衛宮士郎は“悪の敵“に成りたいのだ! (アタナマ)
しおりを挟む

1日の始まり

 ────子供の頃からずっと同じ夢を見ている。

 

 夢の始まりはいつだって同じ。俺は見たことも無い黒い軍服のような服を身に纏い、背に6本と腰に1本、計7本の刀を携えながら何処とも知らない場所に立っているのだ。

 何でこんな格好をしているのか、どうしてこんな所に居るのかも分からない。理由なんて一切不明だ。

 

 困惑する俺を他所に夢は続く。静かな空間に軍靴の音を響かせながら1人の見たことの無い男が俺の前へと現れた。

 俺と同様に黒い軍服を身に纏い、首に赤いマフラーを巻き、右手に持った大型のナイフを構えながら俺を鋭く睨みつけるその様はまるで人の形をした獣のようだ。

 人狼(リュカオン)。唐突に脳裏に浮かんだその単語は、正しく目の前の男にこそ相応しいと言えるだろう。

 

 剥き出しの敵意と殺意を瞳に滲ませながら近付いてくる男。そんな男を前にして俺の身体は俺の意思を無視して勝手に動き出し、7本の刀の内から2本を抜刀しつつ男に向かって歩みを進める。

 響き渡る2つの軍靴。それ以外の音は何もせず、静寂の空間にてやがてその2つの音は近付いていく。

 

 そして俺と男の距離があと一歩という所まで近付いた時、この空間に初めて軍靴以外の音が鳴る。

 響き渡りしは甲高い金属音。俺が持っている刀と男が持っているナイフが互いに同時に振るわれ、激突した証明だった。

 

 それを合図にして戦いは始まる。俺と男は手にした武器を目にも止まらぬ速さで振り、本気の殺意を以てして相対した。

 そこから先より始まったのは人間を超越した者同士の戦い。もしも常人が混ざれば次の瞬間には既に細切れになっているような激しい闘争である。

 

 音速を超えた抜刀術によって刀が鞘から抜き放たれ、7本の刀を自由自在に操り、2本の腕からはとても想像出来ないような圧倒的な手数で攻める自分。

 対し、たった1本のナイフしか持っていないのにも関わらず、武器や身体を巧みに使って悉く俺の攻撃を防ぎ、避けながら隙間を縫うようにして斬首の刃を振るい続ける男。

 

 視界に走る剣閃は幾十幾百を超え、金属音が終わりなく鳴り響きながら鋼鉄の火花が俺と男の間で満開に咲き誇り続ける。

 まるで剣舞でも舞うかのようにして俺達は戦い続けるが、しかしそれは永遠には続かなかった。

 

 変化は一瞬。男の眼光が更に鋭くなったと思った瞬間、男の持っていたナイフが突如として超高速で振動し始めたのだ(・・・・・・・・・・・・)

 どうやって現象させたのか皆目見当もつかない超振動によって俺の持っていた2本の刀は男のナイフに呆気なく両断される。

 

「これで終わりだ、■■■■■■■────!!」

 

 武器を失い戦う術を一瞬だけでも失った俺の隙を見逃すことなく、男は最後に何かを言いながら俺へとナイフを振り被り────

 

「まだだァッ!!」

 

 バッ、と。寝る前に身体に被せていた布団を思いっきり蹴飛ばした所で、その夢はいつも終わりを告げるのだ。

 

「ハァ、ハァ……ッ」

 

 荒く呼吸をしながら周りを見渡せば、そこは見慣れた自室であり先程まで夢の中で居た所ではなかった。

 服装も黒い軍服から寝巻きへと変わっており、無論のことだが刀なんて1本も持っている筈がない。

 

「ハァ……フゥ……」

 

 荒くなった呼吸を正常にするべく深呼吸を繰り返し、落ち着いたところでようやく現実の世界を認識した。

 

「また、か」

 

 子供の頃から見続けてきた自分が殺される夢(・・・・・・・・)。これで何度目だったかなんて、もはやあり過ぎて覚えていない。

 だが、夢で見た光景だけは如何なる時であっても忘れたことは無く、どれだけ月日が経とうが、どれだけ夢だと思い込もうが、やけに現実じみた内容のせいでいつまで経っても慣れることは出来なかった。

 

「今は何時だ……?」

 

 窓の外はまだ闇夜に包まれている。となれば今の時刻は深夜だということは容易に想像出来たが、念の為に枕元に置いてあった時計を見てみれば、針が指しているのは4の数字。

 現在時刻は朝の4時。こういう中途半端な時間に起きてしまった時は二度寝でもするのが定番なのだろうが、あの夢を見た後にもう一度寝ようとはとてもではないが思えなかった。

 

「仕方がない……」

 

 学校に行くまでの数時間。その暇潰しをするべく、俺は部屋のタンスから胴着を取り出し、寝巻きから着替えて部屋を出る。

 向かう先は我が家の離れにある道場。そこは昔、俺を拾って育ててくれた義理の父と義理の姉同然みたいな人である女性が剣の稽古をする時によく使っていたのだが、今ではもう俺しか使っていない。

 

 外の薄寒い気温に身を少しだけ震わせつつ道場の鍵を開けて中へと入り、寒さを少しでも凌ぐべく直ぐさま扉を閉めた。

 入口付近にあるスイッチを入れて道場の明かりを点けた後、これから身体を動かすのだからと入念に準備運動をしてから道場の壁際に立て掛けておいた愛用の竹刀を手にする。

 

「フッ────」

 

 短く息を吐き出しながら竹刀を中段に構え、竹刀を大きく真っ直ぐに振り上げるのと同時に右足も大きく前に出し、今度は竹刀を真っ直ぐ足の脛辺りの位置まで振りおろすのと同時に左足を引きつける。

 上下素振り。剣道の素振りの中でも準備運動として用いられることが多い素振りだ。

 

「ふむ……」

 

 何度か同じ素振りをして身体の調子を確認し、問題無く動けることを理解したら今度は違う素振りを始める。

 

「ハッ────」

 

 短く吐き出した息と共に竹刀を真っ直ぐ振り上げるのと同時に右足を前に出し、今度は竹刀を真っ直ぐ振りおろすのと同時に左足を引きつける。

 正面素振り。こちらは剣道の素振りにおいてまず最初に習う1番基本的な素振りだ。

 

 身体のチェックが終わったのならば次は()のチェックを行う。

 昨日までの自分と比べてどうか、昔からの手本であった俺の記憶の中にある父達の剣と比べてどうか、それらを念入りに確認していく。

 

 どれだけ毎日真面目に竹刀を振っていたところで、進歩が無ければ意味は無い。

 少しづつでもいいのだ。昨日までの自分から僅かでも変化することが最も重要であり、その為には一振一振を全力で、そして本気で取り組まなければならないのだ。

 

 一眼二足三胆四力の言葉を意識しつつ、俺は意識を素振りのみへと集中させる。

 一振一振を大切にし、邪念を振り払い無心の精神で以てして竹刀を何十回も何百回も振り続けた。

 

「────先輩」

 

 不意に、自分以外の声が聞こえてきて俺は素振りを止める。

 声が聞こえてきた方を横目で見れば、そこには俺の通う学校の制服を着たロングストレートの紫髪頭の少女が手に何かを持ちながら立っていた。

 

「やっぱり此処に居たんですね。そろそろ準備しないと学校に遅れちゃいますよ?」

「なに?」

 

 少女の言葉を聞いて、気付く。道場の壁に掛けてある時計の針がいつの間にか8の数字を指していることに。

 

「お風呂と朝ご飯は用意しておきましたから、早く身体を洗ってこれに着替えて来てください」

 

 そう言って近付いてきた少女は手に持っていた何かを手渡してくる。

 見れば、それは俺の制服や着替えの服だった。

 

「……いつもすまないな、()

「いえいえ、私がしたいだけなので先輩は気にしないでください」

 

 俺の謝罪の言葉を聞くと、少女────間桐桜(・ ・ ・)は何が面白いのか楽しそうに微笑んだ。

 どうしてそこで微笑むのか俺には理解できなかったが、そんな俺を他所に桜は道場の外へと向かっていく。

 俺もさっさと行こうと思い竹刀を片付けようとした時、急に桜は立ち止まってこちらの方へと振り返った。

 

「それより、早くしないと本当に遅刻しちゃいますから急いでくださいね!」

「あぁ、了解した」

 

 俺がそう言うと、桜は一度だけ満足気に頷いてから今度は振り返ることなく道場の外へと出て行った。

 

「さて、少し急ぐか」

 

 竹刀を元にあった位置へと戻し、道場の掃除を少しだけ急いで行う。

 雑巾がけや掃き掃除を手短に済ませ、明かりを消してから道場を出て鍵をちゃんと閉めたのを確認した後に風呂場へと向かう。

 

「ん……」

 

 その途中、香ばしい匂いが家の中から漂ってきて、今更ながらに何も食っていなかったことを思い出した自分の腹が盛大な音を立てて空腹を訴えてきた。

 

「今日は味噌汁と飯か」

 

 このあと食べる朝食を楽しみにしつつ、辿り着いた風呂場の扉を開けて中へと入り、脱いだ胴着を洗濯機へと投げ入れあらかじめ置かれていた下着やタオルがある場所に着替えを置いてからシャワーを浴びて風呂へと入る。

 

 これが俺────衛宮士郎(・・・・)の1日の始まりだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

穏やかな日常

 一風呂浴び着替えてから居間へと行くと、そこにはテーブルの上に出来立てほやほやの朝食と1枚の紙が置かれていたが桜の姿は何処にも無い。

 首を傾げながら置かれていた紙を手に取って覗いてみれば、『先に学校へ行きますので、食べ終わった後のお茶碗とかは水に浸して置いといてください。お昼のお弁当は冷蔵庫に入れてあります』という内容の文が書かれていた。

 

 今の時刻は8時30分。我が家から学校までは歩いて十数分はかかるから、桜が先に出掛けるのも納得する時間帯だ。

 となれば、俺も朝食を取っている場合ではないが……問題無い。

 

「走れば間に合うな」

 

 桜ならば必死に走っても学校まで十分程度の時間はかかるだろうが、俺ならば軽く走るだけで数分程度で着く。

 日々の鍛錬がこういう所で生かされるのは我ながらにしてどうかとは思うが、実際それで役に立っているのだから文句は無い。

 

「さて、と」

 

 後輩が作ってくれた朝食を前にして、先程から俺の腹の虫は「早く食わせろ!」と言わんばかりに抗議の声を上げている。

 気合と根性で強引に黙らせて飯を食わずに学校へ行っても1日ぐらいならば問題無く活動出来るが、折角の真心ある料理を無駄にするのは桜に対して申し訳なさ過ぎるだろう。

 

「いただきます」

 

 テーブルの前に座った後、俺は食事の挨拶をしてから桜が作ってくれた朝食を感謝の気持ちを抱きつつゆっくりと味わいながら食べた。

 必然、時間はそれなりにかかる訳で、食べ終わった頃の時刻は8時50分だった。

 

「桜の奴め、また腕を上げたな」

 

 食器を水に浸して台所に置いた後、弁当を冷蔵庫から取り出したりして出掛ける準備をしながら先程食べた桜の料理の味を思い出し、昨日よりも更に美味くなっていたのを実感した。

 これからの桜の料理に期待を抱きつつ教材が入っている鞄を手に持って外へと出て、家に鍵を閉めたのを確認してから俺は学校に向けて走り出す。

 

「あら、おはよう士郎ちゃん。今日も学校?」

「おはようございます。はい、今日も学校です」

 

「おっ!おはよう衛宮!今日は時間ギリギリそうだけど、間に合いそうか〜?」

「おはようございます。ちゃんと間に合うように家は出てますし、そもそも俺はこれまで遅刻したことなんて1度もありませんし、するつもりも無いので大丈夫です」

 

「衛宮ー!俺だー!一緒に学校行こうぜー!」

「よかろう、ならばついて来い」

 

 道すがらにすれ違う近所のおばさんや八百屋のおじさん達からの挨拶を返し、そして偶然にも出会ったクラスメイトである後藤劾以と一緒に通学路を走り抜ける。

 朝はいつもこんな感じだ。人によっては騒々しくて嫌だと思うかもしれんが、俺としては人と触れ合えて中々に楽しいというのが本音であった。

 

「よし、間に合ったな」

 

 学校に着いて時計を見てみれば、現在時刻は8時55分。いつもよりは軽めに走ったが、充分間に合ったようで何よりである。

 

「はぁ、はぁ……え、衛宮、足、速すぎ……」

 

 隣で今にも倒れそうなぐらいに後藤は肩で呼吸をして疲れ果てた様子をしていたが、この程度の距離を走ったぐらいでそこまで疲れるのは流石に大袈裟すぎではないだろうか。

 

「後藤、おまえはもう少し身体を鍛えた方がいいぞ。今日から俺と一緒に鍛錬でもするか?」

「絶対に断る!!」

 

 後藤の身を案じてそう提案したのだが、当の本人は俺の提案を聞き入れるつもりは無いようだ。

 

「何故だ。身体を鍛えれば得することは沢山あるぞ」

「お前の場合は量がおかしすぎんだよ!!何だよ、毎日腕立てや腹筋とかを1000回以上やるって、殺す気か!!」

 

 腕立てや腹筋を1000回以上行ったところで人は死にはしないし、そもそも殺す気なんて毛頭ないのだが、今の後藤の様子を見るからにそんなことを言っても信じてもらえそうに無かった。

 

「分かった。ならば最初は軽めにして500回を目指して────」

「イソガナイトチコクシチャイソウダナー」

「むっ」

 

 棒読みに聞こえたのが少し気になるが、後藤が言うことも一理ある。ここでいつまでも話していては確かに遅刻してしまうだろう。

 

「行くぞ、後藤」

「あ、ちょ、まだ体力が回復してな……」

 

 動き出そうとしない後藤を無視して、俺は下駄箱へと向かう。

 背後から「せめておぶってってくれえええええぇぇぇぇ……」という情けない声が聞こえたような気もするが、知らん。俺はお前の親ではないのだから甘えるな。

 

 後藤を置き去りにしてクラスへと入れば、担任は案の定(・・・)まだ来ていないようだ。

 今日も無事に遅刻しなかったことに安堵しつつ席に座れば、1人の生徒が俺の所にやって来た。

 

「おはよう、衛宮」

 

 どうやら朝の挨拶に来たらしい。爽やかな笑みを浮かべている紫色のワカメヘアーが特徴的な少年に対し、俺も朝の挨拶を返す。

 

「おはよう───慎二(・・)

 

 俺がそう言うと少年────間桐慎二(・・・・)は満足気に頷いた。

 

「衛宮、何度も言うけど朝の鍛錬は少し減らしたらどうだい?君がいつも遅刻になりそうで親友(・・)としてはハラハラしてるんだけど」

「そうは言うがな、慎二。鍛錬というのは己の成長を促す大切な物だ。量を増やすならともかく、減らして疎かにする訳にもいくまい」

「それはそうだけど……」

 

 困ったと言わんばかりに苦笑している慎二を見て、俺はふと初めて出会った頃の慎二を思い出す。

 俺と慎二が出会ったのは中学生の頃。その時の慎二はこんな爽やかイケメン風みたいな感じではなく、嫌味ったらしく見るからに根暗そうな奴だった。

 

 おまけに口も悪く、人前であっても構わず罵倒したりする空気の読めない奴でもあった為、初めて会ったにも関わらず俺はこのままでは慎二が駄目な大人になってしまうのを確信した。

 だからこそ、俺は慎二に教えることにしたのだ。お前のその性格が社会に出たらどのように見られるのか、またその口悪さによってどんな弊害が起きるのか等々を懇切丁寧に。

 

『間桐、俺はお前を必ず真人間にしてみせるぞ』

『は?』

 

 要らんお節介かもしれんが、それでも出来ることなら俺は慎二の未来を少しでも明るく意味のあるものにしたいと思った。

 だからこそ俺は慎二に宣言した通りに慎二を真人間にするべく授業(・・)を開始した。

 あの時の慎二は俺の言葉を嫌がったり、時にはウザがったりして怒鳴り散らすこともあったが、それでも俺は諦めずに数ヶ月に渡り教え続けた。

 

 結果、遂に慎二が折れて俺の言うことを受け入れるようになり、そうやって色々と口調やら性格を変え続けたことで今の爽やかイケメン王子みたいな慎二が誕生したのだ。

 苦労はしたものの、慎二は真人間になれたし、自分を変えてくれた俺に恩義を感じたのか友達を1歩超えた親友になったりと、他にも色々な良いことがあったので頑張った甲斐があったというものだ。

 

「おはよう、衛宮。それから間桐も」

 

 俺と慎二が話していると、今度は眼鏡を掛けた生徒が俺達に朝の挨拶をしに来た。

 

「おはよう、一成」

「おはよう、柳洞。今日も朝から生徒会お疲れ様」

「あぁ、まぁな」

 

 少し疲れた様子をしている眼鏡を掛けた生徒の名は柳洞一成。この穂群原学園の生徒会に所属しているメンバーの1人であり、副会長(・・・)の役職を務めている。

 

「何処ぞの生徒会長様(・・・・・)がいつもギリギリ遅刻しそうな時間帯に来るからな。代わりとして俺が働かなければならないのは当然なことだが……」

 

 ジトっとした目を一成は俺に向けてくるが、それは少し待ってほしい。

 

「待て、一成。俺が仕事をしていたら自分達の仕事まで無くなってしまうから、と言って生徒会長である俺を遠ざけたのはそっちだろう」

「あぁ、確かにその通りだ。お前は自分の仕事だけでなく度を超えて生徒会役員全員の分の仕事までこなそうとするからな。しかし、それをやられては俺達他の生徒会メンバーが居る意味が無い。だからお前を遠ざけるのは必要なことだった」

 

 だが、と。一成は何故か額に青筋を立てながら俺を指差した。

 

「どこからともなく面倒な仕事を持ってくるのはいい加減やめろ!?何だ、学校を囲っているフェンスの修理やパソコンのネットワーク接続をする為の工事って!業者に頼めよ!生徒会は何でも屋なんかでは断じて無いのだぞ!?」

 

 声を荒らげ一成は怒鳴り散らすが、俺は何で一成が怒っているのかイマイチ理解できなかった。

 

「俺が生徒会長としての仕事をしていた時、お前達は挙って何か仕事が欲しいと言っていたではないか。だからこそ、生徒会から遠ざけられた俺が唯一やれることとして、教師の方々や他の生徒達に困っていることはないか聞き込みをしてお前達にそれを仕事として持ってっているのに、いったい何処が不満なんだ?」

「そもさん!」

 

 困っている人を助けられると同時に、自分のスキルアップに繋がる。

 正に一石二鳥と言えるのにいったい何が不満なんだと思っていると、何を思ったのか一成は俺の頭目掛けてチョップを落としてきた。

 

「……何をする」

「何をする、ではない!貴様には人の心が分からんのか!?」

 

 全然避けれるスピードだったとは言え、避けたら避けたで一成がさらに怒りそうだったから敢えて避けずに受けたが、この行動の意図が分からず何なのか聞いてみれば、一成はさらに怒鳴り声を上げた。

 

「まぁまぁ、落ち着けよ柳洞。衛宮がこういう奴だってことはお前もよく知ってるだろ?」

「あぁ……そうだな。よく知っているとも。だからこそ余計にタチが悪い」

 

 慎二が仲裁に入ったことで一成も冷静さを取り戻したようだ。

 だが、2人して俺のことを残念な物でも見るかのような目を向けているのは何故だ。

 

「おい、お前達────」

「おっと、そろそろ先生が来そうだ。僕は先に席に戻るよ」

「俺もだ。貴様にはまだまだ言いたことが山程あるが、それは後にするとしよう」

 

 どうしてそんな目を俺に向けてくるのか理由を聞こうとしたが、2人は俺の言葉を遮って自分の席へと戻って行った。

 

「…………」

 

 色々と聞きたいことはあったが、時間的にもそろそろ席に座っておかないとマズいのも事実。

 昼食の時か放課後の時にまた聞こうと思いつつ、一成があんなに嫌がっていたのだからついでに生徒会の手伝いをしてやろうと俺は決意した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

運命の夜

 その後、昼食の時間になったことで二人に話し掛けようとしたが慎二は女子達に囲まれていたせいで話しかけ辛く、一成は教師の手伝いをするということで忙しいらしく話し掛けられなかった。

 慎二はともかく一成は理由が理由なので仕方がなく、俺は諦めて後藤達と一緒に飯を食べた。

 

 そして時刻は進み放課後。俺が目を離した隙に慎二はいつの間にか帰っていたので、代わりに生徒会室に居るであろう一成を訪ねて生徒会室にやって来たのだが……。

 

「副会長!プログラミング部が古いパソコンを放棄して最新式のパソコンが欲しいとの申請が!」

「古くても使えるならそれを使っておけ!最新式のパソコンがいくらすると思っているのだ!?」

 

「柳洞!弓道部がまた部費を上げて欲しいと言ってきたぞ!」

「無視して結構!直接文句を言ってきたら俺が対処します!」

 

「柳洞副会長!学校周辺の近所の方から来月に行われるボランティア活動に参加してほしいという要請が来ております!」

「ボランティア参加用紙を作って各クラスに行き渡るようにしろ!少しでも多くの参加者を募るのだ!」

 

「一成!他校から学校の掃除の手伝いをして欲しいとの相談が来ているぞ!」

「他校のことなんて知るか!?自分達のことは自分達でしろ!!」

 

 生徒会室に入って直後に理解した。今、正にここは戦場と化しているのだと。

 

「うがあああ!!全くもって手が足りん!!誰でもいいから猫の手を借りてこい!!」

「そんな無茶な!?今誰も手が離せないんですよ!?こんな状況で1人でも欠けたら完全に徹夜コースですよ!!」

「分かっている!思わず叫びたくなっただけだ!!」

 

 生徒会メンバーから次々と報告を寄せられ、一成は発狂したかのように叫んだがその手は止まることなく書類の山を次々と捌いている。

 いや、一成だけではない。他の生徒会メンバーも目を血走らせながら必死になって手元の書類を処理している。

 しかし、部屋の奥にある机の上に鎮座している書類の山岳地帯を見れば、その量は一向に減っていないようだ。

 

 余程忙しいのだろう。俺が入ってきたことに誰も気付いていないことから、全員がどれだけ自分が片付けている書類に対して集中しているのかが伺えた。

 

「一成」

「今度は何だ!?」

 

 声を掛ければ一成は飢えた獣のように鋭い眼光を俺へと向け、俺の姿を捉えた瞬間に目を丸くした。

 

「俺も手伝おう。異論は無いな?」

「……あぁ、分かった。その代わり誰かの分の仕事までしようとするなよ!」

 

 途端、生徒会メンバー達から抗議の声が上がったが一成が一睨みしただけで一斉に口を閉じた。

 上下関係がしっかりしているようで何よりだが、まさか生徒会がブラック企業のようになっているとは思ってもみなかった。

 

「一成、毎日これでは全員の身体が持たんぞ。少しは休息日を挟んだらどうだ?」

「仕事を次から次へと持ってくるお前が言うんじゃない……!」

 

 一成が小さく唸るような声で何かを言ったが、俺には聞き取ることが出来なかった。

 

「とりあえず、そっちの書類の山を片付ければいいか?」

「あぁ、頼む。終わったら教えてくれ。くれぐれも無言無断で誰かの仕事を手伝おうとするなよ?」

 

 頻りに念押ししてくる一成に1度だけ確と頷き、空いている席に着いて書類の山から1枚のプリントを取り出す。

 これから始まる戦いを前にして、俺は思わずこう思う。

 

 ────別に、誰にも与えられていない書類を1人で片付けても構わんのだろう?と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────日が昇り、日が沈む。世界の半分は夜である。

 

 世にいる殆どの人々は夜になれば家へと帰り、飯を食べ、風呂へと入り、明日もまた頑張る為に眠りへと着き身体を休める。

 つまり何が言いたいのかというと────

 

「お、終わった……」

 

 ようやく俺達もそれに倣って帰ることが出来る、ということだった。

 

「ほら、一成。お茶だ。これを飲んで少し身体を癒せ」

「……あれ程の激務をこなしておきながら全然余裕そうなお前を見ていると腹が立ってくるが、有難く頂くとしよう」

 

 一成に淹れたてのお茶を手渡しながら時計を見れば、現在の時刻は夜の7時。

 学生は基本的に家でのんびりしているであろう時間帯にて、ようやく俺達の仕事は終わりを告げた。

 

「衛宮会長〜私にもお茶ください〜」

「私にもお願いします〜」

「俺にも1つよろしく〜」

「自分のも〜」

「あぁ、今淹れる」

 

 全員仕事が終わってホッとしたのか、先程までの血気迫るような様子は跡形もなく消え去り、まるで溶けかけのアイスのようにだらりとしている。

 

「お前達!だらけ過ぎてるぞ!」

「よいではないか、一成。常に気を張り続けていては疲れも貯まるだろう。時にはこうして怠けることも大事だ」

「一番だらけていないお前が言ったところで説得力は無い」

「……全くだ。ぐうの音も出ない」

 

 他人に怠けることを推奨しておきながら、いざ自分のこととなると絶対に拒否してしまう。

 別に怠けること自体は悪いことではないのだが、どうにも俺はそういうのが性に合わんのだ。

 

「とりあえず、全員ゆっくり休んでから帰るとし────」

 

 そこまで言った時だ。窓の外にある校庭の方から夢で聞き慣れた甲高い金属音が聞こえてきたのは。

 

「何だ?」

 

 咄嗟のことに気になって窓の外を覗いてみるが、月明かりも出ていない故か暗すぎて何も見えない。

 

「どうした、衛宮?急に窓の外を見るなんて」

 

 急に窓の外を見た俺を一成が不思議そうに見つめてくるが、俺はそれよりも校庭の方が気になって仕方がなかった。

 何故ならば、さっき聞こえてきた音は聞き間違いでなければ夢で何度も聞いた金属と金属が……もっと言えば、武器と武器がぶつかり合う音に寸分違わず似ていたからだ。

 

「一成、おまえはさっきの音が聞こえたか?」

「音?音なんかしたか?」

 

 そう言って一成は生徒会メンバー全員に問いかけるが、誰も聞いていないのか首を横に振る。

 俺だけしか聞いていない音。ともすればそれは俺の気のせいなのかもしれいないが、どうにも気になる。

 

「全員聞け。先程俺は校庭の方から甲高い金属音のような物を聞いた。もしかしたら俺の気のせいかもしれんが、万が一でも不審者がうちの学校に入り込んだ可能性がある」

「なにっ!?」

 

 俺の言葉を聞いてざわめき出す生徒会メンバー達。だが、そのざわめきは俺が一言「黙れ」と言っただけで消えた。

 

「皆落ち着け。あくまで可能性があるというだけの話だ。本当に不審者が入り込んだという確証は何処にもない」

 

 俺がそう言うと皆少しは落ち着きを取り戻したようだが、やはり不安そうな表情をしている。

 しかしここで下手に誤魔化して後々に様々な最悪の状況が起きるよりかはよっぽどマシだろう。

 

「一成、お前は全員を連れて裏門へと向かえ。なるべく足音を抑え、誰にも気付かれないようにゆっくりとな」

「あぁ……分かった。しかし、衛宮はどうするつもりだ?」

「決まっているだろう」

 

 生徒会室に置いてあるロッカーの中から、護身用として置いておいた2本の木刀(・・・・・)を両手に持つ。

 

「俺は入り込んだのが不審者かどうか確かめてくる。もしも本当に不審者が居たのならば、警察に通報して学校に来てくれるまで俺が代わりに対処するしかあるまい」

「なっ!?危険だ!!いくらお前とてそれではあまりにも────」

 

 俺の身を案じてか、止めようとしてくる一成に言葉を返す。

 

「俺は穂群原学園の生徒会長だぞ?生徒(おまえたち)の長である俺が、どうして生徒(おまえたち)の安全を確保しないと言えようか」

 

 偶然だったのかもしれないが、俺は生徒達からの選挙によって他の候補者達を蹴落としてまで選ばれた生徒会長だ。ならばこそ、生徒を守り、導くことこそが我が使命だろう。

 それが選ばれた者の、敗者の上に立つ勝者としての責務だ。

 

「一成、任せたぞ」

「あっ、おい!待て衛宮!!」

 

 後ろから聞こえてくる俺を呼び止める声を無視して、全速力で校庭へと向けて廊下を走り抜ける。

 願わくば、どうか何事も起きないようにと思いながら駆け付けたその先で────俺は見た。

 

 夢で見る光景と同じく、常人の目では決して捉えられない戦いをする2人の超人(ばけもの)を。

 

 真紅の槍を持つ全身青タイツの男に、黒と白の双剣を手にしている赤い外套を纏った浅黒い肌の男。

 この2人が何者で、何故武器を持って争っているのかは俺は知らない。だが、そんなことさえ気にならない程に、2人の戦いは圧倒的過ぎた。

 

 右へ左へ、上へ下へ、激流の川を流れる水の如く荒々しくも洗練された技の流麗さを伴って縦横無尽に繰り出される真紅の槍を黒白の剣で以て全ていなし、躱し、受け止める。

 激流を制するは静水。正しくその言葉の通り、黒白の剣は静かに、それでいて鋭く光る剣閃で振るわれる。

 

 技と技がぶつかり合い、両者の間で舞い散る火花が戦いに色を飾る。

 誰であっても魅せられるであろう戦いを前にし、俺はほんの僅かだが呼吸することを忘れるぐらいに見入っていた。

 この戦いをいつまでも見ていたい。本心から出てくるその思いとは裏腹に、俺の心は今赫怒の炎によって熱く燃え滾っていた。

 

「なにを、している……」

 

 確かにこの2人の超人(ばけもの)の戦いは凄い。それは紛れも無い事実だ。

 だがしかし、それでも俺は2人に対して言いたいことがあった。

 

「なにをしているんだ、貴様ら……!!」

 

 ここは学校。明日を夢見る若者達が集う場所だ。そんな所に突如として現れて、しかも校庭をぐちゃぐちゃにしておきながらいったい何を呑気に争っている?陸上部や野球部といったグラウンドを使う部活の生徒達に被る迷惑を考えていないのか?

 

 それに何よりも────生徒会の皆がまだ居るというのに、こんな所で武器なんて危ない物を振り回すこと自体が許せない。

 もし仮にでも生徒会の誰かが目の前に戦いに巻き込まれて怪我を負ってみろ。俺は絶対に貴様らを許さん。

 

 なればこそ────

 

「此処は、貴様ら何かが居ていい所ではない!!」

 

 俺は勇気を振り絞って、目の前に居る2人の超人(ばけもの)排除(・・)するべく突貫した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不退転の覚悟

 ────聖杯戦争。

 

 それは万能の願望器たる『聖杯』を求めて7人の魔術師達が死力を尽くして殺し合いをする容赦無しの“戦争“。

 戦争に参加出来るのは聖杯より令呪と呼ばれる刻印を身体の何処かに与えられた者のみであり、令呪を手にした魔術師はマスターと呼ばれるようになる。

 

 そして、マスターとなった者は聖杯戦争において必要不可欠とも言える七騎の英霊(サーヴァント)────剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)暗殺者(アサシン)の中から一騎だけ召喚するのを暗黙の了解として義務付けられている。

 前記した7つのクラスについての詳細は省くが、英霊(サーヴァント)とは過去に偉大な功績を立てた英雄が死後、人々に祀り上げられ英霊化したものを、魔術師が聖杯の莫大な魔力によって使い魔として現世に召喚したものだ。

 ただし使い魔とは言っても本質的には全くの別物であり、本来使い魔として扱うには手に余る存在である。

 

 何故なら、英霊(サーヴァント)は人の形をしてはいるものの、基本的に人知を超えた化け物ばかり。

 そんな相手を使い魔として途用するなんて限りなく不可能に近いことだが、マスターに与えられた令呪がそれを可能とする。

 

 聖杯からマスターに与えられる三画の令呪。それは召喚した英霊(サーヴァント)に対して3回のみ使える絶対命令権であり、英霊(サーヴァント)は逆らうことが出来ない。

 

 令呪を使って自分の命令に従えと命じられれば犬のように大人しく従うし、自分を殺そうとするなと命じられれば英霊(サーヴァント)はマスターを絶対に殺せなくなる。

 使い用によっては遠くに居る英霊(サーヴァント)を自分の元へと一瞬で転移させたりすることも可能だが、基本的に令呪はマスターにとって保険であると共に英霊(サーヴァント)を縛る為の鎖。

 

 使い所を見極め、ここぞという時にまで大事に取っておくべき大切な物。それが令呪だ。

 

 しかし────

 

(なんだって衛宮くんが此処に居るのよぉぉぉぉぉぉ!?)

 

 聖杯に選ばれたマスターの1人である遠坂凛は今、無性に令呪を使ってしまいたかった。

 

「オォォォォォォォォォ!!」

 

 雄叫びを上げながらこちらへと突っ込んでくる1人の少年────衛宮士郎。

 その姿を目に捉え、一般人である士郎がこの場に居るということに対して一瞬で混乱に陥った凛は内心で叫ばずにはいられなかった。

 

 今日は聖杯戦争が始まる前の謂わば前夜祭。他のマスターの居場所や引き当てた英霊(サーヴァント)の正体や痕跡の手掛かりを探るべく、全てのマスターが各々の手段で諜報活動していた。

 例に漏れず凛もまた他のマスターや英霊(サーヴァント)について少しでもヒントを得るべく足を使って調べていた所、彼女が通う穂群原学園にて同じく諜報活動をしていた槍兵(ランサー)英霊(サーヴァント)と接敵。

 

 まだ聖杯戦争は始まっていないとは言え敵同士。やむなく交戦となったが凛は自分が召喚した弓兵(アーチャー)英霊(サーヴァント)によって戦線を離脱。

 残されたアーチャーは凛に実力を見せるということでランサーと交戦。弓兵でありながら剣を使うというおかしな戦い方ではあったが、召喚される英霊(サーヴァント)の中でも最速を誇るランサーと見事に渡り合って見せた。

 

 そして、獣の如き敏捷さからランサーの真名を『クー・フーリン』と仮定。これだけでも充分すぎる程に情報を得た。

 後は宝具と呼ばれる英霊(サーヴァント)が1個は必ず持っている必殺技のような物を発動させようとしているランサーからどうやって逃げるか凛が考えていた所で、場面は現在へと至る。

 

(どうして衛宮くんがここに!?今の時間帯なら、普通学校には誰も残っていない筈でしょ!?)

 

 刻一刻と近付いてくる士郎を見て凛は困惑を隠せなかった。

 

 衛宮士郎。穂群原学園の生徒会長にして、冬木市最強と謳われる学生。

 

 曰く、冬木の地に居た数十もの不良グループをたった1人で壊滅させた。

 曰く、根の腐っていた人々の心を改心させ、多くの明るい未来を齎した。

 曰く、弱者を助けて悪を滅ぼす正義の味方。

 

 曰く、曰く、曰く……数々の伝説を持つ彼は誰にも認められる光のような存在であり、彼のことを一方的に知っている人物は数知れない。

 凛とてその1人だ。士郎と話したことは直接無いが、しかし彼のやる事成す事が全て異常であり、いつの間にか自然と目で追ってしまっているのだ。

 

 そんな士郎がこの場に居るという事実に困惑する凛を他所に、先程まで戦い合っていたアーチャーとランサーは突撃してくる士郎を奇妙な物でも見るかのように眺めていた。

 

「なんだァ?威勢よく突っ込んで来てる割りには、魔力の一欠片も感じられねぇが……あれはお前達の仲間か何かか?」

「あんな小僧など知らんよ、ランサー。大方、巻き込まれた一般人という奴だろう」

 

 さっきまで本気で殺し合いをしていた2人が呑気に会話をしている光景に凛は頭がフラッとしかけるが、それよりも士郎の方が衝撃があり過ぎて頭が痛かった。

 

「とりあえず、目撃者は殺しておかないとな」

「っ!?」

 

 士郎のおかげで場の空気が白けたことによりランサーの宝具も不発になったが、槍の矛先は完全にアーチャーから士郎へと移り変わっている。

 状況はさっきよりも最悪だ。一方的に知っているとは言え、何の罪も無いただ巻き込まれただけの士郎が殺されるなんて、遠坂の名において許す訳にはいかない。

 

「衛宮くん!逃げて!!」

 

 咄嗟に声を張り上げて逃げるように指示すると、士郎は一瞬だけ凛を見たが足を止めることなく直ぐにアーチャーとランサーへと目を戻した。

 

「あんっのバカ!?」

 

 人が善意で忠告してやったのに、それを無視するとはいい度胸だ。あとで必ずぶん殴ってやる。

 などと思いつつも、凛は頭の中でこの場をどう潜り抜けるか必死になって考える。

 

 まず一番最初に浮かんだ案はランサーをアーチャーで足止めしつつ、士郎を引き連れて全速力でこの場を離れるというもの。

 しかしこれには不確定要素が多く、もし仮にでもランサーの宝具によってアーチャーが瞬殺でもされれば自分達は逃げる暇もなく殺されるだろう。

 アーチャーの宝具でどうにかなるという線もあるが、残念なことにアーチャーは記憶喪失になっているせいで真名やら宝具やらが不明なので信用出来ない。よってこれは却下。

 

 次に浮かんだのは令呪を使った作戦。令呪による空間転移でランサーを倒すというものだ。

 作戦は実にシンプル。アーチャーにランサーと再び交戦させ、隙を見て令呪を発動。転移させたアーチャーの攻撃によってランサーを確殺する、といった感じだ。

 

 しかしこれもまた実行するにはデメリットが多い。

 まず、令呪とはマスターにとって切り札だ。それをこんな序盤で切ってしまえば後半が辛くなるだろう。

 しかも今の凛は令呪を既に一画失っている。それを考えれば残り二画ある令呪はどんな宝石よりも貴重品だ。

 

 それに、仮に令呪を使ったとしてランサーを確実に倒せるという自信はどこにある?

 むしろ、下手なタイミングで令呪を発動させて逆にアーチャーをランサーに討ち取られる可能性だってあるのだ。あまりにも賭けすぎる。

 

 浮かんでは消え、浮かんでは消えていく数々の案。そうしている内に時間はどんどん過ぎていく。

 

「死人に口なしってな。運が悪かったな、坊主」

 

 そして遂に最速の英雄が槍を構えて士郎へと向けて走り出した。

 

「っ!アーチャー!ランサーを止めて!」

「全く、無茶を言うマスターだ!」

 

 考え事をしていたせいで走り出したランサーに対応出来ず、一拍遅れてから凛がアーチャーに命令すればアーチャーはランサーの後を追って走り出した。

 しかし、一瞬という間でさえ命取り。英霊(サーヴァント)随一の俊足であるランサーにアーチャーは追い付けない。

 

 狭まる士郎とランサーとの距離。これではアーチャーは間に合わないと判断し、咄嗟に令呪を発動させようとした────その時だ。

 

「────」

 

 士郎が何かを呟いた次の瞬間、士郎の姿が消えた(・・・・・・・・)

 

「なっ!?」

 

 驚きに目を見開くランサー。しかしそれも一瞬、獣の如き直感に従ってランサーは持っていた槍を真横へと振り払う。

 直後、ガキィンという音と共にランサーの腕に鈍い衝撃が走る。

 

 見ればそこには、右手に持った木刀を振り下ろした士郎の姿があった。

 

「ッ────」

「うおっ!?」

 

 攻撃を防がれたと判断し、追撃するべく左手に持った木刀をランサーへと振ろうとしたが、そこにアーチャーが近付いてきたことで攻撃対象を変更。

 短く息を吐きながらランサーの持つ槍を蹴り飛ばしてランサーとの距離を離し、蹴った勢いを殺すことなく回転させることで威力を上げた斬撃をアーチャーへと振るう。

 

「なにっ!?」

 

 まさか攻撃されるとは思ってなかったアーチャーは驚きの声を上げながらも即座に対応。黒白の剣で以て斬撃をいなしたが、士郎の攻撃は終わらない。

 木刀を振り切るや否や、片方の持ち手を逆手に切り替え後ろを向いたままアーチャーの喉元を潰すべく正確な突きを放つ。

 

 反射的にアーチャーは上半身を逸らして避けたが、それすらも予想していたのか士郎はその場で一回転しながら体勢を極限まで低くしてアーチャーの足元を狙って木刀を振る。

 常人ならばこれで間違いなく一撃を食らうのだが英霊(サーヴァント)は違う。アーチャーは足に力を込めてジャンプし、バク転の要領で士郎の攻撃を避け、地面に足が着いた瞬間にバックステップをして士郎の攻撃範囲内から離脱した。

 

 たった十数秒で行われた攻防。それが如何に人並み外れているか理解出来なかった者はこの場に居なかった。

 

「来るがいい、超人(ばけもの)ども。生徒は傷つけさせん!!」

 

 先程までとはまるで違う。微弱な魔力と常人には決して出せない威圧感を放ちながら、不退転の覚悟を持って衛宮士郎は2人の英霊の前に立った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

明日の光を守る者

皆様のおかげで日間ランキング1位になることが出来ました。本当にありがとうございます。
これからも頑張りますので、応援のほど宜しくお願いします。

あと、そろそろ戦闘シーンが長いと思われる方が居ると思いますので、次でランサー戦を終わらせます。









「来るがいい、超人(ばけもの)ども。生徒は傷つけさせん!!」

 

 そうやって啖呵を切ったのはいいものの、現状は士郎が圧倒的不利であった。

 人間離れした超人2人を自分一人で相手するというだけでも不利だと言うのに、彼らがその手に持つ武器と士郎の持つ木刀では性能差が圧倒的に離れているのだ。

 

 敵から視線を外さないようにしながら士郎は手に持つ木刀を見遣る。

 一見すれば何の変化も無さそうに思えるが、しかし使い手である士郎には分かっていた。左右の木刀に罅が入っていることに(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 全ての魔術の基礎中の基礎である『強化』の魔術を木刀に使いながら全力で振っただけでこの有り様。あと1、2回先の攻防と同じようなことをすれば確実に両方とも折れるだろう。

 それと比べて向こうの武器は全くの無傷。それは士郎の持つ木刀とは硬さも強度もまるで違うことを証明していた。

 

 しかし戦う方法ならばまだある。確実に通用するチャンスは一度あるか無いか。その機を逃せば士郎に残るのは敗北という名の死だけだ。

 今この時においてはこれまでに無い程に集中する。この超人どもを確実に殺す為、そして一成達を守る為に士郎は油断なく木刀を構える。

 

 緊迫していく空気。誰も音を立てず、虫の声1つしない静寂な空間は世界の時が止まったとさえ錯覚させられた。

 ただの人間が命を賭けてまで真剣に英霊に戦いを挑むという過去に類を見ない程にありえない現状。それを前にして────

 

「────クハッ」

 

 ランサーは思わずといった風に、吹き出すかのようにして笑った。

 

「ハハ、ハハハハハハハハハハ────ッ!!」

 

 愉快で堪らないと言わんばかりに、豪快な笑い声が静寂だった空間をぶち壊す。

 突然笑い出したランサーに、油断せずチャンスを窺い続ける士郎とは違って凛とアーチャーは呆気にとらわれた。

 

「あぁ〜笑った笑った!こんなに笑ったのは久しぶりだ!」

 

 一頻り1人で笑った後、獰猛な笑みを浮かべながらランサーは持っていた槍を肩に担ぎ直しつつ士郎を見る。

 

「なぁ、坊主。お前本当に英霊(おれら)に勝てると思ってんのか?さっきの戦いで見てみれば確かにお前さんの筋は良いが、所詮それは生身の人間でっていう話だ。その程度の力しかない分際で、本気で自分が勝つと信じてんのか?」

「────笑止」

 

 ランサーの言葉を受け、士郎は応える。

 

「この身は常に誰かの為にある(・・・・・・・)。お前達のような超人(ばけもの)によって無辜の人々が傷つき、涙を流すというのであれば俺は必ず立ち上がろう。そして────」

 

 雄々しく、傲岸不遜に、真実を述べるかの如く。

 

「“勝つ“のは俺だ」

 

 士郎は偉大なる英霊を前にして、目を逸らすことなく堂々と自分の勝利を宣言してみせた。

 

 しかし、事情を全て知っている凛からしてみれば、その宣言は正しく自殺行為でしかなかった。

 多少は魔術を使えるものの、ドラゴンも狩った事の無い一般人が数多の怪獣怪物達を打ち倒してきた伝説の英雄に敵う道理は何処にもない。

 

 にも関わらず英霊に真っ向から喧嘩を売るような真似をした士郎の行動に頭を抱えそうになる凛とは対照的に、ランサーは更に笑みを深くした。

 

「いい目だ。絶対に負けねぇって気持ちがよく伝わってくる。今の時代の人間は全員ナヨナヨしてる奴ばっかりだと思っていたが……1人ぐらい居るじゃねぇか。しゃんとしてる男がよ」

 

 そう言って士郎を見つめるランサーの目は先程までとは打って変わっていた。

 ついさっきまでランサーは士郎のことを聖杯戦争に巻き込まれた哀れな一般人程度としか見ていなかった。しかし、今のランサーの目には士郎の姿がはっきりと別の形で見えていた。

 

 ────たった1人でありながら、決して勝ちを諦めない不退転の覚悟を持つ英雄(にんげん)の姿として。

 

「坊主、名前は?」

「……衛宮士郎だ」

 

 突然名を聞かれ、士郎は一瞬訝しげに眉を顰めたが特に秘密にする物でもないが故に己の名を口にした。

 

「エミヤ・シロウ、ね。良い名前じゃねぇか」

 

 1度だけ士郎のフルネームを口に出してから、ランサーは肩に担いでいた槍を士郎へと向けた。

 

「赤枝の騎士、クー・フーリン。我が槍に掛けてエミヤ・シロウ、貴様は必ずこの俺が仕留めよう!!」

 

 先の士郎同様、ランサーもまた威風堂々と名乗りを上げると同時に宣言すると、今度こそ凛は頭を抱えてしまった。

 サーヴァントは虚構のみで成立するものではなく、基礎(ベース)となる神話や伝説、もしくは実在の存在があるのだが、それ故に弱点なんかも明確に再現される。

 

 だからこそ、マスター達は必死になって他のサーヴァントの真名を当てようと努力し、自分のサーヴァントの真名が誰にもバレないようにしながら聖杯戦争を進めていくのが基本的な流れだ。

 

 その流れを見事なまでにぶった切ってくれたランサーの行動に凛は度肝を抜かれると共に、アーチャーが見抜いてくれた情報が本人の名乗りによって全て無駄になったという事実に脱力するしかなかった。

 

「何なのよ、何なのよこれぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「落ち着け、マスター!」

 

 とてもではないが言い表せない気持ちを体現するかのように、頭を抱えてガシガシと掻き毟る凛を必死になって止めようとするアーチャーを他所に、士郎とランサーの緊張は完全に高まっていた。

 

「クー・フーリン……確かアイルランドの光の御子だったか。そんなお伽噺の存在で自らを騙るか、超人(ばけもの)め」

「騙るも何も、御本人様なんだがな。あと、超人(ばけもの)はお前もだろ」

 

 言葉だけ聞けばとても軽快な会話に見えるが、言い合っている2人の間にはそんな和やかとした雰囲気は一切無い。

 

「んじゃ、そろそろ────」

「あぁ────」

 

 高まっていく両者の気迫。まるで直接的に剣でも突きつけられているかのようにピリピリと鳥肌が立つ。

 悠然と二刀を構え油断なく見据える士郎。槍を後ろ手に持ちクラウチングスタートの構えを取るランサー。

 今か、今か、と待ち続ける両者。高まる覇気は鬩ぎ合い、視線は相手より少しもずらさないし、ずらせない。

 

 そして────

 

「ハァッ!!」

「オォッ!!」

 

 全く同じタイミングで、二人は全速力で前へと駆け出した。

 

「食らいな!!」

 

 飛び出すタイミングはほぼ互角。しかし足の速さでは士郎よりランサーの方が何枚も上手を行く。

 全力のスピードを乗せられた真紅の槍が迫る。だがそれを士郎は避けようとせず迎撃する。

 

「フッ────!!」

 

 呼吸は一瞬。魔術により『強化』された木刀を音速に迫る勢いで襲い来る槍に向けて振り下ろす。

 

「馬鹿め」

 

 この瞬間、ランサーは半ば勝ちを確信した。

 木刀の状態を把握していたのは士郎だけではない。英霊であるランサーとて木刀の罅を見抜いていた。

 空気に当てられて木刀に罅が入っているのを忘れたのか。理由はともかくさっきと同じように木刀を振った時点で士郎の敗北はほぼ決まったも同然。

 今持っている木刀が折れればそれで終わり。ランサーならばもう一本の木刀で攻撃されるよりも先に士郎の急所を穿つことが出来る。

 

 呆気なく終わる未来を予想し、ランサーは士郎に対して失望の目を向けようとして────驚愕する。

 士郎の持つ木刀とランサーの持つ槍がぶつかり合った。にも関わらず、士郎の木刀は折れることなくランサーの槍を真下へと切り払ったのだ。

 

「んなっ!?」

 

 驚愕で目を見開くランサー。一瞬でも動きを止めたその隙を突いて士郎は二の太刀を放つ。

 狙いは首。『強化』されたことで鉄さえ容易く両断する木刀の一閃は容赦なくランサーの首元へと叩き込まれ────

 

「なめんな!」

 

 寸前、ランサーは咄嗟に片手のみ槍から離し、士郎の木刀を横合いから思いっきり殴りつけ、斬撃の軌道を強引にずらすと共に士郎の体勢を崩す。

 

「ラァッ!!」

「ッ!!」

 

 空になった真正面から槍をすくい上げるようにしてランサーは士郎を切り裂こうとするが、士郎はランサーに殴られた衝撃を活かして身体を捻りコマのように回転して両方の木刀を槍にぶつけ完全に止めた。

 

「テメェ……隠し玉を持っていやがったな(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 槍と木刀ではあるが鍔迫り合いのような形になったことで、喋る余裕が出来たランサーは口を開きつつ、その瞳は士郎の木刀へと鋭く向けられていた。

 

 本来ならば最初の1合目で終わっていた筈の戦い。なのに何故今もこうして士郎の持つ木刀が折れることなく戦いが続いているのか。その答えは木刀にある。

 木刀に宿る魔力の量────それが先程よりも何倍(・・)にも込められていたのだ。

 

『強化』という魔術は魔力を通して対象の存在を高め、文字通りの効果を発揮する物だ。

 ナイフに使えば切れ味が良くなり、ガラスに使えば硬くなるといった感じで、万能性に優れている。

 しかし、その万能さ故に極めることは難しく、この世に居る魔術師の中でも指で数えられる程度しか『強化』を極められた者は居ない。

 

 なればこそ、士郎もまた『強化』を極めたとはとてもではないが言えないが、しかし少なくともその使い方は他の魔術師よりも特殊(・・)だった。

 

 通常の魔術師が物に対して『強化』を使った時、100ある魔力の内から10程度を物に流して強化したとしよう。

 その結果、物には10の魔力が宿り、全体がそれ相応の強度を得ることになる。

 

 ついさっきまで士郎はこの方法を取っており、全身と木刀に魔力を流して強化していた。

 しかし、今の士郎がやっているのはその最小化(・・・)。範囲を狭め極限まで強化するというやり方だ。

 

 先述した通り、『強化』の魔術は魔力を通して対象の存在を高め、効果を発揮する物。ならば、全体に魔力を通すのではなくたった1部分に魔力を通せばどうなるか?

 100ある魔力のうちの10を木刀の切っ先にのみ集めて流す。そうした場合、木刀は切っ先だけが鋼のような硬さにまで強化されるのだ。

 

 幼い頃、魔術を教えてくれた育ての父が亡くなった後、偶然にもこの方法を見つけた士郎は他にも色々と試してみた。

 その結果、刃の所を強化すればそこだけ切れ味は格段と上がり、柄のところを強化すれば耐久力が跳ね上がった。

 

 そしてそれは人体にも使えるようで、士郎はこの方法を使って様々な鍛錬を己に課した。

 誰かの為に強くなる(・・・・・・・・・)────物心ついた時からいつの間にか己の胸にあったその思いに何時だって突き動かされてきた。

 

 故に練習した。ミソッカス程度の魔力しか無くても、文字通り血反吐を吐きながら父より教えられた数個の魔術を愚直なまでに鍛錬し、応用し、反復し続けてきた。

 その過去が積み重なり、今の士郎がある。

 

「クー・フーリン、貴様は確かに強い。だがな────」

 

『強化』を発動させ、士郎は腕と木刀を強化した。

 

「生徒を守り抜かんと願う限り、俺は無敵だ!」

「っ!?」

 

 強引にランサーの槍を打ち払い、がら空きとなった胴体に一撃を入れようとするが、それはランサーの巧みな槍捌きによって防御されるもランサーはそのまま弾き飛ばされる。

 再び両者の間に距離が生まれ、ランサーは信じられない物を見るかのように士郎を見た。

 

「来るがいい、明日の光は奪わせんッ!!」

 

 木刀をランサーへと向けながら、士郎は熱く雄々しい言葉を言い放った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

根性

 突如始まった生身の人類vs歴史に名を残した英霊との真剣勝負。それを完全に観客視点で見ている凛は、驚き過ぎて逆に冷静になっていた……気持ち的には。

 

「ねぇ、アーチャー。私も頑張れば英霊と張り合えるのかしら?」

『正気に戻れマスター。魔術師であったとしても、生身の人間には決して無理だ』

 

 目の前の現実を受け止め切れず、思考回路は今も乱れたままの状態。

 よくギャグ漫画などでキャラクターの目がぐるぐる巻きになっている描写があるが、今の凛は正しくそれと同じ目をしており、アーチャーはそんな凛を不憫に思いながら必死に諭していた。

 ……ちなみにこの時アーチャーは霊体化しており、ちゃっかり戦線から離脱して安全圏の中に居る。

 

「大丈夫よアーチャー。ほんの少しの魔力しか感じ取れない衛宮くんが、あぁやってランサーと互角に戦っているもの。なら、私だって出来る筈だわ」

『無理だ。というより、それは普通の人間が出来ちゃいけないことだぞ』

「じゃあアレはなに!?実は衛宮くんも英霊だったとでも言うつもり!?もしそうなら、同じ学校に通っておいて一欠片もそれに気付けなかった私は魔術師として失格ね!あっははははははは!!」

『マスター……』

 

 とうとう壊れた玩具のように笑い始めた凛に、アーチャーはかける言葉を見い出せず、目を背けるしかなかった。

 アーチャーと凛がそんな風にコントじみた会話をしている最中、士郎とランサーの戦いはさらに激化していた。

 

 繰り出される斬撃の嵐。それをたった一撃で粉砕する真紅の稲妻。更にその稲妻を切り裂く鋼鉄の斬撃。

 

 時折見せる常人離れした技の流麗さは見事なまでに素晴らしいが、それを上回る程に力と力が真正面からぶつかり合う荒々しい両者の攻撃が戦闘を印象付ける。

 

 相手の繰り出す攻撃をより強い力で捩じ伏せ、捩じ伏せられればさらに強い力で捩じ伏せ返す。

 まるでイタチごっこのような光景がいつまでも続き、戦闘は終わる気配を一向に見せない。

 

「クハハ、アハハハハハハハハ────ッ!!」

 

 そんな戦いの中、槍を振るいながらランサーは笑う。

 初めて玩具を与えられた無垢な子供のように、楽しげな笑い声を上げ続ける。

 

「いいぞ、もっとだ!もっとお前の力を見せてくれ!!」

「言われるまでもない」

 

 ランサーが力を込めて槍を振るえば、それに応えるかのようにして士郎の木刀がさらなる力を持って振るわれる。

 いくら魔術で『強化』されているとは言え、普通の人間が出せる筋力の限界などとうに超えているというのに、士郎の力が劣ることは決して無い。

 

 まるで力の限界など存在しない(・・・・・・・・・・・)と言わんばかりに襲い来る二刀の木刀をランサーは真紅の槍で受け止めることは絶対せずに受け流す。

 何故ならば、今の士郎が出している力はサーヴァント並(・・・・・・・)であり、もしここで受け止めようものなら士郎の攻撃に耐え切れずに防御を崩され致命的な隙を見せてしまうからだ。

 

 もはやランサーの中に士郎が一般人という認識は無い。この生身の人間でありながら英霊の領域に足を踏み入れている衛宮士郎という男は紛れもなく現代を生きる英雄に他ならない。

 なればこそ、加減など一切しない。常に全身全霊、全力全開で相対する。

 

 それが目の前の英雄に対する礼儀であり、ランサーから送る感謝の気持ちなのだ。

 

 ────そうだ、俺は感謝している。この聖杯戦争に参加出来たことを、そしてお前という益荒男に出会えた運命を。

 

 “死力を尽くし、強者と戦う“。それこそが俺の唯一無二の望みであり、古今東西の英霊が集う聖杯戦争は正にうってつけの場所だった。

 聖杯なんて物は別段欲しいとは思わない。自分の願いは自分の手で叶えてこそ意味がある。物に頼って願いを叶えるなんざ女々しいだろうが。

 

 だから聖杯(そんなもの)はマスターだろうが誰だろうが簡単にくれてやる。その代わり俺に寄越せ、血肉沸き、心躍る闘争を────。

 そう思っていた矢先に出会った強者。それがお前だ、エミヤ・シロウ。

 

 能力を隠そうともしない、卑怯な手を打とうともしない、勝ちを諦め逃げようともしない。

 手の内を晒そうとも決して諦めずに不退転の覚悟を決め、勝つ為の活路を見出す為に死地さえ恐れず突っ走り、真っ向から力でぶつかってくるお前は正に理想の強者だ。

 

 そうだ、強者っていうのはそういうもんだ。相手が格上であろうと自分の力を信じ、どんな手段であれ勝利を得るためならば僅かな可能性であろうと掴み取ろうとする強い意志を持った奴のことを言うんだ。

 

 俺がそうであるように、お前もまたそうだ。身体だけでなく心まで強ぇ奴。そう言った奴は人々から英雄と呼ばれる。

 だから俺はエミヤ・シロウを1人の英雄として認める。例えまだ何の英雄譚も成し遂げていないのだとしても、この男ならば必ず歴史に名を残すような何かをしでかす(・・・・)に違いない。

 

 確証なんて無いが、それでも確信していた。なんせ、この男は英雄として生きた俺達と同じで常人から掛け離れたもの(・・・・・・・・・・・)を持っているからだ。

 

 だからこそ────

 

「悪ィな」

 

 ランサーは謝りの言葉を放ちながら心の底から思った。惜しいな(・・・・)、と。

 

 もしもサーヴァントになった今ではなく、生前の頃の自分と出会えていたならば。

 

 もしも衛宮士郎が今ではなく、もっと技術や体格といったあらゆるステータスが成長し、完成しきった状態で出会えていたならば。

 

 もしもマスターが今の人物ではなく、前のマスターだったならば。

 

 もっともっともっと────この英雄と心置き無く最後まで戦えたというのに。

 

「ハッ!!」

「っ!?」

 

 木刀と槍で殴り合っていた今までの戦いを断ち切るかのように、ランサーは魔力を一瞬だけ解放して空中に何かの文字を描くとその文字は火の玉と成って士郎へと飛んでいき、士郎がそれを斬り落とすタイミングに合わせてランサーは後方へと大きく跳んで士郎から距離を置いた。

 

「悪いな、エミヤ・シロウ。痺れを切らしたマスターからいい加減決着をつけて帰ってこいって催促されてな。そろそろこの戦いも終わらせなきゃなんねぇ」

「なに……?」

 

 マスターという単語を聞いて疑わしそうに目を細める士郎を見て、やっぱりこの男は聖杯戦争について何も知らないのだとランサーは理解した。

 本当に巻き込まれただけの一般人……いや、巻き込まれただけの英雄に過ぎない士郎に対し、ランサーはこの戦いが始まってから初めて朗らかに笑って見せた。

 

「まっ、冥土の土産に聖杯戦争について教えてやってもいいが……あぁ、分かったから黙ってろよマスター」

 

 マスターとサーヴァントを繋ぐパスにより送られてくる念話を聞き、ランサーはげんなりとしながら適当に答えると、最初の時のように槍を後ろ手に構えてクラウチングスタートの格好を取った。

 

「楽しませてくれた礼だ────その心臓、貰い受ける」

「────ッ!!」

 

 そう呟くや否や、ランサーの槍に真紅の魔力が迸り、それを見た士郎は警戒をより一層強くする。

 

「いくぜぇッ!!」

 

 警戒する士郎を前に、弾丸の如くランサーは飛び出す。

 

 そして────絶対に放たれてはならない魔槍が解き放たれる。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!!」

 

 槍の先端より解き放たれた真紅の魔力は稲妻の軌跡を描きながら士郎の心臓を貫くべく差し迫る。

 唯ならぬ魔力を感じ、強く警戒していた士郎は一瞬で防御へと移行。木刀に全魔力を注いで『強化』を施す。

 

「ぐっ……!?」

 

 最大強化を施した木刀と真紅の魔力がぶつかり合い、あまりの衝撃に身体が吹っ飛びそうになるのを足腰に力を入れて耐える。

 筋肉の筋1本足りとも力を抜けない。もしも少しでも力を弱めようものなら確実に自分が死ぬ予感が士郎にはあった。

 

 鬩ぎ合う魔力と木刀。1秒ごとに失われていく魔力を補填するために全力で稼働し続ける魔術回路が焼き切れそうになる。

 口から血を吐き出し、頭の血管が幾つも切れたようか音が聞こえたが関係ない。今ここで踏ん張らなくてどうするというのか。

 

「オォォォォォ────ッ!!」

 

 弱音を吐く己の身体に気合い一喝。無理をしてでも自分の都合のいい道理を押し通す。

 そして暫くして、ついに真紅の魔力が掻き消える。全身をボロボロにさせながらも、何とか凌ぎ切ったことに士郎が安堵した────刹那。

 

「あ、がっ……!?」

 

 胸に走る激痛。視線を下に移してみれば、そこには消えた筈の真紅の魔力が士郎の心臓部を刺し貫いていた。

 

「無駄さ。コイツは因果を逆転させる呪いの槍。防御したところで心臓を刺し貫かれるという因果は余程の幸運でも無けりゃ絶対に変わりはしねぇ」

 

 いくら化け物じみた身体能力を持っていたところで、心臓を刺されて動ける人間は一人もいない。

 地面へと倒れかけた士郎の身体をランサーは支え、そっと地面に下ろす。

 

「……最後まで武器は手放さなかったか」

 

 士郎の手には今も木刀が強く握られており、それが最後まで戦ってみせるという士郎の強い意志を体現していた。

 

「じゃあな、エミヤ・シロウ。お前と戦えて楽しかったぜ」

 

 その言葉は本当に強い英雄として最後まで戦ってみせた士郎に対する大英雄クー・フーリンからの敬意を表したもの。

 安らかに眠れ、と。そう言い残してランサーが背を向けた────その時だった。

 

「────まだだ」

 

 背後から聞こえてきた声。それはもう聞ける筈の無い声であり、驚愕するランサーは咄嗟に背後を振り向こうとした。

 だが、それよりも先にランサーの身体に衝撃が走る。

 

「な、にっ!?」

 

 肩から脇に掛けて走った強い衝撃と激痛。見れば、そこにある筈の腕は無くなっており、砕け散った木刀の破片と共に鮮血を撒き散らしながらランサーの腕が宙へと舞っていた。

 本日何度目かも分からぬ驚愕。しかし今回のはケタが違っていた。

 

 死んだと思っていた。もし仮に生きていたとしても、動ける筈が無いと思っていた。

 なのに、なのになのになのに─────

 

「何で立ってやがる!?エミヤ・シロウッ!!」

 

 ランサーの視界に映るのは一人の男。

 全身から血を噴き出し、心臓のある胸からは見るからに致死量の血が流れているのにも関わらず、砕けた木刀の柄を捨ててもう一本の木刀を強く握り締めて構える────衛宮士郎の姿だった。

 

「決して譲らん。勝つのは俺だ」

 

 今にもくたばりそうな死に体でありながら、士郎の瞳はギラギラとした光を放っている。

 ─────士郎はこの時をこそ待っていたのだ。ランサーが完全に油断した瞬間、一撃を叩き込める致命的な隙を。

 

 本来なら木刀が折れて完全にこちらが油断した演出をし、攻撃してきたランサーの槍を腕を盾にして(・・・・・・)防ぎつつ斬撃を叩き込む予定だったが、まさか心臓を刺し貫かれるとはさしもの士郎も想像していなかった。

 意識が朦朧としたせいで手元が少し狂ったものの、やるべきことは何一つとして変わらない。

 

 今こそ成すのだ────根性論のカウンター(・・・・・・・・・)を。

 

「ハァッ!!」

 

 呆然として防御すらしないランサーに向けて、士郎は『強化』された木刀を振り下ろし────空を切った。

 目の前に居た筈のランサーは一瞬、赤い魔力に身を包まれたかと思った次の瞬間には姿を消し、この場から居なくなったのだ。

 

 斬る対象を失った木刀はそのまま地面へと突き刺さり、『強化』が切れたと同時に粉々に砕け散る。

 そして、士郎の身体もまた地面へと倒れ伏す。

 

「ちょ、衛宮くん!?」

 

 誰かの声と駆け足で近付いてくる足音を最後に、士郎の意識は闇へと消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7人目のマスターと成りて

 ────次に意識を取り戻した時、俺は暗闇の世界に居た。

 

 右も左も、上も下も、全方角を見てもあるのは闇、闇、闇。

 形容するとすれば正しく闇の世界。先程まであった筈の校舎や校庭はこの場の何処にもない。

 この世界にあるのは闇の中に佇む自分の姿だけ。他には何一つとして存在していなかった。

 

「ここが死後の世界……というやつか」

 

 最後の記憶に残された明確な死。心臓を刺され、致死量の血を流していた自分があの状態から助かる道理は無く、ならばここは死んだ後の世界ということになるのだが、意外に殺風景な所過ぎて面白みも何も無い、というのが正直な感想だった。

 テレビや雑誌なんかではよく三途の川があるだの、閻魔大王が居るだのと言っていたが、どうやら全部嘘っぱちのようだ。

 

 やっぱりそういった物は当てにならんな、と思っていると不意に足元に何かが絡み付いた感触と共に視線がガクッと低くなる。

 視線を足へと向ければ、そこには影のような黒い何かがまるで捕食するかのようにして俺の足へと纏わり付いており、それはゆっくりとだが徐々に足先から胴体の方へと向けて上ってきているのが感触で分かった。

 

 ────これに呑み込まれたら最後、衛宮士郎という人物は完全に消滅する。

 

 直感的にそう感じ取るも、俺にこれをどうにかする手段は無い。

 死した人間が蘇るのはアニメや漫画の世界だけ。なればこそ、これは定められた終わりであり、どんな人間であろうと黙して受け入れるしかなく────

 

「否、まだだ(・・・)

 

 しかし、それを俺は否定する。

 

「これが終わりだと?これが運命だと?冗談ではない、認めるものか。俺はまだ、何も成せていない(・・・・・・・・)

 

 父に拾われた10年前────今も尚覚えているあの地獄の日から、俺がやってきたのは自分を鍛えることだけだ。

 そしてそれは来るべき時(・・・・・)に向けて行っていたに過ぎず、その時は未だ訪れていない。

 

 だというのに、死を受け入れろと?諦めてこのまま影に呑まれて消滅しろと?

 

「────笑止。悲願を果たせぬまま死ぬなど断じて認めん」

 

 あぁそうだ、認めない。認められる筈が無い。こんな終わり方があってたまるか。

 助かる手段が無かろうと関係ない。これは俺の意地(・・)だ。

 

「こんな馬鹿げた結末が定められた運命であると言うのであれば─────」

 

 やるべきことは、ただ一つ。

 

破壊する(・・・・)。粉々に砕き、壊滅し、一欠片も残さぬよう徹底的に潰すのみ」

 

 さぁ、やるべきことは見つかった。あとは実行へと移すだけだ。

 方法なんて一切分からないが、やると決めたならやり通す(・・・・・・・・・・・・)。その方針だけは今までも、そしてこれからも変わることは決して無い。

 

 体内にある魔術回路を全て起動させ、焼き切れる勢いで稼働させる。

 遮二無二に身体を動かした所で恐らくこの影に意味は無い。なればこそ、魔術による渾身の一撃に頼る他なかった。

 刻一刻と迫り来る影。既に胴体の半分ぐらいまで上がってきており、完全に呑み込まれた下半身は身体としての感覚が一切無い。

 

 影の侵食スピードを考えれば、チャンスはたった1度きり。この1回に俺は俺自身の全てを叩き込む。

 

「消え失せろ闇よ。俺はまだ死ねんのだッ!」

 

 全魔力を右手へと注ぎ込み、過去最高にまで『強化』された拳を強く握り締めて世界そのものへと叩き付ける────刹那。

 

『────そうだ。それでこそだ、我が宿敵よ(・・・・・)

 

 聞いたことのあるような、しかし聞いたことの無いような気もする声が耳に届いた直後、叩き付けられた拳によって世界は反転する。

 闇一色だった世界が今度は光一色へと移り変わり、あまりにも眩しすぎる世界を前にして思わず目を閉じた。

 

 そして暫くしてからそっと目を開けてみれば、そこに光の世界は無かった。

 代わりにあったのは1つの部屋。使い古されたタンスや、シミが出来ている天井など、何処か見慣れた光景が目に映る。

 

「俺の部屋、か……?」

 

 視界に入っているのは紛れもなく俺の自室。まさかこれまでのことは全て夢だったのか、と一瞬そう思ったがそれは俺が今着ている血塗れの制服が否定していた。

 状況をいまいち理解出来ずにいると、不意に部屋と部屋を遮る襖がゆっくりと開いた。

 

「あっ、良かった。気が付いたみたいね」

 

 そう言いながら入ってきたのは一人の少女。長い黒髪をツインテールにし、赤い服を身に纏った彼女のことを俺は知っていた。

 

「遠坂凛……?」

「そうよ。初めまして、衛宮士郎くん」

 

 優雅に微笑みながら何処ぞの令嬢のようにお辞儀をする遠坂を見ながら、俺は首を傾げる。

 容姿端麗で文武両道、しかも才色兼備のミス優等生として彼女はうちの学校で有名であり、多くの生徒から憧れの的として見られている。

 そんな彼女が何故俺の部屋に?と俺が疑問に思っていると、部屋の中に入ってきた遠坂は襖を閉めることもせずにズカズカと近付いてくるや否や俺の胸ぐらを掴み上げた。

 

「さぁ、目が覚めたのならキリキリと話してもらおうじゃない。アンタのことや、サーヴァントと戦えたカラクリをね」

「は?」

 

 全く目が笑っていない笑みを浮かべながらまるで不良の恐喝のようにそう口にした遠坂の姿からは、先程まで感じられた優雅さが微塵も感じられなかった。

 豹変した遠坂を半ば呆然と見つめていると、俺のその様子をどう受け取ったのか彼女は額に青筋を立てた。

 

「こちとら瀕死の重傷だったアンタの治療をする為に御先祖様が遺してくれた貴重な宝石を使ったり、生徒手帳に書いてある住所を見て態々ここまで気絶しているアンタを連れて帰ってきてあげたりしたんだから、何も話さないなんて絶対に許さないわよ」

 

 キッと目を吊り上げ、絶対に逃がさないと言わんばかりに目をギラギラと光らせる遠坂の姿には少しばかり困惑を覚えたが、俺とて色々と知りたいことが沢山ある。

 現状を正確に理解するべく、俺は遠坂との話し合いを開始した─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり何?アンタはその養父の人から魔術を教わっただけのほぼ一般人で、サーヴァントと渡り合えたのは特別な魔術とかを使った訳でもなく、単なる気合いと根性だったってわけ?」

 

 場所を居間に移し、服を着替えてから遠坂との情報交換をすること凡そ十分後。俺は遠坂から聖杯戦争やサーヴァントについての知識を手に入れ、遠坂には俺の一部の過去や学校で行った戦いについて教えた。

 その結果、「何それ意味わかんないぃぃぃ……」などと言いながら遠坂は頭を抱えて机に突っ伏しているが、彼女のおかげであの超人(ばけもの)どもの正体を知ることが出来たのは僥倖だ。

 

「遠坂、サーヴァントっていうのは基本的に全員あれ程までの戦闘力を有しているのか?」

「そうでもないわ。サーヴァントの力はクラスだけじゃなくて召喚された地での知名度とかでも左右されるの。例えば世界的にも知名度が高い大英雄とかならさっきのランサーみたいに強いステータスを持っているし、そこまで有名じゃないサーヴァントのステータスは軒並み低いわ。まぁそれでも普通の、ふ・つ・うの人間じゃ到底敵わないけどね」

 

 普通という単語を強調し、まるで俺が普通じゃないと言外にそう言っている遠坂には悪いが、俺の場合はあくまで普通だろう。

 俺があそこまでサーヴァントと戦えたのも、単にこれまでの鍛錬が生きたから。

 つまり、誰であろうと本気になって身体を鍛えればサーヴァントと戦えるぐらいには強くなれるということであり、そう考えれば俺は普通の一般人に過ぎないだろう。

 

 ……だがそれは十年単位で毎日努力し続ける必要があり、それが普通の人間では出来ない事だと言われてしまえば何の反論も出来ないのだが。

 

「それにしても、聖杯戦争か……」

 

 7人のマスターがサーヴァントを使って殺し合い、最後の一人になった者が万能の願望器たる『聖杯』を手に入れる戦争。

 そんなものがまさかこの地で行われているなんて思ってもおらず、あんな目にあったというのに実感が湧いてこない。

 

 ────しかし、それはそれとして、だ。

 

「遠坂、俺も聖杯戦争に参加するぞ」

「はぁ!?」

 

 俺がそう言うと、遠坂は目を見開いて驚いた。

 

「アンタ私の話ちゃんと聞いてた!?」

「あぁ、聞いていたとも」

 

 7人の人物が胸に秘めた願いを叶えるべく“勝利“を目指す。それだけ聞けばなんともバトルマンガによくありそうな展開だ。

 しかし、実際はサーヴァントという正真正銘の化け物達に行われる周りを一切考慮しない地獄の闘争。そこにこの街で生きる人々の安寧は存在しない。

 

 戦う術を持たず、力も無く、今という穏やかな時間を過ごす人々がサーヴァント同士の戦いに巻き込まれたら最後、待っているのは“死“だけだ。

 

「サーヴァントを含め、お前達マスターが殺し合いをするのは別に構わん。それはお前達の純然たる私闘であり、俺が口出しするようなことではない。だがな、戦いの余波でさえこの街に住む民達に危険が及ぶというのであれば話は別だ」

 

 この街には何十万人もの人々が住んでいる。その人数が聖杯戦争によって果たしてどれだけ減らされると言うのであろうか。

 十か、百か、それとも千か。ともすれば万を超える可能性だってあるだろう。

 

 いや、もしかしたらそれ以上の可能性もある。万能と言われている程の『聖杯』を手にしたマスターが、もしもこの世の破滅を願ったりしたら果たしてどうなる?

 この街だけでなく全世界という規模で数えるのも馬鹿らしくなる程の人々が死に絶え、世界は本当に終末を迎えるのではないか?

 

 あくまでこれは俺の想像の中での話でしかないが、しかし10年前に起きた大災害によって多くの人々が亡くなった時のように、今度は誰かの手によって人為的に沢山の人々が殺される羽目になるなど断じて見過ごせん。

 

「例え相手が何であれ、誰であれ、俺は全てに勝利して(・・・・・・・)聖杯戦争を必ず止める。人々の生きる未来は決して奪わせはしないッ!」

 

 そう強く断言した次の瞬間、突如として俺の右手に赤い魔力が迸る。

 それはあの時、俺が気絶する直前にクー・フーリンと名乗っていた槍兵が姿を消した時に見た物と全く同じだった。

 

「嘘っ、まさかそれって!?」

 

 遠坂が驚きの声を上げながら立ち上がると同時に、赤い魔力はフッと消えた。

 魔力の消えた後に残された俺の右手の甲には、幾つもの刀を重ね合わせたかのような不思議な形をした紋章が刻まれていた。

 

「令呪……ってことは、意志力1つで『聖杯』に参加を認めさせたっていうの?嘘でしょ?」

 

 そう呟く遠坂の瞳は、生きていた頃の俺の父によく似ている死んだ魚のような目をしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

上下関係はしっかりと

 ────どうしてこうなったのだろうか。

 

 目の前で繰り広げられている光景を眺めながら、凛は言葉に出さずに胸の中でそう呟く。

 

「そこッ!」

「甘いぞ、セイバー。俺がマスターだからと言って遠慮することはない。もっと本気を出せ」

「ぐっ……言ってくれますね。本当に怪我をしても知りませんよ、マスター!」

 

 場所は衛宮家にある道場。そこでは今、この家の家主である衛宮士郎と、1人の英霊が竹刀を持って腕試しという名の本気に近い殺し合いが行われていた。

 校庭で見せたランサーとの戦いのように『強化』の魔術によって目にも止まらぬ速さで竹刀を振るう士郎に、人類を超越した存在である英霊が僅かでも圧されている光景は凛の中にあった英霊に関する知識に罅を入れさせ、思わず「英霊ってなんだっけ?」と改めて考えさせられるぐらいにはありえない物だった。

 

 あまりにも非現実的すぎる光景を生み出している張本人は、ちゃんとそのことを理解しているのか、いないのか。

 どうせ分かってないんだろうなぁ、と思いつつ凛は呟く。

 

「ほんと……どうしてこうなったのかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────事の発端は少し前のこと。

 

「衛宮くん、これからサーヴァントを召喚するわよ」

 

 士郎が令呪を授かったことにより、暫しの間だけ現実逃避していた凛は正気に戻るや否や開口一番にそう告げた。

 

「急だな、遠坂。いきなりどうした?」

「どんな理由であれ、令呪が現れたということはアンタがマスターに選ばれた証よ。なら、サーヴァントを召喚しないといけないわ。じゃないと、他のマスターと敵対した時にサーヴァントとマスターの2人から狙われることになるわよ」

 

 魔術師としての知識は幾らかは知っているが、聖杯戦争に関することは全くと言っていい程に無知であった士郎の為を思っての提案。

 敵に塩を送るような行為だが、関わってしまったからには最後まで関わろうとする彼女の責任深い性格がそうさせた。

 

 ……それになにより、この明らかに人間をやめた身体能力を持っている士郎が下手に一人でサーヴァントを召喚した場合、何かヤバい英霊を呼び出す予感がして見過ごせなかったというのが1番の理由だ。

 

「分かった。どうすればいい?」

「まずは魔法陣を用意するの。本来なら家畜とかの血液を使うのが正しいんでしょうけど、水銀や融解した宝石とかでも代応できるわ。後でウチにある要らない宝石とかを取ってくるからそこは問題無し。魔法陣の書き方や召喚する時の呪文もちゃんと教えてあげるから安心して」

 

 だけど、と。そこで凛は口を閉ざした。

 

 英霊召喚において最も大事である、英霊との繋がりを持つ為の『触媒』。それを今から用意することは凛には出来ない。

 何も必ず要るという訳では無いし、かく言う凛は『触媒』無しで英霊を召喚してみせたのだから無くても問題無いと言えるが、その結果がサーヴァントの記憶喪失だったりステータスが低かったりだのであり、散々な目に遭っている最中だ。

 

 それに、『触媒』というのは特定の英霊を引くために使う物。もしも士郎が凛と同じく『触媒』無しで英霊を召喚した場合、現段階で残されたサーヴァントのクラスはセイバーのみであり、となれば剣に関わる逸話を持つ英霊が呼ばれることは推察できるが、そこから先は完全に運任せのランダムとなる。

 

 もしこれで『叛逆の騎士』として悪名高いモードレッドでも召喚されれば、この地は本当に更地になるかもしれないのが凛には容易に想像することが出来た。

 冬木の地を管理しているセカンドオーナーとして、そんなことをさせる訳にはいかない。安心で且つ安全なサーヴァントを呼ぶ為にも『触媒』が必要だ。

 

「衛宮くん、アナタ曰く付きの物とか持ってない?例えばその……ジャンヌ・ダルクが持っていた剣とか」

「そんな物がある訳ないだろう」

 

 馬鹿を見るような目を向けてくる士郎に対して少しイラッとしたものの、聖女として名高いジャンヌ・ダルクを引ければ一先ずは安心できるので試しに言ってみただけであり、そんな物が一般家屋に置いてある訳ないことは凛としても最初から分かりきっていたので特に反論はしなかった。

 

「じゃあ剣でも何でも構わないから何か無い?英霊を召喚するのに必要なのよ」

「そうか……なら、何かないか探してみるとしよう」

「ちょ、衛宮くん?」

 

 凛の話を聞いた直後、立ち上がって何処かへと歩き去っていく士郎に困惑しつつ、慌てても凛も立ち上がって後を追いかける。

 

「どこに行くつもりなの?」

「我が家にある土蔵だ。昔、父が海外から取り寄せていた変な物とかを全部纏めてそこに置いてある。探せば何かあるやもしれん」

「そうなんだ……」

 

 士郎は特に気にしていないようだが、亡くなった人の話を急にされたことで凛は反応に困ってしまい、つい返事が雑になってしまった。

 そのことを分かっているのだろう。士郎は凛に対して何かを言うこともなく無反応のままだった。

 

「それより遠坂、英霊を召喚するのに注意すべきことは何かあるか?」

「そうね……上下関係はしっかりと分からせることかしら。サーヴァントって言っても相手は元人間だし、初見でいきなり上から目線とかで話す奴も居るから『マスターであるこっちが上なんだぞ』ってはっきりと分からせてやるの。自分なりの手段を使って言うことを聞かせるのが1番だろうけど、最悪の場合は令呪を使って言うことを聞かせるようにしても構わないと思うわ」

 

 自分みたいに、という言葉は流石に口に出さず胸の中にしまっておいた。

 

「自分なりの手段、か……」

「まぁそこは今のうちに考えておけばいいわ」

 

 凛と士郎がそんな話をしている内に蔵へと着き、入口の施錠を解除してから共に中へと入れば、きちんと整理整頓された状態で置かれている沢山の物品が凛と士郎を出迎えた。

 

「へぇ、ちょっと意外。こういうとこってもっとゴチャゴチャとしてて汚い感じだと思ってたわ」

「全員が全員そうとも限らん。俺は汚いのが嫌だから整頓も掃除もしているだけだ」

「衛宮くんって案外マメな性格をしているのね」

 

 意外な一面を垣間見たことで凛が少し驚いているのを他所に、士郎は置いてある物の中から召喚に使えそうな物を探し始め、凛も直ぐに士郎とは別の所を探し始める。

 海外土産の定番であるトーテムポールやミニチュア版モアイ像から始まり、何かの石や欠けた茶碗などといった使い用途が全く無い物が出てくるがしかし、一向に『触媒』に使えそうな物は見当たらない。

 

「あぁもう!何も見つからないじゃない!」

「つっ!」

 

 何も見つからないことに苛立ちを募らせた凛が持っていた物を勢いよくぶん投げると、運悪くそれが士郎の方へと向かっていき頭へと直撃した。

 

「遠坂……」

「ご、ごめん。態とじゃないのよ?ほら、血が出てるから手当するわ」

 

 恨めしいと言わんばかりに鋭い目を向けてくる士郎の額からは血が一筋流れており、凛が慌てて謝りながら傷の手当をする為に士郎に近付こうとした────その時だ。

 

 蔵の中にある空いていた一部のスペースに、未完成の(・・・・)魔法陣が突如として浮かび上がったのは。

 

「えっ!?何で魔法陣がここに!?」

「なに?あれが魔法陣だと?」

 

 驚愕する凛の言葉を聞き、魔法陣を初めて目にした士郎は僅かに目を見開く。

 2人が驚いている内に、窓の隙間から覗き込む月光に照らされた銀色の魔法陣は自動的に着々と完成へと向けて描かれていく。

 

「ちょっと衛宮くん!アンタほんとは魔法陣知ってたの!?」

「知らん。そもそも俺は魔術師としては見習いレベルだ。魔法陣なんて今日初めて知ったぞ」

「じゃあ何でここに魔法陣があるのよ!?」

 

 ギャアギャア騒ぐ凛と冷静に魔法陣を警戒する士郎。相反する二人を他所に魔法陣は止まることなく描かれ続け、そしてついに完成された時、魔法陣から眩い光が発せられ蔵全体を照らした。

 

「眩しっ!?」

「ぐっ……!」

 

 発せられた光は一瞬。直ぐに消えたものの咄嗟に手で目を覆うことすら出来なかった二人は目を細めながら魔法陣の方を見る。

 そして、気付く。魔法陣があった所に立つ1人の人物の姿を。

 

「問おう────」

 

 凛とした声が通る。その美しき声に、そしてなにより感じられるランサーと同じ大英雄としての気配に、士郎と凛の二人は言葉を無くす。

 ようやく目が元に戻った時、二人は目にする。魔法陣の上に立つ、青いドレスに白銀の甲冑を纏った見目麗しい金髪碧眼の少女の姿がそこにはあった。

 

「貴方が私のマスターか」

 

 少女が再び口を開く。その視線は士郎へと向けられており、さしもの士郎も緊張で言葉が出ない────

 

「あぁ、俺がマスターだ」

 

 ことはなく、いつも通りの冷静沈着なまま召喚されたサーヴァントである少女にそう告げた。

 

「お前はサーヴァントで相違ないな?」

「はい。セイバーのサーヴァントとして召喚に応じ参上しました」

「そうか。ならばついて来い」

「……?」

 

 短くそう確認した後、士郎は蔵の外へと歩き出し召喚されたセイバーのサーヴァントである少女は首を傾げながらも命令に応じてその後を付いていく。

 その途中、凛の姿を目に捉えたセイバーは一瞬驚いたかのように目を見開き、直ぐに鋭い瞳を凛へと向けたが召喚した時の衝撃で未だに固まっている凛はそれに反応することが出来なかった。

 

 士郎が出て行き、最後まで凛の方を警戒しながらセイバーが出て行った……その後。

 

『おい、マスター。いつまでもそうやって口を開いているのは君の勝手だが、あの2人を追いかけなくてもいいのかね?』

「はっ!?」

 

 霊体化していたアーチャーに声を掛けられたことで意識を取り戻した凛は慌てて士郎達の追いかける。

 士郎とセイバーの魔力がある場所へと走って向かい────そして凛は後悔した。

 

「マスター、これは……?」

「剣を取れ、セイバー。お前の腕を試させてもらうぞ」

 

 家の離れにあった道場の中。そこで見るからに困惑しているセイバーに向けて1本の竹刀を差し出している士郎の姿を見て、上下関係はしっかり等と言った過去の自分の発言を凛は少なからず後悔した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激突

 言葉を碌に交わすこともなく、代わりに無表情のまま竹刀を差し出し、早く取るよう無言の圧力を掛ける士郎に困惑するしかないセイバー。

 

 この光景の発端が自分にある以上、責任感が強い凛は黙って見ていられなかった。

 

「衛宮くん、少しいいかしら?」

 

 凛がそう話し掛けた瞬間、困惑した様子からうって変わり先程のように瞳を鋭くして見るからに警戒した様子で凛を見るセイバーはマスターである士郎を守るべく前へと出た。

 

「マスター、下がっていてください。交戦の意思は感じられませんが、こちらの女性の直ぐ近くからサーヴァントの気配を感じます」

「安心しろ、セイバー。彼女はマスターだが敵ではない」

 

 いつでも戦える体勢を取りつつ凛への警戒を怠らないセイバーに短くそう告げてから、士郎は凛へと声を掛ける。

 

「それで、何の用だ遠坂」

「何の用だ、じゃないわよこのバカ。召喚されたばかりのセイバーにいきなり勝負を挑むなんて何考えてるの?もっと常識的に考えなさいよ」

「むっ……確かにそれは一理あるな」

 

 この街に暮らす人々のことを思うあまり、些か性急し過ぎていたことに気付いた士郎は己を恥じながら改めてセイバーと向き合う。

 

「すまない、セイバー。自己紹介が遅れたが、俺の名前は衛宮士郎だ。この地に居る人々を守るべく、この聖杯戦争を止めるためにマスターとして参加している。どうかお前にはその手伝いをしてほしい」

「はい……?」

 

 初対面の人には自己紹介の挨拶をするのが常識。そんな現代社会を生きるものにとって当たり前であることを士郎は実行したが、名前はともかく端的に締め括られた聖杯戦争への参加目的を聞いてセイバーは更に困惑する。

 その様子を見て、凛は痛む頭を抱えながら自分がセイバーとの情報共有をするしかないということを悟り、再び口を出すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────つまり、マスターは聖杯戦争で犠牲になるかもしれない民草を守る為に剣を取った。そういうことですね?」

「その通りだ」

 

 セイバーと情報共有すること十数分。凛についてのことや士郎がこの聖杯戦争に参加することになった経緯などを話した後、セイバーはようやく納得したと言わんばかりに頷いた。

 

「そして、改めて頼む。魔術師としても、マスターとしても未熟なこの身ではあるが、どうかお前の力を貸して欲しい」

「ちょ、衛宮くん!?」

 

 セイバーに乞い願うかのようにして頭を深く下げる士郎に、凛は慌てたように声を出す。

 そんな下手に出ていては、マスターとして軽んじられる。凛はそのことを危惧していたのだが、セイバーの瞳からは士郎に対する好感は感じられても、軽蔑のような感情は一切感じられなかった。

 

「マスター、貴方は高潔な意志を持つ素晴らしい人だ。私としても貴方のその在り方は非常に好ましく、この聖杯戦争において貴方の下で戦えるのならばサーヴァントとしてこれ程喜ばしいことも無いでしょう。出来ることならその願いを叶えたい、その思いは決して嘘ではありませんが……生憎と、私にも必ず叶えなければならない願いがある」

 

 だから、サーヴァントとして聖杯戦争で戦うのはよくても『聖杯』を諦めることは絶対に出来ないというセイバーの言葉を聞き、士郎は下げていた頭をゆっくりと上げる。

 交差する2人の視線。どちらの瞳にも決して譲れないという強い意思が宿っており、どれだけ言葉を交わしたところで平行線のまま話が終わるということを両者共に理解した。

 

「ならば問おう。セイバーよ、お前の抱く願いとはいったいなんだ?英霊と成ってまで何を望む?」

 

 だからこそ気になった、セイバーが絶対に譲らない願いとは何なのか。それ次第によっては令呪を使って自殺させることもやむなし、と脳裏に最悪の場合を想定しながら士郎はセイバーに問いかける。

 

「────祖国の救済。失われた故郷を再び取り戻し、今度こそ民を幸せにしてみせる。それが私の唯一の願いです」

 

 その問いに真っ直ぐな瞳をしたまま答えたセイバーからは嘘を感じられず、それがセイバーにとって真実ただ一つの願いなのだと士郎と凛は思わされた。

 しかし、士郎は気付く────その願いに込められたセイバーの感情に。

 

(後悔、か……)

 

 祖国の救済を願いながら、それに関わる何かに対して後悔している。

 セイバーがどこの英霊で、生前どの地で生き、何に後悔しているのかは知らないが、しかし士郎には一つだけハッキリと分かったことがあった。

 セイバーと自分。その在り方は同じでありながら、しかし対極(・・)に位置しているのだ。

 

 場所は違えど、セイバーも士郎も何より大切に思っているのはその地に住まう無辜の民達だ。その点で言えば2人は確かに共通している。

 しかし、セイバーが見ているのは過去(うしろ)であり、士郎が見ているのは未来(まえ)だ。

 現在(いま)という時間を過ごす人々を大切に思う士郎と、既に消え去った人々を大切に思うセイバーとでは決して相容れないだろう。

 

 それになにより────

 

「気に食わんな」

 

 士郎はそのセイバーの有り様が心の底から気に食わなかった。

 

「マスター……?」

「受け取れ、セイバー」

 

 士郎から滲み出始めた不穏な空気に直感的に気付き、セイバーが士郎のことを訝しげに見るも、士郎は答えることなく持っていた竹刀をセイバーへと投げ渡す。

 

「っと……マスター、いったい何を────」

「構えろ」

 

 投げ渡された竹刀をキャッチし、これはどういうことかと疑問を感じているセイバーの目の前で士郎は壁に立てかけてあった愛用の竹刀を手に取り構えた。

 

「言葉を尽くしたところで俺とお前の願いが交わることは無いだろう。ならば、どちらかの願いをへし折って進むしか道は無い」

「……どうしてですか?この聖杯戦争に勝つことでマスターはこの地に生きる者達を守ることが出来、私は『聖杯』を使って祖国を救済できる。ならば、このようなことはしなくても────」

「では聞くが、お前が『聖杯』を使った後に世界はどうなる?」

「え……?」

 

 何を言われたのかさっぱり出来ないと言わんばかりに呆けた顔をするセイバーに向けて、士郎は淡々とした口調で話し続ける。

 

「俺は『聖杯』というものを詳しくは知らん。分かることと言えばどんな願いであろうと叶える万能の願望器ということぐらいであるが……だからこそ思うのだ。そんな旨い話があるのか(・・・・・・・・・・・)、と」

 

 旨い話には裏がある。それは世の常であり、遥か昔より変わることのない人類の悪性だ。

 金を借りたら翌日にはとんでもない利子がついていた闇金のように、もしかしたら『聖杯』もそれと同じなのではないかと士郎は思っていた。

 

「もしもお前の願いが『聖杯』によって叶ったとする。その場合、過去だけが綺麗に変わって他は何も変わっていないだなんてことがありえるのか?」

「それはっ……」

 

 士郎からのその問いにセイバーは答えようとしたが、しかし言葉が口から出てくることは無かった。

 セイバーは『聖杯』を取ることしか考えておらず、取って使った後のことを詳しく考えていなかったのだ。

 

「お前が過去を改変することで、現代を生きている俺達が消滅する(・・・・)可能性がある以上、黙っておく訳にもいかん」

 

 バタフライ効果というものがあるように、セイバーが祖国を救済して歴史を変えてしまったら、その後の未来や今ある世界がどうなるかだなんて誰にも分からない。

 過去だけが変わってそのままなのか、それとも消滅でもするのか。ともかく碌なことにはならないのは断言出来るだろう。

 

「認めよ、セイバー。無くしたものは戻らないのだ(・・・・・・・・・・・・・)。それが例え代替の利くものであったとしても、お前自身が手にしたものが帰ってくる訳では無い。お前のその願いは元より破綻している」

「─────」

 

 告げられた言葉によって、今度こそセイバーは絶句した。

 

 自分のこの願いが破綻している?今は無き愛する祖国を救いたい、そこに住まう民達をより幸せにしてやりたい、そんな1人の人間として当たり前のように感じる思いが全て叶えてはならないものだと?だから諦めろと?

 

「────いいえ、否。諦めていい筈が無い」

 

 瞳に燃え盛る焔を宿し、セイバーは士郎を睨みつける。

 

「こんな小娘が王と成ってしまったことで我が祖国は破滅し、大勢の民達が無意味な犠牲となった。ならば、その償いをしたいと思うのは当然のこと。その為ならば私は何だってするし、何だって犠牲にしましょう。例えそれで世界が壊れようとも知ったことではありません。誰かを救いたい(・・・・・・・)と願うことが間違っているなんて、誰にも言わせはしない!!」

 

 セイバーの胸の内から放たれる本心の言葉。それは燃えたぎる炎のように熱く、それでいて狂気の念に塗れていた。

 常人ならばその言葉に呑まれ、恐怖するのであろうが────

 

「未練がましい。お前のそれは子供の我儘と同じだ」

 

 しかし、士郎の瞳に恐怖の文字は無かった。

 

「無くしたもののことを決して忘れぬよう魂に刻み込み、今そこにある、もしくはこれから見つける大切なものをより一層強く守り抜こうとすることこそが大事であろうが。それをいつまでも無くしたものに拘っていてどうする。そんな様ではどれだけ経とうと何もかもを失うだけだ」

 

 士郎もまたセイバー同様に瞳の奥に焔を宿し、熱く雄々しくそう言い放つ。

 この2人は元より似た者同士。互いが言わんとしていることは頭では理解してるし、その通りだとも思っている。

 

 けれど、心が、魂が叫ぶのだ。いやだ、認められない─────と。

 

「私は『聖杯』を必ず手にする。そして祖国を救済する。その為ならばマスター、例え貴方であろうと押し通ります」

「よかろう、もはや場面は言葉を交わす所ではない。交わすべきは己の覚悟を込めた刃のみ。ならば、雄々しく貫こう」

 

 背に轟々と燃えている炎を幻視させる程の気迫を放ちながら2人は手に持った竹刀を構える。

 

「怪我はしないように加減はします。だからどうか、我が剣技によって折れてください、マスター」

「笑止。加減など一切不要。全力で来い、セイバー」

 

 鋭い視線は獅子の如く。これより始まりしは超人(ばけもの)同士の激突なり。

 

「────征きます」

「来るがいい────否、征くぞ」

 

 静寂に包まれた真夜中の道場にて、2人の剣士が刃を激しくぶつかり合わせた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1日目終了

この話を書いている途中、頭に『ドキドキ☆トンチキだらけの聖杯戦争!〜気合と根性の「まだだ」祭り〜』なんていう言葉が浮かび上がりました。
……暑さで頭やられてるなぁ、とハッキリ自覚しました。

まだまだ暑い日々が続きますので、皆様も体調管理にはお気を付けください。










 誰が合図したわけでもなく、士郎とセイバーが踏み込んだのは全くの同時だった。

 一瞬で到達する互いの間合い。ランサーとの1戦でサーヴァント相手に下手に力をセーブしていては一瞬で負けるということを理解している士郎は最初から全力全開の個別による『強化』の魔術を行使し、竹刀や腕の筋肉などの部位を一瞬で数倍の強度にまで跳ね上げる。

 

 一撃で決める────下手な小細工を打たずに真っ向から斬り伏せることのみを考え振り下ろした士郎の竹刀は音速を超えたスピードでセイバーへと迫り、セイバーもまた音速に迫るスピードで竹刀を振り上げる。

 

 速さ、強度、切れ味。そのどれを取っても『強化』した士郎の方がセイバーより上であり、このままいけばセイバーの持つ竹刀はぶつかると同時に両断されるのは自明の理────の筈だった。

 

「「っ!?」」

 

 驚愕する両者。2人の視線の先には二本の竹刀が火花を散らして(・・・・・・・)鍔迫り合っているという普通では到底ありえない光景が広がっていた。

 

「ッ────」

「くっ……!?」

 

 セイバーより逸早く正気に戻った士郎は竹刀を手元へ素早く引くことで鍔迫り合いの形を態と崩し、『強化』する場所を足へと瞬時に移して隙だらけのセイバーへと横蹴りを食らわせるも、セイバーは咄嗟に腕を盾にし、襲い来る衝撃を耐えようとせずに自分から跳び上がることで衝撃に流され士郎との距離を離すと同時にダメージを軽減した。

 

「……やりますね、マスター。まさか私に一撃を入れるとは」

 

 特に痛がる様子も無く竹刀を構えるセイバーの顔からは先程よりも強い警戒心を抱いているのが目に見えて感じ取れる。

 サーヴァントと戦うならば、持久戦は生身の人間である士郎にとってスタミナ的にも魔力的にも圧倒的に不利だ。

 だからこそ初撃で決めるのが1番ベストだったのだが、それが失敗してセイバーの警戒心が強まってしまった以上、形勢は明らかに士郎の方が悪くなってしまった。

 

 しかも、それに加えて先の一合で見せた光景。どうして『強化』された竹刀がセイバーの持つ竹刀を両断できなかったのか士郎は理解していた。

 

魔力の放出(・・・・・)。それも、ただ放出するだけではなく収束(・・)させているのか」

「えぇ、その通りです」

 

 確認の為に敢えて口に出してみればセイバーは是として頷き、士郎はさらに自分の形勢が悪化したのを察した。

 

 ────魔力放出。それは士郎が使う『強化』の魔術とは別に身体や武器を強化する方法の一つだ。

 内容は『強化』と同じでとてもシンプル。武器や自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるという、いわば魔力によるジェット噴射である。

 

 先程セイバーがやったのはそれの応用(・・)。ただ魔力を噴出するのではなく竹刀の刃先だけに収束することで能力を格段に跳ね上げるという、士郎の個別による『強化』と殆ど同じことをしたのだ。

 

「それにしても驚きました。まさか、マスターも私と似たようなことが出来るとは……一太刀で終わると思っていたのは些かばかり早計だったようですね」

「俺とて同じだ、セイバー。一太刀目で終わらせるつもりだったのだが、まさかこうなるとはな」

 

 そして、これで真っ向からの勝負も危うくなったことに士郎は僅かに焦りを抱く。

 先程は恐らくセイバーの放出した魔力量が少なかったことで士郎の『強化』が対抗することが出来たのだろうが、次は間違いなく士郎の持つ竹刀が叩き斬られるだろう。

 

 そう断言出来るのは単に魔力を通すことで内側から物の強度を限界まで持ち上げる『強化』と、魔力が尽きるまで物の外側(・・)を限界無しに幾らでも強化できる魔力放出とでは相性が悪過ぎるからだ。

 

 プラスチックの棒と鉄で出来た棒。その2つをぶつかり合わせた場合、どちらが壊れるのかなんて子供でも分かることだろう。

 士郎の『強化』とセイバーの魔力放出は正しくそれだ。無論、プラスチックの棒が士郎であり、鉄の棒がセイバーである。

 

 使用するのに掛かるコストや持続時間なんかでは『強化』の魔術の方が軍配が上がるが、能力の向上という点では魔力放出の方が圧倒的に上だ。

 

 しかも、それに加えてセイバーは士郎のサーヴァント。セイバーが魔力を使えば使う程マスターである士郎から否応なしに魔力は持っていかれるので、ただでさえ魔力量が少ない士郎の魔力はあっという間に枯渇するだろう。

 

 つまるところ、士郎がセイバーに勝つのは限りなく不可能に近く、敗北するのは目に見えているのだが────

 

「────否、“勝つ“のは俺だ」

 

 しかし、それでも絶対に諦めたりしないのが衛宮士郎という男だった。

 

 ─────そもそも、魔力放出が何だというのだろうか。それが無くとも相手は正真正銘の化け物と対峙してきた過去の英雄。平和な世界で生きる自分がそんな相手に勝てる確率が元より低いのは重々承知済みだ。

 

 だがしかし、諦めてしまう訳にはいかない。何故なら、自分の肩には今を生きる人々の未来が掛かっているのだから。

 

「ッ────」

 

 短く呼吸し、息を止めてから士郎はセイバーへ突貫する。

 

「何を考えているかは分かりませんが……」

 

 向かってくるというのであれば容赦はしない。セイバーは竹刀を構えると同時に先程よりも密度を上げた魔力放出を行い、迎撃する。

 再び近づく両者の間合い。しかし、先の一合と違って今度はセイバーの方が士郎の振る竹刀よりも格段に速い。

 

 これで終わり────セイバーがそう確信しかけた瞬間だった。

 

「っ!?」

 

 セイバーは本能的に直感した。このままでは自分が負ける(・・・・・・・・・・・・)、と。

 竹刀同士がぶつかり合う直前、突如感じ取ったその直感に従いセイバーは一瞬で竹刀を引いて攻撃から防御へと移る。

 

 そしてその直後、セイバーは自分の直感が正しかったことを悟った。

 

「なっ!?」

 

 竹刀がぶつかろうとした刹那、士郎の竹刀と姿がゆらり(・・・)と揺れ、まるで蜃気楼のように霞んで消えた。

 士郎がやったのは単純なこと。『強化』を最小化するのではなく全身に掛けることで体捌きを極限まで磨き上げ、セイバーに目の錯覚を起こさせたのだ。

 

 正しく絶技。驚愕のあまり声を上げるセイバーの腕に衝撃が走る。見れば、そこには身を屈めている士郎が居て、自身の持つ竹刀に下から押し付けるようにして竹刀の剣先を突き出しており、数瞬して士郎が自分に向かって突きを放ったことをセイバーは理解した。

 

 もしも直感に従って防御に移っていなければ、今頃自分は剣を空振りし、士郎の突きを諸に直撃していたことだろう。

 危うく大変なことになる所だったと内心で冷や汗を掻くと共に、セイバーは士郎への評価を更に上げる。

 

 ともすれば、この男ならば本当に自分に勝ってしまうのでは?と心のどこかで思えてしまい─────

 

「────否、“勝つ“のは私です」

 

 しかし、それをセイバーは否定した。

 

 ────民草を真に思う心に、相手が何であれ決して諦めずに己が持つ全ての技術を駆使して勝とうとする強い意思。その姿は英霊である自分からしても尊敬せずにはいられない。

 

 だがしかし、勝ちを譲る訳にはいかない。何故なら、自分の肩には無意味に死なせてしまった者達への償いが掛かっているのだから。

 

「ハァッ!」

「ッ!!」

 

 気合い一閃。魔力放出によって強化された刃を振り払い、強引に士郎との距離を開け放つ。

 

「この勝負、絶対に負けません!」

「それはこちらとて同じこと。お前には絶対に負けん!」

 

 全ては自らの肩に掛かる者の為に、士郎とセイバーは雄々しくそう宣言してから同時に踏み込み、激しい剣戟が幾合にも飛び交い始める。

 

「うわぁ……」

 

 その光景を凛は完全にドン引きしながら傍観していた。

 

 内容は違えど互いに魔力での強化をしているせいで、どっちかが空振りする度に道場のあちらこちらで切り傷が大量に生まれている。

 飛ぶ斬撃って本当にあるんだな、と漫画でしか見たことのない光景を目の当たりにしたことで凛は半ば現実逃避しかけるものの、しかし士郎とセイバーから目を離すことはしなかった。

 

「……2人とも楽しそう」

 

 やっていることは化け物じみているが、しかし凛の目には剣を結び合う2人がどことなく楽しそうに見えた。

 片方は無表情、もう片方は口を強く結んでいるが、2人の目はどちらも同じで爛々と輝いているのだ。

 

 互角に戦い、思いを競い、まるで対等の存在として扱っている2人に─────凛は少しだけ嫉妬する。

 

 長らく魔術師としての教養を受けてきたせいで、凛はサーヴァントを同じ人ではなく使い魔としてしか見ることが出来ない。

 対し、士郎に魔術師としての教養は殆ど無く、ズブの素人とも言えるが為にサーヴァントを同じ人として見ている。

 

 環境や教育の違い。言ってしまえばそんな物だが、しかしそんな物が凛と士郎の違いを明確にさせていた。

 

 遠坂の人間として生まれたことに凛は後悔は無い。だが、ふとたまに思うのだ。

 もしも自分が遠坂の魔術師ではなく、何処にでも居る普通の女の子だったらのなら、もっと自由に生きられたのではないか────と。

 

 そんなIFの話をした所で意味なんて無いが、士郎を見てるとどうしてもそのことを考えてしまう。

 士郎は凛と違って自由だ。魔術師としても管理者としても、士郎に生まれつき与えられた役割なんてものは存在しない。

 

 だからこそ、あぁやって自分のやりたいことを突き詰められている。真剣に努力し、真剣に励み、真剣に取り組む。その積み重ねが今こうしてサーヴァントと渡り合える実力を作り上げたのだ。

 

 まぁ、そのやりたいことが顔も知らない誰かを守ることだというのは凛からしてみれば些か狂ってるとしか思えないのだが、しかし士郎のその思いが決して間違っている訳では無く、むしろ正しいことと言えるだろう。

 

 ……あくまで度が過ぎなければの話だが。

 

 凛がそんなことを思っているのを他所に、激戦と化したセイバーと士郎の戦いは次第に佳境へと移っていく。

 額に珠の汗を浮かび上がらせ、呼吸を僅かに荒げる2人は切り結んでいた竹刀を引き下げ、無言のまま同時に後ろへと跳んで距離を置く。

 

「……マスターもそろそろ魔力量が限界の様子。ならば、次の一合にて決着をつけましょう」

「望むところだ。全身全霊を掛けて、必ず勝利してみせよう」

 

 ここにきて更に気迫を膨らませる両者。その強い意志が宿った瞳からは『必ず自分が勝つ』という思いを感じられる。

 剣を構え、静かにその時を待つ。凛にはそれが数時間もの時が流れたかのように錯覚させられた。

 

 そして、2人が必殺の技を繰り出そうとした────刹那。

 

「〜〜〜♪ーーー♪」

 

 何処からともなく場違いな音楽が聞こえてきて、この場にいた全員が眉を顰める。

 

「セイバー、少し待て」

「あ、はい」

 

 音の発生源は士郎のズボンにあるポケット。セイバーに断りを入れてから士郎はポケットに手を突っ込み、中から振動しているケータイを取り出した。

 見れば、画面には『柳洞一成』の文字が表示されており、士郎は無言のまま着信をオンにしてケータイを耳に当てる。

 

「もしも────」

『やっと出たか衛宮ぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!何回連絡しても出ないから不安になって校庭の方に行ったら大量の血やらひしゃげた朝礼台があったりして、お前がとんでもない事に巻き込まれたんじゃないかって皆して心配していたんだぞ!?貴様、今いったい何処にいるのだ!ちゃんと無事なのか!?詳しく説明しろ!!』

 

 士郎が口を開いた途端に大音量で流れてきたのは一成の泣き叫ぶかのような怒号であり、後ろからは微かに誰かが泣いているような声も聞こえた。

 

「あ、しまった!痕跡消し忘れてた!!」

「…………」

 

 一成の言葉を聞いた凛が今思い出したかのように素っ頓狂な声を上げ、状況を理解した士郎はケータイへと話しかける。

 

「一成、警察には連絡したか?」

『いや、皆動揺してしまってお前を探すことに必死になっていたから、まだ連絡していないが……』

「ならそのまま警察には連絡するな。俺は一応無事で、今は家に居るから生徒会の皆に安心してくれと伝えておいてくれ。それと何があったかだが……それは明日説明する。お前達は今日の所はそのまま家に帰れ」

『待て衛宮!明日ではなく今説明し────』

 

 一成の言葉を待つことなく、士郎はケータイの電源を切ってポケットに仕舞った。

 

「すまん、待たせたなセイバー」

「いえ、それはいいのですが……」

 

 再び剣を構える士郎とは正反対に、セイバーは剣を構えずに困った表情を浮かべる。

 このまま決着をつけてもいいが、あまりにも後味が悪すぎる。

 

「マスター、ここは一時休戦といきませんか?目的の違いはあれど、聖杯戦争に勝利するという目標は同じ筈。なら、ここで互いに消耗するよりか決着は聖杯戦争の後にした方がいいと私は思うのですが……」

 

 セイバーのその提案に士郎は一瞬片眉を引き上げたが、直ぐに納得したかのように構えを解いて剣を下ろした。

 

「現状の戦力低下は望ましくない、か……分かった。その提案を受け入れよう」

「ありがとうございます、マスター」

 

 士郎から戦意が消えたことで、セイバーもまた警戒心を解いた。

 

「セイバーの実力は理解した。その腕前なら安心して背中を託せる」

「はい、私もマスターなら安心して背中を託せます」

 

 戦いは終わり、最後に2人は近付いて握手を交わす。

 

 こうして、聖杯戦争1日目の夜は幕を下ろした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの朝

皆様お久しぶりです。

申し訳ありません。盆休みの内に沢山書くつもりが、いつの間にかサバフェスに熱中しすぎて書くことを忘れていました。

これからもFGOとかでイベントが来るとこうなる可能性が高いので、何卒ご容赦の程よろしくお願い申し上げます。

……水着ジャンヌ欲しいなぁ(´・ω・`)








 柔らかな日差しを顔に浴び、耳に届く小鳥達の囀りによって微睡んでいた凛の意識は眠りから徐々に覚めていく。

 

「うぁ……?」

 

 いつもは目が覚めると同時に聞こえてくる喧しい目覚まし時計の音が聞こえず、不思議に思いながら凛はうっすらと目を開けつつぼんやりとした意識の中で顔を上げる。

 半目になっている凛の視界の先にあったのはいつも見慣れた自分の部屋ではなく、キッチンが備え付けられている和風の部屋だった。

 

「えっ……って、あぁ」

 

 凛は一瞬ここは何処なのだろうかと思うも、数拍空けて昨日のことを思い出し納得した。

 

 昨日の夜、セイバーと士郎の戦いが終わった後に凛は校庭に残された証拠を隠滅する為に慌てて士郎達と共に学校へと向かい、無事に証拠隠滅をして一仕事を終えて疲れた凛が家へと帰ろうとするも士郎とセイバーに肩を掴まれて強引に衛宮家へと連行された。

 

 そして、道場の修理を手伝わされた後に居間に戻って凛が聖杯に掛ける望みやアーチャーについての情報などを喋らされ(喋らなければ確実に武力行使されていたのでほぼ強制である)、それと引き換えに真名や宝具を除いたセイバーについての情報を教えられたりして、最終的には士郎達セイバー陣営と同盟関係を結んだ所で体力と精神力が尽き果てた凛はそのまま居間のテーブルに突っ伏して寝てしまったのだ。

 

「頭が痛いわ……」

 

 それはテーブルに突っ伏して寝ていたせいなのか、はたまた聖杯戦争1日目から意味不明な事態に巻き込まれたせいなのか。

 恐らくは後者だと思いつつ、凛はヨロヨロと立ち上がって思いっきり背伸びをして固まった身体を解す。

 

「あれ?士郎とセイバーは?」

「セイバー達なら今は道場の方に居るぞ」

 

 昨日まで一緒に居た筈の士郎とセイバーの姿が見えず、凛が不思議そうに首を傾げていると、キッチンの方からそんな声が聞こえてきた。

 

「アーチャー、アンタいつの間に────」

 

 キッチンの方へと目を向けた瞬間、凛は絶句する。

 

 昨夜に見せた黒と白の双剣の代わりに見るからに出来たてホヤホヤのフレンチトーストを乗せた皿とお茶の入ったコップを持ち、赤い外套ではなく女の子が着るようなフリフリの付いたエプロンを身に付けたままキッチンから出てきたアーチャー。

 

 その姿は英霊と呼ぶよりもサーヴァントの本来の意味として使われる召使いの方が相応しく────

 

「む?どうした、マスター」

 

 首を傾げるアーチャーを見て凛の中で何かがブツっと切れると同時に身体がよろめき、フラフラとしながら思わず再び座り込んでテーブルへと突っ伏した。

 

「おい、マスター。昨日からの疲れが残っているのは理解出来るが、かといって二度寝は身体によくないぞ。それに、同盟関係を結んでいるからと言っても此処は敵地だ。無防備に寝るのは愚策だと言えよう」

「もう黙ってなさいよバカァ……」

 

 召使いなのか母親なのか、それとも英霊なのか。凛はアーチャーのことがよく分からなくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝から自分のサーヴァントのことが分からなくなってきた凛とは対象的に、傷一つ無く元通りとなった道場に居る士郎は自分のサーヴァントであるセイバーのことがよく分かってきていた。

 

「なるほど、刀とは本当に斬ることに特化した剣なのですね。私の故郷にあった剣とは大違いです」

「利便性で言えば西洋剣の方が優れてはいるだろうがな。斬る、突く、叩く、たったそれだけでも戦いにおいて出来る選択肢が増えるというのは充分にメリットがある」

 

 そう言って士郎が今朝の内に蔵の中から持ち出してきた日本刀の模擬刀を手にしながら、セイバーは真剣な顔で刀を考察している。

 これは凛が寝落ちした後に士郎がセイバーと話してみたからこそ分かったことなのだが、セイバーは聖杯から現代についての知識を与えられてはいるものの、実際にその知識を理解しているとは言えなかったのだ。

 

 幼い子供におもちゃを渡したところで使い方が分からないのと同じように、セイバーもまた現代にある様々な物の使い方をよく理解していなかった。

 

 だから士郎はまず手始めに、セイバーに現代にあるテレビやエアコンといった家電製品を触らせてみたのだが、最初こそ驚いたりするものの少し経てばセイバーの興味は薄れていった。

 

 どうにもこの手の物はセイバーにとってさして気にするような物ではないらしく、ならばと士郎は他の物に触らせてみることにした。

 セイバーは剣を使う。ということで蔵の中に何故か置いてあった日本刀の模擬刀を持たせてみた所、先の家電製品とは打って変わってかなりの興味を示したのだ。

 

 ……示したのだが。

 

「両面に刃を作るのではなく片面を反らせることで鞘に入れた状態から抜刀しやすくして……あぁ、なるほど。だからここが……」

 

 かれこれ1時間。セイバーの興味は未だに刀から離れようとしなかった。

 

 まさかここまでの興味を持たれるとは士郎としても思ってもいなかったが、しかしおかげでセイバーのことをある程度は理解出来た。

 何事にも真面目に取り組むが興味のある物に対しては殊更取り組み、何者にも律儀で丁寧な対応をし、そして誰であろうと絶対に勝とうとする負けず嫌い。

 

 士郎のクラスメイトである後藤の言葉を借りるとすれば、セイバーは所謂『委員長属性』とやらを持った頑固者なのだ。

 

 英霊に対してそんな表現の仕方はどうかと思うも、セイバーは分かりやすく表現するとしたらこれが適切だろう。

 

「はっ!?すみません、マスター!つい刀を見ることに没頭してしまいました……」

「構わん……が、少し時間を使い過ぎたな」

 

 道場に掛けてある時計を見てみれば、時刻は既に8時を回っている。

 サーヴァントであるセイバーはともかくとして、学生の身分である士郎としてはそろそろ学校に向かう準備をしなくてはいけなかった。

 

「そろそろ本邸に戻るとしよう。朝食の時間だ」

「分かりました」

 

 蔵に戻すのも面倒なのでセイバーが持っていた模擬刀を竹刀と同様に道場の壁に立て掛けてから士郎はセイバーを連れて道場を出て行く。

 いつもなら本邸に戻る途中に漂ってくる美味しそうな料理の香りは今日はしない。

 それはいつも料理を作ってくれている桜に士郎がケータイで来なくてもいいことを旨としたメールを今日の朝の内に送ったのが原因であった。

 

 何の関係もない一般人である桜を聖杯戦争に巻き込まない為に取った行動ではあるが、これにより士郎達は自分の分の朝食を自分で作らなければならなくなった。

 しかし子供の頃から料理の出来ない姉と飯ならジャンクフードで充分と考えていた養父に代わって衛宮家の料理を毎日作っていた士郎にとってそのことはさして問題では無い。

 

 ……問題は別のところにあった。

 

「セイバー、お前に食わせる必要な分はどれくらいあれば充分だ?」

「そうですね……とりあえず沢山としか」

 

 士郎の問い掛けに困った表情を浮かべるセイバー。一般人にとっては何もおかしくない会話だが、魔術師からしてみればこの2人の会話が如何におかしいか理解出来るだろう。

 

 通常、サーヴァントが飯を食べる必要は一切無い。だがしかし、士郎とセイバーの会話からはまるでサーヴァントが飯を取る必要があるように感じられる。

 

 この矛盾が発生している原因はただ一つ、魔術師としての士郎の未熟さにあった。

 

 士郎は戦闘者としてならば一流の腕を持っているが、魔術師としては間違いなく三流以下だ。

 そんな見習いと言っても過言ではない魔術師がサーヴァントを召喚すれば、何の影響も出ない筈が無い。

 

 その判断の元、寝落ちする前の凛と共に士郎がアーチャーとセイバーを比べながら確認してみたところ、幾つかの不具合が発見された。

 

 まず一つ目に魔力供給の不足。これは士郎の魔力量が少ないせいであり、それを補う為にセイバーは食事や睡眠といったサーヴァントにとって必要とされない行動を余儀なくされた。

 

 二つ目に霊体化の不可。これは直接の原因が不明であるが、士郎の未熟さと召喚に問題があったと予想しており、セイバーはサーヴァントとしての大きなアドバンテージを失うこととなった。

 

 そして最後にステータスの変動(・・・・・・・・)。これには凛にも士郎にも原因が全くと言っていい程に不明だった。

 

 サーヴァントは召喚される際にクラスやマスターの力量、そして召喚される土地などの要因によってステータスの評価が上下に変動するものの、召喚されればそれは固定化される。

 

 しかし、何故かセイバーは違っていた。BからA、AからB、BからCという風に、まるで回り続けるスロットのように常にステータスが変動し続けているのだ。

 

 セイバーが隠蔽系の宝具を持っていればこの現象にも納得出来たのだが、どうやらセイバー自身にも身に覚えは無いらしかった。

 とりあえず士郎の未熟が原因と仮定されたが、本当の所はどうなのか誰にも判明されていない。

 

 アーチャーのように記憶を失っている訳ではないが、それを差し引いてでも今のセイバーの状態はあまりにも酷いことになっていると言えた。

 

「沢山か……食材が足りるといいが」

「あの、少しぐらいなら食事を抜いても動けますので、マスターが無理に気を使う必要はありませんよ?」

「そうもいかん。戦いに向けて準備を怠るのは愚か者のすること。お前に背中を預ける以上、何時如何なる時であっても万全でなくてはならない。違うか?」

「マスター……いえ、その通りです。確かに戦士ならば常在戦場は当たり前のこととして肝に銘じておかなければなりません。私が間違っていました」

「分かればいい」

 

 胸に抱く望みは違えど、理念や性格などの内面が瓜二つと言っていい程に似通っている士郎とセイバーの相性は非常に良く、2人はますます意気投合していく。

 

 これが聖杯戦争の後に聖杯を巡って戦いをする誓いを立てた者達とは傍目からではとてもではないが見えないだろう。

 

 むしろ会話さえ除けば二人の姿はまるで────

 

「ん……?マスター、何やら美味しそうな香りがしませんか?」

「む?ふむ……言われてみれば確かにそうだな」

 

 本邸へと戻り、居間へと近付くに連れて漂ってきた美味しそうな料理の香り。

 しかしそれは桜の居ない今日に限ってはある筈の無い物であり、怪訝に思いながら居間の襖を開けてみれば、そこには何とも不思議な光景が広がっていた。

 

「来たか。そろそろ来る頃だと思ってついでに準備しておいたぞ。幾つかの食材と台所を使わせてもらったが、まぁ許せ」

 

 テーブルの上に置かれた見るからに美味しそうな料理の数々。それを死んだ目をしながら無言で食べている凛に、何処か得意気な顔をしている桜のエプロンを身に付けているアーチャー。

 

 色々とツッコミたい部分はあるものの、先程の言葉的にこの数々の料理を作ったのはアーチャーということになるが英霊がここまで現代の食事に精通してるのは明らかにおかしい。

 

「アーチャー、お前はいったい何者なんだ?」

「さてね、私としてもそれは是非とも知りたいところだ」

 

 そう言って士郎の問い掛けをはぐらかしたアーチャーの顔には自嘲するかのような笑みが浮かんでおり、それ以上何かを言うことは無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

議論は居間で起きている

子育てって忙しいですね……。世に居るお母さん達の凄さが身にしみて理解出来ました。








 人間にとって食事とは生きていく上で必要不可欠な行為である。

 

 それは身体面は勿論のこと、精神面の方にも言えることだ。

 

『食事は人の心を豊かにする』。よくテレビで放送されている料理番組などでこれに似たような言葉を耳にするが、その言葉の正当さを士郎は身を以て理解していた。

 

 ほんの数年程前まで士郎は養父の影響によって「食事などただの栄養補給。手軽に空腹を満たせる物なら何だっていい」と本気でそう考え、常日頃からコンビニで売ってるおにぎりやらジャンクフードを毎食にしていた。

 

 幸いと言うべきか、お金については養父が残してくれた遺産や士郎が知り合いの店で今もなお自らバイトをして稼いでいることによって生活費を払うことに困ったりしたことは1度も無く、ましてや毎日を魔術や身体の鍛錬に費やしていたおかげで図らずも電気やガスなどを碌に使わない節約生活を送っていたことになり、金は貯まっていくばかりであった。

 

 死ぬまでこのままと思われた節約生活であったが、しかしそれは慎二に関係するとある事件(・ ・ ・ ・ ・)を境に桜が家に来るようになったことで終わりを告げた。

 

 そして、桜が初めて作った手料理を食べた時、士郎は柄にもなく感動した。「こんなに美味い物がこの世にあったのか」と。

 

 桜が士郎のことを思って手間暇掛けて作り上げた手料理と、電子レンジで温めただけのハンバーガー。

 どちらも所詮は料理であり、手軽さやコストなどの面で見れば明らかに後者の方がお得だが、しかし料理に込められた味の旨味は格段に桜の手料理の方が上だった。

 

『生きるために食べよ。食べるために生きるな』という諺がイギリスにあるが、全くその通りだと士郎はその時初めて共感した。

 ただ栄養を取るだけが食事なのではなく、味や風味を楽しみながら美味しく食べることこそが明日を生きる活力を生むのである。

 

 それに加え、料理を美味しく食べることによって様々な感情が生まれ、人の心はより豊かに育っていくのだ。

『食事は人の心を豊かにする』。この言葉は本当に正しいと、心の底から思えるのだが─────

 

「正気ですか、リン!?今は聖杯戦争の最中、それなのにサーヴァントである私を連れずに外へ出るなど愚策中の愚策です!マスターを見殺しにでもするつもりですか!?」

「だから、私とアーチャーの近くに居れば大丈夫だって何度も言ってるでしょ!?それに、衛宮くんがそう簡単に斃るような男に見えるの!?心臓を槍でぶち抜かれてもランサーの腕を斬り落とした奴なのに!!」

「なんと!?その話は本当なのですかマスター!!」

 

 豊かにし過ぎるのもどうなのかと、士郎はそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 ────事の発端は数分前、凛の一言から始まった。

 

「そういえば衛宮くん。昨日は色々あったから忘れてたけど、今日は『教会』へ顔合わせしに行くから放課後は予定空けといてね」

 

 朝食を食べ終わった後、死んでいるかのような目から復活した凛がそう呟き、士郎は食後に飲んでいた茶をテーブルの上に置いた。

 ちなみにその隣ではセイバーが「これが現代の料理!?私の生きた時代から人類はここまで進化したのですか……!!」などと言いながら目を輝かせてテレビに映る料理番組を見ていたが、誰もツッコミをする気にはなれず無視していた。

 

「遠坂、『教会』とは何だ?お前のニュアンス的に考えて俺の知る普通の教会とは違うのだろう?」

「勿論よ。普通の教会に行ったところで意味なんて無いわ。私達が行くのは『聖堂教会』っていう所よ」

 

 凛曰く、『聖堂教会』とはキリスト教の中の「異端狩り」が特化して巨大な組織になった物であり、人の範疇から外れてしまった化け物を消し去り、人の手に余る神秘を正しく管理することを目的としている。

 

『埋葬機関』や『騎士団』と言った対人外戦闘のプロフェッショナルが集う部門が幾つもあるが、その中には聖遺物の管理および回収を任務とする特務機関が何個か存在し、その一つに聖杯戦争の監督役を務める『第八秘蹟会』という物がある。

 

『秘蹟』とは聖堂教会において神から与えられる七つの恵みを指し、『第八秘蹟』とは正当な教義には存在しない恵みを指す。

 聖杯も第八秘蹟に該当する為、聖堂教会は聖杯を巡って争う聖杯戦争の管理をしている。

 

 聖杯戦争で起きた被害などについては聖堂教会が裏から手を回して無かったことに、もしくは別の何かによって起こったように擦り替え、一般人が魔術や神秘について勘付かないようにするのが主な仕事であり、サーヴァントを失い聖杯戦争から脱落したマスターの保護などもしているので、いざという時の為のマスター達の駆け込み寺としても使われる場所である。

 

 凛からそこまで説明されて、士郎はふと疑問に思った。

 

「聖堂教会が後始末をしてくれるならば、昨夜に校庭の痕跡を消しに行った必要は無いのではないか?」

「まぁ、普通はそうなんでしょうけど、ちょっと私は事情が違うと言うか……」

 

 言葉を濁し、何かを隠している凛に対して士郎は何も言わずにジッと視線を向ける。

 同盟関係を結んだ以上、情報はなるべく共有する必要がある。隠し事は後の不信に繋がるぞ、という意味が込められているかのような士郎の視線に負けて、凛は渋々口を開いた。

 

「私の昔からの知り合いに今回の聖杯戦争の監督役を務めている奴が居るんだけど、ソイツが私に自分で出した被害は自分で片付けろって口煩いのよ。『君ももはや一流の魔術師だ。ならば、自分の後始末ぐらい自分でしたまえ』って言ってね」

「ふむ……」

 

 苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる凛の姿からは、その人物に対しての苦手意識を明確に感じ取ることが出来た。

 運営側と繋がりがあるというのは大きなアドバンテージであるが、凛の様子から察するに特定のマスターにだけ便宜を図るような真似をする人物では無いようだ。

 

 しかし、それはあくまで予想。実物と予想が違うのは多々あることなのだから、結局は実際に会って話してみなければその人物のことについて詳しく知れないだろう。

 

「分かった。放課後に校門前集合か?」

「いいえ、集合場所は生徒会室よ」

「なに……?」

 

 予想外の集合場所を聞き、思わず士郎は聞き返すも凛は当たり前だと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

「生徒会の人達が昨日の痕跡を見ちゃったんでしょう?可能性は低いとは思うけど、それでもしも魔術の存在が露見しようものなら確実に口封じさせられるか、もしくは殺されるかもしれないわ。だから、そうなる前に私が暗示を掛けて記憶を消そうっていう訳」

 

 殺されるという部分で士郎は目を細め、その瞳に剣呑な光が宿る。

 

「……魔術師というのはそこまでするのか」

「人によってはって話しよ。全員が全員そうだっていう訳じゃないわ。だから魔術師を全員ぶっ飛ばそうとか考えないでよね」

「むっ……」

 

 凛に内心で考えていたことを指摘され、士郎は自らの未熟さを改めて痛感しながら無意識の内に握り締めていた拳から力を抜いた。

 

「まぁとりあえず今日の予定はそんな感じね。何か質問は?」

「有事の際の連絡手段はどうする?ケータイで連絡すればいいか?」

 

 士郎がそう言った直後、凛はあからさまに嫌な顔をした。

 

「……私、ケータイ持ってない」

「なに……?」

 

 凛の発言を聞き、士郎は少しばかり意外だと思った。

 今の時代だと学生ならば誰もが携帯電話を持っているのは当たり前であり、実際に士郎のクラスメイト達は誰しもが持っている。

 あの堅物で有名な柳洞一成でさえ持っているのだから、凛も持っているだろうと士郎はそう思っていた。

 

 だが、世の中には何事にも例外はあるもので……。

 

「私って機械音痴というか……その、テレビのリモコンさえ碌に扱えないというか……だから携帯電話も碌に使えなくて……」

「…………」

 

 顔を赤らめて身を縮める凛を見る士郎の瞳は、心做しか呆れているように感じられる。

 

「あ、マスター。少しチャンネルを変えてもよろしいでしょうか?」

「……あぁ」

 

 そして、テレビのリモコンを操作して簡単にチャンネルを変えたセイバーの何気ない行動によって、凛には士郎の瞳が3割増ぐらいで呆れているように見えた。

 

「しょ、しょうがないじゃない!?昔からそうだったんだから今さら出来る訳ないでしょ!?」

 

 “サーヴァントに電子機器の扱いで負ける現代人ってどうなんだ?“と自身に向けられている無言の視線がそう言っているような気がして、凛は思わずテーブルに手を強く叩き付けながら立ち上がった。

 

「連絡手段は私がどうにかするわ!いいわね!?」

「……了解した」

 

 強引に話を終わらせた凛に、具体的にどのような手段を用意するのか聞こうとした士郎だったが、これ以上聞いてはいけないと直感的に察し仕方なく口を閉じることにした。

 

「それじゃあ、そろそろ私は家に戻るとするわ。学校に行く準備とかしなきゃいけないし」

「む……」

 

 凛の言葉を聞いて思わず時計を見てみれば、確かにそろそろ学校へ向かう準備をするのに丁度いい時間であった。

 

「遠坂の家が何処にあるのかは知らんが、此処から家へ戻って学校へ間に合うのか?」

「問題無いわ。衛宮くんの家から私の家までそんなに遠くないし、アーチャーを使えば準備とかあっという間だもの」

「…………」

 

 士郎が思わずアーチャーの方へと目を向ければ、“頼むから何も言うな“という意思が込められた無言の視線が返ってきた。

 本人がそう思っているのであれば何も言うことは無い。ただ、今度何か差し入れでもしてやろうと士郎は思った。

 

「分かった。食器の片付けは俺がしておくから、遠坂達は……」

「それなら既に私がしておいたぞ」

 

 ドヤ顔を晒すアーチャーの言葉を証明するかのように、台所にはシミ一つなくピカピカとなった食器が綺麗に並べられていた。

 

「……ねぇ、アンタって本当にサーヴァントなの?」

「無論だ。というより、君が私を召喚したのだぞ?そんなことさえ忘れてしまうとは気が抜け過ぎているぞ」

「うっさいわね!アンタがサーヴァントらしくないのが悪いんでしょうが!!」

 

 ギャーギャーと騒ぎ立てる凛を呆れたように見下ろすアーチャー。しかし、凛の言葉は確かにそうだと同意できる程に的を得ていると士郎は内心でそう思った。

 

「さて、俺も準備をするとしよう」

「えぇ、分かりました」

 

 漫才コントを繰り広げる主従を放置して士郎が学校へ向かう準備をするべく立ち上がると、テレビを見ていたセイバーもテレビの電源を消して立ち上がる。

 

 これから学校へ行くというのに、何故セイバーまで立ち上がったのか。疑問に思う士郎へ答えを与えるかのようにして、セイバーは困った表情を浮かべながら士郎へと言葉を掛ける。

 

「ところでマスター、私は何の準備をすればよろしいでしょうか?私が生きていた頃の学び舎と現代の学び舎は何が違うのか今一分からないので必要な物を教えて頂けると有難いのですが……」

「何言ってるの?セイバーは衛宮くんの家で待機に決まってるでしょう?」

 

 セイバーの言葉を聞いた凛はアーチャーとの喧嘩を止め、さも当然と言わんばかりにセイバーへそう告げた。

 

「……は?」

 

 それが口論へと繋がる切っ掛けになるとは露知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして場面は冒頭へと至る。

 

「大体、セイバーは霊体化できないじゃない!そんな格好で家の外を出たら他のマスターに見つかるどころか警察に捕まるわよ!!」

「舐めないでください、リン。服はマスターから借りれば問題ありません。大きさは合わなくても紐か何かで調整すれば充分着れます」

「そういう問題じゃないわよ!!というか、衛宮くんの服を着るだなんてセイバーには女性としてのプライドとかないの!?」

「これでも生前は常に男装をしていた身です!今さら女性どうこう言われたところで遅いのです!!」

 

 若干セイバーの心の闇が現れたりしているものの、議論は未だに白熱したままだ。

 セイバーが霊体化できない以上、凛の言い分は最もであるがセイバーの意見も無視するのは決して出来ない問題だ。

 

 士郎一人だけであるならば昨夜のランサー戦の如くサーヴァントとも渡り合ってみせる自信はあるのだが、それが不意打ちや2対1での奇襲、ましてや他の一般人が近くに居る場合ならば話は全くの別だ。

 

 凛とアーチャーが居れば大丈夫とは言えるが、しかしあくまでそれは凛達が裏切らなければという前提が付く。

 同盟を結んではいても所詮は敵同士。ならば唯一無二の味方であるセイバーが居た方が断然的に良いに決まっている。

 

 リスクとリターン。その2つを上手く纏められる何らかの方法。それが無ければこの議論は永遠に白熱することだろう。

 

「……2人の意見はよく分かった。そこでだ、俺から一つ提案がある」

 

 故にこそ、士郎は切り出した。あまり使いたくない手であったとしても、この無駄に長引く議論を終わらせる為に。

 

「セイバー、お前────うちの学校で働いてみる気はないか?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

働くアルちゃん

私立の学校なら食堂とか購買があっても普通な筈……。






 その日、穂群原学園は朝から生徒達のヒソヒソ話でザワついていた。

 

「え?衛宮先輩が怪我したってマジ?」

「いやいや、冗談でしょ?」

「いや、本当のことらしいよ?私の友達に生徒会に所属してる子が居るんだけど、その子が言うには────」

 

 教室の所々から聞こえてくる女子生徒達の話を耳にしながら、慎二は目の前で席に座って頭を抱えている友人に声を掛ける。

 

「やぁ、柳洞。朝からどうしたんだい?」

「どうしたもこうもあるか……!!」

 

 慎二へ挨拶を返すこともせず、頭に置いていた手を机へと強く叩きつけ、怒りの表情を浮かべながら一成は立ち上がった。

 

「あの馬鹿者は何故まだ来ない!?普通あんなことがあれば事情説明をする為に早く登校するものだろう!?なのに、何で始業10分前になっても来んのだ!!」

「お、落ち着きなよ。周りも見てるからさ」

 

 声を荒らげて怒鳴り散らす一成を慎二は窘めようとし、同じ教室に居た生徒達は一成の凶変に何だ何だと視線を向ける。

 周りに見られていることによって少しだけ冷静さを取り戻した一成はフンッと鼻を鳴らしながらドカッと椅子に座り込んだ。

 

「それで、今日はどうしたのさ?朝から衛宮が怪我をしただとか、生徒会がどうたらって話が沢山聞こえてきたけど」

「あぁ、実は……」

 

 一成は手短に昨夜起きた出来事を慎二へと話した後、苛立たし気に眉を顰めながら腕を組んだ。

 

「だいたい可笑しいのだ。衛宮の警察に連絡するなという命令もそうだが、昨日の夜に俺達が見た時は校庭にあった朝礼台はひしゃげていたし、とんでもない量の血溜まりや幾つかの足跡もあった。なのに、今日来てみればそれらは全て無くなり、昨日までの校庭へと元通りになっている。まるで狐か狸にでも化かされているかのような気分だ」

 

 自分で言っておきながら全く意味不明すぎる状況に嫌気を感じ、一成はため息を吐く。

 物的証拠が何処にも無いせいで人に話しても心の底から本当に信じてくれる者はおらず、ならば当事者である士郎に真相を語ってもらおうと思いきや当人はまだ来ない。

 

 生徒達は一成の嘘をつかない性格を知っているから多少は信じてくれているものの、一成達の見間違いだったんじゃないかという疑惑が心の殆どを占めている。

 

 なんなのだ、これは。自分達はちゃんとこの目で見たことを伝えたと言うのに、それを証明できる手立てが士郎に直接問い質す以外何も無いことに一成の中で再び怒りの炎が燃え盛る。

 

「あのトラブルメーカーめ……今日という今日は絶対に……」

 

 ブツブツと呟きながら、一成は士郎に対する説教の内容やらその他諸々のことに思考の全てを回す。

 その閻魔の如き憤怒の表情を浮かべる一成の様子にクラスメイト達は恐れ慄いて近寄ろうとせず、当の本人は怒りに感情を支配されて周りに気を配る余裕が無い。

 

 故に────

 

「────」

 

 一瞬だけ、慎二が深淵を連想させるかのような光の消えた冷たい瞳を浮かべたことに気付くことが出来た者は誰も居らず、彼の呟いた言葉は音を立てながら開いた教室の扉によって掻き消された。

 

「お?来たかな?」

「ようやくか!」

 

 教室の扉が開いた次の瞬間、慎二は教室の扉の方へと視線を向け、一成も同様にそちらの方へ視線を向けながら勢いよく席から立ち上がる。

 

 今の時刻は朝のHRが始まる丁度5分前。この時間帯に2年C組の教室へやってくる生徒と言えば主に二人居る。

 その内の1人である後藤は既に教室へとやって来てクラスメイトと談笑していたので、最終的に残されたのはただ1人。衛宮士郎だけだ。

 

「遅いぞ衛宮────」

 

 そう声を掛けようとした一成だったが、視界に入ってきた光景に思わず絶句する。

 

「此処がマス……シロウが在籍する教室?というやつですか」

「そうだ。俺に何か用事がある時はまず此処に来い。放課後以外なら大抵は教室に居る」

 

 一成の見る先にある教室の外には、和やかとは言い難いが少なくとも仲が悪そうには見えない一組の男女が会話をしている。

 一人は一成がよく知る人物。今朝から生徒達の話題の対象として呟かれていた士郎だ。

 だが、もう1人の方。金髪に碧眼という、見るからに西洋人である美少女を一成はこの学校で見たことは1度も無い。

 

 というか、着ている服が穂群原学園の制服ではなく少し大きめのジーンズやカーキ色のジャケットという時点で生徒ではないのは明らかであり、ならばこそ一成にはその少女が何者なのか余計に分からない。

 もしも不法侵入した部外者ならば今そこに居る生徒会長様が許す筈もなく、問答無用で学校の外へと叩き出すだろうが士郎にそのような様子はまるで見られ無い。

 

「分かりました。では、また後程」

「あぁ」

 

 その光景を見ていた一成を含む生徒達が唖然としているのを一切気にすることもせず、士郎と少女が会話を終わらせると少女は何処かへと歩き去って行き、士郎は教室へと入って扉を閉めた。

 

「おはよう、二人共」

「あ、あぁ、おはよう……」

 

 何事も無かったかのように挨拶をしに来た士郎に一成は半ば呆然としながら返事をしたが、慎二は士郎の右手を凝視したまま彫像のように固まっていた。

 その様子を先程の少女によるものだと判断し、一成は昨夜の出来事について問い質すより先に少女のことについて聞くことにした。

 

「衛宮、さっきの少女は誰だ?」

 

 先程の光景を見ていた全ての者が恐らく思ったであろう疑問を代弁するようにして迫ってきた一成に対し、士郎は常の仏頂面を崩すこともなく答えた。

 

「彼女の名はアル(・・)ロデオン(・・・・)。昨日の夜に知り合いとなり、とある事情によって今日からこの学校で働くことになった」

「……は?」

 

 もっとも、その意味不明な言葉を素直に受け入れることはこの場に居た誰もが出来なかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「────で?これはどういうこと?」

 

 時刻は進んで昼休み。午前の授業中に「昼休みの時間になったら屋上へ来て」という一文が書かれている紙がいつの間にか机の中に入っていることに気付いた士郎はそれが凛からの呼び出しだということに直ぐに察し、紙に書かれていた通りに昼休みの時間になったら真っ先に屋上へと向かったのだが、既に屋上で待っていた凛から開口一番にそう言われた。

 

「どう、とは?」

「とぼけないで」

 

 具体性に欠けた凛の言葉に士郎が首を僅かに傾げると、凛はその手に持っていた数枚の紙を士郎へと投げ渡す。

 反射的にその紙を見てみれば、そこには大きく学級新聞と書かれていたが、それ以上に大きな文字で『衛宮会長、学校で逢引か!?突如現れた謎の美少女の正体に迫る!!』などと書かれており、細かな記事と共に士郎とアルが共に歩いている写真が載っていた。

 

予定通り(・・・・)にしても、これは流石に騒ぎ過ぎなんじゃないの?」

「いや、充分だ」

 

 非難するかのような目を向けてくる凛に対し、士郎は臆することも無くそう言い切る。

 鷹のように鋭い目は「皆まで言うな」と語っており、一瞬だけ凛は口を噤む。

 

「でも……」

「すみません、遅くなりました」

 

 再び苦言を呈そうとした凛の言葉を遮るようにして屋上の扉が開き、金髪の少女が屋上へと上がってきた。

 

「構わん。俺も今さっき来たところだ、アル(・・)

「そうですか。なら、あまり遅れずに済んだようですね」

 

 士郎の言葉を聞き、金髪の少女────アル・ロデオンはホッと胸を撫で下ろした。

 

「……ねぇ、そろそろ聞いてもいいかしら?」

「何だ、遠坂」

 

 ジトっとした目をしながら凛は士郎にそう聞いた後、アルを指差してこう言った。

 

「────アル・ロデオンって誰よ?」

 

 凛のその指摘に、士郎とアルは顔を見合わせた後に真顔で答える。

 

「セイバーの偽名だが?」

「私の偽名ですが?」

 

 それがどうしたと言わんばかりに不思議そうにしている士郎とアル……もといセイバーを前にして、凛は深いため息を吐いた。

 

「何でサーヴァントが偽名使いながら学校で働いてんのよ……」

 

 一流の魔術師である凛からしてみれば、それがどれだけ馬鹿げた光景に見えることか。魔術師としての知識を殆ど持っていない士郎と、マスターの身を第1優先事項に置いてあるセイバーでは凛の気持ちを理解することが出来なかった。

 

「流石に真名を使う訳にもいかんだろう。俺達以外にも他のマスターがこの学校に居るかもしれないからな」

「マスターの言う通りです。リンは私が偽名を使うことに何か不満でもあるのですか?」

 

 故にこんな的外れな言葉が出てきたのだが、それを聞いた凛の中で怒りのボルテージが上昇する。

 

「いや、偽名はともかく普通に働いてることに対して疑問を持ちなさいよ!アンタそれでも本当に英霊なの!?」

「働かざる者食うべからず。もしくは郷に入っては郷に従えですよ、リン」

「駄目だこの英霊全く話が通じない!!」

 

 士郎からある程度教わった日本の諺を使えて少し自慢気な顔をするセイバーに、凛は頭を抱えながら天を仰いだ。

 

『落ち着け、マスター。淑女がそうもみっともなく叫ぶんじゃない』

「うっさいわよバカアーチャー!」

 

 昨夜から長年の魔術師生活において作り上げられてきた凛の中にある英霊像がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

 思わず凛は泣き叫びたい気持ちになるが、それに共感出来る相手はこの場には居なかった。

 

「それで、セイバーと遠坂は怪しそうな人物を見つけたか?」

 

 士郎がそう告げた瞬間、緩みかけていた空気が張り詰める。

 

「いえ、私の方には特に居ませんでした」

「私も同じね。皆セイバーの方に注目してて、誰も衛宮くんの令呪については気にしていなかったわ」

「そうか……」

 

 二人からの報告を聞き、士郎は一言だけそう呟いてから顎に指を当てて何かを考え込むように目を細める。

 

「ねぇ、衛宮くん。本当にこの学校に他のマスターが居るの(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

「…………」

 

 覗き込むようにして士郎の顔色を伺う凛に士郎は何の言葉も返さなかった。

 

「セイバーを学校で働かせることで衛宮くんの護衛をいつでも行えるようにする。それと共に、セイバーへの注目を利用して衛宮くんの右手に令呪が宿ってるのを新聞部の子に写真で撮らせて、学級新聞に載せることでこの学校に居る他のマスターを炙り出す。それが今回の手筈だったわね?」

「あぁ、その通りだ」

 

 凛が今語った通り、今回の騒ぎが学級新聞に載るまでの大事になったのは他ならぬ士郎自身の手によるものだ。

 理由は他のマスターがこの学校に居るかどうかの確認。だが、それとは別に士郎は他のマスター、もしくはサーヴァントからの接触を狙っていた。

 

 基本的に聖杯戦争は他のマスターやサーヴァントを自らの手で見つけなければならず、それ故に誰もが慎重になって行動する。

 内容的にはかなり物騒ではあるが、言ってしまえば要は隠れんぼだ。

 

 士郎とてそのことは理解している。下手に目立って他のマスター達から狙われてしまう危険性を負うぐらいなら、コソコソと隠れながら他のマスターを秘密裏に始末した方が遥かにマシなことなんて言われるまでもない。

 

 だからこそ士郎は思う────それがどうした(・・・・・・・)、と。

 

 コソコソと隠れながら慎重に他のマスターを探している内に、いったい何人の無関係な人々が巻き込まれる?

 明日を夢見る若者幼子、それを愛する父母、家族。その者達がサーヴァントや魔術師の手によって殺されないとどうして断言出来ようか。

 

 少しでも無辜の民達が傷付く可能性があるというのであれば、直ぐにでも取り除かなければならない。

 だからこそ、士郎は考え方を変えた。慎重にではなく大胆に動き、敵の注目を引き寄せることにしたのだ。

 

 自らの存在感をアピールすることで他のマスターやサーヴァントを釣り、セイバーかアーチャーが敵サーヴァントの足止めをしている内に残った者達で敵マスターを叩く。

 

 作戦としてはそんな単純な物。しかし、単純であるが故にこの作戦は意外と強い。

 そも、セイバーとアーチャーという戦力に加え、一流の魔術師である凜と基礎魔術だけでサーヴァントの領域に片足どころか両足まで突っ込みかけている士郎まで居るのだ。普通の相手ならば充分に戦力過多なメンバーだ。

 

 無論、凛が裏切ったり敵のマスターも同盟を組んでいたりすれば話は変わるだろうが、それでも士郎は決して恐れない。

 

 例えその先に何が待っていたとしても────

 

「それで、衛宮くんの方はどうだったの?もしこれで何の成果も得られませんでしたってなったら全て徒労だった訳だけど」

「あぁ、俺の方は────」

 

 士郎が報告を始めようとした刹那、セイバーの懐から目覚まし時計のような電子音が聞こえてきた。

 その音に釣られて士郎と凛がセイバーの方を見れば、セイバーは慌てて懐からソレを取り出す。

 

 ……鳴り続けるガラケーを。

 

「あっ、すみません、マスター。10分経ったので私はそろそろ戻らなければ……」

「分かった。続きは放課後に話そう」

「申し訳ありません。では、失礼します」

 

 セイバーは1度だけ頭を下げると、直ぐに屋上から出て行った。

 

 ……大人用の給食白衣を風で靡かせながら。

 

 その後ろ姿を見送りながら、凛は呟く。

 

「ねぇ、何でセイバーがケータイを持ってるの?」

「俺が昔持っていた物だ。通話機能などは使えないが、時計代わりには使えると思って与えた」

 

 凛の呟きを聞いた士郎がその疑問に答えるも、凛の呟きはそれで止まらない。

 

「ねぇ、何でセイバーが給食で使う白衣を着てるの?」

「食堂で働いているからだろう。前に食堂が人手不足で困っていると聞いてな、丁度いいと思いバイトとして雇って貰えるよう説得した」

 

「ねぇ、セイバーって料理出来るの?」

「簡単なことなら出来るだろう。麺の湯切りやおにぎりを結ぶぐらいなら楽にこなせるポテンシャルをセイバーは持っている」

 

「ねぇ、セイバーの年齢とかはどうしたの?」

「18歳ということにしておいた。あまり歳上過ぎてもあの顔だと信じて貰えそうに無いからな」

 

「ねぇ、履歴書とかはどうしたの?」

「素直に無いと答えたら、食堂の人達は後からでもいいと温情を与えてくれた。俺からの紹介なら間違いなく信頼出来るとさえ言ってくれたぞ」

 

「ねぇ、何でアル・ロデオンなの?」

「何となく俺が思い付いた名前がそれだったからだ。セイバーも特に反対するような事でもないからすんなり決まった」

 

「ねぇ────」

『マスター、目の前の現実をあるがままに受け入れろ。それが1番楽になれる道だ』

 

 現実って何だろう。凛にはもう現実という言葉がよく分からなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神父は嗤い、黄金は笑う

 騒がしかった一日を切り抜け、世界が夕焼け色に染まり始めた頃、士郎と凛の二人は生徒会室に居た。

 二人の周りには椅子に力無く座り込んで瞳を閉じている生徒会メンバー達が居て、微かに聞こえる規則正しい吐息と安らかな表情をしていることから彼らが眠っているのが目に見えて理解出来た。

 

「よし、これで終わりっと」

 

 生徒会メンバー全員が眠ったことを確認した後、凛は両腕を天井へ向けて思いっきり伸ばすと共に背伸びする。

 まるで疲れ切ったサラリーマンのようではあるが、そのことを指摘する人物は誰も居らず、凛は軽くストレッチをしてから床に置いてあった自分の鞄を持つ。

 

「暗示の魔術はちゃんと行使出来たわ。暫くすれば起きるから、彼らが目覚める前にここを出ましょ」

「…………」

 

 そう言って凛は生徒会室を出て行こうとするが、椅子に座っている生徒会メンバー達を1歩も動かずにジッと黙って見つめる士郎の様子に気付き、足を止める。

 

「衛宮くん?」

 

 凛の問い掛けに答えず、士郎は強く拳を握り締める。

 

「すまない。不甲斐ない俺を許してくれとは決して言わん。だが、お前達をもう二度とこんなことには巻き込ませはしないと此処に誓おう」

 

 心の底から湧き上がる憤怒の炎を押し堪えながら吐き出すようにして呟かれた言葉は生徒会メンバー達には聞こえていない。

 しかしそれはそれで構わない。これは士郎が自らに対して告げた宣誓であるが故に、誰も聞いてなくても士郎自身がその宣誓を守ればそれでいい。

 

「行こう、遠坂。聖杯戦争を一刻も早く終わらせる為に」

「え、えぇ、そうね!」

 

 輝く決意に満ちた士郎の瞳に思わず見惚れてしまい、一瞬だけ完全に思考が停止した凛の横を通り抜け部屋の外へと出て行く士郎の背中を追い掛けるべく、強靭な精神力で我に返った凛は少し言葉に詰まりながらも慌てて返事をして同じく部屋の外へと出る。

 

 昼間と比べて放課後の校舎には生徒が殆ど居ないとは言え、いつ何処から他の生徒達に自分達が見られるのか分からないが故に凛と士郎は少し距離を空けて歩く。

 

 下手に恋人だとか噂されないが為の処置として今朝に凛が考え提案したことだが、今は返ってその距離が有難い。

 窓に映るほんのりと赤くなっている自分の顔を士郎に見られるのは少し恥ずかしかったから。

 

 無言のまま二人は歩く。廊下を抜け、階段を降り、下駄箱で靴を履き替え、距離を空けたまま校門を抜ける。

 このままずっと無言の静寂に包まれたままかと思いきや、その空気を断ち切るかのように二人へ話し掛けてきた人物が居た。

 

「お疲れ様です、マスター。それに、リン」

 

 校門から少し離れた所にある並木に潜むようにして二人を待っていたセイバーが、気配を現して士郎の前へと出て来た。

 

「何か異常はあったか?」

「いいえ、こちらは特に何もありませんでした。マスターの方はどうでしたか?」

「俺の方は────」

 

 セイバーからの報告を聞き、士郎もまたセイバーに報告をしようとしたが、何故か途中で言葉を止めた。

 

「マスター?」

「セイバー。校舎に忘れてきた物は無いか?」

 

 一見、それは何ともない普通の質問であったが、並外れた直感力を持つセイバーはその一言で士郎が何を言いたいのか理解し、瞳を鋭く細めた。

 

「えぇ、大丈夫です。ところでマスター、これは休憩時間に食堂の方達が教えてくれたことなのですが、犬の世話(・・・・)というのはとても大変な様ですね。もしも仮に犬を飼うとしたら、マスターならばどう育てますか?」

「そうだな……基本的には放し飼いになるだろう。無論、人に襲い掛かろうものなら厳しく叱るがな」

「なるほど。分かりました」

 

 確と頷き、そこで口を閉ざしたセイバーに凛は不思議そうに首を傾げながら話し掛ける。

 

「なに?セイバーってば犬でも飼いたいの?」

「…………」

 

 先程の会話を聞いていればそうとしか思えない疑念を凛は素直に口に出してみたが、セイバーは何も答えない代わりに呆れたと言わんばかりの表情を凛へと向けた。

 

「な、なによ?そう思ったからさっきの話をしたんじゃないの?」

『それは違うぞ、マスター』

 

 何故セイバーからそんな顔を向けられるのか理解出来ずに困惑する凛へと現状を知らせるべく、霊体化しているアーチャーは念話を繋げた。

 

『何の反応もせずに聞いてくれ。今、私達は監視されている(・・・・・・・)。使い魔か何かしらの魔術を使っているのだろう。校門を出た辺りから私達に向けられている視線が幾つかある』

「っ!?」

 

 咄嗟に出そうになった声を無理やり押し込み、凛は目だけを使って周囲を見渡す。

 部活で遅帰りの生徒達が数人ほど近くに居るが、露骨にこちらを見ているような怪しい人物などは誰も居ない。

 

 しかし、言われてみれば確かに誰かからずっと見られている感じがして、凛は全く気付くことが出来ずに居た腑抜けている自分を恥じる。

 

『監視されている以上、会話も聞かれている可能性がある。だからこそ、先程セイバー達は普通の会話に見せかけた裏で監視者をどうするか相談していたのだ。その結果、今は放置しておくが襲われた場合には対処するということになったらしいが……本当に気付かなかったのか?』

「むっ……」

 

 視線に全く気付けていなかったのは事実ではあるが、まるで馬鹿にしているかのような物言いに少しだけ腹が立ち、凛が内心でアーチャーに対して今後行う仕置きを考えていると、士郎が1歩前へ出た。

 

「行くぞ」

 

 士郎の言葉を合図として一行は当初の目的である教会に向けて歩き出す。

 道中の警戒は怠らず、さりとて警戒しすぎて逆に監視者を用心深くさせる訳にもいかずに途中で無意味な世間話を挟んだりして歩くこと数十分。新都を抜けた先にある冬木教会に士郎達は到着した。

 

「ここが『聖堂教会』……」

「えぇ、そうよ」

 

 外見的には何処からどう見ても普通の教会としか見えない冬木教会を前にして、士郎が僅かに眉を顰めて足を立ち止めていると、セイバーが士郎の袖を少しだけ引っ張り耳元へ顔を寄せた。

 

「マスター、注意してください。嫌な予感がします」

 

 いくら監視されているとは言え、普通ならば考えすぎなような気もする言葉だが、直感力に優れているセイバーの言葉となると話は変わる。

 

 それだけを告げてセイバーは士郎から離れるが、先程よりも警戒心を強め、いつでも戦闘に入れるように構えているセイバーの様子に、士郎もまた警戒心を強める。

 

 そんな士郎達の様子を他所に、凛はズカズカと教会の方へ近付いていく。

 そして、バンッ!という大きな音と共に教会の入口にあった扉を力強く押し開けた。

 

「綺礼!来たわよー!」

 

 優雅の欠片も無く、まるで子供のように押し入る凛へ続いて士郎達も教会の中へと入っていく。

 まず目に入ったのは等間隔で設置されている幾つもの長椅子だ。中央の道を避けるようにして左右に置かれているそれらには、傷らしい傷が見当たらず埃一つ付いていないことからちゃんと管理されていることが理解出来た。

 

 次に気になったのは教会の奥にある聖卓とその上に置かれている大きな燭台。人が持つには些か大きずる燭台には蝋燭が立てられており、外から流れ込む風でゆらゆらと揺れる灯火がまるで陽炎のように見えた。

 

 そして最後───聖卓の前で跪く神父服を着た男の姿を目にした瞬間、士郎は僅かに目を見開く。

 

「またかね、凛。そうやって物事を乱雑に扱っていては女としての品格どころか性別さえ疑われるぞ?」

 

 皮肉を込めながら低音の渋い声でそう言い放ち、神父はゆっくりと立ち上がる。

 そして、振り返った神父の顔を見た瞬間────ドクン、と。士郎の心臓は一際大きく鼓動した。

 

「うっさいわね。アンタにまで母親面される筋合いは────」

「下がれ、遠坂」

 

 文句を垂れながら神父の方へと進む凛の横を、赤銅の風が通り抜ける。

 

『強化』魔術、発動( エンハンス・ドライブ)

 

 魔術回路を起動させると同時に『強化』魔術を発動させ、士郎はたった10メートルも無い短い距離を一瞬で踏破する。

 さらに『強化』魔術に加えて士郎は特殊な歩法────俗に言う『縮地法』を使用しており、その速度は正しく疾風の如し。

 

 瞬きする暇も無く刹那の間に神父へと接近し、『強化』された拳を振り下ろさんとする士郎の姿を捉えられたのはサーヴァントであるセイバーとアーチャーだけであり────

 

「どうやら、最近の少年というのは些か血の気が多いようだな」

 

 だからこそ、事も無げに士郎の拳を受け流した(・・・・・・・・・・・・・・・)神父は異常でしかなかった。

 

「ちょ、衛宮くん!?」

「マスター!」

 

 突然の暴挙に凛が驚き、士郎の様子から異常事態が発生したのだと断定したセイバーは士郎の方へと駆け寄ろうとするが、一瞬だけ振り返った士郎が見せた殺意を滲ませた鋭い眼光を目にし、セイバーは足を止める。

 

 マスターを守るのはサーヴァントの役目。その役目を放棄することはセイバーには出来ないが故に、このような状況ならば真っ先に己がマスターである士郎へと駆け寄るのが正解だが、しかし士郎の瞳は雄弁と語っていた。

 

 邪魔をするな────と。

 

「それで、これはいったいどういう真似だ?セイバーのマスターよ。事と次第によっては聖杯戦争の監督役として処罰を与えねばならん」

「…………」

 

 神父の言葉に返答をせず、士郎は連続して左右の拳を叩き付ける。

 

 速度の緩急をつけ、上下左右あらゆる方向から狙い、最短で届く距離を適切に維持し、凡人ならば一発貰っただけで昏倒する威力を持った拳を雨のように降らす。

 だが、その悉くがいなされる(・・・・・)。神父は1歩も動かず、士郎の拳を見ようともせず、たった右手1本だけで士郎の連撃をいなし続けていた。

 

 正しく絶技。並の武術家には真似出来ない芸当を目の当たりにし、士郎は一旦後ろへと跳び下がり間を空けた。

 

「中国拳法……それも『聴勁』か」

「ご明察通りだ、セイバーのマスターよ」

 

 神父が成した絶技の正体を看破し、士郎は小さく舌打ちをする。

 今の時代ならば大抵の人間は名前ぐらいなら知っている功夫(カンフー)。それを達人の域まで極めたならば、視覚で敵を捉えることなく、腕と腕が触れ合った刹那に相手の次の動作を読み取ることが可能になる技術がある。

 

 その名は『聴勁』。即ち、今先程その技術を使ったこの神父は間違いなく功夫の達人の域まで到達している人物であり、まかり間違っても普通の一般人などでは無かった。

 

「それで、気は済んだかね?」

「いいや、まだだ(・・・)。貴様の身体から10年前に感じた邪悪の気配(・・・・・・・・・・・・)同じ気配(・・・・)がすることについて、そして10年前の大災害の後、この教会に預けられた孤児達が今どうなっているのか、洗いざらい吐いてもらおう」

 

 その身に闘志と殺意を滾らせ、眼前に居る神父を睨み付けるようにして立つ士郎に、神父は────

 

「さて、な。君がこの聖杯戦争で勝ち残ったら教えよう」

 

 ただ穏やかに、だが何処か壊れているようにも感じられる笑みを静かに浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────ほう。面白い」

 

 何処かの一室。高級ソファーや高級テーブルなど、贅沢な装飾が施された幾つもの高級品が置かれている部屋にて、ソファーに寝転ぶ一人の男が楽しそうな声を上げた。

 

「この時代において、よもやこのような人間が生まれているとはな」

 

 室内だというのに黒のライダースーツを着ているのは些かおかしいが、そんな些細なことは男の美貌を前にすれば完全に忘れ去られる。

 

 どんな金銀財宝よりも美しい輝きを放つ金色の髪。血のように赤く、妖艶さを醸し出す深紅の瞳。どんなモデルやアイドルよりも美しく整った顔立ち。

 正に人体の黄金比。ただそこに居るだけで人々を魅了してしまう悪魔のような男は、此処ではない何処か遠くを見ながら愉快気に笑う。

 

「クハハハハハハハ!!よいぞ、実に良い!丁度ゲームやプラモデルにも飽きてきた所だ。この(オレ)を楽しませてくれそうな者が自らやって来るとは、我の運も捨てたものでは無いな!!」

 

 傲岸不遜に声高らかに笑い声を上げながら、男は目の前のテーブルに置かれていた高級ワインをグラスへと注いだ後、グラスを包み込むようにして優しく片手で持ちあげる。

 

「じっくりと見させて貰うぞ?神秘の薄れた現代において、我と同じ在り方をする者(・・・・・・・・・・・)よ」

 

 グラスを口へと運び、一息でワインを飲み干した後、男の口元には獰猛な笑みが浮かべられていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

長い夜の幕開け

本日二度目の投稿。そして祭り開幕のお知らせ。








「つまり、今この場で教える気は無いと?」

「そうだ。今はまだ、全てを話す時ではない」

 

 片や穏やかな笑みを浮かべ、片や無表情で居る両者の間にはピリピリとした空気が張り詰めている。

 士郎は引く気など毛頭無く、神父もまた同様。瞳と瞳が交差し、激突するのは時間の問題かと思われたが────

 

「何やってんのよ、このおバカァァァァァァァァ!!」

 

 後方より駆け寄ってきた凛が勢いそのままに士郎の頭へ手刀を叩き込んだことで、闘いの火蓋が切られることは無かった。

 

「いきなり何をする?」

「それはこっちの台詞よバカ!!何で綺礼にいきなり殴り掛かってる訳!?しかも魔術まで使って!!」

「リン!落ち着いてください!」

 

 士郎の胸倉を掴み上げ、ガックンガックンと揺らしながら犬歯を剥き出しに怒り散らす凛をセイバーが落ち着かせようとするも、凛の手は止まらない。

 

「このバカ生徒会長!聖杯戦争の知識とか覚える前にアンタは常識を覚えなさいよ!!それでも本当に現役高校生なの!?」

「落ち着け、遠坂。俺は────」

「口答えするな!!」

 

 士郎の頭へ再び手刀を繰り出し、強引に口を閉じらせてから凛は神父の方へと振り向く。

 

「悪かったわね、綺礼。このバカにはちゃんと私から厳しく叱っておくから、今日のことは許してあげてちょうだい」

「なに、若気の至りというやつだ。私の命や周りの物に損傷が無い以上、そこまで強く物申すつもりは無い」

「そっ。なら良かったわ」

 

 そう言って優雅に微笑む凛だが、その瞳は全く笑っておらず、怒りが少しも収まっていないことを示していた。

 

「じゃあ今日の所はこれで失礼するわ。このバカに色々と話をしなくちゃいけないから」

「そうか。帰るというのであれば、うちの猛犬に気を付けたまえ。鎖で繋いであるとは言え、アレにはまだ今日の朝から餌を与えてなくてな。きっと今頃は腹を空かして気性が荒くなっていることだろう」

 

 神父の言葉を聞き、凛は首を傾げる。

 

「あれ?綺礼って犬飼ってたっけ?」

「最近飼い始めてな。中々私の言うことを聞いてくれなくて手こずっている所だ」

「そう……まぁ頑張りなさい」

 

 神父の口調からは嘘を感じられず、知人のペット事情なんてどうでもいいと思った凛は士郎を引き摺って教会の外へと歩き去っていく。

 

「離せ、遠坂。俺はあの神父と話が────」

「ん?何か言ったかしら?」

 

 咄嗟に凛を引き止めるべく言葉を発しようとした士郎だったが、青筋を立てながらイイ笑顔を浮かべる凛に黙殺されてしまった。

 何を言っても恐らく無駄だろう。士郎としてはここで実力行使に出ても吝かではないが、折角同盟を結んでる相手に態々喧嘩を売るような真似をするのは得策ではない。

 

 故に大人しく引き摺られるしか無く、そんな士郎へ可哀想な物でも見るかのような目を向けながらセイバーは凛と士郎の後を歩く。

 そして開け放たれていた教会の扉まで近付き、あと1歩で教会の外へと凛の足が出そうになった所で、神父が声を掛けてきた。

 

「そういえば少年、君の名は何だ?」

 

 この場において少年とはただ一人。その問いを投げ掛けられた士郎は掴まれていた凛の手を払いのけ、神父の方を向いて立つ。

 

「士郎。衛宮士郎だ」

「────」

 

 士郎が名乗りを上げた刹那、神父は僅かに目を見開き呆然とした表情を浮かべたが、直ぐに先程と同じように……否、先程よりも深くなった笑みを浮かべる。

 

「そういう貴様は誰だ?綺礼だけが苗字と名前ではあるまい」

「勿論だとも。私の名は言峰綺礼。何処にでも居るような普通の神父だ」

 

 聴勁を使える普通の神父など居てたまるか、と凛は内心でそうツッコミを入れる。

 

「聖杯戦争に勝ち残れば貴様に関する諸々のことについて答えてもらうぞ。その約束を決して忘れるな」

「あぁ、もしも勝ち残れたらの話だがね」

 

 そこで会話は終わりを告げた。士郎は綺礼へと背中を向け、凛達を連れて夕焼け色に染まる教会の外へと歩き去っていき、綺礼はその背へ再び声を掛けることなく、暗い礼拝堂の中でただ一人士郎達の後ろ姿を見送り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「それで、さっきのはどういう意味?」

 

 教会を出た所で陽が完全に沈み、街灯で照らされている薄暗い夜道を歩いていると、唐突に凛は士郎へそう問い掛けた。

 

「何のことだ?」

「とぼけないで。綺礼に言っていた邪悪の気配とかってやつよ。あれってどういうこと?」

 

 士郎が綺礼に告げた10年前の邪悪の気配のことと、大災害の孤児達。それがいったいどんな意味を持つのか凛には分からなかった。

 いや、凛だけではない。言葉にはしていないが、セイバーもまたそれらの不穏な単語が何を意味するのか何も分からないようで、士郎へ詳細を聞きたそうにしている。

 

「衛宮くんが何を知っているのかは知らないけど、綺礼が関係してるなら私が放っておく訳にもいかないわ。知ってること全部話してもらうわよ」

 

 士郎の腕を掴み、全てを話すまで絶対に逃がさないという意志を視線に宿らせた凛の顔を士郎は真正面から見つめ返す。

 

「遠坂。あの言峰綺礼という男はお前の恋人か?」

「ばっ!?違うに決まってるでしょ!!」

 

 しかしそれも一瞬だけ。士郎の言葉を受け、顔がトマトのように真っ赤になった凛は否定の言葉を叫びながら猫の如き俊敏さで士郎から離れた。

 

「綺礼は私の魔術の兄弟子!それ以上でも以下でも無いから!ましてやこ、こここ、恋人だなんて絶対にありえないから!!」

「そうか。なら話してもいい」

 

 赤くなった顔を隠すこともせず、若干涙目になりながらも叫んだ凛に対して士郎の返答は酷くアッサリとしており、凛は思わず呆然となった。

 

「お前が男のため(・・・・)という理由だけで全てを裏切れるような女であれば決して話したりはせんが、違うと言うのであれば問題無い。包み隠さず全てを話そう。だが────」

 

 氷のように固まった凛へと今度は士郎が近付き、その華奢な肩へと手を置く。

 

「問おう、遠坂凛よ。この話を聞けば、お前は言峰綺礼と共に居られることは出来なくなり、最悪の場合には俺と共に言峰綺礼と命を賭して戦うことになるやもしれん。それでも聞きたいか?」

「え……?」

 

 突然の選択。しかも内容が内容なだけに、凛の思考回路は完全に止まりかける。

 

「さぁ、選べ。どちらを選んでも俺は構わん。兄弟子に着くも、俺に着くも、全てはお前の自由だ」

「そんな、こと、言われても……」

 

 知人と殺し合いになるかもしれない。急にそんなことを言われて、冷静でいられる人間というのはまず居ない。

 頭の中は軽くパニック状態に陥り、気持ちの整理さえ覚束無い。そんな状態で、重大な決断をすることなど普通の人間には無理であり、それは魔術師である凛とて例外ではなかった。

 

 ぐるぐると思考は渦巻き、身体が一歩後ろへ下がりそうになるが士郎の鷹の如き眼光を向けられているせいで身体が竦んで足が動かない。

 

 嫌だ、怖い、逃げたい────自分が知らない未知の話を前にそんな言葉が脳裏を過ぎり、反射的に凛は首を横に振る。

 遠坂の名において、怖じ気付くことも、ましてや逃げることも許されない。

 

 内側から湧き上がる恐怖を10年以上の月日をかけて培われてきた鋼のプライドで押さえ付け、覚悟を決めた凛はキッと瞳を尖らせて士郎を見る。

 

「私は────!!」

 

 そうして、自分の選択を叩き付けようとした────その時だった。

 

「よぉ。こんな時間に外へ出たら危ないって大人から教わらなかったか?嬢ちゃん(・・・・)エミヤ・シロウ(・・・・・・・)

 

 突如聞こえてきた第三者の声。しかも、その声に凛と士郎とアーチャーの三人は聞き覚えがあった。

 

「まぁ、若い内はそうやって夜遊びしたくなるのも分かるがな。俺だって生前はそうだったし」

「マスター、上ですッ!」

 

 セイバーの指摘を聞き、士郎達はすぐ近くにあった街灯の上を見上げる。

 するとそこには予想通りの人物────深紅の槍を肩で背負う片腕の無い(・・・・・)ランサーが街灯の上に立っていた。

 

「だがまぁ、夜遊びは程々にしておきな。でねぇと────」

 

 直後ランサーは跳び上がり、空中で槍を回転させて手元へと動かすと、突きの構えをしながら真下に居る士郎目掛けて天墜する。

 

「怖いお兄さんに絡まれるからよぉ!!」

「シィィッ!」

 

 咄嗟に魔術回路を起動させ、『強化』魔術をその身に施して距離を取ろうとした士郎だったが、不意を突かれたことでタイミングが遅れ、完全に避けることは出来ず、左腕を僅かに切り裂かれた。

 

「衛宮くん!」

「マスター!!」

「おっとぉ!?」

 

 跳び下がった士郎へと凛は駆け寄り、士郎と交代するようにして前へと出たセイバーは魔力を編むことで召喚された時と同じ鎧と服を構築し、完全戦闘態勢に入ってランサーへと迫る。

 しかしセイバーの手には何も握られておらず、武器など持っていないかのように見えたが、虚空でランサーが持つ深紅の槍と何かがぶつかり合い火花を散らしたことで、ランサーはセイバーが持つ物について理解した。

 

「テメェ……英霊のクセして武器を隠すとは何事かッ!!」

「っ!?」

 

 轟く大喝破と共に振るわれた剛槍はセイバーを軽く跳ね飛ばし、数メートル近くセイバーは後退した。

 

「英霊ならば武器を隠さずに正々堂々と戦え!ただの人間だって出来たことだ。出来んとは言わせんぞ、剣使い!!」

 

 赫怒の炎を胸中に滾らせ、並外れた殺意を叩き付けてくるランサーの威圧にセイバーは思わず冷や汗を掻く。

 油断してはならない強敵。しかし、片腕の無い槍兵相手に負ける気はセイバーには無かった。

 

「そちらこそ、片腕はどうした?例え武器を見せた所で、そんな様で斬り倒しては正々堂々などと言える筈もない。それとも何か?貴方は手負いの相手を倒して誇れるとでも?」

「あ?あっ、あぁ~と……」

 

 セイバーの正確な指摘に、怒りで燃えていたランサーの頭は一瞬で冷静となり、気まずそうな表情を浮かべて士郎の方を見た。

 

「いや、確かにお前さんの言う通りだがよ、この片腕はそこのエミヤ・シロウに切り落とされてな。俺としてはその雪辱を晴らすまで腕を元に戻すつもりは無ェんだよ。だから悪いがこれで我慢してくれや」

「「…………」」

 

 戦闘中にも関わらずセイバーと凛から向けられる無言の視線が突き刺さり、士郎はそれが地味に痛いと思った。

 

「貴方の戦士としての矜持は理解した。しかし、これは聖杯戦争。ルールがある騎士の戦いでは断じて無い」

「その通りだ」

 

 セイバーの言葉に同調しながら、霊体化を解いたアーチャーはその手に黒と白の双剣を持ちながらこの場に姿を現す。

 

「戦争にルールなんてものは存在しない。如何にクー・フーリンと言えど片腕のみで二体のサーヴァントを同時に相手取ることは出来まい」

「あぁ、そうかもしれねぇな」

 

 アーチャーのその指摘は事実だ。例え大英雄たるクー・フーリンであったとしてもセイバーとアーチャーを同時に戦うのは不可能に近く、ましてや今は万全の状態とは程遠い。

 ならばこそ、そんな状態で士郎達の前に姿を現したランサーはただの自殺志願者でしかないのだが、クー・フーリンとてそんなことは分かっている。

 

 故に────

 

「けどな────一体いつからこの場に来たのがオレだけだと錯覚していた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 カツン、と。その場に小さく、けれど決して聞こえない訳ではない程度の靴音が響き渡る。

 

「こんばんわ。今日はとても騒がしい夜ね」

 

 続いて聞こえてきたのは少女の声。反射的にランサーを除くその場に居た全員が聞こえてきた声の方を向き、絶句する。

 そこに居たのは二人の人物。片方は雪の妖精のように真っ白な印象を抱かせる幼い少女。

 

 そしてもう1人の方────巨人と見紛うほどの巨躯を持った、巌のような男性。

 腰に着けた鎧以外には何も身に纏っていないが為に異常なまでに隆起した筋肉が見え、しかしそれすらも気にならなくなる程のバカでかい石斧剣を右手に持っている。

 

 現代においてそんな格好、ましてやそんな武器とも呼べないような物を持つ人物なんて普通に居る筈も無い。

 ならばこそ、考えられる答えはただ一つ────

 

「ねぇ、あなたもそう思わない?バーサーカー(・・・・・・)

「■■■■■■■■■ー!!」

 

 人の言葉など微塵も無く、巨人の男は獣の如き咆哮を月下へと轟かせる。

 

 今ここに、4騎のサーヴァントが勢揃いした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの戦い

今日、友人に「お前の小説ってもう日刊ランキングの上位まで行けそうにないよな」と言われ、反射的に「いいや、まだだ。俺は必ずあの地(日刊ランキング一位)へ返り咲いてみせる」といった啖呵を切ってしまいました。
……文才と中二力を培う為にシルヴァリオシリーズを周回しなければ。








 人気の無い夜道に響き渡るバーサーカーの咆哮。それは10メートル以上離れているのにも関わらず大声音で、もはや一種の音波攻撃に近い。

 

 魔術師と言えど身体は普通の人間である凛にはバーサーカーの咆哮を耐え切ることが出来ず、思わず耳に手を当てて塞ぐ。

 横目でチラリと周りを見回せば、サーヴァントであるセイバー達であってもバーサーカーの咆哮は五月蝿すぎたようで、凛のように手を耳に当てている訳では無いが少し苦々しい表情を浮かべている。

 

 そんな中、1人だけ常の無表情を崩すことなく佇む者が居るが、何で無事かと聞いたところで「気合いと根性」という訳の分からないパワーワードを出されるのが目に見えていたので凛は敢えて無視した。

 

「初めまして、リン。それからお兄ちゃん。私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。長いからイリヤって呼んでね」

 

 バーサーカーの咆哮を間近から聞いたのにも関わらず、自らをイリヤと名乗った少女は何処ぞの生徒会長のようにダメージを受けた様子が一欠片も見えず、それどころか優雅に一礼してまで見せた。

 それだけでも充分驚くのに値するが、凛にとって本当に驚かされたのは少女の名前だ。

 

「アインツベルンですって!?」

 

 アインツベルンという名前を聞いた直後、凛は過剰なまでの反応を示し、驚愕の眼差しでイリヤを見つめる。

 その反応があまりにも異常だったが故に、士郎はバーサーカーから目を離さずに凛へと話し掛けた。

 

「遠坂、知り合いか?」

「いいえ、違うわ。けど、その名前は知ってる。なんせ、聖杯戦争を最初に始めたとされる『始まりの御三家』である遠坂、間桐(・・)に並ぶ魔術一族ですもの」

「────なんだと?」

 

『始まりの御三家』という新しい単語について詳しく聞きたい気持ちはあったが、それよりも士郎にとって聞き捨てならないのは間桐という名前。

 咄嗟に親友とその妹の顔が脳裏に浮かび上がり、違っていてくれと願いながら士郎は凛へと確認しようとする。

 

 しかし────

 

「ねぇ、話し合いはまだ終わらない?」

 

 士郎が凛に話し掛けるよりも先に、二人の会話を静かに眺めていたイリヤは瞳を輝かせながらそう呟く。

 まるで新しい玩具で早く遊びたい子供のように、今か今かと戦いが始まるのを待ちわびているイリヤの様子に、場の空気は一変する。

 

「お兄ちゃん達の話し合いが終わるまで待っててあげるのもいいけど、それで夜が明けたら折角の聖杯戦争が興醒めでしょ?だから────」

「いい加減、そろそろおっ始めようやッ!!」

 

 そして、もはや我慢出来ぬと言わんばかりにランサーが士郎目掛けて突撃し、槍を勢いよく振りかざす。

 

「マスター!!」

 

 セイバーは咄嗟に士郎を庇うようにしてランサーの前に出て、迫り来る槍を剣で受け止めてみせる。

 だが次の瞬間、まるで剣の刀身で巨岩を支えているかのような重圧に襲われセイバーは瞠目した。

 片腕にも関わらず、この腕力。やはり大英雄クー・フーリンの名は伊達ではないということをセイバーは改めて認識する。

 

「邪魔だ、セイバー!!テメェに用は無ぇんだよ!!今度こそ俺はエミヤ・シロウと本気(・・)の戦いをするんだ!!そこを退きやがれぇぇぇぇぇぇ!!」

「っ!?」

 

 ランサーの怒号と共に膨れ上がる重圧。その圧力は先程よりも数倍以上に倍増している。

 気を抜けば一瞬で潰される。持ち得る全ての気力だけでなく、指先から足の爪先に至るまでの全ての筋肉を使ってようやく受け止められているのがやっとだ。

 

 これが大英雄。これがクー・フーリン。1つの神話の頂点に立つ男の本気を前にして、セイバーの内に眠る闘争心が沸々と湧き上がる。

 

 生前のセイバーの時代においてもその勇名を轟かせていた世界最高峰の戦士とこうして剣を交えることが出来るのはセイバーにとって誉れである。それは嘘ではない。

 

 しかし、だ。

 

「嘗めるなよ、ランサー!!」

 

 セイバーとて大英雄たるサーヴァント。それに加えて性格は負けず嫌い。

 であるならば、自身を歯牙にもかけず、あまつさえマスターである士郎と戦うことしか考えていないランサーに対し、セイバーの怒りのボルテージが急上昇していくのは至極当然のことで。

 

「ハァッ!」

「ぬおっ!?」

 

 こっちをちゃんと見ろ。そんな言葉を剣に乗せ、気合い一喝と共に魔力放出を発動させたセイバーはランサーの腕力に勝った力で槍ごとランサーの身体を吹き飛ばす。

 

「来い、ランサー。我が剣で貴公に敗北をくれてやる」

「ハンッ!上等だ、エミヤ・シロウと戦う前にテメェを叩き潰してやる!!」

 

 その会話を合図としてセイバーとランサーは再び激突し、本格的な戦いを始めた。

 そして、それと同時にもう1つの戦いも静かに幕を開ける。

 

「あーあ、先を越されちゃったわ。私もセイバーには興味があったのだけれど、取られちゃったのなら仕方ないわね」

 

 残像を残しながら超人離れした戦いを繰り広げ始めたセイバーとランサーを遠目で見ながら肩を落として残念そうにガッカリとするイリヤだったが、その赤い瞳に士郎達の姿を捉えた途端、先程までのように瞳を輝かせる。

 

「じゃあ、残り物(・・・)は全部こっちで頂くわ」

 

 それがどのような意味を持つのか、この場において分からぬ者は1人も居ない。

 身構えた二人(・・)の前で、イリヤは純粋な笑顔を浮かべながら己のサーヴァントへ命令する。

 

「やっちゃえ、バーサーカー!!」

「■■■■■■■ーーーーーーー!!」

 

 マスターからの指示を受け、身を止めていた巌の巨人は咆哮を上げながら士郎達を目掛けて疾走を開始する。

 

「アーチャー!バーサーカーを────」

 

 迫り来るバーサーカーを止めるべく、アーチャーへ命令を下そうとした凛だったが、その時になってようやくアーチャーの異変に気が付いた。

 

「イ……リヤ……?そんな、まさか……」

 

 迫り来るバーサーカーなどには目もくれず、僅かに揺れる視線はイリヤ1人のみに固定され、血の気の引いた表情をしているアーチャーは呆然とした様子でブツブツと何かを呟き続ける。

 

 明らかに異常をきたしている。精神攻撃など受けた記憶は無いが、アーチャーの精神に何らかの異変が起きているのは傍から見ても理解出来た。

 

「アーチャー!?」

 

 アーチャーの異変に動揺する凛。戦場においてそれは大きな隙となり、ならば当然バーサーカーがそれを見逃す筈が無く────

 

ここは通さんぞ(・・・・・・・)、バーサーカー」

 

 故に士郎は前へ出た。凛達を守る為に、たった1人で囮となるべく。

 

「っ!!衛宮くん!!」

 

 凛が悲鳴を上げると同時に、バーサーカーは成人男性一人分以上に長い石斧剣を軽々と振り上げ、全身の筋肉を躍動させながら神速の一撃を士郎へと叩き込む。

 

 一般人なら決して避けることの出来ない速さでの攻撃。魔術はともかく身体能力は並みでしかない凛がもしも最初に狙われたのだとしたら、確実にその一撃で命を落とすことになるだろうが────

 

「───甘い」

 

 迫り来る神速の一撃を、士郎は『強化』された身体を駆使して余裕で躱してみせた。

 

「斬撃の軌道が一直線すぎる。いくら力があろうと、それでは当たらん」

 

 日々己を鍛錬していることで普段の身体能力が一般人よりも格段に勝っている士郎の目は『強化』されたことでより優れた物へと変化している。

 それこそ本物の鷹の目と同じように、今の士郎の視力はバーサーカーの剣の軌道から一挙手一投足に至るまで明確に見えている程だ。

 

 そこまで見えてしまえば先読みも簡単に行える。バーサーカーが攻撃する為に筋肉を動かそうとした瞬間から対応を始めれば、今の士郎であれば充分間に合う。

 

 故に、油断しなければ身の危険はかなり低い────そう判断していた士郎だったが、一つだけ大きな誤算があった。

 

「■■■■■■■!!」

「ぐっ……!」

 

 バーサーカーの剣が地面へ激突した瞬間、まるでダイナマイトで爆発したかのような衝撃が走る。

 とんでもない筋肉から生み出されたパワーはアスファルトどころか下の地表まで軽々と爆散させ、銃弾の如く飛んできた鉄飛沫を既に回避中だった士郎は避けることが出来ず、まともに食らってしまった。

 

「衛宮くん、大丈夫!?」

「あぁ、問題無い」

 

 完全に命中した衝撃で士郎の身体は凛の近くまで吹っ飛ばされたが、『強化』の魔術によって耐久力を上げていたこともあってほぼ無傷だ。

 

「遠坂、あのバーサーカーのステータスは見たか?」

「えぇ、幸運Bを除いて他は全部A以上、しかも筋力に至ってはA+だとか、ウチのアーチャーとは比べ物にならないレベルだわ」

 

 未だに意識が吹っ飛んでいる自身のサーヴァントと見比べて、そのあまりにも大きすぎる差に思わず泣きそうになった凛だが、無い物ねだりをした所で意味が無いと思って割り切る。

 

「体感してみて分かったことだが、奴は今手加減している(・・・・・・・)

「────」

 

 士郎の言葉を聞き、凛は絶句した。さっきの攻撃が手加減されてのものだと?

 

「ど、どうしてそんなことが分かるの?」

「セイバーと比較すれば直ぐに分かる。あれぐらいならセイバーであっても簡単に出来ること、ならばセイバーよりも筋力が優れているバーサーカーの本気があの程度の筈がない」

 

 自然と凛の口から零れた疑問に返ってきたのは納得出来る理由で敷き詰められた厳しい現実の言葉だった。

 

「手加減している理由は不明だが、しかし本気になった奴の斬撃は恐らく俺も避けられない」

「嘘……」

 

 さっきの一撃が手加減したもの。その事実は凛にとって絶望でしかない。

 なんせ、さっきのバーサーカーの攻撃を凛は最初から最後まで全く目で追いきれていなかったのだ。その時点でもうダメだというのに、さらにその上のステージがあるとしたら凛には完全に対処しきれない。

 あの士郎でさえバーサーカーの斬撃は避けられないと言っているのだ。ならば、アーチャーであってもそれは恐らく変わらない。

 

「そ、そうだわ!セイバーを呼び戻しましょう!!4対1ならもしかしたら────」

「却下だ」

 

 生きる為の活路を見出すべく、セイバーを呼び戻すという凛の提案を士郎は容赦無く切り捨てる。

 

「セイバーは今、ランサーの相手で手一杯だ。もし仮に今の状況でセイバーを呼び戻せばランサーまで付いてくることになる」

 

 そうなれば戦況は最悪と言っても過言ではない。バーサーカー単体でさえ手に余るというのに、そこにランサーまで加わればまともに戦ってなどいられなくなる。

 しかも、ランサーのマスターとバーサーカーのマスターが士郎達のように同盟関係でも結んでいたとしたら、互いを攻撃することなく積極的に士郎達を狙ってくるだろう。

 

 少なくともランサーなら確実に士郎を殺しに来る。そう断言出来るが故に、士郎は凛の提案を却下した。

 もしもアーチャーがセイバーの支援をしてランサーを退けるというのであれば話は変わってくるが────

 

「…………」

 

 今ではイリヤのことを見ながら彫像のように身体を固めているアーチャーに支援を期待するなど無理だと士郎は瞬時に判断した。

 

 万策尽きたことで否応なしに凛の脳裏に最悪の状況が浮かび上がる。

 迫り来る石斧剣。脳天から2つに分かたれる己の身体。バーサーカーに斬殺される未来を想像し、迫り来る死の気配に凛の背筋は凍り付く。

 

「■■■■■■……」

「ヒッ……」

 

 白い息を立ち上らせながら、満月を背に悠然と見下ろしてくるバーサーカーに恐怖を抱き、無意識の内に凛は1歩後退る。

 死ぬ。このままでは確実に死んでしまう。いくらアーチャーが居たとしてもバーサーカーに敗北する予感を強く感じ、凛は悔しさと無念を胸に抱きながら静かに目を閉じようとし────

 

「作戦を伝える。俺達でバーサーカーに勝つぞ(・・・・・・・・・・)

 

 だが、続く士郎の言葉で大きく目を見開いた。

 

 思わず士郎の方へと見れば、その顔には絶望といった負の感情は一切浮かんでおらず、いつもと変わらない無表情のままだ。

 しかし、凛には何故か士郎が自身の勝ちを確信しているように見え、叫ぶようにして言葉を絞り出す。

 

「バーサーカーに勝つって……アンタ自分で何言ってるのか理解してる!?あんな化け物相手にどうやって勝つつもりよ!!」

「知れたことだ。奴のマスターを狙えばいい(・・・・・・・・・・)

 

 どんなに最強のステータスや宝具を持っていたとしても、サーヴァントにとってマスターは唯一無二の弱点だ。

 サーヴァントはマスターからの魔力供給が無くなれば数日で消滅する。大英雄クラスのサーヴァントであれば現界するだけでもかなりの魔力を消費し、全力で戦闘などしようものなら数分で魔力が尽きてしまうだろう。

 

 ならばこそ、マスターを狙うのはある意味で言えば正攻法であり、道理でもあった。

 言われてみれば確かにその通りだ。死の恐怖に怯え、冷静さを失っていた凛はようやく気持ちを落ち着かせる。

 

「けど、そんな簡単に上手くいくの?相手だってマスターが狙われるのは分かってる筈よ。何かしらの対策を立ててあってもおかしくないわ」

「かもしれんな。だが、アーチャーの攻撃なら間違いなく通る」

 

 そうやって自信満々に言い切った士郎に、凛は一瞬だけ呆然としかけたが直ぐに我に返って気を引き締める。

 士郎には昨夜の内にアーチャーについての情報や凛の使う魔術についての情報を話してある。それを考慮した上での発言だとすれば、士郎の考えた作戦とやらに乗ってみる価値は充分だ。

 しかし、その作戦には大きな欠陥があった。

 

「アーチャーの攻撃って言っても、肝心のアーチャーはあの調子よ?攻撃なんて出来る筈が無いわ」

「どんな方法でもいい、遠坂がアーチャーの意識を取り戻せ。その間、バーサーカーの相手は俺が務める」

「はぁ!?」

 

 唐突にとんでもないことを口にした士郎に凛は何かの冗談のように思えたが、士郎の表情は真剣そのものだ。

 本気でたった一人でバーサーカーを相手に立ち回ろうとしている。その事実に凛は声を荒らげて反対する。

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!!さっき自分で言ったことをもう忘れたの?バーサーカーの本気の斬撃は避けられないって。なら、もしバーサーカーが途中で本気になったらどうするの!?」

「その時はその時だ。どうにかしてみせる(・・・・・・・・・)

 

 どこまでも雄々しく、決して勝ちを諦めようとしない士郎の姿に凛はもはや言葉を無くす。

 この男はどうかしてる(・・・・・・・・・・)。薄々分かっていたことではあったが、今回の件でハッキリと理解した。

 

「この話に乗るか反るかはお前次第だ」

 

 そう言って決意の籠った瞳を向けられ、凛は思わず絶句する。

 

 もし仮にここで士郎の話を蹴ったとしても、士郎はたった一人でバーサーカーへ戦いを挑むだろう。

 全ては善良な無辜の民を守る為。バーサーカーのような周りに大きな被害を撒き散らす存在を士郎が許せる筈が無い。

 

 気合と根性だけでなく自らの命さえ駆使して戦い、最後には昨夜のランサー戦のように相打ち覚悟で大怪我をする光景が凛には容易に見えた。

 

 ならば────

 

「……いいわ、衛宮くんの作戦に乗ってあげる。どうすればいいのか指示を頂戴」

 

 一流の魔術師として、そして士郎を聖杯戦争に巻き込んでしまった責任者として、ここで逃げ出す訳にはいかなかった。

 

「まず、遠坂がアーチャーの意識を取り戻し、その後は復帰したアーチャーと俺でバーサーカーの気を引く。その隙に遠坂がバーサーカーのマスターを遠距離から宝石魔術で攻撃しろ。そこで何かしらの対抗手段があるかどうかを調べる。もしも何も無ければアーチャーを離脱させ、俺1人でバーサーカーの気を引いてる内に遠距離からのアーチャーの狙撃で確実に仕留める。以上だ」

「…………」

 

 しかし、そんな作戦とも呼べない作戦を聞き、「やっぱりやめとけばよかったかな?」と凛は内心で少しだけ後悔した。

 

「衛宮くんってさ……周りからバカってよく言われない?」

「一成からはよく言われるな。それがどうした?」

「いえ、なんでもないわ」

 

 今度、副会長に会った時に何か胃に優しい物でもあげようと決意すると共に、凛はアーチャーの方へと駆け出す。

 

「お前の相手は俺だ、バーサーカー」

「■■■■■■■■ーーーーー!!」

 

 そして、士郎はたった一人でバーサーカーに対峙した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

技足りず、力足りず

今回はセイバー陣営の戦闘シーン。次回はアーチャー陣営の対話シーンです。








 ────大輪の華を咲かせるが如く、火花が薄暗い闇の中で何度も飛び散る。

 

 セイバーが見えない剣を振り、迎撃するべくランサーが深紅の槍を振る。

 全力で振るわれた剣と槍はぶつかり合う度に大きく火花を散らし、甲高い金属音を奏でる。

 

 まるで楽器を演奏するかのように、セイバーとランサーは飽きることなく何度も何度も互いに己の持つ武器を振るい続けている。

 戦いが始まってから僅か数分しか経っていないというのに、既にセイバーとランサーが武器を交えた回数は百以上にも上っていた。

 

「セイッハッ!」

「オラァッ!」

 

 一撃ごとに気合と殺意を込め、一般人ならばたった一太刀で細切れになってしまう斬撃を繰り出すセイバーとランサーの戦いはありえないことに拮抗している(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 万全の身体に加えて魔力放出を使い自身に強化を施しているセイバーと、片腕の腕力のみで戦うランサーの対決。

 これが筋力のステータスがA+であるバーサーカーならばまだ納得は出来る。しかし、ランサーの筋力のステータスはBだ。

 

 常にステータスが変動しているとはいえ、セイバーの筋力のステータスはAにも及ぶ。ましてや今は魔力放出を使用しているのだから、実質的なステータスはバーサーカーにも引きを取らない。

 

 ならばこそ、本来ならこの戦いが拮抗する筈が無いのだ。セイバーが終始圧倒し続け、ランサーは終始圧倒され続ける。ステータスや諸々の要素を含めた場合、それが正しい道理の筈なのだ。

 

 だからこそ、今目の前で繰り広げられている互角の戦い(・・・・・)はありえないことだった。

 

「そこだっ!!」

「甘ぇ!!」

 

 視線と剣先の揺らめきを利用した2重のフェイントを仕掛け、ランサーに自身の攻撃を予測させ僅かに意識を逸らした瞬間、本命である上段からの切り下ろしを繰り出すも、ランサーはずば抜けた条件反射能力を駆使してコンマ1秒も掛けずに巧みな身体捌きと剛腕によって音をも超える槍の一撃を振るい、セイバーの剣をかち上げることで襲い来る攻撃を防ぐと共に隙を作り出して次の自身の攻撃へと繋げる。

 

 まるで鞭のように鋭くしなりながら一瞬で顔面へ迫り来るランサーの蹴撃を直感的に察知していたセイバーは後方へと跳び下がることで躱してみせた。

 

「くっ……」

 

 強い────実際に戦ってみたことでセイバーは改めてランサーの強さを理解し、そして僅かに歯噛みした。

 

 性能としては遥かに勝っているセイバーがこうも圧倒出来ずにいる理由。それは単に、戦闘者としての技巧の差に他ならない。

 聖杯戦争において最優のサーヴァントであるセイバーに技術が無いわけではない。むしろ、その剣術は世界から見ても高位に位置している。

 

 ならばこそ、異常なのはランサーの方だ。彼は片腕を失っているのにも関わらず、そんなハンデを覆す程の技量を有している。

 持ち前の身体能力の高さもあるが、槍の振り方や身体捌きの精度、高速戦闘の最中で攻撃や防御が次の攻撃へと繋げるようにする要領の良さは1つ取るだけでも正しく神がかっていた。

 

 ────しかし、もう1つだけランサーがセイバー相手に拮抗出来ている大きな要素が存在している。

 

「やるな、セイバー。このオレの攻撃をここまで防いだことのある奴は生前でもそう居ねぇ。テメェは間違いなく強い剣士だ」

 

 けどな、と。獰猛な笑みを浮かべながら、続く言葉でランサーは吼える。

 

「あの男に……エミヤ・シロウに勝つまでッ!オレは絶対、誰にも負けやしねぇ!!」

 

 天下へ轟く大英雄の喝破。それをセイバーは真正面から受けた。

 

 ランサーがセイバーに拮抗出来ている1番の理由。それは単純に、負けたくない(・・・・・・)という男の意地だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 セイバーとランサーの激戦とは違い、もう1つの方では一方的な防戦が行われていた。

 

「■■■■■■■■!!」

「フッ、ハッ!」

 

 何の強化もされていないのにも関わらず、圧倒的膂力によって振るう剣に風圧を纏わせながら攻撃してくるバーサーカーから士郎は全力で距離を取り続ける。

 

 掠っただけでも重傷、直撃すれば間違いなく即死。しかしそんな攻撃であったとしても当たらなければどうということはない。

『強化』魔術を頭部と脚部の2つに収束させ、見切りと機動力を確保した士郎ならば今の(・・)バーサーカーの攻撃ならば問題無く避けれている。

 

 しかし、それもいつまで続くかは分からない。なにせバーサーカーが本気を出せば士郎の身体を捉えることなど容易いことであり、そもそもの話としてそれ以前に士郎の魔力が尽きるかもしれないのだ。

 

 セイバーがランサーと戦っているということは、マスターである士郎はセイバーの戦闘を支える必要があり、そうなれば士郎の魔力は加速的に減っていく。

 しかも、士郎の保有する魔力量はただでさえ少ない。そんな状態で更に『強化』魔術を全力で駆使しようものならあっという間に魔力は尽きてしまう。

 

 持って10分が限界。サーヴァントを相手するには全く以て足りていないが、足止めをするだけなら充分だった。

 

「■■■■■■■■ーーー!!」

 

 横合いからの一閃。士郎の上半身と下半身を別つべく放れた鉛色の斬撃。しかしそれを士郎は既に見切っていた。

 距離は充分にある。1歩後ろへ退けば、例え深く踏み込まれたとしても避けることは可能だ。

 

 ならば先程までと同様に避ければいいのだが────士郎は敢えてその選択を放棄する(・・・・)

 時間を稼ぐだけならば、避けることだけに専念していればいいのだろう。だが、士郎の目的は時間を稼ぐことだけではない。

 

 士郎は最初からバーサーカーに勝つ為に戦っているのだ。アーチャーと凛と共に────ではない(・・・・)

 

 ……いや、凛に言ったことは間違いではないのだ。士郎と凛とアーチャーの三人でバーサーカーとそのマスターに打ち勝つ、それは嘘ではない。

 

 しかし、だ。士郎にとってそれはあくまで最終手段(・・・・)。どうしようもない場合のみに使う手だ。

 どうして士郎がそんな馬鹿げたことを考えているかと言えば、その理由はたった一つ────凛を守る(・・)為だ。

 

 魔術師という要素を除けば、遠坂凛は普通の歳相応の少女だ。

 猫被りが上手く、責任が強く、人に対して素直になれず、困っている人が居れば何やかんや言いながら手助けをする善良な民(・・・・)なのだ。

 

 穂群原学園に通っている。この冬木市に住んでいる。そして、善良な民であること。その3つの要素を満たしている時点で、士郎にとって凛は己が命を賭けて守るべき多くの誰か(・・)の一人に属する。

 

 故に士郎は凛達を当てにしていない。この戦いが始まってから……いや、始まる前から既に士郎はずっと考えていたのだ。

 自分一人でバーサーカーを倒す方法を(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ッ────」

 

 呼吸は一瞬。覚悟は元より完了済み。ならば後は突き進むのみ(・・・・・・)

 

 士郎は1歩、前へ(・・)と踏み出す。たったそれだけで遠目からでも大きく見えたバーサーカーの巨体がより大きくなる。

 その巨大さはさながら御伽噺に出てくる鬼のようだが、士郎は決して臆さない。

 

 自ら死地へと飛び込み、迫り来る石斧剣を見ながら刹那のタイミングを計る。

 そして、ブンッという重圧を伴った風切り音と共に石斧剣は切り払われ────直後、バーサーカーの視界から士郎の姿が消えた(・・・・・・・・)

 

「■■■■■■■ーーーー!?」

 

 生物は自分が予想だにしていなかった突拍子もない出来事が目の前で起きた時、一瞬だけであったとしても必ず驚愕する。

 それは理性を失った狂戦士にも言えることであり、いきなり目の前から人が消えればバーサーカーとて驚きもする。

 

 僅かに生まれた硬直時間。例えそれが刹那の間しか無くとも、英雄ならば見逃しはしない。

 

「────どこを見ている」

 

 右の方から聞こえてきた士郎の声。反射的に顔を右へと向けた時、バーサーカーの目に飛び込んできたのは────石斧剣の上に飛び乗っている(・・・・・・・)士郎の姿だった。

 

「シッ!」

 

『強化』魔術によって身体能力が跳ね上がっている士郎は、足で思いっ切りバーサーカーが持つ石斧剣を蹴り飛ばし、大砲で発射されたかのような勢いでバーサーカーの顔面へと迫る。

『強化』された士郎の脚力に耐えきれず、剣を持つ手からガクッと体制が崩れたバーサーカーは一瞬で迫り来る士郎に対応することが出来ない。

 

「オォッ!!」

 

 この一瞬のみ、士郎は他の部位への強化を切って『強化』魔術を右手にだけ発動させる。

 文字通り、それは岩をも砕く拳。直に受ければセイバーとて無事では済まされない威力を伴った拳撃。

 気合と共に放たれた士郎の鉄拳はバーサーカーの顔面へと見事に直撃し、そのままバーサーカーの頭蓋を砕く────筈だった。

 

「ぐっ……!?」

 

 バーサーカーの顔面を殴った直後、士郎の拳に鋭い痛みと痺れが走る。

 まるで生身の拳で鋼鉄の鉄板を殴ったような感触。とても人を殴ったことで得られるような感触ではなかった。

 

 いくらサーヴァントと言えど身体は人体だ。どれだけ鍛え上げたところでこんな鋼のように硬くなるなんてことはありえない。

 ましてや強化された士郎の拳だ。それで貫けないのはあまりにもおかしいが、しかしサーヴァントにはそれを可能とする物がある。

 

「宝具、か!」

 

 バーサーカーが何処の英霊なのかは知らないが、この身体の硬さが宝具によるものならば納得が行く。

 竜の血を浴び、雫を飲み、不死身の身体となったジークフリートのようにバーサーカーの身体も宝具で不死身を得ているのであれば、士郎の攻撃が通らないのも無理はない。

 

「ならば────」

 

 攻撃が通らないと瞬時に判断した士郎は、拳を逸らして殴り抜けることで衝撃を分散させると共にバーサーカーの視界を塞ぐ。

 

「■■■■■■■■■■■ーーーーーー!!」

 

 視界を塞がれたバーサーカーは我武者羅に腕を振り回す。当たってしまえば人など木っ端微塵に吹き飛んでしまうバーサーカーの拳を、士郎は先程までと同様に『強化』魔術を足と頭に施して即座に離脱することで回避する。

 

「アハハハハハ!すごいすごい!お兄ちゃんってば曲芸士みたいね!」

 

 そこまでの攻防を見ていたイリヤは、両者が離れたタイミングを見計らって狂ったかのような歓喜の笑みを浮かべながら士郎のことを褒め称えた。

 

「さっきの動きもどうやったのか全く分からなかったし、お兄ちゃんは見てて面白いわ!」

 

 だから、と。天使とさえ見間違う程に可憐で、されど狂気に歪んだ醜い笑みをしながらイリヤはバーサーカーへと命令する。

 

「バーサーカー!もう少し本気を出してもいいわよ!」

「■■■■■■■■ーーー!!」

 

 少女の命令に応えるべく、バーサーカーの咆哮が大気を轟かす。

 

「さぁ、その程度の攻撃じゃあバーサーカーには通らないわよ?もっと気合入れて頑張って、私を沢山楽しませてね、お兄ちゃん♪」

「…………」

 

 無邪気な死刑宣告に返す言葉は何も無い。

 ただ、一瞬だけイリヤに嫌悪と悲哀を織り交ぜた瞳を向けた後、士郎はバーサーカーに目を向け直す。

 

 大地を意図も容易く斬り裂く圧倒的な力。生半可な攻撃では絶対に効きはしない鋼の防御力。

 

 なるほど、確かに化け物だ。こんな化け物がゲームにでも登場すれば、間違いなくそのゲームはバランス崩壊したクソゲーに他ならない。

 だが、ここはゲームの世界ではなく現実だ。リセットもチートもありはしない。使えるのは正真正銘自身の身体のみ。

 

 既に敗色濃厚な戦いではあるが、それでも士郎は決して逃げはしない。

 

「お前の情報を可能な限り引き出させてもらうぞ、バーサーカー」

 

 全ては“勝利“を掴む為に────士郎はバーサーカーへ挑む。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去の自分と今の自分

皆様、更新が遅れてしまい申し訳ありません。
リアルのことで色々と忙しくなってしまい、暫く新しい話を書くことが出来ませんでした。
これからも不定期更新にはなりますが、完結するまで執筆を続けますのでどうかお付き合いお願いします。







 ────それは失われた記憶。英霊になる為に代償として払った過去の自分。

 

『生きてる、生きてる、生きてる……!』

 

 嬉しそうに涙を流しながら自分を地獄より救い出してくれた男との出会いから始まり。

 

『問おう、貴方が私のマスターか?』

 

 運命の夜を迎え、彼女と出会い。

 

『は────は。そうか、初めから無理だったのか』

 

『このまま■が治らないのなら、敵として処理するだけよ』

 

『────先輩になら、いいです』

 

 聖杯戦争なんて馬鹿げた非日常へと否応なしに巻き込まれたことで、自分が今まで居たありふれた日常という物が粉々に砕け散り、そこで色々な物を失った。

 友を、仲間を、後輩を、そして────

 

『────じゃあね』

 

 最後に()を失って、代わりに失くしてしまった大切なものを取り戻した。

 全てが元通りという訳では無いが、彼女のおかげで自分は大切な人達に囲まれながら死ぬまで平穏に包まれた日々を送ることが出来た。

 

 成長して大人になって、結婚して子供を作って、最後は爺になって家族に看取られて。

 とても幸せな日々だったと断言出来る─────けれど、それは1人の少女を犠牲にしたことで得られた日常だ。

 

 ……彼女には悪いが、自分はそんなものを望んでなんかいなかった。

 誰かの犠牲の上に成り立つ日常だなんてまっぴらゴメンだ。そんなものは偽りでしかない。

 だからこそ、死ぬ間際になって()は求めた。例えそれが彼女の思いを踏み躙る行為だとしても、願わずにはいられなかった。

 

 一度だけでもいい。自分はどうなっても構わないから、どうかあの雪の妖精のような少女を救わせてくださいと─────

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーチャー!」

 

 士郎がバーサーカー相手に時間稼ぎをしている隙に、戦線を離脱した凛は呆然と突っ立っているアーチャーの元へと駆け寄った。

 声を掛けても反応しない。アーチャーの視線は未だにイリヤへと向けられたままだ。

 

「ったく、このダメサーヴァントめ……!」

 

 思わず悪態をつきながら、凛はアーチャーの意識をどうやって取り戻すか思考を巡らせる。

 こういう時はふとした痛みや衝撃なんかで意識を取り戻すのが定番であるが、試しにアーチャーの頬を引っ叩いてもアーチャーの意識は戻らない。

 

「アーチャー!目を覚ましなさいってば!」

 

 物理的精神治療が駄目ならば代わりに言葉による精神治療を施してみるも、魔術に対する学はあっても精神に関する学を持っていない凛では素人の付け焼き刃でしかなく、効果は全然現れない。

 

「こんの、こっちを見なさい!」

 

 令呪によりアーチャーは凛の命令通りに強制的に動かなければならないが、それも聞こえてなければ無意味でしかなかった。

 物理も駄目。言葉も駄目。八方塞がりとは正にこのこと。凛には打つ手が無かった。

 

「どうすればいいのかしら……」

 

 凛が手をこまねている間にも士郎の囮作戦はずっと続いている。

 今はまだ何とか士郎はバーサーカー相手に張り合っていられるが、それも持ってあと数分が限界だろう。

 余力がある内にアーチャーの意識を取り戻さなければ士郎も、そして凛とアーチャーもバーサーカーに殺されるというのに、凛にはアーチャーの意識を取り戻す有効手段が全く以て思い浮かばない。

 こうなったらもはや魔術で思いっきりぶっ飛ばして意識を────と凛の思考が危ない方へとシフトされかけた時、ふと彼女は自分の右手の甲に刻まれた令呪に目が行った。

 

「これを使えば……」

 

 令呪による強制的な意識の覚醒。それならばまず間違いなくアーチャーの意識を取り戻せるだろう。

 しかし、その代価は令呪一画。使ってしまえば凛の残り令呪はあと一画となる。

 

「うぐぐ……」

 

 状況としては使った方がいいのだろうが、果たして本当に今ここで使う必要があるのだろうか。

 もしかしたら魔術を使えばアーチャーの意識も戻るかもしれないし、令呪を使う必要はないのではないか、と。凛の中で損得による葛藤が生まれる。

 

 令呪を使った場合のメリットとしては、アーチャーの意識が戻ることで士郎の言っていた作戦を決行できるようになることだが、デメリットはその作戦が上手くいく確証はどこにもないこと。

 逆に使わなかった場合のメリットとしては令呪を温存できることだが、その場合はデメリットとして凛が自力でアーチャーの意識を短時間で取り戻さなければならない。

 

 どちらも一長一短。成功するかどうかなんて誰にも分からないし、何かの拍子で1つでも失敗すれば確実に死が待っている。

 となれば決め手となるのはリスクやコストの問題。どちらがより自分に損得を与えるか、それを考えなければならないのだ。

 

 命が掛かっているこの場において凛の発想は場違いと思われるかもしれない。

 だが、これは戦争。現状を切り抜けた所で後のことを考えていなければ容易く命を失ってしまう。

 

 如何に自分の手札を切らずに相手を殺すか。それが戦争においての常識であり、例え汚泥を這うことになったとしても生き残る為ならば何でもしなければならないのだ。

 

 それこそ、士郎達を裏切ってバーサーカー陣営に付くのも1つの手であり────

 

「そんなことが出来れば苦労は無いんだけどねぇ」

 

 けれど、それは遠坂凛のプライドが決して許そうとはしなかった。

 

 人によっては凛のその想いを馬鹿にすることだろう。自分が死ぬかもしれないという状況で、プライドなんて何の役にも立たない物を選んで生き残る為の手段を狭めるなんて愚か者のすることなのだから。

 実際その通り。戦争において個人のプライドなんて邪魔以外の何物でも無いのだが、けれども凛は絶対に“遠坂“としてのプライドを捨てることはしない。

 

 何故なら、凛にとって遠坂の名は命より重たく、決して失う訳にはいかない大切な物だからだ。

 

「仕方ない、勿体ないけどやるしかないわね!」

 

 ならばこそ、凛は決断した。あのバーサーカーに勝つ為に、拳を強く握り締め右手を掲げる。

 

「令呪を以て命ずる!アーチャー、いい加減目を覚ましなさい!!」

 

 そう告げた直後、凛の右手の甲に刻まれていた令呪が赤く光り、残っていた二画の内の一画が消えると共に光もまた消えた。

 そして、それと同時にアーチャーに異変が起きた。

 

「あ、れ……おれは、何を……?」

 

 呆然としていた様子から一転。フラフラと身体を僅かに後退させた後、アーチャーはまるで悪い夢でも見たかのように全身から冷や汗を流しながら額に手を当てて片膝を付いた。

 息を荒らげ、今にも死にそうな顔をするアーチャーに凛はギョッとするも、今はそれどころではない。

 

「ようやく起きたわね寝坊助。早速で悪いけどアンタには馬車馬の如く働いてもらうわよ」

 

 アーチャーの意識を取り戻した以上、凛達の生存率を上げるために1秒でも早く士郎の支援をしなければならない。

 見るからに気分が優れないとしても、アーチャーは作戦に必要な存在。生死が問われている戦場において言い訳は許されない。

 ……というより、令呪を使ってまで意識を取り戻したのだ。問答なんて無用である。

 

「ほら、さっさと立ち上がりなさい。それとも、まだ寝ぼけているのかしら?」

 

 だったら私が目を覚まさせてあげる、と。拳をポキポキ鳴らしながら凄む凛へと視線を向けたアーチャーは、まるで信じられない物でも見たと言わんばかりにポツリと呟く。

 

「遠坂……」

 

 今までマスター呼びだったのに、急に馴れ馴れしくなったアーチャーにどんな心境の変化が起きたのか凛は気になったが、状況が状況なのでそれは後で聞くことにした。

 

「アーチャー、作戦を伝えるからよく聞きなさい。アンタには衛宮くんと一緒にバーサーカーを相手取ってもらうわ。いくら人間やめてるとは言え、衛宮くんは生身の人間。スタミナや魔力が持たないから基本的にはアンタがバーサーカーの注意を引き付けなさい。その間に私がイリヤスフィールを倒すわ」

 

 士郎から伝えられた作戦とは少しばかり違うが、しかし凛にとってはこれが1番勝てる確率の高い作戦であった。

 そもそもの話として士郎はここでバーサーカーを落とす気満々であったが、凛としてはそうでもなかった。

 

「衛宮くんはアーチャーをこっちに寄越してイリヤスフィールを確実に仕留めるって言ってたけど、私が攻撃した時点で恐らくバーサーカーはマスターであるイリヤスフィールを全力で守りに来るわ。そうなったら衛宮くんでも止めることなんて出来ない。だから、代わりにバーサーカーの足止めはアーチャー、アンタがしなさい。その隙に私と衛宮くんでイリヤスフィールを倒すか、最悪でも撤退させるわ」

 

 あのバーサーカーは間違いなく強い。故に、今のような突拍子のない状況での戦闘よりも万全の準備を整えてからバーサーカーとは戦った方が勝率が高いと凛は感じていたのだ。

 なればこそ、士郎と違って凛の目的はマスターの殺害によるバーサーカーの脱落だけでなく、マスターに傷を付けてこの場から退かせることも考慮していた。

 

「どう?ちゃんと理解した?」

「あ、あぁ……」

 

 凛からの作戦を伝えられ、元通りとは言わずとも気分が整い始めてきたアーチャーは何とか返事をしたが、意識がまだ戻りきってないのか少しだけ上の空のようだ。

 

「あぁもう!!」

 

 そんなアーチャーの様子に苛立ち、凛は少し強めにアーチャーの両頬を両手で叩き、そのまま挟んだ。

 

「いい!?アンタがどこの英霊で、何をしたのか知らないけれど、今のアンタは私のサーヴァント!生かすも殺すも私の自由よ!」

 

 唐突に始まった説教にアーチャーは目を白黒させるが、凛にとってそんなことはどうでもよかった。

 凛はこれまで何度も士郎や他のマスター達が羨ましいと思った。自分もセイバーやランサーみたいな大英雄クラスの英霊を従えたかったというのに、何の因果か召喚されたのはこの男だ。

 大英雄なんてとても呼べない。そもそも英雄であるのかさえ怪しい男ではあるが、それでもこの男を召喚したのは他ならぬ自分だ。

 

 ────だったら、自分はこの男を活かさなければならない。

 

「殺されたくないなら、いつまでもボーッとしてないで少しは自分が役に立つところをマスターである私に見せつけてみなさい!!」

 

 どんな大英雄にも負けない為に、マスターである自分はアーチャーにどんなサポートでもしてみせる。

 だから、これもそのサポートの1つ。いつまでも不甲斐ない姿を見せるアーチャーに喝を入れて奮起を促す凛流の励まし方だ。

 心の贅肉を心底嫌い、頑張っている人が大好きな彼女にとっての厳しい励ましにアーチャーは一瞬目を丸くしたが、その直後にいつもの皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「あぁ、その通りだな。これ以上無様な姿を晒していては怖いマスターに本当に殺されてしまいそうだ。やれやれ全く、私のマスター運も悪いものだな」

 

 顔を挟んでいた凛の手を離し、アーチャーは立ち上がる。

 

「さて、それではご期待通りに私が少しでも役に立つところを証明しよう。そうすれば、君も私を無闇に殺そうとはしまい?」

「えぇ。役に立つなら例えボロ雑巾になってもずっとこき使ってあげるわ」

 

 まるで悪魔のようにニヤリと笑う凛に、アーチャーは苦笑を浮かべて首を振る。

 

「お手柔らかに頼むぞ、マスター」

「それはアンタの頑張り次第よ、アーチャー」

 

 そう言って二人は笑い合いながら隣に立ち、そして戦場へと駆け出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。