちゃったんだな・・・うん、悪い清瀬。






 

 

 

新年を祝うISによるビッグ・ファイト、ヴァルキリー・アプレンティスの二日目。

Bブロック第二試合が行われている第二アリーナ会場は、前日にも増して大入り満員の大盛況。

勿論、会場に集まった群衆の目的は試合へ出場している選手の活躍だ。

その中でも多くの人間達から()()を望まれた()()が居た。

 

うっぷ・・・!?」

 

少年の名は、清瀬 春樹。

そんな言わずと知れた世にも珍しい()()()()()の男性IS適正者たる彼へ好奇の目が向けられている。

 

春樹は前日に行われた第一試合において、()()にも?はたまた()()にも?優勝候補筆頭格だったスペイン代表候補生を打倒してしまった事で、皆の彼の見る目は変わった。

 

一つは、新たなる時代の到来に期待する者達の目。

一つは、()()()I()S()を汚す邪悪なる者を侮蔑する目。

 

特に男性IS適正者の台頭を危惧する後者は、彼の敗北を大いに期待していた。

それを知ってか知らずか、そんな彼女等の機体に応えるかの様に第二試合の対戦相手である凰 乱音は力強く握り締めた青龍偃月刀を振るいに振るう。

 

「てやぁあああああッ!!」

 

幾度となく振り下ろされた巨大な青龍刀が抉り、切り裂いてはビィイイッン!と異様な音を響かせる。

この正確無比に繰り出される怒涛の連撃に対し、耐えるかの様に春樹は「ぐッ・・・!?」と奥歯を噛み締めた。

そして、傍から見れば苦戦を強いられている彼を実況者達は捲し立てる。

 

≪おーっと、清瀬選手!

凰選手の猛烈な攻撃に反応できていないのか、一方的な展開だァア!!

それでも尚、攻撃の手を緩めない凰選手!

いつまで彼女の攻撃に耐えられるのか・・・見ものですね、ルーシィさん?≫

 

≪そうですねぇ。

やはり、一回戦のあの結果は()()()()()()()()だったんでしょう。

ですが・・・おかしい事があります≫

 

≪おかしい事?

それはなんでしょうか、ルーシィさん?≫

 

≪凰選手による猛攻を受けている筈の清瀬選手が纏うISのシールドエネルギーゲージが少しも()()()()()()()のです。

これは機器計器に異常が発生したのではないでしょうか?≫

 

解説者のこの発言に「ハッ・・・どこに目をつけてやがる」とシタリ片口端を上げる者が一人。

現在進行形で檜舞台の上で大立ち回りを演ずる春樹と同じ様に()()()()の頭痛に悩まされているIS統合対策部技術班の芹沢。

彼はエチケット袋とミネラルウォーターを手に試合会場を見ていた。

 

「SEゲージが減ってないのは、単純に清瀬の野郎へあのお嬢ちゃん攻撃が()()()()()()からだよ!

決して計器の故障なんかじゃねぇ!!

あんにゃろう、器用に()()()()やがる!」

 

「流石は我らが刃!!

俺たちに出来ないことを平然とやってのける!

昨日、あんだけ呑んだくれてたとは思えねぇや!!」

 

吐き気と頭痛と目の前の事象に興奮するIS統合対策部技術班達だったが、芹沢には腑に落ちない点があった。

 

「・・・・・あいつ、二日酔いとストレスで()()がかかってないか?」

 

 

 

―――◆―――

 

 

 

「せぇええい!」

「・・・おぅえっ

 

処刑執行人の振るう処刑斧の如き乱音の青龍刀が、燕が空を自由に飛ぶ様な勢いと共に幾度となく振り下ろす。

しかし、直撃すれば只では済まない彼女から放たれる全ての攻撃を春樹は()()()()()()()三尺太刀で受け流す。

そのまるで「当たらなければ、どうという事はない」と言いたげな鉄仮面涼し気な顔が、乱音の癪に障る事触る事。

彼女はギリギリ奥歯を噛み締めると今度は戦い方に変化を見せた。

 

「喰らいなさいよ!!」

 

甲尾と呼称する下半身から生えた三本の尾っぽの様な武装、その三叉に別れた先端へ一本一本搭載された銃火器がズガガガッ!と火を噴く。

流石の春樹でも振るえば刃が届く至近距離から発射された鉛玉の全てを弾いたり、回避するのは難しかったのか。

いくつかの弾丸が彼の纏う白鎧へ傷を負わせる。

 

「これでぇえ!!」

「おっとッ!?」

 

銃撃に怯んだ春樹へ目掛け、乱音は己が青龍刀をこれでもかこれでもかと力一杯振り下ろせば、ガァアッン!と鉄塊を打ち砕く音が響き渡ると共に白鎧を纏った()がアリーナ地面の土を大きく巻き上げた。

 

『『『―――ワァアアアアアアアッ!!』』』

 

この墜落によって観客席から大歓声が巻き起こる。

多くの人間が勝負は決したと思い、解説席からは乱音が勝利確定を伝えるアナウンスが流れた。

―――――・・・だが!

 

「フゥ・・・フゥ・・・フゥッ・・・!」

 

自陣営のバックアップチームの喜びの声が通信インカムから聞こえているにも関わらず、乱音はキッと目を三角にして対戦相手が落ちていった方へ自分の得物を構える。

 

「ッ・・・なにが・・・なにがッ、()()()よ!

あんだけ余裕ぶっておいて・・・まさか、このままオダブツなんて事はないでしょうね?!」

 

乱音は八重歯を剥き出しにして吠えた。

さながら「やんのかぁ~!?」と毛を逆立たせる猫の様であり、彼女の容姿と相まってその何処となく可愛らしい姿に沸くISファンも居る始末。

けれどもこの()()を本人は決してパフォーマンスでやっている訳ではなかった。

 

凰 乱音なる人物は、大会出場者の中でも指折りの実力者だ。

その高いIS適正と戦闘力から台湾自治政府の中国対抗策として飛び級で代表候補生に選抜される程である。

そんな実力者である彼女だからこそ現在進行形で相対している目の前の男の()()()に気付く事が出来た。

 

優勝候補筆頭格と評されていたスペイン代表候補生と対戦し、見事に勝利した春樹をニュース番組の辛口コメンテーターと同じ様に乱音も()()()で勝ったものだと思っていた。

性別が男性というだけで、世にも珍しい男性IS適正者というだけで、専用機と日本代表候補生の地位を授与された()()()()()()だろうと思っていた。

どうせ周囲の()()()()にそそのかされて、担ぎ上げられて、いい気になった頭の悪い男だと思っていた。

どうせ・・・男なんて。

 

「こんなものなの!?

あんたの実力なんてやっぱりこんなものだったの?!

・・・違うでしょ?」

 

・・・違う。

目の前の男は、自分を「子猫」と揶揄う男は、とても自分の人知では計り知れない()()()()だと彼女は感じ取ったのだ。

幾つか数える程の手合わせで何が解るかと疑問を投げかけたいが、乱音は今まで何度も助けて来てくれた自分自身の()を乱音は信じて青龍刀を構えた。

すると―――――

 

「―――うぇっほ・・・ゲホゲホ・・・ッ!

阿ー・・・今日はホントに朝から最低最悪って感じじゃわぁ。

頭は痛ぇし、気持ち悪ぅて何度も吐いちまうし」

 

ぶらぶら片手を払いながら首をコキコキッ回して土煙の中から現れた長烏帽子形兜と白糸縅二枚胴具足を纏った一人の男。

 

≪おーっと!

もはやこれまでかと思われていた清瀬選手が起き上がって来たぁ!!

しぶといッ、これはしぶとい!!≫

≪ですが、これは起き上がらなかった方がよかったのかもしれませんよ?

力の差は今見た通り()()としていますし≫

 

外野がなんやかんや言っているが、彼はまるで気にせずに何事もなかったかの様に溜息にも似た声を呟いて、グーッと気持ち良さそうに伸びをした。

 

「じゃけども・・・やっと?

漸っと()()()感じじゃし・・・其れにあれじゃ。

もうええじゃろ?」

 

「・・・・・なにがよ?」

 

「ほれ・・・君もさっき言よーたがん。

()()()・・・ってよぉ?

こっからは、ハンデなしでやってやらぁな」

 

春樹の発言にピキッ・・・と、再び額に青筋浮かべた乱音は自分を落ち着かせるように溜息を「ふー・・・!」と吐けば―――――

 

「上等!

跡形もなく消し飛ばしてあげる!!」

 

竜の頭部を模した武装『龍咆・単式』の砲口へエネルギーを収束させていくではないか。

この龍咆・単式は、春樹の学友であり中国代表候補生である凰 鈴音の纏う専用IS、甲龍に搭載されている龍咆を量産型にしたもので、空間自体に圧力をかけて、その衝撃を砲弾として打ち出す衝撃砲である。

 

「ふっっ・・・飛べぇええッ!!」

 

乱音は湧き上がってくる衝動を吐き出す様にボグォオオ―――ン!と春樹へ目掛けて特大の衝撃弾頭を発射。

その威力たるや当たれば確実に並みのISならばダメージレベルCランクまで陥れる事が出来るだろう。

 

「よっしゃ・・・琥珀ちゃん。

音楽頼める?」

 

〈いいけど・・・そのゲロ袋どうするの?〉

 

「大丈夫・・・使い方ならいくらでもあるけん」

 

〈うっわ、悪い顔。

いいわ、何にする?〉

 

「うーん・・・そうじゃのぉ。

じゃあ、気分を上げて・・・『ゴジラ』テーマで!」

 

何故か春樹は余裕綽々で持っていた納刀状態の三尺太刀を腰へと佩き直すと仁王立ちの構えをとる。

回避行動をしないこの自殺行為ともとれる動きを見て、解説席に座る口喧しい連中は「潔く負けを認めるのか!」だの「これぞ日本男児!」だのと戯言を並べた。

しかし、彼らは・・・世界は春樹の真の実力を見る事となるのだ。

 

ヴ”ェえ”え”ろろろろごうろろろあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”―――――ッ!!

『『『ッ―――!!?!??!!』』』

 

ビリビリ鼓膜をつんざき切り裂くかの如く、アリーナ全体を打ち震わせるかの様に轟響いた一喝の咆哮は、周囲へ幾台もあるカメラレンズにヒビを入れると共に一直線で春樹へ向かって突き進んでいた不可視の砲弾を胡散霧消に()()()()()()()()

 

「・・・・・・・・・・・・・・・へ・・・?」

 

乱音は滑稽とも受け取れる随分と間の抜けた声を呟いた。

()()()とばかりに放った渾身の一撃が、只のたったの()()()一つで無効化されてしまったのだから動揺しても不思議ではない。

目の前で一体何が起こったのか理解不能な状況なのだが、そんな刹那のフリーズに陥った彼女へすぐに()()が襲い掛かる。

 

ゾォオオオオオ―――オオオッン!!

「ッ、きゃぁあああああ!!?」

 

不可視の砲弾を打ち消した()()()の咆哮は、嵐によって氾濫した川の濁流が如く乱音を飲み込んでしまう。

彼女はそのあまりの威力に体勢を崩されてしまい、まるで川底の小石の様にゴロゴロと転がった。

 

「―――・・・ッ、な・・・なにが起こったの・・・!?」

 

自分の身体が何処にあるのかわからない程に上下左右激しく振り回された乱音。

漸く濁流から解放された彼女が目を覚ました時、最初に見たのは―――――

 

ふしゅるるぅう・・・ッ

「う・・・うそでしょ・・・!?」

 

―――獣の様な唸り声を上げ、朱塗りの鞘から()()()()()を引き抜く白鎧を纏った一匹の鬼であった。

 

「・・・・・おい?」

 

皆が唖然と静観する中、鬼武者・・・春樹は抜刀した三尺太刀を肩へ担ぎつつ乱音へ語り掛ける。

静かなれども鬼気迫る表情(?)で疑問符を投げかけられた事に彼女はビクッと体を震わせた。

 

「何しょーるんなん?

いつまでも尻餅ついとらんで、早う立ちんさいや」

 

「・・・・・あッ・・・!?」

 

春樹に言われて敵前でありながら自分が()()()()()()()()事に気付いた乱音は、あたふた嫌な汗をかいて立ち上がろうとする。

 

「ッ、ちょ・・・ちょっと・・・!?」

 

しかし、()()()()

会場場所が南半球の季節は夏であり、冷房が効きすぎて寒い訳でもないのに諤々ガクガクがくがく足が震えて力が入らない。

そんな彼女の様子に春樹は短い溜息を一つ吐くと担いだ太刀を下ろした。

 

「阿~っと・・・手貸しちゃろうかぁ?」

 

「い・・・いいわよ、別に!

す、すぐに立つから・・・待ってなさい!!」

 

青龍刀を杖にして立ち上がった乱音に春樹はいつか見たネイチャー系番組に出て来た生まれたばかりの小鹿の面影を見た。

 

「ハァ・・・ハァッ・・・!

ま、待たせたわね!」

 

「ホントじゃわ。

いつまで待たせるんよ?

此処が戦場じゃったらもうとっくにヤラレとるで?

良かったなぁ・・・此処が()()()()の場でよぉ??」

 

ニタニタと憎まれ口を叩く春樹に乱音はギリリ奥歯を噛み締める。

これではすっかり掌の上でいいように転がされる()()だ。

 

「で、でも・・・アンタ、自分が千載一遇のチャンスを無駄にした事に気付いてんの?」

「・・・阿?」

 

「ここまでこのアタシをコケにした男はいないわ!

ここからは本気でいくから覚悟しなさい!

もうアンタに勝ち目はなんてないのよ!!」

 

それでも負けず嫌いの乱音はキリッと目を三角に口端を吊り上げて強気な発言をする。

すると春樹は少しだけ首を傾げた後―――――

 

「・・・・・破ッ、破破・・・破破破ッ!

阿破破破破破ッ!

阿―――ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ!!

 

大いに大いに・・・実に大いにゲラゲラけらけらと自分の顔を片手で覆いつつあの奇天烈な笑い声を上げた。

その笑い声は舞台はおろか、未だキンキン耳鳴りがする者がいる観客席まで聞こえて来たではないか。

 

≪こ・・・ここ、これは・・・これはいったいどういう事なんでしょうか、ルーシィさん?≫

≪な、なんなの・・・なんなのよ、あの男は・・・!!≫

 

不気味に恐ろしく怖ろしく悍ましく愉快そうに不愉快な笑い声を響かせる男へ皆の注目が集まるのは自然な事だった。

 

ゴクりと生唾を飲む者が居た。

目を四白眼に見開く者が居た。

口端を吊り上げる者が居た。

手を組んで祈る者が居た。

 

それは現場となっている会場に居る者達ばかりではない。

蜘蛛の巣が張ったカメラレンズの向こう側に居る視聴者も同様であった。

老いも若きも幼きも男も女も誰しもが上下の()を見せて大口で笑う男へ目と耳と意識を傾ける。

 

「―――――コケにしてんのは、ソッチじゃろうがな」

 

突然笑い出した春樹は、これまた突然笑う事を止めた途端、打って変わって口元をへの字に()()()()()

金眼四ツ目の装飾のある仮面を被っていながらも彼の機嫌が酷く悪いのは明白であり、体からムワりと異様な雰囲気が漂う。

 

「は・・・はぁ?

アンタ、何言って・・・?」

 

「どいつもこいつも舐め腐りよってからに・・・!

そいでそねーな大口叩く割に大した力もやっちゅーもねぇヤツらばっかりじゃ!」

 

方言丸出しで喋る春樹の言葉が理解できない乱音は怪訝な表情をするが、何か彼が仕掛けて来る事は理解出来た。

それならば―――――

 

「(先手必勝!

一気にかたをつけてあげる!!)」

 

乱音はゆっくりと青龍刀を構え、未だ震えが残る足へ無理矢理に力を込めた。

そして、話に夢中な春樹へ目掛けて一気にスラスターを噴かす瞬時加速を行ったのだ。

 

「―――なめんじゃないわよ!!」

 

相手との間合いを文字通り瞬時に詰める事が可能な速度と共に振り上げられた青龍刀。

彼女はそれを春樹の脳天目掛けて一気に振り下ろせば、ズドォオオン!と大きな衝撃音が轟いた。

 

「―――――ッ、あ・・・あれ?」

 

だが、乱音は首を傾げた。

それもその筈。振り下ろした刃の先にあの無礼な男の顔はなく、その代わりに空を切ったのだから。

 

「・・・・・まだ、人が喋りょーる途中でしょうがァアッ!!」

 

バチィイ――――イイン!!

キャァアア!!?

 

疑問符を浮かべた直後、彼女の臀部ケツへ落雷の如き衝撃が奔ると同時に乱音の身体は十m以上も吹っ飛んでしまい、「ぎゃぼん!?」無様な着地を晒してしまう。

一体何が起こったのか、乱音には訳が分からなかった。

けれども一部始終を見ていた観衆達はまたしても唖然と口を広げ、その観衆の中でも春樹サイドのIS統合部所属の芹沢は「やりやがった・・・!」と頭を抱えた。

 

「あいつ・・・尻を()()()()()()()()!!」

 

瞬時加速を行うと共に青龍刀による斬撃を行った乱音よりも速く回避行動を行った春樹は、自分の()()を斬らせた後、彼女の臀部へローキックを蹴り込んだ。

 

「テンメェ、此の野郎・・・人が文句を垂れよーる途中で斬りかかるとは、どういう性格しとるんじゃボケェ!!

もう許さん・・・オメェさんが台湾人じゃけぇ、ちったぁ穏便に済ましてやろうか思うたが・・・俺を舐め腐りやがるその態度に加えて、ボロ雑巾にしちゃらぁ!!」

 

春樹は太刀を脇構えの体勢をとり、脚部のローラーダッシュを高速回転させて乱音との距離を一気に詰める。

 

「こ、こいつ・・・!!」

 

乱音は言いたい事が沢山あった。

「女の子のお尻を蹴り上げるなんてどういう神経してんの!?」とか。

「背後から攻撃してくるって、この卑怯者!!」とか。

・・・けれども今やそんな事を言っている場合ではない。

 

ロックオンアラートで我に返った彼女は、体を起こして体勢を立て直し、自分目掛けて猛スピードで迫って来る春樹へ青龍刀によるカウンター攻撃を行う。

とても正確に眼球を抉る様な刺突攻撃である。

 

「あらよっと!」

「はッ、ちょっと!?」

 

ところがどっこい。

春樹はギィン!と自らに突き付けられる筈だった刃を太刀で切り上げた。

下から上へと太刀で打ち上げられた事で、青龍刀を握った両手が上がる万歳の形をとってしまい、腹部へ大きな隙が生まれてしまう。

その部分を下半身の射撃武装である甲尾でカバーするだろうと察していた春樹は、それよりも早くそこへ所謂ヤクザキックをドガッ!と蹴り込んだ。

 

「ッ、きゃぁあああああ!!?」

ドゴォオオン!!

 

再び蹴っ飛ばされた乱音は、くの字に曲がって後方の舞台壁面へと激突。

そんな光景に『『『うぅわぁ・・・!』』』と観客席から呟きが漏れた。

 

≪よ・・・容赦が、容赦がないぞハルキ・キヨセ!

オーガ、『ONI』の異名は伊達ではない!!

今までにこんな苛烈な試合があったでしょうか!!≫

 

≪今ので凰選手のSEゲージがかなり減らされてしまいました。

なんて()()な戦い方・・・ッ!

こんな事が許されるなんて!!≫

 

解説席からのコメントに春樹は「阿ん?」と首をひねる。

しかし、今まで彼が携わって来たISバトルが()()なのだ。

普通のISバトルは、操縦者の生命を守る絶対防御を()()()する事はないし、命の取り合いを前提としたバーリ・トゥ・ドゥなんでもありではない。

肉を斬られる事も、骨を砕かれる事も、内臓を潰される事もない。

・・・だが、そんな事などこの蟒蛇が知ったこっちゃあない。

 

「『武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候』・・・って訳じゃけん、徹底的にやってやらぁ!」

 

戦国時代は越前国の武将たる朝倉 宗滴の格言を述べた春樹は、どういう訳か抜刀していた太刀を朱鞘へと納刀すると空手の呼吸法である息吹の構えをとった。

これはどういう訳か?

 

「あー・・・!?

あいつー、マジかー、マジでやんのかー!?」

 

彼がやろうとしている事が何なのか察してしまった芹沢は、「アッチョンブリケー!」と両頬を手で押さえた。

そして、芹沢の予想通り、春樹は両腕の専用武装を展開してからのエネルギー充填を開始。

するとバチバチバリバリとめでたい紅白の色をした雷が両腕へと奔り、その赤雷と白雷が纏われた腕を()()()()()()

その体勢は、()()()の世界を知る者ならば・・・いや、()()ならば誰しもが通ると云っても過言ではない英雄ヒーロー()()()であった。

 

「これで・・・完全なるチェックメイトじゃァアアッ!!」

 

十字に閃く赤白の稲妻を解き放つ為、パラパラと破片と土煙が舞う方へ彼は右手首のコネクタに接続した左手首を下へとスライドさせ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――「させないよ!!」

阿”ッ!?

 

バビューン!と、必殺技発射直前だった春樹へ真横から飛来してきたのは、青紫色をしたプラズマ弾。

この奇襲攻撃に即座に反応した春樹は、発射寸前だった()()()()をキャンセルしつつ回避行動を行う。

ローラーダッシュを逆回転させると共にスラスターによる瞬時加速を行う事で何とか直撃を避ける事が出来たのだが、無論、自身の必殺技でフィニッシュを決められなかった事に苛立ちを隠せない春樹はプラズマ弾頭が来た方へ焔が零れる金眼四ツ目を向けて吼える。

 

テンメェッ、いったいどこの何もんじゃい!!?

 

さすれば春樹と壁にめり込んだ乱音の間へ割り込む様に舞い降りたのは、ISを纏うショートカットの銀髪にオレンジ色の瞳を持った美少女であったのだ。

 

「これ以上の蹂躙・・・いや、()()は許さないよ!

このロランツィーネ・ローランディフィルネィがね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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224話


※ピンポンパンポーン※
今回、アンチ・ヘイト度が高めであり、人によっては不快に感じる方もいると思われますので御了承ください。
悪しからず。
それではよろしくお願いいたします。

話は変わりますが、今期のアニメの『ダンジョン飯』って面白いですよね。
アニメ拝聴後、原作を全巻買い揃えちゃいました。



 

 

 

オランダのIS代表候補生であるロランツィーネ・ローランディフィルネィは憤っていた。

自分の()()()()()()恋人の()()であり、スペインの同じIS代表候補生であるセリーナ・アルバ・デ・エスコバルが大会一回戦で敗退したのだ。

しかも大会優勝候補筆頭と評されていた彼女が敗退してしまった相手と言うのが、あろう事か()()I()S()()()()であり、しかもあの有名な()()()()()()()()()ではなく、どこの馬の骨とも知らぬもう一人の()()()の男の方だというではないか。

 

「セリーナ・・・君の仇は、僕がきっと!!」

 

脳震盪を起こして治療室で眠る決勝戦で会おうと約束した筈の恋人の手を取ったロランツィーネは、そう心に固く誓った。

そんな憎き匹夫が大会二戦目で一体どういった戦い方をするのだろうかと興味を持った彼女は、自分の出場出番が来るまでの間に仇敵の姿を観戦しに行ってみる事にしたのだが―――――

 

(※ロランツィーネ視点)

ギャハハハッ!

こうしてくれるわッ、雌猫め!!

いっ・・・いやぁあああああ!?」

 

―――ロランツィーネのオレンジ色の瞳に映ったのは、恐ろしく悍ましい白い鎧を身に纏う()()が、愛らしい子猫の様な少女を嬲っている残虐な行為であった。

それも足蹴によって臀部や腹部を蹴飛ばす様な非道な戦い方でだ。

 

「ッ、ゆ・・・許せない!!」

 

自分の目の前で繰り広げられている残虐非道で卑劣な行為に激怒。

心の内から湧き上がった激情の騎士道精神に駆られ、自らの瞳の色と同じ色彩塗装のある専用機オーランディ・ブルームを展開し、衝動のままに彼女は()()を虐める()()へ銃口を向けたのである。

 

 

 

 

 

―――◆◆◆◆◆―――

 

 

 

「な・・・なんでやねん!?」

 

IS統合対策部技術班所属の芹沢 早太は関西出身でもないのに関西弁で驚嘆の声を上げてしまう。

自分達がサポートしているISパイロットにして二人目の男性IS適正者の清瀬 春樹が、ほぼ一方的に蹴り飛ばした対戦相手へ自らの専用機である琥珀の単一能力『晴天極夜』で相手を()()()・・・もとい再起不能にしようとした事にも驚いたが、まさかまさか勝負に()()()()輩が現れようとは、夢にも思ってもみなかった。

しかも今までの経験上、こういった手合いと云うのは何処かの()()()()()がけしかけて来た刺客か、()()()()I()S()()()と云うのが相場であったのだが、今回は違う。

乱入して来たのは、第一アリーナDブロック第二試合の開始を待っている筈のオランダ代表候補生のロランツィーネ・ローランディフィルネィであったのだ。

この彼女の突然の登場にIS統合対策部の面々は勿論、観客席にいた大観衆並びに中継カメラの向こう側に居る視聴者もアッと驚く為五郎である。

・・・けれども、芹沢が危惧しているのは()()ではない。

 

「おい、みんな!

氷結弾頭の用意しろ!!」

 

危機を察した芹沢は技術班の面々へと檄を飛ばす。

彼が危惧していたのは、自分の試合・・・いや、()()を邪魔された事に憤慨した春樹の()()であった。

 

過去、『ゴーレムⅢ事件』と呼称される専用機タッグマッチトーナメント襲撃事件において、所属不明無人IS機体が蝗害の様にIS学園へ襲来した際、襲い掛かるゴーレムを退治する春樹の背後へ()()に攻撃を加えた()()が居た。

そのおかげで激昂して我を失う暴走状態となった春樹は、その場に居た全ての鋼鉄の乙女ゴーレムをドロドロに()()()、自分に危害を加えた愚者を亡き者にせんと暴れたのだ。

幸いにもその時に居合わせていた専用機所有者達と氷結弾頭の使用によって事は無事に済んだのであるが・・・・・

 

ひッ・・・ひぇええ!!

 

当時、現場にいた一人である浅沼は青い顔でガチガチ歯を鳴らした。

正義感によるものか、それとも騎士道精神かは知らんが、何とも七面倒くさい事をやってくれたものだ。

 

「あのバカが、バカをやるようなら躊躇なく撃てよ!

ちゃっちゃと総員準備しろってんだい!!」

『『『はい!!』』』

 

IS統合対策部の面々は嫌な汗をかきながら氷結弾頭の予備弾倉を対IS用銃火器へ装填した。

 

 

 

―――◆―――

 

 

 

「おい・・・おいおいおい・・・・・おいおいおいおいおい・・・ッ!」

 

自分を見下ろすオレンジ色の装甲を身に纏う()()()に対し、春樹は口端をヒクつかせながら大きな大きな溜息を漏らす。

金眼四ツ目の面貌で表情がハッキリしないが、彼が砕ける程に奥歯を噛み締め、額へ青筋を浮かべている事は手に取る様に理解できた。

 

「いきなり俺達の間に割り込んでおいて、凌辱呼ばわりってのは・・・穏やかじゃあねぇな。

え?

えーと・・・ロラン・ロランだっけ?

∀に出てきそう名前じゃな」

 

「ロランツィーネ・ローランディフィルネィさ。

君の戦い方があまりにも悪逆非道だったから介入させてもらったよ!

あと・・・ロランって言うのは、僕の愛称でね。

あまり気安く呼んでほしくはないんだけれど?」

 

≪ッ、な・・・なな、なんと!?

突如として試合会場へ乗り込んで来たのは、『陽だまりの貴公麗人』の異名を持つネーデルランド代表候補生、ロランツィーネ・ローランディフィルネィその人だぁあ!!

これは面白くなってきましたね、ルーシィさん?≫

≪えぇ!

これは楽しくなってきました!!≫

『『『ワァアアアアアアアッ!!』』』

 

唐突に試合へ乱入して来たロランツィーネを歓迎するかの様な実況をする解説者に煽られたか、観客席は万雷の拍手と大歓声に包まれた。

一方、この歓声が否が応でも耳に入る春樹は「ふざけんじゃねぇよ!!」・・・と、心の中で大きく大きく叫んだ。

しかし、確かに彼が思っている通りロランツィーネのやっている事は、完全にルール違反なのだ。

春樹が憤るのも無理はない。

 

「あの・・・さ?

解っとるとは思うんじゃけどさ?

アンタ、自分がルール違反規定違反してるの解っとるよね?

失格に加えて厳正な罰が降るんじゃね?」

 

「もちろん。

たぶん・・・いや、確実に僕には厳しい処分が下されるだろうね。

でも・・・別に僕は構わないのさ!

君の様な残虐非道な男から彼女を守れるのならね!!」

 

春樹は頭が痛くなって来た。

二日酔いとは違う別の痛みが脳漿を蝕んだ。

しかも・・・この感じ、どこかで()()()()()

 

「一方的に・・・それもあんなに可愛らしい女の子に対して、あの仕打ち・・・・・許さない!

なんて酷い男なんだ君は!!」

 

「おい、待てや!」

 

指を差して自分を糾弾するロランツィーネに向けて、春樹は掌を見せた。

そして、辛うじて首の皮一枚つながっている理性を奮い立たせて()()()()()()交渉の場を設けようとする。

 

「なぁ、アンタの言っている事は少し・・・いや、かなりおかしいと思うんじゃけど?」

 

「うん?

どこがだい?」

 

「まず第一に・・・残虐非道じゃー、悪逆非道じゃーと云うが・・・そねーな事はしょーらんよ?

俺ぁ、ちゃんとルールに則ってISバトルに挑んどるんじゃけど?」

 

春樹が公式大会に出場するにあたり、IS統合対策部の面々は彼にISバトルの国際規定を学び直す様に言い聞かせた。

これは、春樹が今までの携わって来た対IS戦闘の須らくほぼ全てが()()()()()()が目的の()()であったからだ。

無人機にしても有人機にしてもが、確実に自分を殺しに襲い掛かって来るのだから()()()なんてものはしてはいられない。

しかも相手の中にはIS搭乗者の生命を守る為の装置である筈の絶対防御を無効化し、彼の肉を切り裂き、骨を砕き、臓腑を穿った怨敵も居た。

 

・・・・・だがしかし、当たり前だが、公式戦は()()()()()()

実践形式の謳い文句はあれども絶対防御のおかげで攻撃がIS搭乗者へ届く事はないし、シールドエネルギーがゼロになれば、そこで試合終了。

生身のパイロットに追撃なんて以ての外だ。

 

それ故に芹沢をはじめとしたIS統合対策部の全員が、実戦()()知らない春樹へ徹底的に国際標準ルールを教え叩き込んだのである。

 

『清瀬・・・お前はバカだが、そこまで頭が悪いって訳じゃない。

だからわかっていると思うが・・・ぜっっっっったいに()()()()??』

 

・・・事ある度に芹沢から散々ばかり耳にタコが出来る程言われたセリフだ。

それは今回のヴァルキリー・アプレンティス大会において、春樹は『オーガ』なる異名を付けられたが、それより以前から彼には様々な異名が付いている事を・・・その異名が付けられるに足る()()をして来た事を芹沢ならびにIS統合対策部の面々は知っていたからだ。

 

だからこそ・・・試合中、春樹はキッチリとルールの()()()で戦闘を行ったのである。

文句を言われる筋合いなど一切ないのだ。

 

「んでもって、第二に・・・一方的とは言うが、俺は相手から仕掛けられたから仕掛け返しただけの事だ。

ツーか、ISバトルなんだから・・・殴り殴られ、斬り切られ、撃ち撃たれるのは当然じゃねぇか」

 

これも当然の言い分だ。

IS()()()と云うのだから纏ったISで戦うに決まっている。

その為にモンドグロッソなどの大小問わず国際試合や通常の模擬戦では、シールドエネルギーがゼロになるか、搭乗者が意識を失うと負けとなると規定されているのだ。

それ故にいくら春樹の戦い方が荒々しいとは言え、彼が糾弾される理由はない。

逆に言えば、春樹が男だからと・・・男にも関わらずISを纏ってISを纏う女を追い詰めていると非難する事が()()なのだ。

しかし、彼の言っている事が()()()()()()()()()()()程に春樹は()()であったのだ。

 

「・・・君は、どうして自分がこの大会に招かれたのか理解していないのかい?」

 

「・・・・・へぁッ??」

 

春樹は自分が発した疑問文が、あまりにも間の抜けた滑稽な声である事に驚いた。

しかし、彼が癪に障るのも無理はない。

その疑問文に対して疑問符で返される事も癪に障るが、何よりも癪に障ったのが、自分の顔を見ながら大きく溜息を吐いたロランツィーネの「やれやれ」顔だった。

 

「清瀬 春樹、君は『敗者』の役目を負う為・・・()()()()()為に招待されたんだよ?」

 

「・・・・・・・・悪ぃ。

何言ってんのか、さっぱり何じゃけど?」

 

「やれやれ、これだから・・・・・まぁ、いいよ。

説明してあげようじゃあないか」

 

ロランツィーネは腰に手を当てて事の内容を話す。

まるで出来の悪い生徒へ対する高圧的な教師の様に。

 

「君が理解しているかは、この際どうでもいいんだけど・・・ISの登場によって、それ以前の既存の兵器は全部ガラクタと化したんだよ。

でも・・・ISの登場から十年以上経っても尚、未だ()()()()()にすがる人間が居る。

誰かわかるかい?」

 

「大方予想はつくが・・・・・誰よ?」

 

「決まっているだろう?

君の様な野蛮な思考と蛮行しかできない男達だよ!」

 

ロランツィーネのいう事も一理あるだろう。

白騎士事件と呼ばれる歴史的一夜によって、世界的にその名を轟かせた世界最強の()()Infinite Stratos。

既存の兵器を過去のものにしてしまった威力を持ちながらも()()()()()()()()()()と云うその特異性の影響により、男女の社会的な立場は完全に一変してしまった。

けれども勿論の事、この男尊女卑ならぬ()()()()となってしまった世間に異を唱える者達も居た。

 

()()()()()()()()()

でも、彼らはそれが理解できていない!

まだ自分たちの力が通用すると思っている!!」

 

「・・・それが、俺がここに招かれた事と何の関係があるん?」

 

「あるとも!

君の登場によって、やっと下火になっていたヤツらの機運が高まって来た。

だから、ここでヤツらの出鼻をくじいておかないと!

ヤツらが・・・男がISを扱えたとしても、ぼく達には敵わないって事を()()()()()あげないとね!!」

 

決めポーズの様に指を差し示しながら威風堂々と謳い上げたロランツィーネに対し、春樹は後ろ頭をポリポリ搔きながら一つ溜息を吐く。

 

「しぃーッ・・・なぁ、一つ聞いてええか?」

 

「何かな?」

 

「別にサァ・・・それって俺じゃなくとも良くね?

むしろ・・・ISを()()()()()()()()をここに呼ぶべきじゃね?」

 

彼女の言う様に男性IS適正者の登場により、彼女達にとって()()()()()()()の動きが活発になるのならば、春樹の言う様に自分よりも()()()()()()を招待して打ち負かした方が()()()な筈だ。

・・・言っちゃあ悪いが―――――

 

「・・・確かに。

君の言う通りだと思うよ。

だけど・・・主催者側は()()()()んだろうね。

ブリュンヒルデの()()を衆人環視の場で恥をかかせるのは悪いと思ったんだ。

その代わり・・・清瀬 春樹、君なら別に()()()()()

 

「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

「世界的にも名高い世界最強のブリュンヒルデの弟君よりも・・・()()()()()()とも知らないISを使える()()の男を打ちのめした方が、彼女の()()()から反感を買わなくて済むんだよ」

 

「・・・・・」

 

「それなのに・・・それなのに君っていう男は!

()()()()()()()()()()()()()にも関わらず、こんなにも出しゃばって!!

恥ずかしくないのか、君は?!

()()()は、お呼びじゃないんだよ!!」

 

ロランツィーネは憤慨している。

彼女としては、自分達の為に用意された筈のやられ役ヒールが、勝手な()()()()をやって()()()、尚且つ残虐非道な試合展開をしている事が癪に障ったのだろうか。

 

・・・・・けれども・・・だけれどもだ。

「颯爽登場!」と現れて、相手を糾弾する事に()()()()()ロランツィーネは気付いていなかった。

いや・・・いくら気付かず知らないとは言え、自分が侮蔑している相手がとんでもない()()である事に。

 

「・・・・・俺サァ、ちいとばっかし解った事がある。

()()()()も・・・こんな気分になっとったんじゃろうなぁ」

 

彼女の言いたい事を静かに聞いていた春樹もまた静かに口を開いた。

身体から余分な力を抜く様に息を吐きながらゆっくりと黄昏るが如く。

 

「俺・・・いや、()の国の偉人に・・・豊臣秀吉と云う人物がいる」

 

「はぁ?

タイコウ?

ヒデヨシ?

なんだい、突然?」

 

「まぁ、聞いてくれ。

この秀吉って人物は、とても立派とは言えない卑賎な生まれの出で、おまけにチビで禿で顔は猿や鼠に似とったって話じゃ。

ここまでで聞こえは、でーれぇ悪いが・・・こんな男が天下をとった。

最下層の下民でありながら最上級の殿上人に成り上がった男じゃ。

・・・実は私、コイツの事あんまり好きになれなかったんよ」

 

『豊臣秀吉』

日本では立身出世を成し遂げた代表的な偉人として有名であり、かの高名な麒麟児・織田信長の仕え、その主君亡き後は信長に代わって天下統一を成し遂げた人物である。

 

そんな天下人たる秀吉を春樹は好きになれなかった・・・と云うより、どちらかと云えば嫌いな部類であった。

小説・映画などで語られる秀吉像は武将ながら愛嬌に満ち、武力より知略で勝利を得る陽的な人物とされる事が多いのだが、その実、政治的には利己的で冷徹な判断を下す醜悪で狡猾な漁色家であったのだ。

しかし、秀吉が利己的な事や冷徹な事や狡猾な事や醜悪な事やスケベな事が理由で嫌っていた訳ではない。

春樹としては、理由が特にない()()()()()で気に食わない偉人であった。

・・・けれどもロランツィーネの話を聞く内、その「なんとなく」に理由ある合点が付いたのである。

それは―――――

 

「『同族嫌悪』じゃ。

私と秀吉は・・・ちょっと似とる。

あの禿鼠の助兵衛と私は、ちぃっとばっかし似とる」

 

春樹の心中には、どこか卑屈さがあった。

男でありながらISを使える事を非難される事や、雇われ大工の男と水飲み百姓の娘の間に生まれた自分の出自を揶揄される事や、勝つ為に手段を択ばぬ事を軽蔑される事を何度もされている為に彼の内面は更に()()()()()()()()

その自分の境遇を春樹は無意識に秀吉と重ね合わせいたのだろうか。

 

「さっきから何をブツブツ―――――・・・ッ!?」

 

ロランツィーネは目をパチクリさせ、更にそのオレンジ色の瞳を擦る。

されども春樹の周囲がぐわんぐわんと歪む()()が収まる事はなかった。

 

グルルルルル・・・!!」

 

そして瞬きを一つした瞬間、目の前に立っていた筈の匹夫は、どういう訳か大きな大きな()の姿に変わっており、その大きさたるや空中浮遊する彼女の目線よりも更に巨大であった。

 

「(―――ッな、なに今の・・・!?)」

 

あまりに突然な出来事に動揺したロランツィーネはバックステップするかの様に後退したのだが、もう一つ瞬きすると途端に彼女の前から巨躯を誇るドラゴンの姿は消えてしまう。

 

「・・・どうかしたのかい?

まるで()()でも見たみてぇによ?

それに・・・急に俺と同じ目線に合わせてくれるなんて、どういう心境の変化じゃ?」

「なにを言って・・・ッ!?」

 

春樹に指摘されてロランツィーネは漸く自分が、宙に浮いているのではなく、アリーナ舞台の地に()()()()()()()事に気付いた。

 

「ッ・・・清瀬 春樹、君はいったい僕に何をした・・・!?」

 

心を乱された事で目を四白眼に一瞬だけだがカッと見開くロランツィーネに対し、春樹は自分の僅かに垣間見える口元へ両人差し指を当てて口端を上げて言い放つ。

 

Smile Like You Mean Itとびっきりの笑顔!」

 

「は・・・!?」

 

「おえんで?

敵を前にして、そんな不安そうな顔しちゃあよぉ?

笑っておくれよ、御嬢さんフロイライン

でにゃきゃ・・・()()()()とは言えんじゃろう?

阿破破ノ破ッ!!」

 

ロランツィーネは不気味に感じた。自分の前で愉快そうに笑う白夜叉が酷く不気味に感じて溜まらなかった。

そんなまるで自分を嘲り笑う倒すべき敵に対し、彼女は口籠りながらも何か言い返そうとする。

・・・ところがどっこい。

 

よー物を考えて喋れよ?

()()()()は・・・ちゃんとせんとおえんけんな?

 

ロランツィーネはガチィッ・・・と、自分の身体が硬直するのを肌身に感じた。

『蛇に睨まれた蛙』とは正にこの事で、彼女の汗腺からジットリと嫌な汗が噴き出すのが直で理解できた。

そして・・・漸くそこで、自分が何に()()()()()()のか分かった。

 

さて・・・もう御託はええじゃろう?

()()()()

ロック調で構わなければよぉ!!

「ッ・・・!?」

 

自分の鼓膜を揺さぶっていたビートを怪獣王からハード調の狂奔Remixへと変更した春樹は、上下に生えた()と鋭い鈎爪を煌めかせ、獣の様に―――――

 

 

 

 

 

 

 

「―――・・・アタシ、抜きでいちゃついてんじゃないわよ!」

「「!?」」

 

ザッビィイ―――ンと、ロランツィーネの背後から飛んで来て春樹の前へ突き刺さったのは、一本の青龍偃月刀。

この武装を使うのは、一人しかいない。

 

「まだ・・・・・アタシ、アンタに負けてないわよ・・・!

どきなさいッ」

 

唖然とするロランツィーネの肩を掴んで彼女を退かせたのは、この試合の()()である筈だった小柄な一人の少女・・・凰 乱音その人だ。

彼女は肩で息をしながらも、ヨタヨタと千鳥足で歩みながらも、自分が放り投げた青龍刀を舞台から引き抜く。

 

「はぁッ・・・はぁ・・・ッ!

さぁ・・・まだまだこれからよ、とっとと構えなさい・・・!!」

「・・・破破破破破ッ!」

 

春樹は奇妙な笑い声を上げつつ嬉しくなって小躍りの一つでも踊りたくなった。

今にも倒れそうな満身創痍の体でありながらも歯を食いしばり、輝きを失っていない目を自分に向ける子猫と揶揄った少女が()()()姿に彼は呵々大笑と歯を見せる。

 

「ッ、な・・・何をしているんだ!?

早く僕の後ろに下がるんだ!!」

 

無論、乱音のまさかの行動に対し、ロランツィーネは()()にも怪物へ立ち向かおうとする彼女の腕を引き留めんと掴んだ。

・・・ところがどっこい。

乱音はその手を振り払うや否や、キロッとロランツィーネへ三角にした目を向けたではないか。

 

「アンタ・・・アタシの邪魔してんじゃないわよ!」

 

「じゃ、邪魔だって!?

僕は君の事を助けようと・・・!」

 

「助ける?

誰もそんな事頼んでなんかないわ。

余計なお世話よ!

これ以上アタシの邪魔するんだったら・・・!!」

 

「ただじゃおかないから!!」・・・と、お礼どころか邪魔者扱いされた事に驚くロランツィーネへ乱音は舞台から引き抜いた青龍刀の切先を向けた。

この目の前で起こる不測の事態に大観衆のみならず、解説者達もざわざわ動揺の色を隠せずにいる。

すると―――――

 

「―――お忙しいとこ失礼じゃが、子猫ちゃんよ?

俺としちゃあ・・・仲良く二人いっぺんに相手してやってもええんで?」

 

諍う二人に対し、春樹は「おいでんせぇ、おいでんせぇ」とジェスチャーをする挑発的な態度を見せた。

勿論、小生意気なパフォーマンスが癪に障ったロランツィーネは「言わせておけば!」と自分の得物を構える。

 

「―――――引っ込んでなさい!!」

 

しかし、ここで轟いたのは乱音の拒絶の声。

そして、この叫びに「え・・・!?」と戸惑うロランツィーネを余所に彼女は青龍刀の刃を()()だと侮っていた男へ向けた。

 

「・・・ええんか?

折角、自分を助けに来てくれた()()()を蔑ろにしちゃってさ?

見ろよ、悲しい顔しちゃってさ」

 

「いいのよ。

これはアタシの・・・()()()()の戦いでしょ?

お呼びじゃない相手に横槍いれられるなんて、願い下げよ!!」

 

「破破阿ー!

じゃってよ、オランダ人!

お呼びでないんじゃとさ!!」

「このッ・・・!!」

 

ケラケラ指を差して嘲り笑う春樹にロランツィーネは拳を握りしめたが、これ以上戦いへ介入する理由がなくなってしまった為、彼女は奥歯を噛み締めつつ踵を返すしかなかった。

 

「さて・・・子猫シャオマォ

これからどうするよ?」

 

「決まってるじゃない・・・決着をつけるわよ!」

 

肩で息をしつつ乱音は構えをとるが、傍からどう見ても憔悴している彼女に春樹は「やれやれ」と首を振る。

 

「実力差が、まだ解っとらん?

オメェさんは・・・いや、()は賢い筈じゃ。

機体ダメージもDクラスぐらいか?

良識のある人間なら・・・ギブアップを勧めるじゃろうな」

 

そうやって上からものを言う春樹。

この物言いに普段の乱音なら歯軋りと共に金切り声を上げるだろうが、もうそこに居たのは生意気な小娘ではなかった。

 

「・・・冗談じゃないわ。

ここからがおもしろいんでしょ?

それにアタシ・・・・・もうアンタを見下したりしない。

悔しいけれど、認めるわ。

アンタは・・・()()!!」

 

「・・・ほうか。

その台詞・・・もうちょっと早うに聞きたかったなぁ」

 

乱音が、自分の慢心や相手への軽蔑を捨てた事を察した春樹は少し()()()()に薄く笑みを浮かべた後、右手部分へ膨大なエネルギーを放出する。

 

「清瀬流対決術、模倣の型竜式・・・『雷竜方天戟』」

 

するとバチバチバリバリ稲光と共に轟音を上げたエネルギーは、三国志において最強の名を欲しいままにした呂布奉先が愛用していた得物の形を象ったではないか。

 

「今一度、名を聞こう!

台湾の()()よ、君の名は何ぞや?」

 

「アタシの名は乱音・・・凰 乱音よ!」

 

「そうか!

我が名は、清瀬 春樹!!

この一撃を以てして、貴君を屠る者なり!!!」

 

春樹はぐるぐるぐるりと稲妻の方天戟を回し構えた後、それこそ落雷が如く乱音へ向かって駆け抜ける。

さすればガギィインと鉄塊が砕ける音が鳴り響き、後に残ったのは、砕けた刃の得物を握りしめた黒焦げ姿でありながらも膝を付く事のなかった少女と―――――

 

()()

()()()成り、凰 乱音!!

貴君を超えて、俺は次に行く!!!」

 

―――彼女を讃える言葉を述べつつも勝鬨を上げる少年の姿であった。

その異様でありながらも圧倒的な雄姿に魅入ってしまったのか。客席からも解説席からも歓声が上がる事がなく、その代わりに否が応でも試合終了を告げるブザー音がけたたましく鳴り響いているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 





・・・・・はい。という訳で今回は此処まで◆◆◆◆◆


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