家長カナをバトルヒロインにしたい (SAMUSAMU)
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序幕 プロローグ

 この小説を書くために、ぬら孫のコミックスを全巻中古で買ってきました。
 でも、まだ二十三、二十四巻が見つかっていない。後日、探してきます。


 少女はただの人間だった。

 

 ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の生活を送っていた。

 やさしい母親や、理解のある父親に何不自由なく健やかに育てられ。

 自分と同年代の友達と日が暮れるまで仲良く遊ぶ毎日。

 他愛もなく流れていく、ありふれた日常。

 少女にとってはそれが何よりの幸せだった。

 

 そんな、ただの人間の少女の幸せが――

 

 

 何の前触れもなく崩壊する。

 

 

 深い霧に覆われた森の中に少女はいた。

 

 彼女は、自分が何故こんなところにいるのかも理解することができない。

 たとえ理解していたとして、彼女にそんなことを考える余裕すらなかっただろう。

 

 少女の目の前に広がる光景は、まさに凄惨と呼ぶべきものだった。

 

 眼前の地面が、真っ赤に染めあがっている。

 無残に引き裂かれた、無数の人間たちの死体。

 その中の一つに少女の父親が混じっていたが、もはやどれがそうだったのか判別できないほど、死体はバラバラに引き裂かれていた。 

 少女を庇うように覆い被さっている母親も既に息を引き取っており、母親の血で少女の体全体が真紅に色づく。

 

 この地獄をつくりだした影が、霧の中で揺らめく。

 霧深い森の中を闊歩していたのは巨大――あまりにも巨大な異形なモノだった。

 人間をはるかに超える大きさ。鋭い爪と牙を真っ赤に染めている。

 

 異形は、まだ生きている少女に気づいたのか。一歩、また一歩と近づいてくる。

 

 少女は動かない。

 異形が近づいてくるのを、虚ろな眼差しで呆然と見つめていた。

 

 少女は子供ながらに理解する。

 自分がこれから、死ぬという現実を――。

 氷のように冷たい目で、死にいく自分を客観的に見ていた。

  

 異形が少女のすぐ目の前まで迫り、立ち止まる。

 逃げ出すことすらできない少女を嘲笑うかのように、口元を歪め、その牙を垣間見せる。

 そして、ゆっくりと確実な動作で爪を振り上げ、少女に向けてその凶刃を振り下ろした。

 

 

 その瞬間――風が飛来する。

 

 

 その風は、森中の霧を吹き飛ばすかのようなすさまじい勢いで、少女と異形の間に着弾する。

 あまりの勢いに、異形が雄叫びを上げながら仰け反る。

 少女の虚ろな目が、風の勢いに呑まれ閉じられる。

 

 

 そして、静寂。

 

 

 先ほどの衝撃が、嘘であったかのように場が静まり返る。

 少女の瞳が、静かに開かれる。

 

 

 再び開かれた少女の眼前に広がっていた光景は――――白。

 

 

 どこまでも広がる、美しい白一色の毛並みであった。

 

 

 

 

 

 

 その日を境に、家長カナという少女の人生が変わった。

 本来あるべき歴史から分岐し、穏やかな生を生きる筈の少女が、苦難と戦いの道へと足を踏み入れることになったのである。

 

 

 




 後書きでは原作の設定や、オリジナルの設定について、ある程度の捕捉説明をさせてもらいます。
 よろしくお願いします。


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浮世絵町編
第一幕 旧校舎での出会い


とりあえずの連続投稿。
一応、話のストックはあるので、暫くは途切れさせずに更新できそう……かもしれない。


 とあるアパートの一室。

 朝日が部屋に差し込む中、少女は既にベッドから起き上がり、活動を開始していた。

 

 着替えを済ませ、朝食を食べ、弁当を作り、歯を磨きながらテレビのニュースを確認する。

 少女にとっては慣れたことで、それらの作業を淡々と一人で済ませていく。

 最後には顔を洗い、年頃の女の子らしく鏡を見ながら身だしなみを整えていく。

 

 いざ、出かけようと荷物を持って玄関のドアノブを握ったところ、何かを思い出したようで急いで部屋に戻る少女。

 

 戻った先にあったのは、仏壇であった。

 

 少女はお供えをしてから手を合わし、いつものようにその仏壇に話しかけた。

 

「――それじゃあ、行ってくるね! お父さん、お母さん、……(ハク)

 

 彼女――家長(いえなが)カナという少女にとっては、これがいつもの朝である。

 

 

 

×

 

 

 

「おはよ~! カナ!」

「うん、おはよー!」

 

 クラスメイトからの挨拶に、家長カナは同じ言葉でそれに答える。

 浮世絵町にある――浮世絵中学校。そこが現在、道を歩いている少年少女たちの目的地である。

 

 その道中。ふと、とある少年が一人、前方を歩いているのにカナは気がついた。少年の方はこちらに気がついていないのか、ぼそぼそと何やら独り言を呟いている。

 カナは「少し驚かしてみようかな?」と、軽い気持ちで悪戯心を芽生えさせ、気づかれないよう、バレないようにと、そっと近づいてその少年に声をかけようとした。

 

「リクオくん、おは~――」

 

 だが、「おはよ!」と、言おうとしたその瞬間――少年は持っていたカバンを勢いよく振りながら大きな声で怒鳴り声を上げる。

 

「こらっ! カラス天狗! 心配だからって学校まで――」

「わっ!」

 

 なんとかカバンをかわしつつも、驚きでカナは思わず声をあげる。

 もっとも、驚いていたのは少年も同じようで、こちらが誰なのかがわかると、すっかり青ざめた顔になってしまっていた。

 

「リ、リクオくん……なんのつもり?」

「カ、カナちゃん!?」

「私を殺す気!?」

「そ、そんな……ご、ごめんなさい!!」

 

 リクオと呼ばれた少年――奴良(ぬら)リクオは家長カナの幼馴染である。

 カナは思わぬカウンターにカチンときてしまい、さらに抗議の言葉を続けようとした。だがその途中、後ろから他の男子生徒がリクオに覆いかぶさってきたため、彼女の言葉が中断される。

 

「おはよ! 奴良~どうしたんだよ? 朝っぱらからケンカか?」

「あっ……お、おはよう!」

 

 リクオの方は助かったといわんばかりに安堵し、男子生徒の言葉に耳を傾けている。

 

「なぁ~、アレやった? アレ?」

「え~? 何だよ?」

 

 男子生徒のアレという言葉に、リクオはとぼけて見せたが、すぐに唇を綻ばせながら、カバンからデカい文字で『宿題』と書かれたノートを取り出し、自信たっぷりに答えてみせる。

 

「な~んて。もちろんだよ ハイ、これ!」

「うお~! すげぇ~! あとさ……悪いんだけど……」

「ハイハイ! まかしといて! お昼も買っとくから! ヤキそばパンと野菜ジュースだよね?」

 

 どうやら、この男子生徒の代わりに宿題をやってきたあげく、お昼ごはんを買ってくる約束までしてしまったようだ。

 話が終わると、もう用は済んだとばかりに男子生徒はそそくさと、先に校舎の方に入ってしまう。

 

 どう考えても、ただのパシリにされているようにしか見えないのだが、リクオはこれを毎日喜んでやっている。

 どこか誇らしげに、拳を握り締めて小さくガッツポーズをとっている幼馴染の様子に、カナは苦笑しつつも微笑みながら見つめていた。

 

「あっ、予鈴だ!」

 

 そこで丁度よく朝の予鈴チャイムがなり、カナはハッとなる。

 駆け足で学校へと急ぎ、リクオにも急かすように声を掛ける。

 

「ほら、リクオくん! 遅れちゃうよ、急いで!」

「あ、待ってよ! カナちゃん!」

 

 機嫌が戻った幼馴染に安心したのか、リクオもまた駆け足でカナの後に続いていく。

 

 

 いつもの朝 いつもの登校風景。

 いつもどおりの毎日に、少年と少女は嬉しい気持ちになっていた。

 しかし 二人とも知っていた

 自分たちの境遇が決して『普通』ではないということを。

 

 

 

×

 

 

 

「――ところで君たち? 今夜の予定は空いているだろうね?」

 

 開口一番。浮世絵中学一年――清十字(きよじゅうじ)清継(きよつぐ)がそのように話を切り出す。

 今はちょうど昼休み、リクオは友人たちと屋上で昼食を取っていた。

 

「もちろんだよ、清継くん!」

 

 清継のその問いに、元気良く返事をした男子生徒――島二郎(しまじろう)

 彼の手元にある、自分が買ってきたヤキそばパンと野菜ジュースを見て、奴良リクオは心の中でガッツポーズを取る。

 

 ――喜んでくれている! 僕はジーちゃんみたいに嫌われない! これが人間なんだ!

 

「奴良も行くだろ?」

「あっ、う、うん」

 

 そのように感動を噛みしめていたせいか、少し反応が遅れつつも、島の問いにリクオは素直に返事をする。

 

「なに、なに? なんの話?」

 

 そんな男子の会話に、金髪の女子――(まき)妙織(さおり)が質問してくる。

 その隣でお弁当を食べている巻の親友――鳥居(とりい)夏実(なつみ)も興味深げにこちらの話を聞いている。

 

「今夜 旧校舎の探索を決行する!」

 

 そう、清継たちは今夜、噂の旧校舎へ探検に行くことになっていた。

 

 浮世絵中学校の真横を走る――東央自動車道。 

 その向こうにある古い建物。道路を通すために引きはなされ、十年前から誰も近寄れない――旧校舎。

 

 普通に考えれば、そんな放置された廃校など、行かない方が安全だろう。

 しかし、奴良リクオにはそこへ行かなくてはならない理由があった。

 

 彼はこの浮世絵町に門を構える『関東妖怪任侠組織』。その総元締めである極道一家――奴良組の三代目なのである。

 そして、リクオはその奴良組の初代総大将――ぬらりひょんの実の孫。

 彼の中には妖怪である祖父の血が、四分の一流れている。

 

 しかし、彼自身は家を継ぐつもりはなく、普通の人間としての人生を歩みたいと思っており、特に組の仕事に関心を持ってはいない。

 だが、自分の組の妖怪が人間に迷惑をかけているとなれば、話は別――。

 

 旧校舎に妖怪が住みついている、という黒い噂。

 その噂に、自分の組のものたちが関わっていないか審議をするつもりで、リクオは清継の誘いに乗り、旧校舎の探索に同伴を願い出ていた。 

 

 ――厳重に査定しなきゃ! みんなを守るためにも!

 

 そう、その旧校舎とやらに、自分の組の者が住みついていないかをチェックし、友人たちを守らなければならない。

 リクオ自身が真っ当な人間として生きていくためにも、組の妖怪たちには大人しくしてもらいたい。

 それが、現時点での奴良リクオという少年の心情であった。

 

「好きだよね、清継くん。妖怪の話」

 

 すると、そんな意気揚々な男子たちに、リクオの幼馴染の家長カナが呆れ気味に声をかけていた。

 

「ていうか、貴方でしょ! 旧校舎の噂の発信者は!」

 

 カナがやや責めるように清継に迫るが、その言葉に反論するように清継は答える。

 

「噂じゃないさ! 四年前、僕はまちがいなく見たんだ! この目で妖怪を!」

「それは……」

「とにかく僕はもう一度彼に会いたい! そのためにこうして、彼に繋がりそうな場所を探しているのさ!」

 

 そう言い切った後、いつものように妖怪についての知識や魅力を延々と喋り始める清継。一度この状態になると、なかなか止まらない。

 

 それを知っているためか。巻と鳥居は清継の話も聞かず、二人で雑談を始める。

 カナも、何か考えているのか視線を宙に漂わせ、どこか遠くを見つめている。

 清継の話を真面目に聞いているのは、島くらいなものだ。

 かくゆうリクオも、清継の話を聞き流しながら自分の考えに没頭していた。

 

 

 清継の話に出てきた『彼』。

 リクオは『彼』が誰なのか知っている。

 でもそれをここにいる皆に話すことはできない。

 特に、彼女には……。

 

 

 そうしている間にひととおり語り終えて満足したのか、清継は我に返ってさきほどの話の続きを始める。

 

「――そういうわけで、皆にも協力してほしいと思っている! でも生半可じゃない、本物の有志を期待しているぞっ!!」

「わたし、今日用事が……」

「わっ、私も……」

 

その勧誘に乗る気ではないのか、巻と鳥居はどこか気まずげに目を逸らす。

 

「ごめんね……清継くん。私も無理そう」

 

家長カナもきっぱりとその誘いを断り、その返答にリクオはそっと胸をなでおろした。

 

 ――そう……彼女だけには、絶対にばれるわけにはいかないのだから……

 

 

 

×

 

 

 

 あたり一面の空が黒く染まり、夜が世界を支配する時間帯。

 それでも、街は休むことなく動き続け、人々はネオンの光の中を歩き回っている。

 

 その街の輝きを、一人上空から見下ろしている少女がいた。

 少女はまるで、足元に透明なガラス板でもあるかのように悠然と、何もない空間に立っているかのように体を宙に浮かしていた。

 白い衣に緋色の袴、一般的に巫女装束といわれる格好をしている少女。

 絶え間なく吹くそよ風が、少女の白い髪を揺らしている。

 少女がどんな思いで眼下に広がる街を見下ろしているのか、その表情を読み取ることは誰にもできない。

 何故ならその顔を、狐の顔を模したお面で覆い隠しているからだ。

 

 やがて、少女は意を決したように優雅に空を舞い、目的地へと飛び立っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ありえない

 

 今の心情を誰にも悟られないよう、リクオは心の中で叫ぶ。

 

 学校が終わり、夜になるのを待ってから、彼らは妖怪を探しに旧校舎に訪れていた。

 ちなみにメンバーはリクオを入れて三人、清継と島とリクオだけ。

 あまりの集まりの悪さに清継は嘆いていたが、リクオは逆にホッとしていた。

 

 ――これだけ人数が少なければ、妖怪を見つける確率も低いだろう。

 

 しかし、そんな彼の希望はあっさりと打ち砕かれることになる。

 

 正直、心のどこかでそう簡単に妖怪など出てこないだろうと、高を括っていた部分がリクオにはあったが、いざ蓋を開けてみればこのとおりである。

 

 次から次へと、休む暇もなく妖怪たちが顔を出す。

 リクオは二人にバレないよう、先回りして一匹一匹妖怪たちを片付けていた。

 

 幸い、大半の妖怪たちが力の弱いモノであったため、リクオ一人でもなんとか対処できていた。 

 しかし、そろそろ体力的にも精神的にも限界だ。とても一人で隠しきれる数ではない。

 バレる、バレないなどといった問題ではなかった。このままでは、二人に危険が及ぶ可能性だってある。

 そう判断したリクオは、もう探索を中止しようと清継に提案した。

 

 すると、霊感のない清継は妖怪どころか野良犬一匹出てこないことに落胆しているのか、がっかりしたように肩を落とす。

 

「仕方ない。最後にここを見て帰ろう……」

 

 そう言いながら、目の前にあった教室に入っていく。

 その言葉にホッとしたリクオは、二人に続いて部屋に入ろうとし――

 

 

 刹那、背筋に悪寒が走る。

 

 

 ――まずい……ここはまずい!

 

 リクオは急いで二人の後を追いかけたが、遅かった。

 部屋の中には――巨大なカマキリの姿をした妖怪が一匹待ち構えていたのだ。

 

「…………え?」

 

 あまりの突然の出会いに、呆けたように清継が言葉を洩らす。

 そして、こちらの存在を認知した妖怪が、間髪いれず彼らに襲いかかってきた。

 

「うわぁ……ああぁぁああ!!」

「で……出たあぁぁぁ!!」

 

 叫び声をあげる清継と島。恐怖のあまり、二人はそのまま気絶してしまう。

 

 リクオはそんな二人を背に庇いながら、その妖怪と対峙する。

 

 しかし、今のリクオに戦う術などない。

 カマキリが緑色の刃を振り上げる光景を、黙って見ていることしかできなかった。

 

 ――くそっ! どうする……全然!

 ――間に、合わない!

 

 絶望に染まるリクオの表情――

 

 だが次の瞬間、旧校舎の壁をぶち破って飛んできた飛来物が巨大なカマキリを吹き飛ばしていた。

 

 

 

×

 

 

 

 飛来物が旧校舎に向かって飛んでいく光景を、巫女装束の少女は少し離れたところで見ていた。

 しかし、少女の位置からでは物体がなんなのかを判別することができなかった。

 旧校舎の壁は突き破られた際の衝撃で、白煙を巻き上げ、さらに少女の視界を遮る。

 

 ――ここからでは見えそうにないな……。

 

 そう思った少女は中の様子を詳しくを確認するべく、リクオたちのいる旧校舎へと近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 飛んできた物体は奴良組の特攻隊長『青田坊』であった。どこから現れたのか『雪女』のつららも一緒だ。

 カマキリは既に二人の手によって退けられており、リクオたちは無事に危機を脱していた。

 

「お前たち、どうしてここに?」

 

 助けてもらったことに感謝しながらも、リクオは少しだけ語気を強めて二人を詰問する。

 今朝、奴良組の妖怪たちにはここに近づかないようしっかりと念を押していた筈だ。

 ところがそんなリクオの問いに、何を今更といわんばかりの口調で青田坊たちが答える。

 

「若、俺たちは四年前のあの日から、ずっと若をお守りしていましたよ」

「いつも若のお側で……」

「いつも?」

 

 二人の言葉にリクオは唖然となる。

 四年前――それはリクオが妖怪に覚醒したという日だ。

 

 

 人間としてのリクオはそのことを覚えてはいない。

 いや、正確に言えば『記憶』はある。

 謀反を起こした奴良組の妖怪――ガゴゼを切り捨てたという記憶。

 しかし、アレはリクオがやったことではない。

 リクオの中の『彼』がやったことだ。

 少なくとも、昼間のリクオはそのように考えていた。

 

 

「話は後ですよ、若! 早くこんなところ出ましょ!」

 

 昔の記憶を思い出しているリクオに対し、つららがそう言って急かしてくる。

 

「……そうだね」

 

 彼女の言葉にリクオは自身の考えを一旦打ち切り、青田坊へと声をかける。

 

「青、悪いけど清継くんと島くんを……」

 

 運んでくれ、そう言おうとした瞬間――

 

 

 ガラっ、という音ともにリクオの体が後ろに反れる。

 

 

 リクオが咄嗟に足元へ目を向けると、そこにはあるはずの足場がなかった。

 先ほど青田坊が飛んできた衝撃で、元々脆かった旧校舎がさらに脆くなったのか、足場が音をたてて崩れ落ちていたのだ。

 

 その結果、リクオは頭から地面へと落ちていく。 

 

「「若!!」」

 

 青田坊とつららが、手を伸ばそうと駆け出したが間に合わない。 

 リクオは思わず、目を閉じて落下の衝撃に備える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、いつまでたっても、くるはずの痛みがこない。

 代わりに感じたのは、妙な浮遊感――。

 鼻腔をくすぐるいい匂いが、リクオの嗅覚を刺激する。

 

 恐る恐る目を開けるリクオ。すると、そこには――。

 

 

「――大丈夫?」

 

 

 白い髪を風にたなびかせた『少女』が、頭から地面に落ちようとしていたリクオを抱きかかえ、宙を飛んでいた。

 

「え……な、なにこれ?」

 

 リクオは自分の状態を見る。世間一般的に言われる、お姫様抱っこの状態だ。

 助けてくれたその少女の顔は、狐の顔を形どったお面がつけられており、表情を読み取ることができない。

 声のトーンや着ている巫女装束、少し膨らんで見える胸元でリクオは自分を抱えているのが、女の子だということがわかった。

 女の子にお姫様抱っこをされるという、男としてはかなり恥ずかしいシチュエーションに、リクオは顔が熱くなり、思わず顔を背ける。

 

 そんなリクオの慌てた様子に気づいたのか。少女はゆっくりと地面に近づき、旧校舎の入り口あたりにリクオを降ろした。

 

「き、きみは?」

 

 助けてくれたお礼も言わずに、とっさに少女に問いかけてしまうリクオ。

 

「……」

 

 少女は何も答えない。

 

「若!!」

「リクオ様! ご無事ですか! 返事をしてください!!」

 

 すると二階から、リクオを心配する青田坊とつららの声が聞こえてきた。

 

「大丈夫だよ!!」

 

 リクオは上を向き、二人に聞こえるように大きな返事をする。

 その間、少女はリクオへ背を向けて、その場から立ち去ろうとしていた。

 

「あっ き、きみ!」

 

 咄嗟に呼び止めるリクオの声に反応し、彼女は止まるが――

 

「気をつけて……帰ってね……」

 

 それだけをいい残し、一陣の風とともに彼女は夜空へと飛び去ってしまった。

 

「あっ……」

 

 ――今のいったい?

 

 リクオは、彼女が飛び去っていった空を黙って見つめることしかできなかった。  

 

「リクオ様! よかった、ご無事で……!」

「すみません! 若!」

 

 旧校舎から出てきた青田坊とつららが、リクオの下に小走りで駆けてくる。

 青田坊の背中と腕に抱えられている清継と島の姿を見て、リクオはホッと胸を撫でおろす。

 

「リクオ様……今のはいったい?」

 

 一部始終を見ていたのか、つららがそのような疑問を口にする。

 しかし、助けられたリクオにも、彼女の心当たりがない。

 

「あんなやつ……ウチの組にいましたっけ?」

 

 青田坊も、見慣れぬ相手にどこか警戒心を滲ませて呟く。

 しばらく黙って三人で考えていたが、答えが出るわけもなく。

 

「リクオ様!! 早く帰らないと、またカラス天狗様に怒られてしまいますよ」

 

 その沈黙に耐えかねたのか、つららが急かすように促す。

 もっともな発言にリクオたちは頷き合った。帰路を急ぐため、旧校舎を出ようと歩き始める一同。

 

 立ち去る間際――リクオは一度だけ、旧校舎の方を振り向き、彼女が飛び去っていった空の方も見つめて一人自問していた。

 

 ――また……会えるかな? 

 

 

 

×

 

 

 

 二階建ての古いアパート。その階段に、一人の少年が腰掛けていた。

 

 ややたれ目がちなで瞳からは、眠そうな印象を受ける。

 どこかくたびれた中年のような空気を纏っており、口にタバコでもくわえているのが似合う風貌だ。

 何を考えているか読みにくい無表情なその顔を、ピクリとも動かすことなくボーっとしている。

 

 少年がそうしていると、不意にアパートの中庭に一陣の風が舞い降りる。

 

「――ただいま!」

 

 先ほど、奴良リクオを助けた狐面の少女がそのアパートの前に降り立ったのだ。彼女が足を地面につけた瞬間、さっきまで白髪だった彼女の髪が茶髪へと戻っていく。いきなり空から降り立った少女に向かって、少年は特に驚くことなく声をかける。

 

「おう、戻ったか」

  

 少年がその少女の名を呼ぶ。

 

 

「――カナ」

 

 

 少女――家長カナは着けていた狐面を外し、少年の方を振り返った。

 

「どうだった、夜の旧校舎は?」

 

 まるで遠足の感想でも聞くかのように、軽く尋ねる少年。

 

『それがさ! あの阿呆、足すべらして旧校舎から落っこちやがったんだよ!』

 

 その質問に口汚く答えたのは、カナではない。

 カナが手に持っていた狐面が言葉を発し、答えを返したのだ。

 いきなりお面が喋るといった非現実的な現象にもまったく動じることなく、少年はその狐面に向かって話しかける。

 

「ほう、それで?」

『仕方ねえから、助けてやったんだよな、カナ?』

「う、うん……」

「ちっ、どこまでもノロマな野郎だな……」

『まったくだね!』

 

 悪態つく少年とお面。そんな二人をカナが咎める。 

 

「もう二人とも、あんまりリクオくんのこと悪く言わないでよね!」

 

 続けて、カナは呟くように囁く。

 

「しょうがないでしょ……奴良組の跡継ぎっていっても、私や兄さんと違って――リクオくんには、戦う力なんてないんだから」

「……ふん!」

 

 その言葉に少年は眉間にしわを寄せ、つまらなそうに鼻を鳴らしていた。  

 

 

 

 

 

 家長カナは知っていた。

 奴良リクオが人間ではないこと。彼が『半妖』であることを。

 

 妖怪の総大将、ぬらりひょんの孫であることを。

 妖怪任侠一家『奴良組』の跡継ぎであることを。

 

 しかし、彼女は知らなかった

 

 四年前――自分を助けてくれた『彼』。

 その『彼』が奴良リクオだということを。

 

 未だ何も知らずに――彼女は日々、日常を過ごしていた。

 




補足説明

 今回のエピソードは原作漫画版二話と、アニメ版の一話の両方を参考に再構成しましたので、少しわかりにくい内容になっているかもしれません。何卒ご容赦下さい。

最後に出てきた人物について
 少年と、喋る狐面。この二人が今後、家長カナと組むことになるオリジナルキャラです。一応、ぬらりひょんの孫という世界観を崩さないようにキャラ設定をしているつもりですが、変なところがあれば、ご容赦下さい。この二人については今後の話で、解説をしていきたいと思います。



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第二幕 幸運を呼ぶ白蛇

 原作の流れから少し離れますが、先にこのエピソードを書かせていただきます。
 アニメしか見ていない人は何のこっちゃと思うかもしれませんが、原作コミック15巻の番外編の話です。



「ごめんね、家長さん。手伝ってもらっちゃって……」

「大丈夫だよ、これくらい!」

 

 カナは同じクラスの下平(しもひら)の申し訳なさそうな言葉に、迷わずそう答えを返していた。

 

 彼女たち二人は現在、職員室で担任から配るように言われたプリントの束を運びながら廊下を歩いていた。

 本来であれば、それは日直である下平の仕事なのだが、たまたま別の用事で職員室に来ていたカナが手伝うように申し出ていたのである。

 

「こういった雑用、いつもだったら奴良くんが手伝ってくれるんだけどね……」

「…………」

 

 クラスに向かう途中、下平の口から出てきた、自身の幼馴染の名を聞いてカナは複雑な気持ちになる。

 

 リクオはゴミ捨てやら草むしりなど、人が嫌がる雑用や頼みごとを何でも一人でこなしてしまう。「それ、だだのパシリじゃねぇ?」と知らない人から見ればそのように思われることだが、リクオはこれらの行為を自ら進んで行っている。

 カナはリクオのあまりのパシられっぷりに「もしや、脅されて無理やりやらされているのでは?」と疑問に思い、一度だけ真剣に聞いてみたことがあった。だが――

 

 ――違うよ!! ボクは皆の役に立ちたい! 皆の喜ぶことがしたいんだ!

 

 と、これまた真剣に返されてしまった。

 それ以降、カナはこの件に関して口を挟むことをやめた。その代わり、幼馴染の負担を少しでも減らすかのように、こうしてたまに誰かの雑用を手伝っているのである。

 

「もう……下平さん! 何でもリクオくんに頼まないでよね!」

 

 勿論、リクオに手伝ってもらうことに慣れてしまったクラスメイトに釘を刺すことも忘れない。

 カナの言葉に、困ったような顔で下平は苦笑いを浮かべる。

 

「そういえば、家長さんってリクオくんの幼馴染だっけ? ははは……ごめん、ごめん。でもさ、奴良くんて……頼まなくても何でもやってくれるからね……」

 

 下平からのその返答に、カナは心中で頭を抱える。

 

 ――これは……リクオくんの方をなんとかしないとダメだな……。

 

 すると、そうやって考えごとに夢中になっていたせいか、廊下の曲がり角から女生徒が出てくるのに気づかず、カナはそのまま彼女とぶつかってしまった。

 

「わっ!?」

「キャッ!」

 

 カナは持っていたプリントを盛大にばら撒きながら、尻もちを突いた。

 

「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」

 

 下平が心配そうにカナに声を掛ける。

 

「ごめんなさい 怪我ありませんか!?」

 

 カナは自分と同じように尻もちをついている女生徒の手を取り、その安否を気遣った。カナが――その女生徒への違和感に気づいたのは、そのときだった。

 

 ほんの少し、それこそ、ここまで接近して初めて気づくほど微弱なものだったが、確かに間違いなく、その女生徒は――妖気を発していたのだ。

 それだけではない。取った手を見てみると、白い鱗のようなものが生えているように見えた。

 

「あ……だ、だいじょうぶ、だから……」

 

 カナの視線に気づいたのか、その女生徒とは怯えるようにその場を立ち去っていってしまう。怯えながらカナを見つめるその目元にも、同じように鱗が生えていた。

 

「見かけない人だね? 上級生かな?」

 

 床に散らばったプリントを集めながら、下平は呟く。どうやら、彼女はその女生徒の白い鱗の存在に気づかなかったようだ。

  

「やばっ! 早くしないと授業に遅れちゃうよ。行こ! 家長さん」

 

 下平は集めたプリントをカナに渡し、廊下を早歩きで先を急いでいく。

 カナは、自身が気づいた違和感に引っかかるものを覚えたが、その疑問を一旦引っ込め、プリントを配るために自分の教室へと向かっていった。

 

 

 

×

 

 

 

「……そりゃあ、うちのクラスの白神(しらかみ)凛子(りんこ)だな」

 

 茶碗にのったご飯を口に運びながら、少年――土御門春明(つちみかどはるあき)はそのように呟いていた。

 まだ午後の七時だというのに、相変わらずどこか眠たげの目をしている。

 

 現在、カナと春明の二人は一緒になって食卓を囲んでいる。

 同じアパートに住んでいるこの少年と、カナは時々だが夕食を共にする。

 この少年はとある事情から、現在のカナの後見人なような立場であり、カナ自身もこの少年のことを実の兄のように慕っている。

 自分よりも一年生先輩である彼なら何か知っているのではと思い、今日廊下でぶつかった女生徒について聞いてみたところ、案の定すぐに答えが返ってきた。

 

「有名な人なの?」

 

 カナは質問つづける。

 

「いや、むしろ大人しい奴だな。休み時間とかも、いつも一人で読書してるぞ」

 

 特に関心もなさそうに、春明はそう答えた。

 

「……あの人、妖怪なの?」

 

 春明のまどろっこしい返答に、カナは単刀直入、気になっていたことを問いかけてみる。カナの踏み込んだ質問に――春明は特に気負うことなく答える。

 

「おそらくは半妖の類だろ。つっても、あのボンクラと同じで、もっと血は薄いだろうがな……」

 

 ――あのボンクラ……。

 

 彼が口にした『ボンクラ』。それがリクオのことを指しているのは知っている。

 春明は何故だか知らないが、リクオのことを快く思ってないらしく、いつもそのような発言をする。

 何度か止めるように注意したのだが、一向に直る気配がないため、カナは諦めてその言葉を聞き流す。

 

「……どんな妖怪なんだろう?」

 

 質問ではなく、純粋な疑問として、そのような独り言を呟くカナ。彼女のその疑問に答えるべく、春明は唐突に語り始めた。

 

「昔……『浮世絵中学の七不思議』ってのを調べたことがあってな……」

「七不思議?」

「ああ。ほれ、お前がこの間行ってきた、旧校舎もそのひとつだ。『誰も近づけない幻の旧校舎』……だったかな?」

「へぇ~……」

 

 そうだったのかと、カナはその話に耳を傾け始める。

 

「『闇夜に光る初代校長像の目』『4時44分に必ず閉まる扉と幼女』『風と共に忍び寄るスカートめくりの樹』『女生徒を覗くのぞき溝』――――まっ、ほとんど無害な連中だったから、ほっといたんだけどな……」

「最後の二つは全然無害じゃないよ!? ほっとかないでよ!!」

 

 カナは猛烈に突っ込んだが、春明は特に気にもせずに話を続ける。

 

「その中に『白蛇の出る噴水』ってのがあってな……」

「白蛇……」

「ああ、その噴水にいる土地神がその白蛇なんだが、そいつと白神が話してるとこを偶に見かける。おそらく、その白蛇があいつの先祖かなんかなんだろうさ……」

 

 それを聞き、あの女生徒の体に生えていた白い鱗がなんなのか、カナは理解する。

 

「それ以上のことは詳しく調べちゃいない。まあ、大した力があるようには見えなかったから、そいつらもほっといて問題ないだろ」

 

 そう言うと、話は終わったとばかりに春明は黙々と食事を続ける。

 

 

 

「………」

 

 カナは箸を止め、少しばかり目を閉じる。

 女生徒の発していた妖気や鱗が気になっていたのは事実だが、それ以上に気になったのが――あの白神凜子が自分に向けていた目だ。

 

 彼女のあの視線、怯えるように自分を見る瞳。

 

 ――あの目……どこかで?

 

「……ナ……おい、カナ!」

「へっ!?」

 

 声をかけられ、カナはハッと目を開ける。

 食事もせずにボーっとしていたためか、春明が怪訝そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 

「……お前もさっさと食っちまえ。片づけができねぇ」

 

 カナが考え事をしている間に、春明は食事を終えたのか。食べ終わった食器を重ね、茶を飲んで一服している。

 

「あ……う、うん……」

 

 春明に促され、今が食事時だということを思い出す。

 とりあえず考えるのを後回しにし、カナは目の前の夕食を楽しむことにした。

 

 

 

×

 

 

 

「………はあ。ほんとにいたよ……『スカートめくりの樹』と『のぞき溝』……」

 

 春明から白神凜子の話を聞いた翌日。カナは浮世絵中学内の校内を、溜息混じりに歩いていた。

 

 今日は休日で、特に部活に入っている訳でもないカナが学校にくる必要はないのだが、彼女はこうして学校に来ていた。

 その理由は、昨日の話の中に出てきた『浮世絵中学の七不思議』を自身の目で確かめるためだった。

 春明は害はないから、ほっといても問題ないだろうと言っていたが、カナはそうは思わなかった。

 勿論、彼の言葉を疑っている訳ではない。

 春明が無害といったのなら、ほんとに無害で、きっとたいした悪行もしない妖怪なのだろう。

 しかし、『風と共に忍び寄るスカートめくりの樹』『女生徒を覗くのぞき溝』――この二つは別だ。

 男子である春明にとっては大したこともないのだろうが、女子としては決して看過できるものではない。

 

「……まっ、あれだけ言っておけば、もう大丈夫かな?」

 

 その妖怪がいるという場所へ行き、確認をしてきた結果を思い出し、カナはさらに憂鬱な気分になる。『スカートめくりの樹』にすれ違いざまにスカートをめくられ、『のぞき溝』を跨ぎ、スカートの中を覗かれた。 

 今思い出しただけでも、恥ずかしさで顔が熱くなりそうだった。

 とりあえず、その妖怪たちの首根っこを捕まえて、たっぷりと説教はしておいた。

 

「もうこんな時間か……」

 

 学校に来たのは昼過ぎだったはずだが、もう日が落ち始めている。

 予想以上に七不思議の調査に時間を使ってしまったようだが、実際は時間の大半を説教に費やしてしまったからだ。

 

「はぁっ……今日はもう帰ろ」

 

 帰路を急ぐため、校門に向かって歩いていくカナ。

 

「ん?」

 

 その道中、カナはとある女生徒の姿を遠目から目撃する。

 

「あれは……」

 

 白神凜子。昨日廊下でぶつかった、半妖の少女だった。

 凜子は昨日とは打って変わって、どこか楽しそうな様子でカナが向かおうとしている校門とは、逆の方角を歩いていく。

 カナはその姿に安堵しながらも、昨日見た彼女の『目』が気になってしまっていた。

 彼女のあの視線、怯えるように自分を見る瞳。

 

 ――やっぱり、あの目……どこかで?

 

 一抹の不安を覚えたカナは、失礼に思いながらも彼女の後をついていくことにした。

 

 

 

×

 

 

 

 ――昨日は驚いたな。

 

 目的地に向かいながら、白神凛子は昨日の廊下での出来事を思い出していた。

 

 自分の鱗を、他人に見られたのは久方ぶりだ。

 小学生の頃、同級生に見られたときはすぐにクラス全員に伝わり、皆から白い目で見られ、居心地の悪い思いをした。

 それ以来、凜子は決して自分の体の秘密を知られないよう、なるべく目立たないように大人しく生きてきた。

 だからこそ、あんな近くで鱗を見られたときは本当に慌ててしまった。

 

 ――でも、大丈夫だよ。

 

 しかし、見られたの一瞬だった。あれなら見間違いで済ましてくれるだろうと、凛子は淡い期待で自身の不安を誤魔化す。

 そして、丁度目的地についたため、とりあえずそのことについて考えるのを止め、彼女は前を向いた。

 

『白蛇の出る噴水』

 

 人気がなく『浮世絵中学の七不思議』の一つにも数えられているためか、普通の生徒はあまり近づこうとしない場所だ。

 だが、凜子にとってはとても身近で、心温まる場所であった。

 

「ひーおじーちゃん! 来たよ!」

 

 噴水に向かって、凜子が話しかける。すると、噴水の中から少し大きめの白蛇が現れる。

 

「よくきてくれた。いつもすまんなぁ……」

「うん、大丈夫!」

 

 突然現れた白蛇に、特に驚いた様子もなく凛子は微笑みかける。

 

「どうだ? 人としてうまくやっとるか? わしの一族はただでさえ目立つんだ。お前らには苦労をかけるな……」

 

 彼は妖怪『白蛇』。強力な幸運を呼び込む力を持つ、この噴水の土地神だ。

 白神家の先祖、凛子の曽祖父でもある。

 白神家が先祖代々、商売人として繁盛しているのは白蛇の血のおかげでもある。その感謝をするため、凜子はお供えをしに、この噴水に住む彼――曽祖父の元へとよく訪れるのである。

  

「大丈夫だよ……学校ではバレないようにしてるから」

 

 心配をかけないようにと、凛子はそう答える。

 

「ひーじいちゃんは学校の土地神なんだから、まだまだ元気でいてよね!」

「うう~……健気じゃのう、凛子」

 

 曾孫の健気な答えに感動したのか、目に涙をためながらお供え物を口にする白蛇だった。

 

 

 

 

「ほら、すぐ暗くなるぞ。早く帰りなさい……」

 

 しばらく雑談をした後、すっかり日が暮れ始めているのに気づいた白蛇がそう注意を促す。

 曽祖父の言葉に、凛子は素直に頷く。もっと話をしていたかったが、あまり遅くなると家のものに迷惑をかけてしまう。

 曽祖父に向かって笑顔で手を振り、その場を後にしようとする凛子。しかし――帰ろうとした彼女の背中を、誰かが呼び止めるように手を置く。

 

「――あっ!」

 

 振り向いた先。凜子は呼び止めた者を見た瞬間、その顔が恐怖で青ざめる。

 

 そこにいたのは――人間ではなかった。

 

 顔から下はかろうじて人間に近い体をしていたが、あきらかに人間ではない形相。その頭部は、何匹もの猫が重なり合って顔の役割を果たしている。

 その顔の輪郭をよく見てみると、それが猫のシルエットになっているのがわかる。

 大きな鈴が二つ。ちょうど目の位置にあり、こちらを睨んでいるようにも見えた。

 

「また来たね? 遊びたいのかなぁー?」

「やめて! さわらないで!」

 

 その異形を前に、すぐにその手を振り払い、凛子は走り出す。だが、逃げ出す彼女を嘲笑うかのように、その妖怪は猫でできた顔を震わせた。

 

「おや? おかしいな 凜子ちゃんも……妖怪だよね!」

 

 そう叫んだ瞬間、顔の猫たちがそれぞれ分かれて凛子に襲いかかる。

 

「うっ――!」

 

 分かれた猫たちの内の一匹が、凛子の足を押さえて彼女を地べたに転ばせてしまった。

 妖怪『すねこすり』。人を転ばせる、猫の妖怪である。

 白蛇と同じく『浮世絵中学の七不思議』の一つに数えられる妖怪。できることと言えば、人を転ばせる程度。しかし、抵抗する術を持たない凜子にとっては、それだけでとても恐ろしい妖怪に思えてしまう。

 

「ただし、八分の一しか妖怪じゃないから……何も出来ない。中途半端な存在だけどねぇ!!」

 

 分かれた猫たちを、再び元の場所に戻っていき、顔の形を作る。

 抵抗できない凜子を嘲笑いながら、すねこすりは彼女へと顔を近づけ、嘲りの言葉を放っていた。

 

「や、やめんか!!」

 

 見かねた白蛇がすねこすりに向かって叫ぶ。

 

「ふん! なにが土地神だ! てめーも長生きなだけで、何もしてねーくせに!」

 

 だが、すねこすりはその言葉を聞き流し、なおも凜子に近づいていく。  

 

「オレたちは遊んでるだけだよ! 同じ妖怪同士、仲良くやろーぜー!?」

「いや!」

 

 拒否の言葉を投げるも、こうなってしまったら、凜子にはもうどうすることもできない。いつものように、すねこすりが飽きるまで黙って耐え忍ぶしかない。

 そう覚悟した凜子は絶望しながら、かたく目を閉じ身構えた――そのときである。

 

「――ねぇ、何をやっているの?」

 

 その少女の声が聞こえきたのは――

 

 

 

×

 

 

 

 カナは最初、ただ見ているだけで済ますつもりだった。

 

 噴水から白蛇が出てきたことに少し驚いたが、遠目から見ている限り、白神凜子も白蛇も、ただ楽しそうにお喋りをしているだけで問題はなかった。

 しかし、踵を返して帰ろうとしたところ、ふと別の妖気を感じ、もう一度彼女たちのいる噴水を振り返った。

 すると、この顔が猫で出来た妖怪が、凛子に絡んでいるのが見えたのだ。

 どうみても仲良く遊んでいるようにも見えなかったため、たまらず声をかけるカナ。

 

「何だぁ? おまえ、オレが見えてんのか?」

 

 通常、妖怪は普通の人間に見ることはできない。

 妖怪は外で行動する際、人間に見つからないよう、気配を消しているからだ。

 いくつかの条件が揃えば、ただの人間にも彼らの姿を見ることができるが、彼らを常時見ることができるのは、凜子のような半妖か、特別霊感が強い人間だけである。

 故に、すねこすりがカナのような一般人に、そのように問いただしてきたのは当然のことであった。

 しかし、カナはその疑問に答えることなく、自身の要求を相手に突きつける。

 

「……今すぐ、その人から離れなさい」

「なんだてめぇは!?」

 

 疑問に答えもせず、あまつさえ自分に偉そうに意見してくる生意気な人間に向かって脅しつけるよう、ドスの効いた声で怒鳴るすねこすり。

 だが、カナは特に怯むこともなく言葉を続ける。  

 

「もう一度だけ言うわ。その人から離れなさい!」

「む、むむむ……」

 

 自分を怖がろうとしない人間に少し驚いたすねこすり。だが、すぐに気を取り直し、実力行使でその人間を排除するべく、猫で出来た顔を震わせる。

 先ほど、凜子を転ばせたようにカナにも同じことをするつもりだ。

 だが、カナは猫が分かれる前に足元に落ちていた木の棒を広い上げ、その棒を振り回し、すねこすりの顔を――おもいっきり叩いた。

 

「ギニャァァァッ!?」

 

 いきなりの衝撃に猫たちは自らが分かれる前に、ばらばらに吹き飛ばされていく。

 そんなすねこすりたちに目もくれず、カナは呆然としている凜子にやさしい口調で問いかける。

 

「大丈夫ですか 白神先輩?」

「えっ? え、ええ……」

 

 カナの問いに、戸惑いながら答える凜子。その瞳には、昨日の廊下で出会ったときと同じ怯えがあった。

 その視線はすねこすりに対してではない、カナに対して向けられていたものだった。

 

 ――そうだ、この目!

 

 もう一度、その瞳の怯えをまじかで見たカナはその目の意味を悟り、自身の幼馴染――リクオが小学生の頃を思い出す。

 

 妖怪なんているわけないだろと、クラスメイトに馬鹿にされ、仲間はずれにされていた。そんなリクオが、クラスメイトたちに向けていた目。

 

 あのときのリクオと同じ目を、凛子はしている。

 そんな目をした彼女を、家長カナという少女は放っておくことができなかった。

 

 

 

×

 

 

 

 凛子は突然の乱入者に戸惑っていた。昨日、廊下でぶつかった例の女子。

 妖怪の存在にも怯むことなく現れた少女。一体何者なのか、何故自分を助けるのか。

 

「あなたは……いったい?」

 

 凛子は思わず少女に対し、そう問いかける。

 

「てめえ! よくもやりやがったな!」

 

 しかしその間、態勢を立て直したのか。すねこすりは顔に猫たちを戻しながら立ち上がり、こちらを睨みつけていた。

 

「……まだやる気なの?」

 

 尚も敵意を向けてくるすねこすりに、少し呆れ気味に少女が問いかける。

 

「うるせぇ、人間がっ! よくも邪魔を……」

 

 ひっぱたかれた怒りに燃えながら、すねこすりは再び顔を震わせる。そんな妖怪相手に、少女も毅然と木の棒を構える。

 一触即発の空気。凛子の身が緊張で徐々に強張っていく。

 

 だが、さらなる乱入者の存在でそんな場の空気が一変する。

 

 

「す・ね・こ・す・り~~~~」

 

 

 静かだがどこか力強い声で、すねこすりの名を呼びながら一人の男子生徒が近づいてくる。凛子は、その男子生徒に見覚えがあった。

 

 土御門春明――凜子のクラスメイトだ。

 

 自分と同じで、あまり他人と関わらず一人でいることが多い生徒。

 しかし、自分とは違い、決して目立たない生徒ではない。寧ろ、日頃から常に異様な存在感を放っており、その空気に怯え、皆が近づくことを避けてきたのだ。

 

 そんな春明が、いつも以上に近寄りがたい雰囲気を発しながら、この場に現れた。そして、彼の存在を認識したすねこすりの顔が――だんだんと青ざめていく。

 

「あ、あんたは……」

 

 呻くすねこすり。その姿に、さっきまでの威勢は欠片もない。

 

「この前言ったよな、俺。ウチの学校の生徒に悪行するのはやめろってよ……忘れちまったか。ああん?」

「そ、それは……その……」

 

 まるで、蛇に睨まれた蛙のようにすっかり怯えて黙り込む、すねこすり。

 何かしらの弱みでも握られているのか。堂々と言い返すことができず、その睨みから何とか逃れようと、何やら言い訳を考えている様子。

 すると、何かを思いついたらしく、すねこすりの表情が少しだけ明るくなった。

 

「ほ、ほら! だってこいつ、『半妖』ですし!」

「――――っ!」

「だから別にいいかなと、思いまして、へへへ……」

 

 すねこすりの言葉にショックを受け、息を呑む凛子。彼女の心が傷ついたことを気にした様子もなく、すねこすりはごまをするような仕草で春明に向かって媚を売る。

 

 

 そう――自分は半妖だ。普通の人間とは違う。

 人間社会にとって異質な存在。

 きっと、この少年少女たちもそれを知れば、凛子のことを白い目で見るだろう。

 そのことを、凜子は経験として知っていた。

 

 

 だが、春明はすねこすりの説明に、特に驚いた様子もなく――

 

「――――でっ?」

 

 それがどうした、と言わんばかりの口調で短く答える。 

 少女の方も、すねこすりの言葉にまったく動じていない。寧ろ、さっきよりも力強い瞳で、すねこすりを睨んでいた。

 

「半妖だろうがなんだろうが、ウチの生徒に変わりねぇだろうがよ。つーか……俺も半妖だしよ……」

「――えっ!?」

 

 さらり言ってのけた彼の言葉に、凛子は思わず顔を上げる。彼女は、自分と同じような存在が他にもいたことに衝撃を受けていた。

 しかし、凜子の衝撃もおかまいなしに、春明は恫喝を続ける。

 

「半妖なら、何をしてもいいってか? つまり、てめぇは俺との約束を破るだけでは飽き足らず、俺に喧嘩を売ってるってわけだ……なあ?」

 

 怒鳴っているわけではない、静かな口調。だか、その言葉には刺すような威圧感と、押し潰されるかのような圧迫感があった。

 その迫力に、既にすねこすりは半分泣きそうである。

 

「ご、ごめんなさい……ゆ、許してください……」

 

 猫で出来た頭を地に擦りつけ、春明に許しを請う。

 まるで命乞いでもしているかのようだが、そんなすねこすりの姿に心動かされた様子がない春明。彼の顔からは、一切の表情が消え去っていた。

 

「あのな……妖怪の悪行が、ごめんで済まされんなら――」

 

 そう言いながら、春明は自分のすぐ側にある木に触れた。

 

 瞬間――木の根が、地面の中から勢いよく飛び出してきた。

 飛び出した木の根は、まるで意思があるかのように、ムチのようにうねっている。

 

「――陰陽師はいらねぇだろうが」

「お、おんみょうじ……!?」

 

 春明の口から飛び出たその言葉に、さらに驚きを露にする凛子。

 

『陰陽師』

 

 その存在を凛子は知識として知っていた。

 妖怪退治を生業としている術者。妖怪の天敵である人間たちの集まり。

 この少年――土御門春明がその陰陽師だというのか。

 

「ひぃ、ひぇぇぇっ!!」

 

 うねる木の根に、すねこすりはすっかり腰を抜かしてしまっている。

 

「なあ、すねこすり。約束破ったらどうするかって、俺が何を言ったか覚えてるか?」

 

 すねこすりは答えない。覚えていないというより、恐怖で言葉が出てこないと言った方が正しい。

 

「……ふっ、忘れたんなら、思い出させてやるよ」

 

 春明は冷酷に、死刑宣告のようにその答えを実演して見せる。すねこすりの肉体に直接、その答えを刻みつけるかのように――。

 

「ムチ打ち――100回だ」

「ぎぃっ、ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」

 

 すねこすりの断末魔の絶叫があたり一帯に響き渡った。

 

 

 

×

 

 

 

「む、むごい…」

 

 目の前の惨状に、噴水に腰掛ける凛子の隣で、カナが呻くように呟く。

 

「ちょっとやり過ぎじゃない?」

 

 少し咎めるようにカナは口を開くが、春明は全く顔色一つ変えず、自身の私刑によって変わり果てた、すねこすりの惨状を冷たく見下ろしていた。

 宣言通り、木の根で100回叩かれたすねこすりは、ボロボロに朽ち果てていた。

 人の姿をしていた首から下はピクピクと痙攣し、顔の猫たちその全てが傷だらけで横たわっている。

 動物愛護団体にでも見られたら、間違いなく訴えられる光景だ。

 

「ふん……忠告破ったこいつが悪い」

 

 春明はそんな目の前の惨状にも、カナの言葉にも反省する様子がなく、つまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「…………」

「…………」

 

 純粋な妖怪であるすねこすりを圧倒した彼の姿に、凜子と彼女の曽祖父である白蛇が完全に縮こまり、怯えきっている。

 既に恐怖の対象が、すねこすりから春明の方へと移っているようだった。

 

「だ、大丈夫ですよ! 先輩……と、白蛇さん!」

 

 そんな凛子たちを安心させようと、カナは二人を気遣うように言う。

 

「兄さんは陰陽師だけど、悪行さえしなければ何もしませんから。ねっ?」

「…………」

 

 だが、カナの問い掛けに無言の春明。視線すら合わせず、無表情にそっぽを向いている。カナの言葉を否定も肯定もしないでいるその姿に、さらに凛子たちの不安感が増す。

 沈黙は暫く続いたが、カナは唐突に春明に尋ねていた。

 

「ところで兄さん、なんで学校に?」

「別に……ただの散歩だ」

 

 カナの問いに、春明は素っ気なく答える。

 

「……さてと。じゃあ、俺もう行くわ……」

 

 そして、春明はもう用は済んだとばかりに、その場を立ち去ろうと歩き出す。だが――

 

「すねこすり」

「は、はい!!」

 

 いつの間に起き上がっていたのか。すねこすりがこっそりとばれないよう、その場を立ち去ろうとしていた。しかし、それに目ざとく気づき、春明は釘を刺していく。

 春明の言葉に怯え上がるすねこすりの姿に、カナは少しだけ同情する。

 

「三度目はねぇぞ……」

 

 最終宣告として告げられた彼の言葉に、すねこすりの顔面は蒼白だ。

 

「白神」

「えっ?」

 

 さらに、春明は凛子にも声をかけた。

 いきなり自分に向かって声をかけられたことに、凜子は驚き、不安になっている様子だが、そんな彼女の不安をよそに、春明は以下のような言葉を口にしていく。

 

「次にこいつがちょっかい出してきたら、俺に言え。そんときはこいつを――」

 

 こちらを振り向きながら、春明はすねこすりに対し、無表情のまま宣言する。 

 

「――跡形もなく消してやる」

「ぶ、ぶみゃぁあああああああああああ!!」

 

 無慈悲に告げられたその言葉に、とうとう恐怖の限界点を超えたのか。

 すねこすりは本日、最大の悲鳴を上げながら一目散に逃げ出してしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すねこすりの慌てぶりに特に関心を持つことなく、春明がその場を立ち去り、二人の少女と一匹の白蛇がその場に残された。

 

「先輩、大丈夫でしたか? どこかケガはないですか?」 

 

 未だ戸惑いが残る凛子に少女が尋ねる。どうやら、先ほどすねこすりに転ばされた際の怪我を心配しているようだ。

 しかし、自分を心配する少女の問いに、凛子は答えられないでいる。

 まだ彼女の中で、この少女に対する警戒心が解かれていないからである。

 

「あっ、私、一年の家長カナって言います。えっと…兄さん、土御門先輩の親戚みたいなもんです!」

 

 凜子の心情を察したのか、少女――家長カナは軽く挨拶をしてきた。

 その自己紹介を聞き、凜子は少しだけ合点がいった。陰陽師が親戚なら、きっと妖怪なども見慣れているのだろう。

 彼女がすねこすりに果敢に立ち向かっていくことができたのにも、納得する。

 

「…………」

「?」

 

 そこまで凛子が考えていると、カナが先ほどから、じっと凛子の手の甲に視線を落としているのに彼女は気が付いた。 

 

 カナが見ているのは――凛子の白い鱗だった。

 

「……あっ!」

 

 その視線に恥ずかしくなり、凜子の顔色が羞恥に染まる。咄嗟に鱗を隠そうと、手を服の袖の中に入れようとする。

 すると、カナは凜子が隠そうとした手を優しく掴み取り、そのまま強く引き寄せ、なんの躊躇もなく鱗を自分の頬に当ててきた。

 

「な、なに!?」

 

 あまりの突飛な行動に意表を突かれ、凜子はただただ呆然としている。

 カナはそのまま目を閉じ、凛子の手を握ったまま――

 

「冷たくて気持ちいい…」

 

 と、静かにそのようなことを呟いていた。

 

 

 

 

 ――気持ちいい? 自分のこの鱗が?

 

 たとえどんな人間でも、この鱗を見れば自分を気味悪がり、拒絶すると思っていた。

 現に今まで、凛子はそのような好奇な視線に晒され続けてきたのだ。

 だが、この少女はそんな凜子の鱗を受けいれ、あまつさえ気持ちいいとまで言ってくれた。唖然と、何も言葉を返せないでいる凜子に、カナはさらに話を続ける。

 

「先輩、知ってますか? 白蛇の鱗に触れると、幸福になれるっておはなし……」

「え、ええ……」

 

 戸惑いながらも頷く凛子。勿論知っている。その言い伝えの張本人こそ、凜子の曽祖父、今ここにいる白蛇なのだから。

 

 ――なんでいまその話を?

 

 そう疑問に思った凛子だが。次のカナの発言に彼女は言葉を失う。

 

「これで、私もきっと幸せになれます――」

 

 

 

「――ありがとうございました」

 

 

 

「――っ!」

 

 その言葉で、凛子の思考は完全に停止していた。

 

 

 

 

 

 

 何故、この少女はそんなことを言ってくれるのだろう。

 何を想い、自分の手を取ってくれたのだろう。

 

 気がつけば、凛子の視界はぼやけていた。

 気づかぬうちに、彼女は涙を流していたようだ。

 

 たまらず嗚咽をもらし、子供のように泣きじゃくる凜子。

 カナは何も言わず、黙って凜子の手を握り続けてくれている。

 

 そんな二人の少女を――優しい瞳で白蛇がただ静かに見守ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「もうこんな時間ですね…」

 

 その後、凛子は涙が枯れるまで泣き続け、さらに時間が経過してから、何気なくカナが呟いた。既に日も暮れ、夜になっていたことに気づき、彼女は重い腰を上げる。

 

「もう帰らなきゃ…」

「――えっ?」

 

 カナの言葉に、凜子は落胆を隠せないでいた。

 

 ――もう……お別れなの?

 

 まだカナと話がしたい。

 もっと彼女のことが知りたいと、そう思ったからだ。

  

「さようなら 先輩!!」

 

 しかし、別れたくないと視線で訴えかける凛子に、カナは笑顔で手を振る。

 そして、サヨナラの後に続く『再会を約束する言葉』を彼女は口にしていた。 

 

「――また、明日学校で!」

「あっ……そうか、そうだよね……」

 

 その言葉でハッと我に返る凛子。

 

 そうだ、また明日会えばいいのだ。

 そのときにもっと彼女と話そう。

 自分のこと、彼女のこと。

  

「ええ、また明日……」

 

 凛子はやや戸惑いながらも、作り物ではない、心からの笑顔を浮かべ、手を振り返す。

 

 

 カナを見つめるその瞳に、先ほどまでの怯えの色はどこにもなかったのであった。

 

 




最後は駆け足でしたが、とりあえずこんな感じでまとめてみました。

補足説明

白神凛子
 原作にも登場する、ぬらりひょんの孫の登場人物です。
 個人的には番外編だけにしておくには惜しい人物だったので、このような形で登場してもらいました。
 彼女に関しては、今後もちょくちょく出てくる予定なので、楽しみにしていてください。
 苗字に関して、公式で設定されていないようなので、作者の方で勝手につけさせていただきました。申し訳ありませんが、この名前で行きたいと思います。


すねこすり
 こちらも原作に登場する妖怪。
 ビジュアルが凄い顔の猫――ゲゲゲの鬼太郎のすねこすりとはえらい違いだ。

土御門春明
 こちらは完全にオリジナルキャラです。
 職業は陰陽師。能力に関しては、今後の話で少しづつ明らかにしていきたいと思います。


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第三幕 清十字怪奇探偵団

前回の補足説明の追加

下平さん
 原作コミックス四巻に登場。
 ただのモブですが、可愛いので登場してもらいました。
 こちらでもただのモブですが、一応カナの学校での友達という設定にして、今後も名前だけは出てくる予定です。





「ねぇ 清継! 前の話きかせてよ!!」

「旧校舎……本当に行ったんでしょう!?」

「そ、それは……」

「出たの? 妖怪」

 

 朝のHR前。巻と鳥居、二人の女子が同じクラスの清継へと話しかけていた。

 

 内容は先日、清継が言っていた旧校舎探索の件についてだ。

 二人はその探索に同伴こそしなかったものの、その事の顛末には多少の関心をもっているのか、そのように清継に問い質していた。

 

 だが彼女たちの疑問に、清継は答えにくそうに言葉を詰まらせている。

 

 彼は探索の最中、妖怪に襲われた恐怖で気を失っており、彼自身は介抱されたリクオから「たむろしていた不良を妖怪と間違えて気絶していた」と教えられていた。

 結局、清継自身は最後まで妖怪の存在に気づくことがなく、不良を妖怪と間違えて気絶したなどという、みっともない事実を二人の女子に告げることができず、口を固く閉ざしていた。

 

「い、いなかったんだよ……あそこには……」

 

 苦し紛れにそう答える清継に、二人の女子は冷ややかな目つきになる。

 

「そーなのー?」

「なんか期待はずれ――」

 

 そんな二人の冷たい視線に晒されて尚、清継はめげない。

 

「うぐっ、し、しかし、待ってくれ! 今度こそは!! 今度こそは、たどり着いてみせる!!」

「「え~ほんとに~?」」

 

 そのように声高らかに宣言する清継。しかし、そんな彼の堂々たる発言に心打たれた様子もなく、巻と鳥居の二人はがっかりだと言わんばかりに、自分たちの席へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 そんな、クラスメイトたちの賑やかな会話を――家長カナは自分の席から溜息混じりに見つめている。

 

 カナ自身、彼らの探索に一緒には着いていかなかったし、旧校舎の中にも入っていない。

 彼女は『狐面に巫女装束』という変装で妖怪を装い、少し離れたところから、ずっと彼らの様子を見守っていた。

 妖怪に襲われても大丈夫なようにと、万が一のときのため、こっそり後をつけていたのだ。

 

 しかし、それも杞憂で終わった。

 人を驚かすような小妖怪はリクオが対処していたし、最後に清継たちに襲い掛かった妖怪はリクオの側近たちの手によって退治された。

 結局、自分がやったことは旧校舎の二階から落ちるリクオを助けたことくらいだ。

 これといって活躍のなかった自分の不甲斐なさに、カナの口から洩れる溜息の数も知らず知らずに増えていく。

 

「みんな! おはよう!!」

 

 そこへ朝のHRの合図をしらせるチャイムが鳴るとほぼ同時に、カナたちの担任――横谷マナがクラスに入ってくる。

 今年で三十歳と、教師としてはまだ若い独身の女性。誰にでも優しく明るい彼女は男子、女子その両方から多くの人望を集めている。

 彼女に席に座るよう促され、クラスメイトたちはきびきびと自分の席に着いていく。皆が座ったのを確認したマナは、クラスメイトたち全員に聞こえるよう話しを切り出していく。

 

「今日は……皆さんに大事なお知らせがあります!」

 

 大事なお知らせとは何だろう? クラスメイトたちがマナの話に耳を傾ける。

 

「今日、このクラスに転入生が入ることになりました!」

 

 すると、続く彼女の言葉にクラスメイトたちがざわめき始める。

 一年生である彼らがこの浮世絵町に入学してから、一ヶ月が経とうとしている。ようやく新しい生活に慣れてきた、そんな半端な時期からの転校生というニュース。驚くのは無理からぬことだろう。

 ざわめく生徒たちをよそに、マナが廊下に向かって声をかける。

 

「さっ、入ってきて! 花開院さん」

 

 その言葉に促され、一人の女子生徒が教室に入ってくる。

 新しいクラスメイトは一般的な中学生より、少し小柄な少女だった。制服を着ていなければ、小学生高学年くらいかと間違えてしまうほどに背が低い。

 

「京都から来ました。花開院と言います……フルネームは花開院(けいかいん)ゆらです。どうぞ、よしなに……」

 

 マナの隣に立った女子生徒――花開院ゆらがゆったりとした口調で自己紹介をする。

 聞きなれない方言で喋るゆらを、物珍し気にクラスメイトたちは見ていたが、マナはそんな生徒たちを静かにさせ、そのままクラス内へ視線を漂わせる。

 

「それじゃあ 花開院さんの席は……」

 

 どうやら、ゆらの座る席を捜しているようだ。そして、空いている席を見つけたのか、そちらへと手をかざすマナ。

 

「家長さんの隣が空いていますね。それじゃあ、彼女の隣に座ってください」

 

 その言葉にゆらは頷き、ゆっくりと指定された席へと向かっていく。席に座ったゆらに、隣の席のカナはすかさず声をかけていた。

 

「わたし、家長カナ! よろしくね、花開院さん!」

 

 カナのその挨拶に、ゆらは微笑んで応えて見せる。

 

「ゆらで結構ですよ。花開院って、呼ばれ慣れてないんで……」

「じゃあ……ゆらちゃん! これからよろしくね!」

 

 そう言って、カナも微笑みを返す。

 そこでマナが出席を取り始めたため、挨拶もそこそこに、二人は意識をそちらの方へと移す。

 この時点でカナは特別、ゆらという少女を意識してはいなかった。

 クラスメイトの一人として頼られれば力になるし、人並に仲良くしたいとも思っていたがそれだけだった。だが――

 

「――?」

 

 その瞬間――カナは、ゆらが身に纏っている空気に、違和感を覚える。

 

 常人とは違った空気、どこかで感じたことのあるその違和感に、思わずゆらの方へと目を向けるカナ。

 しかし、その違和感の正体がなんなのかが、自分でもよくわからない。

 幼馴染のリクオや、先輩の白神凜子のような、半妖としての妖気を発しているわけでもない。

 

 ――いったいなんだろう?

 

 じっと不思議そうな目をゆらに向けるカナ。すると、そんな彼女の視線に気づいたのか、ゆらはカナを見て、再び微笑むを浮かべる。

 その微笑に、カナはとっさに微笑みで応える。

 とりあえず考えるのを一旦止め、その違和感に関する自身の考えを引っ込めていた。

 

 

 

×

 

 

 

「――カナいるか?」

 

 土御門春明はノックもせず、カナの部屋にづかづかと上がり込んでいた。

 同じアパートに住むこの少年は、既にカナに遠慮という感情を持ち合わせていない。たとえ食事中だろうと、着替え中だろうと、顔色一つ変えることなく、自身の要件を優先することだろう。

 しかし、春明がカナの部屋に上がり込んだ時点で、既にカナは出かける準備をしていた。私服に着替え終え、今まさに玄関先でシューズの靴紐を縛り直している状態だった。

 

「……どこ行くんだ?」

 

 現在時刻は夕暮れ時。学校も終わり、部活動に入っていない二人はつい先ほど、アパートに帰宅したばかりだ。

 帰って早々にもかかわらず、カナが出かけようとしていた状況に、春明は眉をひそめる。

 

「ちょっと、リクオくん家に……」

 

 短く目的地を伝えたカナの返答に、さらに春明は顔をしかめる。

 

「……なんで?」

 

 その疑問に暫し考え込むカナ。彼女は観念したかのように、ポツポツとその理由を話し始める。

 

「実は今日……」

 

 

 それは、昼休みのことだった。

 いつものように清継が、いつものメンバー相手に妖怪について熱く語っていたときだ。いつもどおり、ほとんどのメンバーはその話を右から左に受け流していたのだが、その輪の中に、興味深げに首をつっこんできた、一人の女生徒がいたのだ。

 

 転校生――花開院ゆらである。

 

 彼女は清継に負けず劣らずの妖怪知識を披露。その博識ぶりに感動した清継が、彼女の手を取り言ったのだ。

 

『――是非とも、我が清十字怪奇探偵団に加わってくれたまえ!』と。

 

清十字怪奇探偵団(きよじゅうじかいきたんていだん)

 清継が妖怪を探すために結成した団体。いつの間にか、その団体の団員にされていることにカナは呆気にとられたが、続く清継の宣言にさらに彼女は言葉を失う。

 

『――この清十字団の結成式……奴良くん、きみの家でやろうと思うんだが……』

 

 リクオの家。即ち、妖怪任侠組織の総本山、奴良組の本家だ。

 言うまでもなく、その屋敷の中には妖怪がゴロゴロと潜んでいることだろう。

 

 もちろん最初はリクオも渋っていた。だが、清継とゆら二人の押しに負け、最後にはその提案を承諾してしまった。

 あいかわらずの幼馴染の人の良さに、カナは少し呆れてしまう。

 

 かくして、清十字団なるものの結成式が、リクオの家で開かれることとなった。当然、その一員に数えられるカナも、その式にお呼びがかかっている。

 彼女としても、行かないわけにはいかなかった。

 

 妖怪屋敷である奴良リクオの家で、皆が余計なものを見ないためにも――。

 多少なりとも事情を知る自分が、少しでもリクオの平穏を守るためにもと――。

 

 

「それじゃ 行ってきます!!」

 

 そういった、一通りの説明を終えたカナは、春明の返事も待たず、元気よく玄関を飛び出していった。 

 一人取り残される春明。暫くその場に立ち尽くしていたが彼だったが、頭をポリポリと掻きながら、憂鬱そうに愚痴を吐き捨てていた。

 

「…………花開院ね。嫌な予感しかしねえな……」

 

 

 

×

 

 

 

 結成式の待ち合わせは、リクオの家の前。カナがその場についたときには、既に今回参加するメンバーが全員集まっていた。

 ちなみにメンバーは清継と島、ゆら、カナ、そしてリクオの五人である。

 巻と鳥居の二人は案の定「お腹が……」「頭痛が……」と言ってそれぞれ断っていた。

 

 幼い頃より、リクオの家を何度も遠目から見ていたカナだったが、実際に中に入るのはこれが初めて。予想以上の家の広さに、他の清十字団の面々も驚きを隠せないでいる様子だった。

 一同は客間へと通され、結成式はそこを借りて行われる流れになった。

 

「すぅー……はぁ……。いい雰囲気だ。清十字怪奇探偵団の結成式にもってこいじゃないか~」

 

 屋敷の空気を存分に味わうかのように、深呼吸する清継。恍惚とした表情で、この歴史的瞬間を存分に堪能している。

 周囲の者たちが、そんな彼の表情にやや引き気味になるが、清継は気にも留めることなく式を進めていく。

 

「お茶入りました~」

 

 すると、そこへ客間の襖を開け、一人の給仕がお茶を持って入ってくる。

 着物を着こなす大人の色っぽさを感じさせる美しい女性。どこか人間離れした色気に、健全な男の子である島が鼻の下を伸ばしている一方、カナはその女性を見て気づく。

 

 ――あっ……この人も妖怪だ。

 

 カナは陰陽師である春明から、妖怪の妖気を敏感に感じ取る術を学んでいた。

 人間に擬態する妖怪などから身を守るために、いの一番に身に付けるべき護身術とのことだが、そのおかげでカナはその異様に髪の長い女性。

 彼女が隠しながらも僅かに放っている、その妖気に気づくことができていた。

 

 見ると、ゆらもその女性に何かを感じたのか、じっと彼女の横顔をまじまじと見つめている。いや、それ以前。ゆらはこの屋敷に入ってきた当初から、ところどころに潜んでいる妖気に勘付いたかのよう、やたらと周囲を気にして視線を巡らしていた。

 

 その妖怪の女性の登場に、一番驚いていたのは何故かリクオだった。

 ハニワのような顔つきで、全身から冷や汗を流しながら、彼は慌てた様子で給仕の女性を下がらせる。

 すると、ゆらが―― 

 

「やはり……この家はどうも変ですね……」

 

 と言って、さらにリクオの動揺を誘う。

 彼女の言葉に一旦間を置こうとしてか、リクオはトイレに行くと言い、その場を逃げるように立ち去ってしまった。

 

 

 

 

「……」「……」「……」「……」

 

 そうして、取り残されたカナたち一行。

 暫くは誰も何も言葉を発さず、妙な沈黙が続くだけであったがおもむろに、ゆらは座布団から立ち上がり、そのまま部屋の外へと出て行ってしまう。

 

「ちょ、ちょっと ゆらちゃん!?」

 

 あまりにも自然な動作で立ち上がったため、カナは遅れて制止の声をかける。残りのメンバーも、急いでゆらの後に続いていく。

 

「ゆらくん どこへ行くんだい?」

「駄目だよ、ゆらちゃん勝手に……」

 

 清継がゆらの突飛な行動に戸惑い、カナが制止の声をかけ続ける。

 しかし、それにも構わず、ゆらは奴良家の廊下を黙々と歩いていく。

 トイレ?から戻ってきてリクオ。彼は部屋に誰もいないのに焦ったのか、息を切らしてカナたちに追いついてくる。

 リクオは皆に部屋に戻るよう提案するが――

 

「いえ、もう少しお宅を拝見させてください」

 

 一向に歩みを止めようとはせず、ゆらはリクオの家を隈なく調べ始めた。

 

 ――この子、けっこう押し強いな……

 

 ゆらの意外な強引さに、カナは誰にも気づかれぬよう、額に手をかざし首を振って溜息を溢していた。

 

 

 こうして――清十字怪奇探偵団による、奴良家妖怪探索が始まったのだ。

 

 

 最初にゆらが目をつけたのは大浴場のある水場だった。

 失礼と言いつつ、ためらいなく大浴場の扉を開く。

 しかし――何もいない。

 ……浴槽がぶくぶくと泡を立っていたが、多分気のせいだろう。

 

 次に通された客間とは、別の客間に入っていく。

 天井を見つめるゆら

 ……屋根裏から何やら物音がした気がするが、特に何も落ちてはこなかった。

 

 間髪いれず、その部屋にあった押入れを覗き込む。

 ……奥で何かが蠢いている気配がしたが、おそらく気の迷いだろう。

 

 二階へと続く階段を上っていく。

 ……階段の側にあった風呂敷に包まれた置物が動いているように見えたが、きっと見間違いだろう。

 

 とある小さな一室。

 お膳の上に、藁包みの納豆が一つ置かれていた。

 ……その納豆が震えているように見えたが、きっと目の錯覚だ。

 

 

 ――バレる、バレる!!

 

 その様子を、カナはリクオと同じよう、冷や汗をかきながら見ていることしかできなかった。

 

「よ~し! こうなったら僕もこの家を隈なく調べさせてもらうぞ!!」

 

 ゆらの大胆さに触発された清継が、リクオの制止を振り切り、側にあった部屋の襖を勢いよく開ける。

 

 その先には――着物を羽織った若い男が立っていた。

 

 いかにもヤクザものといった雰囲気の男が、怒りで顔を歪ませて眼を飛ばしてくる。

 ……何も見なかったことにして清継はそっと襖を閉じた。

 

「ここ! この部屋! これまでで一番怪しい!!」

 

 一際大きな部屋の扉を指差しながら、ゆらは叫ぶ。 

 入って見ると、部屋の中には何体もの巨大な金ピカの仏像が鎮座している。その仏像の見事さに感嘆の声を洩らす一同。

 しかし、そんな一同をよそに、ゆらは部屋の隅にあった一体の仏像をジッと凝視している。その仏像に触れようとするゆらに、リクオは慌てて声を荒げる。

 

「駄目だよ、花開院さん! その仏像だけは触っちゃ、おじーちゃんが!!」

「おじーさん?」

「――おう、リクオ、友達かい?」

 

 すると、まるでその言葉を聞いていたかのようにリクオの祖父――ぬらりひょんが一同の前に顔を出す。

 リクオは再びハニワのような顔で焦りまくるが、カナたちはぬらりひょんに軽く頭を下げて挨拶をする。

 

 ――この妖怪が、ぬらりひょん……リクオくんのおじーさんか……

 

 後ろに長く伸びた頭が特徴的な老人を見て、カナは思う。

 子供のような背の低さと、ぺカーっと笑みを浮かべる愛嬌。自身の想像とは大分かけ離れたその姿に、彼女は自然と口元を緩める。

 彼の血を四分の一引いているリクオも、お爺さんになったらこうなるのかなと、少し想像して、カナは思わず笑みを溢す。 

 

「どーもどーも、いつも孫がお世話になっとります。まっ、ゆっくりして行きなされ……」

 

 ぬらりひょんは寛容にも、人間である彼らにそのように言い残し、その場を悠々と去っていく。

 流石は大妖怪、流石はぬらりひょん。肝の座り方が他の妖怪たちとは違っている。

 

「さっ! もう妖怪探しはこのくらいにして、部屋に戻ろ……」

 

 もういいだろうと、リクオはタイミングを見計らってゆらに提案する。だが、ゆらはまだ納得していないようで――

 

「……何か見られているような?」

 

 そういって探るように視線を漂わせ、ある一点を見つめる。

 すると、その視線の先から――小汚い、一匹のネズミが姿を現す。

 

 

「――っ!!」

 

 

 そのネズミの姿を視界に捉えた瞬間――カナの視界が歪み、脳裏にいくつもの映像が浮かび上がってきた。

 

 ――深い霧に蔽われた森の中

 

 ――巨大な影に逃げ惑う人々

 

 ――その影の爪で無残に切り裂かれる『父親』

 

 ――血だらけでカナを抱きしめたまま息絶える『母親』

 

 ――その光景を震えながら見ていることしかできなかった幼き『自分』

 

 ――そして、霧の中で雄たけびを上げる――『巨大なネズミの怪物』

 

 そこまでが、彼女にとっての限界だった。

 

 

「いやああああああああああああッ!!」

 

 

 カナは、錯乱したように叫び声を上げ尻餅を突き、彼女の後ろにいた清継と島がその下敷きになる。彼女の叫び声に反応するかのように、ネズミは部屋の外へと逃げ出していく。

 

「待て!!」

 

 ネズミを追うゆら。

 

「花開院さん!?」

 

 突然叫び声を上げたカナに驚きつつも、リクオもゆらの後を追って部屋を出て行く。

 

「い、家長さん、重いっす……」

 

 カナの下敷きになった島が、苦しそうに抗議する。

 しかし、今のカナの耳に彼の声は届かない。

 彼女は顔面蒼白になりながら、自身の肩を抱きしめ、呼吸を荒げている。

 

「家長くん?」

 

 下敷きになりながらも、清継が怪訝な顔でカナに目を向ける。

 だが、彼女はその視線に気づくこともできない。

 

 カナの心は今――恐怖一色に埋め尽くされていたのだ。

 

 

 

×

 

 

 

 ――奴良組の三代目ともあろうお方が! 人間とつるむなんざ、情けねぇ!!

 

 心中で悪態をつきながら、妖怪――(ぜん)はズカズカと荒い足取りで廊下を歩いていく。

 

 彼は奴良組傘下『薬師一派』の棟梁。奴良組幹部の一人だ。

 先日、奴良組の若頭であるリクオと盃を交わし、義兄弟となったばかり。

 リクオに惚れ込み、盃を交わした鴆にとっても、今の状況はとても面白いものではなかった。

 リクオが連れ込んできた人間たちが、我が物顔で本家の中を探るその姿に憤りを覚え、彼は自身の心情を隠すことなく、ワカメのような髪をした少年に眼を飛ばしてやった。

 

 それで少しは大人しくなれば勘弁してやろうかと思っていたが、それでも探索を止めようとしない彼らに、さらに怒りを募らせる。

 

 ――この際、直接怒鳴りこんで追い出してやろうか!

 

 そう意気込み鴆は、現在彼らがいるであろう仏間に向かって足を速める。

 

「……くん、家長くん! しっかりしたまえ!!」

 

 尚も騒ぎ続ける彼らに、軽く切れながら勢いよく部屋の中に入っていく。

 

「おい! てめぇらいいかげん……」

 

 だが、放ちかけた怒声を途中で止める。

 部屋の中にいた二人の少年が、一人の少女を介抱していた。遠目から見ても、少女の姿はとても良好といえる状態ではなかった。

 

「……どうした?」

 

 先ほどまで感じていた怒りを引っ込め、鴆は彼らに問う。

 ついさっき、自分に眼を飛ばしてきた男が声をかけてきたことに顔を青ざめる清継だったが、すぐ気を持ち直し鴆の問いに答える。

 

「わ、わかりません 急に具合が悪くなったようで……」

 

 鴆は彼女に近づき、その様子を観察する。

 少女はしゃくり上げるように、忙しなく息を荒げ、嫌な汗を体中から噴きだしていた。

 その顔はすでに土気色に染まり、苦痛――いや恐怖に歪んでいる。

 その症状に洒落にならないものを感じた鴆は、語気を強めて彼らに言う。

 

「おい、お前ら! こいつに外の空気を吸わしてやれ」

「わ、わかりました」

 

 その言葉に従い、二人の少年が震える少女を支えながら外へと歩き出していった。

 

 




今回の補足説明
 
横谷マナ
 原作コミックス十六巻。『切裂とおりゃんせ』の回に登場する理科教師。
 原作では明言されていませんが、今作ではリクオたちの担任ということにして登場してもらいました。結構な美人さん(30)。

ついでに
 原作で、リクオとカナは清継たちとは別々のクラスでしたが、今作ではアニメ一期の設定を採用し、清十字怪奇探偵団は全員同じクラスになっています。
 そして、今回の話もアニメの話を主体にしています。
 
 イマイチわかりにくかったらユーチューブを見て情景を補完してください!
 


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第四幕 陰陽師・花開院ゆら

 少し短いですが、区切りがいいのでこれで投稿します。


「――私は……京都で妖怪退治を生業とする陰陽師……花開院家の末裔です」

 

 奴良リクオが彼女――花開院ゆらの言葉を理解するのに、数秒の時間を要した。

 

 仏間に現れたネズミを追いかけ、リクオとゆらの二人は庭先まで来た。するとネズミは突然巨大化し、猫ほどの大きさとなって二人に襲いかかったのだ。

 しかし、ゆらはまったく動じることなく、ネズミに向かって人型の札を投げつける。

 その札がネズミの体に張り付いた途端、ネズミが苦しそうに悶え、「滅!!」という、ゆらの掛け声とともにボン!

 打ち上げ花火のような音を立て、ネズミは爆散した。

 

 一連の常人離れした行動を見たリクオがゆらに問いただし、その際に返ってきた答えが先ほどの彼女の言葉だった。

 

 ――陰陽師って……まさか、妖怪を退治するのが仕事の、あの!?

 

 陰陽師の存在についてはリクオもテレビなどで知っていた。

 知ってはいたが、まさか自分の目の前にこうして現れるとは思ってもいなかった。彼はあまりの突然の邂逅に、ただただ呆然とするしかなかった。

 そうして、しばらくの間その場は静寂に包まれていた。すると――

 

「大丈夫かい 家長くん?」

「しっかりするっす!」

 

 その場の沈黙を破り、少年たちの切羽詰まった声が響いてくる。

 リクオが振り返ると清継と島の二人が、ぐったりとしているカナを支えながら庭先まで歩いてきた。

 

「カナちゃん!?」

 

 リクオは幼馴染の異変に慌てて駆け寄る。彼女は体をガクガクと震わし、胸を抱え込むように苦しげに喘いでいる。

 

「なんや、どうしたんや!?」

 

 ゆらも心配して駆け寄り声をかけるが、カナからはまともな答えは返ってこず、彼女の代わりに清継が言葉を絞り出す。

 

「わからないよ……さっきから、ずっとこの調子で……」

 

 清継と島はとりあえずカナを庭先の廊下に座らせるが、その間も、カナはずっと息を荒げたままだった。

 

「そういえば、さっきのネズミはどうなったんすか?」

 

 島がリクオたちに聞く。ネズミという単語に、カナが一瞬肩をビクッと震わせていたことに彼は気づいていない。

 

「ネズミならさっきあたしが退治した。もう大丈夫や!」

 

 カナを少しでも安心させようと、ゆらが優しく彼女に語り掛ける。

 

「……退治? 退治とは、どういうことかね?」

 

 ゆらの口から出た言葉の意味を清継が尋ねる。ゆらはカナの身を気遣いながら、先ほどのネズミが妖怪であったこと、自分が陰陽師であることなどを軽く説明する。

 

「うぉおおおおお!! 素晴らしい! ボクの自論は間違っていなかったんだ!!」

 

 彼女のその説明に、感動した清継が奇声を上げ、喜んでいた。

 妖怪がいるという彼の自論が証明されたのだ。清継が浮かれるのも無理からぬことだろう。だが、今のリクオに彼の相手をしている余裕はなかった。

 

「大丈夫、カナちゃん?」

 

 ひたすら幼馴染の側に寄り添い、声をかけ続ける。それでも、カナの苦しむ様子は一向に収まる気配をみせない。

 

 ――どうしよう!? どうしよう!?

 

 本格的にパニックになり始めたリクオだったが、そんな彼の元へ、とある人物が顔を出す。

 

「どうだ 様子は?」

「鴆くん!?」

 

 奴良組幹部の鴆。

 人の姿をしているといえども、彼も歴とした妖怪である。陰陽師であるゆらにその正体がばれないかと、気が気ではないリクオ。

 しかし、鴆はリクオの方をチラッと見ただけで、すぐさまカナの方へと視線を向ける。

 

「ほれ、こいつを飲め。少しはマシになるだろう」

 

 そう言って、持ってきた薬を彼女に飲むよう促す。

 

 鴆は妖怪の医者だが、患者は妖怪だけではない。表向き普通の医者として、人間の患者相手にも商売をしている。彼女の容態を心配し、急いで薬を持ってきてくれたのだろう。

 

 ――ありがとう 鴆くん!!

 

 そんな彼の気遣いにリクオは心から感謝し、その意思を自分の瞳に乗せて鴆に伝える。その視線に気づいたのか、彼はどこかきまり悪げにそっぽを向いていた。

 

 鴆の薬を飲んだ後も、カナはしばらく息を荒げていた。だが、だんだんと落ち着きを取り戻してきたのか、呼吸が正常へと戻っていく。

 その様子に、皆がホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

×

 

 

 

「大丈夫か 家長さん?」

「うん……もう大丈夫だよ ゆらちゃん」

 

 心配して問いかけるゆらの言葉に、カナは迷わずにそう答える。

 リクオの家からの帰り道。すでに夜となった浮世絵町の繁華街を二人の少女がネオンの光に照らされながら歩いていく。

 中学生である彼女たちだけで歩くには少し危険な場所、時間帯ではあったが、ここを通るのが家に帰るための近道であったため、やむを得ない側面もあった。

 

「……驚かせてごめんな」

 

 先ほどのネズミ騒動。カナが取り乱してしまった責任の一端は自分にもあると、ゆらがカナに謝罪の言葉を口にする。

 

「そんなこと……あっ」

 

 その謝罪に、気にすることはないと返そうとしたカナの言葉が途中で止まる。

 べろんべろんに酔っ払った中年の男が二人の間を割って歩いてきた。

 中年の行動に少し顔をしかめたカナだったが、すぐに気を取り直しゆらの手を引き、先を急いでいく。

 

 

 

 

 

 

「そっか 一人暮らしか……」

 

 道中。カナは先ほど聞けなかったゆらの話に耳を傾けていた。

 他の清継十字怪奇探偵団の面々は彼女の身の上について聞いていたが、カナは自身の体調のせいで彼女の話を聞いている余裕がなかった。

 

 改めて話を聞き、ゆらが浮世絵町で一人暮らしをしていることや、土御門春明と同じ陰陽師であることなど。カナはゆらについて、いろいろと知ることができた。

 

 ――陰陽師か……。

 

 カナは春明以外の陰陽師には会ったことがなかったため、少しだけ驚いている。驚くと同時に今朝、彼女から感じた違和感についても合点がいった。

 同じ陰陽師なら、似たような雰囲気を醸し出していても不思議ではないだろう。

 

「家長さん?」

「…………えっ な、何?」

「ほんとに大丈夫か? やっぱりまだ体調が……」

 

 少し長く思考に耽っていたためか、ゆらが心配そうに顔を覗き込んでくる。そんな彼女に心配かけまいと、カナは話を逸らそうとまったく別の話題を口にしていた。

 

「……実はね、私も一人暮らしなんだ」

「えっ……そうなん?」

 

 ゆらは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。

 中学生の一人暮らしなど、ゆらの中では常識の範囲外だ。自分のような特別な事情でもない限り、まだ早いと思っていたのだろう。

 彼女の興味が完全にそちらの話題に移ったことに安堵しながら、カナは続ける。

 

「だから、困ったことがあったら相談してね。力になるから!」

「ありがとな、家長さん!!」

 

 馴れぬ土地での一人暮らし、不安もたくさんあったことだろう。力強いカナの言葉に、ゆらは今日一番の笑みで答えていた。

  

 

 ちなみに――。

 カナは確かに一人暮らしをしているが、保護者とも呼べる存在である春明が同じアパートに住んでいる。

 加えて、彼女たちの住んでいるアパートには現在、カナと春明以外の住人はいない。

 人付き合いをめんどくさがる春明によって、簡易的な人払いの結界が張られているため、新しい住人はおろか、大家でさえ近寄ろうとしないのだ。

 使われていない空き部屋も、すでに春明の私物が置かれた倉庫と化している。

 アパートというよりは、もはや彼女たちの家といってもいい状態なのだ。

 無論、部屋の掃除や食事の用意など、自分の分は自分でやっているため、カナは立派に自立しているといえなくもないだろう。

 

 

「――フフフ かわい子ちゃんみっけ~」

 

 ふいに、彼女たちの会話に割って入ってくるよう、ホスト風のいかにもチャラチャラした青年が話しかけてきた。

 繁華街を歩いていると、こういう不埒な輩が何の脈絡もなく声をかけてくることがよくあるのだ。カナはいつものように相手にせず、ゆらの手を引いてその場を離れようとした。

 しかし――似たような風貌の男たちが彼女たちを取り囲み、その進路を阻害した。

 

「え? ちょっと……何よ……」

 

 男たちの不気味な行動に思わず怯むカナ。

 

「匂うで……」

 

 すると、ゆらが目を細めながら、彼らを見ながら低い声で呟く。彼女のその言葉にカナも咄嗟に感覚を研ぎ澄ませ――そして気づく。

 ゆらが放った『匂い』という、その言葉の意味を――。

 

 ――これは……妖気!?

 

「ゆらちゃん こいつら!?」

「昼間話したやろ……知性はあっても理性はない。最悪の奴らっ!」

「それって!?」

 

 昼休み。ゆらが自分たちにしてくれた話を思い出す。

 妖怪の中で一番タチが悪く危険な存在――獣が妖怪化したものたち。欲望のままに化かし、祟り、切り裂き、喰らう。

 それこそが、今目の前にいるコイツらだと、ゆらは警告しているのだ。

 

 カナは咄嗟に身構える。

 

 自分の正体について、カナは基本秘密にしている。だが、万が一のときはゆらにばれようとも構わず、力を使わなくてはならないだろう。

 カナは心の中でそう覚悟を決める。しかし――

 

「つれなくすんなよ、子猫ちゃん。あんたら三代目の知り合いだろ?」

 

 最初に声をかけてきた男が、薄気味悪い笑みを浮かべていた顔を手で覆い隠した。

 そして、髪をかきあげながらその正体を露にする。

 

「夜は長いぜ……骨になるまでしゃぶらせてくれよ!!」

 

 その正体を月明かりの下に晒したその妖怪の本性――

 

 

 ――真っ赤に血走った目

 

 ――頬まで裂けた口

 

 ――まがまがしい鋭利な牙

 

 

「あ……あぁぁ……?」

 

 カナが小さく呻き声を上げる。

 妖怪の正体がなんなのかを知った瞬間、昼間の悪夢が蘇る。

 

 

「――いやああああああああああああッ!!」

 

 

 カナの覚悟が、脆くも砕け散った。

 

 妖怪の名は窮鼠(きゅうそ)

 欲望のままに化かし、祟り、切り裂き、喰らう。

 

 家長カナという少女の記憶の奥底に刻まれたトラウマを刺激する。

 

 それは()()()()()()()()()()()と同種――大ネズミの妖怪である。

 

 

 

×

 

 

 

「家長さん、しっかり!!」

 

 窮鼠の素顔を見た途端、カナの表情が恐怖に歪んでいく。無理もないとゆらは思った。

 昼間に出てきたネズミ。あの程度の大きさのネズミを見ただけでも、彼女はあれだけ取り乱していたのだ。今の彼女の恐怖はあのときの比ではないだろう。

 顔面蒼白で、またも呼吸が荒くなってきている。

 

「ふっ……お楽しみの始まりだ」

 

 そんなカナをさらに追い詰めるように、人間の男たちに化けていたネズミの群れが彼女たちににじり寄ってくる。

 気がつけば二人は路地裏に追い込まれ、逃げ道を失っていた。 

 

「後ろに下がって、家長さん!」

 

 カナを後ろに下がらせ、ゆらは一歩前に出る。ネズミの注意を自分に向けさせるため、彼らへ挑発の笑みを浮かべる。

 

「ネズミ風情が……馴れ馴れしくするんちゃうわ」

「………やれ」

 

 予想通り、その挑発に乗って数人の男たちが飛びかかってくる。

 ゆらはそれを――正面から迎え撃つ。

 

禹歩(うほ)天蓬(てんほう)天内(てんない)天衝(てんしょう)天輔天任(てんほてんにん)!!」

 

 掛け声とともに、妖怪たちへと歩を進める。

 

乾坤元亨利貞(けんこんげんこうりてい)!!」

 

 魔除けの財布から素早く式神の入った札を取り出し――叫びと共に力を開放する。 

 

「出番や! 私の式神――貧狼(たんろう)!!」

『―――――――――――!!』

 

 ゆらの呼びかけに応え、巨大なニホンオオカミの式神『貧狼』が顕現する。

 

「おわっ!」

「な、なんだぁ――!?」

 

 突如現れたオオカミに、ネズミたちの動きが止まるが、その動揺が彼らの命取りである。

 貧狼は容赦なく、動きを止めたネズミたちに襲いかかる。足で踏み潰し、爪で腕を吹き飛ばし、数匹のネズミたちを、鋭利の牙でまとめて噛み砕いた。

 

「ギャァァァァ!!」

「ひいいいい!!」

 

 男たちが断末魔の叫び声を上げる。

 

 ――よし いける!!

 

 貧狼の戦果に、ゆらは心の中でガッツポーズをとる。

 実はこの戦い、ゆらにとって一人で行う初めての実戦であった。

 実家のある京都で何度か妖怪と交戦した経験はあったが、その際は実の兄――花開院竜二(りゅうじ)が常に付き添っていた。

 竜二はなにかとつけて、ゆらの戦い方に文句をつけてくる。

 

『――動きが単調すぎる』『――もっと頭を使え』『――お前はまだ子供すぎる』

 

 そのほとんどが悪口に近い。実の兄の意地の悪い笑みを思い出しながら、その笑みにむかって勝ち誇るゆら。

 

 ――見たか、バカ兄! あたしは一人でも、やれる!! 

 

「いい子やね、貧狼」

 

 ゆらは余裕を持ちながら、貧狼を褒めてその労をねぎらう。

 

「窮鼠様、こいつは!?」

「兄貴……」

 

 残党のネズミたちが一人の男に不安げに問いかけ、その言葉にゆらが反応した。 

 

「窮鼠か……子猫を喰う大ネズミの妖怪」

 

 妖怪の名前を書き記した『花開院秘録』にも出てくる、そこそこの知名度を持った妖怪だ。

 

「人に化けて、こんな地上に出るなんて……」

 

 本来であれば、こんな場所で堂々と人に正体を晒すような妖怪ではない。

 やはり、この町はおかしい。

 妖怪の主『ぬらりひょん』が住み着いているという噂も頷けるというものだ。

 

「陰陽師の娘が友達とは……三代目も相当な好き者だね」

 

 窮鼠が変身を解き、ホスト風の人間の姿に戻りながら呟く。

 

 ――三代目?

 

 相手の言葉の意味が理解できず、ゆらは首を傾げる。その間、窮鼠は自然な動作で堂々とゆらへと近づいてくる。

 

「そんな物騒なものはしまいなよ……可憐なお嬢さん」

 

 目前まで迫った窮鼠が営業スマイルを浮かべながら、馴れ馴れしくゆらの頬に触れようとしてくる。

 ゆらは、窮鼠のその腕をおもいっきり引っぱたいて払う。

 

「……触るな、ネズミ」

 

 手を叩かれた窮鼠。一瞬ものすごい形相でこちらを睨んだが、すぐに気を取り直したように、彼は不敵な笑みを浮かべる。

 

「たいした力だが――所詮子供は子供だな」

「……?」

 

 窮鼠の勝ち誇ったような台詞にゆらは眉をひそめた。その直後――

 

 

「――きやああああああああああああっ!!」

 

 

 突き刺すような悲鳴が、後ろから聞こえてきた。

 ゆらが驚いて振り返ると、いつの間にか、何十匹もの小さなネズミたちがカナを一斉に取り囲んでいた。

 

「やめ!? その子は関係ないやろ!!」

 

 ゆらは窮鼠に向かって叫ぶ。

 家長カナはただの一般人だ。自分たちのようなものの戦いに巻き込むべきではない。

 だが、そんなゆらの意見を窮鼠は鼻で笑う。

 

「ふうん……僕の美貌に気を取られて、守るべきものを忘れてしまったんだね」

 

 窮鼠の言葉にゆらはハッとなる。

 勿論、奴の美貌とやらに気を取られていたわけでは決してない。

 しかし、奴の言葉通り、目の前の敵に集中するあまり守るべき存在である筈の彼女のことを失念していた。

 自分の不注意によって生まれた結果に、自己嫌悪に陥るゆら。

 

「じゃあ……式神をしまってもらえるかな?」

 

 窮鼠は嘲るような笑みを浮かべ、冷酷にゆらに要求してくる。

 

 式神をしまう。それは敵前で丸腰になるということ。本来であれば、呑むことはできない愚考の要求であった。

 しかし――

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 

 ゆらはカナを見る。

 彼女は体をガクガクと震わし、体中から汗を噴きだしていた。胸を抱え込むように苦しげに喘いで、忙しなく息をついている。

 昼間のときと同じ――いや、それ以上にまずい状態だ。

 ゆらは悔しがりながらも、静かに決断を下すしかなかった。

 

 ――戻れ、貧狼……。

 

 巨大なニホンオオカミの式神が消え、札の中へと戻っていく。

  

 パンッ!!

 

 間髪入れず、ゆらの体に痛みが奔る。

 式神をしまい無防備になったゆらの頬を、先ほどの仕返しだとばかりに窮鼠が引っぱたいた。

 ゆらはその意識を闇に沈めていく中、窮鼠のその言葉を確かに耳にしていた。

 

「――お前ら、丁重に扱えよ。こいつらは大事なエサ、なんだからな。くくく……」

 

 




補足説明

窮鼠
 原作でもアニメでもただのやられ役のネズミ妖怪ですが、アニメ版だとCVが子安の影響か、何故か大物感がする。今作でもアニメ版の性格を反映して書かせてもらっています。「俺は! もっと自由に生きるんだあぁああ!」――まさに、子安の魂の叫び。




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第五幕 闇の鼠は猫を喰らう

 今日、不足していたコミックス二十三巻と二十四巻を買ってきました。
 やっぱり漫画は全巻揃えると気持ちがいいな~……と安堵したのも束の間。あらためてぬらりひょんの孫のコミックスの表紙を見て気づいてしまった――
 
 どの巻の表紙にも――家長カナの姿がない事実に。

 巻さんや鳥居さんはいるのに、カナちゃんの姿がない。
 こんなところにも、ヒロイン格差の重みが…………

 気を取り直し、彼女をヒロインにすべく筆を取りました。
 


「ふぅ。今日は色々あって疲れたなぁ……」

 

 奴良リクオは縁側の庭の夜桜を眺めながら、今日一日の出来事を振り返っていた。

 

 いつもの日常。清継の妖怪談義から始まった、転校生――花開院ゆらとの会合。

 そのまま、何故だが皆がリクオの家に来ることになり、清十字怪奇探偵団とやらの結成に立ち会うことになった。

 さらに、リクオの屋敷で行われた妖怪探索。皆には前もって隠れるように言っておいたため、何とか見つからずに済んだが、ゆらは帰り際「ええ、またお邪魔させてもらいます……」と意味深な言葉を残していった。

 そんなゆらの言葉に冷や汗を流すリクオであったが――幼馴染である家長カナのあの様子には、それ以上に肝を冷やした。

 

「カナちゃん……ネズミ苦手だったんだ」

 

 いつも笑顔で微笑んでくれる幼馴染の意外な一面に、リクオは驚いた。

 まさか、ネズミ一匹にああまで動揺をするとは思ってもいなかったのだ。

 もし、これで妖怪なんて――ネズミよりも恐ろしく、おっかないものと出くわしたりしたら――

 そう思うだけでも、リクオの胸中が不安で一杯になる。

 

 ――やっぱ知られちゃダメだよな……僕も、妖怪だなんて……。

 

 人間に、友達に、幼馴染に、嫌われたくないリクオは、改めてそのように誓いを立てていた。

 

「――若……リクオ様」

「ん? ……えっ、またネズミ!?」

 

 しかし、そのように決意するリクオの元にまたもネズミの妖怪が姿を現した。

 着物をきた、妙に畏まった言葉でリクオに礼を示すそのネズミは、自らを『窮鼠組』の使いの者と名乗った。

 

 この時点で、リクオは窮鼠組がぬらりひょんによって破門されていた、はぐれ集団であることを知らなかった。

 組の運営に関わっていない以上、それは当然のことであったのだが、そのせいで――彼は続くネズミの言葉を疑いもせずに信じ込んでしまっていた。

 

「――えっ、誘拐……誘拐って!?」

 

 家長カナと、花開院ゆら。二人の少女が何者かに誘拐されてしまっという話を。

 実際、二人が誘拐されたのは事実――しかし、その誘拐犯こそが、窮鼠組であることを隠しながら、ネズミは言葉巧みにリクオを誘い込む。

 

「駄目でリクオ様! 花開院様は陰陽師。みなが進んで助ける筈がござりやせん」

 

 本家の皆に力を貸して貰おうとするリクオを制止し、ネズミは小奇麗に言葉を並び立てる。

 

「大丈夫。万が一のときは私の組の者がおりやす。ですからどうぞ……おひとりで……」

 

 疑うという言葉を知らないのか。リクオはそのネズミの言葉を信じ、彼の案内に従い、二人が攫われていったという場所まで急ぎ駆け出していく。

 

 そして、辿り着いた先。それは豪勢な洋館だった。

 奴良組本家とは似ても似つかない、大仰な門と大きな屋敷の前でリクオは気を引き締める。

 

 ――カナちゃん、花開院さん。待っててね。絶対、助けてあげるから……!?

 

 だが、そんな彼を嘲笑うかのように――待ち構えていた窮鼠組の下っ端妖怪たちがリクオに襲いかかった。

 

 

 

「初めてお目にかかります。私、窮鼠組で頭をはらして貰っている、窮鼠と申します。お見知りおきを……」

「っ――騙したな!」

 

 ネズミ妖怪たちに手荒い歓迎を受け、リクオは引きずり込まれるように屋敷の中に連れてこられた。

 肩を押さえ、息を吐くリクオに、窮鼠と名乗ったホストの男が慇懃無礼な言葉遣いで話しかける。

 

「手荒なことは止めるように言ったんですがね。何しろ……どんなに使えない臆病者でも、れっきとした奴良組の三代目ですから」

「「へへへ……」」

 

 窮鼠の言葉に、周囲の彼の部下たちも馬鹿にするような視線をリクオへと向ける。

 口調こそ丁寧だが、彼の言葉には隠し切れない侮蔑の感情が込められていた。

 

「っ……二人を返せ!」

 

 周囲を敵だけで固められた、味方は一人もいない状況でリクオは決して怯まなかった。

 だが、そんなリクオの態度に何も感じていないのか、窮鼠は一方的に自分たちの話を続けていく。

 

「奴良組の代紋には、もう俺たちを満足させてくれるだけの力はないんですよ。代紋がどうの。仁義がどうのなんて時代は、もうとっくに終わってるんですよ……わかりますか?」

 

 そう言いながら、窮鼠は手で何やら部下に合図を出す。

 次の瞬間――窮鼠の背後、大きなカーテンによって遮られていた空間がバッと開き、その光景がリクオの視界に飛び込んできた。

 

「カナちゃん!? 花開院さん!?」

 

 大きな檻の中で横たわる少女たち。 

 眠らされているのか、ピクリとも動かない二人に、慌てて駆け寄ろうとするリクオ。

 しかし、リクオの行為は窮鼠の部下の手によって遮られる。

 

「かはっ!?」

 

 腹を殴られうずくまるリクオに、窮鼠は冷徹に告げる。

 

「これも組のためですよ。貴方の率いる古い妖怪では、これからは生き残れない。三代目を継がないと宣言してもらいます……いいですね?」

 

 今のリクオには、その言葉を呑むしか他に方法はない。

 彼女たちを助けるには――もうこれしかないのだと、絶望に身を震わせていた。

 

 

 

×

 

 

 

「――リ、リクオ様! 何ですかこれは!?」

 

 奴良組に戻って早々、リクオはお目付け役のカラス天狗に、大急ぎで書いたものを渡した。

 そこに書かれたことの意味を理解し、半泣きになりながらリクオを問い詰めるカラス天狗。

 

「書いてあるとおりだよ、カラス天狗。これをすぐに全国の親分衆に廻して欲しいんだ。じゃないと、カナちゃんたちが殺される……」

 「な、なりません いくらなんでもそれはできません!! 正式な『回状』は破門状と同じで絶対なんですぞ!!」

 

 リクオが廻してくれと寄越してきた『回状』は宣言書であった。

 

 奴良リクオが、奴良組三代目を終生継がぬことを宣言する宣言書。

 

 これを廻したら最後――リクオはもう二度と奴良組三代目の地位を継ぐことが出来なくなってしまう。

 

「わかってるよ!! でも二人を救うためにはやるしかないんだ!!」

「み、みそこないましたぞ、若――!!」

「話は聞いたぞ、リクオ。こっちに来なさい!」

 

 そこへ総大将ぬらりひょんも加わり、いよいよ本格的な口論になっていく。

 あくまで、カナたちを助けることを最優先にするリクオと、リクオに三代目を継がせたい妖怪たち。

 どこまでもいっても平行線にしかならない言い争い――

 そんな彼らの様子を――屋敷の外から窺っている者がいた。

 

「……ふん」

 

 陰陽師――土御門春明である。

 リクオの家に行ったきり、帰って来ないカナを心配して捜しに来た彼は、どうやらそこで、彼女がリクオの取り巻くなんらかの事情にまきこまれたことを悟る。

 

 ――ちっ、使えねえ野郎だ!

 

 心の中で毒づく春明。

 リクオのことを嫌ってはいた彼だが、リクオの持っているであろう『力』には多少期待もしていた。

 たった四分の一とはいえ、妖怪の総大将である『ぬらりひょん』の血を継いでいるのだ。

 ゆえに、己の非力さにうなだれるしかできないリクオの今の姿に、失望を隠せない。

 

「……しかたねぇ」

 

 誰にも聞こえないように一人呟く春明。

 

 カナを誘拐したという『窮鼠組』については、はぐれ妖怪の連中から聞いたことがあった。

 春明は常日頃から、散歩と称し浮世絵町の町をよく見回っているが、その際に悪行をしでかす妖怪たちを締め上げ、様々な情報を聞き出している。

 どこの組にも所属しないはぐれ妖怪にとって、誰がどこを支配しているかなどの情報は命綱である。

 組織の妖怪に目をつけられれば、始末されるかもしれないからだ。

 ゆえに彼らは常に新鮮な情報を仕入れ、己が身を守っている。

 

 ――たしか……一番街だったな。

 

 屋敷からは未だに言い争う声が聞こえきたが、すでに春明の意識はその会話の中にはなかった。

 最悪、奴良組の連中に自分の存在を感づかれる可能性もあったが、仕方ない。

 不甲斐ない三代目に変わり、カナを助けに行こうと重い腰を上げ、その場を立ち去ろうとする春明。

 

 刹那――ものすごい妖気を感じ、思わず振り返る。

 

「……なんだ?」

 

 屋敷の庭先。

 さっきまで、奴良リクオのいた場所に見知らぬ男が立っていた。

 後ろに伸びきった長い髪、鋭い眼光、その姿からはすさまじいほどの『畏』を感じた。

 

「貴方様は!?」

 

 奴良組の妖怪と思しき、猫耳の男が驚き叫ぶ。

 春明もその男と同じく、驚きを隠せないでいた。

 

 ――こいつまさか、奴良リクオか!?

 

 4年前に一度、奴良リクオが妖怪として覚醒したという話は春明の耳にも届いていたが、実際に見るのは初めてだ。本当に同一人物か、疑ってしまうほどの変貌ぶりに、その姿から目を離すことができない。

 

「夜明けまでの……ネズミ狩りだ」

 

 リクオは庭に集まっていた自身のしもべたちに静かに告げる。

 その姿に、さっきまでのひ弱な面影は微塵も感じられなかった。  

 

 

 

×

 

 

 

 何故こんなことになってしまったのか?

 

 花開院ゆらはそう自問しながら、己の無力さにこうべを垂れる。

 窮鼠たちに拉致されたゆらとカナは、大きなのケージの中に入れられていた。

 自分にもカナにも、特に目立った外傷がなかったことに安堵したのもつかの間、ケージの外から多くの妖怪たちがふたりを眺めている。

 

 獣特有の捕食者の目で。

 

 このままでは、遅かれ早かれやつらの餌食となってしまう。

 なんとかしてこの場を逃れたかったが、陰陽師の武器とも呼ぶべき式神を窮鼠に奪われてしまったため、今のゆらには彼らを倒すことも、自分たちの身を守ることもできない。

 

 無力感に打ちのめされるゆらに、窮鼠が薄笑いを浮かべながらゲージの中に入ってきた。

 

「近づかんといて……」

 

 ゆらはカナを背に庇いながら精一杯の虚勢を張る。

 しかし、窮鼠にそんな見栄は通じなかった。

 

「知っていますか……? 人間の血は夜明け前が一番どろっ~として、おいしいんですよ」

 

 身の毛もよだつ知識を披露しながら、ゆらたちに近づいてくる。

 

 ――式神さえあれば、こんな奴ら!

 

 そんな彼女の心情を知ってか知らずか、窮鼠は先ほどゆらから奪った式神の入った札を見せ付けるように取り出し――

 

「こんな紙切れが欲しいのかな? はむ……」

 

 そのまま、もしゃもしゃと喰ってしまった。

 

 ――……終わった。

 

 これでゆらに対抗する手段はなくなった。

 陰陽師として何もできずに終わってしまう。

 奴等のいいように弄ばれ――殺される。

 そんな絶望の未来に、固く目を閉じる。

 

 ――あかん、誰か……誰かたすけ……

 

 しかし、そのときだった。

 自分の服の袖を、ギュッと握り締める少女の体温を感じたのは。

 その感触に思わず振り返るゆらは、体を震わしながらも、恐怖に耐えるようにじっと目を固く閉じる家長カナの弱々しい姿を目撃する。

 閉じた彼女の瞼からは、涙が零れ落ちている。

 

 その涙をまじかで見た瞬間――腹の底からどうしようもない怒りがこみ上げてくる。

 

 目の前の妖怪たちへの怒りではない。

 この少女をみすみす敵の手に落としてしまった、自分自身への怒りだ。

 陰陽師である自分には、力を持たない彼女を守る義務があるのだ。

 それなのに、自分はその義務も果たせず、あまつさえどこにいるかもしれない誰かに、助けを求めようとしている。

 

 ――ふざけんなや!!

 

 心の中でひ弱な自分を殴り飛ばす。

 

 ――しっかりしろ 花開院ゆら!! あたしがこんなんでどうする!! 

 ――今この子を守ることができるの……。

 

 ――あたしだけなんやぞ!! 

 

 ゆらりと静かに立ち上がる。

 彼女の中で――何かが吹っ切れた瞬間だった。

 

 

 

 

 目の前の少女の雰囲気がガラリと変わったことに、窮鼠は怪訝な顔つきになる。

 

「……くなや」

「あ?」

「それ以上――近づくなや……」

 

 さっきまでとは違う。えらく落ち着いた口調に、おもわず呆気に取られる窮鼠だが、彼は自身の優位を疑わない。

 

「おいおい……言っただろ?」

 

 余裕の態度で、彼はゆらの肩に手を伸ばす。  

 

「式神を持たないお前は、ただの女だって――」

 

 刹那――ジュワッ!と窮鼠の腕に激痛が奔る。

 

「あつっ!?」

「窮鼠様!?」

 

 反射的に手を引っ込めるが、引っ込めた手の平を見ると――まるで熱された鉄板に、直に触れたように真っ黒な焦げ跡がくっきりと残っていた。

 

「このガキ!?」

 

 ナルシストととしての側面を持つ窮鼠は、自身の美貌を傷つけられた怒りに、手痛い反撃に激怒し、その爪を剥き出しに少女に報復をしようと彼女へと襲いかかる。

 

 だが――窮鼠の動きがピタリと止まる。

 

 少女の顔つきが、さっきまでとはまるで別人に様変わりしていた。

 憤怒の形相で自分たちを睨みつけ、その五体から異様な威圧感を放っている。

 窮鼠の中の、獣の本能が警告音を鳴らしている。

 まわりの部下たちもその雰囲気に呑まれたのか、ただただ息を呑んでいた。

 

「……ゆらちゃん?」

 

 不自然な沈黙に違和感を覚えたのか、後ろで震えていたカナが怯えながらも目を開ける。

 

「……よう聞け、ネズミどもが……」

 

 ゆらが口を開く。そのゾッとする声音に、その場にいた全員の背筋が凍る。  

 

「この子に、指一本でも触れてみいアンタら――絶対許さへんからな!」

「――っ!?」

 

 それは敵対するもの、全てに寒気を覚えさせるような、恐ろしく冷たい声だった。

 相手は式神を失った陰陽師。ただの人間。

 本来なら臆する必要など、微塵もない相手の筈。

 にもかかわらず、窮鼠たちは震えていた。

 自分たちがただのネズミだった頃、天敵である猫と相対してしまったときのように、目の前の少女に恐怖していた。

 窮鼠たちはそれ以上、少女たちに近づくことができず立ち尽くす。

 

 

 ドゴォーン!!

 

 

 突如――そんな恐ろしい静寂が打ち破り、『彼ら』はその場に乱入してきた。

 すさまじい轟音とともに、部屋の扉が壁ごと吹き飛ばされ、その衝撃にそのホール内にいた、全てのものが扉の方へと振り返る。

 

 そこには――魑魅魍魎の群れがいた。

 

 顔だけの化け物、巨大なムカデ、全身が赤く角の生えた鬼、首が宙に浮いている男、白い着物を着た少女。

 人の姿をしたものもちらほらといたが、大半が一目見て異形のものだとわかる風貌だった。

 

「窮鼠様、これは!?」

「お、おれも初めてみる。多分、これが……百鬼夜行!」

 

 ――百鬼夜行?

 

 窮鼠の口から出た単語に、ゆらが反応する。

 化物の行列――魑魅魍魎の主だけが率いることを許された妖怪たちの集合体。

 だとするならば、この中にいる筈だ、

 妖怪の主が、自分が倒すべき宿敵が――。

 

「なんだぁ!? テメー!!」

「本家の奴だな……」

「三代目はどーした!?」

 

 窮鼠の取り巻きの男たちが口々に叫ぶが、その叫びを聞いても妖怪たちは不気味なまでに整然としている。

 その不気味さに気圧されながらも、窮鼠が叫ぶ。

 

「いやそんなことより回状だ! 回状はどうした!? ちゃんと廻したんだろうなぁ!?」

「これのことか……」

 

 百鬼夜行の中心にいた男が、懐から何かを取り出す。

 

 長い髪に、鋭い眼光をした長身の男。ゆらはその姿に見覚えがあった。

 花開院家に伝わる妖の記録『花開院秘録』で見たことがある。

 

 妖怪の総大将『ぬらりひょん』。

 

 世間一般的に、ぬらりひょんの姿は頭が長い小柄の老人として伝わっているようだが、本来は違う。

 今目の前にいるこの男の容姿こそ、ぬらりひょん本来の姿なのである。

  

 男は取り出したその紙切れ、『回状』とやらを何の躊躇いもなく破り捨てる。

 

「なにしやがる!?」

「てめぇ!!」

 

 男の行動に窮鼠の部下たちが憤る。

 だが、その憤りが――すぐに焦燥へと変わる。

 自分たちの後ろ、ゆらとカナが入れられてゲージのさらに後ろから、巨大な何かが落ちてきた。

 着地音のした場所に――鉄紺色(てっこんじき)の衣を纏った大男が立っていた。 

 

「離れて!」

 

 頭がわらづつの小さな妖怪が少女たちを下がらせると、その大男が彼女たちの入れられていたケージを力ずくで引きちぎる。

 

「急げ!」

 

 大男が少女たちに叫ぶ。ここから逃げろということだろう。

 

「くっ――!」

 

 妖怪に助けられるなど、陰陽師にとって最大限の屈辱である。

 ましてや、相手は妖怪の主。

 奴を倒すためにわざわざこの浮世絵町まで来たというのに、それをみすみす見逃すなど。

 

 しかし、そこまで考えたところで、ゆらはカナに目を向ける。

 彼女の視線も妖怪の主へと向けられていたが、未だに体は震えて、怯えているようだった。

 

 ――今はこの子を、安全な場所まで避難させるのが最優先や!

 

 そう判断したゆらは、震えるカナの手を引っ張り先導する。

 

「家長さん 早く!!」

「う、うん……」

 

 ゆらに手を引かれながらも、カナは最後まで妖怪の主に視線を向けていた。

 

 

 その視線にどのような想いが込められていたのかを、今のゆらには知る由もなかった。

 

 

×

 

 

 

「はぁはぁ! ここまでくれば……」

「くそっ、本家の奴らめ!」

 

 人気のない、真っ暗な路地裏。

 奴良組との抗争から、命からがら逃げ出してきたネズミたちが毒づく。

 すでに彼らに正体を隠していられる余裕はなく、妖怪としてのありのままの姿で地べたに這いつくばっていた。

 

 窮鼠組と奴良組の戦力差は圧倒的で、決着はあっというまだった。

 ほとんどの仲間が奴良組の妖怪たちにあっけなくやられてしまい、頭の窮鼠も奴良リクオの手によって闇に葬られた。

 だが、彼らの今の心中に、仲間の死を悼む気持ちなどない。

  

「窮鼠の野郎……あっけなくやられちまいやがった!」

 

 それどころか、自分たちのボスだった男の不甲斐なさに腹立てていた。

 元が獣の妖怪だったものたちにとっては、力こそが絶対だ。

 弱肉強食の世界――彼らが窮鼠に従っていたのも、ネズミたちの中で一番強い力を持っていたからに過ぎない。

 無残に敗北し、死んでいったものに対しての情など、彼らは欠片も持ち合わせていなかった。

 

「これからどうする?」

 

 ネズミの一匹が今後の身の振り方を問う。

 

「とりあえず、ほとぼりが冷めるまで大人しくするしかねぇよ……」

「けど、このままじゃあ収まりがつかねえぜ!」

 

 自らの欲望のままに生きてきた彼らにとって、今回の出来事は我慢ならない。

 仲間の仇を取りたいわけではなく、やられっぱなしのままでは腹の虫も収まらないのだ。

 かといって、真っ向から奴良組に喧嘩を売って勝てないことは身に染みた。

 どうにかして、一杯食わせられないかと思考を巡らせる。

 

 やがて、良い案を思いついたのか。ネズミの一匹が下卑た笑みとともに口を開く。

 

「じゃあ、さっきの人質の女。もう一回攫っちまおうぜ!」

「え~? 攫うつったって、お前……」

 

 仲間の出した提案に、仲間はどこか不安がちに答える。

 実際に、彼女たちを誘拐した結果として今の自分たちの現状がある。

 くわえて、二人の少女の内の一人は、かなり手練れの陰陽師だった。

 自分たちだけでは逆に返り討ちに遭うのが落ちだろう。   

 

 しかし、そんな仲間の不安など分かっているといわんばかりに、言い出しっぺのネズミは続ける。 

 

「勿論、攫うのは茶髪の女の方だけだ。それに、今度は人質なんて回りくどいことする必要はねえ。そのまま連れてこの町を出ればいい。その後は……ふふふ」

「それ、いいな!」

「だろ? ぐふふ!」

 

 その提案が決して自分を危険にさらすものではないと判断したのか、仲間につられたように鼻を伸ばしてニヤケる。

 すでに彼らの頭の中は、無抵抗の少女をどのように可愛がってやろうかという考えで夢中になっていた。

 

 

「なら――死ぬしかねえな手前らは……」

 

 

 言葉は唐突だった。

 なんの前触れも無く、ネズミたちの耳に届けられた『死の宣告』。

 ネズミたちがその言葉の主を探り当てるよりも前に――『死』が、彼らの体に絡みつく。

 

「うぉっ! な、なんだこりゃ!?」

「う、動けねぇ!!」

 

 それは木の根だった。

 コンクリートでできた地面から、突き破るようにして生えてきた木の根が、ネズミたちの体を締め付け、縛り上げる。

 

「く、くそ!!」

 

 ネズミの一匹が身動きとれぬ中、必死に周囲に視線を巡らせる。

 

 するとそこには、一人の少年が立っていた。

 今日攫ってきた少女たちと同年代と思しき、人間の雄。

 その頭部に――狐の顔を形どったお面を被っており、その仮面の下の素顔を知ることはできない。

 だが――これから死ぬネズミたちにとって、少年の正体などどうでもよいことだ。

 

「じゃあな……」

 

 少年はまるでタクトを振る指揮者のように手を振り上げ、ネズミたちに向かって別れの言葉を突きつける。

 そこには何の感情も込められてはいない。

 まるでゴミを掃除するかのような、無感動な声で――少年はそのまま、ぐっと握り拳を作る。

 

「ひぃっ! い、いやだぁああああああ!!」

 

 そんな彼の動作に呼応するかのように、ネズミたちを縛り上げる木の根に一層の力がこもり、

 次の瞬間――木々は、容赦なくネズミたちの体をバラバラに引き裂いた。

 

 

 

「まっ……こんなもんだろ」

 

 カナを攫った妖怪たちに落とし前をつけ、少年――土御門春明はお面を外す。

 

 彼はずっと奴良組の後をこっそりとつけ、窮鼠たちのアジトへとひっそりと乗り込んだ。

 そして、カナたちが無事に脱出するのを見届けた後、もう用は済んだとばかりに、その場を後にしていた。

 だが、逃げ出した妖気――残党の気配を悟り、その後をつけてきたのだ。

 一応、何か有用な情報を持っていないかを確認して始末するつもりだったが――彼らがカナを誘拐するなどと口走ったため、一足先に地獄へ落ちてもらうことにして、自身の陰陽術を行使した。

 肉片となったネズミの体を冷徹な瞳で見下ろしながら、踏みつぶす。

 

『なんだよ、春明? やけにご機嫌ナナメじゃないか。大丈夫かよ?』

「黙っとけ、面霊気(めんれいき)。――ふん、少し眠くてイライラしてるだけだ」

 

 すると、そんな春明のご立腹な様子に、狐面――面霊気が声をかける。

 長年、彼の相棒を務める()()は春明の不機嫌さに敏感に気づいていた。

 しかし、その気遣いを突っぱね、春明は何事もなかったようにその場から歩き出す。

 

「まったく――今日は疲れたぜ……早く帰って寝ようか……ふぁあ~」

『そだな……カナの奴も、じきに帰ってくんだろ』

 

 首をコきりと鳴らしながら、生あくび。

 つい先ほど、妖怪とはいえ命を奪ったとは思えないほど軽々しい態度で。

 

 彼は、春明と面霊気は夜の闇の中へと消えていった。

 

 




補足説明

 猫耳の男こと――良太猫。
  窮鼠組にシマを乗っ取られた。『化猫組』の当主。
  アニメ版だと、「子分共の仇!」と漢を見せてくれる彼ですが。
  原作だと「あの街を救って下せぇ」とリクオ任せ。
  うん……やっぱり作者は、初期の流れはアニメ版の方が好きですね。

 今回のゆらの活躍
  原作ではへたれた印象が強くなってしまう窮鼠のお話。
  こちらでは少しばかり、意地を見せてもらおうと彼女に頑張って貰いました。
  この先も、カナ以外のヒロインたちにもいくつか見せ場を作っていきたいです。

 狐面――面霊気
  こちらは完全にオリジナルキャラですが、一応『鳥山石燕』にも登場する妖怪。
  今後もオリジナルキャラはできるだけ、実際に伝承のある妖怪たちを採用していきたいと考えています。
  


 


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第六幕 お見舞いに行こう!

ちょっと長めですが、これで投稿します。
結構難産だった……。



 浮世絵中学校の屋上――家長カナと花開院ゆら、二人の少女の姿がそこにあった。

 

 すでに時刻は夕方。授業も終わり、多くの生徒たちが忙しなく動き回る中、二人の少女は特に何をするでもなく、心地よい風に髪をなびかせ、そこから見渡せる景色を漠然と眺めていた。

 

「………家長さん、ごめんな」

「えっ?」

 

 不意に、ゆらが謝罪の言葉を口にする。

 ゆらは心底申し訳ないといった表情で、カナに向かって頭を下げた。

 

「怖い思いさせてしもうて、私に、もっと力があればよかったんやけど……」

「ううん、ゆらちゃんのせいじゃないよ! 気にしないで」

 

 昨日の自分たちを狙った、ネズミ妖怪たちの襲撃。

 ゆらはカナを守りきることができず、みすみす敵の罠に掛かってしまった自分の不甲斐なさが許せない様子だった。

 まるで、この世の終わりだといわんばかりに、今日一日、ずっとこんな調子で落ち込んでいる。

 そんな気落ちするゆらを励まそうと、カナは必死に言葉をかける。

 

「本当、気にしないで……もとはといえば、私が変に取り乱しちゃったせいで………ごめんね、ゆらちゃん」

「そんなことない!! 私がもっと周りを見てれば、あんなことには!」

 

 カナは自分が足を引っ張ったと主張するも、その意見を否定し自身の観察力不足を指摘するゆら。

 お互いがお互いに、自分を卑下して相手を庇う。

 そんな空気にますます気まずくなり、うつむく二人の少女。

 

 話題を変えたほうがいいと感じたカナは、自分が気になっていた『彼』の話を振ることにした。

 

「それに………妖怪は確かに怖かったけど、あの人は……わたしたちを、助けてくれたんだよね?」

「………」

 

 あの人、百鬼夜行を率いて、自分たちを助けに来てくれた『彼』。

 カナは四年前にも一度、彼に助けてもらったことがあった。

 その四年ぶりの再会に、カナの胸の内を何とも表現し難い、暖かいものが満たしていく。

 

「怖くない妖怪だっているのかもしれないね、ゆらちゃん?」

 

 陰陽師であるゆらにこんなこと言うのはどうかしてるとカナは思ったが、彼女にも分かって欲しかった。

 昨晩のネズミのように、人を襲う悪い妖怪だけではない。『彼』やリクオのように、人に危害をくわえるだけではない、良い妖怪もたくさんいるということをゆらにも知ってほしかった。

 

「…………」

 

 しかし、ゆらはカナの言葉を肯定も否定もしない。

 黙り込み、何かを決意するように式神の入った札を凝視していた。

 

「あっ! こんな所にいた!!」

 

 そこへ、聞き覚えのある声が響き渡り、二人が振り向く。

 屋上の入り口に、友達の巻と鳥居が立っていた。

 カナとゆらを呼んだ鳥居に続いて、巻がどこかめんどくさげに彼女たちに用件を伝えにきた。

 

「清継くんが呼んでるよ!! 清十字怪奇探偵団の会議だってさ!!」

 

 

 

×

 

 

 

「――皆、集まったようだな!」

 

 いつものように、清継がどこか偉そうに話しを切り出してきた。

 

 彼は教室に集まった清十字団のメンバー全員を見渡せるよう、教壇の上に立っていた。

 ご丁寧に、黒板にはデカデカと『清十字怪奇探偵団会儀』と書かれている。

 清十字団の団員たちも、各々がおもいおもいの場所に座っている。

 

 現在、この教室に団員以外の生徒は誰もいない。

 奴良リクオの護衛である雪女こと――及川つららもその中に混じっていた。

 

 人間たちの集まりなど、本来なら律儀に参加する必要などないのだが、この清十字怪奇探偵団は奴良組の若頭である自分の主――奴良リクオが所属しているクラブである。

 常に主に付き従うのが彼の護衛である自分の使命だと、つららは自身に言い聞かせ、この会合に顔を出していた。

 

「では、ビッグニュースを発表する!!」

「ビッグニュースって?」

「なになに?」

 

 清継の口から放たれたその言葉に興味が湧いたのか、皆が彼に注目する。

 つららもビッグニュースという単語に多少の期待と不安を膨らませ、清継の次の言葉を待った。

 皆の食いつきように満足したのか、さらに誇らしげに清継は言葉を綴っていく――だが、

 

「喜ぶがいい! 我が清十字怪奇探偵団は今週末に……おや?」

 

 何かに気づいたのか、途中で言葉を止める。

 不自然に言葉を切った清継に、眉をひそめる一同。

 

「団員が足りないようだが?」

「えっ?」

 

 そう言われて、初めてつららは集まった面々に目を向ける。

 

 自分のすぐ後ろの席に巻が座っていた。

 そして、そのすぐ側に鳥居とカナが寄り添うような形で立っている。

 教室の廊下側には島と、陰陽師のゆらもいる。

 

 ――はて?

 

 確かに妙だ。元々団員が少ない清十字団だが、これは少なすぎる気がする。

 というより――

 

 ――何か、大事な人を忘れているような気が………。

 

 そこまでつららが考えを巡らせていると、誰かが呟いた。

 

「奴良くんは?」

 

 静かに放たれたその言葉に、つららは一瞬呼吸が止まった。 

 

「若?」

 

 もう一度、教室内を見回す。

 巻がいて、鳥居がいて、カナがいて、島がいて、ゆらがいる。教壇には清継もいる。

 しかし、何度見直しても、主である奴良リクオの姿が見えない。

 トイレにでも行っているのか?、と現実逃避しかけたが、そこで今日一日の学校での出来事を思い出し、ハッとなる。

 

「はっ!? 朝から一度も、若の姿を見ていない!?」

 

 リクオだけではない。自分と同じ護衛である筈の倉田――青田坊の姿も見かけていない。

 

 ――何故!? ホワーイ!? サボり!?

 

 軽いパニック状態に陥りながらも、何とか意識を保とうと必死になるが――

  

「皆なにを言ってるの?」

 

 何故か寒そうに体を震わせている家長カナが、つららの疑問に答えるかのように口を開く。

 

「今朝、横谷先生が言ってたじゃない?」

 

 彼女に現実を突きつける。

 

「――今日、リクオくん風邪で休みだよ?」

 

 及川つららこと、雪女の思考が――今度こそ完全に停止した。

 

 

×

 

 

 

「情けねえのな、昼のおめーはよ。ちょっと気負いすぎて発熱か」

「鴆くんの方が病弱でしょ……」

 

 自分が寝ているすぐ隣に座り込む鴆にリクオは強がってみせたが、リクオ自身も自分の脆弱さに少し情けなさを感じていた。

 

 現在、リクオは布団の中で風邪と戦っていた。

 カナたちを窮鼠一派から助け出し、自宅に戻ってすぐ。彼は妖怪から人間へと戻り、そのまま力尽きたかのように倒れ込んだ。

 無事に目的を達成できた安心感と、馴れない出入りをした疲労感によるものだろうと鴆は診断する。

 そして、次にリクオが目を覚ましたとき、既に今日の正午が過ぎていたのだった。

 

 学校を休みたくなかったリクオだが、自分の今の体調が最悪であることは、誰よりも本人が自覚している。

 皆に風邪をうつす訳にもいかないので、こうして大人しく家で寝ていることにしたのだが……

 

 ――学校、行きたかったな……。

 

 未だに未練たらたらで、そんなことを考えるリクオ。

 

「………なぁ、本当に出入りに行ったことも覚えてねえのか?」

「それは………」

 

 すると、寝ているリクオに鴆が話を振ってきた。

 その質問に咄嗟に答えることができず、口ごもるリクオ。

 

 

 

 昨夜、リクオはかつてないほどに、自分の無力感に打ちひしがれていた。

 何もできない自分、なんの力を持たない自分。

 カナたちを救うために、このままネズミたちの要求を黙って呑むしかない。そう思っていた。

 だが――リクオの中の『彼』はそうは思わなかったらしい。

 

 

 ――体があつい!

 

『――本当は知っているはずだぜ』

 

 ――知らない、僕に力なんてない!

 

『――自分の本当の力を』

 

 ――僕は人間なんだ!!

 

『――もう、時間だよ……』

 

 

 その瞬間――リクオは『彼』になっていた。

 

 

 

 四年前のあの日のことも、昨晩のことも、皆には覚えていないで通していたが、本当は覚えている。

 

 ガゴゼも、蛇太夫も、窮鼠も――自分が殺したのだと。

 

 妖怪のときは、なんだか血が熱くなって我を忘れてしまうリクオだが、記憶はちゃんと残っていた。

 だが、その記憶を、リクオは未だに現実として受け入れられないでいる。

 そもそもあの日から、人間として生きるとリクオは誓ったのだ。

 立派な人間になれば、もう二度と友達からあんな白い目で見られることもなくなる。

 正直、今さら三代目だの妖怪として覚醒しろだの言われても、どうしていいか分からないし、困る。

 

 

 

「俺はな、夜のお前に三代目を継いで欲しいと思ってるんだ………」

「…………………」

 

 しかし、そんな悩めるリクオに対し、鴆は真剣な顔つきで自身の想いを打ち明ける。

 彼の真摯な願いに、リクオは生半可な答えを口にすることができないでいた。

 そのまま、気まずい空気が彼らの間に流れる。

 

「四時か………」

 

 鴆が時計を見て呟く。

 もうそんな時間。学校の授業も終わり、とっくに下校時間が過ぎた頃合いだろう。

 

「そろそろ会議だ。じゃあな、リクオ、また今度薬を――」

 

 鴆は立ちあがり、会議とやらに出席するために部屋から出て行こうとする。

 しかし、その直後――

 

「――若!!」

「ゴハっ!?」

 

 ドーン!! と、すさまじい勢いでリクオの部屋に駆けこんできたつららが、その進路上に立っていた鴆を突き飛ばす。

 鴆は床に突っ伏しながら血を吐いていたが、そちらを見向きもせずにつららは床に手を突き、こうべを垂れる。

 

 つららは泣きながら、リクオに全力で頭を下げていた。

 双眸からポタポタと零れ落ちる涙。雪女である彼女の涙は、瞬時に氷となって床に転がっていく。

 

「すいません、私としたことが! 側近なのに……若が学校にきてないのも知らず、普通に一日過ごしてしまいました!!」

 

 ――ああ………目覚めてから一度も姿を見かけないと思ってたけど、学校に行ってたのか。 

 

 と、リクオはつららが不在だった理由に納得する。

 

「この雪女! いかなる罰も………」

 

 つららは懺悔するように、リクオの手を握る。

 しかし、彼女は忘れている。

 自身が妖怪――雪女であることを、現在――リクオは風邪を引いて、発熱していることに――

 

 ジュウウ!! と、熱々の鉄板で目玉焼きを焼くような音がした。

 

「熱っ!! 熱っ!! 熱っ!!」

 

 リクオの手を瞬時に離すつらら。

 雪女である彼女に、今のリクオの体温はとても堪えるようだ。

 彼女は大慌てで、リクオの布団の横に置かれている氷水に、真っ赤かになった手をつけて冷やす。

 

「ふ~」

「つらら……大丈夫!?」

「だ、大丈夫です これくらい………」

「そう……ふふふ」

 

 いつもどおりのつららの様子に、リクオは頬を緩ませる。

 彼女が元気いっぱいにはしゃぎまわる姿は、先ほどまでリクオを包んでいた憂鬱を吹き飛ばしてくれるだけの力があった。

 元気が出たついでに、リクオは目覚めてからずっと気になっていた件について、つららから聞くことにした。 

 

「つらら、学校行ってきたんだよね? カナちゃんや花開院さん、どうだった?」

 

 あの後、無事に帰ることができたのか。リクオはそれがずっと気がかりだったのだ。

 

「えっ? ああ、大丈夫でしたよ。二人とも普通に登校してきましたから」

「そうか、よかった……」

 

 それを聞き、リクオは心の底から安堵する。

 熱を出すほど頑張って、助けた甲斐があったというものだ。

 

 しかし、楽観視してはいられない。

 結果として助かったものの、本来なら何の関係も無い彼女たちを自身の妖怪事情に巻き込んでしまったのだ。

 もう二度と友達を危険な目に合わせるわけにはいかない、と。

 リクオは布団の中で決意を新たに――。

 

「………よいしょっと、ここをこうしてっと!」

 

 決意を――

 

「………つらら、なにそれ?」

 

 リクオが決意を新たにしている隣で、つららが氷嚢(ひょうのう)を作っていた。

 しかし、ただの氷嚢ではない。

 その氷嚢の氷は、どう見てもリクオの頭よりもはるかにデカかった。

 自分の冷気で作ったのだろう。普通の冷蔵庫等では絶対に作れない大きさだ。

 

「これでいいですわ、わたしの特製の氷嚢ですから、すぐに熱も下がりますよ!」

 

 ズン!と、リクオの頭にその氷嚢を置く。

 

「じゃあ、薬を持ってきますから、ちょっと待っててくださいね!」

 

 そして、そのまま薬をとりに、つららはリクオの部屋を後にする。

 

 ――重っ!!

 

 氷の温度は自体は意外にも心地いい。

 だが重い、重すぎる。  

 バランスもかなり悪く、今にも額からずり落ちそうでヒヤヒヤする。

 

「つらら、氷がデカいよ! ちょっと溶かしてくれるかな?」

 

 とりあえず、もう少し小さいものでお願いしたいと、リクオは薬を取りに台所に行ったつららに聞こえるよう、今出せる精一杯の声を搾り出す。

 

「――えっ、つらら?」

 

 そんな彼の頼みに対して、返事が返ってきた。

 しかし、それはつららの声ではなかった。

 聞き覚えのある声にリクオは冷や汗をかきながら、そっと視線を向ける。

 

「カ、カナちゃん!?」

 

 予想外の来客に、リクオは戸惑いを見せる。

 

「家長さんだけじゃない、皆いるぞ!!」

「やっほー!」

「お邪魔します!」

 

 狼狽するリクオを、さらに畳み掛けるかのように清十字怪奇探偵団の面々が顔を見せる。

 清継に島、昨日は来なかった巻に鳥居、ゆらまで――全員がそろい踏みだ。

 

「ど、どうしたの、皆……」

「どうしたのじゃない、お見舞いにきたんだよ! 情けないぞ奴良くん! 風邪を引くのは、馬鹿な証拠だ!!」 

 

 困惑するリクオに向かって、当然だと言わんばかりの勢いで清継が答える。

 そんな彼の答えに、思わず目頭が熱くなるリクオ。

 皆がこうしてお見舞いに来てくれたことが嬉しくて、リクオは感動に心を震わせていた。

 

 そう、嬉しいは、嬉しいのだが……。

 

「じゃあ、私はここで……」

「ありがとうございます! お手伝いのお姉さん!!」

 

 ここまで皆を案内したお手伝いのお姉さん――妖怪・毛倡妓がそそくさとその場を立ち去り、その様子を、陰陽師ゆらが探るような目つきで見ていた。

 

 ここは妖怪の総本山『奴良組』。れっきとした妖怪屋敷。

 いたるところに奴良組の妖怪たちが潜んでいる。

 幸い、皆気配を消して隠れてくれているようだが、ゆら相手にどこまで隠しきれるか内心、気が気でないリクオ。

 ばれないでくれと、彼は心中で必死に祈りまくる。

 

「リクオくん、今誰かと間違えた?」

「な、なんのことかな!?」

「つららって言ったような……」

 

 カナがリクオの顔を覗き込みながら尋ねる。 

 さっきの、リクオがつららを呼ぶ声が聞こえていたのか。

 まずいと思ったリクオは、咄嗟に咳き込んで誤魔化しを入れる。

 

「大丈夫!? お薬飲んだ?」

「いいや、まだ……」

 

 リクオの咳き込むよう様子に、カナはすぐに心配そうに彼の具合を気遣う。

 そんな彼女の気遣いに、少しだけ罪悪感を覚えるリクオであったが、その罪悪感もすぐに焦りへと変わる。

 

「ちょっと待ってね。お薬もらってくるから。お台所……こっちだったよね?」

 

 そういって台所のある方へと歩いていくカナ。 

 

 ――やばい!

 

 彼女の心からの気遣いに、リクオの体中から汗が滝のように流れ、彼の心臓が今日一番の跳ね上がりを記録する。

 そっちにはさっきつららが――と内心で焦るリクオの期待を裏切ることなく。

 

 「おまたせ~、リクオさま………」

 

 カナが襖を開けようとした、まさにジャストタイミングで。つららとカナは鉢合わせで向かい合う形となった。

 

「及川さん?」

「い、家長………さん………」

 

 カナの存在を認識するや、つららの表情が固まる。

 一方、カナがどんな表情をしているのか、リクオの位置からでは見えない。だが、きっと驚いているであろうことが、手に取るように理解できる。

 

「あれ?」

「なんでここに!?」

 

 案の定、いきなりのつららの登場に、他の清十字団のメンバーが一様に驚いている。

 その中で何故か島が一番ショックを受けているのが、リクオの印象に残った。  

 

「あ、あのね、そのね………」

 

 リクオは、なんとか必死にこの場を取り繕う言葉を探すが、熱があるせいで上手く考えがまとまらない。

 つららも、彼らの突然の訪問にテンパっているらしく、体から冷気が漏れ出していた。

 

 余談だが、彼女は動揺したり、緊張したりすると、時よりこうして冷気を放出する癖がある。急激な気温の低下に、皆が体を縮こませる。

 本格的にどうしていいか分からず、リクオの頭が真っ白になりかけていた。

 

 だがそのとき、落ち着いた声音が彼の耳へと届けられる。

 

「そっか……及川さん、先にリクオくんのお見舞いに来てたんだね?」

 

 カナだった。

 彼女は特に驚いてた様子もなく、リクオたちに笑顔を向けていた。

 

「ははーん!! そういうことか!!」

 

 清継が納得したといった調子で、はやしたてる。

 

「お茶まで持ってきて、気がきく娘だ!!」

「そ、そうなんだよ。ほんの十分ほど皆より早く来てくれて!」

「そ、そうなんですよ! ほほほほほ……」

 

 リクオとつららは咄嗟に話を合わせ、その話に他の皆も納得してくれた様子だった。

 止まっていた時間が動き出したかのように、ワイワイと騒ぎ始める面々。

 どうにか誤魔化しきれたようで、学校にいるときのような、いつもの空気にようやく一息つくリクオであった。

 

「さあて!! 看病はさておき!! 清十字怪奇探偵団全員がそろったところで改めて週末の予定を発表する!!」

「週末って?」

「そうだ!! どうせ君たちヒマだろ。アクティブな僕と違って!!」

 

 そんな空気の中、清継がかなりのテンションで、清十字団の予定とやらを口にする。

 そのテンションから、団員はほぼ強制参加なのだろうと、リクオは諦め半分、嬉しさ半分で彼の話に耳を傾ける。

 週末まで、まだ三日ほど猶予がある。

 三日もあれば熱も引いて風邪も治るだろう。

 その予定とやらに、参加することはできるはずだと、改めて覚悟を決める。  

 

「ボクが以前からコンタクトを取っていた、『妖怪博士』に会いに行く!!」

「え!?」

「なにそれ!?」

「妖怪博士が素敵な旅館を用意してくれているぞ!! ――妖怪合宿だ!!」

 

 清継の声高らかな宣言。

 やはりというか、流石と言うべきか。

 彼らしいその合宿名に、リクオは静かに溜息を吐いていた。

 

 

 

×

 

 

 

「――お願い!! 合宿、行ってきてもいいでしょ?」

「ダメだ」

 

 家長カナのささやかな願いを、土御門春明が一蹴する。

 

 リクオのお見舞いから、既に三日が経過していた。

 清十字怪奇探偵団の合宿は明日、すぐ目前まで迫ってきている。

 カナはすでに荷物をまとめており、今すぐにでも出かけられる状態でスタンバイをしていた。

 後は明日になるのを待ちながら、ベッドに横になるだけで済む筈だったのだが――

 ここで一つ、重大な問題が浮上した。

 

 自身の保護者ともいえる春明から、まだ外泊の許可を貰えていなかったのだ。

 三日前から頼み込んではいるのだが、その間、一度として首を縦に振ってはくれなかった。 

 

「お願いします。どうか合宿に行かせてください」

「口調を改めても、ダメだ」

 

 さっきよりも少し丁寧な口調でお願いするも、断られる。

 

「………兄さん………お願い」

「シリアスぶっても、ダメだ」

 

 真剣な顔つき、深刻そうな声音を作って頼んでみるも、断られる。

 

「お願い! お・に・い・ち・ゃ・ん☆」

 

 ちょっとぶりっ子ぶってお願いしてみる。

 口調に合わして、声も少し高めにしてみた。

 

「気持ちの悪い声を出すな!!(怒)」

 

 軽く切れられた。彼の額に血管が浮かび上がっている。

 

「てめえ……この間、妖怪どもに拉致られたばかりだろうが。それで妖怪を探すための合宿とは……良いご身分だな」

「うっ!」

 

 彼の皮肉めいた言葉に、カナは思わず口を紡ぐ。

 そういわれると返す言葉も無いのだが、ふとここで疑問がよぎる。

 カナは春明に心配をかけまいと、先日のネズミの件については黙っていた。

 しかし、この口ぶりから察するに、とっくにご存知のようだ。

 いったい、どうやって知ったのだろうか。

 彼とはそれなりに長い付き合いではあるが、まだまだよく分からないことが多く油断ができない。

 

「そ、そんなに心配しなくても大丈夫だって………ゆらちゃんだっているし………まだ妖怪がいるって決まったわけじゃないし………」

 

 なんとか、彼からより良い返事を引き出そうと、慎重に言葉を選びながら説得を試みるカナ。

 

「ゆらだぁ? ああ………あの半端な陰陽師か。あの程度の連中からお前一人守れないなんざ。程度が知れるな」

 

 しかし、効果は薄く。同じ陰陽師として、ゆらの前回の失態に呆れているのか、辛辣な言葉を吐き捨てる。

 

「ゆらちゃんは悪くないよ、あれは私が!!」

「とにかく、ダメだ! 今回は家で大人しくしてろ」

 

 カナは咄嗟にゆらを庇ったが、春明は聞く耳を持たない。

 話は終わりだといわんばかりに、こちらに背を向けて寝っころがる。 

  

 春明の頑なな態度に完全にお手上げ状態になったカナ。彼女は合宿に行くことを半分諦めかけていた。

 すると、そんなカナの落ち込み具合を見て気の毒に思ったのか、意外なところから助け舟が来た。

 

『いいんじゃねえの。行かせてやっても?』

「面霊気……」

「コンちゃん……」

 

 春明とカナの他に、人がいない筈の室内で声が響く。

 声の主はこの部屋の壁にたてかけられていた、狐のお面――面霊気のものであった。

 

 ――面霊気。

 

 それが『彼女』の妖怪としての名前である。

 年月を経たお面が変化した『付憑神』の一種。

 

 ――器物百年を経て化して 精霊得て より 人の心を誑かす――

 

 打ち捨てられた器物が変化した妖怪。それが『付憑神』。

 付憑神の大半は、打ち捨てられた恨みから持ち主やその周りの人間に危害をくわえるものが多いという話だが、少なくとも『彼女』は違うようだ。

 春明の相棒として、カナにとってはより良い友人として、友好的な関係を築いている。 

 

 ちなみに――コンちゃんとは、カナが幼少時の頃につけた彼女のあだ名であり、中学生になった今でも、カナは面霊気のことをそう呼んでいた。

 

 春明は、相棒である筈の彼女からの予想外の意見に眉をひそめる。余計なことを言うなといわんばかりに、面霊気を睨みつけていた。

 しかし、そんな彼の視線にまったく堪えた様子もなく、面霊気は話を続けた。

 

『なんなら、あたしを連れて行けばいいさ! そうすりゃカナも、気兼ねなく『力』を使えるだろしな、てーか、あたしのこと、カナに預けるつもりだったんじゃねえのかよ、春明?』

「………そういえば、そうだったな」

  

 春明はおもむろに立ち上り、壁に立てかけていた面霊気を手に取り、そのままカナに投げ渡す。

 カナは反射的に手を伸ばして、面霊気を受け取った。

 

「い、いいの?」

「別に構わん。この町の妖怪ども相手なら、わざわざそいつを被って戦うまでもない」

 

 カナの疑問に、なんでもないといった調子で答える春明。

 

「だけどな、そいつをカナに預けるのと、合宿とやらを許すのとはまた別の問題だぞ」

 

 しかし、それとこれとは話は別だとばかりに、なおも口酸っぱく言う春明。

 

『いいじゃねーの? カナの言う通り、ゆらって陰陽師の小娘だっているし、あたしだっている。それに――』

 

 すると、そんな春明の言葉に、面霊気が己の意見を口にしていく。

 

『――奴良リクオのやつだっているしな』

 

 面霊気の発言に、顔をしかめる春明。妙な空気が、二人の間に漂い始める。

 そんな二人の奇妙な会話に違和感を覚えたのか、カナが口を開いていた。

 

「リクオくん? なに言ってるの?」

 

 純粋に、わからないといった気持ちで、彼女は首を傾げている。

 

「リクオくんに――戦うことなんてできるわけないじゃない?」

 

 奴良リクオは四分の一しか妖怪の血を引いていない。 

 同じ妖怪の血を引いている春明のように、陰陽術を身につけているわけでもない。

 彼に戦うことなんて、できるわけがない。

 カナは――何の疑いもなく、心の底からそう思っていた。

 

「おまえ………」

「なに?」

「………いや、なんでもない」

 

 カナの発言を聞いた春明が、一瞬呆けるように口を開けたが、すぐに手を顎に当てながら思案に耽った。

 一分ほどで考えがまとまったのか、苦々しいといった感じで溜息をつく。

 

「まあ、いいだろう」

 

 カナの表情がパーッと明るくなる。

 春明が折れた。ようやくもらえたGOサインに、飛び上がって喜びそうになるがカナであったが、

 

「ただし、なにがあったかはしっかり報告してもらうぞ、いいな!!」

「は、はい!!」

 

 恐喝するかのような彼の迫力に、直立不動の姿勢で答えてしまっていた。

 

 

 

×

 

 

 

「ふぅー……」

 

 春明から許可をもらったカナは、自分の部屋に戻ってから安堵の息をこぼした。

 実際のところ、春明から許可をもらえなくても行こうかと思っていたが、その場合、彼の陰陽術でどんな妨害工作を受けるかも分からない。

 しかし、その心配も杞憂で終わり、これで明日の合宿に何の問題もなく行けそうだ。 

「ありがとう、コンちゃん!」

 

 これも全て面霊気――コンちゃんが口添えしてくれたおかげだと、カナは礼を述べる。

  

『別にいいさ……あたしもその合宿とやらに興味あるしな。……あと、そのコンちゃんって呼び方は止めろって、前にも言っただろ!』

「ふふふ、そうだったね、コンちゃん」

『だから、やめろっていってるだろうが!!』

 

 ずっと抱えていた問題を解決できたことで余裕ができたのか、カナは面霊気との他愛のない会話を楽しむ。

 考えてみれば、彼女とこうして二人っきりで会話をするのは久しぶりだ。

 この機会に、彼女ともっとたくさん話そうと思った。

 

 しかし、その矢先――無機質な電話のベルが部屋に鳴り響く。

 

「ちょっと、待っててね」

 

 面霊気との会話を切り上げ、狐面である彼女をそっとベッドの脇に置く。

 電話の子機を手に取ると、ディスプレイの表示には『奴良リクオ』の名前が映し出されていた。

 

 ――リクオくん? なんの用だろう?

 

 合宿を控えた前日での幼馴染からの連絡に、少し驚きながらも電話に出る。  

 

「はい、もしもし?」

『カナちゃん……ちょっといい?』

「うんいいけど、なに?」

『明日からの合宿だけど……普通の女の子って何をもっていくものかな?』

「普通の女の子? なんで、リクオくんがそんなこと聞くの――」

 

 そこまで言いかけて、唐突に気付く。

 

 ――あっ! そっか、及川さんの………

 

 及川つらら。

 自分やリクオとは別のクラスだったが彼女も、清十字怪奇探偵団の団員である。

 しかし、彼女もまた、ただの人間ではない

 リクオの護衛として、中学校に通っているれっきとした妖怪だ。

 

 こんなことを聞いてきたのも、妖怪である彼女の荷物が不自然にならないようにとの配慮からだろう。

 正直、人間でも妖怪でも女の子が旅行に持っていくものなど大して変わらないと思ったが、いちよう答えるカナ。

 

「まあ、いいけど。着替えとか、ナイトクリームとか……」

『うん、うん、なるほど……』

 

 リクオはカナの言葉に、関心したかのように聞き入っている。

 彼のそんな様子に、何故だか気恥ずかしさを覚え、カナの頬がほんの少し紅潮する。

 

『――誰に電話しているんですか?』

 

 と、そんな話をしていると、リクオ以外の声が受話器の向こうから聞こえてきた。

 リクオの動揺が電話越しに伝わってくるが、カナはそれが及川つららの声だと、すぐにわかった。

 

 さっきの気恥ずかしさのお返しに、なんとなくからかってみたくなり、カナは人の悪い笑みを浮かべ、何も知らない風を装って『声』について言及してみることにした。

 

「リクオくん、今、及川さんの声しなかった?」

『ち、違うよ! 今のは……お母さん、お母さんだよ!』 

「ふーん……」

『ありがとう、じゃあ、明日ね!』

「あっ! ………もう」

 

 リクオが矢継ぎ早に電話を切った。

 彼の慌てた様子に、カナは少しだけ意地の悪いことをしたと、反省する。

 

 

 カナは、リクオが必死になって隠そうとしている彼自身の事情は全て知っていた。

 

 奴良リクオが人間ではないこと。

 彼が『半妖』――四分の一妖怪であること。

 妖怪の総大将ぬらりひょんの孫であること。

 妖怪任侠一家『奴良組』の跡継ぎであること。

 

 事実を打ち明けてしまおうかと考えたこともある。

 自分が彼の事情を知っていることを話してしまえば、どれだけ楽か。

 そうすれば及川や倉田のように、学校でリクオのフォローを堂々としてあげることもできるようになるだろう。

 

 だが――。

 

 そこまで考え、カナは一人首を振る。

 そのことを打ち明けるということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうなったとき、自分の事情をうまく伝えることができるかどうか、彼女には自信がなかった。

 

 また、下手に話してしまって今の関係が壊れてしまうのも怖い。

 自分一人が知らないふりさえしていればいいのだ。

 お互いが気楽でいられる、この状態を維持したいという願いもある。

 

 故にカナは……

 

 ――このままでいい、このままでいい。

 

 そう、自分に言い聞かせることにした。

 

 今のままでも、楽しい。

 今のままで、十分幸せだ。

 

 実際、今までそうやって上手くやってこれたのだ。

 これからもきっと大丈夫だろう。

 

 リクオとの思い出を振り返りながら、カナは何度でも自分に言い聞かせる。

 

 ――リクオと再会した転校初日。

 ――感動を共有した小学校での様々な行事。

 ――涙に濡れた卒業式。

 ――不安と期待に胸を躍らせた中学校の入学式。

 ――現在進行形で進む、彼と過ごす中学生活。

 

 ――そして、朝霧に浮かぶ『あの人』の顔

 

「………………………………あれ?」

 

 不意に、カナの思考が止まる。

 

 自分は確かに、リクオとの思い出を振り返っていた筈だ。

 それなのに何故だろうか?

 

 ――何故、自分を助けてくれた『彼』の顔が浮かぶのだろう?

 

「なんか………」

 

 カナ自身にもよく分からない。

 一瞬、リクオと『彼』の姿が重なって見えたような気がする。

 今まで感じたことのない感情の波が、彼女に襲いかかる。

 体中が熱くなる不思議な気持ちだった。

 

『………どうした カナ?』

「ひゃあ!?」

 

 そこで面霊気が話しかけてきて、驚く。

 自身の考えに夢中になるあまり、今は彼女が一緒だということを失念していた。

 

「な、なんでもないよ」

『???』

 

 とっさに作り笑いで誤魔化すカナ。

 

「あ! もうこんな時間だ。明日は早いからもう寝なくっちゃね!」

 

 時計を見て面霊気に聞こえるよう、わざとらしく呟いてみせる。

 

 現在の時刻は午後十時。

 いつもより少し早いが、明日に備えて早めに就寝してもいい頃合だろう。

 幸い、春明の部屋に行く前に、すでに風呂やら歯磨きやらを終わらせておいた。

 カナの体はいつでも寝れる体制に入っていた。

 

「それじゃあ、お休み コンちゃん!」

『? ああ お休み……』

 

 面霊気をテーブルの上に置きなおし、部屋の電気を消す。

 そのまま何も考えず、ベッドへと身をゆだねるカナ。

 

 もともと寝つきがよかったこともあり、すぐに睡魔が彼女を夢の世界へと誘っていった。

 

 




補足説明
 
 今作でのカナとつららの距離感
  現時点で、カナは原作のようにつららに嫉妬心を抱いてはいません。
  今作において、カナはリクオの事情をある程度知っているため、つららが彼の側にいることに特に不信感を抱いていないからです。
  逆につららに関しては原作と変わらず、カナに対して、露骨にリクオとの仲の良さをアピールすると思います。


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第七幕 妖怪ミステリーツアー

 ここ数日は休みが続きそうなので、早い段階で続きを書けそうな気がします。
(あくまで、連休ではないところが憎らしい)
 ストックは、一応四国編の半ば辺りまでです。それでは続きをどうぞ!


 ここは滋賀県、捻眼山(ねじれめやま)

 奴良組傘下――牛鬼(ぎゅうき)組の縄張りである。

 

 構成妖怪数は七十五匹と、大所帯な組員を多く抱きこむ奴良組の中でも、かなりの少数派ではある。

 だが、彼らは奴良組の中でも一際名の知れた『武闘派』で知られている。

 その実力は総大将である、ぬらりひょんも認めるほどだ。

 彼らの本拠地はこの捻眼山の頂上の屋敷にある。

 そこからこの山の中全体を管理しており、迷い込んだ人間やシマを無断に荒らしにきた妖怪たちを始末すべく襲いかかるのだ。

 

 そして、この牛鬼組組長である大妖怪――牛鬼は今宵、とある一大決心を伝えるため、部下たちを自身の部屋に呼び寄せていた。

 その呼びかけに応じ、彼の重鎮である牛鬼組の若頭――牛頭丸(ごずまる)。その若頭補佐を務める――馬頭丸(めずまる)。二人の側近が牛鬼の部屋へと訪れていた。

 

「お呼びでしょうか、牛鬼様?」

 

 畏まった様子で膝をつく二人の重鎮の内、牛頭丸が率先して今回呼び出した用件を問いかける。

 寡黙で慎重派の主は、決して口数が多いとはいえない。

 そんな主を煩わせぬようにと、自らが率先して彼の話に聞き耳を立てる。

 やがて――数秒の沈黙の後、牛鬼はその重苦しい口を開いた。

 

「――この山に奴良リクオを入れる」

「「――っ!!」」

 

 牛頭丸と馬頭丸。二人の間に緊張が走った。

 

「牛鬼様! それじゃあ!?」

「ついに奴を?」

 

 主の言葉の意味を瞬時に悟り、馬頭丸が声を上げ、牛頭丸も念を押すかのように言葉を重ねる。

  

 ――ついに、このときがやってきた。

 

 牛鬼はかねてより、奴良リクオの三代目就任を防ぐために裏で暗躍していた事実を、彼の側近である牛頭丸たちは知っていた。

 表向き、総会などではリクオに肯定的な意見を出しつつも、裏では破門されていた窮鼠を言葉巧みに操り、リクオの友人たちを襲わせ、彼に三代目を継がないように迫っていたのだ。

 まさに策士。力だけではなく、智謀を持って彼はこの牛鬼組の棟梁として君臨してきた。

 しかし、今回――牛鬼は奴良リクオに対し、あえて力尽くな手段をとることにした。

 

「――っ……」

「なんだ馬頭丸、お前震えているのか?」

「む、武者震いだ!」

 

 主の言葉の重要性に気がついてか、馬頭丸は手を震わせていた。

 それを指摘する牛頭丸も、その額に汗を流している。

 

 窮鼠の一件から、まだ一週間も経っていない。

 既に本家の方では、今回の一件に何者かが裏で糸を引いていることに勘付き、調査員を派遣していることだろう。今、下手に動きを見せれば、牛鬼が裏で暗躍していたことを嗅ぎ取られかねない危険な時期だ。

 本来であれば、もっと時間を置き、さらなる策を持って、リクオを追い詰めるべき局面の筈。

 しかし、牛の歩みと揶揄されるほどに思慮深い筈の主はそんなこともお構いなしに、奴良リクオをこの山に誘い込むと――彼の命を直接狙いにかかると宣言した。

 

「牛鬼様のなさること、この馬頭丸、異論はございません! 如何なることでも、ごめいじ下さい!」

 

 主の覚悟のほどを感じてか、馬頭丸は何一つ不満を述べることなく平伏する。

 

「うむ……牛頭丸、お前は?」

 

 その答えに満足げに頷きながら、牛鬼は次に若頭たる牛頭丸の言葉を待つ。

 牛頭丸は、僅かに思案を巡らせつつ、自身の考えを口にする。

 

「……本家に弓引くことは、仁義に反すること――」

 

 牛鬼組にとって、親である奴良組は絶対の筈。

 それに逆らうことは、妖怪仁義に反する道だと、牛頭丸は前置きを入れ――

 

「されど……牛鬼様の命令こそが、我らの『義』。交わした盃に誓って、必ずお役に立って見せましょう。それが、牛鬼様の出された結論であれば……」

 

 それでも、牛頭丸は牛鬼の命令を承諾する。

 本家への仁義よりも、牛鬼本人への忠誠心こそが、彼にとって優先すべきことだからだ。

 そのためならば、この命すらも惜しくはないと、牛頭丸は牛鬼へと恭順の意思を示した。

 

「うむ……そうだな。長い間考えて……出した結論だ」

 

 彼ら二人の忠誠心を受け取り、牛鬼は再度、何かを決意するように呟いていた。

 

 

 

 

「……済まんな。牛頭丸、馬頭丸」

 

 その後、実際に奴良リクオを誘い込む手段について話し合った後、さっそく罠を仕掛けにいった牛頭丸と馬頭丸。二人がいなくなった部屋の中で、牛鬼は部下に謝罪の言葉を口にしていた。

 

 今回の一件も、窮鼠の一件も、全ては自分自身の我儘から起こした謀反だ。

 そんな自身の事情を何も知らず、何も聞かず、黙って従ってくれる二人の忠実な配下に何も言えずにいることが牛鬼には心苦しかった。

 だが、そんな苦悩を抱えながらも、やめるわけにはいかない。

 全ては、自分が愛した奴良組のため――そのためにも、牛鬼は奴良リクオの器は見定める必要があった。

 

 ここは捻眼山――奴良組のシマの最西端。

 この地にいるからこそ、よくわかる。――このままでは、奴良組に未来がないことが。

 リクオの父である奴良鯉半が何者かに殺されて以降、奴良組の力は急速に弱まった。

 老いた総大将たるぬらりひょんが、二代目に代わり皆を纏めているが、それにも限界がある。

 

 いずれは外部勢力に喰われるか、内部の反抗勢力によって徐々に腐り落ちていくかの二つしかない。

 

 早急に立て直さねばならぬと、牛鬼は次なる奴良組の跡目候補、リクオの覚悟を迫ろうとしている。

 彼には才能がある。四年前、反旗を翻したガゴゼを斬り捨て、その夜の姿で『魑魅魍魎』の主になると宣言したという。

 その才能に牛鬼は奴良組の未来を見出した。

 しかし、今の昼のリクオは人間になると腑抜け、その意思を示そうとしない。

 

「リクオよ。私の愛した奴良組を潰すのであれば、お前とて容赦はしない……だが」

 

 もしも、リクオがそのままの腑抜けのままでいるのであれば、牛鬼は自分の全てを賭けて、奴良リクオを葬り去るだろう。

 だがもし、次なる牛鬼の捨て身の一手でリクオが妖怪として覚醒するのであれば、奴良組三代目を継ぐ意思を見せるのであれば――

 

「俺の屍を越えて見せるがいい……奴良リクオ」

 

 自身の命など惜しくはないと、牛鬼は決意を胸にしていた。

 

 

 

×

 

 

 

「なんだよ! ず~~~っと山じゃんか!!」

「足痛い!」

 

 巻と鳥居の二人が満身創痍といった様子で愚痴をこぼす。

 無論、彼女たちだけではない。

 清継を除く、清十字怪奇探偵団の全員が、この合宿に参加したことを早くも後悔し始めている。

 

 電車を何度か乗り継ぎ、ようやく到着した今回の合宿の目的地『梅楽園』。

 そこで彼らを待っていたのは、素敵な旅館でなければ、豪華な食事でもない。

 延々と続く険しい石段だった。

 彼れらはかれこれ、一時間以上もこの石段を登り続けている。

 

 清継が言うには、この山のどこかにあるという『梅若丸のほこら』で妖怪先生を名乗る人物と待ち合わせをしているという話だっだが、 

 

「うう~、本当にこんなところで待ち合わせなの?」

 

 巻がもうウンザリだとばかりに溜息を溢す。

 何故こんなところに来てまで、こんな苦労をしなければならないのかと、そんな彼女の心境が、お人好しのリクオにもヒシヒシと伝わってくる。

 

「人なんて……いなさそうです……」

 

 島が率直に疑問を口にする。

 確かに彼の言うことは的を得ており、山を登り始めてからまだ誰ともすれ違っていない。

 こんな人気のこないような場所に、果たして旅館などあるのだろうかと、誰もが疑問を抱き始めた頃だろう。

 

「ん? なんやろ……あれ?」

 

 不意に、陰陽師であるゆらの足が止まった。

 石段の横に広がる、霧深い森の中を彼女は指さしながら皆に言葉をかける。

 

「小さな祠に、お地蔵様が奉ってあるみたいやけど……」

「どこ?」

 

 彼女の指し示したその先に、清継たちも目を凝らす。だが、霧が深すぎる為か、よく見ることができない。

 

「遠くてよく見えへんけど、なんか書いてあるみたい、ちょっと見てきます!」

 

 祠の発見者たるゆらが、皆を代表して、もっと近くで確かめようと森に足を踏み入れようとした。

 きっと、他のメンバーを危険に晒さまいとする、彼女の心遣いからくるものだろう。

 その意気に応えようと、リクオはさらに目を凝らし祠に書かれていた字を読み上げる。

 

「『梅若丸』って、書いてあるよ」

 

 リクオは普段から眼鏡をかけているが、視力は決して悪い方ではない。

 寧ろ、妖怪としての血によるものか、人間などと比べようもなく目が良い。

 普通の人間であれば、絶対に見えないような場所の文字を正確に見抜くことができる。

 彼がダテ眼鏡をかけているのは、偏に優等生っぽく見えるからという理由からである。

 決して目立たないようにと、人間たちの輪に溶け込もうとする、彼なりの努力の現れであった。

 

 しかし、その常人離れした視力を無意識に披露したためか、リクオの発言につらら以外の全員が驚きで数秒ほど立ち止まっていた。

 だが、特に気にはならなかったようで、すぐにお地蔵さまに向って歩いていく一同。

 

「あっ、ほんまや!」

「梅若丸の祠! きっとここだ! やったぞゆらくん!!」  

 

 清継はしきりに感心しながら、発見者たるゆらの背中を褒め叩く。

 他の面子も、目的の場所へと無事たどり着けて気が抜けたのか、力尽きた様子でその場にへたり込んでいた。

 リクオもまた、妖怪に襲われることなく、待ち合わせの場所にこれたことに安堵しかけた――

 

「――意外と早く見つけたな、さすが清十字怪奇探偵団!!」

 

 だが、そんな一同に向かって、まったく聞き覚えない声が響き渡る。

 その声の主と思しき影が、霧の向こうから清十字団の元へとゆっくりと歩いてくる。

  

 ――まさか、妖怪!

 

 と、何人かのメンバーがその妖しい影の存在に、身構える。

 リクオが握る拳に力を込め、その彼を庇うように雪女のつららが前に出る。

 ゆらが財布から護符を取り出し、いつでも式神を開放できる状態で待機していた。

 しかし、霧の向こう側から顔を出した相手は――中年のおじさんだった。

 あからさまに怪しい、うそん臭げな男ではあったものの、見たところはただの人間にしか見えず、リクオたちは揃って警戒を緩める。

 

「なんだ? あのキタナイおっさんは?」

 

 島が思ったことを言葉にして出す。

 それはかなり失礼な発言ではあったが、何一つ否定できないおじさんの異様な風体。

 すると、清継が慌てた様子でその人物へと駆け寄った。

 

「あなたはっ!? 作家にして、妖怪研究家の化原(あだしばら)先生!」

「うん」

「「ええ!?」」

 

 感無量といった調子で清継が怪しい中年――化原先生とやらの手を取って握手を交わすも、一同は信じれれぬとばかりに声を張り上げる。

 妖怪博士――いったい、どのようなイメージを各々が抱いていたのだろう。

 皆が複雑な心境から生まれる、複雑怪奇な表情をする中、ゆらはその先生に向かって、ずっと気になっていたのだろう、その質問を投げかける。

 

「あの……梅若丸って何ですか?」

 

 その祠を祭っているであろう人物の名前。

 陰陽師である彼女も聞き覚えがないのか、専門家として知識を深めようと、先生に質問する。

    

「うむ、そいつはこの山の妖怪伝説の主人公だよ」

 

 彼女の問いに、化原先生語り始めた。

 妖怪――梅若丸のその伝説を――。

 

 

 

 

 梅若丸。

 千年ほど前にこの山に迷い込んだ、やんごとなき家の少年。

 生き別れた母を捜しに、東へと旅をする途中。

 この山に住まう妖怪に襲われた彼は、この地にあった一本杉の前で命を落とす。

 そして、母を救えぬ無念の心が、この山の霊瘴にあてられたか、梅若丸を悲しい存在へと変えてしまう。

 梅若丸は『鬼』となり、この山に迷い込むものどもを襲うようになったのである、と。

 

 

「その梅若丸の暴走を食い止めるために、この山にはいくつもの供養碑がある。そのうちの一つが、この『梅若丸の祠』だ。……どうかね? 素晴らしいだろ? 妖怪になっちょんだよ?」

 

 その梅若丸の祠周辺に腰を下ろし、化原先生の口から語られる伝説に清十字団の面々は静かに聞き入っていた。

 だが――

 

「ふむ……」

「よくある、妖怪伝説っぽいですね?」

「意外にありがちな昔話じゃんか!」

 

 よく聞くようなありがちな展開に、緊張の糸が切れたのか、軽口を叩き始める一行。

 話を聞く前よりも、どこか賑わいを見せる清十字団の面々に化原先生はにやついた表情で笑みを深める。

 

「あれ、信じてない? んじゃもう少し、見て廻ろうか」

 

 彼は一行を、さらに奥へと誘い込むように歩き出す。

 やれやれといった調子で、大半のメンバーが楽観的な空気の化原の後へと続いていく。

 

 しかし、一人だけ――その場から動かずにいるものがいた。

 家長カナである。

 彼女は深刻そうな顔で何かを考え込みながら、梅若丸の供養碑たる祠へとじっと目を向けていた。

 動かないカナに気づいたゆらが、彼女へと声をかける。

 

「家長さん、なにしてるん? はよ行かんと、遅いてかれるで」

「ご、ごめん、今行くよ!」

 

 しかし、ゆらに促された後も、暫くの間カナの足は止まっていた。

 

 

 

 

 化原先生の話を聞いていたカナは、複雑な気持ちになっていた

 

 皆は妖怪博士の話を、ありがちな展開だと笑い飛ばしていたが、カナにはそれができなかった。

 

 母親を――愛する人を救えぬ無念から、妖怪となってしまった梅若丸。

 彼はどんな人間だったのか。

 なにを想い、その身を妖怪と化したのか。

 今はいないかもしれない彼へと、思いを巡らせる彼女――。

 カナの脳裏には、ある映像が浮かび上がってきた。

 

 ――深い霧に蔽われた森の中。

 ――巨大な影に逃げ惑う人々。

 ――その影の爪で無残に切り裂かれる『父親』。

 ――血だらけでカナを抱きしめたまま息絶える『母親』。

 ――その光景を震えながら見ていることしかできなかった幼き『自分』。

 

 その『自分』の姿は、まさに妖怪伝説にある『梅若丸』そのもの。

 もし、もしほんの少しでも歯車が狂っていたのなら。

 自分もきっと、彼のようになっていたかもしれない――。

 

 彼と同じような――人を襲うような妖怪へと変わり果てていたかもしれないと。

 

「……ごめんね、梅若丸さん。今は……こんなものくらいしかなくて」

 

 カナは立ち去る間際、持参したおにぎりを一つ、祠へとお供えした。

 こんなものでも、供養の足しになるかどうか不安ではあったが、彼女は手を合わせ、梅若丸の魂へと祈りを捧げる。

 そして、数秒後。皆の後を急いで追うため、その祠を後にしていった。

 

 

 

×

 

 

 

 誰もいなくなった梅若丸の祠にて、一つの影が静かに降り立つ。

 

「よし……ここまでは順調だ。上手く連中を留まらせろよ、馬頭丸よ」

 

 牛鬼組若頭の牛頭丸だ。彼はリクオたちがさらに山の奥まで立ち入るうしろ姿を遠目から確認しながら、ここにはいない馬頭丸への期待を寄せる。

 

 あの化原という男は、リクオをこの梅楽園こと、捻眼山に誘い込むために用意した手駒だ。

 彼は現在、馬頭丸の糸繰術によって意のままに操られる、人形と化している。

 彼を通して、清継という、リクオの学友との繋がりを利用し、今回の妖怪合宿の場所にこの地を指定させた。

 馬鹿正直に知名度が高い捻眼山の名では警戒して寄ってこないと考え、別名として呼ばれている梅楽園の名で彼らを誘い込んだ次第だが、現時点で未だにリクオたちはここが牛鬼組の縄張りだと気づいていないようだ。

 その鈍さを有難く思いながらも、苛立ちを募らせる牛頭丸。

 

「ちっ、気づいてもいいものだがな……それでも貴様、奴良組の跡目かよ、虫唾が走るぜ!」

 

 初めて直に見る奴良リクオの姿に、牛頭丸は決していい印象を抱かなかった。

 ずっと遠目から観察していた自分の気配に気づく様子もなく、人間とワイワイ友達ごっこに浸る彼に、ふつふつと苛立ちがこみ上げてくる。

 

「貴様のような腑抜けを殺すために、牛鬼様は裏切り者の烙印を押されることになってしまうんだぞ! わかっているのか、あの甘ったれの坊ちゃんはっ!」

 

 本家が大事に抱え込んでいる奴良リクオに手を出したことがバレれば、牛鬼組はただでは済まない。

 最低でも破門――その後、彼らとの全面戦争へと突入するかもしれない可能性だってあるのだ。

 だが、どんな事態になろうとも、牛頭丸は最後まで牛鬼についていくつもりだ。

 たとえこの命に代えても、彼に仕え、お守りしてみせる。

 それこそ――彼の配下たる自分の存在意義だと改めて決意を新たにする。

 

「ん?」

 

 ふと、牛頭丸は先ほど、リクオの連れの女の一人が祠にお供えしていった供物に目を向ける。

 梅若丸に対して捧げられた供物の握り飯に。

 

 梅若丸――それは妖怪牛鬼の、人間であった頃の名前。

 かつての主が、人として生きてきた時代の記憶の残滓。

 

「……ふん、まあいい、一仕事済ます前に腹ごなしでも済ましておくか……」

 

 牛頭丸はそのおにぎりを手に取り、自分の口へと運んでいく。

 本来であればそれは主である、梅若丸――もとい牛鬼の為に捧げられた供物。彼が口にすべきもの。

 

 だが、人間のガキが作ったものなど、主の口に入れたくはなかったし、自分でも口にはしたくなかった。

 しかし、人々の畏敬を集める妖怪という種族にとって、お供え物一つとっても、それは自分たちの力を高める、『畏』として機能する。

 少しでもこの仕事を成功させる確立を上げるため、牛頭丸は敬意をもって捧げられたその品を、畏と共にその身に取りこんで行く。

 

「…………案外いけるな」

 

 不本意ではあったが、その握り飯はそこそこ旨かった。

 その味に暫し浸ること数秒、作戦の首尾を確認する為、牛頭丸は馬頭丸の元へと急ぎ駆け出していった。

 




補足説明

 ガゴゼ
  詳しい描写を書いてきませんでしたが、ガゴゼ討伐に関してはほぼ原作通りです。
  過去編も一応書く予定がありますので、その時に描写できれば幸いかと思います。

 牛鬼組
  牛鬼と牛頭丸、リクオとの戦闘描写。
  あくまでこの小説はカナちゃんを主軸に書きますので、詳しくはやりません。
  その代わりに、この章で彼らの心情などを書き記しておきました。
  原作では名シーンの一つですが、申し訳ありません。何卒ご容赦を……。
 


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第八幕 魔の山に仕組まれし罠

 
 お待たせしました。
 今回の話でタイトルにあるとおり、カナちゃんにはバトルヒロインとしての片鱗を見せてもらうことになります。
 ですが、その前に一つだけ注意点を。

 今作において、彼女自身の戦闘力は決して高く設定しておりません。
 あくまで、そこそこ戦える程度に留めております。
 徐々に強くなるようにプロットを組んでおりますが、最終的にもそこまで無双ができるようになるわけではありません。
 それでも良ければどうぞ、お楽しみください。


「「「ようこそ、当旅館へおいでくださいました!!」」」

 

 玄関から清十字団を出迎えた旅館の従業員の女性たちが、恭しく頭を下げる。

 三人の女性たちの声は不気味なほどにピッタリとハモっており、綺麗なのだが、どこか人間離れした雰囲気を漂わせていた。

 

「なに、世話になるよ」

「「お世話になります!」」 

 

 そんな彼女たちの雰囲気にも気づかず、やはりどこか偉そうな態度で応対する清継に、ずっと楽しみにしていた温泉旅館にテンションうなぎ登りの巻と鳥居。

 今の彼女たちからは、先ほどまでの怯えた様子など微塵も伝わってこなかった。

 

 

 

 三十分ほど前のことだ。

 

 化原先生の梅若丸伝説をよくある昔話だと笑い飛ばしていた一同だったが、彼がこの山、梅楽園改め――捻眼山に確かに妖怪が存在する証拠――もげた巨大な爪を見せつけてしまったことで、巻と鳥居は涙目になっていた。

 あんなにも禍々しい爪を持つ化け物がいる山になど、一秒だっていたくないとばかりに、彼女らは帰ることを提案。

 リクオも、その提案に乗る形で皆に帰るように促したのだが、清継の「暗くなって山をおりる方が危険!」「降りても、バスはもう出ていない!」という、至極もっともな意見に足を止めた。

 

 また、目と鼻の先にある『高級老舗旅館の暖かい温泉と、豪華な会席料理がただで味わえる』という誘惑に、皆の心が揺れる。

 それでも帰ったほうがいいと提案するリクオの不安を打ち消すかのように、化原先生が笑った。

 妖怪先生いわく、旅館には妖怪セキュリティが整っているから大丈夫だという話だ。

 

 ――妖怪相手にセキュリティ?

 

 と、その場の全員が疑問を持ったことだろう。だが続く清継の言葉に、皆の表情が一気に明るくなる。

 

「――何があったとしても、我が清十字団には陰陽少女! 花開院ゆらくんがいるじゃないか!!」

 

 結局、その言葉がとどめだった。

 清十字団一向の合宿続行が決定し、彼らは今日一日この旅館に泊まることを決めたのである。

 ちなみに、その旅館に化原先生の姿はない。

 旅館の場所を伝えたあと「役目は終わった」と言い残し、静かにその場を去っていった。

 

 

 

「来てよかっただろ、普通ならなかなか泊まれない高級旅館なんだぞ! 化原先生のコネがあったから取れたんだ!」

 

 従業員の一人に部屋まで案内されながら、まるで自分の手柄のように誇る清継。

 残り二人の従業員は玄関から一歩も動かず、遠ざかっていく彼らをじっと見つめていた。

 

「あの、温泉ってすぐに入れますか?」

 

 鳥居が歩きながら、従業員の女性に尋ねる。

 

「ええ、天然かけ流しの露天風呂は、いつでも入り放題ですえ!」

 

 従業員のその返答を聞くや否や、鳥居がカナの手を取り、駆け出していく。

 

「ヤッホー!!」

「温泉だ!!」 

 

 巻も、ゆらとつららの背を押しながら後に続く。

 温泉に向って一直線に直行する女性陣の姿を、男性陣が呆気にとられる様子で見つめていた。

 

 

 

×

 

 

 

『女湯』と書かれた暖簾をくぐりぬけた巻と鳥居は、速攻で衣服を脱ぎ捨て、温泉へと通じる扉を開いていた。

 

「うわー!!」

「渋い!!」

 

 目の前の露天風呂に、浮かれた調子で彼女たちは声を上げる。

 TVの旅番組などでしかお目にかかれないような光景に、理屈抜きで彼女たちのテンションが上がっていく。

 

「カナ遅いぞ!」

 

 少し遅れて、カナも露天風呂へと足を踏み入れる。

 

「及川さんとゆらは?」

「あれ……さっきまでいたんだけど?」

 

 口ではそう言いつつも、カナはつららが温泉に来れない理由をなんとなく察する。

 本人が気づいているかどうか知らないが、彼女からはときおり冷たい冷気のようなものが放出されることが間々あるのだ。そのため、カナはつららが雪女、あるいはそれに属する類の妖怪であると推測していた。

 温泉に浸かれば溶けてしまうであろうことは、容易に想像ができる。

 

「んー! 極楽極楽……」

「温泉、最高!」

「ゆらもつららも入ればいいのに、勿体ない!」

「ねえっ!」

 

 温泉に浸かりながら、いつものように仲良さげな会話をする巻と鳥居。

 温泉のマナーとして、ひととおり体を洗い終えた彼女たちは、露天風呂の居心地に一息ついていた。

 硫黄の匂いと湯気が立ち込める屋外の浴場は、想像していたよりずっと広く、他に客がいなかったことが彼女たちをさらに開放的な気分にさせている。

 カナもまた、温泉の気持ちよさに今日一日の疲れを癒していた。

 

 しかし――カナは注意深く辺りを見回す。

 

 ――……やはり妙だ。

 

 この山に入ってからというもの、彼女は常に違和感のようなものを感じていた。

 まるで、何者かに監視されているかのような、突き刺すような視線。

 最初は気のせい、あるいはリクオの護衛か何かの視線だと思っていた。

 しかし、リクオと離れた今でも、その視線を感じる。

 違和感の正体を探ろうと、静かに目を閉じ精神を集中させるが――

 

「――カナ? カナってば……」

「えっ?」

「どうしたの、アンタ?」

 

 巻と鳥居がじっと自分に視線を向けていることに気づいた。

 カナが感じた違和感に気づいた様子もない彼女たちは、不思議そうな顔でカナの顔を見つめてくる。

 自分たちが監視されているかもしれないなどと、二人に言うわけにもいかないカナ。

 暫く考え込んだ結果、彼女はおもむろに湯船から立ち上がった。

 

「ごめん……私、もう出るね!」

「早っ!」

「もっとゆっくりしてきなよ、ねえってば……」

 

 そのまま、そそくさと浴場を後にするカナを、二人の少女は少しだけ寂しそうな表情で見送った。

 

 どちらにせよ、こんなタオル一枚の状態では彼女たちを守ることはできない。

 カナは万が一に備え、脱衣所まで戻りに行った。

 

 複数の武器が入った、自身のバックを取りに―― 

 

 

 

 

 

 

 陰陽師であるゆらは、一人で旅館内を散策していた。

 すでに案内された女子部屋に荷物を置き、浴衣にも袖を通してある。

 勿論、懐に式神の入った護符を忍ばせておくことも忘れずに。 

 

 ――やっぱり、変やここ……。

 

 ゆらもまた、奇妙な違和感を感じていた。

 漠然とした――不安。

 明確に言葉で表現できないような、そんな違和感がゆらの全身を包み込んでいる。

 

 ――他の客も、いてへんみたいやし……。

 

 自分たち以外に客がいないことが、さらにゆらの不安を煽った。

 緊張した面持ちで、油断ない足取りで辺りを見渡していく中――不意に、人の気配を感じ、勢いよくそちらの方を振り返る。

 

「ゆらちゃん? こんなところで何してるの?」

「……なんや、家長さんか」

 

 目を向けた先にいたのがカナだったことに、ホッと胸を撫で下ろす。

 カナの格好は先ほどまでと同じ服装だったが、頬が上気しており、髪もかすかに濡れている。

 ゆらは一足早く先に、彼女たちが温泉に入っていたことをすっかり失念していた。

 

「ううん……なんでもあらへん。温泉はどやった?」

「うん、すごく気持ちよかったよ! ゆらちゃんは入らないの?」

 

 ゆらは、カナに心配をかけまいと、微笑みながらいつもの調子で会話をする。

 しかし、カナは気分が優れないのか、どこか浮かない表情をしていた。

 何か気がかりなことでもあるのか、それを問い質そうと、ゆらが口を開きかけた瞬間――

 

 押さえつけられていた黒い空気が、一気に解き放たれるかのように旅館内を駆け巡っていく。

 

「! ゆらちゃん、今のは?」

 

 カナも自分と同じものを感じたのか、不思議なほどに凜とした声でゆらを見つめてくる。

 陰陽師であるゆらは、駆け巡った黒い空気の正体を瞬時に察した。

 

 ――間違いない、妖気や!!

 

「――ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!」

「――うわぁぁぁあぁっ!」

 

 間髪いれずに、少女たちの悲鳴が廊下へと響き渡る。

 

「巻さん!? 鳥居さん!?」

 

 カナは悲鳴が、露天風呂の方から聞こえきたことから、それが誰のものかを理解したのか少女たちの名を叫ぶ。

 

「家長さんは、部屋にいて!」

 

 カナに向って手早く指示を出し、ゆらは急いで浴場まで駆け出していく。

 

 女湯に到着するや、ゆらは露天風呂へと続く扉を一気に開け放った。

 扉を開けた先、ゆらの目に飛び込んできたのは――巨大な妖怪たちが二人の少女を襲う光景だった。

 彼女は素早く懐から式神の入った護符を取り出し、妖怪たちめがけて解き放つ。

 

禄存(ろくそん)!」

 

 白い煙を立ち昇らせながら、エゾジカの式神『禄存』が顕現する。

 禄存は顕現すると同時に、巻と鳥居に襲いかかろうとしていた複数の妖怪たちをその角で突き飛ばす。

 

「「ゆらちゃん!!」」

 

 巻と鳥居が希望に満ちた声を響かせる。

 二人の少女は、裸にタオル一枚というあられもない姿で妖怪たちに襲われていた。

 そんなタイミングで襲撃してくる妖怪に、陰陽師としてではなく、一人の女子として憤慨するゆら。

 怒りを吐き出すかのように、彼女は叫んでいた。

 

「入浴中の女子襲うやなんて、ええ度胸やないの!!」

 

 

 

×

 

 

 

 ゆらは改めて、妖怪たちを観察する。

 人間を見上げるほどの巨体、牛や鬼を連想させるような顔つき、蜘蛛のような胴体。

 彼らのほとんどは一様に同じような姿をしていたが、その中に一体だけ、まったく異なる姿の異形がいた。

 

 その異形は少年だった。

 

 もっとも、彼をただの少年と呼ぶには、あきらかに不自然な点がある。

 

 一つ、少年は馬の骨を被っていたこと。

 二つ、少年は巨大な異形の頭の上に立っていたこと。

 

「怯むな、やっちまえ!!」

 

 三つ、少年は異形の上から他の妖怪たちへ命令を下していたこと。

 以上の三つから、ゆらは少年をこの妖怪たちの頭目と判断した。

 

「二人とも下がっとき!」

「う、うん……」

 

 巻と鳥居の二人を後方に下がらせ、目の前の敵に集中するゆら。

 

 数体の妖怪たちが、禄存めがけて一斉に飛びかかる。

 自分に組み付いてきた妖怪たちをものともせず、禄存は自らの角を振り回してそれらを払い飛ばす。

 ゆらは妖怪たちの注意を引くため、一歩前に躍り出る。

 その行動に気づいた少年は、他の異形たちをけしかけ、ゆらに向かって突撃させる。

 応戦しようと攻撃用の護符を取り出し、投げかけようとした。まさに、その刹那だった――

 

 ヒュン――と短く、鋭い風切り音がゆらの耳に聞こえてきた。

 

 彼女と異形の間を割って入るかのように、槍が一本、地面に突き刺さったのだ。

 

「え……?」

 

 どこからともなく降ってきた槍に、ゆらと妖怪たちの交戦が強制的に中断される。

 そんな、彼女たちの困惑をよそに、『それ』はその場にふわりと舞い降りてきた。

 

 真っ直ぐ大地に突き刺さったその槍の上に――その少女が。

 

 突然、空から舞い降りてきた少女に、その場にいた全ての存在が戸惑いの表情を浮かべる。

 彼女は神社に勤める女性たちが着ているような、巫女装束の格好をしていた。

 白い髪を風になびかせたその姿は、どこか儚げで、神秘的な雰囲気をかもしだしていた。

 

 ――いったい何者や、新手の妖怪か?

 

 その少女が自分たちの敵なのか味方なのか。ゆらは値踏みするかのようにその少女を注視する。

 だが、少女の表情を読み取ることができない。

 彼女の顔にはお面が――狐の顔を模した狐面が被せられていたからだ。

 ゆらがどう対処しようかと、判断に迷っていると――

 

「なんだお前、どこの組のもんだ? ここは牛鬼組の縄張りだぞ! あのお札が見えないのか!」

 

 馬の骨を被った少年が、とあるものを指差しながら叫ぶ。

 少年が指し示したものは、旅館のいたるところに張られていた妖怪除けのお札――妖怪セキュリティだ。

 

 こちらに向けて牛がお尻を振っているその絵は、どうみても子供の落書きにしか見えないのだが、そのお札は妖怪にとっては大きな意味を持つ。

 少年の張ったそのお札は、そこが妖怪・牛鬼の縄張りだということを示す、他の妖怪を近づかせないためのマーキング。他の妖怪を除けるための――妖怪のためのセキュリティだったのだ。

 しかし、そんなことは人間であるゆらや、その謎の狐面の少女には与り知らぬことであり。  

 

「……今すぐ、この場から立ち去りなさい」

 

 少女は、まるで子供をあやすかのような口調で静かに告げていた。

 

「な、なんだと、ふざけやがって!」

 

 その言葉を聞き、少年が怒りをあらわにする。

  

「行け、うしおに軍団!! 根来(ねごろ)宇和島(うわじま)、こいつもついでにやっちまえ!!」

 

 声高らかに叫びながら、近くにいた妖怪たちに指令を送り、その指示に妖怪たちが狐面の少女に襲いかかる。

 そんな妖怪たちを迎撃するためか少女は懐に手を伸ばし、『なにか』を取り出していた。

 

 

 

 

 

 

 骨を被った少年――馬頭丸は心中でかなり焦っていた。

 妖怪・牛鬼の腹心の部下である彼は、同じく腹心の部下である牛頭丸とともに奴良リクオ暗殺の命令を受けていた。牛頭丸がリクオとその側近を始末している間に、それ以外の人間たちを片付けるのが彼の役割だったのだが、

 

 ――牛頭丸のやつ! 何が「三代目がいない方が楽だ」だ! しっかり強ぇのがいるじゃねえか!!

 

 この場にいない相方に向って、毒づく馬頭丸。

 ただの雑魚だと思っていた人間たちの中に、式神を操る陰陽師がいたことに狼狽し、さらに畳み掛けるかのように、狐面の少女まで乱入してきたのだ。

 馬頭丸の胸中が、焦燥感でいっぱいになるのも無理はなかっただろう。

 

 ――と、とにかくさっさとこいつらを片付けて、牛頭丸よりも早く牛鬼様に勝利の報告をっ!

 

 馬頭丸は、自分の主に託された使命を全うすべく、必死に行動を再開した。

 まずは、無遠慮に乱入してきた少女を片付けるべく、配下の妖怪――根来と宇和島をけしかける。

 すると、少女が懐から『なにか』を取り出した。

 

 ――……団扇(うちわ)

 

 鳥の羽でできたような団扇だった。

 少女は手に持った団扇を、妖怪たちめがけて無造作に扇いだ。

 

 瞬間――大気が震える。

 

 団扇から扇いで発生した風が、突風となって妖怪たちをまとめて吹き飛ばした。

 いや、妖怪たちだけではない。露天風呂のお湯や岩、森の木々など。前方の空間にある、ありとあらゆる全てのものをけし飛ばしたのだ。

 

「なっ!?」

 

 あまりのすさまじい風の威力に、馬頭丸は絶句し、狐面の少女の後方にいた人間たちも、呆気に取られた顔をしている。

 

「…………」

 

 そして、その団扇を扇いだ当の本人である狐面の少女。

 彼女は数秒間、何かに驚くように固まっていたが、すぐにその団扇を懐に戻し、地面に突き刺さっていた槍を引っこ抜き、近接戦闘の構えに移行した。

 

「くそ……なめやがって!!」

 

 馬頭丸はそんな彼女の行動を嘲りと判断した。

 そのまま団扇を扇ぎ続ければ、自分たちなど、簡単に蹴散らせるであろうに。

 そうはせずに武器を槍に持ち替えて応戦し始めた狐面の少女。

 お前たちなど、これで十分だと――そう、侮られた気分だ。

 

「お前ら、ビビってんじゃねぇぞ! 根来と宇和島の仇とったれ!」

 

 残りの妖怪たちをそのようにけしかけ、馬頭丸は再び攻撃を再開した。

 

 

×

 

 

 

 ゆらは狐面の少女が団扇らしきものを仕舞って。正直ホッとした。

 あんなものを何度も使われたら、自分たちの身の方が危ない。

 どういう意図で使わないのかは知らないが、こちらとしてはその方がありがたかった。

 

 狐面の少女が、向かってくる妖怪相手に、手に持った槍で応戦し始める。

 舞うような動きで攻撃をかわし、疾風のような槍捌きで技を繰り出す。

 しかし、少女の槍の攻撃では致命傷にはならないのか、妖怪たちはいまだ健在で、再びゆらたちにも襲いかかってきた。

 

「「きゃぁぁぁ!!」」

 

 狐面の少女と、ゆらの隙を突くように、妖怪たちの一部が巻と鳥居へと牙を剥く。

 ゆらは彼女たちを守るため、別の式神を出そうと護符を放とうとしたが、

 

「――ふっ!!」

「ぐおぉぉぉぉ!?」

 

 あの狐面の少女が、巻と鳥居の危機に駆けつけるかのように、槍を一閃。

 その一撃に怯む妖怪たちを尻目に、少女は巻たちに語りかけていた。

 

「大丈夫?」

「えっ………う、うん……」

「………」

 

 少女の問いに鳥居が静かにうなづき、巻が呆然とする。

 二人を庇い、助けたその行動にゆらが安堵の溜息を洩らす。

 

 ゆらの中で、すでに彼女に対する疑念がかなり薄まっていた。

 彼女自身もよく分からなかったが、狐面の少女は敵ではないという、不思議な直感が働いていたのだ。

 巻と鳥居をその少女に任せ、ゆらは目の前の敵に集中することにした。

 妖怪の頭目である少年へと狙いを定める。

 

「観念せよ 爆!!」

 

 攻撃用の護符を少年に放つ。だが、その一撃を空中に跳んでかわす少年。

 

「ええい、ちょこまかしよ――!?」

 

 ゆらが苛立ちながら叫び、さらなる追撃をすべく少年が逃げた中空へ目を向け――

 そこで、彼女は異変に気づいた。

 

 空が――空が渦巻いていた。

 今にも雷が落ちてきそうな不穏なオーラを、禍々しい雲が放っている。

 

「ふえ?」

 

 その異変に少年も気づいたようで、呆けたような声を洩ら――

 

 そんな少年の元へ、『それは』落ちてきた

 

 雷ではない。黒い三つの影が、雷の如き速度で、巨大な異形たちの頭上へと降り注いだのだ。

 すさまじい衝撃に、舞い上がる温泉の水しぶきでゆらの視界が奪われる。

 その視界が回復し、あたり一帯が静まり返った頃には、全てが終わっていた。

 巨大な妖怪たちは地に伏せ、少年も足場を失い温泉に落ちたらしく、その体をびしょびしょに濡らしていた。

 

「なにしやがる、てめぇら何者だ!!」

 

 影に向かって吼える少年。

 

「――小僧……自分が誰に口を聞いているのかわからんのか」

 

 影の一つが、静かに口を開く。

 ゆらはそこで、ようやく突如として降り注いだ影の姿を目の当たりにする。

 

 ――カラス?

 

 黒い羽毛に鋭いくちばし、人の姿をしているものの、その出で立ちは、まさに鳥でいうところのカラスそのものだった。

 そのカラス人間は一人ではない、三人いた。

 甲冑を着たもの、着物を羽織っているもの、どこか女性的な雰囲気のもの。

 それぞれがそれぞれの黒い翼を羽ばたかせ、頭上から少年を睨みつけていた。

 

「ワレら鴉天狗一族の名を、知らぬわけではあるまい」

「カ、カラス天狗! 本家のお目付け役がなんでここに?」

 

鴉天狗(からすてんぐ)

 陰陽師たちの間でも、かなり知名度の高い、天狗の一種である。

 古くからその存在が確認されているが、実際に目にするのはゆらも初めてだった。

 

 ゆらは、自らの敵になるかもしれない新手の妖怪たちを前にして、動けないでいた。

 自分や狐面の少女があれだけ手こずっていた敵を、ああもあっさり蹴散らしたカラス天狗の力に驚愕していたのだ。

 今の自分では、彼らに向っていっても返り討ちにあう可能性が高い。

 とりあえず、何が起こっても対応できるようにと、油断なく身構える。

 

「陰陽師、ここは一時休戦だ。身内が世話をかけたな」

「え?」

 

 しかし、カラス天狗たちは骨を被った少年となんらかのやり取りをした後、ゆらに向かってそのような提案をしてきた。

 思いもよらぬその提案に、呆気にとられるゆらであったが、そんな彼女を尻目に、カラスたちは別の人物へと目を向ける。

 

「貴様は何者だ? 牛鬼組のものではなさそうだが……」

 

 狐面の少女へと、その場にいた全員の視線が向けられる。

 カラス天狗たちからは若干険しい警戒の色が、巻や鳥居からは恐怖よりも色濃い戸惑いの色のこもった視線が、それぞれ向けられる。

 

「………」

 

 それらの視線に晒された少女は、一瞬だけゆらたちに目を向けたように見えたが、お面のせいではっきりとはわからない。

 彼女はその場で背を向けると、高々と飛び上がり、そのまま夜の闇へと消えていってしまった。

 

「待て!?」

「放っておけ! それより今は……」

 

 着物を着たカラスが少女を追おうとしたが、甲冑をまとったカラスがそれを制した。

 どうやら三人の中のリーダーは、真ん中の甲冑を着たカラスのようだ。

 リーダー格の男は、少女が消えた闇から少年へと視線を戻す。

 

「うおい……やめろ、やめてくれ~……おろしてくれ!」

 

 骨を被った少年はいつの間にか足を縛られ、逆さづりの状態にされたまま、カラスたちが黒い翼を羽ばたかせる。

 

「聞けないね! 窮鼠事件のこと、若の居場所。洗いざらい吐いてもらうまではね」

「いくぜ、兄貴」

「ああ……」

「ちょ、ちょいまち!?」

 

 ゆらは慌てて静止の声を上げるが、彼女の言葉は届かず、カラスたちは自分たちの会話に夢中になっていた。

 そのまま少年を連れ、カラスたちもまた夜の闇へと飛び去っていってしまう。

 

「うおおーい! 助けろ陰陽師~~。こいつら、退治してくれ!」

 

 少年がゆらに向ってなにかを叫んでいたが、彼女の耳にその言葉は入ってこなかった。

 

 

 全ての異形の者たちが消え去り、露天風呂内に静かの平穏が戻ってくる。

 

「なんだったの、いったい?」

「と、とにかく……助かったん、だよね?」

「よ、よね?」

 

 巻と鳥居がお互いの顔を見合わせ、自分たちが助かったという事実を確認しあい、生還できた喜びに抱き合う。

 ゆらは、しばらくの間、カラスたちが飛び去った方角を見ていたが、すぐに視線を狐面の少女が消えた闇へと向ける。

 

「あの子は、いったい?」

 

 その問いに答えられるものなど、その場には誰一人いなかった。

 

 

 

×

 

 

  

 捩眼山の夜の空を、優雅に飛び回る狐面の少女。

 彼女は周囲に誰もいないことを確認した後、近くの森の中へと着地する。

 

『カナ、もういいぞ……誰も見ちゃいない』

「……うん」

 

 狐面の――面霊気の言葉に安堵し、少女はその場で仮面を脱いだ。

 その瞬間、神秘的な雰囲気を漂わせていた白髪が茶髪へと変色し、少女――家長カナはいつもの彼女へと戻っていた。

 

 カナは旅館の廊下でゆらと別れてすぐ、部屋には戻らず、旅館の外へと飛び出していた。

 そして、自身の荷物から数枚の護符と面霊気、羽団扇(はうちわ)を取り出し、急ぎ露天風呂へと飛んでいったのである。

 

「ふぅ……」

 

 カナは一息つきながら、着ていた巫女装束と、手に持っていた槍へと念を込める。

 次の瞬間、装束と槍は光を帯びながら、だたの護符へと戻っていた。

 

 この二つの装備は、春明が陰陽術で作った式神の一種であり、カナの意思一つで自由に出し入れできるようになっている、彼女の戦装束だった。

 彼女はその護符を、ズボンのポケットにねじ込み、羽団扇を私服の懐へとしまい込む。

 この羽団扇は式神ではなく、とある妖怪からカナが譲り受けた品物であり、今回の合宿のため、危険を承知で持ち込んできた代物だ。

 

 というのも、この『天狗の羽団扇』――カナには未だに繊細なコントロールができない、文字通り、手に余る代物なのである。

 この羽団扇の本来の持ち主は、風の大小、威力のコントロールなど上手く加減していたが、カナにはまだ、そのような微細な調整ができない。だからこそ、一度牽制の意味合いで使ってすぐに懐に仕舞い、普通の槍で戦うことを選択したのだ。

 そして、面霊気ことコンちゃん。これは言うまでもなく、カナの正体を隠すために必要な相棒だ。

 その彼女へ一緒に来てくれた礼を述べながら、そのまま懐に仕舞い込み、森を抜けるべく歩いていくカナ。

 

「ちょっと……遠くまで来すぎたかな……」

 

 彼女が着地した場所から、旅館まで大分距離があった。

 あのカラスたちが後をつけてこないかを、確認してから降りる必要があったためだ。 

 

 ――それにしても……。

 

 と、カナは歩きながら考える。

 先ほどの戦闘――結局、自分の加勢が必要だったかどうか疑問が残った。

 ゆら一人でも、なんとか凌ぎきることができたかもしれないし、最後には奴良組の妖怪であろう、カラス天狗たちの手により、事態は終息した。

 そのカラス天狗たちも、自分のことなど眼中にないのか、追ってくる気配すらない。

 

「ほんと、私なにやってんだろ……」

 

 自分の未熟さに、溜息をこぼすカナ。

 そんな風に考え事をしながら歩いている間に、森を抜けたらしく、彼女の前にはどこまで続く長い石段が広がっていた。

 この石段を下りて行けば、旅館へと戻ることができるだろう。

 彼女は何事もなかったように皆に合流するべく、ゆっくりとその石段を下り始める。

 

「――?」

 

 だが不意に、カナの足が止める。

 最初に感じたのは――光だった。

 辺り一帯が、わずかだが明るくなったように感じたのだ。

 気のせいかと思ったが、その考えを打ち消すかのように、それはカナの視界の中に飛び込んできた。

 

「………人魂?」

 

 石段の上の方から、青い炎が揺らめきながら、宙を浮いていた。

 しかも二つ――その人魂が、少しづつだが、確実にこちらの方に近づいてくる。

 

 石段の上からこちらへと歩み寄ってくる、人影を照らしながら。

 

 カナはその現状を前に、恐怖よりも警戒心を持って身構えた。

 

 ――来る!!

 

 ポケットに忍ばしてある護符に手を伸ばし、いつでも武器として取り出せる体制を整える。

 そして、人影は近づいてくる。その姿が鮮明に見えるところまで――

 

「…………――えっ?」

 

 その人物を視界に入れた瞬間、カナの口から戸惑いと驚きが入り混じった声が漏れる。

 

「貴方っ、あのときの!?」

   

 後ろに伸びきった長い髪、鋭い眼光、着物を見事に着こなした長身の男。

 見間違える筈がない。

 彼女が小学生のときに一度、そして先日の窮鼠と呼ばれていたネズミ妖怪に攫われたときにも、自分たちを助けてくれた『彼』。

 

 その『彼』が、今こうして自分の目と鼻の先にいる。

 

 ――なんで……ここに?

 

 突然の出会いに混乱するカナ。 

『彼』は彼女の間近まで迫ると、そこで一度歩みを止めた。

 じっとカナを見つめてくるその眼差しを、彼女は戸惑いながらも静かに見つめ返す。

 時間が止まったかのように、二人の視線が交わる。

 

 先に時を進めたのは『彼』だった。

 さらに一歩、また一歩とカナへと近づいてくる。

 唐突な出会いに思考が追い付いてこないカナは、思わず後ずさり――

 

 ガクン、と足を踏み外した。

 

 「あっ――」

 

 カナの体が、後ろへと反れる。

 彼女のいる場所は階段だ。段差ごとの幅も決して広くない。足元へ目も向けず動いた結果として――当然のように階段を踏み外してしまった。

 

 ――落ちる……。

 

 混乱しながらも、どこか他人事のようにその事実に呆然となる。

 手を前に突き出しながら、落ちていことするカナ――

 

 その手を――『彼』が掴んだ

 

 ――え?

 

 落ちていこうとするカナの手を掴み、優しく彼女を助け起こす。

 掴まれた手を通じ、『彼』の体温が伝わってきた。

 

「気をつけな……新月の夜は人間には暗すぎる」

 

やんわりとした口調で注意を促す『彼』の言葉に、なんと反応すればよいか分からず、カナはただうなづくしかない。

 何とも気まずい、微妙な間が二人を包み込む。

  

「おっと!」

 

 カナの体がなんとか元の体勢に戻ったのを確認し、『彼』はその手をカナから離す。

 そこで初めてカナは気づく。『彼』の両手に、大切そうに抱えられている少女の存在に。

 自分を助け起こすために片手を使ってしまったせいで、その少女を危うく地につけてしまいそうになったのを『彼』は支え直した。

 

「えっ、及川さん? なんで……」

 

 その少女は皆と一緒にこの合宿に来ていた、及川つららだった。

 奴良リクオの護衛である筈の妖怪の少女が、気を失って『彼』に介抱されている。

 今頃は旅館でリクオとともにいると思っていた。何故、こんなところで『彼』に抱えられているのか、疑問を浮かべるカナ。

 

「ちょうどいい、こいつのことを頼めるか? 俺には行くところがある」

「え、ええ……」

 

 その疑問に答えることなく『彼』は一方的につららをカナに手渡す。

 そんな、いきなりの頼みに戸惑いながらも、カナは黙ってうなずくしかなかった。

 そして、彼女を手渡された際に、つららが何かを持っているのをカナは見つけた。

 彼女の持っていたもの、それは――メガネだった。 

 

「これ、リクオくんの……リクオくんは!?」

 

 そのメガネが誰のものかを理解した瞬間、カナの表情が凍り付く。

 まさか自分たちのようにこの山の妖怪に襲われたのかと、不安が彼女の胸の内を支配する。

 しかし、そんな彼女の心配をよそに、なんでもないことのように『彼』は言葉を綴った。

 

「奴なら心配いらねぇよ。それより、早く戻ったほうがいい……ふっ!」

 

 そういうや、その場を照らしていた二つの人魂を手元まで引き寄せ、『彼』は息を吹く。

 その息をうけた人魂が、カナたちの眼下の石段へと飛んでいった瞬間、石段の両脇に無数の人魂が等間隔に配置されていく。彼女たちの帰り道を、明るく照らすかのように。

  

「空が荒れてきやがったな……」

 

『彼』のその言葉に、カナも空を見上げる。

 つい先ほどまでとは打って変わり、空が荒れ始めてきた。

 今にも一雨降ってきそうな不穏な空気に、『彼』はカナへと優しい口調で語りかける。

 

「大丈夫だ、カナちゃん……怖けりゃ、目つぶってな」

「えっ? ど、どうして、私の名前……?」

 

 率直に疑問に思う。

 彼には何度か助けてもらったが、そのときにお互いに名前を名乗り合った記憶などない筈なのに。

 

「知ってるよ、昔からな……」

 

 カナの疑問に、『彼』は静かに答える。

 

 ――昔、から?

 

 それはどういう意味だろうと、カナは視線で『彼』に問いかける。

 しかし、その疑問に答えることなく『彼』もまた、静かにカナを見つめ返した。

 凜と真っ直ぐに向けられた瞳。その瞳は優しさに満ちていたが、少しだけ寂しさや悲しみが入り混じっていたようにカナには感じられた。

 再び時間が止まったかのように、二人の視線が重なり合う。

 

 またしても、先に時を進めたのは『彼』だった。

 カナに背を向け、一人石段を登っていく。

 

「あっ、待って!?」

 

 咄嗟に静止の声を上げるも、『彼』は立ち止まることなく、振り向くことなく闇の中を進んでいく。

 後を追いかけたい欲求に駆られたが、自分の胸の中にいるつららが落ちそうになるのを、慌てて支え直す。

 彼女を抱えたまま、追うことはできなかったし、置いていくことなど論外だった。

 カナは黙って『彼』を見送ることしかできなかった。

『彼』の姿が完全に見えなくなり、その場に静寂だけが残された。

 

 取り残されたカナは、自分の今の感情に戸惑っていた。

 

 ――どうして……なんで、こんな、懐かしい……っ。

 

 過去に助けられたから、というわけではない。

『彼』が自分へと向けた言葉、視線、息遣い。

 その全てが、彼女には懐かしい……というよりも、どこか馴染み深く、それでいて決して触れることのできない、どこか遠くにいるような哀愁の念を感じさせる。

 

 自分自身でも、どう表現していいか分からぬ気持ちに、カナはただ茫然が『彼』が消えていった闇へと手だけを伸ばす。

 そこから先の闇へと足を踏み入れることを、自分自身の体が拒むかのように――。

 

 

 

×

 

 

 

『………………』

 

 二人の会合に、カナの懐に仕舞われていた面霊気は一度も口を挟まなかった。

 下手に自分がしゃしゃり出ればカナの正体が露見してしまうかもしれないというのが一番の理由だったが、『彼』が立ち去った後も、彼女は何も話さない。

 

『彼』の言葉の意味、その事情もすべて知っていたが、それをカナに話す気にはなれなかった。

 

 彼女はただ静かに、己の胸中で祈る。

 

 

 

 できることなら二度と、あの姿で『彼』と彼女が出会うことがないように、と。 

 

 

 

 




補足説明

 鴉天狗たち――三羽鴉。
  甲冑――黒羽丸 「国際派のCROWな長男」
  着物――トサカ丸「親に似たワイルドな次男」
  女性――ささ美 「今夜はとり鍋、ヘルシーなささみ肉――なんで一人だけそんな名にした!!」 ※詳しくはコミックスカバー裏、六巻をお読みください。

 今作におけるカナちゃんの装備
  式神で作った槍――つららとの差別化を図るため、薙刀ではなく槍にしました。
  巫女装束――単純に可愛い、イメージがしやすいと思ってのこと。
  天狗の羽団扇――強力な武装。今のカナには手に余る代物。
  面霊気ことコンちゃん――正体を隠すため必須のアイテム。
 
  空を自由に飛行する彼女自身の能力について
   能力の名前は決まっていますが、今は非公開。
   今後の話で明かしていきたいと思います。


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第九幕 カナの誕生日 前編

 今まででの話の中で、一番長くなってしまったので、二つに分けます。
 それから、最初に一つだけ謝っておきます。

 今回の話は、原作でいうところのカナと夜リクオのデートという、原作でもカナちゃんが輝く数少ないエピソードの一つなのですが――

 今回、カナと夜リクオとはデートをしません。
 カナとリクオがデートをしません。

 大事なことなので二回言いました。
 今後の話の都合上、夜リクオとのデートの話は後の方に回させてもらいます。
 その関係で出番もハブられた人もいますが、何卒ご容赦下さい。
 ただ、今回の話は今作において、かなり重要な要素になっておりますので、どうか後編も含めて、最後までお楽しみください。
 


 ――この間の合宿は失敗だったな……。

 

 昼休み、浮世絵中学校の廊下を歩きながら、清継は自身の考えに没頭していた。

 

 合宿――。

 先週の週末、清十字怪奇探偵団は部活動の一環として、捩眼山への合宿を敢行した。

 最初は乗り気ではなかったメンバーたちも「素敵な旅館」という言葉に惹かれ、一気にその気になってくれていたようだ。

 

 無論、清継自身の目的は素敵な旅館に泊まることではない。

 この合宿は妖怪を知るための、妖怪修行を目的とした妖怪合宿だ。

 さらにいうのであれば、清継の真の目的――それは妖怪に捕まることでもあった。

 

 妖怪に捕まってもう一度『彼』に――『妖怪の主』に会う。

 

 もしも自分が妖怪に捕まれば、きっと『彼』は助けに来てくれる。

 かつて、清継を地獄から救い出してくれたときのように、きっとまた駆けつけてくれるだろう。

 大きな希望と、妙な信頼感から清継はそうであることを信じて疑わない。

 

 だからこそ、女子たちが露天風呂に夢中になっている隙を突き、彼はあの日、捩眼山の奥深くへと、夜の妖怪探索に向かったのだ。

 前もって調べておいた妖怪スポットを巡り、しらみつぶしに妖怪に出会うべく探索を続けた。

 

 ところが、だ。

 

 いくつかの名所を回ったが、一向に妖怪が出てくる気配はなかった。

 しかも探索途中からの記憶がなく、気が付けば、彼は旅館で寝ているという、不可解な状態で目を覚ました。

 その一方で、露天風呂に入浴していた女子たちの方が、妖怪に襲われたという話ではないか。

 女子たちは災難だったと嘆いていたが、何の成果も挙げられなかった清継からすれば、心底うらやましい話である。

 

 ――なんとかして、僕も妖怪に捕まらなければ。次は墓場にでも……。

 

 そうして、合宿の反省として、どこかズレた結論を出した清継。

 とりあえずその考えを一旦打ち切り、彼は別の考え事をして――その口元を歪ませる。

 

「ふふふ……」

 

 薄気味悪い笑い声を漏らす清継。

 本人は心の中だけで笑っているつもりだろうが、周囲には駄々洩れである。

 異常なテンションの清継に、すれ違う生徒たちが一様に彼から遠ざかっていくが、そんな周りの反応をまったく気にもせず、清継は自分の考えに夢中になっていた。

 

 そのとき、彼が思案していたのは、今日の放課後の清十字団の活動についてだった。

 部活動といっても、清継が仕入れてきた妖怪話を話すだけの活動なのだが――今日は違う。

 ある人物に対して、ちょっとしたサプライズを用意してある。

 そのサプライズに必要不可欠な品物が、今朝方、ちょうど清継の元に届いた。

 後は放課後になるのを待つだけ。今か今かと、そのときを待ちわびていた。 

 しかし、

 

「清継くん」

 

 自分を呼び止める声に、清継は振り返る。

 

「おや、家長くん。どうかしたかね?」

 

 彼を呼び止めたのは、清十字団の一員でもある家長カナだ。

 妖怪に対する理解が不真面目なメンバーが多い中でも、彼女は清継の話を真面目に聞いてくれる数少ないメンバーの一人(清継視点)。

 饒舌に語られる清継の説明に、いつも絶妙な質問を投げかけてくれる。

 しかし、いつもの彼女はどちらかというと、聞き上手で自分から清継に話しかけてくることは少ない。

 ましてやこんな廊下内で、わざわざ自分を呼び止めてまで声をかけるというのは、なかなか珍しい。

 いったい何の用だろうと、その場に立ち止まり、清継は彼女の次の言葉を待った。

 そして、カナは心底申し訳なさそうに、その口を開いた。

 

「今日の清十字団の活動のことなんだけど……」

 

 

 

×

 

 

 

「ハイ、そこ! 違う!! 式神の構えは、こうや、こう!!」

 

 浮世絵中学校の屋上。陰陽師――花開院ゆらの声が響き渡った。

 すでに時刻は放課後。未だに学校には大勢の生徒たちが残り、部活動や委員会など様々の活動に興じていた。 

 彼女たち、清十字怪奇探偵団もそんな青春に汗を流す、子供たちのグループ。

 ゆらは真剣な様子で、巻と鳥居――二人の少女に妖怪から身を守るための術『禹歩(うほ)』の指導を行っていた。

 

「なんで、私ら~……」

「こんなの習わなきゃならないのよぉお~……」

 

 ゆらの熱血指導に、二人はもうへとへとといった様子で、ぎこちなく体を動かしている。

 ゆらのお手本を見ればわかるように、その構えとやらは、お世辞にも可愛いモノでもかっこいいモノでもない。

 何とも微妙な、間の抜けた変なポーズ。そのポーズにゆらは絶対の自信を持っているようで、一切の迷いなく実演して見せているが、思春期真っ只中の彼女たちにとって、そのポーズを披露することは、極度の恥ずかしさを伴う行為であった。

 しかし、そんな友人たちへゆらは厳しい叱責を入れる。

 

「恥ずかしがったりしたらあかん! これは妖怪から身を守るための禹歩。その超初心者バージョンやで! これもあんたらのためや、また全裸で襲われてもえーん?」  

「「え~~」」

 

 そういわれると返す言葉がないのか、息を切らしながらも彼女たちは構えを取り続ける。 

 

 先日の合宿の一件。

 妖怪に襲われた際のことを思い出し、ゆらは彼女たちに護身術として禹歩を教えることにした。

 この清十字団がこれからも妖怪探しを続けるのであれば、覚えていて損はない。

 ただ逃げるのとは違う。禹歩は妖怪から身を守るための、未来への第一歩なのだから。

  

 よっぽど全裸で襲われるのが嫌なのか、先ほどより少しだけ、真面目に修行に取り組んでいる二人の様子をゆらは満足げに見届け、その場を振り返る。

 ゆらの振り返った先には、屋上の柵にもたれかかっている家長カナがいた。

 彼女はどこかそわそわした様子で、屋上の入り口へと視線を集中させていた。

 

 落ち着かない様子のカナにゆらは歩み寄り、その肩に手をかける。

 カナは、突然肩を掴まれたことに驚いたのか、キョトンとした顔でゆらを見つめ返す。

 

「さあ、家長さんもレッスンや!」

「え? あ、ちょ……」

 

 戸惑う彼女にかまわず、強引にその手を引っ張る。

 

「ホンマは、いの一番に受けてほしいのはあんたなんやで。あんたはよう、妖怪との縁があるみたいやからな」

 

 カナは合宿のときはなんとか襲われずに済んだが、窮鼠の一件がある。

 勿論、自分が一緒ならば今度こそ彼女を守り抜くと覚悟を決めていたが、一人のときを襲われては不味い。

 そのときのために、彼女にも禹歩をきちんとマスターしてもらいたかった。 

 

「ほら、真似しいや!」

「はぁ……」

 

 巻と鳥居の隣に立たせ、再びお手本を披露し、カナにも真似るように促す。

 だが、せっかくのゆらの指導も即座に中断されることとなる。

 

「――やぁ諸君、やってるね!!」

 

 無遠慮に声をかけながら団長の清継が屋上に顔を出した。

 彼はいつも持ち歩いている愛用のノートパソコン――の他に、何が入っているのかはわからないが、すこし大き目の紙袋を持っていた。

 

「ふふふ……青空の下。陰陽護身術の修行。なんとも素晴らしき、青春の一ページ! さあ、今日も新着妖怪体験談大会だ!!」

「「やれやれ」」

 

 相変わらずの清継のハイテンションぶりに、巻と鳥居が息を切らしながら溜息をついた。

 ゆらは清継の登場に、仕方なく禹歩の稽古を一時止め、彼の話を聞くことにした。

 彼の話を無視して稽古を続けても良かったのだが、清継の仕入れてくる妖怪話の知識は、プロであるゆらですら舌を巻くほどものであり、聞いておいて損はなかった。

 その場にいるメンバー全員が、清継の話を聞く体勢に移行する。

 

「おっと、その前に……」

 

 そこで、清継は何かを思い出したかのように、紙袋からある物を取り出す。

 

「なに、それ?」

 

 紙袋から出てきた、ピンクのリボンでラッピングされた白い箱に皆の視線が集まる。

 清継はその箱を、カナに向って差し出した。

 

「家長くん。今日は君の生まれた日じゃないか、誕生日おめでとう!」

 

 ――誕生日!

 

 その言葉にゆらは少し驚いたが、素直におめでとうの気持ちを込めて、微笑みながら拍手を送る。

 巻と鳥居も口々に「お~! おめでとう!」とカナを祝い、皆からの祝福にカナは照れたように顔を赤らめていた。

 

「あ、ありがとう。でも……」

 

 清継の差し出した白い箱に、彼女は少し躊躇いがちな視線を送る。

 そのプレゼントを受け取って良いか、判断に迷っている様子だった。

 

「マイファミリーへのプレゼントに遠慮なんかいらないよ! ガンガン受け取りたまえ!」

 

 彼女の遠慮がちな態度に、気にする様子もなく清継がプレゼントをさらに突き出してみせる。 

 

「じゃ、じゃあ……ありがとう、清継くん」

 

 清継の押しに負け、はにかんだ笑顔でプレゼントを受け取るカナ。

 

「なに? なに? なにが入ってるの?」

「この箱、ブランド物じゃない!?」

 

 巻と鳥居に促され、丁寧な手つきでカナはリボンを外し箱を空けていく。

 ゆらもその箱の中身が気になって、覗き込む。

 そして開かれ、明らかになる箱の中に――

 

 

 呪いの人形が入っていた。

 

 

 

「「「「………………………」」」」

 

 

 その場にいた、女子全員の時間が止まる。

 何かの見間違いかと思いこむことにして、ゆらはもう一度箱の中に入っていたプレゼントを確認する。

 しかし、なんど見返しても、カナの手に握られているそれは、のろいの人形以外の何物にも見えなかった。

 一瞬妖怪かと思ったが、幸い妖気はまったく感じられない。ただの人形のようだが。

 

「な、なにこれ……」

 

 プレゼントの貰い手であるカナが、代表して清継に問いかける。

 皆の凍りつくような空気にまったく堪えた様子もなく、清継は口を開いた。

 

「家長くんを妖怪化した人形だ! どうだい、超絶キュートだろ!!」

 

 輝くばかりのあふれん笑顔。自信満々に誇るその姿に、その場にいた全員が呆れる視線を送る。

 団員の誕生日を前もって調べ、誕生日プレゼントまで用意した気配り、心配りには感心したが、いかんせん美的センスがズレすぎている。

 妖怪好きなのは結構だが、こんなところにまで自分の趣味を反映させる必要もないだろうに。

 

 だが、そんな清継の趣味全開のプレゼントでも嬉しかったのか、カナは大事そうに呪いの人形――もといプレゼントを手に取り、微笑みを浮かべながら立ち上がる。

 

「ありがとう、清継くん。じゃあ、今日はこれで……」

「うむ、そうだったね。気をつけて帰りたまえ」

 

 そう言って、カナは屋上の出口へと歩き出していく。

 自身の話が始まってもいないのに帰ろうとするカナを、特に不振がることもなく清継は見送る。

 

「あれ もう帰んの?」

「話聞いてかないの?」 

 

 巻と鳥居が不思議がって問いかける。 

 

「今日は大切な用事があるそうだ」

 

 その問いに、何故か清継が答えていた。

 

「昼休みのときに報せに来てね。まあ、プレゼントだけは今日中に渡しておきたかったから、少しだけ時間をくれるように頼んでおいたのさ」

「ごめん、そういうことだから……また明日ね!」

 

 申し訳なさそうに手を振って、カナはその場を後にしていく。

 彼女が立ち去る姿を見送りながら、ゆらは嘆息していた。

 

 本来ならば、もう少し禹歩の指導を彼女に施したかったが、用事があるなら仕方ない。

 稽古はまたの機会にしっかりつけることを心に決め、ゆらはとりあえず、清継の妖怪話を聞くことにしてそちらに意識を集中させることにした。

 

 

 

×

 

 

 

 清十字怪奇探偵団と別れたカナは、すぐに教室まで荷物を取りに戻る。

 先ほど清継からもらった誕生日プレゼントをバッグの中にしまいこみ、そのまま教室を後にしていく。

 早歩きで廊下を渡り、昇降口まで急いだ彼女は、素早く靴を履き替え外へ出た。

 瞬間、気まぐれに吹いた風が彼女の髪を撫でていく。

 

 ――まだ、少し肌寒いかな?

 

 体で直接季節を感じ、感傷にふけるカナ。

 だが、すぐに我に返り、彼女は急いで校門まで駆け出していく。

 

 校舎から校門までの短い道筋には、帰宅を目的とする生徒たちが流れに身を任せるように歩いていた。

 そして、その生徒たちの流れに逆らうように、その少女は校門の前に立っていた。

 カナはその人物に向って大きく手を振りながら、彼女の名を叫ぶ。

 

「――凛子先輩!」

 

 カナのその声に、少女――凛子と呼ばれた女生徒が振り返える。

 ついでに周りの生徒たちも振り返り、声の発信元であるカナと送信元である『先輩』へと目を向ける。

 凛子先輩は、その視線に居心地の悪さを感じたのか少しだけ頬を赤らめたが、それでもめげずにカナに向って笑顔で小さく手を振り返した。

 

 

 白神凜子。

 浮世絵中学校の二年生で、カナの一つ上の先輩にあたる。

 長めに伸ばした髪が、顔の右半分を覆い隠しており、少し暗い印象与える。

 素行態度は至って真面目。特にこれといった問題を起こしたこともない、どこにでもいる一般的な中学生だ。

 

 表向きは。

 

 彼女はただの人間ではない。

 妖怪世界で俗に『半妖』と呼ばれる、人間と妖怪の中間にいる存在だ。

 彼女の曽祖父は強力な幸運を呼び込む力を持つ土地神『白蛇』であり、その血の影響で彼女の実家――白神家は先祖代々、商売人としての繁栄を手にしてきた。

 だがその血は、必ずしも幸せだけを呼び込むとは限らない。

 彼女の体の中には、八分の一しか妖怪の血は流れていないが、その血の影響か、彼女の体の各所に白い鱗が生えている。

 その鱗のせいで、人間からは常に奇異な視線を向けられ、また、鱗が生えている以外はただの人間と大して変わないため、妖怪たちからは何も出来ない半端者と罵られてきた。

 家族以外、人間からも妖怪からも受け入れられず、学校では常に孤立した存在として生活していた凛子。

 

 しかし、それも少し前までの話だ。

 とある妖怪に絡まれていたときに、彼女は家長カナと同級生の土御門春明に助けられた。

 それ以降、カナとは学校ですれ違うたびに気軽に挨拶を交わし、ときには昼食を共にすることもあるほど、親しい間柄になっていた。

 家族以外、初めての理解者の存在に凛呼の心が少しずつ軽くなっていった。

 ちなみに、同じクラスの春明とはあまり話しはしないが、それは彼自身の性格に問題があるだけで、凛子の方に落ち度はまったくない。

 

「お待たせして済みません、先輩!」

 

 凜子の元へ駆け寄りながら、少し遅れたことを謝罪するカナ。

 

「ううん、いいのよ」

 

 謝るカナに気にするなと、凜子が微笑む。

 

「それじゃあ、行きましょうか?」

「ええ、そうね」

 

 そして、二人の少女は帰宅する生徒たちの流れに乗って歩き始める。

 楽しげに会話を交わしながら、目的地へと真っすぐ向かっていくのであった。

 

 

 

×

 

 

 

「そうか……今日、カナちゃんの誕生日だったんだね」

 

 清十字団の集会に、少し遅れて顔を出した奴良リクオが呟く。

 すでに清継の妖怪話も終わり、一区切りついていた頃だ。

 

 彼が遅れてきた理由は、教室の掃除を手伝っていたため。

 例のごとく、本来ならそれは彼がやる必要のない作業だったが、いつものようにクラスメイトに雑用を押しつけられ、それをリクオは快く引き受けていた。

 既に、彼のパシられっぷりはクラスメイトだけには留まらず、校内全体に知れ渡っていたが、そのことを知らないリクオは、いつものように日常を謳歌していた。

 

 現在、屋上にいる清十字団のメンバーは5人だ。

 団長の清継に巻と鳥居、陰陽師のゆらと遅れてきたリクオの5人。

 リクオの側近である及川つららは、料理番としての役目があったため先に帰らせた。

 清継の子分的存在である島も、今日はサッカー部の方に顔を出しているためいない。

 

 予断だが島はサッカー部のエースであり、U-14日本代表に選ばれるほどの実力者である。

 そんな彼が何故この清十字団の一員となっているのか、密かな疑問ではある。

 

「大切な用事があるって、なんだろうね?」

「家族の人と誕生日会でもするんじゃないの?」

 

 巻と鳥居が思い出したかのよう口を開き、カナの用事を予想する。

 誕生日の日に早く帰るのだから、当然といえば当然の彼女たちの意見にリクオは納得しかける。

 しかし、そんな彼らの考えを否定するかのように、ゆらが言葉を発していた。

 

「家長さん……一人暮らしや言うてたけど?」

「えっ?」

「一人暮らし?」 

 

 巻と鳥居の二人が目を丸くして、驚きの声を上げる。

 声こそあげなかったものの、ゆらのその発言はリクオの心中に決して小さくない動揺をもたらした。

 

 ――カナちゃんが、一人暮らし? 初耳だ……。

 

 リクオは彼女の幼馴染だ。

 彼女とは幼稚園の頃からの付き合いだが、そんな話を彼女から聞かされたことはなかった。

 自分も特に聞かなかったため、知らなかったとしても別に不思議なことではなかったのだが、何故かリクオの胸の奥がチクリと痛んだ。

 だが、リクオが衝撃を受けて固まっている間も、女子たちはカナの話題を続けていた。

 

「一人暮らしか……なんかちょっと憧れちゃうな」

「そんないいもんでもあらへんで」

「でも、だったら用事っていったいなんだろうね?」

 

 頭の上に疑問符を浮かべる彼女たちの問いに、答える声が耳に届く。

 

「友達と二人で買い物と言っていたよ」

 

 視線も向けず、ノートパソコンをいじりながら軽い調子で答える清継のものだった。

 その答えに、先ほどより少し軽めの疑問符を少女たちは浮かべて話し合う。

 

「へぇ、買い物か……。友達って誰だろう? 下平さんかな。それとも――」

 

 自分たち以外でカナと仲のよさそうな同級生の名前を呟きながら、鳥居が思案にふける。

 

 そんなときだった――

 

「あああああああああああ!?」

『???』

 

 鳥居の呟きを隣で聞いていた巻が、突然目を見開いて大声を上げながら立ち上がった。

 鳥居もゆらもリクオも、ノートパソコンに夢中になっていた清継ですらも、その突然の叫び声に仰天する。

 

「ち、ちょっと、どうしたのよ巻。いきなりっ!!」

 

 その場にいる全員の気持ちを代弁するかのように、鳥居が問いかける。

 巻はかなり興奮しているのか、息を荒げて喋り始める。

 

「そうだよ、誕生日だよ、誕生日!!」

「………?」

「考えてみなよ! 誕生日に友達で二人っきりで買い物だよ!?」

 

 そこで少し息を整え、彼女は堂々と宣言する。   

 

 

「ズバリ――男だよ!!」

 

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 彼女のその言葉に沈黙する一同。

 

「えっと……どゆこと?」

 

 巻と親友である筈の鳥居が、どこか呆れるような目で静かに尋ねる。 

 

「誕生日の日に二人っきりで友達と買い物って、これはもう男とデートしかないっしょ!!」

「………」

「あー巻くん。それはさすがに極論では?」

 

 いつも珍妙な発言で皆を呆れさせる清継ですら、戸惑いの表情を見せる。

 

「そうだよ、巻さん! なんでそんなことになるのさ!」

 

 リクオも清継の意見に賛同するように、声を上げる。

 気のせいか、リクオの声は少し上擦っていた。

 そんなリクオの様子になにかを感じ取ったのか、巻は悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべ、リクオに語りかける。 

 

「なんだぁ~知らねぇのか、リクオ?」

「………?」

 

 巻が何を言いたいのか分からず首を傾げるリクオだが、そんな彼に向って、巻は自身が知っているありのままの事実を告げる。 

 

「カナって――結構モテるんだぞ」

「………ッ!?」

 

 彼女のその言葉は「カナが一人暮らし」をしていると知ったとき以上の衝撃を、リクオにもたらした。

 

「私見たんだよね……この間、カナが告られてるとこ…」

 

 リクオの動揺もお構いなしに巻は話を続け、その話に鳥居も乗ってきた。

 

「ああ、私も見たよそれ! 野球部の子でしょ? すごく真面目そうな……」

    

 彼女もカナが告白されている現場を見たことがあるようだ。

 しかし、鳥居の話を聞くと、少し間をおいて巻は言葉を返した。

 

「えっ、いや……私が見たのは、サッカー部のやつだったけど。ちょっとやんちゃっぽい……」

「……えっ?」

 

 告白相手の容姿が噛み合わないことに、一瞬顔を見合わせる二人の少女。

 そこへさらに、ゆらの方からも別の目撃談が寄せられる。

 

「それなら私も見たで。遠目やからよう分からんかったけど、上級生っぽい人と、楽しそうに話し込んでたわ」

 

「………」

「………」

「………」 

「………」

 

 自分たちの考えていた以上の、カナの複雑な恋愛模様に全員が押し黙った。

 

「三股!?」

 

 気まずい沈黙を破るように、大げさに巻が叫ぶ。

 

「ちょっ!? だから、なんでそんなことになるの!?」

 

 巻の叫びにも負けぬ勢いで、リクオも叫ぶ。すでにその声は悲鳴に近いものがあった。

 

「ごめん、ごめん。さすがに今のは冗談だけど……」

 

 そこで一呼吸置いて、巻はなおも話を続けていく。

 

「でも、それだけ男に言い寄られてんだから、彼氏の一人くらいいたって不思議はないんじゃねぇの?」

「確かに……」

 

 その結論に賛同するよう、鳥居までもが頷く。

 ゆらは何も言わなかったが、妙に真剣な顔つきで思案にふけっていた。

 

 ――カナちゃんに彼氏?

 

 最初に巻が男などと発言したときは、何を馬鹿なと思うことができた。

 しかし、自分の知らない彼女の恋愛事情を聞いてしまった後だと、あながちその考えも的外れではないと思えてしまう。リクオの胸中に、なんともいえない感情のうねりが渦巻く。

 冷静に考えれば、女友達と二人でただ買い物をしていてもなんら不思議はないのだが、今のリクオにそんな当たり前の答えにたどり着く余裕はない。  

 

「よし!!」

 

 皆が静まる中、まるでなにかを決意するかのように拳を握り締め、巻が立ち上がった。

 

「尾行しよう!!」

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 再三、その場が沈黙する。

 

「……なんで?」

 

 巻が作り出した沈黙を再び破ったのは、やはり鳥居だった。

 鳥居の問いに、巻は神妙な顔つきを作って答える。

 

「いや、ほらっ! カナってさ……しっかりしてるようで、時々抜けてるとこもあるからさ。変な男に騙されたりしたら大変だろ? だから、私たちで相手の男を見定めてやるんだよ!!」

 

 言葉だけ聞けば、純粋に友人を心配しているようにも聞こえるが、それだけではないことは彼女の顔を見れば明白である。

 神妙だが、笑みを堪えているような表情。巻の性格から考え、心配半々、好奇心半々といったところだろう。

 親友のそんな心情を読み取り、鳥居は溜息をこぼしたが、すぐに微笑んで彼女の提案に乗る。

 

「まあ、いっか。私も興味あるし」 

 

 すると、ゆらまでもが鳥居に続く。

 

「ほんなら、私も付き合うわ」

 

 二人の協力者を得た巻は、満足げにうなづいた。

 

「よし! じゃあ、さっそく行こう!!」

 

 カナを尾行しようと、その場を後に屋上から出て行こうとする三人の少女たち。

 

「ちょっ、ちょっと、待って――」

 

 彼女たちを止めようと、リクオが静止の声を上げようとする、

 

「――待ちたまえ 君たち!!」

 

 しかし、リクオの声を掻き消すような力強い声で、清継が少女たちを呼び止める。

 

「なんだよ、清継。妖怪の話はさっき聞いただろ? 続きはまた明日聞いてやるから、今日は――」

 

 巻が面倒くさそうな顔で清継を振り向くが、

 

「君たち、後をつけるといっても、彼女がどこにいるのか分かっているのかね」 

「………」

 

 清継の率直なその疑問に、少女たちはその場で立ち止まる。

 

 すでに日も暮れ始めている。

 どこにいるかわからない彼女を探すのに時間を費やせば、辺り一面が真っ暗になってしまう頃合いだろう。

 デート?も終わっている可能性が高いのだ。

 

「……ふっふっふ」 

 

 何も答えられないでいる彼女たちに、清継が不敵に笑った。 

 

「まさか、こんなに早くアレを使うことになるとは……」

 

 清継の発言の意図が分からずキョトンとする一同。 

 すると、清継は先ほどカナにあげた誕生日プレゼントが入っていた紙袋に手を伸ばした。

 

「さっきの誕生日プレゼントだけど、実はこういうのもあるんだ――」

 

 と、そういいながら彼が紙袋から取り出したのは――またしても呪いの人形だった。

 

「うわ、きも……」

 

 再び出てきた別バージョンの呪いの人形に、巻と鳥居が後ずさった。

 

「失敬な! ボクを妖怪化したキュートな人形だぞ!! ……まあ、見ているがいい」

 

 清継が心外だといわんばかりに叫ぶも、すぐに気を取り直し、自身の指でその人形をいじくり始めた。

 何をしているのかわからず、皆が不思議そうに彼に視線を集中させる。

 するとおもむろに、呪いの人形を自分の耳元へと近づけた。

 

「おい、清継。さっきからなにやって――」

 

 業を煮やした巻が問い詰めようとした、その瞬間――

 

『え~~と、なにこれ?』

「「「「………ッ!?」」」」

 

 呪いの人形から、戸惑うようなカナの声が聞こえてきた。

 その声に清継を除く全員が驚くと、一同に向かって清継がニヤリと口元を歪める。

 

「もしも~し、家長くん? 驚いたかね? ハッハッハ!」

 

 そして上機嫌に笑いながら、呪いの人形に向って話し始めた。

 

『清継くん? なんで!?』

「実はこの人形、携帯電話が埋め込まれてあってね。清十字団の通信機になっているんだよ」

  

 携帯電話。

 清継の口から発せられたその単語で、ようやく目の前の不可思議な現状を理解する一同。

 彼は今、呪いの人形に埋め込まれた携帯電話を通じ、カナと会話しているのだ。

 正直、何故そんなものにわざわざ埋め込んだのかという疑問がリクオの頭に浮かんだが、とりあえず何も言わず、スピーカーモードに切り替わった携帯から聞こえてくる、カナの声に耳を傾ける。

 

『……携帯って、これお金かかるんじゃないの?』

「ハッハッハ、安心したまえ! 通話料は無論、我が清十字家が持つ!」

 

 カナの当然の心配に、清継は豪快に笑って答える。

 

 ――相変わらず、ズレたところで太っ腹だな……。

 

 彼の言葉に、リクオがそんなことを考えている、すると――

   

「ところで、家長くん。今どこにいるんだね?」

『……えっ?』

 

 唐突に、それはもう、本当に唐突に清継がストレートに問いかけた。

 あまりの直球な質問に、二人の通話を黙って聞いていた一同も呆気に取られる。

 

「いや、なに。ちょっと気になってね、特に深い意味はないよ」

 

 本当に何でもないと言った口調で、清継は話し続ける。

 

『ええと、今はちょうど、『レモンラテ』って、お店にいるんだけど……』

「うむ、そうか。いや、なんでもないよ! 是非ゆっくり楽しんできたまえ、では!!」 

『あっ ちょっ――』

 

 そして、カナから用件を聞き出すや、清継は一方的に通話を切った。

 動揺する一同を尻目に、彼はあっけらかんに言い放つ。

 

「諸君、聞いてのとおりだ! 家長くんは、レモンラテなる店にいるそうだ。何か知ってるかね?」

 

 清継はどうやらその店のことを知らないらしく、皆に向かって問いただす。

 

「レモンラテって、あれでしょ? この間駅前にオープンしたばっかりの」

「うん、オシャレな服がいっぱいある店だよね」

 

 どうやら、巻と鳥居がその店に心当たりがあるらしい。

 その言葉を聞いた清継が、二人に向かって指を突きつける。

 

「では、行くとしよう。案内したまえ!」

 

 どこか偉そうに、清継は屋上の出口を先陣きって歩き出す。

 

「……珍しいな。清継が妖怪以外に興味を持つなんて……」

 

 心底驚いた様子で、巻が目を丸くする。

 

「当然じゃないか。マイファミリーが変な男に騙されていないか調査するのだって、立派な清十字団の活動さ!!」

 

 変な男の筆頭である清継が言うと、いまいち説得力に欠けると思う団員たちであったが、すぐに気持ちを切り替えて清継の後に続いていく。

 

「では行くぞ!! 清十字怪奇探偵団出動!!」

「「「おう!!」」」

 

 清継の出動宣言に女子たちが陽気に答え、そのままは彼らは屋上を後にしていく。

 

 

 

 

 皆が立ち去った後。

 あまりの急展開についていけずにいたリクオだけが、一人取り残されていた。

 しばらく固まっていた彼は、ハッと我に返ると、慌てて皆の後を追いかける。

 

「ちょっと、皆待ってよ!!」

 

 そして、先に行った清十字団を追いながらリクオは一人考える。

 もしも、もしも本当にカナに彼氏がいたと仮定して――

 

 自分はいったい、どんな顔をして彼女に会えばいいのか、と。

 

 




補足説明

 今回出番をハブられて人たち

  雲外鏡
   十三歳になった少年少女を殺しにやってくる危ない奴。
   今作において――
   カナは幼少期に紫の鏡を拾っていないということで、彼女の下へは来ません。
   今作のカナであれば、こいつを返り討ちにするくらいの戦闘力があります。
   別の子を襲ってもらう予定も一応ありますが、それまで出番はおわずけです。

  島二郎
   ご存じ、清継くんの腰巾着。
   及川さん命の一途な少年だが、今作においてもその恋が実ることはありません。
   今回は、扱う人数の都合上、彼には不参加でいてもらいました、 
   ちなみに、彼がサッカーのU-14日本代表なのは、公式設定です。
     


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第十幕 カナの誕生日 後編

 とりあえず、続きです。

 今回の話で一区切り。次回からは四国編が始まります。
 ちょっと月末にかけて忙しくなりそうなので、次回の投稿は八月に入ってからになります。
 まだ、ストックはありますので、ご安心ください。
 
 それでは、どうぞ!


 レモンラテ。

 名前のとおり、レモンイエローを強調したデザインの店内。

 小学生から高校生までの少女たちを顧客とした、洋服ブランドの店である。

 ブランド店といっても、ターゲットの客層は子供。中には高価な商品もあるが、大半の品物が子供のお小遣いで買える手頃な値段設定のものが多い。

 今は特に、中学生女子の間で人気のあるブランドである。

 

「凜子先輩、これなんてどうです?」

「これは……ちょっと派手よ。私には似合わないわ」

「そんなことありませんよ、絶対に似合いますって!」

 

 カナが清継の電話をとってから、30分ほどが経過していた。

 

 彼に話したとおり、カナと凜子の二人はレモンラテの店内で商品を物色していた。

 仲良く楽しげに会話を紡ぎながら店内を見て回っているが、商品手に取る彼女たちの動作はどこかぎこちない。

 それもその筈。彼女たちがこういった「流行のお店」に入るのは、なにせこれが初めてのことだった。

 普段からファッションに無頓着なカナは、適当な店で適度に洋服を見繕い、凜子にいたっては洋服店に入る機会すらないなかったのだ。

 

 白蛇の血の力で商売人として成功している凛子の家はかなり裕福である。どれくらい裕福かというと、彼女の家には専属の洋服屋が出入りすほどであり、そのため、わざわざ店先にまで赴いて洋服を選ぶ必要がなかった。

 だからこそ、カナと来たこのレモンラテが白神凛子にとっての、初めての洋服屋デビューとなる。

 しかし、そもそもの話。何故そんな彼女たちが、こうして二人でこんなブランド店に足を運んだのか?

 話は今朝にまで遡る。

 

 

 カナが学校に登校し、そのまま教室に行こうと廊下を歩いていたときに、凜子がカナを呼び止めた。

 彼女は少し申し訳なさそうに、カナに向って、「流行のファッションを教えて欲しいと」口にしてきたのだ。

 

 凛子はカナに助けられ、半妖としての自分を受け入れられて以降、少しづつ前向きになり始めていた。

 以前は自分から距離をとっていたクラスメイトたちとも、軽い世間話くらいをするようになり、少しづつ周囲との壁を取り払っていった。

 ところが、クラスメイトの女子たちが話している今時のファッションや流行といった話に、凛子はまったくついていくことができず、そういった話になるといつも言葉を詰まらせる。

 これまで友達付き合いを拒否し、衣服なども洋服屋に見繕っていてもらったツケが回ってきたのだ。

 そして、このままでは不味いと思ったらしく、凛子は同じ年頃の女子であるカナに助けを求めてきたのである。

 

 しかし、カナもその問いに言葉を詰まらせていた。

 彼女自身もそういった流行に疎いため、どう言葉を返せばいいのか分からなかったのだ。

 色々と悩んだ末、カナが思い出したのが、このレモンラテの存在である

 少し前に駅前にできた洋服ブランド店。クラスメイトの下平が話していたのを彼女は思い出した。

 カナは凜子の手を取り、こう尋ねていた。

 

「――先輩、今日の放課後空いてますか?」

 

 そうして、彼女たちはこの店にやってきたのだ。

 今時の女子中学生の――流行とやらを知るために。

 

 

 

「このスカートなんてどうです?」

「ちょ、ちょっと短いと思うけど……」

「そうですか……じゃあ、こんなのはどうです!」

「そ、それは派手すぎよ」

 

 カナが気になる商品を手にとり、凜子がそれに感想を述べていく。

 先ほどから、彼女たちはずっとこういったやり取りを続けていた。

 元の趣旨から少しズレてきてはいたが、それでもカナは楽しんでいたし、凛子も嬉しそうに微笑んでいた。

 だが――

 

「それで――ですね……」

 

 カナは凜子との会話を続けながら、視線だけを後方へと向ける。

 チラリと除いた彼女の視線の先の物陰から、こちらの様子を窺っている少年少女の面々が見えていた。

 団長の清継に巻と鳥居、陰陽師のゆらに幼馴染のリクオまで。

 若干団員は足りないが、そこにはいたのは紛れもない清十字団のメンバーたちだった。

 

 ――……なんでいるの?

 

 カナは純粋に疑問に思った。

 彼らがどうやって自分のいる場所を見つけたのかは察しが付く――あの呪いの人形だ。

 先ほどの呪いの人形――もとい携帯電話でした、清継との会話の中でうっかり自分の居場所を漏らしてしまった迂闊さを、カナは後悔する。

 特に後ろめたいこともなかったため正直に答えたのだが、まさか尾行されるとは思ってもいなかった。

 彼らが何を目的にしているかは知らないが、このまま後をつけられるのは面白くない。

 カナは深く溜息を洩らすと、できるだけ声を低くして凜子にそっと話しかけた。

 

「先輩……ちょっといいですか?」

 

 

 

×

 

 

 

 一方のリクオたち。彼らの間には微妙な空気が流れていた。

 

「……男じゃなかったか」

「う~ん、そうみたいだね」

「誰やろ、あの人」

「見たところ、上級生といった感じだがね」

「………ふぅ」

 

 カナと彼氏のデートを期待していた女子の面々は、露骨にがっかりした表情をする。

 リクオは、カナが男と二人っきりで買い物をしていないことにひっそりと安堵の息をこぼしていた。

 

「てゆーか……あたしたちいつまでこうしてるの、清継くん?」

 

 鳥居が清継に問いかける。

 共に買い物をしている相手が男子でなかった時点で、少女たちの興味はだいぶ薄れていた。

 だが清継はいつものように楽しげな笑みを浮かべ、尾行の続行を宣言する。

 

「まあ、まちたまえ。せっかくの機会だ。最後まで尾行を続けよう、清十字怪奇探偵団として!」

 

 そんな清継の迷いなき発言に一同は盛大に溜息を吐きつつも、黙ってカナたちの方へと目を向け続ける。

 

 不意に、カナは一緒に買い物をしていた少女に背を向け、どこかへと移動していく。

 取り残された少女は一人、その場で黙々と洋服を物色している。

 

「あれ、カナちゃんどこ行くんだろう?」

「トイレじゃねぇ?」

 

 リクオの疑問に巻が適当に答える。

 

「それにしても、相手の女の人……ほんとに誰やろ?」

 

 そして、一人取り残された見覚えのない少女に、ゆらは首を傾げる。

 

 リクオは、ゆらの言葉に促されるように、その少女へ、普通の人間に比べて極端にいい、その視線を向ける。

 彼の視力は、少し離れた位置にいた少女の人相などをしっかりと捉えていた。

 長めに伸ばした髪が、彼女の顔右半分覆い隠しているためか、少し暗い印象の少女。

 リクオは彼女が、校内で何度かカナと話しているのを見たことがあるが、名前までは知らない。

  

 ――カナちゃんと、どんな関係なんだろう?

 

 自分の知らない彼女の交友関係に、何故かもやもやする気持ちを抱きながら、リクオはそのようなことを考えていた。すると、そんな彼の背後から、

 

「――なにしてるのかな、リクオくん?」

「っ!?」

 

 声がした。

 とても、とても聞き覚えのある声だ。毎日のように学校で聞く、馴染み深い筈のその声に、リクオは背中一面に矢でも射かけられたかのような感覚に襲われた。

 瞬時に冷や汗を浮かべながら、恐る恐る声のした背後をリクオが振り返ると。

 

 そこには先ほどまで、見知らぬ少女と楽しげに話をしていた家長カナが腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「カ、カナちゃん!?」

 

 いつのまにか自分たちの後ろに回りこんでいた事実に、リクオは驚愕の叫びを上げる。

 彼の声に反応した残りのメンバーたちも振り返り、視線の先にいたカナに全員が固まる。

    

 カナは、笑みこそ浮かべてはいたものの、目が笑っていなかった。

 やたらドスの効いた声で、さらに言葉を綴る。

 

「とりあえず……立ったままか座るかくらいは、選ばせてあげるけど、どうする皆?」

 

 

 

×

 

 

 

「まったくもう……」

 

 店内に設置されている休憩スペースの一角で、カナは一息入れる。

 そのスペースには机と椅子が設置されており、カナは椅子の一つに腰掛け、机を挟んだ向かい側の椅子には凜子も座っている。

 

 そして――床には店内に訪れていた清十字団の団員たち、全員が正座させられていた。

 

 カナが自分たちの後をつけていたメンバーをこの休憩スペースまで連れ込み、説教を始めて30分。

 普段はあまり怒ることのないカナの怒りを受けた一同は圧倒され、何も言葉を挟むことができず、沈痛な面持ちで彼女の説教にずっと冷や汗を流し続けていた。

 

「それにしても……どうして私が男の人とデートしてるなんて思ったの?」

 

 説教中に尾行してきた理由を聞き出したカナが、ここにきてさらに問いただす。

 そんな彼女の疑問に、消え入りそうな言葉で巻が答えていた。

 

「いや、だって……誕生日の日に二人っきりで買い物だって聞いたから、てっきり……。ほら、カナってモテるからさ……」

 

 カナは彼女の弁解に、再び零れ落ちそうになる溜息をどうにかして押さえていた。

 確かに、男子生徒から何度か告白なるものをされたことがあるが、今まで一度として「YES」と返事したことはない。何故かと聞かれても返答に困るのだが、どうしてもそういった感情を、彼らに抱くことができないでいたのだ。 

 

 すると、横でカナと巻のやりとりを聞いていた凜子が、驚いて目を見開いた。

 

「ええ!? 家長さん、今日誕生日だったの!? ご、ごめんなさい。そうとは知らずに私……」

 

 腰掛けていた椅子から立ち上がり、カナに向って頭を下げる。  

 せっかくの誕生日に自分の都合に付き合わせたことを、申し訳なく思っているようだ。

 

「いえ、いいんです。気にしてませんから」

「でも……」

 

 カナは笑ってそう答えたが、凜子の表情は暗いまま。

 気まずげな空気が、周囲一帯に漂ってくる。

 

「そうだ――!!」

 

 すると、そんな空気を破る勢いで、正座させられていた巻が立ち上がった。

 何事かと、一同が彼女に注目する中、巻は勢いに任せるまま、とある提案を口にする。

 

「せっかくだから、皆でカナの誕生日プレゼントを選んでやろうぜ!」

「えっ?」

 

 その提案に、カナは目を丸くする。

 だが、その発言に正座させられ萎縮していた清十字団の表情が、パッと明るくなる。

 

「それいい! いいよ、巻!」

「だろ?」

 

 親友のナイスアイディアに同調する鳥居。

 

「でも、誕生日プレゼントならもう……」

 

 カナはカバンから清継からもらった呪いの人形を取り出す。

 しかし、その人形を見た巻が、肩をすくめながら首を振った。 

 

「いやいや、せっかくの誕生日プレゼントが、そんなきもい人形だけじゃあんまりだろ」

「失敬な! 僕のあげたキュートな人形に何の不満があるのだ!!」

「大ありだっつうの!」

 

 巻の率直な意見に清継が噛み付くが、取り合わない。

 

「そうと決まれば、善は急げだ。一緒に選ぼうぜ、カナ!」

 

 戸惑うカナの手を取る巻。

 余りの急な流れに、カナは先ほどまでの怒りをあっさりと霧散させてしまっていた。

 

「――ええと、白神さんでしたっけ……」

 

 そんなカナと巻の隣で――

 巻の積極性に唖然としている凜子に、鳥居が少し遠慮がちに声をかける。

 お互いの自己紹介はカナの説教前に済ませていたが、その説教が長かったためか、おぼろげに覚えていた名前を確認しながら、鳥居は凛子に話しかける。

 

「え、ええ……」

 

 警戒するような体制で鳥居と向かい合う凛子だが、それにも構わず、彼女は巻に習うように凛子の手を取っていた。

 

「白神さんも、一緒にカナの誕生日プレゼント選びましょ……?」

 

 だが、鳥居が凛子の手に触れた瞬間、何かに気づいたのか彼女の手が止まる。

 その様子を見て、一瞬怪訝な顔をしたカナだったが、鳥居の視線がどこに向けられていたのかに気づき悟る。

 

 鳥居が、凜子の手に生えている鱗を凝視したまま、止まっていることに。

 

 鳥居だけではなかった。

 カナと同じように鳥居の時間が静止したことを疑問に思った皆が、彼女の視線の先を見て――固まる。

 凛子の手に生えている鱗に、皆の視線が集中していたのだ。

 

「あっ! こ、これは……その……」

 

 次の瞬間、凛子は鳥居の手を振り払い、その顔をうつむかせる。

 凛子が鳥居たちをみる目に、カナと最初に出会ったときと同じ、怯えの色が宿り始める。

 

「ご、ごめんなさい。私、ちょっと気分が……」

「先輩!?」

 

 震えながら、搾り出すような声を吐き出した凜子。彼女はそのまま、一目散にその場を逃げるように駆け出していく。

 カナは、急いでその後を追いかける。

 休憩スペースに居心地悪げに取り残された清十字団は、彼女たちの背中を静かに見送るしかできなかった。

 

 

 

×

 

 

 

「………はぁ、はぁはぁ」

 

 店内の化粧室まで逃げ込んだ凜子は、恥ずかしさで熱くなった顔を冷やすため顔を洗う。

 そして心を落ち着かせるため深く息を吐き、呼吸を整える。

 

「先輩……」

 

 そんな様子の凜子を心配するカナの姿が、鏡越しに映る。

 彼女が自分を心配してついてきてくれたことに安堵しつつも、凛子の顔色はまったく晴れない。 

 

「ごめんね、家長さん。急に……」

「いいえ……」

 

 彼女に心配かけまいと、とりあえずの謝罪をするが、凛子の表情は曇ったままだ。

 

 ――わかっていたこと、だ。

 

 凜子は先ほどのやりとり、自分の鱗を見たときの清十字団の反応を思い出す。

 彼らは明らかに、自分の鱗の存在に戸惑い、奇異な視線を向けていた。

 だが、それを責めることは誰にもできない。

 彼らの反応こそが、人として当然の反応なのだと、凛子は理解していたからだ。

 全ての人間が、カナのように自分を受け入れてくれるわけではないことを、彼女はすっかり失念していた。

 

 ――わかっていたこと、なのに……。

 

 凜子の目に涙がこみ上げてくる。

 小学生のときの苦い記憶が蘇る。

 腫れ物を扱うかのような、当時のクラスメイトたちの態度を思い出してしまい、自然と体が震えだす。

 

「ねぇ、家長さん」

「はい……」 

「やっぱり、半妖っておかしいのかな?」

「――えっ?」

 

 気がつけば、凜子はカナに向かって語り掛けていた。

 胸の中に詰まった、黒い感情を吐き出すかのように。  

 

「人間から見て、私はただの化物でしかないのかな……」

「そんなことはっ!」

「――けど!!」

 

 凛子の弱気な発言をカナが即座に否定しようとしたが、それにも構わずに彼女は続ける。

 

「けど、皆私を腫れ物のように扱う! 皆が、私を白い目で見る!」

「………」

 

 凛子の緊迫した空気に呑まれ、カナは言葉を失う。

 

「家長さんは、私の鱗は幸せを呼ぶって、触れば幸せになれるっていってたけど、本当なのかな?」

 

 そうして感情を吐露することで、少しは落ち着いたのか。声のトーンをわずかに落とす凜子。

 化粧室が、痛いほどの沈黙に包まれる。

   

「先輩」

 

 その沈黙の中、カナが静かに自分の考えを言葉に乗せる。

 

「先輩の仰るとおりです。確かに、先輩のことをそういった目でみる人間だっています」

 

 カナの言葉に凜子がビクリと肩を震わしたが、それでもカナは喋ることを止めなかった。 

 

「でも、全ての人がそうだってわけじゃない。少なくとも、清十字団の皆は違います」

 

 凛子への想いを伝えるため、喋るのを止めなかった。

 

「さっきはいきなりだったから、驚いてしまっただけです。清継くんも、巻さんも鳥居さんも、ゆらちゃんも。リクオくんだって……」

 

 そして、凜とした声でカナははっきりと断言してみせる。

 

「私は――信じてますから」

 

 静寂――カナの言葉が、静かに凜子に胸の奥に染み渡る。

 

「ありがとう……()()ちゃん」

 

 まだ少し陰りがあるも、凜子はカナへ笑顔を見せた。

 その笑みを受け、カナもまた微笑む返す。

 

「さ、戻りましょう。皆待ってますから」

 

 そう言いながら、カナは凜子に向って手を差し伸べていた。

 

「……ええ」

 

 わずかに躊躇いつつも、凜子はその手を取り、カナと手を繋いで化粧室を出ていった。

 

 

 

×

 

 

 

「――だから、私はやってないって、言ってるだろ!」

「んなこと言って~~このカバンの中身は何だい~~?」

「「?」」 

 

 しかし、皆がいるであろう休憩スペースに戻ろうとした彼女たちを待っていたのは、激しく飛び交う怒号であった。

 遠目から、なにやら巻と見知らぬ男が言い争っており、他の清十字団の面々が、おろおろとする様子が伺える。

 

「何があったの、リクオくん?」

 

 急いでその場に駆け寄ったカナは、後ろの方であたふたしていたリクオに問いかける。

 

「ああ、カナちゃん……」

 

 戻ってきたカナと凜子の姿に、一瞬ホッと顔を緩めるリクオだが、すぐにその表情を固くする。

 

「巻さんが万引きをしたって、あのおじさんが……」

「万引き!?」

 

 リクオのその言葉に、カナは目を丸くして驚く。

 いったいどういうことかと、彼に説明を求める。

 

 概要はこうだ。

 カナと凜子が走り去ってしばらく、呆然としていた清十字団。

 気まずい空気の中、帽子を深々と被った中年男性がおもむろに彼らへと近づいてきた。

 その男は巻の側に寄ってくると、彼女のカバンに手を伸ばしてきた。

 反射的にその手を弾こうとする巻の手を払い除け、彼女のカバンの中に手を突っ込む男。すると、巻のカバンから、支払いの済ませていない商品が出てきたのだ。

 その商品を手に男性――自称万引きGメンは、嫌らしい笑みを浮かべてこう言った。

 

「――これは万引きだね~~お嬢ちゃん?」

 

 そして今に至る。

 

「知るかよ! 勝手に入ってたんだ!」

「フン!! よくある言い訳だねぇぇ~~」

 

 リクオがカナたちに説明している間も、巻と万引きGメンは言い争いを続けていた。

 その声に気づき始めた他の客たちまでもが、何事かとこちらに視線を向けてくる。

 このまま言い争いを続けさせるのは不味いと判断したカナは、とりあえずその場を収めようと一歩前に出る。

 

「待ってください!」

 

 彼女の静止の声に反応して、巻と男が振り返る。

 

「カナ……」

「なんだ、おめえさんは?」

 

 男がカナを怪しむように睨み付けるが、気にせずにカナは続ける。 

 

「巻さんが万引きって、なにかの間違いじゃないんですか?」

「そうよ!!」

 

 カナの言葉に、巻の隣でうろたえていた鳥居も力強くうなづく。

 ゆらも清継もリクオも、そのとおりだといわんばかりの顔で万引きGメンを睨みつける。

 しかし、男は引かない。

 

「間違いもなにも、こいつがこのお嬢ちゃんのカバンから出てきたのが、何よりの証拠でねぇか?」

「それは、けど――」

 

 男の反論に怯むこともなく、カナは巻を庇い続ける。

 彼女が万引きをしたなど、到底信じられることではない。

 だがそれ以上に―― 

 

 ――あれ この人?

 

 男に向かってさらに反論しながら、カナは気づく。

 

 ――もしかして……妖怪?

 

 巻に万引きの疑いをかけてきた男から、妖気が発せられていた。

 リクオや凜子とは違う、純粋な妖怪が放つ妖気だ。

 一応、妖気を隠しているつもりのようで、陰陽師のゆらと幼馴染のリクオも、そのことに勘付いた様子を見せるが、確証がないのか動けずにいる。

 また、一般人が多くいる店内であるため迂闊な行動がとれないでいる。

 そんなカナたちの心中の焦りを、嘲笑うかのように男は強気な行動に出た。

 

「だいだい、おめぇさん、この髪は何だい~~」

「痛っ!?」

 

 男が無造作に、金髪の巻の髪を掴んできた。

 

「その制服……おめえさん、浮世絵中学校の生徒だろう~? 中坊のくせに、いっちょ前に髪なんぞ染めおって、この不良娘が!! おめぇみたいなやつが万引きせずに、誰が万引きするっていうんだい~~?」

「……っ!?」

 

 男のあまりの言い草に一瞬、何を言われたのか分からず呆ける巻だったが、その言葉を理解した瞬間、目を伏せ唇を強く噛んでいた。

 巻の体が、わずかだか震えている。

 友人の傷ついたその様子に、鳥居やカナが男に向かって口を開きかける。

 しかし、それよりも早く、男に対して叫ぶ者がいた――

 

「――勝手なこと言わないでよ!!」

 

 それまでずっと傍観していた凜子。彼女が誰よりも、吠えるように男に向かって怒りをぶちまける。

 

「金髪だからなに!? 不良だから万引きしてる!? そんな上辺だけで勝手なこと言わないで!」

 

 凜子の双眸は、わずかだが涙で滲んでいる。

 

「彼女のことなにも知りもしないで! 勝手な偏見で勝手な憶測ばかり並べないでよ!!」

「あんた……」

「………」

 

 今日知り合ったばかりの筈の彼女の怒りように、巻と鳥居が目を丸くする。

 

「先輩……」

 

 化粧室で、凜子の心情を吐露されたカナには、彼女の怒りの理由が理解できた。

 彼女もまた、自身の持つ白い鱗で多くの偏見に晒されてきたのだろう。

 だからこそ、この男の無神経な言葉が許せなかったのだと。

 

「ふ、ふん。おめさんらがなんと言おうと、証拠がここにあるんだ。言い逃れはできねぇぞ~~」 

 

 凜子の剣幕に一瞬怯む万引きGメンであったが、すぐに気を取り直し、彼は巻の手を乱暴に掴み上げる。

 

「さぁ、こい! あっちでこってり絞ってやる!」

「は、離せ!?」

「おとなしくするんだ!」

「巻!?」

 

 そのまま巻をどこかへ連れ込もうと、おもいっきり引っ張る。

 抵抗しようとする巻、親友の危機に悲鳴に近い叫びを上げる鳥居。

 

 男のその強行手段に、どうするべきかと迷っていた面々が動き出す。

 カナが武器の入ったバックに手を伸ばし、ゆらが式神の入った護符に手をかけ、リクオが目を鋭く細める。

 三人が三人とも、各々に臨戦態勢を整える。

 しかし、三人が何らかの行動を起こす前に――

 

『手』が伸びてきた

 

 万引きGメンの背後から伸びてきたその手は、そのまま男の後頭部を帽子ごと掴み、

 そのまま何の躊躇いもなく、男の顔面を側にあったテーブルに叩き付けた。

 

「ギャァァァァアア!?」

 

 ゴォーンと鈍い音に男の悲鳴が店内に木霊する。

 

『!?』

 

 突然現れたその手に、その場の全員が驚き、背後から現れた人物へと目を向ける。

 

「に――」

 

 その人物誰かを見た瞬間、いつものようにその人物を呼ぼうとしたカナは慌てて自分の口を手で抑え、変わりに心の中で叫んだ。 

 

 ――兄さん!?

 

「…………」

 

 万引きGメンの背後には、土御門春明が立っていた。

 いつものように死んだ魚のような目に、気だるげな表情をしていたが、かもし出す雰囲気に威圧感を感じる。

 凜子も、突然現れた顔見知りのクラスメイトに戸惑いをあらわにしていた。 

  

「つ、土御門くん!?」

 

 しかし、そんな彼女の言葉に答えることなく、春明は男の後頭部を掴んだまま、堂々たる態度で発言する。

 

「てめぇで女のカバンにそいつを入れておいて、てめぇで万引き扱いとは……相変わらずいい度胸だな。おっさん」

「あ、あんたは!?」

 

 一方の男。彼は押さえつけられたまま視線だけを春明に向けて、何故か顔を青ざめる。

 

「自分で入れた?」

「それって……!」

 

 春明の言葉の意味を悟った巻と鳥居が、表情を強張らせる。

 それなりに大きな声だったためか、周りで遠巻きにしていた野次馬たちも敵意の視線で自称万引きGメンの男を睨み始めた。

 

「いや、ち、ちがう……それは………」

 

 一瞬で攻守が逆転したことに、しどろもどろになる男。 

 うろたえる男の様子を気にもとめることなく春明は続ける。

 

「まあ、話なら俺がゆっくり聞いてやるよ。ちょっくら表にでも出ようか?」

「ひぃ!!」

 

 春明は男の後ろ襟を掴み、そのまま引きずりながら店の外へと歩き出した。

 問答無用で連行されていく憐れな男の姿に、カナはほんの少しだけ同情する。

 こうして、万引きGメンと春明がいなくなったことで、店内に再び静寂が舞い戻ってきた。

 

「なんや……今の?」

 

 呆気にとられる一同を代表するようにゆらが口を開いたが、彼女のその疑問に答える者などいなかった。

 

「――あの、白神先輩」

「な、なに?」

 

 暫しの静寂の後、不意に鳥居が凜子に向かって話しかけていた。

 彼女は凜子を真正面に見据え、しっかりと姿勢を正す。

 

「さっきは、その……ごめんなさい!」

 

 どうやら、先ほどの凜子の鱗の件について、謝罪をしているようだ。

 

「………いいのよ、気にしてないわ」

 

 鳥居の突然の謝罪に、凛子は視線を逸らして答える。

 気にしてないと口にしているものの、やはり凜子の表情はどこか暗い。

 だが――

 

「それと、巻のこと……庇ってくれてありがとうござます」

「えっ?」

「巻のために、本気で怒ってくれて……ありがとうございました!」

 

 思ってもいなかった感謝の言葉に、目を白黒させる凛子。

 鳥居は、涙を流していた。

 大切な親友を庇ってくれたことが嬉しくて、自分が先ほどやってしまった過ちが恥ずかしくて。

 謝りたいという気持ちが、彼女の心を埋め尽くしていたのだろう。

 鳥居は目に涙をためながら、凛子へと深々と頭を下げていた。

 

 

 

 一方、その頃。

 春明に路地裏まで引きずりこまれた、万引きGメンこと、妖怪・袖入れ鬼は命の危機を感じていた。

 彼はGメンになりすまして、万引きの濡れ衣を着せ恐怖を与えるという、なんともせこい悪行を積み重ねる妖怪なのだ。

 その彼が今、恐怖を与えるべき相手である人間に対して逆に慄いていた。

 

「ま、待ってくて 話せば分かる!!」

「………」

「あ、あんたの知り合いだったなんて知らなかったんだ!!」

「………………」

「あの子らにはもう二度と手を出さないから、頼む見逃して――」

「言いたいことは、それだけか?」

「ひっ!!」

「安心しろ……消しゃぁしねぇよ。まだ二度めだからな」

 

「ただ――死ぬほど痛い目にあってもらうだけだ」

 

 袖いれ鬼の絶叫が、あたり一帯に響き渡った。

 

 

 

×

 

 

 

 万引き事件の、翌日の放課後。

 いつものように空き教室で清十字団の面々が集まっていた。

 教室内にはカナとゆら、巻と鳥居、昨日は不参加だった島がいる。

 

 いつもならワイワイと騒ぐ皆の声で賑やかになる教室内だったが、昨日の出来事を引きずっているのか、どこか暗い雰囲気を漂わせている。

 あの後、鳥居の感謝の言葉に、凜子の暗い表情が一瞬晴れたように見えたが、結局彼女はなにも答えることができなかった。

 既に時間も時間だったため、そのまま解散の流れにはなったが、果たして彼女の胸中は如何ほどか。

 今日、カナは休み時間に何度か凜子の教室を訪ねてみたが、何故か行くたびに不在で会うこともできなかった。

 春明に確認したところ、一応は出席しているらしいことに、とりあえず安堵するが、

 

 ――……大丈夫かな先輩。

 

 と、心配が尽きないカナであった。 

 

「あの、カナちゃん……」

「リクオくん?」

 

 すると、そんなカナへ、いつの間にか教室に入ってきたリクオが声をかけてきた。

 リクオの後ろに、付き添うような形でつららの姿も見える。

 

「あの、これ……」

 

 彼はおずおずと、カナへとなにかを手渡す。

 

「これは?」

 

 リクオの手渡してきた物――赤いふちの手鏡を見て、カナは不思議そうに首を傾げる。

 

「その、一日遅れだけど……一応誕生日プレゼント」

「え?」

「あの後、急いで探してきたんだ。本当は、昨日のうちに渡せればよかったんだけど……」

「ありがとう、リクオくん。大切にするね!!」

 

 素直に嬉しくて微笑むカナ。

 リクオの後ろで、何故かつららが機嫌悪げに頬を膨らませる。  

 

「やあやあ、集まっているようだね諸君!!」

   

 そのとき、陽気な声で清継が教室に入ってきた。

 口元に笑みを浮かべるその姿は、いつもより少しテンションが高いように見える。

 

「さて……」

 

 教壇に立つ清継に、全員が彼の挙動に注目する。

 

「今日はビッグニュースがある!」

『ビッグニュース………』

 

 以前も聞いたことのある清継のその言葉に、一瞬嫌な予感を感じ、顔を歪める団員たちだったが、すぐにその表情が――驚愕に染まる。

 

「今日この日より、我が清十字怪奇探偵団に――新メンバーが加わることとなった!!」

『新メンバー!?』

 

 予想だにしないその言葉に、一同は驚きの声を上げた。

 

「ではどうぞ!!」

 

 皆のその反応に満足した表情で清継は廊下にいるであろう、その新メンバーを教室内へと呼ぶ。

 開かれた扉の向こうに――その先にいた人物にカナが目を見開く。

  

「凜子、先輩」

 

 教室に入ってきたのは、白神凜子その人だった。

 だが、いつもの凜子とは大分雰囲気が違う。

 顔の右半分を覆い隠していた長い髪が後ろで束ねられており、彼女の顔が良く見える。

 彼女の、目元に生えている鱗がはっきりと視認できるような状態になっていたのだ。

 しかしそのことを気にする様子もなく、凜子は明るい表情をしていた。

 

「ふふふ、驚いたかね? 実は昨日の帰り際、こっそりと勧誘しておいたのさ!」

 

 昨日の帰り。

 迎えの車らしきリムジンに乗り込もうとしていた凜子に、清継は声をかけていたという。

 

「――白神凜子さん」

「――ええと、貴方は?」

「――清十字怪奇探偵団団長の清継です!」

「――清継くん。なにか用かしら……」

「――はい! 単刀直入にお伺いします。凛子先輩――」

 

「――是非、我が清十字団に入部しませんか?」

 

 

「そのときは返事をもらえなかったが、昼休みにわざわざ僕のところに来てくれたよ、是非入部したいとね!!」

「よろしくお願いね、皆さん」

 

 思いもよらない人物の登場に、昨日の騒動に遭遇していた面子が呆気にとられている。

 その場にいなかったつららと島が、そんな皆の反応に疑問符を浮かべていたが。

 

「……先輩」

 

 一拍遅れて、カナが凜子に駆け寄る。

 

「カナちゃん。私、決めたよ……」

 

 凜子が何かを決意したように、真っ直ぐにカナを見つめる。

 

「いつまでも、怯えてばかりいられないもの。それに……」

 

 彼女はそれまでとは一味違う、影のない屈託のない笑みで微笑みを溢していた。

 

「ここにいる人たちとなら、私も変われると思うから」

「先輩!」

 

 凛子の言葉に、カナは笑顔になった。

 笑いあう二人の様子に、呆けていた他の団員たちの表情がパッと明るくなる。

 

「よっしゃー! じゃあ、今日は凜子ちゃんの入団を祝ってカラオケでも行こうぜ!!」

 

 いつもの調子を取り戻した巻が、凜子と肩を組む。

 積極的な巻の行動に、前向きになった凜子もさすがに戸惑うが、そんなことなどおかまいなしに、巻も鳥居も、凛子へと寄り添っていく。

 

「うん、行こ、行こ!!」

「待ちたまえ! まだ、今日の妖怪体験談発表会がまだだぞ!」

「そんなもん、あとだ、あとだ!」

 

 こうして、いつものように笑顔で笑いあう少年少女たち。

 その輪の中に新しく入った、その少女もまた笑顔を浮かべる。

 

 些細だが、確かに得た『幸福』に、白蛇の鱗が鮮やかに光り輝いていた。

 




 凛子先輩、清十字団入り!
 今後、彼女には原作のカナちゃんのような危ない目にあってもらいます。
 どうかお楽しみに?

 補足説明 
  袖入れ鬼
   原作コミックス21巻。番外編『家長カナVS万引きGメン』に登場。
   やってることは原作でも今作でもほとんど同じ。 
   原作だと、夜リクオがやくざキックで黙らせる。一応、ぬらりひょんと顔なじみ。

  レモンラテ
   今回の舞台。 
   店名は作者のオリジナルですが、モデルはピンクラテなるお店から。
   そこに原作のファッション誌『ピチレモン』のレモンを付け合わせた、安直なネーミング。
   ちなみに原作のカナはその雑誌で読モをやっていますが、今作ではその設定は採用しておりません。
   さすがに、そこまでは拾い切れませんでした。申し訳ありません。


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四国編
第十一幕 先陣の風、西の方より


お久しぶりです。今回より四国編が始まります。

四国編は基本原作の流れで行きますが、序盤のとある人物の扱いだけはアニメ版基準です。理由は――読んでからお察し下さい。

最初の話なので、基本は原作をなぞるだけで終わります。それではどうぞ。



「ほう、また化け猫横丁で事件がのう。……どうせ、窮鼠組を真似たはぐれ妖怪の仕業じゃろう、案ずることはないぞ、総大将」

「ならばよいのじゃが……」

 

 休日の昼下がり。奴良組本家の縁側で総大将ぬらりひょんと奴良組幹部の妖怪――狒々(ひひ)が語り合っていた。庭先では奴良リクオが小妖怪たちと戯れながら、池に住む河童に水をかけてやっている。

 狒々は構成妖怪数三百人の大所帯『関東大猿会』を束ねる大妖怪である。彼は奴良組の中でも相当の古株で、ぬらりひょんとの付き合いも長い。時々、こうして二人で一緒に茶をすする程度の交流を保っていた。

 

 彼らが今話題としていたのは、先日化け猫横丁であった騒ぎについてだ。

 今朝方、店先に出た従業員が突然の突風に見舞われ、衣服をズタズタにされたいう話。

 今のところ、それ以外の被害は出ておらず、大した実害には至っていないのが現状。しかし、化け猫横丁と言えば、先日も破門された窮鼠組が暴れ回った場所でもある。

 そのことが気がかりなのだろう、その話題を口にしたぬらりひょんは浮かない表情をしていた。

 

「そうだ。はぐれ妖怪と言えば」

「ん? どうした狒々よ」

 

 そんな、ぬらりひょんの心配を杞憂だと笑い飛ばそうとした狒々だったが、彼はそこで何かを思い出したかのように少し難しい顔を――といっても、狒々は常に能面を被っており、その素顔を誰にも見せない。

 ぬらりひょんは長い付き合いから、辛うじて、その能面の裏側で眉間にしわを寄せているであろう狒々の表情を察することができた。

 

「ここ最近、はぐれ妖怪たちや奴良組の下っ端妖怪たちの間で噂になっておるよ。恐ろしい陰陽師の話が。そいつの仕業ではなかろうかのう」

「ほう、それは例の花開院家の娘……とは別の奴のことなんじゃろうな……」

 

 その噂ならばぬらりひょんも耳にしたことがある。

 何でも、ここ数ヶ月。恐ろしい人間の陰陽師が影で人間に危害を加える妖怪たちを容赦なくシバキ倒しているという。だが妖怪たちの間でも半ば都市伝説として語られている、所詮は眉唾な話だ。

 実際、被害にあったと主張する妖怪たちは決して多くを語ろうとしない。よっぽど恐ろしい目にあったのか、あるいは口止めでもされているのか、あるいは話自体がまがい物なのか。

 いずれにせよ、ただの噂だと思って、深くは調べようとはしなかった件だ。

 

「……のう、総大将。その化け猫横丁の件と、陰陽師の件。この狒々に任せてくれんか?」

「なんじゃと?」

 

 すると、狒々がぬらりひょんに対し、そのように申し出ていた。

 

「横丁での騒ぎの真相。陰陽師の正体。どちらも、このワシが暴いてしんぜよう」

「やめとけ、やめとけ。お主が出ていくこともない」

 

 しかし、その申し出にぬらりひょんは軽く狒々を止めようとたしなめる。

 そういった調査は、街の見回りを役割とする鴉天狗の息子たち。三羽烏たちのような若い妖怪の勤めだ。

 狒々のような重鎮が重い腰を上げて乗り出すような案件ではない。

 だが、狒々がぬらりひょんの言葉にはうなづかず、その能面の目を庭先にいるリクオの方へと向ける。

 

「先日の総会。三代目を継ぐといった若を見て、昔の総大将を思い出したよ」

「…………」

 

 先日の総会。それは謀反を起こした牛鬼の処遇を決める重要な席で会った。

 牛鬼は先日、リクオの学友を利用し、自らの土地である捩眼山に彼をおびき寄せ、その命を狙った。また先ほど話題にも出た窮鼠を使い、リクオに三代目引退を迫り、回状を回させようとしたことも判明している。

 普通に考えれば破門、最低でも組を解散させるのがスジというもの。

 実際、総会でもそのような意見が幹部たちから上がっていた。しかし――リクオは、

 

『お咎めなし!!』

 

 と、まさかの無罪放免を言い渡したのである。

 当然、総会は荒れに荒れた。一ツ目を始めとした、普段から人間味あふれるリクオを快く思わない者たちが、彼に向かって盛大に抗議していた。

 だがリクオはその場を、総大将であるぬらりひょんの力を借りずに収めてみせた。

 ときには理詰めで。ときには飄々と。

 ぬらりくらりと、幹部たちの不平不満を見事に躱して見せたのだ。

 

「ふふふ……」

 

 その時の様子を思い出し、狒々は一人能面の下で笑みを溢す。

 あの人を食ったような態度。まさに、若い頃の総大将そのものだ。

 狒々自身もその頃は若かった。そんな若い日々を思い出し、妖怪としての血が滾るのを彼は抑えきれなかった。

 

「儂も今一度、暴れてみたくなった。隠居爺を決め込むにはまだ早すぎるじゃろう?」

 

 かなり年を経て落ち着いた空気を纏うようになった狒々だが、それでも彼も妖怪の端くれ。

 闇に息づく者として、どうしてももう一度、思う存分力を振るってみたかったのだ。

 

「ふん、勝手にせい。何があっても、ワシは知らんぞ」

 

 そんな彼の心情を知ってか知らずか、ぬらりひょんはもう止めようとはしなかった。言葉だけを聞くと冷たく突き放しているようにも聞こえるが、彼も狒々同様、隠居爺としての毎日を過ごす身。気持ちはわからないでもないのだろう。

 

「ふっ、済んだら、上手い新茶でも持ってこよう。また共に語ろうぞ」

「上手い茶菓子を忘れるなよ?」

「ああ……主の好きな、幸福饅頭でも持ってこよう」

 

 こうして、この一件を狒々へと預け、二人は話を締めくくった。

 また会う約束をして、その日は別れた。

 

 しかし――その約束が果たされることは永遠になかったのである。

 

 

 

 

 狒々死亡。

 

 調査に乗り出した狒々が、複数の部下と共に竹やぶで無残な亡骸となって発見されたニュースが瞬く間に奴良組の間に広まった。

 彼の遺体の切り口などを調べる限り鋭利な刃物、また化け猫横丁の良太猫の証言から、鋭い風により切り裂かれたものだという推測がなされた。

 奴良組の中でこれほど自在に風を操れるものなどいない。風の刃ということで多くの者が妖怪『かまいたち』を連想したが、かまいたちがいるとされる奥州遠野一家と奴良組は友好関係を気づいているため、その線も薄い。

 以上のことから、狒々の遺体を調べた三羽烏たちは未知なる敵勢力の存在を示唆し、奴良組全体へ危機回避態勢をとるように進言した。

 

 

 

×

 

 

 

「総大将には特に強力な護衛をつけなくては」

「ああ~いらんいらん。うっとしい」

 

 お目付け役たるカラス天狗の言葉にぬらりひょんはどこか面倒くさそうにに答える。

 狒々が死亡した報せを受け、奴良組内では主だった幹部に護衛をつけることになった。若頭が継ぐことが正式に決まったリクオも、護衛を二人から六人態勢に移行した。

 当然、総大将にも厳重な警護が必要だと、カラス天狗は口うるさく彼に付きまとうのだが、ぬらりひょんは取り合わない。

 

「そうはいきませんよ。総大将に万が一のことがあってはなりませんからね」

 

 それでもしつこく進言するカラス天狗。ぬらりひょんも相当な力を持つ妖怪だが、彼とてもう年だ。

 油断すれば狒々のように、どこの何者とも分からぬ輩に殺されてしまうかもしれない。

 そうならないためにも、カラス天狗はそれに見合った護衛として――彼らを指定した。

 

「おお! 牛頭馬頭、早速だが仕事をやろう!」

「ああん?」

 

 カラス天狗が声をかけたの、庭の木の上でくつろいでいた牛頭丸と馬頭丸の二人だ。

 彼らは先日の牛鬼の一件で、彼の部下としてリクオの命を狙った。現在は本家預かりの身、言わば人質としてこの屋敷内に滞在している。

 しかし、牛鬼の片腕ということもあり、その腕は確かだ。そして、牛鬼が総大将をもう二度と裏切らぬとカラス天狗は信用していたため、特に疑問を持つことなく二人に総大将の護衛という大役を任せることにした。

 だが――

 

「アレいない? 総大将? 総大将――!?」

 

 一瞬、目を離した隙に総大将は何処へと消えていた。

 束縛を嫌う自由な妖怪として、彼は護衛も持たず、いつものように浮世絵町の街へと散歩へと出かけていた。

 

 

 

×

 

 

 

 ――これは戦い。

 

 胸に手を当て、瞑想しながら闘気を滾らせる陰陽少女――花開院ゆら。

 ゆらの周りには、彼女と同じような闘気を放っているゆらよりも一回りも二回りも上の年代の女性たち。

 

 ――これは戦い……。

 

 所詮この世は弱肉強食。強ければ勝ち、弱ければ死ぬ

 そう自分自身に言い聞かせ、ゆらは前を向く。

 

 ――これは戦い!

 

 静かにそのときを待ち続けるゆら。そして――時計の針は動き出し、戦いの火蓋は切られた。

 

 ――敗れたら、今晩のおかずはない!!

  

「ただいまよりタイムセールを開始いたします!!」

 

 店員の言葉に、はじかれたように飛び出す女たち。

 ゆらが今いるのは商店街のスーパーだ。夕方五時に行われるタイムセールの列で主婦に混じり、今晩のおかずの確保に彼女は躍起になっていた。

 お財布事情が決していいとは言えないゆらにとって、日々の食事の確保も修行の一部。

 若いだけあって、人の波をかき分け、彼女は誰よりも先頭に躍り出て目的の商品の前に辿り着いていた。

 しかし――

 

 コロッケ 2個入り 100円。 

 から揚げ 5個入り 200円。

 

 ゆらの思考がその商品に手を伸ばそうとして、止まる。

 

「ど、どっちが得や? わからん、これはムズいで!?」

 

 ふたつの商品のうち、どちらが自分にとって最適かを悩むゆら。

 両方買えればいいのだが、あいにくと彼女の経済状況では一食に300円もかけることはできない。

 次の日にとっておけばいいのではと思うが、残念ながら今のゆらにそんなことを考えている余裕はない。

 

「これは私のよ!!」「いえ、私のよ!!」 

 

 ゆらがテンパってる間にも、女性たちが容赦なく目の前にある商品を掻っ攫っていく。

 

 ――あかん、迷ってる場合やない!

 

 視界から消えていく商品を前に、焦りながらも手を伸ばすゆら。

 以前に、自分と同じく一人暮らしをしている家長カナから聞いたアドバイスを必死に思い出す。

 

 ――どちらを買うか迷ったときは安いほうをとれ……やったな!

 

 コロッケ 2個入り 100円。

 からあげ 5個入り 200円。

 

 ――こっちや!!

 

 カナの助言に従い、ゆらはより安い2個入りのコロッケの方へと手を伸ばす。

 だが、ゆらは主婦の持つ底力を舐めていた。

 彼女の動きを先読みするかの如く、ゆらが手を伸ばした先の商品を主婦たちが掠め取っていく。

 

 目の前からコロッケが消えた。

 

 ――な、なら、こっちや!

 

 ゆらは負けじと、からあげへと手を伸すが、時既に遅く。そちらも品切れ状態となっていた。 

 

「完売です! ありがとうございました!!」

「ま、負けた……」

 

 店員の無情の声が響き渡り、ゆらは己の敗北を悟り、がっくりとその場に崩れ落ちる。

 哀愁漂う敗者の姿に目もくれず主婦たちは、その場から立ち去っていく。

 

 ――買いそびれてしもうた……。

 

 おかずを確保できなかった場合、ゆらの夕食はTKG――卵かけご飯一品で終わる。

 TKGが大好きなゆらではあるが、やはりおかずがないのはつらいし、栄養バランスも偏る。

 

 ――どーすんねん今日……。

 

 途方に暮れ、その場でうなだれたままの姿勢で悩みつづけるゆらだったが、 

 

「――大変じゃのう」

 

 自分にかけられた声に、彼女は顔を上げる。

 

「貴方は……」

 

 見覚えのある老人が、彼女に向かって手に持っていた幸福饅頭を差し出していた。

 

「奴良くんの、お爺さん……」

 

 そこにいたのはゆらのクラスメイトである、奴良リクオの祖父だ。

 彼は落ち込むゆらを元気づけるかのように、ペカーと彼女に笑いかけていた。

 

 当然のことながら、ゆらはまだ知らなかった。

 その老人こそぬらりひょん、その人だということを――。

 

 自分が倒すべきと意気込む、妖怪の総大将本人であることに。

 

 

 

 

 

 

「ふ~ん、なるほど……立派な陰陽師になるために一人で東京に修業へねぇ~。えらいねぇ~」

「いえいえ、そんなことは……」

 

 一休みしに公園まで移動した、ゆらとリクオの祖父ぬらりひょん。

 公園にあるブランコの周りを囲む柵に腰を落ち着かせながら、二人は話し込んでいた。

 少し離れたベンチに浮世絵中学の制服を着た男子生徒が寝っ転がっている以外に人はおらず、他に二人の会話を聞いているものはいない。

「しかし、花開院といえば、有名な陰陽師。そんな無茶な生活させんでものう?」

「いえ、えーんですよ。自分で望んだことですから」

 

 ゆらの言う通り。これは誰よりも彼女自身が望んだ生活だ。修行ならば実家でもできると反対する親族一同を押し切り、彼女は一人でこの浮世絵町へ乗り込んできた。

  

「モチベーションを保って、必ずこの街に住まうという大妖怪『ぬらりひょん』を倒すんです」

「ほー……ぬらりひょんをのう」

 

 ゆらの目的を聞き、当の本人であるぬらりひょんが、面白そうに笑みを浮かべている。

 そう、ぬらりひょんを討伐することで自身の力を示す、それが花開院ゆらがこの浮世絵町に来た最大の目的。

 

 ゆらは才能ある花開院本家の娘として、現当主である二十七代目秀元から相当な期待をかけられている。それはひとえに、才ある者の証――式神『破軍』を扱うことのできる、現代唯一の陰陽師だからである。

 しかし、花開院家の中には、年若く、女性である彼女が当主の座に就くことを疑問視する者も多い。

 それは純粋に花開院家の未来を案じているだけではなく、面子やら利権やら、大人の事情が複雑に絡んだ問題であったのだが、心身ともに子供であるゆらはそのように受け取らなかった。

 

 自分が皆に認められないのは、純粋に自分の力が足りないからだ、と。

 

 皆に力を認めてもらうために、誰からも後ろ指を指されないほどの実績がいる。

 その力量を示す手段として、彼女はぬらりひょんを打倒という、目に見える実績を得るためにこちらに移り住み、それに見合う実力をつけるため、忙しい日々に合間を縫って修行に明け暮れていた。

 だが――

 

「けど……その筈やったのに、なんかここにきてから調子が出なくて。妖怪の気配を読み違えたり、妖怪から人を守ろうとして自分も捕まったり、その挙句に……」

「ん? どうしたんじゃ?」

 

 不思議と素直に弱音を吐露するゆらが、突然不自然に言葉を切ったことを気にし、ぬらりひょんが彼女の顔を覗き込む。ゆらは一人、静かに自問自答していた。

 

 ――なんで、あの妖怪はうちらを助けたんやろ?

 

 窮鼠のときに自分たちを助けた、ぬらりひょんと思わしき妖怪。

 妖怪である筈の奴が何故、自分たちを助けたのか。陰陽師の彼女には理解できず、また倒すべき妖怪に助けられたことに彼女は歯噛みする。

 あのときのことを思い出し、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。そんな羞恥の心を必死に抑え、彼女は隣の老人に――ぬらひょんと知らずに彼にズバリと聞いてみた。

 

「ねぇ、おじーちゃん。妖怪は悪いやつやな?」

「なんじゃと?」

 

 彼女はまるで、自分の中に生じた迷いを振り切るように、老人へと問いかけていた。

 

「妖怪は悪。今までそう教わって戦ってきた。でも、ここに来てからいろいろあって、なんかよく分からなくなってしまって……」

「………」

 

 胸の中に渦巻くこの迷い、誰かに聞いてもらえないと息が詰まってしまいそうだった。

 かといってこんなこと、カナや他の清十字団の面々に聞かせるわけにはいかない。

 皆には自分が情けなく悩む姿など、見せたくはなかった。

 

「ははは、難しく考えることはなかろう!」

 

 一通り話し終えたゆらの悩みに、ぬらりひょんは笑って答えてみせた。

 

「妖怪は悪じゃ、なにしろ妖怪なんじゃからな」

「おじーちゃん……そうですよね!」

 

 はっきりと断言する彼の言葉に、ゆらの顔がパッと明るくなる。

 

「妖怪は妖怪。存在自体が悪。何も迷うことはない」

「そうじゃそうじゃ」

 

 自分に言い聞かせるように彼女は呟く。

 そして、リクオの祖父の言葉に納得しかけるゆらだったが――そこで再び自問する。

 

 ――あの子も『悪』なんやろか……。

 

 ゆらが次に思い浮かべた人物は、狐のお面をかぶった巫女装束の少女だった。

 合宿のときに温泉で襲われた自分たちに加勢をしてくれた少女。 

 

 窮鼠のときに助けにきた男、それに率いられるように集まっていた異形、温泉に現れた鴉天狗など、それらの者たちに対して、ゆらは決していい感情を持ってはいなかった。

 先ほどのリクオの祖父の言葉に後押しされたのもあり、彼らを悪として断ずるだけの気力がゆらにはあった。

 

 しかし、あの少女にだけ、ゆらは他の妖怪たちのような特別悪い感情を抱くことができない。

 確かに妖気のようなものを感じたため、恐らくは妖怪なのだろうが、それでも彼女のことを悪と断ずるだけの決定的なものが、ゆらの中で踏ん切りがつかなかったのである。

 

「……どうした、まだなにか悩みでもあるのかい?」

「い、いえ。大丈夫です」

 

 なおも悩み続けるゆらにリクオの祖父は声かけてきたが、彼女は笑ってごまかした。

 これ以上、自分の悩みにつき合わせるのはさすがに失礼だとゆらは感じたようだ。 

 

「ありとう、おじーちゃん! なんか、おじーちゃんと話したらさっぱりした」

「まあ、頑張りや」

「おじーちゃんも、もし妖怪とかで困ったことがあったらいつでも言って! 絶対力になるから!!」

「リクオ共々、よろしくな」

「もちろん! なんか、おじーちゃんとは仲良くなれそうな気がするわ」

「そりゃー、うれしいのー!」

 

 自身の悩みを打ち明けたことで、リクオの祖父である彼にすっかり心を許したゆら。

 お互いに笑みを浮かべながら、会話を続ける二人であったが、

 

 ビュウッっと、その場に突然風が吹き荒れる。

 

「ひゃあ、なんや、変な風やな……」

 

 突然巻き起こった突風に、めくれかかるスカート抑えながらゆらは呟く。

 

「ビル風じゃろ。ホレ、あそこにも新しいビルが――」

 

 ゆらの疑問に答えるよう、ぬらりひょんが視界の先にあったビルを指し示す。

 しかし、次の瞬間――強烈な妖気が、ゆらたちに襲いかかった。

 

「! 危ない、おじーちゃん!」

 

 危機を察知したゆらは、すぐにリクオの祖父を庇いながら横に跳んだ。

 先ほどまでゆらたちがいた場所へと風が襲いかかり、後方にあったブランコが真っ二つに破壊される。

 

「大丈夫。おじーちゃん!?」

「う、うむ」

 

 リクオの祖父にケガがないことを確認し、ゆらは安堵の溜息をもらす。

 

「――ほう、よけたか……」 

 

 そんな彼女に向かって、称賛の言葉が送られる。

 その言葉の方、風が襲い掛かってきた方向から聞こえてくる不気味な声に、ゆらが視線を向ける。

 

「勘の良い……護衛だな」 

 

 そこに立っていた妙に殺気立つ男たち――妖怪たちに花開院ゆらは懐の護符へと手を伸ばしていた。

 

 




補足説明
 
 狒々様
  アニメ版だと四国妖怪にやられても仕方ないといった感じで描いてもらえましたが、原作では…………。
 


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第十二幕 不穏を呼び込む報せ

この辺りはまだ原作の流れどおりですね……。
ちょっと小説らしくリクオの心情などを書き記してみましたが……
とりあえず、次回くらいから二次創作らしい展開に持っていきますのでご容赦下さい。


 ――いったい、誰が狒々をあんな目に……。

 

 放課後。浮世絵中学校の廊下を奴良リクオはうつむいたまま歩いていた。狒々が何者かに殺されたと一報を聞いてからというもの、彼の気持ちはずっと沈んだままだ。

 

 先日の牛鬼の謀反の一件。あの一件にて、リクオは牛鬼の胸の内をしかと聞き届けた。彼が奴良組をどれだけ愛しているか。家族としてその危機にどれだけ胸を痛めていたか。

 その危機を脱するために、彼は自身の命すらを顧みずに行動を起こしたのだ。奴良リクオという器を見定めるために。そんな牛鬼の決意に、リクオも覚悟を決めた。

 夜の妖怪としてのリクオが、その場の勢い、妖怪としての血の熱さに身を任せるような刹那的な思考ではなく。

 昼の人間としてのリクオが、しっかりと自分の意志で考え、熟考し、そして決意したのだ。

 

 ――『いつまでも、目を閉じてはいられない』

 

 怖いけれども、平和なただの人間として生きたいけれども。

 それでも大切な仲間が、家族が、この奴良組にいるのだ。

 ならばこの妖怪の血に頼ってでも、自分がやらねばならない。自分が皆を守れる、立派な大将にならなくてはならない。だからこそ、彼は奴良組三代目の座を継ぐことを決意したのだ。

 

 

 しかし――その矢先。リクオはかけがえのない家族を一人、失うことになった。

 

 

 ――狒々……もっとちゃんと話をしておきたかった……。

 

 半妖のリクオを快く思わない古株の妖怪たちが多い中で、狒々はそれなりにリクオに理解を示してくれる幹部の一人だった。

 それは狒々自身が猩影(しょうえい)という、人間の女性との間にもうけた、リクオと同じ半妖の息子がいるからだろう。

 そのためか、彼はちょくちょくリクオのことを気にかけてくれた。

 

『そうしていると、ただの子供じゃな……』

「――っ!」

 

 彼が最後に自分にかけてくれた言葉を思い出し、リクオの胸がズキリと痛んだ。

 大切な家族との死別。まだ十二歳の彼にとって、そう簡単に折り合いを付けられるものでもないだろう。

 

「――リクオくん!!」

 

 だが、そんな落ち込むリクオに向かって、元気よく声をかけてくれる人がいた。

 幼馴染の家長カナである。

 

「部活始まるよ、早く行こう!」

「あっ……う、うん」

 

 彼女はいつものように笑顔で手を振りながら、リクオへと駆け寄ってくる。

 リクオと歩幅を合わせ、清十字怪奇探偵団が待つ教室へと、一緒についてきてくれる。

 

「リクオくん。この間はありがとう、誕生日プレゼント。今度は私が何かリクオくんにプレゼントしてあげなくちゃね。何がいいかな……」

「……そんな、気にしなくてもいいから……」

 

 隣を寄り添いながら、カナは先日の誕生日の一件の礼を口にしていた。今度はリクオの誕生日に何かお返ししなければと彼女は思案している。

 リクオの誕生日。それは彼が妖怪としての成人である十三歳になる日であり、彼が跡目候補から正式に奴良組の三代目を継ぐ記念すべき日でもある。

 だが正直、今のリクオにそんな情報は入ってこない。彼は大切な家族の死に、ただただ心を痛めており、カナの言葉にも生返事で答えてしまう。

 カナは、そんなリクオの態度に腹を立てるでもなく、悲しみでもなく。心配そうに彼の顔を覗き込んでいた。

 

「リクオくん……今日なんか変だよ? 授業中もボーっとしてたし、ちっとも笑わないし。何かあったの?」

「別に、何も……昨日あんまり寝てないから、そのせいだよ……」

 

 しかし、そんなカナの気遣いにリクオはその場しのぎの誤魔化しを口にする。

 妖怪世界の事情をカナに言える訳もなく、しかしだからといって、今のリクオに彼女の気遣いに気の利いた言葉を返す余裕もない。

 リクオのそんな態度に、一瞬カナは悲しそうな表情をしたが、すぐに表情を真剣なものに戻し、彼へと語りかけていた。

 

「そっか……それならいいだけど。いつも元気なリクオくんが落ち込んでいると、なんか心配で……」

「――!」

 

 カナの言葉にリクオはハッとなる。

 

 ――そっか……ボクが落ち込んでも、皆を不安にするだけ。こういうときこそ、ボクが、三代目候補のボクが元気でいないといけないんだ!

 

 リクオは今朝。学校に行く前に家の妖怪たちと顔を合わせたときのことを思い出す。

 皆、リクオに対してどこかよそよそしい態度で接していたが、それは他でもないリクオ自身がそうさせていたのだ。狒々を失くした悲しみで暮れるリクオに気を遣い、どう踏み込むべきかと彼らの頭を悩ませてしまっていたのだろう。

 だが、それでは駄目だ。仮にも自分は三代目候補。皆の規範となって、皆を引っ張っていかなければならない。

 いつまでも落ち込んでいる様子など見せては、皆に示しがつかない。

 

「リクオくん?」

 

 そのように考え込むリクオに、またカナは彼の顔を覗き込む。そんな不安がる彼女に、今度はリクオも笑顔で応えることができていた。

 

「カナちゃん、ありがとう、心配してくれて。でも、もう大丈夫だよ」

「……うん、そうみたいだね!」

 

 上っ面の空元気ではない。本当に気持ちを持ち直したリクオへ、カナもまた笑顔で喜んだ。

 

 

 

 そうこうしている内、二人は目的地へ辿り着く。

 決まった部室のない(もとより部活動として認可されていない)清十字団は、いつものように空き教室を利用して活動していた。

 

「ほら、凛子先輩! ここのステップはこうですよ、こう!」

「ええと、こうかしら? なんだかちょっと、恥ずかしいわ……」

「何言ってるんですか。恥ずかしがってたら、妖怪から逃げられませんよ? 私らみたいに全裸で襲われることになりますよ、いいんですか!?」

「ぜ、全裸は……ちょっと困るわね……」

 

 机や椅子を片付けた広々としたスペース内で、巻と鳥居の二人がゆらから習った禹歩を、先日入部したばかりの凛子にも伝授していた。講師であるゆらがお休みのため、どこか本来の禹歩とかけ離れているように見えるが、実に楽しそうに、三人の少女は和気藹々と不思議なステップを踊る。

 そんな彼女たちの輪と少し離れたところで、団長の清継が何やらノートパソコンで作業をしている。

 

「よし、出来た! ふふふ、みんな驚くなよ」

 

 自信満々の笑みを浮かべながら、側にいたリクオ、カナ、つららの三人に声をかけた。

 ちなみに島はサッカー部の方に顔を出しているため、今日もお休みである。

 

「清継くん。また何か作ったの?」

 

 普段の調子を取り戻したリクオが清継の呼びかけに応じ、彼のノートパソコンを覗き込む。

 すると、そこには日本地図に何かのグラフを重ねた画像が映し出されていた。バッと見、天気予報などで降雨量を表すような棒グラフにも見えるが。

 疑問の表情をする一同に向かって、清継は得意げに語って聞かせる。

 

「ふふふ、ただの日本地図に見えるかい? ノンノンノン! これは全国の妖怪分布図だ。化原先生との共作で作った。二人で文献を調べたりして得た情報を元に、妖怪の出没地域をデータ化したものだ」

「へぇ……本当、清継くんて妖怪が好きなんだな……」

 

 捻眼山で遭遇したあの怪しい作家と未だに接点を持っていたことに驚きつつ、リクオは清継の底知れぬ妖怪愛に心の底から敬意を抱く。いったい、何がここまで彼を駆り立てるのか、長い付き合いながら未だに理解できない部分も多い。

 

「こうして見ると西の方に多いんですね、特に京都とか、四国とか……」

「本当だ……なんか、意外だな」

 

 雪女のつららがそう呟くように、棒グラフの妖怪出没地域は西の方に手中している。

 特に京都と四国。京都に妖怪の目撃情報が多いのはまだリクオにも理解できた。京都には西方最大勢力の京妖怪たちが集っていると、カラス天狗や木魚達磨が口にしていたのを耳にした記憶があるからだ。

 しかし、四国もまた、京都に負けず劣らず妖怪の目撃情報が多いように見受けられる。あまり話を聞いたことがないだけに、リクオにはそれが意外なことのように思えてしまう。

 すると、つららとリクオの疑問に答えるように清継は得意げに答える。

 

「そう! 人口や歴史を考えても四国は妖怪の多発出現地域だ。まさに、妖怪王国の一つと言えよう」

「ふ~ん……」

「なんだ? また清継何か作ってんの?」

「何それ? 棒グラフ?」

 

 そんな自慢げな様子の清継の話に禹歩の稽古を一時中断して、巻と鳥居、凛子の三人も彼の周りに集まってくる。皆で清継のノートパソコンを覗き込みながら、ワイワイと騒ぐ清十字団の面々。

 

 ――うん、やっぱりいいな……こういう日常も……。

 

 そんなメンバーの様子を少し離れたところで眺めながら、リクオは一人微笑みを溢す。

 三代目として組を支えると誓った今でも、こういう何気ない日常がリクオが大好きだった。自分が守るべき日常がここにもあることを再確認し、その平穏に今は心を預けるリクオ。

 だが――そんな彼の平穏に水を差すように、忙しない羽ばたき音がリクオの耳に届いてきた。

 

「――総大将ぉ~~!! どこですかぁ~~!!」

「カラス天狗!?」

 

 その聞き覚えのある声に、窓を覗き込むリクオ。彼の視界、学校の上空を黒い影――カラス天狗が猛スピードで飛翔している。人間では視認不可能な速度だが、リクオの常人離れした視力はばっちりと彼の焦る表情を捉えていた。

 

「若……」

 

 同じものがつららには見えていたのだろう、深刻そうな顔つきでリクオの隣に寄り添ってくる。

 

「組に、また何かあったのかな……行ってみよう!」

「はい!」

 

 鬼気迫るカラス天狗の様子に、胸騒ぎを覚えたリクオ。飛び去っていく彼の後を追いかけることにした。

 隣のつららに声をかけ、血相変えて教室を飛び出していく二人に清十字団の面々が不思議そうに見送るのも構わず、リクオたち駆け出していく。

 その間、リクオは思わず心中で疑問を抱かずにはいられなかった。

 

 ――いったい、何が起ころうとしてるんだ?

 

 

 

×

 

 

 

 カラス天狗が行方を晦ましたぬらりひょんを捜して、四方八方を飛び回っていたまさにその頃。ぬらりひょんは謎の妖怪の襲撃に遭っていた。

 

「なんじゃ、あの男? 風を操る妖怪『かまいたち』か?」

 

 陰陽師である花開院ゆらと公園で談笑中のことだった。なにやら懐で彼に付き添ってきた納豆小僧が冷や汗を流していたが、それにも構わず彼はこの陰陽少女との会話を楽しんでいた。だがその最中、そんな二人の話に割って入るように、その敵はこちらへと襲い掛かってきた。

 

 しかし、突然の襲撃にもかかわらず、ぬらりひょんは落ち着いた様子で目の前の状況を分析する。

 自分に対して殺気をみなぎらせて近寄ってくる五人組みの男たち。男たちは皆、一様に黒いスーツに身を包んでおり、昔興味本意で見た外国映画に出てくるマフィアの構成員のような出で立ちをしていた。

 

「妖怪に詳しいんやな、おじーちゃん?」

「うん? まあのう……」

 

 自分の呟きが聞こえたのか、ゆらは不思議そうにぬらりひょんの方を振り返るも、すぐに視線を男たちに戻す。

 

「でも、多分……あいつは『かまいたち』ちゃうよ」

「ほう……」

「何かの文献で見たことある。ヒュン、ヒュルルンと、鞭のような音を出す風妖怪。その風の鞭は猛毒を含み傷を負った者を死にいたらしめる。――四国の怪異妖怪『ムチ』や!」

 

 ――なるほど、四国の妖怪ね……。

 

 ゆらの言葉に何か思い当たる節があるのか、ぬらりひょんは口元をかすかに歪め、そして悟る。

 先ほどの公園のブランコを真っ二つに裂いた風の刃。その手口、切り口は、狒々の死体を調べた三羽鴉たちの報告に一致する。

 間違いなく狒々を殺した下手人はこいつらだろうと、ぬらりひょんは目を細めて彼らを見据える。

 

 だが、ぬらりひょんの冷めた眼差しに気づいた様子もなく。男たちの真ん中に立っていた黒帽子に黒サングラスという、一際危ない雰囲気を醸し出しているリーダー格の男――ムチが腕をしならせる。

 再び突風が生まれ、風が鞭となって二人へと襲い掛かった。

 

「おじーちゃん、にげて!!」

 

 ゆらがぬらりひょんを背に庇いながら、素早く財布から何枚もの護符を取り出す。取り出した護符は空中に展開され、壁のように敵の攻撃を阻止し、風の軌道を後方へと逸らす。

 だが、はじかれた風の衝撃が後方のビルの窓ガラスを割り、ガラスの破片のシャワーが頭上から二人の元へと降り注いだ。

 

「!? いたっ!」

「あ、大丈夫!? おじーちゃん!!」

 

 チックとする痛みにおもわず頭を抑えるぬらりひょん。そんな痛みに気をとられた一瞬、男たちから意識を外してしまい、再び視線を向けるとムチが一人だけで、その場に立っていた。

 

「し、しまった!」

 

 ゆらが慌てた様子で周りに視線を向ける。いつの間にか、他の男たちが二人を取り囲むような形で陣を取っていた。

 

「ふふふ! 『風の陣形・砂打ちの鞭』!」

 

 ムチの掛け声とともに、男たちも腕をしならせ風を巻き起こす。複数の風の鞭が二人に襲いかかり、風圧によって舞いあがった小石がぬらりひょんへと飛んできた。

 

「む……」

 

 ぬらりひょんは飛んできた小石を避けようとするが、

 

「おじーちゃん!!」

 

 それよりも先に、ゆらがその身を盾にして小石からぬらりひょんを守る。

 

「おい、ワシのことはほっとけ」

「そうはいかん!!」

 

 彼女にとって今の自分は無力な一般人、必死になって守るその姿に敬意を感じたがこのままでは共倒れである。

 どうやら、そのように考えたのは彼女も同じらしい。

 

「おじいちゃん これに捕まって! 禄存!!」

 

 ゆらの呼び声と共に、巨大な鹿がその場に顕現する。

  

 ――式神!?

「ひぇぇぇ!?」

 

 ゆらの呼び出した式神の背にぬらりひょんが乗せられ、その式神の存在感に圧倒されたぬらりひょんの荷物の中に混じっていた納豆小僧が小さく悲鳴をあげる。

 そしてそのまま、ぬらりひょんを乗せ、禄存が上空へと避難して行く。

 

「追え!!」

 

 ムチが焦った様子で部下に指示を出す。男たちは全員で風を巻き起こし、上空へと駆けていく禄存に攻撃を加えるが、ムチたちの攻撃の射程外に出たらしい。彼らの繰り出した風の鞭は空しく空を切った。

 ビルの屋上まで逃れたぬらりひょん。禄存から降り、眼下に向かって彼は叫ぶ。

 

「おーい、ありがとうよ! 花開院の――」

 

 その行為に礼を言おうしたぬらりひょんだったが、ビルの上から見えたその光景に思わず絶句する。

 既にゆらは満身創痍と言った具合に疲労していた。服もあちこちが切り裂かれており、苦しそうに息を吐いている。

 

「総大将!!」

 

 ゆらの状態に納豆小僧も悲鳴を上げる。

 

「いかに花開院の血筋といえども……これ以上は無理じゃ」

 

 だが、ボロボロのゆらに対して、ムチたちは容赦なく攻撃を加える。こちらを追う前に彼女を始末するつもりでいるようだ。

 

「ワシなんぞのために、式神を使うからじゃぞ……」

 

 ぬらりひょんは花開院の人間を決して低くは見ていない。むしろ人間として、陰陽師として高く評価しているつもりだ。しかし、いくらどんなに高名な陰陽師でも、式神がなければどうにもならない。

 彼女はその式神を、自分を助けるために使ってしまった。

 

 ――仕方ないのう。

 

 ぬらりひょんはビルから飛び出そうと、一歩前に出る。

 

「駄目です総大将!! 正体をばらすわけには――」

 

 納豆小僧が必死に自分を止めるが、既にぬらりひょんは彼女に加勢しに行くことを決めていた。

 

 正直、人間の一人や二人どうなろうと知ったことではないのだが、あの妖怪たちの狙いは自分だ。自分のせいで巻き込まれた彼女をこのまま見捨てておくのは、どうにも目覚めが悪い。

 また、ゆらは孫であるリクオの友達でもある。見捨てたなどと知れたら、どんな小言を言われるかわかったものではない。

 だが、さらに一歩前に踏み出し、ぬらりひょんがビルから飛び降りようした直後――

 

 ゆらを中心に爆発が発生し、その爆風ですべての風を打ち消された。 

 

『!?』

 

 爆風によって生まれた煙が、ゆらの姿を覆い隠す。

 突如として発生した不可解な現象に、ぬらりひょんとムチの動きが止まる。

 そして煙が晴れる同時に姿を現した『それ』を見て――全員の表情が驚愕に染まる。

 

 ゆらの背後に巨大な狼と、落ち武者の式神が顕現していたのだ。

 

 ――式神を、三体!?

 

「まさか、式神をあの歳で三体も出すとは! 信じられん、すごい才能じゃ!!」 

 

 ぬらりひょんが知る限り、普通の陰陽師が一度に使役できる式神の数は一体、多くて二体までだ。

 しかし、あの年端もいかぬ少女は一度に三体もの式神を使役している。

 それは過去400年前に出会った、あの男に匹敵する才能だ。

 

 ぬらりひょんが感嘆している間にも、巨大な狼が男を一匹食い殺した。

 男たちが動揺する隙を突くように、ゆらはさらなる護符を取り出し金魚の式神が顕現させた。

 

 ――四体!?

 

 まさかの四体目の出現にさらに驚愕するぬらりひょん。

 

 ――花開院、ゆらか……。

 

 先ほどまで、彼女のことを只の子供だと思っていたぬらりひょんだったが、心の中でゆらの評価を改めた。

 その才能にその実力に、どこか頼もしい思いを感じながら。

 

 

 

 

 

 このとき、ゆらは気づかなかった。襲撃者の男たちに集中するあまりに。

 男たちは気づかなかった、ゆらの突然の攻勢に驚くあまりに。

 そして、ビルの上から公園を見下ろしていた、ぬらりひょんですら気づかなかった。

 

 ゆらと男たちが交戦を続ける公園内。

 少し離れた先のベンチで、先ほどからずっと寝っころがっていた少年が、ゆっくりと起き上がっていたことに。

 

 少年の纏っている空気が怒気をはらんでいたことに。

 その殺気を、男たちへと向けていたこと、誰一人気づけずにいたのだ。

 

 




補足説明

 猩影
  ご存じ狒々の息子。彼の母親が人間であることは公式の設定です。彼も父親である狒々が死ぬまでは、ずっと自分のことを人間と誤解していたらしい。猩影くんの黒歴史共々、詳しい解説はコミックス二十四巻のおまけ漫画に載っています。

 今作における『半妖』の定義
  今作において、半妖の定義は妖怪の血が混じっていることを指すように書いていきます。妖怪の血が二分の一だろうと、四分の一だろうと、八分の一だろうと。呼び方は全員半妖で統一しますので、混乱しないようにお願いします。




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第十三幕 二人の陰陽師

タイトルにあるとおり、オリキャラが出ます。苦手な方はご容赦下さい。


 ――行ける、今度こそ!!

 

 四国の怪異妖怪ムチによる突然の襲撃。

 当初は相手のペースに乗せられ守勢に回っていたゆらだったが、それもここまで。奴良リクオの祖父という、足手まといを避難させた今、なにも遠慮する必要はない。

 自分が今出せる全力――全ての式神を開放して敵を殲滅する。

 

「たんろォォォ―――! こいつら、喰い殺してしまい―――!!」

 

 巨大なニホンオオカミ、貧狼をけしかけ、男の一人を文字通り喰い殺す。

 落ち武者の式神・武曲がその動きをサポートする。

 

廉貞(れんてい)!!」

 

 さらに追撃を加えるべく、ゆらは四体目の式神・廉貞を召喚した。

 金魚の姿をしたその式神を自身の腕と一体化させる。

 

『花開院流陰陽術・黄泉送葬水包銃(よみおくり・ゆらMAX)

 

 この浮世絵町にきて編み出した、ゆらの新たな力。

 腕に取り付かせた廉貞、その口から飛び出す水圧が大砲のよう敵を撃ちぬく。その銃口を男たちに向け、ゆらは狙いを定めて放とうとした。

 

 しかし瞬間――どこからともなく公園のベンチが飛んきて、狙いを定めていた男の一人を吹き飛ばす。

 

「――がッ!?」

 

 ベンチにぶつかった男が苦悶の声をあげ、それを横で見ていた仲間の妖怪たちがベンチの飛んできた方向に目を向ける。ゆらもその視線の動きにつられ、そちらを振り向く。

 そこに立っていたのは――浮世絵中学の制服をきた男子生徒だった。少年はどこか気だるげな表情に死んだ魚のような目をしている。

 ゆらはその少年に見覚えがあった。

 

 ――こいつ、確かレモンラテのっ!? 

 

 先日、清十字団の活動で訪れたレモンラテなるお店。友人の巻が万引きGメンを名乗る男に絡まれた際に、助け舟を出してきた少年だ。

 かなり強引な方法でその場をおさめた少年は、あのときも大分近寄りがたい雰囲気を発していたが、今の彼はさらにその雰囲気を五割ほどました状態で立っていた。

 

「――おい」

 

 少年が口を開く。その声音にはあきらかな怒気がこめられていた。

 

 

 

×

 

 

 

 その日、土御門春明はそれなりに機嫌が良かった。

 

 彼は日課の散歩、もとい市内のパトロールを終えてこの公園を通りかかった。

 数日前、レモンラテなる店で万引きGメンに扮した袖入れ鬼をしばき倒して以降、特にこれといったトラブルもなく、平穏無事な日々が続いた。

 余計な面倒ごとを嫌う春明は、そんな日々に心地よさを感じていた。夕飯まで特にやることもなかったため、公園内にあったベンチに寝っころがり、時間を潰す。

 静かに目を閉じ、そのまま気持ちの良い眠気に体を預けようとしたのだが――

 

 「………ほど……………ために……………東京に…………」

 「いえ………ですよ…………で………から」

 

 会話が聞こえてきた。老人と女の子が自分の寝ているすぐ側で何事かを話しこんでいた。

 何を話しているかまでは聞こえなかったし、春明自身も聞くつもりはなかった。

 多少耳障りだったが、公共の場である以上は仕方ない。さすがにその程度で怒るほど彼は短気でもなければ、自分勝手でもなかった。無視して再び眠気に身をまかせる。しかし――

 

「――危ない!! おじーちゃん」

 

 ズガァァン!と、女の子の大声と同時に響いた破壊音に眠りを妨げられる。

 気がつけば、公園全体に妖気が充満していることが感じ取れたが、陰陽師であるはずの春明は動かない。

 妖気の敵意が自分に向けられていなかったこと、面倒ごとを嫌う彼の性格、またいい加減眠かったこともあったため、あえて無視することにした。

 睡眠を邪魔された怒りを、静かに胸の内に留め、今度こそゴタゴタが起きているであろう現場に背を向け、夢の中に旅立とうとするが――

 

 ゴオオオオォォォォ!! ギュオオオォォォォ!!

 ビシュァァァ!!    ビュォォォォ!!

 

 すさまじい風切り音が絶え間なく鳴り響く。一向に止む気配のない騒音に春明の怒りが限界ぎりぎりまで溜まっていく。そして――

 

 コツンと、ムチたちの起こした突風の風圧に飛ばされた小石の一つがが春明の頭に直撃した。

 その瞬間――春明の怒りメーターが一気に限界値を振り切っていた

 

 

 

 

「さっきから、ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせんだよ手前ら………」

 

 ゆらもムチたちも動けずにいた。突如として乱入してきた少年が何者なのか、いったい何を目的としてここに現れたのか。困惑した表情で次なる彼の言葉を待った。

 

「俺は……疲れてんだよ。ここ最近は妙なゴタゴタが続いてな。その後処理で忙しかったんだよ。それもここにきてようやくひと段落着いた。久しぶりにゆっくり昼寝でも出来ると思ってたんだよ。それが、どうした? いざ寝ようってときに、横でぎゃあぎゃあ騒ぎやがってよ」

 

 苛立ち混じりに言葉を紡ぎ続ける少年。心なしか表情も段々と険しくなっていく。

 

「分かるか? お前らは俺の安眠を妨げたんだ。当然、覚悟は出来てんだろうな?」

「か、覚悟?」

 

 ベンチをぶつけられた男がよろよろと起き上がりながら、少年の口から発せられた単語をオウムのように繰り返した。

 

「ああ」

 

 男の疑問に少年は簡潔に答える。

 

「――死ぬ覚悟だ」

 

 その言葉が終わると同時に、少年が片足を地面に踏みつけた。

 

 瞬間――少年の足元から巨大な木の根が大地を突き破るように飛び出してきた。

 

 それも一つではない。いくつもの巨大な木の根がまるでタコやイカといった軟体動物の触手のように動いている。普通の人間では起こしえないその現象に、ゆらはより一層少年への警戒心を強める。

 この少年も妖怪かと疑ったゆらだったが、すぐにその考えを打ち消した。

 少年が起こした現象。その現象の力の源が自分と同じものだと感じとったからだ。

 

 ――こいつ、陰陽師!?

 

 この浮世絵町に自分と同じ陰陽師がいたことに驚くゆら。同じように男たちも驚いているのか、戸惑う表情を浮かべている。

 だが、その戸惑いによって生まれた数秒の空白が――彼らの命運を分けた。

 

 少年が無造作に腕を振る。

 すると、いくつもの木の根の先端が針のように尖り、先ほどベンチをぶつけられた男に真っ直ぐに襲いかかる。未だにダメージを引きずっていたのか、上手く避けきれなかった男の体を巨大な針と化した根が刺し貫いた。

 

「ち、散れ!!」

 

 ムチが焦ったように残りの部下たちに素早く指示をだす。

 自身を含め残り三人となった男たちが、三方向に散り少年を取り囲み、腕を振るい風の鞭を叩きつける。

 だが、その攻撃が少年に届くことはなかった。

 

 大地を割り、再び木の根が出現する。

 大樹の表面のように厚く太い根が壁のように立ちはだかり、風の鞭を防いだのだ。

 そして風を防いだ後、根は触手になり男の一人に絡みつき、そのまま締め上げていく。締め付けの圧力に耐え切れず限界をむかえた男の体が、ばらばらに引き裂かれる。

 

 その間、別の触手が公園内にあった時計塔の柱を引っこ抜き、そのまま別の男へと投げ捨てていた。投げ槍のように飛んでいく柱が、男の体に突き刺さる。

 かなりのスピードで飛んだ柱は男を突き刺さしたその勢いのまま、ゆらの呼び出した式神・武曲の元へと飛来する。

 

「むおっ!?」

 

 自分に飛火してきた攻撃に間一髪気づいた武曲は、飛んできた柱を男ごと切断した。

 

「大丈夫か、武曲!?」

「は、はい。私は大丈夫でございます、ゆら様…」

「あいつ……!」

 

 ゆらはその戦い方。周りの被害などお構いなしに陰陽術を行使する少年の戦い方に反感を抱く。

 瞳に険を宿し、名も知れぬ少年を睨みつけていた。 

 

 

 

×

 

 

 

「あと一匹……」

 

 手早く妖怪たちを片付けた春明は、残ったリーダー格の男に目をやりながら冷酷に呟いた。

 しかし、仲間をやられた男の方も騒ぐでもなく、泣き喚くもなく、冷静な様子で油断なく身構えている。

 不意に、男はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「キュアアアア!!」

 

 奇声を発しながら腕を振るい、突風を巻き起こす。取り巻きの男たちとは段違いの風の凄まじさに、思わず舌打ちしながらも、その攻撃を防ぐべく陰陽術を行使する。

 

 ――我が身を守れ。『陰陽術木霊(こだま)防樹壁(ぼうじゅへき)』。

 

 巨大な木の根を自身の周囲に、ドーム状に張り巡らせた。

 

 陰陽術・木霊。

 陰陽道における五行の一つ『木』。

 春明はその『木』の力を使い、植物の成長速度と方向性を自在に操作することできる。

 今の春明は公園内の植物に力を送り込み、この術を行使しているのだ。 

 

 張り巡らされた樹は、妖怪の風を完全に遮断したが、同時に春明の視界を封じる。風を受けきりすぐに術を解いて視界を開くと、そのとき、敵の妖怪はその足を地面につけていなかった。ゆらゆらと幽霊のように、空中に浮かんでいた。

 

「あいにくとこれ以上、おめーみてえな危なえ野郎と遊んでる暇はねーんだ、あばよ!!」

 

 口元に笑みを浮かべつつ、額に一筋の汗を滲ませながら捨て台詞を言い残し、男はそのままどこぞへと飛び去っていった。

 

 ――こっちだって追うつもりはねぇよ……。

 

 春明は立ち去る妖怪を黙って見送った。ひとしきり暴れて気も済んだうえ、わざわざ追ってまで始末をつけようとは思わない。

 怒りで忘れかけていた眠気が戻り、欠伸がこみ上げくる。家に帰って寝直そうと思い立ち、その場を立ち去ろうと歩き始めるが、

 

「ちょ、ちょい待ち!!」

「あんっ?」

 

 自分を呼び止める女子の声に振り返る。

 

「どこいくねん! 妖怪はまだ残っとるんやぞ、はよ追わんと!!」

 

 先ほどまで妖怪たちに襲われていた少女が自分に険しい目を向けている。

 

 ――あれ、こいつ確か……?

 

 少女の隣にいる式神の存在を認知した春明はそのときになってようやく、その少女がカナの話にでてきた陰陽師・花開院ゆらだと気づいた。

 

「あいつは逃げたんやない! 奴良くんのおじーちゃんを、人間を襲いにいったんや。助けにいかんと!!」

 

 ゆらの言葉に春明は男が飛んでいった方角に目を向けた。確かに男の飛んでいく先にはビルがあり、その屋上には一人の小柄な老人が見えた。ただの人間であったなら、助けに行くのが普通なのかもしれないが、

 

 ――奴良リクオのじじいっつたら、妖怪ぬらりひょんじゃねぇか。

 

「なら、なおのこと助けにいく必要なんてねえだろ」

「な!?」

 

 春明はあっけらかんと言い切り、その場を立ち去る。

 

「ま、待て……っ!」

 

 なおも春明に何かを叫ぼうとしたが、ゆらがその場に苦しそうに膝を着いた。

 

「ゆら様!! いけません!!」

 

 彼女の苦しむ様子に、式神らしき巨大な落ち武者がゆらを静止する。

 

「なんで止めるんや、武曲!!」

「無理です。一度に4体は! 引っ込めてください。ゆら様のお体が潰れてしまいます!!」

「なに言うんや!! その身をかけても、妖怪を退治すんのが陰陽師の役目やろ!!」

 

 ――式神を4体……。

 

 その言葉を聞き、春明は彼女がこれほど消耗している理由に合点がいった。 

 陰陽師が一度に4体も式神を操るなど並大抵のことではなく、かなりの精神力を必要とするはずだ。くわえて、妖怪たちにやられたダメージを引きずっている体。

 ずいぶんと元気に吠えているが、今の彼女は立っているのもやっとの状態だろう。そんなゆらにも、ぬらりひょんにも興味などないとばかりに春明は公園を後にしていく。

 

「くっ!!」

 

 一瞬だけ、春明の背中をキッと睨みつけたゆらだったが、すぐにぬらりひょんのいるビルの方へと妖怪を追いかけていった。

 誰もいなくなった公園を背に、春明はもう一度だけ男が飛んでいったビルに目を向ける。

 

 ちょうど男の手によって鹿の式神がやられている姿が見えた。これでぬらりひょんとあの男の会合を邪魔するものはいないだろう。

 先ほど自分が交戦した妖怪。周りの取り巻きの男たちはともかく、あのリーダー格の男はそれなりの力量を持った妖怪だった。まともにやりあえば春明でも、苦戦していたことだろう。だが――

 

「ふん……」

 

 そこまで考え、春明は首を振り、肩をすくめた。

 さすがに相手が妖怪の総大将ぬらりひょんでは分が悪すぎる。間違いなく返り討ちにあうであろう男に対し、特に同情することもなくそう結果を予測する。

 

「それにしても、よりにもよってぬらりひょんに喧嘩を売るとは……余所者か?」

 

 そう。この関東で生きる妖怪なら、間違ってもぬらりひょんに喧嘩を売るなどといった愚考を犯すことはない。

 もし、連中があの老人をぬらりひょんと知って、襲いかかっているのだとしたら――

 

「また、面倒なことにならなきゃいいがな……」

 

 誰にも聞かれることなく、呟かれた春明の願い。

 その願いは、数日もたたぬうちに裏切られることとなる。

 

 

 

×

 

 

 

「あー疲れた!! ずいぶん長く語ってましたね、清継くん」

「そうね。日が長い季節で助かったわ」

  

 清十字怪奇探偵団の部活動が終わった夕暮れ時。カナと凜子は談笑しながら家路への帰り道を歩いていた。

 本来、凜子は家のリムジンで毎日の送り迎えをしてもらっていたのだが、清十字団に入って以降、なるべく皆と時間を共有したいという理由から電車で通学路を通うことにしていた。

 

「そういえば帰り際、清継くんが言ってましたけど、例の携帯を埋め込んだ人形……正式に清十字団の通信機として採用するそうですよ」

「本当に!?」

「ええ、もう全員分の人形を業者に発注してるらしいです」

「嬉しいわ!! ずっと欲しいと思ってたのよ あの人形すごくかわいいから!!」

「……先輩、それ冗談ですか? まじですか?」

 

 二人の少女が仲良さげに話している様子を、隣で下校を共にしていたリクオは頬ゆるませながら見つめている。彼女たちの笑顔が、リクオの心を暖かい気持ちにさせてくれる。

 だが、そんなリクオの気持ちに横槍を入れるように、言葉を挟んでくる者がいた。

 

「あの……リクオ様」

「なんだい、つらら?」

 

 自身の護衛であるつららが、カナと凜子に聞こえないような小声でリクオに進言する。

 

「差し出がましいことですが、先日清十字団に入部してきた、白神さん。その……なんと言いますか」

 

 何と形容してしていいのかわからず、言い淀んでいる様子のつらら。

 その隣で同じ護衛である倉田――もとい青田坊も真剣な顔つきで頷いている。

 

「……言いたいことはわかるよ。つらら」 

 

 そんな護衛たちの心配を先読みして、リクオは答える。

 

 白神凜子。

 先日、新たに清十字団の仲間入りをした一年上の先輩。

 一見すると只の人間の少女に見えたが、リクオやその側近たちは既に気づいていた。

 彼女が只の人間ではないことに、なんらかの秘密をもっていることに。

 そのことは彼女の体のいたるところに生えている白い鱗からも見て取れた。

 しかし、リクオは首を振る。

 

「でも――誰にでも言いたくない秘密がある。そうだろ?」

「若……」

 

 リクオ自身も学校の皆に話すことのできない秘密を抱えている。自身が半妖であることをカナたちにも言わずに黙っているのだ。それを差し置いて、凛子の秘密を追求しようなどと、失礼極まる行為だとリクオは考える。

 

「それに……」

 

 リクオは初めて、凜子と顔を合わせた日のことを思い出す。

 

 レモンラテでの一件。

 リクオたちの友人の巻が万引きの濡れ衣を着せられそうになったあのとき、ほとんど初対面であるはずの凜子が巻を庇った。

 自称万引きGメンを名乗る男の心無い言葉に、彼女は勇敢に立ち向かっていった。

 そんな凛子の姿をまじかで見ていたリクオには、どうしても彼女が悪い存在には思えなかった。

 

「悪い人じゃない……だから、きっと大丈夫だよ」

「若がそうおっしゃるのであれば従いますが……」

 

 一応納得はしてくれたようだが、その現場にいなかったつららは未だ半信半疑といった態度だった。

 

「それよりも今はじいちゃんだよ。まったく、どこをほっつき歩いてるんだか。みんなに迷惑かけて!」

 

 リクオは、とりあえず話題を変えようと今自分たちが一番気にしなくてはならないであろう話を振る。

 

 学校で清十字団の活動中、奴良組お目付け役であるカラス天狗が何かを叫びながら飛んでいる姿が見えた。

 何かあったのか確認しようと校庭の外まで出てみたが、既にカラス天狗は飛び去った後。急いで彼の後を追いかけようとしたリクオと護衛たちだったが、その行動を制止するものがいた。

 

 牛鬼組組長・牛鬼腹心の部下。牛頭丸と馬頭丸だ。

 謀反の一件で、リクオの命を狙った直接の実行犯の二人だが、今は本家預かりの身の上。一応人質という意味合いもあるのだろうが、リクオは彼らを信頼していた。

 彼らはカラス天狗の命令でいなくなったぬらりひょんを探し回っているとのことだ。後のことは自分たちにまかせて、とっとと本家に戻れと彼らはリクオに言い残し去っていった。

 

「ま、じいちゃんのことだから、そのうち、ふらっと帰ってくると思うけど……」

 

 つららと青田坊を安心させるように笑顔で答えるリクオ。

 ぬらりひょんの不在に、リクオ自身は特に心配はしていなかった。祖父が突然いなくなることは別に珍しくもなんともないことだ。

 だが、今は時期が悪い。狒々が何者かに殺されたばかりなのだ。つららも青田坊も不安が尽きないのか、二人してその顔色を曇らせている。

 しかし、リクオはへこたれない。つい先ほど、自分がしっかりしなければと立ち直ったばかりなのだ。この程度のことで一々気を沈ませているようでは、自分を信じてついてきてくれるしもべたちに申し訳が立たないと、そう強く気を持つことで顔を上げ、前を向いて歩いていくリクオ。

 

「――リクオくん 何の話をしてるの?」

「うあ!?」

 

 すると、顔を上げたすぐ目の前でカナがリクオの顔を覗き込んでいた。あまりにいきなりだったため、思わず奇声をあげてしまったリクオは、咄嗟に笑顔を作る。

 

「な、なんでもないよ!?」

「いえないわ、秘密だもの♡」

「ちょっ!?」

 

 だが、無難に誤魔化そうとしてリクオの考えに反し、何故かつららは意味深な発言で答えていた。

 そんな言い方では、何かしらの誤解をカナに与えてしまうのではないと、嫌な汗がリクオの頬を伝う。

 

「……ふーん」

 

 案の定、つららの発言の意図を探るかのように、カナは訝しがる。

 

「は、はははは……」

 

 彼女のその視線に笑って誤魔化すしかできず、リクオの表情は引きつっていた。

 

 

「――奴良リクオくん…だよね」

 

 

 そのときだ。突然、前方から自身の名を呼ぶ声がして立ち止まる。 

 リクオの進路上に見慣れぬ二人の青年が立っていた。

 

 ――高校生? 中学生、じゃないか。どこかで会った人だっけ?

 

 リクオは学生服を着ていること、自分よりも頭一つ分ほど背の高いことから二人の青年をそう判断するも、まったく見覚えのない青年に声をかけられたことに困惑する。

 

「あ? 何もんだ、テメエら?」

「青……じゃなくて倉田くん」

 

 青田坊も彼らに見覚えがないのか、ドスのきいた声で二人の青年に臨戦態勢で向っていく。

 リクオが彼の動きを、手をかざして制止する。

 

「リクオくん 知り合い?」

「いや…」

 

 カナの問いを否定しながら、リクオは二人の青年を観察する。

 

 自分に声をかけてきた青年は、いかにも真面目な風貌の男だった。きっちり着こなされた夏服の制服、きれいに整えられた黒髪、目つきが少し鋭かったが、それを除けばどこにでもいる優等生といった感じの高校生だ。

 一方、黒髪の青年に付き添うように隣に控えていた青年、黒髪の青年とは対照的にやんちゃそうな雰囲気のある男だった。特に目立ったのがその男の異様に長い舌だ。男はその長い舌をまるで餌を目の前にしておあずけをくらう犬のように突き出している。

 

「いや聞く必要はなかったかな。こんなに似ているのだからボクと君は……」

 

 黒髪の青年が腕を組みながら、さらに一歩リクオに近づいてくる。彼はリクオの肩にそっと手を置いてきた。

 

「若く才能に溢れ、血を継いでいる……」

 

 青年のその言葉にリクオがハッとなる。

 

 ――それって、じゃあこの人も!?

 

 男たちの正体に対し、漠然とした答えを出しかけたがリクオだが、青年に自分の肩を乱暴に引き寄せられたことで、思考が一時中断される。

 

『!!』

 

 男の荒っぽい行動につららと青田坊、そしてカナが顔を強張らせて身構える。

 

「君は最初から全てを掴んでいる。僕は今から全てを掴む」

「僕が、最初から全てを掴んでいる?」

「違うのかい? 居心地の良い場所があるからといって、いつまでも呆けていたのはどこの誰だい?」

 

 自分を試すかのように視線を送ってくる青年の言葉に、思わずリクオは俯きかけた。

 確かにリクオはずっと甘えたことを言い続けていたかもしれない。家など継がない、自分は関係ないと言い聞かせ、目の前のごたごたから逃げてきたかもしれない。

 だが今は違う。既に三代目を継ぐと覚悟を決めたリクオは、青年の言葉を否定するように力強い眼差しで彼と視線を交錯させた。 

 

「お前は一体!?」

 

 青年の正体をはっきりと探ろうと質問を投げかけたが、相手はリクオの質問に答えることもなく、挑発的笑みを浮かべている。

 

「見てて、僕は君より多くの畏れを集めるから…」

「畏………」

 

 青年を睨みつけながら、リクオはその言葉の意味を噛み締めるように一人呟いていた。

 

 沈黙――痛いほどの沈黙がその場を支配する。

 どれくらいの時間がたっただろう。

 沈黙を破り、男がリクオの肩から手を離し、背を向けて歩き出した。

 

「待て、どういうことだ!!」

 

 リクオは立ち去る男の背を呼び止めようと、声を荒げる。だが――

 

「きゃあ!!」

 

 突然の悲鳴に慌てて振り向く。

 悲鳴の主は――白神凜子だった。

 いつの間に後方に移動していたのか、舌を突き出した青年が凜子の両手をがっちりと掴んでいる。

 

「女を囲んでハーレム気分てか……やっぱ大物は違うぜよ」

 

 その青年はリクオに対して憎々しげに言うと、そのまま凜子に顔を近づけ――

 ペロンと、その異様に長い舌で凜子の顔を舐めた。

 

「い、いやぁぁぁ!!」

 

 青年の突然の奇行に凜子が目に涙をため怯える。凜子のリアクションに青年は愉快そうに笑みを浮かべる。

 彼から逃れるため、必死に手を振りほどこうと凜子はもがくが、男は決してその手を離そうとはしない。

 

「てめぇ!!」

 

 青田坊が青年を凜子から引き剥がそうと、拳を握りしめて殴りかかる。

 

 パン! 

 

 次の瞬間、乾いた銃声を思わせるような音が響いた。

 その音にリクオが、つららが、凜子が、そして殴りかかる直前だった青田坊が呆気に取られる。

 音の発信源である青年の首が横を向いており、彼の頬がわずかに赤くなっている。

 そして青年の顔のすぐ側に、カナの手が見えた。

 

 一寸遅れで、カナが青年の頬に思い切り平手打ちを叩き込んだことがわかった。

 

「今すぐ先輩から離れなさい…」

 

 少女の静かな声が耳に届く。 

 

 ――カナちゃん、だよね……?

 

 リクオが唖然となる。普段の彼女からは想像もできない冷たい声音に、一瞬別人かと自身の目を疑った。

 

「この女……っ!」

 

 叩かれた痛みに、歯をむき出しにして怒りを露にする青年。

 

「犬神! 挨拶はそれくらいでいいだろう」

「…………ちっ!!」

 

 だが、先に歩き出していた黒髪の青年が連れの行動を嗜める。仲間の注意に犬神と呼ばれた青年はしばし無言でカナを睨みつけていたが、これ見よがしに舌打ちをして凛子から手を放した。

 そして一瞬、憎悪に満ちた瞳でカナを睨んだが、すぐに黒髪の青年の後に続き、歩き出す。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「え、ええ……」

 

 カナは男の怒りの目線を気にした様子もなく、凜子の無事を確かめるべく駆け寄った。

 その声音に先ほどの冷たさはなく、いつもの彼女に戻っていたことに安堵するリクオだったが、

 

「わ、若……」

 

 つららが何かに戸惑いながら自分に声をかけてきた。リクオも彼女の視線の先を追い、驚きの声を上げる。

 

「あれは!?」

 

 そこにいたあきらかに異質な存在に――その瞳を見開いていた。

 

 

 

×

 

 

 

「くそっ! むかつくぜよ……あの女」

「今のはお前が悪いよ、犬神」

 

 憤慨する犬神を黒髪の青年――玉章(たまずき)は軽い調子で宥める。彼は不敵な笑みを崩さぬまま、ただ前を歩き続ける。

 不意に、彼らの背後にいくつもの妖気の塊が集った。

 玉章は自分の後ろに付き従い歩く妖気の持ち主たちを一瞥する。

 

「着いたね、七人同行」

 

 そこにいたのは蓑笠を深々とかぶる怪しげな集団――『七人同行』だ。

 四国に出ると伝えられている妖怪。

 行き遭うと死を招くだの、不幸になるなど言われている蓑笠姿の集団。

 普段は人の目で見ることができず、牛の股の間であったり何かの間から覗くと見えるというが、しかしその実体は――

 

「いや、八十八鬼夜行の幹部たち」

 

 玉章の言葉に答えるように、七人同行たちはかぶっていた蓑笠を取った。七人同行たちはそれぞれ皆、違った姿形をとっている。

 

 顔一面に、なにかの文字が書かれた布を巻いている者。まるで金属のような髪を持つ女。

 人の姿をした鶏。巨大な巡礼僧。小柄な半漁人。小さな地蔵。

 

 蓑笠姿は仮の姿。

 七人同行とは、四国を代表する妖怪たちのことを指す。

 彼らは玉章率いる、新生四国八十八鬼夜行の幹部たちだ。

 

「やれるよ、ボクらはこの地を奪う」

 

 その長たる八十八鬼夜行、組長の玉章は前を歩き続ける。 

 秘めたる野望を胸に、妖世界の頂点を目指して。

 

「昇ってゆくのは、ボクらだよ」

 

 ただひたすら前だけを歩き続ける。

   




補足説明

 陰陽術・木霊
  オリキャラ・土御門春明の能力です。
  本文の説明にあるように、植物を自在に操る能力。色々な作品で出てくるような能力ですが、筆者が参考にしたのは昔サンデーで連載していた『こわしや我聞』という作品に登場する、脇役のキャラからです。……果たしてこの作品のことを覚えている人、知っている人がどれだけいるか。




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第十四幕 千羽鶴に想いを込めた

まず初めに。
今回の話はぬらりひょんの孫の中でも屈指の名エピソードですが、話の尺の都合上、基本の流れは回想という形でお送りします。
何卒ご容赦ください。



 都会の喧騒から離れた一角にある浮世絵総合病院にて。空が夕日に染まる中、しんしんと雨が降り続けていた。病室の一室ではベッドの上から上半身だけ起こした少女――鳥居夏実が窓からその雨を眺めている。

 そしてその傍らで、鳥居の親友の巻妙織が夏実のベッドに疲れきった表情で突っ伏している。

 

「ふふふ……」 

 

 巻のぐうすかと寝息を立てる様子に優しく微笑む鳥居。

 彼女は昨日の夜、突然意識不明となった自分を心配して一晩中ついていてくれた。鳥居の容態が安定した後も彼女は学校を休んでまで、ずっと側にいてくれた。 

 親友の心からの気遣いに胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。

 

「う~ん、う~ん」

「ありがとね、妙織……」

 

 鳥居は夢の中で何かにうなされている巻へ礼を言いながら、再び窓の外を見やる。

 

 ――今頃、皆はなにしてるかな?

 

 ここにいる巻以外の友人たちの顔を思い浮かべる。

 学校には既に両親が連絡をしてくれている筈だ。自分の突然の入院にどんな反応をしてくれているだろうかと、少しいたずらっぽく鳥居は考える。

 すっかり回復しきっているためか、いくぶんか心に余裕を持っていた。

 すると、そんな彼女の下へ、ノックもせずに勢い良く扉を開けて入ってくる者たちがいた。

 

「鳥居くん、元気かね? 元気だろーな!!」

「清継くん!? みんな!」

「うむ、清継だ!!」

 

 学校の友人たち――清十字団の面々だった。扉を開けた団長の清継を始め、男子のリクオと島。女子のカナとつららが鳥居の病室に顔を出してくれた。

  

「みんな、来てくれたんだ」

 

 まさか、昨日の今日で来てくれるとは思ってもいなかったのか、鳥居が喜びながらも目を丸くして驚く。

 

「当たり前だね。マイファミリー、トリー」

「急に入院なんてびっくりしちゃったよ、大丈夫?」

 

 清継とカナがそれぞれ自分の容態を心配して声をかけてくれる。しかし――

 

「ありがとう。でも、すぐ退院なんだ……」

 

 そう、せっかく来てくれた皆には悪いが、すでに体調も良くなり明日の朝には退院できる。

 医者にも「まるで健康体、さっきまでの危篤状態が嘘のようだ」と驚かれていた。というか何故彼女があんな危ない状態で運ばれてきたのか医者にも、よくわかっていないようだった。

 鳥居自身も自分の身に何が起きたのか、はっきりとは理解できていなかった。

 

「ん~うるさいぞ、清継……もう少し、寝させろ~」

 

 彼らの登場により、一気に騒がしくなった病室内。特に清継のやかましい――もとい、元気いっぱいな声に巻が目を覚ました。眠そうに目を擦る彼女の姿に、再びクスリと笑みを溢す鳥居。

 

「……そういえば、ゆらちゃんと凜子先輩は?」

 

 そこでふと、鳥居は気づく。清十字団の面子に不在のメンバーが二人いることに。

 

「白神先輩は委員会の仕事だそうだ。ゆらくんは……町内を見回ってくるといって、先に帰ってしまったが」

「そう……」

 

 清継の返答に鳥居は少しだけ残念な気持ちになる。ここにいる面子だけでも十分ありがたかったのだが、来ていない団員がいるというだけで寂しく感じてしまう。自分はなんて贅沢なのだろうと、自己嫌悪に落ちる。

 

「おっと、そんなに残念がる必要はないぞ!!」 

 

 すると、そんな鳥居の落ち込みようを察したのか、何故か嬉しそうに笑顔を浮かべながら、清継はカバンから何かを取り出した。

 

「ぱっぱらぱっぱら~ん! 見たまえ!!」

 

 誇らしげに彼が見せつけたものは千羽鶴だった。パッと見で、千羽はいなかったが、それにしてもそこそこの数の千羽鶴が束ねられている。

 

「千羽……は一日で無理だからね。165羽鶴だ!!」

「わっ、すごい!!」

 

 165羽。休み時間の合間に作ったとしても、たった一日で折ったにしては大した数だ。鳥居がそのように驚いていると、カナがこっそり鳥居の耳元に囁きかける。

 

「皆で折ったんだよ。ここにいる皆と凜子先輩とゆらちゃんと皆で、ね……」

「えっ?」

「『お見舞いに来れなくてごめんね』って、二人から」

 

 カナ言葉にハッとなる鳥居。きっと彼女にも自分の寂しさが伝わったのだろう。

 

「ま、数は問題じゃない。込めた想いが重要なのだ! だから、君はものすごく早く治る!!」

 

 何の根拠もない清継の自信満々の発言。普段なら呆れる、暑苦しいといっていほどの彼の明るさも、今の鳥居にはとても心強かった。

 感謝感激――皆の心からの贈り物に満面の笑顔で応える。

 

「ありがとう! 私も、そう思う。私……千羽鶴に助けられた気がするもの。ホラ巻! 千羽鶴!」

 

 鳥居は清継たちから受け取った千羽鶴を、巻に差し出してみせる。

 

「ちょっと鳥居!? まさか私に千羽様のとこに行かすわけじゃないわよね!?」

 

 怯えながらものすごい勢いで後ずさる巻。すっかり眠気も晴れたのか、パッチリと目を見開いている。

 

『千羽様?』

 

 巻の咄嗟に発した聞きなれない固有名詞に、皆が頭に疑問符を浮かべる。

 千羽様とは、この浮世絵総合病院の敷地内にある祠にまつられている守り神だ。その祠に千羽鶴を捧げてお祈りをすると、病気の直りが早くなるといわれているらしい。

 昨日の夜、鳥居の祖母――ひばりのお見舞いに来たときに、巻と鳥居の持ってきた千羽鶴を見て彼女が千羽様のことを教えてくれたのだ。

 ひばりが教えてくれたことを鳥居が皆に話すと、案の定、清継が興奮しながら目を輝かせた。

 

「へぇー! それはおもしろい、ぜひ今からまいろう! その千羽様にお礼をしに!!」

「いやよっ! 絶対いや!! あそこ、超怖い妖怪出んだから!」

 

 だが、清継の全力の願いに、巻が全力で首を振る。

 超怖い妖怪――その言葉を聞いて昨日のことを思い出したのか、鳥居が身震いする。

 

 

 昨日の夜、ひばりの話を聞いてさっそく千羽鶴をそなえにいった二人。

 そして、祖母が元気になるようにと、祈りを捧げ帰ろうと思った矢先――鳥居はそいつに襲われた。

 祠を立ち去ろうとした鳥居の制服の袖を引きながら、不気味に笑う地蔵の化物。

 

『――ワシの名を呼べぇ』

 

 突然現れたその化物に震え上がる鳥居。そして――そこから先の記憶がひどく曖昧だった。

 

 真っ暗な闇の中。彼女はただ苦しみに喘ぎながら、深い眠りについていた。

 直感的に、自分がこのまま死ぬだろうということだけ理解しながら。

 だが――

  

 ――夏実、夏実、夏実。

 

 ハッキリとおぼつかない意識の中でも、鳥居は自分の名を呼ぶ声を確かに耳にした。

 不思議と心が安らぐその声に、そっと目を開ける。

 それまで暗く閉ざされた視界が、明るく暖かな光に照らされていた。

 千羽鶴が、自分の周りを飛び回っている。

 その千羽鶴を操るように、誰かが自分の側に寄り添うように立っていた。

  

 ――人の想いの大きさが、私の力を強くする。

 ――わたし自身が強いわけじゃない、神だから。

 ――ほんの少し、後押しするだけだ。

 ――私は千羽鶴……人の想いの――結晶だ。

 

 そして鳥居は助かった。嘘みたいな話だが本当にあったことだ。きっとあのとき側にいてくれた人が千羽様だったのだろう。彼と千羽鶴を供えてくれた誰かのおかげで、自分は九死に一生を得ることができた。

 

「それこそ聞き捨てならん! 案内したまえ」

「いや~!」

「ちょ、ちょっとここ病院だから、静かにしよう、二人とも」

 

 そのときのことを思い出す鳥居を囲みながら、わいわいと騒ぐ清十字団。そんな皆を見ていると自分も楽しくなり、自然と笑みがこぼれてくる。

 

 ――巻には悪いけど、退院したらまず千羽様に祠に行きたいな。それに……。

 

 そこまで考えて、もう一度鳥居は窓を見やる。

 

 ――『笠のお坊さん』にも、お礼を言わなくちゃ……。

 

 地蔵の化物に袖を掴まれた瞬間、自分と地蔵の間を割ってはいるように現れた『笠のお坊さん』。

 彼もまた、自分の命を救ってくれて恩人の一人なのだろうと、彼女は悟る。

 

 ――千羽様の祠に行けば、また会えるかな?

 

 もう一度、千羽様、笠のお坊さんに会ってお礼を言う。

 その想いを胸に、雨の振り続ける外の景色をいつまでも鳥居は眺め続けていた。

 

 

×

 

 

 

 ――よかった。鳥居さん、なんとか間に合って……。

 

 元気に笑う鳥居の姿を見届け、とりあえず安堵するリクオ。

 昨日の夜、彼女が敵対勢力に襲われたと黒田坊から聞いたときは本当に肝を冷やした。

 急いで彼女を蝕む元凶となった地蔵の化け物――袖モギ様を始末したが、奴は死ぬ間際、リクオたちに勝ち誇るように言ってのけた。

 

 ――ああ、呪いはとけた。だが――あの娘はどうせもう死ぬぞ? ゲヒヒ。

 

 自分の呪いは命を毟る。例え呪いが解けたとしても、そこから回復する体力が彼女にはもうないと言い放ったのだ。激昂した夜のリクオは瀕死の袖モギ様に無言で止めをさし、急いで鳥居の入院している病院へと向かった。

 

 そして、そこでリクオが見たものは――危篤状態を抜け出し、穏やかな寝顔で眠りにつく鳥居だった。

 

 黒田坊はこの地に祭られている土地神――千羽様のおかげだろうと言っていた。祠に行くと誰かがお供えした千羽鶴が飾られている。

 祈る人間の想いが大きければ大きいほど、土地神は力を発揮する。誰が千羽様に祈ったかは分からなかったが、そのおかげで彼女はこうして助かることができた。

 だが、まだ危機は去っていない

 

 ――奴等はボクだけじゃなく、この街を狙っている。なんとか手をうたないと……。

 

 今回はなんとか間に合ったが、次もそうとは限らない。

 街そのものを人質にとられたような気持ちに、リクオの胃がきりきりと痛み出す。

 

 ――四国の妖怪たち、か……。

 

 相手の次なる一手を予測しながら、心中で自分の敵であるものたちの名を呟くリクオであった。

 

 

 

×

 

 

 

 ――よかった。鳥居さん、元気そうで……。

 

 清十字団の話の輪に加わりながら、鳥居の無事に安堵するカナ。

 今朝のHPで担任の横田マナから彼女が入院していると聞いたときは本当にヒヤリとした。学校が終わってすぐ彼女の入院している病院に駆けつけ、鳥居の元気な姿を見てようやく一息ついたのだが、

 

『――超怖い妖怪』

 

 巻が怯えながら言ったその言葉に、カナは思案を巡らす。

 おそらく、その妖怪が今回の元凶。鳥居がこうして無事でいられたということは、きっとリクオの仲間たち、奴良組の妖怪たちがなんとかしてくれたのだろう。

 

『――この浮世絵町で余所者の妖怪が暴れている』  

 

 昨日の夜、アパートに帰ってきた春明に忠告された言葉がカナの脳裏に鮮明に甦る。

 余所者――思い出されるのは昨日の夕方、下校途中のリクオに絡んできた青年たち。カナは彼らがその余所者の妖怪だと当たりをつけていた。

 きっと彼らはまた暴れだす。この街を奴良組から奪い取るため、奴良組の象徴であるリクオの命を狙って。

 

 ――そうはさせない!

 ――リクオくんも、清十字団の皆も、私が守ってみせる!

 

 誰にも悟られるぬよう、カナは静かに決意を固めていた。

 

 

 

×

 

 

 

「まあいいさ! その場所には後日、案内してもらうとして、さっそく今日の本題に入ろう!!」

 

 リクオとカナの二人が、それぞれ自分の考えに区切りをつけた頃合を見計らったかのように、清継が威勢の良い声を上げていた。いそいそとノートパソコンを取り出し、何かしらの作業を始める。

 

「おい清継!! こんなところに来てまで、妖怪談義始めるつもりじゃねえだろうな」

 

 清継の態度に嫌な予感を感じた巻が、顔をしかめて清継に問いかける。

 いかに妖怪好きとはいえ、その妖怪に襲われたばかりの鳥居の病室でそんな話をするのは空気が読めないにもほどがある。だが、巻の問いに清継は首を振った。

 

「そうしてもいいんだがね……残念ながら、今日は別の用件だ」

 

 そして、堂々たる態度で清継はその『本題』を口にする。

 

「ずばり――明日の生徒会選挙についてだ!!」

『生徒会選挙?』

 

 清継の発言に病室内にいる全員が口を揃える。

 確かに明日の午後からそのような行事があることを知っていたが、まだ一年生である自分たちからすればあまりピンと来ないイベントだ。この間まで小学生をやっていた彼らからすれば、生徒会長などあまり馴染み深い存在ではない。

 だが、続く清継の宣言に全員が呆気に取られる。

 

「不肖――この清継! このたび生徒会長に立候補する所存となった!!」

 

 ――……一年生から生徒会長になどなれるのか?

 

 と、その場の誰もがそんな疑問を抱いたが、そんな彼らを置いてけぼりに、清継は一方的に話し続ける。

 

「より多くの清き一票を獲得する為にも、是非、君たちに協力してもらいたいことがあるのだ! ふふふ……」

 

 清継のその言葉に、やはりその場にいる全員が背中から嫌な汗を流していた。

 

 

 

×

 

 

 

「――袖モギ様がやられた……だと?」

 

 リクオたちが鳥居のお見舞いをしていたほぼ同時刻。

 自らの幻術で作り出した高層ビルの一室で、犬神からその報告を聞いた玉章が眉をしかめる。高級そうな黒革のチェアに深く身を沈めながら、彼は熟考する。

 

「総大将もいないのに、ずいぶん手際がいいな」

 

 先日、四国妖怪の中でもかなり腕利き、妖怪殺しのプロ――ムチをぬらりひょんに差し向けた。

 あれからムチの消息は不明だが、同時に敵の総大将ぬらりひょんも「行方不明」になったと間者から報告がきている。

 頭のまとめる奴がいなくなり、その混乱に乗じて奴良組の地盤を一気にいただこうと七人同行に街の中を暴れまわるよう、昨夜指示を出したばかりである。

 その中でも、袖モギ様は土地神殺しを得意とする。

 奴良組の屋台骨を支えている土地神を潰すためにうってつけの戦力だったのだが、まさか昨日の今日でこうも簡単に失うことになるとは、思ってもいなかった。

 

「あの孫か……?」

 

 昨日の夕方、挨拶を済ませた奴良リクオの人のよさそうな面を思い浮かべる。

 まだリクオの夜の姿を知らない玉章から見れば、あんな能天気そうな少年にそこまでの技量があるとは思えなかったのだろう。

 

「玉章!」

 

 すると、ガラス張りの窓から外を眺めて思考を続ける玉章の背中に、犬神が声をかけた。彼の声音には、抑えようのない強い憎しみの念が強く籠められていた

 

「天下を取る器は、アンタ一人ぜよ。証明してやろうか? 命令しろよ、奴の――『奴良リクオの首を差し出せ』ってさ」

 

 犬神の言葉に目を瞑り、暫し黙り込む玉章。数秒の思案を経て、彼はおもむろに口を開く。

 

「リクオを殺るつもりか? それは計画を前だおしにする程のことか、犬神」

 

 急かす犬神に、玉章は自分が考えていた戦略を口にする。

 

「総大将代理をやっている可能性はあるが今は必要ない。全ての実権を握ってから、殺すか飾りにすえるか決めようと思ってる」

 

 この関東を制圧するに当たって奴良組とぶつかるのは必定、敵味方共に多少の損害は織り込み済み。

 しかし、玉章も奴良組のすべてを潰すつもりはない。将来的なことを考え、彼らを支配下に置き戦力としてある程度取り込む必要がある。その際、ぬらりひょんの孫であり、奴良組の若頭である奴良リクオを傀儡とすれば何かと都合が良いこともあるだろう。

 当面の間は彼には手を出さず、奴良組そのものを疲弊させておきたいというのが玉章の答えだ。

 だが、そんな玉章の考えに犬神が理解を示した様子はない。

 

「玉章、必要あるぜよ」

 

 そんな下僕の態度に若干呆れながらも、玉章は尚も言葉を続けようとした。

 

「………だからな、犬神――」

「だってよ!! 生意気なんだよ、あいつら!!」

 

 だがそれよりも早く、玉章の言葉を覆い隠すように語気を荒める犬神。

 

「奴良リクオと玉章との絶対的な『差』を見せてやらんと」

 

 犬神は玉章の肩に手を置き、犬のようにすり寄っていく。

 

「頼むよ、玉章……オレはぁー、お前の牙になりてぇのよ……」

「……確かに、お前を使えば護衛もろとも俊殺だろうが」

 

 妖怪・犬神の真の力。

 そのときに顕になるであろう彼の姿を想像しながら、心からの本音を玉章は呟いた。

 

「……おめえの本気は見たくない。汚いからな」

 




補足説明

 袖モギ様
  袖が大好き。袖フェチの袖モギ様。こいつといい、鏡斎といい。特殊な性癖の奴が多いな、ぬら孫は。少年誌にあるまじき変質者どもだ。

 ひばりちゃん
  夏実の祖母。今回の一件での影の立役者。アニメだと彼女の話が出てこないので少しがっかりしました。  


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第十五幕 怒涛の一日

タイトルにあるとおり、原作ではここから一日で四国編は完結まで行きますが、そこまでだいぶ長く感じると思います。どうか、最後までお付き合いください。


「おはよ~、家永さん!」

「うん……おはよ。下平さん」

「? なんか元気ないね、どしたの?」

 

 クラスメイトの下平と挨拶を交わしながら、浮世絵中学校までの朝の通学路を歩くカナ。下平の指摘通り、その声にはいまひとつ元気がなかった。

 現在、カナの心はとある心配事で埋め尽くされていた。この浮世絵町を荒らしにやってきた余所者妖怪たち、いまだにその脅威は去っていない。しかし、そんなことを彼女に相談できる筈もなく、とりあえず当たり障りのない笑顔で場を誤魔化す。

 

「ううん、なんでもないよ。……あれ、そういえば下平さん今日は日直じゃなかったけ?」

「――やばっ! 忘れてた!!」

 

 ふと、カナが思ったことを指摘すると、下平の顔が青くなる。どうやら完全に忘れていたらしい。血相を変えて先を急ぐ下平を、苦笑いでカナは見送る。

 カナは彼女の後を追いかけるように、すこし歩を早めて学校まで歩き出す。あっという間に校門まで辿り着き、そのまま門を跨ごうとした――その瞬間、カナの足が止まる。

 

 校門のすぐ側、着物とゴーグルをつけた見るからに怪しい男がしゃがみこんでいた。

 おまけに、その男には首がなかったのだ。

 

 ――………。

 

 一瞬、例の余所者妖怪かと身構えかけたが、どうもそんな感じには見えない。男は携帯電話で誰かと話しこんでいるようだ。カナはその場に留まりそっと聞き耳を立てる。

 突然、校門で立ち止まった彼女に他の生徒たちが不思議そうな目を向けてくる。どうやら他の生徒には男の姿は見えていないようだった。

  

「四国の奴ら………襲われ……リクオ様を守るの………」

 

 ひそひそと話しているため男の言葉の全てを聞くことはできなかったが、「リクオ様を守る」という部分は聞き取れたことで、カナはようやく男の正体を察する。

 

 その男もまた、及川や倉田と同じリクオを守るために派遣された彼の護衛。そういえば、一昨日あたりから学校内を漂う妖気の数が増えたよう感じた。おそらく、そのときからすでに護衛の数を増やしていたのだろう。

 とりあえず敵ではないことに安堵するカナに、不意に男が視線を向けてきた。

 校門で不自然に立ち止まった彼女を不審に思ったのだろう。カナは男に怪しまれないよう自然に足を動かして校舎へと歩いていく。

 

 校舎から校門までの道筋にあるスロープの上。中学校には完全に不釣合いなキャバクラ嬢風の女性が生徒たちを監視するように目を光らせていた。こちらからも特に敵意などは感じない。

 

 校舎前。大柄の男子生徒――倉田が携帯電話で誰かと会話しながら仁王立ちしている。

 彼の姿は他の生徒たちにも見えるようで、皆が彼を避けるように校舎へと入っていく。そんな彼に、カナは一応声をかける。

 

「おはよう。倉田くん」

「……ああ」

 

 カナの挨拶に心ここにあらずといった様子で返事をする倉田。彼もまた敵勢力を警戒して神経を尖らせているのだろう。

 それ以外の他の場所からも、ちらほらと妖気が発せられている。奴良組の厳重な警戒態勢に安堵感と若干の窮屈さを同時に感じる。自分まで監視されているような気分に、カナの気が多少滅入る。

 

 ――でも、これだけ厳重なら敵も手も出しにくいはず……。

 

 それは半分以上カナの希望的観測だったが、あながち間違いでもなかった。

 

 彼女は知らぬことだが、現在リクオの護衛についているのは六人。

 いつもの二人、雪女の『つらら』に倉田こと奴良組特攻隊長の『青田坊』。

 追加で派遣されたのは、同じく特攻隊長の『黒田坊』。

 奴良組屈指の実力者である『首無』に、その相棒的存在である『毛倡妓』。

 いつもはマイペースで飄々としているが、確かの強さを持つ『河童』。

 

 奴良組の中でも、かなりの力を秘めた武闘派たち。

 並みの妖怪なら、近づくことすら躊躇われるほどの強者ぞろいなのだ。

 そんな彼らの監視網をくぐってまで、リクオに危害を加えるなどまともな妖怪ならまず考えない。

 

 ――むしろ、危ないのは夜かな……。

 

 カナはひとり思案を続けながら校舎へ入り、下駄箱で靴を履き替える。魑魅魍魎が跋扈する逢魔が時以降こそ、妖怪たちの本領が発揮される。

 日中、日の当たる場所では彼らもたいした悪事を働けないはずだと考える。

  

 ――とりあえず、学校が終わったら私も見回りでもしようかな……。

 

 春明やゆらがしているように、市内をパトロールしてトラブルの種を未然に防ごうと意気込みながら、カナは教室まで一人歩く。それまでの間に過ごす、いつもどおりの日常を期待しながら。

 

 

 

 しかし、この時点でカナも奴良組の妖怪たちもまだ気がつかなかった。

 

 次なる刺客が、決してまともではなかったことを――。

 敵の魔の手が、すぐ側まで忍び寄っていたことを――。

 

 そして――カナは知る由もなかった。

 

 今日、この日からカナの日常は一変する。

 本当のことを何も知れずにいれた日々が、過去のものとなる。

 

 家長カナという少女にとっての、試練の日々が、今日をきっかけに動き出すということに――。

 

 

 

×

 

 

 

 ――奴良リクオ……ぬらりひょんの孫。お前も学校に通っているのだな。

 ――妖怪が人に紛れるのは苦労するだろう?

 ――目立たぬよーに努力しているみたいだが……玉章は逆だった。あいつはスゴイ!

 ――あいつは人間の中でさえも、目立つ存在だった

 ――力でねじふせ、人間さえも支配した

 ――……それに比べて、オレは……。

 ――………………。

 

「ムカつくぜよ、奴良リクオ」

 

 

 

×

 

 

「はーい! 実力テスト返しますよ!」

 

 4時間目の授業終了10分前。

 横谷マナの声が教室中に響き渡り、それに対し、生徒たちが様々な反応を見せる。

 

 予想通りのひどい結果に、苦虫を噛み潰したような顔になる者。

 努力が報われ、喜びにひたる者

 友人同士で競い合い、勝者と敗者を明確に反映させる者。

 勝者は勝ち誇り、敗者は次こそはと意気込む。

 

 そんな中、カナもまた己の成果が反映されている解答用紙をじっと眺める。

 

 ――う~ん、こんなもんかな。

 

 低い点数ではないのだろうが、それなりに前もってテスト勉強していたカナからすれば決して満足できる結果ではない。ふと、彼女は隣の席のリクオのテスト結果が気になり、そちらへと目を向ける。

 彼もまた、自分のテスト結果に納得していなかったのか、眉を顰めて解答用紙と睨みあっていた。

 すると、そんな彼の周りにぞろぞろと男子生徒たちが集まってくる。

 

「奴良~~何点?」

「あ――」

「お――?」

「おいおい、みんな一緒じゃ~ん」

「当たり前だろ、リクオの写したんだから」

 

 ――写したって……。

 

 男子生徒たちの発言に呆れ返るカナ。

 人の解答を写して満足しきっている彼らもだが、それを許したリクオにもだ。

 彼のことだから、いつもの親切の沿線上でやったことなのだろうが、こればかりは完全に親切の範囲を一脱しているように感じた。

 ここはガツンと言っておくべきかと思い立ったカナ。だが、自分の視界の範囲に、リクオの解答用紙が見える。そのまま、身を乗りだし中身を覗き込む。

 

「どれ……あっ…」

 

 カナは思わず声を上げた。

 

 ――私の一割増……。

 

 自分の点数より、ちょうど一割高いリクオの点数になんともいえない微妙な気持ちになる。

 

「どーしたの、カナちゃん?」

 

 いきなり声をあげたカナに、戸惑うリクオ。

 

「べ、べつにぃ……」

 

 特に勝負を持ちかけていたわけでもないのだが、何故かちょっとした敗北感に包まれる。

 素知らぬ顔で自分の答案をリクオから見えないよう、後ろ手に隠すのだが、カナの後ろを通りかかった島の手によってプリントがひったくられる。

 

「家長さんいーなぁ……オレより36点も上! オレなんてリクオの半分だし」

「ちょっと、島くん!?」

 

 あわてて島の手から自身の用紙を奪い返すが、時既に遅し。

 リクオは慌てるカナの様子に、無邪気の笑みを浮かべながら聞いてくる。

 

「カナちゃん 何点だった?」

「え~と…」

 

 おもわず言葉に詰まる。別に後ろめたい気持ちがあるわけではないのだが、リクオの問いにすんなりと答えることができない。

 

「ねぇ、何点だった?」

 

 そんな自分の気持ちにも気づかず、何食わぬ顔で質問を続けるリクオ。

 カナは、ものすごく悔しくなってしまった。

 

 ――次はリクオくんに負けない!!   

  

 今朝もしたような意気込み、拳をギュっと握り締め、そう心に誓うカナだったが――

 

 

 

×

 

 

 

 ――何、普通に人間と…ふれあってんだ? 妖怪の総大将……。

 ――そいつぁ、人間の友達か?

 ――俺にはいなかったぞ、友人などいなかった。

 ――妖怪であることが、自分を苦しめたっていうのに

 ――ん? あの女は――

 

 ――オレを、ひっぱたいた女じゃねぇか!!

 

 

 

× 

 

 

 

 瞬間――自分に向けられた怒りと憎悪の視線にカナの背筋に冷たいものが走った。

 

 ――え?

 

 驚きのあまり、咄嗟に椅子を倒しながら立ち上がる。そんなカナの突然の行動に、クラスの何人かが何事かと目を向けてきた。

 

「カナちゃん?」

 

 リクオもまた、そんな自分を不審そうに見てくる。だが、今のカナにリクオのことは見えていない。

 視線の先――教室の後方・出入口の扉へと振り向く。

 だが、カナが振り向いたときには、既にそこには誰もいなかった。

 

 ――今……確かに?

 

 確かに感じた。抑えきれないほどの憎しみの視線を――

 

「――っ!!」

 

 まだ授業中だったが、それにも構わずカナは駆け出す。廊下へのドアを勢い良く開け放つ。

 

「わっ!! い、家長……さん?」

 

 扉を開けた先に、及川つららが困惑の表情で立っていた。

 つららの手には風呂敷の包まれた弁当が握られている。おそらく次のお昼の弁当をリクオに届けにきたのだろう。

 いつもならここで「なんで及川さんがリクオくんのお弁当を持ってくるのかな?」と、悪戯心にリクオを問いただしたりして、困らせたりするのだが、カナがこのとき問いただしたのは、それとはまったく別のことだった。

 

「及川さん! 今ここに誰かいなかった?」

 

 視線の主がつららである可能性はないと思う。

 確かにつららは、ときどきカナに対して敵意のこもった目を向けてくるが、あんな冷たい憎しみの視線ではない。カナのただならぬ様子に、戸惑いながらもつららは答える。

 

「え~と、サボりの生徒かしら? わか――リクオくんたちの教室を覗いてましたけど……」

「その人どっち行った!!」

「え? そこの階段からどっかに行ってしまいましたけど……」

 

 つららの返答を聞くや、カナは階段まで駆け出す。

 下か上かで一瞬迷ったが、とりあえず下へと足を向け一気に駆け下りる。

 

 どれくらい走っただろう。

 既に授業も終わり、多くの生徒たちが廊下を歩き出していた。そんな生徒たちの波をかき分けて、カナはひたすら走り続ける。

 だが、先ほどのような憎しみの視線を向けられることはなく、特に怪しい人物も見当たらない。

 校舎を飛び出し、裏庭に来たあたりで一度息を吐くカナ。汗だくになりながら、呼吸を整えて辺りを見回す。

 特に代わり映えのない、いつもどおりの昼休みだ。

 

 ――気のせい、だったのかな?

 

 釈然としないものを感じつつも、カナは教室に戻ろうと歩き始めたところで彼女は声をかけられた。

 

「カナちゃん? どうしたのよ、こんなところで?」

「あっ……凜子先輩」

 

 一つ上の先輩――白神凜子が心配そうに自分を見ている。

 

「先輩こそ、どうしたんですか?」

「私? 私はひいおじーちゃんにお供え物を届けに行ってたところだけど……」

 

 凜子の曽祖父は裏庭に住まう、土地神白蛇。家族想いの彼女はその白蛇にお供え物をしに、よくこの裏庭を訪れる。

 もっとも、最近は清十字団に入ったり、委員会に入ったりなど、なにかと忙しい毎日を送っているためか自然と訪れる回数が減っているらしい。曽祖父の白蛇は、そんな凜子の生活の変化に嬉しいやら寂しいやら、何かと複雑な気持ちになっているとのことだった。

 

「……先輩、今日誰か怪しい人見かけませんでしたか?」

「怪しい人?」

「はい。なんか、こう……不思議な雰囲気の人とか?」

 

 カナはとりあえず凜子に尋ねてみることにした。彼女を不安にさせないよう、オブラートに包んで。凜子はひとしきり考え込み、やがてなにか思い出したのか答えを口にする。

 

「……そういえば、今朝クラスの子たちが制服違いの人を見かけたって騒いでたけど……」

「制服違い、ですか?」

「ええ、でもすぐどっかにいなくなったらしいから、多分気のせいじゃないかしら?」

 

 制服違いの生徒と聞き、カナの脳裏に一昨日の夕方の帰り道での光景が浮かび上がる。

 下校途中のリクオに絡んできた、あの青年たち。

 彼らも、どこぞの高校あるいは中学校の制服を着ていた。

 カナの背筋に、嫌な予感が走った。

 

 ――まさか!?

 

「カナちゃん、大丈夫?」

「えっ?」

「なんか顔色悪いけど」

 

 カナの顔色の変化を機敏に読み取ったのか、凛子は心配そうに覗き込んでくる。

 そんな凜子にどう話すべきかと一瞬迷ったカナだったが、とりあえず事情を話される彼女には教えておこうと思い立ち、口を開きかける。

 

「実は――」

 

 だが、その言葉がカナの後ろからかけられて声によって、途中で遮断される。

 

「おい! カナ……ん、白神も一緒か」

「土御門くん?」

「……兄さん」

 

 そこに立っていたのは陰陽師――土御門春明。彼は二人の顔を一瞥するとすぐに踵を返し、林の奥へと歩いていく。

 

「ちょういい……二人とも、ちょっと付き合え」

 

 彼女たちを二人を、人目の付かない林の奥へと誘った。

 

 

 

×

 

 

 

「――危険な妖怪が学校に!?」

 

 春明の話に、凜子の表情が驚きに染まる。

 カナもその話を聞いて、先ほど感じた寒気が気のせいではなかったと確信する。だが、そんな二人の反応に、やや途切れ途切れに言葉を紡ぐ春明。

 

「いや、それがはっきりしねぇんだよ。さっきから探ってるんだが……どうにも奴良組の連中の妖気が邪魔してて断定できねえ……」

 

 彼にしては珍しく自信なさげな様子だった。

 春明は陰陽師として、それなりに高い探知能力を持っている。同じ陰陽師の花開院ゆらですら気づかないリクオやその護衛たちの妖気を察せるほどの探知能力だ。

 その彼を持ってしても、気のせいと思わせるほど妖気を隠しきる妖怪が、この浮世絵中に紛れ込んでいるかもしれない。その現状に、ゾッとするカナ。

 

「……とりあえずお前ら、今日はもう学校ふけろ」

『え?』

「本当に敵が紛れ込んでたら面倒なことになりかねねぇ。その前に学校からずらかれ」

 

 シッシと、二人の少女を追い払うジェスチャーをする春明。

 彼なりに、二人を心配して言ってくれることなのだろうが、カナとしては「ハイそうですか」と言って帰れる状況ではない。

 もし、本当に敵が紛れ込んでいるならば彼らの狙いは十中八九、奴良リクオだ。

 幼馴染の命の危機に、自分だけ逃げ出すなどできなかったし、友人たち――いや、ひょっとしたら関係ない他の生徒にも、その被害が飛び火するかもしれない。何もせず、手をこまねいているわけにはいかない。

 そんな一人熟考するカナの隣で、凜子が言いにくそうにおずおずと手をあげる。

 

「でも、私……次の生徒会選挙で司会進行の仕事しなきゃならないんだけど」

「は? 司会?」

「私、選挙管理委員会だから」

 

 カナと出会った日から凜子は内気な自分を変えるため、様々なことに積極的になっていた。

 選挙管理委員会に入ったのも、その一環だろう。

 すると、凜子の発言に春明が思い出したように口を開く。

    

「………そういえば、オレも応援演説してくれって頼まれてな」

「え 兄さんが?」

「ああ、同じクラスの西野とかいうやつに……何だお前ら? その面は……」

『いや……別に……』

 

 カナと凜子がぽかんと口を開いているのを見て、春明が不機嫌そうに顔を歪める。

 二人が驚くのは無理もない。何故彼がというより、そんな頼みを良く引き受けたなと感心する。

 普段の春明の生活態度を知っている彼女たちから見れば、彼がそんな頼みを聞くところなど、まったく想像ができなかった。

 二人の少女は、妖怪の危機が迫っている事実を忘れたかのように、呆然と立ち尽くす。

 

 

 

×

 

 

 

 ――昼は仲良く…メシ食ってんのかよ、女と。

 ――お~お~……見せつけてくれるねぇ、妖怪なのに……。

 ――しかも、さっきとは別の女じゃねーか?

 ――…………あ? 生徒会選挙だぁ? さぼれよ、そんなくだらない行事……。

 ――なんで進んで人間の輪に加わろうとする。妖怪だろ?

 

 ――ハブられる、モンだろ……!?

 

 

 

×

 

 

『!!!』

「……どうしたの二人とも?」

 

 突如発せられたその妖気に、感覚を尖らせていたカナと春明の二人が反応した。

 妖気を感じ取る訓練を受けていない凜子が、そんな二人を不思議そうに見ている。

 

「兄さん、今の!?」

 

 自身の感じ取ったものが間違いでないかを、春明に確認するカナ。

 

「ああ、間違いない……」

 

 春明も、はっきりと断定して見せた。 

 その気が発せられた場所――屋上を見上げながら彼は答える。

 

「一瞬だが、確かに感じた。妖気だ……」

 

 そこで一呼吸置いて春明は答える。いつも無表情の彼には珍しく、その頬に一筋の汗をたらしながら。

 

「奴良組の奴等じゃなぇ。敵意と殺気――憎しみのこもった妖気だ」

 

 

 

×

 

 

 

「まだだ、まだこんなもんじゃねぇ」

 

 生徒会選挙の会場となる、体育館。

 浮世絵中学の生徒500人が一堂に集まるその中に混じり、妖怪・犬神はひたすら憎しみを溜め込み続けていた。

 

「こんな憎しみや恨みじゃ足りねぇ……」

 

 己が身の内に憎悪を滾らせる。かつて、あの男に対してしたように。

 

「あの時のオレは、もっと……玉章を恨んだんだよ!!」

 

 積もり積もったその憎しみは、一気に解き放たれるその瞬間をひたすら待ち続けていた。

 

 




補足説明
 
 犬神
  玉章とホモホモしいやり取りをしてくれるお犬さん。
  原作でカナちゃんのホッペを舐めるという、許し難し所業をなした野郎だが、キャラとしてはそんなに嫌いじゃない。なので次回からは彼視点の話も考えながら執筆していきます。 
  
 カナちゃんのテスト結果
  答え合わせは、原作コミックス四巻の幕間にて。



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第十六幕 生徒会選挙・序

 
 突然ですが、皆さんは『ゲゲゲの鬼太郎』六期を見ていますか?
 前回のたくろう火の話は個人的にイマイチだったけど、次回は皆のトラウマ牛鬼の回です。ぬら孫のダンディーな牛鬼と違って、鬼太郎の牛鬼はマジでヤバいからな。今期がどんな話になるのか、今から楽しみです!



「若、逃げてください! ここは我らにまかせて!!」

 

 体育館の控え室。閉じられたその空間内に奴良リクオと下僕たちが集まっていた。奴良組の妖怪たちは血相を変え、主であるリクオにこの体育館から立ち退くよう進言する。

 彼らが四国妖怪――犬神の妖気を感じ取ったのはついさっきのことだ。昼休みが終わり、全校生徒が生徒会選挙の演説を聞きに体育館に集まっていた。

 リクオもまた、その生徒たちに混じって体育館に来ていた。彼の場合、清継に頼まれていた応援演説もあったのだが、実際それどころではなくなってしまったのが現状だ。

 彼が体育館に着き、一息ついたところで――背筋にものすごい怖気が走り、同時にあきらかに敵意に満ちた妖気を感じ取った。その瞬間、彼らは察したのだ。

 

 この500人の全校生徒の中に、リクオの命を狙う敵が潜んでいることを――。

 

 リクオの身を案じる護衛たちが、彼にここからすぐに逃げるよう促すのはあくまで自然な流れであった。

 しかし――

 

「それは出来ないよ。狙っているはボクじゃなくて、人間の方かもしれない!」

 

 リクオはその提案を否定する。

 四国妖怪の狙いは人間かもしれない――自分よりも他の人間たちを心配するリクオがそう考えたのも自然の流れ。

 一昨日の夜も、彼らは奴良組を直接攻撃するでもなく人間たちを襲った。

 人間から直接『畏』を得るために。 

 

「いえ、今回は違います! 奴等の目的はリクオ様の命なんですよ!!」

 

 だが護衛の一人、首無がそんなリクオの意見を真っ向から打ち消した。敵はわざわざリクオの通っている中学まで潜り込んで来たのだ。それが何を意味しているのかは、考えるまでもなく明白だった。しかし、リクオも退かない。

 

「でも、やつらは生徒全員だって殺せる! こんなとこに白昼堂々出てくるような妖怪が、それをしないとは限らないじゃないか!!」

 

 ――リクオ様…やっぱり………

 

 そんな彼の様子を隣で見ていたつららが、複雑な気持ちになる。

 四国妖怪襲来の危機を前にして、リクオはいつもどおり学校に通っている。つららはそれを学校の友人たちを護るためだと考えていた。リクオが学校に行けば、当然奴良組は彼を護るために護衛を派遣する。

 彼はその護衛を利用して、学校の友人たちを護ろうとしているのだ。

 

 自分たち妖怪よりも、人間の身を優先するために――。

 

「…………」

 

 無論、リクオがそれを望むのなら彼の下僕である自分はそれに従うだけなのだが、それでもやはりそう簡単に割り切ることはできないのが、つららの心情だった。

 

「リクオ様、ご理解ください」

 

 つららが一人、心の中で葛藤を続ける間も首無はリクオに対して尚も、苦言を呈す。

 

「あなたは今、ただの人間なんです。闇の中では、秘めた力も発揮できでも今は無力。だからこそ、我等が護衛についているのです」

「首無、おい」

 

 同僚の多少無礼ともいえる物言いに、青田坊が口を出す。つららもまた、首無の言い様に表情を曇らせる。それでも、首無は言葉を続ける。

 

「我々は奴良組の妖怪。決して、逃げ腰になっているわけではないことをご理解いただきたい」

 

 その場にいる全員が押し黙る。そう、今の昼のリクオは人間、無力な一般人と指して変わらないのだ。

 

「………自覚はあるよ」

 

 おもむろに沈黙を破るリクオ。

 

「だから、お前たちに守ってもらうしかない」

 

 リクオは、なにかを決心したかのように眼光を鋭く光らせる。

 首無の変装用につけられていたゴーグルを外し、彼とリクオの目線が合わさる。

 

「首無。ぼくの言うとおり、ボクを守れ!!」

「………若?」

 

 昼のリクオにしては珍しい、堅気ならぬその雰囲気に怪訝な顔つきになる一同。

 

「ホラ、みんなもボーッとしないで!」

 

 そんな彼らの戸惑いに構わず、リクオは指示をだし始める。

 

「みんな、ボクに作戦があるんだ……聞いてくれ」

 

 

 

×

 

 

 

『わたしが会長になった暁には――』

『――――を実現し』

『――――――というわけで ぜひ会長にはこの実好を――』

 

「……ここまでは予定通りだな」

 

 現在進行形で行われている生徒会選挙演説を、体育館の一番後ろから、土御門春明は眺めていた。

 彼自身も、後々応援演説をするためにあの壇上に上がることになるのだが、今の春明はそんなこと気にもしていない。ただひたすら、獲物を待つ狩人の如く静かにそのときがくるのを待ち続けている。

 

『え、え――っとぉ~実好くんはー』

『頭はよくてー……とにかく…』

『清き一票お願いしま~~~す!!』

 

 やがて実吉という生徒の演説、その応援団らしい女子たちの応援演説が終了したらしく、

 

『会長候補、実好くんの応援演説でした!』

 

 それを知らせる司会進行――白神凜子の声がマイク越しに聞こえてくる。

 春明は当初、妖怪が学校に紛れ込んでいると感じ取った際、彼女もカナと一緒に非難させておこうと思い立った。だが、凜子が選挙管理委員会の仕事で司会進行をすると聞き、今日の大まかな進行の流れを彼女から教えてもらった春明はそこで一計を案じた。

 彼女にいくつかの指示を出し、予定通り司会をするように言い含めておいたのだ。

 

『続きまして。会長候補、一年三組……』

 

「お!! 来た来た!!」

「何? 誰?」

「てか、一年から会長に立候補してんのか?」

「知らねーのかよ超有名人だぜ!?」

「まさか……」

「あれ? カーテンが閉まってく?」

 

 凜子のアナウンスを聞き、生徒たちがざわつき始める。同時に、体育館両脇のギャラリーに待機していた数人の生徒たちが体育館のカーテンを閉める。館内の電気も消され、室内を闇で覆い隠した。

 

『スクリーンにご注目下さい……』

 

 若干戸惑い気味の凜子の声が響き渡る。そしてステージの壁、巨大スクリーンに映像が映し出される。

 

『マドモアゼル、ジュテーム!』

「キタ――!!」

「き、清継くんだ――――!!」

 

 スクリーンに映し出された人物に全校生徒が度肝を抜かれる。映像の人物は、見るからに高級そうなソファーにバスローブ姿で優雅に腰掛けていた。中身はジュースかなにかだろうが、手にはワイングラスまで掲げられている。どこからどう見ても、生徒会選挙の演説をする姿には見えない。

 

『どうも全校生徒の諸君! 演説は時間内であればどう使っても構わないと言われたのでね。やる気すぎて、こういう演出を思いついてしまったわけさ!!』

「どんな濃い演出だよ……」

「てか、金持ちすぎるだろ」

「………」

 

 清継の意外性全開の登場に、さすがの春明もずっこけそうになった。清十字団に所属しているカナから清継についてはある程度は聞かされていたが、さすがにここまでのぶっ飛び様は予想していなかった。 

 だが、スクリーン内の清継に大分呆れながらも、春明は感覚を研ぎ澄まさせる。

 

 ――やはり動いたか、奴良組……。

 

 館内の光はスクリーンからわずかにもれだすのみ。暗く閉ざされた闇の中を妖気が走る。生徒たちを取り囲むように配置につく、妖怪――奴良組の気配。それを春明は感じ取っていた。

 

 人間に見えにくい暗闇も、妖怪からすればむしろやりやすい状況に奴良組が活気出す。確かにこの状態なら敵がわずかでも妖気を出せば一発でわかる。

 そこを全員で取り押さえようという作戦なのだろう、と春明は彼らの狙いを正しく理解していた。

 しかし、春明と奴良組とでは致命的に違う点があった。

 それは――

 

『おっと、もうティムリミッツだ。ちょっと心もとないが……応援演説を君に頼んだ!!』 

 

 春明が奴良組の動きを気にしている間に、清継の持ち時間を終了したらしく、次の応援演説者にバトンを渡す。

 その声に応えるかのように、一人の男子生徒がおずおずと壇上に上がってきた。

 

「あ、ども……」

 

 慣れぬ壇上に緊張しまくりといった様子の男子――奴良リクオに対して誰にも聞こえぬようは春明は冷酷に呟く。

 

「まっ、元はといえばお前が撒いた種だ――せいぜい役にたってもらうぞ。奴良リクオ……」

 

 春明と奴良組の致命的な違い。

 それは――彼が奴良リクオの身など、欠片も案じてはいないということ。

 彼という餌に釣られノコノコ現れる敵を、舌なめずりしながら待ち受ける。

 

 

 

×

 

 

 

『えー、あっと……ボクは奴良リクオです』

 

 奴良リクオが壇上に上がり、名乗った瞬間――体育館内が生徒たちの歓声に包まれた。

 

「オレ、あいつ知ってる――! この前、グラウンドの草むしりしてくれた奴だろ!?」

「いつもゴミ捨てしてくれる奴だ」

 

 この生徒会選挙、ほとんどの生徒たち興味なさげに眺めていただけのはずだったが、リクオの登場にほぼ全校生徒が注目して壇上を見上げる

 

「うわっ、すごい歓声……」

「奴良って、こんな人気あんの?」

 

 その歓声に巻と鳥居の二人は戸惑う。 リクオが人の嫌がる草むしりやゴミ捨てなどの仕事を皆の変わりに進んでしてくれることは知っていた。

 だが、同じ清十字団の団員としてリクオとそれなりに親交がある彼女たちからすれば、彼の親切はほぼ日常の一部と化している。ゆえに、こうして生徒たちから歓声を受けるリクオの人気っぷりに純粋に驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なぜ、妖怪のお前が人間から歓声を受ける?

 

 生徒たちの中に紛れ込んでいた妖怪・犬神。彼はその歓声に衝撃を受けていた。

 彼は、生徒たちのリクオに対する歓声を、理解することできなかった。

 

 ――オレは、罵声しか知らない。それこそ、妖怪が人間から浴びるべき言葉の筈だろう?

 

 妖怪犬神――四国の憑き物妖怪。

 彼は本来であれば、人として生を全うすべき命だった。

 

 

 彼の遠い先祖はかつて、犬神術を行使する術者。犬神使いとして名を馳せた呪術者だった。

 犬神術とは呪いの術。

 飢えた犬を頭だけ出して土中に埋め、その犬を餓死寸前まで追い込む。

 そして、飢え死にするギリギリのところで、食物を届かないところに置き、それを食べようと首を伸ばしたところを刀で切り落とし――祭るのだ。

 放たれた恨みとも欲望とも知れぬ、黒い想いは、人を呪い殺す力となって行使される。

 ――それが犬神術。

 実際、大昔の平安時代など、政権争いで敵対者を呪い殺す際などに用いられたという記録が、花開院家の古い記録などに残っている。多くの有力者がこの呪いによって非業の死を遂げていた。

 

 だが、強力な分、失敗したときの代償は計り知れない。

 

 儀式を行う際に、万が一手違いでもあれば、術は何倍にもなって術者の元へと返ってくる、そして、もしもその失敗した呪いの影響を受けでもすれば、犬神使いは犬神憑きとして生涯祟られる。

 犬のように舌は伸び、常に奇異な視線を受け、――妖怪として人々から蔑まれるだろう。

 その呪いは――数百年経った現代になっても、効力を発揮する。

 

 

 今を生きる犬神。彼の先祖こそがその犬神憑きだった。

 彼はこの世に生まれ落ちた瞬間から、犬神憑きとしての特徴を持って生まれてきた。

 犬のように息を吐き、不気味なほどに長い舌を這わせていた。

 そんな彼の異様な風体に、隣人だけでは飽き足らず、実の両親までもが彼を迫害し始めた。何せ両親は犬神憑きの影響を受けていない、普通の人間だったからだ。

 いわゆる、先祖返りという奴だ。先祖が受けていた呪いが、たまたま彼の代になって発現した隔世遺伝だった。

 既に先祖が起こした過去の失敗など、誰も覚えていない。彼の異様さにどのような背景があるかなど、誰も知ろうともしない。

 ただただ「気味が悪い」と、彼は両親から、親族から、道行く人から後ろ指を指され、ひっそりと生きるしかなかった。誰にも認められず、誰にも受け入れられず――

 

 だが目の前のコイツはどうだ?

 

 奴良リクオ。妖怪ぬらりひょんの孫にして――半妖。

 本来であれば、自分のように人間からも、妖怪からも疎まれても仕方ない、どっちつかずな半端者のはず。

 なのに妖怪たちから守られ、人間たちからは賞賛の言葉を浴びている。

 

 ――恨めしい。

 

 犬神は人間が憎かった。自分を迫害し、除け者にし続けた人間が心の底から憎かった。

 だが、それ以上に――

 

「てめぇ!!」

 

 呆然としている犬神を、一際大きな男子生徒が羽交い絞めにする。

 もし犬神が男の方を振り返っていれば、その男が先日、奴良リクオと下校を共にしていた護衛だったと気づいただろう。だが、今の犬神には男の叫び声など、何一つ聞こえてこない。

 

「おら、てめえはもう何もできね………あん時の舌野郎じゃねぇーかぁ、てめ―――」

 

 壇上にいる奴良リクオにのみ、己が意識を集中させる。

 

 ――オレは……オレは……お前のようになりたかった!

 

 犬神は、奴良リクオが羨ましかった。

 人間から賞賛され、受け入れられる彼が――心底羨ましかった。

 自分では得ることのできなかったものを、コイツは全部持っている。

 

 だからこそ――奴良リクオが恨めしい。

 

 そう思った瞬間、妖怪犬神の憎しみは、頂点に達し――彼はその姿を、恐ろしいものへと変貌させる。

 目に涙を貯めたまま、鋭く眼光を光らせ、禍々しい牙が剥き出しになる。顔中に獣の毛が生え、いっせいにその毛が逆立つ。首から上が犬というよりも、狼に近い凶悪な人相へと変化する。

 そして、プチプチプチと音をたてて、彼の首が体を置き去りにして飛び立った。

 

「く、首が…!?」

 

 残された体を捕まえたまま、青田坊は驚きに固まる。その間、首は一直線に奴良リクオの元へと飛んでいく。

 

「キャア!?」

「つめたっ!」

「水?」

 

 体育館内の上空を飛び、犬神の首から滴り落ちた血が生徒たちにぽつぽつと零れ落ちる。

 室内が暗闇に包まれているため、生徒たちに犬神の姿をはっきりと見えていなかったが、すぐにその憎悪に塗れた形相を人間たちは目の当たりにすることになる。

 

 ――ニクタラシイ、ニクタラシイ。

 ――殺したい、殺したい。

 

「喰い殺してぇぇぇやるぜよ! 奴良リクオォォオ!!」

 

 犬神は化物と変じた自身の牙を尖らせ、ステージ上にいる奴良リクオへと飛び掛かる。

 憤怒と嫉妬を滾らせ、ただひたすらに憎い男の首元へと、その憎悪の牙を食い込ませるために。

 

 だが――あと少し、リクオの首元まであと少しというところで、衝撃と共に犬神の視界が揺れた。

 

 ――な……に?

 

 何をされたのかわからず、彼の思考が一時中断される。

 視界が戻り、意識が覚醒したところで、ようやく彼は頬に殴られた痛みを感じることができた。

 世界が横に傾いている。どうやら自分の首は、床に横たわる状態になっているようだ。

 視界の先、憎っくき奴良リクオが呆然と立ち尽くしている。

 そして――そのすぐ側で、まるでリクオの守護者でも気取るように『そいつ』は立っていた。

 

 

 

×

 

 

 

「………えっ?」

「な、んで………?」

 

 壇上の光景を見ていた巻と鳥居は、疑問符を浮かべていた。

 奴良リクオの登場のすぐ後。妖怪の着ぐるみにふんした島が現れる予定だった。島がリクオを襲う振りをして、そこに颯爽と登場する『陰陽の美剣士』とやらにふんした清継。彼が島を退治し、そこで彼の演説は終了――清十字団の二人はその手筈を既に清継から伝えられていた。

 だが、ステージ上に現れたのは首だけの犬――妖怪犬神。彼女たちはそれこそが島だと思っていた。リクオの首元へと飛んでいく、恐ろしい形相の犬を彼の演出だと思って、黙って見届けていた。

 だが、そんな彼女たちの考えが――その人物が現れたことによって困惑へと変わる。

 彼女たちは、その人物に見覚えがあった。

 

「ね、ねぇ……ゆらちゃん。あの人って、あのときの……」

 

 鳥居がいつの間にか自分たちの側に来ていたゆらに問いかけるが、答えは返ってこない。

 ゆらもまた、二人のように戸惑いの表情で壇上に現れたその人物へと、ただただ視線を送っていた。

 

 その人物――巫女装束を纏った、狐面の少女へと。

 

 

 

×

 

 

 

「ちっ、あの馬鹿……帰れつっただろうが」

 

 体育館後方、春明が苛立ち混じりに舌打ちをする。

 犬神がリクオに噛みつく瞬間を、彼は顔色一つ変えずに見送っていた。魚を釣るならしっかりと餌に喰いついたところを狙うべきだと、春明は犬神がリクオの首元に牙を立てる瞬間まで、待機するつもりでいた

 

 だが、そうなる前にその凶行を阻止するべく、その人物は上空から舞い降りていた。

 

 その槍で犬神の首を叩き落とし、リクオの窮地を救ったのだ。

 彼女がこの場に乱入することは、彼の予定の中にはない。

 そもそも、彼女を妖怪関係の荒事に参加させるのは彼の本意ではなかった。

 

「あいつ、どうするつもりだ?」

 

 いつでも陰陽術を行使できるように身構えつつも、春明はその場で待機する。

 そして壇上に現れた、巫女装束に狐面で正体を隠した少女――家長カナに目を向ける。

 

「まったく……聞き分けのない女だ……相も変わらず」

 

 その顔を、まさに不機嫌そのものに歪めながら。

 




補足説明
 
 犬神の過去
  今作の犬神の説明、若干作者のねつ造が入っています。先祖返りやら隔世遺伝やらのところは、特に原作では説明されていません。多分そうなんじゃないかなと、想像を膨らませて書いてみました。
  ホント、バックボーンも含めて犬神はいいキャラをしていたと思います。
  まっ、カナちゃんのホッペを舐めたことは絶対に許しませんが!!



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第十七幕 生徒会選挙・破

感想がもらえると執筆も捗りますね。いつも感想を書いてくれる方々に感謝です。
それでは続きをどうぞ!!


「――あのバカ息子どもめが!!」

 

 とある山中にて、怒りに震える巨大な唸り声が響き渡る。

 ここは四国の山奥――松山の山口霊神堂。開けた広場のような空間。その周囲は何百もの狸の置物によって囲まれている。ぱっと見、百や二百はありそうだが、これでもだいぶ数が減った方だ。全盛期には八百八あった狸の置物。この数の違いこそ、四国八十八鬼夜行の衰退を物語っていた。

 

 三百年前――四国妖怪たちが全盛期の頃。四国には八十八の霊場があり、その全てにそれぞれ妖怪の組が存在していた。そしてその全てを、一人のとある大妖怪が支配していた。

 その妖怪こそ先ほどの唸り声の主。バカ息子と声を荒げた大狸――隠神刑部狸(いぬがみぎょうぶだぬき)である。

 

「詳しく……聞かせてもらおうかい」

 

 巨大な像と見紛うほどの巨体の狸。その刑部狸を見上げる形で老人――ぬらりひょんは向き合っていた。ぬらりひょんと刑部狸は旧知の間柄にして、かつては『畏』をぶつけ合ったこともある、ライバル同士でもある。

 

 彼は四国妖怪ムチの襲撃を受けた後、ぬら組の誰にも行先を告げることなくこの場所を訪れていた。お供の一人としてついてきた納豆小僧、彼は今、四国の豆狸と遊んでおり、二人の会話には混ざってこない。

 ぬらりひょんがここに来たのは、刑部狸に聞きたいことがあったからだ。四国妖怪のことは、四国妖怪の総元締めに聞くのが一番手っ取り早い。狒々を殺し、自分を襲ったムチとやらについて、何か知っていることはないかとわざわざこの地まで足を運んできたのだ。

 その甲斐はあったらしく、彼には思い当たることがある様子で、どこか申し訳なさそうにぬらりひょんへと語りかける。

 

「玉章は……ワシの88番目の嫁の、8番目の息子にして、最もワシの神通力を色濃く受け継いだ男」

「なるほど……やはり、お主の息子であったか」

 

 何となく察してはいたのか、ぬらりひょんは納得する。

 既に隠神刑部狸は隠居した身の上だ。その引退した刑部狸がわざわざ重い腰を上げてまで、奴良組に喧嘩を売るとは到底考えられない。あるとすれば――独断専行。

 血気盛ん。若い血の気の多い妖怪が自分たちの力を誇示しようと、勝手を働いたのだろう。

 その予想通り、何も知らされていなかったのか、刑部狸はさらに苦々しい口調で語る。

 

「玉章は若き日のワシのように『(おそれ)』を持って、妖怪の主になろうとしている。七人同行と呼ばれる妖怪たちと共にな」

「七人同行か……」

 

 その七人同行、あるいはそれに次ぐ実力者の手にかかり、狒々は殺されたのかと、その名を呟くぬらりひょん。

 

「その幹部の中でも、犬神という奴は危険だ」

「妖怪、犬神……」

 

 聞いたことはある。確か、犬神術とかいう呪術の失敗に成れの果てに生まれる妖怪のことだ。

 

「奴は憎み恨むことでその力を増す恐るべき妖怪。その憎しみの念が強ければと強いほど、天井知らずにその妖力を高めていく」

「それは……ちと厄介じゃのう」

 

 妖怪の同士の戦いは、ただ力が強ければ、実力が高ければ勝てるという単純なものではない。

 自身の能力、特性、力がもっとも引き出される条件などをより正しく把握し、それを実践することにより、実力以上のポテンシャルを発揮することができる。

 それにより、自分よりも遥かに格上、年月を過ごした妖怪を打倒すことができる。

 もしも、その犬神やらがその条件に当てはまるような状況で、奴良組と戦うようなことがあれば、如何に歴戦の強者たちが揃っていようと苦戦は免れないだろう。

 

「……」

 

 ぬらりひょん空を見上げる。関東――浮世絵町の方角へ視線を向け、おそらく自分の代理で奮闘しているであろう孫へと叱咤激励する思いで、言葉を投げかけた。

 

「リクオ……踏ん張り時だぞ。お前の器、今こそ示して見せろ」

 

 

 

×

 

 

 

「……おいおい、これはいったいどうなっているんだ?」

 

 浮世絵中学選挙管理委員長が、ずり落ちた眼鏡を掛けなおしながら、どこか狼狽気味に言葉を吐き出す。順調に進んでいたはずの生徒会選挙だったが、それが今どこかおかしな方向に転がっている。

 清継という名の校内でも1、2を争う変人――もとい有名人の演説に多少の混乱は予測していた面々だったが、このような事態まで、彼らは予想していなかった。

 

 応援演説で壇上に上がった奴良リクオの首元へ、突如としてかぶりつこうと襲いかかる首だけの犬――。

 そしてその犬を退治するかのように現れた、巫女装束の少女――。

 

 選挙管理委員長の彼からしてみても、全てがいきなりで何がなにやらさっぱりな状況だ。

 だが、彼はそこで思考を停止させなかった。選挙管理委員の委員長としての責任感、義務感を総動員して自分と同じように固まっている委員たちに素早く指示を出す。

 

「おい、誰か……先生呼んで来い!!」

「は、はい!!」

 

 現在体育館に教師の姿はない。浮世絵中学の生徒会選挙は生徒たちの自主性を重んじるため、あえて教師を同伴せずに行われる。だが、何かあったときのために、体育館のすぐ外に教師が一人は待機している手筈だ。

 さすがに自分たちだけでは手に余ると判断したのか、委員長はその教師を読んでくるよう指示を出した。

 彼の指示を受けた委員の一人が、急いでその場から動き出そうとする。

 しかし、その動きを呼び止める者がいた。

 

「ま、待ってください!!」

「ん、君は確か……」

 

 彼らを呼び止めたのは同じ選挙管理委員会で司会進行をしていた少女――白神凜子だった。

 自ら今回の生徒会選挙の司会に立候補した彼女は、少しおどおどしながらもはっきりとした口調で他の委員に訴えかける。

 

「大丈夫です。これも全部、清継くんの『演出』だそうです!」

「え? いや…しかし…」

 

 彼女の言葉に委員長は眉を顰める。確かに前もってある程度の『演出』を行うことは聞いていたが、段取りと大分違う展開だ。あんな犬や少女が出てくるなど、まるで聞いていない。

 だが、そんな彼の迷いを打ち消すように凜子は早口で言葉を繰り出す。

 

「これから、もっともっと派手な演出になるそうですから、壇上から他の候補者や委員を退避させて欲しいそうです!! 急いでください!!」 

「あ、ああ……わかったよ」

 

 未だに釈然としないものを感じていた委員たちだが、凜子の剣幕に押され、仕方なく彼女の指示通りに動くようにした。

 

 

 

 ――と、とりあえず、ごまかせたかな?

 

 一方の凜子は内心冷や冷やしていた。彼女の言葉は咄嗟に考えた出任せ。実際に彼女は清継からはなんの連絡も受けていない。候補者や委員たちを避難させるよう指示を出したのは、土御門春明だ。

 何か予定外の出来事が起きたら、とりあえず無関係の人間は退避させておけと言われていた。

 そしてもう二つ。凜子は春樹から指示を受けていた。

 

 ひとつは、『ある物』をステージ上にセットしておくこと――

 そしてもうひとつは――

 

 なにがあっても、予定通りに司会進行を勤めること――

 

 

 

×

 

 

 

 ――やっぱり、リクオくんを狙ってきた!!

 

 カナはリクオの首に噛みつこうとした首だけの犬妖怪を、槍の一撃で地面に転がす。

 春明から帰れと言われていたカナだが、彼女は学校に残ることを選んだのだ。いつでも戦闘態勢に入れるよう巫女装束に着替え、面霊気を被り、体育館内天井で生徒たちに見えないように待機していた。

 予想通り、敵はリクオを狙ってきた。そして、彼が襲われたのを見て迷わず飛び出した。

 幼馴染を護るため、学校の皆を護るためカナは槍を構える。

 

「リクオくん。大丈夫?」

 

 犬妖怪の方に注意を向けながらリクオに容態を問いかける。何とか噛みつかれる前に対処してみせたが、どこか怪我でもしていないかと心配だった。

 

「あ、ああ……大丈夫だ」

 

 唐突に現れた乱入者である自分の問いかけに、戸惑いながらもしっかりとそう答えるリクオだったが、

 

「………?」

 

 彼の返答に違和感を感じたカナは犬妖怪から注意を離し、リクオの方に意識を向けた。

 

 ――……あれ、この人?

 

 そのときになって、彼女はとある違和感に気が付いた。だが、その違和感に思考を割く暇はなかった。敵はいつまでも待っていてはくれないのだから。

 

「くそ! この野郎!!」

 

 悪態をつきながら犬は首を浮き上がらせ、恨めしげな目でカナを睨みつける。

 

「てめえも奴良組か、邪魔しやがって!!」

 

 犬は吼えるようにカナに向って怒号を放つ。その圧倒的な敵意にカナは槍を構える。

 

「邪魔するってんなら――」

 

 そして犬は口を大きく開き、その牙をカナに突きたてようとギラつかせた。

 

「てめーから喰い殺してぇぇぇやるぜぇっ――!?」 

 

 だが、その牙がカナの首元に突き立てられることはなかった。

 

「やはり――若を狙っていたな」

 

 リクオは一人そう呟くと、同時にどこからともなく紐を取り出した。その紐は瞬く間に犬の顔中に巻きつき、無理矢理その口を閉じさせた。

 

「な、なんじゃあこりゃあ!?」

 

 紐によって口どころか動きそのものを束縛された犬は、驚愕の表情でリクオを見やる。カナもまたリクオを見つめる。その視線の先には――

 

「首だけで戦うのは、君だけじゃないんだよ……」

 

 リクオが――いや、 

 今朝、カナが校門で見かけた護衛らしき男が変装を解いて首を浮かせて佇んでいた。

 冷たく不敵な笑みを浮かべながら。

 

 

 

×

 

 

 

「首無!!」

 

 首無と入れ替わるために彼と衣服を交換していたリクオは、体育館二階のギャラリーから彼の加勢をすべく刀を取り出し飛び出していた。

 リクオの作戦は自分を囮に敵を誘き出すだすというものだった。

 だが、護衛たちに指示を出し配置につくよう命令した最後の最後で、首無は一人リクオに案を持ちかけた。

 

『わかりました若。ですが、その作戦では不十分です。私に考えがあります』

『考え?』

『どうせならもう一段、余裕を持って挑みましょう』

 

 ――首無、まんまとハマッたぞ。

 

 首無とのやり取りを思い出しながら、彼の用意周到さに舌を巻く。

 自分の身代わりなど、最初はリクオ自身が渋っていたが、戦力としては昼のリクオより首無の方が圧倒的に強い。万が一敵に襲われた際、自分なら成す術もなかったかもしれないが、彼の力量なら上手く敵をいなすことが出来るかもしれない。

 実際、四国妖怪はまんまと自分たちの策に嵌り、首無の紐で捕縛されることとなった。

 だが、思わぬ人物の登場に一瞬とはいえ飛び出すことを忘れてリクオは呆気に取られていた。

 

 以前、清継たちと一緒に入り込んだ旧校舎。古びた旧校舎から足を踏み外し、頭から地面に真っ逆さまに落ちていく自分を助けた少女。もう一度、会いたいと密かに思っていた少女。

 彼女が、リクオに変装していた首無に助け船を出したのだ。

 

 ――どうして、僕を?

 

 旧校舎の一件の後、カラス天狗に聞いてみたが、彼女のような妖怪は知らないと答えた。最古参の彼が知らないということは、彼女は奴良組の妖怪ではないのかもしれない。

 そんな彼女が何故自分のことを助けてくれるのか、リクオはずっと疑問に思っていた。

 できることなら、彼女自身にその理由を詳しく問いただしてみたかったが――

 

 目まぐるしく変化する現状が、それを許しはしなかった。

 

 

 

×

 

 

 

 

 ――嵌められた! 入れ替わってやがったのか!!

 

 リクオと思っていた目の前の男の首が宙に浮き、その男の手により紐で雁字搦めにされて犬神は自分が嵌められたことを察した。

 

 ――クソが。こざかしいマネを………クソが、クソがっ!

 

 奴良組の策略に、怒り狂う犬神は胸中で毒づく。 

 

「うおおぉぉぉぉ!!」

 

 そして、怒り狂いながらも何とか束縛から逃れようと、紐を振りほどこうと激しく首を動かすのだが、

 

「ムダだよ。ボクの糸は逃げれば逃げる程からみつく。毛倡妓の一度好きになったら離れない性格と、絡新婦の束縛癖が合わさった糸だからね……」

「ハァ、ハァ」

 

 首の無い男が笑みを浮かべながら、こちらを見下すように忠告してくる。その男の言葉通り、紐は欠片も緩む様子はない。それどころか、先ほどよりもより一層強く絡み付いてくる始末。

 犬神の足掻く様に、余裕たっぷりの表情で口元を緩ませて笑う首の無い色男。そんな彼の態度が、さらに犬神の怒り憎しみを加速させていく。

 

 ――なんだよ、こいつもリクオの部下か! 憎ったらしい奴良組!

 ――こんなやつらに、負けんのかよー!!

 ――オレは、オレは……っ! 玉章……。

 

 ――玉章!!

 

 

 危機の中、胸のうちで犬神は自分の大将である玉章の名を呼ぶ。だが、それは決して彼に助けを請うようなものではなかった。彼はこの状況で、静かに思い出していた。

 彼に手を差し伸べられた、あのときのことを――

 

 

 

 

 

 

 

 

『一緒に行こう、犬神』

 

 まだ犬神が妖怪として目覚める前。彼が自分のことを只の人間だと思っていた頃。彼はその特異性から、毎日のように学友たちから虐めを受けていた。

 それは下駄箱の靴をゴミ箱に捨てたりや、ノートに『死ね』などと落書きをされるような陰湿なものではなかった。もっと苛烈な、もっと直接的な暴力による、弾圧だった。

 殴る蹴るといった暴行。毎日のように、犬神は痛めつけられていた。

 

 その指示を出していたのが、生徒会長の玉章だったのだ。

 

 彼は決して自身では手を汚さず、取り巻きの人間たちに犬神を痛みつけるように命令し、それを楽しそうに眺めていた。毎日、毎日、毎日、毎日………………………。

 

 犬神はそんな日々に絶望しつつも、どこか諦めた態度で受け入れていた。当初は泣き叫んでいたかもしれないが、それが毎日のように続けば感情も徐々に冷え切っていく。助けを呼ぶことも、理不尽な扱いに涙を流すこともなくなり、ただあるがままに、流されるままになっていた。

 だが、そんな犬神の態度が人間たちは、お気に召さなかったらしい。もっと絶望に泣き叫ぶ彼の姿を見たかったのだろう。その日、犬神をリンチしていた男の一人が、どこからともなく金属バットを取り出し、思いっきり犬神の顔面を目掛けてフルスイングした。

 犬神はなんとかギリギリで回避し、致命傷を避けることはできたが――その瞬間、彼は本気で命の危機を感じ取った。男は尚も、バットを手に追い打ちを掛けようとしていた。

 

 ――殺される、このままでは殺される!

 ――死にたくない! 死にたくない! 死にたくなぇ!!

 ――殺される前に――殺さなくては!!

 

 そして――犬神は妖怪として覚醒する。

 その場で犬神のリンチに関わっていた人間数十人――その全てを皆殺しにした。

 

『凄いじゃないか。やっと見つけたな……自分に潜む魔道を』

 

 ぼろ屑になった人間の死体などには目も暮れず、玉章は犬神の力を称賛した。

 そして、犬神は玉章から聞かされた。自分が、自分たちが妖怪だという真実を――。

 自分たちは、人間など遥かに超えた存在であることを――。

 自分の中に眠る能力を――。

 

『来いよ。見せてやる』

『君に、新しい妖怪の世界を――ボクの百鬼夜行の後ろに並べ』

 

 犬神は、今でも玉章のことが大っ嫌いだった。彼にいたぶられた日々を思い出すだけでも、怒りや憎しみが溢れ出てくる。

 だがそれでも、彼は玉章に感謝していた。

 

 誰からも疎まれていた自分を、認めてくれた玉章を――。

 両手を広げて、自分を迎え入れてくれた彼に――。

 ゆえに、こんなところで負けるわけになどいかない。

 

 ――俺は、玉章の忠実なるしもべ――妖怪、犬神だ!!

 

 彼の力となるためにも、犬神はさらにその妖力を増大させていく。

 

 

 

×

 

 

 

 ――いつの間に入れ替わってたんだろう?

 

 犬妖怪を紐で縛り上げる護衛の男に対し、カナは率直に疑問に思った。壇上に上がった時点から彼からは目を離していない。だとすれば、演説の段階から既に別人だったと考えるのが自然だろう。

 その証拠に、体育館脇のギャラリーからリクオがステージへと飛び降りてきた。リクオは着物にゴーグル、黒いマフラーといった部下の男から借りた服装で変装をしていた。

 壇上に着地したリクオは、まず護衛の男に目配せし、その視線を受けた護衛が静かに頷く。

 次に奇襲を掛けてきた犬に目を向ける。人の良い、いつもの彼からは想像できない鋭い目で敵を捉えていた。

 そして、最後に正体を隠しているカナの方を見つめてくる。

 

「きみは……いったい…」

 

 戸惑っているのか、どこか複雑そうな目で彼女に問いかける。

 

「私は………」

 

 リクオの問いに言葉を詰まらせるカナ。この状況で、何と答えて良いのか分からず思わず言い淀んでしまう。

 だが、そんな気まずい沈黙も一瞬だった。

 

 突如――体育館全体が震える。

 

『――!!』

 

 カナとリクオ、護衛の男が何事かと振動の発生源らしき場所を見やる。そこにいたのは――首がない男子生徒の体が、瞬く間に巨大化していく様だった。

 

「なっ!?」

 

 あまりの光景にカナは思わず絶句する。男子生徒の体は巨大化しながら、獣のものらしき体毛を生やしながら人とはまったく異なるものへとその姿を変貌させていく。また、大きくなりながら、その妖気も徐々に膨らませていく。

 

「えっ……何?」

「うああああ!!」

「な、なんだぁ――!?」

 

 突如として現れた巨大な獣の出現に、生徒たちが悲鳴を上げる。しかし、彼らの様子は恐怖に怯えるというより、何が起きているか分からず混乱しているというものだった。

 首なしの獣は、そのまま体育館を突き破るかどうか、ぎりぎりの大きさで巨大化するのを止めて動き出した。

 四足歩行で、地響きを立てながらこちらへと近づいてくる。

 

「首無。こいつはいったい何だ!?」

「わ、わかりません。こんなの……どんどんデッカくなってくなんて!」

 

 リクオもまた、敵の変貌振りに戸惑っているようで護衛の男――首無へと問いかける。

 彼らが戸惑っていると、リクオの仲間らしきものたちが彼の元へ駆け寄ってきた。

 

 ビジネススーツをきっちりと着こなした男性。

 ヘッドフォンをつけた男子生徒。

 キャバクラ嬢風の女性。

 

 リクオを守護するために集まってくる、彼の護衛たち。

 彼らも、目の前の巨大な敵の存在に目がいっているせいか、カナにほとんど目を向けなかった。

 一方のカナ、彼女もそんな彼らに対して注意を向けている余裕などなかった。

 

 ――こ、こんなのどうすれば!?

 

 今まで自分が出会ってきた妖怪たちとは違う。妖気の塊ともいえるその巨大な敵を前に愕然とする。

 

 首なしの獣は、壇上に前足をかけるともう一方の足を伸ばす。伸ばした先には、同じように巨大化して紐の呪縛から逃れた犬の頭部があった。その頭を掴み取り、そのまま自分の首元へと持っていき、繋げる。

 首を取り戻した獣は正に巨大な一匹の犬となり、怒りのこもった眼光で睨みつけてくる。

 

「グァァァァァアアア!!」

 

 雄叫びを上げながら怒涛の勢いで真っ直ぐこちらへ――リクオの元へと突撃してくる。

 

 ――いけない!!

 

 カナは震える自分の足をなんとか動かし、奴良組の護衛たちと同じようにリクオを護るべく立ち塞がる。

 だが――

 

「まずい。リクオ様を狙っている! 今、リクオ様は人の姿。こんな巨体にやられたら――」

 

 この首無の叫びは、強制的に中断されることになる。獣の腕が首無や他の護衛たち、カナを蹴散らす。

 吹き飛ばされたカナたちの体が、壁や床に打ち付けられる。

 

「ぐっ!?」

 

 ステージ上の壁に激突したカナは苦悶の表情を浮かべるが、ダメージ自体は軽症だった。

 カナの着ている巫女装束は春明の作った式神である。そのためか、見た目からは想像もできないほど頑丈な作りになっており、並大抵の衝撃ではビクともしない。だがそれでも、完全にダメージを消すことができず、足元がおぼつくカナ。

 しかし、なんとか立ち上がろうとした彼女の視界の先に、無情にもその光景は映し出された。

 

 巨犬が、護る者がいなくなったリクオの頭部を前足で掴む光景が――

 

 犬は掴んだリクオを、壇上にあった椅子やカーテンを巻き込みながら、床目掛けて叩きつけた。

 カーテンが邪魔でリクオの姿が見えなかったが、メキャメキャと嫌な音が聞こえてくる。カナの脳裏に最悪な結果が過る。

 

「「リ、リクオ」くん!!」様!!」

 

 護衛たちとカナが悲痛な叫びを上げる。一旦腕をリクオから放した犬妖怪。尚も攻撃を続けようとして、腕を振りかぶり――その動きがピタリと止まる。

 

「――あれは!?」 

 

 突然硬直した犬。見れば、その前足がパックリと裂かれていた。まるで刀で切り裂かれたかのような、深い傷がその前足に刻み込まれている。

 

 

 そして――『彼』の真実が闇の奥から暴かれる。

 

 

「陽は――閉ざされた」

 

 ――………え?

 

 聞き覚えのある声の響きにカナの心臓がドクンと高鳴る。聞こえる筈のない声、ここにいる筈のない人の言葉。

  

「この闇は――幕引きの合図だ――」

 

 ――あ……あの人は………。

 

 その男はそこに立っていた。

 

 着物姿に片手に刀を携えて。

 まるで最初からそこにいたかのように。

 幼馴染のリクオと入れ替わるかのように。 

 

 自分の窮地を何度も救ってれた『彼』がそこに立っていたのだ。

 

 




補足説明

 隠神刑部狸
  玉章の父親、四国妖怪の総元締め。
  原作では若い頃の姿は玉章と同じそのまんまですが、アニメ版ではかつて、イケメンだった頃の素顔がチラリとみることができます。八十八も嫁がいることが納得できる……かな? べ、別に羨ましくはないんだからね!!

 豆狸  
  四国の山奥で鬼に化けて門番をしているちっこい狸。本人の談では二百年は生きているという話だが、それで子ども扱いって……狸の寿命はどうなっているんだ!


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第十八幕 生徒会選挙・急

 
 この小説が投稿予約されている頃、自分は仕事をしている真っ最中。
 家に帰ったら真っ先にパソコンを付けて、『ゲゲゲの鬼太郎』の最新話をコメント動画付きで見る。それが毎週日曜日の楽しみです。
 尚、前書きなどでゲゲゲの鬼太郎をプッシュする作者ですが、本小説にゲゲゲのキャラをクロスオーバーさせることはありませんので、ぬら孫はぬら孫でお楽しみください。


「さ、三分経った! 清継くんの言ってた時間だ!」

 

 体育館外で待機していた清十字団の一員である島。彼は清継の指示を律儀に守り、渡された腕時計の針から目を離さず時間を測っていた。そして彼が指定した時間、ちょうどリクオの応援演説が終わる時間帯がやってきた。

 この時間になったら体育館へ突入し、リクオを襲う。それが、妖怪役と与えられた自分の役割。

 そのために、こんな妖怪の着ぐるみを纏ってまでずっと準備をしていたのだから。

 

「『計画は時間通りに実行する』って言ってたからな。お金もかけてるし。でも、恥ずかしいな……」

 

 だが、中一という微妙なお年頃の少年にとって、この格好のまま衆目に前に出るのはかなりの勇気がいる。清継の影響で、それなりに妖怪に関する知識や興味が芽生えた彼でも、恥ずかしさ全て拭いきることはできない。

 しかし――それでも、やらねばならないときが男にはあるのだ。

 

「えーい、ビビるな! これも清継くんに当選してもらうため、それに――及川さんにカッコいいところを見せるチャンスっす!!」

 

 何よりも尊敬する清継に生徒会長になってもらため、そして――憧れの女子・及川つららに自分のカッコいいところをアピールするために。

 

 島は一年二組の女子・及川つららに恋をしていた。

 一目惚れだ。初めて会った瞬間から、島は彼女に夢中なのだ。何故など考えたこともない。ただ、彼女への一途な愛が、島という少年の心を鷲掴みにしていた。

 その愛は、捻眼山で他の女子たちが入浴しているのを覗くチャンスがあったにもかかわらず、つららが妖怪探索に出かけるからという理由から棒に振るうほど。(つまり!! 他の女子の裸を覗くという不健全な行為よりも、つららと一緒に健全な探検に行くことの方が彼にとっての優先事項!!)

 そんな彼にとって、清十字団の活動をつららと共に過ごすことができる時間は、まさに至福。

 サッカーU‐14日本代表の彼がサッカー部の活動を休止してでも、清十字団の活動に精を出す半分以上の理由が、つららのためでもあった。

 しかし最近は、何かとリクオがつららと仲良さげにしている姿が目に留まる。島はリクオのことが友人として好きではあったが、この恋だけは譲るつもりはない。

 つららを巡って繰り広げられる、この恋の争奪戦を制するためにも、この場でガッチリと彼女の♡を掴む必要があった。

 

『――やったね島くん! すっごくカッコよかったよ!』

「えへへへ……さあ、行くっすよ!!」

 

 この生徒会選挙で圧倒的な活躍を見せた自分を、褒めてくれるつららの姿を妄想しながら、彼はいざ体育館へと突入する。

 

「? なんか騒がしいな」

 

 自分が登場する前だというのに、何やら騒がしい館内。だが、島は脇目も振らず、ステージの真ん前――全校生徒が注目しているであろう、体育館の最前列へと躍り出た。

 

「ガォ――! 俺が妖怪だ!! この学校は俺が支配するぞ――!!」

 

 決まった!! と心の中で自身の渾身の芝居に酔い痴れる島であった――だが、

 

『グオオオオォォォォォォォォゥッ――!!』

「え……? うぇえええ――!? 何これっ!?」

 

 自身の後ろ。ステージの壇上の上で吠え猛る巨大な犬の化け物に島は悲鳴を上げる。

 作り物の着ぐるみや、立体映像などではありえない。

 その圧倒的な存在感を間近で、最前列の特等席でいきなり感じ取ってしまい、一瞬にしてその迫力に呑まれる。

 

「き、清継くん……お、及川さん……ぐぅ~――」

 

 島の意識はそのまま、この生徒会選挙が終わるまでブラックアウトすることになる。

 

 

 

×

 

 

 

「なんだぁ――!?」

「真っ暗でよく見えねぞ!!」

「何が起こったんだ?」

「…………ちっ!」

 

 体育館内は、突如として巨大化した妖怪・犬神の存在によってさらに混沌を深めた。だが、多くの生徒たちが悲鳴や絶叫を上げる中、春明は慌てず騒がず、目の前のトラブルを一つずつ冷静に対処すべく行動を開始していた。

 彼は手始めに、巨大化した妖怪の重圧に今にも崩れ落ちてしまいそうな体育館を支えるために陰陽術を行使する。ポケットから植物の種らしきものを取り出し、静かに念じた。

 すると、種から木の根が生え出す。根はすさまじい速度で成長し、通常ではありえない長さに伸びていく。他の生徒たちは巨大な犬神の図体に目を奪われているため、館内の一番後ろにいる春明の生み出した不可解な現象を目撃するものはいなかった。 

 その木の根を、そのまま壁に張り付け、さらに春明は命じる。

 

「根よ……この建物を支えろ」

 

 春明の命令に答えるかのように、成長を続けた根を壁の中に入り込み、そのまま館内全体に広がっていく。

 

 陰陽術・木霊――樹縛(じゅばく)

 

 本来は敵を捕縛したり、そのまま締め上げた妖怪を引き千切るための陰陽術だが、春明はこの建物を支えるためにあえてこの術を使った。

 体育館内部に浸透した根が館内全体に張り巡らされ、重要な柱を何本か補強する。功が相したのか、建物の揺れが幾分か収まった。

 

「ふぅ、やれやれ」

 

 とりあえずの危機が去ったことで安堵の息を漏らす春明。だが、根本的な解決には至っていないことに憂鬱な気分になる。

 

「さて、あれをどうしたもんかね……」

 

 既に大きくなるのを止めた首なしの犬が、壇上で自身の首を繋げているのが見えたが、暗闇であることもあり、彼のいる後方からでは、その戦況のほどをはっきり窺い知ることが出来ない。

 ステージ上に敵が現れた際の策は一応用意してはいたが、このままではカナまで巻き込みかねない。

 

「ちっ! おら、どけっ!」

 

 春明は短く舌打ちをすると、戸惑いで固まる他の生徒たちを押しのけ、もっと戦況が分かる場所まで苛立ち混じりに移動を始めていった。

 

 

 

×

 

 

 

「なんだ、あいつは?」

「突然出てきたぞ!?」

 

 カーテンの奥から現れた見慣れぬ人物に生徒たちがざわつく。後ろに伸びきった長い髪、鋭い眼光、着物を見事に着こなした長身の男。この体育館にいる大多数の人間にとって、初めての登場人物であろう『彼』。

 だが、『彼』のことを何度も目撃したことのあるカナは、他の生徒たちとは全く別の意味で困惑していた。

 

 ――な、なんで……また――この人がここに?

 

 訳が分からなかった。何故『彼』が学校にいるのだろう。

 

 ――だって……今そこにいたのは……リクオくんで、リクオくんがいた筈で……!

 

 先ほどまで、カーテンの奥には確かにリクオがいた筈だ。犬の一撃を喰らって潰されてしまったリクオがいる筈だった。だが、そこには『彼』以外誰もいなかった。ぐしゃぐしゃに潰された椅子やボロボロに切り裂かれたカーテンの残骸だけで、他に人はいない。

 

 ――お、落ち着け、わたし……。

 

 早まる心臓の鼓動を落ち着かせるように、カナは自分に言い聞かせる。

 

 ――き、きっと奴良組の妖怪。リクオくんの……護衛の人よ……。

 

 そう言い聞かせ、自らを納得させる結論をだそうとするが、そう考えるにはあきらかに不自然な点がある。

 

 先ほども疑問に思ったように『彼』はリクオがいる筈の場所から現れた。

 まるで、最初からそこにいたかのように。 

 それに着ている着物。首に巻いている黒いマフラーも、間違いなくリクオが着けていた物だ。

 

 ――………。

 

 あらゆる状況が、カナの安易な考えを否定する。残る可能性は――。

 

「おい!! あんた……」

 

『彼』がこちらをちらりと一瞥し、話しかけてきた。

 

「さっきは、ありがとよ…」

 

 カナに向かって『彼』が礼の言葉を投げかける。

 

 ――ち、ちがう、やめて……!

 

『彼』からのせっかくの感謝の言葉を、カナの心は拒絶する。

 自分が助けようとしたのは奴良リクオ、幼馴染の男の子だ。

 それが『彼』である筈がない。

 戦う力のないリクオを、カナは護ろうとしたのだ。

 それが『彼』である筈はない。

 

 だがそんなカナの内心の混乱に気づいた様子もなく、『彼』は視線を変え、目の前に立つ強大な敵を見上げながら呟いた。

 

「あとは、俺に任せておきな……」

 

 

 

×

 

 

 

「ナンダ……」

 

 妖怪としての力を発揮している犬神も、その他大勢の人間たちと同じように戸惑っていた。

 

「誰ダ、オマエ……」

 

 自分は確かに、あのぬらりひょんの孫――憎っくき奴良リクオを踏み潰した筈だ。なのに、気がつけば犬神自身の腕が切られ、見覚えのない男が眼前に立ちふさがっていた。

 鋭い眼光で睨みつけてくる、長身の男。

 巨大化した自分に比べればちっぽけな大きさだったが、何故か異様な存在感を漂わせている。

 

「学校でこんな姿になるつもりはなかったんだがな」

 

 男が口を開いた。 

 

「とっと舞台から下りてもらうぜ。オレもお前も、ここには似つかわしくなぇ役者だ」

 

 不敵な笑み、尊大な口調で語りかけてくる。

 

 ――コンナ姿ニ、ナル……ダト!?

 

 男の台詞に犬神はハッとなる。リクオがいた場所から、まるで入れ替わる様に現れた男。

 

 ――マサカ、コイツ!?

 

 瞬時にある考えが犬神の頭に浮かぶ。だが、その考えを吟味する間もなく奴は動き出した。

 ゆらりと、一歩踏み込んだ瞬間――男の姿が視界から消える。

 

 ――ド、ドコニイッタ!?

 

 その疑問の答えはすぐに返ってきた。突如として走る、顔面の激痛という形で――。

 

「グガァァァア!?」

 

 その痛みに叫び声をあげる犬神。彼の視界が赤く染まる。それは彼の顔面から流れ落ちた血飛沫によるものだった。男が飛び上がるとともに、すれ違いざまに斬り込んだ斬撃による痛みであった。

 

「ふっ……」

「ク、クソ、舐メルナアァァア!!」

 

 刀を振り下ろし終えた男が犬神の視界の端で着地する。痛みに怯みながらも。男へ反撃するべく、犬神は腕を振り下ろす。男はその攻撃をなんなく躱し、そのまま犬神の腕を切り裂きながら、真っ直ぐこちらへ向ってくる。

 だが、今度は犬神にも奴の姿がはっきりと見えていた。眼前まで迫る男と、視線が交差する。

 男がさらに刀を振りかぶるよりも先に、犬神は爪を突き立てる。男はぎりぎりのところでその攻撃に気づき、間一髪でその攻撃をかわす。 

 男はそのまま、犬神の背に着地する。だが、奴は不覚にもつるりと足を滑らした。

 

 ――今ダ、喰ラエ!

 

 犬神はその瞬間を見逃さなかった。自分の体から滑り落ちる男へと尻尾による一撃をお見舞いする。

 

「チッ」

 

 男が舌打ちする。尾での一撃をまともに喰らった男は、そのまま無様にステージ上へと転げ落ちる。

 

「グオォォォォ!!」

 

 遠吠えを上げる犬神。先ほどとは違う、勝ちを誇った歓喜の叫び声だ。

 しかし――膝を突き、頭から血を流しながらも、男の戦意が全く衰えた様子はない。

 その鋭い眼光からは、尚も威圧感を感じる。

 

「………………………」

「………………………」

「………………………」

 

 いつの間にか、体育館は静まり返っていた。

 その場にいる全員が、まるで舞台のクライマックスでも観賞するかのように、集中して男と犬神の戦いに魅入っていた。男は流れ落ちる血を拭いながら、ゆらりと立ち上がる。  

 

「やるじゃねぇか」

 

 ――っ!!

 

 ゾクリと、犬神の背筋に悪寒が走る。奴の眼光がさらに鋭く光り、自分のことを見据えていた。

 

 ――ナンダ、コイツ……。

 

 何とかその眼光に負けじと、犬神は男を真正面から睨み返す。だが、犬神は自身の中に一度芽生えたその感情を、完全に消し去ることができなかった。

 そして、犬神はその目で確かに目撃した。

 

 奴の後ろに――。

 誰もいる筈のない空間に、何匹もの妖怪が付き従っているかのような――

 まるで、百鬼を背負っているかのような男の威風堂々たる姿を――

 

「ウ、ウオオォォォォ――!!」

 

 その百鬼夜行の勢いに飲まれぬよう、己を奮い立たせるため、より一層激しく吼える犬神、だが――

 

『出たな妖怪!!』

「――!?」

 

 ステージ上の巨大スクリーンに映し出された映像に水を差される。犬神と男の激しい戦いの中で、奇跡的に無事だったスクリーン。そこに、リクオが壇上に上がる前にぺらぺらと偉そうに演説をしていた少年の姿が映し出された。

 

「あっ――!」 

「清継だ!!」

「映像が復活した!?」

 

 二人の戦いに魅入っていた生徒たちが、我に返ったかのようにざわつき始める。

 

『そこのふとどきな大妖怪!!』

『このボク、清継ふんする「陰陽の美剣士」が来たからには』

『悪事はもう許さんぞ――!!』

「………………」

 

 今の状況とはまったく関係のない映像のくせに、まるで自分に向かって言っているような傲慢な少年の茶番に怒りを感じながらも、これを好機と判断する犬神。

 見れば男の方も、突然流れ出した映像の方に気を取られていた。その隙を突くように、犬神は渾身の一撃をお見舞いすべく、全身に力を溜め始めた。

 その時だ、不意に犬神の身を激痛が襲う。 

 

 ――グオっ!?

 

 その痛みにおもわず身をよじらせるが、下半身が、いや両の後ろ足がまったく動かない。即座に振り返り、痛みの発信源に目を向ける。

 

 ――ナ、ンダ……コレハ?

 

 犬神の視界に飛び込んできたもの。それは自分の足が、巨大な針のようなもので貫かれている光景だった。

 

 

 

×

 

 

 

「――やっと大人しくなったか」

 

 春明がやれやれといった調子で溜息を溢す。

 二人の戦いが激しかったため、なかなかチャンスが巡ってこないことに苛立っていたが、映像が流れ出したことで二人の動きが止まり、ようやく仕掛けていた罠を作動させることに成功した。 

 春明が行使したのは、陰陽術木霊・針樹(しんじゅ)

 ステージ上には、あらかじめ凜子に植物の種子を撒かせておいた。その種子に遠距離から力を送り、成長させた木の根を束ね、針状にして犬の足を刺し貫いたのだ。

 

「ふん」

 

 春明は手をかざし、犬の足を貫いた木の根にさらに命令を下す。命令を受け、樹木の先端がぐりゃりと曲がるとそのまま床を刺し貫く。木の根は犬神の足と床を縫いとめる形で、その動きを封じた。

 

「……なかなか良い線までいってたんだけどな」

 

『奴』と犬神の戦いを思い返しながら、春明はボソリと感想を洩らす。春明は『奴』に一撃を入れた敵の力量にわずかながらも感心していた。

 

「……だが、少し調子に乗って暴れすぎだぞ、犬っころ」

 

 しかしこれ以上、学校に被害を出させるわけにもいかず、春明は犬を排除すべく仕方なく『奴』に加勢した。

 誰にも悟られぬよう遠距離から、こっそりと。そして、さらにそこへ追い打ちを掛ける者たちがいた。

 

『見てろ!!今封じてやる ボクのフルCG超必殺退魔術』

『よみおくりスノーダスト退MAX――――!!』

『島くん、上手くくらえぇ――――!!』

 

 スクリーン内で『陰陽の美剣士』に扮する清継の必殺剣が炸裂し――それに合わしたかのように、雪が舞い上がり、凄まじい吹雪が犬神の巨体を包み込み、その体を凍えさせる。

 

「うわ……雪だ!?」

「なんで!?」

 

 室内で雪という不可解な現象に生徒たちが混乱する。だが春明は何事もないようにステージ上を見上げた。

 ガチガチに凍らされた犬の体に、さらに紐が絡みつく。『奴』の代わりに襲われていた、首の無い男の武器である紐。木の根と、雪と、紐の三重拘束に、犬神は完全に体の自由を奪われた。

 

 春明はこの戦いの終幕。敵の敗北を静かに察した。

 

 

 

×

 

 

 

 ――この雪。及川さんの……。

 

 巻き起こる吹雪の中、視界の先で巨大な犬が氷漬けにされていく光景をカナは目の当たりにする。犬は何とか氷の呪縛から逃れようと身をよじらせるが、ほとんど意味をなしてはいなかった。

 

 ――今なら、行けるか?

 

 敵の力の前に出遅れたカナだったが、今なら自分の刃を届かせることができる。敵に向かって、一歩足を踏み出す。だが――

 

『おい、カナ』

「……コンちゃん?」

 

 カナが被っていた狐面の妖怪・面霊気のコン。今まで沈黙を貫いていた彼女が、自分にだけ聞こえるように話しかけてきた。

 

『今のうちに、この場から離れるぞ』

「えっ?」

『これ以上、ここにいてもやることはなさそうだ』

「でも……」

 

 コンの提案に思わず躊躇するが、確かに彼女の言うとおり、ここに自分がいる必然性はないだろう。カナの刃が届くというなら、奴良組の妖怪にもそれが出来ない道理はない。

 

『正体、ばれたくねぇだろ?』

 

 寧ろ、ここに留まればその分、正体がばれる危険性も高まると、面霊気はさらにカナへと忠告してくる。

 

「くっ――!」  

 

 カナは後ろ髪を引かれる思いだったが、それ以外に選択の余地はない。飛翔して、窓を目指す。生徒たちは皆、ステージに注目しているためか、彼女の行動を見咎めるものはいない。暗幕を抜け、窓から抜け出そうとする直前、カナはステージの方を振り返る。

 

 真正面から『彼』が、敵へと向かって駆けていく姿が見える。

 巨大な敵に怯むことなく、堂々と立ち向かうその姿は、まさに妖怪そのものだった。

 

「………」

 

 彼女はそれ以上、『彼』を見ていることができなかった。

『彼』から素早く視線を逸らし、その場から立ち去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ハァハァハァ」

 

 体育館から脱出したカナは、屋上へたどり着いた。

 フルマラソンを走りきった後のように、息をつかせてその場にへたれこむ。だがそれは、体力よりもどちらかといえば、気力の方を消費したような疲労感であった。

 それほどまでに、今のカナは精神を疲弊させていた。

 

「………ねぇ、コンちゃん」

 

 彼女を顔から外し、問いかける。

 

「あの人、また助けてくれたね」

『………ああ』

「私だけじゃない。学校の皆も助けてくれたよ」

『………ああ、そうだな』

「私なんかより全然強くて、カッコよかったよね……」

『…………』

 

 次から次へと『彼』に対する話がカナの口から発せられる。

 コンは静かに、彼女の言葉に耳を傾ける。

 カナが何を意図してこんな話をしているのか、コンは何となく察していたが余計なことは喋らなかった。

 

「………」

『………』

 

 カナも黙り込み、しばらく時が過ぎさったが――おもむろに、カナがその本題を口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの人………リクオ、くん……なの?」

 

 やはり何度否定しても、その結論が浮かんでくる。

 どれだけ思考を続けても、それ以外の答えが導き出せない。

 藁にすがる思いでコンに質問するのは、それを否定して欲しいがためであった。

 

『………』

 

 だが、彼女は何も答えてはくれない。

 否定も肯定もしなかったが、その沈黙が逆に答えとなっていた。

 

「うぅ……う、うぅ…………」

 

 カナは嗚咽を漏らしながら、地面に突っ伏す。彼女の双眸からは、涙が零れ落ちている。

 

 

 ずっと、リクオのことを、護っていると思っていた。

 幼馴染として、時にはお姉さんを気どって、リクオの手をとって、歩いてきたつもりだった。

 四分の一妖怪の血が流れていることは知っていたが、それでも『彼』を只の人間だと、無力な一般人だと思い込んでいた。

 

 

 だが、違った。

 

 

 本当に無力なのはリクオではなく、自分だった。

 手をとっていたのは『彼』のほうだったのだ。

『彼』がいつも、自分のことを護ってくれていたのだ。

 

 

 それなのに、自分は――

 

「うっ、うぅぅあああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ――!!」

 

 カナは泣いた。

 時間も立場も、何もかも忘れて、その場で泣き崩れていた。

 

 

 彼女の心とは対照的に、空は憎たらしいほどに澄み渡っていた。

 

 




 という訳で、この話からカナは『彼』=リクオであるという真実に辿り着きます。
 果たしてこの先どうなるのか? 考察しながらお楽しみください。

補足説明
 冒頭のHな島くん
  詳しくは原作コミックス二巻の『島くんの憂鬱』をご覧ください。
  中学一年の男子ということを考えれば、彼の思考は真っ当なものだと思います。
  しかし、それでも彼の初恋が実ることはない……少年よ、これが絶望だ。

 陰陽術木霊のバリエーション
  オリキャラ・春明の陰陽術・木霊のバリエーション
   針樹――木の根を針のようにして、敵を刺し貫く。
   樹縛――木の根で敵を縛り上げ捕縛。場合によっては、そのまま絞め殺す。
   壁樹――木の根を分厚く纏め、壁として敵の攻撃を防御する。
  書いてて思った。意外と多様性のある能力で便利だなと。

 


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第十九幕 生徒会選挙・後片付け

ようやく、長かった生徒会選挙が終わります。とりあえず、この投稿が今月は最後です。次は九月に入ってから。
 それではどうぞ!


 浮世絵中学校の生徒会選挙は候補者の演説後、すぐにその場で生徒たちによる投票が行われる。

 

 今年度の生徒会長候補者は――四人。

 当然ながら候補者は全員が中学生であり、心身共にまだ子供だ。

 成績優秀者を集めたような進学校ならいざ知らず、ごく一般的な学校である中学校にこれといって特出した生徒など、滅多にいるものではない。身も蓋もない言い方をすれば、誰が生徒会長に選出されようと、大した違いなどありはしないと。学校側もそれを承知で、生徒たちの好きなようにこの生徒会選挙の運営を任せていた。

 

 たった一人――清十字清継という生徒を除いては。

 

 彼はこの浮世絵中学一の変人にして、有名人だ。

 成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗。ワカメっぽい髪型や、性格と趣味に若干の問題はあるものの、その点に目を瞑れば実に優秀といっていい生徒である。

 まだ一年生ながらも、生徒会長に立候補したその度胸もあってか全校生徒の注目の的となっていた。

 そんな彼が演説で行ったパフォーマンス?は、さらに皆の関心を引いたことだろう。

 順当に行けば、彼が今年度の生徒会長に選ばれることになっていた。

 だが――

 

「な、なぜだ?」

 

 清継は膝を突き、今にも消え入りそうな声で目の前に張り出された、その結果に目を通した。

 

「……なぜだ?」 

  

 何度も何度も疑問を口にするが、残酷なことに結果が変わることはない。

 

「なぜだぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

 残酷に立ち塞がるその事実に、彼はガゴゼに襲われて以来の絶叫を校内に轟かせていた。

 

 

 

×

 

 

 

「いやぁ~……一時はどうなることかと思ったが、なんとかなるもんだねー、土御門くん!!」

 

 会長候補の一人だった男子生徒の西野が、いかにも上機嫌といった調子で自分の席でだるそうに目を擦っている土御門春明に話しかけている。

 春明の肩をポンポンと叩きながら、ハイテンションに笑う西野。

 

「……に、西野くん、もうそれくらいで……」

 

 その隣の席で、白神凜子が冷や汗をかきながら、西野に止めるように注意を促していた。

 春明の性格を多少なりとも知っている彼女からすれば、西野の馴れ馴れしい態度にいつ彼が怒り出すかもしれないと、とても穏やかな気分になれたものではなかった。

 実際、凜子の視界から春明の額に青筋は浮かんでいるのが見えた。いつ切れだしてもおかしくない爆弾の導火線。だが、彼女の心配とは裏腹に、春明は行動を起こそうとはしない。

 それほどまでに、先ほどの騒ぎで疲れているのだろう。ギロリと視線だけを西野へと向け、不機嫌そうに眉をひくつかせているが、それに気づいた様子もなく、西野は機嫌よさげに笑みを溢す。

 

「前々から、きみの言葉には妙な威圧感や説得力があると思っていたが、まさかあの状況から巻き返せるとは思わなかったよ」

「………別に、たいしたことを言ったつもりはなかったんだがな……」

 

 西野の賞賛に、興味なさげに呟く春明。

 その呟きに、凜子は先ほどの騒ぎ――生徒会選挙終盤の出来事を思い出していた

 

 

 

×

 

 

 

 巨大な犬の化物。狐面に巫女装束の少女。

 首のない男子生徒。鋭い眼光に着物を見事に着こなした青年。

  

 多くの魑魅魍魎が入り乱れた騒動は、全て清継のパフォーマンスとして片付けられた。

 狭い館内には巨犬が暴れた破壊の痕跡が残っているものの、誰もそれが妖怪の仕業だと夢にも思わない。

 こういうとき、清継の破天荒な性格はありがたい。違和感なく皆が彼の演出だと信じ込んでくれたことに、凛子は安堵の溜息を吐いていた。

 

 だが、まだ彼女の仕事は終わっていない。生徒会長候補者の演説はまだ一人残っていたのだ。

 

 それこそ、春明に応援演説を頼んだ西野の演説。彼の演説が最後なのだが、先ほどの騒ぎのせいでステージ内はめちゃくちゃにされてしまっていた。壊された器具を新しいものに代える作業に、委員たちが忙しなく動き回っている。

 その間、委員たちは全員、恨めしげな視線を清継に注いでいた。この騒ぎの元凶であると思い込んでいる彼に「余計な手間を取らせやがって!」と怒りの視線を向けている。もっとも、清継はそんな一向の視線に気づいた様子もなく、自らのパフォーマンスが大成功したことに、上機嫌に高笑いしていた。

 この選挙の勝敗に関わらず、後で先生に叱ってもらおう――委員たちは強く心に誓ったという。

 

 

 そうして、インターバルを挟んでようやく再開される生徒会選挙。

 だが、壇上に西野が上がり演説を始めたが、ほとんどの生徒は彼の話をまったく聞いていなかった。

 生徒たちの間では、清継の演出の話題で持ちきりだった。清継の演出が終わった後も、浮き足立ったようにざわざわと、生徒同士で熱く話し込んでいた。

 そんなギャラリー達に負けじと、西野も熱く語りかけるのだが、まったくといっていいほど効果を発揮してはいない。あっという間に彼の持ち時間が終り、無念だとばかりに西野は壇上から降りて行った。

 

 そこへ、春明の出番が回ってきた。

 

『え~……次は会長候補西野くんの応援演説です』

 

 司会進行役の凜子の、どこか戸惑いがちなアナウンスが館内に響き渡る。

 西野がいったい、どのような手段をもって彼をここへ立たせることができたのか。凜子には甚だ疑問だったが、確かに彼――土御門春明はステージの上に立っていた。

 普通、中学生くらいの年代の子がステージに上がって話をするというのは、極度の緊張が伴う行動だろうが、春明からはそのような様子、微塵も感じ取れない。ついでに、やる気や意気込みといったものも感じとれないが。

 仕方なくそこに立っているという心境が、ひしひしと伝わってくるようだった。

 

 春明が壇上に上がっても、生徒たちは彼の話を聞くつもりはないようで騒ぐのをやめない。

 本来ならば、ここで司会進行の凜子が「静かにして下さい」とでもマイク越しに注意するべきなのだが、西野の演説前に既に何度も試して、失敗している。この混沌とした状況を鎮めるのは、今の凜子にも少し荷が重いようだ。

 

 だが、春明はざわつくギャラリーを特に気にした風もなく、懐から原稿用紙を取り出し、読み上げようとマイクを手にする。すると――

 

「ああぁ!? アンタは!!」

 

 一人の少女が、春明に指を突きつけながら、声高らかに叫んでいた。少女の近くで雑談していた生徒たちの何人かが、何事かと少女の方を見やる。

 少女の名は花開院ゆら――先日凜子が入団した『清十字怪奇探偵団』の団員だ。

 彼女もまた、春明と同じ陰陽師であるということは、既に団員たちから聞かされていたし、同じ陰陽師であっても、ゆらと春明との間に、これといって接点はないとカナから聞いている。

 それゆえ、ゆらが壇上の春明を指差し、叫んだことに凛子は面食らう。

 しかも、ゆらの態度は同業者に対する親しみのこもっているものではない。天敵に、敵意剥き出しで吼える犬のように、ゆらは彼に噛みついていく。

 

「あんた、あのとき公園にいたやつやないか!! 今回の騒ぎも、なんかあんたに関係あるんやないんか!!」

「ちょ、ちょっとゆらちゃん!?」

「落ち着きなよ!?」 

 

 彼女の隣に座っていた巻と鳥居の二人がゆらを諌めようとする。ゆらの周りにいた他の生徒たちが、突然声を荒げるゆらに驚き彼女に注目しているが、離れている生徒たちは彼女の声など耳に入っていないのか、尚も喋り続けている。

 

 がやがやとお喋りを止めない生徒たちに加え、壇上に向って吼える少女。

 

 体育館内はさらなる混沌に包まれる。いったい、どう収拾をつけるべきかわからず、凜子はちらりと裏で待機している委員長に目線を送って指示を仰ぐが、委員長は成す術もなく固まっている。

 

 ――ど、どうすれば……。

 

 冗談抜きで泣きそうになってきた凜子だったが、そこへ救いの手が差し伸べられる。

 もっとも、それは救いと表現するには、あまりにも荒々しいモノだった。

 

 その救いの主――春明は壇上で大きく息を吸い込み――そして叫んだ。

 

『やかましい!! うっとしいぞ、このガキ!!』

「「――!?」」

 

 キーンとハウリングするマイク。彼の怒りの叫びが、大音量のマイクを通して館内を駆け巡り、生徒たち全員の鼓膜に襲いかかった。 

 音の兵器とも呼べるそれは、混沌としていた体育館を鎮めるのに十分な破壊力を持っていた。

 あまりの大音量に耳を押さえる生徒たちを無視し、春明はさらに叫び続けた。

 

『こっちはさっきのごたごたで疲れてんだよ、ボケ!! これ以上、余計な面倒は起こすな、どチビ!!』

「……………………」

 

 春明の罵声に、目にちょっぴり涙を貯めながら固まるゆらの姿に、凜子は同情する。

 以前、彼が妖怪をしばき倒している現場を凜子は目撃したことがある。そのとき感じた彼のすさまじいプレッシャーは、今思い出しただけでも体が恐怖で震え出す。ゆらもきっと、同じようなプレッシャーを感じているのだろう。

 そして、彼の怒号に気圧されたのは、ゆらだけではなかった。

 先ほどまでワイワイと好き勝手に騒いでいた生徒たち全員が、春明の怒気に言葉を失っていた。

 静まり返る館内。皆が固唾を呑んで、彼の次の言葉を待っている。

 

『あー……どこまで話したっけ?』

 

 春明は頭をかきながら、めんどくさそうに原稿用紙に目を通す。だが何を思ったのか、次の瞬間にもその原稿をぐしゃぐしゃに握りつぶし、懐にしまいこんだ。

 その行動に、彼に最後の願いを託していた西野の表情が絶望に染まる。

 そんな彼を一瞥することもなく、春明はマイクを片手に語る。

 

『あーあれだ。なんか、さっきの騒ぎでどっと疲れちまった。面倒だから、手早く終わらせるぞ』

 

 相変わらずやる気のない態度で、彼は言い放った。

 

『とりあえず……一言』

 

 静まり返る体育館内に、その言葉は異様によく響いたという。

 

『――平和な学園生活を送りたければ、西野に投票しろ』

「「……………………………」」

 

 最後に『以上!!』と短く付け加え、そのままさっさと春明は壇上から立ち去っていく。

 こうして、長く感じた生徒会選挙は終了した。

 

 

 

 春樹の最後の言葉「平和な学園生活」という部分に、多くの生徒たちがハッとしたという。

 

「平和かー……」

「ん、どうしたお前?」

「いや……清継の演出、すごかったよな!」

「ああー! あれはすげーよ!! あんな真似清継にしかできねぇ、さすがだぜ!!」

「ああ、すごかったよ。けどさ……」

「けど、なんだよ?」

「……正直、毎回アレに付き合わされんのはどうかとおもってな……」

「……まあ、確かに。アレは心臓に悪いな……」

 

 そんな会話が、大半の生徒たちの中で流れたという。

 そして、皆が一旦冷静になって投票相手を考え直した結果。

 

 清継の支持率がどかんと下がり、多くの票が西野の方に流れていき、生徒会長は二年の西野に決定した。

 

 

 

×

 

 

 

「なぜなんだぁ~~」

 

 そんな生徒たちの気持ちの変化を察することも出来ず、清継は自分が敗北した原因も分からず教室の床に突っ伏している。

 

「き、清継くん、元気だすっす……」

 

 落ち込む彼に島が慰めの声を掛けるが、彼自身もつららに良いところを見せられず、落ち込んでいた。

 だが、彼らの落ち込む様子に目も暮れず、先ほどの生徒会選挙に困惑していた面々がいる。

 

「……ねぇ巻。さっきのお面の子、温泉のときに助けてくれた子だよね。なんで、こんなところにいたんだろう?」

「…………」

 

 鳥居が巻に問いかけるが、その返事は帰ってこない。

 二人は混乱していた。壇上に現れた巫女装束の女の子は、捻眼山に合宿にいったとき、妖怪たちから自分を助けてくれた人物であった筈だ。

 あそこは浮世絵町ともかなり離れた距離にある場所。そんなところにいた彼女が何故、どうしてと、疑問符を浮かべる少女たち。

 既に彼女たちは、あの少女の出現のおかげで、アレが清継の演出でないことを理解していた。あの巨大な妖怪も、刀を携えた男も同様なのだろうと。

 ならば、あれは本物の妖怪同士の戦いということになる。自然と彼女たちの身が恐怖で震える。

 

「なぁ……ゆら。ゆらなら、なにか知ってるんじゃないか?」

 

 巻は、先ほどからずっと黙ったままのゆらに問いかける。

 陰陽師である彼女ならば、あの状況でなにが起きていたか分かるかもしれないと考えての問い。だが、ゆらは難しい顔をするだけで、彼女たちの疑問に答えることが出来ずにいた。

 その代わり、二人を安心させようと、ゆらは別の言葉を発する。

 

「……とりあえず、調べてみんことにはわからへん。まずは――あの子に話を聞いてみるわ」

 

 

 

×

 

 

 

 ちょうどその頃、学校の屋上にて。

 

「二人とも! どうして何も教えてくれなかったんですか!! 心配したんですよ!?」

「…………」

 

 雪女のつららが、首無と奴良リクオに説教をしていた。

 今回、敵を欺くために行われた首無とリクオの入れ替わり。しかし、その入れ替わりは、首無の提案によって土壇場に行われた奇策であった。つららを始め、青田坊や黒田坊、毛倡妓、河童に何の説明もなく行われた。

 皆に説明する時間がなかったという理由もあったが、そのことで他の護衛たちの機嫌を損ねてしまっていた。

 首無以外の護衛たちが皆、へそを曲げるようにつららの説教を静観している。

 

「ほら……敵を欺くにはまず味方からだってね」

「言い訳無用よ、首無。若も!!」

 

 首無は何とか言葉で取り繕うとするが、つららの怒りは収まる様子を見せない。

 

「なんで入れ替わったの行って下さらなかったんですか! 闇があれば昼間っからも変化できるってことも! 心配させて、もう~!!」

 

 口うるさいようにも聞こえるが、これもリクオのことを想ってのことだ。つららのリクオへの過保護が自然と彼女の口調を厳しいものにさせていた。

 

 

 

「ところで、リクオ様。また現れましたね、あの狐面の女」

「うん……そうだね」

 

 つららの説教が一段落ついたところで、護衛の青田坊がリクオに声をかける。彼の言葉にリクオは顎に手を当て、考え込んでいた。

 

 巫女装束を着た、狐面の少女。奴良リクオが旧校舎で出会った、例の少女だ。

 リクオが彼女と対面したのはこれで二度目。旧校舎のときもそうだったが、彼女はまるでリクオの危機に駆けつけるようにその姿を現した。

 しかし、それだけではない。リクオの預かり知らぬところでも、彼女はその姿を晒している。

 

「黒羽丸たちの報告によれば、捻眼山にも、その姿を現したとのこと。いったい、どこの誰なのか。皆目見当もつきませんな……」

 

 黒田坊が警戒心を滲ませながら呟く。

 捻眼山での牛鬼によるリクオ襲撃事件。その際、リクオと別行動をとっていた女湯のゆらたち。彼女たちを救うためにも、あの少女は力を振るったと、奴良組のお目付け役であるカラス天狗たちの報告に上がっている。

 そして、今回の犬神の件――これで三度目だ。偶然と片付けるにしては、あまりにも出来過ぎている。

 

「何を目的としているか、次に会ったらその目的を問いたださねばなるまい」

 

 リクオとリクオの周りを助けるために現れたとはいえ、正体が掴めない以上、リクオの護衛である彼らがそのように警戒心を滲ませるのは、致し方ないことである。

 だが、不審がる護衛達とは違い、リクオは彼女に感謝の念を抱いていた。

 

「けど……彼女はボクを助けてくれた。ボクの友達を助けてくれたんだ。だからきっと、悪い妖怪じゃないよ」

「しかし……リクオ様」

「きっとまた、ボクたちの前に現れるかもしれない。そのときにでも、またお礼を言わなくちゃね!」

 

 自分と友達を助けてくれた彼女に、リクオが悪い感情など抱けるはずもなく。心配する護衛を尻目に、リクオはもう一度、彼女と出会える未来を嬉しさと共に思い描いていた。

 

「それよりも、今は四国妖怪の方を何とかするのが先決だよ。隠神刑部狸……玉章」

「そうですね。ようやく、敵の大将とその目的が判明したところですし」

 

 リクオと一緒に説教をされていた首無が、同意するように頷く。

 

 今回、奴良組のシマを荒らしにやってきた敵の正体。

 四国八十八鬼夜行を束ねる敵の大将――妖怪・隠神刑部狸玉章。

 

 妖怪・犬神を退けたリクオ達の元へ、彼は自らそう名乗り、その本性の一端を垣間見せた。

 玉章の目的、彼は――奴良組の、リクオの『畏』を奪い、リクオを自身の配下に並ばせてやろうと豪語した。

 奴良組の乗っ取りを宣言、正式に宣戦布告を告げてきたのだ。

 

 ――玉章。君は絶対に間違っている。ボクは、奴良組を君に渡すわけにはいかない!!

 

 リクオは当然、玉章の目的を断固として阻止するつもりだ。

 奴良組を守る為でもあるが、それ以上にリクオは玉章に、言い表せぬほどの拒否感を示していた。

 

 彼は犬神を――自分の配下の仲間を自身の手で消した。リクオに畏れを抱き、役立たずになったという、ただそれだけの理由で自身の配下を手に掛けたのだ。

 奴良組の皆を仲間と慕い、家族と慕っているリクオからすれば理解不能、あり得ない鬼畜の所業である。

 そんな相手に、自分の組を、家族を好きなようにさせるわけにはいかない。

 この戦いは絶対に負けれない。その決意の元、彼は空を見上げていた。

 

 数刻前まで、その空の下、同じ場所で幼馴染が涙を流していたことも知らずに――。

 

 

 

×

 

 

 

 ――私……今までいったい、何をしていたんだろう?

 

 家長カナは独り、虚ろな瞳で通学路の帰り道を歩いていた。

 先ほどの騒動で知ってしまった。奴良リクオと『彼』――自分を何度も助けてくれたあの着物の青年が、同じ人物であることを――。

 別に騙されたと、リクオにショックを受けているわけではない。

 寧ろ、騙していたのは自分の方。面霊気を被り、顔を隠し、無力な人間を演じながらも、リクオの傍で幼馴染として振る舞ってきた。

 だからこそ、リクオが秘密の一つや二つ抱えていたところで、責める資格などないと彼女は自覚していた。

 

 カナがショックを受けていたのは、リクオを無力な半妖と、自分が勝手に決めつけていた事実に気づいてしまったからだ。

 勝手に彼を無力と決めつけ、彼を守ろうと意気込み、結局いつも助けられていたのは自分だという事実に気づいてしまったからだ。

 だが、彼に自分の助けなど要らなかった。

 彼を慕う奴良組の妖怪たちが彼を守り、いざとなれば彼自身の力で彼は自分を、仲間を、友達を護りぬくだけの力を誇っていた。

 

 ――どうしよう。私……この先どんな顔でリクオくんに遭えばいいか、わからないよ……。

 

 その力を知ってしまった以上、自分の助けなどいらないと、カナは自分の無力感に苛まれていた。

 心を失くしてしまった人形のように、ただ漠然と道を歩いていく。

 すると、そんな彼女の背中に――

 

「家長さん……ちょっとええか?」

 

 声を駆ける少女――花開院ゆらがいた。

 陰陽師である彼女はいつになく真剣な表情で、カナの肩に手を置き、彼女を呼びとめていた。

 

「ゆ、ゆらちゃん?」

 

 先ほどの騒動のこともあってか、カナの空虚だった瞳が揺れる。

 先の騒動で、大した活躍ができなかったといえ、彼女もその舞台上に上がっていたのだ。

 もしかしたら、自分の正体に感づいたのかと、カナは胸の内の動揺を悟られないように必死に隠していた。

 しかし、カナの動揺とは裏腹に、ゆらはただ一つ――とある人物にの名前を口にしていた。

 

 「ちょっと、リクオくんのことで……聞きたいことがあるんやけど、ええか?」

 

 

 

 




補足説明

 清継
  ご存じ清十字団団長の清継。奴良リクオの友人。
  原作では生徒会長に当選しますが、物語上、彼が生徒会長であることに必然性がないので、今作ではこのような結果にさせてもらいました。少年よ……これが絶望だ。
  書き手として、彼は何かと面白く、生き生きと描くことができるいいキャラです。

  西野
   今回、清継の代わりに生徒会長に当選した男子。
   作者のオリジナルキャラではありません。先にも登場した実好くん同様。生徒会選挙に立候補した人物として、名前だけですが作中に登場します。
   実好くんと違って、容姿もわからず、性別も不明。一応春明たちと同じ二年の男子ということにしましたが、特にキャラ付けはしていませんので、一発キャラで終わる可能性が高いですね。


  


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第二十幕 リクオの秘密、カナの秘密

 
 だいぶ間が空いてしまいましたが、続きです。ようやく猛暑が収まり、涼しくなってきました。新しい季節の変わり目、心機一転頑張って投稿していきたいです……と言いたいところですが、申し訳ありません。
 前々から呟いてきましたが、溜め込んでいたストックがとうとう切れてしまいました。話自体はこれからも続けていきますが、目に見えて更新自体が遅くなると思います。ご迷惑をお掛けしますが、どうか長い目でお待ちください。

 感想欄には一日一回は必ず目を通しますので、感想、評価、質問があればそこにコメントを下さい。もし、感想に対する返事が一週間以上ないのであれば、作者は亡くなったと諦めて下さい。
 作者がお亡くなりになって未完で終わる小説は決して少なくない。
『風の聖痕』しかり『トリニティ・ブラッド』しかり『ゼロの使い魔』などなど。
 ゼロは別の人の手により、完結したけど。
 



夕暮れが一日の終わりを告げる。

駅前では会社や学校帰りの、サラリーマンや学生たちが帰宅のため集まってきていた。

 

「…………」

「…………」

 

 その集まった人々の中に、家長カナと花開院ゆら、二人の少女の姿があった。彼女たちは駅前のベンチに腰を下ろし、自動販売機で買った飲み物を片手に一息つく。

 カナはいちごミルクを、ゆらは紙パックの牛乳を。特に言葉を発することもなく、ちゅるちゅるとストローの音だけを響かせている。

 適度な緊張感が漂う中、カナはゆらが話を切り出すのを静かに待っていた。

 

 ――ゆらちゃん……急になんだろう。リクオくんのことを聞きたいだなんて……。

 

 つい先ほど、通学路でゆらに呼び止められたカナ。ゆらがリクオのことで話があるというから、黙ってここまでついてきた。

 最初は自分の正体が気づかれたのかと慌てたものだが、どうやらそのことに関しては心配ないようだ。ゆらからは、自分のことを怪しむような、警戒するような気配は微塵も感じられない。

 代わりに、ゆらから感じられたもの――それは奴良リクオに対する、懐疑心のようなものだった。

 

 ――もしかしたら、ゆらちゃん!

 

 カナはドキドキとしながら、ゆらの言葉を待つ。

 そして――

 

「家長さんて……奴良くんと、どんな関係なん?」

「えっ!? ど、どんな関係ってっ……?」

 

 ゆらの口から飛び出てきた質問に、ドキんとカナの心臓の鼓動が高鳴った。

 

「ほら、いつから知ってるとか。彼、どんな人とか……」

「あ――え、え……と、それは……」

 

 ゆらが食い入るように詰め寄り、カナを質問責めにする。その問いかけにカナが言葉を詰まらせていると、カナの手を取りながら、さらに畳みかけるようにゆらは問いを投げかけてきた。

 

「普段、彼とはどんな話をしてるん!? 休みの日とかは!? 友人関係とか!?」

「え、ええ――ちょ、ちょっと待って!?」

 

 ゆらの迫力に押され、思わず体を反らす。それにも構わず、ゆらはさらにカナへとグイグイと顔を近づけてきた。

 

 ――そ、そんなこと、何で私に……。

 ――ゆらちゃん、なんかいつもと雰囲気違うし……。

 

 普段のゆらは、どちらかというともっとのんびりして、どこかおっちょこちょいだ。このように、前のめりになってまで、同年代の男の子に対して興味を持つような少女ではない。

 彼女がこうまで、強い関心を持つことなど、それこそ――妖怪が絡んだときくらいだろう。

『陰陽師』として妖怪への敵意を現すときのみ、彼女はその意思を強く持つのだ。つまり――

 

 ――そ、そーだ! やっぱり、ゆらちゃん。リクオくんの正体に勘づいて!!

 

 それは無理からぬことだろう。

 先ほどの生徒会選挙での騒動。リクオと『彼』――妖怪の総大将は、まるで入れ替わるように舞台の上に姿を現した。実際、『彼』こそがリクオで、その姿を変化させていた同一人物だった。

 それだけではない。

 窮鼠に誘拐された一件。捻眼山で妖怪に襲われた一件。リクオの周りで、立て続けに妖怪が絡む事件が発生していたのだ。

 たとえ、彼とリクオが同一人物だという答えに辿り着けなくても、何かしらの関係があると考えるのが自然なことだろう。

 

「家とか……昔から行っとたんやろ? 幼馴染なんやろ?」

 

 カナにリクオのことを聞いてきたのも、その正体を探るための情報収集だろう。

 リクオに直接問い詰めたところで、おそらくはぐらかされるのがおちだ。だからこそ、リクオと近しい人間として、ゆらはカナを選んだのだ。

 幼馴染という肩書を持つ、カナに。

 

 ――ど、どうしよう。私……どう答えたら……。

 

 カナは心中の動揺を押し殺し、思考を巡らせる。

 リクオの事情——彼が奴良組の三代目である事実を教えることなど、勿論できない。そんな大事なことを彼の許しもなく勝手に教えることなど、彼を裏切るも同然だ。

 つい先ほど、リクオの真の正体を知ってショックを受けたカナといえども、安易に口を滑らせてはいけないことだと理性が働く。

 なんとか、リクオの正体について語らず、この場を切り抜けるしかない。嘘をつくのは心苦しいため、ここは上手くはぐらかす必要があるだろう。

 カナはゆらに愛想笑いを浮かべながら、落ち着いて言葉を選んでゆらの質問に答えていく。

 

「べ、別に……幼馴染だからといって、いつも一緒だったわけじゃないよ……」

「え? そ、そうなん?」

 

 意外な答えだったのか、ゆらは拍子抜けするように首を傾げる。

 

「うん。リクオくんと出会ったのは幼稚園からだけど、小学校に上がるくらいに私、家の都合で浮世絵町から離れてた時期があったからね。四年前くらいだったかな……小学三年生くらいのときになってこっちに戻ってきて、そこで小学校でたまたまリクオくんに再開した……って感じかな?」

「へぇ……そうだったんか」

 

 そう、幼馴染といってもカナにもこの街にいなかった時期がある。

 その間、およそ三年ほど。その間、カナはリクオとこの浮世絵町と関わりを持っていなかったのだ。

 しかし、カナのその説明にも、ゆらは尚も食い下がる。

 

「けど、幼馴染ってことにかわりはあらへんやろ? せや! 写真! 奴良くんの映ってる写真とかない?」

「写真……写真か……」

 

 カナはゆらの質問に頭を悩ませる。

 幼稚園の頃の写真は、残念ながら持ち合わせてはいないが、この街に戻ってきてから今日までの四年間の写真ならある。小学校の卒業アルバムがそうだ。

 アルバムが配られたその頃は、カナもいろいろと個人的に立て込んでいた時期であったため、見返したりはしてはいないが、確か家のタンスの引き出しの奥にしまっておいたと記憶している。

 

「ゆらちゃん……リクオくんのこと、そんなに知りたい?」

 

 ゆらの意気込みに対し、カナは真剣に問いかける。彼女の問いに、真摯な瞳でゆらは黙って頷く。

 

「……そっか、わかったよ、ゆらちゃん」

 

 ゆらの想いに、とうとうカナの根気の方が先に折れた。自分の口から、リクオの正体に関して話すことは絶対にできない。しかし、これ以上ゆらの興味から、真実と向き合う心からはぐらかして逃げ出すことがカナにはできなかった。

 

「うちに来て、リクオくんのこと、私の話せる範囲でよければ教えてあげるから」

「ホンマか!?」

「うん! 写真も、小学校の卒業アルバムでよければ見せてあげられるから」

 

 カナの言葉に「よしっ!」とガッツポーズを取るゆら。よっぽどリクオの正体を暴きたいのであろう。

 ゆらには悪いが、カナは全てを話すつもりはない。彼女がいかに陰陽師として頑張り屋さんと言えどもだ。だが、写真くらいならば。それくらい見せたところで、問題にはならないだろうと。

 カナはゆらの気が済むまで、見せてあげようと、彼女を家に招くことを決意した。

 

「それじゃあ……行こうか」

「せ、せやな! 善は急げや、はや行こ!」

 

 そうと決まればとばかりに、ゆらはキビキビとカバンを持って立ち上がる。

 こんなところで道草食っている場合ではないと、カナを急かすように息巻く。

 

「うんわかってる、でも、その前に……」

「その前に……なんや?」

 

 だが、急かすゆらを落ち着かせるように、カナはゆっくりと立ち上がる。

 自動販売機の横に設置されているゴミ箱に、飲み干した紙パックのいちごミルクをダストシュートし、カナは嬉しさを隠し切れずに声を弾ませ、心からの笑顔で微笑んだ。

 

「買い物に付き合ってよ。せっかくだから、夕飯食べていってもらいたいから!」

 

 

 

×

 

 

 

 その日の夜――浮世絵町の空は闇に紛れ、漆黒の雲が覆っていた。黒い霧が町全体を包み込むように広がり、人々の背筋を凍らせる。

 それはこの町に、大量の妖怪たちが押し寄せてきたことを知らせる合図でもあった。

 奴良組を始め、もともと多くの妖怪たちが住む浮世絵町だが、今この街に押し寄せる妖気は関東の妖怪たちのものではない。

 四国八十八鬼夜行の増援。

 遥か四国から、または四国を故郷とする全国各地で活躍する妖怪たちが。この浮世絵町の玉章の幻術によって作られた本拠地の高層ビルへと集結していた。

 きたる奴良組との――最終決戦のために。

 

 

 

「ふん、緊急会議か……それで? 何か対策は立てているのかな?」

『何、大したことはなにも。昼行燈とはアイツのことですよ』

 

 その四国妖怪たちを束ねる長――玉章。彼は現在、自身の部屋でとある相手と連絡をとっていた。

 部屋には玉章の他に、七人同行の一人、夜雀が控えている。新生八十八鬼夜行の長である玉章の側には、常に護衛が一人以上付き従っている決まりだ。先日までその役目は常に犬神がこなしてきたのだが、彼の姿はもうここにはない。

 他でもない、玉章自身の手で消したばかりだ。

 

『――散れ、カス犬』

 

 昼間の一件。犬神は奴良リクオの抹殺に失敗し、彼に対し『畏』を抱いてしまった。恨みが畏に変われば、その力は二度とリクオに牙を剥くことができなくなってしまう。故に――始末した。役立たずとなった犬神を、玉章は何の感情も込めずに、己の神通力で消したのだ。

 

『たま、ずき……』

 

 今際の際、犬神は縋りつくような目で玉章を見ていたが、それで痛む良心など持ち合わせてはいない。玉章にとって配下の妖怪など、替えのきくコマでしかない。犬神も、今部屋にいる夜雀も、全て玉章が魑魅魍魎の主になるための消耗品に過ぎないのだから。

 

「――――――――――」

 

 もっとも、代わりと言っても犬神とは違い、夜雀は一切の無駄口を叩かない。犬神ならば自分が電話中であろうと、会話に入ってきてやかましく騒ぐであろうことを想像し、ほんの少しの物足りなさを感じる玉章。

 しかし、そんな感情をおくびにも出さず、玉章は電話相手の話に黙って耳を傾けていた。

 

『あんな調子じゃ、あんたがじきに天下を取るだろう』

「そうか……それは有り難いね」

『ワシが手引きした甲斐があったてもんだ。その暁には是非、ワシに重要なポストを頼むよ。ギヒヒ……」

「ははは……」

 

 電話先で嫌らしく笑う相手の言葉に、玉章は愛想笑いを浮かべる。彼が連絡を取っている相手は——奴良組内部に潜んでいる内通者だ。

 玉章が関東に攻め入る足がかりを手引きした相手であり、奴良組を裏切り、四国側に彼らの内部情報を売り払った男。そして――玉章に力を、あの『神宝』を与えた相手でもある。

 

 正直なところ、玉章はこの協力者に見返りを与えるべきかどうか、未だ決めかねていた。

 神宝を自分に与えてくれたことに感謝はしている。この神宝のおかげで、ずっと日の目を見ることがなかった自身の立場は大きく変動した。その力を以って、玉章は自分を見下し続けてきた無能な兄どもを皆殺しにし、その力を前に、四国中の妖怪たちが自分の元へついてくるようになったのだから。

 

 しかし、所詮は自身の組を裏切り、売るような相手だ。

 自分たちの配下に収まったところで、また同じように保身のために別の組に寝返るかもしれない。

 そのような相手に重要なポストを任せるくらいならば、いっそ奴良リクオを幹部に取り立てるくらいのことをした方がマシだと考えていた。

 

「……君は、彼の闇での姿を見たことはあるか?」

 

 そこでふと、今日の昼、体育館で奴良リクオと対面したときのことを思い出しながら、玉章は内通者に尋ねる。

 

『? いや……ないな……』

 

 内通者の口から返ってきた予想通りの返答に、玉章は薄く微笑む。

 

「狸の皮を被っているのは、彼の方かもしれないよ?」

『ははは……そんな馬鹿な」

「ふっ、また後でかけ直すよ」

 

 内通者のリクオを小馬鹿にするような笑い声に、もう用は済んだと通話を切る玉章。

 

 先の体育館でのリクオとの対面。

 真っ暗な闇を閉じ込めた体育館という場所だったからか、昼にも関わらず、奴良リクオは夜の姿で玉章と対面することができた。

 実際、玉章は彼のことを見くびっていた。まさか、あんな弱々しい昼の姿から、ああも見事に化けるとは思ってもいなかったからだ。

 あれこそ、闇に純粋に通ずる魔導の姿。あれこそ、まさに百鬼夜行を率いる器。

 どこか自分と通ずるものを、あの夜の姿に玉章は垣間見た。

 勿論、自分には遠く及ばないという註釈が着くが、それにしても見事な変わりようであった。あれだけの変わり身ができるものが、この先なんの手も打ってこないわけがない。きっとすぐにでも、何らかの策を繰り出してくるだろう。

 

 ――ぬらりひょんか、化け狸か。騙し切るのはどちらかな、リクオくん……ふふふ。

 

 その化かし合いを楽しむように、玉章は酷薄な笑みを浮かべる。

 すると次の瞬間にも――

 

「玉章! 玉章、大変だよ!! が、岸涯小僧が!」

 

 七人同行の一人、針女が血相を変えて玉章の元へと転がり込んできた。息を切らせ、ただ事ではないことを予感させる。

 

「ほう……さっそく、仕掛けてきたか」

 

 しかし、部下の狼狽ようにも玉章は動じない。

 まるで相手方が打ってきた一手を楽しむように、彼は冷笑を浮かべていた。

 

 

 

×

 

 

 

「おおお~……これが家長さんの部屋か……」

「あ、あんまりジロジロ見ないでね。なんか、恥ずかしいから」

 

 夕食の買い出しを済ませ、ゆらは先の約束通り、カナの家にお邪魔させてもらっていた。カナが借りているアパートの一室。カナがゆらを家に上げる前に、少し掃除をすると待ってもらっていた成果だろうか、室内は小奇麗に整えられている。

 

「それじゃあ、まずは夕食作るから、適当に寛いでてね、ゆらちゃん」

 

 自宅に戻って早々、カナは真っ先にアルバムを見せずに、エプロンを着けて夕食の支度に取りかかった。

 夕食までご馳走になるつもりはないと最初は断ろうとしたゆらだったが、あまりの空腹に耐えきれず「ぐぅ~」と盛大な腹の音を鳴らしてしまい、頬を染めながらも黙ってご相伴に預かることになった。

 しかし、ゆらは当初の目的を忘れたわけではない。隣のキッチンから、湯を沸かす音や、包丁をトントンと鳴らす音を耳に入れながら、ゆらはさっそく――カナの部屋の捜索を開始した。

 

「……ふむ」

 

 手始めに、ゆらはカナのベッドの下を、四つん這いになって覗き込む。

 

「――ゆらちゃん。取りあえず夕食ができるまでお茶でも……ひぃっ、な、何やってるのゆらちゃん!?」

 

 そこへ、夕食できるまでお茶でもどうかと、進めに来たカナが、ゆらの奇想天外な行動にたじろんでいた。

 そんなカナの動揺っぷりに構わず、ゆらは平然と答える。

 

「何でもあらへん……これは、陰陽師の習性や。人ん家でつい妖怪を探してしまうんや」

「えっ、い、いないよ! よ、妖怪なんて!!」

 

 カナは必死になって首を振る。

 

 

 実のところ――妖怪はいる。

 カナが春明から預かっている、狐面の付喪神――面霊気ことコンちゃんが。

 ゆらが家に上がり込む前。掃除をすると待ってもらう間に、部屋に戻ったカナはカバンの奥にしまい込んでいたコンちゃんを、押入れの中の、さらに奥に彼女を仕舞いこんだ。

 カバンの中で事情を聴いていたためか、特に何も文句を言うことなく面霊気はカナの行動を受け入れ、完全に妖気を消し去り、待機している。

 その面霊気の妖気にゆらが気づいたのかと。カナはハラハラとゆらの行動に一喜一憂していた。

 

 

 

 だが実際のところ、ゆらの目的は妖怪探しではない。彼女は面霊気の気配に気づいた様子もなく、カナの言葉に――

 

「さーてね。ふふふ」

 

 と、棒読みで答えていた。

 

 ゆらがカナの家に来た目的はあくまで奴良リクオの正体を暴くため。カナにアルバムを見せてもらう以外の方法でも、ゆらはその正体の真に迫ろうとしていた。

 

「幼馴染なんやったら、きっと頻繁に出入りしとるに違いない。世の中そうに決まっとる!」

 

 ゆらは独自の幼馴染感、妄想によって、リクオがこのアパートに出入りし、何かしらの痕跡を残していると考えたのだ。

 

 見える、見えるぞ!!

 ゆらの脳裏に、ほわんほわんと浮かび上がる。

 幼馴染の家にノックもせず上がり込み、カナの着替えを覗き込んでしまう、奴良リクオの図が――

 

『また来たよー、カナちゃん』

『もう、ノックしてって、言ってるじゃん!』

 

 言うまでもなく、これは完全にゆらの妄想の暴走だ。

 リクオはこのアパートに訪れたことはおろか、カナが一人暮らしをしているという事実すら最近まで知らなかったのだ。痕跡など、いくら探しても出てくる筈がないのだ。

 しかし、そんな事情も知らず、一人暴走が止まらないゆら。

 

「と、とりあえず、これでも食べてね……」

 

 カナが適当な茶菓子で注意を引き、ゆらも一度はそれにがっつきもするが、その勢いは止まらず、カナがキッチンに戻ると同時にゆらは探索を再開する。

 

「次はベッドの上や! あんなええ娘を奴良リクオめ! きっと二人で何か、痕跡を残してるに違い……はっ!!」

 

 そこで、ゆらはある物を見つけてしまう。

 

「こ、これは、カキピーのカケラ!!」

 

 それはだらしなくも、カナがベッドでテレビを見ながらカキピーを食べていた痕跡なのだが、ゆらのピンク色の脳細胞にかかれば――

 

『カナちゃん、ほら、あ~ん』

『あ~ん……うん、美味しいよ、リクオくん……』

 

 と、カキピーを食べさせあう情景へと脳内補完される。

 

「ふ、二人でぬくぬくと、ベッドでカキピーを……カ、カキピーを……」

 

 さらに、その後の展開まで妄想を膨らませるゆら。

 

『……カナちゃん……』

『……リクオくん……』

 

 ベッドの上でぬくぬくと見つめ合い、そのまま――そのまま――

 

「カ、カ、カキ……ピ―――――って何やねん!! はっきり言えや!! うあああああああぁぁぁぁ!!」

 

 しかし、悲しいかな。所詮は中学生。この先の展開についての具体的なビジョンを、ゆらはまだ持っていない。

 自身の妄想が具体的な画に出来ない歯痒さを糧に、さらに探索を続けていく。洋服タンスや、べランドの窓など、ありとあらゆる場所を、虱潰しに探す。

 この調子では行けばいつ、押入れの奥の面霊気の存在に辿り着くかもわからない。カナは別の意味でも危機的な状況を迎えていたわけだが――そうはならなかった。

 

 ゆらがこの部屋に潜む妖怪の存在に辿り着く前に――彼女は『それ』を見つけてしまった。

 

 小さな部屋があった。年頃の少女らしい生活感が溢れる部屋の隣の、小さな畳部屋。

 そこに小さな仏壇が置かれていた。決して豪勢な造りではない。仏壇として最低限の役割のみを果たすそれを前に、ゆらの妄想も終わり、彼女の動きが止まる。

 

「これは……」

 

 仏壇からは、先ほど家に帰ってすぐに上げたのだろう、線香の匂いが香ってきた。

 すると、ゆらの背後からカナの声がする。

 

「あっちゃー……見つかっちゃったか……」

 

 ゆらが後ろを振り返ると、そこにはいつも通りの笑顔の中、わずな憂いを秘めた家長カナの姿があった。

 その態度と、言葉に、ゆらはまさかと思いながらも――聞いてしまっていた。

 

「い、家長さん。こ、この仏壇はひょっとして……」

 

 できれば違うと答えてほしかったが、その期待を裏切るよう、カナはわずかに躊躇いつつも、きっぱりとゆらの質問に答えていた。

 

 

「――うん、仏壇だよ。――お父さんと、お母さんの……」

 

 

 

 

 




補足説明

 原作のカナちゃん
 「リクオくんてたぶん……私のこと好きだと思うから!!」
  今作ではカットした、原作の迷台詞。思えばこのセリフの影響かな。読者のカナに対する風上りが強くなったのか……カナちゃんの出番が見る見るうちに削られていった気がする。

 ゆらの妄想
  原作コミックス五巻の巻末おまけ漫画より。
  カナの家に上がり込んだゆらが、一人妄想を爆発させる。アニメだとここまではっちゃけていなかったけど、漫画ではブレーキがないゆらちゃん。思わずカットしようかと思ったけど、思い切って書くことにしました。
  アニメでも、リクオとカナが付き合ってると思っていたゆら。ホント、妖怪が絡まないと脳内がピンク色だな、この子は……。

 前書きでも書きましたが、暫く更新が滞るかもしれません。
 そこで、ぬら孫が好きでこの小説を読んでくれる方にお知らせ。
 『今週のぬら孫』というサイトをお勧めします。
 このサイトは、ぬらりひょんの孫の各話をカナとつららとゆら。三人のトリプルヒロインが和気藹々と振り返るというものです。もうほとんど更新されていませんが、作者は今でも時々見返して、笑わせてもらっています。ここで出たコメントなども、少なからずこの小説に影響されているでしょう。どうか合わせてお楽しみください。
 
  


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第二十一幕 百鬼夜行と盃

 
 久々の連休――!! 
 テンションが上がり、どうにか一話を書き上げた。そのテンションのまま、さあ、明日はゲゲゲの鬼太郎を見るぞ、と意気込んだのも束の間。
 
 明日は、ゲゲゲがお休みということに気づき、一気にテンションを下げる。

 マジか……週一の楽しみが……。
 けど大丈夫! 10月からは、鬼太郎も新シリーズ『西洋妖怪編』がスタートすることに今からテンションが爆上げ!!
 まなと猫娘に引き続き、新ヒロイン、アニエスも登場。まさかのゲゲゲの鬼太郎もトリプルヒロインの制度を導入してきやがった。
 どんな可愛い女の子なのか、今から楽しみですな――。

バックベアード様「このロリコンどもめ!!」

 


「リクオ。お前は……お前の百鬼夜行を作れ――!!」

「ボクが――百鬼夜行を作る?」

 

 布団にへたれこむ奴良リクオを叱り飛ばすように、彼と義兄弟の盃を交わした鴆が突きつけるように提案する。

 今――奴良組、いや、奴良組若頭のリクオは苦境に立たされていた。

 

 総大将たる、ぬらりひょんの不在。若頭たるリクオは先頭に立って、陣頭指揮をとらねばならない立場にある。その役目を果たすためにも、リクオは奴良組幹部の一人、牛鬼の推薦により、彼の配下である牛頭丸と馬頭丸の二人に敵軍の本拠地へのスパイ活動。四国八十八鬼夜行の増援に乗じて、敵軍に潜入するように命令を下した。

 

 少しでも自分たちが優位にたてるように。敵の次の一手、戦力を調べるために。

 

 だが、その結果——牛頭丸と馬頭丸の二人は重傷を負って戻ってきた。

 たまたまシマ内をパトロールしていた三羽鴉たちが彼らを連れ帰ってきてくれたが、もしそうでなければ、二人とも命はなかっただろう。

 牛頭丸など、「俺の力不足だ」と、己の不甲斐なさを悔しがっていだが、リクオは自分の作戦ミスだと、自分自身を責めた。

 組員の失態は、組の頭たる自分の責任。牛頭丸は自分の命令で動いてくれただけだ。策を提案した牛鬼も悪くない。最終的な判断を下したのは自分だ。全て自分が悪いのだと。

 

 そして――奴良組の妖怪たちも、この失態の矛先をリクオへと向ける。

 

『リクオ様では……ダメなのではないか?』

『この組は妖怪集団――人間なんぞに率いれるわけがない』

『やはり、総大将でなければ……』

『器を見誤ったのではないか?』

 

 リクオに近しい側近たちは何も言わなかったが、リクオを普段から軽く見る、妖怪たちが彼の陰口を叩く。

 その重圧に――ついに彼の心身が疲弊する。

 急激な目まい、吐き気と共に、リクオの意識は急激に真っ暗な闇の中へと沈んでいった。

 

 

 そして――目覚めたリクオは、彼を看病してくれた鴆によって叩き起こされた。

 どこまでも自分を追い詰めるリクオの、雁字搦めに固まった考えを、無理矢理解きほぐすかのように、鴆はリクオに先の言葉を投げかけていた。

 

「そうだ。妖怪なんざ、気まぐれなもんさ。大将に強さを感じなきゃ、どこへなりともすぐに消えてっちまう」

 

 実際、リクオの失態に疑いの目を向けた妖怪たちのように。

 人間からすれば薄情に見えるかもしれないが、それもまた、本来あるべき妖怪の在りようというものだ。

 だからこそ、その程度のことでいちいち忠誠心を揺るがすような連中に付き合う必要はないと、鴆はさらに続ける。

 

「いいか、リクオ。『畏』をぶつけて百鬼を集めろ。この俺のときのように……お前ならできる!」

 

 事実、鴆はリクオと盃を交わした。

 リクオという器を認めたからこそ、彼はリクオと義兄弟の契りを結んだのだ。

 だが――リクオは、

 

「わかってる。鴆くん。けど、それ――夜のボクのことを言ってるんだろ?」

 

 そう言って、昼の自分を卑下する。

 

 昼の、今のリクオは人間だ。

 ぬらりひょんの血が四分の一しか流れていない自分は、夜の間しか妖怪にはなれない。そして、妖怪たちがどれだけ自分を慕ってくれていても、それは夜の自分に向けられているものだと考えている。

 それこそ、昼のリクオが普遍的に抱える悩みであった。

 だからこそ――今の姿のままでも、皆についてきてもらえるように頑張るしかないと。どこまでもリクオは自分を追い込んでいる。

 しかし、そんなリクオをさらに畳みかけるように鴆は彼に喝を入れる。

 

「ばっかやろー!! やっぱり、おめーはなんにもわかっちゃいね――! 百鬼夜行をそうじゃねえだろ。昼も夜も関係ない。『お前そのもの』におのずとついてくる仲間ってのを――集めろってんだ!!」

 

 そう叫ぶや、鴆は勢いよく後ろの障子をあけ放った。

 

「どわっ!?」

「ば、バレてたのか……」

 

 その障子の向こうには、鴆とリクオの言い争いを覗き見ていた側近たちが立っていた。

 

 青田坊、黒田坊、首無、河童――そして、雪女のつらら。

 皆、幼少期の頃より、リクオを見守り、仕えてきた者たちだ。

 

 部屋を覗き込んでいたバツの悪さに、一瞬気まずく沈黙する側近たちだったが、息を吐かせぬ間に、彼らは口々に叫んだ。

 

「リクオ様!!」

「我々と――盃を交わして下さい!!」

「え……!?」

 

『盃』――妖怪任侠世界において、種族の異なる妖怪同士が血盟的連帯を結ぶための儀式だ。

 一度盃を交わした以上、裏切りなどもってのほか。

 ましてや、側近たちがこのとき望んだ盃は、七分三分の盃。

 リクオと鴆が交わした義兄弟の盃――対等の立場となる五分五分の盃ではない。

 真の忠誠を誓うという――親分子分の盃。

 真の信頼がなければできぬ、絶対の契りであった。

 

「でも……ボクは、四国が来てから、皆に迷惑かけっぱなしだし……」

 

 未だに自分自身に自信の持てないリクオは、そんな側近たちの提案に不安げな表情を隠すことができなかった。

 しかし――皆を代表するように青田坊が言う。

 

「だからこそ、我々と一緒に戦いましょう! 俺たちを使ってくれりゃーいいんですよ!」

「みんな……」

 

 彼の言葉に、他の妖怪たちも頷く。

 その覚悟のほどを受け取ったリクオ――彼は、側近たちと七分三分の盃を交わすことを決心した。

 

 そうして、厳粛に行われる盃の儀式。

 青田坊、黒田坊――奴良組の特攻隊長二人が、我先にとリクオの盃をいただく。

 次に首無。彼は優しい瞳でリクオを見据えながら言ってくれた。

 

「リクオ様。どのようなリクオ様でも、私たちは受け入れます。信じてついてきた、この家の『宝』なんですから。――自分に、正直に生きてください」

 

 ――自分に、正直に……。

 

 その言葉に、リクオは勇気づけられる。

 次に、雪女のつららがリクオの盃を受けとろうとしたところで、彼はふと――とある女性の姿を連想する。

 

 巫女装束の、顔もわからない、髪の白い女性。

 だが、それでも自分と――自分の周りの人間たちを、幾度となく救ってくれた少女。

 

 いつか、奴良組以外の妖怪と――彼女のような妖怪とも、盃を交わすことができるのだろうかと。

 

 

 

×

 

 

 

 ――あかん……私、やってもうた……。

 

 家長カナが住むアパートの一室にて。花開院ゆらは自身の軽率な行動によって生まれた後悔にうなだれていた。

 リクオのことを探ろうと思って、カナの部屋を無遠慮に物色していた彼女。その過程で、ゆらはカナの秘密を知ってしまった。彼女には既に――両親がいないという、その事実を。

 

 ――……一人暮らしとは聞いてたけど、まさか……亡くなってたなんて……。

 

 ゆらがカナの両親の仏壇を見つけ、カナ自身の口からも肯定された。

 その後、カナは何事もなくキッチンに戻っていったが、ゆらの心はもう探索どころではなかった。先ほどとは打って変わり意気消沈した、ゆらの表情。お通夜そのものといった空気で、彼女は何もすることができず、その場にうずくまっていた。

 

「――お待たせ、できたよ! さっ、食べよ……どうしたの。ゆらちゃん?」

 

 ゆらとは対照的に、キッチンから顔を出したカナは、何事もなく笑顔で料理を運んでくる。

 その笑顔が、無理やり強がっているように見えて、ゆらはとてもいたたまれない気持ちになってしまう。

 

「ごめん……ごめんな、家長さん。……あたし……あたし…………」

 

 ゆらは罪悪感のあまり、目に涙すら浮かべていた。彼女の泣きじゃくる様子に、今度はカナが狼狽する。

 

「ちょ、ゆらちゃん!? そ、そんな……だ、大丈夫だから、私は気にしてないから、ねっ?」

「けどっ――!!」

 

 そんな簡単に許されていいことではないと、ゆらは尚も自分を責めようとするが、そんな彼女にカナは少しだけ笑顔を曇らせながらも、はっきりと言ってのけた。

 

「ほんと……大丈夫だから。二人が亡くなったのも、もうずっと昔の話。そのときに……沢山泣いたから、私は平気だよ、ゆらちゃん」

「家長さん…………」

 

 カナのその言葉に、ゆらは涙を拭きながら顔を上げる。

 

「あっ、でも……学校の皆には内緒にして欲しいかな。その……あんまり、気を使わせたくないから……」

 

 そんな持ち直したゆらに、カナは自身のお願いを口にする。

 

「……う、うん。わかった! 誰にも言わへん! ……奴良くんは、このことを知っとるんか?」

 

 その願いに首を全力で頷かせるゆらであったが、ふと気になってしまい問いかけていた。

 自身の推測が正しければ、奴良リクオはこの部屋に頻繁に訪れている筈だ。この仏壇の存在に気づいてもいいもの。しかし、ゆらの疑問にカナは一瞬固まり――そして首を横に振った。

 

「ううん……リクオくんには……尚更、知られたくないから……」

「…………」

 

 幼馴染のリクオですら知らないという、カナの秘密。

 そんな大それたものを、まだ出会って半年も経っていない自分が知っていてよかったのかと。ゆらはその責任感に、再び顔色を曇らせる。 

 

「ほらほら! そんな、ゆらちゃんが落ち込むことなんてないよ! さっ、ご飯食べよ。いっぱい作ったから、遠慮しないでね!」

 

 落ち込むゆらを励まそうと、カナは作った料理で彼女をもてなす。

 こんな話をさせておきながら、今更夕食をご馳走になるなど気は進まないゆらであったが、折角の好意を無下にするのも悪いと考え、重苦しくも箸をつけていく。そして――

 

 

 

 

 

「ふぅ~……ごちそうさん。いや~上手かったで! 煮物なんて、久しぶりに食べた気がするわ!」

「ふふっ、お粗末様でした」

 

 三十分後。そこにはカナの手料理を食べきり、膨れた腹を押さえながら満足げに一息つくゆらの姿があった。

 先ほどのやり取りもあってか、始めは食欲など湧いてこなかった彼女だが、一口箸をつけた瞬間、空腹が一気に押し寄せてきた。

 ゆらはここ数日、生活費を節約するため、まともな食事にありつけていない。

 毎日ほぼ、TKG——卵かけご飯ばかりの食生活を送っている中、人肌を感じる暖かい手料理に食欲を刺激され、どんどんと箸が進んでいった。

 カナも、そんなゆらの食べっぷりに、作り手として満ち足りた表情を浮かべている。

 

「いや~、家長さんは、ほんまに料理上手やわ~。ええお嫁さんになるで!」

「ふふふ、ありがと。お世辞でもうれしいよ。……ゆらちゃんは、普段料理とかしないの?」

「う~ん……ほとんど惣菜ばっかやな。料理してる暇があったら、修行に時間を割いとるし……」

 

 ゆらは自炊など、ほとんどしない。食事はさっさと進め、その分の時間を自分の陰陽師としての修行に当てていることが多い。

 特に、ここ最近は街も物騒になり、夜町内を見廻るパトロールなどにほとんどの時間を取られている。

 と、そのようにゆらが身の上話をしたところ、カナは心配そうに彼女を気にかけてくれた。

 

「ふ~ん……何だか、陰陽師って大変なんだね。ほら、デザートのフルーツ盛り合わせ。よかったらどうぞ!」

「うわー!!」

 

 その苦労を労う、夕食後のデザートに、ゆらは喜び勇んで手を付けていく。

 うまい、うまいと絶賛しながら口に運んでいく彼女だったが――

 

「あっ、せ、せや! こ、こんなことしとる場合やない。アルバムや、アルバムを見に来たんや!」

 

 料理の美味しさに、我を忘れて目的を見失うところだった。

 自分は奴良リクオの素性を探るため、カナに彼の写真を見せてもらうために彼女の家にまで来たのだ。

 先ほどの件もあってか、これ以上部屋を漁るような失礼な真似こそ控えていた彼女だが、そちらの目的まで忘れるわけにはいかない。

 とりあえず、フルーツから一旦手をどけ、ゆらはカナに小学校の卒業アルバムを見せてもらうように、改めて願い出ていた。

 

 

 

 

 

 ――う~ん……やっぱり誤魔化し切れなかったか……。

 

 一方のカナ。彼女はゆらが目的を忘れていなかったことに、ぎくりとする。

 ゆらに両親の死を知られてしまったのは、正直言って不本意であったが、彼女をこの家に招いたときから、ある程度の覚悟はしていた。

 カナとしては、あまり気を遣ってほしくないため、あまり友達に知られたくないというのも偽りざる本心だ。

 しかし、それをきっかけに、ゆらがここに訪れた目的を忘れてくれるならば、それはそれで有り難かった。何だか、両親の死を利用したようで後ろめたさが残りはしたが、この場合やむを得ない。

 

 あとはこのまま、ゆらが夕食を食べて大人しく帰ってくれることを期待していた。適当にお土産でも持たせて、そのまま何事もなく別れる。それが一番いい流れだ。

 だが、ゆらは我を取り戻したかのように、ここに来た目的。リクオの写真を見せてもらう約束を思い出してしまった。

 

「そ、そうだね……今持ってくるよ」

 

 正直、未だにカナはゆらにアルバムを見せることに抵抗があった。しかし、ここまで真正面に頼られてはカナにも断ることができない。カナは観念して、棚の奥に閉まってある小学校の卒業アルバムを探しに行く。

 

 ――まっ、大丈夫だよね、アルバムくらいなら……え~と確か、この辺りに……あった!

 

 そうして、棚の奥から取り出した分厚い卒業アルバム。まだ一度も見返していないため、新品同様にピカピカだった。

 

 ――あの頃は、ほんと……見返してる余裕なんてなかったからな……っ!

 

 卒業アルバムが配られた当時は、カナにも余裕がなかった時期だった。その頃の出来事を思い出し、瞳の奥から涙が込み上げてくるが、それをゆらに悟られまいと、雫をしっかりと拭ってから、ゆらの元へアルバムを持ってくる。

 念のため、中身の確認だけはしておこうかと、カナは自分だけが見える角度でアルバムをゆっくりと開いていき――

 

 そして、勢いよく閉じていた。

 

「? どないしたんや、家長さん……なんかあったんか?」

「え、ああ……ううん、な、なんでもないよ」

 

 不審がるゆらに咄嗟にそう返すカナだったが、彼女の心中は動揺に包まれていた。何故ならば――

 

 ――う、映ってる……めっちゃくちゃ映ってるよ!

 

 もはや、心霊写真などと曖昧なものではなかった。

 写真の至る所に――奴良組のものと思しき妖怪たちが、リクオの周辺に映り込んでいた。

 

 遠足――リクオのカバンの中から、にょろりと蛇が顔を出したり、木々の影から人型の妖怪たちがこっそりとリクオの様子を窺っている

 運動会――入場行進の門の上から、リクオの勇姿を拝もうと複数の小妖怪たちが集まっている。

 

 一瞬見ただけでも、それだけの妖怪たちを見つけてしまったのだ。全てに目を通したら、いったいどれだけの妖怪が映り込んでいるのか、考えたくもない。

 

 ――奴良組の妖怪たちって、なんでこんなのに堂々としてるの!? 

 ――てゆーかこれ、皆には見えてないの? 清継くんとか、すっごく喜びそうなんですけど!!

 

 写真はどれも日中、真昼間に取られているものばかりの筈だが、それにもかかわらず、奴良組の妖怪たちは堂々と日の下に姿を現している。こんなもの、直ぐに大騒ぎになっていようものだが、実際にはそうなっていない。

 事実、この写真はカナやゆらといった、ある種の霊感に長けたものにしか見えないようになっている。流石にリクオ過保護の奴良組も、そのくらいの配慮はするらしく、姿をくらます術を各々が徹底して行っていた。しかし、結局それも、陰陽師などの霊感の強い人間には通じない。

 

「どないしたんや家長さん? はよ見せてや」

 

 そう言って急かすゆらだが、これは流石に見せられないとカナは心中で冷や汗を流してる。アルバムくらいなら大丈夫だろうと、高を括っていた数秒前の自分を殴り飛ばしたい気分だ。

 こんなものを見せた日には、ゆらがリクオに向ける疑いの目も、より一層増すというもの。

 何とかしてアルバムを見せない方向でこの場を切り抜けられないかと、カナは脳みそをフル回転させる。

 

「そ、そうだゆらちゃん。お風呂入らない? 食後はやっぱりお風呂に入らなくちゃ!」

 

 何とも露骨な話題逸らし。流石のゆらでも、その程度のことでは誤魔化されない。

 

「風呂? そんな後でもええやんか。それより、アルバム――」

「いや、でもね……うちのアパートのお風呂、結構広いんだよ? 二人で一緒に入れるくらいで……」

 

 尚も往生際悪く試みるカナであったが、やはり通じない。だが――

 

「別に――風呂なんて一日、二日入らんでもよくないか? それより……そのアルバムを――」

 

 何気なく発せられたゆらのその台詞に、急速にカナの思考が別のベクトルへと向けられることになる。

 アルバムをその場に置き、カナは声を低くして尋ねる。

 

「――ゆらちゃん……今なんていったの?」

「ど、どうしたんや、家長さん?」

 

 尋常ならざるカナの態度の変化に、それまで強気に押していたゆらの方がたじろぎ始めた。

 

「……ゆらちゃん念のために聞くけど……昨日、お風呂入ったよね?」

「き、昨日……いや、パトロールで忙しくて銭湯には行けんかったよ。うちのボロアパート、風呂もないねん」

「…………じゃあ、最後にお風呂に入ったのはいつ?」

「え、ええっと、た、多分。三日くらい前やったかな……そ、そないなことより、はよアルバムを――!」

 

 今度はゆらが、カナの追及を逃れようと、アルバムへと手を伸ばす。

 しかし、その手をピシャリとカナがはたき落とす。カナはゆらの両肩を掴み、彼女に言い聞かせるように真っ向から説教を食らわしていた。

 

「駄目だよ! 毎日お風呂に入らなきゃ! ゆらちゃんは女の子なんだよ!? どれだけ忙しくても、シャワーくらい浴びないと!」

「い、いや……それは、その……」

 

 まるで母親が子供に言い聞かせるようなカナの剣幕に、汗をダラダラ流すゆら。

 そんな彼女の姿を見て、ますますカナは声を荒げて捲し立てる。

 

「ほら。今も、そんなに汗だくになって! しっかり、汚れ落とさないと、肌が荒れる一方だよ? ゆらちゃんは可愛いんだから、もっと自分を大事にしてよ!」

「い、いや……これはアンタがプレッシャーをかけるからで……それに、あ。あたしは別に可愛くなんか……」

 

 可愛いと言われ慣れてないのか、少し照れるゆらに、カナは何かを思いついたかのように立ち上がる。

 

「とにかく、これからはどんなに忙しくても、毎日お風呂に入ること! ほら、今から入りに行くよ。せっかくだから銭湯に行こう! 私が背中流してあげるから!」

「え、これからか!? で、でも、うちはその、まだ、ここに来た目的を……」

「駄目! 湯船に肩まで浸かって六十秒! しっかり数えてもらうからね!!」

 

 そうして、自身の着替えを取り出しながら、問答無用でゆらを引きずって、部屋を出るカナ。

 そこには、ゆらにアルバムを見せたくないという打算は欠片もなく。ただ純粋に、この少女をしっかりとお風呂に入れなければならないという、女子としての使命感に燃えていた。

 その迫力に押され、成す術もなく、ゆらはカナに銭湯まで連行されていく。

 

 二人の少女がアパートを背に、夜の町へと飛び出していった。

 

 

 

×

 

 

 

「――ふふん! それ見たことか、所詮奴の器はこの程度よ! あれでは三代目など、到底襲名できる筈もないわ、がははははっ!!」

 

 奴良組本家の二階。

 四国襲撃の対策会議を行うために幹部たちが部屋に集う中、独眼鬼(どくがんき)組・組長である一ツ目入道は、愛用のキセルを吹かせながら上機嫌に笑みを浮かべていた。

 

 彼はリクオの三代目就任に反対する、所謂『反リクオ派』の筆頭でもあった。

 自分と同じ反リクオ派である、算盤坊(そろばんぼう)、三ツ目八面、――そして牛鬼と一緒になって、リクオの三代目就任を防ぐため、彼の命を狙ったりもした。

 牛鬼には、リクオの器を見定めようとする意思があったが、一ツ目にそのような殊勝な心掛けはない。彼は純粋に、リクオが自分たちの上に立つのを嫌がっているだけ。

 殆ど人間と言ってもいい彼が、自分たちのような古株の幹部妖怪たち相手に、偉そうにするのが我慢ならないのである。

 だからこそ――今の状況が彼にとっては愉快でたまらなかった。周囲からのプレッシャーに押され、中庭で倒れたリクオの醜態に笑みを溢していた。

 

「おい、達磨(だるま)よ! お前はあの醜態を見て、まだリクオを様を盛り立てようというのか、ん?」

 

 そして、その愉快な気持ちを隠そうとせぬまま、向かい側に座る幹部――木魚達磨(もくぎょだるま)に話しかける。

 

 同じ古株の幹部――達磨会の頭・木魚達磨。奴良組本家の相談役でもある彼は、リクオ寄りの鴆や、鴉天狗といった他の幹部たちとは違い、中立の立場を貫いている。少なくとも、一ツ目にはそのように見えていた。

 他の幹部よりも頭一つ飛び抜けているその達磨を、反リクオ側に付けることができれば、自分たちの意見もより通しやすくなるだろうと、リクオへ失望を抱いているであろう彼に声をかける。

 

 だが、一つ目の期待とは裏腹に、達磨はまったく揺るぐことなく、一ツ目の問いに答えていた。

 

「一ツ目よ。お前の言いたいことはわかる。だが、総大将の行方が分からぬ状況で、公然と四国八十鬼夜行の挑戦状を受け取った今、奴良組は三代目跡目候補、リクオ様を中心に一つに纏まらなければならない。儂のこの意見に変わりはない」

「む、むむむ……」

 

 色よい返事を貰えなかったことに一ツ目は言葉を詰まらせる。代わりに達磨の口からでた、自身の主に対しての懸念を口にした。

 

「それにしても……総大将はいったい、何をなさっておられるというのだ……」

 

 如何にリクオに反対する一ツ目であっても、組に対する、総大将ぬらりひょんへの忠誠心が揺るぐことはない。

 現在、不在となっているぬらりひょんの安否を気遣う心に偽りはなかった。

 

「――敵襲!! 敵、来襲!!」

「――っ!!」

 

 そのとき、見張り妖怪からの報せに、その部屋に集った幹部たちの間に緊張が走る。

 

「四国の奴らと思わしき軍勢が、道楽街道をこちらに向かってくる!!」

 

 四国妖怪八十八鬼夜行の襲来を告げる、見張り番の叫び声。屋敷内に集っていた妖怪たちも俄かに騒ぎ出す。

 

「な、なななんだって――!!」

「こ、こりゃあ! 本格的にやべぇ!」

「そんな、い、いきなりだなんて。に、逃げるじょ――」

 

 小妖怪を始め、多くの組員たちが情けなくおろおろと逃げ惑う。一ツ目もまた、彼らと似たように動揺を隠せないでいた。

 

「お、おい、どうするのだ! 達磨、このままでは、奴良組は全滅するぞ!!」

 

 相手は百鬼夜行を率いて攻めてくるのだ。こちらもそれに対抗して百鬼を集わねば、戦いにすらならない。

 だが、百鬼を率いるべきぬらりひょんが不在の今、誰にも奴良組の百鬼を率いることなどできはしない。

 

「…………」

 

 しかし、そのような佳境の中にあっても、達磨はピクリともせず、まるで何かを待つかのように微動だにしない。そんな彼の態度に、一ツ目を始め、多くの幹部たちが浮足立つ。

 そのときだった――

 

「――競競としてんじゃねぇ。相手はただの、化狸だろうが」

 

 静かな声が凛と響き渡る。

 一ツ目が二階の窓から庭先を見下ろすと、そこには――若りし頃のぬらりひょんの姿があった。

 

 ――なっ! そ、総大将? いや、違う!?

 

 我が目を疑い擦る一ツ目。よくよく見れば、あの頃のぬらりひょんと似てはいたが、全くの別人であることが理解できる。

 

「おおー、リクオ様じゃあ!!」

「夜のお姿じゃ!」

「な、なぬっ……!?」

 

 本家の妖怪たちがその人物の名を呼んだことで、さらに一ツ目は度肝を抜かれる。

 

 ――あ、あれがリクオだというのか……。

 

 一ツ目はこれまで、夜の姿のリクオを見たことがなかった。だからこそ、あれほどまでに頑なに、リクオが三代目を就任するのを拒んできたわけだが。

 

「猩影」

 

 戸惑う一ツ目の視線に気づいた様子もなく、リクオはすぐ近くにいた猩影――四国妖怪によって殺された、大幹部狒々の息子に声をかける。

 

「テメェの親父の仇だ。化け狸の皮はお前が剥げ」

「――っ!!」

 

 その声音、その視線に、一ツ目の背筋がぞくりと震える。

 自分に向けられたものではないにもかかわらず、リクオのその言葉に――『畏』を感じずにはいられなかった。

 それこそ一瞬、自分が忠義を尽くすべき総大将――ぬらりひょんの若りし頃を幻視するほどに。

 

「よし、行くぞ、テメェら。……暴れたい奴は、俺についてこい」

 

 リクオは一言。それだけを告げ、先陣を切り本家を後にしていく。そんなリクオの後を追い、多くの妖怪たちが彼の後ろへと続いていく。

 リクオの側近たちは勿論、ついさっきリクオに対して陰口を叩いていた妖怪たちまでもが、彼の畏に惹き付けられるように、付いて行ってしまった。

 そして――

 

「ぜ、全員出ていきよった!」

 

 一ツ目や達磨といった主だった幹部を除き、奴良組の妖怪たちは全て出払ってしまう。

 静寂が訪れる本家の屋敷内に、愉快そうな笑い声が木霊した。

 

「ははは、今度の若頭はなかなかに面白い、そう思わんか、一ツ目?」

 

 先ほどまで黙っていた木魚達磨は、一ツ目にむかって口を開く。まるで若頭の成長を誇るように、笑みを浮かべながら。

 

「ふ、ふん! あんなこけおどしで組が救えるのなら、世話ないわ!」

 

 苦し紛れにそう答えるのがやっとの一ツ目。未だに頑なにリクオも認めようとしないのは、殆ど意地のようなものだ。

 一瞬とはいえ、自分もリクオのあの姿に畏を抱いてしまった。

 その事実を認めたくないがために、彼は達磨の言葉にそう言い返していた。

 

 

 

×

 

 

 

 奴良組へと総攻撃を仕掛けるべく、一直線に進行していた四国八十八鬼夜行。

 

 つい先刻、奴良組の仕掛けた策を見事に打ち破った玉章を先頭に、彼らは夜の浮世絵町を進軍していく。

 大将たる玉章は余裕の笑みを浮かべていた。相手の策を破った直後――このタイミングでの進軍に、敵は成す術もないだろうと、彼は部下たちを鼓舞していた。

 その鼓舞に、配下の四国妖怪たちも、意気揚々と街中を跋扈していく。

 

 ついに、このときがきたのだ。関東最大の勢力を打ち破り、自分たちが天下を取るこの日が――。

 

 ここで奴良組を破れば、四国は既に終わった者たちの集まりだと、蔑まれることもない。

 この夜を機に、自分たちは人にも妖怪たちにも畏れられる存在となると、覇気を漲らせながら進軍していく。

 

 しかし――

 

「ん? あれは!?」

 

 先頭を歩く誰かが気づいた。自分たちが進むべきその先、誰も阻むものなどいない進路上に、百鬼が群がっていることに。この街で自分たちの百鬼に匹敵するものなど、一つしか思い当たらない。

 

「玉章!? 奴良組の奴らだぞ、どういうことだ!?」

 

 玉章の脅しに。恐れ、縮こまっている筈の彼らが、まるで自分たちを待ち構えるように百鬼を展開させていた。

 話が違うと、四国妖怪たちは一様に、玉章へと視線を向けるが――

 

「ふっ、リクオくん。君もやはり百鬼を率いる器。あの程度では脅しにもならないか……」

 

 自分たちの大将はそんな想定外の事態にも余裕の笑みを崩さない。

 まるで、相手の大将を褒めたたえるように、彼は両手を広げ、敵の大将――奴良リクオへ歓迎の意を告げる。

 

「さあ、お互いの『おそれ』をぶつけようじゃないか――」

 

 自らの姿を人間の青年のそれから、妖怪のそれ――隠神刑部狸としての姿へと変貌させ、彼は自ら、宣戦布告の合図を下した。

 

 

「百鬼夜行大戦の――始まりだ」

 

 

 

 




補足説明

 一ツ目入道
  反リクオ派の筆頭。厳つい嫌なおっさんだが、こう見えて、ロリに優しいところがあります(苔姫のことです)。 
 「死なんざ誰もおそれちゃいねぇ。冥途に戻るが早いか遅いかじゃ」からの。
 「ワシらは死にたくねぇーんだよ」の華麗なる転身である……。
  一ツ目よ……どうしてこうなった。

 リクオの飲酒について
  夜リクオは未成年にもかかわらず平然と酒を飲んでいるシーンが多いですが、確か、夜の姿になると肉体の年齢が十年くらい進むという設定があったはずです。
  その設定の通りであれば、彼の飲酒シーンも特に問題がないように思われますが、このとき盃を交わしたのは昼のリクオ。
  人間的にも妖怪的にも未成年の十二歳……これは補導ですね、リクオくん?


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第二十二幕 百鬼夜行対八十八鬼夜行

 唐突ですが、皆さんは創作のモチベーションが下がったときなど、どうしてます?
自分は創作意欲が下がったときなど、よくお気に入りの漫画や小説など、良いと思った作品に目を通すことで、自身のモチベーションを取り戻しています。

 最近とくにお気に入りなのが、漫画の『はねバド』ですね。

 アニメの1、2話を見て、よさげと思って全巻衝動買いをしましたが、原作の方がわりと好みになりました。絵柄が唐突に変わることで何かと有名な作品らしいですが、自分的に気に入っているのが登場キャラごとの心理描写です。
 まるで小説のように、キャラごとの掘り下げが上手い。主人公サイドより、寧ろ相手側の方が魅力的に書かれています。
 アマチュアながらも、小説を書く身として何かと参考にさせてもらっています。
 
 さて、長くなりましたが、続きですどうぞ。
 


 奴良組と四国の戦いが始まる、少し前——。

 

「ああ~……久しぶりに、いい湯やったわ!」

「でしょ? やっぱり、お風呂は欠かしちゃだめだよ。わかった、ゆらちゃん?」

 

 上気した頬、かすかに湿った髪、湯上り後のほくほく顔で、カナとゆらは夜の街を歩いていた。

 

 カナの勢いに呑まれ、近くの銭湯まで強制的に連行されたゆら。当初はあまり乗る気ではなかった彼女だが、いざ銭湯に足を踏み入れれば、そこは女の子。背中をカナに優しく洗ってもらい、三日ぶりに気持ちのいい湯船に肩までつかったことで、すっかり極楽気分に浸っていた。

 さらに風呂から上がった後も、ゆらはカナにドライヤーで髪を乾かしてもらい、フルーツ牛乳まで奢ってもらい、すっかりご満悦。ゆらは上機嫌な様子で銭湯への帰り道を歩いていた。

 

 彼女たちが向かっているのは、カナのアパートだった。

 もうすっかり暗くなっている夜道を、カナ一人で返すわけにはいかない。カナは別に構わないと遠慮したのだが、陰陽師としての使命感から、ゆらは最後までカナに付き添った。

 そして、二人の少女は無事、アパートの前まで辿り着いていた。

 

「じゃあ、あたしはこれで。夕食、おいしかったで! ありがとうな、家長さん」

「うん……またいつでも食べに来てもいいから、気を付けて帰ってね!」

 

 そのまま、二人はそこで別れようと手を振っていた。

 ご機嫌気分な今のゆらの中に、既に当初の目的であった奴良リクオの正体を探ること。カナの家でアルバムを見せてもらうという目的が、すっかり失念していた。

 

「ほっ……」

 

 そのことに、カナは安堵の溜息をこっそりと漏らしていた。

 そのまま何事もなく、二人の少女は明日の朝、学校での再会を約束して帰る――その筈だった。

 だが、彼女たちがまさに別れを告げようとした、その刹那——。

 

 凄まじい妖気のうねりが、彼女たちの背筋をぞくりと吹き付ける。

 

「――っ!!」

 

 その妖気の悍ましさ、強大さ。先ほどまで、お気楽気分に浸っていたゆらの脳みそを、一瞬で臨戦態勢に移行させるだけの恐ろしさが込められていた。

 

「ゆ、ゆらちゃん……これって!?」

 

 ゆらと同じものをカナも感じたのか、その顔色が一瞬で真っ青に染まっていた。カナのそのリアクションに、ゆらはそれまで、常に心の隅で抱いていた疑問が氷解するように納得する。

 

 ――やっぱりこの子、相当に霊感がある方やな……。

 

 先ほどの突き抜けるような妖気を、陰陽師であるゆらと同じように感じ取れるくらいに、カナの霊感は優れているようだ。捩眼山のときもそうだったが、彼女は妖怪の気配を感じ取る術が常人よりも優れているのかもしれない。

 陰陽師でもないのに珍しいことではあるが、そういう人間は稀にいる。

 もしかすれば、彼女が妙に妖怪に関わりが深いのも、それが原因なのかもしれないと、ゆらは少し考える。(逆に霊感のない人間――清継のよう者もいる)

 

 しかし、今はそんなことを悠長に考えている状況ではなかった。

 

「なんなんや、この感じ……。こんなん初めてや、こんな……ものすごい妖気!」

 

 それは、ゆらがそれまで感じたことのない規模の妖気の塊であった。

 昼間、巨大な犬が体育館で暴れまわったときも、その妖気のデカさに驚いたものだが、今回のこれは、それとも違う。単純な大きさの問題ではない。これは――数の問題だ。

 驚くべき数の妖怪たちが、どこか一か所に集まろうとしている、そういう感じだ。

 そう、それこそ百鬼夜行。あるいはそれ以上の何かが、この街で蠢いている。

 

 行かなければならない。何か大変なことが起きようとしている。

 ゆらは陰陽師としての使命感から駆け出していた。

 

「ゆらちゃん!?」

 

 走り出したゆらの後を追おうとしてか、カナがゆらに向かって手を伸ばしてきた。そんなカナに向かって、ゆらは突き放すように叫ぶ。

 

「あんたは来んでええ、危険やで! 今日はもう外を出歩かんで、家に閉じこもっとるんや、ええな!?」

 

 一般人のカナに出来ることなど、何一つない。

 カナを巻き込まないためにと、拒否を許さないような強い口調でゆらは彼女を突き放す。ゆらのその言葉の鋭さに、カナはビクリと足を止めていた。

 どこか寂し気な表情でゆらのことを見つめていたが、その視線を振り払うかのように、ゆらは前だけを向き、全速力で走り出す。

 

 彼女のような良い子がこの街で安心して暮らすためにも。

 陰陽師たる自分が全ての悪を―—妖怪を討ち滅ぼさなければという、使命感に燃えながら。

 

 

 

×

 

 

 

「ゆらちゃん……っ、ごめんね!」

 

 ゆらが自分を巻き込むまいと放った拒絶の言葉の意図は、しっかりとカナの心にも届いていた。だが、カナはその思いに黙って答えることができなかった。カナはゆらの背中が完全に見えなくなるよりも早く、自身の部屋へと駆け込んでいく。

 

「コンちゃん!」

『……ああ、分かってる』

 

 カナは押入れの奥にしまい込んでいた面霊気——コンを手に取った。コンも、この妖気のうねりを感じ取っていたのか、何も聞かずにカナに身を任せてくれる。

 急ぎ身支度を整えるカナは、護符から槍と巫女装束を取り出し、天狗の羽団扇を懐にしまい込み、面霊気を被ってアパートから飛び出した。

 そして、部屋の外に出た彼女は静かに精神を集中させ、いつものように頭の中でイメージを膨らます。

 

 想像するのは、空を自由自在に飛び回る――自分自身の姿だ。

 鳥や蝶のように羽を羽ばたかせるのではなく、吹き付ける風に身をまかせるイメージ。

 

 瞬間、彼女の鮮やかな茶髪が、真っ白く変化する。

 そして、そのイメージに応えるように、カナの体はふわりと宙を舞った。

 

 神通力――『神足(じんそく)』。

 

 翼のない彼女が、人間でしかない彼女が空を飛翔するために身に付けた、身に付けてしまった神通力。

 この力を使っている間、何故だか知らないが髪が真っ白になってしまうのだが、イメージを完全に消し去り、術を解けばすぐに戻るため、特に気にしたことはなかった。

 変装の一環として、便利ではあるなと考えるくらいだ。

 

 そして、カナはイメージのまま、空へと舞い上がった。

 急ぎ、巨大な妖気の塊がぶつかり合おうとしている場所――道楽街道へと一直線に向かっていく。

 

 

 

 

 目的地に到着するまでの間、カナは空から眼下に広がる街を見下ろす。

 道楽街道に至るまでの道は、かなりのパニックを引き起こしていた。車が至る所で渋滞を起こし、歩行者の何人かが驚くように立ち止まり、携帯で何かを撮影している。

 

 妖怪である。

 

 全ての人たちに見えているわけではない。現時点で、彼らの姿が見えるのは霊感の一部強い人間だけである。その見える人間たちが、彼らの姿に恐れ慄き、パニックを引き起こしていた。

 性根の据わった人間は、彼らの姿を記録に収めようと携帯をかざし写真を撮ったりもしているが、その光景に妖怪の姿が見えない人たちまで、何事かと足を止め、渋滞をより混沌としたものにさせている。

 

 しかし、そんな人間たちの混乱を素通りし、何十匹とひしめき合っている妖怪たちの群れ――百鬼夜行は進む。

 

 クチバシのように口先が尖ったサル、お歯黒ののっぺらぼう。

 頭に皿を乗せた河童、傘を被った坊さん、白い着物纏った美しい少女。

 

 そして――その百鬼夜行を率いるように彼が、奴良リクオが先陣を切って歩いていた。

 昼の姿とは似ても似つかない、自信に溢れた様子で、彼は百鬼の主としての尊厳を知らしめるかのように夜の街を堂々と闊歩している。

 

 ――リクオくん……。

 

 カナはリクオの姿を見とめ、彼の元へと降りたとうかと衝動的に考えたが、すぐにピタリと空中で制止する。いったい、駆け寄ったところで何と声をかけたものかと、彼女の中に迷いが生じたからだ。すると、カナの動揺を悟ったのか、面霊気が彼女へ静かに語り掛ける。

 

『おい、カナ』

「な、なに、コンちゃん?」

『あそこ見てみろ。春明の奴が来てるぞ』

 

 面霊気の言うように、リクオ率いる百鬼夜行たちが向かう先の建物の上に春明の姿が見えた。

 

「……」

 

 カナは少しばかり思案に耽り、リクオと春明の方を見比べてた後、彼――春明の方へと降り立っていく。

 

「兄さん……」

「ん、来ちまったか」

 

 カナは春明の隣に立ち、彼に声をかける。春明はその呼びかけにチラリとカナの方を見やるが、特に何を言うでもなく、彼はビルの下で蠢いている百鬼夜行の方へと視線を向けた。

 それに習うように、カナもまた視線を眼下へ。百鬼夜行の先頭に立つ、奴良リクオへと目を向けた。

 

 カナたちに見られていることに気づいた様子もなく、リクオは歩いていたが、その歩みが唐突に止まり、反対側の道路からもう一つの百鬼夜行が姿を現した。

 

 四国八十八鬼夜行。

 この浮世絵町に現れた、余所者にして侵略者。その侵略者を迎え撃つように、奴良組の妖怪たちはこの道楽街道で待ち構えていた。

 四国の妖怪たちは、奴良組が待ち構えていることを予測していなかったのか、見るからに動揺していた。

 しかし、それもほんの一瞬だった。

 敵の大将と思しき青年—―玉章が余裕の態度でリクオを歓迎し、その貫禄を見せつけることで四国妖怪たちは静まり返る。

 以前、リクオの元へと挨拶に来ていた現場に居合わせたカナも、彼の顔に見覚えがあった。高校の制服をきっちりと着こなした優等生といった印象の玉章。だが次の瞬間、仮初たるその姿を消し去り、妖怪としての本性を剥き出しにする。

 

 木の葉が彼の周囲を取り巻くように渦巻き、その全身を覆い隠す。風が止み、次に姿を現したとき――優等生など、どこにもいなかった。

 そこに立っていたのは、歌舞伎役者のような出で立ちに、仮面を被った『畏』を放つ一匹の妖怪。

 

 ――あれが、敵の大将……。

 

 カナはその玉章の姿に息を呑む。特にこれといって力強い妖気を放っているわけではないが、その変貌ぶりから油断できない何かを感じとった。

 そして、両軍は静かに睨みあう。ピンと糸が張り詰めたような緊迫した空気。何をきっかけに戦いが始まるかも不確かな状況の中、カナは護符を起動し槍を取り出す。すぐにでも、リクオの元へ駆けつけられるように武器を構えた。

 だが――そんなカナの覚悟に水を差すように、春明が声をかける。

 

「やめとけ……お前が出る幕じゃない」

「兄さん、どうして!」

 

 春明はすぐにでも妖怪同士の戦争が始まろうとしている中、まったく緊張した様子もなく、一向に動き気配すら見せず、気だるそうに脱力していた。

 

「これは百鬼夜行大戦。妖怪同士の戦争だ。人間の俺たちが首を突っ込むような問題じゃない。まあ……おれは半妖だけどな」

 

 その場に腰を下ろし、彼は四国妖怪にも、奴良組に対しても冷たい眼差しを向けている。

 

「好きなだけやらせてやればいい。妖怪同士で殺し合って数を減らしてくれりゃ、無駄なゴタゴタも片付いて、俺としても楽だしな」

 

 彼のその心無い言葉に、流石にカーッとカナの感情が昂ぶり、彼女は叫んでいた。

 

「でも! もし、リクオくんに何かあったら!」

 

 そう叫んだ瞬間、春明は眉をひそめ、カナに向かって呆れたように呟く。

 

「……ああ、なんだお前。ようやく気付いたのか……」

「っ!」

 

 その言葉に押し黙るカナ。打って変わった、静かな調子で春明に問いかける。

 

「……兄さんは知ってたの? リクオくんのこと?」

 

『彼』が奴良リクオであること。夜のリクオが、あのような変貌を遂げることを。

 

「ん、まあな。……てか、やっぱりお前は気づいてなかったのか。あんだけ近くにいといて、よく気づかなかったな。普通は、気づきそうなもんだが?」

「…………く」

 

 純粋にそのような疑問を持つ春明に、カナの胸の奥はズキリと痛む。確かに、気づいてあげて然るべきだったかもしれない。

 

 幼馴染として、誰よりも彼の傍にいた筈なのに。

 彼が、半妖であることを知っていた筈なのに。

 彼が奴良組の跡継ぎ、若頭の立場にいると知っていたのに。

 

 窮鼠のときなど、リクオは百鬼夜行を引き連れて、カナのことを助けに来てくれた。

 奴良組の百鬼を率いることができるのは、その総大将であるぬらりひょん、またはその血族であるリクオだけだ。冷静に考えれば分かっていたことなのに、カナはあのような決定的な場面を迎えるまで気づくことができなかった。

 

 ――違うかな……。私はきっと、気づくことを否定していたのかもしれない。

 

 ずっと、彼を護っているつもりでいたかったのかもしれない。

 リクオを何もできない弱い半妖であることを押し付け、彼を護ることができる自分の力、『立場』という奴に固執していたのかもしれない。

 だからこそ、カナはここまで彼の正体に目を逸らしてきたのだ。 

 

 ――やっぱり、私の力なんか必要ないのかな……。

 

 カナは、奴良組の妖怪たちを率いるリクオの威風堂々たる姿を目に焼き付けながら思う。

 きっといかなる困難でも、リクオは彼自身と仲間の妖怪たちの力を借りて進むことができるだろう。

 そこに、その隣に自分が立つ意味などないのだ。所詮、人間でしかない自分では彼の力になれない、なる資格などないのだと。

 そのように、カナは自分自身を追い詰める方向で思考を巡らせている――その間にも、状況は一変していた。

 

「――えっ?」

『――ん?』

「――あん?」

 

 カナも面霊気も春明も、そして奴良組も四国も、誰もが呆気にとられただろう。

 向かい合っていた両軍、硬直した睨み合いから、どちらが先に動くか様子見していた段階。どちらが先に、どのように仕掛けるか。それを慎重に見定める段階であった筈。

 だが、その均衡状態を破るように、彼が――奴良リクオが先に仕掛けた。

 まるで散歩にでも出かけるような足取りで、彼は一人真正面から敵軍に向かっていたのだ。

 

「ちょっと……」

「なぜ、若が先陣を!?」

 

 一瞬――何が起きているのか理解できず空白の間を生むが、すぐに奴良組の妖怪と思われる小さなカラスが、組の者たちに指示を出した。

 

「何をしてる! リクオ様を止めろ!!」

 

 その指示に従い、奴良組の妖怪たちがリクオを止めようと前進を始める。だが、そんな好機を敵が見逃してくれる筈もなく。

 

「大将が先に出てきたぞ!」

「なに考えてんだ、あいつは?」

「いけっ! やっちまえば、俺たちの天下だ!!」

 

 敵の大将の首を取る好機だと、手柄を求めて我先にとリクオめがけて殺到していく四国妖怪。

 

 こうして、リクオの先陣を機に、両軍はぶつかり合う。

 いざ――百鬼夜行大戦の開幕である。

 

 

 

×

 

 

 

「リクオ様、お待ちください!!」

 

 リクオと盃を交わした彼の側近、雪女のつららはいきなりの開戦に戸惑っていた。

 奴良組の妖怪たちの中でも年若い彼女にとって、初めての百鬼夜行同士の戦い。リクオの先陣により、なし崩し的に開戦となった戦の勢いに呑まれ、彼女は一歩出遅れてしまった。

 それでもどうにかして、一人前を行くリクオに追いつこうと、入り乱れる戦場の中を奮闘するつらら。向かってくる四国妖怪を吹雪で凍てつかせ、氷で作った薙刀を振るう。

 しかし、リクオの元へと駆け寄ろうとする彼女に――次から次へと四国妖怪たちが立ち塞がる。

 

「邪魔じゃ、うぬら!!」

 

 奴良組の妖怪たちをなぎ倒しながら突撃してきた巨人——手洗い鬼。人間の巨漢と大差なかった体格をさらに巨大化させ、彼は豪語する。

 

「我が名は手洗い鬼!! 四国一の怪力! てめぇらの一番はどいつじゃあああ!?」

 

 己の力自慢を声高々に誇り、その図体で奴良組の妖怪たちを見上げる。そして、その視界に入ったのだろう、手洗い鬼はつららへと襲い掛かる。

 

「俺が大将の首を、とるぅうぅぅぅ!!」

「きゃあ!」

 

 肉弾戦が得意とは呼べないつららにとって、あまり相性のいい相手とは言えず、その巨体に彼女は思わずたじろぐ。だが――力自慢ならば、奴良組にも一人、とっておきの奴がいる。

 

「ぐふっんだぁ、貴様は!?」

 

 手洗い鬼と同程度の大きさになり、その猛攻を食い止めたのは、奴良組特攻隊長――青田坊。

 

「おっと、力自慢なら俺を倒してからにしな。鉄紺色の衣をまとった破戒僧。この青田坊様をっ!」

 

 同じ力自慢同士、取っ組み合いになる両者。青田坊は手洗い鬼を押さえつけながら、つららへと叫んだ。

 

「雪女、お前はリクオ様のお側にいろ!」

「それが見失ってしまって……リクオ様――」

 

 同じ側近として、一緒にリクオのことを支えてきたつららに彼のことを託す。だが、肝心なリクオの姿がどこにも見えず、焦りを見せるつらら。

 さらに行きつく暇もなく、敵は畳みかけてきた。

 

「ひゃっ……何よこれ、水?」

 

 つららの足元にあったマンホールが吹っ飛び、大量の水が噴き出してきた。その水を咄嗟に一部凍らせるつららだが、さらに大量の水と共に姿を現した半魚人の妖怪。

 

「ゲゲゲッ、水場がアリャ、リクオなんざ、この岸涯小僧がひとひねりよ!」

 

 岸涯小僧は普段から岸辺を好んで生息する妖怪。陸上では大した妖怪ではないが、水を自在に操るその能力は水があることによって、水を得た魚のように活き活きと真価を発揮する。

 

「くそっ、雪女、止めるぞ!」

 

 水を得て活気づいた岸涯小僧を止めるべく、つららの側に来ていた首無が彼女へ呼びかける。二人がかりでやれば手早く済むだろうと、首無は岸涯小僧の動きを食い止めるべく紐を構える。

 だが、そんな彼の背後から、その紐を絡めとるように、かぎ針状の髪が迫る。

 

「ぐっ……!?」

「首無!!」

 

 つららが振り返ると、そこには鉄の髪を振り回す、妖怪・針女がいた。首無の紐を自らの髪に引っかけ、彼の動きを阻害する。

 

「邪魔をしないでほしいな!」

 

 そのまま、首無は針女と交戦状態に入る。

 しかし、女性に甘い色男である首無は、例え敵であろうと女性である針女に手荒な真似をすることができず、彼女の対応に四苦八苦していた。

 それを見かねたつららは、彼の援護に入るべく薙刀を構えるが、その背後から岸涯小僧が攻める。

 サーファーのように水流に乗りながら、丸くギザギザのついた歯を歯車のように高速回転させ、つららへと襲い掛かる。しかし、岸涯小僧の乗る水流が突如、不規則に乱れる。

 

「ゲフッ!?」

 

 足場の安定性を失い、地面に転げ落ちる岸涯小僧。そんな彼を不敵な態度で見下ろす、奴良組の河童。

 

「へぇ~。水場がないから、また役立たずかと思ったけど……ラッキー」

 

 河童もまた岸涯小僧と同じ水場に住まう妖怪。水がないところで、これといった活躍もできず困っていたのだろう。岸涯小僧がマンホールから呼び出した水を頼りに、彼も奴良組の戦線へと加わり岸涯小僧と睨みあう。

 

「河童……ありがとう」

 

 つららは、河童へと礼を述べながら、再び進んでいく。

 幹部妖怪たちからの襲撃がなくなったとはいえ、敵はまだまだウヨウヨと湧いて出てくる。

 それらの敵相手に奮戦しながら、つららは尚も叫び続けた。

 

「若、若……どこですか、リクオ様!!」

 

 自分が守るべき主の居場所を求めて、戦場を駆けずり回った。

 

 

 

×

 

 

 

「――はははっ! いきなりの開戦とは……なんともまた豪気なもんだ!」

 

 奴良リクオの先陣をきっかけに始まった百鬼夜行戦。それを建物の上から完全に他人事として眺める春明は実に上機嫌だった。眼下で行われている戦いの様子に、にやついた笑みを浮かべている。

 

「よく見とけ、カナ。これほどの規模の百鬼夜行戦。そうそう拝めるもんでもないぞ!」

 

 春明は隣に立っていたカナに声をかける。しかし、その言葉は彼女の耳に入ってこない。カナはただ、目の前で行わている戦いに息を呑み、圧倒されていた。

 

 ――これが……百鬼夜行戦。

 

 それまで、カナはそれなりに戦闘経験をこなしてきたが、そんな小規模の争いとはわけが違う、

 魑魅魍魎の群れが、敵味方入り乱れて戦いを繰り広げる様は――もはや戦争。

 とてもではないが、春明のように呑気な気分で観戦できるほど、甘いモノとは思えなかった。

 

「……っつ、こんなことしてる場合じゃない!」

 

 その勢いに呑まれ暫し呆然とするカナだったが、彼女は思い出したように槍を握る手に力を込めた。

 これだけの乱戦であれば、戦力は大いに越したことはないだろう。こんな自分にでも、何かできる筈だと、奴良組の加勢に行こうと試みる。

 春明に何を言われても構わないと覚悟を決めるカナ――だが彼女はふいに気づき、その足を止めた。

 

「? リクオくんが……いない?」

 

 確かに先陣を切ったところまでは目で追っていた。そのリクオの姿がどこにも見えなかったのだ。

 

「…………あん?」

 

 カナの疑問に春明も気づいたようで、リクオの気配を探ろうと、目を瞑って神経を張り巡らせている。 

 カナもそれに習ってリクオの居場所を探ろうと試みるのだが、如何せん、敵味方入り乱れすぎている。あちらこちらから強大な妖気のぶつかり合い、とても一人の妖怪の気配を追うことなどできない。

 

 ひょっとしたら、既に誰かに討ち取られてしまったかもしれないと、不安がカナの胸をよぎった――そのときだった。

 

 突如——火柱が激しく燃え上がった。

 そこは、百鬼が乱戦を繰り広げる中心地とは少し離れた、四国妖怪の陣の真っ只中。

 

 敵の大将・玉章と――奴良リクオが対峙している光景がカナの目に飛び込んできた。

 

「リクオ君!!」

 

 彼女は必死になって彼の名を呼ぶも、その声は百鬼の乱戦の中、虚しく溶け去っていった。

 

 

 

 




補足説明

 カナの能力について
  今回の話で明らかにしました彼女の空を飛ぶ能力について、一つ訂正を。
  以前、感想の返信で能力の名称は漢字で二文字と書きました通り、作中において彼女の能力は『神足』と呼称していますが、正式には『神足通』と言います。
  伝承では、自分の行きたいところに行ける能力。空を飛んだり、水の上を歩いたり、壁をすり抜けたりすることができるとありますが、今作における神足は、ただ空を飛翔するだけの能力に留めています。
  現時点で、カナが使える能力はこれだけですが今後――これと関連する能力を搭載する予定です。その際も、わかりやすいように伝承と違う能力に当てはめることになると思いますが、何かとご容赦下さい。



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第二十三幕 闇に際立つ白い雪

 お久しぶりです。
 活動報告の方にも書きましたが、今月はFGOのboxガチャイベントで忙しくなります。
この話も、スマホの充電タイムの合間に書いています。
 おそらく今回の話が今月最後の更新だと思いますので次は10月にお会いしましょう。
 ちなみに、タイトルから分かるように、今回はつらら回です。
 今作の主人公であるカナちゃんの出番は控えめですので、どうかご容赦下さい。
 では――どうぞ。


「――若! 今、お側に参ります!!」

 

 奴良リクオの側近、雪女のつらら。

 彼女はずっと、リクオが人間のことを最優先に考えていると思っていた。

 

 リクオは奴良組二代目――人間と妖怪のハーフである奴良鯉伴と、若葉という人間の女性との間に生まれた妖怪のクォーターだ。奴良組の中には、そんなリクオを半端者と疎むものも多いが、つららにとって彼は仕えるべき主であり、その忠誠心が揺らいだことなど、一度としてない。

 

 だがそんな彼女も、リクオが日頃から人間を第一に思って行動していることに、歯痒い気持ちを抱いていた。

 

 リクオは幼少期の頃、人間の友達に妖怪は怖いモノと教わり、人々から忌み嫌われている事実を知ってしまった。そのせいか、彼は人間に嫌われたくないという理由から、人として生きる『立派な人間になる』と誓いを立ててしまった。

「自分は妖怪なんかじゃない」「妖怪の組なんて継がない」と妖怪として生きるより、人間として生きることを選んだのだ。

 

 だが、つい先日の牛鬼の一件以来、リクオは変わっていった。牛鬼に覚悟を迫られたことで、妖怪である自分自身を徐々に受け入れてくれるようになった。

 そして、総大将の後を継ぐと、成人したら奴良組の三代目に襲名することを、皆の前で誓った。

 つららは、それがとても嬉しかった。紆余曲折あったものの、リクオは魑魅魍魎の主になることを改めて宣言してくれた。

 

 人間として生きることよりも、妖怪である自分たちと共に生きることを選んだのだと、心の底から喜んだのだ。

 

 しかし、そんな覚悟を決めた後も、リクオは人間としての生活を続けていた。

 正体を隠して学校に通い、人々に好かれようと進んでパシリのような真似をしている。無論、主である彼がそうすると決めたのならば、自分も護衛として黙って付き従うだけなのだが、やはり納得しきれない部分がつららの心の奥底にこびりついていた。

 しかもだ。リクオはそんな自分たち護衛を利用し、学校を秘密裏に襲撃してきた四国妖怪から、友人たちを守ろうとまで考えていた。

 やはりリクオにとって、人間と仲良くすることが一番で、妖怪の主になるのはそんな人間を護るための手段でしかないのかと。つららは、人知れず落ち込んだものだ。

 

 しかし、違った。

 

 あのとき、あの体育館で――。

 四国妖怪・犬神の強襲に奴良組の護衛達が吹き飛ばされる光景を前に、リクオは妖怪としての力を覚醒させ、夜の姿として衆目の前に姿を現した。

 下手をすれば、人間に正体がバレ、学校に通えなくなるかもしれない危険性を冒してまで、護衛たちを――妖怪の仲間を救おうとしたのだ。

 

『みんながぶっ飛ばされて、オレがなんとかしなきゃって思ったら……』

 

 人間に戻ったリクオは、自身の軽率な行動を後悔しながらも、不甲斐ない護衛達を責めはしなかった。

 その言葉を聞き、つららはようやくリクオの心情を理解できた気がした。

 

 半妖であるリクオは、人間も妖怪も分け隔てなく見てくれている。

 妖怪が人間に悪事を働けば、人間を護るために刀を振るう。

 逆に、人間が弱い妖怪を傷つけるようなら、人間を成敗することも厭わない。

 

 どちらが上などない。彼は人間も妖怪、その両方を護ってくれるお方だと。

 だからこそ、だからこそ、つららは――

 

 

 

×

 

 

 

「――よお」

「――っ!!」

 

 百鬼の乱戦の中を潜り抜け、奴良リクオは敵将・玉章に肉薄していた。敵陣真っ只中にいる玉章と刀で鍔迫り合う寸前まで、玉章以外誰もリクオの存在に気づくことができないでいた。

 それもこれも、リクオが祖父のぬらりひょんの血から引き継いだ特性によるものだ。

 

 人間の文献において、ぬらりひょんは『人の家に勝手に上がり込み、その家の食べ物やタバコを無断で拝借するいやらしい妖怪』と記録されている。

 その文献の通りに解釈すれば、彼の能力は誰にも気づかれないようにこっそりと隠れ潜む、実にセコイ能力と受け取ることができる。だが実際のところ、この能力の本質はそうではない。寧ろその逆――ぬらりひょんはその存在感を希薄にするのではなく、逆に強めるのだ。

 何者も、自分にとって大きすぎる存在を前にしたとき、その存在を畏れるあまり、気づくことを止めてしまう。見えていても、認識できないようにする。

 

 それこそ、ぬらりひょんという妖怪の能力——『明鏡止水』である。

 

 リクオの明鏡止水は、ほとんど祖父の見様見真似。ぬらりひょんの『真・明鏡止水』と比べると、その完成度に雲泥の差がある。だが、それでもリクオの『畏』は十二分に効力を発揮していた。

 リクオの畏れに気圧され、奴良組も、四国も。誰一人リクオのことを見ようとはしなかった。

 ただ一人を、除いて。

 

「――お前たち! 何をしている! リクオはそこにいるぞ!!」

 

 自分の存在に気づき、声を上げた玉章の反応にリクオは僅かばかりの感心を抱いた。

 

 ――へぇ……見えてたのかい。

 

 切羽詰まった叫び声を上げながらも、玉章は目前まで迫るリクオの存在に気づき、その一太刀を受け止めていた。

 正直なところ、リクオはこの玉章という芝居掛かった狸に、妖怪として何の興味も抱けずにいた。

 畏れを得るために、弱い堅気の人間に手を出し、自らの側近であった犬神をその手にかけたりなど。そのどれもが、リクオが心情とする『仁義』とかけ離れた行為であり、そんな妖怪を生かしておいたところで、いったい何の意味があるのかと、そのように考えていた。

 だが、玉章は畏を発動させたリクオの姿を一人捉え、こちらの一撃を間一髪とはいえ食い止めて見せた。

 

 ――なるほど。伊達や酔狂で百鬼夜行を率いているわけでもないってか……。

 

 器の方はともかく、偉そうに豪語するだけの力量はあるようだ。

 

 ――ならっ! これを、どう捌く!?

 

 ならばと、リクオは玉章を試すつもりで、さらなる次の一手を繰り出した。

 大きな盃を懐から取り出し、そこに妖銘酒『桜』を並々と注ぎ――力を解き放つ。

 

「――奥義・明鏡止水『桜』!!」

 

 リクオが放った技、『明鏡止水・桜』――火柱が玉章を襲う。それは盃の中の酒の波紋が鳴りやむまで、決して消えぬ業火の炎。かつて、巨大なネズミの妖怪・窮鼠を焼き尽くした奴良リクオの奥義だ。この技をどのようにして防ぐか。リクオは心中で期待を膨らましながら、玉章の動向に注目する。

 

 しかし、リクオの繰り出した炎を前に玉章がとった行動は、彼の予想だにしないものであった。 

 玉章は火柱から逃げるように後ろに下がると、すぐ側にいた自分の部下――幹部らしき鳥妖怪を盾にしたのだ。

 

「た、玉章さま!?」

 

 玉章の行動に戸惑いの表情を見せるが部下。そんな彼の元に、迸る業火が容赦なく襲い掛かる。

 

「ぎゃぁあああああっ――!?」

 

 断末魔の悲鳴を上げながら、鳥妖怪は憐れ――焼き鳥と化す。

 そんな部下に一瞥もくれることなく、玉章はさらに後方へと転がり、火柱から距離をとった。

 

「……………………おいおい」

 

 リクオは自分の中の玉章に対する、興味や関心が急激に冷え切っていくのを感じていた。

 大将としてあり得ない彼の行動に、玉章を見下ろすリクオの瞳に冷たい色が宿っていく。

 

「部下を身代わりにして逃げるのか。どうも、いつまでたっても小物にしか見えねぇ奴だ。――このまま消してしまって、構わねぇ気がしてきたぜ」

 

 その言葉通り、リクオは刀を握る手に力を込め、そのまま玉章を切り捨てようと一歩踏み込む。

 しかしその刹那、リクオの真上から音もなく――

 

 

 『闇』が舞い降りていた。

 

 

 

×

 

 

 

「――リクオ君!?」

 

 ビルの上から戦況を見守っていたカナは、リクオの異変に声を上げていた。

 

 彼女が一度見失ったリクオの姿を再び視認したとき、彼は盃から巨大な火柱を発生させ、敵の大将と対峙していた。他の妖怪たちはリクオの畏れに呑まれ、未だ彼を発見できずにいたが、カナは高所から戦場を俯瞰していたためか、リクオの明鏡止水の効果も薄く、リクオの姿を捉えることができた。

 

 リクオの火柱に対し、敵将は部下を身代わりに逃げ延びていた。その行為に僅かな嫌悪感を抱くカナであったが、早くもリクオが敵将に王手をかけていたことに、安堵感の方が増していた。あまりにも呆気ない幕切れかと拍子抜けしたが、戦いが早く終わることに越したことはない。

 しかし、そう安心したのも束の間。リクオの上空から音もなく舞い降りた、顔に布切れを巻いた女妖怪の介入に一気に形勢が逆転する。

 その妖怪が大きな黒い翼を広げ、羽をまき散らした途端、リクオの眼球が黒く染まり彼は棒立ちとなった。そして、敵の大将がゆっくりと近づいてくる気配に気づいた様子もなく――

 

 リクオは、その脇腹を刀で刺されていた。

 

 力を失ったように崩れ落ちる幼馴染の体。顔面蒼白になりながら、カナは急いでリクオの元へと飛び立とうとする。だが、彼女の飛翔を、鋭い声音で呼び止める者がいた。

 

「――待て!!」

 

 土御門春明だった。彼は、それまでカナが聞いたこともないような鋭い声音。見たこともないような形相で、先ほどリクオの下へ舞い降りた女妖怪の方を食い入るように見つめていた。

 その鬼気迫る迫力に押され、カナの足が反射的に止まる。

 

「に、兄さん、なんで?」

「……これを見ろ」

 

 驚き問いかけるカナに、彼は一枚の羽根を見せつける。

 それは、どうやら風に運ばれてここまで飛んできたあの女妖怪の羽らしい。カラス以上に漆黒で、毒々しい妖気を放ったその羽にカナも釘付けになる。

 

「こいつは、式――妖怪……夜雀の羽だ」

「よ、夜雀……?」

 

 その妖怪の名前をカナは初めて聞いたが、春明がここまで動揺を露わにするということは、かなり名の通った妖怪なのだろう。

 しかし、いかなる強豪妖怪、名の知れた妖であろうと関係ない。今はリクオの助成に向かわなければと、改めて踏み込もうとするカナだったが、そんな彼女の行動を溜息混じりに春明が制止する。

 

「だから、待てって言ってんだろ。あんな餓鬼の喧嘩に、俺たちが首を突っ込む必要はない」

「……けんか?」

 

 春明の呟きが理解できず、思わず振り返るカナ。

 今、カナの目の前で行われているのは純然な殺し合い。命と命を奪い合う、不毛な戦争だ。喧嘩などという、生易しいものではない筈。

 しかし、それは人間であるカナからの視点らしい。妖怪たちから言わせれば、こんなもの、所詮はただの意地の張り合い、突っ張り合いだと春明はうそぶく。

 

「妖怪ってのはタフなもんさ……。どれだけ傷を負おうと、どれだけ打ちのめされようと、『畏』さえ保っていれば、数日後にはケロッとした顔で平然と悪事を働きやがる。まっ、流石に腕や足が千切れれば生やすのも一苦労だろうがな……」

 

 常日頃から、陰陽師として妖怪をシバキ倒す立場である春明が、自らの妖怪感を語って聞かせる。 

 

「元より連中は闇の化生だ。冥途に戻るのが早いか遅いかの違いしかねぇだろ。そんな連中のガチの喧嘩に、人間のお前がまともに付き合っても疲れるだけだ。連中の気の済むまでやらせてやればいい」

「……でも……私は、リクオくんを……守って……」

 

 彼の言葉に、まるで自分に言い聞かせるように呟くカナだが、それを春明は一笑に付す。

 

「ふん、お前程度に守ってもらうようなら、奴良リクオもそれまでの男さ。それに――お前が出張らなくても、尻拭いなら同じ妖怪同士でやってくれるさ。ほれっ、見ろよ」

「えっ?」

 

 春明はカナに向かって、顎をクイっと上げ、そちらを見るように促す。カナは顔を上げて、リクオの方を見やると、今まさに、敵の大将がリクオに止めを刺そうと、刀を振り下ろしていた。

 

「リクオくん!!」

 

 幼馴染の絶対的な危機。今度こそ、自身の迷いも、春明の制止も振り切って彼の元へと駆け寄ろうとするカナだったが――迷ってばかりの彼女よりも、真っ先にリクオに駆け寄る影があった。

 その影は躊躇うことなく、敵将とリクオとの間に体を滑り込ませる。そして、手に持った氷でできた薙刀で敵の一撃を食い止め、自らの主である奴良リクオへと笑顔を向けていた。

 

「リクオ様、やっと見つけた!!」

 

 その声は、カナの耳元にもはっきりと聞こえるほど、澄み切った氷のような透明さを帯びていた。

 

「及川さん……」

 

 

 

×

 

 

 

「リクオ様、しっかり!!」

「……つららか?」

 

 間一髪、つららはリクオの危機にはせ参じることができた。敵将・玉章の凶刃を食い止め、ひんやりと冷たくも美しい、雪のように白い手でリクオの手をとっていた。

 

「――ふん!!」

 

 つららの冷気に刀を凍らされ怯んだ玉章。だが、すぐに気を取り直し、玉章はリクオへと刀を振り下ろす。つららは動けないでいるリクオの体を伴って、その攻撃を回避する。二人は揃って地面に転がる不格好な状態になりながらも、なんとか玉章の間合いから逃れることができた。

 

「ふぅ~~大丈夫ですか、リクオさ――」

「馬鹿やろう、引っ込んでろ。お前の出る幕じゃなぇ……」

 

 だが、つららに助けられた礼を述べることもなく、リクオはつららに下がるように指示を下す。

 よろよろと立ち上がりながら、彼は愛刀――祢々切丸(ねねきりまる)を構えていた。

 

「え、あ……ちょっと、リクオ様?」

 

 呆気にとられるつららは、それでもリクオを制止しようと手を伸ばす。

 

「お下がりください。私がお守りしますから……ね? いやだ、目に何かされてるじゃないですか!」

 

 そこで彼女は気づく。リクオの目。何らかの妖術によるものか、眼球が真っ黒に染まっている。視点の焦点も定まっていない。彼は実に危なげな足取りで、ゆっくりと敵将のいる方向へ体を向ける。

 そんな身でありながら、リクオはあくまで大将として体を張ろうというつもりなのか、つららに向かって――

 

「のけ――下がってろ」

 

 と、強引な言葉を放つ。

 そんなリクオの態度に、カチーンと、つららの中の何かが切れた。

 

「――いい加減にしなさい! なにカッコつけてるの!! 貴方は今、私が来なきゃやられてたのよ! 勝手に一人でつっこんでも――!!」

「え……?」

 

 つららの叱り口調に、いつも堂々としている夜のリクオにしては珍しく、戸惑いの表情を見せる。

 無理もない。つららは常に主であるリクオの意思を尊重し、彼の行動を肯定し続けてきた。幼少期の頃、悪戯が過ぎたり、怪我をしそうな危険な行為を叱ったりもしたが、それも昼のリクオのときにだけ。出会う機会の少ない夜の彼相手に、こうまで声を上げて叱りつけたことなど、今まで一度としてなかった。

 

「せっかく! 駆けつけたのに、貴方って人は!!」

「うっ……」

 

 普段ならば、不敬として他の同僚たちに咎められかねない口調で、つららはリクオを強く叱責する。そんなつららの剣幕に圧され、言葉を失うリクオ。

 そのリクオを庇うように、つららは立ち上がると玉章に向かって名乗り出ていた。

 

「さあ、私が相手よ! 隠神刑部狸玉章!」

「…………」

 

 つららと対峙した玉章は、不敵にもその場から動こうとせず、じっと値踏みするようにつららを見ている。

 そんな敵の視線に負けるものかと、つららは氷の薙刀を構え、玉章と戦う決意を固める。

 

「お、おい、つらら……」

「分かってます、でも相手が刀だけの武器なら私に分が……」

 

 護衛でしかないつららが敵の大将と戦おうとしていることを察し、リクオはつららに待ったをかける。

 だが、つららとて賞賛もなく息巻いているわけではない。見たところ、玉章の武器は刀一振り。それ以外の方法、手段、能力で戦おうとする気配もない。相手が近接攻撃しかないのであれば、自身の冷気でなんとでも戦いようがある。

 そういった戦術的な根拠もあって、つららは玉章と戦うつもりであった、だが――

 

「違う、夜雀だ!!」

「えっ?」

 

 リクオのその叫びに、思わず彼の方を振り返る。

 すると、その僅かな隙を突くかのようにつららの頭上から、再び夜雀が翼を羽ばたかせていた。

 

 

 

×

 

 

 

 夜雀の能力『幻夜行』。

 その毒羽でほんの少しでも目を傷つけられれば、立ちどころに光を失い、視界は完全なる闇に覆われる。

 

 夜雀のまき散らした毒羽は、リクオやつららだけに留まらず、周辺一帯にその威力を発揮した。敵味方問わず、双方の妖怪たちの視界を奪い、余波で吹き荒れる風の勢いに、奴良組の進軍を押しとどめる。

 さらにその被害は、何も知らずに道楽街道周辺に集まってきた人間たちにまで及んだ。

 

「うん? なんだ、この黒い羽?」

 

 妖怪が見えない人間の目にも、夜雀の羽は見えていたようだ。一見するとカラスの羽と変わりなくみえるその羽に迂闊にも誰かが触れようとし、その人間の目に夜雀の羽が突き刺さった。

 

「うっ? う、うわああ、な、何も見えねぇ!!」

「いやぁっ! な、何よこれぇえ!?」

 

 その妖術の餌食になった眼球が黒く染まり、光を奪われ、唐突に訪れた完全な闇を前に、恐れ慄き悲鳴を上げる人間たち。

 古来より人間は闇を恐れてきた。それは原初から変わらない人間という生物の本能だ。その闇に抗える人間などそうそうおらず、彼らの『畏』を得たことでより一層勢いを増し、夜雀の羽は広がっていく。

 

「――あかん! その羽に触ったらあかん、下がっとき!!」

 

 そんな一般人が怯え逃げ惑う中、陰陽師たる花開院ゆらが人々にその羽に触れないよう大声で警告を促していた。

 巨大な妖気のぶつかり合いを感じ、ゆらはここまで駆けつけてきた。

 空を飛んできたカナとは違い、入り乱れる地上を走ってきたゆらは息が激しく乱れており、少し遅れてこの戦場へとはせ参じた。ゆらが来たときには既に妖怪たちが入り乱れ、死闘を繰り広げており、陰陽師たる彼女であろうとも迂闊に踏み込めぬ状況下にあった。

 そうして、どう立ち回るべきかと彼女が躊躇している間にも、あの羽が人間たちに被害をまき散らしていたのだ。

 ゆらは妖怪たちの方を後回しにし、混乱と恐怖に陥る人々を護るために奔走する。

 

「くそっ! いったい、何がどうなっとるんや!?」

 

 毒羽がまき散らされるその中心地へ足を踏み入ることができない、悔しさを歯噛みしながら。

 

 

 

×

 

 

 

「うっ……ごほごほ……ああ!!」

「つらら、逃げろ!!」

 

 自身のすぐ側で、つららの苦悶の悲鳴が聞こえてくる。どうやら彼女も夜雀の術中に嵌ってしまったらしい。戦闘音だけでも劣勢なのが伝わってくる。リクオの視界は完全な闇に包まれており、つららの姿も敵の姿も、何も見ることができない。

 闇に呑まれたリクオ。だが、それでも彼はつららへと声をかける。

 自分の配下である彼女の身を案じ、逃げろと叫んでいた。

 

「リクオ君。無能な側近を心配するより、今は君自身を心配したらどうだい?」

 

 そんなリクオに向かって、どこからともなく嘲るような玉章の言葉が耳に入ってくる。

 

「あれは夜雀の勝ち。それだけのこと……そしてこっちはボクの勝ちだ、ははは!!」

 

 既に玉章は勝ちを確信しているのか、そのような高笑いを上げ、襲い掛かる。

 自分の側近を馬鹿にされた怒りもあってか、リクオはその笑い声が聞こえてきた方向へと、己の気迫を叩き込んだ。

 

「……っ!!」

 

 相手が気圧されていることが、見えぬ視界からでも感じ取れた。

 その勢いに乗り、リクオは自身のぬらりひょんとしての能力『明鏡止水』を発動。相手に自分の姿が見えなくなれば、たとえ自分の視界が暗く閉ざされていようと、戦いをイーブンに持ち込むことができる筈だ。

 このまま、相手から認識されなくなれば――

 

「はあぁぁ!!」

「――くっ」

 

 だが失敗した。リクオの畏れに気圧されながらも、玉章は斬りかかってきたのだろう。リクオの腕に焼けるような痛みが走る。傷そのものは浅そうだが、リクオの体はたまらずよろけていた。

 すると、ふらつくリクオの背中が誰かの背中とぶつかり合う。

 

「つらら……まだいたのかよ、逃げろ」

 

 見えぬともわかる、背中越しに伝わってくるヒンヤリと冷たい、その雪のように心地よい彼女の体温が。

 

「逃げません。そんな足手まといみたいな言い方しないで下さい。若は……私が守るのです」

「いつまで言ってんだ。んなこと!!」

 

 自分の危機にも関わらず、未だリクオはつららに逃げるように言う。

 体を張るのは大将である自分だけでいい。何より、自分のために傷つくつららの姿など、リクオは見たくなかったのだ。しかし、つららは――

 

「――未来永劫守ります。盃を――交わしたお方ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 そう――つららは誓ったのだ。

 

 リクオは、人も妖怪も護ってくださるお方――。

 この方こそ、奴良組三代目を継ぐに値する器だと――。

 次代の魑魅魍魎になる、全てを捧げるのにふさわしい主だと――

 

 だからこそ、彼女はリクオと七分三分の盃を交わすことを決めたのだ。

 その交わした盃の信頼に応えるのは今――。

 彼の危機に力になれずして、何のための側近か。

 

「見ていてください、若……。我らの視界を阻む夜雀の妖術。必ずや解いてごらんに入れましょう」

 

 背中合わせのリクオに向かって、つららは豪語する。決して強がりなどではない。確かな自信を持った彼女の言葉に、リクオもとうとう逃げろなどということもなくなる。

 

「わかったよ……つらら。後ろは――おめえに任せる!」

 

 彼女のことを信頼し、自分の背中を託す。

 

「ふはははは!! 何ができるというのか。今の貴様らに! やるぞ、夜雀! 女もろとも、リクオを仕留めるぞ!!」

「―――————」

 

 一方の玉章。彼はつららの言葉をハッタリととらえたのか。夜雀に声をかけ、リクオとつらら相手に挟撃を仕掛ける。玉章がリクオを狙い、夜雀が雪女に襲い掛かる。

 既に目が見えないと油断してか、夜雀は真正面からつららへと薙刀を振り下ろした。

 その軌道を――完全に視界に捉えながら、つららは己の内から妖気を解き放つ。

 

「我が身に纏いし眷属氷結せよ……客人を冷たくもてなせ……」

 

 そう、つららの視界に夜雀の姿は見えていた。片目だけで視界が朧げだが、この角度からなら何の問題はない。

 

 つららは夜雀の羽が目に届くその刹那、目の周辺を己の氷で凍てつかせ、その侵入を拒んでいたのだ。

 咄嗟のことで片目しか守ることができなかったが、今はそれで十分。

 目が見えまいと油断した相手の意表を突くには、十分すぎる勝機であった。

 

「!? 止まれぇ、夜雀ぇぇぇぇぇ!!」

 

 そのことに気づいた玉章が焦るように声を荒げ、夜雀の動きが止まるが――もう遅い。

 既につららの妖術は完成した。あとはそれを解き放つだけ。

 

「闇に白く輝け……凍てつく風に恐れおののけ!!」

 

 そして顕現する彼女の眷属たる冷気が――

 

「『呪いの吹雪・風声鶴麗』!!」

 

 それは強力な吹雪を巻き起こし、対象を氷漬けにする雪女の『畏』。

 

「――――――――」

 

 その一撃を真正面から喰らった夜雀の体が氷の中に捕らわれ、彼女は行動不能に陥った。

 夜雀の畏れを、つららの畏れが上回った瞬間である。

 そしてその成果を、つららは自分自身の体で実感する。

 

「み、見える……ちゃんと両の目で! や、やりましたよ、リクオ様! 私やりましたよ! リクオ様――!!」

 

 両の瞳で光を感じることができたことで、夜雀の妖術の束縛から解かれたことを悟る。リクオの期待に応えることができた喜びに、彼女は子犬のようにはしゃぎまわっていた。

 

「――ふっ!!」

「う……おのれぇ、リクオ!」

 

 つららが主の方を振り返ると、既に形勢が逆転していた。視界を取り戻したリクオの眼球がもとに戻り、襲い掛かってきた玉章を迎撃していた。

 

「やるじゃねぇか、つらら!」

 

 敵を上手にあしらいながら、つららの活躍を褒めたたえるリクオ。

 彼は玉章に刀を突きつけながら、自身のしもべの活躍を誇るように言い放っていた。

 

「さんざん人の側近を見下しやがって。玉章よ……てめぇのしもべの方が下じゃねぇか」

「…………」

 

 リクオの言葉に、何も言い返せないでいる玉章。リクオはつららのことを、まるで自分のことのように自慢しているようである。つららの心が、温かいもので満たされていく。

 

 ――ああ……私は、リクオ様のお役に立てた。あの方の信頼に応えることができましたよ……お母様。

 

 自分を奴良組に奉公に出るように言った母――雪麗(せつら)に心の中で報告を入れながら、彼女はリクオの戦いを見守る。

 

 彼は自分を信頼してくれた。次は自分が彼を信頼する番だと。

 リクオと玉章。大将同士の一騎打ちを静かに見届けていく。

 




補足説明

 鳥妖怪——犬鳳凰
  原作では特に何の見せ場もなく焼き鳥になった唯一の七人同行。
  アニメ一期で名誉挽回かと思いきや、こちらでも結局、焼き鳥と化す。
  残念ながら、作者の技量で彼を救済することができませんで――やっぱり焼き鳥。
  誰か、犬鳳凰に救いを!!
 
 雪麗
  つららの母親。名前だけ出ましたが、特に原作との変更点はありません。
  しかし、つららの父親って誰なんだろう? ちょっと……気になりますね。



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第二十四幕 戦場に舞う風

 10月です。
 予告通り、どうにか次話を仕上げることができましたが、なかなかどうして苦戦しています。この辺りになってくると話に矛盾が生じたり、誤字脱字が目立つようになってくるかもしれません。何か問題があれば遠慮なく教えてください。その都度修正します。


「やった……すごい、及川さん!」

 

 雪女のつららが夜雀の妖術を打ち破り、リクオの危機を救ったことに、ビルの上から戦況を眺めることしかできないでいたカナが感嘆の声を上げる。

 春明の言う通りだった。カナが出しゃばらずとも、妖怪であるリクオの援護を、同じ妖怪であるつららがこなしていた。カナは、そのことに若干のもやもやを感じつつ、リクオが無事であったことにホッと胸を撫で下ろす。

 また、カナが視線を送っていたリクオとつらら以外の戦場において。

 この百鬼夜行戦の戦局を左右するそれぞれの戦い、幹部たち同士の戦いにも決着が着こうとしていた。

 

 

 

 青田坊VS手洗い鬼

 

 どちらも力自慢を自負する怪力の持ち主。互いに無手での取っ組み合い、シンプルな腕力勝負。

 優勢に立っていたのは四国一の怪力・手洗い鬼だった。

 破戒僧たる青田坊を、その自慢の剛腕で抑え込み、彼は豪語する。

 

「くははは! これが奴良組一の怪力と申すか。弱い、弱いのおう!!」

「ぬぐっ……」

 

 苦悶の表情で地べたに身体を押さえつけられる青田坊。心なしか、その図体も小さくなっているように見える。

 そのまま、勢いに乗って手洗い鬼は青田坊を押しつぶす。完全な勝利を確信してか、手洗い鬼は自身こそが日本一の怪力であると豪語する。しかし――

 

「――えっ……? ギャアアア!? 腕が変、か、肩がぁぁああ!?」

 

 ベキッと、手洗い鬼の腕が、小気味よい音を鳴らしあらぬ方向へと曲がる。

 

「おっと……すっかり忘れてたぜ。俺の力、セーブしねぇと人間世界だと何かと不便なんだ……強すぎてな」

 

 そう、青田坊は全力を出していなかった。

 彼は日頃から、リクオの側近として人間社会に溶け込むため、自身の力に大きく枷をはめていた。その制限を解くのを、すっかり忘れていた青田坊は、この土壇場にその枷である、首元に掛けられていた髑髏の数珠を外した。

 

「ちょろっと本気の力を見せてやるよ。『剛力礼賛(ごうりきらいさん)』!」

 

 宣言通り、青田坊は全力で手洗い鬼の顔面に拳を叩き込んだ。

 先ほどとは比べ物にならぬ彼の剛腕の威力に、手洗い鬼の巨体が宙に舞う。悲鳴を上げながら数メートル吹き飛ばされた彼は、そのままコンクリートの地面に落下。綺麗に手洗い鬼型の穴を残し、穴の底で全身を駆け巡る痛みに悶えることとなったのである。

 

 決着――勝者・青田坊

 

 

 

 河童VS崖涯小僧

 

「ゲッゲッゲ、逃げんじゃねーよ、てめぇ!!」

「…………」

 

 両者は百鬼入り乱れる戦場の合間で、追いかけっこに興じていた。

 水辺でこそ真価を発揮する水系妖怪二人。水の量が限定的なこの場では、お互いイマイチ全力を発揮できずにいた。僅かな水を巡って、少しでも有利な位置取りをしながら、戦場を忙しなく動き回っている。

 現在は、崖涯小僧が河童を追いかけまわす形になっている。互いに決定打を欠ける戦い。しかし、この戦いも奴良組が、河童の方が一枚上をいっていた。

 

「逃げてんじゃないよ~」

 

 崖涯小僧から距離を置き続けていた河童は、ただ逃げ回っていたわけではなかった。

 

「ちょっと大きめの作ってたから。時間がかかったんだよ~」

 

 彼は手持ちの竹筒に入れておいた水や、道路の水たまり、大気中の水分を掻き集め巨大な水球を作り上げていた。

 

「『河童忍法秘伝・ミズチ球』!! どーん!」

「ギャアアアアァァァァ!」

 

 河童の手のひらで作られていたその水球が、巨大な激流となって解き放たれる。

 その特大ミズチ球の直撃を食らい、空の彼方まで吹っ飛ばされる崖涯小僧。

 

「ふぅ~~楽しかった。ん? やあ黒、元気?」

 

 そうして、楽しい戦いを終えた河童。ちょうど近くにいた黒田坊へと、マイペースに声をかけていた。

 

 決着――勝者・河童。

 

 

 

 首無VS針女

 

「……もう止めなよ。君らは ボクら奴良組には勝てない。数でも規模でも……能力でもね」

 

 奴良組一の色男・首無は女性に甘い。襲い掛かってくる針女相手に手荒い真似はせず、その攻撃を躱すだけで済ましていた。その気になれば早々に決着をつけられるほどの実力差がありながら、針女の髪をポニーテルに結んだりして、あしらっている。

 そう、首無の言葉や、先の青田坊や河童の戦闘の結果を見れば分かるよう、奴良組と四国妖怪たちとの間には絶対的な戦力差があった。

 奴良組は弱体化したとはいえ、かつて妖世界の頂点と呼ばれた勢力。特にリクオと盃を交わした面々。若いつららを除き、多くの側近たちは、その奴良組全盛期を支えた古強者だ。

 一方の四国妖怪たち。彼らは若い大将である玉章自らが集めて回った若い妖怪たち。その若さに任せた勢いは侮れないものがあったが、地力の差において奴良組に大きく劣ってた。

 真っ向からぶつかってこうなることは、目に見えてわかっていたことだ。

 

「う、うるさい! 我々四国妖怪が全妖怪を支配するのだ!」

 

 しかし、それでも針女は諦めずに向かってくる。

 自分たち四国こそが妖世界の頂点に立つのにふさわしいと。自分たちの大将・玉章にはそれを成すだけの力があるのだと、彼女は豪語する。だが――

 

「へぇ~……そこまで玉章は強いのかい。それならまだ理解できるよ。けど、仲間を殺す奴がボスだなんてボクは嫌だな」

「――え?」

 

 首無の何気ない言葉に、針女の瞳が揺れる。

 そんな彼女の迷いを察し、首無は針女に語り掛ける。

 

「犬神のことだよ。……まさか君は知らないのかい? 犬神の最後を……」

 

 

 

 ――犬神……。

 

 針女は思い出す。あの故郷の崖の上。明ける夕日を共に見ながら彼と語らったときのことを。

 

『犬神……あんたはなぜ仲間になったんだい? 元は人間だったんだろ。人で在り続けた方が、お前は幸せだったんじゃないのかい?』

 

 犬神の人としての絶望を知らぬ針女は、妖怪として覚醒したばかりの彼にそのように話しかけていた。

 実際、妖怪任侠の世界は血生臭い部分を多く孕んでいる。いつ命を落としてもおかしくはない。

 だが、それにも構わず犬神が玉章に忠誠を誓い、付き従っている姿に針女は疑問を覚えていた。

 

『そこまで魅力的なのかい……あんたにとって玉章は……』

 

 彼女は犬神のように玉章に忠誠を誓っているわけではない。

 彼女はただ怖かった。玉章に逆らうのが怖くて彼に付き従っているだけなのだ。

 彼女以外にもそのような妖怪は、決して少なくない。そんな中、彼の玉章に対する忠誠心は本物だった。

 かつては玉章にいたぶられて殺されかけただろうに、何故と犬神に彼女は問う。

 

 そんな針女の疑問に、犬神は何の迷いもなく答えていた。

 

『玉章は――オレを変えてくれたんぜよ』

『オレに眠る力を目覚めさせてくれたぜよ』

『恨みはあるが、感謝もしている』

『だから、俺は奴についていく。それにアイツは言ったんだ……』

 

『オレに――新しい世界へ連れてってくれるって』

 

 彼の下についていれば自分もその世界へ、もっと上への世界へと昇り詰めることができる。

 玉章と出会えてよかったと――

 

 恨みから生まれた妖怪とは思えぬ、どこまでも晴れやかな顔で、記憶の中の犬神は笑っていた――。

 

 

 

 ――犬神。あんたは幸せだったのかい?

 

 脳裏にこびり付く、死した仲間の笑顔に問いかける針女。

 彼は、玉章に切り捨てられ、どのような顔で最後を迎えたのだろう。

 そのような疑問を覚えながらも、彼女は首無へと猛然と襲い掛かる。

 

 全ては玉章のため。彼の役に立てねば自分もきっと始末されるだろう。

 彼への『おそれ』——恐怖心から、針女は敵へと立ち向かっていく。

 

「それは、『畏』じゃないよ……」

 

 針女の迷いを読み取ったのだろう。首無は己の紐で針女を縛り上げ、その動きを封じるだけに留める。

 

「済まない、大人しくしててくれ」

 

 最後まで全力を出すことなく、首無は針女を行動不能にした。

 

 決着――勝者・首無。

 

 

 

×

 

 

 

「――どいつもこいつも、役に立たない奴らだね」

 

 夜雀の敗退を目の前で見せつけられ、他の幹部たちも次々と敗れる現状に、リクオと向かい合っていた玉章はそのような愚痴を溢していた。だがその言動とは裏腹に、彼自身の落胆はそこまで深くはない。この結果はある意味、予想していた通りの展開でもあったからだ。

 相手は歴戦の強者が揃った奴良組。自分たちのような勢いだけの若造の集まりではこの程度が関の山。もう少し粘れるかとは思っていたが、それも仕方がないと。

 

 玉章は、不甲斐ない下僕たちを許した。

 

 何故なら彼は最初から、誰一人信じていなかったからだ。

 玉章が信じるのは己だけ――自分とこの神宝『魔王の小槌』の力だけである。

 

 

 魔王の小槌。

 三百年前――玉章の父、隠神刑部狸がまだ野心溢れていた時代。彼は妖怪軍団を引き連れ、人間の城を乗っ取ろうと画策したことがあった。

 人間側は何の力もない一万人のただの人間。対する刑部狸側はその数をはるかに上回る、神通力の力を持つ妖怪狸軍団。勝敗は――火を見るよりも明らかだった。

 だが、狸妖怪たちは殲滅せしめられた。人間側が持っていたたった一振りの刀によって。

 その刀の銘こそが、魔王の小槌。

 かつて父の牙をもいだその神宝が、現在玉章の手の内にあった。

 

 

「――お前たち、ボクの為に身を捧げろ」

「へっ?」

 

 そして、玉章はその神宝の力を最大限に発揮させるため、自身の近くにいた妖怪、数匹を惨殺した。

 自分を護るために集まっていた、味方の妖怪を――。

 玉章はさらにその刀を自身の長い髪に括りつけ、そのまま頭を回しながら前進する。歌舞伎役者が髪をぐるぐると振り回す演技『連獅子』のよう、その勢いに身を任せるまま、仲間の百鬼夜行の妖怪たちを斬り殺していく。

 

「た、玉章さま!?」

「ぎゃぁあああ!」

 

 絶望に怯え惑い、断末魔の悲鳴を上げ、消えていく四国の妖怪たち。

 

「!? 何をしているんだ、あいつは」

「味方を……斬っているのか?」

 

 奴良組の妖怪たちも、玉章の凶行に驚きを隠せないでいる。

 

「玉章さま、おやめください! 仲間に何をっ――」

 

 その凶行を阻止しようと、一人の四国妖怪が玉章に呼びかける。

 先ほど首無に敗北を喫した針女だ。紐の束縛から何とか逃れ、玉章に駆け寄っていく、しかし――

 

「ふっ……」

「あああ!?」

 

 そんな彼女を一笑に伏し、玉章は何の躊躇もなく斬り捨てた。

 そのまま針女の屍を踏みつけ、彼は堂々とリクオに向かって吐き捨てる。

 

「ふはは! 見ていろ、リクオ! 下僕の血肉で僕は魔王となるのだ! はははははは!!」

 

 

 

×

 

 

 

「な、なんで…………?」

 

 玉章の理解不能な凶行を前に、カナは茫然自失としていた。

 

「味方じゃないの……? 守るべき……自分の仲間じゃ……ないの?」

 

 リクオという妖怪の大将のことを知っているだけに、カナには相手の思考回路が理解できなかった

 

 妖怪というものは、もっと仲間意識が強いものだと思っていた。少なくともリクオや、カナのよく知る妖怪たちは皆そうだ。仲間を護るために力を振るい、仲間を護るために体を張る。

 なのに、敵の大将はそれとは真逆のことをしている。護るべき仲間を見捨てるどころか、自らの手で斬り捨てるという行為。

 その凶行に――カナはそれまで感じたことのない怒りにその身を震わせていた。

 

「ありゃ……蠱術だな。なんで妖怪が、あんなもん持ってんだ?」

「こ、こじゅつ……?」

 

 言葉を失っているカナの隣で、春明がポツリと呟く。彼の瞳は鋭利に細めており、その真剣な目つきから、その言葉の重要度が伝わってくる。

 

「蠱術ってのは……呪いの一種だ。犬神術なんかと同じ、人の手によって作られたな……」

 

 玉章の行動を理解できないカナのため、春明が説明する。

 

 蠱術とは、読んで字のごとく、一つの皿の上に多くの毒虫が混在している状態のことを指す。

 その皿の上で、毒虫は生き残るために殺し合い、やがて一匹だけが生き残る。その一匹に死んでいった他の虫どもの恨みや念がこもり、呪われた生物『蠱毒』が作られる。そして、その虫を使役し、人を暗殺するのが蠱術である。

 先の浮世絵中の体育館で暴れた犬神も、その蠱術と同種の呪い。犬神術の成れの果てに生まれたもの。

 妖怪の技ではない。最も原始的な、人が人を殺すために生んだ呪術の一つ。

 あの刀は――その蠱術で斬った者の血肉や恨みを力に変えていると春明は分析した。

 その証拠に、玉章が妖怪を斬り殺すたびに、ボロボロだった刀身が脈打ち、生き物のように蠢いていく。さらにその刀を通して、玉章の力がどんどん膨れ上がっている様子だった。

 

 と、春明は玉章の行動理由、その力の根幹を陰陽師として冷静に分析し、カナに説明してやった。

 だが、そんな彼の説明をカナはほとんど聞き流している。

 彼女は眼下で広がるその惨劇に、目を逸らせずにいた。

 

「た、玉章さま……!」

「や、やめてください!」

「おねげだぁぁあっ!!」

 

 玉章は命乞いする仲間たちを容赦なく、寧ろ積極的に斬り殺していく

 その様子は、まさに一方的な虐殺だった。

 その虐殺を黙って見過ごすなどということを、人間であるカナには許容できなかった。

 

「これはもう――喧嘩なんかじゃないよ!」

「あっ――おい、こら!」

 

 さんざん悩んで足を止めていたカナだったが、玉章のその凶行を前に今度こそ飛び出していた。

 春明の制止を振り切り、いざ戦場へと舞い降りる。

 

 

 

×

 

 

 

「おい、逃げろ、アイツやべってぇ!」

 

 玉章の暴走を前に、奴良組の特攻隊長である青田坊ですら、容易に近づくことができない。彼は周囲の者たちに、玉章から急いで離れるように声を掛けていく。

 

「おい、何してんだ。四国の奴らも逃げた方がいいぜ!?」

「う……うう」

 

 その相手は奴良組だけではない。本来であれば敵である筈の四国の妖怪たちにも、彼は叫んでいた。

 

「うぐっ! 玉章ぃぃ!? ガハっ 何してくれんねんコラぁ! ワシの腕を、腕を……」

「お前も下がれよ、手洗い鬼!」

 

 ふと、青田坊の視界に先ほどまで力比べをしていた相手、手洗い鬼が玉章に腕を斬りつけられている姿が見えた。青田坊は急ぎ、手洗い鬼の首根っこをとっ捕まえて、共に玉章の刀の間合いから距離を取る。

 だが、彼が救える命はそれで精一杯。玉章の間合いには未だに多くの四国妖怪たちが取り残されており、彼らの命を啜るべく玉章の凶刃がすぐ目前まで迫る。

 

「ひぃっ!」

 

 彼らの表情が絶望に染まる――その刹那だった。不意に、突風が吹き荒れたのは。

 

「ぐうわぁぁぁあ!!」

「な、なんじゃあああああ!?」

 

 どこからともなく吹き荒れたその突風は、玉章の刀の餌食になる筈だった妖怪たちを空の彼方に吹き飛ばす。

 かなりの高さまで舞い上がったようだが、妖怪であればあの程度の高さから落ちようと、まず死ぬことはないだろう。図らずとも、風に命を救われる形となった四国妖怪たち。青田坊はその風が吹いてきた方角に目を向ける。

 

「あ、あいつは!?」

 

 そこにいたのは、巫女装束に狐面を被った例の少女だった。

 自分の主であるリクオの危機に、二度にわたって駆けつけてきた謎多き少女。

 彼女はその手に持っている羽団扇。天狗などが風を操る際に用いられる道具を使い、突風を起こしていた。その風は四国妖怪たちを玉章の間合いから遠ざけ、玉章自身の歩みを遅らせていた。

 残念ながら、刀の力で妖力が高まり、より強大になっていく玉章の身を吹き飛ばすことはできないようだが、風の勢いは確実に玉章の歩みを遅らせ、多くの妖怪たちが逃げるための時間を稼いでいた。

 

「あの女……おい、今のうちだ、手洗い鬼! 他の連中も下がらせるぞ」

「お、おう……」

 

 素性の知れない相手に警戒心を残しつつも、青田坊は彼女の行動に感じ入るものがあった。

 その努力を無にしないためにも、彼は手洗い鬼を伴い、恐怖で足がすくんで動けないでいる四国の妖怪たちを一匹でも多く逃がすために奔走する。

 

 

 

×

 

 

 

「くっ――このっ!!」

 

 戦場に降り立ったカナは、天狗の羽団扇を全力に近い形で仰いでいた。

 未だに完全に制御しきれていないが、捻眼山で使用したときよりは、ある程度のコントロールができるようになっていた羽団扇。

 彼女はその風の力で四国妖怪も奴良組も関係ない。一匹でも多くの妖怪たちをあの刀の魔の手から逃すため、そしてあわよくば、刀の持ち手である玉章を吹き飛ばせないかと力を行使する。

 だが、木々を根元から引っこ抜く威力を持つその羽団扇を以ってしても、完全に玉章の歩みを止めることができなかった。

 吹きつける風に玉章は腕で顔を覆ているが、膝をつくこともなく立っている。じりじりとカナに向かって前進することを止めない彼は次の瞬間、気合を一閃、刀を横に振るった。

 

「邪魔を、するな!!」

 

 その動作に呼応するかのように、玉章の全身から妖気が放たれる。

 妖気は一つの塊。まるで巨大なハンマーのようにカナの体を殴りつけ、彼女を後方へと吹き飛ばす。

 

「……っ!」

 

 カナの華奢の体が地面に叩きつけられると――カナ自身も衝撃に身構え覚悟しようとし、

 そのカナの体を、優しく受け止める者がいた。

 

「おっと……大丈夫か、アンタ?」

「り――! ……あ、ありがとう……ございます」

 

 奴良リクオであった。

 咄嗟に名前を呼ぼうとしたカナは、慌てて自らの言動を呑み込み、他人行儀に振る舞う。

 後ろを振り返れば、すぐそばに彼の顔をあった。

 支えられた腕から、彼の温もりが感じられた。

 

「…………」

「…………」

 

 両者とも、突然の出来事であった故、何を話していいかわからず暫しの間固まる。

 そのまま視線と視線が交わり、見つめ合う二人であったが――

 

「リクオ様!! いつまでそのような女と引っ付いておられるのでしょうか!? ほらアンタも、いい加減離れなさい!!」

 

 後ろから駆けつけてきたつららが、二人を引っぺがす。

 つららは正体が分からぬカナのことを警戒しているのか、主を護るため二人の間に割って入る(もっとも、その視線には警戒以上のものが混じっていたが)

 その視線を維持したまま、つららはお面で顔を隠したカナを問い詰める。

 

「アンタ、いったい何者? 何が目的なわけ? 何でリクオ様の周りに出てくんのよ! そこんとこ、はっきりさせてもらうわよ!」

「いや……私は……」

 

 矢継ぎ早につららの口から飛び出す疑問の数々。相手の剣幕に押され怯むカナであったが、つららのその疑問に対して、彼女は思わず自問自答する。

 

 ――私は、リクオくんの何なんだろう?

 

 カナにとってリクオは大切な幼馴染であり、命を助けてくれた恩人であり、

 そして、そして――

 

 ぐちゃぐちゃになる自分の感情に、カナは思わず顔を歪めてしまう。面霊気で顔を隠していたおかげで、何とかそれをリクオたちに知られずに済んだのが彼女にとっての幸運であった。

 

「おい、つらら……今はそんなことを論じてる場合じゃなぇ――」

 

 喧嘩腰のつららを宥め、その場を取り持とうとするリクオ――その時である。

 

「――待て!! そこの妖怪! 人を害することはこの私が許さへんで!!」

 

 聞き覚えのある少女の声が、道楽街道に響き渡る。

 カナがハッとなって振り返ると、その先には玉章が――近くにいた仲間の四国妖怪たちをあらかた斬り殺したのだろう、無数に広がる屍を踏みつけながら、次なる獲物を探し求めてふらふらと亡霊のように彷徨っている。

 そして――幽鬼のように彷徨い歩く巨大な妖気を前に、見覚えのある一人の人間の少女が立ち向かおうと、その正面にて身構えていた。

 

 カナは心の中で彼女の名を叫ぶ。

 

 ――あれは……ゆらちゃん!?

 

 

 

 




補足説明

 魔王の小槌
  ご存じ。〇〇さんの心臓こと、魔王の小槌。
  後になってわかる事ですが、この刀が誕生したのが三百十年前。
  時間軸的に矛盾はしていませんが、僅か十年の間に江戸で生まれたこの刀が四国の人間たちの手に渡り、狸たちを殲滅せしめる。
  いったい、どういった経緯でそうなったのか、ちょっと気になる。


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第二十五幕 変わらない心、畏れへの憧れ

遂に明日、ゲゲゲの鬼太郎でバックベアード様が上陸なされる。
一緒に台風まで上陸してくるのが少し不安だが、仕方ない。
無事に乗り切れるよう、祈るしかないな。

それでは、続きですどうぞ!


 

 ――な、なんてすごい妖怪や……!

 

 花開院ゆらは、眼前に立ち塞がる巨大な妖気を前に、震えながらも立ち向かおうと歩を進めていた。

 

 先ほどまで、夜雀の幻夜行による一般人の被害の面倒を見ていた彼女だったが、何故だか知らないがその妖術の効力が切れ、視界を取り戻して落ち着きを取り戻した人間たち。

 騒ぎの収集に一応の一段落を付けたゆらは、すぐさまこの騒動の源。妖怪たちが争い合っている中心点へと急ぎ駆け足で向かっていった。

 

 しかし、現場に向かう道中、ゆらは感じとれる妖気の数が先ほどよりも少ないことに気づいていた。この先に妖怪がいることは確実。なのに、その絶対数が現在進行形で徐々に減ってきている。

 

 ――何者かが、妖怪を滅している?

 

 ゆらの脳裏に真っ先に思い浮かんだのが、同じ浮世絵中に通っているであろう少年陰陽師の存在だ。

 昼間の体育館の騒ぎの後では、彼の怒号に思わず押し黙ってしまい、その素性を詳しく問いただすことができなかったが、彼も陰陽師であるのならば、この巨大な妖気のぶつかり合いに気が付いている筈だ。

 自分よりも先に現場へと駆け付け、妖怪を倒しているのかと、ゆらは考える。

 

 しかし、ゆらが辿り着いた先に例の少年はいなかった。そこにいたのは、巨大な妖気の塊ともいえる妖怪が、同じ妖怪を斬り殺しているさまであった

 

 ――な、なんやこいつ!!

 

 初めにその光景を見たとき、いったい何をやっているか理解不能なゆらであったが、その妖怪が妖怪を殺すたびに、その妖気が増していく様子を感じ取り、すぐにその行動の意味、その力の正体を察する。

 

 ――あ、あれは蠱術や!

 ――なんでそんな刀、妖怪が持ってるんや!?

 

 蠱術は本来であれば人の手によって生み出される呪術であることは、ゆらも知識として知っている。その人間の力を、何故あきらかに妖怪であるそいつが利用しているのかと疑問を覚える。

 しかしそのような疑問、その妖怪の悍ましい姿を目に焼き付けた瞬間、どうでもいいものとして打ち消される。

 

 蠱術の力が宿った刀は、妖怪を斬り殺していくたび生き物のように脈打ち、その形を不気味な形状へと変化させていく。そして、刀を手にしたその妖怪の元に、斬り殺されていった妖怪たちの恨みや怨念が集っていく。

 まるで、一つの百鬼夜行のように。

 

 ――いやや、見えてまう。あの妖怪……一人で百鬼夜行を背負ってるかのような……。

 

 その巨大さを前に、ゆらの全身が震え、彼女の中の生存本能が逃げろと警告音を鳴らしていた。

 だが、ここで自分が背を向けて逃げ出すわけにはいかないと、ゆらは陰陽師としての使命感を総動員してその場に押しとどまった。

 

「げぇー!? 何あいつ!?」

「妖怪!? ウソ……怖い!」

 

 既に周囲には、妖怪の姿が見える霊感の強い一部の人間たちが騒ぎを聞きつけ集まってきている。もし、あの人込みの中にあの妖怪が突っ込んでいけば、その被害は怖ろしく甚大なものになるだろう。それだけは、絶対に阻止しなければならない。

 

 それに――この街には彼らが、清十字団の皆がいる。

 

 清継に島、巻に鳥居に凛子に奴良リクオ。まだ出会って半年も経っていないが、皆大切な友達だ。

 そして――この街には彼女が、家長カナがいる。

 ゆらの脳裏に、先ほど別れたばかりのカナの笑顔が思い浮かぶ。

 両親を失って尚、自分に向けられた優しい笑顔。

 あの笑顔を護るためにも、彼女たちの平和な日常を護るためにも、ゆらはここで引くことなどできなかった。

 

 ――皆が、あの子のいる街を――私が守らんと!!

 

 その決意を胸に、ゆらはその強大な妖怪相手に果敢に立ち向かっていく。

 

「待てや、そこの妖怪!! 人を害することはこの私が許さへんで!! いくで、全式神出動や――」

 

 出来る、信じろ、自分は花開院家の跡継ぎになる女だと。自分自身を奮い立たせながら、彼女は自分の戦力、全式神を総動員して妖怪を迎え撃つ。

 ニホンオオカミの貧狼。エゾジカの禄存。落ち武者の武曲。三体の式神を解放し、いざその妖怪の進軍を阻止しようと立ち向かっていった。

 だが――

 

「――――――」

 

 妖怪が、煩わしそうな動作で刀を持つ手を無造作に横に振るった。

 それだけだった、それだけで――顕現したばかりの式神たちが一瞬で惨殺されて消え去っていく。

 

「――え……?」

 

 ゆらの目には何も映らなかった。あまりにも速すぎた妖怪の剣速に、何が起こったのか理解すらできない。出てくる筈の式神たちはおらず、その残骸とも呼ぶべき切り裂かれた護符のみが虚しくも宙を舞っている光景に呆然と立ち尽くす。

 

「え……たん、ろ……どこ?」

 

 何をされたのか分からなかったゆらは、式神たちの名を呼ぶ。 

 しかし、どれだけ名を呼んだところで彼らが出てくる筈もなく、その声は空しく宙に溶けていく。

 

「八ッハェ……アグァッ!?」

 

 すると棒立ちになっていたゆらに妖怪は近づき、刀の切っ先を彼女の口の中に突っ込んできた。

 

「何のつもりだ……ん?」

「八ッ、あ、あぅ……ああああああ!!」

 

 刀の切っ先から生き物のように触手が伸び、ゆらの頬を舐め回すように撫でる。

 

 背筋が凍る、怖気が走る。

 ゆらは恐怖のあまり、数秒前の決意も、覚悟もその全てが砕け散り、心がへし折られそうになった。

 

 ――こ、殺される! 

 

 死の恐怖に呑まれ、ゆらの意識が完全にブラックアウトしかけた、正に――その刹那だった。

 

「うぉおおおおお!!」

 

 ゆらの危機に駆けつけるように、一人の男が巨大な妖怪へと斬りかかった。

 その男の振り下ろされた刀の一撃は、妖怪の顔を斬りつけ、その妖怪が被っていた仮面を斜めに切り捨てる。

 斬られた痛みにぐらりと揺れ、怯む妖怪。それによりゆらは自由の身となった。

 

「はぁはぁ……」

 

 妖怪の魔の手から逃れられたことに安堵するのも束の間に、ゆらは自分を助けた男の姿を見るや、再び臨戦態勢に身構える。

 

「お前は、妖怪の主!!」

 

 そこに立っていたのは妖怪の主――ぬらりひょんだった。

 窮鼠のときに自分を助け、今日の昼間にも体育館で巨大な犬の妖怪と戦った百鬼夜行の主。

 そんな妖怪の総大将に助けられた屈辱に身を震わせ、ゆらは彼に眼を飛ばす。その視線を涼しい顔で受け止めながら、彼はゆらに言った。

 

「死ぬぞ、下がってろ。こいつは俺の相手だ……お前は人間を護れ」

「妖怪風情が私に――なんやと? 人間を護れ?」

 

 彼の偉そうな態度に反射的に噛みつくゆらだったが、その言葉の意味を悟るや、彼女は目を見開いて驚く。

 こいつは今何と言った? 人間を護れと、確かにそう言った。

 人間を害する筈の妖怪が、人間にとっての悪である筈の妖怪が。

 それが自分を助け、あまつさえ、他の人間を護るように指図してきたのだ。

 

「こいつ、妖怪のくせに……!」

 

 陰陽師として、今すぐにでもこいつを滅さなければならないと思いながらも、式神を失った今の自分では何もできないと、ゆらは無力感と屈辱に体を震わしていた。

 

 

 

×

 

 

 

 ――リクオ君……そうか……。

 

 ゆらの危機に誰よりも真っ先に駆けつけ、彼女を助けてくれた奴良リクオ。その姿にカナは改めて思い知らされる。彼が――奴良リクオであるという事実を。

 姿形をいくら変えようと、その言動や、態度がほんの少し変わろうとも、その心根に変わりはないのだと。

 彼は、自分の大切な幼馴染。そしてあの日――自分を助けてくれたのも彼だったのだと、当時のことを思い返す。

 

 

 

 四年前のあの日――

 

 浮世絵町のトンネルで起こった崩落事故。そのトンネルを通る路線バスが生き埋めになった。当時小学生だったカナと清継たちもそのバスに乗っていた。

 後で知ったことだが、その崩落事故は妖怪が起こしたものだったらしい。

 奴良組配下の妖怪・ガゴゼ。奴良組三代目の座を狙い、リクオの暗殺を企んだ。

 

 当時から、カナはリクオの家の事情を知っていたが、今のように戦う力はなく、出来ることと言えば『神足』で飛び回って逃げることくらいだった。

 だがそれも、トンネルという閉鎖空間に閉じ込められた状況では何の意味もない。

 カナは他の子どもたち同様、自分たちを殺そうと現れたガゴゼ率いるガゴゼ会の屍妖怪たち相手に、ただ死を待つだけの無力な子供であった。

 そこへ、『彼』は来てくれた。奴良組の妖怪たちを多数従え、自分たち人間を救うために。

 

『――カナちゃん。怖かったら目つぶってな』

 

 あのとき、自身に向かって優しく掛けられた言葉を、カナは今でも鮮明に思い出すことができる。

 思えば、あのときから本当は気づいていたのかもしれない――彼の正体に。

 それにずっと気づかないふりをして、真実を知ろうとする心にずっと蓋をし続けていた。

 

 

 

 ――そうだ、リクオくんはあのときから何も変わっていなかった!

 ――ずっと、私たちを傍で見守っててくれたんだ!!

 

 今このときになって、カナは目を晒さずにリクオの背中を真っすぐに見つめる。

 あのときよりも大分背丈が大きくなったが、彼の在り方は何も変わっていない。

 陰陽師であるゆらを背に庇いながら、リクオは強大な妖気を背負った玉章相手に、一切の揺らぎもなく立ち向かっていく。

 

「なんや、偉そうに! あんたの助けなんかいらん、あんたはうちが――」

 

 リクオの正体を知らず、妖怪の主である彼と敵対する立場にいるゆらは、彼の助け舟を拒絶し、リクオに噛みついている。そんなゆらに静かに歩み寄り、カナは優しく語り掛けていた。

 

「大丈夫だよ……ゆらちゃん」

「!! あんた、何で……あたしの名前を?」

 

 面霊気で顔を隠したカナ。何者かもわからない相手に自分の名前を呼ばれ困惑するゆらであったが、それにも構わずカナは続けていた。

 

 

「この人を――信じて」

 

 

「――っ!!」

「…………」

 

 カナの言葉にゆらは目を見開いて固まり、リクオがチラリと、自分の方を見ていた。

 しかし、リクオはすぐにその視線カナから外し、玉章へと向き直り、彼へ戦いを挑んでいく。

 激突する二つの妖気。つばぜりあう両者の刀。

 

 ――信じてるから、リクオくん。私も……信じてるから!!

 

 リクオの戦う勇姿を目に焼き付けながら、カナは言葉にならない想いをリクオへと託していた。

 

 

 

×

 

 

 

「……くっ! なんでや、なんで……」

 

 そのとき、花開院ゆらの中に小さな迷いが生じ始めていた。

 妖怪は『絶対悪』。そう教え込まれ、そう信じて今まで陰陽師として研鑽に励んできた日々。なのにその意思がここに来て大きく揺らぎ始めていた。

 殺されてもおかしくはなかった。刹那の間に式神を失い、その勢いのまま、斬り殺されてもおかしくない流れだった。その流れを食い止め、ゆらの命を救ったのが、よりにもよって百鬼夜行の主。

 二度に渡って命を救われ、挙句の果てに人間を護れと言われた。

 その言葉に、思わず敵対心と自分の未熟さを認めたくない思いから彼に反発したゆらであったが、そんなゆらを諭すように彼女は声を掛けてきたのだ。

 

『――信じて』

「……っ!」

 

 狐面で顔を隠した巫女装束の少女。

 奴と一緒に現れたということは、彼女も奴の仲間なのかもしれない。

 だが、何故だが知らないが、彼女の言葉によってゆらの中の迷いはさらに大きく波打つこととなる。

 

 決して大きな声ではなかった。だが彼女の言葉には切実な思いが、願いが込められているように思えた。

 自分でも何故だかわからない。どうして、どうして――彼女の言葉がこんなにも胸に響くのか、と。ゆらはさらに深い戸惑いへと落ちていく。

 

『――おい、花開院』

「っ!?」

 

 すると、その迷いから何も行動を起こせないゆらに対し、何者かが声を掛けてきた。その声は、いつの間にかゆらの耳元にふわふわと浮いていた、人型の札から発せられたものだった。一目見て、陰陽師の使う連絡手段だと察したゆらは、その声の主が誰なのかを理解する。

 

「あんたは、昼間の……」

『土御門だ。別に覚える必要はない』

 

 例の少年陰陽師――土御門と名乗ったその少年の声に、ゆらは我を取り戻す。

 どうやら、相手側は自分のことを知っているようだ。花開院家であるゆらに呼びかけ、彼はすぐに本題に入った。

 

『ここは俺が面倒を見る。お前は他の素人どもを下がらせろ』

「な、なんや……なんでアンタの指図なんか、受けなあかんねん!」

 

 ゆらは咄嗟のことで、反抗的な態度で返事をしてしまう。しかしそんなゆらに対し、土御門は声の質量を高め、容赦なく言い放った。

 

『式神を失ったてめえなんざ、たかが知れてる。いいからとっとと野次馬どもと一緒に避難しやがれ!』

「くっ――」

 

 全く持ってその通りの正論に、ゆらはそれ以上の反論ができず唇を噛みしめる。

 式神を失った自分に今できること。それは妖怪を滅することでも、この戦いを見届けることでもない。この騒ぎを聞きつけ集めってくる、無力な一般人を避難させることだ。

 人々を護る。それだけは決して忘れてはいけない、陰陽師としての最低限の責任だ。

 それを妖怪や、リクオの祖父を見捨てようとした同業者に諭されるのは癪であったが、そうも言っていられない状況だ。

 

「下がるんや、一般人ども!!」

 

 己の無力さに歯噛みしながらも、残った理性を搔き集め、ゆらは周囲の人々に声を掛けていく。

 後方で繰り広げられている、百鬼夜行の主と、百鬼夜行を背負うものとの死闘に背を向けて――。

 

 

 

×

 

 

 

 長く続いたこの百鬼夜行戦も、とうとう終わりの刻が近づいてきていた。

 既に幹部たちの敗北や玉章の暴走もあってか、四国妖怪たちからは完全に戦意が失われている。誰も奴良組と戦おうとせず、黙って武器を下げ、自分たちの大将・玉章の戦いを静かに見届けていた。

 

 戦いは、奴良リクオと玉章の一騎打ちとなっていた。

 魔王の小槌によって限界まで高められた玉章の膨れ上がった力を目の当たりにし、奴良組の面々はリクオを庇うため、あえて自分たちだけで玉章を討ち取ろうとした。だが、それを他でもないリクオ自身が制止した。

 

「――まて、こいつはオレがやる。大将は体を張ってこそだろ」

 

 と、皆を後ろに下がらせる。

 味方を使い捨てる玉章とは違い、リクオは自らが傷ついてでも皆を護る道を選んだのだ。

 それこそ、リクオと玉章との器の違いだろう。

 だが――残酷なことに、その器の差とこの戦いの勝敗は別物かもしれない。

 

「ぐっ……」

 

 皆の代わりに体を張って立ち向かっていくリクオではあったものの、その攻撃はことごとく玉章に蹴散らされている。魔王の小槌の力で百鬼を背負う妖となった玉章の体は、文字通り大きく膨れ上がっていたのだ。リクオと同程度の背丈だった彼の体格は、今や完全にリクオを見下ろすまでになっていた。

 刀と刀による真っ向からの力のぶつかり合いにおいて、それはリクオの不利を如実に物語っていた。

 それでも諦めず、リクオは何度も何度も玉章に斬りかかっていくが、その刃を玉章にまで届かすことができずにいた。

 

「若ぁ!!」

「――っ」

 

 奴良組も狐面の少女も、その様子に歯がゆいものを感じながら、彼を信じて黙ってその戦いを見届けている。

 しかし、玉章は空を見上げながら、残酷にもタイミリミットを宣言する。

 

「空が白んできたぞ、リクオ……」

「――!?」

 

 玉章の言うとおり、空が白み始め、長かった夜が明けようとしていた。

 その夜の終わりと共に、リクオの体に変化が訪れる。

 

「若――!?」

「あ、朝だ……リクオ様が、人間に戻りつつあるぞ!!」

 

 そう、ぬらりひょんの血を四分の一しか継いでいない奴良リクオは、夜の間しか妖怪でいることができない。

 昼間の体育館のように、空間全体が闇に閉ざされていれば別だったかもしれないが、ここは屋外。否が応でも、朝焼けの光から逃れることはできない。

 リクオの体はどんどん縮んでいき、今にも人間に戻りそうな勢いであった。いかにリクオと言えども、人間の状態で巨大な妖力を誇る玉章に敵う筈もない。

 勝利を確信したのか、玉章は余裕の態度でリクオへと近づき、その刀の切っ先を彼の首下へと突きつける。割れた仮面の向こう側から見下すような視線を向け、獲物を舌なめずりするように勝ち誇る。

 

「恨むのなら、非力な自分の『血』を恨むんだな……」

 

 

 

×

 

 

 

 ――そう、このボクのように……。

 

 玉章は思い出していた。ここに至るまでに費やしてきた、自分の道筋を――

 

 玉章は、父である隠神刑部狸の血を、誰よりも色濃く受け継ぎ、この世に生を受けた。

 だが、彼の身に宿った力は必要とされない力であった。三百年前に決定的な敗北を喫し、牙をもがれた四国は今更力など、何一つ求めていなかったのだ。

 

『――玉章、なんだその眼はっ!』

『――無駄にギラギラさせおって、馬鹿がっ!』

『――今の四国に、お前のような奴は必要ないわい、ははははっ!!』

 

 自分よりも先に生まれたというだけで、玉章は兄たちから見下され、罵声を浴びせられる毎日。

 生まれる順番を間違えたのか、生まれてくる時代そのものを間違えたのか。

 玉章は何の野心を持てない兄に、そして――何の発言権も、決定権もない自身の序列に、生まれに絶望していた。

 

 しかし、それでも彼は野心を捨てきることができなかった。

 いつかきっと来る日の目。自分が表舞台で活躍できることを信じ、彼は自分一人で動いた。

 表向き、言われた通り人間の学校に大人しく通い優等生を演じながら、裏では自分と同じように燻っている若い妖怪たちを、己の神通力で従わせ下僕として集めて回った。

 

 いつか来る、必ず来ると――そう、信じて。

 そして――その機会は何の前触れもなく訪れた。

 

『――天下を獲るのです、玉章。貴方には、その力がある』

『――この刀を使い、百鬼夜行を作るのです』

 

 かつて、父の野望を打ち砕き、その牙をもいだ――魔王の小槌。

 その神宝を、玉章はあの男から手渡された。これで自身の野望を叶えられる。この力を前にすれば、あの腑抜けた兄たちもきっと目を覚ますだろうと、ほんの少し彼の胸の内に希望が湧いていた。だが――

 

『――何が魔王の小槌だ、くだらぬ!!』

『――玉章、今さらそんなもの、何の役に立つというのだ!』

 

 その神宝を前にして尚、兄たちの腑抜けきった態度には何の変化もなく、挙句彼らは玉章から神宝を取り上げようとまで画策した。

 彼らの腐った目を覚ますことは、もはや不可能。そう悟った玉章は――兄たちを皆殺しにした。

 血の通った兄弟であろうと、自分に逆らうことは許さない。神宝を得て増長した玉章の心が、そのように裁定を下したのだ。

 悲鳴を上げ、許しを請いながら命乞いする兄たちを一人、また一人と魔王の小槌の錆にした。

 兄たちの妖力を得て、魔王の小槌はさらにその力を増し、使い手たる玉章もどんどん力をつけていった。

 

 その力を目の当たりにした四国妖怪たちは、皆玉章を恐れ、彼の後についてくるようになった。

 新生四国八十八鬼夜行、誕生の瞬間だった。

 

 そのとき、玉章は悟ったのだ。これだ、これこそが『畏』なのだと。

 

 自分が圧倒的な力を持って、彼らに恐怖に与えてやれば、皆がそれに従う。

 自分一人が、圧倒的な存在になれば――。

 

 

 

「この街に来て、一週間……とうとうこの玉章の畏れが、奴良組総大将のそれを凌駕したのだ!!」

 

 長かった、ここまで来るのに本当に長かった。しかし、これは前哨戦に過ぎない。奴良組を潰すことなど玉章にとって単なる通過点だ。

 関東を制し、関西を制し――そして、親父を超える。そこまでやってこそ、玉章の野望は完全に果たされるのだ。

 

「そうだ、これで――!」

 

 その野望の第一歩。奴良組に勝利するため、玉章は最後の一太刀をリクオへと振り下ろそうとした。

 だが無粋にも、玉章と奴良リクオの一騎打ちに割り込み、その一撃を止めようと、弾かれるように飛び出した者たちがいた。

 

「リクオ様から、離れろぉおおおおお!!」

「玉章ぃぃぃい!!」

「――っ!!」

 

 奴良組の妖怪たち。彼らはリクオを護ろうと、一斉に玉章へと向かっていく。

 首無が、青田坊が、黒田坊が、河童が、雪女が、毛倡妓が、玉章たちの手によって父親の狒々を殺された猩影が、奴良組の妖怪かも分からぬ狐面の女が――

 誰も彼もが奴良リクオを庇おうと、圧倒的な力を持つ玉章へとその牙を突き立ててきた。

 

「ふん――!!」

 

 それら全ての妖怪たちを、玉章は軽く退ける。そして彼らに対し、玉章は疑問を投げかけていた。

 

「なぜ、貴様たちは……こんな弱い奴についていく?」

 

 それは彼らの大将たるリクオを愚弄し、挑発するための問いかけではない。純粋に疑問に思ったからこそ、玉章の口から出てきた問いかけだった。

 

 そうだ、リクオは弱い。この玉章の力を前に、彼は膝を突いたのだ。

 妖怪であるなら、その時点で彼を見限り、自分に従属するべきではないか。

 少なくとも四国の妖怪たちはそうだった。圧倒的な玉章の力に屈服し、彼らは玉章に隷属することを誓った。

 力を前に平伏す、それこそ妖怪としてあるべき姿ではないのか。

 故に、玉章は弱い大将であるリクオを、奴良組の面々が庇う理由が理解できなかった。

 

 しかし、理解できないのは奴良組とて同じこと。玉章の問いかけに彼らは喧嘩を売るように真っ向から答える。

 

「ああん? 当たり前だろ……」

「何、馬鹿なこと言ってるのよ」

 

 自分たちがリクオを庇うなど、当然だとばかりの言い分。

 

「?」

 

 奴良組の返答に、己の内側からますます疑問と、謎の苛立ちが沸いてくる玉章の心。

 すると、その疑問に応えるべく、奴が――奴良リクオが護衛たちを押しのけ、満身創痍の体を引きずりながら玉章の眼前へと立ち塞がった。

 

「玉章……てめぇの言うその畏れ。俺たちはテメェの、どこに何を感じろってんだ?」

 

 

 

×

 

 

 

 そうだ。力が、強さが全てだというのなら、誰もリクオについてなどいかない。

 玉章の指摘した通り、現段階でリクオは別に飛び抜けて強いわけではないのだから。

 

 純粋な腕力で、リクオは青田坊には敵わない。

 黒田坊のように、無数の武器を扱えるわけでもない。

 首無や毛倡妓の二人のように、見事なコンビネーションを発揮できる相方もまだいない。

 炎で敵を焼き尽くせても、河童やつららのように水や氷を自在に操れるわけでもない。

 

 未だ未熟なリクオには、足りていないものがたくさんある。だが――それでも、皆がリクオについていく。

 それはリクオが、皆がリクオの在り方に憧れを持っているからに他ならないのではないか。

 ただ強いだけではなく、カッコよくて、飄々として、でもどこか憎めない。

 彼の人柄、彼の器の広さに魅入られ、敵わぬと感じたからこそ、皆が彼を慕う。

 

 リクオ自身もそうだ。

 彼も、ぬらりひょんという偉大な祖父に、そのような憧れを抱いた身だからこそ分かる。

 ただ食いや駄菓子を貰って来たりと、せこい悪行に対して口うるさく説教することもある。

 考え方の違いから、祖父とぶつかり合って口げんかすることもあった。

 だがそれでも――リクオはぬらりひょんという妖怪を憎み切れなかったし、幼少期の頃より聞かされてきた彼の武勇伝に、今も心踊らされる

 そんな祖父の作った奴良組。そんなぬらりひょんを慕い、集まってきた仲間たちのいる組だからこそ、リクオは後を継ぐと心に誓い、護りたいと思うことができた。

  

 いつか自分も祖父のように、なりたいと思うことができた。

 

「――そうさ、ボクは気づいた。それが百鬼夜行を背負うということだと!!」

 

 リクオは叫ぶ。自らの思いの丈を全てぶちまけるかのように。『畏』の意味をはき違えている玉章に向かって。

 

「仲間をおろそかにする奴の畏れなんて、誰もついていきゃしねぇーんだよ!!」

 

 恐怖で縛り、力を誇示するだけの支配など、畏れではないと。

 自分一人の力だけを信じ、ついてきた仲間を斬り捨てるような奴に、自分が理想としている『畏』の形を示してやらねばと。

 

 玉章――君は間違っていると。

 

 そんな相手には負けられないと、リクオは強大な妖気を垂れ流す玉章へと正面から立ち向かっていく。

 

「――黙れ」

 

 その言葉に苛立ちを募らせ、玉章はただ一言吐き捨てながら、リクオを斬り捨てた。

 リクオの言葉など玉章からすれば戯言だ、世迷言だ。

 自分こそが正しいと、それを証明するために玉章はリクオへとどめの一撃を放った。

 そして、無残にもリクオの体は真っ二つに切り裂かれ……切り裂かれ――?

 

「――あ?」

 

 玉章の口から呆けるような声が漏れていた。

 

 手応えが――なかった。

 確かに斬り捨てた筈なのに、ざっくりと体を斜めに分断した筈なのに、リクオをそこに平然と立っている。

 ゆらゆらと、砂漠に揺らめく蜃気楼のように。

 

 畏れの発動? ぬらりひょんの能力——明鏡止水?

 しかし、それならば姿が見えなくなる筈だ。

 玉章の視界はしっかりとリクオの姿が捉えていたし、見えていた。

 

 ――何だ……これは!?

 

 これは違う! これは今までのリクオとは、まるで違う!!

 理解しきれぬリクオの力に玉章は戦慄し、そして――呑まれた。

 玉章も、そしてリクオ自身も自覚がないまま、彼はぬらりひょんとしての新たな力の一端を垣間見せた。

 

『鏡花水月』

 

 リクオの畏れに呑まれ棒立ちになる玉章へ、リクオは愛刀——祢々切丸を振り下ろす、

 そして――魔王の小槌が握られていた玉章の右手を見事、一途両断に切り捨てて見せた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決着――奴良組若頭・奴良リクオ 対 新生八十八鬼夜行大将・隠神刑部狸玉章。

 

 

 

 勝者――奴良リクオ。

 

 

 

 

 

 

 




う~ん……特に補足することがないので、とりあえず一つ。

次回のタイトルは原作と同じ『野望の終焉』。
次で長かった四国編を完結させますので、どうかよろしくお願いします!




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第二十六幕 野望の終焉

 
 久しぶりの更新、遅くなって申し訳ありません。
 本文自体は2、3日前に出来上がっていたのですが、前書きと後書きに何を書くかを迷っていて何故か更新できなかったんです、ホントすいません。

 いや~それにしても、今期はアニメが豊作ですね。
 前期からずっと視聴を続けている『ゲゲゲの鬼太郎』に『バキ』。
 今期からは『とある魔術』の三期に『ジョジョ黄金の風』、『スライム』、『サンダーボルトファンタジー』は人形劇か。
 その中でも、やっぱり一押しは『グリッドマン』ですかね。作者は親戚のお兄さんからもらったビデオでグリッドマンを見ていたので、今回のアニメ化はとても嬉しいです。
 二話まで視聴しましたけど、今のところ今期ダントツ。今後の展開が楽しみです。

 さて、それでは続きをどうぞ!



 ボトリ、と。

 

 新たな力——『鏡花水月』に目覚めた奴良リクオの祢々切丸が、魔王の小槌を握っていた玉章の右腕を一刀両断に切り捨てた。己の身に何が起きたのか理解しきれず、茫然となる玉章。その次の瞬間にも――

 

「うぉっ……うおおおおおおおおおおおおおお!! ひゃ、百鬼が百鬼が――」

 

 玉章の全身から力が抜け落ちていく。魔王の小槌の力によって得た妖気が、その力によって玉章が背負っていた百鬼が全身から抜け落ちていっているのだ。膨れ上がっていた巨体もみるみるうちに縮み、玉章は通常の背丈へと戻っていく。

 玉章は焼けるような体の熱さと、虚脱感に崩れ落ちそうになる体を必死に維持しながら、なぜこんなことになったのかその原因を思案する。

 

 ――そ、そうだ、刀だ!

 

 彼は自身の腕ごと地面に転がった神宝・魔王の小槌に手を伸ばす。もう一度、もう一度刀を手にすれば、そうすればきっと百鬼も戻ってくる。

 

「はぁはぁ……も、もう一度ボクに力を……」

 

 自分はまだ戦える、こんなところで終わるものかと、残った左手を伸ばした――しかし、

 

「――――――」

 

 玉章が刀を手にするよりも先に、それを拾い上げる者がいた。

 

「夜雀!? その刀をこっちに寄越せ――!!」

 

 雪女に敗れ、氷漬けにされていた筈の夜雀。いつの間に氷から抜け出していたのか、五体満足の姿で彼女はそこに立っていた。

 玉章は自身の配下である彼女が無事だったことを安堵するより、大人しく刀を渡すよう必死の形相で叫ぶ。だが、夜雀は何一つ言葉を発することなく、その冷たい眼差しを玉章へと向けている。

 そして、そのまま翼を広げ、空へと羽ばたいていく。まるで、玉章を見捨てるように――

 

「なっ、待て!? 夜雀! その刀をよこせぇええええええええ!!」

 

 玉章は最後の力を振り絞り夜雀を呼び止めるが、彼女は玉章の方を振り返りもせず、朝焼けの太陽に向かって飛び去って行ってしまった。その間にも、百鬼は完全に抜け去り、玉章は正真正銘全ての力を失った。もはや、今さら魔王の小槌を手にしたところで、力は戻ってこないだろう。

 

「んでだ……バカな……どこで、間違ったというんだ……」

 

 玉章はこの結末を理解することが出来なかった。力は完全に玉章の方が上だった。実力差も圧倒的だった。自分が奴良リクオに負ける要素など、何一つなかったのに。

 何故、何故、何故――といつまでたっても答えのでない疑問に捕らわれている玉章に、彼を打ち破った奴良リクオが声をかける。

 

「組を名乗るんならよ……自分を慕う妖怪くらい、しゃんと背負ってやれよ……」

 

 リクオは部下に肩を持たれ、今にも倒れ込んでしまいそうなほどに傷ついていながらも、その瞳は真っ直ぐ玉章を射抜いていた。見下すわけでも、勝ち誇るでもなく、ただ真っ直ぐ玉章を見つめていた。

 

「お前に尽くすため、ボクに死に物狂いでぶつかってきた……お前の畏れについて奴らを、お前が裏切ったんだ」

「ふ……ふ、ふはははは……」

 

 リクオのその言葉に、玉章は乾いた笑みをこぼす。

 奴良組、四国、所属不明の狐面の少女、その誰もがうずくまる玉章の反応を待った。そして――

 

「夜雀……針女……犬ぅ……役立たずどもめが……誰も、この玉章について来んとは……」

 

 そうだ、全て自分についてこない下僕どもが悪い。

 何故、誰もこの玉章に最後まで付いてこないのだ。自分についてくれば新しい世界に行ける。せこい組で地べたを這いずり回ることも、蔑まれることもないのに。玉章は選ばれたのだ。魑魅魍魎の主になるべきと、あの刀に、魔王の小槌に選ばれたのだ――と。

 リクオの言葉の真意を理解しきれず、妄執に捕らわれた玉章は未だにそんなことを呟いていた。

 

「――若。こいつは、もう駄目だぜ」

 

 すると、そんな玉章を見上げる大きな影が差す。

 狒々組の猩影。玉章たちがこの地に来て、最初に殺害した奴良組の幹部——狒々の息子。 

 弱かった狒々組の跡取り息子と、見下していた相手に玉章は見下される立場に立っていた。

 

「約束は守らせてもらうぜ――親父の仇だ!」

 

 猩影は、敗北を喫し変わり果てた玉章に、僅かながらも憐れみの視線を向ける他の奴良組の面々とは違う。

 彼の瞳には最初から最後まで、怒りしか刻まれていない。この怒りは、父の仇たる四国の大将をこの手で討つまで収まることはない。

 この復讐を成就させるためにも、今まさに刀を振り下ろし、猩影は玉章の首を討ち取ろうとした。

 

 だが――ガン!! と。

 

 振り下ろされる刀を刀で受け止め、その場に割り込み、猩影を止める者が現れた。

 

 

 

 

「ふぅ~……なんとか間に合ったわい、やれやれ……」

「えっ? そ、総大将!! 今までどこへ――!!」

 

 奴良組総大将・ぬらりひょんその人であった。

 謎の失踪を遂げていた彼が戻ってきたことに、おそらく組の中で一番彼の身を心配し探し回っていたであろうカラス天狗が驚きの声を上げ、他の奴良組の面々も言葉を失っている。いったい、今までどこをほっつき歩いていたのかと、誰もが疑問を挟む余裕すらなく唖然としている。

 

「止めないでくれ!! 親父の仇だ、オレがやるんだ!」

 

 いち早く気を取り直した猩影は、玉章を庇ったぬらりひょんに対し、悲痛な想いで叫んでいた。

 何故、自分の敵討ちの邪魔をするのかと。

 

「――おお、玉章よ。情けない姿になりおって……」

 

 すると、ぬらりひょんの後に続くように、その場に謎の老紳士が乱入してきた。老紳士はすっかり変わり果てた玉章の様子に情けないと、体を震わせながら彼に歩み寄っていく。

 彼が何者なのかと、ぬらりひょん以外の誰もが首をかしげる中、ドロンと、煙幕のような煙を上げ、その老紳士は正体を現した。

 

「たのむ……この通りだ……」

「なっ!? デケェェェ、化け狸だぁああ!!」

 

 正体を現した老紳士は巨大な化け狸だった。その場にいる誰よりもでかい図体でその正体を現すと同時に、彼はその場で土下座をし、奴良組に対し平身低頭に願い出ていた。

 奴良組の面々はその巨体に驚いていたが、四国の面々は別の意味で度肝を抜かれていた。

 

「い、隠神刑部狸様さま!? こんなところにまで……」

 

 四国の幹部・手洗い鬼が畏まった口調で驚きを口にする。そう、デカい化け狸の正体は隠神刑部狸——玉章の実の父親なのである。

 新生四国妖怪として旗揚げした彼ら若い衆にとっても、玉章以上に敬意を払わなければならない相手である。四国勢は、隠居した筈の彼がわざわざこんな敵地にまで足を運んできたことに、驚きを隠せずにいた。

 そんな四国妖怪たちをよそに、刑部狸は奴良組の大将ぬらりひょんと、若頭である奴良リクオに向かってひたすら頭を下げ続けている。

 

「償っても償いきれんだろうが、何卒命だけは……それ意外なら、どんなけじめでも取らせますから……」

「リクオ……どうすんだ? お前が決めろ」

 

 そんな玉章の助命を請う刑部狸の頼みに対し、ぬらりひょんがリクオにそのように声をかける。

 ぬらりひょんはわざわざ四国まで出向き、この場に刑部狸を連れてきてこのような場を設けはしたが、これ以上出張るつもりはないらしい。今回の一件で体を張って百鬼夜行を引っ張ったリクオに、すべての采配を委ねるつもりのようだ。静寂に包まれる中、誰もが息を呑み彼の――リクオの決断を待つ。

 

「一つだけ……条件がある……」

 

 暫し迷い悩んだ末、奴良リクオそのように重たい口を開いた。

 

「犠牲になった者たちを……絶対に弔ってほしいんだ……」

「そ、それで良いのか? 奴良組の若頭よ」

 

 彼の言葉に刑部狸が頭を上げ、思わずそのように問いかけていた。許しを願い出た刑部狸からしてみても、それはあまりにも破格の譲渡だろう。

 今回の戦い、奴良組には一切の非がない。

 彼らのシマに無断で立ち入り、一方的に戦を仕掛け、奴良組に多大な被害をもたらしたのは四国側だ。全ては彼らの一方的な宣戦布告が原因であり、奴良組は仕方なく応戦した、いわば被害者だ。

 それだけのことを仕出かしておいて、自分たちの仲間を弔うという当たり前のことをするだけで許されるなど、とても信じがたい条件だ。

 だが、こちらを真っ直ぐに見つめるリクオの瞳の輝きに、彼が本気であることを理解する刑部狸。

 

「奴良組の若頭よ……感謝する――」

 

 その決断に再度、刑部狸が頭を下げて奴良リクオに礼を述べようとする。

 しかし――当然ながら、その決定に納得しきれず、異議を申し立てる者もいた。

 

「ま、待ってくれよ! 若頭!!」

  

 猩影である。

 

「アンタが俺に言ったんだぜ! 親父の仇を討てと、奴の化けの皮を剥がせと! アンタが俺に言ったんだ! それを、こんな甘い手打ちで許すってのか? 冗談じゃないぜ!」

「猩影……」

「猩影くん……」

 

 若頭としてリクオが下した判断には猩影は真っ向から食い下がる。リクオの言葉に逆らう態度だが、首無やつららといった側近の面々ですら、猩影を責めることができずにいる。

 父親を無残に殺された彼がそのような結末で納得できる筈もないと、彼の心情を理解できているからだ。

 

「若いの……」

 

 すると、そのように納得しきれていない猩影に何かを悟ったのだろう、刑部狸が声をかける。

 

「バカ息子がお前さんに何をしてしまったのか、大体の察しは付いた。その上で頼む。どうか……あの馬鹿息子を見逃してはくれまいか? ワシらにはもう……あいつしかおらのんだ」

 

 刑部狸の言葉通り、四国妖怪たちにはもう玉章しかいないのだ。彼らの頭を張り、導いていける頭が――。

 

 魔王の小槌を手にした玉章は、その力を持って自分よりも序列が上の兄たちを皆殺しにしてしまった。そのため、刑部狸の後継者として組を立て直せる人材が、もう彼しかいなくなってしまったのだ。

 一応、玉章の粛清を免れ、生き残った兄弟たちも何人かいるが、元より玉章より序列が低いか、ほとんど再起不能にされてしまった。

 そういった赤裸々な内部事情を告白し、刑部狸は猩影に刀を納めてくれるように願い出た。

 

「そ、そんなこと知るか! それはお前らの事情だろうが! 俺は、親父の仇を取るために奴良組に戻ったんだ、それを今さらっ――!」

 

 そう、そんなことを聞かされたところで、猩影の怒りが収まる筈もない。彼にだって譲れない想いがある

 

 元々、猩影は妖怪の世界から足を洗うつもりだった。

 学生の頃は親父に認めてもらいたいがために、不良学校のてっぺんを取ったり、暴走族を潰したりなど、破天荒な無茶を繰り返していた彼だが、学校を卒業し、落ち着きを持つようになってからはすっかり鳴りを潜め、人間の世界に混じって生きていくつもりで実家から離れていた。

 そんな彼が、父親の死を契機に狒々組を継ぐことを決めた。父の死によって妖怪としての血が滾り、覚悟を迫られた。父を殺した玉章たちによって、生き方を狭められたのだ。

 今更、そのことをあーだこーだと言うつもりはなかったが、ケジメだけはつけなければならない。 

 

「そうか……どうしても言うのであれば……」

 

 猩影の、その覚悟のほどが刑部狸にも伝わったのだろう。

 彼は意を決したように拳を強く握りこみ、深々とこうべを垂れた。

 刀を握る猩影に向かって――己の首を差し出したのだ。

 

「どうか、ワシの首一つで手打ちにしてくれんか? この老いぼれの首一つで、どうか――!」

「なっ!?」

「隠神刑部狸様!?」 

「――そんな!!」

 

 刑部狸の言葉に猩影が目を見張り、四国妖怪たちから悲痛な叫び声が上がる。四国妖怪たちにとって、刑部狸は引退したとはいえ、四国の大親分として精神的支柱としての役割を果たす存在。

 そんな自分と引き換えに、玉章を見逃してくれと刑部狸は願い出たのだ。

 四国の大親分としてではなく、玉章の父親として――。

 

「なんだよ……それ、なんで……」

 

 そんな刑部狸の父としての姿に、堪えきれないものが猩影の胸の内から湧き上がってくる。

 父親が、息子を庇うということ。

 それは父を失った自分では、二度と得ることのできないこと。

 もしも、あそこにうずくまっているのが自分で、それを庇うために立ち塞がっているのが自分の父であったのならばと。猩影は、そんなもしもの幻影を抱いてしまう。

 

「ちくしょう……ちくしょう……ちくしょう……」

 

 一度そんな考えが過ってしまうと、もうそれ以上、刀を握る手に力が入らなかった。

 猩影はその場にがっくりと項垂れ、力なく拳を地面へと叩きつける。

 何度も何度も、歯を食いしばり、うわ言のように悔しさを口にしながら。

 

 

 

 

「猩影……」

 

 そんな猩影に向かって、リクオは声をかけようとし――止めた。

 どんな慰めの言葉を投げかけたところで、今の彼の心の傷を癒すことはできないだろう。

 リクオは猩影に無念を晴らさせてやれない、自分の決断に罪悪感を覚える。

 

 だが、それでも目を晒すことだけはしなかった。

 

 彼にあんな表情をさせたのは自分の決断だ。ならば、その悲しみから目を逸らさないと。

 涙を流す猩影から目を離すことなく、リクオは大将としてその全てを受け入れていた。

 

 

 

×

 

 

 

 ――リクオくん……強くなったんだね。

 

 奴良リクオが敵の大将を許す決断をし、部下の悲しみから目を背けずにいる姿を、少し離れた距離から見守るよう、面霊気で正体を隠したカナはじっと視線を送っていた。

 既にリクオは妖怪としての夜の姿から、学校での人間としての姿に戻っていた。その変わりように、改めてカナは彼がリクオなんだと再認識される。

 

 ――本当に強くなったよ、君は……。

 

 先ほどの戦いにおける活躍もそうだが、その後、大将として彼が下した決断にもカナは深く感銘を受けていた。つい先ほどまで、殺し合いをしていた筈の相手を許すなど、生半可な覚悟でできることではないだろう。

 今回の戦い、リクオにだって失ったものがあった筈だろうに、それを押し殺して、彼は敵との和解の道を選び、手を差し伸ばした。

 力だけではなく、心の方も強くなった。カナが思っていた以上に、ずっと大人になった幼馴染。

 

 ――私は……何も変わってないよ。あの頃から……ずっと子供のままだ。

 

 そんな彼と今の自分を比較して、カナは気が滅入る。

 部下に肩を支えられながらも、しっかりと両の足で立つリクオの姿がどこか遠い。

 二人の物理的な距離はそれほど離れてはいない。手を伸ばせば届きそうな距離だったが、それでもカナはリクオがどこか遠い、自分の踏み入ることができない場所に立っているように感じた。

 その感情に寂しさを抱きながら、カナは静かにその場から去ろうとした――その時だった。

 

「おっと待ちな。悪いが、このまま帰すことはできねぇな……」

「えっ?」

 

 カナの背後に大きな男——青田坊の影が差す。

 

「これまでの助太刀には感謝しちゃいるが、いい加減はっきりさせようぜ。アンタ……いったい何者だ?」

「わ、わたしは……」

 

 カナの加勢に礼を言いながらも、青田坊はその巨体から、威圧するような疑問をカナに投げかける。

 そのプレッシャーにカナが思わず口ごもっていると、そんな二人の様子に気づいたように、四国の方に向いていた奴良組の視線が続々とこちらの方へと向けられていく。

 

「うむ、青の言う通りだ……単細胞のお前にしては、気が利いているではないか」

「うるせぇ!! 誰が単細胞だ、黒!!」

 

 軽口をたたきながら、青田坊の考えに賛同する傘を被った坊さん――黒田坊もカナの傍へと寄ってくる。武器を突きつけるなどといった、野暮な真似こそしなかったが、その目つきは正体不明のカナのこと見定めようと、鋭く細められていた。

 

「そ、そうよ! 結局アンタはどこの誰なのよ!」

「そうね、いい加減はっきりさせようじゃない」

 

 黒田坊の発言を皮切りに、つららや毛倡妓などの幹部たちからも、そのような声が上がっている。

 気が付けば、カナを取り囲む様な形で軽い包囲網が出来上がっていた。

 

 ――ま、まずい……。

 

 その状況に、カナはシャレにならない焦りを感じ始める。

 このまま面霊気を外されでもすれば、否が応でも自分の正体がリクオにバレてしまう。空を飛んで逃げようにも、背後に回っている青田坊がそれを許してはくれない。

 かつてないほどの危機的状況に、カナはお面の奥で冷や汗を流す。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! みんなっ!」

 

 そんな剣呑な雰囲気でカナを取り囲む面々とは別に、リクオが焦った様子で声を上げる。

 これまで助太刀をしてくれたカナのことを気遣ってか、リクオは皆にやめるように言葉を掛ける。だが、それでも奴良組の面々は止まらない。

 

「リクオ様……お気持ちはお察しますが、これも貴方様のため。どうか、お許しください」

「で、でも――痛っ……」

 

 彼に肩を貸す首無がリクオの気持ちを理解していながらも、彼のためにカナの正体を暴くことに賛同する。

 そんな首無の説得にリクオは尚も食い下がろうとするが、玉章に斬られた傷が疼き出したのか、それ以上、上手く言葉が出てこない。

 奴良組は満身創痍のリクオを早く休ませるためにも、早々にカナの正体を暴くために動き出した。

 

「され……それじゃあ、まずはそのお面の下の素顔……見せてもらおう――っ!?」

 

 力自慢の青田坊が片手でカナを押さえつけながら、もう片方の手で面霊気に手を掛けようとする。

 しかし、その瞬間――、

 

「ぐぅっ――な、なに……!?」

「青!? 貴様、一体何を!」

「――――えっ?」

 

 カナのお面に触れようとした青田坊が突如その場に膝を突く。黒田坊はカナが何かしたと考えたのか、すぐに臨戦態勢を整えていた。

 しかし、カナもカナで何が起きたのかすぐには理解できなかった。青田坊は、どうやら何かによって脇腹を刺し貫かれたようだ。細長い何かが彼の脇腹を貫いており、その傷口から血が滴り落ちていた。 

 

 ――あっ……こ、これって……。

 

 カナは目を見開く。青田坊の体を刺し貫いているものは、針のように尖った樹木であった。

 道楽街道に植えられた街路樹の木の根。その根が地面から勢いよく飛び出し、青田坊の脇腹を突き刺していた。

 

 ――兄さん!?

 

 当然、それはカナが仕掛けたものではないが、それが何なのかは理解できてしまった。

 春明の『木霊・針樹』。木々を自由自在に操る、彼の陰陽術によるものだった。

 何故彼がと、呆気にとられるカナであったが、その理由を考える間もなく奴良組の面々が殺気立つ。

 

「ちっ、油断したぜ!」

「なによこの女、やろうっての!」

 

 どうやら、この不意打ちをカナによるものだと思ったのか、青田坊が腹を押さえながらも拳を構え、つららが武器を構える。一触即発ともなった状態で、カナは後ずさる。

 

「ち、ちがっ……」

 

 慌てて否定しようと首を振るカナであったが、彼女も唐突過ぎて頭が回らず、上手く言葉が出てこなかった。

 そんな彼女の混乱をさらに加速させるよう、

 

『――おい、いつまで遊んでいるつもりだ』

 

 その場に何者かの声が響き渡る。

 

「だ、誰だ!?」

 

 奴良組の誰かが叫ぶ。何らかの力が働いているのか、それはどこから発せられたものかも、男か女かも分からない不思議な声であったが、カナにはそれが誰のものか理解できた。

 間違いなく、土御門春明のものだと。

 彼の陰陽術による攻撃があった直ぐ後に響いてきたのだ、そう考えるのが自然な流れであろう。

 だが、カナ以外のものたちはそれが誰の声なのか知らない。一切正体の分からぬ声に対して、彼らは油断なく身構える。

 すると、そんな警戒する彼らの予想したとおり、さらなる追撃が奴良組に襲い掛かる。

 周辺の木々が、街路樹たちが一斉に怪しく蠢きだす。枝や根元が威嚇するかのように伸びたり、うねったりと。完全なる敵意を以って暴れ始めたのである。

 

『用はもう済んだんだろ? とっとと先に家に帰ってろ。殿は俺が務めてやるからよ』

「――っ」

 

 謎の声——春明はその木々の攻撃で奴良組を足止めし、カナがここから立ち去るための援護をするつもりのようだ。その意図を察することができたカナではあったが、彼女はすぐにはその言葉に従わず、奴良組の方へと目を向けた。

 

「リクオ様を護れ!」

「くそ、なんなんだコレは!?」

 

 先の戦闘で疲弊している奴良組は、リクオを護るように陣を組んでカナから距離を置いていた。確かに逃げ出すなら今が好機だろう。

 カナは神足にて飛翔し、宙を舞う。そして、その場から飛び去ろうとする直前、リクオの方を振り返っていた。

 

「ま、待っ――」

 

 上空へと飛び去ろうとするカナに向かって、リクオも手を伸ばしてきた。

 だが、その行く手を遮るように、木々のバリケードが張り巡らせ、交差するカナとリクオの視界を塞いだ。

 

「……ごめんね、リクオくん」

 

 リクオの姿が見えなくなったことにより、ようやくカナはその場から離れる決心がついた。

 彼に聞こえないとわかっていながらも、謝罪の言葉を口にし、彼女は空の向こうへと飛び去っていく。

 

 

 

×

 

 

 

「ふぅ、やれやれ……行ったか……」

 

 ビルの上からカナが無事立ち去るのを見届け、春明は一息ついた。

 カナの予想した通り、先ほどの声も木々による攻撃で青田坊の脇腹を刺したのも当然彼の仕業である。

 元より陰陽師である彼にとって、妖怪を殺すことに何の躊躇いもない。カナの正体を乱暴に探ろうとした奴良組の面々を、本気で滅するつもりで彼は術を行使していた。

 しかし、カナが無事に去った今、これ以上奴良組の相手をする必要もなくなった。

 

「あとは、適当に相手をしておいてやれ。それにしても……」

 

 春明は操っていた木々たちを遠隔操作から自動操縦に切り替え、適当に奴良組の相手をするように指示を飛ばす。自らもその場から立ち去り、家に帰ろうとしたところで、ふと――彼は別の方角へと目を向けていた。

 

「妖怪夜雀……いや、式神夜雀か……」

 

 彼が見ていたのは、魔王の小槌を持っていった四国の幹部・夜雀の飛び去って行った方角だ。

 玉章を裏切り、例の蠱術の刀を持って立ち去って行った彼女。既にそこに彼女の姿はなかったが、春明はその方角をじっと見つめたまま、おもむろに呟いていた。

 

「まったく、まだ裏でいろいろと糸を引いてんのかね……あの年寄り共は……」

 

 心底嫌そうに、眉間にこれでもかと皺を寄せながら。

 

 

 

「――千年も前に死んじまった野郎の為に、ご苦労なこって……」

 

 

 

 

 




 さて、これで四国編は完結です。後の流れは原作通りということで。

 猩影と刑部狸のやり取りは、作者が色々と妄想を膨らまして書き足した部分ですね。原作だと、その辺りまったく触れられないまま手打ちになってしまっていて、猩影の気持ちはどこへ行くんだと思ったので、この機に補完してみました。
 
 次回からの更新ですが、大分間を置くことになりそうです。
 カナの過去話、オリジナルな要素の説明などが多分に入り、色々とごっちゃになりそうなので、ある程度書き溜めてから投稿します。
 時期は未定で、ホントすいません。
 代わりと言ってはなんですが、次回の予告タイトルだけ発表して今回は締めくくりたいと思います。

 次回『夜のデート』——お楽しみにね。



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追想編
第二十七幕 夜のデート


 
 間に合わなかった!!ギリギリ10月中に投稿できるかと思ったが、月を跨いでしまった。でも仕方ない、これもFGOの鬼ランドが悪い。
 まさかこんなタイミングで撃退戦が始まるとは……昨日は一日、そっちにかまけていた。

 さて、今回から新章『追想編』が始まります。
 話の流れは現在の時間軸で物語が進みながら、途中途中で回想——過去話が入るという形を取りたいと思います。
 この章から、オリジナルな設定、用語、キャラが増えていくと思いますのでその都度、後書きの方で補足説明を入れていきます。何卒ご容赦ください。

 それでは、どうぞ!!



 霧深く覆われた森の中で、人々の悲鳴が木霊する。

 

 誰もが眼前に立ち塞がる巨大な影――絶対的な『死』を前にして必死の形相で逃げ惑う。だがどれだけ、どこへ逃げようと彼らに逃れる術はない。この霧の中、どこへ逃げようと気が付けば元の場所に戻ってきてしまう。

 何故そのようになってしまうのかと、疑問に思う前に人間たちは巨大な影の爪や牙の餌食となり、ただの屍に成り果てる。やがて血の通った生者が残らずいなくなった森の中で影の――化け物の雄叫びが木霊する。

 

 そんな中、未だに息をしている少女がたった一人だけいた。

 

 咄嗟に化け物の爪から、少女を護るように盾となった母親の機転。彼女の決死の覚悟により、少女は一命を取りとめ、さらに母親の死体が上手く少女の姿を覆い隠していた。

 しかし、それもほんの少し命の灯を引き延ばしたに過ぎない。死体しか転がっていない筈のその場から生者の匂いを嗅ぎ取ったのか、化け物は鼻を引くつかせながら、生き延びた少女の方へと近づいてくる。

 

 化け物は歯を剥き出しに、口元を歪めていた。

 まるで、生き残った少女の足掻きを嘲笑うかのように。

 少女は何もできない。母の死体に抱かれながら、彼女は虚ろな眼差しで歩み寄る『死』を漠然と見つめている。

 

 化け物が少女の目前で止まる。最後の生き残りたる彼女の命を刈り取ろうと、その爪を振り下ろそうした――その刹那だった。

 

 少女と化け物との間に、風が飛来したのは。

 

 その場の霧を全て吹き飛ばす勢いで飛来した風は、化け物の巨体をのぞけらせ、少女の窮地を救った。

 化け物――人々の命を奪った大ネズミの妖怪は、その飛来した『何か』に向かって威嚇するように唸り声を上げている。少女は、風の勢いで閉じていた目をゆっくりと開く。

 見つめる景色のその先に――真っ白い毛並みの『彼』がいた。

 

「――そこまでにしておけ、ネズミ風情が……」

 

 怒りを押し殺すかのような呟き。

 彼が何者なのか、そのときの少女は何も知らなかった。

 だが、今ならばわかる。何故ならここは少女の夢の中。かつての記憶——その追体験なのだから。

 しかし、そのときの彼がどんな表情をしていたのか、全く思い出せない。

 ただ敵対者であるネズミだけに意識を向けていたのか、あるいは少女のことを気遣う素振りを見せていたのか。

 その横顔がどんなだったのか、それを夢の中で確かめる間もなく。

 

 そこで少女――家長カナは目を覚ました。

 

 

 

×

 

 

 

「――!! はぁはぁはぁ……夢、か……」

 

 カナは自室のベッドの上で飛び起きた。部屋の中は真っ暗、窓から光が差し込む様子もない。時計を見ずともわかる。今がまだ深夜だということが。

 

「……久しぶりに見たな……あのときの夢」

 

 ぐっしょりと汗で濡れた額を拭いながら、カナは暗闇の中で呟く。

 

 あれこそ、カナという少女にとっての人生の分岐点。両親を失った忌まわしき過去のトラウマだ。

 時が過ぎ、ある程度の折り合いを付けて悲しみも薄らいではいるが、もっと子供の頃はあの悪夢を見るたびに目を覚まし、夜通し震えていた。

 彼女が涙に暮れるたび、近くにいてくれた大人が宥めてくれていたが、今のカナはこの部屋の中で一人っきりだ。誰も彼女の背をさすって、慰めてくれる人はいない。

 

「――って……もうそんな子供じゃないけどね……」

 

 しかし、それでいい。今更こんな悪夢一つに、いちいちしょげてはいられない。

 中学生に上がるのをきっかけに、カナは今の一人暮らしを始めた。同じアパート内にお目付け役として春明が住んでいるが、彼が必要以上にカナの私生活に首を突っ込んでくることはない。その距離感が今のカナには丁度よかった。

 自分は一人でもきちんと生活できる。人としての人生を全うできる。

 久しぶりに悪夢を見たからと言って、人肌が恋しくなどならない。再び眠りにつこうと、もう一度ベッドの上で横になるカナであった。だが――

 

「…………………眠れない」

 

 そう、寝付けないのだ。ここ最近、カナは不眠症で中々寝付けないことに頭を悩ませていた。原因は先ほどの過去の悪夢とは無関係。あくまで現在進行形でカナが抱えている、とある悩みのせいだった。

 

「………駄目だ!! 眠れない あ~もう!!」

 

 カナは苛立ちを口にしながら部屋の電気をつけた。だが照明の輝きが眩しくて、思わず咄嗟に手を翳す。

 

『ん……なんだ? もう朝か?』

 

 すると、カナと同じようにその灯りの眩しさに反応する者がいた。先ほどまで、この部屋には自分一人しかいないと考えていたが、もう一人同居人がいることをすっかり失念していた。もっとも、それは『人』と呼べる存在ではないのだが。

 

『……あれ? 朝じゃねえの?』

「あっ、ごめんコンちゃん。起こしちゃった?」

 

 カナは響いてきた声の方に目を向け、謝罪を口にする。彼女が振り返った先には、狐の面を模したお面が立て掛けられており、先ほどの寝ぼけたような声もそのお面が発したものだ。

 

 妖怪『面霊気』。狐面の付喪神――名前はコンである。

 

 彼女――性別は女性らしいコンには、体もなければ足もない。カナの背中をさすって慰めてやる腕もなかったが、今のカナには声だけで十分だった。誰かと話をしているだけでも、ほんの少し胸の内が軽くなるようであった。

 

『いや、あたしは構わねぇけど……眠れないのか?』

「……うん」

 

 本来であれば面霊気は春明の持ち物だが、ここ最近はカナがコンと一緒の部屋に同居している。ずっと側でカナを見続けていたコンは、カナが眠れない悩みの原因を察していた。

 

 カナの悩み――それは幼馴染である奴良リクオのことだ。

 

 奴良リクオは人間ではない。妖怪と人間の血が混じり合う『半妖』と呼ばれる存在だ。

 妖怪の総大将ぬらりひょんの血を四分の一受け継ぐクォーターであり、この浮世絵町に畏れの代紋を掲げる、妖怪任侠組織『奴良組』の若き三代目である。

 

 もっともリクオが人間でないことも、彼の家の事情もカナは以前から知っていた。学校では上手く隠しているようだが、妖気を感じ取る修練をひととおり学んだカナに、その程度の誤魔化しは通用しない。

  

 カナが衝撃を受けたのは、リクオの正体――妖怪としての彼の『夜の姿』を知ってしまったからである。

 

 カナはずっと、リクオには戦う力がない、彼を弱い半妖だと決めつけていた。事実、昼間の彼には戦う力などなく、妖気もごく僅かでほとんど人間といってもいいほどに弱々しい。

 そんなリクオを危険から遠ざけ、人知れず守る。それがリクオの幼馴染であり、多少なりとも『力』が使える自分の使命だとカナは勝手に思い込んでいた。

 しかし、それは大きな思い上がりだということを、つい先日の一件——四国妖怪との抗争で思い知らされた。

 

 あれから、数日ほど経過していたが、カナは昼のリクオとも夜のリクオとも顔を合わせていない。

 四国戦でのダメージを引きずっているのか、リクオはここ数日学校を休み、都合がいいことにそのまま休日を挟んでいた。一応、授業を休んだリクオの為にノートやプリントを届けに行ってはいるが、怪我を理由に面会謝絶と、人間に扮した奴良組の妖怪に門前で追い返されている。

 しかし、明日の休日明けになればおそらくリクオも学校に登校してくるだろう。そうなったとき、果たして自分は何食わぬ顔で彼といつも通り話をすることができるのだろうか。

 そんな心の疲弊が、カナにあのような昔の悪夢を見せてしまったのだろう。

 

「はぁ……」

 

 面霊気の視線を気にしつつ、カナは込み上げてくる溜息を抑えきれずにいた。

 

『…………なあ、カナ!』

 

 すると、そんなカナの状態を見かねたコンが威勢よくカナに話しかけてきた。どのようにして声の大きさを調整しているのか、そもそも口すら持たない彼女がどのようにして人語を発しているのか色々と謎ではあるが、コンはほんの少し悪戯っぽい声音でカナにとある提案を口にする。

 

『ちょっと、外に出てみないか』

「えっ、外って……今から?」

 

 その提案にカナは目を丸くする。彼女は特殊な事情こそあれど、その性質は優等生のそれだ。何の用もなくこんな時間帯に自分のような子供が一人で出歩くのは非常識———そんな考え方が根底にある。

 だが、面霊気は構わずに続ける。

 

『ああ、夜遊びだ。カナももう中学生なんだから、それくらい覚えてもいい年頃だろ?』

 

 気のせいか、表情の変わらない筈の狐面が嬉しそうに『ニシシ!』と笑っているように見えた。

 

 

 

×

 

 

 

「――へぇ……夜の浮世絵町って、じっくり見るとこんなだったんだ……」

『ふふん、あたしは知ってたぜ。ときどき、春明の奴と一緒に夜回りしてたからな』

 

 面霊気の口車に乗せられ、カナが家を飛び出した時点で深夜一時を回っていた。

 最初は「こんな夜中に外に出るなんて……」と、躊躇いを口にしていたカナであったが、『何を今更——』というコンの言い分に、カナは何も言い返せなかった。

 そう、既にカナは深夜の浮世絵町というものを体験していた。先日の百鬼夜行大戦の現場に駆け付けたときなど、夜通しその場に残っていたりもしている。

 しかし、目的もなく夜の浮世絵町を散策することはなく、こうしてじっくりと眼下に広がる街を眺めながら空を飛翔するのは初めての体験であった。

 

 カナは現在、巫女装束に面霊気で顔を隠すという『妖怪を模した装い』で夜の浮世絵町を『神足』という飛翔の神通力で飛び回っていた。

 顔に被った面霊気が、普段なら隠している妖気を堂々と表に晒している。それにより、相対する者はカナが妖気を放っていると思い込み、彼女を妖怪と誤認する。ついでに、この面霊気——コンには認識阻害の機能がついているらしい。

 あらかじめ、カナの正体を知っているものでなければ、どんなにすぐ側にいても彼女のお面の下を想像することができない。

 これらの効果により、カナは誰にも自分が人間だと、家長カナだということがバレないように今までやり過ごして妖怪たちと関わってきた。

 

 ――けど……。

 

 けれども、果たしてこのままでいいのかと、カナは夜風に当たることで少しばかり晴れた憂いを再び抱き始め、近くの建物の屋上へと着地し、その場に座り込んだ。

 

 このまま、自分という存在を偽ってまで、妖怪の真似事をする必要があるのだろうか?

 

 カナがこれまで妖怪の世界に関わりを持っていたのは、偏にリクオがいたからに他ならない。

 妖怪の総大将を祖父に持ちながらも、戦う力のない(と一方的に思い込んでいた)幼馴染を護るという大義名分があったからこそ、カナはこれまで懸命に努力を続けてきた。

 

 だが、この間の一件で思い知らされた。

 自分の力など、リクオは必要としていない。

 カナがいなくても、彼は立派に妖怪の総大将を目指していける。

 人間の自分が力を貸さずとも、立派に――。

 

「やっぱり人間は、人間らしく身の丈に合った平穏な日々を生きるのが正しいのかもしれないね。……ねぇ? コンちゃん……」

『…………まっ、そりゃそうだろな……』

 

 カナがコンにそのように問いかけると、彼女は同意するような答えを返してきた。

 コンはこれまで、カナが妖怪世界に関わることを否定も肯定もせずに黙ってついてきてくれた存在なだけに、その同意には感じ入るものがあった。

 

 ――そろそろ……潮時なのかもしれない。

 

『――もう十分だろう』と、カナは心のどこかでそのような囁きを聞いた気がした。

 

 そう、もう十分だ。自分はこれまで頼まれも、望まれもせずに戦ってきた。

 けど、これ以上、分相応な背伸びをしてまで何かをする必要はない。

 このまま何事もなかったかのよう日常へと戻り、その日常でリクオを支えて行けばいいじゃないか。幸い、彼は人としての生き方も大事にしてくれている。その日常の中で、彼の居場所を護っていけばいいじゃないか。

 ただの人間の女の子として、彼の隣を一緒に歩くことだって自分にはできるのだ。

 きっとそれは、奴良組の妖怪にはできない。人間である自分にしかできないことだと、繰り返し頭の中で己に言い聞かせる。

 

 ――でも、なんでだろう。全然、ピンとこない……。

 

 だが、心のどこかでその生き方を許容できない自分がいるのも確かなのだ。

 それが正しいことだと理解していても納得することができず、カナはいよいよもって、自分が何をどうすればいいのかわからない、思考の底なし沼に嵌っていく。

 

「ホント……訳がわからないよ……」

 

 感情がぐちゃぐちゃになり、カナは弱音を吐露しながら、膝を抱え込んでその場にうずくまってしまった。

 

『――!! おい、カナ! おい!』

 

 あまりの落ち込みように、コンがなにやら切羽詰まったように声を荒げたことにも気づけず――カナは近づいてくる大きな妖気の気配を察知することができなかった。

 

「――おい、そこで何をしている?」

「……へっ?」

 

 すぐ側で何者かに声を掛けられたことで、ようやくカナは顔を上げる。

 見ればそこに、甲冑を身に纏った青年がカラスの黒い翼を羽ばたかせカナを見下ろしていた。初めて見る顔だが、どこか見覚えのある雰囲気にカナは一瞬言葉に詰まる。

 

「え、ええ……と?」

「その狐面……一度捩眼山で顔を合わせているな。自分は三羽鴉の黒羽丸だ」

 

 青年はそう言いながら、自身の姿を完全な妖怪のものとする。そうして現れたのは、全身が黒い羽毛で覆われている鳥人間――鴉天狗であった。

 その姿に、カナはその人物が捩眼山で遭遇した奴良組の妖怪であることを思い出した。

 

「貴様……ここは奴良組のシマだぞ。答えろ、こんな夜更けにいったい何をしていた?」

 

 黒羽丸と名乗ったそのカラス天狗は再度カナに質問を投げかける。正体不明のカナのことを警戒しているのだろう、その態度には警戒の色が強く滲み出ていた。

 

「あ、ああ……散歩です……気分転換の……」

 

 心に余裕を持っていなかったせいか、カナは彼の質問に特に深く考えもせず正直に答える。

 

「散歩だと……? 速度制限はキチンと守っているのだろうな? 危険な夜の徘徊は罰則がつく……いや、そうではなかったな」

 

 なにやら黒羽丸は夜の浮世絵町の安全ルールについて講釈をしたが、そうではないと気づいたのか、ゴホンと咳払いを一つ、改めて言い直した。

 

「もとより貴様の正体に関しては調査するよう、親父殿より命を受けている。とりあえず一緒に来てもらおう。先日の件も含めて、申し開きがあるならば聞こうではないか」

「あ、え……そ、それは……」

 

 ここにきて、カナはようやくことの重大さに気づき、冷や汗をかく。黒羽丸と名乗った妖怪は、自分が苦戦した相手を苦も無く薙ぎ払った三人組の一人。おそらく実力では敵わない。今から逃げたとしてもきっと追いつかれるだろう。

 どうしたものかと、内心焦りながら後ずさるカナであったが――そんな黒羽丸とカナの間に割って入る男の影。

 

「待ちな……黒羽丸」

「――っ!!」

 

 聞き間違いようのないその声の響きに、カナの心臓がドクンと跳ね上がる。

 

「そう目くじらを立てることもねえだろ……どうにもお前さんは、真面目すぎていけねえな……」

「あ、貴方様は!!」

 

 唐突にその場に割って入ってきた男の軽い口調に、黒羽丸は畏まった態度で応じる。

 当然だろう、なにせ相手は――自身の主とも呼ぶべき相手だったのだから。

 

「よお、アンタ! また会ったな」

「あ……ああ……」

 

 その男は黒羽丸に下がるよう言った後、カナに声を掛けた。その呼びかけに、先ほど黒羽丸に迫られたとき以上の戸惑いがカナに襲いかかる。

 そこにいたのは、巨大な空飛ぶ蛇のような妖怪の頭に腰掛けた男。後ろに長くたなびく髪、鋭く眼光を光らせる、黒い着物に青い羽織を着こなした長身の男。

 見間違えるはずもない。現在進行形でカナの悩みの種と化している人物、奴良リクオ――その夜の姿であった。

 

「どうだい? 時間があるなら、少し俺に付き合わないか?」

 

 そして、リクオはカナの動揺する心中など知る由もなく、そのように彼女に誘い文句をかけていた。

 

 

 

×

 

 

 

「いらっしゃいませ! 化け猫屋へようこそ!」

 

 浮世絵町一番街。化け猫横丁の路地を抜けた先で、今日も妖怪和風隠食事処(ようかいわふうおしょくじどころ)『化け猫屋』の店員たちの明るい声が響き渡る。

 ここ化け猫屋は、浮世絵町の妖怪たちが呑めや騒げやの宴を毎夜毎夜繰り広げる人気の飲食店。人間ならばとっくに寝静まっている夜更けだが、妖怪たちにとって今の時刻こそが遊び時。今日もこの店には多くの妖怪たちが集まり、店内は大小様々な妖怪たちによって活気に満ちていた。

 そんな騒がしい中、一組の客が店の門をくぐり、化け猫屋の化け猫妖怪たちを俄かに驚かせた。

 

「いらっしゃい――って若! 大丈夫なんですかい、出歩いたりして!? この間の四国との出入りで、大怪我なさったって聞きましたよ?」

 

 この浮世絵町の顔役である奴良組。その若頭である奴良リクオに、店員の一人がそのように声をかけた。

 実際に抗争に参加していない面々にも、四国との話は広々と伝わっていたため、皆リクオの怪我を気にかける。

 

「おう、問題ねえよ。もうほとんど傷も治ってる。この間までずっと布団の中で退屈してたとこでな。今日はその憂さ晴らしをしにきたぜ」

 

 店員の心配に、そのように軽い調子で返すリクオ。当の本人がそう言い張る以上、医者でもない彼らではこれ以上何も言えない。リクオの体の調子を心配しつつ、彼の来店を心より歓迎する化け猫屋のスタッフ一同。

 

「あっ、そういえば若。先ほど、奴良組本家の方々がいらっしゃいましたよ! 奥のお座敷にお通ししましたが、同席なさいますか?」

 

 ふと、店員が思い出したかのように知らせる。

 奴良組の本家——青田坊や首無、つららたちのことだろう。リクオの側近である彼らと同席させた方がいいのではと、店員なりに気を利かせた申し出だった。だがその申し出に、リクオは首を横に振る。

 

「いや……せっかく、仲間内で盛り上がってるんだ。そんなところにいきなり俺が顔をだしても、興が削がれちまうだろう」

「はぁ……そうですか? 寧ろ、顔を出していただいた方が、盛り上がると思うのですが……」

 

 やんわりと遠慮を入れるリクオに、店員は自身の意見を交えながら首を傾げる。

 

「それに――今日は他に連れがいるもんでな」

 

 しかし、続くリクオの言葉に店員は傾げた首を元に戻す。

 

「おや、お連れ様ですか……これはまた、見ない顔ですね……」

 

 店員はリクオの後ろ――まるで彼の背中に隠れるようにして店内に訪れた、巫女装束の少女の存在に目を止めた。

 

「なあ! アンタもその方がいいだろう?」

「ええ……お心遣い、ありがとうございます……」

 

 リクオはその少女の方を振り返りながらそのように尋ねる。彼の問いに、狐面で顔を隠したその少女――家長カナがおっかなびっくりと言った様子で、店内に足を踏み入れていく。

 

 

 

 ――ど、どうしよう……断り切れなくて付いてきちゃったけど……。

 

 カナはリクオに誘われるがまま、この化け猫屋を訪れていた。

 本当であれば断るべきなのだろうが、あまりにも大胆かつ自然なお誘いに反射的に頷いてしまい、カナはリクオの乗っていた夜の散歩用妖怪『蛇ニョロ』に相乗りする形で、この店まで連れてこられた。

 

 ――それにしても……この町って、こんなに妖怪がいたんだ……。

 

 カナはとりあえず、リクオのことは極力考えないようにするため、化け猫屋の店内の方に目を配る。

 妖怪、妖、魑魅魍魎と、店の中は数えきれないほどの妖怪たちで埋まっている。カナはこれだけの妖怪がこの浮世絵町に潜んでいた事実に驚きつつ、お面の内側に笑みを浮かべていた。

 

 ――なんか、皆楽しそうだな……。

 

 妖怪たちは飯を食い、酒を飲みながら朗らかに笑い声を上げていた。そこにおどろおどろしい空気はなく、誰もが人間の飲兵衛とさして変わらない、陽気な笑顔で笑いあっていた。

 その柔らかな空気に、ずっと一人で悩んでいたカナの陰惨とした気持ちが、知らず知らずにほぐれていく。

 

「よお! そんなところで立ち止まってないで……着いて来いよ」

「あっ、は、はい」

 

 そうして足を止めて店内を見渡していたカナに、リクオがそのように促してくる。

 カナは慌てて、リクオの後についていった。

 

 

 カナとリクオは個室の方に案内されたが、二人っきりというわけではなかった。リクオが来たと知るや、近くで飲んでいた客や、店員たちがリクオの元に集まってきた。店員がリクオにお酌をし、美人な妖怪がリクオにすり寄ってきたりなど、流石に若頭というだけあってVIP待遇である。

 

「ささ、どうぞ。当店自慢のマタタビジュースです。ええと……そのままでお飲みになれますか?」

 

 従業員がカナの元にも飲み物を運んできたが、どこか不安そうな表情をしていた。

 この状況において、カナは当然面霊気を外すことができない。狐面で顔の前面を覆っている彼女に、そのままで料理や飲み物を口に運ぶことができるかと、店員が不安がっているようだ。

 

「あ、ええ……大丈夫です、ありがとうございます」

 

 カナは店員に礼を言いながらジュースを受け取る。そして面霊気をほんの少しずらして、口元部分だけを露出させ、ストローでジュースを飲んだ。

 

「――おいしい!」

 

 素直に思った感想をカナが口にすると、従業員たちの顔がパアッと明るくなる。

 そんなカナの一言を皮切りに、さらに周囲の妖怪たちの活気が増していった。

 

「ひゃっひゃ~! 若もすみに置けませんな! こんな可愛い、愛人連れて!」

「ええ? 可愛いかどうかわかんないでしょ、お面被ってんだから……」

「そんなの、口元見ればわかるって! とってもキュートな唇してんだから!」

「…………ふふっ」

 

 和気藹々と盛り上がる妖怪たちの騒ぎように、カナも静かに口元をほころばせていた。

 

 

 

×

 

 

 

「あのう……この間は、すみませんでした!」

「……ん? なにがだい?」

 

 それから暫くの間、料理やジュースを堪能した後、カナは意を決したようにリクオへと話を切り出した。

 席に着いてからというもの、カナは店員や他の客から「年齢いくつ?」「お名前は?」といった、質問攻めにあっていたが、リクオはその間、これといってカナに何かを尋ねようとはしなかった。

 ただ静かに、彼女の横で盃を煽っており、視線を送りつつもずっと沈黙を保っている。

 

 カナのこれまでの行動から聞きたいことが山ほどあるだろうに、こちらに何らかの事情があると察してくれたのだろう。その気遣いに素直に感謝しつつ、カナは言うべきことは言おうと、口を開いていた。

 

「この間の――青田坊さん……でしたっけ? 怪我をさせてしまったみたいで。あれ、私の知り合いの仕業なんです……ごめんなさい!」

 

 カナが真っ先に口にしたのは、前回の四国戦後の際の一幕。

 リクオの側近である青田坊に、陰陽師である春明が怪我を負わせてしまったことだ。おそらく、負い目などこれっぽっちも抱いていない彼の代わりに、カナはリクオに頭を下げていた。

 

「ああ、気にすんな。こっちもこっちで、うちの連中が随分と乱暴なことしちまったしな。おあいこってやつさ」

 

 リクオもまた、強引にカナの正体を暴こうとした部下の行動について謝罪する。

 

「そうですか……いえ、ありがとうございます」

 

 互いに謝り、許し合う。しかし、だからといって会話が弾むわけではない。

 カナは未だに、リクオに対してどのような感情を向けるべきか気持ちの整理がつかず、面霊気の下でその表情を右往左往させていた。

 そんな二人の間を取り持つかのように、周囲の妖怪たちが話を盛り上げていくが、そのとき、店の入口からリクオの名を叫ぶ声が店内に響き渡る。

 

「――リクオ様!! リクオ様はおられるかぁああああっ!!」

「な、なんだ、どうした?」

 

 その叫び声にリクオたちと同席していた店員の一人が慌ててかけていき、一分後、一人の来客を伴って戻ってきた。

 

「見つけましたぞ、リクオ様!!」

「お、落ち着いてください、カラス天狗様。他のお客様のご迷惑になりますので……」

 

 店員が困惑顔で連れてきたのは、奴良組のお目付け役——『高尾山天狗党』党首の鴉天狗であった。その小さな体でぶんぶんと錫杖を振り回しながら、彼はリクオを見つけるや、がみがみと説教を始める。

 

「黒羽丸から聞きましたぞ! 例の正体不明の小娘を伴って出かけたと。しかも、まだ傷も塞ぎきっていないというのに、貴方という人は――」

「なんだアイツ喋っちまったのか……ほんと、融通の効かない奴だな」

 

 リクオは、そんなカラス天狗の説教など慣れたものかのように、彼の苦言を右から左に受け流す。そんなリクオの態度に諦めたかのように溜息を吐いたカラス天狗は、その眼光をギロリと、カナの方へと向ける。

 

「貴様……どこの何者かは知らぬが、このワシの目の黒いうちはそうそう下手な真似はさせんぞ! リクオ様! 貴方が今宵は手を出すなということなら、私もその意向に従いましょう……ですが! ここからはこのカラス天狗も同席させてもらいます、いいですね?」

「ああ……好きにしな」

「は、はい……私も構いませんけど」

 

 リクオとカナはそのように了承し、カラス天狗はその場に居座ってしまう。

 

 

 

×

 

 

 

「……あ、そのなんだ」

「うん……これ、上手いな~~」

 

 先ほどの喧騒が嘘のように静まり返っている。カラス天狗一人がその場に加わったことにより、他の妖怪たちが緊張した様子で固まっている。

 カラス天狗は本家の中でも側近中の側近。総大将であるぬらりひょんにもっとも近い位置にいる幹部の一人だ。 こういった場に、そうそう顔を出すこともないため、皆どのように接していいか分からないのだ。

 

「そ、そういえばさ、君……何の妖怪だっけ?」

 

 すると、そんな空気を見かねた店員の一人が、話題作りのためかカナに向かって話を振る。

 この時点において、未だにカナは名前を名乗ってはいない。本名は当然、気の利いた偽名も思いつかず、彼女はまともな自己紹介すらこなしていない。

 

「ええっと……」

 

 もしも、ここでさらにはぐらかすような返事をすれば、さらに場の空気が悪くなるだろう。カナは仕方なく、自分がどのような妖怪に当てはまるかを考えた末、以下のように答えていた。

 

「…………天狗です。天狗の……妖怪」

 

 空を自由に飛翔し、羽団扇を扇ぐ自分は正に天狗っぽいのでは?と無難な解答。

 すると、そんなカナの返事にカラス天狗の目がギラリと光った。

 

「なるほど、天狗か……やはり――そうなのだな?」

「えっ……な、なにがでしょうか……」

 

 彼は改めてカナを値踏みするようにジッと見つめ、その視線にカナは気後れする。

 さらに、カラス天狗は得心がいったとばかりにうんうんと頷きながら、口を開いた。

 

「リクオ様や、馬鹿息子どもの報告を聞いたときは確信が持てなかったが……四国の戦いの折りに、お前のその羽団扇を見て思い出したぞ。貴様――『富士天狗組(ふじてんぐぐみ)』の者だな?」

「――――――えっ?」

 

 カラス天狗の口から出たその指摘に、カナの脳がフリーズする。

 咄嗟に答えを返すことができない彼女の反応を「YES」ととったのか、カラス天狗はさらに深く頷く。

 

「やはりそうだったか。それにしても、まさか今になって、あの組の者が絡んでくるとは……う~む……」

「なんだカラス天狗。コイツのこと知ってんのかい?」

 

 カラス天狗の口ぶりに流石にリクオも興味を持ったのか、盃をテーブルに置き、カナの方に目をやりながらカラス天狗に尋ねる。

 

「ふむ……よろしい、お話ししましょう」

 

 少し考えた末、カラス天狗はリクオの質問に答えるべくテーブルに置かれていた料理を脇に寄せ、その机の上で講釈を始める。

 

「以前にも説明したと思いますが、奴良組の傘下には多くの団体、下部組織が名を連ねております。我ら鴉天狗一族の『高尾山天狗党』、牛鬼殿の『牛木組』、鴆殿の『薬師一派』など。その数はおよそ70。しかし、遠い昔、まだ奴良組が百鬼夜行と言われていた頃に比べれば遠く及びません……」

 

 カラス天狗曰く、その70の団体の中でも奴良組の威光が届くのは40程。行方知れずや常時欠席者も多く、とてもその全ての内部事情を把握しているとは言い切れない状態とのことだ。

 

「それでですな……その行方知れずの組の中に含まれているのが、その富士天狗組というわけなのです」

「へぇ~知らねぇ名だな……少なくとも俺は聞いたことないが?」

「リクオ様が知らぬのも無理はありますまい。連中との関係が断たれたのは、もう四百年も昔のこと。正式に破門にしたわけではありませんが、あれっきりほとんど連絡も取っていない状態ですからな……」

「四百年前!! ははっ、そりゃきかねぇわけだ! 俺、生まれてもねえじゃねぇか!」

 

 カラス天狗の苦々しいといった口調に、リクオは何故か愉快そうに笑いながら、話の続きを促していく。

 

「あれはそう……我ら奴良組が京の都へ遠征に赴いた頃のことです。懐かしいですな~。今思えば、あの頃私は長細かった、皆若かった……」

 

 そして遠いどこかを懐かしむように、鴉天狗は過去を――四百年前の出来事を語り始めた。

 

 

 




補足説明
 富士天狗組 
  今作においてオリジナルの奴良組下部組織。詳細はまた次の話で語りますので、とりあえず現状ではそのような組織が存在しているという認識に留めていてください。

 さて、話の終わり方から、このまま原作人気エピソードの四百年前の話をやるような流れですが――きっぱりと断言します、やりません(笑い)
 基本、その辺りの話は原作と変わらないので、軽く必要な部分だけさらっと語って終わります。あくまで、この小説はカナちゃんが主役なので、彼女の出番がない過去は深く掘り下げません。何卒ご容赦を。

 更新はゆっくりですが、次回もお楽しみください。


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第二十八幕 四百年前の喧嘩別れ―現代に繋ぐ

トランザム!! 執筆速度をいつもの三倍にする!!

と、いうわけで更新です。ストックがあるわけでもないのに、自分でも驚くくらいに執筆作業が捗ってしまい、早めに新しい話を投稿することができました。
こんなに好調なのは稀なので、ホント、この速度が普通だと思わないでください。ホント、たまたま調子が乗っただけなので……。

それでは、どうぞ!!


 

 現代より、四百年も昔の話。京の都は魑魅魍魎の妖どもで溢れかえっていた。

  

 慶長年間。太閤秀吉公の死後、覇権を握った徳川家は全国の大名に陣触を発し大阪城を包囲。

 一方の豊臣側もそれに対抗すべく、食いつめた浪人を雇い入れたりと来るべき戦に備えていた。そのため、京の都には手柄を立てて出世しようと、野望に燃える男どもが集っていた。

 そういった、どす黒い人間共の野望に惹かれるように、妖たちもまた全国より集結する。

 古来より、妖にとってこの京の地は日本の中心地。人間の世界に転換期が訪れるたび、この地では多くの血が流れ、その流血に惹きつけられるようにして妖たちも集まる。

 いつしかこの地を制するものこそ、この妖世界の頂点に君臨する。

 そんな話が、人ならざるモノたちの間で囁かれていた。

 

 江戸を拠点にしていた奴良組もまた、そういった世の流れに乗って京都に上京していた手合いだ。彼らは毎夜毎夜、他の敵対勢力との抗争に耽っていた。

 総大将ぬらりひょんを筆頭に、捩眼山の牛鬼、高尾山の鴉天狗、遠野出身の雪女・雪麗。

 狒々に、木魚達磨、一ッ目入道、ガゴゼなどの武闘派を率い、連戦連勝を重ねる無双集団として他の組織に畏れられていた。

 

 そんな京都にて、とある公家屋敷に一人の少女がいた。

 

 その少女の名は珱姫。後の――ぬらりひょんの妻、奴良リクオの祖母に当たる人だ。

 彼女はどんな怪我でも病でも、立ちどころに治癒してしまう不思議な能力を持つ女性だった。

 また、京都一の絶世の美女という噂が立つほどの美人であり、その噂に違わぬ美貌と愛らしさ、そして――優しさを秘めた心まで美しい女性だった。

 しかし、珱姫の清らかさに比べ、彼女の父親は欲深な人間だった。彼は珱姫の力を利用し、多くの金持ちから医療費の名目で大金をせしめていた。貧乏人などは鼻から相手にせず門前払い。その事実を知る珱姫は、自分の力が全ての人々に平等に行き届かないことを嘆き、籠の中の鳥として飼い殺しにされていることに、毎日息のつまる日々を積み重ねていた。

 

 そんな彼女の下に彼が――ぬらりひょんが姿を現したのだ。

 

 当時の彼は今のリクオのように、後ろに長い髪をたなびかせ、リクオ以上に鋭くゾクリとする色気のある目元をした、長身の美丈夫だった。

 ぬらりひょんは珱姫の美貌の噂をカラス天狗から聞き、その真偽を確かめるべく彼女の元を訪れていた。最初の出会いこそ些か乱暴なものだったが、その後もぬらりひょんは彼女を口説き落とすため、毎日通いつめた。

 

 そしてある夜、珱姫を外に連れ出し、奴良組が逗留している旅館に彼女を招いた。

 父親から束縛され続け、外の世界を知らなかった珱姫は最初こそ戸惑っていたが、妖たちが面白がって彼女に様々な遊びを教え、珱姫も初めて体験するそれらの楽しさに、その表情を嬉しそうに綻ばせていた。

 そんな珱姫の横顔に、ついにぬらりひょんは胸に秘めていた想いを彼女に告白する。

 

「珱姫、ワシと夫婦になろう――」

 

 その場にいた誰しもが驚いたに違いない。妖怪が人間に結婚を申し入れるなど、その当時の妖たちの価値観を以ってしても常識外れなものだったのだから。

 もっとも、一番驚いていたのは珱姫である。

 これまで、まともに恋愛などしてこなかった彼女が、いきなり婚姻を申し込まれたのだ。当然、すぐに返事などできる筈もなく、彼女は顔を真っ赤に困った顔をしてしまった。その反応にとりあえず、ぬらりひょんは一度彼女を家へと送り届け、後日、また返事を聞くことにした。

 

 

 

 

「いやぁ~しかし、毎度のことながら総大将には驚かされますな~」

「いやはやまったく。肝でも食うのかと思いきや、まさか結婚を申し込むとは……」

 

 珱姫が帰宅した後の旅館内では、細々とだが未だに酒を酌み交わす妖たちがそのような雑談を続けていた。

 普通の妖からすれば人間など一部を除いて、すべてが取るに足らない存在。そんな儚い人間の娘と夫婦になろうなどと、酔狂にもほどがある。

 しかし意外なことに、奴良組の大半の妖たちがぬらりひょんと珱姫が夫婦になることに抵抗感を持っていなかった。彼らは自分たちの大将がどれだけ常識外れか、これまでの経験で分かっていたからだ。寧ろ、その常識にとらわれない自由な振る舞いこそ、魑魅魍魎の器に相応しいと。その気風を慕い、彼らはここまでついてきた。

 だが当然、二人が夫婦になることに反対するものもいる。

 

「認めない……私は認めないわよ!!」

 

 ぬらりひょんに想いを寄せる雪麗は、ずっと彼の唇を、彼と一緒になることを望んでいた。それを何処からともなく現れた女に横からかっさらわれたのだ。平常心など保てるわけもなく、ヤケクソのように飲んだくれている。

 そして、もう一人。

 

「――おい、ぬらりひょん」

 

 部屋の隅の方から、野太い男の声が総大将ぬらりひょんを呼び捨てにする。奴良組の者たちが一斉にそちらの方を振り返り、声の主――山伏の恰好をした大男に視線を注ぐ。

 

「おう、どうした。太郎坊」

 

 珱姫を無事送り届け戻ってきたぬらりひょんは、その男の呼びかけになんの気負いもなく答えていた。

 そう、このぬらりひょんを呼び捨てにした大男こそ、カラス天狗が言っていた富士天狗組の組長。四百年後も奴良組と富士天狗組の関係が断絶するきっかけとなった――大天狗(おおてんぐ)富士山太郎坊(ふじさんたろうぼう)、その人である。

 

「貴様本気で……本気であの人間の小娘と夫婦になるつもりか?」

 

 太郎坊は奴良組の中でも、特に人間を毛嫌いしていた。ぬらりひょんが珱姫を連れてくると、露骨に嫌そうな顔をし、彼女に関わるまいと一人、つまらなそうに部屋の隅で酒を飲んでいた。

 

「ああ、勿論ワシは本気だぞ?」

 

 太郎坊の不機嫌な声音にも、ぬらりひょんは一切迷うことなくきっぱりと言い切る。

 彼の人間嫌いのことを知ってはいても、それで珱姫のことを諦めるつもりはないとばかりに。 

 

「……わかっているのか? 貴様とあの姫が交わり、子を宿せば、それは半妖ということになる。貴様は、俺たち妖怪に人間もどきの下につけと言うのか!!」

 

 瞬間的に怒りを露にし、拳を畳の上に叩きつける太郎坊。その豪腕に旅館全体が軽く揺れる。

 

「太郎坊! 口を慎まんか、総大将に向かって!」

「おいおい……穏やかじゃないね……」

 

 ぬらりひょんに食って掛かる太郎坊に、二人の側近、木魚達磨と一ッ目入道が身構える。

 彼の無礼千万ともいえる態度に、今にも刀を抜きそうな勢いだが。

 

「達磨、一ッ目。貴様らは何とも思わんのか? 奴が人間の女なんぞと交わることを? 将来的に奴の子供の、半妖なんぞの下につくことになるのかもしれんのだぞ?」

「それは……」

「…………」

 

 しかし、太郎坊にそのように問われ、両者は言い淀む。だがそれでも、表立って反対するつもりはないらしく、露骨に不満を口にすることもなかった。

 

「俺は御免だぞ! 人間の女なんぞを受け入れるのも! 半妖の下で働くのも!」

 

 よっぽど嫌なのだろう。声高らかに叫ぶ太郎坊。彼の怒気で静まり返る部屋の中で、ぬらりひょんは静かに口を開いた。

 

「――嫌なら辞めりゃいい。誰もお前さんを咎めやしねぇよ」

「そ、総大将!?」

 

 あっさりとそのようなことを口にするぬらりひょんに、木魚達磨が目を見開く。配下の者に辞めていいなどと、大将が軽々しく口にしていいことではない。本来であれば――

 

「別に太郎坊は俺の下僕ってわけでもない。まだ盃も交わしてねぇんだ。裏切りにもならないだろう、なあ?」

 

 そう、ぬらりひょんが指摘するとおり。太郎坊は正式にはぬらりひょんの配下ではない。

 他の妖怪たちの手前、彼が組長たる富士天狗組こそ奴良組の下部組織という扱いにはなっているが、彼とぬらりひょんとの間に、正式な上下関係はない。

 親子分の盃も、義兄弟の盃も交わしていない、あくまで対等な間柄。

 それでも、大抵のことは太郎坊が一歩引く形で何かと折り合いを付けて上手いことやってきたのだが、今度ばかりは太郎坊も我慢ができなかったようだ。

 

「そうか……貴様、本気なのだな……本気で、あの珱姫とかいう女に惚れているのだな」

「ふっ、そう何度も言わせんじゃねえよ、照れるじゃなぇか」

 

 太郎坊の最後の確認に、砕けた態度で返すぬらりひょんだが、その眼差しからは真剣に珱姫のことを想っていることが見て取れた。

 

「……ふんっ、ならば、俺はここまでだ」

 

 ぬらりひょんの譲らない覚悟に、とうとう太郎坊は重い腰を上げる。奴良組の厳しい視線が注がれる中、彼は総大将に背を向けた。

 

「面倒なことになる前に始末をつけるなら、今が好機だぞ?」

「そんなつまんねぇ真似はしねぇよ」

 

 遠回しに「裏切り者を始末するなら今しかないぞ?」と、挑発的なことを口にする太郎坊にぬらりひょんは酒を飲みながらの余裕の態度。部屋を後にしていく太郎坊を見送った。

 

「………宜しかったのですか、総大将? あやつめをあのまま行かせて。下手をすれば、内部抗争の火種になりかねませんよ?」

 

 気まずい沈黙で静まり返る室内で、木魚達磨がぬらりひょんに問いかける。太郎坊を行かせてよかったのか、組に離反者が生まれるかもしれないと大将に進言する。しかし――

 

「なに、気に入らないからといって、短絡的な行為に走るような馬鹿な男じゃねぇさ。あいつも」

 

 ぬらりひょんは余裕の態度で口元に笑みを浮かべる。何だかんだで太郎坊のことを認めているようだ。今後の太郎坊の動向について、特に心配する素振りはない。

 

「まっ、妖怪の一生は長いしな。そのうち、気が変わるかもしれねぇ。それまでは好きにさせてやろうぜ」

「……だといいのですが」

 

 ぬらりひょんは将来的に、太郎坊がまた戻ってくること期待し、その日の宴はお開きとなった。

 

 しかし、木魚達磨が懸念したような荒事にこそならなかったにせよ、その後四百年――彼の率いる富士天狗組は奴良組と関わることもなく、そのまま喧嘩別れとなった。

 

 

 

×

 

 

 

「――と、まあ、こんなところですな……」

「へぇ……そいつはまた、興味深い話だな」

 

 そこで一旦言葉を区切り、カラス天狗は冷酒で口を湿らせる。

 化け猫屋で彼が語った昔語り。あの全盛期のぬらりひょんを以ってしても御しきれなかった男――大天狗富士山太郎坊。そのような妖怪が奴良組にいたのかと、聞き手たる奴良リクオは興味深げに耳を傾けていた。

 

「その後、珱姫様を奥方に迎え入れる際にも色々と一悶着あったのですが……それは別の機会にしましょう」

「ふ~ん、そうかい。まっ、そっちはそっちで興味がないわけでもないが……」

 

 リクオは自分の祖母である珱姫と、ぬらりひょんのその後の話について特に深く聞こうとはせず、彼女――狐面の少女の方へと目を向ける。

 

「うぉぉぉおお、すげぇ! やるじゃねぇか、お嬢ちゃん!」

「いきなりやって夢浮橋(ゆめのうきはし)とは、センスあるね……扇子なだけに!!」

「うわっ、さむっ!! ちょっと親父ギャグやめてよ!」

「はははっ……」 

 

 彼女はリクオとは少し離れたところで、店の妖怪たちと一緒になって投扇興(とうせんきょう)という遊びに興じていた。

 カラス天狗の話が始まった当初は、彼女もリクオと一緒に話を聞いていたのだが、話の最中、納豆小僧といった小妖怪たちが彼女の巫女装束の袖を引っ張り、こう言ったのだ。

 

『お嬢ちゃん、お嬢ちゃん。俺らと遊ぼうぜ! カラス天狗の話って長くて退屈なんだよ……』

 

 その誘いを無下に断ることができなかったのか、少女は申し訳なさそうにリクオとカラス天狗に頭を下げて二人から離れていった。カラス天狗は話をするのに夢中で気づいていなかったが、リクオはしっかりと話を聞きながらも、彼女の方を気遣っていた。

 

「んで? あいつが、じじいと喧嘩別れした、その太郎坊って奴の組のもんだと?」

「ええ、おそらくは……。先の四国戦で奴が振り回していたあの羽団扇。あれに刻まれていた文様。あれこそ、奴ら富士天狗組の代紋に相違ありません」

 

 妖怪任侠の世界において、代紋は組のシンボル。自身の所属を示す重要な身分証明の証。その代紋が刻まれた羽団扇を持っているということは、彼女が富士天狗組の関係者であることを推理させるに十分な要素だった。

 

「しかし、今になってあのような者を寄越してくるとは……いったい、何を企んでいるのやら。リクオ様、決して油断なさらないように……」

 

 カラス天狗は、そこに何かしらの策略があるのではと、これまで以上の警戒心を露に、疑惑の眼差しを少女へと向けていた。

 

「なあ、カラス天狗……」

 

 だが、忠告を受けた当のリクオは、その口元を嬉しそうにニヤリと、吊り上げていた。

 

「な、なんですかな、リクオ様?」

 

 その不敵な微笑みに、嫌な予感を感じたのか、カラス天狗の頬を汗が伝う。

 

「その富士天狗組ってのは、奴良組の傘下なんだよな? まだ、奴良組の一員なんだよな?」

「え? ええ……そうですね。ほとんど疎遠にはなっていますが、正式に破門状を突きつけたわけではありませんから……」

 

 ほとんど形骸化しているとはいえ、あれから四百年経った今も、富士天狗組は奴良組の一員として名を連ねている。カラス天狗としても、それは認めざるを得ない事実だ。

 

「そうかい……そりゃ――都合がいいな」

 

 カラス天狗の返答に、リクオおもむろに席を立ち上がる。そして、皆とゲームに夢中になっている少女へと近づき、声を掛けた。

 

「よう、楽しんでるかい?」

「えっ、あっ、は、はい……楽しいです。皆さん、とても親切ですし……」

 

 少女は、緊張した様子でそのような返事をする。

 とても何かを企んでいるようには見えないが、それでもカラス天狗は相応の警戒心を保ちながら、リクオの横で険しい表情を崩さない。

 だが、次の瞬間――そんなカラス天狗の顔が、鳩が豆鉄砲を食ったようにキョトンとなる。

 リクオが少女に向かって放った、その一言により。

 

 

「なあ、アンタ――俺の、『百鬼夜行』に加わってくれねぇか?」

 

 

 

×

 

 

 

「――――――――――えっ?」

 

 面霊気で素顔を隠したカナは、リクオから告げられたその言葉の意味を理解するのに、幾ばくかの時間を必要とした。周囲の者たちも彼女と同じく呆気にとられたらしく、シーンと静まり返る店内。

 そんな静寂の中において、リクオはさらに堂々と言う。

 

「知ってると思うが、オレは奴良組若頭の奴良リクオだ」

「――っ!」

 

 勿論、カナは知っている。だが、改めて本人から直接そのように告げられ、ドキっとなる。内心動揺するカナに構わずリクオは続けた。

 

「オレはいずれ、魑魅魍魎の主になる。その為に自分の百鬼夜行を集めている最中でな。是非アンタにも、オレの百鬼に加わってもらいたい」

「…………」

「俺と、盃を酌み交わさねぇか?」

 

 そう言いながら、彼は大きな盃をカナの方に差しだしてきた。ここにきても、カナはリクオの言葉の意味を未だに呑み込めないでいる。

 

「――ちょ、ちょちょ、ちょっと、リクオ様!!」

 

 すると、動揺で固まっているカナよりも早く正気を取り戻したカラス天狗が、焦ったようにリクオに叫んでいた。

 

「い、いきなり何を言っているんですか、貴方は!! よりにもよって、こんな得体のしれない輩を百鬼夜行に加えるなどと……」

「なにを言ってやがる、カラス天狗」

 

 カラス天狗の至極もっとな発言に対し、リクオはニヤりと笑みを浮かべる。

 

「得体のしれない? コイツは富士天狗組の妖怪なんだろ? 連中は今も奴良組の傘下だ。だったら、そこの組員を奴良組若頭の俺が勧誘したところで、何も不思議なことなんてねぇんじゃなぇか?」

「!! あ、ああっ!! た、確かにそれはそうですが、し、しかし――」

 

 してやられた! と、そんな表情でカラス天狗は体中から大量の汗を流していた。

 そう、既にリクオがカラス天狗本人から言質をとったように、彼女が富士天狗組のものなら、彼女は奴良組の傘下なのだ。組の内部に有用な人材がいたから抜擢する。リクオにとってはそれだけの話。何もおかしいことはないのだと、彼の悪戯っぽい表情がそのように告げていた。

 だが、カラス天狗は尚も反論を続ける。

 

「し、しかし……こんな名前も名乗らず、素顔も見せぬようなものを信用しては……」

「なにぬかしてやがる。狒々の奴だって、一度もじじいに素顔を見せたことがないって言ってたぜ?」

「いや、そ、それはそうですが……」

 

 だが、先の四国との戦いで亡くなったぬらりひょんの百鬼の一員、狒々を引き合いに出し、リクオはあっさりとカラス天狗の言い分を論破する。

 

「名前の方は……そうだな。流石にいつまでもアンタって呼ぶわけにもいかねぇ……なあ? もしよければ教えちゃくれねぇか、あんたの呼び名でも何でもいいからさ」

 

 それは遠回しに本名を教える必要はない。お面の下の正体も、明かさなくて構わないと言っているようなものだった。素性を隠すカナの事情を配慮した上での発言に、彼女は徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

「わ、私は……そんなに大した妖怪じゃ、ないです……」

 

 震えた声音だが、カナはなんとかそのように返事をする。

 

「私なんかが貴方の百鬼に加わっても……きっと、足を引っ張るだけだから……」

 

 実際、自分の力不足を痛感していたカナは、リクオの百鬼に加わったところで何もできないと断りを入れる。

 しかし――

 

「ふっ……アンタの力が欲しいって言ってるんじゃない。オレはアンタの心意気に惚れたんだ」

「――っ!!」

 

 リクオの、聞きようによっては誤解を生みかねない台詞に、カナは面霊気の下で顔を赤くする。勿論、そのような意味で言ったわけではないのだろうが。

 

「アンタは何度もオレを助けてくれた。あの旧校舎で、中学校の体育館で……あれもアンタだったんだろ?」

「……は、はい」

 

 お面を被っているためか、念のためそのように確認をとるリクオは、カナが肯定したことで満足そうな表情で頷く。

 

「それだけじゃない。アンタは俺の友人たちを、人間を助けるために戦ってくれたと聞く。そんな妖怪、そうそういるもんじゃない」

 

 奴良組の中でも、未だに人間を護るというリクオの考えに不満げな連中も多くいる。そんな中、彼女のようにリクオに言われてもいないのに、それを実行しようとする妖怪は貴重だ。

 

「アンタのような妖怪こそ、オレの百鬼に相応しい。改めて頼む! オレの百鬼に加わり、オレと共に歩んでくれないか?」

「……………」

 

 本気だ。リクオは本気でカナのことを、自身の百鬼に誘っている。実際に彼女の正体を知れば、対応も変わると思うが、正体不明のままでも構わないと彼は言ってくれた。

 

 カナのことが必要だと――そう告げてくれた。

 

「わ、わた、し……わたしは…………」

「…………」

「…………」

 

 あまりの衝撃にカナは言葉を詰まらせている。そんな彼女の返事を、固唾を呑んで見守る一同。もはやカラス天狗ですら口を挟むことができず、カナの返事を待った。

 だが、思わぬところからその静寂は破られることになる。

 

「――し、失礼します!」

 

 店の従業員が襖をあけて部屋の中に入ってきた。なにやら焦った様子でリクオの元へと駆け寄り、彼に耳打ちする。

 

「お、お取込み中のところすみません、リクオ様……少しよろしいでしょうか?」

「おう、どうした?」

 

 突然の横やりにも特に気を悪くした様子もなく、リクオは店員の話に耳を傾ける。

 

「実は、その……賭場の方で少し問題が発生しまして…………」

 

 そこから先、店員の声が小さかったため、カナの耳まで話の内容が伝わることはなかったが、店員の話を聞き終えるや、リクオは眉を顰める。

 

「――良太猫が? ……なるほど、ギャンブルに熱いって噂はホントだったようだな」

「申し訳ありません、若頭。それでお手数なのですが、どうかご足労願えないでしょうか?」

 

 相当切羽詰まっているのだろう。店員は心底申し訳なさそうにしながらも、若頭である奴良リクオの力を借りたいと頭を下げている。

 

「ああ、いいぜ。行こう」

「な、ならば拙者も……」

 

 リクオは腰を上げ、カラス天狗もその後に続いていく。二人は揃ってその部屋から出ようとした。

 

「あ、あのっ!!」

 

 まだリクオの誘いに答えを返していないカナは、咄嗟にリクオを呼び止める。

 

「悪いな、今日はここまでだ。返事は……そうだな、また今度会ったときにでも聞かせてくれりゃいい」

「…………」

 

 もう一度会えることを疑ってもいないリクオの言葉に、カナは何も言い返せない。

 

「よう、誰か、あいつの見送りを頼む」

「は、はい! かしこまりました!」

 

 そこから立ち去る間際、リクオは従業員の一人にそのように声を掛ける。

 そして、最後にカナの方を振り返りながら、彼は薄く微笑んだ。

 

「じゃ、またな――」

 

 

 

×

 

 

 

「……………」

『カナ……お~い、カナ……駄目だこりゃ……』

 

 店員に見送られ、化け猫屋を後にした家長カナと面霊気のコン。彼女たちは再び夜の浮世絵町へ戻ってきた。

 先ほどの二の舞、黒羽丸のような見廻りに引っかからないようにするため、急ぎ家路を急ぐカナではあったが、空を飛翔しながらも、彼女は心ここにあらずといった調子でボーっとしている。

 面霊気が何度かカナに声を掛けても、一向に返事がない。

 

『――カナ……おい! カナ!!』

「えっ? あ、な、なに……コンちゃん?」

 

 何十回目かにコンが叱りつけるかのように叫ぶことで、ようやくカナは正気を取り戻し、コンの呼びかけに答える。

 

『お前……まさかとは思うけど、アイツの誘いに乗るつもりじゃないだろうな? あいつの百鬼に……』

「ま、まさか! そ、そんなことできるわけないじゃない!」

 

 コンの疑念に慌てた様子でカナがそのように返す。

 人間である自分がリクオの百鬼に加わるなどあり得ないと、ムキになって否定する。

 しかし、そう言っているわりに、カナの心は昂っている。

 カナに被られている面霊気には、そんな彼女の心情が明確に伝わってくる。

 

 ――『ちっ、あの坊ちゃんめ……余計なことを吹き込みやがって……』

 

 コンは内心、余計なことをカナに吹き込んだリクオに毒づく。せっかく、カナが危険な生き方から遠ざかるいい機会だったのに、そのチャンスに迷いを生じさせるような彼の今回の提案に頭を抱えたい気分だった。

 だが、一人でウジウジ悩んでいたよりはずっと生き生きとした表情