新次元ゲイムネプテューヌ THE UNITED (投稿参謀)
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プロローグ1 平和

 かつて、戦いがあった。

 

 惑星サイバトロンに生きる変形能力を持った金属生命体、『トランスフォーマー』。

 彼らは『オートボット』と『ディセプティコン』の二派に別れて果てしない争いを繰り広げていた。

 

 星を焼き尽くすほどの戦いは、やがて次元を隔てた別世界、『ゲイムギョウ界』へと拡大した。

 

 ゲイムギョウ界、そこは人の形をした人ならざる超常の存在『女神』によって統治される四つの国からなる。

 

 すなわち女神パープルハートの治める『プラネテューヌ』。

 女神ブラックハートの治める『ラステイション』。

 女神ホワイトハートの治める『ルウィー』。

 女神グリーンハートの治める『リーンボックス』。

 

 これらの国々は争いを繰り広げていた時代もあったが、今では競い合いながらも『仲間』として尊重し合う、友好的な関係を築いていた。

 トランスフォーマーたちは、女神やゲイムギョウ界の人々を巻き込んでもなお戦い続けたが、女神たちとの出会いと交流は彼らの中に変革(トランスフォーメーション)を生み、様々な出来事の末についに両軍は和解。

 

 戦いの時代は終わり、平和が訪れたのだ。

 

 今やゲイムギョウ界は、オートボットとディセプティコン、さらには人間とトランスフォーマーが共存する世界となった。

 

 街を見ればかつては敵同士だったオートボットとディセプティコンが肩を組んで歩き、トランスフォーマーが変形能力を生かして働いていて、彼らのための店も増えた。

 

 サイバトロンは両軍のトップであった総司令官オプティマス・プライムと破壊大帝メガトロンの指揮の下、復興が進みかつての姿を取り戻しつつある。

 

 だが……今、新たな戦いが起ころうとしていた。

 

  *  *  *

 

「オプティマァァス!!」

「メガトロォォン!!」

 

 何処とも付かぬ荒野。

 雷鳴轟く暗雲の下、二体の金属の巨人が死闘を繰り広げていた。

 

 片方は、騎士鎧の如き丸みを帯びながら重厚な姿の、赤と青のファイヤーパターンが鮮烈な印象を齎す戦士。

 もう片方は、こちらも騎士鎧のような意匠ながら刺々しく威圧的な姿で、左肩から突き出た角のような突起と顔の側面のマンモスの牙のようなパーツが特徴的な、灰銀色の戦士だ。

 

「今日こそ決着を着けてくれるわ!!」

「それはこちらの台詞だ!!」

 

 両者は共に手に持った剣を振るい、全力で斬り合う。

 

 灰銀の戦士が上段から斬りかかれば、赤青の戦士が盾で防ぐ。

 赤青の戦士が横薙ぎに剣を振るえば、灰銀の戦士がカウンターとして蹴りを繰り出す。

 

 地響きが起こり、大気が震え、火花が散る。

 まさに一進一退の戦いだ。

 

「ハッ! 腕を上げたな、オプティマス!」

「貴様もな、メガトロン!」

 

 鍔迫り合いを演じながら、赤青の戦士……オートボット総司令官オプティマス・プライムと、ディセプティコン破壊大帝メガトロンは互いに好戦的な笑みを浮かべる。

 

「はん……どうやら、向こうも一区切り付いたようだな」

「そのようだ」

 

 一旦距離を取った両雄が分厚い雲に覆われた空を見上げると、一際大きな雷鳴が轟き雲の中から二つの光が降りてきた。

 

 一方は紫、もう一方は青だ。

 

 二筋の光はそれぞれ、人の姿になる。

 

 紫の光は、深い紫の長い髪を二つの三つ編みにして、レオタードのような衣装を纏った凛とした美女に。

 青い光は、燐光を帯びた薄青の髪を長く伸ばし、頭から二本の角が生えたやはりレオタードのような衣装の女性に。

 

 二人は共に背中に翼があり、瞳には円と一本の線を組み合わせた紋様が浮かんでいた。

 

 そして紫の女性はオプティマスの、青の女性はメガトロンの近くに降り立つ。

 

「ネプテューヌ。そちらもいい勝負のようだな」

「ええ。やっぱり彼女は強いわ、オプっち」

 

 オプティマスと紫の女性……プラネテューヌを守護する女神ネプテューヌは、互いに微笑み合う。

 

「ふん、まだ倒し切れてなかったのかレイ!」

「おやおや、メガトロン。まだ終わらせてなかったの?」

 

 メガトロンの傍に降りた青の女性……古の大国タリの女神にして今は彼の伴侶であるレイは、不敵な笑みを浮かべる。

 

 彼女たちは、地上でそれぞれのパートナーが戦っていたように黒雲の中で戦いを繰り広げていたのだ。

 

「さあオプっち。もうひと踏ん張りよ」

「ああネプテューヌ! もちろんだ!」

「メガトロン、ここからが本番よ!」

「よかろう! 我らが負けるものか!」

 

 両雄と二人の女神は宿敵を見据え、腹の底から声を上げる。

 

融合(ユナイト)!!』

 

 四人の声が重なった瞬間、ネプテューヌとレイの体が光の粒子に分解され、オプティマスとメガトロンの体に吸い込まれる。

 そしてオートボットの司令官は虹色のオーラを、破壊大帝は稲妻のようなエネルギーをその身に纏う。

 姿こそ変わらないが、彼らは今までとは桁違いのパワーを宿していた。

 

 これぞ神機一体。

 トランスフォーマーと女神の絆が最高まで高まったからこそ使える力である。

 

「行くぞ、メガトロン!!」

「来るがいい、オプティマス!!」

 

 両雄は地を蹴って空へと飛び上がるや、エネルギーを込めた剣を振るう。

 古代のプライムの遺産テメノスソードと、古の大国タリの剣がぶつかった瞬間、凄まじい光が辺りを包み込んだ……。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、がんばってー!」

「司令官、しっかりー!」

 

 そんな激闘を遠目から応援している者たちがいた。

 セーラー服とワンピースが融合したような衣装に長く伸ばした薄紫の髪と深紫の大きな瞳が特徴的な童顔の美少女、プラネテューヌの女神候補生ネプギアと、背中に羽根のように配置されたドアが特徴的な丸っこい造形の黄色いオートボット、情報員のバンブルビーだ。

 

 彼らの他にも大勢の人間やトランスフォーマーが両雄の戦いを見物していた。

 そこに真剣な空気はなく、完全なスポーツ観戦気分である。

 

 さもありなん、オプティマス、ネプテューヌ組と、メガトロン、レイ組が対戦するのは、これで実に10回目なのである。

 

「飽きないわねー、あの四人も」

「これまでの戦績はどっちも3勝3敗3引き分けですからね」

 

 茶色い長髪に大き目のコートを着た小柄でやや鋭い目付きの諜報員の少女アイエフと、フワフワの髪を後ろで縛りフワフワのニットを着た柔らかい雰囲気の少女、看護師のコンパもドリンクを片手に呑気な調子だった。

 

「ま、あれがあのヒトらのストレス発散方法さね」

 

 人間の子供ほどの大きさの四つ目のディセプティコン、レイの補佐役のフレンジーもプラプラと体を揺らす。

 

「オプティマスさんはともかく、ネプテューヌさんは相変わらず遊んでばっかりですし、ストレスも何もないんですけど……」

 

 背中に羽根を生やした金髪ツインテールの少女、妖精のようなサイズで開いた本に乗って宙に浮かぶプラネテューヌの教祖イストワールは深く、そりゃもう深ぁく息を吐く。

 

 そんな苦労人な教祖に、ネプギアたちは揃って苦笑する。

 

 世は並べて事も無し。

 ゲイムギョウ界は、今日も平和であった。

 

 

 

 

 しかし、この平和に馴染めぬ者たちも確実に存在した……。

 

  *  *  *

 

 同じころ、ゲイムギョウ界某所の空を一隻の宇宙船が飛んでいた。

 余計な飾りがなくゴツゴツとした無骨な外観のこの船は、犯罪者をサイバトロンに連行するための護送船だった。

 

 ブリッジでこの船を操作しているのは、たった一人のトランスフォーマーだ。

 

 人間に近いシルエットで、背中に配置された回転灯と肩のタイヤ、胸のバンパーとヘッドライドに、上腕部の白い部分のPOLICEの文字がパトカーから変形することを如実に語っている。

 四つの眼が有り内側に並んだ物は赤く、外側の物は青いことが余計にパトカーの回転灯を想起させた。

 

 そのトランスフォーマー、ディセプティコンのバリケードは、皮肉っぽい表情を浮かべながらも一応は真面目に職務を全うしていた。

 この船で護送しているのは、いずれも元はディセプティコン軍団に所属していた者ばかりだ。

 

 ニトロゼウス。

 こいつは軍属崩れのゴロツキだ。

 科学参謀に似た単眼のディセプティコンは、知能までは似なかったらしく相棒と共に器物破損や傷害、恐喝に窃盗とチンケな悪事を重ねて遂に御用となった。

 航空参謀には及ばないまでも高い飛行能力を持ち、情報参謀には及ばないまでも優秀なハッカーだったというのに、残念なことだ。

 

 モホーク。

 ニトロゼウスの相棒で、同じくゴロツキ。

 人間大のこいつは元々メガトロンへの忠誠が篤かったはずだが、それでも悪事を繰り返していた。

 

 ドレッドボット。

 ゲイムギョウ界の四つの国を股に掛け、計九か所で銀行強盗を働いた。

 犯行はゲーム感覚で行われ、反省の色なし。

 最後にプラネテューヌの銀行を襲ったところでついに逮捕された。

 

 バーサーカー。

 かつては恐れを知らぬ戦士として軍団内でも一目置かれていた。

 しかしその有り余る暴力衝動を抑えられず、ついにプラネテューヌでの祭りを襲撃。大量殺人を行おうとした。

 ……こいつにとって不幸で、祭りの参加者にとって幸運だったのは、その場に女神とその相棒のオートボットが勢揃いしていたことだろう。

 当然、殺戮は未遂に終わった。

 

 オンスロート。

 元は戦術家として名を馳せていたが、こいつは他に比べても罪が重い。

 というのも、メガトロンへの反乱を企てたのだ。

 しかし、その際に幼体の育成施設を襲撃するという大悪手を打ってしまい、破壊大帝の極限の怒りを買った。

 幸いにして幼体に被害は無かったものの、怒り狂うメガトロンとその妻によって反乱はアッと言う間に瓦解。

 ゲイムギョウ界にまで逃走してきた所を捕らえられ今に至る。

 

 ……囚人たちに共通するのは、この平和な世の中に馴染めないということだ。

 多くのディセプティコンは今の世で問題なく生活しているが、中には彼らのような者もいる。

 

 では自分は?とバリケードは自問する。

 自分だってかつては平和を築くために戦う側にいた。

 今の世界を壊すつもりも全くない。

 

 それでも、たまらなく退屈に思える時がある。

 

 何か、何か刺激が欲しい。

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 皮肉っぽく呟いたバリケードは、この退屈な任務を続行するのだった。

 

 

 

 

 

 同時刻、プラネテューヌ国内、某所。

 何処か暗い地下室のような場所。

 

 明かりになる物はいくつかの燭台のみで薄暗いが、部屋の中には柱のような機械装置が円陣を描くように何本か立てられているのが分かる。

 柱は不思議な金属で構成され、異界の文字……古代サイバトロン語が刻まれていた。

 

「ついに……ついに、この時が来た!」

 

 その前に、一人の女性が立っていた。

 キツめの容貌で黒い衣装に黒い中折れ帽子、薄紫の肌と尖った耳と言う魔女のような姿の女性だ。

 

「この時のために、私は長い時間を過ごしてきた……奴らトランスフォーマーの技術を盗み、独自に改良を重ね、ついに完成させた……!」

 

 両腕を大きく広げ達成感に浸っていた女性だが、やがてスッと静かな表情になり、その姿が陽炎のように揺らぐ。

 揺らぎが収まると、黒衣の女性の姿は魔女めいた物から、銀色の髪を腰まで伸ばした強い意思を感じさせる女性へと変わっていた。

 

「今、世界というゲイムのルールが変わる!」

 

 聞く者がなくとも自分を鼓舞するように高らかに叫び、手に呼び出した杖を振るい装置を起動させた。

 機械音と共に柱状装置が光り輝き、円陣の内側にエネルギーが渦巻いていく。

 やがてエネルギーが最高潮に達すると、女性は意を決しそちらへ向かって歩き出す。

 

「待っていてくれ。……うずめ」

 

 そして円陣の中へと飛び込むと、女性の姿が煙のように掻き消えた。

 

 

 

 

 

 しかし、それでは終わらなかった。

 女性が消えた後もエネルギーは残り、天井に向かってまるで光の柱のように伸び始めた。

 溢れるエネルギーは石造りの天井を容易く貫き、空に向かって伸びていく。

 

 そして真上を航行していた護送船を飲み込んだのだった……。

 

 




初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。
投稿参謀です。

バンブルビーの公開が決まりましたし、メガトロン・オリジンの翻訳版が発売されましたし、実写TFシリーズが実質的に打ち切りらしいですし、何よりTF愛がまだまだ尽きないので、ヒャア! 我慢できねえ!!

ってことで新連載を開始しました。
生活スタイルが変わりましたのでどれくらいの間隔で更新できるか未知数ですが、お付き合いいただけましたら幸いです。


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プロローグ2 混沌の大地へ

「今、行方不明になった護送船を探して全力疾走している(ビークルモードの恋人に乗った)わたしは、プラネテューヌに住まう普通の女神。強いて違う所をあげるとすれば、オートボットの恋人がいるってことかな……名前はネプテューヌ!」

 

 冒頭からワケの分からないことを言い出すネプテューヌ。

 今のネプテューヌは人間の姿を取っており、白いパーカーをワンピースのように着た小柄な少女の姿をしている。

 薄紫の短い髪があちこち跳ねていて、十字キーのような髪飾りを二つ着けているのが特徴的だが、なによりも大きな深紫の瞳と全身から放つ元気が印象的な、可愛い女の子だった。

 

 そしてここはプラネテューヌ近郊のとある山中。さっき本人が言った通りネプテューヌたちは消息を絶った護送船を探しているのだった。

 

「バリケードの連絡が途切れたのはこの先か……」

 

 一方でネプテューヌの乗る、三連二対の煙突マフラーが目を引く赤と青のファイアーパターンに塗装されたトレーラートラック……ビークルモードのオプティマスは、山道を走りながら冷静にセンサーを働かせていた。

 

(スルー……さすがに慣れたんですね、オプティマスさん)

(さすが司令官)

 

 恋人である女神のボケを慣れた様子で聞き流すオプティマスに、ネプギアと彼女を乗せた黒いストライプの入った黄色いスポーツカーの最新モデルの姿をしたバンブルビーが内心で少し驚く。

 

 彼らの後ろには、深緑の角張った六輪の軍用トラック、可動式のリアウィングを持つ青い超高級スポーツカー、鋭い吊り目のようなヘッドライトが特徴的な鮮やかな緑のスポーツカーの三台の車が続く。

 やがて彼らはある地点まで来ると、停車した。

 

「オートボット、トランスフォーム!」

 

 そしてオプティマスの号令と共に、ギゴガゴと音を立てて変形する。

 車のパーツが寸断され、移動し、組み変わる。

 

 軍用トラックは肥満体で濃い髭を生やした男性を思せる姿のハウンドになった。

 ヘルメットを被り、全身に銃器をぶら下げ背中には三連ガトリング砲まで背負った姿は、見るからに物々しい。

 葉巻のように咥えている実包も、それを助長していた。

 

 青い超高級スポーツカーは、ラジエーターグリルが胴体に配置された鎧武者そのものの姿のドリフトに変形する。

 以前は二本だった背中に差している刀が、今は一本になっている。

 

 そして緑色のスポーツカーは、コート状のパーツを持ち、飛行ゴーグルを付けた皮肉っぽい表情のロボット、クロスヘアーズになった。

 やる気なさげに腕を組み、その辺の木に寄り掛かる。

 

「でよ、疑問なんだがなんで俺らがわざわざディセプティコンを探さなきゃいけねえんだ?」

「何でって、ちょうど三人が暇だったからでしょ。他の皆は忙しいし」

 

 ネプテューヌが窘めようとすると、クロスヘアーズはケッと吐き捨てた。

 ちなみにオプティマスは本来今日は休日だったのだが、自らネプテューヌたちに付き添いを申し出た。

 

「クロスヘアーズ、貴様無礼だぞ!」

「ああん? やるってのか!」

「止めねえか、お前ら!!」

 

 激昂したドリフトが刀を抜き、クロスヘアーズもマシンピストルにてをかけるが、ハウンドがやはり機関銃を二人の頭に突き付けて止める。

 そんな一同を見て、さすがのネプテューヌも苦笑気味だった。

 

「この三人は相変わらずだねー」

「馬鹿、ばっか」

「ええと、それでもう少し行った所ですよね。バリケードさんが消えたのは」

 

 バンブルビーが呆れた調子で言うが、ネプギアは話を戻す。

 真面目な性格の彼女は、もう敵対していないディセプティコンを『さん』付けで呼ぶようになった。

 

「そのはずだが、さて……む!」

 

 オプティマスが辺りを見回すと、少し先の地面に大きな穴が空いているのが見えた。

 

「何これ? モグラ怪獣でも出たの?」

「そこはドリラーじゃねえのか? トランスフォーマー的に……ってのはともかく、周囲の土砂からして地中から上に向かって何か突き上げた感じだな」

 

 呑気な調子のネプテューヌとは裏腹に、ハウンドはさすがの冷静さで分析する。

 オプティマスは厳かに頷くと大穴を覗きこんだ。

 

「つまりこの下に何かがあるワケだな」

「あ! オプっち。あんまり穴に近づかないほうがいいよ! 信頼と伝統の崖落ちフラグだから!」

「はっはっは。いくら私でもそう簡単には落ちないさ!」

 

 からかい混じりながらも心配するネプテューヌに、オプティマスは快活に笑ってみせる。

 戦争の重責から解放された総司令官は、以前よりよく笑うようになった。

 

「ではまず、この穴の調査を……ほわああああ!!」

「フラグ回収はやッ!?」

 

 しかし言っている傍から足元が崩れ、オプティマスは穴の底に落ちていく。

 慌てて、ネプテューヌとネプギアは女神化して後を追い、残ったオートボットたちも顔を見合わせた後で、下に降りるのだった。

 

 

 

 

「ッ! ……ここは」

 

 幸いにして穴にそれほどの深さはなく、オプティマスが頭を振って立ち上がると、そこは広大な地下室のような場所だった。

 部屋の中にはいくつかの機材が置かれ、中央には柱のような機械が円陣を組むように数本、立てられていた。

 その正体を、オプティマスはすぐに察する。

 

「センチネルのスペースブリッジ! まだ残っていたのか……」

 

 かつて、オプティマスの先代の総司令官(プライム)のセンチネルがゲイムギョウ界に持ち込んだ、柱型のスペースブリッジ。

 センチネルがディセプティコン……のザ・フォールン派に寝返ったことで、この世界に危機を呼び込んだそれは、大戦終結時に全て破壊されたはずだった。

 

 しかし、ここにまだ無事な物があったのだ。

 

「使われた形跡もある。……そうか、護送船が消えたのは、これのせいか」

 

 立ち上がってスペースブリッジに近づいたオプティマスが柱をスキャンすると、まだエネルギーが残っているのが感じられた。

 

「だとしたら、いったいどこに……」

「オプっち! 大丈夫?」

「ネプテューヌ! ああ、私は平気だ。それよりこれを……」

 

 疑問に思っていると、恋人の声が聞こえたので振り向く。

 その瞬間、柱が発光を始めた。

 

「ッ! しまっ……」

「え……?」

 

 そして溢れる光が、オプティマスはもちろん、ネプテューヌやネプギア、そしてオートボットたちを全員飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃん、起きて!」

 

 妹の呼ぶ声にネプテューヌはうっすらと目を開けた。

 

「う~ん……あと十分だけ」

「お姉ちゃんってば! 呑気に寝てる場合じゃないよ! 周りを見て!!」

 

 必死な妹の声に目を開けて回りを見回せば、どこかの森の中らしい。

 

「皆、大丈夫か!」

「なんだ、なにが起こったんだ!?」

「面妖な……!」

「変な、気分……」

 

 ハウンド、クロスヘアーズ、ドリフト、バンブルビーも混乱しているが、無事なようだ。

 

 そしてオプティマスは少し離れた所に立っていた。その先は崖になっているようで、そこから下を眺めているようだ。

 

「うーん。シリーズ伝統、気付いたら別次元?」

「お姉ちゃん……」

「いやだって、この作者展開がワンパターンだし。別次元とか、何回目?」

 

 メタなことを言い出す姉に、ネプギアは溜め息を吐いてから小さく笑む。

 この能天気さが、今は頼もしい。

 

「ねえお姉ちゃん、気付いてる?」

「うん。……シェアエナジー、感じないね」

 

 シェアエナジー。

 それは女神の力の源。

 人々の祈りや信頼が、オールスパークの力によって実態的なエネルギーとなった物。

 

 女神とは、それが一つの所に集まって人型の実体になり、オールスパークの力で生命を得ることで生まれてくる非金属性トランスフォーマーなのだ。

 

 故にゲイムギョウ界や惑星サイバトロンでなら、どんな場所にいてもシェア感じ取ることが出来た。

 

 しかしこの場所ではそれを全く感じない。

 やはり、未知の異世界であると考えるのが自然だった。

 

 ネプテューヌはオプティマスの隣まで歩いていくと、彼の見ている景色を見た。

 

 近くの大きな河の向こうに街があるのが見えるが、その町並みはゲイムギョウ界で見られる様式とは大分違った。

 プラネテューヌのように未来的ではなく、ラステイションのように活気に溢れてはおらず、ルウィーのように古風でもない。

 敢えて言うならリーンボックスが近いが、何と言うか随分と雑然としているのが遠目にも分かる。

 大河に張り出した島には、大きな女神像があった。

 

「オプっち、ここは何処だろう?」

「どうも、未知の惑星であるらしい。次元座標は惑星サイバトロンと同一の次元であると示しているが……距離が遠い。ここからサイバトロンまでは、何千光年も離れている」

 

 難しい顔で、オプティマスは答える。

 

「しかしオプティマス。軽く調べてみたが国が50以上、言語は非統一……かなり混沌とした星だぜ、ここは」

 

 近くに来たハウンドは何とも言えない顔だった。

 

「とりあえず、この『イエス・キリスト』と『ブッタ』なる人物に会いに行くのはどうだろうか? この世界で一番信仰を集めているようだし、こちらの資料ではニホンなる国のタチカワなる街に住んでいるようだ」

「バーカ、そりゃ漫画だ、漫画! その連中は実在しねえんだよ!」

 

 大真面目な顔のドリフトに、クロスヘアーズがツッコミを入れる。

 

「なに? 実在しない者を何故崇めるのだ?」

「知らねえよ、そういう文化なんだろ!」

 

 言い合う二人に、ハウンドが溜め息を吐く。

 とりあえず、この世界はゲイムギョウ界ともサイバトロンともだいぶ違うらしい。

 

「それで、どうします? 司令官」

「オートボット、とりあえず情報収集だ。この世界の乗り物に擬態(ディスガイズ)するとしよう」

『了解』

 

 バンブルビーが問うと、オプティマスが答え、一同はそれに応じた。

 ネプテューヌは、慣れ親しんだ姿から変わってしまうことに一抹の寂しさを感じたが、顔には出さなかった。

 

「いやー、それにしても変なトコに来たねー。女神がいない世界なんて、わたしには想像も付かないよ!」

「うん、そうだね。……ところでお姉ちゃん。気付いてる? その、体のこと……」

 

 明るい声を出す姉に、妹が困ったような曖昧な笑みを浮かべる。

 はて?とネプテューヌは首を傾げて、それから気付いた。

 

 視線が妙に高い。

 

 普段なら自分より高い位置にあるはずの妹の顔が、今は少し低い位置にある。

 これではまるで、女神化した時のような……。

 

「え?」

 

 慌てて体を見下ろすと、胸の谷間があった。

 普段はささやかな膨らみが、女神化時ほどではないもの中々に大きな果実になっている。

 

 髪の毛も普段はベリーショートだが、今は腰まで伸びていた。

 

「な、なんじゃこりゃあああああッ!?」

 

 そう! シェア不足の影響か未知の要因があるのか、ネプテューヌの体はあどけない少女のそれから大人の物になっていたのだ!!

 

 女神化した時と違って人間態の面影を強く残しており、顔は童顔だった。

 しかし服装はパーカーワンピのままなおかげで、胸やら脚やらけしからんことになっていた。

 

「お姉ちゃん、その姿も素敵だよ! ねえオプティマスさん!!」

「あ、ああ。その、とても魅力的だと、私は思う」

 

 仰天しているネプテューヌに、ネプギアは力強く、オプティマスはらしくなく照れた様子ながらもフォローを入れる。

 

「うん、ありがとう! でも、そういう問題じゃないから! なにこれ、青いキャンディでも舐めさせられたの? あるいは謎の黒の組織に薬でも盛られたの? 身体は大人、頭脳も大人、みたいな感じで!」

「どっちかっつうと頭脳は馬鹿じゃねえの?」

 

 ツッコミと言うにはあんまりにも無礼な物言いのクロスヘアーズをオプティマスが睨むが、本人はどこ吹く風だ。

 

「……とにかく移動しよう。さしあたっては、あの街へ行ってみよう。ネプテューヌ、ネプギア、人間との接触は任せても?」

「オッケー!」

「はい」

 

 ムッツリと言うとオプティマスは向こうに見える街を指差す。

 あそこなら、スキャンする車にはことかかなそうだ。

 

「それで、ここは何て世界なの? ゲイムシジョウ界? アルスガルド?」

「……地球、それがこの星の名だ」

 

 地球、その名を聞いた瞬間、ネプテューヌの中に言い知れぬ感情が湧きあがった。

 恐ろしいような、懐かしいような。

 

 オプティマスもまた、理由は分からないが、その名に言い知れぬ不安と期待を感じていたのだった。

 こうしてオートボット総司令官オプティマス・プライムとプラネテューヌの女神パープルハートことネプテューヌは、神無き混沌の大地、地球へとやってきた。

 

 だがこの物語の主人公は彼らではない。

 

 彼らではないのだ……。

 




簡単な登場人物説明

オートボット総司令官 オプティマス・プライム
ご存知司令官。
ディセプティコンとの戦争を終え、忙しくも平和に暮らしている。ネプテューヌとは前作の戦いを通じて恋人同士となり、相思相愛。
戦争がないので厳格な面や勇猛な面よりも、惚けた部分が目立っている。
ネプテューヌに言わせれば彼は本来心優しく繊細な性質で、顔面破壊大帝とも呼ばれる獰猛な部分はその本質ではないらしい。

プラネテューヌ女神 ネプテューヌ
ご存知主人公(?)
底抜けに元気でマイペースなボケ役系女神。
前作で目出度く恋人同士となったオプティマスのことを深く想っており、その愛はやや重め。
地球においてはシェア不足の影響か、原作ゲームにおける大人ネプテューヌの容姿になっている。
なんやかんやあって、オプティマスのかつての恋人……になるかもしれなかったエリータ・ワンの生まれ変わりというトンデモ設定が付与されている。

他のメンツはいずれ。


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プロローグ3 天王星うずめ

 ここはアメリカのとある州の地方都市。

 ある大企業の所謂企業城下町として中々に発展しているこの街では、ビルの谷間の往来に老若男女が行きかい、数え切れない車が走っている。

 夜ともなれば、ビル群の明かりとネオンサインで不夜城の様相を呈するだろう。

 

 そんな都市の無数に存在する街角の一つを、一人の少女が青いスクーターに乗って走っていた。

 服装はミニのプリーツパンツをサスペンダーで吊り、羽織ったワイシャツの第二ボタンのみを留めてオレンジのネクタイを締めているという、かなり露出の高い恰好だ。

 頭にはハーフタイプのヘルメットを被りゴーグルを着けているが、それでも口元などから顔立ちが整っていることが分かる。

 ヘルメットから漏れた暗めの赤色の髪は、長く伸ばして二つに締められ風にたなびいていた。

 

 ではスクーターの方はというと、随分と年期の入った物であちこち塗装が剥げている。

 目を思わせる二つの大きなヘッドライトが特徴的で、後部には荷物を載せるコンテナを牽引していた。

 

 やがて少女は街の一角にある古びた雑貨店の前でスクーターを止めて降りると、ヘルメットを外しスクーターの座席に置く。

 すると髪に三角形のヘアピンを二つ着けていて、大きな瞳が濃いオレンジ色をしているのが分かる。

 

「こんちわー! ばあちゃん、お邪魔しまーす!!」

「あら、うずめ。いらっしゃい」

 

 店の木製の扉を潜って少女が明るく声を出すと、レジに座る年配の女性店主が老眼鏡を直しながら出迎えた。

 うずめと呼ばれた少女は、店内を見て回り買い物籠の中に食糧や日用品、それにペットフードを放り込んでいき、それをレジまで持ってきた。

 店主は機械的にリーダーでバーコードを読み取りながら、うずめに声をかける。

 

「またケイドさんのお使い? 住み込みとはいえ大変だねえ」

「アハハ、俺はイエーガー機械修理店の唯一の従業員だからな! これも仕事の内さ!」

「しかし大丈夫かい? ほら、あの人男ヤモメだし娘さんも家を出てしばらく経つだろ? 若い娘と二人っきりってのもねえ……」

「心配いらないって! ケイドのオッサンはそんな奴じゃないよ。……それに、()()()()()()()()()()

 

 若干邪推気味ながらも心配そうな店主に、うずめは快活な様子で答えたが、最後の方は小さな呟きで女性には聞こえなかった。

 

 買い物を終えたうずめが店を出てスクーターのコンテナに荷物を載せると、突然大きな破壊音が聞こえた。

 

 慌てて見回すと何処からかパトカーのサイレンが聞こえ、煙が上がっているのが見える。

 

「あらやだ。また例の暴走車? 最近多いわねえ」

「ばあちゃん! ありがとう、また来るよ!」

 

 ヒョッコリと扉から顔を出した店主に叫ぶと、うずめはスクーターに跨りエンジンを懸けて走り出した。

 

 

 

 

 

 街の大通りを一台の車が爆走していた。

 なんてことないセダンだが、誰も乗っていないにも関わらず一人でに動き、そこらへんの街路樹や別の車に体当たりを繰り返しながら走り続けている。

 パトカーがサイレンを鳴らして追いかけているが、暴走車は止まらない。

 

「ええいくそ! だから機械は嫌いなんだ!!」

 

 警官隊を率いる警部が毒づくが、それで状況が好転するワケもない。

 

「いいから、州兵でもなんでも呼んでくれ!! 無理なら重火器を使わせろ! セオリー通りにやれ? 馬鹿言え、車のハンドルに手錠かけろってのか!? 運転手なんざいないんだ、ぶっ壊すまで止まらないんだよ! 」

 

 無線で上層部に応援を要請するが、返事は芳しくなかった。

 何台かのパトカーが先回りして動きを封じようとするが、暴走車は人の多い歩道に突っ込もうとする。

 スマートフォンで呑気に写真や動画を取っていた市民も、さすがに泡を食って逃げ出すが、一人の子供が取り残された。

 

「! まずい!!」

 

 警部が声を上げるが、その瞬間には恐怖のあまり凍りついたように動けない子供に向けて暴走車が真っ直ぐに向かっていく。

 

 そして、子供が暴走車に撥ねられる寸前、何処からか一条の光が降ってきたかと思うと、暴走車は粉々に吹き飛んだ。

 

 恐る恐る子供が目を開けると、そこにはレオタード状の衣装を着たオレンジ色の髪の少女がいた。

 頭の両側で渦のように髪を巻いた独特の髪型で、猫の耳のようにも見える帽子を被り、背中には光の翼がある。

 青い瞳には、電源マークのような紋様があった。

 

 この少女が、上空から飛んでくるや振り下ろす拳の一撃で暴走車を破壊したのだ。

 

「危なかったね。でももう大丈夫だよー」

 

 オレンジ髪の少女は子供を安心させるようにニッコリと笑う。

 随分と、間延びした声だ。

 

 子供はその姿をボウッと見上げていたが、やがて遠巻きに見ていた人混みの中から母親と思しい女性がやってきて子供の手を引いてオレンジ髪の少女から離れる。

 母親の目には、得体のしれない者に対する恐怖が浮かんでいた。

 

 オレンジの少女は少しだけ寂しそうに微笑むと、空へと飛び去っていった。

 

 すぐに警官たちが、周囲を封鎖しだす。

 

「また……助けられちゃいましたね」

「ふん、余計なことをしてくれる」

 

 感傷的な部下の言葉に、警部は鼻を鳴らす。

 人助けだろうが何だろうが、得体の知れない輩など信用できない。

 まして、あんな格好でうろつく奴は特にだ。

 スーパーヒーローなど、現実にいればただの厄介者に過ぎないのだ。

 

「それよりも……CS社の方は何と言ってきてる?」

「相変わらず、原因の究明に努めている、と……」

「どうせあそこの導入したコンピューター制御のせいに決まってんだ! 他に何がある!!」

 

 イライラと騒ぐ警部。

 その視線の先では、暴走車の残骸から()()()()()()()()()が漏れ出していた……。

 

 

 

 

 

 オレンジの少女は人に見つからないように路地裏に入る。

 その身体が光りに包まれてうずめの姿に戻ると、奥の暗がりからスクーターが一人でに現れた。

 

「なんだよ、スクィークス?」

 

 うずめがまるで人間にするようにスクーターに問い掛けると、スクーターは非難がましく電子音を鳴らした。

 

「分かった分かった。目立たないように、な。分かってるって!!」

 

 軽く言ったうずめは、スクーターに跨ってエンジンをかける。

 と、その左手首に着けている腕時計のような機械……今時珍しいヴィジュアルラジオに通信が入った。

 

『うずめ、聞こえるかい?』

「海男か。どうしたんだよ?」

 

 聞こえてきたのは、男性の声だった。

 深く渋い大人の男を想起させる、まさに美声だ。

 

『帰りが遅いから心配でね。……何かあったのかい?』

「……ああ~、特には、万事問題ないぜ!」

『その様子では、また何かあったようだね。例の暴走車かい?』

 

 誤魔化そうとしたうずめだが、声が上ずっていてすぐに見抜かれる。

 どうも、嘘は苦手なようだ。

 観念したうずめは、白状する。

 

「まあな。つい、助けちまったよ」

『うずめ、いつも言っているだろう? 俺たちは人目につかないように行動しなければならないんだ。でなければ、破滅を招きかねない』

「分かってるって……でもなあ」

 

 理性的な調子の海男なる男の声に、うずめは納得いかないようだ。

 通信の向こうから、溜め息を吐くような音が聞こえた。

 

『まあ、終わってしまったことをグチグチと言っても仕方ない。それが君の良い所なのも確かだしね。それじゃあ、()を回収して帰ってきてくれ。多分、いつもの所だ』

「了解! ……ありがとな、海男」

 

 軽い口調ながらも心からの感謝を伝えてから通信を閉じ、スクーターを走らせて路地を出る。

 そのまま街中を抜け、街の横に流れる大きな河に架かったやはり大きな橋を、この街のシンボルである女神像を横目に渡る。

 

 橋を渡ると民家はなく、鬱蒼とした森と山が広がっていた。

 うずめを乗せたスクーターはより山奥へと入っていく。

 やがて道の舗装もなくなり、ほとんど獣道となった山道を構わず進んでいくと、やがて山の合間に流れる渓流が見えた。

 

 その脇の岩の上に奇妙な影が腰かけ、清らかな川に釣り糸を垂らしていた。

 

 黒を基調とした人型の機械で、座っていてもうずめの倍は背丈がある。

 所々入ったオレンジ色が、鮮やかだった。

 肘や膝の部分に車のタイヤのようなパーツがあり、背中には甲虫の羽根のようにドアが配置され、胸の部分は特に車のフロントを思わせる造形をしている。

 目が大きく、独特の愛嬌がある顔立ちだった。

 

 それがパイプで作った釣竿を手にジィッとしている。

 

 うずめは適当な所にスクーターを止めると、そのロボットに声をかけようとするが、そこでロボットは釣竿を勢いよく振り上げた。

 

「よーし! 釣れた!」

 

 釣り糸の先の釣り針には、大きなバスが食いついていた。

 喜色満面でピチピチと身をくねらせる魚を慎重に手に取る。

 

「はっはー! こいつは大物だぜ!!」

「良かったな、ホット・ロッド」

「ん? おお、うずめ!」

 

 ホット・ロッドと呼ばれたロボットは、声をかけられて振り向くや大きな目を笑みの形にする。

 

「見てくれよ、このバス! こいつはきっとこの川の主だぜ!!」

「相変わらずホット・ロッドは釣りが好きだなあ」

「へっへっへ、海男の奴には内緒だぜ? あいつ魚にシンパシー感じてるから」

 

 楽しそうなホット・ロッドにうずめも快活に笑うが、そこでスクーターから急かすような電子音が聞こえた。

 まるで早く家に帰ろうと言っているかのようだ。

 

「分かったよ! 帰ろうぜ、ホット・ロッド!」

「ウィ、それじゃあ行くか!」

 

 バスをリリースしたホット・ロッドは立ち上がると……そうすると、うずめの三倍はあった……ギゴガゴと異音を立てて変形し、黒いスーパーカーに変形した。

 イタリアの有名自動車メーカーの創設者生誕100年を記念して製作されたスーパーカーだ。

 うずめもスクーターに跨ると、スーパーカーと揃って走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 もちろん、彼らがここにいるのは理由がある。

 今から数年前のこと、ホット・ロッドとうずめこと天王星(てんのうぼし)うずめは、ある研究機関に囚われていた。

 何故かも、いつからかも、分からない。

 

 彼らは一切の記憶を失っていたのだから。

 

 そこには同じように囚われた者たちがいて、研究対象にされていた。

 来る日も来る日も繰り返される実験とデータ取りを、誰もが苦痛に思っていた。

 

 ある日、限界を迎えた彼らは一致団結して脱走。

 幸いにして囚われていた者の一人、海男が立てた計画は完璧だった。

 我武者羅に逃げて逃げて、研究施設が何処にあったのかはもう分からない。

 彼らは追手を撒き、逃亡生活を続けてこの街に流れ着いたのだ。

 

 以来、ケイド・イエーガーという口と運は悪いが腕と気風は良い男の下に厄介になりながら、息を潜めて生活しているのだった。

 

 しかし、その日常も終わる日が近づいていた。

 

 街の近くの山の上、暗くなり始めた空に、雲もないのに一筋の稲妻が走った。

 それは遠い世界からが来訪者が現れたことを示していたが、そのことに気付いた者は、誰もいなかった。




すまぬ、すまぬ……この作品の主役は『ホット・ロッド』と『天王星うずめ』なんだ。
もっと言うとホット・ロッドなんだ。

ずっと書きたかったんだ、ホット・ロッドが(っていうかホット・ロディマスが)主人公の話を……!
ずっと出したかったんだ、うずめ(と海男とか)を……!


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1000文字で分からない! 超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION

 初めましての方へ。

 大前提として、この作品は、トランスフォーマーと女神が当たり前のようにイチャコラするイカレた小説だぜ!

 

 なんやかんやあって、いつものノリで争うオートボットとディセプティコン。

 でもいつもと違うのは、辿り着いたのが地球じゃなくてヘンテコな世界、ゲイムギョウ界だったことだ!

 

 オプティマス「とりあえず、ディセプティコンいっしょにしばこう」

 ネプテューヌ「オッケー!」

 

 メガトロン「シェアクリスタルよこしいや、あ! お前らはペットな!!」

 女神一同「ふざけんじゃねえ、戦争だ」

 

 そんな感じで始まった戦い。

 まあなんせトランスフォーマーなんで悲喜交々ありつつも、ドッタンバッタン大騒ぎしていたのだが……。

 

 オプティマス「エリータ・ワンが死んだのは私のせいだ……こんなに苦しいのなら、悲しいのなら……愛などいらぬ!!」

 ネプテューヌ「オプっちー! 好きだー! オプっち愛しているんだー! オプっちぃぃぃッ!!」

 ネプテューヌ「一万年と二千年前から愛してるんだぁぁぁ!!(マジです)」

 オプティマス「やっぱ、愛だよね!!」

 

 なお、ネプテューヌはエリータ・ワンの生まれ変わりだった模様。

 

 

 メガトロン「フッ、オプティマスが敗れたか……だが所詮奴は一番の小物!! 俺は愛なんかに絶対負けない!!」

 キセイジョウ・レイ改め、レイ「あ、子供出来ました。あなたの子供です」

 メガトロン「!?」

 

 フレンジー「おう、責任を取ってあげるんだよ、早くしろよ」

 メガトロン「し、しかし出来ちゃった婚と言うのは……絶対『出来ちゃった婚大帝』とか言われるし……」

 フレンジー「『やり捨て大帝』とか『認知しろ大帝』よりはマシでしょ! 覚悟決めろ、お前がパパになるんだよ!!」

 育児大帝パパトロン「……愛には勝てなかったよ」

 

 こんな感じで、作者の狂気が迸って、トランスフォーマーと女神がイチャコラした上に、一部子供までこさえちまったよ!

 

 他にも、ノワールがファザコン化したり、ベールさんに妹が出来たり、スタースクリームが実写っぽい感じからG1っぽい感じを経て、マイ伝っぽい感じになったり、なんやかんやあって……。

 

オプティマス「もう、戦い止めねえ?」(リア充特有の余裕)

メガトロン「……おう、考えてやるよ」(妻子持ち故の葛藤)

 

あ、あとセンチネル・プライムとザ・フォールンの嫌われジジイコンビも出たけど、色々あって倒されたよ。

こんな感じで、世界は平和になりました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オプティマス「いくらなんでも、酷過ぎじゃないか?」

ネプテューヌ「作者が話の要点を纏めたりするの苦手だから……」

 

終われ。




ふざけにふざけてみた、前作のあらすじ。
本当にこんな感じだもんなあ……。

ちなみに三行で説明すると、

オプティマスが『私も幸せになりたい!』と叫べるようになり、
メガトロンが野望や憎悪よりも大切な物を見つけ、
トランスフォーマーの『戦うために生まれた』宿命を否定する話。

今にして思えば、壮大なアンチ・ヘイトと言えるかも?


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地球編『使命』
第1話 遭遇


 うずめたちが暮らす街には、当然ながら銀行がある。

 中々に立派なオフィスビルの一階に位置し、ピカピカに磨かれた床とギリシャ風の柱が高級感を醸しだすそこの一角で、一人の男が銀行員相手に騒いでいた。

 四十絡みだがなかなかの男前で、体付きも歳の割りに逞しい。

 しかしこの場にTシャツとジャンパーという恰好は、社会人として微妙に問題がある。

 

「なあ、頼むよ! 説明しただろ!! 発明を完成させるためには、もう少し纏まった金がいるんだって!」

「イエーガーさん、何度も言うように当銀行としては貴方に融資することはできません」

 

 対するスーツに七三分けという分かりやすい見た目の銀行員は、死ぬほど興味無さげに事務的な対応をする。

 

「あーもう! あんたじゃ話にならん! もっと話の分かる奴を連れてきてくれ!」

「恐れながらお客様。それはこちらの台詞でございます」

 

 騒ぐ自称発明家のケイド・イエーガーに、銀行員はウンザリと息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 銀行脇の路地裏では、ビークルモードのホット・ロッドがうずめを乗せて待機していた。

 センサーの感度を上げてケイドと銀行員の会話を拾っているホット・ロッドは、溜め息のような音を出す。

 

「まったく、ケイドも馬鹿なこと言ってんな……技術者としちゃ凄腕なんだから、普通に働きゃいいのに」

「そう言うなよ、ホット・ロッド。面倒見てもらってるんだから」

 

 うずめが窘めるが、彼女も実のところは同じ気持ちだった。

 何せケイド・イエーガーという男はいい歳して発明家として成功することを夢見て、そのためにテキサスくんだりからCS社に発明を売り込むために、この街まで引っ越してきたのだ。

 結果はご察しである。

 

「その癖、大人の男として振る舞おうとするんだもんな。そりゃテッサだって出てくっての」

「テッサが出てったのは大学に通うためだろ。……シェーンと一緒に」

 

 取り留めのない会話をする二人だが、ふと車道に目をやったうずめは、向こうから変わった車がやってくるのに気が付いた。

 

 移動店舗などに使われるワンボックスカーの、トランスポルターという古い車種で、車体全体が錆に覆われフロントには鋭角的なロボットの顔のように見える奇妙なマークが描かれている。

 それが他の車を押し退けるようにして、銀行へ向かってくるのだ。

 

「なあホット・ロッド、あの車……ッ!」

 

 うずめがホット・ロッドに話しかけた瞬間、錆塗れのトランスポルターが銀行の扉に突っ込んだ。

 ガラスの割れる音が辺りに響く。

 ギョッとして固まるうずめだが、すぐに正気に戻ってホット・ロッドから降りる。

 

「また暴走車か!?」

「見てくる! ホット・ロッドはここで待っててくれ!」

 

 そう言ってうずめは急いで破壊された両開きの扉を潜り、銀行の中に入る。

 中では人々が助け起こし合ったり、スマートフォンで写真を撮ったりしていたが、トランスポルターは、受付に突っ込むようにして止まっていた。

 

 そしてケイド・イエーガーはその脇に尻餅をついていた。銀行員の方は逃げたようだ。

 

「ケイドのおっさん! 大丈夫か?」

「あ、ああ……間一髪だったが。こいつが例の暴走車か?」

「ああ、多分な。でもこんなにオンボロ車でってのは珍しいな……」

 

 冷や汗をかきながらもうずめに助け起こされつつも錆だらけの車を見やるケイドに、うずめも首をひねりながら返す。

 近頃、あっちこっちで車が一人でに動き出すという事件が起こっているが、その多くはコンピューター制御を導入した物で、こんなスクラップ寸前のオンボロが暴走するのは珍しい。

 

「オンボロとは言ってくれるな、小娘(ニーニャ)!!」

 

 その瞬間、トランスポルターはギゴガゴと異音を立てて変形した。

 車体が寸断され、移動し、組み変わる。

 そうして現れたのは、人の三倍はある恐ろしい姿のロボットだった。

 角に四つの目、下顎から突き出た牙、そして前屈みの姿勢は、ロボットというよりは地獄から来たモンスターを思わせる。

 何故か、クリスマスのイルミネーションをアクセサリーのように右腕に巻いていた。

 

「な……!?」

 

 うずめもケイドも、その姿に驚く。

 周りの人々に至っては、何が起こったのか分からずに硬直していた。

 ロボットが右手に持った拳銃らしい武器を頭上に掲げ天井に向けて一発撃つと、爆発音と共に天井に穴が開く。

 

「俺は銀行強盗だ! 大人しくしな、アミーゴ!」

「な、なんでアミーゴ!?」

 

 唐突にメキシカンなロボットにツッコミを入れるケイド。発音にも何処かスペイン語の訛りがある。

 だが、本人は気にせず銃をカウンターの向こうの銀行員たちに向けた。

 

 うずめは混乱していた。

 このロボットは多分、ホット・ロッドやスクィークスの同類だ。

 しかし、明らかに無関係な人間を害そうとしている。

 だが、この場で変身するワケにはいかない。正体がばれるのもそうだが、ケイドに迷惑がかかる。

 

「と言っても欲しいのは金じゃないぜ。……お前らの命だ!! 死ね(ムエレ)!」

「ッ! 待て!」

 

 銀行員に向け適当に銃を撃とうとするロボットに対し、うずめは弾かれたように走り出す。

 ケイドが止めようとするが、うずめは構わず拳を握りしめて突っ込もうとする。

 だがその瞬間、銀行の壁を破って新たなロボットが現れた。

 

 ロボットモードのホット・ロッドだ。

 

 ホット・ロッドは不意打ちでロボットに掴み掛かる。

 一瞬ギョッとした錆塗れのロボットだが、すぐに回し蹴りを繰り出してホット・ロッドを弾き飛ばし、拳銃を素早くその頭に向ける。

 

「遅いぜ、小僧(チコ)。その背中の銃は飾りか?」

「…………一つ、聞きたい。お前はディセプティコン、って奴か?」

「ああん? そうに決まってるだろ。こんないい男のオートボット野郎がいるかよ?」

 

 そのまま残酷な笑みを浮かべて引き金を引こうとするが、その時うずめが消火器を投げた。

 顔面に命中したそれに気を取られ、錆塗れのロボットはホット・ロッドが繰り出した体当たりを受けて床に倒れ、さらに銃を頭に突き付けられた。

 

「ッ!」

「大人しくしろ! 殺したくはねえ!」

「……ハッ!」

 

 銃口を額に押し当てられた状態にも関わらず、錆塗れのロボットは余裕を崩さない。

 

甘いな(ドルチェ)。さてはまだ戦場に出たことがねえな。……ほら、撃てよ。小僧(チコ)、男に成るチャンスだぜ? 男は殺しの一つや二つは経験しとかねえとな」

「……!」

「止めろ、ホット・ロッド!」

 

 ヘラヘラと笑うロボットに、ホット・ロッドは震える指に力を籠めるが、そこでうずめに止められた。

 

「うずめ……」

『うずめの言う通りだ。彼には色々聞きたいことがある』

 

 掲げられたうずめの腕に嵌められたラジオから、渋い男性の声がする。一党の参謀役である海男の声だ。

 確かに、とホット・ロッドは納得する。

 このマカロニウェスタン気取りの正体やら何やら、聞き出さねばならない。

 

「そんなワケだ。大人しくしな。お前一人で何をすることも出来ないだろう」

「……へッ、どこまでも甘いなアミーゴ。……()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その言葉にハッとなった瞬間、ホット・ロッドの後ろの壁を……わざわざ壊れていない所を……突き破って、黒塗りの車が現れた。

 

 シークレットサービス仕様のサバーバンだ。

 

 サバーバンは回転灯を輝かせながらホット・ロッドに体当たりしようとする。

 間一髪、ヒラリと躱したホット・ロッドだが、やはりと言うべきかサバーバンはギゴガゴと音を立てて変形していく。

 

 やはり二本の角と四つの目、牙の突きだした下顎が特徴的だが、こちらは背筋がピシッと伸びており後頭部からドレッドヘアーのような触手が垂れており両肩からは大きな突起が生えている。

 さらに胸には白地に赤い×の字が描かれ鼻輪のような物を着けている。

 

「ザッケンナコラー! スッゾオラー! テメッコラー!!」

 

 何やらヤクザスラング的なことを叫びながら両手に持った棍棒を振りかざす姿は恐ろしげで、逃げ遅れた男がしめやかに失禁していた。

 

「大丈夫かいな、ドボやん!」

ありがとよ(グラシアス)、バーサーカー……でもその略称は止めてくれや、俺はドレッドボットだぜ」

「ええやん、同じドレッズ型のよしみや」

「……まあ、オンスロートの野郎よりは付き合い易いけどよ」

 

 何故か遠く極東の島国の、さらに西の方の方言で話すバーサーカーなるロボット。

 錆塗れのロボット、ドレッドボットは人間臭い仕草で息を吐いた。

 ホット・ロッドは新たに現れた敵に、背中からもう一丁の銃を抜く。

 二対一は、さすがにキツそうだ。

 

「なんやこん餓鬼は! ここにはオートボットはおらへんのやなかったんかい!」

「知らねえよ! 保安官(シェリフ)気取りは何処でもスカルペルのように湧いて出てくるってことだろうよ!」

「……つまり、ぼてくりかませばええっちゅうことやな!! アッコラー!!」

 

 ペッと錆の混じった痰のような粘液をドレッドボットが石の床に吐き捨てると、バーサーカーは棍棒を振り回しながら一直線にホット・ロッド……ではなくうずめとケイドに向かってきた。

 咄嗟に、ホット・ロッドは二人を庇って背中に棍棒を受ける。

 

「グッ……!」

「シネッコラー! テメッコラー!!」

 

 棍棒は情け容赦なく叩き付けられる。

 ドレッドボットはニヤニヤといやらしく笑いながら、銀行のカウンターに腰かけてそれを眺めていた。

 

「ホット・ロッド!! こうなったら……!」

 

 うずめは懐から小さい透明な結晶を取り出す。

 何か大きな宝石の欠片のようだ。

 それを握り潰そうとした瞬間、破壊された壁の穴を通って新たな影が現れた。

 

 それはやはり、巨大な人型だった。

 バーサーカーやドレッドボットよりも一回り以上は大きい。

 騎士鎧のような洗練された姿に、赤と青の炎模様が強烈な印象を受ける。

 背中に大きな剣と盾を背負っていて、見るからに強そうだった。

 

「新手!?」

 

 驚愕と絶望感に顔を引きつらせるうずめだが、そこで思いもよらぬことが起きた。

 それまでホット・ロッドの背中を打ち据えていたバーサーカーが、赤と青のロボットの方へ向かっていったのだ。

 

「オプティマァァァスッ!!」

「馬鹿! 止めろ!!」

 

 ドレッドボットの制止も聞かずに飛び掛かるバーサーカーだが、赤青の騎士は素早くその腕をつかみ、柔術の要領で投げ飛ばす。

 

「グエッ!」

クソが(ミエルダ)!」

 

 すぐさまドレッドボットが銃を撃つが、いつの間にか構えていた盾に防がれ、続いて信じられないスピードで懐まで踏み込まれて、拳を顎に叩きこまれた。

 

「な、何なんだこれは……!」

「大丈夫!? 怪我はない?」

 

 状況についていけずに茫然とするうずめだが、そこへ誰かが駆け寄ってきた。

 パーカー一枚という中々にアバンギャルドな恰好の女性で、紫の長い髪が美しい。

 染めたのでは絶対にありえない、自然な美しさだった。

 

「あ、ああ……でも、お前らはいったい?」

「通りすがりの正義の味方だよ。憶えておいてね!」

 

 微笑みを浮かべてウインクしてみせる紫の髪の女性。

 童顔ながらも色っぽい笑みだった。

 そうしている間にも立ち上がって再び飛びかかったバーサーカーがまたしても投げ飛ばされる。

 

「降参しろ、我々はお前たちを保護するためにやってきたのだ。大人しくすればこれ以上手荒な真似はしない」

 

 厳かに言う赤青の騎士……オプティマスなるロボットだが、ドレッドボットとバーサーカーは戦意を衰えさせる様子はない。

 特にバーサーカーなどは、獰猛な笑みさえ浮かべている。

 

「……致し方ない」

 

 オプティマスは背中からゆっくりと剣を抜く。

 大振りな大剣で、刀身には未知の文字が彫り込まれている。

 振ってもいないのに、リンと空気を切る音が聞こえた気がした。

 

「おうおう、やっと闘る気になったんやな! 待っとったでぇ!!」

 

 バーサーカーは狂気染みた笑みを浮かべるが、ドレッドボットは緊張しているようだった。

 赤と青の騎士の全身から、凄まじい闘気が立ち昇る。

 しかしその瞬間、丸い球体が何処からか三体のロボットのちょうど中央にコロコロと転がってきた。

 

「ッ! 手榴弾!!」

 

 オプティマスが一瞬でホット・ロッドを庇うような位置に移動して盾を突き出すのと、手榴弾が爆発し凄まじい閃光が辺りを覆ったのは、ほぼ同時だった。

 

「オンスロート! 余計なことしくさって! ここからが楽しいトコやっちゅうに……」

「馬鹿言ってないで、ずらかるぞ!!」

 

 バーサーカーとドレッドボットの声が聞こえる。

 閃光が収まると、もう二体はいなかった。

 

 オプティマスは敵の気配がないことを確認してから、視線をうずめたちの方へ向けた。

 

「皆、無事か?」

「うん、大丈夫!」

「あ、ああ……」

「どうなってんだ、あんたたちはいったい……」

 

 ケイドは混乱した様子でオプティマスを見上げた。

 堂々とした態度の機械の騎士は、顎に手を当てる。

 

「ふむ、どう説明したものか。まず、私は……」

 

 その時、建物の外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 

「……まずは場所を変えよう。人目に付くのはマズい。もう手遅れかもしれんが」

「それなら、俺の店にいこう。街から少し離れてるし、ああー……あんたらみたいのを匿うのには、慣れてる」

 

 うずめに助け起こされたケイドの言葉に、オプティマスは厳かに頷き、それから床に座り込んでいるホット・ロッドに手を差し伸べた。

 

「よくやった戦士よ。無辜の民を守るのが我ら、オートボットの務めだ。後は慎重さを身に付けるべきだな」

「オート、ボット……俺が?」

「おや、違ったのか? そう言えば、見覚えのない顔だ。登録されているオートボットの顔と名は全て把握しているはずだが……戦士よ、君の名は?」

 

 問われて、ホット・ロッドは圧倒されつつも発声回路から声を絞り出した。

 

「お、俺は、オッド・ルード」

「ふむ、オッド・ルードか」

「い、いやオッド・ロッド……ああもう、肝心な時にフランス訛りが出た! ヤんなるぜまったく!」

 

 どういうワケかホット・ロッドはフランス語の訛りが出ることがある。

 必死に音声設定を直し、ようやく正しく発音する。

 

「……ホット・ロッドだ」

「ホット・ロッド。私はオプティマス。……オートボット総司令官オプティマス・プライムだ」

「オプティマス・プライム……あんたが……!」

 

 差し出されたオプティマスの手を取ると、その手は大きく、力強かった。

 




あとがきに変えて、キャラ紹介

銀行強盗犯ドレッドボット
元ディセプティコンの監察兵。
平和に馴染めず、ゲーム感覚で銀行強盗を繰り返していた。
拳銃の使い手で、その腕は中々の物。
原作だと台詞が一言もないヒト。
スペイン語混じりに話すのは、拳銃使いの銀行強盗犯→西部劇の悪役→マカロニウェスタンの悪役という連想から。

殺人鬼バーサーカー
元ディセプティコンの監察兵。
かつは恐れ知らずの狂戦士として名を馳せ、メガトロンからも一目置かれる武勇の持ち主だった。
この二次では、大量殺人は未遂に終わっている。
原作だと出オチ要員なヒト。
関西弁とヤクザスラング混じりに話すのは、狂暴な殺人犯→武闘派のヤクザという連想から。いわゆるネチネチしたタイプの殺人鬼とは違う気がしまして。


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第2話 うずめの仲間たち

 街のシンボルである女神像を横目に、数台の車が橋を渡っていく。

 

 先頭を行くのは黒とオレンジのランボルギーニ・チェンテナリオ、

 次いで三連マフラーの目立つ赤と青のファイヤーパターンのトレーラーキャブ、

 さらに黄色に黒のストライプの入ったカマロの最新モデル、

 前部が長いロングノーズショートデッキのドイツの高級スポーツカー、メルセデスAMG・GT、

 吊り目のようなヘッドライトが印象的な緑のシボレー・コルベット、

 歴戦を潜り抜けてきたことを感じさせる汚れた深緑の四輪のウニモグの装甲トラックが続く。

 

 この奇妙な車列は都市から少し離れた道を行く。

 道の脇には、『イエーガー中古機械店。あなたのお探しの品がきっとここに! ※機械修理も承ります』と書かれた看板があった。

 さらに進むと、何台もの廃車が並ぶ場所に着いた。

 セダン、ワゴン、クーペ、バンにUSV、さらにはトラックやバス、バイクまで、あらゆる種類の乗用車が並ぶ姿は、一種の墓場を思わせる。

 ここでは廃品となった機械から使える部品を取り出し、売買しているのだ。

 

 その奥には一応の事務所兼作業場であるプレハブ小屋があり、隣には荷運びに使うのかダンプトラックが停まっていた。

 車群はプレハブ小屋の前で停車する。

 

「ここまでくれば、もう大丈夫だ。……多分な」

 

 先頭のランボルギーニから降りたケイドが言うと、車群はギゴガゴと音を立てて立ち上がる。

 トラックは、乗っていたネプテューヌが降りると一際背の高い騎士を思わせる姿のオプティマス・プライムに。

 同じくネプギアが降りたカマロは背中に配置されたドアが羽根を思わせる丸っこい造形のバンブルビーに。

 AMG・GTはラジエーターグリルとそこに付けられた社章が胸に配置された赤い鎧武者のような姿のドリフトに。

 緑のコルベットは飛行ゴーグルとコートを着たような姿のクロスヘアーズ。

 装甲トラックは全身に銃器を身に着けた、太って髭面のハウンドに。

 そしてチェンテナリオはホット・ロッドに変形した。

 

「で、だ。俺らをこの鉄の墓場に案内してくれたのはありがたいがね。そろそろ、これがどういうことか誰か説明してくれねえか?」

 

 クロスヘアーズは適当な廃車に腰掛けながら、腕を組んだ。

 相変わらず、文句のありそうな面をしている。

 

「それはこっちの台詞だ。なんなんだ、お前らとかあのプレデターのバッタモンみたいな連中とか……」

 

 ケイドもジャンパーを脱いでから、金属の戦士たちを見上げる。

 となりに立つ、うずめも何処か警戒心が抜けていない。

 

 オプティマスが傍らに立つネプテューヌをチラリと見ると、彼女は小さく頷いた。

 

「分かった。では……」

「おお……! そんな、まさか……オプティマス・プライムなのか!」

 

 説明を始めようとしたとき、プレハブ小屋の脇に置かれた黄色いダンプトラックが、ギゴガゴと音を立てて立ち上がった。

 現れたのは大きく太ましい体格の、オートボットだ。

 優しそうな顔立ちをしている。

 

 さらに廃車の合間から、薄青のスクーターが走ってくる。

 スクーターは走りながら変形し、大きな二つのヘッドライトがそのまま目になり、グリップが手、タイヤが両足になった小型のオートボットになった。

 

「! 君たちは……」

「あ、ああ……私はキャノピー、こっちはスクィークスだ」

「お前ら知ってるぜ、あの時逃げ出した連中だな!」

 

 突然変形したオートボット、キャノピーが自己紹介するとクロスヘアーズが突然声を上げた。

 ワケが分からないという顔をするケイドやうずめ、ネプテューヌに対し、腕を組んだドリフトが説明する。

 

「あの戦争の最中、新天地を目指して星を出ていった者は大勢いた。大部分は戻ってきたが……中には、いまだ行方の知れぬ者も。彼らもその一例だ」

「ああ……そうだな。私たちはあの果て無い戦争に嫌気が差して、星を捨てた。……苦しい選択だったが、間違っていたとは思わない」

 

 非難がましいクロスヘアーズやドリフトの視線に、キャノピーはそう答えた。

 ドリフトは鼻を鳴らすような音を出し、クロスヘアーズはケッと吐き捨てた。

 

「それでオプティマス、戦争はどうなったんだ? オートボットとディセプティコンは……」

「キャノピー、戦争は終わったんだ。オートボットとディセプティコンは和睦した」

「終わった……! それに和睦……そうか、そうか……」

 

 厳かな総司令官の言葉に、キャノピーはホッと肩の力を抜いた。

 

「俺は納得してねえけどな! ディセップと仲良しこよしなんぜ、反吐が出るぜ!」

「もう、いい加減にしなよ! いつまでも終わったことをグチグチと、男らしくないよ!!」

 

 グチャグチャという緑のオートボットを、ネプテューヌが叱りつける。

 一方で、うずめとホット・ロッドは顔を見合わせた。

 表情から、彼らが会話についてこれていないのは明らかだった。

 そんな彼らを横目に見ながら、オプティマスはキャノピーに質問した。

 

「それで、キャノピー。……なぜ、この星に?」

「ああ、それについては長い話になるが……さっきそこの緑色が言った通り、私とスクィークスはサイバトロンを脱出したある船に乗っていたんだ……だが、船が故障を起こし、私と彼は一緒にポッドに乗って脱出した」

 

 その時のことを思い出しているのか、黄色いオートボットは悲しそうな表情になった。

 

「その後、長い漂流の果てにこの星に辿り着いたんだが、ここの人々は何と言うか……警戒心が強くてね。私たちはある組織に囚われの身になってしまった。そこで出会ったのが、彼らだ」

 

 そこでキャノピーはうずめやホット・ロッドに視線を向けた。

 

「彼らはホット・ロッドと天王星うずめ。どちらも同じ施設に囚われていた。二人ともそれ以前の記憶を失っているが……とても善良だ。彼らのおかげで我々は自由になれた」

「へへ、そう言われると照れるな」

 

 ブラブラと、ホット・ロッドは体を揺らす。

 うずめはパッと笑みを浮かべた。

 

「ま、だいたいは海男のおかげだけどな!」

「海男、さん?」

「ちょうどいいや、紹介するよ。おーい、海男! 出てこいよ!」

 

 首を傾げるネプギアに、うずめはプレハブ小屋の中に向かって声をかけた。

 すると、渋く深い声が聞こえてきた。

 

「ふむ……これは自己紹介せねば礼を欠くな」

「おおー! かなりのイケボ! イケメンか渋いナイスミドルを予想させるね!」

 

 プレハブ小屋からの渋い美声にネプテューヌがはしゃぐ。

 一同が見守っていると、小屋から出てきたのは……。

 

「え?」

「へ?」

「む?」

『は?』

 

 ネプテューヌとネプギアは目を丸くし、オプティマスは首を傾げ、残るオートボットたちは大口を開ける。

 

 現れたのは……魚だった。

 それもただの魚ではない。人面魚だった。

 丸っこい人面魚が、フワフワと宙に浮いているのだ。

 

「じじじ、人面魚!? しかも真顔!?」

 

 絶叫するネプテューヌ。

 その叫びの通り、人面魚は何とも言えないシュールな真顔だった。

 

「おう、これが海男だ! 可愛いだろ!」

「うん……可愛い、かな? コレは」

「いや可愛くはねえだろう」

 

 満面の笑みのうずめに、ネプテューヌは苦笑いし、クロスヘアーズはバッサリと切り捨てる。

 ケイドもうんうんと頷いているあたり、彼の視点から見ても可愛くはないらしい。

 

「声と姿のギャップがすごいかも……」

「ぶっちゃけ、きもい」

 

 ネプギアは戸惑い、バンブルビーは思わず失言してオプティマスに睨まれていた。

 だが当の人面魚こと海男はまったく気にした様子を見せなかった。

 

「初めまして、異邦の方々。俺は海男と呼ばれている。見ての通りの魚介類だ」

「これは丁寧にどうも。……ふむ、この世界の魚介類は知的種族なのだな」

「いや、違うからな。こいつが特別なんだからな。アニメ映画じゃあるまいし、普通のお魚はこんなダンディな声で喋ったりしないからな!」

 

 唯一、オプティマスは驚きはしたものの丁寧に応対する。

 しかし、その惚けた言葉にケイドがツッコミを入れた。なんだか、すでに苦労人のオーラが漂っていた。

 

「ああとさ、質問いいかな?」

 

 ホット・ロッドが手を挙げると、オプティマスは頷いて先を促した。

 

「その、戦争ってのは終わったんだろ? だったら、あのプレデターのパチモンどもは何なんだ」

「そう、まさにそれだ。……我々のことも含めて、話す必要があるな」

 

 オプティマスは静かな声でここに至った経緯を説明した。

 その間、うずめとホット・ロッド、海男にケイド、スクィークスとキャノピーは神妙に聞いていたが、ネプテューヌやクロスヘアーズが茶々を入れてきて話が脱線しそうになり、そのたびに海男が話を修正した。

 

 やがて話が終わると、顔色が赤くなったり青くなったりしていたケイドが堪えきれずに大声を出した。

 

「つまり……身長5m以上の凶悪犯罪者が、そこらをうろついてるってのか!? しかも、車に成りすまして!」

「そういうことになる。……すまない、我々の世界の問題をこの星に持ち込んでしまって!」

「まったくだよ! ……ったく、とんでもないことになったな」

 

 オプティマスの謝罪にケイドは叫んだ後で大きく息を吐く。

 

「……で、あんたらは奴らを捕まえるんだな」

「ああ、そのつもりだ。これは戦争ではなく、あくまで遭難者の救助と犯罪者の捕縛だ」

「ま、俺らも遭難してんだけどな!」

 

 厳かなオプティマスの言葉をハウンドがわざと茶化す。

 うずめは拳を握りしめ、力強い笑みを浮かべた。

 

「そういうことなら、俺たちも協力するぜ! いいだろ、みんな?」

「俺たちは仮にも逃亡者なんだが……これも何かの縁だ」

「協力したいのは山々だが、こういうことは家主の意見を聞かねばな」

 

 ホット・ロッドは俄然やる気だが、海男は冷静にケイドに視線を送った。

 結局のところ、オートボットがここに居られるかは、彼次第なのだ。

 

「…………ああもう、分かったよ! 好きにすればいいさ!」

 

 オートボットや女神、その他の視線の集中砲火に遭って、ケイドは肩をすくめながら言い捨てた。

 

「よし! これから、しばらくの間よろしくな、ねぷっち!」

「うん、よろしく! ……ねぷっち?」

「ああ、ネプ……なんとかじゃ言いにくいだろ? だから、お前はねぷっちだ!」

「でました、初めて会った人がわたしの名前を言えないパターン! けどわたし的には可愛いあだ名だから大歓迎だよー!」

 

 手を差し出しつつの悪気のない言葉にネプテューヌは一瞬ポカンとしたが、すぐにパッと笑みを浮かべてうずめの手を握り返した。

 うずめは姉の後ろにいるネプギアにも顔を向ける。

 

「ちなみに、お前はぎあっちだ!」

「ぎあっち!?」

「二人ともネプから始まったら、被っちまうだろ? だから、ぎあっちだ!」

 

 自身満々のうずめだが、そのネーミングセンスにオートボットたちは何とも言えない顔をし、ホット・ロッド以下のメンバーは苦笑する。

 ネプギアも目を丸くしていたが、やがて笑顔になった。

 

「ぎあっち……ぎあっちかあ。えへへ、ビーやコンパさん以外から綽名で呼ばれることって珍しいからなんだか新鮮!」

「いいんだ……」

 

 バンブルビーは相方のチョロい感じに不安になるが、一方でケイドは別の意味で不安になっていた。

 

「これでトランスフォーマーが8体に、人間が都合4人……それによく分からない生物が数体か……こりゃ大変だ……」

 

 しがないスクラップ場経営者にとって、これは由々しき問題なのだった。

 

 

 

 

 

 

 まあ結局、オートボットらが発明を助けたり、特にオプティマスが運搬などの仕事を手伝うという約束になった。

 そして日も暮れてきて……。

 

 スクラップ場の奥には、ケイドの家である木造建築があり、その近くにはうずめの寝床であるトレーラーハウスがあった。

 これは、さすがに年ごろの少女と中年男性が一つ屋根の下は問題があるとしてケイドが廃品を再利用して用意した……というか、前にここに住んでいたケイドの娘、テッサが用意させた物だ。

 ネプテューヌとネプギアは、このトレーラーハウスで寝泊まりすることになったのだが、彼女たちはまたしても目を丸くすることになっていた。

 

「うずめさーん!」

「お帰りなさーい!」

「おおー、みんなただいまー!」

 

 屈みこんだうずめに、数体の奇妙な生き物がすり寄っていた。

 全体像は陸に上がった魚といった風情で、背中からトサカのような背びれが生えており、胴体の下からは昆虫の節足にも見える足が八本生えてた。

 こう言うとずいぶんとグロテスクな生き物に思えるが、実際には円らな瞳と猫口、丸っこい姿で愛らしい姿をしていた。

 

「これって……ひよこ虫?」

「ああ、俺たちと同じ施設に捕まってたんだ」

「はいです! ボクらはうずめさんたちと一緒に逃げてきたのです!」

 

 笑顔で並んだひよこ虫の頭を順に撫でるうずめだが、ネプテューヌとネプギアは顔を見合わせた。

 ひよこ虫とは、人間を女神に改造しようとした実験の果てに生まれた、女神の成り損ないだ。つまり、誰かが女神を作ろうとしているのだろうか?

 

 このことについては、オプティマスと話さなくてならないだろう。

 

「ま、重い考えはとりあえずそこまでにして……うずめにとっては、この子たちも仲間なんだね」

「ああ、なんせ話すエビフライなんて珍しいだろ? 捕まんないようにしてやらないとな」

『エビフライ!?』

 

  *  *  *

 

 同時刻、街の中心部にある、未来的なデザインの超高層ビル。

 このビルこそ、この街の産業の中心、この十年でKSIと並ぶロボット産業の世界的トップにまで成長した大企業、CS社の本社ビルだ。

 ビルの前の広場には、創業者の先祖でありこの街のご当地偉人でもある、北極探検に成功した船長の銅像が立っていた。

 この厳しい表情の像の台には、その一族の家訓であり、そしてCS社の社訓でもある言葉が刻まれていた。

 

 すなわち、『犠牲なくして、勝利なし』と。

 

 ビルの上層に位置する大会議室では、何人かの男女が集まって話し合っていた。

 議題は、最近の暴走車事件についてだ。

 

「だから! 我が社のシステムが問題など有り得ない!」

「KSI社の妨害工作でしょうか? あるいは、インドか中国の企業の仕業では?」

「とにかく、この暴走車のおかげで我が社の悪い評判が立っとるんだ! 株価の低下も馬鹿に出来ん!」

「失礼、皆さん」

 

 言い合う役員たちに対し、会議室の長テーブルの一番奥に座る人物……この中では若い方だが、椅子の位置からも分かる通り最も位が高い……が良く通る声を出した。

 役員たちがシンと静まってから、男は続ける。

 

「この件に関して重要なのは、暴走の原因が本当に我が社のシステムか、その一点に尽きる。……で、どうなんだい?」

「社長、その可能性は限りなく低いかと。システムを何度も何度もチェックしました。考えうる限り全てのテストをしましたが全くもって異常無しです。外部からのハッキングということも考え辛い」

「なら、堂々としていればいい」

 

 技術担当の役員の言葉に、若い男……CS社の社長は笑いを浮かべた。中々に人好きのする笑みだ。

 彼はまだ三十に届くか届かないかといった年齢だが、プリンストン大学を首席卒業後、街の名士である一族の資産と自身が発明した革新的な技術の数々を基礎に、巨万の富を築いた有名人だ。

 

「しかし、実際問題として暴走事件が起きている以上、早く原因を見つけなくてはね。……例えば、見かたを変えてみるのはどうだろう? 僕の経験上、物事には目に見える以上の何かが隠されているものさ」

 

 社長が手元の端末を操作すると部屋の一面にあるディスプレイに暴走事故の現場写真が次々と写し出された。

 社長と役員たちは、高価な椅子を回転させてそちらを向く。

 

「暴走事件はすでに12件、今月だけで3件目。……さて、その共通点は?」

「いずれも自動車です」

「そうだね。自動車だ……中古のマイホームカー、コーラの運搬トラック、クレープの移動販売車、不良少年のバイク……車と一括りにするには、少しバリエーションに富み過ぎてるかな? 他には?」

「関係あるかは分かりませんが……その近辺で妙な女が目撃されています」

 

 役員の一人が手元の端末を操作すると、オレンジのレオタードを着た少女の姿が映し出された。

 老婆を抱えて空を飛んでいたり、暴走車をパンチ一発で粉砕したりしている。

 映画のようだが、これは現実に起こったことだ。

 

「まるでスーパーガールですな……嫌いじゃありませんが」

「どちらかというとワンダーウーマンでは? レオタードですし……嫌いじゃありませんが」

「むしろ、ジャパニーズ・アニメーションのキャラクターでしょうこれは……嫌いじゃありませんが」

「何にせよ若すぎますな。……いや嫌いじゃありませんが」

「とにかく、この空飛ぶショーガールが暴走車事件の犯人か……もちろん、ノーだろう」

 

 微妙に脱線しかけた議題を、社長は強引に戻す。

 彼女は素直に人助けをしているのだろう。

 事実、暴走車事件以外の事故や犯罪の現場でもたびたび目撃されている。

 

「スーパーヒーローですか……いるんでしょうか、そんな物が、現実に?」

「ボランティアにしては、少々……度が過ぎますな」

 

 懐疑的な経営担当の役員たちに、社長は少し眉を潜める。

 海千山千のビジネスマンである彼らは、無償の善意という物を信じるには資本主義に染まり過ぎていた。

 

「僕はいると思うが……まあ、ともかく彼女は関係ないだろう。とりあえず今はそうしておこう。さて他に真新しい情報は……」

「社長、今日の昼ですが銀行強盗事件が発生しました」

 

 技術屋である若い役員の一人が声を上げたが、周囲の役員は顔をしかめる。

 銀行強盗と暴走車の因果関係が見えないからだ。

 しかし、社長は先を促した。

 

「続けて」

「この事件で、奇妙な……実に奇妙な物が確認されまして……」

 

 言葉と共に、モニターに映し出されたのは荒い画像だった。

 素人が撮った物だろう。

 

「銀行の監視カメラの映像やスマートフォンの写真や動画は何故か消去されていましたが、居合わせた老人が偶然にも所持していた旧式のカメラの写真は無事でした」

 

 若い役員が説明するが、誰も聞いていなかった。

 そこに映し出されていたのは大きな人型だった。

 天井に届きそうなほど背が高く、辛うじて赤と青のファイヤーパターンが見て取れる。そしてこの巨人は、明らかに機械仕掛けだった。

 

「なんだ、これは……!」

「ロボット? KSI社製か?」

「しかしこんな、巨大な……CGか合成では?」

「事件があったのは今日の昼だぞ。そんな物を用意する時間はないはずだ」

「見ろ! 完全な人型だぞ! こんな画像でも重心も完璧なのが見て取れる!!」

 

 驚愕し、ざわつく役員たち。

 彼らは最先端ロボット企業の一員だけあって、そのロボットがいかに常識外れかすぐに理解したのだ。

 

「それと目撃情報によると、このロボットは複数いて……車から変形したと」

「馬鹿な! 玩具じゃあるまいしそんなこと不可能だ!!」

「暴走車が進化してロボットに変形できるようになったとか?」

「いやいやいや! いくらなんでもそれはないだろう!」

「やはり、見間違いかデマだろう」

「まあ、そうだろうな……」

「それよりも、今は暴走事件です!!」

 

 会議は紛糾しつつ、結局は巨大ロボの存在には懐疑的な方向に進んでいき、元々の議題である暴走車の件へと戻っていく。

 一方で、社長の反応は他と違った。

 その画像のロボットを食い入るように見つめ、やがて口元に笑みが浮かぶ。

 まるで、懐かしい友人の顔を見たような、そんな笑みだった。

 

「ようやく来たってわけだ……! 遅かったじゃないか……!」

 

 話し合いに熱中する役員たちの中に、社長の小さな呟きを聞いた者はいなかった。

 




これまでこの作品でのトランスフォーマーたちが変形しているのは、ゲイムギョウ界で作られた架空の車種、という無駄な設定がありました。
ですので、地球に到来するに至りやっと実車の名前を使えるワケです。

オートボット漂流者 キャノピー
元々はオートボットだったが、戦いを嫌いサイバトロンを出奔していた。戦いは不得手。
なんていうか、騎士王での扱いがあんまりだったんで、急遽登場したヒト。
イザベラを匿ってたくらいだし、心優しい(少なくとも愚連隊めいたドリフトたちよりは)んじゃないかと思います。
ビークルモードは、日本でもよく見るタイプのダンプ。(ロングハウルみたいなのは重ダンプというんだとか)

オートボットサバイバー スクィークス
キャノピーと共にサバトロンを脱出した年少のオートボット。
ベスパのスクーターに変形する。
大人しく甘えん坊な性格だが、地味に容赦がない。
戦闘は不得手で、どちらかというと修理が得意。
原作と違って変形できる(できなくなるほど壊れてない)

ケイド・イエーガー
ご存知、発明おじさん。
態度と口は悪いがなんやかんやお人好し。
機械技術は非常に優秀だが、発明家としてはいまいち。
40近くでやたらムキムキ、昔はアメフトやってた、銃を撃てば百発百中、不意打ちすれば戦闘職の人間に勝てる、と絶対に職業選択を間違ってる人。


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第3話 ホット・ロッド

 一晩明けて、日が昇り。

 

「……おい、それはもうちょっと右の方がよくねえか?」

「いや、これでよい。この方が美しい」

 

 ケイドの経営するスクラップ場……正確には中古機械店では、クロスヘアーズとドリフトが旧型のスクールバスの天板を二人がかりで取り外していた。

 彼らはとりあえずの拠点としてここに居座ることになったが、インテリア……と言ってもジャンク品の配置だが……が気に入らなかったらしく、勝手に廃車やらなんやらを動かしていた。

 それを察知したケイドがすっ飛んできた。

 

「あーっ! なにやってんだ!! その型は一年で生産中止された貴重な物なんだぞ!!」

「なにって、このバスが大きさ的にちょうどいいからよ。改造してオイルバスにしようかと」

「うむ。風呂はやはり露天に限る」

「やめろぉおおお!! バスを風呂(バス)ってなんだ、その下らないダジャレはぁあああ!!」

 

 絶叫するケイドとキョトンとする二体。

 そんなやり取りを見ながら、ハウンドはごろ寝しながら我介さずを決め込んでいた。

 オイル缶を片手に金属で出来たビーバーをボリボリと齧る姿は休日のオッサンにしか見えない。

 

「ったく、人様に迷惑をかけてんじゃねえよ。餓鬼じゃねえんだから」

「……おい、そういうアンタがツマミにしてるビーバーな。結構高値で売れるんだけどな」

「そりゃすまん」

 

 さらにビーバーを丸齧りするハウンドに、ケイドの中で割と頻繁に切れる何かが切れた。

 

「お前らいい加減にしろぉおおおッ!!」

 

 この時、彼の中で温和なキャノピーや比較的大人しいスクィークスの株が相対的に爆上がりしたのだが、それは別の話である。

 

「こ、これはなんて素敵な回路。すごいよ、これを付ければビーの性能は数倍に跳ね上がる!」

「いや、そんな旧式、な……」

「甘いよビー! この回路は確かに旧式だけど、なればこそ技術の粋が詰まっているんだよ!!」

「えー……」

 

 一方で、ネプギアはスクラップ場の機械に目を輝かせ、酸素欠乏症に掛ったかのようなテンションでバンブルビーを困らせていた。

 

「カオスなのです……」

「あんまり正義の味方っぽくないのです……」

「まあオートボットなんて、基本こんな感じ連中の集まりだから……」

 

 その喧噪に呆気に取られているひよこ虫たちを撫でながら、キャノピーはヤレヤレと首を横に振り、スクィークスは呆れたようにピーブ音を鳴らすのだった。

 

 この分だと買い物ついでにうずめやホット・ロッド、海男の案内で街を見に行ったオプティマスやネプテューヌも、どうなっていることやら……。

 

 

 

 

 

 そしてそのネプテューヌは、一通り街を案内してもらい、今は街の資料館に来ていた。

 開拓民の生活道具や南北戦争時代の武器、この土地に住む動物の剥製に、北極探検をした船員の持ち物といった様々な展示物を順々に眺め、ネプテューヌは「ふむふむ」とか、「ほーほー」とか呟いている。

 正しくは、イヤピース型通信機を通してオプティマスに見せていた。

 あの総司令官は、歴史学や考古学が大好きなのである。数奇な運命によってプライムに任命されなければ、その道で食っていこうと思っていたほどだ。

 

 うずめは少し困ったような顔をしていた。

 実は彼女は、あんまり歴史は得意ではないのだった。

 

 一方で、オプティマスとホット・ロッドは、資料館の外の路上で待機していた。

 もちろんビークルモードでだ。ゲイムギョウ界と違い、この世界ではみだりにロボットに変形することはできない。

 

「ふむ、なるほど……ああ、君の言う通りだ」

 

 ネプテューヌが送ってくる映像に感心し、彼女の言葉に相槌を打っていたトレーラーキャブは、やがて一段落した所で、隣に停車しているランボルギーニ・チェンテナリオに声をかける。

 

「すまないな、付き合ってもらって」

「いいよ、別に。……なあ、聞いてもいいか?」

「なんだろうか?」

「あんたって、そのオプティマス・プライムなんだよな?」

 

 質問の意図が読み取れずオプティマスは可能なら首を傾げただろう。ホット・ロッドも複雑そうな顔になっているはずだ。

 

「いやさ、キャノピーの奴から聞いてたのと随分違うなって思って。……もっと勇敢な感じかと思ってた。他の奴らも、何か割とのんきそうだし」

「そうだろうか? ……いや、そうなのだろうな」

 

 金属の車両なのに、纏う空気が確かに柔らかくなるのをホット・ロッドは感じた。

 キャノピーやスクィークスからは、オプティマスは戦士たちの先頭に立って戦う英雄だと聞いていた。

 戦いそのものを嫌う彼らでも、総司令官のことを嫌っても恨んでもいないようだった。

 だからホット・ロッドは、内心でオプティマスという男にあこがれに近い感情を抱いていた。

 御伽噺の英雄、銀幕の向こうのヒーローに憧れるような、そんな感覚だ。

 

 しかし実際に会ってみれば、最初こそ格好良かったが、どっちかと言えば何処かノンビリした印象を受ける。

 

 今も歴史の話に戻るや夢中になっている。

 果たして、これが本当に伝説の英雄なのだろうか?

 

「ふむ、確かに彼は、穏やかな気質のようだな」

「っていうか、割とボケた感じっていうか……歴史なんかどうでもいいだろうに」

「そうでもないよ。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶというだろう」

「そんなもんか?」

 

 自分の運転席に座った……というか体を乗せている海男の言葉に、ホット・ロッドは納得しかねていた。

 そうしているうちに、うずめとネプテューヌが戻ってきた。

 

「ただいまー! オプっち、楽しかった?」

「おかえり。ああ、楽しかったよ」

 

 ヘッドライト……多くのトランスフォーマーは、ビークルモード時にはここが『目』の働きをする……の前で小首を傾げて長い髪を揺らすネプテューヌに、オプティマスは穏やかな声で返事をした。

 

「海男、ホット・ロッド! 戻ったぜ!」

「おかえり、うずめ。歴史の勉強はどうだった?」

「いや、それがチンプンカンプンで……」

「ははは、そこはオプティマスを見習うべきだろうな」

 

 後頭部を掻きながらごまかすように笑ううずめに、海男は諭すように言う。

 相変わらずの真顔だが、本気でそう思っているようだ。

 ネプテューヌは、オプティマスの運転席に乗り込みながら、うずめに声をかけた。

 

「さて、それじゃあ今度はどこに行こうか?」

「おう、それなら……」

 

 

 

 

 

 

「あれが女神像だ! なんの女神様なのかは俺もよくは知らないんだけどな!」

「へえー、こっちの世界でも、女神が信仰されてるんだね!」

 

 この街のシンボルである右手を掲げた女神像を、ネプテューヌとうずめが見上げていた。

 街と橋で連絡された小島にあるこの女神像は、有名なニューヨークの自由の女神に似ていたが、あれと違って翼がある。

 ネプテューヌにしてみれば全く未知の世界であっても、自分と似た存在が人々から敬意を集めていることが何だか嬉しい。

 

「女神か……俺もそうなのかな?」

「うずめも変身できるんだっけ?」

「ああ、ねぷっちの話しと違って、こいつを使わないといけないけどな」

 

 あっけらかんとそう言って、うずめは懐から小さな結晶の欠片を取り出した。

 この結晶は、うずめが施設から持ち出した物だ。

 

「シェアクリスタル、だね」

「そういう名前なのか……俺たちは名前も知らなかったんだ。なにせほら、俺は自分が誰かも分からないしな」

 

 ネプテューヌも、かつては記憶を失ったことがある。オプティマスたちと出会うよりもさらに前の話だ。

 生来の楽天的な気質もあって意外と気楽に過ごしていたが、ふと不安になることはあった。

 自分が誰だか分からない。何処から来たのかも、家族の顔も、何も分からないというのは、なかなかにキツイものだ。

 

「ねえ、不安じゃない?」

「ま、少しな。でもみんながいるから、大丈夫だ」

「そっか」

 

 快活に笑むうずめに、ネプテューヌも笑み返した。

 

 他方、オプティマスたちは街と島を繋ぐ橋の下で、ロボットモードに戻っていた。

 彼らの聴覚センサーは、ネプテューヌたちの会話を十分に拾っていた。

 

「君たちは、記憶がないそうだな」

「ああ……気付いたときには研究施設にいたよ。俺たちは、みなそこに囚われていた」

 

 オプティマスの問いに、ホット・ロッドの肩に乗った海男が答える。

 

「ただ、何故か『うずめを守りたい』という思いだけが共通してあった」

「……俺も、ほとんど何にも覚えてないけどさ」

 

 海男の言葉をホット・ロッドが継ぎ、遠い記憶を探るように女神像を見上げた。

 

「彼女を始めて見た時、『なんて悲しそうな目をするんだろう』って、そう思ったことだけは覚えてるんだ。それを何とかしたいって思ったことも」

 

 静かに言うホット・ロッドだが、不意にその目が腕を組んで佇むオプティマスを見据えた。

 

「……そういえば昨日、あんた言ったよな。『オートボットは無辜の者を守るのが使命だ』って。あれって、本気なんだよな?」

「すまないが、質問の意味を計りかねる」

 

 まっすぐに見つめ返しながらも怪訝そうな声を出した総司令官に、ホット・ロッドは目を逸らしてポツポツと語りだした。

 

「……俺はさ、疑問なんだよ。人間に……人間たちに、守る価値なんてあるのか」

 

 オートボットらしからぬ、言葉だった。

 この場にネプテューヌがいれば怒ったかもしれないが、この場にいるのはオプティマスと海男で、彼らは黙って聞いていた。

 

「いや、もちろん人間にもいいやつがいるのは分かる。ケイドとかさ。……でも、捕まってたころ、あいつらは俺らのことを『機械』としか見てなかった」

 

 その時のことを思い出し、ホット・ロッドのオプティックに暗い光が宿る。

 いつまでも続く拘束と実験、周りの人間たちの目に宿る、好奇、嫌悪、恐怖。

 

「なにより、あいつらはうずめを傷つけた……!」

 

 最初に出会ったころ、うずめはもっと気弱そうな性格だった。

 あの男勝りな性格は、自分と仲間たちを守るためにそう作った物だ。

 

「施設を逃げ出してからもそうだ。うずめはあちこちで人助けをしたけど……あいつらはこっちを怖がるばっかりで……!」

「ホット・ロッド、人は未知の物を恐れる物だ。うずめだってそのあたりは飲み込んでいる」

「そんなこと分かってる! でもよ……!」

 

 諫めるような海男の声に、ホット・ロッドはやり切れないとばかりに、橋を支える柱を殴る。

 金属の拳は、たやすくコンクリートの柱にめり込んだ。

 

「例えば、の話をしよう」

 

 急にオプティマスがよく通る声を出した。

 ホット・ロッドと海男がそちらを向くと、言葉を続ける。

 

「例えば……例えば、人間が私の仲間たちを傷つけたとしよう、卑劣な裏切りや騙し討ちに遭ったとしよう。私はきっと人間のことを憎むはずだ。……しかし、それでも守るために戦うだろう」

「なんでだ? ……オートボットだからか?」

「いや、人が死ねば、ネプテューヌが悲しむからだ」

 

 ホット・ロッドの疑問に、オプティマスの目が女神像に向けられる。

 その下には、ネプテューヌがいた。彼が愛し、彼を争いの渦から救い上げてくれた人が。

 

「彼女は、きっとそれを望まない。……そう思えば、怒りや憎しみを脇に置いておくこともできる」

「意外だな。もっと大儀や正義の観点から、叱るものと思っていたが」

 

 変わらない真顔であるものの、本当に驚いている海男の言葉に、オプティマスはフッと微笑みを浮かべる。

 

「無論、私は私の信じる正義のために、プライムとしての使命のためにも、人間たちを守る。そもそも神ならぬ我らに、人の価値を計れる道理などない。……しかし、()()だ。大儀や信念のために戦うことが難しいのならば、()()たった一人のために、戦えばいい」

「…………」

「君にもそんな相手がいるはずだ。彼女を、悲しませないようにな。……む」

 

 葛藤しているらしいホット・ロッドの肩にオプティマスは手を置いたが、不意にその顔が引き締まる。

 そいてこめかみに指を当てて、通信を開いた。

 

「ネプテューヌ」

『うん、見えてる』

 

 鋭くなったオプティマスの視線の先では、街のビルの合間から煙が上がっていた。

 パトカーのサイレンと爆発音が聞こえてくる。

 警察の無線を傍受すれば、聞こえてくるのは怒鳴り声だった。

 曰く、巨大な人型の機械が暴れていると。

 

『だから機械は嫌いなんだ!!』

 

 警官隊を指揮する警部が怒りを露わにしている。

 オプティマスは表情を引き締めた。

 さっきまで歴史に夢中になっていたとは思えない、戦う男の顔だった。

 

「さて行くとしよう。ネプテューヌは怠け癖があり、マイペースだが……こういう事態を見過ごせないのだ」

 

 その言葉の通り、橋の上からネプテューヌが紫の髪を垂らしてこちらを見下ろしていた。

 隣には同じようにして、うずめもいた。

 彼女もまた、この事態を無視できない性分であることを、ホット・ロッドと海男は知っていた。

 

「いくぞ、二人とも!」

「……そうだな、君はそういう人だ」

「? どうしたんだよ、海男」

「ふふふ、なんでもないさ。俺は君をサポートするよ」

「お、おう、頼む」

 

 首を傾げるうずめに、海男はフッと微笑む。

 真顔ではあるが、どこか吹っ切れたような顔だった。

 彼もまた、オプティマスの言葉から思うところがあったらしい。

 

「こちらオプティマス。応答せよ、緊急事態だ」

『やっとディセプティコンが出やがったか!』

 

 橋の上に登った通信を飛ばすといの一番に応答したのは、クロスヘアーズだった。

 

「そのようだ。人々が傷つかんとしている。助けねばならない」

『ケッ! ここでも人間のために戦うってか! ……ま、いいさ』

 

 なんだかんだ言いつつも、クロスヘアーズは乗り気であるらしい。

 

「街の西にある石油コンビナートだ。そこで合流しよう。通信終わり」

 

 通信を切ったオプティマスはチラリとホット・ロッドの方を見た。

 言葉にせずとも、「どうする?」と聞いているのは明らかだった。

 ホット・ロッドが上を見ると、うずめが当然来るだろうという顔をしていた。

 

 フッと、ホット・ロッドの顔に笑みが浮かんだ。

 ああ、そうだ。オプティマスの言う通り、人間のために戦うというのはまだピンとこないが、彼女のためなら……戦える。

 

 登ってきた若い戦士の顔つきが変わっているのを見たオプティマスは、どこか満足気に頷く。

 

「何かあったの?」

「まあ、色々だ」

「色々かー」

 

 それを見たネプテューヌも、何か察したらしく、グッと拳を握る。

 

「さあオプっち、行こう! ふっふっふ、地球でも活躍して信者を増やしちゃうもんねー!」

「ああそうだな。オートボット、変形して出動だ(トランスフォーム&ロールアウト)!!」

 

 オプティマスは号令と同時にトレーラーに変形してネプテューヌを乗せ、エンジンを吹かして走り出す。

 ホット・ロッドもまた、ランボルギーニに変形してうずめと海男を乗せ、その後を追うのだった。

 




相変わらず、トランスフォーマーの癖にやたら思い悩むキャラたち。

今回のキャラ紹介

オートボット(?)騎士ホット・ロッド
この物語の主人公。主人公ったら主人公。すでに主人公(笑)の片鱗を見せてるけど主人公。
二丁拳銃を操る記憶喪失のオートボット。
熱血漢だが、悩みを抱え込み安い性格。
実力、人格、共にまだ未熟。
うずめと出会うより前の記憶を失っており、その出自には謎が多い。

謎の女神 天王星うずめ
この物語のヒロイン……予定。
シェアが全くない(信仰している人がいない)ため、変身するのさえシェアクリスタルを使わなければならないが、その数にも限りがある。
得物はその両の拳とメガホン。
熱血な性格だが、これは演じている部分もあり、本来は乙女チックな性格。

海男
常に真顔の謎の人面魚。
しかし、見た目とは裏腹に出来た人格と渋い美声を持つ。
戦闘力は低いが、その冷静さでうずめをサポートする。
元ネタは、ドリームキャストのソフト、シーマンであろう。


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第4話 初戦

 時間はやや遡る。

 

 街の西の川岸には、丸い石油タンクや多くの工場や倉庫からなる石油コンビナートが広がっていた。

 この街は内陸部にあるが、広い河と隣接しており、石油を船で運び込むことも工場で作った製品を運び出すことがも出来た。こういう街は大陸ではそこまで珍しい物でもない。

 ここで主に作られているのは、自動車や各種ロボットで、当然ながらCS社の系列だった。

 

 コンビナートの一部では拡張工事が行われ、ブルドーザーやパワーショベルなどの重機の姿も見える。

 普段なら大勢の作業員が働いているここだが、今はその一角にある倉庫地区が炎に包まれ、その中で人型の悪魔めいた機械たちが、警官隊を蹴散らしていた。

 昨日銀行を襲ったバーサーカーとドレッドボットだ。

 

「死に晒せゴラァァ!!」

不細工(トルペ)な奴らだぜ!」

 

 警官隊の方は人間ではなく、近年導入された3mほどの大きさのロボット警官である。

 二足歩行で、犯罪者鎮圧用の火器を搭載。金属と強化プラスチックのボディは並み以上に強固なはずだが、バーサーカーの棍棒とドレッドボットの拳銃に掛ればまるで紙細工のように破壊されていく。

 

 暴れているのは彼らだけではない。

 

「ヒャッハー! パラリラパラリラー♪ ディセプティコンのお通りだ~!」

 

 銃弾を放っている警官ロボットの間を一台のバイクが縫うようにして走る。

 大型二輪特有の音を響かせる、銀色が眩しいカウルのないネイキッドと呼ばれるタイプのバイク、戦闘機の如き造形のP51コンバットファイターだ。

 

 オートバイが大型二輪特有の爆音を立てて走りながらギゴガゴと変形すると、人間よりやや大きい程度の小型のディセプティコンが現れる。

 右肩にバイクの前輪、左肩に後輪が配置され、背中からは排気管(マフラー)が突き出して、細長い手足には得物らしき大小のナイフがズラリと並んでいる。

 裂けた口にギョロリと飛び出した目が魚か爬虫類を思わせる。

 だが何より目立つのは、頭部にモヒカン刈りのように並んだヒレ状の刃物だった。

 

「ズワーイ! ガッチガチやぞ! ……あ、これ別の奴のネタだった」

 

 モヒカンのディセプティコン、その名もずばりモホークは、すばしっこく動き回りながら手に持った大振りなナイフを振るい、警官ロボットの背中側の制御装置や油圧ケーブルを切り裂いて回る。

 

 動きが止まった警察ロボットたちを、空から降り注いだミサイルが粉微塵に吹き飛ばした。撃ったのは空中を旋回するデルタ翼とカナードを併せ持つ単進式の戦闘機だ。

 スウェーデンが開発したマルチロール機、サーブ39『グリペン』だった。

 

 一通り警察ロボットを片付けたグリペンは空中でロボットに変形し危うげなく着地する。

 二機のジェットエンジンと四発のミサイルを背負い、右腕にキャノン砲、左腕に機銃と物々しい武装が特徴的なディセプティコンだ。

 右肩にサイバトロン文字をペイントし、首からネックレスを下げるなど、なかなかの洒落者である。

 さらに驚くべきはその頭部で、二本の水牛のような角と真っ赤な単眼を備えたそれは、見る者が見れば、ディセプティコン科学参謀ショックウェーブに瓜二つだと気付いただろう。

 それもそのはず、このディセプティコン、ニトロ・ゼウスのボディは当の科学参謀の設計に沿ってリフォーマットされたのである。

 ニトロ・ゼウスはこれを大いに自慢にしていたが、ショックウェーブからすれば無数の仕事の一つに過ぎない。

 

「なんやつまらん連中やのお。悲鳴の一つもあげんかい」

「簡単すぎて、欠伸が出るな!!」

「俺は好きだぜ、弱い物虐め!」

「へへへ、これでオイルは俺たちのもんだな!」

 

 バーサーカーとドレッドボット、モホークとニトロ・ゼウスは警官ロボットの残骸に囲まれて残虐に笑う。

 そこに何処からかロボットの残骸を押し退けて緑色の大型レッカー車が現れた。

 八輪ものタイヤと四角いボンネットタイプの車体がパワフルなレッカー車は、やはり変形しながら立ち上がる。

 

 ズングリとしたその姿は見る者が見ればコンストラクティコンのロングハウルというディセプティコンに似ていると感じるだろう。

 しかし左腕には重機関砲、右腕には鋏とも鈎爪ともつかぬ武器を装着し、背中にタイヤが二列に並んだ姿は、より攻撃的だ。

 

「おう、来たかオンスロート」

「貴様ら……何をしている?」

 

 気安く手を挙げるニトロ・ゼウスだが、オンスロートと呼ばれたディセプティコンは赤いオプティックをギラギラと光らせながら低い声を出した。

 それを聞いて、ディセプティコンたちはキョトンとした。

 

「なに言うとんねん。お前がエネルギー探してこい言うたんやないかい」

「吾輩は()()()()()と言ったのである! 断じて、()()()()()ではない!! 確かにエネルギーの確保は急務であるが、我らはこの世界では圧倒的少数派! 増してオートボットまでもが現れた以上、慎重に行動せねばならんのだ!! でなければ犬死にである!!」

 

 あっけらかんとしたバーサーカーにオンスロートは右腕の武器、デカピテーターをギチギチと鳴らしながら怒鳴る。

 だが、バーサーカーたちは不満げだ。

 

「ええやないかい、犬死に。上等や」

「俺は犬死には嫌だけどな、アミーゴ。それでもこんなチンケな星でまでコソコソするのはごめんだぜ」

「まったくだよ。どうせなら、大暴れしちゃおうぜ」

 

 口々に文句を言うバーサーカーにドレッドボット、そしてモホーク。

 

「見ろよ、あの虫けらどもをよ。ゲイムギョウ界よりしけてるぜ!」

 

 ニトロ・ゼウスは、防壁のように並べたパトカー越しにこちらを伺っている警官たちを嘲笑った。

 彼らは勇敢な警察官だが、さすがに機械の怪物に立ち向かっていく蛮勇は持ち合わせていなかった。

 

「くそッ! だから俺は機械の警官なんざ反対だったんだ! てんで役に立ちゃしない!!」

「いや、この状況なら仕方ないでしょう……ッ! 警部、見てください!」

「なんだ、やっと州兵が来たか……ッ!」

 

 相変わらずあらゆる機械に怒りを向ける警部だが、部下の声に僅かに安堵し、次の瞬間には凍り付いた。

 赤と青のファイヤーパターンが印象的なトレーラーキャブを先頭に、ランボルギーニだのカマロだの、何台かの自動車がこちらに向かってくるのが見えたからだ。

 

 この状況で周囲を封鎖されているこの場に現れた車が、普通の乗用車だと思うほど警部たちは楽天的ではない。

 

「また機械が増えやがった! どんだけいるんだ!!」

「今日は厄日だ……」

 

 絶望する警部と部下をよそに、トラックを始めとした車群は彼らとディセプティコンの間に割り込むようにして停車。

 

「オートボット戦士! トランスフォーム!」

 

 先頭のトレーラーキャブから声がすると、そのまま騎士のようなロボットの戦士に変形していく。

 ランボルギーニも、カマロも、その後ろのメルセデスAMG・GTにシボレー・コルベット、軍用トラックも、次々とロボットの姿になる。

 進み出た騎士ロボットことオプティマスが厳かに宣言する。

 

「犯罪者たちよ、狼藉もここまでだ! 無駄な抵抗は止めろ!!」

「クッ……やはり出てきたか、オートボットども。仕方がない、ここは一旦退却……」

「オートボットのダボどもがあああ!! ぶっ殺したるでぇええええッ!」

「え、ちょ!?」

 

 オンスロートは戦力差から退こうとするが、バーサーカーが喜色満面で棍棒を振りかざし、止める間もなくオートボットに突っ込んでいく。

 

「何をしているのであるか、バーサーカー!?」

「無駄だぜ。あいつの頭ん中には暴れることしかないからな」

「くそッ……!」

 

 ギョッとするオンスロートだが、ドレッドボットの冷めた言葉に舌打ちする。

 

「死に晒せや、オプティマァァァァス!!」

「させん!」

 

 大将首に飛び掛かるバーサーカーだが、咄嗟に進み出たドリフトが刀で棍棒を受け止める。

 

「なんや、デッドロックやないかい! オートボットごっこかいな。似合わんでえ!」

「黙れ! 私の名はドリフトだ!! センセイ、この狼藉者は私にお任せを!」

「頼んだぞ、ドリフト! オートボット、奴らを逮捕せよ! できるだけ、周囲に被害が出ないようにな!」

『了解!』

 

 背中から剣を抜きながらのオプティマスの指示に、オートボットたちは各々の武器を抜き、ディセプティコンに向かっていく。

 たちまち、辺り一面が光弾と実弾が飛び交う戦場と化した。幸いにしてこの倉庫地区は石油タンクからは少し離れている。

 一方で、ネプテューヌとネプギアは警官隊の方へ向かっていた。

 

「みなさーん、ご無事ですかー!」

「どうもー! 通りすがりの正義の味方、ネプテューヌと愉快な仲間たちでーす!」

 

 いつものおちゃらけた調子で声をかけるネプテューヌだが、警官隊はこの珍妙な乱入者に面食らう。

 

「なんだ、お前らは!? あの連中の仲間か?」

「私たちは味方です! 皆さんはオートボットのみんなが戦ってる間に逃げてください!」

「はあっ!? 何をワケの分からんことを……危ない!」

 

 ネプギアの避難を呼びかけにも状況が飲み込めない警部だったが、彼女たちの後ろから突然襲い掛かってきたモホークを見て声を上げた。

 ネプテューヌは振り返ると同時に手元に愛刀オトメギキョウを召喚して、モホークの振るうナイフを防ぐ。

 この刀は、宝石のアメジストのように透明感のある紫色の刀身を持った日本刀を思わせる刀で、鍔の部分が花弁を模していた。

 

「おっと残念。さっすが女神様、いい反応してるね~」

「ふっふっふ! わたしは原作と違ってレベルリセットしていないのだ。強くてニューゲーム状態!」

「へえ~……じゃあ、これはどうだい!」

 

 凄まじいスピードで毒蛇のように迫る二本のナイフをいなしながら不適に笑うネプテューヌだが、モホークは一旦飛びのくと、両腕を振るってナイフを投げる。

 咄嗟に円盤状の障壁を張ってナイフを防ぐネプテューヌだが、その隙にモホークは彼女の後ろに回り込む。

 

「もらった!!」

「危ない!!」

 

 が、横合いからビームソードでネプギアに斬りかかられた。

 

「おっとっと! やっぱ、二対一はきついぜ!」

 

 危うげなく光の刃を弾いたものの形勢不利と見たのか、そのままバイクに変形して逃げていった。

 

 

 

「レッツ、パーリィってな!!」

 

 ニトロ・ゼウスは空に飛び上がるや、両腕のキャノン砲と機関砲で地上を砲撃する。

 ホット・ロッドとバンブルビーは道脇の側溝に潜り込み、砲撃をやり過ごそうとしていた。

 

「あーもう、滅茶苦茶だ! いつもこうなのか!?」

「ま、だいたい。だってトランスフォーマー、だし」

「それでいいのか!?」

「それで、いいのだ」

 

 これが記憶にある限り初のトランスフォーマー相手の戦闘であるホット・ロッドは思わず文句が出るが、バンブルビーは慣れた調子で空中の敵に向かって右腕を変形させたブラスターを撃つ。

 しかし、射程の外だ。

 

「当たるか、そんなもん! 悔しかったらここまで……」

「夢幻粉砕拳!!」

「グエェェェッ!?」

 

 飛べるのをいいことに眼下の敵を小馬鹿にしていたニトロ・ゼウスだが何処からか猛スピードで飛来したオレンジ色の人影の繰り出した鉄拳を顔面に受け、地面に落ちる。

 

「もう、悪いことする鳥さんには、お仕置きだよー!」

 

 ほにゃほにゃした口調と声で胸を張るその女性は、レオタード状の衣装と猫耳のような帽子、鮮やかなオレンジ色の髪と電源マークに似た文様の浮かぶ青い瞳だ。

 

 彼女こそは天王星うずめが変身した姿、オレンジハートである。

 

 その雰囲気は、変身前とは大幅に異なっていた。

 

「と、鳥さん? なんていうか、ギャップ、凄いね」

「まあな。……いや俺はいいと思うんだけど」

 

 元から丸い目をさらに丸くするバンブルビーに、ホット・ロッドは苦笑する。

 一方、立ち上がったニトロ・ゼウスは両腕の火器を構えなおす。

 

「てめえら……よくもやってくれやがったな!!」

「落ちちゃえば、こっちのもん、だ。新入り、突っ込むから、援護して」

「!? え、おい……!」

 

 側溝から飛び出したバンブルビーはニトロ・ゼウスの張る弾幕の中を突撃していく。

 

「マジかよ……!?」

「援護!!」

「あ、はい!」

 

 一切の迷いのない黄色いオートボットに愕然とするホット・ロッドだが、怒鳴られて慌てて拳銃を撃つ。

 せっかくだから、とっておきだ。

 

「時間よ、止まれ!!」

 

 一瞬のチャージの後、ホット・ロッドの拳銃の弾倉を思わせるリング部分からエネルギー弾が放たれ、もう一度飛び上がろうとしていたニトロ・ゼウスの真横で弾ける。

 

「へ! は~ず~~れ~~~だ~~~……!?」

 

 弾丸から発生した球形のエネルギーフィールドが単眼のディセプティコンを包み、その動きを限りなく遅くしていき、やがて完全に停止させる。

 

 一瞬、バンブルビーは愕然とした。

 これは拘束や麻痺なんてチャチなもんじゃあ、断じてない。もっと恐ろしい物の片鱗を味わった気分だ。

 

「今だ!」

「ッ! よっし!」

 

 しかし戸惑ったのも一瞬、時を止めるフィールドが消失した瞬間を見計らって、ニトロ・ゼウスに飛び掛かった バンブルビーはカポエラのように逆立ちしての回し蹴りで敵の体制を崩し、そのまま頭に砲を突き付けた。

 

「ホールド、アップ!」

「チッ……! くそ、そんなんありかよ……!」

 

 そのそばに、ホット・ロッドも近寄りバンブルビーの肩を叩く。

 

「やったな!」

「おう、センキュー。凄いね、今の」

「ああ、とっておきさ!」

 

 二ッと得意げに笑うホット・ロッド。

 うずめも空から降りてくると、ニトロ・ゼウスの単眼を覗き込んだ。

 

「ねえ、鳥さん。なんでこんなことするの?」

「ああん?」

「ひょっとして、お腹空いてるの? だったら何とかしようか?」

 

 半ばダメもとであるものの、たずねてみる。

 戦わずに済めば、それに越したことはない。

 しかし単眼のディセプティコンは一瞬キョトンとしたものの、次の瞬間には大笑いしだした。

 心底、小馬鹿にしたような笑い声だった。

 

「ひ、ヒィーハハハハハ!! ば、馬鹿じゃねえの!? ディセプティコンが暴れるのに理由なんかいらねえ!」

「な……!」

「暴れて、壊して、奪って、殺して! それがディセプティコンだ!! だったてのによ……」

 

 唖然とするうずめと、苦み走った顔のバンブルビーに構わず、ニトロ・ゼウスは急に声のトーンを落とした。

 

「全部、あの女が現れてからおかしくなったんだ! メガトロンを垂らし込みやがって、あのアバズレが……!」

「…………」

 

 メガトロン。

 その名を聞いた瞬間、ホット・ロッドの胸の内に、言い知れぬ感情が去来した。

 悲しみ、怒り、懐かしさ……そういった感情が入り混じっていた。キャノピーから話を聞いた時もそうだった。

 

 しかし、それが何故なのかは分からなかった。

 

 

 

 

 

 左腕の重機関砲で弾幕を張ってオプティマスを近づけないようにしているオンスロートだが、すでにこの戦いに見切りをつけていた。

 バーサーカーとドリフトは、変わらず斬り合っているが、ドレッドボットはハウンドとクロスヘアーズに追い詰められている。

 そもそも6対5で数が負けている上に、オプティマスまでいるのだ。土台、勝てるはずもない。

 何とか退却する隙を作らねばとブレインサーキットを全力で回転させる。

 

「諦めろ、オンスロート! この世界の人々にまで迷惑をかけてなんになる!」

「こんな世界にまで来て、貴様らオートボットの理屈に従うのはごめんである! 我輩は好きにさせてもらう!!」

 

 オプティマスはベクターシールドで重機関砲の弾を防ぎながら、オンスロートにジリジリと近づいていく。

 ならばとデカピテーターを振るおうとするが、その時両者の間に新たな影が割り込んできた。

 港で使われている大型フォークリフトやクレーントラックだ。

 

「なに?」

「なんだ!」

 

 クレーントラックは獣の唸り声のような駆動音を上げて、オプティマスに突っ込んできた。

 それを躱したオプティマスだが、クレーントラックはアームを振り回して総司令官の体にぶつける。

 

「グッ!」

 

 さらに他のメンバーの元にも拡張工事に使われていたクレーン車やブルドーザーなどの重機が向かってきた。

 

「なんだコリャア!? 新手のコンストラクティコンか?」

「いや、様子がおかしい!」

「なんにせよ、止めりゃあいいんだろ!!」

 

 クロスヘアーズが銃撃し、ドリフトが斬りかかるも、重機群はまるで堪えた様子はない。

 ハウンドの三連ガトリングでハチの巣にされてようやく止まったが、後から後からやってくる。

 

「何だか分からんが、好機である! ディセプティコン、退却!!」

「なんや、また逃げるんかい? 死ぬまでやろうや!」

「馬鹿言うな!」

 

 そうしているうちに、ディセプティコンたちはオンスロートの号令で変形して逃げていく。

 もちろん、オートボットは追おうとするが、割り込むようにして重機群が立ち塞がる。

 バンブルビーたちも、フォークリフトに襲われた隙にニトロ・ゼウスを取り逃がしてしまった。

 

「ッ!」

「じゃあな! また遊ぼうぜ!!」

「あ、待て!」

 

 空に飛び上がりグリペンに変形したニトロ・ゼウスは、時間停止弾を撃つ暇もなく飛び去る。

 そんなディセプティコンに構わず、重機群はオートボットたちに……そして警官隊に襲い掛かる。

 

「退避ー! だから機械は嫌いなんだー!」

「ッ! オプっち!」

「分かっている。オートボット、人間たちを守るのだ!!」

 

 ネプテューヌの呼びかけに応じ、オプティマスが号令をかけるのだった。

 

 

 

 

 

「まったく、世話の焼ける……」

 

 コンビナートにほど近いビルの上、一人の女性が一連の戦いを見守っていた。

 魔女のような奇怪な衣装に身を包んでいるが、整った顔立ちに意思の強そうなアイスブルーの目と風にはためく長い銀色の髪が目を引く女性だ。

 

「悪いな、ネプテューヌ。それにオートボットども。ディセプティコンどもには、まだ利用価値があるのでな」

 

 細められた彼女の視線は、警官隊を守ろうとするネプテューヌ、暴走重機と戦うオプティマスと移っていき、うずめで止まる。

 その顔に、さまざまな感情が入り混じった複雑な表情が浮かぶ。

 

「…………許せよ。私が助けたいうずめは、お前じゃないんだ」

 

 そう呟くと、女性は身を翻した。

 同時に一瞬その姿が揺らいだかと思うと、魔女めいた衣装がビシッとした黒いパンツスーツに変じる。

 女性は、そのまま振り返ることなくその場を後にするのだった。

 




あとがきに変えて、キャラ紹介

オートボット情報員バンブルビー
ご存知、スピンオフが公開決定のみんなのアイドル。
甘えん坊で子供っぽい性格だが、すでに戦士としては一人前。
人間に対しては非常に友好的だが、敵に対しては残虐超人並みの容赦の無さを持つ。
オプティマスを敬愛し、相棒のネプギアとは厚い友情で結ばれている……が、彼女のメカフェチだけはどうにかならないかと悩んでいる。
前作で発声回路が治り、片言だが喋れるようになった(原作と違ってもう壊れない予定)
ディセプティコン(特にメガトロン)に対しては複雑な感情を抱いている。

プラネテューヌ女神候補生ネプギア
ご存知、清楚系ヒロイン(でも割りとお色気要員な気も……)
姉であるネプテューヌよりもしっかりした性格でとても真面目。
だが思い込みが激しかったりと未熟な部分も多く、ああ見えて色んな面で覚悟完了してる姉に比べ、良くも悪くも成長途中。
メカフェチで、今だにオートボットの分解調査を目論んでいる。
相棒のバンブルビーを弟のように思っている。


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第5話 再会

 CS社の未来的な本社ビルの内部には、その技術力を支える研究施設があり、アメリカ国内でもトップクラスの研究者たちが研究を重ねている。

 その一角には、何故か大きなトレーラーキャブが置かれていた。

 

 鼻の長いボンネットタイプで、青と白のファイヤーパターンという中々に珍しい配色のトラックだ。

 

 周りでは、白衣の研究者たちが話し合ったり、端末を前に何らかのデータを打ち込んだりしている。

 このトラックはその外見に反し、他ならぬ社長が自ら設計し、開発の陣頭指揮を執った未来技術の塊だった。

と言っても、実際の使用を想定していないコンセプトモデルである。

 

 その前に満足気に立っているこの会社の社長は、最終調整を終えて一息吐いているところだった。

 技術屋である若い役員が、コーヒーを差し出す。

 

「社長、どうぞ。……しかしなんでトラックなんです? もっと他にあったでしょう」

「ありがとう。……まあ、敢えて言うなら、憧憬と敬意、何よりも感謝かな。カマロとどっちにしようか迷ったんだけどね」

 

 自分の問いに何とも抽象的な答えを返してくる社長に、役員は肩を竦める。

 

「しかし、いつも思うんですけどね。こんなアイディアがいったい何処から出てくるんです? まさか、神の啓示ってワケでもないでしょう」

「当たらずとも遠からずだね。実のところ、世の人々が僕が発明したと思ってる物のほとんどは、実際には宇宙人からの借り物なんだよ」

 

 軽い調子での明らかな冗談に、役員は苦笑する。

 しかし、実のところ社長は冗談を言ったつもりはまったくなかった。

 その時、社長が懐に入れていた社内連絡用の端末が震えた。見れば秘書からだ。

 役員に一言断ってから通話ボタンを押す。

 

『社長! 緊急事態です!!』

「どうしたんだい? 午後の予定ならまだ時間が……」

『西のコンビナートで暴走事件です! 例の人型も現れました!!』

「ッ! 分かった、すぐに戻る」 

 

 通話を切った社長は、研究チームにそのままでいるように告げると、足早に上階の社長室に向かって歩き出した。

 道すがら、ある人物に連絡を取る。

 

「ダッチ、聞こえるかい?」

『はい、旦那様。御用でしょうか?』

「すぐに西コンビナートで起こっている事件についての情報を集めてほしい。警察、マスコミ、それに軍とか……とにかく全部だ。それと、あらゆる手段を使って赤と青のトレーラーキャブと黄色いカマロを追跡してくれ。絶対に見失わないでくれよ」

『委細承知いたしました、旦那様』

 

  *  *  *

 

 それから、しばらくしてのこと。

 暴走重機群を撃破したオートボットたちは、ドサクサに紛れてコンビナートを後にし、ケイドのスクラップ場に帰り着いていた。

 

「やれやれ、まったく! あの連中の面を見たかよ! 助けてやったてのに、化け物見るみたいな面しやがって! あんな連中ほっといて、ディセプティコンどもを片付けりゃよかったんじゃないかね!」

「お前一番ノリノリだったじゃねえか」

 

 落ち着きなく歩き回りながら愚痴を吐くクロスヘアーズに、三連ガトリングの手入れをするハウンドは呆れたようにツッコミを入れる。

 事実、あの場で一番楽しそうにしていたのはこの空挺兵だったのだが、同時に彼は万物にまず文句を付ける性質なのだ。

 

「それとこれとは関係ねえ! 俺が言いたいのはだな、ここの連中は礼儀がなってねえってことだ!」

「ま、ゲイムギョウ界に慣れちまってるからな」

 

 ハウンドはガトリングを整備する手を止めずに言う。

 実際、トランスフォーマーが受け入れられているゲイムギョウ界と、この地球とでは大分違った。

 

「お前もそう思うだろ、ドリフト! ……ドリフト?」

 

 クロスヘアーズはグダグダというが、こういう時何か言ってくるはずの侍が静かなことに気が付いて、怪訝そうな顔になる。

 当のドリフトは、胡坐をかいて刀をじっと見つめていた。

 

「おい、ドリフト。どうした、浮かない顔して?」

「何でもない。……ドリフト。そうだ、私はドリフトだ」

「なに当たり前のこと言ってんだ、お前?」

 

 立ち上がるや刀を振るい、素振りを始めたドリフトの奇怪な言葉に、クロスヘアーズは怪訝そうな顔になるが、この侍が変なことを言い出すのはいつものことかと、あまり気にせずに話題を変える。

 

「で、だ。あの小僧、どう思う?」

「ホット・ロッドだったか? ……筋はいいな。初陣にしちゃ動けてた。あの時間を止める弾もすげえ。でもまあ、それだけだ」

 

 変わらず銃器を手入れしながら、ハウンドはあまり関心なさげに答えた。

 彼から見て、ホット・ロッドはよくいる若いオートボットだ。クロスヘアーズにしてもそんな物だ。

 特殊な力を持っているようだが、それだって持ち主の実力次第だ。

 しかし、ドリフトの感想は違った。

 

「あの男の足捌き……あれは剣を使う者の動きだ。おそらく相当な訓練を積んだのだろう、歩法が身に沁み着いている。……私に分かるのは、それだけだ」

 

 その言葉に、ハウンドとクロスヘアーズは顔を見合わせ、それきりそれぞれの作業に戻った。

 総じて、彼らはホット・ロッドに大した興味を感じていなかった。

 

 

 

 

 

「はい! ビー、整備終わったよ!」

「ありがと!」

 

 一方、作業用のプレハブ小屋の中では、ネプギアとケイド、スクィークスがバンブルビーの整備をしていた。

 なんだかんだ技術者としては一流なケイドから見ても、ネプギアの腕はかなりの物だった。

 

「慣れてるな、あんた。若いのに大したもんだ」

「えへへ。まあ、ビーたちとはそろそろ長い付き合いですから。ケイドさんも凄いですよ! トランスフォーマーを直すのには、コツがいるのに」

「これでも発明家一筋で20年近いからな」

()()発明家だろ……」

 

 胸を張るケイドに、プレハブ小屋を覗き込むホット・ロッドが茶々を入れる。

 ムッとしてケイドはホット・ロッドを見上げた。

 

「なんだよ! 俺は立派な発明家だぞ! 特許だって持ってるんだからな!」

「俺たちの体を調べて得た特許技術だろ、それ。……あいつのと同じく」

 

 ホット・ロッドが視線で指した先ではネプテューヌがスクィークスやひよこ虫たちと一緒にテレビを見ている。脇には、オプティマスが腰を掛け、近くにはうずめや海男、キャノピーも集まっている。

 テレビには年若い男が映っていた。

 高級そうなスーツを着て、垂れ目の瞳はヘーゼル色で、やや癖のある茶髪を短く刈っていた。

 

『約束しましょう。我がCS社の技術で、貴方の日常は変革(トランスフォーム)します!』

 

 人好きのする笑顔を浮かべる青年の後ろに、巨大なCS社のロゴが現れる。

 言うまでもなく、これはCS社のコマーシャルだ。

 

「CS社か……」

「なんて言うか、未来に生きてる感じの人だね! わたし、シンパシー感じちゃうかも!」

 

 未来に生きるプラネテューヌの女神ネプテューヌは好感を持ったようだが、オプティマスは難しい顔だ。

 近くにいるキャノピーも、あまりいい顔はしていない。

 

「気付いているかもしれないが、オプティマス。CS社の社長が発明したとされる技術……そのほとんどは、オートボットの科学だ」

「……ああ」

 

 キャノピーの言う通り、CS社の製品にはトランスフォーマーの科学技術が流用されていることを、オプティマスは察知していた。

 海男も真顔のまま頷いたが、声のトーンがいつも以上に真面目だ。

 

「そのことから、俺たちを捕えていた組織は、CS社なんじゃないかと考えている」

「じゃあ、この人も悪い人なの?」

「それはまだ分からない。だが、オートボットが捕えられていた研究施設に、オートボットの科学を売り物にしている会社……無関係な方が不自然だ」

 

 首を傾げるネプテューヌに、海男は冷静に自分の考えを言う。

 視線を鋭くし、オプティマスはテレビに映っている男を見る。

 

「私も気にはなっていたが、CS社……Cybertron(サイバトロン) System(システム)。さっきのCMといい、あまりに出来すぎている」

「まるで、来るなら来いって誘ってるみたい……」

 

 不安を感じるネプギアだが、一方でネプテューヌはあっけらかんとした顔だ。

 

「みんな考え過ぎだって。ひょっとしたら、オートボットの大ファンってだけかもしれないよ?」

「いや、それは不自然」

 

 あまりに呑気なネプテューヌの意見に、バンブルビーがツッコミを入れる。

 ホット・ロッドとケイドも苦い顔をし、スクィークスも呆れた調子で電子音を鳴らす。

 オプティマスや海男すら苦笑しているが、意外にもうずめがこれに乗ってきた。

 

「ああ、いいなそれ。……もしそうなら、心強い味方になる」

 

 笑顔のうずめだが、急に纏う空気が変わった。

 何というか、ほにゃほにゃした感じに。

 

「きっと~、凄い発明とかでみんなを助けてくれるんだよー。それで、他の人たちと仲良くなるきっかけを作ってくれたらいいなー」

 

 オレンジハートに変身したときのような調子のうずめに、ネプテューヌたちは面食らうが、ホット・ロッドや海男らは慣れた様子だ。

 うずめは一同の視線が集まっていることに気付き、ハッと正気に戻った。

 

「い、いや、そんな都合のいいこと滅多にないよな、うん!」

「時々、ああなるんだ」

「人のこと言えないけど、あの子も、大概濃いね」

「うずめって、ひょっとして根はかなり乙女?」

 

 短く、ホット・ロッドとバンブルビーが話し、ネプテューヌが疑問を口にする。

 むくれるうずめを海男が慰めようとした時だ。

 向こうからハウンドの声がした。

 

「オプティマス、お客だ。数百m先、こっちに向かって車が一台近付いてきてる」

「……客か!」

 

 ケイドが一瞬呆気に取られたあと、笑顔を浮かべる。

 視線をやると、オプティマスは即座に理解し、厳かな声を出した。

 

「オートボット、トランスフォームして息を潜めていろ。……ネプテューヌたちもケイドの邪魔をしないように」

『はーい!』

 

 

 

 

 

 スクラップ場の敷地に古臭い黄色いダットサンが入ってきた。

 ウニモグの軍用トラックの脇を通り過ぎたダットサンは適当な所で停車する。

 運転席から降りてきたのは、古い車とは裏腹に高級そうなスーツを着た青年だった。

 癖のある茶髪を短く刈り、垂れ気味の目の瞳はヘーゼル色だ。まだ30かそこらだろう。

 青年は、薄く笑顔を浮かべて辺りを見回す。

 

「いらっしゃい! ようこそ、イエーガー中古機械店へ……!」

 

 それをうずめが満面の笑みで出迎えたが、その青年の正体に気付き目を見開く。

 

「あんたは……!」

「どうも。僕のこと知ってるの? 嬉しいな」

「ああ、うん……」

「有名人だからな」

 

 戸惑ううずめの後ろからケイドが現れ、ニコニコと笑う青年に驚きと警戒の混じった目を向ける。

 

「サイバトロン・システム社の社長さんだ。家はこの街でも有数の名家。主席でプリンストン大学を卒業して、立ち上げた会社は今や業界トップ。今の大統領が選挙に勝てたのも、あんたがとんでもない額の政治献金を積んだからだってもっぱらの噂だ」

「どこぞの不動産屋よりはいいと思ってね。それに僕がお金を出さなくても、彼女は大統領になってたよ」

「どうだか。……まさに勝ち組の中の勝ち組だ。羨ましいね」

「勝ち組、ね……自分ではそうは思ってないんだけどな。僕なんか、せいぜいメッセンジャーボーイがいいとこさ」

 

 多分に妬みの入った言葉に、社長は自嘲気味に答える。

 この時、うずめは青年……CS社社長の目に、不思議な色が宿っていることに気付いた。

 後悔……あるいは罪悪感だろうか?

 

「そういうあなたはケイド・イエーガー。出身はテキサス。数年前にうちに発明を売り込みにきましたよね? 正直、あの全自動卵割り機はどうかと思ったけど、技術は間違いなく一流だ。……技術者としてなら採用したいと、うちの人事担当が言ってませんでした?」

「生憎俺は、あくまで発明家としてやっていきたくてね。……それで、こんな場末の中古機械店にどんな御用で?」

 

 わざとらしく肩を竦めて話題を変えるケイドだが、そこで社長の目に鋭い光が宿った。ここからが本題なのだろう。

 

「実は車を探しているんだ。……特別な奴を」

「だったら、高級車のディーラーに声をかけたらどうだ? あんたなら、選びたい放題だろう」

「いや、実は昔乗ってた車が忘れられなくて。……あれは本当にすごい車だった。ここなら、似たようなのがある気がして」

 

 懐かし気に目を細めながら、社長はスクラップ場を見て回る。

 赤いAMG・GTの座席を覗き込み、緑のシボレー・コルベットを眺め、ランボルギーニ・チェンテナリオのボンネットを撫でる。

 

「随分と高級車が多いですね?」

「まあ色々と伝手があってね。それで、お気に召した物はあったかな?」

「そうだな……カマロとか、ありますか? 黄色くて、黒いストライプの入ったやつ」

 

 うずめが息を飲み、ケイドの額に一筋の汗が流れる。

 

「ああ、あるが……非売品でね」

「どうしてです? ひょっとして、変形するとか」

「な、なんのことだよ。お、玩具じゃあるまいし、ロボットにへ、変形なんかするワケねえだろ!」

 

 思わず上擦った声で誤魔化そうとするうずめだが、社長は別にロボットに変形するとは言っていない。

 見事にボロを出したうずめに、ケイドはヤバいと感じていた。

 社長は意味深な笑みをうずめに向ける。

 

「話は変わるけど、最近この街にヒーローが現れてね。可愛い女の子で、雰囲気は違うけど年の頃は君と同じくらいかな」

「な、何を……」

「君についても調べた。あちこち、点々としてたみたいだね。そしてそれは、あのヒーロー少女の目撃された場所と一致する。つまり……ッ!」

 

 うずめが何か誤魔化すより早くランボルギーニがギゴガゴと変形して立ち上がり、社長との間に割って入る。

 ホット・ロッドは背中から抜いた銃を社長に向ける。

 

「てめえ……うずめから離れろ!!」

「おい馬鹿止めろ!」

「痴れ者が! センセイがジッとしていろと命令したのを聞かなかったのか!」

 

 ロボットモードになったクロスヘアーズとドリフトが、左右からホット・ロッドを抑える。ハウンドも立ち上がって、呆れた表情になる。

 揉める金属生命体たちだが、ケイドは顔を覆い、社長はしてやったりという顔をしている。

 

「ああ、やっぱりいたんだ。……わざわざダッチに探らせた甲斐があった」

「つまり、我々に用があるということか」

 

 聞こえてきた厳かな声に、社長がハッと振り向いた。

 プレハブ小屋の脇に、赤と青のファイヤーパターンの騎士を思わせる姿のオプティマス・プライムが、黄色いバンブルビーとキャノピーを伴って立っていた。

 足元では、ネプテューヌとネプギアが武器を手にしていた。

 

「…………」

「CS社の社長殿。私の名はオプティマス・プライム。……どういった要件だろうか?」

 

 丁寧な呼びかけに、しかし社長は絶句し、それから体を震わせていた。今までとは明らかに反応が違う。

 そして、懐かしい友人に再会したかのような笑顔で、それでいて泣き出すのを堪えているような声で言った。

 

「オプティマス、ビー……ああ、やっと会えた」

 

 その言葉に、ホット・ロッドやドリフトたちは顔を見合わせ、ケイドやうずめは意味が理解できずにオプティマスたちに視線で説明を求めた。

 ネプテューヌやネプギアも、それぞれの相方を見上げる。

 一方で、総司令官と情報員は、彼らは彼らで奇妙な既視感を覚えていた。

 CMで見た時は何とも思わなかったが、こうして直接会ってみると……。

 

「不思議だ。初めて会ったはずなのに……何故か懐かしさを感じる」

「まるで、ずっと、昔からの、友達のような……君は、いったい?」

「僕は……」

 

 一同に見守られる中で、社長は涙を堪えながら、それでもしっかりと総司令官の顔を見据えて言葉を紡いだ。

 

「僕は、サミュエル……サム・ウィトウィッキー。君たちの、味方だ」

 




あとがきに代えて、キャラ紹介。

オートボット熟練兵ハウンド
歴戦を潜り抜けてきたワンマンズアーミー
トレードマークの三連ガトリングを始め、アサルトライフル、サブマシンガン、ロケット弾、ショットガン、拳銃、ナイフと全身に装備した武装を自在に操る、動く火薬庫。
また肥満体にも見える体格からは想像もつかないほど機敏。
人情味と茶目っ気も備えた男で、年長者としてドリフトやクロスヘアーズを纏めている。
アイアンハイドとは親友。

オートボット侍ドリフト
刀を振るう鎧武者風の戦士。
元々はディセプティコンだったが、オートボットに鞍替えした。
堅物な性格だが、短気で好戦的。
オプティマスに心酔しており、バンブルビーとは仲が良くない。またジャズとも様々な要因から犬猿の仲。
リーンボックスの女神ベールを好いているという、意外な一面がある。
……こうして書くと、凄く困ったヒトである。
オートボットとディセプティコンが和解した今、彼がオートボットであることに拘る意味は……?

オートボット空挺兵クロスヘアーズ
コートと飛行ゴーグルがトレードマークのガンマン風の戦士。
短機関銃と拳銃の早撃ちが得意技で、乗り物の操縦にも秀でる。
とにかく口が悪く喧嘩腰で、ディセプティコンとの和平にも人助けにも不満たらたら……なのは、割と口だけ。
ミラージュに一方的に突っかかっては無視されているが、お互いに実力を認めてもいる。


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第6話 サム・ウィトウィッキー

 サミュエル・ウィトウィッキーは転生者だ。

 少なくとも、本人はそう思っている。

 ことの起こりは高校生時代のある日、父親に中古車ショップで古いカマロを買ってもらったあの日に遡る。

 

 まあ実際にはもっと前から物語は始まっていたのだが……それは置いておく。

 

 重要なのは、そのカマロが実は異星からきた金属生命体の軍隊の一員で、大きなロボットに変形できたことだ。

 いや正確にはロボットがカマロに変形していたのだが。

 その日以来サミュエルことサムの人生は彼らオートボットと共にあった。

 

 親友になったカマロと共にいくつもの戦場を潜り抜けた。

 戦うのはもっぱらオートボットたちで、サムは走ってばっかりだったが。

 

 最初のオールスパークを巡る戦い。

 リーダーのマトリクスの探索とエジプトでの戦い。

 月の裏側に隠された秘密とシカゴの惨劇。

 

 いつしかサムにとってオートボットたちは大切な友人たちになっていた。

 だからこそ、『墓場の風』なる集団が恥知らずにも彼らを狩り立て始めた時、それに抵抗した。

 

 銃弾一発。

 

 それでサムの人生は終わった。

 親友のカマロ……オートボットのバンブルビーの叫ぶ声が聞こえた。

 

 彼らに謝りたかった。

 

 何度も何度も彼らは自分たちを助けてくれたのに。

 傷付きながら、多くの仲間を失いながら、それでも戦ってくれたのに。

 

 自分は彼らを助けることが出来なかった。

 それが何より悲しくて悔しかった……。

 

 

 

 

 

 こうして一回目の人生を終えたサミュエル・ウィトウィッキーだが、生まれ変わってもやっぱりサミュエル・ウィトウィッキーだった。

 

 前と変わらず父はロン・ウィトウィッキー、母はジュディ・ウィトウィッキー。愛犬はモージョ。

 違うのはウチがお金持ちになっていたことだ。

 

 一等地に建った立派な屋敷に、車はロールスロイス。執事までいる。

 まあ肝心の家族の方は相変わらずで、父親は庭いじり命だし母親は酔うと下ネタを連発してきたが。

 

 屋敷に飾られた曾曾祖父、アーチボルト・ウィトウィッキーの肖像画を見ながら父が説明してくれた所によると、曾曾祖父が北極探検を成功させたことで名誉を得た我が家は、上流階級の仲間入りを果たしたらしい。

 

 5歳の時に、唐突に前世について思い出したサムは、最初こそ混乱したもののこれを幸運だと捉えて自らを鍛えはじめた。

 スポーツにせよ勉強にせよ、劣等生ぎみだった前と違って全力で打ち込み成功させた。

 

 これは自分がハッピーな人生を送るためではない。

 いつか来るオートボットとの出会いに備えて、少しでも彼らの力となるためだった。

 そして高校生活のある日、父が車を買ってくれることになった。

 

 余裕のオールA評価に気を良くして本当はポルシェだのポンティアックだの高級車を買い与えたいらしかった父をなんとか説得し、中古店に行くことができた……前とあべこべである。

 

 しかしそこに、古びたカマロは無かった。

 

 パニックを起こし半狂乱になって詰め寄るサムを、中古ショップのオーナーや父親はどういう風に見たのだろうか?

 

 気付くべきだった。

 アーチボルト・ウィトウィッキー船長が北極探検を成功させたということは、彼は旅の途中で氷漬けのメガトロンと遭遇して視力と正気を失うことがなかったということだ。

 

 それからは彼らを探す日々が始まった。

 心当たりのある場所を徹底的に調べ、フーバーダムの秘密施設に潜り込もうとし、スミソニアン航空博物館のブラックバードに声をかけ、エジプトのピラミッドを調べ、アポロ計画の要人に会うことも出来た。

 

 結果、分かったのはこの世界にトランスフォーマーたちは影も形も存在しないということだけだった。

 

 どうやら人間は氷漬けの破壊大帝がいなくてもコンピューターや飛行機を作れるぐらいには賢く、宇宙船を調べるためでなくとも月に行くことが出来たらしい。

 

 絶望し、失意のどん底に落とされたサムは両親に説得され留年の末にプリンストン大学に進学した。

 そこで彼は奇妙なことに気が付いた。

 頭の中に、知識があるのだ。知りえるはずのない知識が。それがトランスフォーマーたちの科学技術であることに、そしてかつてそこにあったオールスパークに由来することに気付くのに時間はかからなかった。

 

 しかし()()()()の財産だ。自分がみだりに利用していい物ではない。

 

 そう考えていたのだが、周囲に……主に両親とか大学の教師とかに……自分の才能を生かすべきだとしつこく言われ、ついに決意した。

 

 もしも……もしもいつの日かオートボットがやって来た時に、彼らを助けるためには財力はあった方がいいのは確かだ。

 父の助けを借りて設立した会社には、目印になるようにと彼らの母星サイバトロンの名を付けた。

 主な製品は、災害や事故現場での救助作業用ロボットだ。サムのロボットたちは世界中で活躍している。

 他にも自動車のコンピューター制御システムを発売したが、これは巷で言われるような人の仕事を奪う物ではなく、あくまで運転手をサポートする物だった。

 軍事産業には、断固として参入しなかった。オートボットの力を、人を傷つけるために使いたくなかったからだ。

 

 今やサムはビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスに並ぶ科学の革命家だった。

 KSI社の社長、ジョシュア・ジョイスなどは、サムのことを自分に匹敵する天才として認め、強くライバル視しているほどだ。

 

 しかし、サムの中では達成感よりも、罪悪感の方が遥かに大きかった。

 これらの発明も、それを使って得た物も、あくまで借り物であることをサムは強く自覚し、驕らないように自分を律してきた。

 

 そして、今……。

 

  *  *  *

 

「メガトロンが結婚んんんんッ!? それに子供までいるって!?」

 

 そして今、サム・ウィトウィッキーは、ケイドのプレハブ小屋でネプテューヌなる女性らから話を聞いて仰天していた。

 彼らの世界でも、トランスフォーマーたちは変わらず戦い続けていたが、色々あって和解したらしい。

 

「本当だって! はい、これ写真!」

 

 紫の髪が美しい、童顔ながらも実に女性的な体つきをパーカー一枚という際どい衣装で包んだネプテューヌがスマートフォンを差し出す。

 画面には、自分が知るのとは違う姿だが面影を感じさせる灰銀色のディセプティコンの肩に、青い髪を長く伸ばし何故か角のような飾りを着けた女性が乗って、幸せそうに笑んでいる写真が映っていた。

 メガトロンらしきトランスフォーマーは何処か照れているのを隠しているかのような仏頂面で、小さな金属生命体の雛を四匹、手に抱いている。

 

「まじでえええええ! っていうか、なにトランスフォーマーと人間って子供作れるの!?」

「だから人間じゃなくて女神なんだけど……そこはまあ、いろいろと裏技的な?」

「いや、ええ……ええ? ごめん、衝撃的過ぎて飲み込めない」

「まあこの作品の作者の暴走の結果だからね」

 

 ネプテューヌたちから聞く話は驚くべきことばかりだった。

 彼女たちは人間ではなく、人間の姿をした別種の生命体であるという。

 確かに全員やや幼い感じではあるもののモデルや女優顔負けの並外れた美貌の持ち主ではあるが、こうしている分には人間と見分けが付かない。

 他にも女の子と疑似親子やってるらしいアイアンハイドやら、小さい少女を守るために戦った航空参謀やら……だが、何よりもサムの度肝を抜いたのは……。

 

「え゛え゛え゛え゛え゛ッ! 君ら恋人なの!?」

「ふふん、その通り! わたしとオプっちは、結婚を前提にお付き合いしてる恋人同士なのだ!! みんな下がるんだ、オプティマス司令官が(末永く)爆発する!!」

 

 揺れる胸を張るネプテューヌ。

 その後ろでは、屈んで小屋を覗き込んでいるオプティマスが照れたような笑みを浮かべている。

 こんなオプティマスの顔は『前』では見たことがなかった。

 サムの知るオートボット総司令官は、いつも重々しく厳しい空気を纏い、自己犠牲的で、そして戦いとなれば敵に対しては一切の情け容赦がなかった。

 あまりに重い責任と苦悩が、彼をそうさせていたからだ。

 

「え、マジ? トランスフォーマーと女神って、恋愛できんの? ……ホントに?」

「ホント、ホント。人間とも、ありだよ。パワーグライドって、奴なんか、オートボットと人間相手に、二股かけて、『お前たちが俺の翼だ!』とか、のたまってたし」

 

 オプティマスのさらに後ろでは『前』では見たことがないホット・ロッドなるオートボットが死ぬほどビックリした顔でバンブルビーと話していた。

 っていうか、どうなったそのパワーグライドって奴。二股男の末路なんて碌なもんじゃないぞ。

 

「そっか……そっかー」

「どうしたの……あ、はは~ん」

 

 何やら凄い衝撃を受けているらしいホット・ロッドに、最初こそバンブルビーは心配げだったが、やがてうずめの方をチラチラ見ていることに気付き、ニヤニヤと悪戯っぽい表情になる。

 黄色いオートボットは、『前』と違って二度も声を失わずに済んだらしい。彼の雰囲気もまた、前世よりも大人しめだ。

 

「ふっふっふー。わたしとオプっちは前世から愛し合う仲なんだよ!」

「え……なに、君その所謂電波系的な……?」

「違うから! マジだから!! こんな設定捻りだした作者のせいだから! わたしは悪くねえ!」

 

 変なことを言い出すネプテューヌだが、サムだって似たようなものである。

 改めて、サムは手元にあるネプテューヌのスマートフォンに目を落とす。

 何せ技術を売りにしている企業のトップ。これがこの地球のいかなる国、いかなる企業の物でもないことが分かる。この地球上に存在しない技術が使われていることも。

 違う世界から来たという、ともすれば支離滅裂な彼女たちの話もこれを見せられて信じることが出来た。

 

 いや、何よりも、サムは彼女たちの話を信じたかったのだ。

 

 スマートフォンには、オートボットたちが映っていた。

 

 ジャズがいた。金髪の美女を腕に乗せ、気障なポーズを取っていた。

 

 アイアンハイドがいた。両腕で力こぶを作るようなポーズを取り、右に黒い髪をツインテールにした少女を、左にクロミアを乗せている。

 

 ホイルジャックがいた。バンブルビーに似た姿の赤いトランスフォーマーの肩に手を置き、微笑んでいた。

 

 ラチェットがいた。

 ミラージュがいた。

 サイドスワイプがいた。

 スキッズとマッドフラップがいた。

 ホィーリーとブレインズがいた。

 ジョルトがいた。

 レッカーズがいた。

 

 戦いの中で死んでいったオートボットたちが、人間たちに狩られていったオートボットたちが、全員無事な姿でそこにいた。

 

 ディセプティコンたちもいる。

 サム自身が止めを刺したスタースクリームも、

 バンブルビーに頭を吹き飛ばされたサウンドウェーブも、

 オプティマスに目玉を毟り取られたショックウェーブも、

 他の欺瞞の民も勢揃いしていた。

 

 皆笑い合い、穏やかな顔をしている。

 

「ははは……」

 

 自然と笑いが漏れた。それから涙も。

 ああ、何と都合の良いことか。

 

 こっちは散々苦労して、多くの物を失っても、幸せな結末には辿り着けなかったというのに。

 

 オートボットとディセプティコンは殺し合うのを止められなかったというのに。

 

 人間たちは、トランスフォーマーたちを利用するだけ利用して、用が済めば捨てたというのに。

 

 自分は彼らを守ることが出来なかった、恩に報いることが出来なかったというのに。

 

 彼女たちの世界は、あまりにも幸福過ぎる。嘘くさい。まるで三文小説だ。

 だから……。

 

「ありがとう。本当に、ありがとう……!」

 

 だから、サムは彼女たちに対し感謝しかなかった。

 厳密には、このオプティマスたちはサムの知る彼らとは別人であると分かっていた。でも、そんなこと関係ない。

 人間はトランスフォーマーを幸せには出来なかった。しかし異世界の女神たちは、見事に彼らを幸せにしてみせた。

 これを感謝せずして、何に感謝すればいいというのだ?

 

 嬉しさと無力感が複雑に混じり合った嗚咽を漏らすサムの肩に、何かを察したらしいネプテューヌはそっと手を置く。

 

「こっちこそ、ありがとう。オプっちたちのことを、そんなに想ってくれて」

 

 その顔は、まさしく女神と呼ぶに相応しい、美しく慈愛に満ちた物だった。

 




あとがきに代えて、キャラ紹介。

サム・ウィトウィッキー
もはや語るまでもないだろう。
実写トランスフォーマーシリーズ三部作の人間側の主人公、オートボットの友人、バンブルビーの相棒、サム・ウィトウィッキーその人である。
厳密には平行世界の同一人物だが、原作におけるサムの記憶……あるいは魂を引き継いでいる。
前世でオールスパークをその身に宿した影響か、トランスフォーマーの科学技術を知識として知っており、そのおかげで発明家、企業家として大成功した。
名家ウィトウィッキー家の御曹司であり、KSI社と並ぶロボット産業の最大手であるサイバトロン・システム社の経営者。メディアに露出も多い有名人。

生まれ変わってなお、オートボットに対する友情は一切、揺るがない。

ちなみに、妻子持ち。


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第7話 ガルヴァトロン

 街から離れた山の奥。

 青々と葉を生い茂らせる針葉樹林に囲まれて、清らかな水を湛えた湖があった。

 周囲に人の姿はなく、またその痕跡もない。

 雄大なる北アメリカ大陸の自然は、今だ人間が足を踏み入れるのを阻む力を持っていた。

 

 しかしながら、その美しい景観の中にシミが一つ。

 

 湖の畔に、奇妙な物体があった。

 半ば湖面に沈むようにして身を横たえる金属製のそれは、見ようによっては座礁した船のようにも見える。

 いや、実際これは座礁した船なのだ。ただし、水上ではなく空と宇宙を行く船だが。

 

 ディセプティコンたちを乗せたまま行方不明になった護送船だ。

 

 護送船の前には、そのディセプティコンたち……つまりこの船で護送されていた犯罪者たちが集結していた。

 

「まったく、貴様らの頭には暴れることしかないのか! このならず者どもめ!」

 

 オンスロートは目を吊り上げて、適当にくつろいでいる犯罪者たちを怒鳴るが、当の彼らに堪えた様子はない。

 寝っ転がったモホークは、ナイフを弄びながら気の抜けた声を出す。

 

「悪かったってー。そんな怒るなよー」

「怒るに決まっているのである!! 最悪、全滅すら有り得たのだぞ!!」

「前にも言うたけどな。ええやないかい、別に。ディセプティコンなんざ、暴れて殺して、敵に殺されるなら上等な死にざまや」

 

 独特の死生観を持っているらしいバーサーカーは、胡坐をかいた状態であっさりと言い切る。

 銃を磨いていたドレッドボットは同じドレッズの言葉には反応をせず、視線を動かした。

 

「それよりだな、アミーゴたち。あの保安官(シェリフ)気取りはどうするんだ?」

 

 視線の先には宇宙船の外壁があり、そこに黒いディセプティコンが磔にされていた。

 手足と腹に太い鉄パイプを刺され、壁に縫い留められた様はまるで昆虫標本のようだった。

 しかしそれでも死んではいないらしく、口からオイルを流しながらもギラギラと光る赤と青の四つの眼でディセプティコンたちを睨んでいる。

 

 護送船と共に消えたバリケードだ。

 

 その姿を一瞥したオンスロートは、侮蔑的に鼻を鳴らすような音を出す。

 

「ほっておけ。あのまま死んでいくのがお似合いである」

「っていうか、疑問なんだけどよ……」

 

 何処から傍受しているらしいラジオ音楽に合わせて体を揺らしていたニトロ・ゼウスだったが、不意に単眼を危険に光らせた。

 

「お前、なんで親分面してるわけ? 俺、お前の手下になったつもりねえんだけど?」

 

 対し、オンスロートは金属の顔に嘲笑を浮かべた。

 

「それは、我輩がこの中で最も優れた頭脳を持っているからである。いったい、我輩以外の誰が、戦術という芸術を描ける? 我輩がいなければ貴様らの末路は一つ。飢え死にだ」

「どうでもええわ」

 

 バーサーカーが立ち上がり、両手に棍棒を握る。

 ドレッドボットも拳銃をいつでも撃てるように構えた。

 

「頭の良い奴っちゅうんは、理屈ばっかこねくり回して好かんねん。ディセプティコンでは、一番クレイジーな奴が偉いんや」

「なんにせよ、こんな星でまで命令されるのはごめんだぜ!」

 

 するとモホークがナイフを手にしてヘラヘラと笑う。

 

「いいねー、伝統のニューリーダー決定戦だ! 俺がボスになっちゃうよーん!」

 

 小柄な体に殺気を漲らせるモホーク。

 ニトロ・ゼウスも、好戦的に笑って両腕の武装を展開する。

 

「ちょうどいいや。ここで誰が頭か、はっきりさせとこうぜ! ディセプティコンのトップは、一番強い奴って相場が決まってんだ!!」

「やってみるがいい。実力でも我輩が最強である!」

 

 ニヤリとしながらデカピテーターをギチギチと鳴らし、オンスロートは重機関砲を回転させ始める。

 

 一触即発。

 

 ディセプティコンたちの間に殺気が走る。

 

 

 

 

 

「何をやってるんだ、あいつらは……」

 

 それを、一人の女性が高台から呆れた表情で眺めていた。

 コンビナートでの戦いを観察していた女性だ。

 

「こんな場所にまで来て、殺し合いとは……やはりメガトロンがいないとこんな物か」

 

 深く深く溜息を吐く。

 手駒にしようと思ったが、あのザマでは考え直した方がいいかもしれない。

 その思って身を翻そうとした時、辺りが急に暗くなり空に稲妻が走った。

 

 

 

 

 

 それはディセプティコンたちも察知していた。

 だが彼らを驚かせたのは、突然現れた強烈な未知のエネルギー反応だった。

 

「なんや!?」

知るか(ノーセー)!」

 

 ディセプティコンたちが空を見上げると、急に空に『穴』が開いた。

 光に縁取られた丸い穴で、その向こうは全く未知の異空間のようだった。

 周囲の空気が穴に轟々と吸い込まれていき、変わりに稲妻が吐き出される。

 

 やがて、穴の向こうから何かが現れ、雷を纏いながらゆっくりと地面に降り立った。

 

 その何者かは、大柄なトランスフォーマーだった。

 均整の取れた逞しい人型で、全体の色は銀色だが所々に入った青と黒が印象的で、さらに体の各所に青く発光するラインが入っていた。

 その体躯たるや、オンスロートやニトロ・ゼウスよりも一回りは大きく攻撃的で、前腕部には半月状のカッターを備えていた。

 側頭部から後ろに向かって二本の角が生えており、刃のように鋭いオプティックはギラギラと真紅に輝いている。

 そして分厚い胸板のど真ん中には『これが俺の魂だ!』とでも言わんばかりに、ディセプティコンのエンブレムが刻印されていた。

 

 厳めしくも恐ろし気なその姿は、ディセプティコンたちにとっては決して忘れえぬ存在と、よく似ていた。

 

「め、メガトロン……!?」

「いや、よく見ろ。別人である」

 

 思わずモホークが呟いたが、オンスロートが冷静に否定する。

 確かに、その銀色のディセプティコンは姿こそ何処となく破壊大帝を思わせるが、センサーで感じられるエネルギー波形は別人であると示していた。

 

 銀色のディセプティコンは、辺りを見回し唖然としている彼らに目を止める。

 

「おお……! なんということだ……!」

 

 大聖堂のパイプオルガンもかくやという重低音の声を発したそれは、攻撃的な姿に似合わぬ穏やかな笑みを浮かべた。

 

「また、生きた同胞と逢えるとは……! こんなに嬉しいことはない……!」

「なんやお前は! 名を名乗らんかい!」

「ああ、失礼した。俺の名は、ガルヴァトロン。……同胞よ、すまないが今が標準サイバトロン歴で何年か教えてはくれないだろうか?」

 

 怒鳴るバーサーカーに名乗ると、問いを発するガルヴァトロンなるディセプティコン。

 物腰は穏やかで、丁寧だ。

 オンスロートは訝しげにガルヴァトロンを睨みながら、考えを巡らせる。

 こいつが何者かは分からないが、手駒にすることが出来るかもしれない。

 

「ああ、今はサイバトロン歴……」

 

 何年かを伝えると、ガルヴァトロンは一瞬目を見開き、それから天を仰いだ。

 

「やったぞ、成功だ……! 俺は、戻ってきたのだ! 父よ母よ、感謝します! ……おお!」

 

 歓喜に震えていたガルヴァトロンだが、視界の端にピン止めにされたバリケードを見つけるや、足早にそちらに歩いていく。

 

「バリケード! なんと酷いことを……!」

 

 手足と腹の鉄杭を慎重に抜き、バリケードを地面に降ろす。

 バリケードは、エネルゴン混じりの咳を吐く。

 

「ガハッ、ゴホッ!」

「動かないでくれ。今、手当をする。……また逢えて良かった」

「……誰だ、お前?」

 

 テキパキと応急処置を施すガルヴァトロンだが、バリケードは口からエネルゴンを垂らしながら首を傾げる。

 こんなディセプティコンは、会ったことも見たこともない。

 名前だけなら、よく似たのを知っているが、そいつはまだ子供だ。

 

 ガルヴァトロンは親愛の籠った笑みを浮かべた。

 

「信じてもらえないと思うが俺は……」

「おい、待てよ! 勝手なことしてんじゃねえ!」

「おう、やっちまえニトロ!」

 

 自分たちを捕えていた警官を解放した得体の知れないトランスフォーマーにニトロ・ゼウスが凄み、モホークもそれを囃し立てた。

 だが、ガルヴァトロンは立ち上がるとディセプティコンたちを見回した。

 

「同胞たちよ! 今はトランスフォーマー同士で争っている時ではない。邪悪な敵が迫っている」

『はあ?』

 

 突然の宣言に、ならず者たちはそろって大口を開ける。

 構わず、ガルヴァトロンは続けた。

 

「偉大なるメガトロンが、多くの犠牲の末に掴み取った平和を脅かそうとする者たちがいるのだ。我らトランスフォーマーの未来のため、力を貸してはくれないだろうか」

 

 堂々としつつも真摯に助力を乞い、さらに頭を下げる。

 それに対するディセプティコンたちの反応は……嘲笑だった。

 

「ぶっ……ぶはははは! 何言ってんだ、お前!」

「こいつ完全にイカレてやがるぜ! ヒーッヒッヒ! 腹いってえ!」

 

 ニトロ・ゼウスとモホークは腹を抱えて大笑いする。

 他の者たちも似たようなものだ。

 笑い転げるディセプティコンたちに、ガルヴァトロンは何も言わず背を向ける。

 残念そうではあるが、怒っている様子はない。

 

「おう、マテや。笑われてとるやで? ここはキレて喧嘩の流れやないかい。それともお前腰抜けかいな?」

「同胞と争うつもりはない」

「なーにが同胞だよ。ディセプティコンにそんなもんはねえぜ!」

 

 バーサーカーとドレッドボットに嘲笑われても、ガルヴァトロンは意に介さずバリケードを助け起こそうとする。

 

「まったく、何が偉大なるメガトロンか! あんな奴は、ただの腑抜けなのである!!」

 

 しかし、オンスロートがそう言った瞬間、ピタリと銀と青のディセプティコンの動きが止まった。

 バリケードは見た。ガルヴァトロンのオプティックの、人間で言えば瞳孔に当たる部分が異常なほど収縮し、額からバチバチと小さな稲妻が飛び散るのを。

 そうなると無表情なのに、歴戦の兵士であるバリケードをして背筋が凍るほど恐ろしい。

 

 しかしながらその顔が見えないオンスロートたちは調子に乗って悪態を吐き続ける。

 

「まったくや、女に誑し込まれて殺し合いを止めるなんざ、とんだ根性無しの臆病者や!」

「オートボットのケツを舐める、負け犬(ペルデドル)だぜ!」

「何が破壊大帝であるか。奴には……」

 

 バーサーカーとドレッドボットについで、何か言おうとしたオンスロートだが最後まで言う事が出来なかった。

 凄まじい速さで振り返ったガルヴァトロンの拳が、顔面に突き刺さったからだった。

 

「グッ……!?」

「メガトロンが……なんだと? もう一度言ってみろぉッ!!」

 

 ガルヴァトロンは獣のような雄叫びを上げ、怯んだオンスロートの顔に跳び膝蹴りを入れ、さらに後頭部を掴んで地面に引き摺り倒す。

 

「な、なにしやがる!」

「やっとやる気になったんやな! そうけえへんとな!!」

 

 突然の豹変に、ドレッドボットは目を見開いて銃を撃つが、ガルヴァトロンの頑強な装甲にダメージを与えることはできない。

 バーサーカーは楽しそうに棍棒殴りかかかるが、ガルヴァトロンは棍棒が頭に当たっても意に介さないばかりか、拳を相手に連続で叩き込む。

 さすがは狂戦士の名を冠するだけあって、それでもバーサーカーは倒れないが、両肩の突起を掴まれて引き寄せられ、強烈な頭突きを喰らう。

 

「ごはッ!」

 

 さしもに一瞬意識が遠のいたバーサーカー。

 ガルヴァトロンはそのまま狂戦士の体を、後ろから撃とうとしていたドレッドボットに向かって投げ付けた。

 

「な!? グエッ」

「ガフッ!」

 

 二体は重なるようにして地面に倒れ込むが、それでも立ち上がろうとする。

 

「調子に乗るなよ、このクソガキがああああ!!」

 

 その時、立ち上がったオンスロートが後ろから右腕のデカピテーターでガルヴァトロンの頭を挟み込み、左腕の重機関砲を至近距離で撃ち込む。

 さすがにこれにはノーダメージとはいかないらしく、苦悶の声を漏らす。

 

「ぐうぅ……!」

「死ぬがいい!! ()()()()()の狂信者があ!! ……ッ!?」

 

 そのまま頭を潰してやろうとデカピテーターに力を込めるが、一瞬自らが掴んでいるガルヴァトロンの目が見えて、オンスロートは脊髄フレームが凍るような気になった。

 真っ赤に燃える目にあったのは、苦痛でも恐怖でもない。

 

 それはもはや狂気と言ってもいい、あまりに激烈で、あまりに強固で、あまりに純粋な、怒りだった。

 

 生殺与奪を握っているのはこちらのはずなのに、その一瞬でオンスロートは()()()()

 

「き、貴様はいったい……?」

()()()()()だとぉ?」

 

 問いに答えることなく、ガルヴァトロンは両手でデカピテーターの刃を掴み、無理矢理にこじ開ける。

 そして、オンスロートの腕を掴み重量級の体を持ち上げ、バーサーカーたちに向かって投げ飛ばした。

 

「ごはぁッ!!」

「げえええ!?」

「ちょ、重い(ペザード)! 重いぃ(ムイ・ペザード)!!」

 

 重量のあるオンスロートが上に落ちてきて、バーサーカーとドレッドボットは悲鳴を上げる。

 苦しむ三体のディセプティコンに向かって、ガルヴァトロンが両の掌をかざすと、そこから激しい電撃が発せられた。

 

『ぎゃああああああッッ!!』

()()()()()()だろうが、このド腐れがぁあああああ!!」

 

 オンスロートたちがダメージによって強制スリープ状態、いわゆる気絶状態に追い込まれると、ガルヴァトロンは電撃の放射を止め、一連の流れを唖然と見ていたニトロ・ゼウスとモホークに怒りに満ちた目を向けた。

 その二本の角の間にバチバチと稲妻が走り、両手の中にパワーが満ちていく。

 

「お、オールヘイル・メガトロン!!」

 

 しかし、ニトロ・ゼウスの発した言葉に、小さく窄まっていたガルヴァトロンの瞳が僅かに大きくなる。

 

「俺たちはゴロツキにまで身をやつしちゃいるが、今でもメガトロン様に忠誠を誓ってんだ!!」

「そーそー! メガトロン様、ばんざーい!!」

 

 モホークも、両手を挙げてメガトロンを称える。

 実際、この二体の信奉と忠誠はいまだメガトロンに向けられていた。

 ガルヴァトロンの纏う空気が和らぎ、両手の中の電撃が弱まっていく。

 ニトロ・ゼウスとモホークは、これが正解かと言葉を続ける。

 

「悪いのは、あのレイとかいうクソアマだぜ!!」

「まったく、あのアバズレが来てからおかしくなったんだよなー」

「あの売女、どんなあくどい手を使ったんだか!」

「ほんと、ムシケラの癖によー。汚いったらありゃしない……」

 

 そして最大級の雷撃が、二体の身に降り注いだ。

 

 

 

 

 

「ああ……またやってしまった……」

 

 ガルヴァトロンは、自らが傷つけた黒焦げのディセプティコンたちの手当をしていた。

 ディセプティコンたちは逆らわない……というよりも、逆らうだけの体力がない。

 

「いったん怒ると我を忘れてしまうのが悪い癖だ……すまない、本当にすまない」

 

 後悔と謝罪を口にしつつも、手早く治療していく。

 手際の良さからして、慣れているらしい。

 他人を直すことにも、怒りで傷つけることにも。

 

いてて(ドゥエレ)、何て奴だ……!」

「ほんまにクレイジーなやっちゃで……気に入ったわ!」

 

 ドレッドボットは当然の如くグチグチと言うが、逆にバーサーカーは感心しているようだ。

 他のディセプティコンたちも、ガルヴァトロンのさっきの暴力性と今の理性的な姿のギャップに強い恐怖を覚えているようだ。

 それは旧来のディセプティコンにとって、分かりやすい支配構造の構築だった。

 

 バリケードは、穴の開いた腹を修理しつつ自らの内に沸いた疑念について考えていた。

 あの姿、あの力、そしてあの名前。自分の知る幼体と似ている。

 しかし有り得るのか? そんなことが。

 

「……それで、貴様の目的はなんなのだ?」

 

 その疑問を口にするより早く、ガルヴァトロンに修理されているオンスロートが口を開く。するとガルヴァトロンは表情に影が差した。

 目の奥に、先ほどの激しい怒りとはまた違う、もっと根深く濃い憎悪の色があった。

 

「さっきも言った邪悪な侵略者……『地球人類』を倒すこと。奴らを、この宇宙から遺伝子の一片も残すことなく消し去る。それが俺の目的だ……!」

 

 

 

 

 

「ガルヴァトロン……だと? 何者だ、あいつは……?」

 

 一連の流れを高台から監視していた女性は、顔に驚愕と焦りを浮かべる。

 名前と姿は、かつて縁があった幼体を思わせる。

 まさか、あの幼体が成長して未来からやってきたとでもいうのか?

 

「馬鹿な、そんなこと」

 

 有り得ない、とは言い切れないのがトランスフォーマーの怖い所だ。

 奴らはこちらの常識を軽々超えていく。

 

「……いや、逆に考えれば、これはチャンスか?」

 

 顎に手を当てて、女性は思考を回す。

 ディセプティコンは『とりあえず強い奴には従っておく』という気質がある。

 実際、さっきまで内輪で殺し合いをしようとしていた彼らに、一種の秩序が生まれたのは確かだ。

 危険ではあるが、上手くいけば利用できるかもしれない。

 幸いにして、といっていいのか分からないが、交渉材料はある。

 

 そうまでしてでも叶えたい願いが、彼女にはあった。

 

「やってみるか」

 

 考えを纏めた女性は、ガルヴァトロンと接触するべく歩き出すのだった。

 




あとがきに代えて、キャラ紹介。
今回は多いです。


新破壊大帝ガルヴァトロン
この物語のメインヴィラン……予定。
突如として現れた謎のディセプティコン。
ディセプティコンらしからぬ穏やかな性格だが、何故かメガトロンとレイに関することには異様に沸点が低く、一度怒り狂うと手が付けられない暴れ者と化す。
また何故か地球人類に異常な憎悪を向け、その皆殺しを目的として掲げている。

おおむね、実写版ガルヴァトロンの姿だが、人造トランスフォーマーではなく粒子変形もしない。
また胸に穴がなくディセプティコンのエンブレムがある。ミサイル砲を装備しておらず電撃を操るなど差異も多い。
二次創作にありがちなオリキャラ。

偵察兵バリケード
ご存知、実写TF出世株。
もはやフェードアウトが持ちネタになってるヒト。
皮肉屋で冷静な性格。
前大戦終結以降、治安維持の仕事についていたが、満たされない物を感じていた。
犯罪者ディセプティコンを護送していたが、諸共地球に転送されてしまう。

攻撃参謀オンスロート
元、ディセプティコンの戦術家。
原作だと台詞が『もっとデカいドアないのか!』だけなヒト。
幾多の戦いを勝利に導いた戦争のプロだが、戦いを芸術と称し平和を堕落と唾棄する戦争中毒者。
メガトロンに対し反乱を企てるも、失敗し犯罪者にまで堕ちるに至った。
オンスロートがこういうキャラなことに違和感を覚える読者もいるだろうが、こいつはG1からして刑務所に叩き込まれてた反逆者である。
一人称が我輩で気取った喋り方をするのは、軍人っぽさの強調と同時に某カエル型宇宙人の軍曹の影響。

電撃航空兵ニトロ・ゼウス
元、ディセプティコンの航空兵。
メガトロンや三参謀を差し置いてレディ・プレイヤー1に出演したヒト。
かつて大怪我を負ったおりにショックウェーブがデザインした今の姿にリフォーマットし、そのことを自慢にしている。
メガトロンに忠誠を誓っているが、それはレイや幼体と出会って変わる前のメガトロンに対してであって、現在の平和路線に入ったことを快く思わず、レイのことをメガトロンを堕落させた元凶として憎んでいる。まあ、こういう奴もいるだろうと。
チンピラめいた性格でノリが軽く、人間化したら面白黒人枠だと思われる。

一応、ハッカー枠。
というのも、『ニトロ・ゼウス』の名は、米軍の電子作戦が由来だから。
しかし、その腕はサウンドウェーブには大きく劣る(人間にとって脅威ではないとは言っていない)

切り裂き魔モホーク
元、ディセプティコンの斥候。
見た目のインパクトが凄いヒト。
大小無数の刃物を操る、すばしっこく小柄なディセプティコン。
ニトロ・ゼウスの相棒で彼と行動を共にすることが多い。
メガトロンに忠誠を誓っているものの、ノリが軽く今の犯罪者の立場も楽しい程度にしか思っていない。


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第8話 アンゴルモア

 ケイドのスクラップ場の一角で、二体のトランスフォーマーが対峙していた。

 両者ともに剣と盾を持っている。

 

「先手必勝! セイヤー!」

「甘い!!」

 

 小柄な方が大柄な方に斬りかかるが、盾で容易く防がれたばかりか喉元に剣の刃を当てられる。

 

「うっ……」

「これで、お前は死んだ。……もっと力を抜くんだ。大振りに振るうのではなく、相手に確実に当てるように動くんだ」

「は、はい……」

「しかし、足運びは上出来だ。基礎はしっかり出来ているようだな」

「あ、ありがとございます」

 

 大柄なトランスフォーマー……オプティマスはホット・ロッドの喉元から剣を引いて背中に差す。

 ホット・ロッドはホッと排気すると、手製の剣と盾を持つ手を下ろした……瞬間、眼前に現れたテメノスソードの刃に驚いて尻餅をついた。

 

「うわあ!?」

「残心を欠かすべからず。最後まで油断するな」

「くそ! そんなの卑怯だぞ!」

「そうだ、卑怯だ。そして戦場で相対する敵は、たいていは卑怯な物だ」

 

 厳しい声で言ったオプティマスは、今度こそ剣をしまうと、ホット・ロッドに向かって手を差し出した。

 ムッとしつつも、ホット・ロッドはその手を取った。

 

 ドリフトからホット・ロッドが剣の心得があるようだと報告を受けたオプティマスが、記憶を取り戻す助けになるのではないかと始めた、剣の稽古。

 しかし当の本人にしてみれば、『体に剣を使う動きが染み付いている』と言われてもピンとこない。

 ガラクタから作った剣と盾を持っても、そもそも自分の得物は銃だ。これがあれば剣なんかいらないだろうに。

 

「では銃を失った時はどう戦う? 戦闘における引き出しは多いに越したことはない。……と、言うワケでもう一回だ」

「……うっす」

「返事は『はい』だ。礼を欠かすな」

「は、はい!」

 

 そしてオプティマスはいざ教えるとなれば、なかなかにスパルタだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……もうクタクタだ」

 

 結局、オプティマスたちと話したいとサムがやってくるまで続いた稽古に疲れ、ホット・ロッドは地面に大の字になって寝転がる。

 スクィークスが近くまで走ってくると、ホット・ロッドの関節に油を差してくれた。

 

「サンキュー、スクィークス」

「まったく、根性のねえ餓鬼だな」

 

 腕を組んで立つクロスヘアーズが煽りを入れ、近くで銃の手入れをしていたハウンドが声をかけてきた。

 

「貴重な経験だぞ。オプティマスに稽古をつけてもらえるなんてな」

「然るに。他のオートボットが羨むこと、これ必定というものだ」

 

 何やら木を弄っていたドリフトも、それに同調する。

 どうやら本人は盆栽のつもりらしいが、当然トランスフォーマーサイズなので、いいとこ街路樹である。

 

「ははは、それでホット・ロッド、記憶は戻りそうか?」

「全っ然! ……それはそうと、話は変わんだけどさ」

 

 キャノピーが苦笑気味にたずねてきたので、ホット・ロッドは憮然として答えるが、ふと声のトーンが変わった。

 

「メガトロン、ってどんな奴だったんだ?」

「なんだよ、藪から棒に」

「気になってさ。ディセプティコンの連中は、特別視してるみたいだし」

 

 その問いに、オートボットたちは複雑そうな顔になった。

 やがてクロスヘアーズは吐き捨てるようにして言った。

 

「メガトロンってのはな、最低も最低の野郎さ!」

「クロスヘアーズ……」

「なんだよ、本当のことだろ? あの野郎のせいで、どれだけのオートボットが死んだと思ってんだ? そのくせ、今更仲良しこよしだあ? 虫がいいにもほどがあるぜ!」

 

 ため込んでいた物があったのだろう。

 ハウンドが咎めるのも構わず、クロスヘアーズは悪態を吐く。

 それを聞いたドリフトも盆栽を弄る手を止める。

 

「メガトロン……あの男は、フレームの芯まで『ディセプティコン』だ。その性は狂暴、その心は狡猾」

「そう、なのか……でも和解したんだろ?」

「坊主、そんな単純なもんじゃねえ。そう簡単に飲み込めるもんじゃねえんだ、戦争ってのはよ」

 

 飛び出てくる評価にホット・ロッドが戸惑っているとハウンドが溜息を吐いた。

 重い実感を伴った言葉だった。

 そして、戦争の記憶のないホット・ロッドには真の意味では理解できない言葉だった。

 

 故に疑問に思う。よく和解できたな、と。

 キャノピーから聞いていたメガトロンの評は、戦争を巻き起こした元凶であり、恐怖の独裁者だった。オートボットたちの話を聞く限り、それは間違っているとも思えなかった。

 

 

 

 

 

 一方で、オプティマスとネプテューヌ、バンブルビーとネプギア、そしてうずめと海男、ケイドはプレハブ小屋の近くで折り畳み机を囲み、サムと話していた。

 サムとしては屋敷に彼らを招きたかったのだが、家には家族やメイドもいるのでオートボットたちの生活費だけ出すことになった。

 

「でっさー、オプっちたら、わたしが少し無茶すると、すっごい心配するんだよ! 自分は無茶しまくるくせにさー!」

「あー分かる分かる! なんて言うか、もう少し自分を大切にしてほしいよね!」

「ホントホント!」

 

 主にオプティマスへの何だか盛り上がっているネプテューヌとサム。後ろでオプティマスが小さくなっていた。

 その後ろに座っているバンブルビーにも矛先は向く。

 

「ビーは本当に甘えん坊で、あんなに強いのに、あんなに可愛いなんて反則です!」

「そうだねー。あ、知ってる? ビーってフロントバンパーの下を磨かれるとねー……」

「え? それは初耳です!」

 

 ネプギアとサムの会話に、バンブルビーは恥ずかしそうに電子音を鳴らす。

 

 この三人、ずっとこの調子で盛り上がっており、他のメンツは正直置いてけぼりな感があった。

 

「愛されてるねえ……」

 

 しみじみと、海男が呟く。

 うずめとしてはサム・ウィトウィッキーの気楽な感じに驚いていた。

 大企業の主とは思えない、普通の青年だ。

 

「ははは……でも嬉しいよ。ビーたちのこともそうだけど、この地球にも彼ら(オートボット)を受け入れてくれる人がいて」

「ああ、ケイドのオッサンには頭が上がらねえよ」

 

 感慨深げに呟くサムとうずめに、ケイドは少し肩を竦めた。

 

「まあ、ある日スクラップ場の前にボロボロの女の子がいれば、保護してやりたくなるのが人情だろう。ついでに色々くっ付いてきたけど……正直、最初は金目当てだった所もあるしな」

「金?」

「一目見て分かった。こいつはトンデモない技術に塊だってな。実際、特許も取れたし」

 

 思わぬ告白に、ネプギアやうずめの顔が曇るが、ネプテューヌやオプティマスは泰然と構え、サムや海男は真剣な面持ちで黙って聞いていた。

 

「でもな、しばらく付き合ってると……こいつらはただの科学の道具じゃないって思うようになってな。ホット・ロッドやスクィークスなんか糞生意気だし、キャノピーはノンビリしすぎだし、海男はワケ分からんし……とにかく、みんながみんな、それぞれの性格ならなんやらあって……生きてるんだなって思ったんだよ」

 

 そういうケイドの目は、真剣味を帯びつつも何処か優しい物だった。

 

「人間っていうのは馬鹿だからな。生きてる相手なら……助けたいって思っちまう。ま、それだけさ」

 

 素っ気なく締めくくったケイドに、何となくシンミリした空気になる場だったが、やはりと言うべきかその空気を破ったのは、紫の女神だった。

 いつの間にかケイドの後ろに回り、満面の笑みでその背を叩く。

 

「偉い! あなたは良い人だ!」

「あーもう! やめろって!」

 

 ケイドは照れを隠すような仏頂面を作るが、顔が赤くなっている。

 一転、和やかな空気になる一同。

 海男は真顔のまま笑んでいたが、ふと真剣な真顔になる。

 

「話は変わるが……ミスター・ウィトウィッキー」

「サムでいいよ」

「なら、サム。貴方は本当に、我々を捕えていた組織とは無関係なんだな?」

「もちろん。……でも心当たりはある」

 

 その答えに、空気が真面目な物になる。

 サムは、立ち上がると腰に手を当てて話を始める。

 

「セクター7という国家の秘密機関がある。エイリアンとか、そんなのを研究してる奴らさ」

「エイリアンを研究ねえ……まるでXファイルだが、実際にいるワケだしなあ、エイリアン」

 

 ケイドが顎を撫でながらオプティマスたちを見上げる。

 厳密に言えば彼らは異次元からやってきたのだが、サイバトロン星はこの次元にあるようなので結果的には宇宙人(エイリアン)で合っている。

 いまさら、何で国家の機密をサムが知っているのかはたずねなかった。

 

「そこの連中とは……まあ、昔のことでちょっとした縁があってね。探りを入れてみるよ。君たちの記憶の手掛かりにもなるはずだ」

 

 自身ありげに、サムは笑む。

 しかしうずめは少し困ったように後頭部を掻いた。

 

「そのことだけどさ。……俺は別に記憶が戻らなくてもいいかな、って思ってるんだ」

「どうして?」

 

 思わぬ言葉に、ネプテューヌが首を傾げる。

 すると、うずめは快活な笑みを浮かべた。

 

「だって別に困ってないしな。ホット・ロッドがいて、みんながいて、今はケイドのおっちゃんやサムもいる。何より海男がいるからな! だからさ、記憶とかなくてもなんとでもなるって!」

「それに藪蛇という言葉もある。仮にそのセクター7とやらが俺たちを捕まえていた組織だとしたら、下手に干渉すれば居場所がばれる可能性がある。そうなればサムやケイドにも迷惑がかかるだろう?」

 

 うずめの言葉を継いで冷静な意見を言う海男。

 彼の言葉はその見た目によらず理性的かつ現実的で、サムを一応は納得させる物だった。

 

「分かったよ。でも気が変わったならすぐに言ってくれ。僕は君たちのためなら力を尽くすつもりだ……友達、正確には友達の友達だからね」

 

 パチリとウインクするサムに、うずめは笑顔を答えとする。

 その時、サムの背広の胸ポケットに入ったスマートフォンが鳴った。部下からだった。

 周りに断ってから電話に出る。

 

「……僕だ」

『社長! 例の暴走事件について、情報提供したいという人間が現れました』

「なんだって? 何者だい?」

『それが、よく分からないんです。会社に乗り込んできて、とにかく社長と直接話したいと……』

「分かった。一度戻る」

 

 困った表情で通話を切ったサムは、申し訳なさそうに皆を見回した。

 

「ごめん。急な仕事が出来た。……また今度話そう」

「分かった。……大変だな」

「まったく……社長になんかなるんじゃなかったよ。毎日大変だし責任ばっかり重いし」

「それが上に立つということだ」

 

 重々しく放たれたオプティマスの台詞に、サムは軽く頷く。

 少しだけ、総司令官の視点に近づけた気がして嬉しかった。

 

「じゃあまた」

「またねー!」

 

 別れの挨拶を済ませるサムに手を振るネプテューヌだが、この時オプティマスのセンサーは物陰をそそくさと歩き去るトランスフォーマーを見逃さなかった。

 バンブルビーに目配せすると情報員は小さく頷き、その後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 ホット・ロッドは一人、スクラップ場を離れてビークルモードで峠を走っていた。

 時折走り屋たちの乗った車を追い抜く。

 自慢の改造車を容易く追い抜かれて、走り屋たちは悔し気だ。

 色々とムシャクシャしたり頭がゴチャゴチャした時は、こうやってかっ飛ばすに限る。

 

 この峠で彼に追い付ける者はいない。ここでは彼が王者だった。

 

 しかし、この日は少し様子が違ったらしい。

 

「よう、新入り!」

 

 黒いストライプの入った黄色いカマロが、いとも簡単に黒いランボルギーニを抜き去る。

 一瞬、唖然とするホット・ロッドだったがすぐに負けん気を出してスピードを上げて、バンブルビーを追い抜く。

 

「どうだ! この峠じゃ、俺が一番さ!」

「やるね。でも、まだまだ!」

 

 再びバンブルビーが追い越す。まだまだ余裕があるようだ。

 ホット・ロッドはさらにアクセルを入れ、エンジンを回転させる。

 二台の車は、追い抜き追い抜かれつつ凄まじい速さで道を走り続け、やがて他の誰もいない山の上へと出た。

 

「ここらで、止まろう」

「賛成……!」

 

 停車してギゴガゴと立ち上がる二人。

 ホット・ロッドの息が上がっているの対し、バンブルビーは余力を残しているようだった。

 

「くそッ……負けた!」

「まあまあ、そう言うなよ。いい、走りっぷり、だったよ」

 

 やや憮然としながら適当な岩に腰掛けたホット・ロッドの横に、バンブルビーも座る。

 ここからだと街が一望でき、ケイドのスクラップ場も、サイバトロン・システム社のビルも、女神像も見える。

 

「なんか、悩みごと?」

「どうして?」

「オートボット、ってのは、悩むと、走りたくなる、もんさ」

「そんなもん?」

「そんなもん、そんなもん」

 

 軽い調子で言うバンブルビーに、ホット・ロッドは気分が軽くなる。

 そこで、気になっていることを彼にも聞いてみることにした。

 

「なあ、メガトロンって奴のこと、知ってるか?」

「…………まあ、ね。顔馴染み」

「どんな奴だ? ハウンドたちは……どうしようない悪党だって言ってた」

 

 一瞬、若き情報員の顔が苦み走った物になる。

 少し間を置いてから、バンブルビーは答えた。

 

「正直、何とも、言えない。メガトロンに、オイラの、仲間も、殺されてるから……」

 

 情報員の脳裏に浮かぶのは、遠い昔のタイガーパックスでの戦いだ。

 あの戦いで、バンブルビーは自分の声と仲間たちを失った。

 戦争が終わった今でも、憎んでいないと言えば嘘になってしまう。

 

「じゃあやっぱり、許せない?」

「本当なら。でも、オイラ一人の、感情で、戦争起こす気には、ならない。……ネプギアが、傷つくから」

 

 その答えにホット・ロッドはオプティマスのことを思い出していた。

 総司令官もまた、自分の憎しみよりも他人の気持ちを優先すると言っていた。

 是非は分からないが、それはとても高潔なことだと思えた。

 

 同時に、メガトロンという存在に対して、言い知れぬ怒りも感じた。

 やはり碌な存在ではないらしい。

 

「……ねえ、オイラも聞いていい?」

「ああ」

「あの、うずめ、って子に、惚れてんの?」

「ブッ!」

 

 真面目に考えていたところに唐突にぶっこまれた問いに、ホット・ロッドは目を丸くし、それから慌てて手を振った。

 

「ななな、なに言ってんだよ。ほ、惚れてなんかねえし! ただの仲間だし!」

「うん、分かったよ。ありがとう」

 

 シドロモドロになるホット・ロッドに、バンブルビーは少し呆れる。あんまりにも分かりやすい。

 誤魔化せないと悟ったホット・ロッドは、観念したように肩を落とした。

 

「……ああそうだよ。俺はあいつのことが、好きだ」

「わお! いいじゃん!」

 

 茶化すバンブルビーだが、ホット・ロッドの顔は浮かない。

 何処か、諦観に近い物があった。

 

「……なんていうかさ、うずめの隣は、俺じゃないんだよ」

「どゆこと?」

「ほらさ、海男、いるだろ?」

 

 ここで何故、あの真顔人面魚が出てくるのか分からずバンブルビーは首を傾げるが、ホット・ロッドは構わず続ける。

 

「あいつは、凄い奴なんだよ。俺らが施設を逃げることが出来たのも、あいつのおかげだし、うずめのことも誰より理解してる」

「でも、魚じゃん」

「そんなこと言ったら、俺機械だし」

 

 何処か呆れた様子のバンブルビーに、ホット・ロッドは力なく反論する。

 言われてみれば、海男はうずめの隣にいることが多い。

 しかし、恋愛対象にはならないだろう……と考えて、友人の看護師に懸想している、とあるネズミを思い出して何とも言えない顔になるバンブルビー。

 

「なによりさ。うずめへの思いやりって点において、俺はあいつに勝てる気がしない」

「勝ち負けの、問題?」

 

 思いやりに勝敗などないだろうに。

 どうにも、この若者は意外とズレているようだ。

 可笑しくて、思わず笑ってしまう。

 

「ま、頑張れよ。……ところで、まだ走り足りないんだけど、もう一勝負しない?」

 

 ホット・ロッドの背中を叩き、バンブルビーはカマロに変形する。

 それを見て、少しキョトンとしたホット・ロッドだが、ニヤリと笑うと自身もランボルギーニに変形し、エンジンを吹かす。

 

 二台の車は、元来た道を猛スピードで走りだすのだった。

 

  *  *  *

 

 会社に帰り着いたサムは、足早にラボに向かっていた。

 青と白のトレーラーキャブの横を通り過ぎ、会釈する社員たちに手を振ると、技術担当の役員の声をかける。

 

「それで、情報を提供してくれるっていうのは……」

「私だ」

 

 ラボの端にいつの間にか男が立っていた。

 彫りの深い顔立ちの中年の男で、白髪交じりの短髪がチリチリとしている。何故かアロハシャツを着ていた。

 見るからに皮肉っぽい表情をし、全身から胡散臭さが滲み出ている。

 しかし、サムにとって彼は忘れられない男だった。

 

「シモンズ? シーモア・シモンズ?」

「……久しぶりだな、坊主。ええ?」

 

 

 

 

 

 シーモア・シモンズは、秘密機関セクター7のエージェントだった男だ。

 彼とサムの因縁は『前』の人生にまで遡る。

 出会った当初、シモンズは権力を笠に着た嫌味な男だった。

 しかしサムとは行動を共にする機会が多く、腐れ縁の果てにお互いに気を許すに至った。

 

 こちらでのシモンズと出会ったのは、サムがトランスフォーマーの痕跡を探し求めていたころだ。

 フーバーダムに隠されたセクター7の基地に潜り込もうとしていたのを取っ捕まったのだ。

 セクター7は、よくあるフィクションのように目撃者殺すべしな組織ではないため……というか殺すと逆に後々面倒なことをよく知っているため……サムは五体満足で帰された。

 それ以来二人は会っていないが、お互いに強く印象に残っていた。

 

 

 

 

 

「なんでアンタがここに?」

「ま、他のお役所とか色々と考えたんだけどな。何故だか情報提供するなら、お前がいいと思ったんだよ。エージェントの勘ってやつだろう」

 

 シモンズはサムの記憶にあるのと変わらぬ、皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 少しだけサムは考える。

 『前』のシモンズは戦友と言っていい仲だったが、このシモンズはどうだろうか?

 

「それで? 情報っていうのは?」

「まあ待て、論より証拠だ。……なんか、スマホとかアイポッドとかあるか?」

 

 社員の一人が自分のスマートフォンを渡すと、シモンズは懐から小さなシリンダーを取り出した。

 中には淡く発光する紫の液体が詰められているのが分かる。

 

「それは?」

「世間には発表されていない物質だ。1999年7月に日本のフジヤマで発見され、仮称としてアンゴルモアと呼ばれている……日本人ってのは予言とか占いが好きだな。本来は結晶状の物質だが、ある一定の電荷を掛けることで液状化する」

 

 サムの質問にそう答えると、シモンズはシリンダーの蓋を開け、中のアンゴルモアなる液体を机の上に置いたスマートフォンに垂らす。

 なんだか、サムは既視感を感じていた。

 『前』にもこんなことがあったような……。

 

「さあ、見てろよ。イッツ、ショータイム!」

 

 するとスマートフォンが細かに振動しだし、やがてギゴガゴと音を立てて姿を変える。

 カメラレンズは目になり、鈎爪を備えた手足が飛び出す。

 唖然とする社員たちに、スマートフォンは牙を剝いて飛び掛かろうとするが、寸前で銃弾がその体に命中し粉々に吹き飛んだ。

 

「……というワケだ」

 

 銃口から煙の上がる拳銃を懐にしまいながら、シモンズが得意げに言う。

 

 その後ろでは、スマートフォンを失った社員が落ち込んでいるのだった。




後書きに替えて、キャラ紹介

シーモア・シモンズ
ご存知、実写TFの名物男。
秘密機関セクター7の捜査官で、情報通。
原作と違ってお金持ちにはなっていないが、原作同様、シャーロット・メアリングといい仲だった時期があるらしい。


最近、実生活が色々と大変になってきたので、投稿ペースが乱れるかもしれません。


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第9話 セクター7

「つまり、暴走事件はあんたたちセクター7の仕業だと?」

「違うな。セクター7の()()の仕業だ」

 

 社長室で対面しながら、サムとシモンズはこの事件について話していた。

 アイスコーヒーを飲みながら、セクター7の捜査官は横柄に語る。

 

「まずは最初からだ。お前さんはセクター7って組織が何のためにあるか知ってるか?」

「……エイリアンについて、調査するためだろう」

 

 シモンズはせせら笑った。

 

「いいや、違うな。我々が調査しているのは、()()()()()()()()()についてだ。いわゆる異世界って奴だな」

「はあ!?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出る。

 だが、脳裏に浮かんだのはあの紫の髪の女性のことだった。

 彼女たちは確かに異世界からやってきたのだ。

 

「なんか知ってるって面だな。……ま、いい。それは後だ。とにかく、詳細は省くがかなり前からだな、俺たちは異世界って奴の存在を認知していた」

 

 そう言ってシモンズはいくつかの写真を机に広げた。

 写真には、遺跡のような場所や、いくつかの機材があったが、ほとんどサムには意味が分からなかった。

 

「聞いたことないか? バミューダトライアングルで飛行機や船が消えるとか、遺跡から変な機械が出てくるとか……そういうのを調べるうちに、とにかく『異世界があり、そこには知的生命体がいるらしい』ってとこまでは突き止めた」

 

 サムはシモンズの説明を聞くうちに、自分の中で納得した。

 おかしいとは思っていたのだ。

 トランスフォーマーがいないのに、なぜセクター7が存在するのか。

 

「問題はそいつらがどんな連中かってことだ。危険はないのか? 仲良くなれるのか? 知能レベルは? ……ああ、言いたいことは分かる。それと車を暴走させることがどう結びつくのかって話だな。ここまでは前置きだ」

 

 聞いてもいないのに、シモンズは本題に入る。

 

「まあセクター7はそういう組織だったんだが……ここ数年は事情が変わった。CIAの連中が、介入してくるようになった」

「CIA? なんでまた」

「さあてね。お偉方の権力ゲームは分からんが、CIAのアホどもはいつの間にやらセクター7の実権を握っていた。で、連中が始めたのが、このアンゴルモアの研究と運用だ」

 

 シモンズはアンゴルモアなる液体の入ったシリンダーを手の中で弄びながら、忌々し気に顔をしかめる。

 よほど、CIAが嫌いらしい。

 おそらく組織内で元々のセクター7の面子は冷遇されているのだろう。

 

「こいつをガソリンスタンドの店員に化けた工作員がガソリンの代わりに給油するんだ。すると、車は変異を起こし、怪物になる。で、情報操作でそれはお前の会社のせいになるって筋書だ」

「なんでそんなことを……だいたい、警察だって気付くだろう」

「連中は警察にも手を回してる。現場の警官はともかく、署長クラスは間違えなく抑えてあるだろうな」

「そこまでして……」

 

 危険な燃料をばらまいて、その罪を一企業に押し付けるなんて、意味が分からない。

 

「どうにも、CIAのボスはお前のことが嫌いらしい。……あるいは、もっと遠大な計画の一部かもな」

「なぜそれを僕に?」

「言ったろうに。エージェントの勘、ってことにしとけ」

 

 サムは顎に手を当てて思考を回す。

 この燃料が原因だとして、どう対策を取るべきか。

 警察に言ったとして、敵はCIAだ。世界的企業()()では分が悪い。

 

「仕方がない。……彼女の力を借りよう」

 

 一人ごちるサムを、シモンズが訝し気に見ていたが、彼女のことを知ったらこんな顔はしていられないだろう。

 何せ、彼女はシモンズにとっても因縁深い相手なのだから。

 しかし、気になることがある。

 

「なんで、僕にその情報をリークする気になったんだ?」

「だから言ってるだろう、三回目だぞ! エージェントの……」

「言い方は変えよう。あんたはセクター7への忠誠心に厚い。それが何で情報を漏らす?」

 

 痛い所を突かれたのか、シモンズがムッツリと顔をしかめる。

 そもそも可笑しな話だ。この男はセクター7での職務に人生をかけていた。組織内での立場の悪化ぐらいで、組織を裏切るとは思えない。

 『前』で色々とクレバーになったのはセクター7が解散したからだ。

 やがていくらかの沈黙の後、重い口ぶりで語り始めた。

 

「何年か前の話だ。俺が働いてたセクター7の施設に、一人の少女が現れた。……実験体としてな。CIAの連中は、その子を人間扱いしてなかった」

 

 その少女とは……おそらく、うずめのことだ。

 

「毎日毎日、意味の分からん実験だ。全身に電流を流すだの、聞いたこともないような薬を打つだのな。たかがハイティーンの餓鬼にだぞ? ……俺はな、国のため、任務のためならどんなことでもしてきた。だがな、悪魔に魂を売った覚えはない!!」

 

 ギラギラとシモンズの目が燃える。

 そこにいたのは、『前』と同じ戦う男だった。

 ハッとなって少しだけ気恥ずかし気な顔になったシモンズは、咳払いする。

 

「とにかく、そんなワケだ。……とくに最近、セクター7もバタバタしててな。なんだか、トランスフォーマーだかモーファーだかってのを探しているらしい。その隙にと……」

 

 シモンズの言葉を、サムは最後まで聞いていなかった。

 重要な事実は一つだけだ。

 

(オートボットが危ない!)

 

  *  *  *

 

 バンブルビーとホット・ロッドは、競い合うようにして帰り道を走っていた。

 

「息が、上がってるぜ」

「ぬおおおお! まだまだぁ!」

「君は、コーナリングが、甘い……止まって!」

 

 突然、バンブルビーが急停止した。

 慌ててホット・ロッドも止まる。

 

「おおっと! どうしたんだよ、突然?」

「隠れて」

 

 ロボットモードに戻ってバンブルビーは木の陰に隠れて、ある方向を指差す。

 情報員の後ろに回ったホット・ロッドがそちらを見ると、10台ほどの黒塗りのバンが、ケイドのスクラップ場へ向かう道へ入っていくのが見えた。

 

「あれは……」

「見るからに、怪しいね。……それに」

 

 木に隠れて上を見ると、ヘリコプターが飛んでいた。

 軍用のブラックホークだ。

 その時、ホット・ロッドの視覚センサーは、ヘリの席から乗り出した黒コートの男の顔を捉えていた。

 

「あいつは……!」

「知り合い?」

「俺らが捕まってた施設にいた奴だ……!」

 

 それを聞いたバンブルビーはすぐに通信を飛ばす。

 

「緊急連絡、司令官、こちら、バンブルビー、です」

『こちらオプティマスだ。どうした?』

「実は……」

 

 

 

 

 

 

「おおー、団体のお客様とは珍しい」

 

 折り畳み椅子に腰かけたケイドの前に、スクラップ場に乗り込んできた何台ものバンが停車し中から黒ずくめのがたいの良い男たちが降りてくる。

 全員がサングラスをしていて、見るからに怪しい。

 さらにヘリコプターが着陸して、一人の男が降りてきた。この男が一団のリーダーらしい。

 その男が、ケイドの前に立ち威圧的に問う。

 

「ここに女の店員がいるはずだ。どこにいる?」

「生憎と娘のテッサなら大学に通うために家を出た。それで、どんなモンが欲しいんだ? 見ての通り品揃えには自信があるけど」

「探せ!」

 

 惚けるケイドだが、男は無感情に周りの人間に指示を飛ばす。

 男たちが散らばって、手に持った機材を振ったり、そこらへんのガラクタをひっくり返す。

 

「おい! そこらへんにあるのは貴重なもんなんだ! あんまり乱暴に……」

「サヴォイ隊長。反応がありました」

「やはりか」

 

 ラテン系な顔立ちの部下からの報告に、サヴォイと呼ばれた男はサングラスを外してケイドを睨む。

 目つきから、酷薄さが滲み出ていた。

 

「我々は国家の機関に属している」

「それで?」

「……貴様の人生を台無しにしてやるくらい、我々には容易いということだ。無論、貴様の家族の人生もな」

 

 家族という単語に、ケイドの顔が厳しくなる。

 同時に、こいつは気に食わない奴だと強く思った。

 サヴォイの隣の副官らしい男が、少し柔らかい声を出した。

 

「我々が探している女は、隔離施設から脱走した危険人物だ。少なくとも数件の破壊行為に関わっている。協力すると思って、教えてくれないか?」

「あっそ」

 

 興味なさげを装うケイドに、サヴォイは冷徹な目を向ける。

 

「もう一度聞くぞ。女は何処にいる」

「さあ? 知ってても、あんたには教えたくないね」

「……そうか」

 

 その瞬間、サヴォイは片手でケイドの胸倉を掴むと地面に引き倒し、もう一方の手で懐から拳銃を取り出してケイドの頭に突き付ける。

 

「ッ!」

「隊長、何を!?」

「サントス、お前はまだまだ甘い。この手の輩は甘くすると付け上がる」

 

 驚愕する副官ことサントスに対し、サヴォイの声色は何処までも平坦だった。

 拘束から抜け出そうとケイドはもがくが、やはり本職の技は如何ともし難い。

 

「頭をぶち抜かれたくなければ、吐け。あの女……DC02は何処にいる!」

「分かった言うよ! 昨日、出ていってそれっきりだ!」

「いいか三つ数えるぞ。その間に吐かなければ、貴様の頭が吹き飛ぶ」

 

 咄嗟に言った嘘を意に介さず、サヴォイは引き金に指を掛ける。

 

「1……」

 

 ケイドは声を出さない。

 

「2……」

 

 ケイドは体を震わすが、それでも声を出さない。

 

「さ……」

「待て!」

 

 声がした。

 ケイドではない。女の声だ。

 廃車の間から、ブラッドオレンジの髪の少女が現れた。

 

「やはりいたか。……またあったな、DC02」

「サヴォイのオッサン、その呼び方は止めろっつっただろ? さあ、ケイドのオッサンを離しな!」

 

 強気な目つきのうずめに、サヴォイは口角を吊り上げる。

 たまらずにケイドが叫ぶ。

 

「だめだ、うずめ! 逃げろ!!」

「お前は黙っていろ。……お仲間は何処にいった? あの、化け物どもは」

「あいつらは、化け物じゃねえ!」

 

 自分の言葉に怒るうずめに、サヴォイは冷笑を大きくする。

 怒りのあまり髪の毛が逆立つうずめに、周りの黒服たちがアサルトライフルを向ける。

 

「化け物、だ。人面魚だの、喋る機械だのはな。……それは貴様も同じか。人の姿をした怪物め」

 

 この時、少し離れたところでは飛び出そうとするホット・ロッドを、バンブルビーが抑えていた。

 ついでにネプテューヌをネプギアが抑えていた。

 

「俺なら、ここにいるぞ。ミスター・サヴォイ」

 

 そういって、フヨフヨと海男が現れた。

 気の抜ける姿だが、黒服たちはあからさまに警戒を強める。

 サヴォイとサントスも、顔を引き締める。

 

「でたな、このクリーチャーめ……!」

「おいおい、ひどい言い草だな」

「貴様のせいで、どれだけ被害が出たか……!」

「俺たちの知能を低く見た、君たちが悪いのだよ」

 

 サントスは銃口を向けるが、海男は真顔のまま余裕がある。

 何をしたのだろうか、この人面魚。

 

「現に、今も我々のことを甘く見ているしね」

「ふん、どうだか……!?」

 

 その瞬間、物陰からメルセデスAMG・GTやシボレー・コルベット、ウニモグの軍用トラックが飛び出してきて次々とロボットに変形していく。

 

「坊やたち、両手を挙げて膝を突きな!」

「今宵の……もとい、今日のカタナは血に飢えておるぞ!!」

「さあ、さっさと撃ち合いを始めようぜ!」

 

 武器を向けてくるオートボットたちに、サヴォイたちは混乱していた。

 彼らはホット・ロッドたち以外のオートボットの存在を知らなかったのだ。

 

「なんだこいつらは……」

「とりゃあああ!!」

 

 ケイドを拘束する手が緩んだ瞬間、物陰から現れたネプテューヌがサヴォイの顔に飛び蹴りを叩き込む。

 

「ぐわああああ!?」

「隊長!?」

 

 倒れるサヴォイにサントスが慌てて駆け寄る。

 ネプテューヌは華麗に着地して、ケイドを助け起こす。

 

「ケイド、大丈夫?」

「あ、ああ。ありがとう、助かったよ」

 

 キャノピーとスクィークスも現れ、うずめを守れる位置に陣取る。

 サヴォイは思い切り蹴られた顔面を撫でながら立ち上がった。

 

「ぐおお……貴様らぁ……!」

「お、やろうってのかい?」

 

 ニヤリと笑ってハウンドは三連ガトリングを回転させ始めるが、その肩に背後からオプティマスが手を置いた。

 

「よさないか、ハウンド。……私はオプティマス・プライム。何者かは知らないが、銃で人を脅すものではない」

「まあ、こっちも脅してるけど、先にやったのはそっちだからね! さあ、そっちも名乗りなよ! 実際、アイサツは大事! 古事記にも書いてある!」

「どこの古事記だよ、それ……」

 

 はしゃぐネプテューヌにケイドが力なくツッコミを入れる。

 日本については詳しくないが、何か猛烈に間違っている気がする。

 サントスが銃を向けながらも発言した。

 

「わ、我々はセクター7の者だ。あ、生憎と君たちと直接話す許可は得ていないんだ。申し訳ないが……」

「黙ってろ、サントス。……貴様らが何かは知らんが、我々の任務の邪魔をするなら容赦はせん」

「おいおい、このおチビちゃん、随分勇敢だな」

「状況が分かっていない、言わばHIPのYOUだな」

 

 凄むサヴォイだが、クロスヘアーズとドリフトは小馬鹿にした調子だ。

 

「黙れ! 我々は国家の意向を受けて行動している。この場を切り抜けたとしてもいずれは……狩ってやる」

 

 それを聞いて、オプティマスは難しい顔をするが、ネプテューヌは強気な表情を浮かべた。

 

「国家が怖くて女神は出来ないよ! 住んでる人は(支持率的な意味で)怖いけど!」

「女神、だと……?」

 

 女神と聞いて、サヴォイは訝し気な顔になる。

 その反応からオプティマスは咄嗟にこれ以上、会話する必要はないと考える。

 

「とにかく、この場は退いてはくれないか。もし戦うとなれば……多くの血が流れるだろう」

 

 背中から愛用のレーザーライフルを抜き、低い声を出すオプティマス。

 サントスや黒服たちがチラチラと自分たちの隊長を見る。彼らは、勝ち目がないことを理解していた。

 サヴォイは額に青筋を立てているが、それでも冷静さを完全には失わずに考え込む。

 やがて、不機嫌極まりないという顔で周囲に指示を飛ばす。

 

「撤収! ……今日の所は見逃してやる。だが、覚えておくことだな。我々からは逃げられんぞ」

「へいへい」

 

 恫喝してくるサヴォイに、クロスヘアーズがシッシッとばかりに手を扇ぐ。

 怒りを内燃させながらも、サヴォイたちはその場を後にするのだった。

 

  *  *  *

 

「そうか、そんなことが……」

 

 しばらくして、大急ぎでスクラップ場までやってきたサムは、事の顛末を聞いてホッと息を吐いた。

 しかし、すぐに顔を引き締める。

 

「CIAの連中が絡んできたとなると、ここも危険だ。移動したほうがいいかもしれない」

「おいおい、何処に行けってんだ?」

「……僕が場所を用意する。しばらくそこに潜んでいてほしい」

 

 ケイドがすぐさま文句を言うが、サムは腕を組んで冷静に言うと、頭を下げた。

 

「申し訳ありません、ケイド。巻き込んでしまって……」

「はあ、まったくだね! ……でも、まあいいさ」

 

 息を吐いたケイドは、ヤレヤレと首を振る。

 うずめたちを匿った日から、いつかこうなるような気はしていた。

 そこでオプティマスの傍に立っていたネプテューヌが、明るい声を出した。

 

「こうなったらさ、みんなでゲイムギョウ界においでよ!」

「いいかもしれないな。さすがに異なる世界にまでは追ってこられないだろう」

 

 顎に手を当ててオプティマスも言う。

 CIAの権力がいかほどの物であれ、それはあくまで地球上の話だ。

 しかしそこでクロスヘアーズが口を挟んだ。

 

「とは言うけどな。そもそも俺たちもどうやって帰りゃあいいんだか……」

「みなさーん!」

 

 その時、ネプギアの声がした。

 プレハブ小屋の方で、何か作業に没頭していたようだ。

 一同がそちらを向くと、ネプギアは笑顔で手を振っていた。

 

「ゲイムギョウ界と連絡が取れましたよー!」

 

 

 

 

 

 

『そうですか、そんなことが……』

 

 ネプギアがガラクタから組み上げたという次元間通信機のモニターには、ハニーブロンドの髪を縦巻きロールにして背中に蝶のような羽根を生やした少女が、宙に浮いた本の上に座っている姿が映し出されていた。

 

 その前に立つネプテューヌとネプギアの後ろでは、ケイドがジャンクからワケの分からない装置を作ったネプギアの技術力に戦慄していた。

 

『まったく、揃って何処に消えたのかと心配していれば……メガトロンさんなんか、『どうせまたぞろ厄介事に巻き込まれたのだろう。自分たちで何とかするだろうからホッとけ』とか言い出しましたし……』

 

 深く溜息を吐く妖精のような姿の少女、プラネテューヌ教祖イストワールに、ネプテューヌは苦笑する。

 

「ごめんごめんいーすん、心配かけて!」

『いえ、ネプテューヌさんたちのことは大して心配していませんでしたよ? ただ、溜まりゆくお仕事が心配なだけです』

「あー……わたし、ずっとこっちに居ようかなー……」

『ネプテューヌさん?』

 

 仕事と言われて急に冷や汗をかきだすネプテューヌと怒りを内在した笑顔になるイストワールに、今度は周りが苦笑いした。

 これが、この二人のいつものやり取りだからだ。

 

「それでイストワール。我々をそちらに転送できるだろうか?」

『そちらの座標は確認できましたので、お時間をいただければスペースブリッジを繋げることが出来そうです……具体的にはみっかかかります』

「きました! いーすんの持ちネタ!」

 

 何故だかはしゃぐネプテューヌ。

 笑顔になるオプティマスだが、ふと気になった。

 

「そういえば、メガトロンたちはどうしているだろうか?」

『メガトロンさんとレイさんなら、サイバトロン星の方に帰られています。……その、オプティマスさんの仕事の穴埋めに』

「……分かった。何か埋め合わせをしなければな」

 

 頭痛を抑えるように、額に指を当てるオプティマス。

 同じ仕事が溜まっているという話題でもネプテューヌとは反応が違うことに、サムやケイドは何となく二人の性格の差を感じていた。

 

「あとは犯罪者どもを捕まえれば、一件落着か」

「それだってスペースブリッジが使えりゃ、応援を呼べるしな」

「やれやれ、これで帰れるってワケだ」

 

 ドリフト、ハウンド、クロスヘアーズが口々に安堵を漏らす。

 彼らとしても、そろそろゲイムギョウ界が恋しくなってきたらしい。

 うずめは快活に笑う。

 

「よかったな、ねぷっちにぎあっち!」

「うん、ありがとう! あ、そうだ。紹介するね! いーすん、この子はこっちでお世話になったうずめだよ! うずめ、こっちはいーすん!」

「おう、よろしくな……?」

『いえいえ、こちらこそ……?』

 

 画面越しに挨拶する二人だが、目が合った瞬間、互いに怪訝そうな顔になった。

 まるで、記憶の底を浚おうとしているかのような顔だった。

 

「…………なあ、俺たち前に会ったことないか?」

『え、ええ。……何故か、そんな気がします。初めて会ったはずなのに……』

 

 二人して首を傾げるが、ネプテューヌは空気を読まない。

 読めないではなく、読まない。

 

「お! だめだよ、うずめ! いくらいーすんが可愛いからって、そんなベタな口説き方しちゃー!」

「く、口説……! ち、ちげえし! そんなんじゃなくて本当に……!」

 

 顔を赤くして必死に否定するうずめ。

 本当に、こういうネタには弱いらしい。

 ケラケラと笑うネプテューヌだが、不意に少しだけ真面目な顔になった。

 

「それでさ、一緒にゲイムギョウ界に、来る?」

「…………」

「うずめ、俺はそれも一つの選択肢だと思う。記憶に未練がないのなら、向こうの方が安全だ」

 

 躊躇う様子のうずめに、海男が優しく言う。

 確かに、セクター7だのCIAだのに追われる心配はないし、すでにトランスフォーマーを受け入れている世界だ。 キャノピーたちも穏やかに暮らせるだろう。

 

 しかし。

 

「少し、考えさせてくれないか?」

「え?」

 

 意外な答えに、ネプテューヌのみならず海男やケイドも目を見開く。

 しかし、うずめは明るい笑みを浮かべた。

 

「俺はさ、結構好きなんだ。この世界が……」

「うずめ……」

 

 サムは驚いていた。

 好きと、言えるのかこの世界を。

 ワケの分からない連中に実験体にされ、追い立てられ、人を助けても感謝されなくても!

 

 そこに危うさを感じるのは、決して間違いではないはずだ。

 

 難しい顔をして悩むサム。

 一方、バンブルビーは後ろに立つホット・ロッドに声をかけた。

 

「ホット・ロッド。君は、どう思う? ……あれ?」

 

 しかしそこに、黒とオレンジのオートボットの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 あいつの姿を見た瞬間から、胸の内に自分でも恐ろしくなるほどの怒りが燃え滾るを感じた。

 あいつは、うずめを追い詰め、人間たちにうずめが危険な存在だと吹き込み、時に銃で撃つことさえした。

 その上、奴らは今度はケイドを撃とうとした。あんないい奴を……!

 

「俺はさ、結構好きなんだ。この世界が……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、心の中の何かが爆発した。

 

 不公平じゃないか!

 

 うずめは憎まないのに、奴らは()()()()()()!!

 

 俺は、俺の大切な物を傷つけた奴を許さない。

 思い知らせてやる……!

 

 居ても立っても居られらなくなってスクラップ場を飛び出した俺は、奴らの後を追った。

 奴らの痕跡を追うのはあまりに簡単だった。

 

 ……簡単、()()()

 

「……ぐううう!!」

 

 トランスフォーマーの動きを止める特殊なボルトを四方八方から撃たれ、ホット・ロッドは地に伏せる。

 その顔を、サヴォイが踏み付けた。

 

「馬鹿な奴だ。俺たちは貴様たちを捕らえるために来たんだぞ。当然、貴様ら機械の化け物を無力化する手段も用意している」

 

 冷笑を浮かべて得意げに語るサヴォイをギラギラとした目で睨むホット・ロッドだが、サヴォイは気にせず続ける。

 

「確かに数が増えていたのは想定外だった。さっきの連中全員を相手にするのは不可能だが……お前一人なら、こんな物だ」

「くっそおお!」

「いずれは、他の連中も捕えて、実験室に送り返してやる。あの女もな。……化け物どもには、それがお似合いだ」

 

 吠えるホット・ロッドに、サヴォイは残酷な笑みを向ける。

 あるいは、自分よりも大きな存在を足蹴にする快感に酔っているのかもしれない。

 やがて動けぬホット・ロッドの姿に満足したのか、足をどけて周囲に指示を飛ばす。

 

「移送の準備をしろ。まずは近くの基地に運び、そこから本部に空輸する」

「了解。しかし隊長、よろしいのですか? あそこは米軍の基地ですが……」

「構わん。軍など、すでに恐れるに足らん」

 

 苦々しい顔のサントスの疑問を一蹴し、サヴォイはヘリに乗り込む。

 無理矢理トラックの荷台に乗せられながらも、ホット・ロッドは憎しみに満ちた目をその背に向けた。

 

「俺の仲間に手を出したら、殺す! 必ず殺してやる……!」

「ふん、それでいい。貴様ら化け物は俺たちを憎んでいればいい。友情だの親愛だのを寄せられる方が気色が悪い」

 

 それでもサヴォイは冷笑を最後まで崩さず、サントスは苦々しい顔をしつつ上官の後に続くのだった。

 

 

 

 

 

 サヴォイたちのやや後方、一台のパトカーが木々の合間から一部始終を観察していた。

 フォード・マスタングをパトカー仕様にした物で、フロントに赤と青のランプがある。

 何とも力強いシルエットのそのパトカーはサヴォイ隊に気付かれることなく、様々なセンサー類を使って情報を集めていた。

 やがてホット・ロッドをトラックに乗せた一団が去ると、パトカーは音もなく走り出した。

 

 木々の合間の影に消えていくパトカーの車体後部には、こう書かれていた。

 

『To punish and enslave(罪人を罰し、服従させる)』

 




後書きに代えて、キャラ紹介

ジェームズ・サヴォイ
墓場の風の、話が通じない方。
元CIAの工作員。
原作ではTFを狩る組織『墓場の風』の隊長。
こちらではセクター7の戦闘部隊の隊長を務める。
目的のためなら手段を選ばない冷血漢。
一応、お姉さんが存命なので、心からTFを憎んでいるワケではないが、それでも『化け物』として見下している。

サントス
墓場の風の、まだ話が分かる方。
原作ではTRFの隊長。
こちらではサヴォイの副官。
任務に忠実だが、根は善人。故に色々と苦労人。
だからこそ、ある意味で質が悪いとも言えるが。

プラネテューヌ教祖イストワール
女神を補佐する教会のトップ。
ネプテューヌたちに振り回される苦労人の中の苦労人。彼女がいないとプラネテューヌは回らない。
昔のプラネテューヌの女神が作った人工生命体で、妖精のような幼い容姿に反し長い時間を生きており、歴代の女神を見守ってきた。
なんだかんだでネプテューヌやネプギアを娘のように思っている。

スペックはそんなに高くないらしく、物事に『みっか』かかるのがお約束。


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第10話 襲撃

『セクター7の基地を教えろぉ!?』

「そうだ、急いでくれ!」

 

 スマートフォンの向こうにいるシモンズを、サムは怒鳴りつけた。

 ホット・ロッドの姿が見えず、後を追ったバンブルビーやオプティマスは、地面の様子から彼が捕まったことを察した。

 そうなれば、やることは一つ。救出に動くことだ。

 

「まったく手のかかる坊やだぜ! ほっといていいんじゃねえか?」

「然るに。これも自業自得と言う物」

 

 グチャグチャと言いつつもコートの裏に短機関銃を仕込むクロスヘアーズに、ドリフトが同意する。

 そこで仲間たちに向かってオプティマスが静かに言った。

 

「彼が兵士なら……見捨てるという選択肢も有り得ただろう」

 

 もしもこれが戦争中なら。断腸の思いでホット・ロッドを切り捨てることもあっただろう。

 もしも彼は兵士なら、そのことを覚悟しておかねばならなかっただろう。

 

「しかし、彼は兵士ではない。故に助けなければならない」

「そういうこった! さあ、グチャグチャ言ってないで準備しな!」

 

 ハウンドの一喝に、ドリフトとクロスヘアーズもさっさと準備を済ませる。

 無論、彼らとて本気でホット・ロッドを見捨てる気など全くなく、こういう風に文句を言うのが一種のお約束だったからだ。

 

「オートボット名物、カチコミじゃー!」

「やり過ぎないようにね、お姉ちゃん」

 

 ネプテューヌもどこからか刀を取り出して闘志を燃やし、ネプギアがそれを宥めていた。

 

『本気でCIAと敵対する気か? 何もかも失うぞ』

「一度、全てを失った。……もう失いたくないからこそ、彼らと一緒に行くんだ」

『…………』

 

 電話越しではあるが、シモンズはサムの口ぶりから重い決意を感じ取っていた。

 これは止めることはできない。

 何よりも、何だかワクワクしてきた。

 

『すぐにセクター7の基地に移送することは、おそらくないはずだ。まず行くとすればおそらく……』

 

  *  *  *

 

 ケイドたちの住む街から山一つ越えた場所に、米軍の基地があった。

 荒野のど真ん中に存在するそこは、アメリカ国内の基地としてはかなりの規模を誇る。

 

 その一角では、街から見学にやってきたエレメンタリースクールの低学年の学生たち相手に、兵士が説明をしていた。

 逞しい黒人男性で、頭をスキンヘッドにしている強面だが、独特の愛嬌を感じさせる面構えだった。

 

「はーい、そんなワケで俺たちみたいなカッコいい軍人さんたちが、この国の平和を守ってるってワケだ!!」

「うそつけー! おれ知ってるぞ、軍は『じどうか』されて『きかい』が戦ってるって父ちゃん言ってたぞ!」

「あー……ほら、機械を使うの人間だから」

「ママは、戦争が終わったら軍隊は金食い虫のごく潰しのならず者だって!」

「……よし、お前のママ連れてこい。いっぺん話し合おう」

 

 子供たちの容赦のないツッコミに、ヒクヒクと頬を引きつらせる兵士。

 それでも子供たちは初めてみる本物の軍隊に興奮していた。

 

 騒ぐ子供たちを引率の先生に任せた軍人は、彼らから見えない場所に来るや疲れたように深く項垂れた。

 そんな軍人の肩を、別の軍人が叩く。

 精悍な顔立ちの男前で、無駄のない体を軍服で包んでいる。

 階級章から見るに、大佐であるらしい。

 

「しっかりしろ、エップス。いつものタフネスはどうした?」

「そうは言いますけどね、レノックス。こいつは軍人の仕事じゃないですよ」

 

 エップスと呼ばれた黒人の軍人は、レノックス大佐の言葉に力なく首を振った。

 階級差を感じられないやり取りから、彼らが古くからの戦友であることが分かる。

 

「いいじゃないか。アフガンやイラクで血と砂に塗れてるよりは」

「そりゃそうですけどね」

 

 溜息を吐くエップスに、レノックスは苦笑しつつも内心では同意していた。

 ここ数年と言うものの、米軍は四軍すべてがKSI社の開発した戦闘ロボット『ドローン』の導入を進めていた。

 

 ちょうど、子供たちがドローン群の周りではしゃいでいる。

 

 巨大な三角錐型のブラスター砲と、二対のキャタピラを備えたタンク・ドローン。

 二輪車型で、狭い場所などの敵を追い詰めるモーターサイクル・ドローン。

 オスプレイなどのティルトローター機に似ているが人の乗れる大きさではないエアロ・ドローン。

 

 これらのドローンは無人偵察機のような無線操縦ではなくAI制御によって自立稼働し、歩兵30人分の働きをするというのがキャッチコピーで、事実として戦地に投入された物は恐ろしい戦果を挙げていた。

 そのおかげで、様々な紛争を潜り抜けてきた歴戦の戦闘部隊であるレノックスと部下たちも、今では内地任務だ。

 

「あのガラクタども、気に食わなねえ。俺たち人間の兵士をお払い箱にしようって動きもあるって言いますぜ」

「……結構なことじゃないか。おかげで兵士の負担は減り、俺は家族との時間が増えた」

 

 そう言いつつも、レノックスの顔はムッツリとしていた。

 必死になって国のために戦ってきたのに、機械に取って代わられるのは癪だった。

 戦争の主役が剣を持った騎士から銃を持つ歩兵に移り変わった時の騎士たちは、こんな気分だったのだろうか?

 

「気に食わないと言えば……あれもだな」

「あれもっすね」

 

 二人の視線の先では、黒塗りのバンが何台も停車し、黒服の男たちがたむろしていた。

 彼らに護衛されるようにして、一台のトラックが基地の倉庫に入っていく。

 荷台には布が被せられ、荷物は見えなかったが、相当に大きい。

 

「何なんですかね、あいつら」

「知らん。国家機密だそうだ」

 

 不機嫌そうに、レノックスは答えた。

 あの連中はやたら横柄に振る舞っていた。

 しかし、こちらには機密だとかで何の情報も降りてきていない。

 

 国の秘密機関らしいが、まさかエイリアンを捕獲したワケでもあるまい。

 

「まあ、いいさ。俺は軍人だ。任務に従うだけさ」

「俺だってそうです。……でもなんて言うか、時々思うんですよ。俺の本当の居場所が、他にあるような気がするんです」

 

 顔に似合わずセンチメンタルなことを言い出すエップスに、レノックスは思わず吹き出してしまいそうになるを堪えた。

 と、その時、警報がなった。

 

 基地への侵入を知らせる警報だ。

 

 

 

 

 

 基地の門を突き破って、一台のトレーラーキャブが敷地内に侵入した。

 銀色と黒のノーズフラット型の大型トレーラーキャブだ。

 

 さらに後ろには、何故かパトカーが続く。

 共に運転席に無表情な男が乗っていた。

 

『そこのトラックとパトカー、止まれ! ここは軍の施設だ!!』

 

 そのトラックとパトカーは、基地の中央部まで来ると停車した。

 兵士たちとドローンが素早く展開し、二台を取り囲む。

 

『運転手、降りてこい』

 

 基地の放送で呼びかけるが、二台の運転手は降りてこない。

 やがてトラックの運転手の姿がまるでテレビのノイズのように歪み、やがて消えた。

 

 驚く兵士たちだが、本当に驚いたのは、その後だった。

 

 ギゴガゴと聞きなれない異音を立てて、トラックのパーツが寸断され、移動し、組み変わる。

 

「なんだ、これは……!?」

 

 基地の中にいる司令官がそう呟く間にも、トラックは全高10mもある機械の巨人へと姿を変えた。

 銀色と黒からなるボディに青い模様や発光部があり、下腿の外側や腕にタイヤが配置されている。

 二本の角と真っ赤な目が、地獄から来た悪魔を思わせた。

 

 右腕にはキャノン砲を思わせる武装が付いているが、これは何故か黒と銀のカラーリングでディティールがボディと異なっている。

 

「俺は、ガルヴァトロンだ!!」

 

 巨人は大気を震わす咆哮を上げる。

 見たこともない光景に硬直する兵士たちに対し、ドローンたちは機械ならではの躊躇の無さで攻撃を開始する。

 モーターサイクル・ドローンに備え付けられた機銃や、タンク・ドローンのブラスター主砲が火を吹き、砲弾と銃弾がガルヴァトロンに襲い掛かる。

 しかし、巨人の強固極まる装甲は、容易く砲弾を弾き返す。

 同時にガルヴァトロンは獣のような唸り声を上げると、キャノン砲から光弾を発射した。

 光弾が命中したタンク・ドローンが粉々に吹き飛び、モーターサイクル・ドローンが踏み潰される。

 たちまち、爆音と悲鳴が辺りに満ちていく。

 

 

 

 

 

「エップス、子供たちを避難させるぞ!!」

「了解! 餓鬼ども、こっちだ!! グダグダ言ってないで来い!」

 

 レノックスとエップスは異変を察知するや、真っ先に子供たちを避難させ始めた。

 安全な逃げ道を探すレノックスの目に、黒いバンに乗り込もうとする一団が見えた。

 

「おい、あんたら! この子たちも連れていってくれ!!」

 

 その一団の長らしいサングラスの男……サヴォイに声をかける。

 サヴォイは振り向くと、厳しい顔で言った。

 

「…………いいだろう、乗せろ」

 

 レノックスたちは、急いで子供たちをバンに乗せる。

 

 

 

 

 

「怯むな、撃て!!」

 

 誰かの指示と共に、兵士たちは攻撃を開始するがアサルトライフルの弾は金属の装甲に空しく弾かれた。

 重機関銃も、ロケットランチャーさえも効果がない。

 ドローンを次々と鉄くずに代えていく、悪鬼のような巨人に米兵たちはすでに混乱に陥っていた。

 

 ここで、精強極まる米軍の兵士が一方的に蹂躙されていることに疑問に思うかもしれない。

 ある平行世界では、ディセプティコンを問題なく倒している彼らが、こんな風に情けなく逃げ惑うことは可笑しいと言う者もいるかもしれない。

 

 しかし、彼らはこれが()()()なのだ。

 

 彼らは、この日、この時、この瞬間に、初めてトランスフォーマーと遭遇したのだ。

 

 無論交戦経験などあるはずもない。

 そしてこのディセプティコンは人間たちへの無限の憎悪に燃え、平行世界の同種族たちよりも強靭な肉体を持っているのだ。

 ガルヴァトロンは己の中の怒りを爆発させ、人間たちを攻撃しようとする。

 

「宇宙に沸いた癌細胞どもめが! この俺が除去してくれる!!」

「落ち着け、ガルヴァトロン! ここに来た目的を忘れるな!! 奴らを殺すことはいつでもできる!」

 

 後ろで同じように変形して立ち上がったバリケードが、慌ててガルヴァトロンを諫めた。

 ガルヴァトロンの頭のバチバチと走るスパークが収まり、冷静さを取り戻す。

 

「ああ、そうだったな。友よ……」

 

 落ち着きを取り戻した若き破壊大帝にホッとしつつ、バリケードは左腕をグルリと囲うように装着されたガトリング砲を適当に発射して人間たちを追い払う。

 

「まったく、何をやっている」

 

 ガルヴァトロンの右腕から女性の声がした。

 キャノン砲が腕から分離すると、腕から半月状ブレードが飛び出す。

 一方でキャノン砲はギゴガゴと音を立てて人型に変形した。

 ちょうど人間大で、全身が銀色の女性的な姿のトランスフォーマーだ。

 背中に四枚の翼のようなパーツがあり、これで体を包むようにして大砲に変形していたようだ。

 つぶさに観察すれば、その姿がかつてのメガトロンに何処か似ていることに気付いただろう。

 

 バリケードはその女性型トランスフォーマーをねめつけた。

 

「そういう貴様こそ、本当にここに目当てのデータがあるのだろうな?」

「フッ、抜かりはない。さあ、さっさとデータを吸い取れ。お前たちにしてみれば、餓鬼の使いより容易いだろう」

 

 強い口調で言われガルヴァトロンは、計画を進めるべく空に向かって叫んだ。

 

「ニトロ・ゼウス! 基地のコンピューターから情報を引き出してくれ!」

「アイアイ、ボス!」

 

 空からグリペンが降りてきたかと思うと、空中で変形して着地する。ニトロ・ゼウスだ。

 単眼の航空兵は踊るように動きながらも、両腕の武装から銃弾を振りまき、やがて基地の建物の傍まで付くと、屋根を毟り取り、屋内に手を伸ばす。

 慌てふためく中の人間たちに構わず、ニトロ・ゼウスはこの基地で使われているコンピューターの本体を掴んだ。

 

「おっほー! こいつはまた緩いセキュリティだぜ! まるで娼婦のアソコだな!!」

 

 下品なジョークを交えつつ、ニトロ・ゼウスはインターネットを通じて米軍とアメリカ政府のあらゆる情報を引き出していく。

 しかし、全ての情報を引き出すより早く、この基地の司令官が手斧で文字通り回線を切った。

 

「チッ!!」

「データは?」

 

 苛立ち紛れに中の人間たちを撃とうとするニトロ・ゼウスの肩を、バリケードが掴んで止める。

 ニトロ・ゼウスは舌打ちのような音をこれ見よがしに出しながらも、答える。

 

「例の物の場所は分かった。各員に位置情報を転送するぜ!」

 

 それを聞いたバリケードに目配せされて、暴れていたガルヴァトロンはいったん破壊の手を止めて何処かに通信を飛ばす。

 

「オンスロート、位置情報に沿って例の物を回収してくれ」

『はいはい、分かったのである……』

 

 通信の向こうから聞こえるオンスロートの声は酷く不満そうだ。

 当然のことながら、ガルヴァトロンに叩きのめされたことを根に持っているようだ。

 

「よし、後は……」

 

 ガルヴァトロンは、視線を巡らしてある倉庫に止める。

 黒服……サヴォイの隊が何かを運び込んだ倉庫だった。

 

 

 

 

 

「急げ、早くしろ!」

「さあ、この車に乗るんだ!」

 

 基地から逃げ出すべく、レノックスやエップスたちは子供たちをバンに乗せていた。

 幸いにして、今いる場所は金属の巨人たちからは死角になっているらしく、すでに何台かのバンは発進して何とか基地の外へ逃げている。

 

 意外にも、サヴォイは最後まで残っていた。

 一応にも隊長としての責任感はあるらしい。

 

「なんなんだあいつらは……!」

 

 男の子を抱えながら、エップスは呟く。

 あんな巨大なロボットは見たことがない。まるでジャパニーズ・アニメの世界だ。

 

「あれは何だ? KSIかサイバトロン・システム社のロボットか? 何処かの国の新兵器か? まさか、ターミネーターよろしく未来からタイムスリップしてきたワケじゃないだろうな?」

「国家機密だ」

 

 レノックスはサヴォイにたずねるが、けんもほろろにあしらわれた。

 この黒ずくめに何を聞いても無駄と察したレノックスは、軍人としての使命に従い民間人の安全を優先し、バンに乗り込もうとしていた引率の教師に向かって声を上げる。

 

「取り残されてる子供はいないな!」

「ええと……」

「はいはーい! 子供なら、ここに一人いまーす!」

 

 突然聞こえてきたやたらと陽気な声に、その場にいる全員の視線がそちらを向く。

 

 そこにいたのは、モヒカン刈りのようなトサカと、魚類か爬虫類のような異相を持った金属の人型だった。

 細長い腕に男の子を一人抱え、その首筋にナイフを押し当てている。

 

「いいたいこと分かるよな! 言うこと聞かないと、この子がR指定な目に遭っちゃうよ~ん!」

 

 恐怖に震える子供の顔に自らの顔を擦り付けるモホーク。

 その後ろの建物の影から、ニトロ・ゼウスも顔を出す。

 

「お! こんなトコにまだいやがったか!」

「ニトロ、こいつら連れてこうぜ! バリケードの奴が殺すなって言ってたし!」

 

 楽しそうに笑う二体に、サヴォイ隊の隊員が銃を向けようとするが、サントスに止められる。

 

「よせ! 子供に当たる!」

「糞が……!」

 

 毒づくサヴォイだが、それで状況が好転するワケもない。

 レノックスたちもサントスたちも、持っていた武器を捨てる。

 サヴォイですら、少し躊躇したものの懐の拳銃とナイフを地面に置いた。

 

「はーい、それじゃあ人間様一行、ご案内~!」

「多分、行先は地獄だけどな!!」

 

 人間たちを思い切り嘲笑するニトロ・ゼウスとモホークに武器を向けられて、レノックスたちは歩きだすのだった。

 




ガルヴァトロンの変形パターンは、ユナイトウォーリアーズ版モーターマスターを参照のこと。

そしてドローン軍団は、ビーストウォーズリターンズのヴィーコンがモチーフ。

今回のキャラ紹介。

ウィリアム・レノックス
アメリカ陸軍大佐。
原作同様に米国陸軍の軍人で、こちらでも大佐にまで出世している。
歴戦の勇士だが、軍の方針により内地勤務。
この世界では、対ディセプティコンのプロだった原作と違ってトランスフォーマーと戦うのは今回が初めてなため、逃げようとするので精一杯だった。

最近の悩みは娘さんが反抗期っぽいこと。

ロバート・エップス
レノックスの副官である黒人男性。
原作では一度退役しているが、こちらではずっと軍人。
内地勤務で燻っていたが、思いもかけずトランスフォーマーの戦いに巻き込まれる。

小説版によると、実は結婚していて子供も何人もいる。


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第11話 ホット・ロッドとガルヴァトロン

「ッ……!」

「大丈夫か?」

 

 強制スリープモードに入っていたホット・ロッドが目を覚ますと、最初に聞こえたのはそんな声だった。

 上体を起こすが、あのボルトの影響か、各種センサーに不具合が出ているようだ。視界も聴覚もはっきりしない。

 立とうとすると、よろめいてしまう。

 

「……大丈夫だ、ゆっくり自己診断と自己回復をするんだ」

「あ、ああ……」

 

 倒れそうになるのを支えてくれた誰かに優しく声をかけられて、その通りにすると少しずつ視界が戻ってきた。

 そして、最初に目に入ったのは、銀と黒、青のボディに二本の角と赤いオプティック。そして胸に刻まれたディセプティコンのエンブレムだった。

 

「ッ……ディセプティコン!」

 

 相手がディセプティコンであると気付き、ホット・ロッドはその場を飛び退く。

 背中に手をやるが、銃がない。視線を巡らせれば、ここは何処かの軍事基地のようだった。

 しかし、破壊しつくされ瓦礫や兵器の残骸が辺りに散乱し、煙が上がっている。

 

 敵愾心を剥き出しにするホット・ロッドに、そのディセプティコン……ガルヴァトロンは目を丸くする。

 

「どうしたのだ、ロディマス? 俺の顔を忘れたのか?」

「……ロディマス? そんな名は知らないな! お前が誰かもな!」

 

 なんとか隙を伺おうとするが、近くにはもう一体のディセプティコン……バリケードが腕を組んで立っていた。

 

「どういうことだ……?」

「そいつは記憶を失っているようだ。貴様のこともすっかり忘れているようだな。……貴様の話が真実なら、だが」

 

 怪訝そうに声を漏らすガルヴァトロンだが、半ば以上崩れた基地の建物から飛び出してきた女性型のディセプティコンの言葉に、沈痛な面持ちになる。

 

「なんということだ。……大変だったな、ロディマス」

「……俺とお前は、知り合いなのか?」

 

 ジリジリと後退しながらも、ホット・ロッドは聞かずにはいられなかった。

 

 ロディマス。

 

 そう呼ばれた時、確かに奇妙な感覚が過ったからだ。

 今名乗っているホット・ロッドという名前自体は、ホットロッドカーから取ったに過ぎない。

 

 ロディマス。

 

 それが本当に自分の名なのだろうか。

 

 ガルヴァトロンは、安心させるように穏やかな笑みを浮かべた。

 

「知り合いなんてものじゃないよ、ロディマス。この俺、ガルヴァトロンとお前、ロディマスは、たった二人残った兄弟なんだ。お前は俺の……弟なんだ」

 

 結論。

 こいつの言っていることは出鱈目だ。

 自分はオートボットなのだから。

 トランスフォーマーの兄弟はスパークを分けた双子しか有り得ない。

 そして同じスパークを持つなら、種族も同じなはずだ。

 

「いいや、ロディマス。俺たちの世代でオートボットやディセプティコンだなんていうのは小さな差だ。俺たちは同じ父と母の間に生まれたんだよ。……偉大なるメガトロンと、女神レイの間に」

「…………………俺が、メガトロンの子供?」

 

 有り得ない。出任せだ。

 だって、メガトロンの子供たちはまだ小さな幼体しかいないはずだ。

 前にネプテューヌが持っていた画像を見た。

 

 理屈ではそう分かっているのに、奇妙に視界がぐらつく。

 体が震える。

 ブレインサーキットが痛い。

 胸の内のスパークがざわついている。

 まだ、ボルトの影響が残っているのだろうか?

 

 ガルヴァトロンは、一瞬で距離を詰めると、震えるホット・ロッドを抱きしめた。

 

「大丈夫、大丈夫だ、ロディマス。俺が一緒にいる。最後に残った家族だからな。記憶なら、ゆっくりと思い出してゆけばいいんだ」

 

 穏やかな声と腕の力強さに、不思議と安心できた。

 だんだんと、ホット・ロッドはこのディセプティコンが本当に兄なのではないかと思い始めていた。

 

「それでロディマス。お前は……」

「ボス、ボス~!」

 

 その時、声がした。

 難しい顔をしたバリケードや女性型が顔を巡らせると、単眼の航空兵ニトロ・ゼウスと、人間大でモヒカン頭のモホークがやってくる所だった。

 彼らはいくらかの人間たちに武器を向けて無理矢理歩かせていた。

 脱出に失敗した子供たちと、レノックスやエップスを含めたこの基地の軍人たち、そしてサヴォイとサントスらセクター7の部隊の隊員だ。

 

「逃げようとした連中を取っ捕まえたぜ!」

「ああ、ありがとう」

「ボス、こいつらどうすんの? 殺しちゃう?」

 

 抱擁を解き朗らかに礼を言うガルヴァトロンだが、モホークは腕に抱えた男の子の首に手に握ったナイフを当てる。

 命じてくれれば、すぐにでも掻き切ると言いたげだ。

 たまらずレノックスとサントスが吼えた。

 

「子供に手を出すな! 殺すなら俺からにしろ!!」

「いいや、俺だ! 俺からやれ!」

「残念だが最初に死ぬのは……そいつだ」

 

 ニヤリと顔を冷酷に歪めたガルヴァトロンの視線に刺され、サヴォイが冷や汗を垂らす。

 しかしガルヴァトロンは自分では手を下さず、ホット・ロッドがセクター7に奪われた銃を、本来の持ち主に差し出した。

 

「さあ、お前がやるといい」

「ガルヴァトロン、それは……」

 

 止めようとするバリケードだが、ガルヴァトロンは聞かない。

 

「聞いたぞ。この男だろう? お前を酷い目に合わせたのは」

「…………」

 

 銃を手にしたホット・ロッドは、自然と銃口をサヴォイに向けた。

 サヴォイは憎々し気にオートボットを見上げる。

 

「殺すがいい、この化け物め……!」

 

 引き金に掛ったホット・ロッドの指に力が籠る。

 こいつのせいで、うずめも他の皆も、辛い目に遭った。

 積もった憎しみで視界が真っ赤になっていく。

 

「俺が死んでも、他の奴らが必ず貴様らを根絶やしにするぞ。貴様らはアメリカと人類を敵に回した……!」

 

 この期に及んでもサヴォイは命乞いするどころかギラギラと目を光らせる。

 褒めるべき胆力だが、それはこの場において火に油を注いだだけだ。

 

「不快な男だ……さあ、恨みを晴らすといい。こいつが死ぬのは、当然の報いだ」

 

 ガルヴァトロンの声に、ホット・ロッドは深く共感した。

 そう、当然の報いだ。

 

 本人は気付いていないが、この時ホット・ロッドのオプティックが清涼な青から、鮮烈な赤へと変わり、体のオレンジの部分が黒っぽい紫へと変色していた。

 

 湧き上がる憎悪のままに、ホット・ロッドは引き金を引こうとし……。

 

「パパ、ママ……」

 

 子供のすすり泣く声に気付いた。

 見回せば皆、恐怖に震えている。

 そして、不意に前に聞いたオプティマスの言葉がブレインに再生された。

 

(よくやった戦士よ。無辜の民を守るのが我ら、オートボットの務めだ)

 

 確かに、サヴォイのことは憎い。

 思い知らせてやりたいと、思った。

 しかしそれは、無関係な人間を……まして罪の無い子供を巻き込んでまでしたいことではない。

 

(例えば……例えば、人間が私の仲間たちを傷つけたとしよう、卑劣な裏切りや騙し討ちに遭ったとしよう。私はきっと人間のことを憎むはずだ。……しかし、それでも守るために戦うだろう)

 

(人が死ねば、ネプテューヌが悲しむからだ)

 

(オイラ一人の、感情で、戦争起こす気には、ならない。……ネプギアが、傷つくから)

 

(君にもそんな相手がいるはずだ。彼女を、悲しませないようにな)

 

 以前聞いたオプティマスとバンブルビーの言葉が頭を過る。

 それは驚くほどの強い決意をホット・ロッドに齎した。

 銃を下ろす決意をだ。

 

「ロディマス?」

「何してんだよ、お前がやらないなら、俺がやるぜ!」

 

 何時まで経っても撃たないホット・ロッドを怪訝そうに見るガルヴァトロンだが、業を煮やしたニトロ・ゼウスが、右腕のキャノン砲をサヴォイに向け撃った。

 

 その瞬間、ホット・ロッドはサヴォイとニトロ・ゼウスの間に割り込み、砲撃を体で受ける。

 目の色は青に、体の色は黒とオレンジに戻っていた。

 

「ガッ……!」

「な!? ロディマス!」

「お、俺のせいじゃねえ! こいつが勝手に……」

 

 弟の行動に一瞬愕然とするも、ガルヴァトロンはすぐに膝を突いたホット・ロッドに駆け寄り、ニトロ・ゼウスはオロオロとする。モホークも、思わず子供を放してしまった。

 だが、もっとも驚いていたのは庇われたサヴォイだった。

 何が起こったとのか理解できないという顔で、大口を開けている。

 

「ロディマス、大丈夫か!? なぜ、こんなことを……」

「そりゃ、こっちの台詞だぜ……!」

 

 自分を助け起こそうとする、ガルヴァトロンを睨みつけ、ホット・ロッドは吼える。

 

「確かにそいつは憎いよ。でも、この基地の奴らや、増して子供たちは関係ないだろう! なんでこんなことするんだよ、あんた!」

「子供もやがては大人になって、俺たちを狩るようになる。そういう生き物だ、地球人と言うのは」

 

 諭すように語るガルヴァトロンだが、表情と声の響きには、抑えきれぬ激情があった。

 

「あんたが地球人をどう思ってるのかは知らない。でも、地球人にだって良い奴はいる!」

 

(人間っていうのは馬鹿だからな。生きてる相手なら……助けたいって思っちまう)

 

(僕は君たちのためなら力を尽くすつもりだ……友達、正確には友達の友達だからね)

 

 ホット・ロッドのブレインに、ケイドやサムのことが思い出される。

 彼らは地球人だが、自分たちを受け入れてくれた。

 

 そしてうずめは、そんな彼らを守りたいと思っているはずだ。

 

「そんな物は見せかけだけだ! この糞蟲どもに生きる価値などない!! なあロディマス、正気に戻れ。……俺たちはな、地球人どもを殺すために、ここまで来たんだぞ。この悍ましい、蛆虫にも劣る最悪の生き物を……そして、奴らを扇動した女神、()()()()()()をな!!」

 

 目を鋭くして放たれたガルヴァトロンの言葉に、ホット・ロッドは確信する。

 このディセプティコンが本当に自分の兄なのか、本当に自分はメガトロンの息子なのかは分からない。

 

 しかし、分かった。()()()()()()

 

 バチバチと体に稲妻を纏うガルヴァトロンの後ろでは、女性型ディセプティコンが死ぬほど驚いた顔をしていた。

 まるで予想していなかったという風だ。

 

「うずめを……殺すだと?」

「そうだ! 我が怨敵、天王星うずめ!! 奴の四肢を切り落としてしから腹を裂いて臓物を引き摺りだし、その首を刎ねて晒し物にしてくれる!!」

 

 ついに怒りを抑えられなくなり、ガルヴァトロンは全身から放電しながら咆哮する。

 目の瞳孔が異常なほど収縮し、狂気が露わになる。

 しかし、ホット・ロッドは怯まない。

 

「それなら……俺は、うずめを守る! うずめが守る人間を守る!」

「ロディマス……お前、何を言っている?」

「俺はロディマスじゃない、()()()()()()()だ!!」

 

 高らかに宣言する若きオートボット。

 怒りに燃えるディセプティコンの両腕に、雷が溜まっていく。

 

「ふ、ふははは、あーっはっはっはっ!! この愚か者めが! 天王星うずめが、地球人が何をしたか忘れ……ああそうか、忘れているのだったな」

 

 哄笑したかと思えば激怒し、ついで急に平静になる。

 明らかにまともな精神状態には見えない。

 

「思い出せ、奴らは……」

「そこまでだ! ディセプティコン!!」

 

 ガルヴァトロンが何か言おうとした時、よく通る深い声が辺りに響いた。

 その声の主が、誰かは考えるまでもなかった。

 彼らが、来てくれたのだ。

 

「オプティマス……!」

「無事か、ホット・ロッド?」

 

 煙の向こうに、オプティマス・プライムが剣と盾を手に立っていた。

 




女性型ディセプティコン(?)のモチーフはヘケへけ版メガトロンだったりします(もちろん、あれよりかなり細身だけど)

今回のキャラ紹介(今回登場してないキャラだけど)

ディセプティコン破壊大帝メガトロン
ご存知、育児大帝。
ディセプティコン全軍を指揮するリーダーにして、同種族の指導者。
オプティマスの最大のライバルにして、昔からの親友。
前作でなんやかんやあって愛に目覚め、オプティマスと和解した。
本人曰く憎悪や野望を捨てたワケではなく、子供たちの未来やレイの方が大事というだけらしい。
オプティマスと組むとツッコミ担当になる。

前作で大暴れしたので、今作ではほとんど出番がない予定。

ディセプティコン女神レイ
太古の昔に滅んだ大国タリの女神。
ネプテューヌの最大のライバルにして年齢を超えた親友。
元々はキセイジョウ・レイと名乗っていたが、本人なりに過去と決別するためにレイとだけ名乗るようになった。
現在は様々な出来事を経て伴侶になったメガトロンや子供たちと共に、惑星サイバトロンで暮らしている。

前作で大暴れしてので(略)


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第12話 ターゲットマスター

「オプティマス……!」

「そこまでだ。貴様が何者かは知らぬが、これほどの狼藉を見過ごすことはできない」

 

 破壊された基地で、ガルヴァトロンとオプティマスとが睨み合う。

 今だ怒りと狂気の冷めやらぬガルヴァトロンだが、ある程度は冷静さを取り戻した。

 

「オプティマス、偉大な戦士よ……この連中を守るつもりか?」

「無論だ」

「そうか、そうだろうな。ならば……無力化させてもらう!!」

 

 言うや、ガルヴァトロンの手から稲妻が放たれるが、オプティマスはそれを盾で受けた。

 いかなる理屈によるものか、ベクターシールドは電撃を完全に防いでいる。

 ならばとばかりに、ガルヴァトロンは腕に備えたブレードで斬りかかり、オプティマスが迎え撃つ。

 金属と金属がぶつかって轟音が響き、火花が散る。

 

 ホット・ロッドは少しでも援護しようと銃を撃つが、ガルヴァトロンの周りに発生した稲妻がバリアの役目を果たし、弾が届かない。

 

 その姿を見たバリケードは一瞬動揺するが、すぐに振り向き後ろから接近していたバンブルビーの蹴りを右腕で防御する。

 

「ッ……! 貴様か」

「なにやってんだよ、あんた!」

 

 助けにきたはずのバリケードが、犯罪者たちと共に破壊活動をしていることにバンブルビーは憤る。

 それを察しているのか、バリケードは苦み走った顔をする。

 

「いろいろあるんだよ。こっちにも……!」

 

 バンブルビーを弾き飛ばしたバリケードは、両手にナックルダスターを展開する。

 左拳には『PUNISH』、右の拳には『SLAVE』と刻まれているそれで、敵に殴りかかる。

 

「まるでアニメだ……」

「いや、アニメのロボットはもうちょっとスマートに戦うぜ……」

 

 初めてみる巨大ロボット同士の対決に、レノックスと部下の兵士たちは呆然と声を出した。

 確かに、レノックスが前に見た白くてV字の角の生えたロボットのアニメでは、宇宙を飛び回りかっこよく戦っていた気がするが、こいつらの戦いは何と言うか泥臭い。

 その分、身近にも感じるが。

 

「てめえら、くたばりやがれ!!」

「おっとどっこい!」

「ディセプティコン殺すべし、慈悲はない! イヤー!」

 

 ニトロ・ゼウスが右腕のキャノン砲を撃とうとするが、ビークルモードで変形しながら突っ込んできたクロスヘアーズに撃たれて怯み、さらにドリフトに横一文字の斬撃を躱して空に逃げ、ハウンドのガトリングの弾に当たらないように飛び回る。

 

「おいおい、こっちには人質ってもんが……」

「ほにゃーッ! 夢幻、粉砕拳!!」

 

 モホークは適当な子供を再び捕まえようとするが、空から急降下してきたオレンジ色の流星……オレンジハートに変身したうずめの拳を飛び退いて躱す。

 

「へっ、そんな不意打ちにやられるモホーク様じゃあ……」

「てりゃあああ!!」

「ぎにゃああああ!?」

 

 ニヤリと笑ったモホークだが、真横からのネプテューヌの飛び蹴りを受けて大きく吹き飛ぶ。

 

「わたし、参上! わたしたちが来たからにはもう大丈夫だよ!」

「みなさん、こっちへ!」

「急ぐんだ!」

 

 その隙に、ネプギアやサムたちがレノックスたちを誘導する。

 突然の乱入に顔を見合わせるレノックスとエップスだが、テレビでよく目にする有名人に気付いて目を見開いた。

 

「あんた、サミュエル・ウィトウィッキーか? サイバトロン・システムの社長の!」

「……レノックス? それにエップスも!」

 

 懐かしいアメリカ陸軍大佐とその副官の姿を見とめたサムが破顔するが、当の二人はなぜサムがそんな顔をするのか分からなかった。

 そうだった、こっちでは初対面だったとサムは誤魔化すように笑った。

 顔を見合わせるレノックスとエップスだが、今はそんな場合ではないと割り切り、子供たちを抱えて移動する。

 

 しかし、その行く手に突然ビームが降り注いだ。

 当たりはしなかったが、爆風から子供たちを守るべくレノックスやサントスが彼らをかばい、さらに前に飛び出したネプテューヌら女神たちが障壁を張る。

 

「ちょっとちょっとー! 子供を狙うなんて酷いよー!」

「そうだよー! こんなことするのは、いったい誰?」

 

 怒りを露わにしつつも迫力に欠けるネプテューヌとうずめ。

 上空を見上げれば、宙に浮いた銀色の大砲のような物が、砲口から煙を上げていた。あの女性型ディセプティコンが変形した物だ。

 ネプテューヌたちは知らぬが、これでもガルヴァトロンと合体していた時よりも大分威力が落ちている。

 

「あーはっはっは! あーはっはっは!」

 

 大砲は高笑いを上げたかと思うと、全体を四つに開くようにして変形し、四枚の翼を持った女性型ディセプティコンに戻った。

 

「そ、その古臭い悪役笑いはひょっとして……」

「うん。なんか凄い既視感が……」

「……?」

 

 猛烈に嫌な予感がするネプテューヌとネプギアの横で、うずめは首を傾げていた。

 彼女たちの前で、女性型ディセプティコンの姿が揺らぎ、別の姿になる。

 

 その姿は……。

 

「久し振りだな、女神ども!」

 

 銀色の髪を長く伸ばし、意思の強さを感じさせるアイスブルーの瞳を持った、理知的な雰囲気の美しい女性だった。歳は20代終盤くらいに見える。

 

『……誰?』

 

 予想とまったく違う女性に、女神姉妹は揃って呆気に取られた。

 その反応が気に食わないのか、銀髪の女性が眉根を不愉快そうに吊り上げる。

 

「私だ、私! 女神の敵、世界に革命という福音を齎す者、マジェコンヌだ!!」

「えー、うっそだー。マザコングっていうのは、あなたみたいなクールビューティー系じゃなくて、もっとこうコテコテの悪役みたいな恰好と濃い化粧の、ナスの臭いが染み付いてるおばさんだよー?」

「いきなり失礼だな、貴様!! しかも名前間違ってるじゃないか!!」

 

 ネプテューヌの物言いに、マジェコンヌ(自称)が目つきを鋭くする。

 そうすると、確かに女神たちと敵対していた女性の面影があった。

 

「ほ、本当にマジェコンヌさんなんですか?」

「だから、そう言っているだろうに! こ、れ、が! 私の本当の姿なのだ! ええい、相も変わらずふざけた奴らめ!!」

 

 困惑しているネプギアに、マジェコンヌ(暫定)はがなる。

 ネプテューヌは本当に、珍しく本当に困った様子だった。

 

「いやだって、前作であんな良い人ムーブを出すようになったのに今更って感じだよ」

「そうですよ。マジックちゃんはどうしたんですか?」

「マジックなら、自称幼年幼女の味方がやってる孤児院に預けてきた……ってそんなことはどうでもいい!!」

 

 姉妹に問われ、律儀に答えたが途中でこれ以上ペースを乱されてなるものかと叫ぶマジェコンヌ。ちなみにマジックとは、紆余曲折あってマジェコンヌが引き取ることになった幼い少女である。

 一方で、うずめは何やら悩まし気に頭を振る。

 必死に何かを思い出そうとしているようだった。

 

「マジェコンヌ、マジェコンヌ……? マジェ……」

「……ふん、まあいい。今日はお前たちに付き合っている暇はない」

 

 急に、マジェコンヌの纏う雰囲気が怜悧な物へと変わり、そして姿が銀色のトランスフォーマーへと変化する。

 

「なにそれ? メガトロンの真似? ×ガトロソとか?」

「名前はともかく、メガトロンリスペクトなのは確かだな。私は研究と研鑽を重ね、トランスフォーマーへと体を変化させる技を編み出したのだ。名付けるのならば、ターゲットマスター」

 

 ターゲットマスター・マジェコンヌは、悪役根性故か律儀に説明すると、オプティマスと組みあっているガルヴァトロンに向けて大声を出した。

 

「ガルヴァトロン! このままでは不利だ、引き上げるぞ!!」

「…………いいだろう。ディセプティコン、退却!!」

 

 狂気の中にもまだ消えない冷静な部分で、数の上での不利と、今後のことを計算し、ガルヴァトロンはマジェコンヌの提案を受け入れる。

 

「逃がすかよ!」

「その首、差し出せい!」

「誰が差し出すか!」

 

 当然、逃がすまいとするクロスヘーズとドリフトだが、空を飛べるニトロ・ゼウスはグリペンに変形して飛び去る。

 

「てめえ……!」

「悪いな、まだ捕まるワケにはいかん」

「おーい、待ってくれよー! 置いてかれるのは死亡フラグだってばさー!」

 

 バンブルビーと熾烈な格闘戦を演じていたバリケードも、隙を見て変形し走りだし、慌ててモホークもバイクに変形する。

 

「待て!」

「オプティマス、それにオートボットたちよ。地球人に味方をするのは止めた方がいい。必ず後悔するぞ……!」

 

 右腕にカノン砲に変形したマジェコンヌを装着したガルヴァトロンの体がフワリと宙に浮かび上がる。

 どうやらジェットなどの推進装置がなくとも飛べるようだ。

 

 飛べるうずめが追おうとするが、ガルヴァトロンはカノン砲を無造作に撃つ。

 発射された光弾が空中で弾けて、強烈な閃光を放った。

 

「うお眩しッ!」

 

 誰ともなく、そんなことを言う。

 光が収まるとディセプティコンの姿はすでになかった。

 クロスヘアーズが短機関銃を掲げて声を上げる。

 

「くそう、逃げ足の速い! オプティマス、すぐに追いかけよう!!」

「待て待て、誰か説明してくれ! この機械のデカブツやら、空飛ぶワンダーウーマンやらはいったい何なんだ!? さっきからずっと同じこと言ってるけどな、そろそろ誰か答えてくれ!!」

 

 あずかり知らぬ所で話が進んでいくことにたまりかねたエップスの声に、他の兵士たちもそうだそうだと同調する。

 彼らは、警戒心を剥き出しにしていた。

 

 子供たちはやはり怯えている。

 

「ふっふっふ! 怖がることはないよ! わたしたちは、遠い宇宙からやってきた正義の使者なのだ!!」

 

 こういう時に、やはりと言うべきかネプテューヌが意の一番に声を上げた。

 しかし、軍人たちは胡乱な物を見る目で彼女を見る。

 反対に子供たちは、少し警戒を緩めたようだ。

 

「おーい、みんなー! 無事かーい?」

 

 オプティマスがさてどうしたものかと考えていると、そこで水色のスクーターがやってきた。

 乗っているのは……海男だ。

 彼は足手まといにならないようにとスクィークスと一緒に後からやってきたのだった。

 ネプテューヌが彼らに声をかける

 

「もー。海男、遅いよー」

「すなない。あー……またひどいな、これは」

 

 スクィークスの座席からフヨフヨと浮かび上がった海男は破壊され基地の惨状を見回し、呟く。

 

 人間たちは、サムを中心に集まっていた。

 エップスは真理を得たような顔で言った。

 

「つまり、この連中はあんたんとこの会社が作ったロボットか! そっちのお嬢ちゃんも、あんたの仕込みだな!」

「まあ、そんなとこ。……あ、さっきまで暴れてた連中は違うよ。あれは別口」

「待て、嘘八百を並べるな!」

 

 面倒くさいことにならないように咄嗟に誤魔化そうとすると、サヴォイが割り込んできた。

 

「こいつらは、宇宙からやってきたエイリアンだ! さっきのと同じ種族のな!」

「どうも、CIAのサヴォイさん。……エイリアンとか、Xファイルの見過ぎじゃない? それともメン・イン・ブラックとか?」

「じゃあ、その人面魚はなんだ!!」

「あ、これは最新鋭のアニマトロニクスで動く、わが社のマスコット」

「やあ、僕海男!」

 

 サムの嘘に乗り、何だか甲高い声を出す海男。

 何だかサムの態度が刺々しいが何を隠そう、前世では彼に……正確には平行存在のサヴォイに……撃ち殺されたのだから、この態度も仕方のないことだ。

 サヴォイはサヴォイで憎々し気にサムを睨む。

 

「やはり貴様は、奴らとつるんでいたんだな! 前から怪しいと睨んでいたんだ!!」

「何のこと? ところで、おたくがウチの会社にしてくれた営業妨害について、後で弁護士を交えてゆっくり話したんだけど……」

「パパー!」

 

 言い合う二人だが、そこで軍人たちに介抱されていた子供たちの中から、一人の子供が飛び出し駆けてきた。

 サムはその姿を見て、目を丸くした。

 

「ダニー? どうしてここに? 今日は美術館見学じゃなかったのか?」

「先生に言って、こっちにしてもらったんだ。美術館なんてつまんないんだもん」

 

 ダニーなる男の子を抱き上げて、サムは顔を少し厳しくする。

 

「悪い子だ、ダニエル。ママに叱られるぞ」

「ごめんなさい……」

「サム、この子は?」

 

 ネプテューヌがたずねると、サムは答えた。

 

「ああ、この子はダニエル。ダニエル・ウィトウィッキー。僕の息子だ」

「おおー! よく見れば確かに似てるね! よろしく、ダニエル」

 

 笑顔で、ネプテューヌはダニエルの頭を撫でる。

 綺麗なお姉さんに撫でられて、ダニエルは嬉しそうだ。

 

「えへへ……ねえ、この人やあのロボット、パパの友達? 助けてもらったんだよ!」

 

 ホット・ロッドのことをキラキラとした目で見る息子に、サムは苦笑しつつも嬉しく思う。

 トランスフォーマーの実物を見れば、もっと怖がるかと思ったが、どうやら血は争えないらしい。

 

「ああそうだよ。彼らは僕の、友達なんだ」

「凄いや! あのオジさんも、助けてもらったんだよ!」

 

 そう言ってダニエルが見たのは、サヴォイだった。

 意外そうな顔になるサムに、黒ずくめの男は顔を歪める。

 

「その一瞬前には殺されかけたがな!」

「CIAは感謝って言葉を知らないのかな? ……ああ、知らないのは恥か」

 

 冷たい声で皮肉を言うサムに、サヴォイは鼻を鳴らす。

 

「ヒール! ……これで大丈夫です!」

「傷が治った、まるで魔法だ……」

 

 一方でネプギアは怪我をした兵士たちに回復魔法をかけて周っていた。兵士たちは初めてみる本物の魔法に、驚いていた。

 ホット・ロッドは神妙な様子でオプティマスの前に立っていた。

 仁王立ちする総司令官は、厳しい顔だ。

 

「……なぜ、私が怒りを感じているか分かるか?」

「勝手に行動した挙句、自爆したから……です」

「なあ、オプっち、それくらいに……」

「うずめ、ここは彼に任せよう」

 

 見かねてうずめが止めに入ろうとするが、海男に諫められた。

 ホット・ロッドがしでかしたことは重大だからこそ、誰かが叱らなければならないのだ。

 

「それだけではない。お前の行動は結果的にオートボットたちだけではなく、ケイドやサム、それにうずめまでも危険に晒したのだ。……それはお前にとっても、望むことではないはず」

「……はい」

 

 思えば、少し考えれば分かるはずだったのだ。

 しかし怒りに飲まれて、みんなに迷惑をかけた自分を、ホット・ロッドは深く恥じた。

 それを感じ取ったのだろう、オプティマスは首を垂れる若者の肩に手を置く。

 

「だが無事でよかった」

 

 ホット・ロッドは力なく笑んだ。

 その胸の内には、様々な苦悩が浮かんでは消える。

 うずめのこと、サヴォイこと、それにガルヴァトロンと彼の言ったこと……。

 

「そうだ、ガルヴァトロンだ! オプティマス、あいつは人類を皆殺しにしようとしてるんだ。それから……うずめのことも!」

「どういうことだ?」

 

 その言葉が聞こえたうずめが、変身を解いて近寄ってきた。ネプテューヌやネプギア、そして海男も一緒だ。

 ホット・ロッドは、何とか情報を整理しようとする。

 

「あいつは……何を考えてるのかは分かんないけど、人間を憎んでる。うずめのことも憎んでるって言ってたけど、さっきはうずめがいたのに反応しなかった。ひょっとして顔は知らないのかも?」

 

 あれほど憎んでいるにも関わらず、ガルヴァトロンはうずめに気付いた様子はなかった。

 

「俺を……!? あいつは、俺の過去を知ってるのか?」

 

 不安げな表情になるうずめ。

 日々を明るく生きる彼女も、やはり自分の失われた記憶が気になるのだ。

 

 話を聞いていた海男は顎……顎?にヒレを当てて考え込む。

 

「しかし、地球上には70億以上の人間がいる。それを殺し尽くすとなると……核でも使う気か? あるいは細菌かウイルスの類か?」

「とにかく、いまどき人間皆殺しなんて流行んないこと止めないとね!」

 

 ネプテューヌが周囲を奮い立たせるように言うと、オプティマスは厳かに頷いた。

 

 その時、サムとサヴォイの胸ポケットからアラーム音がした。

 すぐさま、二人は通話に出る。

 

「はい、もしもし?」

『おい、サム! 聞こえるか!』

「シモンズ? どうしたんだ?」

 

 サムのスマートフォンにかけてきた相手はシモンズだった。

 いやに慌てている。

 

『セクター7の施設が襲われた! 例の車に給油するアンゴルモアを保管しとく場所だ! 郊外のなんてことない食品倉庫に偽装されてたんだがな、プレデターのパチモンみたいなの二体と、不細工なズングリムックリ野郎に襲われて、アンゴルモアを根こそぎ奪われたらしい!!』

「なんだって!?」

「どういうことだ!!」

 

 その内容に驚いていると、サヴォイも同様に叫んでいた。

 同じような報告を仲間から受けたのだろう。

 

 オートボットたち、とみにオプティマスは、スマホから漏れ出る音声を正確に拾っていた。

 故に険しい顔で、戦士たちに命令を下す。

 

「オートボット、街へ戻るぞ!! 人間たちを、守らなければ!」

 




ターゲットマスター・マジェコンヌ
かつて幾度となく女神たちに挑んできた魔女めいた風貌の女性。自称、女神の敵。
ディセプティコンと組んでいた時期もある。
他者の姿や力をコピーする特殊能力を持ち、これを応用することでトランスフォーマーになることすらできる。
この作品では、一般によく知られる魔女の姿すら、この能力と魔術を組み合わせて作った仮の物に過ぎない。
地球に来てからは、何らかの決意の表れとして、本来の姿である銀髪にアイスブルーの瞳の女性の姿で活動している。

ダニエル・ウィトウィッキー
サムの息子。
父に似て割とエキセントリックな部分はあるが、根は純真な少年で、トランスフォーマーへの差別意識は全く無い。

名前の由来は、ザ・ムービー以降に登場するスパイクとカーリーの息子。


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第13話 ダークメガミ

 うずめたちの暮らす街のシンボルである、女神像のある島。

 そこには今、緑色のレッカー車と黒塗りのサバーバン、錆塗れのトランスポルターが並んでいた。

 

 まるで、指揮官の到着を待つ兵士たちのように。

 

 レッカー車は後ろのクレーンで現金輸送車を無理やり牽引していた。

 そこへ、銀と黒のノーズフラット型のトレーラーキャブと、黒いパトカー、ネイキッドのバイクが橋を渡ってきて車列の前で止まる。

 トラックの運転席から銀髪の女性……マジェコンヌが降りてくると、トラックはギゴガゴと音を立ててガルヴァトロンの姿に戻った。

 すると、他のディセプティコンたちもロボットモードに戻り、上空からはニトロ・ゼウスも降り立つ。

 

「例の物は?」

 

 マジェコンヌが問うと、オンスロートは自分が引いてきた輸送車を視線で指した。

 その後部に回り込んだマジェコンヌはハッチを開くと、中には暗い紫色の毒々しくも怪しく輝く結晶が、透明なシリンダーに入れられて大量に収められていた。

 シリンダーは一つ一つが一抱えもあるほど大きい。

 その一つを手に取り、地面に置いて中から結晶を取り出す。

 

「ふふふ、これだこれだ……!」

「これがそうか。みな、ご苦労だった」

 

 結晶の表面を撫でながら、満足気に薄ら笑いを浮かべるマジェコンヌを見て、ガルヴァトロンは居並ぶディセプティコンたちに労いの言葉をかける。

 しかし、オンスロートは不満げな顔だ。

 

「これがいったい何の役に立つ? 正直、強力な兵器にはとても見えないのである!」

「まーなー」

「それよか、はよ暴れたいわ」

 

 ドレッドボットも同調するが、バーサーカーはどうでもよさげだ。

 ガルヴァトロン以外の他の者も、同様に懐疑的だ。

 しかしマジェコンヌは自身ありげにニヤリと笑った。

 

「まあ、見ているがいい。……これはな、ダークエネルゴンと呼ばれる物だ。この世界の連中はアンゴルモアとも呼んでいる」

「ダークエネルゴン?」

 

 聞いたことのない単語に、首を傾げるガルヴァトロンだが、マジェコンヌは構わず手の中に杖を呼び出して軽く振る。

 すると杖の動きに合わせるように、ダークエネルゴンが宙に浮き上がった。

 同じように何度か杖を振るうと、全てのダークエネルゴンがシリンダーを砕いて飛び出し浮かび上がる。

 

「これがあれば、最強の手下を作ることが出来る……!」

 

 マジェコンヌは一人ごちると何処の物ともつかぬ言葉で呪文を口ずさみ、すると本人の体も地面から離れる。

 空中に浮かんだ女性が杖を手に呪文を唱える姿は、宗教的な儀式を思わせた。

 

 呪文に合わせて、ダークエネルゴンはより強く、より妖しく輝きを増していく。

 そして、呪文の終わりと共にマジェコンヌが思い切り杖を振ると、ダークエネルゴンの結晶は流星群のように、女神像に殺到した。

 金属製の女神像に、次々と結晶が突き刺さる……というよりは、まるで水面に沈むようにして内部へと吸い込まれていく。

 

 同時に、女神像の表面に細かいヒビが入り、中からダークエネルゴンの物と同じ輝きが漏れ出した。

 

 異常を察知した警官隊が駆けつけるが、橋の中ほどで止まる。

 パトカーの運転席から顔を出した警部が、唖然と呟いた。

 

「なんだありゃあ……?」

 

 女神像がギゴガゴと異常な音を立てながら、ヒビに沿って細かいパーツに寸断され、組み変わっていく。

 街のシンボルである女神像が、何か……何か別の物に造り替えられていく。

 

 そうして現れたのは、やはり巨大な女性の姿をした何かだった。

 だが機械的な鎧を纏っているかのような姿で、背中には巨大な翼がはためいている。

 目元は真っ赤なバイザー状のパーツに覆われ、胸元と額には何故か真紅に輝く電源マークのような印があり、全身に紫に発光するパーツが配置されている。

 優に30mはある巨体は、見ているだけで圧倒されてしまうが、それだけはなく、異常なまでの禍々しさとある種の神々しさを同時に備えていた。

 

 まさしく、女神のように。

 

 

 

 

 オートボットたちは、後始末をするというサムを基地に残して、街への道を急いでいた。

 

「なんだ、あれは……!」

 

 しかし、山を越えたところで、遠目からも女神像が動き出すのが見えた。

 

「なんだか、女神化した時のお姉ちゃんに似てる気がする……」

 

 バンブルビーの運転席に乗ったネプギアの呟く通り、女神像の姿は何処か女神態のネプテューヌ、すなわちパープルハートに、何処か似ていた。

 

 

 

 

 

「あーはっはっは! これこそが、ダークメガミ!! 世界に終焉を齎す、暗黒の使途だ!!」

「おお、素晴らしい……!」

 

 哄笑するマジェコンヌに、痛く感心し興奮しているガルヴァトロン。

 後ろではディセプティコンたちが圧倒されつつも「いや、そのネーミングはどうだろう?」と考えていた。

 

「た、確かに凄いが、こいつは具体的に何ができるのだ?」

「ふっ……!」

 

 オンスロートの往年の軍人らしい冷静な疑問に、マジェコンヌは杖を振る。

 ダークメガミが恐ろしい咆哮を上げると、その体から紫色のエネルギーの波動が放たれた。

 すると、晴れていた空に急に黒雲が渦巻く。

 黒雲は女神像の立っていた島と警官隊が陣取る橋の上に被さり、その下は陰惨な空気の漂う異様な空間と化した。

 

 異変はそれに終わらない。

 

 ダークメガミの放つ波動に当てられたダークエネルゴンを載せていた輸送車や、警官隊の乗ってきたパトカーが、火花を散らしながら変形していく。

 ただの車だったはずなのにだ。

 

 しかし、変形して現れたのはディセプティコンたちと比べてもなお獣染みた、むしろ肉食昆虫を思わせる歪な姿の金属生命体だった。

 爪が長く鋭い者、左右非対称の姿の者、目や手足が多数ある者、いずれも理性や知性はなく、異常なほどの狂暴性だけがあった。

 

 ディセプティコンたちは、この事態に動揺する。

 

「こ、これはいったい!?」

「なんや、気色の悪い!」

「こいつらはテラーコン。ダークエネルゴンの力により、この世界の機械が変異した存在だ。本来ならこいつらには、あらゆる生命を滅ぼすという本能しかない。だが……テラーコンたちよ! 我が下に集え!」

 

 誕生したテラーコンたちは、狂暴性のままに周囲にいる人間やディセプティコンに襲い掛かろうとするが、マジェコンヌの声に従いその下に集まっていく。

 

 

 

 

「どうなってんだ、これは!!」

 

 警部は混乱していた。

 女神像の前に機械の怪物が現れたかと思えば、女神像が巨大な怪物と化し、パトカーまでもが怪物になった。

 怪物たちは、警官隊に襲い掛かろうとしてきたが、すぐに何かに呼ばれるように……十中八九あの女神モドキに……こちらを放って島に行ってしまった。

 さらに、街の方からさらに機械怪物がやってきて、橋を渡りあるいは河を超えて島に集まっていく。

 

 見上げるほどに大きい物、小人のように小さい物、二本足で歩く物、四本足で走る物、蟲のように這いずる物、泳ぐ物、飛ぶ物、とても数え切れない。

 

 警部たちに出来るのは、下手に怪物を刺激しないように端っこにジッと伏せていることだけだった。

 

「だから、機械は嫌いなんだ……」

 

 

 

 

 

「ダークメガミを介すれば、この通りだ。今は波動の効果範囲も街一つが限界だが、もっとダークエネルゴンを手に入れれば、ダークメガミを増やすことも、効果範囲を広げることもできる。……それこそ、地球全体を覆うほどにな」

 

 そうなれば、地球上のあらゆる機械がテラーコンにトランスフォームし、人間を一掃するだろう。

 今、この地球のどんな貧困国にも車が走って飛行機が飛び、どんな辺境にも冷蔵庫やテレビがあるのだから。

 人間たちが使う戦車、戦闘機、戦艦、あらゆる兵器が敵になるのだから。

 

「素晴らしい……奴らを滅ぼすのは、奴らの文明と言うワケだ」

 

 あまりの事態に困惑するディセプティコンたちの中にあって、ガルヴァトロンだけは明確に喜んでいた。

 そうしている間にも、黒雲は広がりその下にある車が、電子レンジや冷蔵庫が、コンピューターやスマートフォンが、次々とテラーコンへ変異していく。

 警察も消防もマスコミも、生活の中で頼りにしている機械が怪物になっていく、この異常事態に混乱するばかりだった。

 

 

 

 

 

「その何とかエネルゴンは、俺らに影響ないんだろうな!」

「安心しろ。このエネルギー波は、生きているトランスフォーマーには影響を及ぼさない。……死ねばその限りではないがな」

 

 ニトロ・ゼウスの悲鳴染みた声に答えたマジェコンヌは、ガルヴァトロンを見下ろして手を差し伸べる。

 ダークメガミの胸のあたりに浮かび、銀色の髪を風になびかせている姿は、皮肉なことに彼女が敵視し続けたゲイムギョウ界の女神たちを思わせた。

 

「ダークエネルゴンがあるのは、セクター7なる連中の本拠地、フーバーダムだ。……さあ命令を下せ、破壊大帝。お前が、その称号を継ぐのなら」

「ククク、はははは、あーっはっはっは!!」

 

 ガルヴァトロンは自身もマジェコンヌと同じ高さまで飛び上がり、唖然とするディセプティコンたち、続々と集結するテラーコンたちを見下ろし、そして右腕を掲げて命令を下す。

 

「ディセプティコン軍団! フーバーダムに向けて進軍を開始せよ! ……地球人どもに終焉を齎しに行くぞ!!」

 

 その号令を受けて、ダークメガミがゆっくりと動き出し、それに合わせてテラーコンたちも行進を始める。

 ディセプティコンたちも顔を見合わせつつも、変形して進み始める。

 

 死の大軍は、すぐ後ろの街を完全に無視して河を渡っていった……。

 

 

 

 

 

 街へと向かう橋に差し掛かったオートボットたちだったが、そこからダークメガミとその足元の無数のテラーコンたちが河を渡るのが、見えていた。

 

「おい、逃げちまうぞ!」

「馬鹿、ありゃこっちに気付いてないだけだ」

 

 クロスヘアーズの言葉にハウンドが手厳しく言い返す。

 バンブルビーはオプティマスの横に並び、指示を仰ぐ。

 

「追います、か?」

「いや、あの大軍に突撃しても無駄死にするだけだ。今はそれより街の人々の救助に当たろう」

 

 厳しく言うオプティマス。

 いくらなんでも、敵の数が多すぎる。

 あれと戦うためには、ちゃんとした備えが必要だ。

 

 今は勝てなくても、近いうちに倒す気でいるあたりがオプティマスのオプティマスたる所以だった。

 

「オプっち、あれってメガトロナスの……」

 

 ネプテューヌは恋人の脇に立ち、ダークメガミの足元で蠢く機械仕掛けのゾンビの群れを見て言う。

 かつて、堕落せし者(ザ・フォールン)、あるいはメガトロナスと呼ばれたプライムが、死したディセプティコンを操ったことがある。

 彼女の言う通り、あのテラーコンたちはそれに似ていたが、オプティマスはあれよりももっと根源的に悍ましい何かを感じていた。

 

 胸の内のリーダーのマトリクスが、警告を発するように疼いていた。

 




勇者ネプテューヌの発売が近くなってまいりました。
いやまさか、綺麗なマジェコンヌと幼女なマジックを公式がやるとは……。

ダークメガミ
マジェコンヌがダークエネルゴンと女神像を基に生み出した存在。30m以上の巨体を持つ。
長年敵対してきた女神への意趣返しか、その姿は女神、特にパープルハートに似る。
特殊なエネルギー波により、機械を狂暴なトランスフォーマー、テラーコンに変異させ、これを操る力を持つ。
また、他にも特異な力があるようで……。

この作品では、テラーコンの一種ということになる。

テラーコン
機械がダークメガミ……それが放つダークエネルゴンのエネルギー波によって変異した金属生命体。
理性、知性の類はなく、唯一の本能は『有機無機の区別なく、あらゆる生命ある者を殺すこと』


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第14話 出動

「なんてことだ……」

 

 レノックスはヘリから暗雲に包まれた街を見て、厳しい顔をしていた。

 基地に残された彼らだったが、サムが呼びよせたヘリの編隊……主にブラックホークや機体の前後にローターを備えたチヌークまでいる……に乗って移動していた。

 

 このヘリ群は、軍の機械化の煽りで民間に流れた物を、サムが有事に備えて買い揃えた物である。

 

 ブラックホークの中では、米軍の兵士とサヴォイ隊の隊員が対面する形で座り、居心地悪げな空気を醸し出していた。

 

『見えてるか、サム! これは洒落にならんぞ!』

「ああ、見えてる。ケイド」

 

 サムはケイドと通話しつつ、スマートフォンを持つのとは反対の腕でダニエルを抱きしめながら、街の車や機械が変形した異形のトランスフォーマーの群れや女神像、そしてそれを指揮しているマジェコンヌたちの姿を伺っていた。

 

 かつて、似た現象を見たことがある。

 

 オールスパークによる、機械の進化。

 『前』はオートボットが防いだそれと似たことが、恐ろしい範囲で起こっているのだ。

 おそらく、あのアンゴルモアの力だろう。

 

 ケイド自身のスマートフォンは、彼が街の外にいたので女神像の影響を受けなかったらしい。

 あの女神像が移動した後で、キャノピーと共に街に移動したようだ。

 

『しかし妙だ! 変形してない機械もある! ()()()()()()()()()!! お前の会社が作ったロボットは変形しないで働いてるんだよ! どうなってるんだ?』

 

 ケイドからの報告に、サムは眼下を見やる。

 

 CS社製のロボットが混乱で生じた怪我人を救助したり、小火を消したりしている。

 それに混じって、オプティマスらオートボットも市民を助けていた。人々からは彼らもサイバトロン・システムのロボットだと思われているようだ。

 ネプテューヌやうずめも、人々を助けていた。

 

 これはどういうことかと首を傾げ……それから思い当たる。

 サムの発明の数々は、元々はオールスパークから齎された知識による物だ。

 ひょっとしたら、サム自身も気付かぬ形で、発明品に何等かの影響を及ぼしていたのかもしれない。

 

(ひょっとしてこれが、僕がこの世界に生まれ変わった理由なのか?)

 

『おい! それでこれからどうするんだ!?』

「とりあえず、僕は子供たちを避難させてから社に戻る。貴方はオートボットたちと合流してくれ」

『分かった!』

 

 サイバトロン・システム社の本社ビルの屋上に、サムの乗ったチヌークが着陸する。

 他のヘリは、ビルの前の広場に降りていく。

 ヘリから降りたサムを、何人かの役員が出迎えた。同じヘリに乗っていたレノックスは何処からか通信を受けていた。

 

「社長! ご無事だったんですね!」

「ああ、なんとか。そっちは?」

「こちらは皆無事です! わが社の製品は、どういうワケか怪物になりませんから!」

 

 予想通りの答えにサムは少しだけ安堵し、次いで表情を引き締めて指示を飛ばす。

 

「よかった。……それなら、早急に警察や消防と連携して、市民の救助に当たるんだ。救命ロボットをフル稼働し、医療スタッフも出来る限り召集。本社ビルを避難所として開放して、食料に医療品や日用品、我が社の物資を無償で配布してくれ」

「社長、それはちょっと……」

「もう少し、赤字にならず、それでいて社のイメージアップにつながる程度に抑えましょう」

 

 有能な商売人である幹部たちの反応にサムは険しい顔をする。

 どういうわけか、彼らは時に善意や良心すら商品としてみるのだ。

 そこだけは、どうしても納得できなかった。

 

「今は赤とか黒とか、マーケティングがどうとかの話をしている場合じゃないんだ!」

「しかし……」

「社長命令だ!!」

 

 ややヒステリックに言い捨てると、サムは技術屋の役員に向かって声をかける。

 

「話は変わるけど、例のコンセプトモデルは動かせるかい?」

「可能ですけど……まさか、あれを使うんですか!?」

「ああ。本当なら災害救助用に作った物だが……仕方がない」

 

 それから次の指示を出そうとした時、レノックスが通信を切って声をかけてきた。

 

「おい、社長さん!」

「サムでいいよ。で、なにさ?」

「じゃあサム! 米軍が、あのデカブツに攻撃を仕掛けるらしい!」

「なんだって!?」

 

 その言葉に、サムは目を見開く。

 攻撃された基地の報復にしても早すぎる。

 軍というのは、基本的に尻の重い組織だ。

 

「でもあのデカブツに近づいたら……」

「戦闘機やミサイルなら、あのエネルギーの影響を受けない所から攻撃できる!」

 

 こちらを勇気づけるように、レノックスは力強く笑んでみせる。

 現代の戦車や戦闘機は、基本的に非常に離れた場所を攻撃できるようになっている。

 

「大丈夫だって! 現実は、怪獣映画とは違うって!」

 

 レノックスの部下の一人もこちらを安心させようとおどけた態度を取るが、サムは険しい顔を崩さなかった。

 

 そんな単純な手が、あの連中に通用するだろうか?

 

  *  *  *

 

 黒雲の立ち込める荒野に米軍の主力戦車M1エイブラムスと、自走式ロケット砲のMARS、そしてこれらを上回る数の戦車型ドローンが並んでいた。

 といっても、現代戦のセオリーに従い各車の間でかなり間隔が開いており、あまり整列しているという感じはしない。

 しかし、その全ての砲は荒野の先、無数のテラーコンの上をゆっくりと飛ぶダークメガミに向けられていた。

 

 やがて上官の合図が下ると、それらが一斉に火を噴く。

 砲弾が、ロケット弾が、雨あられとダークメガミに降り注ぐ。

 しかし砲弾は暗黒の女神が全身を強く発光させると、軍団を包むように球形のエネルギーフィールドが現れ、それに突っ込んだ砲弾やロケットは、()()()

 

 爆発したのでも、撃ち落されたのでも、跡形もなく蒸発したのでさえない。完全に消滅したのだ。

 

 想定外の事態だが、しかしそこはアメリカ軍。

 狼狽えたのも束の間、すぐに空軍が支援要請を受けて攻撃を開始する。

 しかし遠距離からのミサイルや爆撃は、やはり掻き消すように消滅してしまう。

 

 ダークメガミは恐ろしい咆哮を上げると、両手から破壊光線を発射する。

 よけようと後退する戦車隊の前の地面に光線が当たり、爆発を起こす……だけでは終わらない。

 爆発の起こった場所の空間が()()()、あらゆる物を飲み込む虚無の穴と化してしまう。

 

 さらにダークメガミが翼を羽ばたかせると、その羽根が弾丸のように飛んで米軍の上に降りかかる。

 それでも戦い続けようとする米軍だが、異変が起こった。

 味方のはずのドローンたちが、急にこちらに攻撃を始めたのだ。戦車やMARSのシステムもおかしくなっている。

 ダークメガミの羽根……ダークエネルゴンの結晶の力だった。

 

 それでもダークメガミに向かう攻撃は、やはり消えてしまう。

 ならばバリアが発生していない時に近づけば、という浅はかな考えも、機械をテラーコン化するエネルギー波が阻む。

 

 敵が……人間の敵が撤退すると、ダークメガミは新たなテラーコンを軍団に加え、進軍を再開するのだった。

 

  *  *  *

 

「こ、こんなバカな……」

 

 サイバトロン・システム社の研究室。

 モニターに映し出されたダークメガミと米軍の戦いを見て、エップスは愕然と呟いた。

 この映像はどうやったものか、この会社のスタッフが米軍の軍事ネットをハッキングして引っ張ってきた物だ。

 

 周りには女神たちやオートボットたち、それにもちろんサムやレノックス、シモンズもいる。

 

「なんという力だ。これはこのままで倒すのは不可能に近いぞ」

「うん。今は無理かな?」

 

 オプティマスはかつての戦時を思い起こさせる厳しい顔をしていて、ネプテューヌもそれに同調する。

 せめて女神化できれば、また違ってくるのだが。

 

「それよりだな。進行方向から見て、奴らの目的地はフーバーダムだと思うんだがな」

「ダム? なんたってそんな所に?」

 

 彫りの深い顔立ちの胡散臭い男、シモンズの言葉にレノックスは怪訝そうな顔をする。

 シモンズが答えようとしたが、その時意外な男が声を上げた。

 

「フーバーダムには、セクター7の基地がある。……そして、そこには大量のアンゴルモアが備蓄されている」

 

 サヴォイだった。

 何処から調達したのやらサングラスをかけ、副官サントスと共に部屋の隅に影のようにして佇んでいる。

 

「目撃情報から、あのデカブツはそのアンゴルモアをエネルギー源としているようだ。おそらく、ダムに蓄えられている物を使ってデカブツを強化でもするだろう」

 

 その場にいる全員の表情が硬くなる。

 今でさえあの力なのに、これ以上パワーアップしたら……考えるだけでも恐ろしい。

 

 オプティマスは決然と言った。

 

「なんとしても、阻止せねば」

「よっし! 行こうか!」

「んなこと言ったって、真正面から挑むのは自殺行為だぜ! 俺はヤダね!」

「順当なトコは、あのマジャコングだかマジキングだかを潰すことだな」

「問題は、周囲のゾンビとディセプティコンどもか」

「んもー! なんかこー、あの女神像をパワーダウンさせる道具ないのー? 光の玉とか!」

「うーん、どうかな。そうホイホイとは、ないかも?」

 

 バンブルビーが頷くと、クロスヘアーズが文句を言えば、ハウンドが案を出し、ドリフトが問題を提起して、ネプテューヌが騒ぎ、ネプギアが試案する。

 皆一様に、あの女神像を倒すことを考えていた。

 

「ふむ、パワーダウンか……みんな、私に考えが、ある。」

 

 そう言ったのは、海男だった。

 全員の注目が集まると、人面魚は話を続けた。

 それは、驚くべき内容だった。

 オプティマスは深く頷く。

 

「確かに、それならいけるかもしれんな。……しかし、そのためにはあの女神像に近づく必要がある」

「ダムの手前に街がある。そこで敵を分散させるんだ。それに、この位置の街なら住民も避難しているはずだからね」

「しかし、あのエネルギー波は?」

「おそらくだが、あの機械を怪物に変えるエネルギーは、トランスフォーマーと人間には効果がない。でなければ、ディセプティコンも怪物になっているはずだ。……それと、街の様子を見るにあまりに単純な機械も怪物化できないようだ。例えば、銃とか」

 

 オプティマスの質問に、海男は淀みなく答えていく。

 

「な、なんか凄いね、海男。見た目によらず」

「まあな! あいつは頭がいいからな!」

 

 本当に知能の高さを見せる海男に目を丸くするネプテューヌに、うずめは我がことのように胸を張る。

 バンブルビーがチラリとホット・ロッドを見ると、少しだけ寂しそうに微笑んでいた。

 

「正気か、お前ら……? 見たはずだぞ。軍を真正面から叩き潰すような化け物だ。それと戦おうっていうのか? しかもそんな、魚類の作戦に乗って!」

 

 そこで、再びサヴォイが声を出した。

 サングラスを外すと、本気で怒っているとも驚いているとも付かぬ色の瞳が現れる。

 やや気圧されながらも、ネプテューヌは答える。

 

「いやだから、そう言ってるじゃん。確かに海男は魚だけど、他に手もないし」

「何が理由だ? 目的はなんだ? いったい、どんな裏がある!」

 

 本気で理解できないという顔のサヴォイに、オートボットたちや紫の女神姉妹は顔を見合わせる。

 

「もー、裏なんかないよー! おじさん疑り深すぎー! ほら、誰かを助けるのに理由はいらないって言うじゃない!」

「そんなはずがあるか!」

 

 調子を取り戻し、あっけらかんと言うネプテューヌに、サヴォイは目を吊り上げる。

 

「人間ってのは、いつだって裏があって生きてるもんだ! 善意や良心なんてのは下心の上に成り立つ物だ!!」

「え、ええ~……」

 

 ドン引くネプテューヌに構わず、サヴォイはここまで黙って立っていたホット・ロッドを睨みつけた。

 CIAの工作員だった彼にとって、無償の善意とは、何よりも信じられないことだった。

 

「それとお前だ! なぜ、俺を助けた? 撃てないまでなら分かる。しかしなぜ……庇った?」

「……オートボット、だからだ」

 

 短く、それで十分だとばかりに、ホット・ロッドは答えた。

 あの場において様々な葛藤や苦悩があったが、それ一番適切な理由な気がした。

 今度こそ、サヴォイは驚愕に目を見開き、それから話にならないという風に元いた位置に戻った。

 

「よし! それじゃあ、全員で一丸となって立ち向かおう。……地球の危機だ」

「やれやれ、奇妙なことになったもんだ」

 

 決意に満ちたサムの声に、シモンズが溜息を吐く。

 合流してみれば、自分が組織を見限る原因になった少女に、巨大ロボット。

 SF映画にでも迷い込んだ気分だ。

 

 そこでレノックスが、意外なことを言い出した。

 

「我々も協力しよう。銃が大丈夫なら、やりようはあるはずだ」

「レノックス!?」

 

 その言葉にサムは驚く。

 成り行きから行動を共にしているが、()()レノックスたちは単なる巻き込まれた軍人に過ぎない。

 オートボットと共に戦った『前』の彼らとは違うのだ。

 そんなサムを代弁するかのように、サントスが心底怪訝そうな顔をしていた。

 

「正気か? キャリアも何も失うぞ?」

「地球が終わるよりはマシだ。それに何故かは分からないが……こうすべきだという気がするんだ」

「それに、あの連中には仕返ししてやらねえと気が済まねえのさ」

 

 確信を持って言うレノックスの句をエップスがニヤリと笑って継いだ。

 

「本気かおい。この車と小娘の集団に世界の命運を託すってか? ……いいね、面白い。俺も噛ませろ」

 

 シモンズも楽しそうな笑みを浮かべる。

 彼らはみな、何か……何かがあるべき場所に収まってきたような、そんな気分を感じていた。

 

「こいつら……マジなのか?」

「……サントス、俺たちも行くぞ」

「隊長!?」

 

 愕然としていたサントスだが、無表情のまま放たれたサヴォイの言葉に二度仰天する。

 それは他の者たちも同じだった。

 特に彼らと因縁のあるキャノピーなどは、あからさまに不信感を顔に出している。

 

「どういうつもりだ?」

「これは、セクター7の失態だ。失態は取り返さなければならん。……それに」

 

 チラリと、サヴォイはホット・ロッドやうずめを見た。

 

「俺は感謝も恥も知っているんでな。……借りは返す。それだけだ」

「し、しかし長官はなんと……」

「長官は俺に、現場指揮の全てを任せている」

 

 それだけ言うと、サヴォイはまた黙り込んだ。

 サントスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、すぐに表情を引き締めた。

 

「……というワケだ。同行を許可してもらいたい」

「ふざけんなよ! 許可するワケねえだろ!」

「いや、オレはいいと思う。戦力は貴重だし、彼らは対トランスフォーマー戦のプロだ。こういう時は心強い」

 

 もちろんオートボットたち、特にクロスヘアーズは受け入れかねたが、反対に海男は思いもかけないことを言い出した。

 うずめは少し悩んだようだが、海男の言葉ならと頷く。

 クロスヘアーズがまだ何か言いたそうだったが、ケッと吐き捨てるにとどめる。

 

 ネプテューヌは、両手を挙げて大きな笑みを浮かべる。

 

「よっし、話も纏まったことだし、行動開始しよう! いつまでもこうしてグダグダしてても読者が飽きちゃうし!」

「読者……?」

「そうだな。時間はあまりない」

 

 よく分からないことを言い出すネプテューヌに面食らうレノックスやサントスだが、オプティマスは厳かに頷いた。

 そして、その場にいる全員を見回し、腕を掲げる。

 

 その顔は、歴戦の総司令官の顔にすっかり戻っていた。

 

「辛い戦いになると思うが皆、力を尽くし、生き残ってほしい。……出動だ(ロールアウト)!!」




作中の軍事の描写は、作者が詳しくないので、現実と大きく剥離していると思われます。


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第15話 戦端

 ダークメガミとテラーコン、そしてディセプティコンは、フーバーダムに向けて一直線に進んでいた。

 軍団の先頭をそれぞれのビークルモードでディセプティコンたちが走る。

 

「ああー……つまらんわー」

 

 黒塗りのサバーバン……バーサーカーは、これ見よがしに大きく排気した。

 暴れ者の彼からすれば、現状は退屈であるらしい。

 隣を走る錆だらけのトランスポルターことドレッドボットが軽い調子で答える。

 

「いいじゃねえかよ。気楽(ファーシル)なもんだぜ」

「それがつまらんゆうとんねん。オートボットもけえへんし」

「ふん! それより我輩はあの女がデカい面してるのが気に食わんのである!」

 

 レッカー車姿のオンスロートも、不満を口にする。

 その意見に、グリペンに変形して低空を飛行するニトロ・ゼウスも同調する。

 

「まったくだぜ! あの女、すっかりボス気取りでいやがる!」

「いいじゃん、楽しいし!」

 

 一方、その相方のモホークの意見は、あっけらんとしたものだった。

 狂暴そうなテラーコンをからかいながらバイクの姿で走っている。彼は細かいことは気にしない性質らしい。

 

 不満が噴出している部下たちを他所に、ガルヴァトロンから変形したノーズフラットのトラックは、同じくバリケードから変形したパトカーを従えて疾走していた。

 

『ガルヴァトロン、ちょっといいか?』

『なんだろうか、バリケード?』

 

 秘匿回線での通信に、ガルヴァトロンは可能なら首を傾げただろう。

 バリケードは並走しながら、視覚センサーをダークメガミの肩に乗ったマジェコンヌに向けた。

 破壊の本能しかないテラーコンたちは、より上位のテラーコンであるダークメガミに従っている。

 ダークメガミはテラーコンであると同時に、マジェコンヌが魔術で生み出したモンスターでもあり、故に彼女に従う。

 つまり、ダークメガミはテラーコンを操るコントローラーであり、それを使えるのはあの女のみなのだ。

 

『あまり、あの女を信用しない方がいい。あれは、何か自分の目的のために俺たちを利用しようとしている』

『まあ、そうだろうな……しかし、それでもいいさ。この星に巣食う癌細胞どもを消し去れるなら、それもいい』

 

 言い切るガルヴァトロンに、危うい物を感じるバリケード。

 何と言うか、この憎悪は破滅願望と紙一重な気がするのだ。

 止めるべきなのだろうが……。

 

(それで止まるとも思えんしな)

 

 走りながらも黙考するバリケード。

 やがて一団は、新たな街に差し掛かった。かなりの規模の都市で、ここを抜ければフーバーダムまであと少しだ。

 住民は避難しているのか、人っ子一人いない。

 

「ッ! 全隊、止まるのである!!」

 

 街の大通りで、オンスロートが急に号令をかけた。

 別に彼がリーダーなワケではないが、ガルヴァトロンが止まったので他も止まる。

 

「どうした、オンスロート?」

「……敵の気配がする」

 

 ギゴガゴと立ち上がったガルヴァトロンが問えば、オンスロートはごく真面目に答えた。

 バーサーカーとドレッドボットは顔を見合わせて、辺りを警戒する。

 他の者たちもそれぞれに変形した。

 

 ダークメガミがマジェコンヌの手ぶりに合わせて静止すると、同時にテラーコンも動きを止める。

 

「敵つったって、何処にいんのよー!」

 

 電柱によじ登ったモホークが吼えるが、返事はない。ニトロ・ゼウスも変形しながら降り立ち、辺りを見回す。

 

「臆病者な奴らめ! 俺らに恐れをなしやがったな!」

「出てこいよー!」

 

 モホークが変わらず大声を出すなか、ガルヴァトロンは大通りの端に積まれた廃材の裏に、隠れている影に気が付いた。

 

「そこの奴。こっちに来い」

 

 低い声に当てられて物陰から現れたのは、ロボットモードのスクィークスだった。

 怯えた様子の小さな姿を見て、モホークとニトロ・ゼウスは嘲笑を浮かべる。

 

「ショボいな! 青いダンゴ虫か!」

「震えちまって、情けねえの!」

「止めないか! ……どうした、チビ助。こっちに来い」

 

 そんな二人を叱り、穏やかな声色でガルヴァトロンは手招きする。彼にオートボットに対する敵愾心はないらしい。

 しかし、周りのディセプティコンたちはその限りではない。

 

 オンスロートが前に出て、スクィークスの体をつまみ上げる。

 

「人間の臭いをプンプンさせているのである!」

「反吐が出るぜ!」

 

 ドレッドボットもペッと唾のような粘液を吐き捨てる。バーサーカーは例によって興味なさげだった。

 マジェコンヌは、ダークメガミの肩からわざわざ降りてきて怒鳴る。

 

「おい、そんな奴は放っておけ! 先を急ぐぞ!!」

「ふん! 誰が貴様の言うことなど聞く者か!」

 

 当然の如く、オンスロートは拒否してスクィークスの頭をもごうとする。

 

「おい……」

「スクィークスを放しやがれ!」

 

 止めようとしたガルヴァトロンだが、そこに何処からか声がした。

 建物の影から、ブラッドオレンジの髪の少女が大股に姿を現した。

 

「な!?」

「あれ? あいつ……」

 

 その少女を見止めたマジェコンヌはギョッとし、ドレッドボットは首を傾げた。一方で、ガルヴァトロンは怪訝そうな顔をする。

 

「貴様は……あの時の女神か。こいつはお前の仲間か?」

「そうだ! スクィークスは俺の大切な仲間だ!」

 

 髪色と同じブラッドオレンジの目に睨まれて、ガルヴァトロンはニヤリと笑う。

 

「そうだな。誰だって仲間は大切だ……オンスロート、放してやれ」

「へ? しかし……!」

「放すんだ」

 

 ガルヴァトロンに強く言われて、オンスロートは渋々ながらスクィークスを乱暴に放り投げた。

 2、3回地面をバウンドしたスクィークスは慌てて態勢を起こすと電子音で悲鳴を上げながら、うずめの後ろに回り込む。

 うずめはガルヴァトロン以下ディセプティコンたちを鋭い目つきで見回す。

 

「地獄に落ちろ、クソッタレ!」

「この星こそ、地獄だ。……物は相談だが、仲間のオートボットたちともども、ゲイムギョウ界に退避してもらえないだろうか?」

「なに……?」

 

 思いもかけぬ敵首魁の言葉に、今度はうずめが怪訝そうな顔をするが、構わずガルヴァトロンは続ける。

 

「俺としては、無駄な争いは避けたい。もはや手を貸せとはいわん。邪魔しないでくれるだけでいい。同じトランスフォーマーで……」

「あ! そうだ思い出した!!」

 

 説得を続けようとしていたガルヴァトロンだったが、これまで悩んでいたドレッドボットが急に大声を上げた。

 

「確かその小娘(ニーニャ)()()()って呼ばれてたぜ!!」

 

 ピタリと、ガルヴァトロンの動きが止まる。

 そして、震える声でたずねた。

 

「貴様が……貴様が、『天王星うずめ』なのか……?」

「へ! ばれたとあっちゃあ、仕方がねえ! その通り、俺が天王星うずめだ!!」

「そうかそうか……やっと、やっと逢えたというワケだ……!」

 

 堂々と名乗り上げるうずめに対し、ガルヴァトロンは金属の体を震わせる。

 やがてその震えが大きくなるにつれて、全身に小さな稲妻が走る。

 

「お、おい、落ち着け!」

「ガルヴァトロン!」

 

 これはまずいとマジェコンヌとバリケードがそれぞれ声をかけるが、ガルヴァトロンは止まらない。

 

「怨敵、天王星うずめッ!! 覚悟ぉおおおおッッ!!」

 

 オプティックを憤怒と憎悪で真っ赤に燃え上がらせ、絶叫と共に両腕から電撃を放とうとする。

 しかし、その時である。

 

「今だ!」

『了解!!』

 

 うずめの腕のヴィジュアルラジオから声がしたかと思うと、ディセプティコンたちのいる辺りの地面や周りの建物が爆発した。

 

「なっ……!?」

「危ない!!」

 

 激しい爆発から咄嗟にマジェコンヌを庇ったガルヴァトロンだが、その間にうずめは隠れてしまった。

 ディセプティコンたちは大したダメージもなく立ち上がる。

 

「追え! 追うんだ!! 何としてでもあの女を見つけ出せ! 邪魔する者は皆殺しにして構わん!!」

「おー! 楽しゅうなってきたで!」

「やっと暴れられるぜ!!」

「俺らの力、見せちゃうよーん!」

 

 憎悪に燃えるガルヴァトロンの命令に、バーサーカーは待ってましたとばかりに走っていき、ニトロ・ゼウスもジェットを吹かして飛び上がり、モホークがバイクに変形する。

 ドレッドボットやオンスロートも、それぞれに散っていく。

 

 マジェコンヌは、何とか怒れる破壊大帝を宥めすかそうと試みていた。

 

「落ち着け、ここまで来て……」

「マジェコンヌ! テラーコンどもも動かせ!!」

「生憎だが、こいつらは個人を探すなんて細かい真似は……」

 

 そこまで言ったところで、急にテラーコンたちが騒ぎだした。

 獣その物の唸り声を上げて、街に散らばっていく。

 

「コントロールが効かない? 馬鹿な、こいつらはダークメガミを介した私意外の命令を受け付けないはず……」

 

 唖然としかけるマジェコンヌだが、すぐに頭を回転させて、仮説を立てる。

 女神たちのシェアエナジー……信頼や友情の力が、トランスフォーマーに影響を及ぼすように、その反対の力、つまり恨みや憎しみが、テラーコンに影響を与えているのではないか?

 

 だとすれば、何という激しい憎しみだろうか。

 

(これは……手に余る、か?)

 

 ならば、ダークメガミを無理矢理にでも進めた方が、得策かもしれない。

 マジェコンヌはうずめを探して飛び上がるガルヴァトロンを捨て置いて、ダークメガミのもとへと戻るのだった。

 

 

 

 

 

「上手くいったぜ! 奴ら分かれたぞ!」

『そうか、ここまでは作戦通りだ』

 

 うずめはビルとビルの合間をビークルモードのスクィークスに乗って走りながら、ヴィジュアルラジオで海男と連絡する。

 この街で決戦を挑むにしても、どうやってディセプティコンを足止めするかが問題だった。

 ダークメガミの破壊力とテラーコンの物量で力押しされれば、足止めなど出来るはずもない。

 だから、うずめ自身を餌にしてディセプティコンをここに引き留めたのだ。

 

 スクィークスが見つかったことと、ドレッドボットがうずめのことを覚えていたことこそ予定外だったが、それ以外は概ね海男の描いた図の通りに動いていた。

 

『うずめ、君はオプティマスやねぷっちたちと合流するんだ。敵に見つからないようにな。この作戦は君が要なんだ』

「おう!」

 

 

 

 

 

「よし、上手くいったみたいだ! 後は我々で、出来るだけ敵を引き付けるぞ!!」

 

 レノックスは部下たちに号令を出し、戦闘を開始する。

 街の中に入ってきたテラーコンたちに向け、物陰から攻撃する。

 アサルトライフルや重機関銃程度では傷つかないのは、実証済みだが……。

 

 スナイパーライフルによる、遠距離からの狙撃を顔面に喰らえば、さすがにその限りではないらしい。

 仰け反った瞬間にグレネードランチャーやロケットランチャーの弾を受けて、頭が吹き飛ばされては、さすがに沈黙する。

 これらの銃器は、やはりサムが独自ルートで手に入れていた物だった。

 

「目だ! 目を狙え!!」

「足を止めるな! いけいけいけ!!」

 

 物陰に隠れ、常に移動しながらの攻撃は、テラーコンとしてもやりにくいらしく、次々と撃破されていく。

 

「危ない!」

「すまん、キャノピー!」

 

 それでもやってくる攻撃は、キャノピーが全力を尽くして防ぐ。

 戦闘は不得手な彼だが、それでも盾ぐらいにはなれると意気込んでいた。

 

「レノックス大佐!」

「なんだ!!」

「なんか、本当の居場所って奴に来たって感じがしません?」

 

 こんな状況なのに笑ってみせるエップスに、レノックスは笑い返す。

 事実、レノックスはオートボットと共に戦えることが何故か嬉しくてたまらなかった。

 

 

 

 

 

 サヴォイ隊は、レノックス隊以上に順調にテラーコンを狩っていた。彼らは対トランスフォーマー用の装備を持っていたからだ。

 

「ふん、狂暴性はともかく、知恵はまるでないな。……これなら、問題はあるまい」

 

 何体目になるか分からないテラーコンを葬ったサヴォイ達の前に、路地から新たな敵が姿を現した。

 テラーコンではなく、ディセプティコンのバーサーカーだ。

 満面の笑みを浮かべ、両手の棍棒を振り回しながらサヴォイ隊に向かって走ってくる。

 

「おお! やっと人間がおったわ! ぶっ殺したるでえッ!!」

「撃て!」

 

 サヴォイの号令の下、隊員の銃から特殊ボルトが発射され、少なくない数がバーサーカーの体に命中した。

 ボルトからはトランスフォーマーの体を麻痺させる特殊な電磁波が流れる……だが、バーサーカーは一切怯まない。

 

「なんやこれ、痒いわ!!」

「! ロケット弾!!」

 

 すぐさま出された指示に、隊員の一人がロケットランチャーを発射する。

 撃ち出されたロケット弾は、狙い違わずバーサーカーに命中するが、それでも狂戦士は構わず突っ込んでくる。

 

「死に晒せやぁあああッ!!」

「させん!」

 

 そのままサヴォイ達に踊りかかろうとするバーサーカーだが、そこへドリフトが割り込んできた。

 刀と棍棒がぶつかり合い、火花が散る。

 

「お、お前が相手やな、デッドロック!」

「私はドリフトだ!!」

 

 一旦距離を取り、ニヤリと笑うバーサーカーに、ドリフトは怒りのままに斬りかかった。

 

 

 

 

 

 クロスヘアーズは、コート状パーツをはためかせながら通りを悠々と歩いていた。

 近寄ってくるテラーコンを片っ端から早撃ちで片付け、ガンスピンをしてからコート裏に収納する。

 やがて、その前に一体のディセプティコンが立ち塞がった。

 

 錆塗れのドレッズ、ドレッドボットだ。

 

 二体は遭遇するや、お互いに静止した。

 両者の手がジリジリと得物である拳銃に近づいていく。

 

「先に抜きな」

「テメエこそ、抜けよ」

 

 西部劇よろしく二人のガンマンは睨み合ったまま動かず、ただ緊張と殺気だけが高まっていく。

 

 

 

 

 

 街中の広場で、テラーコンの群れが暴れていた。

 いや正確には暴れられていた。

 

「ハッハー! どうだ、この動き!!」

 

 ハウンドが三連ガトリングを撃って近づいてくるテラーコンを薙ぎ払う。

 それが弾切れすれば、ショットガンを抜き、近くの敵の上半身を吹っ飛ばしてやる。

 さらに肩に下げたロケット弾を手に取り、点火。敵が密集している場所に撃ち込んでやる。

 

「蝶のように舞い、蜂のように刺す! 俺はデブのバレリーナだぜ!!」

「ならば、死の舞踏を躍らせてやる!!」

 

 そこに、重機関砲の弾が飛んできた。

 いくらか当たりつつも軽やかな動きで建物の影に隠れるハウンド。

 その視線の先には、緑色のずんぐりとした巨体のオンスロートが左腕の重機関砲をこちらに向けていた。

 

「へッ! デブ同士でやり合おうってのかい、大将!」

「吾輩はデブではない! ぽっちゃり系である!!」

 

 ハウンドが影から飛び出してサブマシンガンを撃つのと、オンスロートの重機関砲が火を噴くのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 スクィークスはうずめと分かれた後、仲間たちと合流するために一人で裏路地を走っていた。

 

「見ぃつけた!」

「!」

 

 急な声に上を見ると、モヒカン刈りのような頭のモホークが、非常階段の上からこちらを見下ろしていた。

 

「また会ったな、青いダンゴ虫! 他の奴は何処いった?」

 

 歯を剥き出しにして笑うモホークに、スクィークスは震える。

 

「ま、いいや! とりあえず、お前からだ! 切り刻んでやるから、いい声で泣けよ!」

 

 悲鳴を上げて、スクィークスは逃げ出した。

 非常階段から飛び降りたモホークは危うげなく着地し、両手にナイフを握ってその後を追う。

 たっぷり楽しむためか、ゆっくりとした足取りだった。

 

 

 

 

 

 一方、サムとケイド、海男は街の端に置かれたトレーラーのコンテナの中にいた。

 このコンテナの中は様々な機器やコンピューターが置かれ……もちろん、いずれも何らかの形でサムの手が入っており、テラーコンに変異する心配はない……小さな研究室のようだった。

 ケイドはそれらの機器を操作し、サムは何故か設置されている椅子に座っていた。椅子は何かの操縦席であるかのように手すりにレバーがあり、足元にはフットペダルがあった。サム自身もコードが繋がれたバイザーのような物を被っている。

 

「すまない、ケイド。巻き込んじゃって……」

「いまさらだっての。……にしても、よくこんなの作れたな。ホント、才能って怖いわ」

「いやいや、こんなのズルだから。僕なんかあれだよ。いわゆる転生系チートだから。オールスパークさまさまだよ」

 

 苦笑するサムに、ケイドは不貞腐れたような顔をする。

 

「あー、俺にもオールスパーク宿らねえかなあ!」

「止めといたほうがいいよ、大変なことの方が多いから。主にディセプティコンに追い回されたりとか」

「そうかい! ……準備できたぞ」

「了解、サポートを頼む」

 

 サムはレバーを強く握り、腹に力を入れる。

 彼の……オールスパークの知恵を大いに借りて造った……発明品がその全貌を明かす時が来たのだ。

 

 

 

 

 

 しかし、サムたちが潜んでいるトレーラーを発見したディセプティコンがいた。

 黒いパトカーから変形した、バリケードだ。

 

 バリケードは左腕のバルカンでトレーラーを撃とうとするが、その瞬間バンブルビーのタックルを喰らった。

 もんどりうって転がる二体だが、すぐに立ち上がって拳を構える。

 

「またお前か……そろそろ長い付き合いだな」

「あんたが、何を考えてるのか、分からない。だから、とりあえず、ぶっ飛ばす!」

 

 オートボットとディセプティコンは一瞬にらみ合い、次の瞬間には両者の拳が交錯した。

 

 

 

 

 

「何処だ! 天王星うずめぇええええ!!」

 

 ガルヴァトロンは電撃を振りまきながら空を飛び、うずめを探し回っていた。

 しかし、見つからずに怒りがさらに高まっていく。

 

「出てこいぃいいい!!」

「ガルヴァトロン!!」

 

 急に呼び止められて、その声の方向を見れば、ホット・ロッドが建物の屋上に立っていた。

 ガルヴァトロンは道を挟んで反対のビルの上に降り立つ。

 

「ロディマス……!」

「言ったはずだぜ、俺はホット・ロッドだ!」

 

 弟の姿を見て……その言動に対する怒りはともかく……僅かに冷静になったガルヴァトロンは、静かに問う。

 

「ロディマス……どうしても、俺の邪魔をするのか?」

「あんたがうずめを傷つけるなら……そして、地球を滅ぼそうっていうなら!」

「……そうかよ。ならば、少し痛い目を見るがいい!」

 

 言うや、ガルヴァトロンはホット・ロッドに飛び掛かる。

 これをヒラリと躱し……切れなかったホット・ロッドは諸共地面に落ちた。

 

「グッ……」

 

 しかし銃を抜いて撃とうとするが、それよりもガルヴァトロンに首根っこを掴まれる方が早かった。

 

「…………!」

 

 バタバタと四肢を振り回し、体をよじって何とか抜け出そうとするが、ガルヴァトロンの怪力の前にホット・ロッドはあまりに非力だった。

 

「愚かな弟よ。少し、眠れ。その間に俺が全て終わらせておいてやる……む!」

 

 そのままホット・ロッドの首のケーブルやパイプを圧迫して締め落とそうとするガルヴァトロンだが、路地の向こうから走ってくるトレーラーキャブに気が付いた。

 その青と白のファイヤーパターンのトラックは、オプティマスのかつてのビークルモードによく似ていて、後ろにコンテナを牽引していた。

 

 ガルヴァトロンはそのトラックに向けて余った手で電撃を放つが、トラックは構わずクラクションを鳴らしながら突っ込んできた。

 飛び退いたガルヴァトロンだが、トラックは急旋回した。

 

「グッ……!」

 

 振り回されるコンテナに激突し、ホット・ロッドを落としてしまう。

 態勢を立て直したガルヴァトロンとゲホゲホとせき込むホット・ロッドの前で、トラックはギゴガゴと音を立てながら変形する。

 

 ややゆっくりとではあるが、パーツが寸断され、移動し、組み変わる。

 

 現れたのは、やはりかつてのオプティマスによく似た姿のトランスフォーマーだった。

 

 しかし、カラーリングは青と白であり、両肩から上に向かってパーツが突き出ているなど、差異も多い。

 ガルヴァトロンはその何者かを睨み、吼える。

 

「何者だ? 名を名乗れ!」

『何者って言われても……そうだな』

 

 そのトランスフォーマーは、コンテナを開いて中から長柄のハンマーを取り出しながら、答えた。

 若い男の……サム・ウィトウィッキーの音声だった。

 

『この機体の名前なら……ウルトラ・マグナス!』

 

 これこそが、サムが開発したコンセプトモデルの正体。

 ゲイムギョウ界における人造トランスフォーマーに近い存在である、ウルトラ・マグナスだった。

 




後書きに変えて、キャラ(?)紹介。

ウルトラ・マグナス
サムが設計、製作した人造トランスフォーマーのコンセプトモデル。
この地球においては人造トランスフォーマーの第一号である。
外見上のモデルは言うまでもなくオプティマス。
脳波コントロールとマスタースレイブ方式のハイブリットによって操縦される(本当はサムは搭乗型にしたかったが、技術的な問題により遠隔操縦になった)

なお、本来は災害や事故の現場での人命救助を目的に造られたため、武装らしい武装は部下がいつの間にか趣味で作ってたハンマーのみ。


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第16話 シェアリングフィールド

 フーバーダム手前の街で、ガルヴァトロンは、サム・ウィトウィッキーが郷愁と敬愛を込めて制作したウルトラ・マグナスと対峙していた。

 ガルヴァトロンの後ろでは、ホット・ロッドも立ち上がり、今度こそ背中から二丁の銃……ではなく、手作りの剣とオートボットのエンブレムの描かれた盾を取り出し構えた。

 

「まがい物が……!」

『そりゃあ、まがい物だけどね! 特許は僕持ち!』

 

 ウルトラ・マグナスが先手必勝とばかりにハンマーで殴りかかるが、ガルヴァトロンは軽くこれを躱し、お返しとばかりに電撃を放とうとする。

 だが、それより早くホット・ロッドが背中に斬りかかる。

 

「でりゃあああ!!」

「温い!!」

 

 後ろ回し蹴りでホット・ロッドを道路脇のビルまで蹴り飛ばしたガルヴァトロンだが、今度はウルトラ・マグナスのハンマーが襲い掛かる。

 さすがにこの質量は雷のバリアーでは防げず咄嗟に両腕をクロスさせて防ぎ、そのまま力任せに押し返すと、怯んだ敵に掴みかかる。

 

「神の真似事か、地球人!」

『まさか! 僕はそこまで傲慢になったつもりはないね!!』

 

 後ろに回り込んで首に腕を回し、そのままへし折ろうとするガルヴァトロン。

 ウルトラ・マグナスの肩や脚部に仕込まれた消火銃から液体窒素が噴射され、ガルヴァトロンは怯んでしまう。

 金属生命体は、極低温を苦手とするのだ。

 

(大振りではなく……確実に当てる!)

 

 その瞬間、ホット・ロッドが接近し、横薙ぎの一撃をガルヴァトロンの腹に浴びせる。

 

「一太刀! 入ったぞ!!」

「グッ……! 舐めるな!!」

 

 さらに間髪入れずにウルトラ・マグナスのハンマーが上段から殴りかかる。

 怒りに満ちるガルヴァトロンと、ホット・ロッド、ウルトラ・マグナスのコンビの戦いは続く。

 

 

 

 

 

 クロスヘアーズとドレッドボットは、今だ睨み合っていた。

 その殺気と緊張が最大限まで高まり……そして弾けた。

 

『ッ!』

 

 銃声は、一発。

 倒れたのは……ドレッドボットだ。

 

「こ、こんなバカな……な、なぜ?」

「おめえがスローだからさ」

 

 仰向けに倒れ伏し驚愕と苦痛に顔を歪めるドレッドボットに、クロスヘアーズは銃口から昇る煙を吹き消しながら、答えた。

 

「大したことねえな」

「それなら、次は俺の相手をしてくれよ!!」

 

 そのまま次の敵を歩み去ろうとするクロスヘアーズだったが、上空からニトロ・ゼウスのミサイルが襲い掛かってきた。

 間一髪、建物の影に入ったが、爆風が容赦なくコートの裾を焼く。

 

「あー! これ一張羅なんだぞ!!」

「安心しろ、次は丸焼きにしてやる!」

 

 変形して空中を飛び回りながらニトロ・ゼウスがばら撒くキャノン砲と機関砲の弾から、クロスヘアーズは身を隠す。

 

「やっかいなもんだな! 飛べないってのはよ!!」

「まったくだ、コンチクショウ!」

 

 

 

 

 

 ドリフトは裂帛の気合を込めて、バーサーカーに斬りかかる。

 この相手が多少のダメージを気にしないことは分かっていた。

 故に一撃で葬るつもりで斬撃を繰り出すが、敵もさるもの。ヒラリと躱し、あるいは棍棒で受け流す。

 

「おーおー、ええ面するようになったやないかい、デッドロック! それでこそ、ディセプティコンや!!」

「何度言えば分かる! 私はドリフト! オートボットだ!!」

 

 剣劇を続けながら、バーサーカーは嘲笑を浮かべた。

 

「ハハハ! まあええわ、やっと楽しゅうなってきたんやからな!!」

「楽しいだと!」

「せや! 戦争が終わってからこっち、どいつもこいつも仲良しこよしで、つまらへん! せやから、最後に大暴れして死のう思ったちゅうのに、逮捕なんて温いことしくさって! ほんま、つまらへんわ!」

「貴様……そんな理由で!」

 

 切り結びながら語るバーサーカーに、ドリフトは改めて怒りを強くする。

 そんな理屈で虐殺を行おうとする相手を許してはおけない。

 

「それがディセプティコンや! 暴れて戦って殺して、最後には殺される! デッドロック、あんたかて、そうやろ!」

「違う!」

「違わへん、あんたはワイが知る中で、最も殺しが好きなディセプティコンや! 今も、殺し合いに興奮しとるんやろ? 体は正直やでぇ?」

「違う! 断じて、違う!」

 

 鍔迫り合いに持ち込みながら、バーサーカーはニヤァっと笑って見せる。

 必死に否定するドリフトだが、事実、戦いの最中に体内を循環するエネルゴンが熱く滾るのを感じていた。

 それはディセプティコンなら誰もが持つ、当然の(さが)で……。

 

「私は……私は、オートボットだ!!」

 

 憤怒に顔を歪め、迷いを断ち切ろうとするが如く、ドリフトは刀を振る。

 バーサーカーはそれこそが望みとばかりに、笑みを大きくするのだった。

 

 

 

 

 

「くたばれ、このデブ野郎!」

「じゃかわしい! このデブ!!」

 

 ハウンドとオンスロートは、熾烈な銃撃戦を続けていた。

 お互いに広場に置かれた屋台の影に隠れて相手の銃弾を凌ぐ。

 

「ヘッ! この戦争中毒者が!」

「それは貴様もだろう、ハウンド! なぜ、貴様は体中に銃器をぶら下げている? 平和の世というなら、そんな物は必要なかろう!」

「ッ!」

 

 少しだけ苦い顔をするハウンドに、オンスロートは言葉ではなく手榴弾を投げる。

 素早く逃げるハウンドの後ろで、手榴弾が破裂した。

 

「我々は、銃器と同じである! 平和な世界に、存在する意味がない!!」

「そうかもな……だが、テメエと俺じゃあ、違うことが一つある! それは、他の奴を巻き込まねえってことだ!!」

 

 撃ち尽くしたショットガンを捨て、サブマシンガンを抜いてハウンドはオンスロートに向かっていく。

 銃は、まだまだあるのだ。

 

 

 

 

 

 バリケードはナックルダスターを嵌めた左拳を、連続で突き出す。

 

PUNISH(罰する)!」

 

 それを交差させた両腕で防御するバンブルビーに、すかさず右拳をお見舞いする。

 

ENSLAVE(服従させる)!」

「こなくそ!」

 

 顎に突き刺さる鋭い拳に対し、バンブルビーはカウンター気味に蹴りを相手の脇腹に叩き込む。

 

「テメエ、何でこんなこと、してんだ!」

「俺は俺なりに、色々あるんだよ」

「じゃあ、話せよ! ワケわかんないんだよ!!」

 

 何度も何度も敵として戦った仲だが、バンブルビーにはバリケードが何を考えているのか分からなかった。

 情報員の必死の声に、バリケードは皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 

「じゃあ言うぜ。……ガルヴァトロンは未来からきたらしい。その未来では、地球人がトランスフォーマーとゲイムギョウ界を滅亡に追いやるんだと」

「はあ!?」

「信じられないだろ?」

 

 皮肉っぽい顔のまま、バリケードは腰に下げた警棒を抜く。

 アメリカの警官が使うのと同じ、トンファーだ。

 

「まあ、俺だって半信半疑だ……だが、俺はガルヴァトロンが嘘をついているとも思えんのだ」

「人類、皆殺しとか、言い出す奴だぞ! マトモじゃ、ない!」

 

 振るわれる警棒を掲げた腕で防ぎ、回し蹴りを相手の腹に打ち込んでやる。

 しかし、バリケードはなおも笑みを崩さなかった。

 

「確かにマトモじゃないかもな……しかし、()()()

「面白いだと……!」

 

 結局は快楽なのか。

 バンブルビーの中に怒りが燃え上がり、とにかく、まずは敵を叩きのめすことに決めた。

 

 

 

 

 スクィークスは悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。

 その足元に、モホークの投げたナイフが突き刺さる。

 

「ほ~ら、逃げろ逃げろ! 早く逃げないとバラバラにしちゃうぞ~」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべて青い小オートボットを追うモホークだが、より長い時間いたぶれるようにと手を抜いているようだった。

 やがて袋小路に追い詰められたスクィークスは、恐怖に震える。

 しかし、そろそろ興味が他に移ったらしく、大振りなナイフを両手に持つ。

 

「あーなんか飽きたわー。てなわけで、そろそろ死んどけ」

 

 そのまま、相手に飛び掛るモホークだが、そのときスクィークスの丸い目がキラリと光った。

 突然、上からワイヤー製の網がモホークに被さった。

 

「え? ちょ、なにこれ!?」

 

 慌ててナイフで網を切ろうとするモホークだが、この網はセクター7謹製の対トランスフォーマー用特殊合金製なので、上手くいかない。

 

「やったのです!」

「討ち取ったり、なのです!」

 

 周囲の建物の屋根の上から、ひよこ虫たちが雨水の排水パイプを伝って降りてきた。

 彼女たちが、網を投げたのだ。

 スクィークスはまんまと自分に誘導された敵の周囲を、得意げな顔でグルグルと回る。

 ひよこ虫たちも、ピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ。

 

「わーいわーい!」

「僕らも、頑張ったのです!!」

「……舐、め、ん、なぁああああ!!」

 

 しかし、モホークは頭部のモヒカン状の刃物や手足のナイフを振るって網を切り裂いた。

 これは刃物の扱いに長けた彼なればこそ出来る技だ。

 

「きゃああああ、なのです!」

「このモホーク様に盾突く奴は、ボッコボコのギッタギタのケッチョンケチョンにしてやるぜい!!」

 

 泡を食って逃げ出すスクィークスとひよこ虫だが、一匹が恐怖から硬直して、逃げ遅れてしまう。

 

「食べないでほしいのです……!」

「!」

 

 その時、モホークに電流走る!

 丸っこい造形に、円らな瞳、そして頭のトサカ。

 

「ふつくしい……」

「へ?」

 

 思わず、呟いたモホークは跪いて大きく腕を広げた。

 

「地上に舞い降りた天使とは、まさにこのこと……俺は今、猛烈に感動している! この気持ち、まさにあ……」

 

 盛大にキャラ崩壊しつつ何か言おうとしたモホークだが、言い終わるより前に何処からか円柱状の物体が飛んできて、それが噴き出す白い気体がその体を一瞬で氷漬けにする。

 ちょうどこの時、建物の向こうで戦っているウルトラ・マグナスが投げた液体窒素入りのボンベを使った簡易な冷凍爆弾である。

 

 大きく腕を広げたポーズのまま、氷のオブジェと化したモホークも、ひよこ虫は唖然と見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 戦い続けるオートボットとディセプティコンを放って、ダークメガミは移動を再開した。

 その肩に乗ったマジェコンヌは、建物の間で光る稲光をチラリと見た。

 

(悪いな、ガルヴァトロン……こんな所でもたもたしているワケにはいかんのだ)

 

 彼女とて、手を組んだ相手を見捨てるのは心苦しいが、しかしそれでもやり遂げると決めたことがあった。

 

(あと少し……あと少しなんだ!)

 

 不断の決意を胸に、真正面を睨んだ時、何かが遠くからこちらに飛んでくるのが目に入った。

 飛行機やヘリの類ではない。

 この世界に、人型で赤と青のファイヤーパターンで、人を腕に抱えて飛ぶ機械などあるはずがない。

 予想は出来ていた。最強の敵に最強の手札を当てる。単純なことだ。

 それでもマジェコンヌはギリリと歯を食いしばり、憎々し気な声を発した。

 

「やはり来たか……女神ども!」

 

 

 

 

 

「気付かれたか……もう少し接近したかったな」

 

 ネプテューヌ、ネプギア、うずめの三人を抱えて、脹脛からのジェット噴射で空を飛ぶオプティマスは、ダークメガミが咆哮を上げたのを見て、目を鋭くする。

 

「三人とも、しっかり捕まっていてくれ。少し揺れるぞ!」

「うん!」

「はい!」

「おう!」

 

 三者三様に女神たちが返事をしたのと、ダークメガミの放った光線がオプティマスの脇をかすめたのは、ほぼ同時だった。

 女神の姿をした怪物は、手から光線を、翼からミサイルのような羽根を撃ち出してくる。

 

「もう! わたしの真似なら、もっと未来に生きてる攻撃してよ! あれじゃ怪獣じゃん!」

「そういう問題かな?」

 

 ネプテューヌがよく分からないことに文句を付け、ネプギアがツッコミを入れる。

 その間にも司令官は弾幕をかいくぐり、敵に近づいていく。

 何やら鞄を抱えているうずめは、まっすぐにマジェコンヌを見た。

 

「お前が何をしようとしてるのかは知らないけど、これ以上はやらせない!」

 

 十分に近づいたと確信したうずめは、手の中で小さな結晶……シェアクリスタルを握りつぶす。

 結晶が砕け散ると同時に、眩しい光が発せられ、うずめの体を包み込む。

 ブラッドオレンジの髪が、鮮やかなオレンジ色に変わり、目の色も青になる。

 纏う空気が、男勝りな物から柔らかく元気な物へと変化し、衣装はレオタード状。

 

 オレンジハートへの変身が完了した。

 

「さあ~いっくよ~!」

 

 オプティマスの腕から飛び出したうずめは、光の翼を広げてダークメガミの眼前に躍り出る。

 

「何をするつもりだ!」

「オプっち、お願い!」

「了解だ!!」

 

 驚愕するマジェコンヌの声に構わず、うずめの指示を受けたオプティマスが女神をたちを抱えていない方の手で装甲の裏から何かを取り出した。

 それは淡く虹色に光る結晶、シェアクリスタルだった。

 だが、さっきうずめが砕いた物よりも、かなり大きい。

 

 これは、うずめたちがセクター7の基地から逃げ出す時に持ち出したシェアクリスタルだった。

 普段うずめが携帯している結晶は、これから削り取った物だ。以前はもっと大きかったが、今はバスケットボールほどしかない。

 

 それを見て危機感を覚えたマジェコンヌは、急いでダークメガミに指示を飛ばそうとする。

 

「ッ! ダークメガミよ、オプティマスからやれ!」

「遅い!」

 

 オプティマスは、そのシェアクリスタルを思い切りうずめに向かって投げた。

 うずめは、左手に装着した円盤状の装置を掲げる。

 

「いっくよ~! シェアリングフィールド、てんかーい!!」

 

 装置が四つに割れるようにして展開し、シェアクリスタルと共鳴して大きな光を放つ。

 

「なんの光ぃ!?」

 

 叫ぶマジェコンヌも、ダークメガミも、近くを飛ぶオプティマスたちも光に飲み込まれる。

 眩しさのあまり目を瞑っていたネプテューヌが目を開けると、そこには広大な空間が広がっていた。

 

 辺り一面に宇宙のような星空が広がり、空中に岩塊がいくつも浮かんでいる。

 

 一見して、尋常でない空間であると分かる。

 今、彼女たちのいる場所を離れた所から見れば、巨大な球体に包まれているのが分かっただろう。

 もちろん、これはただ美しいだけの空間ではない。

 

 これまで、無敵であるかのような威容を誇っていたダークメガミが突然、苦し気な呻き声を上げる。

 その力が落ちていることを察知したマジェコンヌは、すぐにこの空間の正体を察した。

 

「これは……そうか、シェアを使った結界か!」

 

 大量のシェアエナジーを使った特殊な空間で、ダークメガミを包み込むことで、その力を削いでいるのだ。

 それはかつて、彼女が女神を倒すために使ったアンチクリスタルの結界にも似ていた。

 

(それはそうだ。この技は元はと言えば、私が()()()に教えたのだから……!)

 

 昔、自らの特異な力に悩む()()()を救うために、その力を封じ込めるべく模索した手段の一つ。

 結局それは失敗に終わったが。

 

 それを知っているのは、マジェコンヌと()()()の他には、ゲイムギョウ界に一人と、そして……。

 

 

 

 

『海男の言う通り、デカブツの力が弱まってるみたいだよー!』

「上手くいったか……」

 

 通信越しのうずめの声に、海男は真顔のまま息を吐く。

 ダークメガミ、いやテラーコンがシェアの力に弱いことは、以前にうずめが暴走車と戦った時に分かっていた。

 もし弱体化できなくてもデカブツを孤立させることは出来る。それだけで勝率はグンと上がる。そういう策だった。

 

(しかし、何故俺はシェアリングフィールドのことを知っていたんだ?)

 

 海男は、()()()()()()()()()()()()()()()()。今まで一緒にいて、一度もそんな場面を見ていないのにである。

 

(いや、今は考えている場合ではないな)

 

 気持ちを切り替え、仲間たちに指示を飛ばす。

 

「うずめ、それにねぷっちたちも。あのデカブツが弱っている今がチャンスだ。シェアクリスタルを使い切ってしまった以上、これを逃せば機会はない。何としてもここで倒すんだ!」

 

 

 

 

「オッケー! よーし、いよいよ主人公のターンだよ!!」

「うん、いこう! お姉ちゃん!!」

 

 海男の言葉を受けて、オプティマスの腕の中のネプテューヌとネプギアが懐からシェアクリスタルの欠片を取り出した。

 さっき砕いた物からあらかじめ削り取っておいた、本当に最後の欠片だ。

 

「満を持して……刮目せよ!!」

「見ていてください、私の……変身!」

 

 オプティマスの腕から飛び出した二人が手を強く握って結晶を砕くと、うずめの時と同じように体が光に包まれる。

 

 ネプテューヌは、黒いレオタードに豊かな姿態を包み、長い紫の髪を二つの三つ編みにした妙齢の美女に。

 ネプギアは、白いレオタードに少女と女性の間の体を包み、桃紫の長い髪の美しい少女に。

 それぞれに姿を変える。

 

 二人とも、光の翼を背に、青い瞳には女神の証たる円と一本線を重ねた紋章が浮かび上がっていた。

 

 プラネテューヌに咲き誇る女神姉妹、パープルハートとパープルシスターが神無き地球に降臨した。

 

 二人は、適当な浮き岩の上に立ちテメノスソードとベクターシールドを構えたオプティマスの両隣に並ぶや、それぞれの得物である太刀バージョンのオトメギキョウと、ビームランチャーと片刃剣が一体化したM.P.B.L(マルチプル・ビームランチャー)を召喚する。

 

「どうだ、二人とも。行けそうか?」

「ええ、合体は出来そうにないけど……十分に戦えるわ!」

「私も、問題ありません!」

 

 自身の問いに凛とした表情で答えた女神たちに、オプティマスは力強く頷く。

 一方、マジェコンヌは足を止められたこの事態に怒りを強めていた。

 

「おのれ……おのれおのれ! 何をしているダークメガミ! こんな結界など破壊してしまえ!!」

 

 ダークメガミは咆哮を上げて掌からのビームを放つが、しかし光線は結界の端の壁に当たると霧散してしまう。

 うずめはネプテューヌたちの近くに並び、勝ち誇った顔をした。

 

「このシェアリングフィールドから、逃れることはできないよ~! このデカブツを倒すのを、特等席で見学しててよ~!」

「そういうワケにはいかん……! ここまで来て諦めてなるものか!!」

 

 吼えたマジェコンヌは、ダークメガミの胸のマークに沈むようにして一体化する。

 こうすることで、あたかもロボットを操縦するかのように、より迅速かつ正確にダークメガミをコントロールすることが出来るが、代わりにマジェコンヌの心身に大きな負担をかける奥の手だった。

 

『だが、今回ばかりは負けるワケにはいかんのだ!! 喰らえ、女神ども!!』

 

 マジェコンヌが吼えると、ダークメガミはその腕をオプティマスが立っている浮き岩に向けて振り下ろす。

 弱っていてなおも凄まじい力の前に岩塊は粉々に砕け散るが、ネプテューヌたちは方々に飛んで躱し、敵に殺到していた。

 

 まずはうずめが先陣を切り、ダークメガミに突っ込んでいく。

 

「咆哮夢叫!! ほにゃあああああッ!!」

『ぐっ!』

 

 敵の顔面に強烈な飛び蹴りを叩き込み、その反動で距離を取ってメガホンを使って大声を上げる。

 増幅された音波が衝撃波となってダークメガミの巨体を揺さぶる。

 

「M.P.B.L!!」

 

 ネプギアはダークメガミの頭部に向けて、銃剣から光線を撃つ。

 ダークメガミは腕を掲げてそれを防御すると、お返しとばかりにもう一方の手からビームを撃とうとする。

 

「クロスコンビネーション!」

 

 その腕に、ネプテューヌが連続で斬撃を叩き込んだ。

 痛みに呻くような仕草をするダークメガミだが、一瞬後には鋭い爪を備えた腕を伸ばし紫の女神を捕えようとする。

 

「させん!」

 

 敵の真後ろに回り込んだオプティマスが思い切り後頭部に剣を振り下ろした。

 苦痛に鳴き声を上げたダークメガミは、翼を思い切りはためかせダークエネルゴンの羽根を撒き散らして敵を撃墜しようとする。

 

 女神たちとオプティマスは、それを縦横無尽に飛び回ってよけながら、それぞれに遠距離攻撃を叩き込む。

 ネプテューヌが作り出したエネルギーの剣が、ネプギアの銃剣から放たれる光線が、うずめのメガホン越しの衝撃波が、オプティマスの盾の裏に仕込まれたブラスターの弾が、巨大な女神擬きの体に当たって爆発を起こす。

 

『ええい、鬱陶しい! 一気に片付けてくれる!!』

 

 マジェコンヌの声が響くと、ダークメガミは両腕を掲げた。

 その頭上にエネルギーが収束し、とてつもない大きさの光球が生まれる。

 ダークメガミがそれを投げつけるような動作をすると、光球は女神たちに向けて動き出した。

 しかしそれで臆する女神たちとオプティマスではない。

 

「新技いくわよ! デルタスラァッシュ!!」

「ビット、コンビネーション!!」

 

 ネプテューヌが太刀を三度振るって、三角形を描くようにエネルギーの刃を飛ばし、ネプギアが召喚した二つのビットが強力なビームを発射する。

 しかしそれらが向かう先はダークメガミでも迫りくる光球でもなく、オプティマスが掲げたテメノスソードだ。

 

 二人の技を受けたテメノスソードは強く光り輝き、その光はオプティマス自身よりも大きなエネルギーの剣を作り出した。

 オプティマスは眼前まで迫った光球に向けて、愛刀を思い切り振り下ろす。

 

 光の刃と光球がぶつかり、凄まじいエネルギーが火花のように飛び散る。

 

「う、おおぉぉおおッ!!」

 

 オプティマスの裂帛の気合と共に光球が真っ二つに断ち切られ、やがて四散していった。

 

「よーし、いっくよ~!」

 

 花びらのように舞い散るエネルギーの欠片の中を、うずめはオレンジ色の弾丸の如く飛んでいく。

 狙うは一つ、ダークメガミのみ。

 

 迎撃しようとするダークメガミだが、それよりもうずめの方が早い。

 

「必殺!」

 

 メガホンを使って放たれた衝撃波が、ダークメガミを怯ませ、

 

「列波!」

 

 懐に飛び込み連続で叩き込んだ拳が、確実にダメージを与え、

 

「夢双!」

 

 うずめの左右に展開された魔法陣から発射された二筋のビームにより、両の翼を破壊し、

 

「絶掌ッ!!」

 

 最後に拳による渾身の一撃が、ダークメガミの胸の発光部に突き刺さった。

 その一撃によって、ついに蓄積したダメージが限界を迎え、全身にヒビが入り、内部から血のように光が漏れ出す。

 

『ば、馬鹿な……! 私は、まだ……!』

 

 崩れゆくダークメガミの中で、マジェコンヌは愕然としていた。

 女神やオートボットにまたしても敗れたばかりか、止めがよりにもよって……。

 

『…ずめ……!』

 

 伸ばした手は何処にも届くことなく、口の中で小さく呟いた言葉は誰にも届くことはなかった




今回のキャラ紹介

ひよこ虫
人間を女神にしようとする実験の失敗によって生まれたモンスター。
丸っこい体に円らな瞳と猫口、八本の足とそして立派なトサカが特徴。
子供のように無邪気で愛嬌のある性格をしている。
元ネタはアイディアファクトリーのマスコットキャラ。

作中に出てくる個体は、その発生方法の都合上全員雌。
うずめのもとにいるのは全6匹で、名前はアイ、アレクサ、ミーシャ、ローリ、サリ、ミコ。

今後、しばらく忙しくなる上にネット使えない環境へいくことになるかもしれないので、更新が遅れそうです。


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第17話 彼らの使命

 時間は僅かに遡る。

 

 ホット・ロッド、ウルトラ・マグナスとガルヴァトロンの戦いはお互いに決め手に欠け、膠着状態に陥っていた。

 左右から襲い掛かってくるウルトラ・マグナスとホット・ロッドの攻撃をかわしながら、ガルヴァトロンは両手から電撃を放つ。

 状況を動かすべく、ホット・ロッドはとっておきを使うことにした。

 

「サム! 俺が時を止める! その間に仕掛けろ!」

『え? そんなこと……できるから言ってるんだよね。分かった!』

 

 ホット・ロッドは盾をしまうと素早く銃を抜き、それの引き金を引く。

 ドラム式の弾倉のように見える部分から、時間を止めるエネルギー弾が放たれガルヴァトロンに向かっていく。

 

「甘い!!」

 

 しかし、ガルヴァトロンはホット・ロッドとの間のちょうど中間あたりの地面に向かって雷撃を放つ。

 舞い上がる土砂に時止め弾が当たり、球形のフィールドを作るが、ガルヴァトロンには届かない。

 

「な!」

「このひよっこめ! お前の戦い方は嫌というほど、知っているぞ! いったい誰がお前の特訓に付き合ってやったと……ん?」

 

 大ジャンプしてフィールドを飛び越したガルヴァトロンは、そのまま後退しようとするホット・ロッドに電撃を放とうとしたが、異変を察知して振り向く。

 ダークメガミが巨大な球体に飲み込まれるのが見えた。

 

「あれは、結界の類か? マジェコンヌ、勝手にダークメガミを進めたのか……」

「どうやらあんたら、信頼し合っているとは言えないみたいだな」

 

 体勢を立て直したホット・ロッドの軽口に、ガルヴァトロンは眉を顰める。

 

「少なくとも、地球人どもよりは信頼している」

『……よく分からないけど人間が君に何かしたなら、僕が変わりに謝るよ。……もし、何か力になれることがあるなら……』

 

 サムは何とか説得を試みるが、相手はそれを受け入れようとはしない。

 

「力になるだと? ならば、今すぐ死ね! 大人しく滅び去れ! 塵も残さず消えてなくなれ!!」

 

 あまりの憎しみに満ちた声と目に、サムは画面越しであるが、この敵が『前』のディセプティコンたちとは違うと理解し始めていた。

 ホット・ロッドはガルヴァトロンの目を睨んで吼える。

 

「いい加減にしろよ! テメエの言ってることは何から何まで滅茶苦茶なんだよ!! なんだよ、殺すとか滅ぼすとか、同じようなこと何回も言いやがって! なんでそんなに、憎むんだよ。……俺たちの関係が、本当にアンタの言う通りなら、教えてくれよ!!」

 

 言葉の意味は分からない。しかし画面越しとは言え、サムの耳には最後の方の言葉は泣きそうな声に聞こえた。

 前世では縁のなかったこのオートボットは、記憶を失っているという。

 そして、メガトロンの子供たちの中に確かガルヴァとロディマスという子供がいたはず。

 

 ならば、もしやこの二人は……。

 

 有り得ない、なんてことは有り得ないということは、トランスフォーマーたちと付き合っていれば、嫌というほど思い知らされる。

 

 ガルヴァトロンは、ホット・ロッドの声に攻撃の手を緩め、やがて言葉を絞り出した。

 

「ロディマス……俺たちの父上と母上のことを思い出さないか?」

「…………」

「やはり、思い出せないか……いいか、ロディマス。二人はな……地球人どもに殺されたんだ……!!」

 

 それを思い出すことは、彼にとって何よりも苦痛なのだろう、目から止めどなくエネルゴンの涙が流れだし、表情は哀しみと怒りが混じり合ってグシャグシャに歪んでいた。

 

「強かった父上、優しかった母上……サイクロナスも、スカージも……他の皆も! オートボットも、ディセプティコンも、女神たちすらも!! 奴らは化け物と呼んで、殺し尽くしたんだ!!」

 

 悲痛なその声に、その内容に、ホット・ロッドとウルトラ・マグナスは、凍りつく。

 有り得ない、とサムは言い返すことができなかった。

 『前』の世界では、人類はトランスフォーマーを敵視し、狩り立てた。

 ここでも同じことが起きないと、言い切ることはできない。

 人間は、自分と違う物、理解の及ばない物を極端に嫌い、恐れ、そして憎む。

 

「だから俺は、この時代の地球人どもを滅ぼし、未来を変える! それが俺の使命だ!!」

『そんなことは、させない』

 

 だからこそ。

 

『君にも、人間にもだ。オートボットは……いや、トランスフォーマーは僕が守る!! 女神も、ゲイムギョウ界も、守ってみせる!!』

 

 サムは強く宣言した。

 前と同じ悲劇は起こさせない。

 もしも生まれ変わった理由があるとしたら、きっとそのためだ。

 少なくともサムは、そのためにこそ行動する。

 

「口では何とでも……む!」

 

 割り込んできた地球人に、再び顔を憤怒に染めるガルヴァトロンだったが、その時シェアリングフィールドが、ガラスが割れるようにして消滅し、その中から三筋の閃光と一つの機影が飛び出してきた。

 女神たちとオプティマスだ。

 

 その向こうでは、ダークメガミがゆっくりと崩壊していく。

 同時に、今だ多く残っていたテラーコンたちは活動を停止し、ただの機械へと戻っていった。

 各地に残された空間の裂け目も、順次閉じていく。

 

「……これで、お前のバカげた計画も終わりだ」

 

 ホット・ロッドは静かに言うが、ガルヴァトロンの目は今だギラギラと光り、そこに諦めの文字は無かった。

 

「マジェコンヌ、敗れたか……! こうなれば、やはり俺が手ずから地球人どもを皆殺しにしてくれる!」

 

 言うやガルヴァトロンは全身から稲妻を放つ。

 それにホット・ロッドたちの目が眩んだ瞬間、ガルヴァトロンは宙に浮かび上がり崩れ去ろうとするダークメガミに向かって飛び去っていった。

 

「ガルヴァトロン……!」

「追おう!!」

 

 

 

 

 

 うずめたちはシェアリングフィールドから脱出し、落ちていくダークメガミを見下ろしていた。

 

「終わったね~」

「いや、まだだ。皆、こちらは状況終了だ。各員、報告せよ」

 

 女神態のままシミジミと呟くうずめだが、オプティマスの顔はまだ険しいままだ。

 

『ドリフト……今少しの時間をいただければ、必ず……!』

『こちらハウンド、オンスロートの奴逃げ出そうとしてやがるぜ!』

『クロスヘアーズだ! ドレッド野郎は片付けたが……おい、誰か空飛べる奴いねえのかよ!!』

『バンブルビー……みんな、手を、出さないで! こいつは、オイラが!』

 

 仲間たちの報告から、オプティマスはディセプティコンたちがまだ戦っていることを把握し、指示を飛ばす。

 

「よし、手分けして、皆の応援に……」

『オプティマス! ガルヴァトロンがそっちに行ったぞ!!』

「なに!? ッ!」

 

 ホット・ロッドからの通信が来た瞬間、オプティマスの横を当のガルヴァトロンが閃光のように通り過ぎた。

 

「往生際が悪いよ~!」

「ダークメガミ墜つるとも、このガルヴァトロンがいる! まだまだ勝負は一回の表だぞ!」

「いやいやすでに9回表まで終わってるでしょう!」

「9回裏からが、本当の勝負というもの! ここから逆転サヨナラホームランだ!!」

 

 うずめとネプテューヌのツッコミに、意外とノリよく答えたガルヴァトロンは、猛スピードでダークメガミに近づくと、その胸に手を翳した。

 すると、崩れゆくダークメガミの体が、エネルギーに分解されてガルヴァトロンの体に吸い込まれていく。

 

「何!?」

 

 オプティマスたちが止める間もなく、ダークメガミ……その体を構成していたダークエネルゴンを、ガルヴァトロンは残さず吸収し尽くした。

 残されたのは、意識を失いかけていたマジェコンヌだけだ。

 

 空中に投げ出され落ちていこうとするマジェコンヌを掌で受け止めたガルヴァトロンの体には紫色に発光する細かい罅のような模様が入り、目や口、装甲の隙間から禍々しい紫色の光が漏れている。

 それに合わせるようにして、テラーコンたちが息を吹き返した。

 

「ううん……ッ! が、ガルヴァトロン!? き、貴様ダークエネルゴンを喰ったのか!?」

 

 意識を取り戻し、状況を理解したマジェコンヌは目を剝く。

 対し、ガルヴァトロンはニヤリと口角を吊り上げた。

 

「最初からこうするべきだったな。ダークエネルゴンの力は素晴らしいぞ……!」

 

 そして首を回し、一点を見つめる。その先にあるのは、フーバーダムだ。

 

「感じるぞ、さらなるダークエネルゴンの波動を……!!」

「ええい、仕方がない!」

 

 マジェコンヌはターゲットマスターの姿になってカノン砲に変形し、ガルヴァトロンの右腕に合体する。

 こうなったら、これに賭けるしかないのだ。

 ガルヴァトロンはそのままカノン砲にエネルギーを溜め、フーバーダムの方向に向ける。

 まずは、上の構造物を破壊せねば。

 

「させん!!」

 

 発射の直前、オプティマスがガルヴァトロンに組み付いた。衝撃で狙いがそれ、光弾はフーバーダムの脇にある送電施設に命中し、それを跡形もなく吹き飛ばした。

 そのまま二人は錐もみ回転しながら地面に落ちていく。

 

「ガルヴァトロン! ……いや、ガルヴァよ。こんなことをして何になる! お前の父と母が悲しむだけだぞ!」

 

 オプティマスは、目の前の敵が、宿敵であり今は盟友となった相手と、その妻の息子であることに気が付いていた。

 今だ確証はないが、その名前と姿から、もしやとは思っていたのだ。

 そしてそれは銀と青のディセプティコンの顔を見るに間違っていないようだった。

 

「それでも、やらねばならんのだッ!! 家族を守るために!!」

 

 ガルヴァトロンは大きく咆哮すると、全身からさらに強化された稲妻を発して、相手を振りほどき、オプティマスの体を地面に向かって叩き付けた。

 

「うずめ! もう一度、シェアリングフィールドで……」

「無理だよ~、シェアクリスタルは、あれで最後だもん……」

 

 援護に向かおうとするネプテューヌの頼みに、うずめは首を横に振る。

 シェアリングフィールドを張るには、大量のシェアエナジーがいる。

 信仰のないこの世界では、それはシェアクリスタルからしか得ることが出来ない。

 

「……それなら! ネプギア、いーすんに連絡は取れる?」

「できるけど……お姉ちゃん?」

「何か思いついたの?」

「ええ、イチかバチかだけどね。……大丈夫よ、私はこういう時の賭けは、外さないの」

 

 戸惑うようなネプギアとうずめに、紫の女神は悪戯っぽくウインクして見せた。

 

 地上に降りたガルヴァトロンに、オプティマスがベクターシールドの裏のブラスターを撃つ。

 しかし今やダークエネルゴンによって強化された肉体はこれを受け付けない。

 

「ッ!」

「無駄だ!」

 

 向かってくるオプティマスをさらに強力になった電撃で吹き飛ばし、今は紫に光る眼で上空のうずめの方を見たが、それも一瞬だった。

 

「天王星うずめ、貴様を料理するのは後だ……!」

『そうだ、ガルヴァトロン。今は一刻も早くフーバーダムに向かうのだ!』

 

 右腕に合体しているマジェコンヌも、やや焦った調子で急かす。

 それに答えるわけではないだろうが、飛び上がろうとした。

 

『させないよ!』

 

 近くの建物の影からウルトラ・マグナスが素早く近づきハンマーを振るう。

 

「無駄なことを!」

『どうかな?』

 

 もはや防御すら必要ないウルトラ・マグナスを遠隔操縦しているサムはニヤリと不敵な笑みを浮かべて操縦桿のスイッチを押す。するとハンマーの片面からジェットが噴射された。

 

「なに!?」

 

 推進力を得たハンマーは加速し、速度は重量とウルトラ・マグナスの腕力と合わせて破壊力となってガルヴァトロンの体に襲い掛かり、その金属の体を近くのビルの壁まで吹き飛ばす。

 

「ぐわッ!」

『ははは、昔チラッと見た日本のアニメの女の子がやってた技さ! 最近だとゲームのキャラも似たようなことしてたかな!』

「おのれ、ふざけた真似を!」

 

 すぐさま反撃に移ろうとするガルヴァトロンだが、この隙をオプティマスが逃すはずもない。

 敵に掴みかかり、握りしめた拳でその顔面を殴り飛ばすが、オプティマスの剛腕を持ってしても今のガルヴァトロンには効果がなく、逆にエネルギーを纏った拳を喰らって大きく飛ばされる。

 

「無駄だ! ダークエネルゴンの力ある限り、貴様らに勝ち目はない!!」

「それはどうかしら?」

 

 急に聞こえた声に空を見上げれば、ネプテューヌとネプギア、そしてうずめが舞い降りてくる。

 その上空には、光の渦のような物が見えた。

 異なる次元を繋ぐ、スペースブリッジの光だ。

 

 あの渦の向こうに、ゲイムギョウ界があるのだ。

 

 一瞬だが、ガルヴァトロンの眼差しに郷愁の色が宿る。

 彼にとっては、あの世界は故郷と呼べる地だった。

 

「来た……私たちの国、プラネテューヌのシェアだわ」

「うん、何だか少し懐かしく感じる」

 

 渦から漏れ出してくるシェアエナジーを浴び、ネプテューヌとネプギアの体に力が張る。

 そして、二人はうずめの両側から彼女の肩に手を置いて意識を集中させる。

 

「いくわよ、うずめ」

「う、うん」

 

 三人の間に、見えない糸のような繋がりができ、それを通じて紫の姉妹のシェアがうずめの中に流れていく。

 

「させるか!」

「こちらの台詞だ!」

 

 彼女たちが何をしようとしているか理解したガルヴァトロンはカノン砲を撃とうとするが、またしてもオプティマスに、さらにはウルトラ・マグナスに組み付かれて、またしても狙いがそれる。

 何もない場所に放たれた光線は、そこに空間の裂け目を作る。

 

「貴様らぁああ!!」

「むう!」

『う!』

 

 全身から電撃を放って二人を振りほどき、今度こそ飛び上がる。

 そこへ、近くの背の高いビルからジャンプしたホット・ロッドが飛びついた。

 

「ロディマス!!」

「言っただろ! 俺はホット・ロッド、うずめを守る騎士(ナイト)だ!!」

「騎士だと?」

 

 そのままの状態で背中のホット・ロッドを振り落とそうとしながらも、ガルヴァトロンは思わず、せせら笑う。

 

「ひよっこめが……何のために俺たちが別々の時間軸に跳んだと思っているんだ?」

「へ、知るかよ!」

「ならばよく聞け、そして思い出せ。この俺が地球人を滅ぼすことを使命としているように、お前にもまた使命があるのだ。お前自身が自分に課した使命がな。それは……」

 

 勝気な笑みを浮かべ、ガルヴァトロンの言葉を笑い飛ばそうとしていたホット・ロッドだったが、最後に聞こえた言葉に笑みが凍り付く。

 

「う、嘘だ! 嘘に決まってる! で、出鱈目を言うな!」

「出鱈目ではない。お前自身が、一番よく分かっているはずだ」

 

 動揺するホット・ロッドを、ガルヴァトロンは容易く振り払った。

 自身の体から離れて地面に向かって落ちていくホット・ロッドを、ガルヴァトロンは本来の獲物に向かう前に一瞥する。

 

 ホット・ロッドの顔は、果てない疑問と、混乱、それから絶望に歪んでいた……。

 

「我が弟ながら、哀れな……」

『おい、それどころではないぞ!』

 

 マジェコンヌが叫ぶのと、光がガルヴァトロンの体を飲み込むのは、ほとんど同時だった。

 

 

 

 

 

 再び、時間は僅かに遡る。

 身内に流れ込んでくるシェアの暖かさに、うずめは懐かしいような、悲しいような、不思議な感覚を覚えていた。

 

 不意に、その脳裏に映像が過った。

 未来的な建物の並ぶ、何処かの街並み。

 自分と笑い合う、背の高い男女……だが顔は見えない。

 あれは、誰だ?

 

「うずめ!」

「! シェアリングフィールド、展開!!」

 

 ネプテューヌの声にハッとなったうずめは、今一度シェアリングフィールドを展開する。

 今度は先ほどのよりもずっと大きな光が巻き起こり、さっきよりもずっと広い範囲を取り込んでいった。

 

 光が収まるとやはり先ほどと同じ、岩塊が無数に浮遊する神秘的な空間が広がっていた。

 しかし違うのは、今度は街で戦闘をしていたほとんどの者が巻き込まれたことだ。

 

「なんだこりゃあ!? 何がどうなってんだよ!!」

「分からん、全然分からん!」

「おお、ブッタ!」

 

 オートボットとディセプティコン。

 それに合流して共にテラーコンに対処していたレノックスとエップスら米軍と、サヴォイにサントスたちセクター7の戦闘部隊もだ。

 

「な、何が起こったんだよ、おい!」

「俺に聞くな!」

 

 混乱しながらのエップスの質問に、サントスは怒鳴り声で返す。

 彼らは、一際大きな浮き岩の上にいた。

 周囲にいたテラーコンたちは、糸の切れた人形のように崩れていく。

 

「まるで太陽の光に当たったグレムリンだな」

「どっちかっつうと、細菌に感染した火星人じゃねえか? ほら、トム・クルーズが主役のやつ」

「油断するな、まだ動ける奴らが向かってくるぞ!!」

 

 ごちゃごちゃと言い合うエップスとサントスを怒鳴りつけ、レノックスはパーツをボロボロと零しながらも迫ってくるテラーコンに銃撃する。

 

「にしても、あれがあのお嬢さんたちかよ! マジで女神みたいなべっぴんさんじゃねえか!」

「女神みたいな、じゃなくて本当に女神らしいぞ! マイティ・ソーもビックリだ!」

「どっちかつうとワンダーウーマンだろ、あれ!」

 

 それでも軽口を叩き合う副官二人。彼らは意外と気が合うらしい。

 他方、サヴォイは何処か複雑そうにうずめを見ていた。

 

「神ね……そんなもん、いないとばかり思っていたが」

「君たちの神は知らんがね」

 

 誰にともないサヴォイの呟きに、近くでテラーコンを殴り倒しているキャノピーが答えた。

 

「少なくとも、私たちにとって彼女は女神だよ」

「……ふん」

 

 鼻を鳴らしたサヴォイは、指揮に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 浮遊岩を跳躍で渡りながら、クロスヘアーズはニトロ・ゼウスの攻撃から逃れていた。

 

「しっかし、変な空間だな、おい」

「喋ってるとは、余裕じゃねえか! この空間でも……いや、この空間だからこそ、俺の絶対有利は変わらんぜ!」

 

 言わば360度全て空中であるようなこの空間は、確かにこの空飛ぶディセプティコンにとっては有利な状況であるらしい。

 

「チッ、確かにこのままじゃ埒が明かねえな……お!」

 

 何かを思いついたクロスヘアーズは、手近な大き目の浮き岩に飛び移る。

 その岩に向け、ニトロ・ゼウスはグリペンの姿に変形してミサイルを撃った。

 

「こいつで吹き飛びな!」

「吹き飛ぶのは、テメエさ!」

 

 岩からジャンプしてミサイルを躱したクロスヘアーズの後方で、岩に命中したミサイルが爆発を起こす。その瞬間、クロスヘアーズは背中からパラシュートを出した。

 パラシュートは爆風を受けて大きく膨らみ、そのまま空挺兵の体を勢いよくニトロ・ゼウスに向かって宙に舞いあがらせる。

 

「イヤッハー!」

「んな!?」

 

 そのまま向かってくる緑のオートボットを、機体を傾けて躱したニトロ・ゼウスだが、その機体にパラシュートが絡まる。

 バランスを崩したマルチロール機は、そのまま錐もみ回転をしながら明後日の方向に飛んでいった。

 一方、クロスヘアーズはパラシュートを切り離し、適当な岩に捕まって事なきを得たのだった。

 

「あばばば!」

「なんだと!?」

 

 ニトロ・ゼウスは、そのままハウンドと撃ち合っていたオンスロートに突っ込む。

 

「グワーッ!」

「な、なんやて!? アバーッ」

 

 衝突した二体のディセプティコンは真下の岩の上でドリフトに襲い掛かろうとしたバーサーカーの上に落ちた。

 三体のディセプティコンは、揃って強制スリープモードに入って(意識を失って)しまったのだった。

 

「あれまあ……」

「…………」

 

 突然のピタゴラスイッチ的な顛末に、ハウンドは葉巻代わりの実包を口から落とし、刀を振り上げていたドリフトは目を丸くするのだった。

 

 

 

 

 

「こ、これは……力が抜けていく!」

『シェアの共鳴に、こんな使い方が……!』

 

 ガルヴァトロンの体の紫の光が弱まり、ダークエネルゴンによるブーストが抜けていく。

 あちこちにカノン砲を撃つが、空間の裂け目が出来るばかりで結界を破壊することはできない。

 

 彼の中の冷静な部分が、再度のシェアリングフィールドの発生を防げなかった時点で、勝敗は決したと伝えてくる。

 しかし、だとしても。

 

「天王星うずめ! せめて、貴様だけはあぁぁぁ…ぁ……ぁ……ッ!?」

 

 うずめに向けて手を伸ばすガルヴァトロンだが、球形のフィールドに包まれて動きが遅くなっていく。

 

 近くの浮き岩に乗ったホット・ロッドが、悲しみとも怒りとも付かぬ感情に揺れるオプティックと、時止め弾を発射した拳銃をガルヴァトロンに向けていた。

 

 停止したガルヴァトロンに向け、オプティマスが背中から抜いたレーザーライフルからスラッグ弾状の実体弾をありったけ発射する。

 超重合金製のスペシャルなスラッグ弾の群れは、フィールドに到達するや停止し、そして時間が動き出すと同時に、ガルヴァトロンの体に襲い掛かった。

 

「ぐ、おおおおお!?」

 

 一発でもトランスフォーマーに大ダメージを与えうる弾丸を何発も喰らったガルヴァトロンは、その衝撃で悲鳴を上げながら後方に飛んでいった。

 このままいけば、大きな浮き岩に叩き付けられるはずだったが、途中で流れ弾に当たって進行方向が変わる。

 自分が作った、空間の裂け目に向かって。

 

「! しまった!」

 

 ガルヴァトロンを救うべくジェットを噴射するオプティマスだが、間に合わない。

 そのままガルヴァトロンは、裂け目の向こうの異空間へと吸い込まれていった。

 

「ロディマス、必ず後悔することになるぞ! ロディマァァァスッ!!」

 

 何処へつながっているとも分からぬ異空間に消えゆく叫びを、ホット・ロッドは、複雑そうな顔で聞いていた。

 オプティマスが突入するより早く、裂け目は閉じてしまう。

 

「…………」

 

 悔し気に目を閉じるオプティマスを遠目に見ていたホット・ロッドは、今度こそ戦いが終わったことにホッと胸を撫で下ろしているうずめをチラリと見た。

 ブレインに、空中で組み合った時にガルヴァトロンが言った内容が甦る。

 

『ひよっこめが……何のために俺たちが別々の時間軸に跳んだと思っているんだ?』

 

『ならばよく聞け、そして思い出せ。この俺が地球人を滅ぼすことを使命としているように、お前にもまた使命があるのだ。お前自身が自分に課した使命がな。それは……』

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 




バンブルビーの予告を見ました。

まさか、ビートルに変形する実写ビーが見れるとは……。

空陸参謀ブリッツウイング、実写シリーズの実質的な最終作(予定)に満を持しての登場。
予告編ではジェット機から変形してたましたけど、残る二体のディセプティコン、シャッターとドロップキックもトリプルチェンジャーのようだし、やっぱり戦車形態になれるんでしょうかね?

G1スタイルのTFたちが実写で見れるのは嬉しいけど、なんだかんだ実写シリーズの姿に慣れ親しんだ身としては、ちょっと寂しくも思えてしまう、そんなめんどくさいファン心理。

それにしたって……海外公開は12月、日本公開が来春ってあーた……(絶望)


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第18話 帰還

「ロディマス、必ず後悔するぞ! ロディマァァァスッ!!」

 

 叫びながら、ガルヴァトロンは異空間へと吸い込まれた。

 サイケデリックな色味の物理法則の通用しない世界で、なんとか体勢を立て直す。

 

「おのれ……!」

『ガルヴァトロン、裂け目が閉じるぞ! 急いで脱出しろ!!』

 

 右腕のマジェコンヌの声に辺りを見回せば、いくつかの裂け目からさっきまで戦っていた街が見えた。ガルヴァトロン自身の攻撃で出来た物だ。

 しかし裂け目はどんどんと閉じていく。

 一番大きな裂け目も、すでにガルヴァトロンの巨体が通るには小さすぎた。

 ダークエネルゴンの力がない今、こちら側から裂け目を開いて脱出することはできないだろう。

 

「こうなれば!」

『ガルヴァトロン、なにを……!?』

「協力に感謝するぞ、マジェコンヌ。お前の目的……果たせるといいな!」

 

 咄嗟に、ガルヴァトロンは右腕のカノン砲をもぎ取り、大きな裂け目に向かって思い切り投げた。

 

「さらばだ!」

『ガルヴァトロン!!』

 

 なすすべもなく、マジェコンヌは裂け目から元の世界に放り出された。

 

 

 

 

 

 ほとんどのオートボットやディセプティコンがシェアリングフィールドに取り込まれた中、バンブルビーとバリケードはその外にいた。

 シェアリングフィールドが展開するや、バリケードはすぐに状況不利とみてその場を退き、身を隠していた。

 

「野郎! またフェードアウト、する気か!!」

 

 街を必死に探すバンブルビーだが、バリケードは建物の影に息を潜めていた。

 すぐ近くには、ガルヴァトロンの攻撃で出来た空間の裂け目がある。

 

(さてどうする? このまま逃げるのも手だが……)

 

 様子を伺いながら、バリケードは黙考する。

 答えを出すより早く、シェアリングフィールドが消えていくのが見えた。

 向こうは戦いが終わったということか。

 

 その瞬間、裂け目の中から、カノン砲が飛び出してきて、変形してロボットモードに戻り着地する。

 それがマジェコンヌであることに気付き、バリケードは目を見開く。

 

「ッ! お前か! ガルヴァトロンはどうした!?」

「バリケードか。……奴なら、この中だ」

 

 人間の姿に戻ったマジェコンヌはダメージが大きいらしくビルの壁に寄りかかると、顎で閉じていく裂け目を指した。

 その意味する所を察し、一瞬逡巡する様子を見せたバリケードだが、すぐに皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 

「狂気の沙汰ほど面白い……ということにしておこう」

 

 言うや、バリケードは裂け目の中に身を躍らせた。

 マジェコンヌが止める間もなくバリケードは異空間に消え、裂け目も完全に閉じて消える。

 

 残されたマジェコンヌは、呆然と裂け目のあった場所を見ていたが、やがて痛む体を引き摺って歩き出した。

 

 目的を、果たすために。

 

  *  *  *

 

 戦いは終わった。

 気絶したニトロ・ゼウス、オンスロート、バーサーカーの三人に、氷像と化したモホーク、動けないドレッドボットらのディセプティコンたちが纏めて拘束され、ただ一人バリケードのみが行方不明となった。

 オートボットたちは、繋がったスペースブリッジを使ってゲイムギョウ界に戻ることになった。

 

 しかし……勝利の余韻に浸っているはずの女神とオートボットたちは今、驚くべき状況に陥っていた……。

 

 

 

 

 

「で? これはどういうことなのかしら?」

 

 何故か地べたにジャパニーズ・セイザするサムとダニエルの父子の前に、背の高い金髪の女性が仁王立ちしていた。

 女神たちとはタイプの違う美人で、知的ながら気が強そうな雰囲気を発している。

 

 彼女はサムの妻、カーリー・ウィトウィッキーだ。

 

 影に日向に夫を支える良妻だが、同時に夫を尻に敷く恐妻でもある。ここのところは都合によりイギリスにいたのだが、騒動を聞きつけ飛んで帰ってきたらしい。

 後ろには、忠実な執事のダッチも控えている。

 

 どういうワケだか、ネプテューヌとオプティマスも一緒になって正座させられていた。

 子供はともかく大の男に加え、女神と巨大ロボットが正座している姿はシュール極まりない。

 

 なお、ネプテューヌは本来の姿である少女に戻っており、彼女がオプティマスの恋人だと知った、実は児童ポルノには厳しいアメリカンたちの視線がちょっと冷たくなる一幕があったが今は置いておく。

 

 サムはオズオズと声を出した。

 

「ええとね、カーリー。落ち着いて聞いてほしいんだけど……」

「あなたは後よ。まずはダニエル、美術館に行くんじゃなかったの? 基地で騒ぎが起こってもしやと思って電話した時、ママがどれだけ怖かったか分かる? とっても心配したのよ!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 眉を吊り上げるカーリーに、ダニエルはしょぼんとする。

 なまじ美人であるだけに、怒ったカーリーの顔はそれは恐ろしかった。

 

「それで! そちらのオプティマスだったかしら? 息子を助けてくれたことにはお礼を言うわ。ありがとう」

「あ、ああ……」

「でも! 夫と息子を巻き込んだことには、断固抗議させていただきます!!」

「申し訳ない……」

 

 カーリーの剣幕に思わず頭を下げるオプティマス。

 後ろでディセプティコンたちをふん縛っていたドリフトが刀を抜こうとして、ハウンドに殴り飛ばされていた。

 

「ううう、なんかこの人、いーすんみたい……」

 

 別の次元まできて怒られて涙目のネプテューヌ。

 確かに、真面目で苦労人気質な感じがイストワールと似ているかもしれない。

 

「い、いや、僕の方から彼らに協力を申し出たんだよ。彼らは僕にとって、大切な友達なんだよ!」

「そうね、そうよね、そうなんでしょうね。でも私は、一言の相談もしてくれなかったことを、怒っているの!」

「…………ごめん。巻き込みたくなかったんだ」

 

 夫の言葉に、名前の通り東洋の怒れる女神の如き顔だったカーリーは、悲しそうな顔になった。

 

「夫婦でしょう? 今更よ」

「……ごめん」

 

 サムは立ち上がって、妻を優しく抱きしめた。

 それを見て、ネプテューヌはちょっと羨ましそうで、オプティマスは夫婦の大変さを感じていた。

 夫から離れたカーリーは息をフッと吐いて表情を緩めるとダニエルを抱き上げ、オプティマスの後ろに控えていたバンブルビーを見上げた。

 

「なぜかしらね? 色々と言ったけど、何故かあなたたちのこと、悪く思えないのよね。ずっと昔に会ったことがあるような気がするわ」

「オイラも……です」

 

 慣れていないのに、敬語でかしこまるバンブルビー。

 彼自身、何処か懐かしい感覚を覚えていた。

 ネプギアは、うずめと並んでそれを困ったような顔で眺めていたが、ふと隣のオレンジの女神にたずねる。

 

「うずめさん。本当に、私たちといっしょに行かないんですか?」

「ああ。前にも言ったけど、俺はこの地球が、結構好きなんだ。行方知れずのパトカーや、マジェなんとかのこともあるしな」

 

 ゲイムギョウ界への道が開いた今、ネプテューヌたちはうずめやホット・ロッドにゲイムギョウ界に来ないかと改めて誘った。

 しかし、うずめはやはりこの地球に残るといい、海男やキャノピー、スクィークスらも彼女に付き合うことを決めた。

 

 彼女たちの面倒は、サムが見るという。

 

「そうですか……うずめさん、色々ありがとうございました!」

「それはこっちの台詞さ。短い間だったけど、楽しかったぜ!」

 

 ネプギアの差し出した手を、うずめは輝くような笑みを浮かべて握り返すのだった。

 

 

 

 

 

 サヴォイたちは、速やかに撤収するべく、迎えに来たらしいヘリに乗り込んでいた。

 

「なんと言うか……悪くありませんでしたね。彼らと、一緒に戦うのも」

「……借りは返した。次は敵同士だ」

 

 冷たく言うサヴォイに、サントスは小さく苦笑する。

 飛び立ったヘリの座席に着いたサヴォイがなんとなしに窓の外を見ると、うずめがこちらに向かって手を振っていた。

 

「……ふん」

 

 鼻を鳴らしたサヴォイは、感情を殺した顔でサングラスをかけるのだった。

 

 

 

 

 

 一同の輪から離れ、ホット・ロッドは一人、佇んでいた。

 何をするでもなく空を見上げる彼に、海男が声をかける。

 

「ホット・ロッド。どうかしたのか?」

「…………」

「ふむ……ガルヴァトロンのことか?」

 

 海男は、ホット・ロッドの悩みをズバリと当てて見せた。

 こういう所が、彼の魚類離れした点である。

 

「あまり、気にしない方がいい。彼は嘘を言っていたのかもしれない。あるいは、本当だと()()()()()()()()()を話していたのかもしれない。いずれにせよ、もう分からないことだ」

 

 正直、ホット・ロッドは海男への嫉妬を禁じえなかった。

 その聡明さもそうだが、うずめとの信頼関係という点において特に。

 

 ディセプティコンを足止めするために、うずめを利用するという手を海男が言い出した時、当然ながらホット・ロッドはそんな危険なことはさせられないと反対したのだ。

 しかし、うずめは二つ返事で海男の策に乗った。

 そこにあったのは絶対と言ってもいい信頼だ。

 

「なあ、海男。お前って、うずめのこと、どう思ってるんだ? その……好き、なのか?」

「なんだい、藪から棒に……しかし、そうだな。好きとか嫌いとか、そういう段階はとうに超えてしまっているかな?」

 

 急に放たれた問いに、海男は真顔のまま片目を瞑って答える。

 

「そうか」

 

 恋愛的な意味ではないのかもしれないが、うずめと海男の間にある絆に、自分の入る隙間など、有り得ないのだと、ホット・ロッドは痛感していた。

 妬ましさが視線に出たのか、海男は困ったような顔をする。

 

「おいおい、そんな顔をするなよ。うずめには、君が必要だ」

「どうかな? お前がいれば十分じゃねえの? 頭いいし、みんなから頼りにされてるしな」

「……しかし、戦う力はない」

 

 ちょっと自虐の入ったホット・ロッドの言葉に、海男の声のトーンが真剣な物になる。

 

「何度思っただろうか。君のような鋼の肉体があればと。オレがトランスフォーマーなら、うずめを守ることが出来るのにと」

 

 それは思いもかけない言葉だった。

 相変わらずの真顔のままだが、それが彼の本音であることを、ホット・ロッドは察した。

 自分が海男を羨んでいたように、海男もまた金属生命体に焦がれていたのだ。

 そう思うと、自然と苦い笑みが浮かぶ。

 

「大丈夫さ。うずめに必要なのは、強い相棒じゃなくて、無茶を諫め、時に支えることが出来る奴だ。……うずめを頼む」

 

 ホット・ロッドは自分なりに決意を込め、屈んで海男に視線を合わせる。

 その言葉の意味を察した海男は、深く目を瞑る。

 

「やはり行くのか?」

「ああ。俺はゲイムギョウ界に行く。今回のことで自分の無力を痛感したからな。向こうで修行してくる」

 

 これは嘘ではないが、しかし理由は他にもある。

 もしも自分が、本当に『ロディマス』だとしたら、父親であるメガトロン、母親であるレイがいかなる人物であるかを知りたかった。

 

 何よりも、ガルヴァトロンが言った自分の使命……()()()()()()()()

 

 それが本当だとしたら、ある日、記憶を取り戻した瞬間にうずめに襲い掛かるのではないかと、恐ろしく思えた。

 だから、自分はうずめから離れる必要がある。

 

「……君の真意がどうあれ、オレに君を止める権利はない。それでも、あまり一人で背負い込み過ぎるな、とは言わせてくれ。友達として、それくらいは許されるはずだ」

「ああ、ありがとよ。ダチコウ」

 

 ホット・ロッドが握った拳に、海男は自分のヒレを丸めて、それを当てるのだった。

 

 

 

 

 

 決戦の地からほど近い荒野。

 ネプテューヌ姉妹と、オートボットたちが並んで立っていると、空から、虹色の光の柱が降ってくる。

 見送りにきていたサムは、総司令官を寂しげながらも笑顔で見上げた。

 

「さようなら、オプティマス。それにビーも。……また一緒に戦えて、嬉しかったよ。後の始末は任せてくれ……こういう時、金持ちは得だね」

「ありがとう、サム。遠い世界で、新しい友と出会えたことは……いや、君とはずっと昔から友だった気がするな」

 

 オプティマスは、改めて屈むことで視線をサムに合わせる。

 

「また会おう、友よ」

「うん、また。今度はメガトロンや、彼のお嫁さんも連れてきてよ。ぜひ、会ってみたい」

「ああ、きっと!」

 

 オプティマスは、力強く頷くと、名残惜し気ながら光の中に入っていく。

 続いて、ハウンド、クロスヘアーズ、ドリフトの三人が拘束したディセプティコンたちを引き摺りながら、光の中へ進む。

 

「うずめ、それじゃあね」

「ああ、二人とも元気でな! ……なにも今生の別れってワケじゃないんだ! 湿っぽいのは無しにしようぜ!」

 

 ネプテューヌとネプギアは、うずめと別れを惜しんでいたが、やがて元気に手を振りながら、光に飛び込んだ。

 

「ビー……またね」

「うん、また、きっと!」

 

 寂しげな顔のバンブルビーは、こちらも寂し気なサムと、短いながらも万感の思いを込めて、再会を誓い合ってから転送されていった。

 

「いやはやまったく……女神とはね」

 

 シモンズは、光の中へと消えていく紫の姉妹と、それを見送るオレンジの少女を眺めていた。

 彼は念のためフーバーダムの施設の避難を進めていたのだ。

 

 以前とは雰囲気が違うが、あのうずめという少女は、自身が組織に逆らうきっかけになったあの少女に違いない。

 仲間たちと一緒に上手くやっているようで、それはいいのだが……。

 

「あんな子供が神を名乗るとは、どんな世界なのかね? その、ゲイムギョウ界ってのは?」

「さあね。少なくとも悪い所じゃなさそうだ」

 

 誰にともなく放たれた問いに、隣に立つケイドが腕を組んで答えた。

 彼は正式にサムに雇われることになった。……発明家ではなく、技術屋としての雇用なのを、本人は最後まで文句を言っていた。

 

「なぜそう思う?」

「あんな子供が神様で、上手く回ってるからさ」

「違いない」

 

 二人は異なる世界に思いを馳せ、笑みを浮かべる。

 

 最後に残ったホット・ロッドは、後ろ髪を引かれる思いで振り返りうずめの方を見た。

 

 スペースブリッジに照らされた彼女の瞳が強く輝いていた。

 ホット・ロッドはこの瞳が好きだった。必ず守ると誓った瞳だ。

 その隣でフヨフヨと浮いている海男が、強く頷いた……実際には体を前に傾けた。

 

 グッと拳を握ったホット・ロッドは、意を決して光の中へと歩いていった。

 今度は、振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 フーバーダムの地下に存在するセクター7の拠点は、混乱に包まれていた。

 ガルヴァトロンの砲撃で送電施設が破壊されたことにより、電力供給が追い付かなくなったのだ。

 今は予備電源が作動しているが、それでも混乱は避けられなかった。

 

 慌ただしく黒服のエージェントや白衣の研究者、作業服の職員が行き交う通路を、一人の男が歩いていた。

 バナチェクというその男は、セクター7でも高い地位にいる人物だ。

 具合が悪いのか、体を引き摺るようにして歩いていく。

 同僚や部下が声をかけるが、心配いらないから自分の仕事に集中してくれと返される。

 

 途中、アンゴルモアを大量に貯蔵した倉庫に入り、液体化したそれが入ったタンクを抱えて持ち出す。

 

 

 施設の深部には、この組織が何十年にも渡って収集してきた最高機密が保管されていた。

 

 角が生えた女神の石碑。

 

 柱状の不可思議な装置。

 

 何か生き物の化石もある。

 

 見る者が見れば、これらがゲイムギョウ界、あるいはサイバトロン星由来の品々であることに気付くだろう。

 

 やがて、施設の最深部にやってきたバナチェクは、そこにある分厚く大きい金属の扉を、指紋認証、声紋認証、網膜認証、パスワードと何重にもなったセキュリティを解除して開き、中に入る。

 完全に扉が閉まると、バナチェクの姿が揺らぎ、銀色の長い髪の女性……マジェコンヌの姿になった。

 本物は今頃、地球の反対側だ。

 

 部屋の中には、巨大な結晶が鎮座していた。

 暗い室内でも自ら淡く虹色に輝くそれは、特大のシェアクリスタルに他ならない。

 異様なのは大きもさることながら、その内部に人影らしい物が見えることだった。

 分厚いクリスタルの壁のおかげで姿はぼやけて判然としないが、かろうじて女性らしいことは分かる。

 

 宝石の琥珀には、太古の虫が閉じ込められている物が稀に存在するが、これはその特大版にも見える。

 

 マジェコンヌはそれを見て懐かしそうに顔をほころばせると、ターゲットマスターの姿へと変身した。

 そして、脇に抱えたタンクを開けて、液状ダークエネルゴンを浴びるようにして吸収する。

 

「ぐうう……こ、これはキツイな」

 

 全身に走る痛みと悪寒に呻きながらもカノン砲モードに変形し、ダークエネルゴンをエネルギーに変換して砲口から吐き出す。

 黒いエネルギーの奔流は、クリスタルに当たるやその表面を融かすようにして削っていく。

 

 本来、このターゲットマスターの姿はこのために用意したのだ。

 ダークエネルゴンの力は、シェアエナジーによって打ち消される。すなわち、逆もまたしかり。

 大量のシェアエナジーを含むシェアクリスタルを破壊するためには、ダークエネルゴンの力を一点に集中させる必要があった。

 

 しかし、これは本来生命と相反する力であるダークエネルゴンの力を体内に取り込むことになるため、マジェコンヌの心身に大きな負担をかける。

 そのために、ダークエネルゴンの化身であるダークメガミを作り上げた。あの女神擬きの力があれば、この特大のクリスタルも容易に破壊することが出来るはずだった。

 ディセプティコンたちは、この場所の情報を手に入れるための手駒。

 ガルヴァトロンのことは予想外だったが、奴がこの地球を滅ぼそうが、知ったことではなかった。

 

(それに合体しているときに見えた、あの光景は……いや)

 

 ディセプティコンも、ダークメガミも、あるいはマジェコンヌ自身も、この時のための手駒に過ぎない。

 

 異変に感づかれたのか警報が鳴り響くなか、エネルギーを吐き出し切ったマジェコンヌは人間の姿に戻る。

 心身への負担から床に手を着くが、荒く息をしながらクリスタルを見上げた。

 かなり小さくなり、輝きも薄れ、罅が入っている。

 

 罅がだんだんと大きくなり、そしてついに、クリスタルが砕け散った。

 

「おお……!」

 

 粉々に砕けたクリスタルの欠片の中から、一つの影が立ち上がった。

 影は裸の少女の姿をしていて、ブラッドオレンジの長い髪に、同色の瞳という天王星うずめと瓜二つ……いや、まったく同じ姿をしていた。

 その姿を見て、マジェコンヌは感極まった様子で、笑顔を浮かべながら涙を流した。

 

「うずめ……うずめ!」

「やあ、マジェっち」

 

 泣き笑いながら手を伸ばすマジェコンヌに、そのうずめらしき少女は笑いかけ、そして傍まで歩いてくる。

 

「ありがとう、マジェっち。おかげで復活できたよ」

「うずめ、うずめ……! 会いたかった、会いたかったんだ! あの時、お前のために何もできなかった自分を、何度呪っただろうか! 一度はお前のことを忘れてしまった時もあった。……でも思い出したんだ! さあ、一緒に帰ろう……ッ!?」

 

 泣きじゃくっていたマジェコンヌだが、その『うずめ』の目を見て固まった。

 何もかもが、あの天王星うずめと同じ姿だが、目が……目だけが違う。

 まるで、この世の全ての怨念と悪意を集めて地獄の釜で煮詰めたような、何処までも続く深淵の穴のような、そんな目だった。

 

「うず……め……?」

「もちろん、帰るさ。……あの世界に復讐するためにね。でもその前に、この世界の連中にも思い知らせてやろう」

 

 静かな声に圧倒されるマジェコンヌ。

 目の前の少女は、姿以外は口調も、雰囲気も、彼女の記憶とは大きく食い違っていた。気のせいか黒いオーラのような物が立ち昇っているようにも見える。

 しかし、その境遇を思えば変わってしまったのも仕方がないことだと考え直す。なによりも、無事でいてくれたことが、嬉しかった。

 復讐にも、程度にもよるが付き合う気だった。

 

「だけど、その前に……マジェっち、君の記憶を少し読ませてもらうよ。これまでのことと、今の状況を把握しないとね」

 

 『うずめ』はそう言ってマジェコンヌの頬に触れる。

 すると、これまで薄ら笑いを浮かべていた『うずめ』の顔に、僅かに不機嫌そうな表情が宿った。

 

「ッ! そうか、まだあの搾りかすと一緒にいるのか。……ロディは」

「ロディ?」

 

 首を傾げるマジェコンヌに構わず、『うずめ』は笑みを浮かべる。

 怒りを内包した笑みだが、それでもさっきまで比べると随分と人間らしい表情だった。黒いオーラが引っ込み、暗黒の沼のようだった目に、微かに光が灯る。

 

「……決めた。復讐は後でゆっくりと楽しむことにして、まずはオレの物を取り返すとしよう。あんな搾りかすのことなんか、永遠に、永久に、永劫に、思い出せないようにしてやる。マジェっちにも手伝ってもらうよ」

「あ、ああ……よく分からんが、うずめのためなら」

「ありがとう。……そうだ、ガルヴァトロンだったっけ? 彼にも協力してもらおう。ヒーローごっこには、魔王役も必要だからね」

 

 新しい遊びを思いついた子供のような顔で、『うずめ』は口角を吊り上げる。

 一方で、マジェコンヌはだんだんと不安が強くなり始めていた。

 それに気付いたのか、『うずめ』はこれまでよりも、柔らかい笑みを浮かべたが、その時扉の外に人の気配がした。

 マジェコンヌが痛む体に鞭打って立ち上がり、うずめを庇うように前へ出る。

 

「うずめ! 後ろへ!」

「ふむ。この場所じゃあ落ち着いて話もできないね。それに、ロディ以外の男に裸を見られるのも嫌だな。……じゃあ、そろそろ、帰ろうか。ゲイムギョウ界へさ」

 

 暢気に言うや、二人の体の下に光に縁取られた穴のような物が出現し、二人を飲み込むと口を閉じる。

 セクター7の警備員が雪崩れ込んで来た時には、シェアクリスタルの欠片が散乱するばかりで、そこにはもう誰もいなかった。

 




現在、ネット環境のない場所に引っ越しまして、ネットカフェからの更新になります。
そのため、感想に対する返信が遅れることを、お許しください。

今回のキャラ紹介

カーリー・ウィトウィッキー
サムの妻であり、ダニエルの母親。
元はイギリスの外交秘書を勤めていた才媛。
怒るととても怖く、サムもダニエルもロンも逆らえない。姑であるジュディとは仲が良い。
旧姓はスペンサー。

出会いは、孤独感に苛まれたサムがついうっかり食事に誘ってしまったこと。
そのまま、酔ってホテルへ→ニャンニャン→交際開始となって今に至る。

ダッチ
ウィトウィッキー家に仕える執事。
元NSAで情報収集やハッキングに長ける。
原作ではシモンズの執事だった、彼である。

『うずめ』
フーバーダムの施設の最奥にあった巨大なシェアクリスタルの中に封印されていた謎の少女。マジェコンヌは彼女を解放するのが目的だった。
天王星うずめと同じ姿、同じ声を持つ。
何故かホット・ロッドに対し強い執着を見せる。


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閑話 もう一人の男

『まったく、勝手なことをしてくれたわね』

「はい、すいません。でも正しいことをしたと思っています」

 

 サイバトロン・システム社の本社ビル、通称ウィトウィッキータワーの社長室にて、サム・ウィトウィッキーは窓の外を眺めながら特殊な機器である人物と通信していた。

 この機器なら、盗聴や傍受の恐れはない。

 手元の映像端末には、山中に墜落した宇宙船のそばでシモンズがはしゃいでいるのが中継されていた。

 ディセプティコンたちを乗せてきた護送船だ。

 

「我が社の方で、色々と補填しますので、どうか彼らを敵視することは止めてください」

『我が国に許可なく入国、滞在した上に、勝手に戦い始めて、挙句に帰っていった連中を敵視するなと?』

「彼らに我々の常識は通用しません。しかし、彼らは我々を守るために戦ってくれました。そこは保障しますよ……大統領」

 

 通話の相手……かつては国家情報機関の長官にして今はアメリカ初の女性大統領であるシャーロット・メアリングを相手にしても、サムは物怖じしない。

 人々は、メアリングが大統領選で多額の献金をしたサムの言う事なら聞くと考えているが、逆にそんな女性ならサムは献金しなかっただろう。

 

 故にサムは、何としてでもメアリングにオートボットが敵ではないことを納得させる必要があった。

 

『まあいいわ。確かに本当にその……女神とやらが向こうの国家元首だとしたら、とんでもない国際問題に発展した可能性もあったワケだし』

「断言しておきますが、戦争になったらまず勝てませんよ? 技術力に云千年単位の格差がありますから」

『仮に宇宙人が現れたとしたら、我々はかつてのインカやアステカの人々と同じように虐殺されることになるだろう……そんな風に言った科学者がいたわね』

 

 メアリングの言葉に、サムはそんなことは絶対にあり得ないと声を大にして言いたかったが、ここは堪える。

 むしろサムが心配しているのは、地球人がゲイムギョウ界やトランスフォーマーたちにとっての征服者コルテス、あるいは聖書のイブを誘惑した蛇にならないかということだ。

 政治的な欲望や宗教的な憎悪を向こうに持ち込みたくはない。

 

「宇宙人が現れた時、それが我々と分かり合えるとは到底思えないと言った者もいます。しかし、現実には彼らは我々に近しい価値観を持っている。これは、とてつもない幸運です、メアリング。まずは友好的な関係を構築するべきでしょう。……変な陰謀は無しの方向性で。それとも、人類初の異世界間戦争の遠因になった大統領として、歴史に名を遺したいと?」

『あなた、合衆国政府と私をなんだと思っているの? ……もちろん友好的にいくつもりだけど、それには大きな障害があるわ』

「CIA、ですか」

 

 サムは自分の声がやや硬くなるのを自覚していた。

 本来、大統領の許可なく暗躍したCIAは、断罪されてしかるべきだ。

 しかし、そうはならなかった。

 

『色んな連中の利権と思惑が、スパゲッティみたいに複雑に絡まり合っている……というより、ワザとそういう状況を作り出したんでしょうね。私でさえ一刀両断、というワケにはいかないのが現状よ』

 

 メアリングの口調に今までにない棘と疲れが混じる。

 どうにも、CIAの連中は多数の政府高官や財界人、マスメディアや科学者、さらには他の国の要人すらも操っているらしい。

 

『セクター7にしても、形の上では解散させたけど、実際にはCIA主導の新たな組織に再編されただけよ。更迭したCIA長官や幹部たちも、単なる傀儡。黒幕は他にいるわ。他人の影に隠れて人を操ることに長けた、そんな奴がね』

「……心当たりが?」

 

 天下の合衆国大統領、それもメアリングほどの女傑の振るう大ナタを、ここまで鈍らせる狡猾な相手。

 それは誰だ?

 

『確たる証拠も根拠はないけれど、おそらくは元CIAの高官の……』

 

  *  *  *

 

「それでは、第一次計画は失敗か」

「はい。ウィトウィッキーの小僧に、アンゴルモアの絡繰りが気付かれました。もう、同じ手は通用しないでしょう」

 

 何処ともつかぬ豪奢な内装のオフィスで、サヴォイはある人物に直立不動の姿勢を取って報告していた。

 信じられないような値段のスーツをビシッと着こなした、白髪白髭の恰幅のいい男性だ。

 すでに老人の域に差し掛かりつつあるが、眼鏡越しの眼光は鋭い。

 その男はサヴォイに背を向けて窓の外を眺めながら、振り返ることなくニヤリと笑った。

 

「ウィトウィッキーを失脚させられなかったのは残念だが、問題はない。むしろ好都合だ。奴らが騒動を起こしてくれたおかげで、アンゴルモアによる変異体を奴ら(トランスフォーマー)に見せかける手間が省けた」

 

 男が手元の端末を操作すると、壁にかけられたモニターに、激しい戦闘の様子や無残に破壊された街並が映し出された。

 

「今回のことで各国の有識者たちはエイリアンの危険性について正しく認識してくれるだろう。……それよりも問題は、ダムの基地から消えたDC01だ。まだ発見できんのか?」

「はい。まるでこの世から煙のように消え失せてしまったかのようです」

「この世から、か。ならばあるいは、あちらの世界か。厄介だな」

 

 顎の手を当てて思案する男。しかしその顔に焦りはない。

 無論、あちらの世界とは、ゲイムギョウ界に他ならない。

 

「引き続き、捜索を続けます。それで02の方は?」

「大統領の庇護下に入ったとなると、さすがに簡単には手出しできん。当面は放っておけ」

 

 DC02こと天王星うずめへの措置に、サヴォイの鉄面皮が僅かに和らいだ。

 そんな彼に構わず、男は続ける。

 

「DC01については、私の方でも手を回しておく。……まあ、最悪見つからなくても、それはそれで手はある。我々コンカレンスの計画に支障はない」

 

 コンカレンス。

 それはこの男がリーダーとなって結成した秘密組織だ。

 メンバーには、各国の政治家や官僚、大企業家、資産家、さらには宗教の重鎮や高名な学者が名を連ね、ある目的のために動いていた。

 CIAすら、隠れ蓑に過ぎない。

 

「ジェームズ、他に報告がなければ今日はもう下がれ」

「……はい」

 

 ファーストネームで言われてサヴォイが退室すると、男は改めて窓の外を見る。

 そこは広大な地下空間で、信じられないほど大量の妖しげな紫に輝く結晶……アンゴルモア、あるいはダークエネルゴンが地中から突き出し、輝いていた。

 大型の機械がそれを削り出し、防護服の作業員たちが運び出す。

 

 奥には、さらに信じがたい物があった。

 湾曲した柱のような、途方もなく巨大な、機械の何かだ。柱は上にいくほど細くなっており、角のようにも見える。

 

 その角からは薄紅色の液体が漏れ出し、雫となって垂れ、下に設えられた50mプールほどもある槽に溜められる。

 これはアンゴルモアとは違う、より危険なアンチエレクロンと呼ばれる物質だった。

 

「エイリアンどもめ。今度こそは……!」

 

 男は振り返り、映像が映ったままのモニターを憎々し気に見た。

 青と赤のファイヤーパターンの戦士、オプティマス・プライムが敵と戦い、ビークルモードで走り、愛する女神と共にいる様子が映し出されていた。

 

「特にオプティマス。貴様には、相応しい死に様を与えてやる……!」

 

 彼の名は、ハロルド・アティンジャー。

 元CIAの高官であり、サムと同じように前世の記憶を持つ者だ。

 前の世界では、彼はオートボットたちを排斥する組織、墓場の風の黒幕だった。その理由はトランスフォーマーたちの戦いで親しい人を失ったからでも、国と世界を憂いてでもない。

 ただ、金と保身のため。自分の老後を豊かにするため。ただそれだけのために、オートボットを殺し、国を欺き、罪なき者に犠牲を強いた。

 その末路は所業に相応しい、どころか生温いとさえ言えるものだったが、彼自身はそうは思っていなかった。

 

 一度死を経験したことで、その自己中心性は収まるどころか加速して病的な域に達し、そこに前世でのCIA職員としての知識と経験を生かして、他人の弱みを握りあるいは陥れることで得た権力が合わさった今、彼の目的はただ一つ、自らを殺した相手への復讐だった。

 厳密には、あのオプティマスたちは『前』の彼らとは別人であると理解していたが、そんなことは関係ない。

 

 彼らが生きていて、しかも幸福でいることが、何よりも許し難かった。

 

「エイリアンどもに、神を名乗る化け物、それを崇めるカルトども。全て一掃してやるぞ!」

 

 その憎しみはトランスフォーマー全てと、彼らを安寧へと導いた女神たち、さらには彼ら彼女らの暮らすサイバトロン星とゲイムギョウ界その物にまで向けられていた。

 アティンジャーのしたことを思えば、それは逆恨み以外の何物でもなかったが、彼はこれを崇高な使命とすら思っていた。

 

「今から楽しみだ、オプティマス。貴様の首を壁に飾るのがな」

 

 ダークエネルゴンの放つ光を受けてほくそ笑むアティンジャーの影が、オフィスの床に伸びる。

 しかし、影は人の形をしておらず、禍々しく歪み大きな二本の角が生えている。口に当たる場所には、三日月のような亀裂が入っていた。

 

 あたかも、嗤っているかのように。

 

「そうとも、これは神の思し召しだ。神が私に、復讐の機会をくださったのだ」

 

 実際、それは神に与えられた使命であり、好機だった。

 例えそれが、世界の破滅を目論む、邪悪な神だったとしても……。

 




あとがきに代えて、キャラ紹介。

アメリカ合衆国大統領シャーロット・メアリング
元は国家情報局の局長にして、アメリカ初の女性大統領。
アメリカと国際社会の現状を憂いて政治家に転向。大統領選に出馬するが、対立候補の不動産屋さんに財力の差で負けかけるも、サムの政治献金のおかげで逆転勝利を収める。
以来、内政外交に辣腕を振るい二期目当選確実と言われる鉄の女。
嫌いな物は戦争と汚職。

シモンズとは、やっぱりいい仲だった時期があり、お互いに未練があったりもする。

ハロルド・アティンジャー
元CIAの高官にして国際的秘密組織コンカレンスのリーダー。
その実態は、原作シリーズ第四作ロストエイジに登場したアティンジャー本人の生まれ変わり。
めげぬ、懲りぬ、省みぬ。

もはや語ることも憚られる、作者の仇敵。

ちなみにコンカレンスとは、玩具のみのシリーズ『バイナルテック』の設定に存在する、全TFの排除を目論む秘密組織。ドクター・アーカビルだのチャムリー卿だのが参加している。


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超次元編『改変』
閑話『魔王』


 東の山に魔王、在り……。

 

 邪悪な心、邪悪な力を持ち、邪悪な姿と成りて……。

 

 全てを憎む者(なり)……。

 

  *  *  *

 

 暗雲立ち込める荒野を、戦士たちは進む。その数たるや数万はくだらない。

 白馬に跨った貴人、全身甲冑の武人、動物の毛皮を纏った無頼、戦乙女の如き麗人……老若男女、美醜貴賤の差はあれど、彼らはみな剣を携えていた。

 両刃、片刃、両手剣、片手剣、大剣、細剣……形状も大きさもバラバラだが、その本質は等しく『王』のための剣であり、故に彼らはその全てが『王』足る者であった。

 剣持つ王の後ろには、王を守る騎士たちが続く。

 一人でも一騎当千の騎士たちが、万を超える王の数だけいる。ならば彼らは、何者を恐れる必要のない無敵の軍団だった。

 

 彼らの向かう先は一つ。剥き出しの山肌も禍々しい岩山だった。

 塔か城塞のようにも見える山の中腹は高台になっていて、そこに異形が群れを成していた。

 

 背に被膜の張った翼を持ち蝙蝠に似た姿を持つ吸血鬼。

 筋骨隆々とした牛頭のミノタウロス。

 鰓や背ビレ、水掻きのある手足を持った半魚人。

 滑りのある鱗に覆われたリザードマン。

 複数の蟲の特徴を備えた昆虫人間。

 ……人に似た姿を持ちながら、人ではない、故に人に恐れられる魔の物たち。数え切れないほどのそれらが、武器を手に蠢き唸っている。

 魔物たちの中で一際目を引くのは、大きな二本の角を持った鬼のような金属の巨人だった。

 

 インフェルノカスと呼ばれるその巨人は、咆哮を上げて王たちを威嚇する。

 

 王たちは剣を抜き、掲げる。王権を証明する剣の群れは、眩く光輝き闇を切り裂かんとするかのようだ。

 しかしその時、岩山の頂から恐ろしい鳴き声と共に何かが飛んできた。

 

 それは金属で出来た体を持つ飛竜で、腕と一体化した翼を羽ばたかせているが、全身が錆に覆われている。

 飛竜の周りには、青白い半透明の幽鬼たちが飛び回っていた。幽鬼たちは朽ちかけた甲冑を身に纏い剣や槍を持った騎士の姿をしていて、顔は木乃伊(ミイラ)か髑髏のようだった。

 

 魔物の群れのど真ん中に降り立った飛竜の背から、ヒラリと人影が地面に降りた。

 その人影は大きな金属の体を持ちショットガンのような銃器を背負っているが、体に見合った大きさのボロボロの布をマントのようにして体に巻き付けフードのように頭に被っているので、顔は見えない。

 しかし、このマントの影こそが魔物たちを率いる者であることは間違いなかった。

 

 何故なら、吸血鬼も、ミノタウロスも、半魚人もリザードマンも昆虫人間も、幽鬼の騎士たちも、インフェルノカスでさえも、皆彼のために道を開けたからだ。

 

 二つに割れた群れの間を堂々と歩むマントの影の後ろに続く少女……うずめは自問する。

 ああ、なぜこうなったのだろう。

 自分はただ、彼に勇者になってほしかったのに。

 これではまるで……。

 

「ま、魔王ッ!」

 

 王たちの中の誰かが叫んだ。

 

「魔王だ……!」

「魔王ッ!」

「魔王!!」

 

 彼らの声に、瞳に、表情にあるのは、恐怖だった。恐れる物などないはずの彼らが、恐れ慄いていた。

 ただ一人、黒地に赤い模様の装束に部分甲冑を身に着けた、金の髪の女性の王だけは違った。

 

「何故だ? 何故なんだ!? 言ったではないか、ブリテンの人々を守ると! 約束したではないか、この地に平和をもたらすと!」

 

 悲痛なその叫びに、マントの影は応じない。

 

「お願いだ、答えてくれ! ……ホット・ロッド!!」

 

 雷鳴が轟き、稲光がマントの奥の顔を照らす。

 その顔は、まさしくオートボットの若き騎士だった。

 

 魔物たちは崇め称えるが如く、武器や鈎爪のある手を掲げて『魔王』の名を唱和する。

 

 ホット・ロッド! ホット・ロッド! ホット・ロッド!!

 

 山その物が鳴動しているが如きそれに答えることなく、うずめを伴った『魔王』は背中からショットガンを抜いた。その姿は、彼の父親の別の世界における姿を想起させた。

 

 そして『魔王』は、迷うことなく、ショットガンの引き金を引いた……。

 



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第19話 ゲイムギョウ界

前回の閑話『魔王』は、これから起こることとして書きました。つまり予告編。

分かりにくくて、申し訳ありません……。


 ゲイムギョウ界は西方に位置する国家、『革新する紫の大地』ことプラネテューヌは、その首都中央部。

 国政を司る『教会』の本部であり、この国のシンボルでもある未来的な超高層建築物プラネタワーのテラスで、ネプテューヌは他の国の女神たちに地球での顛末を説明していた。

 

「……ってな感じでさー!」

「まーた、大冒険だったわね、それは……」

 

 ネプテューヌの話を聞いて、ゴシック風の衣装を着て長い黒髪をツインテールにし、勝気そうな赤い瞳が印象を残す目鼻立ちのハッキリした少女、ラステイションの女神ブラックハートことノワールが息を吐く。

 

「他の世界……地球、でしたかしら? その世界は、随分と混沌としているようですわね」

「普通、一つの時代に国が十も二十も存在するなんて、ありえないわ……それも女神が存在しない国なんてね」

 

 緑色のドレスを纏い、金糸の如き長い髪と垂れ目がちな青い目に豊満な姿態を持ち、優し気な雰囲気の妙齢の美女。リーンボックスの女神グリーンハートことベールと、首回りにファーのついたコートを羽織り大きな丸い帽子を被った大人し気な顔つきの、片ほどで切りそろえた薄茶の髪と青い瞳の小柄であどけない容姿の少女、ルウィーの女神ホワイトハートことブランが口々に感想を言う。

 女神が頂点に立つ四つの国とその他、というのが基本のゲイムギョウ界に生きる彼女たちにとって、地球の様子というのは奇異に見えた。

 

「まあ、向こうから見れば、こっちが不思議なんだろうし……それで、そのガルヴァトロン、というのは本当に……()()ガルヴァなの?」

「それは……分かんない、かな?」

 

 ノワールの問いに、ネプテューヌは歯切れ悪く答えた。

 あのメガトロンの息子を名乗るディセプティコンが、本当に未来からやってきたのか、ただの狂人だったのかは、もう分からない。

 タイムスリップなんてありえない……とは言えない。

 かつて、先代総司令官センチネル・プライムは遥か過去に転移し、そこで一万年の長くに渡る眠りを経て、現代に復活した。

 それはディセプティコンの始祖、堕落せし者(ザ・フォールン)ことメガトロナス・プライムの遠大な陰謀の一端だったが、同じようなことが起こらないとは言い切れない。

 そこでネプテューヌの顔がパッと明るくなった。

 

「ま、そのうちまた現れるでしょ。次元の狭間に消えるなんて、再登場フラグだし! 彼、しぶとそうだったし!」

「あなたはまた……はあッ、いいわもう。それよりも、今当面の問題について話しましょう」

 

 異世界を旅しても相変わらずの紫の女神に、思わず息を吐いたノワールだったは、気を取り直して話題を変える。

 

「ええ、今差し迫った問題は……」

「惑星サイバトロンと連絡が付かないことね……」

 

 すると、ベールが目に心配げな色を浮かべ、ブランがその句を継ぐ。

 

 ネプテューヌたちが帰還した直後から、ゲイムギョウ界はサイバトロンと連絡が取れなくなった。

 あらゆる方法を試してみたがまるでダメで、さらにはスペースブリッジによって転移することも出来なくなってしまった。

 ブリッジ自体に問題はないにも関わらず、サイバトロンにも、他の次元にも繋がらないのだ。

 

 今や、ゲイムギョウ界は孤立していた……。

 

「いやまったく困ったもんだー……クチュンッ!」

 

 腕を組んで深く椅子に座りなおしたネプテューヌが小さくクシャミをすると、突然ポンッと音がして、彼女の姿が変わった。

 元気そうな印象そのままに、大人の体へと。

 

「あーあ、また変身しちゃった」

「ね、ネプテューヌ!? どうしたのよ、その姿は!」

 

 困ったような顔の大人ネプテューヌに対し、ギョッとするノワール。

 ベールも目を丸くし、ブランに至っては裏切り者を見るような顔で、大人化した紫の女神の胸元を凝視していた。

 

「あー、なんかふとした拍子に大人になるようになっちゃったんだよね。ま、この姿もセクシーでいいんだけど!」

「お、おおう……」

 

 立ち上がってちょっと体つきを強調するようなポーズを取るネプテューヌに、ブランはついに白目を剥いた。

 

  *  *  *

 

 さて、プラネタワーの下部は、トランスフォーマーたちの施設も兼ねている。

 以前オートボットたちはタワーから離れた場所に基地を構えていたが、前大戦の終盤にタワーが壊滅したために、建て直す際に人間とトランスフォーマーの両方が暮らせるようにしたのだ。

 その施設の一角にある訓練所では、ホット・ロッドとバンブルビーが組手を行っていた。

 

 この二人、気が合うのかよく行動を共にしている。

 

 パンチ主体の体術で攻めるホット・ロッドだが、バンブルビーはノラリクラリと躱しながら、カウンターを繰り出し確実に相手の体力を削っていく。

 そして、頃合いを見計らって強烈な回し蹴りを腹に叩き込んだ。防御はしたものの、ホット・ロッドは後退する。

 

「グッ……!」

「甘いって。もっと、敵の隙を、伺わないと」

「わーってるって。例えば、こんな感じ……な!」

 

 バンブルビーが追撃として繰り出してしきた拳を僅かに身を逸らすことで躱し、顎に拳を打ち込む。

 

「ぐおッ!? ……やるじゃん。でも、まだまだ、こっから!」

「望むところ!」

 

 

 

 

 

 組手をする若い戦士二人を見下ろせる位置に、オプティマスが副官ジャズとアイアンハイドを伴って立っていた。

 

「あれが例の、地球で拾ってきたって奴か。なるほど、筋は良さそうだな」

「しかし、あいつがロディマスだってのは本当なのか?」

 

 アイアンハイドとジャズが視線を向けると、オプティマスは難しい顔をしていた。

 

「正直、分からん。そのことも含めて、メガトロンやレイとも話がしたかったのだが……」

「あいつら今、サイバトロンにいるからな」

 

 アイアンハイドは腕を組んで排気する。

 運の悪いことにメガトロン以下、主だったディセプティコンの幹部たちはサイバトロンにいた。

 次元に干渉する力を持ったタリの女神が向こうにいるのにも関わらず、何の連絡もない辺り、本当に異常な事態なのだ。

 

「地球のこと、ホット・ロッドのこと、ガルヴァトロンと彼の言っていたこと、気にはなるが、まずは目前の問題からだ。各地で何が起こっているか、また起こりうるか、皆の意見を聞きたい」

 

 厳かな総司令官の言葉にジャズたちが頷くのと、ホット・ロッドがバンブルビーに蹴り倒されるのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

「だー! 負けたー!」

「経験値が、違う、っての」

 

 大の字になって床に寝そべるホット・ロッドを前に、バンブルビーが腰に手を当てて勝ち誇る。

 やはり、大戦を潜り抜けてきた情報員と記憶喪失の騎士では実力に差があるらしい。現実は、小説のようにはいかない。

 

「おーい、ビー! 時間だよー!」

「あ、うん!」

 

 そこへネプギアが部屋の入口から声をかけてきたので、バンブルビーが手を振って応じる。

 ホット・ロッドは上体を起こした。

 

「なに? どっか行くの?」

「まーね。……付き合う?」

「じゃ、せっかくなんで」

 

  *  *  *

 

 気に入ったのかビークルモードが地球のカマロのまま、ネプギアを乗せて走るバンブルビーの横をチェンテナリオの姿で走るホット・ロッドは、なんとなしに街の風景を眺める。

 オートボットが建設現場で働き、ディセプティコンが幼稚園バスに変形して子供たちを送迎し、人間ももちろんそんな彼らを当然のように受け入れている。さらには、モンスターの中でも人間に害をなさない者は、市民としてくらしていた。

 

 人間たちに追われたことのあるホット・ロッドからすれば、この光景は夢のようだった。

 

 やがて三人がやってきたのはとある孤児院であった。

 プラネテューヌの建物らしく近代的な造りで、門柱のプレートには『センチネル孤児院』と刻まれている。

 門の中に入るや、庭で遊んでいた何人かの子供たちが寄ってきた。

 

「あッ! ビーだ!」

「ギアおねえちゃんも!」

「おお! みんな、元気みたい、だね」

「今日はお土産をもってきたよ」

 

 顔馴染みらしく、気さくな調子のバンブルビー。ネプギアは子供たちに持参したお菓子を配っていた。

 

「わーい、お菓子だー!」

「でもさ、センセイが三時と夕ご飯後のデザート以外にお菓子を食べちゃダメだって……」

「いいじゃん。ばれなきゃ……」

「こらー!」

 

 子供たちがお菓子を何時か食べるか話し合っていると、建物の中から甲高い声がした。

 見ればドタバタと足音を立てて、金髪の幼げな少女が駆けてくる。

 

「あなたたちー! また勝手にお菓子を食べようとしたわねー!」

「わー! 幼女センセイだー!」

「幼女、幼女―!」

「だれが幼女だー! あーもう!」

 

 クモの子を散らすように逃げていく子供たち。

 金髪の幼女……もとい、この孤児院の経営者のアブネスは、ギロリとネプギアを見上げた。

 

「次からは、お土産はお菓子じゃなくて別の物にするか、一度あたしに預けてちょうだい。」

「は、はい。すいません……」

「ま、いいけど。何よそいつ、新顔?」

 

 気圧されるネプギアを放っておいて、アブネスはホット・ロッドを見上げた。

 

「どうも。俺はホット・ロッド。一応、オートボット」

「年末商戦の玩具ばりにいつの間にか増えるわよね、あなたたち。……それで本日は当院にどういったご用件でしょうか?」

 

 髪と服装の乱れを整え、急に畏まった余所行きの態度になるアブネスにバンブルビーとホット・ロッドは顔を見合わせるが、ネプギアだけは性分なのか真面目な顔をした。

 

「マジックちゃんに、会いに来ました」

 

 

 

 

 

「マジェコンヌさんのことなら、なにも知りません」

 

 施設の厨房でナスを炒めていた赤い髪をツインテールにした少女……マジックは、庭に呼び出されるや、ムッツリとそう言った。

 ナスに棒を刺して手足に見立て、顔を刻んだアレの形をしたヌイグルミをギュッと抱え、全身から寂しさが滲み出ている。

 

「ただ、友達に会いにいくって言ってました」

「そ、そうじゃなくて……困ったこととか、ないかなって」

「別に。みんな優しいし、ごはん美味しいし……マジェコンヌさん、迎えに来てくれるって約束してくれたし」

 

 友達という言葉が気に掛ったが、今は追及するべきではないと考えたネプギアが苦笑いしながらも言うと、マジックはプイッと顔をそむけた。

 

「そうなんだ」

「だから、わたしはここで待ってるんです」

「うん。偉いね……」

 

 ホット・ロッドたちは二人の様子を少し離れた位置から見守っていた。アブネスは腕を組んで不機嫌そうにしている。

 

「勝手なもんよね。どんな理由があるにせよ、置いてかれた子供は傷つくってのに」

「…………」

 

 ああ、まったく勝手なもんだとホット・ロッドは心の中で深く同意する。

 

『メガトロン。ディセプティコンの軍事的指導者。

少なくとも100件以上の戦闘行為に参加し、判明しているだけでも30000を超すオートボットを殺害した。

間接的な殺害となると、この数字は数十倍から数百倍に跳ね上がるのは確実である。

また、数多くの危険な発明に関与し、有名なところでは……』

『タリの女神は、その暴政で知られる。

数多くの国々を侵略し、民に重税を課しながらも自身は贅沢に耽ったと言われる。

結果的にそれは自身と国の破滅を呼ぶところとなり……』

 

 様々な資料を調べて浮かび上がってくる、メガトロンとレイの姿。

 それはどうしようもない悪人だった。

 

(本当に……本当に、あれが俺の両親だってのか? やっぱり、ガルヴァトロンの野郎は狂ってて無意味なことを言ってたんじゃないか?)

 

 一人悩むホット・ロッド。

 だが、その時各種センサーが異常を捕えた。

 

「バンブルビー!」

「うん、気付いてる。空気が、おかしい」

 

 二人が空を見上げると、雲一つなかった空に、急に黒雲が立ち込めた。雷が鳴り、雲が渦を巻く。

 

「あらやだ、雨でも降るのかしら?」

 

 呑気なことを言うアブネスだが、それどころではない。

 雲の渦の中央がカッと雷とは違う光を放つや、黒雲が嘘のように散って青空が見える。

 しかし、オートボットたちの視覚センサーは空が光った瞬間現れた物を捕えていた。

 

「人だ! 女みたいだぞ!」

「ギア! 空から、女の子が!」

「ええッ!?」

 

 言われて慌てて見上げたネプギアの目に、遥か上空から流れ星のように落ちてくる何かが映った。

 次の瞬間には、女神化して飛び上がり、落ちてくる少女を体全体で受け止める。

 落下の勢いを殺し切れずに地面に激突しそうになるが、バンブルビーが無事にキャッチした。

 

「ふう……ありがとう、ビー」

「なんの、なんの。それより、その子は……え!?」

「ビー、どうし……え、嘘!?」

「おい、大丈夫か! ……なあッ!?」

 

 気を失っているらしい少女に視線を落としたバンブルビーとネプギアは揃って驚愕する。

 心配そうに寄ってきたホット・ロッドも、少女の姿を見とめるやオプティックを見開いた。

 

 ブラッドオレンジの髪を二つに結び、ワイシャツとプリーツスカートを改造したらしい露出度の高い独特の衣装。目は閉じられているが、きっと髪と同色だろう。

 

「うずめ……」

 

 天王星うずめが、そこにいた。

 しかし、なぜ地球にいるはずの彼女がここにいるのか?

 

「うずめさん! うずめさん、しっかりしてください!」

「よく分かんないけど、とりあえず病院に連れてきなさい。この近くだと……」

 

 腕の中のうずめに呼びかけるネプギアに対し、近づいてきたアブネスは冷静に判断する。

 しかし、ゆっくりとうずめの目が開かれる。やはり髪色と同じブラッドオレンジだったが、不安げに揺れていた。

 

「うずめさん! 起きたんですね!」

「…………あなたたち、誰?」

「え!?」

 

 うずめの口から吐き出された言葉に、ネプギアは動揺する。

 

「オレは、誰……? ここは何処なの? 分かんない、何も思い出せないよぉ……!」

 

 幼い子供のような口調で、酷く混乱した様子のうずめに、ネプギアとバンブルビーは顔を見合わせる。

 元々うずめは一度記憶を失っている。もう一度記憶を失くしても、不思議はないのかもしれない。

 

「うずめって、オレのことなの? 分かんない、分かんないよぉ……」

「大丈夫ですよ、うずめさん。私たちが付いていますから、ね?」

 

 すすり泣くうずめを、ネプギアは優しく抱きしめて背中をさすってやる。

 バンブルビーは近隣の病院に連絡を入れ、アブネスとマジックはタオルを取りに建物の中に戻った。

 

 ホット・ロッドだけが、愕然と立ち尽くしていた。

 その脳裏には、ガルヴァトロンの言葉が自然と再生された。

 

(何のために俺たちが別々の時間軸に跳んだと思っているんだ?)

 

(お前にもまた使命があるのだ。お前自身が自分に課した使命がな)

 

(それは……天王星うずめを、殺すことだ)

 

(ロディマス、必ず後悔することになるぞ!)

 

 果たしてあれは……本当に狂人の戯言だったのだろうか?

 結局、うずめを病院に連れて行こうとするバンブルビーに小突かれるまで、ホット・ロッドは動くことが出来なかった。

 

  *  *  *

 

 かくて、物語は再び動き出す。

 

「プレストキーック! ……こんな感じかな!」

「おー、いいね! 最初はどうなることかと思ったけど、これならスタイリッシュに決められそうだ!」

「任務了解……ふふふ、早くノワールさんに会いたいなあ♪」

「興味ないね」

 

「ふむ、ここがゲイムギョウ界か……なんだなんだ、美少女ばかりではないか! なんと素晴らしい」

「はあッ……まったくもう」

 

 新たな仲間たちと、

 

「将軍! どうやら状況が動いたようでござるよ!」

「くくく、よしよし。ではワシたちも動くとするか。……おい、それはプレミア品だぞ! 大事に扱え!!」

「申し訳ありません、坊ちゃま。わたくしにはガラクタにしか見えないもので」

 

「……私の杖、必ず取り戻してみせる。創造主の名にかけて」

 

 新たな敵を加えて。

 




後書きに代えて、キャラ紹介

アブネス
幼年幼女の味方を自称する女性。
自身も幼い少女のような姿だが、酒がいける歳らしい。
思い込みが激しく強引で滅多に自分の考えを曲げないとても困った人だが、子供たちを守ろうという気概は本物。
前作で色々あって本人なりに思うところがあり、孤児院を経営しはじめる。院の子供たちからはなんだかんだ慕われている模様。

最後にたった一人でも、ほんの僅かでも内面を理解してくれる人が現れたことは、きっとセンチネルにとっては何よりの救いだったと思う。

マジック
色々あってマジェコンヌが引き取った少女。赤毛をツインテールにしている(昔は眼帯もしてたが止めた)
とてもしっかりしているが、年相応の幼さも持つ。
マジェコンヌが去ったことを本人なりに納得しようとしているが、内心ではとても寂しい。

元ネタはネプテューヌmk2におけるネプギアの宿敵、マジック・ザ・ハード。原作ではナイスバディのお姉さまです。
……まさか原作シリーズで、ホントにマジックモチーフの幼女が現れるとは思わなんだ。

女神たちは、またいずれ。


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第20話 出会い

 急にうずめが空から落ちてきてから一か月ほどの時間が経った。

 ホイルジャックら科学者たちの懸命な努力の甲斐もなく、相も変わらずサイバトロンと連絡が取れず、表面上は穏やかなものの徐々にトランスフォーマーたちの間に不安が広がっていた。

 

 そんな中、ネプテューヌとオプティマスは、プラネタワーの一室でアイエフ、コンパらと共にホイルジャックからの報告を受けていた。

 

『つまりだね。今回の異変の原因は、バリアなどの物理的な物でも、次元の歪みなどでもないワケだね。もちろんビヴロストの問題でもない! まるで『サイバトロンと連絡が付かない』という現象が、理屈も原理もなく起こっているようだ!』

「過程をフッ飛ばして結果だけが残る!みたいな感じ?」

 

 スペースブリッジ『ビヴロスト』の管制室にいる老人のような姿のオートボット、科学者にして技術者のホイルジャックは、ネプテューヌの言葉に通信越しに頷く。

 

『まさしくだ! ひょっとしたら、ことは我々の科学力の領分を超えた事態が起こっているのかもしれん!』

「そんなの、どうすれば……」

 

 途方に暮れるアイエフだが、ホイルジャック言葉を続ける。

 

『それでも『過程』はなくとも『原因』はあるはず! それを突き止めることができれば……』

「そのために、今イストワールが過去の記録を調べてくれている」

 

 厳かなオプティマスの言葉に、一同の視線が机の上でジッとしているイストワールに向えられた。

 本の上に腰掛けた姿勢のまま、うつむき深く目を瞑った妖精のような少女の姿は、一種の置物のようにも見える。

 しかし、口から微かに漏れる「検索中……検索中……」という呟きが、彼女が生きていることを表していた。

 

「もう、何日もあの調子ですぅ……」

「かなり前の記録まで調べてるみたいね」

 

 不安げなコンパの肩に、アイエフが手を置く。

 原因究明の鍵が自身の蓄えた記録にあると考えたイストワールは、リソースのほぼ全てを検索に費やしていた。それこそ眠ったように動かなくなるほどに。

 おかげでネプテューヌが本腰を入れて仕事をする事態に至り、教会職員一同これはただ事ではないと冷や汗をかいていたのだった。

 

『……それはそうと、ネプギア君は今日も、あの記憶喪失の彼女のトコかね?』

「うん、ホット・ロッドやビーと一緒にね」

 

 姿の見えない自分の弟子のことをホイルジャックがたずねると、ネプテューヌはやや苦笑気味に答えた。

 

「まだ記憶が戻らないですが、だいぶ明るくなったです。最初のころは本当に不安そうで……」

「ホント、同じ記憶喪失でもネプ子とは大違い」

「あー、アイちゃんヒドーイ! わたしだって記憶がない間は結構不安だったんだからね!」

 

 コンパとアイエフの言いように、ネプテューヌは僅かにむくれる。

 かつてこの三人が出会ったころ、紫の女神は記憶を失っていたのだが、本人は持ち前の明るさもあって全く気にしているようには見えなかったものだ。

 

「うずめが元気を取り戻したのも、ネプテューヌやネプギア、それにホット・ロッドの献身があればこそだ」

『なーるほどねえ。げに美しきは友情かな……んん?』

 

 静かに言うオプティマスに同意するホイルジャックだったが、不意に顔をしかめた。

 

「ホイルジャック、どうしたんだ?」

『ああ……いや、どうやらちょっと、困ったことになったみたいだ』

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ郊外の山中にある川縁。

 大きな岩の上で、ホット・ロッドは胡坐を組んでボケーッと釣り糸を垂らしていた。

 元々は逃亡生活の頃に、仲間たちの腹の足しになればと始めた釣りだが、今ではすっかり趣味になった。

 特に、悩みがある時には走るのもいいが、無性に釣りがしたくなる。

 

 その悩みとは、もちろんうずめのことに他ならない。

 彼女が現れた時、本当ならホット・ロッドは記憶の有無に関わらず彼女と距離を置くつもりだった。それを拒否したのはうずめ自身だ。

 

『いやだ……いかないで。一人にしないで』

 

 そう言って、引き留められた。

 心細そうに涙を流しながらの懇願を、どうして拒否できようか。

 ならばと、彼女が元気を取り戻せるようにと尽くして、早数か月。

 うずめは表面上元気になったが、やはり前とは違う。

 地球にいたころよりも物静かになり、口調や仕草も大人しい物になり、時折酷く寂しそうな顔をする。

 それに……。

 

「ロディ! こんな所にいたのかい」

 

 呼ばれて振り返ると、当のうずめが立っていた。

 今の彼女は、ホット・ロッドのことをロディと呼ぶのだ。

 複雑な内心を全て硬く封印し、ホット・ロッドは快活な笑みを浮かべた。

 

「うずめ、どうしたんだ? こんなトコまで」

「いやだな。忘れてしまったのかい? 今日はぎあっちたちと一緒にドライブにいく約束だろう」

「そういやそうだったな、ごめんごめん」

 

 呆れた様子のうずめに謝り、ホット・ロッドはチェンテナリオの姿に変形して彼女を乗せる。

 向こうでは、すでにバンブルビーとネプギアが待っていた。

 

 

 

 

 

 そのやや下流の川縁には、ハウンドが腰掛けて釣り竿を握っていた。

 しかしハウンドの竿に、魚がかかる様子はない。趣味でも見つけようかと竿を垂らしてみたが、あまり向いていないらしい。

 

「釣れますか?」

「……?」

 

 急に声をかけられて脇を見ると、いつの間にか黒髪に赤いカチューシャの少女が立っていた。

 学生服の上から赤い上着を着た、緑の瞳が大人しそうな雰囲気の可愛らしい少女だ。

 しかしながらハウンドは、自分に気付かれずに接近してきた少女がただ者ではないと感じた。

 そもそも、ここはそれなりに街から離れた山中だ。こんな軽装の少女がいるのは不自然だろう。

 

「いいや、まったく釣れないな。場所が悪いのかね?」

「そうかもしれませんね。向こうの沢の方がよく釣れますよ」

「おう、ありがとな」

「いえいえ、困った時はお互い様です。それじゃあ失礼しますね」

 

 そう言うと、少女は踵を返す。その一瞬、ハウンドは少女の上着の内側に大振りなサバイバルナイフが隠されているのを目敏く見つけた。

 さらに歩き方も軍人か、少なくとも戦場を歩く者のそれだ。

 

「嬢ちゃん、ハイキングかなんかかい?」

「いいえ、狩りです。手作り料理を人に振る舞うので、どうせなら新鮮な素材が欲しくて」

 

 振り返った少女の手には、息の根を止められた蛇が握られていた。

 少女が森に消えた後で、ハウンドは彼女の言っていた沢に移動し、初めての釣果を得たのだった。

 

 

 

 

 

 ホット・ロッドたちは峠の上までやってきた。ここからだと、プラネテューヌの街が一望できる。

 ネプギアは持参したシートを地面に広げ、手作りサンドイッチの入ったバスケットを置く。

 

「はい、うずめさん。お弁当ですよ!」

「ありがとな、ぎあっち。……うん、美味しい」

 

 穏やかに笑い、うずめはサンドイッチを齧る。

 

「それにしても、ぎあっちたちには感謝してるよ。オレ一人でこの世界に投げ出されたら、どうなっていたか……」

「ふふふ、前は私たちがうずめさんに助けてもらいましたから、お相子です」

「オレは覚えてないけどね……でも本当、良かったよ。この時間がずっと続けばいいのに……でももし、新しい敵とか出てきたらどうしよう」

 

 急に、うずめの声が気弱な物になったかと思うと、瞳が潤みだす。

 周囲にはズーンという擬音と共に黒雲が立ち込めているようにさえ見える。

 

「う、うずめさん?」

「きっと恐ろしい奴が現れて、ゲイムギョウ界を滅茶苦茶にして……うずめ、また独りぼっちになっちゃうんだ……そんなのヤダよぉ……!」

「大丈夫ですよ! もしそんな悪者が出てきても、みんなで力を合わせればきっとやっつけられます!」

 

 メソメソと泣きべそをかくうずめの肩を、ネプギアが抱く。

 前と違って、今のうずめには情緒不安定な所があり、こうして不意にネガティブな考えに囚われてしまうことがある。

 ホット・ロッドは二人の前に跪き、視線を合わせてから宣言した。

 

「うずめ、大丈夫だ。俺が君を守る」

「……ホント?」

「本当だ。約束するよ」

「ありがとう……」

 

 うずめを守る。

 悩みはあれど、それがホット・ロッドの変わらぬ行動指針だった。

 

 この時、ホット・ロッドもうずめの背中をさするネプギアも皆を見守るバンブルビーも気付かなかったが、うずめの伏せられた顔には、誰かに向かって勝ち誇るかのような、暗い笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 そこからほど近い森の中では、クロスヘアーズが標準的なドラゴン型モンスターを相手取っていた。

 迫る牙をヒラリと躱し、頭部に銃弾を撃ち込むと、悲鳴を上げドラゴンは地に伏せた。

 

「へッ! 呆気ねえな! このクロスヘアーズ様にかかりゃあ、ドラゴンもイチコロよ!」

「どうかな?」

 

 得意げにガンスピンをしてからコートの下に銃をしまうクロスヘアーズだが、突然聞こえた声に顔をしかめた瞬間、ドラゴンが立ち上がって飛び掛かってきた。

 

「せやあああっ!!」

 

 が、次の瞬間には横から飛び込んできた影の繰り出した飛び蹴りを頭に喰らって今度こそ絶命した。

 ヒラリと着地した影は、茶色い髪を腰まで伸ばし、白いレオタードの上から青い上着を着て青いベレー帽を被った大人の女性だった。

 開いた胸元から見える谷間と、黒いタイツに包まれた足が、なんともセクシーである。

 

「横取りごめんごめん! 私もクエストでコイツを狩りにきてさ!」

「チッ、余計なことしやがって」

「そんな言い方はないんじゃないかな? せっかく助けてあげたんだから……おっと! それより剥ぎ取り剥ぎ取り♪」

 

 舌打ちするクロスヘアーズにさして不愉快そうな様子も見せず、女性はドラゴンの死体に近寄る。

 本来、モンスターは倒すと粒子に還ってしまうのだが、そうさせないなんらかのコツがあるのだろう。

 そして、女性は手刀でドラゴンの角を叩き折った。

 ギョッとするクロスヘアーズに構わず、楽しそうに牙やら鱗やら削ぎ落していく。

 

「いやあ、これぞ狩りの醍醐味だね!」

「……この世界の女は、おっかねえのばっかりだ」

 

 聞こえないように小さく呟いたクロスヘアーズは、そそくさとその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 山中の岩の上に胡坐をかいて、ドリフトが瞑想していた。

 精神を統一し、限りなくクリアすることで雑念を振り払い……。

 

「いっやほー!」

「バンブルビーより、はやーい!」

「そんなことありませんよー! ビー、頑張って!」

「よっしゃあ! もっと、飛ばすぜ!」

 

 しようとした所で、近くを通ったホット・ロッドたちの上げる爆音に気を乱される。

 

「ええい、イカレ暴走族どもめ!! 戻ってこい、そっ首刎ねてやるッ!!」

 

 激怒して立ち上がり、背中から刀を抜く。

 以前は二刀流だったが今は一刀のみなのは、二刀を振るうことがオートボットとディセプティコンの間で揺れる自分の不安定さの象徴のように思えたからだ。

 

 侍ドリフト。相変わらず形から入る男であった。

 

「我、未熟……む!」

 

 瞑想に戻ろうとするドリフトだったが、岩の上にはいつの間にか一人の女性が胡坐をかいていた。

 短く切った銀色の髪で、臍を出した黒いパンツルックを着込み、左耳にはイヤリングをつけている。

 全体的に冷たくも何処か男性的な雰囲気のある女性だった

 ゆっくりと開かれた目は、垂れ目がちでルビーのように赤かった。

 

 その色が、否応なしにディセプティコンのアイカラーを思い起こさせ、ドリフトの中に嫌な物が湧き上がる。が、さすがにそれを表に出すような失礼な真似はしない。

 

「瞑想か……あまり意味はないな。こんなことで悩みが晴れるのなら、苦労はない」

 

 女性はドリフトの方を見もせずに立ち上がって去ろうとする。

 その態度が気に食わず、思わず言う。

 

「……心を清廉に保つことで、見える物もある」

「興味ないね」

 

 気障ったらしい仕草で前髪をかきあげ、女性は去っていった。

 なんて失礼な女だ、と思いながらドリフトは瞑想に戻る。

 

 やはり、答えを得ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 バンブルビーとホット・ロッドは競うようにして走っていく。

 運転席の窓から顔を出したうずめとネプギアは笑顔だった。ホット・ロッドとしても、やはり皆で走っているのは楽しい。

 しかし、急に通信が入った。

 

『付近で行動中のオートボットに継ぐ。繰り返す、付近で行動中のオートボットに継ぐ。こちらはオプティマス・プライムだ。ハネダシティの付近にいる者は応答せよ』

「司令官?」

『ビーか。緊急事態だ。ビヴロストがハッキングされた。目的はおそらくスペースブリッジのデータだろう。幸いにしてデータ抜き取りは阻止したが、犯人はハネダシティに潜んでいるようだ。すでに警備兵を向かわせたが、念のため急行してほしい』

「なんでオレたちが……あなたが直接出向けばいいじゃないか」

 

 うずめがあからさまに不満そうな顔をする。ドライブを邪魔されたので不機嫌なようだ。こういう所も前と違う部分だ。

 バンブルビーが咎めるようにクラクションを鳴らすが、ホット・ロッドは明るい調子で諭す。

 

「そう言うなってうずめ。これもオートボットのお仕事さ」

『相手の目的がスペースブリッジだとすれば、マジェコンヌが利用した方も狙われている可能性が高い。我々はそちらに向かっている』

「ああそうか、そんなのもあったね、そう言えば……まあロディが言うなら」

 

 ホット・ロッドの言葉とオプティマスの説明に、うずめは不満げながら納得したらしい。

 

『ネプギアー! こっちはわたしたちに任せて、頑張ってねー!』

「うん! お姉ちゃんも気を付けてね!」

 

 短い会話をする姉妹に、バンブルビーは景気よく声を上げた。

 

「よっし、それじゃあ、気分アゲアゲで、出動しますか!」

『…………』

 

 ホット・ロッドは苦笑するような雰囲気を発し、うずめは微妙に呆れていて、ネプギアも苦笑いしていた。

 仲間たちの芳しくない反応に、バンブルビーは少し恥じ入った様子だった。

 

「決め台詞は、もうちょっと、考えるよ……」

 

 何はともあれ、一同はハネダシティに向けて走り出したのだった。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ第二の都市であるハネダシティ。

 国内屈指の空港があることでも有名なこの街の中をパトカーが走り回り警備兵たちが駆け回っていた。彼らはハッカーを探しているのだ。

 

 サイレンが街中に響く中、ある路地裏を一人の男……もといネズミが走っていた。

 二足歩行の丸っこいデザインで、胸に割れたハートのマークがある。

 かつてディセプティコンに与し、女神やオートボットと敵対していた小モンスター、ワレチューだ。

 

「ちゅ……ちゅ……まったくなんでオイラがこんなこと……サウンドウェーブ監修のセキュリティとかなんという分かりやすい無理ゲー。そもそもオイラはハッキングとか専門外っちゅ」

 

 人目を避け、警備兵やパトカーに変形しているトランスフォーマー警官隊の追跡を上手いこと撒いたワレチューは、そのまま路地裏を通り抜けようとする。

 

「ちゅっちゅっちゅ。まあ、路地裏はオイラのテリトリー! そう簡単には捕まらないっちゅ……」

「それはどうかな?」

「ぢゅッ!?」

 

 しかし、目の前にホット・ロッドとうずめが立ちはだかった。同時に道の反対側をバンブルビーとネプギアが塞ぐ。

 

「むむむ、女神にオートボット……またしても邪魔するっちゅか」

「ここまでだ、ネズ公」

「観念してください!」

 

 バンブルビーとネプギアは、武装を見せて相手に降伏を迫る。

 一方でうずめはイライラしているのか手をボキボキと鳴らす。

 

「何者か知らないけど、さっさと片付けて警備兵に引き渡させてもらうよ……いや、ホントに何者だよ、君」

「ま、逃げられないだろ」

「ワレチューさん、またこんなことして……コンパさんが悲しみますよ?」

 

 余裕を見せるホット・ロッドと、自分も悲しそうなネプギア。

 ワレチューはコンパの名を聞いて、ウッと漏らす。

 

「こ、コンパちゃんの名前を出されると辛いっちゅ……でも仕方がないっちゅ。所詮、オイラは(ワル)、光ある世界には生きられない宿命(さだめ)っちゅ」

「まさか、またマジェコンヌさんが何か……」

「? なんでそこでオバハンの名前が出てくるっちゅ?」

 

 ネプギアの言葉に、ワレチューは怪訝そうな様子を見せる。どうやら、今回はマジェコンヌとつるんではいないらしい。

 

「おっと、出来れば戦闘は避けたかったけど、こうなったら仕方がないっちゅよ……ガズル! 出番っちゅよ!」

 

 ワレチューの号令に合わせ、アスファルトを突き破って地中から現れた何かがホット・ロッドに襲い掛かる。

 緑の鱗に覆われた鼻先に角のある二足歩行の恐竜型のモンスターだが、胸部などが機械になっており大きさもオートボットたちと同じほどもある。

 

「え!?」

「うずめ!」

「ガズル、そのまま抑えて、適当なトコで逃げるっちゅ!」

 

 ガズルなる恐竜モンスターの吐く炎から、ホット・ロッドは咄嗟にうずめを庇い、その隙にワレチューは彼らの脇を通り抜ける。

 

「うずめさん、ホット・ロッド!」

「ここは任せろ! それより奴を追え!」

「……はい!」

 

 ネプギアはうずめたちに声をかけるも、ホット・ロッドに言われて女神化して飛び立つ。バンブルビーは言われる間でもなく、大きく跳躍して取っ組み合うホット・ロッドとガズルを飛び越えた。

 

「ロディを離せー! 夢幻、粉砕拳!!」

 

 少しヤケ気味に、うずめはホット・ロッドに至近距離から炎を吐き掛けるガズルの腹に拳を叩き込む。

 

 往来に逃げたワレチューだったが、その先には警備兵やトランスフォーマーの警官隊が待ち構えていた。

 後ろからはネプギアたちも追いかけてくる。

 

「お前は完全に包囲されている、大人しくお縄に着け!」

「そう言われて大人しくする悪党はいないっちゅ! シズル、ジャビル、来るっちゅ!」

 

 それで諦めるワレチューでもなく、さらなる増援を呼ぶ。

 地中から両腕が鎌のようになった赤い昆虫型モンスターが顔を出し、上空からは青い猛禽類型モンスターが飛来する。

 二匹の吐く炎は、トランスフォーマーにすらダメージを与えた。

 

「ぐ、何という炎だ!」

「こいつらはそこらのモンスターとは格が違うっちゅ! さて今の内にシズル、オイラを連れて逃げるっちゅ!」

「ワレチューさん、待ってください!」

 

 ワレチューを背に載せて飛び去ろうとするシズルなる猛禽型を追おうとするネプギアだが、それをワレチューは嘲笑う。

 

「待てと言われて待つ馬鹿はいないっちゅ! バーカバーカぁああああッ!?」

『ええ!?』

 

 だがシズルとワレチューは、横合いから飛んできた光弾に撃ち落された。

 ネプギアとバンブルビーが光弾の飛んできた方向を見れば、ビルの上に人影があった。

 その影は、トウッ!という掛け声と共にビルから飛び降り、華麗に路上に着地するとポーズを決める。

 

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 悪を倒せとわたしを呼ぶ! 聞け、悪人ども! わたしは正義の戦士、プレスト仮面!!」

 

 プラスチックのような質感のある黄色い服を着て、金髪をピッグテールにし、白地に黄色いラインの入った帽子を着た、10歳そこそこの少女だった。

 だが身の丈より大きなバズーカ砲を担ぎ、目元を黒いドミノマスクで隠しているのは、どういうことか。

 

『……誰?』

 

 ネプギアとバンブルビーの声が重なる。

 一方、仲間を撃ち落されたジャビルは怒りの咆哮を上げて少女に向かっていく。

 

「そうは、させるか! 最後くらい、決めるぜ!」

 

 が、横からバンブルビーの蹴りと拳のコンボを喰らって昏倒した。

 同時に、気絶したガズルの鼻先の角を掴んでその体を引き摺りながら、ホット・ロッドが路地から出てきた。

 

「お、そっちも終わったか」

「…………」

 

 隣に並ぶうずめは、仮面の少女の姿を見て面食らっていた。

 その自称、プレスト仮面なる少女は目を回しているシズルの上に倒れているワレチューに人差し指を突き付ける。

 

「この正義のヒーロー、プレスト仮面の目の黒いうちは、悪の栄える道理はないのだ!」

「は、白昼堂々バズーカぶっ放すってどんなヒーローっちゅ……今更だったっちゅよね、ガクッ」

 

 ワレチューはブツブツと文句を垂れた後で、糸が切れたように意識を失った。

 呆気に取られていたネプギアだが、とにかくプレスト仮面に向かって頭を下げる。

 

「え、ええと、ご協力ありがとうございます。プレスト仮面……さん?」

「なんのなんの。では本来なら報酬は1000クレジットのところ、今回はねぷねぷからの依頼ということで特別に無料で……あ!」

 

 なんだかヒーローらしからぬことを宣いつつ、さりげなくネプギアの姉の愛称を言うプレスト仮面だが、胡乱げな視線を向けてくるバンブルビーに目を止めた瞬間、表情が変わった。

 

「わあ……うわあ! 本物だ、本物のバンブルビーだ!! すごいすごーい!! ……あ、こほん!」

 

 見た目相応にはしゃぎだしたプレスト仮面だったが、当のオートボットとその相棒の女神が目を丸くするのを見て、誤魔化すように咳払いする。

 

「で、では、わたしはこれで! これからも困ったことがあれば、このプレスト仮面を呼んでくれたまえ!!」

 

 言うや、トウッと掛け声と共に一跳びで建物の上まで登り、そのまま去っていった。

 

「……なんだったんだろう、いったい?」

『さあ……』

「……あれ? 彼女の出番はまだ先のはずで……あれぇ?」

 

 嵐のように過ぎ去っていったプレスト仮面の不可解さに、ネプギアとオートボットたち、そしてうずめは揃って首を傾げるのだった。

 

 




後書きに代えて、キャラ紹介。

天王星うずめ
突然、ゲイムギョウ界に現れた記憶喪失の女神。
記憶を失っているせいか、ホット・ロッドのことをロディと呼ぶ、大人しめながらボーイッシュな口調、ネガティブになりやすいなど前と性格が違う。
設定上、暗所及び閉所恐怖症。

なお、一人称が『俺』ではなく『オレ』なのはミスではなく仕様。


ワレチュー
ご存知、小悪党なネズミのモンスター。
相変わらずケチな悪事を働いているようだが、今回はマジェコンヌともディセプティコンとも関係がなく、何者かに雇われている。

なお、彼が呼び出したガズル、シズル、ジャビルの三匹は、超神マスターフォースに登場した(初登場から1分くらいで爆散した)スパークダッシュという連中がモチーフ。

自称、マスコット界で三番目に有名なネズミ。
猫と仲良く喧嘩してるネズミ「ほう?」
白イタチと戦ったネズミ「面白いジョークだ」
ラットル「オイラも知名度はそこそこだと思うんだけどなあ……」


プレスト仮面
いったい、何ーシャなんだ……。

次回は、オプティマスたちの方の出来事で、TFファンにも楽しんでいただける話……の、予定です。


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第21話 ヘッドマスターズ

短いけど、区切りがいいので更新。


 ハネダシティの大通り。

 女神とオートボット……あとプレスト仮面……に捕らえられたワレチューと配下のモンスターたちは、まとめてふん縛られて路上に転がされ、警官隊に囲まれていた。

 

「さてと、こいつらが、誰に、何の目的で、雇われてるのか、聴かないと……」

「お手柔らかにね、ビー」

 

 気絶したワレチューを前に拳を鳴らすバンブルビーを、ネプギアが諫める。やるなとは言っていない。

 

「…………」

「うずめ、どうしたんだ?」

「……なんでもないよ」

 

 一方、顎に手を当てて何やら考え込むうずめの傍に、ホット・ロッドは屈みこんでたずねると、うずめは軽く手を振った。

 

「おお! こんな所にいらっしゃいましたか!」

 

 急に聞こえた声の方を見れば、やじうまをかき分けて一体のトランスフォーマーが現れた。

 人間大で、銀色の細身の体に腹の円盤状パーツを始め金色の細緻な模様が入っている姿が、古く精密な時計細工を思わせる。まん丸い青色のオプティックを見るに、オートボットだろうか?

 

「探しましたよ。ちゃんと約束の場所に来ていただきませんと。おやおや、お昼寝ですか?」

「ちょっと、入っちゃだめだよ!」

 

 辺りを封鎖していた警官が、そのトランスフォーマーを止めようとするが、ヒラリと華麗に躱される。

 そのままそのトランスフォーマーは怪訝そうな周りの目を気にせずツカツカとワレチューに近寄ると、その頬を叩いた。

 うずめはまた変なのが現れたと驚いていた。

 

「ぢゅっ!? 何するっちゅ! って、コグマン!」

「ほら、起きなさいな。約束の時間は当に過ぎておりますよ」

「起きてるっちゅ! 起きてるっちゅから!」

 

 目を覚まさしたワレチューの体を乱暴に振るコグマンなるトランスフォーマー。どうもこの二人、知り合いであるらしい。

 コグマンはワレチューを地面に落とすと、呆気に取られている一同に向かって優雅に会釈する。

 

「どうも、この度はわたくしどもの主人のペットたちが、失礼いたしました。何分、躾がなっておりませんもので」

「オイラをペット扱いするなっちゅ!!」

 

 しぶとく立ち上がりがなるネズミを完全に無視し、話を続ける。

 

「それでは皆様、わたくしどもはこれで……」

「おいおい待てよ。誰だか知らないけど、そのネズミの仲間か? そいつは犯罪者なんだぜ!」

「おお、それはそれは……少々お待ちを」

 

 ホット・ロッドが呆れたように言うと、コグマンの喉から古い電話のようなマイクが現れ、さらに肩から古めかしいデザインのワイヤー付きの受話器を取り出して耳に当たる部分に当てる。

 

「坊ちゃま。コグマンでございます」

『なんだ! ネズミは回収できたのか! ……それとその坊ちゃまというのは止めろ! 何度言えば分かる!!』

「大変申し訳ございません、()()()()。問題が発生いたしまして。ペットのネズミ様が、犯罪行為に手をお染めになったようですが」

 

 坊ちゃまの部分を強調するコグマンに、通信相手……明らかに大人の男の声……はイライラとした調子で怒鳴る。もちろん、通信は女神やオートボットたちには聞こえていない。

 

『だからどうした! さっさと回収……いやいい、ワシが出向いてやる! お前はそれまで時間を稼げ!』

「お言葉ですが、坊ちゃま……」

『命令だ!!』

 

 一方的に通信を切られ、コグマンは大きく排気して通信装置を体内に収納する。

 そして、ポカンとしているオートボットたちに向き合った。

 

「皆さま、大変失礼とは存じ上げますが、皆さまと戦わねばならなくなりました。心苦しいのですが、これも仕事ですので」

「いや、ワケが、分からん」

 

 一同を代表してバンブルビーがツッコミを入れるが、コグマンは腰や腕を伸ばして準備運動をする。

 その間に、警官隊がこの奇妙なトランスフォーマーを取り囲んだ。

 うずめは呆れ果てた様子で、問う。

 

「戦うって……この数相手に、人間サイズの君一人でどうするんだい?」

「お嬢さん。世の中には、貴女の見識を超えることなど、いくらでもあるのですよ……来なさい! マイ、トランステクター!」

 

 気取った態度を崩さないコグマンが腕を掲げて声を上げると同時に、何処からか一台の車が爆音と共に走ってくる。

 かなり高級なシルバーのグランツーリスモのクーペだ。

 そのグランツーリスモは、ギゴガゴと音を立てて変形しながらその反動を利用してやじうまを飛び越える。

 

「トランスフォーム!」

 

 それに合わせて、コグマンも体躯からは想像も出来ないほどに高く跳躍し、体を丸めるようにして変形する。

 グランツーリスモの方は肩や膝関節にタイヤが配置された人型になるが、何故か首から上が無い。

 反対に、コグマンが変形したのは自身の顔そのままの大きな頭部だった。

 

「ヘッドオン!!」

 

 着地したデュラハンの如き首なしのトランスフォーマーの体に、コグマンが変形した頭部が合体し、コグマンをそのままスケールアップしたような姿になるや、背中から抜いた大剣を振るってワレチューたちの拘束を解く。

 

「ちゅっ!?」

「さあ、あなた方にも手伝っていただきますよ」

「あ、頭に変形した? そんなのアリ?」

 

 その非常識な変形を見て、うずめが面食らう。彼女はまだまだ、トランスフォーマーの非常識さに慣れていなかった。

 バンブルビーは冷静にブラスターを構える。

 

「ヘッドマスター……」

「ヘッドマスター?」

「珍しい、種族。全滅したって、聞いたけど、生き残りが、いたのか」

「ええまあ、ここにこうして……さて、お喋りはこれくらいにして、始めますか」

 

 オウム返しに聞くネプギアに、バンブルビーは答え、コグマンは表情を変えずに頷き、剣を構えると同時に斬りかかってきた。

 その速度は、バンブルビーのセンサーでも捉えきれないほどだ。

 

「ッ!」

「反応されますか。さすがですね」

 

 しかし、そこは歴戦の勇士たるバンブルビー。咄嗟に後ろに飛んでこれを間一髪躱す。

 さらに斬り込もうとするコグマンの後ろから、ホット・ロッドが二丁拳銃から時止め弾を放つ。

 

「時よ止まれ!!」

「!」

 

 しかし、コグマンは素早く屈んで弾を躱す。

 時止め弾はコグマンに飛び掛かろうとしていたトランスフォーマー警官隊に辺り、その動きを停止させる。

 

「ッ! 最近、こんなんばっかりだな……」

「一芸特化とは、そういうものですよ」

 

 周囲の警官隊も、オートボットたちを援護しようとするが、ワレチュー配下のモンスターたちが吐く炎が作る壁に阻まれる。

 うずめも拳を握って殴りかかり、ネプギアは飛び上がってN.P.B.Lの引き金を引くが、しかしコグマンはその全てを軽い身のこなしでいなして見せる。

 

「この人、強い……!」

「というよりも、戦い方が上手い感じだ。……まるでニンジャだな」

「いえいえ、わたくしは一介の召使いでございますよ……体を動かすのは楽しい時間でしたが、どうやら迎えが来たようで」

 

 呻くネプギアとうずめに律儀に答えるコグマン。

 その時地面が揺れ出し、コグマンやワレチューたちのいる周囲の地面が割れて猛烈な土煙が巻き上がる。

 

「ッ! ……あれは!」

 

 竜巻のように渦巻く土煙の向こうに、何かが蠢くのをホット・ロッドは見た。

 ただの土煙ではなくチャフのようにトランスフォーマーのセンサーを狂わせる粉を含んでいるためハッキリとは見えなかったが、それは先端が鋭く尖った長い尾と、一対の鋏を備えた腕を持っているように見えた。

 

「サソリ……?」

 

 資料で見たスコルポノックなるドローンに似ているが、それよりも遥かに大きくシルエットは角ばっているように見える。

 

「それでは皆さま、ごきげんよう。またの御縁があれば、お会いいたしましょう……」

 

 コグマンのそんな言葉が聞こえたのを最後に土煙が晴れると、路面に大きな穴を残して、コグマンとワレチューたちの姿が消えていた。

 穴は途中で塞がっており、追うことは出来そうにない。

 

「逃がした、か……」

「なんだったんだろう、あの人たち……」

 

 バンブルビーが悔し気に呻き、ネプギアは急な展開に頭を振る。

 周囲の警官隊もざわざわとする中、ホット・ロッドはふと思う。

 

(うずめの言ってた通りになっちまったか……)

 

 さっき、うずめは『新しい敵が現れる』とネガティブな妄想を口にしていた。

 そして実際、未知の敵が現れた。恐ろしい偶然だ。

 

(偶然……だよな?)

 

 チラリと見れば、うずめは一人何かを考え込んでいるようだった。

 

「………マジェっちの仕込みじゃないのか? じゃあ、あいつらはいったい?」

 

 その口の中での小さな呟きは、ホット・ロッドのセンサーを持ってしても聞き取ることが出来なかった。

 




ヘッドマスターではなく、ヘッドマスター()。これ重要。

今回のキャラ紹介

執事コグマン
自身が『坊ちゃま』と呼ぶ何者かに仕えるトランスフォーマー。
大きな頭部に変形し、トランステクターと呼ばれるビークルと合体するヘッドマスターという種族。
一見すると落ち着いていて紳士的だが、実際にはエキセントリックでデンジャラスな性格。
マイケル・ベイ節の化身。

アストンマーティン・DB11風のトランステクターを持ち、原作映画では披露しなかった合体形態にもちゃんとなる。
むしろ、なんで原作ではならなかった。

坊ちゃま
コグマンやワレチューが仕える人物。
高圧的に話し一人称はワシ。
自分が出向くと言って実際に現れたのは、サソリのような何かだった。


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第22話 シックスチェンジャー

こんなタイトルだが、期待されてる方、全力でごめんなさい。


 時間は遡る。

 

 プラネテューヌ首都近郊の山中に、地面に大きな穴が開いている場所がある。

 その穴の下には人工的な地下空間があり、柱状の機械が円陣を組むように立てられていた。

 

 ここが、問題のマジェコンヌのスペースブリッジ。

 

 そのスペースブリッジを操作するための機材に、触れている者がいる。

 紫がかった藍色の装甲を持った細身でシャープなロボットのような影で、左腕に上半身と同じほどもあるスリケン……もとい手裏剣を折り畳んだ状態で装着しているのが目を引く。

 他にも首回りにマフラーのような装甲があったり、胸部に着物の衿合わせのような模様があったり、顔に覆面のようなマスクと額当て状のパーツがあることもあって、全体的に忍者めいている。

 

 ロボ忍者は、ロボなのに自分の体と機材を接続したりせず、コンソールをポチポチと弄っている。どうやら、情報を得ようとしているらしい。

 

 何故かその脇には、大きな装甲車が停まっていた。

 平べったく角ばった車体で二門のビーム砲があり、ロボ忍者同様の紫がかった藍色のカラーリングだ。

 

「そこまでだよ!!」

 

 しかし、急に上から声がした。

 サッとその場を飛び退いたロボ忍者の前に、我らがネプテューヌとオプティマス、アイエフとコンパ、さらに胸部に車のバンパーとヘッドライト、肩や大腿にタイヤがある中年男性を思わせる顔つきの黄緑色のオートボットと、両肩に半分ずつのバイクの後輪と背中に前輪を背負った紫の女性オートボットも穴の上から飛び降りてきた。

 オートボットの軍医ラチェットと女戦士アーシーだ。

 

「女神にオートボット……もう嗅ぎ付けたでござるか……そ、それも妙齢の少女が三人も……」

 

 その姿を見て、ロボ忍者が声を漏らす。割と若い男性の声だ。

 

「おお、なんか忍者っぽい! ドーモ、ネプテューヌ、デス」

「すごいです! わたし、本物の忍者さんはじめて見たです!」

 

 あからさまに忍者なロボに、ネプテューヌとコンパははしゃぐ。

 しかしさすがにアイエフは真面目だった。

 

「一応言っておくけど、大人しくすれば悪いようにはしないわ」

「人道的な処遇を約束しよう」

 

 オプティマスも厳かに言うが、ロボ忍者は何故か彼らから……正確にはネプテューヌたち三人から目を逸らして後ずさる。

 

「ふむ、どうやらトランスフォーマーではないが、機械生命体の一種のようだね。ゲイムギョウ界土着とは、興味深い」

「忍者というのは昔遥か東の国にいた戦士で、色々な術を使いこなす一種のスパイだったと聞いたことがあるわ。音一つ立てずに人を殺すプロとか。なるほど話すつもりもなければ目も合わせないというワケね」

 

 ラチェットとアーシーは興味深げながらも油断なくロボ忍者を観察していたが、当のロボ忍者はボソボソと何か言う。

 

「……いや、その……違うで……ご、ざる……」

「え、なに? 聞こえな~い?」

 

 その声があまりに小さいので、ネプテューヌは耳をそばだてる仕草をする。

 

「その……将軍からの、勅命で……だから……命に代えても……だから、その……で……ござる」

「ああもう、イライラするわね! ハッキリ喋りなさい!!」

 

 あまりにウジウジした態度に、委員長さんタイプであるアイエフが怒声を上げる。

 ビクリと身を震わす忍者ロボだが、モジモジとする。

 

「だ、だって……拙者……お、女の人と話したこと、ほとんどないで……ござる」

「思春期の中学生か、あんたは!!」

「あらあら、美しいって罪ねえ」

 

 思わぬ言葉に驚愕混じりに怒るアイエフに対し、相棒のアーシーは少し楽しそうにポーズを決める。

 

「あ、拙者ロボ娘属性はないもので……」

「…………」

「アーシー、気持ちは分かるがちょっと落ち着くんだ」

 

 だが急に冷めた声を出すロボ忍者に、無言でエナジーボウを撃とうとしてラチェットに止められる。

 何ともギャグな空気が流れる中、オプティマスは若干呆れた様子ながらも冷静に仕事を進めようとする。

 

「まあ、何はともあれ捕縛させてもらうぞ」

「そ、そういうワケには……行かないで御座る!!」

 

 急に真面目な雰囲気になったかと思うと、ロボ忍者はその場から高く跳びあがり左腕の巨大手裏剣を展開し、オプティマスの顔面に向かって投げ付ける。

 

「ッ!」

「オプティマス!」

 

 咄嗟に腕を上げて顔を守るオプティマス。手裏剣はその腕に弾かれるが、次の瞬間には不自然な軌道を描いてロボ忍者の腕に戻る。

 

「では、これにて御免!」

 

 ロボ忍者は何処からか取り出した煙玉を投げようとして……それから何者かに後ろから抱きしめられた。

 

「!!??」

「うふふ、逃げちゃだ~め♡」

 

 いつの間にか女神の姿に変身したネプテューヌだ。腕を体に絡めて豊満な胸を背中に押し付ける。

 

「そういえばあなた、女性が苦手みたいなことを言っていたけれど、触られるのはどうなのかしら?」

「あひぇぇあッ!?」

「あらあら、やっぱり慣れてないのね? 真っ赤になっちゃって可愛い♡ それじゃあ、こんなのはどうかしら? フウ……」

 

 甘い声と吐息を耳元……耳元?にかけてやると、目に見えて体を震わせる忍者。

 おお見よ。これぞ別世界の声が同じサキュッバスめいた、ハニートラップのジツである(唐突な忍殺語)

 

 アイエフやコンパが面食らったのも無理はない。

 

「ね、ねぷねぷ?」

「ネプ子、あんた何を……!」

「ごめんなさい、あまりに初心なものだから、つい。さあ、あなたのお名前はなんていうのかしら?」

「しゅ、ステマックスに、ごじゃる……」

「へえ、ステマックスっていうの。ロボだけあって随分、体が硬いのねえ……もっと、柔らかくなっちゃいなさいな」

「あ、あひぇぇ……」

 

 体の上を撫でる白魚のような手の感触に、押し付けられる胸の柔らかさに、ロボ忍者ことステマックスの思考が鈍っていく。

 

「なんというか、何処とは言わないが体のある部分が逆に硬くなってそうだね。いやロボだから元々硬いかな? フェロモンレベルは……ロボだからないけど、発情しているのは明らかだからねえ」

「ラチェット、自重しなさい」

 

 なんか楽し気に下ネタをほざく軍医に、アーシーが蹴りを入れる。

 そんな間にもステマックスの思考回路はショート寸前に陥り、このまま青少年のなんかが危ない域に達しそうになったとき、ジッとこちらを見ているオプティマスと目が合った……瞬間、分子凍結ガスをぶっかけられたが如く、興奮も何も一瞬で冷めた。

 

「あ、アイエエエ……!」

 

 仁王立ちする総司令官の顔からは一切の表情が抜け落ち、代わりに目には地獄の炉の如き殺意の光が宿っている。まるで静かに燃える青い炎だ。

 さてどうやって、このクソ野郎の顔面を破壊してやろうかという、そういう目である。サツバツ!

 冷静に考えればネプテューヌの方から面白半分に誘惑しているのだが、オプティマスにすればそんなことは関係ない。何たる理不尽か!

 

「ザッケンナコラー!(ネプテューヌ、そこらへんにしておきなさい)」

「オプティマス、本音と建て前が逆になってるよ」

 

 ラチェットに突っ込まれるオプティマス。

 ちなみに表記こそ「ザッケンナコラー!」だが、実際の発音は「ズゥア゛ッッゲン゛ン゛ナ゛グォル゛ァァ……!!」に近く、地獄から響くかのような重低音であり、実際コワイ!

 

「アイエエエ……! く、来るで御座る! トランステクター!!」

「あら……」

 

 このままでは、プライム一話のクリフジャンパーよろしく初登場なのに惨殺されてしまう!

 しめやかに失禁しかねない恐怖の中そう確信してネプテューヌを振り払ったステマックスが腕を掲げると、脇に停められていた装甲車のビーム砲が火を噴く。

 突然の砲撃からオートボットたちがそれぞれの相棒を庇う間に、装甲車はギゴガゴと音を立て変形しながら立ち上がる。

 現れたのは、首のない人型だった。

 

「トランスフォーム、ヘッドオン!!」

 

 そこに、体を丸めるようにして大きな頭部に変形したステマックスが合体する。

 頭部はステマックスの顔そのままのデザインだが、左腕の巨大手裏剣が額当ての部分に移動し、飾りのようになっている。

 オプティマスと同じくらいの大きさの均整の取れた人型で、両肩部の上に突き出したパーツや前腕にタイヤが配置されているが、背中のウイングや上腕部のキャタピラのようなパーツなど、ビークルモードである装甲車に関係のないパーツも多い。

 

 合体ステマックスは印を結んでポーズを決める。

 

「六身忍者ステマックス、推して参る!!」

「ラチェット、あなた彼はトランスフォーマーじゃないって言ってなかった?」

「私のセンサーに狂いはないよ。おそらく、後天的な改造で変形能力を獲得したのだろう」

 

 アーシーに問われて冷静に答えるラチェットだが、すでに右腕を回転カッターに変形させて臨戦態勢を取っていた。

 

「なんだか、全体的に四角くてオプっちたちとは造形が違うわね。具体的にはアニメと実写くらい」

「確かにそうですね。あっちの方はなんだか、パーツが少なくてデティールがサッパリしてるですう」

 

 メタい感じに話題がずれているネプテューヌとコンパだが、ステマックスは動揺する様子を露ほども見せずに忍者刀を構える。どうやら、合体すると性格も冷静になるらしい。

 

「拙者には果たさねばならない任務がある! こんな所で殺められるワケにはいかぬで御座る!!」

「……? 捕まえると言っているのに、何故殺されることに?」

「いやオプティマス、君のせいだから」

 

 本気で分かっていないらしいオプティマスに、ラチェットがツッコミを入れる。

 そんなやり取りを他所に、ステマックスは先手必勝とばかり手裏剣を投げてきた。

 危うげなく盾で手裏剣を防ぐオプティマスだが、次の瞬間にはステマックスが振るう忍者刀を間一髪でいなす。

 

「せやあああああッ!!」

「ッ! そう来るのなら、仕方がない! 皆、奴を逃がすな!!」

 

 素早く動くステマックスに対し、オプティマスは全員に指示を出すと大きくは動かずに防御主体で戦う。これは相手のスピードが自分を大きく上回っていることを理解したからこそだ。

 いくら大きくなったとはいえ、この数相手に戦うのは自殺行為。ならば、こちらの隙をうかかがって逃走するはずだ。

 

変化(へんげ)! タンクモード!!」

 

 しかし予想に反し、ステマックスは一旦飛びのくとギゴガゴと音を立てて二門の砲を備えた重々しい戦車に変形する。ロボット時のキャタピラはこのモードのためのパーツだったようだ。

 

「散れ!」

 

 オプティマスの号令でそれぞれにその場を飛び退く女神とオートボット、それにアイエフとコンパ。

 一拍遅れて、彼らのいた場所にビーム弾が撃ち込まれ爆発が起こる。

 

「多段変形者……トリプルチャンジャーだったか!」

「それなら……アーシー、載せてちょうだい!」

「OK! 久々に、お仕置きよ!!」

 

 驚きつつもEMPブラスターを撃つラチェットを後目に、アイエフはバイクに変形したアーシーに跨る。

 エンジンを吹かして走り出したアーシーは、素早い動きでステマックスが旋回するより早く、その後ろに回り込んだ。

 

「これでどう! ラ・デルフェス!!」

 

 アイエフが手に装備したカタールから青い閃光が迸り、ビームのようにステマックスに襲い掛かる。

 

変化(へんげ)! オオカミモード!!」

 

 命中する直前、ステマックスはさらに別の姿に変形して跳躍し閃光を躱す。叫び声の通り、背中に翼のある四足歩行の狼を思わせる姿だ。

 

「なんと、四段変形とは!」

 

 ラチェットが目を剝くなか、オオカミモードのステマックスは凄まじいスピードで走り回る。

 速さゆえか、壁をも地面のように疾走してみせる。

 

「なんて、速さ!」

「当たらないですぅ!」

 

 その走力と変則的な動きに、アイエフの攻撃も、コンパの注射器型ビームガンも当たらない。

 しかし、女神としての飛行能力でステマックスの背に追従したネプテューヌが斬撃を浴びせる。

 

「クロスコンビネーション!!」

「ッ!」

 

 斬撃を受けてスピードが遅くなった瞬間、オプティマスのレーザーライフルの実体弾と、ラチェットのEMPブラスターの弾が、同時に命中する。

 その姿の通り、狼のような鳴き声を上げてステマックスが動きを止めた瞬間、オプティマスが飛び掛かる。

 

「大人しくしろ! ……なに!?」

 

 だがしかし、捕まえようとした瞬間ステマックスの体が突然、爆発し粉微塵になってしまう。

 自爆? いや違う。

 

「オプっち、後ろよ!」

 

 ネプテューヌが叫ぶ通りステマックスはいつの間にかロボットモードに戻り、オプティマスの後ろに回り込んでいた。

 

「これぞステルス流忍法、微塵隠れの術……変化! ガンモード!!」

 

 宙返りするようにして、巨大なビームガンに変形した。……いやサイズからするとこれはもう、ビーム砲だ。到底持てる者がいるとは思えない。

 

「馬鹿な! いったいどれだけの形態に変形できるんだ!?」

 

 度肝を抜かれたラチェットが声を上げるのと同時に、ビーム砲が発射される。

 それほどの威力ではないものの、散弾のように降り注ぐ光弾からオートボットたちは、他の皆を庇う。

 

「変化! ジェットモード!!」

 

 その隙に、ビームガン形態のステマックスはさらなる変形を見せる。今度はジェット機だ。ロボットや狼の姿の時に背中にあった翼が、そのまま主翼になっている。

 

「逃がさん!!」

 

 オプティマスは下腿からのジェット噴射で飛び上がり、完全に飛び立つ前に組み付こうとするが……またしても、機体が爆発四散する。

 

「同じ手は二度も食わん! ネプテューヌ!」

「そこよ! クリティカルエッジ!!」

「ぐおッ……!」

 

 直後、先ほどと同じようにオプティマスの真後ろに現れたロボット姿のステマックスを思い切り斬りつける。

 呻き声を上げる忍者ロボの顔面に、オプティマスは振り向きざまに拳を叩き込んだ。

 文字通りの鉄拳を受け、ステマックスは空中で縦に三回転しながら吹っ飛び、地下室の壁に激突して意識を失う。

 

「手こずらされたけど、これで終わりね」

「いや、どうやら違うようだ」

 

 戦闘態勢を解くネプテューヌだが、オプティマスの言葉にハッとステマックスの方を見ると、ロボ忍者の体が、まるでモンスターの最後のように粒子に還っていくところだった。

 ステマックスがモンスターだったとしても、首から下まで消滅するのはさすがに変だ。

 

「生命反応がない。ダミーのようだね。おそらく、途中で入れ替わったんだろう」

「変わり身の術、いえ分身の術かしら? 何にせよ、マジで忍者ね」

「逃げられちゃったですね……」

 

 スキャンしたラチェットの冷静な分析に、アイエフはカタールをしまって息を吐き、コンパも顔を下げる。

 

「しかし、あそこまでいくつもの形態を持つとは。確認できた限り、なんとビックリ六段変形だ!」

「本人も六身忍者とか名乗ってたわね。六段変形……シックスチェンジャーってとこかしら?」

 

 驚くというよりは興味を引かれているらしいラチェットだが、アーシーそれに乗りつつも、無事だった端末を調べる。

 

「う~ん……完全にではないけど、いくらかデータを持ってかれたわね。スペースブリッジの起動コードよ。……本当に起動()()しかできないコードね。車で言えば、キーみたいなもんよ」

「つまり、車がなければキーだけ持ってても仕方ないように、スペースブリッジの現物がなければ、無用の長物ってこと?」

「そ。しかも行く先を指定するは、別のプログラム」

 

 アイエフに聞かれて、アーシーは頷く。

 しかし、そんなものを奪ってどうしようというのか。

 

「……なんにせよ、警戒するに越したことはないな。ビーたちの方も気になる。いったんプラネタワーに戻ろう」

 

 オプティマスが締めの言葉を放つと、ネプテューヌは変身を解いて恋人の傍に並ぶ。

 

「逃がしちゃったのは残念だけど、いやーそれにしてもヘッドマスターの上にシックスチェンジャーとは、また欲張りセットだね!」

「ああ。戦った感じ、かなりの手練れだった……しかし、ネプテューヌ」

「ん?」

 

 恋人の声色から僅かに機嫌の悪さを感じ、ネプテューヌはその顔を見上げる。

 オプティマスは、紫の女神から目を逸らした。

 

「ああいう、アレは止めてほしい。その……あまり愉快ではない」

「ふ~ん? アレってドレのこと?」

「その……敵に体を密着させたりする、アレだ」

「ふふふ、どうしよっかなー?」

 

 珍しい反応に、ネプテューヌは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 すると、オプティマスは本気で不機嫌そうな顔になる。

 

「…………」

「もう、オプっちったら、冗談だってばー! ……わたしが好きなのは、あなただけだよ?」

「分かっているとも。しかし私にだって、嫉妬の感情くらい有る」

「もー、オプっちは可愛いなー!」

 

 ニヘラと笑うネプテューヌに、オプティマスは少し拗ねたような顔をする。これは恋人にしか見せない姿だ。

 そんな二人を見て、他の皆は砂糖吐きそうだと苦笑するのだった。

 

 




忍者参謀シックスショットのファンの皆様、全力でごめんさい(二度目&土下座)
い、いや一応にもクロスオーバーな本作品。
無暗にキャラ増やすよりはこういう形の方がスマートかなーって……。

今回のキャラ紹介。

プラネテューヌ諜報員アイエフ
ご存知、ゲイムギョウ界に吹く一陣の風。
教会に属する諜報員で、イストワール直属の部下であり、ネプテューヌ、ネプギア、コンパとは親友同士。アーシーのパートナー。
真面目で面倒見のいい姉御肌で、仲間内ではツッコミ役。
コンパに対する親愛は、友情の域をやや超えている。

武器はカタール。前作では拳銃やパルスライフルも使用していた。


プラネテューヌ看護師コンパ
ご存知、ねぷねぷの親友。
プラネテューヌの病院で働いていて、ネプテューヌ、ネプギア、アイエフとは親友。ラチェットとは師弟に近い間柄。
ほわほわした雰囲気で、心優しくノンビリしているが、芯は強い性格。
料理や家事が得意で、よくネプテューヌたちに手料理を振る舞っている。

前は巨大注射器を武器にしていたが、前作で注射器型ビームガンに持ち替え、そのまま使い続けている。


オートボット軍医ラチェット
ご存知、下ネタ担当軍医。レスキュー車に変形。
サイバトロン随一の名医であり、命に係わる者としての使命感と責任感は非常に強いが、何故かよく下ネタに走る。
オプティマスの最も古くからの部下の一人であり、彼の内面を理解する一人。隠れ強キャラ。
前作では『兵士、戦士』ではなく『医者』としての独特の役回りが多かった。
実は、アーシーと良い仲という設定がある。

死なない。


オートボット諜報員アーシー
バイクに変形するオートボットの女戦士。
姿は実写無印の玩具の物。
アイエフのパートナーで、ビークルモードでは彼女を乗せることが多い。相棒同様に姉御肌だがノリが良く、人をからかうことも多い。ラチェットとは古い付き合いで、良い仲。

映画で出た三姉妹の姿でないのは、登場人物を少なくするためという、メタい理由だったり。


六身忍者ステマックス
将軍なる人物に仕える忍び。生まれついての影の薄さを生かしての諜報活動を得意とする(の割りにはキャラが濃いような……)
トランスフォーマーではくゲイムギョウ界土着のロボット生命体(機械系モンスターの上位版)だが、何等かの方法により変形能力を獲得。さらにトランステクターにヘッドオンすることでオプティマスに並ぶサイズの戦士になる。
しかも装甲車、戦車、ジェット機、オオカミ、ビームガン、ロボットの六形態を持つシックスチェンジャー。
本来の性格は真面目ながら女性に免疫が一切ないなど抜けた面もあるが、ヘッドオンすると非常に冷静になりギャグ分がなくなる。

基本はレジェンズ版シックスショットだが、G1シックスショットをリデコしたVのグレートショット(微塵隠れの術を使うなど)や、勇者警察ジェイデッカーのシャドウ丸(武器が忍者刀、変形の掛け声が変化(へんげ)など)の要素も入っている。

実は、今回の任務はしっかり果たしている。


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第23話 秘密結社

 ハネダシティからワレチューたちが逃げ去り、ステマックスがオプティマスたちから逃げ仰せて、それからしばらくして。

 何処かの広い部屋の中。

 白い壁に金と赤の装飾が、豪勢な……というのを通り越して露骨な成金趣味を感じさせる。

 調度品も石膏像だの瀬戸物だの高価であるという以外に統一感がなく、さらに壁には大きく『時は金なり』と書かれた紙が額縁に入れられて飾られているのだから、この部屋の持ち主の人格を伺うことが出来る。

 その持ち主は、部屋の奥に置かれた玉座のような椅子に腰かけていた。

 

 力強く、そして刺々しい巨体は4mほどの大きさだ。

 部屋と同様の白い装甲に黄金の装飾、体の所々と眼が赤く発光していて、背中に赤いマントのようなパーツがある。

 厳めしく憤怒に歪んでいるような顔は、果たして仮面かこういう顔なのか。

 一見すると金属生命体のように見え、見る者が見れば、あるいは破壊大帝を思わせるだろう威容だ。

 

 その前に、一瞬にして紫がかった藍色の忍者のような姿のロボット、ステマックスが現れる。

 

「アフィモウジャス将軍。忍者ステマックス、只今密命から戻ったで御座る」

「うむ、ご苦労。……して成果は?」

「はっ、これがスペースブリッジの起動コードで御座る」

 

 アフィモウジャスと呼ばれた白い鎧の巨人は椅子から立ち上がると、跪いたステマックスが恭しく差し出したディスクを受け取った。

 

「おお、確かに! 褒めて遣わすぞ!」

「ありがたきお言葉!」

「……と、形式ばったのはここまでにして」

 

 まさしく忠臣を労う悪の大ボスといった雰囲気だったアフィモウジャスだが、不意に纏う空気が柔らかくなった。

 

「いやあ、今回もすまないのお。まさか、あんなに早くハッキングがバレるとは……」

「けど、今回はほんとギリギリだったんで御座るよ。なんとオプティマスまで出てきたで御座る。総大将の癖にフットワーク軽すぎ」

「う~む、序盤のボスを相手にするつもりが、大魔王が出張ってきたようなものだな」

 

 一転、二人は気の置けない調子で会話を交わす。その様子から、この二人が親しい間柄であることが分かる。

 

「と、それはそうと将軍。さっきプラネテューヌの女神、ネプテューヌと会ったで御座るよ」

「なんと! まさか、女神化した状態ではあるまいな!」

「そのまさかで御座る。金髪でないのが残念なくらいのナイスバディだったで御座るよ」

「くぅ~、羨ましい!」

「でもやっぱり、オプティマスと仲が良いようで御座る……」

「おお……やっぱり、そうかぁ…………」

 

 馬鹿なことでテンションを上げていたステマックスとアフィモウジャスだが、急に意気消沈する。

 例えば好きなアイドルの恋愛スキャンダルを聞いた時のアイドルオタク的なテンションの落ち方だ(直喩)

 

「きっともう、ア~ンなことやコ~ンなことをしておるのだろうな……」

「あのボディをもう、イヤ~ンでバッカ~ンな感じに……グスッ」

「ええい、泣くなステマックス! やはりワシらはあくまでも金髪巨乳道を行くぞ!」

「無論で御座る! 女人はやっぱり……」

 

 涙ぐむ忍者ロボを励ましたアフィモウジャスに、励まされた本人もノリを合わせる。男のバカな友情がそこにはあった。

 

「金!」

「髪!」

『巨乳!!』

 

 フュー〇ョンのポーズを取るアフィモウジャスとステマックス。

 ロボ的な外観の二人がそうするさまは、呆れかえるほどにバカバカしい。

 

 と、急に何処からか通信が入ったことを知らせる着信音が鳴った。

 

 〇ュージョンのポーズを解いたアフィモウジャスは、何食わぬ顔でその機械の鎧に備わった通信装置に出るとネズミ型モンスターのワレチューが、視界に映る。

 

「ネズミか。どうした?」

『オッサン、デイトレーダーが来たっちゅ。また何か売りつけに来たみたいっちゅ』

「分かった、すぐに行く。待たせておけ。……ステマックス、お前もついてこい」

「御意」

 

 通信を切ったアフィモウジャスは、さっきまでのオバカっぷりは何処へやら。威厳たっぷりにステマックスを伴って部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 先ほどの部屋と違い、武骨な造りの通路を抜けて二人がやってきたのは巨大な格納庫のような場所で、そこには何か大きな機械が置かれていた。

 格納庫の照明の暗さと大きさ故に全貌は分からないが、それはサソリのようにも見え、周りでは小さな、トランスフォーマーともモンスターとも違う、所謂()()()機械が作業していた。

 何かを運ぶ物、金属を溶接している物、ネジを回す物、大小無数の機械がせわしなく働いている。

 

 その脇のスペースに、待たせている二人がいた。

 一人は、御馴染みワレチュー。もう一人はトランスフォーマーだ。

 錆と油と泥とその他あらゆる汚れに塗れていて、髭面の中年男性のような姿だ。

 背負った何かのパーツや壊れかけの装置、古臭い武器などのガラクタは、本人の体よりも容積がありそうで、肩にはオートボットのマークがあるが、所属への無関心さを示すが如く擦れて消えかけていた。

 

「これはこれは、アフィモウジャスの若旦那。お元気そうでなにより」

 

 そのオートボットは白い鎧の姿を見とめるや、手を揉みながら近寄ってくる。

 アフィモウジャスは、余計な社交辞令や前置きを抜きにして本題を切り出した。

 

「デイトレーダー。それで、今日は何を持ってきた?」

「はいはい。まずはこちら、ディセプティコンの巡洋艦で使われる光子キャノン砲、すごい威力だよー。それとパワーユニットが二基、セットでお買い得。武器用コンソールとパワーチップ整流器もあるよ、今なら15%オフだ。オプティックセンサーは片方だけど健康な奴で、探すのに苦労したんだ。後はなんと言ってもトランスフォーム・コグ、これが無いとはじまらんね」

 

 背中から次々と機械部品を取り出して床に並べるデイトレーダーなるトランスフォーマー。だがその商品の中には、明らかに同族の体を構成していたであろうパーツも含まれていた。

 

「そして今回の目玉商品! 前の大戦で暴れたディセプティコンの兵士、マインドワイプの頭だ!」

 

 ドンと、かつて催眠術を操る蝙蝠を思わせる姿をしたディセプティコンの首だった物を床に置く。

 このデイトレーダー、時にトランスフォーマーの残骸を漁って飯のタネにしているらしい。

 

「オイラが言えた義理じゃないけど、碌な商売じゃないっちゅね」

 

 マインドワイプの首と目が合ってしまったワレチューはゲンナリとした顔をするが、アフィモウジャスはその首を持ち上げて、繁々と眺めた。

 

「……よかろう、ここにある物を全て買おう。支払いはいつもの通り口座に振り込むぞ」

「毎度あり! ……確かに、振り込まれたのを確認しましたと。いや若旦那は、金払いが良くて助かるよ。最近は俺みたいな廃品回収業者は肩身が狭くてね……」

「墓荒らしの間違いじゃないっちゅか?」

「それじゃ、またのご贔屓に」

 

 いくつかの電子的なやり取りを終えて、ほくほく顔のデイトレーダーはワレチューの皮肉にも動じずに、荷台にガラクタを満載したオンボロピックアップトラックに変形して走り去っていく。

 購入した部品を一つ一つ手に取っていたアフィモウジャスは、ワレチューに視線をやる。

 

「くくく、喜べネズミ。これで貴様の分のトランステクターを完成させられるぞ」

「えー、それ使うっちゅかー? オイラのような有能マスコットには、似合わないっちゅ!」

 

 あからさまに嫌そうな顔をする部下に、アフィモウジャスの目の部分が細くなる。

 

「我儘を言うな。というか貴様の何処が有能だ。このワシが回収してやらねば、今頃監獄の中ではないか。未完成のトランステクターを無理に動かしたおかげで調整にまた時間がかかってしまう」

「それは計画が杜撰だったからっちゅ。オイラにハッキングさせる方がどうかしてるっちゅ」

「…………まあいい。確かにワシの落ち度だった。そこは認めてやろう」

 

 言い返してくるワレチューに、アフィモウジャスは一応にも自分の非を認めると、彼らのやり取りに一切構わずに巨大サソリの周りで作業している機械たちを一瞥する。

 すると、その内の何台かがこちらにやってきてロボットアームで部品を持ち上げ、何処かへ運んでいく。

 アフィモウジャスが何かを操作したり命令したりした様子はない。

 

「しかし、いつ見ても将軍の精神エネルギーは便利な物で御座るな」

「まあな。お主のトランステクターも、ワシのエクソスーツも、この力あってこそ完成させることが出来たのだ! 我が結社『アフィ魔X』は、この力によってこそ成り立っておるのよ!」

 

 これまで会話に加わらず生まれついた影の薄さ故に誰にも気に留められなかったステマックスからの称賛に、アフィモウジャスは胸を張る。

 彼は精神エネルギーなる特殊な力によって、自らの意思を持たないあらゆる機械を操れるのだ。

 

「……む!」

 

 上機嫌だった結社の首領だが、不意に何かに気付くとそのまま身を翻す。それは身に纏う鎧、エクソスーツに仕込まれたセンサーの一つが反応したからだった。

 

「将軍?」

「おっさん、何処に行くっちゅ!?」

「ついてくるな! お前たちは少し休んでいろ! ワシは他の仕事を片付ける!」

 

 それだけ言うと、白い巨人は元来た道を足早に戻っていく。

 通路を戻り、最初にいた書斎のような部屋の、横の扉を開ける。

 

「コグマン!」

「おや、坊ちゃま。秘密結社ゴッコは終わったので?」

 

 部屋の中は、四方の壁に棚が置かれていて、そこに美少女フィギュアやらロボットのプラモデルやらが飾られていた。

 問題は飾られた品々に、頭に三角巾を被ったコグマンがはたきをかけていることである。

 

「貴様、この部屋には入るなと言っただろうが! ああ、限定品のフィギュアをそんな乱暴に叩いて……!」

「申し訳ありません、坊ちゃま。汚れていたもので」

 

 怒鳴られてもシレッとして掃除の手を休めないコグマンに、アフィモウジャスはさらにイライラとする。

 さっきまでの部下たちやデイトレーダーに見せた姿とは違う、刺々しくより子供っぽい態度だ。

 

「だから! この部屋はワシが自分で掃除をするから、いいと言うとろうが!!」

「そんなことを言って、掃除をした試しがないではございませんか」

「それは……おい、なんでワシの同人誌をビニ紐で束にしておるのだ!」

「チリ紙交換に出そうかと。同じ本が三冊もございましたから」

「それは観賞用、保存用、布教用に敢えて三冊買ったのだ! もういいから止めろ!!」

 

 何だか、オカンと反抗期の子供のようなやり取りだ。

 コグマンは手こそ止めたが、全く動じている様子はない。

 

「そう言えば坊ちゃま。話は変わりますが、このコグマン、老婆心から言わせていただきますと……」

「ええい、聞きたくない!! それにその、()()()()は止めんか!! ご主人様とか旦那様とか、他に色々あろう!!」

()()()()。言わせていただきますと、秘密結社ごっこはほどほどになされた方がよろしいかと。その御召し物も、言葉遣いも、あまりお似合いとは言えませんな」

 

 慇懃無礼な態度に、アフィモウジャスは怒りで体を震わす。

 この執事気取りが主人を頑なに坊ちゃまと呼ぶのは、彼を一人前の主と認めていないからだ。それは当のアフィモウジャスもよく理解していた。

 

「子供扱いしよって! 秘密結社()()()だと!」

「総勢3名……わたくしを勘定に入れても4名に、後は機械とモンスターの秘密結社など、ゴッコ遊びで十分でございましょう。……坊ちゃま、わたくし常日頃から申し上げておりますが、我がモージャス家には昔日より受け継がれし使命が……」

「使命だと! ハッ、そんな物は1クレジットの価値も無いわ!」

 

 滔々と語るコグマンを遮り、鎧の巨人は吐き捨てた。

 金属製の執事は、何とか主人を説得しようと試みる。

 

「しかし、お父上とお母上は使命を果たさんと……」

「父と母は、大間抜けだった! お人好しに付け込まれて妾腹の叔父に財産を奪われたのだからな! おかげでワシがどれほど苦労したか!! その日食う物にも困る有様だったのだぞ!」

「坊ちゃま、確かに赤貧に喘いだのは事実ですが……」

「その坊ちゃまは止めろ!! ワシはもう、腹を空かして泣く小僧ではない!! もういい、黙っていろ、これは命令だ!!」

 

 怒りに満ちた声に、コグマンはわざとらしく大きく排気してから押し黙る。

 アフィモウジャスは執事を捨て置いてそのまま部屋を出ると書斎に戻り、椅子に腰かけて机の上に置かれたパソコン……彼に見合ったサイズだ……を起動し、ある通信回線を開く。

 

『貴様か。何の用だ』

「ワシだ。例の物についての報せがある」

 

 画面に映ったのは、スーツ姿の貫禄のある眼鏡と白髪白髭の壮年男性……誰あろう、ハロルド・アティンジャーだった。

 陰謀を進める秘密組織コンカレンスの首領は、如何なる方法によってか秘密結社アフィ魔Xの首領と連絡を取り合っているのだ。

 

『それでは、スペースブリッジとやらは手に入らなかったと?』

「問題はなかろう。起動キーは手に入れた。後は例の場所から貴様たちをこちらに招く」

『大口を叩いたわりには、お粗末な結果だな』

 

 事の顛末を聞いたアティンジャーは、通信相手に負けず劣らずの傲岸不遜さを見せる。

 しかし、アフィモウジャスもさるもの。次なる手札を切る。

 

「それと、貴様の言っていたDC01とやら……見つけたぞ?」

『……ほう?』

 

 DC01という言葉を聞いた瞬間、アティンジャーの持つ空気が一瞬変わる。

 敏感にそれを感じ取った白い鎧は、ニヤリとしたような気配を見せた。

 

「奴についての情報は合流後に話す。……もちろん、報酬は上乗せしてもらうぞ。純度99%以上の(きん)を占めて5tだ」

『金の亡者が。…………いいだろう。報酬はそちらに到着し次第、支払ってやる』

 

 毒づいたものの、アティンジャーは少し間を置いてから頷いた。

 地球とゲイムギョウ界では当然通貨も違うので、金塊を使っての取引らしい。

 

「くくく、金の亡者はワシにとっては誉め言葉よ。では彼の地でな。くれぐれも金塊を忘れるなよ」

『そちらも、必ずこちらの部隊を誘導しろ。でなければ報酬は渡せんからな』

 

 お互いに念押しした後で、アティンジャーの映像は消える。

 もちろん、アフィモウジャスはあの異世界の男を欠片も信用していないが、それは向こうも同じだ。重要なのは、どれだけ利用できるか、何処で手を切るかである。

 

 アフィモウジャスは再び立ち上がると、部屋の中を練り歩く。

 棚に置かれた、夫婦らしい男女とその子供らしい男の子、そして真顔のままダブルピースをしているコグマンが写った写真の前を通り過ぎ、壁に飾られた肖像画の前に立つ。

 

 その絵には、覇者の威厳を持つ灰銀色のディセプティコン……破壊大帝メガトロンの姿が描かれていた。

 

「メガトロン、貴方は偉大な男だ。己の思うままに力を振るい、運命を切り開いたのだから」

 

 肖像画を見上げ、敬意と憧憬を口にする。

 彼はメガトロンに憧れていた。その己の力と意思のみを頼りに、世界と戦った生き様に魅せられていた。

 この刺々しいエクソスーツも、威厳ある口調も、破壊大帝をリスペクトした物だ。

 

「父と母は、愚かだった。一族に伝わる力と宝物(ほうもつ)、それを己のために生かそうとはしなかったのだからな……ワシは違う。あらゆる物を利用し、あらゆる手段を使って、唸るほどの金を、この世の富の全てを手に入れて見せるわ! ……ふふふ、フハハ、ハーッハッハッハ!!」

 

 両腕を広げて、たった三人だけの秘密結社の首領は高笑いする。

 その先に待ち受けるのが、栄光か、破滅か。それはまだ、誰も知らない……。

 




11月末に発売される、アメコミのトランスフォーマークラシックとヘッドマスターズ編が楽しみです。

今回のキャラ紹介

ジャンク屋デイトレーダー
廃品やジャンクパーツを売り買いして生計を立てているトランスフォーマー。
一応はオートボットだが、盗品や曰くつきの品を売ったり、足下を見て高く吹っ掛けたり、時には死体漁りにまで手を出すので他のオートボットからは嫌われている。
最近は秘密結社アフィ魔Xに前大戦で戦死したトランスフォーマーの部品を売っているようだ。

秘密結社首領アフィモウジャス
ゲイムギョウ界で暗躍する秘密結社アフィ魔X(総勢3名+α)の首領。
筋金入りの金の亡者で、直接的な戦闘、戦争よりも情報こそが金を生むという現実的な考えの持ち主。
一方で部下のステマックスとは、主従を超えた友情で結ばれている。

ステマックスの仕える『将軍』、そしてコグマンの主人である『坊ちゃま』の正体。
この作品の独自の設定として精神エネルギーによって自分の意思を持たない機械を自在に操る特殊能力を持ち、中型トランスフォーマーほどもある巨躯は、この能力によって操るエクソスーツであり中身は普通の人間。この設定はトランスフォーマー・リバース(海外版ヘッドマスターズ)のロード・ザラクがモチーフ。
メガトロンに憧れており、エクソスーツのデザインも彼をモデルにしているほど。

なお、前作に登場したオリキャラ、ゴルドノ・モージャスの甥っ子(父が腹違いの兄弟)
一応、前作書いてた頃から裏設定として考えてました。


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第24話 女神の敵(改稿)

※2018年11月30日 内容を少し追加


 イストワールは、異変の解決方法を求めて自身の蓄えた知識を探っていた。

 視覚情報にすると、そこはどこまでも続く円形の縦穴のような感じだ。壁は全て隙間なく本が置かれた棚になっていて、それが上も下も霞んで見えないほどに聳え立っている。

 物質に縛られぬここではイストワールは普段の本に乗った妖精のような姿ではなく、妙齢の女性の姿で飛び回っていた。

 

「これじゃない……これでもない……」

 

 本棚の谷間を飛ぶイストワールは、これはと思える本……記憶を取り出して閲覧しては、元に戻す。

 

「『××年度国家予算』『マジェコン禁止法草案』『友好条約概要』『ネプテューヌさん成長日誌』と、これは……『美味しいカレーのレシピ』? 惜しいけれど、また今度で」

 

 彼女は何かに導かれるように、この知識の海の中に解決法があると感じていた。

 しかし何分、プラネテューヌの初代女神が作った人工生物であるイストワールが生きてきた時間の分だけ集められた知識は膨大だ。

 

「この辺りにはないようですね。もっと古い記憶を探ってみましょう……」

 

 さらに下へ下へとイストワールは降りていく。

 そのうち、奇妙なことに気が付いた。

 一部の本の文字……つまり記憶が、黒く塗りつぶされているのだ。

 

『にっき 11がつ27にち

■■■■■■のきょうかいで

■だいめの あたらしい ■■がたんじょう』

 

『■■がつ ■■にち

うまれたばかりの ■■を

わたしたちは ■■■ と名づけた』

 

『■■がつ ■■にち

■■■と あたらしいしょくいんの ■■■■■■が なかよくなった

ふたりは まるで しまいの ようだ』

 

『■がつ ■にち

■■■が あらたな ちからを おぼえる

おぼえた ちからを ■■ とよぶことに……』

 

『1がつ 31にち

■■■の ■■が つよすぎる ダメだ……

■■■にも わたしにも てにおえない!』

 

 そこから先は、全ての文字が塗り潰されていた。

 

「これは、いったい? ……ッ!」

 

 ページをめくろうとすると、不意に電気が走った。いや、何かが記憶を読まれまいと拒否反応を起こしているのだ。

 しかし、それで諦めるワケにはいかない。この異常こそ、この異変と関係はあるのかもしれないからだ。

 何とか本を開こうとするが、そのたびに強い拒否反応が起こるが、同時に記憶の一部が再生される。

 

『イストワール~!』

 

 少女の声、顔、姿……しかしはっきりとは分からない。

 自分はこの声を知っている、知っているはずだ。

 

「でも思い出せない……。あなたは……あなたは、誰なんですか?」

『イストワール、■■■ね……決めたんだ。この力をコントロールできないなら、いっそ……』

『止めろ! ■ず■、イストワール!!』

 

 映像にもう一人、人間が現れる。やはりはっきりとは分からないが、大人の女性だ。

 

『■■■っち……仕方ないよ。この力はみんなを不幸にするから。彼のことだって……』

『あれはお前のせいじゃない! どうして、お前がこんな目に遭わなければならないんだ!!』

 

 女性の悲痛な叫びに、少女は儚い笑みを浮かべた。

 

『イストワール、マ■■っち、■■めのこと忘れて、幸せにくらしてね……』

『駄目だ! 止めてくれ!!』

 

 不意に映像が消え、ノイズに交じって女性の声が聞こえた。

 

『イストワール……お前も私も、きっとあいつのことを忘れてしまうのだろう。しかし、私はいつか、必ずあいつのことを思いだす。そして、救い出してみせる。どれだけ時間がかかろうと、例え世界を敵に回したとしても、必ずだ』

 

 その言葉は深い嘆きと、悲壮な決意に満ちていた。

 

『邪魔をするなら、例えお前でも、女神でも、全て敵だ。……そう、私は女神の敵。あいつにあんな運命を強いた、世界というゲイムのルールを塗り変えてやる!』

「あなたは……!」

 

 女神の敵。

 そう名乗る者を、イストワールは知っていた。昔から、ずっと。

 

 瞬間、イストワールは弾き飛ばされ……ここは彼女の内面世界なので、つまり記憶に拒否され、その際にエラーが生じたのかフリーズしたように固まったまま、下へと落ちていく。

 

 繰り返すがここはイストワールの内面世界だ。

 故に、この縦穴に底などなく、彼女が戻ろうとしない限り無限に落ちていく。その先はイストワール個人の記憶の域を超えた場所……人が偏在的無意識、あるいは魂の世界と呼ぶ、未知の領域だ。

 

 だが、その遥か下から何かが浮上してきた。

 黄金の光によって形作られた神々しい人型のそれは、落ちてくるイストワールを優しく受け止めた……。

 

  *  *  *

 

「そんなワケで、何の成果も得られませんでした!!」

「なによ、唐突に……」

 

 プラネタワーの一室。

 丸テーブルに着いたノワールは、反対側にいるネプテューヌの言葉にツッコむ。

 

「いやほら、結局話がまるで進んでないし。話の展開が遅いのがこの作者の悪いトコだよね!」

「そーいう自虐ネタは引かれるから止めなさい。……で、その連中はスペースブリッジの起動コードなんて盗んで、何をしようっていうのかしらね?」

「起動コードなんて、スペースブリッジが無ければ無用の長物……というのはあまりに楽天的な考えね……」

「むしろ、その起動コードが有れば使えるスペースブリッジの当てがある、と考えるべきですわね」

 

 同じようにテーブルを囲んでいたブランとベールも意見を言う。

 後ろには女神たちの相棒であるオプティマス、副官ジャズ、古参兵のアイアンハイド、若手のミラージュがそれぞれ自分サイズの椅子に座って円卓を囲んでいた。

 

 どういうことかと言うと、オートボットたちが囲むテーブルの上に、女神たちが囲むテーブルが置かれているのである。

 最近のゲイムギョウ界では、割と見られる光景だった。

 

 それはともかく。

 

「現在、ワレチューはじめ件の下手人を捜索しているが、見つからない」

「どこへ隠れたんだか……」

 

 厳かなオプティマスの言葉に、頑強な体つきの黒いオートボット、アイアンハイドがヤレヤレと肩を竦める。

 白い女神の後ろに控えた両腕にブレードを備えた曲線的なシルエットの赤いオートボット、ミラージュが控えめながらも意見する。

 

「オプティマス、その連中が今回の異変に関係しているということは……いやすまない。そんなはずがないな」

「ま、明らかに人間がどうこう出来る範囲を超えてるな……むしろ俺は、奴らの一味にヘッドマスターがいたことの方が気にかかる」

「モージャス、ですわね」

 

 最初は軽い調子だったが、後半は真剣な口調のジャズに、その恋人でもあるベールが頷く。

 かつて二人は、国を裏切ってディセプティコンに与し、最終的にはそれさえ敵に回したモージャスという男と戦ったことがある。

 その時、彼が繰り出してきたのがヘッドマスターを模した機械だった。

 

「奴の一族で、一人だけ行方知れずの奴がいる。……偶然かもしれないが、俺は何か関係あると睨んでいる」

「では、その人物が復讐を目論んでいると?」

 

 総司令官の言葉に、副官は難しい顔をする。

 

「どうだろうな。モージャスはそいつの父親……腹違いの兄から、詐欺同然に資産と家の実権を奪い取ったらしい。その後、両親は貧困生活の末に病死……むしろモージャスの方が恨まれてるはずだ」

「動機はどうあれよ。もし本当にそいつが起動コードを盗んだ連中の黒幕で、今回の異変に絡んでるとしたらだ。まずはとっ捕まえて思い知らせねえとな」

 

 やや好戦的なアイアンハイドの意見に、ノワールは額に手を当てる。

 

「まったく、何一つ問題が解決してないっていうのに、次から次へと新しい問題が起こるんだから……」

「そういうこともあるって! ……で、話は変わるんだけど!」

 

 一同の真面目な空気など何処吹く風。

 今日も平常運転の紫の女神は、用意しておいたのだろうフリップを何処からか取り出して掲げる。

 フリップには、トランスフォーマーたちと人間たちが手を繋いでいる絵が描かれていた。

 

「今年もそろそろ、この季節がやってまいりました! グレートウォー終結記念日!! 前々から企画していたお祭りは、予定通りに行いたいと思います!!」

「なんか凄いデジャビュ……というかあなたね。こんな時に……」

 

 呆れた表情のノワール。

 もともと、前の大戦が終わった日に、四カ国共同でお祭りをするという予定はあった。しかし、この事態ゆえに当然お流れになったと思っていたのだ。

 他の女神たちも似たような物だが、ネプテューヌは自身ありげな顔をする。

 

「こんな時だからこそだよ! シリアス続きなんて国民も読者もまいっちゃうよ! ちょっと、元気の出るイベントをしないとね!」

 

 そう言ってさらに、いくらかの書類を取り出して女神たちに配る。

 かなり具体的に纏められた資料だ。

 

「ネプテューヌ、さすがに今は……」

「いえ……いいんじゃないかしら?」

 

 やんわりと紫の女神を諫めようとするノワールだが、ブランは乗り気な様子だった。するとベールもたおやかに笑む。

 

「ええ。こういう時こそ、皆の団結が重要ですもの。ネプテューヌにしては良いことをいいますわね」

「してはって何さ、してはって! ……でノワールはどうするの?」

 

 すっかり祭りをする流れにウッと言葉を詰まらせたノワールを見て、彼女と父娘のような関係を築いている黒いオートボットは少し困ったような顔をして、口を開いた。

 

「いいんじゃねえの? ガス抜きも必要さ」

「ま、まあアイアンハイドがそう言うなら……」

「相変わらず、ファザコンだなー」

 

 アイアンハイドの言葉にアッサリ意見を変えた……というよりは意見を変える理由をもらってホッとしているノワールに、ネプテューヌは茶化すような声を出す。

 

「のわっ!? ふ、ファザ……! べ、別に私は!」

「はいはい、ベタベタな反応どうも」

「ネプテューヌゥ!」

 

 ふざけるネプテューヌに、顔を赤くして怒るノワールと、それを苦笑気味に見守るブランとベール。

 概ね、いつもの四女神だった。

 

「やれやれ、こういう話になると俺らは蚊帳の外さね」

「仕方ないさ。戦ってばっかりの野郎どもは、こういうイベントには不向きなのさ」

「…………」

「とはいえ、もちろん我々も手伝うつもりだ」

 

 顔を見合わせて苦笑するアイアンハイドとジャズ。一言も喋らないが参加しないとも言っていないミラージュ、厳かに頷くオプティマス。

 これも、まあいつものオートボットたちだった。

 

「っていうか、これちゃんとイストワールに話を通してるんでしょうね!」

「あ、検索に入る前に話しといたから大丈夫!」

 

 至極当然のノワールの疑問に、ピースサインで答えるネプテューヌ。こんな時ばかりは手際が良い。

 

「それじゃあ、これからお祭りの具体的な内容について……」

『ねぷねぷ! 大変です!!』

 

 話しを次の段階へ進めようとした時、緊急通信が入り丸テーブルの中央に半透明のコンパの姿が浮かび上がった。

 必死な様子の看護師に、女神たちやオートボットたちは何事かと押し黙る。

 

「こんぱ、どうしたの?」

『いーすんさんが、いーすんさんが! 目を覚ましたですぅ!!』

 

 

 

 

 

 プラネタワーの医務室。

 長い検索を終えたイストワールは心身ともに疲弊しており、ここに運び込まれていた。

 

「鍵……四つの鍵を、見つけなければ……」

 

 ドールハウスにあるような、なんとも可愛らしいサイズのベッドに身を横たえたプラネテューヌの教祖は、うわ言のように同じ言葉を繰り返していた。目を開けてはいるが、表情は虚ろだ。

 

「四つの鍵……四つの鍵を……大いなる、危機に、立ち向かうために……希望を継ぐ者が、鍵を揃えないと……」

「目を覚ましてから、ずっと同じことを繰り返してるですぅ」

「『四つの鍵』『大いなる危機』『希望を継ぐ者』……本人にすら、何のことは分からないようだ」

 

 ナース服のコンパと、医務室の主であるラチェットの説明に、ネプテューヌ以下女神たちは心配そうに小さな教祖を見た。

 

「鍵……四つの鍵……大いなる危機が、迫って……」

「いーすん……」

 

 うわ言を繰り返すイストワールに、ネプテューヌは平時のふざけた調子は抜きで、本当に心配そうな顔をしていた。

 一方で、オートボットらの中央にいるオプティマスは腕を組んで黙考していた。

 

『希望を継ぐ者』

 

 そういう意味の名を持つ者をオプティマスは知っていた。

 このプラネテューヌに伝わる古い御伽噺の主人公、星すら喰らう邪神を打ち倒した英雄、そしてそこから名前を取った……。

 

「ロディマス、か……」

 

 オプティマスが考え込み、皆がこれからどうするか話し合う中、イストワールが小さく呟いたことに気が付いた者はいなかった。

 

「いや、忘れたくな……ごめんなさ……マジェ……」

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌの首都近くの海岸。

 海に突き出した岬の先に、トランスフォーマー用の刑務所がある。

 厳重な警備が敷かれる、その名もアバーッシリ刑務所である。

 

 その一角にはオンスロート、ドレッドボット、バーサーカー、ニトロ・ゼウス、モホークらが囚われていた。

 本来彼らは軽犯罪者が収監されるここではなく、サイバトロンにある監獄にコールドスリープ状態で収監されるはずだったが、サイバトロンとの行き来が出来ない今、とりあえずここに入れられているのだった。

 

「お前殺―す! お前も殺―す! 憶えとけよー! 本気だぞー!」

「お前らの顔は覚えたぜ! 家の場所も知ってるからな! ……おーい、聞いてる?」

「ここから出さんかいワレェ!!」

 

 特殊合金製の鉄格子のある独房に別々に入れられ、そこからさらに手足と胴を拘束された状態でも元気に喚いているモホークとニトロ・ゼウス、そしてバーサーカー。

 

「俺が遅い(レント)? 俺がスローリー? ……おのれ、次こそは」

 

 一方、ドレッドボットはクロスヘアーズに早撃ちで負けたのがよほど悔しいらしく、ブツブツと恨み言を口にしている。

 

「落ち着くのである。サイバトロンに連行されなかったのは運がよかった。何とか脱走の手立てを考えるのである」

 

 他よりも体が大きい故に独房で狭苦しそうにしているオンスロートが冷静に言うが、他の囚人たちは止まらない。

 

「うっせー、この薄らデブ! そう言い続けて、もう一か月以上たっちまってるじゃねえか!」

「頭脳派気取っとるんやろう! なんか脱走のアイディアはないんかい!」

「そんな物があればとっくに脱走しているのである! っていうか我輩はデブではない、ポッチャリ系である!!」

 

 ニトロ・ゼウスとバーサーカーに言われて、オンスロートが激高する。

 そこからは、ギャーギャーとくだらない喧嘩になる。

 これが、今や彼らの日常だった。

 

「止めろ、騒々しい!!」

 

 見かねた看守が独房の外から注意するが、もちろんそれで止まるならず者たちではない。

 

「お前殺―す! 見てやがれよー!」

「ここを出たら、たっぷり礼をしてやるぜ!!」

「おどれの脳ミソ啜ったるわ!!」

 

 怒声を上げて看守を脅そうとするディセプティコンたちだが、拘束された状態では文字通り手も足も出ない。

 看守は恐怖を感じた様子もなく、呆れたように息を吐いて歩き去っていった。

 

「おい、戻ってこいや! ぶっ殺したるわ!!」

「必ずここから抜け出してやっからなー! そして、あの愛しのトサカの君に……」

「奥さんにも挨拶に行かせてもらうからな!! ……あ~あ、ボス助けにきてくれないかなー」

 

 何処までも平常運転のバーサーカーだが、モホークは何処か遠い目をし、ニトロ・ゼウスは一頻り吠えた後で嘆息する。ボスとはもちろん、異空間に消えたガルヴァトロンのことだ。

 その内容を聞いたオンスロートはせせら笑う。

 

「助けになぞ来るワケがないであろう。だいたい、あの狂人と関わったおかげで、このザマである!!」

「まーそうだけどよー……」

 

 ニトロ・ゼウスもその言葉を認める。

 それはガルヴァトロンがほぼほぼ死んでいるだろうという他に、欺瞞の民の精神性故でもあった。

 彼らの考えではディセプティコンというのは……オートボットとの和解を受け入れていない()()()()ディセプティコンというのは、仲間を助けるという発想が欠落している物なのだ。

 

「ああ愛しの君、貴女の瞳は夜空に瞬く綺羅星の如し。貴女のことを想えば、この冷たい独房でさえ、宇宙船の動力炉のように暖かく美しい物に見える……」

 

 囚人たちが懲りずに言い合いを再開する中、モホークは異世界で出会ったヒヨコ虫という生き物に向けて、物理的に届くはずもない愛の言葉を吐き続けるのだった。

 

  *  *  *

 

 夜。

 

 プラネテューヌ首都郊外にある、とある廃工場。

 その敷地内に、一台のパトカーがやってきた。

 フォード・マスタングというゲイムギョウ界には存在しない車種の、そのパトカーの車体後部には、黒地に白抜きでこう書かれていた。

 

 To punish and enslave(罪人を罰し服従させよ)

 

 崩れかけの建物の前で停まったパトカーは、ギゴガゴと音を立てながら、人型に変形する。

 もはや説明するまでもないだろう。異次元に消えたはずの、バリケードだ。

 

 バリケードが胸の部分にあるパトカーのヘッドライトで建物の中を照らすと、そこには何台かの廃車が積み重なっていて、一人のディセプティコンがそれに腰掛けていた。

 

 銀と黒、青からなるカラーリングの大柄な体に、二本の角。

 真紅に輝く二つのオプティックと、胸のディセプティコン・エンブレム。

 

 パトカー型のディセプティコンは、その名を呼んだ。

 

「……ガルヴァトロン」

「バリケード、すまないが顔に光を当てないでくれ。……それで報告は?」

「すまん。……秘密結社とかいう新顔が、何やら動いているようだ。見た顔もいた。ネズミだ」

 

 顔に手をかざして光を遮る若き破壊大帝の声に、バリケードは言われた通りにヘッドライトの明かりを落としてから答える。

 どうやら、どこからかハネダシティでの事件を観察していたらしい。

 

 果たして、如何なる方法で異空間に取り残されたはずの二人が帰還したのだろうか?

 

「それと、ホット・ロッドがいた。天王星うずめも一緒だ」

「…………そうか」

 

 報告に努めて平静を保とうとしているガルヴァトロンだが、二本の角の間に小さな稲妻が走っている。

 

「落ち着け、ガルヴァトロン。我々がここに来た目的はうずめを倒すことではないのだぞ」

 

 闇の中から、女の声がした。

 バリケードは鬱陶し気な表情と共にヘッドライトをそちらに向けると、立っていたのは看守服姿の男だった。

 ディセプティコンたちの言い合いを止めようとしていた、あの看守だった。

 

 ガルヴァトロンは激情を抑え込むために、強く拳を握る。

 

「ああ、分かっている。分かっているとも……それで、オンスロートたちの様子は?」

「相変わらずだ。呆れるほど何も変わっていない。……警備情報も手に入れた。やはり予定通りの日時に決行するぞ」

「その日でなければ駄目か?」

「その日、その時刻、その瞬間でなければ駄目だ」

 

 看守の言葉に難しい顔をするガルヴァトロン。

 当然ようにため口で会話していることや、やり取りからして、二人は表面上でも対等な立場であることが分かる。

 

「この手でゲイムギョウ界の平和を乱さねばならんとは……」

「この世界が滅ばないための、必要な犠牲だ。王とはな、時に冷徹な計算の上に成り立った、残酷な決断をせねばならない物だ……少なくとも、メガトロンはそうだった」

 

 メガトロンの名が出ると、ガルヴァトロンは深く瞑目し、やがて発声回路から声を絞り出した。

 

「分かった、お前の言う通りにしよう。……マジェコンヌ」

 

 看守の姿が揺らぎ、女性の姿に変わる。

 銀色の髪を長く伸ばし、アイスブルーの瞳を持った美しい女性だ。

 女神の敵を自称し、ゲイムギョウ界を革命せんとする者、マジェコンヌは何処からか取り出した中折れ帽を被り、鍔を指でつまむと、口元に笑みを浮かべた。

 

「さあ、世界というゲイムのルールを塗り替えるとしようか……!」

 




IDWのトランスフォーマー・ケイオスを読みました。
いやあ、これで一件落着……してないんですねえ(その後も続くシリーズ内でのゴタゴタに思いを馳せながら)

今回のキャラ紹介。

ラステイション女神ノワール
ご存知ツンデレ女神。またの名をブラックハート
工業大国ラステイションの女神であり、非常に生真面目な性格で、素直に感情を表すのが苦手。
統治者としての能力は優秀で、四角四面な部分もあったが大分軟化している。
実はアニメの声優に憧れていたり、コスプレが趣味だったりという一面もある。
アイアンハイドとは、父子のような関係を築いているが、若干ファザコン気味。
四女神中、唯一恋人がいない。

アノネデスとか、ガルヴァ(幼)とか、今作から登場予定のあの子とか癖のある人物に好かれやすい模様。


オートボット古参兵アイアンハイド
ご存知赤組筆頭(黒いけど) ピックアップトラックに変形する。
メインキャラとなるオートボットの中では最年長で、幾多の戦いを潜り抜けてきた大ベテラン。血の気が多く頑固だが、仲間を思いやる気持ちは強い。
ノワールとは当初は反目し合っていたが、今では恋人のクロミア共々彼女の理解者として家族のように思い合っている。若干親バカ気味。
前作終盤でコズミックルストに感染し、新しい体(アルティメットアイアンハイド)にスパークを移植した。

この作品では貧困層の出身で、かつては過激な反体制グループに参加していたが、オプティマスに出会って改心したという裏設定がある。


ルウィー女神ブラン
ご存知キレ芸女神。またの名をホワイトハート。
魔法国家ルウィーの女神で、読書が好きで大人しく無口な性格だが、いったん怒り出すと狂暴な性格に豹変する。
相方のミラージュとは恋人だが、お互いあまり素直ではないので中々進展しないのが悩み。
貧乳を気にしていたり、腕白な妹たちに振り回されたりと地味に苦労人。

ノワールよりツンデレっぽい。


オートボット諜報員ミラージュ
フェラーリ風の赤いスポーツカーに変形する。姿を消すステルスクロークや精巧なホログラムを発生させる能力を持った、奇襲や諜報のプロ。
前作の最後の最後でブランに告白し、恋人になった……のだが相変わらずつかず離れず。
相方と違って、本当にクールで無口。
前作ではスキッズとマッドフラップを弟子に取り、彼らに技術を叩き込んだ。そのせいで『ミラージュ流忍法』なるよく分からない忍術流派の開祖ということになってしまった。

前作序盤は粗暴なキャラ付けだったが、すぐに相方との兼ね合いでクールキャラに落ち着いた。


リーンボックス女神ベール
ご存知お色気女神。またの名をグリーンハート。
海に囲まれた軍事国家リーンボックスの女神で、気品ある言動の美女……なのだが、色々と残念。
重度のゲーマーであり、ネットゲームを好む。また百合やBLも大好き。
妹がいないのが長年の悩みだったが、前作で色々特殊ながらも妹が出来た。しかし、今だネプギアたちを妹にするのを諦めてはいない模様(前より冗談、持ちネタとしての意味合いが強くなったが)
ジャズとは初期から惹かれ合い、順当に恋人に至った。

地味に優遇されてた人。


オートボット副官ジャズ。
ご存知副官。
ポンティアック・ソルスティス風のスポーツカーに変形する。体術を得意とし、速さに重きを置いている。
音楽とダンスを愛しオートボット一の伊達男を自称するが、本気になった女性はベールが初めて。
副官らしくベールといないときはオプティマスの傍にいることが多い。
前作終盤で重症を負ってリペアし、その際にG1カラーになった。

ノリが軽く、いっそチャラいように見えてリアリスト……と設定したが前作では余り生かせなかった。
この作品では元はセンチネルの下にいたエリートガードだが工作員上がりで汚れ仕事もこなし、オプティマスにも最初は監視目的で近づいたと、後ろ暗い裏設定が多い(あれこれIDW版プロールでは?)


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第25話 大戦終結の日に

 ゲイムギョウ界には、四つの国がある。

 すなわち、西のプラネテューヌ、東のラステイション、北のルウィー、南のリーンボックスだ。

 海の向こうにはピーシー大陸などの別大陸や今は亡きセターン王国などの島国もあるが、ゲイムギョウ界と言えば基本的にはこの四カ国のことを指す。

 

 さてこの四つの国の地理的な中心に位置する場所は、プラネテューヌとラステイションの国境付近に当たり、かつてはこの辺りの海辺には海底油田があったが、この世界におけるオートボットとディセプティコンの最初の戦いで破壊された。

 

 戦争終結後、この場所にはゲイムギョウ界と惑星サイバトロン、さらなる別次元などを結ぶ固定式スペースブリッジ『ビヴロスト』が置かれ、それを中心に栄える空港ならぬ次元港、誰が呼んだかニューサイバトロンとなっていた。

 

 そして今、大戦(グレートウォー)終結記念日を祝う、人呼んで『終結祭』が大々的に行われ、サイバトロン式の金属と硬質クリスタルで出来た建物の間に広がる大通りには、人間やトランスフォーマー、さらにはモンスター系の市民でごった返していた。

 

 トランスフォーマーたちが移動販売車に変形して人間の子供たちに料理を売り、パワードスーツを着た人間がトランスフォーマーを接客し、モンスターたちも人間に混ざって飲み食いし、人造トランスフォーマーがその粒子変形を生かした芸を披露する。あちこちに置かれた遊具にも、サイバトロニアンが変形した物が混ざっている。

 彼らは数々の不安な出来事を、一時忘れてこの時間を楽しんでいた。

 

「はーいみんなー、はぐれないようにねー! 全員いるわねー!」

「アブネスせんせーい! 5分に一回確認するのは、いきすぎだと思いまーす! もっと僕らを信用してくださーい!」

「そういうセリフは5分に一回は迷子になるのを直してから言いましょうねー!」

 

 校外学習に訪れたアブネス率いるセンチネル孤児院の子供たちも、この祭りを満喫しているようだ。

 

「おじさーん、アイスちょうだーい! 『バンブルビーのレモン味』で」

「わたし、『ミラージュのラズベリー味』」

「はいよー」

 

 通りに並んだ出店の一つ、アイスクリームを売る店……というか移動販売車に変形したオートボットなので店舗兼店主……の前に、幼い双子の女の子の姿があった。

 十に届くか届かないかの年齢で、お揃いの服を着て、髪の色と瞳の色も同じ薄茶色とダークブルーだ。もちろん、顔もほとんど同じである。

 違う所と言えば、片方は髪を腰まで伸ばして胸元のリボンタイがピンク色で勝気な表情。

 もう片方が、肩のあたりで髪を切り揃えてリボンタイが青、表情は大人しそうだ。

 

 人間の店員からアイスを受け取った双子は、それを片手で持って舐めながら、もう片方の手を繋いで道を歩く。

 

「美味しいね、ロムちゃん!」

「うん、ラムちゃん。こっちも美味しいよ。……ちょっと食べる?」

「うん! それじゃあ、こっちも食べて!」

「へいへい、お嬢さんたち! 俺らとお茶しな~い? 一緒に楽しいトコ行こうぜ~」

 

 アイスを食べさせ合いっこする双子に、声をかける妖しい男……というかロボット。

 オレンジ色のずんぐりしたトランスフォーマーで、3mほどしか身長がない。丸い目が大きく出っ歯で、有り体に言えば不格好だ。

 双子の気の強そうな方、ラムはちょっとお高く留まった顔をする。

 

「いいけど……どこへ連れてってくださるのかしら?」

「いいトコだよ、ゲッヘッヘッヘ」

「いやお前ら何やってんだよ」

 

 ワザとらしい下卑た声を出すオレンジのロボットの頭を、その後ろに立つ緑色でよく似た姿形の……しかし背中にヘリコプターのローターを昆虫の羽根のように畳まれているロボットが叩く。

 

「いって! なんだよ、ちょっと事案ゴッコしてただけだろ! ほら、ホントにこーいうのに声かけられた時の練習に!」

「んだよ、事案ゴッコって……と、それはともかく二人とも探したぜ」

「急にいなくなんだもんな! 迷子になったらどうすんだ?」

 

 二体のオートボット……双子のスキッズとマッドフラップの言葉に、ラムはちょっとむくれる。

 

「もう、わたしたち子供じゃないんだから! 迷子になんかならないんだから!」

「えー? この前デパートに行った時は迷子になったじゃねえか」

「あ、あれは……ち、ちょっと気になるお洋服があって……」

 

 スキッズに痛い所を突かれて顔を赤くするラム。

 ロムはマッドフラップに肩車してもらって、それを眺めていた。

 

「マッドフラップ、わたしも迷子にならないよ?」

「ま、ロムはな。しっかりもんだかんなー」

 

 なんだかんだ仲良さげな双子たち。

 彼ら彼女らが、前大戦の英雄の一角であり、ルウィーの女神候補生と聞けば大抵の者は驚く。

 そして平時こそお子様集団な彼らも、事故や災害に際してはレスキュー部隊として活躍していることも、知れば大抵の者は驚く。

 

「おーい、ロムちゃーん! ラムちゃーん!」

 

 と、そこに駆け寄ってくる者たちがいた。

 ネプギアとバンブルビーだ。

 その隣には、ノースリーブの黒いワンピースを着た、赤い瞳で黒い髪をツーサイドアップにした少女と、銀色の背中にマフラーが四つ並び、足がタイヤになったオートボットの戦士は並んでいた。

 

 ラステイションの女神候補生ユニと、アイアンハイドの愛弟子サイドスワイプだ。

 

「ネプギアちゃん!」

「ユニちゃん!」

「二人とも、しばらくだね!」

「元気そうね!」

 

 かねてからの友達同士である四人の女神候補生は、輪になって笑い合う。ここのところ、忙しくて中々集まれなかったのだ。

 

「いよ! バンブルビー、おひさ!」

「おう、サイドスワイプ! 元気してたか!」

「うん、ひさしぶり。マッドフラップ」

「こっちは元気さ、スキッズ。レスキュー隊の噂は聞いてるぜ!」

 

 その脇ではオートボットたちも肩を叩き合っていた。彼らもまた、女神たちを支え共に激戦を潜り抜けてきた戦友同士だった。

 ネプギアは、友人たちの様子に笑顔を大きくする。

 

「みんな元気そうで良かった! あとはアリスちゃんだけど……」

「呼んだかしら?」

 

 いつの間にか、近くの建物の壁に少女が背を預けていた。

 緑と白を基調とした服を纏い、ウェーブのかかった見事な金髪を肩のあたりまで伸ばしている。

 垂れ目なのに眉は強気に吊り上がり、ある意味ユニやラム以上にツンと澄ました雰囲気だ。

 

「アリスちゃん!」

「ハーイ、ネプギア。みんなも相変わらずみたいね」

 

 クールな空気を纏ったアリスは、かつてはディセプティコンの兵士であり、有機生命体に擬態するプリテンダーとしての能力を生かしリーンボックスの教会にスパイとして潜入したが、極めて数奇な運命を経てベールの妹になった異色の女神候補生だった。

 

「来てくれたんだね!」

「まあ、ベール姉さんの付き添いよ」

「よく言うぜ、楽しみにしてた癖に」

「ちょ……! サイドウェイズ!」

 

 腕を組んでお高く留まっていたアリスだが、後ろに立つサイドウェイズの言葉に顔を赤くする。

 それを見て、ネプギアとロムはニコニコとしユニやラムはニヤニヤとする。

 

「私も楽しみだったよ、アリスちゃん!」

「アタシもよ、アリス!」

「わたしもわたしもー!」

「わたしも……」

「あーうー……もう勘弁してー!」

 

 女神候補生に四方から言われて、アリスは照れ臭さの余り耳まで真っ赤になってしまった。

 仲良さげな彼女たちを微笑ましく見守っているオートボットたちだったが、ふとスキッズが口を開く。

 

「そう言やバンブルビー! 聞いたぜ、異世界行ってたんだって? チーキューだっけ?」

「異世界転移って奴か! 剣と魔法のファンタジー的な!」

「いや、そういう、感じじゃ、なかったな」

 

 スキッズとマッドフラップの言葉に、バンブルビーはあの異世界、地球に思いを馳せる。

 惑星サイバトロンで生まれ育ち、このゲイムギョウ界に慣れた身からすると、あの世界は酷く混沌として見えた。

 まあサムやケイド、それにうずめたちと出会えたのは、良いことだったが。

 

 それはそうと、このゲイムギョウ界が剣と魔法と科学のファンタジー世界である(近年、ロボット分がマシマシになった)

 

「確か、その世界から一人こっちに連れてきたんだろ? ホット・ロッド……だっけか? オプティマスが気にかけてるって、アイアンハイドが言ってたけど」

「そうそう! 例の空から落ちてくる系ヒロインと組んでる奴な! 来てないのか?」

 

 サイドスワイプが自分の知っている情報を言うと、スキッズがそれを問いに変える。

 バンブルビーは少し困った調子で答えた。

 

「あいつ、なら……」

 

  *  *  *

 

「くらいな!」

「咆哮夢叫! うっわあああッ!!」

 

 そのホット・ロッドは、うずめと共にビヴロスト次元港から少し離れた所にある森でモンスターを蹴散らしていた。

 ホット・ロッドの剣が巨狼型のモンスターを両断し、うずめのメガホン越しの雄叫びが昆虫型モンスターを吹き飛ばす。

 

「へへ、こんなもんかな!」

「……なあ、ロディ。オレたちはなんでこんな所にいるのかな?」

 

 得意げに手作り剣を振って見得を切るホット・ロッドだが、うずめはあからさまに不満げな声を出した。

 

「なんでって……緊急クエストを受けたからだろう?」

「だから。なんで緊急クエストを受けたのかって話だよ。……今日は終戦祭だよ?」

「そりゃあ、他の皆が約束があって俺は手が空いてたし……そんなに祭りに行きたいなら、先に行けばいいって言ったじゃないか」

「そういう問題じゃない! ……なんで、よりによってこんな時に。()()()お祭りを楽しむ予定だったのに」

 

 当然とばかりに答えてくる年若いオートボットに、うずめは頭痛を感じたように額に手を当てて聞こえないように小さく呟く。

 そんな彼女に対し、ホット・ロッドはあっけらかんと笑う。

 

「な~に、モンスターは片付けた後でも、祭りを楽しむ時間はタップリあるさ!」

「……なら急ごう、G-1グランプリの決勝トーナメントが始まるまでには帰りたい」

 

 うずめが言うG-1グランプリとは、祭りの目玉となるゲイムギョウ界中の猛者が集い熱い戦いを繰り広げる武闘大会のことだ。

 このG-1グランプリ、人間はもちろんのことモンスターや女神、さらにはトランスフォーマーたちも参加している。本来なら、祭りの期間中に予選から決勝まで行うはずだったが、予想以上に参加希望者が多かったため、いくらか前から各国で予選を繰り広げていた。

 それで女神やトランスフォーマー以外にも結構な人間やモンスターが決勝トーナメントに勝ち進む当たり、この世界の何でもありな所が伺える。

 

「ま、俺は予選でビーに当たって負けちゃったけどな!」

「…………悔しくないのかい?」

「悔しいよ、すっごく。だから、次勝てるように頑張るのさ」

 

 次のクエストの場に移動しがらも、結果を気にしていなさそうなホット・ロッドに対し、うずめはあからさまに不満げな表情だ。

 

「ロディ、君はこんな所で燻ってるような男じゃない。今にきっと、誰もがアッと驚くような活躍をするはずだ。……オレは憶えていないけれど、地球では勇敢に戦ったそうじゃないか」

「買いかぶり過ぎだよ。地球にいたころだって、うずめや海男のおかげで何とか生き延びられたんだ。……さてと、あともう一か所モンスターが出るらしい。行こうぜ」

 

 静かに言った後、急に明るい声を出したホット・ロッドは森の木々の間を歩いていく。

 その背を見ながら、うずめは聞こえないように低く呟いた。言い知れぬ情念の籠った声だった。

 

「いいやロディ。君は勇者になるんだ。必ずなるんだ。……オレがそう望むのだから」

 

 

 

 

 

「遠くに来たものだ。妖精の一人も見かけないとは」

 

 そこから少し離れた森の中を、二人の少女が歩いていた。

 一人は長く伸ばして先の方で編んだ金髪にそれと同色の瞳を持ち、黒地に赤い飾りのある装束、足には具足、腰には剣を下げているという、女騎士然とした姿の少女。しかし、頭の上に王冠のような物が浮いている。

 王冠は騎士少女の頭に被さることなく、ゆっくりと回転しながら彼女の動きに合わせて動いている。

 

「それにしても、結構歩いたわね。ここいらで少し休まない?」

 

 もう一人は騎士少女よりもやや年下に見え、纏った黒い衣服や薄青の髪をツインテールに縛っているリボン、背中の羽根のような装飾などに菱形の意匠があり、薄紫の瞳をしていた。全体的に奇妙な透明感がある雰囲気を纏っており、何よりも少しだけ地面から宙に浮いているのが、妖精めいている。

 

「そうだな、お主も疲れているだろう」

「うわーーーっ!?」

「! 今の悲鳴は!!」

 

 妖精少女を気遣って柔らかい声を出す騎士少女だが、突然聞こえた絹を裂くような悲鳴に表情を引き締めるや、迷いなく駆けだす。

 

「あっ、ちょっと! 待ちなさいよー!」

 

 妖精少女も慌ててその後を追うのだった。

 

 

 

 

 

「あわわわ……」

 

 うずめはモンスターを前に後ずさっていた。

 目の前にいるのはキノコに手足が生えたような外観のマタンゴというモンスターの近接種であるらしい。

 それほど強いモンスターではないが、ある特徴があった。それは……。

 

「し、シイタケ……! シイタケのお化け……!」

 

 モンスターは、シイタケにそっくりな姿をしているのだ。茶色い傘にはご丁寧に十字の切れ込みまで入っている。

 

「ニモノー」

「く、来るなあ! なんでよりにもよってシイタケなんだぁッ!」

 

 そして、この反応を見れば分かる通りうずめはシイタケが大の苦手だった。その苦手っぷりはネプテューヌのナス嫌いに匹敵すると言えば、分かる人にはその凄まじさが分かってもらえるはずだ。

 このシイタケモンスターの姿を見るや、混乱したうずめは涙目になって逃げだし、ホット・ロッドともはぐれてしまって今に至る。

 

「バターヤキー」

「ひっ……!」

 

 涙目になって震えるうずめに、シイタケマタンゴが迫る。

 だが、斬撃音と共にマタンゴの体が真っ二つに切り裂かれた。

 

「て、テンプラー……」

「な!?」

「少女よ、無事か!」

 

 それは騎士少女の仕業だった。

 マタンゴが粒子に還ったのを確認すると、騎士少女は剣を鞘に納め、うずめに手を差し出す。

 

「あ、ああ、ありがとう。オレとしたことが、つい混乱してしまった」

「おーい、うずめー! 大丈夫かー!」

 

 うずめがその手を取らずに自分で立ち上がると、木々の向こうからホット・ロッドが駆けてきた。

 その姿にホッとしたのも束の間、うずめはすぐに不機嫌そうな顔をする。

 

「まったく……何をやっていたんだい?」

「ごめんごめん! うずめがシイタケが苦手なこと忘れてたよ!」

「もしも彼女が助けてくれなかったら、今頃はあの悍ましい菌糸類にどんな目に合わされていたか……」

「だから、ごめんって……っと、お嬢さん! うずめを助けてくれてありがとな! 俺はオートボットのホット・ロッド、こっちは天王星うずめ、君は?」

 

 ここでホット・ロッドは驚いた様子で自分を見上げる騎士少女に気付き、その前に屈んで視線を合わせ、頭を下げる。

 

「あ、ああ……いや、困っている者を助けるのも王の務めだ。わたしはミリオンアーサー! 百万人のアーサーの上に立つ、王の名だ!」

「王?」

 

 剣を手にポーズを決めての自己紹介に、ホット・ロッドは思わず首を傾げる。

 その時、さらに別の者が木々の合間を縫うようにして飛んできた。ミリオンアーサーと共にいた妖精のような少女だ。

 彼女はミリオンアーサーの前に降り立つと、呼吸を整える。

 

「はあ……はあ……やっと追いついた。もう! 休憩だって言った傍から走り出して! 置いていかれるこっちの身にもなりなさいよね!!」

「すまぬ。しかし少女が襲われていたのでな」

「どうせ、可愛い子だから助けたんでしょ?」

「当然! このような肌色率の高いけしからん恰好の美少女を、見捨てられるワケがなかろう! ……ハッ!」

 

 ジト目の妖精少女に対し、ミリオンアーサーは目を光らせるがすぐに咳払いして誤魔化そうとする。

 

「ご、ごほん! ……王たる者、先陣を切って戦い民を守らねばならぬ! それがどんな人物であろうと変わりはない!」

「はいはい……」

 

 呆れたように息を吐く妖精少女。

 露出の激しい恰好のうずめは自分の体を抱いて恥ずかしそうに頬を染めていた。

 

「ううう、こ、これは別にオレの趣味では……くそう、あの搾りかすめ、こんな痴女みたいな格好しやがって。いつかとっちめてやる……!」

「どうやら、その子も無事みたいで良かったわ。……初めまして、お二人とも。私はチーカマ。このアーサーのサポート妖精よ」

 

 頭を抱えて何やら小さくブツブツと呟くうずめを見てから、妖精少女はスカートの端を摘まんで軽く膝を折る。

 

「ええと、ご丁寧にどうも。俺はホット・ロッド、彼女は天王星うずめだ。……それで、アーサー?は王様で、チーカマは……妖精?」

「ああ、説明が足りなかったようだな。我々は『ブリテン』という、ここから遠く離れた島国からやってきたのだ」

「ブリテンだって?」

 

 チーカマの自己紹介に混乱するホット・ロッドに対しミリオンアーサーが説明してくれるが、出てきた地名に若いオートボットはさらに怪訝そうな顔をする。

 ブリテンとは、確か地球のイギリスという国の昔の呼び名だからだ。確か、アーサーというのはそこの昔の王様だっただろうか。

 

「うむ。『アーサー』というのは、ブリテンの王の候補者のことだ」

「候補者は全員、アーサーという同じ名で呼ばれているの」

「何ともややこしいな……」

 

 ミリオンアーサーとチーカマの説明に、いつの間にか調子を取り戻したうずめが、ホット・ロッドの後ろに隠れながらつ呆れた声を出す。

 

「確かにややこしい。だから所属している派閥やその者の特徴から取って、『傭兵アーサー』や『団長アーサー』などと呼ぶのが通例だな」

「現在、アーサーは百万人ほどいるわ」

「ひ、百万人!?」

「どういう数だい、それ……」

 

 突然出てきた途方もない数字に、ホット・ロッドとうずめは揃って面食らう。

 王様も百万人もいたら有難み何もありゃしない。

 

「そしてわたしは、百万人の頂点に立つ真の王! ミリオンアーサーというワケだ!! 気さくにミリアサと呼んでくれ!」

「……とにかく君たちは、ブリテンから来たということだな」

 

 なんとかついていける範囲で話を纏めるうずめに、ミリオンアーサーは頷いた。

 

「うむ。我々はこの地にいるという鎧を着た巨人の騎士たち……トランスフォーマー?だったろうか。彼らを束ねるという、英雄オプティマス・プライムに会うために来たのだ」

「オプティマスに? なんでまた?」

「それは……いや、すまないがそれは本人に直接言いたいのだ。ことは重大なのでな」

 

 口を噤むミリオンアーサーに、ホット・ロッドはまあ何か事情があるのだろうと納得するが、反対にうずめはムッとした顔をしていた。

 チーカマはとりあえず話を続ける。

 

「でも、色々と忙しいみたいでね。本人に会えずに教会で門前払いくらっちゃったわ」

「それで時間潰しと見分を広めることも兼ねて、クエストとやらを受けていたのだ」

「なるほど……最近、色々と大変だったからなあ」

 

 頷くホット・ロッド。

 未だサイバトロンと連絡もつかず、コグマンやステマックスの行方はつかめず、イストワールは回復してきているものの本調子ではなく、さらに祭りの準備……オプティマスがというよりはオートボットと各国全体が忙しかった。

 その上で、言ってははなんだが正式なアポイントメントもなさそうな異国人の話を聞く暇はとてもないだろう。少なくとも、彼女たちに直接応対した教会職員はそう思ったはずだ。

 

「でもそういうことなら丁度いいや! こう見えても俺はオプティマスの……なんだろ? 部下? 仲間? とにかくそんな感じだからさ!」

「その言い方だと死ぬほど胡散臭く聞こえるよ、ロディ。……まあ、オートボットや教会に顔が利くのは本当さ」

 

 適当なことを言って女子をナンパする不審者の如くやたらとフンワリしたホット・ロッドの言葉にツッコみつつも補足するうずめ。

 それを聞いて、ミリオンアーサーは驚くと同時に喜んだ。

 

「おお! 天の助けとはまさにこのこと! 頼む、我々をオプティマスに引き合わせてほしい!」

「いいぜ。丁度俺らも終結祭って祭りに行くトコなんだ。オプティマスはそこにいるはずだぜ!」

「終結祭……そうだ、終結祭だ! ええと……あー! もうこんな時間じゃないか!」

 

 喜ぶミリオンアーサーとホット・ロッドが話を進めていると、右腕のビジュアルラジオを確認したうずめが急に大声を上げた。

 ビクリとするブリテンから来た二人に構わず、うずめはホット・ロッドを見上げる。

 

「急ごう! もう決勝トーナメントが始まってる! せめて決勝戦には間に合わせないと!!」

「お、おいうずめ。そんなに楽しみにしてたのか?」

「もちろんだとも! 世紀の瞬間を見逃す手は……ご、ごほん。きっと面白い物が見られるよ。君たちも来るといい」

 

 興奮した様子から誤魔化すように咳払いし、落ち着き払った態度になるうずめに、顔を見合わせるミリオンアーサーとチーカマ。

 とりあえず、ホット・ロッドはビークルモードに変形する。

 

「よし、じゃあ三人とも乗ってくれ!」

「お、おお……何度見ても凄いものだな、このトランスフォームというのは」

「ええ。信じられない光景よね」

「さ、早く乗るんだ」

 

 まだ変形に慣れていないらしいブリテンからの客人たちだが、うずめに急かされて乗り込む。

 

 ちなみにホット・ロッドが変形したランボルギーニ・チェンテナリオは本来二人乗りなので、チーカマはミリオンアーサーの膝の上に乗ることになった。道路交通法違反だが、お目こぼしいただきたい。

 凄く恥ずかしそうなチーカマと反対に凄く楽しそうなミリオンアーサーを、うずめがリア充爆発しろとでも言いたげな目で見ていた。

 

「さあ、しっかり捕まってな! 飛ばすぜえ!」

 

 アクセル全開でエンジンを吹かし、地球はイタリアのスーパーカーはタイヤを回転させて走りだす。

 木々の密集した森をドライビングテクニックで抜け、草原に出ると後は加速するばかりだ。

 

「おおお! 速い、速いな! まるで風のようだ! ブリテンのいかなる早馬も、この速さには敵うまい!」

「でで、でも、かなり揺れるわね……! も、もっと安全運転で……」

「いや、このままでは間に合わない。ロディ、もっと速く頼む」

「OK! さらに飛ばすぜぇ!! イヤッホー!!」

 

 はしゃぐミリオンアーサー、怖がるチーカマ。しかしうずめの要求を受けて、ホット・ロッドはさらにスピードを上げる。

 

「おおーっ!」

「きゃああああッ!」

「急いでくれよ。……本当に本当に、この時を楽しみにしていたのだから」

 

 それぞれ歓声と悲鳴を上げるミリオンアーサーとチーカマ、そして爆走するホット・ロッドは、うずめが狭そうにしながらも、暗い笑みを浮かべていることに気が付かなった。

 

  *  *  *

 

 終結祭の会場の一角にある、特設ドーム。

 今ここでは、G-1グランプリの決勝リーグが行われていた……のだが。

 

 円形リングの上では二組の影が対峙していた。

 

 一組はみな光る翼と円に一本線を合わせた紋章が浮かんだ瞳を持つ女性たち。

 

 太刀を持ち、紫の髪を三つ編みにした黒いレオタードのパープルハート。

 純白の髪を長く伸ばし、黒い大剣を手にやはり黒いレオタードを纏ったブラックハート。

 水色の髪と赤い目が印象的で、幼い姿態を白いレオタードで包んだ、両刃の戦斧を持つホワイトハート。

 長い緑の髪を後ろで縛り、豊満な体をビキニのような衣装で強調した長槍持つグリーンハート。

 

 プラネテューヌ、ラステイション、ルウィー、リーンボックスの女神たちが女神化した姿だ。

 

 もう一組は全員が黄金に光る瞳を持った四人の女性。

 

「その勝負、ちょっと待ってもらう」

 

 一人は、学生服の上に赤い上着を着ているが、軍帽に右目を覆う眼帯、両手の銃に、背中のバックパックがあまりに物々しい少女。

 

「私たちが誰かって?」

 

 一人は、青いレオタードのような衣装に、茶色い長い髪、右腕にビーム砲のような物を装着し、機械で出来た蝙蝠の翼を背にした大人の女性。

 

「黄金の頂に君臨せし者……」

 

 一人は、片方だけの翼を背負い、手にはクリスタルの剣、頭には王冠を被った、黒い装束の男性的な雰囲気の女性。

 

「正義の味方! 救いのヒーロー!!」

 

 最後の一人は、金色の髪をピッグテールにした、身の丈ほどもあるバズーカを担ぎ背後に球形のビットを二つ従えた童女。

 

『ゴールドサァド、とでも名乗ろうか……!』

 

 四人の女性は、声を揃えて、そう名乗った……。

 

 

 




時間がなくてトランスフォーマークラシックまだ読めてないです……。
にしてもなぜか、書いてると○○めがどんどんポンコツ化していく……。

今回のキャラ紹介

ラステイション女神候補生ユニ
ノワールの妹であるラステイションの女神候補生。
姉同様に生真面目な努力家で、素直になれないのも一緒。最近はかなり素直になった。
銃の名手であり、ビームと実体弾を撃てるライフルを愛用する。またネプギアの影響もあってかなりのガンマニア。
姉に追いつき認めてもらうのが目標。ノワールとして自分を超えるつもり来てほしいらしい。
女神化すると何故か胸が小さくなるのが悩み。
オートボットのサイドスワイプとは、前作で恋人同士になった。

こういう名前だが、某星間大帝とは何の関係もない。

オートボット戦士サイドスワイプ
シボレーコルベット・スティングレー風のスポーツカーに変形する剣を得意とするオートボット。
アイアンハイドの愛弟子であり、オートボットの若手の中ではホープ的存在。
割と調子のいい若者的な性格だが、正義感は強く女神候補生のパートナーが集まった時には纏め役。
相棒のユニとは恋人同士だが、その性格故によくツッコまれる。


ルウィー女神候補生ロム
ブランの妹である双子の女神候補生、その姉の方。
大人しくおどおどして見えるが、芯はしっかりしている。女神化しても基本的な性格は変わらないが、やや強気になる。双子組の中では有事の肝の座り方は一番。
魔法が得意で、特に氷系の呪文に秀で、凍結に弱いトランスフォーマーたちにとっては天敵。
妹のラムとはとても仲が良く、一緒に悪戯をすることも多い(主な被害者はブラン)

ちなみに作者は原作アニメのマジェコンヌ編での天使っぷりにノックアウトさ(略)


ルウィー女神候補生ラム。
ブランの妹である双子の女神候補生、その妹の方。
強気で元気いっぱいの悪戯っ子。大人しいロムを引っ張っているが、末っ子だけあって甘えん坊な一面もある。最近ませてきた。
ロム同様に氷系の魔法が得意で、二人で力を合わせた時にはディセプティコンにとってさえも脅威だった。
女神化しても基本的な性格は変わらない。

ちなみに作者は原作アニメ一話での天使っぷりにノックア(略)


オートボット救助員スキッズ
伝令上がりの少年兵で、前作A軍レギュラー陣の中では最年少。マッドフラップとはスパークを分けた双子。
おちゃらけた性格だが、中の人補正もあって原作に比べ熱血漢。双子組の中では纏め役。
当初は不真面目で戦力外扱いだったが、ロムとラムを守るために強くなると決意しミラージュに師事。合体砲を編み出したりホログラム発生能力を会得して一端の戦力に成長した。
戦後はD軍のブラックアウトに師事し体を飛行型にコンバート。レスキューヘリに変形するようになり、レスキュー隊員として活躍している。


オートボット隠密マッドフラップ
伝令上がりの少年兵。双子のスキッズともども前作A軍レギュラー陣で最年少。
おちゃらけた性格で、スキッズに比べてもノンビリしている。
スキッズ同様ミラージュに師事し、いっぱしのオートボットに成長した。
意外にもスキッズより彼の方がミラージュの後継としての適性は高い。

スキッズとマッドフラップのうち、どちらが兄でどちらが弟かは本人たちのその日の気分による。
ロムラム姉妹とオートボットツインズは、お互いに自分たちの方が保護者だと思っている。


リーンボックス女神候補生アリス
元ディセプティコンのスパイで、元プリテンダーという異色の女神候補生。得物は弓矢。
ベールとは実の姉妹ではないものの、彼女を姉として慕っている……けど趣味にはついていけない。けど確実に妹萌えは伝染している。
ハードな半生を送ってきただけあってユニ以上にクールでドライな一面があるが、可愛い物やスイーツが大好きなど乙女らしい面も。
リーンボックスのアイドル、5pb.とは親友。D軍情報参謀サウンドウェーブは元上司。メガトロンには忠誠心と共に恋心に近い物を抱いていたが、現在は吹っ切っている。

原作から最もかけ離れたディセプティコンの一人であり、作者的にサムに合わせてみたいディセプティコン第二位(一位はメガトロン、三位はスタスク)


ディセプティコン斥候サイドウェイズ
元はディセプティコンの斥候だが、ひょんなことからルウィーの片田舎で生活し、色々あって軍を抜けた。その後は、仲間たちと戦う気も起らず世界を放浪していたが、同じく軍を抜けたアリスに付き合って戦う決意を固めた。
そのアリスとは訓練兵時代からの馴染み。上述のルウィーでの生活の時に親交を結んだョルトとは所属を超えた友達(でも出番はサイドウェイズの方が多い)
割と軽く飄々とした性格だが、アリスのためなら頑張れる。そんな彼に対するアリスの当たりはキツメ(憎く思っているワケではなく親しいが故だが)
狙撃手として確かな腕を持つが、D軍時代はあまり発揮できなかった。

こういう名前だが某星間大帝の眷属ではない。いやマジで。
でも両陣営の間を行き来したことは共通している。

ミリアサとチーカマの紹介はまた今度。


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第26話 改変の時

 時間は遡る。

 

 ここは罪を犯したトランスフォーマーを収容しているアバーッシリ刑務所。

 終結祭の最中も、囚人たちを見張る看守たちに休みはない。

 その看守用の通路を、一人の看守が歩いていた。

 真面目な勤務態度と几帳面な性格で知られるその男は、予定通りに監視室に入る。

 声紋、指紋、網膜認証、パスワード、さらには最近導入された遺伝子認証システムを問題なくクリアし、監視室に入る。

 

「お疲れ様です。……囚人の様子は?」

「お疲れ~。相変わらずさ」

 

 先にいた先輩看守に挨拶して壁のモニターに目を移すと、ディセプティコンたちが騒いでいるのが見えた。

 

『出さんかい、ワレェ!! おどれら、しばき倒すぞハゲェッ!」

『お前ころーす! お前もころーす!! ……ああ、ボキャブラリー増やさねえとなあ』

『テメエの家は知ってるぜ! 電話番号とメールアドレス、それからご両親の家と娘さんの職場、息子さんの学校も……いや、ストーカーじゃねえから!』

クソ野郎(ミエルダ)! クソッタレ(カブロン)! ぶっ殺す(マタル)!!』

『お前ら、小物臭いからちょっと黙ってるである!!』

 

 オンスロートたちは、相変わらず元気そうだ。

 他にも問題を起こしたトランスフォーマーがディセプティコン、オートボット、はたまた人造トランスフォーマーの区別なく多く収監されていた。

 

「元気ですね、あいつら」

「まあな~……ああー、それにしても俺も祭りに行きたかったなー! 開催期間中、ずーっと当番だもんなあー!」

「なんなら、俺が一人で見てますんで、行ってきます?」

 

 後輩看守の言葉に、先輩看守は笑みを浮かべる。

 

「マジで? ……あ~、でもやっぱ止めとくわー」

 

 いうや、椅子から立ち上がった先輩看守は後輩看守の首筋にスタンガンを押し付けた。

 

「ガッ!?」

「悪いな。こいつの本物はお寝んねしてる」

 

 意識を失い床に倒れた後輩看守を見下ろす先輩看守の口元に酷薄な笑みが浮かぶ。

 するとその姿が陽炎のようにぶれ、別の人間の姿に変わった。

 

「さてと……そろそろ時間だな」

 

 元の姿に戻ったマジェコンヌは、時計を見てほくそ笑むと手持ちの通信機を起動する。

 

「ガルヴァトロン、こちらマジェコンヌ。予定通りに配置についた。さあ、ショーを始めるぞ……!」

 

 

 

 

 

 プラネタワーの自室で、イストワールは寝間着姿で休んでいた。

 ハーブティーを飲み、気分を落ち着かせる。

 

 彼女は回復はしてきたものの本調子に戻っておらず、療養していた。

 検索のために内面世界に潜っていた間の記憶は靄がかかったようにハッキリしない。

 

 ただ、いくつかのことが頭の中に浮かんでは消える。

 

「大いなる危機、四つ鍵……希望を継ぐ者。それにあの時見た映像はいったい……」

 

 自分の中にあった、封印された記憶。少女と女性の姿。

 あの映像が、頭から離れない。

 

「…………」

 

 ふと見たモニターには、終結祭の様子が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 ニューサイバトロンの特設アリーナでは、G-1グランプリが開幕する時間となり、すでに大変な盛り上がりを見せていた。

 まずは開幕の宣言するために、四カ国の女神たちが変身した姿でリングに昇る。

 

 マイクを手に持ったネプテューヌは、満員の観客席に向かって思い切り声を上げた。

 

『四つの国の国民の皆さん、トランスフォーマーの皆さん! 今日は集まってくれて、本当にありがとう!! お祭りは楽しんでくれてるかしら?』

 

 観客たちが歓声を持って答えると、ネプテューヌは笑みを大きくする。

 オプティマスは、リングの脇に立ちそれを満足気に眺めていた。彼はこの大会の選手ではなく、審判としてここにいた。

 ユニたち女神候補生や、他のオートボットたちも周りに控えている。

 

(メガトロンがいれば、きっと喜び勇んで選手として参加したのだろうな)

 

 剣闘士出身で、そのチャンピョンであるライバルを想い、オプティマスは苦笑する。

 元来目立ちたがりでプライドの高い彼のこと、こういう催しには必ず飛びついたはずだ。

 

 なお、そうなればオプティマスもメガトロンを抑えるという名目で参加していただろう。

 

 サイバトロンに残されたメガトロンたちについて、オプティマスは特に心配はしていなかった。案外、この状況を打破する手をもう見つけているかもしれない。

 

 それより心配なのはイストワールのことだ。

 だいぶ元気になったが、ふとした拍子に夢遊病のようになり、あのうわ言を繰り返すのだ。

 

「大いなる危機、四つの鍵、希望を継ぐ者……」

 

 オプティマスなりに個人的な友人たちの手も借りてこの言葉について調べているが、どうにも分からない。

 しかし、無視してはいけないと胸の中のマトリクスが言っている気がした。

 

『皆が楽しんでくれてるようで、私も嬉しいわ!! どうか、このG-1グランプリ決勝リーグも、その後も、最後まで楽しんでいってちょうだいね!!』

 

 

 

 

 

「あー! もう始まってるー!!」

 

 ニューサイバトロンまで戻る道中にある街で、大きな街頭モニターの下を通りかかったホット・ロッドたち。

 うずめは街頭モニターを見上げて声を上げた。

 

「仕方がない! ロディ、ここで止めてくれ!!」

「お、おい、いいのかうずめ?」

「もう会場まで行ってたら間に合わない!!」

 

 急停車したホット・ロッドから降りたうずめは、街頭モニターを見上げた。

 ミリオンアーサーとチーカマも降り、うずめの背を追う。

 

「ううむ、どうも彼女は中々に強引だな。……そんな少女も好きだが」

「自重なさい」

 

 モニターの周りには祭りには行かなかった人々やトランスフォーマーも集まっていた。

 ロボットモードに戻ったホット・ロッドはその中に見知った姿を見つけた。

 

「ハウンド? ドリフトにクロスヘアーズも!」

「坊主か」

 

 コンテナに腰掛けたハウンドは、片手を上げて挨拶する。ドリフトは胡坐を組んで画面を眺め、クロスヘアーズは腕を組んで興味なさげを装いつつもチラチラと画面を見ていた。

 

「三人はグランプリには出なかったか」

「ああいうのは、どうにも性に合わねえからな。お前は?」

「俺は普通に予選落ちさ」

「そいつはご愁傷様。で、あちらさん方は?」

 

 肩を竦めるホット・ロッドだが、ハウンドの問いにモニターを見上げるミリオンアーサーとチーカマに視線を向ける。

 

「なんとあのようなレオタード姿で戦いに望むとは! いや実に眼福眼福……ジュルリ」

「アーサー! そこのアーサー! だから自重なさい!!」

 

 なぜか獲物を狙う獣の如く目を妖しく光らせながら舌なめずりをし、それにツッコんでいる。何となく、緑の女神の姉妹に似た香りがした。

 

「ああっと、彼女たちはミリオンアーサーとチーカマ。遠いブリテンという国から、はるばるオプティマスを訪ねてきたそうだ」

「センセイを?」

 

 総司令の名が出るや、やはりと言うべきかドリフトが反応した。

 

「それは何故だ?」

「さあ? なんか重大な理由があるってさ」

「つまり、聞いていないのだな。……貴様、そのような得体の知れぬ者たちをオプティマスに会わせようというのか!!」

「お、いいぞやれやれー」

「止めろ、馬鹿! 公衆の面前で!」

 

 ホット・ロッドの答えに激昂したドリフトが刀を抜きクロスヘアーズが囃し立てるが、ハウンドが三連ガトリングで殴って止める。

 

「……なんか、向こうが凄く物騒な感じなんだけど」

「ん? ああ、いつものことさ。気にするとキリがないよ」

「いつものことなんだ……」

 

 騒いでいるオートボットたちに気付いたチーカマだが、うずめにあしらわれる。周りの人々もまるで気にしていないことに、チーカマは顔を引きつらせた。

 一方でミリオンアーサーは、さっきよりも真面目な顔で画面の端に映った赤と青の戦士を見ていた。

 

「あれがオプティマス・プライムか……果たして彼がブリテンを救う英雄なのか」

 

 その呟きは隣にいるうずめの耳に届いていた。

 

「ブリテンを救う?」

「聞こえていたのか……そうだ、我がブリテンは今、未曽有の危機にある。彼に力を貸してもらいたいのだ」

「……王といいつつ、結局は人任せか」

 

 何処か刺々しいうずめの言葉に、不快に思った様子もなくミリオンアーサーは苦笑する。

 

「耳が痛いな……確かにブリテンの問題はブリテンの人間が解決するべきなのだろう。しかし、そうも言っていられないのだ。……あの、鉄騎アーサーに対抗するためには」

 

 真剣な声色のミリオンアーサーから、うずめは目を逸らして画面を注視する。

 鉄騎アーサーとやらが誰だか知らないが、ブリテンの問題にこちらを巻き込まないでほしい。

 

「うずめさーん! ホット・ロッドー!」

「遅いから、迎えに来た、でよー!」

 

 そこへ、黄色いカマロとそれに乗った紫の女神候補生がやってきた。二人の様子を見に来たようだ。

 画面では、ネプテューヌが開会の言葉を終えようとしていた。

 

 

 

 

 

『それじゃあ、皆! G-1グランプリ決勝リーグの開幕を……!』

「その勝負、ちょっと待ってもらう」

 

 話しを締めようとした時、急に声がした。

 ノワールは、その無粋者を探して顔を巡らせる。

 

「誰!?」

「私たちが誰かって?」

 

 声の主は、アリーナに設置された巨大モニターの前に立っていた。

 女性の影が、全部で四つ。

 

「黄金の頂に君臨せし者……」

 

 自然と、スポットライトやカメラがそちらを向く。

 すると、四人の中で最も小さな影がポーズを取る。

 

「正義の味方、救いのヒーロー! ……とう!」

 

 四つの影は、一息にモニターの前から跳躍し、リングの上に着地する。

 

 レオタードの上から青い上着を着た健康的な大人の女性。

 学生服の上に赤い上着を羽織った黒髪の少女。

 金髪をピッグテールにした、プラスチックのような質感の黄色い服の童女。

 黒い服のどことなく高貴な雰囲気を纏った銀髪の女性。

 

 いずれも黄金色に輝く瞳を持ち、金属的なパーツを背負った彼女たちは、声を合わせて名乗り上げる。

 

『ゴールドサァド、とでも名乗ろうか……!』

 

 

 

 

 

「あのお嬢ちゃんは……!」

「あの時の!」

「あの無礼な……!」

 

 ハウンド、クロスヘアーズ、ドリフトの三人は、モニターに映った女性たちのうち、それぞれ学生服に眼帯の少女、レオタードに黒タイツの女性、黒い衣服の女性の姿に驚いていた。

 その姿に、見覚えがあったからだ。

 

「あれ、あの子って?」

「うん。あの時の、プレスト仮面」

 

 ネプギアとバンブルビーも、黄色い服の童女が以前に助けられた仮面の少女であると気付き戸惑っていた。

 

「なんだ、あいつらは……!」

「むう、またしても美少女が! このゲイムギョウ界は歩けば美少女が沸いてくるのか!!」

「だから自重せいって言ってるでしょう!」

「…………」

 

 目を丸くするホット・ロッドに、馬鹿な事を言ってチーカマにツッコまれるミリオンアーサー。

 しかしうずめは、居並ぶゴールドサァドなる女性たちを見て、暗い笑みを浮かべた。

 

「ついに来た……この時が。今こそ世界改変の時だ」

 

 

 

 

 

「というか、あなた。ビーシャじゃない」

「ケーシャ!? あなた何やってるの?」

「何しに来やがったんだよ、シーシャ!」

「エスーシャ、どうしてここに?」

 

『え?』

 

 ネプテューヌ、ノワール、ブラン、ベールは声を上げた後で顔を見合わせる。どうやら、全員知り合いであるらしい。

 それに反応するように、ゴールドサァドたちも黒い服の女性以外が笑顔になる。

 

「ヤッホー! ねぷねぷ!」

「やあやあ、ブランちゃん」

「ノワールさん!」

 

 黄色い服の少女ビーシャと青い服の女性シーシャは朗らかに、赤い服の少女ケーシャはやや緊張した面持ちだ。

 残るエスーシャだけが、無表情に佇んでいた。

 

「……失礼。審判のオプティマスだが、如何なる用だろうか?」

 

 リングの上に昇ったオプティマスは、女神たちとゴールドサァドの丁度真ん中に立つ。あたかもそれは自分が中立の立場だと言っているかのようだ。

 ゴールドサァドの中から代表するように、シーシャが進み出る。

 

「なに……ぜひ、女神様たちと手合わせ願いたくてね。色々あって、出場を申し込むことが出来なかったんだ」

「それで! 盛り上げるのも兼ねて、乱入しようってことになったの!!」

 

 ピョンピョンと跳ねるビーシャに、オプティマスは難しい顔をする。

 このような行為を許してもいいものだろうか。

 

「いいんじゃないの? 良い余興になるわ」

「さすがねぷねぷ! 話が早い!」

 

 しかしネプテューヌは好戦的な笑みを浮かべて、手元に愛刀オトメギキョウを召喚する。それを見て、ビーシャもバズーカを取り出した。

 

「ケーシャ、やるつもりなら容赦しないわよ」

「もちろんです。……戦闘任務、準備完了」

 

 ノワールが大剣ワタリガラスを取り出せば、ケーシャは二丁のマシンピストルを握り、その雰囲気が剣呑な物へ変わる。

 

「胸を貸してやるぜ、シーシャ」

「そうこなくちゃね。……いい勝負が出来そうだ」

 

 戦斧ユキヅキを肩に担いだブランに対し、エスーシャは拳を握って構えを取る。

 

「エスーシャ、あなたはどうしますの?」

「興味ないね……しかし、やるからには負けるつもりはない」

 

 無気力な調子ながらも剣を構えるエスーシャに、ベールはヤレヤレと首を振りながらも長槍コノハカゼをクルリと回す。

 

 すっかり対戦する気になっている女神とゴールドサァドにオプティマスは軽く排気する。周囲の観客も、興奮しているようだ。

 ハプニングも祭りのエッセンスである。

 

「君たちがそう言うのなら、いいだろう。……では、本選の前に軽いエキシビションマッチとする。全員、並んでくれ」

 

 その言葉に従い、女神とゴールドサァドは対面する形で並ぶ。

 

「時間もないので、ルールは4vs4のチーム戦とし、本選同様に降参か気絶、または場外に出たら負けとする。最終的にチームのうちの誰かが残った方の勝ちだ」

 

 総司令官は朗々たる声で宣言し、そして最後に付け加えた。

 

「何より重要なのは、お互いに礼節を持って戦うこと。そして勝敗に関わらず相手に敬意を払うことだ……これは戦争ではないのだから」

 

 厳かな言葉に、女神たちは真面目な顔で頷く。よくある言葉だが、それもオプティマスの口から語られると重みを持っていた。

 ゴールドサァドたちも女神ほどは重く受け取らなかったようだが、それでも頷く。

 

「では、お互い良い戦いを。……はじめ!」

 

 その言葉を合図に、女神たちが飛び立ち、ゴールドサァドが地を蹴る。

 両者が手に持った武器を振りかざし、激突しようとした、まさにその時。

 

 爆発音が聞こえた。

 

 女神もゴールドサァドも観客も一瞬動きを止め、爆音が

 アリーナの巨大モニターに映像が映っていた。

 

 相次ぐ爆発と崩れる建物、燃え盛る炎と立ち昇る黒煙、そしてその向こうで蠢く影だ。

 それは頭から大きな二本の角が生えた大きな黒い体に赤い目の鬼のような姿のトランスフォーマーだ。

 その大鬼のような金属生命体は、獣のような咆哮を上げると丸太のような腕に備えたキャノン砲を撮影している何者かに向ける。

 砲口が光って一瞬後、画像は消えて砂嵐になった。

 

「オプっち、今のは?」

「少し待ってくれ。……私だ。状況を報告せよ。……ああ、分かった。通信終わり。……皆さん、どうか聞いていただきたい!!」

 

 観客席がざわつく中、オプティマスはネプテューヌに断ってから通信をし、それを終えてからリングの中央に進むと大声を上げる。

 

「ハプニングとは続く物。先ほど、プラネテューヌのアバーッシリ刑務所が何者かの襲撃を受けました!! よって、私と女神たちはその現場に急行しなければなりません!!」

 

 その言葉に群衆の動揺がさらに大きくなる。

 ネプテューヌは状況をすぐに察し、群衆に向かって声を上げる。

 

『せっかく集まってもらったのにごめんさい!! でも、この世界の平和を守ることも、女神である私たちの使命なの!!』

 

 高らかに宣言するネプテューヌの傍に、ノワール、ブラン、ベールも並ぶ。彼女たちも、優先すべき事柄はよく分かっていた。アイアンハイド、ミラージュ、ジャズらもリングの上がり、整列する。

 その姿に観客は歓声を上げて応援を始めた。

 

「女神さまー! 頑張ってー!」

「オートボットたちも、しっかりねー!」

「レッツ、ねぷねぷ!!」

 

 惜しみない声援を受けながらも、女神たちはやや呆気に取られているゴールドサァドに向き合った。

 

「そんなワケで、ごめんなさい。勝負はまた今度」

「大丈夫だよ! オートボットと女神は、正義の味方だもん!!」

「ま、しょうがないさ。ここで引き留めるのも野暮だ」

 

 ビーシャとシーシャを筆頭に、当然の如くゴールドサァドたちは快諾した。

 彼女たちとて乱入こそしたが、決して戦闘狂なワケではない。

 

「女神候補生のみんなは、念のためここに残っておいて!」

『はい!』

『うん!』

 

 ネプテューヌの言葉に、ユニ、ロム、ラム、アリスは頷く。

 頼りないから連れていってもらえないのではなく、信頼されているから後を任されたのだと理解しているからだ。

 

「では行こう……オートボット、変形して(トランスフォーム・)出動だ(アンド・ロールアウト)!!」

 

 オプティマスの号令と同時に、オートボットたちは歓声を受けながら変形して走り出し、女神たちもその上を飛ぶ。

 

 アリーナの入場口から出ていく彼らを見送った女神候補生たちは、一つ頷き合うとそれぞれの相棒と共にそれぞれの仕事に向かう。

 

「あ~あ、なんか戦わずして格の違いを見せられちゃった感じだねー」

「さすがはノワールさん……もとい女神様といったところですか」

 

 残されたビーシャは体をぶらぶらと揺らし、ケーシャは目を輝かせる。

 試合はお流れとなったが、何だか妙な敗北感があった。

 

「それじゃあ私らも行こうか。……邪魔にならない程度に、ね」

「女神の手並みを拝見させてもらおう……」

 

 シーシャは悪戯っぽい笑みを浮かべ、エスーシャは気だるげながらも歩き出す。

 

 ここでただ引き下がるのも、つまらない。

 

 

 

 

 

 ホット・ロッドは、これまで以上に憧れと尊敬に満ちた眼差しを画面に向けていた。

 人々から強く信頼され応援を受けているあの姿こそ、英雄のあるべき姿だった。

 

「あれこそまさにリーダーだ。彼のためなら死ねるね。……これも洗脳かな?」

「いや、……あれがオプティマス・プライムだ」

 

 クロスヘアーズとドリフトの言う通りだ。あれがオプティマスだ。

 彼こそが、自分の目指すべきヒトだ。

 

 ……あの悪逆非道のメガトロンではなく。

 

「よーし、野郎ども。俺らも行くぞ!」

「ビー、私たちも!」

「よっしゃあ!」

 

 ハウンドの号令に、オートボットたちは手早く出撃の準備をする。

 当然ながらホット・ロッドもそれに倣うが、そこでミリオンアーサーが意外なことを言い出した。

 

「ホット・ロッド、我々も連れて行ってくれ!」

「ミリアサ? でも、君たちには関係が……」

「それがあるのだ! 先ほど、画面に映った鉄の鬼……インフェルノカスは我がブリテンで猛威を振るう鉄騎アーサーの手下だ!!」

 

 少し考えてから、ホット・ロッドはその必死な申し出を受けることにした。

 鉄騎アーサーというのが何者か知らないが、敵の情報を知っている人間がいるのは、心強い。

 

「……分かったよ」

「すまない、恩に着る!」

「いいよ別に、気にしないで。それでうずめ、君はどうする? ……うずめ?」

 

 頭を下げてくるミリオンアーサーに笑いかけた後で、うずめに声をかけるが、当の彼女は肩を震わせていた。

 

(なんだあのデカブツは? なんだこの展開は? 知らない、オレはこんなの知らない!)

 

 それは、自分の考えていた筋書き(シナリオ)がいつの間にか改変されていたことへの、言い知れぬ驚愕と不快感……そして不安に打ち震えているのだった。

 




嗚呼……なんで映画バンブルビーの公開、日本だけ三月なんねん……。

後書きに代えて、キャラ紹介。

ブリテン王候補ミリオンアーサー
遠い島国ブリテンの王候補アーサーの一人。
ブリテンでは聖剣エクスカリバーを抜いた者をアーサーと呼ぶ。その数なんと100万人強。当然エクスカリバーも同じだけある。
またアーサーは因子から生み出した人造生命体『騎士』(外見、知能、人格、全て人間と遜色はない)を円卓の模型とエクスカリバーで指揮することが出来る。このことについては原作中でも批判されている。

彼女もそうした王候補の一人であり、混迷を極めるブリテンを統一しようという強い気概を持つ。能力も高く器も大きく、それでいて現実を見据える冷静さも併せ持つ……のだが、大の美少女好きでありハーレムを作ろうと目論んでもいる。
頭の王冠は、騎士製造装置『湖』の小型版。

スマホゲーを中心に展開する『ミリオンアーサー』シリーズ(正確にはその第一作『拡散性ミリオンアーサー』)の擬人化キャラクター。
最後の騎士王要素とあまりに相性が良いのでメインキャラに抜擢。

なお、この作品の独自設定として彼女には『ミリオンアーサー』の他に本名がある。


サポート妖精チーカマ
ミリオンアーサーのパートナーであるサポート妖精。
ブリテンには妖精という人ならざる種族がおり、通常人間と意思疎通することは出来ない。しかし一部の妖精はある魔術師の魔法により、人間の言葉を話すことができ、そうした妖精は一部の(おそらく王候補として有望な)アーサーのサポート役に就く。

彼女もそうした妖精の一人であり、ミリオンアーサーを影に日向に支える出来た女。
素直でないものの知的で自分の立場や礼儀を弁えている。故に破天荒な相方には振り回されがち。それでもミリオンアーサーのことを大切に思っている。


なお、彼女たちの故郷ブリテンはミリオンアーサーシリーズのそれの再現ではなく、TF要素がマシマシになった混沌とした地。
具体的にはG1のあの回の要素とか……。


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第27話 鉄騎

中継ぎ回。


 プラネテューヌの草原を、五台の車が走っていく。

 その車群は、いずれもゲイムギョウ界には存在しない車種だった。

 

「時間もないので、簡単に説明する」

 

 アバーッシリ刑務所に向かう最中、ビークルモードのバンブルビーに乗ったミリオンアーサーは、刑務所を襲っているのであろう鉄騎アーサーなる存在について説明していた。それは通信回線を通して、距離の関係から後続するオプティマスや女神たちにも聞こえていた。

 

「そも、アーサーとはわたしを含め、王を選定する剣エクスカリバーを抜き次代のブリテン王の資格を得た者のことだ。しかし王の椅子はただ一つ。故に全てのアーサーはその椅子を巡って競い合っている。鉄騎アーサーもそうした一人だ。奴はいくらか前にブリテンに現れて、瞬く間に勢力を拡大して見せた。わたしは奴に対抗する手段を求めて、この地にやってきたのだ」

「その鉄騎アーサーとやらがやってることは悪いことなのかい?」

「奴はやり方がかなり強引でな。敵対する者には容赦がない。……もちろんそれだけなら、貴君らには何の関係もないこと」

 

 ムッツリとした顔のうずめ……結局、彼女もやってきた……を乗せたホット・ロッドの疑問に答えたミリオンアーサーは話を本筋に戻す。

 

「しかし、奴は……人間ではなかった。貴君らと同じトランスフォーマーだったのだ」

『!』

 

 その言葉に、一同の空気が驚きと同時に引き締まる。

 アーサーというのがどれほどの力を持っているか分からないが、碌な準備もなく鋼の巨人と戦うのはつらかろう。

 

「あのデカブツ、インフェルノカスは鉄騎アーサーの手下だ。ブリテンに住む者として、わたしにも協力する義務がある」

『……なるほどな。ではミリオンアーサー、改めて協力を要請する』

 

 通信の向こうのオプティマスが納得したような声を出した。

 力強く、ブリテン王を目指す少女は頷く。

 

「ああ、喜んで! 民のために戦うは王の務めだ!!」

「と、お話し中悪いがね。見えてきたぜ、例の刑務所だ」

 

 ハウンドの言う通り、アバーッシリ刑務所が見えてきた。岬の先のある建物からは煙が上がっている。

 

「司令官、オイラたちが、先行します」

『ああ。我々もすぐに追いつく。くれぐれも無茶はしないでくれ』

「了解!」

 

 そのまま、建物に近づいていく一同だが……。

 

「……おかしい」

「ハウンド? どうしたんだ?」

「静かすぎる。襲撃されたってのに、囚人どもが騒いでる様子がねえ」

 

 言われてみれば、確かに刑務所は不気味なほど静まり帰っていた。

 

「けどよ、出迎えはいるみたいだぜ」

 

 クロスヘアーズの言う通り、崩れかけた門の内側に、大鬼のような影があった。

 映像で見たのと同じ姿の、インフェルノカスだった。こうして見ると、明らかにホット・ロッド五、六人分はありそうな巨体だ。

 門番でも気取っているのか、道を塞ぐようにして立っていて、その向こうに刑務所の本体ともいうべきコンクリートの重々しい建物と鉄製の大きな扉が見えた。門と扉の間は、本来は駐車スペースなのだろう、それなりに広そうだ。

 と、インフェルノカスがこちらに気付いたらしく、咆哮を上げてこちらに向けて両腕のキャノン砲を発射してきた。

 

「あんなデカイ奴倒すにゃ、ちと弾が足りねえな」

「臆したか、ハウンド! ならば一番槍はこのドリフトがもらう!!」

「おいおい、抜け駆けはナシだぜ!!」

 

 冷静なハウンドに対し、ドリフトは加速して降り注ぐ光弾を掻い潜りながら突っ込んでいき、クロスヘアーズもそれに続く。

 

「待て! 奴は……!」

 

 バンブルビーの運転席に乗ったミリオンアーサーが何か言うよりも早く、クロスヘアーズは加速の勢いのままに変形しながらインフェルノカスの脇をすり抜けて後ろに回り込み、短機関銃で顔面を狙う。

 

「デカブツめ、とろいぜ!!」

「お命頂戴!!」

 

 光弾を受けても大したダメージはないものの、その隙にドリフトが変形すると刀を一閃、大鬼の左腕を斬り落とした……いや、斬られる瞬間左腕が肩から自ら()()()()

 

「なに!?」

 

 地面に落ちた左腕はギゴガゴと音を立てて変形し、黒い犬のような姿に変形する。ただし、頭が二つあり目が緋色に燃えている地獄の番犬だ。

 

「グルルルゥ!!」

「おのれ、面妖な……!」

 

 双頭犬は牙を剝いてドリフトに向けて飛び掛かる。

 クロスヘアーズは双頭犬を侍に任せて本体を狙おうとするが、今度は右腕が分離するや猛禽類のような姿に変形して耳障りな鳴き声を上げ、黒い骨組みに緋色の羽根の翼をはためかせて襲い掛かる。

 

「グゥェエエエッ!!」

「なんだこりゃ、気色わりい!!」

「化け物め、これでも喰らいな!!」

 

 軍用トラックの姿のまま突っ込んできたハウンドは前転するようにしてロボットモードに変形し、間髪入れずに両腕のない胴体に向かって三連ガトリングを発射する。

 弾雨に晒された腕のないインフェルノカスが後ろに下がるや両足が分離し、胴体と左右の足がそれぞれ別の姿に変形する。

 

「ゴブッ、ゴブッ……!」

「シュー、シュー……!」

「グググ……」

 

 左足が、頭に緋色のモヒカンのようなトサカがある熊ともゴリラともつかない姿の獣に。

 右足が、鮫と肉食恐竜の合成獣のような姿に。

 そして手足が離れ残った胴体がインフェルノカスを小さくしたような、二本の角を持つ髑髏のような顔の鬼へと。

 

「ゴブブッ!」

「近寄るんじゃねえや、このヘンテコが!!」

 

 見かけによらぬ素早さで組み付いてきた熊ゴリラを、ハウンドは素早く引きはがして投げ飛ばす。

 すると、熊ゴリラは難なく着地し近くに転がっている瓦礫を投げつけてくるが、ハウンドもこれを躱す。

 一方、ミリオンアーサーとチーカマを降ろしたバンブルビーと、その隣に降りてきたネプギアは、ブラスターとM.P.B.Lで鮫恐竜を迎え撃つ。

 

「シャーッ!」

「五体に分裂した……いえ、五体が合体してたんだ!」

合体兵士(コンバイナー)、だったのか!!」

 

 ミリオンアーサーもチーカマを後ろに庇いながら剣を抜き、ホット・ロッドは二丁拳銃を抜きうずめは拳を鳴らす。

 

「チーカマ、下がっているんだ……みんな、気をつけろ! 奴らの連携は侮れないぞ!」

「そういうことは先に言っといてくれ。……何だか知らないがオレは今、猛烈にムシャクシャしているんだ。悪いが八つ当たりさせてもらうよ!!」

「うずめ、無茶はするなよ!!」

 

 うずめが先行して拳を骸骨鬼に叩き込もうとするも、骸骨鬼は背中から長短二本の蛮刀を抜き、それを交差させて拳を防ぐ。飛び退いたうずめは、驚いた様子で骸骨鬼を見上げた。

 

「ッ……! デカブツの割りには器用なことするじゃないか」

「グググ……デカブツ、ちがう。オデ、スカルク」

 

 たどたどしいながらも口を利いたスカルクなる金属生命体は大柄な体躯の通りのパワーでうずめを弾き飛ばす。

 

「グッ……! 喋れるのか、アイツ……」

「うずめ!」

 

 うずめの体をホット・ロッドが掌で受け止めた横を、ミリオンアーサーが駆け抜けるや、手に持ったエクスカリバーに空いた手で腰のカードホルダーから取り出したカードの束を翳す。

 

「我が騎士、第二型オンズレイクよ。その力、借してくれ!!」

 

 するとカードから噴き出した炎がエクスカリバーを包んだ。しかし、ミリオンアーサー自身の肉体が焼かれることはない。

 

「炎の魔法剣を受けてみよ!」

 

 そして、高く跳躍してスカルクに向けて剣を振り下ろす。

 スカルクはまたしても蛮刀を交差させて体を守るが、勢いに負けて数歩後ずさる。

 

「ッ! 駄目か!」

「グググ……お前、覚えてる。前に、負けてた。逃げてた。また、逃げる?」

「その通り、わたしは鉄騎アーサーに敗れた。だが、ここで逃げることはできんな!!」

「よく言ったぜ、ミリアサ!」

 

 その隙に、ホット・ロッドが相手の後ろに回り込み二丁拳銃で攻撃する。光弾はスカルクの体に命中するも、その装甲を砕くには至らない。

 

「オデたち、入り口、守る。命令」

 

 唸りを上げてスカルクの蛮刀が振るわれるも、若きオートボットとアーサーはこれを飛び退いて回避。うずめと共に体勢を整える。

 

「スカルク! そなたがいるということは、鉄騎アーサーもこちらに来ているのだな!」

「グググ……オデたち、入口、守る。……ラプチャー! スラッシュ! グラッグ! ゴルジ! インフェルノコン、合体!!」

 

 剣を突き付けてのミリオンアーサーの質問に答えず、スカルクは仲間たちに号令を出す。

 すると怪鳥型のラプチャー、双頭犬型のスラッシュ、鮫恐竜グラッグ、熊ゴリラことゴルジの四体のインフェルノコンたちは、それぞれ戦っていた相手を置いてスカルクのもとへ集まった。

 グラッグとゴルジが両足に変形するや、スカルクが身の丈に合わぬ高さに跳躍し、でんぐり返るようにして合体し、胴体と頭部に変形になる。さらにそこにラプチャーとスラッシュが両腕として合体することで、再び大鬼インフェルノカスが姿を見せた。

 

「へ! 離れたりくっ付いたり忙しい奴だぜ!」

「落ち着きのないことだ!!」

「的が大きくなりゃあ、当てやすいってもんさ!」

 

 オートボットたちもいったん、バンブルビーを中心に集まる。

 

「あのトランスフォーマーの合体機構、コンストラクティコンの皆さんよりも完成度が高いみたい」

「そうなの?」

「うん。各パーツを構成する人たちの負担が少ないし、大きさの割には運動能力も高い。……ちょっと分解したいかも」

「…………」

 

 相も変わらぬメカフェチらしい観点から敵を分析するネプギアが最後にボソッと呟いたことを、バンブルビーは敢えて聞かなかったことにした。

 

「どうやら数の上ではこっちが有利だな!!」

「油断するな、ホット・ロッド! おそらく、敵はこやつだけではない!」

「分かってるって! その鉄騎アーサーとやらがいるんだろう!!」

 

 ミリオンアーサーに窘められてもホット・ロッドの勝利への確信は揺るがない。もうすぐ、ここにオプティマスたちがやってくるからだ。

 

「俺たちは時間を稼ぐだけでいいんだ!」

「信頼しているのだな、オプティマス・プライムを!」

「もちろんさ!」

 

 自信を漲らせるホット・ロッドに、快活な笑みを見せるミリオンアーサー。息の合った様子の二人に、うずめは何故かムッとしていた。

 

「へッ! オプティマスたちを待つまでもねえや!」

「あれは倒してしまって構わんのだろう?」

 

 またしてもクロスヘアーズとドリフトが先陣を切り、インフェルノカスが咆哮を上げて、再び戦いの口火を切ろうとした時だ。

 冷たい声がした。

 

「インフェルノカス、少し待て」

『……ッ!?』

 

 その声を聴いて、ネプギアとホット・ロッドは驚愕に顔を歪める。だが一番驚いていたのは、うずめだった。

 絶句し大きく見開かれた彼女の目には、黒衣に中折れ帽という魔女のような風体に、長い銀髪とアイスブルーの瞳の怜悧な雰囲気の女性が写っていた。

 

「あなたは!」

「マジェコンヌ……!」

 

 刑務所の大きな鉄製の扉が開いて悠々と出てきたマジェコンヌを見て、ネプギアとミリオンアーサーが声を上げ、それから顔を見合わせる。

 マジェコンヌは、辺りを見回し、最後にチラリとうずめを見たが、すぐにネプギアやオートボットたちを睨みつけた。

 

「しばらくだな、ネプギアにオートボットども」

「そんな、あなたは地球に取り残されたんじゃ……!」

「……それはそうと、珍しい顔もあるな。ブリテンのアーサーか。わざわざこんな所まで、ご苦労なことだ」

 

 愕然とするネプギアに構わず、黒衣の女はミリオンアーサーに視線を向けた。

 ミリオンアーサーは、敵意の籠った視線を返す。

 

「マジェコンヌ、やはりそなたもこちらに来ていたか!」

「みんな、あいつは鉄騎アーサーの手下の一人よ!」

 

 サポートする王の後ろに立ったチーカマの言葉に、ネプギアたちはますます混乱する。

 しかし、ホット・ロッドはいち早くその可能性に思い至った。

 

「ちょっと待て……あいつらが手下ってことは、まさか鉄騎アーサーってのは……!」

 

 その推測は、扉がさらに大きく開いて中から黒いボディに両肩部分に白地に黒で描かれたPOLICEの文字が皮肉っぽく見える、四つ目のディセプティコンが現れるに至り確信に変わる。

 バンブルビーは、忌々し気にそのディセプティコンの名を口にした。

 

「バリケード……!」

「よくよく縁があるな、バンブルビー」

 

 ニヤリと皮肉っぽい笑みを浮かべるバリケードの後ろには、オンスロート、バーサーカー、ドレッドボット、ニトロ・ゼウス、モホーク、それに何体かのプロトフォームのディセプティコンや、ジャンクヒープと呼ばれる三体で一台のゴミ収集車に変形するタイプの人造トランスフォーマーが続く。

 

 そして、彼らが二つに割れるようにして道を開けると、その後ろから悠々と彼らを率いる者が姿を現した。

 

 銀と黒に、青の模様の入った大柄な体。

 側頭部から伸びた二本の角。

 胸のディセプティコンエンブレム。

 両腕に備えた半月状のカッター。

 背中には、身の丈にせまるほどの大剣を差している。

 そして真っ赤なオプティック。

 

 その姿を見て、ミリオンアーサーは目を鋭くし、チーカマを後ろに庇う。

 

「やはりいたな……鉄騎アーサー!!」

「その呼び方は止めてくれないか? 俺を示す名は、父から賜りまた受け継いだ、ガルヴァトロンのみだ」

 

 鉄騎アーサー……聖剣エクスカリバーを引き抜き、ブリテン王候補の資格を得たガルヴァトロンは、堂々と言うと凍り付いたように固まっているホット・ロッドを見た。

ホット・ロッドは何とか、その名を絞り出す。

 

「ガルヴァトロン……! 生きていたのか……!」

「元気そうだな、ロディマス」

 

 かくして、若きオートボットと若き破壊大帝……陣営を違えた兄弟は、再会を果たしたのだった。

 

 




最近、筆が遅くなったでよ……。申し訳ありません。

インフェルノコン
鉄騎アーサーことガルヴァトロンに仕える謎の合体兵士。
その正体は、五体のインフェルノコンが合体した姿で、
リーダーのスカルク。
怪鳥型のラプチャー。
双頭犬型のスラッシュ。
肉食恐竜のようなフォルムのグラッグ。
ゴリラか熊のようなゴルジ。
以上、五体からなるが総じて知能が低く、スカルク以外は喋ることも出来ない。
何者かによって作り出され、ガルヴァトロンに部下として貸し与えられている。

合体時は原作映画そのままの姿なのに、メンバーはトイザらス限定のインファーノカス版という、意味不明な構成。


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第28話 レギオン

「ガルヴァトロン……! 生きていたのか……!」

「元気そうだな。ロディマス」

 

 刑務所の前庭で、ホット・ロッドとガルヴァトロンは睨み合う。

 

「お前は異空間に落ちたはず……どうやって戻ってきやがった!」

「とある親切な御仁に助けてもらったのさ。……取引をしてな」

 

 声を荒げるホット・ロッドに対し、ガルヴァトロンの声は静かだった。

 ミリオンアーサーはその様子に怪訝そうな顔をする。

 

「そなたら……知己であったのか?」

「兄弟だ」

「敵だ!!」

「……複雑な事情があるようだな」

 

 すぐさま返された内容が正反対であることに、ミリオンアーサーはあえて追及しないことにする。

 一方で、信じられないと言う顔のまま固まっていたうずめは、ホット・ロッドとは逆に少しだけ調子を取り戻したようだった。

 

「そうかそうか……そういうことか。いやまったく小粋な演出だね」

 

 周囲に聞こえないように呟いたうずめは、顔を上げると破壊大帝の顔をねめつけた。

 

「久し振り……と言っても生憎オレには記憶がなくてね。でも君のことは聞いている。……オレを殺しに来たんだろう?」

 

 静かな声にハッとなったホット・ロッドが彼女の前に出る。

 ガルヴァトロンがどうやって異空間から戻ってきたのかは分からないが、彼はうずめを憎んでいる。

 しかし、当のガルヴァトロンは冷静さを保っていた……正確には保とうと努力していた。

 

「もちろんそのつもりだ……だが、それは後回しだ。先にやるべきことがある」

「やるべきこと、だって?」

 

 またしても予想していなかったとばかりに目を見開くうずめ。対しガルヴァトロンは顔に手を当てて静かに言う。

 

「貴様を今すぐ八つ裂きにしてやりたいのは山々だが、物事には優先順位という物がある。俺は地球での敗北からそれを学んだぞ……そう地球だ。あの星に巣食う蛆虫どもを全滅させる方が先だ。そうすればそう、何もかも解決だ」

 

 その言葉はうずめたちに言っているというよりは、自分に言い聞かせているようだった。声には隠し切れない細かい震えがあり、体中からバチバチと小さな稲妻が飛び散っている。

 取り巻きのディセプティコンたちも、その危険な様子に一歩引くが、ホット・ロッドは怒りを露わにする。

 

「あんたはまだそんなことを言ってるのか……! ゲイムギョウ界に来てまで!!」

「もちろんだ。この世界を守るために……」

「守るだと! これがか? みんなが平和になったことを喜ぶ祭りの日に、刑務所を襲うことがか!」

 

 本人も不本意なのか破壊大帝は渋面を作るが、変わってマジェコンヌが答える。

 

「……我々の事業には人材が必要でな。正直に募集しても誰も来ないだろうから、馴染みの顔をリクルートしに来たのだ」

 

 それを聞いたオンスロートはわざとらしく鼻を鳴らすような音を出すが、無視される。

 一方でネプギアは厳しい表情で顔馴染みの魔女を非難した。

 

「マジェコンヌさん、マジックちゃんをほったらかしにして、どうしてこんなことを……あの子がどれほど寂しい思いをしているか、分かっているんですか!」

「……私は母親にはなれなかったということだ。言い訳はせんよ」

 

 帽子の唾を摘まんで顔を隠したマジェコンヌの声は、不自然なまでに平坦だった。まるで、感情を無理やり隠している風に。

 

 ここで、これまで黙っていたバーサーカーがうずうずとした様子で声を出した。

 

「なあ話はもうええやろ? はよ、おっぱじめようやないか」

「……待て、バーサーカー」

 

 今にも敵に飛び掛からんとする狂戦士をガルヴァトロンが片手を挙げて止める。

 その視線は、ホット・ロッドたちのさらに向こう、門から敷地内に入ってきた一団に向けられていた。

 

 赤と青のファイヤーパターンのトラックを先頭に、黒いピックアップトラックと真紅のスポーツカー、白地に青いストライプのロードスターが、それぞれロボットモードに変形する。

 上空からは、紫、黒、白、緑の四つの光が舞い降りた。

 

 オプティマスたちと四女神が到着したのだ。

 

「皆、遅くなって済まない!」

「ネプギア、大丈夫?」

「お姉ちゃん! うん、私は大丈夫!」

 

 総司令官とネプテューヌの姿を見るや、ホット・ロッドは強い安心感を覚えた。

 戦斧と長槍を手にしたブランとべールは、敵一味の中のマジェコンヌの姿に驚いていた。

 

「あれが、マジェコンヌ? ……マジで別人じゃねえか。整形でもしたのか?」

「いったい、どんなアンチエイジングをしたらあんな風に……少なくとも10歳は若返ってますわ」

「失礼だな、おい! 別人云々をお前ら女神に言われる筋合いはない!!」

 

 シリアスな雰囲気だったマジェコンヌもこれには顔をしかめる。

 一方で、ノワールはディセプティコンたちの先頭に立つガルヴァトロンを真っ直ぐに睨みつけていた。

 

「……あなたが、ガルヴァトロン」

「…………」

「正直、あなたが本当に()()ガルヴァだなんて信じられないわ。……だからとりあえず、ぶっ飛ばしてから色々聞かせてもらうわ!」

「変わらないな、貴方は……いや俺が変わってしまっただけか」

 

 大剣の切っ先を向けてくるノワールに、ガルヴァトロンは懐かしさとも悲しみともつかない複雑な感情が籠った笑みを浮かべる。

 

「貴殿がオプティマス・プライムか。なるほど、英雄に相応しい威容だ」

「ミリオンアーサー、だったな。挨拶は後にしよう」

 

 ゆったりとした仕草で剣を抜くオプティマスと、正眼にエクスカリバーを構えるミリオンアーサー。

 

 ふとホット・ロッドは思った。両者の持つ剣はどちらも神々しさすら感じさせる代物だが、何故かエクスカリバーの方がテメノスソードよりも……それどころか四女神の持つ武器よりも見劣りしてしまうような気がするのだ。

 これはあまりに失礼なので、自分の気のせいだろう。

 

「どうやらここまでのようだな! 神妙にお縄に着けい!!」

「なんなら、抵抗してくれても構わねえぜ!」

「おうおう、早よ始めよや!!」

「今度こそ、俺の方が速いぜ(ラーピド)!!」

 

 ドリフトとクロスヘアーズが得物を構えながら挑発的にいうと、バーサーカーとドレッドボットが構え、他のディセプティコンたちも臨戦態勢に入る。

 だが、またしてもガルヴァトロンが制止した。

 

「止めろ。分が悪い、退くぞ」

「ふん、まあ妥当なのである!」

 

 オンスロートも、その言葉に同意する。

 すると、何処からか旧ディセプティコン軍団で使われていた降下船が数隻飛んできた。両舷に突き出た八つの可動式スラスターが、昆虫の足のようにも見える型だ。

 ディセプティコンたちは近くに着陸して前部ハッチを開いた降下船に乗り込んでいく。

 バーサーカーは不満そうだったが、それでも従った。

 インフェルノカスは一旦五体に分離してからハッチを潜っていった。

 

「おっと、逃がすと思うのかい?」

「話に、飽きたのは、オイラたちも、同じだぜい!!」

 

 そのまま降下船に乗り込もうとするディセプティコンたちだが、ニヤリとニヒルに笑ったハウンドがそのままガトリング砲を発射しようとし、バンブルビーはじめオートボットたちも各々の武器を手に飛び掛かろうとする。

 無論、ホット・ロッドは鬼の形相で実兄を名乗る狂人を狙う。

 

 しかし、ガルヴァトロンは慌てず騒がず背中の装甲の裏からカードの束を取り出した。サイズはともかく裏面の柄などはミリオンアーサーが魔法剣を使った時に翳したカードと同じだ。

 宙にばら撒かれたカードから黒い光が発せられたかと思うと、一瞬にして一枚一枚がトランスフォーマーの姿に変じた。

 

 それは前傾姿勢で腕が地面に付きそうなほど長く、銀色の体に黒と青の模様がある。そして頭部は、角が二本ありガルヴァトロンのそれを簡略化しつつ獣染みた狂暴性を加えたようだった。

 

 さしずめ量産型ガルヴァトロンとでもいった趣のそれは、まさしく獣のように吠えると、オートボットたちに襲い掛かってきた。

 

「なんだ、これは!?」

「こいつらはレギオンだ! 鉄騎アーサーが自分の因子から作り出した騎士……人工生命体だ!」

 

 ミリオンアーサーはカードを翳して剣に魔法の力を宿すと、大きくジャンプして先頭のレギオンの頭部に叩き込む。

 額をかち割られたレギオンは苦痛に吠えるが、倒れるには至らない。

 

「遠慮は無用ということね、クロスコンビネーション!!」

「はああああっ!!」

 

 自分たちに向かってきたレギオンに、ネプテューヌが剣技を喰らわせて足を止めると、オプティマスが大上段から剣を振り、頭頂から股間まで真っ二つに斬り捨てる。

 両断されたレギオンの体は黒い霧のように消え去り、後には二つに裂かれたカードが残った。

 一体一体なら大したことはないようだが、何分数が多い。

 

「こいつらは足止めだ! 奴らを止めろ!!」

 

 オプティマスのその指示に、女神たちがレギオンの群れを飛び越えて降下船に乗り込んでいくディセプティコンに迫る。

 

「マジェコンヌ!!」

「やはりレギオンどもだけでは、足りぬか。ならばダメ押しだ」

 

 しかし、マジェコンヌが手元の機械を操作すると、状況が変わる。急に、刑務所の中が騒がしくなりだしたのだ。

 怒号や歓喜の声が施設の中から聞こえてくる。

 

「何をしたの!?」

「おかしいと思わなかったのか? この刑務所には結構な数の囚人がいるんだぞ。それがどうして今まで大人しくしていたと思う?」

「あなたが何かをしていたというの?」

 

 女神たちの中央に立つネプテューヌの言葉に、ディセプティコンの傍らにいるマジェコンヌは挑発も兼ねて懇切丁寧に説明する。

 

「施設内にな、アンチ・エレクトロンと呼ばれるトランスフォーマーの生体活動を阻害する物質を散布していたのさ。濃度が薄いから、動きを止める程度だったがな」

 

 それでホット・ロッドは何故刑務所がこんなに静かなのかを察した。そして今、その散布を止めたことも。

 そうなれば、囚人たちは自由になってしまう。

 

「ちなみに、牢屋の扉は開けてある。……さあ、早く鎮圧しないと、大変なことになるぞ。国民を守るのが貴様ら女神の務めだろう? 正義の味方も楽じゃないな」

「ッ! やってくれるじゃねえか。ちっとあマシになったかと思ってたが、やっぱりテメエはどうしようもねえ悪党だ!!」

「……そんな言葉は、今更だな。私は根っからの悪人だぞ」

 

 怒りに燃えるブランに、マジェコンヌはやや自虐的な笑みを浮かべる。

 しかし、女神たちは悔し気ながらもこの場での優先順位を理解していた。

 囚人たちが暴れだしたり、傷つけ合うことを止めなければならない。

 

「マジェコンヌ」

「なに、奴らなら自力で何とかするさ。……さ、一度臨時基地に戻ってから、例の場所へ向かうぞ」

 

 これは予定になかったのか咎めるように自分の名を呼ぶガルヴァトロンに肩を竦め、マジェコンヌも降下船に乗り込む。

 一瞬、立ち尽くすばかりのうずめをチラリと見て、申し訳なさそうな顔をしたが、当のうずめ以外にそれに気付く者はいなかった。

 

「待て! ガルヴァトロン!!」

()()()、ロディマス」

 

 ガルヴァトロンは自分も降下船に乗り込む前に自分を呼び止めるホット・ロッドを顧みたが、それだけだった。

 飛び去る降下船に銃を向けるホット・ロッドだが、すでに射程外だった。

 それを見たオプティマスは剣を手に持ったまま指示を出す。すでにレギオンは殲滅されていた。

 

「こちらも応援を呼んだ。人工衛星を使ってディセプティコンをマークしているので、ネプギアとビー、ドリフト、クロスヘアーズ、それにハウンドは応援と合流後、追跡してくれ。他の者はここに残り、事態を収拾する」

『了解』

「へっ! ディセプティコンを二、三人血祭にあげてやるぜ!」

 

 その命を受けて、オートボットたちが動き出す。特にクロスヘアーズはやる気を漲らせていた。

 女神とそのパートナーは、刑務所の中へ進んでいき、バンブルビーたちは飛空艇に合流するべく変形する。

 

「ネプギア、気を付けてね」

「うん、お姉ちゃんも!」

 

 短く声を掛け合ってから、姉妹は別れようとする。お互いに深い信頼あっての、阿吽の呼吸だった。

 しかし、この命令に逆らおうという者がいた。

 

「待ってくれ! 俺も奴らを追う!!」

 

 もちろん、ホット・ロッドだ。

 追跡部隊の中に自分の名がなにことに納得がいかず近付いてくる若い騎士に向けてオプティマスは厳しい声を出す。

 

「いや、お前には別の任務を与える。ミリオンアーサーたちを、プラネタワーまで護衛してくれ」

「しかし……!」

「ホット・ロッド。オプっちは、あなたに兄であるガルヴァトロンと戦ってほしくないのよ」

 

 ネプテューヌも恋人の意を汲んで説得するが、ホット・ロッドはなおのこと反発する。

 

「あんな奴、兄貴なもんか!! あいつはただの狂人だ!! 俺が……俺がメガトロンの子供なもんか! あんな……人殺しの!!」

「メガトロン?」

 

 出てきた名前とホット・ロッドの言葉の関係が理解できずにミリオンアーサーは首を傾げるが、オプティマスとネプテューヌはいよいよ目つきを険しくする。

 

「ホット・ロッド、重ねて命じる。お前はお客人たちを連れてプラネタワーに戻り、その後待機していろ」

「なっ!? 俺はただ……」

「もう一度言う、これは命令だ。……少し頭を冷やせ」

「後でゆっくり話しましょう」

 

 それだけ言うと、二人は刑務所の扉を潜っていった。

 握りしめた拳をワナワナと震わせるホット・ロッドだが、やがてガックリと項垂れる。

 

「ホット・ロッドよ、そなたと鉄騎……もとい、ガルヴァトロンとの関係をわたしは知らぬ。しかし、オプティマスの言う通り、少し冷静になった方がいい」

「分かってるよ……」

 

 痛ましげなミリオンアーサーの言葉に、ホット・ロッドは息を吐いてから頷いた。

 確かに、自分は冷静さを欠いていると納得した……自分を納得させたからだ。

 実際、前には独断専行して皆に迷惑をかけた。同じ過ちは犯せない。

 ホット・ロッドは大きく排気してから、自分の頬を両手で叩いて気分を入れ替える。

 

 くよくよしてもしょうがない。

 

「よっし! オプティマスたちに任せりゃここは安心さ! ミリアサにチーカマ、プラネタワーまで案内するぜ!」

「立ち直りが早いわね」

「良いことだ。では頼むぞ、ホット・ロッド!」

「ああ! さ、うずめも行こうぜ!」

「……ああ、そうだね」

 

 うずめはまだ困惑が晴れない様子ではあるが、ビークルモードになったホット・ロッドに乗り込むのだった。

 

 ちなみに、チーカマはまたミリオンアーサーの膝の上だった。

 

 

 

 

 

「ねえ。出遅れちゃったけど、これからどうする? 私は、ここはブランちゃんたちに任せて大丈夫だと思う」

「同感だ。逃げていった方を追おう」

「ノワールさんと一緒に戦えないのは残念ですが……これも任務だ」

「よーし! 悪いディセプティコンをやっつけに、ビーシャ行きまーす!!」

 




祝、勇者ネプテューヌ発売!!
序盤からモブが「オールハイル・フィリン!!」とか言い出して一人で笑ってました(フィリンとは例のマジックぽい幼女、敵組織のボス)
いや多分、元ネタはコードギアスの方なんだろうけど。

にしても……だからなんで、バンブルビーの公開、日本だけ3月なの? 外国に観に行けばいい? そんな時間も金もないッス。

今回のキャラ紹介

レギオン
ガルヴァトロンが自分の因子を使って作り出した人工生命体『騎士』。つまり彼の分身。
技術的な問題により獣なみの知性しか持たない量産品。戦闘員枠。
元ネタはTF史上に残る問題作、キスぷれに登場したTF。ネタバレになるが『ガルバトロンの分身』という出自は概ね同じ。

外観のイメージは、プライム版ホイルジャックのボディにシンプルにしたガルヴァトロンの頭を乗っけて、色をガルヴァトロンカラーにした感じ。


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第29話 ゴールドサァド

 人気のない山中。

 ここに、今は使われていない村があった。

 かなり古い様式の木造家屋はシダや蔦に覆われ、立派な石造りの聖堂も長年風雨に晒されて朽ちかけている。

 

 この村は、かつてディセプティコンがゲイムギョウ界に来て最初の臨時基地として利用していた場所だ。

 

 村のあちこちに着陸している数隻の降下船から分かる通り、今再びここはディセプティコンの臨時基地となっていた。

 降下船の他に、戦闘艇も村の各所に停泊している。

 

 聖堂の前の広場では、ガルヴァトロン以下ディセプティコンたちの見ている中、マジェコンヌがリモコンのような機械を弄っていた。

 

「どうだ?」

「ああ、これで大丈夫だ。グランドブリッジは問題なく動かせる……パワーが溜まればな」

 

 マジェコンヌの返事にガルヴァトロンは満足気に頷く。

 グランドブリッジとは、スペースブリッジの簡易版とでもいうべき転送装置で、次元間や星間を繋ぐことは出来ないものの、このゲイムギョウ界なら何処にでも行ける。ただし、その本体はここから離れた場所にあった。

 

「ふん! そういうのは最初から充填しておくのが常識である!」

「そう言うな、向こうで十分なエネルギーを集めるのは、一苦労なんだ……しかし、こいつがあれば、その心配もいらなくなる」

 

 オンスロートの嫌味をさして気にせず、ガルヴァトロンは傍らのピラミッド状の装置の上に手を置く。

 これはエネルギー変換器といって、電気やオイルなど様々なエネルギーをエネルゴンに変換できる装置だ。

 

 マジェコンヌは、何処からか機械的な杖のような物を取り出すと地面に突き刺した。

 

「あとは充填が済めば、自動でこのマーカーを置いた場所にグランドブリッジが開く」

「よし。……さて諸君、我々はグランドブリッジのエネルギーが充填できしだい、ここを離れる! その先では、新たな戦いが待っている! 諸君の働きに期待している!!」

 

 ガルヴァトロンは居並ぶディセプティコンに向けて宣言する。

 すると、金属生命体たちは歓声を上げた。

 

「フロンティアってワケか! よしよし運が向いてきた(テネル・スエルテ)ぜ!」

「強い奴がぎょうさんおるとええのお!」

 

 ドレッドボットが拳銃をクルクルと回し、バーサーカーは狂暴に笑む。

 

「どんなトコだろうなー!」

「どんなだっていいぜ! 暴れ甲斐がありゃあよ!」

 

 モホークは両手に持ったナイフをこすり合わせ、ニトロ・ゼウスは掌を拳で叩く。

 インフェルノカスは、合体した状態で咆哮を上げる。

 

 だが、オンスロートだけは他の者と違い興奮していなかった。

 

「……質問がある。何故、我輩たちを脱走させた? 数を揃えるなら、レギオンとかいう連中で十分なはず」

「レギオンどもは、頭が弱くてな。複雑な仕事は出来んのだ。オンスロート、お前の戦術も頼りにしているぞ!」

 

 ディセプティコンらしからぬ、朗らかな笑みを浮かべるガルヴァトロンだが、オンスロートの表情は晴れない。

 

「…………」

「では俺とマジェコンヌはちょっとした()()を済ませてくる。留守中指示はバリケードに扇いでくれ。俺も予備のマーカーを持っていくので、先に出発してくれてもかまわない」

 

 彼の猜疑に満ちた視線は、一団から離れてバリケードの肩に手を置くガルヴァトロンに向けられていた。

 

「バリケード、ここは頼んだ。いざという時は、()()()()を使え」

「了解」

 

 

 

 

 

 援軍と合流し、廃村の近くまでやってきたハウンドらは、聖堂の前からガルヴァトロンが飛び立つのを目撃していた。

 

「おい! あの野郎、どっかに飛んでちまったぞ!」

「のようだな……」

 

 クロスヘアーズとハウンドは、身を隠しながら双眼鏡……もちろん、見た目よりも遥かにハイスペック……で廃村の様子を伺っていた。

 広場では、ディセプティコンたちが山と積まれた物資や弾薬などを、降下船に積み込んでいる。

 一方で、ハウンドたちと同じようにして双眼鏡を覗くネプギアが注目しているのは、村の外周に並べられたタンクのような物だった。

 

「センサーが反応すると中身が噴き出す仕組みみたい……多分、アンチ・エレクトロンが詰まってるんだ」

「不用意に近づけば、アンチ・エレクトロンとやらが出てきて動けなくなるってワケか」

 

 ハウンドは納得した様子だった。

 トランスフォーマーの生命活動を阻害する物質、アンチ・エレクトロン。それをディセプティコンは一種の防御装置として使っていた。

 これは近づくには策が必要だ。

 

「にしてもよ、ディセプティコンどもは、どうやってあんだけの武器やらなんやら集めたんだ?」

「どうやら、その答えが来たようだぞ」

 

 戦闘艇や降下船を眺めていたクロスヘアーズが首を傾げると、ドリフトが答えた。その視線の先では、村に向かう道を一台のオンボロピックアップトラックが物資を満載して走っていた。

 その姿に、クロスヘアーズが大きく舌打ちする。

 

「デイトレーダー! あのクソ野郎がディセプティコンどもに物資を売りつけてたってワケか! 野郎、ハチの巣にしてやる!!」

「まったく、オートボットの風上にも置けぬ!! ディセプティコンともども、奴めの首を落としてくれる!」

 

 同調してドリフトも吐き捨てる。

 彼らから見て、金次第でどんな相手とも取引するデイトレーダーは、あまり好ましい相手とは言えなかった。

 

「あ、あの皆さん、私たちの目的は逮捕ですからね、逮捕! それに無茶はしないでくださいね!」

「わーってるって……まあ、応援を入れれば向こうよりこっちの方が多い。ガルヴァトロンの野郎がいなけりゃ、レギオンとかいうのも呼べないし、アンチ・エレクトロンとかも、村に入っちまえば使えないだろう。あいつらまで動けなくなっちまうからな」

 

 好戦的なオートボットたちにいよいよ冷や汗をかくネプギアだが、ハウンドはさすがに冷静だった。

 しかし、彼の言う事はつまりディセプティコンに近づけなければどうしよもない。

 そこで、ネプギアの傍に控えていたバンブルビーがニヤリとした。

 

「ねえ、みんな……いいこと、考えた」

 

 

 

 

 

 村の入口では、プロトフォームのディセプティコンが二体、見張りをしていた。

 その内の一体が、オンボロピックアップトラックが接近してくるのを目敏く見つけると、手に持ったリモコンでタンクのセンサーを切りつつも、その行く手を塞ぐ。

 

「そこで止まれ」

「おいおい、俺だよ、デイトレーダーだよ! 新しい武器を持ってきたんだ!」

「見りゃ分かるさ、墓荒らしめ」

 

 ピックアップトラックから聞こえた声に、ディセプティコンたちは唾を吐き捨ててつつ荷台の後ろに回る。

 荷台には例によって積み荷が満載されていたが、今回は防水シートが被さっていて、どんな物か見えないようになっていた。

 

「一応、どんなもんか確かめさせてもらうぜ」

「あー……構わんが、ビックリするなよ? すっごい危険で強力な奴だから」

「そいつは楽しみだ」

 

 嘲笑ったディセプティコンが防水シートを引っぺがすと現れたのは、確かに危険で強力な奴だった。

 具体的には、黄色く丸っこい造形で青い円らなオプティックの、つまりブラスターを構えたバンブルビーだった。

 

「なッ!?」

「ハロー、グッバイ!」

 

 ディセプティコンたちが何をするより早くバンブルビーは素早くブラスターを一体の顔面に撃ち込む。

 相棒がもんどりうって倒れると残る一体が仲間に連絡しようとするが、その瞬間には上空から降ってきたビームが命中して昏倒する。

 

 荷台から降りて倒れたディセプティコンの手からリモコンを奪った空を見上げたバンブルビーは、そこで銃口から煙を上げているM.P.B.Lを手にした女神態のネプギアに向けてサムズアップする。

 

「上手くいったね、ビー!」

「あたぼう、よ! よし、こちら、バンブルビー! 作戦第一段階、成功! オートボット、攻撃開始だ!」

 

 通信を受けて、近くに待機していたオートボットたちが廃村になだれ込んできた。

 先頭はもちろん、ドリフト、クロスヘアーズ、ハウンドの三体だ。

 

「イヤッハー!! 騎兵隊の到着だー! ハチの巣にしてやるぜー!!」

「早きこと風の如し、攻めること火の如し、いざ斬り捨て御免!!」

「だからー! 逮捕するんですってばー!」

「分かってるさ。あいつらは、いつものあの調子だからよ。あんまり気にすんな」

 

 いつもの通り物騒なオートボットたちを宥めようとするネプギアだが上手くいかず、ハウンドにフォローされる。

 だがそのハウンドも、ここまでくれば遠慮は無用とばかりに三連ガトリングを構えて走っていく。しかし、さすがに彼は冷静だった。

 

「三人から四人のチームに分かれて散開! ディセプティコンどもを残らずひっ捕らえな!!」

 

 その号令に、オートボットたちは村のあちこちに散っていく。

 ネプギアたちが向かうのは、村の中心部だ。

 

 一方、デイトレーダーは呆れたように溜息を吐くと、そそくさと逃げていった。

 

「じゃ、俺はこのへんで。まったくオートボットは血の気が多くて困る……ん?」

 

 その途中、デイトレーダーは何故か道端に段ボール箱が置かれているのを見つけたが、気にせず走り去った。

 段ボール箱は、デイトレーダーがいなくあった後で、誰かが中に入っているかのように動き出した。

 

 

 

 

 

 オートボットたちが村を進むと聖堂前の広場に、バリケードを始めオンスロートやニトロ・ゼウスたち、地球に跳ばされたメンバーが待ち構えていた。インフェルノカスもいるが、他の者の姿は見えない。

 

「お前らか」

「これまで、だ。バリケード!」

「大人しく投降してください!!」

 

 バンブルビーはブラスターをバリケードへと向け、その隣にネプギアが並ぶ。

 

「さあ、ディセプティコンども、ホールドアップだ!」

「潔くお縄に着けい!」

「大人しくすりゃ、命だけは助けてやるぜ。例のアンチ・エレクトロンとかいうのも、ここでは使えねえだろ?」

「どうかな?」

 

 武器を手に凄むオートボットたちだが、バリケードは手に持った機械のスイッチを押す。

 

 それだけで、状況は一変した。

 

 ハウンドは胸を押さえて地面に伏せ、クロスヘアーズは激しく咳込んで銃を手から落とし、ドリフトは刀を杖替わりにするも苦しそうに口からエネルゴンを吐き出す。

 バンブルビーも、細かく痙攣しながら中途半端に車の姿に変形しそうになった状態で地面に転がる。

 

 それは村の各所に散った他のオートボットたちも同じで、体に不調を起こし動くことが出来ない。その様子にディセプティコンたちが歓声を上げた。

 

「ッ! みんな!!」

 

 ネプギアには影響はないらしく、バンブルビーの傍に降りる。

 しかしバンブルビーは体に力を入れることも出来ず、呻くのが精いっぱいだった。

 これがアンチ・エレクトロンの効果であるのは明らかだったが、ディセプティコンたちは全く影響を受けていないようだった。

 

 バリケードは皮肉っぽい表情を浮かべて、ゆっくりと首を横に振る。

 

「残念だったな。アンチ・エレクトロンにも抗体ってもんがある。俺たちは全員、それを摂取してあるんだよ」

 

 そこでバリケードは唸り声を上げるインフェルノコンをチラリと見たが、その意味は他の者には分からなかった。

 

「おっと、動くなよ? 動いたら撃つぞ」

「……ッ」

 

 ネプギアは動ける自分だけでもと銃剣を構えるが、バリケードはじめディセプティコンたちが武器をこちらに向けてくるのを見て銃口を降ろす。

 

「こうなっちまうと、ただのガラクタだなー」

「へへへ、嬲り殺しにしてやるぜ!」

「く、クソ野郎どもが……体さえ動きゃあ……!」

 

 モホークがナイフを手にハウンドの腹を蹴り、ニトロ・ゼウスは頭を踏み付ける。

 

再戦(レヴァンツァ)できねえのは、少し残念だが……」

「ま、死ぬ時なんて呆気ないもんや」

「こ、この……ゲホゲホッガハアッ!」

「む、無念……ゲエエエ!」

 

 ドレッドボットは拳銃の銃口をクロスヘアーズに向け、バーサーカーはドリフトの頭を叩き潰すべく棍棒を振り被る。

 今やオートボットたちはプレス機に向かうコンベアに乗った廃品も同然だった。

 バンブルビーに寄り添うネプギアは、彼らを止めるべく思わず叫ぼうとした……が。

 

「止めろ、こいつらを殺すのはナシだ」

 

 それより早く、バリケードが仲間たちを止めた。

 もちろん、オンスロートはじめディセプティコンたちは意味が分からないという視線を偵察兵に向けた。

 バリケードは溜息混じりに言った。

 

「ガルヴァトロンの命令だ。オートボットが攻めて来ても、動きを封じるだけにしておけと」

正気か(エスタス・ロコ)!? 動けない敵が目の前にいるのに、止めを刺さないなんて!!」

「オイル沼に落ちたスチールジョーを叩くのがディセプティコンやろ?」

「それじゃあ、餌を前にお預け喰らったようなもんだぜ!」

「なあ、せめて手足の一本くらい斬り落としておこうぜー!」

「駄目だ。傷つけるのもナシだ。……さあ、さっさと出発準備に戻れ」

 

 ドレッドボットとバーサーカー、ニトロ・ゼウスとモホークが次々と不満を口にするが、バリケードはこれで話は終わりだばかりに指示を出す。

 しかしディセプティコンたち……特にオンスロートは納得していなかった。

 

「こいつらを生かして帰せば、いずれオートボットがこちらを追跡してくるのである!!」

「心配するな。これから向かう場所は、大気中にアンチ・エレクトロンが充満しているんだ。オートボットは絶対に追ってこれない。女神どもだって、国を遠く離れれば力を失うし、人間は……まあ、どうとでもなる。そうだろう?」

「…………」

 

 まだ納得はしていないようだが、オンスロートは両腕を降ろして攻撃しないことを意思表示する。

 他の者たちも、一応は武器を降ろす。

 

「もう一度言っておくがお前も動くなよ、プラネテューヌの妹女神。俺たちがここからいなくなるまでは、そこでジッとしていろ」

「…………どうしてこんなことを」

「さあてな。正直、俺にもよく分からん」

 

 息も絶え絶えのバンブルビーの傍にいるネプギアはバリケードを睨みつけるが、当人は肩を竦めた。

 しかし、オートボットたちやネプギアに為す術はない。

 

 その時だ。

 

「待てい、悪党ども!!」

「!? 誰だ!!」

 

 急に聞こえた声にディセプティコンたちが辺りを見回すと、聖堂の上に人影があった。

 逆光を背に立つのは、プラスチックのような質感の黄色い服を着た金髪をピッグテールにした小柄な少女だ。

 

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 悪を倒せとわたしを呼ぶ! わたしは正義の味方、プレスト仮め……じゃなかった、ゴールドサァドのビーシャ!!」

 

 決めポーズを取って高らかに名乗り上げるビーシャ。

 その背には二機のビットが従い、身の丈ほどもあるバズーカを担いでいる。

 場違いなその姿に、ディセプティコンたちは呆気に取られていた。

 

「なんだ、ありゃ?」

「知らねえよ」

「っていうかマジで誰だよ」

「ディセプティコンの悪党ども! このビーシャが来たからには、好きにはさせないよ!!」

 

 ディセプティコンたちが首を傾げるなか、ビーシャはビシッとバリケードを指差す。

 何とも言えない表情になるバリケードに、若干呆れ気味なオンスロートが声をかけた。

 

「おい、あれは撃っていいのか?」

「……ああー、どうだろう?」

「もういい、とりえず撃つのであるっ!?」

 

 左腕の重機関砲をビーシャに向けるオンスロートだが、ハッとなって腕を交差させ横合いから飛んできたロケット弾を防ぐ。

 

「何奴!」

「防いだか。獲物を前に舌なめずりする精神性はともかく、その反応速度は……いいセンスだ」

 

 ロケット弾の飛んできた方向を見れば、円盤状のレドームと折り畳まれた砲を備えたバックパックを背負い、右目を眼帯で隠した少女がロケット砲を肩に担いでいた。何故か、脇にカラの段ボール箱を置いている。

 可憐な容姿とは裏腹に歴戦の兵士のような冷厳とした雰囲気を纏った彼女に、オンスロートは目を見開く。

 

「き、貴様は傭兵組織の……!」

「私は傭兵ではない。これまでも、これからも」

 

 冷たく吐き捨てた眼帯の少女こと、ゴールドサァドのケーシャはロケット砲……と段ボール箱を粒子に分解し、代わりに二丁のマシンピストルを召喚した。

 ディセプティコンたちがケーシャに向けて発砲するが、彼女は大きく跳んでこれを躱し、さらに女神がそうするように円形の障壁を張って光弾を防ぐ。

 

なんだ(ケェ)、あいつらは……ッ!」

 

 ドレッドボットもケーシャに向けて銃を撃っていたが、横合いから突っ込んできた人間大の青い影に殴り飛ばされる。

 青い色のその影は、白いレオタードのような衣装を着て長い茶髪をはためかせた女性だった。

 背中に機械仕掛けの蝙蝠の翼のような物がある。

 

「不意打ち失礼!」

 

 ゴールドサァドのシーシャだ。

 不意を突いたとはいえ自分の何倍もあるディセプティコンを殴り倒す膂力はとんでもない。

 

「お、なんやもう一人おるやないかい! ぶっ潰したるでえ!!」

 

 バーサーカーはこの事態にむしろ嬉しそうにしていて、いつの間にか広場の端に気だるげに立つ銀髪に黒い服、片翼を背負った女性を見つけるや、棍棒を振りかざして向かっていく。

 その女性、エスーシャは息を吐くと片翼を羽ばたかせて飛び退き、棍棒は廃屋の壁を砕く。

 

「壁とでも戦ってろ……」

「こんダボが、またんかい!」

 

 興味なさげなエスーシャをバーサーカーは追いかけるが、ヒラリヒラリと攻撃をかわされる。

 

「なあ、ニトロ。よく分かんねえけど、とりあえずこいつら始末しとかね?」

「ああ、そうしとくか」

 

 大混乱に陥った場で、ニトロ・ゼウスとモホークは深く考えずに各々の武器をオートボットたちに向ける。

 

「ッ! させません!!」

「ギア、逃げ、て……!」

 

 銃剣を手に二体の前に立ちはだかるネプギア。バンブルビーは何とか声を絞り出すが、それ以上は動けない。

 

「へへへ、女神を切り刻むのは初めてだから、楽しみぎゃあああッ!」

 

 ナイフを手に笑っていたモホークだが、真上からバズーカ砲の弾が数発振ってきた。巻き起こる爆風に煽られて、モホークは遠くに飛んでいった。

 

「モホーク! なんだってんだ、いったい……」

「プレストキーックッ!!」

「ってぇええっ!?」

 

 攻撃してきた相手を探すべく上を向いたニトロ・ゼウスだが、その瞬間にビーシャのキックが単眼に命中した。

 激痛に悲鳴を上げて地面に転がるニトロ・ゼウスを後目に、ビーシャは綺麗に着地してバンブルビーに駆け寄る

 

「バンブルビー! 大丈夫?」

「君、は……」

「プレスト仮面、さん?」

「ぎくっ! ひ、人違いじゃないかな?」

 

 もの凄く分かりやすく動揺するビーシャに、バンブルビーとネプギアは逆に目を丸くしてしまう。どうも、あれでバレてないと思っているらしい。

 

「ぐおおおお……! このクソチビがあああ! よくもやってくれやがったなぁあああ!」

 

 と、ニトロ・ゼウスが立ち上がり怒りに燃えるオプティックでビーシャを睨む。さらに、ここまでボケーッとしていたインフェルノカスもようやっと動き出した。

 しかしビーシャは勝気な笑みを浮かべると、ビシッと指を突き付ける。

 

「ディセプティコンの悪党! このビーシャの目の黒いうちは、好きにはさせないよ!! ……変、身!」

 

 ビーシャが頭上で両腕を交差させるようにしてポーズを取ると、その体が光に包まれる。

 幼い体が、一瞬光の粒子に分解したかと思うと、丸みを帯びたキューブ状の機械に再構成される。

 

 それは眩い黄金色をしていて表面に精緻で美しい模様が刻まれ、その一面には琥珀のような黄色い結晶が埋め込まれ、その真ん中にやはり黄金色の金属で稲妻のような模様が描かれていた。

 まるでオールスパークの容れ物だったエネルゴン・キューブのミニチュアだ。

 

「え、ええええッ!?」

「どういう、ことなの……」

「なんだそりゃあ!?」

『ゴールド、オン!!』

 

 愕然とする一同に構わず、ビーシャから変身した金色のキューブは倒れているバンブルビーの胸に、稲妻模様がある面を表にして半ば埋め込まれるように合体した。しかし痛みはない。

 

 すると、不思議なことが起こった。

 

 バンブルビーの体からアンチ・エレクトロンの影響が消えて動けるようになったのだ。それどころか全身に力が漲る。胸のキューブから、未知のエネルギーが体に流れ込んでくるのだ。

 立ち上がったバンブルビーは、不思議そうに自分の手を眺めた。

 

「これは、いったい……?」

「何だか知らねえが、動けるってんなら、今度は二度と動けないようにしてやる!!」

 

 ニトロ・ゼウスはやはり深く考えるより先に左腕の機関砲を撃つが、その時バンブルビーは奇妙な感覚の中にいた。

 周りの全てが止まって……いや止まって見えるほどゆっくりになったのだ。銃弾ですら、ノロノロと空中を進んでいる。

 まるで、ホット・ロッドの時止め弾のようだ。

 

「これ、は……?」

『わたしたちは、合体したトランスフォーマーに新しい能力を与えられるんだ。わたしの場合は、超加速!』

 

 胸の機械から、ビーシャの声がした。

 

『ぶっつけ本番だけど、上手くいったね! さあ、いっしょにディセプティコンをやっつけよう!!』

「……分かった」

 

 よく分からないが、これは好機だ。バンブルビーは考えるのは天の助け……いやオールスパークの助けと思って後にすることにした。

 

 限りなく遅くなった時間の中で、バンブルビーは亀の歩みほどの速度の銃弾を易々と躱し、ディセプティコンに向かっていくのだった。

 




新年、明けましておめでとうございます。

今回のキャラ紹介

ゴールドサァド ビーシャ
突然現れた四人組、ゴールドサァドの一人。
ヒーローやロボットが大好きでプレスト仮面と名乗って人助けをしているが、それ以上にお金が好きという困った性格。
なお、本人はプレスト仮面の正体はバレていないと思っている。
原作ゲームと違い、この時点でネプテューヌとは面識がある。またオートボット、特にバンブルビーの大ファン。

ゴールドサァドは黄金に輝く丸みを帯びたキューブ状の物体『ゴールドコア』に変身し、TFと合体することで特殊な力を与えることができる。
彼女の場合は、弾丸もノロノロとして見えるほどの『超加速』を付与する。ただし連続使用できるのは一分間が限界で、それを過ぎるとある程度のインターバルが必要。
また、アンチ・エレクトロンの影響を完璧に防御できる。

キューブに変形してTFと合体、新たな力を授けるというのは、超神マスターフォースのゴッドマスターの海外版パワーマスター、およびパワー・オブ・ザ・プライムのプライムマスターが元ネタ。
能力自体は仮面ラ〇ダーのファイ〇アクセルとかクロッ〇アップとかがモチーフ(超高速を売りにしてるヒーローは多いですし……)

それでは2019年も、よろしくお願いいたします。


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第30話 与えられた力

ビーシャが変身した『ゴールドコア』から力を得たバンブルビーは、まるで止まっているかのような時の中で、機敏に動き回っていた。

敵を叩きのめす以外にも、やることは多い。仲間に向かっていく銃弾や砲弾を叩き落とすのは、中々に大変だった。

 

『気を付けてね! 加速できるのは一分間が限界だから! 小まめに休憩を入れて!』

「了、解!」

 

ビーシャの助言に従いに、細かく加速を止め、また加速するを繰り返す。

 

『すごいすごーい! 初めて合体したのに、もう能力を使いこなせてる! やっぱりバンブルビーはすごいよ!』

「まあ、ね!!」

『よーし、無敵のBBコンビの結成だー!』

「いや、その、コンビ名は、どうだろう?」

 

 

 

 

 

 

「何が起こっている?」

 

バリケードは目の前の光景が信じられなかった。

息も絶え絶えだったバンブルビーに、あのゴールドサァドとかいうのは合体したかと思えば、一瞬でニトロ・ゼウスを殴り倒した。両者は10m近く離れていたのにだ。

かと思えばインフェルノカスの背中に登って後頭部にブラスターを撃ちこみ、次の瞬間にはドレッドボットに飛び蹴りを叩き込んでいた。

止まっている時以外は、センサーでも捉えきれず一瞬黄色い閃光が走ったようにしか見えない。

 

「仕方ない……レギオンども、来い!」

 

腕を掲げると、何処からかガルヴァトロンの分身である騎士……この言葉の響きからは想像できないほどに獣染みているが……レギオンたちが集まってきた。

こんなこともあろうかと、あらかじめ待機させていたのだ。

レギオンたちの指揮は、装甲の裏に仕込まれた円卓模型という装置のさらにレプリカで、バリケードが行っていた。

 

「お前らが悪いんだぞ。余計なことをするから、こっちだって対処しなけりゃいけなくなった」

 

誰にも聞こえないように、バリケードはぼやくのだった。

 

 

 

 

「どうなって……やがるんだ?」

 

何とか上体を起こしたハウンドは、状況を飲み込めていなかった。

 

「あれが我々ゴールドサァドの力だ。合体することであなたたちトランスフォーマーに新たな力を与える」

「!」

 

 いつの間にか眼帯の少女、ケーシャがハウンドの脇に立っていた。

 彼女は、黄金色の冷たい瞳でハウンドを見ていた。

 

「状況判断だ。あなたに協力を要請する。戦力は過多ということはない」

「俺と……合体するってか? あんな風に」

「そうだ。見たところ、あなたと私の能力は相性がいい」

 

 淡々と言う少女に、一瞬面食らったハウンドだが、すぐに決断する。このまま這い蹲っているのは性に合わない。

 

「分かった。やってくれ」

「了解だ」

 

 言うやケーシャは目をつぶって胸の前で両腕をクロスさせる。

 すると、ビーシャがそうだったように光に包まれ、黄金のキューブに変身した。

 ただし一面に埋め込まれている結晶はルビーのような真紅で、そこに描かれた模様は歯車のようだった。

 

『ゴールドオン!』

 

 そしてキューブは、ハウンドの胸に突き刺さるようにして合体する。不思議なことに、ハウンドの体にはこのキューブが収まるように、新たなスペースが再構成された。

 本当に、オールスパークのようだ。

 

『どうだろうか?』

「オーケイ、これならいけそうだ!」

 

 力が体中に広がり、問題なく立ち上がる。

 

「さあて、お嬢さんはどんな魔法の力を授けてくれるんだい?」

『魔法というほどの物ではない。『弾数無限』ただ、弾が尽きなくなるだけだ』

「は! そいつはゴキゲンだ!!」

 

 ニッと笑ったハウンドは、愛用の三連ガトリングを拾い上げ、こちらに向かってくるディセプティコンに向けて撃つ。

 嵐のように吐き出された弾は、違わずレギオンたちを塵に代えていく。

 肩のロケット弾を手に取り発射し、胸に下げた手榴弾を手に取り口でピンを抜いて投げる。

 爆発でレギオンがバラバラに吹き飛んでから、ハウンドが確認するとロケット弾も手榴弾も数がまったく減っていなかった。まるで最初から使わなかったかのように。

 

「おお、マジで減らねえ! こいつは十分に魔法だぜ!!」

『いいから、撃ち続けるんだ! 銃身が壊れない程度に!』

「銃その物の耐久力は上がらねえワケか! 了解したぜ!!」

『いくぞ、デストロイ・ゼム・オール!!』

 

 忠告を受けたハウンドは、その意味をすぐさま察し不敵に笑みを浮かべてさらに銃撃する。いくら撃っても、弾が尽きることはなかった。

 それをレギオンに足払いをかけたシーシャが見ていた。

 

「へー、ビーシャもケーシャも合体したかー。それじゃあアタシも……お!」

 

 キョロキョロと辺りを見回したシーシャは、咳込んでいるクロスヘアーズに視線を止めた。

 

「ねえねえ、そこの緑のお兄さん。アタシと合体、しない?」

「ゲホゴホッ! しねえ、来るんじゃねえやゴホゲハァッ!」

「まあまあ、そう言わずにさあ」

 

 すり寄ってくる女性を手で払おうとするクロスヘアーズだが、咳込んでしまい上手くいかずに接近を許してしまう。

 

「はな、はなれゲホゲホッ!!」

「ん~? お兄さん、合体は初めてかい? 大丈夫、アタシがリードするからさ♪ ま、アタシも実はしたことないんだけど。……ねえ、アタシの()()()もらってよ?」

「き、気色悪いこと言ってんじゃあガッハァッ!」

 

 妙に艶めかしい手つきでクロスヘアーズの体を撫でたシーシャは、彼の反論に構わず腕を交差させて意識を集中させ、獣の爪のような模様が描かれた青い結晶が埋め込まれた黄金のキューブに変身する。

 

『ゴールドオン!』

「おおい、来るな来るなぁゴヘェッ!」

 

 そのままクロスヘアーズの胸に合体。彼のアンチ・エレクトロンの影響を取り払う。

 立ち上がったクロスヘアーズは何とも言えない表情で胸に収まったキューブを見下ろす。

 

「あ~あ……」

『ふ~ん、これが合体かあ。なるほど、君でアタシの中がいっぱいになってる感じ。……さて』

 

 茶化したようなキューブからの声が不意に真面目な物になると、クロスヘアーズの背中部分がギゴガゴと変形し、新しいパーツを構成する。

 

 それは、ジェットスラスターを備えた翼だった。

 

「おお!?」

『私が君にあげるのは、『飛行能力』さ! 単純だけど、強いよ!』

 

 そう言われて、試しに飛び上がってみる。

 翼の先のスラスターからジェットが噴射され、クロスヘアーズの体はコート状パーツをはためかせて容易く空に舞い上がる。額の飛行ゴーグルを下げるのも忘れない。

 最初はバランスを取るのが難しかったが、元々空挺兵だからかすぐにコツを掴んだ。

 クロスヘアーズはこの能力を気に入った。

 

 直前まで拒否していたのは何処へやら。

 

「うおおお! こいつはゴキゲンだぜぇ!!」

『嫌がってた癖に、現金ね。……と、気を付けて! 敵が来るよ!』

 

 キューブから聞こえた通り、後ろからいつの間にか復活したニトロ・ゼウスがグリペンの姿で追ってきた。機関砲とミサイルを発射して、こちらを撃ち落そうとしてくる。

 

「飛行型でもねえ癖に飛びやがって! オートボットの癖に生意気だぞ!」

「へっ! 知るかよ!!」

 

 身を捻って機関砲の弾を躱し、コートの裏からフレアを撒いてミサイルを誘爆させる。

 

「……俺、フレアなんかついてたっけか?」

『細かいこと気にしなさんな! さあ、スタイリッシュに決めるよ!』

「あーもう分かったよ! やったらー!」

 

 身に覚えのない装備に首を傾げるクロスヘアーズだが、覚悟を決めて短機関銃を抜くのだった。

 

『……ところで、どう? 合体した感想は? 飛んじゃうくらい気持ちいいでしょう?』

「だから、気色の悪いこと言ってんじゃねえ!」

 

 クロスヘアーズとニトロ・ゼウスがドッグファイトを始めるのを、吐く物を全て吐き出したドリフトが見上げていた。

 

「ぐっ……このまま戦わずにいるのはオートボットの名折れ。背に腹は代えられぬか」

 

 仲間たちが戦っているのに、自分だけ何もしないのは使命感とプライドが許さない。

 何とか首を回せば、エスーシャがバーサーカーの振るう棍棒をヒラリヒラリと躱しているのが目に入った。

 こうなれば、自分も合体してもらうしかない。

 

「そ、そこの方! 恥を忍んでお願い申す! 私と合体してくれ!」

「…………」

 

 しかし、声が聞こえないかエスーシャは応じない。

 

「そこの方!」

「興味ないね」

 

 さらに強く呼びかけても、返されたのはそんな言葉だった。単に興味がないと言うよりは、明らかに拒絶を含んだ声色だった。

 

「壁にでも話してろよ」

「なッ!?」

「アーハッハッハ! なんや、フラれてもうたのうデッドロック!!」

 

 ドリフトは愕然とし、バーサーカーは棍棒を振り回しながらさも愉快そうに嘲笑した。そのどちらにも構わず、エスーシャは目つきを鋭くし、いよいよ剣を構える。

 

「私は一人で戦う」

「ほーそうかい。ええ度胸や!」

「でも甘いぜい!」

 

 エスーシャの横の建物の瓦礫の中から、両手にナイフを構えたモホークが飛び出してきた。

 咄嗟に剣でナイフを防いだエスーシャに、バーサーカーの棍棒が襲い掛かる。

 

「ッ!」

 

 棍棒の一撃は、エスーシャの左側に突如現れた盾に防がれる。

 それでも金属生命体の攻撃の重さに、エスーシャは大きく弾き飛ばされるも、空中で体勢を立て直して着地する。

 そこに二体のディセプティコンがにじり寄る。

 

「さあ、今度こそぶっつぶしたるでぇ!」

「やっぱあれだよね。ナイフ使いの敵は美女が映えるよね!」

「二対一では分が悪い! 私と合体を……」

「嫌だね。この体、穢すワケには……ん? なに?」

 

 その事態に叫ぶドリフトにも、取り付く島がないエスーシャだったが、不意に顔をしかめた。そしてそこに()()()()()()()()()声を上げる。

 

「しかし! ……ああ、分かった。君がそう言うなら、そうしよう」

 

 呆気に取られているドリフトに向かってエスーシャは心底嫌そうに顔を向けた。

 

「お前と合体してやる。……足を引っ張るなよ?」

「よ、よく分からんが、承知!」

 

 ドリフトが頷くと、エスーシャはモホークとバーサーカーの攻撃をかわしながら両腕を交差せて、キューブに変身した。

 このキューブにはスモークブラックの結晶が埋め込まれ、そこに右下が欠けた太陽を象った模様があった。

 

『ゴールドオン……』

 

 そのまま、ドリフトの胸部分に合体する。

 

「おお、力があふれてくる! これで戦えるというもの!」

『あまり調子に乗るな。……来るぞ』

 

 立ち上がり刀を握るドリフトに対し、どこまでも嫌々といった調子のエスーシャだが、バーサーカーとモホークが向かってくるのを警告する。

 

「なんか知らんが、ぶっつぶしたるでぇ!!」

「そうはいかんぞ!」

 

 ドリフトの刀とバーサーカーの棍棒がぶつかり合い、金属音が鳴り響く。

 その隙に、モホークは敵の後ろに回り込んで背中を斬り付けようとする。

 

「トランスフォーマーに初登場補正はないって教えてやるぜ!」

「それはどうかな!」

 

 ドリフトはバーサーカーの腹を蹴って遠ざけ、振り向きざまにモホークを蹴り飛ばす。

 

「あがぁあああ!?」

「うむ、二対一程度なら問題ないな」

「じゃあ、三対一ならどうだ?」

 

 その瞬間、後ろから銃撃音がした。

 いつの間にかいたドレッドボットが死角から撃ったのだ。

 しかし、その光弾はドリフトには届かなかった。

 

 地面に伸びた彼の影が立ち上がり、刀で弾を防いだからだ。

 その影は、黒っぽく半透明で目が赤く光っていたが、それ以外は背格好も鎧武者のような装甲も手に持った刀もドリフトに瓜二つだった。ただ胸にあるキューブの紋章は黄金色ではなく白銀色だった。

 一見すると幻影のようにも見えるが、弾をはじいたことからも、実体があるのが分かる。

 

 ディセプティコンたちも、ドリフトも、突然のことに呆気に取られてしまった。

 

「こ、これは面妖な!?」

『これが私の力だ。光が強ければ色濃くなる影、希望が大きいほどに深さを増す絶望、輝く太陽と闇夜に浮かぶ月……』

「すまないが、もっと分かりやすく!」

『……つまり『分身』だ。分身はある程度お前の意思に沿って勝手に戦ってくれるから、上手く使うといい』

 

 それきり、もう十分だとばかりにエスーシャは黙り込む。やはり、この状況が気に食わないらしい。

 

「なんと身勝手な……まあいい。では頼んだぞ、分身!」

 

 ドリフトは差し当たってもうエスーシャを当てにしないことにし、バーサーカーに向かっていく。ドリフトの分身はニヤリと不気味に笑うと動揺しているドレッドボットに向けて踊りかかった。

 




色々あって、ちょっとぶつ切り。
最近筆が遅くてごめんなさい。

ゴールサァド ケーシャ
ラステイションの女学校に通う学生で、ゴールドサァドの一人。
普段は楚々とした女の子らしい性格……なのだが、一度銃を握ると歴戦の傭兵が如き冷静沈着な性格に豹変する。色々と複雑な過去がある。
原作と違い、すでにノワールとは親交がある。

合体による能力は『弾数無限』
実体弾だろうがエネルギー弾だろうが手榴弾だろうが尽きることがなくなる。しかし銃の強度を上げるワケではないため、撃ちすぎると銃の方が破損してしまう。
元ネタはメタ〇ギアシリーズの無限バン〇ナ。

余談だが、ノワールに対する感情は友情の域を明らかに超えている。原作ではとある場面で多くのプレイヤーを恐怖のどん底に叩き落とした。


ゴールドサァド シーシャ
モンスター狩り兼格闘家の女性で、ゴールドサァドのリーダー格。
健康的ながら色気もある大人の女性で、人をからかうような言動が多い。
原作と違い、すでにブランと親交が(略)

合体による能力は『飛行能力』
合体したTFの体の一部を翼などに組み替える。
単純であるが故に強力な能力で、特に穴がない。
元ネタはロック〇ンよりスーパー〇ックマン。


ゴールドサァド エスーシャ
クールで高貴な雰囲気を纏った女性で、ゴールドサァドの一人。
しかし重度の中二病で、何事にも無気力無関心。
他人には見えない誰かと会話するような素振りを見せることもあるが……。
原作と違い、すでにベールと(略)

合体による能力は『分身』
文字通り、合体しているTFの分身を作り出す。
分身は幻ではなく実体があり、ある程度状況と本体の意思に沿った行動をしてくれる。一見すると便利な能力だが……。
元ネタはF〇4やド〇クエ6のあるイベント。


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第31話 コンバイナー

「ああ、まったく……」

 

 バリケードは大きく排気せざるを得なかった。

 オートボットたちにゴールドサァドなる小娘たちが合体し、アンチ・エレクトロンの影響下でも動けるようにしたばかりか、新しいパワーを与えた。

 ハウンドはいつにも増して景気よく銃を撃っているし、クロスヘアーズは空を飛び、ドリフトは二人になった。そしてバンブルビーは……。

 

「バリケード!!」

 

 黄色い閃光を追っていたと思ったら、眼前にバンブルビーが現れた。青いオプティックが怒りに燃えている。

 

「今度こそ、捕まえて、やる!」

『やっちゃえ、バンブルビー! 正義の力を見せてやれ!!』

「熱烈だねえ……だが、後方不注意には気を付けた方がいい」

 

 バリケードがニヤリと笑った瞬間、再加速しようとしたバンブルビーをオンスロートが鋏状武器デカピテーターで掴もうとする。

 しかし間一髪で加速したバンブルビーはその場を離脱。ついでにオンスロートの顔を蹴るのも忘れない。

 

「おのれ、あの餓鬼! バリケード、まだグランドブリッジとやらは開かんのか!!」

「……の、ようだな」

 

 チラリとマーカーを見れば、先端部が赤く点滅している以外に変化はない。それからバンブルビーがインフェルノカスを翻弄しているのと、ネプギアが戦線に復帰しレギオンにビームをお見舞いしているのを見た。

 

「仕方ない、()()()()を使うか……」

「何をブツブツ言っている! さっさとガルヴァトロンに連絡を付けて指示を仰げ!」

「ああうん、大丈夫だ。()()()()()()()()()()()()()()

「なに……?」

 

 言うや、バリケードは胸部装甲の内側から掌大の装置を取り出した。

 装置は球形だが、円形の赤い発光部があり、目玉のようにも見える。

 

「なんだそれは?」

「『クインテット・エニグマ』だそうだ」

 

 言うや、バリケードはそのエニグマなる物体を起動する。

 するとエニグマがブルブルと振動し、さらにギョロギョロとまさしく目玉のように動く。さらに各所からクモの足のような物やサソリの尻尾のような物が飛び出したかと思うと、バリケードの胸に飛びついた。

 節足や尻尾の先端がパーツの隙間に入り込み、ガッチリと張り付く。

 

「何をしている!?」

「ちょうどいい、お前が()()()になれ」

「何を言って……ぐおおおおおっ!?」

 

 驚愕していたオンスロートに向け、エニグマの目のような部分から赤いレーザー光が発せられた。

 その光に当てられたオンスロートが見えない糸で吊り上げられたかのように空中に浮かぶ。

 さらにドリフトとその分身と戦っていたバーサーカーとドレッドボット、クロスヘアーズを追いかけていたニトロ・ゼウスに光が照射されるや、彼らの体は意思に反してオンスロートの周りに引き寄せられた。

 

「なに!?」

「なんにせよ、止めて、やる!」

『駄目だ、加速し過ぎたよ! ちょっと休まないと!』

 

 異常事態にネプギアが引き金を引く手を止め、バンブルビーは加速しようとするが、上手くいかない。

 他のオートボットたちも阻止に向かおうとするが、分離したインフェルノコンたちに阻まれる。

 

「な、なんやこれッ!?」

「おい、なんのつもりだ!!」

「降ろせ、降ろしやがれ!」

「何の真似であるか!!」

 

 空中に吊り上げられてディセプティコンたちに向かって、バリケードは皮肉っぽい笑みを浮かべてから、オートボットたちを見回した。

 

「お前らが余計なことをするからだぞ……強制合体(ユナイト)!!」

 

 叫びと共に、バリケードが宙に浮かび上がりパトカーに変形したかと思うと、さらにギゴガゴと変形していく。

 その形は、巨大な左足だ。車体が真ん中から前後に分かれて、フロント側が下腿、車体後部側が大腿を構成している。

 

()なんだってんだぁあああ(ノ エンティエンドォォォ)!?」

 

 ドレッドボットも錆塗れのトランスポルターに変形し、そこからフロント側を下側にして右足に変形する。

 

「なんでやねええんっ!」

 

 バーサーカーは左腕だ。手首からロボットモード時の肩の突起がカニの鋏のように飛び出している。

 

「どうなってんだよ、こりゃあああッ!?」

 

 絶叫しながら、グリペン姿のニトロ・ゼウスは機首側が上腕、翼を畳んだ機体後部側を前腕にして右腕になる。

 

「おのれ、バリケードォッ!!」

 

 そしてオンスロートは複雑に変形して、手足のない胴体になった。

 

 それぞれパーツに変形した5体のディセプティコンは、オンスロートが変形した胴体部を中心に、轟音を立てながら結合していく。

 背中には二門のキャノン砲が天を突くようにして備えられており、オンスロートの銃機関砲、ニトロ・ゼウスのキャノン砲とミサイルや、バリケードのガトリングといった各員の武装があちこちから飛び出している。左腕にはニトロ・ゼウスのジェットノズルが火炎放射器として備えられていた。

 そして両の手首からは鈎爪のように尖った五指を備えた手が、胴体からは凸の字を逆さにしたようなバイザー状のオプティックの他には口も鼻もない鉄仮面のような顔を持った頭部が飛び出した。

 

『ブルーティカス、誕生(オンライン)!!』

 

 新たに誕生した巨人は、バリケードの声で咆哮を上げた。インフェルノカスよりも、さらに一回り以上大きい。

 

「なんだよ、こりゃあ……!」

合体兵士(コンバイナー)だと……!」

 

 その巨大な姿に、クロスヘアーズやハウンドが圧倒される。

 オートボットたちを抑えていたインフェルノコンたちも再度合体し、ブルーティカスなる巨大兵士の傍に並ぶ。

 合体兵士が二体も並んでいる姿は、それだけであらゆる勇気を打ち砕かんとするかのようだ。

 

「おーい、俺は~? 合体できてないんですけどー! 仲間外れは酷くねえ!?」

『悪いなモホーク。このエニグマは五人用なんだ』

「ええー! 必然的に一人余るじゃん、それー!」

 

 一人合体できなかったモホークは、ブルーティカスを見上げて喚くが、素っ気なく返されて消沈する。

 

「臆すな! 行くぞ!!」

『恐怖など、ない』

「ビーシャ、加速は、使える?」

『うん、もう大丈夫だよ!』

 

 そんなやり取りに構わずドリフトは分身と共に飛び掛かり、バンブルビーは再加速して巨体に登ろうとする。

 ブルーティカスが再度咆哮を上げ、一歩踏み出すだけで大地が揺れる。その右腕のグリペンのジェットノズルだった部分から強烈な火炎が噴射された。

 

「散れ!!」

 

 ハウンドが叫び、全員が各々の方法で散開した瞬間、一同がいた場所に火炎が吹き付けられる。高熱で地面が焦げるのを通り越して熔解している。

 

 クロスヘアーズとネプギアは飛び回りながら銃撃を浴びせるが、まるで効いている様子はない。

 

『かったいなあ……!』

「へ! のろまなデカブツめ……うおっ!?」

 

 挑発するクロスヘアーズだが、ブルーティカスは巨体からは想像も出来ない速さで右手を伸ばし、鋏でクロスヘアーズを掴む。

 

「ぐッ……!」

「クロスヘアーズさん! M.P.B.L、最大出力!!」

「放しやがれ、デカブツ!!」

 

 そのまま胴を千切らんばかりに挟み込む力を強めていくブルーティカスだったが、ネプギアの銃剣からのビームと、ハウンドのロケット弾をありったけ受けて、僅かに力が緩んだ。

 

『危ないとこだった! ありがと!』

「ケッ! 俺一人でもなんとかなったぜ!!」

 

 その隙に、クロスヘアーズは何とか脱出する。

 さすがにあれだけの火力を受ければダメージがあるようだが、逆に言えばあれだけの火力でも力を緩ます程度。

 

 その耐久力といい、飛行しているクロスヘアーズを捕まえた素早さといい、単純にディセプティコンが五体くっ付いただけのデカブツではないようだ。

 

「というか、なんだか五人分よりも体が大きいような……」

「大きさの、概念を、捨てるんだ!」

 

 どう見てもパーツ毎に巨大化していることに思わずツッコミを入れるネプギア。

 よく分からないことを言ったバンブルビーは、加速した状態でまずは膝関節部に飛び蹴り、そのまま胴体をよじ登り、顔面に思い切り拳を叩き込み、ついでに背中のキャノン砲の砲口にブラスター弾をお見舞いしてやる。

 

 地面に着地してから加速を止めるが、蹴りと拳は効いている様子がなく、砲口内部でブラスター弾が爆発したにも関わらず、僅かに身じろぎしただけだった。

 

「なんつう、頑丈な……!」

『今のはバンブルビーか? 少し痛かったぞ』

 

 ブルーティカスはバンブルビーを見下ろし、バリケードの声で言う。言葉の割りに痛がっているようには見えない。

 加速中のこちらを視認はできないようだが、これでは決定打にならない。

 

「バリケード、右足のクセに、センター気取りとは、生意気な」

『そうだよ、そういうのは普通胴体か頭部担当がリーダーでしょ!』

 

 ややメタい調子のバンブルビーとビーシャに答えず、ブルーティカスは全身に備えた火器を発射する。

 左腕の火炎放射器はもとより、ブラスター、ガトリング、ミサイル……中でも背中のキャノン砲は、発射されては迫撃砲のように地上に降り注いでくる。ついでとばかりにインフェルノカスも両腕のキャノンを発射している。

 廃村を更地にするような勢いで巻き起こる爆発に、ハウンドやドリフトは逃げ惑うことしかできない。

 

「ええいくそ! 基本火力が違いすぎらあ!!」

『状況はかなり不利だ。撤退すべきか』

「二人に増えてもこれはどうにもならんか……」

『…………』

 

 一挙手一投足がいちいち必殺級の破壊力を持つブルーティカスの前に、オートボットたちも攻めあぐねる。

 

『もう! ヒーローが新たな力を得たら、悪役はアッサリ負けるのがお約束でしょ!』

『知るか、そんなもん』

 

 メタいビーシャの声をバッサリと切り捨てたブルーティカスは、さらなる攻撃を繰り出そうとする。

 だが、そこで聖堂前の地面に突き立てられたマーカーが起動した。

 

 赤く点滅していた部分が青く輝き、マーカーの刺さった地点と聖堂の間に光が溢れる。やがて光は渦を巻いて、どこに繋がっているとも分からぬトンネルを形成した。

 

『やっとグランドブリッジが起動したか……ならば。ディセプティコン! 渦の中に進め!!』

 

 光の渦を見たブルーティカスは、右腕を振り上げる。

 その号令に反応して、村の各所に停泊していた降下艇や戦闘艇が飛び立ち、こちらに集まってきた。

 

「なんだ、あの光の渦は……?」

『旅の扉か、デビルロードか……いずれにせよ、転送系の何かだろうな』

 

 目を凝らすドリフトに対し、エスーシャは平坦な調子で言う。実際、その推測は当たっていた。

 我先にと光の中へ飛び込んでいく降下艇や戦闘艇が、クロスヘアーズが追おうし、ハウンドが撃ち落そうとするが、いずれもブルーティカスの弾幕に阻まれる。

 

『インフェルノカス、お前も先に行ってろ』

 

 インフェルノカスは一つ唸ると、五体に分離して渦の中に入っていく。

 全ての船が転送されたのを確認したブルーティカスは、右腕の鋏を収納し拳にエネルギーを込めていく。

 

「奴だけでも止めろ!!」

 

 ハウンドの号令に、オートボットたちは一斉に合体兵士に飛び掛かろうとする。

 だが、ブルーティカスが右拳を思い切り地面に叩き付けると、凄まじい衝撃波が発生し、彼から見て前方にあるほとんどの建物を粉々に破壊した。

 オートボットたちも後方へ吹き飛ばされ、地面や辛うじて残った建物に叩き付けられる。

 

『わあああああっ!!』

『きゃああああッ!!』

『思ってたより威力がデカかったな。……まあ死んではいまい』

 

 強制スリープに入ったオートボットたちを見て、ブルーティカスは首を傾げる。

 合体が解かれ胴体と手足が崩れる積み木のようにバラバラと地面に転がって、それぞれロボットモードに変形した。

 

「な、なにがどうなったんや……」

痛ててて(ドゥエレ)……」

「くそう! ワケが分からねえぞ!」

「お~いニトロ~、大丈夫か~?」

 

 バーサーカーとドレッドボットは頭を振って立ち上がり、ニトロ・ゼウスは今まで隠れていたらしいモホークに心配されていた。

 そしてオンスロートは怒りを滾らせて、何食わぬ顔をしているバリケードを睨みつけていた。

 

「…………」

「そんな顔をするな。さあ、俺たちも行くぞ」

 

 ディセプティコンたちは顔を見合わせつつも、グランドブリッジを潜っていく。

 オンスロートも後に続くが、最後までバリケードのことを疑いの眼で見ていた。

 

 彼には分かっていた。あの合体の本来の目的は敵と戦うことではない。ディセプティコンたちがガルヴァトロンに逆らった時、問答無用で意思を奪い従わせることだ。

 オンスロートはいよいよガルヴァトロンへの不信を深めるのだった。

 

 そのオンスロートも光の中へ消えると、バリケードは自分もグランドブリッジの中へ入ろうと歩き出す。

 

「待て! バリケード!!」

 

 しかし、その背を呼び止める者がいた。

 ダメージを負いながらも何とか立ち上がった、バンブルビーだった。しかし動くこともままならず、睨むことしかできない。咄嗟に庇ったのだろう、ネプギアも大きなダメージを負いながらも彼の隣に立っていた。

 バリケードは怒りに燃える情報員の顔を見た。

 

「じゃあな。……追ってくるなよ?」

 

 手元のリモコンのような装置でアンチ・エレクトロンの散布を止めたバリケードは、それだけ言うとグランドブリッジの中へと消えた。

 同時に光の渦も霧散する。

 

 バンブルビーはついに片膝を突く。

 痛みではなく、悔しさ、無念さに震えながら地面を拳で叩いた。

 

「くそう……くそうっ!!」

「ビー……」

 

 痛ましげにネプギアがその膝に手を置く。悔しいのは彼女も一緒だった。

 バンブルビーの胸からキューブが転がり落ち、ビーシャの姿に戻る。

 彼女は、黄色いオートボットを見上げた。

 

「バンブルビー……ううん、まだだよ! ヒーローは一回負けてからが、本番なんだよ!! 次こそ必ず、ディセプティコンをやっつけよう!」

「ビーシャさん……」

 

 グッと拳を握るビーシャに、ネプギアは何とも言えない顔を向ける。

 何と言うか、あまりにも無邪気に過ぎる気がしたのだ。

 しかしバンブルビーは、強い決意の宿った表情を浮かべた。

 

「ああ、そうだね」

 

 彼のセンサーは、他のオートボットたちの無事を確認していた。

 ハウンドも、ドリフトも、クロスヘアーズも、他のオートボットたちも生きている。生きているのなら、反撃できる。戦争(あの)の頃のように

 

「バリケード、必ず、捕まえてやる……! ビーシャ、力を、貸してほしい」

「もちろんだよ! そうこなくっちゃ!」

 

 決意を固めたバンブルビーと、はしゃぐビーシャ。

 しかしネプギアは、そんな二人に対して寂しさにも似た不思議な痛みを感じていた。だが、すぐにやるべきことを思い出す。

 

「そうだ! ……こちら、ネプギア! オートボット本部、応答願います!」

『……こちらオートボット本部、オプティマス・プライムだ。ネプギア、状況を報告してくれ』

「オプティマスさん……すいません、作戦に失敗しました。脱走者たちは、逃亡。こちらは怪我人多数です。すぐに救援を送ってください」

 

 ややあって、通信の向こうのオプティマスは答えた。驚いてはいるようだが、冷静な声だ。

 

『分かった。詳しいことは、戻ってから報告してくれ。……こちらも、色々と込み入ったことになっている。話し合いが必要だ』

「司令官、それは……?」

 

 バンブルビーは、何とか立ち上がって通信に割り込む。

 対して返された言葉は、ネプギアとバンブルビーに衝撃を与えるには十分だった。

 

『プラネテューヌで戦いがあった。ホット・ロッドとガルヴァトロンが対決したのだ』

 




合体兵士ブルーティカス
バリケード、オンスロート、ニトロ・ゼウス、バーサーカー、ドレッドボットの五体が、何者かが合体を司る神秘のアイテムを模倣して造った『クインテッド・エニグマ』を使って強制合体したことで誕生した巨大兵士。
デバステイターやインフェルノカスを上回る圧倒的なパワーと火力を持つ。
その意識はバリケードの物であり、実質彼が他のメンバーの体を乗っ取っている状態。

オンスロートの登場が発表された時に、こんなのをみんなちょっと期待したんじゃないかなあって。
バリケードが主導権を握っているのは、スーパーリンクに登場するオンスロートの海外名がバリケードだったことにちなむと言い張ってみる(ついでにボルターの海外名はブラックアウト)
ついでに、頭部はユナイテッドEXのコンバットマスタープライムモードがモチーフ。


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第32話 『うずめ』

ネタばらし回。


 時間は遡る。

 

 未来的な建物の合間を、ランボルギーニ・チェンテナリオが走っていく。

 ミリオンアーサーとチーカマ、それにうずめを乗せたホット・ロッドは、プラネテューヌの街へと帰り着いていた。

 多くの人が祭りに出掛けているせいか人影は疎らだが、それでも人間、オートボット、ディセプティコン、モンスターらがそれぞれ働いたり遊んだりしている。

 

「おお! やはりプラネテューヌは凄い国だな! 背の高い建物があんなにもたくさん!」

「私たちの国だと、キャメロットの塔くらいだもんね」

 

 窓から見る光景に、ミリオンアーサーとその膝に乗ったチーカマがはしゃいでいる。

 一方で、うずめはずっと何かを考え込んでいるようだった。

 

「そう言えばさ、ブリテンってのはどんなトコなんだい?」

「ふむ、そうだな。魔法の力が豊富な島国だ。自然も豊かで、歴史もある。……しかし祖国は今、内乱に加えて『外敵』の襲来時期が迫っている」

「外敵?」

「『外敵』とは、数十年周期で海の向こうからやってくる侵略者だ。しかも時を経るにつれより強大に、より狡猾になっていく……」

 

 その説明に、これまで黙っていたうずめが怪訝そうな顔をする。

 

「だったらなんで、アーサー同士で争ってるんだ? まずは、その外敵とやらを倒すのが先だろう」

「それはそうなのだがな。こればかりは人の(さが)という奴だろう。王の椅子は、一つだからな」

 

 そう返されて、うずめは眉間に皺を寄せる。

 しかし、今までとは怒りの方向性が違うようだった。

 

「どこでも変わらないな。人間という奴は」

「ふむ。そなたも何か思う所があるようだな」

 

 何処か疲れたように息を吐くうずめに、ミリオンアーサーは興味深げではあったが追及はしない。

 

「わたしとて争いがしたいワケではない。しかし、対等な力がなければ対話もままならぬ。わたし自らが真の王となって、皆を導き、平和を作る。そのために、エクスカリバーを手にしたのだ」

 

 そう語るミリオンアーサーの目には、強い決意があった。理想があった。信念があった。

 ホット・ロッドは、その目と言葉に何処か惹かれる物を感じていた。異性としての興味ではなく、人として好感を持ったのだ。

 うずめはそのことを敏感に察知してムッとする。表情も何もない車の感情を読み取るあたり、人間離れしている……女神だけど。

 

 一方で、チーカマは疑わし気な顔をした。

 

「良いお話だけれど……それだけじゃあ、ないわよねえ?」

「もちろんだ! 王になれば、美少女の騎士を作り放題! 敵対する騎士も違う派閥の女の子のアーサーにサポート妖精も! みんなわたしの嫁になればブリテンに真の平和が……ハッ!」

 

 なんかとんでもないことを口走ったミリオンアーサーは、ホット・ロッドが呆気に取られているような空気を放ち、うずめとチーカマの視線が氷点下にまで落ち込んでいることに気付いて慌てて取り繕う。

 

「も、もちろん冗談だとも!」

「アーサー。そこの、アーサー!」

「ねえロディ。オレは彼女の王様としての適性に、大いに疑問がわいたよ」

「俺も、ちょっとだけ……」

 

 そんな会話をしているうちに、ホット・ロッドはプラネタワーの敷地に入ったのだった。

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、ホット・ロッドさん。うずめさん」

 

 そしてここはプラネタワーの応接室。

 やはり人間とトランスフォーマーが共に過ごせる造りになっているここで、イストワールが出迎えてくれた。

 

「ただいま、イストワール。……体はもう大丈夫なのかい?」

「あっはい。もうだいぶ良くなりまして。どうもご心配をおかけしました」

「本当に大丈夫かい? 君は昔から無理しがちだから……って、ねぷっちが言ってた」

 

 心配そうな声を出すうずめに、イストワールは淡く微笑む。

 

「本当に大丈夫ですから……それよりも、お客様がたを紹介してください」

「ああ、イストワール。彼女たちはミリオンアーサーとチーカマ。ブリテンという遠い島国からはるばるやってきたんだ。二人とも、彼女はイストワール。このプラネテューヌの教祖だ」

 

 ホット・ロッドの紹介に、ブリテンの二人は礼儀正しく一礼する。

 

「紹介に預かったブリテン王候補ミリオンアーサーだ。教祖とは国政を取り仕切る宰相のような物だと聞く。お目に掛れて光栄だ」

「同じく、サポート妖精のチーカマよ」

「ご丁寧にどうも。プラネテューヌ教会教祖イストワールです。我が国を代表して、お二人を歓迎いたします」

 

 一通り挨拶を終えた三人だが、ホット・ロッドはふと、イストワールとチーカマの雰囲気が似ていることに気が付いた。

 妖精に例えられるイストワールと妖精その物のチーカマなら、似ていて当然かもしれない。

 それとも、破天荒な上司に振り回される苦労人気質が似通っているのだろうか。

 

 一方で、イストワールはイストワールで小さな疑問を感じていた。

 ブリテンは遠く離れている上に渡航困難な海域にあるため、今までほとんど国交がなかったが、それでも断片的な情報は入ってきていた。

 それによると……。

 

「確かアーサーというのは、ブリテンの初代国王の名だと記録にあります」

「ほう、ご存知だったか。その通り、『アーサー』とは、かつてバラバラだったブリテンを統一した伝説的な王なのだ。そして彼が携えていた剣こそが『エクスカリバー』だ」

「つまり、王の選定だの何だのってのは、その王様に肖った儀式なワケか」

 

 イストワールとミリオンアーサーの会話に、なるほどとホット・ロッドは頷くが、うずめは少し冷めた目をしていた。

 

「それも100万セットだとありがたみが薄いな」

「うずめ……さっきから何だか感じが悪いぞ」

「そうですよ、うずめさん」

 

 いい加減、辛辣ない態度な目に余り、ホット・ロッドとイストワールが注意する。

 しかしミリオンアーサーは快活に笑う。

 

「はっはっは! そう言われてはぐうの音も出ん! 確かに有難みなにも有ったものではないな!」

「悪いなミリアサ。何だか今日のうずめはやたらと怒りっぽくて……」

「なに、乙女には色々あるものだ! ……にしても、イストワールもまた見目麗しい美少女。どうだろう、わたしと一晩かけて熱い議論を交わさないか?」

「ブリテンの品格が疑われるから、自重しなさい!! 晩御飯抜きにするわよ!」

 

 イストワールに色目を使いだす相方に、チーカマは眉を吊り上げる。そんな彼女を、イストワールは同情的な目で見ていた。

 やはりこの二人、似た者(くろうにん)同士らしい。

 

 うずめは、一つ息を吐くと踵を返した。

 

「それじゃあ、オレはこれで」

「お、おいうずめ! 何処行くんだよ!」

「少し一人にしてくれ。考え事がしたい」

 

 呼び止めるホット・ロッドに構わず、うずめは部屋から出ていく。

 閉じる扉を見ながら、ホット・ロッドは困ったように息を吐いた。

 

「まったく、今日のうずめは変だぜ。どうしちまったんだ、いったい?」

「ふふふ、そなたも中々に大変だな。しかし、そこで寄り添うのも男のUTUWAだ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべるミリオンアーサーに、ホット・ロッドはどういうことかと視線で問う。

 

「乙女というのはな、ああは言っても追ってきてくれれば嬉しいものなのだ。特に、ああいう不安そうな目をした娘はな」

「そういうもんか」

「そういうものだ。さあ、行ってやるといい」

 

 ミリオンアーサーにそう急かされたホット・ロッドは、イストワールに一つ詫びるとうずめの後を追うべく部屋を出た。

 そしてうずめの姿を探そうとした、その時だ。

 

 急に入ってきた通信に、ホット・ロッドの表情が凍り付いた。

 

 

 

 

 

 応接室を抜け出したうすめは、プラネタワーのテラスに一人佇み、眼下の街を冷たい目で眺めていた。

 人と、トランスフォーマーと、それ以外が平和に暮らす国を。

 普段と違い、その瞳には一切の光がなく、深淵に続く底なしの穴のようだった。

 

「…………」

「どうした、そんな顔をして」

 

 急に声がかけられた。

 振り向かずとも、うずめにはそれが誰だか分かっていた。

 

 黒服に薔薇をあしらった中折れ帽、流れる銀の髪に、アイスブルーの瞳の女性……マジェコンヌが当然のようにそこに立っていた。

 

 うずめはやはり振り返ることはなかったが、顔を不機嫌そうに歪めた。しかし、敵意や警戒といった感情はなかった。

 

「マジェっち……説明してくれないか。君にお願いしたのは、ガルヴァトロンが()()()()()()()()()()()()ことだよ。……なのになんだい? 秘密結社に、アーサー? どういうことか説明してくれないかな」

「ああそうだな。順を追って話そう。私は()()()()()()()()()()ガルヴァトロンを異空間から拾いにいったんだがな。別の奴が、先にガルヴァトロンを救い出していた。奴は今、その救い主の指示で動いている……一応な」

 

 この会話を聞いた者がいたら、理解が追い付かずに混乱することになるだろう。

 二人の口ぶりでは、うずめは自分を攻撃させるために、異空間に落ちたガルヴァトロンをマジェコンヌに助けさせようとしていたことになる。

 そもそも、マジェコンヌが堂々とこの場にいることも、それがタワー内の誰にも察知されていないらしいことも異常だった。

 

「ッ! そんな馬鹿な。オレはそんなこと望んで……いや異空間から出すという結果だけは叶った形か。あるいは、オレの力と言えど有限だったのか? なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけでも途方もない力を使っている。知らず知らずのうちに限界がきたのか?」

 

 そしてうずめが……地球はフーバーダムにあるセクターセブンの施設、その最奥で巨大シェアクリスタルの中に封印されていた、この『うずめ』がブツブツと呟く通りなら、彼女こそがこの異変の元凶ということになってしまう。

 だとすれば、その理由の一端はやはりメガトロンたちの介入を防ぐためだろう。

 

「だってスペースブリッジの理論とかチンプンカンプンだし、しかも次元越えられる女神がいるとか、大雑把に『ゲイムギョウ界に入ることも出ていくことも出来ない』ってするしかないじゃないか……」

 

 ちなみに彼女はホイルジャックとネプギアからスペースブリッジの理論や異なる次元間での移動の理屈について講習を受けたことがあるが、その直後死んだ魚のような目で真っ白になっていたのが目撃されている。

 

「まあそれについてはいい。それよりも話しを戻すが、なんで今日刑務所を襲撃したんだい? 事前に打ち合わせした通り、今日、あの場で女神たちは負けるはずだったんだよ」

「そして女神どもへの信仰が一瞬でも揺らいだ隙に、ゴールドサァドどもがゲイムギョウ界の統治者に成り代わる……いや、()()()()()()()()()()()()()()()か」

 

 果たしてそのような、()()()()()()()()が如きことが、可能なのだろうか?

 少なくとも、この場にいる二人は可能であるという前提で話していた。

 

 『うずめ』はここで初めて振り返り、マジェコンヌを睨みつけた。

 

「そうだよ。ところがガルヴァトロンたちのせいで計画はおじゃんだ。せめて、他の日にさせられなかったのかい?」

「あいつが、私の言う事なんて聞くはずないだろう?」

 

 肩を竦めるマジェコンヌに、うずめは舌打ちしつつも同意せざるを得なかった。彼女からしても、破壊大帝が言う事を聞くとは思えなかった。

 

 しかし彼女は知らない。刑務所襲撃の日時を、その細かいタイミングまで指示したのがマジェコンヌであることを。

 そして、G-1グランプリの会場に流れたインフェルノカスの映像を用意したのがマジェコンヌであることもまた。

 

 うずめは自分の髪を握り、イライラと頭を振る。

 

「とにかく、計画を練り直す必要がある。そのために、まずは君の知っていることを……ん?」

 

 そこでうずめは、ふと見下ろした先で、地球のイタリア産スーパーカーがプラネタワーの敷地から出ていくのを見つけた。

 運転がやや粗く、焦っている様子だ。

 

「ロディ? いったい、どこへ行くんだ? ……なんだよ、探してくれても良かったじゃないか」

 

 後半は蚊の鳴くような小さな呟きだったが、幸か不幸かマジェコンヌの耳にはしっかり聞こえていた。

 しかし聞こえなかったふりをする。

 

「ああ、あいつなら呼び出されたんだ」

「呼び出された? 誰にだい?」

「……このタイミングで、私が、呼び出したのを知っている。そんな奴、一人しかいないだろう?」

 

 噛んで含めるように言われて、『うずめ』はハッとなる。

 マジェコンヌの言う通り、そんな相手は……ましてホット・ロッドが誰にも言わずに会いに行く相手なんて、決まっていた。

 

  *  *  *

 

 ホット・ロッドはプラネテューヌ首都を一望できる、小高い丘にやってきていた。

 不意に、既視感に襲われた。この場所を昔から知っているような……いや、今はそれどころではない。

 目当ての人物は、丘の上から街を眺めていた。

 

「ガルヴァトロン……!」

「来たか、ロディマス」

 

 ある程度距離を取りつつ憎々し気にその名を呼べば、相手は振り返ることなく答えた。

 

「なんのつもりだ! どうして俺をこんな所に呼び出した! それ以前に、どうして俺の通信番号を知っていた!!」

「最後の質問はナンセンスだな。弟の連絡先ぐらい知っていて当然だろう。そしてここに呼び出したのは、お前と二人きりで話がしたかったからだ」

 

 なんてことないように答え、ガルヴァトロンは排気する。

 

「どうだ、ロディマス。……この世界(ゲイムギョウ界)は、いい所だろう?」

 

 何処か自慢げなその言葉の意味を、ホット・ロッドは計りかねた。

 黙っていると、ガルヴァトロンは続ける。

 

「ディセプティコン、オートボット、女神、人間、時にはモンスターすらも共存している。もちろん俺とてこの世界に争いがあったことは知っている。しかし、皆でそれを乗り越えてきた。……地球とは大違いだ」

 

 やはりそこに行きつくのか、とホット・ロッドは顔を怒りに歪める。

 

「それでこの世界を守るために、地球を滅ぼすってか? ……馬鹿げてる!」

「そうか? 当然の選択だろう。あの地球のゴミどもときたら、何百年も何千年も、飽きもせずに殺し合いばかりだ。これから先も同じだろうな」

「それは俺たちトランスフォーマーも一緒だろうが! 一万年も戦争してたんだ!!」

「オートボットとディセプティコンに分かれてな。……だが地球の連中は、二つの勢力どころでは済まない」

 

 どこまでも平行線な考えに、ホット・ロッドの目つきが鋭くなっていく。

 

「第一! この世界を守るってんなら、何でブリテンを荒らしてんだよ!」

「別に荒らしては……いや、もちろんそれには理由がある。俺はな、ある『杖』を探しているんだ。それが有れば、地球を滅ぼすことが出来る」

「杖だあ?」

 

 唐突に出てきた単語に、ホット・ロッドは胡乱げな顔をする。まさか魔法の杖を一振りすれば地球を死の星に出来るとでも言うのか?

 ガルヴァトロンはまだ世間話の延長であるかのように語る。

 

「それを手に入れるためには、鍵が必要なんだ。鍵は全部で四つあり、ブリテンの何処かに隠されているらしい」

「四つの……鍵?」

 

 そのフレーズには、聞き覚えがあった。

 検索から戻ったイストワールがうわ言のように繰り返していた中に、その言葉があったはずだ。

 そんなホット・ロッドの思考には気付かず、ガルヴァトロンは続ける。

 

「だから俺は、エクスカリバーを抜いて王候補になった。そうなればアーサーとして合法的にブリテンを探索できるからな」

 

 確かに、ミリオンアーサーの話とガルヴァトロンの話を照合すると、そのやり口はともかく王座争奪戦の範疇内な気はする。

 

「だとしても、お前は刑務所を襲った。この世界を守ると言いながら、この世界の平和を乱したじゃないか!」

「……必要なことだ。苦しい決断だが、この世界を地球人から守るためなんだ。奴らは必ずサイバトロンとゲイムギョウ界に牙を剝く」

 

 言うやガルヴァトロンはホット・ロッドと向き合い掌サイズの球形の装置を放った。

 爆弾かと身構えるが乾いた音を立てて地面に転がった装置からは立体映像が投射される。

 

 十字架を担いだ男が、石の丘を登っていく。

 肌の黒い人々を、肌の白い人々が奴隷として酷使している。

 鍵十字の旗を掲げた兵士たちが、収容所に押し込めた人々をガスで殺している。

 極東の島国のある街が、爆弾によって跡形もなく消え去りキノコ雲が上がる。

 

 それは地球の歴史だった。

 

「見ろ、奴らの歴史は最初から現在に至るまで余すことなく血に塗れている。地球人は往年のディセプティコンなど比較にならないくらいに、残虐で強欲だ。……確かに善良な者もいるかもしれないが、ごく僅かだ」

 

 確かに、受け入れてくれたのはケイドやサムら極少人数だ。

 映像に圧倒されたこともあって、自然と握りしめた拳に力が入る。

 

「ロディマス、『杖』を手に入れて、この世界を守ろう」

 

 ガルヴァトロンは、手を差し出してきた。

 

「記憶が戻らないなら、それでもいい。ブリテンの件が気に食わないなら、別のやり方を一緒に考えよう。天王星うずめのことも、殺さないでいい。……あの女もこの世界に触れていれば変わるかもしれん」

 

 あれほど憎んでいるうずめのことを脇に置いてでも、ガルヴァトロンには優先すべきことがあるようだった。

 

「だから、俺と一緒に来てくれ。……兄弟」

 

 口調こそ淡々としていたが、本心からの懇願であることがホット・ロッドにも分かった。

 返す言葉は決まっていた。

 

「前にも言ったはずだ。俺は地球を守る。お前を止める。……うずめのために」

 

  *  *  *

 

「……とまあ、そんな展開になっているだろうな」

 

 マジェコンヌからガルヴァトロンがホット・ロッドを仲間に引き込みにいったと聞かされた『うずめ』は、我知らず唇を噛む。

 ホット・ロッドがそうまでして尽くそうとするのは自分ではなく、今も地球にいる天皇星うずめだと知っているからだ。

 

「まあいいさ。オレには奥の手がある」

 

 暗い自信を見せる『うずめ』に、マジェコンヌは意を決して慎重に言葉を選んで諫言しようと試みる。

 

「なあうずめ。こんなことはもう止めにしないか? トランスフォーマーどもは開ける度に中身の変わるビックリ箱みたいな物だ。完璧にコントロールするなんて出来ない。復活できただけでも……」

 

 その瞬間、マジェコンヌの喉からヒュッと音が漏れた。

 『うずめ』と、その深淵の闇のような瞳と、まともに目が合ってしまったからだ。

 

「いいや、止めない。この世界を滅茶苦茶にして、オレを封印し、最初からいなかったことにして、のうのうと幸せを享受する奴らに復讐を果たす。そのためなら悪魔にだって魂を売ってやるし、邪魔をするならトランスフォーマーだろうが、ぶっ潰す」

 

 粘性の液体のような、冷たく重い感情の籠った声だった。

 

「オレの両隣にいるのは君とロディだ。……君とロディの二人だけだ。それ以外には何もいらない。なあマジェっち、君はオレのことを裏切らないだろう?」

 

 釘を刺すような言葉が、しかし最後の一文を言う声が僅かに震えてしまったのは、不安からだろうか。

 

「し、しかしな。地球のうずめのふりをしてオートボットの小僧の愛を得たとして、それはお前に向けられた物ではないんだぞ」

「問題ないよ。いずれは、オレの物になる」

 

 何とか説得しようとするマジェコンヌだが、うずめは静かだが歪んだ笑みを浮かべた。

 

「そしてロディは、英雄に、勇者になるんだ。皆から慕われ崇められ……そんな勇者をオレが独り占めにする。悲鳴と泣いて赦しを乞う声をウエディング・ベルに、愛を誓い合うんだ。そうだ、ロディのためにメガトロンとやらの残骸で王座を作ってあげよう……それでやっと、オレの気は晴れる」

 

 狂気に満ちた妄想を語る『うずめ』に、マジェコンヌは冷や汗を垂らしながらもさらに何か言おうとするが、適わなかった。

 

「もう、うずめさんもホット・ロッドさんもどこに……ッ!?」

 

 屋内に通じる出入り口から、イストワールが現れたからだ。うずめを探しに来たのだろう。

 本に乗った少女は口元を押さえて息を飲む。

 

「マジェコンヌ!」

「…………」

 

 マジェコンヌの表情が酷く苦み走った物になったのも束の間、すぐにうずめの腕を掴んで引き寄せ、羽交い絞めにする。

 

「ち、ちょっとマジェっち!」

「いいから、話を合わせろ。……ふん、教会のホストコンピューターから情報をいただくつもりだったが、よくも邪魔してくれたものだ」

 

 イストワールに聞こえないように小さい声でやり取りした後で、マジェコンヌはお芝居の内容(カバーストーリー)を口にする。

 それを察したうずめも口裏を合わせる。

 

「君の好きにできると思ったら、大間違いだ!」

「チッ! 忌々しい女神め。かくなるうえは、貴様には人質になってもらうぞ!」

 

 言うや、マジェコンヌはうずめを抱えたままテラスの縁に登る。

 イストワールは、必死になって彼女を呼び止める。

 

「待ちなさい! 待って! マジェコンヌ!」

 

 本人は無意識だったが、その声は敵に対するそれではなく、まるで懐かしい友に対するかのような声だった。

 だからだろうか、飛び降りようとしたマジェコンヌの動きが止まった。

 

「私はあなたと、昔どこかで会ったことが……」

「ッ! ……それはこの状況で重要なことじゃないだろう。じゃあな」

 

 一瞬、驚愕に目を見開いたマジェコンヌだったが、すぐに血が出るほど唇を噛みしめ、今度こそ飛び降りた。

 

「うずめさん! マジェコンヌ!!」

 

 悲鳴染みたイストワールの声を背に、ターゲットマスターの姿に変身してそのまま飛んでいく。

 抱えられた『うずめ』は、気づかわし気な顔をしていたが、少し楽しそうな微笑みを浮かべる。

 女神として力を振るったも昔の話、今は自力で飛ぶことも出来ない。地上を空から見下ろしこの身で風を受ける感覚は懐かしかった。

 

「上手いぞ、マジェっち。成り行きだけど、このままロディたちのところまで行こう」

「ああ……なあ、うずめ。イストワールにも、復讐するのか?」

 

 問われて、『うずめ』は笑みを大きくする。ワザとらしいほどに。

 返す言葉は決まっていた。

 

「…………ああ、もちろんじゃないか」

 

 しかしそう答えるのには、随分と時間を有したのだった。

 




こう言ってはなんですが、会話劇中心の回の方が筆が乗るような……戦闘、やっぱり難しい。

『うずめ』
特大シェアクリスタルの中に封印されていた、もう一人のうずめ。
何等かの理由でゲイムギョウ界に恨みを抱き、復讐を目論んでいる。
ある力でゲイムギョウ界を他の次元から孤立させた張本人(が、本人が次元渡航を不可能にする理屈を思いつけなかったので、大雑把に『誰もゲイムギョウ界に来れないし、こっちからも行けない』とした)

ゲイムギョウ界に遍く生命を強く憎んでいるが、一方で自分を助けにきてくれたマジェコンヌのことは信頼していたり、イストワールを憎み切れていない節もある。ネプギアのことも嫌いではないらしい。
ホット・ロッドに対し、彼を英雄に仕立てた上で独占しようという歪な執着を寄せる。……英雄や勇者が、どれほどの苦しみを背負うことになるか、考えが及ばずに。

しかしその復讐計画は、何でもありなトランスフォーマーたちのことを理解しきれていないことや、別の悪意ある者たちの横槍のおかげで乗っけから躓いている。
こうなっているのは、原作では黒幕に徹していたが、こっちではホット・ロッドの傍に張り付いているので全体を俯瞰できなくなってしまったから。
脚本家も監督もスポンサーも、一度舞台に上がってしまえば一役者に過ぎない。


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第33回 ホット・ロッド対ガルヴァトロン

「前にも言ったはずだ。俺は、地球を守る。お前を止める。……うずめのために」

 

 銃を抜いたホット・ロッドにガルヴァトロンは悲しそうな顔をして、手を引っ込めた。

 

「止めておけ、ロディマス。今のお前が俺に勝てるはずがないだろう?」

「やってみなけりゃ……って言いたいトコだけど、確かに俺一人じゃ勝てそうにないな」

 

 事実、地球での戦いのときはサムの操縦するウルトラ・マグナスとの二体がかりで抑えるのがやっとだったのだ。

 あの頃よりも腕を上げたと自負しているが、それで勝てると思うほど、ホット・ロッドは楽天的ではなかった。

 

「俺一人ならな!」

 

 その言葉を合図にするようにして、近くの森の中から大型銃と盾を持った金属の人型の集団が重い足音を立てながら現れる。しかしそれらはトランスフォーマーではない。

 

 人間が搭乗する、プラネテューヌのパワードスーツ部隊だ。

 前大戦の終盤から投入されたこの兵器は、戦争終結後も主に技術者たちの趣味で開発が続けられていた。

 

 黒い装甲のパワードスーツ隊は、素早く展開してガルヴァトロンを取り囲むと、銃を向ける。

 隊列を成す彼らの後ろには、彼らを運んできた装甲トラックが陣取って逃げ道を塞いでいた。

 

 実はホット・ロッドは、ここに来る前にオプティマスに連絡を入れていたのだ。

 その様子に、ガルヴァトロンは僅かに驚いた様子だった。

 

「俺は一人で来いと言ったはずだが?」

「悪いな。独断専行は前にやって懲りてる」

 

 しかし、この狂人が何をしようとしているのか、何が目的なのか、探る必要があった。

 そこで危険を承知で接触することにし、アンチ・エレクトロンで無力化される危険性のない人間の部隊を出動させてもらったのだ。

 

「なるほど、成長したな。お前は昔から一人で突っ走っては、皆を困らせたものだが。しかし、彼らに俺が止められると?」

「止められるさ。彼らは地球の連中とは一味違うぜ?」

 

 実際、このパワードスーツ部隊はプラネテューヌ最終決戦にも参加した古強者たちだった。その装備は対トランスフォーマー用に特化していた。

 それはガルヴァトロンも分かっているようだった。

 

「……致し方なし」

 

 ガルヴァトロンの両手に小さな稲妻が走る。

 パワードスーツ隊の銃口がピッタリとガルヴァトロンを捕え、ホット・ロッドは引き金にかけた指に力を入れる。

 

「待て!!」

 

 不意に、全員に聞こえるほどの大きな声が聞こえた。

 ホット・ロッドが銃口を逸らさずにそちらをチラリと見れば、地球で見た影が空に浮かんでいた。

 四枚の翼をはためかせた、ターゲットマスター形態のマジェコンヌだ。

 

 しかしそれ以上に問題なのは、マジェコンヌがうずめを抱えていることだった。

 

「うずめ!!」

「ロディ……助けて!」

「全員動くな! こいつの命が惜しければな!!」

 

 不安げに叫ぶうずめと、その首に鈎爪のような指先を当てるマジェコンヌ。

 ホット・ロッドが何か指示を出す間でもなく……もともと、彼に指揮権があるワケでもない……パワードスーツ隊は銃を降ろす。

 

「テメエ……!」

「マジェコンヌ、何のつもりだ?」

「教会のコンピューターから情報を抜くのに失敗してな。代わりの手土産だ。欲しかったんだろう?」

 

 怒りに顔を歪めるホット・ロッドに構わず、怪訝そうな顔をするガルヴァトロンの問いにマジェコンヌは答えた。

 このことはガルヴァトロンにとっても計画外のようだった。

 

「ロディ……!」

「うずめ、待ってろ! 今助ける!!」

 

 ギリギリと拳を握りしめるホット・ロッドだが、うずめ……『うずめ』は内心でこのシチュエーションに興奮していた。

 

(悪者に人質に取られたヒロイン(オレ)。助けようとするヒーロー(ロディ)。まさに映画のワンシーンのようじゃないか)

 

 後は、適当なところで逃げれば、きっとホット・ロッドは自分を受け止めてくれるだろう。

 いっそ、このままブリテンまで連れていかれて囚われの姫君を満喫してもいいかもしれない。

 

 そんな『うずめ』の内心を露知らず、ホット・ロッドは怒りを燃え上がらせていた。

 胸の奥深くから黒い何かが湧き出し、パーツの一つ一つに至るまで浸透してく。

 

『ああ、まったく。ムカつくよなあ』

 

 何処かから、そんな声が聞こえた気がした。

 

『怒るのも当然だ。奴らは、お前の大切な物を傷つけようって言うんだからな……でもそれだけじゃあないよなあ? お前の憎しみ、ぶちまけてやれよ』

 

 ホット・ロッドの頭の中にだけ響くその声は、ゾッとするほどに優しく、同時に冷たかった。本人以外の誰かが聞けば、まず間違いなくこう思うはずだ。

 

 『悪魔の囁き』と……。

 

「確かに殺したいくらい憎い相手だが、こういうやり方は……」

「そういう妙に手段を選ぼうとするトコ、お前の欠点だぞ。もっとハングリーにいけ、ハングリーに! メガトロンの子なのだろう!! その血……いや遺伝子と因子に誓ったのだろう!」

 

 渋い顔をするガルヴァトロンだが、マジェコンヌは彼が敬愛する父を引き合いに出して叱りつける。

 すると、ガルヴァトロンは深く頷いた

 

「確かに俺は偉大なる父と母に誓った。使命と、復讐を果たすと。……お前もそのはずだったんだがな、ロディマス」

 

 手を翳すと、先ほど映像を投射した球形機械が一人でに宙に浮かび、手の中に納まる。

 

「これはな、元々は母上がお前に贈った物だ。……預かっていたが返すぞ」

 

 懐かし気に相好を崩したガルヴァトロンは、名残惜し気ながらも球体をホット・ロッドに向かって放る。

 しかし、ホット・ロッドはそれを受け止めなかった。

 球体は彼の胸に当たり、硬質な音を立てた後、地面に落ちる。

 

「いらねえよ、こんな物……」

「ッ! 何を言うロディマス! 父上と母上が見られたら、何とおっしゃるか……」

「何度言えば分かる、俺はロディマスじゃねえ、ホット・ロッドだ! ……あんな、()()()()()の子供じゃねえ!!」

 

 吐き捨てるように、ホット・ロッドは言った。

 いい加減、この狂人の戯言にはウンザリだった。

 

 その瞬間、ガルヴァトロンの纏う空気が変わった。

 

「人殺し、ども……?」

「何千年も戦争してた独裁者に、暴政で国を滅ぼした女神! 人殺し以外の何だってんだ! 改心したんだか何だか知らないが罪が消えるワケでもないだろう!」

「ろ、ロディ?」

 

 何か、何か激情に駆られているホット・ロッドに、うずめは面食らう。

 刑務所で、自分の出自を否定する姿は見た。しかし、これはあの時以上だ。

 彼女は自分のことに夢中で気付いていなかったのだ。

 メガトロンの息子かもしれないということが、ホット・ロッドの心をどれだけ鬱屈とさせていたかを。

 

 堰を切ったように、ホット・ロッドは慟哭にも似た声を上げる。やり場のない嫌悪、怒り、悲しみが混ざったような声だ。

 

「なるほど、確かに()()()()奴らの息子なんだろうさ! そっくりだよ、人様を傷つけておいてそれらしい理屈を並べて自分を正当化する、恥知らずなトコなんざ、特にな!!」

「止めろ、ロディマス……それ以上言うな」

 

 ガルヴァトロンの声が細かく震えだし、その震えが体に伝播して、小さな稲妻となって漏れ出す。

 これはヤバいと、マジェコンヌは殺し文句で彼を諫めようとする。

 

「お、落ち着けガルヴァトロン! メガトロンは、こんな時でも冷静だったぞ!!」

「そうだな……その通りだ」

 

 本人なりに落ち着こうとしているようだが、声の震えが大きくなり、瞳孔に当たる部分が小さく窄まっていく。

 

「冷静? 資料を見たがな、奴のブレインに冷静さなんざ、1バイトもインプットされてないとしか思えないな。冷静だったら、プライムに選ばれなかった僻みで戦争を起こすはずないからな!」

「ロディ? ロディ、どうしたんだ!?」

 

 オロオロとする『うずめ』だが、彼はもう彼女の方を見ていなかった。その目が比喩でなく真っ赤に染まるのを、彼女は確かに見た。

 こんな彼を、『うずめ』は見たことが無かった。彼女の知るホット・ロッドは、もっと強く優しく勇ましい……。

 

「傲慢で、冷酷で、残虐で、強欲で……もし、もし本当に俺が奴の子だってんなら、それは……」

 

 ホット・ロッドは言いながら心の底から嫌悪と怒り、悲しみに身を震わせた。

 

()()()()()()。俺は自分の遺伝子を恥じる」

 

 その時、ガルヴァトロンから表情が消えた。瞳孔が元の大きさに戻り、稲妻が霧散する。

 マジェコンヌは、恐る恐る彼に声をかけた。

 

「が、ガル……」

 

 そして天地を揺るがすような怒号と共に、大爆発が起こった。

 地面がめくれ、木々が、パワードスーツ隊がなぎ倒され、装甲車が横転する。咄嗟に、マジェコンヌはうずめを庇った。

 

 一瞬にも満たない間に、ガルヴァトロンは体勢を崩しかけたホット・ロッドに接近し、腹を剛腕で殴り飛ばした。

 体が真っ二つになりそうなほどの衝撃に襲われ、声を上げることも出来ずに意識が飛びそうになったが、その瞬間には顔面を掴まれていた。

 

「謝れ! 謝れッ! 謝れぇええええッッ!!」

 

 そのまま、何度も何度も地面に叩き付けられる。

 

「……ッ! ……ッ!」

「父上と母上に謝れぇええええええッッ!!」

 

 見かねたパワードスーツ隊が、ガルヴァトロンに向けて大型銃を発射する。トランスフォーマーの動きを止める特殊ボルトが全身に命中し、電磁波がその身を焼くが、ガルヴァトロンは意に介さない。

 顔面を掴んだままホット・ロッドの体を高く吊り上げ、直接電撃を流し込む。

 

「恥だと!? 父上の遺伝子が恥だと!! よくも貴様ぁッ!!」

「は、恥じゃなけりゃあ……呪いだ!!」

 

 全身をその内側までも焼かれながらも、ホット・ロッドは腕を上げて、まだ握っていた銃をガルヴァトロンの顔面に押し当て、そのまま発射する……より早く、空いている手で銃を掴まれた。

 

「呪いと言ったか、この出来損ないがぁああ!!」

 

 凄まじい力で銃を握り潰したガルヴァトロンは、続けてホット・ロッドの顔面を握り潰そうとする。

 ミシミシという嫌な音と共に指先が金属外皮に食い込み内部フレームを歪ませる。

 パワードスーツ隊が何とか止めようと、ガルヴァトロンに組み付いた。

 

「邪魔だぁあああッ!!」

 

 組み付いてくるパワードスーツたちを力づくで跳ねのけるガルヴァトロン。

 だが、その隙に一機のパワードスーツが僅かに緩んだ掌からホット・ロッドを引っ張り出した。

 

『大丈夫か!? おい!!』

「…………ああ」

 

 何とか立ち上がったホット・ロッドだが、ブレインの内側で甚大なダメージを知らせるレッドアラートが鳴り響いている。

 

『無理をするな! ここは俺たちに……ぐおっ!?』

 

 ホット・ロッドを下がらせようとしたパワードスーツに、ガルヴァトロンが四肢を捥いだ別のパワードスーツを投げ付けて黙らせる。

 

「ろ、ロディ……! ロディ!!」

「駄目だ、うずめ!!」

 

 愕然としていたうずめは、半ば無意識にホット・ロッドに駆け寄ろうとしてマジェコンヌに止められる。

 あの場に割って入れば、死にかねないからだ。

 

 負傷を押して立ち上がったホット・ロッドは剣と盾を構えた。地球にいたころから使っている手作り剣と盾だ。

 

「剣! 剣か! 貴様らしい武器だな!!」

 

 ガルヴァトロンは自分も背中から得物を抜いた。

 幅広肉厚の武骨な大剣で、刀身の根本付近にディセプティコンのエンブレムが刻印されていた。これが彼の抜いたエクスカリバーだった。

 本来この剣は人間サイズだったが、地面から抜いた途端にこの大きさと形状に変化したのだ。

 二人は剣を構え相手との距離を取ったまま、ジリジリと円を描くように動く。

 お互いに隙を伺い、力を溜めていたが、ホット・ロッドが先に動いた。

 迎え撃とうとガルヴァトロンが大きく振るう剣の横をすり抜け、相手の脇腹に一撃を加える。

 

「ガッ……! 少しは昔の切れを取り戻してきたじゃあないか! しかし憶えてないのだろう! お前の剣技はな、父上から教わった物だ!! 遺伝子を恥と言いながら、技には頼るのか!!」

「知らねえよ! 俺の剣はなあ、()()()()()()()教わったもんだ! 人殺しの剣なんかじゃ断じてねえ!!」

 

 二人の声は獅子が吼え合っているようにも聞こえる。

 

「俺が父上に似ている? 光栄だね!! しかしな、その評は()()()()()なんだよ! 俺は母上似らしくてな! 皆、口を揃えて言ったものだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()となあッ!!」

「テメエの言う事なんざ、何一つ信じられねえよ! この狂人め!! だがタリの女神に似てるのは確かだぜ!! 国を亡ぼすような奴は、サイコパスに決まってるからなあッ!!」

「きっさまぁあああああああッッ!!」

 

 ガルヴァトロンは獣のような唸り声を上げて、踏み込むと同時に大上段から剣を振るう。今度は躱し切れないと見たホット・ロッドは盾を掲げ、その上に剣を重ねて防ごうとする……が。

 

「ッ!!」

 

 エクスカリバーの刃は手作り剣の刀身と盾を易々と両断した。その下のホット・ロッドの体諸共。

 

「が、があああああッ!!」

 

 右肩から腹部に至るまで縦に斬られ、傷からエネルゴンが噴き出す。

 傷は体の厚みの半分に至るまでの深さで、多くのエネルギーチューブやコード、フレームを切断していた。

 

 端的に言って、致命傷だ。

 

「ロディ……! ロディ!!」

「! うずめ、待て!!」

 

 青いエネルゴンに塗れて地面に倒れ伏すホット・ロッドに、うずめは今度こそマジェコンヌを振り払って駆け寄った。

 

「ロディ! ロディ、しっかりして!!」

 

 もはや打算も策略もなく半狂乱になって彼に縋りつくが、それでどうなるワケでもない。

 流れ出るエネルゴンは止まらず、ホット・ロッドのオプティックから段々と光が消えていく。

 

「嫌だ!! ロディ、死なないで!!」

「ああ、よかったな。遺伝子は恥で呪いなんだろう? 残らず流してしまえ」

 

 ガルヴァトロンはもう興味がないかのように、剣を振ってエネルゴンを掃い、背中に差す。

 マジェコンヌは、そんな彼に詰め寄った。

 

「ガルヴァトロン! なんてことを……!! あいつは、お前の兄弟じゃなかったのか!?」

「いいや、あいつは()()()()()()()だ。自分で言うように」

 

 虚無。

 そうとしか言えない、感情やそれに類する何かが完全に抜け落ちてしまったような、大切な何かが壊れてしまったような声だった。

 

「そもそも()()()()()はサイバトロンで生きている。父上や母上と一緒に……ああ、それは俺も同じだった。()()()()は今も父上たちと共にいる」

「な、なにを……?」

「……じゃあ()は、誰だ? あいつがロディマスでないのなら、俺もガルヴァではないのか? ははは、そうだな。じゃあガルヴァトロンⅡとでも名乗るか!! ははは、これは傑作だ! アーッハッハッハ!!」

 

(ああ、やばい……!)

 

 これまでとは違う本当の狂気に陥りつつある。

 何もかもが、取返しのつかない方向に転がりかけている。

 マジェコンヌは全力で頭を回転させ、この場を打開する方法を……そんなもの、あるはずがない。

 

 いや。

 

「ロディ、ロディ……!」

 

 うずめはホット・ロッドの体に登る。

 それは無意識からの行為だった。

 様々な思惑も何も、頭から消し飛んでいた。ただ、彼を失いたくなかった。

 

 だから、彼の口に自分の唇を重ねた。

 

 すると、その体が粒子に分解されて、ホット・ロッドの体に溶け込んだ。

 体に稲妻のような光が走り、傷が見る間に治っていく。

 

 しかしそれは、再生の奇跡というよりは、まるで死者の復活にも似た、禍々しい光景だった。

 

「な、んだ、これは……?」

「パラサイテック融合か……!」

 

 唖然とするマジェコンヌに対し、ガルヴァトロンの目に再び憎悪の火が灯る。激しくはあるが、それでも狂気よりはまだまともな感情だ。

 

「何が起こったんだ? 俺はいったい……?」

 

 まるでゾンビのように立ち上がったホット・ロッドは、自分に起こったことが分からずに手を見やる。

 

『ロディ、ロディ! 良かった……』

「その声は、うずめか? 何がどうなって……いや、どうでもいいか」

 

 自分の中から聞こえてくるうずめの声に戸惑うホット・ロッドだったが、命を拾ったのだから理屈は気にしないことにする。

 重要なのは唯一つ。ガルヴァトロンを殺すことだ。

 

 全身に力が滾ってくる。

 この力の源は分かっていた。

 

 ()()、そして()()()だ。

 

 怒れば怒るほど、憎めば憎むほど、力が込み上げてくる。

 

「おのれ……! 何処まで俺の弟を侮辱すれば気が済むのだ! 迷い出たなら、今度こそ冥土に送ってやろう……!!」

 

 ガルヴァトロンはこちらも黒いオーラを噴き上げながら、エクスカリバーを再度抜く。

 

『逃げよう、ロディ!! 勝てないよ! また殺される!!』

 

 泣き叫ぶようなうずめの声が聞こえたが無視する。

 確かに今のままでは勝てない。……今のままなら。

 

「……来い!」

 

 何故そうしたのかは分からない。本能的に手を翳すと、横転していた装甲車や、破壊されたパワードスーツのパーツが黒いオーラに包まれて浮かび上がり、ホット・ロッドの下に集まっていく。

 あるいは、以前に出会ったヘッドマスターの存在が影響しているのかもしれない。

 

「おおおおお……!」

 

 地獄から響いてくるかのような唸り声を上げ、ホット・ロッドは体を折り曲げるようにしてコアパーツに変形し、それを中心にパーツが組み上がっていく。

 

 ……この時、誰も気づかなかったが、ホット・ロッドが受け取らなかったあの球形記憶装置も、その中に組み込まれていた。

 

 そうしてホット・ロッドは、ガルヴァトロンと同サイズの体へと変化した。

 黒地に紫の模様が入ったその姿は、全体的に刺々しく攻撃的な意匠で、両腕に三連装のフォトン・レーザー砲を備えている。

 面長な頭部の口元は彼が信奉するオプティマスを思わせるバトルマスクに覆われているが、その目は鋭く、真っ赤に燃えていた。

 

 見る者が見れば、あるいは『メガトロンに似ている』と思うかもしれない。

 

「ホット・ロッド・スーパーモードォ……! うおおおおおッ!!」

 

 身内から込み上げる殺意のままに、ホット・ロッドは突撃する。

 

「化け物が!!」

 

 異様な光景に、ガルヴァトロンはしかし怯まない。

 エクスカリバーを掲げ、パワーを溜めてから振るうことで刀身からビームを放つ。

 それを真正面から受けたホット・ロッドだが、まるでダメージがなく、そのままガルヴァトロンの顔面を殴り抜ける。

 

「うおおおおおッ!!」

「ッ!!」

 

 余りの力に10m以上も吹き飛ぶが、綺麗に受け身を取ってすぐさま立ち上がる。

 ホット・ロッドが両手を組み合わせて変形させると、長大な砲身を持ったビーム砲『フォトン・エリミネーター』が形成される。

 

 その姿はメガトロンの昔のフュージョンカノンにそっくりだった。

 

 独特のチャージ音と共に込められたエネルギーが、ガルヴァトロン目掛けて発射される。

 咄嗟に横に飛んでそれをかわすが、地面に光弾が着弾した瞬間に起こった爆発によって僅かに体勢を崩すこととなった。

 その隙を逃さず、ホット・ロッドは左腕を大型の回転ノコギリ『ソウブレード』に変形させて斬りかかる。

 

「死ねえええええッ!!」

「それはこちらの台詞だッ!!」

 

 回転ノコギリと大剣が何度となくぶつかり合い、火花が飛び散る。

 斬り合いの合間にホット・ロッドが至近距離からフォトン・レーザーを顔面にお見舞いすれば、ガルヴァトロンが全身から放つ稲妻で装甲を焼く。

 長くなった足が脇腹に叩き込まれれば、拳が胸を打つ。

 

 もはや、二人は言葉を発することさえなかった。

 二人の間にあるのは、相手をどうやってでも殺してやろうという、純粋な殺意のみだった。

 

「お、鬼だ……!」

 

 パワードスーツ隊の一人が、呆然と呟いた。あそこにいるのはもはやオートボットでもディセプティコンでもなく、二匹の鬼だった。

 

「うずめ! うずめぇ!!」

 

 割って入ることも出来ない事態に、マジェコンヌは叫ぶことしかできない。

 その『うずめ』は、ホット・ロッドの精神の中で怒りと憎しみの渦に翻弄されていた。

 

『やめて……やめて! ロディ!!』

 

 『うずめ』の叫びは、ホット・ロッドに届かず、戦いは止まらない。

 一番近くにいるのに、どんどんと彼が遠くへ離れていくのを感じる。

 

『違う! こんなの望んでない!!』

 

 彼の怒りが、憎しみが、彼女の知らないホット・ロッドが流れ込んでくる。

 

 記憶がなく自分が誰だか分からない不安も。

 

 うずめが最も信頼している海男に対しての拭い切れない嫉妬も。

 

 ガルヴァトロンに告げられた己の使命に対する混乱も。

 

 吹っ切ったはずなのに、思いもかけずにうずめが現れたことでぶり返した未練も。

 

 そのことへの罪悪感も。

 

 自分の両親かもしれない人たちが起こしたか凶行の数々への嫌悪も。

 

 その血を自分が引いているならば、自分も彼らと同じようになるのではないかという恐怖も。

 

 ……兄弟と殺し合う悲しみも。

 

 その全てが、『うずめ』の知らない彼だった。

 

 両者が距離を取る。

 ガルヴァトロンが剣を掲げると空から稲妻が落ち、これまでにないエネルギーが剣に宿る。

 ホット・ロッドが再び両手を組んでフォトン・エリミネーターに変形させ、限界までチャージする。

 どちらも、必殺の一撃を放つために。

 

『誰か……誰か止めて!! ()()()()()()!!』

 

 その瞬間、剣が振り下ろされ砲が火を噴く……その刹那。

 ホット・ロッドの胸部から光が放たれた。

 それはなんの攻撃力も持たず、両者のちょうど中央に立体映像を投射した。

 彼に取り込まれた記録装置の中の映像が再生されたのだ。

 

『ロディマス……』

 

 映像は、女性の姿をしていた。

 白い物が混じった薄青の長い髪をしていて、頭の片側には角が生えている。

 十分に美しいが、酷く疲れた様子だった。

 

 その映像が現れた瞬間、ホット・ロッドとガルヴァトロンはまるで魔法にかかったように動きを止めた。

 

『ロディマス、聞こえているかしら? このメッセージが再生されているということは、多分私はもうオールスパークに還ってしまったのでしょう』

「母上……!」

 

 小さく呟いたガルヴァトロンは剣を降ろした。

 

『ロディマス、これから辛い時代がやってきます。……これから先、待ち受けるのは滅びだけ。残念だけど、それを止めることはもうできません』

「…………」

 

 ホット・ロッドは手を元に戻し、呆然とその映像を見つめていた。

 バトルマスクが解除され素顔が露出するが、その顔はメガトロンに若かりし頃があれば、こんな顔だったのかもしれない。そんな作りをしていた。

 

 彼はこの女性を知っていた。狂気に満ちた、悪の女神。

 しかしそれは得た情報から構築した想像上の彼女だった。

 

 真紅に染まっていた彼の目が紺碧に戻り、体の紫の部分がオレンジに変化する。

 

『それでも希望は残されているはず。ショックウェーブさんたちの研究が実を結べば、だけれど。それもまだ時間が……ああ、いえ。私はこんな話をしたいのではないの』

 

 頭を振った映像の女性……古の大国タリの女神、メガトロンの伴侶、レイは薄く微笑んだ。

 

『ねえロディマス。ガルヴァを……お兄さんを支えてあげてね。あの子は、私に似て善かれと思ってしたことが、裏目に出てしまいやすい子だから。……あなたはあなたで、お父様に似て、ちょっと頑固で思い込みが激しい所があるのだけれど』

 

 ホット・ロッドとガルヴァトロンは、自然と顔を見合わせた。

 

『あなたたち二人、辛い世界に取り残されることになるけれど、力を合わせればきっと乗り越えられると信じているわ。……だからどうか、精一杯、最後まで、希望を捨てずに生きてちょうだい。あなたたちのことを、心から愛しているわ……』

「母上、母上……!!」

 

 ガルヴァトロンは、消えてゆく映像に手を伸ばす。もう殺意は消えていた。

 近くまできたマジェコンヌには、その顔がまるで迷子になった幼子のように見えた。

 

 合体が解除されコアパーツとなっていたホット・ロッドは元に戻って地面に膝を突き、次いで項垂れた。残された胸から下と両腕が集まって長方形のコンテナのような形になるが、気付かなかった。

 

 胸から光が漏れてうずめの形になる。

 すすり泣く彼女を見下ろし、ホット・ロッドは自問する。

 

(あれが……あれが俺の母親?)

 

 まだ思い出せないが、あの姿を見た瞬間、胸の内に懐かしさと愛おしさ、寂しさが込み上げてきた。

 そしてそれは、あれほど身を焦がすようだった怒りと憎しみを鎮めてしまい、後に残されたのは、先ほどまでの自分への絶望だった。

 

(守ると誓ったはずのうずめを泣かせて……俺はいったい、何をしていたんだ!?)

 

 憎しみに飲まれた己の愚かさ、血を恥としながらも発現した狂暴性。

 あれではまるで……。

 

 ガルヴァトロンはその姿を黙って見ていたが、やがて剣を背中に差した。

 その後方に光の渦が現れる。

 グランドブリッジが開いたのだ。

 

「時間だ、行くぞ」

「ッ! いいのか!? レイはああ言って……」

「俺には使命がある。復讐を、果たす」

 

 傍らのマジェコンヌに促し、ガルヴァトロンはホット・ロッドたちに背を向ける。

 

「さらばだ、()よ。……次に邪魔をすれば、今度こそ容赦せん」

 

 それだけ言うと、ガルヴァトロンは光の渦に入っていった。

 マジェコンヌは光の渦と『うずめ』を交互に何度も何度も見たが、やがて意を決して渦へと向かう。

 彼女もうずめの傍にいたかったが、ガルヴァトロンの表情が最後まで泣くのを堪えているような顔だったのが気がかりだったからだ。

 あの顔には見覚えがあった。ああいう顔をする奴は、何をしでかすか分からないのだ。

 この場を離れるのは薄情だと、無責任だと理解している。それでも放っておけない。

 

 それに……。

 

「頼むぞ、ネプテューヌ……」

 

 こちらには、あの女神がいる。

 彼女たちなら、何とかするという、奇妙な信頼があった。

 

 二人が光の渦の向こうに消え、その光の渦も霧散すると、後にはすすり泣き続けるうずめと、項垂れたホット・ロッド、そして沈黙するコンテナとパワードスーツ隊の面々が残された。

 

 勝者はおらず、しかし敵に対しての敗者ではなく己に対しての敗者がいるのみだった。

 

  *  *  *

 

「ギリギリで踏み止まったみたいッスねえ。つまんない結末ッス」

 

 戦場の近くの丘の上に一台のバイクが停車し、それに跨ったライダーが事の成り行きを全て見ていた。

 

 しかし口を効いたのは、その()のようなメタリックシルバーのライダースーツとフルフェイスヘルメットの男ではなく、彼が跨るバイクの方だ。

 

 紫色の車体の所々に黄色の縞が入った毒々しい色合いのチョッパーバイクで、フロント部分に七つもの黄色いランプが点灯していて、まるで()()のようだ。

 

「せっかく、御身が心を解放してやったというのに」

「構わんさ。今日は奴らの精神に上手く干渉できるかのテストだ。それに、ガルヴァトロンの方にも干渉できるのが確認できたのは収穫だ」

 

 蜘蛛バイクの声にライダーは若々しく涼やかな、しかし名状し難く冒涜的な声で答えた。

 

「奴が地球でダークエネルゴンを吸収してくれたのは幸運だった。奴もまた、『器』になりうる」

「さっさと乗っ取ればいいのに、こんな回りくどいことして御身の考えはよく分からないッスねえ……まあ、分かる必要もないッスけど! ブッヒャヒャヒャ!!」

 

 狂的に嗤う蜘蛛バイクに構わず、ライダーの視線は、ホット・ロッドとうずめだけに向けられていた。

 

「だが、あの女には発破をかけておくか。ゲームはまだまだこれからだ……せいぜい足掻けよ、希望を継ぐ者」

 

 薄笑いをヘルメットの下から漏らしながら、ライダーは蜘蛛バイクのエンジンを吹かしてその場を立ち去る。

 行く手には、無明の闇が広がっていた。

 




これほど燃えないパワーアップ回があっただろうか? いやない(反語)
これは求められた話だろうか? いや違う(反語)

もっとアッサリ、パワーアップ&勝利してホット・ロッドとうずめが無邪気に喜ぶはずだったのに、何故かガチ殺し合いに……。
おかげで一応の決着まで書かないと更新できない事態に。

今回の解説。

ホット・ロッド・スーパーモード
うずめとパラサイテック融合したホット・ロッドが、周囲の装甲車などを取り込んで変化した姿。
武器は両腕の三連フォトン・レーザー、左腕を変形させた回転ノコギリ、ソウ・ブレード、両手を組んだ状態で変形させたフォトン・エリミネーター。他、おいおい追加。
本体であるホット・ロッド以外のパーツは、合体解除後にタイヤのついたコンテナ型に纏まった。
変形、合体パターンは、パワー・オブ・ザ・プライム版、ロディマス・プライムを参照のこと(ホットロッドが後部コンテナと合体してロディマス・プライムになるというギミックがある)

色味はロディマス・ユニクロナス(あるいはSG版)。しかし見た目は、どちらかというとメガトロンに似ている。
前述のとおりこの回自体が(作者的に)想定外の連続だけど、これは既定路線(無慈悲)

バイクとライダー
『蜘蛛』のような意匠のバイクと、『鏡』のようにピカピカなメタリックシルバーのスーツに身を包んだ男。
洋服屋さんっぽい名前のあいつの眷属の、一番有名なのと、一番特殊なの。


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第34話 暗黒星くろめの誕生

 オプティマスらと女神たちが刑務所の暴動をなんの問題もなく鎮圧し、

 バンブルビーたちがディセプティコンを追い詰めながらも取り逃がし、

 ホット・ロッドとガルヴァトロンが激突してから、やや経って。

 日も暮れて終結祭もフィナーレに近づいてきた頃。

 

 プラネタワーのトランスフォーマー用リペアルームでは、報告を済ませたバンブルビーやハウンドらが、整備ついでに検査を受けていた。

 ゴールドサァドたちは、人間用の医務室で治療と検査を受けているので、この場にはいない。

 

「ふ~む、これは興味深いねえ」

 

 ラチェットは、何やらいくつかのサンプルを前に感心した様子で顎を撫でていた。

 並んだシリンダー型の容器に入れられているのは、バンブルビーらゴールドサァドと合体したメンバーから採取したエネルゴンだ。

 機械を操作すると、シリンダーにピンク色の液体が注入されるが、すぐにエネルゴンの青に混ざって消えてしまう。

 

「どうやら、君たちの体には合体していない状態でもアンチ・エレクトロンに対する完璧な抗体が備わったようだ」

「ケッ! これで二度とあんな真似しないで済むってワケだ!!」

 

 リペア台の上に横になったクロスヘアーズは、元気そうに悪態を吐く。

 隣には、ドリフトも同じようにして横になっていた。

 

「うむ。そもそも女子と合体などと、今にして思えば何とも破廉恥な……」

「いや、今更、それ言う?」

「合体のニュアンスが、違うような……」

 

 なにかズレた発言に、リペア台に腰掛けたバンブルビーがネプギアに整備してもらいつつ、ツッコミを入れる。

 一足先にリペアを終えたハウンドは、外していた銃を装備しなおしながら意見を出す。

 

「まあ、これでディセプティコンどもを追えるのは確かだ。連中の言うことがマジなら、向こうにはアンチ・エレクトロンが充満してるらしいからな」

 

 これには、他の全員が頷いた。

 このままディセプティコンに借りを返さないなど、ありえない。

 特にバンブルビーは何としてもバリケードを捕えるという決意に燃えていた。

 

「そうそう、抗体と言えばホット・ロッドもアンチ・エレクトロン抗体を持っていたよ。生まれつきか後天的にかまでは分からんがね」

「あの餓鬼が?」

 

 世間話のような調子のラチェットの言葉にクロスヘアーズが怪訝そうな顔をする。

 ドリフトも難しい顔になった。

 

「ホット・ロッドか……思えば奴も風変わりな男よ」

「つうか先生よ。アンタなら分かるだろ? あいつが……」

「メガトロンの息子、つまりロディマスか、かね?」

 

 クロスヘアーズの問いにラチェットが問い返すと、一同は何とも言えない表情になる。

 今まで何となく避けていた話題だが、いよいよ真実に迫らなければならないのかもしれない。

 そして、この軍医がそれを分からないはずはないのだ。

 

「残念ながら、それは秘密だ。患者の情報を漏らすのは守秘義務に反する」

「うおい! 惚けんなよ!!」

「はっはっは、どうしてもと言うなら、無理矢理聞き出してみたまえ」

 

 腕を回転カッターに変形させ余裕を見せるラチェットを見て、クロスヘアーズは不貞腐れた調子で黙り込み、他のメンバーもそれ以上は追及しない。

 この軍医が本気を出したら、色々な意味で勝ち目がないのだ。

 

「……ホット・ロッドさんもだけど、うずめさん、大丈夫かなあ?」

 

 そんな中、ネプギアは整備を続けつつも酷く傷心の様子だったうずめのことを気にかけていた。

 姉が何かしようとしているようだが、果たしてどうなるだろうか?

 

  *  *  *

 

 一方、こちらはオプティマスの執務室。

 執務机を挟んで、オプティマスとホット・ロッドが対峙していた。

 報告もそうだが、約束通り個人的な話をするためだった。

 

「報告は受けた。とりあえず、ガルヴァトロンの狙いが分かった。よくやったな」

「はい」

「明日には皆を集めて対策を話し合う。お前にも同席してもらうぞ」

「はい」

「それと、うずめと合体したそうだな。ラチェットによると、どうも私やネプテューヌの融合合体(ユナイト)とは原理が違うそうでな。便宜上、『キス・プレイヤー』と呼ぶことになった」

「はい」

「あのコンテナには驚いた。ホイルジャックが首を傾げていたぞ」

「はい」

「……ホット・ロッド、何があった?」

 

 生返事ばかり返してくるホット・ロッドだったが、オプティマスの声のトーンが低くなるとビクリと肩を震わした。

 

「報告したほど、単純な事態ではなかったのだろう? 包み隠さず、教えてほしい」

 

 ジッと若いオートボットを見つめているオプティマスの青い目が、嘘や誤魔化しはするなと言外に語っていた。

 実際にはオプティマスはパワードスーツ隊から報告を受けていたが、ホット・ロッドの口から直接聞くことに意味があった。

 

「…………実は」

 

 ややあって、ホット・ロッドはポツポツと語り出した。

 ガルヴァトロンと対峙し、うずめが人質に取られたことで抱えていた不安や怒りが爆発し、それが殺意にまで至ったこと。

 レイの映像が再生されたことで、それが鎮まったことを。

 全ての話を聞いたオプティマスは深く排気した。

 

「お前がそこまで抱え込んでいたとは……すまなかったな。私の判断ミスだ」

「! そんなことは……!」

 

 オプティマスが悪いはずなど、断じてない。

 悪いのは、感情に飲まれた自分だ。

 そして今もまた、感情を抑えきれなかった。

 

「オプティマス、教えてください。メガトロンというのは……どんな奴なんです?」

「……私が話すと、どうしても私情が入るが、それでもいいか?」

「構いません。あなたの目から見たメガトロンを知りたいんです」

 

 その懇願が利いたのか、オプティマスは少し考えてから話し始めた。

 

「メガトロンという男を、一言で表現するのは難しい。最初に出会った時、彼は理想に燃えていた。社会的に扱いの良くなかったディセプティコンを救うという大志を抱いていた。それは嘘偽りでは断じてない」

「資料で見ました。しかし……プライムに選ばれなかったことで、歪んじまった。恐ろしい、モンスターになってしまった」

 

 ここまでは、ホット・ロッドが自力で調べた中にもあった話だ。

 プライムになれなかったことだけが理由でないにしても、切っ掛けとなったのは確かだろう。

 

「彼は恐るべき力の持ち主であり、軍事や政治においても素晴らしい才能を示した。それ以上に驚くべきは、その精神力だった」

「そして、その全てを宇宙征服の野望に費やした」

「それもまた、彼の一面であることは否定しない。大きすぎる野心、強すぎる向上心、そういった物が、彼の心を歪めたのも事実だろう」

 

 重々しく語れる言葉に、ホット・ロッドの中で陰鬱な物が大きくなっていく。

 

「しかし、彼は変わった。この世界に来て、レイと出会ったからだ」

「利用する気で攫ったんじゃないですか」

「最初はな。しかし、ガルヴァたち……子供たちが生まれ、二人の間に確かな絆が芽生えた。メガトロンをして、野心も憎しみも忘れさせるそれは、愛と呼んで差し支えない」

「本人は、別に野望を忘れたワケじゃないと公言してるそうですが……」

「よ、良く調べてるな……」

 

 適格に反論してくるホット・ロッドに、オプティマスはううむと唸る。

 実際、ホット・ロッドは様々な資料を集めてメガトロンについて研究していた。それは親かもしれない人物の良い所を一つでも見つけようとしたからだった。徒労に終わったが。

 

「貴方の子供なら良かったのに。貴方と、ネプテューヌの子なら、どんなに良かったか……」

「あまり買い被ってくれるな。私は、お前が思うほど素晴らしい男ではない」

 

 苦笑気味に言ったオプティマスは、立ち上がって部屋の窓から街を見た。

 

「今なお、オートボットには戦争の責任はメガトロンにあると考える者がいる。……しかし、責任の半分は私にある。あるいはすぐに降参していたなら、サイバトロンが滅ぶことはなかったかもしれない。……いや、プライムに選ばれたあの日、メガトロンを気にかけることが出来たなら、戦争は起こらなかったのではと、今でもそう思うのだ」

「そんなこと……!」

 

 今更、そんな『たら』『れば』を言ってもしょうがないではないか。

 現に戦争は起きてしまった。それはもう変えることは出来ない。

 

 自分が、結局はメガトロンの子であることを変えることが出来ないように。

 

「あの日、私は自分のことで頭が一杯だった。皆は私を英雄であるかのように言うが、私はいつだって、自分のしていること、してきたことが正しいのか疑問に思っていた。総司令官としてそれを口にすることは許されなかったという、ただそれだけだ。今だってそうだ。お前をどうやって説得すべきか、悩んでいる」

 

 オプティマスは振り返ってホット・ロッドを真っすぐに見た。

 若きオートボットは、総司令官の表情に拭い切れない苦悩を見た気がした。

 

「ホット・ロッド、お前が調べたのはメガトロンという男のある一面に過ぎない。彼は独裁者であり、革命家であり、剣闘士であり……そして私の親友だ」

 

 果たして、オプティマスが再びメガトロンを親友と呼べるようになるまで、どれほどの葛藤と苦悩があったか、ホット・ロッドには計り知れなかった。

 それでも。

 

「それでも俺は、あいつを父親と認めることは出来ない。……出来るはずがない」

「そうか? 私の見た所、お前は()()()()()()()()()()()()

「ッ!」

 

 それは、ホット・ロッドにとってどんな罵詈雑言よりも残酷な言葉だった。

 彼は思っていたのだ。オプティマスなら、そのことを否定してくれるのではないかと。

 ガラガラと足元が崩れていくかのような感覚に、ホット・ロッドは陥っていた。

 

「型に捕らわれず、多少無茶しがちなところ。逆境にも怯まない勇敢さ。何よりも、理不尽に立ち向かい弱い者を守ろうという精神、家族や仲間のために戦う姿が、若き日の彼によく似ている」

「……それはあいつが持っていない物ばかりだ。仮に持っていたとしても、もう失ってる」

 

 目線を逸らし虚ろに言うホット・ロッドに向かって、オプティマスは力強く笑んだ。

 

「そうだ。彼が一度は失った、しかし確かに持っていた、そして取り戻した美徳だ。なあホット・ロッド。メガトロンはな、私の知る限り誰よりも家族を愛する人物なんだ。もしお前が彼の息子だとしたら、それこそが何よりも重要なのではないか?」

「…………」

 

 ホット・ロッドは椅子に座ったまま項垂れて、答えなかった。

 オプティマスは立ったまま、机に備え付けの情報端末にアクセスする。

 すると、机の上に立体映像が現れた。

 

「とりあえず、これを見てくれ」

「これは?」

「まあ、見てのお楽しみだ」

 

 そういうオプティマスの顔は少し悪戯っぽかった。

 

 映像は、何やら大きなトランスフォーマーが、子供のトランスフォーマーに向かって怒っているという物だった。

 

『まったく、知能テストでこんな点数を取りおって! だからあれほど予習復習はちゃんとしろと言ったではないか!!』

 

 大きな方は、灰銀色の厳めしい姿をしていて、赤いオプティックを吊り上げていた。

 

『だって……』

『だってではない! よいか、俺はテストの点が悪いことを怒っているのではない。お前は俺と『今度のテストでは合格点を取る、そのために努力する』という約束をしたのに、それを破ったことに怒っておるのだ!! 全力で取り組んでこの点ならいざ知らず、テスト前に遊び惚けていたこと、気付かないと思うたか!!』

『ううう……』

 

 灰銀色のトランスフォーマー……メガトロンに怒られて、赤とオレンジの子供は、体をさらに縮こまらせる。

 それを見て灰銀色は大きく排気し、屈んで子供に視線を合わせて頭を撫でる。

 

『よいか、息子よ。男たる者、約束は守らねばならん。これはな、とても大切なことだ』

『はい、父上……』

「こ、れは……」

 

 ホット・ロッドが言葉に詰まっていると、子供……幼きロディマスが頷き、映像が切り替わる。

 どういうワケか、メガトロンが正座していた。ディセプティコンのリーダーが綺麗に正座している姿はシュールを通り越してなにか前衛芸術のようですらあった。

 その前には仁王立ちする女性が一人。

 

『あ、な、た! 私、言いましたよね! 戦闘訓練はロディマスにはまだ早いって! あなたも、納得してくれたものと思っていましたが!!』

『そ、そう言うな、妻よ。俺はただ、良かれと思って……』

『それで! ロディマスに怪我させたと!?』

『あんなの、ほんのかすり傷ではないか。それにロディマスは喜んで……』

『言い訳しない!!』

 

 自分よりだいぶ小さな青い髪の女性、妻のレイに怒られて、メガトロンはタジタジだ。そこに破壊大帝の威厳とかはまるでなく、ロディマスが怒られている時にそっくりだった。

 

『だいたい! これからは、時間をかけて子供たちの成長を見守っていくって、二人で決めたじゃないですか! なのに私に黙って……理由を言いなさい、理由を!!』

『いやだって、反対するのが目に見えてたし……』

『理由!!』

 

 ピシャリと怒鳴られて、メガトロンはビクっと体を震わせる。明らかに尻に敷かれているようだ。

 眉が八の字になっている妻を前に、メガトロンは深く排気した後で語る。

 

『ロディマスには……いや、ガルヴァやサイクロナス、スカージも、子供たちには強く育ってほしいのだ。あいつらは、きっと苦労するだろうからな』

『……それは』

『なにせ、俺の子だ。色々と言ってくる輩もいるだろう。それを乗り越えられるような、強い子になってほしい』

『あなた……』

 

 何処か哀愁を帯びた夫に、レイはフッと相好を崩す。

 

『でも戦闘訓練はもうちょっと大きくなってからで』

『分かった分かった。お前がそういうなら、そうしよう。愛する妻よ』

『お願いしますよ、愛しいあなた。それはそうと……またあなたはご飯の前におやつをあげて!』

『い、いやあれはだな。餓鬼どもが欲しがっていたからつい……』

 

 その後も映像は切り替わる。

 ある時のメガトロンは幼い子供たちに稽古を付けていた。

 またある時は、妻と仲睦まじくしていた。

 

 それは独裁者でも破壊者でもない、一人の男、夫、そして父親としてのメガトロンの姿だった。

 気が付けば、ホット・ロッドの目から液体が漏れ出していた。

 

 人はその液体を涙と呼ぶ。

 

 涙を流す彼の肩に、いつの間にか後ろに回っていたオプティマスが手を置いた。

 

「ホット・ロッド。……今はまだ、メガトロンを父親として見るのは無理かもしれない。しかし、彼が家族を深く愛していることだけは、どうか認めてやってはくれないか?」

 

 ホット・ロッドは嗚咽を漏らしながらも、頷くのだった。

 

  *  *  *

 

 同じころ。

 うずめ……いや、『うずめ』はプラネタワーに用意された自分の部屋にいた。元々は来賓などのための広い部屋で、専用のバルコニーに通じる窓まである。

 部屋の一角に用意された化粧台の前に座り、『うずめ』自分の唇を撫でた。

 

「ふふッ」

 

 思わず、笑みが漏れる。

 この唇がホット・ロッドの口に触れ、自分たちは一つになったのだから。

 そもそも、これが『うずめ』が天王星うずめに化けて、彼の傍にいた目的だった。

 パラサイテック融合によって彼の体に溶け込んだ時、『うずめ』の一部が彼の中に残った。

 

「そして、このまま何度も融合を繰り返していけば、そのたびにオレの因子がロディの身体と心を侵食してゆく。そして最後には、ロディの中は、オレでいっぱいになるんだ……!」

 

 ホット・ロッドは、これからも戦い続けるだろう。うずめのために。

 身も心も傷つきながら。

 

「はは、ははは、そうとも。そうなれば、あの搾りカスのことなんか忘れて、ロディはずっとオレの傍にいてくれる! オレだけを愛してくれる!! オレの、オレだけのロディ! なんて素敵なんだろう! あははは!」

 

 虚ろな嗤い声が室内に響く。

 だが『うずめ』は、不意に嗤うのを止めて空虚な表情で天井を仰いだ。

 

「……オレはいったい、何をやってるんだ?」

 

 ホット・ロッドと融合した時に見えた、彼の感情。

 不安、怒り、憎しみ、痛み、悲しみ……そんな物で満ちていた。

 メガトロンにガルヴァトロン、地球人たち、自らを取り巻くあらゆる理不尽への怒りがあった。

 未だうずめへの恋情を捨てきれず、海男に嫉妬と同時に申し訳なさを感じていた。

 バンブルビーに負けてグランプリに出場できないことだって、本当は泣きたいくらいに悔しかった。

 明るく振る舞っているのだって、嘘ではないがほんの一面に過ぎない。

 

 それを感じた時、酷く悲しかった。

 彼が、そんな風に苦しんでいる事実が。

 自分が彼のことを驚くほど知らなかったことが。

 

 そして、そこまで苦しんでまでもホット・ロッドが戦うのは『うずめ』ではなく今も地球にいるはずの天王星うずめのためなのだ。

 

 そう考えると激しい嫉妬と共に、言い知れぬ虚しさと敗北感が襲ってきた。

 

「……ははは、なんだ簡単じゃないか。オレが地球にいる、君が好きなうずめじゃないって打ち明ければ、ロディはこれ以上苦しまずにすむじゃないか」

 

 それは良い考えのように思えた。

 同時に、淡い期待の入った考えだった。

 

 ホット・ロッドなら、自分の正体を知っても傍にいてくれるだろうという期待だ。

 

『本当にそう思うか?』

 

 ハッと鏡を見た。

 鏡には『うずめ』が……裂けたような笑みを浮かべたうずめが映っていた。

 この世の一切合切を小馬鹿にしたような表情で、瞳には一切の光がなくブラックホールのようですらあった。

 

『オレみたいな奴を、あいつが愛してくれるなんて、本当に思うのか?』

「それは……」

『思わないよなあ。だって、人に愛される要素はぜーんぶ、あの搾りカス……『俺』の方にいっちゃったもんなあ』

 

 クスクスと、鏡に映ったうずめは嗤う。

 『うずめ』は鏡像の自分がいうことに反論できなかった。

 あの地球のうずめは、自分が復讐に邪魔になるからと切り捨てた良心や優しさ、そういった感情が意思と肉体を持った、言わば分体だ。

 しかし、その切り離した部分こそが女神うずめの魅力だとしたら、搾りカスは果たしてどちらか。

 

『だから海男だって、『俺』についていったんだ。一度は、ロディマスだって。マジェコンヌだって本当はそうさ。彼女がオレに従っているのは、あくまで前にオレを見捨てることになった罪悪感からだ』

 

 鏡像のうずめの言葉は、『うずめ』の中に致死性の毒のように浸透していく。

 そもそも、鏡像が語りかけてくるという状況そのものが異常であることに、『うずめ』は何故か気付けなかった。

 

『だいたい、オレはもう事を起こしてしまったんだぞ。今更、謝って許されるはずもない』

「そうだ……オレはゲイムギョウ界を孤立させてしまった。もう、『俺』のフリを続けるしかないんだ」

『それとも、あのころに戻るか? あの、暗闇の中に』

 

 その瞬間、部屋の明かりが消える。

 窓から入り込んでくる街の明かりも消えてしまう。この時、街で停電が起きたワケでもない。しかし、部屋の窓は一切の光を通さなくなった。

 

「い、嫌だ!」

 

 暗闇に包まれた部屋で、『うずめ』は頭を抱えて体を震わせる。

 嫌な汗が噴き出し、恐怖に目を見開く。

 

「もう暗いのは嫌だ! 寒いのは嫌だ! 一人ぼっちは、嫌だ!!」

 

 半狂乱になって立ち上がり縋り付くようにしてドアを開けようとするが、押しても引いてもドアはびくともしない。

 

「やだ! やだ! お願い、ここから出して!! マジェっち! イストワール! ロディ!! 助けてぇ!!」

 

 子供のように泣き叫ぶ『うずめ』を見下ろし、鏡像は飛び切り邪悪な笑みを向ける。凡そこの世で美徳や良心と呼ばれる物の一切を嘲るかのような笑みだった。

 

『思い出せ、冷たく苦しい、あの孤独を。お前を裏切り、お前を忘れ、あの闇の中にお前を堕としたのは誰だ?』

「げ、ゲイムギョウ界の……奴ら」

『そうだ。奴らが憎いだろう?』

「憎い……」

 

 蹲って鏡像の言葉に応じるうちに、『うずめ』の目から光が消えていく。残されたのは、底なしの沼のような暗く淀んだ瞳だ。

 

『当然だ。ならば、どうする?』

「復讐を。ゲイムギョウ界に、復讐を……!!」

 

 『うずめ』の身体から黒いオーラが吹き上がり、鏡像が笑みをさらに大きくする。

 だが。

 

「ふ~ん、そういう感じかー」

 

 不意に、場違いなほど能天気な声が聞こえた。

 振り向くと窓辺に、長い紫の髪の女性が立っていた。

 

 ネプテューヌだ。

 

 女神態なら飛べる彼女は、バルコニーからこの部屋に入ってきたらしい。

 今夜は大人の姿をしている。

 

「ねぷっち?」

『……チッ』

 

 『うずめ』が纏っていた黒いオーラが霧散し、鏡像のうずめは大きく舌打ちして消える。

 気付けば、窓の向こうの明かりが見えた。

 ネプテューヌは、笑みを浮かべて『うずめ』に歩み寄る。

 

「いやもうビックリしたよ! ちょっと話したくてさ、変身して窓から入ろうとしたら、うずめが鏡に向かってブツブツ言ってるんだもん」

「そこで、何故窓から入るということになるんだい?」

 

 いつもと変わらない調子のネプテューヌに、『うずめ』は涙を拭って力なくツッコミを入れる。

 紫の女神の言葉からするに、鏡像のうずめは彼女には見えなかったらしい。

 いや、それよりも重要なことがある。

 

「ねぷっち、どこまで聞いた? どこから聞いてた?」

「ん~、『オレが地球にいる、ロディが好きなうずめじゃないって打ち明ければ~』の当たりから、後はだいたい、かな?」

 

 つまり、ほぼほぼ聞かれてしまったということか。

 

「いや~、急にドアに縋りついた時は、さすがに入ろうと思ったんだけど、なんでか窓が開かなくてさー。鍵壊しちゃったよー」

「…………」

 

 ごめんねー、と笑う彼女に構わず『うずめ』は立ち上がり、拳を握って力を籠める。

 秘密を知った者は、消さねばならない。

 

「君はいい友人だったが、君のお節介な性分がいけないのだよ……」

「ち、ちょっと待ってよー! わたし、別にみんなに言いふらしたりしないよー!」

「いや、そんなワケがないだろ」

 

 素っ頓狂なことを言い出すネプテューヌに、『うずめ』は腰を低く落として正拳突きの構えを取りながらツッコミを入れる。

 

「いいかい? ゲイムギョウ界が他の次元と行き来できなくなったのは、オレの仕業だ」

「それは確かに困ってるけどさ。そこまで実害はないんだよねー」

 

 確かに不安が広まっているが、言い換えれば()()()()()()()で済んでいる。

 人間もトランスフォーマーもそれ以外も、そうなる前と変わらずに生活していた。

 経済的な損害も、実はそこまで出ていない。

 

「もっというと、あのゴールドサァド。あれだってホントは君たちに勝つはずだった! そしたらオレの力で世界が改変され、彼女たちが国のトップになり、君たち女神は国を追い出されるはずだったんだ!」

「へー、それは初耳。でも上手くいかなかったんだよね?」

 

 確かにガルヴァトロンの横槍……それに『うずめ』の知らぬマジェコンヌの入れ知恵……のおかげで、世界の改変は起きなかった。

 

「刑務所が襲撃されて、囚人が脱走したのも、もとはと言えばオレが……いや、あれは計画になかったけど……でもオレのせいだ!!」

「あのくらい、大したことないって!」

「いやいや! 犯罪者野放しとか、十分大したことだろう!!」

「まあ逃げてった方は捕まえにいかなきゃいけないとだけどね。囚人が大量脱獄してアドベンチャー状態は防いだし」

 

 ネプテューヌはニッと余裕のある笑みを浮かべる。

 彼女にとって、あるいは彼女たちにとって、あの前大戦終盤の惨事に比べれば、こんなことは危機の内に入らない。

 

「ッ……それに、それに……地球のうずめだって、みんなに嘘を吐いてる」

「ああ、それはちょっと良くないね。なんでそんな嘘吐いてるのか知らないけどね。後で辛いよ、そういうの」

 

 拳を落として小さく呟く『うずめ』に、ネプテューヌここにきてようやく表情を険しくする。しかしそれは、咎めると言うよりは多分に『うずめ』を心配してのことだった。

 言葉に詰まる『うずめ』に、ネプテューヌは表情を柔らかくする。

 

「まあさ、復讐でもなんでも、まずは思い切りやってみれば? 本当に酷いことになりそうだったら、その前に止めてあげるからさ」

「…………女神として、無責任すぎやしないかい?」

「はっはっは! ダイジョーブ! わたし主人公だし! どうとでもなるって!!」

 

 あっけらかんと笑ったネプテューヌは、バルコニーに出て街を眺める。

 遠くで花火が揚がるのが見えた。終結祭もいよいよフィナーレだ。

 

「今のゲイムギョウ界はさ、()()()()で壊れちゃうほど、ヤワじゃないよ?」

「…………」

 

 『うずめ』もネプテューヌの隣に立ち、花火を見る。

 実際、『うずめ』が知るゲイムギョウ界と、今のこの世界はイコールではないことは感じていた。

 四つの国が仲良くなり、トランスフォーマーと人間が共存する。

 ここは多くの出来事を経て、皆が成長してきた世界なのだ。

 

「それより、わたしが心配なのはホット・ロッド……ロディマスのことかなー?」

「ロディの?」

 

 唐突に振られた話題に、『うずめ』は怪訝そうな顔をする。ネプテューヌがホット・ロッドの正体に気付いていること自体は、意外ではなかった。

 しかし確かに、彼の内面は苦悩に満ちている。

 

「確かにガルヴァトロンのこととか……」

「ああ、それもあるんだけどね。なんて言うかさ、彼って()()()()()()()()じゃん? いやメガトロンとも似てるんだけどね。あの二人、似た者同士なトコあるし」

 

 ネプテューヌは夜空を見上げる。

 その長い髪が風にたなびき、瞳が花火の光を反射して輝いて見えた。

 

「無茶ばっかりして、そのくせ強がって色々一人で抱え込んで、限界まで溜め込んじゃう。なんていうか、ヒーロー気質なんだろうね」

「ヒーロー」

「そ、ヒーロー。英雄とか勇者でもいいかな? そういうのってさ、極論しちゃうと……あくまで極論の中の極論だけど、貧乏くじなんだよ」

 

 笑顔のままだが、何か重苦しい実感の伴った言葉だった。

 

「だってそうでしょ? 全然知らない人を含めた皆のために、傷つくことになるんだよ。しかも感謝しない人や、面白半分に悪口言ってくる人、逆恨みしてくる人までいて、そういうのも全部守ってかなきゃならないんだから。そのくせ失敗したり逃げたりしたら、やれ臆病だ悪堕ちだって言われるんだから、普通ならやってらんないよ」

「…………」

 

 正に、ホット・ロッドを英雄に仕立て上げようとしている『うずめ』は何も言うことが出来なかった。

 

「……でもさ、いるんだよ。世の中には、そんな貧乏くじを、他人に引かせるよりはマシって自分から引きにいく人が」

 

 スッとネプテューヌの目が細くなり、表情に悲しさが宿る。

 その、自分から貧乏くじを引きにいく相手を知っているのは明らかだった。

 

「それが、オプティマスかい?」

「まあね。それにメガトロンもかな? 本人たちはそんな風に思ってないんだろうけど、他の人なら絶対に進みたくないような辛い道を、誰に強制されたワケでもなく、歩いていっちゃう。おかげでこっちは余計なシリアス設定背負う破目になっちゃったよ。原作崩壊も甚だしいよねー……これ、言わないでね? オプっち、ぜっーたい気にするから」

 

 『うずめ』に向き直ったネプテューヌは茶化すように言うが、表情からは悲哀が拭い切れていなかった。

 

「いつか……いつか必ず、他の人なら目を背けるような辛い選択肢を自分以外のために選ぶ。そんな時が、ロディマスにもやってくる。その時に、彼の傍に誰かいてあげてほしいんだ」

「それが、嘘つきで復讐心に塗れた奴でもかい?」

「捻くれてて泣き虫な人でも、だよ。本当に誰もいないよりは、ずーっとマシ。だから、あなたがいつ本当のことを打ち明けるか、いつサイバトロンに行けるようにするかは、あなたに任せる。なるべく早くすることをお勧めするけどね」

 

 『うずめ』は根負けしたように大きく息を吐いた。

 この女神に、なんだか勝てる気がしないのだ。そもそも秘密を握られた時点で、自分に勝ち目はない。

 二人の間にある空気が、柔らかくなっていた。

 

「……ふん、言うじゃあないか後輩女神。いっとくがオレは、君よりも大分先輩の女神なんだ」

「ほほう。それはそれは」

 

 強がって見せる『うずめ』に、ネプテューヌは余裕のある笑みを見せる。

 ここにいないタリの女神は、なんと歴史上最初の女神なのだから、さもありなん。そして彼女自身も、人生三回分ほどの経験が蓄積されているので精神的な成熟度は……そうは見えないが……結構なものだ。

 

「あーでも、いつまでも『うずめ』って呼ぶのも、なんかややこしいし、別の名前付けようか」

「いきなりだね。……まあオレは構わないさ。逆らえるような立場じゃないしね」

「よーし、じゃあ『トンヌラ』かー『ゲレゲレ』で!!」

「断固として却下だ!!」

 

 結局、この後花火に照らされる中、二人は『うずめ』の呼び方をどうするかを話し合うこととなった。

 

 翌日、『うずめ』は黒いインナーの上からいつものスーツとほぼ同じデザインの黒っぽいスーツを纏い、髪と瞳を暗い青紫色に変える……これはシェアエナジーのちょっとした応用と言い張った……という大幅にイメージチェンジした姿で皆の前に現れた。

 同時に、ネプテューヌとの合議の末に、何とか得たマトモな名前である『暗黒星(あんこくほし)くろめ』と呼んでほしいと宣言したのだった。

 

 この時、ホット・ロッドとの間に、

 

「これからはオレのこと、暗黒星くろめと呼んでくれ!」

「ああ分かったよ、うずめ」

 

 というやり取りがあって、ちょっと拗ねてしまった彼女の機嫌を直すに、ホット・ロッドはほんの少しの時間を費やさねばならなかった。

 そのホット・ロッドは、悩みが完全に晴れたワケではないが、少し前向きになれたようだった。

 

 果たしてホット・ロッドが、自分がロディマスだと思い出すことがあるのか、メガトロンを父親と受け入れる時がくるか。

 『うずめ』改め暗黒星くろめが、自らの正体を打ち明ける日が来るか、復讐を放棄することになるかはまだ分からない。

 しかし、それに少し近づいたのは確かだった。

 




ちなみにメガトロン家のホームムービーはフレンジー撮影で、レイ→ネプテューヌ→オプティマスという流れで流出。
それに気付いたメガトロンが恥ずか死寸前に陥りました。

ボツネタとして、映像のなかにメガトロンが子供たちにカッコいいトコ見せるために謎の覆面剣闘士マスクド・Mとして闘技大会に出場。
格闘王者のグランドパウンダー(アドベンチャーに出てきた明日のジョー擬きのゴリラ)と対戦する、というのがある。
と考えたけど長いんでカット(ついでのこの試合の司会はブロードキャストを予定していた)


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第35話 ブリテン遠征隊

「そもそも我がブリテンの混乱は、先代王ウーサーが崩御したことから始まる」

 

 色々なことがあった終結祭の日の翌日。

 プラネタワーの一室にて、ミリオンアーサーがこの状況に至った『そもそも』を説明していた。

 

「ウーサーに子はなく、故に宮廷魔術師マーリンの発案のもと、伝説の初代ブリテン王アーサーに肖る形でエクスカリバーによる王の選定が行われる運びとなった。後は前に説明した通り、100万人もの人間がエクスカリバーを抜き、王座を争うこととなった。それに反発する者もいた。さらには迫る外敵の襲来、ブリテンは混乱の極致にある」

 

 彼女は、トランスフォーマーサイズの円卓の上に立っていた。

 周囲には各国の女神たちやゴールドサァドがいて、さらに円卓の周りにはオートボットの主だったメンバーも集結していた。

 

「そんなある時のこと、鉄騎アーサー……ガルヴァトロンが現れた。奴はキャメロットに乗り込んでくると王の選定に挑戦し、見事剣を引き抜いた……ここまでなら、問題はなかった」

 

 その輪から少し離れて、ホット・ロッドとうずめ改めくろめも話を聞いていた。くろめは円卓に乗らず、相棒の足元に控えている。

 

「しかし奴は、自分の力と因子から生み出した騎士、レギオンの数に物を言わせ、他のアーサーを攻撃し始めた。それは本来アーサー同士で行われる模擬戦の域を超えたものだった」

「鍵を探すためか」

 

 腕を組んで聞いていたオプティマスは、思案する。

 ホット・ロッドが得た情報が確かなら、ガルヴァトロンは地球を滅ぼすための武器である『杖』なる物を手に入れるための鍵を探しているという。

 侵略も、そのための手段なのだろう。

 

 ミリオンアーサーは首を横に振る。

 

「それは分からぬ。分からぬが、すでにかなりの数のアーサーが敗れ去った……お恥ずかしながら、我々に奴を止める力はない」

「本来なら事を監督する役目のマーリンも不干渉を決め込んでいるわ。だから、私たちは伝説に縋ったの」

「伝説って?」

 

 相棒の言葉を継いだチーカマに、ネプテューヌが質問する。

 すると、ミリオンアーサーが答えた。

 

「我がブリテンに伝わることによると、かの初代アーサー王と彼に仕えた円卓の騎士たち……人間の騎士たちの後ろには、鎧を着た巨人の騎士が並んだという」

 

 その言葉に、オプティマスは顎に手を当てて難しい顔をする。言い伝えが真実を含むなら、その巨人の騎士とは恐らくトランスフォーマーと考えるのが自然だろう。

 問題は、そのルーツだ。

 惑星サイバトロン由来なのか、あるいはこの世界で生まれたのか。

 

「王含む12人の騎士の後ろには、同じく12人の巨人の騎士。伝説によれば、我がブリテンが危機に瀕した時、巨人の騎士たちは蘇り、同じく蘇った初代アーサー王の下で戦うという……これが本当とはわたしも思ってはいない。しかし、ブリテンでは子供でも知っている話だ。最初は、ガルヴァトロンたちこそがその騎士なのではとも思われたが、彼らはむしろ祖国への脅威となった」

 

 ミリオンアーサーはそこでオプティマスを見上げた。

 

「我がブリテンは他から隔絶されているが、それでも断片的な情報は入ってくる。遠く離れたこの地に鋼鉄の巨人たちが暮らす国があると聞き及び、ここまでやってきたのだ」

 

 ホット・ロッドはだんだんと彼女の目的が分かってきた。

 それは足元にいるくろめも同じだったらしい。

 

「つまり君は、トランスフォーマーたちを助っ人に呼んで、自らこそが巨人を従えた初代アーサー王の再来であるということにしたいワケだ」

「身も蓋もない言い方をすれば、そうなる」

 

 オートボットたちがざわつく。

 それはつまり、ブリテンの内戦に巻き込まれるということだ。

 ディセプティコンを捕まえにいくならともかく、そんなことに利用されるのはごめんだった。

 これにはオプティマスや女神たちも渋い顔をする。

 

 周囲の空気を敏感に察知したミリオンアーサーは他の者が発言するより早く、説明を続けた。

 

「もちろん、貴殿らをブリテンの問題に巻き込もうというつもりはない……ただ、因子をもらいたいのだ」

「騎士、を作るためか」

 

 重々しい口ぶりのオプティマスに、ミリオンアーサーは頷く。

 

「ああ。しかし誇りとエクスカリバーに誓って悪用はしないと約束しよう。ブリテン統一が、貴殿らにとって悪ではないなら、だが」

「……しかし、我々はそもそも騎士という物がどういう物か知らない。人工生命、とのことだが」

 

 総司令官は、なおも難しい顔を崩さない。

 彼らが見た騎士は、あの獣のようなレギオンだけだ。

 

「うむ、実際に見せた方が早いだろう。……チーカマ、頼む」

「はいはい。それじゃあ……」

 

 相棒が差し出した手に、チーカマの細い指が触れる。

 すると、青く光るプラズマのような何かがミリオンアーサーの腕から出てきた。

 万物が等しく持つ、その物をその物たらしめるデータ『因子』を可視化した物だ。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう。ではこの因子を王冠にセットして……」

 

 ミリオンアーサーは光球状になったそれを受け取り、自分の被っている王冠の中に入れる。

 すると王冠が光を放ち始めた。

 

「この王冠は騎士を生成する『湖』と呼ばれる装置の縮小版だ。オリジナルは、もっと大きい」

 

 説明している間にも光は強まり、やがてそれは王冠を飛び出して人型を取る。

 その姿は、ミリオンアーサーとまったく同じだった。

 金の髪と瞳も、黒と赤の装束に部分鎧も、左腕のバックラーや頭部の王冠も、完璧に再現されている。

 

「UTUWAを決めるぞ!!」

「……と、こんな感じに騎士は作られる」

 

 完全に同じ姿の少女が二人並ぶ光景に、くろめは地球にいる分身を思い出し我知らず微妙な顔をする。

 

「つまり騎士は因子から再現したコピー……というワケか」

「うむ。もちろん、異なる因子を混ぜ合わせれば、また違う騎士が出来る。……さて済まないな、騎士よ。カードになっていれくれ」

「なに、気にするな。オリジナル!!」

 

 オリジナルとまったく同じ朗らかな笑みを浮かべた騎士ミリオンアーサーは、光に包まれて一枚のカードになる。

 

「このように、騎士はカードにしておくことが出来る。常時、騎士をゾロゾロと引き連れて歩くワケにはいかんからな」

 

 手に持ったカードをミリオンアーサーがその場にいる全員に見えるように掲げるのを見て、ホット・ロッドは改めて空恐ろしい物を感じた。

 

 ミリオンアーサーはカードデッキを複数持ち歩いている。あの全てが騎士だとすれば、それは大部隊を率いているのと同義ではないか。しかも、場所も取らず兵站も必要ない大部隊だ。

 身一つで敵の支配する街や基地に潜り込んで、そこにいきなり大軍を出現させることも、それをすぐさま撤収させることも出来る。

 トランスフォーマーの擬態どころではない、究極のゲリラ戦だ。

 

 同時にトランスフォーマーの騎士を得ればガルヴァトロンや外敵への対抗手段を得ると共に、王権争いにおいても大きな有利になる、と計算しているのだろう意外な強かさが、ホット・ロッドは嫌いではなかった。

 彼女が真にブリテンの平和を考えていると信じているからだ。

 

 同じことを考えたワケではないだろうが、オプティマスは顔をさらに険しくする。

 以前にも幾度かオプティマスのコピーが現れたが、そのいずれも彼の敵となった。

 そのことを思うと、ミリオンアーサーの願いにも良い顔は出来ない。

 

 一方で女神たちは違う意味で難しい顔をしていた。

 

「なんだか、専門用語が多いわね。みんなついてこれてる?」

「もちろん、大丈夫だよ! ルシのコクーンがパージするんだね!!」

「駄目みたいね……わたしは、小説で鍛えてるから大丈夫よ」

 

 ノワールは首を捻り、ネプテューヌが頓珍漢なことを言い、ブランが何故かしたり顔をする。ベールは、何かを思いついたように目を輝かせていた。

 つまり、いつもの通りの女神たちだった。

 

「申し訳ないが、やはり因子の提供は出来ない。それは貴国への内政干渉に当たる」

「むう、そうか……残念だが無理にとは言えんな」

「しかし、部下と協力者を派遣することにしよう。ディセプティコンへの対処は彼らに任せてほしい。無論ブリテンの人々の許可があれば、だが」

「…………」

 

 オプティマスの申し出に、いくらか考え込むミリオンアーサーだったがそれも僅かの間だった。

 

「分かった、お願いする。マーリンにはわたしから話を通そう」

「ああ。では、ここからはブリテンに派遣するメンバーを決めたいと思う」

 

 そういうオプティマスだが、彼はすでにその面子をほぼほぼ決めていた。

 

「アンチ・エレクトロンのことや現地への影響、補給の難しさを鑑み、少数精鋭としたい。まず、ハウンド。次にドリフト、クロスヘアーズ、そしてバンブルビー」

 

 呼ばれた者たちが前に出る。

 これまでの情報からブリテンの大気にはアンチ・エレクトロンが充満していると予測されるが、彼らはゴールドサァドと合体したことでアンチ・エレクトロンへの抗体を獲得している。

 

「それから本人たちの希望もあって、ゴールドサァドの皆も同行してもらおうと思う」

「ま、アタシらもあいつらには借りを返してやりたいしね」

 

 シーシャが進み出て、自分の掌に拳を当てて闘志を表現する。

 ビーシャは勝気に笑み、ケーシャはチラチラとノワールを見て、エスーシャは相変わらず無表情だった。

 逆にクロスヘアーズはあからさまに嫌そうな顔をした。ドリフトも顔をしかめている。

 

「おいおい、オプティマス。こんな小娘どもがいなくても俺らだけで十分だろうが」

「いや、ブリテンがアンチ・エレクトロンの影響下にあるならば、動かせる戦力は貴重だ」

「なら、そいつらに手当たり次第に合体させて、抗体を持たせせりゃい!」

 

 自分たちを道具扱いするかのようなその言葉に、ビーシャやケーシャはムッと顔をしかめ、エスーシャも目を鋭くする。

 答えたのは、ラチェットだった。

 

「いやいや、どうやらそう上手くはいかんようでね。彼女たちは一度合体してしまうと、パートナーを変えることが出来んのさ」

『ええッ!?』

 

 これはクロスヘアーズやドリフトのみならず、当のゴールサァドにとっても寝耳に水だった。

 シーシャは困ったように首を捻る。

 

「はあ……それじゃあアタシたちは、その人ら専用ってことか」

「そういうことだねえ。よほど体の相性が良かったんだろううねえ」

「ラチェット、自重」

 

 何故かニヤニヤとするラチェットの脛を、アーシーが蹴って黙らせる。

 ハウンドが胡乱げにシーシャたちを見た。

 

「そもそも、どうやってあの合体だの変身だのって力は、どうやって手に入れたんだ?」

「あー……昔のことなんだけど、アタシたちは元々全員がある組織に捕まってたんだ。そこで、まあ色々と実験されてゴールドユニットを装着する力を得た。合体までできることに気付いたのは、だいぶ後だけどね」

 

 本人は明るく言うが、オプティマスは一瞬顔を曇らせる。

 どうやら、その組織とやらに心当たりがあるようだ。

 

「でも、その組織はある日派手に吹っ飛んでね。まあ悪の組織と研究施設に爆発オチは付き物さ。アタシらはその隙に逃げ出したのさ」

「その後は、それぞれ別々に行動しつつ連絡を取り合っていたのですが……この間に、ノワールさんたちと出会って、それで……」

「あー、その話はまた今度で。総司令官殿、話を戻してちょうだい」

「あの『ノワールさん』が出ると長いからね……」

 

 話に割り込んできたケーシャが目を輝かせて何か言おうとするのを、シーシャが止め、ビーシャが小さく呟く。

 オプティマスは頷くと途中までだったブリテンに派遣するメンバーの話題に戻る。

 

「では続きだ。向こうでのリペア担当としてネプギアが同行を申し出た」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 緊張した面持ちのネプギアが答えると、他の女神候補生たちが驚き、彼女を取り囲む。

 

「ネプギア、あんたも行くの!?」

「聞いてないよ!」

「聞いてない……」

「どういう風の吹き回し?」

「やっぱりバンブルビーを放っておけないから」

 

 少し愛想笑い気味に仲間たちの質問に答えるネプギアだが、その視線はバンブルビーとビーシャに注がれていた。

 ユニとアリスは、ああなるほどと納得する。

 弟のように思っているバンブルビーに、新たなパートナーが現れた。態度には出さないが、その心中は穏やかではないだろう。

 

「ったく、女ばっかりで遠足じゃあねえんだぞ」

「まったくだ。戦場は遊び場ではない」

「そう言うなよ、あのお嬢ちゃんたちが頼りになるのは実証済みだろ」

 

 まだブチブチと言っているクロスヘアーズとドリフトを、ハウンドが諫める。

 そんなオートボットたちにシーシャは苦笑いせざるを得ない。

 

「こりゃ、前途多難だね」

「興味ないね。嫌悪はあるが」

「任務なら仕方ありませんよ」

 

 エスーシャは目の中に暗い怒りを宿らせ、ケーシャは早々に割り切った様子を見せる。

 ビーシャだけは、ニコニコ笑顔でバンブルビーに接していた。

 

「よろしくね、バンブルビー! ……ねえ、ビーって呼んでもいい?」

「うん、いいよ!」

 

 サムズアップで応じるバンブルビーを見て、ネプギアは何とも言えない寂しさと苦々しさが混じった顔をしていた。

 そんな彼女にロムとラムは心配そうだったが、ユニとアリスは顔を見合わせ二人して肩を竦める。

 

「さて、もう一人。この部隊を率いる隊長を発表する」

 

 オプティマスの声に、一同が鎮まる。彼にはこういう力があった。

 一同を見回し、厳かに言った。

 

「このブリテン遠征隊の隊長に、私はホット・ロッドを任命する。反対の者は手を挙げてくれ」

 

 すると、ざわつく一同の中に誰よりも早く手を挙げる者がいた。

 当のホット・ロッド本人である。

 

「反対です! ブリテンに行くのは望むところですが、俺には隊長なんて無理です!! っていうかほんと無理!! 絶対無理!! むしろ、バンブルビーの方がいいですって!! 人気とか話題性とか原作ネタ的に!! スピンオフもやるし!!」

「ろ、ロディ!?」

 

 メタいことまで言いだして頑なに反対する相棒に、くろめは面食らう。バンブルビーも思わぬ飛び火に目を丸くする。

 さらにオートボットの中からも反対の声が上がる。

 

「おいおい! そんな小僧に従えってのか!? そりゃないぜ!!」

「センセイ、いくら何でも……」

「無論、理由がある。先日の戦いの折、もっとも適切な行動が出来たのが彼だったからだ」

 

 不満げな部下たちに、オプティマスは厳かに説明し始めた。

 

「彼のおかげで、我々はガルヴァトロンの目論見を知ることが出来た。その功を持って、彼を隊長に推した。もちろん彼は未熟ではある。そこは皆で支えてやってほしい」

「いやあれは場の流れです! 第一あの時の俺は……」

 

 拳を痛いくらいに握りしめ、ホット・ロッドは俯く。ガルヴァトロンとの戦いで暴走したことは、やはり彼の中で恥ずべきことだった。

 くろめは断固としてこの決定に抗議するべく、声を上げようとする。これ以上、重い責任で彼を苦しめてどうしようというのか?

 

 しかしそれより早く、ミリオンアーサーが口を挟んだ。

 

「ホット・ロッドよ。そなたの事情は分からぬ。しかしそなたの尊敬するオプティマスが、そなたを信頼して任じたのだ。ならば、そなたのすべきことは、その信頼に応えようと努力することではないか?」

 

 その言葉に、ホット・ロッドはハッと顔を上げる。

 

「それに、我がブリテンは……少なくともわたしは助けを必要としている。どうか、わたしたちを助けてはくれまいか?」

 

 片膝を突き、胸に手を当てて頭を下げるミリオンアーサー。

 それは王を目指す者としては、最大限と言っていい敬意を込めた願い方だった。

 

 彼女の姿を見ていると、ホット・ロッドの中に決意が湧いてきた。

 それにリーダーになるかはともかく、ガルヴァトロンを止めなければならないのだ。

 

「……分かった。正直自信はまったくないけど、出来るだけやってみよう。約束するよ」

「うむ! 共にブリテンに平和を齎そう!」

「ああ。男たる者、約束は守るよ」

 

 顔を上げて笑んだミリオンアーサーに、ホット・ロッドは握った拳で胸を叩く。その言葉を口に出来たのは、彼がほんの少し前向きになった証だった。

 くろめはちょっと面白くなさそうな顔をしていたが、軽く息を吐いてから相棒に声をかけた。

 

「それなら、オレも一緒に行こう」

「うず……じゃなかった、くろめ!?」

「なんだいロディ? まさかオレを置いていく気だったのかい? お医者様や技術者の話によると、オレと合体しないとスーパーモードにはなれないんだよ?」

「そりゃあそうだが、危険だ! ガルヴァトロンは君の命を狙ってるんだ!」

「危険は慣れっこさ。……それに君が守ってくれるんだろう? 一人にしないとも言ったね。男たる者、約束は守ってくれよな」

 

 悪戯っぽく片目を瞑って言うくろめに、ホット・ロッドはグッと言葉に詰まる。

 確かに彼は、そういう約束を以前にした。

 

「分かった、分かりました! ……オプティマス、彼女を同行させていいでしょうか?」

「ああ、構わない。むしろ同行を申し出なかったらどうしようかと考えていたところだ」

 

 少しだけ面白そうに言ったオプティマスは、全員を見回し宣言する。

 

「では以上のメンバーを持ってブリテン遠征隊とする。各種準備のため出発は3日後。それまでは皆、英気を養ってくれ。以上解散」

 

  *  *  *

 

 それから少しして、プラネタワー内のホイルジャックのラボで、オプティマスとネプテューヌは、コンテナを眺めていた。

 ホット・ロッドが謎の力により装甲車やパワードスーツの残骸から組み上げたアレである。 こうしてみると、その色はホット・ロッドと同じ黒地にオレンジのラインだが、あちこちトゲトゲしていて何とも攻撃的な雰囲気である。

 取り込まれたパーツはトランスフォーマーの身体と同質の物に変化し、もう戻すことは出来ない。

 

「いやー、なんともヒャッハーな外観だねー。火炎放射とかしそう」

「火炎放射はしないが、自走能力があるそうだ」

「へー。……でさ、オプっちはなんでホット・ロッドを隊長に任命したワケ?」

 

 ネプテューヌは恋人を見上げて平時と変わらない口調で質問をぶつける。

 

「やっぱり、いーすんの言ってたことが決め手? それとも、メガトロンの子供だから?」

「それもないとは言えないが……決め手と言えるのは、海男の話だ」

「なぜ、そこで海男?」

 

 ネプテューヌは首を傾げる。

 てっきり、イストワールが記憶の底から拾ってきた『大きなる危機に立ち向かうために、希望を継ぐ者が四つの鍵を揃えなければならない』という言葉が、ホット・ロッド……ロディマスをブリテンに送り込む理由だと思っていたからだ。

 

 オプティマスは一つ頷く。

 

「地球で彼と二人で話す機会があったんだ。彼が言うには、自分たちが施設を脱出できたのは、ホット・ロッドのおかげらしい」

「え? でも確かそれって海男が作戦立てたからだって聞いたけど」

「作戦を立てたのは海男だが、そもそも施設を抜け出すことを皆に提案したのはホット・ロッドだったそうだ」

 

 ネプテューヌは、さして意外そうな顔はしなかった。オプティマスもまた。

 

「厳重な監視体制に、うずめや海男は脱走を半ば諦めていた。しかしホット・ロッドだけは頑なに脱走する機会を伺い、自由になれると皆を励ましていた。いつしかそんな彼に感化され、彼らは逃亡を決意した」

「なるほど」

 

 オプティマスの口元に笑みが浮かび、ネプテューヌも微笑む。

 本人は気付いていないのだろうが、つまりホット・ロッドは迷っても悩んでも、それでも他者のために戦える精神性と、強い反骨心、良い意味での諦めの悪さの持ち主なのだ。

 実のところ、この逆境や理不尽に屈しない精神こそが、彼がメガトロンに最も似ている部分だとオプティマスは思っていた。

 

「んー、でもそれはそれで心配かな? どっかの誰かさんみたく、すぐに自己犠牲に走りそうで」

「そうならないために、うずめ……いやくろめを彼の傍に置くことにしたんだろう?」

「まーねー」

 

 二人は、くろめこと『うずめ』が地球で出会った天王星うずめではないことに、早くから感づいていた。

 しかし、その目的が分からないので様子見をしていたのだ。

 

「まー事情はよく分からないけどさー。記録調べてもうずめのうの字も出てこないし」

「ここまで痕跡がないと、逆に改竄を疑えるな。なんらかの方法で記憶や精神にも干渉して、痕跡を消したのかもしれない」

「でもさ、あの子、色々暴走気味だけどホット・ロッドのことが好きなのはマジだし、ほっといてもいい気がするんだよね。勘だけど」

 

 ホット・ロッドはくろめを悲しませないために過ぎた自己犠牲を自重し、くろめはホット・ロッドを悲しませないために悪事を控える、というのが二人の理想の流れだった。

 

「ま、マジェコンヌのこともあるし、そう上手くいくかは分かんないけどねー」

「彼らのことは、まずは彼ら自身に任せよう。間違いそうになったら、私たちで止めてやればいいんだ」

 

 自分より若い者たちのために行動するのも、あるいは敢えて行動しないのも、そして時に鉄拳制裁するのも、年長者の役目だ。

 二人はなんてことないように笑い合うのだった。

 

  *  *  *

 

 何処とも付かぬ闇の中。

 鏡のようなシルバーメタリックのライダースーツとフルフェイスヘルメットに身を包んだ男が、アンティークな椅子に腰かけていた。

 眼前にはやはりアンティークな丸テーブルがあり、その上にはチェス盤のようなオレンジと黒紫のチェック柄のボードが置かれていて、同じように塗り分けられた様々な駒が配置されていた。

 しかし盤はチェスのそれよりもマスが多く、駒の形状もチェスとはだいぶ違う。

 

 そしてテーブルを挟んだ対面には空の椅子があるだけで、対局相手の姿はなかった。

 

 ライダーは表情こそ見えないが忌々し気な空気を放ちながら、二つの駒を見下ろしていた。

 

「この二人、やはり邪魔だな……」

 

 その駒はテメノスソードの形と、丸っこく象形化されたNの文字の形をしていた。

 




今月末にはクラシックス翻訳版の新刊発売、3月にはお待ちかねの映画バンブルビー公開と関連コミックス翻訳版発売、いや楽しみです。
しかし……3月にトランスフォーマー対マジンガーZなるコミックスが発売されるという怪情報を耳に挟んだんですが……マジなんですかね、アレ?

さて謎コンテナさんの名前どうしよう……。


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第36話 ブリテンへの道

 プラネテューヌ首都近郊。

 かつてここにはオートボットの基地があったが、前大戦終盤に恐るべき兵器レクイエムブラスターの砲撃を受けて跡形もなく消し飛んだ。

 残ったのは巨大なクレーターのみ……だったのだが、どうせならこの穴を利用して新しい施設を造ろうということになり、クレーターに蓋をするようにして開閉式のドーム屋根を被せ、内部の空間には宇宙船のドッグが建造された。

 

 何かがおかしいが気にしてはいけない。

 『なんでそんなことを?』と聞けば『やりたかったからだ』と答えるのがプラネテューヌクオリティだ。

 

 それはさておき、ここに一隻の宇宙船が停泊していた。

 トランスフォーマーの使う物としては標準的な大きさで……それでも人間から見れば相当な大きさだが……クジラを思わせるシルエットに四枚の主翼が目を引く。

 船体側面にはオートボットのエンブレムがペイントされていた。

 

 この船は内部にリペアルームや大容量の倉庫、乗員の個室、キッチン付き食堂を兼ねた談話室などを備え、さらには小型の降下艇を格納しており、空はもちろん宇宙や海中をも進むことが出来る移動基地だ。

 半面、居住性を優先したため、武装は二連装光子キャノンが二門と艦体各部に内蔵された対空ブラスターと少な目だった。

 プラネテューヌの技術者たちが高速飛行船フライホエールを改造し()()()造ったこの船、正式名称を万能航宙揚陸艦『エイハブ』こそ、ホット・ロッドを隊長としたブリテン遠征隊が乗り込むことになる船なのだ。

 

 飛行船を改造して宇宙船にするとかおかしいと言ってはいけない。

 『出来るからやる』ではなく『やってみたら出来ちゃった』がプラネテューヌクオリティだ。

 

 そのエイハブの側面ハッチから降ろされたタラップの前に、多くの女神やオートボットが見送りにきていた。

 

 リュックサックを背負ったネプギアが、コンパやアイエフ、女神候補生たちと別れを惜しんでいるのを、くろめはなんとなしに見ていた。

 

「それじゃあ、行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃいです!」

「気を付けてね」

「しっかりね」

「お土産、楽しみにしてるわよ!」

「いってらっしゃい……!」

 

 皆に笑顔で挨拶するネプギアに、もちろん最愛の姉であるネプテューヌも声をかける。

 

「ネプギア、あんまり気張りすぎないようにね」

「お姉ちゃん……」

「もー、そんな顔しないの! ……大丈夫だよ、わたしの自慢の妹だもん。無理しないくらいに頑張ってね」

「うん!」

 

 妹を元気づける姿は、姉としての威厳があった。終結祭の夜のことといい、彼女にはそういう一面があるようだ。

 

「まったく、いつもああならいいんですけどねえ」

「イストワール」

 

 いつの間にか、イストワールが隣に浮遊していた。開いた本に乗って宙に浮かんで、困ったような呆れたような顔をしている。

 くろめは彼女とどう話せばいいか分からず、だんまりを決め込む。

 それはイストワールも同じのようだったが、やがて彼女の方から口を開いた。

 

「あの、うずめさん……」

「くろめ。できればそう呼んでくれ」

「では、くろめさん。その、つかぬことをお聞きしますが、わたしたちはずっと昔に会ったことがありませんか?」

「…………どうだったかな? 憶えてないんだ」

 

 少しだけ胸の痛みを感じながらも、くろめはしらばっくれる。

 イストワールは何処か悲しそうな顔で、頭を下げた。

 

「うずめ……じゃなかった、くろめさん。ネプギアさんたちのこと、よろしくお願いしますね」

「ああ。この面子だと、オレがしっかりしないとね」

「それから……マジェコンヌのことも」

 

 強くなる胸の痛みをくろめは顔に出さないように堪える。それに気付いていない様子で、イストワールは目を伏せた。

 

「不思議なんです。前は彼女のことを何とも思わなかったのに、今は不自然なほど気になって……」

「ああ、彼女のこともちゃんと連れて帰るさ。……そしたらそう、三人でゆっくり話そうか」

 

 後半はイストワールに聞こえないように小さく呟かれ、同時に柔らかい響きを含んでいた。

 

 一方ホット・ロッドはもちろん、オプティマスから激励を受けていた。

 

「ホット・ロッド、しっかりやるのだぞ。ブリテンの文化と風習を尊重し、みだりにそれを否定することのないようにな」

「はい、オプティマス。……しかし、やはり不安です。俺なんかに隊長が務まるでしょうか?」

 

 ミリオンアーサーの願いもあって隊長を引き受けたホット・ロッドだが、やはり自信はまったくと言っていいほど無かった。

 

「どうすれば、あなたのようなリーダーになれるでしょうか? 指揮官らしく振る舞うにはどうしたら?」

「いいや、ホット・ロッド。私の真似などしなくてもいい。小賢しく立ち振る舞いを計算する必要もない」

 

 穏やかな笑みを浮かべながら、オプティマスは自分の胸に手を置いた。

 

「深く考えることはないんだ。ただ、仲間を大切に思う気持ちや、誰かを守ろうとする心を失わずに、自分らしく振る舞えばいい」

 

 そう言ってオプティマスは背中から愛用のレーザーライフルを抜き、ホット・ロッドに差し出した。

 ホット・ロッドは先の戦いで拳銃一丁を残して武装を全損していた。剣と盾は新調していたが、もう一つ武器があっても損はあるまい。

 

「これを持っていけ。失った銃の代わりくらいにはなるだろう」

「! あ、ありがとうございます!!」

 

 緊張しながら受け取ったライフルを、ホット・ロッドはしげしげと眺める。

 上下二連式のショットガンに似た形状のそれは、彼には大きかった。スーパーモードにならなければ、オプティマスのように片手で撃つことは出来ないだろう。

 しかし背中に斜めにマウントすると、まあ恰好にはなった。

 

「良き旅を、ホット・ロッド隊長」

「は、はい! オプティマス司令官!」

 

 表情を引き締めたオプティマスに、ホット・ロッドは敬礼するのだった。

 

 

 

 

 ホット・ロッドたちが艦橋(ブリッジ)に入ると、すでにバンブルビーたちとゴールドサァドが居並んでいた。

 エイハブの未来的なブリッジは二段構造になっており、プラネタワーの会議室などと同じくトランスフォーマーと話しやすい高さの上段に人間用の席が設けられていた。

 

「おお来たか、ホット・ロッド。いやこの船は凄いな! 本当にこいつが空を飛ぶのか!?」

「こんな鉄の塊が空を飛ぶなんて、やっぱりこっちの技術はブリテンよりも遥かに進んでるわね……」

 

 ミリオンアーサーは、ホット・ロッドの姿を見止めるや上段から歓声を上げる。後ろにはもちろんチーカマもいた。

 その場にいる全員の視線が集まるのを感じ、ホット・ロッドは居心地の悪さを覚える。

 クロスヘアーズは、自分の椅子に腰かけ目の前のコンソールに行儀悪く足を乗せていた。

 

「なあ小僧よぉ。最初に言っとくがな、俺はお前が隊長だって認めたワケじゃねえからな」

「分かってるさ」

 

 開口一番に飛び出してくる不満に、逆にホット・ロッドの緊張が解ける。

 いきなり畏まられるよりは、こっちの方がいい。

 

「みんなも俺が上官だなんて思わないでくれ。自分で言うのもなんだが、この中で一番経験が足りないのが誰かなんて考えるまでもないもんな」

 

 その言葉に頼りなさを感じたのか、ドリフトは腕を組んで不満そうにし、エスーシャ以外のゴールドサァドはちょっと不安げな顔をしていた。バンブルビーですら、困ったような顔をしている。

 そんな一同を代表するように、ハウンドは呆れた顔で首を振る。

 

「やれやれ、頼りない隊長さんだ」

「そうさ、だからみんなを頼りにしてる。何せ歴戦の勇士ばっかりだ……頼りがいのあるトコ、見せてくれよ?」

 

 ニヤリと笑っての思わぬ切り返しに、ハウンドはほうっという顔になる。

 そう言われたら、少しいいトコを見せたくなるのが人情だ。それはバンブルビーも同じだったらしい。

 

「それなら、最初の、仕事だ。……出発の号令を、隊長」

「了解……全員、所定の席に着いてくれ」

 

 オートボットも人間と女神も、全員が慌ただしく席に座りシートベルトを締める。

 ホット・ロッドは全員の着席を確認してから、自分も席に着き声を上げる。

 

「ドリフト、発進の用意は?」

「すでに完了している。お前たちで荷の積み込みも終わった。船体に異常なし、各種システムオールグリーン。……指示を寄越せ」

 

 メインの操縦士を務めることになるドリフトは事務的に返してきた。

 侍のような姿のドリフトが操縦士というのは一見して何か不思議な感じだが、彼はこの手の船の操縦に慣れているらしい。

 チラリとくろめを見れば、自分の席から期待に満ちた目を向けてきている。

 ホット・ロッドは、グッと気合を入れて発声回路を震わせた。

 

「エイハブ、発進せよ! ブリテンに進路を取れ!!」

 

 見送りに来ている女神やオートボットの前で、エイハブは内臓された反重力発生機関により床と垂直に浮かび上がる。

 そのまま上昇していくと、天井のドームが左右に開いた。

 ドームから大空に出た航宙揚陸艦は主翼をX字型に展開し、後部のエネルゴン・エンジンを吹かして後ろに白い航跡を残しながら、雲一つない青空の彼方へと飛んでいった。

 

 変身して飛び上がった女神たちや、自力で飛べるオプティマスは、大きく手を振ってそれを送り出すのだった。

 

 

 

 

 

 だが、ブリテン遠征隊の出発を見送ったのは彼らだけではなかった。

 紫がかった藍色の忍者のような影が、ドック近くの森の中からエイハブが描く軌跡を見上げていた。秘密結社アフィ魔Xの忍者ステマックスだ。

 

 ロボット忍者は、どこかへと秘匿回線で通信を飛ばす。

 

「将軍、オートボットが出発したで御座るよ。目的地はやはりブリテンのようで御座る」

 

  *  *  *

 

「ご苦労、お主もワシらに合流しろ」

『承知!』

 

 通信を受けた秘密結社首領アフィモウジャスは、一段高くなった玉座のような椅子にゆったりと腰掛けていた。

 ここは楕円形のドームをさらに半分に切ったような形の部屋で、彼の後ろの壁と床以外は全て金属フレームに嵌め殺しの窓になっており外が見える。窓際には扇状にコンソールと椅子が並んでいた。

 窓の外は白い霧で一寸先も見えない。

 

 アフィモウジャスの傍にはワレチューとコグマンが立ち、さらにはガズル、シズル、ジャビルらモンスターも控えている。

 

「オートボットもブリテンに向かうっちゅか? ディセプティコンもいるみたいっちゅし、絶対戦いが起こるっちゅ。正直行きたくないっちゅねえ」

「ふん! 奴らには勝手に戦わせておけばいいのだ! 直接戦闘など前時代の遺物よ! ワシはもっと賢く立ち回るってみせるわ!!」

 

 やる気のないワレチューの言葉に、アフィモウジャスは傲然と言い放つ。

 そもそも彼は、あのメガトロンの息子を名乗る二人が気に食わなかった。どちらも女々しいことこの上なく、覇王たるメガトロンにはまるで似ていない。少なくともアフィモウジャスの視点ではそうだった。

 コグマンは、直立不動のまま主人に進言する。

 

「しかし坊ちゃま。恐れながら言わせていただきますと、これからなさろうとしていることは、あまり賢い立ち回りとは思えませんが」

「お前は黙っておれ、このブリキの玩具め!!」

 

 ピシャリと怒鳴ったアフィモウジャスは、椅子から立ち上がると窓際まで歩いていき、大きく腕を広げた。

 

「我らも行くぞ! 我が一族のルーツたる地、ブリテンに!!」

 

 高らかな宣言と同時に窓の外の霧が晴れる。

 青い空が一杯に広がり、眼下にはビーム砲や対空ブラスターの砲塔が並ぶ戦艦の甲板、その向こうには雲海が見える。ここは戦艦、それも空飛ぶ戦艦の艦橋なのだ。

 この空中戦艦アフィベースは、とある組織が密かに建造するも放棄されていた空中戦艦の三番艦をデイトレーダーが発見した物がベースになっている。

 それをアフィモウジャスが安値で……それでもローンを組んだが……買い叩き、精神エネルギーで大幅に強化改修したのがこの艦だ。操艦も精神エネルギーで行っている。

 数え切れないほどのビーム砲、対空ブラスター、ミサイル砲を備え、持ち主同様に白をベースに金と赤で塗装された艦体は、どっしりとしつつも華美だった。

 

「見よ、アフィベースのこの威容! 正にワシの覇道に相応しい!! フハハハ、ハァーッハッハッハ!!」

「直接戦闘もしないのに、このような大袈裟な戦艦が必要か、わたくし疑問ですな」

「あのトランステクターといい、デカイもんが好きなんちゅねえ」

 

 高笑いするアフィモウジャスに、コグマンは嘆かわし気に首を小さく横に振り、ワレチューは興味なさげに肩を竦める。

 

 ジェットモードに変形させたトランステクターに乗ったステマックスが合流したのは、僅かばかり後のことだった。

 

  *  *  *

 

 ここで時間はかなり遡る。

 脱獄囚たちとバンブルビーたちの戦い、そしてホット・ロッドとガルヴァトロンの激突のいくらか後に、つまりディセプティコンたちがグランドブリッジを通って少し経った頃にだ。

 

 とある草原を、銀と黒のノーズフラットのトラックを先頭としてフォード・マスタングのパトカーに錆塗れのトランスポルターや黒塗りのサバーバンなどの自動車の一団が走っていた。

 その上空にはグリペンを先頭に降下船や戦闘艇が飛行している。

 

 もちろん、ガルヴァトロンたちディセプティコンだ。

 

 あの後、光の渦を潜ったディセプティコンたちは、どこか草原のただなかに出た。

 降下艇などのサイズもあって、グランドブリッジの本体から少し離れた所に転送されたらしい。

 ちなみにインフェルノコンたちはその降下艇に乗っている。

 

「ガルヴァトロン、何があったんだ?」

 

 トラックの隣を走るパトカー姿のバリケードは、トラック姿のガルヴァトロンに気づかわしげに問う。

 こちらが転送されてからすぐ後に同じようにして現れたガルヴァトロンだが、酷く沈み込んでおり、最低限の指示を出した後は一言も口を効いていなかった。

 

 今も皆を先導するのみで、バリケードの問いにも答えなかった。

 仕方なく、矛先をガルヴァトロンの運転席に乗ったマジェコンヌに変える。

 

「おい、何があった?」

「ん? ああ、ちと話が拗れてな。よくある親離れ出来ない兄と親に反発する弟の兄弟喧嘩になったのだが……危うく、弟を殺す所だった」

「なっ!?」

 

 出来るだけ感情を排した声でのその答えに、バリケードは驚愕する。この自称メガトロンの息子は……もうバリケードは彼が本物のガルヴァだと確信していたが……弟を勧誘しに行ったはずだったのだ。それが殺しかけたとは、どういうことだ?

 ショックを受けていると、トラックから非難するような響きの重低音が聞こえた。

 

「マジェコンヌ」

「隠してもしょうがあるまい。特にこいつにはな」

 

 シレッと言うマジェコンヌに、バリケードがさらに事情を聞こうとした時だ。

 

「おーいみんなー! ロボットがやってくるぜー!」

 

 急にバイクの姿で爆走するモホークが声を上げた。全員が急停車しロボットモードに戻る。

 ニトロ・ゼウスもロボットに変形しながら相棒の傍に着地した。

 

「オートボットどもめ、もう追って来やがったのか!?」

「いーや、それにしちゃサイズが小さいぜ!」

 

 拳で掌を叩くニトロ・ゼウスだが、モホークは額に掌を水平に当てて首を傾げる。

 実際、こちらに向かってくるのはロボットではなく馬に乗った人間たちだった。時代錯誤な服装で、先頭の男は甲冑を着込み頭部を覆う兜を被っている。

 

「なんでもええわ! ぶっ殺そうや!!」

「へへへ、ブリテンでの被害者第一号ってワケだ」

 

 バーサーカーとドレッドボットは各々の武器を抜き、いつでも攻撃できるように準備する。

 しかし、甲冑の人物の姿を確認したガルヴァトロンから、思わぬ言葉が出た。

 

「止めろ。あれは味方だ」

「味方だと?」

「ああ、ブリテンでの我らの協力者だ」

 

 訝しげな声を出すオンスロートに言うと、困惑する同胞たちを捨て置いて前に出る。

 彼の前に甲冑の男は部下たち共々手綱を引いて馬を停め、兜を外す。現れた素顔は短く切った茶色の髪に同色の口髭の、若い男だった。なかなかに精悍な美丈夫だ。

 

「戻られたか、ガルヴァトロン殿!」

「ああ、こうして無事にな。ワイゲンド卿」

 

 ワイゲンド卿なるその男はガルヴァトロンの姿に驚くことなく、むしろ親し気な様子で挨拶すると、呆気に取られているディセプティコンたちを見回した。

 

「貴殿らがガルヴァトロン殿の同胞か! なるほど、頼もしい面構え。よくぞブリテンに参られた。歓迎いたそう!」

「……なんなのであるか、こいつは?」

 

 時代がかった言葉遣いにオンスロートが面食らっていると、ガルヴァトロンはフッと笑みを浮かべる。

 

「彼は黒冠のワイゲンド卿。先ほども言った通り我らの味方で、この辺り一帯を治める領主だ。グランドブリッジの本体にエネルギーを溜めてくれたのは彼だ」

「なに、あの祠を動かしたのは私ではなく、魔術師たちだ! さ、旅の疲れもあるだろうし、積もる話は城に戻ってからとしよう! 皆もガルヴァトロン殿が戻られるのを待っておる!」

「ああ、そうするとしよう。皆、行こう。降下艇や戦闘艇はこれから送信する座標に向かってくれ」

 

 兜を被りなおしたワイゲンド卿が手綱を一振りすると、馬は元来た方へゆっくりと歩き出し、彼の部下たちも同じようにする。

 ガルヴァトロンは当然のようにマジェコンヌを肩に載せてその後に着いていき、バリケードも考え込んでいる様子ながらも続く。

 ディセプティコンたちは顔を見合わせながらも彼らの後を追う。

 

(なんか、思ってたんと違う……)

 

 しかし破壊と戦闘を期待していた欺瞞の民たちは、この大歓迎ムードにそう思わずにはいられないのだった。

 

  *  *  *

 

 かくして、物語の舞台は隔絶された剣と竜の大地ブリテンへと移る。

 オートボット、ディセプティコン、秘密結社。彼らに果たしてどのような運命が待ち受けているのだろうか……。

 

「しかしそれがどんな運命であれ、蜘蛛糸に囚われているのは変わりないッス! ウヒャ、ウヒャヒャヒャ!!」

「まだまだゲームは始まったばかり……さあ、次の局面を楽しもうじゃないか」

 




当初、ブリテン遠征隊の乗る船はホット・ロッドの船ということでロストライト号にしようかと思っていました。
でも何だか出航早々に爆発したり空飛ぶ精神病院扱いされたり超凶悪犯が密かに乗ってたりしそうだし、そもそもこの展開で『失われる光』って船名はどうよ?ということで悩んだ末にこうなりました。
由来はもちろん、小説『白鯨』のエイハブ船長から、そしてそれを由来としたサ〇ラ大戦Vの飛行船から。
筆者にネーミングセンスはないのです。申し訳ありません。

秘密結社の戦艦アフィベースは原作にも同名の空中戦艦が登場しますが、こちらはより戦艦っぽい形。

また、この作品のブリテンは、前にも書いた通りミリオンアーサーシリーズのブリテンとは大きく違います。
ミリオンアーサーシリーズのファンの方がいらっしゃいましたら、重ねてお詫び申し上げます。

次回からブリテン編……の前に『そのころの地球、そのころの惑星サイバトロンの話』と『いくつかのギャグ短編集』を投降する予定です。


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閑話 NEST

 地方都市トランキュリティとその周辺での自動車暴走事件に端を発し、同都市での奇怪な銀行強盗事件とコンビナートの爆発事故、その近くの軍事基地の壊滅、突如として動き出した女神像と機械たち、それを迎え撃った軍の敗走、そしてミッション・シティでの決戦と決着。

 アメリカ政府はこれらの出来事を『テロ組織『墓場の風』が未知の新兵器と新物質を使った極めて悪質なテロ行為を起こしたが、これを米軍とサイバトロン・システム社が合同で解決し、犯人であるテロリストは一人残らず自決した』ということにした。

 

 テロ組織の名前は、サムなりの仕返しである。

 

 もちろん、全ての人間が……特に直接ディセプティコン、テラーコン、ダークメガミといった存在を見た人々は……この話を信じたワケではなかったが、だからと言ってこの余りに常識外の出来事にこれ以外の説明を付けられる者はいなかった。

 

 結果的に言えば、この『女神像事件』の最中人命救助と被害者支援に尽力したサイバトロン・システム社の株は精神的にも価格的にも多いに上がることとなり、製品の売り上げもさらに伸びることとなった。

 

 サイバトロン・システム社のロボットが怪物にならなかったことから、政府と社が組んでのマッチポンプだったのではないかと考える者もいた。それらしく聞こえるがまったくの的外れだった。

 宇宙人の襲来だとか神の降臨だとか言って、白い目で見られる者もいた。例えそれが大当たりだとしても。

 

 とにもかくにも、この事件は世界に大きな影響を与えていた。

 

  *  *  *

 

 そして現在。

 中国は上海。時刻は日も暮れた頃。

 この街の一角にある古びた工業地区は、今や騒然としていた。

 市政からはが毒物の流出と発表されていたが、それにしては奇妙だ。

 避難した近隣住民と入れ替わりに、輸送ヘリのブラックホークが数機飛来した。

 それらは例外なく、機体の側面に渦巻き模様と『C.A.S.T』という文字がペイントされていた。

 

 もっと奇妙なのは、人々が逃げていく道の向こうから青と水色のファイヤーパターンにペイントされたセミトレーラーのキャリアカーがやってきたことだ。

 キャリアカーは二段になった荷台部分の上段に三台、下段に二台のコンパクトカーを乗せていた。

 

 地面近くでホバリングするヘリから、最新鋭の装備に身を包んだ兵士たちが降りてきた。隊長らしい男……ウィリアム・レノックス大佐は、油断なく辺りを見回す。

 副官のエップスや他の部下たちも、それぞれに展開していく。

 彼らは米軍の特殊部隊……ではなく形の上ではサイバトロン・システム社が新たに子会社として設立した民間軍事会社に属していた。

 民間とは言っても主な顧客は合衆国大統領、実働部隊の人員のほとんどはレノックス隊以下米軍から派遣された軍人、ついでに装備も米軍の払い下げ。

 実質的には大統領直下の組織であり、結構グレーゾーンな会社だった。

 

 その名も、『Cybertron(サイバトロン) Armed(アームド) Security(セキュリティ) Team(チーム)』略して『CAST(キャスト)』である。

 

「いやしかし、変なことになりましたね。俺らがサラリーマンですぜ?」

「前より給料上がったから良いだろ……中国政府は、有害物質の流出と説明している! 手早く終わらせるぞ!!」

 

 副官の軽口に答えたレノックスは、その場にいる全員に指示を出す。

 その横では、青と水色のファイヤーパターンのキャリアカーが荷台からコンパクトカーを降ろしていた。

 それぞれに赤、青、ピンク、緑、黒というやたらめったらに派手な色のコンパクトカーたちが兵士たちの間を縫って方々に散っていくと、キャリアカーのトレーラー部分がギゴガゴと音を立てて人型に変形し、立ち上がった。

 人造トランスフォーマーのウルトラ・マグナスver:2は、荷台部分が変形した銃『ブルーボルト』と長柄の戦槌『マグナスハンマー』を手に取る。

 

「『主役』の到着はまだか?」

『もう少しかかりそうだ。あと5分といったところだね』

 

 自分を見上げてのレノックスの問いに、ウルトラ・マグナスは落ち着いた渋い声で答えた。

 あのヘンテコな人面魚、海男の声だ。なんとあの真顔の魚類が、現在ウルトラ・マグナスを無線操縦しているのだ。

 

 一緒に仕事をするようになってしばらく経つが、今だに慣れていないらしいエップスが首を傾げている。

 

「……変なことになりましたよね。お魚がロボットの操縦って」

「そこは同感だが、置いとけ。それより熱探知だ」

 

 レノックスに言われてエップスは熱探知のための機器を作動させる。するとすぐに機器に反応があった。

 

「うわ……」

「どうした?」

「熱反応あり……あれがそうです」

 

 熱源は工業地区の隅、重ねられた土管の向こうに置かれたとんでもなく巨大な白いパワーショベルだった。車体にペイントされているのは……ディセプティコンのエンブレムだ!

 

 と、その巨大なパワーショベルがギゴガゴと音を立てて変形していく。

 世界最大級の建機から変形した姿は、やはり巨大だった。

 上下に並んだキャタピラが変化したタイヤと、アームが二つに分かれて出来た腕の真ん中に顔があるという、なんとも表現し難い姿をしている。

 

「おおおおおお!! ついに来たな、オートボットども!!」

 

 咆哮を上げると、そのディセプティコンは大きな腕を地面に振り下ろした。

 その衝撃で手前の土管が宙に舞いあがりCASTの面々に降り注ぐ。

 

『危ない!!』

 

 咄嗟に、ウルトラ・マグナスが人間たちを庇い、背中に土管を浴びる。

 

「このデモリッシャーは、簡単には倒されんぞ!!」

『待て! 話を聞け!!』

 

 海男の叫びに答えず、デモリッシャーなるディセプティコンはさらに腕を振り回す。

 

「総員、攻撃開始せよ!!」

『致し方ない。スロットルボット隊! 攻撃開始だ!!』

 

 レノックスの指示を受け、ウルトラ・マグナスのおかげで無事だった人間の兵士たちが銃を撃ち始め、海男の声を聴いて周囲に展開していたコンパクトカーたちが変形する。

 背中に車型トランスフォーマー御馴染みの羽根のように配置されたドア、胸にやはり御馴染みのフロント部分、肩と足首にタイヤ、顔はバイザーとマスクという姿の新型人造トランスフォーマーだ。

 この『スロットルボット』たちは、それぞれ赤が十字架型マシンガン、青が片刃の戦斧と盾、ピンクが両肩部ブラスターとバトン、緑が右腕に鋭い鈎爪、黒がエナジーボウガンで武装していた。

 

 動き回りながら赤が銃弾を浴びせれば、緑が素早い動きでデモリッシャーの腕を掻い潜って飛び掛かって鈎爪で斬り付け、怯んだ隙にピンクが肩のブラスター砲で砲撃する。

 

「おのれ、チビどもが……おお!?」

 

 反撃しようとした瞬間に、遠距離から黒いスロットルボットのエナジーボウを命中させ、青が斧で足に当たるタイヤを斬り付ける。一糸乱れぬ見事な連携だ。

 

『仕上げはオレだ!』

 

 そしてウルトラ・マグナスの両肩外側に備えられた高圧放水砲『ハイドロアタック』から水流を放つ。

 ただの水流と侮るなかれ、本来は山火事などの消火のための放水は、巨大なデモリッシャーをも怯ませる。

 続いて手に持つ持つブルーボルトが火を噴いた。正確には冷凍ビームを発射した。

 どういう理屈なのか、ビームはデモリッシャーにかかった水を、その身体ごと凍結させていく。

 

「ぐおお!? おのれ、オートボットどもめ!! この体滅ぶとも、ザ・フォールン様に誓って貴様らには屈さぬぞぉ!!」

『殺す気はないよ。それと残念ながら、オレはオートボットじゃないんだ』

「……なんだと?」

 

 穏やかに言うウルトラ・マグナスこと海男に、デモリッシャーはまだ動かせる顔を怪訝そうに歪めた。

 彼の周りを取り囲んだスロットルボットたちも、声を上げる。

 その声は少女のように甲高い。

 

『わたしたちは、あなたを保護しにきたのです!』

『まずは話を聞いてほしいのです!』

 

 海男の仲間のひよこ虫たちの内の5匹が、この人造トランスフォーマーたちを操縦しているからだった。

 どういうワケか彼ら彼女らはサム・ウィトウィッキー設計の人造トランスフォーマーと妙に相性が良かった。

 

 故に後方の指揮車両の中には、正式にCASTのスタッフになったケイド・イエーガーと残る一匹のひよこ虫のサポートを受けながら、脳波コントロール用のヘルメットを体全体で被った人面魚とモンスターという珍妙極まる光景が広がっていた。

 

 デモリッシャーは警戒を解かないものの、どうすることも出来ないので話だけは聞こうとするが、その時工場区画の端に置かれた小さなショベルカーも走りだした。建機とは思えない、凄まじい速さだ。

 

「バラバラはいやだぁああああッ!!」

 

 ついでに、何か叫びながら。

 どうやら、あれもディセプティコンらしい。

 

『待つです!!』

「いやだ! どうせ急に『その小さい奴を殺せ!』とか言いだすんだぁああ!!」

 

 スロットルボットが制止するのにも構わず、そのディセプティコン、名をスクラップメタルは市街地に向かって逃げていこうとする。

 民間人に被害が出るのは何としてでも避けたいのでウルトラ・マグナスやスロットルボットが追いかけようとし、レノックスが待機している部下に指示を出そうとした時、彼らの装備した通信機から声が聞こえた。

 

『みんな、待たせた。ここは俺に任せてくれ!』

 

 上空からオレンジ色の何かが流星のように降ってきたと思うと、スクラップメタルの前に三点着地した。

 所謂、スーパーヒーロー着地である。

 

 それはブラッドオレンジの髪を持ったティーンエイジの少女の姿をしていたが、オレンジ色のレオタードの上から所々がオレンジに発光している白い強化アーマーを着込んでいた。

 背中には翼のようなフライトユニット、左腕にはフォースフィールド発生装置である盾のような円盤を装着し、目元はバイザーで覆われている。

 この特殊金属と超硬化プラスチックからなるアーマー『トリガーハート』は体を保護すると同時に手足の筋力を補強していた。

 

 見る者が見れば、その姿は天王星うずめの女神態、オレンジハートを再現した物であることが分かる。

 

「なんだお前ぇえええ!! そんなコスプレして、アイアンマンかこらぁあああッ!!」

 

 突然現れた少女に面食らったものの、スクラップメタルは足を停めずに突っ込んでいく。

 思い切り振られたパワーショベルのアームを、少女は左腕の盾で障壁を発生させて受け止める。

 

「待てよ、話を聞け!」

「畜生、死んでたまるかあッ!!」

 

 制止も聞かずにスクラップメタルはもの凄く普通に人型なロボットモードに変形しつつ、少女に襲い掛かる。

 

「ちょっと、話を聞けって……ば!!」

 

 しかしそのアーマーを着た少女……うずめは、右拳にエネルギーを込めると背中のフライトユニットからエネルギーを噴射して突撃してきたディセプティコンに逆に飛び掛かり、そのどてっぱらに拳を叩き込む。

 大きな金属の巨人は、それだけで突進の勢いを殺されて真後ろに倒れた。

 その隙に、スロットルボットたちが彼の身体を拘束する。

 

『大人しくするです!』

「ぐええええッ! や、やめろ! 俺をバラバラにする気だろ! リベンジみたいに! リベンジみたいに!!」

「だーかーらー、違うっての!」

 

 うずめはバイザーを上げて、ちょっと怒った顔を露わにし、ウルトラ・マグナスに合図する。

 人造トランスフォーマーは、一つ頷くと目から映像を投射した。

 それは、二人の男性が剣を掲げている姿だった。

 

『全オートボットに告ぐ。私はオートボット総司令官、オプティマス・プライム。戦闘行為を中止せよ』

『ディセプティコン全軍に告ぐ。我はディセプティコン破壊大帝、メガトロン。戦闘を止めよ』

 

 前大戦が終結した時の、オプティマスとメガトロンの宣言だ。

 その映像に表情が固まったデモリッシャーは、最初は怒りに顔を歪め、次いで悲しみに暮れて、最後に安堵の排気を漏らした。

 スクラップメタルに至っては、涙すら流している。

 

「ううう……」

「そうか……戦争は、終わったのか……」

『我々はサイバトロンの統治者から正式に、君たちの保護を依頼された。ついてきて貰えるだろうか?』

 

 落ち着いた声のウルトラ・マグナスに、デモリッシャーはまだ事を飲み込め切れていないものの答えた。

 

「分かった。……正直オートボットは憎いし人間どもには反吐が出るが、ザ・フォールン様亡き今、メガトロン様が命ぜられたのなら、仕方がない」

 

 不承不承と言った様子だが、デモリッシャーは申し出を受け入れた。

 実際にはうずめたちに地球上にサイバトロニアンがいた場合、保護してほしいと言ってきたのはオプティマスなのだが、そこは『サイバトロンの統治者』としか言っていないので嘘にはならない。海男は海男で、中々に強かだった。

 

「ば、バラバラにしない? ホントに?」

『しないのです!』

『いい加減、しつこいのです!』

 

 スクラップメタルを助け起こしつつも、ひよこ虫たちは彼の被害妄想に呆れていた。

 うずめはホッと息を吐いてから、明るい笑みを浮かべて皆を見ました。彼女の仲間たちを。

 

「うっし、仕事終わり! みんな、ご苦労様!!」

「遅いぜ女神様!」

「まったく遅刻癖を治せよ!」

「悪い、スーツの調整に手間取ってさ!」

 

 CASTの兵士たちのコミュニケーションとしての悪態に、うずめが笑顔で返す。

 

『うずめ、お疲れ様』

「おう! 海男もお疲れ!」

 

 フライトユニットで飛び上がったうずめは、ウルトラ・マグナスの肩に座って満面の笑みを浮かべる。

 そんな二人の姿は、何処かプラネテューヌの女神とオートボット総司令官を思わせた。

 

 うずめは今、形としては仲間たち共々CS社に属している。

 正式に大統領直属にすることも考えられたが、何処に『敵』がいるのかハッキリしない以上、明確に味方であるサムの下にいた方が安全に思えたからだ。

 そもそもCASTは彼女たちを守るために造られた会社である。

 

 サムは彼女を『自分の発明で武装したヒーロー』ということにして、人造トランスフォーマーたちと共に災害や事故の現場での人命救助に当たらせていた。極秘にしようにも、どうせ目撃情報を完全に潰すことは出来ないし、それっぽいストーリーで誤魔化してしまおうということである。

 彼女は女神像事件までは秘密裏に活動していたが、あの事件で満を持して日の目が当てられた、という設定だ。

 実際、スーツはサムの発明品であるし、あの事件までは隠れて人助けをしていたのだから完全な嘘ではない。

 

 これには女神やトランスフォーマーっぽい物を活躍させることで、それらが人間の味方であるというイメージを作るという思惑もあった。

 

 生来のスター性があるのだろうか、うずめは今や結構な人気者だ。

 

  *  *  *

 

「そうか……OK、ご苦労様」

 

 所変わって、ここはCS社のお膝元であるトランキュリティの街。その一等地に建つウィトウィッキー家の屋敷。

 巷ではロボット御殿などとも揶揄される広大な屋敷の一室で、CS社のCEOにしてトランスフォーマーの友である正史世界からの転生者、サミュエル・ウィトウィッキーは特殊な機材による通信を切った。

 サムは振り返り、思い思いに高級感のあるソファーに腰掛けている者たちに声をかけた。

 

「上海での仕事は終わった。とりあえず、問題はなかったみたいだ」

「エイリアンを匿うのが問題じゃなけりゃな」

 

 スーツをだらしなく着崩したラテン系の男、サムの大学時代の学友で今はCS社の役員であるレオナルド・ポンス・レオン・デ・スピッツ、略してレオは大きく息を吐く。

 かつては落ち着きのない若者だった彼も、大人になって多少は貫禄が出た。

 

「そう言うなよ。エイリアンとか陰謀論、好きだったろ?」

「あーいうのはネットで無責任に喚いてるから楽しかったんだよ。現実(リアル)で巻き込まれると碌なモンじゃない」

 

 苦笑するサムに対し横に首を振ったレオは、ふと仕事の顔になる。

 

「それにだな。資金も食いすぎだ。装備費に兵士の給料、エイリアンの生活費に宣伝費。役員会の中にも不満を持ってる奴がいる」

「地球の未来がかかってるのに?」

「大概の人間はな、地球の未来より自分の国の景気。国の景気より会社の儲け。会社の儲けより自分の財布なのさ」

 

 サム達よりも年上の洒落た装いの男、CS社とつながりのある大手会計会社『ホチキス・グールド・インベストメント』のCEOであるディラン・グールドもやや皮肉っぽく言う。

 『前』の世界ではディセプティコンに与し、結果的にサムの手により死した彼は、こちらではサムの仲間だった。

 

 サムは大きく息を吐く。

 

「なら、これで止めるかい?」

「まさか! 新時代の開拓者っていう名誉の前には、多少の碌でもなさは吹き飛ぶね!」

「異世界にエイリアン……これはとんでもないビジネスチャンスだからな。その最先端を降りるべきじゃないね」

 

 レオとディランはニヤリとして答えた。

 実のところ彼らは彼らで、こうした方がいいという不思議な直観のような物があった。

 

「んん! それでは殿方たち、私の仕事の話をしてもいいかしら?」

 

 そこで第四の人物が咳払いをした。

 ビジネススーツに身を包んだ、黒髪の女性だ。キツメだが十分に美人だった。

 サムは、頷く。

 

「どうぞ、ミカエラ」

 

 彼女はミカエラ・ベインズ。『前』ではサムの恋人だったこともある女性だ。

 こちらでも高校時代は同級生だったのだが、当時はサムの方から何となく距離を置いてしまった。

 その後、なんだかんだタフな彼女はなんとセクター7に所属していたらしい。

 人脈も広く、他人が知らない様々な情報を手に入れることに長けている彼女は、今は元上司のシモンズ共々サムに雇われている。

 

「あのひよこ虫……だったかしら? 彼女たちについて調べたんだけど」

 

 ミカエラは資料を全員に配った。

 最初の何枚かは、年端もいかない少女の顔写真付きの経歴書だった。

 

「アイ、アレクサ、ミーシャ、ローリ、サリ、ミコ……名前と、彼女たちの証言を元に、死亡あるいは行方不明になったティーンエイジの少女を割り出したわ」

 

 資料によれば、彼女たちは人種と出身はバラバラだが、全員が孤児のようだった。

 

 もちろん、人間の。

 

 その経歴は、ひよこ虫たちの曖昧な記憶からの証言と一致していた。

 資料を持つ手に力が籠るのを、サムは感じた。

 

「やっぱり陰謀論の世界が現実になると碌でもねえ!」

「人体実験にしたってこれは……」

「セクター7は……この場合はCIAの介入がある前のセクター7は、この件にはかかわってないわ。そこだけはハッキリさせとく」

 

 レオは吐き捨てるように言い、ディランは嫌悪感を隠せない顔で顎を撫でる。ミカエラも厳しい顔だ。

 やはりひよこ虫たちは、元は人間の少女だったのだ。ああなったことで、記憶すらもぼやけてしまっているようだが。

 

 込み上がる怒りと嫌悪にいったん蓋をし、サムは資料をめくる。

 次の資料には恰幅のいい初老の男性の写真がプリントされていた。

 

「ハロルド・アティンジャー」

「サムの言ってた元CIAの高官よ。かなりの辣腕みたいね。ある時を境にCIAを止めてその後はタヒチでノンビリ暮らしている……のは整形させた役者よ。本物の行方は知れないわ……ただし未だにCIAに強い影響力はあるみたい」

 

 さらに資料をめくると、今度は大勢の名前が載ったリストだ。

 様々な国の、政治家、官僚、軍人。大企業の責任者に、犯罪組織の親玉。色々なジャンルの科学者。

 著名人も多い。

 

「これはアティンジャーが姿を晦まして以降に活動している……らしい組織に関わっていると疑われる人間のリストよ」

()()()に、()()()()()()か。随分と曖昧だな」

「こいつらは異常に用心深くてね。尻尾を掴めないのよ」

 

 皮肉っぽいディランの言葉に、ミカエラは顔をしかめつつも答える。

 一方、レオはリストを上から下まで眺めていた。

 

「にしてもだな、なんでCS社(うち)に関わってる人間が不自然に少ないんだ?」

 

 その疑問は最もだ。

 サイバトロン・システム社は国際的な大企業であり、繋がりのある人間も多い。しかし、このリストにある名前には商取引相手程度はいても直接的に社と関わりのある人間は数えるほどだった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その可能性に気付いた時、サムは冷水をかけられた気分だった。

 思えばCIAによるアンゴルモアを使った自動車暴走だって、CS社を狙い撃ちにしたものだった。

 つまりハロルド・アティンジャーがCIAと組織の黒幕だとすれば、彼はサムに悪意を抱いている。それは何故か?

 

「サム?」

「おい、どうした?」

 

 この考えが正しいとすれば、この組織コンカレンスは危険だ。下手なディセプティコンよりよっぽど。

 顔を青くする社長に、レオやディランが心配そうにするが、当人は震える手で一枚前の資料の顔写真を見た。

 白髪白髭の男性の、眼鏡の奥の鋭い目が、睨み返してきた気がした。

 

「同じなのか、僕と……!」

 

  *  *  *

 

「皆さん、人類は危機に瀕しています」

 

 何処とも知れぬ大きな部屋の中で、一人の男が声を上げていた。

 信じられないほどの値段のスーツに身を包んだ、恰幅のいい男……ハロルド・アティンジャーだ。

 

「止まらない人口増加と環境破壊。資源の枯渇。このままでは遠からず人類は滅びの道を歩むことになるでしょう」

 

 彼はリング型の机の一番上座から机の前に座った人々に向かって演説していた。

 この場にいるのは、いずれも各国各界の有力者だ。彼らは黙ってアティンジャーの言葉を聞いていた。

 

「ある学者は人類が生き残るためにはもう一つ地球が必要だと言いました。……ならば用意しましょう。自然豊かで、資源に溢れた、もう一つの世界を!!」

 

 アティンジャーが手を翳すと、彼の後ろの壁に映像が映し出された。

 木々の生い茂る森、雪を被った山々、紺碧の大海原、そこに生きる動物やモンスターたち……ゲイムギョウ界、そう呼ばれる世界の姿だった。

 CIAがセクター7を乗っ取ったのも、この異世界の情報を得るためだった。

 

「長年の調査の結果、分かったのです! 人間の生存に適した環境と広大な面積を備えた大地が、我々が手を伸ばせば届く所にあると!!」

 

 机に座る人間たちが割れんばかりに拍手する。

 もちろん彼らは、このお題目を信じているワケではなかった。

 彼らの目的は、ゲイムギョウ界に人間が入植した時に発生するだろう莫大な金と権力だった。

 

「しかし問題もあります。この世界には、あー……()()()が存在します」

 

 アティンジャーはわざと言葉を濁す。原住民とはゲイムギョウ界に生きるあらゆる人間やトランスフォーマー、そして女神のことに他ならない。

 この場にいる人間たちは、彼が何を言いたいのかを理解していた。

 

 自分たちがこの世界を手に入れるためには、先にいる方には出て行って貰わねばならない。

 

「もちろん、この問題を解決するために我がコンカレンスの実働部隊『N.E.S.T(ネスト)』が初の大規模調査を行うべく、現地へと向かいます」

 

 Native(ネイティブ) Earthian’s(アーシアンズ) Striker(ストライカー) Team(チーム)、略称NEST。それはコンカレンスが抱える私兵集団である。

 戦力の大部分はKSIのドローン軍団で賄い、それを指揮する人間のメンバーはアティンジャー直属の配下であるサヴォイらを中心に、問題を起こして除籍された元軍人や、革命などで国を失った亡命軍人、捕縛されたゲリラ兵士などで構成されていた。

 

 正史世界においてトランスフォーマーと協力していた部隊と略称が同じなのは、アティンジャーの悪意に満ちた皮肉だった。

 

「NESTは現地の生態系と環境、原住民の文化と戦力などを徹底的に調査します。この調査で、我々は目的に向かって大きく前進することになるでしょう!」

 

 調査。そう調査だ。

 調()()()()()()財宝を略奪し、()()()()()拉致と人体実験をし、()()()()()()()()()街を破壊し、()()()()()人々を虐殺することになったとしても、それは調査なのだ。

 これは人類の明日のために必要なことなのだ。

 

 ……かつてコロンブスがアメリカ大陸を発見した時、彼がしたのは元々そこに住んでいた人々を奴隷にすることだった。

 南米に栄えたインカ帝国は、海を越えてやってきたスペインのコンキスタドールによって滅んだ。

 彼らはそれと同じことを、己の欲を人類救済という免罪符で正当化して繰り返そうとしていた。

 

「部隊は近日中に出発します。そして、目的を必ず果たしてくれるものと、私は確信しています!」

 

 実のところ、アティンジャーには他に目的があり、この壮大な侵略計画すらもそのついでに過ぎない。調査のために部隊を送り込むことも、真の目的のための布石だった。

 

「人類の明日のために! 赤い血の兄弟たちのために!」

 

 コンカレンスのリーダーにして、全トランスフォーマーの絶滅を目論む正史世界からの転生者、ハロルド・アティンジャーは、盛大な拍手を送ってくる自分の組織の人間たちを内心で見下しながら、ほくそ笑むのだった。

 




ふとバンブルビーの予告を見て思いました。
いや確かにこの原作風のデザインは良いんだけど、最初からこれだったら、今ほどメジャーにはならなかったんだろうな、と(旧来のファンは喜ぶけど、新規ファンを取り込むことが出来ないというか……)

ネタが多いんで解説。

CAST
正式名称、Cybertron(サイバトロン) Armed(アームド) Security(セキュリティ) Team(チーム)(サイバトロン武装警備隊)
サイバトロン・システム社の子会社である民間軍事会社。社長は他にいないのでケイド(事務経理はほとんど海男とオペレート担当のひよこ虫アイがやってる)
うずめたちはここに所属していることになっている。
主な業務は事故や災害の現場での人命救助と、被災者の支援(とそれを通じての女神、TFが人類の味方だというイメージ戦略)そしてTFの保護。
名称はもちろんドリームキャストから。NESTとも掛けてる。

ディセプティコン破壊兵デモリッシャー、ディセプティコン建築兵スクラップメタル
共にキャノピーら同様に地球に漂着し、上海に潜んでいたディセプティコン兵士。
二人合わせて前作で出せなかったショベルカーコンビ。
原作では共にリベンジに登場。上海で暴れたのがデモリッシャー、メガトロン復活の時にパーツにされたのがスクラップメタルである。

スロットルボット隊
サム設計の安定性と汎用性を重視した新型人造トランスフォーマー。
全5機でひよこ虫が無線操縦している。
名称の元ネタは2010から登場した、バンブルことゴールドバグの部下のスロットルボット。
見た目と変形パターンは、ロストエイジ版ロールバー(つまりそのリカラー元のジェネレーション版スキッズ)だが、肩や腕の武装をオミットし、顔を量産機顔に変えた感じ。
各機の色と武装の元ネタはサクラ大戦3に登場する光武Fより。

トリガーハート
サム設計のパワードスーツ。見た目のイメージはインフィ〇ット・ストラトスとかシン〇ォギア的なサムシング。
これを装着することで、うずめは女神態に届かぬまでもそれに近い力が出せる。
画期的な発明だが、うずめぐらいの(というか女神レベルの)身体能力がないと使いこなせない。
名称の元ネタはドリームキャストより発売のSTG「トリガーハート・エグゼリカ」より。

レオナルド・ポンス・デ・レオン・スピッツ
略してレオ。初代マイケル・ベイ節の化身。
サムの大学時代のルームメイト(サムは一年入学が遅れたが、レオは留年してた)で彼に起業を提案した、つまりCS社創立メンバー。
創立当初は押しの強さと調子の良さを武器に営業方面で活躍した。
現在は副社長ではないが重役で、意外とマトモにやってる(サムが地味にかっとんでるので、マトモにならざるを得なかったとは本人の弁)

ディラン・グールド
原作ではサウンドウェーブの相方だった会計会社の社長。
父親は原作同様にアポロ計画の会計をしていたが、こっちではTFの技術がなかったので普通に宇宙開発に掛る費用が高騰したため、不正はしてない。
サムがTFの痕跡を探し回っている頃に知り合い、その伝手で彼の会社がCS社の会計処理をしている。こっちではサムとはなんだかんだ友達くらいの仲。

ミカエラ・ベインズ
ご存知サムの元カノ。
高校時代は『前』とは逆にサムの方が高値の花だった。
色々あってシモンズと接触。彼に父親と自分の罪を帳消しにすることを条件にセクター7に勧誘され、これを承諾した。エージェントとしては非常に優秀。
カーリーと出くわすと、お互いなんとなく気まずい。

NEST
正式名称Native(ネイティブ) Earthian’s(アーシアンズ) Striker(ストライカー) Team(チーム)(原住地球人による攻撃部隊)
人類救済を名目に、ゲイムギョウ界侵略を目論む秘密組織コンカレンスの私兵集団。
その実態は訳ありや脛に傷持ちを集めた部隊で、ならず者も多い。一方でコンカレンスに真に忠誠を誓う者もいる。
名前はアティンジャーの憂さ晴らし。


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閑話 インタビュー・イン・サイバトロン

 惑星サイバトロン。

 金属の月輝く、トランスフォーマーの故郷。

 

 長きにわたったオートボットとディセプティコンの戦争は、両軍の和解という形で終結し、荒れ果てたこの星は復興に向かっていた。

 その中心となる統治政府『サイバトロン連合』が置かれているのは、旧アイアコン跡に築かれた都市サイバトロポリスである。

 金属と硬化クリスタルの想像を絶するようなビル群の上空を種々の宇宙船が行き交い、空中道路にはオートボット、ディセプティコン、最近は人間やビーストフォーマーの旅行者など多くの種族が行き交っている。

 年嵩のトランスフォーマーに言わせると、これでも黄金時代と言われた頃に比べれば随分と慎ましいという。

 

 今や蜜月の関係となったゲイムギョウ界との連絡が取れなくなったものの、大きな混乱はないようだ。

 

 今回はこの平和の立役者たちに、色々と話を聞いていこうと思う。

 

  *  *  *

 

 サイバトロポリスの壮麗な建築物群の中でも、最も重要な建物はどれかと聞かれれば、多くの者は政治の中心たるサイバトロン連合本部と答えるだろう。

 あるいは、太陽光からこの都市のエネルギーほぼ全てを賄っているソーラータワーかもしれない。

 

 しかし事情通ならば幼体の孵化、育児のための施設『教会』だと言うはずだ。

 この施設、最初は単に育成所と呼ばれていたのだが、いつしかゲイムギョウ界の女神がいる場所にちなんでこう呼ばれるようになった。

 

 この巨大な卵にも似た形の施設の管理者こそ、『サイバトロンの女神』『女帝』『メガトロンの伴侶』レイである。

 

「いえいえ、管理者なんて御大層な者じゃありませんよ。私はほとんどいるだけです。皆さんのお邪魔にならないようにすることで精いっぱい。その、女神だとか女帝だとかっていうのもちょっとぉ……ねえ?」

 

 そう、レイ女史は語る。

 しかしシェアエナジーを得てそれを星に還元することで、サイバトロンの環境を改善させている女史は極端な話、いるだけでも大きな意味がある。

 またこの施設の育児ノウハウのほとんどは女史が経験から得たことが基になっており、部下たちの教育もスパルタながらしっかりしたものだ。

 多くの職員は彼女を正に女神として崇めていた。

 

「そんなに凄いことはしてないんですけどねー。ただ、子供たちのために頑張ってみせてるだけ。失敗も多いし悩むこともあります」

 

 照れくさげに微笑む彼女に、違う話題を振ってみた。

 

「ああ、はい。ゲイムギョウ界に行けなくなった件ですね? 私も試してはみているんですが、何故だかポータルを繋げられなくて……()()()()()()も同じみたいです」

 

 『もう一人の私』とは神次元ゲイムギョウ界(以下、神次元)と呼ばれる別次元に存在するレイ女史の平行存在のことである。

 どうやら次元を越える力を持つ彼女たちをしても、今は無理のようだ。

 また別の話に変える。

 

「え? 主人……メガトロン様についてですか? それはどういった意図の質問でしょうか?」

 

 怪訝に思ったのか目つきを鋭くする女史に、政治的な意図はないと訴えた。

 

「ああ、申し訳ありません。オートボットにせよディセプティコンにせよ、私から()()()()()話を聞き出そうとしてきた方が、それなりにいましたので」

 

 女史は笑みながら、指先で机を斬るように撫でた。

 

「オートボットは『私が夫に暴力で無理矢理に従わされている』という話にしたがりますし、ディセプティコンは『私が夫を魔法かなにかで操っている』ということにしたいみたいですね……馬鹿らしい」

 

 そのような意図がないことを重ねて伝えると、レイ女史は少しだけ安堵したようだった。

 

「ええと、それで主人のことですね。あのヒトのことを正確に伝えるのは難しいですね。私は政治に疎いですし、サイバトロンでの戦争の当事者ではありませんから」

 

 女史は幼体育成と環境回復という大きな役目を持ちながら、ディセプティコンよりの自分が政治に参加することは公平性に欠くと考えている。

 

「それにどうしても、家族としてのあのヒトのことになっちゃいますからね」

 

 正に、聞きたいのはそこである。

 戦士、軍事指導者、政治家としてのメガトロンではなく、私人としてのメガトロンが知りたかった。

 

「そうですか。それなら、これだけ……私の愛する、旦那様」

 

 そう言って女史は悪戯っぽく笑んだ。

 

 

 

 その後、女史は施設を案内してくれた。

 俗に次世代(ニューボーン)と呼ばれる、あらゆる種族になりうる幼体たちが、女性型のトランスフォーマーたちに面倒を見てもらっている。

 この子供たちが大人になれば、レイ女史の影響力はさらに増していくだろう。

 育児に当たる女性たちに混じって、ディセプティコン兵士のボーンクラッシャー氏も子供たちをあやしていた。

 

「あ、母上ー!」

 

 その子供たちの一人は、こちらに駆けてきた。

 赤とオレンジの鮮やかな体色の子供だ。

 

「母上ー!」

「こらロディマス! 母上はお仕事中なんだぞ! ……すいません、母上。すぐに下がらせます」

 

 ロディマスと呼ばれたその子供の後を追って、一回り大きな銀と青の体色の子供もやってきた。

 その色合いは、レイ女史によく似ている。女史とメガトロン大帝の長男……この表現は非常に不可思議があるが……のガルヴァ少年だ。

 

「ええー!」

「仕方ないだろう! ほら、行こう!」

「やだ! 父上も母上もお仕事ばっかり! ボク、そんな父上と母上、嫌い!!」

 

 どうやら最近のゴタゴタで両親が忙しいことに四男のロディマス少年は不満を抱いているらしい。そんな弟を、 ガルヴァ少年は叱りつける。

 

「なんていうこと言うんだ! 母上に謝れ!」

「やだー!」

「あーやーまーれー!!」

「やーだー!!」

「こらこら、喧嘩しない!」

 

 取っ組み合いの喧嘩になりかける兄弟だが、レイ女史に仲裁され、ボーンクラッシャー氏に無理矢理引き剥がされてようやく止まる。

 レイ女史は、フワリと浮き上がって二人の息子の前に浮遊する。

 

「二人とも、喧嘩しちゃ駄目よ。兄弟で仲良くできないなら、お母さんは怒りますよ!」

「う……!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 怒りの表現として無害な大きさの稲妻を纏い、言葉通りに雷を落としてきそうな母親に、兄弟は首を竦める。

 レイ女史はフッと笑みを浮かべた。

 

「二人とも寂しい思いをさせて、ごめんなさいね。もう少ししたら、お父様も帰ってくるから。そしたら、一緒に遊びましょう」

「ほんと! わーい!」

「まったくもう……」

 

 一転喜ぶロディマス少年に、ガルヴァ少年はやれやれと首を振る。

 そんな長男の頭を、レイ女史は撫でた。

 

「その時はガルヴァも一緒に遊びましょう……本当は寂しいんでしょう?」

「…………はい、母上」

 

 はにかむ息子に、女史は慈愛の籠った笑みを浮かべた。

 それを見つけた女史の残る息子二人、サイクロナスとスカージもこちらにやってきた。

 

「母上ー! 僕たちもー!」

「す、スカージ、だめだよー!」

「はいはい、サイクとスカージもいっしょよ!」

 

 勢揃いした兄弟に、レイ女史は笑みを大きくした。

 実に微笑ましい光景だ。

 兄弟の仲がいいというのは、素晴らしいことだ。

 

 皮肉なくらいに。

 

  *  *  *

 

 固定型スペースブリッジ『ビヴロスト』

 かつてのいくつもの柱を使ったスペースブリッジと違い、これは三角形を描くように配置された三機の巨大な可動式エネルギーパイロンからなり、その頂上から発射されるエネルギーが交錯した地点にポータルが開く仕組みだ。

 サイバトロポリスの一角に設置され、その前には次元港とでもいうべきスペースポートが広がっている。

 平時なら、様々な理由から他の次元や星へと向かう船で賑わうここも、今は異変の原因を調査するチーム以外の姿はない。

 念のため、ゲイムギョウ界以外の場所へ向かうことも禁止されたからだ。

 

「ビヴロスト自体は動いているのに何故か繋がらない。とスティンガーは首を傾げます」

 

 そう、調査チームの一員である人造トランスフォーマーのスティンガー氏は語る。

 残念ながらチームリーダーのショックウェーブ氏は多忙であったため、代わりにスティンガー氏が応対してくれた。

 

「最後にスペースブリッジの開閉が確認されたのは、ここから何万光年も離れた場所にある恒星系の第三惑星です。しかしこの星の周辺は時空連続体の異常が確認されており、やはりスペースブリッジを繋ぐことができません」

 

 やや専門的な用語を混ぜながら、氏は説明してくれた。

 

「まったくもって、不可思議な事態です。しかしショックウェーブに曰く『論理的に考えて技術的あるいは自然現象的な問題ではあり得ない。逆算的に我々の論理を超えた部分の問題であることが分かる』とのことです」

 

 それはつまり解決の糸口は掴めないということだろうか?

 

「いえいえ、我々の常識を超えているということは、つまり常識外の何者かの仕業である可能性が高いということです。その何者かの意図が分かれば……」

「おい、スティンガー。なにをしてる?」

 

 そこで同じく調査チームの一人であるトゥーヘッド氏が声をかけてきた。氏はチームのサブリーダーだ。

 

「取材か? 生憎と取材は全てお断りだ。帰ってくれ」

「しかしトゥーヘッド……」

「とにかく! 調査については全て極秘だ!!」

 

  *  *  *

 

「で、なんだ? 突撃取材?」

 

 西地区で起こった暴動をパンチ一発で物理的に治めたメガトロン大帝は、ゴキゴキと肩のジョイントを鳴らしながら睨んできた。

 反対の手で、ピュア・サイバトロニアン運動なるオートボット至上主義的な市民運動のリーダー、デシマスの首根っこを掴んでいる。

 

「そういうのはサウンドウェーブを通せ」

 

 無感情に言う大帝。しかしそのサウンドウェーブ氏はあらゆる質問に対しノーコメントとしか返事をしてくれなかったので、こうして大帝に直接話を伺いにきたのだ。

 

「知らんわ。俺はこの馬鹿を懲らしめるので忙しい」

「おのれ……このディセプティコンめ! この星を支配などさせんぞ!!」

 

 デシマス。市民運動のリーダーであるこの人物は、旧サイバトロン最高評議会の数少ない生き残りだ。

 メガトロン大帝は、やれやれと排気した。

 

「貴様ら()評議会の思考回路は錆び付いているらしいな。オプティマス・プライムが俺を共同統治者に指名したのだ。まあ統治機構をもっと煮詰めていかねばならんがな」

「わ、我々はオプティマスがリーダーなどと認めんぞ!!」

「貴様は認めずとも多くの者が認めている。それと、リーダーのマトリクスもな。つまりオールスパークと最初の13人が、奴をこの星の王としているワケだ。忌々しいことにな」

 

 デシマス元議員の顔がさらなる怒りに歪んだ。

 

「戦争の責任は貴様とオプティマスにある!!」

「ああそうだな。だから復興する責任もある。いい加減役目を終えた英雄を追い出して再び権力を握るなどという、片手落ちの展開に持っていこうとするのは止めろ」

 

 心底つまらなそうに吐き捨てた大帝はデシマスを近くに控えたブラックアウト氏とグラインダー氏の兄弟に向かってをポイッと投げ捨てた。

 

「そいつを刑務所に放り込んでおけ」

「おのれ、おのれ……認めんぞ! この星を人間や獣どもに土足で踏み荒らさせおって! 増して女神だか何だか知らんが、あの汚らわしい()()の力でサイバトロンを汚染し、その力を受けた()()どもが新世代だなどと!」

 

 その瞬間、メガトロン大帝は無言で右腕のフュージョンカノン砲を発射した。

 光弾は、元議員の足と足の間の地面に当たる。

 

「ひい……!」

「我が妻と息子たちを侮辱するとは良い度胸だ。今ので貴様に掛けてやるなけなしの慈悲も失せたぞ」

 

 無様に這いつくばる元議員を見下ろしながら、メガトロン大帝はニヤリと笑う。

 

「しかし今日は『暴力的なあれこれ、特に殺しを控える日』と妻と決めていてな。あれ(レイ)に感謝するがいい」

 

 大帝の言葉に、デシマスはギリギリと歯を食いしばる。

 そんなかつては議員だったが、今は単なる犯罪者に過ぎないサイバトロニアンをブラックアウト氏とグラインダー氏は引っ張っていった。

 

「……なんだ、まだいたのか」

 

 やっと大帝はこちらを向いた。

 そこで思い切って、疑惑をぶつけてみる。

 ゲイムギョウ界と連絡が取れなくなったのは、メガトロン大帝がこの星を掌握するためだ、というサイバトロニアンの間で囁かれている疑惑を。

 

「ふん、下らん! ……まあこの機会に、いくらか俺にとって有利な状況を作るぐらいはするがな」

 

 では?

 

「有利というのはな、オプティマスに貸しを作ることだ。平常通りにこの星を治めるだけで、あの馬鹿は馬鹿らしく馬鹿馬鹿しいなまでに感謝することだろうよ!」

 

 先ほどのデシマス議員などの後ろに、オートボットのプロール氏がいるとの噂について、どう思われるか?

 元エリートガードの戦略家であるプロール氏は、オートボットとしては異質なほどに冷徹で、手段を選ばない性質と評判だ。

 

「奴ならもっと上手くやる。こんな突発性のヒステリーみたいな事件ではなくな」

 

 話を総括すると、つまり再び戦争を起こす気はないと?

 しかし大帝は憎しみや野望を捨てたワケではないと公言しているはず。今が休息期間を切り上げる絶好の機会では?

 

「休息期間というのはな。餓鬼どもが大人になって、妻が…………生命を終えるまでのことよ。当面、戦争を起こす気はないわ。ディセプティコンにその余力もない」

 

 絶対に?

 破壊大帝メガトロンともあろう者が?

 

「くどい! ……貴様、あちこち嗅ぎ回っておるそうだな」

 

 ……ああ、ご存知でしたか。

 

「レイのところに現れた時はディセプティコンだった。しかしビヴロストに質問にきたのはオートボットだったそうだ。……そして今はまたディセプティコン。何より、サウンドウェーブの監視を振り切り、奴が探っても一切の情報が出てこない……貴様、何者だ?」

 

 そうですね。光と会うては光、影と相対すれば影。

 

 ……前に立った者の姿を映す『(ミラー)』とでもしておきましょうか。

 

「ミラーだと?」

 

 ふふふ、今日はほんのご挨拶。いずれまたお会いすることもあるでしょう。

 その時まで、どうぞ御家族と仲良く……。

 

「待て!」

 

  *  *  *

 

 何処とも知れぬ闇の中。

 ゲーム盤が置かれたアンティークな丸テーブルと、それを挟んだ一対の椅子以外に何もない……床や地面すらもない場所に、不意に影が現れた。

 

 その影は長身痩躯のトランスフォーマーで、両肩背面からバーハンドルが突き出し、両の掌と足首にタイヤがあるなど、変形すればバイクになるのだろう。

 前腕が上腕に比べ太く四本の細い指の先は鈎爪のように尖っており、紫の身体に前腕だけが黒と黄色の縞模様という毒々しい色合いもあって何処か蜘蛛を思わせる。何よりも右肩に蜘蛛の顔を思わせる装飾があった。

 この場に人間がいれば、このトランスフォーマーはその二倍ほどの背格好であることが分かっただろう。無論、この場に人間が存在し得るはずもないが。

 

 白い頭部には悪魔のような二本の角が生え、口元はマスクに覆われておりスリットから除く両眼は、妖しく紫に光っていた。

 

 その首から上が急に胴体から外れたかと思うと、スノーノイズのような靄の塊に変じ、椅子の上まで移動すると人型に固まる。

 盤を前に椅子に腰かけているのは、鏡のようなシルバーメタリックのライダースーツの男だった。

 

「やれやれ、あの調子だとメガトロンは器に使えそうにはないな」

「まーったく、困ったもんッスねえ」

 

 残された首無しの胴体から声がしたかと思うと、新たな頭部がせり上がった。

 目こそバイザー状だが、縦に開く口と頭に半球形の発光部が七つあることもあって、やはり蜘蛛を連想させる。

 

「トランスフォーマーのアットホーム家族劇場とか、誰得ッス! 愛なんて粘膜の作り出す妄想ッス! ……あ、アタチ良いこと考えたッス! あの餓鬼どもやキャラ崩壊の激しい女神をオートボットの振りして殺しちゃえば、メガトロンはヤカンみたいにカンカンになるッス!! そしたらきっと愉快痛快怪物くんッス!」

 

 さも楽しいことを考えついたとばかりに、蜘蛛ロボットは嗤う。

 しかしライダー……ミラーはゆっくりと首を横に振った。

 

「いいや、タランチュラス。今回は、メガトロンのことは放っておこう」

「えー……」

「地球には藪蛇という言葉もある。余りつつき過ぎると、無理にでもゲイムギョウ界に介入してくる可能性がある。それは一番避けたいことだ」

 

 不満げなタランチュラスなる蜘蛛ロボットに、ミラーは噛んで含めるように説明する。

 

「みんな大好き、総司令官オプティマスと破壊大帝メガトロンの無敵のタッグが快刀乱麻の大活躍! ……というのは魅力的なシナリオなんだろうけどね。それじゃあ()()()()()()()

 

 ミラーはくぐもった嗤いを漏らしながら、オレンジと黒紫の盤に置かれた駒を動かす。

 テメノスソードを模した駒と、メガトロンの愛刀タリの剣……最近はブルードソードとも呼ばれる剣を模した駒を、自分から遠ざけた。

 

「どういうワケかみんな、俺の前にはオプティマスとメガトロンを配置したがるんだ。そりゃあ、最強の敵には最高のスターをぶつけたくなるだろうよ。しかし今回はそういう気分じゃないんだ」

「御身の考えは分からないッスねえ。……分かる必要もないッスけど! アタチたちには、信頼も信用もいらないッスから! ウヒャ、ウヒャ、ウヒャヒャヒャッ!」

 

 狂的に大笑いするタランチュラスを捨て置き、ミラーは対面にある誰も座っていない椅子に向かって、あたかもそこに誰かいるかのように声をかけた。

 

「そうとも、これは我々のゲームだ。オートボットも、ディセプティコンも、女神も、人間も、その駒に過ぎない……さあ、続きといこう」

 

 楽しそうに、本当に楽しそうにミラーは嗤い、盤上の駒を相手方に向かって進めるのだった。

 




クラシックの3巻を読みました!
時代と媒体の違いもあるだろうけど、IDW版と違って出てくる地球人が良い人ばっかり。
いやこのころにはもう、サイバトロン(オートボット)に協力する企業家なんて人がいたんですねー……そしてTFを憎む人間も、また。
ある意味、避けては通れないテーマなんでしょうね。

今回のキャラ紹介。

人造トランスフォーマー:スティンガー
バンブルビーをモデルにしてネプギアとホイルジャックの手により造られた人造トランスフォーマーであり、この世界観における人造トランスフォーマーの最初の一体。
ネプギアを母と慕っており、紆余曲折を経てバンブルビーのことも兄弟として見ている。ホイルジャックはお爺ちゃんくらいの位置。

作者は最初にこのキャラを出した時『お前らが作るんかい!』というツッコミを期待していたが、ほとんどこなかった。ホイルジャックぇ……。


人造トランスフォーマー:トゥーヘッド
スティンガーのデータを基にショックウェーブが開発した人造トランスフォーマー……に、破壊されたドリラーのパーソナルコンポーネントを移植した物。
創造主たるショックウェーブの忠実な友で、彼の助手を務める。

なんでドリラーをトゥーヘッドにするという発想に至ったのか。それはもう作者にすら分からない……。


オートボット戦略家プロール
名前だけ登場のパトカーに変形するオートボット。元エリートガード。
IDW版ですっかり腹黒のイメージが付いた人。
一歩引いた視点を持ち政治方面でオプティマスを支えるが、非情な面も目立つ策略家。平和な時代においてもオートボットの政治的優位のために様々な策謀を巡らしている。
オプティマスへの忠誠は厚いが、一方で文官の常かアイアンハイドやハウンドなど戦闘専門のオートボットとは仲が良くなく、本人もそういった者たちを嫌っている。
逆にディセプティコンからは「一周回って逆に分かりやすい」「親近感が持てる」「超COOLだよアンタ!」など好感触。

ボディはバリケードの色替え(白と黒の日本パトカースタイル)にG1風の頭部。ただしガトリングがない。
なお上記の通りの策略家だが、他ならぬオプティマスや女神たちがド天然に引っ掻き回されて上手くいかないことも多い。特にネプテューヌ、レイ、プルルート、ロムとラム、ピーシェといった天然ボケや子供故に行動が予測不可能な面子との相性は最悪。


???忍者兵タランチュラス
蜘蛛を思わせる意匠のチョッパーバイクから変形する謎のトランスフォーマー。
愛を下らないと嘲笑い、他者の不幸や絶望を全力で喜ぶ狂人。

変形パターンはアニメイテッドのオイルスリックを参照。
オイルスリックの色をタランス風にして、頭部と山羊の飾りをそれぞれロボットとビーストの頭部に取り換えた感じ。下記のミラーと合体している時は、頭部が引っ込む。
いやオイルスリックって所謂カートゥーンな体系で、細身なのに前腕と下腿だけ太いし、前腕はトゲトゲしていて指先が尖ってるし、蜘蛛っぽく見えるかなと思って。
あと玩具の構造上、頭を胴体に収納した状態で所謂『首無し』に出来るので。


???監視者ミラー
体をシルバーメタリックのライダースーツとフルフェイスヘルメットで完全に覆った謎の男。
トランスフォーマーや女神を監視しつつ暗躍し、そのことをゲームと称している。

スノーノイズのような靄の塊になることや、上記のタランチュラスと頭部として合体することが出来る。頭部になった場合は、オートボット(黒)とディセプティコン(白)の姿にカラーチェンジできる。


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番外編 話に困るととりあえず小ネタ集に走るのヤメエや

仕方ないでしょう!
思いっきりギャグを書きたい時もあるんですよ!!


①ようこそ、妹萌えの世界へ!!

 

 さて今回の物語は、リーンボックスの教会から始めよう。

 ブリテン遠征隊が出発の準備を進める中、ミリオンアーサーはこの場所へと招かれていた。

 通されたのは品の良い調度に反し、何故か裸の男同士で密着している絵が飾られていたり、18歳にならないとやってはいけないゲームが棚に収められているという異様な部屋だ。

 しかしミリオンアーサーは泰然と、それでいて不作法にならないようにソファーに腰掛けていた。

 

「さあ、どうぞ」

「うむ、いただこう」

 

 部屋の主の淹れた紅茶を口に含むと、笑みを浮かべる。

 

「おお、月並みな表現になるがまっこと芳醇な香り。そして深い味わい。この地の茶も素晴らしい物よな」

「ふふふ、喜んでいただけて、わたくしも嬉しいですわ」

 

 その反応に、この部屋の主であるリーンボックスの女神ベールは、たおやかに微笑んだ。

 

 金髪の見目麗しい女性が、それも方向性は違えど高貴な雰囲気を纏った二人が微笑み合うさまは、それだけで美術品のように現実離れして見える。

 

 しかしベールは不意に笑みを不敵な物に変えた。獲物を見つけた獣のような笑みだった。

 

「ところでミリアサちゃん? あなたは因子から騎士を作ることが出来るのでしたわね?」

「ああ、前に説明した通りにな」

「因子とは万物に宿る記憶や思念なども含めた情報、で間違いありませんわね?」

「その通り」

 

 女神の問いにブリテン王候補は淀みなく答えていく。彼女にもこの後の流れを察することが出来たからだ。

 

「実は()()()()ここに、ネプギアちゃんたち女神候補生が使っていた品々があるのですけれど……」

「ほう」

「持ち物には、その人の思いが宿ると言われておりますわ。……これがどういう意味か、あなたなら全てを語らずとも分かりますわね?」

「もちろんだとも」

 

 ミリオンアーサーは獲物を前にした獣の如き笑みを浮かべた。

 聡明な彼女には最初から分かっていた。

 

 ブリテンへの出立が近いこの日、それもベールの妹たるアリス、教祖箱崎チカが仕事で揃って不在で、ジャズがオートボット本部にいるこの日に、チーカマ抜きで自分を呼び寄せた、その理由を。

 

「お主も悪よのう……ふふふふ」

「いえいえ、ミリアサちゃんほどでは……ふふふふ」

 

『ふふふふ』

 

 見目麗しい金髪の女性二人が笑い合う。

 しかしその姿は、悪代官と悪徳商人にしか見えなかった。

 

  *  *  *

 

「ふう、思ったよりも早く帰ってこれたわ」

 

 元はディセプティコンのスパイでありながら数奇な運命によって後天的に女神になった、異色の女神候補生アリスは、姉とお揃いの金髪をなびかせながら教会の廊下を歩いていた。

 抱えていた仕事が思いのほかアッサリと片付き、本来なら泊りがけになるはずが、日帰りすることが出来た。

 

「最近忙しかったから、たまには姉さんと遊んであげないとね」

 

 しかたないから、とでも言いたげな口ぶりだが、実際にはアリスは明るい笑みを浮かべていた。

 色々と困った部分はあれど優しい、血の繋がりのない姉を、アリスは愛していた。

 

「ん?」

 

 軽い足取りのアリスだったが、廊下の先に見知った影を見つけた。

 薄紫の長い髪にセーラー服のようなワンピースの少女。

 

「ネプギア?」

 

 プラネテューヌの女神候補生であり、アリスの親友でもあるネプギアだ。

 しかし、彼女はプラネテューヌで出立の準備に追われているはず。何故、こんな所にいるのだろうか?

 

「ネプギア! ちょっと、ネプギアー!」

 

 声をかけるも気付いていないのか、飲み物のビンやペットボトルを持ったネプギアはある部屋に入っていく。

 そこは姉女神ベールの私室だ。

 

「…………」

 

 なんだか猛烈に嫌な予感がしつつも、元スパイの本能からか、ベールの部屋の扉に張り付き、耳をそばだてる。

 中からは複数人の楽しそうな声と、足音が聞こえてくる。

 

 意を決し、アリスはドアノブに手を掛けた。

 プレダゴンの洞窟に入らねば財宝を手に出来ないとは、ディセプティコンの諺だ。

 扉を開けると、中に広がっていたのは……。

 

「ベールお姉ちゃん、だーい好き♡」

「お姉ちゃんたち、ジュースのお替り、持ってきました!」

 

 アリスの最愛の姉ベールと、ブリテンからの客人ミリオンアーサーが、ネプギアやユニ、ロムとラムら女神候補生たちに囲まれている姿だった。

 

「ああ、至福ですわ……」

「お姉ちゃんか……悪くない響きだ。むしろ、最高だな!」

 

 ベールとミリオンアーサーは自分の両脇に()()()()ネプギアとユニ、ロムとラムを侍らせていた。つまり女神候補生たちが二人ずつ……いや、もっといた。

 

「ねーねー、ベールお姉ちゃん! 撫でて撫でてー!」

「ずるいよラムちゃん……わたしも」

「うふふふ、二人とも撫でて差し上げますわ」

「あ、ずるい! ベールお姉ちゃん! 私も撫でてください!」

「アタシも!」

 

 自分の周りの女神候補生たちを、ベールはハーレムを築いた古代の王の如く愛でていた。ミリオンアーサーも同様だ。

 

「ほーれ、どうだ? ここは気持ちいいだろう?」

「ひゃぁん♡ も、もっとハスハスしてぇ♡」

「アタシも、ハスハスしてください!」

「ふふふ、()い奴らよ。ここが王のUTUWAの見せどころだな。纏めて愛そうぞ!」

『わーい』

 

 ひたすらデレデレしているベールと違い、堂に入ったハーレム王っぷりを見せるミリオンアーサー。伊達に王を目指してはいないということか。

 

「ああ、なんて素晴らしい……わたくしは今日という日を一生わすれ……ッ!」

 

 妹たちに囲まれて陶酔していたベールだったが、ふと部屋の扉が開いており、そこに誰かが立っていることに気が付いた。

 もちろん、それが最愛の妹であることにも。

 

 アリスは、靴の裏にへばりついたガムを見るような目をしていた。

 

 聡明なる女神候補生は、部屋に入った瞬間にベールとミリオンアーサーが共謀して女神候補生の複製騎士を作りだしたことを見抜いたのだ。

 一気に恍惚の夢から覚めたベールの顔が真っ青になっていき、異様な空気に複製騎士やミリオンアーサーも固まる。

 

「あ、アリ……」

 

 何とか声を絞り出したが、アリスは何も言わずに踵を返した。

 ベールは慌てて立ち上がり、彼女を追いかける。

 

「待ってアリスちゃん!」

 

 その声に、廊下を足早に歩み去ろうとしていたアリスは立ち止まって振り返った。

 

「なんですか、ベール()

 

 絶対零度の刃の如き視線と声、そしてその他人行儀な呼び方に、ベールは息を飲む。

 

「こ、これにはワケが……」

「ベール()。私は席を外しますので、どうぞ妹さんたちと仲良く」

 

 明確に棘を混ぜた言葉に、ベールはこれは本格的にまずいと悟る。

 言葉を失う姉に、アリスは大きく息を吐いた。

 

「色々問題はあれど、それでもあなたのことが好きでしたが……今度という今度は本当に愛想が尽きました! 実家(サイバトロン)に帰らせていただきます!!」

 

 ピシャリと言い捨て、立ち尽くすベールを後にアリスはその場を去ろうとする。

 ベールはその背に手を伸ばそうとしながらも、何も言う事ができない。

 

 ああ、こんなバカバカしいことで、姉妹の絆は断ち切られてしまうのか?

 

 しかしながら、ここで思わぬ救いの手が差し伸べられた。

 

「アリス、お姉ちゃん……いっちゃうの?」

 

 ベールの後をこっそり追いかけてきた、複製型ロムである。もちろん、複製型ラムもいる。

 本物のロムと寸分たがわぬ複製の発したフレーズに、アリスの足がピタッと止まった。複製型ロムラムは彼女に駆け寄り、その手を握る。

 

「アリスお姉ちゃんも、いっしょに遊ぼ?」

「そうだよ、アリスお姉ちゃん!」

 

 ギリギリと首を回して、双子の顔を見るアリス。その表情には葛藤が見てとれる。彼女は、ロムとラムには弱かった。

 

「で、でも……わ、私は……」

「アリスお姉ちゃん!」

 

 そこにネプギアとユニの複製騎士が駆けてきた。

 彼女たちは女神候補生のコピーであるが故に、本物同様にアリスのことも(友達として)好きだった。そこにベールとミリオンアーサーからの刷り込みがあって、好きな相手=姉という方程式が成立していた!

 

「アリスお姉ちゃん! どうしてベールお姉ちゃんと喧嘩するんですか!」

「そうよ! お姉ちゃんたちで喧嘩なんかしないで!」

「あううう……」

 

 取り囲まれてお姉ちゃんと呼ばれ、アリスの中で大切ななんかが崩れていく。彼女は知らず知らずのうちにベールの影響を受けて、潜在的に妹萌えになっていたのだ。

 

「クッ……私は妹萌えになんか、絶対屈さない……!」

 

 身内から湧き上がるキュンキュンとしたなんかを必死に抑え込みながら、体を震わせる。

 それを見たベールは、これを好機と捉えた。自重しない女神である。

 

「ふふふ、嘘は良くありませんわアリスちゃん。この可愛らしい妹たちを思いっきり愛でたいのでしょう?」

「そ、そんなこと……」

「口ではそう言っても、体は正直なようですわね」

「ッ!」

 

 無意識に、アリスの手はロムの頭を撫でていた。柔らかい髪の感触と、くすぐったそうにする幼い顔が、理性をギャリギャリと削っていく。

 

「あ、ロムちゃんずるーい! ならわたしはギュッとしちゃうもんねー!」

「わ、私も!」

「アタシだって!」

 

 アリスは妹たちに四方から抱きしめられて自分の中の何かが崩壊するのを感じた。

 

「こ、こんな……あ、あ、あ……もう、だめ……妹、いい……」

「……ようこそ、アリスちゃん。妹萌えの世界へ!!」

 

 完全に『堕ちた』アリスを前に、ベールは高らかに宣言する。

 

「うむうむ、これにて一見落着!」

 

 そんな姉妹を眺めながら、今頃やってきたミリオンアーサーは満足そうにうなずくのだった。

 

 

 

 

 この後、三人して妹たちを愛でていたベールらだが、やっぱり早めに帰ってきたチカや、嫌な予感がして駆けつけたジャズやチーカマらにその場を見られて、さらなる混乱があったのだが、それはまた別の話である。

 

 ちなみに候補生たちの因子は、しっかり破棄された。

 

 

~~~~~~

 

 

②プロールの策謀

 

 私の名はプロール。オートボットの戦略家だ。

 私の仕事は、戦場を俯瞰し、勝利の……一過性の勝利ではない、オートボット全体の、決定的な勝利のための方法を考えることだ。

 私は一人の敵を倒しても喜ばない。また一つの戦場での勝利を喜ばない。喜ぶべきは、完璧な勝利だ。

 それは命令に忠実な兵士と、緻密に計算された計画によってこそ成り立つ。

 しかし、これが中々に難しい。

 何故なら、オートボットの多くは個人主義のきらいがあるからだ。彼らは犠牲を嫌い、自分自身の大切なものと、時には全く関係のない者の安全を第一に考える。致し方ない犠牲を、致し方ないと切り捨てることが出来ない者が多いのだ。

 だから私は、彼らの正義感や栄達心、あるいは友情や愛情を利用してきた。彼らにそれを捨てるよう説得して殴られるよりは、その方がずっとスマートだからだ。

 

 平和になった現在でもそれは変わらない。ただ、銃や大砲を使った戦闘から、政治というより複雑で重要な戦場に移っただけのことだ。

 

 さて現在の懸案事項は、女神たちのことだ。

 異世界ゲイムギョウ界の統治者……そう呼ぶには、あまりに未熟な者たち。彼女たちを利用できれば、サイバトロンの復興をスムーズに進めつつオートボットの政治的優位を得ることが出来るだろう。

 彼女たちと友情や愛情を結んだ者たちには申し訳ないが、利用するにはあまりに都合がいい。

 

 さて今日も、オートボットのために策を実行するとしよう……。

 

ケース1:代弁者を造る

 

 女神の中でも、私が最も利用に適していると考えているのが、ラステイションという国のブラックハートことノワールだ。

 完璧主義で、人の上に立つ自覚と誇りを強く持ち、しかし脆い面を持つ。正にうってつけだ。

 だが暴力や恐喝などという愚かな手段は取らない。そういった方法は、結局は反発を招く。

 

 そこで、このノワールと親しい関係のオートボット、アイアンハイドを利用することにした。

 

 大局を見ることが出来ない戦闘しか能がない男。この時代において、居場所を失い行く定めの言わば石器時代の英雄。

 そんな彼に、私はあるプレゼントを贈った。もちろん、私からだと分からぬよう、完璧に偽装して。

 

 彼が愛飲する銘柄のオイルだ。

 

 このオイルには仕掛けがしてあり、飲んだ者のブレインサーキットに働きかける。それとなく、私の意見を代弁してくれるように。

 また電子的麻薬成分が混入されており、一度飲めば止めることも出来ない。飲んだことを確認できたら、後は匿名で送り続ければいい。

 そしてこれが一番重要だが、これは医学的に発見することが出来ないのだ。

 

 戦時中、アイアンハイドは恋人のクロミアに何度言われても飲油を止めることが出来なかった。いずれは必ずこのオイルを飲むことになる。

 彼は私のよき代弁者になってくれるだろう。アイアンハイド、これからよろしく頼むよ……。

 

「アイアンハイド! もうオイルは飲まないって約束したでしょ! このオイルも捨てるからね!」

「おいおいノワール。そいつは誰かからの贈り物で、まだ口も付けてないんだぞ……」

「問答無用、言い訳禁止!!」

「あ~あ、もったいねえ……」

 

 ……あれ?

 

 

ケース2:群集心理の誘導

 

 将を墜とそうとする者はまずフライトボードを射よ。

 女神達を利用するには、彼女たちが守護する人間を利用するのがスマートだろう。

 人間は影響を受けやすく、また思考は未熟だ。

 彼らの群集心理を我々の優位に繋がるように動かし、それが女神に影響を与えれば、結果的にオートボットの政治的有利に繋がるだろう。

 

 そのために私はまず、ルウィーの大手のマスコミュニケーションと匿名で接触した。ネットだなんだと言いつつも、統計的にはテレビや新聞などの影響力は大きいのだ。

 

 彼らにオートボットの優位になるよう報道してもらうように働きかけ、そして……2、3の取引の末……了承してもらった。

 

 この日から露骨にならない程度のオートボットの持ち上げと、ディセプティコンへの非難が始まった。

 前大戦で被害を受けてディセプティコンに反感を持つ者は多い。遠からずそれはさらなる爆発を見せるだろう。

 このテストケースが上手く行けば、やがてはルウィーを親オートボット国家……つまりこちらに都合のいい……国家に仕立て上げることも可能だろう。

 

「みんなー! ロムちゃんとラムちゃんでーす! 今日はお友達を紹介するね! ディセプティコンの、スコちゃん(スコルポノック)!」

「スコちゃん、可愛いでしょ……? みんなも、友達になってあげてね?」

 

 子供向け番組にゲスト出演したルウィーの双子女神の言葉に、一日にして世論は友好路線に傾いた。

 

 …………あれ?

 

 

ケース3:子供たちへの教育

 

 いったん、ゲイムギョウ界から思考を離そう。

 今日日、新たな命は教会で生まれる。少なくともトランスフォーマーは。

 新世代と呼ばれる彼らは、オートボットやディセプティコンなどの種族を自分で決めることが出来る。

 問題なのは、この教会を指揮っているのが、ディセプティコン寄りの女神であることだ。

 幼少期の出来事は人格形成に大きな影響を与える。ならば、このままでは新世代がディセプティコンばかりになるのではという、私の懸念は正しいはずだ。

 

 逆に言えば、この教会に影響を与えることが出来れば、オートボットの数を増やすことが出来る。

 薬物や電磁波などはもちろんナシだ。幼体の成長に悪影響を与えては元も子もない。

 レイに手を出すのもリスクが……サイバトロン復興には彼女の存在が不可欠であることや、すでに小さくない彼女の影響力、なによりもメガトロンの怒りを買うことなど……大きすぎる。

 そこで私は、この施設に手の者を忍ばせることにした。もちろん、彼女にその自覚はないが。

 あらゆる手を使って私の思想、オートボットの思想を、それとなく刷り込んだ彼女は、その思考を子供たちへと伝播させるだろう。

 さらに彼女は上昇志向が強く、それを支えるだけの能力もある。

 

 上手くいけば、彼女が施設の実権を握り、レイを子育ての場から遠ざけることも出来るだろう。

 

「あ、プロールさん。レイです。あの子を紹介してくれて、本当にありがとうございます! 私だけだとどうしてもディセプティコン寄りになっちゃうから、オートボット寄りの人材が欲しかったんです! 子供たちと過ごすうちに、ディセプティコンを無意識に悪者扱いする面もなくなりましたし……ゆくゆくは施設の運営に関わってもらおうと思ったんですけど「自分はまだ未熟だって痛感した」って断られちゃいました。奥ゆかしくて、良い子ですね!」

 

 …………あれぇ?

 

 

ケース4:オプティマス・プライム

 

 私の一番の仕事は、オプティマス・プライムに助言することだ。

 断っておくと、私は彼を利用しようとは思わない。

 

 オートボットにとってオプティマスとは、象徴であるからだ。

 

 だから私は、その象徴が()()()()()()()()()、腐心する。

 立ち振る舞いや言動に気を使わせ、泣き言や、迷いや、弱音を、決して出さないように助言する。あるいは彼が出来ない冷徹な判断を代行する。

 

 ある意味においては……敢えて誤解を招く言い方をするならば、私は『オプティマス・プライム』を演出しているのだ。

 オートボットには象徴が必要だった。勇敢で、強く、自己犠牲精神を持ち、個人を特別視しない、皆が望む最大公約数的な英雄が。

 もちろん、オプティマスはリーダーになるべくして生まれたような資質の持ち主だったので、私のやったことは本当に『演出』の範囲内だったが。

 その試みは上手くいって、彼は完璧なヒーローに……。

 

「……私はこの感情を明確に示す言葉を愛としか知らない。愛しているんだ、ネプテューヌ……」

 

 完璧なヒーローに……。

 

「私は幸せになんかなれない。幸せになんか、なっちゃいけないんだ……」

 

 完璧な……。

 

「私は……生きる! 生きて帰る!! プラネテューヌに! みんなの……ネプテューヌの所に!!」

 

 …………。

 

「私は負けない! ネプテューヌのため、サイバトロンとゲイムギョウ界のため、そして私自身が幸福になるために!!」

 

 ああそうだな、畜生。

 私の生涯をかけた策略、オプティマスをオートボットの永遠不可侵の象徴とする計画は、見事なまでに失敗に終わったよ。

 まったく、女神という奴は私の策を意図せず台無しにしてくれる。

 

 だがこの件に関しては…………これで良かったのだと思う。

 

 これからも私はこの生き方を変える気はない。それは必要なことだから。

 ゲイムギョウ界と連絡が途絶え、オプティマスが不在となった今は特に。

 

 私はプロール。オートボットの戦略家だ。

 さて今日も、この平和のために策を練るとしよう……。

 

~~~~~~

 

③女神とトランスフォーマーにトランスフォーマーシリーズのいずれかを視聴してもらった

 

ケース1:オプティマスとネプテューヌの場合。

視聴した作品:キスぷれ

 

「…………」

「ネプテューヌ、これはあくまでも別時空のことだから」

「うん、分かってるよオプっち」

「ならば何故、こちらににじりよってくるのだろうか?」

「うーんとね、上書きしとこうかなーって。いやー、わたし所詮は二次キャラだし、一次キャラにケチつけるワケじゃないんだけどねー」

「ち、ちょっと待つんだ!」

「それでも()()オプっちはわたしのだって、しっかりマーキングしたくなるんだよねー」

「ね、ネプ……! ……!」

 

 このあと滅茶苦茶、融合合体(ユナイト)(意味深)した。

 

ケース2:メガトロンとレイの場合。

視聴した作品:ユナイトウォリアーズ付録漫画。

 

「…………」

「妻よ、落ち着くのだ。あれは別次元の話だ。ましてあんな……」

「あなた……第一夫人がいらっしゃるなら、言ってくださればいいのに」

「別次元の話だと言うとろうに! ここではお前が唯一無二の妻だわい! 第一、あれはどう見ても自称しとるだけだろうが!! あんな拉致監禁洗脳から始まる夫婦があってたまるか!!」

「え?」←自分を拉致監禁した男の妻になった人。

「え?」←自分が拉致監禁した女を妻にしたヒト。

 

 だがここでメガトロン、なおも粘る!

 

「せ、洗脳まではしとらんだろうが!!」

「どうでしょうねえ、愛や恋も洗脳と言えば洗脳ですからねえ。自分色に染め上げる、とか言いますし……あ、ストックホルム症候群とか吊り橋効果って知ってます?」

「どちらも大嫌いな言葉だ…………しかしその理屈でいくとだな。俺はお前にすっかり洗脳されてることになるのだが?」

「お互い様でしょう?」

 

 このあと滅茶苦茶、融合合体(ユナイト)(意味深)した。

 

ケース3:ホット・ロッドとくろめの場合

視聴した作品:トランスフォーマー2010、アニメイテッド、プライムウォーズトリロジー

 

「鬼かぁッ!!」

「…………ああうん、そりゃそうだよな。やっぱりみんな、オプティマスの活躍が見たいよな」

 

※簡単な各作品におけるロディマスの扱い

2010:もはや説明不要、復活したコンボイに全部持ってかれる。本人は幸せそうなんだけどね……。

アニメイテッド:出番が数分。しかもコズミックルストで錆塗れにされてフェードアウト。死んではいないらしい。

プライムウォーズ:よりにもよってユニクロンに憑りつかれ悪堕ち。元に戻るも入院エンド。

 

「ロディ! ロディしっかりするんだ!」

「今からでも遅くないから、ゴリラの方のオプティマスに主人公代わってもらおうか。プライムウォーズでも主役級みたいな扱いだったし。多分初代の次に有名な司令官だし。ジョ〇ョのおかげでネタにも困らないし」

「馬鹿なこと言うな!! この作品の主人公は君だ!!」

「そして最後には、オプティマスに良いトコ全部持ってかれるんですね、分かります」

「ないから! 絶対ないから!! いいか、画面の前の君たちも、この作品の主人公はあくまでロディなんだからなぁ!! 忘れないでくれよ本当に!!」

 

 このあと滅茶苦茶、励ました(意味深ではない)

 




①ようこそ、妹萌えの世界へ!!
ネプテューヌVⅡのイベントを見た時から、頭ん中にあったネタ。
本編中に組み込めなかったんで、こういう形に。

②プロールの策謀
プロールへのフォローというか、そういう感じの話。時系列的には本編より前の話。
なお女神相手に本気で悪だくみすると、メガトロンやサウンドウェーブが本気出してくるし、オプティマスも本気で怒るのを理解しているのでやらない。
ちなみに教会に送り込んだ手の者は、ストロングアームのつもりだったり。

③女神とトランスフォーマーに、トランスフォーマーシリーズのいずれかを視聴してもらった
最後の一幕が全て。


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ブリテン編
第37話 キャメロット(改稿)


※2019年3月16日、ちょっと不自然なトコを感じたので改稿。
具体的にはタリスマン周り。


 ゲイムギョウ界の主要四国から遠く遠く離れた海の上。

 常に風雨が吹き荒れ、止むことなく雷鳴が轟き、逆巻く大波が容赦なく襲い来る嵐の海に囲まれて、ブリテンという島国がある。

 

 大きな二つの島と、他のいくつかの小島からなるこの国と周辺の海域の気候は、周囲の海の厳しさなど文字通り何処吹く風とばかりに穏やかだ。もっとも、大気には異国の者たちがアンチ・エレクトロンと呼ぶ物質に満ちているが。

 村や街の外には畑や牧草地帯が広がり、農民たちが作物を育て、あるいは牛や羊の面倒を見ている。

 その中の一人である牛飼いの少年が空を見上げると、青い空に一筋の流星が横切った。

 こんな真昼に珍しいと思いつつも、少年は星に祈る。

 

 どうか、父ちゃんと母ちゃんが、ずっと元気でいられますように。あとできれば、少しだけお小遣いが上がりますように、と。

 

 しかし残念ながら、空を横切る光は流れ星ではなかった。

 それは遠い国からやってきた、金属の巨人たちが乗る船だった。もしも少年が空を飛べて、その船を近くで見ることが叶ったなら、クジラのような形をしていうことが分かっただろう。

 

 オートボットたちが、ブリテンにやってきたのだ。

 

  *  *  *

 

 キャメロットとは、このブリテンの都と王城の両方を差す。

 

 高い城壁に囲まれた城塞都市の、その中央に位置するキャメロット城は、正に白亜の城と呼ぶに相応しい。

 いくつもの尖塔が立ち並ぶ姿は、城下の街に比べればいっそ不自然ですらある。かつて初代アーサー王が築いたのだとされるが、どのように建てられたかは記録が残っておらず、一説には山よりも大きい巨人の力を借りたとも言われている。

 

 とにかくこの城は幾人ものアーサーが自らこそが王であると名乗りを上げる今日日に置いても変わらずブリテンの中心であり続け、眠れる巨人の如く街を見下ろしていた。

 

 しかしながら、本日のキャメロットにはちょっとした騒動が起こっていた。

 

「まさか一日とかからずにブリテンに到着するとは……なんと凄い!」

「私たちは、苦労して海を越えたっていうのに……」

 

 キャメロット城の壮大な廊下を歩きながら、ブリテン王候補の一人ミリオンアーサーは感動冷めやらず、そのサポート妖精たるチーカマは微妙な顔をしていた。

 死ぬような思いで嵐の中を渡航した彼女たちにすれば、航宙揚陸艦エイハブに乗って雲の上を悠々と超えてきた経験は、衝撃的では済まない。

 

 その後ろを、ホット・ロッド以下オートボットたちとネプギア、ゴールドサァドたち、そして天王星うずめ改め暗黒星くろめのブリテン遠征隊が歩行速度を合わせてついていく。

 ルウィー教会もかくやとばかりに天井の高いこの城は、人より何倍も大きいトランスフォーマーたちでも悠々と動くことが出来た。

 

 適当な平原にエイハブを着陸させた彼らがまずこの城を訪れたのは、現在王位争奪戦を指揮っている宮廷魔術師のマーリンに会うためだった。

 これから先ガルヴァトロン一味と戦うためには、現地の人々の協力が不可欠だ。

 

「はー、立派な城だね」

「ケッ、辛気臭さくて吸気口が詰まるぜ! どいつもこいつもジロジロ見やがって……!」

 

 キョロキョロと辺りを見回すシーシャに対し、クロスヘアーズはいつもの調子だ。実際、この城に勤めている兵士や使用人たちは、この風変わりな来訪者に驚きと戸惑いの視線を向けてきていた。

 このブリテン遠征隊の一応の隊長であるホット・ロッドは、城の内装を興味深げに見回していた。

 あちこちに国章らしい円と十字を組み合わせた、いわゆる太陽十字が描かれた旗や盾が飾られており、また大理石とも金属とも付かない質感の壁や柱は非常に高度な建築技術で造られていることが分かる。

 すれ違う人々の中には、ミリオンアーサーのような剣を携えた者や、チーカマに似た雰囲気の少女たちもいた。

 

「随分と……なんというか、洗練されてるな。この城に限って言えば、プラネテューヌと遜色なさそうだ」

「ああ、この城は断絶の時代の遺物だからな」

 

 またしてもミリオンアーサーの口から出てきた聞き慣れぬブリテン用語に、ホット・ロッドは首を傾げた。

 未来のブリテン王は軽く振り返って説明する。

 

「かつてこのブリテンには、非常に高度な文明が栄えていたと言われている。しかし戦争か疫病か、この文明を築いた者たちは忽然と姿を消してしまった。故にその時代を指して断絶の時代と呼ぶのだ」

「それでもその遺物はこの国に多く残されているわ。騎士を生み出す湖も、騎士を指揮する円卓も、そしてエクスカリバーも、断絶の時代の技術を利用した物なの。中でもこの城は最大の遺物と言われているわ」

「謎の古代文明というワケか……興味あるね」

 

 相棒の言葉を継いだチーカマの説明に反応したのは、意外にもエスーシャだった。少しだけ、声が弾み口角が上がっている。

 隣を歩くドリフトが怪訝そうな顔をすると銀髪のゴールドサァドはすぐに元の無表情に戻ってしまったが。

 

 やがて、彼らは城の上層に位置する部屋の前へとやってきた。

 ミリオンアーサーは振り返り、言った。

 

「まずはわたしが話す。マーリンは気難しい男ゆえな」

 

 重々しい音を立てて、木と鉄で造られた扉がゆっくりと開くと、そこは玉座の間だった。

 床には磨き上げられた大理石が敷き詰められていて、アーチ状の天井には三本首のドラゴンが翼を広げた姿が、迫力のあるタッチで描かれている。

 

 左右の壁には窓と騎士の姿をした石像が交互に並んでいた。

 剣を持つ者、槍を持つ者、全部で12体ある。これらは初代アーサー王に仕えた騎士たちを模した物に違いない。

 

 部屋の奥には一際立派な男性の石像が立っていた。柄に太陽十字が刻まれた大剣を床に突き立て王冠を被ったその姿は、初代アーサー王その人だ。

 その初代アーサー王の足元には、今生のブリテン王が座るのだろう、白い大理石の台座と一体化した立派な玉座が置かれていた。この玉座は黄金で飾られ、高い背もたれの天辺にも太陽十字があった。

 

 当然ながら、今は玉座に座る者はいない。

 

 玉座の右隣、台座の下には銀で飾られた椅子があって、黒いローブを着た老人が座っていた。

 

 痩せていて、口髭と眉、長い髪は白に近い灰色。手には宝玉の付いた木の杖を持っている。深い皺の刻まれた顔の左半分には紫色の入れ墨を入れていた。見るからに魔法使いと言った出で立ちだ。

 しかし厳めしい顔立ちは生きてきた年月以上の知性と同時に得体の知れない凄みを感じさせ、鋭い目はこちらを探るように見ていた。

 

 ミリオンアーサーは一歩前へ出ると、臆することなく声を張り上げた。

 

「偉大なるマーリンよ。ミリオンアーサー、ただいま帰参申した!」

「報告は受けておる。よもや鋼の巨人を連れ帰るとはな……話を聞かせてもらうぞ」

 

 その外見通りの低く深い声には、しかし感情の波は見えない。

 ミリオンアーサーが彼女たちの旅路と、プラネテューヌでの出来事、そして遠征隊の目的が脱獄したディセプティコンの捕縛と、ガルヴァトロンが杖を手に入れることを阻止することだと言う事について話す間も、マーリンは眉一つ動かさない。

 そして話が終わると、椅子から立ち上がる。そうすると、背が高く背筋も伸びていることが分かった。

 

「相分かった、異邦の方々よ。このブリテンへの滞在と、鍵なる物の探索を許そう」

 

 一切の感情が籠っていない言葉だが、とりあえずホット・ロッドは安堵した。さすがに任務の初手から躓きたくはない。

 

 ところが、そうもいかなかったようだ。

 

「ただし、キャメロットの兵を貸すことは出来ぬ。また物資を与えることも出来ぬ。今はそのような余裕はないのでな」

「………まあ、当然ですね」

 

 ケーシャは不満げながらも納得した様子を見せる。何かと混迷にあるブリテンの現状を考えれば、それも仕方のないことだった。

 だがホット・ロッドは納得できない。

 

「しかし! ガルヴァトロンは杖を使って地球を滅ぼそうと……!」

「儂の役目はブリテンを守ること。それ以外は関知せぬ」

 

 平然と言い放つマーリンに、いよいよ若きオートボットは声を荒げる。

 

「ブリテンが無事なら、地球はどうなっても良いっていうのか!!」

「物事には優先順位という物がある。……このブリテンよりも名も知らぬ世界を守れと言うのか?」

 

 低くなる老魔術師の声色に、ホット・ロッドは言葉に詰まる。確かにその通りだと冷静な部分が言う。

 それでも納得し切れず目付きが鋭くなる彼を、ハウンドが声を出さずに通信で諫めた。

 

『落ち着け坊主。……今はこれで良しとしとけ。ブリテンから追い出されちまったら元も子もない』

 

 ギリギリと拳を握りしめたホット・ロッドは、ふつふつと湧いてくる怒りを飲み込み、小さく息を吐いた。

 

「……分かった。滞在と探索を許していただいて感謝す……します」

「よろしい。……その杖と鍵については、儂も知らぬ」

「なんだよ、知れねえかよ。使えねえなぁ」

「偉そうなことを言った割りには、随分と無知だな」

 

 クロスヘアーズとエスーシャが悪態を吐くが、すぐにそれぞれハウンドに頭を叩かれシーシャに口を塞がれる。

 老魔法使いに、気分を害した様子はない。

 

「何事にも専門分野という物がある。ここから離れた地にブリテンの歴史や古い伝承の大家(たいか)とされる男がいた。彼の屋敷を訪ねれば何か分かるかもしれぬ」

「雲を掴むような話だな」

「曖昧な質問には、曖昧な答えしか返せぬものだ」

 

 ドリフトが漏らした言葉に、マーリンはそう答えた。実際、他に当てもない。

 いた、と過去形で言うからには、少なくともその屋敷にはいないのだろうとホット・ロッドは思考する。もしかしたら、もう亡くなっているのかもしれない。 

 この時、一瞬だけミリオンアーサーの表情に苦みが走ったことに、くろめは気付いていた。

 

「幸いにして、かの地を治めるエイスリング卿はそこのミリオンアーサーの知己。道案内には困るまい」

「承った……しかしマーリンよ、異国からの使者に対し、あまりに礼を欠いてはいまいか? 彼らはブリテンのためにはるばる来てくれたのだぞ」

 

 ミリオンアーサーは、老魔法使いの物言いにさすがに抗議する。

 しかし、やはりマーリンの表情は崩れなかった。

 

「非礼と言うなら、その連中も大概よ」

「しかし!」

「いいんだ、ミリアサ。みんな、行こう」

 

 ホット・ロッドはミリオンアーサーを制すと、踵を返した。

 遠征隊の面々もブツブツ言ったり険しい顔をしながらも部屋を出ようとする。

 しかし、ここでこれまで黙っていたくろめが口を開いた。

 

「ところで魔術師殿。ちょっとした確認なんだけど、ガルヴァトロンはエクスカリバーを抜いたブリテン王候補なんだね?」

「……そうだが?」

 

 突然口を挟んできた黒衣の少女の言葉を、マーリンは不信そうではあるが肯定した。

 するとくろめはニヤリと口元をゆがめた。

 

「つまり余所者であっても、その剣を抜けば王座への挑戦権を得られるワケだ。……なら物は試しに、オレたちも剣を抜いてみないか?」

 

 この思わぬ提案に他の者たちも驚き、マーリンも初めて眉をピクリと動かした。

 一方でミリオンアーサーはふむと頷いた。

 

「確かに……拒む理由はないな。それにアーサーになれば、最終的に王になるかはともかくとして、キャメロットには支援する義務が発生する」

 

 遠征隊の面々もなるほどと思う。

 他国人だからエクスカリバーを抜けない、抜くことに挑戦できないという理屈も通らない。さっきも言った通り、鉄騎アーサーもまた他国人なのだから。

 これで駄目というのは、さすがに子供染みている。

 その場にいる全員に見つめられたマーリンはさすがに少し考える素振りを見せ、やがて口を開いた。

 

「……いいだろう。やるだけやってみるがよい」

 

  *  *  *

 

 かくして、遠征隊は城の中庭にやってきた。

 

 森の中と見紛うほどに植物が生い茂った中庭の一角に、石の台座が置かれ、そこに両刃の大剣が突き刺さっている。

 

 この剣こそがエクスカリバーだ。

 

「では、この剣を抜くがよい。自らに王の資格があると思うのなら」

 

 マーリンは、台座から少し離れた位置に立ち、こちらを伺っていた。

 さて、誰が剣を抜くかだが……。

 

「よーし、まずは俺様からだ」

 

 最初に名乗りを上げたのはクロスヘアーズだった。ウキウキとした様子で、彼から見れば爪楊枝のような剣を指先で摘まむ。

 

「これで俺がこの国のボスってわけだ。その暁にはこの国の名前をクロスヘアーズ王国に改名してやる」

 

 なにやら冗談とも本気ともつかないことを言いながら指先に力を籠めるのだが……剣はビクともしない。

 

「こ、こんな馬鹿な……いや、小さすぎて力が入れられねえんだ!」

「ならば、大きくしよう」

 

 マーリンが杖を一振りすると、なんと剣が台座ごとトランスフォーマーサイズにまで巨大化する。

 唖然とする一同の前で、魔法使いは少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。

 

「これで思う存分力を入れられよう」

「お、おう……」

 

 クロスヘアーズはしっかり握って剣を引き抜こうとするが、やはり剣は少しも動かなかった。

 握り方を変え、引いてだめなら押してみたり、果ては剣に鎖を引っ掛けビークルモードで鎖を引いてみるも、やはり駄目。

 その後、ドリフト、ハウンド、バンブルビーが挑戦するも剣は抜けず、もう一度剣を小さくしてもらってネプギアやゴールドサァドたちが抜こうとしたが失敗した。余談だが、妙に自信がある様子だったエスーシャが少し落ち込んでいた。

 ついにホット・ロッド以外のオートボットたちが総がかりで剣の握りや鍔に手をかけるが、ピクリともしない。

 

「駄目だ抜けねえ!」

「なんと……面妖な」

「動か、ない!」

「畜生! クロスヘアーズ王国の夢は儚く消えたか……!」

 

 そんな様子を、くろめはちょっと面白そうに眺めていたが、傍らの相棒を見上げた。

 

「さあ、ロディ。次は君の番だ」

「くろめはいいのかい?」

「オレは王様なんて柄じゃないさ。……さ、早くやって見せてくれ。大丈夫だよ、絶対に抜けるから」

 

 妙に自信を感じさせる口調で言うくろめ。

 ホット・ロッドは緊張した面持ちで、選定の剣の前に進んだ。

 皆が固唾を飲んで見守る中、剣の柄に手をかける。

 

 両手でしっかりと握り、足腰に力を入れて踏ん張り、目を瞑り、力を籠めると……。

 

 

 

 

 

 やはりエクスカリバーは石の台座から抜けることはなかった。

 

 オートボットやゴールドサァドが肩を落とす中、ホット・ロッドは逆に安堵しているようだった。

 

「ま、当然だわな。俺に王様の資質がないことなんて、分かり切ってるし……くろめ?」

「馬鹿な、馬鹿な……抜けるはずなんだ。抜けなきゃおかしいんだ」

 

 まったく残念そうな様子を見せずに黒衣の少女の隣に戻っていくが、当のくろめは信じられないという顔をしていた。

 

「くろめ? どうしたんだ?」

「…………ああ、いや何でもないよ」

 

 酷くがっかりした様子のくろめだが、ホット・ロッドに促されて、その後に続く。

 

「…………?」

「ロディ?」

「いやなんでもない」

 

 しかし不意に立ち止まって辺りを見回した相棒に、怪訝そうな顔をした。

 ホット・ロッドは不思議そうな顔をしつつ中庭から出る扉へと向かっていった。

 それに続いて全員が去っていくのを、マーリンはジッと見ていた。

 

(抜けないのも当然のこと。巨人には抜けぬように、再調整したのだからな)

 

 そう胸の内で思う。

 ガルヴァトロンの件がある以上、二度と余計なイレギュラーが現れないようにセキュリティを強化するのは、当然のことだった。

 

 そしてそれは、結局のところ誰が王候補になれるかはこの魔法使いの胸三寸だということでもあった。

 

  *  *  *

 

 一行はエイハブに戻るべく城を出て街を歩いていた。

 道行く人々は、やはり金属の巨人と異国の装いの女性たちという一団を好奇や恐れの入った目で遠巻きに見ていた。

 ミリオンアーサーは努めて明るい顔をした。

 

「色々と残念ではあったが、どうか気を悪くしないでほしい! それよりもエイスリング卿の領地に向かうとしよう。彼ならきっと助けになってくれるはずだ!」

「また、おじ様に迷惑をかけることになるのね。それに()()()もいるし……」

 

 対してチーカマは肩を落とす。これからのことを想って、少しゲンナリしているようだ。

 

「ほんとだろうな……」

 

 クロスヘアーズが懐疑的な声を出して、ハウンドにどつかれる。

 

「でもさー、あのお爺さん。なんか感じ悪かったよねー」

「権力者なんて、だいたいそんな物でしょう。……ノワールさん以外は」

「こらこら、そういうこと言うもんじゃないの」

 

 先ほどのマーリンの態度が気に食わないらしいビーシャとケーシャを、大人であるシーシャが窘める。

 

「まったく、せっかく来てやったてのに、あの態度はないんじゃないかね!」

「仕方ねえだろう。まあ追い出されなかっただけ、恩の字としとけや」

 

 同様に、グチグチというクロスヘアーズをハウンドが宥めていた。

 一方でドリフトは、ホット・ロッドのことを厳しい目で見ていた。

 

()()、先ほどの会話、もう少し強く出ても良かったのでは? 我らはこの地に、オートボットとしての正義を成しに来たのだぞ」

「そういうけどさ。ゴチャゴチャと揉めて相手怒らせるよりはいいだろ?」

 

 その返事に、ドリフトはフンと鼻を鳴らす。

 ハウンドに助言されてそれに従ったことにも、角が立たないようにそれを言わなかったことにも気づいてはいた。

 ここでハウンドを引き合いに出すようなら、いよいよドリフトはこの若者を軽蔑していただろう。

 

「あの、皆さん。なにか聞こえませんか?」

 

 と、ケーシャが耳をそばだてて言った。

 女神とゴールドサァドたちは首を傾げるが、オートボットが聴覚センサーの感度を上げると、確かに音がした。

 

「ああ、聞こえるな。こりゃあ……鐘の音か?」

「三回鐘を叩く音が繰り返し。つまり警鐘だな」

 

 クロスヘアーズとドリフトが冷静に言うなか、ハウンドは調整していなかったとはいえ、オートボットたちより早く警鐘に気付いたケーシャの聴力に驚いていた。

 

「三点鐘ということは……火事か!」

 

 この国の出身であるミリオンアーサーはその意味を正確に理解した。

 

「いこう! ビー!!」

「がってん!」

 

 誰よりも先に動いたのはビーシャで、バンブルビーもそれに続いた。

 一同は顔を見合わせつつもそれに続いた。

 

 火事が起こっていたのは、街の中でも貴族や商人といった裕福層ではない、所謂平民が暮らす区画で、遠征隊が駆け付けた時にはすでに街の衛兵と近隣住民が消火活動に当たっていた。

 周囲の家を壊して火が広がるのを防ぎ、ポンプで水路から汲み上げたり、あるいは魔術師が魔法で造ったりした水を燃え盛る建物にかけている。

 人々は突然現れた金属の巨人たちに驚き、悲鳴を上げる者すらいたが、ミリオンアーサーがエクスカリバーを掲げて声を上げる。

 

「怖がらなくていい!! 彼らは味方だ!!」

 

 その堂々たる宣言が利いたのか、あるいはエクスカリバーの威光故か、人々は落ち着くなり、消火活動に戻るなりする。ミリオンアーサーも、氷の魔法剣デッキを手にそれに加わった。

 ホット・ロッドは、近場に空の大桶があるのを確認すると、すぐに皆に指示を出そうとした。

 

「よし! 俺たちも手伝うぞ! あのデッカイ桶に水を汲んで……」

『不要だ』

 

 しかし、急に空中にローブ姿の老人の姿が浮かび上がった。さきほど別れたマーリンだ。

 何等かの魔術により、城内にいながらこの場に姿を投射しているらしい。

 

「不要とは!?」

『そのままの意味だ。お主らに許可したのは鉄騎アーサー一味への対処と鍵の探索のみ。他のことには手を出さないでもらおう』

「はあッ!? なに馬鹿なこと言って……!」

 

 その言葉に、ホット・ロッドは思わず怒声を上げそうになる。

 だが、ハウンドがそれを止めた。

 

「堪えるんだ、坊主。この爺様は、こっちが手を出せばそれを理由に難癖付けてくるぞ!」

『人聞きの悪い……当然の権利の行使よ』

 

 彼の声が聞こえたらしい老魔法使いは、表情を変えずに言い捨てた。

 グッと拳を握りしめたホット・ロッドは冷静になろうと努力する。

 

「……ハウンドの言う通りだ。みんな、手を出さいでくれ」

「ち、ちょっと! この状況をホッとく気!?」

 

 ビーシャは当然の如く不満そうな声を上げ、ネプギアやオートボットたちも顔をしかめる。

 それでも、ホット・ロッドは彼らを宥めようと口を開こうとしたが……その時。

 

「子供が一人、中に取り残されているだと!?」

 

 ミリオンアーサーの声が聞こえた。

 

「クッ、魔法剣では威力が強すぎる……!」

「崩れるわよ!!」

 

 その瞬間ホット・ロッドは弾かれたように背中からレーザーライフルを抜き『時を止める』イメージを込めて引き金を引く。

 球形のエネルギーフィールドによって停止した部分が支えとなって家が崩れ落ちるのが防がれた瞬間、若きオートボットは立体映像のマーリンを突き抜け、燃える建物の中に突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 かくして。

 燃え落ちる建物の中から無事に子供を助け出したホット・ロッドは、オートボットたちに囲まれてお説教を受けていた。

 

「ったく、テメエは俺らのこと止めたクセに、真っ先に突っ込みやがって!!」

「ほーんと、しっかりしてよね、隊長」

「すんません……」

 

 クロスヘアーズとバンブルビーは特にグチグチというが、そこにはからかうような響きがあった。

 もしもこの若い戦士が、子供を見捨てるような選択をしたなら、彼らの間の溝は致命的なほど深刻になっていただろう。

 彼を制止していたハウンドも、苦笑いを浮かべていた。

 

「結果オーライですね、あそこでホット・ロッドさんが行かなかったら、私が行く所でした」

「うんうん、正義の味方はこうじゃないと!」

 

 ネプギアと、ビーシャを始めゴールドサァドも煤を被った状態で満足気だ。

 結局、他の者たちもなし崩しで消火活動に加わっていた。その甲斐あってか、火事は最小限の被害で消し止められた。

 

 呆れた調子で、くろめは大きく息を吐く。

 

「ロディ、君って奴は……」

「ごめん、くろめ。出だしから散々だ」

「……いいさ。君はそういう奴だ」

 

 しかし、フッと表情を笑みの形にする。彼女は彼女で、このオートボットの善意が眩しくも嬉しく思えたからだ。

 マーリンの映像は、最初とまったく変わらぬ渋面のまま佇んでいた。

 

『まったく余計なことをしてくれたものよ』

「…………」

 

 感謝の『か』の字も見当たらない言葉に、柔らかくなりかけていた遠征隊の間の空気が再び棘を帯びそうになる。遠巻きにこちらを見るキャメロット市民にも不満げな表情の者が少なからずいた。

 

「ふむ、ホット・ロッドよ。わたしの要請に応えてもらい、感謝する」

 

 そこで、ミリオンアーサーが声を出した。

 彼女はマーリンや遠征隊、そして衛兵や市民の注目が集まるのを待ってから、言葉を続けた。

 

「わたしはそなたに助け乞い、そなたはそれに応えると約束してくれた。そしてそれが嘘偽りではないと行動で示してくれたのだ。この国の民を守ることによってな」

『アーサー、何を言っている?』

「わたしは数いる王候補に過ぎぬが、その言葉には責任が伴う。彼らの行動に咎があると言うのなら、それはわたしの責だ」

 

 堂々と言い切る姿には、少女とは思えぬ威厳があった。

 マーリンは何も言わずに姿を消す。この場でこれ以上、色々言えば自分が悪者になるのが分かっているからだろう。

 チーカマは、相棒に先ほどのくろめと同じような苦笑を向けた。

 

「ミリアサ……」

「そんな顔をするな友よ。人命を救って何を恥じることがあろうか……そうだ!」

 

 申し訳なさそうなホット・ロッドに対し、ミリオンアーサーはどこかスッキリした笑顔で言うと、懐から何かを取り出した。

 

 それは、彼女の掌より少し大きな古びた円盤だった。

 アーサーの身に着ける円卓模型のようにも見えるが、これはよほど古い物らしく黒ずんでいる上に所々欠けているが、それでもブリテンの国章たる太陽十字の形をしているのが分かった。

 よくよく見れば複雑な模様が刻まれている。

 

「それは?」

「わたしの家に古くから伝わる護符(タリスマン)だ。友情と感謝の印として、そなたにこれを預けておきたい」

 

 笑顔での言葉に、ホット・ロッドは慌てて手を振る。

 

「そんな大切な物を……」

「いやいや、遠慮するな。あくまで預けるだけだし、これ自体には二束三文の価値しかない。それにそう、これはマーリンの非礼の詫びと……約束の、証を兼ねている」

「……なるほど、これを預けるから、必ずブリテンを守れってことか」

 

 ホット・ロッドの横からタリスマンを覗き込んだくろめが、少し皮肉っぽく言う。多分に冗談めかしてはいたが。

 

「ロディ、せっかくだから預かっておきなよ。可愛い悪だくみに乗ってあげればいいさ」

 

 くろめに言われて、ホット・ロッドは少しワザとらしく排気してから、ミリオンアーサーの前に屈みこんで手を差し出した。

 

「分かった。有難くお借りするよ……そして改めて約束だ。俺たちは必ず、この国の人々を護る。その時に、このタリスマンを君に変えそう」

「うむ!」

 

 掌に乗せられたタリスマンを、ホット・ロッドはしげしげと眺めてから、装甲の内側にしまう。

 何処か満足気に彼を見上げるミリオンアーサーだが、チーカマが耳打ちした。

 

「いいの、アーサー? あれって確かお父さんからの贈り物でしょう?」

「うむ、良い。二束三文なのは本当だしな。……それに何故だか、彼が持っているべきだという気がするのだ」

 

 奇妙な確信を持っている様子の相棒に、チーカマは肩を竦めた。

 

「それでは皆、行くとしようか!」

 

 ミリオンアーサーの号令に、遠征隊はのっそりと動き出す。

 人々はそんな彼らにどういう反応をしていいか分からないようだった。

 感謝はある。だがやはり怖い、という感じだ。

 

「やれやれ、礼の一つも言えねえのかね?」

「良いだろ、別に。石投げられるよりはマシだって」

 

 もはや癖として文句を言うクロスヘアーズに、ホット・ロッドは軽く言う。

 地球時代には助けた相手に罵倒された経験もある彼からすれば、礼を言われない程度はなんてことはない。

 

「あ、あの! ありがとう!!」

 

 だが、去ろうとするホット・ロッドの背に向けて感謝の言葉を口にする者がいた。

 他ならぬ、彼に助けられた子供だ。

 

「巨人さん、まるで炎の戦士(ファイアファイター)みたいだったよ!」

消防士(ファイアファイター)か……まあ、火を消しに来たって意味じゃ遠からずかな?」

 

 目を輝かせる子供に悪戯っぽく笑うホット・ロッドに、両親も頭を下げる。

 共に消火活動を行った衛兵たちも、誰に命令されたワケでもなく金属巨人や異国人たちに対して敬礼した。

 

 こうしてブリテン遠征隊は、晴れやかな気分でキャメロットを後にしたのだった。

 

「……?」

「なんだいロディ? 城を見上げて」

「いや、城に入ったあたりから、誰かに見られてるような……」

「マーリンじゃないのかい?」

「いや、もっと大きくて優しい誰かが……ああいや、多分気のせいだな」

 

 

 

 

 

 

 しかし、それは気のせいではなかった。

 ホット・ロッドを始め、この異国から来訪者たちをつぶさに観察していたこの存在は、彼らの人となりを注意深く吟味していた。

 彼らは、無鉄砲で無遠慮だが、自分たちが不利になる可能性にも関わらず、助けを求める者のために動くことを躊躇わなかった。

 そして、あのタリスマンの存在を確認した今、彼もまた行動することを決意した。

 

 動くことも喋ることも出来ない身だが、それでもやれることはある。

 

 この時、キャメロットの最も高い尖塔の天辺から、オートボットにも察知できない信号が発せられた。

 それを受け取ったのは、街を出てエイハブに戻ろうとしていたホット・ロッドに……正確には彼の持っているタリスマンだった。。

 

 信号に込められた意味を、敢えて言語化するならば、すなわちこうなる。

 

『目覚めよ』

 

 タリスマンは、それに応えた。

 




ブリテン編の始まり始まり。

キャメロットの玉座の間は、ロード・オブ・ザ・リングのゴンドールは王の広間がモチーフ。
太陽十字とは、まあ最後の騎士王のタリスマンや騎士の鎧、テメノスソードに刻まれてる、あのマークのことです。


今回のキャラ紹介。

宮廷魔術師マーリン
先代ウーサー王の頃からキャメロットに仕え、今はブリテンの王権争いを取り仕切る魔法使いの老人。
数々の魔法を習得しているほか、断絶の時代の技術にも精通しており、エクスカリバー(とその量産体制)は彼が作った物。他にも騎士をコントロールする円卓の開発や、妖精の言語の翻訳など功績は数多い。
このように高い知性と豊富な知識を持つが、同時に冷徹とも言える人格の持ち主。それも広い視野を持ち国の未来を憂いていればこそではある。
が、それを抜きにしても皮肉屋で露悪的な態度が目立つ。IDW版プロールからさらに人間味を抜いてIDW版光波さん分を塗したような人。

拡散性ミリオンアーサーからのキャラクターであり、最後の騎士王における、どっかの禿社長によく似ている気がするマーリンとは明確に別人
本当に鍵と杖について知らないのかは、不明。


余談ですがアーサー王、知っての通り日本では某英霊を召喚するゲームその他ですっかり美少女のイメージが付いちゃってる御仁。
これが変態国家NIPONに見つかった結果……と思われがちですが、海の向こうでも昔からタイムスリップしてきたアメリカ人と仲良くなって産業革命しちゃうだの、タイムスリップしてきたスーパーマーケット店員と一緒にゾンビと戦うだの、果てはアメコミのヒーローやヴィランの中には円卓の騎士やその関係者が結構いたりして、ルーマニアの串刺し公や尾張のうつけほどじゃないにしても、フリー素材感の漂う扱いをされていたり。

そしてこの作品は実写TFの二次創作であるが故に、初代アーサー王と円卓の騎士たちは髭でむさいオッサンの集団。


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第38話 エイスリング卿とワイゲンド卿

 ブリテンの牧草地の上を、クジラのような宇宙船、エイハブが行く。

 畑仕事や家畜の世話に従事していた人々は、その不思議な船を見上げて首を傾げていたが、やがて仕事に戻った。

 

 人里を離れたエイハブは、広大な草原や深い森の上を飛ぶ。

 そのブリッジでは、ミリオンアーサーが前方に見える雪を被った山々を指差していた。

 

「あの山脈を超えればエイスリング卿の領地に入る」

「キャメロットとやらからは随分と遠いじゃねえか」

「ま、正直田舎だからね」

 

 クロスヘアーズの礼を欠いた言葉に、チーカマは苦笑しながら答えた。

 実際、すでにこの辺りはブリテンの中央からは大分離れていた。

 

 しかしなればこそ、その大自然は手付かずであり、ホット・ロッドは地球のアメリカ、その山中を思い出していた。

 

「綺麗なトコだな……」

「ああ、プラネテューヌに比べれば文明は進んではいないが、豊かな自然に恵まれ人々は必死に生きている……」

 

 空から見下ろして、ミリオンアーサーの自国への想いはいっそう強まっているようだった。

 ホット・ロッドはそんな彼女を好まし気に見ていたが、隣ではくろめがちょっと面白くなさそうな顔をしていた。

 

「……ミリアサ、あの山はなんだい?」

 

 だからというワケではないが、遠くに見える一際高い山を指差した。

 その山は山脈から独立して、平地のど真ん中に聳えているようだった。他の山と違い雪を被っておらず、剥き出しの岩肌と尖った尾根が、まるで城塞か塔のようにも見える。

 

「ああ、あれはベイドン山だ。……あるいは魔王山とも呼ばれている」

「魔王山?」

 

 仰々しい呼び名が可笑しくて、思わずくろめは笑みを浮かべた。

 だがミリオンアーサーは真面目な顔をしていた。

 

「あの山とその周辺は魔族の領土。ブリテンの者なら決して近づかぬ、呪われた土地だ」

「魔族? モンスターじゃなくて?」

「もっと恐ろしい連中だ。……我々もあまり近寄らない方がいいだろう」

「……ま、寄り道している暇もないしな」

 

 くろめは気にはなったが、追及するほどでもないと感じていた。

 実際、あの山は目的地とは別方向にある。

 

「……じきに山脈を越えるぞ」

「おお、そうか!」

 

 操縦席のドリフトの声に、ミリオンアーサーは嬉しそうな声を上げる。

 

「かの地はわたしの生まれ故郷でな。領主の『赤き』エイスリング卿は父の親友で、血の繋がりこそないが、家族のようなものだ」

「血の繋がりのない家族ですか……」

 

 何故だかケーシャと、声には出さないがエスーシャが思う所あるような顔をした。

 そうしているうちにも、山の向こうが見えてきた。久方ぶりの故郷に、ミリオンアーサーの顔は自然と喜びに染まる。

 

「みな、見てほしい。あれが……」

 

 山を越えると、まず雄大な森が広がっていた。

 その先に田畑や牧草地が広がり綺麗な川が流れ、その向こうには城壁に囲まれて白壁の家々が並ぶ街があり、そこからさらに少し離れた場所に古い城が立っていた。

 キャメロットほどではないが、ルウィーの教会に匹敵する十分に立派な城だ。

 ホット・ロッドなどは、むしろこちらの方がテーマパークなどで見る城っぽいと思ったくらいだった。

 

「我が故郷、『アセニア』だ!!」

 

 

 

 

 

 

 同じころ、アセニアの森の中を一人の少女が駆けていた。

 茶色い髪を長く伸ばしているが、身に着けているのは青緑のドレスだった。

 息も荒く必死に走る少女だが、行く手に茨の茂みが現れ、思わず立ち止まってしまう。

 間もなく少女が逃げてきた方向から、何かがやってきた。

 

 人間ではない、獣でもない。

 

 双頭犬と怪鳥の姿をしたインフェルノコンのスラッシュとラプチャーだった。

 

「グゥエエエエッ!!」

「グルルゥ……」

 

 その恐ろしい姿を目にした少女は、悲鳴を上げて異形の追手から逃れようと茂みの薄い所へと進む。しかしこれは悪手だった。

 茨の棘が服に引っ掛かり、身動きが取れなくなってしまう。

 スラッシュとラプチャーは、二本の首がそのまま両腕になった姿と腕と翼が一体化した鳥人のような姿に変形し、棘を外そうと必死になっている少女に手を伸ばした。

 

「誰か……助けてぇ!!」

 

 少女の叫びは無常にも誰にも届かず……とはならなかった。

 何処からか爆音と共に現れた黒と黄色の鉄の車が、二体に体当たりしたからだ。

 

「大丈夫かい、お嬢さん!」

「オイラたちが、来たからには、もう、ダイジョブ!」

 

 車は巨人の姿に変形すると、それぞれ武器を構える。もちろん、ホット・ロッドとバンブルビーだ。

 

「ニムイー、無事か!」

「あなたは……アーサー様!」

 

 後からやってきたミリオンアーサーは、剣を振るって茨を叩き斬り突然のことに言葉を失っていた少女を助け出す。

 ニムイーと呼ばれた少女は、若き王候補の姿に驚き、次いで安堵の声を漏らした。

 

「アーサー様、お帰りになられたのですね……!」

「詳しい話は後にしよう、愛しきニムイー」

 

 ミリオンアーサーが睨む先では、形勢不利と見たスラッシュとラプチャーがビーストモードに戻り森の奥に逃げていくところだった。

 

「逃がすか!」

「深追い、禁物! それより……」

「ああ、そっか」

 

 追おうとしたホット・ロッドをバンブルビーが止める。

 ホット・ロッドはミリオンアーサーに肩を抱かれたニムイーに向かって一礼する。

 

「お怪我はありませんか、お嬢さん(マドマアゼル)?」

「なんで、唐突な、フランス語?」

「いや時々出るんだよ、フランス語……最近は出なかったんだけどなあ」

 

 漫才のようなやり取りをする巨人たちに、ニムイーはクスリと笑うと、スカートの端を摘まんで膝を軽く折る。

 

「危ないところを助けていただき、感謝いたします。私の名はニムイー、アセニアの領主エイスリングの娘ですわ」

「これはご丁寧に。俺はオッド……ごほん! ホット・ロッド、こちらはバンブルビーと申します。故あって遠くプラネテューヌの地より馳せ参上致しました。我らのことは、どうぞオートボットとお呼びください」

 

 完璧な角度で優雅に一礼するホット・ロッドにバンブルビーは目を丸くする。

 

「お前、キャラ、違くね?」

「……ああうん、何だか自然に出てきた」

 

 余談だが、某破壊大帝の奥さんは子供に礼儀作法を厳しく仕込んでいる。本当に余談だが。

 目の前の巨人たちが、危険のない相手だと理解したニムイーはミリオンアーサーにしなだれかかる。

 

「ああ、アーサー様。ニムイーは信じておりました。貴方様が巨人を連れて帰ってきてくださると。父も喜ぶことでしょう」

「フッ、そなたの祈りがあればこそ、わたしは困難な旅路を乗り越えることが出来たのだ。可愛らしいニムイー」

「アーサー様……」

「ニムイー……」

 

 何だかキラキラしたエフェクトを放ちながら百合百合しい空間を形成している二人に、オートボット二人は顔を見合わせた。

 

「ん、ごほん! ……アーサー、そこのアーサー」

 

 しかし咳払いと低い声が聞こえて一同はそちらを向く。

 案の定、そこには頬を引きつらせたチーカマと、目を点にしている遠征隊の面々がいたのだった。

 

  *  *  *

 

 そしてここは、このアセニアの領主『赤き』エイスリング卿の城の脇に造られた、馬上槍試合の会場である。

 木の柵の囲いの外側に張られた天幕の上には、青い眼の赤い飛竜(ワイバーン)が翼を広げている姿が描かれた旗が掲げられていた。これはエイスリング卿の家の紋章だ。

 ニムイーを連れて現れた巨人たちに騒ぎが起こりかけるが、ミリオンアーサーの執り成しもあって大事にはならなかった。

 

「お父様!」

「ニムイー! 帰りが遅いから心配したぞ!!」

 

 騒ぎを聞きつけ天幕から出てきた、壮年ながら逞しく豊かな金色の髪と髭を持ったエイスリング卿は、駆け寄ってきた娘を抱きとめた。

 遠征隊の前に立つミリオンアーサーは彼に向かって声を上げる。

 

「アセニアの領主にして、武人としての誉れも高き『赤き』エイスリング卿よ! ミリオンアーサー、帰参いたしました!」

「おおアーサーよ、戻ってきたか。それにその巨人たちは……」

「それはこれより説明します」

 

 ミリオンアーサーとニムイーから話を聞く間、エイスリング卿は難しい顔をしていた。

 

「ううむ、我が娘を助けてくれた件、そしてアーサーが世話になった件、感謝いたす。できれば力になりたいのだが……今は問題が起きていてな」

「おじ上、ニムイーを追っていたのは鉄騎アーサーの手下でした。奴の手がここまで伸びつつあるのですな」

 

 家族同然、しかし親しき仲にも礼儀ありということか、ミリオンアーサーの態度は目上に対するものだった。

 マーリンにさえ王として振る舞っていたことを想えば、本当にエイスリング卿を慕っていることが伺える。

 しかし領主は首を横に振った。

 

「アーサーよ、事はもっと複雑だ。お前が旅立ってから、状況はすっかり変わってしまった。隣国ジャールを治めるワイゲンドめが、正式に鉄騎アーサーを支援すると言いだしたのだ。今やジャールはあの巨人の国も同然だ」

「なんですと!?」

 

 思わぬ言葉に、ミリオンアーサーの顔が驚愕に染まる。

 その意味が分からず、遠征隊は顔を見合わせた。

 

「馬鹿な……『黒冠の』ワイゲンド卿は気位が高く激しやすい気質ではあれど、正義感の強く信義を重んじる人! 悪党に屈するような方ではないはず!!」

「儂もそう思っておったが……」

「お父様……」

 

 ニムイーが気づかわし気な顔をするも、エイスリング卿は懊悩に満ちた顔で息を吐いた。

 

「折り悪く、ワイゲンドめの牛が我が領内の畑を荒らしてな。捕まえて賠償を要求したのだが……するとあの若造め、儂を牛泥棒と罵り決闘を申し込んできたのだ。負けた方が勝った方の要求を呑むという条件でな」

「……ああそうか、それはまずいね」

 

 領主の言葉の意味を、くろめは正確に察した。

 ビーシャとシーシャは首を傾げているが、ネプギア、ケーシャも理解できたらしい。

 オートボットたちも何となくは分かった。

 

「もちろんそれは単なる口実に過ぎぬ。奴らの狙いはこのアセニアを支配下に置くことだろう」

「それで私は、ジャールの様子を伺うべく、森を抜けようとしたのですが……」

「あいつらに見つかって、それをミリアサが目敏く見つけたと。……相変わらず無茶するわね」

 

 父の言葉を継いだニムイーに、チーカマは呆れたような視線を向ける。

 当然ながら、この二人も知り合いであるらしい。

 

「えっと……つまり、その黒冠の人が悪者なんだよね? だったら任せて! わたしたちが、ドカーンとやっつけちゃうから!」

 

 頭の上にハテナマークを浮かべていたビーシャは自分なり話を整理し、サムズアップする。

 しかしエイスリング卿の顔は晴れない。

 

「残念ながらそうもいかぬ。ここでワイゲンドを討とうとすれば、それこそ奴らの思う壺。復讐を口実にこちらに攻め込んでくるだろう。そうなれば戦争となり、勝つにせよ負けるにせよ多くの血が流れることになる。出来ることなら、それは避けたい」

「結局、決闘に勝つのが一番スマートってことか」

 

 ホット・ロッドは顎に手を当てて、険しい顔をする。

 向こうにはガルヴァトロンが付いている。戦争になればアセニアの勝ち目は無いに等しい。

 おそらく向こうもエイスリング卿が決闘での解決を望むと見越しているのだろう。

 件の牛も、この状況に持ってくるためにワザと放した可能性すらある。

 

 決闘を拒否すれば、その時は牛を取り返すという名目で堂々とこちらに攻め込んでくる気なのだろう。

 

「畑と牛が理由で戦争なんて……」

「戦争の理由なんて、いつだってくだらない物です」

 

 ネプギアが顔を曇らせケーシャが冷やかに言うと、ミリオンアーサーが首を横に振った。

 

「いいや。この地で生きる者にとっては長年かけて耕した畑も、貴重な労働力である家畜も、生きる上で欠かすことのできない物だ。くだらないとは言葉に過ぎる」

「ご、ごめんなさい!」

「確かに、言いすぎました」

 

 厳しい言葉にネプギアは素直に謝るが、ケーシャは謝罪しつつも納得できていないようだった。

 そんな黒髪の少女をハウンドは顎を撫でながら難しい顔で見下ろしていた。

 

「にしても、あのマーリンとかいう爺さんめ。ディセプティコンに協力者がいるなんて、一言も説明してくれなかったぞ」

「ああいうタイプは、ワザと重要なことを言わないからね。それで追及すると嘘は吐いてないと開き直るのさ」

 

 いかにもありそうな推論を並べ、くろめも苛立たし気に腕を組む。

 エイスリング卿は、敢えて力強い笑みを浮かべた。

 

「なに、決闘に勝ちさえすればいいのだ。このエイスリング、あのような若造に後れを取るほど老いてはおらぬぞ!」

「お父様……」

 

 心配そうに、ニムイーは父の顔を見ていた。

 体付きこそ逞しいがエイスリング卿の顔には皺がより、疲れて見えた。

 この混迷の時代にあって、自領と領民の安全を守るべく力を尽くしてきたからだった。

 

 そこへ、衛兵がやってきた。衛兵は金属の巨人や異国人たちに面食らうが、エイスリング卿に促されて要件を言う。

 

「エイスリング卿! ワイゲンド卿がいらっしゃいました!!」

「来たか……客人がた、済まぬが儂は行かねばならぬ。あなた方の求める屋敷の場所はアーサーが知っておる故、彼女に案内してもらってほしい」

 

 エイスリング卿はしっかりとした足取りで会場の外へ向かい、ニムイーも遠征隊に頭を下げた後でそれに続く。

 その背を見たミリオンアーサーは申し訳なさそうにホット・ロッドを見上げた。

 

「すまん、例の屋敷は後回しにしてもいいだろうか? わたしもおじ上のことが気に掛る」

「俺は構わない。ガルヴァトロンが絡んでるなら、他人事じゃないと思う」

 

 皆を見回すと、クロスヘアーズは相変わらず不機嫌そうでエスーシャは無表情だったが他の皆に異論はないようだった。

 

 

 

 

 

 会場のすぐ外には、ジャールの領主『黒冠の』ワイゲンド卿が部下たち共々馬で乗り付けていた。

 何人かの部下は、赤い眼をした黒い獅子の姿が描かれた旗を持っている。これが彼の家の紋章だろう。

 

「ワイゲンド卿、よくぞこられた。歓迎いたそう」

「こちらこそ、お招きいただき光栄だ」

 

 ニムイー、ミリオンアーサー、チーカマを伴ったエイスリング卿が握手を求めると、馬を降りた甲冑姿の年若い男、ワイゲンド卿はその手を握った。

 その反応に、エイスリング卿は内心で疑問を覚えた。

 この男は、これから戦う相手と社交辞令でも慣れ合うことが出来ないクチだったはずだ。

 ミリオンアーサーは、ジャールの領主に向かって一礼する。

 

「お久しぶりです。ワイゲンド卿」

「貴殿か。久しいな」

 

 エイスリング卿の手から自分の手を離したワイゲンド卿は、若きブリテン王候補に僅かに苛立ちの入った目を向ける。

 

「まだアーサーを名乗っていたか。一度はガルヴァトロン殿に敗北したというのに」

「ワイゲンド卿。貴方は剣による王の選定には不満を持っていたはず。それが何故、鉄騎アーサーに従うのです?」

 

 ミリオンアーサーの問いに、黒冠の騎士はギラリと目を光らせた。

 

「もちろん私とてマーリン……言い伝えの魔法使いを名乗る、あの老人のやり方は好かぬ。聖剣を抜いた王候補などというが、そのほとんどはエクスカリバーの力を己の欲のために使う、山賊野党に毛が生えたような輩ばかり。アーサー王に肖るどころかその名を貶める一方よ! あの連中が我が領民に何をしたか……!」

 

 声と口調に抑えきれないほどの怒りがあった。

 彼は彼で、ブリテンの現状には思う所があるのだろう。

 

「それでもこれ以上国を乱すのも忍びなく、反キャメロット勢力に与することもなかったが……彼には大きな借りがあるのでな。借りも返せぬは貴族の恥というもの」

 

 ワイゲンドはミリオンアーサーからエイスリングに視線を移す。

 

「我らが勝てば貴殿のアセニアには、我がジャール、そしてガルヴァトロン殿と同盟を結んでもらう」

「同盟か……それは支配下に置くの間違いではないか?」

「そのような下劣な真似はせぬ……と言ってもそなたらは信じまい。なればこそ決闘にて問題を片付けるとしよう」

「相分かった。では武器を取ってこよう」

「いや、待った!」

 

 準備をするべく天幕に戻ろうとするエイスリング卿を、ワイゲンド卿は制した。

 

「私の代わりに代理人が戦う。……モホーク卿とニトロ・ゼウス卿だ」

 

 その言葉と共に、近くの木々をなぎ倒して一機の戦闘機が現れた。

 もちろん呆気に取られるエイスリング卿たちにはそれが戦闘機であることも、地球という世界のグリペンと呼ばれるマルチロール機であることも分からなかったが。

 その機械仕掛けのグリフォン(グリペン)の機首には、モヒカンのようなトサカのある魚類めいた顔をした金属生命体が跨っていた。

 

「イエーイ! グリフォンライダーのモホーク卿、推参だぜー!!」

「さあ何してんだ、オッサン! 戦おうぜ!!」

 

 騎士のつもりなのか手にした盾と試合用の先が丸まった突撃槍を掲げるモホークと、わざわざ着陸脚で地面を進んでくるニトロ・ゼウス。その後ろには、青と銀の身体に側頭部の角が印象的な鉄騎アーサーことガルヴァトロンが不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

「鉄騎アーサー……! ワイゲンド卿、何を考えている!!」

「決闘のルール上、代理人を立てる権利は認められている」

 

 ミリオンアーサーが怒声を上げると、ワイゲンドは腕を組んでニヤリと笑った。

 そこへ、異常を察知した遠征隊もやってきた。

 先頭に立つホット・ロッドは、ガルヴァトロンの姿を見とめるや背中からレーザーライフルを抜く。

 

「ガルヴァトロン……!」

「ロディマス……いや、ホット・ロッドよ。スラッシュたちの報告にあった通り、やはりこちらに来ていたか。……それと天王星うずめも」

 

 ガルヴァトロンは血気に逸る弟のことを敢えてホット・ロッドと呼び、仇敵の姿を見とめるや笑むのを止めて目つきを鋭くした。

 くろめは、敢えて不敵に笑う。

 

「今は暗黒星くろめと名乗ってるんだ。……マジェコンヌは一緒じゃないのかい?」

「貴様には関係あるまい」

 

 鼻を鳴らすような音を出すガルヴァトロンだが、以前のように怒りに飲まれることはなかった。少なくとも表面上は。

 

「これはジャールとアセニアの問題だ。貴様らは手を出すな」

「テメエ、自分たちのことは棚に上げて……!」

「我らはワイゲンド卿と正式に同盟を結んでいる。だが貴様らは?」

 

 グッと、ホット・ロッドは言葉に詰まる。

 確かに遠征隊はあくまでもディセプティコンと杖のことしか対処できない。

 かと言ってアセニアと同盟を結べば、それはそれで内政干渉になってしまう。

 

「おじ上! かくなるは、わたしがおじ上の代理として……」

「アーサーよ。お主はあくまでブリテン王候補。いずれかの諸侯に肩入れするなどあってはならぬ。それが例え生まれ故郷のだとしてもだ」

 

 状況を理解したブリテン王を目指す少女の提案を、アセニアの領主は断固として受け入れなかった。

 

「王には王の通すべき筋という物がある。そしてこれは領主として儂が通すべき筋だ」

「……分かりましたエイスリング卿。ご武運を」

 

 マーリンやディセプティコンにも臆しないミリオンアーサーも、彼の前では経験の足らぬ小娘のようだった。

 

「むう、何と立派な。正に武士の心意気。……しかしてこのままではあまりにも不利というもの。いざ、助太刀いたす!」

 

 ドリフトは感嘆の声を漏らしたが、余りの不利にいても立ってもいられずに進み出た。

 それを見たガルヴァトロンが、剣呑な声を出す。

 

「先ほども言ったが、これはアセニアとジャールの……」

「いや、俺たちはキャメロットからディセプティコンへの対処は許可されてる。……お前らと戦う分には、どうとでも言い訳できるさ」

 

 ホット・ロッドが助け船を出すと、ガルヴァトロンはチラリとワイゲンド卿を見た。

 黒冠の領主は彼なりにこれがアンフェアであるとは思っていたようで、渋面を作りながらも頷く。

 ドリフトはビークルモードに変形すると、天板を開く……本来メルセデスAMG・GTRにそんな機能はないのだが、そこはトランスフォーマーゆえである。

 

「さあ、乗られよ!」

「おお、かたじけない。では失礼して……」

 

 エイスリング卿は、器用に車体を登って開かれた天板に足を突っ込む。

 シートの上に立ちダッシュボードに片足を乗せて、問題なくバランスを取れるあたり、相当に体幹が鍛えられているのだろう。

 戦闘機と自動車に乗った騎士たちは、会場へと移動する。

 

 この奇妙な騎士たちに、会場の周りに集まった群衆は大いに戸惑ったのは言うまでもない。

 

 部下から愛用の兜と試合用の突撃槍を受け取ったエイスリング卿は、兜を被り槍の穂先を真っすぐに敵に向ける。

 エイスリング卿の鎧兜は真っ赤なうえ、ドリフトのビークルモードも赤っぽいので、なんというかビックリするくらいに『赤い』

 

「な、何故でしょう、絵面の可笑しさとか色々すっとばして『赤い』という感想がまず出てきます」

「何処かの三倍で彗星な大佐もビックリの赤さ……むしろ赤い稲妻の方?」

「いいのかい、エスーシャ。一応、あんたのパートナーだろう?」

「興味ないね」

 

 ケーシャとビーシャが面食らうなか、シーシャの声にも、エスーシャは相変わらず無感情に答えた。

 そうしている間にもニトロ・ゼウスは敵に突進する。

 

「へん! 車で戦闘機に勝てるもんかよ! 戦車でも持ってこいってんだ!!」

「いざ、勝負!!」

 

 挨拶もそこそこに、赤い赤い、赤い装いのドリフトとエイスリング卿はニトロ・ゼウスとモホークに向かっていく。

 もちろん、単純なパワーならば戦闘機の方が上だ。

 しかしドリフトは交差の瞬間に僅かにハンドルを切り、ニトロ・ゼウスの脇をすり抜けた。同時にエイスリング卿はモホークの突き出した槍を自分の槍で払いのけ、一瞬と置かずに穂先で相手を突き飛ばす。

 歴戦の勇士らしい、電光石火の早業だ。

 

「ぐええええ!」

「凄いですね……」

「おじ上は槍の名手だからな!」

 

 戦闘機の機首から突き落とされたモホークを見てネプギアは感心し、ミリオンアーサーも笑顔を浮かべる。

 他の遠征隊の面々も、これには素直に感服しているようだった。

 

「お見事! 貴殿こそ真のブリテン無双だ!」

「なんのなんの! ドリフト殿の助太刀あってこそよ!」

 

 ドリフトとエイスリング卿は僅かな共闘の間に、すっかり意気投合したらしく互いに健闘を称え合っていた。

 

「お父様ー! さすがです!!」

 

 もちろん、卿の愛娘ニムイーも歓声を上げる。

 そして渋面を作っているワイゲンド卿の方へと向かった。

 

「さあ、貴方がたの負けです! 父とアーサー様への数々の非礼を詫びなさい!! そして二度と顔を見せないで!!」

「…………」

 

 その剣幕に推されたワイゲンド卿はやがて観念したように一つ息を吐いてから口を開こうとしたが、そこで地面に転がっていたモホークが立ち上がり大振りなナイフを両手に握る。ニトロ・ゼウスもロボットモードに戻って武装を展開した。

 

「よくもやってくれやがったな!」

「もうこんな茶番にゃ付き合ってられっか!!」

「止めろ! ワイゲンド卿に恥をかかせる気か!!」

 

 だがそれをガルヴァトロンが一喝して止める。不満そうな顔をする部下たちだが、渋々と従った。

 同盟者に軽く頭を下げたワイゲンド卿は、ドリフトから降りてきたエイスリング卿と向き合った。

 

「エイスリング卿、こちらが負けた以上、約束通り貴殿の要求を聞こう」

「……ならばジャールはアセニアを攻撃せぬこと。そして彼ら異国よりの客人たちを我がアセニアに逗留させるが、そのことについて我らに難癖を付けぬこと……もちろん、そちらの同盟者もな。これが儂の要求だ。……牛は後でそちらに返すので、これで今日のところは争いは無しとしておこう」

 

 厳しい顔のエイスリング卿の言葉に、一同が目を剝く。

 遠征隊に向かって、アセニアの領主は柔らかい笑みを浮かべた。

 

「助太刀をしてもらった以上、恩を返さないとあっては家名に傷がつくというもの」

「おじ上……!」

 

 やはり、この人には敵わないとミリオンアーサーが感激した様子を見せた。

 対しジャールの領主は、約束を反故には出来ないと厳しい顔ながらも頷いた。

 

「よかろう。我がジャール及びその同盟者は、アセニアを攻めぬし、その異国人たちが留まることにも文句を付けぬ。牛は後でこちらに送ってもらおう。……ガルヴァトロン殿も構わぬか?」

「ワイゲンド卿が、そういうであれば……お前たちもよいな!」

「ちぇー」

「チッ!」

「どうせ奴らとはいずれ戦うことになる。それまでは辛抱しておけ」

 

 ワイゲンド卿が部下の引いてきた馬に跨ると、ガルヴァトロンはいきり立つ部下たちを諫め遠征隊に背を向ける。

 

「ホット・ロッドよ。今日のところは同盟者の顔を立てて戦いは無しとしておいてやる」

「ガルヴァトロン! 俺たちはお前たちを止めて、地球を守る! そのために来たんだ!!」

 

 その背に向けて、ホット・ロッドは鋭い視線と言葉を投げた。

 ガルヴァトロンはせせら笑った。

 

「地球を守る、か。果たして()()()()いつまでそんな世迷言をほざいていられるかな?」

 

 それだけ言うと、今度こそモホークを乗せたニトロ・ゼウス共々飛び去った。それを追って、ワイゲンド卿と部下たちも馬を走らせる。

 

「……撃つべきでは?」

「お嬢ちゃん、そりゃ野暮ってもんさ」

 

 冷静なケーシャの言葉を、ハウンドが却下する。

 ここでディセプティコンを撃てば、エイスリング卿の面目を潰すことになる。

 

「お父様! やっぱりお父様は素敵でしたわ!」

 

 抱き着いてくるニムイーを、エイスリング卿は鎧が痛くないようにと優しく抱き返していた。

 ホット・ロッドは改めて片膝を突き、胸に手を当てて彼らに頭を下げた。

 

「エイスリング卿。お心遣いに、心から感謝します」

 

 マーリンに対したのとは違う、本気の礼だった。

 ネプギアとバンブルビー、ハウンド、ドリフトもそれに倣う。くろめは倣わず、ゴールドサァドとクロスヘアーズも軽く頭を下げるに留めた。

 

「なんのなんの。ニムイーとアーサーの受けた恩を思えば、まだまだ返し足りないほど! 我がアセニアは畑と牧場、それに歴史以外には何もない田舎だが、どうか我が家と思ってゆるりとしていかれよ!」

 

 緊張を解き愛娘の肩を抱くアセニアの領主は、好々爺然とした朗らかな笑顔になる。おそらく、こちらが彼の素の顔なのだろう。

 

「さて、ではアーサーよ。彼らを案内してやってくれ」

「はい、おじ上」

 

 礼儀正しく頷くミリオンアーサーに、エイスリング卿は身内故の気安い笑みを向けた。

 やっと本来の目的である杖と鍵の情報探しができる。

 

「お主も久方ぶりの自分の家だ。少しゆっくりするといい」

「自分の家? ってことは……」

 

 領主の言に、その意味を察したホット・ロッド以下遠征隊はバツの悪げな王候補を見た。

 彼女に代わってチーカマが、苦笑気味に答える。

 

「その歴史を研究してた人っていうのはね。アーサーの……お父さんなのよ」

「うむまあ、そういうことだ……」

 

 目を丸くする一同に対し、ミリオンアーサーはらしくもなく曖昧な顔をした。

 

 こうして、ブリテン遠征隊は、当座の所はアセニアに腰を落ち着けることが出来たのだった。

 




映画バンブルビー、見てきました。
ネタバレは避けますが、あんなもん魅せられたら、創作意欲も爆発するってもんです!

ここでお願いですが、しばらくの間、感想覧などでのネタバレ行為はどうぞお控えください。謹んでお願い申し上げます。

今回のキャラ紹介

アセニア領主『赤き』エイスリング卿
ブリテンの辺境に位置するアセニアという土地を治める領主。
ミリオンアーサーの父の親友であり、父親代わりでもある。
信義に厚く、筋を通す性格。
混迷の時代にあって辺境の地アセニアを守るために尽力しており、家臣や領民からの信頼も厚い。
馬上槍の名手であり、武人としても名高い。

エクスカリバーによる王の選定、ひいては現在のブリテンの有り様には懐疑的。
家紋は『青い眼の赤い飛竜』


領主の娘ニムイー
エイスリング卿の一人娘。
ミリオンアーサーとは幼馴染で、彼女のハーレム第一号(予定)
お転婆で気が強く行動力があり、それでいて惚れっぽいためエイスリング卿を悩ませている。
だが彼女は彼女で父のことを深く想いやっている。


ジャール領主『黒冠の』ワイゲンド卿
アセニアの隣に位置するジャールの領主。ミリオンアーサーとも知り合い。
何らかの恩義からガルヴァトロンと同盟を結び、彼を支援している。
元々は領民への愛情は深いもののプライドが高く怒りっぽい性格だったが、混迷の時代にあって冷静さを身に着けざるを得なかった。

剣による王の選定にはハッキリと否定的だが、自らの手で国を乱すのも憚られたため、反キャメロット勢力には与していない(ガルヴァトロンも一応はキャメロット側である)
家紋は『赤い眼の黒獅子』


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第39話 ヴィヴィアン

 ブリテンにあってはよく見られる高い城壁に囲まれて白壁と赤い屋根の建物が並ぶアセニアの街。その一角に、他の家よりも大きな古い屋敷が立っていた。

 立派な屋敷も古い庭も手入れはされているようだが、人が住んでいる気配はない。

 

 と、屋敷の庭先にブリテンでは滅多に見られない鉄の車の一団が停車した。自動車姿のオートボットたちだ。

 

 先頭のランボルギーニ・チェンテナリオから降りたミリオンアーサーは屋敷を見上げて息を吐くと、扉まで歩いていく。

 懐から取り出した鍵で彫刻が施された木製の扉の鍵を開け、扉を開く。

 きしむような音を立てて開いた扉の向こうはエントランスホールになっていた。

 

 ミリオンアーサーは、二階へ続く階段の踊り場に飾られた、気難し気な顔の学者風の男性の肖像画を見上げた。

 

「ただいま帰りました。お父様」

 

 

 

 

 

 残念ながらミリオンアーサーの生家の扉はオートボットたちが入れるほど大きくないため、彼女とチーカマ、ネプギアとくろめ、ゴールドサァドで手分けして屋敷の中を探すことになった。

 

「とは言っても、どこから手を付けていいものやら……」

 

 天井まで届く本棚が何列にも渡って並ぶ書庫で、シーシャは途方に暮れていた。

 本棚には一部の隙間もなく本が並んでおり、その全てが羊皮紙と分厚いカバーの重々しい物だった。

 

「ゾンビとか出てこないだろうね……」

 

 何故か周囲を警戒しながら手に取った本を開くと、そこには遥か昔降臨した女神が猿も同然だった人間に知恵を授け、人々から崇められたというような内容が、堅苦しい文体で長々と書かれていた。

 書かれている文字は、ゲイムギョウ界主要四カ国で使われている物と同じようだ。

 しかし挿絵には文章と裏腹に、女神らしい女性が折り重なった人間の死体の上に玉座を乗せ、それに座っている姿が描かれていた。

 

「関係なさそうだな。じゃ、次はと……」

 

 本を棚に戻し、別の本を開くと、夜空に輝く星々を食べてしまう六本の角を持った大きな怪物に、『希望を継ぐ者』と呼ばれる炎の戦士が立ち向かっているという絵が乗っていた。

 

「あー、こっちにもあるんだこの話。昔よく読んだっけ……と、それより鍵のヒントはと」

 

 本を元の場所に戻しかけて、ふと気付いた。

 

「そう言えば、希望を継ぐ者とかいうワードも聞いた気がするな。だったら案外、これにヒントが隠されてたりして」

 

 パラパラとページをめくると、本の見返しの部分に小さく文字が書かれていた。どうやら後から書き足されたようだ。

 

「『ベイドン山の下、炎の上に湖の乙女が訪れるとき、扉は開く』……? んー、ベイドン山ってあの危ないトコだっけ? 重要っぽいけど意味が分からないなー。エスーシャ、そっちは何かあったー?」

「……いや」

 

 書庫のシーシャに見えない位置で、エスーシャは表情こそ変わらないものの食い入るように本を読んでいた。

 

 その本の表紙には『因子と騎士の関係について』とある。

 

 これよると、因子によって生み出される騎士には、『魂』が存在しないらしい。

 

 感情や思考を有しているように見えるのは、人工知能を持ったロボットのようにインプットされた情報にしたがって反応しているだけだとも書かれている。

 ただし、そうとは思えない部分も多々あり、何等かの形で因子の元の持ち主とリンクし時空を超えてその魂を共有しているのではとの説もある。本の著者はこれを『ジェネトロニック・トランスリンク』と仮称している。

 もちろんこれでは因子元が死亡している場合や、複数の因子を混ぜて生み出された騎士の説明が出来ないため、仮説の域を出ないと本の著者は注釈している。

 その上で、この仮説が正しいとすれば死者の因子を基に騎士を造ることは、疑似的な死者蘇生に等しいのではないかとも記していた。

 

 表情を変えぬまま夢中になって本のページをめくるエスーシャだったが、突然ピタリと手を止める。

 

「……ああ、分かってるよ。鍵と杖だな」

 

 誰もいない空間に、まるでそこにいる誰かから声をかけられたかのように言い返し、本を棚に戻した。

 

 

 

 

 

 別の部屋では、ネプギアとビーシャが手掛かりを探していた。この部屋は元々パーティーホールのような場所だったようだが、今は様々な工芸品や美術品などが陳列され、さながら小さな博物館の様相を呈していた。

 

「これ、いくらくらいだろう? 以外とぶっ飛ぶくらい高いのか、はたまた二束三文か……」

 

 『弱酸性エル大納言』なるSDキャラのようなシュールな姿をしていながら、名状し難い冒涜的な狂気を感じさせる粘土像の価値が理解できず、ビーシャはしきりに首を傾げていた。

 ネプギアもメカならともかくこういう物の価値は正解には分からないが、それでも暖炉の上に飾られた、三本首のドラゴンと剣を掲げる初代アーサー王が有象無象の敵兵を蹴散らす絵が素晴らしい物であることは分かった。

 

「そう言えば、ビーシャさん」

「んー? なにー?」

「ビーシャさんは、いったいいつお姉ちゃんと知り合ったんですか?」

 

 せっかく二人きりということもあって、ネプギアは思い切った質問をぶつけてみる。

 するとビーシャは照れたような顔をした。

 

「ああうん。まあわたしさ、前々からヒーロー的なことしてたんだ」

「プレスト仮面としてですね」

「え!? あ、いやープレスト仮面? 誰のこと、それー」

 

 ビーシャは口笛を吹いてまで誤魔化そうとする。どうあっても、自分がプレスト仮面であることを隠したいらしい。

 

「で、でさ! 通りすがりの正義の味方してたんだけど、実はわたしモンスターが苦手だったんだ。ねぷねぷには、それを克服するための特訓に付き合ってもらったんだよ! それ以来、友達になったんだ!!」

 

 若干呆気に取られる女神候補生に構わず、ビーシャは自分とネプテューヌの関係を明かした。

 なるほどとネプギアは頷く。彼女の姉は、あちこちで事件に首を突っ込んでは人助けをして友達を作っているのだ。

 モンスターが苦手だったというビーシャはともかく、姉らしい話だった。

 

「いやー思い出すなー。あのねぷねぷとの地獄の特訓の日々を」

「それじゃあその……ビーのことは何処で?」

 

 単純にバンブルビーのファンなのか、あるいはもっと深い感情を寄せているのかが、ネプギアはどうしても気になった。

 

「ああそれはほら、色々映像で見てさ。可愛いのに強い! そしてカッコいい! 悪いディセプティコンをやっつける姿に、一目でファンになっちゃったよ!!」

「なるほど」

 

 はしゃぐビーシャに、ネプギアは嬉しいようなホッとしたような気分になった。

 だからというワケではないが、幼いゴールドサァドの言葉の『悪いディセプティコン』の部分の意味を深く考えなかった。

 

 

 

 

 

 ミリオンアーサーとチーカマは二階にある屋敷の主の……つまりミリオンアーサーの父親の書斎を調べていた。

 

「これじゃない、これでもない。やっぱり杖と鍵に繋がりそうな物はないわね」

 

 チーカマが本棚の本を手に取る間、ミリオンアーサーは壁に掛けられた肖像画を眺めていた。

 在りし日の父と幼い日の彼女に加え、彼女によく似た母親が並んで描かれている。

 

「よう! 調子はどうだい!!」

 

 不意に聞こえた声にそちらを向くと、窓からホット・ロッドが覗き込んでいた。

 一つ息を吐き、ミリオンアーサーは首を横に振る。

 

「残念だが芳しくないな。この家の何処に何があるかは、わたしも把握し切れておらんのだ」

「え? ここってミリアサの家だろ?」

「ああ、まあそうなんだが……実のところ、わたしはお父様とは不仲でな。お母様が亡くなられてからは、もっぱらおじ上の所に入り浸っていたのだ」

 

 いやに煮え切らない態度の彼女に、ホット・ロッドはしまったという顔をする。

 チーカマは何も言わずにミリオンアーサーに痛ましげな視線を向けていた。

 

「うんまあ色々とあるのだ。……聞かないではくれまいか?」

「ああ、うん。分かった。……ごめん」

「いや、いいんだ」

 

 どうも父親と確執があるらしい彼女に、肉親の間で問題を抱えているホット・ロッドは申し訳ないと思いながらも、むしろ親近感を抱く。

 ミリオンアーサーは気持ちを入れ替えるように頭を軽く振ると、黒檀の机の上に置かれた本を手に取る。題名は『アーサー王と円卓の騎士』だ。

 

「それよりも、やはりヒントらしき物はないな。これは空振りかもしれん」

「まあ元々、ダメ元だったからな。しかしそうなると、もうどうすりゃいいやら……ん?」

 

 ふとホット・ロッドは、本の裏に書かれたサインを見た。そこには『我が娘、ヴィヴィアンへ。父より愛をこめて』とある。

 

「……ヴィヴィアン?」

「ああ、わたしの本名だ。……その、あまり似合わん名だとは思っているのだ」

 

 恥ずかし気に、ミリオンアーサーことヴィヴィアン・ウェイブリーは顔を伏せるのだった。

 

 

 

 

 

「どう、だった?」

「まだ見つからないらしい。仕方ないさ」

「だいたいからしてな、鍵と杖って漠然としすぎだろうが!」

 

 庭で待機しているバンブルビーの問いに、ホット・ロッドが肩を竦めると、腕を組んで立つクロスヘアーズがお決まりの文句を垂れる。しかしその意見ももっともだ。

 

「それよりさっさとディセプティコンどものトコに乗り込んで、奴らに痛い目見せてやりゃいい。それで全部解決だ!」

「向こうはワイゲンド卿と組んでるんだ。無理に攻めたら、またマーリンに何か言われるのは目に見えてるぞ。この前みたいなハッタリは何度もは使えないんだ」

「だー! めんどくせえ! めんどくせえ! 昔はもっと単純に済んだんだがね!!」

「左様。オートボットはディセプティコンを倒す、それが世界の全てだった」

 

 ホット・ロッドの答えにイライラと足踏みするクロスヘアーズに、ドリフトも同調する。

 彼らにすれば、敵の居場所が分かっているのに攻撃できないのは相当に歯痒いらしい。

 チラリとハウンドを見れば、ヤレヤレと排気していた。

 

「にしても、アセニアにジャールねえ……」

「……?」

「アセニアってのはな、サイバトロニアンが昔入植したっていう星の名前なのさ。ジャールもな」

「例の伝説の騎士とやらのことも考えると、昔にサイバトロニアンがここに来ていたのだろう」

 

 発言の意味が理解できずにいると、ハウンドは髭を撫で、したり顔でドリフトが言葉を継ぐ。しかし引っかかる物を感じ、ホット・ロッドの表情はさらに難しくなった。

 

「でもそれって可笑しいよな? この国はアンチ・エレクトロンで覆われてるんだぜ?」

「知らねえよ! 昔より今だ、今!!」

 

 クロスヘアーズは話を打ち切るが、それでどうなるでもなし。

 不貞腐れる空挺兵にホット・ロッドは遅まきながら、ひょっとしてこのヒトかなり大人げないのでは?と思い始めていた。

 

「可笑しいと、言えばさ、オイラも、思うんだけど」

 

 バンブルビーも奇妙に思っていることがあるらしく、クロスヘアーズを無視して話を始める。

 

「この国って、さ。建物とか、人の暮らしとか、古めかしい、じゃん? キャメロットは、あんなに、凄いのに」

 

 確かに、キャメロットの都にせよ、このアセニアにせよ、人々の生活は酷く前時代的だ。

 動力はもっぱら水車と風車、移動は馬か馬車、通信機器のような物もなく、魔法によって火や明かりは簡単に作れるし食料の冷蔵だって出来るがそれにしても不便だ。

 ルウィーにも馬車が走っているが、それは伝統を重んじるという価値観から敢えて馬車を使っているのであって、最初から馬車しかないのとは違う。

 

 断絶の時代を経て一度文明が衰退したようだが、その研究はなされているようだし、もう少し一般市民の生活にフィードバックがあってもいいはず。

 

 その断絶の時代とやらにしても、文明の主役が人間だったとは限らない。

 むしろ、伝説の巨人の騎士のことを考えると、サイバトロニアンであった方が筋は通る気はする。

 

 かつてこの地に入植したサイバトロニアンが初代アーサー王らと協力して文明を興すも、何等かの理由によりアンチ・エレクトロンが大気に充満、この地を放棄することになり、遺物だけが残された。と考えれば一応の辻褄は合う気がする。

 

 ホット・ロッドが思考を回していると、そこで屋敷の門を馬に乗った人間が潜ったことに気が付いた。エイスリング卿だ。

 

「客人がた、調子はいかがかな?」

「エイスリング卿、正直良いとは言えません」

 

 オートボットら(例によって緑のを除く)が居住まいを正して一礼すると、エイスリング卿は手振りでいらないと示した。

 どうやら、こちらの様子を見に来たようだ。

 

「やはり探し物には難儀しておられるようだな。無理もない、アーサーめの父ウェイブリーは整理整頓が苦手であったゆえ」

「エイスリング卿は確か、ミリアサの親父さんの親友だったんでしたね?」

「左様。彼とは性格も目指す物も違ったが、不思議と馬が合いましてな」

 

 昔を懐かしむように目を細めるエイスリング卿に、ホット・ロッドは気になっていることを聞く。

 

「どんな人だったんです?」

「ふむ、そうですな。良い人物ではあったのだが……いささか、物事に没頭するきらいがありましたな。妻、つまりアーサーの母を亡くしてからはよりそれが顕著になり、アーサーにも寂しい想いをさせたようです。ウェイブリーなりに家族を深く愛しておったのですが……それも娘には上手く伝わらなかったようですな」

 

 話を聞いて難しい顔をするホット・ロッドにエイスリング卿は諭すような笑みを浮かべた。

 

「しかしてアーサーめがブリテン王を目指すのも父の影響があってこそ。あれは幼少のみぎりより、父から贈られたアーサー王の本を宝物としておりましたから」

「…………」

「本に書かれた王と騎士の姿に憧れ、剣術馬術を習得し、騎士を目指し……かかるブリテンの危機に立ち上がろうとするのも、父の贈り物が原点なのです。もっとも、それをウェイブリーが望むとは思えませぬが。娘が危険に飛び込めば、怒るのが父親というもの」

 

 複雑な親子の関係に思う所あって何とも言い難い顔をする若きオートボットを、口には出さないがバンブルビーは心配そうに見ていた。

 ハウンドはボソリと呟く。

 

「人間の親子ってのは、難しいもんだな。俺には分かりそうもねえ」

「ははは、こればかりはまあ親になってみねば分からぬというものですな」

 

 娘を持つ親であり、ミリオンアーサーのことも我が子のように思っているだろうエイスリング卿の言葉には、相応の重みがあった。

 

「では、儂はこれにて。ワイゲンドめに牛を届けねばならぬのです」

「お忙しいのに来てくださって、ありがとうございます」

「なんのなんの。ではまた後ほど!」

 

 馬を走らせるエイスリング卿に、ホット・ロッドは改めて頭を下げる。この人物は、本気で礼節を弁えるべき相手だと感じていた。

 屋敷の門の前には、牛が数匹と馬に乗った卿の部下が数人、それに一台の幌馬車が待機していた。

 

 エイスリング卿が部下に指示すると幌馬車と牛の群れは彼らと共に去っていった。

 

「……アーサー王と円卓の騎士か」

「ん?」

 

 一団が遠ざかっていくのを見送るホット・ロッドが呟くと、バンブルビーは話の繋がりが見えずに首を傾げる。

 

「いやアーサー王ってのはさ、地球のイギリスって国の、昔の王様なんだよ。エクスカリバーにキャメロット、マーリンに円卓の騎士も、その王様の話に出てくるんだ」

 

 そこが一番奇妙なトコだ。

 地球とゲイムギョウ界、二つの世界に、何故同じ王が存在するのか。

 サイバトロンとゲイムギョウ界には深い因縁があった。ならば、あるいは地球にも何かしらの縁があるのだろうか。

 

「誰か異世界転生でもして、アーサー王の物語を伝えたのかね……いや待てよ」

 

 ホット・ロッドは顎に手を当てて思考する。

 

「セクター7の連中は、異世界について調べてたってサムが言ってた。もしその異世界がゲイムギョウ界のことなら、二つの世界には何等かの接触があったことになる。だとしたらアーサー王伝説がこっちに伝わったのかも……ひょっとしたら、アーサーその人がやってきたのか?」

 

 地球のアーサー王物語の最後、王は傷を負い、妖精たちの住む島へと渡った。その島こそが()()ブリテンなのかもしれない。

 証拠はない、確証もない。

 仮説を実証するにはピースが足りない。

 

「いや待てよ。確かアーサー王は実在しなかったって話もあったな。だけどモデルになった人間はいたんだったっけ……」

「……あいつ、ひょっとして見た目より頭いいのか?」

「少なくとも、お前よりは、いいんじゃない?」

「んだとテメエ!!」

 

 呆気に取られたような顔のクロスヘアーズだったが、バンブルビーに小馬鹿にされて殴りかかり、ハウンドに二人纏めて拳骨を落とされる。

 

「隊長、それは任務には関係ないのでは?」

「……そうだな、ごめん。よし、一回みんなにどんな調子か聞いてみよう」

 

 ドリフトの厳しい声に思考の海から戻ったホット・ロッドは、気分を変えて屋敷の探索をしているメンバーに通信を飛ばす。

 

「こちらホット・ロッド。各員、状況を報告してくれ」

『ビーシャだよ! こちら状況に進展なし!』

『ネプギアです。あの、見つかりません』

『エスーシャ、同じく』

『ミリアサだ。この通信装置というのは凄いな! 離れた場所と話が出来るとは! 似たようだ魔法はあるが、こっちの方が声が分かりやすい……ああ、すまんチーカマ。やはり進展なしだ』

『はいはい、こちらシーシャ。鍵のかの字も、杖のつの字もないね。でも気になる物は見つけたよ』

 

 その報告に、ホット・ロッドは一度皆を集めようと考えたが、相棒からの返答ないことに気が付いた。

 

「くろめ? くろめ、応答してくれ」

 

 しかし、どういうワケかくろめは通信に出ない。どうも通信装置のスイッチを切っているらしい。

 それにケーシャも同じく応答しない。ハウンドをチラリと見れば、首を横に振っていた。

 

「誰か! 二人を見てないか!!」

『あれ? そう言えばいつの間にか、いない?』

『私は見てません。何処にいるんだろう?』

『わたしも見てないよ!』

『見た』

 

 エスーシャのボソリとした呟きは、あまりに無感情だったので危うく聞き逃す所だった。

 気怠そうに、銀髪のゴールドサァドは続ける。

 

『裏口から出ていった。牛と馬車がどうこう言っていたのが聞こえた。その後は知らない』

「貴殿、そういうことはもっと早く……!」

 

 これで十分だろうとばかりに沈黙するエスーシャにドリフトは憤慨しているようだが、ホット・ロッドはそれどころではなかった。

 ハウンドを見れば、彼も同じことを考えたらしく表情が険しい。

 

 牛と馬車というのは、エイスリング卿が連れていた物に違いあるまい。

 だとすれば……。

 

  *  *  *

 

 アセニアとジャールの、境を流れる川。

 その川に掛った石橋の前で、エイスリング卿は馬を止めた。

 橋の向こう側には、ワイゲンド卿と部下の兵士たちが同じように馬に乗って立っていた。

 

「ワイゲンド卿、貴殿の牛だ。受け取るがいい」

「相分かった」

 

 ワイゲンドが合図すると、何人かの兵士が馬を降り、牛を調べ始める。

 乗っている牛を見分した後で、問題ないことを報告すると、ワイゲンドは馬車に目をやった。

 

「その馬車は?」

「行商人だ。そちらの領で商いをしたいそうでな。ついでにとここまで護衛してきた。かかる時代にあっては街道も安全とは言えんからな」

 

 隣領の領主の言葉に、ワイゲンドは訝し気な顔をする。

 

「荷はなんだ? 行商よ、答えよ」

「酒と果物です。アセニアのブドウ酒を高く買ってくれる方がいらっしゃるんで」

「確かめさせてもらうぞ」

 

 御者が答えると、ワイゲンドは手振りで部下に指示を出した。

 兵士たちは幌馬車に乗り込んでいくと、詰まれた箱や樽の蓋を手あたり次第に開ける。

 

「や、止めてくだせえ! 商品に傷がつくじゃねえですか!!」

 

 慌てて止めようとする商人だが、兵士たちは全ての箱と樽を開けてしまった。

 

「異常ありません。この者の言う通り全て食物です!」

「そうか。……いや済まなんだ。詫びと言ってはなんだが、取引相手には私から口を利く。その上で売れぬようなら、それらの品物は私が言い値で買い取ろう」

「はあ、そりゃありがたいこってすが……」

 

 詫びられた上に思わぬことになり、商人は目を白黒させていた。

 

「では失礼する。この後も色々と予定があるのでな」

 

 ワイゲンドは牛を連れていくように部下に命令すると、馬を反転させた。

 その背にエイスリングは声をかける。

 

「のう、ワイゲンドよ。お主は本当に、あの鉄騎アーサーが王の器と考えておるのか?」

「少なくとも、本に憧れて王を目指す、何処ぞの小娘よりはな」

 

 返された言葉に、エイスリングは深く息を吐く。

 小娘とはミリオンアーサーのことに他ならないからだ。

 去り際に、ワイゲンドは振り返らずに口を開いた。

 

「……我が名誉のため、一つ言っておく。牛がそちらの領に入ったのは、故意ではない」

「分かっておるとも。お主は傲慢で怒りっぽいが、そんなことをするような男ではない」

 

 柔らかく笑むエイスリング卿だが、ワイゲンド卿はやはり振り向かなかった。

 

「上手くいきそうですね……」

 

 アセニアとジャールから来た一団はそれぞれ元来た道を戻りだすと、馬車の中に潜んでいたケーシャは小さく呟いた。

 実はこの馬車は床が二重になっており、その間に物を収納できるようになっていた。恐らく()()()()()()()商品を密輸するためだろう。

 それなりに広さがあり、女の子()()なら、横になれば何とか体を収めることが出来た。

 ホット・ロッドとエイスリング卿が話している間に、幌馬車に潜り込んだケーシャたちは、この仕掛けを発見し、商人の隙を見てこの中に潜り込んだのだ。

 

 それというのも、一番手っ取り早く杖と鍵の情報を得るためだ。

 チマチマとヒントを探すのもいいが、知っている相手に聞くのが一番手っ取り早い。

 

「それにしても、まさかくろめさんも同じ考えだとは思いませんでした……くろめさん?」

 

 ケーシャが同じように隙間に寝転んでいるくろめに小さく声をかけるが、反応がない。

 訝しく思って隣を見ると、くろめは白目を剥いて気絶していた。彼女は暗所恐怖症かつ閉所恐怖症だった。

 

「暗い、狭い、怖い……」

 

 その上ブツブツと呟いているものだから、ケーシャは自分が悲鳴を上げそうになるのを堪えなければならなかった。

 

 そうまでしてくろめがジャールに乗り込もうとするのは、杖と鍵のため……ではもちろんない。

 

 マジェコンヌと会って、話をするためだった。

 




そんなわけで、実は融合キャラだったミリアサ。
……映画バンブルビーが公開され、マジンガーZ対トランスフォーマーが発売され、ネプテューヌ側にも色々と動きがあったこの時期に、こんな話しか更新できない、己の時流の読めなさよ。

しかしマジンガーZ対TFや、意外と王道のスパイ物(陰謀、ロマンス、裏切り、復讐、サメ)をやってるバンブルビーのコミックを見ると、この何でもあり感がTFだよなと、改めて思う次第。
同時にレジェンズのコミックを読んで『象徴ではない、個人の幸福を得るオプティマス(コンボイ)』を書くのは二次創作だから許されるんだろうなとも思います。

バンブルビーの要素は、いずれ本編に組み込んでいければと思っています。
特にトリプルチェンジャー筆頭なのにトリプルチェンジできなかった彼とか。


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第40話 創造主

 ブリテンの辺境に位置する地、ジャール。

 隣のアセニアなどは『歴史と田畑以外に何もない』と言われるが、ここには『歴史以外に何もない』とまで言われる。

 領内は岩山が連なる山地と荒れ野ばかりが広がり、農業や牧畜には向かない。山を掘れば加工が難しく使い道のない金属が出るばかり。

 商売に精を出そうにも、如何せん中央からは遠く交通の要所にあるワケでもなし。

 

 それでも領民は、何世代もかけて畑を耕し、家畜を育ててきた。

 幸いにして、というべきか領主の一族は気位が高くとも民を大切にする気質だったので、重税を課すようなことはせず、共に力を合わせて生き抜いてきた。

 

 状況が変わったのは先代王ウーサーが崩御してからだった。

 正確には、100万人もの人間がエクスカリバーを抜き、『アーサー』を名乗るようになってからだ。

 王の資格があると言っても、それだけ数がいれば人格や能力は玉石混交。自分の欲望を優先する者や、自分の力を過信して破滅する者も大勢いた。

 

 隣国出身のアーサーが、遠い国に向けて旅立ったのと同じころのこと、徒党を組んだアーサーたちがジャールにやってきた。

 エクスカリバーと騎士の力で民を脅し、金も払わず飲み食いし、必死に溜めた金品を奪い取り、言葉巧みに財産を騙し取り、面白半分に収穫前の田畑を焼いた。

 もちろん、全てのアーサーが彼らのようなワケではない。民を想う者、人を慈しむ者は大勢いる。

 しかしジャールにやってきた王候補たちはそうではなかったのだ。

 

 領主ワイゲンドは彼らを止めようとしたが、言葉で諫めても耳を貸さず、キャメロットや隣国アセニアに助けを求めようとすれば自己保身にばかり長けた彼らに妨害された。兵を集めて反抗を目論みもしたが、金に目の眩んだ裏切り者によって瓦解した。

 

 この裏切り者、ワイゲンドの臣下で名をウルフという。

 

 万策尽き、ジャールの人々が悲しみと悔しさに涙し、聖剣を持った山賊たちが隣国アセニアをも侵略することを考えていたころ、別のアーサーが仲間たちと共にこの地を訪れた。

 彼は何事かを目論み多くの王候補……その中には、ミリオンアーサーも含まれていた……を打ち倒してきたことで話題になっていた。

 

 それが金属の巨人のアーサー、すなわち鉄騎アーサーことガルヴァトロンである。

 

  *  *  *

 

 行商の幌馬車が幾人かの兵士に護衛されて街へと入る。

 街並みはアセニアやキャメロットとそう変わりはないが、よく見れば金属の巨人が徘徊していた。

 兵士と別れ、ある店の裏手で馬車を止め、裏口をノックする。

 少しして、赤ら顔の店主らしき男が戸を開けた。

 

「お前か、遅かったな」

「何せ領主も大分用心深くなったもんでな」

 

 行商と店主が話しているうちに、馬車の二重床の下に隠れていたケーシャは素早く顔を出した。

 

「今の内です。行きましょう」

「ううう……狭いよ、暗いよ……」

 

 涙目になっているくろめを助け起こし、行商に気付かれる前に馬車を降りて狭い路地に入る。

 

「ふう……いや楽勝だったね。これがザル警備ってやつかな?」

「…………」

 

 一転してキリッと不敵な笑みを浮かべるくろめに、ケーシャはこの女神、ひょっとしてかなりポンコツなのでは、と思い始めていた。

 頭を振ったケーシャが路地の端から辺りを伺う。ここは共同の洗濯場のようで、女たちが水が張られた小さなプールで衣服を洗い、いくつも立てられた物干し台にかけていた。

 ケーシャは路地から出ると周囲の人間の目を掻い潜り、慣れた調子で干されていた衣服を拝借し、また人目に付かないよう戻ってきた。

 

「さ、これを着てください。この格好だと目立ってしょうがない」

「え? でもこれ人の物じゃあ……」

「いいから」

 

 ナチュラルに盗みを働くケーシャに戸惑うくろめだったが、押し付けられたローブを頭から被る。実際、目立つのは自殺行為だ。

 ケーシャもフード付きのマントを羽織る。

 

「本当はダンボール箱があれば良かったんですが……生憎とマイダンボールは船に置いてきてしまいました」

「いや、ダンボールは逆に目立つんじゃないかな? ……っていうかマイダンボール?」

 

 素っ頓狂なことを言われてちょっと呆れるくろめだが、その瞬間ケーシャの目がギラリと歴戦の傭兵めいて光った。

 

「ダンボールは敵の目を欺く最高の偽装、潜入任務の必需品だ。わたしも何度となくダンボールに助けられた……」

「へ、へえ……」

「ダンボール箱をいかに使いこなすかが任務の成否を決定すると言っても過言ではないだろう」

「そ、そうのかい?」

 

 急にドスの利いた声で、口調まで変えてダンボールについて熱く語る相手に、くろめは若干恐怖を覚える。この子、苦手かもしれない。

 それを察したのか、ケーシャは息を吐いて剣呑な空気を掃うが、真剣な面持ちは崩さない。

 

「さあ、行きましょう。まずは情報収集です」

「ああ……」

 

 二人が洗濯場とは反対の方向に路地を抜けると、そこは街の中央の広場だった。

 じきに日も暮れる頃だが、人々が行き交い活気に溢れている。店先に並んだ品物を主婦が品定めし、噴水の前で子供たちが輪になって遊び、仕事帰りの男たちが互いに労い合っている。

 兵士も巡回しているが、周囲から疎まれている様子はない。

 

「なんて言うか、意外だな……もっと殺伐とした場所を予想してたよ」

「どうやら、無理矢理支配してるという感じではないですね」

 

 それとなく兵士を避けながら広場の人混みに紛れた二人だが、思っていたよりも平和な様子に拍子抜けしてしまう。

 

「いやしかし、一時はどうなることかと思ったけど、あの鉄騎アーサー様が来てくれてよかったよな。あのアーサー擬きどもを倒してくれた時はスカッとしたぜ!!」

「建物の修復や、畑を耕すのもを手伝ってくれるし、親切な方だよ。ヒトは見た目で判断するもんじゃないね」

「でもよ、新しく来た巨人の騎士たちはいくら何でも悪そうな面してるぜ?」

「儂は不安じゃ、巨人たちが竜の洞窟の上に砦を築いてしまって、祟りが起こらんじゃろうか……」

「それに、あんなにいっぱい武器だの何だの作ってどうする気なんだろうねえ……まるでどこかと戦争するみたいじゃないか」

 

 住民の会話にそれとなく耳を傾ければ、そんな内容が聞こえてきた。そこから分かるのは、彼らの間に不安はあれど不満はないということだ。

 

 だがくろめたちにとって重要なのはディセプティコンたちが砦を築いたということだった。

 

  *  *  *

 

 街からいくらか離れた谷間の荒野に、巨石を並べたストーンサークルがあった。

 サークルの中央は小高い丘になっていて、その中は『竜の洞窟』と呼ばれる祠になっていた。

 いつ、誰が、何のために造ったのかも分からぬこの遺跡は、ただ竜が住むという言い伝えだけがあり、訪れる者もなく時と共に朽ちていくのみだ。

 

 しかしそれも、この遺跡の真の価値を知る者が現れるまでの話。

 

 ここにやってきた金属の巨人たちは、祠を囲うようにして高い塀を築き、祠を覆うように建物を造り、その上に鉄骨を網籠のように組み上げた塔……電波塔を建設していた。

 さらに祠の地下部分には、もともと断絶の時代の遺跡が眠っており、彼らをそれを利用していた。

 囲いの中の地面のあちこちから、地下部分から通じる煙突が飛び出し煙を吐き出している。

 

 ディセプティコンたちは電波塔本体を始め、その周囲をさらに要塞化するべく作業していた。プロトフォームのままの者もいれば、メモリーからビークルを選び姿を変えた者もいる。

 特に大きな働きを見せているのが、ジャンクヒープという三体一組の人造トランスフォーマーで、彼らはプラネテューヌから持ち込んだ物資や断絶の時代の遺物を使って、強力な要塞を造っていた。

 彼らは優秀な技術者であり、リペア要員も兼ねていた。

 

 他に、ガルヴァトロンに成敗された元アーサー(元の綽名を山賊アーサー、詐欺アーサー、暴食アーサーなど、他多数)たちや騎士の称号を剥奪されたウルフなどもヒーコラ言いながら働いていた。

 

 鉄塔の根本では、ニトロ・ゼウスが腕から延ばしたコードでそれに接続し、断絶の時代のコンピューターネットワークの残骸から、情報を引き出そうと試みていた。

 

「ええい! もっと上を狙うのである! 火薬式の銃の感覚は、いったん忘れるのである!!」

 

 砦の一角では、オンスロートが射撃訓練を行っていた。

 訓練されているのは、人間の兵士たちだ。彼らはディセプティコンがもたらしたブラスター銃を手に持ち、強化服に身を包んでいた。

 これだけの装備を揃えることが出来たのは、トランスフォーミウムという金属があってこそだ。

 トランスフォーマーの身体を構成する物と同じ組成を持つこの金属は、利用法さえ理解出来ていれば、あらゆることに使える。

 そしてここジャールには、トランスフォーミウムの原料となるレアメタルが、無尽蔵と言っていいほどに埋蔵されているのだ。

 人間にとっては利用価値の低い鉱床は、ディセプティコンにとっては宝の山だった。

 

「まったく、ガルヴァトロンの奴め! この原始人どもにマトモな銃の撃ち方を教えるなど、無茶なのである!!」

 

 この仕事とそれを命じた相手に不満を感じているらしいオンスロートはそれを隠そうともしない。しかし、兵士たちの撃ち方が一応は様になっているあたり、ちゃんと教えてはいるようだ。

 

 当のガルヴァトロンは地面の下の一室で、バリケードを伴って何者かと通信していた。

 

『ガルヴァトロン……いったい何時になったら杖を手に入れられるのです? 私は、その島を焦土に代えてでも、杖を見つけ出すように命じたのですよ?』

「今しばし、お待ちいただきたい。物事には順序という物があります」

 

 薄暗い部屋の中央、台座の上に置かれたコードに接続された水晶玉のような独特の通信機に、女性の姿をした金属生命体の顔が映されていた。

 彫像のように整った顔立ちだが不気味な迫力に満ち、青く光る眼に一切の暖かさはなく、髪に当たる部分が触手のようになって蠢いている。

 

『何のために次元の狭間を漂う貴方たちを助け出したと思っているのですか? インフェルノコンやエニグマを貸し与え、アンチ・エレクトロン抗体を授けたのは、肉ケラどもと慣れ合わせるためではありませんよ』

「やり方は俺に任せて頂ける約束で取引したはず。貴方はこの島に来ることが出来ないのだから」

 

 甘く囁くようでありながら、何処か危険な響きを感じさせる声に、ガルヴァトロンは慇懃に応じた。

 丁寧だがへりくだりはしない言葉に、相手の顔が隠し切れない怒りに歪み目が刃物のように細くなる。

 

『ああ、忌々しい……! 騎士ども始め、造ってやった恩も忘れて私に逆らった失敗作ども……何よりも、あのロクデナシで! 飲んだくれで! 大ホラ吹きの!! マーリンめが杖を盗んだばかりか、その地にアンチ・エレクトロンの結界を張らねば、私は今頃、真の創造主と成れたものを……!!』

 

 頭部の触手の動きが、怒りに同調して激しさを増した。特にマーリンの名を口にした時は喰らい合う蛇のようにすら見えた。

 対しガルヴァトロンは相手の様子に冷やかな視線を向けていた。

 この通信相手は極めて高等な金属生命体だが、それでもやはり金属生命体には違いなく、アンチ・エレクトロンはその生命を脅かす猛毒だった。

 

『あるいは、その者たちが役立たずでさえなければ……!!』

 

 狂気の域にまで達している怒りを孕んだ視線は、部屋の隅で小さくなっているインフェルノコンたちに向く。

 スカルクら怪物の姿をしたトランスフォーマーたちは、恐怖に震えて身を寄せ合っていた。

 

 彼らは創造主がアンチ・エレクトロンを克服するために長い時間をかけて作り出した、それの影響を受けないトランスフォーマーだった。そして彼らの遺伝情報を基に抗体を作った。

 

 しかし、その抗体に彼女自身は適合出来なかった。

 どんな薬や抗体にも、低確率で適合できない者が現れる。皮肉なことに彼女は自らの思惑とは裏腹にその数十万分の一というハズレくじを引いてしまっていた。

 

 反乱防止のために高い知能を与えなかったインフェルノコンたちでは、杖を探すことは出来ないだろう。

 だからこそ、抗体を与えたガルヴァトロンたちを手駒としたのだ。

 

『ガルヴァトロン、必ず杖を取り戻すのです……! それが貴方の望みを叶えることにもなるのですから』

「もちろん、心得ております。創造主……偉大なる最初の13人の一柱、科学者にして魔術師、生命のプライム、クインテッサ」

 

 クインテッサ……あるいは、クインタス・プライム。

 オールスパークによって最初に産み落とされた13柱のサイバトロニアンが一人。

 親しい者の死と残酷な世界の真実に絶望し、自らが創造主となって新世界を造ろうとする者。

 それがガルヴァトロンを操ろうとする黒幕の正体だった。

 

『杖を使って、その世界に溶け込んだオールスパーク、そして地球に潜む()の力を得たその時こそ、私は神に……真なる創造主に成り、完璧な世界を創り上げる!! オールスパークの創った不完全な世界ではなく、悲劇も不幸もない完全なる世界を!!』

「は……」

 

 興奮した様子で髪を蠢かせる創造主ことクインテッサに、ガルヴァトロンは頭を下げるが、表情は呆れすら感じさせた。

 

『急ぐのです、ガルヴァトロン。……余りにも手緩いようなら、私にも別の手の用意があります』

「手? それはいったい……」

『貴方が知る必要はありません。ただ、貴方の代わりなどいくらでもいることだけは、回路に銘じて置きなさい』

 

 それだけ言うと、水晶玉からクインテッサの顔が消え失せ、部屋が明るくなる。

 

 ガルヴァトロンはせいせいしたという風に首をゴキリと鳴らすと、踵を返して部屋を出るべく扉を開ける。

 スカルクたちも後に続こうとするが、ギロリと睨まれて足を止めた。

 クインテッサの配下である彼らに対し、ガルヴァトロンは心を許していなかった。

 

 部屋を出て古代サイバトロン様式の通路を大股に歩くガルヴァトロンに、後ろに続くバリケードが声をかける。

 

「ガルヴァトロン、本当にこれでいいのか? あの自称創造主様は、明らかに約束を守るタマじゃないぞ?」

「問題ない。まずは地球を滅ぼすこと。それが肝心だ」

 

 クインテッサが地球に潜む存在の力を抜き取れば、当然ながら地球とそこに住む人間を含めた生命は全て滅ぶことになるだろう。彼が創造主に従う理由はそこだった。

 

 もちろん、いつまでも言う事を聞くつもりはない。

 

 あのプライムが惑星サイバトロンやゲイムギョウ界をも滅ぼす気だからだ。

 クインテッサとて、ガルヴァトロンが自分に服従する気がないことなど分かっているだろう。

 

 両者は『地球を滅ぼす』という過程の一点でのみ利害が一致しており、そこを越えれば決裂することが約束されていた。

 

「しかしな、マジェコンヌも、オンスロートも、腹に一物抱えてやがる。インフェルノコンは論外だし、他の連中だっていつまで従っているか分からん」

「だが、()()は信用できる」

 

 振り返ったガルヴァトロンの顔は、親愛と友情の籠った笑みだった。

 その表情の眩しさに、バリケードは言葉を失う。

 

「バリケード、貴方だけは信じられる。……貴方は、俺を裏切ったりしないだろう?」

 

 軽い口調での、質問というよりは確認というような言葉だったが、目の奥に縋るような光があることにベテランの斥候は気付いた。

 実弟と決別し、味方というよりは利害が一致しただけの敵に囲まれているような彼にとって、幼少から付き合いのあるバリケードだけが無条件に信頼できる相手なのだ。

 

「…………もちろんだ」

 

 日和見者のディセプティコンは躊躇いながらも、そう答えることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 ガルヴァトロンはバリケードと別れると、稼働しているオートメーションの武器工場や、騎士を生み出す『湖』のある区画を通り過ぎ、分厚い金属の扉の前に立つ。その向こうからは、恐ろしい悲鳴が途切れることなく聞こえてくる。

 扉を叩くと、少し開き中からバーサーカーとドレッドボットが姿を見せた。

 

「二人ともご苦労。奴は吐いたか?」

いや()、奴さんしぶとくて仕方ねえ」

 

 二人を労いつつガルヴァトロンが問うと、ドレッドボットが首を横に振った。

 腰に手を当てて排気すると、若き破壊大帝は表情を引き締めた。

 

「なんとしてでも聞き出してくれ。今のところ、我々が鍵の在り処を知るには、それしか方法がない。そのために竜の洞窟(ここ)に眠っていた、あいつを捕まえたのだからな」

はいはい(バレ)

「……のお、ガルヴァトロンよお」

 

 やる気が無さげではあっても頷くドレッドボットに対し、バーサーカーは首を回しながら不満を隠そうともしない。

 

「ワイはここで、戦争出来るっちゅうから来たんやで。それがワケの分からん仕事ばっかさせ腐って、話が違うんやないか?」

 

 一応の上官にメンチを切るバーサーカーを、ドレッドボットは止めようとはしなかった。

 この無礼にもガルヴァトロンは動じず諭すように言う。

 

「もちろん、戦争はするとも。……だが今は備える時だ。爪を研ぎ、牙を磨き、力を蓄えるのだ。……安心しろ、敵は必ず来る」

 

 淀みなく、自信たっぷりに言い切る彼に、バーサーカーは気圧されたように一歩下がった。

 ガルヴァトロンは彼の肩に手を置き、念を押すように言う。

 

「そうとも、『外敵』は必ず現れる。その時には……思い切り暴れるがいい」

 

 その言葉に、バーサーカーはニヤリと顔を歪めし、ドレッドボットはヤレヤレと肩を竦めた。

 

「では引き続き頼むぞ」

 

 そういうと、ガルヴァトロンは踵を返した。

 バーサーカーとドレッドボットは、扉を開いて中へと入っていく。

 

「なるほど、なるほど……」

 

 金属生命体たちが去ると、それとなく置かれたダンボール箱の中に潜んでいたケーシャは、小さく笑みを浮かべた。

 通風孔からこの基地に潜入し、くろめと二手に分かれて情報を探っていたが、これは大当たりなようだ。

 

  *  *  *

 

 地下の別の一室で、マジェコンヌは複数のシリンダーの中に納められた剣を眺めていた。

 シリンダーは両端にコードが接続され、コードはエネルギー変換器を始めとする様々な機械に繋がれている。それらの機械は剣からエネルギーを抜き出し上層の祠……グランドブリッジの本体や、武器工場に供給していた。

 兵士たちの持つ銃の動力源もこれだ。

 

「こいつはな、ガルヴァトロンが倒したアーサーたちから奪ったエクスカリバーだ」

 

 誰にともなく、マジェコンヌは呟いた。

 

「素材はトランスフォーミウムと超エネルギー物質ソリタリュウムの合金。剣からビームが出たり、持った者の身体能力が強化されるのも、時空をも歪めるというソリタリュウムの力が源だ」

 

 マジェコンヌは振り返ると、そこにいた人物に声をかけた。

 これまでの説明は、独り言ではなく彼女に向けたものだった。

 

「そろそろ来るころだと思ったよ……うずめ」

「マジェっち……」

 

 ケーシャと別れ、一人ここまで潜入したくろめが、複雑そうな表情を浮かべて立っていた。

 




竜の洞窟はG1のタイム・トラベラーの回に登場した祠がモチーフ(当然、ドラゴンがいます)
ディセプティコンの砦のイメージは、ロード・オブ・ザ・リングのアイゼンガルドを近代化した感じです(またロード・オブ・ザ・リングネタか……)
ソリタリュウムの原典は、ロボットマスターズに登場した物です。マジで時空を歪めるほどの力があり、最近はレジェンズで色々と使われてます。
ミリオンアーサーの方のエクスカリバーにも時空を歪めるほどの力があるという設定があり、それ繋がりでのチョイス。

今回のキャラ&小ネタ紹介。

創造主クインテッサ
生命のプライム、あるいは創造主を自称する女性の姿をした金属生命体。怒れる女神とも。
自称に恥じぬ極めて高度な科学力を持ち、断絶の時代の科学はほとんどが彼女に由来する。

その正体は最初の13人の一柱、クインタス・プライム(この二次のみの設定)

遠い昔には気難しい性格ながら兄弟姉妹やその眷属への情はあったのだが、仲が良かったソラスの死を始めとした様々な出来事によって狂気に陥っている。
その最終目標は『杖』を使ってオールスパークと地球に眠る存在の力を吸収し、新たな神となって自ら新世界を創造すること。
だが、その狂気と妄執に満ちた性格が災いして自分の被造物たちに反逆され、杖を奪われた挙句ブリテンから追放されてしまう。
そのためガルヴァトロンを異空間から救い出し杖を回収するよう取引したが、手段を()()彼に苛立ちを感じている。

オプティマスの生みの(造りの?)親。ネプテューヌにしてみれば義母候補であり前々世の親戚という複雑な関係。
原作と違い、マーリン(ロクデナシで飲んだくれで大ぼら吹きの方)とは浅からぬ因縁がある。


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第41話 くろめとマジェコンヌ

 ディセプティコンの砦の地下で、くろめはマジェコンヌと対峙する。何を言っていいのか、分からない。

 彼女をここまで巻き込んでしまったのは自分だからだ。彼女には、新しい家族だって出来たのに。

 

「マジェっち、オレは……」

 

 もう止めよう。復讐は諦める。

 そう言えば丸く収まるはずなのに、どうしても口にすることが出来ない。かつて受けた孤独と悲しみが、それを阻む。

 罪悪感と憎悪が天秤の両側に乗って、グラグラと揺れている。

 マジェコンヌは、相手を安心させるような笑みを浮かべた。

 

「そんな顔をするな。私はいつだって私の意思のままに生きている。お前を助けようとしたのも、ここにこうしているのも、結局は私がそうしたかったからだ。」

「でもマジェっちには家族が……」

「マジックのことは……土下座でもなんでもして、何とかするさ」

 

 軽く言うが、表情からは憂いが拭い切れていなかった。

 客観的に見れば、自分が子供を捨てた外道であることを理解しているからだ。そして理解しているからと言って、それが免罪符になどならないことも。

 

 それを見てグッと拳を握ったくろめは、大きく深呼吸する。

 

 復讐を諦めることは出来ない。

 でも、それに彼女を巻き込んだことは間違いだった。ネプテューヌと話して少しだけ冷静なれた今ならそう思えるのだ。

 

「マジェっち。無理してオレに付き合う必要はないんだ。昔のことを苦にしているなら……そんなこと、忘れてくれて構わない」

「……うずめ、余り私を舐めるなよ?」

 

 しかしマジェコンヌは鋭く睨み返してきた。

 怒りと、決意の込められた視線だった。

 

「私はお前を裏切らない……絶対に、今度こそ」

 

 かつて、くろめが彼女に願ったのだ。直接口に出さずとも、裏切らないでほしいと。

 そうでなくとも、マジェコンヌはかつてくろめのことを()()()()()時期があった。それでも執念で思い出した彼女に、()()()というのは酷な話しだった。

 

「ごめん、マジェっち……」

「謝らないでくれ。これは私が、私自身の過去の清算のためにやっていることなんだ……それにどの道、ガルヴァトロンは地球への復讐を諦めないだろうし、クインテッサは杖を手に入れようとしたはずだ。それぞれ、()()ならなくても、別の手を打っていただろう」

「クインテッサ?」

「ああ、そうだったな。クインテッサというのは……」

 

 聞き慣れない名前に首を傾げるくろめに、マジェコンヌは杖を求める黒幕について説明する。

 

「そんな奴が……」

「この遺跡も、騎士を造る『湖』を始めとした断絶の時代の技術も、元々はクインテッサが齎した物だ。信じがたい科学技術だよ」

 

 マジェコンヌの顔は、少し強張っていた。

 かつてゲイムギョウ界を苦しめたザ・フォールンは、オールスパークをこの世界から抜き取るために大規模な装置を使おうとした。同じことが本当に杖一本で出来るとすれば、クインテッサの持つ科学力はトランスフォーマーの中でも一歩も二歩も抜きん出ていると言える。

 

「しかし……これはお前の復讐に使えるんじゃないか?」

「え……?」

「何せ、杖一本で世界を滅ぼせるんだ。使うかどうかはともかく、手に入れて損はないだろう?」

 

 急に復讐に触れたマジェコンヌにくろめは面食らうが、その言いたいことを察し力無く笑みを浮かべた。

 とりあえず、杖を手に入れるまでによく考えておけということだ。

 

「ああ、そうだな。当面はロディたちと一緒に杖を探すよ。マジェっちは……」

「私は、しばらくガルヴァトロンのお守をするさ。地球はともかくお前への憎しみは何とかしたい」

「そんな、もしオレとの関係がばれたら……」

「なぁに、人を欺くことには慣れている……それに何と言うか、あいつはあいつで放ってはおけんのだ」

 

 不安げなくろめに、マジェコンヌは憂いを帯びた顔をする。

 両親を神格化し、異常に激しやすいかと思えば、周囲のことは完全には信用しておらずとも何処か楽観的に見ている節がある。ガルヴァトロンには何処か子供っぽい不安定さが垣間見えるのだ。

 おそらく、両親や仲間を失った悲しみと怒りに起因しているのだろう。

 そういう奴は、往々にして酷い結末を迎えがちだ。目の前の泣きそうな顔の女神のように。

 

「情報を流すのはリスクが高すぎる。直接会うのもこれで最後にした方がいいだろう。……何とかお互いに上手くやろう。大丈夫、お前と私ならワケないさ」

「…………分かった」

 

 力無く頷くくろめに、マジェコンヌは優しい笑みを浮かべた。

 傍から見れば、二人の行為は周囲に対する卑劣な裏切りであり、酷い欺瞞に他ならない。

 それでも二人の間には、硬い信頼と友情があるのだけは、確かだった。

 

「それでマジェっち。杖のことだけど……」

 

 騒動の元のことを聞こうとした時、ケーシャから渡された旧式の無線機が振動した。

 マジェコンヌが一つ頷くのを確認した後で、彼女にも聞こえるようにボリュームを大きくする設定にしてからスイッチを入れると、ケーシャの声が聞こえてきた。

 

『くろめさん、こちらケーシャ。くろめさん、聞こえますか?』

「こちらくろめ。聞こえてるよ、何かあったのかい?」

『ええ、まあ……杖と鍵のことを知っているという人を見つけたのですが……』

 

 向こうから通信しておいて歯切れの悪いケーシャに、くろめは顔をしかめる。それが伝わったワケではないだろうが、ケーシャは言葉を続けた。

 

『とにかく、これから指示するポイントに来てください。場所は……』

「ああ、分かった。通信終わり」

 

 いくつかの道順を指示された後で通信を切ってからマジェコンヌを見ると、難しい顔をしていた。

 

「あいつを見つけたか……」

「あいつ?」

「杖を探すにあたり、情報源としてあるトランスフォーマーを捕えた。……遠い昔からこの場所で眠っていた奴だ。捕まえるのに苦労したぞ」

 

 その時のことを思い出したのか、マジェコンヌは息を吐く。

 これまでの情報から、くろめは何となくそのトランスフォーマーが何者か察した。

 

「それってもしかして、クインテッサを裏切ったっていう、例の?」

「そうだ。もっともステイシスが不完全なせいでアンチ・エレクトロンの影響を受けてかなり弱っていたがな。死なれては困るから抗体を撃ったが、そしたら今度は強情で口を割らん」

 

 なるほどとくろめは頷く。そのトランスフォーマーを助け出せば、お礼に杖の在り処を教えてくれるかもしれない。

 この施設に侵入した手際といい、ケーシャはこの手のことに強いようだった。

 

(それにしても、さすがは潜入任務のプロフェッショナルと言うべきか。ラステイションに壊滅させたれた傭兵組織、その唯一の生き残りにして裏切り者……)

 

 『ゴールドサァドを女神の代わりに国の指導者ということにすることで、世界に混乱を齎す』という当初の計画のために、くろめは彼女たちのことを調査していた。

 元々は孤児だったケーシャは、非合法な傭兵組織で育てられた。幼い頃から銃器の扱いや近接戦闘術などを叩きこまれ、特に潜入には非凡な才を示したという。

 

「それじゃあ、オレはそろそろ行くよ。余りケーシャを待たせ過ぎてもいけない」

「待てくろめ。もう一つ、伝えて置かなければならないことがある」

 

 不意に、マジェコンヌは表情を引き締めた。釣られてくろめも似たような顔になる。

 

「ブリテンを襲ってくる侵略者『外敵』というのは……」

「マジェコンヌ、どこにいる?」

 

 しかしその時、部屋の外からガルヴァトロンの声がした。

 顔を見合わせた二人だが、くろめは急いで機材の影に身を隠し、マジェコンヌは息を整えてから声に応じる。

 

「ああ、私はここだ。今行く!」

 

 マジェコンヌは足早に扉に近づき、外に出ていった。

 

「どうした?」

「保管しておいたアンチ・エレクトロン抗体がいくつか足りないんだが、何か知らないか?」

「いや知らんな」

「そうか……それと少し思いついたことがある。因子と湖を使えば……」

 

 扉が閉まっても、二人の声が聞こえてきたが、やがて遠ざかっていった。

 気配がしなくなってから、くろめは高い位置にある通気口までジャンプし、その中に潜り込む。

 人間の侵入を想定していないのか、ダクトの中に警備システムは無い。

 狭いのも暗いのも怖いが、これぐらいならまあ、顔中から脂汗を流す程度で済んだ。後でシャワー浴びようと、強く決意した。

 

「にしても、やっぱりザルじゃないか……」

 

 突貫工事で造ったのだろうとはいえ、余りに杜撰な警備体制に、そう呟かずにはいられなかった。実際トランスフォーマーは、高い科学力が故にアナログな手段に弱い部分がある。

 ケーシャの指示した通りに、ダクトの中をえっちらおっちらと進んでいく。

 そんなことを考えているうちに、指示された場所、牢獄として使われている区画にまでやってきた。

ダクトの中にまで、叫び声が聞こえてくる。

 ちょうど詰まれたコンテナの裏になって人目の付かない通気口から降りると、ケーシャが身を潜めて待っていた……ダンボール箱に入って。

 

「……それで? 何があったんだい? この悲鳴は?」

「あれを」

 

 言われてコンテナの端から少しだけ顔を出すと、部屋の中は広く、その中央にはドレッズと呼ばれるタイプのディセプティコン二体がいた。

 バーサーカーとドレッドボットだ。

 

「オラ吐かんかいワレェッ!!」

「いい加減にしろよ、ホント」

 

 彼らの前には、太いワイヤーで縛られた大きな影が横たわっていた。

 ワイヤーからは絶えず電撃が流れ、影に苦痛を与えていた。

 蹲った影は叫びを上げるが、ディセプティコンたちが望む言葉は出さない。

 

「あ、()()はいったい?」

「どうにも情報を総合すると、()()が鍵のことを知っているようです」

 

 ケーシャは冷静だったがくろめは驚愕していた。影の姿が思っていたのとは大分違うからだ。

 やがてディセプティコンたちは、疲れたように影から目を離した。

 

「あーつまらん。……のうドボやん、腹減ったし一回メシ取りに行こうや」

「だからドボやんは……ま、いい。この調子じゃ吐きそうにねえ」

 

 二体はやる気がないようで、不満気な顔で影を残して部屋を出ていった。

 その隙に、くろめとケーシャは手分けして部屋の中の機器を操作し、コードに流れる電流を止めた。

 

 すると蹲っていた影は、ゆっくりと起き上がる、頭をもたげ、赤い眼を光らせた。

 並のトランスフォーマーの二倍はある体躯を見上げ、くろめは思わずボソリと呟いた。

 

「さて……流れで解放しちゃったけど、これヤバくない?」

 

 

 

 

 

 バーサーカーとドレッドボットは鉄片やエネルゴンを抱えて牢獄の扉の前まで戻ってきた。

 

「あー、退屈や。すぐ近くにデッドロックがおるっちゅうのにのう。はよ、あいつをディセプティコンに戻して楽しく殺し合いたいのう」

「そればっかだな、アミーゴ。……俺もクロスヘアーズの野郎には目の物見せてやるつもりだがな」

 

 それぞれに執着する敵との戦いへの意欲を燃やす二人。

 彼らにとってマクロな視点での戦略など、知ったことではなかった。

 そのまま扉を開けようとした二人だが、そこであれほど凄まじかった叫び声がまったく聞こえなくなっていることに気が付いた。

 

 顔を見合わせ、すぐに中で異常が起きていることを察し、ドレッドボットはガルヴァトロンに報告しようとし、バーサーカーは背中から棍棒を抜いてニタリと笑う。

 

 次の瞬間、重い鉄の門扉が内側から吹き飛び、二体纏めてその下敷きにされた。

 

「ぐええええッ!?」

重い(ペザード)! 重いぃ(ムイ・ペザード)!!」

 

 潰れたカエルのように呻く二体に構わず、中から這い出てきた何かは、狭い通路を蛇のように器用に通り抜け、そのまま地上へと出る。

 

「な、なんだ!?」

「何が起こった!!」

 

 突然のことに混乱するディセプティコンたちを捨て置き、影は被膜の張った翼を大きく広げ、勢い良く羽ばたかせて宙に舞いあがる。

 大きく咆哮すると同時に、強烈な火炎を吐き出された。

 

 日の光に照らされたその姿は、アセニアの紋章にあるような、翼と前足が一体化した竜、所謂飛竜(ワイバーン)だ。

 

 ただし、体が金属で出来た機械仕掛けの、そして赤錆に塗れた飛竜だ。

 

「なんでこんなことにー!?」

「分かりませーん!!」

 

 もっと奇妙なのは、背中にくろめとケーシャがしがみついていることだ。この飛竜に無理矢理背中に乗せられた二人は、振り落とされないようにするので必死だった。

 竜は清らかな乙女の生贄を好むと言うが、まさか後でオヤツにするために攫ったのではあるまいか。

 

 それにしてもこの飛竜、長年風雨に晒された銅像の如く錆だらけにも関わらず、悠々と空を飛ぶ。

 問題は、くろめたちにはこの竜が何処に向かっているか分からないことだった。

 しかも、後ろからはディセプティコンが追ってくる。ガルヴァトロンにニトロ・ゼウス、戦闘艇が数機に降下艇が一隻だ。

 

「撃ち落せ! ただし殺すなよ!!」

「無茶言ってくれるぜ!!」

 

 ロボットモードのまま飛行するガルヴァトロンの指示に文句を言いながらも、グリペンに変形したニトロ・ゼウス率いる戦闘艇の一団は飛竜の後ろに付いて攻撃を開始する。

 最初こそ翼をはためかせて光弾を躱していた飛竜だが、今まで拷問を受けていたのが響いているのか、見た目通りに体にガタが来ているのか、徐々に動きが精彩を欠いていき、ついにミサイルを翼に受けてしまった。

 

『きゃああああッ!!』

 

 しがみついた二人諸共、飛竜は眼下の草原へと墜落する。

 背中の二人を庇うような姿勢で不時着し、土の上にグッタリと身を横たえる。

 

「くろめさん! 大丈夫ですか!!」

「ああ、何とか……」

 

 いち早くダメージから復帰したケーシャは、くろめを助け起こして飛竜の背から降りる。

 だが二人が逃げるなり飛竜を助けるなりするよりも早く、ガルヴァトロンとニトロ・ゼウスが目の前に降りてきた。

 戦闘艇も飛竜を囲むようにして滞空し、降下艇からはバリケード以下数人の乗用車に変形すると思しいディセプティコン兵が降りてきて周りを取り囲む。急なことだったのでオンスロートなど他の名のある者は乗っていなかったようだ。

 

「手こずらせおって……よりにもよって貴様か。天王星うずめ」

「だから、暗黒星くろめなんだけど」

 

 軽口を叩くくろめに、ガルヴァトロンは剣呑な視線を向けると、背中からエクスカリバーを抜く。

 

「先ほどはワイゲンド卿の顔を立てる形で見逃したが、今度はそうはいかん……! わざわざ巣に飛び込んできた女狐を、生かしてやる道理はないぞ!!」

「どうかな? 追い詰められた狐はジャッカルより狂暴だ……!」

 

 瞬間、ケーシャがバックパックと眼帯や軍帽を装着し、弾かれたように両手に召喚したマシンピストルを向けるが、同時にディセプティコンも武器の引き金を引こうとする。

 だがその瞬間、黄色い閃光が走ったかと思うと、ニトロ・ゼウスが殴り倒されていた。

 

「ぐお!?」

「! バンブルビーか!!」

 

 すぐにその正体を察したバリケードは超高速で動き回りながら仲間たちを打ち倒している黄色い閃光に向けてガトリングを発射するも、躱されて舌打ちのような音を出す。

 同時に、何処からか飛来した緑色の影が、戦闘艇に銃弾を浴びせて注意を引く。シーシャと合体して飛行能力を得たクロスヘアーズだ。

 

「ッ! オートボッ……!」

 

 すぐに反撃の指示を出そうとしたガルヴァトロンだが、その体を球形のエネルギーフィールドが包み、動きが止まる。

 それが相棒の放った攻撃の効果だと理解したくろめが叫ぶ。

 

「ロディ!!」

 

 その一瞬後には、変形しながら転がり込んできたハウンドがガルヴァトロンに向け三連ガトリングを発射した。

 ケーシャも両手のマシンピストルと、バックパックに備えられたミサイル、レールガン、電子レーザーを撃つ。

 弾丸や光弾は球形フィールドに入るや減速し、フィールドの消失と同時に一気に敵に襲い掛かった。

 

「…トかぐおおおお!!」

「くろめ!!」

 

 叫びと共に爆炎の向こうにガルヴァトロンが消えるのと、ランボルギーニが爆音を立ててくろめたちの前に踊り出て、ホット・ロッドに変形するのは同時だった。

 その姿に、くろめはホッと安堵の息を漏らすが、同時に自分が勝手にジャールまで行ったことに怒っているだろうとも思い当たる。

 

「ロディ……その、ええと……」

「くろめ、話は後だ! 逃げるぞ!!」

「なら、彼も一緒に! 彼が杖の在り処を知ってる!!」

「させるかぁあああッ!! 行け、レギオンども!」

 

 すぐさまこの場を後にしようとするホット・ロッドだが、煙の向こうからガルヴァトロンの咆哮と共に彼の分身であるレギオンの群れが飛び出してくる。

 ホット・ロッドは一瞬で決断した。この飛竜が何者であれ、また杖の情報を持っていようといまいと、この場に捨てていくことなど出来ない。

 

「くろめ! 融合(ユナイト)だ!!」

「! 分かった!!」

 

 差し出された手に握られて、くろめはホット・ロッドの顔に近づく。

 気恥ずかしさはあるが、躊躇っている場合ではない。

 

(でももう少しムードがある方が良かったなあ……)

 

 くろめの唇が、ホット・ロッドの口に当たる部分に触れると、彼女の身体がまるで幽霊のように彼の身体に入り込む。

 キス・プレイヤーとしてパラサイテック融合したのだ。

 ホット・ロッドの身体に淡い紫の光が走ると共に、力が漲る。

 

「前は余裕がなかったけど……なんだろう、いいなコレ」

『ロディ! 来るよ!!』

 

 頭の中に響く、くろめの声の通り、レギオンたちがこちらに向かってくる。

 右手を翳し、ホット・ロッドは念を込めて声を発する。

 

「……来い! ファイアローダー!!」

 

 その瞬間、空間に光に縁取られた穴が開き、ホット・ロッドと同じく黒地にオレンジのラインが入ったコンテナが現れた。

 最初にホット・ロッドとくろめが融合した時に、パワードスーツや装甲車が組み合わさって造られた、あのコンテナだ。

 

 このコンテナはエイハブ内の格納庫に積まれていたが、ホット・ロッドの呼びかけによって空間転移してきたのだ。

 

 コンテナ……キャメロットで消防士(ファイアファイター)と呼ばれたことを切っ掛けにファイアローダーと名付けられたそれは六輪のタイヤを回転させ、レギオンを跳ね飛ばしながら主人のもとに駆け寄る忠犬の如く走ってきた。

 同時に車体がギゴガゴと音を立てて変形して立ち上がる。

 

「ホット・ロッド、スーパーモード!!」

 

 掛け声と共に跳躍し、体を折りたたむようにコアパーツに変形したホット・ロッドは、ファイアローダーと合体することで、ガルヴァトロンやオプティマスと並ぶほどの体躯を得る。

 

 ランボルギーニのボンネット部が胸板を形成し、背中には畳まれた飛行機の翼のような物がある。

 全体的に刺々しい意匠と丸太のように逞しい四肢、先の尖った手の五指は、否が応でもメガトロンを思わせた。

 

 しかしオプティックは清涼な青のままだ。

 

「さあて、行きますか!!」

『油断しないでくれよ、ロディ!!』

 

 背中からレーザーライフルを抜いた……この体格なら片手で持てる……ホット・ロッドは、エクスカリバーを手にしたガルヴァトロンに向かっていった。

 

 さあ、戦いだ!!

 

 

 

 

 

 その戦いを、両陣営に察知されないように観察している者がいた。

 忍者のような姿をした機械生命体、秘密結社アフィ魔Xの隠密ステマックスだ。

 

「こちらステマックス。騎士を発見したで御座る」

『ああ、こちらでも確認した』

 

 何処かに通信を飛ばすと、冷たい女の声が返ってきた。狡猾さが滲み出ているようなネットリとした声だ。

 

「では、後はお任せしてよろしいで御座るか?」

『問題はない、貴様が盗んできた抗体のおかげで動けるようにはなった。今回主に働くのは貴様の所のネズミだがな。……まあ精々、巻き込まれんようにすることだ』

「かたじけない……シャッターどの」

 




時間がかかってごめんなさい。
話の構成の致命的なミスに気付き、練り直しに異様に時間がかかりました。
おかげで内容がないよう(ヤケクソ)

コンテナさんの名称は、TFの親戚である勇者シリーズの一つ勇者警察ジェイデッカーに登場する消防車型メカ『ファイヤーローダー』より(変形機構考えるとどっちかつうとジェイローダーだけど)
これは騎士刑事(本当にこういう肩書き)デュークというロボと合体してデュークファイヤーという巨大ロボになるという支援メカ。
というのも、リターン・オブ・コンボイ時に企画された消防車型ロディマスの名前がファイアーロディマスでこれには『負傷したロディマスがデュークファイヤーと呼ばれるボディに移った』という設定があるため。

次回から、バンブルビーのネタバレが含まれる予定


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第42話 スカリトロン

平成最後の更新になります。なんとか間に合いました。


 キスすることでくろめと融合し、さらに支援メカ、ファイアローダーと合体することでスーパーモードになったホット・ロッドと、ガルヴァトロンがブリテンの地で再び対峙する。

 前と違うのは、ホット・ロッドが怒りに飲まれず強化された己の身体を完全にコントロールしていることだ。

 

 レーザーライフルから放たれる光弾を切り払いながら迫るガルヴァトロンをヒラリと躱し、新調した剣を抜いて斬り返す。

 二振りの剣がぶつかり、金属音と共に火花が散る。

 

「そんな付け焼刃の力で、この俺と勝てると思うのか!!」

「試してみるさ!!」

 

 鍔迫り合いからの斬り合いは、五合目にしてホット・ロッドが相手の肩に一太刀浴びせることになった。

 

「ッ!」

「前も思ったんだけどな、あんた剣の腕はそこまで大したことないな!!」

「言ってくれる……だが、そちらの()も大したことはないようだ」

『ロディ! 剣が!!』

 

 頭の中で聞こえるくろめの声に手の中の剣を見れば、刃がこぼれ刀身にひびが入っている。

 

「嘘だろ!? これ重合金製だぞ!」

「だからどうした! 量産品とはいえ、こちらは聖剣だ!」

「いや量産品の聖剣って時点で可笑しいだろ!!」

 

 叫ぶホット・ロッドに向かってガルヴァトロンが再び斬りかかってきた。

 それを後退することで躱すと、背中のウィングを広げ足裏からのジェット噴射で飛び上がる。

 

「飛べるのか!?」

「へへ、この前は気付かなかったけど飛べるってのは悪くない気分だな」

「小癪な!!」

 

 ガルヴァトロンも飛び上がり両腕から稲妻を放つと、ホット・ロッドは相手を挑発しながらレーザーライフルと腕に備え付けの三連フォトン・レーザーで応戦する。

 

 ドリフトは分身と共にレギオンと戦いながら、それを見上げていた。

 

「あの姿、やはり奴はメガトロンの……」

『余所見をするな』

「言われずとも。頼んだぞ、分身!!」

 

 影から生まれたドリフトの分身はニヤリと笑うとレギオンを脳天から股間まで真っ二つに斬り捨てる。

 気のせいか、前よりも色濃い黒になり目も赤く輝いている。

 

「お嬢ちゃん! あれやれるか?」

「任務了解。デストロイ・ゼム・オール!!」

 

 襲い掛かってくる量産型ガルヴァトロンだが、ハウンドの胸にキューブ状のゴールドコアに変身したケーシャが合体し、三連ガトリングが火を噴く。

 

「ボス、ボス! 形勢不利じゃねえ!?」

「粘れ! 後続が到着すればこちらの勝ちだ!!」

 

 クロスヘアーズと空中戦を繰り広げるニトロ・ゼウスの叫びに、空中でホット・ロッドと撃ち合うガルヴァトロンは徹底抗戦を命じる。オンスロートたちが追い付けば、ブルーティカスに合体して一気に戦況をひっくり返せる。

 それはオートボット側、特にハウンドはよく分かっていた。

 

「坊主! そろそろ退き時だ!!」

「分かった! あんた、話が通じるかは分からんが、立てるか?」

 

 ハウンドに援護されて飛竜の傍に着地したホット・ロッドに声をかけられて、飛竜は何とか目を開くと口を開いた。

 

「がならんでも聞こえておる……若造」

「喋れたのか」

「他に詩も諳んじることも出来るぞ……生憎と立つのは無理そうだが」

 

 割れた鐘の音のような声での返事に、ホット・ロッドはすぐに後方で降下船を待機させているネプギアに指示を飛ばす。

 

「ネプギア! こちらに降下艇を回してくれ! みんなは降下艇が敵に狙われないよう援護を!」

『了解です!』

「やれやれ、空飛ぶトカゲのために命を張るかね!!」

 

 例によって悪態を吐きながらも、クロスヘアーズは降下船を守るために敵の戦闘艇を引き付ける。大人げない彼だがこういう時は頼りになった。

 魚のようにも見える降下艇『スターバック』がすぐ飛竜の真上にやってくると、船底からトラクタービームを照射して飛竜を持ち上げようとする。

 通常のトランスフォーマーの倍近い大きさの巨体だが、それでもゆっくりと浮上していく。

 

「悪い、ちょっとジッとしててくれ」

「ロディマス、させんぞ!!」

「こっちの、台詞!!」

 

 弾幕の中を突っ切って、ガルヴァトロンが降下しようとしてくる。余裕がなくなっているのか、決別したはずの弟の名を、少なくとも彼がそう思っている名を叫ぶが、次の瞬間には黄色い閃光となったバンブルビーのジャンプからの体当たりを受けて怯む。

 その声に反応したのは呼ばれた本人でもオートボットの誰かでもなく、飛竜だった。

 目を見開き、レーザーライフルを撃っているホット・ロッドの方を見る。

 

「ロディマス? それがお前の名か?」

「ああ……そう呼ぶ奴もいる」

 

 複雑そうな顔をするホット・ロッドだが飛竜の顔は驚いたような色から、次いで感極まったような喜びの表情へと変わった。

 

希望を継ぐ者(ロディマス)……! そうか、お前がそうか! マーリンめの予言は当たったか!!」

 

 突然豹変した飛竜とその口から出てきた名を訝しむホット・ロッドだが、今は退くことを優先する。

 このまま飛竜はオートボット側が確保するかに見えたが……こでさらに場が混沌とすることが起こった。

 突然、飛竜の傍に、光の渦が現れた……グランドブリッジが開いたのだ。

 ホット・ロッドはディセプティコンたちの仕業かと思ったが、ガルヴァトロンも驚いた様子ところを見ると違うらしい。

 

「コウモリアマモリオリタタンデワレチュー……」

 

 渦の向こうから、不気味な呪文と蝙蝠の鳴き声のようなキキキ……という音が聞こえてきた。

 それを聞いた瞬間、戦っていたハウンドとドリフト、空中にいたクロスヘアーズがハッとする。これらに聞き覚えがあったからだ。

 

「この呪文は……!」

「馬鹿な! ()は死んだはず!!」

「墓の下から戻ってきたってのか!?」

 

 忘れようはずもない。

 遠く惑星サイバトロンの地下深くの暗がりが、三人の脳裏に過った。

 催眠効果を持った音波の効果が現れたのは、オートボットやディセプティコンではなく、降下艇に回収されようとしていた飛竜だった。

 

「ぐ!? ぐ、ぐ……」

「! おい、どうしたんだ!!」

「ぐ、ぐおおおおおお!!」

 

 苦しそうに呻いていた飛竜は、突然ギゴガゴと音を立て錆塗れの装甲と巨躯はそのままに人型へと変形する。

 騎士甲冑を思わせる姿だが脇腹や顔面の外装が破損しており、人間の骨格にも似た内部フレームが剥き出しになっている。

 その姿は映画やゲームに登場するような鎧を着た骸骨を思わせた。墓所や古城に潜み、侵入者を襲う怪物だ。

 

「おのれクインテッサの手下どもめが! このスカリトロンは倒れんぞおぉおおお!!」

 

 トラクタービームを振り切り、腰に下げた長短二振りの剣を抜くや、飛竜……スカリトロンは目の前にいたホット・ロッドに向け振り下ろす。

 咄嗟に跳んでそれを躱したホット・ロッドだが、突然襲ってきた騎士に混乱する。

 

「何するんだ!!」

『どうやらこの音に催眠効果があるようだね』

 

 冷静な声のくろめだが、そうしている間にもスカリトロンは、渦に向かってまるで吸い寄せられるように歩いていく。

 

「何だか分からんが、ここまで来て逃がしてなるか! 奴を止めろ!!」

「了解!!」

 

 レギオンの群れに敵を任せ、自らもスカリトロンに向かうガルヴァトロンの声に、バリケードが三名ほどの兵士を率いて突っ込んでいく。

 しかし、黄色い閃光にまとめと蹴り倒された。

 

「ぐぉッ!!」

「お先! ……さあ、ちょっと大人しく、してね」

「ぬうう! 羽虫めが!!」

 

 バンブルビーは高速移動で、剣撃を掻い潜ってスカリトロンに肉薄すると、その周囲を動き回って翻弄し動きを止める。

 

「よし、このまま……ッ!!」

 

 しかし、突然、グランドブリッジの渦の向こうから光線が飛んできた。

 その光線に当たってしまったバンブルビーの身体が凍り付き、これまでの速さが嘘のように遅くなっていく。

 

「な!」

『冷凍光線!?』

「バンブルビー!!」

 

 ホット・ロッドやガルヴァトロンたちもスカリトロンの方へと向かうが、同じように渦から飛び出してきたミサイルによって阻まれる。ミサイルは瞬間的な爆発の威力より特殊な薬剤の化学反応により超高熱の炎を長く起こさせることに念頭を置いた焼夷弾であるらしく、その熱はトランスフォーマーにもダメージを与える物だった。

 氷と炎越しに、バンブルビーは光の渦の向こうに立つ者の姿を見た。

 赤と青の人型の金属生命体のシルエット、蝙蝠のような物、人間大の物など五つほどの影が見えるが、その中でも中央に立つ者の姿は比較的鮮明だった。

 

 赤と白のヒロイックなカラーリングで、背中に翼を備え、胸に戦闘機の物らしいキャノピーがある。

 顔は飛行士のマスクのような形状をしており、腕にあるビーム砲の砲口が、青白く光っていた。

 

 その姿を見止めた瞬間、バンブルビーは目を見開いた。

 

「お前、は……!」

 

 それに気付いているらしい赤白のトランスフォーマーは、目元を嘲笑の形にしていた。

 纏わりつく炎と熱に両軍が怯んでいる間に、スカリトロンは呪文に導かれるようにして渦の中へと入っていく。

 

「おお……! ()()()()、友よ。久しいな……」

「!?」

 

 グランドブリッジが閉じる寸前、スカリトロンが足元の人間大の影に向かって懐かしそうにそう呟くのを、ホット・ロッドは確かに聞いた。

 光の渦が消失し炎も鎮火すると、後に残されたのは目的を見失ったオートボットとディセプティコンだけだった。

 ガルヴァトロンはグランドブリッジが開いていた空間とホット・ロッドを交互に見た後で、声を絞り出した。

 

「……退くぞ。鍵捜索には別の手を使う」

「了解」

 

 バリケードも頷き、ディセプティコンたちは引き上げていく。

 

「こっちも引き上げだ。色々情報を整理したい」

「おう。さあ野郎ども、引き上げだ!!」

 

 ホット・ロッドの指示にハウンドが号令を飛ばす。

 オートボット側もこれ以上戦う意味はなく、後続のディセプティコンとかち合うのは避けたかった。

 

「誰かバンブルビーを解凍してやれ!!」

「その、必要は、ない!」

 

 バンブルビーは全身を高速で振動させることで、熱と衝撃を生み出し自分を覆う氷を砕く。

 

『あービックリしたー!』

『ビー、ビーシャさん! 大丈夫ですか!?』

『うん、わたしはへっちゃら! ビーは大丈夫? ……ビー?』

 

 通信でのネプギアの呼びかけと頭の中のビーシャの声に、バンブルビーは答えなかった。

 ただ、グランドブリッジが開いていた場所を……その先にいた相手を、激しい怒りの籠った目で睨んでいた……。

 

  *  *  *

 

 それからしばらくして。

 ウェイブリーの屋敷の前では、くろめとケーシャの前にホット・ロッドが仁王立ちしていた。当然の如く、今回のことに怒っているからだった。

 

「くろめ、何でこんなことをしたんだ?」

「そ、その情報を得るにはアイツらに直接聞くのがいいかと思ったんだ」

 

 やはり怒っていた相棒に、くろめはオズオズと答えた。

 声こそ静かなホット・ロッドだが、同時に表情に怒りが滲んでいた。

 

「俺が言えた義理じゃないが、君たちの行動は皆を危険に晒した。とても許せるようなことじゃない」

「お言葉ですが、私たちはしっかりと情報を入手しました。それで帳消しにはなりませんか?」

 

 ケーシャは少し緊張した様子ながらも、反論する。

 クインテッサのことやスカリトロンの件など、彼女たちの得た情報は実際に大きな価値のある物だ。

 だが、ホット・ロッドはさらに表情を険しくする。

 

「ならない。そんな情報より君たちの命の方がずっと大切だ」

 

 一切迷いなく言い切る姿に、近くにいるクロスヘアーズがヒュウと口笛を吹く。

 ハウンドも困ったような顔でケーシャを見下ろす。

 

「それにな、そんなスタンドプレーをされたら皆困っちまう。俺たちは一応とはいえチームなんだ。兵士としてまずは……」

「……私は兵士ではない!!」

 

 急の男っぽい口調でドスの利いた声を上げるケーシャに、ホット・ロッドとハウンドは目を丸くし、隣のくろめはビクリとする。

 そんな周囲の様子にハッとなったケーシャは、慌てて頭を下げる。

 

「も、申し訳ありません。以後気を付けます」

「そういうこと言う奴は、大抵反省しないんだが……」

「なんにせよ、罰も兼ねてこれから君たちのことは監視させてもらう。君たちの通信機にGPS機能をアップデートさせてもらった。生体反応をこちらでモニターする機能もだ」

 

 この年頃の少女を扱いかねているハウンドが溜息を吐くと、ホット・ロッドは厳しく言う。

 くろめとケーシャの、通信装置はそれぞれ左手首のヴィジュアルラジオと右手首のリストバンドに仕込まれている。

 新しい機能を使えば、彼女たちの位置も、装置を着けているかも分かるようになった。

 

「許可なく外した場合はさらなる罰則を科す……かもしれない」

「……仕方ありません」

「…………」

 

 不承不承というのが顔に出ているものの、この決定を受け入れたケーシャに対し、くろめは何だか恥ずかし気だった。

 

「くろめ?」

「その、これって何処にいるかすぐに分かっちゃうんだよね?」

「そうなるな」

「つまりその……着替えとか、お風呂とかも……」

「ッ! ああ、いや盗撮とか盗聴は出来ない! 本当だ!! そりゃあ、何処にいるのか分かれば何をしてるのかはだいたい察しが……あ゛あ゛―! いや違うんだ、決して邪まな気持ちで監視機能を付けたワケじゃあ……」

 

 頬を染めてのホニャホニャした感じの言葉にホット・ロッドがしどろもどろになるのを見てハウンドは苦笑する。オプティマスの真似をして厳しくしてみたようだが……もちろん怒っているのも本当だろうが……すぐにこうして地が出るあたり、やはり何と言うか『若さ』を感じる。

 ケーシャも微笑ましい物を見るような顔をしていた。

 

「さてとだ、隊長さんよ。そろそろ本題に戻ろうや」

「え? あ、ああそうだな。杖と鍵の探索を再開しよう!!」

 

 実質的な副官であるハウンドに話を振られて、ホット・ロッドは誤魔化すように話題を変える。

 重かった少しは空気が軽くなったと、ハウンドは苦笑いをするのだった。

 

 

 

 

 

「で、結局ここに戻ってきたワケだけど」

 

 くろめは少し息を吐く。

 ウェイブリー家のエントランスホールで、くろめとネプギア、ゴールドサァド、そしてここに待たされていたミリオンアーサーとチーカマが揃っていた。

 正確には、空中に浮かぶ球体型の装置から投射されている立体映像のオートボットたちもいる。

 もちろん、いったん情報を整理するためだ。

 

「クインテッサねえ……」

「追放され、忘れ去られた神か」

「ミリアサさん、知っていますか?」

「いや、初耳だ……」

 

 シーシャとエスーシャが難しい顔をし、ネプギアがこの国出身の王候補に聞くが、彼女は首を横に振った。

 

『その者が本当に最初の13人の一柱、クインタス・プライムだとしたら、何故地球を滅ぼそうとするのだ? あの泥の星に何がある?』

「そこまでは……」

 

 ドリフトの疑問に、くろめは言葉を濁す。マジェコンヌもそこまでは知らないようだった。

 有り得そうなのは復讐か、あるいは恐ろしい秘密が、あの混沌とした世界に隠されているのだろうか?

 

「それにしてもスカリトロン……まさか、伝説の巨人の騎士の一人が、あのような場所で眠っていたとは……」

 

 ミリオンアーサーが低い声で呟く。

 帰ってきた一同から話を聞いた時、彼女は眼玉が飛び出るような気分だった。初代アーサー王に仕えたという12人の伝説の騎士の一人として知られる名が出てきたのだから。

 彼女にしてみれば、伝説の登場人物が実家のすぐ近くにいたということが驚きだった。

 

『何にせよ、杖をガルヴァトロンたちより先に見つけるっていう当初の目的は変わらないな』

『で、あの錆塗れの大トカゲが情報を持ってたんだろ! 詰んでんじゃねえか!』

 

 クロスヘアーズがイライラと言うとホット・ロッドは顎に手を当てる。

 

『スカリトロンが何処にいるかは分からないが……()()()()()は分かってる』

「コグマン、確かに彼がそう言うのを聞いた」

「それって、ワレチューさんたちを助けに来た、ヘッドマスターのヒトですよね」

 

 相棒の言葉を継いだくろめに、ネプギアが確認する。

 以前にプラネテューヌでスペースブリッジ『ビヴロスト』にハッキングを仕掛けたワレチュー。それを迎えにきたコグマン。マジェコンヌのスペースブリッジのデータを奪っていったシックスチェンジャーでありヘッドマスターのステマックスら、目的の見えない一団。

 

 彼らがスカリトロンを連れていったとホット・ロッドは考えていた。それが指し示すことは一つだ。

 

『オートボットでもディセプティコンでもない第三の勢力が、何故かは分からないが杖を狙っている』

「ああー、いよいよ話がゴチャゴチャしてきたね。もっとこう、スカッと爽快にいかないもんか」

 

 シーシャが頭痛を堪えるように後頭部を掻く。

 そこでふと、ホット・ロッドは思い出したことがあった。

 

「そう言えばシーシャ、さっき何か気になる物を見つけたって言ってたな」

「ああ……本の巻末にちょっとしたことが書いてあってね。こいつさ」

 

 シーシャは部屋の脇にある机の前まで歩くと、その上に置かれた本を取った。やはり重々しい装丁のハードカバーの本で、彼女が蔵書庫からここに移した物だ。

 

「マルジンの夢物語……作者不明の童話集だな。動物に変身する戦士たちの戦いや、子供と巨人の冒険譚が書かれている。ブリテンでは広く読まれている本だ」

「うん。で、この本の一番最後!」

 

 後ろから覗き込むミリオンアーサーの説明に相槌を打つと、シーシャは皆に見えるように巻末の部分を広げた。

 

『ベイドン山の下、炎の上に湖の乙女が訪れるとき、扉は開く』

 

 書き足されている一文を見たミリオンアーサーは酷く驚いた様子だった。

 

「これは……父上の字だ!」

「ビンゴ! ってことは、やっぱりこれがヒントなんだろうね!」

『だがよ、つまりどういう意味なんだこれは? あの山に行けってか? それに炎の上? バーベキューでもしろってか?」

 

 ガッツポーズを取るシーシャだが、立体映像のクロスヘアーズは顎を撫でながらしかめ面をする。

 すると、ネプギアが控えめに声を上げた。

 

「それなら……ひょっとしてあそこのことかも」

 

 

 

 

 

 ネプギアに連れられて一同が移動したのは、元はパーティーホールだったらしいコレクションルームだ。相変わらず様々な工芸品や美術品が置かれているが、中でも目立つのは立派な暖炉の上に飾られた大きな絵画だ。

 三本首の竜とアーサー王が描かれたそれの下にあるプレートには『ベイドン山の戦い』という絵の題名が刻まれていた。

 

『なるほど、ベイドン山の下、炎……暖炉の上か』

「いかにもにして、仕掛けがありそうだな」

 

 ドリフトが納得したように頷くと、エスーシャも呟いた。

 

「後は湖の乙女だが……」

「まあこの場合は、わたしだろうな……」

 

 ミリオンアーサーは何処か暗い表情で言った。

 全員の注目が集まると、代わってチーカマが説明を始めた。

 

「ミリアサの本名はね、アーサー王伝説に登場する『湖の乙女』という妖精のような存在にちなむのよ。……まあニムイーもなんだけど」

 

 つまり、『ベイドン山の下、炎の上に湖の乙女が訪れるとき、扉は開く』というのはミリオンアーサー……ヴィヴィアンがこの場所にやってきたらという意味だ。

 しかしミリオンアーサー本人は、悪い冗談を聞いたような顔をしていた。

 

「しかしな、晩年の父上は半ば正気を失われているようだった。その言葉にも大した意味はなかろう」

『…………』

 

 全員が沈黙する中、何処か誤魔化すような笑みを浮かべながらツカツカと暖炉の傍まで近寄ると、その上に置かれた木彫りの置物を手に取る。

 

「父上はこのような古く珍しいが何の力も持たぬ物、老婆が幼子に語って聞かせるような寝物語を愛していた。それらを集めるために長く家を空け、先祖代々の資産を潰すほどだ」

 

 そして置物を持つのとは反対の手を、ちょうどそれが置かれていた場所……()()()()()()()()()()()に何気なしに置いた。そこには、小さな金属の円盤ような物が嵌め込まれていて、ミリオンアーサーの遺伝子情報を一瞬でスキャンした。

 

「ふふふ、そもそもわたしはこの家で生まれ育ったのだぞ? 隠し扉だの隠し部屋だの、そんな物があれば知らないはずが……」

 

 すると、暖炉に小さく青い電光が走った。

 次いでギゴガゴと音を立て、暖炉の石が組み変わっていく。

 硬直しているミリオンアーサー以外が咄嗟に武器を構える中、暖炉はポッカリと開いた地下への入口に姿を変えていた。長い石の階段が闇の中へと伸びている。

 

『遺伝子認証だ……』

「断絶の時代の技術だわ……」

 

 そう呟いたのは、ドリフトとチーカマだった。

 つまりこの入口はウェイブリー家の人間……ミリオンアーサーにしか開けられないようになっているのだ。

 まさしく、あの文章の通りに。

 

「どうやら……」

 

 まだ愕然としているミリオンアーサーに向かって、くろめはこちらも呆気に取られながらも呟いた。

 

「生まれ育った家でも、知らないことというのは、あるものらしいね」

 




今回のキャラ紹介

騎士スカリトロン
かつてクインテッサを裏切り、アーサー王に仕えた12人の巨人の騎士の一人。ワイバーンに変形する。
『竜の洞窟』と呼ばれる施設に眠り、その場所を守っていたがステイシス・ロックが不完全だったためアンチ・エレクトロンの影響を受け、錆び付いたアンデットが如き無残な姿になってしまった。
それでも戦闘力は高く、ディセプティコンが彼を捕えた時にはブルーティカスを繰り出す必要があったほど。
戦闘では二振りの剣を用いる。

何て言うか、玩具まで出たのに原作での扱いがあんまりだったので出しちゃった人。

まだ名前が出てない彼が炎と冷凍の技を使うのは、アニメイテッドネタ。

それでは皆さん、令和もどうぞよろしくお願いいたします。


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第43話 アーティファクト・クエスト

「まったく、あの錆塗れを捕えるために、どれだけ苦労したと思っているのである!!」

 

 バーサーカーやドレッドボット、ニトロ・ゼウスとモホークらを引き連れてディセプティコンの砦の通路を歩きながら、オンスロートは前を行くガルヴァトロンに悪態を吐く。

 

「これで杖探しは暗礁に乗り上げたのである!! 次の策はあるのだろうな!?」

「もちろん、ある」

 

 煩わし気な様子も見せずに大股に歩くガルヴァトロンが放った言葉に、オンスロートは虚を突かれた。

 

「で、どういう策だ?」

 

 答えず、ガルヴァトロンはある部屋の扉を開ける。騎士を製造するための『湖』がある部屋だ。

 中に入ると、宙に浮かぶ巨大な王冠のような装置の前に、マジェコンヌとバリケードが待っていた。インフェルノコンたちも控えている。

 

「用意は?」

「ちょうど出来たところだ」

「結構。では始めてくれ」

 

 マジェコンヌは『湖』に向けて杖を振り、呪文を唱える。

 すると王冠が回転を始め、光を放ち始めた。

 バリケードは、怪訝そうな顔をしているオンスロートに顔を向けた。

 

「あの中には、例の錆塗れの因子がぶちこんである」

「では、奴の騎士(コピー)を? それでいいなら何故最初からやらなかった?」

「見てりゃ分かるさ」

 

 皮肉っぽく肩を竦めるバリケードに、オンスロートは鼻を鳴らすような音を出す。

 やがて眩い光は装置から漏れ出し、人型に結集する。

 その姿は、あの骸骨のような騎士その物だ……霞のように半透明で、今にも消えそうなことを除けばだが。

 

「なんやこれ? スケスケやないけ」

「まるで幽霊(ファンタスマ)だぜ」

「これでもかなり苦労して実体化させているんだがな」

 

 面食らうバーサーカーとドレッドボットに、マジェコンヌは杖を振りながら顔をしかめる。

 本来、トランスフォーマーの騎士を造ることは至難の技で、こんな不完全な複製を造るのにさえ大量の因子と難しい調整が必要なのだ。

 ガルヴァトロンの因子からレギオンを生み出せるのは、彼が女神の因子を宿している特殊なトランスフォーマーだからだ。

 

 そのガルヴァトロンは、今にも消えそうな複製型スカリトロンの前に立つとエクスカリバーを背中から抜くと静かに命じた。

 いかに伝説の騎士の複製と言えど、湖から生み出されて騎士である以上は聖剣と円卓模型には従わざるを得ない。

 

「語れ。お前の知ることを、全て」

 

  *  *  *

 

 ミリオンアーサーたちが暖炉に隠されていた階段を降り、その下にあった扉を開けるとそこは広い地下室だった。何処かに通風孔くらいあるのだろうが長年誰も訪れなかったせいか埃と黴の臭いが充満している。

 書斎として使われていたようで机と本や資料、古美術品が置かれているが、上の物に比べて異様な雰囲気を放っていた。

 

 蛸のような触手の足を持った女神の立像。

 今はもう使われていない言語で書かれた古文書。

 生贄の儀式に使われた仮面と短剣。

 

 いずれも歴史の闇の遺物ばかりだ。

 

「なんて言うか、SAN値がピンチになりそう……」

「我が家にこんな場所があったとは……」

 

 不気味な雰囲気にライトで室内を照らすシーシャは唾を飲み込み、ミリオンアーサーは呆気に取られつつも、木製の机に置かれた本を手に取る。

 埃を掃い、チーカマに照らしてもらいながら本を開くとそれは父の書いた日記だった。所々擦れて字が読めない。

 

『■■月■日

 マ■■■からの依頼で、このブリテンの古い歴史を調べ始めてどれくらいたっただろうか?

 多くの場所を訪れ、賢人と呼ばれる人々と語らい、数多の書物を読み漁ったが、この修道院ほどアーサー王以前の歴史が保管された場所もないだろう。

 ここは古より人の精神を治療する秘法が伝えられ、辛い現実に打ちのめされた人々が、その噂を聞きつけ訪れるという。

 

 正直、蜘蛛の巣だらけで陰鬱な雰囲気のこの場所が、人の心身に良い影響を与えるとはとても思えない。

 こんな場所にいると、柄にもなく家族が恋しくなる。

 我が妻エレーヌは大丈夫だろうか? 元々体の弱い彼女だが、今年の寒波は特に身に染みているようだった。

 娘のヴィヴィアンは丈夫に育ってくれた。だが剣を振り回すのもいいが、そろそろ女の子らしいことも覚えてほしい。

 

 親友のエイスリングに任せてきたので、問題はないと思うが……ああ、妻の淹れてくれた紅茶が飲みたい』

 

『■■月■日』

 ……あの修道院で起こったことは、余り思い出したくない。

 

 蜘蛛の這い回る音。修道士たちが治療と称する冒涜的な行為。修道院の地下空洞に立つ邪神像。

 そして、書庫にあった本に書かれていたこと……いや、あんな物は狂人の戯言だ。

 

 久々に我が家に帰り着いた私を待っていたのは、エレーヌが急死したという現実だった』

 

「…………」

『ミリアサ、辛いようなら……』

「いや、最後まで読もう」

 

『■月■■日

 娘のヴィヴィアンは私のことを憎んでいる。

 当たり前だ。黴臭い本や苔むした石造にかまけて妻の死に目に会えない男など、軽蔑して当然だろう……。

 

 エレーヌ。私のたった一人愛した妻。

 こんな私を理解し愛してくれたのは彼女だけだ。

 思えば彼女は謎の多い女性だった。私は、ある日ふらりとアセニアの街に現れた彼女が何処で生まれ育ったのかすら知らぬのだ。

 見当はついているが、言わぬのが私たちの間の暗黙の了解だった。そんなことは問題ではなかったからだ。

 彼女と出会うまでの私の人生は、色の無い寒々しい絵画のような物だった。彼女がそこに暖かく美しい彩りを与えてくれたのだ。

 

 エレーヌ、すまない。許してくれ……』

 

 読み進めるにつれて肩を震わせるミリオンアーサーの肩に、チーカマが優しく手を置いた。

 少なくとも彼女にとって、父が母を愛していたことは知ることが出来たのは大きな意味があった。

 

『■月■日

 妻の死から少しだけ落ち着いたころ……と言っても娘には嫌われたままだが……キャメロットで■■■ンと会った。どうも私の研究結果は彼の望む物ではなかったらしい。

 しかして歴史上の真実とは、人が望むように改変できるようなことではないのだ。

 

 彼は私に報酬を支払うと、このことを絶対に口外しないように念を押してきた。ブリテンの存亡に係るからと。

 言われずとも、秘密は墓の下まで持っていくつもりだ。

 

 彼は私を信用してはいないようで何事かを企んでいるようだったが、私の関心は別の所に移っていた。

 もし、あの本に書かれていたことが真実だとしたら……確かめねばならない』

 

 ここで数年分、日にちが飛んでいる。

 

『なあこれ、いつまで続くんだ?』

「野暮だよ、クロスヘアーズ」

 

『■■月■日

 盲点だった。まさか竜の洞窟に伝説の騎士が眠っていたとは! 何年もかけてブリテン中の遺跡や図書館を調べて回ったというのに、灯台下暗しとはこのことか。

 ……話を戻すと、件の騎士から話を聞くことが出来た。彼、スカリトロンは眠りが不完全だったために弱っており、誰かに秘密を受け継いで欲しかったのだ。そして、たまたま私が彼を見つけた……』

 

「いよいよ核心か……」

 

『スカリトロンの意識は夢と現の間を彷徨っており、語った内容が完全な真実であるとも、何か零れ落ちた事がないとも言い切れない。それでも彼の語った物語を整理すると、彼は怒れる女神クインテッサから杖を盗んだ一団の一人だと言う。

 この杖には世界を滅ぼす力があり、故にそれを防ぐために彼らは仲間たち……アーサー王やマーリンと共に四つの鍵を使って杖を封印した。

 

 鍵とは言うが、その実態はクインテッサがこの国に残したいくつかの遺物(アーティファクト)に手を加えた物だ』

 

  *  *  *

 

「クインテッサは名工ソラス・プライムが鍛えた武具を集めることに執心していた。その一つが、合体戦士(コンバイナー)の祖ネクサス・プライムの調和のエニグマ(エニグマ・オブ・コンビネーション)だ」

「クインテッド・エニグマの元になった奴か」

 

 バリケードの言葉に、複製型スカリトロンは一つ頷いた。それだけで、体が霧散しそうになる。

 元々クインテッド・エニグマは、トランスフォーマーに合体能力を与えるというネクサス・プライムの遺物の劣化コピーだ。

 

「これはネビュロンの地を治める一族が守ることとなった。かの一族は『天を仰ぐサソリ』を紋章としていた」

「ネビュロンはブリテンの辺境に位置する地方だな……しかし、領主の一族は大分前に断絶している」

 

 マジェコンヌは手元の端末を操作して情報を引き出した。

 ガルヴァトロンはとりあえず、スカリトロンの話を聞くことを優先する。

 

「次なる鍵は、ソラス・プライム自身が振るった武器であり鍛冶鎚、ソラス・ハンマーだ。あらゆる物質を加工する力があった。これはフェミニアの魔女たちに託された」

「魔女っつうのは、なんや?」

魔法(マヒア)を使う女のことだろ」

 

 バーサーカーが首を傾げると、ドレッドボットが答えになっていない答えを返した。

 

「第三の鍵は、スターセイバー。本来ならばプライムの長兄プライマのために鍛えられた聖なる剣だ。……これはアーサー王の息子であるモードレッドが守った。その命付きるとも、剣と共に墓に葬られた」

 

  *  *  *

 

「モードレッド王のお墓……確かユーリズマに塚があったはずよ」

 

 チーカマが顎に手を当てて探り当てた記憶を口にする。

 立体映像のクロスヘアーズは首を捻り、ホット・ロッドに視線をやる。

 

『そのモードレッドってのも王様の伝説に出てくんのか?』

『ああ……アーサー王が浮気して出来た子で、王冠欲しさに国を滅ぼした馬鹿息子さ』

「ん……? 何を言っているんだ、モードレッドはブリテン二代王ではないか」

 

 何処か厳しいホット・ロッドの言葉に未来のブリテン王は怪訝そうな顔になった。その反応に、逆にホット・ロッドは驚いてしまった。

 

『え?』

「確かに不義の子ではあったが、和解を果たし改めて王位を継いだのがモードレッドだ。父王ほどの偉業は為せなかったが、今日日までのブリテンの基礎を固めた賢君だぞ」

『そ、そうなのか……』

 

 少しだけヒートアップしているミリオンアーサーに面食らい、それから少し思考を回す。

 地球の方は分からないが、こっちのアーサー王は()()実在した人物だ。少なくとも近い人物はいたのだろう。しかし、どうにも自分の知っているそれとは趣が異なる。

 仲間たちと共にイギリスを治めるも、愛憎の果てに破滅し国は亡ぶ。それが地球のアーサー王伝説だ。

 対し、こちらのアーサー王は無事に王位を譲ることが出来たらしい。国もまだ存続している。

 

 まるで()()()()()かのようだ。

 

「それで、ミリアサ。最後の鍵については、なんて書いてある?」

 

 思考の海に沈みかけたホット・ロッドだったが、くろめの声で現実に戻る。

 

「ああ『最後の鍵は、マーリンの血を引く者だ。杖はマーリンの血族のみ触れることが出来る。その血族は、ベイドン山の番人たちに保護されている。三つの鍵を持ってベイドン山へ行け。そうすれば杖への道が開ける』……ここで杖についての記述は終わりだ。あの山に、そんな秘密があったとは……」

「マーリンの子孫? え、でもなんでそれが鍵になるの?」

「ここの扉と同じだ。受け継がれた血こそは証なれば……つまり遺伝子認証だ」

 

 理解し切れなかったビーシャのために、エスーシャが説明する。

 それでも難しかったのか、幼いゴールドサァドは頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。

 

「ってことは、あのお爺さんに頼めばいいの?」

「いえ……マーリンの名は、アーサーと同様に初代アーサー王の伝説に肖った、云わば称号よ。キャメロットの彼が初代マーリンの直接の子孫とは考えづらいわ」

『しかし調和のエニグマにソラス・ハンマー、それにスターセイバーだろ!? 伝説のアイテムのオンパレードじゃねえか!!』

 

 チーカマが補足すると、クロスヘアーズは思わず声を上げた。上のアイテムは、マーリンの子孫以外は最初の13人の遺物ばかりだ。

 ホット・ロッドは難しい顔のまま、声を絞り出す。

 

『一度纏めよう。俺たちのやるべきことはシンプルだ。ネビュロン、フェミニア、ユーリズマに向かい、遺物(アーティファクト)を回収する。その上でベイドン山にいるマーリンの子孫に協力を仰ぎ、杖を回収……もしくは破壊する』

『で、その後はディセプティコンどもをとっ捕まえるってワケだ! ようやく分かりやすくなったぜ!!』

 

 自分の掌に拳を当てて、クロスヘアーズは闘志を燃やす。ハウンド、ドリフトも目的がハッキリしてきたことで、やる気が出てきたらしい。ゴールドサァドも同様だ。

 特にエスーシャは何かウキウキしていた。

 

聖遺物(アーティファクト)探索行(・クエスト)というワケだ。……興味あるね」

 

 しかし、バンブルビーは黙りこくっていた。

 思えばスカリトロンを奪われてから、一言も口を効いていない。

 

「ビー?」

「ねえビー、大丈夫?」

『おい、ビー。どうした?』

『……え? あ、うん。オイラは、大丈夫!』

 

 ネプギアとビーシャ、さらにはホット・ロッドに声をかけられて、力こぶを作るような仕草をして元気をアピールする。どうにも様子がおかしい。

 しかし、優先事項は他にあるため、くろめが話を進める。

 

「よし、それでどうする? まずは何処に向かう?」

『こんだけ人数がいるんだ。手分けして探したほうがよくねえかい、隊長さん?』

『ああ、そうしよう。ミリアサ、その場所について、もう少し詳しく教えてくれ……』

 

 ハウンドの提案を二つ返事で受け入れたホット・ロッドは、協力者に声をかける。だが彼女は、深刻な表情で父の日記に目を落としたままだった。

 そんな彼女を心配して、くろめとチーカマがそれぞれ声をかける。

 

「ミリアサ、大丈夫かい?」

「ねえ、ちょっと……」

「……ああ、大丈夫だ。そうだな、まずネビュロンだが……」

 

 ミリオンアーサーは慌てた様子もなく本を閉じ、何事もなかったかのように振る舞った。

 だがしかし、その脳裏には日記の最後の内容が焼き付いていた。

 父が亡くなった日のすぐ前日の日付だった。

 

『■日■日

 どうやら、私もエレーヌのもとへ旅立つ日が近そうだ。寝食を忘れて研究に没頭したツケが回ってきたらしい。

 もしも、私の調べてきたこととそこから導かれる答えが正しいのなら、このブリテン、いや遍く世界の全てに危機が迫っている。

 それは一国の興亡など比べ物にならない、究極の破滅だ。

 だがこのことを■■リ■に訴えた所で、あの魔術師は耳を貸すまい。……いや貸さないだけならまだいい。さらに恐ろしいのは、この状況を利用されることだ。

 あの狡猾な男は、私が想像も出来ないような悪辣なことをしでかすに違いない。

 彼に、この秘密の地下室と蓄えた知識のことを知られてはならない。

 

 この地下室に入るヒントは、マルジンの夢物語に隠した……マー■ンはあの本に興味も持たないだろう。彼は自分が真実と信じる物しか見ないのだから。

 

 ……迫る死に、恐怖がないと言えば嘘になる。

 だが何より心残りなのは、ヴィヴィアンのことだ。

 思えば、私は至らない父親だった。母を失い悲しい想いをしているあの子に寄り添うことさえ出来なかった。研究も結局は、娘と向き合うことからの逃避だったのかもしれない。

 そんな私が、この言葉を文字にしたためる資格があるのかは分からないが……それでも。

 

 さようなら、ヴィヴィアン。心から愛しているよ』

 

  *  *  *

 

 話を終えた複製型スカリトロンは、まるで空気に溶けるようにして消えた。やはりトランスフォーマーの騎士は存在を維持することすら難しいらしい。

 

「これが限界だ……もう因子もない」

「ありがとう、十分だ」

 

 マジェコンヌに短く礼を言ったガルヴァトロンは、エクスカリバーを降ろすと全員を見回した。

 

「話は決まった。部隊を分け、遺物狩りだ!!」

『おうッ!!』

 

  *  *  *

 

 同じころ、とある古びた城。

 海沿いの崖の上に立った崩れかけの城のすぐ目の前の平原には、巨大な空飛ぶ船、秘密結社アフィ魔Xの空中戦艦アフィベースが停泊していた。

 城門の外では、人間大の身体を持ったヘッドマスター、コグマンが飛竜形態で眠るスカリトロンの錆を落としている。

 

 それを城の天守から見下ろしているのは、白と金、赤の厳めしいエクソスーツに身を包んだアフィモウジャスだった。

 

「で? これで良かったのだな?」

「ああ……感謝するよ。パトロンも満足するだろう」

 

 その後ろには、鏡のようなシルバーメタリックのライダースーツに身を包んだ男が立っていた。

 ミラー、と名乗るその男の表情は見えないが、何処か嘲笑われているようにアフィモウジャスには思えた。

 そうでなくても、地球に巣食うコンカレンスからの使者を名乗るこの男を、一かけらも信用してなどいない。

 

「地球の連中は、何故杖を求める?」

「愚問だな。世界を滅ぼすような力が、自分たちに振るわれるのは防ぎたいだろう?」

「そして、その力をこちらに向けて振るうワケか?」

 

 探るような視線を受けても、ミラーは一切動じない。

 

「地球には、抑止力という言葉がある。強大な力は持っているだけで、相手を牽制、恫喝する手段になる」

「……まあ良かろう。儂としては報酬が払われれば問題はない」

 

 そう言うアフィモウジャスだが内心では相手の言葉を全く信用していない。ミラーはそれを見透かすようにニヤリとした……ようにアフィモウジャスは感じた。

 

「そうだな、俺自身の思惑を一つ付け加えるなら……『調整』だな」

「調整だと?」

「戦力が片方に寄り過ぎてはつまらないだろう? 戦いはそれを行う二つの陣営が対等である状態が一番盛り上がる」

「……最近はそういうのは流行らん。主人公が指先一つで何も解決するような圧倒的強者なのがトレンドなのだ。苦戦や苦悩は、みな嫌いだからな」

「おや、そうなのか? しかし俺が望むヒーローは、苦痛と苦悩の泥土の中から這い上がってくるんだよ。……いつか墜ちるために」

 

 くぐもった笑い声と共に楽しそうに語られるその言葉を聞いて、底知れぬ深淵を覗き込んだような気分になったアフィモウジャスの……その中にいる本体の頬に一筋の冷や汗が垂れた。

 

「ふふふ、では鍵の回収も頼むよ」

 

 一瞬、アフィモウジャスが目を離した隙に、ミラーはその姿を消していた。

 あの男は信用できない。アティンジャーはまだ人間的な悪意を感じさせるが、ミラーは得体が知れない。

 そもそも、アフィモウジャスをアティンジャーに引き合わせたのもあの男だ。それもスペースブリッジを使わずに。

 いずれは、アティンジャーにしてもミラーにしても適当な所で縁を切るつもりではあるが、用心するに越したことはない。

 

 部屋を出てノシノシと城の中の通路を歩いたアフィモウジャスは部下たちの待つ城の中庭へとやってきた。

 

「お前たち! 仕事だ!!」

 

 その声に注目が集まる。

 最初に反応したのは、青紫の忍者のようなロボット、ステマックスだ。

 片膝を突き、頭を垂れて忠誠の意を示す。

 

「将軍の命とあらば、如何様にも……」

『ご苦労なことだ。無償の奉仕、忠誠、それとも友情かな?』

 

 だが通信越しにそれを遮ったのは、冷たい女の声だった。

 ステマックスが見上げると、赤と白のジェット攻撃機が空を横切った。前後二対のノズルからエネルギーを噴き出しながら降りてきた。

 主翼の下に燃料タンクを備え、機体の左右に大きな半円形の吸気口があり、その後にノズルが前後ニ対、計四つもある。

 異世界地球で広く使われているハリアーⅡという垂直離着陸機だ。

 

 ハリアーⅡは旋回して城門の前まで降下するとギゴガゴと音を立て変形してロボットに……ならない!

 

 代わりに車高が低くボンネットからスーパーチャージャーが飛び出し、フロントに七個ものヘッドライト、ルーフの上にも六つのライトが横一列に並ぶ赤いマッスルカーへと変形した。

 

 そのまま着地したマッスルカーはエンジンを吹かし、城門を潜ってステマックスの隣までやってくるとさらに変形して立ち上がり、今度こそロボットになる。

 

 赤い色で胸部はヘッドライトやスーパーチャージャーなど車のフロントの意匠があるが、肩の背中側にはジェット機のエンジンの前半分と主翼らしきパーツ、太腿にはノズルがあり、ハリアーⅡとマッスルカーの両方の特徴が見られ、三段変形(トリプルチェンジ)することを物語っていた。

 赤い瞳がディセプティコンであることを示していたが、腰がくびれ手足の細い体形、人間に近い顔の造形が示すのは、驚くべきことに女性であることだった。

 

「シャッター殿……」

「御機嫌麗しゅう、雇用主殿。そいつと違って、我々の忠誠は対価によって成り立つ。努々お忘れなきよう」

 

 名を呼ぶステマックスを無視し、慇懃な調子で一礼するシャッターと呼ばれたトランスフォーマーだが、その声には皮肉っぽい響きがあった。

 アフィモウジャスは鼻を鳴らす。

 

「分かっておるわ。お主らこそ、対価の分は働けよ?」

「もちろんだとも。私と同志たちはプロだ。何処ぞのニンジャ擬きやげっ歯類と違ってな」

「その手並み、頼りにしているで御座るよ。シャッター殿」

 

 あからさまな挑発に乗らずに頭を下げるステマックスに、シャッターはむしろ不愉快そうに僅かに顔を歪める。

 アフィモウジャスは、視線を彼らから城の壁から張り出した櫓の下にぶら下がっている蝙蝠のような影に移した。

 

「お前もだぞ、ネズミ」

 

 それは鋭角的な黒い体を持ち、肩から畳まれた翼が生えている。三つ目は赤いバイザーに覆われていた。

 全体的に蝙蝠を思わせるその姿は、かつてオートボットを苦しめたマインドワイプその物だ。

 

 しかし、不意にその頭部が外れ、マインドワイプをそのまま人間大にしたようなロボットに変形して地面に降り立った。

 その顔の部分が開くと、なんとネズミ型モンスターのワレチューの顔が現れた。

 このロボットは、ワレチューが装着したエクソスーツ、そしてマインドワイプの姿をした首から下はトランステクターなのだ。

 

「まったくプリティでキュアキュアなのが売りのオイラにこんな格好をさせるなんて、趣味が悪いっちゅ」

「貴様がプリティかはともかく、趣味が悪いのは確かだな。残骸を使ったボディとは」

「データを移植しただけっちゅよ。別に死体を使ったワケじゃないっちゅ」

「似たようなものだろう?」

 

 冷酷なシャッターをして嫌悪感を露わにするが、ワレチューは何処吹く風だ。

 

「にしてもコレ着てると、なんだか変な声が聞こえる気がするっちゅけど、本当に大丈夫なんっちゅか?」

「素になった奴の記憶データがノイズを起こしているだけだ、問題は無いわ。…さてお主たちにはフェミニアとユーリズマに向かい、遺物を回収にくるオートボットとディセプティコンを妨害してもらう」

「妨害っちゅか? アイテムの回収はしなくっていいっちゅ?」

「それはステマックスに任せる。この手の仕事はそ奴が一番よ」

「我々は足止めと……まあいい」

 

 特に不満を漏らす様子もないシャッターは、冷たい視線を忍者ロボットに向けた。

 

「しくじるなよ」

「もちろんに御座る。拙者はプロ故」

 

 先程の意趣返しを含んだステマックスの返しに、シャッターは不愉快そうに眼を細めるのだった。

 

 

 

 

 部下たちに命を下したアフィモウジャスは、ある部屋にやってきた。

 礼拝堂だったのだろうその部屋には、大きな金属製のコンテナが置かれていた。

 棺に似た頑丈そうなコンテナは、しかしアフィモウジャスが手を触れるとロックが外れひとりで蓋が開く。

 

 すると中には金属の物体が収められていた。

 

 どこか植物の球根、あるいは花の蕾を思わせる形状で、表面の幾何学的な模様の透かし彫りを通して内部から神秘的な光が漏れ出ていた。

 手を伸ばしたアフィモウジャスの掌に収まるほどの大きさだが、そこで手を止めた。

 

「坊ちゃま」

「……コグマンか」

 

 振り返らずとも、かけられた声の主が誰かは分かった。

 執事ロボットは丁寧な仕草で頭を下げる。

 

「坊ちゃま。そろそろお遊びは御止めください。我がモージャス家の使命を果たすべき時が近づいているというのに、それに反するばかりか……」

「またその話か。前にも言ったが、ワシはそんな物を果たすつもりはないわ。父や母と違ってな」

「……アイフ坊ちゃま」

 

 主人の本名を呼ぶコグマンの声には、諭すような響きがあった。

 

「ご両親を恨む気持ちは分かります。しかし、お二人は貴方のことを心から愛されておりました。それだけはどうか……」

「愛だと? 愛で腹が満たされたか? 隙間風の吹く家をどうにか出来たか? 愛で自分たちの病気を治すことが出来たか!?」

 

 振り返ったアフィモウジャスは、抑えきれない激情のままに怒鳴った。他の部下には決して見せない姿だった。

 

「いいや、どれも出来なかった! 愛などには何の力もないのだ! 使命にも、正義にもな!! この世で真に力を持つのは金。唸るほどの金、ただそれのみよ!!」

 

 アフィモウジャスはコグマンから視線を外し、中空に手を伸ばした。まるで空っぽの器に入れる何かを探しているかのように。

 コグマンは悲しそうにまん丸い目を伏せた。

 

「お金なら、もう十分に持っているではありませんか」

「こんなものではまだまだ足りぬわ!! ワシはもっともっと金が欲しいのだ! 金だけが、人を幸せにしてくれるのだからな! ……ふふふ、フハハハ、ハーッハッハッハ!!」

 

 腕を広げて何処か空虚に高笑いするアフィモウジャスに、コグマンは哀しげに排気した。

 そんな主従二人をこの城のかつての城主……アフィモウジャスの先祖の家紋が描かれた旗が見下ろしていた。

 

 色褪せ穴だらけの旗には『天を仰ぐサソリ』が描かれていた……。

 




令和一発目の更新。
遺物があるとされる地名は、全てTFシリーズのいずれかに登場する惑星が元ネタ。微妙に捻ったトコばかり。

今回のキャラ紹介

歴史学者ウェイブリー
エイスリング卿の親友でありミリオンアーサーこと、ヴィヴィアン・ウェイブリーの父親。
趣味が高じて歴史のことを研究するようになり、何者かの依頼を受けてブリテンの古い時代について調べていた。
その過程で何かを知ってしまい、より研究に没頭するようになる。
娘のミリアサとは距離が出来てしまったことを悔やんでいた。

その行動と人格の是非はともかくとして、彼が妻子を深く愛していたことは確かである。


催眠兵マインドワレチュー
前作で戦死するも墓場から蘇ったマインドワイプ……ではなくマインドワイプのデータを基にアフィモウジャスが造ったトランステクターにワレチューがヘッドオンした姿。
より強化された催眠音波とナイフが武器。
エクソスーツは単独で飛行することができ、着込むと言うよりもはや乗り込んでいる状態。
ワレチュー自身は不気味な姿と能力を不満に思っている。

姿はレジェンズ版で行こうかと思ったけど、悩んだ末に実写版そのままの姿でヘッドマスター化という玉虫色なことに。


空陸将校シャッター
元ディセプティコンの女兵士。
マッスルカーとハリアーⅡに変形するトリプルチェンジャー(いずれも秘密結社経由で入手した地球のビークルのデータをスキャンした物)
冷静冷酷かつ狡猾な性格で、女性蔑視の傾向にある同軍において成り上がってきた実力派。
戦後は「オートボットや有機生命体と仲良くするのはまっぴら。でもメガトロンに反旗を翻すのは余りに無謀」と考えて、二名の仲間と共に傭兵に転職した。
仲間内では纏め役で、交渉などを担当している。

犯罪者にまで落ちぶれたオンスロートらと違い、彼女たちは彼女たちで現在の世界に順応していると言える。
現在は仲間たち共々アフィモウジャスに雇われており、どういうワケかやたらとステマックスに突っかかる。


余談ですが、彼女のモチーフ(の一つ)はあのナイトバードなんだとか(確かに他人を欺くことに長けた有能な女戦士という部分は一致しています)
そしてまだ出てない部下の吹き替えはサイドスワピョンの人……つまり秘密結社には忍者ロボとくノ一(モチーフ)と忍者(声)が集っていることに……。


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第44話 ミニボット・バンブルビー!?

 ブリテンに散らばる杖への鍵……最初の13人の遺物を回収するべく、オートボット、ディセプティコン、そして秘密結社アフィ魔Xまでもが動き出した。

 

 オートボットたちのうち、ホット・ロッドとバンブルビー、くろめ、ネプギア、ビーシャが向かったのは、ユーリズマという街だ。

 

 ここは、その通称を『音楽の街』という。

 というのも、この街には多くの音楽家が住み、通りには楽器店が軒を連ね、住人たちは歌と踊り、楽器を奏でることが大好きだからだ。建物にも楽器を模した物や、五線譜と音符が描かれた物があるのだから筋金入りだ。

 トランペットにフルート、シンバルにドラム、ピアノにオルガン、ヴァイオリンにギターなど、あらゆる楽器が奏でられ、さらに人々はことあるごとに歌い、しかし不協和音になることなく見事なハーモニーとなる。

 

 特に今は年に一度の祭りの時期で、いつも以上に賑やかだ。

 街の一角には、断絶の時代の技術を流用して造られた回転木馬や回転ブランコ、観覧車やジェットコースターが組み立てられ、サーカスもやってきていた。

 

「いやまあ、何とも派手な所だな」

 

 近くに降下艇を着陸させ、街までやってきたくろめは、あふれる音の洪水に面食らっていた。

 住人の気質なのか、突然やってきた巨人たちにも特に騒ぐ様子はない。

 

「わーすごーい! お祭りだー!!」

「テーマパークに、来たみたいで、テンションあがるなー!」

「うん、すごいね!」

 

 ビーシャとバンブルビー、そしてネプギアは街の様子にはしゃいでいた。

 ホット・ロッドも本当なら祭りを楽しみたい所だが、隊長としての責任感がそれを阻む。

 

「みんな、少し落ち着いてくれ。まずはこの街を治める……おお! なんだあれ!!」

 

 しかし、目の前に現れた三首竜を模したフロート車に驚き、次いでそれが火を吐いたことに目を丸くし、フロートの周りの踊り子たちの軽快な踊りや音楽に魅せられる。若きオートボットは音楽とダンスなど、若者が好む物はだいたい好きだった。

 気付けば冷静なのはくろめだけだ。騒ぐ仲間たちに苦笑しながらも、道行く人に領主の館の場所をたずねる。

 

「すまない。ちょっといいかな? 道をたずねたいんだけど」

「もちろんさー♪ 美しい人よー♪ どこへ行きたいんだーい?」

 

 何故か音楽に合わせて歌うように答える男性に、くろめは面食らう。

 金髪碧眼の貴公子然とした青年だ。ヴァイオリンとそれを弾くための弓を手にしている。

 

「あ、ああ……この街を治めてるっていう『指揮者』の所に行きたいんだ」

「それならー♪ 目の前にいるのがそーさー♪ ぼーくは指揮者ゼボップー♪ 演奏アーサーとも呼ばれてるねー♪ 以後お見知りおきを、美しい人―♪」

 

 ヴァイオリン型エクスカリバーを肩に乗せて鳴らすのに合わせ器用に名乗りを上げる指揮者ゼボップに、くろめは思わず後ずさりしそうになる。なんて言うか、濃い。

 ユーリズマでは街全体を楽団に見立て、古くから続く名士の家系であり最高の歌手であり演奏家でもある三人の権力者を指揮者と呼んでいるのだ。

 

 その後、くろめに呼ばれて集まり自己紹介を終えた一行は、ゼボップの案内でモードレッド王が葬られている塚へと向かう。

 周りの出し物に気を取られながらも、ホット・ロッドは道すがら足元を軽やかに歩くゼボップに礼を言う。彼はエイスリング卿からの書状を見せると、あっさりと二代王の塚を調査する許可をくれた。

 

「感謝いたします、ゼボップ殿」

「いいよいいよー♪ アセニアのエイスリング卿とはー、友達だかーらねー♪」

 

 ヴァイオリンを弾きながら朗らかに笑うゼボップに、ホット・ロッドは一礼する。

 

「ここ、ほんと、イカす! オイラ、気に入ったよ!」

「お! ビーもノってるね! 二人で一人の仮面シンガーになっちゃう? ダンサーでもいよ!」

 

 バンブルビーは音楽に合わせて踊るように歩き、同じようにしてビーシャもステップを踏んでいる。やはりこの二人、波長が合うらしい。

 そんな二人を見て、ネプギアは少しだけホッとしていた。

 この前の戦い以来ふさぎ込んでいたバンブルビーだが、元気を取り戻したようだ。それはビーシャも同じなようだ。

 

「えへへ! ビーが楽しそうで、わたしも嬉しいよ!!」

「ビーシャさんは、ビーのことが好きなんですね」

「うん! だって憧れのヒーローだもん! ネプギアにとっても、そうでしょう?」

 

 満面の笑みで答えるビーシャだが、ネプギアは少し困ったように笑んだ。

 

「私にとって、ビーは……そう、やっぱり弟ですね。頼りになるけど、まだまだ手のかかる困った弟。スティンガーとも、喧嘩してばかりだし」

 

 苦笑しつつも愛情のある表情を浮かべる女神候補生に、今度はゴールドサァドが驚いたような顔をした。

 

「それはちょっとさ、ビーのこと過小評価し過ぎじゃない? 前の戦争で一緒に戦ったんでしょう?」

「はい。でもやっぱり、普段は子供っぽくて……」

「そうかなあ……」

 

 癪然としない顔で首を捻るビーシャ。やはり彼女にとってバンブルビーはヒーローであるらしい。

 弟とヒーロー、同時にその二つであることは矛盾しないが……。

 

「言われてるぜ?」

「ま、否定は、しない」

 

 からかってくるホット・ロッドに、バンブルビーは余裕をもって答えた。ここらへんは、やはりネプギアとの付き合いが長いだけあった。

 

 一方、違う反応をする者もいた。くろめだ。

 

 何処か不機嫌そうな彼女は、ネプギアに声をかけた。

 

「いいのかい、ぎあっち? このままじゃビーが取られちゃうよ?」

「え? 取られるなんて、そんな……」

「いやマジな話さ。なんなら、オレが手伝うから奪還するかい? ぎあっちには色々と貸しがあるし」

 

 冗談めかして言うくろめだが、目が真剣だった。彼女とて別に仲間内に不和を起こそうというワケではなく、大切な相手を奪われそうなのに、ネプギアがこうしてまごまごしているのが気に食わないだけだ。

 

「オレなら相棒が取られるなんて、我慢できないね。例えばロディが別の奴と仲良くしてたら……仲良く、してたら……」

 

 ふと脳裏に浮かぶのは、ホット・ロッドがくろめではない別の誰かと仲睦まじくしている絵だった。

 その相手は、地球の天王星うずめやミリオンアーサー、あるいは何故かツンデレ系チャイナ娘だったり緑髪の擬人化超エネルギーだったりイギリス人考古学者だったりした。

 

「……そうだよなぁ、うずめなんかより可愛い子、いっぱいいるもんなあ」

「く、くろめさん?」

 

 急に涙目になり一人称も『うずめ』になってしまったくろめに、ネプギアは目を丸くする。

 どういうワケか、すぐ近くの音楽家たちが悲しい曲を奏でて暗い気分を助長する。

 

「ロディは素敵だし、きっとモテるもん。うずめなんかに構うワケ……」

「くろめさん!? くろめさーん! しっかりしてくださーい!! ホット・ロッドさーん! へルプ! ヘループ!!」

「ん? くろめ!?」

 

 セルフBGMの効果もあってどんどんとネガティブになり黒いオーラっぽい物まで発しているくろめの肩を掴んで揺さぶるネプギア。慌ててホット・ロッドもやってきて、くろめを励ます。

 

「大丈夫だ! 君は素敵だ、くろめ!! そんなちょっとネガティブなトコも魅力的だ!!」

「そうですよ! 私だって主人公(笑)とか普通(笑)とか言われてますけど、なんとかやってますし! くろめさんはこうコアな人気が出そうな感じです!!」

「そ、そうかな……」

 

 姉ゆずりのメタネタまで繰り出して、ネプギアはくろめを元気づけようとする。

 周囲が今度は明るい楽曲でムードを盛り上げると、くろめはちょっと自信を取り戻したようだった。

 

「くろめって……なんて言うかポンコツ?」

「むしろ、情緒不安定」

「おもしろーい、人たちだーねー♪」

 

 ビーシャはそんなくろめたちに呆気に取られ、バンブルビーはちょっと呆れていたが、ゼボップだけはヴァイオリンを鳴らして楽しそうだった。

 

 

 

 

 やがてゼボップの案内で、モードレッド王の墓がある街の西側へとやってきた。

 確かにそこには、土が盛られた小山があり、その上にエクスカリバーを手にしたモードレッドの像が立っていた。

 よく手入れされた石像で、キャメロットで見たアーサー王の像に比べると若々しい姿で造られている。

 これが王の埋葬された塚だろう。

 

 しかし塚の麓には石の舞台が造られ、周りには観客席が設けられていた。ちょうど、モードレッド像に見下ろされる形だ。

 舞台の上には様々な楽器が置かれ、人々が舞台やその周辺を飾り付けている。

 

「これは……」

「お祭りのクライマックスにー♪ 亡きモードレッド王に音楽を捧げるのさー♪ あしたの晩に指揮者三人でー、最高のハーモニーを奏でるのさー」

 

 つまり、明日の晩が本番なので、調査は待ってほしいということらしい。

 

「なるほど……そういうことなら」

「ゼボップー♪ 何をしているのー♪」

 

 さすがに祭りの邪魔も気が引けると頷こうとしたが、そこへ別の声がかけられた。ミュージカル調で。

 

 見れば、白い髪を長く伸ばした背の高い女性がいた。服装からして高貴な身分であることが分かる。

 なんと宙に浮かぶグランドピアノの鍵盤に指を走らせているが、歌うような口調とは裏腹に表情は不機嫌そうだった。

 

 それ以上に問題なのは彼女の後ろに数人のディセプティコンたちがいることだった。

 先頭に立っているのは肩に皮肉っぽく配置された白抜きに黒のPOLICEの文字や、両手に嵌めたPUNISH(処罰)SERVE(服従)の文字が刻まれたナックルダスターが目を引く、バリケードだった。

 

「! ディセプティコン!!」

「待て、ここで争う気はない」

 

 すぐさま戦闘態勢に入ろうとするホット・ロッドたちだが、バリケードは手を挙げてそれを制した。

 

「なに……?」

「人間に被害を出すなとガルヴァトロンに厳命されていてな」

 

 やれやれと首を振るバリケードを訝し気な目で見るホット・ロッドだが、実際こんな所で戦ったら、周囲を巻き込んでしまう。

 

「ロディ、まずは状況の把握だ」

「ああ、分かってる……」

 

 くろめの小声に小さく頷き、ホット・ロッドはレーザーライフルを降ろした。

 バンブルビーが悔し気に電子音を鳴らし、ビーシャに至っては召喚したバズーカの砲口を向けたままだ。

 

「ゼボップー♪ なんなのーその連中はー?」

「アレグラー……彼らはーアセニアのエイスリング卿に紹介された彼の友達さー。君こそ、その人たちはだれだーい?」

「私はジャールのワイゲンド卿にー、彼らを紹介してもらったのよー♪」

 

 二人の会話からするに、ディセプティコン側も同じように話をスムーズに通せるよう手を打っていたようだ。アレグラなる女性も指揮者なのだろう。

 戦う気はないと言っていたが、あくまで『この場』での話。

 

「つまり……場所を変えた方がいいな」

「よっし! 街の表に、出ろ!! 決着付けて、やる!!」

「前のようにはいかないよ!! 再戦では綺麗に勝つのがヒーローのお約束だもん!!」

 

 くろめの冷静な声に、バンブルビーはボクシングのように拳を握り、ビーシャは変身ヒーローのようなポーズを取る。

 しかしネプギアは、そう簡単にはいかないだろうと感じていた。

 実際、好戦的な一団をバリケードは鼻で笑った。

 

「そんな誘いに乗る馬鹿がいるか。こっちのボスであるガルヴァトロンはな……」

「ガルヴァトロンは正式にワイゲンド卿と同盟を結んでいて、しかもアーサー。対しこっちはあくまで善意の協力者……このブリテンでどっちに社会的な信用があるかなんて、目に見えてる」

 

 渋い顔で言うホット・ロッドに、バリケードはホウッという顔をし、バンブルビーとビーシャは不満そうだった。

 

「このまま、引き下がる、気!?」

「そんな……悪を前に正義が後ろを見せるなんて!!」

「ふ、二人とも落ち着いて!」

 

 血気に逸る相棒とゴールドサァドを、ネプギアは何とか諫めようと試みる。

 一方で不満があるのはディセプティコンたちも同じようで、うち三人がバリケードに詰め寄った。

 この三人は乗用車の特徴が見られるが、やたら派手な彩色と模様などから見るに何等かのレース用の車をスキャンしたようだ。

 

「なあバリケード、やっちまおう!」

「そうだぜ、構うこたねえ!」

「オートボットどもに目に物見せてやろうぜ!!」

「下がれ、グラウンドホッグ、ローラーフォース、モーターヘッド。またブタバコにぶちこまれたいか?」

 

 静かだが断固とした口調で言われて、三人は渋々引き下がる。

 しかし、ホット・ロッドとしてもこのまま帰るワケにもいかない。

 

「先に撃っちゃだめだよ、ロディ。撃ったらこっちが悪者だ」

「ああ、そうだな」

 

 くろめの忠告に、ホット・ロッドは素直に従う。

 何方かが先に戦闘を始めれば、そちらを止めるなり懲らしめるなりで追い出す名目が立ってしまう。

 ビーシャもそれは理解しているらしく、口をへの字にしていた。

 睨み合いになりかけた所に、さらに新たな人物が現れた。

 

「何事だ~、この騒ぎはー♪」

 

 やはり歌いながら祭りの設置現場の方からやってきたのは、太った壮年の男だった。豪華な衣装を着て、ナマズのような髭を生やしている。

 身の丈に近いコントラバスを軽々と抱えている。

 

「指揮者バッソーよー♪ 友よ聞いてくださいー! 彼らはー……」

「バッソー♪ 耳を貸しては駄目よー」

「ええーいー♪ いっぺんに喋るでなーいー♪」

 

 三人揃って楽器を奏で歌いながら言い合う指揮者たち。もはやミュージカルにしか見えない。

 

「ここの人たち、ずっとあの調子なのかな……」

 

 そろそろ疲れてきたくろめが思わず呟いた。その呟きにはオートボット勢よりむしろディセプティコンたちの方が共感しているようだった。

 ゼボップとアレグラから話を聞いたバッソは、厳しい顔で異邦人たちに向き合った。

 

「残念だがー♪ どちらにも出て行ってもらおうー♪ 君たちの戦争にー、この街を巻き込まないでくーれー♪」

「そんな! ねえ、わたしたちの方が正義の味方なんだよ!」

「それはそちらの理屈―♪ 正義でも悪でもー♪ 街を荒らすことは許さなーいー♪」

 

 ビーシャの訴えにも、バッソは頑なな姿勢を崩さない。

 それも仕方のないこと。彼らにしてみれば年に一度の祭りの日に、いきなり現れた余所者が偉人の墓を荒らすなど、受け入れられるはずもない。

 

「バッソよー♪ そうは言うが彼らを紹介してくれたのは私の友人だー♪ 屋敷でもてなすくらい構わないだろーうー?」

「私もー、ワイゲンド卿の顔をー♪ 潰すことはできなーいわー♪」

「むーうー♪ 仕方なーいー♪ 本日はー停まっていかれよー♪」

 

 ゼボップとアレグラの頼みに、バッソは渋々折れた。

 そんな指揮者たちに、ホット・ロッドは片膝を折り、ネプギアは深くお辞儀する。

 

「感謝いたします。指揮者の皆さま」

「あ、ありがとうございます!」

 

 くろめも軽く頭を下げ、バンブルビーとビーシャも不満そうではあるがこの場でドンパチを起こすことも出来ないと諦めた。

 

「仕方ない、さ。周りは、巻き込めない、よ」

「うん……」

 

 少し落ち着いたバンブルビーにそう言われて、それでもビーシャは、ふてぶてしい態度で引き揚げていくディセプティコンたちを悔しそうに唇を強く噛みしめていた。

 

 

 

 

 

 一連の流れを近くの建物の上から覗いている者たちがいた。彼らは両軍に気付かれないように、巨大な尖塔の影に隠れていた。

 

「オートボットとディセプティコンがかち合ったようだな」

 

 一人は赤い体の女性ディセプティコン、シャッターだ。

 もう一人は青い体をしていて、こちらはがっしりした手足などから男性であると分かる。

 肩や肘の関節にタイヤ、肩の背中側にはドアがあるなど自動車に変形するようだが、胸にはヘリコプターの物らしきキャノピー、背中には畳まれたローターがある。

 

「それでどうする? 俺たちでお宝を奪うか?」

「まあ待て、同志ドロップキックよ。我々の仕事は遺物を手に入れることではなく、連中が遺物を手に入れるのを防ぐことだ」

 

 粗暴そうな声で喋る度に口元が緑色に発光するドロップキックなる男性ディセプティコンを、シャッターはネットリとした声で諭した。

 

「そのためには、彼らにこの街から出て行って貰うのが確実だ」

「面倒だな……」

 

 うんざりした様子で排気するドロップキックに対し、シャッターはオートボットの集団……その中の黄色い情報員に視線を向けると、ニヤァと顔を歪めた。

 

「そうだな、彼に手伝って貰うとしよう……参謀殿。初めてくれ」

『了解だ。シャッター』

 

 

 

 

「どうやら、話はまとまったようだな」

 

 引き揚げようとするディセプティコンたちの後ろから、別のディセプティコンが声をかけた。

 それは赤と白のヒロイックなカラーリングで、バリケードらよりも頭一つ分背が高い。

 背中に戦闘機の主翼、胸にキャノピー、顔の口元は飛行士のマスクのような形状だ。

 

 ユーリズマにやってきたディセプティコンたちのもとに急に現れ、仲間に入りたいと言ってきた奴だった。

 しかし、声に首を回したバリケードは胡散臭い物を見る目をしていた。

 

 こいつはサウンドウェーブらメガトロンの側近ほどではないにしても、軍団の幹部格の一人だった奴だ。しかし戦後は平和路線に従えないとして直属の部下二名と共に野に下った。

 それが何故、急に現れたのかは分からない。何故、アンチ・エレクトロンに満ちたブリテンで活動出来ているのかも分からない。

 以前のスカリトロン争奪戦で横からかっさらっていったのはこいつではないかと、バリケードは考えていた。

 

 そんな99%黒な奴ではあるが、いや99%黒であるが故にガルヴァトロンの傍にいさせることも、逆に他の信用出来ない連中とつるませることも憚られたため、こうしてとりあえず近くに置いて監視しているのだ。

 

 そいつは、オートボットのホット・ロッドにわざとらしく視線を向けた。

 

「おい、そこのお前。俺の名を言ってみろ!」

「お、お前は……!」

 

 ホット・ロッドは思わぬ有名人の登場に、目を見開いていた。その姿、その名前、知らぬ者などいるはずもない。

 

「スタースクリーム……!」

「そう、俺こそ航空参謀スタースクリ……違えよ!! 何でだよ!!」

 

 しかし、その航空機ディセプティコンはホット・ロッドが思っていた相手とは違ったらしい。

 何故かディセプティコンたちも驚いていた。

 

「え、違うの? ややこしい見た目してんなぁ」

「てっきり、スタースクリームがイメチェンしたのかと……」

「航空機型っていやあスタースクリームだしなあ」

 

 まさかの同族からの勘違いに、よほど屈辱を感じたらしく、そいつは地団駄を踏んで再度その場にいる全員に問いかける。

 

「もう一度だけチャンスをやろう! 俺の名を言ってみろ!!」

「ブリッツウィング……!」

 

 すると静かだが激情の籠った声で、誰かがそいつの名を呼んだ。ホット・ロッドの隣に立つバンブルビーだった。

 全員が意外そうな顔で注目する中、ブリッツウィングはニヤリと目元を歪めた。

 

「おやおや、誰かと思えば可愛いマルハナバチちゃんか。久しぶりだな」

 

 ワザとらしく両腕を広げる相手を、バンブルビーは苦々し気に睨んだ。

 

 二人の因縁は、オートボットとディセプティコンがサイバトロンで戦っていたころにまで遡る。

 かつて、バンブルビーが心を通わせた……少なくとも本人はそう思ったディセプティコンがいた。

 名をディアブラというその女性は、実際にはスパイだったが、それでも彼女の中の善性を信じ、そしてそれは欠片ではあったが確かに存在した。

 しかし、彼女は殺された。

 

 このブリッツウィングに、バンブルビーの目の前で。

 

 空陸参謀と呼ばれていたディセプティコンにしてみれば、単純に裏切り者を始末したに過ぎない。だがそれは若き情報員の心に忘れえぬ傷跡をつけるには十分だった。

 

 それでも、バンブルビーは強く拳を握って怒りが爆発するのを堪えた。

 

「ビー……」

 

 ネプギアは彼の様子にただならぬ物を感じ、その足にそっと触れる。

 何か危険な物を察知したのはくろめやホット・ロッドも同じだった。

 

「行こう。ロディ」

「ああ……ゼボップ殿。案内をよろしくお願いします」

「いいよー♪ ……君たちも色々あるみたいだね」

「俺たちも引き揚げだ」

 

 早めに切り上げた方がいいと、一同はバンブルビーを連れてその場を後にしようとする。

 ゴタゴタを起こしたくないのはディセプティコン、特にバリケードも同じなようで、仲間たちに指示を飛ばす。

 

 ビーシャは相棒の敵は自分の敵とばかりに、鋭い目つきでブリッツウィングを睨んでいた。

 当のブリッツウィングは黙ってバリケードに従う素振りを見せていたが、不意に振り返った。

 

「ああ、そうそう。なんて言ったっけか、あの女? 確か……思い出した、ディアブラだったな!」

 

 歩き去ろうとしていたバンブルビーは、ピタリと足を止めた。

 それを見たブリッツウィングはオプティックを愉悦に光らせた。

 

「まあ相応の最後だったよ。裏切り者には、当然の末路だ。……そう言えば貴様のあの時の顔も傑作だったぞ」

「おい、余計なことを言うんじゃない!!」

 

 さすがにバリケードが止めに入り、ホット・ロッドは肩を震わせる情報員の背中に手を添えた。

 

「ビー、落ち着いてくれ」

「…………ああ、分かって、る!!」

 

 その瞬間、バンブルビーは踵を返すやホット・ロッドを振り払い、ブリッツウィングに向かっていった。

 バリケードが止めるよりも早く、ブリッツウィングは背中と踵からのジェット噴射で飛び上がり、腕を光線砲に変形させた。

 それを見たバンブルビーは、すぐさま右腕をブラスターに変えて発射するもヒラリと躱された。

 血相を変えて、ホット・ロッドはバンブルビーの肩を掴む。

 

「ビー! なにやってんだ!!」

「はなせ!! ビーシャ、来て、くれ!!」

「……え? あ、うん」

「だめええ!!」

 

 何が起こっているのか分からず半ば惚けていたビーシャはバンブルビーの要請に半ば無意識に応じ、ゴールドコアに変身した。

 ネプギアはそれを止めようとゴールドサァドの小さな体に手を伸ばすも、ほんの数センチ足りなかった。

コアは黄色い情報員の胸に合体すると、彼に力を与える。

 

「止めろ、ビー! 言ってただろう? 自分一人の感情で戦争を起こす気にはなれないって!!」

「……ごめん」

 

 必死に止めようとするホット・ロッドに小さく謝ると、バンブルビーは体を振動させて彼を再び振り払い、加速してブリッツウィングを追った。

 

「おう怖い怖い!」

 

 ブリッツウィングはギゴガゴと音を立てて、機体の両側に縦に細長い吸気口を持ち、胴体と主翼の下に燃料タンクをぶら下げたジェット戦闘機へと姿を変える。

 

 バンブルビーは知る由もないが、これは地球の米軍などで艦上戦闘機として使用されるマルチロール機、F-4ファントムⅡだ。

 

 そのまま飛び去ろうとするブリッツウィングに、バンブルビーは加速して追いすがるが、人や出し物にぶつからないように走っているので思うようにいかない。

 しかも超高速で走ることで発生した突風で、人や看板などが倒れ、オープンカフェの日傘や建物の間に張られた旗布が飛ばされ、詰まれた樽や木箱が崩れる。さらに何故か山車が吹き飛んだり、大きな風船が燃え上がったりまでする。

 

 そのまま飛び去るかに見えたファントムⅡだが、旋回して戻ってくる。

 これを好機と見たバンブルビーは並ぶ建物の屋根に上るとビークルモードに変形し、そこから加速し、屋根の傾斜を利用することで高くジャンプする。

 ロボットモードに再変形してブリッツウィングに飛び付こうというのだ。

 

 だが赤と白のジェット機は、翼の下に備えたミサイルを発射した。いかに超高速だと言っても、空中で躱すことなど出来ない。

 

「ッ!!」

 

 命中と同時にミサイルが爆発する。

 ミサイルの内部には2種類の特殊な薬剤が詰まっており、これは混ぜ方を変えることで高熱を発する焼夷剤にも、冷凍ガスにもなるという品だった。今回は冷凍ガスだ。

 身体を凍り付かせたバンブルビーは、そのまま下の広場に墜落した。

 衝撃で石畳が砕け、人々は悲鳴を上げる。

 

『ビー! おいビー! どこにいるんだ!?』

『ビー、返事をして!!』

 

 ホット・ロッドやネプギアが通信を飛ばしてくるのを無視して、体を振動させて氷を掃い立ち上がったバンブルビーの前に、ロボットモードに戻ったブリッツウィングが悠々と降りてきた。

 

「あ~あ、まったく酷い有様だ。正義の味方が聞いて呆れるな」

「きっさま……!」

 

 いけしゃあしゃあと被害者面するブリッツウィングに激昂し、加速して飛び掛かろうとするが、照射される冷凍光線によって体が氷付いていく。

 

『また……!』

「まだだ!!」

 

 体を高速振動させてその衝撃と発生させた熱で氷を掃うが、絶え間なく照射される冷凍光線によって溶かした端から凍らされる。

 

「もっとだ! もっと、速く!!」

『駄目だよ! もう限界が近いよ!!』

 

 コアとなっているビーシャが悲鳴染みた声を上げるが、バンブルビーはさらに加速する。

 戦いは、もはや加速と冷凍の根競べの様相を呈していた。

 

「もっとだ! 速く! 速く速く! 速く速く速く!!」

「おいおい……」

 

 一歩一歩でも確実に近づいてくる情報員にブリッツウィングの顔から余裕が消える。

 

(これは()()を変えて確実に仕留めるべきか?)

 

『もう、限界……!!』

 

 ついに連続して加速していられる、一分を越えた。越えてしまった。

 

「まだ、だぁああああッ!!」

 

 その瞬間、冷凍光線すら突っ切ったバンブルビーは閃光の矢のようになって、ブリッツウィングに体当たりした。

 

「ぐうえええッ!?」

 

 二人は諸共、後ろにあった三首竜の山車に突っ込み、その姿が崩れる山車の中に消えた。

 

 ……それからほんの数秒後、ホット・ロッドらとバリケードらが広場に到着した。

 

 ホット・ロッドは、広場の惨状に目を覆いたくなった。

 崩れ落ちた山車、倒れた看板や樽、割れた窓ガラス、こちらを恐怖と怒りの籠った目で見てくる人々。

 最悪ではないが、それに近い。

 ディセプティコンたちですら、唖然としている。

 

「ビー! どこー!」

 

 ネプギアは、弟分を探して声を上げる。

 すると、三首竜の残骸を押し退けて、立ち上がる者がいた。

 しかしそれはブリッツウィングだった。体当たりで損傷した腹を押さえ、苦痛で顔をしかめている。

 

「いてて……まさか、冷凍光線を突っ切ってくるとは……」

「おい、貴様ぁ!!」

 

 バリケードがブリッツウィングに詰め寄ると、その顔にPUNISHと刻まれた拳で殴りつける。

 

「いってえ!! なにしやがる!!」

「それはこっちの台詞だ!! 見ろ、この惨状を!!」

「おいおい、先に仕掛けてきたのはあっちだぜ。被害者だよ俺は」

「貴様がいらん挑発をするからだろうがぁッ!!」

 

 珍しく本気で怒声を上げるバリケードだが、ブリッツウィングに堪えた様子はない。

 一方、遅れてやってきた指揮者たちも、この状況には平静とはいかなかった。

 

「あいつらのせいで神聖な祭りが滅茶苦茶だー!! さっさと出て言ってもらえー!!」

「ワイゲンド卿には悪いけれどー、これは庇い切れないわー……」

「二人とも落ち着いてー……」

 

 怒り心頭のバッソと、深く溜息を吐くアレグラを、ゼボップが抑えている。それでもミュージカル調が崩れないが。

 

「ビー、ビーシャさん、いったいどこに……」

「ネプギアー、ここだよー……」

「ああ、よかった二人とも無事で……ビー!?」

 

 バンブルビーたちを探していたネプギアは、残骸の中から聞こえたビーシャの声を頼りに彼を見つけた。

 

 唐突だが、ここで少し話を変える。

 バンブルビーがビーシャの力を借りて行っている加速であるが、これは単純に身体能力を底上げして速く動いているという類の物ではない。

 その本質は時間への干渉であり、自分の時間その物を早回ししているのである。しかし、いかなる超常の力がそれを成すのか、バンブルビーが年老いるようなこともない。

 

 だが、時間への干渉なんてことにリスクがないはずがないのだ。

 プラスが大きければ、マイナスも大きくなる。

 

 つまり……。

 

「いたか! ビー、なんてことを……な!?」

「こ、これはいったい……!?」

「ビーが……」

 

 ホット・ロッドとくろめ、そしてネプギアが見たのは、途方に暮れているビーシャと。

 

「……?」

 

 一回り以上も体が縮み、迷子になった小さい子供のような不安げな顔をした、バンブルビーだった。

 

 これが時間干渉のリスクだ。

 バンブルビーは、超高速の代償で、体のみならず精神や記憶までも若返ってしまったのだった……。

 




今回、何故か長くなりました。
正直、バンブルビーが縮んだ理屈は自分でも強引だと思います(なら何故した)

今回のキャラ紹介

指揮者バッソ、指揮者アレグラ、指揮者ゼボップ
音楽の街ユーリズマの権力者たちであり、街で最高の音楽家たち。
太った壮年男性のバッソ、白い髪の妙齢の女性アレグラ、金髪碧眼の青年ゼボップの三人で、全員が楽器型のエクスカリバーを持ったアーサーでもある(バッソはコントラバス、アレグラはピアノ、ゼボップがヴァイオリオン)が、当人たちは良い楽器程度にしか思っていない。
バッソは保守的で街の安全を第一に考える性格、アレグラは厳格だが義理硬い性格、ゼボップは軽いがフレンドリーな性格。

元ネタは街の名前の共々トランスフォーマー2010屈指の作画大崩回『音楽惑星の挑戦』から。
バッソとアレグラは音楽用語が由来のようだけど、ゼボップだけ分からず(ポップ?)



突撃兵モーターヘッド、突撃兵ローラーフォース、突撃兵グラウンドホッグ
ガルヴァトロンに従うディセプティコンの兵士で、バリケードの部下。
全員色違いのグランドツーリングカー(市販車を改造したレースカー)に変形する。全員レースが好き。
元々軍団でも下っ端で、戦後は考えなしに公道で暴走行為を繰り返していたため、あえなく御用となった(捕まえたのはバリケード)
つまり軽犯罪者で平和路線に不満を抱いているわけでもない。ガルヴァトロンに付いてきたのも「なんとなく」以上の理由はない。ついでに個々の個性もない。
見た目は全員揃ってプライム版スモスクの頭部替えみたいな感じ。

元ネタは、マイクロマスター。
日本ではトランスフォーマーZの玩具展開でのみ、レースカーパトロールチームという名称で纏めて登場。
実は史上初めてバリケードの名を持ったTFも、この一員である(ただしFIカー)。
もちろんアニメ未登場。それどころか2019年現在バリケード以外は筆者の知る限り同名のTFさえいない超マイナーキャラ。元ネタでは一人一人違う種類のビークルになる。

何故かこいつらを出したいという謎の欲望にかられたもんで……。



空陸兵ドロップキック
元ディセプティコンの兵士。
作中ではまだ変形していないが、青いマッスルカーと攻撃ヘリAH-1W スーパーコブラに変形する。
やはり平和路線に馴染めなくて、シャッターたちと共に傭兵に転職した。
シャッター、ブリッツウィングに比べると粗暴で好戦的な性格だが、彼女たちに合わせるくらいの知能と協調性はあり、見境なしの戦闘狂やまったくの考えなしというワケではない。
トリプルチェンジャー三人の中では一番階級が低いが、扱いは対等。

残忍で狂暴で人間を下等と見下すが、有能方面にも馬鹿方面にも突き抜けてない、あまりにも普通のディセプティコン。いや有能なんですけどね。



空陸参謀ブリッツウィング
元ディセプティコンの兵士。シャッターやドロップキックの元上官。
ファントムⅡに変形する……が?
元々は軍団でも幹部格の一人だったが、平和路線に馴染めずに離反しようとするもシャッターの助言で傭兵に転職した。
熱線と冷凍光線を発射できるデュアルエナジーキャノンと焼夷、冷凍ミサイルが武器(昔はナルレイを使っていたがスタスクと間違えられるので変えた)
かつてバンブルビーと友人になったディセプティコンのスパイ、ディアブラを裏切り者として始末した件で彼に恨まれている。

冷酷非情で野心家、戦闘力も高いが、何故かよくスタースクリームに間違われることを気にしているなど間の抜けた面があり、他の二人からは舐められている。
傭兵稼業を始めるにあたり旧知の仲のアストロトレインも誘ったが、すでに運送業で成功していた彼には断られてしまった。



スパイ ディアブラ
ディセプティコンの女スパイ。故人。
バンブルビーを利用してオートボットの情報を得ようとした。
冷徹で強かな性格だったが、なんやかんや情が移ってしまった模様。
利敵行為まではしなかったが、軍を抜けようとしたため、ブリッツウィングに始末された。

立場的にはサウンドウェーブの部下だった。
本人は無自覚だが、バンブルビーにとっての初恋の相手。

元ネタはバンブルビーやブリッツウィングとの関係含め翻訳アメコミのバンブルビー。


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第45話 ビーシャ・ブルース

「……オーケー、一度状況を整理しよう」

 

 ユーリズマの街の近く、着陸した降下艇の前で、くろめは頭痛を堪えるように眉間を指で揉みながら口を開いた。

 そろそろ、日も傾いてきている。

 

「まず、オレたちはこのユーリズマに遺物を探しにやってきた。で、そこでディセプティコンと出会った。ここまではいい。どうやってかは分からないが、連中も遺物のことを突き止めたんだろう」

 

 ゆっくりと歩きながら、これまであったことを並べていく。

 

「で、ディセプティコンの新顔と何か因縁があって、堪えきれなかったビーがあの航空参謀擬きに突っかかって、結果街の人たちに大迷惑をかけた。……この時点で、大問題だ」

 

 努めて冷静であろうとしているが、その声には怒りが滲んでいる。

 あの後怒り心頭の指揮者バッソは、両軍に街からの退去を命じ、残る指揮者のアレグラもそれに反対はしなかった。

 まだ街にいられるのは、指揮者ゼボップが二人を説得してくれたからだ。

 アレグラの屋敷にいるのだろうディセプティコンたちも、遺物回収が出来ずに困っているはずだ。

 

「さらに、()()()()()()()ビーが子供になってしまった、と……いやふざけんなよ!!」

 

 一番の問題点を口にした瞬間、くろめは堪えきれなくなって咆哮した。

 

「有り得ないだろ!? なんでもアリにも限度ってもんがある! いい加減にしろよトランスフォーマー!!」

 

 一しきり絶叫した所で、肩を落として荒く呼吸する。

 そんな相棒の様子に、ホット・ロッドは酷く責任を感じているらしい顔をしていた。

 遺物探しが困難になったのもそうだが、それ以上に街に被害が出たこと、そして自分が怒れるバンブルビーを止められなかったことが、彼の心を苛んでいた。

 それを理解しているからこその、くろめの怒りでもあった。

 

「で、その黄色いアンチクショウはっていうと!!」

 

 くろめがギロリと睨むと、降下艇の影で黄色い影がビクリと震えた。

 

 黄色くて丸っこい造形に、ホット・ロッドよりも二回りは小さい体。

 渦中のヒト、小さくなったバンブルビーだ。

 胸に丸いヘッドライトやボンネットがあり、背中にはタイヤと昆虫の羽根のように配置された後部座席の窓部分があるが、御馴染みのカマロではなく別の車の特徴が現れていた。

 耳のようなパーツをしおれさせ、幼くなった顔に迷子のような不安を浮かべている。

 

 彼はその肉体ばかりか、精神までもが外見相応に退行してしまい、丸っきり子供になってしまったのだ。

 

「くろめさん、落ち着いて……ビー、怖がらなくていいんだよ」

 

 ビクビクとするスモール・バンブルビーを安心させようと、その頬をネプギアが撫でる。

 バンブルビーはちょっと安心したようだったが、くろめはその姿にイライラとした視線を向ける。

 

「ぎあっち! いくらなんでも甘すぎだよ!」

「でも、こんな状態のビーに怒っても何にもならないじゃないですか!」

「オレだってこんなこと言いたくないけど、そいつが復讐に憑りつかれたせいで……」

 

 そこまで言って、くろめはバツが悪げに黙り込んだ、

 復讐や恨み云々は、言えた義理ではないからだ。

 ホット・ロッドは深く追求せずに大きく排気した。

 

「元に戻す方法は……」

「分かりません。ただ、こうなった原因がビーシャさんとの合体にあるのなら、もう一度合体すればあるいは……」

 

 ネプギアの答えは、雲を掴むような話しだった。

 しかもビーシャはあの後、姿を消している。

 正義の味方を目指す彼女してみれば、今回のことは相当にショックだったらしい。

 グッとホット・ロッドは拳を強く握る。

 人々に迷惑をかけ、さらにはチームを纏めることも出来ない。

 やはり自分は、オプティマスのようにはなれないのか?

 

「とにかく、まずは手分けしてビーシャを探そう……」

 

 

 

 

 夕日が照らすなか、ビーシャは一人、街の外にある泉の畔に座り込んで膝を抱えていた。

 バンブルビーに合体を要請されたあの瞬間、何としても止めるべきだった。しかしあの時、情報員の激情を見たビーシャの頭は真っ白になっていた。

 

 一人悩むビーシャの横に、いつの間にかバンブルビーが立っていた。その脇にはネプギアも佇んでいる。

 彼らが一番速くビーシャのことを見つけたようだ。

 

「ビー、ネプギア……ごめん、もう少し一人にして」

「ビーシャさん……」

 

 心配そうに電子音を鳴らす情報員から、ビーシャは目を逸らす。まだ彼と話す気にはなれなかった。

 その感情を、上手く言葉にすることも出来なかった。

 

「ビーシャさん、ごめんなさい」

「なんでネプギアが謝るのさ。悪いのはわたしだよ。考えなしに合体しちゃって」

「いえ、私があの時、止められていたら……」

 

 お互いに思い詰めた顔をする女神とゴールドサァドの姿に、バンブルビーは悲しそうに電子音を鳴らし、それから何かを想いついたような顔で自分の腹の部分を弄った。

 そこにはカーステレオが嵌め込まれており、軽快な音楽が流れだす。

 

「これって……」

「5pb.さんの、『Dimension tripper!!!!』?」

 

 今もゲイムギョウ界のトップシンガーである5pb.の持ち歌に合わせて、ビーはステップを踏む。

 これを聞いて仲直りして元気を出してほしい、ということだろう。

 子供っぽいながらも確かな思いやりに、思わずビーシャとネプギアは薄く微笑んだ。

 

「ありがとう、優しいんだね……」

「うん。少しだけ元気が出たよ」

 

 その様子に、バンブルビーはピーブ音を鳴らして、彼女の脇に座り、反対側にネプギアも腰を下ろす。

 一緒に泉を眺めながら、ビーシャはなんとなしに口を開いた。

 

「わたしさ、正義の味方になりたかったんだ……お父さんとお母さんが死んじゃって、凄く寂しくと悲しくて、テレビのヒーローがわたしの支えだった」

 

 何処か懐かし気に、ビーシャは口元をほころばせる。

 

「ビーのこともテレビで見たんだ。……この世界には、作り物じゃない本物のヒーローがいたんだって、本当に嬉しかった。……だから、わたしもヒーローになろうって、そう決めたんだ」

「ビーシャさん……」

 

 こんな時だが、ネプギアは少し嬉しかった。愛する弟が、一人の少女に希望を与えた。それはとても素敵なことだ。

 そのころのことを覚えていなくてごめんと、バンブルビーは電子音で謝った。

 静かにビーシャは首を横に振る。

 

「ううん、わたしの方こそごめんなさい。わたし、あなたに理想のヒーロー像を押し付けてたんだと思う」

 

 その脳裏に、前にネプテューヌが前に言っていたことが思い出されていた。

 モンスター恐怖症だった彼女は、紫の女神に協力してもらいそれを克服するための特訓をしていた。

 

「ねぷねぷが言ってたんだ、『誰にだって得意不得意はあると思うんだ。けどそれって仲間同士で補えあえばいいだけの話でしょ?』って。そうだよね、みんな違うんだもんね」

 

 それは一人で何でも背負い込もうとする総司令官に少しでも幸せになってほしいと願い、自分もまた柄にもなく背負い込んでしまって友人たちに助けられた、ネプテューヌだからこその台詞だったのだろう。

 

 その告白をネプギア、そして近くの木々の裏に隠れてホット・ロッドとくろめも聞いていた。

 三人はそれぞれ、ここにはいない紫の女神の言葉に、そしてビーシャの告白に、感じる物があった。

 ホット・ロッドはみんな違うと言う部分に、くろめは理想の押し付けに、そしてネプギアは仲間同士補い合うという部分に。

 

「わたしはあなたに期待するばっかりで、補うことが出来なかった……ヒーロー失格だよね」

「そんなことありませんよ」

 

 力無く笑うビーシャの手をネプギアは握り、その目を真正面から見つめる。

 

「ビーシャさん、前に言っていたでしょう。ヒーローは一回負けてからが本番だって。だから、今度も大丈夫です。……駄目でも、その時は私たちが助けます」

 

 ビーシャはギュッと自分の手を握るネプギアの姿に、確かにネプテューヌの面影を感じた。

 やはり、この少女は女神なのだ。

 

「そうだね……うん、もう一度、頑張ってみるよ」

 

 ようやく笑みを浮かべたビーシャを見たバンブルビーは、やおら立ち上がるとギゴガゴと音を立てて車に変形した。

 丸っこくてちょっと古い型のその自動車は、何時の間にスキャンしていたものやら、地球のフォルクスワーゲン・ビートルと呼ばれる小型自動車だ。

 

 ビートルは乗ってと言わんばかりにドアを開けた。

 

「ドライブ? ……うん、気分転換にいいかも」

「じゃあ、せっかくだから私も」

 

 ビーシャとネプギアが乗り込むと、ビートルは軽快な音楽と共に走り出した。

 ホット・ロッドはグッと拳を握りしめ、深く息を吐いた。

 

「くろめ……力を貸してほしい」

「ああ、もちろんさ。で、何をする気なんだい?」

「鍵探しより先にやることがある。俺の……俺たちなりのやり方で」

 

 

 

 

 

 街の外の草原を、二人の少女を乗せたビートルを突っ走る。

 

「きゃー! ビー早ーい!」

「ビー、ちょっと早すぎるよー!」

 

 意外にも、はしゃいでいるのはネプギアで、ビーシャは少し戸惑っていた。

 

「何を言ってるんですか、ビーシャさん! 可愛くて強い! だから凄い! それがビーなんです!! そこに私の開発したトルクをかけて、100倍です! 分かりますか、この算数が!!」

「いやいや、なんでさー!!」

 

 テンションが上がって素っ頓狂なことを言い出すネプギアに、ビーシャはやっぱりネプテューヌの妹であると感じていた。

 バンブルビーがルーフを開けると、ネプギアは座席の上に立ってルーフから上半身を出す。

 

「ひゃー! 風が気持ちいいー!」

「そ、それならわたしも!」

 

 ビーシャもルーフから顔を出す。背の低い彼女だが、ネプギアに手伝って貰って何とか上半身を出せた。

 その身に風を一杯に受け、両腕を掲げると、何だか気分が高揚してくる。

 

「おー! ホントだ、気持ちいいー! ビー、やっぱりあなたは最高だよ!!」

 

 運転手がいなくとも走れるトランスフォーマーだからこその楽しみ方だった。

 と、急に後方から爆音が聞こえてきたかと思うと、猛スピードで何かが接近してきた。

 三台のレース使用のスポーツカーだが、このブリテンの野を走っているからには普通の車のはずもない。

 

 昼間、バリケードと共にいたモーターヘッド、ローラーフォース、グラウンドホッグだ。

 

「よーチビ助! いい走りしてんじゃねえか!!」

「俺らとレースしようぜー!!」

「どうしたチビ助、ビビってんのかー!」

 

 口で煽りながらバンブルビーの周りで蛇行して煽り運転してくる三体に、ビーシャはムッとする。

 

「ビー、ディセプティコンなんかに構うこと……」

「あ、いけない! 実はビーは……!」

 

 ネプギアが何か言いかけると、不機嫌そうにピーブ音を鳴らしたバンブルビーは、ラジオから戦意が高揚するような曲を鳴らす。

 やる気は満々のようだ。

 

「凄く、負けず嫌いなんです!」

「あー、なんか納得!」

 

 急いで車内に戻った二人がシートベルトを締めると、バンブルビーは小さな車体に見合わぬスピードを出して三台のレーシングカーを追い抜く。

 

「おお、やるじゃねえか!!」

「よーし、俺らも負けてられねえぜ!!」

 

 負けじとモーターヘッドたちもスピードを上げる。

 四台の車は、ブリテンの草原を走っていくのだった。

 

  *  *  *

 

 一方そのころ。

 バリケードは何とかアレグラを説き伏せて逗留を許してもらい、街の中を歩いていた。

 街のあちこちには破壊の跡が残されており、それらを一つ一つ見て回る。

 しかしそれでも音楽が鳴りやまないあたり、この街の音楽好きは筋金入りだ。

 

 街の人間たちはすっかりトランスフォーマーに恐怖感を抱いているのか、近づいてこない。

 別にそれをどうと思うこともなく、バリケードは燃え落ちたバルーンや崩れた山車の残骸を手に取り、スキャンしていた。

 しかし、後ろに気配を感じて排気する。

 

「何の用だ?」

「手を貸してほしいんだ」

 

 バリケードは後ろに立つホット・ロッドの声に、鼻で笑うような音を出す。

 

「正気か?」

「さあ? でもアンタらだって、このまま嫌われ者は困るだろ? 特にガルヴァトロンの奴は」

 

 一応は主君としている相手の名に、バリケードの目が剣呑な色を帯びる。しかし確かに、指揮官の顔に泥を塗るのは避けたい所だ。

 ホット・ロッドは続けた。

 

「あのスタスク擬きは?」

「あいつなら、拘束しておいた。これ以上何かされるのは御免だ」

 

 それも当然と、ホット・ロッドは頷いた。あのタイミングでバンブルビーを煽ったのには、妙な意図を感じた。

 

「これを見ろ」

 

 バリケードは振り返ると、手に持った山車の破片をホット・ロッドに渡した。

 それを繁々と見ていた若いオートボットは、あることに気付いた。破片に不自然焼け焦げがあるのだ。

 

「これって、ブラスターで撃たれた痕か?」

「そうだ。お前んトコのハチ公が走り回るのに合わせて撃って、被害を大きく見せてたんだ」

「いったい誰が……」

「心当たりはある」

 

 バリケードにはその見当は付いていた。

 このブラスターは特殊なタイプで、なおかつブリッツウィング絡みとなれば、トリプルチェンジャーのドロップキックだろう。おそらく相棒のシャッターもいるはず。

 あの女兵士は狡猾で執念深い、敵に回すと厄介な相手だ。

 

「おそらく俺たちが遺物を手に入れると困るんだろう。絶対にまた邪魔してくるぞ」

 

 それでもやるのかと、バリケードは言外に語りホット・ロッドの目を見た。

 若きオートボットは不敵に笑ってみせた。

 

「むしろやる気が出てきたぜ。障害が多いほど燃えるってもんさ」

 

 一瞬、ほんの一瞬、古参のディセプティコンは目の前の若者に、遠い日に忠誠を誓った相手の面影が重なった気がした。

 その男は、世界や運命というこの上なく強大な相手に挑んでいった。結果は……色々あったが最終的には勝利したと言っていいだろう。

 

「遺物はどっちの物になる? 仲良く半分こというワケにもいくまい」

「あんたらにやる」

 

 虚を突かれバリケードはギョッとした。

 その表情に、ホット・ロッドはニヤリとした。

 

「協力を要請する以上、筋は通す。今回はな。いずれこっちが分捕る」

「正義の味方らしくない物言いだな。そこは悪党に渡すくらいならブッ壊すとでも言っとけ」

「そんなのナンセンスさ。取られたなら、取り返せばいいんだ」

 

 それは若造ゆえの現実の見えていない物言いと言っていい。リスクを軽視した、無鉄砲な考え方だ。

 だが、中々に野心的で面白い。

 

「で? 具体的に何をする気だ?」

「勝つためには、敵の戦略だけでなく芸術も知るべきだ、……スローン大提督ってしらない?」

 

 バリケードの質問に答えず、というよりは答えるための前振りとして、質問で返してきた。

 言うまでもなく知らない。

 

「誰だそいつは。聞いたこともないぞ」

「マジで? 『スターウォーズ:反乱者たち』見てないの?」

「知らんわ。いいから本題に入れ」

「はいはい……ここはさ、音楽の街なんだ。ここで信用を取り戻すなら、音楽で勝負するのが一番ってことさ」

 

 意味が分からないというバリケードの前で、ホット・ロッドは軽く踊るような動きをする。

 すると建物の影から、くろめが現れた。隠れて二人の会話を聞いていたようだ。

 

「明日の晩のステージで、何曲か演奏させてもらえることになった。指揮者たちを説得するのには、苦労したんだぜ?」

 

 くろめがニヤリと笑うと、ホット・ロッドは自信ありげな顔をした。

 

「まずは、全員でステージの準備や街の修理を手伝う。その後で曲の練習だ……てなワケで、アンタらの仲間に楽器が出来る奴いるかい?」

「何を言い出すかと思えばそれが作戦か? 新兵でももうちょっとマシなことを考えるぞ。おまけに行き当たりバッタリの出たトコ勝負……モーターヘッドたちが、出来るとか言ってた気がするな」

 

 遠慮なく皮肉を吐きながらも、バリケードは答えた。

 

「だが奴らに物を頼むのはやめとけ。あいつらの頭にはレースしかない」

「なら一勝負するか。これでも、スピードには自信が……」

 

 そこで、ホット・ロッドの通信装置に着信があった。ネプギアからだった。

 手振りでバリケードに断ってから通信に出ると、珍しく語気の強い声が聞こえた。

 

『ホット・ロッドさん! すぐに来てください!』

「ど、どうしたんだネプギア」

『いいから!』

 

 

 

 

 

 そんなワケでホット・ロッドたちはネプギアたちのいる街の外までやってきた。そこでは思わぬ事態になっていた。

 

「もー! さっきのは反則だよ!! 接触スレスレだったじゃない!」

「んなことねえよ、あれぐらいレースでは当然さ!」

 

 ビーシャとレーシング・ディセプティコンの一人が揉めていた。

 しかし、それは本気で敵意を剥き出しにしていると言うよりは、お互いに楽しそうな雰囲気だ。

 

「ふっふっふ、さっきは遅れを取りましたが、今度は完璧に整備しました! これでビーがあなたたちに負けることはありません!!」

「どうかな? レースは整備だけで勝てるほど甘くねえぜ!」

 

 一方、ネプギアはレンチとドライバーを手に勝気な笑みを浮かべていた。

 

「やるじゃねえか、チビ助! いい走りだったぜ!」

 

 そしてバンブルビーはモーターヘッドに肩を叩かれて、サムズアップを返していた。

 思わぬ光景に、ホット・ロッドたちは唖然とする。

 

「ぎあっち、これはどういう事態なんだい?」

「あ、うずめさん! 来てくれたんですね!」

 

 一同を代表するかのようにたずねたくろめに、ネプギアは機械油の付いた顔で笑顔を浮かべた。

 彼女が言うには、モーターヘッドたちとバンブルビーは実に熱いレースを繰り広げていたが中々決着が付かず、ホット・ロッドを交えてもう一回レースをしようと彼を呼んだらしい。

 

 バリケードが何とも言えない顔をするが、ホット・ロッドにとってはむしろ渡りに船の展開だ。

 

「レースはいいけどさ、その前に一つ質問。あんたら、楽器弾ける?」

「あん? ギターなら出来るけど」

「ドラムならいけるぜ」

「ベース。いや、5pb.の曲にハマっててな」

 

 その答えは、まさにホット・ロッドが望んだものだった。

 

「いよーし、なら俺がレースに勝ったら、あんたらには何曲か演奏してほしいんだが、いいか?」

「お前が勝ったらな!」

「よし、決まりだ! 時間も少ないし、早く始めよう! バリケードは、審判を頼む」

 

 ホット・ロッドはランボルギーニ・チェンテナリオの姿に変形すると、エンジンを吹かす。

 その横にビートルに変形したバンブルビーが並び、ディセプティコンたちも位置に着く。

 ビーシャとネプギアは、黄色いビートルに向かって声を上げた。

 

「頑張れビー! 負けるなビー!」

「落ち着いてやれば大丈夫だから! ……ほら、くろめさんも応援しましょう!」

「オレも? ……まあ、いいか。ロディ! しっかりね!!」

 

 くろめが苦笑しつつも応援に加わると、バリケードは大きく排気してから腕を上げた。

 

「仕方がない……なら、街の周りを一周してこい。妨害はなし、合体とか特殊能力もなし。最初に戻ってきた奴が勝ち……スタート!!」

 

 バリケードが腕を振り下ろすと、5台の自動車は一斉に走り出した。

 

  *  *  *

 

 そのころ、ブリッツウィングはアレグラの屋敷の庭で、ステイシス・ポッドに入れられていた。

 だがそのポッドが開かれ、ステイシスが解除される。

 ブリッツウィングがオプティックを開くと、赤と青のディセプティコンが目の前に立っていた。

 

「無事なようだな」

 

 空陸将校シャッターと空陸兵ドロップキックだ。

 周囲には見張りのプロトフォーム・ディセプティコンが倒れている。一応死んではいないようだ。

 ゴキゴキと首のジョイントを回しポッドから出たブリッツウィングは、後ろで手を組んでいるシャッターに状況を確認する。

 

「それで、仕事は終わったのか?」

「いや、遺物を回収するにはまだ時間がかかるらしい」

「は! あの忍者野郎め、無能にもほどがある!!」

 

 ドロップキックが悪態を吐くとブリッツウィングは顎に手を当てた。

 

「ならどうする? 俺たちで遺物を分捕るか?」

「それはよろしくないな、参謀殿。今の我らは傭兵だ。傭兵は余計な仕事はしないものだ」

「まだっろこしい……! いっそ、連中をぶっ潰せば済む話だ!」

「同志よ、落ち着け」

 

 イライラと体を揺らす青いディセプティコンを、赤い女性ディセプティコンは宥めた。ドロップキックは、基本的にシャッターの言うことには逆らわない。

 

「しかし、オートボットにせよディセプティコンにせよ、まだこの街を追い出されないのは予想外だった。ここの連中は、思っていたよりも平和ボケしているようだ」

 

 シャッターはワザとらしく首を横に振る。

 

「その上、連中は組んで何かしようとしている。それが何にせよ、我々のやることは一つだ。……最高に盛り上がった所を、台無しにしてやるとしよう」

 

 ニィッと陰湿な笑みを浮かべるシャッターに、残る二人も頷く。

 特にドロップキックはその時を楽しみにしてウズウズとしているようだった。

 

「今度はバルーンじゃなく人間どもを破裂させてやる」

「その意気だ、ドロップキック。……と、その前に雇用主から貰ったビークルのデータをもう一回見せてくれ」

「例の、何とかという星の奴か?」

 

 空陸参謀の言葉に、シャッターが問いつつも掌からデータを空中に投射する。

 自動車、飛行機、列車、そして戦車。様々な乗り物の立体映像が現れる。

 ブリッツウィングは少し考えてから、その中から一つを選んでスキャンした。

 

 地球にかつて存在したソビエトと言う国で使われていた戦車だ。

 亀の甲羅のような平べったい砲塔に長い主砲とその横にモノクルのような射撃管制装置、車体の後部にはドラム缶のような燃料タンクを備えた、T-72という戦車だ。

 本来T-72が備えているスモーク・ディスチャージャーがオミットされ、キャタピラ脇に追加装甲が施されている改造型である。

 

「お、久しぶりにその姿になるのか」

「サイバトロンを出て以来か?」

「ああ。せっかくの祭りだ、めかし込まないとな」

 

 シャッターとドロップキックの見ている前で、スキャンを完了した空陸参謀の姿がギゴガゴと音を立てながらより凶悪な物へと変貌していった……。

 




今回、一番悩んだのは、ブリッツウィングがスキャンする戦車。
せっかくなので、80年代に活躍した奴に……分からない方は、大雑把に戦車だと思っていただければ……。

最近、やはり地球を舞台にした方が良かったかなと思ってます。駄目なことだと分かっているけど、いっそゲイムギョウ界編半ばくらいから書き直したい……。


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第46話 音楽都市の挑戦

※前回、前々回のタイトル変えました。


 バンブルビーが縮んでから、一晩明けて。

 あの後、何回か試してみたが、合体しても元に戻らなかった。それどころか、高速移動も出来なくなってしまっているという。

 これは精神的な問題が大きいのではと、ネプギアは言っていた。

 

「よーし、そっち持ってくれ!」

「おー」

 

 朝日の差すユーリズマの街では、オートボットと一緒にモーターヘッドらディセプティコンが、街の瓦礫の撤去やステージの準備に勤しんでいた。

 ホット・ロッドとバンブルビーとのレースに惜しくも敗北した彼らは、潔く協力してくれているのだった。

 

「はい、これで弾けるはずです!」

 

 一方、ネプギアは即興でトランスフォーマーサイズの楽器を作り上げていた。

 元々は街の飾りだった物だが、彼女にかかれば本当に使えるようになった。後は職人に手伝って貰えば調律もばっちりだ……何かおかしいが気にしてはいけない。

 

 一通り片付けを終えたホット・ロッドは、ネプギア作特大ギターを持ち上げてモーターヘッドに渡す。

 

「よし、ありがとう。じゃあここが終わったら、音合わせといこう」

「おお、待ちくたびれたぜ!!」

 

 ギターの弦を弾くモーターヘッドを眺めながら、休憩中のバリケードはヤレヤレと排気する。奇妙なことになったものだ。

 だが、何より奇妙なのはバンブルビーだった。

 

 どういうワケか小さいオートボット、さしずめミニボットとなった黄色い情報員は、バリケードにも突っかからなくなった。それどころか……。

 目の前で、そのミニボット・バンブルビーがオイルの入った樽を差し出してきていた。

 

「……ああ、ありがとうよ」

 

 受け取ると、そろそろ付き合いも長いオートボットは嬉しそうにピーブ音を鳴らした。あれほど敵愾心を向けられていたのにこれだと、調子が狂う。

 

(いや、調子が狂っているのはこの世界に来てからずっとかもしれんな)

 

 そんなことを考えながらオイルを煽ると、横にホット・ロッドが立っていた。

 

「なんだ? 言っとくが俺は楽器なんざ弾けんぞ」

「ああ、そういうワケじゃないんだ。ただ、アンタとは一度話しときたくてさ」

 

 静かに、ホット・ロッドは言った。明るい表情だが、本人なりに決意があることが目の色で分かった。

 彼が聞きたいことは、それこそ山のようにあるだろう。

 

「あんた、何でガルヴァトロンと一緒にいるんだ? あんただって、昔はオートボットと一緒に戦ったんだろう?」

「成り行きでな。……ガルヴァトロンといるも、言ってしまえば成り行きだな」

 

 思えば、何故自分はあの男についていっているのか、その明確な答えを、バリケードは持ち合わせていたかった。

 平和な世界に退屈を感じ、刺激を求めていたのは確かだ。

 今や大帝の伴侶となった、あの女神の面影を感じるのもある。

 

「あいつが、生まれてすぐの頃からの……かなり変則的だが……付き合いだ。あれがあの女に抱かれていた日のことを、今でも覚えている」

 

 ホット・ロッドは、バリケードが未来からきたというガルヴァトロンの言葉に疑問を感じていないことには口を挟まなかった。

 

「つまり、放っておけないってことか」

「そうかもな……正直、あいつが正しいのかは分からん。現状に流されてることは否めん。……それでもな、不思議とあいつを見捨てる気にはならない」

 

 そして、バリケードはホット・ロッドの顔を見た。

 

「お前のことも這い蹲ってたころから知ってるんだぞ、俺は。兄貴たちに比べると随分と手のかかる奴だったな。それは今もだが」

「俺はその話を信じてるワケじゃないけどな」

 

 何処か懐かし気な顔をするバリケードに、ホット・ロッドは少し困った顔になる。

 彼自身はまだ、自分が破壊大帝の子だと受け入れたワケではなかった。

 

「それで、どんな連中なんだ、その……メガトロンとレイってのは」

「素晴らしい二人だった、とでも言えば満足か? 生憎と、俺から見ても結構な欠点のある二人だったよ」

 

 パトカー型ディセプティコンは、いつもの癖で顔を皮肉っぽく歪めた。

 

「メガトロン様は、良くも悪くも自分の考えを曲げない上に完璧主義が過ぎたし、レイは気が弱いかと思えば強引だったり、その癖いちいちズレてて振り回されたもんさ……だが思えばそれも楽しかったな」

 

 皮肉の仮面の奥から、懐かしさと愛おしさが漏れ出しているバリケードを、ホット・ロッドは眩しそうに見ていた。

 少なくとも、彼からしてみれば暫定両親は嫌いな相手ではないらしい。

 

「まあ何のかんの言っても、俺たちディセプティコンがメガトロン様に救われたのは確かだ。だがメガトロン様を救えたのは……多分、レイだけだったんだろうな」

 

 例えば他の女神だったなら、メガトロンにあそこまで寄りそうことは出来なかっただろう。

 あの時点でのゲイムギョウ界に居場所のなかった、多くの罪や矛盾を抱えていたレイだったからこそ、孤独な破壊大帝の隣に立てたのだ。

 それはレイにとっても同じで、ゲイムギョウ界の価値観から外れた存在で、無理矢理にでも掻っ攫っていくような強引さを持ったメガトロンだから、彼女は救われたのだ。

 

「これはフレンジーっていうレイと特に仲の良い奴から聞いた話しだが、メガトロン様は時折、あの女のことを欠片(ピース)と表現していたそうだ」

「欠片? 駒じゃなくてか?」

「ああ、どういう意味かは俺にも分からん」

 

 肩を竦めるバリケードだが、反対にホット・ロッドは何かが腑に落ちたようだった。

 

「欠片か……そうか、欠片を得て初めて完全になれる。そういうことかもな」

「…………」

 

 それは計らずしも正確に父の言を言い当てていた。

 実のところ、バリケードはフレンジー経由でそのことを知っていた。本人は望まないだろうが、ますます目の前の若者が大帝に重なって見えた気がした。

 

「意外とロマンチストなんだな、メガトロンって。ま、宇宙征服とか言い出すくらいだしな」

「リアリストの極致みたいなもんだと皆思ってたんだがな。レイが言うには理想を叶えるために現実主義に徹してる、らしい」

「ちょっと美化し過ぎじゃないか、それ?」

「まあ恋は盲目って奴さ。結婚した今では面倒くさい男っていつも言ってるしな」

 

 二人として、何となく笑い合う。

 バリケードはこの若者はこの若者で気に入り始めていた。

 メガトロンに似ているから、だけではない。敵にも協力を求めるクレバーさと楽天的な部分が同居した、その若さとひたむきさが、好ましかった。

 

「おい、ホット・ロッドよ! そろそれ練習しようぜ!」

「俺たち楽しみにしてんだぞ!!」

 

 もう少し話しを続けたかったホット・ロッドだが、モーターヘッドたちに呼ばれた。バンブルビーもカーステレオから流す音楽に合わせて体を揺らし、催促している。

 

「ああ、今行くよ! ……それじゃあバリケード、()()()()()頼む」

「ああ、()()()()()

 

 ホット・ロッドとバリケードは、すでにブリッツウィングが逃げ出したことを情報共有していた。話し合った結果、空陸参謀とその背後にいるシャッター、ドロップキックが仕掛けてくるであろうことへの対策も立てた。

 このベテラン偵察兵には、狡猾で好戦的、かつ執念深い……つまり()()()()()()()()()()()相手の思考は手に取るように分かるからだ。

 

  *  *  *

 

 いくらかの音合わせと演奏の練習をして、一休みすることにしたホット・ロッドは塚の上に立つモードレッド王の立像を見上げていた。

 父王に代わりこの国を治めた二代王に、ホット・ロッドは少しシンパシーを感じていたが、自分は彼と違いオプティマスの代わりにはなれそうにない。

 自分なりのやり方を模索しているが、それが正しいのかはまだ分からない。

 

「あんた、親父さんの跡を継いで立派に国を治めたんだって? 凄いな」

「そんなに凄いことか? 親の敷いたレールに乗っただけだろう」

 

 急に皮肉っぽい言葉が聞こえた。少年のような高い声だ。

 見下ろすと、白い子供用スーツを着た男の子が二代王の像を見上げていた。

 綺麗に切り揃えられた金髪に病弱そうな白い肌と線の細い顔立ちが貴族的な印象だが、青い瞳の浮かぶ目は妙に荒んでいた。

 この街の子だろうか?

 

「親に従って、結局はこの狭い国を治めただけだ……」

「それも悪くはないと思うぜ。それが自分の意思による物なら」

「どうせなら、親を殺してこの国を奪うくらいすれば良かったのに」

「それをやろうとして大失敗した奴を知ってる」

 

 ともすれば少女のような容姿に似合わぬ辛辣な物言いに自然と苦笑しつつも、ホット・ロッドは努めて軽く答える。

 少年は、吐き捨てるように言った。

 

「親から貰った物を後生大事にするとは……親なんて勝手なもんだ。愛してるとか言って、結局は子供に迷惑をかける」

 

 少年は何処か、親という物に確執があるようだった。

 

「それはまあ、同感かな。ホント、勝手なもんさ……」

 

 珍しい話でもない。実際、ここにも暫定両親をまだ両親と認められない男がいる。破壊大帝とラスボス系女神を親として認めるには、まだ踏ん切りが付かなかった。

 何故か少年は意外そうな顔をした。

 

「親にもよるだろう?」

「そうだな、親にもよる」

「贅沢な奴め……話を戻すがな。こいつは凄い奴なんかじゃない」

 

 呆れたように鼻を鳴らし、少年はギロリと二代王を見上げた。

 

「この男は父から王座を継いだが、父と自分を比較して悩んでいたそうだ。『自分は父のようにはなれないのだろうか?』そんな風にな! 部下たちも、当然ながら父王と同じように振る舞うことをこいつに望んだ」

「…………」

「ある時、この街を訪れた王に三人の音楽家が歌を披露した。一人はアーサー王が好んだ歌を歌った。二人目はモードレッドが好む歌を歌った。そして三人目は、前の二人の歌を引き合いにアーサーとモードレッドは違う人間であるという歌を歌った……これを聞いた王はたいそう感動し、父とは違うやり方をするようになった……ハッ! なら最初からそうしろという話しだ!!」

 

 どうやらこの少年は、モードレッドが嫌いらしい。

 しかし、その話の内容に、ホット・ロッドは感じ入る物があった。

 オプティマスにも『自分らしく振る舞え』と言われた。

 自分はオプティマスとは違う。だが、それでもいいのだと時代を超えて後押ししてもらったような気がした。

 

「この街の連中は、それを指してここを音楽が一つの時代を作った場所と吹聴している……まったく馬鹿らしい、そんなのは偶然の産物だ」

「そうか? 確かに偶然に偶然が重なった結果かもしれないが、モードレッドが救われたのは音楽のおかげだろう?」

 

 少なくともこの街では音楽は暴力に勝る。

 それが分かっただけでも、勇気づけられた。

 

 少年はフンと鼻を鳴らすと、人混みの中へと消えていった。

 

 それを見送った後で、改めてホット・ロッドが二代王を見上げると、装甲の隙間から何かが這い出てきた。

 

 ミリオンアーサーから贈られた、あのタリスマンだ。

 

 四本の足を生やし、蜘蛛のようにホット・ロッドの身体をよじ登っていく。やがてタリスマンはオートボットの肩に乗ると、前足に当たる部分を振り上げた。

 まるで再会を喜ぶかのように。

 

 それに気付かずホット・ロッドは不敵に笑んだ。

 

「さあて、モードレッド王。今まで聞いたことのないような音楽を聞かせるから、楽しみにしててくれ」

 

 無論だ。

 そう、石像が答えた気がした。

 

  *  *  *

 

 そして、日が暮れて祭りのフィナーレが近づいてきた。

 舞台の上ではスペシャルゲストの歌姫アーサーなる吟遊詩人が、見事な歌を披露している。

 しかし舞台周りは昨日と様子が少し違っており、座席が撤去され観客たちは立って歌を聞いていた。まだ、広場には円を描くように六本の機械的なポールが立てられていた。

 

「よーし、もうすぐ出番だ!」

「は、はい!」

「ううう……緊張する」

 

 舞台近くの目立たない広場で、モーターヘッドたちが楽器を手にし、なんとネプギアとビーシャがドレスを着込んでいた。

 ネプギアは薄紫のシンプルながらも清楚なドレス。ビーシャはフリルが一杯のレモン色のドレスで、二人とも普段とは大分雰囲気が違う。

 

 やっぱり歌が録音では味気ないということで、この二人がヴォーカルを担当することになったのだ。

 実際、二人の歌声はかなりの物だった。

 

 しかし、どういうワケか仕掛け人であるホット・ロッドと、ディセプティコンの代表であるバリケード、さらにくろめの姿がない。

 

 最後の音合わせをするディセプティコンたちを、バッソ、アレグラ、ゼボップの指揮者三人が見ていた。

 

「ゼボップー、この大事な祭りで何故奴らに演奏をさせるのだー♪」

「……正直、理解できないわ」

 

 バッソは怒りのあまりコントラバスを鳴らし、アレグラはついにミュージカル調を捨てていた。

 この祭りは、単にドンチャン騒ぎをするというだけの物ではない。この地を愛し終の棲家としたモードレッド王に、感謝と尊敬を込めて歌を奉ずる祭事なのだ。

 

「やっぱり、エイスリング卿への義理立て?」

「そうだね、それもあるけど……」

 

 ゼボップもまた、いつもの歌うような調子ではなく、真面目な声色だった。

 

「彼らは遠い国からきた。ならばその遠い国の、僕たちの知らない音楽を聴いてみたい。その音楽が奇跡を起こすなら見てみたい。それが一番かな」

「ゼボップ……」

 

 バッソは一瞬感心したように破顔したが、すぐにワザとらしい呆れ顔を作る。

 

「まったくー♪ 本当にどうしようもない音楽馬鹿だー♪」

「それはあなたもでしょー♪」

「違いなーいー♪」

 

 アレグラも微笑んでから歌うようにツッコミを入れ、バッソもそれを否定しない。

 結局、この街の人間はどうしようもなく音楽が好きで好きでたまらないのだ。音楽の力を信じているのだ。

 特にこの三人はモードレッド王に歌を披露した三人の音楽家の、直系の子孫なのだから。

 

「上手くいくかな……」

「大丈夫だよ。今度は、みんな一緒だもん」

 

 不安げなネプギアの手を、ビーシャが握る。

 バンブルビーも音楽に合わせて軽くステップを踏んで、彼女を元気づけた。

 

 そして、彼女たちが演奏する時がやってきた。

 

 

 

 

 

「ステマックス、まだ遺物は手に入らんのか?」

『まだで御座る。やはりこの塚は、祭りのクライマックスまで開かない仕掛けの様子。破壊も出来そうにないで御座るな』

「はん……ならば当初の予定通り我々が騒ぎを起こす。その隙にいたただいてしまえ」

『承知』

 

 

 

 

 

 舞台の上に見慣れぬ少女二人と楽器を抱えた金属の巨人たちが現れると、観客たちの多くは訝し気な顔をしたり、嫌悪を露わにした。何せ、昨日の今日である。

 準備や修理を手伝ってはもらったが、これは予想外だったようだ。

 

 ビーシャが代表して声を上げる。

 

「ユーリズマのみんな、こんばんはー! ゴールドサァドのビーシャでーす! わたしたちは、遠いプラネテューヌっていう国から来ましたー!」

 

 ざわざわと騒ぎだす観客とその視線にビーシャは一瞬気圧されそうになる。

 しかし、バンブルビーがサムズアップし、ネプギアが頷くのを見て気合を入れ直す。

 

「うん、戸惑うのもわかるよ! 昨日はみんなに迷惑かけちゃったもんね! ……だから、お詫びってワケじゃないけど、わたしたちの国の歌を聞いてほしいんだー!!」

 

 その言葉に対する観客の反応は様々だった。

 何を今更という顔をする者、興味を持ったらしい者、まだ状況が飲み込めていない者もいる。

 だがそのいずれも檀上の少女たちに注目していた。

 

「それじゃあいきまーす! 5pb.っていう歌手の歌、『流星のビヴロスト』!!」

 

 ビーシャが手を振ると、バンブルビーやモーターヘッドたちがそれぞれの楽器を演奏し始める。

 その音は今までユーリズマに響いたことのないリズムを刻む。

 バンブルビーが、カーステレオから音を流しながらステップを踏む。

 序奏が終わると同時に、ビーシャとネプギアは息を吸い、歌い出した。

 ビーシャは子供らしい可愛らしさを残しながらもよく通る声、ネプギアは張りと透明感の有る綺麗な声だ。

 

 聞いたことのないメロディに、歌詞に、歌声に。徐々に人々は興味を引かれていく。

 この歌は今までブリテンになかった物だ。彼らの知る作法や技術とは大きく異なる。

 それでも、そこには魂があった。祈りが、想いが、愛が込められていた。

 ならばそれは、このユーリズマでは人の心に届くのだ。

 

 ここは、音楽の街なのだから。

 

 一曲目が終わると、多くの観客が拍手を送っていた。

 

「ありがとう! みんな、ありがとう!!」

 

 確かな手ごたえにビーシャは笑顔を浮かべる。

 でもまだまだだ。まだ懐疑的にこちらを見ている人も多い。

 

「じゃあ次の曲は、『きりひらけ!グレイシー☆スター』!」

 

 トランスフォーマーたちが楽器を奏で、ビーシャとネプギアが息を吸った時だ。

 上空から空気を切り裂くような音がした。ジェット機の飛行音だ。

 

 見上げれば、案の定というべきかファントムⅡが夜空を横切った。

 

「来たね……!」

 

 しかしビーシャは慌てない。これは想定されていた事態だ。

 ブリッツウィングは空中でロボットに変形したが、その姿は昨日よりも凶悪になっている。

 

 背中の翼や胸部のキャノピーなどはそのままに、下腿に戦車の物らしい履帯があり、背中のバックパック部分からは砲身が真上に向かってニョッキリと突き出ていた。

 

 これぞ、ある時はジェット機、ある時は戦車へと変形するトリプルチェンジャー、空陸参謀ブリッツウィングの真の姿だ。

 背中と踵からのジェット噴射で観客席の上に滞空するブリッツウィングは、親指で自分を指す。

 

「貴様ら、俺の名を言ってみろ!!」

「ブリッツウィング!!」

 

 だがビーシャはその名を呼ぶと、突然の乱入にざわつく観客に笑顔を向ける。

 

「みんな! ここからは、ちょっと趣向を変えてお芝居を交えて演奏するね! こちら、ディセプティコンのブリッツウィング! とっても悪い奴なんだ!!」

 

 これには観客たちは、なんだこれも演出かと思い、面白い趣向だと感心する。逆に当の空陸参謀が面食らっていた。

 

「な、何を言っている!?」

「あいつはこのお祭りを滅茶苦茶にするつもりなんだよ! でも大丈夫! わたしたちでやっつけちゃうから! だからちょっと場所を開けてね!! ポールの後ろまで下がって!」

 

 バンブルビーが踊るように舞台から降りると、ノリのいい観客たちは左右へと退避していく。

 

 すっかりヒーローショーの悪役に仕立てられてしまったブリッツウィングは顔を不愉快そうに歪めると、ご丁寧に開いた場所に降りた。

 

「ふざけやがってぇ……! 誰が、こんな茶番に付き合うか! ムシケラども、悲鳴を上げろ! 逃げ惑え! 恐れ慄けぇぇッ!!」

 

 砲を展開して凄んで見せるも、もはや彼を『悪役を演じる役者』としか見ていない人々は冗談半分に悲鳴を上げたり、逆に野次を飛ばす。中にはブリッツウィングの演技力に感心する者までいる始末だ。

 屈辱を怒りに変え、ブリッツウィングはキャノン砲を観客に向け躊躇いなく撃つ。前と違い、今度は超高熱の熱線が発射された。

 鉄をも溶かす熱線は、人間など容易く蒸発させ……られない!

 

 ポールから強力なフォースバリアが発生したからだ。

 フォースバリアは六つのポールを結んで六角形なるように発生し、ちょうど鳥籠のようにブリッツウィングとバンブルビーを閉じ込めた。

 これは、予めネプギアが仕込んでおいた物で、いつぞやの女神たちがマジェコンヌに捕らえられた事件から着想を得て開発した物だ。

 

「なッ!?」

「さあ、行くよビー! ゴールドユニット、装着!!」

 

 ビーシャが変身するとドレスがいつものプラスチックのような質感の服に変化し、二機のビットとバズーカが召喚された。

 バンブルビーはボクシングのように拳を握って手招きし、相手を挑発する。

 

「上等だこのクソ餓鬼どもがぁああああっ! ぶっ潰してくれる!!」

 

 怒髪天を突かんばかりのブリッツウィングは、ギゴガゴと音を立てて改造型T-72に変形した。

 ネプギアの歌声とモーターヘッドたちの演奏が響くなか、主砲が火を噴きバンブルビーとビーシャが駆けだす。

 

 さあ、戦いだ!!

 

 

 

 

 

「何をやってるんだ、あいつは……」

 

 隠れて様子を伺っていたシャッターは、良いように相手のペースに飲まれてしまった航空参謀に頭を抱えたくなった。

 あのバリアの中では空中戦が出来ず飛行型の優位が潰されてしまう。

 

 隣に立つドロップキックは、やや不安げにたずねてきた。

 

「どうする、俺たちも突っ込むか?」

「いや、あのバリアを破壊するぞ。発生元の装置を狙え……ッ!」

 

 右腕をキャノンに変形させポールに向けるシャッターだが、そのとき後ろに気配を感じ振り向いた。目の前に銃口と、皮肉っぽく吊り上がった口があった。

 

「久し振りだな、シャッター」

「バリケード、貴様か……」

 

 ガトリングをこちらに向けて笑う偵察兵に、シャッターは苦々し気な顔をする。

 

「シャッター! 貴様ぁッ!!」

「おっと、お前も動くなよ。えーと……名前なんていうんだ?」

 

 ドロップキックは激昂しキャノン砲を撃とうとするが、別の相手がレーザーライフルの狙いをその額にピッタリと定めていた。

 

「邪魔するなら、最高に盛り上がった所を台無しに……バリケードの言った通りだったな」

 

 それは不敵に笑う、ホット・ロッドだった。

 




今回書いてて自分で意外に感じたのは、ホット・ロッドとバリケードの相性が思いのほかいいことだったり。
生意気な若造と皮肉屋のベテランという王道の組み合わせで、下手するとA軍よりバディ感がある気がする……。
ネプギアとビーシャが歌うのは……中の人、どっちも歌が上手いですし。バン〇イナムコと言えばアイド〇マスターですし!

タリスマン
ついに(ほんとについに)動き出した重要アイテム。

空陸参謀ブリッツウィング
新たに戦車への変形能力を得た。
この姿になると、火力や装甲、パワーは強化される反面、重量が増すので飛行能力はやや落ちてしまう。
全体のシルエットはそのままに、足の履帯、背中の主砲などが追加されている。

歌姫アーサー
台詞はないけど乖離性ミリオンアーサーのメインキャラ。
リュートのような楽器型エクスカリバーを持つ王候補。

身なりのいい少年
実は非モブ。
一応、すでに登場してるキャラクターだったり。

しかし、ユーリズマ編に四話かかるとは思わんかった……。


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第47話 ビーシャとバンブルビー

 夜のユーリズマ。

 レーシング・ディセプティコンの演奏とネプギアの歌が響くなか、戦車に変形したブリッツウィングが主砲を発射する。

 迎え撃つのは、ミニボット化したバンブルビーと、ゴールドサァドのビーシャだ。

 

 三人を覆うフォースバリアには防音効果もあり、外の演奏が邪魔されることはなかった。

 

「死ね、餓鬼どもぉッ!!」

「そういう汚い言葉は良くないよ!!」

 

 左右に分かれて砲弾を躱すと、ビーシャはバズーカの弾を浴びせ、蜂の顔ようなバトルマスクを被ったバンブルビーは素早く接近して砲身に組み付いた。

 

「このハチ公が! ブンブンと小うるさい!」

 

 そのまま砲身をへし折ろうとするが、変形したブリッツウィングは宙返りして情報員を振り払いつつ踵と背中からのジェット噴射で飛び上がり、腕からミサイルの発射体制に入る。

 

「プレストキィーック!」

 

 だがビーシャの飛び蹴りを横合いから喰らって体勢を崩す。

 その隙に再度接近したバンブルビーは、左腕からスティンガーソードと呼ばれる剣を展開し敵の背に飛び付くと、そのまま剣を突き刺す。

 バックパック部分は分厚く、貫通することは出来なかったがダメージを与えることは出来た。

 

「舐めるな!」

 

 着地したブリッツウィングは両腕をキャノンに変形させ熱線を発射すれば、バンブルビーとビーシャも、それぞれブラスターとバズーカを撃ち返す。

 色とりどりの光線が飛び交い爆発が起こる派手な戦いに、観客は歓声を上げた。

 

 一方、ホット・ロッドとバリケードは祭りを妨害しようとしていたシャッターとドロップキックに銃を向けていた。

 

「ホールドアップ、って奴だ」

「バリケード! 貴様オートボットと組みやがって、このディセプティコンの恥晒しが!」

「否定はせんが、軍団を抜けた貴様に言われる筋合いはないな」

 

 後ろに回り込んだホット・ロッドに銃を突き付けられつつもがなるドロップキックだが、バリケードは小馬鹿にしたように鼻で笑った。

 一方でシャッターは両手を上げつつも冷静だった。

 

「なぜ我々がここにいると分かった?」

「邪魔するなら盛り上がるトコを隠れて見てられる、それでいていざという時に介入しやすく逃げやすい、そんな場所にいると思ってね」

 

 つまりこの場所……塚の上、モードレッド像の影を。

 バリケードの答えに、女兵士は顔をしかめると同時に相棒に向かって目配せした。

 

「なるほど、貴様たちを甘く見ていたようだ。……が、温い!」

 

 瞬間、ドロップキックは背中に畳まれたローターを広げ勢いよく回した。ホット・ロッドが僅かに怯むと、空陸兵はすかさず振り返り拳をその顔面に叩き込む。

 

「ぐッ!」

「小僧!」

「どこを見ている?」

 

 それに気を取られたバリケードに、シャッターは回し蹴りを喰らわせていったん距離を取ると、相棒に指示を出す。

 

「ドロップキック! 今の内にブリッツウィングを助け出せ!!」

「おう! ついでに人間どもを吹き飛ばしてやる!!」

 

 ドロップキックはギゴガゴと音を立てて、機体両側のウイングからロケット砲を下げた攻撃ヘリ、AH-1Wスーパーコブラに変形して飛び立った。

 だが、その機体にバリケードが大きくジャンプして飛び付いた。

 

「ステージへの乱入はご遠慮ください、お客様!」

「このクソッタレが!!」

 

 空中で変形して元同僚を振り払おうとするも上手くいかず、塚を挟んで舞台とは反対に落ちていく。

 

「さあて、指導の時間だ」

「やってみろ、不良警官!!」

 

 ナックルダスターが嵌った拳を構えるバリケードに、ドロップキックも拳を握って殴りかかる。

 

「バリケード!」

「どこを見ている、坊や」

 

 バリケードに気を取られたホット・ロッドに、シャッターは回し蹴りを腕に当てて銃を落とさせてからの肘打ち、さらにアッパーカットと容赦のない攻撃を浴びせる。

 ホット・ロッドは反撃しようとするが、カウンターに拳を顎に叩き込まれた。やはり戦闘経験に裏打ちされた実力に差がある。

 

「グッ……!」

「あんまり大人の仕事の邪魔をするもんじゃないぞ、坊や」

 

 年若いオートボットの首を両手で掴んだシャッターは、低い声で囁く。見た目の細さに寄らぬ力が込められた腕を振り解くことは出来ないが、それでもホット・ロッドの闘志と負けん気は衰えない。

 

「お前らの邪魔が俺の仕事さ!!」

「減らず口を……だがいいだろう、ならば()()()()手を引いてもいい」

 

 ニヤリと顔を歪めたシャッターは手を離すと同時にホット・ロッドの腹を強く蹴り、少し距離を置いた次の瞬間にはハリアーⅡに変形して体当たりする。

 

「グッ!?」

「その代わり、()()()邪魔してこい」

 

 ジェット機の突撃を受けたホット・ロッドは、為す術なく弾き飛ばされ、盛り上がっている会場に突き落とされる……。

 だがその瞬間、ホット・ロッドは叫んだ。

 

「来い! ファイアローダー!!」

 

 すると何も空間からコンテナが飛び出してくるや、ホット・ロッドと合体しながらシャッターに突っ込んだ。

 

「なんだと!?」

 

 大質量の突撃に、今度は自分が弾き飛ばされることになったシャッターは、バリケードとドロップキックが殴り合う塚の麓へと落ちることになった。

 それでも体勢を立て直して着地した彼女の前に、スーパーモードになったホット・ロッドが降り立った。

 

『無茶をするね、ロディ』

「仲間の見せ場を守るためだ、無茶もするさ」

 

 すでにキスによって合体していたくろめの、呆れるとも感心するとも付かぬ声にホット・ロッドはニヤリと笑う。

 ドロップキックは、その姿を見てギョッと目を見開いた。

 

「め、メガトロン……様!」

「狼狽えるな、馬鹿者! 色が違えば別人のトランスフォーマーで、あの程度の類似はよくあることだ!」

 

 相方を叱りつけたシャッターは、自分も動揺しつつも右腕をブラスターに変形させ戦闘を再開した。

 

 

 

 

 

 そのころ、祭りの会場は大いに盛り上がっていた。

 人々はド派手なショーと明るい音楽の相乗効果にすっかり魅せられていた。

 

「止めろ! 笑うんじゃない!!」

 

 激昂したブリッツウィングは周囲に向かって吼える。

 彼にとって、笑われるとは他者に侮辱されているということであり、称賛や感謝という意味にはなりえなかった。

 

「ええ、いーじゃん。みんな楽しんでるんだし。ほら、モーターヘッドたちも楽しそうだよ」

「喧しい! あいつらはディセプティコンの面汚しだ!!」

 

 バズーカを構えつつ呆れたような顔のビーシャに、ブリッツウィングは怒りを露わに……もうずっと怒りっぱなしだが……して戦車に変形する。

 特にまたしても砲塔に組み付いてきて、観客の応援にノリノリで手を振るバンブルビーには我慢ならなかった。

 

「おい黄色いの! お前、随分と余裕じゃねえか! この前の怒りっぷりはどうした?」

 

 え?と首を傾げる情報員に、ブリッツウィングはこのミニボットが縮んだだけでなく、記憶まで退行していることを察した。

 

「忘れたなら、思い出させてやる……俺はな、お前のガールフレンドのディアブラを殺してやってのさ!!」

 

 その瞬間、ブリッツウィングは本来の戦車なら有り得ないほどの速さで砲塔を回転させながら砲弾を連続で発射した。

 それだけではなく、砲塔の脇から展開したキャノン砲から熱線と焼夷ミサイルをばら撒く。

 

「ッ!!」

「きゃあああッ!!」

 

 振り落とされたバンブルビーも援護射撃をしていたビーシャも、これはたまらない。

 バリアの中が爆炎と煙に満たされ、その光景に観客が息を飲み、モーターヘッドたちが思わず演奏を止めてしまう。

 

 ロボットモードに戻ったブリッツウィングは炎に照らされ、まるで悪魔のように見えた。

 人間たちの恐怖の視線を心地よく感じながら、倒れたバンブルビーにゆっくり近づく。

 情報員は咄嗟にビーシャを庇い、大きなダメージを負ってしまっていた。

 それでも庇い切れず、ビーシャも負傷して血を流して呻いている。

 

「思い出すなあ、あの時もお前はそうやってディアブラを庇おうとしたっけな。結果もあの時と同じだ、お前はその餓鬼の骸を前に、泣き叫ぶことになるのさ」

 

 嗤いながらキャノン砲を構える空陸参謀に、バンブルビーのメモリー回路が急速に修復していく。

 オートボット、ディセプティコン、オプティマス、メガトロン、戦争……ディアブラ。多くの情報が洪水のようにブレインに蘇る。

 そして、倒れたビーシャを見た時、その姿にかつて心通わせた女スパイの姿が重なった。

 

 咆哮を上げて立ち上がったバンブルビーは、ブリッツウィングに飛び掛かる。

 

「ハッ! やっと()()()なってきたじゃないか!!」

 

 楽しそうに笑う空陸参謀の攻撃をかわし、スティンガーソードで斬りかかる。その蜂のようなバトルマスクの奥のオプティックが赤く染まっていた。

 

 その恐ろし気な姿に観客たちが恐怖に慄く。

 やはりあの金属の巨人たちは、外敵のように恐ろしい存在なのか?

 舞台袖から、バッソ、アレグラ、ゼボップの三人の指揮者たちも厳しい表情で異邦の者たちを眺めていた。

 

 

 

 

 

 塚を挟んで反対側の戦闘は、ほとんど一方的な物だった。

 いかにシャッターとドロップキックが歴戦の兵士とはいえ、ガルヴァトロンと張り合える力を持ったスーパーモードのホット・ロッド相手では分が悪い。

 

「この、デカくなったからってイキってんじゃねえぞ、餓鬼が!!」

「人間を吹き飛ばすとか息巻いてた奴がよく言う! 弱い者いじめはカッコ悪いぜオッサン!」

 

 戦闘ヘリに変形してロケット砲と機銃で攻撃するも物ともせずに、ホット・ロッドが背中の翼を広げて飛び上がる。

 

「観念しな、お嬢さん。生憎とこっちに分がある」

「はん、悪名高きバリケードが随分と子守りが板についてるじゃないか」

「ああ、何せ餓鬼ってのはオートボットよりもよっぽど予測不能で恐ろしい連中でな。相手にしてると前線に出るよりも度胸が付く」

 

 皮肉を言い合いながらバリケードと格闘戦を繰り広げていたシャッターだが、その目の前にホット・ロッドの攻撃で体勢を崩したドロップキックが変形しながら着地した。

 

「グオッ……」

「何を情けない声を出している! それでも男か!!」

「分かってる!!」

 

 相方に叱咤されてドロップキックは腕をブレードに変形させる。

 対するホット・ロッドもバリケードの横に降り立つと腕をソーに変形させた。

 

「その図体の割りに随分と手間取るな」

「何せ、粘り強くてね」

 

 言い合いながら並び立つオートボットとディセプティコンに対し、シャッターは闘志を剥き出しにしつつも冷静を失ってはいなかった。

 そろそろ、時間のはずだ。

 

 睨み合う二組の間の地面に、突然忍者が使うような手裏剣が突き刺さったかと思うと、手裏剣から猛烈な煙幕が噴射された。

 

「何ッ!?」

 

 それを何者が放ったのであれ、バリケードは気配を一切感じなかった。EMPの効果がある煙は、トランスフォーマーたちのセンサーを狂わせる。

 

「待たせたで御座る。シャッター殿」

「遅いぞ貴様……首尾は?」

「それが……いや詳しいことは後程。今はここを離れるで御座る」

 

 そんな会話が聞こえたのを最後に、煙幕が晴れた時にはトリプルチェンジャーたちの姿はなかった。

 

「逃げられたか」

「逃げたのなら、それはそれでいいさ。それより……」

 

 冷静に思考を切り替えたホット・ロッドは、モードレッド王の像を見上げた。別の敵がいたのなら、その目的もスターセイバーのはず。確認しなければならない。

 塚に向かおうとする若いオートボットを、バリケードは少し意外そうに見た。

 

「バンブルビーたちの方はいいのか?」

「心配無用さ。あいつらなら……きっと大丈夫だ」

 

 確信を持っているらしく、ホット・ロッドの声は力強かった。

 

 

 

 

 

「ッ……ビー!」

 

 意識がはっきりした時、ビーシャの目に飛び込んできたのは、バンブルビーがブリッツウィングに片手で首を掴まれ持ち上げられている姿だった。

 

 立ち上がったビーシャは、自分の膝が震えているのを感じた。

 怖いのだ。ブリッツウィングもそうだが、あの状態でも憎悪に目を光らせるバンブルビーが怖くてたまらないのだ。

 

 震えが体全体に伝播し、動けなってしまったビーシャだが、その時歌が聞こえた。

 ネプギアだ。ネプギアが歌っているのだ。モーターヘッドたちは演奏を中断しているのでアカペラだ。

 

 弱さを言い訳にしたくない。

 護られてばかりは嫌だ。

 憧れのあなたにいつか追いつく。

 そういう内容の、その歌を聞いていると不思議と勇気が湧いてきた。

 グッと震える足を踏ん張り、前に進む。

 

 少女の前進にも女神の歌にも興味を示さず、空陸参謀は藻掻く譲歩員を嘲笑する。

 

「愚かな小僧だ……メガトロンは、敵の勇敢さを称えることがあったが、俺には理解できなかったね。敵の弱さを嘲笑い、叩き潰す、それがディセプティコンだ」

 

 その言葉にバンブルビーの脳裏に戦争での出来事が過る。

 破壊されるサイバトロン、死んでいった仲間たち、奪われた声。

 こいつの言う通りだ、ディセプティコンは敵だ……()()()()()()()()()()()()

 

「違う!!」

 

 その思考は、大きな声に阻まれた。

 幼いゴールドサァドが、真っ直ぐ立ち上がり雄々しさすら感じされる表情でブリッツウィングを睨んでいた。

 

「ディセプティコンがどうだとか、関係ないよ。モーターヘッドたちはわたしたちのことを助けてくれたもん!!」

 

 その声に、硬直していたレーシング・ディセプティコンたちは顔を見合わせた。

 ビーシャは叫び続ける。

 

「わたしは、これまでディセプティコンはみんな悪い奴なんだって思ってた。でも違った! ディセプティコンだから悪いんじゃないんだ、誰だろうと弱い人を傷つけたり、人が大切にしている物を壊したりするから悪者なんだ!!」

「はん、だからどうした? 力の弱い奴は、その悪者に踏み躙られるのに変わりはない」

「それを止めるのが正義の味方、ヒーローだよ!」

「お嬢ちゃん。そんな物はな、この世にはいないんだよ。今どき子供でも知ってる」

 

 少女の理想論をせせら笑うブリッツウィングは、バンブルビーの目が自分の腕に注がれていることに気付かなかった。

 

「ううん、ヒーローはいるよ。わたし()()がヒーローになる! ビーとわたしで!!」

「残念だったな。そのヒーローは、今死ぬ所だ」

 

 ブリッツウィングはワザとらしく左腕をキャノン砲に変形させる。

 だが、その芝居がかった仕草の間に、バンブルビーは敵の腕の装甲を剥ぎ取りその裏に収めれていたミサイルをもぎ取ると、相手の胸に突き刺した。

 この敵の装甲は分厚く頑丈だがキャノピー部分は他よりも脆く、容易にミサイルが刺さった。

 

「何を!?」

 

 ようやくブリッツウィングが気付き情報員を投げ捨ててミサイルを抜こうとするが、もう遅い。

 

(ディアブラの復讐だ!!)

 

 怒りに任せバンブルビーはミサイル目掛けてブラスターを発射……。

 

「だめ!!」

 

 だがその首にビーシャが飛び付いたため、狙いがそれて光弾はバリアに当たって消える。

 何をするのだと見下ろせば、ゴールドサァドは目に涙を一杯に溜めていた。

 

「駄目だよ、ビー。あいつは悪い奴だ、でも殺しちゃ駄目だよ」

 

 どうしてだと表情で問う相棒の目を、ビーシャは真っすぐに見た。

 

「周りを見て」

 

 その言葉に、ハッとなってバリアの外を見た。

 ユーリズマの人々が、大人も子供も不安と恐怖、それから失望を顔に浮かべていた。彼らにそうさせたのは、ブリッツウィングだけではない。

 

 バンブルビーを、怖れているのだ。

 

 ああ、これではまるで自分がディセプティコンに……ブリッツウィングと同じような悪党になってしまったようではないか。

 舞台の上で一人歌うネプギアが見えた。彼女は、その視線で自分を叱咤していた。何をしているのかと。

 ブレインに記憶が再生される。それは戦争の頃のことではなく、すぐ最近の聞いた言葉だった。

 

(ビーのこともテレビで見たんだ。……この世界には、作り物じゃない本物のヒーローがいたんだって、本当に嬉しかった。……だから、わたしもヒーローになろうって、そう決めたんだ)

 

 彼女は自分をヒーローだと言ってくれた。自分が彼女の支えになれた。

 自分のすべきことは、なんだ?

 復讐することか?

 

 ……違う。

 

 復讐を否定はしない。そうしないと前に進めない者もいる……でもそれは別の誰かのやり方だ。

 自分のやり方は()()()()だ。

 

 バトルマスクが解かれると、バンブルビーの目が赤から青へと戻った。

 

(ごめん、ビーシャ。)

「ビー……」

(さあ、ショーを再開しよう!)

「ッ! うん!!」

 

 片目を瞑ってウインクをしてのサムズアップに笑顔で答え、声を上げた。

 

「ゴールド、オン!!」

 

 キューブ状のゴールドコアへと変身したビーシャは、バンブルビーの胸へと合体する。

 コアのエネルギーが機械の身体を駆け巡ってゆく。

 

 ビーシャには分かっていた。これまで合体しても力が発揮できなかったのは自分の中に、復讐に燃えるバンブルビーへの恐怖があったからだ。

 事実、合体していると彼の怒りや苦しみが伝わってくる。

 

 長い戦争は、テレビで見たヒーローとはまるで違う、辛く悲しいことに満ちていた。

 

(でも、それだけじゃないよね……)

 

 オプティマスと出会い、ゲイムギョウ界にやってきてネプギアと出会い、多くのことを乗り越え、この世界と仲間たちを護るという決意を得た。

 もう、ビーシャの中に彼への恐怖はなかった。

 

 バンブルビーはビーシャの()()()()()()()ではなかったかかもしれない。けどだからこそ()()()()()()()だ。

 

「ッ! なんだ!?」

 

 ようやっとミサイルを抜いたブリッツウィングは、バンブルビーの身体が光に包まれていることに面食らう。

 ゆっくりと立ち上がった情報員の身体は、ミニボットから元のサイズに戻っていた。

 だが、青かった目の色が変身したビーシャと同じ金色になり、胸のコアの稲妻模様がより強く輝いていた。

 

「ビー、ビーシャさん……」

 

 二人の絆が深くなっているのを感じたネプギアは、フッと息を吐くと大きく息を吸う。大切な弟分と、その相棒を力いっぱい応援するために。

 モーターヘッドらも再度顔を見合わせると、ニヤリと笑い楽器を演奏する。

 

 もう一度同じ曲、『きりひらけ!ロープレ☆スターガール』を。

 

 バンブルビーは相手を指差し、ポーズを取る。

 

「さあ、お前の罪を数えろ!」

「今更数え切れるか! 何かと思えば、前と変わらんじゃないか!! 今度こそ叩き潰してやる!!」

 

 ネプギアの歌が高らかに響くなか、ゴールドサァドの力を完全に引き出したバンブルビー・G(ゴールド)フォームは取り戻した声で、相棒と共に叫ぶ。

 

「前と同じか!」

『試してみなよ!!』

「望み通り、もう一度凍れ!!」

 

 ブリッツウィングは右腕のキャノン砲から冷凍光線、左腕から冷凍ミサイルを発射する。

 慢心していられないと悟った空陸参謀は、最初から出し惜しみなしで面制圧しようというのだ。

 しかし、それらが情報員の身体を凍り付かせることはなかった。

 

 瞬時に稲妻のような速さにまで加速したバンブルビーはミサイルばかりか光線までも先読みして躱してみせたからだ。

 

「なんだと!?」

『遅い遅い!!』

「お前には情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! なによりも、速さが足りない!!」

 

 攻撃をよけながら、バンブルビーとビーシャは相手を挑発しつつ、格闘攻撃を喰らわせる。

 単なるパンチやキックでも、超高速から繰り出されるそれは砲弾のような威力を持っていた。

 

「ガッ……おのれ、ちょこまかと!!」

 

 業を煮やしたブリッツウィングは再び戦車に変形し、もの凄い勢いで砲塔を回しながら砲弾、光線、さらにミサイルをさっきよりも大量にばら撒く。まるで竜巻だ。

 これだけの攻撃が狭い空間を埋め尽くせば、どれだけ速くとも関係ない。

 

 だがバンブルビーは、戦車形態の敵の周りを高速でグルグルと回りだす。

 突風とその体から漏れ出るエネルギーが渦を巻いて砲弾やミサイルをその内側へと封じ込める。時空に干渉する能力故に、光線までもが捻じ曲げられた。

 挙句、冷凍ミサイルが爆発しブリッツウィングは自分の武器で凍り付く破目になった。

 

「そんな馬鹿な!?」

『さあ、いくよ! わたしたちの必殺技!』

 

 曲の一番盛り上がる所に合わせて、バンブルビーは足に力を込めて高く跳び上がる。

 そして飛び蹴りの姿勢で声を合わせて叫び、光の矢のように動けない敵に突っ込んだ。

 

『プレスト、キィィック』

「ちっ……くっしょうがあああああ!!」

 

 蹴りを受けた戦車は、その衝撃にひっくり返りロボットモードに変形しながら吹き飛ばされてバリアに叩き付けられた。

 

「ぐがあああああっ!?」

 

 その衝撃に、ついにフォースバリアが限界を迎え、ポールが火花を散らしてショートすると同時に消滅する。

 ブリッツウィングが力無く地面に倒れ、バンブルビーはビーシャがいつもしている特撮ヒーローのようなポーズを取るのと、ネプギアの歌が終わるのは完全に同時だった。

 

 その瞬間、固唾を飲んで戦いを見守っていた観客たちはワッと、歓声を上げた。

 

「みんなありがとう!! 苦しい戦いだったけど、みんなの応援のおかげで勝てたよ!!」

 

 バンブルビーから分離したビーシャは、大きく腕を広げて歓声を体いっぱいに浴びる。

 腰に手を当てたバンブルビーは、片腕を挙げて大きく振る。

 

「それから、素敵なお芝居を見せてくれたブリッツウィングにも、拍手してあげてねー!」

 

 ビーシャのリップサービスに乗って、観客たちは口々に空陸参謀の健闘を称え、手を叩く。

 当人にとってそれは、屈辱以外の何物でもなかった。

 

「グッ……くそッ! おい、バンブルビー! 俺に止めを刺せ! 刺しやがれ!! 俺はディアブラを……!」

「ああ、そのことは、忘れてない。正直、お前は、憎いよ。でも、この空気に、水を差したく、ない……つまり、やなこった」

「ッ!」

 

 その言葉に、ブリッツウィングは物理的なダメージ以上の衝撃を受けているようだった。何か言おうとしたが、内蔵した通信機に引き上げのサインが飛び込んできた。

 

「俺の息の根を止めなかったこと、いずれ後悔させてやるぞバンブルビー! 憶えておけ!!」

 

 ヨロヨロと立ち上がった空陸参謀は、宙返りの要領でハリアーⅡに変形すると空の彼方へと飛び去っていった。

 それはヒーローショーの悪役の言動そのままだったが、本人は気付いていないようだった。

 

 舞台の上に出てきたバッソ、アレグラ、ゼボップの三人の指揮者は惜しみない拍手を彼らに送った。

 

「うむ、素晴らしいショーだったー♪」

「純粋な音楽とはちょっと違ったけどー♪ とても面白かったわー♪」

「君たちの歌と演奏もー♪ 最高だったよー♪ そこで相談だけどー、全員で一緒に演奏しないかーい?」

 

 ゼボップの申し出に、ネプギアは驚いて目を丸くした後でパッと笑顔を大きくした。

 

「はい! みんなもいいよね!」

「もちろん喜んで! ね、ビー!」

「あたぼうよ!」

 

 再びバンブルビーとビーシャが舞台に上がると、指揮者たちは各々の楽器を演奏し始める。

 それはゲイムギョウ界の曲ではなく、ホット・ロッドが持ち込んだ地球の楽曲だった。

 

 指揮者たちは、楽譜を見ただけの異邦の音楽を完璧以上に奏でてみせつつゼボップを中心に歌い、モーターヘッドらも負けじと楽器を鳴らし、バンブルビーとビーシャ、そしてネプギアはその中心で軽やかに踊る。

 

 曲の名は『ザ・タッチ』だ。

 

「どうやら、向こうは上手くいったようだな……」

 

 モードレッド像の脇から演奏会を眺めるバリケードは安堵の息を吐いていた。

 一時はどうなることかと思ったが、色々と丸く収まったようだ。

 ノーマルモードに戻ったホット・ロッドは、肩にくろめを乗せて同じように眼下を眺める。若きオートボットの顔は会心の笑みだった。

 

「だから言ったろう? 大丈夫だって」

「ロディの楽天的な見方も、たまには上手くね」

()()()()は余計だぜ、くろめ」

 

 二人して軽口を叩き合うオートボットと女神に、バリケードは我知らず破壊大帝とタリの女神を重ねていた。

 

「いいのか、俺たち完全に脇役だぞ?」

「え?」

 

 それの何処が悪いのかと言わんばかりに笑顔のホット・ロッドに、バリケードはこの青年とメガトロンは似た部分はあるが、やはり別人なのだと再確認した。

 

「……そう言えば、メガトロン様は目立ちたがり屋でな。こんな場面なら、きっと自分が主役になりにいくぞ」

「俺だって目立ちたがり屋さ。だけど他人の晴れ舞台を奪うような無粋な真似はしない」

 

 平然と言う相棒に、くろめは呆れたような顔をする。

 

「それで裏方に徹して結局、骨折り損のくたびれ儲けじゃないか。塚の中は空っぽだったんだよ?」

 

 断絶の時代の技術により時間に合わせて開く仕掛けになっていた塚の中の霊廟には、モードレッド王の遺体を納めた石棺以外には何もなかった。

 棺の蓋には一度開けられた跡がり、剣は奪われていた……ただし、随分と前に。

 

「埃の累積具合や棺の劣化から見て、剣がなくなったのは昨日今日の話じゃない……誰かが、何年も前に墓を暴いたんだ」

「誰だか知らないが罰当たりなことしやがる。しかしそれなら剣は何処に……ん?」

 

 一転、憤りと失望と疑問がない交ぜになった表情を浮かべるホット・ロッドは、モードレッド像の足元に、何かが光ったことに気付いた。

 気になって拾い上げるとそれは、太陽十字を象った円盤状の御守りだった。

 

「ミリアサのタリスマン? なんでこんなトコに?」

 

 しげしげと見るとタリスマンの表面に、モードレッド像の顔が映る。光の悪戯か、二代王の口元には満足気な笑みが浮かんでいた。

 

「いつのまにか落としてたんじゃないかい?」

「う~ん、そうかも?」

 

 くろめの意見に首を傾げる。

 実のところ、このタリスマンには意思があり、自分の足でここにやってきて()()と共にホット・ロッドを監視していたのだ。

 今はまだその時ではないが、とりあえず自分を持ち続ける資格はあるというのが彼に対する評だった。

 

 この若き炎の戦士が己と向き合い、そして王足る資質を魅せた時こそ、タリスマンは真の姿を現すだろう。

 

 すなわち王の持つ剣エクスカリバー、あるいはプライムのための剣スターセイバーとしての姿を。

 

 そんな護符の思惑は露知らず、疑問符を浮かべるホット・ロッドは、バリケードがジッとこちらを見ていることに気が付いてタリスマンを装甲の裏にしまう。

 

「ああと、悪かったなバリケード。ただ働きさせて……」

「まったくだ……いやそんな顔するな。冗談さ」

 

 本気で申し訳なさそうな顔のオートボットに、ディセプティコンは苦笑する。

 一方のくろめは、演奏に沸く会場を見下ろした。笑顔ではあるが少しだけ不満そうだった。

 

「まったく、骨折り損のくたびれ儲けの上に、縁の下の力持ちには誰も見向きもしない。やってられないね」

「ならせめてフィナーレには参加してこよう。……おーい! 俺たちも混ぜてくれよー」

「え、オレそういう意味で言ったんじゃ!?」

 

 ホット・ロッドは、戸惑うくろめを肩に乗せたまま塚の下へと駆け下りていった。

 ネプギアやビーシャはくろめを輪に引き入れ、ホット・ロッドはバンブルビーと肩を叩き合う。

 

「くろめ、ショーを守ってくれたんだね、ありがとう!」

「いやまあ……成り行きさ」

「それでもだよ! ありがとう!! みんなもありがとー!!」

 

 はにかむくろめに満面の笑顔でお礼を言ったビーシャは、バンブルビーに担いでもらって人々に手を振る。

 その姿を、ネプギアは嬉しさとほんの一つまみの寂しさの籠った笑顔で見ていた。

 

「いいのかい、ぎあっち……」

「いいんです。ビーの傍にビーシャさんがいてくれて、良かった……」

 

 気遣わしげなくろめに、ネプギアは本心から頷いた。

 その表情を敢えて表現するならば、巣立っていく小鳥を見守る母鳥の顔、だろうか。

 くろめには、彼女の情報員に対する感情が、自分がホット・ロッドに向けるような『恋慕』ではなく肉親への『親愛』であると理解できた。だから、それ以上は何も言わなかった。

 

 ヤレヤレと息を吐きながら、バリケードはしかし穏やかな表情で腰を下ろした。

 視線の先では、オートボットもディセプティコンも女神もゴールドサァドも人間も、音楽の中で笑い合っている。

 

「ああやはり……こういうのも悪くない。アンタもそう思うだろう?」

 

 無論だ。

 バリケードは自分が何気なく放った問いに、モードレッド像がそう答えた気がした。

 

 




ユーリズマ編、やっと終了です。なんか長くなったでよ……。
それはそうとトランスフォーマー・クラシックスvoil.4を読みました。
ヤケクソとは言え勇気を示したチンピラに敬意を表すメガトロンがとても印象的でした。ここらへんのイメージが、後に実写第一作のノベルスにおける、あのセリフに繋がるワケですね。
あと、他の連中が光波さんに傅くなか、音波さんのさすがの忠臣っぷりとか。

今回の小ネタ紹介。

バンブルビー・G(ゴールド)フォーム
ビーシャとの信頼によって、ゴールドコアのさらなる力を引き出したバンブルビーの新たなる形態。
姿はいつものバンブルビーだが、目と胸のコアが黄金に輝いている。
全ての能力がアップしている上に加速出来る時間が伸びている。またスティンガーソードがこの姿でも使えるようになった。また、この時は流暢に喋ることが出来る。

略して、バンブルビーGF。


タリスマン
自分の意思を持ち、ホット・ロッドを間近から観察している。とりあえず自分の持ち主として認めた模様。
その正体はエクスカリバー=スターセイバー。

次回はフェミニア編(ケーシャ編)になる予定。


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第48話 ファントム・ペイン

 警報が響いている。

 何処とも付かぬ暗い通路で赤い学生服に黒い髪の女性、ケーシャが立ち尽くしていた。

 その服も髪も血に濡れていて、手に持つ銃は通路の先に向けられていた。

 顔からは表情が抜け落ちているのに、光のない瞳だけが揺れている。

 

『ケーシャ! ケーシャ、何処にいるの! すぐに脱出して! 傭兵組織の奴ら要塞を自爆させる気だわ!』

 

 通信機器から、ノワールの声が聞こえてくる。

 だがケーシャはそれに答えず、凍り付いたように固まっていた。

 

 その視線の先では、一人の女性がケーシャと鏡映しのように銃を向けてきていた。

 

 野戦服を着て右目に眼帯をした金髪の女性だが、体には何発分もの銃創があり血が流れ出ていた。特に右腕には何発も撃ち込まれた痕があり、骨まで砕けているのは明らかだった。

 明らかに致命傷を受けているのに倒れることなく左手でケーシャが持つのと同じ型の銃を握り、女性は超然とした笑みを浮かべる。

 

「忘れるな、ケーシャ……我々は戦いから逃げることは出来ない。どう足掻こうともな」

 

 その瞬間、何処からか爆発音が聞こえてきた……。

 

  *  *  *

 

 フェミニア。

 そこはブリテンでも特に妖精が多い土地と知られる。

 連なる山岳と深い森には、強い生命力と人知の及ばぬ魔法が息づいていた。

 

 そんなこの地の空を、魚のようにも見える一機の宇宙船が飛んでいた。オートボットの使う降下艇だ。

 

 降下艇は木々の中から島のように突き出た丘の上に聳え立つ、古い城塞へと向かっていく。

 城塞はあちこち朽ちかけて苔とシダに覆われており、もう長いこと人が住んでいないようだった。

 

 その城の前庭に着陸した降下艇から、ホット・ロッドとハウンド、くろめとケーシャ、ミリオンアーサーとチーカマの6人が降りてきた。

 

 ホット・ロッドとくろめは、祭りの後片付けを手伝うというバンブルビーらをユーリズマに残し、ハウンドたちに合流した。

 するとこの地方を担当していたハウンドとケーシャ、そしてミリアサとチーカマは、この人里も疎らな地で地道に情報を集め、ついにここだという場所を突き止めたという。

 

「それがここだ。この何処かに遺物が隠されているはず。しかし気を付けろ、この辺りには妖精が多いからな」

「妖精ってチーカマの仲間だろ? 心配はいらないんじゃないか?」

「いいえ。妖精は本来、とても危険な存在よ」

 

 ミリオンアーサーとくろめ、そしてチーカマはそんな会話をしていた。本来ブリテンにおける妖精とは人との間に意思疎通が行えず、こうした人里離れた自然豊かな場所に住まっている物だ。

 サポート妖精たちは、あくまでマーリンの魔法で人と話せるようになったのだ。

 一方でケーシャは酷く胡乱げに中庭に生い茂る草木を眺めていた。

 

「不思議な空気です。何というかこの世ならざるかのような……」

「そうね……この森には妖精の女王モルガナが住んでいるから」

 

 隣のチーカマはそう答える。

 モルガナとは、このブリテンの妖精の中でも最も強い力を持ち、最も賢く、最も美しいと言われる妖精の女王……あるいは魔女だ。

 彼女こそが、ウェイブリーの日誌にあったソラスハンマーを託された魔女だろう。

 オートボットたちも、センサーで捉えるのとは違う摩訶不思議な力が大気に満ちているのを感じていて、ハウンドは落ち着かない様子で顎髭を撫でた。

 

「なあ小僧、そのモルガナってのも地球の伝説に出てくるのか?」

「ああ。アーサー王の邪魔をして様々な悪事を働く魔女……こっちでは違うみたいだな」

「うむ。モルガナは初代アーサー王のブリテン統一に協力したと言われている。アーサー王が戻ってきた暁には、彼女の号令のもと妖精は王に従うと言い伝えられているな」

 

 ミリオンアーサーの答えに、ホット・ロッドは不自然な物を感じていた。

 モードレッドもそうだが、地球の伝説では悪役側だった者たちは、こちらで王の心強い味方として伝わっている。

 この差はいったい、なんだと言うのか。

 

「いずれにせよ遺物を借りるんだから、一度挨拶したいな」

「残念ながら女王は人間に姿を見せることはないわ。それどころか妖精さえも彼女と会った者はほとんどいないの。……まあ多分大丈夫でしょう、人間には基本的に不干渉だし」

 

 やはり筋を通しておきたいホット・ロッドに、チーカマは楽観的に答えた。

 どうも彼女とこの森の住人たちの間には距離があるようで、何処か他人ごとのような言い方だった。

 

「さてお嬢さんたち! そろそろ仕事をおっぱじめるとしよう!」

 

 ハウンドの号令に、一同は城の中へと向かっていく。

 城はオートボットたちでも入れるほどに入口が大きく通路も広い。あちこち崩れていて装飾品の類は色褪せているが、それでも往年の栄華を忍ばせた。

 

 手分けして探すことになり、ケーシャは一人城の数多くあるホールの一つに入った。

 崩れかけの壁には馬に跨り戦場を駆けるアーサー王の絵が飾られていた。

 

「…………」

 

 ケーシャは正直、こういう絵は好きではなかった。

 価値観の違いは理解しているが、どうにも戦いを美化するのは苦手だ。

 その時、何処から鐘の音が聞こえてきた。この場所は無人のはずなのにだ。

 怪訝に思って辺りを見回そうとして、不意に人の気配に気が付いた。

 

「!」

 

 振り向くと、いつの間にか窓から見える空が黒雲に覆われていて、部屋の中が暗くなっていた。

 その暗がりの中に誰かが、あるいは何かがいる。

 

「くろめさん? ミリアサさんかチーカマさんですか?」

 

 闇の中の何かは答えない。

 両手に銃を召喚し、その何者かに向ける。

 

「誰です! 答えなさい!!」

「私を忘れたのか? ケーシャ」

 

 静かな声がした。

 そしてそれは、ケーシャにとって忘れえぬ声だった。

 

「あなたは……そんな、そんな馬鹿な!」

「何が馬鹿だというのだ、ケーシャ? 我が弟子よ」

 

 雷鳴が轟き、稲光の中に相手の姿が浮かび上がった。

 それは野戦服に金髪、そして眼帯の女性……かつてケーシャが所属していた傭兵組織の首領にして、ケーシャの師匠でもある女傭兵だった。

 

「あなたは、あなたは死んだはず!!」

「いやケーシャ、私はこうして生きている。目に見えることが全てだ」

 

 後ずさるケーシャに、女傭兵はゆっくりと近づいてくる。

 

「敵にはきっちり止めを刺し、死体の確認は怠らないこと。そう最初に教えたはずだぞ」

 

 ケーシャは自分の両親を知らない。生まれ故郷も知らない。

 物心付いた頃から優れた兵士が集まる傭兵組織に属し、そこで育った。

 そして彼女に生きる技術を叩き込んだのが、目の前の女性だった。この女性は傭兵の中でも中心人物であり、一種のカリスマとして崇拝されていた。

 

 銃の撃ち方、ナイフの扱い方、素手での戦い方、敵地への潜入の仕方、山野のでの食料の調達の仕方、拷問の耐え方、全てこの女性が教えてくれた。

 

「そう、私はお前に武器を与え、技術を教え、知恵を授けた。私の全てをお前に伝えたのだ」

 

 幸か不幸かケーシャには比類ない兵士としての才能があった。特に潜入の才は師匠すら目を見張る物だった。

 いつしかケーシャは師の後継者とまで言われるほどになっていた。

 

「だがお前は裏切った。組織を、仲間を、そしてこの私を」

「そ、それは……」

 

 女傭兵の糾弾してくる通り、ケーシャは傭兵組織を裏切った。

 きっかけは潜入任務で普通の女学生に扮したことだった。

 そこで体験した銃弾や敵襲に怯えることも、銃やナイフが必要ともされない『普通の生活』に魅了されてしまったのだ。

 そして女神ノワールと出会ったことで、傭兵組織に疑問を持つようになった。

 

「私は! 私は傭兵としての生き方を強制されるのは嫌だった!!」

「強制? 私は子供たちに生きる術を教えただけだ。狼が子に狩りを教えるように。それに嫌だと言うが、お前は銃を捨てることが出来ていないではないか」

「ッ!」

 

 ハッとなってケーシャは自分が握る銃を捨てようとする。

 しかし、どういうワケか銃は指から離れない。

 

「一度戦闘のスリルを味わった者は、もうそこから逃れることは出来ない。一生涯、魂が戦場に縛られ続ける」

「ち、違う! 私は……!」

「お前は私の最高傑作だ。多くの兵を鍛えてきたが、お前ほどの逸材にはついぞ出会えなかった……その才に免じて裏切りを赦そう。もう一度、私の下に来るがいい」

 

 混乱し、ケーシャは銃の引き金に指をかける。

 女傭兵は大きく腕を広げた。まるで抱きとめようというかのように。

 

「お前は私の部下であり、弟子であり……そして娘だ。愛しているよ、ケーシャ。さあ母の所に戻っておいで」

 

 優しい、人を安心させる声色だ。

 かつて何度となく聞いた通りの。

 駄目と分かっているのに、ケーシャの心にこの声に身を委ねたいという思いが生まれてくる。

 それでも、脳裏に黒い女神を思い浮かべてグッと堪えた。

 

「いや……そっちには行きません! ノワールさんと、約束したんです!! 消えなさい!!」

 

 そして引き金を引こうとした瞬間、割れている窓から無数の蝙蝠が飛び込んできた。

 

「ッ!」

 

 視界が遮られ、羽音とキキキ……という鳴き声で何も聞こえなくなる。

 何発か銃を撃って蝙蝠たちを追い払うと、そこにはもう女傭兵はいなかった。

 周囲を警戒するが、気配はなく窓の外も晴れていた。

 

 幻だったのだろうか?

 いや、幻に違いない。こんな所に……いや、この世にあの女傭兵がいるはずがない。

 

 彼女は、自分が殺したのだから。

 

 ケーシャの手は震え、汗がジットリと滲んでいる。

 精神の何処か奥底が、まるで幻肢痛(ファントム・ペイン)のように疼いていた。

 

  *  *  *

 

 城の中の探索もそこそこに、一同は一度前庭に集まっていた。

 結局のところ、誰も遺物は見つけられなかったらしい。

 

「そもそも城がデカい上に構造が複雑すぎる。隠し通路や隠し部屋だらけだ」

「この城はもともと一種の砦だ。物を隠すにはうってつけだからな」

「仕方ない、しらみつぶしでいこう。まずは西側から……」

 

 ホット・ロッドとミリオンアーサーがそんな会話をしている横で、ケーシャは俯いて手にした銃をジッと見ていた。

 いつも使うマシンピストルとは違う銃で、随分と使い込まれている。

 深刻な様子の彼女を、ハウンドは心配そうに見下ろした。

 

「お嬢ちゃん、どうかしたのか?」

「……いえ、別に」

 

 素っ気ない態度に、ハウンドは後頭部をボリボリとかく。

 色々あったし反発されるのは分かるが、それを抜きにしてもどうにも避けられている気がする。

 

 クロスヘアーズやドリフトなら小突けば済む話しだが、この年頃の少女にどう接すればいいか分からない。

 自分があまり女子受けしない外観なのも自覚していた。デブ、髭、オッサンの三重苦が好きという女性はそうはいないだろう。

 

 アイアンハイドの奴は、どうやってあの気難しい女神と仲良くなれたのだろうか?

 

「なあ嬢ちゃん、俺たちはチームだ。チームってのは助け合うもんだ」

「昔、同じことを別の人に言われました。その人から私が学んだ教訓は『そういうことを言う人を信用しないこと』です」

 

 あくまでも冷淡な態度で銃をしまうケーシャに、ハウンドはいよいよ深く排気すると眉間を指で揉んだ。

 何とも相性の悪そうな二人に、くろめはやれやれと首を振る。前途は多難だ。

 そこでふと、空を見上げているチーカマに目が留まった。

 

 酷く不安そうに、辺りを見回している。

 

「チーカマ?」

「おかしい。何か上手く言えないけれど……ここに来てからだんだん心がザワザワしてくるの」

「どういうことだ?」

 

 相棒の様子にミリオンアーサーは気遣わしげに肩に手を置く。

 チーカマは自分の両肩を抱いて、震えていた。

 

「分からないの。森も、空も、何かに怯えている……邪悪な、信じられないほど邪悪な何かに!」

 

 その時、ハウンドが何かに勘付いて三連ガトリングを城壁の上に向けた。

 崩れかけの壁の上に、何人もの少女たちが立って……いや、浮遊していた。

 彼女たちが何者か察し、チーカマは戦慄した。

 

「妖精……! それもモルガナの妹たち、『九姉妹』……!」

「九姉妹? ……なるほど女王様を抜いて八人か」

 

 くろめが見上げると、少女たちは確かに八人いた。

 しかし虫のような薄い羽根に緑の服の所謂()()()()()妖精は一人もいない。

 背中の羽根は魚のヒレや鳥の翼のようだったり、頭部以外が鱗に覆われている者や小悪魔のような姿の者、頭から布を被っていて幽霊のようにも見える者までいる。

 

「この森の住人か。ハウンド、銃を降ろしてくれ」

 

 ホット・ロッドは一歩前へ出ると恭しく頭を下げた。

 

「俺たちはオートボット。遠くプラネテューヌという国からやってきた。断りなく君たちの住処に入ったこと、まずはお詫びする。君たちの代表者に合わせて貰えないだろうか?」

 

 丁寧な態度のホット・ロッドだが、妖精たちは敵意の籠った目で見下ろしてきていた。その中の一人が口を開くが、そこから出てきたのは言語とも思えぬ得体の知れない声だった。

 ミリオンアーサーは警戒心を露わにする。

 

「ホット・ロッド、自然の妖精にこちらの言葉は通じんぞ」

「え? でもこの言葉って……」

「ああ……古代サイバトロン語だ」

「なんだと!?」

 

 ホット・ロッドとハウンドの思わぬ言葉に、ミリオンアーサーは目を見開く。妖精と意思疎通は出来ない。それがブリテンの常識だからだ。

 くろめは相棒に問う。

 

「それで? 彼女たちはなんて?」

「俺も古代サイバトロン語には詳しくないし、凄い早口で……ええと『この森、出てけ』『モルガナ、返せ!!』みたいなことを繰り返してるみたいだ。ん、返せ?」

 

 言い回しに引っ掛かるものを感じたが、考える暇もなく姉妹たちの一人、髪の毛が炎になっている妖精が手から火球を放ってきた。

 咄嗟にオートボットたちはくろめたちを庇う。

 

「ッ! 問答無用かよ!!」

 

 くろめが悪態を吐くと、獣の特徴を持った二体と鱗に覆われた一体が急降下して襲い掛かってきた。

 

「待て! 俺たちは戦いに来たんじゃ……グッ!」

 

見た目は小柄な少女だが、その拳はホット・ロッドを後退させるほどに強烈だった。鱗の妖精に至っては口から火まで吐いている。

さらに魚のヒレを持った妖精が槍を掲げると、何処からか大量の水が押し寄せてきた。

オートボットたちは慌ててくろめたちを体に登らせる。

 

「水の無い所でこれほどの水遁を……! こうなったら、話してる状況じゃなさそうだ! 一度、退こうぜ!!」

「賛成です。彼女たちはこちらの話を聞いてくれそうにない」

 

 ハウンドの意見に肩のケーシャも賛成しつつ、マシンピストルを撃って妖精たちを牽制する。こんな時ばかりは息の合った様子だ。

 飛んでくる馬鹿にならない威力の火炎弾からくろめを庇いながら、ホット・ロッドはすぐに決断した。

 

「分かった! 降下艇まで戻れ!!」

 

 オートボットたちは水流の中、降下艇を目指す。

 だがいきなり水が引くと突然地面が盛り上がり土砂で出来た巨大な手が現れ、降下艇をガッツリと掴む。

 これでは飛び立てるかも分からない。

 

「まずい!」

 

 そうしている間にも妖精たちがオートボットたちを取り囲む。

 このままでは、いかに金属の身体のオートボットとはいえ危険だろう。

 ミリオンアーサーはホット・ロッドの身体から飛び降りるとエクスカリバーを構えた。

 

「いた仕方がない、戦おう!!」

「…………しょうがない!!」

 

 妖精たちに攻撃するのを躊躇っていたホット・ロッドだったが、この状況では全員の身が危ないと覚悟を決め、レーザーライフルを抜く。

 それを見た妖精たちはそれぞれに最大級の攻撃を放とうとして……瞬間、酷く怯えた様子になった。

 何処から放り込まれてきたガラス瓶が地面にぶつかって割れるや、中に詰められていた粉が辺りに散らばったからだ。

 その粉が宙を舞うと妖精たちは頭を抱えて苦しみだす。

 異変が起こったのは相手方の妖精ばかりではなく、チーカマもだ。地面に降りてよろける彼女をミリオンアーサーが抱きとめる。

 

「うぅ……頭がクラクラする……」

「チーカマ! チーカマ、しっかりしろ! この臭い、妖精避けの粉か!!」

 

 この粉は妖精の知覚を狂わせるある種の金属の粉末と、妖精が嫌う薬草を焼いた灰を混ぜた物だ。

 突然の事態に困惑する一同だが、そんな彼らに声がかけられる。

 

「こちらへ!」

 

 崩れた城壁の影から女性が顔を出していた。

 白い髪を長く伸ばし分厚い丸眼鏡をかけたローブ姿の女性だ。

 新たに現れた見慣れない人物に、ホット・ロッドは驚き思わず問う。

 

「あんたは?」

「話しは後よ! 妖精避けも長くはもたない、安全な所に案内するわ!」

「ここは従った方が良さそうだね」

 

 女性の返事にくろめが同調すると、ホット・ロッドはハウンドをチラリと見た。

 ベテランの戦士は謎の女性の右腕に視線を注いでいたが、リーダーの視線に迷わず頷いた。ここでグダグダとしていては全滅も在りうる。

 

「分かった! さ、チーカマ!」

「あ、ありがとう……」

 

 ヨロヨロとするサポート妖精を抱き上げ、ホット・ロッドは軽快な動きで駆けていく女性を追って城壁の外へと走っていき、他の者もそれに続く。

 殿を務めたハウンドは、一瞬、古城の一際高い塔を鋭い目付きで見上げたが、すぐに閃光弾を投げて敵の目を晦ますと仲間の後を追うのだった。

 

 妖精たちは妖精避けと閃光のダメージから回復すると、逃げて行ったオートボットを追うことはせず、空に浮かび上がって虚ろな顔つきで散らばっていった。

 

 

 

 

 

 古城の高い塔の上で、これらの出来事をつぶさに観察している者たちがいた。

 一人は緑色のズングリムックリしたディセプティコン、オンスロート。

 攻撃参謀の異名を持つ彼は、ガルヴァトロンの命令で遺物探索に来たのだが、今は別のある目的のために動いていた。

 

「逃げたであるか……おい、あの羽虫どもに追わせろ。足の速い奴に先回りさせて、包囲網を引くのである」

「ええ~、あいつらを操るの難しいっちゅよぉ。ましてそんな複雑な命令は無理っちゅ」

 

 もう一人は、梁からぶら下がった蝙蝠のような姿のディセプティコン、マインドワイプ……いやマインドワイプの データを基に作られたトランステクターにヘッドオンしたワレチュー、さしずめマインドワレチューである。

 

 妖精たちの様子がおかしいのは、彼が催眠音波で操っているからなのだ。

 遺物の探索を邪魔することを仕事をするワレチューだが、遺物探しより自身の目的を優先するオンスロートと利害の一致から結託していた。

 

「ならば、とにかく連中を探させろ……なに、森の地形データから行先は絞り込める。そこを重点的に探させて、そして見つけたら我輩の部下も含めた全員で囲んで叩くのである」

「随分と脳筋な作戦っちゅね、もっとこうスマートにいけないっちゅか? あんた戦術家っちゅよね?」

 

 いつも通りの減らず口に、しかしオンスロートはニヤリとした。

 

「戦いに勝つには相手より数を揃えること、補給を怠らないこと、そして戦力の出し惜しみをしないことである。そういう当たり前のことを当たり前に出来る奴が勝つのである」

「そんなもんっちゅかねえ」

 

 納得いかなげなワレチューを差し置いて、オンスロートは広大な森を睥睨した。

 

「さあ逃げろ逃げろ平和ボケしたオートボットども……そして傭兵組織の娘。この緑の地獄で戦争の味を思い出すがいい」

 

 ギラギラと光るオプティックは森の何処かにいる敵たち、中でもケーシャを睨んでいた。

 

「……なんかやっぱり声が聞こえる気がするっちゅ。気のせいっちゅかね? コウモリアマモリオリタタンデわれワレチュー」

 

 マインドワレチューは少し首を振ると、催眠音波を発生させる。

 

 塔の内部には蛸のような下半身を持った奇怪な像……創造主クインテッサの巨大な立像が置かれていた。

 催眠音波はその像の内部の機構によって増幅され、鐘が鳴るような音になって森に響き渡った。

 この像は、妖精を操るために遠い昔にクインテッサが用意した装置なのだ……。

 

 

 

 

 

 ここで思い出してほしい。

 チーカマは言った。信じられないほど邪悪な何かの気配に森が怯えていると。

 オンスロートは冷酷非情だ。マインドワレチューは催眠術で妖精を操っている。

 

 だが、果たして彼らは()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼らの所業は悪辣だが、あくまでも彼らなりの理に適った者だ。

 つまり……。

 

「ふむ。マインドワイプか……ちょうどいいな。ロディマスにそろそろ少し思い出させてやるとしよう」

「ウヒャヒャヒャ! 森に古城に亡霊に妖精! そこに吸血鬼で正にダークファンタジーの世界ッス! 厨二に受けるッス!!」

 

 つまり、別のより邪悪な何者かが事態に介入しようとしているのだ。

 




遅くなってしまい、申し訳ございません。
今回のキャラ紹介。

女傭兵
かつてケーシャが所属していた傭兵組織の首領であり、ケーシャの師。
傭兵たちの間ではカリスマ的な存在だった。しかしその内心はケーシャ含めて誰にも計り知れなかった。
某ビッグボスの恰好をした某ザ・ボスのような感じの見た目。

本名は設定していない。


魔女モルガナ
元ネタのアーサー王伝説ではモルゲン、モーガン・ル・フェイとも呼ばれる。
本編では端折ったけど、伝説においてはアーサーの異父姉でありモードレッドの母親というドロドロの関係。
様々な策略でアーサーを苦しめるが、最後にはアーサーをアヴァロンへと連れていった。
古い物語では魔女ではなくアーサーを支援する妖精だったとも言われる。

なお、拡散性ミリオンアーサーにはモーガン・ル・フェイというキャラクターがいるが、この作品では無関係。


九姉妹
上記のモルガナを含めた妖精の姉妹で、妖精の中では最強の力を持つ。
元ネタはアーサー王伝説(の中でも古い話し)においてアヴァロンを統治するという九姉妹。
モルガナ以外の八人は水、炎、土、風、竜、獣×2、闇にちなんだ力を持つ

なお、本作における外観と能力はトランスフォーマーZの九大魔将軍のパロディ。モルガナはオーバーロードの枠。
だからといって、マグマダイブさせられたり、跡形もなく消し飛ばされたり、真っ二つにされて脳ミソが見えたりはしません。


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第49話 過去の亡霊

 ケーシャが育った傭兵組織は、行き場のない戦闘狂たちの寄り合い所帯だった。

 モンスターが自然発生してくるゲイムギョウ界で、人間と殺し合うことに意義を見出しているロクデナシの集団だ。

 それでもケーシャは彼らのことが嫌いではなかった。

 女の子に与えるのが、お洒落な洋服や着せ替え人形ではなく、戦闘服や機関銃という連中だとしても、家族だと思っていた。

 

「戦いの中でしか生を実感できず、自分を表現することが出来ないが……それでも()()としか生きられない、それが我々だ」

 

 ケーシャの師はそう常々言っていた。

 

「各国の対立、オートボットとディセプティコンの戦争が終わり、確かに世の中は平和になっていくだろう。我々の居場所はやがて消えゆく……だが我々は歴史の中の記録にはなりたくない。記憶の中にありたい……ケーシャ、これを渡しておく」

 

 ケーシャの師は彼女に一丁の銃を授けた。師が愛用する物と同じデザインの銃だ。

 あまり知られていない話だが、銃には右手用と左手用がある。師の物は右手用、これは左手用だった。

 それを受け取った時、ケーシャは誇らしかった。彼女にとって師は、単なる教師ではなかった。

 人生の目標であり、血は繋がらずと母親と想っていた。

 

 彼女が教会に戦争を仕掛けると言い出した、その時まで。

 

「ケーシャ、お前には我々の全てを授けた。お前が私たちの偉伝子(ミーム)を継ぐんだ……」

 

 その言葉の意味を、ケーシャは今も計りかねている。

 

  *  *  *

 

 フェミニアを訪れるも、妖精たちに襲われたオートボットたち。

 そこに現れた謎の女性に助けられてその場を逃れた彼らは、その女性の案内のもと森の中の道なき道を進んでいた。仲間に連絡を取ろうにも、妨害電波が出ているのか通信出来なかった。

 周囲の木々はトランスフォーマーすら霞んでしまうほどに大きく、いったいどれだけの樹齢を重ねているのか見当もつかなかった。

 ホット・ロッドは慣れた様子で獣道を行く女性の背を見ながら、隣を歩くハウンドにたずねた。

 

「何者だと思う?」

「さあな、だが少なくともこの森に精通してるのは確かだ。ここまで妖精に見つかってない」

「妖精にも、縄張りや生活リズムがあるわ……近づかない場所や、留守にしている時間、多分そういうのを縫って移動してるんだわ」

「どうりで……どうにもグネグネと進むと思った」

 

 ホット・ロッドに抱えられたチーカマはまだ調子を取り戻していないようで、青い顔をしていた。それはあの妖精避けの粉のせいばかりではないだろう。さっきから何処からか鐘の音が聞こえてきて、そのたびにチーカマは頭痛に耐えるように頭を抱えた。

 ミリオンアーサーは相棒を心配そうに見上げていた。

 

 やがて一行は、大きな滝のある泉の畔に出た。

 泉に流れ落ちる滝の水しぶきと木漏れ日が虹を作っていた。透明度の高い水の中で魚が泳ぎ、泉の周囲には草木が生い茂っていた。

 

「この辺りは古い魔法に守られていて、妖精はやってこないわ。それ以外もね」

 

 女性の言う通り、妖精どころか獣や鳥の気配すら感じない。これほど美しい場所なのにだ。

 ハウンドは信じられないという顔で顎髭を撫でた。

 

「魔法ねえ……」

「魔法という言葉が受け入れられないなら、魔法と見紛うほど進んだ科学だと理解してくれればいい。実際それで合っているわ……ここに来るには、この場所のことを知っているか、知っている人間と一緒でないといけないの」

 

 そう説明すると、女性は滝の裏に回り込むと、岩肌に触れ口を開く。

 

「ヴァーウィップ、グラーダ、ウィーピニボン!」

 

 呪文のような言葉と共に、岩肌がギゴガゴと音を立てて口を開ける。

 髭を撫でながら、ハウンドは酷く驚いた顔をしていた。

 

「宇宙は一つ、皆兄妹……」

「ハウンド?」

「あの言葉の意味だ。宇宙共通の挨拶になればと最初の13人が作った言葉。ってことは、この場所は……」

 

 思案に暮れるオートボットを他所に、女性は入口の中に入っていく。

 

「この中なら鐘の音も届かないわ」

 

 彼女の言うことが正しいことを、少し持ち直したらしいチーカマが証明していた。

 一同がそれに続くと、中は壁や天井が金属で固められた通路になっていた。だいぶ奥まで続いているようだ。

 

「ここまで付いてきましたが……あなたはいったい?」

「私は……」

 

 警戒を解いていない様子のケーシャの言葉に、女性は振り返ると少し躊躇いがちに口を開こうとした。

 

「先生―!」

 

 しかしその時、洞窟の奥から誰かが駆けてきた。

 まだ幼さの残る二人の男の子だ。一人は黒髪でもう一人は水色の髪だ。

 

「アキラ、カイン。ただいま」

「お帰りなさい先生。上手くいきましたか……ッ!」

 

 アキラとカインと呼ばれた少年たちは金属の巨人たちに気付き、恐怖に慄く。

 そんな少年たちに、先生と呼ばれた女性は優しく微笑んだ。

 

「大丈夫、彼らは味方よ……多分ね」

 

 

 

 

 

 女性……教師の話によると、彼女は元々街で孤児院に勤めていたが、その街がアーサー同士の戦いで焼かれたため、院の子供たちと共にこの森に避難してきたそうだ。

 本来なら人を嫌う妖精たちだが九姉妹は『子供たちが大人になるまでなら』という条件で森への逗留を許可してくれたのだという。

 だがいくらか前に城から鐘の音が聞こえるようになると、妖精たちの様子がおかしくなった。

 

 九姉妹は正気を失う前に、この場所と扉を開くための呪文を女性教師に教えてくれた。

 

 以来ここで生活していたが、教師は子供たちに留守を任せて城の様子を伺いにいき、そこでオートボットたちを見つけたというワケである。

 

 その話を聞いて、ミリオンアーサーは厳しい顔をしていた。

 

 とりあえず、今日の晩はここに泊めてもらうことになり、明日の朝に城に再アタックすることとなった。どの道、降下艇を取り戻すためには城に行かねばならない。

 そして日も暮れてきて……。

 

「お姉さん、そっちにお皿を並べて!」

「はいはい……なんでオレがこんなこと……」

「いいじゃないですか。こういうのも楽しいですよ」

 

 子供たちに混じって、くろめとケーシャが食事の準備をしていた。竈などは石を積んで作った簡素な物だ。

 くろめは調理器具の扱いに慣れておらず四苦八苦していたが、逆にケーシャはテキパキと仕事をこなしていた。

 アーミーナイフで器用に魚をさばいていく手際に、アキラと呼ばれていた黒髪の少年が舌を巻く。

 

「すごいや、お姉さん! 先生みたい!」

「どういたしまして……先生ってあの人のこと?」

「うん、僕らの先生。食べてもいい木の実やキノコとか、魚の釣り方とか、何でも知ってるんだ!」

 

 アキラは、本当にあの教師のことを尊敬しているらしい。子供たちがこの森で秩序だって生きてこられたのも、あの女性がいてこそのようだ。

 ケーシャから見ても、あの女性はかなりの手練れに見えた。

 

「先生はね、ある日僕たちの街にやってきて、孤児院で働き出したんだ! 街の大人は怪しいって言ってたけど話しは面白いし分かりやすいし、すぐにみんな先生のことが好きになったんだよ!」

「そうなのか……いい人なんだね」

 

 邪気無く語る少年に、くろめは我知らず微笑んだ。

 女神の微笑は幼いとはいえ男性を赤面させるには十分な威力を持っていた。

 

「じ、じゃあ僕、みんなを呼んでくるよ! お姉さんたちは火の番をお願い」

「はいはい、分かりました」

 

 照れた様子のアキラが行ってしまうと、後は鍋を焦がさないように見ているだけになった。

 しかしそうなるとくろめとケーシャは二人きりになってしまった。

 

 正直、何を話していいか分からない。

 

 一緒にやらかした仲ではあるが、だからこそくろめは彼女に苦手意識を抱いていた。

 ややあって、話しを切り出したのはケーシャの方だった。

 

「くろめさん……」

「なんだい?」

「くろめさんって、ホット・ロッドさんのこと好きなんですか?」

 

 唐突な質問に、くろめは手の中の皿を落としかけた。

 

「ななな、なにを言ってるんだい? す、好きとか嫌いとか、そういうアレではその……」

 

 ケーシャは一瞬、酷く意外そうに眼をキョロキョロと泳がせるくろめを見た。

 あれで誤魔化せてると思っていたのか、という顔だ。

 

「と、と言うか急に何を言い出すんだ!?」

「ええと……私、恋バナとかしたことなくて。ノワールさん以外に同年代のお友達もいませんし……いい機会かと思って」

 

 確かにケーシャの主な仲間のゴールドサァドは、幼さの残るビーシャ、年上のシーシャとエスーシャという構成だ。しかもその内二人は明らかに恋愛に興味が無さげだ。

 もしここに紫の女神がいたらボッチキャラで通っている黒い女神と友達だという点に驚いただろうが、生憎とくろめは女神の交友関係に詳しいワケではなかった。

 

「そういうのはシーシャと話したらどうだい? 年上だけど、経験豊富そうだし」

「あの人は口だけ番長ですから。実際には男の人と付き合ったこともないんじゃないかと」

 

「へ、へえー……」

 

 大人の色気を振りまく女性の意外な一面を暴露されて、くろめは反応に困ってしまった。そもそも何故ここで恋バナなのか?

 

「それなら、それこそノワールと語り合ってみたらどうだい? 彼女なら男の一人や二人……ヒュッ!」

 

 殺気を爆発的に膨れ上がらせ、やがて氷点下の冷気を視線に宿したケーシャに、くろめは息を飲む。

 

「男の一人や二人? それはありません。ノワールさんが、ノワールさんが恋だなんて……それも男と! 百歩譲って女性とならともかく男となんて、汚らわしい!!」

「え、ええとケーシャ?」

「そう! あのオカマ野郎のハッカーといい、機械仕掛けの小僧っ子といい、ノワールさんの周りには奇怪な野郎どもが多すぎるんです! 私、男の人は男の人同士、女の人は女の人同士で恋愛すればいいと思うんです!!」

「け、ケーシャぁ……」

 

 怖い、めっちゃ怖い。

 グルグルと渦巻く目で呟く姿は、病んだ雰囲気を纏っている。逃げたいけど、逃げたら追ってきそうで逃げられない。

 

「ああノワールさん……私の、ノワールさん。独り占め出来ないのは分かっているけれど、それでもノワールさんの心と体が男に汚されるなんて我慢ならない!! でも男の視線が集まるのも無理もないこと、だってあんなに綺麗で凛々しく、それでいて儚い……それは内面の美しさが出ているから! 責任感があって努力家で、でも壊れそうな一面があってそんなところも……」

「ロディ。助けて、ロディ……」

 

 結局くろめは、食事の時間になるまで『ノワールがいかに素晴らしい女神であるか』というケーシャの話に付き合わされたのだった。

 

 

 

 

「はい、どうぞ。薬草茶です」

「ありがとう」

 

 岩屋の中の部屋の一つで、チーカマはベッドの上で上体を起こし、水色髪の少年カインから受け取った茶をすすった。

 爽やかな香りと渋みのある味が、気分を落ち着けてくれる。

 

 この場所にいると、心が安らかになっていくが、同時に郷愁のような物も感じた。この森が、妖精の故郷だからだろうか?

 

 ベッドの脇では、ミリオンアーサーが心配そうに相方の顔を伺っていた。

 それが何だか可笑しく思えて、チーカマはクスクスと笑う。

 

「そんな顔しないで。だいぶ、よくなってきたから」

「そうか……」

 

 ミリオンアーサーは、不意に顔を引き締めた。

 

「チーカマよ、私は自分を恥ている」

「え?」

「私は酷く狭量であり無知であった。ブリテンの常識にとらわれ、妖精とは意思疎通できぬと思い込んでいたのだから」

 

 そう言って自分を戒める未来のブリテン王は、厳しい顔をしてチラリとカインを見た。

 

「それに私は何処かで、アーサーの戦いを甘く見ていた。しかし、この子供たちを見ているとやはり巻き込まれる無辜の者はいるのだと実感できた。一刻も早くこの戦いを終わらせなければならない。そなたにも苦労を掛けることになるが……着いてきてくれるか?」

「どうしようかしら? あなたが他の女の子に目移りするのを止めたら、考えてもいいわ……冗談よ。最後まで付き合うわ」

 

 決意を新たにする相棒に、サポート妖精はフッと笑みを浮かべた。

 

 そこでふと思った。

 

 自分はミリオンアーサーが王候補になったことでサポート妖精になった。

 では()()()()()

 サポート妖精は、マーリンによって調整され『サポート妖精』として以外の自我を封印されている。

 

 自分は何処で、何をしていたのだろうか?

 この場所に、何か酷く懐かしい物を感じる。自分はここにいたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 ハウンドとホット・ロッドは出入り口の近くにある広間で待機していた。万が一に備えてだ。

 ユーリズマのことを考えるに、ディセプティコン、そしてトリプルチェンジャーの黒幕である第三の勢力もこの地に来ているはず。

 

 広間の金属で出来た壁には、妖精たちが草木を編んで作ったらしい大きなタペストリーがかけられていた。

 タペストリーには、九人の女性……城で見たままの姿の九姉妹が、空を飛ぶ三本首のドラゴンを仰ぐ姿が描かれていた。

 

「さっき何か言ってたよな? 宇宙共通の挨拶だっけ?」

「ああ、ここの合言葉とそっくり同じ言葉を、昔聞いたことがある。最初の13人の一人の口からな」

 

 そのタペストリーを眺めながらのホット・ロッドの質問に、ハウンドは武器を手入れしながらも答えた。

 

「確か、クインテッサ……ディセプティコンの黒幕も13人の一人だったな。となると、ここはそいつの使ってた場所か」

 

 頭の中で整理した情報を、ホット・ロッドは口に出す。

 おそらくここやディセプティコンが基地に使っている祠のような、クインテッサ由来の施設がブリテンのあちこちにあるのだろう。

 

「妖精がイストワールと似てるのは偶然だと思うか? 俺は彼女たちは、クインテッサが作った人工生命体なんじゃないかと思う……証拠はないけど」

 

 そう考えれば、辻褄は合う。

 古代サイバトロン語を話す妖精たち、イストワールとの類似点、地球のアーサー王伝説。偶然にしては出来過ぎている。

 クインテッサがイストワールや地球の妖精を真似たのか、あるいはその逆か。

 

「さあな、俺はドンパチ専門で学者じゃないんでね」

「ならドンパチの話だ。妖精を操ってるのは、ディセプティコンだと思うか?」

 

 ハウンドは三連ガトリングを磨きながら、何かを思い出すように遠い目をした。

 

「鐘の音ってのとは違うが、音で敵を操るってディセプティコンには心当たりがある……だがそいつは死んだ。前の大戦でな」

 

 その脳裏には、暗い地下の光景と不気味な呪文が甦っていた。

 そしてスカリトロンを巡る戦いのときに聞こえた声も。

 

「だが、あの錆塗れのドラゴンが攫われた時、確かに奴の呪文を聞いた」

「そいつの因子を手に入れた何者かがコピーを作ったってのは?」

「あるかもな。考えてみりゃ、ゾッとしねえ話だぜ。因子さえありゃあ死人が甦ってくるなんてのはよ」

「そうも上手くいかないみたい。騎士とオリジナルはやはり何処か違ってしまうの」

 

 第三者の声に視線をそちらにやると、あの白髪の教師がやってきた。夕餉を終えたのだろう。

 お互いに軽く頭を下げると、女性教師は話を続ける。

 

「それに騎士はエクスカリバーからエネルギーを供給できなければ、アッサリと消えてしまうわ……このシステムを作った人間は、相当に歪んでいる」

 

 女性教師はハウンドを見上げた。正確にはその体に装備された武器の数々を。

 

「………」

「怖いかい? ま、無理もない。このナリじゃあな」

 

 ハウンドは三連装ガトリングを始め、全身に銃器を装備した物々しい姿だ。しかし教師は首を横に振った。

 

「別に怖くはないわ」

「豪胆な方だ。俺たちをこの場に迎え入れてくれたこと、感謝します」

 

 ホット・ロッドが頭を下げると、女性教師は曖昧に微笑んだ。

 彼女がホット・ロッドたちを助けたのは、この状況下では少しでも多くの味方が欲しいという面もあったのだろう。

 

「それはそうとだ、俺たちはソラスハンマーってのを探しに来たんだが、あんた何か知らないかい? モルガナってのが持ってるそうなんだが」

 

 ハウンドは、何故か女性教師の右腕や顔をさりげなく見ながら聞いた。すると教師は、少し困ったような顔をした。

 

「私も妖精の言葉が全て分かるワケではないけれど……モルガナは、もう随分と前に森を出たと」

 

 予想していない答えではなかった。

 妖精たちはモルガナを返せと言っていた。つまり、この場にはいないということだ。

 

「そのハンマーのことについては聞いていない。妖精、それも九姉妹なら、あるいは……」

「どのみち、やることは変わらないな。あの鐘の音を止め、妖精たちを元に戻す」

 

 遺物の情報のため、妖精を自由にする。

 妖精を自由にするため、城を目指す、というワケだ。

 

「子供たちのためにも、早くこの森の安全を取り戻さないと……」

 

 女性教師は眼鏡の奥から、強い意思を感じさせた。子供たちのため、あらゆる困難に立ち向かおうという決意だ。

 街を追われた彼らには、この森を追われれば行く所はないのだ。

 

「ここの子供たちも、戦争の落とし子なんですね」

 

 いつの間にか、ケーシャが部屋の壁に背を預けていた。

 隣にはくろめが立ち、頬を朱に染め困ったような顔をしている。

 

「……や、やあホット・ロッド」

「ああ、くろめ。調子はどうだい?」

「わ、悪くはないかな?」

 

 目を合わせようとしない相方に、ホット・ロッドは首を傾げる。

 ケーシャはタペストリーを見上げた。

 

「いつどこで誰が行うにせよ、戦争に巻き込まれるのはいつだってここの子供たちのような力のない者……」

 

 その声には怒りとも悲しみとも、あるいは自虐とも付かない複雑な感情が込められていた。

 

「私は戦争が嫌いです。戦争をする人も嫌いです」

「好きな奴もそうはいないさ」

「……そうでしょうか? 私の知っている人たちは戦いでしか生きていると実感できない、自分を表現できない、といつも言っていました」

 

 その視線は言葉にせずとも、目の前のオートボットも同類だと語っていた。

 

「そういう奴もいるさ……俺とかな」

 

 否定しなかったことに驚く一同の視線が集まると、ハウンドはニヤリと笑った。

 

「物心ついた頃から戦い通しで、どれだけ敵を殺してきたかも分からねえ。正直なところ、平和って奴に馴染めないとも感じてる」

「ハウンド……」

「でもな、それを否定しても始まらねえ。これが俺なんだって、どんな過去でも飲み込んで生きてくしかねえんだよ」

 

 多くの戦いを経験してきたのだろう古参のオートボットは静かに、だが断固たる意志を感じさせる声で言った。

 ホット・ロッドは感じ入る者があり、くろめは罰が悪そうにしていた。過去を未だ思い出せない彼と、過去に引き摺られる彼女の、対照的な反応だった。

 女性教師は、何故か顔を伏せていた。

 

「……私は嫌、過去なんて捨て去りたい」

 

 それでもケーシャはハウンドから目を逸らし、酷く冷めた声を出した。

 手の中にいつも使っているのとは違うマシンピストルを召喚し、弄ぶ。

 過去を滔々と語るようなことこそはしないが、彼女にとってこのピストルは戦争の臭いが染み付いた己の過去の象徴なのは、周りの皆にも容易に想像できた。

 

「普通の女の子でいたい。友達と遊んで、将来のことに悩んで、恋に恋するような、そんな子でありたい……()()過去が私の一部だなんて、絶対に認めたくない」

 

 口を突いて出た願望は、忌むべき過去、そして彼女自身の現状とは相入れない物だった。

 普通でいるためには、彼女はすでに手を汚しすぎ、力を手に入れ過ぎた。

 自分の肩を抱きながら、ケーシャは血を吐くようにして続ける。

 

「私にとっては、過去は呪いよ。捨てたはずなのに、忘れたはずなのに、いつまでも追いかけてくる。まるで亡霊だわ」

「…………」

 

 口から煙を吐いたハウンドは何も言わずに遠い目をした。

 彼なりに、ケーシャの言葉に同意しているからかもしれない。

 

 誰もが押し黙るなか、それでも夜は更けていく……。

 

 

 

 

 

 そのころ、森の中央に立つ古城。

 真っ赤な月に照らされた尖塔の一室から森を睥睨しながら、オンスロートは顔をしかめていた。

 オートボットの行方が分からないからだ。

 土地勘のある妖精たちに探させても、足取りが掴めない。

 

「どういうことだ? 何故奴らがみつからない?」

「知らないっちゅよ。おっさんの指示が悪いんじゃないっちゅか?」

 

 天井からぶら下がったマインドワレチューは呑気に体を揺らす。

 彼としては遺物が両軍の手に渡らなければいいので、他人事だ。

 そんな蝙蝠をオンスロートはギロリと睨む。

 

「貴様、ちゃんと妖精たちを動かしているのであるか?」

「動かしてるっちゅよお。催眠音波は垂れ流しっちゅー」

 

 あっけらかんとした態度のワレチューに、オンスロートは頭痛を覚えつつも掌から地形データを投射する。

 万が一にも、自分の間違いということもある。

 

 北の山から川が流れ、森を縦断して南の湖に注いでいる。

 

「!? まて、何だこれは!」

「どうしたっちゅ?」

 

 何かに気付いて驚愕するオンスロートの後ろにワレチューも降り、3Dの地図を眺める。

 オンスロートは川の途中を指差した。丘の上から下に向かって水が流れている。

 

「ここを見ろ! この地形の高低差で滝が出来ていないのは可笑しい!」

「そうなんちゅか?」

「そうである! どういうトリックかは分からんが、これは敵の偽装工作の可能性が高い! ただちに偵察隊を送り込むのである!!」

「考え過ぎじゃないっちゅ? 単純におっさんがミスしてた方がありそうっちゅ」

「ミスならミスでいいのである! そうでなかった時が問題なのだからな!」

 

 オンスロートの檄に、ワレチューは確かに気のせいで済ませるのは敗北フラグだと納得し、催眠音波を発生させようとする。

 

「分かったちゅよ、コウモリアマモリオリタタンデワレチュー……」

 

 その時、ワレチューの後ろの暗がりに影が現れた。

 人型ではあるが長い手足で這うようにしてワレチューに忍び寄るその影は、()()のようにも見える。オンスロートとワレチューは気付いていない。

 影は、静かにワレチューの背後に近づくと、その背に毒々しい紫に輝く結晶……ダークエネルゴンで出来た針を突き刺した。

 

「っぢゅ!?」

「ウヒャヒャ! さあ、憎悪と怨念に満ちた魂よ……我らが神の御慈悲により、今一度お前に機会を与えてやるっす」

 

 痙攣するワレチューを置いて、蜘蛛のような影は闇の中へと消える。

 異変に気付いたオンスロートが振り向くと、すでにそこには頭を抱えて体を痙攣させるマインドワレチューが残されるのみだった。

 機械の身体の内側をダークエネルゴンが駆け巡り、浸蝕してゆく。

 

「おい、どうした!?」

「ぢゅぅぅキ、や、止めろっちゅ! キ、キキ、オイラの頭の中で喚くなっちゅキキキ」

 

 体をビクビクと震わせながらあらぬ方向に手足や首を曲げるワレチューに、オンスロートはただならぬ物を感じてその肩を掴もうとする。

 

「おい!? しっかりしろ!」

「キキキ、ヨコセ……これはオイラの身体っちゅ! イイヤ、オレノダ、キキ……や、やめ! キエロこ、コンパちゃ……」

 

 だがワレチューは急に大人しくなると、ゆっくりと顔を上げた。そのバイザーの下の三つの目が、紫色に輝いていた。

 

「おい、ネズミ。いったい何が……」

「キキキ……酷いじゃないかオンスロート。仮にも仲間だったっていうのに、忘れちまったのか……」

 

 そしてその発声回路から出てきた声は、もうワレチューの物ではなかった。

 その陰湿で残忍さを感じさせる男の声に聞き覚えがあり、オンスロートは目を剝く。

 

「貴様は……そんなまさか! マインドワイプ!?」

 

 何処からか数え切れないほどの蝙蝠たちが集まってきて、フワリと空中に浮かび上がった蝙蝠の如き姿のディセプティコンの周りを飛び回る。

 まるで映画の吸血鬼だ。

 

「キキキ、そう俺だよ……久しぶりだな、古き友よぉ……」

 

 天窓から差し込む血のような紅い月の光に照らされて、蘇ったヴァンパイア・マインドワイプは、その体に不浄な力を漲らせる。

 

 何処からか、鐘の音が聞こえてくる……今までよりも、大きく、はっきりと。

 




最近どうも筆が遅くていかん……。

今回のキャラ紹介


女教師
フェミニアの隠れ家で子供たちを護って暮らす女性。
もともとは街の孤児院で働いていたが、街が戦火に焼かれたためフェミニアの森に逃げ込んだ。
サバイバル技術に長け、子供たちを上手く纏めている。
ハウンドは彼女のことが気になるようだが……。


アキラ、カイン
フェミニアで暮らす孤児たちのうちの二人。
黒い髪のアキラと、水色の長髪のカイン。仲が良く一緒にいることが多い。
両名とも元ネタはトランスフォーマーZの子供。時代が時代ゆえにやたら可愛い容姿。


ヴァンパイア・マインドワイプ
前作終盤で戦死したが、タランチュラスの細工によりワレチューの意識を乗っ取ることで復活した。
新たに蝙蝠(?)を操る力を得た他、その催眠音波は以前よりも遥かに強力になっている。

コンバイナーウォーズのゴーストスタースクリームやゾンビウォーブレークダウンよろしくヴァンパイア・マインドワイプでフルネーム。


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第50話 悪夢の森

 ケーシャはふと気が付くと、腰まで水に浸かった状態で川の中を歩いていた。

 自分は何でこんな所にいるのだろうか? 確か、明日の城への潜入に備えて眠ろうとしていたはず。

 

 何処からか鐘の音が聞こえる……いや、聞こえるのは鐘だけではない。

 

「ケーシャ……」

「ケーシャ……なぜ俺たちを裏切った……」

 

 恨みに満ちているのに空虚な声。

 水の中から、次々と人影が立ち上がる。

 それらは全て、かつてケーシャの仲間だった傭兵組織の人間たちだ。

 

「ッ!!」

「ケーシャァ……あんなに可愛がってやったのにぃ……」

「恩を仇で返しやがってぇ……!」

 

 だが彼らの顔には一切の生気がなく、ある者は体中に弾痕があり、ある者は首を大きく斬られ、またある者は首が折れていた。

 水をかき分け逃げようとするケーシャだが次々と現れる亡霊は手を伸ばして纏わりついてくる。

 

「ヒッ……!」

「手榴弾の使い方を教えてやったろう?」

「お前はナイフ捌きが見事だったなぁ……」

「トラップの仕掛け方は、俺が仕込んだんだぁ」

 

 恨み言とも未練とも付かぬ言葉を吐きながら、亡霊たちは迫ってくる。

 思わずケーシャは両手に持ったマシンピストルで……何故か当然のように銃は手の中にあった……亡霊たちを撃つ。

 弾丸が身体を穿つと、兵士たちは霧のように掻き消えていく。消えた傍からまた水の中から立ち上がる。

 

「だ、黙りなさい! それが貴方たちの望みでしょう! 戦いで死にたかったんでしょう! 今更、恨み言なんて……」

「ならば、俺たちはどうなるぅ?」

 

 新たな影が川の中から現れた。

 それらは兵士の姿をしていたが、傭兵組織の亡霊たちとは装備や服が違った。

 彼らはケーシャの敵だった……任務の中で殺してしまった相手たちだ。

 

「何故俺たちを殺したお前が、生きているぅ?」

「俺たちだって、生きたかった……死にたくなかったぁ!」

「俺には恋人がいたぁ! 結婚を約束したなあ!」

「妻と生まれたばかりの子供が帰りを待っていたぁ!!」

 

 傭兵たちよりもはっきりと怨念の籠った声を発しながら、ケーシャに近づいてくる。

 

「い、いや!」

 

 半ば無意識に、狙いを付け引き金を引く。

 銃口から吐き出された弾丸が額や胸に命中し、怨霊たちは恨めしい目付きのまま消えていった。

 

 肩で息をしながら、気を落ち着かせようとする。

 

(なんなのこれ!? 幻? いや幻に決まってる!)

 

 死んだ人間は蘇らない。

 蘇るとしてもそれは心の内だけだ。

 

「そう、人は生き返らない」

 

 いつの間にか、()()()人が立っていた。

 金髪に迷彩柄の戦闘服、眼帯。ケーシャの師の女傭兵だ。

 

「しかし、我々は死んではいない。理解しているはずだ、ケーシャ……」

 

 生前の姿そのままの女傭兵に、ガチガチと歯を鳴らしながら銃を向ける。

 

「いいえ! あなたは死んだ……私が殺した!!」

「その通りだ。だが私の、私たちの偉伝子(ミーム)は生きている。お前の中に」

 

 ケーシャは銃を撃った。

 弾は相手の額に命中するが、今度は女傭兵の姿は消えなかった。

 

「我ら戦争に生きることしか出来ないロクデナシのミームを継いだ……戦争の申し子なのだよ、お前は」

「ち、違う! 違う違う! 消えろ亡霊!!」

 

 首を横に大きく振りながら、マシンピストルを発射する。

 だがどれだけの弾丸を受けても女傭兵は消えない。

 水の中から傭兵たちが、兵士たちが再び立ち上がる。

 

「消えろ! 消えろ消えろ!! 消えて、お願い……!」

 

 半狂乱になりながらも銃を撃ち続けるが、兵士たちは尽きることなく現れる。

 それでもケーシャは女傭兵の言葉を認めるワケにはいかなかった。ノワールと約束したからだ。傭兵たちのような戦闘狂にはならないと。

 

 そう、自分はノワールに救われた。

 始めて友達になってくれた、素敵な人。

 彼女のためにも自分は……。

 

「私のため? それにあなたが友達ですって?」

 

 気が付けば、女傭兵も兵士も消えて、水面にノワールが立っていた。

 

「そんなの無理に決まってるでしょ?」

「あ、あ、あ……」

 

 ノワールは嘲るような笑みを浮かべていた。

 自分の手を、体を見下ろせば、血で真っ赤に染まっていた。

 川に流れるのは水ではなく、血だった。ケーシャの殺した相手の血が川となって流れているのだ。

 

「だってあなた、人殺しだもの」

「い、いやああああああッッ!!」

 

 鐘の音が、辺りに響いていた。

 

 

「お前は恐れている」

 

 自分の生まれ育ったウェイブリーの屋敷のエントランスホールに立つミリオンアーサーの前には、もう一人のミリオンアーサーが立っていた。

 しかし勇ましい恰好の……つまりいつもの彼女に対し、もう一人の彼女は華美なドレスを着て化粧をした姿をしていた。

 二人のミリオンアーサーを、父ウェイブリーの髑髏が描かれた肖像画が見下ろしていた。

 

「違う、私は恐れてなど……」

「嘘を吐くな。剣を持ち勇ましく振る舞おうと、本当のお前は弱弱しい女の子に過ぎない。それを認めるのが怖いのだろう?」

「そんなこと……」

 

 エクスカリバーの柄に手をかけようとして、しかし剣がないことに気が付いた。

 ドレスのアーサーは、扇子で優雅に口元を隠しクスクスと笑う。

 

「剣がないのなら、円卓模型も湖もいらぬな。騎士も鎧も必要あるまい」

「なにを……!?」

 

 ミリオンアーサーの左腕の円卓模型、頭の王冠の形をした『湖』、さらに騎士を納めたカードデッキ、鎧や具足、赤い装束までもが消えていく。

 残されたのは、簡素な黒い服を着たミリオンアーサーだった。いや、彼女はもうミリオンアーサーではなかった。

 エクスカリバーも持たず騎士もいない、ただの女の子のヴィヴィアンだ。

 

「こ、こんな……」

「お前にはがっかりだ、ヴィヴィアン」

「はあッ……はじめから期待などしていませんでしたわ」

「所詮は、女よな」

 

 何処からか、エイスリング卿やニムイー、ワイゲンド卿らの失望と諦観の声が聞こえてきた。

 混乱するヴィヴィアンを、見て淑女のアーサーはクスクスと女性的に嗤う。

 その傍にはいつの間にかチーカマが立っていた。

 

「エクスカリバーを持たぬお前など、単なる小娘。ならばもちろん、サポート妖精が一緒にいる道理もないな」

「さようならアーサー……ああ、もうアーサーじゃなかったっけ」

「ま、待て! 待って、チーカマ!」

 

 冷たい目をしたチーカマに手を伸ばそうとするヴィヴィアンだが、妖精の姿は余りにアッサリと消えてしまった。

 空を切った手が震え、ヴィヴィアンの瞳が恐怖と絶望に揺れる。

 

「だが何より恐れているのは、母上が亡くなる直前に教えてくれた真実、であろう? お前の身体に流れる血、そのルーツは……」

「言うな!!」

 

 立ち上がったヴィヴィアンはドレス姿の自分に掴みかかろうとするが、もう一人のヴィヴィアンの姿はなく、代わりに大きな姿見が置かれていた。

 

「見るがいい、これがお前の真の姿だ」

 

 鏡に映し出されたのは右半身がドレス姿、左半身が異形の怪物となった自身の姿だった。

 背中から飛び出した蝙蝠の翼、頭から飛び出した牛の角、水掻きのある手、鱗に覆われた肌、昆虫のような複眼の目……身の毛もよだつ、恐ろしい異形。

 

 ヴィヴィアンは、ついに悲鳴を上げた。

 

 それと同じくらい大きく、鐘が鳴っていた。

 

  *  * *

 

「コウモリアマモリオリタタンデワイプ、コウモリアマモリオリタタンデワイプ……」

 

 フェミニアの森に鐘の音が鳴り響くなか、赤い月をバックに蝙蝠のようなシルエットが浮かぶ。

 超常の力で蘇ったマインドワイプだ。

 

「キキキ、眠れ眠れ……」

 

 陰湿に嗤うマインドワイプの眼下では、オンスロートに指揮された九姉妹を始めとした妖精と、インフェルノコンらディセプティコン、さらに秘密結社の戦力である機械モンスター、スパークダッシュの混成軍が、滝裏の洞窟に迫っていた。

 

「感じるぞ。苦痛(ペイン)恐怖(フィアー)悲哀(ソロー)憤怒(フューリー)、その果てに終焉(ジ・エンド)を迎えるがいい……キキキ!」

 

 彼の放つ催眠音波は古城のクインテッサ像と、蝙蝠たちによって増幅され劇的な効果を表す。

 聞く者を深い眠りへと誘い、その心の奥底に抱えた恐怖や不安、悲しみ……あるいはそれらに満ちた過去そのものを、悪夢として見せるのだ。

 

  *  *  *

 

 暗黒星くろめは、暗闇の中にいた。

 一条の光もなく、自分の鼓動さえ聞こえない、絶対の暗黒。

 どれぐらい、ここにいるのだろうか? 一年、十年、百年、それともほんの数時間? ……時間の感覚など当に麻痺している。

 

(寒い、寒いよ……誰か)

 

 声を上げようとしても、それも出来ない。

 これは彼女自身が望んだことのはずだった。こうなることは覚悟していたはずだった。

 それでも、無明の闇と孤独はいつしか彼女の心を毒していく。

 精神が、魂が、生きながらにして死んでいく。

 

(助けてよ、誰か……)

 

 彼女の祈りは、誰にも届かない……。

 

 いや、その祈りを聞き届けた者がいた。

 この闇の彼方にも神はいたのだ。

 

 例えそれが、世界の破壊を望む神だったとしても。

 

  *  *  *

 

「おい、どうしたんだロディマス?」

「……え?」

 

 隠れ家の穴倉で地べたに腰掛けていたロディマスは、自分を呼ぶ声に反応した。

 顔を上げると、大柄な青い色のディセプティコンが立っていた。

 逆三角形の上半身に太い手足が見るからに力強く、背中には大きな翼がある。ロディマスの倍近い巨体で、髭を生やした顔は荒々しく見えるが目にはむしろ人懐っこい色があった。

 

「あ、えーと……」

「おいおい、大丈夫かよロディマス?」

「ああ、うん……大丈夫だよ、スカージ兄さん」

 

 奇妙な違和感を覚えつつ立ち上がって微笑むと、ロディマスのすぐ上の兄であるスカージは心配そうな顔をした。

 スカージの隣には、紫の身体を持った二本角のディセプティコンが呆れたような色を顔に浮かべていた。

 こちらはマシッブなスカージに比べるとスマートな体系でやや背も低い……それでもロディマスよりも背が高い……が、顔立ちは精悍で目つきは鋭い。

 余計な装飾はまったくないが、両肩から生えた尾翼が戦闘機に変形することを示していた。

 

「まったく……しっかりしてくれ。お前は最終作戦の要なんだぞ?」

「ごめん、サイク兄さん」

 

 上から二番目の兄、サイクロナスの厳しい言葉に思わず頭を下げる。この兄は規律に厳しい。

 しかしサイクロナスはむしろ微妙な顔をした。弟のしおらしさが信じられないという顔だ。

 

「本当にどうしたんだ、ロディマス? いつもなら減らず口の一つも叩く所だろう?」

「こいつも緊張しているのさ、サイクロナス」

「兄上……」

 

 訝し気な次兄の肩に、長兄ガルヴァトロンが手を置いた。

 ガルヴァトロン、運命の子。自分たちタリの四兄弟の中でも最も強く偉大な男。

 オプティマスの行方が知れず、父メガトロン亡き今、彼こそが全トランスフォーマーのリーダーであり、ゲイムギョウ界の生命の守護者だった。例え、残されたトランスフォーマーが両手の指より少ないとしても、その生命が僅かな後に滅び去る運命だとしてもだ。

 

「兄さん、本当に上手くいくと思うかい?」

「もちろんだ、ロディマス。ホイルジャックとショックウェーブが残した理論は完璧だ」

 

 不安そうな顔の末弟を力付けるように、ガルヴァトロンは笑んだ。

 そして振り向くと、そこに聳え立つ装置を見上げた。

 

 巨大な柱のような装置で、スペースブリッジのようにも見える。その周りでは何人かのトランスフォーマーと人間が休むことなく作業をしていた。

 これこそが、サイバトロンの二大天才とその弟子が残した最大の発明、過去に跳ぶための『タイム・ブリッジ』である。

 

「ホイルジャックにショックウェーブか……懐かしいなぁ。言ってることがちっとも分からなかったよなあ」

「天才だったからな……もちろん、ネプギアもだが」

 

 スカージとサイクロナスは、それぞれに遠い目をする。

 サイバトロンが誇る天才たちは、もう何年も前に命を奪われた……あの『敵』によって。

 特にネプギアの、善意と優しさに付け込まれた末の、あの恐ろしい死に様は今でも悪魔に見る……何をどうしたら、無力な赤ん坊を核弾頭にするなどという発想が出来るのだ?

 その死を無駄にしないためにも、この作戦を失敗させるワケにはいかなかった。

 

「大丈夫だ、きっと成功するさ。もう少し時間があれば……」

 

 ガルヴァトロンがそう言った時、何処かから声が聞こえてきた。機械的に拡声されており、男のようにも女のようにも聞こえる。

 

『……我々の長年に渡る不幸、多くの悲劇は全て奴らのせいだ! 奴らが歴史の裏で糸を引き、戦争を巻き起こし、災害を誘発させていたのだ!! 世界的な不況、相次ぐ伝染病、そして環境破壊!! それらは我々ではなく奴らに責任があった!! 今こそあの化け物どもに報いを与える時だ!!』

 

 しかし聞こえてきた音声は、聞くに堪えない物だった。

 事実無根の逆恨みと責任転換に満ち、それでいて愉悦と嗜虐、嫉妬が漏れた響きだ。

 同時に、爆発音がして衝撃も伝わってくる。

 サイクロナスが天井を見上げて不愉快そうに言った。

 

「嗅ぎ付けられたか!」

『我々が苦悶にのたうつ間、奴らはずっと優雅に暮らしてきた!! こんなことが許されるはずがない! 奴らにも同じだけの、いやそれ以上の苦痛と、死を与えなければならない!!』

「勝手なこと言ってくれるぜ」

 

 スカージが嫌悪に顔を歪めて翼を揺らす。

 サイクロナスも、瞳の中に強い怒りを燃やす。

 だが弟たち以上に、ガルヴァトロンは憎悪を滾らせていた。身内に駆け巡る憤怒が、小さな稲妻となって漏れ出している。

 若くしてリーダーの重責を背負う彼は天井を見上げ、敵を扇動する声の主の名を呼ぶ。

 

「天王星うずめ……!」

『殺せ! 殺せ! 皆殺しだ!! 我々の歴史に積み重なった死と、同じ数だけ殺すのだ!!』

 

 サウンドウェーブ、アイエフ、アリス……皆がその身と引き換えにして掴んだのは、この名前だけだ。

 

「……行くぞ。作戦の前にゴミ掃除だ。ロディマス、ポータルを開け!」

「ああ、分かった」

 

 ロディマスもまた兄たちと同じくらい敵を憎んでいた。

 父を、母を、親しい者たちを奪われて、どうして憎まずにいられようか?

 

 手を翳すと空間に穴が開き、外へと繋がる。

 これがロディマスの生まれ持った特殊能力であり、タイム・ブリッジを動かすために必要とされている力だった。

 

 四兄弟がそのポータルを潜り抜けて高台に出ると、そこには無数のクレーターが穿たれた焼け野原が広がっていた。

 地球人による核兵器の飽和攻撃と、その後に撒かれたウイルス、細菌、毒ガスによって生命の存在できぬ地となり果てた、プラネテューヌの廃墟だ。

 

 そしてそこには、雲霞の如く『敵』が押し寄せてきていた。

 

 戦車や装甲車をトランスフォーマーの残骸で飾り、衣服は人骨で装飾した奴らは、血走った目で銃を手に作戦も何もなく突っ込んでくる。

 

『殺せ! 殺せ! 殺せ! 子供の愚図なのも、女房が逃げたのも、ギャンブルで負けたのも、全て奴らのせいだ!! 奴らを全て殺したその先に、楽園が待っているぞ!!』

 

 モンスターなどとは比べ物にならぬ、悍ましい怪物の群れ……()()()どもの大軍だ!!

 

「屑どもめ……スカージ、俺は空中の敵を片付ける。お前は地上の敵に爆撃を浴びせてやれ!」

「応よ、兄ちゃん!!」

 

 サイクロナスとスカージが宙返りの要領で、変形する。

 それぞれ、サイクロナスは地球のロシアという国の前進翼とカナードを備えたSu-47、あるいはベールクトと呼ばれる戦闘機。

 スカージは非常に大きい全翼機で、B-2スピリットというアメリカのステルス爆撃機だ。

 共に地球の兵器だが、彼らは敵の武器で敵を葬ることに拘っていた。

 

「スウィープス、攻撃だ!!」

 

 何処からか、スカージとまったく同じB-2の群れが現れた。待機していた彼の分身、スウィープスだ。

 サイクロナスが戦闘機を蹴散らすと、スカージと分身たちが爆弾を落として敵を掃討する。

 しかし体が燃え、手足を失ってなお、地球人たちの殺意は衰えない。息絶えた同胞を踏みつけて、こちらに向かってくる。

 

「俺たちも行くぞ、ロディマス」

「ああ……奴らに、報いを!!」

 

 ロディマスは父の形見である大剣ブルードソードを背中から抜くと、再びポータルを開く。今度は敵陣のど真ん中にだ。

 

 兄弟は雄叫びを上げて、憎い敵を蹴散らすべくポータルに飛び込んだ。

 

  *  *  *

 

 滝裏の隠れ家は銃声の一つもなく制圧された。

 そこにいた者たちが、深い眠りに落ち悪夢に苦しめられていたからだ。

 妖精たちが洞窟内から子供たちを運び出す。ケーシャ、ミリオンアーサー、チーカマ、くろめ……そして子供たちと女教師。さらにホット・ロッドとハウンドも洞窟の奥から引っ張り出された。

 殺してもいいが一人始末する間に他が起きたら面倒なので、まずは全員を拘束する

 うなされ、涙を流す子供たちの姿に、マインドワイプは興奮しているようだった。

 

「キキキ……いい、実にいい。奴らの苦しみが心地良いぞ」

 

 彼にしか分からない感覚に体を震わせる蝙蝠ロボットに、オンスロートは軽蔑の籠った視線を向けつつ、さて困ったと首を捻る。

 

 オンスロートの目的……あの忌々しいガルヴァトロンに命じられた遺物探しではない方の目的は、ワレチューの裏の組織に接触することだった。

 このままガルヴァトロンの下に居続ける気など毛頭ない彼にしてみれば、身を寄せる先としては悪くなく思えた。

 しかし、あのネズミの意識が消失した今、それも難しい。かくなる上は、遺物探しの方に注力してガルヴァトロンの機嫌を取っておいた方がよかろう。

 

 そう結論づけて、目の前の蝙蝠野郎をどうするか考える。

 

「おい、マインドワイプ。貴様の今回の働きは見事であった。良ければ我輩がガルヴァトロンの若造に口を利いてやる」

「キキキ……だから、そいつを裏切る時に手を貸せと?」

「話が早くて助かるのである」

 

 攻撃参謀と催眠兵はお互いにニヤリとする。だがオンスロートの思惑通りに運んだのはここまでだった。

 

「キキキ……い、や、だ、ね!」

「ほう?」

「生き返ってからこっち、誰かが俺に囁くのさ……生きとし生きる全てを憎めとな!」

 

 狂気染みた理由はともかく、従わないこと自体は予想していた。

 もう敵は全て拘束した。ここで妖精たちを解放されると厄介だが……。

 オンスロートが目配せすると、二体のディセプティコンがマインドワイプの後ろに回る。

 ガッシリとした体つきで肩にブラスター砲を乗せたこの二体は、パワーパンチとダイレクトヒットといい脱走者の中では『兵士としてまともな』部類に入る。

 だがマインドワイプは三つの目に嘲笑を浮かべた。

 

「キキキ……オンスロートよう、まさかお前、自分たちが催眠音波の影響がないって思ってないか?」

「ふん。すでに聴覚回路は切った……なに!?」

 

 聞こえないはずの聴覚に、鐘の音が聞こえてきた。

 異様な事態に、オンスロートは自分の身体にスキャンをかける。すると背中にマインドワイプの使役する蝙蝠……蝙蝠型のドローンが張り付き牙を立てていた。麻酔でも打ち込んでいるのか痛みはまったくなく、気付かなかった。

 

「い、いつの間に……!?」

「キキキ……おやすみ、オンスロート。良い夢を」

「お、おのれ……」

 

 何とか意識を保とうとする攻撃参謀だが、何をする間もなく意識を奪われた。

 しかし倒れ込みはせず、その場で棒立ちになって虚ろな表情で体を揺らす。他のディセプティコンたちも同様だ。

 

 彼らは蝙蝠ドローンと催眠音波によって、完全に操られていた。

 

「キキキ、さあそいつらを城に連れていくぞ! キキキ、キキキキ!」

 

 哄笑するマインドワイプの声に従い、オンスロートと部下たちが変形する。

 パワーパンチとダイレクトヒットがルーフの上にブラスター砲を乗せた武装ピックアップトラック、所謂テクニカルに変形すると、その荷台に妖精たちが女神と人間を乗せ、インフェルノコンやスパークダッシュがオートボットたちを担ぎ上げる。

 

「貴様らの苦しみ、悲しみ、恐怖! たっぷり楽しませてもらうぞ、キキキ!」

 

 マインドワイプにとって、他者の負の感情は単に愉しいというだけではなく、体内のダークエネルゴンに力を与える物だった。

 鐘の音と蝙蝠の鳴き声が響く中、一団は城へ向けて走り出した……。

 

  *  *  *

 

 ハウンドは惑星サイバトロンの荒野にいた。

 何処までも何処までも続く焼け野原に一人佇む……いや一人ではない。

 周囲には、戦いで散っていったオートボットたち、倒してきたディセプティコンたちが恨めし気に睨んでいた。

 

「…………なるほどな、こいつは悪夢ってワケか」

 

 実包を吹かすと、煙は憎悪に満ちた顔に代わった。

 かつての戦友にハウンドは笑いかけた。

 

「よう、久しぶりだな。元気してたか?」

「ハウンド、ハウンドォ……お前もこっちに来いぃ」

「ああ、言われなくても行くさ。そう慌てるなよ」

 

 続いて倒した敵たちが怨念に満ちた声を上げる。

 

「よくも俺たちを殺したなぁ!」

「戦争だったから……なんて言い訳はしねえよ。待ってな、地獄でたっぷり付き合ってやるからよ」

 

 煙と霧が渦を巻き、もう一人のハウンドの姿になる。

 それは錆び付き、傷つき、孤独で老いさらばえた姿をしていた。

 

「お前は恐れている。自分の居場所は平和な世界にないと思っている。忘れ去られるのは嫌だろう? 銃を捨てられず、戦争に興奮を感じるんだろう?」

「ああ、そうだな。でもよ……それもアリなんじゃねえかと思うんだ」

 

 ハウンドにとってこの悪夢は『いつものこと』だ。

 戦争の興奮とそれから逃れられない自分への嫌悪も、平和な世界で忘れ去られる不安も、もう随分と長い付き合いだ。

 だから、それらが目の前に現れてもハウンドは混乱することはなかった。

 

 彼にとって、それはもう隣人であり兄弟だった。

 

「……なあ、憶えてるか? アイアンハイドと話した時のこと……そりゃ憶えてるよなお前は俺なんだから」

 

 ハウンドの親友である、オートボットの古参兵アイアンハイド。

 彼はオートボットの中でも特にディセプティコンに対し容赦がないことで知られていた。そんな彼が何故、終戦を受け入れ平和を享受することが出来るのか……。

 

「別にだな、ディセプティコンを許したつもりはねえよ。俺らは兵士だ、(オプティマス)がそういうんだから、黙って従うさ」

 

 そう、アイアンハイドは言っていた。

 

「ただな……メガトロンの野郎でも餓鬼を可愛がってるのを見ると……気持ちが分かっちまうんだよ。同じ親だからな」

 

 例え血は繋がらずともノワールを娘と思っているが故の言葉だった。

 

「子供のためなら、怒りだの何だのも飲み込んで生きてこうって気分になる。子供の前でくらい、恰好を付けたいからよ」

 

 照れくさそうに言うアイアンハイドの顔は、多分『父親』と言う奴の顔だったのだろう……。

 

「その話を聞いた時な、柄にもなく思ったんだ。……尊いってな」

 

 ハウンドは、もう一人の自分を睨みつけた。

 

「平和な世界も、忘れられるのも怖いさ。俺は銃を捨てられない臆病者で、異常者なのかもしれねえ……でもな、その恐怖を理由にあいつらの幸せをどうこうって気にゃ、どうしたってならねえ。どうせ撃つなら、あの平和を壊す奴を撃つってだけだ……これが俺だ。今更分かり切ったことで、グダグダ悩んでじゃねえやい!」

 

 周囲に現れる敵味方の亡霊……自分自身の恐怖や不安に向けて、ハウンドは啖呵を切る。

 その瞬間、空から光が差し込んだ。

 

 もう一人のハウンドの姿は、いつの間にかノワールの姿になっていた。

 それは彼の記憶の中の、ブリテンに出発する直前に会話を交わした彼女だった。

 

「ケーシャ……あの子、不安定で危なっかしいのよね……」

 

 始めて出来た友達のことを、黒い女神は心配していた。

 彼女の口から、ケーシャの過去について聞かされた。

 傭兵として生きてきたこと。

 テロ組織に貸し出されて力を得たこと。

 潜入任務で体験した普通の暮らしに憧れていること。

 そして傭兵組織を裏切ったこと……。

 

「口では色々言ってるけど、本当は傭兵組織の連中のこと……特にリーダーだった女性のことを、母親のように思っていたんだと思う」

 

 母殺し、仲間殺しが如何なる物なのか、幸いにしてハウンドは知らない。しかしそれをするに至った決意は、相応に重いのだろう。

 

「あの子のこと、お願いね……」

「ああ、まかしとけ」

 

 

 

 

「ッ!」

 

 ハウンドが目を開けると、そこは石壁に囲まれた地下空間だった。壁は棚のようになっており、棺が並べられていた。どうやら地下墓地のようだ。

 何処からか鐘の音が聞こえるが、それはもうハウンドの心身に影響を及ぼさなかった。

 

「目を覚ましたら墓の中たあ、気が利いてるね」

 

 立ち上がったハウンドは、自分の武装が外されていることに気が付いた。当然の処置だろう。

 どうしたもんかと考えていると、呻き声に気が付いた。

 部屋の隅に、ホット・ロッドが寝転がされていた。眠っているようだが尋常でない苦悶の表情を浮かべている。

 

「兄さん、駄目だ。置いては……」

「おい、坊主! 起きろ!」

 

 肩を掴んで揺さぶるが、いっこうに起きる気配がない。彼の見ている夢は、とてつもなく恐ろしく悲しい物のようだった。

 

「ああ、畜生。最悪だ」

 

 武器もなく味方は昏睡。状況も碌に把握できない。

 しかし、それらはすべからくハウンドが諦める理由にはなり得なかった。

 

 

 

 

 城の天守。

 赤い月の照らすなか、マインドワイプは妖精たちの魔法で造らせた自分サイズの玉座に腰掛けていた。

 悪夢から得る負の感情ばかりでなく、蝙蝠たちを通して妖精や森の木々から生体エネルギーを吸い取る彼は、まさに吸血鬼その物だった。

 そして彼はすでに、ハウンドの覚醒を感じ取っていた。

 

「キキキ、感じるぞ。悪夢から覚めた奴がいる……オンスロートかインフェルノコンにでも片付けさせるか」

 

 一人ごちるヴァンパイア・マインドワイプの脇にはゴールドユニットを装着したケーシャが立っていた。

 目には一切の光がなく、表情は冷厳としていた。人を殺すことになんの躊躇もなさそうな顔だ。

 

 その姿は、彼女が悪夢に見る、彼女の師の生き写しだった。

 




一同のトラウマや過去を断片的に示すためのマインドワイプ復活です。
蝙蝠型ディセプティコンの音波で悪夢を見るのは、一応アドベンチャーのナイトストライクが元ネタ。
ハウンドが自力で悪夢から抜け出すのは、彼が酸いも甘いも噛分けた大人だから。

あと城に居座るのは悪魔城オマージュ。

今回のキャラ紹介。

新航空参謀サイクロナス
侵略者『地球人』と戦い続けているというホット・ロッドの悪夢の中に現れた兄弟の一人。
メガトロンとレイの直接の子供である『タリの四兄弟』の次兄。
ロシアの実験機Su-47ベールクトに変形する(憎き地球のビークルなのは敵の武器で敵を倒すという思想による)
両肩の翼以外に戦闘機らしい特徴のないロボットモードが特徴。

厳格かつ冷静な軍人然とした性格だがユーモアも解し、クソ真面目な長兄と呑気な三兄、問題児な末弟の間を取り持つ苦労人。
変形パターンは最後の騎士王メガトロンのボイジャークラス参照。


スウィープス参謀スカージ
ホット・ロッドの悪夢に現れた兄弟の一人。三兄。
空飛ぶ金塊ことステルス爆撃機B-2スピリットに変形(ステルス爆撃機と聞いて、何となく思い浮かべるだろうアレ)
マッチョな悪魔のようなロボットモードを持ち、兄弟で一番体が大きい。自分と同じ姿をした分身スウィープスを生み出す特殊能力を持つ(インセクトロンのクローン生成に近い)

厳つい見た目に反し気は優しく、ロディマスとは一番仲がいい。
変形パターンなどはジェネレーション版のステルス機に変形するメガトロンに近い(ただしキャノン砲になる部分が背中の翼になってる)


戦士ロディマス
悪夢の中でのホット・ロッドの姿。
両親や仲間たちの(かたき)である地球人を強く憎み、空間跳躍を成すポータルを開く能力を持つ。


重装兵パワーパンチ、重装兵ダイレクトヒット
オンスロートに部下として付いているテクニカル(武装した一般車)に変形するディセプティコン。
一応脱走者の中では兵隊らしい部類に入るが、ユーリズマ編のレースカートリオ以上に個性がない。
見た目はN.E.S.Tブローンの色替え。

元ネタはマイクロマスターズの、二体で一台のキャノントレーラーに合体変形するというキャラ。
超マイナーキャラシリーズ第二段(リメイクされない原因はやっぱり名前だろうか? いやシージはマイクロマスター押しだしワンチャン?)


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第51話 鏡

「スカージ!」

「すまねえ、ドジっちまった……」

「スカージ兄さん、しっかり! すぐに手当を……」

「ロディ……必ずやり遂げてくれよ。お前と兄ちゃんたちならできるって、信じてる…ぜ……」

 

「兄上、ロディマス! ここは私が時間を稼ぎます! 二人はタイム・ブリッジへ!!」

「サイク兄さん、駄目だ! 置いてはいけない!!」

「……行こう、ロディマス」

「兄さん、何を言ってるんだ!?」

「サイクの決意を無駄にするな!!」

 

「ロディマス、タイム・ブリッジを起動するんだ!!」

「ああ……よし、時空間に接続できたぞ!」

「でかした! 手筈通りに、俺は地球へ乗り込む! お前は天王星うずめを抹殺するんだ!」

「ああ……父さんや母さん、兄さんたち、他の皆のためにも必ずやり遂げいったぁッ!?」

 

  *  *  *

 

「いったぁッ!?」

 

 ホット・ロッドが胸元への強烈な痛みに目を覚まして、そこに目を向けると、ミリオンアーサーから借りたタリスマンがいた。

 しかし四本の足が生えており、そのうち二本をホット・ロッドの装甲に突き刺している。その痛み……のみならず、不思議なパワーにより催眠を解いたらしい。

 それを摘まみ上げると、二本の足で器用に腕を組むようなポーズを取る。

 

「なんだ、これ? なにがどうなって……!?」

「おお、目を覚ましたか! なかなか起きねえから心配したぜ!」

 

 野太い声にそちらを向けば、ハウンドの髭面があった。

 ニッと人懐っこく笑う姿に夢の中でみた兄弟の姿が重なる。

 

「スカー……いやハウンド?」

「おいおい、こんないい男が他にいるかよ? 立てるか?」

「ああ……」

 

 ハウンドに助け起こされたホット・ロッドは、体の痛みに顔をしかめつつも手の中のタリスマンをチラリと見た。

 御守りは四本足で器用にオートボットの身体を登り、肩に張り付く。

 これにこんな機能があったとは、予想外だったが助かった。

 

 二人はまず、現状を把握するべく話し合う。

 

 まず、ここは最初に降り立った城の地下のようだ。

 自分たちは蝙蝠ドローンとそれを操る何者かの力により、悪夢を見せられていた。

 他の皆の居場所は分からず、武器は取り上げられた。

 

「八方塞がりじゃねえか……!」

「まあ落ち着け。冷静に、この状況を切り抜ける方法を探すんだ」

 

 石壁を殴るホット・ロッドを、ハウンドが諫める。

 こういう時、彼の経験は頼りになる。

 

「皆無事だといいけど、くろめは……ッ!」

 

 ブレインに、悪夢がフラッシュバックする。

 滅びゆく世界、兄弟たち、侵略者。

 

 そして天王星うずめ。

 

 思い出せたのは断片的だが、死と争いに満ちた忌まわしい夢が、自分の過去なのか?

 あれではまるっきり、ガルヴァトロンが言っていた通りではないか。

 

「げ、ゲエエエッ!!」

 

 強烈な頭痛と悪心に堪えきれず、オイルと未消化物の混ざった液体を口から吐く。

 その背を擦ってやりながら、ハウンドは敢えて厳しい声を出した。

 

「坊主、何か夢を見たようだが……今は脇に置いとけ。それよりやることがある」

「あ、ああ。そうだな」

 

 彼の言う通り、ホット・ロッドは悪夢のことをいったん忘れることにした……難しそうだが。

 ホット・ロッドの通信装置に通信が飛んできた。知らない周波数だ。

 

「……こちら、ホット・ロッド」

『いやいや、驚いたよ。まさか悪夢から目を覚ますとは! 君の仲間が自力で目覚めたのも予想外だった!』

 

 ハウンドにも聞こえるようにして通信に出ると、聞こえてきたのは世界の全てを嘲笑するかのような男の声だった。

 口ぶりからして、何処からかこちらを観察しているようだった。タリスマンが急に前足を振り上げ、カマキリが敵を威嚇するような姿勢を取る。

 

「何者だ?」

『君のファンだよ……それも世界一、いや宇宙一の大ファンだ! 自分で言うのもなんだが、私ほど君の活躍を願っている者は他にいないよ!』

 

 妙にテンションの高いその声に、ホット・ロッドは言い知れぬ不快感を覚えた。

 何故だか言葉も口調も、全てが癇に障る。

 

「……お前が俺たちを眠らせたのか?」

『いいや違う。君たちを眠りに誘ったのはマインドワイプというディセプティコンだ……正しくは、その亡霊だな』

「マインドワイプだって?」

『それについては、別の者に説明を任せよう。それより重要なのは奴が妖精たちのことも操っていることだ』

 

 暗にそれ以外は話すつもりはないと語る声の主にホット・ロッドが顔をしかめると、ちょうど鐘が鳴った。

 

『その音は、クインテッサの像を介して発せられている、妖精へのコマンドだ』

「クインテッサの像だと?」

『その城塞は元々、クインテッサが妖精を監視するために築いた物だ。妖精の中に反乱分子が現れればここに連れ込み、研究も兼ねて恐ろしい拷問を加えた……その墓地に埋葬されているのも、そうして死んだ者たちだよ』

 

 この場所とクツクツと忍び笑いを漏らす相手に、それ以上にクインテッサに、強い嫌悪感が湧き上がる。あの悪夢を見た後では尚更だ。

 

『君も察していると思うが、妖精というのは本来クインテッサが作った存在だ。騎士も妖精も、創造主足らんとする彼女の実験の産物というワケさ』

「……あんた、何者だ?」

『そうだな、ミラーとでも名乗っておこう。マスターもミスターもいらないぞ、ただのミラーだ』

 

 (ミラー)

 相手に合わせて態度を変えて、本性を見せないとでもいうところか。

 こんな情報を知っているなんて、ただ者ではないだろう。

 

「何故俺たちを助ける?」

『違うな、()()助けるんだ。緑のおデブはおまけ、バットマンとロビンみたいなものだよ。ハン・ソロに対するチューバッカの方が適当かな? とにかく、君がメインなんだよ』

 

 その言い回しに、ホット・ロッドはピクリと眉根を動かす。

 どうもミラーなる通信相手は地球の文化に精通しているらしい。

 

『これは君が英雄になる物語なんだ。主役はオプティマスでも、メガトロンでもなく、ましてサム・ウィトウィッキーやバンブルビーでもなく、君なんだ』

 

 ミラーの声が徐々に熱を帯びてくる。そこにはこれまでの嘲笑とはまた違う、もっと歪んだ執着が感じられて、ホット・ロッドの回路が冷えてくる。

 聞く者が聞けば、その熱はメガトロンがオプティマスと戦っている時に発している物に似ていると感じるかもしれない。

 

『君が選ぶ君のヒーロー……ならばオレが選んだヒーローは君なんだよ』

「そりゃどうも。でもあんたのために戦うつもりはないね」

『ふふふ、どうかな? ……では、健闘を祈る。いずれまた会おう』

 

 かかってきた時同様、謎の声は一方的に通信は切られた。

 ホット・ロッドはその唐突さを不愉快に感じつつも頭を回す。

 

「なんだってんだ、いったい……だけどこれで行動指針は立ったな」

「おい坊主、お前さんいったい誰と話してたんだ?」

「さあ? ミラーとか名乗ってたけど」

 

 聞いていただろうに首を傾げるハウンドだが、ホット・ロッドの答えにさらに難しい顔をする。

 実の所、彼にはそのミラーなる相手の声は聞こえなかった。ただただ、ホット・ロッドが一人で喋っているようにしか見えなかったのだ。あの悪夢が妙な影響を与えているのだろうか?

 訝し気な顔のハウンドだったが不意に表情を厳しくすると口に人差し指を当てた。声を立てるなということだ。

 

 ベテラン兵士の視線は、壁の上の方に穿たれた空気取りのための穴に向けられていた。そこから微かにだが、何かが這いずるような音がする。

 いつでも飛び掛かれるように二人が移動すると、穴の中から影が這い出てきた。しかしそれは、二人の見知った相手だった。

 

「あんたは……」

「なんでここに!?」

 

 白い髪にローブ、分厚い丸眼鏡の、あの女教師だ。

 ヒラリと床に降りた彼女は、呆気に取られる巨人たちを見上げて小さく笑った。

 

 

 

 

 

 女教師から事情を聴くと、どういうワケかマインドワイプの催眠から自力で目を覚ますことが出来たらしく、通風孔の中を這い回って情報を集めていたらしい。

 他の者を助けることこそ出来なかったが、催眠状態にあるディセプティコンから扉の鍵まで盗んでいた。鮮やかな手際だ。

 

「相手が夢見心地で助かったわ。意識が冴えていたなら、こう上手くはいかなかったでしょうね」

「どうかな?」

 

 彼女のサポートのもと、見張りをしていたディセプティコンのダイレクトヒットとパワーパンチをアッサリと拘束したハウンドは、冷静な女性に訝し気な表情を向けていた。

 ホット・ロッドもいよいよ彼女が見た目や子供たちの話の通りの人物ではないと理解していた。

 手際の良さといい、この状況で冷静さを失わない胆力といい、彼女はいったい何者なのだろうか?

 

 しかし彼女の正体が何であれ、今は他に優先すべきことがある。

 仲間と子供たちの救出、そしてクインテッサ像の破壊だ。

 

「子供たちは天守閣に囚われているわ……おそらく、あなた方の仲間も」

「の、ようだな」

 

 くろめたちの居場所は、以前に通信装置に仕込んだGPS機能で分かった。やはり天守にいるようだ。

 

「敵の数と配置は?」

「大まかにマッピングしておいた。見て」

「……妙だな、手薄過ぎる。妖精どもは何処へいった……罠か?」

「可能性は高いわ」

 

 女性はハウンドと息の合った様子で話している。どうもこの二人、互いに向ける感情はともかく波長が合うらしい。

 ベテランの兵士は、女教師とホット・ロッドが齎した情報から、すぐに作戦を立てていた。

 

「まずは餓鬼どもの救出が第一目標。他は二の次だ……なああんた、いくつか頼んでもいいかい?」

「ええ」

 

 ハウンドの頼みに、女性教師は二つ返事で頷いた。やはり、場慣れしているよううだ。

 しかしホット・ロッドは不安を感じていた。ユーリズマの時とは違い、今回は自分たちの行動が仲間や他人の命に直結しているのだ。

 そんな若者に向かって、ハウンドは不敵な笑みを浮かべた。

 

「坊主、戦いってのはな。始まっちまえば後は伸るか反るかよ。勝つ気でいかなけりゃならんのだ」

「行き当たりバッタリだなあ……」

「そんな鉄砲玉を上手く使うのが、隊長の腕の見せ所だぜ?」

 

 茶目っ気のある笑みを浮かべるハウンドに、ホット・ロッドは勇気付けられるのを感じた。

 だが一つだけ彼の意見に異論がある。

 

「生憎と、鉄砲玉(つかいすて)にするつもりはないね」

「言うねえ。じゃ、いっちょ行きますか!」

 

 その言葉を、ホット・ロッドの肩に張り付いたタリスマンも注意深く聞いていた。

 

 

 

 

 

 オートボットたちが城内を進むと、妖精たちの姿はなく、ディセプティコンの姿すらまばらだ。明らかに誘い込まれている。

 天井の高い廊下を警戒しながら進む。窓の外には赤い月が輝いているのが見えた。

 

 ふとホット・ロッドは思った。

 古城に捕らわれた女性たち、赤い月に飛び交う蝙蝠、以前に見た吸血鬼映画そのままだ。

 

「まあマインドワイプとやらのやってることは、ドラキュラ伯爵(カウント)ってよりエルム街のフレディだけど」

「あいつが数える(カウント)としたら、自分が仕留めた獲物の数くらいだろうよ」

 

 軽口を叩き合うオートボットたちだが、その時床が振動していることに気が付いた。

 周囲を警戒していると、廊下の壁が轟音と共に崩れ、その向こうから黒い鬼のような巨体が姿を現した。インフェルノカスだ。

 

「吸血鬼の次は継ぎ接ぎの怪物か、いよいよ『っぽい』な」

「馬鹿言ってないで逃げるぞ! あのデカブツを相手するにゃ今は銃が足りねえ!!」

 

 あの大鬼相手するには戦力が足らないと、オートボットたちは変形して一目散に走りだした。

 インフェルノコンは、唸り声を上げてそれを追いかける。

 

 やがて天守閣真下の大ホールまでやってくると、いよいよ罠がその姿を現した。

 このホールには扉が二つしかなく、その内ホット・ロッドたちが入ってきた方の前には、彼らを追ってきたインフェルノコンが陣取る。

 そしてもう一つの扉は、厳重に封鎖されていた。

 

『キキキ……よく来たなオートボットども』

 

 何処からか陰湿な声がする。しかし姿は見えない。

 ハウンドは薄暗がりに向かって吼えた。

 

「出てきやがれ、マインドワイプ!!」

『キキキ……誰が出ていくかよ。お前たちの相手は俺の僕どもだ』

 

 嘲笑するマインドワイプの声に反応して、暗がりの中から何者かが現れた。

 それはゴールドユニットを装着したケーシャだった。

 

「ケーシャ!」

「待ちな、隊長さん!」

 

 当然助けに行こうとするホット・ロッドを制し、ハウンドはブラスター砲を構える。

 闇の中からケーシャの横に、もう一つ影が現れたからだ。緑色のズングリとした姿は、オンスロートである。

 しかし、ハウンドが奪われた三連ガトリングなどの武器を装備していた。

 

「お前たちが来るのは分かっていた。人質の救出を優先することも」

 

 冷厳とした声を発したのは、オンスロートとでも姿の見えないマインドワイプでもなく、ケーシャだった。だがその声はドスが聞いていて、まるで別人のように低い。

 赤いゴールドサァドは眼帯をしていない方の目に冷たい光を湛えて、いつも使っているのとは違う、左手用のマシンピストルをこちらに向けていた。

 

「ケーシャ!? 操られているのか?」

「人質とは、分かりやすいことしてくれるじゃねえか、マインドワイプ!」

『キキキ、別に人質に取ったつもりはない。こいつは俺に協力してくれているのだ』

 

 マインドワイプはハウンドに対して小馬鹿にしたように嗤う。

 さらに何処かに隠れていたらしいスパークダッシュらも現れ、ホールの二階部分のギャラリーには妖精たちが居並んでいた。

 

 圧倒的な数で潰す。

 分かりやすいが、それゆえにひっくり返しにくい手だ。

 

 圧倒的不利にもかかわらず、それでもハウンドは不敵に笑いホット・ロッドも負けじとばかりに笑む。

 

『さあ、やれい! キキキ!』

「任務了解。これより敵を殲滅する」

 

 ケーシャが無感情な声を発っすると同時に引き金を引き、同時にディセプティコンたちが唸り声を上げて襲ってきた。

 オンスロートの三連ガトリングをそれぞれ左右に跳んで避けたホット・ロッドとハウンドだが、そこにインフェルノカスやスパークダッシュが襲い掛かる。

 

「こいよ、デカブツ!」

 

 ホット・ロッドは掴みかかってくるインフェルノカスの手をよけ、その体に組み付いてよじ登り、顔面に二丁拳銃を撃ち込む。

 痛みに呻くものの大して効いていない様子に、ホット・ロッドは舌打ちする。やはり火力が足りない。

 

 ハウンドは空中を飛ぶ猛禽型のシズルを躱し、床下から現れた昆虫型のジャビルを蹴りつけ、突進してきた恐竜型のガズルの顔面にブラスター砲をお見舞いしてやる。

 怯んだガズルの脇を抜け、自分の三連ガトリングを持ったオンスロートに掴みかかる。

 

「返しやがれ! このデブ!!」

「吾輩はデブではない、この緑デブ」

「ッ! オンスロート、テメエ操られてねえな!」

 

 ガトリングを奪い合いながら、ハウンドは相手が催眠状態にないことに気付いた。

 攻撃参謀は目に意思の光を灯してニィッと嗤う。

 

「危ない所だったがな……完全な催眠状態になる前に、自分でスリープモードに入ったのよ」

 

 だが目を覚ましているのにマインドワイプを放置していることが、ハウンドには解せない。

 その疑問を察したのか、オンスロートは鼻で笑う。

 

「吾輩はな、有機生命体なぞ大嫌いだが、たった一人気に入った……いや尊敬していると言っていい人間がいた。それが壊滅した傭兵組織の首領、伝説的な女傭兵よ」

 

 若干興奮した様子のオンスロートに、ハウンドは目を鋭く細めた。

 オンスロートは、ケーシャの師である女傭兵に魅せられていた。純粋に闘争を求め、戦いに生きる姿にカリスマを感じていた。

 一度話してみたいと、会ってみたいと望んでいた。しかしその機会は訪れず、組織の壊滅と共に女傭兵は死んだ。そのことが残念でならなかった。

 

「しかし見ろ、あの小娘を!」

 

 横目で見るケーシャの姿は、歴戦の勇士の風格を備えていた。

 

「奴は師や傭兵たちの遺志(ミーム)を継いだ! その技、力、そして思考! 正にあの伝説の女傭兵の再来だ!!」

「……ふざけんじゃねえ」

 

 堪えきれずに吼えるオンスロートと対照的に、ハウンドは底冷えのする低い声を出した。静かな怒りの籠った声だった。

 怒りのままにオンスロートに頭突きを浴びせ、ガトリングを奪い取る。

 

「ふざけんじゃねえ! 何が遺志(ミーム)だ! あの子の生き方を、テメエが決めんじゃねえッ!!」

「決めたのは我輩ではない! あの小娘に教えを授けた傭兵どもよ!!」

 

 オンスロートは左腕の重機関砲をハウンドに向ける。

 両者の武器が唸りを上げ、次いで火を噴く。片方は狂喜と共に、もう片方は怒号と共に。

 

「多勢に無勢……ここまでだ」

 

 戦いを静観していたケーシャは、二階部分に待機している妖精たちに攻撃の指示を出そうとする。そうなればオートボットたちの敗北は必至だっただろう。

 だが急に何処からか轟音が聞こえると、妖精たちは糸の切れた人形のようにその場に倒れた。

 

『なに!?』

「像が破壊されたか」

 

 それが何を意味するのか、ケーシャはマインドワイプよりも早く把握した。

 ハウンドもニヤリと会心の笑みを浮かべる。どうやら、別行動していたあの女性教師が上手いことやってくれたらしい。

 

  *  *  *

 

 崩れ落ちたクインテッサの像を前に、女教師が佇んでいた。

 トランスフォーマーが使う手榴弾を背負って何とかここまでやってきた彼女は、それを使ってこの像を壊したのだ。

 一抱えもある手榴弾を持ってここまで来ることが出来たことからも分かるように、彼女は類まれなる運動能力を持っていた。

 

「…………」

 

 一仕事終えた彼女だが、まだやれることは残っている。

 呼吸を整え、身を翻す彼女の手には、ケーシャの使う物と同じ型の……しかし右手用のマシンピストルが握られていた。

 




ああ、本当に筆が遅い……。

ミラーはある意味、作者の共犯者というかなんというか。


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第52話 ケーシャとハウンド

 かつて、ケーシャはノワールにたずねたことがある。

 

「なぜ、アイアンハイドといつまでも仲良くいられるのですか?」

 

 親友のノワールはオートボットの戦士を父として大いに慕っているが、同時に愚痴も多い。

 

 やれ、いつも口煩くてたまらない。

 やれ、いつまでも子供扱いを止めない。

 やれ、そのくせ自分の私生活はだらしない。

 

 惚れた腫れたでもないのに、そんな異性をいつまでも好きでいられることが不思議でしょうがなかった。

 

「そうね……やっぱりアイアンハイドのことが好きだからよ。……もちろん父親としてね」

 

 ケーシャにとって『家族』……とりわけ父親というのは未知の物だ。

 傭兵たちは、あくまで師である女傭兵の部下であり、父親役とはまた違った。

 

「頑固で、素直じゃなくて、駄目なトコもあるけど……私が本当に辛い時は支えてくれて、一人で暴走した時は叱ってくれた……女神じゃなくて『ノワール』としての私をね。だからあの人は、私にとっては『お父さん』なの」

 

 はにかむように微笑むノワールの顔は、いつもより幼く見え、多分ケーシャが見た中で一番()の彼女に近いのだろうと、そう思わせた。

 

  *  *  *

 

 女教師の手によってクインテッサの像が破壊されたことで、妖精たちはコントロールを失うと同時に倒れ伏した。

 これでケーシャたちの洗脳も解ければ言う事なしだったのだが、そうはいかないようだ。

 

『この、スピッターの小便よりも……下衆な! 下衆な鉄クズがよくも! いい気になるなよ!!』

「落ち着け、今だに数はこちらが圧倒的に有利だ」

 

 激昂するマインドワイプに対し、ケーシャは全く動じる様子はない。その姿は歴戦の軍人その物だ。

 実際、まだオートボットたちの方が不利だ。

 だがせっかくの強力な兵隊を失ったマインドワイプの怒りは収まらない。

 

『いいや、落ち着けるものか!! 奴らにより強烈な、絶望を与えてやる!! ……コウモリアマモリオリタタンデワイプ、コウモリアマモリオリタタンデワイプ!』

 

 マインドワイプの声が呪文を唱えると、異変が起こった。

 突然部屋の中に霧が発生したのだ。

 

「ッ!」

「なんだ!?」

 

 ホット・ロッドとハウンドが背中合わせになって何が起こるにせよそれに備える。

 霧の向こうから、咆哮や悲鳴が聞こえる。やがてそれらは、錆に塗れ、半壊したトランスフォーマーとして現れた。それらはハウンドの記憶の中の亡き戦友や敵の姿をしていた。

 地球で見たゾンビを思い出してホット・ロッドは目を見開く。

 

「テラーコン!?」

「いや、どうせまたマインドワイプのトリックだろうよ……ッ!」

 

 これも幻の一種だろうと考えたハウンドだったが、そのゾンビ・トランスフォーマーの放ったブラスター弾に髭を焦がされて呆気に取られる。どうやら実体があるらしい。

 霧の向こうから迫ってくるのはゾンビばかりでなく、ホット・ロッドが悪夢でみた地球人が使っていた戦車もいる。

 

 突然、インフェルノカスが悲鳴を上げた。霧の中から山のように巨大な彼らの創造主、クインテッサの触手が迫ってきたからだ。同じようにスパークダッシュも逃げ惑う。

 この現象には敵味方は関係ないようだ。

 

「マインドワイプ!? 何を考えている……ッ!」

 

 虚空に向けて怒鳴るオンスロートだが、彼の前にも彼自身の悪夢の化身が現れた。

 それは不安げで、寂しげで、弱々しい顔をした、オンスロート本人だ。

 

「吾輩は戦いが終われば用済みだ……老兵は死なず、ただ消えゆくのみ」

「何を……!」

「これ以外に生き方など知らない。他の皆はそれぞれの道を見つけたが……誰か教えてくれ、戦いしか能のない奴は、平和な世界でどう生きていけばいいんだ?」

「黙れ!! 吾輩は……我輩はそんな軟弱な理由で戦っているのではない!!」

 

 弱音を吐く自分に向け、オンスロートは重機関砲を発射した。

 弾丸はもう一人のオンスロートを粉砕し、辺り一面に破片が散らばる。

 だがその破片の一つ一つがまるで泡立つようにして膨らみ、オンスロートの姿を形作る。

 

「忘れられるのは嫌だ……必要とされたい……認めてほしい……」

「戦い……戦いしか、出来ることがない……」

「戦いがなければ、吾輩は役立たずだ……」

「違う! 吾輩の戦術は芸術だ!!」

 

 オンスロートは狂気に駆られたように銃機関砲を乱射するが、粉々になった幻影は、やや時間を置いてより多くの幻影になって泣き言を吐きながら攻撃参謀を取り囲んでいった。

 

「ケーシャ……我が弟子よ」

 

 そしてケーシャの横には、当然のように彼女の師である女傭兵が立っていた。

 

「我が弟子……いや我が娘よ、お前には私の全てを授けた。私の知恵、技、殺すための全てを……」

 

 優しさと冷酷さが合わさった声で、女傭兵は囁く。

 洗脳が解けていないにも関わらずケーシャは動揺したように後ずさりするが、その後ろには別の影が現れていた。

 黒い髪をツインテールにした、ゴシック風の衣装の少女……ラステイションの女神ノワールだ。

 だがその表情は酷い嫌悪感に歪んでいた。

 

「ケーシャ、ケーシャ、私のお友達……なんて思うワケがないでしょう! この人殺し!」

「ッ!」

 

 ケーシャがついに表情に恐怖を浮かべる。すでに洗脳そのものは解けかかっているが、それどころではない。

 

「キキキ、苦しめ苦しめ! 生きとし生きる全ての者は苦悶にのたうつがいい!!」

 

 何処か上の方から陰湿極まるマインドワイプの声が聞こえてきた。

 通信を通した物ではないようで、術を使うためかこの部屋にまで来ているらしい。

 もはや敵味方の区別もなく、只々他者を苦しめることだけが目的になってしまっているようだ。

 

「お前は我がミームを継いだのだ。これこそまさに、親子というもの……」

 

 囁く女傭兵は、最後まで言葉を吐くことなく霧散した。

 ハウンドが、三連ガトリングを正確に撃ち込んだからだ。

 

「ふざけんじゃねえ……!」

 

 ギョッとするホット・ロッドに構わず、ハウンドは吼える。

 周囲の蘇ってきた戦友たちには目もくれず、ケーシャの前に再生した女傭兵を睨んでいた。

 

「テメエが親だと!? 親ってのは、子供を守り、教え、導くもんだろうが!!」

 

 そのブレインには、親友アイアンハイドの照れくさげな笑みが浮かんでいた。

 誰よりもディセプティコンに怒りを感じていながら、ノワールのためにそれを抑えた彼のことが。

 そして彼の怒りは、ケーシャにも向けられていた。

 

「嬢ちゃん、あんたもあんただ!」

 

 ビクリと、身体を震わせるケーシャに、ハウンドは怒りと悲しみがない交ぜになった表情で問いかけた。

 それは過去のことを責めているのでも、洗脳されたことを責めているのでもなかった。

 彼には自分が偉そうに説教するのは筋違いだと分かっていた。それでもどうしても言わなければならないことがある。

 

「なあおい……あんたとノワールは、友達なんだろう? お前さんの大切な友達は……こんな酷いことを言うような奴なのかい?」

「……ッ!」

 

 電撃を受けたようにハッとなって、ケーシャは目の前に立つ()()()()を見た。

 嫌悪に顔を歪め嘲笑を浮かべた……これが、これがノワール?

 

(違う……)

 

 ノワールは確かに自分にも他人にも厳しい人だ。

 他人の悪いと思った部分を隠さず指摘してくる人だ。

 強気で素直ではなく、口を開けばキツイ言葉が出てくるような人だ。

 

 でも、同時に人への確かな優しさを持った人だ。

 仲間や友達が歪みかけた時には、嫌われる覚悟で正そうとする人だ。

 

「違う! あなたはノワールさんじゃない!!」

「何を言ってるの? 私はノワールよ。あなたの思うノワール」

「そう! あなたは私の想像の中のノワールさんだ!!」

 

 本当は嫌われているのでは、疎まれているのではという不安と、兵士だった過去での自己嫌悪が混じって生まれた虚像が目の前のノワールだ。

 本物なら、こんなことを言うはずがない。いや、本当に()()思っていたなら、隠したりせずにもっと前に言ってきただろう。

 

「あなたもそう! あなたは師匠じゃない!!」

 

 ケーシャの声にもまったく表情を変えないノワール擬きを捨て置き、師の姿をした物を見据えた。

 

「師匠は私が殺した! それに、それにあの時、あの人は……!」

 

(忘れるな、ケーシャ……我々は戦いから逃げることは出来ない。どう足掻こうともな)

 

 戦いの末、ボロボロになった師は、それでも笑っていた。

 封印されていた……否、自ら目を逸らしていた記憶が甦ってくる。

 

 思えば、不自然なことは多かった。

 何故、師はケーシャに普通の学校への潜入を命じたのか?

 そこでノワールと出会ったのは、偶然だったのか?

 そして見計らったように、ケーシャが普通の女の子になりたいと願うようになった頃に教会に戦争を仕掛けるなどと言い出したのか?

 他の傭兵たちが、何故それに反対する素振りを見せなかったのか?

 

(だがお前は違う……戦いを止めて、好きに生きなさい)

 

 それはまだ引き返せる所にいたケーシャを、逃がすためではなかったのだろうか?

 そして偉伝子(ミーム)を継げということは……自分たちを忘れないでほしいということだったのではないだろうか。その可能性から、ケーシャはずっと目を逸らしてきた。師や傭兵たちを自分の過去と同一視し、恥ずべき物としてきた。

 

(忘れないで、ケーシャ……私たちはあなたの記憶の中にいるわ)

 

 全てはケーシャの憶測に過ぎない。あるいは本当に、師はケーシャを自分の複製にしようとしていたのかもしれない。

 

「ケーシャ、ケーシャ……私の、娘!!」

 

 師の姿をした何者かは、ケーシャに向けて銃を撃とうとする。

 だがそれより早く、ケーシャは相手の懐に潜り込むと腕をねじり上げ、銃を奪おうとする。

 だが彼女にその技を授けたのは、彼女の師だ。当然のように反撃される。

 

「私に勝てると思っているのか!」

(戦闘の基本は格闘よ)

 

 格闘、ナイフ、射撃……ケーシャは全ての技を駆使して相手に挑む。

 これらを全て彼女に叩き込んだのは師である。故にその動きはケーシャの上をゆく……以前戦った時の記憶と寸分たがわずに。

 

 だから勝ち筋も同じ。

 

「私たちのミームを継ぐのだ、ケーシャ!」

(人生最高の瞬間にしよう……)

 

 格闘戦の末に、銃の奪い合いになり一瞬の隙を突かれて銃を弾き飛ばされるも、こちらも相手の手を蹴り上げて銃を弾き飛ばし、跳躍して空中でそれをキャッチする。

 目の前の相手がそうであるようにこの銃も幻影であるはずだが、何故か銃……自分の持つ銃と対を成す銃は実体を持っていた。

 

「ケーシャァァァ! この人殺しぃぃぃ!!」

「ノワールさんはそんなこと言わない!!」

 

 背後からノワール……ケーシャの中の闇の化身であるノワールが襲いかかろうとするが、あっさりと後ろ蹴りで倒された。

 

「私を殺すのか、ケーシャ? 母親の私を……」

(見事だ、ケーシャ……)

 

 銃を突き付けられて怯えた顔を見せる女傭兵。

 いや、あの時彼女はこんな顔はしていなかった。

 

「確かに私はあなたのことを母親だと思っていた。……でもあなたたちは、ノワールさんでも師匠たちでもない……私の中の恐怖、()()()()!!」

 

 ケーシャは女傭兵とノワール……その姿を取った自身の恐怖心を前に吼えた。

 その堂々とした姿に、ハウンドは心からの笑みを送る。

 

 誰の中にでもある、恐怖や不安。それと向き合えるようになったなら、それは立派な成長だ。

 

 そしてケーシャが躊躇わずに撃った瞬間、ノワールと女傭兵の姿にノイズが走る。一瞬だが見えた物は……蝙蝠の群れだ!

 蝙蝠が集まって人の形を取り、その上から立体映像が重ねられて、蝙蝠ドローンに備え付けのブラスターによって幻影が攻撃してきたと見せかけていたのだ。

 

「ッ! そういうトリックかよ!!」

 

 戦車に向けて銃を撃っていたホット・ロッドは、相手の正体を知ると同時にその卑劣な手段に憤る。

 人間やトランスフォーマーの弱い部分に付け込む、作戦とも言えない策だ。

 

「ふ、ふん! そんなこったろうと思ったのである!!」

 

 自分の幻影に囲まれて恐慌状態に陥っていたオンスロートも、何とか正気を取り戻した。

 しかし、元より知能の低いインフェルノカスやスパークダッシュはそうはいかずに創造主の触手から逃げ回っていた。

 オンスロートは幻影を攻撃するが、一端は散らすことが出来ても傷ついた蝙蝠ドローンの分は他の蝙蝠がやってきて補うことで時間を置いて元通りになってしまう。

 蝙蝠自体の攻撃力は低いものの、これでは蝙蝠を全て倒すかマインドワイプ本体を叩かないといつまでたっても敵が減らない。

 しかし、ハウンドは三連ガトリングを掃射して幻影を一掃し、再生する前にケーシャの隣に立つと笑う。

 

「ようするに全部潰しゃあいいんだな? 任せときな……お嬢ちゃん、いけるかい?」

「問題ない……ありがとう、ハウンドさん。さっきの一喝はその……効きました」

 

 傭兵としての声ではなく、いつもの少女としての声で、ケーシャは礼を言った。

 この太った髭の大男の声がなければ、自分自身の恐怖に食い尽くされていたかもしれない。

 するとハウンドは今までとまた違う、暖かみのある笑みを浮かべてパチリとウインクした。

 

「なーに、歳を取ることの良いことはな、お前さんたちみたいな若いのの助けになれることさ。ま、それに比べりゃあフレームがあちこち歪んじまうとか、廃油のチューブが詰まって臭いがするなんてのは軽いもんだ……さあて、いくぜ嬢ちゃん!!」

「はい! ゴールド、オン!!」

 

 こちらも年相応の笑顔になったケーシャだが、すぐに表情を引き締めて叫ぶ。

 光と共にその体がキューブ状のゴールドコアに変換され、ハウンドの胸に嵌め込まれた。

 モスグリーンの熟練兵の身体の隅々にまで力が漲り、その溢れるエネルギーがコアの歯車の紋章とハウンドの目を黄金に輝かせるが、今回はそれだけは終わらない。

 ハウンドの背中側がギゴガゴと音を立てて変形し、大きなバックパックになっていく。ケーシャが背負うゴールドユニットと似た形だ。

 

『これは……!』

「はっはー! こいつはいいぜ! さあ、反撃開始だ!!」

『ええ! デストロイ・ゼム・オール!!』

 

 ハウンド・G(ゴールド)フォームのバックパックの右側から折り畳まれていたレールガンの長大な砲身と、それよりやや短めの誘導レーザー砲が肩に担ぐような形で展開し、左側からは8連装ミサイルポッドが展開し、さらに バックパックの一部が分離して拡散ビーム砲を備えた二基のビットとなって宙に浮かぶ。

 そのあまりにも凄まじい武装の数々に、ホット・ロッドとオンスロートはギョッとする。

 

「お、おいハウンド! そんなもんここで撃ったら……!」

「貴様、城ごと吹っ飛ばす気か!?」

「心配すんな。むしろそこを動くなよ!!」

 

 不敵に笑むハウンドの右目に眼帯のようなターゲットスコープが装着される。そうするとますます変身したケーシャに似ていた。

 両脚に爪のように備わった小型パイルバンカーが床に打ち込まれ、ハウンドの身体をしっかりと固定する。

 

「ッ! 時よ、止まれ!!」

 

 咄嗟にホット・ロッドは両手に構えた拳銃から時止め弾を発射した。

 弾はオロオロとするインフェルノカスたちの前で弾け、纏めてタイムバブルの中に取り込む。

 

 一拍置いて、手持ちの三連ガトリングを含めた全ての兵装が火を噴いた。

 

 砲弾が戦車を粉砕する。

 ガトリング弾がゾンビを薙ぎ払う。

 レーザーが偽オンスロートを蒸発させる。

 ミサイルがクインテッサの触手を吹き飛ばす。

 さらに背後や頭上は二基のビットが飛び回ってカバーし、死角はない。

 しかもそれらはケーシャのゴールドサァドとしての能力である『弾数無限』によって尽きることはない。

 

 無限の弾丸、無限の破壊、無限の蹂躙……しかしホット・ロッドたちや倒れた妖精には掠りもしない。

 恐るべき正確さ精密さで、ただただ悪夢を纏った蝙蝠たちを紙キレを火で炙るが如く燃やし尽くしていき、その爆風によって霧を吹き飛ばしいく。

 

「こ、こんな……こんな馬鹿なぁぁぁッ!?」

 

 霧の中、天井に逆さづりになって潜んでいたマインドワイプはそこから逃げる間もなく、レールガンの弾に胸部のど真ん中を撃ち抜かれた。

 

 圧倒的な火力による攻撃は、当然の如く敵の全滅を持ってすぐに終わった。

 後に残されたのは跡形もなく破壊された蝙蝠ドローンの残骸と無傷のオートボット、ディセプティコン、妖精。 これほどの無茶苦茶な火力にもかかわらず、神業の如き正確な射撃によりほとんど傷ついていない建物。

 さすがにフルファイアは身体に負担がかかったようで、全身から高熱と煙を発しているハウンド。

 

 そして胴体部を破壊され、首だけで床に転がるマインドワイプだった。

 

「キ、キキ……せ、せっかく蘇ったってのに、こんな結末か!」

「夢は覚めるもんさ。元居た所に帰んな……地獄にな」

 

 恨めし気に呻く吸血鬼の頭を見下ろして、ハウンドは首を横に振る。

 ホット・ロッドやオンスロートも周りを取り囲んだ。

 

「ギギ……キ、キキ、ま、まあいいさ。お前たちの未来には、俺が見せたのなぞ比べ物にならない恐怖が待ってるんだからなぁ……! 精々、足掻きやがれ。キ、キキキ、キキ……キ……」

 

 負け惜しみか、あるいは彼にしか分からぬことがあったのか不気味な言葉を最後に、マインドワイプの意識は元来た闇の中へと戻っていった。

 彼の頭部はギゴガゴと音を立てて、小さいマインドワイプの姿になり、さらにそこからネズミのようなモンスター……ワレチューが転がり落ちた。目を回しているが、生きてはいるようだ。

 

 ふとその場にいた者たちは、天井の穴や窓の外から陽光が差し込んでいることに気が付いた。

 

 長い夜が明けたのだ。

 

「俺たちは悪夢なんぞに負けねえよ」

 

 二度目の死を迎えたマインドワイプに向けて、ハウンドは朝日を浴びながら口に咥えた実包に火を点け、力強い笑みを向ける。

 彼から分離したケーシャがその横顔を見上げると、脳裏にかつてノワールから聞いた言葉が甦った。

 

(頑固で、素直じゃなくて、駄目なトコもあるけど……私が本当に辛い時は支えてくれて、一人で暴走した時は叱ってくれた)

 

(だからあの人は、私にとっては『お父さん』なの)

 

 自然とケーシャの顔にも笑みが浮かんだ。

 それはいつもよりも幼く見える、ゴールドサァドでも傭兵でもない、多分()の彼女に限りなく近い微笑みだった。

 




今回のキャラ紹介

ハウンド・G(ゴールド)フォーム
ケーシャの信頼によって生まれたハウンドの新たな姿。
背中などにケーシャのゴールドユニットに似た武装が施されており、右肩のレールガンと誘導レーザー砲、左肩の8連ミサイルポッド、バックパックの一部が分離したビット二基、ともはや移動要塞が如き超重武装(というかメタ〇ギアREXまるまる背負ってるようなもんだと思ってもらえば……)
さらにケーシャの能力により弾切れがないため、出鱈目極まる火力を誇る。

具体的には、ロストエイジの終盤でダイノボットの助けがなくても何とかなっちゃうぐらい。

また右目に装着されたターゲットスコープによって正確無比な射撃を可能にしている。
ただしやっぱり耐久力が無限になったワケではないので、オーバーヒートする危険も高くなっており、また機動力はどうしても落ちてしまう。

しかしまた分割……こりゃ次の話から巻きを入れないと……。


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第53話 そして夜が明けて

(止めて! 止めてよ!)

 

「ランスロット、なんということを……!」

「王よ……あなたに人の心は分からない」

 

(みんな、止めて……お願い)

 

「アーサー王……父よ、母のため貴方を討つ!」

「モードレッド……許せとは言わぬ」

 

(アーサー、モードレッド……貴方たちは親子なのよ……なのに、どうしてこんな!)

 

「済まないな、モルガナよ。儂がもう少ししっかりしていればあるいは……む!? な、なんと空から竜が! 噂には聞いていたが、竜を見たのは初めてだ!!」

 

(ドラゴンストーム! それに、ああ、そんな……()()()()……!)

 

「その呼び方は止めろと何度言えば分かるのかしら? あなたたちのことを我が子などと思ったことはありません」

「竜を使役するとは、そなたはいったい……!? そ、その妖しくも美しい姿、よもやケルト人の伝承にある女神か?」

「女神……女神ね、当たらずとも遠からずと言った所かしら。私はクインテッサ、生命のプライムにして、新たな世界の創造主」

 

(お母さま、お願いします。後生ですから、どうか彼に手を出さないでください……彼はもう老いていて、多くの物を失いました。この上……きゃあ!)

 

「モルガナ!」

「黙りなさい、モルガナ。……さて肉ケラよ、私は今非常に面白い気まぐれを起こした。……お前に知恵を与えてやろう。お前たちが魔法と呼ぶ業、生命を繰り死をも超える力を。もちろん、相応の対価は貰うがな」

 

(く、口車に乗っては駄目! お母さまはあなたを……あなたたちを利用する気なのよ!)

 

「な、なんと! これが(まこと)の魔法か! この魔法があれば()()()()()! 今一度、ブリテンを! アーサー王の物語を!!」

 

(だめ……駄目よ、マーリン!!)

 

 

 

 

 

「だめ、止めて……ッ!」

 

 顔に掛る光でチーカマは目を覚ました。

 ぼやけた視界に知らない天井が映った。ここは何処だ、自分は何故こんな所にいるのだろうか?

 上体を起こして首を回すと、そこは何処かの大きな部屋で自分は床に転がされていたようだった。いや自分だけではなく、相方のミリオンアーサーやくろめ、子供たちも寝かされていた。

 あの眼鏡の女教師が、みんなを起こそうとしている。

 そこまで認識した所で、急に記憶が甦った。森の中の隠れ家、鐘の音、そして悪夢……。

 

「ッ!」

 

 強烈な頭痛と吐き気に頭を押さえるが、やがてそれも落ち着いてくる。

 そして断片的にだが、彼女は思い出した。自分が何者かを。

 

 

 

 

 

 ついにマインドワイプを冥府に送り返した一同だが、それで万事解決とはいかなかった。

 未だにオートボット、ディセプティコン、第三の組織のいずれも遺物を手に入れていなかったからだ。

 妖精たちはいつの間にか姿を消していた。

 

「ち、ぢゅー……ひ、酷い目にあったっちゅ。SAN値が大ピンチというか、深淵を覗き込んでないのに深淵の方から『ネックブリーカー、死ねえ!!』かましてきたような……今日はもう帰るっちゅ」

 

 しかし、そこで目を覚ましたワレチューはトットと撤退することに決めた。

 

「オイラにもワルとしてのプライドがあるっちゅから礼は言わないっちゅよ」

 

 結果的にとはいえ命を助けられたのにも関わらず、憎まれ口を叩くのが彼らしい。

 それでも、プイと顔を背けて一言。

 

「……でも借りはいつか返すっちゅ」

「ああ、期待せずに待ってるよ」

 

 その言葉に、ホット・ロッドは苦笑したのだった。

 続いてオンスロートもあのハウンドの超火力を見た後で、それと戦う気は起らなかったらしくさっさと撤退していった。

 去り際に、スカルクらインフェルノコンたちは酷く不思議そうな顔をしてホット・ロッドにたずねてきた。

 

「お前、なんでオデたち、助けた?」

「なんでって……理由なんかないよ」

 

 あまりに当然のことを聞いてくるので逆にキョトンとして返すと、スカルクはもっとキョトンとした。何だか話がかみ合っていない。

 オンスロートの方は、インフェルノコンの困惑の理由が分かっているらしく不愉快そうに鼻を鳴らした。

 

「ふん、甘い小僧だ……ガルヴァトロンの弟というだけはある。奴も甘さや温さが抜けんからな」

「…………かもな」

 

 何とも言えない顔をするホット・ロッドにオンスロートはもう一度鼻を鳴らすと、今度こそ去っていった。

 

 ホット・ロッドの胸に去来したのは、やはりあの悪夢の内容だった。

 ガルヴァトロンを兄と呼ぶ自分、サイクロナスとスカージ、滅びゆく世界、そして……。

 

「ロディ!」

 

 天守へと続く扉が開かれて向こうから飛び込んできたのは、泣きそうな顔の暗黒星くろめだった。

 後ろには、酷く疲れた顔のミリオンアーサーと子供たちもいた。女教師が助けてくれたようだ。

 

「ロディ……ロディ! やっと逢えた!!」

 

 何があったのか、涙を漏らしながらホット・ロッドの足に縋りつくくろめ。ホット・ロッドの脳裏に、先ほどよりも鮮明にあの悪夢の世界が甦る。

 

 天王星うずめ……憎き、仇。

 

 ホット・ロッドの青いオプティックに、赤い光が……憎悪の炎が宿る。

 自然に屈んだホット・ロッドは、女神の容易く捩じ切れそうな細首に乗った頭部に震える手を伸ばし、そして……。

 

「ああ、くろめ。大丈夫だ……」

 

 優しく、撫でた。

 あの悪夢が本当なのかは分からない。絵空事と無視も出来ない。

 それでも、心細さから涙を流す彼女を見て放っておくことが出来なかった。近いうちに過去と向き合うことになるだろうという、奇妙な予感を覚えながらも。

 

 すすり泣くくろめとそれを慰めるオートボットを見て、子供たちの一人である黒髪のアキラは何やら察したらしく、大きな衝撃を受けた様子で水色髪のカインに肩を叩かれていた。

 

 初恋とは、とかく実らぬ物である。

 

「……さて、残された問題は遺物が何処にあるかですね」

 

 ハウンドの横に並んだケーシャは、本題を口にした。

 色々と遠回りしたが、そのためにこの地に来たのだ。しかし、ヒントになるはずの妖精たちは姿を消してしまった。

 未だ疲労の色が拭えぬ相棒の横に並んだチーカマは、気づかわし気な顔をしながらも口を開いた。

 

「そのことだけど……みんな、付いてきてちょうだい」

 

 

 

 

 

 チーカマの言葉に従って一同がやってきたのは、子供たちが隠れ家にしていたあの洞穴の前だった。

 そこで待っていたのは、九姉妹を始めとする妖精たちだった。

 

 妖精たちは、チーカマと……ホット・ロッドの姿を見とめるや一斉に膝を軽く折って礼をした。

 すなわち、『おかえりなさい、お姉さま』と、チーカマに向かって。

 

「これはいったい……」

「あ~……説明が難しいのだけれど」

 

 困惑する一同、頓に相方たるミリオンアーサーに向かってチーカマは困ったように微笑んだ。

 

「私はどうやら、モルガナだったみたい」

 

 彼女の説明によると、元々この地の妖精たちのリーダーだったモルガナは、ある事情のためにこの地を離れることになった。

 話は今から数十年前にまで遡る。かつてこの地をある魔法使いが訪れた。

 彼は遠い昔に封じられたはずの『妖精を無力化する魔法』の使い手だった。その魔法によって妖精を無力化した彼は、妖精たちが守っていた遺物ソラス・ハンマーを持ち去ってしまったのだという。

 奪われたハンマーを取り戻すため、モルガナは姿を変え、自身の記憶を封印し、ある人物の手を借りて森を出た。

 

 それが、ミリオンアーサーの父ウェイブリー卿である。考古学的な知識から古代サイバトロン語を知った彼は、妖精と何とか話すことが出来たのだ。

 

「で、その魔法使いってのは……」

「何となく察しは付くんじゃない?」

 

 森の中心部で、困ったように笑うチーカマことモルガナは、椅子の形をした樹に腰かけていた。周囲には彼女を姉にして女王と慕う妖精たちが侍っている。

 今までと違って超然とした様子を見せるチーカマに試すように視線を向けられて、ホット・ロッドは少し思考を回した。

 ソラス・ハンマーにはあらゆる物質を加工する力がある。偉大なるプライムの力の、その僅か一滴分でも引き出せたなら、可能となることはいくらでもある。

 

 例えば、伝説の剣のコピー品を量産するとかだ。

 

「……マーリンか」

「ええ、正確にはそれを名乗る男よ。微かに残っている記憶にあるマーリンは……()()()マーリンはあんなのとは全然違ったわ」

 

 嫌悪も露わにチーカマは吐き捨てた。

 ソラス・ハンマーの在り処とマーリンの目的を探るため……そしてミリオンアーサーのことが心配で彼女のサポート妖精になったモルガナだが、そのための術式のせいで多くのメモリーと力を失う破目になった。思い出せたことも、かなり断片的だ。

 

「さあ……それでも憶えていることがあるわ。……ロディマス、炎の戦士よ」

 

 チーカマは玉座から立ち上がると、妹たちと共にその場で頭を垂れた。

 

「私たちは、貴方を待っていたわ。マーリンが予言した大いなる危機に立ち向かう救世主。我ら妖精は、貴方と共に戦います」

 

 当然のことながら、ホット・ロッドはこの状況にむしろ混乱するばかりだった。

 そりゃあ、ただでさえ問題山積みなのに、急に救世主呼ばわりされても困る。

 

「ん、まあそういう反応になるわよね。まあ、そう固くならずにファンクラブが出来たくらいのもんだと思ってくれればいいのよ」

「そういうもんか……」

「そういうものよ」

 

 頭痛を堪えるようにホット・ロッドは額に手を当てる。

 しかし大いなる危機ときた。イストワールも言っていたことだ。

 

「危機っていうのは具体的に何が起こるんだ?」

「マーリンはそれが何なのか、頑なに言おうとしなかったわ。私たちはそれをお母さま……クインテッサの再来だと考えているわ」

「…………」

 

 クインテッサ。創造主を自称する、最初の13人の一柱。

 ガルヴァトロン、妖精、騎士、そして『杖』、それらは元を辿ればクインテッサに繋がっている。

 クインテッサが杖を取り戻し、地球を滅ぼすというのは大いなる危機というには、十分過ぎるほどだろう。

 ならばまずは、これまで通りに杖を手に入れることに注力し、クインテッサへの対策を立てるべきだろう。

 

「君とソラス・ハンマーの件も含めて、マーリンと話すべきだな」

 

 真実の追求もそうだが、今ブリテンの実権を握っているのはあの老魔法使いだ。しかし、あの老人がそう簡単にこちらに従うだろうか?

 遺物について知らないというのも嘘の可能性が出てきた。

 さらにウェイブリー邸の地下にあった日記には、キャメロットの魔術師から歴史を調べることを依頼されたとあり、ミリオンアーサーの父はその人物のことを酷く警戒しているようだった。おそらく、それがマーリンなのだろう。

 これは、本格的に調査する必要がありそうだ。

 

「……だけど、先にネヴュロンに向かう方が先だな。最後の遺物をディセプティコンから守らないといけない」

「それなら、マーリンのことは私が探っておきましょう」

 

 そこで発言したのは、ハウンドの横で話しを聞いていたケーシャだった。

 一同の視線が集まると、ケーシャは不敵に笑った。

 

「あのお爺さんが正直に話してくれるとはとても思えませんからね。多少は、ダーティーにいかないと」

 

 ホット・ロッドがチラリとハウンドを見ると、歴戦の勇士は彼女に任せると表情で語っていた。

 少し考えたホット・ロッドだが、すぐに頷いた。下手を打てばこの国の立場がさらに悪化するだろうが、すでにそれで済まない()()が動いている予感がするからだ。

 些かグレーゾーンに足を突っ込むことになるが、調べておくべきだろう。

 

「分かった。ミリアサ、少しルール違反になるが許してほしい。 ……ミリアサ?」

 

 そして未来の王候補に一応の話を通そうとするが、どうも様子が可笑しかった。

 ミリオンアーサーは、自身の王権を証明するエクスカリバーを両腕で抱きしめていた。

 チーカマに向けられた視線は、置いてけぼりにされた幼子のように不安と恐怖に揺れていた。

 

「ミリアサ? どうしたんだ、大丈夫か?」

「ッ! い、いや大丈夫だ。そんな感じに進めてくれ。うん、大丈夫だ……」

 

 くろめに声をかけられてそう返してきたが、明らかに大丈夫そうではない。身体も声も震えている。

 他の誰かが行動するより早く、チーカマはフワリと浮き上がってミリオンアーサーに近づくと彼女を優しく抱きしめた。

 

「はいはい、無理しないの。らしくもない」

「ち、チーカ、いやモルガナ殿……」

「チーカマでいいわよ。確かに記憶を失ってはいたけれど、貴方と過ごした時間も決して嘘ではないもの。わたしは今も、あなたのサポート妖精よ」

 

 母性を感じさせる優しい声に、ミリオンアーサーの震えが止まりエクスカリバーを取り落とした。

 マーリンが魔法をかけたからではなく、彼女自身の意思でチーカマが傍にいてくれるのだと感じたからだった。

 

「……すまない、チーカマ」

「いいわよ。相棒でしょ?」

 

 

 

 

 

 一同はいくらかの休息を取った後で、それぞれの目的地に向かうことになった。

 ホット・ロッドたちがネヴュロン、ケーシャとハウンドがキャメロットだ。

 チーカマは妹たちと別れを惜しんでいたが、それでもミリオンアーサーと一緒に行くことに決めていた。

 

「とりあえず、一段落だな」

 

 ホット・ロッドやくろめとケーシャが話しているのを少し離れた場所から眺めながら、ハウンドはシミジミと呟いた。

 長く、奇妙な夜だったが、それも明けてしまえば夢の一間に過ぎなかった。

 

 実包を葉巻のように吹かすハウンドの横に、あの眼鏡の女教師が自然と並んだ。

 少し自信を付けた表情のケーシャを見るその目付きは、優しくも寂し気だった。

 

「……あの時はありがとうな。銃、投げたのあんただろ?」

「ふふふ、あなたは誤魔化せそうにないわね」

 

 夜の戦いで幻の女傭兵の持っていた銃を、ケーシャが手にした。幻影が持っていた物なら幻影のはずだが、銃は確かな実体を持ち今もケーシャが懐にしまっている。

 それは、本物の銃を誰か……女教師が放ったからだった。

 あの銃はケーシャの師が愛用していたこの世に二つとない物。つまり……。

 

「いつから気付いていたの?」

「初めてあった時から違和感はあった。身体の重心が左右で少しズレてたからな。お前さん、内蔵や骨格をかなり機械に置き換えてるな。特にその腕、義手だろう?」

 

 女教師……ケーシャの師である女傭兵は微笑みながら、左手をヒラヒラさせた。傍目には普通の手にしか見えない。

 

「特に酷い傷を負ってね、切断するしかなかったの。……トランスフォーマーの技術とは凄い物ね。生身の腕とほとんど変わらないわ。でもそれだけで私の正体を察したワケではないでしょう?」

「お前さんから、()()の臭いがしたからな。だいぶ薄まってたし巧妙に隠しちゃいたが、それでも分かる」

「さすがね」

 

 負けたとばかりに肩を竦めた彼女はポツポツと自分の物語を口にした。

 死に場所を求めて戦いを起こし、ケーシャとの戦いで重症を負った彼女だが、何人かの部下により救出されサイボーグ手術を受けることで一命を取り留めていた。

 皮肉にも、その技術は彼女たちの戦闘方を時代遅れにしたトランスフォーマーによって齎された物だった。

 その後、主要四カ国を離れ海の彼方へ逃亡しようとするが、船が難破し彼女だけがブリテンに漂着したのだ。

 

 手術からこっちは彼女の意思に反することだったが、それでも女傭兵に生きて欲しいと願う部下たちによって彼女の意識がない間に行われたことだった。

 

「……最初はすぐに部下たちの所へ行こうと思った。でもふと思ってしまったの。ここには私を知る者は誰もいない。敵も味方もない。やり直せるんじゃないか、って」

 

 実のところ、愛弟子ケーシャがそうであるように、彼女もまた戦いにしか生きられない自分を倦んでいた。

 必死に戦ううちにカリスマに祭り上げられ、いつの間にかそれ以外の生き方は許されなくなっていた。

 それでも彼女はそんな自分を受け入れていたし、仲間たちのことを大切に思っていた。

 だが思いもかけずに訪れた『生き直し』の誘惑は、逆らい難いほどに魅力的だった。

 幸いにして、断絶の時代の技術を使えばサイボーグ化した身体を整備することは出来た。

 

 持ち前の潜入スキルで人々の輪に入り込み、昔から憧れていた教職について、子供たちと一緒に暮らし……。

 楽しかった。やっと自分自身として生きているのだと、そう感じた。

 ケーシャは気付く素振りも見せない辺り、本当に昔の面影がなくなってしまったのだろう。

 

「無責任よね。あの子が苦しんでいるのに、自分はこんな所で呑気に暮らしていたんだもの」

「……確かにな」

 

 敢えて感情を殺した声色の女教師に、ハウンドは敢えて厳しい声で言ったが、それ以上攻めるようなことはしなかった。

 そうするには彼は硝煙の臭いが染み付きすぎているし、過去を捨てて別の人間になろうとした彼女は、皮肉なくらいケーシャに似ていたからだ。

 

「いつかでいい。必ず、あの子に会いにいって、良く話し合いな。……なに、その時は俺も一緒にいてやっからよ」

「……ありがとう。いい男だな、あなたは」

 

 一転、茶目っ気のある顔でウインクしてみせるハウンドに、女傭兵は頬をやんわり染めて柔和な笑みを見せるのだった。

 

 そんな二人を遠目に見ていたカインは何やら察したらしく、大きな衝撃を受けた様子でアキラに肩を叩かれていた。

 

 初恋とは、とかく実らぬ物である。

 

  *  *  *

 

「で、これでハッピーエンドッスか? つまんないッスねえ」

「ふふふ、いやこれでいいんだ。マインドワイプは良く働いてくれたよ」

 

 何処とも付かぬ闇の深奥。

 ライダースーツの男、ミラーはゲーム盤の駒を進めながら、ほくそ笑む。

 

「でもあいつら、みんながみんな少し大人になった、って感じッスよ?」

「そうでもないさ。彼らの中に不信の種は蒔かれた。後は哀しみや怒りという水を吸って大きく育ち、悲劇という花を咲かせるのを待てばいい」

「はあ……」

「天王星うずめ……もとい暗黒星くろめはロディマスへの依存を増し、逆にロディマスは己の憎悪に無理矢理蓋をした。この齟齬はやがて致命的な結果を招くだろう」

 

 ミラーは駒を動かす。

 静かに、慎重に、そして対戦相手にとって致命的な損害を与えるように。

 

「加えてモルガナは、色々とややこしくなりそうな情報は敢えて言わなかった。……これは信頼に罅を入れるには十分なことだ」

 

 脇に控えたタランチュラスは、わざとらしく肩を竦めてみせた。

 

「まだるっこしいッスねえ。なんて言うか、アタシたちのいつものやり方と違う気がするッス」

「前にも言っただろう? 今回はいつもとちょっと違うことをしたい気分なんだよ……さあ、そろそろゲームも動く頃合いだ」

 

 ミラーは駒を動かす。その駒は飾り気のない真っ黒な立方体で、まるで墓石のようだった。

 その表面にはアルファベットで『ハロルド・アティンジャー』と刻まれていた。

 




トランスフォーマー:ラスト・スタンド・オブ・レッカーズを読みました。
ハードにもほどがある内容だけど、この世界線で人間とTFの共闘が見れたのが良かったです。
そして前情報どおりの狂人なオーバーロードさん……『メガトロンと殺し合いたいから命令違反する』ってあーた……なんて厄介なファンなんだ。
こういう面倒なのを引き寄せるからカリスマが過ぎるのも考え物。
っていうかハ〇ター! ボンブシェルに死んだ方がマシな目に合わされたハン〇ー・オ〇イオン!? 生きてたのか君!?


あとネプテューヌのOVAも見ました。
久し振りに動く女神たちが見れて大満足!
僕の夏休み山! 大丈夫か、版権とか!?
大人ネプテューヌは良い感じに頼れますねえ。

さて、次回以降本格的に巻き巻き……。


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第54話 外敵、襲来

更新が遅れ、申し訳ありません。


 ブリテンの沿岸にあるネビュロンの地。

 かつてこの地はアーサー王に仕える一族が治めていた。高潔な彼らは、外敵の脅威からこの地を守護すると共に、ある秘密の使命を帯びていた。

 だがそれも昔の話だ。

 

 灯台下暗しというべきか、欲に目の眩んだ臣下に陥れられて領主の座を追われ、一族は海へと追いやられた。

 いつか使命を果たすことを誓い、『天を仰ぐサソリ』の旗を掲げて船出した彼らの傍には、()()()()()()()()()()()が寄り添っていたという……。

 

 時は流れ現代。

 

 ネビュロンのとある森の中にオートボットたちの宇宙船エイハブが停泊していた。

 シーシャ、クロスヘアーズ組とエスーシャ、ドリフト組はここを拠点にネビュロンの地に隠された遺物を探していたのだ。

 ところが全く見つからず、同じく遺物を探しにきたディセプティコンと小競り合いになるばかりだった。

 

「そもそも、あの一族が遺物を置いてブリテンを出ていくとは思えないわ」

 

 モルガナとしての記憶をある程度取り戻したチーカマは、難しい顔で腕を組む。彼女の知る騎士の一族は、遺物を守る己の使命に誇りを持っており、それを放棄するとは思えなかった。

 せめて裏切った家臣の一族に話を聞こうにも、こちらも暴政が祟って数代前に断絶していた。

 ここにきて、遺物と杖への手掛かりは完全に途絶えてしまったというワケだ。

 

「みんなすまないな、無駄骨折らせて……で、これからどうするかだけど」

「もう一度、ウェイブリーの屋敷を調べてみるのはどうかしら?」

 

 ホット・ロッドは険しい顔でドリフトやクロスヘアーズに詫びると、チーカマがそんな意見を出した。

 確かに何か見落としがあるかもしれないし、今のチーカマならまた違った見方が出来るだろう。ホット・ロッドはすぐに決断した。

 

「そうしよう。バンブルビーと合流し次第、アセニアに戻るぞ」

「無駄骨空振りばっかりで、まーったく面倒くせえ任務だぜ!」

 

 首を回しながら、クロスヘアーズが悪態を吐く。だが無理もない。

 杖のヒントである遺物は、まだ唯の一つでさえも回収できていないのだから。

 と、その時急にチーカマが顔をしかめた。

 

「……メッセージを受信したわ。マーリンからよ」

「何?」

 

 その言葉にミリオンアーサーが反応した。

 どうやらサポート妖精はマーリンから直接通信を受けられるようだ。

 顔を見合わせたホット・ロッドとミリオンアーサーが頷き合いチーカマが手を翳すと、空中に映像が投射された。

 長い髭を蓄えた鋭い目つきの老人は、まごうことなく次期王選定を取り仕切るブリテンの宮廷魔術師にしてフェミニアからソラス・ハンマーを奪い去ったマーリンだった。

 

『全てのアーサーに告ぐ……』

「全サポート妖精に映像付きに送られてきたみたい」

 

 重々しく口を開くマーリンに、チーカマは不快そうな視線を向けた。彼のしたことを思えば、それも仕方ないだろう。

 

『由々しき事態だ。外敵が襲来する予兆が確認された』

「なんだと!?」

 

 ミリオンアーサーが目を剝く。

 外敵、それは初代アーサー王の時代からブリテンを脅かす謎の侵略者だ。

 

『外敵はおそらくネビュロン地方に上陸するものと思われる。近隣にいるアーサーはただちに集結せよ……』

「なんということ、この大事に外敵まで現れるとは!!」

「…………」

 

 顔を険しくする相棒に、チーカマは何故か複雑そうな顔をする。

 だがその顔がすぐに不愉快そうな物に戻る。マーリンからこちらに通信が入ったからだ。

 映像が切り替わるも、やはり全く変わらぬしかめっ面が現れた。

 

『しばらくだな、ミリオンアーサーよ』

「マーリン、この危急の時に何用か?」

『今回はおぬしに用があるのではない』

 

 丁寧な態度の未来の王候補を捨て置き、マーリンはその後ろに立つオートボットを睨んだ。

 

『やはりミリオンアーサーのもとにいたか、客人よ。遺物探しは上手くいっておらぬと耳にしたぞ』

「どの口が……!」

 

 ホット・ロッドの隣に立つくろめの目付きが鋭くなり、遺物のことを隠していたことを追求しようとするが、当の相方に視線で制止された。他のオートボットたちも同様だ。

 現状、こちらの味方とは言えない老魔法使いは、しかし一応はブリテンの代表なのだ。

 潜入しているハウンドたちのためにも、こちらが不信感を抱いていることを悟らせるのはよろしくない。

 

「しばらくです、マーリン殿」

『挨拶はいらぬ。それよりも此度の外敵の件だが』

「我々に関わるな、とおっしゃるのでしょう?」

 

 年若いオートボットに先読みされて、マーリンは眉をピクリと動かした。ホット・ロッドにしてみれば、この老人の言いそうなことぐらい分かる。

 

『……その通りだ。これはあくまでもブリテンの問題よ』

「なるほど。しかし我々はちょうどネビュロンにおりますので、人々の避難を手伝うくらいのことはしたくなります。燃える家から子供を助けるのはよくて、燃えようとする街から人々を助けるのは良くないというのは、道理が通らないでしょう」

 

 痛い所を突かれたのか否か、マーリンは顔を不愉快そうに歪めた。

 しかし、人命救助についてはなし崩しとはいえ、それをマーリンが認める形になった前例がある。

 

「おい、あいつ前より口が上手くなってないか?」

「うむ……何があったものやら」

 

 クロスヘアーズとドリフトは若い隊長の様子に面食らい、小声で話し合う。

 本人に自覚があるかはともかくとして、あのフェミニアでの悪夢はホット・ロッドの意識に変化を齎していた。

 

「もしその過程で()()()外敵なり何なりに邪魔されたとして、これを退けるのは正当防衛でしょう」

『ふん、まあよかろう……好きにするがいい』

 

 そう言ったのを最後に、マーリンの映像は消えた。

 ホット・ロッドは一つ排気すると一同を見回し、号令をかける。

 

「そんなワケだ。街の人々を避難させるぞ!」

『了解!!』

 

  *  *  *

 

 ネビュロン最大の港街、ダロス。

 入り江の海岸に作られたこの街は港であると同時に外敵の襲来に備えて造られた要塞都市でもある。

 街を治める評議会にミリオンアーサーに話しを付けてもらい、オートボットと仲間たちは手分けして街の人々の避難を手伝った。

 そうしていると、やがて街にはミリオンアーサー同様にエクスカリバーを携えたアーサーたちが騎士を引き連れてやってきた。

 全身甲冑姿の武人、白馬に跨った貴人、武骨な装備の蛮人、戦乙女の如き麗人……中にはもっと奇妙な姿のアーサーもいる。ドリル装備だとか釣り竿持ってるだとか複数人でサッカーしているだとか……さらにはどう見ても柄のよろしくない物もチラホラいる。

 

「あれが例の巨人の騎士か……ユーリズマではたいそう暴れたと聞く」

「まさか、あのアセニアの田舎娘め。本当に初代アーサーに肖る気か?」

「バカバカしい。あんな騎士を使うことを躊躇うような甘ちゃんに何が出来る」

 

 そんな彼らにしても、トランスフォーマーたちと協力し合っているミリオンアーサーは奇異に映るらしく、遠巻きにこちらを見ているだけだった。

 

「何だか感じが悪いね……」

「まったく、言いたいことがあるなら面と向かって言えってんだ」

「王の椅子を争う者同士、味方とは言えないのだろう」

「しかし、あの言い方はあまりに無礼ではないか」

 

 子供たちを馬車に乗せていたシーシャが耳にした会話に顔をしかめクロスヘアーズがケッと吐き捨てると、エスーシャのドライな返しにドリフトが眉をひそめた。

 

 一方で、ホット・ロッドは取り残された人がいないかどうかビークルモードで街を見回っていた。

 

「ここらへんにはもう人はいないか……ん?」

 

 一区画ずつ確認していたホット・ロッドだが、街の中央広場までやって来た時、街の議事堂の前に人影があることに気が付いた。小柄な子供のようだが、街でも一際立派な建物の正門をジッと見上げている。

 

「君! こんな所でどうしたんだ? ……あれ、君は?」

 

 ロボットに戻って歩み寄ったホット・ロッドはその少年に見覚えがあった。

 上等な仕立ての服に身を包んだ線の細い少年だが、目だけが異様に荒んでいる。

 

「確かユーリズマで会ったよな?」

「ふん、貴様か。しばらくだな」

「やっぱり! あの時の子か! こんな所でどうしたんだ? お父さんとお母さんは? はぐれたのか?」

 

 心配そうに質問するホット・ロッドを、少年は振り返って煩わしそうに見上げた。

 

「心配せんでも、じきに迎えが来るわ」

「そうか、良かった」

「はん」

 

 安堵した様子のオートボットに鼻を鳴らし、少年は再度建物を見上げた。この建物は、かつて領主の使っていた屋敷を改装した街の歴史館だった。

 何か、ここに思い入れがあるのだろうか。

 

「貴様は、ここの連中のために戦う気か?」

「戦うかは分からないけど、助けたいとは思う。罪の無い人が傷つくのは嫌だ」

 

 何気なく放たれた問いへ答えると、少年はもう一度鼻を鳴らす。

 

()()()()というのはな、弱く愚かということよ。そして弱く愚かとは、強く賢い者に食い荒らされることと同義なのだ。この地を治めた一族がいい例よ」

「そりゃあ極端な考え方だろう」

「だが真実だ。領主一族はお人好しさに付け込まれて陥れられた負け犬だ」

「そいつは付け込んだ奴が悪いのさ。よく騙された奴が馬鹿っていうけどさ、それって別に騙した奴が悪くないってことじゃないだろ?」

 

 ホット・ロッドの言葉に、少年はムッとしたようだ。どうもオートボットの理屈はお気に召さなかったようだ。

 

「むしろ俺は、そういう人の良心や優しさを裏切る奴が許せない……」

 

 ブレインに過るのは、地球で仲間たち共々虐げられた日々、敬愛するオプティマスの言葉、フェミニアで聞いたクインテッサの所業、そしてあの悪夢の中で垣間見た過去だった。

 

「嫌なんだよ、暴力だろが裏切りだろうが、そういう理不尽で誰かが傷つくのは」

 

 グッと拳を握ると同時に放たれた言葉に少年はやや気圧される。だがすぐに付き合っていられないとばかりに頭を振る。

 

「はん、外敵がどんな連中かも知らないだろうに! お前みたいな奴をな、世の中では……馬鹿というのだ! それも救いようのない馬鹿だ!!」

「馬鹿は酷いなぁ……」

 

 苦笑しているホット・ロッドを捨て置き、いつかと同じく少年は去っていこうとする。迎えとやらと合流するためだろう。その背にホット・ロッドは声をかけた。

 

「なあ、送って行こうか!」

「いらん! 子ども扱いするな!! 言ってはなんだが()は貴様より稼いでおる!!」

 

 そうは言われても子供にしか見えないのだが。逆に無理しているような一人称が微笑ましい。

 心配になって路地に入った少年の後を追うが、すでに姿はなかった。

 

「あれ? いったい何処に……」

『ロディ、聞こえるかい? こちらは避難が終わったよ』

 

 その時、くろめから通信が入った。

 

「ああ、こっちもだいたいは終わった。少ししたらそっちに合流するってみんなに伝えてくれ」

『分かった……それとちょっと厄介なことになった。鉄騎アーサー様のお出ましだ』

 

 

 

 

 

 街に入ろうとするアーサーたちの一団を押し退けるようにして、鉄騎アーサーことガルヴァトロンが悠然と進む。

 その隣にはマジェコンヌが、後ろにはオンスロートやバリケードらディセプティコンが付き従っていた。

 さらに彼らの後ろを行進するのは因子で造られた騎士ではなく、ブラスターや装甲服といった、これまでブリテンに存在しなかった物を纏った人間の兵隊たちだ。オンスロートの訓練もあって、彼らは何とかこの武器を使いこなせるようになっていた。

 彼らを率いるのは黒獅子の意匠がある甲冑に身を包んだワイゲンド卿を筆頭に、鷲、一角獣、豹、猛牛、蝙蝠の甲冑を着込んだガルヴァトロンと同盟関係にある領主たちである。

 

「どうやら、オートボットも来ているようだな……」

 

 人間の兵士から報告を受けたガルヴァトロンがゴキリと首を鳴らすと、街門を潜る。

 騎士を連れたアーサーたちも、彼とその軍団の威容の前には霞んでいた。

 

 

 

 

 

 

『てな感じさ』

「随分と大所帯で来やがったな」

 

 マーリンが近場にいるアーサーに声をかけた以上、ガルヴァトロンが現れることは分かり切っていたことだ。

 実際のところ、ホット・ロッドはまだガルヴァトロンと面と向かって話すべきか迷いがあった。

 あのフェミニアでみた悪夢がフラッシュバックする。

 

「…………」

 

 しかしガルヴァトロンのことは気になる。

 動かせる戦力を全て動かしているのだ。遺物探しよりも力を入れているような感じすらある。

 

『とにかく、オレは連中とかち合うとまずい。いったん船に戻ってるよ』

「分かった。俺は……」

 

 一回りしてから戻ると言おうとした時、ふとさっきの少年の言葉が頭をよぎった。

 

(外敵がどんな連中かも知らないだろうに!)

 

 そして見上げれば、歴史館。おそらく外敵の資料もあるはずだ。

 

「少し、歴史の勉強をしてから戻るよ」

 

 

 

 

 

 

「ねーねーボスー! 外敵だかのついでにオートボットも倒しちゃおうぜー!」

「そうだぜ、遠慮するこたあねえ」

「外敵を倒す方が先だ」

 

 血気に逸るモホークとニトロ・ゼウスを諫めたガルヴァトロンは、街の中央通りに出ると声を上げる。

 

「鉄騎アーサー、ブリテンの危機に参上した。普段は王の座を争う我らなれど今は共に戦おう!」

 

 堂々と宣言するガルヴァトロンだが、オンスロートは不愉快そうにアーサーたちを見回していた。

 彼はこの場に確たる指揮系統が存在せず、また纏め役と言える者もいないことを察していた。

 

「船頭多くして宇宙船墜落す……強い奴を集めりゃ勝てるってもんじゃないのである」

「つまりこいつら全員ぶちのめして言う事聞かせりゃええんか?」

「いやそれは短絡的すぎるぜ、アミーゴ」

 

 物騒なことを言い出すバーサーカーをドレッドボットが諫める。

 と、そこで一人のアーサーがガルヴァトロンの前に進み出た。もちろん、ミリオンアーサーである。その後ろには相棒のチーカマもいる。

 

「貴殿も参られたか」

「貴様か。ミリオンの」

 

 ギラリと目を細めるガルヴァトロンだが、ミリオンアーサーは怯まない。

 

「貴殿の言う通り、今は仲間だ。ブリテンを守るため、共に戦おうぞ」

「無論だ」

『聞け、アーサーたちよ』

 

 二人が頷き合うと、突然空にマーリンの姿が現れた。目立つようにということだろうが、非常に大きい。

 

『外敵が上陸が確実となった今、ブリテンの存亡はそなたたちに掛っておる。東の海岸にて外敵を迎え撃つのだ』

『おお!!』

 

 その言葉に、アーサーたちはエクスカリバーを掲げて堪える。

 だがガルヴァトロンは声を上げず、後ろにいる部下たちに視線を送った。

 

「どう思う?」

「戦力が集中すれば、敵はその裏をかこうとするのである。海岸に陽動のための攻撃をし、その間に別の場所に少数の部隊を上陸させる、というのが定石だな」

「街の連中は西の旧市街にある砦に逃げ込んだ。そこを突かれると厄介だぞ」

 

 オンスロートとバリケードの意見にガルヴァトロンは思案する。そんな彼に、足元のマジェコンヌが声をかけた。彼女は、通信装置を手にしていた。

 

「ガルヴァトロン。例の連中からのコンタクトがあった」

「やっとか。出来ればもう少し早く……まあいい」

 

 その言葉にガルヴァトロンは頷くと、街の向こうにある海を……そこからやってくるであろう侵略者を見据えた。

 目の奥に憎悪の火が燃え上がり、海の向こうを焼き尽くさんとしているかのようだった。

 

「来るなら来るがいい、外敵。望み通り相手になってやる……!」

 

 彼がこれほどまでに憎む相手は、ただ一つ。すなわち……。

 

 

 

 

 

 歴史館の中は広く、ホット・ロッドでも入ることが出来た。

 この地を元々治めていた一族の『天を仰ぐ蠍』の家紋が描かれた鎧や美術品が飾られている。それを裏切った家臣の金銀宝石で飾れらた彫像は蠍を踏み付けていて、なにかコンプレックスを感じさせた。

 やがてその家臣の一族も住民の反乱に合い、今はその反乱の指導者だった者たちの子孫が評議会としてこの地を治めている。

 そして奥の一室には外敵に纏わる品々が陳列されていた。

 

「こ、これは……」

 

 だが、それらを見た時ホット・ロッドは死ぬほど驚愕することとなった。それらに見覚えがあったからだ。

 

 古代ローマで使われていた剣、グラディウス。

 モンゴル帝国がその版図を広げるのに、大いに貢献したという弓矢。

 ヨーロッパを脅かしたオスマン帝国はイエニチェリの銃。

 スペインの征服者(コンキスタドール)の衣服一式。

 大英帝国の軍服や大砲、銃。

 壁に飾られているのはナチスドイツの旗だ。

 極めつけに旧ソビエトの装甲ヘリ、ハインドが半壊した状態で飾られている。

 

 言うまでもなく、これらは地球の物だ。

 

 ホット・ロッドのブレインが回転し、様々な事柄が思い浮かぶ。

 異なる二つの世界にある、同じ名前の国。

 他の世界について調べていた、あの世界の秘密機関。

 軍勢を率いてきたガルヴァトロン。彼が心から憎む相手。

 ブリテンを脅かす外敵の、数十年ごとに現れ、その度に強く狡猾になっていくという性質。

 ジグソーパズルのピースが嵌るようにして、これらが指し示すことは一つ。

 

 外敵とは、外敵の正体とは……。

 

「地球人……!」

 

  *  *  *

 

 時間はホット・ロッドたちがネビュロンにやってきた頃に遡る。

 

 この時、ブリテン沖に一隻の船が停泊していた。

 船と言っても本来は空を飛ぶ船、秘密結社アフィ魔Xの空中戦艦アフィベースだ。その前には小島……というよりは海から突き出た岩の塔のような物があった。

 どれだけ昔の物かも分からぬほど古い灯台だ。

 その屋上広場に、忍者のようなメカのステマックス。

 ブリッツウィング、シャッター、ドロップキックらトリプルチャンジャーたち。

 そして白い鎧のようなアフィモウジャスが立っていた。

 

 アフィモウジャスは、島の中央にある柱状の装置に何等かのデータをインストールしていた。

 

「坊ちゃま!!」

 

 突然声がしたかと思うと、アフィベースの甲板から血相を変えた人間大のトランスフォーマー、コグマンが一跳びで灯台の壁に飛び付き、そのままヤモリのように壁を登ってきた。

 

「坊ちゃま、おやめください!」

「コグマン……ネズミめ、止めておくことも出来んのか」

 

 コグマンが屋上まで登ってくると、煩わし気に振り返ったアフィモウジャスは、足止めを命じたワレチューたちが失敗したことを察して溜息を吐く。

 

「お聞きください、それをすれば後戻りは出来なくなりますぞ!! モージャス家代々の御当主に仕えてまいりましたが、これほどの愚行に走った方はおりませぬ!!」

「だろうな。儂は先祖たちとは違う。家臣に裏切られた領主に、家を乗っ取られた無能なぞとはな」

 

 シャッターとドロップキックが武器を展開してコグマンに向けるが、ステマックスが手を挙げて制止した。

 そうしている間にもコグマンは食い下がる。

 

「今度という今度は言わせていただきます! わたくしとて、これまで坊ちゃまの秘密結社ゴッコに付き合ってまいりましたが……それもモージャス家に恩義があればこそ、そしていつか坊ちゃまが目を覚ましてくださると信じていたからです!! どうか、先代様たちを悲しませるようなことだけは……」

「黙れ、このポンコツが! 先祖の使命も、馬鹿親どもの話も、もうウンザリだ! それに坊ちゃまは止めろと何度言わせる! 子供扱いするな!!」

「子供はみな、そう言うのです!! ステマックス殿、あなたも友人なら止めてください!」

 

 コグマンに吼えられて、ステマックスは申し訳なさそうに頭を下げた。彼は彼で、何かアフィモウジャスに負い目があるらしい。対しトリプルチェンジャーズは冷めた顔をしていた。

 なおも、コグマンは懇願する。今度は静かに、悲しみと労りを込めて。

 

「坊ちゃま……アイフ坊ちゃま、お願いします。どうか、貴方様のために御止めください。必ず後悔なさいます……」

「儂のため? そう言う貴様が儂のために動いたことが一度でもあったか? まるで記憶にないがな!」

「ッ!」

 

 傲然と返された言葉に、コグマンは大きなショックを受けたようで元々丸い目を大きく見開く。さすがにステマックスが非難するような声を出した。

 

「将軍、さすがにその言い方は……」

「良いのだ。このガラクタには良い薬……ッ!?」

 

 軽く返して装置の起動キーを押そうとしたアフィモウジャスだが、その手が止まる。

 コグマンが腕を銃に変形させて、柱状の装置を撃とうとしたから……そして、シャッターとドロップアウトがそれより早くコグマンを取り押さえたからだ。

 

「もういいだろう、茶番はそこまでにして初めてくれ」

「おい、こいつ小っこい癖にとんでない馬鹿力だぞ!!」

「坊ちゃま! 坊ちゃ……!」

 

 シャッターに発声回路を押さえられ、コグマンは黙らされる。それでも怪力で跳ねのけようともがくが、さすがに二体がかりではそれも敵わない。

 執事が発砲しようとしたことに、アフィモウジャスは酷く動揺しているようだった。

 ステマックスは制止するような響きを込めて声を出す。

 

「……将軍」

「儂は……儂は理不尽に食われる側には、負け犬には断じてならん! そうなるくらいなら、儂が理不尽をばら撒く側になってくれるわ!!」

 

 ここにきて初めて迷いが生じたらしいアフィモウジャスだが、大きく息を吐くと意を決して起動キーを押した。

 装置の内部をパワーが駆け巡り、灯台その物が強い光を放つと同時に、水平線の彼方から遥か上空に向けて光の柱が昇った。

 知識がある物が見れば、それはブリテンに伝わる外敵襲来の予兆……あるいはスペースブリッジが開いた際の光だと分かるだろう。

 

「さあ、始まるぞ……!」

 

 光が収まると、水平線の向こうから数隻の艦艇が現れた。民間の貨物船に偽装した大型の輸送艦が一隻に、数隻のミサイル巡洋艦だ。

 それらはいずれも次元を隔てた別世界、地球のアメリカという国の物であり、表向きは退役して解体されたり事故で沈没したことになっている艦だった。

 

 ブリテンを脅かす外敵……地球人の秘密組織、コンカレンスの私兵N.E.S.T部隊がゲイムギョウ界に乗り込んできたのだ。




やーっと外敵の伏線を回収できた。

今回のキャラ紹介

モブアーサーの皆さん
エクスカリバーを抜き、ブリテンの王足らんと名乗りを上げた物たち。
質はピンキリ。色物もすごい多い。
しかも王足らんとする気概も持つ者ばかりでもない。

マーリン(自称)がこんなに王候補を粗製乱造しているのには、ある目的がある。

『外敵』
数十年ごとにブリテンを脅かす外敵、その正体は地球人。
古代ローマ帝国、オスマン帝国、モンゴル帝国、スペイン王国、大英帝国、ナチス第三帝国、ソビエト連邦……その時代ごとに野心のある国や集団が現れる。
そして今回はコンカレンスというワケである。


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第55話 ネビュロン、燃ゆ

「連中が上手くやってくれたか」

 

 民間の貨物船に偽装した巨大な輸送艦『サンタマリア』の艦橋で、白髪の酷薄そうな男が呟いた。

 かつてはアメリカのCIAの工作員、あるいは秘密機関セクター7の戦闘部隊の隊長、今はコンカレンスの私兵部隊NESTの隊長、ジェームズ・サヴォイだ。

 その隣には、この艦の艦長が立っていた。彼はかつてアメリカ海軍で将校まで上り詰めながらも、民間人を攻撃したために処分された男だ。

 

「ここが例の新世界……我々は21世紀のクリストファー・コロンブスというワケですな。まさに歴史の残る快挙だ」

 

 興奮した様子の艦長だが、サヴォイは冷めきった目をしていた。そもそもこの男が怒り以外の感情で熱くなることは稀だ。

 

「偵察に出した無人機からの映像、出ます」

 

 ブリッジクルーの一人が報告する。

 この艦はドローン技術の流用で極限の省力化に成功しているが、それでもやはり人間のクルーは必要だった。

 当然だが、この世界には彼らの使える人工衛星の類いも無いので偵察は無人機頼りになる。

 

「海岸に街があります。やはり文明は16世紀頃相当のようですね」

「海岸に人、ないしその他の影は?」

()()()()()

 

 その報告の通り、無人機から中継された映像には無人の砂浜が映されていた。こちらを察知しているなら、当然防御を固めているかと思ったが。

 一方、無人機は近くにある街の映像も映していた。その街の片側は真新しく手入れが行き届いていて、もう片側は人が住んでいる気配がない。港もあるようだが、特に人影は見えなかった。

 その古い街の方にはいくつかの熱源があった。建物の中や、地下空間らしき場所に集まっている。

 

「……罠か」

「あり得ますね」

 

 ワザと防御を手薄にし、古く入り組んだ街の中に引き入れてゲリラ戦を仕掛ける。古今東西で見られる手垢の付いた、それゆえに厄介な手だ。

 

「いかがいたしますか? サヴォイ隊長?」

「手筈通りに」

「では、そのように。……各艦、各員に通達! 当艦隊はこれより上陸作戦を開始する!」

 

 その命令を受けて、輸送艦の上部甲板から数機のヘリコプターがバラバラと騒音を立てながら飛び立った。

 続いて甲板上のハッチが開き、そこからオスプレイにも似たティルトローター型のKSI社製エアロ・ドローンが次々と飛び立ち、獰猛な蜂の群れのように陸地に向けて飛んでいく。

 さらにサンタマリアの後部ハッチが開き、そこから三隻のホバー式揚陸艇が発艦した。これらには現地での移動のための乗り物……そして新型を含めた陸戦用のドローンが載せられていた。

 

 これらは本来の上陸予定地点である海岸ではなく、街の港へと直接向かっていた。

 

 ヘリには、この未知の世界の土を最初に踏むことになるであろう男たちが乗っていた。

 戦闘服に身を包み銃器を手にした男たちは人種も国籍もバラバラだ。

 

「まさか、ホントに違う世界にくることになるたぁな。映像を見たかよ? 本当にファンタジー映画の世界だぜ。騎士が剣振って、爺がアブダラカダブラって呪文を唱えるってか?」

「俺らはアーサー王宮廷のヤンキーってワケだ。迷信塗れの未開の荒野に、文明の光を灯してやるとしようぜ!」

「この銃を見たら、この世界の原始人ども、ガタガタ震えて命乞いするに違いねえ! 地球舐めんなファンタジーってな!」

 

 除隊処分を受けた不良軍人に金で働く傭兵、元ゲリラや元テロリスト、戦争犯罪者、亡命軍人。

 いずれも一癖も二癖もありそうだ。

 

「なあおい、資料読んだか? この世界にはなんと女神様がいるらしいぜ! ワンダーウーマンみたいな女なら、是非相手してもらいたいねえ」

 

 その中の一人、メイソン・ディヴェルビス大尉は軽薄そうな顔に笑みを浮かべて呟いた。

 ディヴェルビスはフランス外人部隊に所属していたこともある優秀な傭兵であり、軍用車からF1カーまであらゆる車両を乗りこなす名運転手である。だが同時に生まれついての悪党と称される戦争犯罪人であり『マスター・ディザスター』と綽名されていた。

 

「好きにすりゃあいい。俺は金さえ貰えれば満足だ」

 

 情報を敵軍に売ったことでお尋ね者となったブランドン・J・ケンドソヴァン軍曹は、出身地であるアラスカの氷原のように冷たい目をしていた。

 その行く先に常に混乱が齎されることから人は彼を『ケイオス軍曹』と呼ぶ。

 

「そう言うなよ。何せ女神だぜ、女神!」

「どっかの絵みたく、素っ裸なのかね?」

「自由の女神サイズじゃなきゃいいがな!」

「静かにしろ、お前たち! 作戦行動中だぞ!!」

 

 騒がしい男たちを、一応はこの小隊の隊長であるヒスパニック系の男、本来はサヴォイの副官であるサントスが叱りつける。

 このあまりに問題のある部下たちに、サントスは頭痛を感じているようだった。

 しかしディザスターは皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 

「おいおい小隊長さんよ。これが作戦って言えるかい? 敵はマトモな武器も持ってない未開人、仲間は選りすぐりの屑ときてる。大人が子供をいたぶるようなもんさ」

「これは、調査任務だ! 現地人への攻撃は許可されていない!!」

「まさかそれ、本気で信じてるワケじゃないだろ?」

 

 小馬鹿にしたような笑みに、サントスは言い返すことが出来なかった。彼自身、この任務には大きな疑問を感じてはいた。

 隊員たちはそれぞれに小さく嗤う……そうしている間に、ヘリとエアロ・ドローンは海を越えて街の上空へと至った。

 ヘリは熱源反応のあった場所の近くと船着き場にNEST隊員たちを降ろす。隊員たちは、一瞬で気を引き締めて油断なく銃を構えた。

 揚陸艇が街の船着き場に舳先を押し付けた。降ろされたタラップを伝って物々しい戦闘車両群が上陸する。

 車体の上に重機関銃や四連装の対戦車ミサイルを乗せた四輪駆動の装甲車、所謂歩兵機動車に、セクター7で使われていた物と同じ武装バギー。もっと大型の軍用トラック。偵察用のオフロードバイクなんていうのもある。

 中でも目を引くのは、荷台部分に多連装ロケット砲を取り付けた大型トレーラーだ。

 

 しかし別の揚陸艇から降りてきた、タンク・ドローンと場違いな雰囲気の一般車両の群れには負ける。

 赤や青、灰色や白などの色鮮やかなクロスオーバーUSV、シボレー・トラックスが、誰も乗っていないのに一人でに動いている。

 

「例の新型か……しかし、なんだって自動車なんだ? 軍用車でも戦車でもなく」

「なんだっていいだろう。それより仕事だ大尉殿」

「へいへい」

 

 隊員の乗る装甲車共々、自分の近くに停車したCSUVを見たマスター・ディザスターがぼやくがケイオス軍曹に窘められた。

 NEST部隊はドローンを随伴させ、熱源を取り囲むようにして展開していく。

 

 だがすぐに奇妙なことに気が付いた。

 送られてきた映像に比べて、建物が真新しく見えるのだ。白い壁に、磨かれた窓、建物の中には人が暮らしていた痕跡がある。

 

「変だ、映像ではもっとボロいはずだ……」

「掃除が行き届いてるな」

「どうなってる……?」

 

 首元がチリチリとするような嫌な予感を感じ、サントスは冷や汗を流した。

 熱源のあった場所の傍までやってきても、まるで人の気配を感じない。

 近くの隊員が物陰に何か置かれていることに気付き、慎重にそれを拾い上げた。爆弾の類ではないようだ。

 

「サンタマリア、こちら上陸部隊。街の様子が無人機のデータと様子が違います」

『こちらサンタマリア、無人機からの映像に異常は見られないが……?』

 

 その返答に、サントスはいよいよ深刻な不安を感じた。そう、例えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()感覚に、ふと空を見上げると青い空をバックに件の無人機が飛んでいた。

 

 ……真上に、スウェーデンのマルチロール機、ほとんど三角形のシルエットを持つグリペンを随伴させて。

 

「ッ!? これは罠だ!!」

 

 グリペンはNESTが持ち込んだ機体ではないし、あんな無人機の近くに飛んでいるのはおかしい。そしてサントスは、グリペンに変形するトランスフォーマーを知っていた。

 あいつが無人機からの映像にリアルタイムで細工したに違いない。

 

「小隊長? ッ!?」

 

 隊員がその意味を聞こうとした瞬間、()()()()()()が不自然に振動したのを感じ、それを手放した。

 同時にカードが黒く光り輝き、その光が膨らんで大きな影を作り出す。

 

 二本の角を持った悪鬼のような姿のそれは、ガルヴァトロンの分身レギオンだった。

 

「な、なんだこりゃあッ!?」

「相手にするな! 退け!!」

 

 咆哮を上げるレギオンに思わずアサルトライフルを撃つが、それで怯むはずもない。

 さらに家々の中から、狭い路地の裏から、道端に置かれた木箱や樽の下から、黒い光が迸り次々とレギオンが現れる。

 それだけではない。熱源のあった建物……大きな倉庫の扉が開かれ、中から自動車が複数飛び出してきた。

 

「じ、自動車!? なんでこんな所に!?」

「資料にあっただろ! そいつらはトランスフォーマーだ!!」

「イエーイ! さあ、俺らの力を見せて……あれ、あんたどっかで会ったけ?」

 

 自動車はギゴガゴと音を立てて、恐ろしげな姿のディセプティコンたちに変形していく。先頭にいるのはネイキッドバイクから変形したモホークだ。

 その合間から現れるのは装甲服に身を包み見たことも無い銃を手にした兵士たちだ。

 彼らの銃からは光線が発射されドローンの装甲にすら穴を開け、盾を構えればエネルギーのシールドが発生して銃弾を防ぐ。

 

「なんだよ!? なんでファンタジーの兵士が光線銃撃ってバリア張ってんだよ!! 可笑しいだろ!!」

 

 戦車型ドローンの影に隠れたマスター・ディザスターが叫ぶ。言うまでも無くNEST隊員全員が同じ意見だった。

 

 敵兵の中には、剣や槍を持った軽装の者たちもいた。

 彼らの武器からはビームのような物が飛び出し、ドローンを破壊する。

 NESTには知る由もないが、彼らはガルヴァトロンからレギオンの指揮権を貸されたアーサーたちだった。

 

「レギオンたちよ! 先には出過ぎず、人間の兵士を守るのだ!! 『先に行くな!』『道を塞げ!』」

 

 中でも金髪金目の女性……ミリオンアーサーは簡単な指示しか理解できない巨人騎士をある程度使いこなしていた。

 

「サンタマリア! こちら上陸部隊! 敵の奇襲を受けた!! 敵の戦力は想定よりも遥かに強い! 撤退の許可を!!」

『……! ……!』

 

 サントスは輸送艦に向けて通信を飛ばすが、通信障害でも起きているのか返事はない。

 

「クソッ! 総員、撤退だ! ヘリをこちらに回せ!! ドローン部隊! 攻撃開始!!」

 

 とにかく時間を稼ぐためのサントスの指示に従って、下がる隊員たちの盾になるようにドローンたちが進み出る。

 ヘリ型が上空からロケット弾を撃ち、戦車型のドローンが本来備えている機関砲や外付けのロケット砲を発射する。装甲車やバギーの乗員もそれぞれの車に備わった武装で攻撃する。

 さすがにこれにはトランスフォーマーもダメージを受け、人間の兵士たちは彼らの陰に隠れるが、獣の如きレギオンはそれでも怯まない。

 戦車型の砲身にしがみついてそれをへし折り、屋根に上ってそこからヘリ型に飛び付く。装甲車をひっくり返し、バギーに群がる。悲鳴を上げる乗員たちは、何とか乗車から逃げるので精一杯だった。

 

 だが新型のシボレー・トラックスの姿をしたドローンはそうもいかなかった。

 突然細かい粒子のように分解したCUSVは、ロボットの姿に再結集することで変形する。

 バイザー状の目とマスク状の口元、左腕には二枚のカッターが連なるように装備され手には機銃を持っている。

 

「トラックスだと!」

 

 追ってくるディセプティコンの一人が、そう叫んだ。

 その姿がゲイムギョウ界のある女神が開発した人造トランスフォーマーと瓜二つだったからだ。

 しかし、このKSI社製の粒子変形するロボットは『KSIセントリー』という名を付けられていた。

 

 ついでにトランスフォーマーという名前もサイバトロン・システム社が商標登録していたため、使えなかった。

 

 KSIセントリーたちは機敏な動きでレギオンに銃撃を加え、カッターで斬り付ける。

 他のドローンよりも力強く賢い立ち回りで善戦しているが、いつまで持つかは分からない。

 

 それでも時間は稼げたので、その隙にヘリが降りてくるが、どこからか飛来した……実際には建物の壁に張り付いていた戦闘艇に撃ち落された。

 

 爆炎を上げて墜落したヘリを見たサントスは、一瞬絶望に囚われそうになったが、すぐに目標を変えた。

 

「港に向かう! 急げ!!」

 

 ドローンたちに殿を任せ、隊員たちは近くの無事な車両に乗り込む。港にはまだ、揚陸艇が残されているはずだからだ。

 サントスの乗った装甲車を運転するのはマスター・ディザスターだ。彼は前評判に違わぬ華麗なハンドル捌きで先回りしようとするディセプティコンたちの合間を潜り抜ける。

 それでもあちこちから湧き出てくるレギオンや上空からの攻撃で次々と車両が破壊されていく。

 

 なんとか港に辿り着いた時には、ディザスターの運転する装甲車を含めて半数にまで減っていた。別行動していた隊員も、ほとんど戻ってきていない。

 そして彼らが見た物は……。

 

「クソッ……!」

「おいおい、嘘だろ……」

 

 海の向こうで炎に包まれる輸送艦サンタマリアだった。

 

  *  *  *

 

 時間はやや遡る。

 異常の報告を受けたサンタマリアの艦橋では、艦長がイライラと報告を待っていた。

 指揮官のサヴォイは()()()()この場にはいない。

 

 なにか無人機にトラブルがあったようだ。全く使えない部下ばかりだ。

 上陸したら、この未開の地の女をたっぷりと()()してストレスを紛らわすとしよう。資料で見た限り、この世界の女は多少幼く見えるが中々に魅力的だ。

 

 そんなことを考えていた時、ソナー担当のクルーが叫んだ。

 

「艦長! 本艦の直下から急速に浮上する影あり! 数、4!」

「直下だと……?」

 

 この地に潜水艦などないはず、何かの間違いかと問う前に、艦体が衝撃で揺れた。艦長が甲板に目をやると、四体の金属の怪物たちが海水を滴らせながら両舷をよじ登ってきた所だった。

 

「ふん、敵の退路を断つのは戦術の基本である!」

「ぶっ殺したるでぇえ!!」

「久し振りに大暴れ(アルボロート)だぜ!!」

「悪く思うなよ……さすがに侵略者相手には容赦できん」

 

 その四体は手に持った、あるいは身体に直接身に着けた武器を振るい、サンタマリアの甲板を破壊していく。人間たちが応戦しようとするが、手に持った火器程度ではどうしようもなく、この艦に搭載された武装も敵が甲板にいては使えない。

 一瞬、惚けかけた艦長だったが、巡洋艦の弾幕をすり抜けて飛んできたグリペンが、単眼のロボットに変形して破壊活動に加わるに至ると周囲の巡洋艦に指示を飛ばした。

 

「ピンタ、ニーニャ! こちらはサンタマリア! 本艦甲板上の敵に向けて攻撃を開始せよ!!」

『な、しかし……!』

「か、艦長!? 何を……」

「早く撃て!! あの金属の塊どもに目に物見せてやれ!!」

 

 巡洋艦のクルーや周囲のブリッジクルーが止めようとするが、これ以上被害を拡大させてなる物かという艦長の気迫に押されて従う。

 周囲の巡洋艦が対艦ミサイルの発射体勢に入ったことを、重機関砲で甲板上の構造物を破壊していたオンスロートが察知して顔をしかめた。

 

「撃ってくる気か! ……少しは状況判断のできる奴がいたであるか」

「さすがにアレは痛いな……ならば!」

 

 同じくミサイル砲の動きに勘付いたバリケードは、装甲の裏からラグビーボール状の装置を取り出した。

 

 創造主を自称するクインテッサが、兄弟であるネクサス・プライムの遺物『調和のエニグマ』を真似て作り出した『クイント・エニグマ』だ!

 

「ちょちょちょ!」

「おい待て、それはもうナシだと……!」

「悪いな、状況判断だ」

 

 エニグマから昆虫の節足のような物が飛び出し、バリケードの胸に張り付くのを見たニトロ・ゼウスやオンスロートが血相を変えるが、バリケードは悪びれもせずに言い放つと声を張り上げた。

 

「ユナイト!」

 

 同時に、発射されたミサイルが甲板上に降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 ミサイルの着弾によって起きた爆発の轟音と衝撃波は艦橋にも襲い掛かった。

 

「ッ……」

 

 それによって僅かな間、昏倒していた艦長だが、他のブリッジクルーより早く意識を取り戻した。

 他のクルーは痛みに呻いているのを後目にヨロヨロと立ち上がり、割れた窓から甲板を見た。

 

 煙の中に、巨大な影が立っていた。

 五体の怪物の姿はないが、新たな怪物は五体を合わせたよりも大きかった。

 背中からは天を突くように砲身が飛び出し、右拳の甲からは鋏が生えている。

 身体のあちこちに焼け焦げたような跡があるが、それも大した傷ではないようだった。

 まるで神話の巨人だ。

 

「ブルーティカス、誕生(オンライン)……! 今のは痛かったぞ……お返しだ!!」

 

 合体兵士ブルーティカスはバリケードの声で唸ると、両脚で踏ん張り背中のキャノン砲を発射した。

 そのエネルギー弾はある程度上昇すると次弾を撃とうとする巡洋艦二隻に目掛けて落ちていく。巡洋艦ピンタとニーニャは回避行動を取りつつ対空弾幕を張るが、砲弾を躱すことも止めることも出来ず、着弾と共に大爆発を起こして二隻とも轟沈した。

 

 ブルーティカスは右拳を突き上げると、そこに破壊的なパワーを込めていく。

 

 艦長は大きく息を吐いた。

 

「ああ、クソッタレめ……」

 

 巨人が拳を甲板に叩き付けると、とてつもない衝撃によって輸送艦サンタマリアの艦体は真っ二つに叩き折られたのだった。

 

  *  *  *

 

 同じころ、ダロスから離れた場所にある小さな入り江にて。

 街の方からは死角になって見えないここの海面に、秘密結社の空中戦艦アフィベースが着水し、小型の潜水艇が浮上していた。

 

「全滅したか」

 

 潜水艇の上に立つサヴォイは特殊な機器によって部隊の惨状を把握しても顔色を変えなかった。

 サヴォイと僅かな隊員は、上陸作戦が開始すると同時にこの潜水艇によってサンタマリアを離れていた。

 副官サントスを含めた部隊の全滅……これは、サヴォイにしてみれば大した問題ではなかった。

 

 何故なら、NEST部隊の役割とは()()()()()()()()()()()なのだから。予定よりも多少早かったし、サンタマリアが沈められたのはさすがに想定外だったが、それだけだ。

 

 略奪と破壊の限りを尽くすNESTは、現地住民の反撃にあって殺される。

 しばらくしてコンカレンスはこの世界の存在を公表し、調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを大々的にアピールするのだ。

 後は情報操作でゲイムギョウ界に対する()()へと世論を導き、それを大義名分にして本格的な攻撃に踏み切るのだ。

 

 元々先に侵略を仕掛けたのはコンカレンスであるが、そんなことはどうとでもなる。ただ地球人の死という事実だけが必要なのだ。

 

 そのために、死んでも惜しくない兵隊を集めた。絶対にこの世界の人間の恨みを買うような、どうしようのない屑共を。

 サントスにはすまないと思うが、彼はコンカレンスの目的ややり方に疑問を感じていた。そういう人間は組織では切り捨てられる側だと何度言っても彼はそれを改めなかった。

 

 そうして彼らが尊い犠牲になっている間に、サヴォイは真の任務を……セクター7の基地から消えたDC01(暗黒星くろめ)の捕獲を果たすのだ。

 

「ふん、改めて胸糞の悪い話だな」

 

 忍者ロボだの三段変形だのといった手下たちと共に空中戦艦の甲板上に立つアフィモウジャスが、鎧の下から嫌悪を滲ませていた。それはお互い様だとサヴォイは言いたかった。

 

 自らは表に立たず国を売り、美味い汁ばかり吸おうとする下種ではあるが、使いやすい。

 金の亡者は金のためなら何でもするし、金を払っている間は裏切らない。

 何より地球に戻るためには、スペースブリッジを開くことが出来るこの男の強力が必要不可欠だった。

 

「それで? 儂の金塊は?」

 

 アフィモウジャスの問いに、サヴォイが目配せすると、部下たちが潜水艇の中からいくつもの木箱を持ってきて甲板の上に置く。

 アフィモウジャスが目配せするといつの間にか潜水艇に移っていたステマックスが箱を開けた。

 仮にも修羅場を潜ってきたサヴォイらをして気配を全く気付かせずにだ。

 

 どんな技術か装備か知らないが、このニンジャ擬きには注意が必要だとサヴォイは考えた。

 

「将軍!」

「フハハハ、確かに!」

 

 箱の中に詰まっていた金色に輝く長方形の延べ棒の一つをステマックスが掲げると、秘密結社首領は下卑た笑みを漏らす。中の人間が涎を垂らしているのが見えるようだ。

 だがここにある金塊は約束した量のちょうど半分だ。

 

「残りは我々が地球に戻る時に払う。状況次第では色を付ける」

「よかろう! 契約更新だ! さあ、早く出発するぞ。詳しい話はそれから……」

「おやおや、何処へ行こうと言うのかね?」

 

 しかし急に聞こえた地獄から響くような声に、その場にいた全員が声のした方を向いた。

 

 高台の上に、大きな影が立っていた。

 二本の角に、悪鬼羅刹の如き恐ろしい形相。

 銀色と黒を基調として青い色の模様がある攻撃的な身体。

 胸のど真ん中のディセプティコンの紋章。

 

 ガルヴァトロンが、そこにいた。

 

「情報の通りか」

 

 その足元にはアイスブルーの瞳と長い髪を持った、妙齢の女性が腕を組んで立っていた。ややキツメの容貌だが、それでも十二分に美しい。

 魔女のような薔薇をあしらった中折れ帽を被った、マジェコンヌだ。

 

「な!? なぜここに貴様らが……!」

 

 サヴォイが最初に疑ったのは、アフィモウジャスの裏切りだった。

 しかし、驚愕している様子を見るに違うようだ。

 では……。

 

「ご苦労、シャッター。協力感謝する」

「光栄の至り」

 

 赤い体の女ディセプティコンがガルヴァトロンに向け恭しくお辞儀をする。

 それで全てがハッキリした。この女が自分たちの居場所を漏らしたのだ。

 ショックを受けた様子で、ステマックスがトリプルチェンジャーを睨む。

 

「シャッター殿!?」

「ああ、悪いな……やはり勝ち馬に乗ることにした」

 

 陰湿な笑みを浮かべたシャッターはブラスターをステマックスに向けていた。

 

「そういうこった。世話になったな」

「傭兵よりも、兵士の方が向いてるからな!」

 

 それに加え、ブリッツウィングとドロップキックも武器を展開して、それぞれアフィモウジャスとサヴォイに向ける。

 ガルヴァトロンは、嘲りと怨み、そして愉悦が混ざった笑みを浮かべて秘密結社首領と地球人たちを見下ろしていた。

 

「貴様ら地球人がこのブリテンに乗り込んでくるのは分かっていた。それを手引きした裏切り者がいることも……」

 

 刃のように鋭く、それでいて地獄の業火のように燃える視線が、アフィモウジャスを射抜いてからサヴォイへと移る。

 

「お前とは前にも会ったな、地球人」

「貴様……!」

「一度は慈悲をかけてもらいながら、それを無碍にするとはな。……これで分かったろう? ()()()地球人類という生き物なのだ」

 

 嗤いを浮かべたまま、ガルヴァトロンは後ろに控えた誰かに声をかけた。

 その誰かが、重い足取りで進み出て破壊大帝の真横に並ぶ。

 

 それはサヴォイにとって、因縁深い相手だった。

 

 黒にオレンジの模様の入った、身体。

 胸には縦方向に二つに分かれた車のフロント部、肘や膝の関節にはタイヤ、背中にはマントのように配置されたドア。

 大きく丸い目は、複雑な感情で青く光っていた。

 

「よう。久しぶりだな、サヴォイのオッサン……」

 

 オートボットのホット・ロッドが、そこにいた。

 




今回の副題『異世界で地球舐めんなファンタジーしようとしたら、ボロ負けした件について』

なんか定期的に書きたくなるディセプティコン大暴れ回。
なお、輸送艦サンタマリア、巡洋艦ピンタ及びニーニャの艦名はアメリカ大陸を発見したコロンブスの船団に由来。
NESTが使ってる車両は、四駆装甲車がハンヴィーをベースにコンカレンスが開発した歩兵機動車『NESTナイトアタッカー』(GIジョーの同名のビークルがモチーフ)
バギーはセクター7が使ってた物(ランドマインやデューンランナーのビークルモードの奴)の流用で『NESTアサルトバギー』
……という無駄設定があります。

今回のキャラ紹介

マスター・ディザスター
NEST部隊の隊員。階級は大尉。
本名はメイソン・ディヴェルビス。オーストラリア出身。専門は秘密作戦。
軍隊学校を卒業後、特殊空挺部隊を経てフランス外人部隊にいたこともある優秀な傭兵。民間から軍事、レース用に至るまで、地上を走るあらゆる車を乗りこなす素晴らしい運転技術を持つ。
だが傲慢で自己中心的な気質で、生まれついての悪党とまで言われる(ディオ様?)
何等かの理由で戦争犯罪人として指名手配されていたが、NESTにスカウトされて同隊に加わった。

元ネタはヒューマン・アライアンスのドラッグストリップに付属するフィギュア。
さらにその元ネタはアニメイテッドの登場キャラ。違法レースを主催してテレビ番組に流していたという人。


ケイオス軍曹
NEST部隊の隊員。階級は二等軍曹。
本名、ブランドン・J・ケンドソヴァン。アラスカ出身。長距離偵察が専門。
元は米軍の特殊部隊に属していた有能な軍人だったが、金目当てに情報漏洩したことが発覚したため脱走。
マスター・ディザスターとは付き合いが長く、彼に比べると冷静沈着な性格。しかしロボットを破壊するのが大好きという危険な面もある。
出身地のような寒冷地をこよなく愛している。

元ネタはディザスターと同じくヒューマン・アライアンスのアイスピックに付属するフィギュア。NEST(本物)に属していたけど、金を貰ってディセプティコンに内通していた。
調べた限り、アイスピックとはワリと仲が良さそう。


上記二名の本名が、資料にさせていただいているサイトに記載されている物と違いますが、色々調べた結果正しい発音に近い形にさせていただきました(これが本当に正しい発音か自信はありませんが)


KSIセントリー
読んで字のごとく、KSI社が開発した人造トランスフォーマー。シボレー・トラックスに変形。
ゲイムギョウ界のトラックスとまったく同じ姿をしているが、彼らと違い個々の人格は持たない……つまり原作版。

前作でこのキャラをトラックスとして出したら、正式名称KSIセントリーということになったんで……。


その他、NEST部隊の皆さん
様々な人種、国籍の者がいるが、戦争犯罪者や元ゲリラなど実力はともかくロクデナシ揃い。
それもそのはず、彼らはゲイムギョウ界の人間から怨みを買って殺されるために集められたのだ。云わば報復という大義名分を得るための捨て駒。
もちろん、この事実はサヴォイなど一部の者しか知らず、サントスにさえ秘密にされていた。

何人か名前と容姿、経歴を設定してあるが出すかは不明。


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第56話 その姿は、父に似て

 時間はやや遡る。

 

 外敵が地球人であるということに気付いたホット・ロッドは、急いである場所に向かった。

 

「やはり、この街に引き入れるということで……」

「しかし、それでは街に被害が……」

 

 街の中央広場では、アーサーやディセプティコンが外敵への対策を話し合っていた。

 特にガルヴァトロンとミリオンアーサーの二人が中心になっている。この二人はマーリンの海岸で外敵を迎え撃つという作戦を早々に捨てて、オンスロートを交えて別の案を練っていた。

 

「ガルヴァトロン!!」

 

 そしてビークルモードで広場に現れるやロボットに変形したホット・ロッドの発した声に、ミリオンアーサーは驚いて、ガルヴァトロンは鬱陶し気に振り返った。

 

「ホット・ロッド?」

「なんだ……今は貴様に構っている暇はないんだが?」

 

 周囲の訝し気な視線に構わずガルヴァトロンに足早に近づいたホット・ロッドは、掴みかからんばかりの形相で相手を睨みつける。

 

「知っていたんだな……! 外敵のこと!」

「ああ、そのことか。もちろんだ、とだけ言っておこう」

 

 一瞬、さらに目を鋭くするホット・ロッドだったが、周囲の状況に気付き慎重さを取り戻す。

 ガルヴァトロンは未来からやってきた。地球人が最初に何処に現れるかも知っていたはずだ。

 だからこのブリテンで地球人を迎え撃つために軍団を組織した。

 クインテッサに命令された杖探しもあるだろうが、これがブリテンに拘る本当の理由だろう。

 

「で、それを知ってお前はどうする? 俺を責めるか? お得意の地球を守ると言いだすか? このブリテンを責めてくる連中を、守ると!!」

「ホット・ロッド、それにガルヴァトロンよ。そなたたちは何の話をしておるのだ?」

(しまった!)

 

 何処か得意げなガルヴァトロンと話しが見えずに困惑するミリオンアーサーに、ホット・ロッドは自分の失策を悟った。

 外敵はブリテンの人間にとって長いこと自分たちを脅かしてきた仇敵だ。それを守るなどという主張は利敵行為と取られかねない。

 ましてミリオンアーサーには地球を守るという目的を教えている。

 

「分かっただろう? この国でお前の言う事が、どれだけ愚かなことかな」

「……………」

 

 嘲笑を浮かべるガルヴァトロンへの悔しさと見通しの甘かった己への怒りを堪えて、強く拳を握る。

 ミリオンアーサーやチーカマが心配そうに見守るなか、ややあってホット・ロッドはどうにか言葉を絞り出した。

 

「…………この目で確認したい。外敵が本当に……俺たちが思っている相手なのか」

「ほう?」

「仲間たちには街の人たちが避難した砦を守ってもらう。手は出させない」

「いいだろう。ならば、俺の傍にいることを許す。特等席で見せてやろう……残酷な、真実という奴をな!」

 

  *  *  *

 

 そして話は現在に戻る。

 

 ダロスの街では、これ以上の抵抗は無意味だと投降したNEST隊員たちが、武装解除された上で縛られて地面に座らされていた。

 別行動をしていた者たちや、沈んだ輸送艦や巡洋艦から脱出することが出来たクルーたちも、同じように投降していた。

 別個捕えられたサントスも膝を突かされ、アフィモウジャスやステマックスたちは機械生命体用の拘束具を付けられている。ついでとばかりにワレチューとスパークダッシュも縄で縛られていた。

 

 ブリッツウィング、シャッター、ドロップキックの三人は、何食わぬ顔でディセプティコンの近くに立ち、バリケードに睨まれていた。

 

 また、ドローンたちはサンタマリアが轟沈した時点で動きを止めて、オブジェのように固まっていた。

 

「みな良く戦ってくれた! 我らの勝利だ!!」

 

 ミリオンアーサーたちが勝鬨を上げ、ディセプティコンたちも雄叫びを上げて勝利を祝う。

 そんな中、スカルクらインフェルノコンたちはガルヴァトロンの命令で、地球人の戦闘車両をせっせと一か所に集めていた。後でブリテンの兵に使わせるためだ。

 装甲車やバギーはともかく、トラックなどの大型車両は合体して運ぶ。

 

 オンスロートは、そんなインフェルノカスが担いでいる戦闘車両をジッと見つめていた。

 

 荷台部分に多連装ロケット砲を乗せた大型トレーラーだ。

 民生品を改造したらしいそれは、オンスロートのビークルモードであるレッカー車と同じ型だった。

 

 オンスロートはそれをスキャンして、ビークルモードを変更する。それに合わせてギゴガゴとという音を立てて背中にコンテナ型のロケットポッドが二基現れた。

 

「ああ……落ち着くのであーる。お前たちもどうだ?」

「生憎やがワイはこの車、結構気にいっとんのや」

「同じく」

 

 戦闘に適した乗り物をスキャン出来てご満悦なオンスロートだったが、バーサーカーやドレッドボットは変形した姿を変える気はないらしい。

 

 一方、オートボットたちは勝利に沸く輪から少し離れて何とも言えない顔で並んでいた。

 

「外敵の正体が地球人たあねえ……で、どうすんだよ?」

「どうもしねえよ。連中がブリテンに攻めてきたのは事実だ。ブリテンの人たちの采配に託すさ」

 

 クロスヘアーズの問いに、ホット・ロッドは苦々し気に答えた。自分で自分を納得させようとしているような声だった。

 事実、この場で彼らに口出しする権利はない。

 

「この世に絶対の正義などなく、また真実は常に残酷……というワケか」

「あの連中、どうなると思う?」

 

 エスーシャが皮肉っぽく言うと、シーシャはその場の全員に聞いた。その中で、ドリフトが首を横に振った。

 

「分からん。……が、碌なことにならないのは確かだ」

 

 くろめは、この場にはいない。彼女は体調が優れないとして、船で休んでいた。

 ……実際には、彼女は近くの建物の中から事態を伺っていた。

 サヴォイやサントスは地球にもう一人の天王星うずめがいることを知っている。自分が仲間たちを騙している事実が発覚するかもしれないと考えると、恐怖に身体が震えた。

 

 そのNEST部隊の隊員たちは、今や沙汰を待つのみだ。文字通り手も足も出ない。

 

「くそッ……」

「さてとだ、問題は連中が俺たちに人間的な扱いをしてくれるかどうかなんだが……」

「無理だろうな」

 

 サントスはがっくりと頭を垂れており、マスター・ディザスターは口調こそ軽いが冷や顔が引きつっている。ケイオス軍曹だけは、平静だった。

 サヴォイやアフィモウジャスは周囲に弁解することもなく、ムッツリと黙りこくっていた。

 

「すまないが皆、聞いてほしい」

 

 自らの戦果をやや満足気に眺めていたガルヴァトロンだったが、輪の中央に進み出ると声を張り上げた。

 今回の戦いの一番の功労者の声に、周囲がいったん黙る。

 

「ありがとう。……今回、勝てたのは皆の力添えがあったからこそだ。貴殿らのような素晴らしい戦士と共に戦えたこと、誇りに思う!!」

『おおおお!!』

 

 謙虚な言葉に、一同は多いに盛り上がる。

 しかし、マジェコンヌは肩を竦めた。

 

「よく言う……アーサーどものことは、端から足手まとい扱いしていた癖に」

「そこはまあ、言わぬが花という奴よ」

 

 ワイゲンド卿も苦笑交じりだ。

 ガルヴァトロンの話はそこで終わらない。

 

「しかし! こいつらは先発隊に過ぎない! 必ず、次の攻撃がある。そしてそれは、より大規模で、より残虐非道な物になるだろう!」

 

 その言葉に勝利の余韻に浸っていたアーサーたちの空気が代わり、ホット・ロッドがピクリと眉を吊り上げた。

 

「それを凌いだとしても、次の数十年後、奴らは必ず戻ってくる! このブリテンを、世界を焼き尽くすために!! 想像してほしい。村々が焼かれ、子や孫が、こいつらに蹂躙される姿を!!」

 

 力強い仕草を交えて、ガルヴァトロンはNEST部隊を視線で刺した。それと同調するように、アーサーや兵士たちは侵略者たちを睨んだ。

 いつかと同じ展開に、サントスの頬を冷や汗が伝わる。

 

「侵略者を許すな! 先人たちの無念と怒りを思い出せ! 外敵のせいで、どれだけの物が失われたかを! どれだけの血と涙が流れたかを!!」

 

 言葉巧みに、ガルヴァトロンは周囲を煽っていく。全身から稲妻が迸り、目が赤々と燃え上がる。

 

「今こそ明かそう! 我々が外敵と呼ぶ、敵の正体……それは別の世界『地球』からやってきた地球人だ!!」

「地球人……!」

「それが外敵の、本当の名前か……!」

「なんだと!?」

 

 アーサーたちの間に衝撃が走る。特にミリオンアーサーはホット・ロッドの方を問うように見た。

 このブリテンに住む者にとって、外敵は長らく脅威であったがそれがどういう存在か知る者はいなかった。

 しかし今や、伝説上の怪物、あるいは一種の災害のように思われていた外敵は、具体的な敵対者となった。つまり怒りや憎しみをぶつけることが出来る相手にだ。

 

「奴らは強欲で、残虐で、諦めるということを知らない! 奴らがいる限り、このブリテンは脅かされ続けるのだ!!」

 

 しかし、ここでガルヴァトロンは急に穏やかな声を発した。

 

「俺は、この国が好きだ。この国と世界に生きる人々が好きだ。嘘偽りなく守りたいと思っている……」

 

 慈しみに満ちた声は、深く深く、聴衆の胸に沁み込んでいった。

 そして胸に手を当て、再度声を上げる。

 

「だからこそ! ここで俺は皆に約束しよう! この悲劇の繰り返しに、永遠に終止符を打つと! もう二度とブリテンが、外敵に襲われずに済むようにすると!! この身に流れる、父母の遺伝子に誓って!!」

「……ガルヴァトロン!」

 

 最初に拳を突き上げその名を呼んだのは、ワイゲンド卿だった。

 続いて、兵士たちが、他のアーサーたちが拳を上げる。ディセプティコンも半数以上はよく分かっていないながらも声を出す。

 

「……ガルヴァトロン!」

『ガルヴァトロン! ガルヴァトロン! ガルヴァトロン!!』

 

 辺りは、ガルヴァトロンの名を叫ぶ声で満たされていく。それはまさに、彼の父親の似姿であった。

 熱狂に浮かされる場であったが、マジェコンヌとバリケード、オンスロートは苦い顔をし、バーサーカーとドレッドボットは興味無さげで、トリプルチェンジャーたちは冷めた顔だった。

 モホークは深く考えずに万歳三唱していた。

 

 ミリオンアーサーも、シュプレヒコールにこそ加わらないが、ガルヴァトロンの器を計るかのように黙っていた。

 

「はあん、中々の演説だな。だけどなんつうかこう、メガトロン様の演説と違ってビビッ!とこねえんだよなあ」

 

 一方、未だメガトロンを信奉するニトロ・ゼウスは、したり顔で顎を撫でていた。

 ホット・ロッドは周りの仲間たちからの視線に痛みを感じながらも、何も言わずにグッと堪えていた。悔しいが、この場はアイツの勝ちだ。

 

「ねーねーボスー! それでさー、こいつらはどうすんの?」

 

 そこで空気を読まないモホークが、手に持ったナイフに切っ先を地球人たちに向けた。

 するとガルヴァトロンは我が意を得たりという顔をした。

 

「そいつらには、相応の報いが与えられるべきだ。……そう思わないか、皆!」

「そうだ! 報いを!」

「侵略者を許すな!!」

「罪には、罰を!!」

「殺せ!」

 

 ガルヴァトロンからの問いかけに、アーサーたちは剣を振り上げて堪えた。

 いよいよ状況がまずくなっていることに気付き、NEST隊員たちは身を捩って逃げようとするが、それも敵わない。

 

「待て! それは……!」

『殺せ!』

『殺せ! 殺せ! 殺せ!!』

 

 さすがにミリオンアーサーは同胞を止めようとするが、彼女の声は周囲の殺意に飲み込まれた。

 アーサーや兵士たちは、武器を手に地球人たちに近づいていく。

 

 ……この時、建物の中にいるくろめは膝を抱えて震えていた。

 それはガルヴァトロンや狂気に飲まれる群衆を恐れているからではない……いやそれもある。

 

 化け物と恐れられ、罵られ、排斥される。異物を、異端を、異常を、消してしまえと叫ばれる。

 

 怒りの声を上げる民衆は、否が応でも彼女の過去を思い出させた。

 

 だがそれ以上に、くろめを恐怖させるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだった。

 くろめは、ホット・ロッドたちに自分が地球の天王星うずめでないことが発覚するのを恐れている。そうして彼らから怒りや蔑視を向けられ、孤立することを恐れている。

 

 ならばそうならない一番早い方法は、くろめの正体を知っている人間がいなくなること、つまり死ぬことだ。

 

 どれだけ否定しても、無意識化にそれを願っていないと断言することが、くろめには出来なかった。

 

(大丈夫だ……オレは悪くないさ)

 

 部屋の中に置かれた姿見の()に映ったくろめが囁きかける。優しく、甘く、毒々しく。

 

(あいつらは侵略者だ、消えて誰が損をする? 第一、あいつらはロディを苦しめたんだぜ?)

「そうだ……あいつらが悪いんだ、あいつらが……!」

 

 鏡像の声に呼応するかのように、くろめの身体から黒いオーラが噴き上がる。

 それと比例するようにして、外の人々の怒り声は強くなっていく。

 

『地球人に、死を!』

『死を! 死を! 死を!!』

「待ってほしい!!」

 

 だが、それを止める者がいた。

 その声は、群衆の声にかき消されることはなく、その場にいる全員の耳に届き、怒り狂っていたはずの人々の動きを止めた。

 自然とその声がした方に皆の視線が向くと、そこにいたのはホット・ロッドだった。彼自身、何故こんなことをしでかしたのか分からないようだった。

 しかし、すぐに意を決して前に進むと、人間たちは自然と道を開けた。

 

「ち、ちょっと。今はまずいんじゃ……!」

「おい、坊主。てめえ、さっきブリテン人に任せるって言ったばっかりだろうが……」

 

 シーシャとクロスヘアーズが止めようとしたが、ホット・ロッドは歩みを止めなかった。

 ドロップキックが止めるついでにユーリズマのお返しをしてやろうとするが、バリケードがそれを止めた。他のディセプティコンたちは、他人事のような顔をしていた。

 目の前までやってきた若いオートボットに、ガルヴァトロンは怒りを堪えるような顔で問う。

 

「ああどうも聴覚センサーの調子が悪いようだ。貴様今、何か言ったか?」

「待ってほしいと言った。()()はやり過ぎだ」

 

 その射るような視線を真っ向から受け止め、ホット・ロッドは断固として言った。

 

「捕虜を数に任せて甚振るなんてのは、間違ってる」

「正気か? いや、正気なはずがないな……こいつらは、侵略者だぞ! 明らかに、このブリテンに攻撃を仕掛けてきた!!」

「そして、それを防いだ! なら、そこで戦いは一旦終わりだ!! ……ミリアサ!」

「む、むう!?」

 

 急に話を振られて、ミリオンアーサーは一瞬虚を突かれたような顔をするが、すぐに平静さを取り戻す。

 

「なんだろうか?」

「このブリテンで、捕虜の扱いについて取り決めはあるのか?」

「ああ、しかし……このブリテンでは捕虜の処遇を決められるのはその場の指揮官だ」

 

 目を伏せるミリオンアーサーの答えに、ホット・ロッドの目が鋭さを増し、逆にガルヴァトロンの口角が上がる。

 

「そういうワケだ……第一、これはブリテンの問題だ! 貴様にとやかく言う資格はない、すっこんでろ部外者!!」

「いや、彼は部外者ではない!」

 

 王候補の証たるエクスカリバーを抜き、ホット・ロッドに見せつけるガルヴァトロンだったが、それにミリオンアーサーが異を唱えた。

 彼女に目配せされて、チーカマが声を上げる。

 

「彼は『炎の戦士』よ! かつてマーリンが……キャメロットで寛いでいるアイツではない、本物のマーリンが予言した、ブリテンの危機を救う救世主よ!!」

「炎の戦士……?」

「あの、マルジンの夢物語の?」

 

 この言葉に驚いたのは、ガルヴァトロンやディセプティコンたちではなく、むしろブリテン人たちの方だった。

 炎の戦士の伝説は、ブリテンで広く知られている。しかしそれは子供向けの寓話としてだ。

 懐疑的な者や、失笑するような者が多いが、さっきまでの熱狂は冷めつつある。

 

 ガルヴァトロンは、拳を強く握り締めた。その瞳が小さく窄まっていく。

 

「炎の戦士だと? 救世主だと? ……いや、そのことはいい。なぜこいつらを庇う!」

 

 ガルヴァトロンが手で地球人たちを示すと、同時に稲妻が迸り捕虜たちのすぐ目の前の地面を焼いた。

 

「貴様とて、こいつらの卑劣さは嫌というほど見ただろうが! この男たちなんぞ、お前に温情をかけてもらいながら、それを裏切ったのだぞ!!」

「俺だって、それは悲しいし残念だよ……でもそれとこれとは話が違う」

 

 静かな返答にサントスは恥じ入ったように顔を伏せ、サヴォイの鉄面皮に苦々しさが混じる。

 

「こいらは第一陣だ! すぐに次の攻撃が来るぞ!!」

()()()()()()()()()()()! お前だってそこのオッサンの話を聞いただろう!! 地球にいるこいつらの黒幕は、こいつらが殺されればそれを大義名分に報復攻撃してくるつもりだってな!!」

 

 地球人たちの間に動揺が走った。

 サントスは信じられないと言う顔で隣のサヴォイを見たが、当の本人は鼻を鳴らしただけだった。

 

「ならば、こいつらを生かしておけば攻撃してこないとでも? あり得んな! 必ずまたやってくる!」

「そりゃそうであるが、せっかくの捕虜を情報も引き出さずに殺すのはナンセンスである」

 

 助け船は意外な所から現れた。

 オンスロートの戦術家としての視点からの意見は理に適った物であり、ガルヴァトロンと言えど無碍には出来なかった。

 

「いいだろう! こいつらは尋問に掛ける! 外敵からブリテンを護るためにな……」

「テメエの言う護るってのがどういうことか、分かってる。そこもハッキリさせとこう……みんな聞いてくれ! ガルヴァトロンのいう外敵に襲われない方法っていうのは、つまり外敵の世界を滅ぼすことなんだ!!」

 

 ホット・ロッドは振り返ると、その場にいるブリテンの人間たちに訴えた。いくらなんでも、世界を滅ぼすなんてことが許されるはずはない。

 

 しかし、彼らの反応は芳しくなかった。多くの人間は、それの何処が悪いのか、分からないという顔をしていた。

 

 当たり前だ。

 

 彼らは先祖代々、外敵に苦しめられてきた。

 両親や祖父母がその犠牲になった者もいる。

 

 ガルヴァトロンは今度こそ、目の前の相手の愚かな考えを嘲笑った。

 

「ハッ! 大した救世主様だ! ブリテンではなく外敵の味方をするとはな……いいか、これは正当な復讐だ! 奴らこそ全ての元凶! 悪の権化! 先祖の無念を晴らし、血の報いを受けさせるのだ!! 奴らの滅びを持ってして!!」

 

 その言葉に、民衆が歓声を上げた。

 このブリテンでは、少なくとも彼の言葉の方が理想論よりも受け入れられていた。これが民意なのだ。

 

「……ふざけんじゃねえッ!!」

 

 だが、雷鳴の如き怒声に群衆がピタリと黙り込んだ。

 そこまで見世物でも見ているかのようにしていたディセプティコンたちが、ビクリと震え我知らず居住まいを正す。

 斜に構えたブリッツウィングやシャッター、いい加減なモホーク、万事興味なさげなバーサーカーでさえ、背筋を伸ばさずにはいられなかった。

 

「ふざけんじゃねえ!! それじゃあ、()()()()()()()()だろうが!! 復讐や正義に酔って攻撃しちまったら……それはもう、こっちが地球人にとっての()()になるってことだろうが!!」

 

 彼の脳裏には、あのフェミニアで見た悪夢が蘇っていた。

 ゲイムギョウ界を憎み、自分たちの不幸の全てはゲイムギョウ界に責任があると叫んでいた、天王星うずめの声と地球人の所業。

 

 今ここで行わそうになっているのは、立場を逆転させただけで、それと全く同じことだ。

 

「ブリテンが好きだと言ったな! ここにいる人間が好きだと! ならお前はその好きな人間たちを、外敵と同じ怪物にしちまう気か!?」

「それは発想の飛躍だ! 我々は、この世界を守るために戦う! 殺すことだけが目的のこいつらとは、根本から違う!!」

「違う? ……なら、おいあんた!」

 

 ガルヴァトロンが吼え返すと、ホット・ロッドは只々ムッツリとしているサヴォイに声をかけた。

 

「あんた、家族はいるかい?」

「何を唐突に……」

「いいから答えろ、重要なことだ」

「……………姉と、その一家が」

 

 これまでとは打って変わった静かな声での問いに、しかし凄まじい圧を感じ、サヴォイは嫌々ながらも答えてしまった。

 

「そうかい。なら、その姉さんたちも、あんたみたいなのか? 人殺しで銃とか拷問を生業にしてる感じの、人でなし?」

「姉を侮辱するな! 姉たちは俺なんかとは違って真っ当に生きてる!!」

「そっか。その姉さんたちが殺されたら、どうする?」

「姉さんたちに手を出してみろ……地の果てまで追い詰めて思い知らせてやる!!」

 

 何処か挑発するような声にサヴォイは青筋を立てて怒鳴る。彼にとって、薄暗い道を歩む自分と違い日の当たる場所で生きている姉一家は精神的な救いだった。

 その反応にホット・ロッドは、重々しく頷いた。

 

「つまり、そういことなんだ。なるほど()()()()()侵略者だ。俺の目線から見ても、正直好きになれないし、相応の罰を受けるべきだと思う」

 

 さほど大きくもなく静かな声は、しかし群衆の間に広まっていった。

 

「でもそうじゃない奴らも、死ぬほどいるんだよ。ブリテン人と同じ、家族を愛し、友達と笑い合い、精一杯生きてる………『人間』がさ」

 

 群衆は、振り上げていた武器を降ろしてその声に聞き入っていた。

 その言葉を、クロスヘアーズとドリフト、シーシャとエスーシャが聞いていた。

 通信越しに、バンブルビーとビーシャにネプギア、ハウンドとケーシャも聞いていた。

 

「そんな人間を殺しちまったら、それはもう復讐だの報復だのの域を超えちまうんだ! それでもやるってんなら、俺は……俺はブリテンの皆とだって、戦う!」

 

 その宣言は、ある意味では裏切りと言えるかもしれない。

 護ると誓った相手と、その敵のために戦おうと言うのだから。

 

 それでも、ホット・ロッドは堂々と胸を張って言い切る。

 

「俺はまだ、ブリテンに来て日が浅い……それでも、ここには友達がいる。優しい人たちにも出会えた。俺はそんな人たちに、理不尽をばら撒く怪物になってほしくない!!」

 

 相棒の声を建物の中から聞いていたくろめは、我知らず涙を流していた。

 何時か聞いた、ネプテューヌの言葉が思い出される。

 

(いつか……いつか必ず、他の人なら目を背けるような辛い選択肢を自分以外のために選ぶ。そんな時が、ロディマスにもやってくる)

 

「馬鹿だなぁ。もっと楽な生き方なんて、いくらでもあるのに。でも、そうだね……君はそういう奴なんだ」

 

 何だか自分が小さく思えて、涙をこぼしながらも笑ってしまった。

 

『ああ全く、そうきたか。自ら苦難の道を征く……だが、それでこそ! それでこそだ!』

 

 鏡像のくろめは苦笑混じりに、しかし酷く楽しそうに笑いながら消えていった。

 

 この時、ディセプティコンたちは奇妙な感覚に陥っていた。胸の内の奥深くが熱くなるような、そんな感覚だ。

 言っていることも、姿かたちも、まるで似ていない。しかし、どうしても重ねてしまう存在がいる。彼らにとって、絶対とも言える存在が。

 単眼でも信じられないと思っているのが分かる顔で、ニトロ・ゼウスが呟いた。

 

「め、メガトロン、様……」

 

 遠い遠い昔、彼の破壊大帝は戦いを起こした。

 星を焼き、種族を滅びの危機に陥れ、数え切れない命を奪った。

 

 だが誰もが、当のメガトロンさえも忘れ去っているかもしれないが、彼は最初、虐げられる者、苦しめられる者を救うために立ち上がったのだ。

 

 ならば、理不尽に立ち向かい我を通そうとするホット・ロッドの姿は、どうしようもなくディセプティコンの王を思い起こさせた。

 

 ガルヴァトロンは、金属表皮に指先が食い込むほど拳を強く握りしめていた。彼自身、弟の言葉や振る舞いに父の面影を強く感じたからだった。

 彼の『メガトロンっぽさ』は必死に努力して身に着けた物だが、ホット・ロッド……ロディマスのそれは生まれ持った資質だった。

 

「あいつはいつもそうだ……口では反発してばかりの癖に、あいつが一番、父上に似ている……!」

「ガルヴァトロン……」

 

 絞り出すような低い声から単純な嫉妬や劣等感とも違う、もっと屈折した感情を察して、マジェコンヌは痛ましげに彼の足に手を置いた。

 皮肉なことに、兄弟と自分を比較して奥歯を噛み締める横顔は、神聖視する父のそれによく似ていた。

 

「炎の戦士、救世主か……」

 

 ミリオンアーサーもまた、ある種の羨望と憧憬に近い何かを、ホット・ロッドに感じ初めていた。

 戦いの狂気は、雨に降られた焚火のように、すでに群衆の中から消え去っていた。

 

 地球人たちは、各々思う所はありながらも袋叩きにされることは回避できたことにホッとしていた。

 この上、この場で何かしようと言う者はいなかった。

 

 

 たった一人、アフィモウジャスを除いては。

 




何故かホット・ロッドとガルヴァトロンが口論するだけで話しが終わってしまった……。
いやしかし、今回のホット・ロッドの行動は読者様のヘイト買いそうです(客観的に見ても悪辣な侵略者を庇ってるワケだし)

でも、ここでリンチを見過ごしたら、英雄にはなれてもヒーローにはなれないと思うんです。

なお、オンスロートが新たにスキャンしたトレーラーは、今までのビークルモードであるレッカー車と同じ車種で、クレーンの代わりに6連装のロケットポッド×2を乗っけた架空車両。ロケットと言いつつ、オンスロートが出すのは多分ミサイル。
いやほら、やっぱりもうちょっとマトモな軍事兵器にしてあげたくて。


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第57話 不穏

 外敵の襲来を退けたダロスの街。

 建物などは破壊されたものの、街の住人に被害はなく、日も暮れ始める頃には街に戻ってきた。

 アーサーたちは評議会が議事堂として使っている建物で、評議会が用意した礼服やドレスを纏って豪勢な食事や音楽を楽しみ、兵士たちは外でもっと庶民的な酒盛りに興じていた。

 シーシャとエスーシャ、ようやっと合流したネプギアとビーシャは、ミリオンアーサーに招待される形で議会堂に宴に参加している。

 

 未来のブリテン王曰く、こんな綺麗所が揃っているのに着飾らないのは罪だとのこと……サポート妖精に白い目で見られたのは言うまでもない。

 

 そしてオートボットたちはと言えば、議会堂の外でささやかなオイル盛りをしていた。まあ、纏め役のハウンドを欠いているので半ば喧嘩大会である。

 一方ホット・ロッドは浮かない顔で壁に背を預けていた。果たして自分のしたことは正しかったのだろうか。

 

「……なーに、しょぼくれた面してんだよ、テメーはよー!」

 

 その肩を、クロスヘアーズが思い切り叩いた。

 

「いたッ!」

「やっちまったことを何時までもクヨクヨしてんじゃねえ! ……胸を張れよ。さっきのありゃあ、テメエの勝ちだ」

 

 無理矢理肩を組んだクロスヘアーズは、不意に真面目くさった顔で言った。その反対側にドリフトも並ぶ。

 

「然るに。まあ、まだまだオプティマスには遠く及ばぬがな」

「……そりゃあそうさ」

 

 不器用な励ましに、胸が熱くなる。

 やっと合流できたバンブルビーも、オイル缶を掲げておどけて見せる。彼もまた、ホット・ロッドの言葉を通信越しに聞いていた。

 

「乾杯だ、炎の戦士に!」

『炎の戦士に!』

 

 からかい半分に、オートボットたちは杯を掲げる。残りの半分は、本気だった。

 

「おお、ここにいたか」

 

 そこにミリオンアーサーがやってきた。

 いつもと違い、肩の出たデザインの赤いドレスで着飾っている。

 

「どうしたんだミリアサ? パーティに出てたんじゃ?」

「うむ。ちょっとそなたに話があってな、抜け出してきた」

 

 肩の出たデザインの赤いドレスを着たミリオンアーサーは、若きオートボットの前に立って彼を見上げた。

 

「……なあホット・ロッドよ。そなた、この国の王を目指してみる気はないか?」

「はい?」

 

 いきなり放たれた言葉に、ホット・ロッドは目を丸くする。それは周りのオートボットたちも同じだった。

 冗談かと思いきや、彼女の目は真剣そのものだ。

 

「昼間の一件で確信したのだ。そなたには人の上に立つ資質がある」

「ないよ、そんなもん。エクスカリバーだって抜けなかったしな」

 

 王を選定する剣に選ばれなかった者に、王足る資質はない。それはブリテンの常識のはずだ。

 

「正直な所、マーリンやチーカマのこともあって、わたしは剣による王の選定に疑問を持ち始めている……わたしに抜けて、そなたに抜けないということに酷い矛盾を感じるのだ。何より、そなたはブリテンの救世する炎の戦士だ」

「その予言とやらも俺は信じてないけどな」

 

 本気で理解できないと言う顔のホット・ロッドは屈んでミリオンアーサーに視線を合わせた。

 

「もし仮に……仮にだぞ! 予言がまるっと全部正しかったとして、俺がその炎の戦士だとして、だから王様なんて可笑しな話だろう? 自分で言うのもなんだけど、俺はこの連中纏めるのにも四苦八苦してるんだぞ」

「纏まってねえけどな」

 

 クロスヘアーズに茶化されるものの、ホット・ロッドは真剣だった。

 しかしそれはミリオンアーサーも同じだ。

 

「そこらへんは周囲の者にやってもらえばいい。自分に出来ること出来ないことを把握し、無理なことは人にしてもらうというのも、王に必要な能力だ」

「そういう問題じゃない。……何より、俺が知る限り最もブリテンの王に相応しい人間は、俺の目の前にいる女性だ」

 

 心底からそう思っているのだと言う気迫の籠った声と視線に、ミリオンアーサーは我知らずたじろいでしまう。

 

「それは聖剣を持っているからじゃない。君がこの国を愛しこの国のために行動できるからだ。例え出合ったのがミリオンアーサーではなく剣を持たない、唯のヴィヴィアン・ウェイブリーだったとしても、俺は同じように思ったはずだ」

「……唯のヴィヴィアン・ウェイブリーでもか」

 

 だが、それでもミリオンアーサーは複雑そうな笑みを浮かべた。その言葉をどう受け取っていいのか、吟味しているような顔だ。

 

「なあおい、アイツ傍から聞いてるとスゲエ臭い台詞吐いてんだけど?」

「うん。ラノベの鈍感系主人公、みたい」

 

 脇で聞いていたクロスヘアーズとバンブルビーが呑気な会話をしているが、ドリフトは思う所があるようで、険しい顔だった。

 少しの間黙っていたミリオンアーサーだが、やがて根負けしたように息を吐いた。

 

「高潔だな、そなたは……眩しいくらいだ」

「オプティマスの真似をしているだけだよ。それにようは権力面倒臭いっていう、アレさ」

「ヤレヤレ系、ですね、分かります」

 

 今度はバンブルビーが茶化すと、ミリオンアーサーは少し苦笑し、それから思案した。

 

「いや、そなたは騎士に……因子から生み出され存在を指す言葉ではなく人が尊ぶべき美徳、すなわち勇気、高潔、誠実、慈悲、礼節、そして強い信念の体現者としての騎士の称号に相応しい」

「美徳がどれも足りてるか不安だが……ブリテン王の御心とあらば」

 

 少し冗談めいた態度で頭を垂れるホット・ロッドだが、ミリオンアーサーは一切真剣さを崩さず、エクスカリバーを呼び出してその腹で目の前の巨人の左右の肩を順に叩き、頭の上に翳した。

 これは正式な作法だった。

 

「汝、ホット・ロッド。あるいはロディマス。ブリテン王候補ヴィヴィアン・ウェイブリーの名において、汝に騎士の勲位を授ける……王ならぬ身故、前払いで」

「謹んで拝領致します、王よ」

「あー! こんなトコにいた!!」

 

 その時、高い声が聞こえた。

 見れば白いドレスを着ているチーカマがこちらに駆けてくる。

 いつもよりも露出度が低くなっているが、しかしそれが逆に外見年齢相応の可愛らしさを与えていた。

 

「もう、探したのよ! 急にいなくなって!」

「ああ、すまん」

 

 相方を叱るサポート妖精は、後ろにネプギアとゴールドサァドたちを連れていた。当然の如く、全員がドレスを着てめかし込んでいる。

 シーシャはスカートに大胆なスリットの入った群青色のドレスを着ていた。酒が入っているのか、頬に朱が入っておりいつも以上に色っぽい。

 

「ね~え、どう? このドレス、似合ってるかな~?」

「ケッ! 知らねえよ!」

「ちぇ、釣れないな~」

 

 スカートの裾を摘まんで生足を見せるシーシャだが、クロスヘアーズの態度にちょっと口を窄める。

 

「え、エスーシャ殿……」

「…………」

 

 いつも通り無口なエスーシャだが、今日は黒いドレスを着ている上に、唇にルージュを塗っているので、いつもとは雰囲気が大分違っていた。

 薄手のストールを羽織っていることも、彼女の謎めいた気品を引き立てていた。

 

「可憐だ……ハッ! い、いや今のは、その!」

「…………」

 

 そんな姿に思わず見惚れてしまい、慌てて取り繕おうとするドリフトを見て、エスーシャは僅かに頬を染める。

 何事にも興味ないと言う彼女だが、褒められて悪い気はしないらしい。

 

「おーっす、ビー!」

「みなさん、どうも」

「お二人さん、いらっしゃーい!」

 

 今やすっかり仲良しのビーシャとネプギアもやってきて、バンブルビーとグータッチする。

 彼女たちはユーリズマでも着ていた清楚な白いドレスと、フリルのたくさん付いたレモン色のドレスだ。

 

「で、どうしたんだい、みんな?」

「んー、何だかあっちのパーティは堅苦しくてねえ……ミリアサもいないし、ちょうどいいから抜け出してきちゃった」

「うんうん。何だかあんまり楽しくないし。……それにガルヴァトロンもいるし」

 

 さて、パーティにお呼ばれしているはずの彼女たちが、なぜこちらに来たのかホット・ロッドが問うと、シーシャとビーシャが答えてくれた。

 確かにガルヴァトロンと顔を合わせているのは、余り楽しいことではないだろう。

 

 そこでビーシャは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「それとね……さあ、出てきなよ!」

「ッ!」

 

 彼女に手招きされて建物の影から現れた人物に、ホット・ロッドは息を飲んだ。

 

 美しいドレスを纏ったくろめが、そこにいた。

 青紫色のシンプルながらも優美なドレスで、胸元にはシェアクリスタルを模した飾りがあしらわれていた。

 普段は二つに束ねている髪を解き、青い薔薇の髪飾りを付けている。

 

「どう? どう?」

「素敵でしょう? みんなで選んだドレスなんですよ」

 

 ビーシャとネプギアに声をかけられても、ホット・ロッドはポカンと大口を開けていた。

 それをどう取ったのか、顔を赤くしたくろめは目を泳がせる。

 

「うう、笑いなよ。自分でも似合ってないのは分かってるんだ……」

「そんなことない。凄く……綺麗だ。まるで闇夜に輝く星が地上に降りてきたかのようだ」

「ッ! ううう……ズルい。そういうの、凄くズルい」

 

 思わず出た素直で甘い言葉に、くろめはより顔を赤くして拗ねたような顔をしていた。馬鹿な台詞だと自分でも思うが本当にそう思ったのだ。

 

 今のくろめは、まさしく花鳥風月にも並ぶ美を湛えていた。

 

「うむうむ、やはり着飾った美少女は素晴らしい。野に咲く花も美しいが、丹念に育てられた薔薇にも別の魅力がある」

「はいはい……すっかりいつも通りね」

 

 見目麗しい少女たちを眼福とばかりに眺める相方に、チーカマは少しだけ安心した。最近、どうも様子が可笑しかったから。

 

「おー、やっぱ台詞が臭いぞアイツ」

「はーいいねえ、若くて」

「今どき、ラノベでも、言わない」

「ああいうこと言うのは、だいたいヤラレ役だもんね」

「そんなこと……あるかも?」

「破廉恥な……」

「興味な……少しあるね」

 

 月に照らされてはにかむ二人を、一同は何とも微笑ましい物を見る目で眺めていたのだった。

 

 夜は更けていく。

 

  *  *  *

 

 同じころ、議事堂の一番高い塔の上のバルコニーに、ガルヴァトロンが立っていた。

 その手には、彼の掌に収まるサイズの水晶玉のような球体が握られていた。

 

『いったい、いつになったら杖を手に入れられるのですか?』

 

 その水晶玉から、囁くような声が聞こえる。しかし水晶玉を持つガルヴァトロン同様、声の主であるクインテッサも随分と不機嫌そうだった。

 

『ヒーローごっこをさせるために、貴方を救い出したのではありませんよ? 肉ケラどものことなど、放っておきなさい』

「そうもいきません。物事には順序という物があります」

『順序を決めるのは、この私。貴方はただ黙って従っていればいいのです』

 

 慇懃な態度で言い含めようとするガルヴァトロンだが、今回はクインテッサも引き下がらない。水晶玉に映し出される彼女の触手が危険に蠢いている。

 仕方ないと、ガルヴァトロンは黙っていようと思っていた情報を打ち明けることにした。

 

「此度の戦いで捕えたアフィモウジャスなる男、奴はこの地を治めていた領主の子孫でした。奴が杖へと続く鍵の一つ、調和の(エニグマ・オブ)エニグマ(・コンビネーション)を隠し持っていたのです」

『それで?』

 

 しかし、創造主の機嫌は直らない。

 彼女が欲しいのは杖だ。鍵の内のたった一つではない……いやたった一つ、どうしても取り戻したい遺物はあるが。

 

「明日にはシャッターたちの案内で調和のエニグマが隠されている場所に赴きます。我らは一歩一歩ではありますが杖に近づいております」

『一歩一歩! いったい杖までに何千、何万歩かける気です! ……この役立たずの無能め!!』

 

 クインテッサがついに苛立たしさを隠さなくなった。金属製の顔を恐ろし気に歪め、青い目を狂気に光らせる。

 しかしガルヴァトロンに動揺はない。

 

「その無能に頼らねば目的を達成できぬ方の言葉とは思えませんな」

『口先ばかりのカカシめ! ……いいでしょう! ならば私にも考えがあります! 貴方のような愚物ではなく、もっと頼りになる者たちを其方に向かわせることにしましょう!!』

 

 創造主を自称する存在の言葉に、ガルヴァトロンは怪訝そうな顔になる。

 以前も似たようなことを言っていたが、この孤独で傲慢なプライムに、まだ使える駒があったのか?

 しかも『者たち』と言うからには複数いることになる。

 

『その者たちは貴方と違い速やかに、且つ確実に使命を果たしてくれるでしょう!! その時に切り捨てられたくないのなら、ガルヴァトロン! その者の補佐に回るのです! 役立たずでも、それくらいは出来るでしょう?』

 

 一方的に捲し立てたクインテッサは返事を待たずに通信を切ってしまった。

 

「大した創造主だ」

 

 顔をしかめて水晶玉を覗いていたガルヴァトロンの傍に、柱の影で一部始終を聞いていたマジェコンヌがやってきた。

 彼女は黒を基調として紫の薔薇をあしらったドレスを纏い、ワインの入ったグラスを右手で揺らしていた。

 

「あれで支配者の器のつもりか……いや私も人のことは言えんのは分かっているがな。しかし、支配するにも相応の格という物が必要だろう」

「ああ、そうだな」

 

 呆れたような調子の言葉に、ガルヴァトロンは我知らず表情を曇らせる。昼間のホット・ロッドとの一件を思い出しているのは明らかだった。

 そんな破壊大帝に、マジェコンヌはワインを一口飲んでから問う。もう随分と飲んでいるようだった。

 

「で、貴様の格はいかな物か?」

「少なくとも、父上には遠く及ばぬことは理解している」

「……あまり良い答えとは言えないな。男なら父超えくらい目指してみろ」

 

 余りにこぢんまりとした答えに顔を顰めるが、この男にそれを言っても仕方がないのも分かる。

 生者は死者に勝てない。思い出は美化され、決して追いつくことは出来ない。

 この男にとって父メガトロンとは、そういう存在だ。おそらく物心付く前に両親を失ってしまい、幼少期のそれに近い世界で最も偉大な存在というイメージのままで固定されているのだ。

 

「そもそも俺は支配者としての格など欲していない」

「よく言う。昼間はとてもそうは見えなかったぞ……弟を見る、あの顔よ!」

 

 痛い所を突かれたか顔を顰めるガルヴァトロンだが、マジェコンヌは臆さず続ける。

 

「ま、私の見た限り貴様もそう捨てたもんでもないさ。ジャールでは上手くやってるじゃないか。ワイゲンドはな、割と本気でお前に王になって欲しいと思っているぞ」

「ただブリテンを護るために軍団を作る必要があっただけだ。ワイゲンド卿は信頼に足る男だが、そこはハッキリさせておいたはず」

 

 振られた話題に、ガルヴァトロンは困ったように答えた。

 しかし、その答えはマジェコンヌからすれば酷く気迫に欠けているように聞こえた。

 

「いいじゃないか、仮に……仮にだぞ? 杖を手に入れられなかったとしても、この地でなら地球人の侵攻を水際で食い止められる。事後の策としては悪くなかろう」

「…………」

「不満そうな面だな。なら復讐を終えた後で、この地を治めればいい。生涯は長いのだ……貴様らトランスフォーマーのは、特にな」

「復讐を終えた後など、ない」

 

 酒が入っていることもあって冗談交じりの提案だったが、返ってきた答えに酔いも醒めた。

 

「地球人どもを滅ぼせば、悲劇は回避される。そうすれば全てなかったことになる。俺がこうして過去に戻ってきた事実もな」

「ッ! ではそうなれば貴様は……」

「ああ、消えてしまうだろうな。というより最初からいなかったことになるか」

 

 何てことないように、むしろそれを望んでいると言った調子でガルヴァトロンは言った。

 

「安心しろ、お前たちのことは考えてある……とは言えないな。タイムパラドックスがどうなるかは未知数だ」

「そういう問題ではない!! 貴様はそれでいいのか!? 自分が消えるのだぞ!」

 

 たまらず、マジェコンヌは吼えた。

 彼女にとってガルヴァトロンの言う事は、到底受け入れられる物ではなかった。

 

「そのために来た。あの最悪の未来を消すことが出来るのなら、俺と……弟の存在など取るに足らん」

「ふっざけるなぁあああ!!」

 

 強い決意と同時に、何処か虚無的な響きを感じさせるという矛盾を孕んだ声に、マジェコンヌは怒髪天を突く。

 その自己犠牲とも捨て鉢とも付かない在り方に、かつて失った友……天王星うずめが重なったからだった。

 

「なんだそれは!! じゃあ貴様は死ぬために戦うというのか!!」

「違う、この俺は消えるが、父上や母上と共にいる幼い俺は残る……」

「同じことだ!! 私はな、そういう自己犠牲とか大っ嫌いなんだ!!」

 

 ガルヴァトロンの言葉を封じたマジェコンヌは、ワインを一気に煽り口元を拭う。

 その目元に涙が光っているのが見えて、ガルヴァトロンは戸惑った。

 

 だからというワケではないが、柱の影でバリケードが二人の会話を聞いていて、ソッと立ち去ったことにも気づかなかった。

 

「お、おい……」

「なんで皆、『自分がいなくなってもいい』とか言い出すんだ! 残された者がどれだけ苦しむか、分かっているのか……!」

 

 見たこともない感情の爆発を見せるマジェコンヌは、バルコニーの手すりの上に登って仁王立ちで相手を見上げた。

 

「おいガルヴァトロン、お前何か欲とかないのか!!」

「な、なんだ藪から棒に……」

「いいから! 美味いもん食いたいとか、そんなでいい! 何か消えたくないと思えるようなことの一つぐらいあるだろう!!」

 

 必死な姿に、圧倒されると言うよりは困惑気味にガルヴァトロンは目を逸らした。

 彼には自分の欲求を顧みるような余裕はなかった。

 

「そう言われてもな……」

「そうだ、女だ! 女はどうだ!? 女はいいぞぉ!」

「女って……」

 

 強引かつ唐突な女性押しに、面食らう。

 マジェコンヌとしては知り合いのトランスフォーマーたちの多くが女神の影響で変わっていったことを知っているからこその発言であり、ガルヴァトロンにこの世への未練を持たせようという意図があった。

 

「確かお前、ラステイションの女神に惚れてたろう!」

「いや、それはあくまで子供の頃のことだし……」

「ならば私が適当な女を見繕ってやる! そいつとお見合いしろ!! ……まさか、同性が好きなのか!?」

「違う」

 

 傍から見ると逆セクハラだが。

 ガルヴァトロンは少し考えてから答えた。

 

「実は一人、気になる女性がいる。こちらに来てからずっと協力してくれていて、俺としては好ましく思っているな」

「おお、いいじゃないか! 隅に置けんな貴様!」

「彼女自身には自分の思惑があるのだろうが、それでも俺にとってはこの時代でずっと支えてくれたヒトだ……うん、そうだな。もしどうしても交際しろというなら彼女とがいい」

「よしよし! ならばそいつに一夜を共にしてくれと頼み込め! ……意味は分かるか?」

「まあ、うん……」

 

 さすがに一夜の意味は理解しているらしく、目を泳がす。

 そうすると、純朴な若者のように見えた。いや実際、壮絶な憎悪と悲しみがなければ、彼は若者と言ってよかった。

 

「お前たちは精神直結だかでアレがナニするんだろう! 今晩中にそれをやれ! やるまで見張ってるぞ!!」

「いやぁ……そんなのは良くないだろう」

「男女の仲なんぞまずは成り行き任せでお試しだ!」

「そこまで言うなら……」

 

 そこでガルヴァトロンは片膝を突いて、マジェコンヌに目線を合わせた。

 

「俺と一夜を過ごしてはくれないか?」

 

 夜はさらに更けていく。

 

  *  *  *

 

「それで、何の用であるか?」

 

 オンスロートはブリッツウィングに呼び出されて、秘密結社の戦艦が停泊している入り江にまで来ていた。

 先に調和のエニグマを手に入れるという方針なので、この艦の調査は後回しということになっていた。

 

「吾輩はこれでも忙しいのだが?」

「まあそう慌てるなよ」

 

 不愉快そうな昔馴染みを制して、ブリッツウィングは右腕をキャノン砲に変形させて近場の岩を撃った。熱線が岩の表面を融かし、その形を変えさせていく。

 そして冷凍光線を浴びせると、岩は固まった。浮かび上がったのはメガトロンとガルヴァトロンの顔の形だ。

 

「嫌にならないか? メガトロンの野郎が腑抜けちまって、ガルヴァトロンはイカレ野郎、いい加減ウンザリだろう?」

「愚痴なら他所でやれ。我輩には関係ない」

 

 オンスロートは大きく排気してから踵を返そうとするが、ブリッツウィングは構わず続ける。

 

「悪い話じゃないぜ? 人間どもを恐れさせ、オートボットと殺し合う、そんな昔ながらのディセプティコンの生活に戻りたくないか?」

「回りくどいぞ、もっとはっきり言うのである……ガルヴァトロンを出し抜く、とな」

 

 ブリッツウィングはニヤリと笑って、二代破壊大帝の顔面像を熱線で撃ち、ドロドロに溶かした。

 

 夜はまだ明けない。

 

  *  *  *

 

 元々牢獄として使われている建物の中。

 捕虜となったNEST隊員たちは、何人かずつ牢屋に放り込まれていた。

 大した拘束はされていないが、それでも窓にハマった鉄格子や石造りの壁は人力では壊せそうにない。

 錠前はディセプティコンたちによってアップグレードされており、これまた破壊も開錠も出来そうにない。

 そもそも武器もなく、看守役のディセプティコンたちを相手に出来るはずもない。

 靴底や下着の中に武器を隠していた者もいたが、それらも残らず剥ぎ取られた。

 

「これからどうなるんだ、俺たち? 地球に帰れるのか?」

「帰ってどうするよ。コンカレンスの連中に消されて、無理矢理『全滅しました』ってことにされるのがオチだ」

「中世の拷問の本を読んだことがある……正直、ああはなりたくない」

「にしても、捨て駒とはねえ」

 

 マスター・ディザスターことメイソン・ディヴェルビスは、向かいの牢屋に入れられたサヴォイを鉄格子越しに睨みつけた。ケイオス軍曹ことケンドソヴァンや他の隊員たちも、サヴォイに憎々し気な視線を向ける。

 汚れ仕事上等の傭兵とはいえ、消耗品扱いは気に食わない。

 

「…………」

 

 サヴォイは牢屋の椅子に腰かけ、何も言わずにいた。

 作戦の失敗に消沈している、というよりは何か酷く思案しているような顔だった。

 同じ房に入れられているサントスは、もはや完全に心が折れているようだった。

 

「あの、炎の戦士とかいうのが周りを説得してくれるのを期待するしかないか」

 

 隊員たちは、昼間のあのトランスフォーマーを思い出していた。

 ガルヴァトロンなる巨人の前に立ち塞がった、奇妙なロボットの言葉を。

 

「同じ人間、か……確かにな」

「は! あんな演説に感動して心変わりでもしたか?」

「馬鹿言えよ、同じ人間を散々殺してきた俺たちだぞ? 女子供だろうとな!」

 

 非力な女性が銃を隠し、幼い子供が自爆攻撃を仕掛けてくる。

 そんな人の世の最も暴力的で陰惨な部分、社会の最底辺を這い回ってきたような彼らからすれば、あの言葉は余りに甘っちょろい理想論だ。

 

 それに命を救われたのも事実だが。

 

 マスター・ディザスターは何処か自虐的に笑いながら言った。

 

「あいつの言い方を借りるなら、俺らはとっくに、怪物なんだよ……」

 

 一方、倉庫として使っている部屋でスパークダッシュたちと共に簀巻きにされているワレチューは我が身の不幸を呪っていた。

 

「ああ、オイラもついにここまでっちゅか……コンパちゃん、死ぬ前に一目会いたかったっちゅ。お前たちも憐れなもんっちゅねえ。あんな飼い主を持ったばっかりに……」

 

 同情的なワレチューの言葉に、猛禽、爬虫、昆虫型のモンスターたちは悲しそうに鳴き声を上げる。

 

 彼らは彼らで、アフィモウジャスのことを慕っているようだった。

 

 そのアフィモウジャスは、奥の部屋で手足を拘束され、能力封じの装置を取り付けられて、忠臣ステマックスと対面する形でただ黙りこくっていた。

 それは全てを諦めたからだろうか。あるいは、機会を伺っているからか。

 

 もしくは()()()()()()()()()()からか……。

 

  *  *  *

 

 地球人たちの乗り物や武器、ドローンが集められた大きな倉庫の前で、インフェルノコンたちはボヘーッと突っ立っていた。

 彼らはこの場の見張りであるが、交代要員もおらず只々この場にいるようにガルヴァトロンから命令されていた。元々クインテッサの手下であり信用が薄いこともあって、彼らに対する扱いは良いとは言い難かった。

 それでも彼らは文句も言わずに命令をこなす。それ以外の方法を、彼らは知らなかった。

 

「ご苦労、同志諸君」

 

 突然聞こえたネットリとした女の声に振り向くと、薄紅色の女性兵士シャッターが後ろでに手を組んで立っていた。

 唯一言葉を話せるスカルクが、怪訝そうにたずねる。

 

「なんの、用だ?」

「交代だ、見張りは私が引き継ごう」

「……?」

 

 そんな話は聞いていないので、インフェルノコンたちは揃って首を傾げる。

 シャッターは、薄ら寒い笑みを浮かべた。

 

「ガルヴァトロンからの特別の褒美だ。日頃の頑張りに免じ、今夜一晩だけは休んでいいと」

「ホントか?」

「本当だとも、同志。……ああ、だがこのことは誰にも言うな。本人が照れ臭くなるからガルヴァトロン本人の前でもな。これは秘密のご褒美だから」

「分かった、ありがとう。……みんな、いこう」

 

 ペコリと頭を下げた髑髏顔のロボットは、獣の姿の仲間を引き連れていく。彼らはもう長いこと休んでいないので、早くスリープモードに入って自己修復に勤めたかった。

 

「中身のないドラム缶め。ちょろいものだ……もういいぞ」

 

 彼らの気配をセンサーでも感じられなくなると、シャッターは近くの建物の陰に視線をやった。

 

 そこには忍者ロボット……囚われているはずのステマックスが藍色の影のように佇んでいた。

 

「見事で御座る、シャッター殿。さ、将軍」

「うむ」

 

 肩に担いでいた小さな人影をステマックスが降ろすと、シャッターは小馬鹿にしたような笑みで人影を見下ろした。

 

「それがお前の本体か……いやはや、何とも可愛らしい」

 

 小さな影……秘密結社アフィ魔X首領アフィモウジャス、その本体は、ギラリと体躯に似合わぬ荒んだ目つきで睨み返した。

 囚われているのは精神エネルギーで遠隔操縦しているトランステクターの部分に過ぎない。

 

「何とでも言え。さあ、扉を開けろ」

「もちろん、喜んで」

 

 ワザとらしくお辞儀した女兵士が倉庫の扉を開けると、アフィモウジャスはステマックスを伴い大股に歩いて扉を潜る。

 倉庫の中には、何台ものKSIセントリーや戦車型、ヘリ型のドローンが並んでいた。

 

 月はまだ高い位置にある。だが夜明けは確実に近づいていた。

 




これで名実ともに騎士ホット・ロッド誕生。そして積み重なる色んなフラグ。
なおメガトロンとロディマスは、ほっとけない感じの(けど強い、もしくは強くなる)女性が好み、という点はよく似ていたり(反対にガルヴァトロンは自立した女性が好み)

なお全員、年上好きは共通。

ところでシージでダイレクトヒットとパワーパンチが出るそうで……いやまさかここにきてこいつらが出てくるとは。


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第58話 トリプルチェンジャーの反乱《改稿》

※2019年9月20日、少し改稿


 宴の夜も明けて、日が昇り始める頃になると、集まっていたアーサーたちがぼちぼち街から引き揚げ始めた。

 だがジャールと同盟諸侯の兵隊たちは、戦闘の片づけをしていた。彼らは自分たちが使う以上の十分な物資を持ってきており、それを街の人々に提供していた。

 こういう細かい配慮もガルヴァトロンの手腕である。

 

 そんな中、インフェルノコンを除く主だったディセプティコンたちは後のことをワイゲンド卿に任せ、オートボットたちに気付かれないようにグランドブリッジを使って街から出ていた。

 このグランドブリッジがあるからこそ、ジャール連合は迅速に集結できたのである。

 彼らが訪れたのはダロスから遠く離れた、ある場所だった。

 

「本当にここに、調和のエニグマがあるのか?」

 

 荒れ果てた大地に立ち、ガルヴァトロンは目の前に聳える山を見上げて呟いた。

 スラル山と呼ばれるこの山はベイドン山ほどの標高はないが尾根から濛々と煙が上がっている。地球に存在するイギリスは火山のない国として知られるが、このブリテンは違うようだ。

 

 むせ返るような硫黄の臭いに、マジェコンヌが顔を顰めていた。

 

「もちろんだとも。ついて来てくれ」

「分かった。ディセプティコン、トランスフォームだ!」

 

 シャッターがニヤリと笑って頷くと、一同は変形する。

 山道はかなり傾斜しているが、走ることは出来そうだった。

 エニグマの有る場所に直接グランドブリッジを開けばいいと思うだろうが、火口から噴き上がる煙と降り注ぐ火山灰にはマグマ由来の大量のプラズマが含まれている。それがグランドブリッジに干渉して不安定にしてしまうため、こうして離れた場所に開かねばならなかった。

 

「さあ、乗ってくれマジェコンヌ。臭いもキツイだろう?」

「あ、ああ……」

 

 トレーラーの姿に変形したガルヴァトロンに、マジェコンヌは何処か躊躇いがちに乗り込んだ。気のせいか頬が赤い。

 そんな彼女を見たモホークとニトロ・ゼウスは奇妙そうにしていた。

 

「……なあ、どうしたんだよあのオバハン」

「知らねえよ、更年期障害じぇねえの」

 

 パトカーに変形してガルヴァトロンの横に並んだバリケードも、そのことには気付いていた。

 

「ガルヴァトロン、何かあったのか?」

「……ま、まあ、ちょっとな」

 

 明らかに()()()()ではないという表情に、バリケードは首を傾げる。

 ガルヴァトロンは誤魔化すように咳払いをする……トレーラー姿なのでマフラーから音が出た。

 

「ん、んん! それよりもだ! シャッター、案内を頼む!」

「ああ、了解だ」

 

 あからさまに話題を変えつつ女兵士に声をかける。

 シャッターはギゴガゴと音を立てて、赤いマッスルカーに変形した。隣のドロップキックも同じように青いマッスルカーになる。

 それを見て、ニトロ・ゼウスはふと思った。

 

「なんかよう、お前たちのビークルモードって古臭くねえ?」

「これがいいんだよ! クラシックってんだ!!」

「馬鹿言ってないで付いてこい」

 

 地球で言う所の80年代なビークルを馬鹿にされたようで気分を害したらしいドロップキックが怒鳴るが、シャッターに言われて走り出す。

 彼らを先頭にディセプティコンたちが山道を登っていくと、最後に残ったのはブリッツウィングとオンスロートだった。

 

 空陸参謀が口角を上げると、攻撃参謀は一つ頷いてからロケット砲を乗せたトレーラーに変形して走り出した。

 

 山道とその周辺は高熱と火山ガスの影響でほとんど草木がなく、所々地面から蒸気が噴き出していた。

 どうやら、地下水が地熱で沸騰しているようだ。

 

「温泉か……」

「好きなのか? 温泉」

 

 マジェコンヌはトレーラー姿のガルヴァトロンが漏らした声に何となく嬉しそうな響きを感じ、たずねた。

 

「ああ、風呂はいい……疲れは癒えるし気分は良くなる。オイル風呂や電気風呂もいいが、やはり天然温泉が一番だ」

 

 どうもこの男、こう見えて風呂好きらしい。

 意外な一面に、マジェコンヌは少し笑みを浮かべた。そして昨晩のことを思い出して真っ赤になった顔を手で覆った。

 なんかこう、なし崩しな感じにアレやコレやしてしまった。(養子だけど)子持ちなのにこんな(未来人だけど)年下の男と……。

 

「ううう、うううー!」

「マジェコンヌ、大丈夫か? 少し休憩しようか?」

「いい!」

 

 心配げな声も今は羞恥心を煽るだけだ。

 だいたい、何でこいつは復讐鬼の癖にナチュラルに優しいんだ。てっきりノワールに化けさせようというのかと思いきや、そのままの貴方がいいとか変身能力持ちにクリティカルなこと言いやがるし。

 

「ねえ、ホントにどうしたのアレ?」

「知らねえよ。そして多分知らねえ方がいい気がする」

 

 ブンブンと頭を振るマジェコンヌを見てモホークとニトロ・ゼウスは不気味そうにしていた。

 そうこうしているうちに一同は山の中腹にある、すり鉢状の谷間にまでやってきた。

 

「おい、いつになったら着く」

「そう慌てるな、もう少しだ」

 

 バリケードが不審げに聞いても、シャッターは平然としていた。

 用心深いバリケードは、常にシャッターたちを先に行かせつつ、最後尾にならないように注意していた。

 当然ながら、彼はトリプルチェンジャーたちを全く信用していなかったからだ。

 

「おい、ガルヴァトロン」

 

 その時、不意にオンスロートが自分たちのリーダーに声をかけた。

 

「貴様、いつも未来から来たと言っているであるな。ならば憶えているか? 我輩が幼い日の貴様とまみえたことがあったと」

「急になんだ?」

 

 怪訝そうな声のガルヴァトロンと、ビークルモードでも分かるほど警戒心を剥き出しにするバリケードに構わず、攻撃参謀は続けた。

 

「吾輩はあの日、幼体の育成施設……今は教会と呼ばれている、あの建物を襲撃した。目的はただ一つ、女神の抹殺だ」

「…………」

「念入りに準備をしてなお、あの警備の隙を突くのは困難だった。加えて、空間を超える能力を持つあの女に向かっていっても逃げられるのは目に見えていた。だから我輩は奴の最大の弱点を狙った。つまり貴様ら幼体だ」

「何が言いたい?」

 

 ガルヴァトロンの声に剣呑な響きが混ざる。彼もまた、その日のことを思い出しているようだった。

 しかしオンスロートはその問いに答えることなく話を続けた。

 

「脱出経路に先回りして幼体を捕えた我輩たちは、メガトロンたちがやってくるよりも、女神が転移してくるよりも早く脱出する必要があった。時間との勝負だ」

 

 バリケードはビークルの姿でも撃てる武装の照準をオンスロートに合わせた。

 

「作戦は上手くいっていた。奴らの裏をかき、もうすぐ脱出できると言う時、一匹の幼体が暴れ出し、我輩の喉に食らいついた。そいつは我輩の気が抜ける一瞬を、ずっと狙っていたのだ」

「…………」

「我輩の喉に歯を立てるそいつの目は、我輩をして飲まれるほどの気迫に満ちていた。そんな時だと言うに我輩はそいつを根性のある餓鬼だと思った……貴様をな」

 

 ピタリと、示し合わせたワケでもないのに全員が走行を止めた。

 ロボットモードに戻ったガルヴァトロンとオンスロートの間にピリピリとした空気が流れ、ディセプティコンたちは息を飲んだ。

 特にブリッツウィングやドロップキックが何やら慌てている様子でシャッターをチラリと見た。彼女は何もするなと言う風に黙って首を横に振った。

 

「結局、その僅かなタイムロスが命取りとなって、我輩は空間を飛び越えてきたメガトロンと女神によって散々に叩きのめされ捕えられた」

「回りくどいぞ、いい加減本題に入れ」

「ああ、そうだな……ようするにだな、ガルヴァトロン。貴様我輩のことを信用していないであろう?」

 

 シンと、辺りが鎮まり返った。

 ややあって、ガルヴァトロンは音声回路を震わせた。

 

「そんなことは……」

「ない、とは言わせぬぞ。別に信頼していないのは構わん。それを無理に隠そうというのが気に食わんのだ」

「おい、それは今ここで言うべきことか?」

 

 バリケードが低い声を出すと、オンスロートは鼻で笑った。

 

「言うべきことだから言っている……ガルヴァトロン、貴様はトップに立つには余りに不適格だ。貴様には野心がなさ過ぎる。『復讐の先などない』だと?」

 

 オンスロートはガルヴァトロンに詰め寄った。

 昨晩のガルヴァトロンの言葉を聞いていたのが自分たちだけでは無かったことに、マジェコンヌとバリケードは目を見開いた。

 あの時、オンスロートもまた柱の陰から話を聞いていたのだ。

 

「支配者の格も求めず、自分の野望もない。貴様はそう言ったな」

「それの何が悪い?」

「大いに悪いともさ! 自らトップ足ろうとしない者に付いてはいけん! そんな奴は破壊大帝の器ではない!」

「くだらん」

 

 目をギラギラとさせながらのオンスロートの言葉に、ガルヴァトロンはつまらなそうに反応した。

 

「この際だ、はっきりさせておこう。俺はな、破壊大帝を名乗る気など毛頭ないのだ」

 

 事実、彼は今まで一回も自分でその称号を名乗ったことはなかった。それは彼の中で神聖不可侵の称号だった。

 

「破壊大帝の名に相応しいのは全宇宙に父上唯御一人。俺では役者不足だ」

 

 オンスロートはガルヴァトロンの胸倉のパーツを掴んで自分に引き寄せた。

 その目にあるのは一種の失望と、僅かな期待だった。

 

「父上父上と貴様はいつもそればかりだ!! メガトロンの尻尾で十分だとでもいう気か!?」

「俺は偉大な父に追いつけるなどいう、思い上がった考えは抱かん」

「…………」

 

 皮肉にもマジェコンヌは昨晩これとほとんど同じ問答を当のガルヴァトロンとしていた。

 過酷な経験故かそれとも生まれついての性か、ガルヴァトロンには地球人への憎悪と父母への敬愛以外にアイデンティティが存在していなかった。

 

(物心ついた頃からだ。俺がロディマスよりも劣っていると感じるようになったのは)

 

 マジェコンヌの脳裏に、昨晩の記憶が甦る。

 色々と()()()()後で、彼は懐かしそうに語った。

 

 自分が誰よりも憧れる父に、兄弟で最もよく似た末弟。

 自分が努力を重ねてようやく手に入れられる物を、最初から持っている癖に、そのことを否定しようとするのがロディマスだった。

 嫉妬や劣等感が無かったと言えば嘘になる、だが彼は末弟を支え、弟が父の跡を継いで創る世界を護るのだと、そう誓ったのだという。

 両親の愛情と期待を一身に受け、それに応えようという決意を抱いていた男がだ。

 

 同時に、だからこそ己の出自を認めようとしない今の弟に腹が立つとも。

 

 それを聞いた時、マジェコンヌは酷く不愉快な気分になった。この男は、余りにも上昇志向が無さ過ぎる。

 

「言いたいことはそれで終わりか?」

 

 その手を振り払って扉を潜るガルヴァトロンの背を見ながら、オンスロートは深く排気した。

 

「ああ、終わりだとも……」

 

 その瞬間、何処からか砲撃がガルヴァトロンの背に振り注いだ。

 足元のマジェコンヌを庇いつつ両腕を交差して防御姿勢を取った彼が辺りを見回すと、高い位置にいくつも影が陣取っていた。

 NESTが持ち込んだドローンだ。タンク・ドローンとKSIセントリーはもとより、ティルトローター機型のエアロ・ドローンも次々と岩陰から飛び上がってくる。

 

「地球人の残党か!」

「残念だが、少し違うなぁ……!」

 

 いったん攻撃を止めたドローンたちの後ろに、二つの影が立っていた。

 一つは藍色の忍者のようなロボット、隠密ステマックス。

 もう一つは白い威圧的な鎧姿、秘密結社首領アフィモウジャスだった。

 彼らを檻に叩き込んだ張本人であるガルヴァトロンは、ギラリと目を光らせた。彼からすればあの二人は、世界に対する許されざる裏切り者だ。

 

「貴様らは……! どうやって逃げ出した!!」

「そんなことは重要ではあるまい。ガルヴァトロン、ここで貴様の命運も尽きるのだからなあ」

「やれると思うのか? 貴様ら如き薄汚い金の亡者がメガトロンの息子である、この俺を!!」

 

 余裕ぶるアフィモウジャスに対して啖呵を切るが、返ってきたのは高笑いだった。

 

「ハハハ、ハァーッハッハッハ!! 嗤わせてくれる、貴様のような奴がメガトロンの息子だと? 馬鹿馬鹿しい! メガトロンの精神的後継に相応しいのはこの儂! アフィモウジャスよ!」

「何を言っているんだ貴様は……」

 

 思わぬ言葉に、マジェコンヌは驚くのを通り越して呆れてしまった。

 同時にあの破壊大帝の影響力の大きさに薄ら寒い物を感じていた。大きすぎる才能やカリスマは人を狂わせると言うことか。

 

 当のメガトロン自身、自分が求めていた物を全て持っていたオプティマスに激しい嫉妬と劣等感を抱いていたらしいとメガトロンの伴侶でありガルヴァトロンの母であるレイから以前聞いたことがある。そう考えると何とも皮肉な話だ。

 

 一方で、ガルヴァトロンは頭からバチバチと火花を散らしていた。

 

「父上の後継だと?」

「そうだ、誰よりも己のために戦い、野望のために世界すら敵に回したメガトロン! その再来となるのは甘ったれの貴様でもあの夢想家のホット・ロッドでもなく、この儂よ!!」

「愚か者めが! 父上は種族の未来のために戦ったのだ! 貴様のようなエゴイストと一緒にするな!!」

 

 何処か自己陶酔した様子のアフィモウジャスの語ることは、一字一句がガルヴァトロンの癇に障るらしく、全身から稲妻が迸らせる。

 マジェコンヌにしてみれば、ガルヴァトロンは父親の良い面しか見ておらず、秘密結社の首領は自分に都合のいい部分を尊敬していると感じた。

 

「もういい! 一度は生かしてやったというに、また立ち塞がるのなら今度は容赦せん!! 全員、攻撃を開始しろ!!」

「ああ、もちろんだとも」

 

 ガルヴァトロンが叫んだ瞬間、先導していたシャッターとドロップキック、ブリッツウィングが一斉に武器を発射した……ガルヴァトロン目掛けて。

 

「なッ!?」

 

 相次ぐ爆発に混乱するも、すぐに状況を理解した。

 最初から、トリプルチェンジャーたちは味方になってなどいなかったのだ。

 アフィモウジャスが手を振ると、ドローンたちも攻撃を再開する。

 

「ガルヴァトロン!!」

 

 バリケードは駆け寄ろうとするが、KSIセントリーたちに阻まれた。

 

 ガルヴァトロンは集中砲火を浴びて、動けないでいた。砲撃その物では大したダメージは受けないが、無理に動けばマジェコンヌが砲撃にさらされる。

 

「おのれ……!」

「言っただろう? 勝ち馬に乗ると。それは貴様ではなかっただけの話だ」

「人間を護ろうなんて腑抜けに俺たちが本気で付いていくと思ったのか?」

「俺たちはな、メガトロンの野郎がとことんまで腰抜けになっちまったから軍団を抜けたんだぜ?」

 

 嘲笑を浮かべるシャッターとドロップキック、そしてブリッツウィング。

 マジェコンヌはガルヴァトロンを見上げて吼えた。

 

「ガルヴァトロン、何をしている! 反撃しろ!!」

「しかし、それでは貴方の身が危ない!」

「ッ! 私を、舐めるな!!」

 

 唯庇われることほど、マジェコンヌのプライドを傷つけることはない。

 一瞬にして四枚の翼を持った女性型トランスフォーマー、ターゲットマスターの姿に変身すると、ガルヴァトロンの陰から飛び出す。

 

「マジェコンヌ!!」

 

 呼び止める声を背に高く舞い上がったターゲットマスター・マジェコンヌは翼で体を包むようにしてキャノン砲に変形すると、ガルヴァトロンの右腕に合体した。

 

騎士(ナイト)気取りもいいがな! 私は守られるお姫様なんて柄じゃないんだよ!! ……一緒に戦うぞ!」

「ッ! ああ、分かった! 頼りにしているぞ!!」

 

 左手で背中からエクスカリバーを抜いたガルヴァトロンは、懐からカードの束を取り出し空中に放り投げた。

 

「レギオンども! やれ!!」

 

 宙に散らばったカードが黒い光を発し、ガルヴァトロンの分身レギオンが現れた。

 レギオンたちは弾雨の中を獣その物の動きで突っ切り、タンク・ドローンやKSIセントリーに飛びかかっていく。

 

 ガルヴァトロンはキャノン砲で崖の上のアフィモウジャスを狙って撃つと同時に地面を蹴って高く飛び上がった。

 光弾は首領には届かず彼を庇うように飛ぶエアロ・ドローンに当たって爆発を起こす。その爆炎を突っ切って、ガルヴァトロンは一気に相手に近づいた。

 

「柘榴のように潰れてしまえ、この売国奴がぁあああッ!!」

「あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ」

 

 白い鎧の脳天に向けて剣を振り下ろそうとした瞬間、真下の地面から土を巻き上げながら何かが飛び出してきた。

 咄嗟にそれを躱したガルヴァトロンの目に映ったのは、巨大なサソリのような姿の機械だった。

 

 彼の知るスコルポノックよりもずっと大きく武骨で、長い尾の先には針の代わりに大剣が生えていた。両の鋏はショベルカーのバケットのようで、節足はなくキャタピラが唸りを上げて動いている。まるで重機の集合体だ。

 そしてこの機械仕掛けの大サソリは、アフィモウジャスと同じ白い塗装に金の装飾が施されていた。

 

「これは!?」

「フハハハ! 金と技術と時間を惜しみなく注ぎ込んだ我がトランステクター! いよいよお披露目の時がやってきたわ!!」

 

 アフィモウジャスが高く跳ぶと、機械サソリがギゴガゴという異音と共に立ち上がり人型に変形する。

 一対の鋏はそのまま太い両腕へ、キャタピラはどっしりとした脚部へ、尻尾は背中から生えているような形になり見ようによってはマントをしているようにも見える。

 肩は横に大きく張り出し、膝や拳の甲には爪、腰部の両側に二連装ブラスター砲、尻尾の先には二門の光子キャノン砲を備えたその姿は、白と金というカラーリングにも関わらず力強く破壊的な印象がある。

 だが首から上が無く、まるで伝説の首無し騎士デュラハンのようだ。

 

 一方、その首無しの上まで跳んだアフィモウジャスは高らかに叫ぶ。

 

「ヘェッド、オン!!」

 

 逞しく刺々しいエクソスーツの手足を背中側に折り畳み、頭部が胴体に引っ込む。背中のマント型パーツは両側に移動して二本の角のようになり、胴体部分に目や口が現れた。

 まるでアフィモウジャスの頭部がそのまま巨大化したような姿だ。

 

 そしてそのまま降下してサソリが変形した首無しに頭部として合体する。

 

 ついに現れたその全貌は、ガルヴァトロンの実に二倍以上はある巨体のトランスフォーマーだった。

 尾の毒針替わりだった大剣『タイラントソード』を手に握り、一度振るうとそれだけで空気が震えた。

 

「フハハハハ!! これぞ破壊大帝を継ぐ者の威容! 破壊将軍アフィモウジャスの雄姿よ!!」

「ほざけ、小物が!! 裏切り者ども諸共、この場で叩きのめしてくれる!!」

 

 極限の怒りと稲妻を全身に漲らせ、ガルヴァトロンは父の後継を自称する不届き者へと向かっていくのだった。

 




今回の副題『メガトロン限界オタクの集い』
なお親父への理解度もホット・ロッドの方がちょっと上な模様。

翻訳アメコミ『ロボット・イン・ディスガイズ』と『モア・ザン・ミーツ・ジ・アイ』読みました。やっぱり戦後復興は大変だ……。
この作品にも無所属トランスフォーマーはいるけど、まあそんなに問題になってない感じ。

今回のキャラ紹介。

破壊将軍アフィモウジャス
秘密結社の首領アフィモウジャスが、サソリ型の大型トランステクターにヘッドオンした姿。ガルヴァトロンの二倍近くある巨体。
そのトランステクターには蒐集したトランスフォーマーの技術が惜しげもなく使われている。
主な武装はGメタルと呼ばれる金属で造られた『タイラントソード』
尻尾の先に備えられた二門の『光子キャノン砲』
両手の鋏の内側にあるミサイル砲と、腰の両側の二連装ブラスター砲。

見た目はスーパーリンク版メガザラックをヘッドマスターにした感じ(つまりパイレーツスコルポノック?)

※肩書きを暗黒将軍から破壊将軍に変更……設定的にこっちのが自然でした。


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第59話 アフィモウジャス

※アフィモウジャスの肩書きを暗黒将軍から破壊将軍に変更しました。


 噴煙を上げるスラル山の中腹に、剣を打ち合う音と砲撃音が轟く。

 

 メガトロンの息子たるガルヴァトロンと、メガトロンの精神的後継を自称するヘッドマスター、破壊将軍アフィモウジャスが熾烈な戦いを繰り広げていたからだ。

 

 ガルヴァトロンがマジェコンヌの変形したキャノン砲を撃てば、アフィモウジャスは尻尾の光子キャノン砲を撃ち返す。

 

 アフィモウジャスがタイラントソードを振るえば、その斬撃を躱してガルヴァトロンがエクスカリバーで斬り付ける。

 

 二人の戦いは、まさに一進一退だった。

 

「これほどの力を持ちながら……何故、こんな回りくどいことをしたぁ!!」

 

 鍔迫り合いの状態に持ち込んだガルヴァトロンは吼える。

 彼には目の前の相手が、何故シャッターたちに裏切りの振りまでさせて、わざわざこんな所にまで自分を誘い込んだ理由が分からなかった。

 これほどの力を持っているのなら、地球人が上陸した時点で彼らと協力することも出来たはずだ。

 

「くっくっく! 所詮貴様には分からぬか。この儂の深謀遠慮が!」

「なにぃ!?」

「ああやって全滅寸前にまで追い込まれれば、奴らは儂を頼らざるを得なくなる! そうすれば、もっともっと報酬を搾り取ることが出来るというもの! 命がかかっておれば、出し惜しみはすまい!!」

「この……金の亡者が!!」

 

 元々エクソスーツが中型トランスフォーマーほどもあったこともあって、トランステクターにヘッドオンした状態の秘密結社首領はディセプティコンのリーダーの二倍近い大きさを持ち、それ相応のパワーを持っていた。

 だがそれで怯むようなガルヴァトロンではない。

 

「剣よ!」

 

 一端距離を取って聖剣を天に翳すと、まるで避雷針のように何処からか稲妻が刀身に降り注ぐ。

 稲妻の力を得たエクスカリバーは、さらに破壊力を増す。

 

「それがどうしたぁ!!」

 

 アフィモウジャスは剣を地面に突き刺すと、両方の鋏の内側の二連装ミサイル、腰部のブラスター砲、尾の先の光子キャノン砲を一斉発射した。

 ミサイルと光弾が、嵐のように吹き荒れる。

 

「温いわぁ!!」

 

 ガルヴァトロンはキャノン砲を撃って相手を牽制、全身から放つ稲妻をチャフ替わりに弾幕を突っ切って一気に接近した。

 大上段からの斬撃を地面から抜いた剣で受け止めるアフィモウジャスだが、その巨体が僅かに後退する。

 頭部ユニットの表情も気圧されているように見える。

 

 大金をかけ、強力なトランステクターを作り上げた彼であるが実戦経験は少なく、その差が気迫の差となって徐々に出始めていた。

 

「薄汚い、売国奴め! はした金のために世界を売るとは!!」

「ハッ! 金の重要性を理解できぬとは、貧しさを知らぬ奴の口ぶりよな!!」

「それは心の貧しさのことか? 確かに貴様のような奴の性根の貧相さは理解できんよ!!」

 

 吼え合うガルヴァトロンとアフィモウジャス。

 お互いに目の前の相手がどうしようもなく腹に据えかねていた。

 

 万力を込めてガルヴァトロンを弾き飛ばしたアフィモウジャスは、ヘッド部分ごと機械サソリの姿に変形し、相手に圧し掛かるようにして襲いかかった。

 迫ってくる両の鋏をガルヴァトロンは咄嗟に受け止めるが、この形態のパワーはロボットの時より上であるらしく、ジリジリと後ろに押されていく。

 

「心の貧しさだと? そんな物は現実世界の金が埋めてくれるわ!!」

「金、金、金! それでよく父上の後継などと名乗れた物だ!!」

「儂はメガトロンの精神を継いでおるのよ! 己の我を貫き通す、その覇道をな!!」

 

 尻尾の先の大剣がガルヴァトロンを突き刺そうとしてくるが、体を左右に揺らしてそれを躱す。

 だがそうすることで、一瞬ではあるが体の力が抜けてさらに押されてしまう。

 

「母の乳が恋しい軟弱者め、『ママ~助けて~』とでも叫んでみたらどうだ!」

「ッ! 舐、め、る、なぁッ!!」

 

 しかしアフィモウジャスの罵りがガルヴァトロンにさらなる怒りを、怒りは機体にさらなる力を生み出した。

 両脚でしっかりと大地に踏ん張り、雄叫びを上げてアフィモウジャスを投げ飛ばした。

 

「なんだと!?」

「母上を愚弄する者は許さん!! ……ガッ!」

 

 地面に叩きつけられた大サソリにキャノン砲の狙いを付けた瞬間、横合いからの攻撃を受けた。T-72戦車に変形したブリッツウィングの戦車砲だ。

 

「へへへ、敵は一人じゃないんだぜ?」

「おのれ、卑怯な!!」

「ディセプティコンに卑怯もラッキョウもねえんだよ!!」

 

 さらにドロップキックも一度車の姿に変形してから山の斜面を登り、その勢いで飛び上がって攻撃ヘリに変形して機関砲を浴びせる。

 すぐにアフィモウジャスも体勢を立て直し、人型に戻って攻撃に加わった。

 もとより一対一で戦う気など毛頭ないようだ。

 

「ガルヴァトロン! こうなったら!!」

 

 ドローン軍団の相手をしていたバリケードは、四対一の戦いを強いられているガルヴァトロンに助力するべく、懐からクインテッド・エニグマを取り出した。

 ブルーティカスの力を持ってすれば、この状況を打破することなど容易い。

 

「ユナイト!!」

 

 エニグマが蜘蛛のような節足を生やして胸板に張り付き、目のように見える部分から赤い光線を放った。四筋の光線は正確にオンスロートたちに命中し……それから何も起きなかった。

 バリケードを含めて、誰も胴体や手足に変形しない。

 

「どうした、ユナイトだ! 何故合体出来ない!?」

「愚かなりバリケード。そいつの対策をしていないと思ったのか?」

 

 狼狽えるバリケードを、せせら笑う攻撃参謀の手には、金属の球体が握られていた。

 球体はまるで花の蕾のような形をしており、花びらに当たる部分を透かして内部から青い光が漏れていた。

 

「本物が劣化コピーの力を上回っているのは、当然である」

「まさか……調和のエニグマ!?」

 

 その正体を察してバリケードは目を剝く。

 合体戦士の祖、ネクサス・プライムの遺産たる調和のエニグマは、己の紛い物の光を打ち消すように強く輝いていた。

 ニトロ・ゼウスやモホークらはこの陰謀を知らなかったらしく、オプティックを白黒させていた。

 

「オンスロート! 貴様、謀ったなぁッ!!」

 

 先ほどの言動や遺物を持っていることから、相手の裏切りを理解したバリケードは攻撃参謀に飛び掛かろうとする。

 しかしそれよりも早く、調和のエニグマは花びらを開くようにして内部の光球を露出し、そこから放たれた光がバリケードを含めたディセプティコンたちを飲み込んだ。

 

「な、なんやコレは!?」

「まさか、また合体するってのか!?」

「おい、オンスロート! これはどういう……!」

「あれ? 今度は俺も?」

「おのれ! この裏切り者がぁああああッ!」

 

 パーツに変形しながら混乱するディセプティコンたち、そしてあらん限りの怒声を上げるバリケードに対し、オンスロートはニヤリと笑ってみせた。

 

「悪いな、状況判断である……合体(ユナイト)!!」

 

 オンスロートが咆哮するように叫ぶと、彼の身体がギゴガゴと音を立てて胴体部へと変形し、そこに他の四人が変形した手足が接続される。

 バーサーカーの肩の突起が鋏として備わった右腕、グリペンの後部バーナーが火炎放射器となった左腕、錆に塗れたドレッドボットの右脚にバリケードの左脚。

 全身の武装と背中から二門のキャノン砲の砲身が天に向かって伸びていること加え、両肩にはロケットランチャーが加わった。

 

 ……そして胸には、モホークが変形したパーツが張り付いていた。

 

「ブルーティカス、誕生(オンライン)!! ぐおおおおッ!!」

 

 六体のディセプティコンが合体したブルーティカスは、大咆哮を上げると近くにいたレギオンを踏み潰し、全身の火器を発射する。

 調和のエニグマによる合体戦士の力は、合体した者の数が多いほど大きくなる。そのため、モホークが加わったブルーティカスのパワーは以前よりも増していた。

 

「ブルーティカス、お前たち皆憎い!!」

 

 その声は以前のようにバリケードの物でも、オンスロートのそれでもなく、合体した全員の声が混ざっていた。口調も片言で粗暴だ。

 実は調和のエニグマで合体した場合の合体戦士は、全員が意思を合わせなければ知性が著しく欠けてしまうのだ。しかも今回の場合はオンスロートとバリケードが強く反目し合っているため、その精神は非常に不安定な状態に陥っていた。

 

「戦う! 止めろ! 破壊!」

 

 合体出来る人数が限定されている代わりに一人が残る全員を乗っ取る形のクインテッド・エニグマに比べて、調和のエニグマは安定性に欠けていた……元々兵器ではないのだからしょうがないことだ。

 

「ワケが分からない! 潰せ! 駄目だ!」

 

 胸パーツ(モホーク)がはしゃぎ、右腕(バーサーカー)が破壊を求め左腕(ニトロ・ゼウス)が混乱する。

 何とか手足を振り回そうともがく胴体(オンスロート)だが、状況に流されている右脚(ドレッドボット)はともかく左脚(バリケード)が意地でも動くまいと抵抗する。

 継ぎ接ぎの精神の巨大兵士は、レギオンばかりかドローンたちまでも巻き込んで暴れ回る。

 

 ガルヴァトロンは唯一信頼している仲間の惨状を察知していたが、この数と質の敵に囲まれては助けに向かうことも出来なかった。

 

「バリケード! 今助ける!!」

「待て! 奴のことは諦めて今は撤退しろ!」

「しかし……!」

「ここで犬死にする気か! ワイゲンドたちと合流すれば逆襲の糸口も掴める!!」

 

 右腕に合体したマジェコンヌの声に、ガルヴァトロンは悔しさと屈辱に歯噛みした。だが彼女の言う通り、このまま戦い続けても意味がないことも理解していた。

 

「畜生ッ……!」

 

 集中砲火を浴びながらも空中に飛び上がったガルヴァトロンは、被弾しながらも逃げようとする。

 このスラル山のプラズマを含んだ火山灰のせいでグランドブリッジは開けない。何とかプラズマの影響がない所まで行かなければならないのだ。

 

 当然の如くシャッターたちはそれぞれビークルモードに変形して手負いの獲物を追いかけ、アフィモウジャスもまたロボット、サソリに次ぐ第三の形態、戦闘機の姿に変形してそれに続いた。

 

 それでもガルヴァトロンの飛行速度は速く、何とか逃げ切ることが出来そうだった。

 

「馬鹿め、逃がすと思うか! やれ、ステマックス!!」

「承知!」

 

 しかし火口のちょうど上まで来た所で、何処からかジェット戦闘機が飛来した。そのコックピットには、ステマックスが乗っている。

 いつの間にか姿が見えなくなっていた秘密結社の隠密だが、影の薄さを生かして不意を打つ機会を伺っていたようだ。

 

「トウッ! ヘッドオン!」

 

 ステマックスはコックピットのハッチを開けて機体の外に飛び出し、体を折りたたむようにして左腕の巨大手裏剣が額飾りになった大きな頭部へと変形し、首無しの人型に変形したジェット機に頭部として合体する。

 

 背中のウイングや肩のタイヤ、上腕部のキャタピラなど複数のビークルの意匠を持つ、これがシックスチェンジャーとしてのステマックスの姿だ。

 

「ガルヴァトロン、覚悟!!」

「ぐッ……!」

 

 そのまま飛行の勢いを利用してガルヴァトロンの背中を蹴り飛ばしてバランスを崩させ、さらに逆手に持った忍者刀を突き刺した。

 咄嗟に身を捻って急所への一撃は避けたが、これにはガルヴァトロンも大きなダメージを受け、火口の縁へと墜落してしまう。

 ステマックスは悠々と離脱していた。

 

「ぐ、お……」

「ガルヴァトロン! おい、しっかりしろ!!」

 

 マジェコンヌに叱咤され何とか立ち上がろうとするガルヴァトロンだが、さっきの一撃のせいで体が思うように動かない。

 すぐ後ろの噴火口では、下の方で真っ赤に輝く溶岩が煮え滾っていた。

 

 その眼前に、アフィモウジャスとステマックス、トリプルチェンジャーたちが舞い降りた。

 口からエネルゴンの混じった液体を吐くガルヴァトロンを見て、秘密結社首領は高笑いする。

 

「ハハハ! これぞ我が結社必勝の布陣よ!!」

 

 アフィモウジャスはガルヴァトロンを直接倒すことに拘っていた。単なる謀殺ではなく、実力でも上回ろうと考えていた。

 そのために他のディセプティコンやワイゲンドら人間の兵士たちと分断し、ドローンを掌握して数の差を埋め、バリケードたちを合体することで封じた。

 アフィモウジャスはガルヴァトロンを倒すためにあらゆる準備をしていたのだ。

 

「そしてこいつで詰めよ! ステマックス、来い!」

「変化! ガンモード!」

 

 六つの形態の一つ、光線銃形態に変形した忍者を主君アフィモウジャスが手にする。

 いかに巨躯を誇る秘密結社首領と言えど、隠密が変形した銃は両手で抱えるようにして持たねばならなかった。

 だが、そうすることで二体のエネルギーが同調し、最大の威力の攻撃を放つことが出来るのだ。

 傷ついた体では躱すことも出来ない。

 

「必殺! アフィ魔Xキャノン、発射(ファイエル)!!」

「……そのネーミングはどうなんだ?」

 

 アフィモウジャスが引き金を引き、そのまんま過ぎる名前にシャッターが思わずツッコミを入れると、ガンモードの銃口から普段とは比べ物にならない凄まじいエネルギー波が放たれた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に右腕のキャノン……マジェコンヌが変形したそれを庇う体勢になったガルヴァトロンを、エネルギー波が飲み込む。

 

「がああああっ!?」

「ぐわあああッ!!」

 

 エクスカリバーが弾き飛ばされ、片方の角が折れ、腹に穴が開き、顔面の半分が破壊される。

 その余波は庇われた状態のマジェコンヌにすら届き、衝撃で右手から分離してしまう。

 

 ビームが止まった時、ガルヴァトロンは半壊した状態だったが、それでも倒れなかった。倒れなかったが、もう指一本動かすことが出来なかった。

 

「呆れた頑丈さだな……だがここまでだ」

 

 その姿に戦慄しているとも感心しているとも付かぬ声色のアフィモウジャスは、ステマックスを降ろしてガルヴァトロンに近づくと、折れていない角を掴んで引き寄せる。

 

「おのれ……世界への、裏切り者め……!」

「案ずるな。儂とてこの世界を地球人どもに侵略させる気はないわ。金を搾れるだけ搾り尽くしてから始末してくれる」

「な、何故だ……何故、それほどの力と知恵を持ちながら……たかが金のために!」

()()()()だと?」

 

 絞り出すような声が返ってくると、アフィモウジャスの声色がより強く殺気を帯びた。

 

「金が無ければ、人は飯を食うことも出来ん。金が無ければ、誰も助けてはくれん。簡単な道理だ! この世に人の運命を支配する神がいるとすれば、それは女神などではなく金に他ならんわ!!」

 

 大きく強いトランステクターとエクソスーツの奥から、怒りと憎しみ、そして隠し切れない妬みが滲み出していた。

 そしてその妬みこそが、アフィモウジャスがガルヴァトロン打倒に拘る最大の理由だった。

 

「貴様には分かるまい……金のない、惨めさなど! 分かるはずもない! 強く賢い父を持ち、母親に王子様のように甘やかされて育った貴様には、絶対に!!」

「…………憐れな奴だな」

 

 ほとんど機能停止寸前だと言うのに、ガルヴァトロンの瞳に浮かんだのは哀れみだった。

 慟哭にも似た叫びに、ふと目の前の相手が悲惨な出来事に合ったのだと思い至ったからだった。

 

「分かったような口を……利くな!!」

 

 それがよほど癪に障ったのか、アフィモウジャスは相手の顔面に拳を叩き込んだ。

 殴られたガルヴァトロンはゆっくりと後ろに倒れ込み、噴火口の中へと落ちていった。

 

「ぐ、があ……」

 

 一方、未だに暴れていたブルーティカスは、ようやっと合体が解けた。

 六人のディセプティコンたちがバラバラと散らばり、それぞれ元の姿に戻る。

 合体の後遺症で意識が朦朧とし、頭を振ったり悪態を吐いたりしている中で一番先に正気を取り戻したのはバリケードだった。

 

「ッ!」

 

 その目に映ったのは、半壊した主君の息子が、火口の中へと消える姿だった。

 バリケードは、ビークルモードに変形し、エンジンをフル回転させて火口まで登っていった。

 

「ガルヴァトロン!」

 

 地面に転がって意識を失っていたマジェコンヌは、意識を取り戻した。

 だが、ダメージで体を動かすことが出来ず、溶岩の海に落ちたガルヴァトロンを見ていることしか出来なかった。

 このスラル山の溶岩は単に超高熱と言うだけでなく、強力なプラズマを含んでいる。トランスフォーマーの金属の身体でさえも、完全に熔解してしまうだろう。

 バリケードは、変形して下を見下ろし、顔を絶望の色に染めた。

 

「ガルヴァトロン、そんな……」

「ガルヴァトロン……ガルヴァトロォンッ!!」

 

 叫びも空しく、メガトロンの息子は溶岩に沈んでいった……。

 




もうちょっと先まで書いてあったけど、長くなったので分割。
原作におけるアフィモウジャスも金の亡者なんですが、金より大事な物があることはちゃんと理解してる人です。
でも金以外に縋る物を知らないので、それに縋るしかない人だと、私は感じました。

何となくお分かりいただたけると思いますが、アフィモウジャスの作劇上の役割は、自分の親に否定的だったり、メガトロンの都合のいい部分を信奉していたりと、ホット・ロッド、ガルヴァトロン兄弟の『鏡像』です。
(それにしてもアフィ魔Xキャノンはもうちょっと良い名前を思いつかんかったものか……)


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第60話 慟哭のマジェコンヌ

 時間はやや遡り、ダロスの街の牢獄。

 NESTの隊員や艦艇の乗組員たちは、相も変わらず収監された状態だった。ホット・ロッドとガルヴァトロンの口論により、すぐさま殺されるような事態にはならなかったが彼らの未来は暗い。

 それを誤魔化すために、マスター・ディザスターは只管に寝ていて、ケイオス軍曹は黙々と腕立て伏せをしているが、それも限界が来るだろう。

 サヴォイは相変わらず、何か思い悩んでいるようだった。

 

 そんな彼らの前に、思わぬ面会者が現れた。

 

「よう」

「……お前か」

 

 頭を屈めて牢獄の通路に入ってきたホット・ロッドに声をかけられ、サヴォイは億劫そうに顔を上げた。

 

「何の用だ? 嗤いにでもきたか?」

「そんなこと言うなよ……あんたたちに質問があってきたんだ」

 

 炎の戦士と呼ばれるロボットの黒地の体には、その綽名に因んだのだろうオレンジ色のファイアパターンが入っていた。これは本人が洒落て入れた物だ。

 

 サヴォイは無感情に息を吐いた。

 

「なんだ?」

「あんたらの目的について聞きたい。あんたらの黒幕は、何のためにこの世界を攻めようとしてるんだ?」

「そんなことを聞いてなんになる? 第一、俺が言うとでも……」

「移住、だ」

 

 小馬鹿にしたように返したサヴォイだったが、途中で同じ房のサントスが答えた。

 サヴォイに睨まれても、もはや彼はこのCIA時代からの上司に従う気はないようだった。

 

「これくらいは構わないでしょう? ……地球は遠からず環境汚染や資源の枯渇によって人間が住めなくなる。だから人間が暮らすのに適した別の土地を手に入れる……少なくとも俺はそう聞かされていた」

「本当か?」

「知らん。上の言う事の真偽などいちいち気にしていられるか」

 

 嫌そうにサヴォイが答えると、ホット・ロッドは狭い中で器用に顎に手を当てた。

 目の前のロボットが何を考えているのか分からず、サヴォイはイライラとした。

 このエイリアンは、前はもっと直情的で血気盛んだった。簡単な策にも面白いくらい引っ掛かるような餓鬼だった。

 だが今は冷静さを身に着けたようで、まるで別人のようだ。

 

「だけど、そういう大義名分で動いてるのは確か、でいいんだな?」

「……ああ。裕福層(ブルジョア)が別荘作るのか、企業が資源を得るためにかは知らんがな」

 

 ムスッとした表情のサヴォイの答えに、ホット・ロッドは何か考え込む。

 何か重要なことが引っかかっているという顔だ。

 

「移住、そう移住だ。こっちに住もうってんだ。でもならなんで……」

「もういいだろう。とっとと出ていけ」

 

 ブツブツと言うホット・ロッドにつっけんどんに言ったサヴォイは、これで話しは打ち切りとばかりに粗末なベッドに横になった。

 

「すまん。俺が知っている情報は少ないんだ。ただ、俺たちが所属している組織の名前はコンカレンスと言う」

 

 サントスは、反対にロボットを見上げた。

 彼は組織への裏切りにならない程度に、知っている情報を伝えることにしていた。

 

「上層部は各国の権力者や資産家で構成されてるって話だが、俺も詳しい顔ぶれは知らない」

「かなりデカイ組織ってことか」

「ああ。それと一つ……お前の仲間は、みんな元気でやってるぞ。もちろんDC02……()()()()()()()()

 

 サントスが純粋な善意から言った言葉に、ホット・ロッドは一瞬ピクリと眉根を動かしたが、それだけだった。サヴォイはホット・ロッドの方を向かないまま苦い顔をした。

 この副官には、本当に限定的な情報しか知らされていない。当然、天王星うずめが二人いることも知らないのだ。

 

 それを知ってか知らずか、すぐにホット・ロッドは笑顔を作った。

 

「分かった、ありがとう。また来るよ。今度は何か差し入れでも持ってくる」

「楽しみにしてるよ」

 

 別れの挨拶を済ませると、ホット・ロッドは奥の倉庫として使われている部屋……秘密結社の面々が捕えられている部屋へと向かった。彼らとも話さなければならない。

 

「こういう時、もう少し小さくなれるといいんだけど……」

 

 奥の部屋の扉を何とか潜ると、中にはやはりアフィモウジャスとステマックスが向かい合うようにして座っていた。

 

「よう! 少し話が……!」

 

 軽く声をかけるホット・ロッドだが、用心のために軽くスキャンをかけた瞬間、異変に気が付いた。

 ステマックスの方は問題ない。だが白い鎧の秘密結社首領が可笑しい。

 慌てて駆け寄り鎧に手を触れると《手がすり抜けた》。これはホログラムだ。そしてそれを投射しているのは……。

 振り返ったホット・ロッドは、ステマックスにも触ってみる。こちらは実体があったが、何の抵抗もせず、まるで人形のように床に倒れた。同時にホログラムも消える。

 ホット・ロッドは知る由もないが、このステマックスは本人が作り出した分身だ。それもただの分身ではなくトランスフォーミウム合金で構成されたトランフォーマーのセンサーすら誤魔化す逸品である。

 

「やられた……まんまと逃げられた! 衛兵さん! すぐに来てくれ!!」

『ロディ! 応答してくれ!』

 

 すぐに衛兵たちがすっ飛んできたが、その時くろめから通信が入った。

 彼女は地球人の持ち込んだ兵器が保管されている倉庫を見に行っているはずだ。

 

「くろめか? 大変だ、牢獄にいた秘密結社の奴らが……!」

『こっちも大変なんだ! 地球の兵器が、ゴッソリ消えてる!! ドローンって奴だ!』

「なんだって!?」

 

 いったい何が起こっているというのか。

 秘密結社の首領と幹部、地球人の兵器が消えた。しかし、地球人は残されている。

 

 ……それと。

 

「おいっちゅ、そこのオートボット」

 

 考え込んでいると、不意に声が聞こえた。子供のような声だ。

 近くの部屋のワレチューが、ホット・ロッドを呼んだのだ。

 

「ワレチュー? お前は逃げなかったのか?」

「『この戦いには付いてこれそうにない』とかって置いてかれたっちゅ。それより、あいつらは、ガルヴァトロンを消す気っちゅ」

 

 その部屋に入ると、ワレチューとスパークダッシュたちが簀巻きにされたまま残されていた。ネズミ以外の三匹のモンスターは、主人に置いていかれて悲しそうに鳴いていた。

 いやそれよりも、言ったことの方が重要だ。

 

「あいつら、スラルとかいうトコに罠を張るって言ってたっちゅ! 三段変形の連中もグルっちゅ!」

「ッ! そういうことか!」

 

 シャッターたちの裏切りはガルヴァトロンを誘い出すための嘘だと理解したホット・ロッドは、目を剝いた。

 しかし、分からないことがある。

 

「なんでそれを教えてくれたんだ?」

「あのオバハン(マジェコンヌ)も知らない仲じゃないっちゅからね……それに、お前らにはフェミニアでの借りがあるっちゅ」

「そうか……ありがとう」

 

 こんな時ではあるが、ワレチューの意外な義理堅さに表情が柔らかくなる。

 今の仲間の情報を言うのは、彼なりに葛藤があっただろうにそれでも恩に報いてくれたことが、嬉しかった。

 

 

 

 

 

「はあ!? ガルヴァトロンを助けに行くだぁっ!?」

「ああ、このまま放ってはおけない」

 

 やや経って、件の倉庫の前に集めた仲間に状況と自分の考えを説明すると、クロスヘアーズが目を剝いた。

 ホット・ロッドの中に、ガルヴァトロンを助けに行かないという選択肢はなかった。

 兄弟かも知れない相手というのもある。だがそもそも彼らは、ディセプティコンを()()()ためにブリテンに来たのだ。

 

「ったく、こいつぁ甘ちゃんな隊長さんだぜ……ひょっとしたらオプティマス以上のお人好しかもな」

 

 最初こそ素っ頓狂な声を上げたクロスヘアーズだが、そのことは分かっているようだった。

 そんな相棒に、シーシャは意外そうな顔をした。

 

「乗り気だね。ディセプティコンは嫌いなんじゃなかったの?」

「大っ嫌いさ。だがまあ、ああいう餓鬼はほっとけねえんだよ」

「……()()()()()だね、あなたは」

 

 フッと、シーシャはいつもの色っぽい笑みとは違う酷くあどけない笑みを浮かべた。

 一方でドリフトは、少し迷っているようだった。

 

「隊長、思うのだが……恐らくトリプルチェンジャー以外のディセプティコンも敵に回る可能性が高い」

「何でだ? いくらなんでもこんなあからさまな裏切り行為に加担するなんて……」

 

 その言葉に納得できないホット・ロッドだが、ドリフトは首を横に振った。

 

「ディセプティコンというのは、とかく()()()に大して考えずに従う気質だ。それにガルヴァトロンは、地球人への激しい憎しみを除けば穏やかだが、ディセプティコンはもっと()()()()()()強い者を好む」

「味方を作る者より敵を倒す者。弱者に施す者より強者から奪う者。田畑を耕す者より獣を狩る者を主と仰ぐワケか……」

 

 エスーシャの分かりやすいような分かり辛いような例えに、ドリフトは頷いた。

 

「ああ。それに中には……戦いの場を与えてくれるなら上は誰でもいいというようなのもいる。そういった連中に忠誠心や義侠心を期待は出来ない」

 

 それを聞いてビーシャは目を丸くした。

 

「つまり……いわゆる脳筋? しかもその場のノリに流されやすいヒャッハー系の?」

「あの面子に限って言うなら、その通りだ」

「……分かった」

 

 一つ頷いたホット・ロッドだがそれはもちろん、これから行く先の危険性について分かったということで、行くのを止める気はなかった。

 ミリオンアーサーにはワイゲンド卿らに協力を仰いでもらっているが……他に、禁じ手と言える手段を取らねばならないかもしれない。

 そして、言うまでもなく暗黒星くろめも行くつもりだった。

 

「急ごう、ロディ! 早くしないと手遅れになる!!」

「……随分と焦っているな。君はもう少し、敵味方にドライな口だと思っていたが」

 

 いやにやる気を見せる彼女に、エスーシャが少し不思議そうな顔をした。

 すると、くろめはグッと拳を握った。

 ホット・ロッドの生き方を見て、彼女の中でマジェコンヌとの関係を隠し続けることはすでに重要ではなくなっていた。

 

「友達なんだ、マジェっち……マジェコンヌとは」

「何? それはどういうことだ」

「後にしてくれ、ドリフト」

 

 ドリフトは怪訝そうな顔でくろめを見たが、ホット・ロッドは追及することを禁じた。

 今は優先すべきことは他にある。

 

「でも、スラルまでは距離があります。エイハブの飛行速度だと……」

「……大丈夫だ、俺に考えがある」

 

 ネプギアの言葉に、自信を持って……自信を持とうとして力強く返す。

 その脳裏に浮かぶのは、やはりフェミニアで見た悪夢だった。

 

 自分の手に目を落とし、息を吐く。

 

「出来るはずだ。俺が、ロディマスなら……!」

 

  *  *  *

 

「フハハハ! 勝った、勝ったぞ! ハァーッハッハッハ!!」

 

 黒煙を噴き上げるスラル山の火口の縁。

 ヘッドマスター・アフィモウジャスは勝利に酔いしれ笑っていた。

 ガルヴァトロンの物だったエクスカリバーを地面に突き立て、墓標替わりにしてやると、より実感が湧いてきたようだった。

 

 マジェコンヌとバリケードは、呆然とガルヴァトロンが消えた溶岩の海を見下ろしていた。

 他のディセプティコンたちもやっと山の斜面を登ってきたが、オンスロートとバーサーカー以外のディセプティコンたちは困惑しているようだった。

 

「え? なに、どういうこと? ボス死んじゃったの?」

「みてえだな……」

 

 モホークがエクスカリバーと火口、人間の姿に戻って項垂れているマジェコンヌを交互に見ながら問うと、さすがのニトロ・ゼウスも普段の軽さのない声色で答えた。

 

「ま、死んでもうたもんはしょうがないわ。そこまでの男だったちゅうことや」

「お前の切り替えの早さが、羨ましいと言うよりは空恐ろしいぜアミーゴ……」

 

 すでにガルヴァトロンへの興味を失ったらしいバーサーカーに、ドレッドボットは深く排気した。

 

「…………」

 

 オンスロートは感情の読めない顔で、赤く煮え滾る溶岩を見ていた。

 

「ハーッハッハッ!」

「貴様……貴様、よくも!!」

 

 立ち上がったバリケードは、まだ笑っているアフィモウジャスに飛び掛かろうとした。

 ガルヴァトロンと互角の勝負を繰り広げた破壊将軍に彼が勝てるはずなどないのだが、そんな理屈は頭の中から吹き飛んでいた。

 

「へいへい、ごくろうさん」

 

 しかし、その拳が破壊将軍の顔に届くよりも早く、ブリッツウィングに冷凍光線を浴びせられ、物言わぬ氷のオブジェと化してしまった。

 

「ご苦労、ブリッツウィング」

「で、これからどうする気だ?」

 

 やっと笑うのを止めて労ってくるアフィモウジャスに、ブリッツウィングは呆れた調子で肩を竦めて問うた。

 オンスロートも左腕の重機関砲を回転させ、秘密結社首領を睨んだ。

 

「貴様に従え、というならお断りだが?」

「案ずるな。貴様らが儂の下に付かんことなど先刻承知よ」

 

 アフィモウジャスはトランステクターから分離すると、人型に戻って着地した。その後ろで首から下もサソリの姿に変形する。

 

「これで共闘も終わりだ。儂は貴様らのやることに干渉せんし、貴様らも儂に干渉しない。不可侵条約としておこうではないか」

 

 こうは言うが、その実ディセプティコンたちの行動を上手いこと利用しようとしているのは明らかだった。

 

「バカバカしい。このエニグマがあれば貴様など……ッ!?」

 

 一笑に伏そうとしたオンスロートだが、手に持っていたはずのエニグマが無いことに気が付いた。

 ハッと見れば、隠密ステマックスがエニグマを手に主君の傍に控えていた。

 

「いつの間に……」

「相変わらずの技前だな」

 

 センサーでも全く察知できなかったことにオンスロートが愕然とし、シャッターは舌を巻いた。

 ブリッツウィングは大仰に頷いた。

 

「いいだろう……さて、これで善人ぶったガルヴァトロンは消えた! 後はオートボットどもを消せば、このブリテンは俺たちの物ってワケだ!! 奪って壊して殺して、古き良きディセプティコンの生活と行こうじゃねえか!!」

 

 両腕を大きく広げての演説に、ディセプティコンたちは顔を見合わせた。

 この土地にはアンチ・エレクトロンが充満している。他のオートボットもディセプティコンはやってこれない。

 ホット・ロッドたちを倒せば、彼らを止める者はもういないのだ。

 

「よっしゃ。はよ、殺し合いに行こうやないかい」

「そのマイペースっぷりはちょっと引くぜ、アミーゴ」

 

 棍棒を抜いて好戦的に嗤うバーサーカーを、呆れた調子でドレッドボットが諫めた。この狂戦士は、本当に戦いしか頭にないらしい。

 

「で、あの女ももう用済みだな。やっとムシケラが弾けるのが見れる」

 

 一方、ドロップキックは何てことないように人間を風船のように破裂させてしまうブラスターの照準をマジェコンヌに合わせた……瞬間、その手をステマックスが掴んでいた。

 

「何もそこまですることはないで御座ろう」

「テメエ……このニンジャ野郎め、不可侵条約はどうした?」

「まあいいじゃないか。無理に敵対することもあるまい」

「……チッ!」

 

 隠密の行動に不機嫌になるブリッツウィングだが、シャッターに言い含められて砲を下げる。

 

「まったくだ。そんな女に構うより、他にすべきことがあるである……」

 

 一方でオンスロートは次にすべき行動を決めていた。

 絶望に固まった女性を一瞥すると、一瞬何とも言えない顔になった後で冷酷な表情を作った。

 

「すぐにネビュロンに戻って他のディセプティコンと合流せねば……そして奴らに選ばせるのである。()()味方となるかをな」

 

 その言葉の意味を察し、ブリッツウィングはギラりとオンスロートを睨んだ。ガルヴァトロンを倒すために共謀した両者だが、こうなった以上はどちらが上かハッキリさせなければならない。

 睨みあう二体のディセプティコンを、アフィモウジャスは面白そうに見ていた。

 彼らがダロスを攻撃し、街に混乱が起こっている間に地球人たちを助けだすことが、彼の狙いだからだ。

 

「…………」

 

 命拾いしたことになど一切興味を抱かず、マジェコンヌは地面に付いた手を握りしめた。熱された小砂利で自分の掌が焼けるが、気にはならなかった。

 

(またなのか……また、私は守れなかったのか)

 

 頭の中を過去の出来事が過っていく。

 

 生来の上昇志向の強さ故に、権力の中枢たるプラネテューヌ教会に所属したこと。

 そこで天王星うずめとイストワール、そして『彼』と出会ったこと。

 気の強さ故に人付き合いが苦手なマジェコンヌにとって、この三人は生涯で最も気を許せた友人だったこと。

 うずめが、その特異な力をコントロールし切れなくなり、国民に恐れられるようになっていったこと。

 自分とイストワール、『彼』でそれを何とかしようと色々手を講じたこと。

 

 その甲斐なく、恐怖から暴走した国民の凶刃からうずめを庇って『彼』が命を落としたこと。

 

 うずめが、そのことを苦にして自ら封印される道を選んだこと。

 

 うずめの力により、イストワールや自分を含めた全ての人間が、うずめと『彼』を忘れてしまった……彼女たちの存在が世界から抹消されてしまったこと。

 

 ……それらを止められなかったこと。

 

 マジェコンヌは呪った。

 うずめに降りかかった、理不尽な運命を。

 力がないことを言い訳に自分たちを正当化しようとする国民を。

 女神に犠牲を強いた世界の在り方を。

 

 そして何より、自分の無力を。

 

 今もまた、自分は守れなかった。

 脳裏に、あのガルヴァトロンの幼い日の姿が浮かんでは消える。

 父に憧れ、母に甘え、弟たちを愛した小さなガルヴァ……。

 だが、彼は消えた。火山の溶岩に融けて消え去った。

 

 胸の奥底から、強い怒りそして憎しみが目の前の火山の火のように燃え上がってきた。

 

「殺す……! 殺してやる!!」

 

 目元から涙が零れ落ちるのを自覚しながらも、マジェコンヌは立ち上がり、まだ言い合っているディセプティコンたちを睨んだ。

 

「殺してやるぞ、裏切り者どもめ! 恩知らずの……屑ども!!」

 

 その視線に気付いたアフィモウジャスとステマックスは少しだけ気圧されたようだったが他の金属生命体たちはマジェコンヌを嘲笑うか興味を抱かないかだった。

 

 彼らの言う所の『古き良き』ディセプティコンとは、弱者は踏み躙り、敵対者をあらゆる手を使って葬り、敗者を嘲笑う物で、彼らはすでに時代遅れになりつつあるその価値観にしがみ付いている者たちなのだ。

 

「貴様が言えた義理か。貴様とてガルヴァトロンを利用していたのであろう」

 

 オンスロートは、鼻を鳴らし感情の読めない声を出した。

 

「ハッ! お前に何が出来る、ムシケラ!」

 

 ブリッツウィングは特に見下し切った顔をしていた。

 確かにマジェコンヌがいかに怒り狂おうと、この場にいる巨人たち全員を殺せるはずもない。

 しかしマジェコンヌの身体から黒いオーラが噴き上がり彼女の身体を包んでいく。

 

「殺す……殺ス!」

 

 オーラに同調するようにマジェコンヌの身体が大きくなっていく。

 ターゲットマスターへの変身より強く、より硬く、より禍々しく。

 牙の並んだ口から荒い吐息と共に炎を吐き出すそれは、トランスフォーマーに迫るサイズの黒いドラゴンだ。

 だがブリテンの旗などでよく見られる首の長い四足歩行のタイプではなく、首が短く二足歩行で前足は腕になっている。

 何より、この竜は機械で出来ていた。

 

 この姿は恐竜の姿を持った四人の騎士(ダイノボット)、さらにはディセプティコンの始祖たる堕落せし者(ザ・フォールン)の力を部分的にコピー、統合することで編み出した対女神、対トランスフォーマー用の切り札とも言える姿だった。

 

 ダイノボットの長たる暴君竜をベースに、全身を角竜の装甲で覆い、棘竜のスパイクが肘や膝、背骨沿いに生え、背中には翼竜の被膜の張った大きな翼。しかし腕は格闘戦を行えるほど長く、二本の角が生えた頭は体に対し小さい。

 真っ黒い体のあちこちが在りし日の堕落せし者のように赤熱しているかの如く輝いている。

 

「ぐおおおおッ!!」

 

 機械仕掛けの黒竜と化したマジェコンヌは大きく咆哮を上げると、翼を羽ばたかせて飛び上がり呆気に取られているアフィモウジャスへと襲い掛かった。

 この姿は、彼女自身にすら狂暴性をコントロール出来ず魔力を際限なく消費してしまう諸刃の剣なのだ。

 

「将軍、危ない!」

 

 それに反応したのは、ステマックスだった。

 主君に忠実な隠密は、自らを盾にするかのようにマジェコンヌの前に立ちはだかった。

 忍者刀を肘から生えた角で防御したマジェコンヌは、口から激しい炎を吐いて敵に浴びせかける。

 

「邪魔ヲ、スルナアアッ!!」

「ッ! 変化、ウルフモード!」

 

 装甲を融解させるほどの炎から逃れるべく飛び退いたステマックスは機動力に秀でた狼の姿に変形し、炎を躱しながら敵の首元に食らいつく。

 

 防御力に優れ二門の砲を備えた戦車に変形して砲撃を開始する。

 

「オノレ、鬱陶シイ犬畜生メェッ!!」

「ぶっ殺したるでえええ!!」

 

 機械仕掛けの狼を振り払おうとする黒竜の背に、バーサーカーが棍棒を持って飛び掛かり、硬い体を何度も何度も叩く。

 

「貴様ァッ! 奴ラニ味方スルノカァッ!」

「知らんわそんなもん! ワイは殺し合いがしたいだけや! 頭も相手も誰でもいいんや!!」

 

 身を捩るマジェコンヌの背にしがみつき、バーサーカー大きな笑みを浮かべ、心底楽しそうに棍棒を振るう。

 

「殺して殺して殺して! その果てにワイと同じ殺しが大好きな奴に殺されたいんや!!」

「コノ、狂人ガァ!」

「うおッ!?」

 

 翼を大きく羽ばたかせてステマックスとバーサーカーを振り落としたマジェコンヌだが、そこに戦車に変形したブリッツウィングが、主砲はもちろんミサイルと熱線砲を一斉に発射した。

 

「死ね、オバハン!!」

「シャラクサイワァッ!!」

 

 マジェコンヌは空陸参謀の最大火力を物ともせず、鋭い爪のある手で彼に掴みかかろうとする。

 しかしシャッターやドロップキックが援護射撃に加わり、敵とならば容赦はしないステマックスも火力に優れた戦車形態(タンクモード)に変形して二門の砲を撃つ。

 

「ギグアアアッ! 許サン! オ前ダケハァッ!!」

 

 砲弾、熱線、光弾、ミサイルの雨に悲鳴を上げるマジェコンヌだが、それでもアフィモウジャスを葬り去ろうと口腔にエネルギーを溜め、一際強力な火炎を吐こうとする。

 

「ッ! ヘッドオン!!」

 

 後ずさりしたアフィモウジャスは、サソリ型トランステクターにヘッドオンしなおすと全ての火器を黒竜に放った。

 それは戦術性も何もない、我武者羅な攻撃だった。

 

「グワアアアッ!!」

 

 凄まじい飽和火力にマジェコンヌはついに叫び声を上げて地面に倒れ伏し、人間の姿に戻った。

 

「ぐ、ぐううッ……」

「驚かせやがって……だが残念だったな! トランスフォーマーに初登場補正はないんだよ!!」

「馬鹿な奴だ。ジッとしていれば命だけは助かったものを」

 

 ドロップキックが勝ち誇り、シャッターは鼻で笑う。

 痛みに呻くマジェコンヌだがそれでも相手を睨みつけた。

 

「必ず、お前たちに思い知らせてやる……!」

「そう言うセリフはな、負け犬の遠吠えって言うんだよ……さあ、ガルヴァトロンの後を追いな!」

 

 ブリッツウィングが熱線砲を向け、今度はステマックスが止める間もなく発射しようとして……泡のような球形のエネルギーフィールドに包まれて動きが止まった。

 

「なッ!? あの力は!」

「馬鹿な……!?」

 

 それが何なのか理解したニトロ・ゼウスとオンスロートは目を見開いた。アフィモウジャスもその力の持ち主を察し後ろを向いた。

 

 彼らから少し離れた場所に光の輪のような物があり、その内側にはスラル山とは違う景色が映っていた。

 そして輪の中心には、黒地にオレンジの炎模様の入ったオートボットが、銃口から煙を上げるショットガンのような形状のレーザーライフルを手に立っていた。

 

「そこまでだ!」

 

 ブリテン遠征隊の隊長、炎の戦士、ガルヴァトロンと並ぶもう一人のメガトロンの息子と言われる男。

 

 騎士ホット・ロッドがそこにいた。

 




話が進まない……。

どうでもいい話だけど、ロディマスとガルヴァトロンが兄弟なのは何も元ネタが全くない話ではなく、実写版TF第一作の初期稿においてオプティマスとメガトロンが双子の兄弟という設定だったから、というのに因んでいたり。

今回のキャラ紹介

ドラゴン・マジェコンヌ
マジェコンヌが機械の黒竜に変身した姿。
ダイノボットやザ・フォールンの力を一部コピーし、それを混ぜてバランスを整えることでこの姿となった。
狂暴性をコントロール出来ず大きな負担を受ける代わりに強大な戦闘力を得るが、それでもなおTFを圧倒するには至らず大きさもガルヴァトロンより一回り小さい程度。
鋭い爪と牙はTFの装甲をも引き裂き、口からは金属を融解させるほどの火炎を吐く。

元ネタは原作ゲーム無印とRe;birth1におけるマジェコンヌの最終決戦における変身体(つまり同作ラスボス)の真マジェコンヌ。
西洋ファンタジー的な四足歩行ではなく、二本足で直立した所謂怪獣体形。このグラフィックを流用した裏ボス八百禍津日神はシリーズ常連。
……もちろん、原作ではロボドラゴンではなく生物のドラゴン。
今回はあえなく敗れたが、もちろん意味なく変身させたワケもなく……。


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第61話 竜帝飛翔

「そこまでだ!!」

「馬鹿な……!」

 

 光のリングのような転送ポータルの向こうから現れたホット・ロッドの姿にアフィモウジャスは驚愕する。

 オートボットの隊長は、サポートメカのファイアローダーと合体したスーパーモードだった。

 ポータルの向こうからバンブルビーらオートボットたち、ミリオンアーサーとチーカマ、さらにはダロスに残ったディセプティコンたち、ワイゲンド卿とその兵士たちが現れる。

 

「まさか本当にこのようなことが出来るとは……」

「反則だよな、色々と」

 

 すでにゴールドサァドと合体した状態のドリフトとクロスヘアーズが呆気に取られたように呻いていた。彼らにしてみても、大規模な装置もなく本当に空間を越えられるかは半信半疑だったのだ。

 事実、スーパーモードになりさらにくろめとパラサイテック融合している状態でなければ、これほど大きなポータルは開けなかった。

 ホット・ロッドはレーザーライフルを構えながら、目だけ動かして相手方を確認した。

 

 トリプルチェンジャー三人と、あの忍者っぽいのは隠密ステマックス。とすると一際大きい白いのは秘密結社のボスがトランステクターにヘッドオンした姿に違いない。

 

 全員が出てくるやポータルが閉じるのを唖然と見ていたマジェコンヌだったが、氷漬けのバリケード共々不意にその姿が消えた。

 いや、目に見えないほどの超高速で動くバンブルビーに助けられたのだ。

 

「ほい! 思わず助け、ちゃった!」

『いいのいいの! 正義のヒーローは助ける相手を選ばない!』

 

 仲間の近くで急停止した情報員は、合体しているビーシャと軽口を叩き合いながらも抱きかかえたマジェコンヌをゆっくりと、小脇に抱えたバリケードをやや乱暴に地面に降ろした。

 すぐさま、ホット・ロッドから分離したくろめが駆け寄る。

 

「マジェっち! 大丈夫かい!? 酷い怪我じゃないか!」

「今回復します! ヒール!!」

 

 因縁深いネプギアに回復魔法をかけてもらったマジェコンヌは、ポカンとしていた顔をやがてクシャクシャに歪め、親友に子供のように抱き着いた。

 

「うずめ、うずめぇ……ガルヴァトロンが、ガルヴァトロンがぁ!」

「ガルヴァトロン殿がなんと!?」

「ガルヴァトロンが……死んだ」

 

 その様子に唯事ではないと察したワイゲンドの問いに答えたのは、ミリオンアーサーの炎属性の魔法剣で解凍してもらったバリケードだった。

 絶望した様子の偵察兵に、ワイゲンド卿は信じられないという目を向けた。

 

「死んだ……だと? 馬鹿な!」

「馬鹿なことなどないわ! この破壊将軍アフィモウジャスが、地獄に送ってやったのよ!! フハハハ!!」

 

 巨体を誇る秘密結社首領は、落ち着きを取り戻したようで高笑いする。

 

「遅かったか……!」

 

 グッとホット・ロッドは拳を強く握る。

 くろめに抱き着いて子供のように泣きじゃくるマジェコンヌを見るに、嘘八百ではないだろう。

 無力感と、怒りで胸の内が煮え滾る。

 

 オンスロートは、動揺が広がっているディセプティコン……この場合はポータルを通ってやって来た方の同胞たちを見回した。

 

「ふん、まあそんなワケである。ガルヴァトロンは死んだ……だから貴様らに選ばせてやる。我輩に付くか、死ぬかだ」

「……ちょっと待て! 俺に付くか、だろう!!」

 

 ホット・ロッドの時止め弾に撃たれて停止していたブリッツウィングが、弾の効力が切れるや騒ぎだす。

 ミリオンアーサーは、鋭くそんな二体を睨んだ。

 

「本当に自分の主君を裏切ったというのか!! なんと恥知らずな……!!」

「恥ってのはな、あんな甘ちゃんに従うことさ」

「ディセプティコンでは下剋上される方が悪いのだよ、お嬢ちゃん」

 

 怒りに身を震わせるブリテン王を、ドロップキックとシャッターが嘲笑う。

 オンスロートはギラリと居並ぶジャールの兵士たちを、彼自身が鍛え、先日は共に戦った人間たちを見回した。

 

「貴様らにも問おう。我輩の下に付く気はないか?」

「おいおい、あんなムシケラどもを手下にしようってのか?」

「貴様は黙っていろ。このシャッターの()()()が」

 

 ドロップキックが小馬鹿にしたような声を出したが、睨まれて黙り込む。

 落ちぶれたとはいえ幹部クラスであるオンスロートには格で劣ってしまうらしい。

 

「せっかく鍛えた兵士だ、殺すには惜しい。我輩の部下となるなら、より強くより洗練された軍隊にしてやろう」

「オンスロート殿……兵を指導してもらったことには感謝しておるし、貴殿の戦術眼には敬意を抱いていたが……もちろん、否だ」

 

 自分よりも大きな金属巨人を真っすぐに睨み、剣を抜いて切っ先を向けた。

 

「我が王はガルヴァトロン殿ただお一人よ」

「ならば仕方がない、交渉決裂であるな……で貴様らはどうするつもりだ?」

 

 オンスロートはこう返されるのが薄々分かっていたようでアッサリと勧誘を諦め、本命であるディセプティコンたちに視線を移した。

 彼らは元々損得からガルヴァトロンに与した無法者。心からの忠誠を誓った者などいないのだ。

 それを理解しているホット・ロッドは、大きく息を吐いた。内心での怒りに呼応するように目の中に赤い光が揺らめいている。

 アフィモウジャスは、ホット・ロッドを睨みつつも冷静に思考を回す。このもう一人のメガトロンの息子もいずれは片付けるつもりだが、この乱入は想定外であり何の準備もしていない。ここでの直接戦闘は避けるべきだろう。

 が、揺さぶりはかけておく。

 

「また会ったな、とでも言うべきかな? 隊長どの……いや今は炎の戦士などと名乗っているのだったかな? 御大層な肩書きよ、名前負けしておるわ」

「ああ、まったく身に余るね」

「くくく、貴様の如き夢想家がメガトロンの後継とは片腹痛いわ! それに相応しいのは、この儂! 破壊将軍アフィモウジャスよ!!」

「……お前はいったい何を言っているんだ?」

 

 その宣言に、ホット・ロッドは怒りを通り越して困惑する。いきなりメガトロンの後継がどうとか言われても寝耳に水としか言いようがない。

 バリケードに視線をやると、偵察兵はギラギラと秘密結社首領を睨みながら口を開いた。

 

「あいつはメガトロン様に憧れているらしい。精神的後継とやらを自称しているんだ」

「…………」

 

 心の奥底に、思いもかけない苛立ちが生まれるのをホット・ロッドは自覚した。

 そんな()()()()()()()理由でこれだけのことを起こしたのもそうだし、なんだか当のメガトロンのことを酷く馬鹿にされた気分なのだ。

 表情を歪める彼をどう思ったのか、アフィモウジャスは見下した調子で言葉を続けた。

 

「しかしガルヴァトロンのカリスマも大した物よな。こうして多くの将兵に見限られた、それもそのはずよ。奴は愚かだった。人を従わせるには欲する物を与えればいい……そんな単純なことすら分からなかったのだからな!!」

 

 確かに、ガルヴァトロンは余りにもディセプティコンたちのことを分かっていなかった。

 無法者に過ぎない彼らに良心を期待し、いつか信頼関係を結べると思っていたのだろう。

 バリケードですらも、彼が甘かったことを否定できなかった。

 しかしマジェコンヌは違った。

 

「愚かなのは貴様だ……」

「あん?」

「ガルヴァトロンは言っていたぞ。ずっと仲間や友達が死んでいくのを見てきて、親も兄弟も失って……そんな時にまた同族に会えて嬉しかったってな!」

「マジェっち……」

 

 半ば泣き叫ぶような声に、くろめは気遣うように肩を抱き、ディセプティコンたちは動揺した。

 マイペースというのも烏滸がましいバーサーカーですら、少し驚いていた。

 

「ガルヴァトロンは凄く嬉しかったんだ。お前らが犯罪者だって分かってた。でもゲイムギョウ界を護るために戦えば、過去の罪も清算できるって、恩赦を貰えるはずだって、そう言っていたんだ! なのに……!!」

 

 もはや声すら上げられずに嗚咽を漏らす彼女の背を、くろめは優しく撫でた。

 ホット・ロッドは軽蔑し切った、底冷えのする目をニトロ・ゼウスら、そして周囲のディセプティコンに向けた。

 

「お前ら、それでいいのか?」

「だ、だってディセプティコン的には下剋上は有りだし……」

()()()()()()()()()どうこうって話じゃあねえんだよ。()()()()どう思ってるかって聞いてるんだよ」

 

 ドスの効いた声でモホークの反論を封じたホット・ロッドの姿は、ダロスの街の時と同じように実際よりも大きく見えた。

 しかし、アフィモウジャスは適当にドローンをけしかける用意をしつつせせら笑った。これは場の空気が変わりつつあることを敏感に察知したからだった。

 

「ふん、くだらんことを……奴は己のお人好しさに付け込まれて陥れられた負け犬よ。あ奴みたいな奴をな、世の中では……馬鹿というのだ! それも救いようのない馬鹿だ!!」

 

 その物言いに、くろめが目を鋭くし他の者たちも怒りを露わにするが、ホット・ロッドはふと奇妙な違和感……というよりは既視感を覚えた。

 前にもこんな言い回しを聞いた。しかしまさか……。

 

「貴様とてそうよ。理不尽をばら撒く怪物になって欲しくないだと? バカバカしい、この世には食われる者と食う者しかおらんのだ! 獣と同じよ!!」

「少なくとも獣に『金』なんて概念はないな」

 

 その既視感のおかげで多少頭が冷えたものの、怒りの収まらぬホット・ロッドが冷徹に返すと、アフィモウジャスはここ一番の嘲けり声を出した。

 

「はん! 今更何を言ったとて奴は死んだ。そこの火口に落としてやったわ! もはや欠片も残ってはおるまい!!」

「……火山の、中に?」

「そう、煮え滾る溶岩の海にな!」

 

 瞬間、ホット・ロッドはこれまでの怒りすら忘れて目を丸くした。それから火口に目をやると濛々と噴き出される煙に、あたかも鼓動しているかのように一定の間隔を置いて稲妻が走っているのが見えた。それは徐々に間隔が狭まっていく。

 

「ああ、それは何と言うか……詰めが甘かったな」

「なに? ……むッ!?」

 

 その言葉の意味が理解できず怪訝そうにしたアフィモウジャスだが、突然地面が揺れ出した。

 

「じ、地震だ!」

「まさか、噴火か!?」

 

 まさかの大災害の予兆かと混乱する場だが、次の瞬間には火口から小規模な爆発と共に何かが飛び出してきた。

 最初それは火の弾のように見えた。しかし空中で制止し、身に纏わりつく溶岩を払ったそれは……。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 その姿を見止めたアフィモウジャスはそれが何であるか理解した。理解したが、現実だと受け止めることが出来なかった。

 

「嘘だろ!?」

「…………」

 

 ブリッツウィングも驚愕に後ずさり、オンスロートは目を剝いて言葉を失っていた。

 ブリテン遠征隊やジャール兵、ミリオンアーサーたちも愕然とそれを見上げた。

 

「ま、まさか、そこまで()()()()()なのか!?」

「ありなんだよ、これが」

 

 くろめが大口を開けホット・ロッドは安堵と呆れに息を吐いた。

 マジェコンヌは、様々な感情が混ざり合った声で、その名を呼んだ。

 

「ガルヴァトロン……!」

「ふむ、これはまた可笑しな状況だな」

 

 破壊大帝メガトロンの息子、ガルヴァトロンが火口に墜ちる前とまったく変わらぬ姿で宙に浮かんでいた。いや、アフィモウジャスたちに負わされた傷が綺麗に癒えている。

 そればかりかタイヤなどトラックのパーツが消えていることから、ビークルモードが代わっていることが分かる。

 

「馬鹿な……馬鹿な! 有り得ない! 確かに火口に沈んだはず!! いかな金属生命体とて生きていられるワケがない!!」

「俺を誰だと思っている? 不死身のガルヴァトロン様だぞ?」

 

 混乱し狼狽えるアフィモウジャスを見下ろし、ガルヴァトロンはゴキリと首を回す。

 

「久しぶりの溶岩風呂を楽しませてもらった。実にいい湯加減だったぞ」

「ば、化け物め!!」

 

 常識外の答えに、アフィモウジャスはこれまでになく狼狽する。

 策を尽くして万難を排した秘密結社首領だったが、彼のミスはガルヴァトロンの底力を甘く見ていたことだった。

 

 タリの四兄弟。

 

 破壊大帝メガトロンとタリの女神レイの直系の子供たち。彼らは皆、それぞれがトランスフォーマーの範疇に収まらぬ、新世代としても特異な能力を持っていた。

 

 四男、ロディマスは空間を超えるポータルを開く力を。

 三男、スカージは分身を生み出す能力を持っていた。

 次男、サイクロナスは他者と合体することが出来た。

 

 そして長兄ガルヴァトロンもまた、あらゆるエネルギーを吸収し己の力とするという能力を有していたのだ。かつて地球でダーク・エネルゴンを吸収したのもこの能力の応用だった。

 

 吸収するにはある種の『溜め』が必要であるため、ブラスター砲などによる攻撃を吸収することは出来ないしキャパシティの限界もあるが、条件さえ揃えば状況をひっくり返すことが出来る力だ。まさに今のように。

 

 ガルヴァトロンは溶岩の持つ膨大な熱エネルギーとプラズマ、さらに含有されていた重金属を取り込むことで傷を完全に癒したのだ。

 

 リーダーの復活に、ディセプティコンたちはいよいよざわめく。

 それらに構わず、ガルヴァトロンはマジェコンヌとバリケードの傍に舞い降りた。

 

「二人とも、大丈夫か?」

「ガルヴァトロン……本当にガルヴァトロンなのか?」

「ああ、もちろんじゃないか」

 

 信じられないという顔のバリケードに、ガルヴァトロンは微笑みかけ、それから駆け寄ってきたワイゲンド卿に視線をやった。

 

「ワイゲンド卿、来てくれたのか」

「無事で何よりだ、我が王よ。この身は微力なれど貴方の危機なら如何なる場にも駆け付けよう」

 

 胸に拳を当てて、ワイゲンド卿は忠誠の意を示す。その友情を嬉しく思うガルヴァトロンは大きく頷き、回復魔法をかけて貰ってもまだダメージのあるマジェコンヌの傍に屈みこんだ。

 

「マジェコンヌ、無事でよかった……」

「ガルヴァトロン……まったくなんという奴だ、お前は」

 

 目の前の相手の不死身っぷりに、マジェコンヌは嬉しいと同時に少し呆れてしまった。こっちはらしくもなく、泣いてしまったというのに。

 そんな彼女に、ガルヴァトロンは優しく笑むと手を翳した。手のひらから赤い光が放たれマジェコンヌの心身を癒していく。

 自らの持つエネルギーを分け与えているのだ。

 

 一通り傷が癒えたのを見たガルヴァトロンは立ち上がって、こちらを見ているホット・ロッドを睨んだ。

 

「それで? これはいったいどういう状況だ?」

「あんたを助けに来た。もっとも、その必要は無かったようだが」

「いや、おかげで二人が助かった。礼を言う」

 

 因縁重なる相手とはいえ、ガルヴァトロンは軽く頭を下げ、首を回し問題の一団を睨む。

 秘密結社と裏切り者の一団を。

 

「オンスロート、ブリッツウィング……何か弁明はあるか?」

「ない。さっき言った通り貴様には付いていけない」

 

 空陸参謀は言葉に詰まるが、攻撃参謀は言い切った。

 ドロップキックがチラリとシャッターに視線をやると彼女は冷静に思考を回しているようだった。

 彼女はすでに、展開次第ではアフィモウジャスを売ることまで考えていた。

 

「将軍、ここは撤退を……」

「……うむ」

 

 忠実な隠密ステマックスに耳打ちされて、アフィモウジャスは鎧の下で歯噛みした。悔しいがこの状況で無理に戦うのは危険だと分かっていた。

 ドローンを囮にして、グランドブリッジの開ける場所まで退かなくては。

 

「な、なあどうすんだよ!」

「いや俺たちは別に合体パーツにされただけだし……」

「言って聞いてくれるか、そんなの?」

「ワイは……まあどうでもええわ」

 

 一方、ニトロ・ゼウスやモホーク、ドレッドボットらは自分たちがどういう立ち位置にいるべきか迷っているようで、バーサーカーは棍棒を握りウズウズとしていた。

 ガルヴァトロンはそんな彼らを見て、失望と無念を込めて深く深く排気した。

 

「ならばもういい。俺たちの前に二度と現れず、邪魔もしないというのなら、この場は見逃そう」

「……どこまでも甘い」

 

 この期に及んで有情な言葉に、オンスロートは感情の読めない低い声を返した。その手に握られていたのは、調和のエニグマの複製品であるクインテッド・エニグマだった。

 ハッとバリケードが自分の装甲裏に手をやるが、エニグマはない。凍っている間に取られたようだ。

 

「その甘さが命取りだと、いい加減に学ぶがいい!!」

「ちょ、オンスロート!?」

「おい、せっかくなんやからワイは普通に殺し合いを……!」

「いやまてホントおいぃぃ!!」

「……あ! 今回は俺を入れて五人か!」

 

 口々に文句を言うニトロ・ゼウスたちだが、彼らが何をするより早くエニグマの目がギョロリと動き、赤い光を投射した。

 その光に当てられたニトロ・ゼウス、バーサーカー、ドレッドボット、そしてモホークの四人は次々と手足やパーツに変形し、オンスロートが変じた胴体に接続される。

 

「五体合体! ブルーティカス!!」

 

 現れた合体兵士は、右腕がなく、いつもならそれになるバーサーカーがバリケードが欠けた穴を補うように左脚になっていた。

 

「グおおおおッ!!」

 

 叫びと同時に、肩のミサイルが発射される。

 殺到するミサイルをガルヴァトロンは稲妻は全身から稲妻を発して撃ち落す。

 

「な!?」

 

 これに驚いたのは、むしろブリッツウィングやシャッターだった。

 この状況でこちらから戦いの口火を切るなど、不利なことだからだ。それを分からぬオンスロートでもあるまいに。

 

「それが答えか……ならばもはや、容赦はせん!! ディセプティコン、攻撃開始だ!! 人間の兵は下がって援護に徹してくれ!!」

 

 ガルヴァトロンはこれを離別の挨拶と受け取り周囲に攻撃を指示する。

 従わぬ理由はないと、ディセプティコンもジャール兵も動く。

 

「マジェコンヌ、下がっていてくれ」

「いやだ」

 

 念のためマジェコンヌを退かせようとするガルヴァトロンだが、にべもなく断られた。

 

「言っただろう? 守られてるお姫様なんぞ柄じゃないんだよ!」

「しかし……!」

「ああーもう!」

 

 心配してくれているのは分かるが過保護になりかけている()()に業を煮やし、マジェコンヌは精神を集中する。

 その体がオーラと共に大きくなり、再びドラゴンの姿になった。ガルヴァトロンからエネルギーを分けて貰った影響か、暴走する様子はない。

 さらに。

 

「アーマーアップ!!」

 

 マジェコンヌが叫ぶと、ドラゴンの身体がいくつかのパーツに別れ鎧としてガルヴァトロンに合体していく。

 背中には大きな翼を備えたバックパック、鋭い爪や突起の生えた肩当てや脚甲、ドラゴンの頭部が変形した兜。胸には特大の宝玉が輝く。

 だが何より目を引くのは右腕に合体している、尻尾部分が変形した巨大なキャノン砲だった。

 

 これぞドラゴン・マジェコンヌを『スパークアーマー』として身に纏ったガルヴァトロンの新たなる姿、ドラゴン・ガルヴァトロンである。

 

「おお……!?」

「これでそう簡単には離れんぞ! さあさっさとあの自意識過剰なサソリを叩き潰すぞ!」

「フッ……いいだろう! 共に行くぞ!!」

 

 マジェコンヌのコピーした強者たち、その因子が齎すかつてない力が全身に湧き上がり、ガルヴァトロンは翼を羽ばたかせて飛び上がった。

 稲妻のみならず炎までも纏い、口からも炎を吐く。

 その姿はドラゴンの意匠を持つ鎧を纏っているというよりは、ガルヴァトロン自身が竜に変身したようにも見える。

 

「竜……!」

「竜の戦士! いや竜の王だ!!」

「イカス……!」

 

 空を舞う竜の力を得たガルヴァトロンの雄姿を見上げ、ジャール兵やレーシングカーディセプティコンが歓声を上げた。

 

「くそ……ドローンども! 応戦せよ!!」

 

 いきなり動いた状況に、アフィモウジャスは毒づきながらも配下に指示を出す。戦うにせよ、逃げるにせよ、この場を切り抜けなけらばならない。

 KSIセントリーやタンク・ドローンが攻撃を始め、たちまちのうちにスラルの山は光弾が飛び交う戦場となった。

 

「あーもう! こうなりゃ自棄だ!!」

「あの馬鹿……仕方ない行くぞ!」

「応よ!!」

 

 続いてブリッツウィングも飛び上がり相手に向けて熱線を撃つ。シャッターも覚悟を決め、ドロップキックと共に変形する。

 戦いが始まったことに、クロスヘアーズはヤレヤレと首を横に振った。

 

「あー、結局こうなるかー……どうするよ隊長?」

「秘密結社の連中はこの場で押さえたい。俺たちも協力するぞ」

 

 ディセプティコンへの対処以外は禁じられているが、()()()()ディセプティコンと戦い、その過程で()()()()秘密結社をふん縛っても言い訳は立つ。

 クレバーな思考を読んだのか、クロスヘアーズはニヒルに笑うと空に舞い上がった。

 

「くろめ、融合だ!!」

「ああ……マジェっちの借りはタップリ返してやる!!」

 

 くろめは大きくジャンプして差し出された相棒の手に飛び乗った。

 そのまま顔の位置まで抱き上げてもらって唇にキスすると、その体がホット・ロッドの身体に溶け込むようにして融合する。

 全身に力を漲らせた炎の戦士は、背中のウィングを広げて地面を蹴ると、キャノン砲でドローンを蹴散らすガルヴァトロンの隣に並ぶ。

 

「そんなワケだ。呉越同舟と行こうぜ」

「……いいだろう、今回はそうしよう。足を引っ張るなよ」

「そっちこそな!」

 

 メガトロンの息子二人は揃って、メガトロンの後継を騙る敵へと向かっていくのだった。

 




後書きに代えて、今回のキャラ紹介。

ドラゴン・ガルヴァトロン
復活したガルヴァトロンが、ドラゴン・マジェコンヌと合体した姿。
分割されたドラゴン・マジェコンヌを『スパークアーマー』として鎧のように纏っている形。
主な武器は右腕のキャノン砲『ドラグーン・キャノン』と、翼の一部が分離した二振りのブレード、口からの火炎放射など。
マジェコンヌがコピーしたザ・フォールンやダイノボットの力を彼女以上に引き出している。
詳しいスペックと実力は次回で。

最初はガルヴァトロン単体でドラゴンに変形出来るようになる(ビーストⅡ版ガルバトロンの姿にリフォーマットする)というのを考えていたんですが、マジェコンヌがドラゴン属性を持っていることに気付き、せっかくならとこういう形に。
期待されてくださった方々は申し訳ありません。

でもドリル要素は残されていたり。


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第62話 シーシャとクロスヘアーズ

 ……こんな時だけど、少し昔の話をしよう。

 

 きっかけはルウィーである仕事(クエスト)を受けたことだ。

 なんでも、ある村を盗賊が襲っているので、それを何とかしてほしいという。

 アタシの専門はモンスター狩り、もしくはストリートファイトで勝手の違う仕事だ。でもその時はちょっと金欠で、それに義憤もあって盗賊退治と洒落込むことにした。

 

 しかしここで思わぬことになった。

 この仕事に、一名のオートボットが同行することになったのだ。教会でもこの事件は重く見ていたらしく、アタシの方が助っ人になった形になる。

 

 そう、この時アタシは初めて出会ったのだ。

 

 クロスヘアーズに。

 

  *  *  *

 

 スラル山の中腹にある谷間に、激しい銃声が響き渡る。

 ガルヴァトロン率いるジャール同盟側のディセプティコンたちがアフィモウジャスの操るドローン軍団と撃ち合っている。

 優勢なのは人間兵の援護を受けている同盟側だが、いくら倒してもドローンが湧いてくる。明らかに地球人が持ち込んだ数よりも多い所を見るに、いかなる手段によってか複製、増産したようだ。

 

 ガルヴァトロンに呼び出された分身レギオンたちがドローンに襲い掛かるが、その内の一体が巨大な足に踏み潰された。

 

「フハハハ! これは悪くない気分である!!」

 

 片腕を欠いた状態のブルーティカスはオンスロートの声で咆哮を上げながら暴れ回る。クインテッド・エニグマの効力によって合体したため意識を保っているのだ。

 ミサイルや迫撃砲の弾をばら撒きながら、岩をも砕く手足を振り回すのだから近寄れる物などいない。

 

 ……などと言うことはなく。

 

「遅い遅い!」

 

 黄色い閃光が弾幕をすり抜けて来たかと思うと、円を描くようにして巨人の周囲を動き回る。

 竜巻のように渦巻くエネルギーが、その内側に巨人を閉じ込める。

 

「おのれ! ブリッツウィング、ブリッツウィング! 援護しろ!!」

「命令するんじゃねえ!!」

 

 ファントムⅡの姿で飛来した空陸参謀は、冷凍ミサイルと冷凍光線でバンブルビーを狙い撃つ。いつかのように動きを封じようというのだろうが、そう上手くはいかない。

 ビーシャの力を引き出しているバンブルビーにとっては光線ですら亀の歩みのようにノロノロとして見え、躱すのは容易だった。

 

「ブリテンを支配するのはこのブリッツウィング様だ! メガトロンもオプティマスもいないここなら、王になるのも容易い!!」

『志低いなあ、それ。悪者ならせめて野望はでっかく持ちなよ』

「お前、キャラが、スタースクリームと被ってんだよ」

「喧しい!!」

 

 今となってはすっかりビーシャとバンブルビーにおちょくられるブリッツウィング。

 そんな彼を援護しようとするシャッターとドロップキックの前に、ドリフトが立ち塞がった。

 

「ここまでの乱暴狼藉、もはや許せぬ! 首を出せい!!」

「貴様か、デッドロック。相変わらずオートボットごっこをしているのか」

 

 小馬鹿にするように笑うシャッターにドリフトは激昂する。

 

「私はドリフト! オートボットの戦士だ!!」

『……少し、落ち着け』

「! エスーシャ殿!?」

 

 怒りのままに斬りかかろうとする侍を、合体してるゴールドサァドが諫めた。普段はまったく戦いに口を出さない彼女だが、さすがに目に余ったらしい。

 

『人は誰しも消えない傷跡、光と影を抱えているものだ』

「それではどっちつかずではないか!! 私は影よりも光を選ぶ!!」

『…………』

 

 その叫びにエスーシャは何処か不愉快そうな空気を滲ませながらも黙ってしまう。

 傍らに出現したドリフトの分身、影は以前よりもさらに色濃くなり細部まで見えるほどハッキリとした姿になっていた。

 

「行くぞ分身! 奴らを蹴散らしオートボットの正義を示すのだ!!」

 

 ディセプティコンたちに向かっていくドリフトの隣を、影は易々と追い越しドロップキックに斬りかかっていく。

 その顔には、目の前の敵以上の残虐な笑みが浮かんでいた。

 

「纏めて吹き飛ばしてくれる!!」

 

 ブルーティカスは一気に勝負を決めるべく左脚を大きく上げてそこにパワーを溜める。この状態だと衝撃波はここから出すようだ。

 だがそこへ飛来した影によって顔面に銃弾を浴びせられ、攻撃を中断させられる。

 

「へッ! 木偶の房め、総身に知恵がなんとかってな!」

『こういうデカブツの相手はアタシたちに任せな!』

 

 シーシャと合体して飛行能力を得たクロスヘアーズだ。

 弾幕を掻い潜って攻撃を加えるが、如何せん火力不足で大きなダメージを与えることは出来ない。

 

「そんな銃など痒いばかりよ!」

 

 ブルーティカスの肩からミサイルが発射され、クロスヘアーズに襲い掛かる。

 華麗に空を舞って追ってくるミサイルを躱し、あるいはフレアをばら撒いて撃墜する。

 

『ヒュウ! スタイリッシュだねえ!』

「これぐらい軽いぜ! ……しかし、このままだとジリ貧だな」

 

 シーシャの軽口に軽口で返すクロスヘアーズだが同時に状況を冷静に把握もしていた。

 隻腕のブルーティカスは不完全な状態でも望外の頑丈さを持ち、加えてその攻撃はこちらにとって漏れなく致命打になりうる。

 当たらなければどうということはない、というのも限界はあるのだ。

 

『……ねえクロスヘアーズ。アタシのこと信じてくれる?』

「あん?」

『いやさ、こういう時って二人の絆の力で大逆転、みたいなのがセオリーでしょう?』

 

 弾幕を躱しながら、クロスヘアーズはシーシャの言葉に怪訝そうな顔をした。

 

「それで何とかなるんなら、いくらでも信じてやるよ」

『……ん。ありがと!』

 

 その答えに、可能ならシーシャはきっと微笑んでいただろう。

 

  *  *  *

 

 アタシたちのお互いの第一印象は良い物ではなかったと思う。

 クロスヘアーズは口を開けば嫌味と皮肉と悪態が飛び出してくるようなヒトだしアタシは今よりだいぶ……何と言うか、精神的に尖がっている上に余裕が無かったし。

 

 さて現地に到着したアタシは、まずその村の寂れっぷりに驚いた。

 その村はルウィーの端にある寒村で、昔は良質なエネルギー鉱石が取れたというが今は鉱山が枯れて久しく、住人は農業を生業とする数えるほどしか残っていない。

 クロスヘアーズが開口一番に言った『何ともしけた村』という言葉は、言ってはなんだが的を射ていた。

 

 そして村は明らかに何度も襲撃を受けた跡があった。

 

 村民は口では歓迎しつつもオートボットを恐れた様子で、クロスヘアーズは悪態を吐き続けていた。

 正直アタシは、何でこの性格の悪いロボットが村を守ろうとしているのかよく分からなからず、何故来たのか、イヤなら帰ればいいと言った。

 彼は他に動ける奴がいなかったのでイヤイヤ来たのだと返してくると、同じ質問をこちらにしてきた。

 

 アタシは正義感からだ、人助けが好きだからと答えると……これを照れもなく冗談としてでもなく言えるくらいにはこの時のアタシは幼かった……妙な顔をされ、こっ恥ずかしいことを言うなと悪態を吐かれた。

 

 後に知った話だが、クロスヘアーズはある一人の子供に頼まれて、その子の持っていた僅かな報酬で仕事を受けたそうだ。

 

 ……彼の捻くれっぷりは、きっとどうやったって直らないのだろう。

 

 この時、気付くべきだった。

 村人たちの様子が可笑しいことに……。

 

  *  *  *

 

 シーシャが意識を集中させるとその力がクロスヘアーズの全身に行き渡る。

 目と胸の獣の爪の紋章が黄金色に光り輝き、右腕に新たな武装ゴールドサァドとしてのシーシャが使う腕と一体化したブラスター砲『シーバスター』が現れた。

 一見すると、それ以外に今までとの違いは見えない。

 

「そんな貧相な武器で何が出来る!!」

 

 ブルーティカス……正確にはオンスロートは以前に重武装が追加されたハウンドのGフォームを見ているだけに、僅かな武装が追加されただけのクロスヘアーズを嘲笑う。

 しかし当の本人は、ニヤリと自信ありげに笑っていた。

 それはこの姿の本質をよく分かっていたからだった。

 

『どうよ? アタシの具合もなかなかでしょう?』

「確かにな……悪くねえ!!」

 

 一体となったクロスヘアーズ・G(ゴールド)フォームはブルーティカスの弾幕を難なく潜り抜け、シーバスターから放つ光弾を顔面に叩き込む。

 しかし光弾が炸裂するも、ブルーティカスにさしてダメージを与えることは出来ない。

 

「フハハハ! 貧弱貧弱ぅ! 前と同じように蹴散らしてくれる!!」

『生憎とアタシの信条は『百万回やられても、負けない』なんだ! 何度でも立ち向かうさ!!」

「百万回もいらねえよ! この一回でパーフェクトクリアだ!!」

 

 哄笑する巨人だが、胴体に肉薄されていることに気付きギョッとする。

 次の瞬間には、クロスヘアーズは彼の身の丈ほどもある巨大な片刃の剣を大上段から振るっていた。剣には峰に獣の牙が並んだのような意匠があり、まるで巨獣の身体の一部のようだった。

 

「うぉおりゃあああ!!」

『まずは右腕! 部位破壊、いただき!!』

 

 肉厚な刃は、ブルーティカスの肩の関節部……胴体部とニトロ・ゼウスが変形した右腕の接続部を一刀の下に断ち切る。

 

「ぐうおおおおおッ!?」

 

 接続部を破壊され、右腕が轟音と共に地面に落ちる。

 元々クロスヘアーズにはこんな馬鹿でかい武器を使いこなせるような技術はない。しかし、シーシャとより一体化を深めたことで彼女の戦闘技能を使えるようになったのだ。

 すなわち、時に巨獣を狩り、時に徒手空拳で自分より大きい男を屠る、その技の数々を。

 

「調子に乗るなよチッポケなムシケラがああああッ!!」

 

 ブルーティカスは咆哮を上げ、残った火器を一斉発射する。

 その弾幕を潜り抜けて巨人に肉薄するクロスヘアーズだが、モホークが変形した胸部パーツからナイフが飛び出してきた。

 

「ッ!」

「もらった!!」

 

 一瞬だがクロスヘアーズが怯んだ瞬間、ブルーティカスは思い切り足を上げて敵を蹴り上げたが、易々と躱される。

 

 モンスター狩りとストリートファイトで鍛えたシーシャの動体視力を持ってすれば、この程度は簡単なことだった。

 

『そんな技! みえみえで過ぎて欠伸が出るね!』

「そろそろ決めるぜ……スタイリッシュによ!! はぁああああっ!!」

 

 裂帛の気合を込めて、クロスヘアーズはブルーティカスの顔面に拳を叩き込む。それも一発や二発ではなく、さらに蹴りや掌底、肘打ちに膝蹴りも交えた乱舞だ。

 その一発一発が巨人の顔面に衝撃を与え、装甲とフレーム越しにその内部機構を揺さぶる。

 

「ッ……!」

「せい、やああああ!!」

 

 そして最後に渾身の回し蹴りを額に叩き込まれ、ついにブルーティカスはゆっくりと仰向けに倒れた。

 

(馬鹿な……! いくらなんでも、こんなにアッサリと……!!)

 

 地面に向かって倒れながら、オンスロートは混乱する。

 これほど強大な力を持つ合体兵士が、いくら強化されたとは言え一オートボットに敗れると言うのか。

 

(そ、そうか……)

 

 だが、彼の戦術家としての意識はすぐさま敗因を悟った。

 調和のエニグマを使って合体能力を得た時点で、オンスロートら六人は合体パーツに変形するようリフォーマットされていた。そしてエニグマによる合体は、全員が心を合わせなければ力を発揮できない。

 つまりクインテッド・エニグマによる強制合体では、ブルーティカスは著しく弱体化してしまうのだ。

 

 それだけではない。

 ドローンたちはこれだけの数がいるのだから、その数を生かせば良かったのだ。

 いかに強化されようと数の暴力は易々とはひっくり返せない。それを可能にするだろうハウンドもこの場にはいない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 無意識のうちに合体兵士としての力に酔いそんな簡単なことすら失念していたのだ。

 

(このオンスロートともあろう者が……なんたる不覚! なんたる無様!!)

 

 屈辱と無念に苛まれるが、もはやどうすることも出来ず轟音と土埃を巻き上げて地面に横たわった。

 

  *  *  *

 

 ……宿屋で一夜を明かして気付いた時には、アタシたちは助けにきたはずの村人たちに捕らえられ、納屋に入れられていた。

 クロスヘアーズも、特殊な道具で拘束されていた。

 

 村人たちは我が身可愛さにアタシたちを敵に売ることにしたのだ。

 

 「せっかく助けに来たのに」と悪態を吐くクロスヘアーズに……アタシも同じ意見だと言うと、これまでになく変な顔をされた。アタシがそんなことを言うとは思っていなかったという顔だった。

 

 怒りに燃えていると外が騒がしくなり、一人の子供が納屋に忍び込んできて拘束を解いてくれた。クロスヘアーズに仕事を依頼したという少年だった。

 その少年に曰く、盗賊はアタシたちを差し出せば村に手を出さないという約束を反故にし、暴れているのだという。

 

 少年は言う。

 自分はこの村のために戦う。

 アタシたちだけでも逃げろと。

 ……もちろん、そうするつもりだった。

 

 少年には悪いが、こんな村なんか焼き尽くされてしまえばいいと、本気でそう思った。

 

 だってそうだろう?

 こんな裏切りを受けて、裏切った奴らのために戦おうなんて言うのは馬鹿だ……そしてクロスヘアーズは、馬鹿だったらしい。

 

 アタシは信じられなかった。

 あれだけ文句と嫌味を言い続けていた奴が、迷わずに盗賊を倒しに向かおうというのだ。

 何故と問うと、彼はなんてことないように返してきた。

 

「先に報酬を受け取っちまったんでな」

 

 少年が払ったという報酬は、僅かな額……それでもその子にとってはなけなしの全財産だった。

 

「それに、こういう餓鬼はな、ほっとけねえんだよ」

 

 彼にとっては、自分を助けに現れた少年一人のために戦うことは当然のことだった。

 そんな彼の背中が酷く眩しくて、自然とその後を追っていた。

 

 村を荒らしまわる盗賊たちの、そのリーダーは元オートボットだというトランスフォーマーだった。

 そいつはオートボットとディセプティコンと和平を結んだことが気に食わないらしく、村を攻撃してエネルギーを奪い、それを元手に軍備を拡大する気らしい。そして最終的にはディセプティコンを駆逐するのだと息巻いていた。

 今までに何人もの仲間を戦いで失ったお前だってディセプティコンは憎いはずだとクロスヘアーズを勧誘してきた。

 彼は頷いた。

 

「ああ、俺だってアイツらは大嫌いだね。思い知らせてやりてえ」

 

 それを仲間になりたいという意味だと思ったらしい盗賊オートボットはニヤリとしたが、次に聞いた言葉に笑いを引っ込めた。

 

「けどな……それは()()嫌いってだけだ。テメエと違って他人にまで強制はしねえよ。ましてこんな()()()()()()()()()()()()手口じゃあな」

 

 そこからは大乱戦だったが、クロスヘアーズの早撃ちでアッという間に片付いた。アタシはほんの1ダースほどならず者をぶちのめしたくらいだったね。

 

 全てが片付いて、遅まきながらやってきたルウィー教会の警備兵に盗賊団を引き渡し、アタシたちは村を後にした。

 村人たちは恥じ入った様子だったが、それよりも少年が手を振ってくれたことの方が嬉しかった。

 

 ……ふとアタシは聞いてみた。相棒にしてくれないかと。

 今回のことで自分の未熟さや、考えの甘さ、精神の脆さを痛感した。

 彼と一緒なら……もっと本当の意味で強くなれるような気がしたのだ。

 

「てめえがもう少し色っぽい美人になったら考えてやるよ」

 

 そして冗談めかして言われたそんな台詞を、今よりもう少し純朴だったアタシは割と本気にしてしまったのだ。

 

 ……後にアタシは、ルウィーの女神ブランちゃんと出会ってまたもう少し失敗と成長を繰り返すことになるのだが、それはまた別の話だ。

 

  *  *  *

 

 地面に崩れ落ちたブルーティカスを見て、ジャール同盟の兵士たちが歓声を上げた。

 これで残る敵は、ブリッツウィングやドロップキックは唖然としシャッターはすでにこの場を凌ぐ算段を付けようとしていた。

 

『ふう……討伐完了! なかなかの獲物だったね!!』

「へ! 全然大したことなかったぜ!」

 

 地面に降り立ったクロスヘアーズはシーシャの言葉に皮肉っぽい笑みを浮かべ、二丁の銃をクルクルと回してからコートの裏にしまう。

 

『でさ、クロスヘアーズ。アタシを相棒にしてくれる?』

 

 シーシャは昔と同じ質問をもう一度した。

 彼が自分のことをルウィーの盗賊退治の時に組んだ相手だと気付いていないことは分かっていた。こうして一緒に戦うようになってからも、そんな素振りは見せないし。

 

 なにせ、あの時は若気の至りで男性用の全身甲冑なんていう随分と色気のない恰好をしていたのだ。

 今のようにイメージチェンジをしたときは、ゴールドサァドの仲間たちに随分と驚かれたものである。

 

クロスヘアーズは一瞬キョトンとした後で、ぶっきらぼうに返してきた。

 

「……もうとっくに相棒だろうが。()()()よりは、だいぶ立派になったしな」

 

 その言葉が意味する所を察し、シーシャは死ぬほど驚き……そして死ぬほど嬉しかったのは言うまでもないだろう。

 




クロスヘアーズがあっさり覚醒したのは、すでにシーシャが彼を信頼していたが故。
何気に遠征隊の面子の中ではクロスヘアーズは単純に捻くれてるだけで、問題は抱えてなかったり。

それだけにどっちも問題だらけの最後の一組はえらい厄介なことになりそうですが。

シーシャが昔全身甲冑着てたのは、魔界村ネタ。
二人の過去のイメージは古き良き西部劇。


今回のキャラ紹介。

クロスヘアーズ・G(ゴールド)フォーム
クロスヘアーズとシーシャが信頼し合うことで生まれた新たな姿。
見た目はほとんど変化がなく、必要に応じて大剣やエネルギー砲『シーバスター』を装備できるようになった。全体的な能力も底上げされている。
しかしその真価はシーシャの格闘技やモンスター狩りの技の数々……自らよりも大きく強い敵を倒すための技術を使えるようになったことにある。

ブルーティカスに勝てたのは、本編でも言っている通りにブルーティカスの方が本領発揮できなかったことに加え、上記のようにジャイアントキリング特化型ゆえの相性勝ち。

次回はホット・ロッド&ガルヴァトロンの兄弟とアフィモウジャス&ステマックスの主従のタッグマッチになる予定。


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第63話 兄弟、友達、主従

 時間はやや遡る。

 暗黒星くろめとパラサイテック融合し、スーパーモードとなった騎士ホット・ロッド。

 マジェコンヌが変身した機械竜を鎧として纏った、新破壊大帝ガルヴァトロン。

 

 成り行きとは言え共闘することになった二人は、並んで秘密結社の首魁、サソリを模したトランステクターにヘッドオンしたアフィモウジャスに向かっていく。

 

「なんだ貴様ら、揃って女と合体だと! 儂なんか女の人と手を繋いだこともないのに見せつけているつもりか!!」

「……何を言っているんだお前は」

 

 対峙して開口一番にワケの分からないことを吠えるアフィモウジャスに、ホット・ロッドは思わずツッコミを入れる。

 それに構わず、アフィモウジャスは尻尾の先の光子キャノン砲を発射する。

 

「リア充爆発しろぉおおおッ!!」

 

 左右に跳んで敵の弾を躱したホット・ロッドとガルヴァトロンは、それぞれにアフィモウジャスに向けて飛んでいく。

 

「左右から挟撃するぞ!」

「言われずとも!」

 

 光子キャノンだけでなく腰のブラスター砲や鋏のミサイルを撃って二人を撃ち落そうとするアフィモウジャスだが、飛び回る彼らを捕えることは出来ない。

 

「ええい! ちょこまかと!!」

「ホット・ロッドよ、先手は俺が貰うぞ!」

 

 ガルヴァトロンは腕に備わったドラグーン・キャノンを敵に向けた。その砲口にエネルギーがチャージされていく。

 

「させぬで御座る!!」

「ッ!」

 

 だが砲口が火を噴く瞬間、狼のような影がガルヴァトロンに組み付いた。狼モードの隠密ステマックスだ。

 キャノン砲から放たれた真っ赤な破壊光線は、アフィモウジャスの横を素通りして背後の山肌に命中し、大爆発を起こした。

 

「また貴様か、ニンジャ!」

『さっきからいないと思ったら! キャラが濃いのに存在感が薄いぞ貴様ぁ!!』

「これぞ、隠形の術! このステマックスのいる限り、将軍には指一本触れさせぬで御座る!!」

 

 マジェコンヌの声に構わずガルヴァトロンの喉に噛みつこうとするステマックスだが、敵の口から放たれた爆炎にさしもに飛び退く。

 そしてそのまま宙返りしながらロボットに変形した。

 

 そこにホット・ロッドがレーザーライフルを発射するも、ステマックススは忍者の肩書きに恥じぬ素早い動きで避けてしまう。

 

「ッ! 速い!」

「おのれぇえええ! 実質四対二とか卑怯だろうがぁッ!!」

「お前が言うな! 一人で大軍団動かしてる癖に!!」

 

 アフィモウジャスによる大上段からの斬撃を躱してソウブレードで斬りかかるがホット・ロッドだが、相手の強固な装甲を傷つけるには至らない。

 

「硬いなおい!」

「このトランステクターを造るのに大枚の叩いたのだ! 金をかければそれだけ強いのは道理! 儂が苦労して稼いだ金で得た力、すなわち儂の力よ!」

『重課金でパワープレイっていうは、ちょっと品性に欠けないかい?』

「強さに品性も何もないわ! 勝てばよかろうなのだ!!」

 

 ホット・ロッドと一体化しているくろめの半ば呆れたような呟きを、アフィモウジャスは聞き漏らさなかった。

 鋏で掴んでホット・ロッドを投げ飛ばし、さらに踏み付けようとする。

 自分の二倍はある相手に踏まれてはたまらないとホット・ロッドは地面を転がってそれを躱すと、素早く立ち上がって一旦距離を取る。

 そして両腕を組み合わせたフォトン・エリミネーターで攻撃するも、やはりトランステクターを傷つけることは出来ない。

 

「ロ……ホット・ロッド!」

「行かせはせぬぞ!! ステルス流忍法、影分身の術!!」

 

 苦戦しているホット・ロッドを助太刀しようとするガルヴァトロンだが、眼前のステマックスが印を結ぶと、その姿は陽炎のように揺らぎ六つに増えた。

 驚くべきことに、ガルヴァトロンのセンサーは六人に増えたステマックス全員が、ホログラムなどではない実体があることを告げていた。

 

「なんと……!」

「分身殺法を受けてみよ! 変化!」

 

 六人のステマックスは素早くガルヴァトロンの周りを取り囲むと、内五体がそれぞれ装甲車、戦闘機、戦車、狼、銃の姿に変形してそれぞれの武器で攻撃してくる。

 もちろん、その全てが幻などではない本物の攻撃だ。

 戦車や装甲車、銃の砲撃を翼で防御し、戦闘機の上空からの銃撃をよけ、噛みついてくる狼を口からの火炎放射で撃ち落し、忍者刀を翼の一部を分離させた二振りの曲刀で受ける。

 四方八方から嵐の如く連続攻撃されては、いかにドラゴン・ガルヴァトロンと言えど容易には反撃できない。

 

「一人で六人分とは! これほどの技を持ちながら、あんな金の亡者に尽くすか……!!」

「我が忠義は、将軍のためにあるで御座る! 何より将軍は拙者にとって唯一無二の友!」

『……友達だと?』

 

 強い響きのステマックスの声に、マジェコンヌが反応した。

 

『友達なら、何故止めない! こんなことを続ければ待つのは破滅だろうが!!』

「間違いは百も承知! それでも拙者は将軍を……アイフを守る! その願いを叶える!この命に代えても!!」

『……ッ!』

 

 その声に、マジェコンヌが衝撃を受けたのを感じ取り、ガルヴァトロンは砲撃に耐えながらも問う。

 

「マジェコンヌ?」

『……私はアイツと同じだ。友達のためならと、自分を正当化してきた』

 

 マジェコンヌはかつて、友達を……天王星うずめを守れず、そして彼女のことを忘れてしまっていた。

 しかし世界と自分の無力さへのやるせなさと憤りは残り、それが生まれ持った上昇志向の強さと結びついて女神打倒の野望を抱くようになったのだ。徐々に記憶を取り戻し、そのことを自覚したのはディセプティコンとつるむようになってしばらく経った頃だった。

 その負い目もあって、くろめのゲイムギョウ界への復讐計画に手を貸し、それにガルヴァトロンたちを巻き込んだ。

 友達のためだからと、そう思ってきた。

 だがそれでは自分が憎んだ連中と……恐怖に侵され、平和のためと嘯いてうずめを追い詰めた連中と何も変わらない。

 

『友達が過ちを犯そうというのなら、止めなければいけなかったんだ! 例え憎まれても、それでも! あいつが堕ちるのを、自分を犠牲にするのを!!』

「…………」

 

 マジェコンヌの抱える痛みと悲しみが伝わってきて、ガルヴァトロンは我知らず強く拳を握りしめ、全身に力を溜め一気に解放する。

 その身体から強烈なエネルギー波が放出されると、周囲の忍者たちは纏めて吹き飛ばされ、一体を残して消滅してしまった。どうやら分身は防御力はそこまでのようだ。

 

「ぐ!?」

 

 最後に残った一体……本物のステマックスも、ダメージを負って地面に墜落する。

 

「増えたのならば全て潰せば済むことだ! 何のことなし!」

『なんとも脳筋な解決方だな……』

 

 ガルヴァトロンは翼を広げるとステマックスに向けて突撃し、体勢を崩している隠密の脳天に向けて曲刀を振り下ろす。

 

「ステマックス!!」

 

 だがそこへ横合いから光弾が飛んできて、ガルヴァトロンは攻撃を中断せざるを得なかった。

 隠密の危機を察知したアフィモウジャスが標的を変えて砲撃してきたのだ。

 

「ステマックス、無事か!」

「将軍、拙者は平気で御座るよ」

 

 アフィモウジャスが駆け寄ると、彼の忠実な隠密はすぐに立ち直り、主君を庇う位置に陣取った。

 その隙にホット・ロッドは光弾を翼で防いだガルヴァトロンの横に並ぶ。

 

「手間取ってるみたいだな!」

「何せ六対一だからな。そちらこそ苦戦しているようじゃないか」

「あの野郎、異常に硬いんだよ!!」

 

 皮肉を吐き合いながらも武器をこちらに向ける二人を睨み、アフィモウジャスが吼える。

 

「この、甘ったれの、餓鬼臭い、夢想……いや妄想家どもが……! 見るがいい、この姿こそ破壊大帝を継ぐ者に相応しい威容! 儂はこの力で覇道を成すのだ!!」

 

 刺々しく攻撃的なアフィモウジャスのトランステクターは、確かにメガトロンを思わせた。

 

「そしてメガトロンの後継となる! 貴様たちではなく、この儂こそが!!」

「そんなもん、なろうと思ったこともないね! ……けど、お前が相応しいとも思えない」

 

 今までとは打って変わってホット・ロッドは底冷えのする声を出した。彼にしてみれば、『メガトロンの後継者』なんていうのはこれっぽっちの魅力も感じられず、そのためにこれだけのことを起こしたなんて信じられない話だった。

 くろめも冷たい声で吐き捨てる。

 

『前にある人から聞いたことがある。メガトロンっていうのは『ヒーロー』なんだってさ。そしてその人に曰く、ヒーローっていうのは他人に引かせるよりはマシって自分から貧乏くじを引きに行く奴らしいよ。形はどうあれね……君はどう見ても違うな』

「はん! 誰がそんなことを言ったか知らぬが、そいつは何も分かっておらぬわ! 自分から貧乏くじを引く? そんな馬鹿が何処にいる!!」

 

 せせら笑うアフィモウジャス。

 ホット・ロッドは自身と一体化しているくろめの冷たい怒りを感じていた。それは自分のための怒りではなく、他者のための怒りだった。

 彼自身、腹の底から憤っていた。

 

 彼はプラネテューヌにいたころ、メガトロンについて調べていた。

 傲慢で強欲な独裁者であり、戦士……しかし今はそうではない一面を、家族を愛する姿を知っている。

 少なくともかつてのディセプティコンにとっては救世主だったことも知っている。

 

『いるとも。……オレはそんな愚か者を、三人ほど知っている』

 

 くろめの声と共に、ホット・ロッドの脳裏にいくつかの映像がフラッシュバックのように浮かんでは消えた。

 

 傷を負い、倒れた背の高い青年。

 涙を流す、マジェコンヌ。

 そして……手を差し伸べる、自分自身(ホット・ロッド)

 

 融合状態にあるためか、流入してきたくろめの記憶だった。

 

『確かにどうしようもない馬鹿だよ、もっと要領よく生きればいいのにさ……でもオレにとってはかけがえのない三人だ』

 

 極限を超えた怒りを内包した、凪の如き静かな声でくろめは言う。

 そしてアフィモウジャスの言葉に怒りを感じていたのは、ガルヴァトロンと合体しているマジェコンヌも一緒だった。

 

『私もそういう奴らを知っている。私の知るある男がそうだった、私の知る女神がそうだった!!』

 

 だがその声は同時に哀惜の念が籠ったもいた。

 

『もっと幸せに……自分のことを考えて生きてほしいのに、それでも他人のために生きてしまう! そんな奴らが、いるんだよ!!』

『覚悟しろよ、ヒーローの力に憧れるだけの糞餓鬼。お前はオレたちの一番大切な人たちを侮辱した……!』

 

 二人の声に、アフィモウジャスは気圧されたように一歩下がるが、すぐにグッと踏みとどまる。

 そしてニヤリと鎧の内側で笑った。

 状況は非常に悪いが、それでも敵を混乱させ隙を作れる『情報』という手札があるからだ。

 

「く、くくく。貴様が言えた義理か? 天王星うずめ……いやDC01と呼ぶべきかな?」

『ッ!』

 

 ホット・ロッドはくろめが息を飲むのを感じ取った。ガルヴァトロンもまた、相棒が驚愕していると分かった。

 やはり真実を隠していたと分かり、アフィモウジャスはほくそ笑んだ。

 

「ホット・ロッドよ、思えば貴様も憐れな奴よ。そいつに上手く乗せられ、騙されているのだからな」

『ロディ……俺は!』

 

 くろめは何か言おうとするが、言葉が見つからなかった。騙しているのは、紛れもない事実だからだ。

 

「貴様と一体化しているそいつは…………地球でお前が行動を共にしていた天王星うずめとは別人よ! 嘘だと思うなら……」

「なんだ()()()()()か。知ってたよ、とっくの昔に」

 

 一瞬、戦場ど真ん中にあってシン、と空気が鎮まった。

 誰もが固まるなか、最初に問いを発したのは問題のくろめだった。

 

『ロディ、いったいつから……?』

「元々、何かが違うって気はしてた。確信を持ったのは、最初に融合した時だ。なんて言うか、あの時に俺の知っている()()()とは()()()()()()()って気が付いたんだ」

 

 ずっと地球で一緒にいた天王星うずめと、今共にいる暗黒星くろめ。

 この二人がイコールではないが、まったくの別人でもないという関係であることをホット・ロッドは勘付いていた。

 暗黒星くろめの中に、天王星うずめならどういう状態になっても消えるはずのない相棒の……海男の存在が全く感じられなかったからだ。

 同時に彼女が根っからの悪ではないとも、信じることが出来た。

 

「き、貴様……!! 分かっていて、分かっていてそいつを傍に置いていたと言うのか! 嘘を付いている奴を、自分を騙している女を!? 」

 

 とても理解できないと動揺するアフィモウジャスに対し、ホット・ロッドは真っすぐに睨んだ。

 

「何か事情があるなら、俺が無理に暴くことは出来ない。自分から言ってくれるなら、それに越したことはないしな」

 

 あの時、自分は混乱していた。

 ガルヴァトロンとの対決を始め相次ぐ出来事に、精神的に疲弊していた。

 しかし落ち着いてから湧き上がったのは、やはりくろめを守ろうという決意だった。

 

「なにより彼女の中に深い悲しみを感じた。だから……守りたいと、そう思ったんだよ」

『ロディ……!』

 

 くろめは、例えようもなく嬉しさが込み上げてくると同時に、胸が締め付けられるような思いだった。

 自分が悩んだ、受け入れて貰えるかどうかなど、彼に取っては些細な問題だったのだ。彼はとっくにくろめを受け入れてくれていたのだから。

 だからこそ、身勝手に欺き続けてきたことへの罪悪感が強くなる。

 

「く、くくく……! ああ、まったく何という大馬鹿だ!!」

 

 隣に立つガルヴァトロンは、笑いが漏れるのを堪えきれず、参ったとばかりに額に手を当てた。

 反対にマジェコンヌは深く深く溜息を吐いた。

 

『はあ……まったく罪作りな奴だ。うずめが……いや()()()がどれだけ悩んだと思ってるんだ。色々とややこしいことになってるし』

「ま、それで事態がゴチャゴチャしたのは認めるさ。だからあのコスプレ野郎をぶっとばして、ゆっくり話してスッキリさせようぜ!!」

 

 明るく笑って見せるホット・ロッドにアフィモウジャスは呆気に取られ、次いで怒りを滾らせた。

 

 自分を騙した相手をアッサリと許す?

 あまつさえ、受け入れる?

 

 そんな、甘さと温さが、何よりも彼の癇に障った。

 

「ほざけ……! 綺麗事と慣れ合いばかりで反吐が出るわ!! こうなれば小娘どもが纏めて吹き飛ばしてくれるわ!! ステマックス、来い!」

「将軍、ここは退くべきでは……」

「いいから来い!」

「……承知!」

 

 戸惑った様子のステマックスだったが、主君に急かされてガンモードに変形する。

 部下が変じた光線銃を手にしたアフィモウジャスはそれを敵二人に向けた。

 

「アフィ魔X砲! 発射!!」

「……そのネーミングはどうよ?」

 

 エネルギー充填が不完全ながらも破壊光線が放たれるのと、思わずホット・ロッドがツッコミを入れたのは、ほぼ同時だった。

 ガルヴァトロンは飛び上がって回避行動を取ろうとするが、ホット・ロッドはその場を動かずに前に手を翳す。

 すると目の前にポータルが開かれ、アフィ魔X砲なる破壊光線はその中に吸い込まれるように入ってしまう。

 同時にアフィモウジャスの頭上にポータルの出口が開いた。

 

「な!? ぐ、があああああッ!!」

「ぐわぁああああッ!!」

 

 当然の如く、アフィモウジャス自慢の光線は発射した本人に降り注ぎ、大爆発を起こす。その威力は頑丈なトランステクターを損傷させるには十分だった。

 ステマックスに至っては言わずもがな、自ら放った攻撃で大きく傷つき意識を失うことになった。

 このポータルは多大なエネルギーを消費するため乱用は出来ないが、上手く使えばこの通りだ。

 

「ポータルにはこういう使い方もあるんだ、って奴だな。ガルヴァトロン! 止めは譲るぜ!」

「任せておけ!!」

 

 ホット・ロッドの声を受け、ガルヴァトロンはよろけるアフィモウジャスに矢のように一直線に向かっていく。

 そのままアーマーごと変形すると現れたのは、ガルヴァトロンのビークルモードであるエイリアン・タンクにドラゴンの装甲を纏って翼を広げ、ジェット噴射で推進する飛行戦車だった。

 その車体の前部では竜の尻尾が変形した巨大なドリルが、唸りを上げて回転を始める。

 

「おのれぇえええ!! こんな所で我が覇道、潰えてなるものかぁあああッ!!」

 

 アフィモウジャスは全ての火力を持って迫るドリルを撃墜しようとするも、一切のダメージを与えることが出来なかった。

 エネルギーを纏ったドリルはあれほどの強固さを誇った装甲を容易く貫き、その内部機構を破壊していく。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛! このトランステクターにどれだけ金をかけたと思ってるんだぁ!!」

 

 自分の野心の象徴、苦労の結晶とも言うべきトランステクターが崩壊していくことに悲鳴染みた声を上げ、胸に突き刺さったドリルを鋏で掴んで抜こうするも、それは叶わなかった。

 

「くそう、くそう! 壊れてしまう! 儂の覇道が……ぼ、()の夢が!! ……ぐ、ぐがあああああッ!!」

 

 胸に大穴を開けられて仰向けに倒れるアフィモウジャスからドリルを抜いたガルヴァトロンは、再びロボットモードに変形した。

 

「どれだけ姿を真似、強固な鎧を纏ったところでお前はメガトロンには成れぬよ……俺が父上になれないようにな」

 

 爆発を起こし大破炎上するアフィモウジャスのトランステクターを、ガルヴァトロンは憐れみの籠った目で見下ろすのだった。

 




???「だからドリルは取れと言ったのだ……」

最近、更新頻度が下がってしまい、申し訳ありません、
ガルヴァトロンのビークルモードはリベンジ版メガトロンに近い形状のエイリアンタンクです。

トランスフォーマー:ドリフトを読みました。
月並な感想だけど、苦労したんだねドリフト……。

しかしダイアトラスが平和主義と言うか文化保存しようとしているのは、Z知ってると何とも言えない気分(鳥居を踏み潰したり、プレダキングを真っ二つにしたりしてたのに)


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第64話 オールヘイル・ガルヴァトロン

下手すりゃ年内最後の更新


「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な!! 儂のトランステクターが、軍団が……儂の、儂の夢が、こんな所で!!」

 

 崩れ落ち炎を上げるトランステクターから分離したアフィモウジャスは、頭部から人型に戻ると地面をはいずる。

 ドリル特攻のダメージがエクゾスーツにまで及んでおり、立つことすらままならない。

 それどころか鎧の中の本体までも負傷してしまい、結果精神エネルギーを維持できずドローンたちまでも停止してしまう。

 

 それでも、アフィモウジャスは諦めることなどなく、懐から先祖の遺した調和のエニグマを取り出す。

 

「いいやまだだ! このエニグマさえあれば……」

「いいや。お前の夢も、秘密結社ゴッコも、ここで終わりだよ」

 

 周囲のドローンたちと合体しようと藻掻くアフィモウジャスだが、エニグマを持つ手が手首から斬り飛ばされた。

 ブレードを振ってオイルを払い、地面に落ちた手ごとエニグマを拾ったガルヴァトロンは、その持ち主の背中を踏み付け後頭部にキャノンを突き付けた。

 

「グっ……! 貴様ら、次々チート能力を使いおってこのメアリー・スーどもが!!」

「めありー・すー?」

 

 アフィモウジャスの罵倒の意味を理解できずにガルヴァトロンは小首を傾げる。

 

「ッ! 将軍!!」

「おっと、ドロスではお前のニンポにまんまと出し抜かれたが、今度はそうはいかない」

 

 一方で意識を取り戻したステマックスはホット・ロッドが拘束具を使って捕えていた。

 本体である頭部、その額にしっかりとレーザーライフルを押し当てホット・ロッドはドスの効いた声で警告する。

 

「改めましてドーモ・ステマックス=サン。ホット・ロッドです。ニンジャ殺さないし、慈悲もある……大人しくするならな」

 

 ステマックスは目を鋭く光らせつつも一応はそれに従う。

 

「くそう、くそう! 何故勝てなかった! メガトロンの後継である儂が、何故……!!」

「まだ言うか……」

 

 呻く秘密結社首領……いや元首領にガルヴァトロンは悲し気な顔をした。

 アフィモウジャスは、地面を叩いて慟哭する。

 

「貴様らなど、唯のお人好しと馬鹿ではないか! 儂は、儂はずっと頑張ってきたのだぞ! 飢えに耐え、屈辱に耐え、貧しさに耐えてきたのだ!!」

 

 アフィモウジャスにとって、メガトロンは憧れであり目標だった。

 底辺から成り上がりに成り上がりを重ね、種族の長にまでなったその姿は、彼にとって一種の救いですらあった。

 

「ならば……ならば! 儂だって成れるはずだ! メガトロンのように!!」

「成れねえよ」

 

 それを強く否定したのは、バリケードだった。

 後ろにオンスロート、ニトロ・ゼウス、モホーク、バーサーカー、ドレッドボットの五人が他のディセプティコンたちに引き摺られるようにして連れてこられている。

 ブリッツウィングらトリプルチェンジャーたちもオートボットたちに囲まれて歩かされてくる。

 

「お前がメガトロン様の後継だと? 最低の方法で金を稼ぐだけのお前が? 馬鹿を言うのも打ち止めにしておけ」

 

 バリケードは鋭くも爛々と燃え滾る眼を、足蹴にされている秘密結社首領に向ける。

 

「だいたい、貴様なんぞにあの方のなにが分かる」

「貴様には分かると言うのか、一兵士の分際で……!」

「ああ分からんさ。俺如きにあの方は理解出来んよ……しかし、誰よりもあの方のことを理解している女を知っている。誰よりもあの方を愛し、あの方に愛されている女をな」

 

 アフィモウジャスの傍までやってきたバリケードはそこで後ろのディセプティコンたちの方に振り向いた。

 彼はいつもとまったく違っていた。本気で怒り狂っていた。

 

「そいつが言うにはだ。メガトロン様だって嫉妬に焦がれていた! 自分のしてきたことを後悔もしていた! 何よりも孤独だった!!」

 

 ディセプティコンたちは顔を見合わせ、特にニトロ・ゼウスは不愉快そうに何か言おうとしたが、クロスヘアーズに銃を突きつけられて黙らさられた。

 

「……俺だってそんなこと考えたことも無かったよ。だがそんな俺でも分かることくらいあるぞ! メガトロン様の最も偉大な所はな、愛する者のために戦いを止めることを決意なさったことだ……家族のためにな!!」

「家族だと……!! そんな、そんなつまらない物のために、覇道を捨てたことがメガトロンの偉大さだと言うのか!!」

 

 アフィモウジャスは地面を拳で叩き、怒声を上げた。そんなことは認められないという声だった。

 ニトロ・ゼウスやモホークらもそれに同調して頷いていた。

 

「家族! 家族!! ハッ、そんな連中は優れた者に集る寄生虫よ! どいつもこいつも金を毟り取ることしか頭にない!! 親とて勝手なもんだ! 愛してるとか言って、結局は子供に迷惑をかける!!」

 

 酷く実感の籠った声に、ホット・ロッドは戦いの前に覚えた違和感をまた覚えた。

 やはり、こんな言い回しを聞いた。確かあれは音楽の街ユーリズマで……。

 

「まさか、そんな……」

 

 自分の中に芽生えた考えが信じられず、ホット・ロッドは頭を振った。ステマックスは苦し気に黙り込んでいた。

 ガルヴァトロンは目を細めると、アフィモウジャスを蹴って仰向けにさせてキャノン砲を向けた。

 

「……その鎧を開け、でなければ中身諸共吹き飛ばす」

 

 砲口にエネルギーが溜まっていく。

 その破壊力はアフィモウジャスのエクソスーツを『中身』ごと粉砕するには余りあるだろう。

 

 ややあって、白い鎧の、胸から上部分の装甲が車のボンネットのように開いた。

 

「それがお前の正体か」

「やはり……君は!」

 

 アフィモウジャスの正体に、ガルヴァトロンとホット・ロッドがそれぞれ声を上げる。

 果たして、エクススーツを動かすコードや機器に埋もれるようにして収まっていたのは……。

 

『そんな……!』

『子供じゃないか!!』

 

 頑強で刺々しい鎧を動かしていたのは、まだ幼さの残る、少年だった。

 白い服を着て、病弱そうな白い肌に金髪と線の細い面立ちが貴族的な印象を受けるが、目だけはギラギラと年齢不相応に光っていた。

 

 ユーリズマやダロスとホット・ロッドと会話した、あの少年だ。

 

「こんな子供が、これだけのことをしでかすとは……」

「ふん! そうやって儂を子供扱いした奴は、皆後悔させてやったわ!!」

 

 感嘆しているとも、悲しんでいるとも付かない顔のガルヴァトロンに、アフィモウジャスことアイフ・モージャスは中性的な声を上げる。

 アイフにとって、この弱々しく貧相な己の姿は強いコンプレックスだった。だからこそ、強く大きな鎧に身を包んでいたのだ。

 鎧から這い出したアフィモウジャスは立ち上がろうとするが、痛みから体をふらつかせる。

 

「将軍!」

 

 ステマックスはトランステクターから分離すると、目にも止まらぬ速さで主君を支える。

 忠臣に庇われながら、アイフはそれでもガルヴァトロンをねめつけた。

 

「ガルヴァトロン……」

「殺すな、とでも言いたげだな。ホット・ロッド」

 

 諫めるような声のオートボット隊長に、ディセプティコン指揮官は冷たい声で返した。

 

「ガルヴァトロン殿、アイフはまだ若い身で御座る! どうか御慈悲を……アイフだけはお助けくだされ!」

「今更、許しを請える身か」

 

 ステマックスは地べたに土下座して懇願するが、バリケードが冷徹に吐き捨てた。

 しかし、すでにガルヴァトロンは砲を降ろし殺気を消していた。

 

「はん! 相手が子供だと分かってやる気が失せたであるか、この腰抜けめ!!」

 

 そんな彼を、両腕をディセプティコンに捕まれたオンスロートが侮蔑した。

 視線を向けられても、攻撃参謀は怯むことはない。

 

「貴様を貶め、金のために世界を裏切るような奴だ。子供と言えど生かしておけば必ず同じことをするぞ!! 我輩とて、何度でも貴様に逆らう! ……禍根を立つ方法は、分かっているはず」

「貴様、少し黙っていろ!!」

 

 バリケードはそんなオンスロートの顔に鉄拳を打ち込むが、言葉を止めることは出来なかった。

 

「軍団には、規律が必要だ! ディセプティコンにそれを齎すのは力と恐怖だけだ! ……貴様の父親は、そうしてきたぞ」

『オンスロート?』

 

 必死さすら感じられる声を、マジェコンヌは訝しく思った。これではまるで、罰せられるのを求めているようではないか。

 

「メガトロンは力で我らを統べていた! これは揺るぎない事実だ!! 貴様も、本当にあの方の息子だと言うならそうするがいい!!」

「お前、まさか……最初からそのつもりで?」

 

 ここに至って、ホット・ロッドは攻撃参謀の真の狙いに当たりが付いた。

 思えば、ニトロ・ゼウスらに根回しもせずに反乱を起こした時点で可笑しかった。

 彼らを合体パーツとして取り込んだのも、責任を自分一人に集約するためではなかろうか。

 

 オンスロートは鼻を鳴らした。

 

「ふん! 火口に落ちて、あのまま死んでいたなら、それまでの男だったというだけの話……だったのだがな」

 

 攻撃参謀の赤い眼は、ガルヴァトロンを真っすぐに見ていた。彼にはその姿が、かつて忠誠を誓った破壊大帝に重なって見えていた。

 

 幼体の育成施設を襲撃したあの日、オンスロートは自分の喉元に食いつく幼体の中に王足る覇気を感じ取った。

 そしてフェミニアでの一件を経て、どうせ平和の世に置き場のない身、最後は新たな帝王の贄となるのも一興と、そう考えるようになった。

 

 だが、この男が余りにリーダーとしての適性に欠けていたのも事実だ。

 野心も、気概も、何より冷酷さも足りない。

 

 地球人に対してこそ狂気染みた憎悪を見せるが、それすらもこの甘ちゃんはいつか失ってしまうかもしれない。そんな予感がした。

 

 それではいけないのだ。

 

「ディセプティコンの王には……恐怖を持って部下を統べ、時に切り捨てる冷酷さが必要なのだ!!」

 

 その非情の精神を身に着ければ、ガルヴァトロンは必ずや復讐を成し遂げ、いずれ足るや世界を支配する王にすら成れるだろう。

 

「だから、()()。そいつでもいい、我輩でもいい! 誰か一人を見せしめにすることで、軍団を締め上げろ!! それがメガトロン()のやり方だ!!」

 

 自らを贄にして甘さを捨てさせ、ガルヴァトロンを一人前の王にする……それはオンスロートの独善的なエゴではあるが、同時にディセプティコン流の献身の形だった。

 

「ガルヴァトロン……止めろ!」

 

 無言でキャノン砲にエネルギーを溜めていくのを見止めたホット・ロッドは、レーザーライフルをさっきまで共闘していた相手に向けた。

 確かにアフィモウジャスのやったことは、子供だからと許せる範囲を超えている。だがここで殺してしまったら、ガルヴァトロンは()()()()()()

 本当に、本物の鬼になってしまう。そう思うのだ。

 

 いやそれ以上に、ホット・ロッドの胸の奥の何かが、それが()()()()()()()()()と告げている。

 

「ガルヴァトロン殿、なにとぞ、なにとぞお情けを……!! 拙者の首でよければいくらでも……」

「止めろ、ステマックス」

 

 地面に額を擦り付けるステマックスだったが、当のアイフはそんな忠臣を制し、ガルヴァトロンを見上げた。敗北してなお、この少年の目は鋭かった。

 

「儂の親は愚かだった。お人好しで、先祖から受け継いだ使命……エニグマの守護を愚直に実行する、そんな奴らだった」

 

 急に己の親を罵りだした彼を、ガルヴァトロンは止めなかった。

 

「叔父に付け込まれて財産と家督を奪われても、恨み言一つ言わんような奴らだった……その結果が食うや食わずの貧乏暮らし。挙句に病気でアッサリとくだばってしまった。儂に残された物と言えば、連中が後生大事にしていたエニグマと、いかれたニンジャ執事にペット三匹くらいだ」

 

 堪えきれない怒りと嫉妬を込めて、貧しい暮らしで募った怨念を込めて、少年は巨人に吼える。

 

「お人好しは、無残に死ぬしかないのだ。この世には理不尽を押し付ける者と、押し付けられる者しかおらん。だから儂は、押し付ける側になると決めたのだ」

 

 そんな人生の中で、ある日ふとテレビに映った破壊大帝の姿に、アイフは強く憧れた。

 あるいはそれは、メガトロンに理想の父親像を見たからかもしれない。何より強く、賢く、そして自分を置いて死んだりしない……。

 

「だが儂は敗れた……よかろう。儂もまた理不尽に潰される、蟻の一匹に過ぎなったのだろうよ」

 

 せめて潔く散ろうと言うのか。アイフは堂々とした態度で立っていた。

 しかし、恐怖で足が震えているのは隠せていなかった。

 

「しかし、このステマックスのことは助けてほしい。見て通り役に立つ男だ」

「だ、駄目で御座る! ガルヴァトロン殿、どうか殺すなら拙者だけを……!」

 

 お互いに庇い合う主従を見て、ガルヴァトロンは顎に手を当て少し考える素振りを見せた。

 この時、ガルヴァトロンの脳裏には奇妙な声が聞こえていた。

 甘く囁くような、ゾッとするほど優しく、しかしこの世の全てを嘲り嗤うような、そんな声だ。

 

(いいじゃないか。いっそ二人纏めて殺してしまえば……オンスロートの言う通り、この子供は全く懲りることなんてないよ。ここで彼らを始末して容赦の無さをアピールする方が、ずっと理に適っている……君が憧れる父親なら、きっとそうする)

 

 明らかに異常なその声に、ガルヴァトロンはまったく疑問を抱かなかった。

 確かにオンスロートや声の言うことはもっともらしく聞こえ、一瞬それに従うのも良しと思えた。

 

『ガルヴァトロン……』

 

 だが、マジェコンヌの制止するでも咎めるでもない声が彼を止めた。

 そして、ワイゲンド卿がジッとこちらを見ていることに気が付いた。

 ガルヴァトロンは大きく排気すると、アイフたちを一瞥した。

 

「……貴様らの命までは取らん。が、捨て置くことも出来んので拘束させてもらう」

 

 その言葉を受けて、バリケードはアイフとステマックスを両手で潰さないように握り持ち上げる。少年はムッツリとした顔だったが、忍者の方はホウッと息を吐いた。

 それを見たガルヴァトロンは振り返って部下と同盟者たちに号令をかける。

 

「さあ、いつまでもこんな所にいてもしょうがない! 一度ダロスに戻るぞ!!」

「何という甘さだ。やはり見込み違いか……」

 

 その判断に、当然の如くオンスロートは反発し失望した様子を見せた。

 ガルヴァトロンは、しかし怒るでも呆れるでもなく真っすぐに攻撃参謀の目を見た。

 

「これが俺のやり方だ、文句は言わせん」

「……メガトロンなら、殺していた」

「そうだな。だが俺はメガトロンではないのだ……貴様も言っていただろう? メガトロンの尻尾でいいのか、と」

「ッ!」

 

 オンスロートは眼前の相手の目に、今までとは違う光が宿っていることに気が付いた。

 これまで多くのディセプティコンにあった光だ。

 

 例えば、スタースクリームの。

 例えば、ブリッツウィングの。

 そして、メガトロンの。

 

 ……剥き出しの野心が齎す光だ。

 

  *  *  *

 

『ふむ、なるほど。そ奴らが外敵を引き入れていたと』

 

 もう一度ホット・ロッドにポータルを開いてもらってダロスに戻ると、立体映像のマーリンが待ち構えていた。

 外敵の襲撃時にも姿を見せず、その後に場を治めるでもなかったにも関わらず、今頃ノコノコと出てきた老魔法使いに対し、オートボットもディセプティコンも良い顔は出来なかった。

 

『では、そ奴らは儂が預かろう。色々と聞きたいことがあるからな』

「こちらも聞きたいことがある」

 

 街の中央広場で、まだ合体形態のガルヴァトロンはマーリンに対して質問をぶつけた。

 脇には、回収した彼のエクスカリバーを抱えてバリケードが控えていた。

 さらに周囲にはディセプティコンたちに加え、ワイゲンド卿以下同盟諸侯も集まっている。

 大規模なポータルを開いたため疲れている様子のホット・ロッドは仲間たちと共に広場の隅で、事の成り行きを見守っている。

 

『なんだ?』

「確かに()()()アフィモウジャスたちが地球人を呼び寄せた。だが、その前は?」

 

 外敵の襲来は、ブリテンの有史以来何度となく繰り返されてきた。

 だが少し考えれば、それは不自然なのだ。

 

「地球人どもにスペースブリッジを開く技術はない……あったら、こんなまどろっこしい真似はしない。ならば必然的にこちら側の誰かが、奴らを招き入れたことになる」

『ふむ……それは、問題だな』

「俺が思うに……そして我が参謀、オンスロートが言うにはだ。その誰かはブリテンを今の状態に止めて置きたい者たちなのだろうな」

「外に分かりやすい『敵』を用意し、内側の結束を強め、緊張感を与える。ままある手だ」

 

 顎髭を撫でるマーリンをガルヴァトロンが睨むと、その後ろに立つオンスロートが言葉を継ぐ。

 彼はあれほどの叛逆劇を演じたにも関わらず、拘束されていなかった。後ろのブリッツウィングたちが拘束具を着けられているのは対照的だ。

 

「それは脅威から国を守る者の権威を高めることにも繋がるし、民衆の怒りの矛先を逸らす相手としても機能する。『税金が上がって生活が苦しいのも外敵に対抗するためだ、仕方ない』という具合にな……」

 

 この言葉に、周囲に集まっていたジャールと同盟を結んでいる諸侯は動揺し……そしてミリオンアーサーは唇を強く噛みしめていた。

 スッと、マーリンの目が細くなった。

 感情の読めない老魔法使いの顔に、僅かに……ほんの僅かに浮かんだ色は困惑か、それとも焦りか。

 

『中々に面白い推論だな。貴殿らには空想作家の才がありそうだ。……しかしキャメロットを侮辱するのは止めてもらおう』

「おや、俺たちはキャメロットが外敵を引き入れているなどとは一言も言っていないぞ」

『図に乗るのも大概にしておけ』

 

 挑発するような態度の金属の戦士に、マーリンは僅かに眉を吊り上げて不愉快そうに口を開いた。

 

『もういい、遣いの者を出す。その小僧どもをこちらに引き渡せ』

「ああ、その話ならば……答えはNOだ。こいつらは俺の預かりとさせてもらう」

『貴様……!』

 

 嘲笑するように放たれた答えに、ついに老魔法使いは苛立ちを露わにする。

 

『あまり舐めるなよ、鉄騎アーサー……! 貴様のブリテンでの立場は、エクスカリバーを抜いた王候補であるが故のもの! この場でその資格、剥奪しても良いのだぞ!』

 

 王候補としての地位を失えば、ガルヴァトロンはブリテンでの立場を失う。

 キャメロットから支援を受けられなくなるし、騎士であるレギオンを指揮することも出来なくなる。

 それは彼の破滅に直結しかねない。

 

「そちらこそ、俺を舐めるな。貴様の寄越す錆の浮いた権威を、いつまでも有難がっているとでも思ったか」

 

 しかし、ガルヴァトロンは地獄から響くが如き重低音で返した。

 その迫力に、威圧感に、マーリンともあろう者が僅かな間、言葉を失ってしまった。

 するとそれを待っていたかのようにバリケードが恭しくエクスカリバーを、王権を示す剣を彼の主君に差し出した。

 

「ブリテンの民よ、ディセプティコンよ、聞け!」

 

 剣を受け取ったガルヴァトロンは、その柄と刀身を握ると、そのまま大怪力を込めた。

 普通の剣であればそのままボッキリと折れてしまう所、エクスカリバーは凄まじい頑丈さ故に持ち主の怪力に耐えていた。

 

「俺はアーサーに非じ! たかが剣なんぞに我が器、計られてなるものか! こんな物がなくとも、俺はこのブリテンを護ってみせる!!」

 

 しかし、ガルヴァトロンは全身から稲妻と炎を噴き出し、それを腕に伝播させて聖剣にさらなる負荷をかける。

 

「俺はメガトロンに非じ! 俺は孤高の王にはならない! この地に王道楽土を築くために、皆の力を貸してほしい!!」

 

 それは、以前の演説とは違う、もっと心の奥底からの叫びだった。

 計算も何もなく、故にこそ心を打つ声だった。

 父を神聖視し、何処か虚無に染まっていた今までとは違う、()()()()()()()()()という決意が込められた声だった。

 真っ赤に赤熱し、ミシミシと音を立てていた剣は、やがて限界を迎えて……小気味いい音を立てて、真っ二つにへし折れた。

 

「……俺はガルヴァトロン! ()()()()()()()()()()()()だあぁぁッッ!!」

 

 天を轟かすような大咆哮を上げたガルヴァトロンは、もはや用済みとなった剣の残骸を投げ捨てた。

 シンと辺りが静まり返るなか、折れた剣は人間サイズにまで戻り輝きを失った。

 それは正しく、キャメロットとの決別、アーサー王伝説との決別を意味していた。

 

『なんということを……!』

 

 呆気に取られていたマーリンだが、さすがと言うべきかすぐに正気を取り戻した。

 

『だがこれで貴様は唯の野良トランスフォーマーよ! もはや貴様に従う者などブリテンにいないと知れ!!』

「私は従うぞ!!」

 

 老魔法使いの声を遮ったのは、ジャール領主『黒冠の』ワイゲンド卿だった。

 黒衣の騎士は、胸に拳を当てる。

 

「我がジャールはガルヴァトロン殿に忠誠を誓う! これまでと変わりなくな!!」

 

 彼の忠誠と友情は、大昔の王でもメガトロン何某でもなく、この若き破壊大帝にこそ向けられていた。

 それは彼に助けられたこと以上に、彼の人柄を好いているからだった。

 すまない……かつてジャールを野良アーサーたちから救ったとき、ワイゲンドと対面したガルヴァトロンの第一声がそれだった。

 傷ついた民を見て、ガルヴァトロンはもっと早く自分が来ていればと涙を流して悔いた。そしてジャール復興のために力を尽くしたのだ。

 

 ガルヴァトロンもまた、危険を冒してまで助けにきてくれた彼らのために、より良い国を造りたいという理想を抱いた。

 

「……何よりマーリンよ、私は貴様が好かん」

『ワイゲンド、貴様……!』

「私もだ!」

「我が領もガルヴァトロン殿に従おう!」

 

 他の領主たちも、ガルヴァトロンに従う旨を表明する。

 彼らはワイゲンドほど強く彼に惹かれているワケではないがキャメロットへの反感や、単純な自己利益への欲求など、それぞれの思惑から同盟を放棄しないことにしていた。

 

『だが、エクスカリバーなくして騎士を操ることは……』

 

 マーリンは、それでも相手にイニシアティブを取ろうとするが、ガルヴァトロンが腕を振るうとレギオンたちが跪くのを見て言葉を失う。

 はなからマーリンを信用していなかったマジェコンヌは、自分が魔術でモンスターを生み出しまた操る技を応用して、騎士をコントロールすることに成功していた。

 

「……と、言うワケだ。失せろ、魔法使い。もはや貴様の出る幕は無い」

『…………』

 

 何も言わず、マーリンの映像は消えた。

 その時、示し合わせたワケでもなく、バリケードが声を張り上げた。

 

「祝え! ブリテンの支配者にして新たなる破壊大帝、ガルヴァトロンの誕生である! ……オールヘイル・ガルヴァトロン!!」

「オールヘイル・ガルヴァトロン!」

「オールヘイル・ガルヴァトロン!」

『オールヘイル・ガルヴァトロン!! オールヘイル・ガルヴァトロン!!』

 

 人間も、ディセプティコンも、拳を突き上げ熱狂を持って若きリーダーを称える。ダロスの住人たちも、いつしかその輪に加わっていた。

 困ったのがニトロ・ゼウスら四人である。彼らは互いに顔を見合わせ、どうしていいか分からないようだった。

 

「く、くくく。くくくく!」

 

 他方、オンスロートは堪えきれないとばかりに笑いを漏らした。

 

 情や甘さを捨てることなく、それでも覇道を目指す。

 それは矛盾を孕んだ、最初から破綻した道だ。ディセプティコンとしては邪道極まる、メガトロンとは違う道だ。最高にイカレている。

 

 だからこそ、面白い。

 久方ぶりにスパークが燃えるのを感じる。

 

「皆の力を貸してほしい、か。いいだろう、この攻撃参謀オンスロート、貴様に足りぬ『非情』を請け負ってやろうではないか」

「頼む。信頼はせんが、戦術家として信用はしている」

 

 ガルヴァトロンは短く、攻撃参謀の言葉に応じた。

 もとより、自分に冷酷さが足りないことは良く分かっていた。こういう相手を使いこなせてこその王であろう。

 

「うん。ま、及第点ってとこだな」

 

 と、その身体からアーマーが分離して、ドラゴンの姿に結集したかと思うと、マジェコンヌの姿に戻る。

 マジェコンヌは首を回したり腕を伸ばしたりして体の調子を確かめる。

 彼女なりに、この若者が野望を抱いたことが嬉しいのだということが、顔つきから分かった。

 

「しかし……なんたって急に破壊大帝を名乗る気になった? あれだけ、そんな気はないと言っておいて」

「…………」

「ま、言いたくないならいいさ。それより、うずめたちと話しに行こう」

「ああ」

 

 マジェコンヌはホット・ロッドやうずめが控えている方に向けて歩き出す。

 いい機会だからと一回腹を割って話し合うことにしたのだ。さて鬼が出るか蛇が出るか……。

 

 颯爽と歩く彼女の背を見ながら、ガルヴァトロンは思う。自分が父と道を違える決心をしたのは彼女のためだと。

 

 合体している時、ガルヴァトロンは彼女の記憶を断片的に見た。

 橙の女神のために奔走する日々。

 ネズミと共に女神打倒に掛ける日々。

 眼帯の少女と共に畑を耕す日々。

 

 そして、メガトロンに一人の女性として惹かれていた部分。

 

 それを知った時、ガルヴァトロンは生まれて初めて父に激しい嫉妬を感じた。

 最初はそれを恥じ、自らを律しようとしたが、どうしても父への怒りを抑えることが出来なかった。

 

 男子は父に反抗することが、大人になるための一種の通過儀礼だと言う。

 ならば、父への反抗心もその機会も永遠に奪われていた彼は、今ようやっとそれらを得ることが出来たのだ。

 

 もとより、この事は誰にも言わない気だが。

 

 歴史を変えた後、自分がどうなるかは分からない。

 それでも、この世界に、マジェコンヌの心に、自分という存在を強く刻みつけたいという欲求が今のガルヴァトロンにはあるのだった。

 

 




以下、どうでもいい一人語り。

何つうか、G1からこっちオプティマスとメガトロンは最初から英雄で確固足る理想や野望があって、それがキャラに深みを与えていたけれど、ロディマスとガルヴァトロンは何処まで言っても『偶然にリーダーなった一オートボット』『メガトロンの強化(実質的に劣化)再生体』でしかないワケで。

事実、2010に置いてロディマスにオートボットの一人としてではなく個人としての理想は薄く、ガルバトロンにメガトロンを超える野望を持ち得るはずもなく、二人の間に深い因縁はなく真にライバルになることもありませんでした。
そして2010最終回において復活したオプティマスと『メガトロンに戻ったかのような』ガルバトロンが握手をして物語は一旦幕を引きます。

つまり今作は二次創作でくらいロディマスとガルヴァトロンが『オプティマスの代打』『メガトロンの尻尾』という立場を脱却すべく『理想』や『野望』そして『英雄性』を得ていく話になればいいなあと。
君が選ぶ君のヒーロー、ならば作者の選んだヒーローは思い出深きロディマスなので。

しかし最近、本格的にスランプだ……。


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第65話 新たなる『敵』

あけましておめでとうございます。


 ダロスの議会堂の前には、オートボットとディセプティコンが集結していた。

 この議事堂の一室では、今彼らのリーダーである騎士ホット・ロッドと新破壊大帝ガルヴァトロンが、暗黒星くろめとマジェコンヌ、ネプギア、そしてミリオンアーサーとチーカマを交えて話し合っているからだ。

 両陣営の間にはやはりピリピリとした空気が流れていたが、それでも爆発するようなことはなかった。

 

 むしろ、シャッターに騙されて自分たちが休んでいる間に話が進んでしまったインフェルノコンたちの方が、所在なさげだった。

 

 さてホット・ロッドたちは、長テーブルのある部屋にいた。

 暗黒星くろめとマジェコンヌは寄り添うように隣に座り、その対座にブリテンの二人がいる。そして部屋の両側にはホット・ロッドとガルヴァトロンが立っていた。

 

 くろめから、自らが天王星うずめとは別人であること、ホット・ロッドに近づくためにうずめの振りをしていたこと、そしてサイバトロンと連絡が取れなくなったのは自分のせいであることを明かされた一同の反応は様々だった。

 

 ガルヴァトロンは腕を組んで難しい顔をしていたが、怒ってはいないようだった。

 もとより彼は、マジェコンヌに何か思惑があることを理解していたし、記憶の中でうずめと繋がりがあることも見ていた。

 ホット・ロッドも同様だが、さすがにくろめがサイバトロンと音信不通になった理由と知ると顔をしかめていた。

 ネプギアとミリオンアーサー、チーカマは顔を見合わせ、どうしたものか首を傾げていた。

 

「……色々と言いたいことはあるがな。そもそも、どうしたらそんなことが出来るのだ? 二つの世界を、あー、なんと言ったものか、行き来できなくするなど」

「それを説明するためにも、順を追って話したい」

 

 ミリオンアーサーの問いに、くろめは立ち上がって一同を見渡した。

 

「オレは、そして地球にいるもう一人の俺は元々一人の女神だった。それがねぷっち……ネプテューヌから数えて二代前のプラネテューヌの守護女神『天王星うずめ』だ」

「待ってください。その、うずめさんがうちの国の女神だなんて、聞いたことがありません」

 

 ネプギアの疑問はもっともだ。

 彼女はグータラな姉と違って、自国の歴史も勉強していたが『天王星うずめ』という女神の存在は記録になかった。

 くろめは、真面目な顔で頷いた。

 

「うん、それはそうだろう。オレの記録も、記憶も、全て消されているはずだ。もちろん、イストワールの物も含めてね」

「そんなこと、出来るんですか?」

 

 イストワールは人工生命体、言わば生きたデータベースだ。

 彼女は()()()()()()ということはあっても、()()()ことは絶対にないはず。

 するとくろめは、クシャリと悲し気に顔を歪めた。

 

「オレには、思ったことを現実にする力があるんだ」

 

 その意味が理解できず、彼女とマジェコンヌを除く全員が目を丸くする破目になった。

 

「例えば……そうだな『今すぐプリンが食べたい。それもプラネテューヌで一番のお菓子屋さんのプリンがいい』」

 

 急に何を言い出すのかと、一同は訝しむ。

 発言の内容と唐突さもそうだが、常識的に考えて、プラネテューヌのプリンが手に入るとは思えない。

 しかし誰が問うよりも早く、部屋の扉がノックされた。

 一言断ってから入ってきたのは、お茶とお菓子を乗せたトレーを持った議会堂で働く侍従だ。

 

 そのトレーの上に乗っていたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 なんでも秘密結社が持ち込んだ物を、偶然手に入れられたらしい。

 せっかくだから遠い故郷の味を楽しんでもらおうと気を利かせてくれたようだ。

 

「こんなことって……」

 

 紅茶と共に並べられたプリンを、チーカマは信じられないという顔で見下ろした。

 偶然というには出来過ぎているが、前持って示し合わせたとも思えない。

 

「オレたちはこの力を、『猛争』と呼んでいた」

 

 猛争。

 猛々しく争う。

 妄想と掛けているのだろうが、しかし随分と暴力的な響きだとホット・ロッドは感じた。

 

「簡単なことならこの通り、タイムラグなしで容易に思い通りになる。もっと難しいことでも、条件を整えれば何だって出来る。それこそ、普通なら不可能なことでもね」

「……信じられんと思うが、信じてもらうしかない。その力を使って、くろめは自分の一切の記録を消してしまった……人間の記憶すらもだ」

 

 皮肉っぽい笑みのくろめが説明すると、マジェコンヌは嘆息した。彼女自身も、そうして一度はくろめのことを忘れてしまっていた。

 

「何故、そんなことを……」

「順を追うから、少し待て。……うずめに猛争の力があると分かって、最初はみんな喜んだ。女神が良いことを考えてくれれば全てが上手く回るんだからな……だがそんな上手い話があるはずなかったんだ」

 

 相棒の問いに、マジェコンヌは苦し気に言葉を吐く。

 人間の思考は、どうしたってポジティブでばかりはいられない。

 ふと悪いことが起きるのでは?と思うこともある。災害の影に怯えることだってあるだろう。

 

「しかも当時のうずめは、その力をコントロールできなかった。良いことも、悪いことも、際限なく現実になっていった。……皆がうずめを恐れるようになるのに、時間はかからなかった」

 

 事故も、災害も、犯罪も、戦争も、彼女が望めば……望まずとも思い描けば、その通りに起きてしまう。世界その物をひっくり返してしまうような、とてつもない力だ。

 それを制御出来なかったなら……酷な話だが、周囲に恐れられるのも無理のないことだとホット・ロッドは感じた。

 

「それでも、傍にいてくれる人たちもいた。……マジェっちとか、イストワールとか、ね」

 

 ふと懐かし気な顔になるくろめを見て、ホット・ロッドは戦いの最中に見た彼女の記憶を思い出した。

 天王星うずめと共に在り、彼女を支えた背の高い青年。

 朧気なあの姿に、友と呼び合ったアイツが重なった。

 

 あの青年はおそらく……。

 

「それでも、猛争を止める術は見つからなかった。みんなから、化け物だって言われたよ……石を投げられ、刺されそうになったこともある。だからオレは封印されたんだ。ゲイムギョウ界の外、異次元にね」

 

 しかしくろめが恐怖に震えるように自分の肩を抱くのを見て、記憶から引き戻される。

 

「一切の光も音もない、暗くて、冷たい、あの牢獄……体を動かすことも出来ないのに、思考だけはハッキリしているんだ」

 

 震える彼女の肩を、マジェコンヌが抱いた。

 ガルヴァトロンは、それでも厳しい顔を崩さなかった。

 

「唯一良かったことと言えば、時間がたっぷりあったことだ。おかげで、猛争を制御する術を身に着けることが出来た。そこから地球に流れ着くまでの記憶は曖昧で……正直良く思い出せない。でも忘れられないことがある……」

 

 くろめは顔を上げて、相棒に向かって微笑んだ。

 花の咲くような笑みだった。

 

「君だ、ロディ。暗闇を漂うオレの前に、君が現れたんだ」

 

 全員の視線がホット・ロッドに注がれた。

 しかし当人は困惑したように頭を振った。

 いくつかの記憶を取り戻した彼だが、そのことは綺麗さっぱり抜け落ちているからだ。

 

「クリスタルに封印されたオレは君に触れることは出来なかった……でも君はオレを助けようとしてくれた。勇気付けようと声をかけてくれた」

「…………」

 

 それは、果たして本当にそうなのだろうか?

 何故、次元の狭間を漂う『うずめ』の前にホット・ロッドが現れたのか。

 どうやってかはともかく、何のためにかは、これまでに得た情報を総合すると自ずと分かる。

 

 ホット・ロッド……ロディマスは憎き仇敵『天王星うずめ』を殺すために、未来からやってきたのだ。

 

 助けようとしていたのではなく、害しようとしていたのだろう。

 声をかけていたのではなく、罵っていたのだろう。

 

 そう考えるのが自然とあると同時に、過去の自分への嫌悪に吐き気がする。

 懊悩する若きホット・ロッドだが、それを察したのかガルヴァトロンは話を進める。

 

「分からんことがある。あの、地球にいる天王星うずめは、何者なんだ?」

「彼女は、オレの半身さ」

 

 くろめ何とも言い難い表情で、問いに答えた。

 曰く、地球のいる天王星うずめは、彼女が切り離した良心や優しさが命と自我を持った存在だと言う。

 そうしたのは、それらの感情は、復讐に邪魔だと考えたからだ。

 

「オレは……ゲイムギョウ界を憎んでいる。理由はどうあれオレを暗闇に追いやった連中に復讐してやりたい」

 

 身内から溢れ出そうな何かを抑えるように、くろめは自分の肩を強く握った。

 

「あれから色々あったけど、オレの中にはまだその復讐心が渦巻いている……ふふふ、ガルヴァトロンの言う通り、オレを殺した方が世界のためかな」

「くろめ、そんなこと言わないでくれ……」

 

 マジェコンヌは泣きそうな顔をして、友人と相棒の顔を交互に見た。

 ガルヴァトロンの表情は変わっていなかったが、自らも復讐に身を焦がしているが故に彼なりに思う所があるようだった。そんな彼をホット・ロッドは警戒心の有る眼で睨んでいた。

 

「……一つ、分からんのだが」

 

 空気が張り詰める中、ミリオンアーサーが全員に聞こえるように声を上げた。

 

「世界を切り離したと言うが、外敵、いや地球の者たちはこちらに来ているではないか。これはどうしたことだろうか?」

「それは……オレにも分からない」

 

 当然の疑問に、くろめは力無く首を振った。

 

「このブリテンに来てから、オレの力の及ばないことがある。例えば、エクスカリバーだ……本当ならキャメロットでロディが抜くはずだったんだ」

 

 怪訝そうな顔になる相棒に、くろめは弱弱しく笑んだ。

 

「『ロディがエクスカリバーを手に入れる』って願って、確かに猛争が発動したのも感じた。でも結果はごらんの通り。オレは未だにこの力を制御なんか出来ていないみたいだ」

「いや、それは……可能性の話だが、誰か、あるいは何かが、くろめの力の邪魔をしているんじゃ?」

「有り得ないよ。そんなことが出来るとしたら、それこそ本物の神様の域だよ」

 

 ホット・ロッドの言葉を、くろめは否定した。

 一方で、チーカマは顎に手を当てて思案する。

 

「それで問題は、天王星うずめ……もとい暗黒星くろめをどうするかだ」

「彼女は俺が預かる。これまでと変わりなく」

 

 低く厳しい声のガルヴァトロンに、ホット・ロッドは間髪入れずに声で返した。

 ギラリと、ディセプティコンの新破壊大帝は相手を睨んだ。

 

「それは、この女が何かしでかした時、貴様が責任を取ると言うことで違いな?」

「もちろん、そのつもりだ。そしてその時はこないと信じている」

 

 しばしの間、二人は視線をぶつけていたが、やがてガルヴァトロンが頷いた。

 

「よかろう。だがサイバトロンとゲイムギョウ界の状態は元に戻してもらう。拒否すれば、それはこいつの責と思え」

「……分かった。拒否権はないってことだね」

 

 むしろそう言われるのを待っていたと言う風に、くろめは大きく頷くと、立ち上がって目を閉じる。

 

「……元に戻る。元に戻る。元に戻る。綺麗さっぱり元通り」

「そんなんでいいのか?」

 

 ブツブツと口の中で呟いているくろめに、ガルヴァトロンは怪訝そうに顔を顰めるが、マジェコンヌが人差し指を唇に当てるのを見て、黙る。

 

 すると、くろめの身体から黒いオーラのような物が噴き上がり、渦を巻き出す。

 額から玉のような汗が流れ、体が小刻みに震えている。

 

「元に戻る。元に、戻る……戻れ!」

 

 繰り返される呟きは徐々に大きくなり、最後に力の籠った叫びになっていた。

 何かが弾けるような音がしたかと思うと、くろめは大きく息を吐いた。

 

「……これで、戻るはずだ」

「『戻る』はず? 『戻った』ではなくか?」

「異常だった時間が長すぎたんだ。人々の意識が、この状態に慣れてしまっている。元通りになるには時間がかかる」

 

 くろめが言うには、猛争も結局はシェアエナジーによる女神としての力であり、民衆の精神に影響を受けるらしい。特にこんな大がかりな世界への干渉は、影響を受けやすいと言う。

 

「ついでに、今までのことを考えると上手く戻るかは分からない」

 

 不安そうなくろめに、ガルヴァトロンはややワザとらしいほどに大きく排気する。

 万能に見えて不自由なことばかりの力である。こんな力を持っていては、人格が歪むのも止む無しか。

 しかしここはマジェコンヌに免じて彼女を信じ、ガルヴァトロンはさらに話を進める。

 

「ではそろそろ本題に入ろう。……我々がこれからどうするかだ」

 

 成り行きから共闘したが、彼らは本来追う者と追われる者だ。

 ガルヴァトロンは地球人を滅ぼそうとしていて、ホット・ロッドはそれを阻止しようとしているのは変わらない。

 

「俺はブリテンを護るために戦う。奴らを放っておけば、必ずゲイムギョウ界は滅ぼされる。これは俺が確かに経験した現実だ……」

「待て待て! ああ、そうくるよな。でも、それはおかしいんだよ」

 

 当然の如く、ホット・ロッドが待ったをかけた。

 ギラリと鋭い視線を向けられても、若きオートボットは動じなかった。

 

「おかしい物か。貴様にしてみれば俺の考えは異常に思え……」

「違う、お前の考えがどうかじゃない。『地球人が侵略に来て、その結果ゲイムギョウ界を滅ぼす』っていうこと自体が理に適ってねえんだ」

 

 ホット・ロッドは相手の声を遮り、ジッとその目を見つめた。

 

「NESTに話を聞いた。連中の目的は『移住』だ。こっちに皆で引っ越してきて、ショッピングモールやテニスコートを作ろうってんだ。美味しい空気を吸いながら、綺麗な川で釣りでもしようってのさ」

「それがどうし……」

 

 ハッとガルヴァトロンも目を見開いた。

 地球人のやろうとしていることを簡単に言えば、汚れた家を捨てて、綺麗な新居に引っ越そうということだ。

 なのに、新しい家にわざわざ火を点け、毒を撒くだろうか。

 

()()()核兵器のつるべ撃ちだの、毒ガス細菌ウイルス垂れ流しだの、そんなことして勝っても残るのは汚染された焼け野原だけだ。辻褄が合わねえんだよ」

()()()()()? お前、まさか記憶が……」

 

 その言い方に、そして苦み走った表情に、ガルヴァトロンの目には驚きと共に僅かな期待が宿った。

 ホット・ロッドは自分のこめかみを指先でコツコツと叩いた。

 

「まだ俺がロディマスだって認めたワケじゃねえよ。ただ、断片的な記憶を整理すると、ロディマス()()()()()()って程度だ」

「…………」

 

 その答えに、ガルヴァトロンは複雑そうな顔をした。

 僅かでも昔のことを思い出してくれたことへの嬉しさと、それでも自分を兄と認めてくれない相手への悲しさが混ざった表情だった。

 ホット・ロッドとしても、交渉の材料として肉親の情を利用しているようで、自己嫌悪を拭えなかった。

 

「話を戻そう。とにかく、あの未来の地球人らしき連中と、今の地球人が全く同じだとは、俺にはどうしても思えないんだ」

「しかし、実際に……いや待て」

 

 ガルヴァトロンは何かに気付いたように、くろめを一瞥した。

 

「そういうことか」

「そういうことだ」

 

 彼らの未来では恐るべき侵略者だった地球人。だが、それにしたって今の地球人がゲイムギョウ界を滅ぼす理由が見当たらない。

 憎しみが暴走するということも有り得るが、余りに唐突過ぎる。

 

 だとすれば、考えられる原因でもっとも有り得そうなのは、やはり『天王星うずめ』の存在なのだ。

 猛争の力ならば、地球人を暴走させることなど容易いはず。

 

 目が小さく窄まり体からスパークを迸らせるガルヴァトロンにホット・ロッドは突き刺すような視線を向けた。

 

「おっと、さっき俺に任せると約束したはず。それとも新破壊大帝閣下は、一分前にした約束を反故にされるおつもりで?」

「お前……! 地球人に対してもそうだが、奴らがしたことを思えば、あまりにも……!」

「そうそこだよ。確かに記憶の中で酷いことされたさ。でもそれは、未来の話だ。今はまだ、地球人も、うずめも、取返しの付かないことはしてないんだ」

 

 ホット・ロッドは拳を強く握りしめた。

 そうだ、ここは彼らから見れば過去だ。世界は美しいままで、彼らの大切な人々も生きている。

 起こしてもいない罪で裁かれるのは、余りに理不尽だ。

 

「だがいずれは『取返しの付かないこと』をやらかすとも限らない」

「やらかさないようにすりゃあいい……せっかく過去に来たんだぜ? 二週目はハッピーエンド目指したくなるのが人情だろう?」

「つまり、戦争を未然に防ぐと? それも連中と和解する方向性で」

 

 相手の言いたいことがだんだんと分かってきたガルヴァトロンは、腕を組んで思案する。

 おそらく、未来はすでに変わり始めている、

 彼の知識では、地球人はブリテンに来た時点でこの世界の破滅を目的としていたのだ。

 

「……しかし、地球人が侵略してきたのは事実。事後の策として、杖は手に入れる」

 

 それが彼なりの最大の妥協だ。

 

「どのみち、クインテッサを放ってはおけん。奴は杖で地球もゲイムギョウ界も滅ぼす気だ」

 

 それを聞いたホット・ロッドは、待ってましたと言う顔をした。

 

「杖か……つまりさ、お前は杖を手に入れてゲイムギョウ界を守りたい。俺は杖を手に入れてゲイムギョウ界と地球を守りたい、ってことだ」

「杖を手に入れ、クインテッサを倒す所までは利害が一致していると?」

「話が早くて助かる。戦力は多いほうがいいだろう?」

 

 ニヤリと笑うホット・ロッドに、ガルヴァトロンは一つ息を吐いた。

 この弟は、昔からこういう口八丁の悪だくみが得意で、よく母を困らせたものだ。

 

「しかし、鍵となる遺物はやっと一つ……いやスカリトロンを含めて二つ、手に入ったばかりだ」

「残りの場所は分かってる。お前も当たりは付いてるんだろう?」

「キャメロット。マーリンが隠しているんだろうな」

 

 間髪入れずに返事を返されて、ホット・ロッドの笑みが大きくなる。

 エクスカリバーの量産には、ソラス・プライムの鍛冶鎚が使われているはず。

 そしてコピーを作るにはオリジナルが必要だ。

 

「ちょうどいいことにな、俺らの仲間がキャメロットを探ってる」

「その情報と引き換えに、共闘を継続したいと」

 

 二人は小出しに情報を出し合いながら会話を進めていく。

 まるでチェスで対局しているようだと、ミリオンアーサーは感じた。

 

「……いいだろう。こちらとしては、暗黒星くろめの監視もしたい」

「交渉成立だな。もうしばらくは休戦といこうぜ」

 

 テーブル越しにスイッと差し出されたホット・ロッドの手を、ガルヴァトロンはゆったりとした仕草で握った。

 相棒同士ががっちりと握手するのを見上げて、くろめとマジェコンヌ、ネプギアはホッと息を吐く。

 一方でミリオンアーサーは何とも言えない顔をしていた。

 自分の上で話が矢継ぎ早に進んでいくことに、奇妙な感覚を得ていたからだ。

 

「それで、キャメロットについての情報は?」

「まあ、待てよ。こっちも聞きたいことがある。例の『杖』とやらでクインテッサは何をたくらんでる?」

「…………」

 

 手を引っ込めて少し思案したガルヴァトロンは、それを言うことにした。

 今更隠してもしょうがない。それに地球に潜む()()()は知らせた方がいい。

 

「いつかも言ったな。杖でもって地球に潜む存在の力を吸い取ると。そいつとこの世界に宿るオールスパークを吸収することで、クインテッサは創造主になろうとしている」

 

 ガルヴァトロンの顔に緊張が走った。

 その存在のことを話題にするだけでも、危険だとでも言う風に。

 

「そいつは、色々な名で呼ばれている。惑星サイバトロンの古き敵。破壊神。星間帝王。混沌を齎す者(カオス・ブリンガー)恐怖の大王(アンゴルモア)星喰い(プラネット・イーター)。しかして、その真の名は……」

 

 

 

 

 

「ユニクロン」

 

  *  *  *

 

「…………」

 

 何処とも付かぬ、暗黒の闇の中。

 アンティークなテーブルに乗ったチェスを思わせるボードゲームの駒を、その自称の通り鏡のようなメタリックのライダースーツとフルフェイスヘルメットの男が黙々と動かしていた。

 

「あ~あ~、愛と希望の大勝利って感じッスねえ」

 

 蜘蛛を思わせるトランスフォーマー、タランチュラスは糸を使って逆さづりの状態で、つまらなそうに体を揺らす。

 

「あいつら、もっと仲良くなっちゃった感じッスしぃ」

「それでいいんだよ」

 

 ミラーは駒を動かしながら、嘲笑混じりに答えた。

 

「愛や信頼ってのはね、深く強くなるほどに……それが奪われた時に、大きな憎しみを生むんだよ」

「そんなもんッスかねえ……」

 

 理解できないと言う風に、タランチュラスは首を振る。

 くぐもった嗤いを漏らしながら、ミラーは駒を進める。

 

「さあて、新展開といこう。今度の役者はきっと、観客のお気に召すはずさ……何せ文字通りの看板役者だから、ね」

 

  *  *  *

 

 同じころ。

 ブリテンの中心地、キャメロット。

 その王城で潜入任務を行っていたケーシャは、目の前の光景を信じることが出来なかった。

 突然爆発音と共に炎に包まれた王城の、その上に二つの影が立っていた。

 

 一つは、大きな影。

 太く逞しい後ろ足と相反する短い前足に、長い尻尾。

 牙の並んだ大顎からは炎が漏れ出し、頭部には一対の角を備えている。

 太古の時代に世界を制していた恐竜の王、暴君竜(ティラノサウルス)の姿をした、金属生命体だ。

 

 もう一つの影は、その暴君竜の足元に立っていた。

 騎士甲冑の如き、重厚かつ勇壮なその姿。

 全身に施された青と赤のファイアパターン。

 背中には同様に炎模様がある大剣と丸盾。

 神話の英雄が如き勇壮な顔には、左半分に血のように赤い痣のような模様が広がっていた。

 肩には今しがた強奪したばかりの獲物である長柄の大鍛冶鎚……マーリンが秘匿していた最初の13人の遺物が一つ、ソラス・ハンマーを担いでいた。

 

 ケーシャは、そして彼女を庇うように前に出たハウンドは、彼らのことを良く知っていた。良く知っているからこそ、信じることが出来なかった。

 見上げる二人に答えるワケではないだろうが、炎模様の戦士は厳かな声で宣言した。

 

「私はネメシス・プライム……偉大なる創造主の忠実なる僕『三騎士』が、将」

「我、ネメシス・グリムロック! 我ら、クインテッサの三騎士!!」

 

 暴君竜の姿の戦士も天を轟かすような咆哮を上げる。

 だがしかし、ケーシャとハウンドはその名乗りを受け入れることは出来なかった。

 彼らの本当の名を知っているから。

 

「なんで、なんで……」

「オプティマス……!」

 

 竜の姿を持った古代の騎士ダイノボットの長グリムロック。

 

 そして、オートボットの総司令官オプティマス・プライム。

 

 炎に照らされる二体のトランスフォーマーの目は、そのどちらもが禍々しいなまでの()に光り輝いていた。

 




ややこしい設定を整理して、話をシンプルにするための回でした。
もっとややこしくなった? 言いっこなしで。

今回のキャラ紹介。

クインテッサ三騎士ネメシス・プライム
突如としてキャメロットを強襲した謎のトランスフォーマー。
その正体は創造主クインテッサが新たに送り込んだ刺客『三騎士』のリーダー格。
オプティマスとまったく同じ姿をしているが、顔の左半分に赤い痣のような模様があり、目が紫。


クインテッサ三騎士ネメシス・グリムロック
ネメシス・プライムと行動を共にする三騎士の一人。
ダイノボットのリーダー、グリムロックとまったく同じ姿をしているが、やはり目が紫。

元ネタは、横浜トランスフォーマー博で限定発売されたロストエイジ版ヴォイジャークラス・グリムロックの色替え玩具。


なお、三騎士という肩書きが指すように、もう一人仲間がいる。


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第66話 ネメシス

いつにも増して遅くなってしまいました……。


 ホット・ロッドはランボルギーニの姿でブリテンの荒野を走っていた。

 その横には、一応の同盟を結ぶことになったガルヴァトロンが、エイリアンタンクの姿で並走していた。

 というよりも、彼がクインテッサに呼び出されたのでホット・ロッドはそれにくっついて来た形だ。

 

 これから、ガルヴァトロンが合う相手と話すために。

 

 キャメロットに潜入していたケーシャとハウンドから連絡を受けたが、その内容は到底信じることが出来ない物だった。

 謎のトランスフォーマーが件の城を強襲し、ソラス・ハンマーを奪っていった。そのトランスフォーマーと言うのが……。

 

「…………」

 

 荒野のど真ん中に、その噂の張本人が立っていた。

 赤青の騎士甲冑のようなボディに、背中には一対の三連マフラー。

 剣を乾いた地面に突き立て、彫像のように動かない。

 

 閉じていた目がゆっくりと開かれると、紫色の光が漏れた。

 

 その姿は、ホット・ロッドが良く知る人物、その物だった。

 

「オプティマス……」

 

 だが、有り得ない。

 オプティマス・プライムがクインテッサに与し人間を攻撃するなど、有り得るはずがない。

 当然ながら、ホット・ロッドは情報を得るやすぐさまプラネテューヌに連絡を取ろうとした。

 しかし大気中に充満するアンチ・エレクトロンのせいか、あるいは別の理由か、通信が届かなかった。

 

 今、目の前のオプティマスらしき相手について考えられる可能性はいくつかある。

 第一に、オプティマスの姿を模した偽物である。これが一番ありそうだ。

 因子を使って作った騎士か、機械仕掛けの紛い物か……。

 

 あるいは、洗脳されたか?

 だとしても、今のオプティマスをどうやって操る?

 そんなことは彼の恋人であるプラネテューヌの女神ネプテューヌが何としても阻止するだろうし、仮に操られたとしても、間違いなく救出に動くはず。

 

「貴方が……クインテッサの使途か?」

 

 黙考するホット・ロッドに代わって、ガルヴァトロンが緊張した面持ちで目の前のオプティマスの姿をした『何か』に声をかけた。

 それは、厳かに口を開いた。

 

「いかにも。創造主の忠実なる僕、三騎士が一、幻影騎士ネメシス・プライムだ」

 

 やはり声も口調もオプティマスその物だった。

 しかしこれがオプティマスとは到底思えない。

 

「お前が余りにも仕事を進めんので、我らが送り込まれたのだ」

「なるほど……確かに仕事が早いようだ。さっそくキャメロットを襲撃し、遺物を奪ったとか」

()()()のではない。()()()()()のだ。あれは元々、創造主が持つべき物。……これから、お前たちには私の指揮下に入ってもらう」

 

 冷厳した声で、ネメシス・プライムは告げる。攻撃したことを何とも思っていないようだ。

 一方的な物言いにガルヴァトロンは眉をひそめた。

 

「その話の前に、一つハッキリさせておきたい。貴方は……オプティマス・プライムなのか?」

「オプティマス……? 誰だそれは? ……ん?」

 

 不思議そうに、ネメシスは首を傾げた。

 そこで三騎士の将は小刻みに震えているホット・ロッドに初めて気が付いた。

 

「その者は何者だ? お前の部下、ではないようだが」

「こいつは……説明が難しいのだが」

 

(冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ!!)

 

 ホット・ロッドは必死に自分に言い聞かせていた。

 敬愛するオプティマスの姿をした偽物の一挙一動、一言一言がスパークを逆撫でされているかのように怒りを湧き上がらせる。

 この目の前の紛い物を、そしてこんな物を用意したクインテッサを今すぐこの世から消し去ってやりたいという激情にかられる。

 しかし、今はまだその時ではない。

 

「……俺はホット・ロッド。オートボットのブリテン遠征隊の隊長だ」

「ほう、その若さで隊長か。前途有望な戦士なのだろうな」

 

 感心したように穏やかな声を出すネメシスが、記憶の中のオプティマスと重なり余計に腸が煮えくり返る。

 これは、オプティマスに対する最大級の侮辱だ。到底、許せるものではない。

 

「しかし報告によればオートボットは貴様と敵対したはず。何故ここにいる?」

 

 その質問にどう答えたかと思案していた時、ホット・ロッドが内蔵している通信装置に通信が入った。

 

『ロディ、こっちは準備できたよ!』

 

 くろめの声が聞こえてきて、ホット・ロッドは我知らずニヤリとした。誰かが見れば、メガトロンに似ていると言うかもしれない、そんな笑みだった。

 

「答えろ、何故ここにオートボットがいる?」

「それは……テメエをぶちのめすためだよ、偽物野郎!!」

 

 ホット・ロッドが合図すると、何処から黄色い閃光が走り、バンブルビーが現れた。

 空からはクロスヘアーズが舞い降り、遅れて完全武装のハウンドとドリフトも現れてネメシスを取り囲む。

 彼らは全員、すでにゴールドサァドと合体していた。

 

「よもやよもや、本当にオプティマスだと言うのか……?」

「偽物に決まってんだろろうが!」

「どちらにしても、動かないでくれよ……!」

 

 その姿に動揺するオートボットたちだが、それでもネメシスに向けた武器を降ろすことはない。

 特にこんな時に一番混乱しそうなバンブルビーは、冷静だった。

 彼はかつて、『ネメシス・プライム』と言うオプティマスを模した粗悪な機械人形を目撃しているからだ。

 

「……これがお前の意思か? 創造主に反旗を翻すと?」

 

 だがネメシスは周囲のオートボットたちを無視して、ガルヴァトロンを冷たい目で睨んだ。

 

「無論。元より俺はこの世界を守ることが目的だ……次元の狭間から救い出してくれたことには感謝しているが、それとこれとは話が別よ」

「愚かな」

 

 大きく頭を振ったネメシスは周囲のオートボットたちを見回した。

 

「オートボットたちよ、何も我々が戦うことはない。……私は、そして創造主は大義のために動いているのだ。それを理解してほしい」

 

 厳かな、しかし穏やかな声は、彼らの知るオプティマスとまったく変わりがなかった。

 オートボットたちは我知らず顔を見合わせる。

 

「我々の目的は、皆が幸福に暮らせる世界。ただそれだけなのだ」

「キャメロットを襲いやがった癖に……!」

 

 ホット・ロッドが憎々し気に睨むと、ネメシスはゆっくりと首を振った。

 

「地球に潜む邪神ユニクロン……サイバトロンにとって最大の敵とも言える奴を討ち滅ぼすためには、杖がどうしても必要なのだ……そして創造主のもと、この不完全な世界を一度滅ぼし理想郷を創生するために」

「黙れ! センセイの姿で戯言を語るな!!」

 

 その声に誰よりも先に怒りの声を上げたのは、やはりと言うかドリフトだった。

 二刀を構え、相手に斬りかからんばかりだ。

 

 ホット・ロッドはまだ冷静だったが、それでも青い目の奥に赤い光が揺れていた。

 ガルヴァトロンは厳しい顔で彼を諫めた。

 

「落ち着け、ホット・ロッド。それにそっちの侍も……」

 

 殺気だつオートボットたちを見回したネメシスは残念そうに排気した。

 

「……説得は無理か。残念だ……実に、残念だ。見どころのありそうな若者だと言うのに」

 

 その瞬間、一同の立つ地面が爆発した。

 轟音と共に土が舞い上がり、その中から巨大な影が現れた。

 それは二本の脚で立ち、長い尻尾を持った金属製の暴君竜だ。

 

「ぐるぉおおおおお!! 剛竜騎士ネメシス・グリムロック! 見参!!」

 

 牙の並んだ口から炎を吐きながら立ち上がったネメシス・グリムロックは体に付いた土を掃うのも兼ねてギゴガゴと音を立てて変形する。

 ネメシスの二倍はある巨躯で、額に一本の角を持ち、両肩に竜の顔の意匠がある騎士の姿にだ。

 手には長柄の戦鎚ドラゴントゥース・メイスを握っている。

 

 そして口元にはまるで(くつわ)のように赤い痣のような模様が広がり、両の目は紫に輝いていた。

 

「グリムロック……! マジで出やがった!」

『噂には聞いてたが、本当にデカイね。G級間違いなしだ……!』

「みんな落ち着け! こいつもどうせ偽物だ!!」

 

 飛び上がったクロスヘアーズとエスーシャが戦慄した様子で呟くが、体勢を立て直したホット・ロッドは土煙の向こうのネメシスの影にレーザーライフルを向ける。

 だがこちらが引き金を引くより早く、向こうの方が撃ってきた。

 

 咄嗟に上体を傾けると、頭のあった場所を大型の弾丸が通り過ぎた。

 

「避けたか……やはりまだ武器に慣れていないな」

 

 土煙が収まると、こちらに銃口を向けるネメシス・プライムがいた。

 今までにホット・ロッドが見たことのない、銃だ。

 だがその銃『アクティブリボルバー』はネメシスの左腕と一体化している。手の甲の上に銃口があり、リバルバー拳銃のようなシリンダーが腕そのものを芯にしてその周りを囲んでいた。

 さらに右腕にも破壊大帝の代名詞フュージョンカノンにも似たビーム砲『デストロイガン』が装着され、左肩にはショルダーキャノンが備えられている。

 

 これらの武装一式は、クインテッサより彼に授けられた物だった。

 

 幻影騎士が無造作にデストロイガンを発射すると光弾がオートボットたちに襲い掛かる。その攻撃に一切の躊躇いはない。

 

「やれ、ネメシス・グリムロック」

「応よ! 我、ネメシス・グリムロック!! 創造主の敵、叩き潰す!!」

 

 グリムロックに似た剛竜騎士は、メイスを振るって小さなオートボットたちを薙ぎ払おうとする。

 超スピードでそれを躱したバンブルビーは、相手の顔にブラスターを撃つ。

 

「ぐおっ!?」

『ちょ!? ビー、あれ痛くない!?』

「大丈夫、あいつは、頑丈!!」

 

 合体しているビーシャの抗議をバンブルビーは否定する。

 実際、グリムロックは一切ダメージを受けた様子はなく、咆哮を上げてメイスを振り回す。

 だがハウンドのレールガンを喰らうとさすがに痛みを感じたようだ。

 

「紛い物め! その首を刎ねてくれるわ!!」

『落ち着け、作戦を忘れたか!』

「ぐぬう……!」

 

 一方で、ドリフトは刀を振りかざしてネメシス・プライムに向かっていこうとして、エスーシャに窘められていた。

 幻影騎士は、周囲の敵の動きに首を傾げた。ドリフトばかりかホット・ロッドやガルヴァトロンまでも遠巻きに銃撃してくる状況に、違和感があるからだ。

 

「これは……なるほど、そういうことか」

 

 呟いた瞬間、何処か遠くから飛んできた装置が頭上で静止し、それを中心に三角錐型の結界が発生。

 二人の騎士を包み込んだ。

 

  *  *  *

 

「上手くいったか……」

 

 マジェコンヌは、ガルヴァトロンの傍に並ぶとホッと息を吐いた。

 結界の中で動けなくなった騎士たちを、オートボットや待機していたディセプティコン、そしてネプギアたちが取り囲む。

 この結界は、彼女とネプギアの合作であり、かつて女神を封じたアンチ・クリスタルの結界の簡易版だった。

 

「ロディ、大丈夫かい?」

 

 くろめが相棒に心配そうに声をかける。

 ホット・ロッドは結界の前に仁王立ちし、光の壁越しにネメシスを睨みつけていた。

 

「貴様の目から怒りが見える。よくないぞ、そういうのは」

「……怒りもするさ。オプティマスの出来の悪い偽物を用意されりゃあな!」

「偽物とは酷い言いようだ。私はオールスパークによって生を受けたその日より、ネメシス・プライムと呼ばれているのだが」

「ほざいてろよ、バッタモン」

 

 ネメシスに静かな声をかけられて、ホット・ロッドはイライラと吐き捨てるように返した。

 いつも以上に強い怒りを見せる彼だが、くろめにはその理由がよく分かった。

 

 ホット・ロッドにとってオプティマスは憧れの存在であり、精神的に大きな影響を受けた、疑似的ながら父替わりと言っても差し支えない相手だ。

 そんな相手の名誉を穢すような存在に、怒りを感じるなと言う方が無理なのだ。

 

 その姿は、父母を侮辱された時のガルヴァトロンによく似ていて、本人らの意識はともかく、やはり二人が兄弟なのだと感じさせた。

 

 そして怒っているのは、もちろんオートボットたちもだった。

 

「さて、この偽物をどうするか……」

「決まっている! さっさと斬り捨てるぞ!!」

 

 特にドリフトはネメシスたちを排除したくてしょうがないようだった。

 ハウンドはそんな彼を諫める。

 

「落ち着けよ。こいつらは三騎士って名乗ってんだ……ってことはあと一人、仲間がいるんだろうな」

「そいつもどうせ、誰かのパチモンだろ?」

 

 地面に降り立ったクロスヘアーズは、ガンスピンをして銃をコートの裏にしまいながら軽く言った。

 一方で、ネメシス・グリムロックは咆哮を上げていたが、ネメシス・プライムは落ち着き払っていた。

 

「その通りだ……我ら三騎士はこの私、幻影騎士ネメシス・プライム。剛竜騎士ネメシス・グリムロック。そして最後の一騎が……」

「ッ! 上だ、全員備えろ!!」

 

 その瞬間、感じた殺気にホット・ロッドが叫ぶと、上空から無数の剣が降り注いだ。

 半透明のエネルギーで出来た剣は、地面に突き刺さると爆発する。

 バンブルビーは高速移動でネプギアを抱えて離脱し、クロスヘアーズは飛んで避ける。

 ハウンドとドリフトはそれぞれの得物を盾替わりにして耐え、ホット・ロッドとガルヴァトロンはそれぞれの相棒を庇う。

 

「ふう、危ない、危ない!」

『ネプギア、大丈夫?』

「今の攻撃は……そんな、まさか!」

 

 情報員に抱えられたネプギアは信じられないという顔で空を見上げる。

 今の攻撃は、『32式エクスブレイド』……彼女の、良く知る相手の技だからだ。

 

「へえ……これを避けるんだ」

 

 そこには女性の影が浮かんでいた。

 

 女性的で肉感的な姿態を包むのは、黒いレオタードのような衣装。

 背中には光で構成された妖精のような翼。手にはアメジストのような光沢を放つ優美な太刀。

 長い紫の髪を二つの三つ編みにし、瞳には円と直線を組み合わせた電源マークのような紋章が、ネメシス・プライムやネメシス・グリムロック同様に紫色に光っていた。

 背筋が凍るほどに妖艶な笑みを浮かべた美しい顔の右半分には、ハートのような形の赤い模様があった。

 

 その姿を見て、ネプギアは呆然と呟いた。

 

「お姉ちゃん……」

 

 そこにいたのは、ネプギアの姉、すなわちプラネテューヌの女神ネプテューヌ……その女神としての姿であるパープルハートに他ならなかった。

 

 パープルハートらしき女神はそれに構わず、手に持った刀……彼女の愛刀であるオトメギキョウを一振りして結界を発生させている装置を壊すと、ネメシス・プライムの前まで降下した。

 

「ふふふ、油断したわね。ネメシス」

「ああ、助かったよ」

 

 親し気に微笑み合う、パープルハートらしき女神とオプティマスのようなトランスフォーマー。

 忌々しいほどに、プラネテューヌの姉女神とオートボット総司令官の日常での姿そのものだ。

 

『そんな、ねぷねぷ、なんで……!?』

「お姉ちゃん、本当にお姉ちゃんなの!?」

 

 バンブルビーと一体化しているビーシャと固まっているネプギアの動揺した声に気付き、パープルハートの姿の女神は小首を傾げた。

 

「ねぷね……? それにお姉ちゃん? 残念だけど、私の妹はリーフウインドだけよ」

「な、なに言ってるの!? 私だよ! ネプギアだよ!!」

「知らないわね……変な子。それに、私の名前は『ねぷねぷ』なんかじゃないわ」

 

 ネプギアの声に、怪訝そうに顔を歪めたパープルハートは、ネメシス・プライムの顔の横に並ぶ。

 

「私は最初の十三人の一柱、鍛冶師ソラス・プライムの娘が一人、ベルフラワー……またの名を、妖花騎士ネメシスハートことネメシス・ネプテューヌ!!」

「ね、ネメシスハート!? それに、ベルフラワーって!?」

 

 パープルハート改めネメシスハート……ネメシス・ネプテューヌは、愕然とするネプギアを冷たい目で見下ろした。

 

「今はこんな肉の体に押し込められているけれど……本来なら、私は正当なるソラスの後継よ」

「そ、そんな……」

「ぎあっち、落ち着くんだ! あれがねぷっちなもんか!」

「くそう……! オプティマスばかりか、ネプテューヌの偽物まで用意しやがったのか!!」

 

 くろめが首を振るネプギアを落ち着かせようし、ホット・ロッドはさらなる怒りに燃える。

 ふん、とネメシスハートは鼻で笑った。

 

「偽物? さっきから馬鹿なことばかり言うのね。それよりも、あなたたちはオートボットね。ならば、彼に……ネメシス・プライムに傅きなさい。当然の礼儀よ」

「なんだと! 誰が……!」

 

 無礼な物言いに激昂するドリフトだが、ネメシスハートはまるで動じずに口上を続ける。

 

「彼こそは最初の十三人が末弟、偉大なるネメシス・プライムそのヒトよ。本来ならあなたたちのような連中は、謁見することも許されない高貴な存在なのよ」

「ベル、そういうのはあまり……」

「謙虚なのは美徳とは限らないわ。こういう不躾な連中にはガツンと言って聞かせないと……ああ、そっちのディセプティコンは別にいいわよ。殺すから」

 

 高慢で好戦的なネメシスハートに、ネメシス・プライムは軽く排気する。

 その態度と言い分から、いよいよホット・ロッドは確信を持った。

 

 やはり、こいつらは偽物だ。

 おおかた、クインテッサが操りやすいように適当な情報を刷り込んだのだろう。

 

 その確信を元に、皆に攻撃指示を出そうとした、その時だ。

 

『ブ……遠……、こち…イ……ワール、応…してくだ……!』

 

 唐突に、通信機器から声が聞こえた。

 それはその場にいる、ブリテン遠征隊全員がそうだった。

 

『ブリテン遠征隊、応答してください! こちらプラネテューヌ教会! 繰り返します、ブリテン遠征隊、応答してください!!』

 

 通信機器からは何処か幼さを残した少女の、しかし切羽詰まった声がする。

 プラネテューヌの教祖、くろめとマジェコンヌにとっても関係のあるイストワールの声だ。

 さっきまでは、ブリテン国外と連絡が取れなかったと言うのに。

 不信に思いつつも、反射的にホット・ロッドは回線を繋いだ。

 

「……こちら、ホット・ロッドだ」

『! ああ、よかった! やっと繋がりました! ホット・ロッドさん、落ち着いて聞いてください! 緊急事態なんです!!』

「悪いがこっちも立て込んでるんだ。後に……」

 

 戦闘中であるため、通信を切ろうとするが、次の言葉に何度目になるか分からない衝撃を受けた。

 

『ネプテューヌさんとオプティマスさんが、さらわれてしまったんです!!』

 

 

 

 

 

 その時、何処か深い闇の底で、鏡のようなライダースーツの男が嗤った。

 

 

 

 

 

「な、に……?」

『数日前に突然現れた、クインテッサを名乗る相手に……偶々来ていたグリムロックさんも一緒に! もちろん抵抗しましたが、近くにいた子供たちを人質に取られて……!』

 

 通信機からの声が遠くに聞こえる。

 

『他の国の女神様やオートボットのみなさんが後を追おうとしましたが、見失ってしまって……こちらは大混乱なんです!!』

 

 混乱しているのはホット・ロッドやオートボットたちもだった。

 では、ならば、まさか……。

 

「それじゃあ、あいつは……オプティマスだってのか!?」

「馬鹿な! そんなことがあり得るものか!!」

「落ち着け、まだ決まったワケじゃねえ!!」

 

 動揺するクロスヘアーズとドリフトを落ち着かせようとするハウンドだが、今度は効果が薄かった。

 ガルヴァトロンは鋭い目つきでクインテッサの走狗と化した者たちを睨んでいた。

 

「クインテッサ……やってくれる!!」

 

 そんな一同を、ネメシス・プライムは胡乱げに見ていたが、やがて厳かに声を発した。

 

「こちらに付かんのなら、それも構わん。だが邪魔だけはしないでもらおう」

「あら? 叩き潰しておいた方がよくない?」

「グルルルゥ……我、ネメシス・グリムロック! 物足りない!!」

 

 当然の如く戦意を衰えさせない剛竜騎士と妖花騎士だが幻影騎士は首を横に振る。

 

「これ以上彼らに構っている暇はない。一刻も早く、杖を手に入れなければ……創造主のために」

「……ええそうね。私たちは下らない宝探しなんかするつもりはないわ。最短ルートで杖を手に入れましょう!」

「グルルルゥ……仕方ない。いざ、ベイドン山へ!!」

「させると思うか!!」

 

 もはやオートボットもディセプティコンも眼中にない様子の三騎士だが、そうはさせじとガルヴァトロンが電撃を放とうとして……ドリフトに掴みかかられて止められた。

 

「何をする!!」

「そちらこそ……あれは、あれはオプティマスなのだぞ!?」

「だとしても、今は敵だ!!」

 

 その声に反応するかのように、バンブルビーが動く。

 本当にあれがオプティマスだとしても、それを止める必要があると感じたからだ。

 だが、急に体から力が抜け、加速することが出来なかった。

 

「ビーシャ!?」

『そんな、ねぷねぷと、ねぷねぷと戦うなんて……!』

 

 一体化しているビーシャの闘志が完全に萎えてしまっているからだった。

 正義の味方を目指す彼女と言えど、友人と戦う覚悟を即座に決めることなど出来なかった。

 一方で、ネプギアは動揺しつつもすぐに姉を止めるべく走る。

 

「お姉ちゃん!! 待って!!」

「……私は、あなたの姉ではないわ」

 

 しかし、ネメシスハートが振り向きざまに放った刀の一閃が顔のすぐ前を通り過ぎて、足を止めてしまう。

 息を飲む妹を、女神は冷たい目で見ていた。

 

『ハウンドさん!』

「あれがオプティマスであれ……ここで止める!!」

『クロスヘアーズ、難しいことはあいつをぶっ飛ばしてから考えよう!!』

「! ああ、そうだな!!」

 

 相棒たちに言われて、ハウンドは全身の武器の狙いを三騎士に定め、クロスヘアーズも三騎士に向かっていく。

 ガルヴァトロンはもちろん、バンブルビーも立ち上がりブラスターを構える。

 

「愚かな……ベルフラワー、頼む」

「分かったわ……だから、叩き潰したほうがいいと言ったでしょう? 融合合体(ユナイト)!」

 

 彼らを一瞥したネメシス・プライムに声をかけられ、ネメシスハートは声を上げ、彼の身体に溶け込むようにして一体化する。

 すると騎士の身体から紫のオーラが噴き上がった。

 

 ネメシスは右腕からデストロイガンを取り外し、その後部を左肩のショルダーキャノンの先端に接続する。

 さらにアクティブリボルバーの銃口をデストロイガンの側面に差し込むと、彼をして肩に担がなければならないほどの巨大な大砲になった。

 

「バズーカストーム……準備完了」

「ッ! ロディ!!」

 

 バズーカストームなる大砲が火を噴くよりも早く、くろめは跳び上がって相棒の唇に自分の唇を重ね、溶け込むように彼と一体化する。

 ハッと正気に戻ったホット・ロッドは腕を翳した。

 

 相手の発射に合わせてポータルを開き、その攻撃を相手に送り返すために。

 

 だがしかし。

 今回の相手は実戦経験の少ない秘密結社首領ではなく、洗脳されたとはいえ百戦錬磨の英雄だった。

 

 敵の動きを察知したネメシスは大砲を発射する瞬間、ふくらはぎ部分からジェット噴射をして高く跳んだ。

 

「なに!?」

「……発射」

 

 咄嗟のことで、ホット・ロッドはポータルを開く位置を変えようとするが、それよりもバズーカストームが発射される方が早かった。

 三つの武器のパワーを合わせた強力な紫色のビームが、オートボットやガルヴァトロンたちのちょうど真ん中の地面に命中し、大規模な爆発を起こす。

 

『ぐわああああッ!?』

 

 直撃はせずとも爆風だけでオートボットたちは吹き飛ばされ、ガルヴァトロンやハウンドですら耐えきれず転倒してしまう。これほどの破壊力があるのは、女神と合体しているからなのは明らかだ。

 地面に空いたクレーターと、致命傷こそ負わなかったものの炎と煙の中で倒れた一同を見下ろし、ネメシスは剛竜騎士の傍に舞い降りた。その身体からネメシスハートが分離する。

 

「グルルルゥ……ネメシスばかりズルい。我も、戦いたい」

「いずれ、別の機会にな」

 

 三人の騎士の身体を、上空から降り注いだ光が包んだ。上空に浮かぶ小型の宇宙船からのトラクタービームだ。

 ガルヴァトロンには人員も船も与えなかったのに、彼らはよほど期待されているようだ。

 

「ま、待て……!」

 

 ヨロヨロと立ち上がったホット・ロッドは、浮かび上がっていくネメシス・プライムにレーザーライフルの狙いをつけ、引き金を引こうとして……引けなかった。

 彼の中のオプティマスの思い出が、頑なに指に力を入れることを拒んでいた。

 

「さらばだ、オートボットのホット・ロッド。……また邪魔をするのなら、次は排除する」

「この場で殺さないなんて、ネメシスは本当に優しいわね」

『ねぷっち……!』

 

 冷厳と告げるネメシス・プライムとそれを茶化すネメシスハートが宇宙船に吸い込まれるのを見上げ、くろめは愕然と呟いた。

 

 花火の揚がる夜の、ネプテューヌの横顔が脳裏をよぎる。

 あのネプテューヌが、最愛の妹を攻撃したばかりか、この惨状を指して『優しい』などとのたまうのが信じられなかった。

 

『ホット・ロッドさん!? そっちで何が起こってるんですか! ホット・ロッドさん!!』

 

 宇宙船が飛び去っていくのを見送るしかない一同の通信機からは、イストワールの声が空しく響くのだった。

 

 

 

 ……マーリンが全トランスフォーマーをブリテンの敵とし、全てのアーサーにその討伐を指示したと知らされたのは、そのすぐ後のことだった。

 

 

 




ミラー「だから言っただろう? 看板役者だってさ……何せこの作品は『超次元ゲイム ネプテューヌ』の二次創作だからね!」

今回のキャラ&小ネタ紹介。

妖花騎士ネメシスハート/ネメシス・ネプテューヌ

クインテッサの三騎士、最後の一人……その正体は洗脳されたプラネテューヌの女神ネプテューヌ。
自らをソラス・プライムの娘と認識しており、ネメシス・プライムからはベルフラワーと呼ばれている(この作品ではネプテューヌの前々世が本当にソラスの実の娘ベルフラワーなので、つまり前々世の人格に歪んだ形で逆行させられている状態)
その洗脳は極めて深刻であり、『ネプテューヌ』としての人格と記憶はほぼ完全に封印され、傲慢で独善的、かつ好戦的な性格と化している。
自分たちに敵対する相手、特にディセプティコンを嫌悪しており、情け容赦なく叩き潰そうとする。

今回は未登場だが、いつもの人間態に戻ることもでき、その状態だと普段のような明るく惚けた性格になる……が、敵への苛烈さや傲慢さはまったく変わっていないという、ある意味で非常に危険なことになっている。

クインテッサの唯一にして最大のお気に入りであり、そのため全力でバックアップされている(人員確保やら何やら、すべて丸投げされているガルヴァトロン一味とは大違いである)



ネメシス・プライムの武装

バリケードのガトリングにも似た形状の実弾銃『アクティブリボルバー』
メガトロンのフュージョンカノンを彷彿とさせる『デストロイガン』
上記二つに左肩のショルダーキャノンを組み合わせた『バズーカストーム』

これら一式はクインテッサがネメシスハートにおねだりされて用意した物。

元ネタはテレビマガジンで掲載されていた『超ロボット生命体物語ザ☆トランスフォーマー』に登場した巨銃兵士ギルトールというオリジナルトランスフォーマーの武装(ただしアクティブリボルバーは実弾銃ではなくレーザー銃、デストロイガンではなくデストロガン)
このギルトール、クインテッサ星人(タコお化けの方)が造ったコンボイのコピーで意思を持っておらず、コンボイにメガトロンをニコイチしたような姿が特徴。
作中ではみんな大好きニューリーダー(故)に憑依されてました。



三騎士の肩書き。

全員一律に騎士だとややこしいんで、それぞれ肩書きを追加しました。
ネメシス・プライムが幻影騎士(プライム版ネメシスプライムの肩書き、幻影兵士に由来)
ネメシス・グリムロックが剛竜騎士(Vに登場するデストロン、恐竜戦隊のリーダー、ゴウリュウに由来)
ネメシスハートが妖花騎士(元ネタなし。妖花とは、怪しい美しさを持った花や女性を指す言葉)


そんなワケでネメシス三騎士は、洗脳された本人です。洗脳された経緯はそのうち。
なお、この作品ではネメシス・プライムはオプティマスの前世である13番目のプライムの本名と言う設定。


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