エールちゃんの冒険 (RuiCa)
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序章
もう一度、冒険へ


 ここは自由都市西部にあるトリダシタ村。

 

 魔王の脅威がなくなって世界には大きな変化があったはずだが、この村では大きな変化のないまま外の景色が一巡するくらいの時間が過ぎていた。

 

 冒険から帰ってきて母であるクルックーに笑顔で迎えられ、魔王討伐の旅から解放された達成感や疲労感からか……

 エール・モフスはとてもとても長い間、眠っていたような気がした。

 

 

 ――どれぐらい眠っていたのか覚えていないが、とにかくその日エールは目を覚ました。

 

 

「おはようございます、エール」

 

 エールは嬉しそうな母、クルックーの顔に迎えられ気持ちのいい目覚めを迎えた。

 それと同時にとてもお腹が空いていることに気が付く。

「わかりました。朝ご飯を用意するので顔洗って着替えていらっしゃい」

 少し頭がくらくらするのは寝すぎたからだろうか、エールは起き上がってぐっと体を伸ばした。

 

「女の子なんだから落ち着いて食べなさい」

 クルックーに窘められつつ、普段より量の多い朝食をかき込みながら色々と思いだす。

 

 魔王が倒されても神が戻ってAL教がまた隆盛を取り戻すなんていうこともなく、エールは母クルックーとともに昔のようにまたのんびりと過ごしていたこと。

 魔王討伐こと父ランスを正気に戻す旅……辛いこともあったが楽しく刺激的な冒険を終えて村に戻ったエールはその反動もあってかだらだらと過ごしていたこと。

 

 平和そのもの、悪く言えばとても退屈な日常で当時世界最強クラスであったエールは大いにレベルをダウンさせていた。

 

 

 そんなある日のこと。

 

 

「エール、ここから遠くない場所でハニーの集団が集まって何か良からぬことを企んでいるという噂を聞きました」

 エールはクルックーからそんな話を聞かされた。なんでもそれを退治しにいった冒険者がこちらの攻撃が全く通らないやばいハニーがいた、と言って逃げ帰るしかなかったと言う。

「まだ何か大きな悪さをしているわけではないのですが、攻撃が全く通らないとなるともしかしたら行方不明の魔人かもしれません。様子を見に行ってはどうですか?」

 なんでボクが?と問いかける。

「本当に魔人であったならあなたが持っている日光か行方不明の魔剣カオスでしか倒すことはできません。なによりエールは魔王退治が終わって村に戻ってきてからちょっとだらけ過ぎですよ」

 エールが面倒くさそうに口を尖らせると

「女の子がそんな変な顔してはいけません。準備はしておきました。良いから行ってきなさい」

 クルックーも口を尖らせた。

 このままではべしーんと蹴りだされそうな様子である。

 

 退屈だったからいいか、と気を取り直したエールは久しぶりに掃除用具入れに刺さった日光を取り出し、噂を確かめるべく退治しに行くことにした。

 ちなみにエールの愛刀……魔王がいなくなって気が抜けてしまったのか聖刀・日光は掃除用具入れに箒やモップ等と一緒に刺されており、たまにクルックーがほこりを払うぐらいの扱いとなっていた。

「エールさん、それは物干し竿です」

 間違えてつかんでしまい、日光は少し呆れたようにエールに話しかけた。

 改めて日光を掴んで引き抜き軽く振り回してみる。

「……お久しぶりですね」

 優しい声色だがその言葉は皮肉だろう、エールは気にせず流すことにした。

「はい、これはお弁当です」

 今回もクルックーはお弁当を作って持たせてくれた。

 中身はきっとエールの好物が詰まっている。前回の冒険では行き倒れのハニーにあげてしまい食べられなかったので今回は絶対に自分で食べよう、とエールは心に誓った。

 

 行ってきます、といってエールは久しぶりに村の外へ出た。

 近場なのが残念だが、外に出てしまえばワクワクする。

 

 前の冒険では最初にトリダシタ村を出るときはちょっと不安で実際に大変な事も多かったが、家族を巻き込み世界の命運をかけたその大冒険は楽しい思い出が多く、エールはすっかり冒険が好きになっていた。 

 

………

……

 

 順調に進んで件の場所につくと、噂通りたくさんのハニーが洞窟前にたむろしていた。

 しかしその姿は普通のハニーではなく、ほとんどのハニーがかつらをかぶっていて服装もバッチリキメていて妙にオシャレである。

 

 様子を伺っているとお互いのヘアスタイルを自慢しあったり鏡を見てスタイルを直したりと、遠目から見ても悪だくみをしている様子はなくむしろ和気あいあいとしているようにしか見えなかった。

 

 エールは日光を構えないまま、挨拶をしつつハニーたちに近づいた。

「また人間だー!」

「人間がまたぼくらのオシャレの秘密を盗みに来たぞー!」

 全くの誤解なのでエールは首を横に振って事情を説明しようとしたのだが

「人間は通さないぞ! 帰れー!」

 そういってハニー達が立ちふさがった。

 何かを聞こうとしてもずっと通せんぼしたまま、話を聞いて貰える様子はない。エールは困って何かを考える仕草をする。

 

<ぱりーん>

 

 結局考えるのが面倒になり、とりあえず門番ハニーを叩き割った。

「きゃー!!」

 それを見て逃げるハニーを見てこれで中に入れる、とエールは洞窟内に入った。

 

「侵入者だー! 女の子だ―! 捕まえろー!」

「生贄だー! スカートめくってやれー!」

 

 洞窟内ではさっそくわーわーと様々なハニーにたかられた。

 ハニーの種類は様々、さらにそれぞれ自慢のかつらをかぶっていて妙にカラフルな光景である。

 しかし所詮は普通のハニー、レベルが下がってしまっているエールでも負けるほどの相手ではない。

 エールは次から次に襲い来るハニーをハニワ叩きで撃退していく。

 中にはかっこよくキメポーズで出てきて足を滑らせてこけるハニーや、かつらがずれただけで泣きながら逃げていくハニーもいて大騒ぎだった。

 

 途中でレベルアップしながら、スーパーハニーがいたらきつかったかもと考えつつエールはずんずんと奥に進んでいく。

「わー! この子強いー! ながぞえ様に報告だー!」

 すぐに洞窟内に話が広がったのかハニー達はエールの姿を見たら逃げていくようになった。

 

 最奥部らしき広い空間に出ると、そこは洞窟に似つかわしくないやたらオシャレな空間。

 一見すると大きめの魔法ビジョンや最新のデザイナー家具に囲まれ最先端の流行を取り入れただけのように見えるのだが、家具や小物類にハニワの意匠が小さくあしらわれており、ハニーの空間であることをさりげなく主張しているところが素敵でエールもその居心地よさそうな空間に、エールは思わず感嘆の溜息をつく。

 

 そしてその部屋の真ん中には低めのソファーに腰を掛けている威圧感のある巨大なハニー……エールはその姿に見覚えがあった。

 

 体は大きく、お腹の文字も『マ』ではなく『ナ』になっているが、前にアームズの遺産探しの途中で戦った魔人ますぞえによく似ている。

 しかしどこかでみたような金髪メッシュでバッチリキメたヘアスタイル(かつら)と普通のハニーとは一味違う涼し気な瞳(空洞)

 

 

 どうみてもかつてのエールの相棒ハニー、長田君だった。

 

 

「このお方は新たな魔人ながぞえ様です」

 ソファーの横に一緒に座っているハニ子がそう言って紹介をする。

「ながぞえ様、そいつが例の侵入者ですー!」

 そういって後ろに控えるハニーも騒ぐ。

 

 エールは警戒し日光に手をかけたが、いくらまてども周りにいるハニーも魔人ながぞえもエールに攻撃はしてこない。

 エールがとりあえず魔人やハニーを無視して辺りを自由に見まわしていると、オシャレな空間にそぐわないクラシックな宝箱があるのを発見した。

 

「こらー! それはながぞえ様のものだぞー!」

「ボスを無視して空箱に直行なんてなんてやつだ!」

 

 どうやら魔人ながぞえを倒さなければこれを開けられそうにない。

 

 改めて魔人ながぞえにすたすたと近くに寄ってみるとソファーに座ったまま身を大きくかがめてエールの姿をじっと見つめてくる。

 普通の人間なら巨大さや感情が見えない表情に恐ろしさを感じるだろうが、エールは全く怖くなかった。

 

 エールが何となく母から受け取ったお弁当からハニワ型のウインナーを取り出し、その頭にそっとのせた。

 魔人ながぞえはそれを手に取って口にポイっと入れる。

「…………」

 お互い特に何の会話もないまま、エールは魔人の前のソファに適当に腰かけるともぐもぐと弁当を食べ始めた。

 

「え、なんなのこの子……」

 突然やってきて、ながぞえに失礼なことをしたかと思うと突然弁当を食べ始める人間の少女。その行動が理解できないハニー達はその様子を困惑してみているが、肝心の魔人も何も言わずその様子をじっと眺めているので文句を言える雰囲気でもない。

 

 ごちそうさま、エールはご飯を食べ終わると改めて、長田君? と目の前の魔人に声をかけてみた。

 

 すると今度は何か言いたげにエールをじーっと見つめ返してきた。反応はしてるみたいだが声が出せないのか何の言葉も帰って来ない。

 エールが何を言ってるか分からない、と言うと側にいたハニ子の通訳してくれた。

「300年後世界を滅ぼす、とおっしゃっています」

 とりあえず長田君が絶対に言いそうにない台詞だった。

 

 エールは悩み始めた。

 

 一人で倒せるか倒せないかはともかく、このままながぞえを倒して魔血魂になったら長田君はどうなってしまうのだろうか?

 そもそも長田君の精神は残っているのだろうか?

 自分に攻撃してこないし、やたらオシャレだし、少なくともすべてを魔人の精神に完全に乗っ取られてはいないだろう。

 

 敵意はなさそうだから放っておいても害はなさそうだけれど……エールはいつになく真剣に考える。

 

 そうしていると突然キャーキャーとはしゃぐハニ子やハニー達が部屋に入ってきて、エールの横を通り過ぎて行った。

「キャー、ながぞえ様ー!」

 どうやらモテモテであるようで魔人ながぞえはハニ子にあっという間に囲まれた。

「これ、新しいナウでヤングでイケイケなファッション雑誌ですー!」

「ながぞえ様が好きそうなバインバインな自由都市アイドル水着写真集も持ってきました!」

 ハニ子だけではなく普通のハニーたちもオシャレなながぞえを慕っているらしく、今日もお土産にファッション雑誌や巨乳グラビアを持ってきたらしい。

 かつらをかぶったハニーだらけだったのは長田君こと魔人ながぞえのその影響なのだろう。

 

「あれー? なんで人間がこんなところにー?」

 一人のハニーがエールに話しかけてきた。

 彼は自分の友達なんだ、とエールが魔人ながぞえを指さしながら言ったところハニ子やハニー達が驚いてブーイングをはじめた。

「人間がなんてずうずうしいのかしら!」

「友達だなんていって、ながぞえ様に近づくつもりね!」

 ハニ子が抗議の声をあげる。

 エールは首を振った。

「ながぞえ様はなー、巨乳が好きなんだぞー!」

 そんなことはよく知っている。

「貧乳で眼鏡もかけてない人間はかえれー!」

「そうだ、かえれー!」

 

 そのブーイングをを聞いたエールは大きく一回息を吐くと、日光の刃のない方で魔人ながぞえの全力で頭をぶっ叩いた。

 

<バリーン!>

 

 豪快に割れる音がした。

 それと同時に魔人ながぞえは魔血魂を口から吐き出す。

 

 ――そして一瞬光ったかと思うと、その場には旅の途中で別れた長田君が割れた状態で転がっていた。

 

「きゃー! 地上のオシャレ王、ながぞえ様が倒されたー!」

「うわーん! 嘘よー!」

「わー! ながぞえ様がー! 逃げろー!」

 取り巻きのハニ子たちはさめざめと泣きながら逃げて行き、その場に残ったハニーも大騒ぎしている。

 その拍子に割れるハニーまでいる中、エールは気にすることなく荷物からセロテープを取り出して長田君の破片をぺたぺたと張り付けていき……

 

 ばばーん、長田君は元通りになった。

 

「あ、あれ!? エール? 俺、何してたの!?」

 長田君が目を覚ますとエールに気が付がつききょろきょろとしはじめた。

「すっげー、久しぶりじゃね!? もー、なんで探してくれなかったんだよー!」

 長田君は泣きながら再会を喜びつつ、エールの足をぺしぺし叩いた。

 エールの方もここでハニーやハニ子に囲まれてちやほやされていた長田君に言われたくない、とぺしぺしと頭を叩き返す。

 

 ひとしきりそうして、お互いに笑い合った。

 

 とりあえずエールは懐かしき相棒でありソウルフレンドである長田君と再会した。

 

「そうそう、俺、魔人にされちゃってたんだよ! 一緒にエールの生まれた村に行こうとしてなんか開いてた落とし穴に落ちて、んでけっこう可愛いハニ子に無理矢理魔血魂食わせられてさー……」

 そう言ってエールに身振り手振りで事情を説明する長田君のすぐ側には魔血魂が転がっている。

 

「チャーンス! ひょい、ぱくっ……」

 近くにいたハニーが魔血魂を拾い上げ、口に入れようとしたところを、エールは足を引っかけて転ばせた。

「何するんだよー!」

 転がるハニーの手からこぼれた魔血魂をあらためて拾い上げた。

 

 魔王がいなくなったこの世界でもう新しく作り出されることはない真っ赤で禍々しい魔王の血の欠片。

 飲めば大きな力を授かるが、精神を血に乗っ取られることもあるレアで危険で相当やばい代物。

 この魔王の力の源と、エール達は人類の存亡をかけて戦ったのだ。

 

「次の魔人になるのはぼくだー!」

「いや、ぼくだぞー!」

「ちょーだい!ちょーだい!」

 エールが少しシリアスな雰囲気で魔血魂に思いを馳せていると、そんなことはお構いなしに足元にハニーたちにまるでお菓子をねだる子供のように群がってきた。

 ハニーたちはこの魔血魂が欲しいのか、直接的な攻撃こそしてこないがエールを囲んで足をぺちぺちと叩きはじめる。

「生足ー! 細ーい!」

「ニーソのがいいー!」

「スカートだと思ったらキュロットだー! 騙されたー!」

 魔血魂そっちのけで、そんなことを言っているハニーもいる。

 

 エールが突然、がおーっ! と言って威嚇するとハニーはキャーキャー言いながら逃げていった。

 

「クルックーさんに渡して、封印してもらうべきでしょう」

 日光はそう言ったが、AL教の力はだいぶ落ちていて封印してるものが盗まれているなんて話もある……エールはこれを狙うハニーがクルックーの元に大量に押し寄せているのを想像してなんだか嫌な気分になった。

 とりあえず忘れないように魔血魂に油性ペンでハニーと書いてとりあえず鞄に突っ込んで持って帰ることにした。

「……それは本当に危険な物です。十分注意してくださいね」

 先ほどまでわーわーとしてたハニー達や今のエールの緊張感のない様子に日光が少し呆れたふ。

 

 エールはその後、お楽しみとばかりにもう阻むものはいない宝箱に近付いた。

 鍵は掛かっていないようで当然の権利のようにそれを開けると中にはハニーからの差し入れなのか高級はに飯や巨乳やハニ子のグラビアやえっちな本、いかがわしいタイトルのラレラレ石などがたくさん入っていた。

 特に巨乳グラビアが多く、付箋やしおりが挟んであって読み込んでいる様子が伺える。

「あっ、エール、待って、見ないで! それ大事な……」

 長田君が何か言う前にエールはささっとはに飯だけ取り出して、宝箱にポイっと火を投げ入れる。

「うわーん!」

 めらめらという音を聞いて長田君は泣いていた。

 

………

 

 家への帰り道。

 

 エールは魔人から解放された長田君と一緒にトリダシタ村への道を歩いていた。

 

「そういや魔王退治が終わったら改めて一緒に冒険に行こうって約束してたよなー」

 魔王との決戦前夜のことである。

 あの日は兄弟姉妹のみんなと色々な約束をしていたが、長田君と約束したのはまた冒険に行くことだった。

 

「まさに今がその時! って感じじゃねー? また冒険行こうぜー!」

 そう言って冒険に改めて誘われると、エールは笑顔で頷いた。

「へっへー! んでさ、冒険って言っても目標みたいなの欲しくね? 俺はさー、やっぱ前に話したけど桃源郷探しがしてーなー! エールもなんかやりたいことあったりする?」

 超オーロラ貝を超えるものに出会いたい、とエールが答える。

「そういやエールって隙あらば貝探してたもんな、趣味なの?」

 エールは大きく頷く。 前の冒険でも4つの珍しい貝を持ち帰り、クルックーに大いに褒められていた。

 ついでに父の頭にも貝を乗せて褒められている。

 貝探しもだが、あと兄弟姉妹にもう一度会いに行きたい、とエールは語った。

「おっ、いいねー! それなら世界中回れる目標にもなるし? みんな元気にしてっかな?」

 長田君も嬉しそうにしていた。

 

 最初はどこに向かおうか?

「最初は一番近いトコ、リーザスがいいんじゃね? 冒険の準備をするにも金稼ぐのに仕事探すにも安全で豊かな国の方がいいしさ。ああいうデカいとこには冒険者ギルドってのがあるんだぜ」

 エールは笑顔で頷いた。

 もしかしたら、兄弟のコネを利用して国から依頼を受けれるかもしれない。

「へへっ、楽して稼げる仕事貰えちゃったりしてな! そーそー、リーザスってカジノがあるんだぜ? 一発当てちまうのも悪くねーかも」

 二人が色々と思案した結果、最初の目的地はリーザスへと決まった。

 

 ザンスは元気にしてるかな? 妹のアーモンドや修行でお世話になったチルディさんやリックさんにも会えるだろうか。

 家族以外にもお世話になった人、会いたい人は世界中にまだまだいる。

 そして未知の冒険が待っている場所がまだまだたくさんあるはずだ。

 

 エールはニコニコと笑顔を浮かべて、スキップするように足取り軽く家に向かった。

 

 そして家に帰り、エールが長田君と冒険に行きたい、とクルックーに言うとまるでそれを分かっていたかのように冒険の準備がされていた。

 荷物はコンパクトにまとめられているが荷物を見ているだけで懐かしい気持ちとワクワクが込み上げる。もちろん日光も一緒だ。

 

「冒険を楽しんできなさい。貝のお土産も期待していますよ」

 

 そう言ってクルックーは笑顔でエールを送り出してくれる。

 

 きっと母と自分が満足できる珍しい貝を持って帰る、エールと長田君は大きく手を振りながら出発した。

 

旅の目標

・珍しい貝を手に入れる 母の喜ぶもの

・兄弟に会う、お世話になった人にも会う

・楽しい旅にする

 

 エールは新しくした日記の最初のページにこの三つを大きく書いておく。

 

 久しぶりの冒険、傍らにいるソウルフレンドとの今後の旅を思い浮かべエールは自然と笑みを浮かべた。

 ちなみに魔血魂のことは完全に頭から抜けていたのでそのまま持ち歩くことになったが、それに気が付くのはだいぶ後の話である。

 

 

 

 ともあれ、エールと長田君の新しい冒険が今スタートするのだった。

 

 




※ 2019/03/28 改訂


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エールとケーちゃん御一行

 トリダシタ村を出発して数日。

 

 エール達がリーザスへ向けて歩いていると、大きな足音と叫び声が近づいてくることに気が付いた。

 

 大急ぎでこちらに走ってくる人影は遠目で見るとそれは女の子モンスターらしき二匹と可愛い少女。さらにその後ろには大勢の人相の悪い男たちである。

 

「うわ、なんか追われてるみたいな雰囲気? どうするよ、エール!?」

 関わり合いになると面倒なので隠れよう、とエールが力強く言った。

「冷たくね!? お前、強いんだからさー、こういう時はささっと助けてやれよ。俺が見ててやるからさ!」

 無責任なことを言う長田君に説得されている間、隠れそびれたエールはその三人と目が合ってしまった。

 

「そこの人間! にゃんたちを助けるにゃー!」

 

 そう言って藁にも縋るというような声を上げながら、走ってきた三人はエールたちを盾にするように後ろに隠れた。

「ちょちょちょ、何なんだよもー! ……でも、なんか見覚えある?」

 長田君はそういうがエールには全く覚えがなく、首を横に振った。

 

「へへ、やっと追いついたぜ!」

 すぐに人相の悪い男たちも追いつてきて、エール達の前に立ち塞がった。数は10人もおらず盗賊のように見える軽装だが手にした獲物は凶悪でそこそこ強そうだ、とエールは思った。

「お嬢ちゃんも一人旅かい? 運がなかったなぁ!」

「俺もいるぞー…」

 エールの後ろから長田君がちょっとだけ顔を出して抗議をしたが、その声はとても控えめで頼りない。

「そ、そう、こっちの人間の女の方がよっぽど高く売れるわん!」

「そうにゃん! だからにゃんたちは見逃して……」

 さらにその後ろで長田君の背中に隠れた二人がそんなことを言い出したのでエールは眉根を寄せた。

 もう一人、無表情の少女だけはエールの横に立ってエールの顔をのぞき込みじーっと見つめている。

 

 盗賊風の男の一人がエールを上から下までじっとりとねめつける。

「胸はないが中々可愛い顔してんじゃねぇか。こりゃまた売れそうなやつが増えたぜぇ……今日は大量だ」

「へへへ、売り飛ばす前に楽しむってのも」

 そこまで喋ったいやらしい目をした男がいきなり真っ二つになった。

「ぎゃー!」

 全員が突然の事に目を丸くした。

 会話からしてこいつらは人さらいの悪党なのだろう、そう考えたエールが一瞬で日光を抜き放ち男を切り裂いていた。

 返す刀でさらに横の男を、さらに呆気に取られている男をとエールはどんどん切り倒していく。

 男達は慌てて武器を構えエールに反撃を試みるが――それは既に遅かった。

 

<ざくざく>

 

 エールはあっという間に人さらいの男達を全滅させた。

「こいつ、容赦ないにゃん!?」

「見た目よりやばいやつわん……?」

 日光を拭いながらそのまま戦利品を探して死体の懐を漁るが、めぼしいものは持ってないようでエールは肩を落とす。

 ちょっとした経験値にしかならない。

「エール、なんかうっぷんでも溜まってたん?」

 長田君とワンニャンがその容赦のない攻撃に驚いていたが、エールとしてはただの先手必勝のつもりである。 

 いくらレベルが下がっていたと言っても、この程度の連中に負けるほどではなくエールは胸を撫で下ろした。

 

「とりあえず助かってよかったな! 俺等に感謝しろよー!」

 特に何もしてない長田君が一人と二匹とそう言って振り向いた。

「はい、シャリエラ感謝します」

 無表情な少女がぱちぱちと手を叩く。

 彼女らの名前はシャリエラにケイブニャンにケイブワンというらしい。

 突然変異種の女の子モンスターとその飼い主だろうか、エールは改めて可愛らしい三人を見つめた。

「なぁなぁ、エール、こいつら闘神都市で見かけたやつらじゃね? リセットさんに懐いてたの覚えてない?」

 エールは全く思い出せなかった。

 二人もエールたちのことは全く覚えていないようだったのでとりあえず名前を名乗ろうとしたところ、それを遮ってケイブワンが叫んだ。

「そうだわん! お前の強さを見込んで頼みがあるわん! 急いでわん達のご主人様を助けるのを手伝うわん!」

 エールは即座に首を横に振った。

「即行で断られたにゃん!?」

 先ほど身代わりにされそうになったのを忘れたわけではない、そこまでしてやる義理もない、とエールは口を尖らせる。

「えーっと、お礼ならするわん? 三人で」

「はい、シャリエラもお礼します」

 具体的には何をしてくれるのか。

「セックスします。がんばります」

 長田君が割れ、エールが驚いて目を見開き首を横にブンブンと振った。

「しまった、こいつ女だからわん達の色仕掛けが通じないわん!」

「こっちもハニーにゃん! にゃんのお色気が通じないにゃん!」

 今更気が付いたように慌てている。

 巨乳だったら長田君はつられていただろう、とエールは思ったが目の前の三人は小さい。……ケイブワンだけはそこそこあるように見えるが少なくとも長田君を揺り動かせるほどの大きさではなかった。

「他にお礼できるようなものは、何かできることとか……」

「お金どころかご飯ももう数日食べてないにゃん……」

「シャリエラ、何か考えるわん!」

 そう言われたシャリエラはきょとんとした表情をして二人を見た。

「爪、毛皮、お布団、鈴……」

 そうつぶやき始めたシャリエラに、万策尽きたとばかりにわんわんにゃんにゃんと泣きわめく二人。

 シャリエラがよしよしと撫でながら、エールをじーっと見つめる。

 無表情だが助けを求めているのかその瞳には妙な迫力があったが、エールは怯まないように見つめ返す。

 

「えっと、困ってるみたいだし助けてやったら?」

 

 その様子を不憫に思ったのか長田君がそう言った。

 エールは長田君に冷ややかな視線を向ける。

「お礼が欲しいとかじゃないからそんな目で見んなよー! 俺、貧乳とお子様には興味ねーから!」

 他の二人はともかく、シャリエラも好みではないのだろうかとエールが言おうとしたところシャリエラが無言で長田君に近付いて軽く蹴りを入れている。

 エールには何となくその気持ちが分かって笑顔で小さく頷いた。

「いや、バカにしたんでもないって! もー、とにかく! 旅は道連れ世は情けってやつ? 困ってるのを放置していくのは気分的にどーよって話!」

 

「……エールさん、とりあえず行ってみて貰えませんか? 気になっていることがあるのです」

 日光が周りに聞こえないような小声でエールに話しかけた。

 

 賛成2と反対1。どうやら助けに行かねばならないようだ。

 とりあえずこれも冒険、と考えてエールはそのご主人様とやらを助けに向かうことにした。

 

………

 

 その現場に行ってみると今度は先ほどよりも数が多い。二十人ぐらいいるだろうか、結構な数の人さらいらしき盗賊達が執拗に何かを踏みつけているのが見えた。

 容赦のない蹴りの音に合わせて砂埃が舞っている。

「こんなクソリス、金になんねーよ! あいつら逃げられちまったのか、まだ戻ってきやがらねぇ」

「こいつさえ邪魔しなければ今頃お楽しみタイムだったのによー!」

 げっしげっしと蹴られてるのが遠目からでも分かった。

 盗賊たちの台詞を聞くに人さらいから女の子三人をかばって自分が囮になるなんてできたご主人様だね、とエールは感心した。

「足が短いから躓いてコケて逃げ遅れただけ」

 シャリエラは雑な感じで辛らつに答える。

「……うーん、残念だけどさ。あんだけ蹴られまくってちゃ生きてないんじゃ……」

 長田君が少し話しづらそう言った。

 エールが遠くから気の毒そうに手を合わせつつ、せめて死体を回収してお墓を作ってあげよう、と言うと、

「死んでないです」

 シャリエラが即答した。

「いやー… ハニーなら砂になるレベルですげー勢いで踏みつけられてんじゃん」

「死んでないです」

 シャリエラが力強く、今度はエール達の目を見ながらそう言った。

 その言葉には確固たる自信を感じる。

「生きてるのは間違いないわん!」

「だからはやくしないとすっごく怒られるにゃん!」

 ワンニャンの二人も死んでるととは欠片も思っていないようだ。

 

 しかし今度はさっきより手ごわそうで、さらに数も多い。

 エールは悩み始めた。

 こっちのパーティはエールとハニーとわんわん、にゃんにゃん、踊り子でとても弱そうである。

 

「あんなのエール一人でも余裕だろー? お前の必殺の魔法でばばーんとやっちまえ」

 軽い調子で言う長田君にエールは今更ながら自分のレベルがものすごく下がっている旨を伝えた。

「いやお前、世界最強ってぐらい強かったろ!? 何やってんの!?」

 長田君も今更ながら驚いた。

 

「うわー……まじかー。あの人数相手じゃちょっと怖いよなぁ。どうする? 諦めよっか」

 さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、長田君ははやくもあきらめる方向に話を持って行こうとする。

「つーか、死んでないならあいつらいなくなってから回収すりゃいいんじゃね?」

 エールその平和的な案に賛成して大きく頷いた。

「ま、待つにゃん! 今助けないとにゃん達がやばいにゃん!」

「ご主人様にめちゃくちゃ怒られるわん!」

 泣きべそをかく二人がなんとかエール達を引き留めようと縋りつく。

「いやー、でもここは安全第一――」

 そんなやり取りをしているとシェリエラがエールの袖を引っ張った。

「シャリエラの力を使って」

 そう言ってシャリエラは舞い始めた。

 突然始まったダンスに何が始まったのかと訝しんだが、不思議と気力が湧きあがった。

 この感覚は姉である深根の神楽に似ている、とエールは思い出した。……深根は大変グラマーで踊るたびにゆさゆささせていたという違いはあるが。

 

「人の調子を絶好調にして必殺技打ち放題に出来る踊り! これがシャリエラの力にゃん!」

 なぜかケイブニャンが得意げに言った。

「よくわかんねーけど、ダンスなら俺も負けないぜ!」

 長田君も対抗して踊りはじめた。

 だがそれでも戦えるのはエールだけでは、そう思ってワンニャンをちらりと見て何かできることはあるかどうかを聞く。

「ワンはこう見えても元軍師、作戦を考えて……ワンが遠吠えで敵を引き付けるからその間ににゃんと一緒に攻撃するってのはどう?」

「一人だけ遠くからって言うのはずるいにゃん!」

 二人はあーだこーだと言い合っている。

 

 そういえば基本的な戦闘指示は自分が出してた、エールはそれを思い出して手をポンと叩いた。

 そしてボクがシャリエラと一緒に後ろに回って不意打ちを食らわせるから目の前をちょろちょろ走るだけでいいから注意を引き付けて、と言ってワンニャンの頭をあやす様に撫でる。

「ふにゃ~……わ、わかったにゃん」

「……わかったわん。遠吠えでひきつければいいのね」

 エールに撫でられて気を落ち着かせた二人は気持ちよさそうに返事をする。

 長田君はこの二人がちゃんと敵を引き付けるように指示してあと何かあった時に守ってあげてね、と言いながらエールはシャリエラを連れて移動し始めた。

「よ、よし。こっちは俺に任せとけ!」

 

 エール達が準備できたのを確認するとケイブワンが遠吠えをした。

 すると盗賊達は混乱したように慌てはじめた。そこをケイブニャンがその前を走り回って視線を引き付ける。

「さっきのやつだ!」

 盗賊達が一斉にそちらを見ると、ケイブニャンが飛び上がって逃げていった。

 意識を取られたその隙を見てエールが覚えたけどあまり使わなかった必殺の神聖分解派を放ち、流れるようにAL大魔法を食らわせた。

 

 おそらく食らったと気付いた時には死んでいただろう、エールは盗賊を瞬く間に全滅させることができた。

 数は多かったが大した相手ではなく、拍子抜けである。それでもエールはレベルアップして昔の勘を少し取り戻せた気がした。

 盗賊達の懐を漁るといくらかのゴールドや世色癌などを持っていたので戦利品として頂いておくことにする。

「強いですね。すごいです」

 踊りを止めたシャリエラが戦利品を漁るエールにぱちぱちと拍手しながら褒めたのでエールは親指をぐっとたてて応えた。

 

「ケイブリス様ーーー!」

 

 全滅させた盗賊を押しのけて、ワンニャンが急いで蹴られまくっていたご主人様に飛びつく。

 エールも近付いて見てみるとまんまるとした生物が土下座の体制で固まっていた。どうやら放心して気絶状態なのか目が真っ白になっている。

 あれだけ蹴られていたのに不思議なことに怪我はないようだ。

 エールは怪我をしてたらヒーリングでもしようと思って近くに寄ろうとしたところ

 

「エールさん、それに触ってはいけません!」

 

 その姿を見た日光が真剣な声で叫んだ。

「なんか声がしたわん? なんかその刀、どっかで見たことあるような……」

 エールが日光を目の前に突き出すと、ケイブニャン達は目を丸くし逆毛を立てて飛び上がった。

「にゃにゃ! こいつ、あの日光持ってるにゃ!?」

 今更ながらエールが日光持ちであることに気が付き、慌てふためく二人。

 それを後目にシャリエラがそのリスをひょいっと拾い上げ、ワンニャンにぽいっと投げ渡した。

「汚れているので洗いましょう」

 上手くキャッチした二人は顔を見合わせながらも川の音がする方向へバタバタと走っていく。

 

 シャリエラはまたジーッとエールを見つめ、エールはその視線に何となく首を縦に振った。

 

 エール達も追いかけると、ワンニャンが声をかけながらご主人様だという丸いものをばしゃばしゃと川で洗っている。

「ご主人様らしいけどシャリエラさんは一緒にやんなくていいん?」

「臭いからあんまり触りたくないです」

 長田君の言葉にシャリエラは口を尖らせながら答え、エールたちと一緒に見ているだけだった。

 相変わらず中々辛らつである。

 

 ばしゃばしゃと洗われている最中にそのリスが放心状態から目を覚ました。

 

「お前ら―!! 主人である俺様を見捨てて逃げるとはどういう了見だ!!」

 目を覚ました瞬間、ワンニャンを見て怒鳴る。

 その声はエール達の耳にも聞こえてきた。

「け、決して見捨てたわけじゃないですにゃん!」

「ケイブ……ケーちゃん様なら危なくないと判断したのですわん……」

「ご主人様が囮になってくれたおかげでこうしてみんな助かりました。ありがとう、さすがです」

 半べそで謝るワンニャンに、適当な感じに拍手をしながら言うシャリエラ。

「あとケーちゃんって言うな! 俺様はケイブリス様だ!」

「わん! リス様、ここは話を合わせてくださいわん!」

「にゃん! ケーちゃん様は決してケイブリスなどという魔人ではないのですにゃん!」

 騒がしい三人だなー、とエールはそれを眺めていた。

 

「助けてやったのに失礼な奴だなー! こういう時は礼が先だろ!」

 長田君はぷんすかと怒っている。

「なんだその変なハニーは。俺様は別に助けなんか呼んでは無いぞ、そう、これは油断させるために――」

 リスがそこまで話すと、エールがおもむろにそのリスを引っ掴んで全力で空高くに放り投げた。

「高い高いですね」

 シャリエラが小さく拍手をしながらご主人様が投げられた上空を見上げる。

 突然の事にケイブワンもケイブニャンも目を丸くしていた。

 

<ビターン!>

 

 エールとしては落ちた時には乾いているはずだったのだが、全員が受け止め損ねてリスは無残にも地面に叩きつけられまた汚れてしまった。

 あれだけ踏まれてたのに無傷だっただけあって、怪我はしていない。

「き、貴様ー! 人間の分際でこの世界最強の魔人である俺様に何しやが――」

 エールがチャキッと日光を見せる。

「まさか、助けていただけるとはなんてお優しい! 僕、感激しました! いやー、あれだけの盗賊を一掃とはお強いっすねー! あ、僕ケーちゃんって言いますー」

 リスは先ほどまでの威勢が嘘のようにとたんにへこへこしだした。

 愛想を振りまいてまるでペットのようである。

 

 そこで誰かのお腹がぐーっとなった。

 

 四人はここ数日まともなご飯を食べていないと言っていたのをエールは聞いたばかりだ。

「……一度助けたら見捨てておけないよな? ちょっと早いけど夕飯の準備しよっか」

 長田君はイケメンハニーだな、とエールは感心しながら頷いた。

 

……‥

 

 エールは長田君と夕食の支度をする。

 たくさん人がいるので大変だったが、この量はかつての魔王討伐の冒険を思い出しエールは笑顔だった。

 料理中、どさくさ紛れにケイブワンが日光を取ろうと近付いた。

「触らないでください」

 日光に凄まれて退散している。

 

「ああ、久しぶりのまともなご飯だわん!」

「嬉しいですね」

 水かさで増やしたスープに簡単に野菜と肉を焼いたもの程度だったが、久しぶりのご飯なのかやたら喜んで食べている。

 あっという間にご飯が亡くなってしまいそうだ。エールは母から手渡された多くない路銀の心配をした。

「ニャンは熱いの食べられない……シャリエラ、これを冷ますにゃん」

「わかりました、ふーふー」

 シャエリエラが言われるまま器に息を吹きかけて冷ましている。

「冷めました」

「よしよし。久しぶりのご飯にゃー――熱っ! 熱いにゃん!」

 渡されたスープはまだ熱かったらしくにゃんにゃんと泣いていた。

 シャリエラはすいませんと適当に謝っている。

 

「ではご主人様達を助けていただいたお礼に、シャリエラ踊ります」

 食後にシャリエラがエール達に華麗な踊りを披露した。

 改めて見るとその動きは優雅で華麗、力が湧いてくることを抜きにしても見応えのあるもので、気が付くとエールと長田君はぱちぱちと拍手をしていた。

 

 それに長田君がタンバリン叩きながらイカす踊り、ワンニャンも歌いはじめる。

 ケーちゃんはエールが頭に次から次に乗せる野菜をテンポよく受け取りながら食べていた。

 たまに野菜以外に肉をのせてあげると、よっぽど長い間肉を食べていなかったのか味わうようにゆっくりと噛みしめた。

「さっき投げたのは許してやろう。かふかふ、美味いな、これ……」

 怯えてへこへこしていたことも忘れすっかり上機嫌である。

 

 騒がしいが楽しい四人組。

 

 エールや長田君にとってもその日は楽しい夜だった。

 

 

 夜もふけて、キャンプの見張りは日光が担当だがエールは長田君と一緒に少し長く夜更かしをしていた。

 ……というよりは、エールたちの小さいテントはリス以外の三人が早々に眠ってしまったために占拠されてしまっている。

 一緒に寝なくていいの?とエールがケーちゃんに聞く。

「俺様は不眠症なんだ」

 そう言って一緒にキャンプの火を囲んだ。

 

 日光がとにかくケーちゃんを警戒し、睨みつけているの気配がはっきりと分かるのでエールは意を決して理由を聞いてみた。

 そうすると、日光が言葉を重たく話し始める。

 

「そのリスは魔人……魔人ケイブリスです」

 

 このケーちゃんはエールが生まれる前、魔物を率いて人類を襲った第二次魔人戦争、それを引きおこした首魁ケイブリス本人なのだと日光は話しはじめた。

 エールが生まれる数年前の話だったが、母であるクルックーが巻き込まれた戦争でもあり本で知っている。

 その戦争で魔物や魔人により大勢が苦しんで死に、国家の大部分を破壊され、人類は大きな絶望に包まれ……日光自身もケイブリスに恨みがあると話した。

 

「え、それマジっすか?」

 長田君と一緒にエールも驚いた。

「いやー、僕ケイブリスじゃなくてケーちゃんですよ? ほら、小さいし、まんまるだし」

「ケイブリスには二人の使徒がいました。ケイブワン、ケイブニャンの二人です。それが主人と呼ぶものはただ一人……それ以前に先ほど名前も呼ばれていましたが」

 あいつらのせいかー!と言いながらケイブリスことケーちゃんは半べそで土下座の体勢をとった。

 

 数メートルもある巨体で人間を捻りつぶし恐瘴気という人が壊れるほどの瘴気をまき散らした恐怖の存在。

 今、半べそで地面に手をつきへこへこと全力土下座をかましている目の前の小さいリス。

 エールが本で読んだことのあるケイブリスの姿とは全くイメージが重ならない。

 

 エールはそのまま何となく怯えるリスをひざに乗せて見ると、臭いはともかくもふもふとしていて可愛いものでだった。

 長田君もそれを横目で見ながら首を捻っている。

「エールさん、ケイブリスは魔血魂にしておくべきです」

 エールは普段の日光とは違う凄みのある声色で言われたが、すぐに首を横に振った。

 

 出会った瞬間に先ほどの話を聞いていたのならやれたかもしれないが、エールにとっては既に先ほどまで一緒に仲良くご飯を食べていた相手。

 今更、膝の上で恐怖で固まってしまったリスをざくーっとやれるほど冷酷にはなれない。

 それにさっきまで踊りや歌を見せてくれていたシャリエラ達を悲しませ、また恨まれたくもなかった。

「しかしエールさんでなければ魔人を倒すことは……」

 エールがごめんなさい、と言うと日光は黙ってしまった。

 

 そのやり取りを聞いてケーちゃんはとりあえず自分が殺されないことに安堵する。

「ふん、6000年後覚えておけよ」

 ケイブリスことケーちゃんがそう小さく呟く。

 やっぱり魔血魂にしておこうかな、とエールが呟き返すと

「冗談ですう!」

 ケーちゃんはそう言ってまた可愛らしくへこへことしだした。

 

 なんとなく重たい空気がその場に流れるが、やがてエールは眠くなりうとうとと体を揺らす様になった。

 長田君がエールの膝からケーちゃんを下ろすと、その上にさっと布団をかける。

 

 エールが今にも眠りに落ちるという時。

「日光さんには悪いけどさ。エール自身に恨みはないんすよ? そういう復讐ってやつは実際に恨みを持つ誰かがやるべきじゃねーんすかね。それこそエールの父ちゃんとか、サテラさんとか、あとホーネットさんとか? 人間の国家のトップとか、他にもいっぱいいそうだし? エールはただでさえ魔王の子ってだけで何もしてなくても余計な恨み買ってんのにさらに恨まれるようなことは相棒としてはさせたくないっすよー」

 そんな風に軽い調子だが真面目に話す長田君の言葉が聞こえてきた。

 

「これもエールさんの縁なのでしょうか……」

 その言葉を受けて日光が返答代わりにそんな言葉をつぶやく。

 それは怒ったり呆れたりするような声ではなく、温かく優しい母親のような声色だった。

 

 エールは長田君と日光の二人が自分ををとても思ってくれているのが分かり、良い気分で眠り落ちていった。

 

………

……

 

 そのまま流れで2日間。

 エールたちはケイブリス……ケーちゃん一行と一緒に旅をした。

 ケーちゃん達は自分たちが殺されず、むしろエールたちの側にいれば安全でかつ美味しいごはんが貰えるということで落ち着いたらしく、自然について来てしまった。

 

「そういやなんで旅なんかしてるん? 人さらいに追われてたし、世の中けっこー物騒だろ」

「俺様は最強になる修行の旅をしているのだ」

 自信ありげにケーちゃんが答えた。

 女の子にへこへこしているようでは先は長そうだね、と特に悪気なくエールが言うとこぶしを握り締めながら悔しそうにしシャドーボクシングをはじめた。

 それは当たったら爪は痛いかもしれないが、ぺちぺちという音がしそうな頼りないパンチである。

「ケイブリス様はいまにでっかくなるんだから!」

「そうしたらお前なんか一ひねりにゃん!」

 ご主人様が馬鹿にされれば、ワンニャンが反論する。姉であるリセットよりもさらに小さいリスで頼りなさそうに見えるが女の子モンスター…使徒の二匹にはちゃんと好かれているようでなんとなく微笑ましい。

 エールはごめんごめん、と笑いながらケーちゃんの頭を撫でながら携帯食料を頭の上に置いた。

「ふん、無礼は許してやろう」

 エールはすっかりケーちゃんを餌付けしていた。

 

 町が近づいてくるころ、彼らはリーザスの町には入れないらしいので別れることになった。

 

 エールは長田君と相談し、町ですぐ補給できるからと持っていた食料は全部上げることにした。

 魔人と使徒は飢えて死ぬことはないそうだが、美味しいごはんがあればとりあえず悪いことする気にはあんまりならないだろう。

 

 四人はそれを無邪気に喜び、感謝している。

「ふふん、気が利くわね。次はほねを常備しておくわん」

「カツオ節でもいいにゃん!」

 そんな事を言いながら嬉しそうに笑うワンニャン。

「俺様が世界を征服してもお前らは生かしておいてやろう」

 と偉そうに言っているケイブリスことケーちゃん。

 世界征服を目指すなら、父のランスや兄のザンスか乱義あたりに殺されてしまいそうだな、とエールは心の中で考えた。

 

 シャリエラは何も言わず、またしてもエールのことをじーっと見つめていた。

 

 そしてエールと目が合うとその顔はいつもの無表情や拗ねた顔ではなく満面の笑顔を浮かべた。

「助けてくれてありがとう」

 そう言ったシャリエラにエールも負けないような満面の笑顔で返しておいた。

 いつか、見逃したことを後悔する日がくるかもしれないが……少なくともエールが生きている間は大人しくしていてもらいたいと思った。

 

 お互い大きく手を振って別れる。

 

 短い間だったが騒がしくも楽しい旅。

 

 向こうもそう思ってくれていればいい、そう思ってエールたちはリーザスの町へと向かった。

 




※ 2019/03/28 改訂


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第一章 リーザス
リーザスの歩き方


 リーザス首都に到着。

 

 世界一恵まれた土壌と交易路を持つ経済大国だけあって、首都は整備が行き届いており綺麗な街並みが広がる。

 行き交う人々も活気があって生き生きとしているのが分かる。

 

「いやー、前来た時も思ったけどホント大都会だよなー」

 テンション高めの長田君にエールは頷いた。

 前回来たときは城以外の場所には全くいけなかったので町を見て回るだけでも楽しそうだ。

「エール、あんまキョロキョロすんなよな。田舎者だと思われっぞ。カジノやコロシアムに行きてーけど、まずは道具屋探そうぜ。買い出しは冒険の基本中の基本!」

 長田君がそう言って今にもふらふらと歩きだしそうなエールの手を引っぱっていく。

 

 珍しいものが売っているお店や綺麗な建物、長田君と町を歩いているだけでもエールは楽しいと思えた。

 

 町中には見慣れないものがいっぱいあった。

 レベル屋と書かれた見慣れない看板の前にはけっこうな人々が並んでいるのが見える。

「ああ、エールは専属のレベル神いるから全く縁がない場所だよな。普通の人はああいうレベル屋やってる人に頼まないとレベル上げてもらえねーんだぞ。俺等ハニーは勝手に上がってくんだけどな」

 前の冒険ではエールのレベル神がパーティ全員のレベル上げをしてくれていたのもあって、そういったお店があることすら知らなかった。

 長田君が勝手にレベルアップするというのはモンスターだからだろう。長田君はモンスター扱いされるのが好きじゃないようだが…

 さらに歩いていくと公園の奥に一際目を引く大きな赤い屋根の建物が見える。

「あれはパリス学園ってあるから学校だな。確か金持ちしか入れない、いわゆるお嬢様学校ってやつ? 花園ってやつだなぁ」

 エールは知識も技術も母や近所に住んでいる人たちに教わったので学校というのが良くわからない。

 そういえば姉のスシヌは学生だったな、ゼスで会えたらどんなものなのか聞いてみよう。

 

 そうやって楽しく歩き回っているうちに道具屋、看板に「海の家バルチック」と書いてある店までやってきた。

「いらっしゃーい。世色癌がセール中だよー」

 中に入ると可愛い雰囲気の金髪のなぜか水着を着たお姉さん……店員ではなく店のオーナーだというパティが愛想よく接客してくれた。さらに同じく金髪のきつい感じがするお姉さんが店内を掃除しているのも見えた、こちらは愛想はないがパティの姉であるらしく姉妹で店をやっているらしい。

 プールや謎の手書き太陽なんだか変わった内装だがさすがリーザスにあるだけあって品揃えはとても良かった。

 世色癌がセール中と言う割には全く安くは見えないが、長田君はいくつか買っているようだ。水着のお姉さんにすすめられては断れなかったのだろうか。

「ちがうって! いや、ちょっとはそれもあるかもしれないけど! 神魔法の使い手が減ったせいで世色癌は冒険者どころか一般的に常備しておくのが当たり前のアイテムなんだぞ!」

 長田君が言うにはおかげで世色癌を作っているハピネス製薬はここ数年、大変な好景気なんだとか。

 そんなことを全く知らなかったのはエールの周りがAL関係者だらけで、ヒーリングぐらいは当たり前のように使えるからだろう。

 エール自身も使えるし、母であるクルックーはAL教の法王なので神魔法Lv3、回復の雨まで使える世界でトップであろうヒーラーである。

「要らないかもしれないけどとりあえずエールも一個ぐらい持っておけよ。マヨネーズも欲しいけど高いなー、こっちはちょっと無理」

 そんなことを言いながら世色癌と竜角惨のセットをエールの鞄に突っ込んでいた。

 

 さらに他に食料を買おうとするが、既にお金がほとんど無くなってしまった。

 とりあえずお金を稼がなくてはどうにもならないので、こういう時はレイの冒険者ギルドで仕事を貰うんだっけ?とエールが少しワクワクしながら長田君に尋ねる。

「仕事もいいけどさ。せっかくエール強いんだしリーザスのコロシアムに出場とかどうよ? そこで楽して一攫千金じゃね?」

 なんでも参加者は賭けることは出来ないらしいが勝利するごとに賞金が入り、さらにランキング一位になると豪華なアイテムがもらえるらしい。

 長田君がパンフレットらしきものを手に持ってエールに説明する。

「俺は有り金ぜーんぶエールに賭けるからな。なんたってエールはあの闘神大会の優勝者だからヨユーっしょ? エールは見た目弱そうだし賭けの倍率も良さそうだし……そうだ! 一方的にボコすのはやめてちょっと接戦を演じてくれりゃもっと……」

 エールはあの時よりちょっとレベル下がってるのだが大丈夫だろうか、と心配しつつも日光を軽く振り回しながらはやくもやる気になっていた。

 

「そーそー。コロシアム出る前にリーザス城行って先にザンスとかに挨拶しに行こうぜ」

 地図を見るとちょうど王立コロシアムはリーザス城のすぐ横である。元々、兄弟に会いに行くのは冒険の目的の一つでありエールは大きく頷いた。

 そういえばリーザスの王子の妹って言えばお城で無料で色々と備品や食料分けてもらえたんじゃないか、とエールが言うと

「お前、もっとはやく言えよー!」

 長田君はエールをぺしぺしと叩いた。

 

………

 

 そんなことを話しながらエールと長田君がコロシアムのあるリーザス城敷地へ入ろうした。

 

「ちょっと待つんだ、お嬢さん、とハニーか? リーザス城の敷地に入るならまず通行手形を見せてくれ」

 エール達は門番に止められてしまった。

 

 前はリセットが先頭に立ってくれて城まで顔パスだったために気が付かなかったが、ここを通るには通行手形というものが必要であるらしい。

 長田君も知らなかったようで焦っている。

 中は王立のカジノやコロシアム、そしてリーザス城があり、貴族の人たちも利用するという事でそういった警備は厳重であるのは当然のことだった。

「ちょ、ちょっと待って。こいつ、この国の王子の妹なんすよー!」

 長田君に続き、エールも自分はザンスの妹です、と言ったが妙なハニーとそれを連れた少女がいきなりそんなことを言いはじめたことに門番は不審な顔をするだけである。

「冗談言っていないではやく帰りなさい」

 明らかに馬鹿にしたように言われたエールは少しむっとした。

 コロシアムの期待へ溜めた闘志が空回りしていたのもあって、門番を倒して無理矢理通るという選択肢が真っ先に頭に浮かびあがり、すっと日光を抜こうとした。

「お前、何か物騒なこと考えてない!?」

 長田君がそれに気が付き全力で止めた。

 

 そこでエールはぱっと名案を思いついたとばかりに、自身の証明として魔人を倒せる聖刀・日光を門番の目の前に突き出して見せてみた。

「エールさん?」

「おっ、確かに喋る刀って超珍しそうだもんな!」

 突然、突き出された日光は驚きながらも冷静かつ丁寧に門番に交渉をしはじめる。

「失礼いたします。私は聖刀・日光と呼ばれるもの、こちらは現オーナーのエール・モフスさんです。せめてこの名を知る方へお取次ぎ願えませんか? ここで何もせず追い返したら後日あなたが咎めを受けてしまうと思いますから」

 馬鹿にした様子だった門番もその美しい女性の声で語る不思議な刀を見て、急いで城内の人間と連絡をとると言ってくれた。

 そして飛ぶように戻ってくると、慌ててエールたちに無礼を詫び頭を下げる。

「も、申し訳ありません。どうぞお通り下さい!」

 さらに案内人らしきメイドも連れてきてくれて、敷地内に通して貰うだけでなく城内まで案内してもらえるようだ。

「おー、良かったー!ここまで来て中に入れなかったらどうしようかと思った」

 さすが日光さんだ、とエールは感謝した。

「お役に立てたようで何よりです……」

 日光はいろいろと行き当たりばったりで行動する二人に呆れや説教の言葉を飲み込んでそう言った。

 

 リーザス城の敷地内にはカジノやコロシアムがある。前に来たときは観光ではなかったので気に留めることもなかったが、ドーム状の建物からは熱気のある声が聞こえる。

「なんかすげー盛り上げってそうじゃね!?」

 エールも興奮するように頷きながら、その歓声に導かれるようにコロシアムへ歩いていこうとする二人。

「エールさん、長田君。案内の方が困ってますからちゃんとついて行くように」

 そこを日光が窘めた。

 その様子は二人の保護者のようで、案内しているメイドはしきりに感謝をしていた。

 

 そのままリーザス城内に入り、綺麗な客間に通されるとさっそく美味しいお茶とお菓子が二人に振舞われた。

「美味いなー、さすがリーザスって感じじゃね?」

 手元のカップも薄手で繊細な格調高い作り、お菓子も口に入れた瞬間に分かるほど美味しく高級な物であるのが分かった。

 

 エールと長田君が遠慮なくその菓子を口に放り込んでいると、その場に現れたのはなんとリーザス女王であるリアであった。

 

「今頃何しに来たのかしら?」

 エールがお菓子とお茶のお礼を言ってから近くに来たので挨拶しに来ました、と言うと

「挨拶ねぇ……? ま、そういうことにしてあげる。残念だけどザンスなら遠征に出て今はいないわよ」

 そういえば赤の将軍だった、前に来た時もいなかったし仕方がないだろう。

 ならばとエールが妹のアーモンドに会えますか、と聞いてみたのだがリアはそれには答えずエールを上から下まで品定めするようにじろじろと見つめる。

「……名前、エールだっけ? あなたって今は若い子が使えなくなってる神魔法使えるのよね。どう、リーザス軍に入らない? リーザスには、落ち目とはいえAL教徒もまだまだ多いし良い布教にもなるでしょ」

 ちなみにリア女王の傍らに控える妙齢の女性、マリスも神魔法の使い手であるのだそうだ。

「聖刀・日光のオーナーっていうのも大きいし、レベル神もついてるんだっけ? そのあたりはさっすがダーリンの子よね。今後あなたがムーラテストに出たときにリーザスで全面的に支援してあげるわよ?」

 美味しい話でしょ?とばかりに満面の笑みを浮かべてリアが話を続ける。

 エールが興味なさそうに首を横に振った。

 するとリアは口元は笑みを浮かべつつも視線を鋭くさせる。

「あなたって将来AL教の法王になるんじゃないの? ダーリンの娘とはいえザンスの女の一人になりたいっていうなら最低でも法王ぐらいになってくれないと」

 なる気もないです、というとさらに眼が冷たくなったような気がした。表情は穏やかなのだが目が全く笑っておらず、長田君は恐怖と緊張で今にも割れそうになっている。

 リア女王は名君で有名な人、さすがのエールも冗談でも膝に座ろうとか頭に物を乗せようかとか一発ギャグをかまそうとは思わせない強いカリスマに空気がピリピリするのを感じる。

 

「……冒険は楽しい?」

 そう聞かれエールは素直に楽しいですと答えると、今度はあからさまにリアの笑顔が消えた。

「ふん……気楽なものよね。他のダーリンの子はみんなそれぞれ国営とか将来があるし自由に冒険なんかできないもの。もしかしてあの法王、ダーリンの気をひこうとして娘にダーリンと同じ冒険とか貝とかそういうのを好きになるように仕込んだとか? 秘密主義なのは知ってたとはいえ法王なんてノーマークだったんだけど、けっこう計算高い女だったわね」

 母であるクルックーのことを悪く言われ、エールはむっと頬を膨らませた。

「あのー! 俺達、金欠で困ってるんすけど、なんかできるような仕事とかありませんかねー?」

 長田君が明らかに空気が悪くなったのを感じ、エールの袖を引っ張りつつ話を切り替える。

 リアはエールの傍らに座っている今まで気にもしてなかっただろう長田君を見つめた。

「あなたにはそのハニーがお似合いよねー」

 笑顔で明らかにバカにしてるような雰囲気を感じるが、エールとしては悪い気はしない言葉である。

「仕事……そうね。怪我人の治療と、強いらしいし親衛隊の訓練相手ぐらいなら出来るんじゃない? あと城にしばらく泊まるのを許可してあげる。……ザンスも会いたがってたし」

 それだけ言って、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 残された侍女マリスがリアの代わりに詳しい仕事内容などを説明をしてくれる。

「あのー、俺たちなんかしました?」

「いえ、何もありません。ですがもしランスさまにお会いしたらリーザスにお越しいただければ国を挙げて歓迎いたします、とお伝えください」

 父ランスはあれから一度もリーザスに来ていないのだろう。

 ちなみに自分が住んでいるトリダシタ村にも来ていない。

「仕事は明日からお願いいたします。そしてリーザス滞在中は城にお部屋をご用意いたしますので何かありましたらメイドへご用命ください」

 エールはこくこくと頷いた。

「この方はザンス王子の妹君です。粗相のないように」

 控えているメイドにそう伝え、頭を下げるとマリスはリアを追いかけるように足早に部屋を去って行った。

 

 とにかくエールたちは仕事が貰えた上、城に泊めてもらえることになった。

 リーザスはご飯も美味しいし、宿代も浮く。

「いや、これってエールの監視なんじゃねーの」

 能天気に喜んでいるエールとは対照的に長田君はあまり心は休まらなさそうだと感じた。

「まっいっか。仕事明日からで、まだ休むにはちょっとはやいよな? せっかくだからコロシアムでも見に行こうぜ」

 

………

 

 コロシアム内に入ると予想よりもかなり広い空間、で人の出場者が激しく争い合い中央の円形の広場とそれを見下ろす形でぐるりと観客席が並んでいる。

 

「殺せ!殺せー!」

「何やってんだ! 立てーーー!」

 

 外まで聞こえる観客の歓声と怒号が飛び交うそこは熱気と殺気に溢れており、整然としておりハイソなリーザス首都の雰囲気とは良くも悪くも切り離された空間だった。

「うぉ……なんかちょっと怖いな」

 その殺気だった様子に長田君は怖気づいたのか、少し肩を震わせている。

 闘神都市も同じようなものだったのに、と言うと

「あの時は大勢いたし? あと、こっちの出場者って客もだけど妙に目が血走ってると言うかさー……」

 確かに試合を観戦しているとかなり激しくぶつかり合い、お互い大量の血を流し合っているのにギブアップする様子もない。

 

 あ、死んだ。

 

 エールが見つめていたその先で片方の男がぐさっととどめを刺されて絶命しているのが見えた。

 

「よっしゃー!よくやったぞー!」

「おいおいおい!そっちに賭けてたんだぞ!」

「ふざけんなー!」

 

 観客席では一際大きな歓声と怒号が入り混じる。

 見世物として、賭け事として、命のやり取りを見つめる。闘神都市もだったがこれは確かにすごい娯楽なのだろう。

「エール、俺あんなこといったけどやっぱ出るのやめても……」

 エールはそういう長田君をおいて受付に行くと、コロシアムに参加したい旨を伝えた。

「コロシアムに出たいなら参加証がないと無理ですよ」

 そう言われあっさりと拒否されてしまった。

 長田君はほっとしたようだがエールが参加したいのだが参加証とやらどうしたら貰えるのか、と聞くと王様が出場に値するかどうかを見極めて発行していると言う。

「簡単に発行してもらえるようなものではないですし年若いお嬢さんではまず無理かと。そういうのが好きな方も多いですけど……尚更諦めた方がいいかと」

 受付嬢がそう言いながらエールを眺めた。

 エールは獲物こそ立派ではあるが、まだ少女。小柄で細くて弱そうな見た目である。

 屈強な男達も参加しルールも無用のコロシアムに参加をすればどんなひどい目に合うか分からない、それは善意の忠告だった。

 

 エールはそんなことはお構いなしにあとでリア女王に頼んでみよう、と長田君に呟く。

「お前、あんな睨まれた後でよくそういうの頼もうとか思えるな!? 怖いもんとかないわけ?」

 魔王に腕を切り落とされかけても、蹴りを入れられても、たとえかなわないと頭でわかっていても命を懸けて立ち向かったこともあるのだ。

 今更怖れるものなどあまりないだろう。

 

 リーザス城に戻ってとりあえずメイドさんに貰えるかどうか言ってみよう、とコロシアムから出ようとした帰り際、エールの耳に興味深い話が聞こえてきた。

「この調子でドカンと儲けて、シーウィードに行ってやるぜ」

「そろそろリーザスに来るって噂だな。一晩いくらだっけ? 貴族ぐらいしか使えないけど俺もいつかは――」

 貴族の連中も家族に秘密で行っているとか、女性でも満足させてくれるサービスが、等々。ともあれ近々シーウィードがくるらしい。

「へー、シーウィードがくるのか。前は見るだけで割れちゃったけど今度こそ……」

 長田君がリベンジに燃えているがそもそもあそこは超高級売春宿、そんなお金があるわけないというと納得しつつも残念そうに肩を落とす。

「エールさん、もし良ければカフェと話がしたいのですが」

 カフェ、というのはシーウィードのオーナーの名前である。

 理由を聞いてみるとカフェや日光、魔剣カオスにホ・ラガあとリーダーのブリティシュの五人は昔魔王退治の旅に出たことがある仲間だと説明する。

 そういえば修行の時にそんな話をしていたような気がした。

 

 日光は魔王の脅威がなくなったことを自ら話がしたいのかもしれない、エールは笑顔で了承した。

 

 

 もう知っているだろうが、日光と会えば聞けばカフェの方も喜んでくれるだろう。

 世界にはまだまだ会いたい人がいる、とエールは笑顔を浮かべた。

 




※ 2019/03/28 改訂


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エールとチルディ

 次の日からエールたちはリーザス城で貰った仕事をこなしていくことになった。

 

「エール様はまず怪我人の治療をお願いします」

 そう言われメイドに医療室まで案内された。

 

 今は戦争中ではないがそれなりの数の怪我人がいるようで、医療スタッフらしき姿の人が回復薬の箱を持って忙しなく働いているのが見える。

 東ヘルマンがリーザス北の方でちょっかいをかけてきたり、国内でも反乱が起きたりで軍が駆り出され、リーザスのヒーラー達は主にそちらに同行。ちょっとした近隣の魔物の発生や訓練などでの怪我の治療は医薬品で済ませている状態であるとメイドはエールに説明をした。

 神異変以降、数が減りそのうち使えるのものがいなくなるだろうヒーラーに頼らない体制を作るのはどの国でも課題であるようだ。

 エールの頭に医者である姉のミックスが思い浮かんだ。

 

 いたいのいたいのとんでけー、エールは次々に怪我人にヒーリングをかけていく。

 

 仕事としては本当にそれだけなので非常に楽だったのだが、エールが神魔法が使える年若い少女であるというのがとにかく珍しがられる。

 さらに法王クルックー・モフスの娘だと言う話が回ると、怪我人の中にはAL教徒がエールを拝みだしたり、怪我を負ってない人までエールの様子を見に来たりとちょっとした騒ぎになった。

「エールの母ちゃん、変な人だなって思ってたけどあの人マジでAL教の法王なんだな」

 横でその様子を見ていた長田君が感心する。

 否定はできないが変な人というのは余計だと思いつつ、エールも改めてそう言われると少し不思議な気分だった。

 エールがトリダシタ村以外でちゃんとしたAL教徒であるという人たちに会うのははじめてで、正直なところ母のクルックーがどれだけ凄い人物であるかすらピンときてすらいない。

「いや、世界最大の宗教組織だって前に言っただろ! せっかくのチャンスなんだからAL教の布教とかしとけばいいんじゃねーの?」

 エールはそんな注目も気にせずもくもくとヒーリングを施していった。

 あくまでお仕事なので布教はせ3ず、治療が終わってお大事に、と言う程度である。

 しかし感謝や明らかなお世辞の他、法王の後継ぎとして立派、などと言ってくる人もいた。

「えっ、エールって法王の後とか継ぐの?」

 エールは首を横に振った。

 

 子供のころのこと。

 村にたまに訪ねてきたAL教関係者がエールにも次期司教または法王になるための勉強を、と母にすすめていたのをエールは聞いたことがあった。

「エールには自ら信仰を見つけてくれればいいと思っています、私の娘ですから大丈夫ですよ」

 

 ……クルックーがそう返していたのを覚えている。

 

 そういう方針の結果、エールは"アリスの大冒険"と呼ばれている聖書も読んだことすらなくAL教も教義でなんかいいことを言っている程度の宗教知識しか持たなかった。そもそも家の本棚は主に冒険の指南書と貝の図鑑や絵本で埋まっているので家には聖書が置いてあるのかさえ微妙で、改めて思い出すとエールは母であるクルックーが聖書を読んでいるのを一度も見たことがない気がする。

 小さい頃はいつかは法王である母を守るテンプルナイトに、なんて夢を持っていた時期もあったがそれも昔の話。

 エールにとってクルックーはちょっと顔が広くて、冒険と貝が好きで、自分のことを愛して大切にしてくれる世界で一番大切な母親。

 それだけ分かっていれば良かった。

「そうだ! ならさ、AL教の本拠地っつーカイズにもそのうち行ってみようぜ? たしか観光地みたいになってるってどっかで見たし、へへっ、また目的地が増えたなー」

 エールはその提案に大きく頷いた。 

 

 母の勤め先(?)にいくのは、今まで考えたこともなかったので楽しみである。

 

………

 

 一通り怪我人の治療が終わると今度は親衛隊の訓練相手の仕事に入る。

 

 親衛隊の人が集まっている訓練場まで案内された。

「うっひょー! 綺麗な人、可愛い子ばっか!さっすが、大陸一華やかな軍隊ってだけはあるぜー!」

 長田君が思わず踊りだしそうになるほどテンションが高くなったのも頷ける。年齢はエールより少し年上ぐらいだろうか、華やかで綺麗な人達が目のも眩しい金色の鎧を纏って集まっている。

 

 エール達が感心しながら見ていると、会ったことのある凛とした雰囲気の女性、チルディと目が合った。

 すでに話は通されているのだろう、エールも魔王討伐の旅では修行でお世話になった人なのできちんと挨拶をする。

 

「お久しぶりですわね、エールさん」

 

 優雅な仕草で挨拶をするチルディの傍らを見るとアーモンドも一緒だった。

 どうやら将来の親衛隊入隊が決まっているらしく母について見学にきているらしい。

「お、お久し振りです、あね様。とハニーの……」

 自分を姉と呼ぶ可愛い妹、エールはその慣れない呼ばれ方に気恥ずかしさと嬉しさを感じた。

「俺は長田、イケメンハニーの長田君! ちゃんと覚えておいてくれよなー」

 アーモンドはそういってビシッとポーズをとった長田君をじっと見た。

 妙に気になるらしく、ぺたぺたと触ってよじ登ったり頭を叩いたりしはじめる。

 人間社会に溶け込んでいるハニーも多いがまだ小さいアーモンドにとってハニーはモンスター。あまり近くで見ることのない存在だった。

「叩かないでくれよー」

 そう言いながら長田君もアーモンドを乗せながら楽しそうに走ったり、ジャンプしたりで遊んであげている。

 アーモンドがチルディから行儀が悪いと窘められると、すぐに降りて長田君に謝る。

 素直ないい子だな、とエールは微笑ましくその光景を見つめていた。

「いやー、ほんっとチルディさんってスタイル抜群だよなー! 仕草も綺麗っつーか、大人の女って感じがして、アーモンドちゃんもあんな風になるのかねー? エールは母ちゃんからして、まぁがんばれって感じ――」

 エールは長田君を叩き割った。

 

「私はリーザス親衛隊の指南役を務めておりますわ。かの有名なエールさんにお会いできると機会だと親衛隊一同楽しみにしてましたのよ」

 

 そういうチルディに促され、エールがぎこちなく親衛隊の隊員たちに挨拶をすると皆その存在に興味津々のようだった。

 魔王ランス討伐に向かったメンバーの一人、AL教法王の娘、聖刀・日光持ち、ザンスの妹、さらにチルディの肝いりと紹介されては無理からぬこと。特に魔人を屠った伝説の武器である日光が人気で、試させてほしいと言われ何人かが抜こうとしていたが、当然のように誰も持てずエールは少し得意げだった。

 

「はい、挨拶はそこまで! さっそく訓練相手をお願いいたします」

 

 早速、親衛隊演習に訓練相手として駆り出されることになった、とはいってもエールに大勢での演習や訓練の感覚など分かるはずもなく、とりあえず剣を振り回す程度である。

 エールに戦い方や剣やガード(ついでに色々な勉強も)を教えてくれたのは母である法王のクルックーと、その友人で元テンプルナイツでパン屋のお姉さんであるサチコ。

 当然のように二人とも剣の技能も持っておらず、エール的にも剣はとりあえず相手を倒せればいいという実践剣術といえば聞こえはいいがほぼ我流の型である。

「相変わらず乱暴に振り回しているだけなのに良い動きで……お強いですわ」

 チルディから見れば型もなく、動きも洗練されてるとはいいがたいのに力強さだけは一級品というエールの剣技は異質なものであった。

 

 エールは前の冒険からだいぶレベルが下がっているとはいえ、訓練相手の一撃はそう重くもなく受け止めるのは容易。

 このままごり押しでなんとかなりそうだ。

 

「しかしあの時はザンス様と並ぶ……いえそれ以上に強いのではと思わせるほどでしたのに何故こんなに弱くなってますの。さてはサボってましたわね?」

 目の前の相手はどうにかなっても、チルディの目にはエールのレベルの低さや腕のなまりをごまかすことはできなかった。

 エールは少し焦りながらも素直にレベルがものすごく下がってしまっていることを説明した。

 全盛期の半分どころか20%もないだろう。

「この強さでそんなに下がっているの……?」

 手合わせをした親衛隊の面々は驚いている。

 

「はぁ……仕方ありませんわね。他の方々では力不足ですし、私が直々に稽古をつけてさしあげますわ」

 かなり呆れられつつも再度、修行をつけてくれるという流れになる。

 チルディに直接稽古をつけられると言うのは親衛隊にとっては大変憧れの事であるらしく、エールは遠巻きに羨望や嫉妬の視線を感じなんとも居心地が悪い思いがしてむずむずした。

 

 稽古ではなく訓練相手の仕事に来たのだが、チルディがマンツーマンでエールに修行をつけることになった。

 

 前の修行の時もそうだったが、チルディの指導は実に的確だった。

 体の力の入れ方や、構え方に意識の向け方、視線や姿勢に至るまで……エールの我流とはかけ離れない程度の矯正を入れていく。

 

 エールはだいぶ戦いの勘を取り戻すことができたような気がした。

 

………

 

 さらに戦闘訓練の他にも学ぶべきこと…戦略や礼節の座学訓練もあると言われエールも参加させられることになった。

 講師はリーザスの黒の軍の総大将だというアールコート将軍である。

 

 エールはそれを聞いていかつい武人か老将を思い浮かべたのだが、現れたのは礼儀正しく言葉遣いも丁寧なさらさらとした髪の長い綺麗な女性であった。しなやかな物腰で総大将らしい逞しい雰囲気も纏っているものの、年齢はチルディとそう変わらないように見える。

 エールは最初は物珍しさもあって大人しく聞いていたのだが、内容が理解できないまますぐに興味がなくなってアールコートの講義を安眠音声とばかりにすやすやと寝はじめてしまった。

 そんなエールをアールコートは度々起こすのだがすぐに寝てしまうので、親衛隊の隊員達はその様子を見てくすくすと笑っている。チルディがそんなエールに呆れかえり、あまりに不真面目ということで耳を掴まれて部屋から出されることになった。

 

「全く、失礼な事なさらないでください!」

 チルディが言うにはアールコートは黒の軍の総大将という立場でありながら貴重な時間を割いて親衛隊の講義をしてくれている非常に優秀な人であるらしい。

 あとで謝っておきますと言いつつ、座学に出ようものならまた寝てしまうだろう、とエールは正直にチルディに話してみる。

「これだけ強いのに…… 私の先輩を思い出しますわ」

 チルディの脳内に気は良いがへっぽこな、それでいて目が離せない先輩の姿が思い浮かぶ。

 さすがにエールはそこまでではないと思い直し、女性には武、知、美、礼とチルディは語った。

 

 エールが世界一尊敬している女性は冒険、貝、火という人なので求めるものがだいぶ違う。

 4つ目選ぶとして他は何が入るかな、信仰ではない気がするなー、とエールはチルディの説教を受けながらクルックーのことを思い出していた。

 

 長田君はすっかりアーモンドと仲良くなっていて、先の冒険の話を聞かせたりしているのが見える。

 エールもそっちに混ざりたいと思いながら見ていたが、チルディは相変わらずエールにあれやこれやと構っていた。

「全く、エールさんは困った方ですわね。それでは親衛隊に入れることはできませんわよ」

 エールは驚きながら親衛隊に入る気はないことを伝えた。

 するとチルディは心外とばかりに目を丸くさせた。

「あら……うちに入りに来たんじゃありませんの?」

「こいつにそういうのは無理っすよー」

 長田君の言う通りエールは訓練相手になること以外は仕事ではないし、あまり興味がないことを伝えた。

「つーか、エールなんかを親衛隊に入れたいんすか?」

「ええ、エールさんは不真面目さはともかくとしてとても優秀な方ですから。正直に申しますとそれだけではないのですが……」

 エールは理由を聞かせてほしい、と言った。

「アーモンドは将来、親衛隊に入るでしょう。才能やこの子の実力を考えればすぐに隊長になってしまうと思います。しかし何の張り合いもなく、そうなってしまうのではなく私のように超えるべき壁や目標がこの子にもあってほしいのです。それをぜひ実の姉であるエールさんにと考えておりますの」

 娘を自慢するようにチルディが語り、アーモンドが嬉しそうにしている。

 なぜ、自分なのかとエールが尋ねる。

「レベルや技能を考えて他の方々、同じ元魔王の子達でも出来ませんから。ですから強さだけではなく礼儀や女性らしい立ち居振る舞いも身に着けていただきたいのです。それはきっとエールさんのためにもなりますわ」

 自信ありげに口元に笑みを浮かべる。

 エールはそうすればナイスバディになれるのだろうかとチルディを見て考えながら、考えておきますと適当に相槌を打った。

 

 とりあえず、物は試しとばかりにアーモンドと模擬戦をしてみることになった。

「よろしくおねがいします」

 ぺこりと頭を下げるアーモンドはすでに礼節を身につけているようで、剣を振るうその足取りは軽く、剣には確かな重みを感じるものだった。

 手加減をしながら戦い、最後は前にザンスと模擬戦でやられたときのように頭をこつんと剣で軽く叩いて訓練ははおしまい。

「ありがとうございました、エールあね様」

 そう言いつつも相手にならなかったのを悔しそうにする妹の姿は可愛い。

 さすがにまだまだエールには及ばないもののその実力は5歳にも満たない年齢ながら既に親衛隊の中堅クラスなのではないだろうか。

 エールは姉として誇らしくなって強いねー、と褒めながら笑顔を浮かべてアーモンドの頭を撫で繰り回す。

「いや、それはエールの贔屓目じゃねーの」

 エールは長田君の言葉を無視した。

「えへへへへ……」

 アーモンドは悔しそうにしてたのから打って変わってにゃんにゃんのように気持ちよさそうにしている。

「エールさん、アーモンドの頭を撫でないでくださいまし!」

 チルディがその光景に気が付き、エールはなぜかすごく怒られてしまった。

 その剣幕に思わず謝るも、なぜ撫でてはいけないのかを聞いてみた。

「……じょ、女性の頭を軽々しく撫でてはいけませんわ。髪も乱れますし」

 ならこんな感じですかと、エールは手を伸ばしてチルディの頭を優しくさわさわと撫でてみた。

「あっ……ん、んっ……」

 怒られると思ったがチルディはなぜか顔を真っ赤にし、とても気持ちよさそうにしている。それはアーモンドよりもさらに甘えたにゃんにゃんのようだった。

 

 エールが一通り撫でおえて手を放すと、その手が名残惜しそうに見つめられた気がした。

 

「ほ、本日はここまでですわ、また明日。しっかり体を休めてくださいね……」

 さっと気を取り直すとチルディは優雅に身をひるがえし、アーモンドの手を引きぱたぱたと走っていってしまった。

 

 

 エールは何だか悪いことしてしまったような気がした。

 




※ 08/14 ハニホンXに合わせて一部修正


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冒険者らしい仕事

 それから数日、エールはチルディを師匠として修行のやり直しをさせられていた。

 

 もちろん医務室での怪我人のヒーリングや親衛隊の訓練相手もしているが、礼節や兵法の座学は寝てしまうためにその間修行をつけてもらうのが日課となっている。仕事だったはずだが、チルディに修行をつけてもらえるのは下がってしまったレベルと勘を取り戻すためエールにとっては願ったりかなったりであった。

 

 修行途中、チルディはエールが幾度となくレベル神が呼び出しているのを見る。

「神異変によってなくなりかけている神魔法にレベル神……神に近いと言われた法王の娘だから? エールさんをもっと調べさせてもらえればいいのですが……」

 チルディがエールをリーザス軍に勧誘し、エールが首を横に振るのも定番のやり取りとなっていた。

 

「そういえばエールさんの使っているAL魔法剣、これはAL教のテンプルナイツが使っている技に似ていますわね」

 ALICEガードと共に師匠から教わったもの、とエールは言った。

「エールさんの師匠はお母様のクルックーさんと、サチコさんでしたかしら。そういえばあの方もテンプルナイツのガードでしたっけ」

 ガードということは話したことはなかったはず、チルディさんはサチコさんを知っているんですか?とエールが少し嬉しそうに聞いた。

「15年前に魔人討伐隊でご一緒しましたわ。尤もお話したことはあまりありませんが」

 エールにとってサチコはクルックーがAL教の用事で外に行っている間、ずっと預けられていたため師匠と同時に母親代わりでもあった。

 剣やガードの他、ちょっとした勉強も教えてくれて優しく温かく、パン作りも上手いとてもすごい人、昔はテンプルナイツとして母を立派に守った人だったと聞いているとエールは話した。

「え、えーっと。そんな方でしたかしら?ランスさま相手に普通に接していたり、恐れられている魔人と打ち解けたりと随分胆力のある方だとは思いましたが……」

 チルディの中のサチコは顔が良く思い出せないぐらい印象が薄く、かろうじて思い出せるイメージは胆力があるというよりは能天気といった程度。チルディはそんなにすごい人ならもっと友好を深めておくべきだったと少し後悔していた。

 

「エールさん、あまり人前でレベル神を呼び出すのはやめた方がいいかもしれませんわ」

 それはなぜでしょうか?とエールは聞いた。

「神魔法もそうですが、才能や能力を利用しようと言う輩が現れるかもしれません。AL教に反感を持つ人も少なくありませんから、法王の娘ということもあまり知られないほうがいいでしょうね。 人質として狙われたりも……エールさんはどうも危機感に欠けていて心配です。東ヘルマンもいまだ健在。この世界では強いというだけでは乗り越えられないことも多いですから」

 前の冒険でも無茶をするとよく言われていたがエールにその自覚はなく、ピンとこない話である。

 ただチルディの、娘を心配している母親のような強くも優しい忠告をエールは素直に嬉しいと感じた。

「リーザス軍に入っていただければきっとどの国よりもエールさんの能力を生かし、守ることができますわ。考えておいてくださいね」

 抜け目なく、勧誘も忘れていない。

 

………

……

 

 そんな日々を送っていると、エールはチルディからいつもとは違う仕事の依頼をされることになった。

 

 リーザス首都からかなり離れた場所で女の子モンスターを飼育している場所があるのだが、そこで連続して女の子モンスターが攫われるという事件が起きているという。一匹二匹なら盗難もあるだろうと思っていたのだが、それだけに留まらず誘拐はエスカレートしてとうとうそこで働いている女性に行方不明者が出たと言うのだ。

 

「それ事件なんじゃないすか?」

 エールと共に呼ばれた長田君がそう言った。

 ちなみにエールが働いている間、長田君もハニーが魔法が効かないことを利用して紫の軍で魔法の的になるという仕事をこなしている。

 

「それが実はちょっと特殊な飼育施設でして大っぴらに軍を派遣するわけにはいかないのです。本当は私が呼ばれているのですが、ここはエールさんにおまかせします。私の弟子として立派に働いてきてくださいね」

 エールはチルディの弟子、と言われなんだかちょっと照れたが、逆に傍らにいるアーモンドはむすーっと頬を膨らませている。

 母親を取られてしまう娘の気分はエールにもよく分かるので自分は二番弟子だから、とアーモンドの頭を優しくポンポンと叩いた。

「それととても珍しいお方に会うと思いますのでこれを渡しておきますわ。その方に出会ったらチルディがよろしく言っていたとお伝えくださいまし。片方はお二人で食べてくださいね」

 そう言って二つの袋が渡された、中身はなんだろうか。

「普段は作らないんですけど……お菓子ですわ。 アーモンド、引っ張らなくてもあなたの分もありますから」

 傍らにいるアーモンドが嬉しそうにしていた。

「それでその珍しい人って誰っすか?」

「大きな剣を担いだ方で……いえ、会えばすぐにわかりますわ。楽しみにしておいてください」

 

 二人と一緒に行きたいというアーモンドをなだめてエールと長田君は出発した。

 

「へっへー、なんつーか。冒険者っぽい仕事がきたな!」

 今までの仕事と違う、誘拐事件の捜査という仕事にエールと長田君は少しワクワクしていた。

 

 その場所までの専用のうし車を用意してもらえたのでそれに乗って現場へ向かうこととなった。

 

 そのうし車の中で長田君が紫の軍にアスカさんというお姉さんがいることを話しはじめる。

「普通の魔法じゃなくて幻獣魔法っての使うんだぜ、珍しいからエールも見に来いよ。俺の勇姿も見せたいし?」

 的になっているだけで勇姿なのかどうかは分からないが、時間があったら見に行ってみようとエールは言った。

 

………

……

 

うし車にはかなりの時間揺られることになった。

 

 到着した場所は都会であるリーザス首都からだいぶ離れているせいか、一見すると素朴な村、悪く言えば貧相な村といった風情である。

「エールの故郷の村に似てるな」

 長田君がそんな感想を言っている。

 

 しかしその素朴な村というのは表向きで、中に入ればスタッフも全員女性という特別な女の子モンスターの飼育場である。

 

 うし車から現れたのがチルディではなく、まだ大人とは言えないぐらいの女の子だと知るとスタッフ達は露骨にがっかりと肩を落とす。

「まぁ、俺たちは有名じゃないしこういう反応も仕方ないだろ。さくっと解決して見返してやろうぜ!」

 妙なハニーを連れているのもがっかりされた原因だったのではないだろうか、とエールは思ったが黙っていた。

 

 さっそく事件現場という女の子モンスターの飼育場に案内された。

 

 飼育場のスタッフに聞いてみるとこの施設自体が秘匿されていて、さらに女の子モンスター達が強いのもあって警備は雇っていなかったらしい。

「すげーな。レアなモンスターまで色々いんじゃん。俺だけだったらとても勝てなさそー……」

 エールもてっきりきゃんきゃんやメイドさんぐらいだろうと思ったら神風、まじしゃん、フローズン等かなり高レベルな女の子モンスターや普通とは違った服を着たレア種、さらに突然変異種までいる。なんでこんなに育てているのだろうか?

「女の子モンスターって可愛いのはペット用に人気だしな。メイドさんとかすげー人気なんだぜ?あと、強いのとかは戦わせたり護衛として侍らせたりー」

 ちなみにハニーにはちゃぷちゃぷが人気らしい。

 エールたちが眺めていると、見慣れない少女やハニーが珍しいのか女の子モンスターが寄ってくる。

 聞いてみると仲間とお世話をしてくれていた大好きな人がいなくなってみんな寂しがっているようだ。

 その大好きな人、というのが攫われた女性の魔物使い。自分たちを世話してくれていた人で女の子モンスターは揃って心配しているようだ。

「なんか、みんな懐っこいというか人間を警戒してないな。女の子モンスターってけっこう危ないのも多いのにさ」

 それだけ躾が行き届いた、良い魔物使いだったんだろう、とエールが言った。

 

「あなた達、見ない顔ね。なんだか良い匂いがするわ」

 

 エールたちは後ろから不意に声をかけられ、振り向くとそこには大きな剣を担いだ可愛い少女が一人立っていた。

 その身長はエールよりも小さいが、かついだ剣は身長とほぼ変わらない大きさである。

「はじめまして、私はベゼルアイ。世話になってる人がここにいて遊びに来ていたんだけど」

 エール達もきちんと挨拶を交わす。

 

「ってベゼルアイ!?もしかして聖女モンスターのベゼルアイ様!?」

 長田君がその名前に驚き、飛び跳ねた。その言葉を聞いてエールも昔、本で読んだことがあったのを思い出す。聖女モンスターという名前だが女の子モンスターではなく確か神様だったはずだ。

 エールと長田君はなんとなく拝むポーズを取った。

「やめてよ。私達はよくわかんないんだけど神異変で消えなかったのよね。魔物を絶やさないためかしら?」

 エールは自分をまっすぐ見つめてくるベゼルアイの頭の上にチルディから貰っていたお菓子の袋を乗せてみた。

「くれるの?ありがと」

 エールはベゼルアイと少し仲良くなれた気がした。

「何これ、めっちゃうまくね!?」

 長田君がもう一つのお菓子の袋開けてぱくぱくと食べていた。エールも一つ食べてみると、食べる手が止まらなくなるほどに今まで食べたクッキーとは別格の味わいであった

「これは、チルディちゃんのお菓子ね。美味しい……」

 これは手作りだったのか、チルディさんは強いだけではなくお菓子作りも得意なのか、そういえばサチコもパン作りが上手かった、とエールは師匠達の万能ぶりが少し誇らしくなった。

 

 エールはベゼルアイにチルディから依頼を受けてここに来た、ということを話す。

「なるほど、エールちゃんがチルディちゃんの代わりなの。 それじゃ向こうでお茶しながら話しましょうか」

 

スタッフに用意してもらった別室でエールたちはお茶を飲んで休憩していた。

どうやら誘拐事件で困っていたスタッフに、リーザスから応援……チルディを呼ぶように言ったのはベゼルアイであるらしい。

 

エールはベゼルアイがお茶に10個ぐらい砂糖を入れて、さらにぱくぱくとお菓子を食べているのを見ているだけで口が甘くなりそうだった。さらに満足げにお菓子を口に運ぶ姿を見て、チルディを呼ぼうとしたのはお菓子目当てだったのではないかと考えていた。

 

 エールがなんとなくチルディの娘とは姉妹であることを話した。

「へぇ、あなたもランス君の子なの。子供がたくさんいるのは知ってたけど」

「ランスさんのこと知ってるんすか?いや、魔王だったんだから知ってて当然かもしれないっすけど」

「ええ、魔王になる前のランスくんに精液を貰ってモンスター産んだことあるから。私以外の三人も産んでたわ」

 ベゼルアイはあっさりというが、長田君はお茶を噴きだして割れた。

 そういえばクエルプランの時も神様とやってたな、とエールは父の姿を思い出す。

 つまりエールにはあと他に最低でも四人兄弟(魔物)がいるということだ。

「いや、そこは納得するなよ!?こんな見た目小さい子に手を出すって……アレだぞ!」

 確かにベゼルアイの見た目はリセットより大きいがレリコフと同じぐらいの子供サイズであった。

 実年齢は神なので長生きしているのだろうが確かに子供のような容姿、これに発情したのだとしたら父はロリコンなのか……とエールは渋い顔をする。

「あれ、でもなんで図鑑と何でこんな違うの?ベゼルアイ様といったら聖女モンスターの中でももうすごいバインバインなはずじゃ?」

 確かに図鑑に載っているベゼルアイはスタイル抜群のでかなり大人っぽい姿であったような気がする。

「ランス君の名誉のためにも言っておくけど、私達は力が溜まったら大人の姿になるのよ。さすがにこの子供の姿じゃランス君もやれないって言っていたわ」

「俺も大人の姿が見たかったっすね。なんてったって神様だし?すげー美人なんだろうなー」

 長田君が残念そうにベゼルアイを見る。

「そういえば、まだハニーとの子は作ったことなかったわね……」

 そう言って長田君の方をじーっと見つめ返した。

「マジっすか!?なら、バインバインの姿になったらぜひ」

 エールはそれを言い終わる前に長田君を粉々に叩き割った。

「あら……ごめんなさいね。 長田君とはやらないでおくから安心して」

 エールのむすっとした表情を見て口元に笑みを浮かべながらベゼルアイが優しい瞳でそう言った。

 

 体は小さいが大人の雰囲気、エールは姉のリセットを思い出した。

 

 話をしきりなおして、なぜベゼルアイ様がこんなところにいるのか、と尋ねてみる。

「普段はいないわ。ここにいる魔物使いの子、名前オノハちゃんって言うんだけどその子の世話が年々気持ちよくなってきちゃってたまに来させてもらってるのよ。 でもちょうどいなくなっちゃったみたいでね……また変なことになってなきゃいいけど」

 事情を聞くと、魔王ランスが大暴れしていた時代に一時期「滅殺魔物団」なんてものを作って魔物を滅ぼすことに使命感を抱いていた時期があったらしい。

「人間って突然不良っぽく振舞ってみたり、そういう悪いことしたくなる時期があるんでしょ?」

 反抗期というやつだろうか、エールはまだ迎えていないはずだ。

 ともあれ、改めてエールが自分たちがここに来た事情、女の子モンスター達が誘拐され、魔物使いの子もいなくなった件をチルディの代わりに解決しに来たと説明する。

「なるほどね。なら、待ち伏せでもしましょうか」

 

………

 

 女の子モンスターの飼育場まで戻って、三人で隠れて様子を伺う。

 待っている時間は暇ではあるが、こういった待ち伏せと言うのをした経験がなかったのでエールは楽しそうだった。

「能天気だなー、相手は結構強いはずだし気を引き締めとけよ。俺はいつもの通り後ろで応援するからな!」

 そうして待っていると、こそこそと不穏な人影――人影に見えるモンスターの集団が現れた。

 嫌がって逃げる女の子モンスター達をどこから手に入れたのか捕獲ロープをもって追いかけまわしはじめている。

 

 エールたちに気が付くとそう言って襲い掛かってきた。

「へへ、珍しい女の子モンスターがいるぜ!」

「横の人間の娘っこも攫っちまえ!」

 レアな女の子モンスターを攫うと聞いていたのでかなりの手練れだと踏んでいたのだがエールたちが戦うと、魔物兵や魔物隊長の姿をしていて中身は分からないものの拍子抜けするほど弱い相手だった。

「エールもだいぶ強さが戻ったんじゃね?」

 長田君はそういうが、この程度の相手にレアな女の子モンスターたちが負けるとは思えない。

「ケケケケケ!!!」

 そう考えていると突如、甲高い不気味な声がした。

「見たことない女の子モンスターに人間の女までいるでちゅ。今日も大量でちゅね!」

 声のする方向には見慣れないモンスター、血塗れの包丁を構えてパンツを被っておむつをはいた赤ん坊のようなモンスターが飛んでいた。

 エールが反射的に攻撃を加えようとしたが、なぜかその手がピタリと止まった。

「どうした、エール!?」

 エールの動きが止まり、そこに包丁の一撃が迫りなんとか避けたもののやはり反撃が出来ない。何回か試してみるが結果は同じ、全く攻撃が出来なかった。

「女殺しだわ」

 エールは知らなかったのだが、女殺しというのは人間やモンスター等あらゆる雌の攻撃が利かないという超危険なモンスターであるらしい。

 そして女殺しに手が出せないのはエールもそして神であるベゼルアイですら同じである。

 

 エールは女殺しの執拗な包丁攻撃をなんとかしのぎ、かわすが反撃は出来ない。

「しぶとい女でちゅねー!さっさと降参すれば殺さない程度に切り刻むだけですましてやるでちゅ!」

 包丁の斬撃は鋭く、エールの体にも次々に傷がつき始めていた。

 

 防戦一方でこのままじゃ危険だとエールが退くことも考えていると

「え、エールに何してんだー!」

 長田君必殺のハニーフラッシュが女殺しを吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばされて地面に叩きつけられた女殺しが狼狽える。

「な、なんでこんなところにハニーが!?ここは雌しかいないはずでちゅよ!?」

 再度ハニーフラッシュが飛んでいくが、今度はかわされていた。

 普段は踊ってエールを応援するばかりの長田君だが、そう彼はハニーであり、男である。

 

「へー……やるじゃない。私も応援するわ」

 そう言ってベゼルアイが鼓舞をすると、エールも長田君も不思議と力が湧き出てくるようだった。

 エールもヒーリングなどのサポートぐらいはできるだろう、いつもとは逆に長田君を応援する側に回る。

「たかだかハニーなんかに負けるわけないでちゅよ!」

 そう言って襲い掛かってくる。

 

………

……

 

 攻撃力の低い長田君では多少の辛さはあったものの、エールたちのサポートもあってなんとか女殺しを地に伏せさせることができた。

 

「う、うおおおー……俺もやればできるじゃん!?見た、いまのかっこよくなかった!?」

「中々やるじゃない。足とか震えてたのに」

 エールもすごくかっこよかった!と素直に称賛すると、二人に褒められて長田君が照れる。

 ともあれ勝利を喜び合った。

「この女殺しどうする?」

 エールが近づいて改めて日光で刺そうとするが、やはり寸前で刀が止まってしまう。

「うわー、怖いなこのモンスター。エールでもどうにもできないって……」

 エールではとどめを刺せないので、長田君にとどめを刺してもらうことにした。

 なんとなく長田君にざくーっとやってもらうのは気が引けるのだが…

「女の子を切り刻むのが趣味とか最悪だしな!」

 長田君はどこからともなく取り出したトライデンでぐさっとやった。

 エールは意外と容赦ない長田君よりも、長田君がトライデンを持っていたことを初めて知ったので非常に驚いた。

 普段はダサいという理由で使っていなかったそうである。

 

 女殺しを始末し、残りのモンスターを全員縛り上げる。

「女殺しがやられただと……」

「ま、待て。こっちには人質がいるんだぞ!こんなことして」

 そこまで話しかけたモンスターをざくーっと一刀両断する。

「ひー!?」

「ちょ、エール!?人質がいるって言ってんじゃん!?」

 つい切ってしまった、と言って今度は相手の首に日光を突き付けた。

 ようは報告されて人質に被害が出る前に解決すればいい、攫った人質はどこにいるのかと目に凄みを利かせるとそのモンスターはあっさりと情報を吐いた。

 エールは女殺しを切れなかったのでちょっとイライラしていたこともあり、ざくっととどめを刺す。

 

「あなた、女の子だけど何となくランス君に似てるわ」

 そう言って笑みを浮かべるベゼルアイの中で、父であるランスはいい思い出なのだろう、とエールは何となく嬉しい思いがした。

 

……‥

 

「うぽぽぽぽぽぽ」

 モンスター聞き出した情報を元に怪しい洞窟に侵入。たどり着いた先にいたのは何か頭のよさそうなおかゆフィーバーだった。

 首がまっすぐなのでおそらく突然変異種なのだろう。

 ちなみに魔物から得た情報では目的は女の子モンスターを売買するようなことではなく、女の子モンスターを攫ってハーレムを作るというなんともくだらないものであった。

 しかも女殺しを仲間に引き入れたはいいが、せっかく攫った女の子モンスターを傷つけまくるので怯えられ、実はかなり手を焼いているというなんとも情けない話まで聞けた。

 

「うぽぽ。女殺しが酷い真似をしてすまないうぽ。ユーたちの、大好きなご主人様も一緒うぽ。人間のペットになるよりよっぽど幸せうぽ」

 こっそりと話を聞いているだけだとそんなに凶悪な魔物ではなさそうだ。

「ぼくちんがちゃんと介抱してやるうぽ」

 そう言いつつ気持ちの悪い触手を下部から伸ばし、女の子モンスターに怪我の介抱ついでによからぬことをしようとしているのが見えた。

 

「こらー!何してるんだ、お前―!」

 エール達がそんなおかゆフィーバーの前に立ち塞がる。

「なんだお前ら、うぽ! ぼくちんの邪魔をするなうぽー!」

 そう言ってエールにも気持ちの悪い触手を伸ばしてくる。

 エールは眉をしかめてその触手を切り払うと、そのままざくざくと切り刻んで血まみれフィーバーにしてみた。

 ボスにしてはあまりにあっけない強さで拍子抜けであったが、エールはいつもより丁寧に日光についた血を拭きとった。

 

 エールたちは捕獲用ロープで縛られていた女の子モンスターを解放していく。

 女殺しにやられたであろう深い傷を負っている女の子モンスターにエールがヒーリングを施していると感謝されつつも、ご主人様を助けてと口々に助けを求めてきた。 この子たちは本当に躾が行き届いているな、とエールが少しほっこりとした気持ちになっていると。

「あんっ!」

 背後にいた長田君が突然割れた。

 

 何事かとエールがその方向を見てみると行方不明になっていた人間の女性……眼帯をつけている綺麗な黒髪の女性が寝ころんでいた。

「オノハちゃん。無事だった、というわけではなさそうね」

 ベゼルアイがそう言って近づいた。

 

 この黒髪の女性が攫われた魔物使いのオノハであるらしいが……

 裸になって自分の指をあんなところやこんなところに入れてあへあへのあふんあふんと"大変なこと"になっていた。

「これはおかゆ毒に感染しているわね。女の子モンスターには大したことなくても人間には毒なのよ」

 毒ならばと、エールはオノハにヒーリングをかけてみるが効果はない。

 ただくちゅくちゅと淫猥な水音と嬌声が聞こえるとエールは顔を赤くさせて固まってしまった。エールはそんな様子の女性を見るのは初めての経験であった。

 

「治すにはフィーバー下しがあればいいんだけど。 たしかおかゆフィーバーが持ってるはずよ」

 固まっているエールを見ながらベゼルアイがそう言った。

 エールは血まみれフィーバーにしたおかゆフィーバーにヒーリングをかけて再度、刀を突き付ける。

「そ、それなら奥の部屋にあるうぽ……」

 それを聞いたエールと長田君、ベゼルアイの三人で部屋をひっくり返して大探索、エールがフィーバー下しを見つけるころにはおかゆフィーバーはいなくなっていた。

 次に会ったらきっちりととどめを刺してやる、とエールは誓った。

 

「出口で待ってるから、エールとベゼルアイ様はその人に薬飲まして連れてきて!」

 長田君は裸を見たら割れるからか、心配そうにしている女の子モンスターを誘導しながら素早く洞窟を脱出していった。

 

 エールはフィーバー下しを飲ませようと嬌声をあげ、周りの言葉も状況も分からないのか、ただ暴れるように快楽に耽っているオノハに恐る恐る近づいた。

 意を決して無理矢理にでも薬を飲ませようとエールがオノハの腕を掴むと、それが刺激になったのかオノハの口からは涎が流れ、より大きな嬌声が漏れる。エールはこれ以上触っていいか分からず、頭をぐるぐるしながら慌てまくった。

「私に渡しなさい」

 そうしたエールを見かねてたベゼルアイがオノハの頭をポカンと叩いて気絶させるとその口にフィーバ下しをねじ込んだ。

 医者である姉のミックスが見たらすごく怒られそうな乱暴なやり方だが仕方がない、エールはベゼルアイに感謝した。

「いいのよ。それより急いで戻りましょう」

 ベゼルアイがタオルでくるんだオノハを軽々と担ぎ上げ、エールたちは大急ぎで村へ戻った。

 

………

……

 

 オノハは診療室のベッドに寝かされた。

 

 薬が効いたのか症状も落ち着いたようで静かに眠っている。

 

 エールは今日のことを思い出していた。

 レベルも上がって勘を取り戻しはじめていて、仕事も余裕でこなすつもりだったのが結局女殺しは長田君が倒し、オノハもベゼルアイ任せという結果だった。

 強ければ大抵どうにでもなると思い込んでいたのだが、経験不足に知識不足、自分の未熟さに落ち込んだ。

 

「おつかれー、冒険者っぽい初仕事、大成功じゃね?やっぱ俺達、最強のコンビじゃーん!」

 エールの落ち込んだ雰囲気を察したのかそうでないのか、長田君が明るく手をあげてハイタッチを要求した。

 エールもそれに答えて手をポンと叩く。

「二人ともお疲れ様。頑張ったじゃない」

 ベゼルアイも口元に笑みを浮かべてねぎらいの言葉をかけた。

 

 そんな二人にエールは励まされ、笑顔を浮かべると同時にもっと頑張ろうと気合を入れた。




※ 一度投稿したものを書き直しました

女の子モンスターの飼育場 …………オリジナル設定 リアがランスの従魔を保護していた名残(オノハは自由都市所属ですが)
頭のよさそうなおかゆフィーバー……ランクエにでてきたやつ
女殺し …… GALZOOにでてきたやつ風


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エールとオノハ

※ ちょいエロ


 スタッフがオノハが目を覚ました、と言ってエール達を呼びに来た。

 

 ベゼルアイに連れられて診療室まで尋ねると、オノハはベッドで半身を起こしていた。まだ意識ははっきりとしていないのか、どこかぼんやりとした表情である。

 

 部屋に入ってきた三人の姿を見るやいなや

「ひっ…………」

 怯えた声を出して、オノハは身体をびくっと跳ねさせた。下手に近付くと泣き出してしまいそうな様子だった。

「なんかすごい怯えようっすねー……」

 怪我はほとんどなかったが、誘拐されたことやおかゆ毒のことがトラウマになってしまったのだろうか、とエールが心配していると

「オノハちゃんは昔からずっとこんな感じよ。モンスター相手だとしっかりしてるんだけどね」

 オノハが怯えつつも、エール達の方をちらりと見た。

「ふふ、こんな感じですごく臆病に見えるけどちょっと前まで滅殺魔物団なんてやってた時期は別人みたいに――」

「あっあっ、その話はだめ……」

 ベゼルアイが口元に笑みを浮かべて言うのをオノハが恥ずかしそうに話を止めると、その場の空気がゆるんだようだった。

 

 オノハは改めてエール達を、今度は落ち着いた様子で眺めた。

「ベゼルアイ、と人間さん?あと、ハニーさん……」

「久しぶりね、オノハちゃん。 この子はエールちゃんとハニーの長田君。攫われたオノハちゃんを助けてくれたのよ」

 無事で良かったです、とエールが声をかける。

 初めて見たときは決して無事ではなかったのだが、オノハはもちろんエールもそれを思い出すのは恥ずかしいことだった。

「えっと、人間さん、ハニーさん……助けてくれて、ありがとう……」

 オノハは微笑んで礼を言うが、なんだか消え入りそうな儚さである。

「女の子モンスター達も怪我してた子はいたけど無事だったみたいで――」

 ベゼルアイがそう言うとオノハが突然がばっと起き上がった。

「み、みんな!」

 その突然の行動に驚き、止める暇もなく走っていく。

 

 後を追いかけると、そこは女の子モンスターの飼育場。オノハは手早く女の子モンスター達の無事を確かめていた。

 女の子モンスター達がご主人様―!と言って次々にオノハに群がり、ぴょんぴょんとその周りをはねたり、頭をこすりつけて甘えたり、無事だったことに安堵して泣いたり。一緒に捕まっていた子ともお互いが無事だったのを喜びあっているようだった。

「良かったなー、俺達頑張ったんじゃね?」

 そういう長田君にエールも嬉しくなり、確かな達成感を感じることができた。

 

「あ、あの、危ないモンスターは……」

 オノハが顔を青くした。

 女殺しの事だろう。それならこの長田君がやっつけてくれました、エールが長田君の頭をポンポンと撫でる。

「いやー、俺もやる時はやるっつーか?ベゼルアイ様やエールのサポートもあったしな!」

「ハニーさんが…?ありがとう、すごいねえ」

 得意げにする長田君に、オノハは驚いたようだが改めて頭を下げて礼を言った。

 女の子モンスター達も相当怖かったのか、天敵がいなくなったのを喜んでいる。

 その反面、戦闘が得意な女の子モンスター達がオノハを守れなかったことを詫びていた。

「気にしないでいいよ。みんな無事でよかった……」

 そう言ってにっこりと笑うと、女の子モンスター達はみんな嬉しそうにしている。

 ここでのオノハはよほど愛されているご主人様なのだろう。

 

 オノハは女の子モンスター達の世話を始める。

 エールが体も本調子ではないだろうにまだ安静にしていたほうが、と声をかけるが

「みんな待ってるから……」

 ご主人様を取り合わないだけ躾が行き届いているのだろうが、既にお世話の順番待ちとばかりに整列していた。

「せっかくだし、エールちゃんもやってみたら?」

 ベゼルアイがそう声をかけた。確かにそれが出来たら少しはオノハの負担も減るだろうが、エールは女の子モンスターの世話などしたことはない。それに女の子モンスターといえど、モンスターはモンスター。中にはそれなりに強い種もいるので気を抜くのは危ないのではと警戒心もある。

「この子達は怖くないから、大丈夫だよ?」

 オノハがそう言ったのでこれも経験と、エールは女の子モンスターの世話に挑戦してみることにした。

 

 きゃんきゃんやメイドさんといった比較的安全な女の子モンスターに触るのを許してもらえたため、エールが緊張しながら近づく。

 何をすればいいか分からないがとりあえず頭を撫でてみると、嬉しそうにされた。きゃんきゃんが遊んで―と言うので、簡単な追いかけっこをしたり一緒に踊ってみたり、世話をするのが大好きだというメイドさんに、髪を丁寧に梳いて貰ったり服のほつれを直してもらったり。モンスターといえど危険は全く感じず、むしろ近くで見るととても可愛らしかった。

 エールがにこにこしながら女の子モンスターの世話をするのを、オノハも笑ってその光景を見つめている。

「こういうところはランス君の子供とは思えないわねぇ」

 ベゼルアイがそんなことをつぶやく。

「ランス?」

「ああ、オノハちゃんは気にしなくていいわ」

 その言葉にオノハさんは綺麗な人だから父のランスと会わせるのは不味いだろうなと、エールは思った。

 

………

……

 

 夜遅くになってしまったので、エール達は村の宿泊所を使わせてもらい一泊することになった。

 エールの方は女の子モンスターも使っていると言う少し大きめの浴場も使わせてもらえるらしい。

 ちなみに男湯はないらしくそれを聞くと長田君が差別だー!とか文句を言っている。

「ご、ごめんなさい……本当ならここ男の人が入れる場所じゃないから……」

 オノハが申し訳なさそうに言うが長田君はそれを聞いて

「男子禁制の場所!?」と喜んでいる。

 それであの時女殺しが男である長田君がいることに驚いていたのだろう。長田君が例外扱いだったのはたぶん見た目がハニーだからか。

 エールは納得していた。

「やっべ!俺、ハニーでよかった!なんか良い匂いする気がするー!」

 やたら喜んでいる長田君を置いてエールは浴場に向かった。

 

 

 エールが服を脱ぎ、湯気の溜まった浴場に足を踏み入れるとオノハとベゼルアイが先に入っていたようだ。

 ベゼルアイの長い髪をオノハが洗っている。神様をわしゃわしゃと洗うなんて大胆なことしている、と思いつつその様子を眺めていると、ベゼルアイの目は蕩けるようにぼんやりしていた。

 さらに全身を洗われはじめると、たびたびその体を力なく震わせている。

 エールは何となくじーっとその様子を見つめていると、何故か自分の心臓の鼓動が早くなってくるのを感じた。

「……あら、エールちゃんいたの?」

 一通り終わってエールの視線に気が付いたベゼルアイがそう声をかけるが、その声にはいつもの覇気がないようにも聞こえた。

 エールは覗きをしていたようなちょっとした罪悪感を覚えてびくっとしたが、素直に洗われていたのを見ていました、と答える。

 

「そう……せっかくだからエールちゃんもやってもらったら?」

 ベゼルアイは悪戯を思いついたような表情になった。

「え、でも人間さんには……」

 オノハはその提案に驚き、慌てる

「私と同じってわけでもないけどエールちゃんを女の子モンスターだと思えばいいのよ。昔やったことあるでしょう? 助けて貰ったお礼ってことで」

 エールはオノハの返事を待たず、ベゼルアイが避けた椅子に座った。

 

「なら、エール。大人しくしていてね……」

 エールの呼び方まで変えたオノハは、まずエールの髪を洗うことにした。

 水をかけシャンプーをつけると、指の腹で頭皮をマッサージするように洗っていく。

 その指の一本一本が別な意思を持っているかのように蠢き、さらに力の強弱がつけられ、頭を撫でられているような優しい刺激とツボを押されているような強い刺激が交互にかかる。

 エールは頭を洗われているのになぜか背中と首筋にくすぐったさを感じたがとにかく気持ちが良かった。

「気持ちいい?」

 泡を洗い流されながら、エールは力なく頷いた。

 

「ふふふ、エールはいい子だねー」

 エールが気持ちよくしていることに満足したのか、オノハは続けてスポンジに石鹸を含ませる。

「体もきれいきれいしましょうねー」

 そして腕から泡のついたスポンジがエールの体に這わせはじめた。

 エールはくすぐったさでむずむずするので、楽しそうに体をよじったり動かしたりしている。

「こら、大人しくして」

 オノハが優しく声をかけながら、今度は腰にスポンジを当てられる。するとくすぐったさとはまた違う、気持ちよくもじれったい感覚が身体をふわりと撫でた。

 さらに胸にスポンジが這うと、ただ撫でられただけなのに今まで味わったことのない強い刺激にびくりと体が跳ねる。

 その感触に温かい浴場であることとは関係なく身体が火照り、それとは反対に力が抜けてしまった。

 自然と荒い吐息が口から漏れて、心臓がドキドキを早くなるのを感じる。何かが下腹部から込み上げてくるような感覚にエールは言いようのない恥ずかしさを感じていた。

 これは前にあったシーウィードで体を触られたときの感覚に似ているがあの時はどうしたんだっけ、とエールは何とか冷静に思い出そうとする。

 しかし、止まらない身体を這いまわる刺激に頭の中はかき乱されるばかりで、とても気持ちがいいのに早く終わってほしいという矛盾した気持ちを抱えながら、力の入らない身体を硬直させるのが精いっぱいだった。

 

 そのまま全身を洗われて風呂から上がり、体を拭かれ、髪をとかされ……着替えさせられるころにはエールは歩くのがやっとというところまで腰が砕けていた。

「エールちゃんには刺激が強かったかしら。オノハちゃんにお世話されて腰が砕けない子はいないから……その才能が見込まれてリーザスに保護されてるらしいけど」

 エールにはそんなベゼルアイの声もぼんやりとしか聞こえていない。

 

「はい、エール。ぽんぽん」

 オノハはそのままソファに移動し今度は膝を叩いてエールを膝に招く。

 エールもそのまま抵抗も出来ずに吸い込まれオノハの膝に頭を預けた。

「耳掃除しようねー」

 柔らかい吐息がふーっと耳に吹きかけられた。

 それだけですでに気持ち良かったのだが

「入れるよー」

 そう言って耳かきがエールの耳の中にゆっくりと入り込むと、エールの体に電流が走るような感覚が駆け抜けた。

「…………!」

 その感触に背中がむずがゆさを感じると、エールは思わず小さく声を上げた。

「大丈夫。怖くないから、リラックスしてねー」

 そうは言うが、母にやってもらった耳かきとは全然違う感覚であった。

 耳の中がゆっくりと優しく擦られ、たまに耳たぶに柔らかい手が触れるとエールはまたしても刺激されている部分とは関係なく、下腹部にきゅーっと力が入るのを感じる。体をよじり抵抗することも考えたが、あくまで最低限触れられるような優しい感触と膝の柔らかさという二重の気持ちよさに抗えず、にゃんにゃんが甘えるように少し体を丸めただけだった。

「終わったら爪切りもするねー」

 そういうオノハは優しい笑顔を浮かべている。その様子は悪意もいやらしい雰囲気もなく、エールはただただされるがままになってしまった。

 

………

……

 

「はい。きれいきれいになりましたー……あれ、エール?」

 

 オノハが気が付くとエールはその膝の上ですうすうと寝息を立てていた。

「お、やっと風呂から上がったのか。ってエールのやつ寝ちゃったんすか?膝枕で寝かしつけられるとかまだまだガキだなー」

 顔を出した長田君がそんなことを言ってエールの顔をのぞき込む。

 その顔は風呂上がりだから、それとも別の何かか、頬を紅潮させているのが分かった。

「あらあら、すごく気持ちよかったみたいね。私がベッドに運ぶわ」

 その様子を見ていたベゼルアイがエールの体をひょいっと担ぎ上げ、ベッドに運んでいく。

「ベゼルアイ様、力持ちっすねー」

「力のベゼルアイだから」

 

 エールは心臓の音が少し早いまま、気持ちよく眠りについた。

 



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コロシアムの日々

「エール、起きろー! 帰りもうし車用意してくれるってさー」

 

 エールが長田君の声で目を覚ます。

 体も頭もとてもすっきりしていて、気持ちの良い目覚めであった。どうやらオノハの膝で眠ってしまいベゼルアイによってベッドに運ばれ、そのまま朝までぐっすりだったらしい。

 

 エールは体を思いっきり伸ばしながら、昨日オノハにして貰ったことを思い出していた。

「あれ、風邪でも引いた? ちょっと顔赤いけど」

 そう言って顔をのぞき込み、心配そうに額に手を伸ばした長田君をエールは反射的に割ってしまった。

 さすがに理不尽な割り方だったのでエールは慌てて謝る。

 

 そんな事があってエール達が外に出ると既に帰りのうし車が用意されていた。ここは公になっていない秘密の施設、のんびり居座るわけにはいかないらしい。

 

 エールはオノハとベゼルアイに昨夜の事でお礼を言った。

「ううん。お礼になったなら良かった……」

「礼儀正しいわね。私もすぐに出るから、冒険しているならまたどこかで会うかもね」

 ベゼルアイはまた新しいモンスターを産むために世界を放浪するらしい。

 

「助けてくれてありがとう。エールちゃんもベゼルアイもまたきてね……」

「ええ、またね。エールちゃんもチルディちゃんにお菓子のお礼よろしく言っておいて」

 

 帰り際、オノハやスタッフ、女の子モンスター達も見送りに来てくれていて、みんなで手を振ってくれている。

 ベゼルアイも軽く手を振ってくれた。大きい剣を担ぎ上げてさっそうと歩いていく後ろ姿はやはり神様なのか、小柄なのに大きく堂々としているように見えた。

 

 エールと長田君もうし車の窓から大きく手を振った。

 

………

……

 

 リーザス城に帰還し、エール達はチルディに事件のことを報告した。

 

「なるほど、女殺しとは私が行ってたら危なかったかもしれませんね。まさか長田君が役に、いえ切り札になるとは思っていませんでしたわ。お二人とも、よく頑張ってくださいました」

 チルディは二人にねぎらいの言葉をかけた。

 オノハや女の子モンスターも無事、ベゼルアイに会ってお菓子を喜んでいた等も話すと

「お給料の方にご活躍分の色を付けてもらう様に伝えておきますわね」

 エールと長田君は手を合わせて喜び合った。

 

 久しぶりにエールが城で借りている部屋に戻ると、そこには滞在中世話になっているメイドが待機していた。

「おかえりなさいませ、エール様。 こちらをお受け取り下さい」 

 恭しく差し出されたメイドの手には二つの紙が乗っている。

 片方は戦っていいよと書かれたカードである。

「コロシアムの参加証?」

 長田君は覚えていたようだがエールは頼んでいた事をすっかり忘れていた。無事に発行して貰えたようである。

 こちらもお読みください、と言うメイドの手を見るとさらにもう一つ小さな手紙が乗っている。

 

『接戦を演じて、戦いを盛り上げること。素性を伏せて、聖刀・日光と神魔法の使用を禁ずる』

 手紙の中にはこのような短い文章が書かれていた。署名などはないようだ。

 

「これ、もしかして戦い方の注文? でもコロシアムってなんでもありっつーじゃん。さすがのエールでもきついんじゃね」

 チルディがエールの素性は出来るだけ隠した方がいいと言っていたのでそれ対策だろうか。

 神魔法禁止でさらに愛刀の日光まで使えないとなるとかなりきつくなりそうだ。

 さらに日光以外の武器の持ち合わせがないのでどうしよう、と悩みはじめた。さすがに武器も魔法もない状態では戦えない。

 

「メイドさーん、なんかエールの武器になりそうなもんないっすかね?剣か刀で軽そうなやつ」

 

 エールの悩みを解決するように長田君がメイドに相談するとしばらくして一本の剣を持ってきてくれた。

 お礼を言いつつ、エールはそれを抜いて振り回してみる。

「どう? 大丈夫そう?」

 親衛隊で使われている細身の剣。悪いものではないが使い慣れている日光と比べるとかなり頼りない武器だった。

「慣れない武器で戦うとなると危険だと思いますが……」

 日光が心配そうにするが先ほどの手紙で日光禁止と書かれている以上、この武器を使うしかない。とりあえず頑張ってみる、と言って日光を長田君に預けて早速コロシアムに向かった。

 

……‥

 

 コロシアムまでやってくると相変わらず内部は熱気に包まれており、歓喜の声に怨嗟の声が飛び交い、とにかく盛り上がっていた。

 

 熱気にあてられ震える長田君とは対照的に、エールはさらりとした表情で近くにあった受付に出場します、と言いながらコロシアムの参加証を見せてみた。

「はい、確かに…… って、君がこれを?」

 そうすると受付が眉を寄せながらそのコロシアムの参加証とエールの顔を交互に見た。

「ああ、本当に君が例の子なのか。少しだけど事情は聞いているよ。そんな……まだ小さいのに大変だろうけど、危なくなったらすぐにギブアップしてくれれば殺されるってことはあまりないはずだから……頑張ってね」

 どんな話が通っているのか知らないが、受付はなぜか非常に同情的な視線をエールに向けている。

「エール、見た目は女の子って感じだしこういうとこに出るのは危険に思われてんのかもな。胸もないせいで子供っぽいしさ」

 エールは長田君を割った。

 

「ではまず、お名前は?リングネームでもいいですよ」

 素性を伏せる、ということはエール・モフスの名前はまずいだろう。現AL教法王の名前がクルックー・モフスなのでそのまま登録したらバレてしまいそうだ。

 

 エールは少しだけ悩んでからサンシャインマスター、と名乗ってみた。

「サンシャイン……え?」

 受付はそれにちょっと驚いたような顔をする。

「な、なるほど、わかりました。サンシャインマスターですね……魔法が得意なのかな? それともまだそういう夢を見るような年頃なのか……そんな子がこんなところで戦わなきゃいけないなんて」

 受付はサラサラとノートに書き込みながらまたもやエールをあわれむ様に言った。

 

「…なにその名前?」

 長田君が呆気に取られている。カオスの使い手がカオスマスターならば日光の使い手はサンシャインマスターになるはず、とエールがそっと耳打ちする。

「まあ、エールが良いならそれでいいけど安直と言うか?もっとこうカッコいいのなかったん?」

 エールは即興で考えた割には良いリングネームだと気に入っていたが、長田君はそのネーミングセンスが理解できなかったようだ。

 エールは長田君をぺしぺしと叩いた。

 

「ではルール説明をしますね。反則はありません。武器もお好きにどうぞ。ただし生死は関知しません。相手を殺すか無力化させれば勝ちで、ギブアップさせても構いません。出場できるのは通常、一日に一回です」

 ルールはとてもシンプルなものだが、反則なしという部分で闘神都市で場外から毒を受けたことを思い出した。

 場外からの支援はありか、と聞いてみる。

「賭博ですからそれが許されたら場外乱闘になってしまいますよ」

 場外支援はさすがにアウトらしい、警戒するに越したことはないが少し安心した。

「俺がそういうやつがいないかどうかちゃんと見張っててやっから!」

 長田君がそういって胸を張るが、エールはありがとうといいつつ期待できないなと感じ、警戒心を強めることにした。

 

「それではサンシャインマスターさん、さっそく会場へお越しください」

 どうやら早速、試合を組んで貰えたようである。エールは若干緊張しつつ、会場へ向かった。

「エールさん、お気をつけて」

 長田君に抱えられた日光が小さくつぶやく。

「頑張れー、俺はお前に全額賭けるからなー!」

「すいませんが、出場者の関係者の方も賭けることはできませんよ」

「えー!?」

 長田君が残念そうに叫ぶのが後ろから聞こえてきた。

 

 エールが会場に足を踏み入れると円形上に囲んでいる観客席から歓声が上がる。

 

「レディースエンドジェントルメン! 続いての対戦カードはこちら!」

 司会実況が試合を盛り上げるべく声を張り上げていた。

 

「生活の為か、はたまた借金か!貧しさゆえに暴風吹きすさぶこのコロシアムに足を踏み入れることになった哀れな少女、サンシャインマスター選手!対するは対戦相手が泣き叫ぶ声が何よりの楽しみというー――」

 

 エールはその自分の紹介文句に驚いた。

 確かにお金は少ないが、生活の為、借金、貧しさ、と言われるほど現状が切羽詰まっているわけではない。

 おそらく試合を盛り上げるために城から参加証発行時にそんな情報が回され、受付の人から同情的な視線を向けられたのもそのせいだろう、とエールは冷静に分析しつつ頷いた。

 

「さあ、最後に立っているのはどちらだッ!」

 

 いよいよ試合が始まった。

 そういえば対戦相手のこと全く聞いてなかったなあ、と思いながらエールはとりあえずすらりと剣を抜いて構えた。使い慣れていない剣ではあるが決して質の悪い剣ではない。

 

「へへへへ、お嬢ちゃん。可愛い顔してんなぁ……」

 対戦相手である目の前の男は武器を構えて、舌なめずりしながらエールの全身を下から上まで嘗め回す様に視線を這わせる。

 そうして露骨にいやらしく目を細めた。

「観客は女が切り刻まれて泣き叫ぶのが好きなんだぜ?いい声聞かせてくれよな」

 エールは不快そうに眉間にしわを寄せた。

 下卑た顔でそう言いながら、大きく振りかぶってきた男の一撃をとりあえず受け止めてみた。

 

 その一撃を受け止めたエールは思った。

 ……この人、かなり弱いのでは?

 

「おっと、うまく受け止めるじゃねーか」

 偉そうに言っているが、軽くしかも遅い攻撃。

 妹であるアーモンドの方がよっぽど強いのではなかろうかと思うような一撃。

 エールは闘神大会で戦ったような猛者、例えばアームズ・アークぐらいの鋭い一撃がくると想像していたので拍子抜けであった。

 

 とにかく相手の剣が大したことないので他に必殺技でもあるのだろうかと改めて構える。

「しゃしゃしゃしゃしゃー!」

 謎の奇声をあげながら、ぶんぶんと武器を振り回す男の剣をとりあえず受けたり避けたりしていたが、他に何かをやってくる気配はなかった。

 

 エールは困惑しつつ、とりあえず突っ立ったままというのも不味いだろうと思い反撃を試みた。

 相手を倒さない程度に力を抜いていたせいか振りが遅く、その剣は空を切る。

「そんな剣じゃ俺には届かないぜ? そんな名前なのに魔法も使えねーのかい?」

 剣が届かなかったのは今握っている剣が日光よりも丈が短かかったので間合いを見誤ったからでもある。名前と魔法の関係は分からないが、神魔法は禁止、魔法も電磁結界ぐらいしか使えず得意ではない。

 相手の強さを考えるとエールが電磁結界を全力で打つだけで一瞬で消し炭に、仮にAL大魔法など打とうものなら塵も残らないだろう。

 ならば剣で思いっきり間を詰めて切り込めばいいかと思ったが、それでも一撃でざっくり真っ二つにしてしまい試合は盛り上がらないだろう。慣れない剣では手加減も難しい。

 エールは悩んでいた。

 

「おおっと、やはり辛いか!防戦一方だー!」

 実況ではそんなこと言われているがエールは接戦を演じる、試合を盛り上げる、という手紙の内容のことで頭がいっぱいである。

「おーい!さっさと決めろー!こっちは撃破タイムで賭けてんだぞー!」

「殺せー!切り刻めー!」

「殺す前に剥いちまえー!」

 観客席からは血の気の多い言葉が飛んでいる。エールに分かるのは自分が勝つ方に賭けてる人は少ないだろうなという事ぐらいだ。

「わー!負けるな、エールー!」

 長田君が応援してくる声が聞こえる。

「うおおおーーー!」

 エールが観客に意識をとられているのを隙と見たのか、男がまっすぐにエールの頭を狙って大きく振りかぶってきた。

 

ざくー!

 

「ぐふぅ…………」

 エールがしまったと思った時にはもう遅く、相手は地面につっぷしていた。

 とっさに反撃してしまい相手の腹にかなり良い一撃を入れてしまったらしく、男は倒れ伏してぴくぴくしている。死んではいないようだが立ち上がれないだろう。

 エールは接戦を演じるという指示を思い出してとっさに片膝をつき、剣を杖代わりにふらふら立ち上がると言った演技を入れてみた。

 

「お、おーっと!決着ゥゥ!まさかのニューカマー、サンシャインマスター選手の勝利だッ!」

 その演技はとくに気にされることもなく、会場内では大ブーイングが巻き起こっていた。

「何、子供に負けてんだー!」

「金返せー!」

「死ねー!トドメ刺せー!」

 賭けの倍率的にも、痛めつけられる少女を見たかった観客にも美味しくない展開だろうが、エールはそそくさと控室に戻っていった。

 

 控室にいくと長田君とコロシアムのスタッフだろう人が待っていた。

 紹介文のようにか弱い少女が借金で無理矢理出場させられたとでも思っていたのか、その人は安心したような表情をしていた。

「お疲れ様です。見かけによらずお強い……これが勝者への賞金とサービスの世色癌です」

 会場の宣伝看板にもあったがスポンサーに世色癌の販売元であるハピネス製薬がいるらしい。

 エールはゴールドが詰まった袋と一緒に世色癌を受け取るが、怪我はしていないし怪我したとしてもヒーリングがあるので無用の物である。

 

「エールー!よく頑張ったな!てか、危なかった!?あいつそんなに強かったん?」

 長田君がぴょんぴょんと跳ねながら駆け寄ってきた。

 エールは首を横に振った。接戦の演出は悪くなかったようである。闘神都市ぐらいの相手を想像していたのだが、これなら日光なしでも全く問題なさそうだ。

 

 エールは貰った世色癌を長田君の頭の上に乗せた。

 

………

……

 

 それからエールはリーザス城で怪我人の治療、訓練相手、それが終わったらコロシアムで戦うというのを繰り返した。

 

「サンシャインマスター。出場に事情があるというニューカマーの少女で今の戦績は出場以来負けなしの5連勝。しかし勝ち続けているようでその試合内容は非常に危うい。試合を長引かせては相手のスキを伺うという消極的な戦法でギリギリの勝利をおさめているというのが実情だ。今のところ大怪我こそ負っていないものの、対戦相手の強さ次第ではあっさり負けてしまうだろう。いつこの少女の華奢な身体が引き裂かれてしまうのか我々はただ見守ることしか出来ないが、今後も注目される選手なのは間違いない。撃破タイムを含め、いつ負けてしまうのかを見極めも大事そうだ。だってさー」

 

 長田君がそんなコロシアム下馬評の情報をどこかから持ってきて読んでくれた。

 単に見る目のない解説なのか、それともこういった下馬評すら運営側の根回しによるものなのかはわからないが、とりあえずコロシアムでの稼ぎは上々で懐が温まってきていることにエールは満足していた。

 

「接戦を演出しているような戦い方は一体なぜですか?」

 チルディもエールがコロシアムに出ている姿を見たらしい。

 出るのは良くなかったですか、とエールが聞いてみた。

「賭場でもあるコロシアム出場など野蛮だとは思いますが、実戦経験にもなりますし咎めるようなことではありません。しかしあの無様な戦い方は仮にもリーザスでの師として気分の良いものではありませんわ」

 エールは素直にコロシアムの参加証を貰った時の指示を話した。

「なるほど、運営の指示……おそらくリア様のご指示と。確かにエールさんのような少女は出場するだけで色々と注目度も上がりますし、その強さを知らなければ今までの接戦続きの試合内容的にもほとんどの方は対戦相手方に賭けるでしょうから運営側には好都合でしょうね」

 チルディは少し呆れている。

 エールは自分の素性がばれないようにする事と試合が盛り上がるようにという観客への配慮だと思ったが、同時に稼ぎの元にされていたらしい。

 どの相手もエールにとって大した敵でなかったのはそういう対戦相手を選んでくれているからだったのかもしれない。

「エールさんは自分が見世物にされるのに抵抗はございませんの?しかもサンシャインマスターなんてそんな子供みたいな名前、スポンサーの用命なのでしょうが少し恥ずかしいのでは」

 お金を稼ぐためなので、とエールがさらりと答えた。その答え方に淀みはなく、気分を良くも悪くもしている様子はない。

 しかしサンシャインマスターの名前は自分でつけたものを恥ずかしいと言われるのは心外だった。

「あら、そうですの?失礼、バカにするつもりではなく……小さい頃の憧れというものですかしら。アーモンドも好きですのよ」

 チルディが優しく笑った。

 

 前もこの名前のことで色々言われてしまったのだがサンシャインマスターというのはそんな変だっただろうか、エールがチルディに聞こうとするとアーモンドがとてとてとエールに近付いてきて一冊の本を見せた。

「あね様もこれ好きなのですか?」

 渡されたその本には大きくハッピー魔法少女サンシャインというタイトルがで表紙にはきらきらのふりふりで派手な服を着た少女が描かれている。

 もちろんエールは初見である。

「これは魔法ビジョンで長年やっている子供番組ですわ。アーモンドもこれが好きで、確か紫の軍にいるアスカさんやゼスのスシヌ王女なんかも小さい頃お好きでしたっけ。エールさんもてっきりこれから名前を取ったのかと思ったのですが」

 エールは驚いて大きく首を横に振った。

 

「あら、ということはもしかして日光さんからですか?そういえばランスさまはカオスマスターと呼ばれていましたものね」

 チルディは名前の由来をすぐに察する。

「ですがサンシャインと聞くとリーザスではこれを思い浮かべると思います」

 どうりでまだ夢を見るような年頃とか、魔法使わないのか、とか言われるわけである。

「なるほど、知らなかったんですのね、エールさんも存外可愛いところがあるのだと思いましたわ」

「あね様もサンシャインのファンなのかとー」

「あはははははは!これは子供っぽいとか言われるわなー!」

 微笑ましい瞳で見るチルディ、純粋な目で少し残念そうにしているアーモンド、遠慮なく爆笑している長田君。

 

 エールは長田君を割りながら、想定外の子供番組ヒロインとの名前かぶりに恥ずかしくなって顔を覆った。

 

………

……

 

 そんなことがあってからさらに数日後。

 

 エールがまた一稼ぎとコロシアムに向かおうとするとなにやら城内が騒がしいような気がした。

「エールー!はやく行かないと間に合わないぞー」

 気にはなるが、それよりも出場が先とエールは急いでコロシアムに向かった。

 大分顔も知られたようで、コロシアムに行くと手を振ってくれる人がいる。

「そろそろ負けてくれよなー」

「すぐにやられんなよ」

 鬱陶しいので中指を立てる、という事はしないが負けを望まれている事やいやらしい視線がとても癪に障るので絶対勝ってやろうとエールは少し苛立ち気味に気合を入れた。

 

 しかしその日、控室に通されたはいいものの中々試合が始まらなかった。

「なんか今回すげー待たされるな。こんなんなら急がなくても良かったんじゃね?」

 武器の手入れは万端、鏡の前で身支度を整えていると遅くなりましたが出番ですとコロシアムのスタッフに呼ばる。

 

「レディースエンドジェントルメン!」

 

「続いての対戦カードは予定を変更し特別試合となります!」

 特別試合? エールはそれを聞いて首を傾げた。

 

「毎回ギリギリの試合を見せながら最後には隙をついて勝利をおさめる、逆転につぐ逆転で試合を盛り上げる謎の貧乏少女、魔法は使わないサンシャインマスター!」

 

「対するはリーザスでいや世界で知らぬものはない、リーザスの赤い死神にして赤の軍将軍ザンス・パラパラ・リーザス!」

 

 エールは目の前に現れた相手に目を丸くさせて驚いた。

 いつのまに戻ってきたのだろうか、エールの冒険の目的の一つでもある姿がそこにあった。

 見慣れた赤い鎧と長くて重そうな剣を構えた青い髪で長躯の男。

 

 見間違えようもない、エールの兄であるザンスであった。

 

 エールは気づかれない程度に小さく手を振ってみたが、それは無視されむしろ睨み返されてしまった。

 とにかく今日の対戦相手であるらしく、とりあえず剣を構えてみた。

 

 試合開始と同時にいきなり間合いを詰めてくる。

 エールはなんとかその一撃を剣を使って受け止めるが、今までの相手の攻撃の全てを合わせてもはるかに届かない重い一撃に腕がじんじんと痛み剣がきしむ音がした。

「え、えー!あの赤い死神の一撃を防いだー!?」

 間を置かず飛んできた二撃目を防ごうと剣を構えるが今度は間に合わないと踏んで今度は大きく後ろに飛んで避ける。

 とにかく距離を詰められないように一定距離を置くしかない。

「さらにあ、あの赤い死神の攻撃を躱した!? いったいどういうことなのか、サンシャインマスター選手、実は相当の使い手だったのでしょうか!?」

 観客席がざわめいている。

「おー、やるじゃねーか」

 ザンスは嬉しそうにしているが、エールの方は正真正銘、防戦一方だった。元々、間合いを詰められたら例え神魔法が使えたとしても勝つのは難しい相手である。

 なんとか反撃を試みて剣を振るうが易々と防がれてしまう。

 そもそもなんでザンスを相手にしなければならないのか、せめて日光があればと色々考えてみても今はどうしようもないことだ。

 さらに飛んできた攻撃は躱すことができないと踏んで再度剣で受け止めようとしたのだが、その斬撃の重さに耐えきれず剣がポッキリと折れ、その衝撃で体を弾き飛ばされる。

 受け身を取れはしたものの、そこを的確に狙われ頭に一撃いれられてしまい、エールはそのまま気絶してしまった。

 

 はたから見れば勝負はほんの1分程度の出来事だが、世界でも有数の高レベルにして強者である二人の戦いに会場は大いに盛り上がったようだ。

 

 ワーワーと歓声を上げて騒ぐ実況や観客席を気にせず、ザンスはエールを軽々と肩に担ぐと会場を後にした。

 




※ハッピー魔法少女サンシャイン … アスカ食券ででていた魔法ビジョン子供番組


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エールとザンス 1

「お前、エールに何すんだよー!全然目覚まさないじゃんかー!」

「うるせぇ、陶器は黙ってろ。こいつが寝起き悪いだけだろ」

 

 エールは長田君とザンスが言い合ってる声で目を覚ました。

 リーザス城の泊まらせてもらっている部屋だろうか、見覚えのある天井が見える。窓からは日が差し込んできてすっかり明るくなっていたので、気絶ついでにそのまま眠ってしまったようだ。

 

 エールはむくりと体を起こした。

 頭を揺さぶられる一撃を貰ってしまったせいかまだ少しくらくらとしているが二人を見ておはよう、と朝の挨拶をした。

「やっと目覚ましやがったか」

「おはよう! まだふらふらだけど大丈夫? なんか飲み物持ってきてもらう?」

 エールは心配そうにする長田君の頭をぽんぽんと撫でた。

 ザンスの方はと言うとエールと目が合うと同時に

ポカン!

 拳骨の一撃をお見舞いした。

「てめぇ、新年会もサボったあげく全く音沙汰なしで何してやがった」

「お前、エールふらふらしてるのに叩くなって!」

 エールはくらくらしているところに追撃を入れられ、頭にさすりながらヒーリングをかける。

 それにしても新年会をサボったとはどういうことだろうか?

「まぁ、いい。どうせ陶器とくだらない冒険とやらでもしてたんだろーが」

 エールが二度も頭を叩かれた衝撃でぼーっとしていると長田君が飲み物を持ってきてくれた。

 

「…ったく。エールが俺様に会いにリーザスに来たっつーからわざわざ戻ってきてやったのに。当のお前はなんでうちのコロシアムで見世物なんかになってんだ。しかもサンシャインマスターとかくっそダサい名前で」

 サンシャインマスターの名前には突っ込まないで欲しかったが、とりあえず冒険資金のため、とエールは飲み物をすすりながら答えた。

 長田君が持ってきてくれたのはエールが好きな良く冷えたピンクウニューンである。

 なんとなく口の中が苦かったのもあったので大変美味しく感じた。

 

「そーいや実況がえらい盛り上がってたけどザンスもコロシアム出てたことあんの?」

「ガキの頃にな。あっという間にランキング一位になってくだらねーなと思ってすぐやめた」

「お前、目立つの好きそーだもんな」

 くだらないといいつつ偉そうかつ得意げに話している。

「俺様の時は余裕すぎて撃破タイムですら賭けが成立しなくなっちまったしな。それで今でも覚えてるやつが多いんだろうよ」

 だからザンスの一撃受け止めるだけでワーワーと騒がれたのか、とエールは納得した。

「あれ、でもこれでエール弱いふりってできなくなっちゃったんじゃね? これでコロシアム出るのおしまい?」

「当然だ。あんなくだらねー見世物になってんじゃねーぞ」

 エールが簡単に稼げる仕事だったのに、と不満そうな顔をするとザンスはその頬をむにーっと伸ばした。

 

「若、女性にそんなことをしてはいけませんわ。エールさん、大丈夫ですか?」

 チルディがエールが気絶したという話を聞いて部屋に入ってきた。

「げっ……」

「エールさんが慣れない武器を使っていたの分かっていたでしょうに、あんな本気で叩くなんて大人げないことです」

「俺は手加減してやったわ。なんでチルディがこいつのとこに来るんだよ」

 リーザスにいる間、師匠として自分に稽古をつけてくれていた、とエールが話した。

「ほー…お前、リーザス親衛隊に入る気になったのか。よしよし、エールならすぐ隊長になんだろ」

 やたら嬉しそうにするザンスに、エールはすぐに首を横に振った。

「んじゃ、なんでリーザスに来たんだよ」

 

 ザンスに会いに来た、久しぶりだけど元気そうで良かった、とエールは満面の笑顔で改めて挨拶をした。エールは頭こそ叩かれたものの久しぶりに一緒に冒険をした兄弟に再会できて純粋に嬉しく思っていた。

 

「……あ、ああ。今更だな。あれから結構経つがお前ちっとも体成長してないな」

 ザンスはエールから目を逸らしている。

「若、そんな言い方は女性に対して失礼でしょう」

 チルディはそう言いながらもその再会の様子を微笑みながら見つめている。

「お三方で積もる話もあるでしょうし私はこれで失礼しますわ。エールさんはお客様でもあります。若も失礼のないようになさって下さいね」

「うるせぇ、さっさと出てけ」

「出来れば若からも勧誘をお願いいたしますわ」

 そういうとチルディは優雅に身を翻して部屋から出て行った。

 

「よし、さっそくだが改めて全力で俺様と戦え」

 チルディが出ていくとザンスがエールを見てすぐにそう言った。

 それを聞いたエールは首を傾げる。

「前に闘神都市でお前が優勝したのが納得いかねーんだよ。次会ったらぜってーやるって決めてた。お前を倒せば俺様が優勝したようなもんだからな」

 出会ってすぐに勝負したのにさらに勝負を持ち掛けられるとは思わなかった。

 エールはやりたくないと首を横に振った。

「エールは昨日のことで怪我してんのに! お前ちょっと強引だぞー!」

「陶器がエールの口にしこたま世色癌詰めてたし怪我の方は問題ないだろ。治ってないならさっさと治せよ」

 口の中が苦かったのは世色癌のせいだったようだ。

「準備ぐらいはさせてやるさ。お互いに全力、魔法でも何でも使っていいぜ。なんか必要なもんがあったらメイドに用意させろ」

 とりあえずお腹空いたのでご飯、とエールは要求した。

「お前、なんか余裕だな……」

 

 三人で遅めの朝食兼早めの昼食を取る。

「リーザスの飯は美味いなー」

 メイドが運んできたワゴンには様々な種類のパンや果物、サラダに肉がのせられておりとても豪華で、エールと長田君の二人は遠慮なく結構な勢いでそれを口に放り込んでいた。

「リーザスは世界一豊かな国だからこれぐらい普通だろ。あとエール、お前は女なんだからもっと落ち着いて食え」

 ザンスはエールの食べっぷりに少し呆れつつも、得意げである。

「世界統一しても食い物とかあんま変わんねーんだろうな。今でもリーザス以上の国なんてどこにもないんだから当然だが」

「世界統一マジなん?」

「それで俺様が世界の王になる。終わったら世界中の良い女集めてハーレムでも作るか、そん時はエールも入れてやるからな。ありがたく思えよ」

 楽しそうに笑っているが、そもそもエールにどこのハーレムに入るつもりはない。

「エールをハーレムなんか入らせないからな!」

「陶器には聞いてねぇよ」

 ザンスは長田君を鼻で笑った。

エールは父であるランスと野望が被っているなぁ、と思っていた。

 

「まあ、世界統一の前にさっさと東ヘルマン潰さねーとな、ちまちま嫌がらせばっか仕掛けてきやがって」

 そういえば軍が駆り出されてたのってそのせいか、エールが尋ねる。

「俺が行ってたのは地方貴族の反乱。東ヘルマンのやつが裏から扇動してるのは間違いねーんだろうが、奴ら全然しっぽ掴ませねー……」

 魔王はもういないのに、と言いながらエールは苦い顔をしているザンスを少し真面目な顔で見つめた。

「魔王がいなくなったからってやられた連中の恨みが消えるわけでもねーだろ。むしろ魔王がいなくなったことでここぞとばかりに勢いづいてる連中がいる。そういうのが一時期、散々やってた反乱の扇動とかまたやりはじめてんだよ。リーザスだけの話でもないが全くめんどくせぇ……」

 ザンスがイラついたようにパンを引きちぎって食べている。

「何で一気に潰さねーの?」

「東ヘルマンは一枚岩じゃない。中には魔王を俺達、魔王の子が討伐したことでもうこっちに怒りを向けるのはやめるべきみたいな連中も増えてんだ。一時期の怒りに任せて反乱に加担したせいで国に戻るに戻れないだけの連中とかも大勢抱えてる。 ヘルマンの奴らがそいつらと話し合いで平和的な解決をーとか抜かしてるせいで、攻め込むにしてもだいぶ後になるだろうな。実際、今すぐ潰しに行ったら下手な恨み買って色々と不味いんだろうが」

「はー…、大変だなぁ」

 長田君がそう言う様に、エールにもよくわからないがとにかく複雑そうなことは分かった。

「お前も法王のところ、AL教が狙われることもあるかもしれねーぞ。ただでさえRECO教団とか言うのが台頭してんだろ?」

 RECO教団というのは名前だけは聞いたことがあったが、東ヘルマンと関わりがあるのは知らなかった。

「AL教の法王まで魔王の子を産んでたわけだしおかしい話でもないだろ。ただダークランスの兄貴がやたら気にしてたな、詳しくは直接聞いとけ。俺様は知らん」

 長兄であるダークランスは自分よりかなり大先輩の冒険者でもある。

 そういった事情も詳しいのかもしれない。エールは今度会えたら聞いてみようと思った。

 

「そもそも新年会に来れば聞けただろうが。ミックスまで来てたっつーのにサボりやがって、お前が来ないせいでスシヌなんかやたらめそめそとレリコフなんかもぎゃーぎゃーと……」

 兄弟を随分心配させてしまったらしいが、新年会なんていつやったのだろうか、エールはとにかく知らなかった。

「は?もう4か月前だよ、前回はシャングリラだっただろ。お前のとこにも招待状届いただろうが」

 エールは首を横に振った。

 …だが4か月前に何をしていたかと言うのもあまり覚えていない。少なくとも冒険には出ていなかったはずだ。

「リセットさんがエールの事、誘い忘れちゃったとか?」

 しっかり者のリセットが忘れるはずない、とエールははっきり言った。

「だよなー、リセットさんそんな抜けた人じゃないよな」

「とにかく次の新年会はサボるなよ。あいつら全員、やたらとお前に会いたがってたからな。まあ、俺様はどうでもよかったが」

 ザンスと話しているだけで兄弟全員と会いたくなってきた。

 次はとりあえずシャングリラに行って、その後はゼスかヘルマンかとエールは今後の旅の予定に思いを巡らせた。

 

「まあ、んなことはどうでもいい。飯食ったら俺と戦えよ。本当なら新年会でやってやる予定だったが、随分伸びちまったわ」

 エールは改めてやりたくないと言うが、ザンスは全く話を聞いていないようだった。

「こっちはまともに打ち合える相手すらいないんで体がなまってたとこだ。さっきも言ったが日光でも魔法でもヒーリングでも使っていいぞ。それでも俺様が負けるはずないがな」

 エールは今のザンスに何を言っても無駄そうだと、素直に受けることにした。

 

 エールがザンスの後ろを歩いて行くと、そこは初めてリーザスに訪れた際に赤の軍が訓練していた広々とした中庭。ちょうど昼休憩中だろうか、外でご飯を食べている人達がまばらにいるぐらいで人はあまりいないようだ。

 

 ザンス達がくるとたちまち何が始まるのかと人が注目しだした。

「なんかこれも見世物みてーだな。どうせならもっと集めるか。おい、そこの奴ら、城の連中に今から俺が試合するって言ってこい」

 命令を受けた赤の軍の兵士やメイドが急いで城の中へ走っていった。

 しばらくするとわらわらと人が集まりはじめた。

 リーザス軍の兵士にメイド、おそらく行政や官僚の人達まで様々で、ザンスは注目されて嬉しそうにしている。

 エールの方もコロシアムの延長ぐらいに考えており軽く手を振ったりして見た。

 

「キャー!ザンスーがんばってー!」

 特等席とばかりに席を作られたリア女王まで来ていて、試合の開始の合図などはその侍女であるマリスがやる流れになった。エールとしてはただの模擬戦程度のつもりだったが、観客を見ると果たし合いでもはじまりそうな雰囲気である。

 とりあえず日光をすらりと抜いて軽く振り回してみた。やはり親衛隊の細身の剣と違い、手になじむ感覚がある。

「おお、あれが聖刀日光……」

「ではあれが噂のAL教法王の娘?ザンス様と一緒に魔王を討伐したという……」

 エールの方もこれだけの人の目の中、無様な戦いはできないと気合を入れた。

 

「はじめ!」

 マリスの合図で試合が始まった。

 

………

……

 

 結果はというとエールは普通に負けてしまった。

 ザンスはリーザス赤の軍将として戦う機会は多くレベルは下がっていないようだが、エールはリーザスにきて少し修行したとはいえ村でのんびりと過ごしていた(自称)冒険者。環境に違いがありすぎた。

 

 開始と同時に剣がぶつかり合うが、バイ・ロードの一撃はエールには重すぎる。

 最初のうちはなんとか避けたりいなしたりもできたが、戦っているうちにザンスの剣の速度は増していき反撃に転じる事が出来ない。

 間合いを取ってもすぐ詰められてしまうので、魔法を撃つ隙もほとんどない。たまに入れる魔法はそれなりにダメージを与えられている気もするが、結局受け止める一撃が重すぎて回復が間に合わなくなり、エールはすぐに追い詰められ防戦一方となってしまった。

 修行の成果もあってか一方的にボコられることはなかったもののその戦力差は歴然、それはやり合っているお互いが一番理解出来ていた。

 ザンスの方も途中から闘神大会うんぬんではなく、いつの日かの模擬戦のように剣の威力を緩めエールに稽古をつけるような形となっていた。

 

 剣と刀のぶつかる高い音が響き渡る。

 

 それなりに長い時間二人は打ち合っていたが、最後にザンスがコツンとエールの頭を剣で叩いた。

 絶え間なく続いていた剣戟はそれだけで鳴りやみ、二人の動きが止まった。

 

「それまで!」

 マリスの合図で試合が終わると、観客からは歓声が上がった。

「キャー!ザンス、素敵ー!かーっこいいー!」

 リア女王が息子の勇姿を見て大喜びで抱きついている。

「やっぱ無理か。エールもがんばったな」

 長田君が見ても戦力の違いははっきり分かったのだろう、エールに近付いてねぎらいの言葉をかけた。

 

「お前こんなに弱くなかっただろーが!なんでこんななまってんだ!」

 抱きついてくる母親を引きはがしながら、ザンスは手ごたえのなさに怒っていた。魔王と戦った前後であれば、エールは今の倍以上には強いはずだった。

 エールとしても仮にも闘神都市で優勝した身、肩で息をしながらもこの結果には口をぎゅっと結んで悔しがっている。

 

「ぬるい冒険ばっかしてっからだ。まあ、相変わらず筋は悪くない。リーザス軍、親衛隊あたりに入って剣振ってりゃまた強くなれんだろ」

 もちろんエールは入る気は全くないので首を横に振った。

「何か皆エールの事親衛隊に入れたがってるけどさ。そもそもエールの貧乳で親衛隊のあの格好は無理があるって」

 エールは長田君を割った。

「確かにエールみたいなガキが入ったら色気なくてさぞかし浮くだろうな」

 それを聞いてザンスがゲラゲラと笑っているので、エールは頬を膨らませ日光で叩こうとしたが防がれてしまった。

 

………

……

 

 エール達は医務室まで来ていた。

 わざわざ医務室に来るような怪我ではないが、ザンスの方も大人しくついてきたのは、ここでエールが怪我人を治す仕事をしていると聞いたからである。

 エールはザンスにヒーリングをかけようとしたが

「他の奴らからやっとけ」

 そう言って椅子にどかっと腰かけ、エールの仕事ぶりを眺めはじめた。

 てきぱきと仕事をこなす姿はなかなか様になっていて、AL教徒に手を合わせられ反応に困っている姿などはなかなか新鮮である。

「ザンスー! 大丈夫? 大怪我でもしてたの!?」

 リア女王がバタバタと医務室に入ってきた。

「してねーよ、かすり傷だ」

「ザンス様、宜しければ私が……」

 マリスがヒーリングをかけようとするのをザンスは手で制した。

「あいつの仕事なんだからあいつにやらせりゃいい」

 国のトップが訪れたことでその場には緊張感が漂い、怪我人も治療を受け終わった先から恭しく頭を下げて足早に医務室から出ていく。

 エールが手早く他の怪我人の処置を終えると、横にいる女王と侍女は気にせずそのままザンスの傷をヒーリングで癒しはじめた。

 自分がつけた傷ではあるがそう深くはないようで、エールは何となく安心する。

「やっぱ神魔法って便利なもんだな。さっきの試合でも思ったが、削った先から回復しやがって弱いくせに長持ちだけはしやがる」

「ザンスは大分手加減してあげてたけどね。あなた、感謝しなさいよ。ザンスが本気でやってたら瞬殺だったんだからー」

 言われなくても手加減されていたことぐらいは分かっている、とりあえずエールはむくれておいた。

 

「まあ、俺様の勝ちは勝ち。お前のこと一日好きにしてやれるわけだが何してやっかなー」

 ザンスがニヤニヤしながらそんなことを言い出した。

「何ー!お前そんなこと言ってなかったろー!」

 どこにいたのか長田君がひょこっと現れてザンスに突っかかる。

「勝者は敗者を一日好きにできる、闘神大会のリベンジなんだから当然だろ」

「ザンスの方が負けてたらどうしたんだよ!」

「俺様が負けるわけねーだろが」

「お前、自分が勝ったからってなー!」

 言い合う二人を見つつ、エールはおずおずと長田君の背中を押した。

「ちょちょちょ、エール?何?」

「あ? 何の真似だ?」

 闘神大会で好きにできるのは負けた本人ではなくパートナーである。

 今のパートナーは長田君だから長田君を好きにしていいよ、とエールは言った。

 

「…………」

 

 長田君とザンスがお互い目を合わせるが、ザンスはそのまま無言で長田君を叩き割った。

「好きにできるのは女限定だろうが」

 そういえばそうだった。闘神都市でシュリさんも言っていたが、パートナーが女性のみというのは男女差別のような気がしないでもない。

 しかし仮に自分が長田君を好きにしていいと言われてもあまり嬉しくはないだろう。

「お前なんかちょっと失礼なこと考えてない!?」

 エールはそんなことないよ、と目を逸らしながら言った。

 

「好きにするってエールに何するつもりだよ!なんかエロい事とか酷い事するなら相棒である俺が許さねーからな!」

 割られてもエールに売られかけても庇ってくれる長田君はイケメンハニーである。

「陶器に何ができるってんだ。 そうだな、せっかくだからエロい事の一つや二つ……」

 ザンスがからかうように言うと

「ならSM部屋開けて道具の準備でもしよっか?お薬も色々用意してあげるー」

 リアが嬉しそうにとんでもないことを言い出した。

「好きにしていいって言うんだからちょっとハードなプレイで、人手が欲しいならそういうの得意な子を―― あっ、でもこの子処女よね? ならこう、無理矢理突っ込んでガンガン腰振っていっぱい中出ししてへろへろにしちゃうだけでも楽しいかも」

 エールと長田君、ついでにザンスも目を丸くする。

「誰がそんなことするか!」

「そ-っすよ! 無理矢理とか絶対ダメ! 女の子には優しくしねーと!」

 ザンスも長田君までテンパって慌てている。

「えー、こんな子に優しくするなんて勿体ないじゃない。 それに男の子はちょっと乱暴なぐらいで良いのよ。 私とダーリンがはじめてした時もそうだったけど、女ってそういう男のそういう強引な所に惚れちゃうんだから… もちろんザンスの好きなようにするのが一番だけどね。 ああマリス、カメラの準備は出来て――」

 言い終わる前にザンスがリアを引っ掴むと引きずりながら医務室から出て行った。

 

「エール様、お仕事も順調そうで何よりです。お約束の期間は残り三日となっておりますが延長などは……」

 残されたマリスが茫然としているエールに話しかける。

 予定通り期間が終わったら出ていきます、とエールは言った。

 冒険途中ではあるがリーザスは居心地が良いのもあって、随分と長居してしまっていた。

「かしこまりました。コロシアムでのご活躍等、リア様も大変お喜びです。チルディからの評価も聞いておりますので合わせて報酬の方に上乗せさせていただきます。では残り三日間よろしくお願いいたします」

 一礼して部屋から出て行く。

 しかしエールの方を見ていたその目は何故かとても冷たく、背筋がひやりとした。エールはマリスからはあまりよく思われていないと感じた。

 

「……しかしあんな人だったんだ、リア女王って」

 嵐のような人だったね、とエールが言った。

「エール、あんな約束後から言われただけで無効だからな。でもあと三日、ちょっとマジで気を付けた方がいいぞ」

 長田君が心配するように声をかけると、気を付けるとは言うが当のエールはあまり真剣に考えてはいなかった。

 

 それよりもリア女王は父であるランスに乱暴にされて惚れたと言う方が気になる。

 母であるクルックーはどうだったのだろうか。

 家に帰ったら今まで聞いたことのなかった母と父との馴れ初めを聞いてみようと思った。

 



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エールとザンス 2

 エールが親衛隊の訓練相手をしているとキャーキャーと色めき立つ声が聞こえた。

 

 声の方向を見ると赤い鎧、ザンスの姿が見える。

「エール、付いてこい」

 それだけ言うとすぐに踵を返したので、何かを聞く暇もなくエールはそれについて行った。

 

 親衛隊の人達にモテるんだね、とエールが先ほどの黄色い声を受けてそう話しかけた。

「当然だろ。他の軍の女もメイドもリーザス中の女があんな感じで俺様に憧れてるからな。いや、世界中の女がだな!」

 ザンスは胸を張って豪快に笑っている。

 童貞はやく卒業出来るといいね、とエールが付け加えるとその頭が叩かれた。

「お前は一言多いんだよ!」

 長田君もまだだから大丈夫、とエールがフォローを入れるとザンスは尚更不機嫌になってエールの頭に拳をぐりぐりとめり込ませた。

 

 エールが連れてこられたのは試合をした中庭。今は赤の軍の兵士が訓練をしている。

「お前の仕事はこいつらの訓練相手だ。親衛隊よりは多少歯ごたえあるだろ。 よし、早速始めろ」

 エールは赤の軍の兵士と一人ずつ戦うことになってしまった。

 

 しかしそれを聞いて慌てたのはエールの前に立たされた赤の軍の兵士である。

 ザンスとの試合で善戦しているように見えていたとはいえ、エールはまだ少女と言える年齢。中には自分の娘と大差ないという者もいる。

 しかもリーザス王子であるザンスの妹ということもあって非常にやりにくそうであった。

「こいつはそこそこやるから全力でやっとけ、下手に手抜くと死ぬぞ。 エール、お前もこいつらぶっ飛ばすぐらいで行け、あとで回復すりゃいいだろ」

 エールの方は大きく頷いた。

 

 一礼してお互い剣を構える。

 

パァン!

 

 大きな音がして赤の軍の兵士が倒れ伏した。

 エールは速攻で間合いを詰めると、攻撃を渋り油断していたその赤の軍兵士の頭のヘルメットを打ちぬいて見事に昏倒させた。

 周りで見ていた兵士達はその一撃に呆気にとられた。

「がははは! お前、容赦ないなー」

 ザンスはそれを見て楽しそうに笑っている。

 エールは手を抜くつもりはないとばかりに日光を抜きひゅんひゅんと振り回す。峰打ちだし怪我をさせたとしても後でヒーリングすればいいから、とエールは言った。

「お前ら、情けない姿晒したくなけりゃちっとは気合入れろ!」

 ザンスの号令がかかり、さらに訓練の相手をしていると少しずつ兵士達の攻撃にも遠慮がなくなってきた。

 親衛隊のメンバーは全員女性という事もあって、チルディ含め一撃はそこまで重くはなくエールは相手の動きを受けながらもよく見る余裕まであった。

 しかし大陸でも名の知れた赤の軍となるとさすがに体格のいい男が多く攻撃の重さもあってあまり余裕はなく手加減をしている暇もない。

 怪我人も出してしまうが、その度にエールが手早くヒーリングをかける…戦っては回復の繰り返しはとてもいい訓練になった。もちろんエールと戦う以外に怪我した人達の治療もして回るのも忘れない。

 

 実践的な赤の軍相手は楽しく、やり合っているうちに勘を取り戻しエールはレベルも上がっていくような気がした。

 

「さすがザンス様の妹というか、あの小さい体のどこにあんな力があるのか……」

「これでもあいつくっそ弱くなってんだよ。魔人と互角以上にやり合えるぐらいには強かったんだがな」

 魔人と言えば無敵結界を抜いても世界に名だたる強者ぞろいである。

 ザンスがさらりと言うので、赤の軍は動揺を隠せなかった。

「あのヒーリング能力。今はもう新しく覚えることは不可能なはずでは?」

「まぁ、俺様の妹だし特別でもおかしくないだろ。レベル神もついてるしなー」

 ザンスもそんな妹であるエールを自慢げに語った。

 

 エールが訓練相手だった兵士を治療しもう大丈夫、と笑いかけるとその兵士はその笑顔に不意をつかれて戸惑った。

「あ、ありがとうございます、エール様……」

 赤の軍の兵士はぽーっとエールを見つめている。

「すいません。こちらの怪我の治療もお願いします」

 エールは訓練の手を止めて、手際よくヒーリングをかけていく。

 

 ほぼ男所帯の中、女性に治療されるというだけでも兵士達には嬉しいものであった。

 神魔法が新しく覚えられなくなってから既に十年以上が経ち、使い手は減り高年齢化が進んでいる。そんな中で少女にヒーリングを受けるという経験だけでも貴重で、さらにエールはAL教法王の娘であり、結構な美少女でもある。

 いたいのいたいのとんでけー、と手をかざしている姿は可憐でどこか神々しく、訓練の手を止めてその様子を眺める兵士までいた。

 エールが治療が終わると、今度は訓練相手に戻る。

「次のお相手、お願いします!」

「待った! こっちが先だぞ!」

 そうしてあっという間に手合わせも順番待ちとなり、エールはちょっとした人気者となっていた。

 

 ザンスもしばらくはその様子を得意げに眺めていたのだが、さらに手を止める兵士があらわれ手合わせの順番待ちが増えると次第に苛立ちはじめた。

「お前ら、何鼻の下伸ばしてやがる!」

 怒鳴られて赤の軍の兵士達は震え上がりそそくさと訓練に戻っていく。

 ザンスが訓練相手になれって言ったのに、と言うとザンスはエールの耳を引っ張る。

「お前も何うちの連中に色目使ってやがんだ」

 何が気に食わなかったのか、エールは理不尽に怒られてしまった。

 

 ザンスは訓練相手になってくれないの?とエールが尋ねる。

「お前じゃ相手にならねーが、そこまで言うならちょっと相手してやるか。感謝しろよ」

 試合で負けたのが悔しいのか、妙にやる気を出しているエールのことをザンスは内心嬉しく思っていた。

 

 レベル差も技能差もあって剣でははっきりいって相手にならないのだが、闘神大会あたりではエールの方も負けないぐらいに強かったはずだ。

 勘を取り戻したら再戦してもらおう、とエールは思った。

 

………

……

 

「エールちゃん。訓練相手、お疲れ様」

 エールが少しベンチに座って休憩をしていると、赤の軍の鎧を着た女性が飲み物を持ってきた。

 赤の軍に随分細身の人がいるな、と言うのは気になっていたが彼女は赤の副将で名前はメナド・シセイというらしい。

 エールはお礼を言いながら飲み物を受け取ると、メナドは少し話がしたいと言って横に座る。

「ヒーリング使えるって本当だったんだね。赤の軍は切り込み役とか突撃とか先陣を切る役目が多いから怪我人が多くて、エールちゃんがうちに入ってくれるとすごく助かるんだけど」

 爽やかで凛とした雰囲気の中性的な美人、あまり出会ったことがないタイプだな、と思いつつエールは首を横に振った。

「残念だな。 エールちゃんはAL教の法王様だからお姫様みたいなものだもんね。うちの軍はさすがに危ないか」

 法王というのは王族ではなくあくまで職業である。

 お姫様と言われたのは初めてで、エールがきょとんとした表情でメナドを見つめた。

 

 そこでなんとなく話が途切れてしまった。

 エールが空を見ると澄み切った青空に真っ白な雲がゆっくりと流れている。心地よい気候で天気は快晴、ぼーっとしてると眠たくなってしまいそうだ。

 

 エールが横にいるメナドをちらりと見ると、メナドもエールを見つめていた。

 目が合うと逸らされてしまうが、その様子からメナドはまだ他に話したいことがあると察した。

「エールにメナド。お前ら、そろそろ訓練に戻れ」

 ザンスが休憩している二人に声をかけてくる。

「す、すいません。若!すぐに――」

 メナドが立ち上がろうとするが、その手を掴んでちょうど赤の軍に勧誘されたところだったのに、とエールが言った。

「そうか?そういう事ならもうちょっとサボってていいぞ。お前には親衛隊よりこっちのが向いてそうだしな」

 

「ありがとう、エールちゃん」

 エールはザンスのことや赤の軍のこと、リーザスの事を尋ねた。

 あまり目新しいことは聞けなかったが、メナドは副将として勤めて随分経つらしく、リーザスはとても良い国でリーザスの赤の軍にいることを誇りに思っているのが分かる口ぶりだった。

 前の赤の将でありエールが魔王討伐の修行で世話になったリックのことを聞き、さらにチルディのことも聞くと昔のチルディは今のエールよりさらに小柄だった事なども聞くことができた。

 それが本当であれだけスタイル良くなるのなら自分も将来背が伸びて胸が大きくなる可能性もあるはずと、エールは希望が持てた。

 それを言うと、余計なことを言ったとばかりにメナドが慌てている。

 

 メナドの方はエールの質問に丁寧に答えていくだけだった。

 しかし相変わらず妙に話し辛そうに目を逸らしもじもじとするので何か自分に聞きたいことがあるのでは、とエールは顔を覗き込む。

「いや!えーっと、そんな事は」

 慌てるメナドに内緒話なら秘密にします、エールは人差し指を口に当ててそう言った。

 

「……うん。ならその、ボクが聞いたっていうのは秘密にしてほしいんだけど」

 意を決したという様に言葉を紡ぐ。

「エールちゃんのお父さん、ランスのこと何か教えて貰えないかな?」

 そう言ったメナドはさっきまでの凛とした雰囲気はなりを潜ませ、恋する乙女のように頬を染めた。

 エールはその姿に驚いたものの、魔王退治の顛末を簡単に説明した。

 そして父とは再会してすぐ別れてしまったが、元に戻った姿はとにかく元気そうで魔血魂を倒したあとは煙のように消えてしまった。冒険にでも行ったんじゃないか、という事を話す。

「そっか、元気にしていたなら良かった……」

 嬉しそうに、そして寂しそうにメナドが呟いている。

 これだけがそんなに聞きづらい話なのか、とエールは尋ねた。

「魔王ランスが正気に戻ったことも、魔王の脅威がもうなくなったことも聞いてたから無事なんだろうなとは分かってた。でもその後ランスがどうなったのかは誰にも……若にも聞けなくてね。リア女王にマジック女王シーラ大統領、チルディさんにかなみちゃん、法王様も。ランスには凄い人のお子さんがいっぱいいるし、そうじゃないボクなんかが今更ランスのことを聞くのは……」

 気が引けるという事か、エールはあまり気にならないが確かにリア女王の耳に入ったら確かに少し面倒なのかもしれない。

 

 エールが突っ込んで聞いてみると案の定、メナドも昔ランスの女の一人だったのが分かった。

 美人なのだから当然と思いつつ、このさいだからと父であるランスがどれだけ女性に手を出していたのか聞いてみる。

「そ、それは聞かない方がいいんじゃないかな……」

 エールは秘密にするからと言って、強引に聞き出した。

 するとリア女王の侍女であり側近のマリス、結婚する前とはいえリックの奥さん、親衛隊の講義に来ていたアールコートや親衛隊隊員、城のメイドも、ということをメナドが話した。

 むしろ綺麗な女性で手を出されてない女性を探す方が難しいほどだった。

「ごめん、娘さんには父親がそういうのってちょっとショックだよね」

 エールはすぐに首を横に振った。

 既に世界中に兄弟がいて神様ともやっているような人なので女性関係については今更であり、むしろ感心するぐらいである。

「そうなんだ。確かにランスは色んな女の人とそういうことしてたというのもあるけど、人類を率いて魔軍と戦った人類の希望だったんだよ。世界で一番偉くて、かっこよくて強い人だった。だからボク含めて、女の人だけじゃなくて男の人も種族も超えて色んな人がランスに惹かれた。 リーザスがヘルマンに攻められて陥落した時もランスがリーザスを救ってくれて――」

 メナドはそれは自分が惚れた男がどれほどの存在だったのかをエールに語った。その言葉は贔屓目や誇張などもあるかもしれないが、真っすぐに愛情と尊敬の念が伝わるものだった。

 

 エールは実のところ魔王でない父をあまり知らない。

 

 人々に恐れられ、エールも戦いで蹴飛ばされ腕を大きく切られたりと何度も殺されかけた魔王。

 それ以外で知っていたのは魔人戦争で人類を率いた英雄、神まで抱くような見境のない女好き、貝を頭に乗せたらとても喜んでくれた貝好き、そして母の愛する人というぐらい。

 メナドから教えてもらうランスの姿は志津香やリセットから聞いた時とはまた違う……英雄である父の姿が見えるようでとても楽しく、嬉しく、そして誇らしく思えるものだった。

 

 エールはメナドにお礼を言った。

「こちらこそ少し話せてすっきりしたよ。さすがAL教法王の娘さんってところかな、法王様も自慢だろうね」

 そう言ってメナドはエールの頭を撫でた。

「友達のかなみちゃんなんかランスの事特に心配していてね。娘さんがいなくなっちゃったのもあるけどここ数年とにかく辛そうだったからランスも会いに行ってくれればいいんだけど。もちろんリア女王にもね」

 かなみ、というのはウズメの母の名前だったはずだ。

 メナドさんは美人だから父も会ったら喜ぶし会いに来てくれると思う、とエールが付け加える。

「あっはは。ありがとう。なんかエールちゃんて女の子だけどちょっとお父さんにも似てるかも」

 綺麗に笑ったメナドは、凛とした雰囲気を纏って立ち上がった。

「エールちゃん、せっかくだからボクとも一戦やろうか。仮にも赤の軍副将だからね、手加減はいらないよ」

 

 エールはメナドと少し仲良くなった。

 



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シーウィードの夜

※ ちょいエロ


 リーザス首都近くにシーウィードが到着した。

 

 長田君がエールの泊まっている部屋で冒険の荷物を整理しながらそんな話をする。

「懐かしいよなー!せっかくなら俺もシーウィード行って前のリベンジをーって、そんな金ないけど」

 シーウィードは超高級売春宿。その利用料金は一介の冒険者であるエール達が払えるような額ではないだろう。

 残念そうにしている長田君にエールはどうせ入れても割れるだけ、と言った。

「お前、何でそーいうこと言うの!」

 長田君がエールをぺしぺしと叩いた。

 

 二人は明後日にはリーザスを発つ予定になっている。

 シーウィード来るの間に合って良かった、と言いながらエールは立ち上がった。

 

「あれ? エールがシーウィードなんかに何しに行くん?」

 日光さんがカフェさんと話がしたいって言うから預けてくる、と日光を持ち上げた。

「ありがとうございます、エールさん。よろしくお願いしますね」

「日光さんとカフェさんって知り合いなんだっけ?」

「はい、私がこの姿になる前からの昔馴染みです」

「へー……って、あれ。そうするとカフェさんって年いくつ?」

 エールも気になるが女性に年を聞くのは良くないこと、と言って長田君を残してシーウィードに向かった。

 

………

 

 日光を持っているという事もあってか、シーウィードのボーイに話をするとすぐにカフェに話が通される。

「いらっしゃい。久しぶりだね」

 シーウィードのオーナー、カフェ・アートフルとの久しぶりの再会である。

 エールより少し小さいぐらいの小柄な体型、丸い眼鏡と三つ編みが似合っているそのどこか素朴な姿は全く売春宿のオーナーには見えない。しかし姉のリセットや神であるベゼルアイとはまた違う、見た目にそぐわない大人の雰囲気……例えるならば気さくな近所のお姉さんかお婆ちゃんか、そういった温かさを感じる女性だった。

 

 エールが人類が魔王の脅威から解放されたことを改めて話すと、カフェは感慨深く少し目を瞑る。

「ブリティシュからも聞いてたけど……本当に、本当に終わったんだ。私達には、他の人達じゃできなかったこと、やってくれたんだね」

 ゆっくりと目を開けてエールの手をぎゅっと握ると、

「ありがとう!」

 可愛らしい笑顔を浮かべてそう言った。

 それは家に戻った時の母クルックーの優しい笑顔と重なり、手に伝わる温かさもあってエールはなぜかドキドキとした。

「日光さんもお疲れ様、本当に、長かったね……」

 しみじみとつぶやくカフェの目にはうっすら涙が浮かんでいた。

「ふふふ、頑張ったご褒美にシーウィード一回おごってあげよっか?」

 涙をごまかす様に悪戯っぽい顔をするカフェ。

「エールさんにはまだ早いですよ」

 日光がそう少し楽し気にそう答えた。

 割れるだけだろうが長田君を連れてくれば喜んだかもしれない、エールは思った。

 カフェの表情や日光の親し気な声色から察すると二人はかなり深い間柄、そこにエールがいては話しづらいこともあるだろう。

 明日取りに来ますのでごゆっくり、と日光をカフェに預けると外に出て行った。

 

 エールの姿が見えなくなると、日光は人間の姿になった。

「エールちゃんってどんな子?」

「とても不思議な子です。父親に似て乱暴かと思えば優しいところもあって、突拍子もないことをしたと思ったら周りをまとめる力もあって、子供かと思えば大人顔負けに魔王に立ち向かう」

 日光は口元に笑みを浮かべた。

「少し困ったところもありますが、良いオーナーですよ。エールさんの旅に同行出来て魔王討伐に力添えが出来たことはとても幸福なことでした」

「ならそのオーナーさんとのお話、聞かせてくれる? お茶用意するから」

「ふふ、カフェのお茶を飲むのも久しぶりです」

「ブリティシュやカオスもいたら良かったのにねー、今度みんなで集まろっか。 ホ・ラガも誘えば来ると思う? 引き籠ってるみたいだしこっちから押しかけちゃおうか」

 懐かしい味がする茶を囲む。

 普段は物静かで多くを語らない日光も、カオスと共に人の姿を失ってまで達成した1500年の悲願を感慨深く話しはじめた。

 魔人を討つ武器であるカオスと日光、エール達の師匠となったブリティシュは魔王討伐の旅に大いに力となった。

 カフェがまた目にうっすらと涙を浮かべている。

 

 二人は朝まで心行くまで語り合った。

 

………

……

 

 エールはカフェに日光を渡して早々に帰る予定だったのだが、何となくシーウィードを見回っていると意外な顔と出会った。

 

「エール、お前何でこんなところにいんだよ」

 赤い鎧を着ていないのでお忍びというやつだろうか、ザンスの姿があった。

 エールは日光を預けに来てそのついでにカフェに魔王討伐のことを報告していた、と話す。

「そういや、陶器がそんなこと言ってたな」

 ザンスこそ何をしているのかと聞き返そうとしたが、場所が売春宿、一人うろうろしているということを考えるとそれは聞いてはいけない気がした。

 エールはじーっとザンスを見てその肩を優しくぽんぽんと叩く。

「何、勘違いしてんだ、おめーは! 俺様はお前を探しに来ただけだ!」

 ザンスはエールの頬をむにーっと引っ張った。

 何か用事でもあった?、エールが頬を引っ張られながら聞く。

「お前が模擬戦で負けたから一日好きにしてやるって言っただろうが。 忘れてリーザス出ていくつもりだっただろ」

 エールは忘れていたわけではなく、ただ冗談か、そうじゃなくても何となく誤魔化しうやむやにして無かったことにしようとしていただけである。

 誤魔化せなかったのであれば仕方がない、何をするつもりなのかと、エールは尋ねた。

「そりゃもちろん……いや、おあつらえ向きにここはシーウィードだったな」

 何かを思いついたらしくニヤリと笑ったザンスにエールは首根っこを掴まれてしまった。

 

 そのまま引っ張られて連れていかれたのは大きなテント。

 そして目の前にいたのはエールが前にシーウィードで会ったシラセだった。

 大事な部分が透けて見えている服、というよりは下着姿が非常に扇情的で目のやり場に困る。

 ザンスも一瞬そう思ったのかたじろぐが、エールは軽く手を振った。

「あら、お久しぶりですね。エール様」

 シラセとは一度ちらりと会っただけなのに名前を憶えていてくれたようだ。

「会ったことあんのか?」

 ザンスは驚いた顔をしていたが、前の冒険の時に深根がエロテクを教わってた人、とだけエールは答えた。

 エールはその時にされた体験を思い出して少し鼓動を早くした。それに気づいているのか、シラセはまっすぐにエールの方を見つめている。

 その瞳に肉食獣のように獲物を狙うような気配を感じ、エールはぞくりと背中を震わせた。

 

「お二人様ですわね。本日は初心者サポートコースでしょうか?」

「いや、こいつに何かエロいことしてやってくれ」

 エールはシラセの方に乱暴に突き出された。

 シラセにそっと受け止められ抱き寄せられると、頭がくらくらとするような甘い香りがエールの鼻をくすぐった。

「こいつ女のくせに色気も何もないからな。ちょっとエロいことでもされりゃ少しは女らしくなるかもしれねーだろ」

 ザンスはニヤニヤと笑いながらそう言った。

「そうじゃなくてもどんな反応するか興味がある。俺様は見てるだけだがちっとは楽しませろよ」

 なんでボクが、とエールは言ったがこれが一日好きにするということらしい。

 

 それを聞いたシラセは妖しげな笑顔を崩さないまま、何かを考えるような仕草をした。

「つまりエール様を気持ちよくさせる、ということでよろしいですか?」

 シラセがエールに小首をかしげながら尋ねる。

「あ? まあ、そういうことだな」

 ザンスもニヤニヤしながら頷いている。

 エールも裸を見られるぐらいなら何度かあった、そう断ることもないとそのまま頷いた。

「かしこまりました」

 そう薄く笑ってエール達をテントの奥へと促した。

 

 

 部屋の中は薄暗く、中心には天蓋のある大きなベッドが置かれていた。

「ここは少し特別でして、どんな声をだしても外に漏れることはありませんのでご安心くださいね」

「がははははは! エール、お前どんなに声上げても大丈夫だってよ」

 エールは声をあげるつもりはないので要らない心配だ、と口を尖らせた。

 

 エールがベッドの上に座らせられシラセに後ろから抱きすくめられ背中に柔らかい感触が当たると、ドキドキと鼓動が早くなるのを感じる。

 すぐ近くにあるシラセの顔は母のような優しい表情をしているのに同時に怖くも感じた。

「エール様、リラックスなさって……怖くはありませんので安心して私に体を預けてくださいね」

 シラセの腕の中は少しの怖さと同時に不思議な安心感もある。そっと耳元で囁かれるだけで力が抜けてしまった。

 

 エールは衣服をゆっくりと脱がされていく。

 

 体に触れるシラセの指先はあくまで優しく撫でられる様な動きでくすぐったさで自然と身じろぎを繰り返してしまう。

 ブラウスのボタンが手早く外され、キュロットを外されるとエールは下着だけの姿にされた。

「ガキっぽいもんつけてんな」

 ザンスはそんな感想を述べた。

 エールの下着は純白で上はキャミソール、下は短いフリル付きのドロワーズ、冒険での動きやすさを重視したものであり別に誰に見せる物でもない。

 シラセはそれを気にすることなくしゅるりとキャミソールをたくし上げると、わずかなふくらみしかない胸があらわになる。

 さらにドロワーズが足から引き抜かれると、エールは一糸纏わぬ姿になった。

「うお……」

 ザンスは女の裸を見たぐらいで動揺するのは情けないことだと、なんとか余裕の態度を崩さないようにするが、隠すもののなくなったエールの裸姿に目のやり場を求めてきょろきょろと動かした。

 エールとしても服を自ら脱ぐことはあっても、こんなにゆっくりと脱がされるという経験は赤ん坊になったようで気恥ずかしさとむず痒さで少し顔を赤くする。

 足をぴったりと閉じているが、胸は外気にされされたまま、薄桃色の先端が見えていた。

 

「エール様はお肌がお綺麗ですわね。力を入れたら折れてしまいそうなほど華奢で……とても可愛らしいですわ」

 薄い胸にシラセの細い指があてがわれると、ただ触れられてただけでエールは体をピクリと跳ねさせた。

 シラセはその反応に満足すると今度は指をやわやわと動かし、さらに白い首筋に長い舌を這わせた。

 するとエールは体はぴくぴくと痙攣させて、その口からは刺激に耐え切れなくなったように小さく甘い声が漏れ出た。

「あのエールが女みたいな声出してる……」

 その様子をまじまじと見ていたザンスが呟いた。

 魔法や剣を振り回して魔物や人間と戦い、他人の頭に物をのせては陶器を割る、そんな突拍子もない行動ばかりする存在の、それは意外過ぎる女らしい反応だった。

 

 エールは声を出さないように唇をぎゅっと結び目を固く閉じて体を強張らせた。

「大丈夫です。その反応は女性でしたら当たり前のもの、恥ずかしがることなどありません」

 シラセはそうエールの耳元でささやき、息を吹きかける。

 さらに強張った未成熟な肢体をほぐす様に愛撫し続けると、エールは刺激に耐え切れず鼻にかかった声を上げさせられた。

 エールは裸を見られても特に恥ずかしく思わないが、自ら出している声と体を這いまわるシラセの指の刺激に気持ちの良さで閉じた足をくねらせ、はっきりとした羞恥に目に涙を浮かべている。

 

 シラセはその様子を見るとぴたりと愛撫していた手を止めた。

「ザンス様も触りたいですか?」

 エールの肩を抱き胸元を大きく開かせ見せつけながらザンスを誘った。

 

「は? あー…いや、そんなわけあるか。そんな貧乳触っても楽しくないだろ」

 エールが抵抗もせず好き放題されている様子を食い入るように見ていたザンスは急にそう言われ狼狽えた。

 エールの方はその言葉に少しむっとした。長田君だったら割っているところだ。

「エール様もむくれないで。ザンス様もそんなこと言っていますとこの柔らかくて吸いつくような肌と可愛らしい膨らみも私が独り占めしてしまいますよ?」

 呼吸を荒くし、激しく胸を上下させているエールから目を逸らす。

 挑発するように言ってから、シラセがエールの腰から胸につつーっと指を這わせるとエールはまた小さく声をあげさせられた。

 

 ザンスもその体に興味があるのだろう、明らかにそわそわとしている。

 あくまで見るだけと言ってしまった手前、誘われたからと言って触るのは誘惑に負けたような気分になる。

 

 するとそんなザンスを見て、女の子の体に触ったことないから触り方とかわからないんじゃないか、とエールが特に悪気はなく言った。

 エールの頭がポコンと叩かれ、ザンスが伸ばした手がその胸を乱暴にまさぐった。

 シラセに与えられていた快楽が一気に吹き飛ぶような痛いだけの触り方にエールが顔を歪める。

「やっぱ貧乳だな、ぜんっぜん楽しくねーわ」

 下手くそと言って蹴り飛ばしてやろうかとエールは頬を膨らませながら考えていると

「そんなに乱暴に触ってはいけませんわ。そして胸が小さいとか色気がないとかそんなこと言ってはいけません。女性の色気はパートナーが引き出すものなのですから」

 その様子を微笑ましく見ていたシラセが、無遠慮にまさぐっていたザンスの手を優しく払った。

 

「まず手のひらで包むように触れて、手を…指を押し返す感触と反応を楽しんで下さいね。そこから指を軽く押し込むように――」

 ザンスがシラセに手ほどきを受けさせられると、改めてシラセの細く柔らかな指とは違う、男性特有の固い指がエールの胸に触れた。

 先ほどとはうって変わってやわやわと優しく触れられている。

 それはシラセの身体を芯から熱くさせるような絡みつく指とは違い、くすぐったさを感じる程度のものだ。

 散々小さい胸だと言ったものを触って楽しいのだろうか、エールはそう思いながら落ち着いた様子で触られている自分の胸を見ていた。

「柔らかいでしょう?」

 シラセもまたその様子を見つめている。

 

 ザンスの方ははじめてじっくりと触れる女の体に自身が熱くなるのを感じていた。

 エールの裸は見たことがあるが直接肌に触れたことはないし、それを想像したこともない。

 手に吸い付くような白い肌、小さいが触れると女性らしい弾力を返してくる胸、手から伝わる温かさ。

 恥ずかしさからか感じているからか、体を軽くよじるエールの反応に思わず生唾を飲む。

 

「…………!」

 ザンスがふいに先端の突起に触れると突然訪れたその強い刺激にエールが甘さの混じった甲高い声を出す。

 ザンスの方もその反応は予想が出来ず、思わず手を離した。

「あらあら、可愛らしい声を。だいぶ敏感になっていたようですね」

 シラセはここまで特に敏感な胸の先端などには一度も触れていなかった。

 

 改めてザンスの手がエールの胸に伸びる。

 先端を指に挟まれ、軽く摘ままれるとエールはその度に体を震わせる。

「ザンス様、楽しいですか?」

「は!?……ま、まあ、悪いもんでもないな」

 最初は遠慮がちに触っていたザンスもエールが明らかに感じているのが分かると次第に遠慮がなくなってきた。

 胸だけではなく、尻を撫でてみたり、腰をさすってみたり、太腿を撫でてみたりとといろんな場所に手を伸ばし始める。

 少しずつ手に力が入り触り方も乱暴になっていくが、その度にエールは声を我慢できずに小さな声が漏れた。

「お前感じてんのか。 俺に触られんのがそんな気持ち良いか?」

 嬉しそうにニヤリと笑ってザンスが言うが、エールは首を横に振った。

 強がっているのは明白である。

 ザンスは続けて足の間に無理矢理手を入れようとするが、エールはその手を強く払った。

 

 見てるだけって言った、とエールはシラセもザンスも振り払って頬を膨らませて抗議をする。

「お前が挑発するのが悪い」

「私が任されたのはエール様を気持ちよくさせること、ザンス様にも協力いただいているだけです。それに健康な男性に見てるだけというのは酷というものですわ」

 シラセにまでそう言われるがエールは処女であり、こういった事をされた経験はない。

 ただこれ以上触らせるのは流石にまずいというのは分かる。

「ほぐし方がまだ足りないのかもしれませんね。エール様は初めてですもの、もっと時間をかけて……」

 

「いや。あんたはもういい、下がってろ」

 そう言ってザンスが身を乗り出しエールを押し倒す様に覆いかぶさった。

 また胸を乱暴に触ると、エールは苦痛に顔を歪める。

「ザンス様、そんなに強く触ってはいけません。エール様が痛がってますわ」

「うるせぇ、俺は俺の好きなようにやる」

 ザンスは力加減が出来ないほど興奮していた。

 エールが痛がる様子も気にせず、その体を一方的に貪りはじめ、むしろ痛がっている様子でさえ興奮を刺激するだけだった。

 

 そのまま足を強引に開かせようとしたのだが、それにはエールは抵抗してその手を蹴り上げる。

 エールが体を起こすと、興奮よりも痛みでジンジンとしていた。

 

 エールが掴まれていた足や腕を見ると痣が出来ている。

「ちっ……お前が大人しく股開いときゃ怪我することもねーだろが」

 ザンスは一瞬気まずそうな顔をしたがそう吐き捨てると、エールはその自分勝手な物言いに頭に来た。

 乱暴だの下手くそだの童貞はこれだから、とエールはザンスを罵倒した。

 もし長田君に言ったら割れて立ち直れなくなりそうなかなりひどい事まで色々と言い放った。

「あ!? いきなり胸触らせて脱ぎだすような女のくせに何抜かしてんだおめーは!」

 

 結局、二人はベッドの上で言い合いを始めた。

 ベッドの上でぎゃーぎゃーと騒ぐ二人からは初体験を迎えるようなムードは全くなく、子供同士がケンカをしているようにしか見えない。

 ……まずはムードを盛り上げるところから教えるべきだっただろうか、シラセはその様子を微笑ましくも困ったように見つめていた。

 

 エールが怒ったままベッドから出ようと立ち上がる。

「今更逃げてんじゃ―」

 そう言ってザンスがエールの柔らかく華奢な腕を掴んだ瞬間。

 

ガンッ!

 

 とても良いのが入ったような衝撃音。

 シラセが驚くと、エールがザンスに勢いよく背負い投げを決めていた。

 

 クルックーから習っていたものだが、人間または人型のモンスター相手にしか効かず、かつ至近距離でしか使えないためエールは今までほとんど使ったことがなかった技である。

 ザンスの方も完全に意識が別のところにあり、またエールに怪我をさせない程度に力を抜いていたのもあって、そんな状態で食らった突然の背負い投げには対処が出来なかった。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 シラセが慌てて寄ってくるが、ザンスは息はしているようだがものの見事に気絶していた。

 

「あ、あらあら……私の仕事はエール様を気持ちよくさせることですが、どうしましょう?」

 笑顔を浮かべているが、さすがにこんな事態は想定していなかったシラセは首を傾げ困惑している。

 床に転がるザンスのことを気にしているシラセに、死んではいないからそのまま気絶させておけばいい、とエールは足でそれをつつきながらヒーリングをかけている。

 

「エール様、一旦シャワーを浴びてはいかがですか? 今の体のままでは落ち着かないでしょうから」

 とりあえず服を着ようとするエールだが、その体は乱暴に触られた痛みで快感は大分引いていたもののどこか手の感触が残っていてむずむずとしていた。

「ふふふ、私にお手伝いさせていただければ気持ち良く静めて差し上げられますわ。 さぁ、参りましょうか」

 妖しく言うシラセにエールはぶんぶんと首を横に振ったが、逆らいきれずそのまま手を引かれてしまった。

 

…………

………

……

 

 エールが目覚めると、ザンスがベッド脇に座ってエールを見下ろしている。

 目が合うと同時にその鼻を摘まんだ。

「さっさと起きろ、出てくぞ」

 その顔は言うまでもなく不機嫌そうだが、それ以上に顔を赤くしている。

 

 エールの方はおはようといって体を起こすと、はらりと体を覆っていた布を落とした。

 シャワーを浴びている間、シラセに体を弄ばれたエールは気持ちよくもへろへろにされてしまい、結局服を着ないままベッドに倒れ込むように寝入ってしまっていた。、

 ザンスは一瞬動揺したが、すぐに目を背ける。

「服を着ろ、アホ」

 エールが何かを考えた後、ザンスのえっち、と呟くとポカンとその頭に拳骨が落ちた。

 シラセが整えたのか、服はきちんと畳まれてベッド脇に置いてある。

 エールが言われた通り手早くいつもの冒険服を着込むと気が引きしまった。

 

「おはようございます。エール様は気持ちよく眠られていたようですね」

 シラセにエールは少し悩んだが、気持ちよかったですと言った。

「ザンス様も。昨夜のエール様はとても可愛らしかったですわね、どうか大切になさって下さいませ」

 エールが寝ていた間、シラセと何かあったのかもしれない。

 ザンスは苦々しい顔をして、エールを連れテントを出て行った。

 

「お二人とも先は長そうですわね」

 互いに未経験というのは難しいもの、二人が出て行ったテントでシラセは微笑ましく二人を見送った。

 




※ エールちゃんの下着 … 画集「織音計画」描き下ろしより


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次の冒険へ

 エール達が薄暗いテントから出ると日は大分高くなっているようで日差しが目に刺さった。

 

パンッ!

 

 すると待っていたかのように、小気味の良いクラッカー音で迎えられた。

 

「ザンス、おめでとー!」

 リア女王と侍女のマリスがクラッカーを鳴らしたようで、エールもザンスも呆気に取られた。

「あーん、ここの連中ったらひどいの! どうしても中に入れてくれなくて、写真取れなかったのー! せめて声だけでもって思ったのに全然聞こえないし!ずーっと楽しみにしてたのにー!」

 リア女王が一人で大騒ぎしている。

 脇にいるマリスの手にはクラッカーと一緒に大きな魔法カメラが握られていた。

 

「そこの法王も邪魔するしー!」

 その言葉を聞いてエールはちらりとリアが見た方向を見る。

「どうも、法王です」

 その場になぜかエールの母である法王クルックーが立っており、その腕には聖刀・日光が抱えられていた。

「娘の初体験を記録に収めさせるわけにはいきませんからね」

「一回しかないのよ、記念で残しておくのは当然でしょ! そうそう、先にお祝いしちゃったけどちゃんとしたわよね? ね? 朝まで出てこなかったんだもん。どうだった? 気持ちよかった? この子処女だし、女にしてあげたんでしょ? 何回ぐらいやったの?」

 リアは畳みかけるように大はしゃぎしている。

 そういうことをする人だとは互いに知っていたものの、実際に目の当たりにするとエールもザンスも色々な意味で言葉が出なかった。

 

「お互い寝てないなら、今日はお休みしていいからね。 なんだったらお城で続きしても―ー」

「やってねーわ! ちっとからかってやっただけだ」

「あら、セックスしなかったのー? やっぱそんな子じゃザンスのお眼鏡には適わなかったって事かしら。 うーん、確かに色々小さすぎるもんね」

「…当然だ。 俺がこんな貧相なの相手にするわけねーだろが」

 エールはすごいむっとして無理矢理されそうになったので反撃入れて気絶させた、と言った。

「は…? あなた、ザンスに何をしたって?」

 リアがエールを驚いたように睨みつける。

 ザンスもエールの頭を叩いて頬を引っ張った。

「娘を叩いて引っ張らないでください」

 クルックーが口をとがらせてエールを庇う様に抱き寄せた。

 

「日光さんは私が先に受け取っておきました」

 エールが日光を受け取るとどうしてお母さんがここに、と言いながらクルックーの胸にぐりぐりと顔をうずめた。

「母はいつでもあなたを見守っていますよ」

 答えになっていないが、クルックーは抱きついてきた愛娘の頭を優しく撫でた。

 

「あの、これは一体何があったのですか?クルックーさんがここにいるのもそうですか…」

 日光がエールに尋ねると、エールはザンスとのことを話した。

「え!?」

 エールが隠すこともなく恥ずかしがることもなく、すんなりとそのことを話したので日光は面食らった。

 明らかに動揺している様子がエールに伝わる。

「す、すいません。私が前に一緒にいた二人などはそういうことがなかったもので驚いてしまいました… しかしその、大丈夫だったのですよね?」

 エールは頷くと、日光は安堵した。

 元々エールがシーウィードに来たのは日光がカフェに会いたいと言ったからである。

 そのせいでエールの純潔が奪われる様な事態になっていたらと血の気が引く思いがした。

「万が一を考えて避妊魔法はかけておきましたが、とりあえずは心配なかったようですね。エールにも一応、避妊魔法教えておきます」

 知らなかった、と言いながらエールはクルックーから避妊魔法を習った。

 

「母親に抱き着いてガキかよ。まあ、昨日は俺様に触られまくってすっげーいい声で喘いでたけどな」

「…っ! 最低ですね…!」

 ザンスの言葉に日光が怒りを露わにする。

「気持ちよくはしてあげたんだ、ザンスってば優しー! それなのにこの女は投げ飛ばしたわけ?」

「俺様がそんな油断なんかするか! 元からやってやるつもりはなかったのにそいつがマジに受け止めやがっただけだ。 俺様は最高の女を探すって決めてるからな、そいつがそれなわけねーだろ」

「それもそっか。 せっかくザンスのこと誘惑したのに通じなくてあなたも残念だったわね」

 リアはザンスの言葉を聞いてエールを睨むのをやめ、代わりに見下すような哀れむような憐れむような瞳になっている。

 エールとしては誘惑した覚えなど欠片もないが、それを言うと大変なことになりそうだったので口をつぐんだ。

「お前も俺様に処女捧げられなくて残念だったな。 まあ、もうちょっと育ったら考えてやるわ」

 偉そうに言ったザンスはずかずかと、腕に母親を引っ付けた状態で城に戻っていく。マリスも後に続く。

 エールはそんな後ろ姿を見ながら少し口を尖らせていた。

 

「エールは冒険を続けますか?」

 クルックーがそう言うと、エールは大きく頷いた。

 まだ全然目標を達成していない。貝も見つけていないし、兄弟にみんなにも会えていないのだ。

「そうですか。では私は村で待っていますね。 エールは嫌なものは嫌だとちゃんと抵抗出来るようで母は安心しました」

 リア女王と父は無理矢理だったそうだが、母も強引にされたのだろうかとエールは考えたが口には出せなかった。

 母が父を大切に思っていることは知っている、それで問題ないのだから聞くこともないだろう。

「エールが傷ついていなくて良かったです」

 心配させてごめんなさい、エールがそう言うとクルックーは優しく笑った。

「城まで送ります。長田君にもよろしく言っておいてください」

 クルックーはエールの手をしっかりと握る。

 温かい母の手、世界で一番好きな人の手。神出鬼没だとかどこから見ていたのか等はどうでもいいことである。

 腕に抱きつきたい気持ちを抑え、エールはクルックーに手を引かれていった。

 

「エール、お前、どこ行ってたん? 部屋にもいなかったし、仕事にいっちまったかと思ったけどそうでもないし」

 エールが戻ると長田君が待っていた。

「明日、リーザス出るからさー、今日の仕事早めに切り上げて午後から冒険の準備しようって相談しに来たんだぜ? 給料も先に貰える様に言っておいたからな。へへっ、俺って気が利くだろー」

 得意げにしている長田君に、エールが拍手をしながら昨夜のシーウィードの事を話すと長田君が豪快に割れた。

 エールが昨夜は危なかった、と気軽に話す。

「エール!お前、危なかったじゃすまなかったかもしれないんだぞ! 気をつけろって言っただろー! あいつ、そんな悪い奴じゃないと思ってたのに! 乱暴だけどそういうことはしないやつだと思ってたのに! あとで文句言ってくる!」

 長田君は叱りつつ、心配しつつ、怒りつつと一人でバタバタしている。

 エールはそんな長田君を見て口元に笑みを浮かべた。

「あー、もー、世間知らずの親友を持つと苦労するぜ、ほんとにもー!」

 もーもーとどう言って怒ればいいのかわからなさそうにしている長田君を見てエールは師匠であるサチコを思い出した。

 長田君の方がお兄さんみたいだね、と言いながらエールは大事な親友の頭を撫でる。

 そしてエールは何を思ったのか長田君もボクに触ってみる?と言ってその手を取って自分の胸を触らせる。

 ふにっとした感触が長田君に伝わると

「あんっ!」

 長田君が割れた。

「女の子がそういうことするんじゃありません! あとやっぱエールは胸ないな!」

 長田君は割られた。

 

 一方、先に城に戻ったザンスはと言うと、母親と侍女を引きはがしてすぐに赤の軍の将に戻った。

 鍛えなおしてやる、と訓練と称して赤の軍の兵士全員を相手取ると言い出した。

「お前ら、あんなちっさいのに負けてんじゃねーぞ!」

 そう言って次から次に赤の軍の兵士をしばいていく。

「今日の将軍はなんだか気合が違うな…」

「やはり例えザンス様の妹君とはいえあんな小さな少女に敵わなかったなど赤軍の恥」

「さすが赤の将、これだけを相手にして息も上がらないとは」

「すごい気迫だ。東ヘルマンとの戦いが近いのかもしれん。我等も気を引き締めなければ」

 赤の軍の兵士達は気合を入れて訓練に臨んだ。

 

 肝心のザンスはというとバイ・ロードを振りかざし戦闘に集中している。

 赤の軍とはいえもはや打ち込み相手にすらならないが、それでも手を止めて集中が切れると、浮かんでくるのは昨夜の自らの下に組み敷いた一糸まとわぬエールの姿である。

「がーーー!!!」

 ザンスはそれを振り払う様にバイ・ロードを振り回す。

 その日、赤の軍では怪我人が続出した。

 

 ザンスが全員を叩きのめしていると、長田君がザンスの元へやってきた。

 エールにしたことに対して文句をつけに来たのだが、それを聞き終わる前に無言で叩き割って部屋に戻る。

 

 部屋に戻って一人になれば思い出すのはエールの姿。

 細い体を震えさせながら鼻にかかった声を上げ、なんとも艶めかしい反応と柔らかい感触――

 散々強がってはみたが、結局のところ最後までできなかったことを激しく後悔していた。

 あのエール相手にあそこまで興奮するとは思っていなかったとはいえ、もう少し頭を冷静にして時間をかけていれば抵抗もされず――

 エールより先に目を覚ましたザンスはシラセにやんわりと叱られていた。

 同時にいくつかアドバイスも受けたが、ザンスにはそれを気軽に実践できるほど女性に慣れているわけでもない。

 

 思い出しては一人で悶々する。

 

 ザンスはしばらくの間、悩まされることとなった。

 

………

……

 

「長居しちゃったな―」

 修行させてもらえてレベルも上がり、お金も増えた。

 コロシアムやちょっとした仕事の依頼など、珍しい経験をすることも出来た。

 楽しかったね、とエールはしみじみと呟く。

「エールはちっと危なかったけどな。まー、俺がビシッと言ってきてやったけど!」

 実際は全く相手にされず割られてしまっただけなのだが、長田君は大真面目だった。

 

 エール達の出発をチルディとアーモンドが見送りに来ていた。

「エールあね様、また会いましょうね。長田君も」

 小さく手を振る妹にエールがへろへろとだらしない笑顔で頭をぽんぽんと軽く撫でた。

「お前、けっこー姉バカ? なんかダークランスさん似というか」

 家族を大事するのは当然だし同じ師匠を持つ者同士でもある、とエールが言うとアーモンドはにこにこした表情を浮かべている。

「エールさんは体質のせいかレベルが落ちやすいようです。 しっかりと腕を磨き、鍛錬は毎日欠かさず行うように」

 エールはすっかり師匠となったチルディにきちんと頭を下げ、感謝を述べた。

「ふふ、お役に立てたようで何よりですわ。本当なら礼節や女性らしい立ち居振る舞いなどもお教えしたかったのですが。リーザスに入りたいというのであればいつでも歓迎いたします」

 最後まで勧誘を忘れない。

 エールは考えておきます、と笑顔で答えた。

 

「こら! エールにあんま近づくな!」

 そう言った長田君は見送りにきたザンスに思いきり蹴られて吹き飛ばされていた。

「ああ? わざわざお前らなんか見送りに来るか。 出ていく前に顔見に来ただけだ」

「ザンスあに様、それは見送りではないのですか?」

「アー、お前は黙っとけ」

「誰かに似て、素直じゃありませんこと」

「チルディもうるせぇぞ」

 

 エールとザンスはあの朝以降、顔を合わせていなかった。

 二人の目が合うとザンスの方は気まずそうだが、エールの方は満面の笑みでまたね、と言った。

「……ああ、またな」

 嫌われたり、怯えたり、落ち込んでいるような気配はない。ザンスはその笑顔を見て内心胸をなでおろしていた。

 長田君は二人の間に入って、距離を近づかせないようにしている。

 

「次会う時までにその貧相な胸とかちっとは女らしくなってりゃいいな。 そうすりゃ俺の女にしてあん時の続きしてやってもいいぞ」

 エールは笑顔のまま、上から目線で笑っているザンスに蹴りを入れる。

 怒り出すザンスから反撃を受ける前にと、エールは駆けだした。

「ちょっと待てよー、エール!」

 長田君も急いでその後を追いかけていく。

 二人は一瞬だけ振り返って大きく手を振った。

 

 天気は快晴、澄み切った青い空が広がっている。

 エールと長田君はリーザスを出発した。

 

「……あね様が行ってしまいました」

「少し寂しくなりますわね。 …それにしても若、続きというのは何のことです?」

「なんでもねーよ!」

 

 大きく手を振り返して寂しそうにするアーモンド、短い間とはいえ師匠として弟子の出発を微笑んで見送るチルディ、走っていく背中を少しもやもやとした気持ちで見つめるザンス。

 三人はエール達の出発を見送った。

 




アーモンドへのアー呼び … ハニホンXより


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第二章 ヘルマン
道中 シャングリラ


 リーザスを出発したエールと長田君は次の目的地をヘルマンへと定めた。

 

 エールが次の目的地を考えていると真っ先に思い浮かんだのは、魔王討伐の旅の終わり、別れ際に泣いていたレリコフの顔だった。ゼスとも悩んだのだが、レリコフは仲間にするのも兄弟で一番最後だったので長く一緒に居られなかったというのもある。

 

「んじゃ、ヘルマンに向かうのにいくつか道があるけど」

 長田君が言い切る前にシャングリラに寄っていきたい、とエールは言った。

「へへ、そうだよな! リセットさん元気にやってるかね」

 

 ヘルマンに向かう前に通るシャングリラもエールの旅の大事な目的地である。

 エールの小さい姉であるリセットが居る場所。冒険を最初から最後まで支えてくれたリセットはたくさんいる兄弟の中でも一際世話になった存在だった。

「エール、ちょっと歩くの早いってー!」

 早く会いたい、とエールの足取りは軽かった。

 

………

……

 

「ヘルマンに行くときは、せめて砂漠……超えるまではうし車使おうな……」

 ぜぇぜぇと肩で息をする長田君に、エールもへとへとになりながら頷いた。

 砂漠を徒歩で進んだ二人は前来た時も同じ失敗をしたこと、そしてあの時はロッキーのサポートがあった、という事も合わせて思い出していた。

「あの人にも世話になったよな。ドッスとワッスもついて行ったみたいだけど、今はゼスで孤児院やってんだったっけ」

 冒険中会いに行ければいいね、とエールは答えた。

 

 前と同じように長田君がこけてカラスに襲われる一幕はあったものの悪魔に襲われたりはせず、暑い暑い砂漠を抜けて二人は何とか国際共同都市シャングリラへ到着した。

 

 都市に入れば疲れも吹き飛ぶような賑やかさ。種族も国も関係ない、ごった返しぶりも懐かしい風景だった。

 飲み物を入れて一息つき、早速とばかりに二人はリセットが居る建物へ向かう。

 

「申し訳ありませんが、リセット様は現在シャングリラを出ておりまして…」

 パステルの妹にして従者であるサクラがそう言った。

 エールは一瞬また隠されているのかと思ったが、話しているのはパステルではなくサクラである。信用できるだろう。

「え、マジ? どこいっちゃったんすか?」

「リセット様は外交に出ております。戻られるのはかなり先になるかと」

「あー、そういえばリセットさんって外交官だもんな。残念だったな、エール」

 久しぶりに姉に会いたかった。

 せっかく乗せやすそうなみかんもちゃんと用意したというのに、エールはそれを軽く握りながらうつむいていた。

「お前どこでそんなもん買ってたんだよ、いや、すっごい今更だけど」

 

 とりあえず代わりにとばかりにエール達は都市長でありカラーの女王であるパステルにも挨拶しに行くことにした。

 

「今更何しにきおった。 だが、せっかくじゃ、お前にはいくつか言いたいことがある!」

 開口一番、不機嫌な様子を隠そうともしないパステル。

 勝手にリセットを連れ出したことをまだ根に持っているのか、ついでとばかりにかつてエールの両親、ランスとクルックーがペンシルカウというカラーの故郷を火の海にしたことまで言い出した。

「それはエールは関係ないっすよ!?」

 長田君はエールを庇うが聞く耳持たぬという雰囲気である。

 

 エールはパステルの話を聞き流しながらこの荒れようは何かあったのか、とこっそりサクラに小声で尋ねた。

「実は少し前の話ですがランス様がここにいらっしゃいまして……」

 ランスがシャングリラにやってきた。

 何しに来たかと言えばハーレムにいれる女探しの旅でカラーは見た目が変わらないこともあってランス曰く俺様の昔の女を誘いに来たという。

 運悪くリセットが外交に出ていた時期でパステルとランスの二人の間を取り持つ存在はなく、久しぶりに顔を合わせた二人は感動の再会とはならなかった。

 ランスの目的を聞いたパステルは当然のように憤慨。

 シィルやイージス、パステルの母親や祖母までが止めに入り一旦は収まったものの結局ランスはここで曰く"俺の女"相手に散々好き勝手してからシャングリラを出て行ってしまったらしい。

 

 リセットとは会えないままだったのでサクラ達は引き止めたそうだが……

「出て行ったのではなく、追い出したのじゃ!」

 机をばしーんばしーんとだだっこのように叩いて憤慨している都市長であり現カラーのパステル女王。

 息子の前ではメロメロだが根幹にカリスマと威圧感を纏っていたリーザスのリア女王を見た後というのもあって、あまりの差にエールは首を傾げた。

 この人とあの父からリセットのような存在が生まれることに奇跡を感じるばかりだ。

「お前も何か言ったらどうじゃ!」

 エールはパステル女王とリセットは全然似てないですねと言って、リセットのために持ってきたみかんをパステルの頭の上に乗せた。

「な、なんじゃとー!? 貴様、またもや妾をバカにしおって! やはりあの二人の子供――」

 呪いをかけんがばかりの形相になったので、エール達は側にいたカラー達が宥めている間にそそくさと退散した。

 

「うちのエールがホントすいません……」

 長田君がエールにも頭を下げさせながら、外まで案内してくれたサクラに平謝りしている。

 エールの方は迷惑をかけてしまったサクラに素直に頭を下げるが、パステルの方への謝罪の気持ちは全く沸いてこなかった。

 

「ご両親が昔ペンシルカウを燃やした、というのは仕方がないことだったんです。そこはお気になさらないで下さい」

 サクラもまたパステルのことを謝罪する。

 

 エールには隠しているつもりだがクルックーは放火好きである。

 冒険の勉強でキャンプをすることになった時の事、クルックーがキャンプのたき火をつけるとき目をキラキラさせて眺めていたのをエールは良く覚えていた。

 燃やすのが好きなのか、燃えているものを見るのが好きなのか、両方なのかは知らないがエールはとにかく母が火が好きであることを知っている。

 それと同時に、クルックーがエールまで放火が好きにならないように注意していたことも分かっていた。

 魔法の才能があることが判明した時も覚えさせたのは雷の魔法、火は危険なものであり放火が良くないということはちゃんと教えられている。

 

「いや、仕方なく村を焼くってどんな状況っすか?」

「話すと長くなるのですが、我々を救うために……決して悪気があってされたことではないのです」

 さすがに趣味で村を焼くような人ではないようでエールは少し安心した。

「リセット様もエールさんに会いたがっておられました。またいらしてください」

「外交って言ってたすけど、どこらへんにいるんすか?」

「大陸西方のヘルマンとゼスを回りつつペンシルカウへ視察をする予定ですね。イージスも同行しています」

 ランスとクルックーが仲良く(?)燃やしたというカラーの故郷ペンシルカウ。一体どんな場所なのか、とエールは聞いてみた。

「翔竜山の近くにあるクリスタルの森にあるカラーの住む村で、今は人間になじめない、身を守り切れないカラーがそこで暮らしています。

 近くに魔王城が出来てしまってから皆シャングリラへ一時避難していたのですがそれもなくなりましたので」

 

 エールはペンシルカウにぜひ行ってみたい、と言い出した。

「俺も! 俺も行きたーい! カラーの村とか絶対美人だらけの楽園だろ!? 人間も入れないっていう幻の村、行ってみて―!」

「え、えぇ? 申し訳ありませんが、そこはカラーの秘密の村で普通の人間は入ることは……」

 困った様子のサクラに二人は迷惑かけないから、リセットに会うだけだからと強引に詰め寄った。

 サクラは何度か断ったが、二人は折れる気配はない。

 エールは翔竜山から魔王を追い出したのは自分達なのだから、村を見せてくれるぐらいはしてもいいんじゃないかと言い出した。

「わ、わかりました。エールさんはリセット様の妹君ですし……紹介文を用意出来るようパステル様に相談してみます」

 このままでは無理矢理入りかねないと思ったサクラがそう言った。

「うおー!やったぜ、エール! 言ってみるもんだなー!」

 パステルが無事に発行してくれるかは分からないが、とりあえずサクラに礼を言ってエールと長田君とハイタッチ、旅の楽しみがまた一つ増えたと喜び合った。

 

………

……

 

 シャングリラで一泊。前に泊まった宿屋である。

 

 前はちょっとした盗難騒ぎがあったが、あの時の従業員も真面目に働いているようだった。

 宿屋の主人はエール達のことを覚えていてくれたらしく、対応もことさら丁寧で少し良い部屋に案内して貰えた。

「懐かしいな。 シャングリラでも色々あったよな」

 魔王の襲来、志津香達との出会い、謎の美少女探偵もいま思えば楽しい思い出である。

 

 就寝まで町をぶらぶらすることになったエールと長田君は、町中でリセットの絵が描かれた看板を持った集団を見つけた。

 エールはその集団について軽く情報収集をしてみた。

「あれはリセット様のファンクラブだね。最近はまた数が増えたもんだ」

「荒くれ者や魔物なんかも入るようになったからね。まあ、リセット様なら無理もないことだ。なんたって魔王討伐した英雄様だっていうじゃないか」

「そんな凄い方なのに相変わらず私達にも優しく気さくに接してくれるんだ。 本当にシャングリラの誇りさ!」

 エールは姉が褒められているのでとても気分が良く、誇らしい気持ちになった。

「リセットさんは相変わらず人気者だな。 ならあれはファンクラブみたいなもん?」

「いやー、リセット様がいない間はどうもガラが悪くてたまに酒場で暴れてるんだよ」

「リセット様の前じゃ大人しいんだがね。 ファンってのもあるからリセット様もあんまり強く言えず困ってるんじゃないか?」

 さらに聞くともはやファンを通り越して信者になりかけているらしく、たまに乱闘騒ぎを起こすほどであるらしい。

 

 連中が入っていった大きな酒場は人が大勢出入りして、店員も忙しそうで大賑わいである。

 姉であるリセットのファンが増えるのは悪い事ではないが、そいつらは先にいた客をどかして席を確保したり大声で騒いだりとやりたい放題でどうにも物騒な集団に見える。

 エールは長田君と適当に飲み物と食事を注文すると、その集団に聞き耳を立てた。

 

 種族の垣根をなくし、シャングリラを栄えさせた外交官。

 魔王を正気に戻し、その脅威を取り除いた英雄。

 それでいて驕ることもなく変わらずみんなのために尽くしてくれる優しく温かい存在。

 

 しかもあれだけ可愛いと来たらここまでファンが仕方のないことだとエールは姉への美辞麗句をうんうんと頷きながら聞いていた。

「そりゃリセットさんは面倒見も良いし優しいし可愛いけどよー、なんつーか乳とか以前に小さいし? 女として見れないっつーか、女としてみる奴ってロリコンぐらいしか寄り付か」

 エールは喋っている途中の長田君を叩き割った。

 そのセリフが聞こえたのか、男達がエール達に絡んでくる。

「誰かリセット様のことを悪く言わなかったか!?」

 言ったハニーはボクが割った、とエールがそちらを向いた。

「リセット様は確かに小さい。 だがその存在の大きさは世界中に轟いているんだぞ!」

「我々のような魔物にまでリセット様は慈悲を下さった。 今日のシャングリラがあるのも全てリセット様のおかげ、素晴らしい!」

 エールにとってはそんなこと言われないでもわかっていることだった。

 

「リセット様がカラーの女王になったら子供とか作るんだろうなぁ……」

 エールはそれを聞いてはっとそちらを見る。

 話は不穏な方へと向かった。

「その時は俺が優しく孕ませて差し上げたい……」

「お前なんか振られるに決まってるだろ! リセット様にはとびきり優秀な男探すんだろうよ」

「いや、愛があるのが一番だ!俺の子種を――」

「ふざけんじゃねぇ! リセット様には俺が――」

 そう言って男達はケンカをはじめようとした。

 

 しかし、それが騒ぎになる前にエールは話していた男を突然ぶっ叩いた。

「なんだぁ!?」

 大騒ぎしていた男が一斉にエールの方を見る。

 

 エールはお姉ちゃんが欲しいならボクを倒していけ!と叫んだ。

 

「ちょ、ちょ、ちょ! エール、何言ってんの!?」

 明らかにいつもと様子がおかしいと、長田君がエールが飲んでいたものを見るとそれはいつものピンクウニューンではなくかなりきつい酒の匂いがした。

 店内は人でごった返している、店員が注文を間違ったようだ。

 

「女のくせにリセット様に憧れてんのかよ?」

 ボクはリセットの妹だ、とエールがいつになく声を上げる。

「あれか、姉妹願望ってやつか!? リセット様にそんな趣味はねぇぞ!」

「ガキはミルクでも飲んで帰りやがれ!」

 飛んできた手をエールは軽くいなすと、そのまま背負い投げを決めた。

「なんだぁ!このガキ!やろうってのか!」

「変なハニーなんか連れやがって!」

 姉によこしまな思いを抱くだけではなく、大事な親友をバカにされ、エールは怒り心頭だった。

「誰が変なハニーだこらー! エール! 店のもん壊すなよ!」

 エールはとりあえず全員ぶっ叩いてその集団を二度と集まらないように解散させることにした。

 

………

……

 

 酒場で人が大暴れしている。

 

 そんな通報を受けてシャングリラの警備隊長であるカロリアは現場に走っていた。

 いつもの連中だろうが、自分が呼ばれる事態は久しぶりだった。

 

 酒場の前にくると人だかりができていて、わーわーと盛り上がっていた。

 人混みをかき分け入ると、そこには見慣れない一人の少女と見慣れたカラーの幽霊…英霊がやり合っている現場であった。

 扉が壊れた酒場の中を覗くと床にはその乱闘に巻き込まれたのか、たくさんの男が床に伏せている。

「こらー! 乱闘禁止!」

 カロリアが熱くなっている二人に毒針を放つが、少女とカラーはそれをしっかりと躱した。

 不意打ちのように放ったにもかかわらず回避されたことに驚くがカロリアは引かない。

「大人しくして! 逮捕するよー!」

 そう叫ぶと野次馬は蜘蛛の子を散らす様に消え、暴れていた二人も動きを止めてカロリアの方を振り向いた。

 

 エールに魔法を放っていたそのカラーは満足げに薄く笑うとふっとその場から姿を消す。

「あー、逃げられちゃった。 捕まえたりは出来ない人だけど」

 残されたエールはというとさすがに警備に手を出す気はなく、降参とばかりに手を挙げていた。

「大人しくしてくれるんだね。それじゃ、こっちきて」

 エールは大人しくその綺麗な女性の後をついていくことにした。

 ミステリアスな刺青の紋様や、毒針を出したのが身体から出たムシであるのが気になり、エールは目をキラキラとさせながらカロリアの入れ墨を撫で始めた。

「わわわ! どうしたの!?」

「こら、カロリアにペタペタ触るな」

 にゅるっとムシが顔を出し、口から火を吐こうとする。

「儂らが気になるんかいの?」

「ほーら、お嬢ちゃん。こっちに大人しくついといでー」

 カロリアのムシ達が子供をあやす様に誘導すると、エールは嬉しそうにそれに手を伸ばし惹かれるようについていく。

 エールはまだ酔いが覚めていなかった。

 

 

「早々に乱闘騒ぎとは父親そっくりじゃな」

 連行された先で都市長であるパステルが呆れた顔でエールを見た。

 普段は些事に顔を出すことないが、乱闘にパステルの曾祖母であるフル・カラーも関わっているならば無視するわけにもいかない。

 酔いが覚めたエールは尋問室のような場所で椅子に座らされて縮こまっていた。

「いやー、確かに暴れたのは悪いっすけどちゃんと理由があるんすよ!」

 一緒についてきた長田君が暴れた理由をパステルを説明する。

 

 リセットさんにいやらしい不埒な事を言ってたやつらをエールが叩くと、あれよあれよとそいつらの仲間まで集まってきた。

 エールはそいつらを叩き伏せ、ガキに負ける様じゃ姉を守るわけないとか二度と姉に近付くな、迷惑をかけるなーと叫びながら酒場で暴れていた。

 男達はそれが情けなく悔しいのか反撃を仕掛け、エールがさらに応戦しているとどこからかクールな雰囲気で露出度の高い巨乳美女カラーの幽霊まで参戦。そのカラーはエールにも攻撃していたのだが、結局はその争いに巻き込まれファンの集まりだという男どもは一人残らず吹き飛ばされる。

 自分も巻き込まれて割れたが、そうなってもエールとカラーの戦いは続き、狭くなったのか酒場の外でやり始めいつの間にやらギャラリーがつく騒ぎになってしまった。

 二人とも何故か楽しそうだった。

 

 長田君がそこまで話すとパステルは困惑した表情になった。

「曾お婆様まで一体何をしておるのか……」

「あの幽霊さんってパステルさんのご家族何すか?」

「うむ。 血の気が多く森にもマザーカウにも戻らずふらふらと、妾にも止められは…… いや、そんなことはどうでも良い」

 咳払いをしてパステルはエールを見た。

 大暴れしていたという目の前の少女は気まずさからか、後悔の念からか、縮こまって頭を机に押し付けるように下げている。

「随分と大人しいではないか。さすがに反省したか」

 エールは酒の影響が残っていて、頭の中がまだくらくらガンガンとしていて頭を上げられないだけだったが、パステルはそれを勘違いしたようだ。

「話を聞くにお前だけに非があるわけではないようじゃ。 あやつらにはリセットも困らされておったし、今回のことは不問に処す。感謝するが良い」

 そう言ったパステルの言葉には少しばかりの機嫌の良さが伺えた。

 パステルにとってリセットは自慢の娘ではあるが優しすぎるところがあり、強く言えないことも多い。エールがリセットのためにしたことだと言われれば、それ以上責任を追及する気にはなれなかった。

 

「エールさん、これをクリスタルの森にいるカラーに渡してください」

 エールは脇に控えていたサクラから一枚の手紙を渡された。どうやら紹介状のようである。

「お前らは村に入ろうと無茶をしかねんからな。いいか、あくまで見るだけじゃ。決して面倒事は起こすでないぞ!」

 パステルはエール達が魔王を翔竜山から退け、カラー達がクリスタルの森に帰れるようにしたという功績があるので無碍にするのは良くないとサクラから説得されていた。

 何よりエールの両親はあの二人、無理矢理入ろうと騒ぎを起こされたり森が燃やされたりするかもしれないと考えれば素直に入れたほうがマシ、そして父親のことを子供であるエールに当たってしまったことも内心反省していたこともある。

 エールは紹介状をくれたパステルにきっちりと頭を下げてお礼を言った。

 

 エールと長田君は絶対に暴れるなときつく言いつけられすんなりと解放された。

 

 エールはパステルと少し仲良くなれた気がした。

 

………

……

 

「次は予定通りヘルマン行くか? それともペンシルカウにさっそくいってみる?」

 長田君が宿の部屋で地図を広げている。

 砂漠で熱いので早くヘルマンに向かいたい、とエールは言った。

「そうだなー、ヘルマンはすげー寒かったから防寒具の準備とかいるよな。 あっ、今度こそ砂漠出るまではうし車使おうぜ!」

 二人は冒険の準備に頭を巡らせている。

 

「そういや、エールってリセットさんの相手ってどんな人ならいいわけ?」

 長田君が何となく尋ねると、エールは腕を組んで悩み始めた。

 色々と頭を巡らせるがそんな人は思い浮かばない。自慢の兄弟ですら一長一短だった。

 

 エールは悩みに悩むと自分が男だったらリセットに迫ってクリスタルを青く出来るようがんばる、と言った。

「え、お前ロリコン願望とか引くわー… でも実際に男になったら絶対巨乳のほうがいいってなるから!」

 エールは長田君を叩き割った。



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首都ラング・バウ 1

 うし車に揺られてヘルマンに入り、それから歩いて数日。

 

 エール達は無事にヘルマン共和国の首都ラングバウに到着した。

 シャングリラで防寒具を準備したものの、すごい寒さである。

 

「いらっしゃい、エールちゃん。今レリコフを呼びに行ってもらったからちょっと待っていてね」

 大統領府を訪ねるとすんなりと中に通され、最初に会った時のようにシーラが温かくて美味しいお茶とお菓子でエール達をもてなした。

 なんでもお茶とお菓子は最高級品であるらしい。

 

「エールちゃん、ランス様を元に戻してくれてありがとうございました。もう魔王の脅威もなくなったと聞きました。ヘルマン共和国大統領として深い感謝を―」

 シーラはエールに丁寧に頭を下げるシーラに戸惑って、持っていた菓子を落としそうになった。

 レリコフもヒーローも助けてくれた。改まって礼を言われるようなことではない、とエールはぶんぶんと首を横に振った。

「へへっ、エールってばもしかして恥ずかしがってるー?」

 エールはからかってきた長田君を割った。

「では、レリコフの母として。娘を冒険に連れて行ってくれてありがとう、エールちゃん。すごく楽しかったってレリコフずっと話していて」

 優しく微笑んだシーラは美しく、元々は姫だったという気品を感じさせる。

 エールは母クルックーの笑顔を思い出していた。

 

「あんたが噂のAL教法王の娘ってやつなのね。なんかもっとすごい強そうなのを想像していたわ」

 もう一人、若い女性も同席していてお茶とお茶菓子を食べながらエールにそう言った。

「法王ってAL教で一番偉い人なんだしやっぱり家は金持ちなの? 寄付で暮らしてんの? エールだっけ、次の法王様だったりするとか… 私、長年シーラ大統領の秘書してるペルエレって言うの、よろしくねー」

 大統領秘書を名乗ったペルエレは今度は媚を売るような笑顔になった。

「ペ、ペルエレ……」

「この人なんかすごいなあ」

 エールもそれに同意した。 見た目こそエールと比べても離れていなさそうな若い見た目だが、長年勤めているいうこともあり凄い人なのだろうか、とエールも長田君も全く自分を隠さないペルエレの態度に逆に感心していた。

 ちなみにモフス家は小麦の値上がりを気にする程度の生活でとても金持ちとは言えない。

「あっそ… 清貧ってやつか。落ち目のAL教の布教なんかヘルマンじゃ意味ないわよ。そういうのだったらよそ行った方がいいんじゃない?」

 金持ちでないと聞いたペルエレは途端につまらなさそうな顔になった。

 エールがAL教の布教なんかしたことないし司教でもないので、と答える。

「せっかく法王の娘っていうすごいとこ生まれたのに勿体ないことすんのね。 寄付で生活とかすっごい楽そうなのに」

 ペルエレはそう言って眉をひそめ、シーラは終始困った顔をしている。

「若いのに大統領秘書とか凄いっすねー」

 長田君が助け舟を出す様に言った。

「若いのは見た目だけ。 そういえばなんでここにモンスターがいるの?」

「ひっど! 俺はハニー界でも屈指のイケメンハニー―」

「だからあんたハニーなんでしょ。やっぱモンスターじゃん」

 長田君はボクの大事な相棒です、とエールは改めて紹介した。

「……あんたさっきその大事な相棒割ってなかった?」

 それは些細な事だった。 長田君は遺憾の意を示すが、それはエールにもペルエレにも届きそうもない。

 

「そうそう。エールちゃんのお母さん、法王様にはヘルマンがまだ帝国だったころ革命でお世話になったんですよ」

 シーラが話を切り替えた。

 変な人だの、村を放火しただの、あの法王と呼ばれてばかりの母クルックーが素直に褒められてるのを聞くのは珍しく、エールは驚いて目を丸くした。

 シーラはエールのそんな表情を見て

「そういえばヘルマン最後の戴冠式の写真にも姿が写っていたはずだわ。見たことあるかな?」

 そう言って帝国時代の最後の戴冠式だという大きな写真を持ってきてくれた。

 

 荘厳な雰囲気で一枚の絵画を思わせる、ヘルマン帝国最後の戴冠式の大きな写真のパネル。

 中央で冠を掲げている綺麗なお姫様が昔のシーラである。

「当時からすげー美人だったんすねー」

 エールも長田君も感嘆する。

 巨乳ではないものの確かにすごい美人である。もちろん今も美人であるが、白いドレスを着ているのもあって高貴な身分と淑やかさを感じる出で立ちだった。

 顔立ちがレリコフに似ているが、レリコフも将来はこんな綺麗なお姫様になるのだろうか。

「あの火の玉娘がこんなになるわけないじゃん……私が使徒でなかったら何度か死んでるわ」

 それを聞いたペルエレは呆れた顔をしていた。

 

 そのシーラの後ろにいる見覚えのある黒髪の女の子、小柄であるがエールの母であるクルックーだ。

 法王の衣装を身に着けた母の姿は凛とした威厳があってとてもかっこよく素敵だとエールはドキドキとした。

 少し表情が硬いのは緊張しているからだろうか。

 各国首脳相手でもいつも堂々としていて、いつもにこやかな母でも緊張することがあるんだなとエールは少し不思議な気分になった。

「いや、あんたの母親昔はずっとこんなカオでしょ?」

 そう言うペルエレに母はいつもニコニコしている、とエールが強く言い返すと驚いた顔をした。

 

 それとシーラの後ろに隠れてよく見えないが、クルックーの横にいるのがパン屋のお姉さんでもあり、エールの師匠であるテンプルナイツ時代のサチコである。

 エールが生まれる何年も前から立派に母を守ってくれていたんだろうと思うと感動する。

「この人がエールの師匠なのか、どんな人なん?」

 優しくてパンを焼くのが上手くて自分にいろんなことを教えてくれたとても尊敬できる人、とエールは答えた。

「へー、会ってみてーな」

 今度、村に戻ったらちゃんと紹介する。パンも美味しいし、とエールが長田君に少し得意げに言った。

「私もサチコさんにはパン作りを教えてもらったことがあるんですよ。あと魔人さんとも仲良くしていました、優しくて良い方ですよね」

 シーラが言うと、エールは笑顔になった。やっぱりサチコさんもすごい人だとエールは思った。

「サチコって何か聞いたことあるような、ないような…」

 ペルエレはサチコの姿を見たことあるはずだがその印象は薄く、記憶に残っていなかった。

 

 さらに写真を見ると手前にいるアーモンドに似た人はリーザスで師匠をしてくれたチルディなのだという。

「ええ、マジ!? エールより小さくね?」

 後ろ姿からも分かるちんまり感、これがあのナイスバディになるのかと思うとエールの中で希望が湧いてきた。

 

 真ん中で冠を授けられているのがヘルマン最後の皇帝だったというパットン。

 レリコフといつも一緒に居るヒーローの父、エール達が魔王討伐の特訓でお世話になった人である。

 そしてその妻であるハンティは全く姿が変わらないまま写っている。さすがカラーというところだろうか。

 

 そういえば兄妹なのにシーラさんとパットンさんは似てないんですねとエールがいうと、シーラは少し悲し気な表情を浮かばせた。

 何か悪いことを聞いたかと思ったが

「あんたとレリコフだって全然似てないじゃん」

 ペルエレに言われると、エールは納得した。

 

 そしてエールの父であるランスも写っている。

 荘厳な雰囲気の中、目の前の光景をあまり興味なさそうな、つまらなさそうな表情で見ているのが父らしいな、とエールは思った。

 改めて考えると、クルックーにシーラ、チルディとここだけで3人も父の女が写っていることになる。

「いや、あんたの父さんここに写ってる中でやってないのたぶんハンティさんだけだから」

「マジっすか」

 長田君が驚いていたが、エールは父がハンティのような綺麗な人に手を出していないと言う方に驚いていた。

 

 写真を見ながらまったりと談笑していると、

「エールー!長田君もー!」

「エールねーちゃーん!長田にーちゃーんー!」

 爆音とともに扉が半壊した。

「レリコフ!ヘルマン家家訓――!」

 シーラが言うのは間に合わず、突撃してきたヒーローに長田君は抱きつかれて粉々になった。

 エールの方といえば足に力を込め、そのまま勢いに任せて飛び込んできたレリコフをなんとか受け止める。

「あんたよく吹っ飛ばされないわね!?」

「エールちゃん強いのね…」

 シーラとペルエレが驚いている。

 

 レリコフに抱きしめられる力は本当に強いけどとても暖かい。

 エールは抱きしめ返した後、突撃のお返しとばかりにそのふさふさな髪と頭を撫で繰り回すことにした。ふわふわ揺れるレリコフの髪からは太陽の光を浴びた布団のような匂いがする。

「やーめーてー!」

 そう言いつつ、レリコフは嬉しそうにエールにぐりぐりと頭をうずめていた。

 一通り撫で繰り回すのを終えると改めて二人は挨拶をかわす。

「へっへー、一年ぶりだね! 連絡もないし、新年会にも来なかったから本当に心配してたんだよ!でも元気そうで良かった!」

 ザンスと同じようなことを言う。エールは覚えていないが、とにかく一年ぶりらしい。

 それについて聞こうとしたが

「エール、何見てたの?」

 レリコフはエールが見ていたものをのぞき込んだ。

 若い頃のシーラさんとレリコフはよく似てるね、とエールが写真を指さしながら言うと嬉しそうにする。

「へっへー、そうかな?色んな人からかーちゃんにちっとも似てないって言われるんだけどさ」

 そう言って可愛く笑うレリコフを見て淑やかさこそないが、将来凄い美人になりそうだとエールは思った。

 

「懐かしいもの見てるなぁ」

 そう言いながらパットンさんとハンティさんがやって来た。

 なんでも、たまたまヘルマンに戻ってきていたらしい。

 ハンティは半壊した扉を見て、レリコフとヒーローを叱りつけると二人はしょんぼりとしていた。

「他の人達は結構様変わりしてるのに、写真と比べても全然変わってないんだな。さすがカラー…」

 長田君が写真の中のハンティの姿と比べてそんなことを小さく呟いている。

 エールも見比べてみると、確かに少し髪が伸びたくらいでその姿はほとんど変化がない。

「詳しい年齢なんかもう覚えてないけどあたしは4000年ぐらいずっとこの姿だからねぇ」

 二人のひそひそ話は聞こえていたようだ。

 4000年、エール達には想像もできない年月である。

 

 エール達は魔王退治の途中、お世話になったので改めて挨拶をする。

 そういえばハンティさんになんでリセットと同じでクリスタルが赤いんですか?エールは前から疑問に思っていたことを口にした。

「父親みたいなこと言ってんじゃない」

 ハンティはエールをぺしっと叩いた。

「お前、伝説の黒髪のカラーになんてこと言ってんだー!」

「あんたも苦労してんねぇ」

 ハンティが平謝りする長田君に、そういってにししと笑いかけた。

 聞いてみるとカラーはカラーでもリセット達とはちょっと違うらしい。

 そもそも女しかいないカラーなのにヒーローは男の子、しかもドラゴンなんだからそういえばそうだ、とエールは納得した。

「怖いもの知らずと言うか。見た目はちっこいがやっぱ大将とあの法王の娘だなぁ」

 パットンはそう言って豪快に笑っていた。

 

………

……

 

 そのまま一泊させてもらえることになったので、エールはレリコフとお風呂に一緒に入った。

「ひゃー!わしゃわしゃされるー!」

 わしゃわしゃと髪を洗われ喜んでいる姿はとてもわんわんっぽい。

 エールがそのまま身体も洗ってあげようと泡のついたスポンジをレリコフの体に当てる。

「な、なにするの!」

 そうしたら触られて真っ赤になっている。

 女の子同士なのに、どうということもないと思うのだが。

「あ、あれ?そうだよね、変なの!」

 そう言われて気を取り直したのか、とにかくその後は大人しくされるがままになっていた。

 オノハほど上手いわけではないが、レリコフはとても気持ちよさそうにしている。

 二人で一緒に湯船に入るとレリコフの胸の方が大きくなってる気がしたので触ってみた。

 ふにふにと触ってみると可愛い反応をした。

「エールのえっち……」

 エールは自分より小柄なレリコフと自分の胸で差がほぼない、いやレリコフの方が大きいように感じて、自分の胸をさすりながら若干の敗北感を味わった。

 

 風呂上り、レリコフとヒーローは冒険話をエール達にせがんだ。

 夜遅くだったので宿泊用にと特別に大きなベッドがある部屋を用意してもらい四人で入る。

 さすがにヒーローまでは入れないらしくベッド脇に首だけのせており、長田君もエールやレリコフと同じベッドに入るのが恥ずかしいのかヒーローの隣に座っていた。

 

 エールが何となくベッドに乗せられたヒーローの鼻をきゅむっと掴む。

「ん~~…何、エールねーちゃん?」

 やんやんと首をかすかに振っている。

「う~…… 離してよ~……」

 ヒーローはエールの倍ぐらいの大きさがある。

 前にもやったことがあるが、そんな大きなドラゴンが可愛く顔を振っているのを見るのは楽しかった。

「こら、ヒーローは男の子なんだぞ。そういうことするんじゃありません」

 エールは長田君に怒られてしまった。

 掴むのをやめて軽く鼻を撫でると、ヒーローはちょっと嬉しそうにしていた。

「また二人で仲良ししてるー」

 エールは隣に寝ころんでいたレリコフの鼻も摘まんでみた。

「ぎにゃー!」

 変な叫び声をあげているが、表情はニコニコとしてとても楽しそうだった。

 

 四人で冒険話や思い出話で盛り上がっていた。

 長田君が話し上手なので、レリコフとヒーローは目を輝かせ、エールもそれを楽しく聞いている。

 冒険話や思い出話に花を咲かせていると

「あ、そうだ! エール。ボクとした約束、覚えてる?みんなで冒険に行こーよ!」

 レリコフが天真爛漫な笑顔でそう言った。

 そういえばそんな約束をしていた。エールとしてはレリコフに会いに来ただけだったのだが

「オイラも行きたーい!」

「いいねー!ヘルマンってどっか冒険できる場所あっかな?」

 エールも含めてその場の全員が乗り気だった。

 

 ヘルマンってどこか冒険できそうな場所はある?とエールがレリコフとヒーローに尋ねる。

「東の方に古代遺跡があるよ。その地下が世界一深いって言われてるすごいダンジョンになってるって……マルリ、マグル、なんとか迷宮って言うんだけど知ってる?」

「もしかしてマルグリット迷宮!?聞いたことある!冒険者が腕試しとか、中のお宝で一攫千金とかって人気の観光スポットだったような」

「まだ誰も一番下まで行ったことないんだって! ボクたちで一番下目指して行ってみようよ!」

 冒険の目的地はマルグリット迷宮に決まった。

 明日、シーラさんに聞いて出発しよう。

 

 途中で寝てしまったヒーローに布団を掛けようとした長田君が寝返りで割れていた。

 




※ 使徒ペルエレルート
ヘルマン帝国最後の戴冠式の大きな写真 … ランス9のイベントCG


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首都ラング・バウ 2

 次の日、エール達はマルグリット迷宮に行きたいとシーラに告げた。

 

「ごめんなさい、あそこは今入れないんです」

 シーラは申し訳なさそうに言った。

「えー!なんでっすかー!?」

「古代の遺跡、マルグリット迷宮はヘルマン共和国と東ヘルマンとのちょうど間にあって……」

「間どころかほとんど東ヘルマンに乗っ取られたような地域にあるからね。全くヘルマンでは珍しい大事な観光遺跡だったっていうのに」

 

 マルグリット迷宮のある場所はヘルマン東部。

 ハンティが言うにはヘルマンを二分する内乱が起きた3年前、観光遺跡として冒険者に人気がある他、兵の訓練にも活用できるというその遺跡は所有権をめぐって争いになったこともあるが結局どちらのヘルマンも所有権を持つことなく実質閉鎖状態が続いているという。

 

「また東ヘルマン……でもあそこって魔王に対する何かだったんでしょ。もうとーちゃんは魔王じゃないんだから戦う理由とかないんじゃないの?」

 レリコフとヒーローは諦めきれないのか口をとがらせた。

「バカ、魔王がいなくなったからこそ危ないんじゃないか。今ちょうど東ヘルマンと停戦交渉、もう争わなくていいように話し合ってる最中なのに向こうに行ってあんた達になんかあったらどうすんの」

「いなくなったからって恨みが消えるわけじゃないのよ」

 ハンティが二人を窘め、シーラが真剣な顔をして目を伏せている。

「むしろ魔王じゃなくなったからこそ大将のこと探して復讐を、なんて考える奴らもわんさか出てきてるんだよな。そもそも魔王の脅威がなくなったってのを信じてない、こっちのデマだっていうやつらもいるぐらいだ。うちには色んな国の話が集まってくるが、世界各国で反乱の扇動してる連中の裏に東ヘルマンがいるって噂も入ってきてる」

 パットンが言い辛そうなシーラに代わって話し始めた。

 パットンは貿易独立都市の都市長、世界各国からの情報も仕入れているようだ。

「こっちが魔物を受け入れたりしてるのも気に入らないらしいからな。向こうさんとの解決はまだだいぶ先になりそうだ」

 西ヘルマンは魔物界と面しているのもあって人間と魔物が共存している穏やかな国だが、東ヘルマンからすれば魔物は魔王の手下であり人間界を蹂躙した敵以外の何物でもない。

 そんな部分も相いれないらしい。

 

 東ヘルマン。

 エール達を何度も魔王の子だからという理由で襲い、最終的には3万人というとんでもない数を引き連れて襲ってきたはた迷惑な連中である。

 一応、魔王退治まで様子見という判断がされたというのをエールはハゲのおじさんから聞いていたが、リーザスでザンスからも聞いた通りまだ魔王の関係者にちょっかいかけてきているのは間違いないらしい。

 

 エールが東ヘルマンを潰せばいいのでは?と言ってみた。

 その場にいる何人かはぎょっとした顔をする。

「潰すって、簡単に言ってくれるな……」

「私もそれに賛成。この前の懇親会であのリア女王とかそろそろ東ヘルマン潰しましょって言ってたじゃん。 停戦交渉なんかしてないでさっさと潰しちゃえばいいのよ」

「もう戦いたくない、戦う理由がないって人も大勢いるんだからそういうわけにはいかないわ。リセットちゃんも交渉に参加してくれて……」

 ペルエレは甘いことを言うシーラに呆れた表情をしているが、新年会と並行して行われる各国首脳による懇親会では東ヘルマンの処遇についても話し合いがされていた。

 シャングリラは平和的解決を望み、リーザスは完全に潰してしまう方向に、各国で意見はかなり割れている。

「そういう連中って魔王云々じゃなくてこの機会に王族倒して自分達が権力を、なんて考えたロクでもない連中なんだろうけどね」

「一国潰すとなればそれなりの戦力もいるだろうしな。まぁ、難しいとこだ」

 パットン夫妻も色々と思うところがあるようだ。

 

 エール達に難しい大人の話は分からない。

 とにかくマルグリット迷宮には行けないという事でレリコフとヒーローが冒険の出鼻をくじかれ落ち込んでいる。

「まー、そういう事情があるならしょうがないよな。平和になったらまた行こうぜ」

 長田君が二人の肩を叩き慰めた。

 

 エールは他にヘルマンで冒険できるところはありますか、と聞いてみた。

「え、えっと……うーん……」

「うちにそんなの求められてもね。そういえば廃墟になったショッピングセンター、ごろつきの溜まり場にもなってんだけどそこにゾンビがわんさか出るって噂があるわよ」

「ゾ、ゾンビ!?それにごろつきって……エール、俺はそんなとこ行きたくないぞー!」

 ゾンビというとエールが真っ先に思い浮かべたのは勇者ゲイマルクだった。ああいうのがうようよいるだけではあまり楽しくなさそうだ。

 

「そうだわ。エールちゃんは冒険者ですよね?」

 エールは大きく頷いた。

「前にオーブ探しで行ってもらったシベリアのホルスの巨大戦艦に魔人が出入りしているという噂があるんです。調べてきて貰えないでしょうか?」

「ああ、そういえばエールって日光持ってたんだっけ。確か日光って魔人が近くにいると分かるんだよね」

 エールは日光を構えて見る。

「確かに私なら魔人の気配を探ることが出来ますが……魔人がいるのですか?」

 日光は警戒するような声で答えた。

「あくまで噂という事になっています。そして魔人が出入りしていると言えど何か被害があったという話は全くありません」

 魔人でありながら人類に協力していたというリズナ、ながぞえこと長田君や少し前に会ったケーちゃんなど魔人といえど色々いる。

 それと同じで危険のない魔人ということだろう。エールはかばんのポケットに入れたままの魔血魂を思い出した。

 魔王の血を滅ぼしたあの場に居なかった魔人の魔血魂は吸収されなかったので、噂が本当ならそれを逃れた一体か。

「放置してても良いぐらいなんだけどね。日光持ちに会って大丈夫って言ってもらえりゃ向こうさんも安心するだろうからさ」

「ハンティ様はその魔人に心当たりがあるんですよね」

「……長生きしてるからね」

 

「エールさん、行ってみましょう」

 日光の言葉にエールは大きく頷いた。

「前はオーブ探しとなんか暴れてたやつやっつけたりでゆっくりできなかったもんな。ちょっと探検とかさせてもらおうぜー」

 長田君の言葉にエールも大きく頷いた。

 あの戦艦は見たことないものだらけで見回ったらとても楽しそうである。

「あの時以来テラちゃんに会ってなかったから久しぶりだなー。あ、知ってる? ホルスって空が飛べるんだよ! 持ち上げて飛んでもらおーよ!」

「美味しい蜜とかあるんだよねー、オイラも楽しみー!」

 二人も気力を取り戻し、嬉しそうにしている。

 

「やっぱりあんた達も行くの?」

「ボク達も行っていいでしょ?」

「いや、レリコフはいいんだけどヒーローはねぇ…」

 ハンティが少し言葉に詰まる。

「かーちゃん。なんでオイラはダメなのさ?」

「いや、ドラゴンだからちょっと警戒されるかもって思ってね。まあ、テラ女王と会ったこともあるし大丈夫か。行っといでー」

 少し息子を心配したが、これも経験と送り出すことにした。

 

 エール達の次の冒険の地はマルグリット迷宮から変更、ホルスの巨大戦艦と決まった。

 

………

……

 

 大統領からの依頼という事で冒険の準備はヘルマンが支援してくれることになった。

 4人でワイワイと冒険の準備をしている。

 

 長田君はしっかりと遭難セットに各種薬、リーザスで買えなかったマヨネーズも添えてそれぞれの荷物に忘れずにつめていた。

 ヒーローが重いものは持ってくれるとのことなので大きなテントも借りている。

 そういえば遭難セットのおかげで助かった、エールはそれを思い出して礼を言いながら長田君の頭を撫でた。

「へへっ、備えあれば患いなしってなー」

 長田君が照れながらさらに気合を入れて冒険準備をしている。

「備えあれば嬉しいな、かー。そうだね、冒険楽しみだね!」

 レリコフは少し聞き間違えながらもニコニコしながらそれを手伝っていた。

「あっ、食べもの全然足りないね。缶詰とか貰ってくる!」

 そう言ってバタバタと外へ出て行ってしまった。

 

「遅いな、レリコフはどこまで行ったんだ?」

「戻ってこないねー」

 出て行ってからかなり経つが戻ってくる気配がない。

 迷子になったのかもしれないとエール達は手分けしてレリコフを探すことになった。

「レリコフもお家で迷子になるってことはないと思うんだけどー…」

 ヒーローはそう言っているがとにかく冒険準備からこれだと巨大戦艦まで無事に行けるだろうか、エールは前回の冒険で遭難したこともあり少し心配になった。

 

………

 

 エールが巨大な城の中をレリコフを探してうろうろしている。

 リーザスとは違って華やかさはなく、城と言うより要塞に近い印象がある。

 内部は火が煌々と焚かれていて温かいが、どうも冷たい印象を受けるのはすれ違う兵の甲冑が黒で統一されてどこか重々しい印象があるからだろうか。

 

 エールは寒々しい空の下、大広場で兵達が訓練をしているのを何となく見下ろしていた。

 ヘルマン軍は揃いも揃ってみんな身長が高く、体格がいいこともあって無骨な黒い鎧が似合っている。

 そしてその黒い甲冑が並ぶ中ゆらゆらと輝く金髪の小さな人影がちらりと見えるのを発見した。

 

「……それでね、エールはボクたちのリーダーとして頑張ってくれて、エールがいたから皆で集まれて頑張れたし、とーちゃんも元に戻せたし、魔王の心配もなくなったんだ。色々言うけどみんなエールの事ちゃんとリーダーってあのねーちゃんやにーちゃんも認めてて――」

 レリコフに近付くと、エールはなぜかしきりに褒められていた。

「あっ、噂をすれば。おーい、エール!」

 レリコフがエールの姿に気が付くと大きく手を振って手招きをした。

 片方の腕には食料の缶詰が入った大きな袋を抱えている、どうやら食料を確保した後話し込んでしまったらしい。

 

「へっ? もしかしてこのチビちゃんがレリコフの話してた……」

「うん、さっき話してたエール! とーちゃんとAL教の法王様の子、ボクの兄弟だよ」

「マジかよ… こんな小さい女の子が魔王退治のリーダーだったなんて信じらんねーな」

 レリコフが話していたその男は驚いた表情でエールを見た。

「あっ、ちゃんと紹介するね!こっちはうちの国の将軍さんでロレックスさん。すごく強くて、あと偉いんだよ!あとそのお供のオルオレさん」

「紹介がふわっふわっすねー」

 レリコフはニコニコしながら二人を紹介した、

 エールはヘルマンの将軍だという初老の大男、ロレックスとその副官オルオレと挨拶を交わした。

 

「しかし本当にこんな嬢ちゃんがあの曲者ぞろいの魔王の子をまとめてたってのか。 どんなすごいのが出てくるかと思えばこりゃまた想像してたのと随分違うっつーか……」

「大将、失礼っすよ。世界を救った英雄様の前ですぜ」

 目を丸くしながらじろじろと見てくるロレックスに脇にいたオルオレが軽い調子で言う。

「エールってすっごい強いんだよ。なんかいま使える人全然いなくなっちゃってる神魔法が使えるんだ。ボクもいっぱいお世話になったんだ」

 レリコフは少し得意げにそういった。

 エールは照れて首を横にぶんぶんと振った。

「……あの男の血、本当にどこ行っちまってんだろうな」

 AL教法王の娘のエール、シーラ姫の娘のレリコフも、そして弟子であるチルディの娘であるアーモンドも父親であるはずのあの男ことランスとは全く似ていないように見えた。

 

「そういえば、ボク闘神大会で負けたままだったね。次は負けないから!」

 ザンスと同じようなことを言っている。

 そういえばあの時ボクが勝ったのにレリコフは何もさせてくれなかった、とエールが少し意地悪を言った。

「一日好きにできるってやつだっけ? そういえばそうだったね。エールはなんかボクにしてほしい事とかある?」

 エールは考えたが特になかった。

 

「レリコフ、あんまそういう約束すんなよ。こっちの嬢ちゃんが男だったら何されるか分からないだろ。なんつーか、女の子はもっと体は大切にしてだな……」

「大将、すっかり爺くさくなりやしたね。そんなんだからチルディお嬢ちゃんにも孫馬鹿爺ちゃんみたいだとか言われるんすよ」

「そういえばアーちゃんにいつもデレデレしてるよねー」

「うるせぇぞ」

 チルディさんとアーモンドを知っているのか、とエールは尋ねた

「嬢ちゃんも知ってるのか。そりゃそうか、妹だもんな」

 エールはリーザスでチルディに師匠をしてもらったことを少し話した。

「へー、んじゃ俺の孫弟子ってわけか」

 ロレックスは昔、チルディの師匠をしていたことがあるらしい。

「こう見えて人斬り鬼とか呼ばれてた時代があったんすよ」

「パットン叔父さんと一緒にボクに必殺技とか教えてくれた人でとっても強いんだ」

 あのチルディの師匠と言うだけで、相当な人物なはずだ。

 この慕われている様子からも良い将軍なんだろうな、とエールは思った。

 

「しかしレリコフも結構強いと思うがこの嬢ちゃんに負けたのか」

「うーーーーーーーーん……」

 レリコフは悔しそうに唸った。

「そうだ、いまやったら勝てるかも! エール、ボクと勝負しようよ!」

 レリコフがそう提案した。

 その前に腕に抱えた食料置いてきた方がいい、とエールは言った。

「すっかり忘れてた。ボク達冒険の準備してたんだっけ、荷物おいてくるからここで待っててー」

 

 レリコフは長田君とヒーローを連れてすぐに戻ってきた。

「え、え、え、なんで二人戦うことになってんの? 俺達、冒険の準備してたのに?」

 エールも首を傾げた。

 

 とにかくエールとレリコフで模擬戦をすることになった。

 

「面白そうなことやってんなぁ」

「レリコフが言い出したんだろうけどね」

「二人とも怪我しないようにね」

「もうちょっと早く分かってれば賭け出来たのに」

 シーラ達も仕事の手を止めて観戦しに来ると、何が始まるのかと兵士やメイドも集まってきて、ちょっとしたギャラリーを抱えることになった。

 

 闘神大会と同じルールでいいのか、とエールが聞いた。

「うん、こういうのってリベンジっていうんだよね! へっへー、今度は負けないよ!」

「がんばれ、レリコフー!」

「負けるな、エールー!」

 リーザスではチルディに稽古をして貰った身、エールも無様な姿は見せられない。

 日光をスラっと抜いて構える。

 レリコフも前に負けたのが悔しかったのか真剣な顔をして構えの姿勢をとった。

 

「はじめ!」

 ロレックスの合図で二人は戦い始めた。

 

 エールは色々と考えていた。

 レリコフが別れた時のままならレベル的に勝機はないが、ザンスと違いレリコフは軍隊に入ってるわけではなく多少レベルは落ちているはず。

 そしてレリコフは一撃は重く素早いが、技の後には隙が出来ることと、エールの攻撃を避けようとしない、とにかく突撃あるのみという戦い方。

 逆にエールはあまり攻め込まず日光を使い攻撃を受け流し、魔法を主体に戦いつつ、しっかり持久戦に持ち込むことにした。しっかり回復を挟んでちくちくとレリコフの体力を削っていく。

 

「エールねーちゃん、ずるいよー!ずっと回復されたら勝てないよー!」

 ヒーローが抗議の声をあげ、ヘルマン勢のギャラリーからもブーイングが上がる。

「闘神大会と同じルールなら回復魔法は別に卑怯な手ってわけじゃないぞー!」

 長田君の言う通り、ブーイングされようとそれはそれこれはこれ、エールは負けたくなかった。

 

 レリコフはというとエール相手はとにかく戦い辛かった。

 ここはヘルマン、魔法使いがほぼいない戦士の国である。レリコフの戦い方もどうしても戦士相手になりがちだった、

 近接攻撃をしてくる相手ならカウンターで反撃もできるのだが、エールは魔法主体で戦い常に一定の距離をとられる。

 必殺技を入れても回復されてしまうので、じわじわと追い詰められてしまう一方だった。

 

 二人はかなり長い時間戦ったが、レリコフの体力が先に尽きて膝をついた。

「それまで!」

 ロレックスの合図で試合が終わり、勝ったのはエールである。

 

「へっへー、やったな。エール!」

 長田君が嬉しそうにエールに近付いてきてハイタッチ。

「また負けちゃった。良い所まで行ったのになー」

 エールはレリコフにヒーリングをかけながら助け起こした。

「えへへ、ありがと。エールはやっぱ強いね」

 エールとレリコフはまた握手を交わし、ギャラリーからは二人をたたえるように拍手が鳴った。

 

「頑張ったわね。レリコフ」

 シーラがレリコフの頭を撫でると、レリコフは何も言わず抱きついてぎゅーーーーっと胸に顔をうずめる。

 たぶん泣いてるのだろうが、エールはそれを見て少し羨ましくクルックーに会いたくなった。

 

 エールはシーラに顔をうずめているレリコフの頭を撫でてみる。

「な、泣いてないよ!」

 ぱっとシーラから離れたレリコフをエールはじっと見つめた。

 レリコフはエールが相手だと全力で戦えず、無意識的に力を押さえてるんじゃないかと話した。

「え? うーん、そうなのかな? 自分じゃよくわからないけど」

 例えばザンスはエールに回復され続けたら負けるというのを分かっていて間合いを詰め、攻める手を一切止めなかったため、付け入る隙もなくあっさり負けてしまった。

 短期決戦の玉砕覚悟で突っ込まれていたのなら容易に押し負けエールに勝ち目はなかっただろう。

 逆にエールは普通の魔法使いのように脆くはないのもあって、上手く長期戦に持ち込み間合いをつめられなければどうにでもなる。

「わー…なんかエールかっこいい……」

 冷静に分析するエールをレリコフは目をキラキラさせて見つめていた。

 だが、勝ちは勝ち。リーザスにまた寄ることがあったら師匠であるチルディに報告しよう、とエールは胸を張った。

「むー、次は負けないからね!」

 

「なんつーか、教え子が負けるってのはあんま気分のいいもんじゃねーなあ」

「魔法はなあ……理不尽だから好かん」

 レリコフに技を教えた師匠二人はそう言いつつ、その様子を微笑ましく見ていた。

「しかし神魔法か。今はもう新しく使えるようにならないって話だったよな」

「うちの参謀総長サマが見たらしっかり勧誘とかするんでしょうねぇ」

 その参謀総長は現在、産休中である。

 

「……んでさ。俺達、冒険の準備してるんじゃなかったっけ?」

 長田君がそう言うと

「そうだった! 早く出発しなきゃ! 行こう、エール!」

 レリコフはこれからの冒険に胸を躍らせながらエールの手を引っ張っていく。

 

「ふふ、ありがとう。エールちゃん」

 すぐに元気に笑って走っていく娘に安堵し、シーラは笑みをこぼした。

 



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エールとホルス

「行ってらっしゃい。 エールちゃん、レリコフをお願いしますね」

「行ってきまーす!」

 手を振って見送ってくれるシーラに元気に挨拶をしつつ、ばっちりと準備を整えて出発した。

 

 目指すはホルスの巨大戦艦。

 一度行ったことのある場所とはいえ、ヘルマン北部の氷雪地帯はやはり大変な場所だった。

 雪の上は歩きにくく、動いてないと凍ってしまいそうなほどの寒さも相まってかなり厳しい環境である。

「う~、さっぶー… 鼻で呼吸すると鼻の中がいた~い~… 暑かったシャングリラが恋しい…」

 そう言って縮こまっている長田君にエールは賛同しつつ、ハニーの鼻とはどこにあるのだろうか、と疑問に思った。

 

 前に遭難しかけて危なかったから慎重に行こう、エールはリーダーらしく言った。

「りょーかい!」

 レリコフとヒーローの二人はそれに元気よく答える。

「今回はミックスもいないもんな。もし次、遭難なんかしたら……」

 長田君は寒さ以外でも体を震わせた。

 

 エールと長田君が苦労している中、レリコフとヒーローは寒さも歩きづらさもほとんど気にすることもなく雪の上をガンガンと進んでいく。

「わー、見てみて!」

 エール達はレリコフが指をさした方向を見た。

 雪の中で見えづらいが、目を凝らすとかなりの大きさの真っ白なナメクジのような生き物がいる。それも一匹や二匹ではなく、何十匹も群れを成していた。白い雪の中、赤い目を浮かばせうにょうにょと動く姿は不気味である。

「うおー… なんか気味の悪い生き物だけどあれなに?」

「あれ雪うさぎって言って、すっごい獰猛なモンスターなんだよ。 人を見つけると群れで襲い掛かってくるんだ!」

 レリコフが元気いっぱいそう言うと、気配に気付いた雪うさぎの群れが真っ赤な目を光らせ一斉に襲い掛かってきた。

 赤い目から光線を発射し、麻痺にさせてくるかなり凶悪なモンスターであり、何より数が多すぎる。

 四人は麻痺に苦労させられながらもその大群を撃退した。

「あはは、楽しかったねー!」

「いや、気づいたら避けようぜ!?」

 長田君が当然の抗議を入れているが、レリコフはご機嫌だった。

 慎重に行こう、と言ったエールの言葉はすぐに頭から抜けてしまったのか急に駆け出して道をそれては魔物の群れを見つけて突っ込んだり、冬将軍に襲われたりと騒がしく暴れている。

 そのたびエール達も付き合わされることになり、そのおかげで寒さは気にならなくなったもののてんやわんやであった。

「はあ、はぁ… 全くエールが常識人に… 見えるな……」

 肩で息をしている長田君がそんな感想を言った。

 まるでボクに常識がないような言い方はやめてほしい、エールが口を尖らせる。

「え!?」

 長田君はとても驚いた表情をエールに向けた。

 

 道中のキャンプも前の冒険ではロッキーや長田君、リセットが主だって家事全般をやっていたが今回は四人。

 長田君がヒーローにテントの張り方や焚火の作り方を教えたり、エールは料理をしたことがほとんどないというレリコフにちょっとした料理の作り方を教えたりする。

 最初は四苦八苦していたものの覚えてしまえば筋が良く、すぐに慣れてテキパキとこなせるようになっていく。それが嬉しいのかレリコフ達は積極的にキャンプの手伝いをしたがった。

 得意げにしている様子が可愛いのもありエールが褒めるように二人の頭を撫でると二人はふにゃふにゃと顔をほころばせた。

 

 大きなテントに四人で入る。

「ハニワくさ~い~」

 レリコフとヒーローの何気ない一言に長田君がちょっと傷つく一幕はあったものの、すぐ慣れるよ、とエールが言った。

 ヒーローはドラゴンだからなのか体温が高い。寝袋にくるまりながら、ヒーローに抱きかかえられるように大きな掛布団に入ればとても温かいので四人で寄り添って眠る。

「エールは良い匂いだよねぇ」

 レリコフとヒーローはエールに鼻を寄せる。

 エールは頬をくすぐるふわふわな髪や、頭に乗せられる大きな顎が少しくすぐったかった。

 

 二人が起こすトラブルに巻き込まれつつも、四人でキャンプをしながら歌を歌い思い出話で盛り上がりながら仲良く冒険するのはとにかく楽しいものだった。

 エールはレリコフやヒーローとさらに仲良くなれた気がした。

 

………

……

 

 なんとか遭難することもないままホルスの巨大戦艦へとたどり着いた。

「到着ー!」

 四人でハイタッチをしつつ無事についたことを喜び合っていた。

 

「皆様、またなぜここに……」

 見張りから連絡があったのか、すぐに女王が護衛やお付き数名を連れて現れた。

 

「テラちゃん、こんにちは! おひさしぶりです!」

「お久し振りです。 皆様もお元気そうで何より、魔王も無事に倒されたと聞いております。この星に住まうものとして感謝を。 ソソソ」

 ホルスの女王テラは突然の来客に驚いたが、四人を出迎えた。

 見た目こそムシのようだが優雅な物腰に女王の貫禄と気品を備えている女性である。

「寒かったでしょう、とりあえず中へお越しください。 ソソソ」

 

「そうだ。ここに魔人がいるって本当?」

 レリコフが何の前置きを入れることもなく、そう訊ねた。

 テラはもちろん、脇に控えていたお付きのメガッスも目を見開いた、ように見えた。

「それは何かの間違いでございましょう。 ヌヌヌ」

 エールが日光を鞘に収めたまま突き出してみる。

「……いえ、ここには間違いなく魔人の気配があります。 前に来た時は感じなかったと思いますが……」

 前と言うのはまだアームズが日光のオーナーで、ジャハルッカスという危険な生物が暴れていた時の話だ。

 日光がそう言うと、メガッス達は押し黙る。

「そう警戒しないでください。私達は魔人を討伐しに来たわけではなく、ヘルマンの大統領から依頼を受けてそれが事実かどうかを確認しに来ただけですから」

 使い手であるエールも大きく頷いた。

 少しシリアスな雰囲気にエール達も押し黙る。

「魔人が切れる武器、聖刀・日光。それでは誤魔化すことは出来ませんね。 ソソソ」

 

 エール達は巨大戦艦の少し開けた、応接室のようなところに案内された。

 ホルスが育てている木の蜜から作ったという蜜茶を振舞われる。

「うめー! なにこれ! こんなお茶飲んだことないわー」

「おいしーねー! 前に一回飲んだことある気がするけどけどもうほとんど覚えてないや」

「たまーにお家に持ってきてもらってるみたいなんけど、全然取れないからすっごい貴重なんだよ。えへへー、美味しいねー」

 エール達はその美味しいお茶を堪能していた。

 

「聖刀・日光のオーナー、エール様。 魔人を討伐しに来たわけではない、というのは真実でしょうか。 ソソソ」

 危険な魔人じゃなければ倒したりしない、とエールは言った。

「実際、もう何人も見逃してるし、エールはでたらめにぶちのめすようなことはしないんで安心っすよー!」

 長田君もフォローを入れてくれた。

 

「わかりました。……メガラス、こちらへ。 ソソソ」

 

「……………………………………」

 テラの背後に瞬間的に真っ白な甲殻を持ったホルスが出現した。

「わーーー!」

 いきなり現れたので全員が驚いた。長田君が驚いて割れている。

「メガラス。子供達をあまり驚かせてはなりません。 ソソソ」

 テラの声は少し微笑むような柔らかさがある。

 

「彼はメガラス。いまから4000年以上前魔王アベルに……捕えられ魔人にされたホルスです。 ソソソ」

 エール達は頭を下げた。

 しかし、メガラスの方は頭も下げず真っすぐにエールを見つめている。

 

「へー、本当に魔人なんだ。 でもここにいるってことは魔王ランスに従わなかったんすかね?」

「話すと長くなりますが彼は15年ほど前の魔人同士の争いで体を失い魔血魂に。それを戦争終結後ホーネット様が探し出し、妾達に……」

 

 エールは二人がなにやら話しているのを無視してその白い甲殻の魔人をじっと見つめ返した。目は合っているのだが、それ以外の反応はない。

 エールは手を伸ばして胸の辺りをペタペタと触ってみるととても堅かった。それでいてハニーである長田君とはまた違う感触である。

 触ってみても反応はなくただ無口なままのメガラスをエールは触りまくった。

「何やってんの、エ-ル?」

 なんか触り心地がいい、すべすべしているとエールが言った。

「へー、ボクも触ってみよう!」

 レリコフも触りだした。

 

ぺたぺたぺたぺた

 

「あの、何をなさっているのでしょう? ソソソ」

「真っ白でかっこいいなーって」

 エールも頷いた。

 女王以外のホルスは皆、緑色で金属のような光沢の甲殻でいかにもムシっぽい。

 そんな中、汚れのない真っ白な甲殻は白磁器のような優雅な風貌に感じた。

「…………………」

 メガラスはエール達の手から逃げるように一歩下がった。

「エールもレリコフも何やってんだよ。 魔人って言っただろ!危ないってば!」

 何の反応もないからつい、とエールは謝った。

「彼に危険はありません。 ソソソ」

 長田君は慌てて口をつぐんだ。

 

「前の戦争でもホーネット派でしたし、魔王ランスからも離れておりましたので人類に危害を加えることはしておりません。 ソソソ」

 ならば、なぜ隠していたのだろう。

 エール達は事情を聞くことにした。

「魔王ランスが世界を蹂躙している間、各地で魔人も暴れておりました。その間、人類は魔人を、異形の魔人など到底受け入れることなど出来なかったでしょう。そしてメガラスに危険はありませんが、いかに人類に友好的な魔人であろうと魔王の命令は絶対。安全とは言い切れないという事情がありました。 ソソソ」

 テラは少し目を伏せるように言った。

 エールは人類へ手引きをしてくれていたという魔人リズナが、魔王の命令でエール達の前に立ち塞がったことを思い出した。

「ですから、秘密にしておりました。もっともヘルマン大統領は気が付いていて深く聞かなかったのでしょう。 ソソソ」

「ヘルマンとホルスは仲がいいもんね」

 レリコフの言葉にテラは微笑む。

「魔王はもういない……それであればメガラスは我等ホルスに害がない限りもう人類に危害を加えることはないでしょうな。 ヌヌヌ」

 メガッスがそう言うとエールは危険でない魔人なら倒すつもりは全くない、と頷いた。

 エールが日光に目をやる。

「私もエールさんと同じく。人類に害のない魔人ならば戦う理由はありません」

「ありがとうございます。その言葉を聞いて安心しました。 ソソソ」

 日光の言葉にテラは胸をなでおろした。

「ねーねー、メガラスさん全然喋らないけどどうしたの?」

「無愛想なんだよ。 ヌヌヌ」

 テラの後ろに控えていた親衛隊のメガフォースがそう小さくつぶやいた。

 メガラスはジロリとそっちを見るが、やはり何も言わなかった。

 テラが少し寂しそうにしている。

 

「ん? オイラの顔になんかついてる?」

 メガラスは今度はヒーローの方を見つめていた。

「メガラスを魔人にした魔王アベルはドラゴンでしたからな。それで警戒されているのではないかと。 ヌヌヌ」

「あー! だからかーちゃんがなんか言ってたんだ。でもオイラは酷い事とかしないよ、大丈夫」

「ヒーローは悪いドラゴンじゃないよ。 ボクの大事な友達なんだから!」

 魔人もドラゴンももちろん人も良い人も悪い人もいるもの、とエールは頷きながら言った。

「おっ、エール、良いこと言うねー! ハニーもさー、人に危害を加えるハニーとかいるけどそのせいで俺みたいな普通のハニーは迷惑してるわけよー」

 長田君がそう言ってうんうんと頷いている。

 

「しかしそう遠くない場所にある東ヘルマンがあります。こちらに魔人がいることが知られたら妾達ホルスにも敵意を抱き、こちらに軍を派遣しないとも限りません。ソソソ」

その時はやっつけてしまえばいい、とエールは言った。

「よろしいのですか? ヌヌヌ」

 やられっぱなしになれなんて言う気は全くない、自分の身を守るためならば戦うのが普通である。

「何かあったらうちに連絡してね、ボクも、ヘルマンも協力するから!」

 レリコフがそう言って胸を叩いた。

 ただ魔人を倒せる武器は日光とカオスしかないのだから、仮にバレたとしても魔人のいるところにわざわざ攻めてはこないのでは、とエールは考えていた。

 日光はエールが持っているし、カオスを持って行ってしまった父ランスはホルスの男魔人など全く眼中にないだろう。

「確かにあの男はそういうやつだったな… ヌヌヌ」

 ランスのことを知っているメガフォースがそう呆れたように言った。それを聞いたメガッスも苦笑している。

 父を知っているのか、とエールは聞いてみた。

「うむ、面白い方でしたな、魔王になった時は驚いたもんじゃ。 ヌヌヌ」

「あいつには迷惑かけられたからな。 ヌヌヌ」

 

 もしかしてテラ女王も父の女の一人なんですか?エールが聞いてみた。

 その言葉に今まで静かに控えていたメガラスが動揺をした、ようにエールは見えた。

「そんなわけないだろ! あいつはテラ様の、ホルスの外骨格の良さが分からんような奴だからな。 ヌヌヌ」

「ふふ、妾達はこの星の方々とは外見が異なりますから。 ソソソ」

 エールは納得しつつ、メガラスもちょっと安堵しているように見えた。

「そういやハニ子もやったことないって言ってたよなー、なんつーか異種族には手を出さない感じなんかね?」

 長田君も変なことをつぶやいて納得していた。

 ドラゴンとはやったことあるかもしれないと言っていたのだが、エールは今になってランスのOKなラインが良く分からなくなった。

 

 とにかく魔人の調査という依頼は危険はないので放っておいても問題なし、ということで達成である。

「へへっ、俺らには余裕な依頼だったなー!」

 ここに来るまでが大変なだけで会って話すだけだったからね、エールは少し拍子抜けだった。

 

「かーちゃんにちゃんと話しておくねー」

 レリコフの言葉を聞くと、話は終わったとばかりにメガラスはどこかへ消えてしまった。

 最後まで愛想のない魔人だった。

 エールはメガラスと少し話がしてみたいと思ったが、無理そうである。

「挨拶ぐらいしてゆけばいいものを。 ヌヌヌ」

「申し訳ありません、私も戻ります。 メガワス、皆様の案内をお願いできますか? ソソソ」

 

 テラがメガッス達を連れて退出した後、エール達はホルスの蜜茶を飲んでまったりしつつ残されたメガワスという女性みたいな口調のホルスに巨大戦艦を見て回りたいと頼んだ。

 すると快く艦内を案内して貰えることになり、戦艦内にある様々な不思議な機械や蜜が取れる木等を見せて貰った。

 

 大きな部屋に人が余裕で入れるほどのガラスの容器のようなものが所狭しと並べられている。

 中には寝心地の良さそうなベッドが入っている。

「なにこれ?」

「これはコールドスリープ装置ね。細胞を劣化させない、簡単に言うと全く年を取らないまま眠ることが出来るの。 ヌヌヌ」

「年を取らないとかすっげーヤバイ装置じゃね? でも寝続けるってあんま意味なさそーだけど」

「へー、ちょっと使ってみたいかも」

「残念だけど一回入って装置が作動したら最低五か月は出られないわ。 ヌヌヌ」

 五か月も寝続けたらそのまま目を覚まさなくなりそうだ、とエールはその機械を触りながら考えた。

「あなた達のお父さん達が入って大変なことになったことがあるのよね。 ヌヌヌ」

「とーちゃんが? 何しに来たの?」

「そうね、娘さんに教えるのは……すごくくだらない事だから聞かない方がいいわ。 ヌヌヌ」

 女絡みなんだろうな、とエールは確信した。

 

「これどれぐらい長く眠れるの?」

「さぁ……わからないけど何万年も眠ることが出来ると聞いたことがあるわ。 ヌヌヌ」

「かーちゃんよりずっと長く生きられるってこと?」

「すごいねー、でも寝ちゃうんじゃ意味ないような?」

 何万年も眠る、というのは想像もできなかった。

「なーなーもしもだけどさ。何万年も経ったら人間に代わって俺らハニーが世界を埋め尽くしてたりしてな!」

 長田君がそんな冗談を言った。

「ホルスが増えてるかもしれないわよ? ヌヌヌ」

「ドラゴンかもよー!」

 メガワスやヒーローがそれに続いたので、案外最弱モンスターのイカマンが繁栄したりして、エールもそんな冗談を言って笑い合った。

 

 エール達を案内してくれたメガワスは話しやすくとても良い人だった。

 四人でわいわいとメガワスに群がってランスのことを聞いたりホルスが空を飛べることを聞いたりした。

 15年前の魔人戦争ではホルスの空を飛ぶ力を偵察に役立てたこともあるらしい。

「あなた達のお父さん、ムシはいらないとかいって自分達の船に乗せてくれなくてね。 ヌヌヌ」

 父がすいません、とエールは何となく謝った。

「似てないわねー。 ヌヌヌ」

 そう言って笑うメガワスは父に悪い印象は抱いていないように見えた。

 

 その後、メガワスに掴まってちょっと飛んで貰ったりしてはしゃいでいると、思い出したようにメガワスが言った。

「そういえば、メガラスって最速の魔人って呼ばれていたらしいわよ。 ヌヌヌ」

「さっきいきなり現れたのは速すぎて見えなかったってこと?」

「そういうことね。 ヌヌヌ」

「うーん、でも全然お話してくれなかった……そっとしておいた方が良かったのかな。悪い人じゃなさそうだったし」

「別にいいわよ。ずっと隠し続けるなんてテラ様も心苦しかったでしょうからホッとしたはずよ。メガラスもね。4000年以上も会えてなかったんだもの、余計な事考えず平和に過ごして欲しいわ。 ヌヌヌ」

 レリコフはエールの裾をぎゅっと掴んだ。

 四人は平和に暮らしているホルス達に無粋な人の手が入らないように祈るばかりだった。

 

 エール達はそのまま艦内で一泊させて貰えることになった。

 

 振舞われたご飯はやはり蜜で出来ているらしいが、煮たり焼いたりと調理が施されておりどれもとても美味しいものだった。

「栄養も豊富に含まれててね。 昔は蜜を狙うモンスターがわんさか来てたものよ。 ヌヌヌ」

 その気持ちもわかるというものだ。 四人で美味しいと言い合っていると少しだけお土産として蜜を持たせてもらえることになった。思わぬ嬉しいお土産である。

 

 その夜。

 

 就寝前に何となくエールが外の気温と違い暖かい艦内を散歩していると、テラとメガラスがなにやら親しげにしている様子が見えた。

 会話は聞こえず、そもそもメガラスが話をできるかどうかも知らないが、その様子はいわゆる良い雰囲気というやつに見えてエールはすぐ引き返した。4000年以上、離ればなれになっていたというのはどれだけなんだろう。

 

「どこ行ってたの? エールねーちゃん、いなくなっちゃったから心配したよ」

「迷子になっちゃったのかと思っちゃったよ。 ここすっごい広いもんね」

「明日はもう帰るからな。 早く寝ないと体力持たないぜ? はぁ、また明日は雪の中… ずっとここに居たいよな、暖かいしさ…」

 エールが借りた部屋に戻ると三人が寝ないで待ってくれていた。

 

 エールは胸に温かいものを感じ、三人の頭を順番に撫で、三人が不思議そうな顔をしてる間に、おやすみといってそのままベッドに潜った。

 




※ 「メガラスは生きている」というお話 ゲーム内で見たかった…


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ランス城

 次の日、エール達はホルスの巨大戦艦を出発する。

 テラや従者のホルスが礼を言いながら見送ってくれているが、魔人であるメガラスは顔を出していなかった。

「もー、魔人とはいえほんっと分からん奴だったな! こういうのって歩み寄りが大事っつーかーもっと愛想良くしないと誤解されちゃうぜ?」

 長田君はちょっと怒っている。

「申し訳ありません。 ソソソ」

 謝るテラを前に、エールが長田君を軽く叩いた。

 

 

「それじゃねー!テラちゃん!ホルスのみんなー!またねー!」

「お土産ありがとーっ!」

「皆様も道中お気をつけて。 ソソソ」

 

 手を振って別れる。

 エールは巨大戦艦の上部に白い影がいたような気がしたので、そちらに向かって軽く手を振る。

 どう反応を返したのかは、雪で見えなかった。

 

………

……

 

「ただいまー!かーちゃん!」

「おー、ご苦労さん。どうだった?」

 シーラは仕事中なのか、ハンティが代わりに息子達の帰りを待っていた。

「テラちゃん達も元気でやってたよ。なんかホルスの魔人で、すごい昔に魔人になったんだって。白くてカッコよかった!」

 説明が相変わらずふわふわなレリコフに代わってエールはホルスの戦艦にいた魔人メガラスは危険がないということを報告した。

 テラが魔人がいることが知られたらホルスに敵意が及ぶことを危惧していたことも伝える。

「なるほどね。でも、これで向こうさんも安心しただろ。ホルスに何かあったらこっちで対処するよ」

 エールはお願いします、とぺこりと頭を下げた。

 エールは日光の使い手、いざとなったら魔人と戦わなければいけないが万が一にもホルスと戦いたくはなかった。

「そういうとこ両親に似てないね」

 ハンティは笑ってエールの頭をポンポンと撫でた。

「あ、かーちゃん!お土産ももらってきたよー!」

 ヒーローが担いでいたホルスのお土産を手渡そうとする。

「わーい、これ美味しいのよね、気が利くじゃん」

 中身はホルスの木の蜜である。

 どこからともなく現れたペルエレが嬉しそうにお土産を受け取った。

「盗むんじゃないよ」

 ハンティはちょっと不審な目でペルエレを見ている。

「シーラ大統領、呼んできまーっす」

 その厳しい目にびくっとしながら足早に去って行った。

「あっ、お土産、俺達の取り分貰っておくの忘れた! 待ってー、分けてー!」

 その後の長田君が追いかけていった。

 

………

 

 仕事が一段落したらしいシーラにまたお茶を振舞われながらまったりとすごす。

 

「テラちゃんに美味しいのいっぱいごちそうしてもらったよ!蜜って焼いたり煮たりできるんだね!んでね、メガラスさん?は全然お話してくれなくてね。それと向こうに行くまでに雪うさぎに襲われてやっつけたんだー、すごいいっぱい出てきて――」

「レリコフ、話すなら順番に話そうぜ。キャンプでレリコフがエールに料理教わったこととかさ。あと雪うさぎ見つけたら避けような、あれは俺らじゃなかったら死んでんぞ!」

「あ、そうだね!エールがボクに料理教えてくれたのー、簡単なんだけど美味しく出来てみんな褒めてくれてねー!」

 レリコフは相変わらず要領を得ない話ぶりに長田君に補足を入れられつつ、一所懸命にシーラに冒険話を聞かせていた。

 冒険といっても本当に短い時間だったが、レリコフにはとても楽しいものだったのだろう。大きなことこそ起らなかったのだが、ホルスの巨大戦艦を見回ることも出来てエールも楽しかった。

 

「なー、エール。 レリコフとヒーローにも会えたしちゃんと冒険もしたしさ、そろそろ次の目的地に向かわない?」

 話が一段落すると長田君がそう切り出した。

 

 次の目的地はゼス。そしてその前に通るクリスタルの森、ペンシルカウである。

 そんなにやくカラーの美女に会いたいの、とエールが長田君に口をとがらせながら言った。

「そりゃそうだろー! 普通は入れない幻の村! 美女揃いのカラーばかりの桃源郷だぜ!?」

「ペンシルカウねぇ… シャングリラとそうカラーの数も変わらないと思うけど」

 ペンシルカウで始祖と呼ばれるハンティにも、少し前まで近くに魔王城が出来たため放棄されてたのもあり大分懐かしい場所である。

「カラーだけってとこに意味があるんすよー! 女しかいないカラーだけの村とか俺が行けば自然とハーレム…… へへへ! 冒険者としても男としてももう楽しみで楽しみで」

 エールが長田君を叩き割りつつ、紹介状ももらっているので行ってきます、とエールが話した。

 

「えー!エールねーちゃん達、もう行っちゃうの!?」

「もっと一緒に冒険しようよー」

 レリコフとヒーローは寂しそうに声を上げた。

 エールは寂しそうにする二人を見て、レリコフ達も一緒に来ない?と二人を誘った。

「おっ、いいねー! 旅は大勢いた方が楽しい俺も賛成! 二人とも強いし力もあるから旅楽になるだろうしな! トラブルも増えそうだけど」

 長田君がちょっとだけ本音を出しつつ、賛成した。

「わーい! ボクもペンシルカウって行ったことないし楽しみ! んじゃ、ボク達も一緒に――」

「ダメよ。レリコフ」

 快諾しようとしたレリコフをシーラが止めた。

「あなたはまだ小さいんだし、ヘルマン国内ならともかくお外に冒険に出すわけには行かないわ。もう少ししっかりお勉強して、しっかり修行をしてからよ」

「大丈夫だよ。 ボク達強いし、年もエールと同じぐらいだし」

 そういうレリコフにペルエレが口を挟んだ。

「シーラの娘として顔知られてるんだから、下手に外行って誘拐されたりでもしたらシャレにもならないわ。せめて東ヘルマンなくなってからにしなさいよ」

「ペルエレおばさんまで…」

「おばさんって呼ぶなって何度言ったら分かんの」

 ペルエレは何歳ぐらいなんだろう、エールは首を傾げた。

「あたしも賛成できないね。いざとなったらレリコフと、ヒーローもだけどヘルマンの大事な戦力だ」

 ハンティが少し真面目な顔をしていった。

 いざ、というのは東ヘルマンとのことだろう。お隣が危険な国で大事な戦力を持っていくわけにはいかない。

「まー、東ヘルマンのこと解決したらまた来るからさ? そん時はマルグリット迷宮にも行こうぜ」

 寂しそうにする二人をエールと長田君が慰めた。

 

「でももうちょっと!もう少しだけ一緒に冒険しよう!」

 レリコフは必死な顔で二人を引き留めた。

「でも、ヘルマンって他になんかいけるとことかあるん?」

「えーっと、んじゃそうだ、番裏の砦とか。魔物界に面してるすっごい大きな要塞で端から端まで歩くと何日もかかるぐらい大きいんだ」

「要塞かー、そこになんか面白いものでもあるん?」

「え、えーっと……すごく大きいよ?」

 他に特徴はないのか、レリコフは言い澱む。

「なんかさー ヘルマンって冒険とか観光には向いてない国だよな。半分雪だし、ご飯も美味しくないし」

「す、すいません…」

 長田君がはっきりと言ったのでシーラは困った表情を浮かべて謝った。

 エールは長田君を叩き割ったが、実のところ後半には同意である。

 

 ヘルマンは首都ですらリーザスのような大衆的な娯楽施設はなく、普通のアイテムショップの規模も小さい貧しい国だった。

 農作物が育ちにくい寒冷地がほとんどなこともあって特に食糧事情は悪く、石のようなパンとイモが主食でどうも栄養に欠けている味ばかりである。

 特にエール達はヘルマンに来る前、リーザスで豊かで美味な料理にありつけていたのもあってヘルマンパンを齧った時は本当に食べ物なのかを疑ったほどだった。

「ここにいる間は美味しいもんだしてあげてんでしょうが、贅沢言ってんじゃないわよ」

 ペルエレの言う通り城に滞在している間は温かいものを振舞って貰えている。これは一般的なヘルマン国民からするととても贅沢なことなのだが、いわゆる美味しいものはほとんどが輸入品だった。

「慣れるとお芋とかヘルマンパンも美味しいよ?」

 そう言ったレリコフにエールはちょっと顔をしかめた。

 トリダシタ村ではサチコが焼いた美味しいパンをしこたま食べていたエールにとって、味のない石と勘違いするようなヘルマンのパンは同じパンと言ってほしくないようなものだった。

「美味しくはないんじゃないかなー…?」

 ヒーローもあまり気に入っていない様子である。

 レリコフは美味しくないものもニコニコしながら食べるがそれはこのヘルマンで育ったからなのかもしれない、エールはそんなことを考えた。

 

「エールさん、少しよろしいですか?」

 珍しく日光が口を開いた。

「ホ・ラガという名前をご存知でしょうか? 今では北の賢者や全知の老人等と呼ばれている人物なのですが」

 修行の時にブリティシュからそんな名前が出た気がする。

 かつて魔王を倒しに出たというすごく強い冒険パーティのメンバーの一人で日光やカオス、カフェの冒険仲間だったはずだ。

「その通りです。ホルスの巨大戦艦よりもさらに北東、大陸の端に塔を構えているのですが……よろしければ会いに行っていただけませんか?報告と言えばいいのか、私はただ話がしたいだけなのですが」

 長田君がさっと地図を取り出して広げた。

「北の賢者の塔、私達も伺ったことがあります。この地図ですと大陸北の尖った陸地の端ですね」

 シーラが指さした場所は世界地図の北東先端部分である。

「うわー、すっげー辺鄙なとこじゃん。まじで北の端っこ……」

「ボクも行ったことないな。こんなところに人がいるの?」

 巨大戦艦があった場所が近く感じるほど遠く、レリコフも訪れたことない場所であるらしい。

「それは間違いなく。天候もホルスの巨大戦艦よりさらに厳しいものになるでしょう」

 日光は何度か訪ねたことがあった。

 その時は日光オーナーでのちに魔人となった少年、そしてその恋人である魔王の少女が共にあり多少の天候など恐れることはなかった。

 しかし今回のエール達はいくら強いとはいえあくまで人間である。

 いかに無敵とはいえ寒い寒いと震えて半泣きになっていた魔王の少女とそれを庇い元気づけていたかつてのオーナーである少年の姿をを思い出す。

「確かにここへ行くのは、雪を知らない人が行くというのは自殺行為ですね……」

「マジすか。 んじゃ、今回は遠慮するってことで」

 長田君が早々に断ろうとしたが、エールはどうしたらいいのかをシーラに尋ねる。

「氷雪地帯の案内人を頼る必要がありますね」

「ええええ、エール、こんなとこマジで行くの? それよりはやくペンシルカウにさー…」

 嫌がる長田君の言葉を遮るようにエールは大きく頷いた。

 日光のたっての頼みであるし、もう少しレリコフ達と冒険がしたかった。

「もしかして、ボク達もうちょっと冒険できる?」

「やったー!」

 嬉しそうな二人を見つつ、ボク達だけじゃ不安だから冒険慣れした長田君にも協力してほしいとエールが手を合わせて願いする。

「長田君も行こうよー! みんな一緒なら大丈夫だって!」

「長田にーちゃんいないと寂しいよー」

 さらに二人にお願いされると長田君は得意げに跳ねる。

「へへっ、しょうがねーなぁ! お前らだけで行ったら遭難とかしそうだし、俺も行ってやるぜ!」

 長田君はちょろかった。

「分かりました。依頼をこなしてくれたお礼もありますので案内人のほう、手配させていただきますね」

「ありがとうございます、シーラ大統領。 エールさんもよろしくお願いしますね」

 日光は丁寧に礼を述べた。

 

………

 

「そうだ、その間みんなうちにこない? 今、ちょうどヘルマンの上空にあったから」

 ヒーローがいううちというのは空飛ぶ城、ランス城のことだ。

「あん時はホント大変だったよなー… 魔王にやられて俺達ボロボロでさー、終わっちまえば良い思い出だけど」

 魔王に敗れ、クエルプランに飲み込まれ、心が折れかけた。

「あの時のエールはかっこよかったよねー!」

 人類の首脳や伝説の強豪が集結し、エール達が新たな決意を胸に修行をした思い出の場所である。

「かーちゃん!みんなをランス城に連れてってあげたいんだけどいい?」

「いいよいいよ。いやー、あんたがレリコフ以外の友達をうちに連れてくるなんて初めてだねぇ」

 ハンティが嬉しそうに歯を見せて笑った。

 現在はヒーローの両親、パットンとハンティが治める独立貿易都市になっている無敵ランス城。

 独立都市ではあるが都市長が元ヘルマンの皇帝ということもあり、ヘルマンにとっては大事な貿易手段にもなっていた。

「前来た時は大変だったし、中見回ったりできなかったろ。せっかくだから温泉に美味しいご飯とか用意したげるよ」

「わーい、ありがとー、ハンティ叔母さん!」

「ふふ、よろしくお願いしますね。ハンティ様。兄様と話すこともあるので私も後で伺います」

 

 ヘルマン上空に空飛ぶ城が島ごと浮かんでいる。

 空飛ぶ城まではキャンテルというドラゴンが手慣れた様子で運んでくれた。

「浮かんでるってだけでもおかしいけどさ。すげー変なデザインの城だよな、趣味が悪いっつーか」

 近付いてくる珍妙なデザインの城を見つつ、エールも頷いた。

「あれ、とーちゃんの趣味らしいよ?」

 あまり知りたくない事実だった。

 

「お帰りなさいませ、ハンティ様」

 恭しく頭を下げて出迎えたのは、魔王城で会ったメイドのビスケッタであった。

「あれ、この人魔王城でメイドやってた人じゃなかった?」

 長田君もしっかり覚えていたようだ。

 エールも魔王城でもてなされたことを思いだす。

「お久し振りでございます。こちらの城は元々御主人様の物、主が戻るまで管理をさせていただくことになりました」

「有能なメイドが増えてこっちはラッキーだったね」

「全くだ。 問題は大将がいつ俺の城返せー!って言ってくるかだな……」

 そういうパットン夫妻にビスケッタは続ける。

「ただいま各国の食材を使用したお食事の準備をさせていただいております。準備が終わるまでよろしければ私が城内を案内いたしましょうか?」

「ホント、気が利くねぇ」

 ビスケッタはパットン夫妻に頭を下げると、四人を優雅な手つきで後についてきてほしいと促した。

 

 ビスケッタに説明を聞きながら城内を探索。

 

 たくさんの客室に会議室や宴会場、大きな食堂。AL教の教会にプール、屋内体育館、学校に図書館といった教育施設。噴水付きの広い中庭、屋上には森林。王城に相応しい謁見の間に、各国の大使館だったという豪華な部屋。地下牢や拷問室のような怖い施設。そして広い温泉に不思議空間……改めて見回ったランス城は並べればきりがないほどに何でもありの巨大な城だった。

「無敵ランス城は魔人戦争の際、人類の総統司令部としても使われた場所です。主要施設は全て網羅しております」

 ビスケッタがそう説明する。

 主要国家の城に比べたら敷地こそ小さいものの、施設の充実ぶりはどこの国の城にも負けていないのではないだろうか。

 そして珍妙なデザインだと思っていたが、リハポリット風建築をベースに有名デザイナー・タランピ氏が丹精込めて最新技術の粋を集めて作られたらしい。

「へー、そりゃものすごい城だなー!広いだけじゃないっつーか、浮いてるだけじゃないつーか」

 長田君が分かったように頷いてるがたぶん適当に頷いているのだろう、エール達にはさっぱりわからなかった。

 元々はCITYにあったそうだが、その戦争の際に色々あって聖魔教団のかつての闘神都市の技術により空に浮かんだらしい。

 空に浮かんだことでランス城から無敵ランス城に名前が変わったというのを聞いたエールと長田君はランスのセンスに首を傾げた。

 

 その際の聖魔教団の技術を起動をしたのはシーラだったことなど、ビスケッタが丁寧にエール達に説明をした。

「聖魔教団とか闘将とかってあの動く機械みたいな人達? かーちゃんが前に使ってるの見たことけど、面白い人たちだよね」

「レリコフも使えるようになるんだっけ?」

「うーん……なんかかーちゃん全然教えてくれないんだ」

 レリコフが唸る。シーラは自分の父親であり、レリコフの祖父のこともまだ話していなかった。

 

 魔人戦争後、ランスが魔王となり翔竜山に魔王城を建設し始めると自然と無敵ランス城は放置状態に。その後、パットン達がエール達が今から会いに行く予定の北の賢者の教えを受けて動けるように改良、空飛ぶ商業都市になったそうだ。

 ビスケッタの説明を知っているはずのヒーローやレリコフも含め、四人はワクワクとした表情で聞いていた。

 その中でビスケッタがランスのことを敬愛しているのが垣間見える。

 ランスが魔王になってまで仕えていたのだ、ほとんど話したことはない父親だが慕われているのを知ると嬉しくエールとレリコフは顔を見合わせて笑いあった。

 

………

……

 

 ランス城内の大きな食堂。独立貿易都市と言うだけあって世界各国の食材が使われた豪華な料理が並べられていた。

「あんた、女の子なんだからもっと落ち着いて食べな」

 ハンティが呆れた顔でエールを見る。

「エールは落ち着きがないよな。そんなんじゃ嫁にいけないぜー?」

「そんなに急いで食べなくても大丈夫だよー、エールはあわてんぼさんだなー!」

 笑っている長田君とレリコフだが、エールは二人に言われたくはなかった。

 

 食事の後は広い温泉。

 前のようにエールがレリコフの髪をわしゃわしゃと洗っていた。

 エールが気持ちよさそうにふにゃっとしたレリコフを洗い終わると

「えへへ、今度はボクもエールのこと洗ってあげる! 任せてー!」

 レリコフはそう言ってエールの頭に大量のシャンプーをかけて泡だらけにした後、力任せに指を動かした。

 エールはその勢いにひっくり返りそうになりつつ、頭をじんじんとさせながらもっと優しくしてほしいと訴えた。

「ご、ごめん! やってみると難しいね……エールのはすごく気持ちいいのに」

 わんわんを撫でる感じ、とエールが注文するとレリコフは大きく頷いてその通り優しく指を動かす。

 今度はとてもくすぐったくエールはむずむずとにゃーっと声を上げた。

 

「お邪魔します。エールちゃんとレリコフは本当に仲良しね」

「イチャイチャしてんねぇ」

 そうしていると仕事を終え訪ねてきたシーラとハンティも一緒に入ることになった。

 泳げるほど広い温泉でレリコフがバシャバシャとはしゃいでいる中、エールは子持ちの大人二人をまじまじと見つめた。二人とも美人でその裸体は大変目の保養であるが、あえて言えばシーラは大きくハンティは控えめである。

「なんか失礼なこと考えてない?」

 ハンティのじろりとした視線を受けてエールは首を横にぶんぶんと振った。

 あの超女好きである父が作った城なら温泉は混浴だと思っていた、とエールがごまかす様に話す。

「ランス様は女湯にも普通に入ってきてましたので」

「むしろあの男は男湯ほとんど行ってなかったんじゃないのかい。更衣室にもしょっちゅういたよね」

「あはは……」

 シーラは否定しなかった。

 

「おーい、レリコフー!そっちはどうー」

 隣が男湯なのか、ヒーローの声が聞こえくる。

「気持ちいいよー!エールが頭洗ってくれたー!」

「いいなー! こっちは長田にーちゃんの頭が取れちゃったー!」

「えー!?大丈夫なの、長田君!?」

「わー! 言わなくていいからー! やめてー!」

 レリコフは頭が取れたというのをやたら心配しているが、エールは長田君がかつらなのを知っていたので声を殺して笑っていた。

「全く風呂でも騒がしいね。元気がいいこった」

 楽しそうに壁越しに会話をしている子供達を見て、ハンティとシーラが微笑みを浮かべる。

「レリコフはもう年頃なんだから男湯に入ったりしちゃダメよ?」

「はーい!」

 エールはレリコフが温泉旅館で男湯に飛んで行ったのを思い出し、自分のことは言えないがレリコフがちょっと心配だった。

 

 シーラが氷雪地帯の案内人を手配してくれたと伝える。

「シベリアの町で落ち合ってくださいね」

 紛らわしい名前だがシベリア大氷雪地帯とヘルマンのちょうど境にある町らしく、名前からしてすごく寒そうだとエールは思った。

「シベリアって東ヘルマンにかなり近いけど大丈夫かい?」

「あそこに軍が来た事はないはずです。物資もほとんどありませんし、あそこはババロフスクの北ですから」

 ババロフスクとは犯罪者を入れる強制収容所がある都市で、一般には知らされていないが一時期おぞましい研究がされていたこともある。

 その事情を知らずともヘルマン国内でも避けられ口に出すのもはばかられるような場所だった。

 シーラはその事はレリコフにも伏せているし、もちろんエールにも話さなかった。

 

 エールはシーラに礼を言って、温泉に顔を半分沈めた。

 

 目指すは北の賢者の塔、これからの冒険もまた楽しそうである。

 




※ 数十年後のランス城はビスケッタさんが出る幽霊城のようになっているようですが、どうしてそうなったんでしょうね…


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シベリアの町 1

 冒険の準備はまたしてもヘルマンで支援してくれた。

「今回はこっちの依頼じゃないんでしょ。職権濫用じゃないの?」

「わ、私のお給料からだから……」

 眉をひそめるペルエレにシーラが困ったように返す。

 その様子を見てエールが依頼料の代わりということで、と言った。

「あんたしっかりしてるわね」

 今度の道中はかなり長いため、前回にも増してしっかりと準備をする。途中の町で食料の補充が必要になるだろう。

「お料理しながら進むんだね。へっへー、ちょっとお料理教わったんだ。後で作ってあげるねー」

 エールは楽しみにしてる、と返すが内心ちょっと不安になった。

          

………

……

          

 レリコフが得意げに作った料理を並べる。

「……これ何?」

 蒸かした芋が並んでいるのはヘルマンの定番なのだが、もう片方の鍋には細切りにした大根が茹でられている。

「蒸かしたお芋と大根のお湯煮。ヘルマンではパンの次に定番料理なんだって教えて貰ったの。 とっても簡単だった」

「誰から習ったの?」

「ペルエレおばさん!」

 ペルエレの意地悪そうな顔が思い浮かばせつつエール達は納得した。

「あれ、なんか美味しくないね?」

 それを食べてみるがそれは塩すら入っていなかった。塩を振りながら食べてみるがそれでもやはり味気がなく、自然と口数の少ない食事風景になった。

 

「そういや前来た時はリセットさんが朝から豚汁とか作ってくれてさー…あの温かさが恋しー……美味しかったよなぁ」

 長田君が語る通り、魔王討伐のパーティでは毎日ロッキーとリセットが心も体も温まる素朴だが美味しい料理を用意してくれていた。あの頃はそれが当たり前でそのありがたさが分からなかったが、食べ物は冒険の士気に大きく関わるのだということをエールは大きく頷きながら理解した。

「あとねー、木の中に棲んでるムシを切って生で食べるお料理もあるんだって。ボクも食べたことないけど」

「ムシとか食いたくねーぞ!?」

 エールも首をぶんぶんと横に振った。

 レリコフが長田君から大根のお湯煮とそのムシ料理を作らないようにと言いつけられるとしょんぼりと肩を落とした。

「あー、もー、しゃーねーな。俺とエールが代わりになんか料理を教えてやるから!」

 長田君の言葉にエールも頷いた。

「長田にーちゃんって料理できるの?」

「今どきは男も料理できないとモテないからな! ヒーローもちょっと出来るようになっとこーぜ」

 長田君は料理できてもモテてないけど、とエールが言うと

「お前何でそーいう事言うの!」

 長田君がペシペシとエールの足を叩く。食べ物はとりあえずイカマンを見つけたら狩ろう、という話に落ち着いた。

 

 ヘルマン国内を旅しつつ、各地で何か面白い話はないかと聞いて回った。

「なー、エール! 昔、氷雪地帯にお宝乗せた船が落ちてきたことがあんだって! もしかしたらまだ見つけてないのが他にもあるんじゃね!?」

 長田君がテンション高めにエール達に報告した。

 それが本当だとしてもヘルマン共和国と同じぐらいの雪で覆われた大地を端から端まで調べるわけにはいかないだろう。

「あっ、そっかぁ。残念だなー、発見出来たら俺達大金持ちなのに」

 長田君は残念そうにしているが、その話はとても面白く夢のある話だと思った。

 全員で他にも色々と聞いて回り、キャンプでそれぞれが集めた情報という名の噂話を話し合う。

「ショッピングセンターにゾンビが出たり、北の森に殺人鬼や吸血鬼がいるとか、ボロボロの城に幽霊が出たとか、ヘルマンってそういうの怪談ばっか! なんか、他に財宝の噂とか美女の噂とかないの?」

「お城にいる窓から出る幽霊さんは美人だったらしいよ?十年ぐらい前に成仏しちゃったのかいなくなっちゃったっていうのが残念だね。隠れた人気スポットだったとか」

 幽霊が人気というのはともかく成仏できたならいい事だ、エールは浄化が使えるが強制的な成仏はあまりいいことではないとクルックーから教えられている。

「あとはやっぱマルグリッド迷宮だよなー…」

 財宝の噂はやはりマルグリッド迷宮が挙げられる。

 現在ほぼ閉鎖状態なのもあるのかその噂には尾びれ背びれが付いていて、最下層まで降りると人知を超えた力を得られるとか、一生かかっても使いきれない財宝が眠っているとかエール達がうずうずするような夢のある話が多かった。またどこか異世界と繋がっているのではないかと言われる開かない扉がある、という話も聞くことが出来た。

「開かない扉ってロマンあるよなー! 未知のエリアっつーか、桃源郷そこにあったりするかも? 魔王まで倒した俺達なら開けられんじゃね!?」

 長田君が根拠のない自信に燃えている。エールも行ってみたいが、ヘルマンのトップから止められている以上流石に勝手に行くわけにもいかなかった。

 

「……開きませんよ」

 ワイワイと盛り上がっているエール達のそばで日光が小さくつぶやくが、それは誰にも聞こえることはなかった。

 その扉は四つの黄金像でしか開かない。ひょうたん型とひまわり型はランスが回収し、盆栽型はエールが旅の途中で偶然見つけ家の倉庫に放り込んでいる。そして残り1つは現在行方不明となっている。

 あれは開けてはいけない神の扉、あの扉に頼ることがなる時がきたらそれは世界の終わりが近づいた時だろう。

            

………

……

           

 寒いが雪は少ないヘルマン国内の移動は順調に進み、何日かの行程でシベリアの町へとたどり着いた。

 

 氷雪地帯と接しているその町は人の気配が少なく、石造りの建物が並ぶ町ということもあり余計に寒々しく感じる。

 エール達が町に入ると待っていたとばかりにシベリアの町長という男が揉み手をしながら出迎えた。

「いやいや、遠路はるばるようこそシベリアの町へ」

 妙に愛想が良い。

 ただの冒険なのにこんなに歓迎されるとは思わなかったが、エールは町長に氷雪地帯の案内人はどこにいるかを尋ねた。

「レリコフ姫様、何もない町ではありますがゆっくりなさって下さい」

 エールの言葉は無視し、町長がレリコフに愛想を振りまいている。

「ボク、姫じゃないよ?」

「かつての皇帝、シーラ大統領のご息女という事で我々のようなものにとっては姫様のようなものでして」

 レリコフへは万全の愛想ぶりだが、反対に言葉を無視されたエールは口を尖らせた。

「ボク達、案内の人とここで待ち合わせてるんですがどこにいるか知っていますか?」

 レリコフがそれに合わせたように礼儀正しく尋ねると、町長はすぐさまそれに答える。

「もちろんでございますとも。その前に先に我が町の宿泊施設へご案内いたします。お供の方々もどうぞこちらに」

「お供じゃないよ! 家族で友達で仲間なんだから!」

 町長の言葉にレリコフが頬を膨らませ言い返した。

「し、失礼いたしました」

 へこへことする町長に町にある寂れた宿泊施設に案内され、そこで一泊させてもらうことになった。

 

 到着すると宿と言うよりは小さな家にしか見えない。装飾もなく見た目もボロボロで長い間使われていなかった様子だった。

 シベリアの町はヘルマン国でも人が訪れないような場所にあり、ちゃんとした宿の設備はないのだろう。

「オイラ、入れないんだけど……」

 ヘルマン人の体格がいくら大きいとはいえ、ヒーローはそれの二回りは大きいサイズである。

 体格の大きいヒーローはその宿の扉が潜れなかった。

「えー、どうしよう? もっと大きい扉があるとこはない?」

「も、申し訳ありません。あいにくとこの町の宿はここだけでして……」

「そんな~…」

 寂しそうにするヒーローに全員が顔を合わせる。ヒーローは体格こそ大きいが年齢は一番年下であり、一人で外に居させるわけにもいかない。

 別に宿に泊まる必要なんかない。案内人に会って出発してキャンプすればいい、とエールが提案する。

「へ?」

 町長が素っ頓狂な声を上げる。

「それもそうだな。ここって何か名物あるわけでもないし、シーラさんが言ってた案内人と合流するためだけで寄っただけだもんな。食料の補充だけさせて貰ってさっさと出発しよっか」

「い、いやいやいや!ご歓待出来ないなど町の恥! どうか、ゆっくりなさって下さい! 温かいお食事も用意してますので!」

 エールと長田君の言葉に何故か焦りだした町長にそのゆっくりできる建物がない、とエールが言い返す。

「そうだ! 食料の補充が必要であればお時間も少しかかります。そちらもご用意しますので……」

 ならば町役場の建物なら扉も大きいしヒーローも入れるだろうからそこを貸してもらいたい、とエールは言った。

「町役場は今、その、改装中でして使用できず……」

「うーん? なんか困ってるみたいだし、広場でキャンプでもしよっか。 食事だけ運んでもらってさ」

 エールは凄まじい不審な目を町長に向けながら、とりあえず頷いた。

 

………

……

 

 四人で広場でテントを張っていると町長が訪ねてきた。

「レリコフ様。例の氷雪地帯の案内人が待っておりますので、一緒に来て下さいませんか」

「はーい」

 素直について行こうとするレリコフにエール達も一緒に行こうとした。

「お供の方々、ではなくお仲間の方々はこちらでゆっくりしていてください」

「ボク一人で大丈夫だよ。みんなはキャンプの準備してて」

 そう言ってレリコフは町長について行ってしまった。

「なー、エール……」

 長田君の何かを言う前にエールは日光を携えてその後を追った。

 

 エールは町に入ってからずっと不穏な視線を感じていた。

 

 行き交う人々もレリコフ達を振り返るその目は何かにおびえているようにも見える。

 エールが町長の後についてレリコフをこっそりと追いかけていると、段々と人通りがなくなってきた。

 

 そうして歩いていると道の真ん中でうずくまっている小さな女の子がいた。泣いているのか、怯えているのか肩を震わせていた。

「どうしたのー? 大丈夫ー?」

 レリコフがぱたぱたと駆け寄り、その少女に声をかける。

 

ぷしゅっー…

 

「ふにゃ~…?」

 そんな音と眠そうな声がして……レリコフがぱたりと倒れた。

 エールはそれに驚き、日光を構えヒーリングをかけようと走り寄った。

 その時、睡眠ガスを手にしていた少女が立ち上がり、咄嗟にエールの方へ体当たりをした。

 エールはびくともしなかったがレリコフに近づけさせないとでもするように服をぎゅっと握って離さない。

「ごめんなさい… ごめんなさい…」

 構えた刀に怯えているのか、少女は涙をこぼしている。

 その様子を見ると切り殺すわけにもいかず、何とか振りほどこうとするが無理矢理振りほどけば手に持った日光で大怪我をさせてしまいそうだった。

「撃て!」

 その隙をつく様に、背後からエールに向かって毒の仕込まれた矢が撃ち込まれ、エールもぱたりと倒れてしまった。

 意識はあるもののほとんど体が動かせず、ヒーリングをかけることも出来なくなってしまった。

 

 少女がそれを見て町長に駆け寄ると、どこに隠れていたのかぞろぞろとオレンジ色の服を着た武装集団があらわれた。

「魔王の子を捕えたぞ!」

 その集団は口々に喜び叫んでいる。

「隊長さん、これで約束は守りましたぞ」

「ご協力感謝する。約束通り、礼はさせて貰おう」

 エールは町長がそう話しているのを聞いた。

 怪しいとは思っていたがその様子を見るに、東ヘルマンと完全にグルでエール達を待ち構えていたのだろう、エールは油断したことにぐっと歯を食いしばった。

 レリコフが眠っているだけに見えるのが救いだろうか。

 

「拘束しろ!」

 そう言ってエールとレリコフを捕えようとしたその時。

「お二人に近付かないで下さい」

 倒れ伏したエールとレリコフを庇うように、一人の女性が間に立っていた。

 

 白いJAPANの服に長くさらさらとした黒い髪、そして美しい切れ長の瞳に端正な顔立ちの美女。

 それは前にアームズと一緒にちらりと見かけた女性だという事をエールはうっすらと思い出していた。

「何だ、貴様?」

「私は日光……エールさんに使われている聖刀・日光です。その服装、あなた方は東ヘルマンの人間ですね」

 人間姿になった日光がを厳しい表情で刀を構えている。

 この綺麗な人が自分の持っていた日光さん?エールは日光が人になれることはどこかで聞いたような気がしたが、今までその姿を見たことはなかった。

 

 立ち塞がる日光を前に、タイガー将軍のような肩章をつけた隊長格の男が進み出る。

「聖刀・日光。かつて生ける伝説アームズ・アークが持っていた魔人を殺せる武器の一つ。我々も行方を追っていたが、魔王の子に捕らわれていたという話は本当だったようだな」

「捕らわれていたなど。私は私の意志でエールさんに力を貸しているのです」

 日光がやや怒気を含めた声でそう返した。日光にとって儀式をしていないエールはイレギュラーなオーナーである。

 しかしかつて自分達が全てを捨てる覚悟でその方法を探し、ついに叶えられなかった魔王討伐。それを完遂し、自らも助力し最後まで見届けることが出来たのは現オーナーであるエールのおかげだった。

 エールは日光の言葉が嬉しかった。

「魔人を殺すことも出来ないその子供に使われることが望みだと?」

「人を害す危険な魔人であれば戦いますが、そうでなければ見逃すこともあります。私の目的はすべての魔人を殺すことではありません」

「かつて魔人を殺した英雄の武器ともあろう存在が、すっかり魔王の子に絆されてしまっているようだ。 そのオーナーが子供だからか? そいつらは小さく見えてもあの魔王の子、化け物だぞ!」

「エールさん達は化け物などではありません! 我々に代わり魔王を倒し、世界を魔王の脅威から解放した英雄ではありませんか!」

「魔王を倒しただと?ならばなぜ魔人が消えていない!」

 東ヘルマンは魔王はもちろん魔人の動向にも注視していた。

 魔王が倒されたという情報は主要大国から大々的に発表されてからも、東ヘルマンでは世界各地でかの魔王の愛人である魔人サテラと魔人リズナの目撃情報を入手していた。

 ヘルマン北部にはホルスの魔人、自由都市でも魔人が活動しているという噂も真偽はともかく各地での魔人の噂は絶えることはない。

 彼らにとっていまだに魔王、そして魔人の脅威は身近にあるものだった。

「魔王が死んだからと言って魔人が消えるわけではありません」

 日光は厳しい表情を崩さないまま、眼前の男をにらみつける。その眼光には有無を言わせぬ迫力があった。

 

「魔人を殺せる武器である日光と争う気はない。貴女の力は我々に必要なものだ」

 その眼光にたじろぎつつ、その男はそう言った。

 その言葉に嘘はない。東ヘルマンの人間は既にほとんどの魔人から無敵結界が失われていることまでは知らない。

 魔人を殺せる武器は世界に二本しかない。現在行方不明であり、元が魔王の愛剣だったというカオスに協力を仰ぐことは出来ない以上、頼れるのはもう片方の聖刀・日光だけであった。

 

「お二人をどうするつもりですか」

「貴女の協力次第だ」

 その言葉は信用できるものではないが、大勢の東ヘルマンの人間に囲まれた状況では日光はそれを受けるしかなかった。

「……分かりました」

 地面に倒れつつそれを聞いていたエールは日光が連れていかれてしまったのを何もできず見ていた。

 

 そのままスリープの魔法を浴びせられ気を失ったエールとレリコフは拘束され、どこかへと運ばれていく。

 

 二人は東ヘルマンの兵に捕まってしまった。

 



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シベリアの町 2

 レリコフとエールは粗末な納屋に縛られて放り込まれていた。

 埃が被っていて、煙たい。

 

 エールが軽くせき込みながら目を覚まし体を捩ろうとすると、手を後ろ手に縛られているのが分かった。用意周到に口輪もかまされており魔法詠唱も防がれている。

 レリコフも目を覚ましているようだが、口輪はされていないもののその怪力を警戒されてかエールよりもかなりきつく全身鎖交じりの縄で縛られていた。

 

「そいつらはガキに見えて、化け物だからな。きちんと見張ってろよ」

 

 二人には毒が再度撃ち込まれ、体の自由はほぼ効かない状態である。

 納屋には数人の東ヘルマン兵がおり、その中には精神感応系や動きを止める魔法を得意とする魔法使いもいる。

 体が少し動かせてもすぐに動きを止められてしまいそうだ、エールはなんとか脱出しようと色々と考えを巡らせるが武器である日光は連れていかれ、魔法も使えないのでは無力も同然だった。

 

「しかし、小さいが昔のシーラ様にそっくりだなぁ……」

 男がレリコフの顔を見つめてそうつぶやくと、おもむろにその小さな胸に手を伸ばした。

「や、やだ…」

 その手に怯えるようにレリコフはそう言って体を捩った。

「おい、手を出すな。そっちは交渉材料だぞ」

 

 ヘルマンで最も憧れられているシーラは元皇帝にして大統領という高貴な身分もあって一般人にはとても手の届かない存在だ。

 それゆえに昔から邪な思いを抱く者も多く、今その娘であるレリコフがいるのだから、昔のシーラと重ね触れたくなるのも無理はない事だった。

 

「別に殺っちまうわけじゃねぇんだから。ちっこいのが残念だなぁ、あと5年ぐらいか?」

 いやらしい瞳でレリコフを見る男にエールがありったけの力を振り絞って蹴りを入れたが、ぺちん、と情けない音がした。

 ダメージが入っているようには見えないがエールは何度かそれを繰り返す。

 リーダーとして、姉妹として、エールはレリコフを汚い手で触らせるわけにはいかなかった。

 

 それをあざ笑う様に、その男がエールの腹に容赦のない蹴りを入れた。

「数万の軍勢を倒した化け物もこうなっちまえば弱いもんだ」

 その口ぶりから、エール達がかつてタイガー将軍に襲われたときに一緒にいた人間なのかもしれない。

 あの時はミックスに従って助けたが、恩を仇で返されたことにエールは後悔した。

「こっちはAL教法王の娘か。魔王との間にガキなんざ産むから神に見捨てられたんだろうよ、まさに罪の子ってわけだ。産まれてこなきゃ良かったのにな」

 エールは腹部の痛みで顔を歪めつつもその男をにらみつけた。

 エールは母親に愛されて育ったという自覚がある、それを侮辱されるのは許せなかった。

 

 その目が気に食わなかったのかまたもや蹴りを入れられる。

 防御姿勢も取れないエールに何度も鋭い痛みが襲った。

「や、やめて……」

 レリコフがその光景を見て泣いていた。

「おい。そのあたりでやめとけ、そいつは日光に対する人質だろう」

「タイガー将軍の仇だ!」

 タイガー将軍は死んではいないし仇と言われても全てにおいて逆恨みも良い所だ、エールは思ったが口輪がその言葉を止める。

 

「しかしこっちは食えるんじゃねーか」

 一人の男がエールの服を乱暴に剥いた。

「ロリコンかよ、しかしこれは中々…」

 はだけられたエールの肌を男達が凝視する。

 そしておもむろに手を伸ばし始めた。

 

 エールは自分がこれからされる事を考えた。

 いやらしい瞳を向けてくる男達の手が自分の体を這う感覚にエールはおぞましさで体を捩る。

 ただただ気持ちが悪く、こんな事になるならせめてあの時シーウィードで大人しく受け入れておけば、と後悔し歯を食いしばった。

 

 下卑た手が下半身に伸びようとしたその時。

 

ドカッ!

 

 何かをぶつけられたような大きな音がして、納屋が大きく揺れた。

 

「な! なんだ!?」

 男達が嬲ろうとしていた手を止める。

「レリコフー!」

「エールー!」

 その声と共に爆音がして納屋の扉とその前にいた男が吹き飛んだ。

 とっさに反応した魔法使いの男達がストップの魔法をそちら向けるが、エールにとっての相棒にしてベストフレンドであるハニーに魔法は効かない。

 その隙にドラゴンの巨大な拳から放たれる鋭い突きが魔法使いを吹き飛ばした。

「ヒーロー…」

 レリコフがそちらを見てそう言った。

 エールも長田君の名前を心の中で呼ぶ。

 ヒーローと長田君の眼に全身を縛られているレリコフとさらに半裸で全身に痣を作っているエールの痛々しい姿が入る。

 二人は怒り心頭となりそのまま暴れて納屋を壊しながら、次から次に男どもを吹き飛ばした。

 

 エールとレリコフが救出された。

 

 長田君が二人の拘束を解くと、道具袋から世色癌とマヨネーズを取り出し、エールとレリコフの口にねじ込む。

「怖くなかった!? 大丈夫!?」

 そう言って飛び跳ねながら心配しまくる長田君にエールがぎゅっと抱きつくと、上半身裸だったので長田君が割れた。

「エールねーちゃん、服着て、服ー!」

 ヒーローが顔を手で覆っているのがちょっと可愛いとエールは思った。

 

 剥かれた服を着なおして、エールが手早くレリコフや自分にヒーリングをかけ改めて助けてくれた二人にお礼を言う。

「エール… ごめん、エールぅ……」

 自分をかばって蹴られていた姿を思い出したのだろうか、レリコフはエールに抱きついてわんわんと泣く。

 レリコフのせいじゃない、とエールはその頭を撫でて落ち着くように言った。

 

「俺達さー、二人がいなくなった後、すげー怪しいって思ってキャンプほっぽって隠れてたんだよ。ヒーローはでかいから大変だったけど。 そしたらキャンプがいきなり囲まれて、こりゃやばい!ってなってさー」

「さすが長田にーちゃん、オイラ全然分かんなかったのに」

「つーか、エールも気がついてたろ!何やってんだよ、もー!」

 エールもきちんと警戒はしていたのが、自分の力を過信していた。

 エールが頭を下げつつも流石は長田君だね、と言うと長田君はちょっと照れている。

「町の人達とか捕まえながらここの場所教えて貰ったんだけどさ。町の人達、随分怯えてたみたいだぞー」

「レリコフの匂いはよく覚えているから迷わなかったよー」

 落ち着いて話をしている場合じゃない、とエールが言い出した。

「そうだな、さっさとこの町を出ねーと……」

 そうではなく、今しなきゃいけないのは攫われた日光さんを助けに行くことだ。

「え、日光さん持ってかれちゃったの?」

エールは事情を話しながら、仮の武器として東ヘルマンの男から武器を拝借した。

 重たいしかっこ悪い剣であるが仕方がない、と考えつつ試し切りとばかりにレリコフや自分に触った奴にざくっととどめを刺す。

 

 レリコフ達の手前、ある程度冷静を装ってはいたがエールはとても怒っていた。

 

………

 

 騒ぎに気がついて群がってきた東ヘルマンの軍を倒しながら進む。

 数は多いが、エール達のレベルは高く動けさえすれば後れを取るはずがなかった。

 

 途中、少し偉そうなやつを締め上げて日光をどこに連れて行ったのかを尋問する。

「おそらく町の役場… 我等がそこを借りていて…隊長もが…」

 息も絶え絶えに大きな建物を指さした。

 エールは短く礼を言ってとどめを刺してポイ捨てすると、全員で大急ぎで走っていった。

 

 町役場の前には何人かの警備兵がいる。オレンジ色の服装、明らかに東ヘルマンの人間である。

 警備兵をボコりつつ、閉められていた扉は壊し、内部に侵入する。

「ここはボクたちで何とかするから、エールは日光さんを探してー!」

 集まってきた警備兵はレリコフ達が引き受けてくれたのでお言葉に甘えて建物を捜索する。

「こういうのは最上階が怪しいぜ!」

 エールは長田君のアドバイス通りに最上階、と言っても三階建てなので大して高くもないが途中の警備兵を強制的に黙らせながら突き進んだ。

 

 最奥の少し大きな扉をエール達がバターンと勢いよく開いた。

 机の前で胸と下半身をはだけさせられている日光とそれに覆いかぶさろうとしている下半身丸出しの男がいた。

 長田君がその光景に思わず割れたが、エールは血が沸騰するような感覚を全身を駆け巡りその男を思いっきり蹴り飛ばした。

「ぐあー!」

 情けない声を上げて吹き飛ばされた男は放っておいて、半裸の日光に自分の上着をかけた。

「エールさん……?」

 日光の体は上気していて、何をされたかが伝わってくるようだった。

「お前は魔王の……」

 

ざくー!

 

 何かを言いかけた男に近付くと今度は思いっきり叩き斬った。

 最初に切りかからなかったのは日光が血で汚れると思ったからである。

 一瞬で隊長格の男を倒すと、それを窓から外に向かって放り出した。

 

 下ではギャーギャーと騒ぐ声が聞こえるが、エールはそれを気にせず日光に大丈夫でした?と慌てた様子で聞いた。

「私は心配いりません。エールさんこそご無事で何よりです」

 日光が服を整えながらそう言って、エールの頭を撫でた。

「てか、この美人さん誰!?日光さんってどういうこと!?」

 元に戻った長田君が驚いているが、エールも日光が人になれることはつい先ほど知ったばかりである。

「うおー!巨乳和服黒髪美人!エールこんな綺麗な人持ってたのかよー!」

 やたらテンションが高くなった長田君をとりあえず割っておいた。

「黙っていて申し訳ありません。儀式のことも含めて人になることはあまり知られたくないことですから」

 エールはまだ日光との儀式のことを知らない。

 こんな美人ならさきほど殺した男のような変態が集まってきてしまうからだろうと一人納得した。

 レリコフ達も合流し、やはり日光の姿に驚いている。

 

 エール達が日光にこれまでのことを説明し始める。

「エールなんかエロい事されそうになって殺されかけたんだぜ!」

 怒り心頭で話す長田君に日光は目を見開いて、エールを見つめた。

 エールが長田君達がギリギリのところで助けてくれた、と言うと日光は窓の外を見据えた。

 

 男は魔人を殺すために日光の力を欲し儀式を迫ったが、その前に魔王や魔人がいかに人類にとって危険かを語り続けていた。

 全てを奪われた恨みや辛さはかつて人であった日光が味わったものであり、未だ魔人ケイブリスに対する恨みが消えていないようにその心情は理解できる。

 しかし1500年を生きる中、日光は美樹と健太郎という魔王と魔人に出会い、縁を持ち、人類に協力する魔人にも出会った。

 現オーナーであるエールがホルスに言っていたように人にも魔人にも善人悪人色々いる。

 そしてあの男は完全な悪人ではなかったはずだ。

「……せめて冥福を」

 日光は小さく哀悼の意を捧げた。

 

………

……

 

 エール達が建物から出ると、東ヘルマンとグルだった町長が地面に頭をこすりつけていた。

 レリコフに睡眠ガスを見舞った少女や、町中の人々が集まって頭を下げている。

「助けていただきありがとうございました~!」

 生き残りの東ヘルマン兵は隊長がやられたことを知って散り散りに逃げ出したと話し、情けない声でヘコヘコする町長の頭にエールが日光をつきつけた。

 ちなみに怪我をして逃げられなかった東ヘルマン兵は縛ってある。

「エールから聞いたぞ! お前、完全にあいつらとグルだっただろー!」

 そう言って長田君も怒っている。

「我々、東ヘルマンの連中に脅されてたんです… 奴らが急にやってきて町の警備兵を皆殺しに~…我々にできることなど素直に言うことを聞くしか…」

 町長の言い分は東ヘルマンの小隊にはとても勝てず言う事を聞くしかなかったということだった。

「エールさん、怒りをおさめてください」

 ここが狙われたのはただの偶然ではなくエール達が氷雪地帯の案内人と待ち合わせをする町だったからだろう、と日光はエールを諭した。

 エールはムカムカする気持ちを抑えて日光を鞘に納めた。

 首都へ報告はする、とエールが言うと今度はすがりつくように懇願しはじめた。

「レリコフ様に手を出したなんて知られましたら我々は死罪となってしまいます~!どうかどうか、お慈悲を~!」

 縋りつく町長に軽くけりを入れて引き離し、エールはレリコフを見た。

「え? えっと……エールはどうしたいの?」

 レリコフは色々とあったせいか、いつもの元気がなく混乱しているのが見て取れた。

 エールもどうしていいか分からないので長田君を見る。

「え? 俺? えっと、とりあえずここにいたら東ヘルマンの連中が来るんじゃねーの。 危ないから別の町に移動とか?」

 急に聞かれた長田君がそう答えた。

 エールは頷いて、この町の人達に最低限の荷物を持って南にあるローゼスグラードまで行ってもらうことにした。

 そこにはヘルマン軍が常駐している。みんなで事の詳細を手紙に書いて報告して貰えば保護してくれるだろう。

 そこまでの道中あるババロフスクで事情を話せば警備もつけて貰えるかもしれない。

「は、はい! ぜひそうしていただければ!」

 町にはかなりの人数がいるが、それは町長に誘導してもらうことにした。

 エールは失敗したら死罪だから、と脅しを入れるとすぱっと立ち上がり、揉み手をしつつ町人に指示を出し始めた。

「そりゃもう、責任持って…! さぁさぁ、お前達も聞いただろう。 荷物まとめろー!」

 

 その最中、手配してもらった案内人とエール達はやっと引き合わされた。

 怪我はないようだが、縛られて捕まっていたとのことだ。

「いやー、えらい目に会いやした。んで、そちらがあっしが案内する四人組でやんすね」

 ローブをきた声からして小柄な男は修羅場は慣れているとばかりに捕まってたことも特に気にせず、仕事に移ろうとしている。

 

「エールさん。冒険はここまでにして私達もラング・バウへ引き返した方がいいのではないでしょうか?」

 日光がそう提案した。

「えっ?……うん、エールも危なかったし戻った方がいい、んだよね…」

「せっかくの冒険なのにこれで終わっちゃうんだ……」

 レリコフが俯いてエールの服を掴み、ヒーローもしょんぼりとしている。

 エール達の動向が東ヘルマンに筒抜けだったのはかなり危険な事だった。

 報告もしなくてはいけないだろうし今回の冒険はさすがに引き返した方がいい、という事はエールも頭の中では分かっていた。

 だが……エールは長田君をちらっと見た。

「リーダーはエールだからな?」

 

 食料は補充できた。案内人とも会えた。東ヘルマンの邪魔は入ったが冒険には問題ない。

 目的通り先に進もう、とエールは言った。

「エールさん!」

 日光が引き止めようとするが、それを長田君が制した。

「リーダーのエールが言うなら進もうぜ、レリコフとヒーローはどうするよ?」

「もうちょっと冒険できるんだねー」

 ヒーローは喜び、レリコフもエールの方を見て少し嬉しそうに頷いた。

 嫌なことで終わる冒険なんて嫌だ、とエールは脇に刺している日光に力強く言った。

 絶対に日光さんを北の賢者の塔に連れて行く、と言うと日光はそのまま話さなくなった。

 東ヘルマンはムカつくものの、さすがにこの先の氷雪地帯までは追ってこないだろうという目論見もある。

 

「んでは、出発しますんで後をついてくださいや。くれぐれも離れないようにしてくんなさい」

 エール達は全員で固く手を握りつつ、案内人に続いて広大な雪原地帯へ足を踏み入れた。

 目指すは北の賢者、ホ・ラガの塔である。

 



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ホ・ラガの塔

 シベリアの町を足早に出発したエール一行は氷雪地帯を進んでいる。

 

 前を行く案内人は足場の悪い雪の中をものともせずにすいーっと移動していく。

「あれってポピンズのからくりじゃね?」

 長田君がそう言うとたしかにローブの下からは、それらしきからくり機械が覗いていた。

「へい、あっしはポピンズで。体力があるし気候の変化なんかにも強いんでこういった案内業をしている仲間は多いでやんす」

 ポピンズの案内人は気さくに返答する。

 そういえばエール達の旅にもポピンズの松下姫が同行していた、という事を話してみた。

「へぇ、あのミス・ポピンズの松下姫とお知り合いっすか!」

 その日の夜には案内人も交えてキャンプで話をして少し盛り上がった。

 

 松下姫は見た目は小さいもののエールよりもはるかに旅慣れており冒険でも度々サポートをしてくれたしっかり者だった。

 エールのことを何度も女性らしくないと注意していたその姿を思い出し、エールは懐かしい気持ちになる。

 

 エール達はポピンズは地下に帝国を築いている、という話を聞いた。

「へー! いつか行ってみたいなー、みんなぬいぐるみみたいで可愛いんだよね」

「ポピンズのからくり大国とか楽しそうだなー! でもポピンズってみんな小さくてさー…色気がないっつーか」

 長田君がそう言うと案内人はまだポピンズ連合王国になる前だったアレルギー超大国では毎年乱交祭りが開催されていたというかなり衝撃的なことをエール達に告げた。

 

 顔を真っ赤にしてしどろもどろになるレリコフと割れる長田君を横に

「乱交って何?」

 ヒーローは意味がよく分かっていないのか、無邪気にそれを聞いてくる。

 大きくなってからわかることだ、とエールは誤魔化した。

 

………

……

 

 それからまた幾日かたった。

 

 魔物には襲われるものの東ヘルマンの追手が来ることもなく、エール達は現在吹雪の中を進んでいる。

「すいませーん! 本当にこっちであってるんすか!? 俺ら遭難したんじゃ!?」

 たまに雪に埋もれそうになっている長田君が声を張り上げた。

 魔物や人よりも環境の方がずっと脅威で、食料もヘルマンパンで食いつないでいることもあって中々大変な旅路である。

「安心してくだせい。 旅路は順調、あと数時間も歩けば到着しますや」

 あと少し、というのを聞いて全員が気力を振り絞って歩いて行く。

 

 シベリアの町からその道中、レリコフはずっと昼夜問わずエールの袖を掴みぴったりとくっついていた。

「こうやって掴んでないとボク迷っちゃうかもしれないからさ!」

 エールが元気がないように見えると言って顔をのぞき込むとレリコフはそう返事を返した。

 髪の毛をくしゃくしゃ撫でると笑うが、やはり落ち込んでいるように見えてエールは心配になった。

 

 そしてついに吹雪の中に大きな塔がそびえたっているのが見えてきた。

「まさか寒さで幻覚見てないよな? 本当にこんなところに塔が立ってる……」

「到着ですぜ。 あっしは帰りも任されてるんでここで待っとります」

 一緒に中に入らないのかと言うと、自分は案内人だからと言って吹雪の中、塔を風除けに機械のメンテナンスをはじめる。

 寒さも吹雪も余裕そうな様子を見てエールは今更ながらポピンズの体質がうらやましくなった。

 

 エール達が塔の中に入るとそこにあったのは巨大な螺旋階段、さらにそれを登っていくと終点には大きな扉があった。少し警戒しつつその扉を開け中に足を踏み入れると、ふわりと温かい風がエール達の頬を撫でた。

 

「うわー! なんだここー!? まじで塔の中なん!?」

「お天気良いねー! さっきまで吹雪じゃなかった?」

「すっごーい! ひろーい! それにあったかーい!」

 

 一行はそれぞれ感嘆の声をあげる。

 空には青空が広がり、雲が流れ、生い茂る緑に川のせせらぎ。気候も温かくのどかな雰囲気、そこには塔の中とは思えない牧歌的な平原が広がっていた。

 

「とーちゃーく!」

 

 その光景にテンションの上がった四人は手を叩き合って思う存分はしゃぎつつ、改めて世界の果ての一つへの到達を喜び合った。

 不思議な風景に早速とばかりに駆け出そうとした一行に日光が声をかける。

「ホ・ラガは魔法レベル3。ミラクルさんによると高い魔力と技術があればこういった別な空間を作ることが出来るそうです。空間はどこまであるか分かりません。迷子にならないように……」

「スシヌが作ったダンジョンとか、ミラクルさんが作ってた空間みたいなもんってことかー! はー、魔法ってすっげーなぁ!」

 日光の言葉を聞いてエールは魔法レベル3の規格外ぶりを再認識した。

 ハニーであり魔法に縁がない長田君も感心している。

「オイラのかーちゃんも魔法レベル3らしいけど、こういうこと出来るのかなぁ?」

「ハンティ叔母さんに今度やってもらおうよ!」

 エールは魔法レベル1である。うらやましく思いつつゼスでスシヌに会ったら魔法のことを色々と聞いてみようと思った。

 

「ばうっ!」

 エール達がはしゃいでいると、一匹のわんわんが近づいてきた。

「わー! 可愛い! おいでおいでー!」

 レリコフがそう言いながらわんわんに近付くと大きなわんわんはされるがまま頭を撫でられる。

「ばうばうっ!」

 レリコフの後にエールも撫でようとしたがひとしきり撫でられ終えたことを察したのか、そのわんわんは何度か吠えると飛び出す様に走り出した。レリコフが追いかけた先にはぽつんと赤い屋根の小さな家がある。

「おーい、みんなー!あっちになんかお家があるー!」

「あそこに件の北の賢者… 私が会いたかったホ・ラガが居るはずです」

 日光の言葉で全員がその家に向かった。

 

 中に入るとそこには真っ白な髭をたたえた一人の老人が座っていた。

「どうした、よーぜふ。客が来たのか」

 わんわんはかたつむりを与えられ、それをばりばりと食べている。

「こんにちはー!」

 エール達はホ・ラガに向かって大きな声で挨拶をする。

「元気がいい子供達だな。ドラゴンにハニーもいるようだが…そして日光もか。ということはただのお客さんではないらしい」

「久しぶりですね、ホ・ラガ」

 

 エールはホ・ラガの姿を見て首を傾げた。

 かつて日光達と旅の仲間であったというのは聞いているが、剣になってしまったカオスはともかくカフェや日光は見た目も若くブリティシュも老人という歳ではなかった。

 世代がばらばらのパーティだったのだろうか。

「確かにそうだな。 すっげー、イケメンでも出てくるかと思った」

「おじいちゃんだよね?」

 エール一行がそんな失礼な話をしていると、ホ・ラガはエールをまっすぐに見つめている。

 それが睨まれているように見えたエールは、思わず睨み返したが日光の大事な元仲間であることを思い出し失礼なことを言ったことを謝った。

 

「君は自分が何者か分かるかね?」

 エールはその言い方に違和感を覚えつつ、AL教法王の娘だと名乗った。

 それにならってレリコフ達も名乗るがそれには興味がなさそうにエールだけを見つめている。

「あの法王の子供。なるほど、そういうことか」

 母と会ったことがあるのかと、エールは尋ねた。

「ああ、そうだ。魔人戦争の真っ只中、法王は私にとある事の助言を求めてきた……」

 

 ホ・ラガは思い出していた。

 人類がルドラサウムの支配から逃れる方法。

 それを尋ねてきた現在の法王とかつて法王だった者に「ママルドラサウムに説教でもしてもらうか」と答えた事がある。

 そんな方法はどこにも存在しない、全てが神に定められた世界で抗うことをあざ笑うような悪意ある助言であり冗談にすぎないものだった。

 

 だがその助言の果てに今、ホ・ラガの目の前にその一つの答えがある。

 全てを諦めていたホ・ラガにとってまさか自分の言った冗談が、このような結果を生むなど想像もしていないことだった。

「ふっ、くくく………」

 ホ・ラガは自嘲気味に笑った。支配から逃れられたわけではなく神々が新しい遊びを見つけただけだ、と考えてはいる。

 しかし少なくとも人類を苦しめるために存在した魔王という悪趣味な神の娯楽から人類は解放された。

 

 エールはいきなり笑い出した老人に眉をひそめて、母のことについて尋ねた。

「それは教えることは出来ない。どうしてもというなら直接、母親に尋ねてみると良いだろう」

 エールは母親の秘密主義を知っている、全知と言うからにはホ・ラガそれも知って言っているように聞こえ少し頬を膨らませた。

 

「君が魔王を倒したというのか。魔王は君にとっては―」

「今日はその事を報告しに来ました。エールさん、ホ・ラガと二人で話がしたいのですがよろしいでしょうか」

 日光がホ・ラガの言葉を遮るように人の姿になった。

 エールは大きく頷く。

「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げる様子はやはり美しかった。

 

「それじゃ、みんなで早速塔の中探索しよー…むぐぐっ…」

「わー! バカ、塔の持ち主の前で!」

 家主の目の前で家探しをするような発言をしたレリコフの口を長田君が封じる。

「好きにして構わんよ。どこまで行ってもただの草原が広がっているだけだが、探せば食べ物ぐらいはあるだろう」

「あまり遠くへ行ってはいけませんよ。長田君、みんなをお願いしますね」

「任せといてください、へへへ…」

 リーダーは自分なのにとデレデレとした長田君と日光にエールが口をとがらせると、日光は母親のような微笑みを返した。

「わんわん連れてっていいですか?」

「……よーぜふ」

 ホ・ラガの言葉によーぜふが出口の前に移動した。

「わーい! 一緒に遊ぼー!」

 エール達は日光を残しよーぜふを連れだってばたばたと家から出て行った。

「こら、エール。盗み聞きしようとするんじゃありません。そういうとこがいまいちリーダーっぽくないんだって……」

 扉の外からそんな声がして、そのまま離れていく気配がした。

 

 

 その場にはホ・ラガと日光が残される。

 

「美樹ちゃんと健太郎君は無事に元の世界へ戻りました。あなたにも色々とお世話になりましたね」

「君の事だから嫌味ではないのだろうな」

 日光がここを訪れたのは三度目である。

 異界に帰る方法を聞いた時、結局は美樹の魔王化は収まらず戻ってくる羽目になった。

 そしてホ・ラガに魔王化を止める方法を聞いたがそれはどれも達成不可能なものだった。

「そう聞こえたならば申し訳ありません。そして、もう知っていると思いますが魔王は無事討伐されましたよ」

「少し前にブリティシュがここに訪ねてきてくれてその事を聞いたよ。だが信じられなかった。これは一部の者しか知らなかったことだが、魔王が討伐されれば次の魔王が現れる。この世界はそういうものだったのだ」

「エールさん達が倒したのは魔王ではなく魔王の血そのものです。私もエールさんの武器としてその最後を見届けることが出来ました」

 戦いの最中、魔王の血に残された記憶が歴代魔王として立ちはだかり、最後は消滅したということを話した。

 

「あの娘、名前はエールだったな。何者か分かるか?」

「……特別な存在であることぐらいは」

 カオスに認められずとも日光を儀式を必要とせずとも扱うことができ、世界から消えたはずのレベル神がつき、神魔法を新しく覚えることすらできる。

 エールが神と関わりのある部分で特別であることを日光は分かっていた。

「突拍子もない事をしたり危なっかしい所もありますが、どんな存在であってもエールさんは私の良きオーナーであることに変わりはありません。

 私が話をしたいからというだけでこんな世界の果てまで来てくれるほど優しい子です」

 日光は優しく微笑む。それはかつて美樹や健太郎に向けていた微笑みを同じものである。

「そうか……」

 ホ・ラガは日光がそれ以上の情報を必要としていないと感じ口を閉じた。

 

「ブリティシュがここを訪れたのですね」

「壁の男などと呼ばれていると知った時は嘆いたものだが、私が会った姿はますます男ぶりを上げていた。青春を思い出したよ」

「エールさん達に修行をつけてくれました。最後の最後で助力に間に合ったと喜んでいましたよ」

「そうか。その勇姿が見られず残念だ」

「ふふ、カフェが言っていたのですが今度、かつての仲間で集まれないかと――」

 

 日光とホ・ラガは会話をしてその日をすごした。

 世界の全てを知り絶望し、全てに飽いてしまったホ・ラガにとって、この一年は1500年ぶりにこの世界に希望を感じさせるものだった。

 

……… 

 

 一方のエール一行は塔の中を探索、という名目で大草原で遊びまわっていた。

 

「ふっかふかだー!」

 レリコフはよーぜふをこれでもかと撫で回している。

 エールはその光景を見てわんわんがわんわんを撫でていると、一人小さく笑った。

「ばうっ」

 よーぜふがそんなエールに向かって吠えたのでエールもふかふかのよーぜふを撫でた。

「とっても頭がいいみたいだね。 へっへー、かわいいよねー!」

 エールはそう言ったレリコフの頭も撫でまわした。

「きゃー!」

 ふわふわとした髪にさらさらの手触り、レリコフは楽しそうにしていた。

 

 長田君とヒーローは辺りを探索していた。

 行き過ぎれば迷子になるだろうと遠くにいけないがとりあえずこの空間がどこまで広いかは見当がつかない。

 木が生い茂っている場所に実っていた果実をもいでエール達のところに戻る。

 

「世界の果てとか北の賢者の塔っていうからにはお宝とかあんじゃないのかってちょーっと期待してたんだけどさ」

 外は血も凍るような寒さで吹雪いている。この暖かさこそ宝なんじゃないか、とエールが果実を頬張りながら親指を立てた。

「なんかお前適当に良いこと言おうとしてない? まあ、これで世界の果て一つ制覇っつーの? ここまで来たってのが大事だよな!」

「果物美味しいねー!」

 

 エールは何となくホ・ラガのことを考えていた。

 

 母がホ・ラガに尋ねた事は何なのかというのが気になる。

 自分が何者なのか分かるかと変な言い方をされたことも気になる。

 そして日光が、おそらく自分をホ・ラガと引き離そうとしたのも気になった。

 

 エールは頭にもやもやとしたものを抱えつつ、遠くに見える赤い屋根の家を眺めていた。

「どしたん、エール? このりんごみたいなの美味いし、いくつか取って行こうぜー。これさ、世界の果てから持ってきたとかでヘルマン持ってったら売れそうじゃね?」

 道中で食べきるんじゃないかな、エールがヘルマンパンの味を思い出しながら先に果物を取りに行ったレリコフ達を追いかけた。

 

 空を見上げると青空が広がっている。

 夜が来ないのだろうか、一向に辺りが暗くなる気配がない。

 

 エール達はそこでキャンプを張り、一泊することにした。

 

………

……

 

「日光と話せた礼だ。 聞きたいことがあるなら一つだけ教えてやろう」

 エール達が日光を取りに来るとそうホ・ラガが言った。

 エールはみんな聞きたいことがあるかどうかを尋ねた。

「ボクはないよ」

「オイラもないー」

「え? 俺? 俺はなー…桃源郷の場所にモテる方法に金持ちになる方法とか…」

 長田君は聞きたいことが多すぎて悩んでいるようだ。

 ちなみにエールは特に思いつかなかった。

「ほう……何しに来たのかと想えば本当に日光と私を会わせたいだけだったのかね」

 エールは頷くと、手に持った日光が微笑んだような気がした。

 突然、長田君がはっとひらめいたような顔をした。

「あっ、そうだ。エール、せっかくだから巨乳になれる方法聞けばいいんじゃね!? 魔王の子って深根以外みんな貧乳だしお前以外も喜ぶだろうし、おっぱい大きいと俺も嬉し」

 エールは全力で長田君を叩き割り、長田君の願いは全部却下することにした。

「エールがリーダーなんだから、エールが決めなよ」

「うんうん、エールねーちゃんなんかある?」

 レリコフ達がそう言ったのでエールは少し悩むと、珍しい貝……ここはもっと大きく誰も見たことないような伝説の貝がある場所を聞いてみることにした。

 エールにとって珍しい貝探しは冒険の大事な目的の一つである。

 珍しい貝の出会いはあっても伝説クラスの貝となるとエールは自分の情報も限界があると感じた。

「伝説の貝って…そんなんでいいの?」

 全員が驚いていたが、エールにとっては最も魅力的な情報だった。

 巨乳になる方法は長田君を割った手前、聞くに聞けなくなってしまったのだから他には何もない。

「エールならもっとAL教のこととか、神異変のこととか聞くと思ってた。なんか今、大変なんじゃなかったっけ?」

 エールは首を横に振った。

 AL教は法王である母の管轄であり、エール自身は司教でも何でもない。

 母もそんなのは望まないだろう。

「ふむ、貝か。分かった、少し待つといい」

 そうするとホ・ラガはさらさらとメモを書いてエールに渡してくる。

 簡単な地図が書かれている。指し示すのはJAPAN、それも最北端に近い場所だった。

「ここに人が訪れたことのない秘密の貝塚がある。そこならお前の満足するものが見つかるだろう」

 貝塚とは世界各地に点在する大昔に作られた貝の墓の事である。

 エールがクルックーから貝塚の話を聞いた時はいつか自分も掘り出してみたいと思っていたのだが、現在、世界にある貝塚はほぼ完全に発掘済となっていた。

 それは魔王となったランスが世界中から珍しい貝をかき集めたせいなのだがエールはそこまでは知らない。

 秘密の貝塚…!

 貝塚だけでもぐっとくる単語なのに形容詞に秘密がつく、おそらく発掘されていないのだろう。エールはそのメモを手に喜んでくるくると回った。

「エール、良かったねー!」

「おめでとー、エールねーちゃん!」

 その様子を見てレリコフ達はぱちぱちと拍手をした。

 

「お邪魔しましたー!」

 エール達がまた元気よく礼を言って立ち去ろうとすると、ホ・ラガが呼び止めた。

「エールと言ったな。君は母親が好きかね?」

 大好き、とエールが間髪入れずに返答すると今度はホ・ラガの目が鋭くエールを見つめた。

「お前は何でも知っているんじゃないのか?」

 目を向けられたエールは意味が分からず、レリコフ達を見回すが全員が意味が分からないのか首を傾げていた。

 

「そうか」

 その様子にホ・ラガは椅子に座りなおす。

「では君達の旅が楽しくなるよう、ここで願っておくことにしよう」

 そう言って目を閉じたホ・ラガの口調はどことなく皮肉めいていてエールは少しむっとした。

 ここにいるのはつまらなそうだ、とエールは言い返し小さく舌を出した。

「ばうっばうっ」

 エールはホ・ラガではなく寄り添っているよーぜふに手を振りながら家を出て行った。

 

「なんかすごい人なんだろうけど、いけすかないじーさんだったな。 こんなとこに引きこもってっからだぜ、きっと!」

 長田君もなんとなく馬鹿にされたように感じたのか怒っていた。

「申し訳ありません。ですが、あれでも機嫌は良かったんですよ」

 日光は少し寂しそうに言った。

「色々と話が出来て良かったです。皆さん、連れてきてくださりありがとうございました」

 日光に礼を言われ、エール達は楽しそうに笑った。

 

「んじゃ、後は帰るだけだねー!」

「帰りはまーたあの雪の中進むんだよな……」

 塔の中は極寒の氷雪地帯を忘れてしまうほどに温かく過ごしやすい。

「あのじーさんはなんか嫌だけどここは暖かいしさ、もう一泊しない?」

 そう言って外に繋がる扉の前で立ち止まる長田君をエールがずるずると引っ張り出した。

「うわーん! さむーい!」

 長田君が震えているように、扉の外に出た瞬間耳と鼻が痛くなるような寒さである。

「吹雪いてないから、出るなら今だよー?」

「ヒーロー達は雪余裕だよなー…俺は都会派だからさー」

 なら長田君だけ残る?とエールが口をとがらせつつ聞くと。

「いや、一緒に行くって! 行くってば!」

 長田君も後に続いた。

 

 待機していた案内人に、シベリアの町は万が一があるから別な街を経由して帰りたい、とエールが依頼する。

「へいへい。んでは、キューロフ近くまで行きますか。行程長くなるんで別料金発生しやすぜ?」

 ヘルマン国にツケといてください、とエールが言うと案内人は頷き出発した。

 

 エールは少し振り返って塔のあった方を見たが、視界が悪いせいかあっという間に見えなくなっていた。

 頭に残るもやもやのような、幻みたいな場所だった。



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次の冒険へ

 サービスか、ツケが信用できないのか、案内人はエール達を首都ラング・バウまで送り届けてくれることになった。

 シベリアを経由しないせいで行きよりも氷雪地帯を歩く距離が長くなったものの、エール達も少しは雪に慣れて足取りは順調だった。

 

 氷雪地帯を突破し、ヘルマン国内に入ったところとある村を通ることになった。

 案内人の話ではそこは魔物や軍隊などがほとんど寄り付かない安全な村であるらしい。

「その村なら東ヘルマンの連中もまずいないでやんす」

「へー、なんかすごい防衛設備でもあるんかな? ヘルマンだしすっげー砦か何か……」

 案内人の気遣いに感謝しつつどんな村なのだろうと一行はワクワクしていたのだが、見た目は普通の寒村である。

 しかしその村の中央にある像を見た瞬間に固まった。

 

 それは人の形をしているが、世にもおぞましい姿をした像だった。

 エール達は見ているだけで次第に気分が悪くなり長田君が割れた。

「あんまり見つめない方がいいでやんすよ。 あっしですらこれ見てると気分が悪くなるぐらいで」

 毒液に付けこまれても平気なポピンズにそう言われるとはどういう像なのだろうか。

 村人の話によるとこれはブス観音と呼ばれかつての魔人戦争でこの村に奇跡をもたらし魔軍を撃退したという女神の像であるらしい。

「え、これ人なの? しかも女神って……」

 像でこの破壊力だが実物は見た瞬間に呼吸困難になり倒れる者が出るほどだったと言うのだから、納得である。

 世界には色んな女神がいるんだなぁ、とエールは像から目を逸らしながら思った。

 しかし見物人は意外と多いようで村は盛況だった。

「あー、思い出した! ここって怖いもの見たさとか度胸試しで人が来るっていう有名な村だね。ボクもはじめて来たんだけど、うぅ……」

 レリコフもヒーローも少し気分が悪そうにしている。

 ヘルマンの嫌すぎる観光名所だった。

 

 ……この像のモデルになった人物がこの村だけではなく数年前の鬼畜王戦争で魔王ランスに対する最終兵器となり、人類を救う一手となったことを知る者は少ない。

 

………

 

 そんな村を通りつつ、大きなトラブルもないままエール一行は無事に首都ラング・バウに帰ってくることが出来た。

 

 エール達が帰ってくると城内は大騒ぎだった。

「レリコフ!良かった、無事で!」

「ヒーローも無事か。、随分帰りが遅かったな」

 エール達の到着を聞くとシーラとパットンが走ってきて子供の無事を確認する。

 特にレリコフは何度も無事を確認された。

「案内の追加料金こっちのツケにしたって? ちゃっかりしてるわねー」

 エールはペルエレが案内人に言われ追加料金を支払っているのを見て、後の請求で料金をごまかしそうだなと思った。

「ありがとー! 案内人さーん!」

「へーい。また御贔屓にー」

 エール達は手を振って案内人を見送った。

 実に良い仕事ぶりだった、とシーラ達に伝える。

「それは良かった、のですが…」

 

「なんですぐに帰ってこなかったんですか!?」

 シーラの後ろからぱたぱたと走ってくる気難しい顔をした眼鏡をかけた女性。

 参謀総長であるクリームの怒声が響いた。

「クリームさん。久しぶりー、赤ちゃん元気にしてますか?」

「え、はい。おかげさまで。本来なら復帰はまだ先だったのですが」

 怒られるのを気にせず笑いかけるレリコフにクリームは少し面くらったような顔をする。

 巨乳で眼鏡で金髪美人、エールは長田君をちらっと見た。

「いや、見た目はすっげー好みだけどさ。人妻みたいだし? それになんか怖いっつーか……」

 長田君が食いつかないタイプだった。

 

 とりあえずエール達が温かいお茶を飲みながら、なぜこんなに騒ぎになっているのかを聞く。

「レリコフさん達が巻き込まれた事件でしょう!」

 クリームがまたもや声を強めた。

 

 東ヘルマンと停戦交渉中に起きた大統領の娘、誘拐未遂事件。

 

 シベリアの町の人々は無事に保護されたらしく、事件のことはすでに首都に伝わっていた。

 

 事件があったという連絡が来る少し前、南東で西と東の軍同士の小競り合いが発生。

 ロレックス達が出陣し睨みを利かせると東ヘルマン軍はすぐに引いたそうだが、タイミング等を考えるに敵軍の予定ではレリコフを人質に取っての戦いを展開するはずだったのだろうと推測がされた。さらにシーラ大統領の娘であるレリコフ達の冒険の動向を知られていたということは、こちら側に東ヘルマンの内通者がいることは明白である。

 城を訪ねていたという東ヘルマンの停戦交渉団によると隊長らいわゆる過激派が勝手にやったことだと言ったが、西ヘルマン側…特に警備兵を皆殺しにされ占拠されたシベリアの町の人間は納得いくはずもない。

 

 西ヘルマン国内で起こった町の占拠に誘拐計画、内通者の洗い出しに停戦交渉の事実上の交渉決裂。

 産休中だったクリームまでもが緊急召集され、対処に追われることとなった。

 

「せめてその首謀者が生きていれば良かったのですが」

 生き残った東ヘルマンの人間には尋問中とのことだが、肝心の事件を主導していた隊長はエールがざくーっとやって窓からポイしたのですでにこの世にいない。

「エールがそいつをやっちまったのまずかったってこと?」

「その通りです」

 クリームがエールを責めるような瞳で見た。

「ちょっと、待て! エールはすげーひでーことされたんだぞ!?」

「そうだよー!エールねーちゃん、オイラ達が見た時酷い怪我しててさー!」

 長田君とヒーローがエールを庇う様に怒り出した。

「エール、ボクを庇ってくれて、それでいっぱい蹴られて……」

 レリコフはそれを思い出したのか震えて目に涙を浮かべた。

 その様子を見てシーラやクリームはたじろいで、エールを見た。

 

 エールは確かに危なかったが長田君とヒーローが危ない所でカッコよく駆けつけてくれた、と話した。

 長田君が状況を察して罠を躱し、ヒーローが敵を吹き飛ばしと二人のおかげで助かった、と何度も頷く。

「へへっ、まー、俺も伊達に冒険者やってんじゃないし? エールはちょっと抜けてるとこあるしな!」

 長田君はちょっと得意げだった。

「そうか!ヒーロー、よくやったじゃないか」

 パットンがそれを聞いてヒーローの頭を撫でると、ヒーローは得意げに笑った。

 エールも改めて礼を言って、手が頭に届かないので代わりに鼻を撫でるとくすぐったそうにしている。

 

「……失礼しました。レリコフさん達は被害者です。エールさんも大怪我をしたとのことですが… そういえば神魔法が使えるのでしたね」

 そういえば世色癌やマヨネーズも使ってしまったので、あとで補充をさせて貰おうとエールは考えた。

「エールさんはAL教法王のご息女でもあります。レリコフさんと一緒に攫われるところだったでしょう。 事件が起きた以上、冒険は中止しすぐに戻ってきていただきたかったです」

「そうだな、こっちは本当に心配した。ハンティにすぐに飛んで貰ったんだが、すれ違っちまったみたいでな」

 首都にシベリアの町での事件の報が届いた後、ハンティは塔まで移動したが既にエール達は塔を出発した後だったらしい。

 エールが自分が冒険の続きがしたいと言った、と自白するとクリームとパットンは呆れてため息をついた。

 エールとしては嫌な思いで終わる冒険などしたくなかったので後悔はしていないが、心配させたことは素直に謝った。

 

「レリコフとエールちゃんを人質に交渉や戦いを有利に運ばせようとしたのでしょうね」

 そう言ったシーラは緊張を漂わせた大統領の顔をしていた。

「やっぱ東ヘルマン、交渉とかしないで潰した方がいいんじゃない?」

 ペルエレがそう言っうと、エールは大きく頷き、シーラもパットンも、そしてクリームもそれを否定はしなかった。

 今回は未遂で終わったものの本当に捕まっていたら東ヘルマンの軍が一気に流れ込んできた可能性もある。

 少なくとも停戦交渉はこれで流れることになり、東ヘルマンの対処にはまだまだ時間がかかるのだろう。

 

「子供達を休ませてあげてはくれませんか? 相手は私の事も知っていたようです、良ければお話いたします」

「日光さん… 分かりました。 ヘルマンのごたごたに巻き込んでしまってごめんなさいね」

 シーラは頷いて嫌なお話はこれでおしまい、とばかりに手を叩いた。

 クリームは当事者であるエール達にもっと事情を聞きたかったが子供達をこれ以上政治に巻き込むこともないだろうとパットンがそれを制した。

 エールは日光をシーラに手渡す

「お預かりしますね。今食事とお風呂の用意してもらいますから」

 

 その日、エール達は温かいご飯と熱いお風呂でもてなされた。

 

………

……

 

「なんか大変なことになっちゃったみたいだな―、まぁ、俺達が悪いことしたわけじゃないし?」

 長田君はそう言いつつもそわそわしまくっていた。

「なぁ、エール。明日にでもヘルマン出よっか。 冒険も二つやったし今度こそペンシルカウでカラーハーレムってな!」

 長田君は楽しいことを考えてそわそわを抑えようとしている。

 エールも頷いた。

 

「えー、明日もう出て行っちゃうの!?」

 それを聞いていたヒーローが寂しそうに声を上げた。

「さすがに今の状態じゃレリコフもヒーローも連れてけないぞ。 てか二人ともかーちゃん達安心させてやらねーとな」

 シーラもパットンもハンティも寝ずに東ヘルマンへの対処に追われていた。

 特にハンティは飛び回っているらしく、話す暇もないようだ。

 

………

……

 

 長田君はヒーローにまた冒険話をせがまれたらしく、今日は男同士でいろいろ話すのだと二人で部屋に行ってしまった。

 アーモンドも妙に懐いていたが長田君は子供に懐かれる才能でもあるのだろうか?とエールは考えていた。

 

「エール、ボク達も一緒に寝よ?」

 そう言われてエールはレリコフの部屋に招かれた。

 二人でベッドに入ると明日にはお別れというとことで、レリコフは寂しそうにぎゅーっとエールに抱きつく。

 

「エール……あの時助けてくれてありがとね……」

 助けてくれたのは長田君とヒーローである。

 エールは礼を言われるほどのことはしてなかった。

「エール、ボクを庇ってくれたでしょ? す、すごく痛そうだったのに、もっと酷い事されそうになってて、ボク体、動かせなくって」

 そういってまたぽろぽろと泣き出す。

 レリコフはエールが気にしていないのだから心配させてはいけないと冒険中はなんとか明るくしようと努めていた。

 しかしクリームから責められたことであの時の記憶が思い返される。

 元はと言えば自分が警戒を怠り捕まったせい、そして東ヘルマンのそもそも狙いはシーラの娘である自分である。

 そのせいで本来関係のないエールに何かあったらと思うと恐怖が蘇ってきた。

「うえぇぇん………」

 エールは小さく震えて泣いているレリコフを抱きしめると、お互い無事で良かった、とその頭を優しくぽんぽんと撫でた。

 元気いっぱいに笑うレリコフが好きだから泣いて欲しくない、と話しかける。

 

「エールがあいつらに酷い事されそうだった時、ボクすごく怖かったんだ…」

 エールとしても蹴られたのはともかく体におぞましい感触が走ったのを思い出すと気持ちが悪く、あんな目にあうのは二度とごめんだった。

 シーウィードで触られた時は気持ちが良かったのにな、とエールがぽろっと漏らすとレリコフが涙を引っ込めて驚いた。

「え、ええ!? あっ、そういえばエールってシーウィードで触られてたこととかあったけどあれ、気持ち良かったんだ……?」

 レリコフが考えているのは魔王討伐での冒険の事である。

 エールはリーザスでの事は胸の内に秘めておこうと思っていたので誤魔化しつつ頷いた。

 レリコフは顔を真っ赤にして、エールの胸に顔をうずめた。

「エールは大人だよねえ。なんか良い匂いがする……」

 レリコフは頭撫でられるの好きだよね、と聞く。

「うん!わしゃわしゃーってされると楽しいし嬉しいんだけどね。でも何だかたまに胸が締め付けられて、何かがみゃーっと込み上げてくるんだ……エールはこういう経験ってある?」

 エールはリーザスでのオノハやシーウィードでの一件を思い出したのだが、もう一つあった。

 前の冒険でのシーウィードでレリコフと一緒にアームズと黒髪の女性、つまり日光の儀式を盗み聞きした時だ。

 今思うとあれを盗み聞きしていたのがばれたら日光に怒られてしまう、とエールは思った。

「あ……そうだったね、あれはエールとボクの秘密だったっけ」

 レリコフはそれを思い出して笑顔を浮かべている。

 それが気持ちがいいって事なんじゃないだろうか、とエールが答える。

「そうなのかな? でもあの時はボクは触られたわけじゃないんだけど…」

 

むにっ

 

 エールは服の上からレリコフの胸を触ってみる。

「ふにゃ…!? な、なにするの?」

 気持ち良いだろうか、とエールはむにむにと撫でるように触った。

「だ、ダメだよ!エールのえっち……」

 前の闘神大会でもこの前の模擬戦でも勝ったのに何にもしてなかった、とエールが言った。、

「えっと、一日自由にだっけ……えっと、ならボク我慢すればいいのかな……」

 大人しくなったレリコフに今度は軽く揉むようにむにむにと触った。

「んっ……んんっ……なんだか変な感じ……」

 レリコフがエールの腕をぎゅっと握った。

「なんかお腹の奥がズキズキしてムズムズする……」

 感じているような可愛い声を出すようになったので、エールはさすがにやりすぎたと手を離して謝った。

「あっ………もうおしまい?」

 レリコフが瞳は潤ませながら離れてしまったエールの手を名残惜しそうに見つめると、ねだるようにエールの腕を掴む力を強めた。

 ならもう少しだけと、エールが続けてレリコフの胸に触る。

 

 ついでに自分の胸を触って比べてみると、身長はエールの方がだいぶ高いのだがやはりレリコフの方がやや大きいような気がしてエールは少し落ち込んだ。

 ホ・ラガのところで長田君が余計な事さえ言わなければ巨乳になる方法を聞けたかもしれないと、この場にいないソウルフレンドのハニーのことを考える。

 そういえばシーラも大きかった。胸のサイズは遺伝なのか、自分の母であるクルックーはどうだったかなと頭の中をぐるぐるとさせる。

 シーラから見せて貰った写真の中のクルックーやチルディもエールよりもさらに小柄だったのだから自分にも希望はあるはずだ。

 エールがそんな考え事をしながらレリコフの胸を揉んでいると敏感な部分に触れたのか

「ひゃん!」

 そういう甲高い声がして、その拍子にボキッといい音がした。

 

 掴んでいたレリコフの手に力が入り、エールは片腕を折られてしまった。

「わー! エール、ごめん! 大丈夫!?」

 エールは痛みで悶絶しつつ、急いでヒーリングをかけた。

 ぱたぱたと慌てて謝っているレリコフに元はと言えばセクハラしてしまった自分が悪いとエールも謝る。

 数年したら男がわんさか寄ってくるようになるだろうが、とりあえずこれだけ力があればそこらの男にレリコフが何かをされる心配はなさそうだ、とエールは一人で頷いた。

「にーちゃんみたいなこと言うんだから。ボクにそういうのはまだ早いよー」

 レリコフは赤くなって布団にもぐった。

 エールも手当てを終えて一緒に布団に入り、二人はそのまま眠りにつく。

「エールが男の子だったら……」

 レリコフは横で眠っているエールにそんなことをつぶやいていた。

 

………

……

 

 朝になり。エールと長田君はヘルマンを出発する準備を整えた。

 

 別れ際、見送りに来たレリコフとヒーローは泣きそうな顔をしている。

「おーい、泣くなよー! 俺も寂しくなるじゃんかー!」

 長田君もつられて泣きそうになっている。

「ほら、二人とも泣かないでしっかり見送りしてあげて」

 東ヘルマンのことで忙しい中、日光を持ってきてくれたシーラが代表してエール達を見送ってくれることになった。

 しかしその顔からは仕事疲れしている様子がうかがえる。

 

 色々とありがとうございました、とエールと長田君はしっかり頭を下げた。

「こちらこそお仕事と、それに二人と遊んでくれてありがとう。次来るときはもっとゆっくり出来るように……」

 シーラは少し話し辛そうだった。

 東ヘルマンのことを解決しないとゆっくりできないが、それがまた難題である。

 

「次はマルグリット迷宮行こうな!」

「うん! またね、長田にーちゃん、エールねーちゃん!」

 エールはヒーローの鼻を軽く掴んだ。

 ふりふりと顔を振るが、くすぐったそうに喜ぶ様子はとても可愛い。

「エール、長田君。またヘルマンに遊びに来てね!」

 レリコフは泣きそうなのをこらえてエールにぎゅっと抱きついた。

 エールがまたねと言いながら頭をわしゃわしゃと撫でると、再会した時のように無邪気に笑っている。

 横ではヒーローに抱きつかれて長田君が割れていた。

 ヘルマン家訓にハニーも割らないように追加しておいてね、とエールが笑った。

 

 レリコフがヒーローの肩にのって、姿が見えなくなるまで大きく手を振っているのが見える。

 エールと長田君も何度も振り返りながら手を大きく振り返した。

 

 次に向かうのはペンシルカウ、そしてゼスである。

 エールはレリコフにいっぱい甘えられたので、今度は誰かに甘えたい気分だった。

 リセットとスシヌ、姉二人に会ったら少し甘えてみよう。

 

 気候は寒いが澄んだ空気の中、エール達は次なる目的地へ出発した。

 



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第三章 ゼス・前編
道中 ペンシルカウ 1


 ヘルマンとゼスの間にある広大な森。

 魔王城のあった翔竜山を囲むように広がったその森はクリスタルの森とも呼ばれている。

 この森のどこかにその呼ばれ方の通り、カラーが暮らしているという幻の村ペンシルカウがあるという。

 

 エールと長田君の二人は森の入り口に到着した。

「っはー、緊張してきた! エール、紹介状はあるな?」

 エールはパステルから貰った手紙を荷物から取り出して見せた。

「よーし! 幻の村! 美人揃いのカラーの村! ペンシルカウにいざゆかーん!」

 いつになくテンションの高い長田君が早足で森の中に入っていく。

 ヘルマンでは何日も冒険してしまったが、リセットはいるだろうか?

 姉に会ったら小さい体を持ち上げよう。小さい手で頭も撫でて貰いたい。頭にみかんを乗せて、耳を引っ張って悪戯もしたい。

 久しぶりに姉に会えるという期待もあってエールも飛び跳ねるように足取り軽く長田君を追いかけて行った。

 

………

……

 

「迷ったー!」

 

 森に入って進むとすぐに辺りは暗くなっていった。深い森はクリスタルの森という名称とは裏腹にどこか不気味で、同じような風景に惑わされあっという間に方角を失う。

「てか、カラーのお姉さん全然いないじゃん!? モンスターばっか!」

 長田君の中では森に入ったらすぐにカラーがやってきて招待状を見せて村まで案内してもらう、とスムーズに行ける予定だった。

 しかし森の中で出会うのは魔物ばかりで、中には翔竜山から流れてきたのか危険な魔物も混ざっている。一般人や生半可な冒険者が迷い込めば一日持たずに骨になる事だろう。

 

 エール達は襲ってくる魔物を返り討ちにしつつ、少し開けた場所で倒れた木を椅子代わりに休憩することにした。

 帰り木を使えば戻れるとはいえこのまま当てもなく広大な森をさまよい続けるわけにもいかない。

「カラーの暮らしてる森っていうからもっと綺麗なとこ想像してたけどなんか薄暗いし、魔物は強いし、森の奥からなんか飛び出してきそうで……」

 長田君は怯えていた。

 持ってきたお弁当を二人で食べつつ、少し視線を空に向けると翔竜山が見える。

「懐かしいなぁ、魔王討伐の旅とかほんっと大変だったよな~」

 しみじみと言う長田君にエールも頷いた。

 あの山ではいろいろなことがあった。魔人を倒し、父である魔王に挑み、魔王の血と戦ったのが遠い昔のことのようだ。

「ん? あれって焚火の煙じゃね?」

 長田君が示した方向を見ると、確かにうっすらと細い煙が立ち上っているのが見えた。

 大きさからしてそう遠くない場所だろう。

 もしかしたらカラーのお姉さんがいるかもしれない、エール達は急いで弁当を平らげるとそちらに向かって歩き出した。

 

 

「……エール、あれ見て。 誰かいる」

 エール達が焚火の方へ向かうとそこには10人ぐらいだろうか、男達がキャンプをしているのが見えた。

 全員がきっちりと武装しており、この魔物の多い森で平然としている様子からただの盗賊山賊の類ではなくある程度のレベルの高い戦い慣れた者であることが伺える。そして手に持っているのはロープに接着剤といった捕獲道具だ。

「あれ、捕獲ロープ? ってことは、もしかしてあいつらカラーハンターってやつじゃね?」

 カラーハンター、カラーの額にあるクリスタルを狙う者たちの総称だ。カラーのクリスタルは膨大な魔力を秘めた宝石で、売れば一人が一生遊んで暮らせるぐらいの金になる。

 そのため一攫千金を狙いカラーを捕獲しようとしている者は後を絶たなかった。

「当たり前だけど、今はカラーハンターなんていったらどの大国でも即牢屋行きだからな。 クリスタルを取引したってだけでもけっこうでかい罪になるんだぜ」

 エールは長田君の説明を感心しつつ聞いていた。

 長田君が話す通り、カラーハンターがいたのはエールが生まれる前の話。

 現在はカラーのクリスタルの取引は各主要国家がカラーの上層部と直接する特例を除き、世界中で禁止され厳しく取り締まられている。

 それはもちろんシャングリラにいるリセット達の努力の賜物であった。

 

 エールがそのまま男達を観察していると、一人のカラーの娘が肩に担ぎ上げられて連れてこられたのが見えた。

「お、男に犯されるなんていやー…」

 酷く怯えた様子で涙を浮かべている。

「エール、大変だ! あのカラーのお姉さん、助けないと!」

 声を潜めて慌てる長田君を横にエールは男達の方をじっと見つめた。

 腕を後ろで縛られ、ぽいっと地面に投げ下ろされたカラーの娘はまるで物扱いである。

「でもあいつらなんか強そうだよな? カラーの人の応援呼ぶとか出来れば…… で、でも今すぐ助けないとあの人がクリスタル抜かれて殺されちゃうよな!? どどど、どうしよう!」

 ケーちゃんの時はあっさり見捨てようかと言った長田君も、捕まっているのがカラーの娘だと話は別なのか一人で飛び跳ね焦っていた。

「あっ、今のエールなら強いし人数はそんなでもないし案外いけるんじゃね?」

 そういって長田君がエールを見た。

 違法ハンターという職業柄レベルも低くはないだろうが、エールも一時期よりは大分弱くなってしまったとはいえあれから修行もして冒険をして、順調にレベルも戻っている。

 しかし自分は強いという慢心がある意味でヘルマンで不覚を取らせてしまった。

 今回もカラーの娘を盾にされたら手が出せなくなる、そう考えればここは慎重に行動するべき、とエールは頭を働かせた。

 

 少し悩んで相手の立ち位置をしっかりと確認するとエールは長田君に上手く奴らの気を引いて欲しい、と言った。

「気を引くって…… ちょっと怖いけど、分かった。 俺も男だしやってやるぜ! 相手強そうだしエールも十分注意しろよな!」

 エールは頷くと日光をいつでも抜けるように構えながらこっそりと男たちの背後へ回った。

 

「……やーっと一匹捕まえられたぜ。向こうさんが随分警戒してかなり時間かかったが、これで他のカラーもおびき出せるな」

「しかし手を出すなってのは何なんだよ。どうせ後で犯して殺すなら今やっちまっても―」

 カラーの娘がそれを聞きびくっと体を震わせた。

「いやっ……触らないで……」

「バカ。クリスタルが赤くねーと人質にならねーだろうが。それは後のお楽しみ、こいつ一人だけじゃ全員楽しむのも大変だしな」

 

 エールが気配を消しながら男たちのキャンプの後ろ手に回るとそんな風に話し合う男達の声が聞こえてきた。

 いやらしく顔を歪めている様子が容易に想像でき眉をひそめるが、とりあえず気を落ち着かせて草むらに潜んでおく。

 

「あのお優しい魔王の子は絶対に人質を助けに来る。捕まえたら懸賞金がたんまりだ。他のカラーも合わせれば一体いくらになるか…」

「へへへ……俺、シャングリラのアイドルっての最後に見たのもう10年前なんだよなぁ」

「ちっとも変ってねーぞ。でも護衛のカラーがすげーいい女で……」

 

 魔王の子とは間違いなくリセットのことだ。

 内容を聞くとカラーの娘を人質にリセットや他のカラーをおびき寄せるつもりなのだろう。懸賞金と言う言葉もあって、エールは怒りに目を剥いて日光に手をかけた。

「エールさん、落ち着いてください。 長田君に合わせるのでしょう?」

 殺気を漂わせたエールを日光が宥める。

「クリスタルを裏で取引をしている商人がいるはずです。全員倒すのではなく生かして捕えた方が良いかと。元を絶たなければ、ああいう輩は消えません」

 日光の冷静な言葉にエールは大きく深呼吸をして頷いた。とりあえずまずはカラーの娘を助けることが大事、何かあれば悲しむのはリセットだ。

  

「やいやいやい! お前ら、ここで何してるんだ―!」

 エール達が背後に回ってスタンバイしたのを確認し、長田君が意を決したように草むらから飛び出し男達の前に立ちはだかった。

 距離はかなり離れているが、いきなり現れて何事かを言い出したハニーに男たちが注目する。

「あ? そりゃ、ここにくる目的なんか一つしかない…ってなんだ、妙なハニーだな」

「カラーじゃねーのかよ。期待させやがって」

 そう言っているがカツラをかぶりチャラい恰好をしたイケメンハニーは現れるだけで目を引いた。

 さすが長田君だとエールは心の中で親指を立てる。

「クリスタル狩りはもう何年も前に全世界で禁じられてるんだぞー!」

「だからこそ良い金になるんじゃねぇか」

 静かな森に長田君の声が響き、男が馬鹿にしたように吐き捨てる。

「そういうことすると後で酷い目にあうんだぞ! 俺だって許さないからなー!」

「おい、あの鬱陶しいハニー。誰か叩き割ってこい」

 そう言って男たちが武器を手に取って睨みながら歩き出すと

「きゃー!」

 長田君はぴゅーっと逃げ出した。言っていることは立派だったが、やはり長田君は長田君である。

 

 しかし何人かが長田君の方を追いかけ気を取られた隙にエールはすっと草むらから飛び出してカラーの娘の近くにいた男を背中から突き刺した。

「ぐあっ!」

 返す刀でもう一人を始末する。

 さくっと暗殺気分だったが声を出されたことを考えると狙うのは首の方が良かっただろうか、とエールは今度ウズメに聞いてみようと思った。

「な、なんだ? どうした!?」

「え? え? え?」

 どさりと倒れる音を聞いて振り向けば、刀を持った少女が立っていた。

 自らを庇う様に立ち塞がった少女にカラーの娘も状況がつかめず目を点にしている。

「は……子供? 女?」

 明らかに強そうには見えないエールに油断をしたのが運の尽きだった。

 不用意に近づいた男はそのまま真っ二つになる。

「なんだこいつ!?」

 残された男達が一斉に臨戦態勢をとるが、その間にもエールから放たれた大魔法により軽々と吹き飛ばされていく。

「てめぇ、不意打ちとは卑怯だぞ!」

 人質を取ってカラーを捕まえ、犯してクリスタルを抜こうなどと考えている鬼畜な連中に言われる筋合いはない。

 そうでなくともカラーの敵は姉の敵、つまりエールの敵である。何を言われても容赦などない。

「よーし、やっちまえ! エール!」

 戻ってきた長田君がちょっと離れたところで踊りつつ応援していた。

 エールは反撃してきた男達の剣を受け止める。素早くそれなりに重いがそれでもリーザスの死神の一撃には遠く及ばない。

 男達は数名不意打ちで片づけたものの、まだ数はいる。うまく連携をあわせてくる相手の攻撃をいなし、防ぎ、躱し、時に回復しながらエールは上手く立ち回りながら戦った。

 ちょこまかと動いては、強力な魔法に剣技、さらに回復まで駆使して戦うエールはたった一人なのに男達にとって化物のように強かった。

 

「この妙なハニー、てめぇの仲間だな!」

「きゃー!」

 劣勢になった男は踊ってた長田君を捕まえその首筋にナイフを押し当て人質に取った。

「こいつを殺されたくなきゃ、武器を下ろして―」

 エールは素早く手近にあった石を掴んで長田君に投げた。

「あんっ!」

 石はクリーンヒット、長田君は粉々になった。

「な、ちょ、えええ!?」

 男があまりの事に驚いている隙に、エールは一気に間合いを詰めて切り裂いた。

 ざくざく。

 エールはいつもより念入りに切り刻んでおく。

「お前!こいつの仲間じゃないのか!?」

 それに答えず、魔法と剣を巧みに操りながらエールはざくざくと男達を全滅させる。

 ……が、全滅させたらいけないことを思い出しかろうじて息をしている何人かにヒーリングをかけて縛っておくことにした。

「ちょっと、エール! お前、もっと葛藤みたいなのあってもいいんじゃねーの!?」

 長田君も無事で良かった、とエールが笑顔でセロテープを渡しながら言ったが治った長田君はぺしぺしとエールを叩いた。

 

 長田君ははっとしてそんなことをしてる場合ではないとばかりにカラーの娘の拘束を解き、エールもヒーリングをかけるとそのカラーは頭を下げた。

「お姉さん、大丈夫?」

「あ、ありがとうございます。 あの人たち、すごく強かったのに…」

「俺のソウルフレンドもすっげー強いんで! 向かうところ敵なしっつーか? あんなのちょちょいのちょいよー」

 得意げな長田君にそう言われ、エールは自分の手を見つめた。

 手練れのように見えた連中だったが、不意打ちしたとはいえ苦も無く倒すことが出来た。

 魔王退治の時とまではいかないだろうが勘もレベルもだいぶ取り戻せているようで一人自信に満ちた笑顔を浮かべた。

「でもあなた達、人間とハニー? 私達を捕えにきたんじゃ…」

「俺らはカラーの味方っすよ!」

 エールも大きく頷くがカラーの娘はまだ怯えているのか、信じられないという目でエール達を見ている。

「ちょっと、エール。何してんの?」

 エールがごそごそと男達の荷物を漁っていた。探しているのはリセット達を狙っていた理由……懸賞金とやらの手がかりがあればと思ったからである。

 ついでに金目の物を見つけるたびに懐に放り込んでおく。

「お前、なんか追い剥ぎみたいだな」

 長田君がそんなエールを少し呆れて見ていると、ひゅっ…と頭上から風を切るような音がした。

 

 エール達が音の通った方向を見るとそこには一本の矢が刺さっている。

「そこの人間、止まれ! ルリッカ、無事だったの!?」

「あっ、カラーのお姉さんだ! おーい! って、ひっ!」

 長田君が喜んで近づこうとしたところ、今度は足元に矢が刺さった。

 エールの方は二射目、三射目を日光で弾く。

「ここは我らカラーの森。人間が侵入して良い場所ではないわ!」

 森の奥からそんな声と共にギリギリと弓を引き絞る音がする。姿は現さないが、幾重もの弓がまっすぐにエール達を狙っているようだった。

「わわわ、待ってー! エールも日光さんしまって!」

 長田君がそう言って、抵抗の意思はないとばかりに手を挙げた。エールも同じように手を挙げ、ルリッカと呼ばれたカラーの娘をちらっと見つめた。

「みんな、待って! この人達は私を助けてくれたの!」

 その言葉を聞いて姿を現したのはカラーの森警備隊の面々である。

 ルリッカはその方に走り寄って行き、何事かを説明していた。

 

「生きている連中は尋問するわ。縛り上げて連れていって」

 そう命令が飛ぶと警備隊のカラー達は床に転がっている男達を縛り上げどこかへ運んでいく。

「あなた達はカラーハンターの仲間じゃないってことね。どうしてここにいるのかは分からないけど今回は見逃してあげるわ」

 上から目線で話すカラーにエールは仲間を助けた礼ぐらいはあってもいいんじゃないか、と口を尖らせた。

「命があるだけありがたいと思いなさい」

「あ、あのー! 俺達、シャングリラにいるカラーの女王パステルさんから紹介状預かってんですけど。 あとこいつリセットさんの妹なんですよ~」

 どうも敵意をぶつけてくるカラーに長田君がそう言って、エールの方に目くばせをした。

 目くばせを受けて荷物から手紙を取り出そうとする。

「手を下げない! あなたがリセット様の妹なわけないでしょ! やっぱり何か企んで――」

 それが武器に手をかけるように見えた警備隊のカラーは眉を吊り上げ手に持った弓に力を込めた。

 

 エールが仕方なく日光を抜くことも考えていると

「待て! みんな武器を下すんだ」

 後ろからすっと現れたのはエール達にも見覚えのあるカラーだった。

「エールと、そこのハニーは長田君だったか。 私を覚えているだろうか?」

「そりゃもう! 綺麗な人は忘れないっすよー!」

 カラーの中でも一際美しく凛とした騎士のような雰囲気を纏ったカラー。

 シャングリラの警備隊長でありリセットの護衛についていったというイージス・カラーである。

「その通りだ。久しぶりだな」

「隊長のお知り合いですか?」

「彼女はエール・モフスと言ってリセット様達と魔王を倒した人間。 そしてリセット様の妹でもある」

 イージスが手短にエール達を紹介した。

「すまない。ルリッカが攫われたと聞いて気が立っていたのかすぐに気が付かなかった。この者たちはクリスタルを狙うような人間ばかりを相手していて警戒心が強いんだ、許して欲しい」

 

 エールの名前を聞いて警備隊の面々は驚いたように武器を下ろした。

 

「この女の子がリセット様がよく話していらしたあのエール様なんですか?」

「エール様って魔王を討伐したっていう魔王の子たちのリーダーよね。 隊長みたいにカッコいい人だと思ってた」

「ええ、男の人じゃなかったの!? 憧れてたのにー…」

 イージスの言葉に警戒心は解かれたようで、警備隊の面々は顔を見合わせ年頃の娘たちのようにきゃあきゃあと騒ぎ始めている。

「俺もいるぞー!」

 長田君の存在はほとんど無視されているようだ。

 

「ですが本当にあのエール様なんですか? 隊長もお会いしたことはほとんどないはずじゃ……」

 疑り深いカラーの一人がイージスにそう言いかける。

「世界に二振りしかない魔人が切れる刀、日光を持っているのが何よりの証拠だ。 お前たちも聞いたことがあるだろう」

「なんか日光さん、ホント証明書代わりにいいっすねー、さすが聖刀っつーか」

 長田君がそう言って褒めるとエールもそれに続き、さすが日光さんと言って手を小さくぱちぱちと叩いた。

「…それでお役に立てるのならば。 彼女はエール・モフス。私、聖刀・日光のオーナーです。イージスさんもお久しぶりですね」

「本当だ、刀が喋ってる…… ごめんなさい。失礼なことをしてしまって」

 そのカラーが頭を下げると、エールは少し得意げにしつつ気にしないで欲しいと言った。

「エールにはルリッカが救われたようだな。 重ねて感謝しよう」

「ありがとうございました、エール様」

 ルリッカがエールに改めて頭を下げる。

「私達もあいつらには手を焼いてたのにエール様って強いのね」

「女の子だけど何となく昔のランス様を思い出さない?」

 エールが少し気恥ずかしそうに手を振ると、キャーキャーとカラーたちが騒ぎだした。

「俺もいるぞー!」

 声を上げるもほぼ無視されている様子を哀れに思ったのか、こっちの長田君も割られてまで囮になってくれたとエールが紹介した。割ったのはエールなのだが。

「そうか。長田君もありがとう」

「へ、へへー、まぁ、俺も魔王退治に行ったし? こんなの大したことないっすよー!」

 礼を言われた長田君はとたんにデレデレとしだした。イージスは美しいだけではなく巨乳、長田君にとって大変好みストライクの容姿の持ち主である。

 エールは長田君を割った。本日二度目である。

 

「しかし、こんな森にまで何をしに?」

 イージスの問いにエールはリセットに会いに来た、と言った。

「…ふっ、ここまで追いかけて来るほど会いたかったのか?」

 イージスが微笑ましいものを見るように笑うと、エールは大きく頷いた。

「いや、俺達ペンシルカウ見学しに来たんだぞ!? 忘れんなよなー!」

 エールもペンシルカウに行くのは楽しみではあるものの、リセットに会えることに比べればおまけでしかなかった。

 

「しかし残念だがリセットはもうここにはいないんだ。 私は森の警備の事で少し残っていたのだが……」

 エールはリセットがいないと聞いた瞬間、ショックを受けた表情をして顔を伏せた。

「そう落ち込まないでくれ。 ここで立ち話するのも何だ、村に案内しよう。お前達なら危険はないからな」

 そう言ってイージスがエール達を村に招いてくれることになった。

 イージスが警備隊に立ち去る合図をすると、警備隊はすでに男達のキャンプを綺麗に片づけていた。

 

「あれ、もしかしてパステルさんの紹介状いらなかったんじゃね?」

 長田君にそう言われて、エールは紹介状を荷物から取り出して見つめた。

 結局必要なくなってしまった辺りあのパステルさんの手紙らしい……何となく哀れに思ったエールは紹介状をイージスに出来るだけ恭しく手渡した。

「パステル様の紹介状だと?」

「何が書いてあるんすかね?」

 

AL教法王の娘エール・モフス、およびそれにくっついているハニーの両名。

この者達がペンシルカウへ入りたいと言ってきた。本来であれば断固として承服しかねることだが、この娘の両親は前科があり、放っておけば無理にペンシルカウに侵入を試み、最悪森を燃やすかもしれぬゆえ一度だけペンシルカウ内へ入ることを許す。適当に中を見学させた後、早々に追い返す様に。

その間、くれぐれも目を離さずしっかりと監視を怠らない事。何かあれば呪うことを許す。

 

 イージスが手紙を見ると、それは言葉の節々からいやいやながら書いたというのが伝わりとても招待状と言える物ではなかった。

「大したことではないよ、確かに受け取った。 私の後について来て欲しい」

 イージスは手紙の中身を話すことはなく、エール達を村へ案内した。

「っひゃー、ありがとうございます。イージスさん、クールでかっけーよなー! おっぱいもでかいし!」

 エールはリセットが居ないと聞いて、長田君を割る元気も出ないほど露骨に肩を落としていた。

「まあまあ、そう気を落とすなって!、これで無事に幻のカラーの村、ペンシルカウ… 本来ならカラー以外絶対入れないようなとこだぞ? ほら、気合入れていくぞー!」

 テンションを高くした長田君はエールの手をぐいぐいと引っ張っていった。

 



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道中 ペンシルカウ 2

 エール達はイージスに連れられ、カラー達が暮らす村ペンシルカウへと案内された。

 

 両親が昔この村を燃やしたと聞いていたエールはドキドキしながら足を踏み入れる。

 

 そこは魔物が多く薄暗かった森の中とはうって変わって、明るく緑溢れる場所だった。さわさわと流れる川のせせらぎが心地よくのどかな雰囲気で、繊細な模様の入った住居のどれもが森に溶け込むかのように建てられており村全体で森を大事にしている様子が伺える。

「翔竜山から魔王がいなくなってまだ一年ほどしか経っていない。 これでも村人総出で復興させてはいるのだがまだまだだな」

 魔人戦争の際、魔軍の侵攻とパステルの強情によりやむを得ずではあるがペンシルカウは燃えることになった。そして魔人戦争終結後、すぐに近くの翔竜山に魔王城の建設が始まりその麓にあるクリスタルの森に居るのは危険だと判断され、カラーの一族は森から砂漠のシャングリラへ移住。それから十年以上もの間、カラーの故郷でありながらまともに復興することが出来なかった。

 現在はリセット達の手によって急ピッチで復興がすすめられ、焼け跡や荒れた土地は綺麗にされているものの村の広さに比べてまだまだ建物は少ないらしい。

 

「そーいやパステルさん、カラーの女王って今はシャングリラっすよね? こっちに戻ってくるんすか?」

「それはここを治めている方に聞くと良いだろう」

 そう言われ、エール達はイージスについて村の中を歩いて行く。

 村人全てがカラーであることと建設最中の建物が散見される以外は何か特別なことをして過ごしている様子もなく、穏やかな生活が営まれているようだった。

「うわー……本当にカラーしかいない。 綺麗な人ばっかりでなんか俺、感動……」

 長田君がきょろきょろと辺りを見回しながら、感無量と言った様子で呟いた。

 カラー達も人間の少女にハニーが珍しいのか、すれ違えば皆一様に振り返っている。中にはイージスに尋ねるものもいるが、エールと言う名前を聞くと驚きつつも気さくに手を振ってくれるカラーもいた。

「リセットがエールの事をみんなによく話してくれていたおかげか、人が苦手なカラーであっても歓迎されているようだな」

「この注目度、もはやハーレムじゃね!? やべーよ、俺生きてて良かった~」

 テンションが上がっている長田君に対し、エールは闘神都市でもそうだったが注目されるのは何となく気恥ずかしかった。

 

 そのまま村の中でも少し大きめの建物に到着した。

 

「お前がリセットの言っていたエールか」

 そこには一人のカラーの子供の幽霊が浮かんでいる。

 声をかけられたエールは頷きつつ、どちらさまでしょう?と尋ねる。

「私は先々代女王ビビッド・カラー。現女王パステルの祖母にして、リセットの曾祖母である」

 そう名乗ったビビッドに対し、エール達も改めて名乗り挨拶をした。

「先々代のカラーの女王様、って子供? リセットさんほどじゃないけどちっちゃいな」

 宙に浮かんでいるため分かりづらいが、身長はちょうどレリコフと同じぐらいだろうか。

 エールがなんとなく頭を撫でようとしたが相手は幽霊、物理的に触ることは出来ず、当然みかんを乗せることもできなかった。

 

 シャングリラでやりあった幽霊に似ている気がする、とエールは派手なカラーの幽霊を思い浮かべる。

「あの露出度の高いエロくてちょっと怖い感じのカラーの幽霊さん? いや、全然似てなくね? あっちは色々すごかったじゃん」

 エールは長田君をべしっと叩き、いきなり襲い掛かっては来ないが見た目ではなく透け感というか雰囲気が似ているとエールは言いなおす。

「シャングリラでか、おそらくそれは私の母だ。 しかしあれとやり合えるとは子供のように見えてさすが魔王と倒した者ということか」

 エールは改めてそう言ったビビッドを見つめた。

 体は小さいがこの落ち着きように女王の風格と威厳、子供ではないと感じさせ目の前に立つと気が引きしまる思いがした。

「とにかく次期女王リセットの大事な妹、魔王を討伐した者。 復興最中ということもあり見る物はないと思うが、せめてささやかではあるがもてなそう」

「いやー! 十分、目の保養っす!」

 長田君がイージスをちら見しつつ嬉しそうに言った。

 

 エール達は茶と菓子を振舞われた。

 ビビッドの前にも置かれているが、飲めるわけではないらしくまるでお供え物のようである。

 

 エールはさっそくとばかりに一番聞きたかったリセットがどこに行ったのかを尋ねた。

 イージス達を護衛に各国を回っているとは聞いていたが、何故一緒に居ないのだろう?

「リセットならヘルマンで騒ぎがあったと緊急の連絡が入って急いでそちらに向かったよ。 本当なら次はゼスを周る予定だったのだが……私は警備の事で少し残ってた」

「えっ、ヘルマンに向かったってもしかして行き違いになっちまった?」

 長田君の言葉にイージスが口元に笑みを浮かべる。

「だがエール達が解決してくれたおかげですぐに追いかけられそうだ。 私は明日にでもヘルマンに向かうが良ければ共に行かないか? リセットも会えればとても喜ぶだろう」

 エールは首を横に振った。

 リセットには会いたいがさすがにレリコフ達とお別れをしてすぐ戻るのもばつが悪く、何よりペンシルカウの次はゼスへ向かう予定である。ヘルマンに戻れば逆方向になってしまう。

 向こうでリセットが聞かされているとは思うが、エールはヘルマンであったことをイージスに報告した。

 

「……大統領の娘の誘拐未遂か。なるほど、ヘルマンでの騒ぎの原因はエール達だったのだな」

 原因は東ヘルマンでボクたちは普通に冒険していただけ、と少し口を尖らせて訂正する。先ほど森で倒した男達がリセットに懸賞金がかかっているというような事を話していたがもしかしてそれも同じだろうか、とエールが真剣な目で呟いた。

「捕まえた者達はこちらでしっかりと尋問しておくが、その話を聞く限り奴らも東ヘルマンの手のものか、それに雇われた者達だった可能性が高いな」

「またかよー! ホント、何なんだよーもー、あいつらー!」

 イージスの言葉に長田君はぷんぷんと怒り出した。リーザス、ヘルマン、ペンシルカウ。東ヘルマンがどこにでも潜んで魔王の子を害そうとしている。

 エールも頬を膨らませたが突然はっと気が付いたように顔を上げた。

 護衛であるイージスさんが居ないのにリセットは大丈夫だろうか?リセットは決して弱くはないが優しすぎ、人の善意を信じすぎる所がある。

「それは大丈夫。始祖様がお守り下さっているから絶対に安全だ」

 イージスがはっきりと言い切った。

 始祖様っていうのは一体誰だろうか、エールは首をかしげる。

「伝説の黒髪のカラー、ハンティ様。この里を作り、カラーを守護してくださっている御方だ」

「ヒーローのかーちゃんか! さすが伝説のカラーってだけあってここでも偉い人なんだなー」

 ヒーローが言っていたがハンティ・カラーは魔法レベル3の持ち主。確かにあの人ならば安全だろうと、エールも胸をなでおろした。

 リセットに会えなかったのは残念だが、色々な国や場所で必要とされる姉は誇りでもある。

 エールは少し寂しく思いつつもゼスに寄ってから自由都市方面へ向かうならシャングリラをまた通ることになる、その時に会えればいいなと考えた。

 

 話を静かに聞いていたビビッドは自分の前に置いてあるお茶の入ったカップを宙にふわふわと浮かべた。

 飲めるわけではないが雰囲気だけでもということだろうか。

「イージスから聞いたが森にいたクリスタル狙いの賊共を倒してくれたそうだな」

 ビビッドが口を開いた。

「近くに魔王城があった名残でこの森には魔物が多いこともあり、近付く者自体ほとんどいない。しかし、それゆえにここまで来るような連中は腕の立つ者が多い。実のところ、お前たちが倒した者共には手を焼いていた。森を守るものとして感謝しよう」

 エールが手練れと感じたのは気のせいではなかったらしい。それを不意打ちとはいえ軽々と倒した自分に強さが戻ったのも間違いはない、とエールは嬉しく感じていた。

「いやー、全然余裕! 大したことなかったっすよ! しかしまーだあんな連中いるんすね」

 特に戦ってはいない長田君が答える。

「昔よりは数は減った。これも孫やひ孫のおかげ」

 ビビッドの言葉には少し嬉しそうな響きがある。

「あーいうのがいるからここのカラーさん達だって人間を警戒するんだよな」

 エールも長田君の言葉に大きく頷いた。

 

「今から16年前の魔人戦争で人とカラーの距離は縮まった。 さらにここに戻れなくなって砂漠に居住を移すことになり、カラーは人と交流せざるを得なくなった。リセットやパステル達の努力のかいもあり、シャングリラとともにカラーは世界に受け入れられていった……しかしそれは良い事ばかりではない」

 ビビッドが真剣な目で話をしはじめた。

「保護条約が結ばれていても、カラーのクリスタルを狙ってくる人間が消えるわけではない。人と結ばれ幸せになるカラーもいるが、人に騙されてクリスタルを抜かれるカラーもいる。カラーの養殖をしようとカラーの娘たちが大量に攫われそうになった事もあった。昔のようにここペンシルカウでカラーだけで暮らしたいと願うカラーも少なくはなかった」

 リセットが悲しみそうな話だ、人間としてエールは少し心を痛める。

「だからシャングリラで人に馴染めない一部のカラーはここに戻って暮らすことにした。既にシャングリラに居を移してはいるが、カラーの故郷であるペンシルカウが荒れたままであるのはカラーの沽券に関わるし、ここにある歴代のカラー女王が眠る墓の守護なども必要。そして我等がここに戻ってこれたのはリセットやエール達が魔王討伐し翔竜山から魔物を退けてくれたおかげ、カラーの元女王として改めて感謝しよう」

 ビビッドの話を真面目に聞いていたエールは小さく頷いた。

 リセットはエール達の活躍を広くカラー達に聞かせていた。人間に強い警戒心を持っていたカラーがエールの名前を聞いた途端に友好的になったのもそのおかげである。

「それと人に警戒心がなさすぎる未熟なカラーへの教育もここでしている」

 森にクリスタル狙いの人間が来るということを知れば人への警戒心も育つ、とビビッドは考えていた。

「なるほどなー、って墓の守護? そういやビビッドさんとか幽霊ってことは死んでるんすか?」

「詳しくは省略するが正確には幽霊ではなく英霊。本来であればマザーカウという神殿で眠りについている身」

 ビビッドは淡々と話を続ける。

「ここペンシルカウにも統率する者が必要。しかし孫やひ孫はシャングリラでの役目がある。ゆえに眠らず、ここを治めることにした」

「幽霊になっても立派っすね~…」

 長田君が感心しているように、体は小さくともカラーの元女王としての責任感が強いのだろう。

「それに母も娘もマザーカウには戻らず、シャングリラでふらふらとしている。私だけあんな所で眠ってるのはつまらないし」

 本気なのか冗談なのか分からない口調でビビッドが言った。

 長田君の頭にはスシヌの杖に乗り移っているパセリが思い浮かんでいた。

 シャングリラでエールに襲い掛かってきたフルもそうだったが、今まで出会った幽霊は死んでいる感じはなくむしろ人生……霊生を楽しんでいるように見えた。立派に見えるビビッドも意外とお茶目な人なのかもしれないと、エールは少し笑った。

 

 そういえば、とエールはリセットが自分をひいおばあちゃん似と言っていたことを話した。

「私もあれほど小さくはない」

 確かにリセットがエールの腰ぐらいしかないことを考えると、ビビッドは頭一つ小さいくらいの大きさである。

「私は魔法によって常に宙に浮かび背の高い者達とも視線を合わせることが出来るがリセットはそれも出来ない。女王になる際、あの小ささでは苦労するかもしれんな」

 リセットにとって小さいことは大きなコンプレックスである。

 しかし父や兄も言っていたが、リセットは成長すればきっとすごい美人になり男に言い寄られることになるだろう。このまま育たなくても良いのではないか、とエールがしみじみと言った。

「私もあれが育っていないとなんだか落ち着くのも事実」

 エールの言葉にビビッドも素直に頷く。

 凄く小さいけれど雰囲気は大人でしっかり者というそのアンバランスさもリセットの魅力だ、とエールはその場にいないリセットを思い浮かべながらうんうんと頷いた。

「それちっともフォローになってないと思うぞー…」

 長田君の頭に泣きべそを浮かべるリセットの顔が思い浮かんだ。

 あのリセットもいつか子供を作らなければいけないのだろうか、エールはシャングリラにいたリセットのファンという連中を思い出すともやもやとした気持ちになる。

「本人は育つ気でいるようだが、リセットは私よりさらに小さい。普通の性行為が難しいのであれば掟に従って優秀な男の精液を探すことになるな」

 精液を探すというダイレクトな言い方にエールは驚き、長田君が割れた。

 ビビッドは自らが作った掟のことをエール達に話した。

 

「そ、そっか! カラーって女の人しかいないからカラーだけじゃ子供作れないのか」

 長田君は手をポンと叩いた。

「昔はここペンシルカウで精液奴隷として人間の男を飼っていた。現在ではカラーが人を奴隷とすることは保護条約により禁じられているので過去の話だが」

「奴隷っつってもカラーを孕ませるのが仕事なんだよな? まじでうはうはカラーハ-レムじゃん……俺もそんなんならぜひ」

 ハニーじゃ精液採取は出来ないから無理だろう、とエールが冷静に長田君に話した。

「精液奴隷は名の通り精液を採取するだけの存在。扱いは家畜と同じだった」

 どうやら男の夢、ハーレムとはいかないようだ。

「カラーの女王は特別優秀な男を探し精液を採取しそれを体内に入れて妊娠する掟。 いつかリセットもそうなるやもしれん」

 リセットの相手は少なくとも自分より強い男でなければならない、とエールは手に力を込めた。

「そうか。ではリセットの婿選定の際はエールにも手伝ってもらうことにしよう」

 任せてください、とエールは気合を入れた。

 ランスにダークランスにエールを倒さなければリセットを貰えないのであれば、リセットは一生独身なんじゃないかと長田君は思った。

「いやいや!リセットさんも恋愛とかさ、結局好きあってるのが大事で …ってあれ? でも、パステルさんとランスさんって」

 パステルはランスをあの男という呼び方をし、邪見にしている。その態度を見れば二人の間で恋愛などと言う言葉はとても想像できない。

 そしてパステルのクリスタルの色は青色、冷静に考えれば父がナニをしたのかはエールにもうっすらと想像がついた。

「ランスは私の恋人でもある。シャングリラで再会した時もハーレムに入れと言ってきたしな」

「ランスさん、まじ羨ましいな……」

 今更誰がランスの女であると聞いたところで驚きはないが、長田君はイージスの胸元付近に目をやりながらしみじみとつぶやいた。

 イージスに昔話を聞くとランスは過去に少なくとも二度ほどカラーの村が襲撃された際、その存亡の危機を救っているらしい。

 魔王になってからはそんな事も過去の偉業になってしまったが、カラーの中にはいまだに昔のランスに憧れているものもいる……またそれがパステルにとっては気に入らない事らしいのだが、やる時はやるのが父だ、とエールは少し嬉しく思った。

 

「しかしエールが女で残念だ」

 突然そう言いだしたビビッドにエールは首を傾げた。

「世界で消えかかっている神魔法が使え、レベル神を持ち、聖刀・日光が扱える。そして魔王の子達をまとめ、魔王を討ち果たした討伐隊のリーダー。何よりもリセットが楽しそうに嬉しそうに話すその存在。エールもリセットを大事に思ってくれている様子、パステルは反対するだろうが男であればリセットの婿に迎えられた」

 男だったらリセットの婿になれていたのか、と思うとエールはとても残念だった。

「いや、そもそもリセットさんとエールは血繋がってるっすよ!?」

「それは些細な事。エールは優秀。精液を貰ってここのカラー達を孕ませてもらうことも考えられただろう。それを考えると実に惜しい」

 

 ビビッドの言葉にエールは自分が男に生まれてハーレムを形成してる様子を思い浮かべてみる。

 カラーの娘だけではなくエールの可愛い姉妹や日光まで混ざっていてより取り見取り。

 そしてすぐ横には愛するリセットがいて……それは楽しそうだが、ランスが切り込んでくるところまで容易に想像できた。

 

「そうなったら俺、エールのソウルフレンドやめるわ……いやそもそもソウルフレンドになれてねーわ」

 ちなみにエールのハーレム想像では遠巻きに見て泣いている長田君やザンスの姿もあった。

 それはあんまりなので自分が男に生まれていたらその時は長田君はハニ子の長田ちゃんだといいかもしれない。

「いや、それはねーだろ!?」

 エールはギャルっぽいピンク色のハニーが頭に浮かびあがり、一人声を殺して笑った。

 

 そうして談笑していると窓の外ではすでに日が沈みかけ薄暗くなっていた。

「今日はここに泊っていくと良い。 夕食もこちらで用意させよう」

 ビビッド達の好意でエール達はペンシルカウで一泊させて貰えることになった。

 

 エールと長田君が夕食までまったりと過ごしていると噂を聞き付けたカラーの娘たちがやってきた。

 人間嫌いなカラーではなく、いわゆる人に警戒心がなさすぎるカラー達である。

「エール様のことはリセット様がいっぱいお話してくれて会いたいなって思っていたんです」

「すごく強くて、でもすごく良い子で、いっぱいお世話になったって。もし会ったら歓迎してあげてねって言われてたんですよ」

 世話になったのはエールの方である、と話すとカラーの娘たちは笑った。

「先ほどはありがとうございました!おかげで変なこともされずにすみました」

「ルリッカったら相変わらずドジなんだから。エール様が居なかったら危なかったのよ?」

「颯爽と助けられたってちょっとうらやましいかも… 私達より小さいし女の子なのに噂通りすごく強いのね、エール様って! 魔王討伐でのお話聞かせてくださーい」

 恥ずかしいが、褒められれば悪い気はしない。エールも日光を振るう様子を見せたり、レベル神を呼び出したり、回復魔法を使ってみたりとサービスをするとそのたびにきゃあきゃあとカラー達が沸いた。

「……ぐすん」

 エールばかりが囲まれているのを長田君が悲しそうに見ていた。

 話ならばこっちの長田君がボクより上手、とエールが長田君を紹介すると長田君もカラーの娘たちに一緒に囲まれることになった。

「へへっ、俺の話が聞きたいって? しょうがねーなぁ!」

 そのまま話が盛り上がりつつ、夜の食事には彩り豊かで美味しいカラー料理が振舞われた。

 配膳やお酌もしてもらいこれがハーレムみたいなものなのかも、とエールは貴重な体験をした。

 長田君も終始ご機嫌である。

 

………

……

 

 次の日、エールはさっそく次の目的地へ向かうことにした。

 少しあわただしいが、ビビッドが未熟なカラーに対して人間に対して警戒心を育てたいと考えているならば、人であるエールが長居するのは良くないだろう。

 

 イージスにヘルマンにいるというリセットによろしく言って貰える様伝えると、ゼス側のクリスタルの森入り口を教えてもらうことが出来た。

 さらに警備隊のカラーが途中まで案内してくれるらしい。

「達者でな。お前達ならまた歓迎しよう」

 そう言ったビビッドやカラーの娘たちの見送りはなんとも華やかだった。

 

 目指すは魔法大国ゼス、スシヌは元気にしているだろうか。エールは魔法を教えて貰ったり、冒険の事を話したり、次こそ姉に甘えたいと思っていた。

 

 エールはもっと滞在したいと駄々をこねる長田君を引っ張ってペンシルカウを出発した。

 



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ゼス四天王と味方殺し

 クリスタルの森を出て、パリティオランから南へ。

 エール達はゼス国内を進んでいた。

 

「ゼスは飯美味くていいよなー」

 長田君が言う通り、首都まで歩く道中ではどの町でも美味しい食事にありつくことが出来た。

 エール達にとって各国での食事はすっかり冒険の楽しみの一つとなっている。

 首都から東にあるイタリアにはカレーマカロロという名物があることや、ゼス南方のオールドゼスに「サクラ&パスタ」という有名なレストランがあるという話を聞く。親子二代でやっているというそのレストランははかつて魔人の舌まで唸らせた、という凄腕の料理人がいるという。

「一般人はとても行けない超高級店らしいけど、ゼス王家の人に頼んだらそこ奢ってくれねーかな? なんたって俺達、魔王討伐したんだし?」

 カラーにちやほやされたせいで気が大きくなってるのか、そんなずうずうしい事を言っている長田君にエールも大きく頷いた。

 リーザスで稼いだ路銀も目減りしてきたところ。ゼスでも割の良い仕事を紹介してもらいたいね、とエールも大分厚かましいことを言っている。

 

 温暖な気候で出くわす魔物も大したことはなく、旅はとにかく順調だった。

 

………

 

 そうしてエール達はゼス王国首都マジックに到着した。

 

「相変わらずでっかい王宮だな。 さっさと行こうぜー! んで、なんか美味いもんでも食わせてもらおう」

 そう言って長田君が首都に足を踏み入れると、エール達を見た警備隊がわらわらと近づいてきた。

「おっ、もしかして俺達が来るの知ってて出迎えかな? ごくろーさーん!」

 長田君がのんきに手を振ったのだが…

「そこのハニー! 大人しく我々について来てもらおう!」

 そう言ってゼス国の警備隊に取り囲まれてしまった。

 魔法大国では珍しい戦士タイプの警備兵達である。

 

 囲まれた長田君に一体何をしたの、とエールが真顔で尋ねる。

「ちょ。ちょ、ちょ! 待って、待って! 俺、何にもしてなーい!」

 ぶんぶんと体を振って抵抗しようとしている長田君にエールは疑いのまなざしを向ける。

「本当だって! てか、ずっと一緒に居ただろー!」

 ゼスは温暖な気候のせいか、薄着の人が多い。それにつられて胸の大きい人をギンギンと視姦したとかじゃないだろうか、とエールは分析する。

「そんなんで捕まるの!?」

 冗談はさておき、エールもさすがにそれはないと思っていた。もしそうならゼスに長田君の居場所はないだろう。

 冷静に考えてゼスは魔法大国ゆえに魔法が効かないハニーへの差別が考えられる。しかし前に訪れた際はハニーと言うだけでいきなり逮捕されるほど酷くはなかったはずだ。

 

 一体長田君が何をしたのか、とエールは警備隊の人に尋ねる。

「君はハニーではないようだが何者かね?」

 質問を質問で返されたが、このハニーの相棒で一緒に旅をしている仲間、と答えた。

「そうそう、エールは俺のソウルフレンドで……」

「人間のように見えるがお前もハニーの仲間と言うわけか? 怪しいな、一緒に来てもらおう」

 そう言われ、エールも取り囲まれることになってしまった。

 見たところ大した連中ではなく抵抗するのは簡単そうだが、ここで問題を起こしてはマジック女王やスシヌの迷惑になってしまうかもしれない。

 エールは自分がゼス王女であるスシヌの妹である、ということを話してみる。

「はぁ? 嘘をつくならもっとマシな嘘をつくんだな」

 案の定、全く信じて貰えなかった。

「ホントだってー! マジック女王に話通してくれよー!」

「エールさん、ここは私が…」

 聖刀・日光が交渉しようとしたところである。

「武器は没収する! 他に何も持ってないだろうな!」

 男が日光をエールから引き剥がし、エールの腕を乱暴に捻りながら縄を回そうとした。

 

 ふわっと男が宙に浮いた。

「え…?」

 

 そのままドサリと地面に放り出される。

 エールが男を反射的に投げ飛ばし、日光をさっと回収していた。

「な、なんだと!?」

 軽々と飛ばされた仲間を見ながら警備隊が声を上げた。

 日光さんに触るな、とエールが頬を膨らませた。

「このガキ!」

 武器を振り上げた警備隊の男を鞘に入れたままの日光で殴りつけ、気絶させた。

「魔法兵を呼んでくれ!」

「ちょ、ちょっと、エール! ダメだって! この人達、盗賊とかじゃないんだぞ!」

 分かっているが、悪い事も何もしてないのに逮捕され、ましてや日光を没収されるいわれはない。

 エールはヘルマンの一件でかなり疑り深くなっており、これが何かの罠であることも考えていた。

「大人しくしろ!」

 エールは掴みかかってきた警備兵の男を打ち倒すとそのまま応戦することになってしまった。マジック女王やスシヌに迷惑がかかるというのはもはや頭から抜けていて、殺さないように手加減しつつ警備兵を蹴散らしていった。

「見た目と違って強いぞ! 応援を呼べ!」

 警笛が高らかに鳴らされると、何事かと辺りがざわつきわらわらと本格的に警備隊が集まってくる。エールはそれに怯えるようなことはないがさすがに数が多いな、とその光景に頬をかいた。

「エール、何大ごとにしてんだよ~!」

「エールさん、ここは大人しくした方が……」

 エールは二人に首を横に振った。万が一、東ヘルマンの手先だった場合はそのまま殺されてしまうことも考えられる、と最悪の事態を想定して頭を働かせている。

 とにかく話の分かる人に会わなければならないと、エールは半泣き状態の長田君を連れて王宮の方へ向かうことにした。

 

 ゼスでの知り合いはスシヌとマジック女王ぐらいで王宮にしか知り合いがいない。

 エールはたまに飛んでくる魔法を長田君を盾にガードしながら走りだした。

 つまり強行突破だ。

 

「うわーん! なんでこんなことになってんのー!?」

 

「王宮に向かってるぞ! 至急、応援を!」

 

 首都はちょっとした騒ぎとなった。

                                      

………

                                      

「止まりなさい!」

 

 王宮に向かって走っているエール達の前を車いすに乗った女性が塞いだ。さらに周りを幾人もの警備隊が固めていて魔法の構えをとっている。

 また背後や脇道もいつの間にか警備隊に塞がれているのが見えた。

 辺りの建物上部にまで警備隊の姿があり、まるでエール達がそこに来るのが分かっていたかのように包囲されていた。

「どうなってんの!? これが本当の八方塞がりってやつ!?」

 上手い事を言った長田君にエールが首を横に振った。

 出来るだけ警備兵と戦うことが無い様に走っていたはずなのだが、それを見透かされていたのかまるでこの場に追い立てられたかのような周到ぶりである。しかし、囲まれているならば穴をあければいいだけのこと、と言いながら長田君を魔法の盾にする構えを取る。

「確かに俺、ハニーで魔法効かないけど! そうやって盾にされんのイヤなんだけどー!?」

 

「あなた達は何者です? 一体、何が目的ですか?」

 その女性はエールに真っすぐにボウガンを向けながら言った。

 さすがにボウガンは長田君では防げない。

 姉に会いに来ただけだ、とエールが答える。

「お姉さん、ですか?」

 その女性は車いすに乗っているため動きは大したことないはずで、戦ったらエールが負けることはないだろう。

 しかしその目は鋭く厳しく妙な迫力がありエール達は思わず後ずさった。

 仕方ないとばかりにエールが日光を抜こうとすると…

「ウルザさん!」

 日光が声を上げた。

 

「その声、いえ、その刀は…」

「お久し振りです。 彼女はエール・モフス。私、聖刀日光のオーナーにしてゼス国のスシヌ王女の妹君です」

 車いすに乗った女性……ウルザは日光の話を聞いて驚きつつ手のボウガンを下げた。

 周りにもさっと手で合図し、魔法の構えを解かせる。

「え? この人、日光さんの知り合い?」

「本物……エールという名前…… いえ、なぜ暴れていたのですか?」

 しかし警戒を解かせてもエール達を見つめる瞳は依然厳しいままだった。

 身に覚えもないのにいきなり乱暴に逮捕されかかったから、とエールが目を逸らしながら答える。

 見つめているとすごく叱られているような気分になるウルザの目がどうも苦手だった。

「何か行き違いがあったようですね」

 そっちが悪いんだ、と言わんばかりに拗ねているエールをウルザはじっと見つめた。

「申し訳ありませんが話をする前に、大人しくしていただきます」

 ウルザがさっと手を上げると、警備隊がエール達を取り囲んだ。

「捕えてください。ですが先ほど聞こえた通り、彼女はスシヌ王女の妹君です。扱いは丁重に、武器も没収はしないように。 彼女は私が王宮へ連れて行きます」

 エール達は再度警備隊に取り囲まれた。

「エールさん、ここはウルザさんを信用して下さい」

 そう日光に言われると頷くしかない、エールは大人しくすることにした。

 

「こちらのハニーはどうしますか?」

「手筈通りに。そちらも手荒な真似はしないようにして下さいね」

「うわーん、エールー!」

 長田君は泣きながら連行されていった。

「……安心してください。これには少しばかり事情があるのです。大人しくついて来て下さい」

 素早くエールに近付いたウルザが小声で囁いた。

 近くで見ると綺麗な人だった。

 車いすというハンデを全く感じさせない機敏な動きはどこか優雅でイージスの騎士のような雰囲気とはまた違う、頼りがいのありそうなキリっとした雰囲気がある。

 

 エールの腕には緩い縄がかけられ、警備隊に囲まれながらウルザの後をついて行った。

 

………

 

 案内されたのは懐かしきゼス王宮だった。

 

 王宮内にある一室に案内されると、ウルザはすぐにエールの腕の縄を解いた。

「大変、失礼いたしました。こちらにも面目と言うものがありますから」

 警備隊を一方的に打ち倒し暴れていた者が捕まった、という形にする必要があったそうだ。

 おかげで外の騒ぎはすっかり落ち着いている。

「私の名前はウルザ・プラナアイス。ゼス四天王の一人で国政に携わっております」

 優しい表情で挨拶をしたウルザにエールもAL教法王の娘です、と自己紹介をしつつ乱暴に縄をかけられそうになったことへやや怒りながら苦情を伝える。

「決して手荒な真似はしないよう通達してはいるのですが。指導不足により不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありません。門番兵には改めて指導しておきますのでお許しください」

 ウルザは町でエールが警備兵を怪我をさせてしまった事は責めず、そう言ってただ真摯に頭を下げた。

 あれこれと文句を言ってやろうと思っていたエールだったがその真摯な態度に思わずこちらこそ暴れてすいません、と頭を下げた。

「エールさんのお噂は聞いております。魔王討伐を果たした、魔王の子達のリーダーで英雄と呼ばれて差し支えないご活躍。他にも神魔法が使えるとか、闘神大会で優勝したとか……」

 エールは首を横にぶんぶんと降った。

 魔王討伐は自分だけの手柄ではなく、英雄などと仰々しく褒められるのはむずがゆくなる。

「ご謙遜を」

 少し笑ったウルザの口調はどこかからかうような響きがある。

 

 ウルザが最初町中で暴れていると聞いたときはどんな人物かと警戒したが、スシヌから話に聞いていた通り話せばちゃんと分かる子のようで一安心していた。

 ――今、ゼスでこれ以上の厄介事を抱え込むわけにはいかない。

 

 エールは話を変えて、それよりもなんで自分達を捕まえようとしたのか、長田君はどうしたのか、といくつか質問をぶつけてみる。

「詳しい事情は後程。ですが長田君でしたか。この国に訪れたハニーは一か所に集められ、もてなされています。自由はありませんが今頃美味しいと言われているはに飯でも振舞われていることでしょう」

 捕まえて、もてなす?わけのわからなさにエールは頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。

 それではスシヌに会いに来たのですが、とエールが言うとウルザの目はまた少し真剣なものに変わった。

「その事ですが……一緒にマジック女王に会いに行きましょう」

 

………

 

「う、うぅ……」

 王宮内を案内されていると、どこからかうめき声が聞こえてきた。

「エールさん、そちらは道が違います」

 ウルザの制止も聞かず、エールが気になってうめき声のする方に向かってみると広い室内にまるで戦争があったかのように怪我人が溢れていた。

 医務室に入りきらなかったのだろうか、世色癌の箱が大量に積まれているのも見える。一体何があったのだろうか。

「……幸い死人は出ておりません」

 これもさっき言った事情とか関わる事なのか、ウルザは今はそれだけを語った。

 ヒーリングしましょうか?とエールが言うがウルザは小さくかぶりを振る。

「それよりも先を急ぎましょう。今はまだ薬で間に合いますからお気遣いは…」

 

ボカーン!

 

 ウルザがそう言いかけたのを遮るように大きな爆発音がして怪我人が何人か吹き飛んだ。

 かなりの威力だったようで室内は爆発の煙に包まれ、建物の欠片がぱらぱらと舞う。

「あ、アニス様が出たぞー!」

「うわあああああ! だ、誰かー!」

「助けてくれー! もういやだああー!」

 そして阿鼻叫喚の悲鳴が上がった。

 動くのも辛いであろう怪我人達が真っ青な顔で這いずり我先にとその場から逃げようとしている。

「あんったはなにやってんのよーーーーっ!!」

「せめて薬運ぶのだけでも手伝いをっ! そしたら箱に毛虫がついてましてー!」

 さらに煙の中から女性二人の叫ぶ声が響き渡る。

 

 エールは非常事態を察してそちらに走り寄り吹き飛ばされた人に咄嗟にヒーリングをかけた。

 かなり虫の息だったが、命はなんとか無事なようだ。

 ウルザも車いすを急速前進させて近寄る。

「ありがとうございます! エールさん、そのまま怪我が酷い方だけでもヒーリングを! 救護兵は急いで怪我人を運んで! 警備兵も応援に呼んでください!」

 エールはウルザの指示の下、吹き飛ばされた人々に次から次にヒーリングを施していった。

 

「千鶴子様! なんでアニスさんが脱走してるんですか!」

 ウルザが激しく言い合ってる二人に近付いた。

「はっ、そうでした。こんなことをしている場合じゃないのです! 師匠として弟子を救出しに行かねばっ!」

「あんたのせいで失敗したんでしょーがー!」

「弟子は、私の大事な弟子はどこ行ったんですか!?」

「いいから、大人して! 部屋に戻りなさい!」

「いやです!いくらぺちゃぱい行き遅れオールドミス千鶴子様の命令でもそれは聞けません!」

「結婚は出来ないんじゃなくて、しないだけよー!」

「わーん! 私の、私の弟子はー!?」

 何を思ったのか、アニスと呼ばれた青い髪の女性の手に魔力を込めはじめた。

 目はぐるんぐるんとしていてパニックを起こしているようだが、その手に集められている魔力は周りの誰もに圧倒的に凶悪なものだと感じさせる。 

 

 また魔法が放たれるというところで危険を察知したエールがアニスに向かって鞘のままの日光を振り下ろした。

 しかしそれはボカンと大きな音がしただけで、アニスを包んでいる結界に弾かれる。

「むむ、あなた誰です? 敵ですか?」

「いいえ、彼女はスシヌ王女の…」

「わかりました! あなたも私の弟子を攫ったやつらの仲間ですね! 許しませんよー! とー!」

 アニスの手に集約された魔力が放たれる。

 エールはとっさにそれに大魔法を当てて、間一髪で魔法の軌道を変えた。

 一部弾きそこねてダメージを食らうものの、アニスの魔法が反れた天井には大穴が開きジュウジュウと音がしている。

 直撃していたらダメージでは済まされなかっただろう。

 かつて戦った魔人ホーネットの魔法を凌ぐのではないだろうかと言うその威力に、エールはこの場にハニーである長田君がいればと思わずにはいられなかった。

「むむっ、やりますね! さすが私の弟子を攫ったやつ!」

 エールはとても手加減をしていられないと日光を抜き放つと、再度詠唱に入った隙をつき結界を切り裂いた。

 そのまま懐に入り込むと、驚きバランスを崩したアニスに向かって背負い投げを決める。

「わわーっ!?」

 魔法使いらしく耐久力はなかったようで、痛そうな音と共に地面に叩きつけられたアニスはそのまま気絶した。

「きゅう……」

「アニス確保! 急いでゴブリン部屋に! 見張りも倍に増やして!」

「ははっ! 目を覚ます前に急げっ!」

 ゼスの魔法兵がささっとアニスを運んでいく。

 エールは自分のダメージをヒーリングで癒していると、周りからは歓声が上がった。

 

「おかげで助かったわ… エールさんだったかしら?」

 そう言ってアニスに怒鳴っていた女性がエールの前に進み出た。

 煙が舞っていたこともあり見えにくかったのだが、エールが女性の方を見ると驚きに目を見開こうとして目を手で覆った。

 

 彼女だけ周りから浮いているどころではないほどエキセントリックでサイケデリックでキンキラキンのピッカピカ。

 派手な、の一言で片づけるには足りないその服装の眩しさにエールは思わず一歩下がる。

 

「はじめまして、私はゼス四天王の一人で山田千鶴子です。先ほどは私の……不肖の弟子を止めてくれて助かりました。ですが、もしかしてどこか大怪我でも…」

 目を覆って固まったままのエールに千鶴子が近付きながら心配そうな声をかけた。

「千鶴子様。こちらはAL教法王の娘さんでスシヌ王女の妹君でもあるエール・モフス嬢です」

 ウルザがエールと千鶴子の間に割って入った。

「名前を聞いたときに気が付いたわ。 あの魔王を倒したっていう魔王の子達のリーダー。アニスをさっと止められるとは流石ね。見た目は本当にまだ小さい女の子なのに…」

 山田さん、と目が慣れてきたエールが呼んでみると、

「名字で呼ばれるのは好きではないので、千鶴子と下の名前で呼んでください」

 確かに食べ物みたいな名前だと思いつつ、エールは改めて千鶴子に挨拶をする。少し目が慣れてはきたがウルザの鋭い瞳とは別な意味で目を合わせにくい格好の人だと思った。

 

 スシヌに会いに来ました、とエールは急いで自分の用件を話す。

「……ウルザ。まだ話していないのね」

「ええ、マジック女王から話をしてもらおうと思いまして。それにエールさんなら、魔王を倒したという彼女なら力になってくれるかもと思いまして」

「分かったわ。すぐにマジック女王に謁見できるよう取り計らいます」

 エールは事情を秘密にされてばかりだとちょっと口を尖らせた。

「拗ねないでください。こちらとしても本来であれば王宮外の人に知らせることは出来ない機密事項なのです」

 ウルザの真剣な言葉に、エールもしぶしぶ頷くしかなかった。

 

 

「マジック女王。お客様をお連れしました」

 そこは前にエールが訪れたこともある、女王の執務室だった。

 人がバタバタと動き回っていてあわただしい様子である。

「千鶴子から聞きました。 お久し振りね、エールちゃん。スシヌに会いに来てくれたそうね?」

 マジック女王の顔は最初に会った時よりはるかに憔悴しきっていた。かろうじて女王らしい気品はあるものの目にはクマができていて力がなく、覇気が感じられない。

 

 エールは挨拶をする以前にその様子は一体どうしたんですかと聞かざるを得なかった。

「そんなに心配されるほど顔に出てるかしら」

 エールは大きく頷いた。

 スシヌもすごく心配しているはずだ。

「その事なのだけど。落ち着いて聞いてね ……スシヌは今、王宮に居ません」

 マジックは一呼吸おいた。

「……攫われてしまったの」

 

 スシヌが誘拐された…?エールは大きく目を見開き、口元に手を当てた。

 相手は東ヘルマンですか、と怒気と殺気を漂わせた声色でマジックに詰め寄る。

 それは少女の見た目からは想像できないほどの迫力で、ゼス国女王であり修羅場も潜ったマジックですら思わず後ずさるほどだった。

「落ち着いてください!」

 千鶴子がそう言ってエールをマジックから引き離そうとするが、エールは一歩も引かなかった。

「い、いいえ。スシヌを攫ったのは東ヘルマンではなく……」

 

「全てのハニーの王、ハニーキングです」

  



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ハニーと眼鏡と

 スシヌがハニーキングに攫われた。

 

 それを聞いてエールは目を丸くした。ハニーキングとはエールも一度だけ会ったことがある。

 神がかり的な能力を持った最強のハニー、全てのハニーを束ねひれ伏させる圧倒的なオーラを持ったハニーの王様だ。

 

「これからお話することは王宮外には知らされていないことですのでエールさんも御内密にお願いします」

 頷いたエールを見て、疲れ切った様子のマジックに代わりウルザが説明を始めた。

「今から一か月ほど前のことです。スシヌ王女が王宮から姿を消しました。スシヌ王女の自室には書置きが残されておりまして、ハニワの里に親善大使として招かれたので行ってきます、と書かれていました」

 ハニワの里というは東のハニワ平原にある浮遊大陸の名前だそうだ。

 ランス城もそうだったが浮遊大陸と言う響きはワクワクする、とエールは思った。

「スシヌがいなくなる前、ハニーキングからは何度も…毎日のようにスシヌをゼスとハニーの間を繋ぐ親善大使として招きたいと手紙は届いていました。もちろんそれは出来ないと返事を……行かせるはずがありません。大事な娘をハニーキングの所になんて!」

「マジック女王、落ち着いて」

 声を張り上げたマジックを千鶴子が宥めた。

 ハニー全般がそうだが、その中でもハニーキングの眼鏡っこ好きは世界的に有名である。さらに不幸な女の子も好きとくれば何をされるか分かったものではない。マジックとしては大事な娘をそんな相手に送るなど考えられないことだった。

「ハニワの里もそう遠くはない場所。一応書置きもあり使者ハニーからもスシヌ王女は立派にやっていると連絡もあったので、当初はとりあえずそこまで深刻に考えてはいませんでした。 しかし何日経ってもスシヌ王女は戻られません。あまりに遅いのでこちらから迎えの使者等出したのですが、のらりくらりとかわされハニワの里に入ることも出来なかったそうです」

 

 そこでウルザの眼が少し厳しくなる。

「……そしてハニーキングより一通の手紙が届きました。スシヌのこと気に入ったから、ずっとうちで親善大使してもらうからよろしくー、と」

 軽い口調であるが、内容はかなり深刻なものだ。

 つまりスシヌはハニーに誑かされて、捕らわれてしまったと言うことである。

「その通りです。スシヌ王女は未来のゼスを背負って立つ身、そんなことは許されないと幾度となく使者と手紙を送りましたが返事はなく。我々はハニワ平原に向けて部隊を派遣しました。 ゼス王国とハニーは友好条約を結んでいますからあくまで交渉団としてですが、戦士も魔法使いもそれなりの者達で固めた部隊でした」

 千鶴子がウルザの言葉に頷いた。その部隊を編成したのは千鶴子である。

「しかし結果はハニワ平原で自称人間嫌いの謎のハニー軍団を名乗る集団相手に全滅。ハニワの里に入ることもできませんでした。魔法の効かないハニー相手は魔法使いが多く戦士の少ないゼスでは分が悪い相手ですね…」

 謎のハニー軍団、考えるまでもなくハニーキングの差し金だ。

「そして今度は本格的に武力制圧やむなしとゼスでも有数の戦士の一団を揃えて派遣しました。それが一週間前の事です」

 その結果があの部屋の怪我人の山、謎のハニー軍団相手に全滅してしまったのか…とエールが沈痛な面持ちで呟いた。

 

「いえ、あれをやったのは先ほどエールさんが止めてくださった、アニスさんです……」

 へ?、とエールは素っ頓狂な声をあげた。

 

「スシヌ王女の誘拐を知ったアニスさんは自らの大事な弟子が攫われたとパニックを起こしました。単身、ハニワ平原に向かい手当たり次第大規模な魔法を打ち込んだようです。おかげでこちら側の部隊は全滅、そして相手のハニーは被害は無し。こちらだけが大きな被害を被る羽目になりました。ちなみにアニスさんはハニワの里から飛んで来たハニーフラッシュで撃墜されたそうで被害はあれでも最小限です」

「万が一にでも大暴れしたら困るからとスシヌの事は黙っていたのに、本当に最悪のタイミングだったわ……」

 マジックがものすごく疲れた声で言った。

 スシヌが弟子ということは、アニスさんはスシヌの師匠ということなのだろうか。あんなポンコツな人が?とエールはつい自分の優秀な師匠であるサチコやリーザスのチルディと比べてしまった。

「アニスさんはスシヌ王女と同じ魔法レベル3の持ち主でそれを買われて専属家庭教師をしているんです。もちろんあんな方ですから最初は皆で反対したのですが、当のスシヌ王女が同じ魔法レベル3同士なのが嬉しかったのか二人はすぐに仲良くなりまして……スシヌ王女はアニスさんの事ちゃんと尊敬していますよ」

「魔法レベル3はゼス王国内でもミラクルさんは除くとして、アニスとスシヌだけ。スシヌも魔力の強さで小さい頃から苦労をしてきたから、他の人には分からない魔法レベル3同士で何か思うところがあったのかもね。 不思議だったのがアニスがスシヌに魔法を教えている間はすごく落ち着いていること。 弟子が出来たってとにかく嬉しそうで、魔法も普通に教えていてみんな私を含めて本当に、本当に驚いたものよ。 ダンジョンの作り方なんかまで教えたりしてたのは困ったものだけどね」

「もしかしたら無意識的に千鶴子様の真似をしているのかもしれません。アニスさんは師匠である千鶴子様を本当に慕って尊敬していますから」

「そうだといいんだけどね。 やっと教育の成果が出たって私だって泣いて喜んで…… 味方殺しのアニスの汚名も過去の事だと思っていたのに」

 マジックにウルザに千鶴子、ゼスの重鎮がそれぞれ頭を抱えている。

 ご愁傷さまです、とエールは手を合わせた。

 

「コホン。アニスの事はいいわ。 問題はハニーキングよ」

 マジックが話を切り替えた。

 

「先ほど話にあった通りゼス王国はハニー達と友好条約を結んでいます。スシヌも表向きは親善大使として派遣されているだけです。もし王女がハニーに誘拐されたなんて外部に知られたら王家として能力を疑われるし、外交的にもハニーと険悪になってしまいます。大規模な軍隊を組織しようものなら最悪戦争になりかねない…」

 体面や外交なんか気にせず助けに行くべき、とエールが少し怒りつつ言った。

「王族としてはそういうわけにもいかないけれど、既に何人もうちの中でも手練れを送り込んでいるわ。事情は伏せてるけど、冒険者まで雇ってね…でもみんなやられて戻ってきてしまった。魔法使いはもちろん戦士もね」

「仮に軍を送ることになってもゼスは魔法主体の軍、ハニー相手では最悪返り討ちにあってしまうでしょうね。もともとハニワ平原はハニーを隔離するための場所だったんだもの。それに魔法が効かないことを考えなくとも、ハニーの中にはかなり強い種類もいるわ。 実際に謎のハニー軍団はスーパーハニーを筆頭とした危険な集団だったとか」

 そういえばとエールはハニーキングに会った時の事を思い出す。あまりに神がかった規格外の能力の持ち主でそんじょそこらの人間では全く太刀打ちできるはずがない。

 エールであっても戦いとなれば勝ち目があるかどうか。スシヌは大丈夫なのだろうか、とエールが心配そうな声を上げる。

「捕えたハニー達から情報を聞き出したところ、スシヌ王女はハニーキングの下で仕事をしているそうです。おそらくこちらの状況を当のスシヌ王女は全く知らないのでしょう」

「あの子、真面目だから親善大使だと思い込まされてるんでしょうね。 でもそのせいで下手に事を荒立てたら向こうにいるスシヌが人質されてしまうわ。そうなったらそれこそ一体何をされるか」

 エールは色々と納得した。

 

「それで現在、こちらも対抗してハニーとの取引を全面禁止にしてゼス首都に入ってくるハニーを手あたり次第捕まえています。もう200人ぐらいかしら? スシヌと交換してもらえるとは思えないけれど、商売や交易をしてるハニーの中にはハニワの里へ物資を運んでいたハニーもいたわ。 ハニー達が捕まって、交易が止まり、物が届かないとなれば向こうも何かしら動かざるをえないはず」

ハニーキングにそんな常識が通用するのだろうか?とエールは疑問に思った。

「捕まえたハニー達はお客さんとして丁重に扱っていますよ。ハニワの里への警告として、逮捕という形にはしていますので抵抗するハニーも多いのですが」

 長田君が捕まった理由が分かった。

 抵抗するなら眼鏡のお姉さんがいるとか言えばすんなりついていくのでは、とエールはアドバイスした。

 二人もいるから嘘でもないし、とちらりとマジック女王と千鶴子の方を見る。

「……スシヌも言ってたけどエールちゃんちょっと変わった子なのね」

「え、ええ。お姉さんって歳じゃないわ」

 そういうマジックとは対照的に千鶴子はお姉さんと言われたのが少し嬉しいのか、少し口元を緩める。

「それだと逆に噂を聞き付けたハニーが押し寄せてきそうなんですよね…」

 

 エールは話を聞き終えるとビシッと手を挙げて、それではハニワ平原に行ってきます、と言った。

 マジックと千鶴子は驚いた表情でエールを見るが、ウルザは薄く微笑んだ。

「こちらから頼む必要も無かったようですね。エールさんは高いレベルと剣の腕があると聞いています。またハニーキングとの面識もある様子、それを見込んでハニーキングに直接女王の親書を届けて欲しいのです」

 ウルザの依頼に、エールは大きく頷いた。

「いいの? エールちゃん、相手は色々と想像がつかない相手よ」

「待ってください。それよりもエールさんはAL教法王のご息女です。何かあったら最悪そちらも大問題で――」

 止められても行くつもり、とエールは言い切った。

 スシヌはエールの大事な姉の一人であり、ゼスへ来た最大の目的はスシヌに会う事である。とてもこのまま放ってはおけない。

「ありがとう。 スシヌも喜ぶわ」

 マジックは久しぶりに口元に笑みを浮かべた。

 

「ではエールさんにはマジック女王の親書とこちらの青のハーモニカをお渡しします。これを浮遊大陸の下、指定の場所で吹けばハニワの里へ入れるはずです」

 エールはウルザから大事なアイテムを受け取って荷物に詰める。

 他にもゼス王国の使者として、冒険や戦いで便利なアイテムや身なりを整えるちょっとした小物アイテムまで準備は全て用意してもらうことが出来た。

「エールさんはまずハニワの里に侵入することを考えてください。ゼスの使者といえばまず通してもらえませんので観光客を装うのがいいかと思います。今はこんな状況ですけれど、ハニワCITYは観光事業に力を入れてますので」

 ハニワCITYはハニワの里にある町の名前らしい。観光に力を入れていてもこんな問題を起こせば全てが水の泡だと思うがハニーにそんな常識は通じないのだろう、とエールは苦笑いをする。

「それとマジック女王の親書ですが受け取りを拒否された場合は―― 他にも――」

 ウルザはエールに様々なアドバイスを施していく。

 あらゆる場面を考慮した分かりやすいその助言に、エールはこれが出来る女性というやつかーとウルザに憧れの視線を向けた。

 

 出発する前に捕まってしまった長田君に会いたい、と言うとウルザが案内してくれることになった。

 エールが後をついて行くと、車いすがキコキコと軋むような音を鳴らす。

「油が切れたかしら。ちょっと待ってくださいね」

 エールはさっと手を伸ばして車いすのメンテナンスを始めたウルザをじっと眺めた。

「大したことはありませんよ。 不便ではありますがこうやって働くには支障はありませんので」

 ウルザの足は魔王ランス…つまりエールの父親との戦いにおいて患ったものだが、父親の悪行は子供であるエールには関係ない。

 そしてそのランスも魔王の血に飲まれていただけ、ウルザはかつて車いすに乗って絶望していた自分に希望を与えてくれたランスを忘れていなかった。

 エールもスシヌもどこかそんなランスの面影がある、とウルザは小さく笑みを浮かべた。

 

………

 

「こちらです。申し訳ありませんが、柵の中には入らないでくださいね」

 ウルザに案内された王宮の中庭は柵で囲まれており、そこには所狭しと色々な種類のハニーがわさわさとしていた。とてもハニワ臭い庭である。

 捕まっているはずのハニ―達だが、きゃーきゃーと楽しそうに遊んでいたり、眼鏡っこ談議に花を咲かせていたり、ハニー向けの雑誌を読んだりと思い思いに過ごしていて平和な雰囲気だった。

 中には仕事があるんだ、とゼスの兵士に詰め寄っているハニーがいるが少数派である。

 

「あっ、エール! 無事だったのかー」

 エールの姿に気が付いたのか、はに飯の箱を握っている長田君がのんびりと歩いてきた。

 捕まってるのに元気そうだ、とエールは少し拗ねるように口を尖らせる。

「おっ、心配させちゃった? でも俺は全然ヨユーだぜ? ここから出るなとは言われてんだけど、低ランクとはいえはに飯食い放題だし、仲間もいっぱいで居心地も悪くねーっつーか」

 そう言ってさらさらとはに飯を口に流し込んだ。

「なになに? この子が長田君が言ってた相棒の子?」

「おうよ! こう見えてすっげー強いんだぜ?」

「へー、全然そんな風に見えないや」

 呼ばれた長田君が気になったのか何体かのハニーが近づいてくる。 周りのハニーと見比べてみると長田君はカツラや恰好だけではなく目元が流し目風でイケメンだ、とエールは心の中で納得していた。

「眼鏡っこじゃないとかがっかり。なんで眼鏡かけてないの?」

「でも貧乳なのはポイント高いよー、それを気にしてそうな所もグー」

「おっぱいはあった方が良いだろ! 巨乳で眼鏡のいじめられっ子こそ最高!」

「俺は圧倒的巨乳派だけど、眼鏡があればさらに嬉しいっつーか? そういう相乗効果ってのが大事で―」

 性癖は違えど仲良く出来るものなのか、長田君は既にたくさんの友達を作っているようだ。

 自分そっちのけでわいわいわさわさハニー達と楽しそうに盛り上がってる長田君を見てエールは少し胸の辺りがもやもやとするのを感じる。

 柵がなければ友達ごと長田君が割れたのに、とそのもやもやごと吹き飛ばす様に拳を行先を求めてぐるぐると回転させてみた。

「あれ? エール、その恰好どっかに行くん?」

 旅支度をしっかりと整えているエールが気になり、話を止めて少し心配そうに長田君が尋ねた。

 事情は話せないけどちょっとハニーキングに会いに行ってくる、とエールが答える。

「えっ、エールがキングに会うってどういうこと?」

 エールは事情は話せないけど長田君はここで待っていてほしいと伝えた。

 

 エールは長田君を連れて行く気はなかった。

 長田君はハニーであるがゆえにハニーキング相手だと問答無用でぺこぺことひれ伏してしまうから役に立つとは思えないし、交渉決裂でハニー達と戦うことになれば長田君も辛いことになる。

 何よりハニーなのに眼鏡より巨乳が好きという異端者ということもあり今回の交渉事には連れて行かない方がいいだろうと考えての事だった。

 

「いやいやいや! 待った、待ったー! そりゃ、俺はキングには逆らえないし同胞とも戦いたくないけど! ついでに強いやつとか危険なやつとも戦いたくないけど! でもお前、俺がいないと色々と無茶して何しでかすか分かんねーっつーか、強いけど抜けてるとこあるし、一人旅とかめちゃくちゃ心配なんだけど!」

 それを聞いた長田君が途端に慌てだす。エールはその様子を見て胸のもやもやがすっと消えるのを感じた。

 日光さんも一緒だから、とエールは笑顔で頷く。

 長田君抜きで行くのは寂しいが、地図で見る限りハニワ平原はそんなに遠い場所でもない。すぐに帰ってこられるはずだ。

「うーん、でもよぉ… なんでそんなとこに…」

「王様に用事? 今ならハニワCITYにあるハニー城にいるよ。お気に入りの子と楽しくやってるみたいでその子すごく可愛い眼鏡っこでさ。自慢したいみたいでお城には自由に出入り出来るんだ」

 一緒に居たグリーンハニーから思わぬ情報が聞けた。そしてそのお気に入りの子が間違いなくスシヌだとエールは確信する。

 他にハニワの里やハニーキングの事で知っていることはないかと尋ねる。

「ハニワCITYには温泉が湧いてるんだけど改装して男湯と女湯に分かれたんだ。 絶景の露天風呂で最高だよ!入浴料ちょっと高いけど」

 温泉の情報はあまり役には立たないが、絶景と聞くとその温泉には入りたくなった。スシヌを助けたら帰りに寄ってみるのもいいかもしれない。

「せっかく観光地化したのに全然人来なくって困ってたっけ」

「美味しいはに飯屋があるのにね」

人間ははに飯を食べない、とエールは当然のツッコミを入れる。

「あそこ魔人が出るって噂なかったっけ?」

「ハニーキングとハニー魔人が毎日戦っていい汗かいてるって話だっけな」

「ハニワCITY広場で満天の星の下、意中のハニ子に告白すると必ず成功するって言われてるんだよね」

「なんかとんでもないビッチが夜な夜な一人で慰める音が聞こえるってエッチな怪談があるね」

「有名な青姦スポットじゃなかった?」

「エロエロでボインボインのお姉さんがいるって話は?」

 わいのわいのとハニーが騒ぎだした。どれもあまり役に立ちそうはない信ぴょう性のある話とは思えないものばかりである。

 そういえばと、エールは荷物の中に手を入れてハニーの魔血魂があるか確認してみると、ハニーと油性ペンで書かれた真っ赤な玉が禍々しい淡い光を放っているのが見えた。

 これとスシヌを交換してもらえないだろうか。

「そうだ。 おーさまに会うならめがねがいるよ。 めがねがないとか会ってもらえないよ!」

 そう言ったハニーに周りが同調し始めた。

 視力がいいので眼鏡の持ち合わせがないエールはその言葉に驚いた。

「……そんなはずはないと思いますが」

 ウルザが苦笑いをしている。

「眼鏡かー、エール。 ちょっと待ってて」

 長田君がぱっといなくなると、しばらくして何かを手に持ってきた。

「捕まってるハニーの中に眼鏡屋がいてさ! せっかくだからこれ、エールにやるよ!」

 柵越しに手渡されたそれは眼鏡ケースだった。もちろん中には眼鏡が入っている。

 エールがそれを取り出して掛けてみるとそれは度が入っていない、オシャレ用の伊達眼鏡だった。

「おー、いいねいいねー! さすが俺の見立て、ヤバくね!? すっげー似合うじゃーん!」

 長田君が眼鏡をかけたエールを見て嬉しそうに飛び跳ねた。

「即席めがねっこだけど悪くないね!」

「貧乳ともぴったり合ってる!年齢的もグー!」

「うんうん、やっぱメガネっ子サイコー!」

 やんややんやとそれを見たハニー達が喜び、エールも貧乳と言われたことが気にならないほど上機嫌になった。

「へへっ、まぁそれを俺だと思って持ってってくれよな! 相棒!」

 キリっと決める長田君に思わぬプレゼントを貰ったエールは目をキラキラとさせて喜びながら満面の笑みでありがとう、と言った。

 

「今の台詞かっこいー…… 言ってみたい台詞上位に入る一言」

「こういう台詞はイケメンハニーにだけ許されてんだぜ? ハニーもさー、もっとオシャレに行くべきだと思うんだよ」

「ボクもカツラ被ろうかなぁ」

「それに俺って魔王討伐に行って、ちょっと前まで魔人だったし内側も修羅場潜ってるっつーか?」

「えー!? 魔人だったとかマジマジー? 詳しく教えてー!」

 長田君が周りのハニーに自慢話をはじめている。

「気を付けて行けよな―! くれぐれも無茶すんなよ!」

 エールは手を大きく振って行ってきます、と返事をする。

 少し振り返ると長田君はハニーと話しつつもこちらにずっと手を振っていた。

 離れるのは寂しいが、気合が入った。

 

「良い相方ですね」

 エールは眼鏡は割らないように大事に荷物へしまいながら、微笑ましいものを見るような瞳のウルザの言葉に何度も大きく頷いた。

 

 次の目的地はハニワ平原。ハニワの里にあるというハニー城だ。

            



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元魔人と王と姉

 エールがハニワ平原に向かって歩いて行くと少し遠い場所に島が浮かんでいるのが見えてきた。

 

 あの浮遊大陸が目的地のハニワの里。ランス城ほど高い場所にはないもののそれなりに大きな島がまるごと浮いているという不思議な光景はやはりワクワクとするものだった。

 

 しかしハニワ平原に入るとすぐにエールが驚きの表情を浮かべる。

 あちこちに大きなクレーターが出来ていて地面が抉りとられたようにボコボコになっている、酷い有様だった。

「魔法レベル3といえど、これは凄まじいですね……」

 アニスが魔法を打ち込みまくったとは聞いていたが、これだけ遠慮なく地形が変わっているのを見るとエールも日光も戦慄を覚えずにはいられない。怪我人達がアニスが来たというだけで怯え逃げようとしていた理由も分かるというものだった。

 

 穴だらけのハニワ平原を注意深く進むとそこは人間と仲良く出来ないはみ出し者の乱暴者である野良ハニーが多数闊歩していた。

 ハニワ平原はゼスで危険とみなされたハニー達が隔離されている場所でもある。エールが見たことなかった目つきの悪い凶悪ハニーもいて、地面をボコボコにされたのをものすごく怒っているのかエールを見るなり襲い掛かってきた。

 魔法が効かないのは厄介であるが、エールは必殺のハニワ叩きを唸らせながら立ち塞がる野良ハニーをパリンパリンと叩き割りながら順調に進んでいった。

 これでは一般人はとても来られないだろう。

 

 そうして浮遊大陸の下まで進んでいくと今度はハニーの集団がわさわさとたむろしているのが見える。

 スーパーハニーを筆頭に、ブラックハニーやダブルハニーなども混ざっていて相手にするにはかなり危険そうだ。

「女の子だー、はにほー」

「はにほー!」

 しかし野良ハニーと違ってエールに襲い掛かってくることはなくむしろ親しげに挨拶をしながら近付いてきた。

 エールもつられてはにほーと挨拶をする。

「女の子がこんなところに一人だと危ないよー」

 エールはその親切な言葉に驚きつつも自分はハニワの里を目指している、と伝える。

「何の用で行くの?」

 ゼスの使者といえば追い返されると聞いていたので、エールは冷静に温泉に入りたくて来たと伝えた。

 温泉には帰りに入る予定なので嘘ではない。

「そうなんだ! こんなところまでよく来てくれたね。あとちょっとでハニワの里に着くから頑張って」

 エールが女一人だったからなのか、ハニー達は疑いもせずに歓迎ムードで道を開ける。

「あっ、キミ。ハニワの里には青のハーモニカ無いとは入れないよ。 良かったらボクの貸そうか? 吹いた後返して貰うけど、洗わなくていいからねー」

 自前のがあると言うとそのハニーは肩を落とした。

 

「待った!」

 歩き出そうとしたエールを一人のブラックハニーが呼び止めた。

「一人で来たとか君ちょっと強すぎない? 怪しいぞー!」

 中々鋭いハニーである、とエールは思った。

「お前何者だー! ここに女の子一人とかすごく危ないんだぞ! 捕まってブルマとか履かされたらどうするんだ!」

 疑っているのか、心配してくれてるのか。

 エールは少し考えて自分は世界中を冒険していて危険な所を回ることもあるから強いんです、と荷物から一冊の観光雑誌を取り出して見せながら答える。

「そ、それはハニー観光名所特集号!」

 表紙にはハニワCITYの絶景温泉やハニー造幣局の桜の通り抜け、はにわ教本部ハニワ神殿等、世界各地のハニーにまつわる観光名所の名が書かれている。さらにハニーキングへのインタビューも掲載されているらしく、右下には協力:はにわ教(信者募集中)と記載がされている。

「わー、それハニーの間でプレミアついてる雑誌なんだよね。発行部数が少ないから」

 エールはただウルザから渡されたもので中身を全く読んでいなかったのだが、今更ながらかなり気になる雑誌である。

 時間がある時に読んでみよう。

「なるほど、それを見て来たんだ! ようこそ、ハニワCITYへ!」

「お前、せっかく観光に来てくれたお客さんに失礼なことをー!」

「言ってみたかったんだよー!」

 引き止めたブラックハニーが周りのハニーに叩かれている。

 申し訳ない事をしたと心の中で手を合わせつつも上手く誤魔化せたエールは、ここで何をしているのかを尋ねてみた。

「僕等は王様に言われてここにくるゼスの人達を――」

「わー、バカ! これは極秘任務なんだぞ!」

「ボクらはここで軍隊ごっこして遊んでるだけなんだ! 本当だよ! 」

 極秘任務とやらを詳しく聞かせて欲しいと詰め寄ったエールに

「ハーモニカ吹くとこまで案内するからこっち来てー!」

 ハニーはエールの手を引っ張っていった。

 

「ねーねー! ボクのハーモニカ使ってー」

 そう言ってハーモニカをはぁはぁと興奮しながらぐいぐいと押し付けようとしてくるハニーを叩き割り、エールはさっと青のハーモニカを取り出しおもむろに吹き始めた。

 ボコボコのクレーターだらけで野良ハニーの破片も散乱しているハニワ平原に、優しい音色が響き渡る。

 エールは師匠のサチコからハーモニカを少しだけ教わったことがある。

 一曲演奏できるぐらいの腕しかないがその姿は中々サマになっており、ハニー軍団もじっとその音色を聞いていた。

 母が外に仕事に行っている間、寂しがっていた自分を慰める様に優しい音色を聞かせてくれたサチコを思い出しながらエールは一曲奏で終わった。ハニー達が拍手をしてくれているのを見て、エールがご清聴ありがとうございましたとばかりに頭を下げた。

 

 …そうすると足元の地面がぐらぐらと揺れはじめた。

「いってらっしゃーい!」

 エールが慌ててバランスを取ると、ふわりと地面が浮かび上がりぐんぐんと地面と手を振るハニー軍団が遠くなっていく。

「全然、疑われませんでしたね」

 日光が小さくつぶやいた。

 

 エレベーターを上がったエールを"ようこそハニワCITYへ"と書かれたアーチが出迎えた。

                               

………

                               

 エールが振り向くと地面ははるか下、外から見たときより大分高い場所に上ってきたと感じた。

 浮遊大陸から見るゼスの地はかなり眺めが良く、遠くに日曜の塔か弾倉の塔か、ゼス王宮を囲んでいる塔がそびえ立っているのがうっすらと見える。

「あら、人間さんなんて珍しい。 ようこそ、ハニワCITYへ」

 エールが眺めを楽しんでいると通りすがりのハニ子が気さくに挨拶をしてきた。

 ハニワCITYではたくさんの一般ハニーがのんびりと暮らしているようで仲良く遊びまわっているハニーや買い物袋を抱えたハニ子などが行き来している。

「観光でいらしたのかしら? 落ちないようにして下さいね。 観光地化されてますがいまだに落ちてしまう方が絶えなくて」

 ハニーインザスカイでもそうだったがなんでそんな危ない所に暮らすのか。ハニーは高いところが好きなんだろうかと苦笑しつつエールは気を付けます、と礼を言った。

「そこに詳しい案内図がありますよ。」

 ハニ子が指さした方を見ると名物の温泉はこちらと書かれた大きな案内看板の他ハニワCITYの案内図が壁に賭けられている。

 エールがそれを眺めると地図の他、各種施設や設備の料金が書かれていた。

 備え付けられている望遠鏡は一回5G、名物のハニワの里温泉は男湯が50G、女湯が10G、ハニ子と眼鏡っ子は無料と料金設定にだいぶ差がついているのが気になるところである。

 他にも宿泊施設などもあるようだ。ふと見ると全部混浴に戻せーと小さく落書きがしてあった。

「せっかく観光地化で色々とやってるんですが人間さんはなかなか来ないんですよね。 ぜひともごゆっくりなさってね」

 ハニ子はそう言って去って行った。人間が来るのが珍しいのか、ちらちらとエールの方を見ているハニーがいる。

 凶悪ハニーまでいるハニワ平原を抜けるのは一般人には無理だ、冒険者ですら気軽に来れる場所ではないだろう。

 観光事業はうまくいっていないというのはエールでも分かる事だった。

「目的のハニー城は地図を見るまでもありませんね。迷いようもないので助かります」

 日光が話す通り地図を見なくてもCITYの方を見ればエールの目的地である城がドーンと存在感を放っている。

 

 エールがそうしているとまた別な真面目そうなハニーに話しかけられた。

「すいませんがそこの人。ここに来るまでに行商と会わなかったかい?」

 エールは首を横に振った。

「うちのはに飯の材料が中々届かなくってね。在庫はまだあるが途中で盗賊にでもあったかと心配していたところなんだ」

「こっちも文通相手からの手紙が届かないんだよ。配達員さんが中々来なくてさ」

「いつの間にかハニワ平原が酷い事になってるし、何があったんだろうなあ」

 ゼス王国でハニワを捕まえ始めた効果が少し出ているようである。

 

 エールはハニワCITYを小走りで駆けていく。

 さっさとスシヌに会って温泉を楽しみたいところだった。エールも眼鏡をかければ二人で無料で入れるはずである。

                               

………

                               

 ハニー城に向かっている最中の事である。

 

「サテラさん、ちょっとお買い物に行ってきますね」

「ついでに情報屋が来てないか見に行ってくれ。 …まったくなんでハニーどもはこうのんびりとしすぎてるんだ。リズナ、またハニーをぞろぞろと連れて来るんじゃないぞ」

「あはは……なんかみんなついてきちゃって」

 どこかで聞き覚えのある声と名前が聞こえた。

「エールさん、今の声は……!」

 日光の言葉にエールも思わず立ち止まり、その声のした方へと方向をかえた。

 

 エールはこっそり覗くつもりだったが、その人物と目が合った。

「え……?」

 お久し振りです、とエールは意を決して声をかけた。

「あらまぁ、お久し振りです。お名前はエールちゃんだったかしら。スシヌちゃんの妹の」

 長い金髪に圧巻の巨乳、そしてやたらとエロい雰囲気の目を閉じた美女。

 目の前に居るのは元魔人のリズナであった。

 

 同じく元魔人であるサテラの声も聞こえたが、二人でこんなところでなにをしているのだろうか。

「なんだ? どうしたリズナ… ってお前は!?」

 驚いた声をあげたリズナに、サテラも顔を出した。もちろん後ろにはシーザーが控えている。

「こ、こんなところまで追手が!?」

 慌てるサテラにエールが首を横に振った。

「リズナさんはもちろん、サテラさんも元魔人というだけ。私が戦う相手ではありません」

 日光が冷静に声をかける。

「そ、そうか。 いや、どうだかな。 人間はサテラ達を見るとすぐ襲い掛かってくる」

 エールはその言葉で大体の察しがついた。

 サテラ達はすでに魔人ではないが、長年積み重ねられてきた魔人に対する人間の恨みは相当なもの。特にサテラは魔王の愛人として人を攫っていたのだ。恨みを持った人間につけ狙われているのだろう。

「ぐっ… そ、それはお前らだって悪いんだ!」

 そういえばあの時はひんひん言わせられなかったな、とエールはサテラをじっと見つめた。

「なんだ、その目は! いや、人間のガキ相手に怒ってもしょうがない。 そうだお前、あの後あいつと…ランスと会わなかったか?」

 エールは首を横に振った。

 魔王城で別れて以来、ランスを探しているようだ。

「ふん、役に立たない。 全くサテラがこんなところで情報を待つしかないなんて……」

 そういえばサテラはけっこうアクティブに動く方だったはずだ。

「それは私達に無敵結界が無くなったからですね……人の世界に私達がいるのは危険なんですよ、色々と」

 エールはサテラを叩いた。

 ポカッと小気味良い音した。

「いてっ! な、なにをするんだ貴様!」

 やっぱり無敵結界は無くなったままなんですね、とエールが言った。

「お前、前もサテラを叩いたろう!」

「サテラ様ニナニヲスル!」

 エールはサテラとシーザー凄まれたが全く怯まなかった。

「サテラは誇り高き魔人だぞ! サテラをバカにするとどうなるか――」

 もう魔人じゃない、とエールが言葉を遮った。

「うぐっ…」

 言葉に詰まったのを見て、エールは内心舌を出していた。

 サテラには出会いがしらに殺されかけ、日光は折られ、リセットが攫われたことがあった。少しぐらい仕返ししてやりたい気持ちがある。

「サテラさん、エールさん落ち着いてください」

 そんな二人の間にリズナが割って入る。

 

「それで、私達がここにいる理由なんですが、ここには私が昔世話になった方がいまして匿まわれ―…いえ、会いに来ているんですよ」

「サテラはそのお守りをしている。 先輩として後輩についてきてやったんだ」

 意外に面倒見がいいのか、とエールはサテラをちらりと見る。

 ふふんと得意げにしているが実際はリズナの方がサテラをお守りしているんだろうなとエールには分かった。

「私達が世界を歩き回ると危ないので、情報屋ハニーさんにランスさんがどこにいるか探して貰っていたんですが、何故か戻りがすごく遅くて心配してるんです」

「ハニーどもはのんびりしすぎだ。 こんなに待たされるとは思っていなかったぞ」

 エールはそれに心当たりがある。

 ゼス王国では捕まえられたハニーの中にその情報屋ハニーがいたのだろう。

「お前はサテラ達を追って来たんじゃないならこんなところに何をしに来たんだ?」

 エールがなんといえば良いか少し言葉に詰まっていると

「お姉さんに会いに来たんでしょう? スシヌちゃんならハニー城にいますよ」

 リズナが笑顔を浮かべてそう言った。リズナはここでスシヌと会ったことがあるようだ。

 エールは大きく頷いた。 

「スシヌって誰だ?」

「エールちゃんのお姉さんでゼス王国のお姫様ですよ。ハニーの親善大使をやっているって話したじゃないですか…」

「ああ、リズナがたまに遊びに行ってるんだったな。 ハニーなんか相手にして楽しいのか? 物好きな奴」

 ハニーと遊ぶのは楽しい、とエールは長田君を思い浮かべつつ口を尖らせて言った。

「サテラさんだって景勝の子に囲まれて楽しそうに遊んでくれてるじゃないですか」

「そ、そんなことはないぞ! シーザーが気になるっていうからちょっと相手してやってるだけだ」

 エールの中でサテラの好感度が少し上がった。

「そうだ、エールちゃん。私が世話になってる景勝と会ってくれませんか?」

 景勝というのはハニワCITYに家庭を持つぷちハニーであるらしい。

「景勝は私が魔人だった時から本当に心配してくれていて……私を魔王や魔人から解放してくれた皆さんにお礼を言いたいって話していたんですよ。スシヌちゃんには会いに行ったんですけど、リーダーはエールちゃんだから言われていて」

 エールは少し悩んだが後で寄るので先に姉に会ってきます、と答えた。

「ふふ、分かりました。 スシヌちゃんやハニーキング様にもよろしくね、また行きますと伝えて下さい」

 エールは軽く手を振って再度ハニー城へ走っていった。

 

………

 

 ハニーの城にたどり着き、門を開けようと手をかけた時、門番ハニーがすっと現れた。

「こら! いきなり開けようとするなんて無礼ものめ!」

「ここは人間は立ち入り禁止。 用があるならここで聞くぞー」

 門番ハニー達に咎められたエールはスッと長田君から貰った眼鏡をかける。

 そしてハニーキング様に重要な用事があって会いに来た、と話した。

「むむっ、眼鏡っこだったの?」

「重要な用事? なら王様も会うよね。 門開けるからついて来てー」

 眼鏡をかけただけで通してもらえる甘いセキュリティに驚きだが、長田君に感謝しつつエールはハニー城に入った。

 

 内部は豪華な内装に似合わずハニー達がはしゃぎまわっていた。

「おっ、新しいめがねっこ?」

「でも可哀相な雰囲気がないからキングの好みじゃなさそう」

「可愛いけどスシヌほどじゃないね」

 好き勝手言われながらエールは謁見室らしき室内に案内された。

「王様、お客さん連れてきました。 王様に重要な用事があるらしいですー」

 エールが少し緊張しながら足を踏み入れる。

 

「ふっふっふ。 よく来たね」

 

 たくさんのハニーとハニ子に囲まれた大きな玉座。

 その上にどーんと座っている全身からオーラを溢れださせる王冠とマントを身に着けた真っ白で大きなハニー。

 ハニーインザスカイで会って以来のハニーキングである。

 

 そしてその脇に赤いアンダーリムの眼鏡に白いヘアバンド、ゼス応用学校の学生服を身に着けた少女がいる。

「え……? うそ……? ど、どうして――」

 目を見開き信じられないものを見てるような表情で杖を持った手を震わせている。

 

 スシヌ!とエールがその名前を呼び駆け寄ると、その少女…ゼス王国王女でありエールの大事な姉の一人であるスシヌもエールに走り寄る。

 

「エ、エールちゃ……!」

 エールとスシヌの二人はぎゅっと抱き合った。

 

 たくさんのハニーが見守り、一部のハニーが興奮している中。

 姉妹は再会をはたした。




※受け継がれたハーモニカ演奏 コルドバ→サチコ→エール


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エールとスシヌとハニーキング

「わ……私、ずっとエールちゃんのこと、新年会にも来てなくて連絡もなくて、どうしたのかなってずっと、ずっと心配して…」

 

 スシヌは肩を震わせぽろぽろと涙をこぼしながら言葉を絞り出す。

 エールはそんなスシヌの頭を撫でながら自分もずっと会いたかった、と明るく話しかける。

「う、うん! 会いたかった! えへへ、久しぶりだね…」

 涙を目に浮かべたままだが、口をへにゃっとさせて笑ったスシヌにエールも満面の笑みを返す。

 誘拐されたと聞いてからずっと心配だったが元気そうだ。

 

 そんな姉妹の再会を見ながらゼス王家先祖の幽霊、パセリがニコニコしながら現れた。

「エールちゃん、久しぶりね。でもどうしてここに?」

 エールはスシヌを助けに来た、と言った。

「まぁ。エールちゃんがお迎えに来てくれたのね。良かったわね、スシヌ。眼鏡までかけちゃって、スシヌとお揃いかしら?」

 この眼鏡は長田君のプレゼントです、とエールは眼鏡を上げる仕草をしながら自慢げに答えた。

「エールちゃんがゼスからのお迎え? でも今、私を助けに来たって……どういうことなのかな? 会えたのはすごく嬉しいんだけど……」

 泣き止んだスシヌはエールの言葉が分からないという様子で首をかしげている。

 姉妹の再会で感動したり興奮したり割れたりしているハニー達の中、エールは改めて玉座にどーんと座っているハニーキングの前に進み出た。

 

「はにほー! 僕こそハニーキング! 僕の城までようこそ、会うのは久しぶりだ」

 

 改めて名乗ったハニ-キングのオーラに圧倒されつつも、エールもきちんと挨拶をして頭を下げる。そして素早くゼス王国の使者としてマジック女王から親書を預かっています、と恭しく手紙を差し出した。

「エールちゃん、ハニーキング様と知り合いなんだ。でもうちの…ゼスの使者?」

 スシヌがエールの持っている手紙を見るとゼス王家の紋章の入った封蝋で閉じられており、それが冗談や聞き間違いではないことが分かった。

 

「えっ、キミってゼスの人だったの!?」

 エールを案内してきた門番ハニー達が驚いて騒ぎだした。

「こらー、ゼスの人は通すなって王様に言われてただろ!」

「だってそんなこと言ってなかったよ! だましたなー!」

 エールは首を振った。

 自分は重要な用があると言っただけでありどこの人間かは喋っていないので嘘もついていない、と答える。

「そういえばそうだった…くぅ、ボクとしたことが眼鏡にかまけたばかりに」

「眼鏡もかけてるけど杖も持ってないし服も魔法使いっぽくないし、刀も下げてるからゼスの人とか分かるわけないよ~」

「門番ならちゃんと名前と出身地と目的とあとなんか色々ちゃんと聞かなきゃいけないんだぞ!」

「やっぱりお前に門番ハニーは任せておけないな。 明日からボクと交代ね」

「そんなー!やっと順番回ってきたのにー!」

 今日の門番ハニーは周りのハニーから責められている。

 明日からはまた別の門番ハニーになるのだろう。

 

 そうやってハニー達が騒いでいるのをエールはじっと見つめて何かを思いついたように手をポンと叩くと、一つだけ謝らなきゃいけないことがあった、と言った。

「ん? まだ何かあるの?」

 実はオシャレ眼鏡だったんだ、とエールは眼鏡を外した。

 するとその光景を目にしたハニー達はゼスの使者だと名乗った時とは比べ物にならないほど狼狽し、ざわざわわさわさとしはじめる。

「まさか伊達メガネだっていうのかい!?」

「な、なんだってー! ひどい! 眼鏡っこじゃなかったなんて!」

 伊達眼鏡つけてるだけじゃ眼鏡っ子じゃないのだろうか、とエールは少し疑問に思いつつ外した眼鏡を大事にケースに入れ荷物にしまい込んだ。

 万が一でも壊してしまっては困る。

「エールちゃん。視力悪くなっちゃったわけじゃないんだね」

 エールは頷いた。ハニーキングに会うには眼鏡がいるだろうとアドバイスを受けてかけていただけである。

 スシヌとお揃いになれなくて残念、とエールが話すとスシヌはなぜか顔を赤くした。

「貴重なめがねっこ姉妹だったのに……」

「貴重なメガネっこ百合だったのに……」

 そんなことをぶつぶつと言っているハニーからは怨念めいたものを感じる。

「待て! おしゃれするためのメガネが悪いわけじゃないだろ!」

「いいや! 視力が悪くて眼鏡をかけるという自然な流れに反したものは認めないぞ!」

「全ての女の子にめがねをかけさせるためには妥協も必要なんだ…」

「説明しよう! 眼鏡っこ派閥は天然至上主義や全眼鏡愛護派、委員長原理主義など細かく別れているのだー!」

 眼鏡っこ談議で熱くなり始めているハニー達の中から、どこからともなく現れた説明ハニーがエール達に説明してくれた。

 エールはそうですか、と適当に返事をする。

 

「まさか眼鏡っこになることでここまでくるとはね。その策略、実に見事だよ」

 その光景を見ていたハニーキングが厳かに口を開くと辺りのハニーはぴたっと私語をやめた。

 大きくて豪華な衣装なだけのハニーではないそのカリスマをエールは真剣な目で見つめる。

「しかーし! こっちは君がゼス王国の使者としてここに来ることは分かってたよ!」

「えっと…どうしてエールちゃんがゼスの使者なの? 私のお迎えなのかなって思ったんだけど」

 状況が呑み込めないスシヌと余裕たっぷりのハニーキングが対照的である。

 エールはとりあえずこの手紙を読んでくれれば分かる、と言ってぐいぐいと手紙を突き出した。 

「それは受け取れないよ。 中身見たらもう誤魔化せなくなっちゃうからね。 僕は読まないよ!」

 ハニーキングは親書は受け取る気は全くないようにエールの手にのった親書から目を背けた。

 誤魔化せなくなると言っている時点でアウトだと思うがそれも言ってないと言い張るつもりなのだろう。

 

 エールはその言葉を聞いておもむろに親書の封蝋をべきっと折って開くと、おもむろに中身を大声で読み上げはじめた。

 

 その手紙の内容はハニーキング宛てに、今すぐに誘拐したゼスの王女、スシヌを解放するように要請するものだった。そして現在、ゼス王国でハニー達を"大勢招いている"という事やこれ以上は友好条約違反として賠償を求めることなど文章は脅しを含んだものになっている。

 

 さらに具体的に書かれた対応や賠償内容をエールが読み上げようとして

「ちょ、ちょ、ちょ、なんてことするのかなー!」

 ハニーキングが止めたがもう遅い。

 ウルザからのアドバイス通り、これで親書のことを知らなかったでは通せなくなるし、何よりスシヌに少し状況が伝わるはずである。

 エールはしたり顔でハニーキングに近付くと読み上げた手紙をぐいーっと押し付けた。

「王様に対して無礼ですよ」

 脇に控えていたハニ子がそう言って手紙を受け取った。

「今のママからの手紙? 私を解放? えっと、これは…」

 ゼス王国ではスシヌは誘拐されたことになっていて大騒ぎになってる、と自体が呑み込めていないスシヌにエールが簡単に説明する。

「待って! 私、攫われてなんかいないよ!? ここにお仕事として親善大使になってハニーキング様の接待を任されたんだから」

  接待と称して何か酷い事されたりしてないだろうか、一体何をしてたのかとエールが目を見開いてスシヌに詰め寄った。

「だ、大丈夫だよ。 えっとハニワCITYがあんまり観光事業が上手く行ってないからって一緒に考えたり、ゼス王国から欲しい物資の相談を聞いたり、お食事の用意手伝ったり、あと体操着に着替えてハニーさん達と一緒に遊んだり……」

 後半は気になるところだが、前半はきちんとした仕事だった。

 怪我もなく変なことをさせられている様子もなく、とりあえず酷い事はされてないようでエールはほっと一安心である。

「ハニーさんたちって魔法が効かないからって私の魔法の制御の練習に付き合ってもらったりしてくれてるんだ。 あとハニ子さん達に色々と教えて貰って……コロッケが美味しく作れるようになったり」

「そうそう、スシヌは自分の意志でここに来たんだ。 だから頑張ってくれてるんだし、こっちも歓迎してるんだからね。 誘拐なんかしてないよ」

 スシヌの言葉を聞いたハニーキングが胸を張った。

「おーさまに大してなんてひどい言いがかり!」

「名誉棄損で謝罪と賠償を要求してやるー!」

 周りのハニー達が騒ぎだした。

「ハニーキング様もハニーさん達もみんな親切だよ。私の為に人間用のご飯も特別に用意してくれてるんだ。温泉も入り放題にしてくれてるし」

 あの温泉は元々眼鏡っ子は無料だったはずだ、という言葉は飲み込んでおく。

 楽しく生活している様子を優しい表情で話すスシヌに、エールの方は戸惑いの表情になった。

 

 ゼスの人間を追い返しているハニー達の行動や態度は怪しいものの、ハニーキングは接待で招いただけと言い、スシヌもまた残した書置きの通りの親善大使をとしての仕事をこなしつつ頑張っているようで攫われたようには見えなかった。

 だが親善大使などマジック女王をはじめとしたゼス王国側はそんなことを了承するはずもない。

 マジック女王以外にスシヌにそれを信じさせることが出来る存在。 その線を繋ぐのは……

 

 エールはちらりと先ほどから妙にそわそわしているその人をじーっと見つめた。

 

「……てへっ☆」

 

 ゼス王国の偉大なる建国者、パセリが目を逸らして舌を出した。

 エールはそんなパセリに眉根を寄せて、疑いの目をまっすぐに向ける。

 

「いやねー… 話すと長くなっちゃうんだけど。最初は気分転換ぐらいのつもりだったのよ」

 エールの目を受けてパセリがそわそわしながら事情を話し始めた。

「数か月前にね、スシヌってば色々あってまた自信なくしちゃって……すごく落ち込んじゃってね。 ダンジョン作って籠っちゃったりしてたの」

 スシヌは俯きながら頷いている。

 魔王討伐の旅で自信と実力をつけたはずだがまた元通りになってしまったのを情けなく思っているようだった。 

「そんな時にハニーさん達からハニーキング様がぜひスシヌに遊びに来て欲しいって言っているって話が来てるのを知ったの。マジックやウルザさん達には何度かお手紙出していたらしいんだけど全く取り合ってもらえないよーって手紙持ってきてたハニーさん達がすごく落ち込んでてね」

 マジック女王から聞いていた話と同じだ。

「それを偶然会った私が聞いて……良いこと思いついたの。スシヌを少し王宮から離して、遊びに行くんじゃなくてハニーさん達と交流を深める親善大使としてお仕事を成功させれば自信がつくんじゃないかなって。 でもマジック達に言ったらまず通らないだろうしこっそりとね。 首都からハニワ平原は遠出ってわけでもないし、ハニーさん達とは友好条約結んでるんだから危険はないし大丈夫だろうって。 カラフルなハニーさん達がしっかり護衛してくれたしね」

「お、お婆ちゃん? これってママがくれたお仕事じゃなかったの?」

 スシヌは難しくない仕事だからと自分に仕事が回ってきたのだと思っていたようだ。

 

 ハニーたちの呼び出しに応じてスシヌをここに連れて来たのはパセリで、マジックがスシヌが攫われたと勘違いしたのもパセリのせいだ。

 つまり元凶である。

 

「元凶だなんてそんな~…お仕事は順調なのよ。 ただスシヌってばハニーさん達にモテモテで帰して貰えなくなっちゃったのよねー」

 そうなるのはパセリにも予想外だったのだろう。

 エールは少し怒りながら、マジック女王が懸念していたのはまさにそれでゼス王宮はスシヌが誘拐されたと騒ぎになっていることを話した。

「あら~… やっぱりそうなっちゃってるわよね~… ハニーさん達なら眼鏡っこに優しいし安全だと思ったんだけど」

 エールの話を聞いてパセリが大きく肩を落として落ち込んでいる。

 パセリとしては悪気は全くなく、スシヌを思ってやったことである。エールもそれ以上怒る気にはなれなかった。

「え、えーっと。本当にゼスではそんな騒ぎになってるの? もう一か月以上もここにいるし長いなとは思ってはいたけど、私、酷い事は何にもされてないし… ハニーキング様はお迎えが来るまでゆっくりして大丈夫だからって言ってくれてるよ」

 迎えなら何度か出してはいるはずだ。

「でもお迎えが来たのはエールちゃんが初めてだよ…?」

 ハニー達に妨害を受けて誰一人、ハニワの里にたどり着けなかっただけである。

 エールは一週間前、ハニワ平原がボコボコにされたのだが知っているかと尋ねてみた。

「ぷちハニーさん達がいっぱい遊んだ戦争ごっこの跡だって聞いたんだけど……」

 あれをやったのはスシヌを助けに来たアニスだという事をエールは説明する。

「えっ、アニス先生が!? わわ…、心配かけちゃったかな。 アニス先生、ちょっと過激なところあるから」

 心配すぎてパニックを起こしゼスからの救援部隊ごとハニワ平原を穴だらけにし、ついでにゼス王宮でも魔法で怪我人を吹き飛ばし、さらに大暴れしそうになって周りに必死で止められていたが、スシヌはアニスを慕っている様子なのでエールはそこは伏せておくことにした。

「そういえばキングがなんか魔法で大暴れしてる人を撃ち落としてたっけな」

「僕等魔法効かないのに何してたんだろうね」

「あの子、ハニワの里ごと落とそうとしてたから。 おバカな子は嫌いじゃないけどあれは話が通じないっていうか、災害っていうか、キチ〇イっていうか……」

 もしハニワの里が落とされていたらスシヌも巻き込まれていたはずであるがそんなことも考えなかったのだろう、ハニーキングもちょっと引いている。

 

 ともかくとエールはスシヌを心配しているのはアニスだけじゃないという事の深刻さを伝えた。

「あ、ああ……私、また……み、みんなに迷惑かけちゃって」

「悪いのはここに連れてきちゃった私だから」

 また泣きそうになっているスシヌにエールはパセリの言う通りでスシヌは悪くないからと力説した。

「んもう、エールちゃんの意地悪。 マジックにすごい怒られちゃうな~」

 パセリはふわふわと浮いているが、どこか嬉しそうである。

「でもエールちゃんが来てくれたならスシヌの悩みとか相談事とかいっぱい聞いてくれるわね~、うんうん、こうやって駆けつけてくれたんだし怪我の功名かしら」

 別にスシヌが攫われてなくても会いに来たし困ってるならどこからでも駆けつける、とエールは言い切った。

「これは惚れ直しちゃうわねー。 ね、スシヌ?」

「お、お婆ちゃんったら何言ってるの!」

 それを聞いたスシヌは顔を真っ赤にさせつつ、ハニーキングの方へ向いた。

「そ、それじゃぁ。早くゼスに帰らないと。ハニーキング様、私そろそろ帰りま――」

 

 

「ダメーーーー!!!」

 ハニ-キングが大声を出してその言葉を遮った。

 

 

「……ふっふっふ。 スシヌにはずっーーと親善大使してもらうつもりだったけど、バレてしまってはしょうがない!」

 王冠を輝かせマントをぶわっと広げて杖をびしっとエール達に向けた。

「スシヌ、今から君には親善大使ではなく僕のペットになってもらう!!」

 ハニ-キングはついに本性を現した。

 

「というわけだから、ゼスに帰っちゃダメ」

「え、え、え…?」

「今までは親善大使ってことで酷いこと出来なかったけど、ペットにすればあんな事やこんな事が出来るからね」

 また状況が呑み込めないといったスシヌにハニー達が騒ぎ出した。

「いえーい!待ってましたー!」

「靴下履かせて脱がそう!」

「キャー鬼畜ー!」

「ブルマを履かせたままにしましょう!」

「スカートめくりー!」

「コロッケにもお肉を入れて貰おう!」

 ハニーキングを筆頭に周りのハニーもつられるように欲望を口にしはじめる。

 スシヌは本性を現したハニー達に茫然としていた。

 

「うぅ…… 酷い… わ、私、すごい頑張ったのに……仲良くなれたって、思ってたのに……」

 スシヌはここにいる間ハニー達と仲良くやっており、頼まれた仕事をこなしながら頑張っていたのだ、それが裏切られて騙されていた。

 その事を知ったショックは大きく、ぽろぽろと泣き出した。

 杖を持つ手や華奢な足が震えていて今にも泣き崩れてしまいそうな様子である。

 

「ふっふっふ。 やっぱり悲しんでる女の子はいいもんだね~…」

「かわいそうな女の子成分補充ー!」

 ハニーキングやハニー達はそんなスシヌをしみじみと満足そうに見つめている。

 

 エールはそんな視線からスシヌを庇う様に立ち塞がった。

 スシヌは絶対連れて帰る!と叫んで日光を抜いて構える。

 

「女一人で何ができるってんだー! みんな、かかれー! 捕まえちまえー!」

 隊長ハニーが悪役の台詞で号令をかけると、それを合図に周りのハニーがエール達を拘束しようと襲い掛かってきた。

「「「「あいやー!」」」

 

 エールは電光石火で襲い掛かってきた辺りのハニーを叩き割った。

 合図をした隊長ハニーも速攻で間合いを詰められて割られている。

「そ、そんなー! 隊長がやられるなんてー!」

 エールの目は周りのハニーをギロリと睨みつけていた。

 姉の良心を利用し、騙して泣かせた罪は万死に値する、とエールは本気で怒っていた。

「きゃー!」

「わー… 怖い…… すごい、すごい怒ってる…!」

 それを見た襲い掛かってきたハニー達はぴゅーっと逃げたり恐怖のあまり割れたりしていた。

 

「ハニーキング! ここは我々四天王におまかせを!」

 しかし逃げなかったスーパーハニー達がそう言いながらエールの前に立ち塞がった。

 

「まずは一番手! 得意技は三段突き、ただいま彼女募集中! 眼鏡は細めの―」

 エールはそこまで名乗ったハニーを言い終わる前に叩き割った。

「ちょっとー! 名乗り口上の最中に攻撃するのは卑怯だぞ!」

「そんな、四天王の一角が落ちるとは…!」

「やつは四天王の中で最弱ー」

「あいつ彼女募集中ってことは振られたんだな、良い奴だったのに…」

 エールはそう言っている他の四体のスーパーハニーも速攻で叩き割った。

 

 エールは四天王ハニーを速攻で倒すと深呼吸して再度日光を構えなおした。

「かっこいいー! 四天王をあんなにあっさりと倒すなんて」

「武器が刀だから居合い斬りってやつ!」

 エールが使ったのはハニワ叩きであり、居合い斬りは使えない。

「あれって聖刀・日光だよね。 実は黒髪で巨乳のJAPAN美人って噂があるんだ」

「眼鏡は!?」

「いや、眼鏡かけてるっては聞いたことない……」

「JAPANには今川家っていうハニーの国があってーー」

 観戦してるだけのハニー達はエールの強さや戦いを見てやんややんやと楽しそうにしている。

 日光が褒められ、自分もかっこいいと言われると悪い気はせず、エールは少し照れた。

「ここのハニーさん達、裏切るとか騙そうとかそういうことは考えてないと思うわ。悪戯はするけどね」 

 パセリの言葉にエールも納得した。

 

 ハニー達はノリにまかせていろいろやっているだけでそこに悪意があるわけではないのだ。

 

 そういえばと叩き割った四天王を数えると一体多かった気がする、と首を傾げる。

 それもノリで言っただけなのだろうか。

「違うよ。 誰が四天王を名乗るかでケンカになっちゃったから五人で名乗ってたんだ。 王様が仲裁してくれたんだよ」

 エールは説明ハニーの説明に納得した。

 五人なら戦隊でも名乗れば良かったのに、とエールがアドバイスする。

「スーパーハニー戦隊とか全員黄色だからダメでしょ」

「誰がリーダーかで絶対揉めるよね」

「紅一点でハニ子を一人いれなきゃいけなくなって結局一人あぶれるじゃん」

「王様の側近と言えば四天王じゃないと!」

「戦隊ハニーもかっこいいね。誰か組もー!」

「ハニーナイトがいれば良かったんだけどなー」

 エールは良い案だと思ったが却下されてしまった。

 

「スシヌさん、こちらで治すの手伝ってくださる?」

「え? あっ、わかりました……」

 スシヌは涙を引っ込ませると言われるままハニ子達に交じって割られたハニーの修復を手伝っている。エールもまた姉の優しさとハニー達の能天気さに和んでしまい、先ほどまでの怒りが嘘のようにぷしゅーっと抜けていくのを感じた。

 

「ハニー四天王をあっさりと下すとはさすが魔王を討伐しただけある。 ふっふっふ、僕直々に相手になろうじゃないか!」

 

 ハニーキングがばっと手を広げてポーズを決めると、辺りからは歓声があがった。

 エールもそれに合わせて日光を構えなおす。

「ついに王様が直々に相手を!」

「キングの勇姿が見られるなんてなんて幸運なのかしら!」

「きゃー、素敵ー!王様ー!」

 ハニーやハニ子がきゃあきゃあと騒ぐと、ハニー達はエールとハニーキングを囲んで観戦体制をとりはじめた。

 エールもこうやってギャラリーを抱えて戦うのは珍しい事でもない。

 

「君が僕を倒すことが出来たらスシヌは解放してあげよう! その代わりに君が負けたら君もペットになってもらうよ!」

 エールは頷こうとして、日光に止められた。

「エールさん、ここは挑発に乗ってはいけません。ハニーキングは規格外の力の持ち主であることは知っているでしょう。ここは何とか交渉か脱出を――」

 日光が冷静に小声でエールに話しかける。

 エールは落ち着きを取り戻し、辺りを見回した。四方八方ハニーがひしめいているが大した相手ではなく、スシヌを連れて強行突破するのはそう難しそうでもない。

「逃げようとしても無駄だよ。 地上までのエレベーターはもう止めてあるからね。君がここからスシヌを助けるためには僕を倒していくしかないのだ!」

 かっこよく決めているハニーキングに、周りのハニーはさらに盛り上がっている。

 エールはここが浮遊大陸だったことを思い出す。もう後には引けなさそうだ。

「あ、でも僕はハニーフラッシュしか使わないっていうハンデはあげるね。 あとこっちは戦うのは僕だけだけど君の方は何人でかかってきてもいい、ってスシヌしかいないけどね。 ならスシヌには攻撃しないとか… もっとハンデいる?」

 エールはその余裕たっぷりの態度にムッとして日光を構えた。

「エールさん…!」

 日光は止めようとしているが、 どちらにしろ戦うしかないとエールは聞く耳を持たない。

 

 スシヌにもバリアを張って援護だけしてもらう様に伝える。

「魔法バリアだね。 う、うん。 分かった。気を付けてね、エールちゃん」

 

 戦いが始まったが何もしてこないハニーキングにエールが一気に間合いを詰めようとして近づき……ハニーキングはハニーフラッシュを放った。

 エールはそれに言いようのない危険を察知して後ろに飛ぶと、魔法バリアが割れていた。

 

「さすがスシヌのバリアだ。 防げるんだねー」 

 

 少し嬉しそうにするハニーキングをエールは冷や汗をかきながら見つめた。

 魔法バリアがなかったら今ので終わっていた… 音は普通のハニーフラッシュと変わらないのに威力は桁違い。

 元はAL教のテンプルナイトが使う普通の技でもエールのAL魔法剣のように威力が高ければ必殺技並の威力になることがあるが、輝くKの入ったハニーフラッシュもまたそれだけで必殺技である。

 

  エールはそのハニーフラッシュをスシヌのバリアで防いでもらいつつなんとかハニーキングにダメージを入れようとするが、その剣はあっさりと杖で防がれてしまう。反撃を貰えば即倒されるということもあり追撃も出来ず、全く攻め込めなかった。

「エールちゃん、危ない!」

 そして魔法バリアが間に合わない隙に放たれたハニーフラッシュにエールは咄嗟に防御姿勢を取ったがそんなことはおかまいなしとばかりにその小さな体が弾き飛ばされる。

 一緒に吹き飛ばされた日光がエールの手から離れ音を立てながら床に転がった。

 

「え、エールちゃん!?」

 スシヌが急いで駆け寄ると、吹き飛ばされたエールは目を回して気絶してしまっていた。

 

「そ、そんな…… エールちゃんが……」

「ふっふっふ。ボクの勝ちだね!」

 勝負はあっと言う間だった。

「キングつよーい!」

「さすが我等ハニーの王よ!」

「きゃー、素敵よ、素敵すぎるわー!王様ー!」

 ハニー達は口々にハニーキングを褒め称える。

 

「わーい! 刀で武将ごっこしよー! 聖刀・日光ゲーーット! ってきゃー!」

 ハニーが落ちた日光を拾おうとして電撃を受けた。

「エールさん!」

「あっ、黒髪の巨乳美人だ! サムライだ!」

 日光はそれを気に留めず、人の姿になってエールに駆け寄った。

「エールちゃ……エールちゃん……」

 日光の姿に一瞬驚きはしたものの、スシヌは気絶したエールの側ですがるように泣いている。

「ちょっと気絶してるだけだから目が覚めるまでスシヌは側にいてあげるといいよ。 あとその子はスシヌと一緒の部屋に運んでおいてね」

 ハニーキングは満足そうにスシヌを眺めてから声をかけた。

「はーい」

 何体かのハニーがエールを運ぼうと近付く前に、日光が素早くエールの体を持ち上げた。

「エールさんは私が運びます。 スシヌさん、お部屋はどこですか?」

「こ、こっちです!」

 スシヌの後に日光がついていく。

 

「お疲れ様でした。流石ですわ、王様。ではそろそろお夕食の準備しないと間に合いませんわね」

「最近、お城の備蓄も減ってきているのよね。 あとで買い出しに行かないと」

「はっはっは! 勝利のお祝いにちょっといいはに飯だしてねー」

 ハニーキングは楽しそうだった。

 

 

 エールはスシヌと共にハニ-キングに捕まってしまった。

 



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ハニー城の日々

 エールはベッドの上で目を覚ました。

 

「エールちゃん…! よ、良かった……」

 エールの顔を覗き込んだスシヌは目を赤くさせていた。パセリや日光も心配そうにしている。

「急いで口に世色癌詰めたんだけど体は大丈夫?」

 口の中が苦いのはそのせいか、エールは自分の体にヒーリングをかけつつ大丈夫だと頷いた。

 体を起こして窓を見ると外はすっかり真っ暗になっている。

 

 エールはハニーキングに負けてしまったことをスシヌに謝罪した。

「ううん! エールちゃんは頑張ってくれたよ。 私が……私のせいでエールちゃんまで巻き込んじゃって……」

「エールさんはまた無茶をして。 ウルザさんから言われたこと忘れていましたね?」

 日光が窘めるようにやや厳しい口調で、しかし言葉とは裏腹にエールの頭を優しく撫でた。

 

『ハニワの里に侵入出来ましたら、スシヌ王女の無事の確認と、城にいるであろうハニーキングに手紙を見せて下さい。その際にスシヌ王女を連れ帰っていただければベストですが、難しいと感じたらエールさんだけでも確実に帰ってきて下さいね。女王の親書にあるゼスからの警告を知らなかったと言い逃れできないようにすることが目的です。そうすればいくらでも……様々な方法で交渉ができますから』

 

 エールはウルザの言葉を思い出した。エレベーターが止められていたため既に脱出はできなかったとはいえ、依頼は失敗である。

 何より自分が来たせいでスシヌが親善大使からペット扱いにさせられてしまったのだから、エールは青ざめて落ち込むしかなかった。

「お姉さんを助けたかったという気持ちはわかりますよ」

 日光は慰めるように言ってから、また刀の姿に戻った。

「ハニーキングはエールさんもペットにすると言っていました。どこまで本気かはわかりませんが、隙を見て脱出する方法を考えなくてはいけませんね」

 姉を助けに来たはずが自分まで捕まってしまったことにエールは情けない気持ちでいっぱいになっていた。

 

 そうしているとコンコンと扉がノックされる。

「みなさん、お食事をお持ちしましたよ。 そちらの方、エールさんは神魔法が使えると聞いておりますのでお怪我は大丈夫かと思いますが、薬は要りますか?」

 エールは首を横に振って食事を持ってきてくれたハニ子にお礼を言った。

「ふふ、あとで片づけの方手伝って頂きますけれどゆっくり食べて下さいね。 それとお部屋の余りがないのでこちらの部屋をスシヌさんと共同で使って欲しいとのことですわ」

 ピンク色のハニーはそう言って嫋やかに微笑んで部屋を後にする。

 ハニ子とはあまり話したことがなかったが、立ち居振る舞いから淑女らしさが溢れていた。

「ここにいるハニ子さん達、みんな家事が上手くてしっかりしてるんだ。 あとハニ子さんの中でも特に美人揃いなんだって…」

 長田君が居たらデレデレしてたかもしれないとエールは相棒のハニーを思い出した。

 

………

 

 エールはハニ子やスシヌと一緒に皿洗いを手伝いながら今後の事を考えていた。

 

 まずはハニーキングを倒せるかどうかだが、少なくともスシヌと二人では無理そうだ。

 ハンデをつけられ手加減されてたのが分かっていてなお歯が立たない。

 ハニーキングの強さは恐怖感や絶望感はないものの、おそらく魔王であった父ランスとほぼ同格なのではないかと感じる。

 そもそも攻撃と回復と両立させたエールの必殺技、AL大魔法はその名の通り魔法でありハニーキングには通用しない。

 AL魔法剣で応戦しようにもハニーフラッシュは遠距離攻撃で間合いに入ることも難しく、魔法バリアを張ってもらってから近づく以外方法がない。

 躱すことが出来ないなら受けてから回復と言う手があるが、こちらの的はエール一人。まともに食らえば回復も絶対に間に合わないだろう。

 

 ハニーの魔人を倒したことはあるが長田君はもちろん魔人のますぞえよりもはるかに強い。さすがはハニーの王である。

 とにかく正攻法で勝てる相手ではない事はよく分かった。

 せめてもう一人ぐらい攻撃役か攻撃を引き受けてくれるガード役が居ればいいのだが…

 

「エールさん、次はこっちをお願いしますね」

 ハニ子がそう言って追加の洗いものを持ってきた。

 量が多いのはハニーキングの勝利を祝って祝勝会という名の宴会をやってるのだという。

 エールはそれを受け取りながらもなんだか悔しくなりリベンジ出来る物ならと口を尖らせた。

 

 エールはさらに考える。

 スシヌを連れて逃げる。こちらの方が戦って勝つよりは現実的である。

 しかしここは浮遊大陸、エレベーターを動かせないことには下に降りられない以上逃げることも出来ない。

 エールは横で一緒に皿洗いをしているスシヌに魔法で飛んで逃げられるかどうか聞いてみた。

「ご、ごめん。アニス先生は当たり前みたいに使ってるけど、あれすごく高度な制御の難しい魔法で私じゃ……エールちゃんを抱えながらは無理……」

 スシヌはエールに謝りながらそう言った。

 確かにスシヌの細腕でエールを抱えるのは無理だ。仮にスシヌだけ逃げられたとしても辺りはハニワ平原、野良ハニーの巣窟に魔法使い一人いかせるわけにはいかない。

 

「残りは私たちがやりますのでお手伝いはここまでで結構ですわ。 エールさん、スシヌさん、王様がお呼びですので謁見室に顔を出してくださいな」

 エールは少し身構えたが、行かないわけにもいかない。

 顔を伏せてるスシヌの手を引いて謁見室へと向かった。

 

………

 

「やあやあ、よく来たね。 すぐに目が覚めたようで何よりだ」

 ハニーキングがかっこよくワイングラスを回しながらエール達を出迎える。

 エール達が謁見室に入ると、すでに宴会は終わっているらしくハニー達の数も減りまったりとした空気が流れていた。ハニーの少ない謁見室は随分と広く感じる。

 

「さて君は僕に負けた。約束通りスシヌと一緒にペットになって貰うよ」

 エールは大人しく頷きながら、スシヌには酷い事をしないで欲しいと頼んでみた。

「それは君の態度次第だと言っておこう」

 スシヌはゼス王国の王女で危害を加えたら困るのはハニー側と言ったがそれは意に介していないようだ。

 ならボクがスシヌがされることは全て引き受ける、とエールが真剣な目で嘆願する。

「だ、ダメだよ、エールちゃん!」

 元々、エールが来なければスシヌはペットにはならなかったのだ。

 こうなったのは自分の責任だから当然、とエールはスシヌに言った。

「そもそも私がここに居なければエールちゃんだって巻き込まれなかったんだよ!?」

 スシヌの方も引かなかった。もちろんスシヌはハニー好みの眼鏡っこ何をされるか分からないだろう、とエールも譲らない。

 

「うんうん。君たちは実に仲がいい姉妹だね、いいよ、いいよー」

「これが姉妹愛… 姉妹愛を肴にもう一杯いけそう」

「しまいまー、良い夢見れそう」

 ハニーキングの近くに残ってハニー達もしみじみと頷いている。

「それじゃ、明日からさっそくペットとしての仕事をしてもらうから今日のところは休んでいいよ。何させるかは楽しみにしておいてね」

 あやしく笑うハニーキングは不気味だった。

 

「あっ、そうそうエール。 君が僕に勝ったら二人とも解放してあげるよ。でも挑戦は一日一回だけね。君が勝つか、僕が飽きるまで頑張れー」

 エールはハニーキングの余裕の態度に少し頬を膨らませつつ、感謝の言葉を述べる。

 いまは勝てるとは思えないが、戦っているうちに何か掴めるかもしれない。

 

………

……

 

 次の日。

 二人は何をされるかと身構えていたが、ハニ子に言われて家事の手伝いをしていた。

 城の掃除や食事の手伝いで、スシヌも普段と変わらないと話している。

 ちなみに城に勤めているハニ子は8人。これは昔美しいメイドを8人侍らせていた人を羨ましく思って真似をしているらしい。

「エールさんは筋が良いわね。 スシヌさんも覚えだしたら早かったけれど」

 メイド技能がありそうなハニ子達の指示は素早く的確で教え方も上手く、エールも見習うべき点が多かった。このまま師事したらメイドになれそうである。

 

 そうして空には日が一番高く上る時間になった。

「エールさん、スシヌさん。ハニーキングがお呼びですので謁見室へ行ってくださいな。 あとエールさんは日光さんは置いて来て欲しいそうです」

「武器を持ってくるなという事でしょうか…」

 日光が心配そうに声をかけるが、エールは負けた身である。大人しく従った。

 

………

 

 エール達が謁見室に向かうと、ハニー達がわさわさしていた。

 しかし普段ハニーキングの横に控えているハニ子も含め、なぜかハニ子の姿はないようだ。

 

「ふっふっふ。よく来たね。これからはじまる凌辱ショーはハニ子には刺激が強いから下がらせたよ」

 

 スシヌは凌辱ショーという言葉に震えた。エールはそんなスシヌを庇う様に立ち、真っすぐにハニーキングを見つめる。

 

「色々と考えたんだけどね。 まずは基本中の基本からいこうと思うよ」

 

 脇にいるブラックハニーがエール達に差し出したのは衣服だった。

 これに着替えればいいということか、とエールが尋ねるとハニーキングはあやしげな笑みを浮かべる。

 

「それだけじゃないよ。 なんとここで皆が見てる前で着替させちゃおうって寸法さ!」

「そ、そんな! 無理矢理ブルマーを履かせるだけじゃなくてストリップだって!?」

「なんていうひどい凌辱なんだ……!」

「恥ずかしさのあまりにポロリとこぼれる涙……想像しただけでもう割れそう!」

 

「そ、そんな……こ、ここで着替えって……みんなの前で脱ぐの?」

 スシヌは驚いているが、エールは表情をかえない。

「ふっふっふ。しかも服は一着だけ、着替えてない方は大事な姉か妹が恥辱に晒される姿を見て存分に悲しんでもらおうって寸法さ!」

「まさに一石二鳥! さすがキング!」

「鬼畜の所業、鬼畜王!」

「今日の僕は鬼畜モード! 容赦はしないからね! さあさあ、どっちが着るんだい?」

 

「え、エールちゃん、ここは私が」

 スシヌがその服に手を伸ばそうとして、エールは素早く横からその服一式を奪い取った。

 畳まれた服を広げてみるとエールは見たことない上下セットの服のようで下半身は下着のような露出度の高さである。真っ白な靴下に赤いハチマキ、さらに上履きもついている。

「た、体操着だね。エールちゃん、これなら私前に着たことがあるから大丈夫――」

 エールがスシヌはみんなの見てる前で脱げないだろう、と言うとスシヌは俯いた。

 前の冒険での裸洞窟でも恥ずかしそうにしていたのだ、ハニーとはいえ男の前で脱げるはずなんかない。

 逆にボクは裸洞窟でも無駄に堂々としていた、と説得されるとスシヌは黙るしかなかった。

「それを受け取ったということはエールがやるんだね。 君なら絶対にそうすると思ったよ」

 エールは大きく頷いた。

 

「ふっふっふ。 じゃぁ、さっそくはじめてー」

 

 ハニーキングが言い終わるのを待たず、エールが勢いよくすぱぱーんと裸になった。

 

「きゃー!」

「うわ」

「あんっ!」

見ていたハニー達はその様子に呆気に取られたり、目を覆ったり、引いたり、パリンと音をさせて割れた。

「エールちゃん!?」

あまりにも勢いよく裸になったエールにスシヌまでも驚き、パセリもきゃーきゃーとなぜか楽しそうに騒いでいる。

 

 

「ちっっがーーーう!」

ハニーキングはそんなエールに思わずタオルを投げた。

 

 

「なんでそんな勢いよく裸になるんだい!? 君に恥じらいってものはないの!? その前に体操服着るだけで裸になる必要はないでしょ! なんかもう、すごいびっくりしたよ!」

 エールはハニーキングに怒られてしまった。

 周りのハニーからも興奮しているハニーもいるが主にブーイングが上がっている。

「エールちゃん、早く下着だけでもつけて~!」

 エールの肌を隠すようにかけられたタオルを持ってくれているスシヌに庇われながら、エールは服を着なおした。

 

 エールはスシヌにこれは下着じゃないのかと聞いてみる。

「最近では少しずつ見なくなってるけどこれは体操着とブルマーって言って、運動するための服なんだよ。だからエールちゃんがつけてるキュロットと同じ感じで着るの」

 エールは噂には聞いていたものの実際にブルマーを見たことがなく下着と勘違いしてしまった。

 しかし、それならばエールが今着ている服とあまり変わらないのではないだろうか。

 

「違うよ!! 全然違うよ!! ブルマーだよ!? 動きやすさとエロスを兼ね備えた若い女の子にしか許されない発展途上の健康的なふとももが眩しい伝統衣装で世界の至宝と言っても過言ではなく、それを露出度が高いから無くそうなんていう世論に我々は真っ向から反対し――」

 すごい勢いで詰め寄ってきた説明ハニーがブルマーの良さを力説し始めた。

 エールは説明ハニーを叩き割った。

「やっぱスシヌに着てもらおうよ。ブルマーは眼鏡っこと合わさる事で最強に―」

 エールはそう言ったハニーを眼光で射殺せるぐらいに睨みつけるとそのハニーが恐怖で割れる。

 

 そうこうしながらハニーを割っていると、一人のグリーンハニーやってきてエールにそっとメモを渡した。

 

"下着が見えるが見えなくなるように隠しながら、恥ずかしそうにゆっくりと一枚ずつ脱ぐ"

 

 エールがそれに目を通すとそのグリーンハニーは親指をぐっと立てた。恥ずかしそうに、という部分に二重線が引いてあるのでハニーキングも言っていたように恥じらいが大事なのだろう。

「このメモってセクハラだよね……」

 スシヌはそう言っているがエールは的確なアドバイスに感謝しながら親指を立てる。

 

 エールは仕切りなおした。 もう一度、今度はゆっくりと服を脱いでいく。

 

 うつむきながら肌をできるだけ隠すように心がけると、ハニーの視線が一斉に向けられる。

 ハニー達もいきなり全裸になった時よりも興奮しているようではぁはぁと息を荒げている。

「おへそが見えたー」

「きゃー、えろーい!」

 衣擦れの音が響き、ぱさっと服が地面に落ちる。

「パンツが見えたぞー! 白だー!」

 エールは実況されるとさすがに少し恥ずかしくなった。

 

「ああ、エールちゃんが…」

 視姦されているエールを見て、スシヌは泣いている。

 そしてこれまた色んなハニーがスシヌを見つめていた。

 むしろストリップさせられているエールよりも泣いているスシヌの方に向けられる視線が多い。

「妹が自分を庇って恥ずかしい目にあっているのに何も出来ず、ただ無力に見ていることしか出来ないなんてなんてかわいそうなんだ」

「割れないギリギリのラインでの不幸な女の子作りにかけてはさすが王様と言わざる得ないよ」

 エールは姉を変な目で見ないで欲しいという思う気持ちもあるが、スシヌへの視線の多さに少しだけ納得いかない複雑な気持ちになった。

 

「ねえねえ、着てた服ちょうだーい」

 エールが着替え終わると一人のハニーがエールに声をかけた。

 これはお母さんが昔着ていた服を直したとても大事なおさがりなのであげられない、と答える。

「そっか残念。んじゃ、靴下脱いでそれちょーだい!」

 エールは言われるがまま履いたばかりの靴下を脱いでそのハニーに渡した。ブーツもないので足がスース―とする。

「お前何抜け駆けしてんだ!」

「早い者勝ちだよ!」

「あっ、エール。代わりにこれ履いてー」

 エールはなんでか代わりの靴下を貰って履かされる。

 そして履くとすぐにハニーが足元に寄ってきた。

「ぐへへ、凌辱だぞー」

 そう言ってエールの靴下を脱がす。

「キャーきちくー!」

 エールはそうやって楽しそうにはしゃいでいるハニー達を見つめて、よくわからないが割りたい気持ちになったがそこでハニーキングが声をかけてきた。

 

「うんうん、十分恥ずかしそうだったね。その調子で頼むよ! みんな、次の準備にかかってー」

 

 エール達は城の裏庭まで案内された。リーザスやヘルマンの大きな庭ではなく、ベンチが二つあるだけの小さな裏庭である。

 ただ城のすぐ後ろは浮遊大陸の端ということもあり、地平線が見えるほどの景色が広がっている。

「ここ夜は星空がとっても綺麗でロマンチックなのよね。幸せそうにデートしてるハニーさん達をよく見るわ」

 パセリの言葉にエールがそれはぜひ見てみたい、と言うと

「あら、ならエールちゃんも一緒に出歯亀しましょうか」

 そっちではなく見たいのは星空だ、とエールが言い返した。

 

 そうしているとハニーたちが水の入ったバケツと大量の水鉄砲を運んできた。

「君にはいまから水鉄砲の的になって貰うよ」

 ハニーフラッシュの的ではなく水鉄砲の的、というのでエールは首を傾げた。

 そんなエールにまたしてもグリーンハニーが寄ってきてさっとメモを渡してくる。

 

"いじめられっ子風に悲しそうにする、下着が透けてきたら恥ずかしそうにめそめそする"

 

 やはりセクハラめいた内容だったが、エールはふむふむと頷きながらそのメモを読んだ。そしてグリーンハニーと目が合うと、お互い親指を立てる。

 だがめそめそするというのがどうすればいいのか、と悩んでいると

「あっ、エ、エールちゃん。やっぱり私が代わって―」

 エールは首を横に振ると、スシヌはまた目に涙を浮かべて俯いてしまう。

 めそめそとはああいう感じだな、とエールは気合を入れた。

 

「よし、んじゃスタート!」

 

 ぐへへーといやらしく言いながらハニー達が座り込まされたエールを囲んだ。その手に持った水鉄砲から発射された液体(水)がぴゅーっとエールの体に振りかけられる。

 少し警戒したが冷たさを感じるものの普通の透明な水のようでダメージはなく、メモのアドバイス通り、スシヌの真似をして目に涙をためるような仕草でエールは大人しくめそめそと水鉄砲を受けることにした。

「胸の辺りを狙えー!」

「ちっぱいだけどね!」

「そこがいいんだぞ!」

 エールはムッとなったがめそめそしているのに怒るわけにはいかないと我慢をする。

 体操着に水が含まれると肌に張り付き、白い下着が透け始めた。

「透けるってだけで普通に脱ぐよりもえっちな感じがするわね」

「うんうん、少しずつ見えるっていう部分がチラリズムだよね」

 パセリの言葉にハニーキングも満足そうだった。

 

「次は股間の辺りを狙っちゃうぞー!」

 そういったハニーが狙いを定めるが

「あれ、なんか引き金が重い!」

 どうやら水鉄砲が壊れたようで一人のブルーハニーが騒ぎ始める。

「わーん、どうしよう! 代えの水鉄砲はないの?」

「えー、次僕の番だぞー!何壊してんだよー!」

 エールが見たところ引き金の留め具が引っ掛かっただけだったのでささっと直してあげると、お礼とばかりに顔に水をかけられた。

「嫌がっているのに実は欲しがるマゾプレイってやつだ!」

 そういってブルーハニーが嬉しそうにしている。エールはせっかく直してあげたのにとムッとしたが、めそめそするのが大事という事を思い出して我慢した。

 

 そのままエールは体操服を着たまま全身をびちゃびちゃにされてしまった。髪の毛からも水が滴っている。

 

 そうしているうちにバケツの水がなくなって終了と思った所に

「追加のバケツ持ってきたよー」

 さらに水が追加された。

 

「この淫乱めー、もっとビッシャビシャにしてやるー! 」

 エールはそう言われて思わずそのハニーから我慢の限界とばかりに水鉄砲をひったくるとその引き金を引いた。

「エールちゃん!?」

「きゃーーっ!汚された―!」

 スシヌが驚いたが、騒ぐハニー達にエールは次から次に水鉄砲を乱射していく。

「ぐあー! やーらーれーたー!」

 水をかけられるとノリでハニーが倒れるので水がなくなったらさらに武器を奪って発砲。

 そのままなぜかハニー同士も撃ち合いはじめ、激しい水鉄砲の撃ち合いに発展した。

「僕は二丁拳銃だ!」

「花火がしけったー!」

 レッドハニーやブラックハニーが騒ぎ出す。

「ここは四天王リベンジだ!」

「こっち水鉄砲の数が四本しかないぞー!」

 五人のスーパーハニー四天王が水鉄砲を取り合っている。

「俺はもうだめだー…最後に彼女にこの指輪を……」

「メディーック!メディーーーック!」

 そんな小芝居をはじめるハニー達もいた。

 それにエールもお前も後を追わせてやるーと参加すると、庭はさらに大騒ぎになった。

 

 ……空に夕焼けがかかるころ、最終的にみんなびしょぬれになった。

 

「みんな目的忘れてるでしょ。 恥ずかしそうにさせたかったんだよ、僕は」

 エールはもちろんはしゃいでいたハニー達もハニーキングに少し怒られてしまった。

「すいませんー…」

「ごめんなさーい」

 口々にハニーキングに謝るが、そもそも深く気にしてはいないようである。

「みんな楽しめたなら別にいいか。 明日からはこうはいかないからね、たぶん」

 ともあれハニー達は楽しかったらしく満足そうにしていた。

 

「エールちゃん、お疲れ様。 な、なんだか楽しそうだったね」

 スシヌがエールに大きなタオルを渡すと、エールは楽しかったと答えた。

 エールの髪の毛をスシヌが優しく拭いていると

「ほのかな百合の香り…」

 そう言って近づいてくるハニーがいる。

「ふふ、ハニーさん達も楽しそうだった」

 スシヌがそう言って笑った。

「スシヌが笑ったー」

「女の子は笑顔も良いよね!」

「笑顔と泣き顔は表裏一体…」

 そう言ってさらに群がるハニー達に笑顔の方がいいよと言って、エールも笑いかけるとスシヌは真っ赤になってしまった。

 エールが水びだしになった服を脱いで絞るとそこはとてもエロかったらしくハニーが割れている。

 

 エールはハニー達と仲良くなれた気がした。

 

………

 

「エールちゃん、ハニーキング様が体冷やしちゃったかもしれないから温泉入ってきて良いって」

 遊び終わって後片付けをしていたエールにスシヌがそう言った。

 

 温泉に案内されるとそこはさすがに観光名所に載っていただけあり、ゼスが一望できる素晴らしい絶景温泉だった。

 何人かのハニ子も温泉に浸かっている。

「もうちょっと簡単に来れればもっとゼスの一大観光名所になると思うんだよね。人が多すぎても困るのかもしれないけど、ハニワ平原って本当に危なくて普通のお客さんは行きも帰りもハニーさん達の護衛をつけないと来られないんだ。そうなると料金も上がっちゃうし……」

 観光事業の相談を受けていると言っていたが、スシヌはまだそれを考えているようだ。

 スシヌは真面目だねー、と言ってエールは肩まで温泉に浸かる。

 芯まで温まる温泉に疲れが溶けていくのを感じて、捕らわれていることも一時忘れることが出来た。

 ついでにスシヌの胸元を見ると、そんなに育ってないように見えて少し安心である。

「ん? どうかしたの?」

 夕焼け綺麗だね、とエールが言うとスシヌは頷きながら笑っていた。

 

 そういえば長田君は元気にしているだろうか?

 赤く染まった空を見ながらエールは相棒のハニーを思い出していた。

 



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ハニワの里温泉

 スシヌがスカートをめくられたり、エールが眼鏡をまたかけさせられたり、ちゃぷちゃぷの格好をさせられたり、えっちなラレラレ石を見せられたり、お揃いの制服を着せられ二人して長くて太い棒アイスを舐めさせられたり。

 

 ハニー城でメイド仕事の合間にそんなハニー的な凌辱を受けつつ、幾日が経った。

 

「僕はね、女の子が恥ずかしがったり悲しんだりしていじめられたりしてちょっと不幸になってるのが好きなだけなんだ」

 凌辱というからにはある程度拷問を受ける覚悟でいた、とエールの言葉にハニーキングが答える。

 エールは血を流させるような事は趣味ではないと聞いて一瞬安心しそうになったが、不幸な女の子を見たいという趣味が良いものであるはずがなかった。

 

 暇を見てエールはスシヌと共にハニーキングに挑んでいる。

 しかしハニーキングには簡単にあしらわれるだけだった。食後の運動程度にしか思われておらず、力量の差を思い知らされるばかりで勝てる糸口は見つかっていなかった。

 他にも脱出方法を考えエレベーターを動かす方法をこっそり調べたりもしたが、ハニワの里というこの島が浮いているのは不思議なハニーパワーと膨大な数の風船のおかげという情報が手に入っただけ。

 

 ハニーキングが満足する様子もなく、勝てる見込みもなく、逃げることも出来ず、平和だが先が見えない日々にエールは不安を覚えていた。

 

………

 

 そんな不安を表情に出さないようにエールは一日の仕事を終えて今日もスシヌと温泉に浸かっていた。

 既に日は落ちていて、星が見え始めている。

 

「今日も勝てなかったね…… ハニーキング様があんなに強いだなんて。エールちゃんだってすごく強いのに」

 スシヌが悲しげな表情を浮かべているがこれがまたハニーキングを喜ばせ、やる気にさせているのだ。

 エールは姉にそんな表情をさせてると思うと悔しさと情けなさから温泉に顔半分沈ませぶくぶくと泡を出す。

「二人とも確実に強くなってはいるのにね。 スシヌも魔法の制御がぐっと上手くなったんじゃない? やっぱり実戦は経験値がすごいわ」

 パセリも雰囲気だけ味わいたいのか一緒に温泉に浸かっている。

「私が魔法バリアをすぐに張れれば勝てるかもしれないから…」

 ハニーキングと戦う前にリベンジだーと向かってくるスーパーハニー四天王や新たに結成されたというハニー戦隊と戦っているうちに、エールもスシヌも順調にレベルや剣や魔法の腕も上がっていた。

 

 問題はいくら強くなっても肝心のハニーキングに勝てる気がしないという事である。

 

「正攻法で勝てないなら作戦を考えるべきかしらね」

 エールはいくつか作戦を考えている、と話した。

「エールちゃん、作戦って何?」

 スシヌの眼鏡を盾にする作戦。

 エールが眼鏡をかけて挑んでも、嬉しそうな顔をされたぐらいだったがスシヌの眼鏡を外したらすごく動揺するんじゃないだろうか。

 さらにそれを防御に使えば割らないようにするために攻撃が弱まるのでは、という作戦である。

「え、私の眼鏡? え、えーっと、えっと、ならやってみよっか?」

 エールは首をぶんぶんと横に振った。眼鏡とはいえ姉を盾に使うなんてあまりに人の心がない最低すぎる鬼畜作戦である。

 そしてハニーキングが正々堂々と戦っている以上、そんな卑怯な真似はしたくない。

 眼鏡をはずせばスシヌの視界が悪くなって危険ということもありこの作戦は却下である。

 

 エールはもう一つ作戦を考えているのだが、それにはエールの相棒が必要だった。

「相棒って長田君? そういえば長田君といつも一緒に居たのに今回はいないんだね」

 今頃気が付いたとばかりにスシヌがエールに尋ねた。

 ゼス王国で捕まったことをかくかくしかじかと話す。

「わ、私のせいで長田君にまで迷惑が…」

 そう言ってスシヌが落ち込み始めたがエールは首を横に振って他のハニーと友達になって楽しくやっていたと答えた。

 エールはそれを思い出すと少し寂しさで胸が締め付けられる気がする。

「長田君は明るいし、話上手だしお友達多そうよね。どこでも混ざれるって感じがするわ」

 相棒はボクです、とエールが頬を膨らませる。

「あらあら。 エールちゃんって長田君のこと本当に大好きよね」

 エールはパセリの言葉になぜか顔が少し赤くさせた。

 

 話を逸らそうとエールは今まで聞いていなかった、ハニーに捕まる前にどうしてスシヌが落ち込んでいたのかを聞いてみることにした。

「そういえば、話してなかったわね。スシヌ、せっかくだから話を聞いて貰ったら?」

 スシヌは少し悩んでいる様子だったが、頷いて話しはじめた。

 

「うん…… 実はね。 私、ママから縁談を勧められたんだ……」

 エールはばしゃっと温泉から飛び出しスシヌに詰め寄ってその相手について尋ねた。

「エールちゃんちょっと落ち着いて。スシヌはちょっと話しづらいだろうから私が説明するわ」

 

「マジックがね、魔王討伐から自信をつけて帰ってきたスシヌを立派な次期ゼスの女王にするって決めて厳しく接するようになったの。厳しくって言っても今までやってなかった帝王学とか政治とかを学ばせるって事よ。ゼス王家はスシヌ以外に後継ぎがいないし、魔法レベル3っていう破格の才能もあって周りの人達からの期待も大きくて……スシヌもそれに応えようと魔法もお勉強もすごい頑張ってたわ。ゼス応用学校ではトップクラスだったんだから」

 パセリは自慢の子孫だと得意げである。

「ママはずっと主席だったんだよ。 それに比べたら私なんか全然……」

「魔法はあなたの方がずーっと上なのよ? ううん、ゼス王家始まって以来の才能なんだからもっと自信を持っていいのに」

 エールもスシヌの魔法には何度も助けられている、と頷いた。

 

「でも戻った学校生活は大変でね。ゼスの王女という立場もあって同級生は一歩引いちゃうし、学校の先生の中には露骨にごますりするような人もいて……周りからは良く思われないわよね。もちろんゼス王家の人間に直接何かしてくる子はいないんだけど。ちなみにマジックもそうだったらしいんだけど乳姉妹の子やガンジー王…スシヌのお爺ちゃんの部下の子とかが仲良くしてくれたそうでお友達には困らなかったみたいね。でもスシヌはそういう子に恵まれなかったわ」

 エールは学校に通ったことはないのでよくわからない話である。

「それに魔法レベル3っていう破格の才能は周りが思っている以上に大変なもの……魔法大国ゼスでは羨ましがられる反面、妬みの的でもあり、そしてそれ以上に恐れられる重いものなの。同じ魔法レベル3であるアニスさんがスシヌの家庭教師になってくれた時、周りはものすごく反対したけど私は歓迎だったわ」 

「アニス先生も昔は苦労したみたいだよ」

 今は周りが苦労させられている、とエールは思ったが口には出さなかった。 

 

「とにかくスシヌは頑張ってたけどそれですごいストレス抱えてたのね。そこにマジックが……」

 縁談を持ってきた?エールが口を尖らせる。

「そう、正確には縁談とまではいかないけど男の人を紹介されたってところね。マジックは自分が好きになった相手がランスさんですごーーく苦労したのもあってスシヌには良い人と一緒になって欲しいみたい。ザンスちゃんがスシヌのこと許嫁だの正室だの言うもんだから本気で心配してるのね」

 そういってパセリがくすくすと笑っている。

「ちなみにその相手はお父様が現ゼス将軍をしているゼスの名家中の名家であるクラウン家の息子さんなの。家柄はもちろん魔法の才能も申し分ないし、将来のゼスの将軍になるのは確実って言われたエリートさんよ。さらにお父様に似て爽やかなカッコよさとお母様譲りのクールさもあって今ゼスで一番人気と言っていいほどモテモテ…ってエールちゃんそんなに怖い顔しないの」

 女にモテるやつは大体女侍らせて浮気するに決まってるからやめるべき、とエールがどこかを睨みつけながら言い切った。

「そ、そんなことないと思うよ?」

「JAPANの国主様が聞いたら悲しみそうな言葉ね~」

 兄の名誉のために立場上いっぱい奥さんがいても良い人は別、と追加しておいた。

「まあ、そのせいで今度はその子のファンの子からそりゃあもう遠巻きにやっかまれたり。恋愛って綺麗事ばっかじゃないわよねー」

 エールはここから解放されてゼスに帰ったらそのクラウン家の長男を探して一発ボコろうと決意した。

「ま、待って。お付き合いとかそう言う事をする気はないの」

 エールの目が真剣になったのを見てスシヌが慌てながらそう言った。

「昔はザンスちゃんのお嫁さんになるっていってたせい?」

「それも今はなんか違うかなーって」

 ザンスなら強さは文句はないし大事にもしてくれそうだが、エロい事ばっかり考えてるからやめた方がいい、とエールは言った。

「エールちゃん、ザンスちゃんと何かあった?」

 パセリが何かに気が付いたのかそう聞き返したが、エールは否定も肯定もしないまま目をつぶった。

 リーザスであったシーウィードの夜のことはまだ話していない。

「と、とにかく。私、将来の事とかゼスの事とか色々と考えてて……そのせいなのか魔法制御が上手く出来なくなっちゃったの。そうしたら昔みたいに学校とかどこかで怪我させちゃうかもって」

「昔みたいに引きこもっちゃってたのよねぇ」

 エールも魔法が使えるので分かるが、魔法を使うにはある程度の集中が必要だ。

 特に魔法レベル3ともなれば下手すれば大惨事に繋がる、というのは師匠であるアニスを見たこともあって簡単に理解出来た。

 だが今はそんなに制御できていないようには見えない、とエールが首を傾げる。

「ここに来てハニーさん達が魔法の練習手伝ってくれたの。ハニーさん相手ならいくら失敗しても怪我させる心配ないから」

 ハニーの誘いに乗った理由の一つなのだろう、パセリがうんうんと頷いている。

「私、本当にダメだなぁ……ママの期待に全然応えられないどころかみんなに心配させてばっかり」

 またぽろぽろとスシヌが泣き始めた。

 エールは頭を優しく撫でる。エールに王族の重圧など分からないが、頑張っていた姉を誰にも…姉自身にも批判などして欲しくはなかった。

「……ありがとう、エールちゃん」

 スシヌはそう言って笑顔を浮かべた。

「ねえねえ、エールちゃん。ゼスに来てスシヌと一緒に学校行かない? エールちゃんなら魔法の才能もあるし、神魔法だって使えるし、レベルだって……将来ゼスの将軍にだってなれるわ。ううん、いますぐにだって将軍にして貰えちゃうかも」

 エールは少し悩んだがごめんなさいと言いつつ首を振った。姉と通う学校というのには惹かれるものがあるが、エールは冒険があるし何より勉強は好きではなかった。

 

「うーん、エールちゃんが男の子だったら良かったのにねえ」

 スシヌとエールはそう言ったパセリを驚いた顔で見た。

「そうしたらマジックだって大歓迎だったでしょうに。 あっ、勘違いしないでね、私は女の子でも大歓迎よ? でも後継ぎが出来ないとなるとゼス王家としては困るってマジックなら言うだろうなって――」

「おばあちゃん!」

 スシヌは少し怒ってパセリにお湯をばしゃばしゃとかけた。効果はないがきゃーきゃー言ってパセリが笑っている。

 

「そ、そういえばエールちゃんこそどうしてたの? 新年会にも来てなくて、お姉ちゃんはエールちゃんはちょっと都合が合わなかったんだって言ってたけど連絡も何にも無くてすごく心配して」

 何とか話題をかえようとしたスシヌの言葉を遮るように、温泉の湯煙に二つの人影が見えた。

 

「……あら、スシヌちゃんにエールちゃん? パセリ様も相変わらずお元気そうで。こんばんは」

「なんだ。お前ら、まだいたのか? 幽霊が元気とか変な奴」

 人影の方を見るとグラマラスな金髪美女と赤い髪のスレンダーな女性が立っていた。

「リズナさんにえっと、サテラさん。こ、こんばんは」

 元魔人の二人である。エールも挨拶をしつつ視線をリズナの胸元にまっすぐに向けていた。

 大きさならナギの方がやや上かもしれないがそれでも迫力のある大きさと、立っているだけで溢れてくるようなエロい雰囲気が合わさって長田君なら見た瞬間に砂になりそうだ。

「え、エールちゃん、そんなにじろじろ見ちゃ失礼だよ」

「ふふ、エールちゃんがお迎えかと思ってたんだけど、まだ帰ってなかったのね。 ここが気に入っちゃった?」

 リズナとスシヌは親しそうに話している。

 

「……ハニーキング様、なんてことを」

 エールはリズナに事情を説明する。

 リズナはハニーキングに気に入られているらしいので説得してもらえないかと相談してみる。

「残念ですが、私から言ってもたぶん聞いていただけないかと」

「放っておけばいいだろ。 しかしあんな陶器どもに捕まるなんて情けない! はっはっは、やっぱり人間は弱っちいな!」

 サテラがここぞとばかりにエールを見てバカにするように笑った。

 エールはそんなサテラを見て口を尖らせて口だけのビッチに言われたくない、と呟く。

「ビッチって、サテラのことか!?」

 サテラはエールを睨みつけるがここは女湯。シーザーもおらず、粘土がこねられず、無敵結界もなくなっているサテラは実のところエールにとって全く怖い相手ではない。

 ハニワCITYには夜な夜な一人で粘土をこねて自分を慰めているビッチがいてたまに覗きに行っていることをエールは城のハニー達から聞いていたがこの噂がサテラのことだと確信していた。

「昼にやると色々言ってくる奴がいるから… ビッチって、そんな風に言われてるのか?」

「えーっと、その、言い辛かったんですけど、昔からハニーさん達の間では……」

「はやく教えろー!」

 サテラがリズナに怒鳴っているのを見てエールは心の中で笑った。

 

「えっと、リズナさん達もここにいて長いですよね」

 スシヌがサテラからリズナを庇う様に話しかけた。

「サテラ達は情報屋が来るのを待ってるんだ。それを受け取ったらすぐに出ていくさ」

 どこに行くのか、とエールは尋ねた。

「ランスがどこにいてもとりあえずこのまま魔物界に戻る予定だ。ホーネット様達にも報告しないといけないしな ……しかしまだ情報屋が来ない。情報料だって安くはないのに騙されたんじゃないのか?」

「そんなことないです。景勝が紹介してくれたんですから」

「はやくしないとまた奴らに見つかって……ふん、面倒くさい」

 少し目を伏せたサテラに、エールはその想像をつけつつ奴らとは何なのかを尋ねる。

「…魔人討伐隊です。魔王様がいなくなった今、人類の脅威は魔人だけ。復讐を考えている人も多くて追われているんですよ」

「人間に協力していたリズナはまだマシだ。あとは妙に人間と親しくやってたレイもか。 だがサテラや他の魔人には人間界に居場所なんかない」

 それを聞いてエールは想像が当たって少し目を伏せた。

「なんだその顔は。別にどうってことないぞ。無敵結界がなくなったとはいえサテラ達は魔人としての誇りまで失ったわけじゃないからな。強さだって人間とは比べ物にならないんだ、恐れをなすのも当然だろう」

「でも無敵結界が無くなったと広く知られたら、もっと本格的に襲い掛かってくるかもしれませんね」

 

 そういえばヘルマンで会ったメガラスさんにはまだ無敵結界があったな、とエールが呟いた。

 日光の使い手であるエールには関係ないことだが、無敵結界は人間には破ることが出来ない。

 どの魔人に無敵結界が残っているのか人間側は把握しきれていないのだろう、さらに丸っこくて小さいリスや元魔人だった相棒を頭に思い浮かべたところでそのエールのつぶやきにサテラが詰め寄った。

「メ、メガラスだと!? お前、メガラスに会ったのか!? どこでだ? 元気にしていたか!?」

 エールはその勢いに驚きつつもホルスの戦艦で会ったことを話すと、サテラは泣きそうになりつつ顔をしつつ安心したのか顔をほころばせた。

「そ、そうか。あいつ、無事だったんだな。 よ、良かった……ずっと心配して…」

「良かったですね、サテラさん」

 メガラスの方は本当に何もしゃべらなかったが、サテラとは知り合いだったようだ。

「あいつは基本無口なんだ。 だがすごい魔人だぞ。 常人には目に捉えられないスピードで飛び回れてな、サテラもそれに助けられたことがある ……だがあいつはケイブリスどもの汚い奇襲からホーネット様を庇おうとしてやられたんだ」

 テラからもうっすら聞いていた魔人戦争直前の魔人同士の決戦の話。

 エールはメガラスの事を自慢げに話すサテラが少し意外だった。

「復活したなら会いに来ればいいものを。なんでホーネット様のところに来なかったんだ?」

 エールはテラが言っていた魔王に操られるのを恐れていたことを含めて話すと納得がいったようだった。

 

 エールは何となく戦艦で見たテラとメガラスの二人が頭に浮かんだ。

 もしかしたらメガラスはホーネットに忠誠を誓っていたわけではなく、ホルスの戦艦がある人間界に魔軍が行かないようにするためにホーネット派にいたのではないだろうか。

 そしてホーネットもそれを知っていて魔血魂となったメガラスをホルスに返したのではないだろうか。

 

「ホーネット様が聞けば安心するだろう、良い土産話が出来た。お前も役に立つじゃないか」

 エールは思ったことを話さないまま上機嫌なサテラを見つめた。

 

 エールはハニーキングを倒すのに協力してもらえないかを頼んでみることにした。

「なんでサテラ達がお前なんかに協力しなきゃいけないんだ」

 ゼス王国首都では大勢のハニーが捕まっていて、その中におそらく情報屋のハニーもいるということを話す。

「大勢捕まって… もしかしてハニーさん達が物資や手紙が最近全く届かないって困っているのはそのせいなのかしら?」

「は、はい。私が誘拐されたのでゼスではハニーさん達を大勢捕まえてるってエールちゃんが持ってきた手紙に書いてありました」

 城のハニ子達が食材が少ないと困っているのを見るに、ハニーとの交易を途絶えさせるというゼス側の報復作戦は効き目が表れてきているようだ。

「つまりお前らが解放されないと情報屋は足止め食らったままって事か? 全く迷惑な」

 エールは大きく頷いた。

「でもハニーキング様。とてもお強いですよね。私達が加わるだけで勝てるでしょうか?」

 確かに魔王であった父を思い出すような圧倒的な強さである。

「魔王様があんなでかいだけのハニワなんかと比べられるわけないだろ!」

 愛する魔王であったランスのことを思い出したのかサテラが吠えた。

 エールは戦ってみればわかる、と答える。

「ふん、そこまで言うならやってやる。お前らが解放されないとサテラ達も困るしな。勘違いするな、お前らの為じゃないぞ!」

「わかりました。私は攻撃付与が出来るので少しはお役に立てるかと思います」

「ありがとうございます。頑張ろうね、エールちゃん」

 エールもお礼を言った。

「あら、思わぬ協力者をゲット。裸の付き合いってやっぱりすごいわね」

 パセリが裸の付き合いというとなんだかいかがわしい感じがしたが、人数が多ければ回復でなんとかなるかもしれない、とエール少し希望が湧いた。

 

「リズナさんはずーっと前に私と同じ学校だったんだって。制服見たら気が付いてくれたの」

「スシヌちゃんのおじいちゃんは学生時代に後輩だったんですよ」

 エール達はそんな会話で盛り上がりつつ、なんとなく父の話を聞いてみた。

 

「ランスさんには本当にお世話になってたんですよ。私がこうして生きていられるのはランスさんのおかげですから」

「ランスはサテラの使徒だ。魔王様になってうやむやになったが…使徒になるっていうのはあいつが言い出したことだからな!逃がす気はないぞ!」

 

 エールとスシヌが元魔人の二人から聞く父の話はとても面白かった。

 

 リズナはランスに何度も救われたと強い恩を感じているらしく言葉はとても優しい。

 長年閉じ込められた城から救出され、自分を酷い目に合わせた人物を倒し、一緒に何度も冒険に行き、魔人に攫われた自分を救い、壊れかけた自分を何度も救い上げてくれた存在。

 その言葉には多くの感謝と大きな愛しさが込められていてスシヌは聞いてるだけで赤面していた。

 人間だったころに貰ったプレゼントを今でも大切に持ってるらしいがエール達にはそれが何なのか教えなかった。

 

 サテラはランスは自分の使徒だとやたら自慢げに語る。

 魔人戦争でホーネットを救出し、数多の魔人を討ち破った英雄。その英雄はすぐに魔王になってしまったが、サテラにとっては仕えがいのある魔王様であったらしい。

 そのせいで人類は大変だったが、魔人であったサテラには関係ない事だと言われエールは眉を寄せた。

 

 二人の話を聞いて感じるのは二人が父を本当に愛しているという事だ。

「パパ、愛されてるんだねえ…」

「うんうん、惚気よねー」

 スシヌが顔を赤くさせながら呟き、パセリはいつも通りきゃーきゃーと楽しそうだ。

 父を愛しているのは自分たちの母も同じだ、とエールは返した。

 

 いつかこの二人と父の間に妹か弟が生まれるかもしれない。

 

 エールはそれは少し嬉しい事のような気がした。 

 

………

……

 

 エールが元魔人二人の協力を取り付けた次の日。

 

 エールはまたしてもスシヌと同じ制服を着せられていた。

 ハニーがミニスカートをめくりにくるというスカートめくりの日だそうだ。

 

「きゃー!」

 スシヌのスカートがめくられないよう庇うのはエールの仕事だが、スシヌは隙を見せると簡単にスカートをめくられていた。ちなみにめくったハニーはエールに割られないようにぴゅーっと逃げ出すまでが勝負であるが大抵割られる運命である。

 エールの方はといえばまずハニーが近づくのさえ大変だ。じりじりとエールを狙うハニー達の視線は獲物を狙うハンターのそれである。

 正攻法で一気にめくろうとするハニー、背景に解けこんで隙を狙うハニーに大きな扇風機や釣り竿でスカートを狙うハニーまでいたがエールは鉄壁だった。

 グリーンハニーから渡されたメモには

"簡単にめくられないように。めくられたらさっと手で抑えて恥ずかしがる"

 エールは逆に防御してレアさで勝負しろということだ。

 

 今日もハニーは楽しそうだった。

 

「今日のご飯はコロッケだ!」

 ハニーキングの鶴の一声で、エール達はごはんの準備をしていた。

 エールが大きな鍋で茹でられている大量の芋を見てヘルマンの料理とそれを一緒に食べたレリコフ達とを思い出していると…

 

 ガーンと大きな音が城に響いた。

 

「敵襲だー!」

「出会えー、出会えー!」

 そんなキャーキャーとした大きな声が聞こえてきた。

 

「な、何!?」

 敵襲という言葉に東ヘルマンや例の魔人討伐隊が頭をよぎる。

 エールは怯えた様子を見せているスシヌやハニ子に部屋から出ないよう伝えると、日光を持ち出して音のした方へ走った。

 

 城の入り口では門が真っ二つになり、明かりが差し込んでいるのが見える。

「兄上は派手でござるなー」

「お前ー! 穏便に行けって言っただろー! 何いきなり門を叩き割ってんだよー!」

「うるせぇ、てめーも叩き割るぞ」

 さらにハニーが割られる音がするが…同時に懐かしい声も聞こえる。

 

 エールは驚いてそちらを見ていると

「あっ! エーーールーーー!」

 聞きなれた声のエールの大切な相棒が手を振っている。

 長田君!と叫んでエールが走り寄り久しぶりの再会に喜び合おうとして

 

ポカン!

 

 いい音がしてエールの頭が叩かれた。

 長田君の横にはなんでこんな場所にいるのか意外な人物。

 

「しゅーくーん。久しぶりでござるなー!」

 いつのまに後ろにいたのか、エールの脇からひょいっと顔を出したのは紫の髪ににゃんにゃんっぽい忍者ルックの少女。

 エールの姉妹であるウズメがにょほほと笑っていた。

 

「てめー、何捕まってんだ!」

 そしておそらく門を真っ二つにしたであろう大きな剣を担いでいる青年。

 赤い鎧こそ身に着けていないが見間違いようもない青い髪、エールの頭を叩いた兄弟であるザンスだった。

 

 エールはハニー城にて相棒、そして兄弟姉妹と再会した。

 



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VS ハニーキング

 エールはウズメに抱きついて、会いたかったと言いながらその頭をぽんぽんと撫でた。

「なんか照れるでござるにゃあ……」

 彼女もまたエールの大事な姉妹である。

 一緒に魔王討伐の旅に出ていた時よりも一回り大人になっている気がした。

「ウズメもあれから修行の旅にでてちょっとは成長したのでござる。主君どのもあれから新年会も忘れて旅に出ていたのでござろう?」

 そう言って笑いつつもどこか気恥ずかしそうにしているウズメはにゃんにゃんっぽい雰囲気があった。

「長田君がここにくるまで主君どのの事をずーーっと心配してたゆえ、ウズメまで何だか不安になってたでござるよ。本当にご無事で何より」

「エールがあんだけ余裕でハニワ平原に向かったのに全然帰ってこないもんだから、こっちはすごい心配してたんだぞー!」

 ぺしぺしとエールを叩く長田君とウズメに、エールは心配させてしまったことを謝った。

「こいつにそんなまともな心配なんかいるわけねーだろが」

 エールがそう言ったザンスを見つめる。

「…こっち見んな」

 そういってエールの頭をぐりぐりと押さえつけた。

 あれから時間が経ち大分収まったもののザンスの中ではシーウィードの夜のことがまだ尾を引いている。

 

「魔法しか出来ねえスシヌは分かるが、何でお前まで陶器なんかに捕まってんだ」

 エールはかくかくしかじかとハニーキングに負けてしまいペットにされてしまったことを説明した。

「ペットって何かやばいことされてねーだろうな!?…なんでお前がスシヌの服着てんだよ」

「そうそうエール、どうしたの、その恰好。いつもの服は?」

 今日はスカートめくりの日だからといつものレディチャレンジャーの格好ではダメと言われた、と全体を見せるようにくるっと一回転してスカートをふわりとさせつつエールは答えた。 

 この制服は姉妹でお揃いという事にやたらとこだわりのあるハニーが調達してきたものである。スシヌの通っているゼス応用学校は歴史の古い名門校、それゆえにゼスではその手のエロいラレラレ石でこの制服は人気があるらしくレプリカぐらいなら手に入れるのは難しくなかったらしい。ちなみにそれを知ったスシヌはお揃いというのは喜んでくれたもののあたふたとしていたのが可愛かった。

「エール、マジで何やらされてんの!?」

「…ここにいる陶器は全部割っとくか」

 エールがそう言って剣を構えようとしたザンスを止めようとしたところで、

「ど、どうしてザンスちゃんがここにいるの!?」

 エールが話していると様子を見に来たスシヌがぱたぱたと走ってきて、ザンス達の顔を見て驚きの表情を浮かべた。

「ウズメちゃんまで…長田君もゼスで捕まっちゃってるって聞いてたけど…」

「もしかして助けに来てくれたのかしら?」

 パセリもふわふわと浮かんでいて三人に手を振った。

「スシヌ姉上、久しぶりでござる。不肖、ウズメ。姉上達が攫われたと聞いて助けに参ったでござるよ」

「お前がハニーキングに攫われたって情報が入ってな。対処に手こずってるっつーから恩売りに来てやったわ」

 ザンスはそう言ってスシヌの頭をぐりぐりとする。

「い、痛いよ、ザンスちゃん…」

「ついでにAL教にもな」

 さらにエールの方をちらっと見ながら呆れるように言った。

 自分を助けたところでAL教に恩が売れるわけではないし兄弟間でそういう貸し借りはすべきじゃない、とエールが言うとその頭がポカンと叩かれる。

「もー、ザンスちゃんってばここは二人を助けに来たって言う場面なのに」

 そう言って睨まれたパセリは照れ隠しねーと言ってふわふわ浮いている。

 

「しっかし陶器ごときに負けるとか情けねーな。お前、弱くなりすぎなんじゃねーのか」

「そ、そんなことないよ! エールちゃんは頑張ってくれてるよ。 でも何度も挑んではいるんだけどハニーキング様、本当に強くって」

 スシヌの言葉に頷きながら負けているのは悔しいがハニーキングの強さは尋常じゃない、とエールも口を尖らせた。

「母上殿やリア女王が言っていた通りでござるな。ハニーキングはかつて父上殿や母上殿と幾度も死闘を繰り広げた強者だとか」

「そりゃ王様だからな。 もはや王様ってか神っつーの?マジで次元が違うっつーか、王様ならエールが負けるのも無理ないわー」

 ウズメと長田君はうんうんと頷いている。 

「…ってそもそもなんで王様と戦うんだよ!眼鏡やっただろ」

 眼鏡では戦闘は回避できなかった、とエールが事情を説明する。

 自分とスシヌで挑むこと数回、勝てる見込みは全くない。

「ふん、張り合いのねー相手ばっかで退屈してたとこだ。お前らが手こずってるならまぁ期待できるんだろうな」

 ザンスは少し嬉しそうである。

 エールはウルザからこのことは機密だときつく言われていたのだがザンスやウズメはどこで自分たちが攫われてることを知ったのかと尋ねてみる。

「リーザスの情報網は一流、ゼスの情報ぐらい何てことないぞ。 まあ、俺様がゼス王宮行った時は中は大混乱だったな。あのケバいのとか情報漏洩が何とか言って大騒ぎしてたわ」

 ザンスが胸を張って大笑いしている。

「キンキラキンの眼鏡で貧乳の人、卒倒しそうになってたな。ウルザさんが支えてたけどね」

「目に痛い人だけではなく、マジック女王にもめちゃくちゃ嫌そうな顔されたでござるよ」

「あわわわ…ご、ごめんね」

 わざとらしくしょんぼりしたウズメにスシヌが謝った。

 

「いやいや、実は姉上が攫われていると言う情報はウズメの母上殿が偶然手に入れたものなんでござる。リア女王にそれを届けたところ、ハニーキングの強さを良く知っているらしく有象無象が何人行っても意味がないという事で主君…兄上殿と二人して行って来いとの命を受け―」

 そこまで話したウズメの頭をザンスが叩いた。

「お前は黙っとけ。こっちはゼスの顔を立ててわざわざ非公式で来てやったっつーのに事情隠して協力はいらないだのなんだの言いやがって」

 

あのリア女王の事だ、これはリーザスの好意ではなく外交政策の一環というのはさすがのエールにも分かる。

ザンスというリーザス最高の戦力を派遣しそれをわざわざゼスの顔を立てて非公式、これでゼスはリーザスに対して大きな借りを作ることになるだろう。さらにゼスの機密がリーザス側に知られているという情報上での圧倒的な優位性を分からせることも出来て、ついでにザンスがスシヌの好感度まで稼ぐことが出来る。

エールは大人同士の政策事情などは理解できないが、リア女王の見下すような得意げな顔とマジック女王の悔しそうな顔が思い浮かんだ。

 

「それにしても捕まってるハニーの中に長田君を見つけた時はびっくりしたでござるよ」

「こっちもびっくりしたぜ。いきなりにゅっと出てきて事情を聞いたら王様がスシヌを攫っちゃったとか言うし、そこでエールがなんで王様に会いに行ったのか知ってさ。んで、ザンス達が助けに行くっていうから俺ももう待ってられないって頼み込んで出してもらったんだ。 エールってマジで俺が見てないと無茶しまくるよな」

「陶器なんざ足手まといになるだけだから来んなっつったのに大騒ぎしてくっついてきやがった」

 長田君はザンスの足をぺしぺしと叩いている。

「しかし大暴れしてた魔法使いの猛攻を止められたのはハニーである長田君のおかげでござる」

「そうそう!俺が出たらなんかすげー魔法使いの人が暴れ始めちゃってて王宮半壊させてさ。怪我人も出てて」

 間違いなくアニスのことである。

 また抜け出して暴れていたのだろう、今回は被害もさらに大きそうだ。

「あわわ、アニス先生。本当に心配させちゃってるんだ……」

「そいつなら俺がこいつを盾にしてぶん殴っておいた」

「そりゃ俺は魔法効かないけどさ! すごく怖かったんだぞ!」

 今回はザンスと長田君に倒されたようだ。エールは長田君の頭を撫でる。

 ここゼスではハニーである長田君は普通に心強い仲間である。

 

「とにかく陶器がエールまで取っ捕まったんじゃないかって言い出してよ。 そりゃゼスの連中も素直に事情を話すわけないわな」

 エールはその言葉に首を傾げた。

 自分が攫われたのは自分の失態である、冒険者の失敗ぐらい大したことはないはずだがエールは自分の顔を立ててく隠してくれてるのか、と話した。

「全然違うわ。エール、お前自分が何なのか忘れてるだろ」

 ザンスの呆れた目をエールは不思議そうに見つめた。

 

「お前は! AL教法王の! 娘だろーが!」

 

「お前は顔はほとんど知られてねーがレベル神付きで日光持ち、神魔法まで覚えられる魔王を討伐した法王の娘って事で、名前だけはやたらと知られてんだよ。それがゼスで事件に巻き込まれて誘拐されたとか最悪、ゼスはAL教全部敵に回しかねないだろうが」

 ザンスに頭をぐりぐりとされながらもエールはピンとこない話だった。

「二次災害つーんだっけ。助けに行った奴が捕まってどうすんだよ。ウルザさんまで顔青くしてたぞ」

 エールは言葉に詰まった。

 ただでさえ、エールが来たことでスシヌまで親善大使からペットに格下げされてしまったのだ。結果的に被害を増やしただけ、改めて申し訳ない気持ちになりさすがのエールも肩を大きく落とした。

 さらにゼスとしてはAL教法王の娘に何かあればゼスの責任になってしまうのだからウルザ達が顔を青くさせるのも当然の話である。

 

 例えゼス側がどう止めようとエールはスシヌを助けに向かっただろうというのは置いておく。

「まあ、お前が馬鹿やったおかげで俺様は色んな所に恩を売れるわけだがな」

「え、エールちゃんは悪くないよ」

「そもそもおめーがとっ捕まったせいだろうが」

「それはちょっと事情があるのよー」

 謝りながら俯いているスシヌを庇う様にパセリが簡単に事情を説明した。

 

 それを聞いてザンスは眉間にしわを寄せてパセリを睨みつけた。

「よし、エール。 おまえその悪霊ババア浄化しとけ」

 エールは考えておく、答えた。

「や、やめてー!」

「きゃー、二人とも意地悪なんだから」

 スシヌの杖を折ろうとするザンスをスシヌがポカポカと叩いて止めていた。

 

「まぁ、いい。とにかく陶器ども全員叩き割ってさっさと帰んぞ」

 だからハニーキングに勝たないと解放してもらえない、エールがちゃんと説明をした。

 エレベーターを動かしてもらえないのだからザンス達も閉じ込められるのではないかと話したところで

「スシヌ、エール、その人たち知り合いなの?」

 仲間が瞬殺されたのを見て逃げ出してたハニーがわさわさと戻ってきた。

 エールは頷きながら兄弟や相棒のイケメンハニーを紹介する。

「はにほー。エールから聞いてたけど相棒って本当にハニーだったんだね」

「はにほー、俺はハニー界きってのハンサム男長田君、よろしくな!」

 ハニー達と長田君はハニー式のあいさつを交わしている。

「こっちはくノ一だ、えっちな術とか使うんだぞ。えろえろだー」

「拙者はくノ一ではなく忍者でござるよ。 あと服をめくらないで欲しいでござる」

「エールに負けず劣らずの鉄壁スカート、じゃなくて着物?装束?」

 そう言ってどさくさにまぎれてスシヌのスカートをめくろうとしたハニーもいたが、エールやザンスに叩き割られている。

「そこのお前ー門壊したの弁償しろー!」

「てめーらが門開けねーからだ」

「ここは今ハニーキングが滞在しておられる偉大なるハニー城だぞ。人間は可愛い眼鏡っこか眼鏡が似合いそうな女の子しか入ることを許されてない―」 

 ザンスはそう言おうとしたハニーをまたしても叩き割った。

「きゃー!」

 ハニー達はまたもやぴゅーっと逃げようとしたが、一匹が逃げ損ねて頭を掴まれる。

「俺様はハニーキングとやらに話しつけて来るわ。たぶんやり合うことになるんだろうがな。おい、案内しろ」

「眼鏡っこならこの態度も許せるのに…」

 ハニーをずるずると引きずりながら、ザンスは行ってしまった。

 

 

「そうだ主君どの、ここに父上殿を探してる御仁がいると聞いたことは?」

 取り残されたエールにウズメが尋ねた。

 エールはリズナとサテラが父を探しているはずと、話すとウズメは納得したようだ。

「ふむふむ。元魔人のお二人……なら心配はいらなさそうでござるね。情報感謝でござる」

 エールは何故そんなことを聞くのか尋ねてみた。

「実は姉上殿が攫われたというのは、ここハニワCITYに父上殿の居場所を探っている者がいるとの情報から偶然手に入れたものなんでござるよ。父上殿に害をなそうとする人間の多さから、母上殿は父上殿に関わる情報を抑制し操作しているのでござる」

「ウズメのかーちゃん、すごい人だなぁ」

 エール達は感心しながらそれを聞いていた。

「まだ半人前ゆえあまり話してはくれないのでござるが、ウズメはいつかそんな母上殿の右腕となるべく修行の旅をしているのでござる。しかし旅の合間にも常に母上殿と連絡が取れるように言いつかってこうして情報を集めたり時には派遣されることもある。我が母上殿ながら実に抜け目のないお方でござる」

「娘も手札の一つってか、結構厳しいな。エールのかーちゃんのほとんど放任主義とは偉い差だ」

 エールは母からAL教の手伝いなどを頼まれたことはない。おかげでこうして冒険ができるのでありがたいと思っているが、それは頼りにされていないような気もして少し寂しい気持ちにもなった。

「ウズメちゃんはすごいし、おばさんも自慢だろうね」

「それでもハニーキングの元へ行くのはかなり反対されたでござるよ。主君どのや姉上でもかなわぬ相手となれば当然でござるな……」

 パセリはそんなウズメの話を内心、笑いながら聞いていた。

 母親である見当かなみは娘ウズメにだいぶ甘い。仕事を手伝いたいウズメの意思を尊重はしているものの、行方不明が長かったのだ常に連絡を取るというのは娘に過保護になっているからだろう。

「そういえばかなみさんはリア女王と仲が良いんだったわね」 

「リア女王と拙者の母上殿は昔は主従関係、今は友人という間柄でござる。そのせいでリーザスとは懇意にしてるんでござるよ」

「うへー…あの怖い女王様の友人ってやっぱめっちゃ怖そう」

 エールが志津香から聞いたウズメの母親、見当かなみは中の上ぐらいの実力であるらしい。

 だがリア女王と対等に付き合えるならやはり大人物なのだろう、とエールは想像した。

「そういうのを全く表に出さないのが母上殿のすごいところでござる。いつになったら追いつけるやら」

「……私も頑張らなきゃ」

 ウズメにスシヌ、そしてエールもみな母親があこがれの女性であることに違いはない。

 

………

 

 エール達はとりあえずザンスを待つ間、コロッケ作りの続きをすることになった。

「主君どのはすっかり馴染んでるでござるな」

 長田君やウズメも手伝ってくれると言うのでハニ子に混ざってコロッケづくりを進める。

「うわー、なにこのハニ子さん達。レベルたっけーな!」

 エールは長田君をじっと見て首を傾げた。

「あれ、見て分かんない? グラビアの表紙飾れそうな可愛い子や綺麗な人揃いじゃん。さすが王様、羨ましいぜ…」

「ふふ、お上手ね」

 褒められたハニ子が口に手を当てて笑った。

「この品の良さとか最高じゃね!? エールもちょっとは見習うと良いぞ!」

 エールはテンションが上がっている長田君を叩き割った。

 

 大量に作ったコロッケを皿に積み上げていると交渉決裂したのか、一戦やり合ったのかザンスが戻ってきた。

 エールが駆け寄って流石に一人で挑むのは無茶が過ぎる、と言いながらヒーリングをかける。

「うるせぇ。あの白陶器、絶対殺してやるわ」

「王様を倒すとか無理だってー、ザンスも思い知ったろ?」

 なぜか得意げにした長田君がムカついたのかザンスは剣で長田君を叩き割った。  

 

「いただきまーす」

 それはともかくご飯が出来たのでハニーのみんなをよんで一緒に食べることにした。

 もちろんハニーキングも一緒でいつものようにハニ子を侍らせている。スシヌもエールもちょこんと脇に座ろうとしたが、ザンスに引っ張られた。

「まだその二人は僕のペットだよ」

「こいつらは俺様の女共だ!」

「二人共ってどういうこと!?」

「この人、リーザスの王子なんだって。だからハーレムに入れるんだ、きっと!」

「うはうはハーレムで3Pとかするんだ!?」

「眼鏡もかけさせ放題なんだって!」

「うるせーぞ!陶器ども!とにかくこいつらはお前のペットじゃねーよ!」

 そのままハニーとザンスがぎゃーぎゃーと騒いでいる。

 ボク達はザンスのものではないしハーレムを作るほどの甲斐性もない、とエールが口に出すとほっぺたがぐにーっと伸ばされた。

 エールがぱたぱたと手を振って痛さを訴えるのを、スシヌやウズメが止めに入る、長田君は王様に頭をぺこぺこ下げてる等、騒がしい食卓である。

 

「うんうん、エールの方もいよいよ戦力が整ったようだね」

 ハニーキングが食事の後片付けをはじめているエールに話しかけると今日は本気で挑む、とエールはびしっとハニーキングを指さした。

「ふっふっふ。 その意気や良し! しっかり準備をすると良いよー」

 

 エールは久しぶりに冒険者の服、レディチャレンジャーに着替えると気合が入る思いがした。

「今日は本気で行くのですね」

 エールは大きく頷いた。

 ちなみに脱いだ制服と靴下は興奮した様子のハニーがさも当然とばかりに回収していった。

 

………

 

 エールは助っ人だと言ってハニワCITYからリズナとサテラ、そしてシーザーを引っ張ってきた。

 

「なんだ、へっぽこ魔人どもじゃねーか」

 ザンスがサテラ達を見て露骨に眉を顰める。

「誰がへっぽこだ! サテラ達はそこの奴に助けて下さいと泣きつかれたんだ。普段なら絶対助けたりしないが、そいつらが捕まったままだとこっちにも不都合があるんでな。仕方なく手を貸してやるんだ。ありがたく思え」

 別に泣きついてはいないが、ここでサテラの機嫌を損ねると大変そうなのでエールは黙って頷き、ザンスが何か言おうとしたのを口をふさいで止めた。

 

「あの時のハニーさんも一緒なのね。長田君だっけ、エールちゃんもハニ―さん達に好かれるのかな?」

 そう言ってにこやかに近づいてきたリズナを見たとたん、長田君が粉々に割れた。

「えっ、えっ?」

 突然飛び散った長田君にリズナが困惑しつつ、前はそんなことはなかったのにとエールも驚いた。

「あんときはそんな場合じゃなかったから! エロい巨乳のお姉さんとかリズナさんって俺、なんかもうやばいぐらいどストライクなんだよー!」

 ちなみにサテラを見ても長田君が割れる。

「陶器に好かれるリズナは分かるが、サテラを見て割れるんだな」

 自分の魅力のせいだと思ったのかサテラは少し得意げだ。

「だってサテラさんってさ、前に戦った時に粘土をさ……その、言わせるなよー!」

 長田君はぺしぺしと恥ずかしそうにエールを叩く。

 そういえばいつも粘土をこねていた、それを思い出して割れたのだろう、とエールは納得した。

「誰がビッチだ! 叩き割るぞ、このハニワ!」

「そこまでいってねーっすよ! 思ってはいるけど」

 

 そんなこんながありつつ、エールは即席パーティを確認する。

 エール、スシヌとパセリ、ザンス、ウズメ、リズナ、サテラとシーザー、そして長田君。

 レベルだけなら世界でも最強クラス揃いである。

「これだけ揃ってたら勝てそうね。がんばれ、スシヌー」

「むしろこれでダメだったら、もうどうしようもないでござるな」

 ハニーキングは魔王並に強い、これでも心配である。

「魔王様がこんなでかいだけの陶器と同じなわけないだろう!」

 サテラが吠えてるのをエールは無視した。

 

「ふっふっふ。また僕のペットが増えるだけかもしれないよ? あっ、男はいらないからね」

 しかしハニーキングはこのパーティを見ても余裕の表情を浮かべている。

 

 しかし、エールにはもう一つ秘策があった。

 エールは長田君をじっと見つめる。

「何? 俺なら王様相手には戦えないぞ。応援はするけどさ」

「マジで役に立たねーな」

 ザンスに何か言いたげにした長田君の前に、エールがさっと荷物からそれを取り出して掲げて見せた。

 

 エールが掲げたのは禍々しい光を放つ真っ赤な宝石である。

「な、何だと!? 何でお前が魔血魂を持っている!? 誰のものだ!?」

 サテラがそれを見て目を見開いた。

「魔血魂ですって? 魔王の血が消えた時になくなったはずでは……」

 リズナもそれを聞いて驚いていた。

「ん、何か書いてあるな」

 魔血魂が放つ禍々しい雰囲気は油性ペンで書かれたハニーという文字で台無しにされている。

「ハニーってことはあいつか。魔人ますぞえ。前に地下で出会った時は決着がつかずそのまま見逃してやったがお前に倒されてたとはな」

 

 エールはそれを長田君に差し出した。

「え?」

 飲んで欲しいとエールが言った。

「えーー!ちょ、なんで俺がそれを飲むの!?」

 魔人の無敵結界ならハニーフラッシュが効かない。それは例えハニーキングのものであっても同様だろう。

 エールの作戦は単純明快で長田君を魔人にしてすべての攻撃を受け止めて貰おうという作戦だ。これなら万が一、エールに攻撃が当たっても長田君を盾にしながら回復が出来る。

 

 名付けて真・長田君ガードである。

 

 ちなみに勝ったらすぐに長田君を叩き割って元に戻すとエールはセロテープも構えた。

「お前、そんなこと考えてたの!?」 

 エールはこれをまさに切り札、最高の案だと思っていた。エールが間違って日光を当てでもしない限り魔人は無敵。これに勝てるのは唯一カオスを持ってる父ランスだけでまさに無敵のコンビネーションである。

「やだよ! 俺がもし魔人に乗っ取られたらどうするんだよー!」

 長田君は長い事魔人になっていても無事だったのだ、今回もきっと大丈夫だろう。

「そうだけど、今回はだめかもしれないじゃん!?」

 どうしても負けられない戦いなのだ。負けてしまえばエールもスシヌも解放されず、ウズメにリズナ、サテラまでもがペット行きである。

「そりゃ、負けられないってのは分かるけど!」

 エールは手を合わせて長田君にお願いした。

「ダメダメ! いくらエールの頼みでも――」

 そう言って断ろうとした長田君にパセリが声をかけた。

「ギャラリーのハニ子さんたちも見てるし、ここはかっこよく一肌脱ぐ場面よー」

 パセリが周りの女性に何やら耳打ちする。

「私のせいでこんなことになっちゃったけど、お願い! どうしても帰りたいの。力を貸してくれないかな」

「体を張って女性を守る、かっこいいでござる。憧れちゃうでござるよー」

「えっと長田君、お願いできないでしょうか…?スシヌちゃんもエールちゃんもここにずっといるわけにはいかないでしょうし、私達も困ってるんです」

「え…? へへ、そうかな?」

 ウズメやスシヌ、リズナにまでお願いされると長田君はデレデレと顔をほころばせた。

 

「エール、それ貸せ」

 そうしているうちにザンスがエールの手か魔血魂をひったくって長田君の口に放り込んだ。

「あっ…」

 

 ぴかーっと光って、長田君がずずんと大きくなり魔人ながぞえに変身した。

 エールが声をかけても何も答えないがとりあえずハニーキングに対し、ぺこぺこしなくなり立ちはだかってはくれるようである。

 

「まさか魔人まで連れて来るとはね。恐れ入ったよ」

「王様は魔人ますぞえ様とは懇意にされていたのでは?」

「いや、彼は魔人ますぞえじゃないね。あえていえばながぞえってところかな?」

 

 さしもの展開にハニーキングも驚いているようだが、それでも余裕の態度は変わらない。

「準備万端だね! かかってこーい!」

 

 いくぞー!とエールも声を張り上げる。

 強敵にパーティで挑む、久しぶりの感覚にエールは高揚感を味わっていた。

 

………

……

 

 ハニーキングは滅茶苦茶に強かった。

 

 エールとスシヌが相手をしてた時は本当に力をセーブしていたのだろう。

 まずハニーキングにぺこぺこするハニーの習性からか、魔人がハニーキングと懇意にしていたせいか魔人ながぞえこと長田君は攻撃はしてくれないようだ。

 しかし動きはぎこちないもののハニーキングからの攻撃を防ぐように動いてくれる。リズナのそばに寄り気味なのは好みの女性だからだろうか、エールは少し面白くはなかったがとにかくカバーしてくれるだけも助かっている。

 そんな長田君やシーザーを壁にしつつ、スシヌのバリアで防御、ウズメの手裏剣で動きを封じつつ戦うがそれでも完全に防ぎきれない。

 今まで知らなかったことだがハンデにハニーフラッシュだけとは言われたもののハニーフラッシュにはいくつか種類があるようだ。

 

 リズナがエールとザンス、サテラに攻撃付与をかけ、エール達は攻撃し続ける。

 エールは合間に回復を挟みながらハニーキングの体力をじわじわと削っていく。

 

 パーティの構成もこれ以上にないぐらい世界でも最強クラスなはずだが、本気を出しているハニーキングはエ―ルが思っていた通り魔王だった父ランスを思い出すような強さだった。

 ハニー達のお供一切なし、スシヌに攻撃しないというハンデはそのまま、さらに魔人もいるパーティですら一切油断できない本物の強さである。

 エールとスシヌだけでは絶対勝てない相手だっただろう。

 

 何度も倒れかけては回復をしつつ、戦いは自然と長期戦となった。

 

………

……

 

「お見事! よくぞ私を倒したー!」

 

 やたら余裕のある台詞をいってハニーキングがばたーんと倒れた。

 

「か、勝った…? 私達勝てた、の…?」

「サテラ様、ゴ無事デスカ?」

「うぐ……たかが陶器がこんなに」

「さ、流石はハニーキング様です…」

「はぁ…はぁ… けっ、こんなやつ余裕だろ」

「息があがってるでござるよ… 疲れたでござる」

 

 エールは疲れた体に鞭打ちながらぼーっと立っている魔人ながぞえを叩き割り、散らばった破片をセロテープでいつもより丁寧に修復していく。

「うわーん、エールー!」

 エールは泣いている長田君に謝りつつ、お礼を言いながらぎゅっと抱きしめる。

「へへ、まあ今回はしょうがないけど! もう勘弁してくれよな、って聞いてる?」

 エールは照れている長田君の頭を撫でてからそのまま仲間にヒーリングをかけて回り、最後に自分にかけるとぺたんと膝をついた。

「エールさん、お疲れ様。頑張りましたね」

 日光の優しい台詞にクルックーを思い出したエールは満面の笑みを浮かべガッツポーズをした。

 

 エールたちはまだ全員肩で息をしているが、ハニーキングはすぐに復活して立ち上がった。

「王様、お疲れさまでしたわ」

「わー、キングもとうとう負けちゃったねー」

「今回は時間がかかったね。人間もなかなかやるじゃん」

 ハニ子が寄って飲み物を差し出している。周りのハニー達にも王が負けたという悲観的な様子はない。

「ちっ……白陶器はまだ本気じゃなかっただろーが」

「ふっふっふ。 久々に思いきり戦えた気がするよ。 君達のチームワークはあっぱれだ」

 ハニーキングはうんうんと頷いている。

 本気を出していようとなかろうととにかくボク達の勝ちだから解放してもらうぞ、とエールはハニーキングにびしっと向き直った。

「うん、いいよ。約束通りスシヌもエールも解放してあげよう。二人ともお疲れ様だったね」

 ハニーキングの方はあっさりと二人を解放した。

「それマジック女王とリア女王への親書ね。渡しておいてー」

 あらかじめ書いていたのか、ハニ子がザンスとスシヌにそれぞれ手紙を渡している。

 負けると決まっていたかのように手回しが良いなとエールは首を傾げた。

「実はゼスでみんなが捕まったり、交易も物資も止められちゃって外交上けっこうまずいと思ってはいたんだ。ハニワCITYでもお城の中でも困っているって訴えもいっぱい来てるし、マジック女王からもリア女王からも脅迫めいたお手紙貰っちゃったし」

 リア女王から、ということはザンスも渡していたのだろう。

 まずいと思っていたならなんでこんなことをしたのかとエールは少し頬を膨らませた。

「スシヌが可愛かったからしょうがないね!」

 王様オーラを溢れ出させながら堂々と話すハニーキングにエールは頷きつつも、それ以上言葉も出なかった。

 

「スシヌもちょっとは自信ついたかい?」

 ハニーキングはスシヌに話しかける。

「は、はい。色々とお世話になりました」

「うんうん、最初に来た時は緊張してたけどすっかり顔色も良くなったね。みんなも楽しそうだったしスシヌは親善大使としてとてもいい仕事をしてくれたよ。こんなのちょっと帰りが遅くなったぐらいなものさ」

「何ふざけたこと抜かしてんだ、この白陶器」

 エールも良い話にして誤魔化そうとしないで欲しいと口を尖らせた。

 そんなエールをハニーキングが見つめる。

「でもエールも楽しかっただろう? みんなにイタズラされてる時も、遊んでいるときも、戦ってる時だって君は楽しそうだった。君が楽しいと思えれば世界は平和なんだから僕は良い事をしたのさ!」

 エールはその言葉が分からず首を傾げるが……少し考えるように目を瞑った。

 そして目を開けると楽しかった、と素直に答える。

「それは良かった。 んじゃ、最後にちょっとスシヌこっちに来てー」

「はい?」

 スシヌがおずおずと近付くと、ハニーキングは怪しげな呪文を唱えた。

 

<ほわほわほわ~ん>

 

 なんだか間の抜けた音がした。

「きゃあああっ……って、あの、何でしょうか?」

 エールがそれに驚いてスシヌに駆け寄るが、体に変化があるわけでもないらしい。

 

 エールはスシヌに何をしたのかとハニーキングに問いただそうとしたが

 

「これでよし! みんな、撤収ー!」

「「「あいやー!」」」

 

 ハニーキングとハニー達はささっと荷物をまとめるとハニー城を飛ぶように去って行った。

 

「……何だったんだよ?」

 ザンスもあまりの撤収の早さに驚いている、

「キングはね、また別な別荘地かダンジョンに新たな眼鏡っこをもとめて旅立ったのさ」

「んじゃ、スシヌ達もみんな出てってね。次に王様がくるまでハニー城はお休みするから」

 

 残されたハニーがエールに説明をした。

 

 とにかくエール達は解放されたようである。

 

 城の去り際、また来てねーとハニー達が手を振っている。

「誰が来るか、こんなとこ!」

 エール達は小さく手を振り返すが、ザンスが悪態をついているようにもう次はないと思いたかった。

 

 




※ ハニーキングの強さ=ランス03と6を混ぜたような裏ボス級想定
  エールの年齢はハニーキング的にストライクど真ん中


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ゼス首都への帰途

 エール達が帰還の準備をしていると、長田君が何かに気が付いたように騒ぎ出した。

 

「そーいや、ここ確かここ有名な温泉があるハニワの里じゃん! せっかくここまで来たんだし温泉入ってかない?みんなも王様と戦って疲れてるだろうしさー!」

 長田君が嬉しそうに跳ねている。

 お風呂代わりに使わせてもらっていた温泉であるが、これで最後と思うと名残惜しい気もしてエールも長田君の案に賛成した。

「あん? さっさとこんなハニワくさいとこ出てくぞ」

「おいおいおーい。ハニワの里の温泉と言えば有名なハニー観光名所なんだぜ? 絶景でしかも混浴も!」

 長田君はハニーとしてぜひ来たい場所であったらしく、めんどくさそうにするザンスになぜか得意げに紹介していた。

「おっ、混浴か。それなら入ってやっても良いな」

 ザンスもそれを聞いてニヤリと笑っている。

 

「…くだらない。サテラ達は先に行くぞ。シーザーは男湯にいっておけ。覗くような輩が居たら潰していいからな」

「分カリマシタ、サテラ様」

 サテラはそう言ってリズナと先に女湯へ行ってしまった。

 シーザーはガーディアンで温泉など興味はないようだが、サテラの命で男湯から女湯を覗こうとするハニーをたまに潰しているらしい。

 

「そういえばまだ混浴も残っているんだったわね。せっかくだからスシヌもザンスちゃんと一緒に入ったら?」

「な、なに言ってるの!おばあちゃん、混浴なんて!」

 サテラ達を気にせず、スシヌは混浴という言葉に焦りまくっていた。

「がははは、お前もちっとは成長したかどうか見て…」

 ザンスとパセリにからかわれ焦っているスシヌを見たエールは、スシヌは恥ずかしいだろうし混浴ならボクが一緒に行こうか、と言い出した。

「は…?」

「あら、エールちゃんってば大胆」

 呆気にとられるザンスと妙に嬉しそうなパセリを横目に、ウズメも一緒に行く?と誘っている。

「にゃ!? そ、そういうのはウズメは遠慮するでござるからして! 主君殿命令でもそれはそれはダメでござる!というか、主君もダメでござる!」

「エールちゃん、変なこと言わないの! は、裸になるんだよ!?」

 別にエールは裸を見られるぐらい恥ずかしくはないのだが、ウズメとスシヌが焦りながら止めるの見て首を傾げた。

「んで、エールは俺様と一緒に混浴するか?」

 ザンスの言葉にエールはすんなりと頷くと、ザンスは少し焦りだした。

 女湯ばかりで混浴の方に行ったことはなかったので気になっている、と言って見つめ返す。

「……よく考えりゃお前らの貧乳なんぞ見ても楽しくないしな。もうちょい成長したら付き合ってやるわ」

 そう言って目を逸らしたザンスを見てエールは ザンスが行かないなら長田君が一緒に混浴行く?と長田君を誘ってみた。

「あんっ」  

 案の定、長田君は割れた。

 二人とも度胸がない、とエールが口を尖らせつつ笑みを浮かべるとその頭がポカンと叩かれた。

「アホ言ってんじゃねーぞ!」

「そういえばリズナさんはランスさんとここで混浴したことがあるって言ってたわねー」

「マジっすか!? リズナさんとか服着ててもエロいのに超羨ましい…」 

 そういえばリズナさんと温泉に入った時は凄かった。ナギのような巨乳にエロスが加わりとんでもないことになっている。

 長田君が一目見たら破片どころか間違いなく砂、いや塵になって風に流されてしまうだろう。

「え、そんなすごいん?」

 エールは力強く頷いた。

 ならボクが代わりにリズナさんの巨乳を堪能して後で教えてあげるよ、と長田君に伝える。

「いらねぇよ!? いや、でもちょっと聞きたいような怖いような、すっげー気になるからあとで教えて」

「さっさと行くぞ、陶器!」

「エールちゃん! もう行くよ!」

 アホな事を話している二人をザンスとスシヌがそれぞれ引っ張って行った。

 

………

 

「温泉温泉、役得でござーる」

「これでもう温泉に入れないって思うとちょっと寂しいね」

 スシヌの言葉にエールも頷いた。

 ハニー達との生活はどこか不安だったが、この温泉は間違いなくとてもいいものである。

「ここも大事なゼスの観光名所だし、ハニワ平原越えるのさえなんとかなればもっとハニワCITYにも人が増えると思うんだよね」

「姉上殿は真面目でござるなー、ハニーに酷い目に合わされたはずだというのに」

 ウズメはそう言ったが色々あったもののエールもスシヌも結局、ハニーを嫌いになるということはなかった。

 スシヌはハニー城に招かれて自信をつけたのは間違いなく、エールも既に解放された今なら城での出来事は楽しい思い出であり、ハニーキングが言っていた事は間違っていない。もし全て計算してやっていたのならさすがハニーとはいえ王様だ、とエールは感心していた。

「あれ?」

 エール達が脱衣所で服を脱いでいると、スシヌが眼鏡の縁に手を掛けて固まっていた。

「どうしたでござるか?」

 エールも気になってスシヌの顔を心配そうにのぞき込む。

 

「め、眼鏡が外れないの……」

 

 スシヌが焦りながらそんなこと言った。

 エールはそんな馬鹿なと思い、スシヌの眼鏡を摘まんで引っ張ってみるとその眼鏡は多少ずらせはするもののまるで顔に吸い付いているように外すことが出来ない。

「いたっ……うぅ、痛いよ、エールちゃん……!」

 エールは謝りながらすぐに手を離した。

「もしかしてハニーキング様が最後にやってた…」

 もしかしても何も、間違いなくハニーキングが最後にかけていた怪しげな呪文のせいだろう。

 眼鏡に並々ならぬ情熱をかけていたハニーの王ならばこんな変な呪いが出来てもおかしくはない。ハニーキングを見直した矢先にこれである、エールは憤慨した。

「……これずっと外れないのかな?」

 泣きそうになっているスシヌを見てエールも悩んでみたが、ともかくもう服を脱いでしまったのでとりあえず温泉へ行こうと言った。

 眼鏡が曇るのは我慢して貰うしかないが眼鏡をかけてはいることで絶景がより楽しめるかもしれない、とスシヌを励ます。

「う、うん…」

「主君殿はマイペースでござるなあ」

 ウズメは笑っているが、あとで神魔法で何かないか見てみるから、と言うと二人は納得したようだった。

 

………

 

「全く、なんでお前達まで一緒に入るんだ」

「いいじゃないですか。大勢で入った方が楽しいですよ」

 先に温泉に浸かっている元魔人二人にエールは改めて助けて貰った礼を言った。

「別にお前たちのためじゃないが精々感謝しろよ」

「私もエールさん達に助けられた身ですから……あら、スシヌちゃん眼鏡をかけたままなんですか?」

 エールはスシヌが眼鏡が外せなくなってしまったことを話すとサテラが笑い出した。

「ぷっ、ははははは! おかしな呪いにかけられたものだな!」

「サテラさん、そんなに笑わなくても」

 泣きそうな顔をしているスシヌを見て、エールはサテラを睨んだ。

 その視線から目を逸らしながらサテラが何かを思い出したように話し出した。

「そういえば前にも見たことあるな。眼鏡が外せなくなったっていう人間の女」

 エールは詳しく教えて欲しいとサテラに詰め寄った。

「詳しくは覚えてないな。なんかすごく地味なやつだったような……」

「もしかしてメリムさんでしょうか。確かハニーさんに呪いをかけられちゃったんですよね」

 リズナが話したそれは、間違いなくスシヌと同じものだろう。

 エールはメリムという人物について詳しく聞こうとしたが、リズナは申し訳なさそうに首を振った。

「すいません。確かヘルマンの方なんですが最後に会ったのも本当に昔の事なので今どうしているかは……それにメリムさんも眼鏡を外しているのは見たことがないですし、ハニーキング様にかけられたものならメリムさんがかけられたものより強力なものなのではないでしょうか?」

 スシヌはそれを聞いてかなり落ち込んでいるようだ。

 エールの神魔法ならば簡単な呪い程度であれば解呪出来るだろうが、リズナの言う通りハニーキングの呪いとなるとかなり難しそうだ。

「まあ、命に関わるようなものでもないでござるから」 

「ゼスに帰ったらちょっと調べてみましょ」

 エールもスシヌの頭を元気づけるように撫でて、景色が遠くまで見えないかを聞くとスシヌは遠くにゼス王宮を囲む塔が見えると少し笑った。

 

「そういえば元魔人のお二方は父上殿を探しているというのは本当でござるか?」

 景色を眺めている二人をよそに、ウズメは元魔人二人に話しかける。

「ああ、そうだ。こんな所にいるのもその情報を手に入れるためだからな」

「ふむふむ、それで情報屋ハニーを使って探させてると。それが母上殿の情報網に引っかかったんでござるな……では先に話しておくでござるが、おそらくその情報屋ハニーからは何も得られないでござるよ」

「……そうなのか?」

 ウズメの言葉にサテラが目を見開いた。

「父上殿に恨みを持つ人間は本当に大勢いるゆえ、その居場所は巧妙に隠されてるでござる。普通の情報屋を当たっても絶対に見つからないでござるよ」

「…ってことはここに来たのは完全に無駄足だったか。ふん、お前たちを助けたのも無駄だったな」

 見つからないっていう情報は得られたのではないか、とエールは口を尖らせた。

「そういうお前はランスの居場所を知ってるのか?」

「残念ながら母上殿ではないのでウズメは知らんでござる」

 ウズメは頭を振った。

 仮に知っていたとしてもウズメが情報を漏らすことはないだろうな、とエ―ルは考えた。

「お母さんってかなみさんですよね。魔人側からの情報はビスケッタさんがかなみさんと組んで色々とやっていたと聞いています。その節は本当にお世話になって…お礼も言えず申し訳ありません。私がお礼を言っていたと伝えておいていただけますか?」

「ういうい、母上殿に伝えておくでござる」

 ウズメは母親が褒められて少し嬉しそうに笑ったが、すぐに少し真剣な顔になった。

「しかし母上殿の情報網に引っかかった以上、お二方の居場所が魔人討伐隊とやらに見つかるのも時間の問題でござろう。早々にこの場を離れた方がいいでござるよ」

「そうですね。万が一にも景勝には迷惑をかけられないもの」

「あいつの情報が手に入らないんじゃこんな所に用なんかない。すぐ出ていくさ」

 これで夜な夜な出るビッチの噂が無くなるんだな、とそんな言葉がエールの口からでかかったがサテラを見つめるだけにしておいた。

「ウズメちゃん、すっかりお姉さんになったねー」

 スシヌがウズメを褒めるとウズメは照れ臭そうな仕草をした。

「…にょほほ、ウズメはまだまだ半人前でござるよ」

「かなみさんも私が魔人になる前はまだまだ半人前のようで、よくランスさんにお使いなんかをさせられているのを見ましたよ」

「ウズメもそんな母上殿を見習ってみんなのパシリになってるでござる。一人前の忍者の道はまずパシリから」

「ウズメさんは鈴女さんにも似てますよね」

「知ってる人はみんな鈴女の子とか言うでござるな。母上殿も生まれ変わりがどうとか」

 かなみは元々ランスの専属忍者だったそうだ。

 エールはリズナはランスとよく冒険に出ていたという話を聞いていた。つまりかなみとも知り合いなのも当然のことである。

 そして鈴女という人とも知り合いのようで、エールは鈴女という人の事をリズナに尋ねてみた。

「JAPAN一と言われるほどとても優秀なくのいちさんです。確かかなみさんの前のランスさんの専属忍者だったんですが…」

「くのいちの術は命を縮めるものが多いと聞いてるでござる、そのせいで鈴女という人も若くして亡くなったとか」

 かなみがウズメにくのいちの術を禁じている最大の理由である。

「亡くなった後も幽霊になってかなみさんに忍術を教えていましたよ。亡くなってからもなんだか楽しそうな方でした」

「あら、私のお仲間さんだったのかしら」

 そう言ったパセリも幽霊である。

 あまり話したことはなかったがリズナは鈴女のことを少し思い出す。

 幽霊となった鈴女が成仏した時、置手紙を残していった。それを見て涙を流していたかなみと勝手に成仏したと怒りつつどこか寂しそうにしていたランスを思い出した。

「でもウズメちゃんが生まれ変わりなら、その鈴女さんは転生というかちゃんと成仏したのよね。ならきっと地上に未練はなくなったんだわ。いい人生だったんじゃないかしら?」

「…おばあちゃんはまだ行っちゃだめだよ?」

 スシヌが少し寂しそうにパセリを見つめた。

 元気そうに見えても幽霊、いつ成仏してもおかしくはない。

「スシヌの子供の顔見るまではまだまだ成仏なんかしないわよ~、いっそこのままゼス代々の守護霊になっちゃおうかしらね」

 浄化されないように気を付けて欲しい、エールがそう言って温泉に顔を半分ぶくぶくと沈めた。

 

 それを聞いていたのかどうなのか、サテラが青い空を見つめてつぶやいた。

「本当にどこにいるんだ、あいつは。魔王としての後始末もせずに……サテラを置いて。全く会いに来やしない」

 そう言って今度は目を伏せたサテラの表情は愁いを帯びていて、どこか色気を感じる。

「ランスさんが無事でいると良いのですが、会いたいですね」

 リズナも心配そうに、寂しそうに胸に手を当てて呟いた。

 そんな二人を見てエールはもし冒険の途中で会ったら二人が会いたがってたと伝えておく、と話した。

 色んな人から聞いたが魔王になる前の父は色々な所を冒険していたようだし、魔王から解放された今もシィルという女性と共にまた冒険に出かけているのは間違いない。

 いつかどこかで出会うような気がした。

「ありがとうございます。エールちゃん」

「ふん、期待しないでおく。でももし会えたら絶対に会いに来るんだぞ! もう使徒には出来ないがそれでもランスはサテラの……いや、とにかくあいつはサテラの使徒になるって約束したんだからな!」

 使徒うんぬんはともかくとして、エールは頷いた。

 魔物界にもいつかまた行ってみたいと思っていたし、いつか父と一緒に魔物界へなんていうのも楽しそうだと思いを巡らせる。

「ランスさんは誰にも縛られないと思うけどな。でもそんなところも素敵な人だったわよね? だからマジックも何されたって未だにめろめろなんだし」

「マ、ママってパパにめろめろなんだ」

「もちろん母上殿も父上殿にめろめろでござるよ。無事だったと知って泣いて喜んでたでござる」

 エールの母ももちろんランスを大事に思っている。

 父はとてもモテる、父の事を噂でしか知らないエールもそれだけは疑いようのない事実だと思っていた。

 

………

 

 そのまま雑談しながら温泉に浸かっていたが、エールはリズナの圧巻の巨乳をまじまじと見つめた。

 スタイル抜群なのもそうだが、温泉にその巨乳が少し浮かんでいて体を動かすたびに揺れるその光景はとても扇情的である。

 「どうかしましたか?」

 視線を感じたリズナがエールに話しかけた。

 肩が凝りそうな大きさですね、と言いながらエールはまたしても遠慮のない視線を向ける。

「エールちゃんあんまりじろじろと見るのは失礼だってば…」

 長田君に伝えるという約束をしたから、と言いながらこれは言葉で伝えるだけでも長田君が粉々になりそうである。

 スシヌとウズメは気にならないのだろうか。

「…気にならないわけじゃないけど」

 スシヌはちらちらとリズナの胸を見ながらもじもじしつつ正直に言った。

「こぼれそうですごく落ち着かないでござる…」

 ウズメの言う通りだが、リズナだけではなく魔人はみんな揃って妙に露出度が高いのがエールは気になっていた。

 特にホーネットの服装などは一枚着忘れているようにしか見えない危ない透け具合で、戦った後に思わず訊ねてしまったほどである。

「お前、ホーネット様に何て事言うんだ!!」

 怒るサテラを無視して、あの時は返事はなかったがもしかしてあの服は父の趣味なのか、とエールが尋ねる。

「私の服装はランスさんの趣味ですが……」

「サテラ達は違うぞ! 魔人だから人間なんかとは感覚が違うだけだ!」

 そう焦りながら話すサテラは置いて、エールは思い切ってリズナにおっぱい触らせてください、とお願いしてみることにした。

「何言い出すんだ!全くランスじゃあるまいし…」

 何故かサテラが驚いて焦り始めた。

 父はやっぱり揉みほぐしまくりだったのだろうか。

「それは何も私だけではありませんでしたよ。サテラさんもシルキィさんやホーネット様だって、みんなで一緒だったことも―」

「リズナは何を素直に答えてるんだ!余計なことを言うんじゃない!」

 

 エールは何事かを考えた後、素早くサテラに近付いてむにっと胸を触った。

「ひんっ!」

 すごく大きいというわけではないが、柔らかく弾力があり女性らしさを十分感じさせる。

 なんだかいやらしい声を上げたのが面白く、エールは何度か揉んでみる。

「エールちゃん、それぐらいにしてあげてくださいっ…」

 エールがむにむにとしているのをリズナが焦って止めに入る。

「お、お前、どうしても死にたいらしいな! 殺してやる!」

 とうとう本気で怒ったとばかりにサテラはエールに対し凄んだ。それは魔人と呼ばれていた者の殺気と威圧感を含み並の人間であれば震えあがって怯むものであったが、サテラが凄んだ相手はエールである。

 シーザーもおらず、鞭もなく、粘土がこねられず、無敵結界もなくなったサテラはエールにとって全く怖い相手ではなかった。

 そういえば翔竜山で戦った時、勢い余ってひんひん言わせてやる!と思いながらエールは返答とばかりにサテラをぺたぺたと触り始めた。

「う、うぁ、い、いい加減やめ……」

 触っていてわかったことだが、サテラはとても感じやすいのだろう。

 

 そんなエール達をスシヌとウズメは顔を真っ赤にして、リズナさんは止めようとしても止められなくおろおろと困った顔をしながら眺めている。

 エールはこれはリズナの方も押せばいけるのではないかと思ったので、巨乳を触ると豊乳のご利益があるから巨乳は触らせるべきと適当に言ってみる。

「そうなんですか?では、少しなら…」

 エールが一瞬戸惑うぐらいリズナはあっさりと了承した。

 おずおずと触ってみるとナギに迫る圧巻の大きさに重量感、そして柔らかい感触。羨ましい気持ちと同時にありがたやという気持ちが混じり思わず拝むポーズをとる。

 スシヌやウズメも呼んでご利益祈願したら、と言うと二人もおずおずとしつつ触っていた。

「わぁ、すごいねぇ…」

「これは確かにご利益ありそうでござる」

 三人でむにむにと触っていると

「あっ……はぁ……んっ」

 リズナの反応がおかしくなった。

 エールはてっきりナギのような余裕の反応をされると思ったのだが、リズナは息を荒げ甘い吐息を吐き出している。

「わぁ、バカバカ!何てことするんだ! お前ら、すぐに手を――」

 慌ててサテラが止めに入る。

 

 ――だが時すでに遅く、リズナの両目は開いていた。

 

………

……

 

 エールが目を覚ますとリズナにサテラ、スシヌやウズメまでみんなぐったりとして脱衣所に運ばれていた。

 頭がぼーっとしていてまだ体に違和感がある。

 

 湯冷まししてくれたのはパセリとそして人間になった日光である。

 何があったのかを聞こうとしたが、日光は返答の代わりにエールに叱るような視線を向けた。

「エールさんは軽はずみな行動が多すぎです。 実力があるとはいえ迂闊な行動が危険だというのはハニーキングを相手にした際に学んだはずでしょう。今回の事もそうです。女性に対して失礼ない事というのも含め、ちゃんと反省を――」

 エールは日光に裸にタオルだけのまま正座させられ説教を受けていた。

 怒り心頭のサテラはパセリが子供のすることだからと宥めている。

「エールちゃん、あんなことしちゃダメでしょ!ちゃんと謝りなさい!」

 普段あまり怒ることがないスシヌですら怒っていたのでエールはものすごく反省し、リズナやサテラにしっかりと頭を下げて謝った。

「い、いえ、こちらこそ。何となくランスさんを思い出しました」

「あいつもここまでじゃなかっただろ。全くとんでもないガキだ」

 体に違和感があるのか顔を赤くしながらリズナは苦笑し、サテラは呆れていた。

 

 

 温泉から出ると既に長田君達は温泉の前でエール達を待っていた。

 同じ土から生まれた者同士、長田君とシーザーが仲良くなっている様子である。

「お、来た来た!遅かったな、エール。顔真っ赤だけどどしたん?」

「サテラ様、ドウカナサイマシタカ?」

「な、なんでもない!なんでもないぞ!」

 サテラは思い出したのか顔を赤くして焦っている。

「どうせ温泉に浸かりすぎてのぼせでもしたんだろ」

「ザンスちゃんにはまだわからないわよねー」

 パセリの言葉にザンスは眉を寄せた。

 

………

 

 エールはその後リズナが世話になっていたというぷちハニーの景勝に挨拶にいった。

「どんだけ道草食うんだお前は」

 ザンスはそういうが、先ほどの事もありリズナのたっての願いであれば聞いてあげたいところだった。

 長居はしないからと言って、エールがその家に向かうとぷかぷかと浮かんでいる夢とかかれた小さなJAPAN式兜をかぶったぷちハニーが出迎える。

「おかえり、リズナ。そして君がスシヌ王女が話をしていたエールか。ささ、立ち話もなんだ、中に入りなさい」

 中に入り奥さんだというハニ子から茶を受け取り飲んでみると、ほっと安心するような美味しさである。

「リズナを魔王から……魔人から解放してくれたと聞いた。エール殿には本当に感謝する」

 景勝はエール達にリズナを魔人から解き放ってくれた事の礼を言った。

 エールは首をぶんぶんと振った。あれはみんなでなしたことである。

「スシヌ王女もそうだが、あのケダモノの子供達とは思えんな」

「いーや、こいつはランスみたいなやつだぞ」

 サテラがエールを指さして言った。

 エールは言い返せず、口を尖らせる。

「何かあったのか?いや、まぁいい。リズナは昔から騙されやすく、幸も薄くてな。とうとう魔人になってしまったと……魔人になるしかなかったと知って心を痛めていた。魔人になった後もな」

 エールはそういえばなぜリズナが魔人になってしまったのかは聞いていなかった。

「ゼスに来た魔人メディウサのこと、お前は知らないのか?」

「サテラ殿。知らないのであれば話すこともあるまい」

 景勝は詳しくは話さないもののリズナが魔人になった経緯は非常に重いものである。

 ザンスも話を知っているのか顔をしかめており、スシヌも、そしていつも笑顔を浮かべているパセリまで思い当たるのか沈痛な表情を浮かべている。

 エールもそれ以上聞けなかった。

 

 リズナの事を救ってくれたと礼を言って、もてなそうとしてくれたがそれは丁重に断る。

「そうか、はやくゼスに戻らなければならないと」

「景勝、お世話になりました。私達もここを出ていきます。情報屋さんが来たら、情報はすでに貰ったと伝えて下さい」

「分かった。しかしそうか…例の魔人討伐隊とやらか」

 リズナは小さく頷いた。

「何かあったらいつでも歓迎しよう。サテラ殿もリズナの事を頼みます」

 ただ心配そうにしている様子は娘を心配する父親のようである。

「先輩だからな。後輩のことぐらい世話してやるさ」

「サテラ、行っちゃうのー?」

「もう用事はないからな。お前たちも精々シーザーみたいにかっこよく強くなれるよう努力するんだな」

「寂しいけどまた来てね、シーザーもね」

「オ前達モ元気デナ」

 景勝の子供であるハニーに群がられ、その頭をぽんぽんと撫でているサテラとシーザーを見てエールは笑顔を浮かべていた。

 

………

……

 

「それでは皆様もお気をつけて」

「あいつを見つけたら絶対来るんだぞ!約束したからな!」

 

そう言ってハニワの里で二人と別れ、エール達はとうとうゼス王宮への帰途についた。

「やっと家に帰れるんだね……眼鏡、外せないままになっちゃってるけど」

「は、なんだそりゃ?」

 スシヌがザンスにメガネが外せなくなった事を報告すると、ザンスはおもむろにスシヌの眼鏡を引っ張った。

「まじでくっついてやがる。どうなってんだ?」

「ザンスちゃん、痛いよー…」

 痛がっているスシヌを見てエールがザンスをぺしんと叩いてやめさせる。

「ああ、眼鏡っこが眼鏡を外せなくなる呪いか。ハニーに伝わる伝説の秘術っていう」

「長田君、知ってるの?」

「解き方は分かんないというか、かけた本人じゃなきゃ無理なんじゃね?」

 それを聞いてスシヌは落ち込むが、とりあえずここは魔法大国ゼスである。

 王宮に帰れば解き方を調べられるかもしれない。

 

 ハニワ平原の野良ハニーはエールとザンスを恐れているのか全く近づいてくることもなく、帰り道はあっという間である。

 ゼス王国首都に到着すると、門番がスシヌ達に気が付いて寄ってきた。

 警備に囲まれながら王宮に到着すると、門の前にはマジック女王とゼス四天王の面々が待っていた。

 

「スシヌ! 良かった、無事で…!」

「マ、ママ…心配させてごめんなさい」

 

 マジックは娘をぎゅっと抱きしめ、スシヌも涙を流しながら母親を抱きしめかえしている。

 

 それを見てエールは笑顔を浮かべて、脇にいる長田君やウズメそしてパセリとハイタッチした。

 ザンスともハイタッチをしようとしたが、代わりに頭をこつんと叩かれる。

 

 エール達は何とか無事にゼス首都に戻ってくることが出来た。

 




※ 鈴女食券はifという設定(ウズメと鈴女は面識無し)


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ゼス王宮と将軍

 エール達は王宮にある豪華な応接室でもてなされていた。

 

 スシヌとパセリはマジック達に詳しい事情の説明中である。

「今頃パセリさん、めちゃくちゃ怒られてんだろうなぁ」

「あの悪霊ババアがスシヌ騙して連れてったのがそもそも発端なんだから当然だろ。さっさと浄化しちまえばいいんだ」

 スシヌが悲しむから出来ない、エールは首を振った。

 相手がハニーキングであることを考えれば軽率ではあったものの、パセリもスシヌを思ってしたことである。実際にスシヌは自信をつけ魔法制御も上手く出来るようになったのだから責めきれない、おそらくマジックもそう結論づけるだろう。

「そういやウズメは?」

「ウズメは金ピカババアに連れてかれてったぞ。ゼスの情報をうちに持ってきたのあいつだって話しやがったからな。リーザスの情報網だってことにしとけって言ったのによ」

 ウズメの母親はリーザスに仕えているわけじゃないだろうか、エールは尋ねた。

「うちとあいつの母親は元主従関係だったらしいが、あっちはあくまで独立組織。元々ヘルマンにあったっていう暗殺機関だとか自由都市にある裏組織だとかまとめてるもんでどこの国にも所属出来ないってわけだ」

「暗殺組織まであんの!? そういやウズメも暗殺出来たっけ。こっえー…」

 ウズメの優秀さは環境あってのものでもあるのだろう、とエールは納得した。

「まあ、ウズメが俺様の女になれば全部まとめて俺様のもんになるわけだ」

 何故か得意げに笑っているザンスをエールは眉間にしわを寄せて見つめた。

「なんだ、妬いてんのか?お前も俺様の女になりたいならAL教法王ぐらいにはなっておけよ」

 ウズメはもちろんスシヌもであるが二人ともエールの大事な姉妹。手を出して欲しくないだけだとエールは口を尖らせた。

 そしてエールはAL教の熱心な信者ですらないのだから法王になどなれないし、ザンスの女になる気もない。

「まあ、法王でなくともエールは日光持ちで神魔法が使えるってだけでも価値があるからな。そういや、お前が産んだ子供が神魔法覚えられりゃいつかリーザス王家で神魔法独占出来るってんで母さんも認めてやるってよ」

「こ、子供って! エールはお前の女になんかならないって言ってるだろー!」

「エールもちっとは将来の事考えておけよ。親衛隊の隊長でもいいし、なんか新しい役職作ってやっても良い。もちろんお前が法王になってリーザスがAL教を操れるのが一番だ。法王を選ぶムーラテストだったかそんときゃリーザスが後ろ盾になってやるからな」

 さも当然とばかりに話すザンスの中ではエールは将来、リーザスへ行くことは決まっているようだ。

「エールは冒険者で俺の相棒なの! 話聞けよ、お前ー!」

 ザンスが長田君の抗議の言葉に返答とばかりに蹴り割る。

 その光景を見ながらエールは考えておくよ、と適当に返事を返した。

 

「女王陛下がお見えです」

 部屋に入ってきたメイドの言葉の後、マジックがスシヌを伴って部屋に入ってきた。

 

「この度は娘を助けて下さり、女王として、母として感謝を申し上げます」

「うんうん、ありがとう。ゼスの建国王としてスシヌのおばあちゃんとして改めてお礼を言うわ」

「助けて頂いてありがとうございました…」

 

 エール達はゼス王国女王マジックから丁寧な感謝の言葉を受け取った。

 横にいるスシヌも一緒に頭を下げているが、いつもふわふわと浮かんでいたパセリは杖に引っ込まされているようだ。

 エールは気にしないでください、と笑顔で返した。

 

「礼はいらねーって。どうせスシヌは俺のところに嫁にくるんだし、助けるぐらいは当然だ」

「ザンスちゃんはブレないわね」

 パセリは受け流すが、マジックはそれを聞いて眉をぴくっと動かした。しかしあくまで冷静にザンスの言葉を制する。

「感謝はしてますがそんな話はありません。あとザンス君はリア女王にお礼の手紙を書くので持って行って―」

「非公式なんだからいらねーって。そのうちゼスごと俺のもんになるんだから、うちで起きたトラブルみたいなもんだしな。母さんも気にしないで良いって言ってたぞ」

「だから!そんな話はないっていってるでしょう! 大体、リーザスはそう言ってゼスに税率やら取引やらで不利な条件を回してくるんだから…!」

 一国の女王に対しても尊大な態度を崩さないザンスになんとか落ち着こうとしていたマジックが声を荒げた。

 大人の事情に疎いエールにもリア女王の言う気にしないでがものすごく恩を売ろうとしている一言なのは分かる。

「お、落ち着いてママ…」

「えーっと、そういえば王様からの手紙って何が書いてあったんすかねー?」

 スシヌや長田君の言葉に一旦落ち着く様に咳払いをした後、マジックは手紙をエールに手渡した。

 親書だそうだが読んでも問題ないものだろうとエール達が内容に目を通す。

 

"親善大使としてスシヌを送ってくれてありがとう。帰すのが遅くなっちゃってごめんね。

                                 ハニーキング"

 

 署名の横にはハニーキングの絵が描いてある。短すぎる内容の手紙に目を通したエールは思わず苦い顔をした。

「まっったく!こっちがどれだけ苦労したか!」

 それを見たマジックも色々と思い出したのかまた怒り始めた。

「怒ると血圧上がっちゃうわよー?」

「元はと言えばパセリ様がスシヌを連れ出したからでしょう!反省してください!」

 杖に対して怒鳴っているマジックを見ていつも疲れた表情をしている理由がエールにはよくわかった気がした。

 

「しかもスシヌは変な呪いまでかけられちゃっているし……」

「うぅ……ごめんなさい」

 スシヌは悪くない、とエールが慰める。

「こほん。それでエールちゃん、スシヌがかけられた呪いなのだけれど神魔法で解除できないかしら?」

 マジックにそう言われたエールは解呪は専門ではないので期待しないで欲しいと言いつつやってみます、と頷いた。

「スシヌは眼鏡似合うしそのままでもいいんじゃねーかな!」

 そんな事を言っている長田君もハニーである。

 マジックが長田君を睨みつけると同時にエールが長田君を叩き割った。

「では、私は戻ります。王宮でみんなのもてなしの準備をさせているのでゆっくりして行ってね。何かあればメイドに言いつけて下さい」

 マジックが疲れた表情で部屋を出て行こうとしたので、エールはマジックに駆け寄ってヒーリングをかけた。

「…ふふ、エールちゃんは優しいわね。ありがとう、スシヌを宜しくお願いします」

 

………

……

 

 エールは母から渡されている神魔法図鑑を片手に呪いを解除が出来ないか頭をひねっていた。

 

「そうやって神魔法すぐに覚えてすぐ使えるんだ。すごいね、エールちゃん」

「ま、俺の相棒だし?」

「俺様の女だからな」

 得意げな二人を無視してエールは色々とページをめくり色々とそれらしき魔法を試してみるが、どれも効果はなくエールは肩を落とした。

 簡単な呪いであればエールにも解除できるのだが、闘神大会で魔女リクチェルがかけていたような本格的な呪いとなるとかけた本人かそれ以上の使い手でもない限り解除は不可能である。

「出来ねーのか。神魔法も役に立たねーな」

 ザンスの言葉にエールは頬を膨らませた。

「まあ、スシヌは眼鏡かけてる方が絶対可愛いって!それで巨乳だったら俺的には完璧―」

 長田君はエールとザンスに粉々に叩き割られた。

 スシヌは眼鏡があっても可愛いが、無くても美少女である。

「び、美少女って……そんな……」

 エールの言葉にスシヌは顔を真っ赤にして俯いた。

「エールちゃんってザンスちゃんと違ってストレートよね。こういう所が差をつけられちゃった理由かしら」

「あん? 差って何のことだよ?」

 

 エールはスシヌの目を見ながらこうなったらあの人のところに行くしかないね、と話した。

「えっと、あの人って?」

 パステルさん、とエールはその名前を口にした。

 カラーの女王、パステル・カラ-。

 闘神大会でリクチェルに呪いをかけられた際、リセットが母親であるパステルなら呪いを解くことが出来るとあっさり言っていたのを思い出していた。あの時はエールがリクチェルを倒し命令として呪いを解かせたが、スシヌに呪いをかけた張本人であるハニーキングがどこにいるのかすら分からないのだからもはや頼れるのはパステルだけだろう。

「そういやあの人、呪いのエキスパートだってリセットさん言ってたっけ。なんか全くそんな風には見えねーけど」

「あんなポンコツ村長がねぇ」

 長田君やザンスが言う様にエールも半信半疑だが、ともあれ当てと言えばパステルだけである。

 

 

「エールさん、ご無事で何よりです。中々戻られないのでとても心配していました」

 そうしていると車いすを軽快に操りながらウルザが入ってきた。

「あっ、ウルザさん! 俺、向こうでも役に立ったっすよ! なっ、エール!」

 長田君の活躍というよりは魔血魂のおかげなのだが、それは話さないままエールは得意げにする長田君の言葉に大きく頷いた。

「そうですか。長田君もご協力ありがとうございました」 

 ウルザとしてはエールを心配して泣いている長田君を不憫に思って例外的に解放しただけだったが結果的にそれがハニーキングを倒す切り札になった。

「そうそう、スシヌ王女も無事戻られたので捕えていたハニー達は全て解放しました。中にはもっとここにいたいなんて言い出す方もいましたけれどね。長田君にもまたどこかでと伝えて欲しいと伝言を預かっています」

 長田君はエール達が捕まっている間、ハニーと大分仲良くなっていたようだ。

「ザンス王子、マジック女王がお呼びです。礼状をしたためたとのことでリア女王へ届けて欲しいそうです」

「いらねーっつーのに。まあ、一応受け取ってやるか」

 ザンスはメイドに案内されながら部屋を出て行った。

 

 ザンスが出て行ったのを見てエールはウルザさんに心配させてすみません、と頭を下げた。

「こちらもハニーキングを侮ってしまって……危険性を把握していながら無茶をさせて申し訳ありません」

 ウルザが頭を下げると、車いすがキッと音を鳴らした。

 そしてウルザの優しい瞳が、真剣なゼス四天王のものに変わる。

「エールさん、これは政治上の話になるのですが今回の事は内密にし、法王様には話さないようにしていただけませんか? エールさんは法王のご息女です。現在でも神魔法を覚えられるという御方を危険に晒したとあらばゼスの責任問題になってしまいます」

 クルックーに話しても特に問題ないだろうが、エールは頷いた。

 その様子を見てウルザは胸を撫で下ろす。 

「ウルザさん、本当にご心配おかけしました」

「スシヌ王女、何かお体に障るようなことはされませんでしたか?」

「眼鏡が外せなくなったこと以外は大丈夫です。ハニーキング様は私に酷い事なんかは一切しませんでした。エールちゃんも来てくれましたし……」

「ちょっとえっちな事はされてたけどね~」

「えっ!な、なにかされたん?そういえば制服着せられててスカートめくりがどうだらいってたけどさ!大丈夫だった!?」

 焦る長田君にエールは別に大したことはされてない、と答えた。

 ストリップやら水鉄砲、えっちなラレラレ石を鑑賞させられたりスカートをめくられたりはしたもののスシヌの方は少し頬を赤く染めているがエールにっては傷つくものでもない。

「パセリ様、今後何かされる時はこちらに一度ご相談下さいね」

「今後はそうするわ。マジックにこってりしぼられちゃったし、本当にごめんなさいね」

 パセリの声はさすがにしょんぼりとしていた。

 

「スシヌ王女の眼鏡が外せなくなった件ですがこちらでも人を使って解呪の方法を調べています」

「あっそれなんですけどエールちゃんがシャングリラにいるパステルさんに頼めばいいんじゃないかって話をしてくれたんですけれど」

「…そうですね。あの方であればきっと解呪出来ることでしょう」

 ウルザは既にパステルの事を考えていたとばかりに言葉を続けた。

「しかしあの方はその…少々気難しい方で。頼むとなるとシャングリラに貸しを作ることになりますね」

 ウルザはまたマジック女王の心労が増えてしまうことが気がかりだった。それを分かっているのかスシヌも俯く。

「なぁ、エール。クリスタルの森で俺ら密猟者やっつけたじゃん。それで頼めばいいんじゃね?」

 長田君の提案にエールは手をポンと叩いた。

「エールちゃん、密猟者やっつけたの?」

「へへー、俺らペンシルカウにも行ったんだぜ?」

 エールは手短にクリスタルの森であったことを手短に話した。

 仮にパステルは色々言われても、その時はリセットに頼めば大丈夫だろう。

「ふふ、リセットさんは良いお姉さんですものね。リセットさんは本来ならゼスに来られているはずなのですが、急遽予定が変更になってしまったんですよ」

 エールは事情を知っているが、ヘルマンの事情を話すのは良くないだろうと口をつぐんだ。

「しかしエールさんは良いのですか? せっかくの貸しを使って頂いて…」

 

 恩とか貸しとか借りとか大人は面倒くさい、とエールがぴしゃっと言い切った。

 

 それを聞いてウルザ達は面食らった表情になったが、姉を助けるのは当たり前の事だとエールは続ける。

 

「…そうでしたね。申し訳ありません」

「こういうのをサラッと言える辺り、やっぱりエールちゃんってかっこいいわね~」

 スシヌは顔を赤くしている。

 それに結局、スシヌの救出はエール一人では出来ず捕まってしまって迷惑をかけてしまったということもある。

「エールちゃんが助けに来てくれた時、私すごく嬉しかったんだよ! それに一緒に居てくれたから寂しくもなくて」

「エールさんはスシヌ王女の不安を和らげてくれたと思います。それにハニーキングを倒すことが出来たのもエールさんの作戦だったのだとスシヌ王女に楽しそうに報告いただいていますよ」

「ウルザさん!?」

 それを聞いてますます顔を赤くしたスシヌを見ながらエールは笑った。

 

「分かりました。マジック女王に話をしてきますね。夕食は豪華にして貰える様、準備をしていますので本日はこちらにお泊り下さい」

「ゼスってご飯美味いもんなー!あっ、カレーマカロロってあります?そういや、サクラ&パスタっていう店があるって聞いてんですけどー」

「サクラ&パスタは流石に予約しないと難しいですね。それはまた次の機会に」

 長田君が嬉しそうに飛び跳ねていた。

 

………

……

 

 ウルザと入れ違いになる様に一人の男が部屋を尋ねてきた。

 

「スシヌ王女。無事に戻られたようですね」

「うわっ、誰このイケメン」

 長田君が思わずそう呟いたようにそう若くはないものの精悍な顔立ちに凛とした雰囲気を纏っている男である。赤い髪にマントがよく似合っていてモテそうだなとエールはその男をじっと見つめた。

「サイアス将軍。お久し振りです。色々心配おかけしまして…」

 頭を下げるスシヌを見ながらこの人は誰?とエールは尋ねた。

「えっと、エールちゃんには話したけどこの人はその……例のクラウン家の―」

 エールはその名前を聞いてスシヌの見合い相手!?と目を見開いて男を凝視した。

「いや、それは俺の息子ですよ。間違われるとはまだまだ俺もいけるかな」

 そう言ってサイアスは爽やかに笑った。

 それを無視してそういえばその見合い相手はスシヌを助けにも来ないで一体何をしているんだろうか、とエールは軽蔑するように言った。

「いや、息子は交渉団という名目だったけど真っ先に志願してスシヌ王女を助けに向かったよ……ハニワ平原でやられてしまったけどな」

「え!? や、やられたって、大丈夫でしたか?」

 そう言えばエールはそんな話を聞いていた。

 謎のハニー軍団にやられた一団にいたということだろう。

「体は問題ないのですが、ハニー相手に全く歯が立たなかったというのが相当応えたようで自らをまた鍛え直すと頑張ってますよ」

 将来はゼスの将軍確実な有望株だと言っていたがハニー相手に勝てないレベルで務まるのだろうか、とエールは口を尖らせながら言った。

「これは中々手厳しい。スシヌ王女が戻られたと聞いて会いに行くように言ったんですが、合わせる顔がないとのことで申し訳ありません」

 サイアスは呆れたように呟いた。

「全くあいつは……ザンス王子も来てるっていうのにこのままじゃアレックスコースだ」

「アレックスって、アレックス将軍ですか?」

 エールがまた聞いたことのない名前である。

「おっとっと。口を滑らせた。…これと決めた女性に対しては積極的なアプローチも必要ってことです」

「そういえばアレックスさんってマジックの元カレなんだっけ? ランスさんに寝取られちゃったのよね」

 パセリにせっかく言葉を濁した好意を台無しにされサイアスは苦笑している。

「ね、寝取ら… そうなの!? 全然知らなかったよ!?」

「まあ、ザンスちゃん見てると積極的すぎるのもダメだと思うんだけどねー」

 あれは積極的という訳でもないのでは、とエールは首を傾げた。

 

「それで、こちらのお嬢さんは?」

 サイアスがエールを見ながらスシヌに尋ねた。

 スシヌが答える前にエールは名乗りながら軽く頭を下げた。 

「エール……エール・モフス? 確か魔王を倒したというかの英雄の名前と同じだが…」

「は、はい。そうです。この子が私の妹で、魔王の子達のリーダーだったエールちゃんです」

 スシヌの言葉にサイアスは目を丸くした。

「エール、マジで有名人だなぁ。へへっ、流石は俺の相棒だな!」

 いつもの通り何故か長田君が得意げにしている。

「名前と噂だけは聞いていましたが……女の子?」

「エールは胸はないっすけど女っすよ! こう見えてめちゃくちゃ強いんだぜ!」

 いつもの通り余計な一言で長田君は割られた。

 

「失礼、申し遅れました、私はゼス四将軍が一人、サイアス・クラウンと申します」

 サイアスはエールに優雅な仕草で頭を下げる。

「あの魔王の子たちをまとめ上げて魔王討伐を果たしたリーダーと聞いていたもので……まさかこんな可憐なお嬢さんだとは思わなかったな」

「うわっ、キザー…絶対女泣かせるタイプだ」

「はは、昔はそれなりにな。だが今は俺には愛する妻と息子がいるよ」

 失礼な物言いですら軽く返す余裕は顔だけでなく中身もイケメンなのが伺えて長田君はぐうの音も出ない。

「サイアス将軍の奥様もゼス四将軍なんだよ。ウスピラさんって言ってすごく綺麗な人なの。仲も良くてゼスで一番理想のカップルって言われて国中で憧れられてるんだ」

「ウスピラさんって氷のウスピラって言われてるほど表情硬いんだけどサイアスさんの前だけちょっと綻ばせたりするの。氷のような彼女の心を愛の炎で溶かしたって、妬けちゃうわよね~」

 恋愛話が好きなスシヌとパセリは目を輝かせている。

「なんだか照れるな」

 サイアスはそう言って頬をかいた。

「いちいち絵になってなんかムカつく…」

 長田君がぼそっと小さく負け惜しみを呟いていた。

 

「エール様は確か法王様のご息女だとか…言われると確かに母親である法王様の面影がある。あの方も昔は小柄で可愛らしかったものな」

 エールは母の事を話したサイアスにはっとして、知ってるんですか?と尋ねる。

「法王ムーララルーを知らない人は少ないだろうさ。そう多く話したことはないが、真面目だが良い意味で固くない方で何より芯の強い女性だった。エール様は母親似なんだろうね」

 母親が褒められたのと、似ていると言われたことでエールは頬に手を当てて顔を赤くした。

 それはエールにとって最高の誉め言葉である。

「ちょっと、エールまでぐらついてどうすんだよ!顔か!やっぱり顔なの!?」

「えっとハニーの。君は?」

「俺はイケメンハニーの長田君!魔王討伐の旅には俺もついて行ったんだぞー!」

 エールは補足するように自分の相棒です、と紹介した。 

「へぇ…相棒か。ここゼスでは魔法使いが多いから君みたいなハニーの相棒はさぞ頼もしいだろうな」

「……この人いい人じゃね?」

 長田君はチョロかった。

 

 

「弟子よー!よく無事で!」

「げっ…」

 エール達が談笑していると突然ばたーんと扉が開け放たれ、あまり見たくない顔が飛び込んできた。

 その場にいる全員が苦い顔をする中、スシヌだけはその顔を笑顔で出迎える。

「アニス先生! 随分心配かけてしまったようですいません」

「本当にスシヌはみなさんに迷惑をかけて…」

 迷惑をかけた度合いで言えばアニスも大差ない。むしろ直接的に怪我人を出しさらにトラウマを植え付けた分、アニスの方が迷惑だったはずとエールは考えた。

「ですが、よく無事でいてくれました。魔法が制御上手くできなくなったと落ち込んでいたのもあってとても心配だったんですが」

「ハニワの里にいる間もちゃんと魔法の練習はしてましたよ。それで、ハニーさん達が手伝ってくれたのもあってなんとか魔法は制御できるようになりました…」

「そうですか。流石は私の弟子です。スシヌは私と同じく実戦向きなのかもしれませんね」

 実戦向きと手当たり次第は違う、とやはりエールは思ったがスシヌはアニスを慕っている以上、悪く言うのは躊躇われ口には出さなかった。

 

「スシヌ。この方々は?」

 アニスがエール達に気が付いたように話しかけてきた。

「アニス先生とエールちゃんは会った事あるんじゃなかったっけ?」

 エールから見ればスシヌを攫ったやつだと勘違いされて襲われ、背負い投げを決めて昏倒させた相手である。

「覚えてないんすか? 俺を盾にしたザンスにボコられてたじゃないっすか」

「はて、どこかでお会いしましたか?私には覚えがないのですが」

 アニスは首をかしげている。

 最初に見かけた時のアニスと比べて、今のアニスは別人のように落ち着いていた。

「こちらは私の家庭教師のアニス先生。ちょっと変わった方なんだけど魔法LV3で、私なんかよりずっとすごい魔法使いなんだよ」

「ご紹介に預かりました、私、アニス・沢渡と申します」

 変わったの一言で済ませて良いような人物でもないと思ったがエール達は同じように自己紹介をした。

「ふむふむ。あなたがエール・モフスですか。弟子のスシヌがお世話になったようで師匠として感謝します」

 アニスは再度丁寧に頭を下げた。 

「……弟子、ねぇ」

 サイアスもアニスを呆れた様子で見ている。

 ゼス四将軍としてアニスとの付き合いも長く、迷惑をかけられた回数もさぞ多いのだろう、とエールが同情の眼差しを向けるとそれに気が付いたように答える。

「いや、最近はこんな感じで落ち着いているから大丈夫さ」

 

「アニスー!」

 もう一人、アニスに困らされている人が部屋に入ってきた。

 服装のあまりのまばゆさに全員が目を手で覆う。

「千鶴子様、どうされました?千鶴子様がいきなり入られたので皆さん目を痛がってますよ」

「どうされましたじゃない。スシヌ王女の無事を確認したのなら長話してないで建物の復旧の続きに行ってきなさい」

「私がいないとみんな困りますものね。わかりました。では失礼します」

「あなたが壊したからでしょ!あくまで手伝いなんだからくれぐれも怖がらせないようにするのよ」

 アニスはその言葉に首をひねりながら部屋を出ていった。

「久しぶりに暴れてるアニスを見ましたが、本当にとんでもない……まるで別人みたいです」

「実際、別人みたいなもんよ。暴れてるときの記憶とか全然覚えてないんだから」

 千鶴子は呆れてため息をついた。

「スシヌ王女がいれば落ち着いてるから油断してた。何かあった時の準備は怠らないようにしないとね」

 それを聞いてスシヌが首をかしげているが、そんなスシヌに千鶴子が話しかけた。

「お願いですから、急にいなくなったりしないでくださいね。ゼスの安全の為にも、遠出する場合の手紙は忘れないでください」

「えっと。その、すいませんでした……」

 スシヌが悪いわけではないのだが師匠の責任は弟子のものなのかもしれない。

 エールは自分の師匠がサチコとチルディという優秀な二人で良かったと思った。

 

「そういえば、エールさんはまだどこの国にも所属していないのですよね?そしてAL教の司教でもないとか」

 エールは頷いた。

「では良ければゼスに来てスシヌ王女を支えてやってくれませんか? 次期、ゼス四将軍として」

「千鶴子様、勧誘ですか」

「ええ、エールさんは冒険者に留まらせておくにはあまりに惜しい人材だもの。神魔法だけではなく魔法もある程度使えて、日光持ちとして剣を操る才能もある。ゼスの戦力は魔法に偏り過ぎているからエールさんを迎えられれば心強いわ。魔王討伐をしたという偉業とレベルを考えればすぐにでも将軍として迎えても良いぐらいね」

 きょとんとした表情のエールを見ながら千鶴子は口元に笑みを浮かべて話を続けた。  

「何よりスシヌ王女の心の支えになってもらえるもの。スシヌ王女は精神面で不安定な所があるけれど信頼出来て側で支える人がいてくれれば…」

「うんうん、エールちゃん。千鶴子さんもこう言ってるんだしスシヌの同級生にならない? 応用学校行くのも良い経験だと思うわ」

「エールちゃん……」

 そうやって勧誘される中、スシヌもすがるような瞳でエールを見つめている。

「エールちゃんがもし男の子だったら次期ゼス国王としてーってなるんだけどね。あっ、私は女の子でもいいんだけど!」

「おばあちゃん!」

「ははは!エール様が男の子だったら勝てなかっただろうな!」

 パセリの軽口を冗談だと受け取り、サイアスが軽く流す。

「おー…エールがまた勧誘されてる。冒険者やめてもどこでもやってけるな」

 エールはザンスの言う通りいつかは将来の事も考えなければいけないが今はまだまだ冒険がしたい、と長田君に話しかける。

「そうだよな! 桃源郷も探さないといけねーし…」

「そうそう長田君だったかしら。エールさんの側近としてあなたもいかがかしら?」

「えっ、俺もっすか!?」

 千鶴子が長田君を勧誘し始めたのでエールも驚いた表情になった。

「ゼスは魔法の国だから長い事、ハニーを隔離していたわ。それがハニワ平原なんだけど…魔人戦争以来、友好を結ぶようになって15年以上になるけれどまだまだハニーは珍しい。今回のことだってちゃんとしたハニーが仲間に居たら事前に察知できたことだったと思っていてね」 

「ハニーなら魔法が効かないしゼスでは普通に戦力にもなれるな」 

「長田君はすぐにみんなと友達になれちゃうしね。うちでも絶対うまくやっていけるわ」

「……へへっ、そーっすかね?」 

 ゼスの重鎮勢から勧誘を受けて長田君は嬉しそうに照れていた。

 長田君と一緒にゼスでスシヌを支えながら過ごすというのは中々楽しそうだな、とエールは頭に思い浮かべる。

「もちろんエールさんが将来AL教の法王を目指すというならゼスで全面的にバックアップを――」

 

「おいこら、金ピカババア。そいつはリーザスのもんだ。勝手に勧誘とかしてんじゃねーぞ」

 

「ザンス王子、相変わらずなんてガラと口の悪い…今日の格好は地味な方でしょう」

「ザンス将軍お久し振りです」

 ゼスの将軍とリーザスの将軍同士、面識はあるようだ。

「きざきざ野郎もいるのか。お前のとこの雑魚にスシヌに近付くなって言っておけ」

「…あいつは先日正式にスシヌ王女の相手役としてマジック女王から紹介を受けましたよ。一歩リードといったところですね」

 サイアスがモテそうなせいかやたらとげがある物言いのザンスに、サイアスはさらっと返した。

「はぁ!? そんなの聞いてねーぞ!おいコラ、スシヌ説明しろ!」

「わ、私はまだそういうことは考えてないよ。本当に紹介されただけ」

「でもデートはしたのよね~」

「お前、なんかされてねーだろうな!?」

 スシヌに詰め寄ろうとしたザンスをエールが庇うように立ち塞がる。

 もし何かされてたその時はボクがサクッとやりに行く、とエールは日光に手を当てた。

「スシヌ王女は大事にされてますね。あいつも中々先は長そうだ」

「先なんかねぇよ。望みなんかないんだから諦めるように言っておけ」

「ザンス王子よりもエール様の方がライバルになりそうだ。男の子じゃなくて本当に良かった。いや、あいつもエール様に惹かれるかもしれないな」

「エールも俺様の女だ! とっとと失せろ!」

「女性は一途な男に惹かれるものですよ。それでは失礼します」

 サイアスは余裕の態度で優雅に一礼して去って行き、その後ろ姿をザンスが睨みつけている。

「……やっぱモテそうだよな、あの人」

 長田君の言葉にエールもうんうんと頷いた。

 あのサイアス将軍に似ているのであればその息子もやはりモテるのだろう。ザンスとは気が合わないだろうな、と呟いたエールの頬がむにーっと引っ張られる。

「ザンスちゃん、エールちゃんを放してあげて~!」

 痛がるエールからザンスを引き離そうとスシヌが手を引っ張っているがびくともしなかった。

「……ザンス王子は父親似ですね」

「金ピカ、お前も出てけ。見てると目が痛くなるわ」

 

 そう言われた千鶴子も肩をすくませ、一礼して部屋を出て行った。

 

………

 

「め、目がチカチカするでござる……」

 そう言いながらウズメが部屋にふらふらと入ってきた。

「大丈夫?ウズメちゃん」

 どうやら千鶴子と二人で話をしていたらしい。

 ゼスの機密情報を漏洩したことを咎められたが、それよりも二人きりで部屋にいて衣装の乱反射をもろに浴びたのが堪えたようだ。

 エールはウズメの目に手を当ててヒーリングをかける。

「ウズメ、まだ修行が足りない……主君殿の手あったかくて癒されるでござる」

 ウズメがにゃんにゃんのようにエールの手に甘えるのを、スシヌが少しうらやましそうな目で見ていた。

「てか、なんなのあのファッションセンス。眼鏡似合ってるとか貧乳ってことがどうでも良くなってるのに逆に何も聞けないような恰好」

 長田君の言葉にエールも大きく何度も頷いた。

「小さい頃はキラキラしてて綺麗だなって思ってたんだけどね。服はああなんだけどすごく優しい方なんだよ。それに情報魔法の達人であの人がいないとゼスが回らないってぐらいに優秀なんだ」

 真面目で根の優しそうな人だというのはエールにも何となく分かる。

 アニスの師匠なのだ、面倒見のいい人でなければ務まるはずがない。

「んで、後任が育ってないんだろーが。情報魔法は便利なのはわかるが、誰にでも使えるもんじゃないってのはな」

 ゼスがリーザスのものになったら情報魔法への依存を減らすことをザンスは考えているらしい。

「千鶴子さんも後任を育てようって頑張ってるんだけどね。休む暇もないみたいよ?」

「だから男もいねーんだろ」

「ママはちゃんと結婚するように勧めてるんだけど仕事があるって断ってるだけだよ。でも気にされているからそれ言わないであげてね」

 エールはあのファッションセンスを理解できる男の人がいるのだろうか、と首を傾げた。

「服で分かりづらいけどド貧乳だし、厳しんじゃね?」

 エールはこの場にいない千鶴子に代わって長田君を叩き割った。

 



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次の冒険へ

「ゼスの飯、豪華で美味かったな。ザワッスとか初めて食べたけど見た目と違って辛くないのな」

 長田君の言う通りゼスで人気の料理や名産がバイキング形式で並べられた豪華な夕食にエールも大満足であった。

 食事の後、エールと長田君にあてがわれた部屋に集まって話をしている。

「エール、お前は女なんだからもうちょっと落ち着いて食え」

 ザンスが呆れながらそう言った。

「でも楽しかったでござるよ」

 夕食の間、スシヌは様々なゼスの料理を嬉しそうにエール達に紹介して回った。

 それを聞きながら次から次に皿に取ったせいで急いで食べることになっただけ、とエールは言い訳をする。

 

「でもこれでやっと落ち着いた感じがするな! エール、明日からどうしよっか? やっぱゼスでもちょっと冒険したいよな~」

 長田君が話を切り替えながら嬉しそうに地図を広げる。

 冒険をするならどこかいい場所はあるだろうか、とエールも地図を眺めると長田君が色々と指をさし始める。

「ゼスは有名な場所が色々あるんだよな。まずは廃棄迷宮、場所はゼス北東にあるノクタン鉱山の近くだって」

「ゴミ捨て場なんか見て何が楽しいんだよ。なんか捨てるもんでもあんのか?」

 脇でそれを聞いていたザンスが口を挟む。

「ここって地獄の底に繋がっててそこに捨てたものは二度と戻らないっていう有名な場所だから見てみたいんだよな。そうだ!ここなら魔血魂捨てられんじゃね?」

 そう言って長田君はエールを見るが、エールにとってこのハニー魔人の魔血魂は大事な切り札でありゴミでもなければ要らない物でもない。

「……俺はもうやらないからな?」

 捨てるぐらいならお母さんに頼んで封印してもらうよ、とエールは目を逸らしながら答えた。

 

 長田君はゼスの観光案内のような紙も取り出してめぼしいものを挙げ始めた。

 

「ゼスのずーっと南に遊園地があるんだって。昔は奴隷観察場っていう趣味の悪い施設だったところを改心した持ち主が作り直したとか何とか」

「Mランドのがでけーんだからそっち行きゃいいだろうが」

 

「あとはゼス西を端から端まで魔物界と隔てるマジノラインも有名で―」

「そこはもう行っただろうが。魔物界まで行った時、お前ビビりまくってたよな」

 

「そういやロッキーさんてゼスにいるんだっけ。会いに行ければいいなって」

「場所分かんのか?」

 

「ゼス王立博物館っていう世界最大級の博物館があるって」

「ここから歩いてすぐの場所にあんだから今すぐ行ってこい。冒険って名目から離れてんじゃねーか」

 

「ムキー!お前、さっきから何なんだよー!大体、ここは俺とエールの部屋だぞ!」

 いちいち文句をつけるザンスにキレるように長田君が声を上げた。

「まあまあ、主君殿がリーダーなんだからしょうがないでござる」

「エールがリーダーだったのは前の話だろうが」

 前の冒険の名残もあって、エールの部屋は自然とたまり場にされていた。

 ザンスも冒険に一緒に行く?エールが何となく誘う様に尋ねてみる。

「……行くわけねーだろ。俺様を誰だと思ってんだ」

 エールの言葉に一瞬悩んだが、すぐにそう返した。

「ゼスに恩も売れたことだしあとはリーザスに帰るだけだ。エール、お前も法王にちゃんと俺様に助けられたこと伝えておけよ」

 自分は助けられたがそれはAL教には関係のない話、とエールは首を振りながら言った。

「ならお前が個人的に借りを返せ」

 兄弟間で貸し借りは無し、とエールが手でバツ印を作りながら言うとその頭がポカリと叩かれた。

「ザンスはいいとして、ウズメはこれからどうする?せっかくだし俺等と一緒に冒険行かね?」

「楽しそうでござるな。でもウズメはちょっと用事が―」

 

<コンコン>

 

 エール達が話し合っているところに部屋のドアがノックされる音が響く。

「エールちゃん、お邪魔します……って、みんなここにいたんだ」

 声をかけるとガチャリと扉が開いてスシヌが入ってきた。

「いて悪いか」

 さらにスシヌの後にはマジックが部屋に入ってくる。

「あっ、マジック女王まで? 夕食、美味かったっす!」

 長田君がお礼を言うとエールも大きく頷いて感謝の言葉を述べる。

「そう、喜んでもらえたなら良かったわ」

「リーザスの食事ほどじゃねーけどな」

 少し顔をほころばせたマジックだったが、ザンスの顔を見て無意識なのか眉をひそめた。

「……なんでみんなここにいるのかしら。エールちゃん達にこれから相談したいことがあったのだけど、ザンス君達に気を利かせてと言っても出て行かないわよね」

「聞かれちゃいけないような話でござるか?」

「だったら尚更出て行かねーぞ」

「別に聞かれて困ることではありません」

 マジックは溜息をつくが、そのまま話を進める。

「冒険者としてエールちゃんにお仕事の依頼をしにきました」

 自分への依頼と聞いてエールは気を引き締めてマジックに向き直った。

「スシヌがかけられた呪いですが、調べたところやはりゼスではどうにも出来そうもありません。これを解呪出来るのは呪術のエキスパートであるシャングリラのパステル女王だけでしょう。そこでウルザと相談したのだけれど……エールちゃんにはスシヌをシャングリラまで送り届けて欲しいのです」

 

「お、おぉー…一国の王女の護衛とかすっげー依頼。一流って感じ?」

 長田君が何やら感激しているが、エールからすれば自分から話したことである。

「王女の護衛とかそんなに仰々しいものじゃなくて、エールちゃんの冒険にスシヌを付いて行かせて欲しいの」

 マジックの言葉を補足したパセリに、エールは首を傾げた。

「スシヌをエールの冒険にってどういうことだ?うし車でも使ってささっと行ってくりゃいい話だろ」

 そう言ったザンスの言葉に頷きながら、エールは何故一緒に冒険するのか説明して欲しいとマジックに尋ねた。

「スシヌがハニワの里に行ってとても心配していたのだけど、帰ってきてみれば魔法制御も上手くなって少し自信をつけたみたいなの。前の魔王討伐の旅の時のように、実践に勝る経験はなかったのでしょうね」

 

 マジックはスシヌが魔王討伐の旅から帰って来た時を思い出した。

 部屋に引きこもりがちで自信がなさそうにしていたスシヌは、母親である自分や四天王から見て驚くほどに立派になって戻ってきた。

 ゼスどころか世界でも有数の実力を身につけ自信がついたのだろう。表情も明るくなり、おどおどしていた雰囲気は無くなり堂々とした姿に見せるようになったスシヌをマジックは正式にゼスの女王にすると父であるガンジーが眠る先祖代々の墓の前で決意した。

 しかし、結局そのプレッシャーがスシヌへの大きなストレスになってしまい、また引きこもりがちにさせてしまったのだ。マジックは母親としてパセリの事を軽率と言えないほど大いに反省していた。

 

「思えばあれから帰ってきて以来、スシヌにはほとんど首都にいて貰って外に出していませんでした。これは良くない事です。スシヌには将来、ゼスを継ぐものとして見聞を広める必要があるのだから」

「マジックも昔はランスさんの冒険についていって色んな所を回ったそうね」

 マジックはまだ王女であり、ゼス四天王であった頃にランスについて世界を回った経験がある。

 色々な国で色々な身分の人間と関わることは自身を大きく成長させたはずだ。

「マジックも今は立派な女王様だけど昔は結構やんちゃだったんだって」

「見聞とか、ゼスは俺様が継ぐからスシヌがんなことする必要はないぞ」

「パセリ様もザンス君も黙ってて」

 

「本当を言えば私はスシヌを外に出すのは心配です。でもスシヌにはどちらにしろシャングリラに行って貰う必要があるし、エールちゃんは世界を冒険者して回っているというから良い機会でしょう。それにエールちゃんがシャングリラでパステル女王と交渉もしてくれるとウルザから聞きました。ここはその言葉に甘えることにします」

 マジックは少し優しげな表情でエールを見た。

 母親であるクルックーは掴みどころがなく何を考えているか読めない人間であったがその娘のエールは多少変な所はありそうだが基本は心優しい女の子だと思っている。

「エールちゃんなら実力もあるし、スシヌも心を許しているし安心出来るからね。もちろんお忍びという形で、護衛もしっかりお願いします」

「こいつ、抜けてるとこあるぞ。実際、白陶器に一緒に捕まったじゃねーか」

「それでもエールちゃんは助けに来てくれたよ。たった一人でも迎えに来てくれて…私の事、心配してくれて庇ってくれたんだ」

「本当はスシヌがどうしてもエールちゃんともうちょっと一緒に居たいんだって聞かなかったのよね」

「おばあちゃん!」

 スシヌは少し顔を赤くしながら焦っている。

 

「もちろん十分な依頼料も出します。引き受けてもらえないかしら?」

「私は冒険に慣れてるわけじゃないけど、それでもエールちゃんの足を引っ張らないように頑張るから」

 エールは考えるまでもなく、胸をポンと叩いて任せて下さいと快諾した。

 それと同時に姉を届けるのを仕事にしたくないので依頼料はいらない、と返事をする。

「ちょ、エール、そこは受け取っておけよー…俺達、そんなに手持ちないんだって話したじゃん」

 ぼそぼそと話しかけられつつ長田君が袖を引っ張るが、エールは首を振った。

 元々スシヌが呪いをかけられたのだって自分がハニーキングを再起不能にするか、逃げられていなければいれば起こらなかったことだ。ハニーキングに捕まってゼスの人達に心配をかけてしまったお詫びもある。これは名誉挽回の機会だ、とエールは気合を入れる。

「お前、変な所で頭固いよな」

 スシヌが旅の仲間になってくれれば心強いしきっと楽しい冒険になる、と笑みを浮かべて手を差し出した。

「えへへ…エールちゃんに長田君。しばらくの間よろしくお願いしますっ」

 スシヌは胸をどきどきと高鳴らせながらも笑顔でその手を取った。

「スシヌ、良かったわね。もちろん私も一緒に行くから子孫共々よろしく~」

「別に依頼料も遠慮しなくていいのに」

 ならば依頼料の代わりではないが冒険の準備だけゼスの支援が欲しい、とエールはマジックに頼んでみる。

「ええ、スシヌの冒険の準備もあるからもちろん支援させてもらうわ。エールちゃんに渡すはずだった依頼料はスシヌに全て預けます。途中で入用になったらそこから出してね」

 笑うスシヌにエールや長田君が笑顔を返すのを、マジックも微笑ましく見ていた。

 

「コラ、俺様を無視して話を進めてんじゃねぇぞ」

 その雰囲気に水を差すように、なぜか長田君を蹴り飛ばしながらザンスが口を挟んできた。

 

「そうそう、ザンス君には明日リーザスへのうし車を用意させます。良ければウズメちゃんもそれに乗って…」

「いーや、俺様もエール達と一緒に冒険とやらに行ってやるわ」

 ザンスから出た言葉にエール達は驚いた。

「はい?ザンスもくんの? さっきは行くわけねーとか言った癖に?」

 長田君は蹴り割られた。

「お前らだけじゃどっかで取っ捕まるかもしれねーしな。俺の女共に何かあったら面倒だ。世界最強の俺様が一緒に行ってやるんだ、ありがたく思え」

「何言ってるの。ザンス君にはリーザス将軍として仕事があるでしょう?」

「うちの軍は俺様がいないだけで崩れるほどやわじゃない。いつかリーザスになる国を見ておくのも悪くないしな。というわけだ、俺様もついてってやる」

「ま、待ちなさい。女の子のウズメちゃんならともかくザンス君が一緒に行くなんてダメに決まってるでしょう!」

 あくまで上から目線で話すザンスにマジックが語気を荒げる。

「まあまあ、エールちゃんも一緒なんだから」

「エールちゃんだって女の子でしょう!スシヌだって何をされるか分かったもんじゃないわ!」

「そろそろスシヌにもそういう経験が必要だと思うんだけど」

「パセリ様はいい加減にしてください!!」

「そろそろスシヌの処女ぐらい貰ってやっても良いな。エールも混ぜて三人でってのもいいな」

「おま、なんてこと言うんだー!」

「な、何言ってるのザンスちゃん!」

「兄上殿のえっち…」

「じょ、冗談でも言っていい事と悪い事があるわ!」

 冗談でもないと続けるザンスにマジックが掴みかからんばかりに怒り始めスシヌやウズメがそれを止めてパセリは笑っている。部屋は騒然となった。

「エールさん、私もザンスさんの同行は反対です。リーザスでエールさんがされたことを思えば危険かと」

 今まで黙っていた日光も周りに聞こえないように小さくエールに話しかける。

 目の前の喧騒を見つつ、エールは何かを考えるように目を閉じた。

 

<パン!>

 

 そして大きく手を叩くと、辺りは一瞬静まり返って全員が驚いてエールを見た。

 エールが出した結論はシンプルだった。ザンスにそんな度胸あるはずない。

 

 エールがそう言うとすかさずその頭に拳が飛んで来るが、いつもと違ってエールはその拳をぱしっと止めて受け流した。 

 睨みつけてくるザンスは無視して視線をマジックに移し、スシヌに何かあった時は腹切って詫びます、と日光を突き出しながらエールは堂々と宣言する。

「え…?」

 その言葉にその場にいる全員が驚いて目を見開いた。

「主君殿、本気でござるか?」

 護衛を任されたのだのだからそれぐらいは当然。もちろんその時は刺し違えてでもざくっとやる、と言いながらザンスの目をまっすぐに見つめた。

「だ、ダメよ。エールちゃんはAL教法王の娘なんだし、スシヌの妹なんだからそんなこと―」

「ここでザンスちゃんの我儘聞いてあげればリア女王に好き勝手言われることもないんじゃない?」

「誰が我儘だ。むしろ感謝するとこだろうが」

 

 変な事をするなら連れていかない、とエールがいつもの笑みを消してザンスの目を射貫く様に見つめる。

「なんで俺様がお前の言う事なんぞ聞かなきゃなんねーんだ」

 冒険に連れていくかの判断は依頼を任された冒険者であり、リーダーである自分が決めること。一緒に行くのか行きたくないのか、エールはザンスに尋ねた。

 

「ちっ……からかってやっただけだ。誰がお前らみたいな色気のないの相手にするか」

 エールの強い視線に目を逸らしながらザンスは答えの代わりにそう吐き捨てた。

 

 エールはほっとした後マジックを見て、スシヌは必ず守りますと頭を下げる。 

「え、エールちゃんがそこまで言うなら大丈夫かしら……」

「エールちゃんがここまで言ってくれてるんだから大丈夫よ~」

 パセリがマジックの言葉を反復するように説得している。

 

 エールはウズメも一緒に行く?と誘ってみる。

「もちろんウズメも行くでござーる、と言いたいのはやまやまなんでござるが母上殿から頼まれたお使いがあるので今すぐ一緒に行けない…」

 ウズメはにゃんにゃんの耳のような髪をぺたんとさせる。

「ウズメちゃんのお使いって?」

「ちょっと魔物界方面に用事が。母上殿は魔王がいなくなった後の魔物の動向は知っておくべきだとホーネット殿とも連絡を取ってるんでござるよ。ウズメその連絡係を任されたのでござる」

 今度は重要な任務を任されたと言うのが誇らしいのか薄い胸を張った。

「ならリズナさん達と一緒に行けばよかったんじゃねーの?」

「いやいや、会うのは魔人の使徒殿でマジノラインに秘密の情報受け渡し場所が……っとこれ以上はさすがに話せないでござるね」

 機密でござる、と口元に指でバッテンを作った。

「そう…ゼスでももちろん注意してるけれど魔王という統率者が居なくなってどう動くかわからないものね。元々ランスは魔王としての統率とか全くしてなかったからそう変わっていないはずだけど、魔人が魔人じゃなくなったことで反発する過激派が増えることが予想されているわ。あれから一年、今はまだ動きはないけれど……」

「母上殿もそれが気がかりなんでござるね、きっと。母上殿は厳しい方でござるが人間界の平和のため魔物界にもバッチリ気を配っているんでござる」

 エール達は感心しながら聞いていた。

 しかしその中で、ランスとよく一緒に居たことでその実力は良く知っているマジックだけが別なことを考えていた。

 きっと誰かの入れ知恵だ、と考えながら思い浮かんだのはもちろんリーザスの女王である。

「それは置いておいて。主君殿達はシャングリラまで冒険に行くんでござるね?」

 エールは頷いた。

「なら魔物界行って戻って、自由都市にいる母上殿に報告したら急いでシャングリラに向かうでござる。ウズメも主君殿と一緒にいたいゆえ、そこで待っててほしいでござるよ」

 その聞くとかなり忙しく大変な道のりのように思えるがウズメにとってはそう大変な事でもないらしい。

「おいウズメ、ついでにリーザス行ってこれ母さんに届けろ。俺は戻るの少し遅くなるってな」

「ういうい、了解でござる」

「ちょっと、礼状をそんな軽々しく渡して…」

 マジックはそこまで言ってまたため息をついた。

 

「んー…ってことは目的地はシャングリラ。俺とエールとスシヌとザンス、あとパセリさんもか。ワイワイ行くってことだよな」

 楽しくなりそうだね、エールは満面の笑みを長田君に向けた。

 

………

……

 

 次の日、エールがゼスの支援で冒険の準備をしているとウルザが中に入ってきた。

 

「エールさん、これが例の地図です。必要ないと思いますが紹介状も用意しましたよ」

 エールは覚えがなく首をひねっていると、長田君がひょいっと顔を出した。

「ゼスにいるって言うロッキーさんの居る所わかんねーからさ。スシヌに聞いてみたんだよ」

 その情報をウルザが持ってきてくれたらしい。

 長田君は気が利くね、とエールは感心しながらその頭を撫でる。

「ここにあるのは私の古くからの友人、キムチが院長をやっている孤児院です。ここはロッキーさんにとっては家のような場所でして、もし外に出ていないのであればこちらにいるのではないかと」

「まぁ、ロッキーさん冒険者だしな。会えないかもしれないけど一応行ってみようぜ」

 エールはウルザに礼を言った。

 ロッキーには魔王討伐の旅を陰で支えて貰い本当に世話になった。

 昔ランスの召使だったという事でその子供である自分の事を敬ってくれているが、エールもまた冒険者の先輩としても大いに尊敬している人である。

 兄弟ではないが会いたい人物の一人だった。

 

 冒険の準備は万端。魔法大国というだけあって魔法アイテムを色々と融通してくれたのが嬉しい所である。

「んでは、ウズメは先に出発するでござる。次はシャングリラで―」

 ウズメは先がけて首都を旅立った。

 さっぱりしているがウズメは天才的な才能を持っている。心配はいらないだろう。

 

 エール達の見送りにはマジック女王とウルザが顔を出していた。アニスもいたのだが、千鶴子に引っ張られて引っ込まされている。

 

「絶対に無茶はせず、出来るだけ目立たないようにね。エールちゃんにしっかりついて行くのよ」

「うん、行ってきます!」

 スシヌがニコニコとしながら答えるのをマジックは心配そうに見つめる。

「エールちゃん、くれぐれもスシヌの事を頼みます。ザンス君はスシヌに手を出さないように。エールちゃんにもね」

「知ったことか」

 エールはザンスの脛に軽く蹴りを入れながらしっかり見張っています、と答える。

 そしてマジック女王やウルザにしっかりと世話になった礼を言いつつ頭を下げた。

「是非、またいらしてください。その時はサクラ&パスタで食事が出来るよう取り計らいますから」

「おっ、やったぜ!また来ような、エール!」

「マジックもスシヌがいないからって心配しすぎないようにね。ウルザさん、マジックをよろしく頼みます」

 

 本日は晴天、冒険日和。

 エール一行はゼス首都マジックを出発した。

 

「……私、過保護なのかしら。すごく心配だわ」

「精神感応等の対策準備もしっかりしましたし、彼らはレベルなら世界でもトップレベルですよ。そう簡単に手を出す者もいないでしょう」

「スシヌが変な意味で手を出されないか心配なのよ」

「それはエールさんがスシヌ王女を守ってくれるよう信じましょう。これはスシヌ王女たっての願いなのですから」

 

 マジックがスシヌからエールと冒険に行きたい、外を見に行きたいと言い出した時には驚き最初は反対した。

 スシヌは昔から聞き分けの良い素直な子供で反対すればすぐに引き下がるのだが、今回はどうしてもと譲らなかったのだ。

 

「昔のマジック様を思い出しますね。ランスさんからの要請でマジック様がJAPANにいらした時は驚いたものです」

「あ、あれは予定が変わっただけだったの。 親父が女装して向かうとか言い出してそっちの方がまずかったんだから」

「…思い返せばあれも良い経験でしたね。私達のようにスシヌ王女が存分に見聞を広めてくれることに期待しましょう」

 

 二人は青い空を見上げながら未来のゼス女王の旅の幸運を祈った。

 



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番外編・スシヌと母と祖父の話

「ママ、お墓のお手入れすんだよ」

「ご苦労様、スシヌ」

 

 ゼス王家の秘密の墓所、首都内にも魔人戦争の慰霊碑があるがそことは違う都会の喧騒から外れた静かな場所にそれはある。

 そこにはスシヌの祖母、そして前王だった祖父であるラグナロックアーク・スーパー・ガンジーが眠っているのだそうだ。

 そこへマジック母娘はそっと手を合わせる。

 

(おじいちゃん、か…)

 生前に会うことは出来なかったが、正義に燃え常に前線に立ちゼスの腐敗と戦い…王宮で働く全ての人、多くのゼス国民から慕われていたガンジー王の話は色々と聞いている。

 

 昔、スシヌが生まれる前の話。ゼスは魔法使いと魔法が使えない者で大きな差別があったという。

 魔法使いは魔法を使えない者を奴隷のように扱っていたらしく、今のように政治に魔法を使えない者達が多く関わる等当時は考えられないことだったそうだ。

 その差別がきっかけとなりテロと暴動が発生、そこを魔人に襲撃され王都は陥落。ゼス存亡の危機に陥った「カミーラダーク」は歴史の教科書にも載っている。

 

 今でもそういう差別がうっすらと残っているのも知っているし、魔法使いの復権をもくろむ人間がかの東ヘルマンと組んでゼスで反乱を起こしたこともあった。

 スシヌは自分が今から4年前、魔法使いに攫われ血を入れ替える儀式をされそうになった事件も根本は魔法使いの復権を目指す者達のせいだと聞いたことがある。

 

 …そういえば魔王城でカミーラという魔人がいた。

 教科書通りの美しい姿をしていたが、どこか疲れたような全てを諦めたような表情で姉であるリセットが優しく話しかけていた事もあり恐ろしいとは思えなかった。

 きっと魔人にも色々あるのだろう。

 

「私も会ってみたかったわ。スシヌのお爺ちゃんに」

 ふわふわと浮かんだ幽霊、ゼスの建国王パセリも共に手を合わせながら呟いた。

 祖父は魔法使いで王族という高い地位にありながら、この差別を良しとせず差別や魔法貴族、ゼス上層部の腐敗と戦っていたそうだ。

 

 四天王や四将軍、既に亡くなっているあの雷軍のカバッハーン将軍ですら一目置いていたという偉大な祖父。

 魔法使いではないウルザが話すときは感謝を含ませ、共にゼスの上層部の腐敗と戦ったという千鶴子が話すときは愛おしそうな響きがある祖父。何でも千鶴子が結婚しないのもガンジー王が忘れられないからだと師匠であるアニスが話していた。その後に、だからすっかり行き遅れてしまったと続け、お仕置きを食らっていたが。

 さらに男に興味がないあのスシヌの父と二人で酒を酌み交わすほどの仲でもあったと聞いている。

 

(みんな覚えてて、みんな口を揃えて言うの。ガンジー王はすごい立派な人だったって)

 スシヌにとって祖父は誇りだった。

 

 しかし残念なことにスシヌはそんな偉大だった祖父の事をほとんど覚えていない。

 ガンジー王が亡くなったのは、魔人戦争での事。その頃、スシヌはまだ赤ん坊だった。

 他国を上回る80万という魔物の大軍勢を引き連れゼスを襲ってきた魔人メディウサに、ガンジーとその護衛だった二人は惨殺されたのだという。そのあまりに惨たらしい光景はゼス国中に放映され、15年と言う時が流れてなおゼス国民の心に深い爪跡を残しているのだそうだ。

 

 スシヌはそれを見ていないが、それを聞いてガンジーの事をマジックに聞くことも出来なかった。

 スシヌが祖父の事を考えていると母であるマジックが小さく身震いをする。

「ママ、大丈夫?」

 そう言ってマジックをのぞき込む。

 毎年、墓参りに来るたびに普段は立派な女王で弱みを見せないマジックは沈痛な面持ちで肩を震わせる。

 その姿を見るのは辛く、王族の義務と知りながらスシヌはこの墓参りが好きではなかった。

 

 しかし今回は違う。

 

「大丈夫よ。今日はスシヌが、親父の孫が魔王を倒したんだって最高の報告をしにきたんだからね。親父も向こうで泣きながら喜んでるわ」

 そう言ってマジックが笑顔を浮かべている。

 いつも疲れた顔をしていたマジックが浮かべる心からの笑みに、スシヌもつられるように笑った。

 

「魔王討伐に行くなんて事になって本当はすごく心配だった。捕まったとか、クエルプランに飲み込まれたとか聞いたときは身を切られるような思いがした……でもあなたは見事にやり遂げた。本当に自慢の娘だわ」

 頭を優しく撫でられると、スシヌは誇らしい気持ちになった。

「私がやったわけじゃないよ。お兄ちゃんにお姉ちゃんに、それに……」

 

 頭に浮かんだのは引きこもっていた自分に手を伸ばしてくれた妹の姿である。

 裸になるのが恥ずかしくなかったり、自分の頭にあんまんを乗せてきたり、空気が読めない発言を言ったり、突然冗談を言ったりと予想がつかない行動をとることも多いが、剣や魔法を巧みに扱うその実力、魔王討伐隊という自分達魔王の子達を率いた頼りになるリーダー。

 魔人や魔王にも臆さず、負けても挫けずに諦めないという気持ち教えてくれて頼めば優しく手を伸ばしてくれた人。

 その姿を思いだすとなぜか顔が紅潮するのを感じる。

 

「スシヌの気になる人のおかげよね~」

 パセリが目を輝かせながら言うと、マジックが驚いた表情になった。

「なっ! あなたまさかリーザスの……」

「ザンスちゃんじゃないよ!?」

 スシヌは思わずそう言ってしまい、顔を真っ赤にした。

 幼馴染であるザンスの事が気になってたのは事実で少し前まではいつかお嫁さんになるとすら思っていたのだが、今は普通に友人だという認識以上の感情が沸いていない気がする。

「ふふふ、他に気になる人が出来ちゃったのよね~」

「コホン。 いつかスシヌにもそういう日が来るって思ってたけど、相手はどんな人?魔王の子の中だと乱義くんかしら。恋人がいるダークランスくんや話の通じなさそうな元就くんってことはないと思うけど…」

 きゃーきゃーとはしゃぐパセリを見てマジックは驚くが軽く咳ばらいをして冷静に言う。

 スシヌは首を振った。

「冒険の最中に会った人って線もあるかしら。詳しくは聞かないけれどその人にはあなたと一緒にゼスを継いで欲しい… ううん、せめて私と同じ轍は踏まないで欲しいぐらいかしらね。ちゃんとあなたを愛してくれる人を選ぶのよ。ランスに似た人なんて絶対認めませんからね」

 

 あちこちに女性を作っている父に比べればどんな人でも大抵は認められるんじゃないか、とスシヌは思っているがマジックに気になる子の事を話したらどう言うだろうか。

 男の子だったらその強さに才能、リーダーシップ、法王の子と言う身分もあってもろ手を挙げて歓迎してくれとても応援してくれたような気がするのだが……相手はどんなに凄い人物でも女の子である。

 きっと反対されるだろう。そもそも女の子を好きになってしまった自分はおかしいんじゃないかとスシヌはとても悩んでいる。

(でももし男の子だったら頼りになるリセットお姉ちゃんとか、スタイルの良い深根ちゃんとかいるから。みんな可愛いし、私なんか相手にしてもらえない…)

 スシヌは色々と考えて何故か勝手に落ち込んでしまっている。

 

「で、でもママはパパのこと大好きなんでしょ?」

 スシヌはそんな考えを吹き飛ばし、誤魔化すようにマジックに聞いてみる。

「うんうん、マジックはランスさん一筋だものね。やっぱり愛があるのが一番よ」

 スシヌとパセリの言葉に今度はマジックが顔を赤くしている。

 

 魔王になって、世界で恐れられ忌み嫌われる存在になってもマジックは変わらずランスの事を愛し続けている。

 王族なのだから、もっと子供をと再婚を勧められることもあったはずだがガンとしてマジックはそれを断っていた。

 スシヌは父の事を覚えておらず話したこともなく、知っているのは魔王である父が各国で暴れているということだけだったが、マジックが父一筋なのを素直に嬉しい事と思っていたし、自分が父と初めて会った時、マジックの子だとすぐに分かって貰えてさらに「とても可愛い」と言ってくれたのも嬉しかった。

 父はまたすぐにどこかにいなくなってしまったが、母に会って欲しかったし、自分も話したいことがあったと思っている。

 

「そ、それはそうだけど! 私がそのせいで苦労したんだからスシヌが結婚するのは側にいて支えてくれるような人が良いって言いたいんです」

「ランスさんはいっぱい愛のある人だったものね。でも私にはその気持ち分かるなぁ、ハーレムっていうか恋人がいっぱいいるのも良いものよ。逆にその中の一人になっても……」

「分からないでください! あとスシヌに変な事教えるのはやめて下さい!」

 

 マジックはいつも通り恋愛関係にやたら積極的なご先祖様に語気を強めたが、パセリの方はどこ吹く風できゃーきゃーと騒いでいる。

 ザンスがスシヌを正室にと言っているのだが、つまりそれは側室も作るという事だ。

 スシヌも女性として愛されるなら自分だけを好きになってくれる男性が良く、ロマンチックな恋にも憧れている。

 そういえばザンスはスシヌの憧れの妹にも俺の女になれと迫っていたようだ。

 

(もしかして二人でザンスちゃんのお嫁さんになったらずっと一緒に居られるんじゃ…?)

 

 祖母の影響なのか、スシヌがそんな少女漫画からはるかに外れた斜め上の考えを思い浮かべているとマジックがスシヌに改めて向き直った。

 

「と、とにかくスシヌも自信をつけてきたようだし、これからはいつか私の後を継げるように更に頑張って貰わないとね」

 

 スシヌはその言葉に驚いて目を大きく開いた。

 今までマジックがはっきりと自分に「後を継いでほしい」と言った事はなかった。

 それは自分の歳の頃には既に四天王であり、学校でも主席だったという優秀な母がとうとう自分を認めてくれた言葉だった。

 

「う、うん! 頑張る!」

 スシヌはパセリが宿っている杖をぎゅっと握って気合を入れた。

 思わずはしゃぎたい気持ちになったが、代わりに満面の笑みを浮かべてマジックを見る。

「気になる人にも振り向いてもらえるように頑張らなくっちゃね」

「スシヌの気になる子か……せめて将軍の、クラウン家の子ぐらいしっかりした子であって欲しいわ」

「スシヌは年下OKだものね。恋人いっぱい作っても良いのよ?」

「おばあちゃん、何言ってるの!」

 スシヌがパセリの言葉に焦り、それにまたマジックが怒りつつ、三人は少し騒がしく墓所を後にする。

 

(じゃぁね、おじいちゃん。また来年)

 スシヌは小さく手を振ると、姿も覚えていない祖父が感動の涙を流しながら自分を見送ってくれているような気がした。

 その傍らには母が小さい頃亡くしたという緑の髪をした祖母、そしてJAPANの服を着た黒髪の女性もいるような気がする。

 

 来年もまた誇らしい気持ちでここに来たい。

 いや、来年だけではなくこの先ずっともう愛する母に暗い表情をさせないようにしたい。

 

 いつか四天王になれるように政治の勉強も頑張ろう。

 新しい魔法を作ったり自分の絶大な魔力をきちんと制御して、魔法の勉強ももっと頑張ろう。

 もっともっと修練を積んで自分が生まれたこの国、ゼスの人々の為に役に立てる存在になろう。

 

 スシヌは青い空を見上げながら気合を入れた。

 

 …この気合が空回りしてしまい、スシヌはその後また色々あって自信を無くしてしまうのだが…

 そのおかげで憧れの妹と再会し、また一緒に冒険に出るのはそう遠くない話である。

 




※ エールちゃんの冒険・前日譚 ミニSS「マジック母娘とガンジーの話」の視点変更と加筆を施したもの


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第四章 ゼス・後編
ミラクルのお茶会 1


「いい天気で良かったなー! 冒険日和っつーか、まっ、日頃の行いが良いし?」

 エール達の出発はいつも良い天気で迎えられている。

「偶然だ、偶然」

「お天気悪いと冒険も大変だもんね」

「ゼスは雨はあまり降らないけどちょっと乾燥してるのよね」

 今回の出発はザンスとスシヌ、そしてパセリが居て賑やかだった。

 

「それでエール、最終目的地はシャングリラなわけだけどどうやって行く?ゼスだとキナニ砂漠の境界にサバサバって町があってそこからシャングリラへ行ける道路が伸びてるんだって」

「んなもん、出発前に決めとけよ」

「えっと、安全な道だと東へ行ってイタリア経由で北へ行くか、すぐに北に行ってパフィモード経由かどっちかかな?」

 ザンスは呆れたがスシヌはそれを聞いていくつかルートを提案する。

 しかしエールはまず首都から少し南下してゼス中央にある森に行く、と言った。

「あっ、先に回らなきゃいけなかったか」

「カイゼンの方になるのかな。そんなに遠くはないけどシャングリラとは逆方向だよ?」

 エールはウルザから貰ったアイスフレーム孤児院と書いてある地図を見せた。

「エールがその孤児院なんかに何の用があるんだよ?」

「ロッキーさんの出身地っていうか家みたいな、なんかそういうのなんだって。世話になったし、挨拶ぐらいはしておかねーとな」

「めんどくせぇ」

「リーダーはエールなんだからエールが決めたところに行くの!」

 言い合っているとザンスは何かに気が付いたようにはっとした表情になった。

「待てよ。そういや俺、ロッキーに闘神都市で金貸してたままじゃねーか。取り立てに行くかー」

 それを聞いてエールは心の中でロッキーに謝った。

 

 アイスフレーム孤児院に向かう道中、スシヌはずっと上機嫌だった。

「スシヌってばすごい嬉しそうね。なんてったって憧れの冒険だもんね、冒険」

「これぐらい前もやってただろ」

「前の時はお姉ちゃんやお兄ちゃん達もみんな一緒で賑やかで楽しかったけど、魔王討伐の旅…パパを正気に戻すのが目的で危ない事もいっぱいあったから。それに私達が失敗したらって言う緊張感も凄くて」

「人類の存亡をかけた戦いだったんだよな。俺達って魔王を倒した英雄なんだよな!すごくね?」

「お前が何の役に立ったってんだ。まっ、俺様にかかればあんなん楽勝だったけどな」

 終わってみればあの旅も楽しかった、とエールは思い出しながらしみじみと呟いた。

 

「もうみんな魔人とか魔王に怯えなくて済むんだ。頑張って良かったよね」

 スシヌはほわほわと笑っているがそこにザンスがくぎを刺すように言った。

「気は抜きすぎんなよ。今回は目立たないようにはしてるとはいえ、東ヘルマンの連中がどこにいるか、いつどこで俺達を狙ってくる奴が出るか分かったもんじゃねーからな」

 リーザスでも反乱や暴動を裏で扇動していると思われている東ヘルマンは脅威ではないがザンスにとって非常に鬱陶しい存在だった。

 人間の国家が相手だとただぶちのめせば解決するというほど単純ではなく、ある意味で魔人や魔王よりも厄介な存在である。

「ザンスちゃんが心配してるのってそのこと?」

 スシヌが言う通りザンスはその事でボク達を心配してついて来てくれたのだろうか、とザンスの顔を覗き込む。

「お前らがヘマして俺に捧げる用の処女が破られたら困るからな」

「しょ、処女って…!」

 ザンスがそんなことを言ったのでスシヌが真っ赤になった。

「お前、もうマジック女王とエールが言った事忘れてるだろ!」

「その心配も今すぐにでも俺に素直に抱かれればなくなるけどな」

 笑っているザンスに長田君が抗議をする。

「もー、ザンスちゃん。だからこういう時は二人が心配だからって言ってきゅんってさせる場面なんだって」

 パセリがザンスを諭す様に言った。

 

 その会話を聞きながらエールは実際にヘルマンで危なかったことを思い出した。

 もしあの時あのまま犯されていたら、ザンスに抱かれてた方がマシだったと思っただろうか。

「エールも心配いらないようにしてやろうか?」

 ふざけた様子のザンスにエールは考えておく、と返すとザンスの方が言葉に詰まった。

「あら、エールちゃんってけっこう積極的なのね。スシヌの方がお姉さんなのに」

「ダメだからね!そんなこと!」

 

……… 

 

 そんな他愛もない会話をしつつエール一行は首都を囲むように建っている弾倉の塔を通りがかった。

 ハニワの里からも見えていた首都を囲むようにたっている塔で、目的地はここからさらに南東である。

「そーいや、この塔って四本あるんだっけ?なんか意味あんの?」

「王者の塔、日曜の塔、跳躍の塔、弾倉の塔。合わせて四天王の塔って言うの。ゼスに何かあった時はこれで結界を張ったりできるんだって」

「首都結界ね。どんな仕組みなんだ?」

「は、話せないよ。元々、四天王になった時に初めて詳しく説明されるらしいから私もそこまで詳しくは知らないけど」

「役に立たねぇな」

 ザンスがさりげなくゼスの機密を聞き出そうとしている。

 エールはスシヌは将軍や四天王にならないの?と何となく尋ねてみた。

「四将軍と四天王は完全な実力主義だから私じゃまだまだ……」

「いやいやいや! それなら尚更スシヌがダメってありえないだろ?」

 魔法LV3という破格の才能、人類全体でもトップクラスの高いレベルを持つスシヌであれば四天王だろうが四将軍になろうが文句をつける者などいないのではないだろうか。

「まず四将軍は軍で経験を積んでからだね。それで実力とか指揮とか人望とかを見られて有望な人が前の将軍に推挙されて選ばれるの。強いだけじゃダメなんだ」

「そりゃそうだ。何の経験もなしでいきなり大部隊の指揮とかできるわけねーだろが」

 リーザスの赤の軍将軍の言葉なのだからそういうものなのだろう、将軍に勧誘されているがエールは軍隊はやはり面倒くさそうだと思った。

 

「前任の人が優秀過ぎると大変らしくてゼス雷軍将軍のカバッハーンお爺ちゃんが亡くなってから、雷軍の、その、後任がまだ…」

「副将軍に臨時将軍がいるぐらいで実質雷軍は将軍無し状態、もう何年だったか。四将軍職に穴が開くとかゼス軍人材不足すぎんだろ」

「そ、そんなことはないよ。雷帝様が他の将軍さん達や教えを受けたお弟子さん達からすごく尊敬されてて慕われていたから、その後なんて継げないって皆が言ってるだけ。ママはそのうち落ち着くからって言っていたけど」

 聞いたことないがその人はどんな人だったのだろうか、とエールが聞くと知らないということに全員が驚いた顔でエールを見る。

「ハニーである俺ですら、雷帝の名前ぐらいは知ってるぞ!?」

「厳しいけど優しいお爺ちゃんだったよ。私の魔法LVが高いのをすぐに見抜いて魔法力が強力すぎるのを心配してくれてた」

「…やたら迫力のある雷ジジイ。ビシビシ雷打ってきやがって」

「ザンスちゃんが双葉ちゃんたちに意地悪しようとするからでしょ。あとね、ホムンクルスの作製に成功していて魔法科学の分野でも一流だったんだ」

 エールが雷と聞いて思い出すのは魔人レイぐらいだが、なんかすごい人だったらしいというのは伝わった。

「そうだ、エールちゃんって電磁結界使えるんだよね?なら、エールちゃんがゼスで将軍になってくれればきっと雷軍の―」

「だからエールはリーザスのもんなんだから勧誘すんな」

 ザンスはスシヌをポコンと叩いた。

「リーザスのもんでもゼスのもんでもないぞ!エールは俺の相棒!」

 人望ある人の後継ぎなんて出来るはずがない、とエールは軽く笑って首を振った。

 

「えっと、四天王だっけ?そっちはどうなん?」 

 ウルザに千鶴子の地位である。政治的に優秀な人がなる役職なのだろう。

「四天王にはまず選抜試験っていうのがあるんだ。政治的な能力とか国営への意欲や政策の論文とか大勢の前で演説したり?そういう審査で適性を調べられて、認められてはじめてなれるの。ママは私の歳の頃はもう四天王だったらしいんだけど……私もいつかは四天王にって思って頑張ってるんだよ」

 スシヌは手に力を込めてそう言った。

 エールはその仕草にスシヌの強い決意を感じて、スシヌなら成れるよと言った。

「えへへ…あっ、そういえばザンスちゃん、雷帝様のところにいた萌ちゃんと双葉ちゃんだけどクラウン家に引き取られて――」

 

「ちょ、何あれ!」

 スシヌが話を続けようとしたところを長田君の言葉が遮った。

 

 

 エール達の進行方向を塞ぐように、道のど真ん中に黒く蠢いている異質な何かが見えた。

 

「うわ、これって異界ゲートだよな?」

「くっそ邪魔なところに作りやがって。あのババア、こっちを監視してやがったな」

 

 道の真ん中にあるので避けていくことも出来ない。近付くとやはり前にゼスに来た時に出会った異界ゲートだった。

「異界ゲートって、これもしかしてミラクルさんの?」

 

『我と再び相見える資格を持つもの達よ。このゲートを潜るが良い……』

 荘厳な口調でそのゲートの奥から語りかけてくる。

 

「よし。俺らは何も見なかった。さっさと進むぞ」

 

 ザンスはゲートからの言葉に応える事無くゲートの横を抜けようとする。

「関わると面倒だからって見なかったってのは無理があるだろ…」

「いーや、あのババアに関わると碌なことがない」

 何より覗かれていたのが不愉快なようだ。

「ミラクルさんには修行でお世話にもなったし挨拶ぐらいは」

 エールはスシヌの言葉に頷いた。

 そして前のように眠らされるなら素直に入った方が賢明だ、と続けるとものすごく嫌そうな顔をしながらザンスは異界ゲートに入って行った。

「先行くなよー!」

 長田君がザンスを追って入っていく。

 ボク達も行こう、エールはそう言いながら万が一を考えてスシヌへ手を差し出した。

「…うん!」

 スシヌがエールの手を握り返し二人は手を繋ぎながらゲートへ足を踏み入れる。

 

………

 

 ――入った先には足場がなく、エール達は落下した。

 

 エールがスシヌを庇いながら落ちると下はふわっとした柔らかい地面だった。

「わわ!大丈夫?エールちゃん!」

 エールはスシヌを上手く受け止めつつ、怪我はない?と聞くが心配はなさそうである。エール達の着地を確認すると地面から徐々に柔らかさが消えて普通のカーペットの床に戻る様に固くなった。

「これも魔法かな。粘着地面の効果に似てる……」

 スシヌが魔法使いらしく分析している。

「おいこらババア! いきなり何しやがる!」

 エール達が体を起こすと怒っているザンスと、その奥に前と同じように大きな玉座に座っている黒いドレス姿の美しい女性が目に入った。

 ザンスの上に落ちただろう長田君は割られて転がっている。

「はっはっは。久しぶりだな!!」

 ザンスの怒りを気にせずエール達に笑いながら挨拶をしたのは最高に上機嫌な様子のミラクル・トーであった。

 

「余の茶会に二度も招かれる幸運を噛みしめながら席に着くといい。これからティータイムだ」

 ザンスの言葉を無視し、上から目線での歓待の言葉がかけられる。

 既に茶会の準備がされており、色とりどりの珍妙な菓子がテーブルいっぱいに広がっていた。

「誰が座るか!」

「余が入り口を開けない限り、戻ることも出来んぞ」

 エールは怒っているザンスを宥めながら席に着く。すると骸骨の手によって目の前に菓子と同じく色とりどりのお茶が運ばれてきた。

 

「っはー!前も思ったけどすっげーなぁ!」

「きゃー、たい焼きがー!」

 エールがスシヌに噛みついているたい焼きを引きはがして自分の口に入れるとなぜかスシヌは顔を真っ赤にしている。

「悪趣味なもんばっか並べやがって」

 文句を言いながらも口に菓子を運んでるザンスにエールはそういえばチルディさんが作ってくれたお菓子は美味しかった、と話してみた。

「あいつ、菓子作りの才能もあるらしいからな。良くアーにせがまれて作らされてるみてーだ」

「チルディ・シャープか。自らが目指しているものと違う才能を嫌がっていたように見えたがやはり母親、娘には甘いようだな」

「あら、ミラクルさんだってミックスちゃんには甘いでしょ?母親ってそういうものよね」

 エールも良くクルックーにへんでろぱをねだった事を思い出した。

 

 どこにあるかもわからない空間、骸骨の給仕に不気味な菓子という状況ではあるがそのお茶会は前以上に和やかな雰囲気だった。

 

「法王ムーララルーの娘にして魔王の子、エール・モフス。魔王の子をまとめあげ、魔王の脅威を世界から取り除き、カオスマスターを魔王の血から解放した件、褒めてつかわす」

 一通り菓子を食べ終えたエールにミラクルが改めて労いの言葉をかける。

 言葉こそ上から目線ではあるが純粋に褒めてくれているのは間違いないのでエールは笑顔になりつつ、自分だけの手柄じゃないと言って修行では大変世話になったと素直に礼を返した。

「未来の民を導くのもまた王の務めである」

 ミラクルはミックスの…無愛想ではあるが根の優しいの姉の母親だ。

 素直になれないところが親子そっくりだがこれをミックスに言うとたぶんすごく怒るのだろう。その顔を想像してエールはくすくすと笑った。

 

「その働きの褒美としてお前を余の"真"トゥエルヴナイトに入れてやろうではないか。余の右腕であり元魔王であるカオスマスターと並べてやろう。

 そうだな……トゥエルヴナイトでの名はサンシャインマスター、いやサンライトマスターか。ふさわしいものを考えておくことにしよう」

 エールはリーザス闘技場で名乗ってしまった名前と重なって茶を吹き出しそうになった。

「サンシャインマスターって何だか可愛い名前だね」

 チルディにその名前を突っ込まれたとき、スシヌも魔法少女サンシャインのファンだったと聞いていた。エールはサンシャインマスターはやめて欲しいと訴え、日光さんは刀なのでもっとJAPAN風な呼び名でお願いします、と提案してみる。

「余は呼称を分かりやすい名で統一しているのだがな。しかし、どうしてもと言うなら他の呼び名も考えておいてやろう」

「やめてください…」

 日光が小さく呟いた。

「そもそもトゥエルヴナイトって何よ?」

「世界の王たる余の剣となり盾となる12名の精鋭の総称だ。世界でも最高峰の能力を持った余に選ばれし者達。先の鬼畜王戦争では余と新トゥエルヴナイトの活躍によって魔王を正気に戻すことが出来たのだぞ。これに選ばれることは世界最高の栄誉であると言えよう」

 ミラクルが長田君に説明する。

 

「ふむ、長田君だったな。お前も入れてやろうと考えてはいるのだ」

「えっ、なんで俺?」

「実力は見劣りはするが、我が娘ミックスを闘神大会でパートナーにした豪胆さに余の魔法を受けて堂々と立っている姿、普通のハニーでありながらあの魔王の子の中で居場所を作るとは実に面白い。何より余の個性的なトゥエルヴナイトにあって絶対に被ることがないからな。気に入ったぞ!」

「被るって何が!?」

 上機嫌に話すミラクルに長田君は自分の相棒なのでダメです、とエールは頬を膨らませる。そして長田君は普通ではなくイケメンハニーであるということを強調した。

「ならば二人して余の部下になれば良い!」

「いやー!闘神大会から思ってたけどこの人なんか怖い!」

 長田君はバットで殴られた瞬間を思い出すらしく怯えている。

 

「陶器はともかくエールはリーザスのもんだ。ゼスの連中もだが、どいつもこいつも勝手に勧誘しやがって」

「相変わらず口が減らないな。ザンス・リーザスよ。余はお前の実力とその上昇志向、余に反発する気概を気に入っている。研鑽を積み余に認められたリック・アディスンのようにトゥエルヴナイト入りたければいつでも言うが良い」

「誰が入るか! あとリックは鬼畜王戦争でお前に協力しただけでそんな変なのに入ってねぇよ。勘違いすんな」

「ははは!相変わらず生意気だが王を目の前にしてその態度、やはり面白いな」

 ミラクルとザンス、二人の夢は世界征服なのだ。兄である乱義もであるが、どこかでぶつかったらいやだなぁとエールはフォークで刺されて暴れているたい焼きを口に運びながらその様子を眺めた。

 

 その後、ミラクルはスシヌに目が向ける。

「お、お久し振りです」

「……スシヌ・ザ・ガンジー。余と同格の魔法LV3という破格の才能を持って生まれておきながら、相変わらず普通の魔法使いの延長線のようなことしか出来ないとはつまらぬ者だ。極めれば一国の女王などに収まらず、どんなことでも出来ように」

 ミラクルにつまらなさそうに言われ、自覚があるのかスシヌは悲しそうに俯いている。

 エールはスシヌは自分を助けてくれた、とムッとしながらミラクルに言い返した。

「引きこもりを見ると余の役に立たずな従姉妹を思い出す。才能を持ちながら殻に籠り、歩みを止め、諦めるような者など評価に値せん」

「わ、私は四天王を目指して頑張ってます」

 エールが庇ってくれたのを見てスシヌも勇気を出してミラクルに言い返した。

 その様子を見てミラクルは口元に笑みを浮かべた。

「そうか。エール・モフスと再会して自信が戻ったようだな」

 

「これも魔法っすか?」

 長田君が骸骨を見ながらそう尋ねた。

「その通りだ。この死霊騎士団は偉大なる祖母様から賜ったものだが、余は自身で作り出した様々な魔法が使える。この秘密の空間のようにな」

 そういえばスシヌにはオリジナルの魔法や必殺技とかないよね、とエールが聞いてみた。

「白色破壊光線なら出来るんだけど……」

「あの力のアニスほどの桁違い、いや次元違いの魔力があれば黒色破壊光線等でも他とは違うものになるがな。余の役に立たん従姉妹ですら遺失魔法を復活させて使っていた。お前も何か自分だけの魔法を作ってみればさらに自信がつくのではないか?」

 ミラクルはさりげなくスシヌにアドバイスをしている。

 エールはこういう所はやはりミックスの母親だと感じていた。

「魔法の必殺技ってーと。魔人のホーネットさんがなんかかっけーの使ってたよな。まっ、俺には効かねーけど?」

 ハニーである長田君は得意げだった。

「六色破壊光線だな。あれもまた魔人の性質ゆえに強力足り得るものだが、もし新たな魔法を作りたいのであればまずは模倣から始めるのも良かろう」

 ならば対抗して十六色破壊光線にしよう、とエールは提案する。

「多すぎるよ!?」

 エールの適当な言葉に思わずスシヌが驚き、ミラクルが笑っていた。

 

「実は一応、作っている魔法ならあるんです」

 スシヌがおずおずとそう話した。

「ほう? 余と同格の才能が編み出した魔法とはどのようなものだ?」

「そ、そんなに期待されても困るんですけどマジカルドリルって言う魔法で…」

「なんだ、そのアホみたいな名前」

 ザンスはそう言うが可愛らしい名前だね、エールはマジカルという言葉に反応してそう言った。

「これはまだ仮の名前だから!」

 スシヌは恥ずかしそうにしている。

「ふむ……聞いたことがない。余の知識を持ってしても名称からはおそらく攻撃魔法という推測しか出来んな。どのようなものだ?」

 

 スシヌは深呼吸してその魔法について解説し始めた。

「まずゼスではどうしても魔法が効かないハニーさん達に対して抵抗があると思うんです」

「うんうん、そうだよなー!ハニワ平原って元々ハニーを隔離してるところだったっていうし」

 ハニーである長田君が大きく頷いている。

「だからハニーさん達にも効く魔法があればいいのかなって思って…」

「うん?」

「マジカルドリルは魔法が効かないハニーさんにも効く攻撃魔法なんです」

「なんでそういう発想になるの!?」

 長田君が思わずすごい勢いでツッコミを入れていた。

 

 その概要を聞いたミラクルは驚いた表情をしてすぐに上機嫌に笑い出した。

「……はっはっは! なるほど確かに面白い発想だ! 余としたことが長田君に魔法が全く通じなかったのはハニーだから当然という固定観念に捕らわれていたとは実に不覚であった」

 どうやらそれはミラクルにも思いつかなかった発想であったらしい。

「面白い、面白いぞ! スシヌ・ザ・ガンジー! して、その魔法どこまで出来ている?」

「まだ全然……ハニーさん達にお願いするのも大変で」

「そりゃ的になりたいハニーなんかいねーだろ」

「ううん。下手にスシヌが頼んだら集まり過ぎちゃうからって事よ」

 パセリが言う通り、スシヌはハニーキングお墨付きの可愛い眼鏡っこである。

 

「ちょうどここに実験できる陶器がいるじゃねーか。試してみろよ」

「やめてー!?」

 ザンスにそう言われ逃げようとした長田君をエールがさっと捕まえた。

「エールはどっちの味方なんだよー!」

 セロテープあるから、と言ってエールは長田君に笑顔を向けた。

 

 スシヌの手に膨大な魔力が集まり始める。

 さすが魔法LV3、エール達が思わず無意識に警戒するほどの魔力である。

 

 そしてスシヌの手から放たれた魔法が長田君に直撃した。

「きゃー!」

 エールも衝撃に備えて目を瞑ったが…こつんと何かが当たるような音がして膨大な魔力の気配が消えた。

 

「あれ? なんていうかびっくりしたけど痛くない?」

「ご、ごめんね、長田君。でも全然痛くはなかったと思う」

 すごい魔力の集約だったがどれぐらいの威力だったのかを訪ねてみた。

「エールにぺしぺしされてるより弱いくらい」

 エールは長田君をぺしぺしと叩いた。

「そうそう、これより弱いぐらい…って叩くなよ、エール」

 ザンスがべしっと長田君を叩くとピキッとひびが入る音がした。

「何すんだよ、お前ー!」

「攻撃っつーなら最低でもこれぐらいの威力がねーとな」

 怒る長田君にザンスは笑っている。

 

「まだ攻撃と呼べるほどの威力はないという事か。しかしハニーであれば攻撃魔法は全く感じないはず。基礎の理論は出来ているようだな」

「はい。これはアニス先生と一緒に作ってる魔法なんです」

「なるほど、見たところその魔法を扱うには相当強い魔力が必要なようだな?」

 ミラクルが見様見真似で手に魔力を込めている。

 スシヌは魔法理論の解説もしていないのに見ただけで魔法を真似できるミラクルを尊敬の眼差しで見つめていた。

「……ふむ、これは並の魔力では攻撃魔法と呼べるものにはならないだろう。並外れた魔力あってこそはじめて形に出来るものだ」

「そうですか……」

 スシヌは少し落ち込んだ。使えるのが自分たちのような魔力の強いものだけならば普及は望めそうにない。

「良かったな。魔法が効く陶器とかまじで存在してる意味ねーし」

「ひどくね!?」

 

「しかしマジカルドリル、完成すれば革命的だ。その魔法を極めれば世界で初めて魔法でハニーを倒した人間として歴史に名を刻むやもしれんな」

「な、名前を残したいわけじゃないんですけど」

 少し褒められてスシヌは口をへにゃっと綻ばせる。

 その時は長田君は世界で初めて魔法で倒されたハニーになれるかもしれないね、エールは何となくガッツポーズをした。

「嫌だよ!?」

 

 

「ふふ。楽しそうね、スシヌ。ミラクルさんもね」

「建国王パセリ・リグ・ゼス。まだ成仏していないようでなによりだ」

「スシヌの子供を見るまでは成仏なんてできないわ。 …これずーっと言ってたりして」

 エールは親し気に話している二人が少し意外だった。

「今でこそ幽霊ではあるが、かつて王と呼ばれたもの。王である者同士、交流があって不自然なこともでもないだろう」

 パセリが王?とエールは首をかしげたが、前にそんな話を聞いていたような気がする。

「おばあちゃんはゼスの歴史の教科書に一番最初に名前が出てくるんだよ。当時迫害されていた魔法使いを救うために立ち上がって国を興した英雄様なの」

「ゼスを作り上げた伝説の建国王。国を興す、と言葉にすれば短いが今なお続く大国を創るという事がどれほどの偉業であるかは想像に難くないだろう。当然、魔法使いとして一流の才能を持つ。さらに神魔法をも操る魔法科学の第一人者。まさに歴史に名を刻むにふさわしい人物だ。偽パセリの乱と呼ばれたその名を騙るものまで出てきたことがある。余が部下を連れて会いに行ったところ拙い偽物であったがな。その後に本物に会えるとは思っていなかった」

「なんか照れちゃうわね」

 エールはそれを聞いて驚いた。

「スシヌの学校行ったら質問攻めにあっちゃったし、歴史の先生とか研究者みたいな人にモテモテで困っちゃうわ」

 ただのおちゃめな人にしか見えない。

「パセリさんってすげー人なんすね。なんかおばあちゃんって呼ばれるには綺麗な人だなーぐらいにしか思ってなかったっす」

「あら、お上手」

「まっっっったくそんな風には見えないだろ。ただの悪霊ババアだ。しかも何人も男作ってたらしいぞ」

「そんな言い方ひどーい。そりゃ恋人はいっぱいいたけど、みんなちゃんと平等に愛していたし、愛してくれたもーん」

 確かに怒らないしいつもにこやかで朗らかな態度は男にモテそうな気がする、とエールは何故か納得した。

「あら、エールちゃんもお上手。女の子はね、こうさりげなく褒められるのに弱いのよ、ザンスちゃんも見習わないと」

「うるせぇ、女の子なんて歳でもねーだろが」

 

 楽しくティータイムで談笑していると、エールはミラクルが真っすぐに自分を見ているのに気が付いた。

 何か自分に話したいことが?とエールが聞いてみる。

 

 するとミラクルは口元の笑み絶やさないまま、しかしその目を鋭くさせる。

 

「エール・モフスよ。魔王の子達と魔王討伐を終え、再度冒険に出るまでの一年間。お前はどのように過ごしていた?」

 




マジカルドリル …… ランスクエストマグナムに存在するオリジナル作成キャラと上杉虎子が習得出来たハニーにダメージが与えられる謎の魔法(パッシブスキル) 正史ではもちろん存在しない。


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ミラクルのお茶会 2

 魔王の子達が魔王討伐を成したすぐ後の事。

 ミラクルはクルックーと話すためカイズを訪ねていた。

 

 本来であれば世界の王にして覇者である自分が訪ねるのではなく法王自ら会いに来るのが筋だとは思ってはいたが、自分宛ての紹介状がなかったようにあの法王は抜けているところがある。

 そんな抜けている未来の民に対し王自ら出向いてやるのも務めとミラクルは思っていた。

 

 RA4年の神異変によって地上から神が消えた。神魔法やAL教の各種奇跡が新たに神託されなくなり、AL教が混乱に陥ってる最中、隙を突かれるように勇者ゲイマルクの一団に襲撃され禁断保管庫から大量に封印されていた危険なバランスブレイカー…アイテムや怪物が解き放たれた。

 その後も信心深い者達や勇者災害を経てAL教の封印を守ろうと使命に燃える者達、利権を手放したくない者達の手によってAL教は保たれてはいた。しかしRA8年、神の加護がなくなったAL教に不満を持った司祭ザンデブルグによって新たにRECO教団が発足するとそちらに鞍替えする信者や教会は多く、AL教の勢力はますます落ち込んでいった。

 さらにRECO教団が大陸外にあるJAPANの天志教と目指すものは同じだとして協力しあうようになると、独自の奇跡もあって様々な権力者達の支持を得たRECO教団の教祖となったザンデブルグは法王ムーララルーに聖地カイズを明け渡すように要求しているという噂まで出てきている。

 もちろんAL教はいまだ世界一の宗教組織である。しかし人々が神に見捨てられたのは現法王ムーララルーの信心が足りないからだとクルックーを非難する者達も多く、AL教と法王であるクルックーにとって厳しい日々が続いている。

  

 

 しかしそんなAL教にも希望の光が現れた。

 

 

 法王の子が――神を失った世界でなお神に祝福され、神魔法を与えられた存在が魔王を討伐したのだ。その偉業はすぐに世界に広まり、RECO教団に押され気味だったAL教にもまた人が戻りはじめている。

 

 

 ミラクルは特定の宗教に肩入れしてはいないし、するつもりもない。しかしカイズへ向かう途中、人々がAL教に感謝を捧げ、喜んでいる様子を見ると宗教は人々の魂を救済するのに必要なものだというのは十分理解できている。

 骸骨を連れ周囲の目を惹きながらカイズへ降り立つと自らの威光に恐れをなしたか、法王の手引きか、ミラクルの元へ素早くテンプルナイツが迎えに現れすんなりと法王ムーララルーと会うことが出来た。

 

「その節はお世話になりました」

 テンプルナイツを下がらせるとクルックーは礼を言いながら自身の手でミラクルに茶を振舞った。その茶はロイヤルミルクティーであり、ミラクルが訪ねてくると聞いて用意していたのだという。紹介状の件も素直に謝ってきたので、ミラクルは王らしく寛大に許してやることにした。

 

 ミラクルはいくつかクルックーに質問をした。

 

 まずシィルの事を長年、鬼畜王戦争時ですら隠していたのはクルックーにも考えがあっての事だったという。

 全ては世界を救うための計画だと言い、それは結果として魔王の血を消滅させるに至ったのだから正しかったのだろうが、なぜその計画を話さなかったのかとミラクルが問う。

「それには答えられません」

 そう返ってきただけだった。いくつか言葉を誘導し聞き出そうとも試みるが昔アム・イスエルからも核心的なことは聞き出せなかったように神と直接謁見できるという法王でしか知りえない話は何も聞き出すことは出来なかった。

 しかし、その返答自体はミラクルとしては想定していたもので気分を害することはない。「聞かれなかったので」と言われ誤魔化され嘘をつかれることも覚悟していたが、答えられないというのはむしろ誠意ある言葉に感じたからである。

 

 そしてその計画と関係がありそうな謎の存在、エール・モフスについて。

「エールは私の可愛い娘です。ミラクルさんにとってのミックスさんと同じですね。あの子は母が思う以上に頑張ってくれました、私の自慢ですよ」

 クルックーが優し気な笑みを浮かべ、ミラクルに答えたのはそんな娘を自慢する母の言葉だけだった。

 

 神異変が起こった同時期にエール・モフスが誕生していること。

 そして神はいなくなったはずであるのに、新しく神魔法を覚えることができ、担当レベル神がついている存在、これが関わりのないことであるはずがない。

 ミラクルはクルックーにやや威圧するように尋ねた。

「神はあの子の事をよく見ているのでしょう。そしてあの子は楽しそうにこの世界を見ています‥‥これからもずっとそうであって欲しいと思います」

 

 ミラクルは微笑みを絶やさないクルックーの言葉の中に小さな不安が混ざっているのを感じ取り、それ以上聞くのはやめることにした。

 その後は娘たちの将来のことについて互いに他愛のない話をする。互いに無理に後を継がせるという気はなくあくまで子供たちの自主性に任せるという方針は共通点だった。そんな話をしているとふと娘の顔が見たくなり、帰りにでもシヴァイツァーに顔を出すのも良い、とミラクルは考えた。いつものように怒りながらじゃれついてくる姿が目に浮かぶようだ。

 

 …結局、クルックーからはミラクルが欲しかった答えは得られなかった。

 だがそれで良い。いつかまた知る機会もあるかもしれない。未知があることは幸せなのだ。

 

………

……

 

 エールはミラクルに投げかけられた質問に首を傾げた。

 

「魔王を討伐し、魔王の子達に別れを告げ、お前は家に戻った。それは間違いないな?」

 エールは頷いた。

「……部下にしてやろうと思って探したのだが、この一年の間、お前の行方は知れなかった。まるで存在が消えたかのように。我が娘ミックスも気にかけていたようだ」

「私も心配してたよ。新年会に来なくて、でもお姉ちゃんはエールちゃんは大丈夫だって言ってたんだけど」

「陶器と冒険でもしてたんだろ」

「いや、エールと俺はリーザス行くちょっと前に会ったんだぞ?俺、魔人にされちゃってちょっと記憶があいまいなんだよな。って、一年も経ってたの?もっと早く探しに来てくれよー」

 長田君は呑気に言うがエールは少し混乱していた。

 

 改めて思い出そうとするが、ここ一年の記憶が思い出せない。

 自分はどうしていたのだろう?

 

「思い出せないか?」

 

 エールは指を口に当てて順を追って、帰って来た時の事を思い出そうとした。

 

 まず、トリダシタ村に帰って母親であるクルックーに冒険が楽しかったと報告した。お土産の四種類の貝を渡すと母はとても喜んでくれて、母と二人でそれを愛でた後それは母の貝コレクションのケースに大事にしまわれることになった。

「エールちゃん、貝好きなんだね」

 カンブリア貝の突起が割れないように持って帰るのは大変だった。あのオーロラ貝は並の物ではなく学会に発表できるレベルで美しく素晴らしいもので母も思わず唸るほどの逸品――とエールが説明をしようとしたのだが

「んなことはどうでもいいんだよ。それからどうしたんだ?」

 ザンスに止められて、口を尖らせながらもエールは話を元に戻す。

 その後トリダシタ村の人達に魔王討伐したと報告して回って、サチコの店では美味しいパンを魔王討伐のご褒美だといっぱい貰った。家に戻ると母クルックーの作った自分の好物・へんでろぱが用意されていてご飯を食べている間にもたくさん冒険の事を報告して…

 久しぶりの我が家でぐっすりと眠った。疲れが一気に押し寄せたのだろうか、ベッドに入った瞬間から記憶がないほどだ。

 

 その後は母とのんびりとトリダシタ村で過ごしていたはずだ。

 楽しくも険しかった冒険の反動でレベルががくっと下がるほどにだらだらと過ごしていたはずなのに、エールはその日々が何故か思い出せなかった。

 記憶がはっきりしているのは、気持ちの良い朝に目が覚めて、母に魔人(長田君)退治を依頼されたあたりからである。

 

「ちょっと待て。魔王討伐が終わった後、4か月前にあった新年会にお前は来なかったよな。んで、リセットがエールは用事があるって言ってたってことはあの後リセットには会ったんだろ?」

 ザンスの言葉にエールは首を横に振った。

「ど、どういうことなの?お姉ちゃんはエールちゃんに会ったみたいな話をしてたよ」

「エールがド忘れでもしてんじゃねーの。リセットさんってそんな抜けてないよな?」

 スシヌや長田君も焦り始めた。

 エールははっと思い出したように日光なら何か知っているんじゃないかと、脇に差した愛刀に話しかける。

「……私は掃除用具入れに刺されたままでしたから」

「つまりエールのあのちんけな家にはいたわけだ。何も知らねーってことはねーだろ」

 自分の生家をいきなりちんけ呼ばわりされたのでエールは少し頬を膨らませた。

「私から話せることはありません。ただその事に関してエールさんが心配するようなことは無い、と思います」

「それは法王の言いつけか? 聖刀・日光よ」

 日光はミラクルの言葉には答えない。

 そしてエールも日光さんがそう言うならいいや、とそれ以上聞かなかった。

「それで良いわけないよ!記憶がないなんて、どうしてお姉ちゃんは用事があるなんて言って…私もみんなもすごく心配で―」

 これからシャングリラに行くのだからその時に聞けばいいんじゃないか、エールはそう提案した。

「お前、気にならないのかよ。自分の事だろが」

 

 エールは何か思い出せはしないかと目を伏せて集中する。

 

 

 

 そうすると意識がどこかに吸い込まれる感覚がした。

 

 

 

                    ………くすくす

 

「………?」 

 

 

 

 そこでは誰かの小さな笑い声が聞こえてくるような気がした。

 

 

 

 

「……-ル! エール!」

 エールは長田君の呼ぶ声で目を開けた。

 みんなが心配そうな顔でこちらを見ている。

「あ、あの、エールちゃん…」

 俯いて黙りこくってしまったエールにスシヌが心配し声をかけようとしたが、言葉が思いつかない。言葉に出してしまえば目の前にいるエールが何故かまたいなくなってしまうような…どうしてそんなことを考えるのか分からないが不安と怖さで胸が締め付けられる思いがした。

「……まー、とりあえずエールは相変わらず間抜け面でここにいるわけだからな」

 ふらっといなくなってしまいそう、というのはザンスも考えていたことである。

 

 エールは少し俯いたまま、銀色の茶が入ったカップを手に持ってじっと眺めている。

 

「とりあえずリセットに聞けばなんか知ってんだろ。俺らになんか誤魔化してたたんなら会った時しばいてやるわ」

 それを見たザンスがエールの頭をぺしっと叩いて話を切り上げると、その場に漂っていた張り詰めた空気が緩んだ。

「まぁ、どっちみちシャングリラには行くんだし? 会わなきゃいけない理由が一個増えただけでちょうどいいってことで」

 長田君がエールの肩を励ますようにポンポンと叩く。

 

「話さないではなく話せない、か。それならば仕方がない」

 ミラクルの言葉にエールは頷いて、逆に自分の記憶が飛んでいるらしい一年間に起きたことを尋ねてみた。

 

「色々あったけど……大きなのはやっぱり魔人がいなくなったってことかな」

 スシヌが話し始めた。

「翔竜山にいた魔人や魔物をホーネットさん達がまとめて引き上げさせてくれたの。一部の魔物は残ってるけど人間を頻繁に襲いに来るってことはすっかり無くなったみたい」

「あれ?んじゃーあのでっかい魔王城とかどうなんの?」

「クエルプランに壊されたまま、放棄されてるんじゃないかな。建設も終わってなかったけど直してももう誰もいないわけだし」

 魔王城と魔王討伐跡としていつか観光名所になりそうな気がする、とエールは思った。前は探検できなかったこともあり、いつかまた見に行くのも楽しそうである。

「うちの城も元魔王城だっていうし、アメージング城もそのうち再利用されるかもしんねーけどな。変なのが住み着かねーようにしとけよ」

「ゼスでもヘルマンでも、シャングリラでもちゃんと見張ってるから大丈夫、だと思う……とりあえず中にはもう何も残ってないはずだし」

 スシヌの言葉より、リーザス城が元魔王城というのにエールは驚いてザンスを見た。

「は?お前、知らねーのかよ。リーザス城は二千年以上前の魔王が使ってた歴史ある城だぞ。何でも色々あって地下に魔王が封印されてたらしいな」

「魔王ジル。人類にとって最悪の魔王だったことを考えればリーザス城はなかなか曰く付きの物件ではないか」

「へー、魔王ジルってどっかで聞いたよな。なんだっけ魔王の血?だかのでさ――」

 魔王ジル…裸の美女を思い出して長田君が割れた。

 

「その魔王ジルの復活を企みリーザスに攻め込んだ魔人を打ち倒し、復活しかけていた魔王を再度封印したのがカオスマスターだと言うな」

「こっちは母さんから嫌になるほど聞かされてるわ。いちいち言うんじゃねーよ」

 エールは知らなかったと言って首を横に振った。

 そういえばリーザスでメナドから父の活躍でリーザスを襲った魔人を退治した話を聞いていた。

「パパはゼスを襲った魔人も倒してゼスを救ってくれたんだって」

「うんうん。その戦いでマジックはランスさんに惚れたそうよ?」

 エールは英雄である父を少し誇らしく思った。

「リーザスやゼスだけではない。カオスマスターは人類を救った英雄だったのだ。 …その直後に魔王になってしまったがな」

 

「クソ親父のことはどうでもいいんだよ。エールが聞きたいのは俺らが魔王討伐をした後の事だろうが」

 ザンスが話を無理矢理切って話の続きをし始めた。

「あとは東ヘルマンのごたごただ。俺らが魔王討伐に成功したせいで東ヘルマン内部は意見が真っ二つに割れた。魔王の子を擁する大国に対して魔王が居なくなったからって今までの罪が帳消しになるわけじゃねーって抵抗を続けるのと、魔王がいなくなったんだからもう和平するべきだってのと」

 政治の話である、エールは向き直って真剣に聞き始めた。

「ミックスちゃんの提案で私達を襲った軍隊の人達を治して帰してあげたでしょ?そのおかげもあって私達魔王の子に対する考え方が東ヘルマン内部、主に軍隊の人達の中で変わったんだって」

「あれで逆に俺らをより一層化け物だって喚き散らす奴もいるけどな」

 ちなみにエールもミックスに言われてヒーリングをして回った。

 しかし散々逆恨みで襲われた事を許せるずはずもなく、リーダーだったタイガー将軍を殴り直している。

「あれにとってそんなことは些細なこと。怪我をしているものがいたら治す。病気になっているものがいたら治す。それだけだ」

 ヘルマンで襲われた際、襲ってきた連中を軒並みざくっとやってしまったと知ったらミックスは悲しむかもしれない、それを思うとエールは少し後ろめたい思いがした。

 

「元々東ヘルマンの連中ってのはほとんどが魔王や魔人に恨みがあって、魔王の子を作るような女の国に居たくないとかそんな理由だった。それが俺らが魔王を討伐したならその理由ってのがなくなるわけだ。そしたらあんなくっそ寒くてろくな食い物もないようなとこに居たい連中なんているわけないだろ」

「ヘルマン料理、不味かったもんなぁ」

 レリコフが聞いたらむくれそうだ、とエールは懐かしい顔を思い出す。

「んで、東ヘルマンの人間が元の国に戻ろうとしてな。大量に放棄された町が出て、西ヘルマンはそこを領土として取り戻して東ヘルマンはちっさくなったらしい」

 エールはよくわからないが、とりあえず頷きながら聞いていた。

「んでこっから問題だ。東ヘルマンには魔王がいなくなったからって今までやったことが許されるわけじゃないって派閥連中の他に、もともと魔王や魔人にそんな恨みなんかない連中もいるんだよ。それにかこつけて反乱を起こして上になり代わろうって奴らの掃き溜めだな。当然、魔王が居なくなったところで東ヘルマン以外居場所なんかねーしそいつらはもう後には引けねーだろ」

 エールは首を傾げた。

「んで、東ヘルマンは魔王討伐されたってのが大国が流した嘘の情報ってことにしやがった」

 ザンスが忌々しそうにしているのを見ながらエールはヘルマンでのことを思い出した。

 レリコフを誘拐しようとした連中はおそらくそいつらだったのだろう。

「なんだよそれー!俺達、がんばって魔王倒したってのに!」

「魔王からの人類解放を掲げていた国が、いざ魔王が討伐されれば国の存在意義を失わぬために魔王は生きてると言い張らねばならぬとは実に皮肉なものだな」

 ミラクルの言葉にも呆れた様子がうかがえる。

 ザンスは他にも東ヘルマンからの難民問題や、東ヘルマンとリーザスの軍隊が小競り合いを起こしたこと、それに対して西ヘルマンが介入し停戦交渉をしていることなどを話したのだが、エールは明らかに頭にはてなを浮かべてそれを聞いていた。

 

「うーん、とにかくなんか俺らがいない間なんか大変だったってことか!」

「全然分かってねーだろ…ったく、アホどもに分かるように説明すんのは難しいわ」

 ザンスが呆れた表情で話を切った。

「エールちゃんはどこの国の人でもないもんね。でもAL教の法王様の子が魔王を討伐したって今、AL教が見直されてるんだよ。エールちゃんのママは何か言ってなかった?」

 エールは首を横に振った。だが、それが母の役に立てたのなら少し嬉しいと感じる。

「パパがまた冒険に出かけちゃったのも原因なんだよね。アメージング城から魔王が居なくなったのが魔物界で人間に対して侵攻を企ててるからって…」

「あのクソ親父。後始末もなにもしねーで勝手に出ていきやがって」

「カオスマスターが勝手なのはいつもの事だぞ」

 ミラクルは嬉しそうに笑っている。

 

 エールもうんうんと頷いていたが、正直難しい話なので話半分である。

色々話は聞けたがエールが聞きたいのはそんな難しい話ではなく、兄弟たちのその後、主に新年会の事である。

「お前が聞きたいのはリセットがお前が用事があって来られないって言ってたことか?」

 エールは頷いた。

「なら最初からそう言え」

 ザンスはエールの頭をポカリと叩いた。

 

「えっとね。みんな、国に帰ってからはそれぞれの生活に戻ったはずだよ。ウズメちゃんは修行の旅に出てるって言ってたけど、やっぱりお家のお手伝いしているみたい。4か月前の新年会はシャングリラでやったんだけどお姉ちゃんはエールちゃんは用事があるから来れなくなっちゃったって話してたの」

「スシヌはエールちゃんに会えないってすごく寂しがっていたわ」

「わ、私だけじゃないよ。レリコフちゃんだって深根ちゃんだって…みんなすごくしょんぼりしてたでしょ」

 スシヌが丁寧にエールに新年会のことを話した。

「用事ってなんだよって聞いたらたぶん冒険に出てる、とかぬかしやがって。何か様子がおかしいと思ったが嘘だったわけだ」

 エールにはやはり覚えのない話である。

 やはりシャングリラでリセットに聞くしかなさそうだ。

 

 そして母であるクルックーにも自分の事を聞きたい。

 今はカイズにいるだろうか?もしかしたら自分をどこかで見ているのだろうか?

 エールはまた冒険の目的地が増えた。

 

………

 

「……さて、エール・モフス。お前も話さなければならないことがあるだろう」

 エールは首を傾げた。

「お前はゼスに来る前、どうやらヘルマンを旅していたようだな」

「何で知ってんすか?」

「余は世界の王である。先ほども言った通りいずれ部下にするものの動向を探るのは当然のこと。とはいっても詳細までは分からんがな。ただヘルマンが少々騒がしくなっているという事は掴んでいる。お前は何かを知っているんじゃないのか?」

 エールはヘルマンの国の事情を勝手に話していいのかと悩んだ。

「母親のように聞かれなければ黙っているつもりだったか? あれはお前の母親の悪い癖だぞ」

 黙っているエールにミラクルが窘めるように言った。 

 

「話したくないのであればそれでも良い。しかし話さないことで逆に心配する者達もいる。お前には頼りに出来る家族がいるということを忘れるな」

「エールちゃん。ヘルマンで何かあったの?」

 エールは心配そうなスシヌに目を見てから何となく長田君の顔を見た。

 

「隠すことでもないんじゃね?」

 

 エールは頷いて、ヘルマンで起きた冒険について話し始めた。

 とは言っても長田君の方が話上手なので、ほとんど長田君任せである。

 

 ヘルマンでの冒険で日光の言葉で北の賢者の塔に行こうということになった話になった。

「北の賢者、ホ・ラガか。聖刀・日光の元仲間であったな」

 ミラクルがその名を聞くと眉根を寄せて不機嫌そうな顔になった。

 エールはそれを不思議に思ったが話を止めずそこに行くまでの道中で東ヘルマンの罠にかかりレリコフと一緒に捕まってしまったことを話した。

「はぁ!? 狙われたってお前、なんでそれすぐ話さなかったんだよ!?」

「そんな…レリコフちゃんにエールちゃんまで!? だ、大丈夫だったの?」

 エールの兄と姉が血相を変えた。

「なるほど。停戦交渉中だと聞いていたが、東ヘルマンが関わっていたのか。そのせいでリセットはヘルマンへ向かったのだろうな」

 ミラクルは目を真剣にしながらそうつぶやいた。

 どうやらリセットの動向も知っているらしく、エールは入れ違いになったと話す。

「お前、なんかされてねーだろうな!?」

 冷静なミラクルと違い、ザンスはエールに詰め寄り、スシヌは顔を青くしている。

 エールは危なかったことを素直に言って、長田君とヒーローが助けてくれてその場にいたやつを全員ざくっとやったことを話した。 

「俺とヒーローがびしーっと助けてやったんだけど危なかったよな。いや、マジでさ」

「何、油断してんだバカが!陶器もちゃんと見張ってろや!」

 ザンスは苛立ってエールの頭をボカンと強く叩き、長田君を蹴り飛ばす。

 自分より危なかったのは日光さんだ、と男に犯されそうになってた日光を思い出してエールは顔を歪めた。

「日光さんが盗まれそうになったって事?」

 エールは日光が人の姿になれることを話した。

「人間の姿になれることは話していなかったのだな」

「話す必要がありませんでしたから。私もエールさんに助けに来ていただけましたので大丈夫でしたよ。 …しかしエールさん達には手を出さないという約束を破られ危険に晒していたと聞き後悔しています」

 日光は反省するように話している。

 

「ちっ……西ヘルマンの連中も停戦交渉だの何だの言ってたがこれで目が覚めただろ。次の懇親会はいつ潰すかの話し合いだな」

 スシヌもザンスの言葉に小さく頷いている。

 

 トラブルはあったものの、エールはレリコフやヒーローとの冒険は楽しかったことを話した。

 ホルスの魔人に会った事、レリコフと勝負をしたこと、ランス城へ行ったこと、北の賢者の塔へも無事にたどり着いたことも話した。

 

「大陸の北の果てにあって超寒くてさー、でもこんなとこまで行ったんだぜ?」

「わー、雪原地帯の端っこだね…こんなところまで行ったんだ。すごいね…」

「わざわざ話するためだけにこんなとこまで行くとかお前ら超暇人だな」

 長田君が広げた地図を見ながらスシヌが感心しザンスは呆れ顔である。

「わざわざご苦労な事だな。全てを知り、全てに飽いた男。相変わらずつまらない男だっただろう」

 珍しくミラクルの言葉にはあからさまなトゲがある。

「彼にも予想外の事が起きたようですが。態度は相変わらずでしたが、ブリティシュと再会できたようで少し表情が柔らかくなったように思います」

 日光にとっては元々旅の仲間だったこともありフォローを入れている。

 全てを見透かすような、皮肉めいた口調の老人だったが、伝説の貝の場所を教えて貰ったとエールは話した。

「そーそー、何でも教えてくれるって言ったのにエールが貝の場所なんてどうでもいいこと聞いちまったんだよな」

 どうでもよくない、それだけで行った価値があったとエールは力説した。

「せっかくなら巨乳になる方法でも聞けば良かったじゃねーか」

 長田君と同じこと言っている、エールはゲラゲラ笑っているザンスが座っている椅子を蹴り飛ばした。

 

「見透かす、か」

 きっとあの男なら色々と知っているのだろう、ミラクルは騒いでいるエール達を見つめた。

 

 エールは塔からの帰り際になんかすごいインパクトのある像を見たことも話す。

「そーそー! 見てて気分が悪くなるっつー、曰く付きというか呪われてそうな像があったんすよ」

「はぁ?なんだそりゃ」

 なんでも度胸試しに使われているほどらしい、とエールは話した。

「ヘルマンの北、という事はそれはおそらくシルバレル・シルバレラの像、通称・ブス観音だろうな」

「シルバレルって確か伝説のブスの名前だよな」

「私も名前を聞いたことあるよ」

 像の近くには近寄れなかったので説明を見ることは出来なかったのだが、エールには覚えのない名前だった。

「伝説のブスってどんなのだよ!? …って、像であの破壊力だもんな」

 

「見るものが見れば間違いなく人類を救った英雄の像だぞ」

 エール達は驚いてミラクルを見た。

「魔王となったカオスマスターが正気を失って尚、魂に刻まれているほどに恐れた存在であった。5年前、鬼畜王戦争にて魔王を怯ませることが出来たのはあの者の存在あってこそ」

 前の冒険の時その人が居たらもっとはやく魔王をなんとかできたのではないか、とエールはミラクルに疑問を投げかける。

「先ほども言ったがあの魔王が一瞬でも怯むほどの者。一歩間違えれば魔王の逆鱗に触れたかもしれん。余と新トゥエルブナイトですら扱うには骨が折れる。魔王と新しい魔人による被害が甚大でもはや後がない状態だからこそ出せた、まさしく人類の切り札であり最終兵器、お前達ではとても扱えるものではない」

「マジすか。その人だか兵器だかってどうなったんすか?」

「今はAL教の禁断保管庫で厳重に封印されているはずだが、その封印も何年持つことか。もし解かれるような事があれば再封印には…エール・モフスよ、お前の力も必要になるだろう」

 エールはそれを聞いて大きく頷く。

「その時は俺は遠くから応援してるからな!」

 長田君は言葉だけで怖気づいていた。

 

………

 

「全く、何が食後の運動だ。こんな雑魚共が相手になるか」

「ちょっとびっくりしたね」

 エール達は食後の運動とミラクルが呼び出した魔物を軽く蹴散らしていた。

 余裕で蹴散らされたが、それに満足したのかミラクルはエール達を元の場所に戻してくれると言ってゲートを開いた。

 

「二度と俺様の邪魔すんじゃねーぞ」

 ザンスはそれだけ言ってさっさとゲートをくぐった。

 エールは余ったお菓子を全部持ってっていいですか?と尋ねた。

「ちょっ、お前いくら何でも食い意地張りすぎだぞ!」

 そうではなく次の目的地は孤児院なので菓子を持ってけば喜ばれる、とエールが口を尖らせた。

「はっはっは! いずれ余の部下になる者の頼みだ。全て包んでやろう」

 骸骨をあやつりさっと袋に余った菓子を詰めてくれる。

 エールはそれを受け取ると深々と頭を下げた。

 

「お前達の旅が楽しいものになることを願っていよう」

 ミラクルの言葉は北の賢者ホ・ラガに別れ際言われたものに似ていたが、胸に温かさを感じてエールは笑顔を返しながら手を振った。

「自由都市にいる娘にも会ってやってやれ、喜ぶだろうからな」

 エールは大きく頷く。

「医療都市シヴァイツァーだっけ、ちゃんと寄ろうな」

「じゃぁね、ミラクルさん。ご馳走様でした」

「お茶、ありがとうございました」

 

 エールは入ってきたときのようにスシヌの手を引きながらゲートをくぐった。

 

 ゲートをくぐるとまた高い所から落下したのだが、エールは今度はすたっと着地しスシヌを華麗に受け止める。

「二度も同じ手を食うか」

 ザンスがそう言っている横で、最後にゲートをくぐった長田君が着地に失敗して割れている。

 

 次の目的地はアイスフレーム孤児院だ、既に日が落ち始めているが夕方までにつくだろうか、エール達は早足で出発した。




※ 独自設定(たぶんあまり使われません)
・東ヘルマン … 魔王討伐後、勢力は弱まり国土も小さくなった。魔王が討伐されたというのは虚報という触れを出し魔王や魔王の子を未だに狙い、各地の反乱勢力と繋がっている。
・RECO教団 … 神異変によりAL教が弱ったのを見たネプラカスが地上での暗躍の一つとして興した宗教。新しい神を降臨させ奇跡を起こすという名目で人間の魂を悪魔界、ラサウムに送ることが目的。創始の経緯が天志教と同じ。
・AL教  … 神異変、勇者災害、RECO教設立の災難続きで大国の庇護も減っている。魔王を倒した法王の子エール・モフスは名前と神魔法が使えるということが知られている。
・ホーネット達魔人勢 … 一部の魔人を除き、魔物界に引き上げた。再度、魔物達をまとめようとしているが魔人でなくなり無敵結界が無くなったためにその影響力も減って順調に進んでいない。
・ランス … シィルを連れて放浪中で基本行方知れず。しかし一部の人間には場所を把握されていて、気まぐれに世界各地でに顔を出している。



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アイスフレーム孤児院

 エール達はアイスフレーム孤児院に向かっていた。

 

「ロッキーさんって冒険者、俺等よりずーっと長くやってんだよなー」

 ロッキーはかつて冒険者であった父に仕えていた召使いだったらしい。

 長田君が話している通り、それを考えればエール達が生まれる前から冒険者をしていることになりロッキーは冒険者としてずっと先輩であると言えた。

 盗賊に騙されていたこともあり一見頼りなく、召使いとして腰を低くしてエールに懸命に仕えてはいたが決してレベルが低いわけではないベテラン冒険者である。あれだけ世話になっていたのにも関わらず、挨拶もそこそこに別れてしまったのを少し後悔していた。

 

「アイスフレームかー…」

 エールはそうつぶやいたスシヌにアイスフレームという名前に聞き覚えがあるのか尋ねると、スシヌはおずおずと話し始めた。

「…あのね。私が生まれる前、かつてのゼスは差別が酷い国だったそうなの。国民は大きく二つに分かれていて魔法が使える人を一級市民、魔法が使えない人は二級市民って呼ばれて分けられていて、二級市民はまるで奴隷みたいな扱いをされていたんだって。まともな生活も、教育を受ける権利すらなかったらしいよ」

「マジで?魔法大国だからハニーに厳しいってのは分かるけど」

 今のゼスでは考えられないことでエールも驚いた。

「魔法使いのどこが偉いってんだ。詠唱出来なきゃ何も出来ねーくせに」

 魔法が使えないザンスはバカにするように吐き捨てた。

「私の時代は逆に魔法使いが迫害されていたのよ。だから何とかしたくてゼスを作ったんだけど……きっと当時の鬱憤が行き過ぎちゃったのね。他にもゼスは特別な力を持った種族を殲滅したという話も聞いているわ」

 ミラクルの所でかつて魔法使いが迫害されていたとは聞いていたものの、ゼスを建国したパセリの言葉は重いものだった。

「そんな差別意識の強いゼスを何とかしようとしてたのがアイスフレームって言うレジスタンス組織。今の四天王のウルザさんが元リーダーだったんだよ。そのウルザさんが四天王になった後はおじいちゃんがアイスフレームのリーダーになってそういう差別を無くすために活動してたんだって」

「へー!んじゃ、その活動のおかげで今のゼスがあるってわけかー、ウルザさんとかやっぱすげー人なんだな」

 スシヌは頷いた。

「エールちゃんはカミーラダークって知ってる?」

 エールは首を振った。

 しかしカミーラと言えば魔王城でリセットが親し気に話しかけていた綺麗な魔人がそんな名前だったはずだ。

「LP4年にゼスが魔人に襲われた事件なんだけど、今思うとあの時の魔人がそのカミーラだったんだよね。あの時はすぐに思い出せなかったんだけど…」

 スシヌもカミーラの姿を思い出す。親し気に話しかける姉・リセットをけだるげに見ていた綺麗な人。美しく恐ろしいドラゴンの魔人。しかしその何もかもに興味がなさそうな表情を思い出すとスシヌは怖さも感じず、怒りも沸いてこなかった。

「あいつは誰にでも懐くアホだからな」

 エールはリセットに代わって口を尖らせた。

「なんつーか、俺等魔人と普通に話したり蹴散らしたりしてたけど、本当ならもっと怖いもんなんだよな?普通じゃ勝てないし、人類を苦しめる恐怖の存在…そん時はエールの持ってる日光さんが頼りだからな!」

 仮にも元魔人だった長田君がそう言いながら怯えているのを見てエールは小さく笑った。

 少なくとも人間を手あたり次第に襲うような危険な魔人はもういないはずだ。

「とにかく、そのカミーラダークでゼスが滅亡のピンチになった時、助けてくれたのがアイスフレームのメンバーになってた私達のパパなんだよ。それで一級市民と二級市民で争ってる場合じゃないってなって手を組むようになったんだって」

「言い方悪いけどそのカミーラダークが差別無くなるきっかけになったってわけ?」

 スシヌは頷いた。

「ゼスを助けた人が魔法使いじゃないなら見る目も変わるわよね。ちなみにカミーラダークでランスさんとマジックが出会って、そのまま惚れちゃったんだって。ランスさん、すごくカッコよかったらしいわ~」

 実際にはカミーラダークを起こした原因はマジノラインを止めて回ったランスなのだが、それはほとんど知られていない。

 

「今から行く場所はアイスフレームが隠れて活動した場所らしいの。一度、行ってみたかったんだ」

「社会勉強ね。院長のキムチさんとは会った事あるけど優しい人だし色々とお話聞けると良いわね」

 意気込んでいるスシヌをパセリが応援している。 

「いつかハニーへの差別も減ると良いな。ゼスで取っ捕まってるときに色々聞いたんだけどさ、なんつーかやっぱゼスってハニーに当たり強いらしいわ」

「お前らはそもそも魔物だろうが」

 普通に襲ってくるハニーもいるよね、とエールが相槌を打った。

「ああいうのは俺等ハニーにとっても敵なの!人間にも盗賊とかいるだろー!それと同じ!」

 スシヌがそのうち何とかしてくれるかも、と言ってエールがスシヌを見つめた。

「う、うん。ハニーさん達とは友好条約結んでるしこれからもっと仲良くなっていけると思うんだ。私も頑張るから」

「お前、白陶器に攫われて良く仲良くとか言えるな、アホか」

「良いハニーさん達もいっぱいいるし、ハニーキング様にも本当にひどい事されたわけじゃ……」

 エール達が話をしていると目の前に魔物が飛び出してくる。

「エール、さっさと掃除しとけ」

「ザンスは戦わないん?」

「なんでこの俺様が今更、イカマンやヤンキーなんぞ斬らなきゃなんねーんだ」

 ザンスに言われる前にエールがさっと日光を抜いて魔物を切り伏せた。今更、経験値の足しにもならないが、エールの仕事は護衛である。その後も何度か魔物が襲ってくるのを順調に蹴散らしていった。

「意外と物騒だな、この辺。本当に孤児院とかあるんかねー?」

「出てくる魔物は雑魚ばっかだろうが」

「一般人にはこれでも厳しいんだぞ。まぁ、俺等に勝てる奴らとかほとんどいないけど?なんてたって魔王討伐メンバー、世界でも最強クラスのパーティってーか」

「陶器がそのパーティの平均レベルをガクッと下げてんだけどな」

「ひどくね!?」

 

………

 

「この立ち入り禁止って看板、さっきも見なかった?」

 地図だとこのあたりで間違いないはずなのだが、エールは貰った地図と長田君が広げている地図を見比べる。

 どうやら同じような風景の森の中で迷ってしまったらしい。

 

「すいませーん! 誰かいませんかー!」

 長田君が森に向かって声を張り上げた。

 

「何情けない声で叫んでんだ、てめーは」

「こういう時は人がいるか確認した方が良いんだよー、そろそろ暗くなってきたし」

 その声に反応したのか、エール達は人の気配を感じてそちらを振り返った。

「どうかなさいましたか?」

 目の前に現れたのは紫色の長い髪を持った綺麗な女性だった。

 エールは母のように右目を前髪で覆っているのが気になる。

「道に迷われたのなら町まで案内しますよ」

 敵意は無さそうで、エール達に笑顔を向けて優し気に話しかけてきた。

「そちらの方はどこかでお会いしたような……」

 その女性はスシヌの顔をじっと見ながらそう呟いた。

「あの、この辺りにアイスフレーム孤児院と言う場所があると聞いて訪ねてきたのですが」

 スシヌがその目に答えるように道を訪ねる。

「…何か御用でしょうか」

「あれ、なんか警戒されてない?」

 長田君の言う通り、目の前の女性は何故か身をすくめた。

「エール、ウルザさんから預かった紹介状渡してみようぜ」

 エールはウルザから預かった紹介状を女性に手渡した。

 

 受け取って中身を見ると、その女性は驚いたように頭を下げた。

「た、大変失礼しました。王女様になんて態度を……!」

「い、いえ。その、あくまでお忍びですから、そんなかしこまらなくても……」

「お前、アイスフレーム孤児院の奴か?さっさと案内しろ」

 二人であたふたとしはじめたところで、ザンスがそう命令した。

「わ、分かりました。申し遅れましたが私はアイスフレーム孤児院で働いているアルフラ・レイと言います」

 そう言って挨拶をしてきたアルフラにエール達もそれぞれ名乗った。

「…お、王族の皆様。もしかしてあの魔王を倒したって言う」

「へへっ、そうなんすよー!」

「陶器は違うだろうが。良くてペットみてーなもんだ」

 長田君が言い返す言葉を探してるのを見て、エールは自分も王族ではないと首を振った。

「AL教法王様の娘様ならすごく偉い方ですよ。案内しますので、後をついて来て下さい。ここの森はぐるぐる迷いやすいんです」

 エールは案内される間、アルフラにその前髪は母のファンで真似をしているのかを聞いてみた。

「い、いえ。私は右目が見えなくてそれで隠しているんです」

「エール!お前何、失礼な事聞いてんだよ」

 長田君にぺしぺしと叩かれたエールは謝った。

「お気になさらず。そういえば法王ムーララルーと同じですね、ご利益があったのかもしれません」

 そういってアルフラは笑った。

 

………

 

 エール達がアイスフレ―ム孤児院につくと、そこはこじんまりした建物だった。

 外では何人かの子供達がはしゃぎまわっているのが見える。

 

「いらっしゃい。ウルザからの手紙見たけどロッキーに会いに来たんだってね。私がここの院長のキムチ・ドライブ。ウルザとは四天王になる前からの仲よ」

 小さな応接室に案内されてしばらくすると黒髪に褐色の肌、若いと呼べる年齢ではないが落ち着いていて包容力のありそうな女性が現れた。

「いいタイミングだったね。ロッキーならちょっと前まで冒険行ってたんだけどちょうど戻ってきているの。近くの町までちょっと買い出しに出てるから戻るまで待っててね」

 そう言いながらキムチはザンスとスシヌの顔を交互に見た。

「懐かしいわね。ザンスちゃんにスシヌちゃんもすっかり大きくなって」

「あ? 俺はあんたに会った事ねーぞ」

「えっと、すいません。私も覚えてなくて…」

 二人がそういうとキムチは笑顔を向けた。

「まだ二人とも赤ん坊だったからね。しかし大きくなるとやっぱりお父さん、ランスの面影があるね」

「全然似てねーだろうが!あとガキ扱いすんな、頭を撫でるな!」

「うんうん、そっくりそっくり」

 ザンスがキムチが嬉しそうに頭を撫でようとする手を振り払っている。

「スシヌちゃん…スシヌ王女も立派になったね。ロッキーから聞いてるけどあなた達、魔王のことを止めてくれたんだってね。ありがとう。すごいねー」

「感謝しとけよ」

「わ、私なんか全然。こっちのエールちゃんが私達のリーダーだったんですよ」

 そう言ってスシヌがエールを紹介する。

 エールはミラクルから貰ったお菓子の袋をお土産ですと言って差し出した。

「あら、ありがとう。気が利くね。あの魔女さんのお菓子なんて楽しみ、みんな喜ぶわ」

 キムチが礼を言って笑いながらそれを受け取ると、扉の外で様子を伺っていた子供達がなだれ込んでくる。

「わーい、珍しいお菓子だ!」

「こら、こんな時間にお菓子食べると夜ご飯が入らなくなっちゃうでしょ」

 キムチが入ってきた子供を窘める。

「ねーねー、お姉ちゃん達が魔王倒したってホント?」

「カーマお姉ちゃんよりすごいの?強いの?」

「カオス持ってないのー?」

 孤児院の子供達がわらわらとエール達を囲む。

「皆さんはキムチ先生と大事なお話し中だからお邪魔はしないの。お菓子はご飯の後のデザートにするから、みんなお外行きましょうね」

 アルフラがお菓子の入った袋をキムチから受け取り、ぶーぶー言っている子供達を連れ出して行った。

「騒がしくてごめんね。外からお客さんが来ることなんてほとんどないし、それが魔王を倒した英雄ともなるとみんな興味津々で」

「まっ、俺等有名人なんでもう慣れっこっすよー」

 

 アルフラが改めて茶を出してくれた。

「薄い。味がしねぇな」

「ここは孤児院で生活カツカツなんだから贅沢言わないでよ。そもそも偉い人達に出せる様な高級品はないんだから」

 出された茶に文句を言ったザンスにキムチがそう返した。

 その様子は子供を窘める母親のように見えてエールは口元に小さな笑みを浮かべた。

「そういえばここの孤児院って辺鄙な所にあるんすね」

「まだアイスフレームがレジスタンスだった頃からあるからね。動かすのもなんだからってずっとそのまま。それにこんな場所だからこそ良いってこともあるの」

 

「先ほど、子供達が話していましたがカーマさんはここ出身だったのしょうか」

 エールが椅子に立てかけていた日光がキムチに話しかけた。

「日光さん、久しぶりね。あまり話したことはなかったけど、前の戦争でカーマが世話になったかな」

 日光とキムチは面識があるようだ。

「カーマって、エールの前にカオスオーナーだったカーマ・アトランジャーすか?」

「そうだよ。あの子、カオスに選ばれちゃって人類の為にランスに正気を取り戻させようとして出て行っちゃった。うちの自慢だね」

「え、マジで!?今ここにいるんすか、会ってみたいんすけど!」

「ごめんね。今は冒険に出かけちゃってて居ないよ」

 エールもぜひ会ってみたいと話したがキムチは少し寂しそうな目を向けた。

「…カオスに選ばれたから仕方がないって言うのは分かるんだ。でも鬼畜王戦争であの子は魔王に負けて酷く傷つけられた。リセットちゃん達のおかげで何とか魔王を正気には戻せたみたいだけど、その戦いでカオスも失くしちゃって随分落ち込んでいたわ」

 キムチはそっと目を伏せて話した。

「カーマお姉ちゃん、自分には剣の性能がないって悩んでたから尚更…」

「は? カオス持ちだったのに剣の才能無かったのかよ」

 アルフラの言葉にエールは驚いた。

「ならなんでカーマさんって選ばれたんすかね?」

「カオスは他の子にはない何かがあるなんて言っていましたが…」

 

 日光は鬼畜王戦争の際に出会ったカーマとカオスの事を思い出した。

 なぜ剣の才能がなく、レベルもそこまで高くはなく、決して戦いが好きというわけでもない彼女をカオスが選んだのかをこっそりと尋ねるとカオスは人間だったころの自分に似た才能があるから相性が良いと答えた。しかし日光はカーマのスタイルが良く美しい容姿や人を疑わない素直な性格で選んだのではないかと考えている。

 

「鬼畜王戦争の後。魔剣カオスを使える人間は希少だからってカオスを失って落ち込んでたカーマをまた持ち上げようって連中がここに押し寄せて来てね。中には脅迫まがいの事を言う奴等まで。ウルザに相談して何とかしてもらったけど、カーマは居づらくなったのか冒険者修行って言ってほとんど戻ってこなくなっちゃった」

 キムチの言葉には辛そうな響きがある。

 キムチは直接見ていないが鬼畜王戦争は本当に厳しい戦いだったらしい。

 魔王ランスが生み出した魔人達の残虐さは噂だけでも背筋が凍るものでありキムチはカーマをずっと心配していた。

 命は無事だったものの、カーマはランスに処女を犯されてしまったらしくここに戻ってきたときにはとても落ち込んでいた様子だった。

「…魔王や魔人と戦ってなお五体満足で命が無事だったとはいえ、止めておけば良かったのかもね」

「カーマさんがいなければ鬼畜王戦争は止められませんでした。私達は彼女に感謝しています」

「そう言ってもらえるとカーマも喜ぶよ。戻ったら伝えておくね」

 

………

 

「そういえばロッキーから聞いたけどエールちゃんがカーマの次のカオスオーナーらしいね。日光さんも使えるって言うしすごいもんだね」

 エールは少し照れながら笑った。

「皆さんのおかげでもうランスさんも魔王になることもないんですよね。本当に良かったです。ありがとうございます」

 頭を下げたアルフラに父に会ったことがあるのか、とエールが尋ねた。

「昔、お世話になったことがあるんです。今でも覚えてます、とても優しい方でしたね」

「「え?」」

 思い出すように綺麗な笑顔を浮かべるアルフラをエール達は驚いた顔で見た。

「アルフラはまだ子供だったから。リセットちゃんと同じぐらいって言えば分かる?ランスも小さい子には結構優しい所もあってー」

 

「ただいま戻りましただす。買い出し行ってきましただ」

 玄関から懐かしい声がした。 

「ロッキーさん、おかえりなさい。お客さんが来てますよ」

 アルフラが明るい声でそちらに走っていく。

「おらにですか?」

 そう言って懐かしい顔が応接室に顔を出した。

「おかえり、ロッキー。買い出し、ご苦労様」

 エールが顔を出したロッキーに笑顔で久しぶりです、と挨拶をする。

「…え?」

 すると目を見開いて一瞬固まったが、すぐに気を取り直して頭を下げた。

「こ、これは!エール様にザンス様にスシヌ様に長田君まで!本当にお久し振りですだ!しかし皆様なんでここに?」

「俺達、ゼスに来たんでせっかくだから挨拶しようかって来たんすよ!ロッキーさん変わってないすねー」

 長田君がそう言うとロッキーは感激にあまり涙を流しはじめた。

「お、おらなんかのためにわざわざここまで……感動で前が見えませんだ」

 

「お久し振りです。ロッキーさん」

「スシヌ様も立派に成長なされてマジック女王に似てきましただな。ゼスも安泰ですだ」

「おいこら」

「ザンス様もますます凛々しくなられ…」 

「俺様は借金の取り立てに来た。闘神都市で貸してやった5万GOLD返せや」

「ひーーっ!すっかり忘れてただ!」

 ザンスの言葉に思い出したようにロッキーが飛び上がった。

「あれ、3万GOLDじゃなかったっけ?」

「どんだけ経ってると思ってんだ。利子だ、利子」

 だとしたらかなりの暴利である。

「うぅ……申し訳ありませんが今手持ちが全然なくて、必ずお支払いしますのでどうか……どうかもう少しだけ待って欲しいだ…」

 感激の涙を悲哀の涙に変えながらロッキーがぺこぺこと頭を下げている。

 借金はエールのせいではないが自分がロッキーに会いに行きたいと言ったばかりにと、ほんの少しだけ申し訳なく思った。

「まぁ、こんな貧乏くさい所にいるようじゃ手持ちなんかねーとは思ってたがよ。返すのが遅くなればもっと利子が増えるからな」

「お前なー!いちいち失礼だぞー!金持ちのくせにー!」

 長田君が笑っているザンスに抗議している。

 

「ロッキーったらそんなにお金借りてるの?」

「すみません、キムチさん。明日にでもおらまた働きに出かけますだ…」

 目に小さく涙を浮かべてロッキーが肩を落としながら言った。

「てかロッキーさんも俺等と一緒に魔王城行ったんだから魔王討伐隊のメンバーだろ?仕事とか引く手あまたじゃねーの?」

「おらは一介の冒険者にすぎません。魔王討伐ではほとんどお役に立てませんで―」

 そう言ったロッキーにエールはそんなことない、と口を挟んだ。

 最初の冒険から頼りなかった自分や長田君を支えてくれたのはロッキーである。

「そーそー!ロッキーさんいなかったらエールと俺だけじゃあんなスムーズに冒険できなかったって!」

「ロッキーさん、キャンプで美味しい料理も作ってくれてお世話とか細かい所まで気を配ってくれて皆を裏で支えてくれて本当に助かってました」

「…まあ、飯は悪くなかったな」

「み、皆さん…何とお優しい。付いて行って良かっただ」

 ロッキーはまた感激の涙を流している。

「へー、魔王の子達にここまで言わせるなんてロッキーってばやるじゃない」

「さすがロッキーさんですね」

 キムチやアルフラからも褒められてロッキーはもじもじと照れている。

「金が払えねーならリーザス来て働け」

 それは勧誘だろうか、エールが尋ねる。

「実戦経験もあってレベルも低くねーからまぁ、使えるだろ」

 ぶっきらぼうな言い方だが、ザンスはロッキーを高く評価しているようだ。

 確かにロッキーはレベルなら長田君より上であり、冒険者として経験豊富で共に修羅場を潜ってきた事を考えるとかなりの人材のように思える。

「お誘いは嬉しいのですが、おらはただの冒険者の身。それにランス様にいつでも仕えられるようにしておきたいので」

「クソ親父のどこがいいんだか。文句があるならさっさと返しやがれ。さっさとしねーと身ぐるみかっぱぐぞ」

「が、頑張りますだ」

 エールは世話になったからお手柔らかに、とフォローを入れておく。

 

………

 

「それじゃ、もう外は暗くなるしみんな今日はうちに泊まって行って。美味しいものご馳走してあげる」

「こんなとこに美味いもんなんてあるのか?」

「期待してていいよ。と、いうわけで今日のメニューはキムチ鍋に変更。アルフラ、準備手伝ってくれる?」

「はい!」

 キムチ鍋、というのは聞いたことがない食べ物である、エールは楽しみだった。 

 

 食事が出来るまでの間、エール達は子供達に群がられた。

 ザンスは居心地が悪そうに外に出て行ってしまったが、何人かがばたばたそれを追いかけて行った。子供は怖いものしらずである。

 話上手である長田君は冒険の話を子供達に聞かせていて、みんな大人しくわくわくとした表情で聞いていた。

 エールははしゃぎまわって転んだ子供にヒーリングをかけつつ、子供の相手をすべて長田君に押し付けている。

 

「戦争で身寄りが無くなった子達って聞いていたから少し心配したけどみんな元気いっぱいで良かったわ」

 エールは長田君から少し離れた場所の椅子にスシヌと並んで座っていて、パセリが杖の中から声をかけた。

「来た時は怯えている子達も大勢居ましたが、大人が思っている以上に子供と言うのは強いものですだ」

 ロッキーがエール達に茶を入れ直している。

「ここも国からの援助でやっていけてるだ。マジック女王様の統治のおかげで魔法使いじゃなくてもすっかり安心して暮らせるようになっただよ。あの子達も魔法が使える子、使えない子、色々いるけどみんな仲良くやってるだ。おらが若い頃は考えられなかったことだすな」

 子供達を優しく見つめながら話すロッキーの言葉を聞いてスシヌは嬉しそうな顔をする。

「お強くてもお優しいスシヌ様が次期女王になれば安心ですだ」

 エールもうんうんと頷いた。

「私はまだまだ未熟ですけど母の意志はちゃんと継ぎたいって思ってます」

 情報魔法や魔法道具によって運営している国ゆえ仕方ない部分もあるが一部の役職は魔法使いが独占している状態で、貴族の中には差別意識が残っている者達はまだいるのが現実だ。

 スシヌは杖を持った手にぐっと力を込めた。

「頑張るのは良いけど一人で気を張りすぎないようにね~」

 パセリがスシヌに優しく言った。

 

「ロッキーさんが冒険者になったのって何でなんですか?エールちゃんが冒険始めたころに会ったって聞いてるんですが」

 スシヌが何気なく思った疑問を口にした。

「そう言えばスシヌ様達にはお話してなかっただな」

 ロッキーはかつてランスに勝手に仕えていた召使いだったのだが魔王となったランスに捨てられてしまった。

 その後色々と考えた結果、今度はランスの子に仕えようと決心。本格的に冒険者として修業を積んでいる中でランス団と言う名前で盗賊をしていた魔王の子の偽者に騙されて仕えていた所を本物の魔王の子であるエールがやってきてそのままエールに仕えることにしたことを話した。

「思えばエール様とは運命の出会いでしただ。初めてお会いした時はまさか本当に魔王城まで行ってランス様に再会できるとは思わず、感謝してもしきれませんだ。おら一人じゃ今頃騙されてどこで死んでたかも……」

 ロッキーは改めてエールに頭を下げた。クエルプランに飲み込まれたりと色々あったがそれでも無事だったロッキーは本当にタフな男である。

 エールははじめてロッキーに立ち塞がれた時にトドメを刺そうとしたのだがしなくて良かった、と呟いた。

「えっ!? あ、危なかっただー…そういうところはお父様似ですだ」

 エールはなぜまだ冒険者を続けているのかを尋ねてみる。

「またお仕えしたくてランス様の居場所を探してるだ。しかししばらくは働いてしっかり稼がなきゃいけませんが……」

 エールに仕えてなお、やはり本当に主として仕えたいのはランスなのだろう。

 ビスケッタもそうであったがなんだかんだで父は人を惹き付ける魅力があるんだろうな、とエールはぼんやりと考える。

「ザンスちゃんも本気で言ってるわけじゃないと思いますから」

「何、勝手な事言ってんだ。耳揃えてきっちり返しやがれ」

 ザンスが子供に引っ付かれながら戻ってきた。

「おい、ロッキー。このガキども引き離せ」

「は、はい!ほら、みんなザンス様が困ってるから離すだよー」

 面倒見がいいのだろうか、ロッキーが言うと子供達はしぶしぶザンスから離れる。

 

「ロッキーはキムチ先生と結婚しないのー?」

「ぶへっ!」

 持ち上げられた子供が突然そんなこと言ったのでロッキーが噴き出した。

「い、いや。おらはまだ一人前ではないから…」

 様子を見るにロッキーはキムチに片思いをしているのだろう、とエール達は理解した。

「でも魔王討伐の旅に行ってきたって本当だったんでしょ?」

「そーそー!ロッキーすごいじゃん!」

「キムチ先生がダメならアルフラ姉ちゃんはどうなの?いつもロッキーさんのこと心配してたんだよ」

 子供達に囃し立てられてロッキーはしどろもどろになっている。

 確かにロッキーは身を固めても良さそうな年齢だし奥さんになった人を幸せにしてくれそうだ、とエールも相槌を打つ。

「え、エール様までなんてこと言うだ。おらにはまだ早いだすよ」

「お前全くモテなさそうだしな。どうせ女経験もねーだろ」

 ザンスはそう言って笑っているがザンスは全く人の事言えない、とエールが返すと頭がポカリと叩かれた。

 

………

 

 エール達はその夜、キムチ特製だというキムチ鍋をご馳走になった。

 ものすごく辛いのにものすごく美味しく、思わずカラウマーと言いながらぱくぱくと口に運んでいく。

「はいはい、いっぱい作ったから落ち着いて食べてね」

 エール達が熱さと辛さに負けないように懸命に食べていると体の中から力が沸き上がるような気がした。

「あら、ラッキー。ランスもそうだったけどたまにキムチ鍋を食べると能力アップする人がいるからたぶんそれね」

 エールは作り方を聞こうとするがキムチと言う名のつく人しか作れない伝説の食材がいるらしく、諦めるしかなかった。

 ザンスも気に入ったらしくいつかリーザスに来て作らせるのをキムチに一方的に約束させた後、これ以上のロッキーの借金の利子追加は無しにしてやる、と言った。

 

 そのまま孤児院に一泊。

「お名残り惜しいですが、またお別れですだな…」

 寂しそうにしているロッキーにエールは冒険者同士いつかまた会うこともあるだろうしその時はまた一緒に冒険に行きましょう、と笑顔で話した。

「うぅ……なんとお優しい言葉」

 ロッキーはまた感激で泣いていた。

「借りた金はリーザス持って来いよ。足りなかったら働かせてやるからな」

 ロッキーは落ち込んでいるがエールにはさりげなくリーザスに勧誘しているように聞こえる。

「長田君ばいばーい!また来てねー!」

「子供たちと遊んでくれてありがとうございました。ぜひまた来てくださいね」

「アルフラさん困らせないでいい子にしてろよー!」

 昨日の話が楽しかったのか、長田君は子供達の人気者になっていた。

「スシヌ王女、お城に戻ったらウルザにたまには顔出してって伝えてくれるかな?」

「分かりました。お話聞けて良かったです」

 スシヌはそう言って頭をぺこりと下げた。

 

 キムチやロッキー、アルフラや子供達に見送られながらエール達は出発した。

 

 目指すは姉リセットのいるシャングリラである。

 




※孤児院メンバー独自設定
・カーマ・アトランジャー … カオスオーナーとして鬼畜王戦争に参加。魔王ランスと戦って敗れるが、ミラクル達が最凶生物SBRを使った作戦でランスを正気に戻すことに成功する。
その後、口直しとばかりにランスに抱かれることになりカーマとしても小さい頃からの憧れだったランスに処女を捧げる気持ちだったのだが、シルバレルの悪夢を振り払おうとしているランスに余裕などあるはずもなく一方的に犯されるというがっかりな初体験だった。憧れは幻想だった。
周りは魔王に犯されたことや戦争のことなどを心配しているが、カーマ自身はそんなに傷ついておらず持ち前の盗賊Lv2の才能を生かして冒険者を続けている。

・アルフラ・レイ … 孤児院の副院長(院長補佐)。子供の頃、大人達に性的な暴行や虐待を受け失った右目を失明し手先の障害を残し、酷いトラウマを負っていた。ランスにはそのトラウマを払拭してくれた恩があり、ランスが魔王になってからも心配していた。手先の障害はほぼ克服し、見えなくなった右目は髪で隠している。キムチ鍋のせいかレベルは低くなくカーマやロッキーの影響もあって孤児院周辺を見回ったり出来るぐらいには強い。

・キムチ・ドライブ … 孤児院の院長。鬼畜王戦争で家族を失った子供達を保護している。そのカラウマなキムチ鍋は健在。ロッキーにとっては永遠の憧れの女性。ロッキーの気持ちには薄々気が付いているが孤児院の子供達を世話か、忘れられない男がいるのか未だ未婚。アイスフレーム孤児院というのは通称で、孤児院自体に名前があるわけではない。


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エールと兄姉と魔法ハウス 1

 シャングリラまでは距離があるが温暖な気候もあってゼスでの冒険は順調だった。

 

 キャンプではエールはスシヌと一緒のテントに入っている。

「眼鏡外れないなぁ…」

 割らないように寝るのも眼鏡があたって痛そうで顔を洗うのにも苦労しているらしく、落ち込み気味だった。

 

 エールは何か気を紛れさせることは出来ないだろうかと考え、思い出したように手をポンと叩くとスシヌに魔法を教えてくれないかと相談することにした。

 思えばエールの周りにはきちんと魔法を教えてくれる人はおらず、使える魔法といえばどこで覚えたのかも定かでない電磁結界ぐらいである。

「う、うん! 任せて! 何を覚えたいの?」

 普段は頼りにならない自分であるが、魔法だけは人より出来る自信がある。

 エールに頼られたのが嬉しくスシヌは笑顔で胸を張った。

「あ……でもエールちゃんAL大魔法使えるよね? あれ以上の魔法なんて私じゃ……」

 

 エールの使うAL大魔法は名前の通り普通の魔法ではなく神魔法である。AL教のテンプルナイトが使う技をエールが強力にしたものがAL魔法剣、それを魔法にしたものがAL大魔法。攻撃魔法でありながら相手の体力を吸い取るかのように回復も出来る攻防一体の技で、相手が強ければ強いほど効果が高まるという不思議な特性を持つエールの大事な必殺技だ。

 

 スシヌから教わりたいのはそんな攻撃魔法ではなく、基本や補助系の魔法である。

「基本の魔法?」

 温度調節として弱い威力の炎の矢や氷の矢を使いたい、とエールは頼んだ。

 エールであれば見よう見まねで覚えることも出来るだろうし、魔法Lv3という破格の才能の魔法使いに頼むのは贅沢な話ではあるのだが知ってる人からちゃんと教わりたかった。

「ううん!それぐらいなら私でも教えられると思う。エールちゃんは魔法の才能あるからあっという間に覚えられるよ」

 そしてもういくつかスシヌに教えてもらいたい魔法がある。

「何を覚えたいの?もしかしてマジカルドリル覚えて長田君のこと割りたいとか…」

 ハニワ叩きが使えるから長田君を割る時はそれで十分、とエールは首を横に振った。むしろスシヌにもハニワ叩きを教えたいと思っているぐらいである。

「わ、私にもできるのかな?」

 長田君が聞いたら泣きそうである。

 

 

 シャングリラまでの道中で襲ってくる魔物も大したことはなく、長田君でも勝てる程度の敵ばかりだった。

「おいこら陶器、逃げてないで戦え。あの程度、お前で十分だろうが」

「きゃー!無理無理!あんなでっかいのー!」

 いもむしDXから逃げ回る長田君をザンスがとっ捕まえて敵前に放り出している。

 エールとスシヌは離れた場所で訓練がてらとても弱い魔法で援護しつつ、応援していた。

 

 

 さらに進んでいくと何やら名乗りつつ現れた盗賊達が現れたのだがエールやスシヌにいやらしい視線を向けた瞬間、ザンスに斬り殺される。

 

「盗賊を放っておくとゼスの人達が困るかも…」

 スシヌの小さな一言を受けてエール達は流れるように盗賊のアジトまで攻め入って頭領を潰して盗賊団を壊滅させる。捕まっていた女性や奪われていた宝を近くの村に届けると村人からは膝をついて感謝された。エール達はもてなしをするという村人の誘いを断り、食料を分けて貰うと挨拶もそこそこに出発していく。

 

「我等が手も足も出なかった相手をあっという間に壊滅とは何と言う強さか」

「食料だけで良いとはなんと欲のない御方…しかしあのお姿はもしやスシヌ王女では?」

 

 エール達にとっては道中に邪魔な石があったので蹴り飛ばしたぐらいの感覚なのだがその盗賊団は凶悪で、近隣の村々を荒らし近々軍が派遣されることになっていた大盗賊団であった。

 それからもエール達は立ち塞がる盗賊を冒険のついでか暇つぶしとばかりに潰していった。

 

 そしてエール達が本場のカレーマカロロを味わおうとイタリアに寄った際のこと。

 魔法が使えない国民をかつての2級市民のように裏で奴隷として扱っていた悪徳領主がいることを知った。その悪行にスシヌは怒り、大の人見知りでありながらゼス王家の者と名乗って都市の衛兵を味方につけ領主の邸宅に乗り込んだ。イタリアの悪徳領主は相手が王女と分かりつつ大量の警備兵を引き連れて反撃をしてきたが護衛であるエールやザンスに敵うはずもなく護衛ごと一瞬で壊滅させられ、その日のうちに全財産を没収され投獄、奴隷として扱われていたイタリア市民も無事に解放された。

 

 スシヌはそんなイタリア市民に王女として頭を下げると、すぐに魔法通信で首都へ連絡し安全に過ごせるように取り計らった。

「あれが魔王を討伐したというスシヌ王女。かつてのガンジー王のように身分を隠して世直しの旅をしてらっしゃるのか」

「ゼスきっての卓越した魔法の才能がありながらそれを鼻にかけることもなく我らに接してくださる。全くスシヌ様はゼスの誇りじゃあ…」

 

 

 これはかつてガンジー王がしていたという征伐のミトの噂と重なり人々の口から口に伝えられ、次期女王と言われているスシヌとひいてはゼス王家の評判に繋がることになる。

 

 

 問題があるとすればお忍びということが頭から抜けているかのように大暴れしているということだ。

 

 

………

 

 

 そんなこんなでゼスで冒険をしつつ数日が経った。

 

 

 冒険中はキャンプが基本、とエール達がいつもの通りキャンプの準備をしようとした時のこと。

 

「あー!」

 スシヌが急に何か気が付いたように声を上げた。

「なんだ、いきなりアホみたいな声出しやがって」

「ご、ごめん。私、ママからこんなものを貰ってたんだった……」

 そういってスシヌが荷物から取り出したのはミニチュアの家のようなアイテムである。

「魔法ハウスか、いいもん持ってんじゃねーか。さっさと出しとけよ」

 ザンスはそれに見覚えがあるようでスシヌの手からそれをひょいっと取り上げた。

「前の時はキャンプだったからすっかり忘れちゃってた。エールちゃん、これ使ってみない?」

 使ってみると言われても何に使うものなのか、エールは首を傾げた。

「そのおもちゃみたいなの何なの?いいものなん?」

「スシヌ、さっそく使って見せてやれ」

 エールや長田君が不思議そうな目で見ていると、ザンスがスシヌの手にそれを戻した。

 

「私も使うの初めてなんだけど…えっと使い方はこれを地面に置いて、ここをこうするんだったっけな」

 スシヌが何やら操作するといきなりそのミニチュアが大きくなって一軒の家になった。

「うわー!なんだこれ!なんだこれ!」

 テンションがあがる長田君と共にエールも驚きながらぱちぱちと拍手をした。

「小っせぇ家だな。まぁ、テントよりはマシか」

「小型タイプだけど中にはベッドとかキッチンとか最低限の設備はあるみたいだよ」

 ザンスとスシヌは王子と王女なので驚きはなさそうだったが、作りもしっかりしている立派な二階建ての家である。

「これで小さいの……?」

 長田君が茫然と言っているところに、二人とも王子と王女だから、と言いつつエールも自分の家よりも大きいそれに少しショックを受けていた。

「これは魔法ハウスっていってね。簡単に言うと携帯用のお家の魔法アイテムなんだ」

リーザス(うち)にも数えるほどしかない、そこそこレアなアイテムだな」

 あのリーザスにも中々ないとなればそれはレアなものなんだろう、とエールは思った。

「へー、やっぱ王女ともなるとすげーもん持ってんだなぁ」

「これは最新式でちょっとした魔物除けの機能があるんだったかな?」

「そうか。なら陶器だけ一人外でキャンプになるんだな」

 キャンプ張るのは手伝うからね、とエールは言った。

「え、俺は入れないの!? 俺、悪いハニーじゃないよ!?」

 ハニーは魔物だから、とエールは同情するように答える。

「そ、そうじゃなくて!魔物除けっていうか、敵に見つかりにくくなるって魔法がかけられてるだけだから、長田君も大丈夫だから!」

 スシヌは長田君に謝りながら言いなおす。

「よ、良かった~…俺だけキャンプとか泣くぞ」

 エールはわくわくとしながらさっそく入ってみよう、と言って魔法ハウスの扉を開けた。

 

 魔法ハウスの中に入るとそこかしこに埃が積もっているのが分かる。

 

 一通り部屋を確認すると中は二階建て。一階には使用人部屋っぽいベッドが二つある部屋、小さなキッチンと食堂、二階には三人ぐらい寝られそうな大きなベッドのある部屋となぜか付属のシャワー室がある。備え付けられている調度品もシックだが精巧な細工が施されていて風格があり、エールのささやかな実家よりも広く豪華な作りであった。

 

「すげー、まじで家じゃん! これあればどこにでも住めんじゃね?」

 これがあれば家出しようが何かあって逃亡しようが快適に過ごせそうである。

「でもちょっと埃っぽいね。使ってなかったからかな」

「自動で掃除する機能とかねーのかよ。今どきダンジョンでもこんな汚れてねーぞ」

「迷宮が綺麗なのはメイドさんのおかげだからいなきゃこんなもんじゃね?」

 使う前に掃除をしようか、とエールが提案した。

 スシヌや長田君がそれに頷く。

「掃除もだが飯の支度もしとけよ」

 そう言って外に出て行こうとするザンスにエールが声をかけた。

「あ?こういうのはお前らの役目だろうが。俺は散歩にでも行ってくる。俺様が戻る前に終わらせとけ」

「お前、勝手に俺達の冒険についてきたくせに偉そうにー!ちょっとは手伝えよー!」

 そう言った長田君は振り向かれることもないままザンスに叩き割られた。

 

………

 

「ムキー!あいつ、飯抜きにしてやろーぜー!」

 その時はたぶん容赦なく長田君のご飯が奪われることになる、とエールが言うと長田君は言葉に詰まった。

「まあまあ、ザンスちゃんに手伝わせるなんて無理な話よ。代わりにどこかで美味しいものでもご馳走になっちゃいましょ」

 パセリがぷりぷりと怒っている長田君を宥めながら魔法で器用にシーツなどを洗っている。

 水の魔法でささっと洗い、パパっと広げて、火の魔法でふわふわに乾かす。一連の動作は澱みもなく優雅ですらあった。

「おばあちゃん、本当に器用だよね。お料理も出来るし」

「私自身は食べられないんだけどね~」

 さすがゼス建国王、とエールは魔法は色々なことが出来るんだなと感心する。

 魔王討伐の時はリセットやロッキーをはじめとして全員で手分けしてやるのをニコニコと見つめていただけだったが実際にはパセリ自身で色々なことが出来るようだ。

「家事全般ちゃんと出来るっていうのは女の子の基本、これぐらい出来ないとモテないわ。男の子っていうのはかいがいしく働く女の子が好きなものなのよ」

 幽霊で体はないのに器用だというのが言いたかったのだが、さすが恋人が何人もいたというパセリの言葉である。

 可愛いらしい容姿落ち着いていて朗らかな物腰、真の意味でモテる女性による妙な説得力があった。

 

 エールはスシヌと一緒に掃除をしながら、魔法ハウスについて尋ねる。

「これはゼスで作ってる魔法アイテムなんだけど、作るのが凄く大変で国全体で50個ぐらいしかないんだって。それもほとんどは国の偉い人たちが視察で各地を周る時とか軍の遠征とかに使われてるから見たことないのもしょうがないんじゃないかな。大きいタイプのは貴族が別荘代わりに使ったりもしているらしいけど」

 ゼスに50個程度しかない、と言うからには本当にレアなアイテムなのだろう。

「前に冒険したときにずっとテントだったからってママが持たせてくれてたんだ」

 キャンプも楽しかったけどね、と掃除の手を休めないままスシヌが懐かしそうに答える。

 

 エールの母といえば法王と言う結構偉い人であるはずだがテントを自分で張れるように訓練し、冒険の心得を仕込んだだけで便利なレアアイテムの類はくれなかった。

 火をどこかうっとりと見つめる母とするキャンプは良い思い出だったとはいえ、比べるとマジック女王は厳しそうに見えて、こんなものをさっと持たせるぐらいには娘に甘いらしい。

 

「そうだわ。これ、エールちゃんにあげて良いんじゃないかしら?」

 エールがパセリの言葉に驚いて振り向いた。

「マジで!?すっげーじゃん、エール!これって超レアアイテムなんだろ!?」

「あっ、それもそうだね。私が持ってても全然使わないし小型のタイプだと軍の遠征とかにも使えないだろうから、良ければエールちゃんこれ――」

 大喜びの長田君を制しつつエールは首をぶんぶんと横に振った。

 さすがに簡単に貰っていいものではないのはエールにも分かる。

「いいのよ、貰っちゃっても。エールちゃんはスシヌを助けてくれたんだし、今だって護衛してくれてるんだから何にも報酬がないっていうのもゼスの沽券に関わるわ。マジックには私から話しておくから大丈夫」

 姉を助けることは当たり前なので報酬をもらう気はない。

 そしてエールは魔法ハウスより、手間をかけてキャンプを張るのが冒険の楽しさの一つだと思っている。普段は長田君と二人旅なのでキャンプで十分、とエールが答えた。

「そうだけどエールちゃんの冒険話を聞くと二人きりってそんなに多くなかったんじゃないかしら。これからまた人数増えるかもしれないんでしょう?こういうものはリーダーが持ってた方がずっと役に立つアイテムよ」

「パセリさんがこんな風に言ってくれるんだし、貰っちゃえよー!こういうのは好意として受け取るべきだぞ」

「私は普段、首都の外に出ることはないから持ってても使わないもの。こんな風に埃がたまるだけだからエールちゃんが使ってくれたら嬉しいな」

 笑顔のスシヌを見つつ、なら遠慮なく貰います、とエールは言った。

 今はパーティ人数がそこそこいるので有用だが、二人だけになったら中の手入れの方に時間がかかるだろうしそこは使い分ければいいだろう。

「やったな、エール!」

 思わぬ報酬に、エールも笑顔を浮かべた。

 

………

 

 エールは長田君達に食事の支度を任せ、ザンスを探していた。

 

 エールがザンスを見つけると剣を振って一人で訓練をしているのが見える。お忍びゆえに赤の鎧は着ていないがその姿はとても様になっていてエールは何となくその光景を見つめていた。

 ザンスもその気配と視線には気が付いていたようで一通り剣を振り終わるとエールに向かって声をかける。

「飯の準備は出来たか?」

 エールはもう少しかかるだろう、と答えた。

「そうか。ならそれまでお前も付き合え」

 魔王討伐の旅の途中、ザンスが隠れて訓練していたのにエールは付き合ったことがある。

 今回も散歩と言いつつ、一人で訓練していたのだろうということぐらいは分かる。偉そうにしているがその自信に見合うだけの努力はしているのだ。

「前やりあった時よりは鍛えてあんだろうな?」

 エールは返答の代わりに日光をすらりと構える。その構えはリーザスで模擬戦とした時よりも隙がなくなっていてザンスはニヤリと笑った。

 しかしエールははっと思い出したような表情になると模擬戦じゃないから勝っても負けてもエッチな事はしないよ、と言った。

「誰がするか!」

 訓練の前にエールの頭がポカンと叩かれる。

 

 そのままエールはザンスと一緒に剣の訓練をはじめる。

 

 ザンスの振るうバイロードから素早く重い斬撃が繰り出されるがエールも一撃で吹き飛ばされるような無様な事はなく、上手く受け流して反撃に出られるぐらいにはなっていた。エールも持ち前の身軽さを活かして隙を突こうとするが手数の大きい攻撃もザンスに即座に反応して受け止められ、レベルと経験の差は簡単に埋まるものではない。

 エールは手加減をされていることを感じ、まだ勝てないことを理解しながらもなんとかザンスを観察し勝てる道筋を探した。しかし鎧をつけてないせいか防御力は低くなってる代わりに俊敏さが増しているのか結局、エールはすぐに防戦一方になり、最後は手を打たれて日光を跳ね上げられてしまった。

 

 

「ここまでですね」

 日光の呟きでザンスもバイ・ロードを下げた。

「相変わらず魔王と戦った時よりはクソ弱い。が、ちっとは勘が戻ってきてるみてーだな」

 ヘルマンやゼスの冒険を経て、エールのレベルもだいぶ上がったようだ。特にハニワの里で毎日のようにハニーキングを相手にしていたのが効いている。

 まだ勝つことは出来ないが勝てるのもそう先の話ではない、エールはザンスや自分にヒーリングをしつつ頬を膨らませつつ呟いた。

「バーカ。お前が俺に勝てるわけねーだろうが」

 そう言いつつ、ザンスは久しぶりに自分の一撃を受け止められる相手と戦えたことで楽し気である。

 そういえばハニーキング相手でもエールはザンスが少し楽しそうに見えた。レリコフもスシヌも大分レベルが下がっていたようだがザンスは赤の将としてレベルもほぼ維持している。世界に戦える相手はほぼいない状態、もしかしたらそれは寂しいことなのかもしれない、とエールはザンスを見つめながら考えた。

「なんだ? 俺の顔を見てまた抱かれたくなったか?」

 抱かれてない、とエールは普通に首を横に振った。 

 これでスシヌには魔法、ザンスには剣を鍛えて貰っていることになる。

 訓練ではなくいつかちゃんとまた模擬戦でリベンジがしたい、とエールは地面に刺さったままの日光を抜き軽く振り回して鞘に納める。

「そーか、回りくどいもんだな。抱かれたいなら素直に言えばやってやらんこともないが、そん時はあの時の続きでもしてやるか」

 あの時、というのはシーウィードの一件のことだ。さっきは誰がするかとか言ったくせに、とエールが口を尖らせると頬がぐいーっと引っ張られた。

 

「エールさんの交友関係にあまり口を出す気はありませんが、軽はずみなことはしてはいけませんよ」

 日光がエールへ心配そうに声をかける。

「そういや日光。あの魔女ババアのとこでも言ってたがお前、人間になれるんだったな」

「…その通りです。あまり知られたくないことですので他言は無用に願います」

 日光さんは巨乳のJAPAN風黒髪美女だ、と何故かエールが得意げに答えた。

「JAPANの女に興味はわかねーな。んで、あー、それで耳に挟んだんだが。日光のオーナーになるには儀式が―」

「エールさんとは何も、儀式もしていません。儀式をしないで私を使えた方はエールさんがはじめてでした」

 少し言いにくそうにしていたザンスの言葉を日光は強い口調で止める。

「ならいい。俺の女を変な道に引っ張り込まねーように言ってやろうとしただけだからな。前持ってたアームズも女だったし、お前そっちのケがあんだろ?」

「断じて違います。それとエールさんはザンスさんの女ではありません」

 エールはザンスと日光の言葉に首を傾げている。

「はっ、刀のくせに母親か姉気取りか? 何人と儀式と称してやってきたのか知らねーがそんなお前が言えた義理か」

 ザンスのどこか軽蔑するような口調を受けて、エールは刀のまま日光が目を伏せたような気がしてとりあえずザンスをボカンと鞘で叩いた。

「何しやがる!」

 エールはそれには答えずじっとザンスを見ると、ザンスの方は言葉に詰まってばつが悪そうに目を背けた。

 

「エールー!どこ行ったー!」

 そんな空気を払うかのように長田君が呼ぶ声がした。

 長田君の緊張感のない声はどこか安心する。

「ちっ…おせーんだよ」

 ザンスは声のした方にのしのしと歩き出し、エールもそれについて行く。

 

 エールは手に持ったままの日光が少し微笑んだような気がした。

 




・魔法ハウス …… ゼスに30個ぐらいしかなかった魔法アイテム。ランスも持っている。スシヌはあっさりとエールにあげてしまったが家具付きの家一軒+携帯可能という便利なアイテムなのでおそらく高価なんてもので済まない価値がある。
・日光の儀式 …… エールは日光を儀式なしで使えているため、儀式が必要な事は知ってるのもののその内容までは知らない。


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エールと兄姉と魔法ハウス 2

 魔法ハウスで食事をとった後の事。

 

 エールはスシヌが入れてくれたお茶を飲みながら、魔法の練習をしていた。

「やっぱり火力が強すぎるね。エールちゃんは潜在魔力がすごく強いからだと思う」

 ぷち炎の矢やぷち氷の矢でも、イカマンぐらいなら粉砕できそうな威力になってしまう。

 レベルが高いせいかエールの魔法は才能以上に威力のあるものになってしまっているようだ。

「魔力が高いとただ魔力を練れば良いってものではない繊細な操作はちょっと難しいのよね。剣でも手加減って逆に難しいものでしょう?」

 パセリも一緒にエールの魔法を見ている。

 最初、パセリはまず魔法の理論と知識をエールに覚えさせようとしたのだがエールが途中で目を回して頭を抱え始めたので理論よりも使って慣れた方がいいだろうと判断した。

 スシヌも師匠であるアニスから与えられた課題だと、エールの横で一緒に魔法の訓練していて左手と右手でそれぞれ魔法を出していた。

「魔法ってどうしても詠唱しなきゃいけないから隙が生まれるでしょ?だからせめて同時に出して二回攻撃出来ればなって…」

「これ、実はとってもすごい事なのよ~」

 優秀な子孫にパセリは自慢げだった。

「アニス先生はどうやってるのかポンポン打ってるし、私なんてまだまだ…」

 あの人は魔力をセーブしようなんて思ってないから出来る芸当なんだと思う、エールはパニックになって魔法を乱射してたアニスを思い出した。

 

 エールは魔法制御の練習として、飲み終わったカップを宙に浮かべようとするがびよーんと上に跳ね上げては素早く動いて手でキャッチをした。

 何度も繰り返すがふわふわと浮かばせることなどは出来ない。

「エール、さっきからそれなんか新しい芸?それとも遊び?」

 何度か試すがそのたびに吹き飛んでしまい、その動作が大道芸のようになっているようで、長田君につっこまれてしまった。

 芸ではなく魔法の修行だ、とエールが口を尖らせる。

「へー!エール、魔法の訓練とかしてたんだ。せっかく優秀な魔法使いがいるんだしいい機会じゃね?」

 エールは大きく頷いた。

 魔法の師匠は魔法Lv3のゼス王女に魔法大国ゼスの建国王という、魔法使いでなくともゼス国中で憧れられる二人である。

「これでエールもますます強くなっちゃう? まっ、俺には魔法Lv3だろうが効かないけど?」

 エールはちょっと得意げな長田君に向かってぷち炎の矢を飛ばすが、ぺしっと当たって掻き消えた。そのまま何度もぷち炎の矢の的にしてみる。

「へっへーん。全然痛くねーぞー」

 長田君はやっぱりハニーだった。

「お茶のおかわり持ってきたわ~」

 パセリがさっとエールのカップにお茶を注ぐ。

 ちょうど良い所に、と言ってエールは長田君の頭に熱い茶の入ったカップを乗せた。

「ちょ、やめて!こぼれるー!割れるー!」

 うまくバランスを取り始めたのを見て長田君の方が芸人みたいだ、とエールは笑った。

 

「何やってんだか」

 ザンスはバイ・ロードの手入れをしていた。

「そういやザンスってお忍びだからって赤の鎧ないけど武器はそのままなんだな。他の剣使えないん?」

 長田君がバランスを取りながらザンスに聞いた。

「んなわけねーだろ。ただ相手だっつーハニーキングはかなり強いって聞いてたからな。慣れてない武器で戦うわけにはいかなかったんだよ。慣れない武器で戦うのがやばいってのはエールなら分かるだろうが」

 コロシアムで慣れない細身の剣を使ったことがあるエールは大きく頷いた。

 

 エールが使っている聖刀・日光は魔人が切れるというだけ特性だけではなく、武器としても非常に優秀であった。

 振った時の軽さ、切った時にも重くならない鋭い切れ味、何よりも手と一体化しているように馴染む感覚がある。

 ついでに見た目も人間時の日光に負けないぐらい光が揺らめく白い刃が美しく、手入れも簡単だ。

 

「でも儀式をすりゃ誰も使えんだろ?」

「私を無理矢理使おうとすれば手に馴染むことも、軽く感じることもありません。聖刀などと呼ばれていても本質はカオスと同じ魔剣なのですから」

 アームズのように無理矢理、儀式か契約とやらをして使うことも出来るようだがそれでは扱いきれない、という事だろう。

「エールさんが儀式もせず見事私を使いこなせているのを見ると驚くほど相性が良かったのでしょうね」

 優し気な日光の言葉にエールは少し得意げな表情になった。

 

 エールはバイ・ロードを手入れしているザンスにちょっと触らせてほしい、と頼んでみた。

「は? 誰が触らせるか」

 ボクの方が上手く扱えるかもしれないから?とエールが挑発するように言うとザンスは鼻で笑ってエールにバイ・ロードを持たせた。

 

 バイ・ロード。リーザス赤の将に代々受け継がれてきたという由緒ある武器。

 

 エールの背丈よりも長い剣、持ってみると分かるが魔力が感じられるので魔法剣のようだ。だがそれ以上にその長さに反して異様なほど軽いことに驚いた。

 エールがやや真剣な面持ちで軽く振るってみると剣先が少し伸びたような妙な感覚と共に、恐ろしい長さと軽さに体の重心が振り回され思わずよろめいてしまった。

 そんなエールの様子を見てザンスがほくそ笑む。

 

 代々伝わっている武器と聞いていたから見た目に反して癖のないものだと思っていたが、とんでもなく癖のある武器だった。

 一振りでその使い辛さが分かってエールは思わず眉を寄せながら振るった時に少し伸びたような気がする、とエールが話した。

「そういう武器なんだよ。お前じゃ扱いきれねーだろ」

 エールは大きく頷きながらバイ・ロードをザンスに返した。

 

 そしてもう一つ、エールは訓練でも…もっと前のコロシアムの時から本当に手加減されていることも分かってしまった。

 必殺技であるバイ・ラ・ウェイすら使わせられるどころかこの剣の本気の一撃も出されていないのだろう。エールは模擬戦のリベンジが出来るのは先が長そうだと感じた。

 

「超有名な剣、俺にも触らせてー!」

「剣も扱えねーやつが触るんじゃねえ!」

 長田君が近づこうとしたがザンスに蹴り飛ばされた。

 

「そういえばザンスちゃんってヘルメットはつけないわよね。ほら、リックさんが昔被っていた…あれも代々赤の将に受け継がれているものじゃなかったかしら」

「誰がつけるかあんなくっそダサいヘルメット(もん)。押し付けてきやがったがリックに突っ返してやったわ。俺様のハンサムな顔が隠れたら女共が悲しむだろ」

「確かにカッコイイものじゃなかったけど…ザンスちゃんにそんなこと言われてリックさん悲しまなかったかなぁ」

 

 どうやら他にも受け継がれているものがあるらしい、エールはちょっと見てみたいと思った。

 

………

……

 

 夜遅く、そろそろベッドに入ろうかという時間になってザンスと長田君が言い合いを始めた。

 

「俺様はデカいベッドがある二階を使うから、お前らは下で寝とけ」

 事の発端はザンスがさも当然とばかりにそう言い出したことにある。

 

「こらー!お前何もしなかったくせにいいとこで寝ようとかずうずうしいぞ!」

「俺様があんな使用人部屋みたいなとこで寝るとかそっちの方がありえねーだろうが!」

 

 ザンスとスシヌは王族である。エールはむしろ小さいベッドではないと落ち着かないが、大きなベッドの方が寝慣れているのだろうか。

 エールはスシヌに聞くと

「私はどっちでも大丈夫だよ?」

 キャンプでは普通に寝ていたことを考えるとつまりザンスの我儘だろう。

 

「うーん、でもベッド3つしかないのよね?」

 パセリがそう言った。

「陶器を外か床で寝かせりゃすむ話だろ」

「そ、それはちょっと酷いよ…」

 エールもスシヌに頷いた。

「二階のベッドは二人で寝られるぐらいは大きいだろ! そこにエールとスシヌが一緒で寝ればいいのー!」

 長田君が当然のように提案する。

「え? えええっ!? 私、エールちゃんと一緒のベッドなの!?」

 しかしそれを聞いたスシヌは目をぐるぐるさせながら動揺していた。エールとしてはキャンプも一緒のテントだったのだから今更なのだが、一緒の布団となるとそれとはまた違うようだ。

「まぁ、スシヌったらラッキーね。エールちゃんと一緒に寝られるなんて」

「ベッドで暖めあうなんて、そんな!?」

 スシヌは何を想像したのか頭からプシューっと蒸気を吐き出さんばかりに焦っている。

「確かに一人じゃあのベッドはでかいな。よし、エールかスシヌかどっちか一緒に寝てやるから一緒に来いや。やってる最中、下に声が聞こえないように我慢してろよ。声だけでも刺激が強いだろうからな」

 ニヤニヤしながらエールとスシヌを見ているザンスの横で長田君が何を想像したのかぱりんと割れた。

 エールはスシヌに手を出されたら腹を切って詫びなきゃいけない、とスシヌの前に立ち塞がる。

「そうだったな。ならエールでいいわ。…ちょうど話したいこともあるしな」

 話って何?とエールが聞こうとする前に長田君が大声を出した。

「いいわけあるかー! 男と女が一緒のベッドとか! ダメ!エールは嫁入り前なんだぞ!」

 なら長田君とザンスが二階のベッドで一緒に寝るのはどうか、とエールが提案する。

「そん時は陶器を窓から投げ捨てる」

「俺も嫌だ!エールやスシヌならともかくー!」

「あら、長田君もけっこうえっちな事考えてるのね~」

 パセリの言葉に長田君が焦っている。

「てめぇ、陶器の分際で俺の女狙ってやがったのか」

「そんなんじゃなくて!ベストは可愛いハニ子か柔らかい巨乳のお姉さんだけどせめて女の子がいいってこと!」

 エールは長田君を割った。

 スシヌはと言えばエールちゃんと一緒のベッドは…と顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせて話が聞こえてないようだ。

 

「でも実際、二階の部屋にはシャワー備え付けられてるの考えるとそういう事をする部屋として作られているわよね。ちゃんと防音もされているみたいだからどんな声を出しても安心。…マジックは知らなかったでしょうけれど」

 知っていたらそんなもの絶対にスシヌには渡さないだろう。

「あのベッドの広さだったら二人どころか三人もいけるでしょうね」

 なら全員、二階に寝られるのでは?

 ヘルマンでは全員一つの部屋で寝泊まりしていたし、それも楽しそうだとエールは思った。

「暑苦しくなるだろうが。陶器以外は上に来て良いが」

 

 

 エールは前と同じように手をパン!と大きく叩くと全員がそれに注目する。

 

 そして今回のパーティのリーダーも、この魔法ハウスもスシヌから譲ってもらったからボクのものだ、と言った。

「魔法ハウス、エールにやっちまったのか?」

「う、うん。私が持ってるよりエールちゃんが持ってた方が役に立つからって」

「お前、これがどんだけのもんか分かってんのかよ…」

 魔法ハウスが本来、一介の冒険者が持てるようなものではなくリーザスにも数個しかないアイテムだと知っているザンスとしては呆れたように言った。

「んで、エール。部屋割りどーするん?」

 

 ボクとザンスで二階に行くからスシヌと長田君は一階で、と言った。

 

「キャー、エールちゃんったら大胆なお誘い!?」

「がははは! 分かってんじゃねーか。まぁ可愛がってやるから安心しろよ!」

 パセリが騒ぎ、ザンスが勝ち誇ったように笑った。

「だ、ダメだよ!ザンスちゃんと一緒って、そんな、なななな、何かされちゃうよ!」

「そうだぞ!お前、前危なかったんだろ!?覚えてねーの!?」

「エールさん、それはいけません。リーザスでのこと忘れたわけじゃないでしょう?」

 心配そうに話す二人と愛刀にエールは大丈夫だと頷いた。

「リーダーが決めたことなんだから従えばいいんだよ。よしよし、んじゃ二階に行くぞ」

 ザンスはそのまま二階に先に上がって行った。

 エールは万が一スシヌに手を出したら長田君を粉々にして外に撒くからね、とエールが凄みつつ日光を長田君に渡す。

「やんねーよ!? スシヌは眼鏡はポイント高いけど貧乳だし!」

 ショックを受けるスシヌを見てエールは長田君を叩き割ると思う存分マジカルドリルの練習台にしてやって、と言ってザンスの後に続いて二階に上って行った。

 

「がははは!自分から誘ってくるとはいい心がけじゃねーか」

 エールが二階に上がって大きなベッドに腰を掛ける。

 一階にあるベッドよりもふかふかとしていて見るからに高級そうだ。

「あー、よし、ならさっそくだな…」

 エールは伸びてきたザンスの手をぺちんと払って首を振りながら、何か話があるっていうから、と話しかけた。

「ああ、そうだ。お前、ヘルマンで危ない目にあったって言ってたよな?陶器が助けたとか言ってたが」

 エールは素直に頷く。

 

 ここで二人して黙ってしまった。

 

 ザンスはそれ以上聞いていいものか悩み、エールは詳しく言うべきかを悩む。

 

 エールは黙ったままのザンスを見て少し考えた後、自分はまだ処女である、と答えた。

「……それをわざわざ言うってことはお前、やっぱり犯られかけたってことだな?」

 エールは言わないほうが良かったかもと思いつつ、またしても頷いた。

 レリコフもであるがエールは実際、かなり危なかった。ヒーローと長田君が来るのがあと少し遅かったらと思うとそれはあまり考えたくないことだ。

 

 しかしそれを考えた時、何よりも東ヘルマンの男に投げつけられた言葉が思い出される。

 

 

――法王が魔王の子なんて産んだから、神に見捨てられた。お前なんか産まれてこなければ良かった。

 

 

 母は父を愛しているし、自分はその間に生まれたはずだ。母も自分を愛してくれていると感じていたから言われたときは気にもしなかった。

 今になって腹部を蹴られたことよりも服を剥かれて体をまさぐられた気持ち悪さよりも、その言葉が痛く感じるのは母クルックーが一年間のことをエールに秘密にしていると知ったからだろうか。

 

 クルックーは秘密主義なのだという。実際、エールに色々な事を話さないままだった。

 なんと言っても父が魔王である事すら知らされてなかったのだから今思うと驚きである。

 エールは母に会って話がしたくなった。

 

 小さく頷いたエールがいつもの笑顔を消して顔を上げない様子を見てザンスは苦々しそうに歯噛みした。

「東ヘルマンの連中は一人残らず皆殺しにしてやるわ」

 その時はボクも行く、エールと答える。あいつらはこれからもきっとエールの大事な家族を狙ってくるだろう、出来るだけ早く潰したいところだ。

「エール、お前は自分が強いと思ってるんだろうが俺様はともかくお前は無敵じゃねーんだ。中にはお前みたいな色気のない貧乳に手を出すアホもいんだから、これからもうろうろすんなら常に気張っとけ」

 エールはザンスの言葉になんとなく自分をやたら心配してくるダークランスの姿を思い出してくすくすと笑った。

「人が心配してやってんのに何笑ってやがる」

 その色気のない貧乳に真っ先に手を出したアホが目の前にいる、とエールはからかう様に言うとその頬がむにーっと伸ばされた。

 

 手を離されるとエールは笑顔でザンスに改めて礼を言った。

「あ? 何のことだ?」

 思えばハニーキングから助けて貰ったのにきちんと礼を言っていなかった気がする。

 そして今回の冒険もスシヌやエールを心配してるからリーザスに帰らず付いて来てくれたこともありがたかった。

 レリコフのそばにいながら危ない目に合わせてしまったこともあり、エールと長田君だけでスシヌの護衛をすることになってたら気を張りすぎて冒険を楽しめなかったかもしれない。

「…バカに素直で気持ち悪いな。悪いもんでも食ったか?」

 エールは口を尖らせた。

 

「だがその礼で今から俺様に抱かれようと思ってるわけだな?よしよし、ちゃんと可愛がって―」

 ザンスがいつものようにからかうように大口で笑った。

 エールは東ヘルマンに襲われて体を弄られた時にシーウィードで大人しくしてれば良かったと後悔した、と素直に答える。

 思い返してみると腹を蹴られて数人がかりで犯されかけるというかなり怖い経験をしたのではないだろうか。結局、無事だったのでエールはもう気にしてはいないが人によってはトラウマになりかねないだろう。

 

「……は?」

 その予想外の返答にザンスは目を丸くした。

 体を弄られたという部分は東ヘルマンを潰そうという怒りが沸くのだが、それ以上に自分に抱かれなかったことを後悔しているとエールが話していることに頭が追い付かない。

 

 ザンスは見た目では分からないがエールがその事件で内心かなり傷ついているのだと思った。

 この世界では無理矢理犯されるなんて珍しい事ではないが、だからと言って平気でいられるかというとそうではないのだろう。

「お前、中身はけっこう普通の女だったんだな。まぁ、経験ないくせに突然そういう目にもあったら無理もねーか…」

 そう言って頭をぽんぽんと撫でてくるザンスを見て、エールは悪い方向に勘違いさせたのに気が付き誤解を解こうとしたのだが…

 

 

<ばたーん!>

 

 

 そのしんみりした雰囲気を吹き飛ばすかのように扉が勢いよく開け放たれた。

 

「ザンスちゃん!エールちゃんに酷いことしちゃだめー!」

「エールー!無事かー!やっぱ男女が一緒の部屋とかダメだってー!」

 土煙の奥からスシヌと長田君の声が聞こえる。

 

「もー、せっかく甘酸っぱい雰囲気だったのに~」

 

 エールとザンスを覗いていたのだろう、とても残念そうな声を出しつつパセリがにゅるっとベッドサイドから顔を出した。

 

「悪霊ババア、いつからそこにいやがったんだ!」

「エールちゃんが心配だってスシヌが言ってたから。別に覗こうとしてたわけじゃないのよ?」

 エールはパセリをじーっとに見つめた。

「ごめんなさい…実は最初から見てたの。てへっ☆」

 舌を出してお茶目な様子でいるが、それはただの覗きです、とエールが口を尖らせた。

「つい体が勝手に。 ……それにしてもエールちゃん、怖い経験したのね」

 パセリがエールを幽体のままよしよしと頭を撫で、抱きしめる仕草をする。実体の温かさこそないが、エールは少し心が温かくなった。

 

 エールは別にその経験は大したことじゃないしあまり気にもしてない、とザンスとパセリの目を見て言った。

 後悔しているというのは最初は乱暴にされたくないぐらいの気持ちである。

 

「勘違いさせんな!アホが!」

 

 エールは頭に重たい拳を食らってしまった。

「え、えーっとよく分からないけど!エールちゃんは私達の妹なんだし、だ、大事しなきゃいけなくて、えっちな事とかまだ早いでしょ!そういうことはちゃんと結婚してからするものだよ!」

 入ってきたスシヌにはエール達のやり取りの意味がよく分からないので、とにかく早口でまくし立てた。

 

「ザンスちゃんはいっぱい女の子とそういうことしてるかもしれないけど!本来、そういうことは本当に好きな人だけとするべきで―」

 その言葉にエールと長田君は驚いた。

「あれ?スシヌってもしかして知らんの?」

 

 エールはザンスはまだ童貞で女の子とそういうことはしたことないだろう、とさらっと口に出してしまった。

 

「え?」

 スシヌはその言葉にとっさにザンスの方を見た。

 

 ザンスの方は突然スシヌに童貞をばらされたので固まっていた。

 

「え、えええ?だ、だっていつもザンスちゃん自慢してて…リーザスの人達もザンスちゃんはいっぱいそう言うことしてるってすごい噂になってたよ?」

「リーザス軍きっての性豪って呼ばれてるのよね。メイドさんとか食べ飽きてるとか、親衛隊の女の子を食い散らかしてるとか、貴族の女の子集めて乱交パーティしたとか」

 その噂は尾ひれ背びれが付いてゼスにまで伝わっているようだ。 

「ママもパパそっくりだって言ってたし」

 マジックが過剰なまで心配していたのはきっとこのせいもあるのだろう、エールは納得した。

「私はわかっていたわ… ザンスちゃんが無理して見栄を張ってるって。マジックはランスさん以外経験ないからそういうのって分からなかったのね」

 パセリは知っていて黙っていたようだ。

 

 だが、幼馴染であるスシヌが全く知らなかったのはエールにとっても予想外だった。

「わ、私も絶対外に話さないから。その、ごめんなさい」

「あー、うん。なんかごめん… エール、お前ちょっと酷いぞ」

 思わずスシヌと長田君が謝っている。

 

 エールも謝ろうとしたのだが…

 

 

 「…おまえら」

 

 

「全員出てけやー!」

 

 

 エール達は全員部屋を蹴り出された。

 

 さすがに気の毒なのでそっとしておこう、ということでバラしてしまったエールは責任もって一階で寝袋をしいて寝ることにする。

 その日、二階でバタバタと物に当たり散らしているような音がして、エールは心の中で謝った。

 

 それから数日の間ザンスは非常に機嫌が悪く、ことあるごとに長田君が割られ、エールも叩かれ、スシヌも当たられるのでエールは深く反省した。




・バイロードとヘルメットと鎧 … 赤の将に代々受け継がれている魔法剣バイ・ロードと"忠"の文字が入っている兜。しかしザンスは赤の将だがヘルメットはつけてない。この小説の中ではお忍びなためいつもの赤の将の鎧(特注)はつけてないがバイロードは脱着式なためそれが出来る装備はつけている。


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桜の通り抜け

 ゼス首都マジックを出発して幾日。

 シャングリラに大分近付いてきた道中の事。

 

「そういえば今ちょうど桜の通り抜けやっているんだったかしら。少しシャングリラまでの道から逸れるけど寄っていかない?」

 パセリがそんなことを言い出した。

 

 その目がらんらんと輝いている様子を見るに、パセリとしてはぜひ行きたい場所のようである。

「桜の通り抜け? ってもしかしてハニー造幣局がやってるイベントっすかね?」

「さすがハニーの長田君、良く知っているわね。ええ、秋の森で毎年やっているゼスの有名イベントよ」

 長田君は本で読んだことがあったそうだ。

 そういえばエールも前に受け取ったハニー観光名所特集号の表紙にその名前が書いてあったのを思い出した。

「あれ、でもなんか俺には縁がないなーって思って来る気はなかったんすよね。 ……何でだっけ?」

 

 首を傾げる長田君をよそにエールは桜と聞いて一人、目を輝かせていた。

 しかし同時に桜というのはJAPANにある植物ではなかっただろうか、と考える。

 

「確かにJAPANのものが有名だけど、他の場所にもあるんだよ。今まで世界がどんなにピンチになっても毎年ちゃんとやってるって、ゼスでは有名な観光名所なんだ。ハニー造幣局っていうハニーさん達が主催っていうのはゼスでは珍しいから」

 ゼスでは昔からハニーに対して差別が強いはず。それを考えるととても珍しい事だろう。 

「あ、あとそれにその、桜の通り抜けは私の学校でも憧れられてるというか……」

 スシヌは何故かもじもじとしている。

 スシヌは行ったことがあるのか、とエールは尋ねた。

「う、ううん! 一度もないよ! だってあ、あ、相手がいるわけじゃないし…」

「スシヌを誘いたい人ならいるんでしょうけどね。ああ、でもスシヌが誘いたかった人なら今―」

 相手とは何の事だろうか。それを聞いたスシヌが何故か今度はとても焦りだしていた。

 

「まあまあ、行けば分かるから。とりあえず行ってみましょ?」

 エールは大きく頷いて秋の森の場所を教えて欲しいと言った。

「俺等はさっさとシャングリラに向かうんだろーが。寄り道ばっかしてんじゃねぇぞ」

 ザンスはそう言うが、エールは自分がリーダーなのだから行きたいところに寄っていくと全く譲らなかった。

「地図見るとそう遠回りでもねーし俺も冒険者ハニーとして有名どころは抑えておきたいし? ちょっと行くぐらいいいだろー」

「くっそめんどくせぇ…」

「スシヌもそんな眼鏡が取れないの困ってる様子もないしそんなに急いでシャングリラに向かうこともないわよ」

「けっこう困ってるよ!? 秋の森に行くのはそ、その私も行ってみたかったけど、今行くのはまだ早いっていうか…」

 ふてくされた様子のザンスと慌てるスシヌを見つつも、エールは次の目的地は秋の森!と叫んで歩き出した。

「わー、待って!」

 強引に出発を決めたエールに、他の皆もついて行くしかなかった。

 

………

……

 

 秋の森。

 不思議なことに魔法の力で年中ずっと秋だというその森は、魔物が沸くことがある一般人が迷い込めばそれなりに危険な場所である。

 

 今更、経験値の足しになるような魔物はいないがエールは率先して魔物をしばき倒しながら進んでいった。

 

「エールちゃんってばやる気がすごいねぇ」

「そんなにこのイベントが楽しみだったのかしら。ふふふ、なんだか意外ね~」

 

 桜である。

 

 貝マニアの間でその優しい色合いと光沢、圧倒的な可愛らしさで有名な「桜貝」というものがある。もちろんエールもいつか手に入れたいと願っている貝ではあったが、美しく珍しいものともなれば家が買えてしまうような値段で取引されているような貝であり今のところ図鑑でしか見たことがなかった。

 そしてその貝の語源となった植物もさぞ美しいのだろうと思い、実物の桜が見られる日をひそかに楽しみにしていたのだ。

 本来ならばJAPANまで見る機会はないと思っていたがまさかこんなにはやく見られる日が来るとは…

 

 エールの足取りはスキップしているように軽かった。

 

 しかし周りは秋の森と言う名前だけあって綺麗だが、桜と言うよりは紅葉が広がっているばかりだ。

 エールは本当に桜なんか咲いているのか、と不安になってきた。

「ここはまだハニー造幣局の敷地じゃないからね。桜は敷地内に咲いていてこのイベントのために敷地を特別に解放してくれてるの」 

 なかなか粋な事をするハニーもいるものだ、とエールは感心した。

 

 進んでいくと賑やかな笛や太鼓の音がしてきた。

 

「おぉー、なんかお祭りみたいな音が聞こえね!?」

 俗にいう祭囃子と言うやつか、エールは気分が高揚していた。

「急に人が多くなった気がするね」

 エールは迷子になったり攫われたりしないようにとスシヌに手を伸ばした。スシヌはおずおずとその手を握り返す。

 

 そのまま歩いて行くとなんだか美味しそうな匂いも漂ってくる。

「色々屋台も出てんじゃん?」

 少し進むと開けた場所に町からも離れていて魔物が出るというのにも関わらず、屋台が何店も出ているのが見えてきた。

 人の出は中々多いようで賑やかな雰囲気である。

 屋台の店員がみんなハニーなのを見ると、ハニー造幣局からの出店なのかもしれない。

「観光名所だからね。去年、魔王がいなくなって平和になったせいか今年は特に人が多いのかも?」

 アカメフルトにカラカラ焼きのような定番のものからクレープやパフェ等オシャレなものまで色々と並んでいるが、それもこれも値段は相場の二倍以上である。

 それを見てエールが思わず高い、と呟いた。

「うへー、はに飯もたっけー…観光地価格ってやつ? 弁当作ってきて良かったな」

 しかし屋台はそれなりに盛況なようでエールは首を傾げるばかりだった。

 

「…なんかさっきからすれ違う人みんな男女カップルばっかじゃね?なんかイチャイチャしてるつ-か、空気がピンク色っつーか…」

 先ほど屋台で買ったであろう食べ物を仲良く分け合って食べているのが見えた。

「ふふふ、桜の通り抜けっていうのはね恋人たちのイベントって呼ばれているのよ」

 パセリが杖の中からそのピンクの空気を味わうかのように話し始めた。

 エール達は驚いてパセリ(が入っている杖)を見た。

「私達みたいに観光で来ている人もいるんだろうけど、ほとんどが恋人同士なんだと思うわ。みんなラブラブね」

「なるほど! …ってイチャイチャしてる連中を見ながら屋台で物売りとか俺なら絶対やりたくない、寂しくて死んじゃう」

 屋台のハニー達の目が軒並みギラギラしているようにも見えるのはそのせいなのかもしれない、とエールは納得した。

 

「恋人たちのイベントね、なるほどそりゃ陶器には縁がねーだろうな」

 さっき長田君が自分には縁がないと言った理由、エールもポンと手を叩いた。

「ムキー! ザンスだって人の事言えないだろ! エールも!」

 ボク達みんな縁がない場所だ、エールがそう言うとザンスがニヤリと笑った。

「俺様と来たい女はいくらでもいるがな。スシヌが慌ててたのもエールがやたらここに来たがったのも理由が分かれば可愛いもんだ」

 ザンスは得意げに笑っているがエールは桜が見たいだけで恋人のイベントのことはさっぱり知らなかった、と言って首を振る。

 それも照れ隠しだと思っているのかザンスは上機嫌になっていた。

 

 さらに秋の森を進んでいくとエール達の前に一匹のグリーンハニーが立ち塞がった。

 

「皆さん、こんにちはー。あいやあいやー」

「また魔物が出たか。エール、叩き割っとけ」

「ボクは悪いハニーじゃありません!」

「あいやー!見たところここの説明ハニーかな?」

 そのグリーンハニーは頷いた。よく見るとハニー造幣局と書かれたバッジをつけているのが分かる。

「桜の通り抜けははじめてかな?」

 エールが頷いた。

「造幣局の裏庭に咲く伝説の桜。その桜の元でキスをした恋人は永遠に別れる事のない契約がかけられます」

 契約とは何だろうか?

「互いに永遠に愛し合う事になるのです。他の誰も目に入らない、決して浮気はしない」

「わぁ…ロマンチックだねぇ」

 スシヌはそれを聞いてうっとりと感動しているようだ。

「なんつー、うざい契約だ。呪いじゃねーか」

 ザンスがそう言って嫌そうな顔をしたので、スシヌは少し頬を膨らませた。

「ただし、その美しい契約を得るためにはいくつかの試練があります。二人の力で道を切り開かねばならないのです」

 

 思わせぶりな事を言った説明ハニーはエール達に道を譲った。

 

 進んでいくと先ほどよりも明らかにカップルらしき男女の姿が多く、嫌でも目に入ってくる。

「俺、こういう空気ダメなんだよな……みんな、イチャイチャしちゃってさ」

 この場にこういうのが得意な人はパセリだけだろう。

 しかしどうも注目を集めている気がする。

「一見してザンスちゃんが女の子二人連れに見えるからじゃないかしら? 恋人たちのイベントだっていうのに堂々と二股してるように見えるもの」

「そういう注目だと思うと悪くねーな」

「そんなの不誠実だよ」

「男なら俺もいるってのにー!」

「お前じゃ精々ここのスタッフだと思われるぐらいだろ。それか従魔かなんかと間違われるのがオチだろうな」

 エールはそれよりも何人かスシヌの事を知ってる人がいるのかもしれない、と少し身構えておく。

 

「そこが入り口ですが、参加する場合は男女一人ずつのパーティで入って下さいね」

 ハニーがそう言いながら案内をしていた。

「男女一組なんだね…」

 スシヌがなぜか少し残念そうにつぶやいた。

 とりあえず二人じゃなければ入ることも出来ないようで、ここで二組に別れる必要がありそうだ。

「これはドキドキね。私は幽霊だからカウントされないだろうし後からこっそり覗いて、じゃなくてついていくわ。お邪魔はしないから安心してね」

 パセリが楽しそうに話している。

 

「あっ、今年も来たんですねー。ここからは禁煙ですよ」

 ハニーが愛想よく声をかけている。

 エールはふとその声に気を取られるとくすんだ紫の髪に加えていたタハコを手でつぶした男性がエールと同じぐらいの小柄な茶髪の女性と一緒に桜の通り抜けに入っていくのが見えた。

 その後ろ姿はどこかで見たような気がするが、すぐに姿が見えなくなってしまった。

 

「エール、どしたん? さっさと組み合わせ決めようぜー」

 エールは長田君の声で気を取り直しどうしようか、と悩み始めた。

「エールとスシヌはケンカすんなよ。あぶれた方は可哀相だが陶器と行くしかねーしな」

「お前、俺をハズレみたいにー!」

「どうしよっか、エールちゃん。私はどっちでも良いんだけど」

 ボクは長田君と行くからスシヌはザンスと来てね、とエールはそう言った。

「あれ? エール、俺、即決なん? やっぱソウルフレンドだもんな」

「あら、あっさり決めちゃうのね。ここはもっとみんなで悩んで欲しい場面なのに」

 長田君が嬉しそうにしている中、あっさりと組み分けを決めたエールを全員が見つめた。

 その目線にちょうど修行の時の組み合わせだから、とエールが答える。

「あっ、それもそっか。ザンスちゃんと一緒に修行に行ったのも懐かしいね」

 スシヌに変なことしないように、エールはザンスに念を押した。

「エールは残念だったな。まぁ、俺様は一人しかいないから今回は陶器で我慢しとけ」

「残念じゃないっつーのー!」

 ムキになっている長田君をエールは引っ張って桜の通り抜けに向かった。

 

 エールはとにかくはやく桜が見たかった。

 

「はい、次の方どうぞお通り下さい」

「へへっ、楽しみだなー!」

「行ってらっしゃい、エールちゃん。先に着いたら待っててね」

 

 エールは意気揚々と出発した。

 

 道は細くどうやら一本道のようだ。森の中ではあるが日は高くて明るく温かい、良い散歩日和である。

 

 進んでいくと魔物が現れ、それを退治すると頭上から不思議な声が聞こえてきた。

 

『貴方……不合格。愛の桜ルートにふさわしくありません。お引き取り下さい、出直してきなさい』

 

 え、どうして?エールが驚いたように声のした方を向いた。

「ちょ、ちょっとー何でだよー!」

 

『どうしても』

 

 エールや長田君の抗議に返答はないまま、足元がぐいっと動いたかと思うとエールは脇道の方へ押しやられてしまった。

 理由が分からないが、どうやらエールと長田君では不合格であるらしい。

 お互い気まずそうに顔を見合わせる。

「……とりあえず戻ろっか?」

 エールは頷くしかなかった。

 

 まだ出発していなかったスシヌ達は戻ってきたエール達を見る。

「あれ? 随分帰ってくるの早かったね、何かあったの?」

「いや、なんか俺等不合格って言われちまって追い出されたっぽい。桜見れなかったし…」

 

 エールは遠くにちらりと見えた桃色の花をじっくり見ることもなく追い出されたので少し怒っていた。

 そしてもしかして長田君はハニ子だったの?と聞いてみる。

「んなわけないだろ! エールこそ実は男だったんじゃないか? 胸もないしさ」

 エールは長田君を割った。

 

「えっと。確かこのイベントは相性が良くないと不合格って言われちゃうんだったっけ。もしかしたらエールちゃんと長田君、相性が良くないとかじゃ」

 スシヌがそんなことを言っている。

 

 その言葉にエールはかつてないショックを受けた。

 長田君は冒険をはじめてすぐに出会い冒険と苦楽を共にし、修行の際もくじで選ばれ、ハニーインザスカイまでいった仲である。相性が悪いなどという事はないはずだ。

 

 エールは何かを考える仕草をすると、いきなり手に魔力を集中しはじめた。

「え、え、何するの? どうしたの?」

 ただならぬ様子のエールにスシヌが尋ねる。

 

 覚えてまもない炎の矢である。

 ボクは母と違って火はそこまで好きじゃないけれどきっとこの森はよく燃える、と言った。

 長田君と相性が悪いと判断するなんてそんな全く役に立たないイベントはなくしてしまった方がいいだろう。

「やめてー! ここゼスの大事な観光スポットだから! 火事に、大火事になっちゃう!」

 スシヌは焦りながらも器用にエールが放とうとした炎の矢を相殺するように氷の矢を詠唱している。

「エールさん、落ち着いてください!」

 今まで黙ってた日光もエールをたしなめるように声をかける。

「単純に陶器がモンスター扱いされてるだけなんじゃねーのか」

 ザンスはアホなものを見るような目で二人を見て冷静に言った。

 そういえばこの森には野良ハニーが出る。ここまでも数体叩き割っていた。

「なんだよー! それってハニー差別じゃね!?」

 長田君は憤慨するがここは魔法大国ゼスで元々ハニーは隔離されてたのだ、そういうこともあるかもとエールは納得した。

「で、でもハニー造幣局のイベントなんだけどな……」

「人間用のイベントってことなのかしらね。案外、可愛い女の子と歩いてる長田君に嫉妬して通してくれなかったのかも?」

 

 エールはそれを聞いて魔力を引っ込めると、スシヌはほっと胸を撫で下ろした。

 しかし、そうすると困った事態になる。

 このパーティにザンスしか男がいないことになり、どう頑張っても一組しかいけない。

 

「別に女の子同士でも男の子同士でもいいんじゃないかしら。愛の形は色々だものね」

 パセリさんが言った。

「え? 確か前見た雑誌本じゃ男女カップルって書いてあったような気がするんだけど… 説明ハニーさんも男女一組でーとか言ってなかった?」

「さっき女の子同士で入っていく子達もいたしきっと大丈夫なのよ」

 どっちにしろ三人しかいないので全員行くのは無理だ。

 エールは腰にさしている日光を見るが、こんなことで出来るだけ避けている日光に人間になって貰うわけにもいかない。

 そう考えてエールは露骨に肩を落とした。

 

「…ここはしょうがないかな。みんな、ちょっと周りに人がいない所まで行ってくれる?」

 エールは首を傾げながらその広場から外れて少し森が深いところまで移動した。

「ここなら大丈夫かしらね」

 そう言ってパセリが小さく怪しげな呪文を唱えるとポンっと煙が舞い…

「あんっ!」

 その煙の中に裸のパセリ立っていたので、長田君が割れた。

「おばあちゃん!?」

「服忘れちゃった~」

 そう言って改めてポンという音がすると、今度はスシヌが着ている制服に似た色合いの衣装をきたパセリが立っていた。

 違うのは透け感が全くなくなっているという事である。

 

<にゅむっ>

 

 エールが思わずパセリに触ってみると柔らかい女性の体の感触が手に伝わってきた。

「あんっ…もう、エールちゃんたらどこ触ってるの」

 実体がある、とエールが驚いた。

「うわ、悪霊が蘇った。ゾンビかなんかかよ?」

「違うわよ。魔法でかりそめの体を作っただけ」

「おばあちゃんが実体化してるの久しぶりに見たなぁ」

「幽霊らしくないからね~、それに実体だと杖にも入れないし壁も抜けられないし」

「おー、魔法ってすごいっすね! てか、パセリさん結構小さいんすね」

 いつも浮いているせいで分かりづらかったが、身長はエールよりも少し大きいぐらいだろうか。

「まあまあ、私のことは良いのよ。これで四人になったから二組に分かれていけるわね。長田君がカウントされないならどっちかについていけばいいんだし」

 長田君は納得いかなさそうな顔をしているが、桜を見るためなので我慢して貰おう。

 

「それじゃザンスちゃんが一緒に行きたい子を選んでね」

 

「…は?」

 突然パセリにそう言われ、ザンスは素っ頓狂な声を上げる。

「男の子が一人、女の子が三人、選ぶのは男の子の権利でしょ?」

「自分を女の子とか図々しいにも程があんだろ」

「ひどーい。心は何年たっても女の子なんだから」

 ザンスはエールとスシヌを交互に見て何かを悩んでいる。

「さあさあ、どっちを選ぶのかしら!?」

 パセリがキャ-キャーと騒いでいる中、エールとスシヌは何故か緊張していた。

 

 エールも何度かザンスと目を合わせ、またスシヌとも目が合った。

 

 そしてザンスが数分悩んだ結果、指さしたのはパセリだった。

 

「あら、私でいいの?」

「なんとなく、ホッとした…」

 スシヌがそう言って緊張を解いた。エールもその言葉に頷く。

 そして実はパセリさんが好みだったのか、とエールが少しからかうように尋ねた。

「ごめんね。ザンスちゃんには悪いけど、私にはたくさんの夫がいるの…」

 その声にパセリも乗っかり、からかうように言っている。

「お前ら、分かってて言ってんだろ。 エールとスシヌどっち選んでも選ばなかった方が泣くだろーしな」

 別に泣かないしその時はパセリさんと行く、とエールが話した。

「あー…それはスシヌが悲しんじゃう――」

「おばあちゃん!」

 スシヌはパセリの口を塞いだ。

 

 とりあえずエールはスシヌと一緒に行くことになった。

「こ、恋人達のイベントをっ……え、え、え、エールちゃんと……」

 スシヌは出発前からがちがちに緊張しているようだ。

 エールは桜楽しみだね、と笑顔を浮かべている。

「あ、俺もそっちついてくー! へっへー、両手に花ー! ひゃっほー!」

 そう言ってぴょんぴょんと跳ねながらエール達に近付こうとした長田君の襟をザンスが掴んだ。

「陶器は俺等と行くんだよ」

「え、ええ!? なんでだよー! 俺、エール達と一緒に行きたい!」

「ざけんな。俺様の女共に混ざってんじゃねぇ」

「長田君、ここは二人だけで行かせてあげて? 空気を読みましょ? ほら、日光さんもいるし。私と来れば三人ずつだから」

 

「わーん、エールー!」

 無理矢理引き止められて泣いてる長田君にまたあとでね、と手を振ってエール達は改めて桜の通り抜けに挑戦しはじめた。 

 

 

 

 さっきと同じ道を行き、またもや魔物を蹴散らすと上空から先ほどの声が聞こえる。

 

『第一の試練合格』

 

 今度は合格みたいだ、とエールは胸を撫で下ろした。

「ほ、本当に女の子同士でもいいんだね。知らなかったよ」

 スシヌは何とか気持ちを落ち着かせようとエールに明るく話しかけた。

 ゼスの王女でも知らないものなのだろうか。

「桜の通り抜けはハニー造幣局主催のイベントで、ゼス王国との直接な繋がりはないんだ。有名な観光とデートスポットなんだけど、魔物が出るからって一般の人が来るのはちょっと大変だから。でもカミーラダークに魔人戦争、鬼畜王戦争の時ですら毎年ちゃんとやっていたんだって聞いたよ」

 エールですら聞き覚えのある戦乱である、ハニーには人間の戦争等あまり関係ない事なのかもしれない。

 

 途中で立ちふさがった敵を倒しつつ、そんなことを話しながら先に進んでいく。

 どうやらこの先はずっと一方通行で、引き返すことはできないようだ。

 目の前には既に桃色の花びらをつけた花の木――桜が咲き誇っていてとても美しい光景である。

「綺麗だねぇ……」

 エールとスシヌは二人で感嘆の声をあげた。

 そうしているとまたもや頭上から声が聞こえる。

 

『第2の試練、仲良く手をつないで歩け』

 

 手をつないで歩けがなんで試練なのだろうか、よくわからないがとりあえずエールはスシヌに右手を伸ばした。

「え、え、え? て、手を繋ぐの?」

 エールにとってはスシヌの手を握るのは珍しい事ではない。

 しかし改めて言われると何だかはじめて出会った時のことを思い出すね、とエールがスシヌに笑いかけた。

「そ、そうなんだけどっ。でもここ、恋人たちのイベントでっ…」

 エールは伸ばした手を中々掴もうとしないスシヌに、手をつながないと先に進めないよ、と言って少し強引にスシヌの手を握った。

 

<ぎゅっ…>

 

「ひゃ、ひゃあああ…」

 スシヌは細い悲鳴を上げて顔を耳まで真っ赤にした。

「お、落ち着いて。これは桜を見るためだから、エールちゃんのため、だから…」

 小声でぶつぶつと何かをつぶやいている。

 

 エールは気にせずスシヌの手を引っ張って桜並木を歩き出した。

 

 桜は綺麗だった。はらはらと舞い落ちる花びらをエールが掴んで眺める。

 薄い桃色が可愛らしい、これが桜貝の語源になったという花、とエールは目を輝かせていた。

 

 テンション高めなエールと違い、スシヌの方はずっと目を伏せていた。

 そんなスシヌをエールが心配する。

 足取りがフラフラとしていて、握った手は熱く、心臓の音まで聞こえてくる気がしてエールは風邪でも引いているのかと心配そうに顔を覗き込んだ。

 桜に気を取られていて姉の不調に気付かなかったのは護衛として失格だ、とエールは少し俯いた。

「だ、だ、だ、大丈夫だからっ! 桜すごく綺麗だよね!」

 その様子を見てスシヌは握られたエールの手を誤魔化すようにぶんぶんと振って手を引っ張る様に早足で歩き出した。

 元気ならもっとゆっくり桜を見たい、とエールが言うが

「これ以上エールちゃんと手を繋いでたら…わ、私……」

 やたら慌てているスシヌはもはや走り出す勢いだ。

 エールはスシヌに引っ張られて桜並木を通り抜けた。

 

『……ごうかーーーーく』

 

 よく分からないが、合格したようだ。

 その声を受けてエールが手がさっと離すと、スシヌは名残惜しそうにその手を見つめる。

 さらに進んでいくと頭上から声が聞こえる。

 

『第3の試練、熱い抱擁をせよ』

 

「抱擁…? 抱擁って!? だ、抱きつくってこと……?」

 スシヌは目を丸くして言葉が呑み込めていないように唖然としていた。

 レリコフがよく抱きついてくるからあんな感じだろう、とエールがスシヌに話す。

「そ、そうだけど……」

 エールはスシヌをきゅーっと抱きしめてみる。レリコフの真似で無邪気な感じである。

 レリコフよりも背が高い、スシヌの華奢で柔らかい体は抱き心地がふんわりしていて良い香りがすると思った。

 

「あっ…………」

 スシヌはもはや完全に固まってしまった。

 

 微動だにしなくなったスシヌに、そういえばレリコフと一緒に居た時に甘えられていた反動か姉に会ったら甘えたかったんだという事を思い出し小さくお姉ちゃん、と呼んで顔を胸に押し付けてみた。

「エールちゃん……」

 冒険の話を聞くと楽しい事も多かったが苦労もあったようだ。そしてゼスに来て真っ先に自分を助けに来てくれて、ずっと側にいてくれ、今でも自分を護衛してくれている。

 前の冒険ではみんなのリーダーでエールが兄弟姉妹を集めたからこそ世界の誰もが成し得なかった魔王討伐……父を助けることが出来た。剣に魔法に神魔法を巧みに操る実力者、突然頭にあんまんを乗せてきたり裸洞窟を平然と歩いたりと想像も出来ない行動をとることもあるが、とにかくエールはスシヌにとって憧れの存在だった。

 

 ……スシヌはそんなエールに今まで一度も姉と呼ばれたことはなかった。

 突然姉と呼ばれて自分を取り戻したのか、姉としての自覚が出たのか、スシヌは心を落ち着かせる。

 エールは憧れであると同時に大切な妹でもある。自分に無邪気に抱きついている様子がレリコフの姿と被り、スシヌは優しい笑顔でその頭をそっと撫でた。

 

『……ごうかーーーーく』

 

 そんな声がしてエールはスシヌから離れた。

 エールとスシヌがお互い何となく顔を見合わせるとくすくすと笑い合った。

 

 頭上から声が聞こえる。

『君達は、素晴らしいカップルだ。永久の愛をあの桜の元で誓いたまえ』

 目の前には一際大きな桜の木がある。

「あれが伝説の桜だね。ここで永久の愛を誓うと生涯離れることは無くなるっていう有名な……」

 花びらをつけた枝がその重さのせいか枝の柔らかさからか垂れ下がっていて他の桜とは少し違う風情がある。

 下からのぞき込むと桜の雨が降ってきそうだ。

 じっと見つめているとその美しさに桜貝への憧れが高まるばかりである。

「ロマンチックだよねぇ…」

 うっとり話すスシヌに水を差したくはないのでエールはそうだね、と相槌を打っておくことにした。

「前に会ったサイアス将軍も奥様とここに来たんだって。誓い合ったかは分からないけど国中で憧れられている二人が来たって言う事もあって、桜の通り抜けはゼス中の女の子が恋人と来たがるデートスポットなんだ」

 いかにもこういう場所が似合いそうな気がして、話を聞くだけでもむず痒くなりそうだ。

「私もエールちゃんと来れて――」

 

「ちっ! てめぇら…こんなとこまで追ってきやがったのか」

 スシヌの言葉を遮って、バチバチと雷がはじけるような音と共にエール達に声がかけられた。

 

 その声で振り向くとエールが先ほど見た、見覚えのある後ろ姿の男が立っていた。

 どうやら気のせいではなかったらしい。

「ま、魔人…?」

 正確には元魔人の雷男、レイである。

 垂れ下がった前髪の奥から睨むように見つめてくる、その明らかに敵意のある視線にエールはスシヌを庇う様に立ち塞がり、日光を抜く。

 確か魔人の中でも好戦的で危険な人物だったはずだ。

 エールはスシヌに援護を頼んでおく。

「ここじゃ戦い辛いってのによ……」

 戦闘態勢を取ったエール達に吐き捨てるように言うが、それはエール達の台詞である。

 スシヌはもちろん他の人々や桜に被害が出ないようにしなければいけない。

 周りの他の人間たちもそんな不穏なピリピリとした空気を察してか、震え怯える者が出始めている。

 

 

 

 ……そんな緊張の中である。

 

「何やってんのさ、レイ! 周りの人たちに迷惑かけるんじゃないよ!」

 

 威勢のいい女性の声と共にレイの頭がバシッと叩かれた。

 エールが驚いて見るとレイの後ろに長い茶色の髪を持った女性が立っている。

 

「メアリー……」

 それは魔人の頃からのレイの恋人、メアリー・アンであった。

 

 




・桜の通り抜け … ランス6でランスとほとんどの主要キャラと行くことが出来る桜の通り抜けイベント。女性陣はもちろんロッキーやパットンとも行くことが出来る。15年の間にさらに観光地化が進んだという独自設定。元ネタは現実の大阪造幣局の桜の通り抜け。

※ 1/6 後の展開にあわせるため一部文章を修正。ご指摘ありがとうございました。


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おまけ 桜の通り抜け(長田君とパセリ√)

※ 閲覧注意 ※
若干の恋愛・青春描写がありますので苦手な方はご注意ください。
おまけですので「エールちゃんの冒険」本筋とは繋がりません。



「さあさあ、どっちを選ぶのかしら!?」

 

 パセリがキャ-キャーと騒ぎ、ザンスがエールとスシヌを交互に見ながら悩み始めたのを見て、エールはさっと口を挟んだ。

 

 自分がパセリさんと行けば解決することだ。

 長田君がカウントされないのならこっちについて来てもらえばいいだけ、エールは当然のように言い切った。

「あら~、エールちゃんったら私と行きたかったの?」

 エールはそういうわけではなかったがパセリさんと行くのも楽しそうだと笑顔を返した。

「まぁ、エールちゃんが男の子だったらドキッとしてたかも…」

「エールちゃん、おばあちゃんと行くんだね」

「ごめんね、スシヌ。でもここはザンスちゃんと二人で行ってらっしゃい。二人なら噂になってもおかしくないもの」

 マジック女王は卒倒するのではないか、と思いつつエールはザンスにスシヌに手を出さないようにもう一度強く言っておく。

「はっ、お前の知ったことか」

「さすがにこんな人通りの多いとこで手なんか出せねぇだろ。さっきの声聞いた限り監視もされてるみたいだし」

 長田君はザンスに蹴られた。

 

 

 

「行ってらっしゃい」

 エール達は先を行くスシヌとザンスに手を振って見送った。

 

 

「それじゃ、私達も行きましょうか」

 エールはパセリと一緒に道に入って行った。長田君が後からついてくるが、特に何も言われないようなのでやはり人間用のイベントという事なのかもしれない。

 

 エール達が一方通行の細道を進んでいくと、上空から声が聞こえる。

 

『第一の試練合格』

 

「今度は合格したみたいだな。ってか、俺マジで魔物扱いなわけ? ちょっとひどくね!?」

 文句を言う長田君はエールの横に並んで歩き出した。

 ともあれ今回は合格、エールの見たかった桜はもう目の前である。

 

 歩いていると木々は紅葉から桃色の花に変わり、綺麗な雰囲気になっている。

 

「ここは不思議な森ね。全体に魔法がかけられているみたいだわ」

「おっ、さすが建国王。分かるんすか?」

 ハニーである長田君にはさっぱり感じられないようだが、パセリと同じくエールにも不思議な魔力が感じられる。

「ここは私がゼス王国を作る前からあるはずよ。おそらくハニー造幣局もね。来たことはなかったのだけれど秋は実りの季節だから、キノコや果物がいつでも生っているようね」

 秋の森には危険なキノコも生えている。間違って踏んでしまうと気力が抜けてしまうということをエールはスシヌから聞いていた。

「危ないものだけではなく食べられるキノコも生えているみたい。 ……もしかしたら食糧難を解決するための魔法がこの森で実験されてそれがかけられっぱなしになってしまっているのかもしれないわね。でもそういう豊かな森になると当然魔物も寄ってきちゃって、とか普通は春に咲くはずの桜が咲いているところを見ると季節がめちゃくちゃになってしまっているのかも。どちらにしろ良い結果にはならなかったのでしょう。逆にここにハニー造幣局があるのはハニーさん達に魔法が効かないから、好都合だったのかもね」

 さすが建国王である、エールは解説を聞きながら納得していた。

 エールはハニー造幣局について長田君に尋ねた。

 

「これだよ、これ作ってるとこ!」

 長田君がさっと1G硬貨を取り出してエールに見せた。

「これってゴールデンハニーを加工して出来てんだぜ?」

 さすがにそれはエールでも知っている。

 闘神大会で空から降ってきて倒したザンスが主張をしていたのを思い出した。

「ゴールデンハニーってどこで沸くかわかんねーからなぁ。ゴールデンハニーは本来全部俺らハニーのもんなんだぜ? そもそも加工技術はハニー造幣局独占だし人間が持っててもGOLDは作れねーの」

「そういえば魔物さんたちの間じゃGOLDをたくさん持ってるとご利益があるなんて話があるそうね」

「実際は人間から狙われるだけでいいことなさそうだけどなー。俺等は金があるにこしたことはねーけど!」

 

 わいわいと話しながら進んでいくと魔物が立ちふさがった。

 エールが瞬殺すると、またしても頭上から声が聞こえてくる。

 

『第2の試練、仲良く手をつないで歩け』

 

「あらあら、さすがは恋人たちのイベントといったところかしら。可愛らしい試練ね」

「手を繋いで歩くのが何で試練なんだろうな?」

 長田君とエールは一緒に首を傾げた。そんな二人をパセリが微笑ましく見つめている。

「せっかくここまで来るんだからもっとすごい試練でもいいわよね」

 パセリの言うすごい試練はたぶん普通の人には出来ないことなのだろうと思いつつエールはパセリに手を伸ばした。

「きゃ~、手を繋いで歩くなんて何年ぶりかしら」

 パセリは嬉しそうにエールの手を握り返した。

 そしてエールはもう片方の手を長田君に伸ばす。

「え、俺もいいの?」

「まあ、エールちゃんったら私がいるのに長田君まで誘っちゃうんだ?」

 エールは良くなかっただろうか、とパセリの方を見る。

「私は構わないわ。エールちゃんもいっぱい愛がある人なのね」

 エールは驚いて首を振った。

 

 風に揺られて舞い落ちる桃色の花びらが美しい。

 エールはその美しさに興奮していた。

 両手が塞がっているので手は伸ばせないが、きらきらと陽に透ける桃色の花びらを掴んでみたくなる。

「桜見たいって言ってたし良かったな、エール!」

 一緒に嬉しそうにしてくれる長田君を見つつ、エールは笑顔で大きく頷いた。

「それに桜貝だっけ? 冒険してる間に見つかると良いよなぁ、貝集めもエールの冒険の目的なんだもんな」

 伝説の貝の情報は手に入れているが、桜貝というこの頭上に咲き誇る美しい桃色に匹敵する貝とは一体どんなものだろうか。

 エールは大きく頷いた。

 

「ふふ、なんだかお邪魔虫している気分だわ~。ごめんねー、私が一緒で」

 

 仲の良さそうなエールと長田君を見てパセリはとてもいい笑顔でそう言った。

 エールは驚いて首を横に振る。

「ふふ、ここはとっても綺麗だしロマンチックだものちょっとぐらい良い雰囲気に… スシヌ達もそうなってると良いんだけど」

「いやー、ザンスじゃ無理じゃないっすかね? デリカシーのない事言ってスシヌ怒らせるのが関の山っつーか」

 ザンスが聞いていたら速攻で割られていたことだろう。

「スシヌ、昔はザンスちゃんのお嫁さんになるって言ったのよ? 事故の事もあってちょっと疎遠になっちゃってたけどね。ザンスちゃんももうちょっとスシヌの事優しく大事にしてくれるか、逆にもっと強引にモノにするぐらいの態度ならいいんだけどね」

「えー。あいつ、すっげー強引じゃないっすか。乱暴だし、人の話聞かねーし、キャンプだろうが魔法ハウスだろうが全然手伝わねーしさ。ちょっと……かなり強くて金持ちだからっていつも偉そうにしててさー! そりゃ、実際偉いけど…」

 エールは度々剣の稽古相手をしてもらっていることもありザンスにも良い所は色々あるよ、とフォローを入れておく。

「そりゃそうだけど… あいつが二階占領してるせいでエールと俺が交代でベッド使うことになってるじゃんか」

 あの一件以降、相変わらず二階の広いベッドをザンスが独り占めにしている状態だった。

 一階を三人で使うことになったが一国の王女を床で寝かせるわけにもいかないということで、エールと長田君は一階のベッドを交代で使っている。

「童貞だってバラされたのずっと根に持ってるしデカいくせに心が狭いっつーんだよな!」

 この場にいないからってここぞとばかりに言いたい放題であった。

 ザンスが聞いていたら粉々じゃすまないだろう、とエールは声を殺して笑った。

 だが女に対して強引に迫るような男だったらスシヌを近づけることはない、とエールはパセリに話す。

「エールちゃんは家族を大事にしてくれているものね……」

 パセリはじっとエールの顔を見つめた。

「スシヌの事も大切にしてあげてね」

 パセリは優しくエールに微笑んだ。もちろんと頷くがその笑顔は何か含みがあるように見えて、エールは少しドキドキとした。

 

 そして美しい桜並木を堪能するように三人はゆっくりと歩いて行った。

 

『……ごうかーーーーく』

 

 またしても合格したようだが、桜の通り抜けはまだ奥に続いている。

 三人は一旦手を離した。

「ふふ、少しドキドキしちゃったわ」

「まだ先があるみたいだな! さっさと進もうぜー!」

 

 頭上から声が聞こえる。

 

『第3の試練、熱い抱擁をせよ』

 

「抱擁って、抱擁って!抱きつくんだよな?なんかやばくね!?」

 レリコフとかよく抱きつくでしょうに、とエールが言うと

「かー! エールはガキだなー! 抱擁って言うのはこう男女で抱きしめ合うことを言うんだぜ!? なんかこうちょっとえっちな感じっつーの?」

 興奮してちょっとひびが入っている長田君は放っておいて、エールはパセリをきゅーっと抱きしめてみる。

 レリコフやスシヌ、エールよりも少し背が高い、お姉さんのようなパセリの体はふんわりと包まれるような柔らかさがある。

「きゃー! もう、エールちゃんったら大胆」

 言葉はいつものお茶目さだが、パセリはエールをふんわりと抱きしめかえすとその頭を優しく撫でた。

 エールはなんだか母親に甘えている気分になって、ニコニコと笑顔を浮かべる。

「な、なんか俺、割れそう……」

 なぜか長田君がその様子を見て割れそうになっていた。

「もう、長田君ったらえっちな想像でもしてるの? だめよ、私には愛する夫がいるんだから」

 7人ぐらいいるらしい。

 

『……ごうかーーーーく』

 

 またしても合格したようだ。

「ちょっとドキドキしちゃった」

 そう言ってエールを離しながら余裕そうにしているパセリはやはり大人の女性である。

 エールは進もうとしたのだがパセリがそれを制した。

「こらこら。次は長田君の番でしょ?」

「え、俺?」

 そう言われてエールと長田君は目を合わせる。

「さっきまで一緒に手を繋いでたじゃない。ならここでも試練を抜けないとね。ほら、エールちゃん、ぎゅーっとしてあげて」

 エールは言われるまま長田君をじっと見つめてから抱きしめてみた。

「ちょっ…いきなり!?」

 エールは長田君とは抱き合って喜ぶ、手を繋ぐなど普通に触れ合うことも多いが、今回は先ほどパセリがしてくれたように優しく包み込むように抱きしめてみた。

 しっかり整えられたふさふさの髪(かつら)に頭をうずめる。

「そりゃ俺等、ソウルフレンドだけど!? こういうのなんか照れるっつーか!? 柔らかい感触が! 良い匂いが!」

 長田君がエールの腕の中で焦り、この時はエールもなぜか少し胸がドキドキと高鳴った。

 

「あんっ!」

 

 エールがそんなことを考えてると長田君は割れてしまった。

 

「あらー、長田君ってば純情ね」

 エールがささっとセロテープで修復しつつ、長田君のえっちとからかうように笑った。

「そういうんじゃないんだけどさ! なんつーか、すっげードキドキしたんだよ! いつもと同じエールなのに、相棒なのに!」

 エールはそう言われてなぜか少し顔を赤くなる気がした。

「すっげー柔らかかった……おっぱいないのにな!」

 エールは長田君を割った。

 

「これは不合格かしらね~」

 

 そんな二人を見てパセリは笑っていた。

 




・長田君とパセリと行く桜の通り抜け
 エールちゃんがソウルフレンドを超えて長田君を意識しすぎかなと思ったのでこちらは没になっていたのですが、長田君人形を貰ったので書いてみました。


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おまけ 桜の通り抜け(ザンス√)

※ 閲覧注意 ※
恋愛・青春描写がありますので苦手な方はご注意下さい。
おまけですので「エールちゃんの冒険」本筋とは繋がりません。
 


「さあさあ、どっちを選ぶのかしら!?」

 パセリがキャ-キャーと騒ぎ、ザンスがエールとスシヌを交互に見ながら悩み始めた。

 

 エールはそんな様子を見てボクがザンスと行けばいい、とさっと口を挟んだ。

 その言葉を受けて悩んでいたザンスは意外そうな目でエールを見た。

「え、エールちゃん!?」

「まぁ、エールちゃんたら意外に積極的なのね」

 スシヌやパセリもその言葉に驚いたようだ。

「ほら、スシヌも負けないようにアピールしていかないと」

「え、えええ? わ、私は別に、そんな……」

「え、何? お前ザンスと行きたいの?」

 長田君の声には少し寂しそうな響きがある。

 

 スシヌを任せるならザンスより身内であるパセリの方が安全だろう。

 それに実体があるとはいえやはりパセリは幽霊、スシヌの持っている杖からあまり離れない方がいいはず、という考えをエールが話した。

「私なら大丈夫よ? 誰と一緒でもしっかりついて行くわ」

 それにパセリが傍にいないスシヌとザンスを二人きりにするのは危険、と今度は少し真剣な目でエールは話した。

「それを言ったら二人きりになって危ないのはエールもだろ! お前、リーザスで――…」

 そこまで話して長田君は口を閉じた。

 シーウィードの一件はエールとザンスのお互いの名誉のためにも秘密にしていることだ。長田君もそこは空気を読んで周りに言わないようにしている。

「何々? リーザスで何かあったの?」

「い、いや、何でもないっすよ!? ほんと!」

 誤魔化す長田君にエールは二人きりではなくいざとなったら日光さんがいるから、とその頭をポンポンと撫でた。

 

「エールちゃん、ザンスちゃんと行くの……?」

 少し落ち込んでいるスシヌにエールはザンスと行きたいなら代わる、と話した。

「そ、そういう訳じゃないんだけど」

 スシヌはちらっとエールを見てすぐに目を伏せてもじもじとしはじめる。

 

「がはははは! そーかそーか。お前ら、そんなに俺様と行きたいのか」

 

 ザンスはそんなやり取りをしているエールとスシヌを見て上機嫌で笑った。

 スシヌと行かせるのは危険だからという事と、エールとしてははやく桜が見たいだけである。

 エールは口を尖らせながら言うがザンスの耳には届いていなさそうだ。

 

「よしよし、今回はエールを選んでやる。お前の方が先に言ったからな」

 そう言ってエールの方を見た。

「あら、負けちゃったわね。スシヌもチャンスだと思ったらもっと積極的にいかないと」

「一緒に行きたいのは、ザンスちゃんじゃ…」

 スシヌのその小さな呟きは周りに聞こえないまま空気に溶けていった。

 

 

「よし、さっさと進むぞ」

 ザンスがエールを連れて行こうとすると

「俺もついてくー! ザンスと二人きりとか何されっかわかんねーから!」

 そう言って長田君がエールに駆け寄った。そしてザンスに軽く蹴られてごろごろと転がる。

「陶器は一人寂しくついてくりゃいいんだ。どうせモンスター扱いなんだからな」

「俺は冒険者で文化的なイケメンハニーだぞ! 野良ハニーなんかと一緒にすんな!」

 恋人たちのイベントを一人で回るとか拷問にもほどがある、とエールは哀れみの視線を長田君に向ける。

「一人で回るならいかねーっての! そんなんやったら俺寂しくて割れるからな! しばらく思い出してトラウマで割れるぞ!」

 よく分からない怒り方をする長田君の頭をパセリが撫でた。

「長田君は私達と行きましょ。だからここはエールちゃんとザンスちゃんを二人きりさせてあげるってことで」

 エールはスシヌとパセリさんだと両手に花だよと言いつつ、スシヌとパセリの護衛を長田君にお願いした。

「…あれ、それはちょっと嬉しい? 王女と元女王の護衛とか騎士っぽくね? 俺、ハニーナイト?」

 スシヌに手を出したらバラバラにして桜の下に埋める、とエールがすごむと長田君は恐怖でひびが入った。 

 

 

「おい、さっさと行くぞ」

 エールは長田君達に軽く手を振り、先に歩き出したザンスの後を追いかけた。

 

………

 

 エール達が一方通行の細道を進んでいくと、上空から声が聞こえる。

 

 

『第一の試練合格』

 

 分岐路につくと突然ぶたバンバラ達が立ちふさがったが、エールがそちらを視認したと同時に覚えたての魔法で消し炭にした。

「何か知らんが合格したみたいだな」

 ザンスは消し炭にされた魔物を踏んづける。

「なんだこりゃ、こんな雑魚が相手で何が試練になるってんだ。試練がどうこう言ってたがこれじゃ期待できそうもねーな」

 ザンスやエールの相手になる魔物が出てきたら普通の冒険者では手も足も出ないだろう。

 しかしもしかしたら最後はハニー造幣局らしくゴールデンハニーが立ちはだかるのかもしれない、とエールがザンスに話した。

「がはははは! 上等だ、ぶっ倒して金塊にしてくれるわ」

 ザンスは笑ってのしのしと道を進んでいった。

 

 エールは先ほどのように横の道に追い出されることもなく、目の前の一方通行の道を見て安心した。

 遠くには桃色の花が咲いているのがちらりと見える。

 はやく行こう、とエールが早足で道を進んでいくのをザンスは呆れた顔を浮かべながらついて行った。

 

 

 紅葉に覆われた木々の中にちらちらと桃色の花が見えはじめていて、エールの足取りは軽くなっていった。

 

 エールは何となくザンスに桜を見たことがあるのかどうかを尋ねた。

「俺がJAPANのもんなんぞに興味があると思うか?」

 ザンスはつまらなさそうにそういうので、エールはザンスも見るのははじめてなのかとさらに質問を続ける。

「乱義のアホが魔王の子達の新年会が出来なかった年にJAPANで花見会開いたことある」

 その花見と言うのは桜を見ながら食べたり飲んだりすることであるらしい。

 エールは楽しそうだと思いせっかくだから花見をしよう、と気合を入れた。

 

 進んでいくとまたしても魔物が数体が立ちはだかった。

「……また雑魚じゃねーか。あんなのお前で十分だ、さっさとやってこい」

 しかし今度はザンスは少し目を逸らしている。どうしたのかと思い見てみると、魔物の中に女の子モンスターのマジスコ、つまり大事な所がまるだしの女の子モンスターが混ざっているのが見える。

 エールはじーっとザンスの方を見て何か声をかけようとしたが言葉が見つからなかった。

「何見てんだ、おめーは!」

 哀れむような目に見えたのか、エールは頭を叩かれた。

 

 エール魔物を倒すと、またしても頭上から声が聞こえる。

 

 

『第2の試練、仲良く手をつないで歩け』

 

 

「………は?」

 

 それを聞いてザンスが素っ頓狂な声を上げた。

 同時にそれを聞いたエールは桜の通り抜けは恋人たちのイベントであるという事を思い出し、なんだか可愛い試練だね、と言いながらザンスに手を伸ばした。

「なんで俺様がそんなこっぱずかしいマネ……」

 ザンスはその手を掴もうとしない。

 エールは少し頬を膨らませてザンスの手を無理矢理掴もうとするがするっと抜けられてしまった。何度もその手を狙って手を伸ばすが何度やっても捕まえることが出来ない。

「お前なんぞに捕まるか」

 目の前に憧れの桜が広がっている道がある、エールは是が非でも行きたかった。

 そしてそのためには手を繋いでくれる人が必要である。

「戻ってスシヌとくりゃいいだろが」

 長田君ならいつものように手を繋いで散歩気分でいけただろうが、エールは腕を組んで悩み始めた。

 しばらくそうしていて何かを思いついたように手をポンと叩く。

 

 

 乱義ならきっと余裕で手を取って、ついでに桜について色々と教えてくれながら一緒に歩いてくれる。

 

 

 そんなエールの言葉にザンスは目を開いた。

 そして苛立った表情を浮かべると同時にエールの手を無理矢理引っ掴むとそのまま桜並木を歩き出した。

 

 桜綺麗だしゆっくり歩いて欲しい、歩幅を合わせようとせずにずかずかと歩いているザンスにエールに抗議をした。

「一緒に行ってやるだけありがたいと思え」

 ゆっくり行きたいエールと早く終わらせたいザンスとで手を繋ぎつつも互いを引っ張り合う状態になっていた。

 思わず強く握られた手にエールが少し顔を歪ませる。

「ちっ……」

 シーウィードで強く足を掴んだことを思い出したのか、観念したようにザンスは力を抜いて歩幅をエールに合わせはじめた。

 その様子を見てエールは少し勝ち誇ったような笑顔を見せる。その笑顔を見たザンスは繋いでない方の手でエールの頭をポカンと叩いた。

 

 握り合った手からお互いの体温が伝わる。

 

 ザンスの手はとても大きくて固く鍛えあげられた戦士の手だ、とエールは思った。

 リーチの違いは体格の良さもあり武器だけではないのだろう、才能の差もあるが剣ではまず勝てる気がしない。

 だが味方であれば頼りになる、エールはそう思いながらザンスの顔を少し尊敬するように見上げる。

 

 逆にエールの手は剣を振るう者の手とは思えないほど小さく柔らかかった。

 手を繋いで並んでいるととよく分かるがエールはかなり小柄であり、とても世界屈指の強者の身体には見えない。

 実際に中身を見ているが色白で華奢な体つきをしていた、そこまで思い出したところでザンスは何も考えないように自分を見つめてくるエールから目を逸らした。

 

 エールは叩かれたものの、自分の歩幅に合わせはじめたザンスを見て楽しそうににこにこと笑っていた。

 

 きらきらと陽に透ける桃色の花びらが美しく、エールは目を輝かせながら進んでいく。

 はしゃいだ様子で風に揺られて舞い落ちる花びらの一枚を掴んだ。

「そんな楽しいか?」

 エールは大きく頷いた。

 

 エールが桜綺麗だね、と言いながら手のひらに乗せた花びらをザンスに見せる。

 小さく可愛らしいこの花びらに似た桜貝とはどのような可憐な貝なのだろうか。 

 ホ・ラガから伝説の貝の情報は手に入れているが、桜貝もぜひ手に入れたいとエールは気合を入れた。

 

「そーだ、そーだ。お前脱がせたときそんな色してたぞ」

 ザンスがニヤニヤしながらそんなセクハラめいた事を言った。

 てっきり恥ずかしがると思ったのだが言われたエールはザンスに脱がされた覚えはない、と言いつつ服のボタンを一つ外して自分の服の中を覗き込んだ。

 同じような色だと言うが服の中は暗くて胸元がよく見えず、さらに服をずらそうとしたところで…

「はしたない真似してんじゃねぇ!」

 エールはザンスに叱られて、またしても強く手を引っ張られてしまった。

「アホなことしてねーでさっさと行くぞ!」

 歩幅を大きくしたザンスに引っ張られ、エールは桜並木を抜けた。

 

 

『……ごうかーーーーく』

 

 またしても合格したようだが、桜の通り抜けはまだ奥に続いているようだ。

「どうせならもっとエロい試練だったら面白かったのにな」

 エールの手をぱっと離しながらザンスがそんな事を言った。

 さっきの体たらくでよくそんな大口を叩けるな、とエールは思ったが口には出さないでおく。

 代わりに例えばどんな事だろうか、と。

「そりゃエロい事と言ったらまず服を脱がせてだな。野外と言えば露し――」

「ここは毎年行われている純粋な恋人たちのイベント。そんな試練はあるはずがありません」

 それまで黙っていた日光が言葉を挟んだ。

「ちっ、そういや保護者気取りがいたな」

 エールは日光はここに来たことがあるのかを聞いてみた。

「過去に私のオーナーだった人とその恋人がここを目指してゼスに来ようとしていたのです。イベントもそうですが桜はJAPANが有名だとか、彼らの住んでた世界でも知られているとかで私に見せてくれると言っていました。結局、道に迷ってヘルマン方面に行ってしまって来ることは出来なかったのですがね」

 懐かしそうな声色で話す日光に優しいオーナーさんだったんだ、と返事をしつつエールは少し嫉妬心を感じた。

「ってことは、その恋人がいるオーナーとやらとも例の儀式をしたわけだ」

 ザンスがそう言うと日光は押し黙った。

 エールは前にも話していたがその儀式とは何なのか、と尋ねる。

「……お前は知らんでいい事だ」

 エールはそう言われると気になる、と口を尖らせた。

「私にとってもあまり知られたくない事です。エールさんは儀式なしに私を使うことが出来ていますから知る必要も無いかと」

 エールはそう強く言われてそれ以上聞くことは出来なかった。

「まー、俺様が近いうちに身体にじっくり教えてやるから楽しみにしてろよ。がはははは!」

 エールは首を傾げつつも楽しみにしてる、と返すとザンスは言葉に詰まった。

「ザンスさんに何か出来るとは思いませんがね……父親とは違って」

 日光は二人に聞こえないように小さく呟いた。

 

 

 エール達がそのまま先を進んでいくとまたしても頭上から声が聞こえる。

 

『第3の試練、熱い抱擁をせよ』

 

「………………」

 ザンスは何も言わずにエールを見た。

 エールが抱擁と言われて思い出すのはレリコフだ。抱きつけばいいのであれば、これもまた簡単な試練である。

「お前、抱擁っていうのはだな……」

 ザンスはそこで言葉を切った。

 エールが先手必勝とばかりに避けられないようにザンスに抱きついた。

 

 体格が大きいのでとても抱きつきづらく、首に手を回すと足が浮く。

 レリコフはジャンプして飛びついていたな、とエールはにゃんにゃんのようなふわふわとゆれる金髪を思い出しつつ手に力を入れてザンスを抱きしめている。

 

「お、おまっ……いきなり何しや――!」

 ザンスは突然の事に焦って固まったが、自分を見上げるエール表情はいつもと変わっていなかった。

 それを見て一旦深呼吸をするとぶすっとした表情で抱きしめかえすようにエールの背に手を回す。 

 エールはいつものように引き離そうとされるか叩かれるかのどちらかだと思っていたので、その意外な反応に目を丸くした。

 

「お前、ほっそいな。あんだけ食ってるのに全然成長してねえじゃねーか」

 そう言いながらぶら下がっているエールを軽く支えるようにしつつザンスが言った。

 

 ザンスとしては先ほどからエールに振り回されっぱなしであり、このままでは終われないという男としてのプライドがあった。

 

「がははは! こうしてるとお前も可愛いもんだ。まあ、悪いもんでもないぞ、たぶんな!」

 

 エールの顔がすぐ目の前にあり、全身に女性らしい柔らかい感触が伝わってきて、ほんのりと良い匂いが鼻をくすぐり、否が応でもシーウィードの一件が頭に浮かんでくる。

 余裕のありそうな言葉で冷静を装ってはいるが、内心この後にどうしていいのか頭をフル回転させて考えていて軽くパニック状態である。

 

『……ごうかーーーーく』

 

 その声が聞こえるとエールはザンスの首から手を放し、ザンスも同時にエールを下すように手を離した。

 

「俺様に抱きつけて満足したか?」

 そう余裕のある事を言いつつも、心臓の動悸が収まっていない。

 

 エールは少し考える仕草をしたが、ちょっとドキドキした、と素直に答え照れたような笑顔を浮かべた。

 

「……こっち見んな」 

 その表情を見たザンスは小さくそう言ってそれ以上話もせず、エールの顔を向くこともないままざくざくと一人森を踏み荒らすように先に歩いて行ってしまった。

 エールが悪い事でもしたかと首を傾げるが

「あれは照れているんですよ」

 日光が優しい声色でそう言ったので、エールはすぐにザンスの後を追いかけた。

 

 

「流石にあれで最後だろうな」

 これ以上エスカレートするならやはりこの森は燃やすべき、とエールが言おうとしたところでで……

 

『君達は、素晴らしいカップルだ。永久の愛をあの桜の元で誓いたまえ』

 

 その言葉が聞こえてきて、目の前には一際大きな桜の木がそびえたっているのが見えた。

 ゴールについたね、とエールが声をかけようとしたが

「誰が誓うかーーー!!」

 ザンスはそう叫んで、どこかに走って行ってしまった。

 

 

 エールはその後ろ姿を見て楽しそうにくすくすと笑いながら、目の前で満開に咲き誇っている大きな桜を見上げる。 

 

 

 桜の通り抜け。

 

 ここはエール達が来るには少し早い場所だったのかもしれない。

 




・ザンスと行く桜の通り抜け
 スシヌ、長田君(&パセリ)ときたので最後にザンスルート。ザンスとベストフレンド時、女エールだとハニーインザスカイ等での差分が多めで甘酸っぱい雰囲気なのでそれに寄せようとして通り過ぎました。
 日光がザンスに少し警戒を解き、優しくなっているのは(父親と違って)童貞だと知ったからです。


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エールとレイとメアリー

「ただの女の子達じゃないか。子供に絡むなんてなに大人気ないことしてんの」

「メアリー……」

 

 魔人を叩くなんてすごい人だな、と思いつつエールはその女性を見た。

 美人とはいい難いが、さばさばとした雰囲気がある可愛い感じの人である。……どこかで会ったような気がするのだがエールには思い出せなかった。

 

「悪かったね。ちょっと色々あってピリピリしててさ」

 ピリピリなのかビリビリなのか、ただその女性が困ったように謝ってきたので、エールは日光を鞘に戻した。

 

「このガキが持ってるもん、覚えてねーのか。そいつは聖刀・日光……」

「見りゃ分かるよ。それでこの子達があたし達に何しようとしたって言うの。襲い掛かってきたわけでもないだろ」

 

 レイはエールの方を改めて見た。

 エールはすでに一旦抜いた日光を鞘にしまっていて敵意も感じず襲い掛かってくる気配もない。

 ただ背後にスシヌを庇うように立っていてレイの方を警戒をしている様子が伺える。

 

「…お前、この間ぶち殺した連中の仲間じゃねーのか」

 レイの言葉にエールは首を少し傾げてから横に振った。

 そしてそいつらはオレンジ色の軍服を着てはいなかったか、と聞く。

「ああ、そうだ。やっぱり仲間じゃ――」

 そいつらは魔王の関係者や魔人を狙っている東ヘルマンという連中で自分たちも魔王の子として狙われている、ということを話した。

「魔王の子? レイ、この子達ってもしかして」

「あの男のガキども。名前は覚えちゃねーがな」

 魔王の子、と聞いてメアリーは目を見開いてエール達を見た。

 レイの言葉を受けてエールはAL教の法王クルックーの娘エール・モフスです、と丁寧に名乗った。

「わ、私はゼス国女王マジックの娘、スシヌ・ザ・ガンジーです」

 スシヌはまだ戦った時の事を覚えているのかエールの後ろから怯えた様子でおずおずと名乗る。

「へー、あの法王さんとマジック女王の娘さんか。挨拶が遅れてごめんね。私の名前はメアリー・アン、それでこっちはレイ。レイとは会ったことあるみたいだね」

 魔王城に向かう途中で戦った、と言った。

 そしてエールはレイをちらっと見つめてすぐにメアリーに視線を戻すと、日光で無敵結界をはずした後は魔法で余裕で倒した、と少し得意げに付け加える。

「…あん時はけっこうな人数でかかってきやがったからな、なんならもう一度一対一でやるか?」

「はいはい、ムキにならないの。元はと言えばレイが勘違いして絡むからだろ。誰にでもそんなんじゃいつまで経っても勘違いされたままだよ」

「勘違いでもねーだろ、魔人だったんだからよ」

 魔人だった、という過去形である。

「エールさん、この者からはすでに魔人の気配は消えています」

 エールは日光の言葉に納得した。

 魔血魂を倒した時に近くにいたのか、どうやらこの雷の魔人も魔人でなくなっているのだろう。

「…そうだ。俺はもう魔人じゃねぇ」

「そうはいっても、魔人を狙う連中にはいまだに狙われてるけどね」

 一見すると普通の人間にしか見えないメアリーと元魔人のレイ、二人はどういう関係なのかとエールが尋ねる。

「恋人同士さ」

「…そんなもんだな」

 今度はエールが目を見開いて驚いた。

 人間と元魔人が恋人同士、それもかなり乱暴ものだと思っていた魔人がである。しかし恋人だというメアリーのいう事には素直に従っているようで、嘘をついている様子は全くない。

 エールはそれを不思議に思いつつメアリーとレイを交互にちらちらと見た。

「しかしスシヌ王女か。赤ちゃんの時に会ったことあるけどお母さんに似て可愛くなったねえ」

 メアリーは気さくに話しかけてきた。

「母をご存じなんですか?」

「16年前の魔人戦争でちょっとね。それにここはゼスだから女王のことは――」

 

 

「うぉーい、エールー!」

 

 メアリーとの会話を遮るように聞きなれた声がする

 エールが自分を呼ぶ声に振り向くと、長田君とパセリが手を振り、ザンスがふてくされたような顔をしてこちらに歩いてくるのが見えた。

 

「エールちゃんとスシヌも無事に抜けられたみたいで良かったわ」

「二人も無事着いたんだな! マジで女の子同士でもいいのにハニーはダメってわけわかんねーよ」

 長田君はまだ不満そうにしている。

「それでどうだった? たぶんエールちゃんがリードしてくれたと思うんだけどドキドキした? 手を繋いだのよね? 抱擁はどうしたの?」

 目を期待に輝かせながらグイグイと聞いてくるパセリにエールは楽しかった、とだけ答える。

 スシヌも少し焦り頬を染めつつ、それにうんうんと頷いた。

「あら、二人だけの思い出にしたいってことかしら。残念だけどそれも青春かしら」

 エール達はパセリが幽霊のままだったら撮影されるレベルで覗かれていたような気がした。

 

 パセリさんこそザンスと手を繋いで歩いたり抱きついたりしたのか、とエールが尋ねる。

「このババアが勝手にべたべたとひっついてきやがった」

「俺も手握ってもらったぞー」

 男二人が話すにどうやら試練はパセリがリードしたらしい、エールは納得した。

「男の子に両方の手を引っ張られてると昔を思い出すわ。若返った気分ね」

 パセリは懐かしそうに話した。

 二人はパセリさんに手を引っ張られたり抱きつかれたりで緊張しなかったんだろうか、とエールは少しからかうように聞いてみた。

「そんなわけねーだろ。悪霊ババアにくっつかれても精々憑りつかれてるっつー気分になるだけだ」

「もうザンスちゃんったらあんなに嫌がることないじゃない。それにしてもザンスちゃんて良い身体してるわよね。背が高くてたくましくて温かくて私ったら思わず―」

「お、おばあちゃんったら何言ってるの!」

 セクハラめいたことを言ったパセリをスシヌが慌てて止めていた。

 エールはパセリの言葉を聞いて何となくザンスをじろじろと見つめる。

「なんだ? 俺様に抱きつけなくて残念だったか?」

 スシヌはふんわりとしていて抱き心地が良くなんか良い匂いがした、とエールが言った。

「そ、それを言うならエールちゃんだって柔らかい手でぎゅーっとしてきてすごく可愛くてっ」

「お前ら何してたんだよ?」

 ザンスがそういうと同時に、長田君がそれを聞いて何かを想像したのか割れていた。

 

「まだいんのか……」

 合流してわいわいと言い始めたエール達を見てレイがそう呟いた。

 前髪で目線が分かりづらいが、その中でも真っすぐにザンスを見ているようだ。

「どっかで見た顔がいると思ったら魔人のビリビリ野郎じゃねーか。なんだ、あん時負けたリベンジでもしに来たのか?」

 エールはもうレイは魔人でなく危険もないことを告げた。

「危険はない、ねぇ。そりゃ俺等は勝ってんだから当然だな」

「あん時は人数差があっただけだろうが。……なんなら、今すぐぶっ潰してやろうか?」

「はっ、そりゃいい。雑魚ばっかで退屈してたとこだ」

 ザンスの挑発に乗る形でレイが構え、ザンスも嬉しそうにバイ・ロードに手をかけた。

 

 戦闘好きだという元魔人、そしてリーザスの赤い死神がにらみ合うとそれだけであたりの空気に緊張感が走った。

 

「はいはい、やめやめ! こんな所で何しようってんだい!」

 

 そんな二人をメアリーがさっと止めに入った。

 普通の人間なら元魔人に赤の将の間に入る事など足がすくむだろうが、メアリーは気にした様子もなく子供の喧嘩を止める母親のように間にずかずかと入っていっている。

 

「メアリーは下がってろ」

「あんた達が戦ったら周りに迷惑かかんでしょうが。ちっとは場所考えな」

 ここは伝説の桜があるデートスポットである。

 周りにいる人たちはが何事かとエール達の方を横目で見ていた。

「…ちっ、分かったよ」

 

「逃げるのか? もう魔人じゃねーんだろ。無敵結界がなきゃ戦えねーってか?」

 なおも挑発するザンスを今度はエールとスシヌが止めに入る。

「ざ、ザンスちゃん落ち着いて! 向こうは引いてくれたんだからっ」

「人数の差で勝っただけのくせに偉そうに。俺より強いつもりかよ」

「レイ、やめなって」

 お互いのにらみ合いは止まらない。

「邪魔すんな。試練だとか言ってクソ雑魚ばっかだったからな、ちょうどいい一対一でそいつボコって――」

 周りの浮ついた雰囲気に苛立って仲良さそうなカップルにあたっているように見える、とエールが言うとザンスはエールの頭を叩いた。

 

 メアリーはエール達に止められ、エールの頭をポカリと叩いているザンスを見た。

 その姿がかつての魔王、いや総統とその奴隷の姿と重なる。

「こっちはザンス王子だね、いかにもあの魔王の子って感じがするわ。父親とそっくりじゃないか」

 そういって昔を思い出したのか楽しそうに笑った。

 その笑いが馬鹿にされたように聞こえたのかザンスはメアリーをにらみつける。

「あぁ? このブサイクチビ女、俺様のどこがアレに似てるって――」

 レイが侮辱の言葉に怒り再度手に雷をためたのを見て、エールはザンスの頭を思いっきり叩いた。

「ってーな! 何しやがる!」

「お前がいきなり失礼な事言うからだぞー!」

 長田君が叩かれて当然、とザンスに怒っていた。

「あはははは! 父親に似てるって言われるのは禁句だったか、悪い事言ったね。ごめんごめん」

 メアリーは怒っているレイを手で制しつつ、自分が言われた言葉も気にせずに謝った。

「似てるって言うのは男一人で可愛い子ぞろぞろと引き連れるとことかだよ。エールちゃんにスシヌ王女は妹だろうけど、一緒に来たそっちの大人っぽい子が本命の恋人かい?」

「あら~そう見えるかしら?」

 パセリはそう言われて満更でもなさそうにニコニコしていた。

「ちげーよ。エールとスシヌは俺の女だがな」

「…は?」

「俺様が一人で満足するわきゃねーだろ。もちろんこいつらだけでもねーからな」

「女なんぞ一人で十分だ」

 レイがメアリーを見てさらっと言うのを見てスシヌが顔を赤くし、パセリが熱いわねーと小さく呟いた。

「そこのやつら、妹じゃねーのか」

「だから何だってんだ」

 さも当然とばかりにザンスが答えたのでレイはそれ以上何も言わなかった。

「エールもスシヌもお前の女じゃないってー! あと近親そーかんは、いけないんだぞ!」

 長田君の抗議がザンスに届いていないのもいつものことだった。

 

「こりゃ節操無しかい。ならこっちの人と、あとハニーは?」

「俺は長田! イケメンハニーの長田君でエールの相棒! 俺も魔王城まで行ったんだぜ!」

「へー、そりゃすごいもんだ。魔王の子じゃないよね?」

 さすがの父もハニーとはやってないらしい、とエールは話した。

「メアリーさん、覚えてない? 私はパセリ。体があるからかしらね」

「もしかして城にいた幽霊さん?」

「ええ、これは魔法で身体を作っているだけなのよ」

 パセリはくるりと回っている。

「ババアはさっさと幽霊に戻りやがれ」

「イベント抜けるまではこのままでいるわ。身体があるとここの幸せな空気をぐっと感じられるんだもの」

 

 エール達が改めて周りを見ると当然のごとくカップルだらけだった。

 

「伝説の桜の下でき、き……け、契約をしてる人はいないんだねっ」

 キスをすると言ってしまうのを恥ずかしそうにしているスシヌが話した通り、恋人たちのイベントである桜の通り抜けのメインイベントだと思っていたがみな遠巻きに伝説の桜を眺めているだけのようだ。

「何でもその永久に別れる事のない契約ってのがかなり強力らしくてね。感情を固定するからバカになるとか、浮気すると問答無用で死ぬとか、なんか物騒な噂があるんだよ」

 メアリーが桜を見上げながら苦笑している。

「やっぱ呪いじゃねーか」

「もちろん噂だけどね。そんなのよりゼスの将軍がここで奥さんにプロポーズしたって話の方が有名なんじゃない? んで、それからここでプロポーズすると幸せになれるんだと」

「あ、エールちゃん! これがサイアス将軍のお話だよ。奥様と本当に仲が良いから」

「いかにもあのキザ野郎がやりそーなこった」

 ザンスは砂を吐くような甘い話に苦い顔をする。

 エールはこの衆人環視の中キスできるようなカップルならそもそも契約なんていらないのではないか、と考えていた。

 

「それでお二人はどうなのかしら?」

 パセリがメアリーとレイに尋ねる。

「あたしらも特にそういうことしに来たんじゃないよ。ただ何となく毎年来てるってだけで、もう何年になるのかね?」

 メアリーが思い出すように悩み始めるが…

「9年目だな」

「よく覚えてんねえ」

 レイがさらっと答えたのを見てメアリーは嬉しそうな顔をした。 

「居るのが当たり前、契約なんかいらない間柄なのね。羨ましいわ」

「素敵ですねー…」

 パセリとスシヌは目を輝かせつつ感動しているようだ。

「改めて言われるとなんか照れるもんだね」

「大したもんでもないだろ」

 そう言いつつ、レイも口元に笑みを浮かべている。

 

 

「……なんか俺等、アウェー感やばくね? なんでこんなとこいんだっけ……」

 

 長田君は周りの甘い雰囲気に思わず縮こまり、ザンスもそんな周りに気が付くと居心地が悪そうにしている。

 

 エール達がピリピリとした敵意をおさめて話しはじめたのを見て安心したのか、周りではそこかしこで甘い空気が流れ始めていた。

 桜を見上げながら楽しくおしゃべりをしていたり、ご飯を食べさせあったり、身体を寄せ合っていたり、膝枕をして寝ころがったりとイチャイチャしているカップルばかりである。

 

 

「俺、もう帰りたいんだけど…」

 長田君が色々な感情で割れそうになっているところにせっかくだから周りに倣って膝枕でもしようか、とエールが膝をポンポンと叩いた。

「な、なんかそれは照れるつーか、割れるつーか? 恥ずかしいだろ! そーいうのは!」

「誰がそんなこっぱずかしい真似するか」

「え、エールちゃんの膝枕!? で、でもそういうのは私がする方がいいんじゃ、そ、そうじゃなくてそういうのは恋人同士でっ」

 全員が焦りだす中…

「エールちゃんったらモテモテねえ」

 パセリだけが余裕で笑っていた。

 

 エールは膝枕が必要なさそうなのを見て再度、伝説の桜を見上げた。

 はらはら舞い落ちる花びらを掴んで桜綺麗だね、と全員を振り返る。

 恋人たちのイベントとのことで本来なら縁がない場所ではあるが、無理を言ってでも見に来たかいがあったとエールは満足そうに微笑んだ。

 

「さて、さっそく花見の準備しようかね。せっかくだからみんなで一緒にやらないかい?」

 花見という単語を聞いてエールは首を傾げた。

「もしかして花見を知らない? 桜を見ながら食べたり飲んだりするんだよ」

 エールははじめて聞いた、と答えた。

「私達はJAPANでお花見会をやったことあるんだけど、エールちゃんは桜も見たことないって言ってたもんね。楽しいよ!」

「おっ、いいねー! せっかくだからここでワイワイやっちまおうぜ!」

 長田君は周りの甘い空気を何とか気にしないように、テンションを上げつつ言った。

「花見は大勢でやった方が楽しいもんだよ」

 そういったメアリーにエールも楽しそうだと目を輝かせる。

「でもお二人は恋人でしょう? お邪魔になっちゃうんじゃないかしら」

「いいよ、いいよ。来年、また来るんだから」

 惚気には聞こえない当たり前と言わんばかりの言葉。

 レイは面白くなさそうな顔をしているような気がしたが、来年は10周年のようだしその時は邪魔しないように変な連中に邪魔されないようにとエールは小さく願った。

 

 

………

……

 

 エール達は綺麗な桜を見上げながら、一緒に"花見"を楽しんでいる。

 

 本日の昼ご飯担当はエールだった。エールが作ると必然的に量が多くなるのだが、そのおかげでレジャーシートに並べられた食べ物は種類が多くちょっした宴会にちょうど良かった。

「こりゃ美味しい、器用なもんだね」

 エールは弁当を褒められたので素直に喜んだ。

「味は美味いけどエールは毎回ちょっと作りすぎだぞ。そりゃ、残すわけじゃねーけどもっと節約しねーと」

 成長期だから食べ盛りなんだ、とエールは言って説教してくる長田君をぺしぺしと叩いた。

 メアリーが作ってきた弁当も少し貰ったが、なんとなく母の味を思い出させるような安心する美味しさだった。

 

 レイはメアリーが作った自分用の弁当を黙々と食べている。

 メアリーはそれを嬉しそうに見つめて、さっとお茶を差し出していた。

 桜を見上げながら特に会話もない二人のやり取りは長年連れ添っている夫婦のような雰囲気を感じる。

 

「そういや、ハニー造幣局って昔強盗入ったことあるんだってよ。何でも桜の通り抜けを利用して侵入したとか、おかげで開催が危なかったとか。一時期はやたら警備厳しかったらしいっすよ」

 長田君がそんな事を話し始めた。

「ハニー造幣局が好意でやってるってのに酷い事をする奴がいたもんだ。まあ、最近は出店で儲けてるみたいだけど」

「こんなロマンチックなイベントを利用するなんて……」

 メアリーとスシヌは少し怒っているようだ。

 そういうことをする奴は絶対モテない奴だ、とエールは言った。

「あと、なんかゴールデンハニーが地下に埋まってたとかさー…」

 

 エール達はメアリーと色々と話をする、といっても主に話すのは話し上手の長田君である 

 魔王討伐の冒険を分かりやすくメアリーに話していて、レイもタハコを咥えながらそれを聞いている。

 

「……それであんた達が魔王を倒したってわけか。がんばったんだねぇ。英雄さんじゃないか」

 レイから聞いてなかったのだろうか、とエールは首を傾げる。

「魔王がもういないって事と、自分や他の魔人がもう魔人じゃなくなったとだけあっさりと話してくれたよ。それでもずいぶんと驚いたんだけど」

「俺からすりゃ無敵結界なくなっちまったぐらいだからな」

 見たところによると、レベルや性質などは維持されているらしい。

「あと年を取るようになったのかな。レイは元々人間だったから」

 

 そういえば冒険の途中でいろんな魔人に出会った、という話をエールがしたが…

「そうかい」

 レイは興味なさそうにそう言っただけだった。

 

「レイは他の魔人さん達とあんま仲良くしてなかったからね。ハウゼルさんとこの火炎書士さんなんか怯えさせるもんだから相談されたことあるよ」

「使徒のくせに臆病すぎんだよ」

 使徒というのは魔人に血を与えられた直属の部下のことである。

 エールが知ってる中だと主人はとっくに消えているらしいが、JAPANであった戯骸がそうだったはずだ。

「エールちゃん、ヘルマン行ったんでしょ? そこでペルエレって子に会わなかった?」

 パセリがエールに話しかけた。

「彼女も色々あって魔人の使徒なのよ。シーラさんとほとんど同い年なのに若かったでしょ?」

 そういえばレリコフがおばさんと呼んでいたのを思い出し、エールは驚いた。

「ああー、あの意地悪そうな人かー! 若いわりにやたら偉そうだと思ってたんだよな!」

 長田君もそれを聞いて納得していたが、ずけずけと物を言うのは本人の地なのではないかとエールは思った。

 

 そういえばメアリーもいわゆる魔人の使徒なのか、とエールが尋ねる。

「いいや、あたしは違うよ」

「え? んじゃ、でも魔人の恋人って」

「それでもあたしは人間」

「何でだよ。使徒になりゃ、弱い人間でもある程度強くなれるし歳もとらねーんだろ」

 ザンスが聞いている。 

 エールも確かあのサテラですら年齢は数百歳、メガラスは少なくとも4000歳であるということを聞いていた。

 魔人からすれば長くても100年程度の人間の一生なんて一瞬なのではないだろうか。

「でも使徒って言うと部下とか手下になるだろ。あたしはレイの部下になる気はないんだ」

 恋人だから?エールが聞く。

「そういうこと。付き合うようになった時からどっちが上にも下にもならないようにそれだけは決めてんだ。レイは部下にする気はないけど使徒にはなっとけって言われてたけどね」

 それを聞いてエールはメアリーとレイを見て考えた。

 

 人間と他種族では寿命が違う。ポピンズのように人間よりもっと短い種族もいる。

 愛し合ったとして、いつかはどちらかが残されてしまうのだ。

 エールは悪魔のハーフである長兄とその恋人の人間が頭に浮かぶ。

 

「あたしがおばあちゃんになって、レイがずっと若いままだったらどうなってたかね」

「変わんねーだろ、別に」

「そうだね。でもレイが魔人じゃなくなってその心配も無くなったわけだ。いやー、良かった良かった。あんがとね、エールちゃん」

 

 エールはそんなやり取りを二人を見て笑顔を浮かべた。

 

「そういやエールちゃんって法王さんの娘さんだったよね。あの人も元気にしてる?」

 エールは頷きつつも驚いて母と知り合いなのかとメアリーに尋ねた。

「それは良かった。なら、もしかしてエールちゃんも貝好きだったりするかい? 両親揃って貝集めが趣味だったからさ」

 メアリーはその質問には答えず、代わりにエールにさらに質問をした。

 エールは大きくゆっくりと頷いた。

 

「んじゃ、これあげよっか? もう似たようなの持ってるかもしれないけど」

 

 メアリーが荷物から取り出し、ひょいっと手渡してきたものを見てエールは思わず目を見開いて息を呑んだ。

 

 

 桃色がかった乳白色に宝石のように透明感のある光沢。

 今ここで咲き誇っている桜の花びらを幾重にも重ね合わせたかのような扇状の美しい縞模様。

 おそるおそる撫でてみると手に吸い付いてくる、まるで上質な布のような感触。

 図鑑で見るよりも小さく可愛らしいフォルムなのに、優しい色合いの中に力強い生命の神秘を感じさせる――

 

 斑点や汚れもなく、穴も欠けもない、完璧な状態の逸品で図鑑で見たものよりもはるかに美しい。

 

 

 それはエールが憧れていた桜貝であった。

 

 

「ちょっと小さいけど綺麗なもんだろ。ここはちょうど桜の名所だし、ちょうどいいもんだと思わない?」

 その言葉が聞こえているのかいないのか、目を点にして固まっているエールを見てメアリーはさらに貝を出し始めた。

「もしかしてもう持ってる? ならこのくるっと丸まってる貝とか、空色のやつとか、黒色のとか、この凄く綺麗なのとか……」

 そう言ってメアリーはレアな貝を次から次にエールに見せはじめた。

 オウム貝にそら貝、宇宙貝、さらにエールが見つけるのに苦労しクルックーに得意げに見せた真・オーロラ貝まであるようだ。しかもエールが手に入れた真・オーロラ貝よりも一回り大きいサイズである。

「今あるやつはこれだけだ。もう魔王に貝を届けることも無くなったから処分しちゃってあんま持ってないんだよ。これでも一応、面白いのとか特別綺麗なのは取っておいたつもりなんだけど」

 

 エールはメアリーが次から次に出てくるレアな貝に驚き、一部が処分されてしまったという事を聞き、思わず膝をついた。

 それほどの衝撃だった。

 

「ちょ、エール? 大丈夫? その貝がどうかしたの?」

 長田君が心配そうにエールに駆け寄ってきた。

 

「あはは、反応が両親と一緒だ。やっぱ親子だねぇ」

 そんな長田君を支えにしてエールは何とか立ち上がり、なぜこんな貴重なものを持っているのか、とエールはメアリーに詰め寄った。

「あたし、なんかそういう才能みたいなのがあるらしくてこういう綺麗な貝をよく拾うんだ。だからご機嫌取りに定期的にレイに貝を届けて貰ってたんだ」

 そんな才能が本当にあるのだとしたらどれだけ羨ましい才能なのか、エールはじっとメアリーを羨望の眼差しで見つめた。

「喜んでくれたみたいだね。ならこの中から一個だけあげることにしようか。魔王にも毎回一個ずつ届けて貰ってたから全部上げるとエールちゃんがあいつに怒られっかもしれないし」

 エールは全部欲しかったのだが、さすがにこれだけのものをまとめて貰うのに払える対価などない。

「え、そんなにすごいのこれ」

 貝の価値が分からない長田君や他の面々は理解できないという顔をしている。

 

 エールは全ての貝をもう一度見まわして悩んだが、手の平に乗ったままの美しい桜貝を手放す気になれずそれを選ぶことにした。

「んじゃそれをどうぞ。今度また会ったらもう一個あげるから――」

 エールは思わずメアリーに礼を言いながら抱きついた。

「はいはい、どういたしまして。魔王の子達ってすごく強いって聞いてたけどこういうとこはまだ見た目通り子供だねえ、可愛いもんだ」

 抱きついてきたエールの背中をポンポンと叩いた。

 

 メアリーに抱きついているエールを見ながらレイは複雑そうな顔をしている。

「……そういやその貝、あいつが受け取らなかったやつだよな。いらねーなら捨てるぞっつったらぶちギレやがってよ」

 そんなレイの言葉にこんな綺麗な貝をなぜ受け取らなかったのだろうとエールは首を傾げた。

「今だから言える事だけど、その貝って色がシィル姉ちゃんに似てんでしょ。だから手元に置いときたくなかったのさ」

 シィルというのは父の最愛の人物であり冒険に連れてってしまった人だというのをエールは思い出した。

 あのランスに告白させた人、エールはその存在が気になりいつか話してみたいと思っている人物である。

「どっちみちもう必要ないもんだろ。本物が生きてたんだから」

 貝マニアであればそれとこれとは話が別、むしろ無事だったからのだから尚更この美しい桜貝を欲しがるだろうが、エールはもう譲る気はなかった。

 会ったら見せてめちゃくちゃ自慢しよう、という気持ちがエールの中に沸き上がった。

「良かったね、エールちゃん」

「欲しかったもん貰えてよかったな、エール! 俺にはさっぱりわかんねーけど」

 荷物の中に目をキラキラさせながら丁寧かつ慎重に桜貝をしまい込むエールを見て、スシヌと長田君が小さな拍手をしている。

「魔法ハウス貰った時より嬉しそうにしてんな」

 ザンスもそんなエールを笑ってみている。

 エールは振り向いて小さくガッツポーズをした。

 

「そういやお前ら、前に来た時ロッキーいなかったか」

「ロッキーさんとお知り合いなんですか?」

「レイ、ちゃんと挨拶した? 世話になったでしょうに」

「背伸びてて全然分からなかった。向こうも何も言わなかったしな」

 

 レイは過去、ランスの命令やメアリーの助言で下働きとしてランス城で過ごしてたことがある。その際、同じ下働きとしてレイを指導をしていたのがロッキーだった。魔人であるレイに怯えていたのだが元来の面倒見の良さ、そして真面目さでレイにとっては良い先輩といえる存在であった。

 魔人と人間との戦いで死んだと思っていたのだが、まさか魔王の子についているとは驚いた。

 

 エールはロッキーさんとならつい先日会ったことと話す。

「孤児院か。レイ、そう遠くないようだしちょっと挨拶してくかい?」

「俺等が行って面倒事に巻き込むわけにもいかねーだろ」

 レイの言葉にメアリーが少し残念そうな顔をする。

「東ヘルマンか、魔人討伐隊だな。お前らも狙われてんのか」

「…襲い掛かってきた奴らは手加減なしで潰してんぞ」

 何かを守りながらというのは手加減する余裕もない、エールは護衛対象であるスシヌを見ながら頷いた。

「レイはあんま顔は知られてないからサテラさんやリズナさん達ほど狙われてないと思うんだどね」

 

 戦闘好きそうなのに顔が知られていないというのは少し意外な話だった。

 戦闘時に髪を上げて別人のようになるからだろうか、とエールは考えた。

「それもあるけど魔王はとにかく女好きだったでしょ? お供に連れてくのはサテラさんとかホーネットさん達でレイにはほとんど関心なかったんだ」

 その場にいる全員がとても納得できる話だった。

「レイは元々ホーネットさんとは敵側であんま信用されてなくて魔人の中じゃ立場は弱かったってのもあんのかな。そのおかげで人と魔人で戦争があっても自由に動けてたんだからラッキーだったかもんないけど」

「…呼び出されりゃ最前線でコキ使われたぞ」

 

「ただ最近急に狙われだしたんだよね。こっちは特に何もしてないんだけど」

「そりゃ東ヘルマンが魔王は倒されてない、魔王も魔人も潜伏して機会を伺ってるってって嘘の情報流してっからな。そのせいで魔人みつけりゃ徹底的に襲うだろ、無敵結界もなくなって倒せるようになったんだからよ」

 ザンスがメアリーの言葉を聞いて推測を述べる。

「何度ぶちのめしても向かってきやがる。めんどくせぇ」

 前にザンスが言ったようなことをレイが言っている。

「そのおかげであたしらも同じところに長く居られなくてね。今は半ば強制的に冒険させられてんのさ、慣れちゃえば楽しいもんだけどね」

 だが魔人だったレイはともかく、メアリーは普通の人間だ。

 エールが心配そうな目で見ると、メアリーは平気平気とひらひら手を振った。

 

「元魔人っつーとどこ行っても怖がられんだろ。お前はそこそこやるしリーザス(うち)で雇ってやろうか?」

「けっ、いらねーよ」

「どっか落ち着くところがあればいいんだけど、さすがに大国に御厄介になるのはちょっとねえ。シルキィさんなんかは魔物界に安全な所をつくるからそこにくればいいなんて誘ってくれんだけどそれだともう人間界(こっち)に帰って来れない気がするし」

 魔人に対する恨みは今もなお各地で燻っている。

 元魔人を国で匿うのはリスクが高く、魔物界に行くのも危険となれば、彼らの状況はそこまでいいものではなさそうだ。

 

 エールはそれを聞いておもむろに地図を書き始めた。

 そしてメアリーにさっと手渡す。

 

「ん? これはどこの地図?」

 

 その地図はエールが誰に知られることもなく育った村、トリダシタ村の地図である。

 

「へぇ……招待してくれるの?」

 エールは大きく頷いた。

 AL教の人達が多くいるが勧誘は熱心ではない。田舎だがここなら元魔人であっても安全に暮らすことが出来るだろう。

「そっか、ありがとう。……優しい子だね。この地図の場所には困ったら頼ることにするよ」

 

 メアリーがエールの頭を撫でながら礼を言った。

 魔人と恋人というのは楽な道ではなかったはずだが、それを全く感じさせない強くて優しい女性であると感じる。

 エールはレイが少し自慢げにしているような気がした。

 

 

  

「それじゃ、ここでお別れだね。気を付けていくんだよ」

 別れ際、メアリーはエール達にそんな声をかけた。

「…こいつらにそんな心配いらねーだろ」

「あはは、そうかもね。なんてったって魔人や魔王を倒した強い子達なんだから」

 そちらこそ道中気を付けてください、とエールが言ってレイを見た。

「当然だ」

 レイがそう短く言った。きっと命に代えてもメアリーを守るつもりだろう、エールはそれを聞いて笑顔を向けた。

「来年もぜひゼスにいらして下さいね」

 スシヌが笑って声をかけた。

「ありがと、エールちゃんもスシヌ王女も悪い男には騙されないようにな。二人とも可愛いんだからさ」

「俺様が見張ってからそんな心配はねーぞ」

「…あはは、そりゃ安心だ。大切にしなよ」

 ザンスの言葉にメアリーがやっぱり父親に似ていると思いつつそう返した。

 

 

「そろそろ行くぞ、メアリー」

 呼ばれたメアリーはレイに走り寄っていく。

 歩き出しているレイの歩幅はメアリーに合わせていることをエールは見逃さなかった。

 

 

 エールは並んで歩いて行く二人の背中に大きく手を振りながら旅の安全を祈った。

 




・メアリー・アン … 年齢は20代半ばでレイの恋人。現在、魔人討伐隊に狙われ各地を転々しているが悲観的にならず前向きにレイとの旅を楽しんでいる。
 貝ハンターの才能は健在。レイの立場を考え魔王に定期的に貝を献上しており、それ以外魔王はレイには全く興味がなかったため二人は比較的自由にやっていた。魔人の使徒や他の魔人とは面識があってレイより仲良くやっている。エール達とは闘神都市ですれ違っているのだが互い覚えていなかった。

・桜貝 … サクラ貝。ランスがJAPANで発掘したり、10万GOLDする白亜紀の桜貝というプレミアものもある桃色の綺麗な貝。付与素材にもなったりする貴重品。
 鬼畜王ではシィルが死ぬとランスがこの貝をシィルの墓に供える。



 あけましておめでとうございます。
 冬コミ参加できませんでしたがランスシリーズは大盛況だったようですね~
 今年もよろしくお願いします。


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エールと神とRECO教団 1

 ここは魔法ハウス二階。

 エールはスシヌと共にベッドに並んで座っていた。

 今まではザンスが占拠していたのだが、突然エールとスシヌで二階を使えと言ってきたのである。

 

「俺様に感謝しろよ」

「元々、お前が勝手に二階占拠してたんだぞ。てか、急にどしたん? 一人寝が寂しくなった?」

 一階でエール達が三人で仲良くしているのがつまらなかったのか、長田君がハーレム状態なのが気に入らなかったのか、エールか長田君を床で寝かせているのに少しの罪悪感があったのか、ともかくザンスはエール達に二階を譲ると言い出した。

 色々と考えたが余計な事を言って割られている長田君を見てエールは素直に礼を言った。

「そ、そんな! エールちゃんと一緒のベッドなんて……」

 スシヌはパニックになったのだが、エールはスシヌの手を引っ張って二階へあがった。

 

 スシヌがエールと一緒に部屋に入ると焦って目をぐるぐるとさせていた。

「わわ、ど、どうしよう。ベッド一個しか!」

 エールがスシヌが一緒に寝たくないならボクは床で寝る、と言うと

「そ、そ、そ、そんにゃことひゃいよ!?」

「スシヌ、少し落ち着きなさい」

 パセリに頭を撫でられているスシヌを見ながら、エールは少し真剣に改まって新しい魔法を覚えたい、とスシヌに頼み込んだ。

「えーっと、基本の魔法以外ってこと?」

 エールは大きく頷いた。

 

 

 一階で長田君がいた時もエールはスシヌから魔法を習っていたものの、そのスシヌも長田君相手にマジカルドリルの訓練をしていたのでエールもそれを邪魔は出来ない。

「なんかちょっーーーとずつ痛くなってる気がする……」

 マジカルドリルの実践を何日もそれを続けているせいか、順調に成果が出ているようでスシヌは嬉しそうにしている。

 長田君が魔法で割れる日も遠くないだろう。その時はスシヌと一緒に魔法の歴史に名前を残してもらおう、とエールが言うと

「そんなんで残すとかやめて!?」

 焦る長田君を見てエールとスシヌは笑った。

 

 

「それでエールちゃんはどんな魔法を覚えたいの?」

 エールはいくつか候補を話すと、スシヌは先ほどの焦りがウソのように真剣に話を聞き始めた。

「こういう所、アニスさんに似ているわね」

 パセリが話す通り、魔法を教えている間のスシヌは落ち着いていて優しくも少し厳しい先生であり、エールにとっては頼れる姉として尊敬していた。

 

 それから幾日。

 

 肝心のエールと言えば基本の魔法は簡単に使えたものの、理論を理解していないせいか、単純に相性の問題か上手く使えるようになったのは炎の矢と氷の矢だけであった。

「エールちゃんなら火爆破ぐらい簡単に出来ると思うんだけど……」

 スシヌはそう言って唸ったが攻撃魔法はAL大魔法があるから、とエールは主張して目を逸らした。本来なら霊を浄化するぐらいの魔法ですらエールが使えば並の魔物なら吹き飛ばせるほどの威力があり、剣も扱えるエールにとっては攻撃魔法はあまり必要のないものである。

「興味がないからって真剣にやらないのはダメだよ? エールちゃんは魔力が強いんだから基本をちゃんとやっておかないと大変だからね」

 エールはスシヌに怒られて、叱られた子供のようにしょんぼりとしていた。

 

 その代わりエールは補助系、いわゆる支援魔法を色々と教わり、覚えることが出来た。

「エールちゃんは神魔法でみんなのサポートもしてくれてたし支援魔法の方が得意みたいだね」

 スシヌに褒められてエールは嬉しくなって笑った。

 

 ハニーキング戦でも活躍した魔法バリアに、相手を弱らせるジャクタイン、リズナも使っていた攻撃付与、そしてちょっと難しい足止め用の魔法の粘着地面。

 エールはいくつかの魔法を習得することが出来た。

 

「あれ? この魔法ってもしかして」

 もちろん対ザンス用、とエールは拳をぐっと握る。

 エールはザンスに模擬戦のリベンジをしたいのだが、普通にやって勝てないため色々と作戦を考えこれらの魔法はその作戦の一つである。出来るものならストップやスリープを覚えたかったのだが、エール程度の魔法の腕前ではザンスに効果があるとも思えない。

「……魔法を使わせてくれる隙があるのかなぁ」

 エールもそれが気になるところだ。

「ザンスちゃん相手でしょ? 戦ってる途中でちょっと脱げばいいんじゃないかしら。いきなり脱ぐとあからさまだけれどうまく服だけ切れてちらっと見えるってハプニングっていかにもありそうじゃない?」

 パセリが素晴らしい作戦を思いつき、エールはその手があったかとばかりに手をポンと叩く。

「女の子がそんなことしちゃダメだよ。それに勝ったとしてもザンスちゃんすごーく怒ると思う」

 確かに勝ったとしてもノーカンにされてしまいそうだ、何よりエールの大事なレディチャレンジャーを切らせるのは嫌なのでこの作戦は無かったことになった。

 

 他にもエールはついでとばかりに親子鑑定、変身魔法等をスシヌから習った。

 エールは冒険で役立つ魔法もまだまだ覚えたかったのだが…

「ご、ごめんね。私もそういう魔法があるのを知ってるだけで、使ったことないから教えるのは……」

 スシヌも本でしか知らない魔法を教えるのは断るしかなく、次までにもっと色々と使えるようになっておこうとスシヌはこっそりと決心する。

 ちなみにマジカルドリルは普通の魔法に重ねてかける非常に高度な魔法であり、普通の魔法才能があるレベルではとても扱えないものでエールは少し残念に思った。

「やっぱり長田君割りたかったとか?」

 エールは大きく頷いた。

 

「私にはやっぱり神魔法は使えないみたいだね」 

 エールも何かお返しがしたいと神魔法を教えようとしたのだがスシヌはどうしても覚えることは出来なかった。

「神異変以降、エールちゃん以外は神魔法を新しく覚えられたって話は聞かないからね」

 代わりにハニワ叩きを教えようとして首を横に振られつつ、エールは神異変について色々と聞いてみることにした。

「私が4歳か5歳の時だったかな? 突然専属レベル神を持ってた人がレベル神が呼び出せなくなったって言って大騒ぎしていたの。レベル神だけじゃなくてレベルアップの儀式に回復魔法とかの神魔法、水や空気を浄化したり作物を育てたりするAL教の奇跡とか新しく覚えるには神様の力が必要らしいんだけど、誰も新しく習得できなくなった、つまり神様が世界からいなくなったって大人の人達が……」

 エールがちょうど生まれたころの話である。

「神魔法もレベルアップの儀式も既に習得してる人が急に使えなくなるわけではなかったからまだ良かったんだけどね。魔法使いが差別されていた私達の時代でも神魔法は世界で大事にされてきていたからまさかこんなことになるなんてね」

ゼス(うち)でもヒーラーもレベル屋も減る一方なの。少しでも習得してる人を確保しようってどこの国でも破格の待遇で迎えられるんだ。……ヒーリングぐらいなら才能がなくても頑張れば覚えることが出来たらしくて、ママが私にもはやくヒーリングを覚えさせていればーって言ってたっけ」

 エールはレベル屋を利用したこともなく、母親は神魔法lv3の法王、小さい頃から周りにAL教の人間が多く神魔法が常に身近にあったため全くピンとこない話だった。

「ふふ、エールちゃんにはまるで関係ない話なのよね。神魔法が覚えられて、しかも専属レベル神までついてるんだもの。」

「そういえばエールちゃんにはどうして、どこでレベル神がついたか覚えている? おかげで私達はすごく助かったけど」

 魔王討伐の旅の間、才能限界のない魔王の子達のレベルアップを担当していたのはエールのレベル神である。

 神と直接会うことが出来るというAL教法王の娘だからと自然に考えていたが、エール自身はAL教の信徒というわけでもないようでスシヌは疑問を口にした。

 

 それに対しエールは物心ついた時からいつの間にか一緒に居た、と返すしかなかった。

 露出度の高い赤いピエロのような恰好をしたエールの担当レベル神。エールはそのレベル神に何度か話しかけたり手を振ったりしたことがあるが何の返事も帰ってきたことがない。

 経験値が溜まるとエールの目の前に現れてぱぱっとレベルアップして帰っていくだけ、ただ表情はその道化の格好にふさわしく何故かいつも楽しそうに見える。

 エールが分かるのは格好と違って仕事ぶりがとても真面目である、ということぐらいだ。

 

「私の知っているレベル神様たちはいっぱいレベルアップすると神様としての格があがるとかでみんな愛想が良かったんだけどね。それを考えるとエールちゃんの担当レベル神様はすごく喜んでいるんじゃないかしら」

 魔王の子に才能限界はないのでレベルアップしまくりであった。

 それが自分にレベル神がついている原因なのかもしれない、とエールはなんとなく手のひらを見つめる。

 エールは誰かの笑い声が聞こえるような気がした。

 

「もしレベルアップの儀式出来る人がいなくなったらみんなレベル上がらなくなっちゃうのかな……」

 すぐになくなってしまうという話ではないが、人はいつか寿命で死んでしまう。

 もしレベルアップの儀式や回復魔法を使える人間がいなくなったら、と考えると怖い思いがしてスシヌは顔を伏せた。

「エールちゃんがいれば少なくともしばらくは心配なくなるんだよね」

「ほら、スシヌもエールちゃんをしっかり勧誘しないと――」

 

「こら、エールはリーザスに来んだよ。勝手に勧誘してんじゃねぇぞ」

「ザンスちゃんったら勝手にお部屋入ってきちゃだめよ? 盗み聞きも良くないわ」

「それは流石に人の事言えないっしょ……」

 スシヌとエールが話し合っているところに、ザンスと長田君が扉の外で聞いていたのか部屋に入ってきた。

「俺等ハニーは経験値溜まってしばらくすると勝手にレベルアップすんだぜ? エールのレベル神にも上げて貰えてたけど」

「そりゃ魔物だからだろうが。魔物に神はいないんだろ」

「ハニーキングが俺等のゴッドみてーなもんだし? そのうちレベル1だらけになった人間をハニーが支配しちゃったりすっかもな」

「みんな眼鏡が外せなくなっちゃいそうだね……」

 変な事を言っている長田君にスシヌが呪われてしまっている眼鏡をさすりながら言った。

 全員レベル1のままの世界になれば自然にレベルアップしていく魔物に人間は敵わなくなってしまう。

 そのうち魔物みたいに勝手にレベルアップするように人が進化するんじゃないか、エールは話した。

 

 

 エールは改めて二人は何しに来たの?と二人に尋ねる。

「エール、お前気付いてなかったのか?」

 自分達にくっついて来ている視線の事だろうか、とエールが話した。

「え、つけられてるってマジ?」

 スシヌや長田君が驚いた視線をエールに向ける、

 桜貝を貰ってすっかり浮足立って中々気が付いていなかったのだが、いつの間にか後をつけられていた。

 敵意のある視線ではないのでなかなか気づかなかった、とエールは話す。

「アホが、油断してんじゃねえ。桜の通り抜け出たあたりからつけられてんぞ」

 タイミングを考えるにレイを狙っていた魔人討伐隊がこちらに来ているのだろうか、とエールはべしっと叩かれた頭をさすりながらザンスに問いかける。

「俺様に勝てるわけねーのにな。魔人に対抗する武器は最優先事項ってとこか?」

 聖刀・日光が目当てなのか、エールはヘルマンでの出来事を思い出して日光を握り締めた。

 

 魔王の血が消え、魔人から無敵結界は無くなり、レイを見るに元の種族に戻ったようだ。つまり日光やカオスが無くても元魔人なら倒すことが出来るはずである。

 倒せないのは回収されなかった魔血魂を持ち無敵結界を持ったままの魔人達、ホルスの戦艦にいるメガラスや今回の冒険の最初に会ったケーちゃんことケイブリス、そしてエールが持っている魔血魂を入れたハニーの魔人(主に長田君)ぐらいだろう。

 

 しかし東ヘルマンは魔王はまだ倒されていないという虚報を流している。

 レイは自分たちにかかってきた奴らは潰したと言っていたし、サテラやリズナの強さから見て魔人でなくなり無敵結界が消えたとはいえその根本的な強さやレベルに変化はないようだ。

ならばまだ無敵結界があると勘違いされて、日光を狙ってくるのもおかしい話ではない。

 

「え、え、え、俺等狙われてんの? やばくね? どーするよ!?」

「直ぐに襲い掛かってはこねーよ。やたら慎重みたいだからな」

 震えている長田君をザンスが軽く蹴り飛ばした。

「お、お忍びだったのに私が目立つようなことしちゃったからバレちゃったのかな」

「困ってる人を放っておけないもの。マジックも怒らないと思うわ」

 盗賊団や悪徳領主を懲らしめる世直しの旅状態だったのだからそれは仕方のない事である。

 ボク達は良い事をした、とエールは胸を張った。

 

「東ヘルマンか魔人討伐隊か、この前潰した盗賊や貴族共の復讐か、スシヌ狙いの反乱貴族。さて、どいつだろうな?」

 ザンスはなぜか嬉しそうに話している。

「なんでそんなに嬉しそうなんだよ!?」

「どれでもさっさと始末できるじゃねーか」

 エールもザンスに頷いた。

 

 襲ってきたら倒せばいいとエールは気楽にいこうとしたのだが…… 

「それが本当ならすぐシャングリラ行くとそいつら引っ張ってくことにならね?」

「そしたらお姉ちゃんに迷惑かかっちゃうね……」

 長田君達の言葉にエールははっとした。

 

 大きく頷いて今すぐ行って潰そう、とエールは日光を構える。

「だ、ダメだよ。お外真っ暗だから危ないよ」

 魔法ハウスの外は既に暗くなっている。

 エールが外を見ると視線も感じず、気配もないようだ。

「潰すのは当然だ。しかし、こっちに敵意を悟らせねーとはけっこう出来る連中かもしれねーぞ」

 ザンスも窓の外を見ている。

 普通なら注目されているぐらいで流しそうな、気配をほとんど悟らせない視線と気配で今はもうそれすら感じなくなっていた。

「敵意を感じないなら案外、俺等のファンってことない? ほら、俺等魔王倒した英雄だしサインが欲しいとかさー」

 長田君が気楽に言うがそうだとしてもしつこすぎる、とエールは首を傾げた。

「さて、どうする? いっそこっちから乗り込むか?」

 

 東ヘルマンや魔人討伐隊であればすぐに襲ってこないのは機会を伺っているのかもしれない。

 下手にこっちから近づけば逃げられる恐れがある。

 ヘルマンでのこともあり、敵ならばシャングリラへ行く前に確実に潰しておきたい。

 

 エールは唸りながら腕を組んで考えると、すぐにシャングリラに向かわず、廃棄迷宮へ行こうと提案した。

 

「え? なんで廃棄迷宮?」

「なんか捨てるもんでもあんのか? いらねーもんっつーと……」

 そう言ってザンスは長田君をじっと見た。

「なんでこっち見るんだよー! 失礼だぞ!」

 次にスシヌの持っている杖を見る。

「捨てないよ!? おばあちゃんの入ってる大事な杖なんだから!」

 ザンスはその反応を見て笑っている。

 

 敵の目当てがエールの持っている聖刀・日光だとすれば廃棄迷宮に捨てようとしているとでも噂を流せば止めに来るんじゃないか、という作戦だ。

「私をですか?」

 もちろん捨てる気など全くない、とエールは少し心配そうにしている日光に話す。

 

「回りくどいな。ま、廃棄迷宮なら襲われたとしても死体の片づけには困らねーか」

「廃棄迷宮はそういう場所じゃないんだけど……」

「シャングリラがまた遠くなっちまうな」

 

 エールとしては廃棄迷宮というゼスでも有名な観光名所の一つに行きたかったというのが主な理由だが、それは黙っておくことにした。

 

 

………

……

 

「釣れねーな。さっさとかかってくりゃいいのによ」

 

 日光を所持している魔王の子が自分たちが狙われる原因になるからと日光を廃棄しようとしている――

 すでにお忍びなんていうことは忘れ、名声宣伝とばかりにそんな噂をばらまきつつ進んだが、エール達は何事もなく廃棄迷宮に到着してしまった。

 

「こういう時、ウズメちゃんなら上手く情報流してくれるんだろうね」

 エールもにゃんにゃんのように笑う忍者の顔を頭に思い浮かべていた。

「ウズメだったらさくっと視線の元、暗殺してくれんじゃね?」

 長田君の言葉にエールも頷いた。

 

 

「ここが廃棄迷宮。有名な観光地かー」

 

 石造りのいかにもダンジョンといった佇まいなのだが、大きく廃棄迷宮と書かれた派手に装飾された看板が立っている不思議な場所である。

 

:   廃棄迷宮 利用規約    :

:生物、ゴミは捨てない      :

:裏帳簿、犯罪証拠は捨てない   :

:子供は両親が同伴の時のみ使用可能:

 

 廃棄迷宮に入ると案内板もかけられており、側にある記帳台の上には捨てるものを記入するノートが置かれている。

「ちょっと中見てみようぜ」

 長田君に言われてエールがノートをぺらぺらとめくってみると

 おじいさん……あの日の思い出……危険な武器……処女……

 様々なものが名前と一緒に書かれている。

 

「陶器は捨てられねーってことだな」

「当然だろ!! てか、エール。ここまで来たんだし例のハニー魔人の魔血魂捨ててこーぜ」

 ザンスが生物の方ではなくゴミのところを見ながら言ったのに気付かないふりをしつつ、魔血魂を捨てるなら封印してもらう、とエールは長田君から目を逸らした。

「その態度は意地でも手放さない気だな! 俺はもーやらないからな! なんか意識とか飛んで……すごく怖いんだぞ!」

「そういや、魔人になったからって強くなるってわけじゃねーんだよな。せいぜい壁にはなってたが」

 そのおかげでハニーキングと戦えた、とエールがフォローする。

「そうそう、俺が魔人になればお前の攻撃なんてへでもないんだからなー!」

 さっきまでもう魔人になりたくないと言っていたのに、長田君はちょっと得意げである。

「そういや絶対ぶっ壊れない打ち込み用かかしがありゃ良いと思ってたとこだ。陶器もエールと一緒にうちで雇ってやんぞ」

「嫌だよ!?」

 エール達は談笑しながら廃棄迷宮に入って行った。

 

 

 スシヌは慣れた様子で廃棄迷宮を歩いて行き、エール達はそれに続いていく。

「ここには社会科見学で何度か来たことがあるの。魔法研究の過程で出来ちゃった危険なものとか捨てる場所だから、ゼスの魔法使いはここの場所は覚えてなきゃいけないんだ」

 迷宮と言う名前だが中は綺麗に整備されていてほとんど観光地である。中には観光案内をしているスタッフがおり、すてすて商店街と看板がある場所には色々な店が並んでいた。

「引き取り屋にお祓い屋ね……捨てる前のアイテムをってこと?」

「世界中から変なもんが集まるからな」

 そう言ったザンスが口元に笑みを浮かべて

「あと自殺者もな」

 と付け足した。

「マジで!? 自分を捨てるとかそういうアレかぁ……うわ、なんか呪われてそう」

 仮に呪われてもシャングリラで解いて貰えばいいよ、とエールは軽く言った。

 

 

 エールがさらに廃棄迷宮内を進んでいくと古びた扉にAL教会と書かれているのを発見した。何となく扉を開けて中を覗いてみるとボロボロの埃だらけでゴミが放置してあるのが見える。

「うわー、なにここゴミ置き場かなんか?」

 嫌なものを見るように言った長田君にエールは口を尖らせながらAL教会と書かれた文字を指をさす。

「えっ、教会なのここ?」

「わわっ、これは酷いね…って、あのね。これはその……」

「AL教も落ちたもんだな」

 スシヌが惨状に言葉に詰まらせるが、ザンスがはっきりと言った。

 エールは別にAL教の熱心な信徒ではないがAL教会が法王である母の持ち物であると思うと、こうも汚れているのは気分が悪い。

「まーまー、そう怒るなって。とりあえず全部見て回ろうぜ。ほら、あっちに穴があるってよ」

 長田君が拗ねているエールを腕を引っ張った。

 

 

 エールが階段を上って先に行くと、そこには四角い穴がぽっかりと開いているのが見える。

 

「へー、これが有名な廃棄迷宮の穴か。なんか近づくのちょっと怖いな」

 頼りない低い手すりに囲まれた真っ暗な穴である。効果がなさそうな飛込禁止の看板がいくつか立っている。

 

 だがエールには穴の近くにある施設に目がいった。

 

 それは教会のように見えるのだが、先ほどのぼろぼろの施設とは打って変わってやたら豪華な扉である。

「AL教じゃねーぞ」

 ザンスがそう言って壁を顎でしゃくった。

 

: RECO教会 ロゼ司祭の人生相談所 :

:はやまらないでまずは相談しましょ?:

:        相談料 有り金全部:

:    特別相談料 一回100Gから:

 

 エールがそちらを見ると壁に貼られた案内板にこんなことが書かれていた。

「こっちはRECO教団の教会。お前のとこのライバルだろうが」

 エールは名前ぐらいしか聞いたことがなかった。

「いや、相談料有り金全部って。これ絶対教会じゃないだろ」

 エールもうさん臭さを不信に思ったのだが、そうしている間にもいそいそと一人の男が中に入っていく。

 しばらくするとさらにもう一人、と大人気のようでエールは首を傾げた。

「ザンスちゃんもさっき言ってたけど廃棄迷宮って、自分を捨てに来る人も多いの。あの場所は元々普通の人生相談のお店だったらしいんだけど、いつの間にかRECO教団の教会になってて自殺者の相談とかを聞く場所になったみたい。救われた人たちが信者になって来てるんだろうね」

「対してここのAL教会はほとんど放置。そりゃRECO教会の方に行くわな」

 それはしょうがないな、とエールは納得した。

 

 

 エールが改めて穴の方を見ると先に来ていた人がポイっと何かのアイテムを放り込むのが見えた。

 アイテムが穴に吸い込まれるように消えていく。

 

「全く音とかしねーのな。これどこまで深いんだろ……」

「地獄の底に続いてるって言われてて、ここに落とした物は絶対に返って来ないって言われてるんだよ」

 スシヌが説明をしてくれた。 

「地獄ってJAPANと繋がってなかったっけ?」

「え、そうなの?」

 エールはJAPANの死国に地獄と繋がっている穴があるらしい、ということを話した。

「地獄の底に繋がっているっていうのはあくまで噂だからもしかしたら違う所に繋がってるのかもね」

 

 スシヌが少し興味深そうに穴をのぞき込み、エールもつられて何となく穴をのぞき込む。

 

 

 

 エールは穴の中から覗かれているような強い視線を感じた。

 

「…………?」

 

 

                   『――モニカナノイカチ』

 

 

 音もなく光もない真っ黒な穴の中から何かがエールを真っすぐに見ている。

 

 

『モニカイニスナミチ――』

 

 

「…………!」

 

 エールは頭に響いてきたその言葉に驚いて穴から後ずさって、尻もちをついた。

 

 

「だ、大丈夫? エールちゃん」

「エールもびびっちゃった? この穴なんか怖いもんな」 

 呑気に話す長田君にエールは脂汗をかきつつ、首を縦に振った。

 

 エールはふらふらと穴から離れる。

 

「しかしここまで来ても襲ってこねーのな」

 エールは気を取り直して作戦失敗だね、と返すしかなかった。

「ついて来てるやつふん捕まえて尋問するか、人質にでもすっか」

 エールはザンスの案に頷いた。

 

 外に出る前に、エールはその前にちょっとAL教会の掃除して良いかどうかを聞く。

 どうせ襲ってこないのだからそれぐらいの時間はあるだろう。

「うーん、自分のとこがあんなだとやっぱ気分良くないよな。俺も手伝うぞ」

 エールは長田君にお礼を言った。

「エールちゃん、私も手伝う――」

「一国の王女がAL教かRECO教団のどっちかに肩入れするようなことしていいのかよ」

 手を貸そうとしたスシヌの言葉をザンスが遮った。

「お、お掃除お手伝いするだけだよ。それにザンスちゃんだってAL教寄りでしょ、エールちゃんのママが法王様なんだから」

 そう言ってスシヌはささっとエールの後ろに入る。

 ザンスはAL教の力になってくれるんじゃないのか、とエールが尋ねる。

俺の女(エール)が法王になった時にはAL教を支援してやる」

「エールちゃんが法王になりたいならゼスでも応援するよっ」

 二人の言葉にエールは法王になる気はない、と首を振った。

「でも信仰心はともかくエールちゃん以上に法王に相応しい人なんているのかしらね?」

 パセリの言葉にエールは信心深いを通り越して狂信者といえるALICE神一筋の司教の男を思い浮かべた。

 母が良い人だと言っていたのだが、片手に人形を持った髪の毛のない男……エールは大変苦手な相手である。

 

 

………

 

 エールは雑巾で汚れた祭壇や長椅子を磨き、放置されてたゴミを焼却処分していた。

「仮にも観光地にあるのにこれどれぐらい放置されてんだか。エールも母ちゃんにちゃんと言っとけよ、RECO教団に負けちまうぞー」

「前来た時は寂れてたけどここまで酷くなかったと思うんだけどな。定期的にAL教の人がお掃除してくれたはずだから」

 長田君がそんな愚痴を言いつつ、スシヌと一緒にAL教会の掃除を手伝ってくれている。

 

 RECO教団というのは東ヘルマンとつながりがあるらしいというのをエールはザンスから聞いていた。

 AL教の法王も魔王の女の一人だったと知れば無理もない事だが、エールはそれを思い出し面白くなさそうに口を尖らせる。 

 

 ちなみにザンスは見張りをしていると解釈すべきか外でエール達を待っていた。

 

「――離れろ、エロ女! 俺様はお前みてーなアバズレは好みじゃねーんだ!」

 

 エール達がAL教会を掃除していると外からザンスの怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「絶対気持ちいいですから、ちょっとだけでもお話を――」

 

 さらに女性の声がしてバタバタと外が騒がしくなる。

「何やってんだ、あいつ? 俺、ちょっと様子見てくる」

 気になった長田君が扉の外に出ていった。

「あんっ!」

 すぐにパリーンと勢いよく長田君が割れる音がした。

 

 エールが慌てて外に顔を出すと、そこにはおでこが眩しい金髪の美人がザンスの腕に絡みついているのが見えた。

「エール、このクソ女引っ剝がせ!」

「あら、中にも人がいたんですね? 商売敵のお店を綺麗にされると困るんですけど」

 そう言ってエールの方を見る。

 

 綺麗な人だとは思ったが、問題はその恰好で、どこかの司祭のような長いローブを羽織っているのに中は下着だけである。

 スシヌが扉から少しだけ顔を出して、その女の格好を見て顔を真っ赤にしていた、

 

 

 エールは眉を寄せながらAL教を商売敵、教会をお店と言った女――RECO教団司祭ロゼ・カドを見つめた。

 



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エールと神とRECO教団 2

「あなた達、AL教の信者? それとも関係者?」

 

 そうエール達に話しかけてきた女は床には割れた長田君が転がっているのも無理はない格好と胸の大きさだった。

 しなだれかかる様にザンスの腕を掴んで胸を押し付けながらエール達を見ている。その表情は女相手に色仕掛けは通じないと考えているのか残念そうにも見えた。

「どっちにしろAL教なんてもう古いですよ。今はRECO教団の時代、いずれ無くなる奇跡より、新しい奇跡をお布施、ご寄付次第でお届けします」

 エールはセールストークをしてくるその女へ明らかに嫌そうな視線を向けた。

「し、下着姿なんて何考えてるんですか」

「見せつけるだけあって良い身体と腰つきをしているわ。相当使い込んでいるわね」

 スシヌがエールの後ろから恥ずかしそうに覗き、パセリが杖の中からじっと観察している。

 ローブを着崩しているだけとは言い難いその露出狂ぶりにエールはとりあえずちゃんと服を着て欲しい、と訴えた。

「エールも結構いきなり脱いだりするけどな」

 長田君が小さくつぶやいた。

「ああ、これでいいんですよ。全てをさらけ出して悩みを受け止めるという格好だと思っておいてください。本当は服なんて着てもすぐに汚されちゃうからなんですけど」

 RECO教団ではなく全裸教なのではないか?とエールが眉根を寄せる。

「うぅ、シーウィードでもないのになんて目のやり場に困る恰好なんだ! 見たいけど、見たら割れる!」

 長田君は極力見ないようにエールの背後に逃げた。

「いい加減放せや!」

「そう言わずに。ぜひRECO教団司祭のありがたいお話と大満足のセッ……ではなくて癒しをですね」

 ザンスは振りほどこうと腕を振るがロゼは食い下がってる。

「ほ、本当にRECO教の方なんですか?」

「はーい。RECO教団司祭のロゼ・カドと申します。あら? どこかでお会いした方でしたっけ? 私のところには女の子ってほとんどいないはずだけどどこかで見たような顔」

「いえ、人違いですっ」

 スシヌは顔をじっと見られて首をぶんぶんと振り再度エールの後ろに長田君と一緒に隠れた。

「司祭って言うと結構偉い人?」

「ええ、この地域のRECO教団の責任者です。偉いですよ」

 エールの後ろから長田君がそう尋ねると、ロゼはさっと胸元からメモ取り出して読み始めた。

「私、ロゼ・カドはこちらにあるRECO教団廃棄迷宮支部にて様々な事情で自らの命を投げ捨てようとする方々に救済を与えておりました。また悩みを抱えている方々の心の負担が少しでも軽くなるよう、誠心誠意サポートさせていただいています。その功績が認められ、またたくさんの信者の皆様に支えられ、RECO教団ザンデブルグ教祖より正式にゼス北東部の担当司祭として封ぜられました」

「なんでカンペ読んでるんすかね?」

「すぐ忘れちゃうので。簡単に言うと主に廃棄迷宮で人生相談所を開いて迷える子羊から相談を受けたり、RECO教団への寄付を受け付けたりしてるってことです。おかげさまですっかり教会も大きく綺麗になりました」

 そう言って胸元にまたメモをしまおうとして豊かな胸を揺らすと長田君が割れた。

 エールはそんな長田君の破片を踏んづけた。

 

「ここのRECO教に救われた人も多いって言うのは聞いていたけど……こんなに若い女の人だったんだ」

 スシヌは人生に絶望して廃棄迷宮で自殺しようとするのを救っているRECO教団の話を噂で聞いたことがあり、ロゼをちらちらと恥ずかしそうに覗いている。

「ここは自分を捨てに来るレベルで弱っていたり、絶望していたりする人が多いのでそういった人を捕まえてうちに改宗させてるわけですね。苦しい時は神頼みしたり、誰でもいいから手を差し伸べて貰いたくなりますから」

 AL教会もあるのに、とエールが口を尖らせる。

「汚くてボロい教会とかご利益もなさそうじゃないですか。たまにAL教の人が来て掃除していくので面倒なんですよね」

 ロゼが悪気もなく掃除された後にまたぼろくするのが面倒という事を隠しもせずに言った。

「綺麗にしてもどうせ誰もいないところになんか誰も寄り付きませんよ。先ほども言いましたけどAL教なんて神様のいなくなったところを信じてもすくわれるのは足元だけ。その点、RECO教団なら確かな癒しと奇跡を信仰とお布施次第で確実にお届けできるんですからこっちの方が断然お得です。私も元AL教の神官だったんですけど改宗したんですよー」

「全裸教の時もそうだったけど神異変でAL教から鞍替えしたやつ多いんだなぁ」

 長田君の言葉にエールは少し口を尖らせるが神異変のことを聞くと納得するしかない。

 尤も目の前にいるロゼはどっちにしろ神なんて信じてなさそうにしか見えない、とエールは内心首を傾げる。

「RECO教の奇跡、ですか?」

「例えば私なんか見た目も若くてお肌も綺麗ですけど年齢は40代後半なんです。若さの秘訣はRECO教団の奇跡。どうですか、改宗したくなりませんか?」

「いやいや、胡散臭すぎだろ!」

 せいぜい娼婦の類にしか見えない、エールはロゼに少し嫌味を込めて言った。

「やってることは似たような事ですからね」

 ロゼが隠す様子も恥じ入る様子もなく言い切り周りを茫然とさせた。そして掴んだままのザンスの腕にむにゅっと胸を押し付け、剥き出しの生足を絡ませようとする。

「なんか柔らか……って、やめろっつってんだろーがー!」

 大きく形を変えた胸見てエールはイラっとした。

「うわ。それちょっとうらやま――」

 エールはそれを言い終わる前に長田君を叩き割って、ロゼをザンスから無理矢理引きはがした。

 

「ああ、あとちょっとだったのに。一回だけでもぜひお話をさせて下さい。絶対ハマりますから!」

「さっきも言ったが俺様はお前みたいな露出狂のアバズレは好みじゃねーんだ。女に困ってなんかねーしな」

 邪険にされてもなおもロゼはザンスの手を引こうとする

 なんでそんなにザンスに絡むのか、とエールが首を傾げた。

「だってこっちの方すごいお金持ってそうな匂いがするんですもの」

「そりゃ俺様は世界一の金持ちだからな」

 リーザスは世界一の金持ち国家であり、ザンスはそこの王子である。

 エールはロゼのその鋭い勘に思わず感心した。

「本当ですか? どうです、まずは特別相談料100GOLDからサービスしますよ」

「俺様が宗教なんぞに頼るか」

 ザンスは豊満な胸を寄せて谷間を強調しているロゼから目を逸らした。

「長田君割れっぱなしねぇ」

 いつの間にかまた割れていた長田君に軽蔑の目を向けまくっているエールを見てパセリが笑っている。

「特別相談で男性の欲求不満の解消もしてますから不満が無くてもエッチな事がしたいってだけでもオーケーですよ。シスター……じゃなくて司祭を好きに出来る機会なんて中々無いじゃないですか。これが背徳的だってすごく人気で、他にも特別相談料に上乗せしてくれればちょっと変態的なプレイも――」

「本当に売春じゃないですか!」

 スシヌが目をぐるぐるさせている。

「そうですけど、ここで自分を捨てようとしてる人もエッチな事すれば大抵思いとどまりますし悪い事ではないですよ。実際、たくさんの人を自殺を思いとどまった人が次来るときには立派な金づる……ではなく信者さんになっているわけです」

「金づるってはっきり言った!?」

 割れまくってもつっ込みを忘れない長田君の横でとにかくAL教会を汚すのはやめて欲しい、とエールは訴えたのだが

「なら閉鎖した方が良いですよ」

 悪気が全くないのか、そう言い切るロゼの表情はにこやかで悪い意味で陰を感じさせない女性だとエールはもはや呆れた瞳で見つめ、思わず日光を抜きそうになる。

「そんな目で見られましてもRECO教団(うち)も今けっこう大変なんですよ。ただでさえ魔王が倒されたって噂で救いを求める人が減ってるのにザンデブルグ教祖が神の使いが急に消えたとかで天啓が来ない来ないって嘆いて落ち込んじゃってまして。奇跡は変わらず出来るんだから堂々としてればいいのに」

 その魔王を退治したAL教の子はまさに目の前にいるのだがロゼは気が付く様子もない。そもそもロゼは教祖であるザンデブルグを尊敬してもおらず神を信じているわけでもないのでその内情をぺらぺらと語った。

 思わぬところでエールはRECO教団の内部事情を少しだけ聞くことが出来た。母にあったら話してみよう、とエールは母の事を考える。

「こんなんに負けるとかAL教ってマジで落ち目なんだな」

 ザンスの言葉にエールは頬を膨らませた。

「そうそう、AL教は落ち目真っ逆さまなんです。ですからぜひRECO教団へ、信仰とご寄付をいただければいつか奇跡が――」

 

 

 ロゼがそう言いかけた時、入口の方からバタバタと人の足音が廃棄迷宮内に入ってくる音が聞こえた。

 

 

「――急いで捜索を!」

 慌ただしい足音と怒号はどんどんと近づいてくる。

「まだここにいるはずだ! 目撃した人間がいないかも確認しろ!」

「そこのお前! ここに刀を持ってきたやつを見なかったか――」

「な、なんですか! あなた達は! 誰か警備兵を呼んで!」

 廃棄迷宮のスタッフが声を荒げているのも聞こえる。

 

「おー、やっと来たのか。全く遅いんだよ」

 ザンスは少し嬉しそうにしながらバイ・ロードを手にし、エールもこれでシャングリラに行けると言いながら日光を抜いた。

「え、え、え? もしかして例の俺等を狙ってるやつら?」

 長田君はあわあわと慌てだした。

「エールちゃん、私も戦って――」

 スシヌが杖を構えようとしたところ、エールはAL教会内に隠れていて、と伝える。

「そうだよな! スシヌは護衛される側だからもんな! よし、スシヌは俺が守るから二人は安心して戦うんだぞ!」

 長田君はそう言ってスシヌを引っ張って一緒に教会内に引っ張り込んだ。

 エールは呆れた笑顔で掃除の続きよろしく、と見送る。

 

 ガシャガシャと鎧の擦れる音が近付いてくる。

「あれはRECO教信者の方ですね」

 ロゼは物々しい音を立てている男達の何人かと顔見知りなのかひらひらと手を振った。

「ロゼ司祭。お久し振りです」

「はい、こんにちは。本日の特別相談のご参加でしたら先に教会の方へどうぞ。あとちょっとではじまりますから」

「い、いえ。本日はそうではなく。それよりもそこの者が持ってる刀は……」

 エールはその言葉で日光を分かりやすく掲げた。

 美しい白刃がきらりと光った。

「そういえば高そうな刀を持ってますね。もしかしてこっちの方もお金持ち?」

 残念ながらエールは金持ちではないが、男はエールの持っている刀を見て血相を変えた。

「は、発見ー! 発見ー!」

 男が突然大声で叫んだのでロゼは耳をふさいでいる。

「いちいちうるせぇ連中だな」

 エールもザンスの言葉に頷き、耳をふさぐ仕草をした。

 

 

………

 

 

 しばらくしてエール達はAL教会の前で男達に囲まれた。

 

「どうやらロゼ司祭が説得して引き止めておいてくださったようだな」

「えーっと? ……はい、そうです。何かあったんだか知りませんけどすごく怪しいと思って引き止めておきました」

 ロゼが適当に調子を合わせている。

 エールはこの人は後で叩こう、とロゼを軽く睨むとロゼの方は悪気はなさそうにひらひらと手を振った。

 

 取り囲んでいる男達の格好は東ヘルマンのオレンジ色の軍服ではなく、地味だが堅そうな鎧で全身を包んでおり物々しい雰囲気を出している。

「我々は魔人討伐隊である。君が現日光オーナーだというエール・モフスか?」

 エールはいきなり攻撃されると思って警戒したが、装飾が少し豪華な鎧の男に話しかけられた。

 少し悩んだがエールは素直に頷く。

「まさかオーナーがこんな少女だとは思わなかったが日光を廃棄してはいないようだな。やはりただの噂だったか」

 その男は値踏みをするようにエールを見た。

「それをこちらに渡して貰いたい。我々は魔人を滅ぼすことを目的に動いている者、そのためにどうしてもその聖刀・日光の力が必要なのだ。それは君のような少女には重い物だろう。素直に渡してくれれば争わなくて済む」

「お前らの言葉なんぞ信用できるか」

 ザンスはエールを嘗め回すように見ていた男に不快そうに言葉を返した。

「君達が魔王を討伐したいう事は聞いている。……実際に倒すに至ってはいないにしても現実に翔竜山から魔王とその配下は消えた。魔人達は散り散りになり、人間に敵対する組織立った行動はしなくなっている」

 ザンスの言葉にあくまで冷静に返答した。

 エールは意外と話が分かる人なのかもしれないと日光を下ろした。

「お待ちください! こいつはあの魔王の子、共に滅ぼすべき相手です!」

 別な男が話に割り込んで声を荒げた。

「だが日光には相性というものがあるのも知っている。君が全ての魔人を滅するのに協力してくれれば――」

 エールは言い終わる前に首を振った。

 そして残っている魔人に危険はないし追わなきゃ攻撃もしてこない、と話すと途端にその男が激高しだした。

「お前らは魔人がどれだけ危険な存在か分かっているのか!?」

 

 男はいかに魔人が危険な存在で滅ぼすべきなのかを説明し始めた。

 

 鬼畜王戦争。

 男を殺し、女を犯す、刃向かうものは全て破壊する。エール達の父である魔王ランスは世界で暴虐の限りを尽くした。その際は古くからいた魔人達が魔王に付き従い、共に暴れていたらしい。

 さらに魔王が気まぐれに作った新しい魔人達は戦闘や虐殺を好み、人間たちをゴミや玩具のように扱い苦しめた。

 

 助けられたと言っていたリズナは別として、エールはパワーゴリラの魔人を思い浮かべる。確かに誰にでも襲い掛かってくる危険な魔人だった。

 この場にいる何人もが魔王と魔人に家族を奪われたそうで、その恨みは魔王がいなくなり魔人が鳴りを潜めても消えるものではないのだろう。

 

 責め立てるように怒鳴ってきたその男に、エールは魔王のやったことにボクは関係ない、と首を振った。

「ぐっ、所詮は魔王の子ということか!」

 エールはその言い方に眉を顰めた。

 その鬼畜王戦争、魔王ランスを止めたのはエールの姉であるリセット、そしてミックスの母であるミラクル達と新トゥエルブナイトである。

 何よりボク達は魔王を討伐し魔王の血を消し去ったからのだからむしろ感謝されるべき、とエールは手を腰に当てて胸を張った。

「その魔王を討伐したというのがそもそもありえないことだ。ならばなぜ魔人が消えていない!?」

「魔王の子はつまり魔人の仲間です。油断させているのでしょう」

「日光がこの者の手にある以上魔人を倒すことはかないません。交渉などせず奪うべきです」

「魔王への報復に魔王の子を処刑するのも――」

「人質に取るという手も」

 男達が口々に言い合っている中、男は脇の剣を抜き放ち、エールに向かっていきなり振り下ろしてきた。

 エールがとっさに日光を抜く前に、ザンスがその剣を軽くいなす。

「エール、こいつらと話すだけ時間の無駄だ」

 無敵結界のある魔人に勝てないから苛立ちを別な場所に向けるしかなかった。その矛先が魔王の女であり、魔王の子達だった。

 今となっては無敵結界のなくなった魔人よりも強いであろうザンスやエールを狙う方がバカな話なのだが、ザンスにそれをわざわざ話してやる義理はない。

 エールの方も報復や人質という言葉を聞いてヘルマンで自分とレリコフがされた事が頭をよぎった。

 もしエールがいないところで家族があんな目に合ったら、エールはそう考えると同時に目の前の男を切り裂いた。

 

 

 それを合図に激しい戦闘になる。

 しかしレベル差は歴然で魔人すら屠るエールやザンスの敵になるはずもなくあっという前に魔人討伐隊は壊滅した。

 

 

「はっ、雑魚ばっかじゃねーか」

 ザンスは面白くなさそうに死体を蹴り飛ばした。

「……んで、お前は何してるんだ?」

 ロゼは死んだ人間を集めて何やら儀式の準備をし始めている。

「せっかく死に立てですからRECO教団の儀式で魂を送ろうかと。これがけっこういいポイントになるんですよね」

「ポイントって、お前んとこの信者じゃねーのかよ……」

「死んじゃったらもう寄付も出来ませんし」

 RECO教団信者だったらしいものが死んだのも気にせず、そう言いながら何やら儀式を始めた。

「死んだ者の魂を送り出す天志教の帰依の術に似ていますね。彼等の死後がせめて安らかであれば良いのですが」

 日光が首を傾げているエールにこっそりと話しかけた。その言葉には強い憐みの色が含まれている。

 

 エールはRECO教団の魂送りだというその儀式を眺めながら、何故か不思議な不快感を感じた。

 自分がAL教法王の娘からだろうか、とエールはその不快感が何なのかを考えようとする。

 むずむずとして思わず儀式をしているロゼに手を伸ばそうとして――

 

「何やってんだ、エール。そいつ殴りたきゃ普通に殴りゃいいだろうが」

「エールさん。彼らに対する苛立ちは分かりますが既に死人。弔いの儀式くらいであれば見守って差し上げてあげても良いのではないでしょうか」

 ロゼに不意打ちしようとしたように見えたのか、ザンスや日光にそう言われてエールは手を引っ込めた。

「お二人に被害はなかったんですから殴るとかやめて下さいよ。乱暴にされるのは嫌いじゃないですけど、暴力はいけないと思いますよー」

 刀を抜いたままのエールにロゼが少し焦ったように儀式を終えると、死体が一瞬だけぼんやりと光ったような気がした。

 しかしその光になった魂は普段ならふわりと漂って消えるのだが、そのまますっと昇る様に消えて無くなった。

 ロゼはいつもと違う様子に首を傾げたが、とりあえず光が消えたのであまり気にしないことにした。

「あれ、いつもと様子が? ……まあ、ちょっと失敗しちゃったかもしれませんが、魂はたぶん無事に我らが神の元へ送られました。それでは儀式のお代の方は頂いておきます。私が有効活用するので安心して成仏してくださいね」

 ロゼは倒れた男達の懐を漁り始める。

 丁寧に金目の物を探しているロゼは生き生きとしていて楽しそうだ、とエールが言うと日光は深いため息をついた。

 

 

「ロゼ様、そろそろ特別相談の方に信者さんたちが大勢集まってますだ。もう待ち切れないとそうで……っと、この死体の山は何があっただ?」

 教会側の方から全身をローブに包んだ大きな男が走ってきた。

「あら、もうそんな時間? ダ・ゲイル。私は行っているからこれから金目の物抜いておいてくれる? 装備も高そうだから剥がすの忘れないでね」

「かしこまりましただ」

「それじゃ、私は行きますね。気が変わったらいつでも相談に来てくださいね。ご寄付だけでもいいので」

 ロゼはエールに殴られそうになったこともあり、いそいそとその場を離れて行った。

 

 ……普通のRECO教団幹部であれば目の前にいる少女がAL教法王の娘だと気が付き、上に報告しただろう。

 儀式の様子がいつもと違ったことを不審に思い、それがエールと関わりがあるとして警戒したかもしれない。

 しかし自分の安全と楽しみ以外に関心のないロゼは金持ちの勧誘に失敗したぐらいですでに気持ちを切り替え、今日の特別相談でいくら寄付が集まっているかという事で頭がいっぱいだった。

 

 

 ダ・ゲイルと呼ばれた男はロゼに言われた通り金目の物を漁りつつ装備を剥がしている。

 深々とローブに包まれ一見分かりにくいが、仮にもAL教法王を母に持つエールには目の前の存在が悪魔であることがはっきりと分かった。

 エールは何で悪魔がいるのか、と思わず尋ねる。

「はぁ? こいつ悪魔かよ。ぶち殺しておくか?」

「おらはロゼ様の下僕ですだ」 

 ザンスはかつてネプラカスに襲われた事を思い出しダ・ゲイルを睨みつけた。

 ちらりとのぞいた大きな黒い体と3つの真っ赤な瞳に似合わず身をすくませたダ・ゲイルを見てエールはネプラカスのような邪悪さは感じない、とザンスに話した。

「ね、ネプラカス様を知っとるだか?」

 その名前も出すのも恐ろしいとばかりに恐る恐る聞いてきたので、ネプラカスなら死んだよ、とエールがさらっと話すとダ・ゲイルは一瞬固まった。

「それ本当だか?」

 魔王の力が残ってた父に一撃で殺されてしまい、宿命の相手だとか言ってた兄が文句をつけていたのをエールは思い出して軽く話しながら笑った。

 笑えるほど呆気ない最後だったが知り合いだったのだろうか?とエールが尋ねる。

「もう一年前だぞ」

「あ、あのネプラカス様が? し、信じられないだ。で、でもいなくなった辺りとちょうど同じ時期だな……」

 悪い奴だったから謝るつもりはない、とエールは言い切った。

「とにかく死体漁るのは良いが片づけとけよ」

 ザンスがそう命令するとダ・ゲイルは素直に頷いた。

 AL教会に死体を放り込みでもしたらさっきの司祭の人を本当にぼこぼこに殴りに行くし、次来た時AL教会が汚れてても殴りに行く、とエールが目を見開いて凄みながら脅すように言った。

「ろ、ロゼ様に悪気はねぇだ。もうしないようにしますんでどうか許して下せえ」

 拳を構えているエールにダ・ゲイルは大きな体を丸めてぺこぺこと頭を下げている。

 ひたすら頭を下げているその様子にすっかり毒気を抜かれ、エールは神の鉄槌の食らわせるのはやめることにした。

 

………

……

 

 その後、廃棄迷宮のスタッフが警備兵を連れてきた。争いや死体についてエール達を事情聴取に連行しようとしたが、スシヌが上手くとりなしてくれた。

 

 エール達は廃棄迷宮を逃げ出す様に出発している。

 

「……それで全部上手く処理しておいてくれるって。主要な施設の人達ならみんなゼス王家に協力してくれるから」

 スシヌと長田君はエール達が戦っている間、AL教会の掃除の続きをしていたのだが、外が騒がしくなったので顔を出した。

 散乱している死体にスシヌは驚いて痛ましい顔をしたが、エール達が言い争ってるのを見てすぐに話に割って入る。

 スシヌがスタッフに何やら四角いものを見せて話しかけるとエール達はすぐに解放されたのだった。

 

 その四角いの何?とエールが興味深そうに聞くと

「これはゼス王家のキューブ。今はママしか作れない特別なもので、これを見せるとゼス人たちはみんな協力してくれるの」

「さっさと出しとけよ」

「ザンスちゃんとエールちゃんを逮捕するって言うから出しただけで本当は使っちゃいけない物なんだよ」 

 エールが乱暴に引っ張ろうとしてきた警備兵を思わず投げてしまったのが悪かったらしい。

 エールはスシヌに謝罪と礼を言った。

 

 

「でもこれで心置きなくシャングリラに行けるな! やーーーっとだぜ!」

「お姉ちゃん、元気にしてると良いね。私の呪いも解いて貰えるといいけど」

 スシヌは眼鏡を触っている。

 眼鏡をかけっぱなしにしてるのに慣れてきてしまい、それはそれで困っているという相談をエールは受けていた。

 だがザンスは一人、何かを考えるようにしている。

「ザンス、どしたん? さっきからやたらキョロキョロしてっけど。あのRECO教のお姉さんがやっぱ気になってるとか? まぁ、最近巨乳に縁がなかったもんな? 俺もしばらく忘れられそうに無い――」

 エールは長田君を叩き割ってザンスにどうしたのかと尋ねる。

「視線がまだあんだよ。あいつらじゃなかったみたいだ」

 

 エールは視線の方を探ると、確かにまだ見られている。

 もうめんどくさいからとっ捕まえようとエールがザンスに提案した。

「よし、行くか。お前らは魔法ハウスで飯の準備でもしとけ」

 エールとザンスは二人でさっさと行ってしまった。

「スシヌは視線とか分かる?」

「それが全然分からないの。これって修行不足だよね……」

「いや、あいつらが異常なんだと思うぞ」

 

………

 

 しばらくして魔法ハウスにエールとザンスが帰ってきた。

「おかえり! エールちゃん、ザンスちゃん」

 ザンスは脇に赤と白のローブを着た小柄な人物を抱えている。

「ったく、手間取らせやがって」

「は、放して下さい~」

「え? どうしたのそのすっげー可愛い人」

 ザンスに捕まえられているその人物は胸は小さいがあどけなさが残る顔立ちの眼鏡っこでおどおどした雰囲気も合わせてハニーに好かれそうな少女であった。 

「逃げ足が早くて無駄に時間かかっちまったわ」

 隠れるのも上手だった、とエールは小さく拍手している。

「もー、すっごく遠くから見てたのになんで分かったんですか。今まで一度もばれたことなかったのに……」

「その人が私達を見ていたって人なの?」

 意外そうにしているスシヌに、エールは頷きながら手に持ったものをくるっと回転させた。

「エール、なにその不気味なもの……呪いのアイテムでも拾った? そういうのは拾ってきちゃダメだぞ!」

「呪われてませんよ! 仮面返して下さいよー」

 ちょっと喋ってたけどね、と言ってエールが嬉しそうに手に持っているのはとても不気味な仮面だった。

「なんかその仮面がなんとか貝に似てるんだってよ」

 呆れながら言うザンスにほんだら貝だよ、とエールが口を尖らせた。そのまま貝の説明に入りそうになったエールの言葉を遮り長田君が話を進める。

「んで、この人誰なん? 悪そうな人には全然見えないけど」

「魔人の使徒だよ。エールが仮面取っちまって分かりづらいだろうがな」

 

「えっとー、こんにちは。魔人の、元魔人ですがラ・ハウゼル様の使徒火炎書士です。あとお久し振りです、スシヌ王女。すいません、本当はこっそり後をつけるつもりはなかったんですけど……」

「えっ!? こちらこそすいません。仮面がないのでわからなくてっ。お、お久し振りです、火炎さん」

 火炎書士とスシヌが丁寧に頭を下げあっているのを見て、エールは気が弱そうな眼鏡っこ同士で似てる、と心の中でくすくすと笑った。

 

 エール達は魔人使徒火炎書士と再会した。

 




※ 独自設定
・RECO教団(補足) … 悪魔ネプラカスが悪魔界へ効率よく魂を送るために作った宗教。RECO教団式の魂を送る儀式(天志教の帰依の術と同じもの)で死者の魂を悪魔界の方へ送っている。RECO教団の奇跡=悪魔の契約なのだが、契約する悪魔のランクが低いので大きな願いは叶えられない。教祖ザンデブルグに指示を与えていたネプラカスが急に消えてしまい内部はてんやわんや状態。

・ロゼ・カド … RECO教団司祭。RECO教団発足後すぐにAL教から改宗した信仰心の欠片もない破戒僧。廃棄迷宮支部で自殺しそうな人間を救うと言って有り金を巻き上げたり、特別相談と称して信者とエロい事をして寄付を募ったり、神官とのセックスを通しての背徳感で信者の魂を汚染、その汚染された魂をRECO教団の奇跡=悪魔との契約で魂を送ったりしている。他人に悪魔と契約させた際、ちゃっかり自分の願いを叶えさせており若返りと不老の能力を得た。人間に抱かれるのはお金の為で、定期的にRECO教団である神の使徒=悪魔と交わったりもしている。悪魔からは働きを含め気に入られているが出世して偉くなるより楽しく稼いで過ごしたいだけ。本人は悪気も何もない。

・ダ・ゲイル … 相変わらずロゼの下僕をしている悪魔。第八階級から長年の下僕生活にすっかり慣れきっており、またそれで幸せなので階級を上げることにあまり興味はない。しかしロゼやRECO教団のおかげも魂の契約は上々で昇級してしまった。厳格にして残酷なネプラカスのことを恐れていたため内心、いなくなって良かったと思っている。

・廃棄迷宮の穴 … 悪魔界の最下層に繋がってる。エールを覗いていたのは三魔子のプロキーネ。神の力が近づいてくるのを感じ近くまで来たが、穴をのぞき込んだエールが軽く睨みつけただけですぐに引いたので特に何もしなかった。

・エールのレベル神 … 七級神マッハ。三超神ハーモニットの化身。エールが生まれた頃から一緒に居るがレベル上げ以外は一切手出しをせず話すこともない。男神なのでストリップもない。


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魔物界の話

 魔法ハウスにて。

 エール達に捕まえられた火炎書士は客人として迎えられていた。

 

 公にはされていないが現在魔物界にいる元魔人のホーネット達と各国は様々な話し合いをしている、と機密だから外に言わないでねとスシヌがエール達に念を押しつつ説明した。

 魔物界と隣り合っているゼスは特に話し合わなければならないことが多く、スシヌもゼスと魔人との交渉の場に行ったことがありそこで火炎書士と話をしたことがある。

 

「それでどうして火炎さんが?」

「お話をする前に仮面返してくださいー……」

 食堂でスシヌの入れたお茶を振舞われながら火炎書士はもじもじと恥ずかしそうにしていた。

「エールちゃん、それ返してあげてくれないかな? 火炎さん、仮面をいつも被ってるからたぶんすごい恥ずかしがり屋さんなんだと思うの」

 人見知りであるスシヌは火炎の気持ちを汲んでエールに頼んだ。

 エールが姉に言われては仕方がないと口を尖らせつつも、すごく可愛い仮面だからつい、と言いながら火炎書士に仮面を返した。

 するとその言葉を聞いた火炎書士はぱーっと笑顔になる。

「分かりますか? この仮面、すごく可愛いですよね!!」

 仮面を被りながら火炎書士は嬉しそうにした。

 自然が生み出した生命の愛らしさが上手く表現されている、とエールは絶賛した。

「えへへへ、前にもそう言ってくれた人がいたんですけどやっぱり中々分かってくれる人がいないんですよね。あっ、でもでも、魔王様もかっこいいって言ってくれたんですよ!」

「いやいやいや! 怖いって! 全然可愛くないって! 仮面外してた方が絶対可愛いって!」

 昆虫のような、爬虫類のような不気味な黄金に光る目に棘や牙が生えた仮面はグロテスクと言えるほど不気味でとても可愛いとは言えない。

 長田君は驚いて仮面を被ってしまった火炎書士を見ている。

「……いえ、火炎の顔は醜くてむごたらしくてグロテスクなのでいつもこの可愛い仮面で隠してるんです」

 エールが首を振って、仮面が無くても眼鏡が似合っていてかなり可愛い、と長田君に頷いた。

「火炎さんはハウゼルさんから聞いたんだけど美醜の感覚が逆転してるんだって」

 そうスシヌがエールに耳打ちする。

 

「んなことはどうでもいい。なんで俺等の後をつけてやがったんだ」

 あの仮面は本当に可愛いのに、とエールが言おうとしたところで話をザンスに遮られた。

 

「えっとですね。話すと長くなるんですが最初はレイさんを監視してたんですよ。ユキちゃんと一緒に」

 ユキちゃんというのはサイゼルの使徒である、と気を取り直した火炎書士は説明する。

 魔人が魔人を監視?とエールは首を傾げた。

「レイさんは人間側にあんまり顔知られてなかったんですけど少し前に魔人討伐隊っていう人たちに襲われたみたいなんです。そういうのを心配してホーネット様達が魔物界に安全に暮らせる場所を作ったんですけど、レイさんにはどうやら断られてしまったらしくて……」

 そういえばメアリーがシルキィに誘われたと言ってたことをエールは思い出した。

「レイさんが大暴れしたり、一緒に居るメアリーさんに何かあったりしたら大変だってハウゼル様も心配してるんですよ。ほとぼりが冷めるまでは人間界に魔人はいるべきじゃないって……魔人に対する人間の恨みはすっごいですから」

「そりゃ当然だな。あんだけ暴れまわってたんだからよ」

 鬼畜王戦争で新魔王軍は人間界を好き勝手に荒らしまわった。

 エールも廃棄迷宮でその悪行を聞いたばかりである。

「ハウゼル様やシルキィ様はいつも辛そうな顔をしてらっしゃいました」

 魔王の命令には逆らうことは出来ず、魔王と一緒に城を出ていくハウゼルがいつも悲しい顔をしていたのを火炎書士は思い出して顔を伏せた。

 

 そして火炎書士は魔王ランスの作った魔人達を思い出す。

 リズナを除いて好戦的で怖い魔人ばかり。特にネルアポロンは魔人になったばかりのくせに尊大な態度で、特にラ姉妹とは反りが合わずよく衝突しており火炎書士は大嫌いだった。

 リセットのビンタで正気に戻った魔王を見限ったのか勝手に魔物達を連れ出し人間界を荒らしに行き、結局人間に討伐されたと聞いた時は喜んだものだ。

 

「何とか説得できないかなって機会を伺ってたらレイさん達に魔王の子達が接触してるじゃないですか。特に争ったりはしてなかったみたいですけど、何が目的なのか情報収集しようかなと思って。ちなみにレイさん達の監視はユキちゃんにお願いしました。あの人怖くて火炎ちゃん苦手なんで良かったです」

「情報収集ね。俺様達が向こうよりも気になったってことか」

「そりゃそうですよ。あのホーネット様まで倒しちゃうぐらいに魔王様の子ってすごく強いじゃないですか。それでその魔王の子がいつか魔物界に攻めて来るんじゃないかってみんな心配してるんです。ただでさえハウゼル様達が魔人じゃなくなって従う魔物と従わない魔物で――」

「割れてるってわけだな」

「……詳しく話せないんですけどね」

 話し過ぎたとばかりに火炎書士は口をつぐんだ。

「その仮面叩き割られたくなきゃ全部話せや」

 エールは割るぐらいなら自分がもらう、とザンスを止めた。

 

「や、やめて下さいよ。もー…魔人も魔王様もいなくなって元々あった派閥の連中がまた目立ってきたってだけの話です」

 火炎書士はランスが魔王になってから魔物界は魔物将軍や魔物大将軍であるハウツーモンやオルブライトを頭とした勢力他、いくつもの派閥に分裂していると語った。

 中には魔王を討伐し、魔王になり代わろうとわざわざ新しい魔王城までやってくる派閥まであった。もちろんすぐに撃破されたのだが。

「10年以上前に一度大きな反乱があってまとめて潰したんですけどね」

 その中で魔王ランスの統治に不満や反感を持った魔物達が魔人カミーラを担ぎ上げて100万の大軍勢となり反乱を起こした。

 エールやスシヌはあのけだるそうな魔人が反乱、と驚く。

「いえ、カミーラさんは勝手に担ぎ上げられたらしいですよ。カミーラさんが魔王様に不満があったのは事実だったので、魔王様に反乱軍があっさり撃退された時にはすごいお仕置きされてましたけど」

 そう言って火炎書士はまた顔を伏せた。

 その様子を見て魔王のお仕置きというのは残酷なものだったのだろう、とエールも魔王に対峙した時の恐怖を思い出し目を伏せる。

 

 実際にはカミーラへの魔王のお仕置きは何日にも渡ってありとあらゆるエロい事をさせられる事だった。

 プライドの高いカミーラには屈辱的だったが魔人は魔王の命令には逆らえない。さらにハウゼルを含めた女魔人全員がそれに付き合わされることになり、魔王城には連日連夜嬌声が響き渡って……それを思い出し火炎書士は仮面の奥で顔を真っ赤にしていたのだがエール達にそれは分からなかった。

 

「と、とにかくですね! 魔王様は統治になんか興味なかったから魔物界では好き勝手に勢力争いしてたんです。そこに魔王様が唯一命令していた翔竜山の魔王城建設もしなくて良くなって命令を受けてた魔物まで解放されて勢力争いに加わったり人間界で暴れたり、自由にしはじめちゃったんです」

「……それで魔物の被害が増えてんのか?」

 ザンスはそれに心当たりがあった。魔王も魔人も消えた、しかし魔物と人間の衝突は以前よりもむしろ活発になっている。

 組織立った行動がないので軍からすれば撃退は楽だが、普通の人間にとってはただのイカマンでさえ簡単に勝てる相手ではない。

「でもホーネットさんが頑張ってまとめてくれてるんですよね。ほとんどの魔物は一緒に魔物界へ行ったって聞いてますし、実際翔竜山から魔物はほとんどいなくなったらしいですし」

 だからクリスタルの森にカラーが戻っていたはず、とエールも考えた。

「そうですけどみんながみんなホ-ネット様に従うわけじゃありません。火炎だってハウゼル様がついてるから従ってるのであってホーネット様に従ってるわけじゃないです」

 火炎書士の主人はあくまでハウゼルであってホ-ネットではない、スシヌの質問に火炎書士ははっきりと答えた。

「魔王様はともかく魔人に従うのは誰も勝てないからって言うのが最大の理由だったところに無敵結界が無くなったから……」

 エールはサテラのことが全く怖くなくなったのを思い出した。

 日光があることを差し引いても無敵結界のないサテラはそんなに脅威ではないように思う。実際には無敵結界が無いとはいえ魔人だったころの強さがなくなったわけではないが攻撃が通じるのなら勝てる気がする。

「魔物界は派閥同士でよく争ってます。だから人間が攻めて来るなんて噂が出るたび大変なんです。魔王様がいなくなって、魔人から無敵結界が消えて、魔物界が色んな派閥に分かれて争って。人間が攻め込んでくるなら今が好機だろうって」

 そう言って火炎書士はスシヌとザンス、二人の王族を見据えた。

 

 火炎書士にその話をしたのは魔物大元帥の学者である。

 マエリータ隊を率い、あらゆる魔物達からある意味で魔王や魔人以上に多くの尊敬を集めている彼の言葉は重い。

 学者は魔物大元帥として魔王に忠実だったが、人間界を支配し人間を統治することをよく魔王に提言しては興味がないと断られていた。

 しかしそれを提言するのは魔王ランスが正気の時だけで、それは正気を失っている時に話をしても正気に戻った時に魔王がまたすぐに統治を投げ出すのでは意味がないと思っていたからである。

 

 全ては魔物の未来を考えての事。

 

 ネルアポロンが倒された時「決して人間を侮ってはいけない」と周りに良く言っていたことを火炎書士もよく覚えていた。

 学者は魔王がいなくなった後、派閥の旗頭として担ぎ上げられそうになったそうだがそれを断り今はホーネットに従っている。

 しかしそれはホーネットを慕っているわけではなく魔物界が分裂したままでは人間達に対抗できないと考えているからだ。

 

「ゼスで魔物界に攻め込むなんて話は聞いたことないですけど……」

 スシヌは不気味な仮面に見つめられて少し怯えつつ答えた。

「聞かされてないだけなんじゃねーのか? お前、将軍でも四天王でもねーしな」

「スシヌはゼスの最高戦力、魔人さん達との秘密の交渉の場にだって出ているのよ? 本当にそんな話があるなら真っ先に話されるはずよ」

 ザンスの指摘に落ち込んだスシヌにパセリがさっとフォローを入れる。

「まぁ、リーザスでもそんな話は聞いてねぇ。リーザスの戦力なしに魔物界に攻め込むなんて出来るわけねーしそんなのはただの噂だろ」

「ならスシヌに意地悪な事言うなよー」

 ザンスは軽く長田君を蹴り飛ばした。

「そうは言ってもみんな、火炎もですけど心配してるんですよ。第二次魔人戦争に鬼畜王戦争で魔人は最悪の人類の敵って扱いですから、魔人討伐隊って人達が今も動いてますしそこに魔王の子が加わったらどうしようって」

「確かに今のうちに攻め込んで滅ぼしとけって意見も出たことはある」

 ザンスが仮面をにらみつけるように言った。

「そ、そうなの?」

 スシヌが困ったような顔をしている。

「ただリーザス(うち)から離れてるからって理由ですぐに却下された。ゼスやヘルマンに新領地を増やすチャンスを与えてやる事はねーしな」

 魔物界と接しているのはゼスとヘルマンである。各国で協力して攻め込んだとしてリーザスに領土拡大の旨味はないという判断だ。

「魔物界もゼスや西ヘルマンに浸食されて不満出てますからね。これが進むと人間を押し返すために攻めこもうって言い出すのが増えてまた反乱が起きそう。めんどうだなぁ…」

 火炎書士は落ち込んだ声でそう言った。

 エールには政治の事はよく分からないのでとりあえずそれは大変だね、と頷いておく。

「この顔は絶対よく分かってない顔だな……」

  

 

「ではこれだけ話したんですからこちらも質問いいですよね」

 火炎書士は軽く咳払いをした。

「なんでゼスに魔王の子の皆さんが集まってるんですか?」

 改まって真剣な声色で尋ねてくる火炎書士にエールは頭にはてなを浮かべて首を傾げた。

「警戒するに決まってるじゃないですか。魔人討伐隊とも会っているみたいですし、日光を捨てるって魔人討伐隊を呼び出して何かしらの交渉するためだと思ったんです」

 噂を撒くのが下手だったようで妙な勘違いをさせたようだ。

「あいつらならさっき廃棄迷宮で全員始末しておいたぞ」

 ザンスがさらっと言うと火炎書士は驚いた。

「え、ええええ? 倒しちゃったんですか?」

 エールも大きく頷いた。

 もともと火炎書士の視線を敵意のあるものだと勘違いしておびき寄せるために噂を撒いたことも話す。

「なるほど。でもあの連中の倒してもらえたのはすごく助かったので結果的には良かったのかな。うん、良かったです」

 火炎書士は素直に喜ぶことにした。

「ったく、無駄に紛らわしい真似しやがって」

 エールはどうせ潰しておいた方がいい連中だった、とザンスに話す。

 廃棄迷宮はゼスでも有名な観光名所だから行けて良かったと付け足すと頭がポカンと叩かれる。

「お前、妙に遠回りしたと思えばそっちが目的だったろ」

「ぐるぐる遊園地でもエールちゃんはしゃいでたもんね」

 スシヌが思い出してくすくすと笑った。

 廃棄迷宮から出る前、エールは併設されているぐるぐる遊園地に立ち寄った。これは遊園地とは名ばかりの足場が動くだけの大きな部屋なのだが試しに乗ってみるとこれがなかなか楽しい。長田君やスシヌを動く足場に押し出してぐるぐるするのを笑って眺めたり、逆にザンスからは押し出されたりしてぐるぐるしながらはしゃぎまわった。

 なぜ廃棄迷宮にあんな場所があったのかは分からないが楽しかったのでエールは満足である。

「何でか警戒されちゃってるみたいだけど? 俺とエールはゼスに冒険に来ただけっすよー。色々あってスシヌを護衛する任務を受けて、今からシャングリラ行くとこで」

「リーザスの赤い死神まで一緒にですか?」

 火炎書士は不審な視線を送った。

 仮面でその視線が分からないが長田君が睨まれたと勘違いして軽く飛び上がったところでエールが最初から説明したら?と長田君を促す。

「そ、そうだな! よし、はじめから説明すっか。別に隠すようなこともないぞ!」

 

 

 長田君が火炎書士に改めて最初からかくかくしかじかと経緯の説明を始めた。

 本来ならスシヌの護衛は内密の話なのだが、向こうも話したから情報交換ということでエール達もお茶を飲みながらそれを聞いている。

 

 

「……それでスシヌの呪いを解くためにシャングリラってわけ。分かった?」

 長田君の説明に火炎書士はうんうんと頷く。

「長田君は話上手ねー」

 話が分かりやすい、とエールとパセリは小さく拍手をする。

「なるほど、良く分かりました。ご丁寧にありがとうございます」

 火炎書士から礼を言われ頭を下げられると長田君は褒められたこともあって少し照れくさそうにした。

「ハニーの里でサテラ様やリズナさんにも会ったんですね。魔物界に向かってるってことはもう到着してるかな……?」

 エールはサテラ達にも話したがヘルマンでホルスの戦艦でメガラスという魔人にも会ったことを話す。

「メガラス様、復活されてたんですね! ずーっと心配してたんですよ。ハウゼル様達が聞いたらすごく喜ぶと思います!」

 嬉しそうに言った火炎書士は主人であるハウゼルのことを慕っている様子が伺えて、エールは笑った。

「とにかく魔王の子達が集まって魔人討伐隊になんてことはないんですね」

「あるわけねーだろ! あいつらはこっちにも平気で襲い掛かってきやがるただの敵だ!」

「お、怒らないでくださいよ。とにかくそれが分かれば安心です。あとやっぱり魔王様は行方知れずなんですね。会いたがってる人も多いですしせっかく安全に暮らせるところ作ったので来て欲しいんですけど」

 エールは冒険の途中で父に会ったら伝えておく、と言った。

 

 

「火炎ちゃん、どこいったー! 死んだかー!?」

 

 

 突然、遠くから甲高い声が響いてきた。

 火炎書士が驚いたように魔法ハウスから出ていくと、空に向かって大きな手を振った。

 そして何かが急降下してくるのを火炎書士が受け止める。

「ユキちゃん! レイさんの方はどうしたの?」

「火炎ちゃん、どこいってやがったー! あいつ話聞きやがらないですよー? 無理の無理無無理、無駄のぎっちょん!」

「え、なにこの……女の子モンスター? ってか使徒?」

「ユキちゃん、お邪魔虫? 虫じゃなくてキチガイだっつーの! ケケケケケ!」

「なんだこのうるさいのは」

「サイゼル様の使徒のユキちゃんです。火炎の大事なお友達なんですよ」

「私も近くで会うのははじめてかな? こ、こんにちは」

 火炎書士の紹介を受けてスシヌとエールは挨拶をしたのだがが、ユキはそれはどうでも良いように火炎書士に話しかける。

「んで、こっち来たら火炎ちゃんが人間に取っ捕まったってー? しょうがないなー、骨は拾ってやるぜ!」

「心配 させちゃってごめんね」

 心配しているようなセリフには聞こえなかった、とエールは首を傾げる。

「ちょっと捕まったけど普通にお話しできたから大丈夫だよ。シルキィ様も言ってたけどやっぱり魔王の子に危険はないんじゃないかな」

 火炎書士はユキにそう話しかけた。

「あっ、サイゼル様をぶっ殺した人間」

「いや、殺してはないだろ?」

「人間のガキにぶっ殺されたーって時のサイゼル様の顔ってば、ぷふー! へそでご飯三杯はいけるぜ!」

「何だ? こいつ、変なもんでも食ったのか?」

 主人をバカにするように話すユキにザンスは呆れた顔をした。

「ユキちゃんはいつもこうですよ」

「コオロギ食べる?」

 火炎書士の言葉に驚きつつも、エールは首を振った。

「火炎ちゃんはコオロギ食べない?」

「食べない。情報収集できたし一旦ハウゼル様の所に報告しに戻ろー」

「へいへーい。クワガタは?」

「いらない。でもなんかお土産に買って帰ろうか?」

 使徒二人は仲が良さそうである。イタリアのカレーマカロロがゼスの名物だよ、とエールが言った。

「あー、クワガタ入ってるやつ?」

「入ってないよ!?」

「パンをくり貫いて中にシチューとギョーザを詰めこんでうどんで巻いている物だっけ。あと人間の本も何冊か頼まれたものがあるから調達していこうね」

 火炎書士はユキの言葉が分かるのか分からないのか、マイペースに話を進めている。

 良いコンビなのかもしれない、とエールはうんうんと頷いた。

 

「それでは皆さん、失礼しまーす」

「ばいならー! ケケ毛ケケ!」

 

 魔人の使徒二人は仲良さそうに去って行った。

「使徒にも色んなのがいるんだな」

「ユキちゃんは特別だと思うわ」

 手を振って見送りながら長田君やパセリが呟くのにエールも頷いた。

 

 

「……んでさー! これで本当にシャングリラ行けるんだよな? もう何もないよな?」

 長田君がぴょこぴょこと嬉しそうに跳ねた。

「無駄に遠回りだったがな。とりあえず魔人討伐隊の連中もすぐには動かないだろ」

 エールが次会うことがあるならもっと大群で来るかもしれない、と話すと

「上等だ。来る連中が多けりゃ多いほど無くなるのが早くなる」

「ザンスはいいかもしれないけど俺は嫌だぞ!? あんな奴らがぞろぞろ出てきたらすごく困る!」

 その時はボクが守ってあげるよ、エールが言った。

「頼むぞ! って、前にエールに見捨てられたような」

 気のせいだよ、とエールが長田君から目を逸らした。 

 

「やっと眼鏡が外せるようになるんだね」

「まー、スシヌは眼鏡似合ってるしそのままでもいいんじゃね?」

「顔洗う時とか、お風呂入る時とか、寝る時とかすごく不便なんだってば」

 スシヌは眼鏡なくても可愛い、とエールが力強く言うとスシヌは顔を赤くする。

「パステル様、ちゃんと呪いを解いてくれるかな」

「リセットさんに頼めば大丈夫だろ。……大丈夫だよな?」

 長田君ははじめてシャングリラに行った時の事を思い出した。

「マジックからパステルさん宛てのお手紙は持ってるから。あら、エールちゃんなんだか嬉しそうね?」

 エールの目的はスシヌの呪いを解くこともだが、リセットに会うことでもある。

 

 早く行こう、とエールはスキップするように歩き出した。

 

「エールちゃん、そっちは道が違うよ!?」

「サバサバからうし車出てんだからそっち向かうんだよ。砂漠を歩くとかどんなアホだ」

「俺等、歩いたけどな……」

 

 エール達はシャングリラまでのうし車が出ているサバサバの町へ向かって歩き出した。




 ユキちゃんの口調はとても難しいと思いました。
 次回からシャングリラ編に行けると良いなと思います。

※ 独自設定
・火炎書士 … ハウゼルの使徒。ランスには仮面の下の顔を知られていないので抱かれたことはなし。仮面にはまだ意識があるが魔王に睨まれてからは乗っ取られる頻度も下がった。臆病な性格故にとても慎重で、主人のハウゼルを守るために命令があってもなくても周りをよく見ている。バスワルドに関連した情報をユキと一緒に捜索中。

・ユキ … サイゼルの使徒。相変わらず。一時期はドット商会の会長が逮捕され持ち株が大暴落したが、見捨てる事無く持ち続けて支援。結果さらに株価がは元通り、コパンドンからは恩義を感じられている。サイゼルとハウゼルがバスワルドに元に戻ってしまったのをランスが解決したことを知って、火炎書士と共にバスワルドの情報や対策方法を探している。

・魔人ネルアポロン … ランスの作った魔人。鬼畜王戦争では前線で魔軍を指揮した。冷静冷酷で殺戮を好みその残忍さゆえに元からいた魔人とはよく衝突、特に悪魔出身なので天界出身であるラ姉妹とは反りが合わなかった。魔王が正気に戻った後、魔王の元から離れ独自に行動していたが魔王ランス討伐隊によって倒される。魔人になってからの二年間、人間たちに魔人の恐怖を植え付けた。魔血塊はAL教で封印中。

・学者 … 魔物大元帥。魔物達の指揮を担当していたがネルアポロンのように人間にただ恐怖を与えて殺戮していくのではなくあくまで人間の支配を考えていた。常に魔物達の未来を考えており、支配にも統治にも全く興味がない魔王とそれにただ従うだけ、または従うしかない魔人達よりも多くの魔物達から尊敬・信頼されている。マエリータ隊も健在。どんなに優勢でも人間を侮ることはしない、人間からすればたぶん一番厄介な相手。

・元魔人勢(補足) … ホーネットの元、魔物達を治めようと活動中だが上手くいかず魔物界では派閥同士の戦争が頻発。その対応に苦慮している。ワーグのように戦闘を好まないものや魔人に協力して人間界にいられなくなったものが平和に暮らせるよう特別な隠れ里を作った。ランスもここに招く予定。


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第五章 シャングリラ
エールの日記(これまでのあらすじ)


 エール達はシャングリラまでのうし車が出ているというサバサバの町に到着した。

 

 廃棄迷宮以降はトラブルに見舞われることもなく順調。護衛任務としては良い事だが、エールには少し物足りない道中だった。

「やっと到着だな。はー、長かった! 大変だった! ちょっと魔物多くなーい?」

 長田君が町について安心したのか、息を吐きだした。

「てめーは逃げ回ってばっかだっただろうが」

 ザンスの言う通り長田君は全ての戦いをエール達に任せてばかりだった。

 長田君は魔人になっていた影響なのかまだまだレベルが上がるようで、鍛えてやろうとエールとザンスで無理矢理前線に立たせたり、時には魔物の群れに放り込んだりしたものの成果はいまいちでエールは口を尖らせる。

「ここがサバサバか。けっこう賑わってるんだなー!」

 誤魔化すように長田君はキョロキョロと街中を見回した。

 まだゼス国内なのだが商店の売り物や行きかう人々に異国感がある。

「シャングリラ経由で色んな国に繋がってて他の国の人や品物がたくさん行き来する町だからね。珍しい物も手に入るから観光に来る人も多いんだよ」

 スシヌの説明を聞いてエールは探索も楽しそうだとワクワクした。

「何言ってんだ。さっさとうし車出てるとこまで行くぞ」

「まあまあ、待てって。そろそろ夕方だし、今日はサバサバで泊まってこーぜ。てか、たまにはちゃんとした宿に泊まりたくね?」

 既に空が赤くなりはじめている。

 砂漠はうし車内とはいえ熱いだろうしちゃんと体力を回復させておくべきだ、とエールは長田君に賛成した。

「だよなだよなー! んじゃ、宿探そー、温泉とはいわねーから少なくともでっかい風呂あるとこ!」

 

 エールは適当に宿を取ろうとしたが、ザンスが粗末な所に泊まりたくないと言い出しサバサバで一番大きくて高級な宿に泊まることになった。

 

「宿の人、私の顔知ってたよね……」

 スシヌが宿に来ると、何も言わなくても分かったのだろうか宿の支配人らしき身なりの良い人物が頭をぺこぺこさせながら直々に案内してくれた。

 すでにお忍びという言葉も形だけになっている。

 ぶつくさいうザンスを宥めつつ男女で二部屋で分け、エールはスシヌと一緒の部屋となった。久しぶりの一人ずつのベッドは無駄に広くてエールは少し落ち着かない。

 

 宿の夕食が出るまでの間、エールは広いベッドに寝っ転がっていると自分の日記が目に入った。

 何気なく最初のページを開くと冒険の3つの目標が大きく書かれている。

 

・珍しい貝を手に入れる ← 母の喜ぶもの

・兄弟に会う、お世話になった人にも会う

・楽しい旅にする

 

 3つの目標の達成度は順調で、エールは嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。

 

「エールちゃん、楽しそうに何読んでいるの?」

 そんなエールの表情を見てスシヌが笑顔で話しかけた。

 日記を読み返していた、とエールは答える。

「そういえばエールちゃんって前の冒険でも日記付けてたっけ……今回もゼスに来るまでに色々あったんだよね。リーザスでザンスちゃんやアーちゃんに会って、ヘルマンに行ってレリコフちゃんに会って冒険したとか」

 スシヌは話を聞きたそうにエールを見ている。

「で、でも危ない目にもあったんだよね。日光さんも」

 聞いてはいけない事かもしれないとスシヌは少し目を逸らした。

「無事だったっとは聞いたけど詳しくは聞かせて貰ってなかったわね。エールちゃん、良ければこれまでの冒険話を聞かせてくれるかしら?」

 パセリがそんなスシヌに助け舟を出すように言った。

 

 エールは頷いて日記をめくり今回の冒険を思い返した――――

 

………

 

 思えば今回の冒険のはじまりは母の依頼で攻撃が効かないという謎のハニー退治に出かけたことから始まる。

 行ってみればそれはなんと魔血魂を飲んでハニー魔人ながぞえとなっていた長田君で、エールは日光で叩いて元に戻した。

 

 そして長田君とかねてから約束していた『次の冒険』に行こうという誘われて今回の冒険の旅が始まった。

 目標は家族に会う事、珍しい貝を探すこと、そして何よりも楽しく冒険すること。

 掃除用具入れにさしっぱなしだった日光を携え、まず初めに向かうのは村から近くて世界一豊かな国リーザス。

 

 その道中、可愛らしいリスと三人のお供をその場の流れで盗賊から助けることになった。

 魔王討伐直後、人類最強クラスだったレベルはすっかり下がっていてしまっていたけれど盗賊ごときがエールの相手になるはずもなくさっくりと全滅させる。

 日光さんが言うにはそのリスは危険極まりない最悪の魔人であるケイブリスとその使徒達だったそうだ。

 しかしなんの事情も知らない人間から見ればただの弱々しいリスとへっぽこな女の子モンスター二匹に踊り子。半べそで土下座をしているリスを殺す気にはなれず、さらに踊り子のシャリエラのダンスは深根に匹敵する素晴らしいものだったのもあって見逃すことにした。妙に懐かれてしまったし。

 

 そうしてたどり着いたリーザスだがザンスは遠征中。先にリア女王や修行で世話になったチルディ、そして妹であるアーモンドに再会した。

 リア女王に何故か睨まれたが、冒険の資金を稼ぐため仕事を貰えないか言うと神魔法を使って回復の手伝いや親衛隊の訓練相手を頼まれた。

 若いのに神魔法を使えるというのが珍しがられ、次期AL教法王かと言われてありがたがられたりしつつ医療の手伝い。訓練相手の仕事ではチルディにレベルが低くなっていたのを見抜かれ、剣の師匠となってもらい修行をつけて貰うことが出来た。

 冒険者の仕事として依頼を受けて女の子モンスターとその誘拐事件を解決。聖女モンスターであるベゼルアイと出会い、女の子モンスターやその飼育を担当していたオノハを何とか救いだした。

 女殺しがいて危なかったので長田君がいてくれて良かった。それにチルディの作ったクッキーはかつてない美味しさでいつかまた作ってもらいたい。

  

 そんな日々を送りながら路銀の足しになるかとコロシアムで見世物になる。適当につけてしまったリングネームのことは忘れたい。

 出場条件通りに苦戦している演技を入れつつ順調にお金を稼いでいたところを突然対戦相手として現れたザンスに邪魔され、同時に再会。

 さらに闘神大会のリベンジだという模擬戦をしたところ全く歯が立たず負けてしまった。ザンスは現役赤の将、レベルが下がっているエールに勝てる相手ではなかった。

 そしてリーザスにやってきたシーウィードでカフェに再会、魔王を倒したことを褒められる。無事に日光さんを会わせることも出来た。

 

 ……その後シーウィードで模擬戦の約束として流され、ザンスにエロい事をされる。

 実際は娼婦のシラセの手管のおかげだが、危ない気持ち良さがある大人の体験だった。

 貞操は無事だったのだが、あのまま流されてしまっていたらどうなっていただろう?と今思うと危険だった気がする。

 そういえばあの時ぐらいまで母は自分を心配して見ていたようで、新しく避妊魔法を教えて貰った。

 

………

 

「え、え、え、エールちゃん、ザンスちゃんに何かされたの!?」

 エールが手短にされたことを話すと、スシヌは真っ赤になった。

「……あらあら。そこまでいったのに最後まで出来なかったの。ザンスちゃんももう少し落ち着いていければエールちゃんを大人に出来てたかもしれないのに」

「おばあちゃん、何てこと言うの! エールちゃんにはまだそういうのはは、はや・・・」

 シラセの指はとても気持ち良くて少し大人になったような気がする、とエールは言った。

 スシヌはそれを聞いて目をぐるぐるさせている。

「エールちゃんってエッチな事にあまり抵抗なさそうよね。案外、責められちゃうと弱いタイプかも?」

 エールは首を傾げた。

「責められるって言うのはちょっと強引にされても体が感じちゃうってことで――」

「エールちゃん、続きを聞かせてくれるかなっ!?」

 スシヌがパセリの言葉を遮った。

 

………

 

 リーザスを出発後、ヘルマンに向かう途中でシャングリラに行くがリセットは外交に出ていて会えずじまい。

 パステル女王に再会したが相変わらず冷たくされた。頭にみかんを乗せるのが悪かったのだろうか、叩きだされてしまう。

 その後、なぜかシャングリラで綺麗な幽霊のカラーと一緒にひと暴れしてしまったようなのだがそのあたりはなぜか記憶があいまい。刺青の入った警備の人に迷惑をかけたのだけ覚えている。

 とにかく少し強引だったがカラーの隠れ里・ペンシルカウへの招待状をパステルから貰うことができた。

 ちなみにこの紹介状は別にいらなかったのだが。

 

 そこから向かったヘルマンはシャングリラの暑さが恋しくなるほど寒かった。

 シーラ大統領に出迎えられ、ヘルマン最後の戴冠式という写真見せて貰い母のクルックーやサチコの昔の姿を見れたのが思わぬ収穫だった。法王衣を身にまとった母は小柄でかわいらしくも凛々しく誇らしい。

 そしてレリコフとヒーロー、そしてパットンやハンティと再会。

 レリコフとした一緒に冒険したいというかつての約束を叶えるべく、魔人が出るという噂のあったホルスの戦艦へ行くことになった。

 本当ならマルグリット迷宮に行きたかったのだが東ヘルマンとの境目にあったようで現在は閉鎖中だという。また機会があれば最下層目指して行ってみたいと思う。

 ホルスの戦艦では無口で真っ白な魔人メガラスに会い、その事情をテラ女王から聞くことが出来た。

 危険がないと判断してメガラスに手を出すことはないということを約束し、お土産にホルスの蜜茶をもらった。

 

 その後、ラング・バウに戻りもっと一緒に冒険したいと言ったので、日光のお願いで北の賢者、ホ・ラガの塔へ向かことになった。

 場所が場所なのでさすがに案内が必要とのことで手配して貰えることに。

 その間ヒーローに招かれて改めてヘルマン上空にある空飛ぶ島、ランス城へ。そこには魔王城で会ったビスケッタが出迎え、温泉と豪華な食事をご馳走になった。

 その後、冒険準備中にヘルマン将軍のロレックスと話をしたり、流れでレリコフと模擬戦をすることになったりしながら意気揚々と冒険に出発した。

 

 ……北の賢者の塔への冒険の道中は本当に危ない目にあった。

 命と貞操の危機だった。

 東ヘルマンの罠にかけられてレリコフと共に捕まり、日光は誘拐。この時に初めて日光は巨乳の黒髪JAPAN美人だという事を知る。

 長田君達が助けに来てくれてセーフだったものの、あと少し遅れていたらというのは本当に考えたくはない。

 なんとか日光を救い出し、毒牙に掛けようとしていた男はざくっとやったものの、二度と下衆な男に触らせないように注意したいと誓った。

 冒険を中断して帰ることを提案されたが、こんなことで中断するのは嫌だとそのままポピンズの案内人に北の賢者の塔まで案内して貰う。

 その塔にいたのは妙に睨んでくる偏屈なお爺さん。一緒に居るわんわんが可愛いのが救いだった。

 日光と話をさせた後、何でも一つ教えてくれると言うので伝説の貝の場所を聞いてみた。

 渡されたメモの場所はJAPANの最北端。秘密の貝塚があるという。現在では世界中の貝塚はほとんど発掘済みとなっているため貴重な情報だった。

 

 ラング・バウに帰ってきてヘルマン出発の前の日。

 レリコフは襲われたときの事を思い出したのか泣いていた。大事な家族を危険に晒し、泣かすなんて東ヘルマンは滅ぼさねばならないと決意する。

 その後、レリコフを慰めるはずが調子に乗ったせいでちょっとした拍子で腕を折られた。自業自得なので少し反省しよう。

 ヘルマンの人達は良い人達ばかりだったが、ご飯が美味しくないのが欠点だ。

 

………

 

「危なかったんだね……」

 スシヌは昔、誘拐されて命が危険だったことがある。その怖さが理解できるように目を伏せた。

 エールは暴力を振るわれながらもレリコフだけは守らなきゃと思った、と話す。

「エールちゃんは自分の事も大事にしなきゃダメ! レリコフちゃんにも私にとってもエールちゃんは大事な家族なんだから…… 魔王との闘いの時もエールちゃん、みんなを逃がそうとして引き付けようとしたり、あ、あれでエールちゃんがし、死んじゃってたら……」

 スシヌが目に涙を浮かべたのでエールは焦った。

「スシヌ、泣かないで」

 パセリが慰めるのに合わせてエールはスシヌの頭を撫でた。

「エールちゃんは家族のために自分を盾にするけど、家族の為を思うなら自分も守らないといけないわ。エールちゃんがいなくなったらみんな悲しむんだから」

 決戦前夜でも皆に言われたことだ、エールはパセリの言葉に大きく頷く。

「東ヘルマンとはきちんと決着をつけないといけないでしょうね。次の懇親会は穏便には行かないでしょうし、シーラさんは和平をすすめてたけれど……いえ、それよりもエールちゃん。レリコフちゃんに何をしたのかしら?」

 話の流れでちょっと触っただけです、とエールが目を逸らした。

 前の冒険でのシーウィードの一件はレリコフとエールの秘密である。

「あらあら、スシヌも触って貰ったら? 何となくだけどエールちゃん、上手な気がするのよね」

「おばあちゃんったら何言うの! エールちゃんは女の子なんだよ!」

 エールは胸のサイズは自分と同じぐらいだろうか、というのを考えながらスシヌをじっーーと見た。

 レリコフは大きくなりそうだ、とつぶやく。

「どこ見て言ってるの、エールちゃん! お話の続き!」

 

………

 

 ヘルマンを出発した後に向かったのは魔王城があった翔竜山の麓、クリスタルの森にあるというカラーの隠れ里ペンシルカウ。

 森では見事に迷ったものの、カラーの密猟者をボコり、カラーの親衛隊長であるイージスさんに招かれてカラーのまとめ役をしていたビビッドに出会った。

 ビビッドはパステル女王のおばあさんとのことだが、小さいながら威厳の感じられる人でどこかリセットに似ている。ペンシルカウにはそのリセットがいるという話だったが残念なことにすれ違いになってしまいがっかりだった。

 ペンシルカウにいる住人はみんなカラーで当然のように可愛い、綺麗な女性ばかり。自分が魔王を倒したエール・モフスだと知ってきゃあきゃあと言われ ちょっとしたカラーハーレムを味わいつつ、一泊させてもらった。

 

 そしてゼス王国に入ったらいきなり逮捕されそうになった。

 抵抗してちょっとした大事になったが、そこで会ったウルザに上手く回り込まれてしまったのもあって日光の助言で大人しく捕まることに。

 長田君は連れていかれてしまった。

 

 城まで行ってマジック女王からスシヌがハニーキングに誘拐されたと聞かされた時には驚き、 千鶴子やウルザから詳しい事情を聞いた後すぐに助けに向かうことにした。

 ちなみに長田君は相手がハニーキングなので大量に捕まえられているハニーと一緒にお留守番。

 役に立つからと言って長田君からメガネを一式貰った。とても気に入って大事にしまってある冒険の宝物である。

 

 ハニワ平原を超えて、ハーモニカを披露しつつハニワCITYのハニー城へ。

 途中、まさかの元魔人二人に再会したが、スシヌの救出優先。あまり話さずにハニー城へ向かった。

 そしてスシヌやハニーキングに再会。

 スシヌが騙されていたことを知って助けようとハニーキングに挑むが勝てず、一緒に捕まることになってしまった。

 それからハニーキングのペットにされてハニー城でハニー的凌辱、つまりセクハラの日々を受けることに。ただハニワの里の名物温泉は今思い出しても絶景で素晴らしい観光名所だったと思う。

 

 何度かハニーキングに再戦してみるが、レベルは上がってるのを感じるものの必殺技が魔法では勝てる気がしなかった。

 温泉でまたもや元魔人の二人と遭遇。なぜこんな場所にいるのか事情を聞いたり、なんで帰れないのか事情を話したり、リズナの圧巻の巨乳に目を奪われたり、メガラスのことをサテラに話したり、父の事を聞いたりしつつ、とにかく協力を取り付けた。

 それでも勝てないと色々と考えているうちに、驚いたことにリーザスからお忍びでザンスとウズメ、そして捕まってたはずの長田君が助けに来てくれた。

 

 切り札である魔血魂を長田君に飲ませて盾にして、ハニーキングと改めて勝負。

 厳しい戦いだったがなんとか勝利することが出来た。

 尤もその時にスシヌが眼鏡を外せなくなる呪いをかけられてしまったが……

 

 王都へ戻る前に入った温泉は色々と絶景だったが、そこでリズナの胸を触りたがったばかりに……記憶はあいまいなのだがえらい目にあってしまった。

 

………

 

「エールちゃん、どこでも誰かにエッチな事したりされたりしてるわね。やっぱりランスさん似なのかしら?」

 リズナも言っていたが父に似ていると言うのは誉め言葉なのだろうか、とエールは首を傾げた。

「エールさん、もうあんなことをしてはいけませんよ」

 それまで黙っていた日光がエールに叱るような口調で言ったので反省しています、とエールはしゅんと顔を伏せた。

「でもエールちゃんが助けに来てくれて本当に良かった。あのね、再会した時本当に嬉しかったんだよ。とっても元気そうで…」

 ハニーキングもその配下であるハニー達もセクハラはともかくとしてエール達を乱暴には扱わなかった。

 思い返せばのんびりとした日々だったのかもしれない、と思い返した。

 

………

 

 スシヌがかけられて眼鏡の呪いを解くべく護衛を任されて一緒に呪いのエキスパートであるカラーの女王パステルがいるシャングリラへ向かうことになった。

 ウズメは仕事があるといっていたが、ザンスは心配したのかついて来てくれることになって並の敵ではびくともしないパーティの誕生である。

 

 ゼス首都を出発するとすぐに異界ゲートでお誘いを受ける。

 そこを潜ってミックスの母でありかつて修行で世話になったミラクルに再会した。

 真トゥエルブナイトに勧誘されたり、スシヌの新しい魔法について話をしたりしているうちにミラクルから「エール・モフスは一年間行方不明だった」と驚くべきことを聞いた。

 全く覚えがなく冗談だと思ったがスシヌもザンスも新年会に来なかったと言っている。

 リセットがエールちゃんは用事があると誤魔化していたことも気になるし、クルックーがエールにそれを秘密にしていたことも気にかかる……大事な二人のことなので悪い事ではないと思うが事情は聴いておきたかった。

 

 ミラクルやザンス、スシヌからここ一年間の出来事を聞く。

 領土拡大や勢力の変化、魔物の動向など難しくてよくわからなかったが、世界ではいろいろとあったようだ。

 

 思い返しているうちに何か不思議な笑い声を聞いたような気がしたのだが……誰の声だったのだろう。

 何だかもやもやとする。

 

 異界ゲートを出発して、向かったのはかつて世話になったロッキーがいると言うアイスフレーム孤児院。

 道に迷ったところをアルフラに案内されつつ、到着すると懐かしいロッキーがいた。

 ザンスが借金を取り立てしようとしたのでちょっと泣いていたので申し訳ない事をしたと思う。

 院長のキムチはかつて魔王の子の世話をしたことがあるらしく、ザンスやスシヌにも気軽に接していた。かつての英雄にして先代カオスオーナーのカーマ・アトランジャーもアイスフレーム孤児院出身だと聞けた。

 キムチの作ったキムチ鍋はいつかまた食べたいと思う。力が沸き上がる不思議な料理である以上に、何よりもカラウマだった。 

 ちなみにドッス・ワッスもいるはずだが、二人は仕事で出ていたらしい。ロッキーも借金返済にまた冒険に出るのだろう、父探しはだいぶ先になりそうだ。

 

 その後はゼスを北上して盗賊団や悪徳領主を成敗しながらお忍びの旅だと言う事を半ば忘れながら北上。

 この時に魔法ハウスという超レアアイテムをスシヌから貰ってしまった。実家よりも大きい。

 

 ついでとばかりに寄った秋の森で桜の通り抜けイベントに参加。

 スシヌと一緒に試練に挑戦して無事突破することが出来た。

 桜の前で元魔人のレイとその恋人メアリーに会って、お花見。

 なんと貝集めが得意だというメアリーから桜貝を貰ってしまった。しかも素晴らしい発色で可愛らしさ満点の逸品。

 サテラやリズナが言っていたが魔人はやはり魔人討伐隊に狙われたりして大変らしく、メアリーにはトリダシタ村の場所を教えた。

 

 そしてそこから後をつけられている気がして、遠回りに観光名所でもある廃棄迷宮へ。

 廃棄迷宮の穴からなんだか恐ろしい視線を感じた。地獄に繋がっているらしいが、地獄はJAPANにもあったし広いのだろうか。

 RECO教団だというアバズレ神官に押されつつ、魔人討伐隊だという連中をなぎ倒した。

 

 視線の正体は魔人討伐隊ではなく、ハウゼルの使徒火炎書士。

 どうやら魔物界は勢力争いが酷くなっていて、色々と大変らしい。

 レイや魔人討伐隊と接触したことで誤解されたようだが、その誤解を解いて別れた。

 

 そして目指すはシャングリラ。

 スシヌの呪いを解いて貰って、姉であるリセットに会うために。

 

………

 

「色んな所を冒険してきたんだね。ありがとう、エールちゃん」

「お疲れ様。ふふふ、なんだか説明がふわふわしている部分があるわね」

 長田君のように話上手なら良かったが、エールは元々話すのは得意ではない。

 スシヌとパセリはぱちぱちと拍手をしている。

 

 思い返せば魔王を討伐したにもかかわらず魔王の子、エールの家族を狙ってくる連中は東ヘルマン、魔人討伐隊、まだまだいる。人類の危機は去っても、世界は決して平和になったわけではない。

 

 しかし冒険をしてみればやはり世界は楽しい。

 行っていない場所、会いたい人、美味しい食べ物、そして何より楽しい事がきっとまだまだたくさんある。

 冒険に誘ってくれた長田君に感謝しなければいけない。これからの冒険もきっと楽しくなる、エールは笑顔で次なる冒険に思いをはせた。

 

 

                          ………くすくすくす

 

 

 エールはまた誰かの笑い声を聞いたような気がした。

 

 その声はとても楽しそうで、まるで今の自分と同じようだとエールは思った。

 




※独自設定
・エール・モフス … 魔王とAL教法王の娘。一人称は「ボク」かなりの美少女で普段は笑顔を浮かべており口数は少ない方だが表情は豊か。
 全員と旅館の夜に会話をしたが、誰とも親友エンドを迎えていない状態。ハニーインザスカイへは長田君と一緒に行った。
 日光は家に持ち帰り、今回の冒険にも愛刀として携帯中。日光とは契約の儀式はしおらず契約方法もまだ知らない。
 魔王を討伐したと言う功績、神魔法が使え、レベル神付き、そして創造神と大いに関わりのある存在であり良くも悪くも注目・警戒されている。自分の存在や立場の重要性は良く分かっておらずあまり自覚もなし。
 思いつきで動くことも多く常識はあったりなかったり。処女ですがエロい事に対して無知で無防備、貞操観念は低め。エロい事には好奇心として単純に興味があり、シーウィードの一件から触られるのを多少なりとも「気持ちの良い事」と認識。貧乳をかなり気にしていて巨乳を見るとご利益と称して触りたくなるナチュラルなセクハラ魔。悪気は一切なし。
 母親を愛しており、兄弟姉妹全員大好き。特に長兄と話したことで姉妹を悪い虫から守ろうという使命感がある。家族が傷つけられるとあれば誰であっても容赦はしない。
 長田君をからかったり割ったりするのは圧倒的な信頼と親愛ゆえ。大事な親友ですが貧乳を突っ込まれたりノリで割ったりすることも。
 今回の冒険は前回の冒険から一年後。その間レベルは大きく下がっているが決して弱くはなく、修行と冒険でレベルも少しずつ戻っている。
 好きなことは冒険と貝集めと食べる事、そして楽しい事全て。

現在の大事な持ち物:日記帳、聖刀・日光、ハニーの魔血魂、ホルスの蜜茶、眼鏡(長田君から貰った)、魔法ハウス(スシヌから貰った)、桜貝(メアリーから貰った)

・その他の設定妄想
 トリダシタ村では母クルックーの他にパン屋を営んでいるサチコやたまに訪ねてくるアルカネーゼに世話になりながら基本的な勉強や戦闘技術を習った。おかげでパンも焼けるしハーモニカも吹ける。魔法や剣の修行は楽しいので嫌いじゃないが勉強は苦手。サチコやアルカネーゼからは娘のように、サチコの父親であるBSには孫みたいに可愛がられ、BSからは未来のAL教法王に期待されているがエールは興味なし。
 AL教の聖書「アリスの大冒険」を一度も読んだことがない名ばかりのAL教徒。信仰心はないものの母の勤め先(法王)であり、トリダシタ村にAL教徒が多い事もあって一応大事に大切に思っている。
 貧乳コンプレックスはモデルであるアルカネーゼに大きくなったらエールもスタイルが良くなると言われ期待していたせいで、「ハゲ」を酷い罵倒の言葉だと思ってるのはミ・ロードリング司教に言って母親にしこたま怒られたせい。
 アム・イスエルとも会ったことがあるが、その時クルックーに凄く怒られている。
 冒険中着ている服は母親も愛用していたレディ・チャレンジャー。サイズが少し大きめなのは成長してからも使えるように、少しでも長く世界を楽しんで欲しいと言う願いを込めてクルックーが用意したものだから。

 エロい事は流されたり責められたりすると抵抗できなくなる雰囲気に弱いタイプ。
 「エールちゃんの冒険IF」というタイトルでシーウィードの夜の出来事を18禁にしたエロSS製作中(どこかで頒布したあと無料公開予定)


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シャングリラの再会

 ここはエール達が泊まっている部屋とは別な部屋。

 

「―――んで、これが俺のおすすめ! ヘルマンは体格良い人が多いせいか巨乳多いみたいでさ。ゼスはあったかいせいかみんな露出度高めなのがいいとこ」

「ほうほう……悪くねーな」

 この部屋に泊まっている長田君とザンスは、長田君が冒険中こっそりと集めていたエロ本を見ていた。

 もちろんたまにハニ子のグラビアも混ざっているものの、ほとんどが巨乳モノである。

「やっぱ今のパーティには圧倒的に乳成分が足りないわけ。いや、冒険出てからずっと足りてないんだけどさ。そりゃ、エールもスシヌもパセリさんも可愛いけど大平原だし? 潤い的には砂漠っつーかね」

 長田君は巨乳グラビアを広げながら愚痴っていた。

「前の時はけっこーはやくにナギさんと志津香さんが一緒だったから潤いバッチリだったんだよな。あー、おっぱい大きい子がパーティに入らねーかな。次のシャングリラもリセットさんだし望みはないんだけど」

「リセットのやつ、俺らがあいつより小さかった頃から全く成長してねーからな」

 リセットの年齢はすでに成人に近い。

 それなのに83cmという幼児サイズから大きくならず、後から生まれた弟や妹にも次から次に抜かれた上ナギという親友の成長ぶりもあってさすがのザンスも少し気の毒だった。

 次の新年会では一番下のアーモンドにも抜かされていることだろう。

「せめてこうやって定期的に補給しないとな。そーいや、日光さんかなりの巨乳美人なんだぜ。人間になれるなら普段からなっててくれりゃいいのになんでずっと刀のまんまなんだろ? マジ、勿体ねー、エールもあやかっておっぱいデカくなればいいけど今のままだと全然期待できないよな」

 長田君はエールや日光がいないからと色々とぶっちゃけていた。

「お前ら、まだ日光の契約の儀式のことまだ知らねーみたいだな」

「本当なら契約がいるんだっけ? エールが日光さんをしゃらーんと抜いた時、やたら驚かれてたもんな。その契約の儀式ってどんなことするかザンスは知ってるん?」

「エロい事」

 ザンスが苦笑いをしながらそう言うと長田君は固まった。

「エールが使えてるもんを俺様が使えないとかありえねーと思って調べさせたんだよ。んで、分かったんだが日光は性交渉した相手じゃねーと使えないんだと」

「え、えーーー!! それ、マジ? どういうこと?  え、え、え、エールがまさか!?」

 長田君の脳裏に人間姿の日光とエールが裸で抱き合ってる光景が浮かび、とりあえず割れた。

「んなわけねーだろ。日光もエールとは契約してないって言ってただろうが」

「だ、だ、だよな!? びっくりしたー! エールが男だったら羨ましくて割れるとこだったぜ」

 女同士でも想像で割れた長田君が飛び跳ねている。

「あいつに話すんじゃねーぞ。あいつの事だから知ったら正式に契約するとか言い出すかもしれねーからな」

「前からだけどエールってなんか変なとこあっからなぁ……」

 

 今回の冒険をざっと思い出していた。

 

………

 

 あの冒険の後、いつの間にか魔人ながぞえになっていた。その間の記憶はうっすらとしているが仲間のハニー達からはけっこう慕われていたし、ハニ子にモテモテで悪くない生活だったと思う。

 そんな中、ある日エールがやってきて割られて、元のイケメンハニーに戻ることが出来た。

 魔人だったモテモテの日々はちょっと惜しい気もしたがかつての相棒との再会は嬉しいもので、約束してた冒険に誘うとエールは楽しそうに一緒に行くと言ってくれた。

 また楽しい冒険の日々が始まる。

 ただ残念なことに相棒はやっぱり貧乳のままだった。エールの母のクルックーもあまり大きくないし、成長は期待できないのかもしれない。

 その後に出会った女の子モンスター二人はそもそも背が小さすぎるし、踊り子のシャリエラも露出度は高くて可愛いが大きくなかった。

 

 最初に行ったリーザスではチルディという素晴らしい巨乳に再会できたものの、アーモンドという娘がいる一児の母親でありそういう目でじろじろと見るわけにもいかない。

 リア女王とその侍女マリスは怖くてそんな目で見る気にもならない。紫の軍にいたアスカ、女の子モンスターの飼育場であったベゼルアイやオノハも美人だったがおっぱいは小さかった。

 そういえば図鑑で見たベゼルアイはバインバインだったのに子供の姿だったのを見て非常にがっかりだった。今度は大きくなっているときに会いたい。

 あそこではエールですら勝てなかった女殺しに果敢に立ち向かった。ダサいからずっと隠していたトライデンまで出して頑張ったのだしもっと褒められていいと思う。

 その後リーザスで順調に金稼ぎをしているとコロシアムにザンスが現れて急な再会。

 さらに驚いたことに模擬戦が闘神都市のリベンジだとか約束だとかでエールがエロい事をされかけたという。

 聞くところによるとかなり危なかったらしく……

 

………

 

「あー!!」

 そこまで回想して長田君は突然叫びだした。

「うるせぇぞ」

「そうだ! お前、エールにエロい事しただろ!? 仲間だと思ってたのに実は貧乳好きだったの!?」

 長田君は勝手にザンスを巨乳好きだと思っていた。

「ちょっとからかってやっただけだ」

「からかうだけでもそーいうことすんなよな。エールはまだエロい事とか分かってないお子様だぞ」

「……確かにあいつは色々と足りねーな」

 胸のサイズだけではなく常識に危機感に貞操観念、エールにはまだ足りない物がたくさんある。

 強いがとにかく目を離すと何をするか分からないような手のかかる妹だった。

「やっぱ女は色々大きくないとなー、エールがでかいのは度胸と態度ぐらいだぜ。ザンスも女は巨乳の方がいいだろ?」

 エールがこの場にいないと思って長田君は言いたい放題だった。

「そりゃでかいに越したことはないんだろうがよ。小さいのはそれはそれで……あいつも結構柔らかかったしな」

 ザンスはエールの体を思い出した。

 小柄で折れそうなほどに華奢な身体。温かくしっとりした肌触りに柔らかさ。それでいてしっかりと芯がある。

 何とか思い出さないようにしたが、初めてじっくり触った女の体を思い出すとまた悶々としてくる。

「え……? それってエールのこと?」

「俺があちこち触ってやったら中々良い声出して、すげーエロい顔してたわ。あれは悪くなかったぞ」

「で、でもおっぱい小さいじゃん?」

「俺もそう思ってたんだがな。それが触ってみるとこう……ちっさいなりに柔らかくてちゃんと胸があったんだよな」

「マ、マジで!?」

「手触りもすべすべして妙に温かくてよ。本やラレラレ石で見るのとは実際触ってみるとのじゃ色々と違う……って、なんで俺様が陶器なんぞに話さなきゃなんねーんだ!!」

 そこまで話してザンスが長田君をげしげしと踏みつけた。

「お前が自分から勝手に話出したんじゃん!?」

 

 長田君とザンスがそんな言い合いをしていると 突然扉がバーンと開いた。

 

「エールちゃん、ノックぐらいしようよ!?」

 焦ったスシヌの声が聞こえる。

「あっ、あわわわわ、エールにスシヌ! ど、どしたん? いきなり!」

 声と共に部屋にエールとスシヌが入ってきた。

 長田君は飛び上がるとエールに見えないよういそいそと広げていた本を集めて見えないように隠した。

「えっとね。一応、お忍びだからレストランじゃなくてお部屋でお食事取れるようにしてもらったんだ。四人分運んでもらったから呼びに来たの」

 長田君をいじめてたの?とエールが尋ねる。

「陶器がアホな事ぬかすからだ」

「俺、マジでなんも言ってないってば!」

 長田君がそんな事を言いながら本をぱぱっと片づけてる所を、エールが羽交い絞めして止める。

「キャー!」

 ばらまかれている肌色が多めの本をエールがじっーーーと眺める。

「陶器が集めてんだってよ」

「ちょ、ザンスなんで余計な事言うのー!? お前だって楽しんで読んでたじゃん! こ、こ、これは何でもないぞ! 女が見ても楽しくないもんだから!」

 炎の矢打っていい?とエールが言うと長田君はばたばたと暴れだした。

「やめてー!」

「エールちゃん、もう放してあげて。男の子はね、こういうの集めるものなのよ」

 パセリに言われてエールは長田君を放した。

「二人してえっちな本見てたのね。お邪魔しちゃってごめんなさい、ほらエールちゃんもスシヌも謝らなきゃ」

「ご、ごめんなさい……」

 スシヌは素直に謝った。

「もー、スシヌは何も悪くないだろ。エールはちゃんとノックしろって! もー!」

 もーもーと怒る長田君にえっちな本に興味があるからちょっと見せて欲しい、とエールが手を伸ばした。

「い、いやいや! だめだって!」

 エールは一冊だけでもいいからと食い下がる。

「んじゃ、えーっと。この今年のゼス美少女年鑑RA16年とかどうよ! この前手に入れたばっかなんだぜ?」

 長田君は手持ちの中からとびきりソフトなものを持ち出した。

 エールはそれを手に取りながらゼスの美少女というとスシヌは載ってるだろう、とパラパラとめくる。

「載ってないよ!?」

 ならこの本はあてにならないなとエールが言うとスシヌは顔を赤くした。

「実は三年ぐらい前から誘われてはいるんだけどマジックが絶対だめだって言ってね」

「へー、そういうの厳しいんだ。ま、王女様だし?」

 悪い虫が寄ってきたら困るということだろうか、エールはうんうんと頷いた。

「母さんが若い頃のマジックおばさんが載ってるやつ持ってるから原因はたぶんそれだろ」

 ザンスが思い出したように言った。

「え、マジで? マジック女王ってお堅そうだしこういうのガンとして断るタイプだと思ってたわ」

 マジックは見た目的にも態度的にも眼鏡的にも浮いたところがないキャリアウーマンを感じさせる女性だった。

「私も見せてもらったことがあるんだ。当時はまだ何かの政治雑誌の付録で、確かLP4年版だったかな? ママの他にも千鶴子さんや昔のナギお姉ちゃんも載ってるの。露出度が高い恰好ばっかりでママも水着だからすごく恥ずかしがっちゃって、私が見たって言ったら何としてでも破棄させるーって」

「ゼスの弱みの一つってわけだな」

 ザンスが大口を開けて笑っている。

「ナナナナ、ナギさんの水着!? マジ!? 超見たい!!」

 長田君はそこに食いついた。

「あの頃の事はもう覚えてないって言ってたけどな」

 志津香とナギ、二人の年齢は実際の所マジックとそう変わらないらしい。

 エールは旅館の夜志津香とナギから聞いた二人がすれちがっていた悲しい過去の事を思い出した。

「千鶴子さんもナギお姉ちゃんも私がそれを見たって言ったらすごい恥ずかしがってたっけ」

 スシヌがその時の事を思い出したのか笑っている。

 載せられた本人達にとっては黒歴史といえる代物なのだが、子供達にとっては昔の彼女たちの姿が見られる貴重な一冊だった。

 

………

……

 

 エール達は高速うし車に揺られてキナニ砂漠の道路・アウトバーンを進んでいた。

 

 最初は普通のうし車を手配していたがザンスが勝手に普通のうし車より倍は早いという高速うし車に変更していた。

「へっへー、何か興奮するー! 旅人をガンガン追い越してくのが気分いいなー!」

「乗り心地わりぃし狭いけどな。こんだけ速いのは悪くねぇ」

 ゼスからシャングリラまで最速のうし車ということで、長田君とザンスは楽しそうにしていた。

 エールも窓から顔を出すと帽子が飛びそうになって慌てたものの、風になったような疾走感に目を輝かせる。

「俺等最初来た時なんで歩いちゃったんだろうな……」

 砂漠の昼は燃えるように暑いが、夜は凍えるほど寒くなる。道路沿いにいくつか休憩所が設けられているものの決して数は多くはなく、安全にキャンプをするのも一苦労である。

 しかし今回のうし車は速いだけではなく中は魔法がかかっているのか非常に快適な温度が保たれており、魔物に襲われることもなく安全だった。

 料金も非常に高かったようだが、そこはザンスとスシヌが持ってくれている。

 何台ものうし車を追い抜かしていく中、二人はよくうし車に乗るの?とエールが尋ねた。

「公用で他国に行くときは全部うし車だよ。ちゃんと王族用があってほとんど揺れないの。中もすごく広くて座席がソファーみたいになっててふかふかで長旅でも疲れないようになってるんだ」

「うちのは飲み物やら食い物やら色々置いてあんな」

「うわ、すっげー乗り心地良さそー。乗ってみたいかも」

 長田君が興味深そうに言った。

「今度、ゼスにくる機会があったら乗せてあげられるようにするね。まだゼスにはいっぱい見られるところあるから、だからまたいつでもゼスに……」

 そこまで言ってスシヌは顔を少し伏せた。

「あっ、そっか。シャングリラで呪い解いて貰ったらスシヌとはそこでお別れなんだ」

 寂しくなるね、とエールが呟いた。

「呪いを解くのもそうだが、その前にシャングリラでリセットに聞きたいことが色々ある。俺等に嘘つきやがって」

 エールがいなくなってた一年間のこと。リセットと会った記憶はないので必ず何か知っているはずだ。

 だがあの優しい姉がみんなを騙すようなことをするはずがない、エールはただ姉に会うのが楽しみだった。 

 

「そういや、エール覚えてる? 最初に砂漠来た時にはじめてダークランスさんに会ったんだよな」

 すごく強くて大きな悪魔に襲われたのを颯爽と助けてくれた、とエールも懐かしそうに話す。

「実際に兄貴はやたらつえーからな……いつか抜かしてやっけど」

 ダークランスはザンスでも勝てない相手である。

 そういえば顔がお父さんそっくりだったね、とエールが言った。

「志津香お姉ちゃんやマリアさんから聞かされてたけどちょっとびっくりしたね」

「ふふふ、ダークランスさんそれ言われるとちょっと嫌な顔するのよね」

「たまにうちに顔出してくれるんだよ。お兄ちゃん、いつでも家族を心配してくれてるから」

「うざいぐらいにな」

「そーいや、ダークランスさんってちょっと変な名前だよな。ハーフ悪魔ってことは母ちゃん悪魔なんだろうけど、父ちゃんの名前つけるほどラブラブなん?」

 確かに今更だが変わった名前だとエールも思った。

「いや、本名じゃねーぞ。ちょっと考えたらわかんだろうが」

 ザンスはアホなものを見るように二人を見た。

 そうなの?とエールが聞く。

「悪魔は真の名を最初に知られた人間に絶対服従しなきゃいけないんだって。だからお兄ちゃんは偽名を名乗ってて本名は私も知らないんだ」

「もしかしたらマリアさんあたりは知ってるかもしれないけれどね。あとダークランスさんのお母さんのフェリスさんはそのせいでランスさんに絶対服従させられたそうだから残念だけどラブラブではないわ」

 パセリが補足をする。

「ふふふ、スシヌもザンスちゃんもランスさんの名前から貰ってるからそう思うのも無理ないかもね」

 ザンスは分かるけどスシヌも?エールが首を傾げた。

「そ、そうなの? ママは伝統的な名前がどうとか言ってたんだけど……」

「スシヌも気が付いてなかった? マジックは恥ずかしがり屋さんだけどランスさんの事本当に大好きだからね。ラブラブよ、ラブラブ」

 パセリはとても嬉しそうにしている。

「そういやエールは名前、ランスさんからとってないよな。やっぱAL教からなん?」

 そういえば自分の名前の由来などは聞いたことがない。

 ただ元気が出そうな名前で気に入っている、とエールは言った。

「俺らの名前よりも陶器の名前の方がわけわかんねーだろが」

「俺の名前はかっこいいだろー!」

 エールが首を傾げると、長田君はぺしぺしとエールを叩いた。

 

 わいわいと騒ぎながらエール達を乗せたうし車は進んでいく。

 ダークランスはどこにいるか分からないが、出来れば一緒に冒険してみたいな、とエールは砂漠を見ながら思った。

 

……… 

 

 そんなこんなで高速うし車に揺られ、一行は国際共同都市シャングリラに到着した。

「また来たぜ、シャングリラ! 相変わらず賑わってんねー!」

「新年会の時に来たから半年ぶりだね。相変わらず人が多いなぁ……」

 人混みが苦手なスシヌはもじもじとしている。

「でもあっちー、どっかで涼んでかない?」

「アホ言うな。さっさとリセットがいるとこ行くぞ」

 エールもそれに大きく頷いた。

 今度こそ、姉がいるはずだ。いなかったら会えるまで待つつもりだった。

「あー、外交官だしまた外出てるかもしれないのか。そしたらどっか宿に泊まって――」

 長田君がそう話し始めたところで少し離れた場所でざわざわと人々がざわめくのが聞こえてきた。

 同時にエールの頭の上にポスンと何かが落ちる音がした。

 エールは少し驚いたが敵意や害意などは感じずにゃんにゃんにでも乗られたかな、と思って上を向く。

「うぉ、な、何? 誰!?」

 エールの頭の上に乗っているのはにゃんにゃんでもなく、ポピンズよりもさらに小さいサイズの女の子だった。

「ピグだぞー、いらっしゃーい」

「あっ、ピグちゃん! ひさしぶりだね!」

「また分裂してんのか……相変わらずわけわからん」

 スシヌが笑顔を向け、ザンスが苦笑いをしている。

「こっちこっちー」

 そんな二人を気にせず、ピグは大きく手を振った。

 エールは頭の上で何が起こっているかよく見えない。

 

「……ールちゃーーーん!」

 そうしていると遠くから懐かしい声が聞こえる。

 

 エールの耳にその声が聞こえると同時に思わず道路に飛び出した。

 

 腰ほどの身長しかない小さな女の子が綺麗な青い髪をなびかせて走ってくるのが見える。

 熱い太陽に照らされて額にある真っ赤なクリスタルがキラリと光る、前の冒険で本当に世話になったエールがとても会いたかった顔。

 

「エールちゃん!! 久しぶり……!!」

 

 エールは飛びついてくる最愛の姉リセット・カラーをぎゅっと抱きとめた。

 




※独自設定
・長田君 … エールの相棒兼親友。ストッパーにしてツッコミ役、コミュ力が非常に高く話上手で誰にでも馴染めるが、おだてに弱くて調子が良いちょろくてチャラ男なイケメンハニー。相棒のエールの行動に振り回されて酷い目に合わされ割られても決してめげない、割れても元に戻る不思議なハニー。エールの事は世間知らずで手がかかるが大事な相棒だと思っていつも心配している。
 冒険Lv1はクルックーと一緒。エールから見ればとても羨ましい才能。その才能はエールの大きな助けになっている。
 一年間、魔人ながぞえだったこともあってLvはかなり高め。しかし性格が臆病でいつも逃げ腰なので、戦闘ではあまり役に立たず戦闘は相棒のエール任せで踊って応援するポジション。しかしハニーインザスカイで落ちそうになったエールの手を放さなかったり、魔王に負けて敵を引き付けようとするエールを助けようとしたり、今回の冒険でもエールがピンチと分かれば突撃するぐらいにはいざという時に勇気を振り絞れるぐらいの気概がある。
 巨乳好きだがエロい事やエロい人見るとすぐに割れるぐらい純情。ハニーなので眼鏡っこも好き。ハニ子も好き。相棒のエールは貧乳なので女性として意識することはあまりないが割れるときは割れる。
 エールと行く冒険は世界中どこでも美人に困らないのでうはうはだったりする。
 冒険の目標は幻の桃源郷探し。こっそり世界各国のグラビアや巨乳モノのえっちな本やラレラレ石を収集中。
 


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エールとリセット

「エールちゃん!! 久しぶり……!!」

 

 リセットは少し泣きそうな顔をしながらエールに抱きついた。

 小さい、軽い、可愛い。エールは姉のふわりと柔らかい感触に懐かしさと愛しさで胸がいっぱいになって会いたかったと抱きしめかえした。

「私もすごく会いたかったよ……! クルックーさんからお手紙で知って、あとレリコフちゃんやイージスさんからも聞いてたけど元気そうで……目が覚めたんだね!」

 エールは腕の中にすっぽりと収まる姉をぬいぐるみのようにぎゅっと抱きしめてくるくると嬉しそうに回った。

「わわっ、これはちょっと恥ずかしいから下ろして欲しいな……」

 そう言いながらも顔はにこにことしている。

「目が覚めた、ねぇ……」

 ザンスはそれを聞いてじろりとリセットを見る。

「おひさっす、リセットさん!」

「お姉ちゃん、久しぶりだね。元気そうで良かった」

「相変わらず変わんねーな」

 元気よく挨拶した長田君に続いて、スシヌとザンスも声をかける。

「二人とも新年会以来だね。長田君が一緒なのは聞いてたけど、スシヌちゃんにザンスちゃんまで一緒に居るのは知らなかったからびっくりしたよ」

 驚いたと言いつつもそれを表面には出さず、リセットは年長者らしい落ち着いた笑顔を二人に向けた。

「しっかしリセットさんマジで全く変わってないんすね。俺、ちょっと期待してたんすけど」

 ペンシルカウで大勢のカラーの娘に会った長田君はリセットの成長を少し期待していたのだが、魔王討伐を終えて別れた時から姿が全く変わっておらず残念そうにしている。

「うー……もうお父さんも大丈夫なんだしそろそろ大きくなっても良いと思うんだけどね。こ、これからだからっ」

 リセットは言われてへこんでいる。

 そのままで十分可愛い、とエールが親指をぐっと立ててすかさずフォローを入れた。

「みんな大きくなっていってるのに私だけこのままなのはイヤなんだよぅ。エールちゃんはちょっと背伸びたんじゃない? でもみんなが成長してくれるのは嬉しい事だから……」

 耳を垂らしながら落ち込む様子のリセットは可愛いな、とエールは思っていた。

「昔、スシヌに抜かされたとき泣いてたよな」

「レリコフちゃんの時もだったねぇ」

「次の新年会じゃアーモンドにも完全に抜かされてんだろうし覚悟しとけよ。がはははは!」

「もー、ザンスちゃんの意地悪!」

 笑って言ったザンスにリセットは口を尖らせる。

「それにしてもみんなで一緒に冒険でもしてるのかな? 何か心配事があったら相談してね」

 にこにこと笑うリセットにエールは冒険しながらみんなで会いに来たと言った。

「いやいやいや! スシヌの呪いを解いて貰いにきたんだろ!?」

 そこに長田君の鋭いツッコミが入る。

 久しぶりに会った可愛い姉の姿に舞い上がってしまったが目的はそっちだった。エールは頷いてスシヌを促す。

「呪い? スシヌちゃん、何かあったの?」

「う、うん。あのね、お姉ちゃん。私、呪いをかけられちゃって眼鏡が外れなくなっちゃったんだ……それでシャングリラのパステル女王様に呪いを解いて貰いに来たの」

 心配そうにするリセットにスシヌがおずおずとマジックから預かった親書を手渡した。

「マジック女王からの親書、確かに受け取りました。お母さんはカラーの女王だからきっと解呪出来るよ。だから安心してね、スシヌちゃん」

 一瞬、外交官の顔をしたリセットはそう言いながら安心させるようにスシヌの手を握った。

「お前には聞きたいことが色々あるからな」

 ザンスがそう言って話に入った。

「さっきエールに目が覚めたとか言ってやがったな。ってことはあの魔法ババアが言ってた通りお前は何かあったの知ってたんだろ。俺等に黙ってた理由も含めて全部聞かせて貰うぞ」

 そういってザンスはリセットの耳を引っ張った。

 それを見たエールも何となくもう片方の耳を軽く引っ張ってみる。

「え、エールちゃんまで耳引っ張らないで……!? ちゃんとお話しするからー!」

 慌てている姉は可愛いなとエールは思った。

 

「リセット様。お話しする前に皆さんをお住まいの方にご案内されてはいかがでしょうか?」

 いつの間にかリセットの後を追いかけてきていた女性がそう話しかけた。

 少しだが息が少し上がっているのは駆け出したリセットを急いで追ってきたからだろう。

 エールとザンスは手を放してリセットを解放する。

「さっさと案内しろ、ちゃんともてなせよ」

 ロナは恭しく頭を下げる。

「もー、ザンスちゃんは乱暴なんだから。……いきなり飛び出してごめんなさい、ロナさん」

 エールは会ったことのない女性だったのでぺこりと頭を下げた。

「お初にお目にかかります、エール・モフス様。私はロナ・ケスチナ、リセット様にお仕えさせていただいております」

「へー、メイドさんっすか? カラーじゃないんすねー」

 白いエプロンが眩しいメイド服姿にエールはどことなくビスケッタに似た雰囲気を感じとる。

 ビスケッタさんにちょっと似てる、と何となくエールが言うとロナは少し驚いたあと照れたように口元に笑みを浮かべた。

「昔、お父さんのお城でメイドさんをやってた時にビスケッタさんはロナさんのメイドの先生だったの。ロナさんとっても優秀なんだよ。他にももう一人、一緒に居るイアンさんもあとで紹介するね」

「リセット。エールに会えて良かったね」

「会いたがってたもんね。良かったねー」

 リセットのそばにはいつの間にか小さな女の子がわらわらと現れた。

 サイズは少々違うがエールの頭の上にいたピグと呼ばれていた女の事とみんな同じ顔をしている。いったい何つ子なのかとエールが首を傾げた。

「彼女はピグちゃんって言って姉妹とかじゃなくって分裂してるんだよ。昔、良く遊んでもらったんだ」

 スシヌは懐かしそうににこにことしている。

「え、分裂?」

 スシヌは当然のことのように言ったが、エールは長田君と共にその聞きなれない言葉に首を傾げた。

「ぷりょみたいなもんだっていえばわかるか?」

 エールは頷いて分裂できる人とか初めて見た、と小さなピグを持ち上げてみる。

 松下姫よりちょっと小さいぐらいだろうか、リセットの半分ぐらいしかない。

「がったーい!」

 そう言うとピカっと光ってわらわらしていたピグが合体してピグは大きくなった。

 合体してもエールよりも小さいのだが、エールと長田君は驚きながらぱちぱちと拍手をする。

「分裂に合体ってわけわかんねーけど、なんかすごいな!」

「ピグちゃんにはエールちゃんが来たらすぐに教えて貰うように伝えておいたの。ヘルマンで話を聞いてきっとまた寄ってくれるって思ってたから。ピグちゃん、連絡くれてありがとうね」

「うん。そうだ、エール」

 エールはピグに名前を呼ばれたので小首を傾げた。

「ランスやリセットの事助けてくれてありがとう」

 そう言ってピグはニコッと笑った。エールは一瞬驚いた表情をしたが返事のかわりに満面の笑顔を返す。

 リセットはその様子を見て嬉しそうにしていた。 

「それじゃ、パトロール戻るね。ぶんれーつ」

 またしてもピカッと光るとピグはまた分裂してわらわらと去って行った。

 何人かのピグの服がその場に取り残されたままになっているのが気にかかるのだが……

「ま、待って下さい、ピグさん! 服はちゃんと着てください!」

 ロナがそう言って服を持って追いかけていく。

「あはは、ロナさん、ピグちゃんの事よろしくー。それじゃ皆を案内するからついて来てね」

 

 そう言ってピグとロナが走って行った方向を見ながら苦笑しつつ、リセットはエールの手を離さないようにぎゅっと握る。

 エールはその温かい感触になぜかドキドキとした。

 

………

 

 リセットが暮らしているのはパステルが政務をしているらしい都市長執務室からは少し離れた場所にある。

 宮殿のような豪華な造りになっていて様々な種族が大勢出入りしており壮観である。カラーが多めなのはやはり都市長がカラーの女王だからなのだろう。

「昔、このシャングリラには砂漠の王様が住んでいて、とある悪魔に頼んでこの大きな宮殿を作らせたんだって。私達カラーがそれを改修して使ってるんだよ。お外の建物もだね」

「砂漠の真ん中にこんなでっかい都市があるとかすげーよなあ」

 そう説明するリセットに長田君が頷きながら一行は歩いて行く。

 すれ違う人がみなリセットに一礼したり声をかけていく様子を見てやはり人望があるのだなとエールはうんうんと頷いて感心した。

 

 応接室では一人の執事の格好をした男性が出迎えた。

「こちらがさっき話したイアンさんだよ」

「イアン・ルストンと申します。エール様のお噂はかねがね」

「あれ、男の人なんだ? メイドじゃなくて執事って感じ」

「エール様無くしては魔王討伐は成し得なかったとリセット様より常々伺っておりました。魔王の脅威を拭い去り、この世界に住まう全ての人々の未来を救って下さったその功績にはどのような言葉でも言い表せませんが深い感謝を――」

 その堅苦しい挨拶にエールは首をぶんぶんと振った。

 魔王討伐はみんなで成し遂げた事だから、と言いながら少し焦る。

「エールちゃんってば照れちゃって」

 照れ隠しとばかりにエールはリセットの頬をむにーっと引っ張った。

 引っ張られながらもリセットは嬉しそうにしている。

「でもこんなカラーばっかの所で勤められるとかハーレムじゃね? うらやましー」

 確かに女性しかいないカラーの多いこの場所にリセットの従者として人間の男が勤めていると言うのは珍しいことのように思えた。

 特にカラーの女王は人間が好きではなさそうな事もあって、エールは首を傾げた。

「ロナさんとイアンさんは元々お父さんに仕えてたんだよ。お父さんが魔王になっちゃってビスケッタさんも一緒に行っちゃって……行くところがないからってロナさんと一緒に来てもらったんだ。二人ともとっても優秀だからすごく助かってるの」

 そういえばロッキーも元々は父に仕えていた召使だった、とエールは思い浮かべた。

 優秀な人なら男でも仕えさせてたのならただの女好きではないのかも、とエールは心の中で父ランスを少しだけ見直した。

 ロッキーはおしかけ召使、イアンは当時城のメイドに色目を使う者達への対応がいるとビスケッタが提案したものでランスは特に認めてなかったのだが。

「あとイアンさんには好きな人がいるからね。男手があると助かることも多くて、お母さんも渋々了解してくれたの」

「リセット様」

 イアンは小さく咳払いする。

 姉に色目を使う心配もなさそうで、エールは安心した。

「あはは、ごめんなさい。おもてなしの準備してくれてありがとう。ロナさんはピグちゃんをちょっと追いかけて行っちゃったけどすぐ戻ると思うから」

 家族だけで話したいというリセットの意志をくみ取ったのか、イアンは全員分の茶を入れて一礼すると下がって行った。

 

 

「お茶美味いなー」

 用意してもらったお茶はとても美味しかった。一緒に用意されていた素朴なお茶菓子とぴったりで、エールは遠慮せず手を伸ばしている。

「それでお姉ちゃんはエールちゃんが一年間何をしてたか知ってたんだよね? さっきの目が覚めたって言うのは……」

 スシヌがさっそくとばかりに話を切り出す。

「うん。みんなには内緒だったんだけど……私ね、あの冒険の後にトリダシタ村までエールちゃんに会いに行ったんだよ」

 リセットが静かに話し始めた。

 もちろんエールには記憶にない事である。

「そしたらエールちゃんずっと寝てたんだ」

 確かに冒険の後、疲れてベッドに入った覚えがエールにはあった。

 起こしてくれればいいのに、と話すとリセットは少し真剣な目でエールを見る。

「ただ寝てたんじゃないんの。呼びかけても全然目を覚まさなくて……クルックーさんに聞いたら冒険から戻った後ベッドに入ってそのままずーっと眠っちゃってるって言われたの。半年くらい前の話だよ」

 それを聞いて、全員がとても驚いた。

 エール本人ですら菓子を食べる手を止めて目を丸くさせている。

「呪いや病気なんじゃないかって思ってお母さんやミックスちゃんに見てもらおうって言ったんだけど、クルックーさんはいつかちゃんと目を覚ますから大丈夫だって。それでも心配でずっと手紙でやり取りをしてたんだ」

 母から聞かされていない事で、エールは首を傾げるばかりだ。

「それでこの前貰ったもらった手紙に、少し前にエールちゃんが目を覚まして長田君と冒険に行ったって書いてあってすごく安心したの」

 優しい瞳をエールに向ける。

 その目はやはり少し泣きだしそうで、とても心配してくれていたことが伝わりエールは胸が熱くなった。

「なんでそれ黙ってたんだよ」

「そ、そうっすよ! クルックーさんもなんで他の人に相談とかさー!」

 エールも自分も知らなかったと首を振った。

「クルックーさんとっても真剣だったから。皆がエールちゃんの事を知らないまま、冒険に誘ってくれた時みたいにきっと何か考えがあるんだろうって思ったの。だからエールちゃんの事は秘密にすることにしたんだ」

 リセットは顔を伏せる。

 黙っているのはきっととても苦しい事だったはずだ。

「……みんなエールちゃんの事、ふらっとどっかにいっちゃいそうって感じてなかった? 私もだけど」

 エールが魔王に挑む決戦の前色んな人から言われた言葉である。

 急にいなくなりそうだとか、どこかに行ってしまいそうとか、本当に色んな人から心配された。

 ザンスもスシヌもそう感じていたので言葉に詰まる。

「それで目が覚めなくなってるなんて言ったらみんなすごく心配するだろうから。だからエールちゃんは冒険に出てるって事に……嘘ついちゃってごめんね」

 リセットが真剣な表情で事情を話す。

「……エールちゃん。もう大丈夫なの?」

 スシヌが心配そうに聞いたのでエールは立ち上がってその場でぴょんぴょんと飛んだリ体を伸ばしたりしてみた。

 体には何の異常もない。お茶もお茶菓子も美味しく感じる。

「エールちゃんとっても頑張ってたもんね。きっとすごく疲れちゃったんだね」

 そうなのだろうか、エールは首を傾げる。

「寝てる間、エールちゃん良い夢見てた? でもみんな心配するからもう長く眠っちゃだめだよ」

 リセットがエールの手をぎゅっと握る。小さく温かいその手にエールは癒される気がした。

「日光さん、エールちゃんにお話ししなかったんだね」

「お久し振りです、リセットさん。クルックーさんから言われたわけではないのですが起き上がったエールさんは特に体調が悪いなどという事もなさそうで、普通に接するべきだと思いましたから」

 最初に言われた久しぶりという言葉は皮肉ではなく、本当に安心した一言だったのかと今更分かったエールはちょっと申し訳ない気持ちになった。

「うん、エールちゃん不安になっちゃうかもしれないしそれが良かったと思います」

 リセットもクルックーも黙っていたのは自分を思っての事、そう感じてエールは照れ臭そうに笑顔を浮かべる。

 それにきっと母であるクルックーも何か考えがあったのだろう、エールはまた一つ母に会いたい思いを募らせた。

「しかし一年ずっと寝てた、ねぇ。どうりでクッソ弱くなってるわけだ」

「あはは……やっぱりレベル下がっちゃてるよねぇ。お父さんからだけど私達レベルがずっと上がる代わりにすぐに下がっちゃうらしいから」

 剣の修行をリーザスでチルディに教えて貰い、今も剣や魔法の訓練をザンスやスシヌにしてもらっている。

 ボクは頑張ってる、とエールは口を尖らせた。

「ふふ、二人が教えてあげてるんだ優しいね。エールちゃんは頑張り屋さんだしまたすぐにすっごく強くなれるよ」

 今でも弱くはないつもりだが、エールは気合を入れた。

「そうそう、レリコフちゃんからも聞いたんだけど冒険すごく大変だったみたいだね。ザンスちゃん達と一緒に居るのも気になるしお話聞かせてくれる?」

 エールは大きく頷いた長田君を呼んだ。

「へへっ、冒険譚なら俺に任せろー!」

 長田君が待ってましたとばかりに話始めようとしたところでザンスに頭を掴まれてポイっと放り出される。背後からひびが入るような音がした。

「長くなるだろうし先にスシヌの解呪すませとけ」

 ザンスの一言でエールは口を開いて手を当てた。

「そ、そうして貰えると助かる。なんか最近は眼鏡ずっとかけっぱなしなのに違和感なくなっちゃってきて」

「あはは、それは大変だ。それじゃ、みんなでお母さんのとこ行こっか」

 リセットに連れられて部屋を出る。

 シャングリラには世界中から珍しいものを扱う楽しい店が色々と集まっているらしい。リセットの見回りにくっついて一緒に観光しようという話になる。

 わいわいと談笑しながらパステルの元へ向かった。

 

 

「断る」

 

 

 事情を説明し親書を渡されたパステルがエール達に告げた言葉はとても短かった。

 




※ 独自設定
・ロナとイアン …… ハニホンXにある「ロナはシャングリラでイアンと共にリセット付きになっている」という案より。一周年記念の織音先生の回答ですと一人残されてるって言うのは晩年の事だと思うのでリセット付きから後にビスケッタの意思を継いでランス城へとか。二人は苦労が多かったので幸せになって欲しいなと……


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エールとパステル

「断る」

 

 パステルが親書を受け取って中を見るのを確認しつつ、改めて解呪を頼んだところいきなり断られてしまった。

 まさか断られるとは思ってなかったエール一行は思わず目を点にし、パステルの後ろに控えていたイージスやサクラも少し驚いた顔をしている。

「……え? な、なんでっすか!?」

 固まった雰囲気を壊す様に長田君が抗議をするがパステルはエール達を睨むようにじろりと見回した。

「お母さん、親書ちゃんと読んだでしょ!?」

「親書には娘の呪いを解いて欲しいと書いてあった。眼鏡を外せなくなる呪いとはまたしょうもない呪いにかけられたものだな」

 もしかして解けないんですか?とエールが聞いた。

「そんなわけがあるか。お前たちの呪いを解いて妾に何の得があるのじゃ」

「ちょっとー! スシヌは王女なんだしコクサイモンダイになるんじゃねーのー!?」

「国際問題、じゃと……?」

 パステルが長田君を睨みつけた。

「ふん、なら起こったばかりじゃぞ。先日カラーの森にやってきた密猟者はゼスで依頼を受けた連中だったのだからな」

 パステルが忌々し気にそう言った。

 カラーの密猟者、ペンシルカウを訪れようとした際にボコボコにした連中だろうか?エールはパステルの後ろにいたイージスに尋ねる。

「その通りだ。あの後、生き残りを尋問したのだがゼスの貴族と売買契約をしていたことが判明した。ゼスには既に使者を送っているからすぐに対処されるだろうが……」

「その謝罪もなくカラーの力に頼ろうなど虫が良すぎるとは思わんか」

「それスシヌちゃんは関係ないでしょ?」

「そこの娘はゼス王族。治めている国の責任を負う義務がある」

 パステルは言い切ったが、そういうものなのかな?とエールは首を傾げる。

「あ、あの本当にごめんなさい、じゃなくて大変申し訳ありません。そういう人たちはきちんと調べて、その、ゼスでちゃんと責任を……」

「ゼスは魔法の国。魔力をお幅に増幅させるカラーのクリスタルは特に高値で取引されているものね。もちろんゼスではカラーを襲うことは禁止して破れば厳しい処罰を与えるようにしているし、マジックやウルザさん達も注意しているはずなのだけど……本当に申し訳なく思います。ゼス建国王として謝罪を」

 あわあわと慌てて謝罪の言葉を言おうとしたスシヌを助けるようにパセリは杖から出ると真剣な表情でパステルに頭を下げた。

 普段はほんわかとお茶目な人ではあるが、やはりゼスの偉大な建国王。幽霊ながらその所作も優雅でエールは感心した。

 

「うむ……国だってカラーの森を襲わぬのはゼス建国王が先祖とかわした盟約ゆえ。謝罪は聞き届けよう」

「ほっ。ならさっそくスシヌちゃんの呪いを……」

 リセットが安心してパステルに再度頼もうとしたところ、

「そこの生意気な二人が頭を下げるのであれば、解いてやろうではないか」

 次にパステルが視線を向けたのはエールとザンスだった。

 

「はぁ? 何で俺様が村長なんかに頭下げなきゃなんねーんだ」

「村長と呼ぶな! カラーの女王にしてシャングリラの都市長じゃ! 全く母親と同じで妾を馬鹿にしおって……」

 即座に言い返したザンスにパステルは憤慨した。

「あれ、もしかしてスシヌだけだったら素直に解いてくれた?」

 長田君の言葉を受けて、ボク達は外に出てようか、とエールが相談する。

「そういう問題ではないわ。今から10年以上前になるが妾はリーザスが世界に向けて宣戦布告したこと忘れてはおらぬぞ。大体、あの女王はシャングリラを取るに足らない勢力だと侮っておる。リーザス新領地をシャングリラの方へ伸ばしてきおって全く油断がならん」

 リア女王ならこっそりシャングリラを取り込もうと企んでてもおかしくない、とエールは思った。

「それにあのAL教の法王もじゃ。リセットを勝手に連れ出し何度も危険な目に合わせておきながら何もかも妾達に秘密にした上、改めて話を聞こうとしてものらりくらりとかわすばかり。全くバカにしておる」

 母があまり話さないのはいつでも誰に対してもだ。

 その誰でもは娘である自分も含まれているし、そういう母なので、とエールが説明する。

「娘にまで話さないことがあるとは、秘密主義にしても度が過ぎるな。ともかく何を考えてるか分からぬ以上、あれもまた信用ならん」

 エールは母であるクルックーを悪く言われてむっとした。

 母が黙っているのは大抵それが黙っていなきゃいけないことだからである。

 確かに聞かれなかったからという事も結構あるかもしれないが必要になったらちゃんと話してくれるはずだ、とエールは少し自信がないながらも拗ねるように口を尖らせる。

「大体、お前は前にシャングリラで暴れたろうが。父親そっくりじゃな」

 この前にも言われたことで記憶はあいまいだがちゃんと謝ったはずである。

 何度言っても気が済まないのだろうか、とエールはパステルの器の小ささに驚いた。

 この人とあの父との間に脇にいる頼れる姉・リセットが生まれたと思うと本当に奇跡である。

 ペンシルカウで会ったビビッドは小さいながらも威厳があり、上に立つものとしての風格があったのでリセットは先祖返りなのかもしれない、エールはまじまじとパステルをリセットと見比べながら思った。

「お母さん! エールちゃん達は森でみんなを助けてくれたって話、聞いたでしょ!」

「お前は黙っておれ。妾は偉大なるカラーの女王にしてシャングリラを統治するもの。そしてここは大陸でも重要な交易地点であり完全な中立地帯。国、人種、文化に宗教を問わず色々なものが流れ込んでくる。ゆえにどの国にも、どんな人間にも舐められるわけにはいかん」

 女王なりの苦労があるのだろうか。

「全く最近は人間に誑かされるカラーも増えおって、全く嘆かわしい」

 それが原因か、とエールはすぐに考えを改めた。

 パステルの言葉は筋が通っているようで、やはり納得いかない。

「国同士のいさかいは子供である私達には関係ないでしょ。魔王討伐だってみんなと各国で協力してやったんだから、どの国も手柄を独り占めなんてことにならなかったんだよ」

 魔王を倒した功績というのは大きくどこそこの国がそれを成したとなればその影響は計り知れない。

 しかしランスが各国に子供を作ってたのを幸いに、東ヘルマンを除く全ての国で協力して成し遂げた功績という事となっている。

 そのおかげで大きな混乱もなく、各国で情報を統一し魔王の脅威は消えたという情報を発信することが出来た。

 そうでなければ東ヘルマンが流している未だ魔王は消えてないという虚報が未だ世界を大きく不安にさせていただろう。

「うむ。だからその二人が頭を下げれば解いてやると言っているだろう」

 エールは腕を組んで悩み始めた。

「……めんどくせぇからぶん殴っていいか?」

 ザンスが苛立ちを隠さずにパステルを睨みつけた。。

 その言葉に敵意を感じたのか、すっとイージスが庇う様にパステルの前に出る。さらに控えていた従者サクラまで警戒し、その場に緊張感が走った――

 

パカーン!

 

 と、同時にエールがザンスの後頭部を不意打ちで思いきり叩いた。

「っーーー!!」

 エールはそのまま痛がっているザンスの頭をぐいっと押して無理矢理頭を下げさせる。

「エールちゃん!?」

 この通り頭を下げるのでお願いします、スシヌの呪いを解いてあげてください、とエールもパステルに深々と頭を下げた。

 その様子は突然変な行動をとるいつものエールではなく、必死なお願いをする一人の少女である。

「え、えー…? あのエールが素直に頭を下げてる……?」

 長田君は口をあんぐりと開けて驚いた。

「あら……エールちゃんったらスシヌの為に頭を下げてくれるのね」

 それを見たパセリが優しく目を細めた。

 周りもその素直な様子にスシヌやリセット達カラーの面々、何より頭を下げるように言ったパステルが呆気にとられていた。

 エールとしては屁理屈で頭を下げさせようとしているようにしか見えないパステルに素直に頭を下げるのは嫌だったのだが、ここで逆らって呪いを解いて貰えないなんてことになれば困るのは姉のスシヌである。

 困っている様子のスシヌを放っておけはしないし、自分のせいでこじらせようものなら冒険者の仕事も大失敗。この場で頭を下げるだけで姉の呪いを解いて貰えるなら安いものだと思った。

「エールちゃんは優しいね」

「パステル様。エールはカラーの森で密猟者を退治し、人質に取られていた娘を無事に救い出しました。エールが居なかったら犠牲が出ていたかもしれません。ビビッド様もペンシルカウでも迎え入れられるだけの器量があると認めておられます」

「お母さんも女王としてそれには恩を返す必要があるんじゃないかな?」

 リセットはエールを嬉しそうに見ながらイージスと共に助け舟を出した。

「う、うむ」

 パステルは自分に頭を下げているエールを本当に意外そうな顔で見下ろす。

「エール! てめー! いきなりなにしやがん……」

「はいはい、ザンスちゃんはちょっと黙ってようね」

 憤慨しているザンスをリセットが止めようと引っ張った。

 逆にリセットが耳を引っ張られるてしまうが、そこにイージスやパセリが止める。

「全く常にそういう態度でおれば良いものを」

 ザンスはなおも怒っているが、パステルはエールの素直に見える態度に大いに気を良くしていた。

「うむ、そこまで頼まれれば仕方がない」

 そう言って少し得意げに笑っているパステルは姉であるリセットの笑顔とそっくりでやはり母娘なのだなと、エールは顔を上げながら考えた。

 

「ではそこの娘、こちらに座れ」 

 目の前の椅子に座ったスシヌの眼鏡にパステルが手をかざすとほわんと光が溢れ、スシヌの顔を覆った。

 とても眩しく、スシヌはぎゅっと目をつぶっている。

「しかし眼鏡が外せなくなる呪いなどなんてくだらない呪いじゃ……」

 手をかざしながらパステルは呆れたように言った。

「あはは、たぶんこんなことするのってハニーさんだよね。確か前にもかけられた人見たことあるよ」

 それにリセットが少し苦笑いをして、何となく長田君をちらりと見た。

「俺じゃないっすよ!?」

 長田君は眼鏡っこも好きだがそれ以上に巨乳好きである。

 もし巨乳になる呪いがあるのならかけられてみたいものだとエールはアホな事を考えていた。

 

「うむ。これで良かろう」

「あ、ありがとうございます!」

 スシヌはさっそく久しぶりに眼鏡を外してみた。 本当に久しぶりなので妙な解放感を覚える。

 エールはそれを見て小さくぱちぱちと拍手をした。

「……あ、あれ?」

 確かに少しの間、眼鏡は外れた。

 しかし顔から完全に離れ、眼鏡を膝に置こうとしたところでまたしても吸い込まれるようにスススッと眼鏡がスシヌの顔に戻って行ってしまう。

 エールは手を叩くのを止めた。

 

「む? 少々焦りすぎたか」

 パステルは再度、スシヌの顔に手をかざしはじめた。

 今度は先ほどより目を真剣にし青い髪がふわりと浮かせている。エールは少し神秘的な空気を纏ったパステルを見ながらここだけ見ると立派な女王様に見えなくもない、とその光景を眺めた。

 

 ……だが今度はいくら時間をかけてもパステルが手を離すことはなかった。

「お母さんどうしたの?」

「……なんじゃこれは」

 リセットの問いに応える事無く、パステルが焦り始めた。 

「な、なぜじゃこんなくだらん呪いが! おい、この呪いをかけたのは誰じゃ!?」

「えっと、私、ハニーキング様のところにいたんですけど……」

 スシヌが事情を説明する。

 

 

 もしかして、解けないんですか? エールが今度は少し声を強めにして聞いた。

 

 

 その言葉を聞いてパステルが固まったが、意固地になったように言い返した。

「ま、待たんか! こんなくだらん呪い! あ、あと少しじゃ、あと少し……!」

 パステルは焦りながら何度も解呪を試みた。

 一瞬外せそうになったりもするのだが、少しするとまたしても顔に吸い付くように眼鏡が戻っていく。

「もう一度じゃ、もう一度……」

 しかし何度試してみてもスシヌの呪いを解くことは出来なかった。

「こんなはずが……魔王の呪いならともかく、カラーの女王である妾がこのようなくだらぬ呪いを解けぬなどと……!」

 手のかざす方向を変えたり、他人には分からないが解呪のアプローチを変えるなどしてみた。

 

 しかし、その試行錯誤も無駄だった。

 

 どれぐらい時間が経ったか分からないが、パステルはとうとう諦めたように手を下ろし、顔を伏せた。

 

 その場に重々しい空気が流れる。

 

「お母さんでも完全に解呪できないなんて……で、でもどうして」

 リセットはとても驚いていた。

 呪いを使えるものは多くないが、その中でもカラーの女王というのは特別で世界一と言っても過言ではない呪いのエキスパートである。

 パステルもまたほとんどの呪いは肩の埃を払うかの如く解くことが出来る。

 スシヌを見たところ苦しそうな様子は一切なく、生命に関わるような重い呪いではないのが誰に目にも分かる。事情を聞けばたかだか"眼鏡が外せなくなる呪い"あっさりと解呪できるはずだった。

 しかし、実際はそれは非常に強力で高度な呪いだった。

 パステルの噂を聞いていたスシヌも外せない眼鏡をつまみながら、思わぬことに目を点にしている。

 

「はぁ? こんなくだらない呪いも解けねーのかよ。このポンコツ、本当に呪いのエキスパートなのか?」

 エールに叩かれふてくされていたザンスが心底馬鹿にした様子でそう吐き捨てた。

「うぐっ……」

「それは本当だよ。カラーは世界で一番、呪術を扱うのに長けた種族で中でも女王は特別なの。間違いなく世界で一番の呪術のエキスパート。なんだけど……」

 リセットは再度ポンコツと呼ばれどんよりとした空気を放つ母親に何とかフォローを入れようとする。

「……呪いはかけるよりも解く方が難しいですから。かけた者より、解く側が高ランクでなければ解呪は不可能ですね」

「え、それってカラーよりハニーの方が上ってこと?」

 長田君がサクラの答えにそう返した。

 エールは何となくぺしぺしと長田君を叩く。

「ハニーキングはハニーさん達の中、いえ魔物全ての中でも別格の存在よ。だから種族がってことではないと思うわ」

 パセリがちょっと重たい空気に話を挟む。

 ただ一つ分かったのは解呪が不可能な以上、カラーの女王よりハニーの王が高ランクの存在であるという事だ。

「さっすが俺等のキング? キングっつーかマジでゴッドだし、さすがのカラーの女王でもなー! しょうがないよなー!」

「誇り高いカラーの女王が……あ、あんなハニワなんぞに……」

 得意げに胸を張る長田君を前に、パステルはどんよりとした空気を強めてぶつぶつと何かを呟いては自分の手を眺めている。

 

 ともかくスシヌのかけられたこの呪いはカラーの女王であっても手に負えないほどのものであるらしい。

 

「やっぱり役立たずのポンコツじゃねーか。頭の下げ損だな」

 別にザンスは頭を下げていないから殴られ損だね、とエールが言うとボコンと強く叩かれた。

 

 言われたパステルは目に涙を浮かべて悔しそうに歯噛みしている。

 それはさっきまで得意げにしていたのが嘘のように気の毒な光景だった。

 

 どうにかならないの?とエールが尋ねた。

「お母さんでも解呪できないとなると他には誰にも……かけた本人なら解呪できると思うけど」

「そ、そんな……」

 リセットは耳を垂らしながら申し訳なさそうに話すと、スシヌはショックを受けたようで悲しそうに顔を伏せた。

 かけた人というと―人ではないけど―つまりハニーキングにしか解けないということだ。、

 しかしそのハニーキングは世界中に別荘を持っていて、どこにでも顔を出す神出鬼没の存在。

 会うのも難しいだろうし、また会えたとしても素直に呪いを解いて貰えるとも思えない。

 エールは悩み始めた。

「うーん、とりあえずさ。自由都市にあるはにわ大神殿行ってみね? そこならキングがどこにいっか聞けるかもしんねーしさ」

 長田君が手を挙げながら場を和ませるように言った。

「まぁ、死ぬような呪いでもないんだしそう落ち込むなって。むしろもうちょっと一緒に冒険できるって前向きに考えようぜ!」

 そう言ってスシヌの肩を叩いて励ましている。

「あっ、うん。そ、そうだね! 帰るのはちょっと遅くなっちゃうけど、これも社会勉強だし、エールちゃんともうちょっと一緒に……」

 スシヌは長田君に微笑み返した。

 長田君はこういうところがイケメンハニーだ、エールは二人に笑顔を向けた。

「そうそう、スシヌは眼鏡めっちゃ似合うんだし俺的にはずっとそのままでもいいぐらいだぜ!」

 一言多かった長田君はエールに割られた。

「ちっ……まぁ、ここのポンコツが何にもできないんじゃ行くしかねーだろ。とんだ無駄足だったな」

 リセットには会えたから、と言ってエールはリセットの頭に隠し持ってたみかんを乗せた。

「わわっ、エールちゃん。急に頭に物を乗せないでっ……」

 

 パステルはそのやり取りを聞きながら強く歯噛みした。

 

「しっかし全くマジで役に立たねぇな。唯一の取り得だろう呪い(もん)でこれじゃ、このポンコツ村長は一体何の役に立つんだよ」

「そんなにお母さんを責めないであげて。まさかハニーキングの呪いだなんて思わなかったんだから」

「散々、えっらそうにしやがって。結局何も出来ねーとか、マジで偉そうなだけの無能じゃねーか。エール、お前もなんか言ってやれ。無駄に頭下げさせられたんだからな」

「ザンスちゃんってば! エールちゃんを煽らないのー!」

 

 エールは悩んでじーっとパステルを見た。

 それはどうでもいいものを見るような視線である。

「うぐっ……」

 エールはパステルと目が合った。

 

「……………」

 

 エールははぁーーーーー……っと呆れたような大きくて長いため息をつく。

 そしてポンコツ女王、と小さく呟いて口を尖らせた。

 

「がはははははは! もっと言ってやれ!」

「エールーだ、ダメだぞ、そんなこと言ったらちょっと気の毒……ぷぷぷ」

 ザンスはバカ笑いし、長田君も肩で笑っている。

「エールちゃん……パステル様は何とかしようとはしてくれたんだからそんなダメだよ…」

「何も出来なかったけどな。しょうもない呪いとか言ってた癖に」

「エールちゃんまで酷いよぉ……お母さんだって頑張ってるんだからね」

 なおも笑うザンスと不満げに口を尖らせているエール。

 それをスシヌとリセットが窘めようとしたところで、

 

 

「ふ」

 

 

「ふっふっふ……」

 パステルが静かに笑い出した。

 

 その様子にサクラがハラハラとしながらそっと耳打ちをする。

「パステル様、気を静めて下さい」

「そうだ……お前は特に何を考えてるか分からない所があるとリセットも話しておった。……そういう所はあのAL教の法王によく似ておるのじゃろうな」

 

 パステルは顔をあげて目を見開き、その手をエールに向けて大きくかざした。

 

「少々、灸をすえてやろう!」

 

 パステルの手から光が放たれた。

 



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サトラレハニー 1

<――拡散モルルン>

 

 パステルの手から放たれた光がエールに迫る。

 

「エール、危ない!!」

 

 光が当たる寸前、そんな声がする。同時にエールは強い衝撃で吹き飛ばされた。

 エールが驚きながら、寸前まで自分がいた場所を見ると

 

 そこに、長田君が倒れているのが見えた。

 

「……!?」

 

 エールは急いで長田君に駆け寄り名前を呼びながら揺さぶるが、気絶しているのか返事はない。

 先ほどの光は呪いで間違いないだろう。エールは闘神都市での魔女リクチェルが使っていた呪いを思い出し――瞬間的に自分の中の血が煮えたぎるような感覚を覚えた。

 

 笑顔を消し、同時に日光を抜き放つ。

 そしてそのままパステルに斬りかかった。

 凄まじい殺気にその場が凍り付き、イージスやリセット、ザンスですら反応出来ない速度で迫る。

「くっ……!?」

 パステルは、エールの目が赤く燃えているように見え反射的に強力な呪いの構えを取る。

 だが高レベルであり身のこなしの早いエール相手にその呪いは間に合うはずもない。真っすぐな殺意が宿った一撃がそのままパステルに刺さると言う時………

 

 エールの手から武器がすっぽ抜けた。

 

「エールさん、落ち着いてください!」

 

 すっぽ抜けたわけではなく、日光が人の姿を取り素早くAL大魔法を唱えようとしているエールの腕を掴む。 

「エールちゃん、やめて! お願い!」

 パステルが殺されかけたところに一番驚いたのはリセットだ。

 顔を青くしながらも必死にエールとパステルの間に立ち塞がった。

 日光を振り切り魔法をふるおうものなら姉に当たる、そう思ったエールは魔法を構えた手を下ろすが殺気を出したままである。

 

 エールはパステルをまっすぐ睨みつけた。

 それは大人ですら怯む鋭いものだったが、パステルはポンコツと言われてもカラーの上に立つ女王、怯まずエールを睨み返した。

 

「妾に剣を向けるとはいい度胸じゃ! こやつらを全員捕らえよ!」

「警備兵!」

 パステルの号令にイージスも答える。

 

「エールさん、ここは一旦引きましょう。長田君が気がかりです」

「ちっ、手間かけさせやがって!」

「に、逃げよう。エールちゃん!」

 ザンスが長田君を担ぎ上げ、スシヌがエールの手を掴む。

 

 

 エール一行はその部屋からバタバタと退散した。

 

 その場に取り残されたように立ちすくんでいるリセットがエール達が逃げた方向を茫然と見つめる。

 

 

「あの娘、本気で妾を殺そうとしたな……」

 まだ繋がっている首をさすりながらパステルが呟くと同時に緊張を解いた

 凍り付くような凄まじい殺気をぶつけられた、それはふざけたものではなく命の危険を感じるもので額から冷や汗が流れてくるのを感じる。

「……まだ少女と呼べるような年齢のはずですが、さすがと魔王討伐隊のリーダーと言うべきか、末恐ろしいものですね」

 サクラが声をやや震わせる。

「エールちゃんはそんな怖い子じゃ……」

 そう言って同じく小さく震えているリセット。

 その視線を受けたイージスが小さく頷いた。

「今出て行った者達を追跡するように警備隊に伝えよ。だが無理はしなくていい。相手はあの魔王を倒した者達、このシャングリラにいる全部隊でかかっても捕えるのは難しいだろう」

「は、はい!」

、駆け付けた警備兵にイージスがそう命令した。

 

「全く前にも庇うやつがいたがまたしてもか」

「エールちゃんあんなに怒って……な、長田君にかけるつもりはなかったんだよね。ならすぐに解呪を」

「仲間があのようになってあやつらも少しは反省するだろう。しばらく頭を冷やさせておけば良い」

 リセットの言葉を切るように言い放った。

「しかし妾に解呪できんものがあるなどとなんという屈辱。しかもたかだかハニワどもの王の呪いだと……」

 パステルが忌々し気に言葉を続ける。

 

「……お母さんの」

 

 リセットは顔を上げてパステルを真っすぐに見た次の瞬間。

 

「バカーーーー!!」

 

「リ、リセット!?」

 パステルが止める間もなく目を吊り上げて大声で叫び、リセットは部屋から飛び出して行った。

 

「あらあら。パステルったら怒られちゃったわね」

「お、お母様……」

 茫然と見つめているパステルに一人の女性が話しかける。

「私、心配だからリセットについていくわね。たぶんあの子達を追いかけて行ったんでしょうから」

 ふわふわとした雰囲気の幽霊……英霊であるモダンである。

「パステル、スシヌちゃんの呪いを解く方法ってあるかしら。あとちょっとって感じだったわよね?」

「一つ心当たりがあります。ですが……」

「うんうん、パステルはやればできる子なんだから」

 ショックを受けた娘を慰め落ち着かせるように優しく言ってふわりと飛んでいく。

 それを見送りながらパステルはため息を吐き出した。

 

「……サクラ。プルーペットを呼べ」

 

 

………

……

 

 エール達はシャングリラ警備隊に追われながら町の外、キナニ砂漠まで逃げだしていた。

 

 警備兵やパトロール隊は町の外までは追ってこないようで、適当な場所に魔法ハウスを建てる。

 そして長田君を二階の大きなベッドに寝かせた。

 ハニーに効果があるのかは分からないがエールは回復魔法を何度も唱え、簡単な浄化の魔法もかけてみる。

 

「長田君がかけられたのは拡散モルルンだから命に別状はない呪いよ」

 無表情に長田君を見ているエールにパセリが声をかける。

 拡散モルルン、聞いたことのない呪いだがエールは神魔法図鑑を開き解呪できないかと必死でページをめくりはじめた。 

「神魔法での解呪は難しいと思うわ。でも本当なら気絶するなんて事すらないはずの呪いよ。びっくりして気絶したのか、突き飛ばした時の当たりどころが悪かったのか、とにかくすぐ目を覚ますと思うわ」

「エールさん、長田君は私が見てますから一階で少し心を落ち着かせてきて下さい」

「うんうん。大丈夫よ、エールちゃん。ここは日光さんにお任せしましょ?」

 

 パセリの言葉を聞いてエールは頷き、少しふらふらとしながら一階へ戻る。

 

 部屋を出ると階段の下からスシヌが見上げていた。

 心配そうな視線をエールに向けているので、エールはパセリが言っていたことをスシヌに話す。

「ほっ……良かった。エールちゃん、お茶でも飲んでちょっと休もう。長田君が起きたら一緒にお茶入れてあげようね」

 スシヌがそう言いつつもまだ心配そうにエールをのぞき込むが、エールは目を合わせないまま食堂へと向かった。

 

 とりあえず食堂に場所を移し三人と幽霊で集まった。

 エールは目を見開いて目の前のお茶を見つめている。

 パセリが長田君は大丈夫だ、と改めて説明するがエールは俯いたまま。

 

 パセリのいう事は本当だろうか。もしもこのまま長田君が目が覚めなかったら?

 ……自分を庇ってこんなことに。

 

 お茶の入ったカップをひびが入りそうなほど強く握っているエールの様子は誰の目で見ても激しい怒りを抑えているのが分かる。

 その様子に誰も声をかけることが出来ない。

「しっかし呪い解きに来て呪いにかけられるとはな」

「ザンスちゃんが変な事言って怒らせたのが原因でしょ! エールちゃんだってザンスちゃんが言わなきゃあんな事……」

「偉そうにしてやがったあの無能ポンコツ村長のせいだろが!」

 スシヌが珍しく怒り、ザンスは挑発した負い目のせいか居心地悪そうにしている。

 

 

 今回の冒険で一番重たい空気が流れた。

 

 

 重たい空気を和ませるのはいつも長田君だったが、その長田君は眠ったまま。

 長田君が騒いでいない魔法ハウスは妙に寒々しく感じる。

 

 

「……お邪魔します」

 そんな空気の中、ローブをすっぽりとかぶったリセットが魔法ハウスに顔を出した。

 

「みんなごめんね。まさかこんなことになるなんて……長田君がかけられた呪いのことだけど」

「命に別状はない、だろ。さっきそこの悪霊ババアから聞いたぞ」

「あれは色々言ったザンスちゃんが悪いんだから、お姉ちゃんが謝ることはないよ」

 ザンスはスシヌの頬を引っ張った。

 

 とりあえずスシヌの呪いはどうにもならないのは分かったので、とにかく長田君の呪いを解いてあげたい。

 エールは自分の中にある怒りを目の前の姉にぶつけないように冷静に話した。

 

「お母さんはしばらく頭を冷やさせておけって……」

 つまりすぐに解くつもりはないという事だ。

 

「みんなが謝ったら、すぐに解呪してくれるかも」

「誰が謝るか」

 ザンスはもちろん、エールも頷けない。

 そもそも母親を悪く言われ、頭をちゃんと下げて、あれだけ偉そうにされて、解けませんでしたというのに怒っていいはずだ。

 謝る振りだけすればいいならザンスを無理矢理す巻きにしてでもパステルに頭を下げようか、と提案する。

「おーおーやってみろや。逆にお前をす巻きにしてやるわ」

 エールだって謝るなど、フリすらしたくはない。

 別に謝っても良いが、解呪が終わったらそのままパステルに斬りかかってしまう気がした。

 

 シャングリラを燃やして脅迫でもしようか? とエールは大真面目な顔で提案する。

「シャングリラのみんなを巻き込まないであげて。燃やしたって余計怒らせるだけだから……」

 リセットはエールの怒りが伝わっているのだろう、ただ悲しげな表情をしていた。

 

 ……パステルさんが死ねば長田君の呪いって解けるのかな?

 解けなくたって次世代女王はリセットなんだから、リセットに解いて貰うと言う手がある。

 

 あまりにも物騒なことを口走ったエールにリセットは体を震わせた。

 エールは普段から笑顔を浮かべている。

 物騒で乱暴なところも非常識なところもあるが、前の冒険ではリーダーを一所懸命につとめようと頑張っていた家族思いで仲間思いの可愛い妹だ。

 そんなエールが笑顔を消して、物騒なその言葉を半ば本気で話していることを理解し、リセットは泣きそうな本当に悲しげな表情を浮かべる。

 

 大好きな姉を泣かせるのは心苦しいはずだがエールにとってはそれがもはや目に入らないほど怒っていた。

 

「エールちゃん!そんな怖いこと言っちゃだめ!」

 そこに声を荒げたのはスシヌだった。

「私たちみんなママが大好きなんだから、言われたリセットお姉ちゃんの気持ちも分かるよね? 長田君もそんな怖いこと言うエールちゃんに怒ると思う」

 叱りつけるように言いつつ、ぎゅーっとエールを心配そうに抱きしめる。

 いつもは気弱そうで少し頼りないところもあるが、こういうことをいうスシヌはとてもお姉さんに見えた。

 悲しそうな表情を浮かべたままのリセットに、ごめんなさいと謝る。

「ううん……お母さんを説得できるようにするから。ごめんね、エールちゃん」

 自身は何も悪くないが、母親の代わりに謝りながらエールの頬を撫でるリセット。

 エールはその手に撫でられてやっと気分を落ち着かせた。

 

「そうだ、今日は私もここに泊まっていいかな? 色々大変だろうから――」

 リセットがそう言ったところで、

 

 

「うおーい、どしたん? なんか暗くねー?」

 

 

 シリアスな雰囲気にそぐわない間の抜けた声が食堂に届いた。

「ここ魔法ハウスだよな? 俺、パステルさんの呪いからエールを突き飛ばしてそれで……ここどこ? 宿じゃないん?」

「エールさん、長田君が目を覚ましたのですが――」

 エールはその声に飛びつく様に反応して部屋に入ってきた長田君を抱きしめた。

「ど、どうしたんだよー? いきなり、なんか照れるぞ!」

 無事で良かった、大丈夫?と言って心配しているエールを不思議そうな目で見ながら長田君はあたふたとした。

『エールもこうしてみるとちょっと柔らかいんだなー、これでもうちょいおっぱいがあればなー』

 そんな長田君の声が聞こえた。

 庇ってもらった手前、割らなかったがエールは長田君に眉根を寄せた。

「長田君、大丈夫だったんだね」 

「俺、なんかあったん? なんか心配になるんだけど」

 きょとんとしている長田君にスシヌ達も近付く。

 

「エールさん、先ほどから長田君の様子がどこかおかしいのです。もしやこれが呪いの――」

『あー、やっぱ日光さんの人間姿は良いよな! 巨乳だしこっちでいてくれたらいいのにな』

「……先ほどからこの調子で」

 エールは頬を膨らませて長田君を叩き割った。

 

「長田君ったらこんな時にまでおっぱいの事考えてるのね。えっちねぇ」

『え、え、え? なにこれ、どうなってんの!?』

 パセリがくすくすと笑って、長田君は飛び上がった。

「リセットー、大丈夫ー?」

「おばあちゃん!」

 パセリと話をしていたのか、エールとははじめて会う英霊モダンもひょっこりと現れた。

「エールちゃんははじめましてね。リセットの祖母でパステルの母のモダン――」

 

『うわー! 何このおっぱい幽霊さん誰だれ!? 美人、優しそう! やべーよ。リセットさんの一千倍ぐらいある!』

 

 モダンが名乗り終わるまえに長田君の興奮してテンションがあがりきった声が聞こえてきた。

「い、一千倍って……」

『幽霊だけどたゆんたゆん揺れてる! マジやべー! 俺が会ってきた巨乳ランキングに載るな、これはー!』

 そんなものつけてたのかとエールが口を尖らせつつどんな人が長田君の巨乳ランキングに載ってるの?と聞いてみた。

「キャー! 俺の秘密が何でー! な、なにこれー!?」

『リズナさんとかナギさんとか。アームズさんとかシーラ大統領とか日光さんも中々であと眼鏡ポイントも高いマリアさんもかな。あと深根とかこれからもっと伸びると――』

 エールは長田君を叩き割って頬を膨らませた。

 なぜかちょっと長田君が思い出して幸せそうなのが伝わってきたからでもある。

「むー……いつか私だっておばあちゃんぐらいになるんだから……」

「なれると良いわね、リセット」

 モダンはなぐさめるように拗ねているリセットの頭を撫でた。

 

『あ、あれ。俺、何も言ってないのになんか声が!? なにこれ、なにこれー!?』

 

 長田君は大の巨乳好きだが、空気は読めるハニーである。こんな時に変な事を言うようなハニーではない、と思う。

 何より口を動かしていないのに声が聞こえるようで、エールは首を傾げた。

 

「あのね。長田君にかけられたのは拡散モルルンっていうの。かけられた人の考えてる事とか思ってる事が周りの人に全部わかっちゃう呪いなんだ」

「え、ええ!? んじゃ俺が考えてる事、全部分かっちゃうってこと!?」

 リセットが長田君を気の毒そうに見て頷いた。

「え、え、え、俺マジで困るぞ、そんなの!」

 長田君は一人でバタバタとしはじめた。

 それに釣られるように周りにいたエール達もそわそわとし始める。

「なんかそわそわしてきた……」

「こ、これも呪いの影響なの。拡散モルルンは周りの人にかけられた人の感情が伝染しちゃうから」

 さっき妙に幸せそうな空気がしたのはそのせいか、エールはとりあえず長田君に落ち着く様に話しかける。

『そんなの困る―! マジ困るー! 誰か助けてー! イーーヤーーー!』

「そわそわすんな! 俺等にも伝染るだろうが!」

「大体、ザンスがエールのこと煽るから怒らせちゃったんじゃん!」

「お前も笑ってただろうが!」

 そわそわして、バタバタとする一行。

 

「みんな、落ち着いて!!」

 

 ザンスが長田君を叩き割ろうとしたところでリセットがすかさず長田君に近付いた。

 

「大丈夫だから。ちょっと落ち着いてね」

 長田君をぽんぽんと優しく頭を撫でているリセットはどこか神秘的で体の小ささを感じさせない大人の雰囲気を感じさせる。

「あっ、なんか落ち着く……」

『これでリセットさんがもうちょい成長してくれてればもっと嬉しかったのにな。幽霊さんぐらいは無理そうだけど、もーちょいこんな赤ちゃんよりちょっと大きいぐらいの姿じゃなくて』

 長田君の不埒な声が聞こえて来て落ち込むリセットを見て、エールは長田君の頬を引っ張った。

「いてててて! 待って、引っ張らないで!」

 あくまで長田君の心の声とのこと、割りづらいのが残念だ。

 

「ホントろくでもねーことばっか考えてんだな、このエロ陶器。捨ててった方が良いんじゃねーか?」

「うわーん! もう、やめてー! 聞かないでー!」

「ザンスちゃん! 酷い事言わないの!」

『ザンスだってエロい事ばっか考えてんだろ! 俺は巨乳派なの! 貧乳でもいいイキリ童貞のザンスとは違うの!』

 ザンスにより長田君は叩き割られた。

 

 拡散モルルン。かけられた人の思考・感情などが、 周囲に拡散し伝染する呪い。

 

 長田君にとっては最悪の呪いだった。 

 



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サトラレハニー 2

<ばふっ>

 

 とりあえずエールは長田君の頭からすっぽりと毛布をかぶせた。

 

「うわわっ、何すんの!?」

 視界を封じれば余計な事を考えることも減るだろう。落ち着いて話をするにはこれが一番、仕方のない処置である。

「うぅ……そうかもしれないけど、マジで何も見えない……」

『これじゃせっかくのおっぱい幽霊さんが見えない……」

 エールは毛布の上からべしっと長田君を叩く。

「しくしく……なんで俺がこんな目にー…』

 とうとう心の中で泣き始めているのが聞こえそれが周りに伝染し、少ししんみりとした空気になった。

 

「拡散モルルン。そ、そんな怖い呪いがあるんだ」

 もし自分がかけられていたら、エールともう二度と顔を合わせられないようなあれこれを聞かれてしまい、生きていけなかっただろう。

 そんな事を考えてスシヌは声を震わせた。

「はっ、アホな事考えてなきゃ大した呪いでもねーだろが」

 ザンスはそう言いつつ、やはり冷や汗をかいていた。

 もし自分かかけられていたら、リーザス赤の将としてはもちろん、一人の男として二度と外に出ることも出来なくなるところだった。

 

 ピンとこないエールだけはきょとんとしている。 

 

「エールちゃんは平気そうだね」

「つーか、こんなんだったらエールがかかってた方が良かったんじゃねーのか。少なくともエロ陶器よりはマシだったろ」

「……え、マジで? いや確かにエールならそんなでもない……俺、庇ったの無駄?」

 エールはそんなことはない、と言いつつ長田君から目を逸らした。

 長田君からは毛布で見えないが見ていたらショックを受けていただろう。

『でもエールの考えとかちょっと見てみたかったかも。ながーく一緒に冒険してんのに分かんねーこと多いしなぁ』

 そうかな?と エールは長田君の心の中の声に首を傾げた。

「だろ? あの法王に似て大事な事話さねーことあるしよ」

「エールちゃんの心の中かぁ……」

 確かに何を考えているのか分かりづらいエールの心の中は、覗いてみたいような、知りたくないような……湧きあがる好奇心をリセットもスシヌも否定できなかった。

 エールはそう言われて悩んだが突然はっと思いついたようにザンスを見て、ボクがかけられてたらザンスが童貞なことが一瞬でシャングリラ中に伝わってた、と言ってボカンと強く頭を叩かれた。

「おめーはいちいち一言余計なんだよ!」

『ぷふー! まーた童貞言われてやんの!』

「うわー、待って待って! 俺何も言ってない―!」

 毛布の上からぐりぐりと踏まれている長田君。

 その光景を見て心の声が筒抜けというのはまずい事なのだろう、というのがエールにも理解できる。

「まぁまぁ、誰にでも最初はあるものだから。男の人が経験なくても喜ぶ女もけっこう多いと思うわよ」

「うんうん、ザンスちゃんは良い子だもんね。まだ赤ちゃんの頃にリセットがよく可愛がって――」

 幽霊で拡散モルルンの効果がないからだろうか。パセリとモダン、おっとりした幽霊二人はまったりと飲めないお茶を囲んでいた。

 人から刀に戻った日光も既に優しく見守るような雰囲気を出している。

「このクソ幽霊共……!」

「はいはい、もう怒らないの」

 リセットが怒ったザンスを止めて話を切り替えた。

 

「てーか、呪いって魔法みたいなもんじゃないんすかね?」

「呪いは魔法は一見似てるけど全く違うものだよ。だからハニーさん達も呪いを使えるんだしね」

『俺ハニーだし当たっても平気かなって思ってたんだけどー……死ぬような呪いだったら俺、危なかったんだな……』

 エールはもう無理しないでね、とちょっと怯えている長田君を撫でる。

「あの時よくエールちゃん庇ってくれたね。すごくカッコよかったよ」

 リセットも長田君に優しく話しかけた。

 エールも庇ってくれてありがとう、と満面の笑顔を向ける。

「いや、へっへー、まぁ、相棒だし? 俺もやる時はやるっつーかね!」

『ちょっとカッコつけて庇っただけなんだけどな!』

 二人の笑顔は毛布で見ることは出来ないが、長田君は褒められて嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。

「その勘違いとかっこつけて庇ったせいでお前がエロ陶器だってことが周りにバレまくってるんだがな」

 長田君が巨乳好きなのは公然の事実。

 大笑いしているザンスに空気の読めるイケメンチャラ男ハニーが空気の読めないえっちなチャラ男ハニーになったぐらいのささいな違いだ、とエールがフォローを入れる。

「それフォローしてんの!? それ全然ヤベーぐらい違うから!」

『てか、俺どうなっちゃうの!? これずーーっとこのままなの!?』

 エールの言葉にまたも長田君がそわそわと慌て始める。

 

 確かに呪いにかけられたままでは他の町には行けないし、貧乳だと思われるたびに割るのも大変そうだ。

 エールはリセットに呪いが解けないかを尋ねた。

「残念だけどお母さんの呪いはお母さんしか解けない……カラーの女王の呪いは本当に特別なものなの」

 リセットが少し真剣な目でエールに話す。

「でも大丈夫。私がちゃんとお母さんと交渉して呪い解いて貰う様にお話するから」

 そう言って微笑んだリセットをエールは真剣な目で見つめ返した。

 だがあのヒステリーで偉そうなだけの無能ポンコツ女王が素直に話を聞いてくれるだろうか、と問いかける。

「え、エールちゃん、まだすごく怒ってるんだね……」

 リセットは耳を垂らす。

 もう殺したいとまでは思っていないが、怒って当然だった。長田君の命に別状はなかったもののこのままでは自由都市のはにわ大神殿に行くことも出来ない、エールは頬を膨らませる。

「お母さん、確かにちょっと怒りっぽいけど根っこはとっても優しい人なんだよ。世界で一番の呪術のエキスパートっていうのも本当。だからあんまり悪く言わないで欲しいな……」

「パステルは小さい頃は穏やかで優しい子だったの。でも女王を継ぐことになっちゃってから女王らしく威厳を見せなきゃって、ずーっと肩を張りっぱなしなのよね。本当はとっても良い子なのよ」

 娘と母親からフォローをいれられるパステル。

 イージスやサクラがきっちりと仕えているように決して悪い女王ではないのだろう、エールはそれ以上何も言わないことにした。

 

「そうだ。私、ここに泊まってもいいかな? 長田君のことも心配だし、みんなとお話もしたいからね」

 エールはぐっと親指を立てて歓迎の意を表した。

「うん! お姉ちゃんと一緒で嬉しいよ」

「おっけーおっけー! エールも話したいこと色々あんだろーし歓迎するぜ!」

『リセットさんがいればなんかあっても大丈夫だろうしな、良かったー』

 スシヌと長田君も嬉しそうに歓迎する。

「泊まるってベッドがねーだろ。床で寝んのか? それとも陶器でも外に出すか?」

 ザンスの言葉に前みたいにボクが床で寝る、とエールが言おうとしたところで

「いや、別に二階のベッドでエール達と寝ればいいっしょ」

『リセットさん、ちっちゃいしな』

 いわゆるカワノジに寝るってやつだね、とエールは嬉しそうに言った。

「そ、それだとエールちゃんと私が夫婦みたいな……」

「お姉ちゃんは子供じゃありません! もー、みんなして小さいって言うんだから」

 真っ赤になったスシヌを見つつ、リセットは拗ねるように口を尖らせた。  

 

「リセット様」

 そのタイミングでいつの間にか控えていたロナがエール達に頭を下げつつリセットに話しかけた。

「えっ、この人どこにいたの!?」

「一緒に来てもらってたよ? ロナさん、お母さんたちに私は今日エールちゃん達と一緒に居るって伝えて……」

 そこまで話してリセットは少し考えるような仕草をした。

「……ううん、長田君を解呪してくれるまで私は家に戻らないって伝えてくれますか?」

 エール達は驚いた表情でリセットを見た。

「かしこまりました、リセット様」

「えっ、いいんすか?」

「私が戻らなきゃお母さんもちょっと焦って交渉しやすくなると思うの。ここにいても手紙で解呪のお願いをすることは出来るからね。みんな強いから護衛とかもいらないし」

 リセットは話しながらテーブルの上に紙を広げさらさら何かを書いていく。

「ピグちゃん、護衛はもう大丈夫だからロナさんと一緒にお手紙届けてくれるかな?」

 護衛としてローブの中に潜んでいたらしい小さいピグが顔を出した。

「任せろー」

「うぉ、また小さい人が出てきた!?」

 ピグはさっと手紙を受け取るとロナの上に着地する。

「今、皆さんがシャングリラに戻れば警備隊に捕まえられるかもしれません。警戒が解かれるまでは町に入らぬようお願いいたしします。食料やリセット様の確認がいる書類などは毎日届けさせていただきますが、他に必要なものがあればご用命ください。可能な限りご用意いたしますから」

「ありがとう、ロナさん。よろしくお願いします」

 ロナは恭しく頭を下げるとピグを頭に乗せながら素早く静かに魔法ハウスを後にした。

 

………

 

 シャングリラでのんびり出来ないのは残念だが、その日はリセットがキッチンに立ち料理を振舞ってくれることになった。

 前の冒険ではロッキーと共によく料理を作ってくれていたリセット。エールは懐かしさで周りをうろちょろとしている。

「エールちゃん、お話はあとでちゃんと聞くからちょっと落ち着いて?」

 魔法ハウスの台所はちょっと高さがあるのでリセットだと下に台を置かなければ届かず、少し大変そうに見える。

「一緒にお手伝いしようね、エールちゃん」

 スシヌの言葉に頷いて共に野菜を切ったり、皿を出したりと料理の準備を手伝った。

 

 その間、モダンと話をしていた長田君がひたすら嬉しそうな空気を出していた。

『はぁー、すっごい大きさと揺れ。服もエロいし、優しいし、ありがたや、ありがたや……今のパーティ、悲しくなるほどおっぱい成分がないもんな』

 長田君はモダンを一応、心の中で拝んでいた。

「エールちゃん、長田君に包丁投げちゃダメだよ!?」

 スシヌがそう言うと同時にパリーンと音がした。

 空気が鬱陶しかったのだろう、エールが音のした方に振り向くと長田君がザンスに割られているのが見える。

 後で自分も割ろうとエールは思った。

 

「ご飯できたよー」

 しばらくして特別豪華というわけではないが心づくしという言葉が似合う美味しそうな料理が食卓に並ぶ。

 色合いも綺麗で健康にも良さそうだ。 

「わー、うまそー! リセットさんって料理のレパートリー多いよなぁ」

「世界中を周ってるから色んな所で教えて貰ってるの。シャングリラが色んな国と交易してるのもあって珍しい食材も色々と入ってくるんだよ」

 そう笑顔で話すリセットは少し得意げだった。

 あとで料理を教えて欲しい、とエールが話す。

「うん、いいよ。いっぱい作ったからおかわりもしてねー」

 

 その日は久しぶりにリセットの料理を楽しんだ。

 相棒が呪われてはいるが、和気あいあいとした食事は懐かしくエールはずっとニコニコとしていた。

 

………

 

「食後のお茶をどうぞ」

 そう言ってリセットがさっとお茶を全員分用意してくれる。

「あざーっす」

『リセットさんって優しいししっかりしてるし絶対いいお嫁さんになるよなー、きっと』

 長田君の素直な心の声にエールは大きく頷いた。

「そ、そうかな? えへへ……」

 照れている姉は可愛かった。

 前回のシャングリラではそういう男どもを殴り倒したような記憶があるが、エールは変な男が寄ってこないようにしないとと一層の決意を固めた。

『これでイージスさんとかモダンさんみたいな見た目だったら完璧なんだけどな』

 エールは目を鋭くさせて長田君をじろりと見た。

「い、いやーそうじゃなくって! 前にもカラーってめっちゃ成長早いって話したろ? 前の冒険から結構経ってるわけでペンシルカウのカラーのお姉さん達くらいになってたらなーとか考えちゃうじゃん。大人になったリセットさんってすっげー美人だと思うんだよね」

『今は全く子どもだけどさ。あわよくばばいんばいんに、とかちょーっと期待してたわ。しかもモダンさんがあんだけスゴイとかなれば、成長したリセットさんもヤバイんじゃね!? すっげー見たいわー』

 エールはべしべしと長田君を叩いた。

「エールちゃん、呪いのせいなんだから長田君叩かないの」

 褒められているような、貶されているような、リセットは複雑な顔をしながらも少し落ち込んでいた。

 台所に立つのも台がいる、身長83cmはリセットの悩みである。

 それを見て少しは大きくなったんじゃないか、とエールはリセットの頭の上にまたみかんを乗せてみた。

 しかし最初に会ったころからみかんを乗せる手の位置が全く変わっていないことに気付くだけだった。

「ととと……エールちゃん、なんでお姉ちゃんの頭にみかん乗せるのかな!?」

『こういう時エールが何考えてるか分かんねーんだよなぁ。リセットさんもだけど』

 反射的に落とさないようバランスを取るリセットも不思議に思われていた。

 

「リセットちゃん、スシヌやザンスちゃんが赤ちゃんのころからずーっとこの姿のままだものね。もう18年ぐらいかしら」

 パセリの話で前の冒険の時にリセットから聞いた話を思い出した。

 

 確か魔王であった父・ランスがリセットを誰だかわからなくならないように一緒に居た頃の姿のまま成長していないのではないか、という推測。

 ならもう父が魔王でなくなったのだから伸びるはずでは、とエールは首を傾げる。

「う……覚えてたんだ……」

 リセットと話したことはちゃんと全部覚えている、とエールが薄い胸を張った。

「いや、エールって結構覚えてない事とかない?」

『都合のいい事だけ忘れたフリしてんじゃねーの』

 そんなことはない、とエールは長田君の心の呟きに口を尖らせた。

 そういえばペンシルカウで会ったビビッドは小さかった、ということをエールが話す。

「エールちゃん、ペンシルカウに行ったんだっけ。曾お婆様に会ったんだね」

「そーそー! 綺麗でいい所だったよなー」

『カラーのお姉さん達マジ綺麗な人ばっかでさー!』

「あはは……ペンシルカウに男の人を招くって全然ないことなんだよ。それもハニーさんがカラーの里に招かれるなんて本当にない事で……もしかしたら長田君が初めてだったかも」

「え、マジで? ハニーとカラーは相性が良くないっつーけど、大歓迎だったっすよ。まっ、みんなエールの方に群がってたっすけどね」

 密猟者を倒したおかげか、リセットがエールの事を話していてくれたおかげか、カラーの里ではみんなが歓迎してくれた。

 楽しかった、とエールはリセットに笑顔を向ける。

「陶器は男じゃなくて魔物扱いなんだろ」

「俺はハニー! 魔物と一緒にすんなっての!」

『どうせ、ザンスは行ったことねーんだろ? 綺麗なカラーのお姉さんに囲まれちゃってうはうはハーレムでサイコーだったし、もう一度行きてー』

 自慢げな長田君の心の声に、ザンスは思いっきり蹴りを入れる。

「そういえばお姉ちゃんはビビッド様に似てるよね」

「曾お婆様はあの体の頃に魔力のピークを迎えてそこで成長が止まったんだって」

 これも前にエール達が聞いた話だった。

『リセットさんはさらに一回り以上小さいけどな』

 長田君の心の声にリセットはまた耳を力なく垂らした。

 ぴこぴこと感情に合わせて動く耳を、エールは触りたくなったが我慢する。

「お父さんももう大丈夫なんだし、私ももう成長しても良いと思うんだけどね……私の魔力のピークはまだ来てないと思うし、これからちゃんと大きくなるとは思うの。その時はエールちゃんよりもすぐに大きくなって――」

「今更リセットが成長したら逆にビビるわ」

 ザンスがリセットの言葉を遮った。

「ここ一年でも欠片も伸びてねーじゃねーか。来年にはアーにも抜かされてんだろ」

「うぅ……次の新年会までに伸びてくれないともうアーちゃんにも抜かされちゃう」

「で、でもお姉ちゃんは昔からずっと頼りになるお姉ちゃんだからっ!」

 小さくても、という言葉を抜いてスシヌが優しくフォローを入れる。 

「エールちゃんもやっぱり少し背が伸びてるよねぇ」

 寝る子は育つと言うし一年間寝ていたから伸びたのかも、エールはなんとなく自分の頭を触った。

『おっぱいは全然大きくなってないのにな』

 エールは長田君を割った。

 

………

 

 既に外は日が落ちている。

 

 冒険の話は明日しよう、と寝る準備に入ろうとしたところで、一階の寝室から楽しげな空気を感じエールは扉の前で耳を傾けた。

 

『あー、このすべすべ感と腰つきサイコーだぜ』

 長田君が何かを読んでいる声が聞こえてきた。

『こっちは色合いが良いよなー、淡い桃色がエロい』

「エロ陶器、お前心の声が漏れまくってんぞ」

 廊下まで聞こえてる、とエールが扉をガチャっと開けて顔を出した。

「きゃーー!」

「……ノックぐらいしろよ」

 呆れているザンスを無視してずかずかと歩み寄り長田君に近付きのぞき込むとハニ子のグラビアを読んでいたらしい。

 ハニ子の違いはわからないのだが、面白いの?とエールが聞く。

「い、いや、そういうんじゃなくて!」

『なんでわかんねーの!? このつや感とかそこら辺のハニ子と全然違うじゃん!? まっ、俺はグラビアに出てる子より清楚で優しそうな子が好みだけどさ』

 清楚なハニ子、というとハニーキングに仕えているハニ子さん達だろうか。

『そーそー、ちらっとしか見れなかったけどすっげー可愛い子に綺麗な子ばっかだった。俺も一緒に行って捕まっておけばお近づきになれたかも』

 確かに優しいハニ子さん達だった、とエールは納得した。

 だがハニーキングにメロメロだったから長田君は全く相手にされなかっただろうが。

「てか、俺の心の声聞かないでくれよー!」

 長田君はぺしぺしとエールを叩く。

「ならアホな事考えんな」

『あー、でもあそこじゃリズナさんの破壊力はヤバかったよな。全身から漂うエロさに迫力あるおっぱいで見てるだけで割れるっつーか、実際割れたけど』

 そういえばハニワ温泉でリズナさんのおっぱいを揉んだのだがすごい重量感だった、とエールがしみじみと話す。

「お前、マジで触ってたん!?」

 触っても怒られず、優しい人だったし、反応もすごくエロかった、とエールは何度も頷いた。

『超うらやましい! 俺も揉みたい!』

 長田君の本音は直球だった。

 

「さっきから陶器がクソうるせぇ。気持ち悪い空気バラまきやがって」

「呪いのせいだってば!」

『てか、これじゃエロ本も読めねーじゃん! 俺、マジでピンチじゃね!?』

 そんなにピンチなことなの? とエールが首を傾げる。

「そ、そんなことないぞ」

『新しく手に入れたやつ、まだ読み切ってねーし。シャングリラでも新しいのゲットする予定だったのに……』

「お前、毎晩何してんだと思ったらずっとエロ本読んでんだな」

『ザンスだって俺がやったエロ本楽しそうに読んでたくせに! てか、お前が勝手に新刊横取りするから俺が読みきれなかったんだぞ!』

「……砂漠に捨てて来るか」

 エールはそんな二人をじっと見つめた。

 仲良さそうで楽しそうだと思っていただけなのだが、責められているように感じてザンスは目を逸らす。

「ちっ……お前にスシヌと色気の欠片もねーからな。こういうもんで補給してんだよ」

 そう言われてエールは頬を膨らませながらも自分の胸をふにふにと触ってみた。

 リズナはもちろん、サテラの柔らかさにも遠く及ばない寂しいものである。

 

「そーいや、胸は揉めば大きくなるらしいな。俺様が手伝ってやろうか?」

「そんな事言うとエールが本気にするだろ!? マジでやめろってば!」

 ザンスがニヤニヤしているのを長田君が止めた。

 

『あとエールは全く色気が無いわけじゃないんだよな』

 

 エールとザンスはその心の声に驚いた。 

 

「……は? どういうことだ?」

 エールも長田君をまっすぐ見て尋ねた。

「きゃー! きゃー! やめてー! 聞かないで―!」

『エールとキャンプで寝てた時、けっこう柔らかい感触でさ。寝てるエールはアホな事もしないし普通の女の子っつーか、なんか寝息とかちょっとエロくて』

 そこまで聞くと、ザンスは長田君を無言でぐりぐりと踏みつけた。

「ち、ちがっ……エールが俺に抱きついてくるのー!」

 長田君はハニーである。ハニワ臭さはともかく程よい弾力があり、ひんやりとしている。

 エールはその抱き心地が気持ちが良く、暑い日には長田君を抱き枕代わりにしていた。

 そんなえっちな事を考えていたのか、とエールがニヤニヤしながら長田君を見つめる。

「ちーがーうーーー!」

『まぁ、おっぱい小さいから冷静になるんだけどな』

 エールは長田君を割った。

 

 

「う、う、うわーーーーん! もうやだーーー! 俺一人でキャンプしてくるーーー!」

 

 

 長田君は一人キャンプセットを抱えて、魔法ハウスを飛び出して行く。

 

 

 エールは謝ろうと焦って追いかけようとしたが

「ほっとけ。そんな遠くに行けるわけでもねーしどうせ明日には戻ってくんだろ」

 ザンスに引き止められた。

 エールは砂漠の夜は寒いし、魔物だって出るかもしれないと慌てる。

「あいつちゃっかりエロ本のコレクション持っていきやがった」

 エールは苦い顔をして長田君が出て行った扉の方を見つめた。

 

 

 その後、長田君の大声に驚いて降りてきたリセットにエールとザンスは長々と説教を食らうことになるのだった。

 



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エールと姉と親友

 朝になっても長田君が戻ってくることはなく、エールは早朝から長田君を探しに出かけた。

 

 アウトバーン周辺をうろうろとしていると、少し離れた場所に小さなテントがぽつんと張られているのを見つけた。

 二階建てで豪華な内装の魔法ハウスと比べると寂しくなるようなサイズであるが、冒険の思い出が詰まった懐かしのハニワ臭が染みついたテントである。

 

 エールがテントに近づくとその中からしくしくと泣き声が聞こえてきた。  

 

『うぅ、寒いよー……俺、どーなっちゃうんだろ……』

 朝早くはまだ夜の寒さが残っている。

 薄手の寝袋だけでは寒く、長田君は体を震わせていた。

 風が吹く度に砂漠の砂がテントに当たる音が響き、それもまた寒々しく、定期的に叩き落とさなければテントが砂に埋まってしまいそうだ。

『エール、大丈夫かな。あの後ザンスになんかされてたりしないよな? 俺がいない隙にエールが何かエロい事とかされてたり、いや、二階にはリセットさんとかスシヌもいるし大丈夫だよな? あー、でもエールはちょっとどころじゃなく警戒心が足りないっつーか、お人よしっつーか、世間知らずっつーか。ガードが甘いとこがあるんだよな、女って自覚がなさげ』

 エールがそんな独り言が聞こえるテントに向かって長田君に謝りつつテントに入る。

「あっ、エール?」

 長田君はちょっと嬉しそうにエールを見た。

 あの後リセットに説教を食らったのでザンスには何もされてないよ、ともエールは話を続ける。

「え? ……もしかして、ってーか今のも聞こえてたん!?」

 エールは大きく頷いた。

 外からだと長田君の独り言のように聞こえた、と素直に話す。

『マジかよー…もう隠し事とか出来ないじゃん。うわー、ヤッベーー…エロ本読んでなくて良かった』

 

 魔法ハウスに戻ろう、とエールは手を差し伸べた。

 

「それなんだけどさ。俺、解呪できるめどがたつまでちょっと離れてるわ」

 エールは目を見開いた。

「俺もさ、心の中とか聞かれたくない事いっぱいあんだよー」

『エロ妄想とか聞かれたらもう、生きていけない。エロ本収集もばれちゃったし』

 別にえっちな本を収集するくらいじゃ怒らないけど、とエールは言うけど。

『巨乳モノばっかだからさ。エールはおっぱいないの気にしてるから俺も気を使ってんだぞ』

 そんなものは大きなお世話である、とエールは頬を膨らませる。

「きゃー! 聞かないでってば! やっぱり聞こえまくってんじゃん! もー、やだーーー!」

 

 ばたばたと慌てている長田君をエールはぎゅっと抱きしめた。

 

「え、エール?」

 

 

 長田君を心の底から心配してる。

 自分を庇ってこうなったのだから心の声も気にしないし、絶対に助けるから。

 

 

 エールは真剣な鋭い目をしながら抱きしめた腕に力を込めた。

 長田君はエールの目を見ると、少し背筋が寒くなるような悪寒を感じる。

「うわー、何か無茶やりそうですっげー心配! エール、変な事はするなよ。別に死ぬような呪いでもねーし?」

『社会的には死ぬかもしんねーけど』

 長田君は優しい。

 

 あの時、パステルを殺していたらきっとすごく怒って悲しんでいただろう、エールは大きく頷きながらそう思った。

 

 

「長田君? エールちゃんもいるよね」

 そうしていると可愛らしい声がテントの外から聞こえてきた。

「あ、リセットさんじゃね?」

 エールが声をかけるとリセットがテントの中に入ってきた。

 手には大きめのバスケットが抱えられている。

「簡単なものだけど朝ご飯持ってきたの。エールちゃんの分も持ってきたから、一緒に食べよ?」

 

 二人でリセットの気遣いに感謝しつつ、持ってきた簡単なサンドイッチとポットに入った温かいお茶で朝ごはん。

 長田君がほんわかと落ち着いているのが伝わり、テント内はのんびりとした空気に満たされた。

 

「温かさが身に染みるなぁ……さっすがリセットさん。ファンクラブとかできる理由めっちゃ分かるわー」

『つか、これで見た目がモダンさんみたいんだったらパーペキすぎだったよな。ナギさん達も言ってたけど、悪い男とかわんさか寄ってきそうだしこのままでいいのかもな』

 エールは何度も頷いて同意をし、リセットは複雑そうな表情を浮かべていた。

「昨日の夜にね。お母さんに解呪してくれるまでシャングリラに帰らないって改めて手紙を書いたんだ。エールちゃんはみんなを助けてくれたのに恩を仇で返すような事をするのはカラーの女王として情けないってしっかりした文面にしたよ。おばあちゃんも一緒に説得してくれるって言うしそんなにかからないと思うから、もうちょっと待っててね」

「うぅ、ホントすんません……リセットさん」

『リセットさんは何も悪くねーのに、パステルさんにエールに手のかかる家族持つと大変だな』

「みんな私の大事な家族だから。エールちゃんもお母さんも……それにお父さんもね」

 そういえばお父さんはあの後一回シャングリラに来た、という事をパステルから聞いていた。 

「その時、私外交に出てたんだけど大変だったみたいなの。お母さんやイージスさんとかカロリアさんをハーレムに入れるって騒いで暴れたらしくて、ピグちゃんやおばあちゃんは楽しそうに話してくれたんだけど、何があったのか町で大騒ぎしたらしくて」

「酒場で騒ぐぐらいならエールもやってたっすけど」

「サクラさんから聞いたけど、私の困ったファンというかそういう人たちを懲らしめてくれたらしいね。暴力はだめだけど、実はちょっと困ってたんだ。ありがとね、エールちゃん」

 エールは酒が回って余り覚えていなかったが、とりあえず頷いた。

 幽霊さんとドンパチやったのは覚えている。

「その時に一緒に暴れたのが私のおばあちゃんのおばあちゃんでフル・カラーって名前なの。幽霊じゃなくて英霊っていって、カラーの女王が死後にああやって霊体になってカラーの皆を守っていくんだ」

 英霊とかかっこいいね、とエールは感心した。

 リセットはビビッドからそれが後付けで作られた話であることを聞いているが、それはカラーの女王以外は基本的に秘密とされている話である。

『マジであの幽霊さんもリセットさんのご先祖様なのか。似てないなぁ。まっ、俺はいくら美人でおっぱい大きくてもあんな怖そうできつそうな人はパスだけど。やっぱモダンさんだよなー! いやー、リズナさん以来の超ストライク』

 エールは長田君の頬をむにーっと伸ばした。

 

「ふふふ、エールちゃん達はいつでも仲良しさんだねぇ。そういえば目が覚めて、すぐに二人で冒険に出かけたんだって?」

 リセットがクルックーから貰った手紙にはエールが目を覚まして長田君と冒険に出かけたこと、近くに寄ったら笑顔で迎えてあげて欲しいという事がシンプルに書かれていた。

 二人の楽しそうな様子を見るとヘルマンで聞いた事件を引きずっている様子もなくリセットは優しい微笑みを二人に向ける。

「エールちゃん、目が覚めてからの事、冒険のお話聞かせてくれる? ヘルマンで大変な目にあったって言うのはレリコフちゃん達から聞いてるんだけど」

『おっ、俺の出番きた? 俺の活躍とか聞いちゃう? 話しちゃう?』

 わくわくとしている長田君の声に応えるように、エールは長田君の方が話すのが上手いから、と任せることにした。

 

 

 長田君は嬉しそうに、楽しそうに、時に震えたり、怯えたりもしつつ、リセットにエールの冒険の話を語った。

 

 カラーの娘たちに話したものと変わらないが、時々長田君の心の声が混ざるのでエールにも新鮮だった。

 

 

『リア女王とそのお付きの人は怖くて苦手』『アーモンドは昔のチルディに瓜二つだから将来もばいんばいんになりそう』

『女の子モンスターはちゃぷちゃぷが好み』

『ヘルマンは重装備が多くて残念』『シーラの昔とレリコフは似てるからレリコフも将来は成長しそう』

『ゼスは全体的に露出度が高くてよかった。眼鏡も豊富』

『いくら眼鏡のお姉さんでもケバいのは無理、いくらおっぱい大きくてもアレな人は無理』

『スシヌは眼鏡が似合ってて可愛いけどおっぱいが小さいのが残念』『ハニーの間ではフチなし眼鏡は邪道、丸くて太めの眼鏡が好み』

『リズナは雰囲気を含めてパーフェクト』『サテラはどこでも粘土をこねる超ビッチ』

『RECO教団のお姉さん見てて入信したくなった』

 

 長田君は基本的にそういうことばっかり考えていたようだ。

 そんな邪念がつまった話にリセットはずっと苦笑しつつ、エールの方も何度も割るのを我慢して頬を膨らませる。

 

「あ、ありがとう。長田君」

 リセットは長田君の心の声に気を取られるばかりで肝心な冒険の様子がほとんど頭に入ってこなかった。

 そこで長田君は困惑した様子のリセットに気付いた。

『あ、あれ!? なんかめっちゃ性癖暴露しちまった気がする!』

 気がするどころじゃない、とエールは話し終わった長田君をべしべしと強く叩いた。

 ついでに冒険の物資補給ついでにエロ本の収集をしていたことまで知ってしまった。

『エールは世色癌とかいらねーしついてこないからなー、ちょうどいいタイミングだったわけ』

「べ、別に悪いことしてるわけじゃねーし!」

 やましい事ではある、とエールは頬を膨らませた。

 

 

「えーっと。エールちゃん、ヘルマンで大変だったんじゃないの? 私、その情報を聞いて急いでヘルマンに行ったんだけど」

「ならレリコフとかヒーローから聞かなかったんすかね?」

「レリコフちゃんからはホルスさん達のところとかホ・ラガさんの塔に行ったことは聞いたよ。エールちゃんはとっても優しかったって楽しそうに話してくれた」

 エールは冒険は楽しかった、と笑顔をリセットに向けた。

 ホルスの戦艦で魔人メガラスに会ったが問題はなさそうだったから放置で大丈夫だろう、ということも話す。

「うん。でもシーラさんやクリームさん達は東ヘルマンがレリコフちゃんを捕まえようとしてエールちゃんも危なかったって……」

「あっ、それは――」

『思い出させたくないんすよね』

 先ほどの軽い調子とは打って変わって長田君のちょっと真剣な心の声が聞こえる。

『ギリギリ間に合ったみたいだけどマジでヤバかったわけで。エールも怖かっただろうし、俺もあの時はヒーローやレリコフもいたしで何とか冷静にしようとしたけど、何があったのかとか聞くの怖いし。わざわざ話して掘り返しちゃいけないって――』

「えっ……!」

 リセットと長田君は二人であたふたとしている。

 長田君とヒーローが助けてくれたし、ボクもレリコフも無事だった、とエールは長田君に笑顔を向ける。

『いや、でもエール脱がされててさ。全身に痣があって、酷い乱暴されたんじゃねーかなって、でもそういうのって心の傷みたいなのになってたらヤバくて詳しく聞けないし』

「わー、わー!」

 冷や汗を流している長田君にまだ処女だよ、とエールは声をかけた。

「あっ、よ、良かった~……」

 聞いてはいけないと思っていた事だったが、心の奥底でずっと心配していた。そのエールの発言は直球で一瞬固まったものの、長田君は今更ながら胸を撫で下ろした。

 エールはそんな長田君をポンポンと撫でる。

「二人とも嫌なこと思い出させちゃったね。ごめんなさい……」

 頭を下げるリセットにエールは気にしてない、と言いながらその頭を撫でる。

『あっ、んじゃーザンスにもエロい事されてないんだ。あいつ、なんかエールの体は意外と柔らかかったとかエロい声出してたとかやたら偉そうな事言ってたくせに』 

 それはされたよ、とエールが言った。

 ザンスの手というよりは一緒にいた娼婦のシラセの手管のおかげなのだが、確かにちょっと気持ち良かったしそういう声も上げさせられた。

 裸にもされたし、とエールがまっすぐに長田君を見る。

「え、えぇっ!?」

 口を大きく開けて驚いたリセットもつかの間……

 

 

 長田君の頭の中にリアルなエロ妄想の光景が流れた。

 

 

<パリーン!>

 

「~~~~!!」

 

 

 長田君は割れ、そして近くにいたエール達はその妄想の直撃を受けた。

 リセットは耳まで真っ赤にさせながら慌て、エールもそんなエロラレラレ石みたいなことにはなってない、とぶんぶんと頭を振った。

 もしこの場にザンスが居たら長田君を粉々にして砂漠の砂に仲間入りさせていたことだろう。

 

 長田君が割れるときはこんなエッチな事考えてるのか、とエールは思わず軽蔑の目を向けてしまった。

 

 

「……う、うわぁああああん! 俺、死ぬーーーーー! 死んでやるーーー!!」

 

 

 テントを飛び出して地平線まで続く砂漠に走り出そうとした長田君をエールとリセットで必死で引き止めた。

 

………

……

 

「ちょっと落ち着いた?」

 

 リセットが長田君の頬をポンポンと叩く。

『しくしく…』

「呪いのせいだから。長田君は悪くないから……」 

 クラウゼンの手の力がなければ、長田君は砂漠のどこかで砂に埋もれ化石ハニーになるところだった。

 長田君は心の底から泣き、テントにはまたしんみりとした空気が広がる。

 

 

「……エール、俺やっぱ解呪されるまで戻らねーわ」

 長田君はエールに向けてそう言った。

「これって周りに感情が伝染するんだろ? なら迷惑かけちゃうしさ……」

『一人は怖いし、寂しいけど、これ以上エロいこと考えてるの知られたら俺マジで首くくることになりそう。一緒に冒険できなくなんぞ』

 ハニーの首とはどこなのか、と思いつつもエールは少し悲しそうな目を長田君に向ける。

「うぅ……リセットさんも何とかしてくれるって言うしそう暗くなるなって」

『かっこつけて庇った手前、今更泣き喚くのもカッコ悪いしなぁ……』

 心の中の声は不安を抱えていながらもエールの表情を見た長田君は出来るだけ明るく声をかける。

 エールは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

『もうあの女王様に土下座でもするかなー、なんかそれも情けないよなあ。そもそも許してくれんの?って感じだし』

 エールは長田君が謝る必要はない、と真顔で言った。

 

「リセットさん、エールが変なことしないように見ててくれよな。シャングリラに単身乗り込むとか何か無茶すっかもしれねーからさ」

「うん、エールちゃんの事は任せて」

 リセットはエールの手を握った。

「ご飯とかは後でまた持ってくるからね。……エールちゃん、魔法ハウスに戻ろっか」

 

 

 不安げな空気を感じたまま、エールはリセットに手を引かれてテントから離れていく。

 

 

 エールと長田君が仲良く使っていた楽しい冒険の思い出が詰まったそのテントは砂に埋まってしまいそうなほど小さく見えた。

 

 

………

 

 

「町が近いとはいえ砂漠にはモンスターも出るし一人じゃ危ないんじゃないかな……?」

 長田君がしばらく戻ってこないこと告げると、スシヌは心配そうに俯いた。

「確かに陶器の心の声はうるさい上にしょうもないが、通りすがりのやつにモンスターだと思われて経験値にされるんじゃねーのか」

 ザンスの問いに、 長田君はああ見えても魔王討伐の冒険を一緒にこなしたハニー、そのあたりの魔物に負けるほど弱くはない。

 それどころかハニーの中でも珍しいほど高レベルでスーパーハニーにも匹敵する実力を持っているはずだ、とエールは答えた。

「あのハニーさんすごいのね。気のいいハニーさんなのは分かったんだけど」

 モダンがふわふわと浮きながらそう言った。

 セクハラ的な事をさんざん思われ――言われてもほんわかとしているのが、長田君が一押しという理由も分かるなとエールは一人その豊満な胸をじっと見つめる。

「そういえば長田君はハニーさんなのに眼鏡よりもおっぱいが好きってすごく珍しいわよね。うちは眼鏡をかけてる人が多くてマジックとかいつも困っているものだから」

 長田君がスシヌは眼鏡が似合っていてとても可愛いと言っていた。

「えっ? そ、そうなんだ」

 少し嬉しそうにするスシヌを見つつ、胸が小さいのが残念と言っていたのでエールは自分の胸を触ってみる。

 大きさはスシヌと同じぐらいだろうか。エールは大きくなると良いね、と呟いた。

「えっ……?」

 スシヌは目を点にした。

 

 

 その日はパステルからの返事が来るまで、冒険話で盛り上がった。

 長田君の視点とは違う、ハニー城で捕まった時の話をスシヌとエールが話す。

「それでスシヌちゃん呪われちゃったんだ。二人とも、大変だったねぇ」

 でも終わってみればあれも楽しかった、とエールはしみじみと語った。

「ふふふ、ハニワの里温泉に桜の通り抜けか。私も近くまでは行ったことあるんだけどどっちも体験はしてないな」

 今度一緒に行こう、とエールが誘ってみる。

「今はお仕事あるから難しいけど、エールちゃんとまた冒険は行きたいな。とっても楽しそう」

 

 リセットを中心にわいわいと楽しく話をしている中、ザンスだけは仏頂面をしていた。

 そしてザンスはついでとばかりにリーザスの近況を話すと、エールとレリコフが捕まった事件と東ヘルマンの事を話し始めた。

 

「次の新年会では東ヘルマンを潰す相談しねーとな。お前や大統領とかヘルマンの連中はあくまで和解がどうとか言ってたが、それが甘っちょろいって少しは分かったろ」

「潰すって……戦争はだめだよ」

 ザンスはリセットを軽く睨む。

 リセットは悲し気な瞳を浮かべつつもザンスをまっすぐ見返した。それは姉ではなく、シャングリラの外交官の表情である。

「東ヘルマンには魔王や魔人に苦しめられて逃げてきた、罪のない人達だって大勢いるんだよ。元からその土地に住んでいる人達だって……大きな戦争になったらそんな人まで巻き込んじゃう」

「バカどもが溜まってるうちにまとめてさっさと掃除すんのが楽なんだよ。少し前に魔人討伐隊とやらがエールの日光目当てに狙ってきやがったし、敵は潰せるとこから潰さねーとキリがねーぞ。魔王はまだ生きてるってデマまで流しやがって」

「それでもお父さん――魔王がもういないのは真実。あれからもう一年、東ヘルマンの人達だっていつまでも誤魔化し続けられるわけじゃないよ」

 東ヘルマンには世界中から反ランスを掲げている人間が集まっている。

 形だけの和平をしたところで、魔王や魔人への恨みが消えるわけでもなく、魔王の子達を狙う過激派はいなくならないだろう。

 東ヘルマンと隣り合っており、地方貴族の反乱の裏側にその存在があると睨んでいるリーザスとしては多少の犠牲はあってもさっさと潰してしまいたい、としか思っていなかった。

「魔王の脅威がなくなって東ヘルマンから元の国へ帰りたがってる人が多いのはザンスちゃんは良く知ってるでしょ? 誘拐事件を起こしたのは過激派って呼ばれる人たちだから」

 シャングリラ外交官であり世界中で顔が広いリセットは西ヘルマンのシーラと組んで東ヘルマンとの決着を穏便にすませようと動いている最中だった。

 その矢先に大統領の娘であるレリコフ、さらにAL教の法王の娘のエールまで巻き込んだ誘拐未遂事件が発生。

 それは和平交渉が白紙に戻るほどの衝撃だった。

「過激派だぁ? 大方、レリコフを人質に和平交渉を有利にしようとしたそいつらの仕業だろうよ。大体、今更手のひら返すような連中なんぞどこも受け入れてやるわけねーだろが」

「東ヘルマンで活動してた中には、元々各国で有名な人もいるし、ヘルマンが分かれた時に家族が離ればなれになっちゃった人達も大勢居て――」

 リセットとザンスは言い合っている。

 

「実はね、リーザスが東ヘルマンを潰すついでに大きな領土拡大を狙ってるって噂があるの。元々ヘルマンの領地だったところを切り取ろうとしてるって、実際にシャングリラ方面から領土を伸ばしてるから」

 スシヌが隣で難しそうな顔をしているエールに小さく囁いた。

「エールちゃんが危ない目にあったんだから私もそれは許せない。けど戦争すればきっとまた大きな被害が……」

 スシヌもゼスの王女として思う所があるようだ。

 

 とにかくなんだか大変なんだな、とエールはとりあえず頷いておくことにした。

 

 エールは自分が狙われた話ではあるがあまり興味がなく、頭に浮かんでいるのは長田君のことだけだった。

 

 たぶんパステルはリセットの手紙を読んでも意地を張ってそう簡単に呪いを解いてはくれないだろう。

 

 こういう時にタイミングよくシャングリラが魔物や東ヘルマンに襲われてそこをさっそう助けてお礼に解呪、というのが頭を過ったがそんな都合のいい事が起きるはずもない。

 場所が砂漠のど真ん中であり、そして国際共同都市として栄えるシャングリラの防衛は見た目以上に整っていて攻められたとしても易々と攻め切られることもない。

 

 エールは魔法ハウスの窓から外を見上げた。

 日が高くなればまたうだるような暑さになるだろう。長田君はテントの中で暑いと叫んでいるだろうか。

 

 ……本当にいざという時は誰に止められても実力行使をしよう。

 だがそうなればリセットはとても悲しむ。

 前の冒険でもたった今も世話になっている可愛く優しく頼りになる姉にそんな真似はしたくはない。

「エールちゃん? だ、大丈夫?」

 

 

 スシヌに心配されながらエールは姉と親友への思いを天秤にかけつつ一人唸った。

 




※イベント告知
4/29のCOMIC1、サークル「びんぼうゆすり」様(F81a)にて委託で薄い本を置いていただける事になりました。
「エールちゃんの冒険」の番外編のような18禁小説本ですので詳しくはTwitter(@Ruika5503)をご覧ください。本文のみいずれ無料公開予定ではありますが、イベントにいらっしゃる方はどうぞよろしくお願いします。
 


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エールとリセット 1

 それからキナニ砂漠を背景に何日が経過していた。

 

 

 ピグやロナが持ってくる手紙を読むたびに、リセットは表情を曇らせる。

「……お母さん、一度拗ねちゃうと長いからなぁ」

 ロナから物資や仕事らしき書類を受け取りつつ、肩と長い耳を落とした。

「私からも言ってみたんだけどね。無礼な事を言ったのはそっちの方だから、誠心誠意謝罪があるまでは解呪はしないって。あと手紙じゃなくリセットと直接話すから戻ってくるようにって言っていたわ」

 モダンの話でも手紙での交渉は難しそうである。

 

 業を煮やしたのかシャングリラからリセットの捜索隊のカラー達がやってきた。

 お互いに武器を構えて一触即発の空気になるところだったが、リーダーはイージスでリセットが間に立ち頑として戻らないと伝えると素直に引き返して行く。

 

 もし戻ったらまた最初の時みたいに会わせないようにするんじゃ、とエールがリセットを見た。

「大丈夫、私は長田君の解呪が終わるまで絶対戻らないからね。急ぎの仕事はロナさんが持ってきてくれるし――」

「さっさと交渉すんなら仕事なんておっぽりだせばいいだろが。意味ね―じゃねーか」

 景色が一面砂だけの砂漠では特にやることもなく、砂漠の暑さもあってザンスはイライラとしてリセットを睨む。

「うっ……でもやらなきゃ困る人本当に多いんだもん。急ぎのお仕事だけはやらないと……西ヘルマンで色々あってゼスに行けなかったし本当なら次はリーザスと自由都市を回る予定だったから、それが遅れてるだけでも困ると思うんだけど」

「お姉ちゃんは色々と責任ある立場だもんね。シャングリラの外交官で各国の橋渡し役で次期カラーの女王様でもあって」

 将来、国を導く人たちは大変だね、と言いながらエールはリセットやスシヌを見た。

「むしろ魔王の子で自由にやってんのはお前ぐらいだぞ」

「ふふ、エールちゃんも法王様になったら大変だよ。このままいけばエールちゃんが最後の神魔法の使い手さんだもん」

 エールは首を振った。

 

「でもシャングリラの交渉事とかリセットちゃん抜きで大丈夫なのかしら? パステルさんは昔からそういうの苦手でずっとリセットちゃんが窓口だったわよね」

「お母様はペンシルカウだし、その分のお仕事は全部パステルやサクラがやってるけどすごく大変そうだったわ。意固地になっちゃってるものだから働きづめでますます怒りっぽくなっちゃって」

 パセリやモダンの言葉にリセットは心配そうな表情を浮かべる。

 喧嘩中とはいえ大事な家族、責任感もあるリセットにとってはどちらを選んでもつらい選択だった。

「でも謝るまで解呪はしないってことは――」

「言っとくが俺様は絶対に村長なんぞに頭は下げねーぞ」

 エールも頭を下げる気は全くない、と頬を膨らませる。

 

 

 リセットは板挟みになりつつ、色々と考えたが良い案が浮かばず困り果て机につっぷした。

 エールとしても砂漠は退屈で冒険する場所もなく、長田君も心配。姉と話をするのは楽しいとはいえ、進展がないというのにイライラとしていた。

 

 やっぱりシャングリラを燃やすと脅迫するとか、人質を取るとか……

 

「や、やめて! 余計に怒らせるだけだから! 関係ない人に迷惑かけちゃダメでしょ!」

 物騒な提案をするエールの目は本気だった。

「それにエールちゃんは有名人というか、顔はまだまだ知られてないけど魔王を倒した英雄さんって言われてるのに、そんな物騒なことしたらどんな噂になるか分からないよ」

 自分の評判なんてもはや些細な事だ。

「エールちゃんのお母さん、クルックーさんにもすごい迷惑になっちゃうよ。AL教の評判も悪くなっちゃうかも」

 リセットから母の名前を出されてエールは言葉に詰まった。

 いっそ魔物とか盗賊団とかがシャングリラを襲ってピンチにでもなってくれればそれを助けて――とエールは口を尖らせた。

「エールちゃん!」

 リセットは耳を吊り上げながらエールに怒った。

 

 膠着状態は続いたが、長田君の代わりとばかりにリセットは魔法ハウスでの家事に精を出していた。

 台に乗ったり背伸びをしたりしながら、小さな手を一所懸命に動かしている。

 

 それを微笑ましく眺めていたエールは、リセットは母親にも父親にも似てない、と何気なく呟いた。

「そう言うエールちゃんはお母さん似? お父さん似?」

 モダンがその呟きを聞いて笑顔でエールに話しかけてきた。

 たゆんと揺れる胸元が目にいくが母親似、とエールが力強く返事をする。

「ふふっ、リセットからエールちゃんのお話を聞いててね。私はランスさんに似てるなって思ってたの」

 エールは少し頬を膨らませる。

 父と話したことはほとんどなく噂ぐらいしか知らないが、英雄という話と同時に極度の女好きで素行の悪い人である。

「あっ、褒めてるのよ? ランスさん、周りに色んな人がいてみんなに慕われてて、それにとっても優しくていい人だったから」

 エールは目を見開いた。

 優しくていい人、なんていう言葉は父の評判で初めて聞いた言葉である。

「ランスさんはカラーの皆にとっても優しくてとっても慕われててモテモテだったの。私のお母様にもお婆様にも認められていて、私もパステルのお婿さんになって欲しかったのよね」

 父の女好きは有名だ。優しかったのならそれはカラーが美人揃いだからだろう、とエールは考えるまでもなかった。 

「昔、クリスタルの森が襲われたときにランスさんが颯爽と駆けつけてみんなを助けてくれたのよ。とっても素敵だったわ……ランスさんが来なければパステルもリセットもみんないなくなって、ううん。カラーが絶滅してたかも。魔王になった時のランスさんは怖かったけど……」

 モダンはエールにランスの事を話していく。

 

 固そうに見えるビビッドや苛烈なイメージのあるフルですらランスの事を認めていたこと。

 モダンの初めてのデートの話や、リセットをパステルと一緒に可愛がっていたことなどそれは各国で聞いた英雄・魔王・部類の女好きといったイメージとはまた違う"父親"を思わせるような話だった。

 ほんわかとした話を聞くとモダンが父・ランスを優しいという理由もわかり、エールは興味深くその話を聞いた。

 

 話をしている間のモダンはとても幸せそうで、エールは少しだけ父を誇らしい気持ちになる。

「えっちな事もとってもい気持ちよくて……って、こ、これは違うの」

 モダンもまた父の女の一人なのだろうと推測できたが幽霊にまで手を出すとは一体どうやったんだろう、とエールは首を傾げた。

 

「だからね。エールちゃんはちょっとランスさんに似てると思うの。みんなをちゃんと引っ張ってくれて、あと雰囲気がちょっとね」

 エールは今度は少し嬉しそうに頷いた。

「エールちゃんが男の子だったらリセットのお婿さんにって思ったかもね。パステルは嫌がるだろうけど……あっ、ごめんなさい。エールちゃんは女の子なのにこういう事を言うのは失礼ね」

 ビビッドから男でなくて残念だ、と言われたことを話す。

「お母様もそう感じたのね。うん、エールちゃんが男の子だったらな―…リセットは私の自慢の孫なのだけど恋愛事に関しては疎くて悪い男に騙されないか心配なの」

 モダンは自分がまさにそうだったのに気づかないまま、働いているリセットを目で追いかける。

 未来のカラーの女王になるという重責、父親の事で苦労も多く、魔王が居なくなってなお各国との交渉の場に立ち、橋渡し役を担ってくれている。

 

 だからこそ一人の女の子としても幸せになって欲しい、それはパステル達家族はもちろんシャングリラやクリスタルの森で暮らすカラー達の願いだった。

 

「エールちゃん、リセットの事よろしくね」

 

 それはきっと兄弟姉妹の願いでもあるだろう。

 エールはリセットには変な虫がつかないようにしなければ、と大きく頷いて気合を入れた。

 

……… 

 

 エールが魔法ハウスの二階を掃除していると天井裏から妙な気配を感じた。

 

 くせ者ー!と叫んで天井裏をほうきで突く。

 

「むむっ。気配は消してたのに、さすが主君でござる」

 

 そんな声と共に天井が開いてにゃんにゃんのような一人の忍者がシュタッと降りたった。

「不肖ウズメ、ただいま戻りましたでござる。魔物界近辺からリ-ザス、自由都市、シャングリラと回るのに時間がかかってしまったでござるよ。合流が遅れて申し訳ないでござる」

「ウズメちゃん!?」

 一緒に掃除をしていたリセット達は驚きながらも笑顔でウズメを出迎えた。

「しかし、忍び込んでるのにすぐ気付かれるとはウズメもまだまだでござる」

 敵意はないが確かな視線を感じた、と答えながらエールはニコニコとしながらお疲れ様とウズメの頭を何度も撫でた。

「ウズメちゃん、お仕事お疲れ様。でもどうして天井裏から?」

 スシヌが気持ちよさそうに撫でられ照れているウズメと天井を不思議そうに見比べている。

「天井裏に潜むのは忍者としての常識、と母上殿から賜った忍法帳に細かく書いてあったでござる。憧れの天井裏があったのでつい……程よい狭さと暗さが聞いていた通りでウズメちょっと感激しちゃったでござる」

 掃除用か物置の扉か、エールは今まで気が付かなかった天井の扉をじっと眺めた。

 その目は好奇心にキラキラと輝いている。 

「あっ、主君といえども天井裏は譲れないでござるよ? あそこは忍者が使うものと相場が決まっているでござるからしてっ」

 うずうずとした様子で天井を見つめているエールにウズメが焦った。

 あとでお邪魔させてね、とエールが少し残念そうにした。

「了解。綺麗にしておくでござる」

 ウズメの泊まる部屋が自然と天井裏に決まった。

 

「ウズメちゃん、お仕事、お疲れ様。エールちゃん達からお話は聞いてるけど、一緒にスシヌちゃん達を助けてあげたんだってね。ありがとうね」

 リセットはぎゅっとウズメの手を握った。

「ウズメはみんなのパシリでござるからして。あっ、シャングリラで起きた事情は全て調査済みでござるよ」

 そう胸を張ったウズメに素直に聞いてくれればいいのに、とエールは首を傾げた。

「解呪に行って逆に呪いをもらうとは災難だったでござるな。何でも心の内を隠せない呪いだとか」

 エールが拡散モルルンの事を話すとウズメは冷や汗をかいた。

「詳しく聞けばかなり恐ろしい呪いでござるな……」

 ウズメは身を震わせる。

「しかし、常に心を静かにすることが出来れば例え心を読まれるとしても平常心を保てるでござる。しかしそのような事が出来るのは世界でもほんの一握りでござろう」

 ウズメの脳裏に憧れの母親の姿が思い浮かんだ。

 母上殿ならこんなことで心を乱したりしない、とウズメは思ったがその母親が拡散モルルンをかけられ、とんだ醜態をさらした事をウズメは知るよしもない。

 

「しかし、原因は……兄上殿は本当に無礼な方ゆえ」

「だれが無礼だ、コラ」

 物音がしたのに気が付いてザンスが二階に上がってきていた。

「あ、主君殿。リーザスにはちゃんと事情を伝えたでござるよ。リア女王から手紙を預かってきたでござる」

 本当にお疲れ様、と労うリセットを横にザンスがウズメからそれを乱暴に受け取ると中身を読み始めた。

「………」

 そして読み終わった後、そのまま細かく乱暴に破く。

 掃除してるところなのに、とエールが口を尖らせつつ何が書いてあったの?とエールが尋ねる。

「……どうでもいい事だ。それよりウズメ、お前色々調べたとか言ってたな」

 ザンスは話をはぐらかすようにウズメの方を向いた。

 

「ういうい。まずシャングリラ側は姉上殿には手を出さないって思ってるんでござろう。むしろ主君殿と一緒に居れば安心というか、いなくなった危機感とかは全く無かったでござる」

「ならリセットを人質にって手は使えねーな」

 リセットにそんなことをするはずがない、とエールは頬を膨らませた。

「うん、嘘でも私を盾にする脅迫は効かないと思う。お母さん達に思い出話いっぱいしたからね」

 ペンシルカウに行った際にリセットの話を聞いていたカラーの娘たちがエールを取り囲んだように、リセットはエールの事を良く褒めて伝えていた。

「お姉ちゃんに酷いことなんて出来ないよね。やったらエールちゃんとか逆にすっごく怒りそう」

「レリコフに触ろうとした奴も日光に手を出そうとした奴も、きっちり殺したらしいしな。まぁ、エール自身が一番危なかった……と」

 ザンスはそこまで話してはっと気まずそうな顔をしたが、エールは気にすることなく何度も頷いた。

 

 

 実際、長田君の代わりとばかりに家事に精を出す姉は大変可愛い。

 

 すごく可愛いのだ。

 

 魔王の旅では大勢でいたこともあり、冒険の目的もあって気が回らなかったが、こうして姉であるリセットと改めて一緒に過ごす時間が増えるとその凄さが分かる。

 

 掃除に洗濯に料理まで手際よくこなしながら、外交官としての仕事も忘れない。真剣な眼差しに感じる凛とした大人の雰囲気。

 周りに良く気を配り、側にいるだけで安心感と温かさを感じさせる包容力を持ち、しっかりしていて橋渡し役からまとめ役までこなせる。

 そしてそんな大人顔負けのリーダーシップを持ちながら、腰の身長しかない小さくも愛らしい容姿。

 リセットはそれらが奇跡の融合を果たした存在だった。

 

 長く伸びた青い髪に宝石のような青い瞳は大きくなったらカラーの中でもとびきりの美人になるだろう。

 久しぶりに再会したらしい父や兄がリセットに大きくならないで欲しいと言っていた気持ちがとても理解できる。

 

 エールはリセットが大好きだった。

 そんな姉に酷いことなんてできるはずもないし、そんな奴がいようものなら神聖分解波からAL大魔法で跡形もなく消し飛ばすだろう。

 

「え、エールちゃん!?」

 もちろんスシヌやウズメ、他の家族に手を出す奴も消し飛ばすつもりだ、とエールが力強く拳を構える。

「あ、ありがとう。エールちゃんは本当に助けに来てくれたもんね」

「主君に守られるのは立場が逆でござるなあ……」

 スシヌとウズメは真っすぐなエールの言葉に照れるように頬を染めた。

「エールちゃん、男の子だったらすごいモテそうねぇ」

「やっぱりランスさん似かしら?」

 幽霊二人はなんだか楽しそうにしていた。

 

「こ、こほん。話を続けるでござるよ? ……対外的には姉上は過労で病気ということになってるようでござる。そうすれば会いに来た他国の客人も無理に姉上を引っ張り出そうとは思わないでござるからね。お見舞いの品がいっぱい届いてたのを見たでござる」

「そっかぁ……色んな人に心配かけちゃって申し訳ないな」

 エールはボクからもお見舞いと言ってリセットの頭にみかんを乗せた。

 そろそろ2つは余裕で乗せられるようになってきたところなので、3つにチャレンジしたいところである。

「わわっ、え、エールちゃん!」

「にょほほ。こういうとこ主君は変わらないでござるなぁ」

 思わずバランスを取るリセットとみかんを構えるエールをウズメが笑いながら眺めた。

 

「あと長田君の方はちっと大変そうだったでござる。アウトバーンを行く人達に変態ハニーと罵られたらしく泣き声が聞こえてきたでござるよ……気の毒でさっさとこっちに来たでござる」

 アウトバーンを行く人の中に巨乳の女の人がいたのだろう、とエールは推測した。

「エロ陶器の討伐依頼が出されるのも時間の問題だな」

「長田君、テント移動してもらった方がいいかもね。あとで私、お話してくる。町から離れすぎると魔物が出て危ないんだけど」

「なら魔物に食われるかもしれねーな」

 ゲラゲラと笑っているザンスをエールは睨んだ。

 

 最初にシャングリラに来ようとしたときハゲタカとカラスに襲われていた長田君を思い出し、エールは笑い事じゃないかもと心配になった。

 

 

………

 

 

「長田君、泣いてたねぇ……」

 

 エールはリセットと一緒に長田君にご飯を届けた後、魔法ハウスに戻り一緒にお茶を飲んでいた。

 

 

『そりゃ、あんな格好してたらおっぱいに目が行くのは男なら当然だろ!? ビキニアーマーとかおっぱいまるだしみたいな格好してる方が悪いじゃねーの!?』

 長田君は怒っていた。

『いや、そりゃガン見したけどいつもやってることなのに……それをよってたかって変態ハニーとか魔物扱いして襲ってくるとか酷くね……? 俺、イケメンだけど中身は普通のハニーなのに……』

 長田君は泣いていた。

 エールとリセットの二人で慰めたのだが、二人が貧乳なせいかあまり効果はなく

『うわーん、エールー! 助けてー! 早く戻してー!』

 長田君の心の中の声は悲痛になるばかりだった。

 

 

「……早く戻してあげたいね。手紙の文面また変えてみようかな」

 そう言って便箋の前でリセットは唸り始めた。

 

 エールはそういえば呪いを解くアイテムとかないのか、と聞いてみた。

「昔、呪い消しゴムっていうアイテムがあったんだけどね」

 パセリが話したそのアイテムはは元々ゼスの王立博物館で保管されていたレアアイテムである。

 しかしいつの間にかその行方は分からなくなっていた。

「お母さんの呪いを解くようなアイテムがあるならそれはバランスブレイカー級だと思うけど……」

 バランスブレイカー? エールは首を傾げた。

「バランスブレイカーっていうのは世界のバランスを崩すって言われているぐらいすごく強力な効果のあるアイテムとか技術とかのことだよ。危険だからってAL教で集めて封印してたりするんだけど聞いたことないかな?」

 エールは首を振りながらならお母さんに言ってそのアイテムを貸してもらえば長田君やスシヌの呪いが解けるかもしれない?と身を乗り出した。

「可能性はあるね。そのためにはカイズに行かなきゃダメだけど」

 どうせそのうち行こうと思っていた母のいる場所。

 本当なら冒険で行きたかったのだがこの際先にささっと行ってしまおう、とエールがポンと手を叩いた。

「なら一緒にカイズに行こっか。私はそういう交渉は得意だし、クルックーさんに聞きたいこともあるから。次は自由都市方面を回ることになってたしそのまま行ってもいいかもね」

 リセットはにっこりと微笑んでエールを見た。

「ならさっそく、長田君も連れて――」

「心の声が駄々洩れな陶器をどうやってカイズまで連れてくんだよ」

 ザンスが呆れたように言った。

「カイズって確か観光名所でもあるよね? 今の長田君を人が多い所に連れて行くのは難しいんじゃないかな……」

「そこまで行って確実に呪いが解ける保証もないでござる」

 ここで長田君に待っててもらうというわけにもいかない。

 下手すれば戻ってきた頃には冒険者の経験値にされている可能性もある。

「確実に呪いを解けるのはパステルだけなのよね……ごめんなさい。私、お母さんとしてもう一回お話してきます」、

 モダンは申し訳なさそうにふわふわと飛んでいく。

 とても良い人なのだがどうも押しが弱くふわふわとしている、エールは手を振りなが思った。

 

 

 そのまま思い思いに過ごし始めたが、エールは手元のお茶を見て固まっていた。

「エールちゃん、おかわりいる?」

 リセットが心配そうにエールの顔をのぞき込む。

 

 ぴこぴこと動く姉の耳を見ていてふとエールはふと名案を思い付いた。

 

 

 大事な姉であるリセットに酷いことはできない。

 人質として使うなんてとんでもない。

  

 

 ……だが、逆に考えれば酷いことじゃないならいいのではないか?

 

 

 エールはすくっと立ち上がって部屋から出て行くと、パセリを呼んだ。

「はいはい、どうしたの? エールちゃん」

 エールは思いついたその作戦をパセリに相談した。

 

「えっ? ……ふむふむ。なるほどー……うんうん」

 パセリは驚きながらもエールの作戦に耳を傾けた。

 

「………これはパステル女王、すごく焦るでしょうね。スシヌに同じ事したらマジックとか卒倒するんじゃないかしら。酷い事でもないし名案ね」

 エールは建国王のお墨付きを得てガッツポーズを決めた。

「他の子じゃ難しいだろうし私で良ければ協力するわ」

 

 エールはすぐさまザンスとスシヌ、ウズメを呼ぶと同じ事を説明した。

 

「お前そんな趣味が……」

「え、ええええ!? エールちゃん、なんてこと言うの!?」

「……しゅくんのえっち」

 ウズメとスシヌは顔を真っ赤にし、ザンスは目を丸くしている。

 趣味ではなく、作戦。

 誰も傷つかない、平和的な解決方法である。

 

「みんな、どうかしたの?」

 リセットがひょこっと顔を出した。

 

「はいはい、それじゃみんなは外に出ていてね。」

 半ば固まっている三人をパセリが外へ誘導していく。

 

「えっと何か思いついたのかな?」

 ニコニコとしているリセットにエールは大きく頷き、そして――

 

 

 今からリセットにえっちな事をする。

 

 

 そんなエールの言葉にリセットは目を丸くした。

 




※ COMIC☆15にて「エールちゃんの冒険IF」少部数ではありましたが無事に完売いたしました。お手に取ってくれた方ありがとうございました。
  早々に完売してしまい買えなかった方、申し訳ありません。


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魔法ハウスの夜

 今からリセットにえっちな事をする、とエールは言った。

 

「え? 聞き間違い、かな?」

 エールは首を振った。

 リセットはそんなエールの言葉と真っすぐな視線を受けて目を丸くする。

 

 エールの作戦は単純。

 リセットとエールが裸で仲睦まじくしている様子を、魔法カメラで撮ってパステルに送りつける。

 

「え、ええええ!? どうして!?」

 

 シャングリラ側はエール達がリセットに危害を加えることはしないと思っている。

 魔王の子達はみんな仲が良く、家族を人質にとるような真似は絶対にしない。

 だからリセットが出て行ってしまっても強引に取り戻しにくることもなく、パステル達からすればちょっとした休暇程度の認識で余裕があるのだろう。

 

 

 ならばその中が良いを通り越して、深い仲になっているという事になったらどうだろうか?

 

 リセットは大事なカラーの女王を継ぎ、いつかは次期カラーの女王を産む大事な身体である。

 

 エールとリセットが姉妹でそういう危ない関係になりそう、またはなっているとあのパステルが知ったらさすがに急いで取り戻しに来るだろう。

 そこで長田君という相棒を失った寂しさをリセットが埋めてくれいると伝えれば長田君の呪いを解いてくれるだろうという作戦である。

 

 エールは完璧な作戦だ、と小さくガッツポーズをした。

 

「だ、だめです! エールちゃんはまだ子供でしょ! そういうことはいけません!」

 リセットは顔を真っ赤にした。

「フリだけなんだから大丈夫よ~」

 そういってにゅっとパセリがあらわれた。

「なら実際にやらなくても、そういうお手紙を私が出せば大丈夫で――」

「手紙だけじゃ全く信じてくれないと思うわ」

 エールも大きく頷いた。

 パステルならしっかり者のリセットがそんな事をするわけがないと鼻で笑うだろう。

 だから物的証拠を作らなければならない。

「撮影は私がやるからね。パステルさん以外に見せたりもしないから心配しないで……あっもちろん、二人のお邪魔もしないようにするし、スシヌ達は絶対に二階には来ないし、防音の魔法もかけてあるからちょっと声が出ても安心よ」

 エールが感謝の言葉を述べる暇もなく、パセリはどこか楽しそうに小さく手を振りながらすっと消えていった。

 

 また部屋にはエールとリセットが二人きりになる。

 

 しばし見つめ合っていた二人だが、リセットは小さく咳払いをした。

 

「コホン。えっと、まずエールちゃんとお姉ちゃんは姉妹だからそういうことはしないの。それに女の子同士なんて、えっと、その、非生産的で――」

 男の子だったら勢い余ってリセットのクリスタルを青くしてしまうかもしれないが女の子同士だからその心配はない。

「クリスタルを青くってそんなはしたないことを女の子が言っちゃ、だめでしょ!」

 

 リセットは小さい頃は良く分からなかったが、それ――セックスがどういうものなのか今はもう知っている。

 

 父親が魔王になってからもちろん、その前からずっと大のセックス好きであるという事もあり、そういう話は身近な事だった。

 しかし、自身はそういった性経験は全くない。

 カラーの女王は受精の儀式により一般的な性交渉をすることもなく子供を産むことが出来るので未来的にもその必要も無い。

 

 そうは言ってもリセットにも多少の憧れや好奇心はある。

 

 自分の教育係だったアカシロ・カラーから、パステルたちには内緒で人間の男性と駆け落ちした話を聞いたことがあった。

 その話は悲しい結末となってしまったものの、自らに命をささげるような男性と恋に落ちるというのはきっと幸せな事で聞いていてドキドキとしたものだ。

 

 シャングリラの外交官となり、世界中を回る様になって色んな出会いがある。

 体が成長しないにもかかわらず、自分に好意を寄せて言い寄ってくる男だって少なくはない。

 

 忙しく仕事に追われる中で、いつか自分も――という期待が全くないと言えば嘘になる。

 

「えっちな事って言うのは、本来恋人同士がすることなの。冗談とか、フリとか、そういうのでも気軽にしちゃいけない事なんだよ。長田君の事が心配なのは分かるけど、エールちゃんだってそういうことはフリでもしちゃいけないの。と、いうよりも本当は気軽に裸になるのもいけないんだよ」

 

 リセットは姉らしくあくまで冷静に諭した。そのついでにエールが裸を見せるのに躊躇がないあたりにも注意をする。

 

 しかし、その言葉を聞いてエールはといえば不思議そうに首を傾げた。

 

 リセットと違ってエールの性知識は乏しく、また大した忌避感もない。

 

 父親の悪い噂もあって無理矢理するのはいけないと理解はしているものの、結構誰でも気軽にやっているものだと思っている。

 シーウィードでザンスに無理矢理されそうになった時は投げ飛ばしたし、ヘルマンで無理矢理体をまさぐられたときは気持ち悪かった。

 しかしオノハやシラセに触られているのは恥ずかしさを感じるとともに、それはとても気持ちのいいものだったというのを覚えている。

 

 エールはリセットに無理矢理するわけではない、酷い事ではないはずだ。

 

「そ、そういう問題じゃなくて――」

 

 リセットが協力してくれないと長田君はずっとあのまま、あの砂漠で一人泣きながらキャンプをし続ける。

 シャングリラを燃やすより、パステルを殺すより、リセットに剣を突き付けるより安全な方法なのだ、お願いだから協力してほしい。

 そう言ったエールの目は真剣だった。

「で、でも…」

 優しくはするつもりだが、実際にえっちな事ではなくちょっと可愛い声を出すような演技だけしてくれればいい。

 ちょっと触り合うだけのドッキリ映像みたいなもの、本当にそういう関係になるわけではない。

 エールは手を合わせる。

 

「う、うぅ……演技だけなら、いいのかなぁ?」

 あと一押しでいけそうだとさらに畳みかける。

 お姉ちゃん、ボクの事嫌い?とエールは上目遣いで少し泣きそうな顔をしてみる。

「こういう時にお姉ちゃんって呼ぶのはずるいよ……」

 エールがリセットをお姉ちゃんと呼ぶことは少ない。

 

 姉として頼られれば、断れないのがリセットである。

 

「……分かった。長田君のためだものね。え、エールちゃんは女の子だし一緒にお風呂入っているようなものだから」

 

 エールは笑顔になってうんうんと何度も頷いた。

 前に温泉でリセットの胸を触ろうとしたら抵抗されて志津香に怒られ、結局触れなかったのでそれの続きみたいなものである。

 

「お、お姉ちゃんの胸を触っても楽しくないから。……私、こういうの経験なくって、よ、よろしきゅお願いしまひゅ……」

 

 自分に色々言い聞かせつつ、恥ずかしくてろれつが回ってないリセットは可愛く、エールはぎゅっと優しく抱きしめた。

 

 そしてぷにぷにと柔らかく小さい手を掴み、ベッドの上にその小さい身体を押し倒した。

 

 

 

………

……

 

 

 薄暗い部屋の中でリセットが目を覚ました。

 

 

 寝起きは良い方だがその時は特にすっきりとした気分で――体を伸ばそうとして、自らが柔らかい腕に包まれているのを感じた。

 

 はっとして顔を少し上げるとそこにはすうすうと満足げに眠っている少女の寝顔がすぐ横にあった。

 

「エールちゃん……?」

 

 お互い一切服をまとっておらず、すべすべとした柔らかい肌の感触が直接触れ合っている。

 リセットはそこで昨夜の事を思い出し、顔を真っ赤にさせた。

 

「エールちゃんってばどこであんなこと覚えたの……」

 

 体にまだ痺れるような感覚が残っているような気がして、気を紛らわせるように小さく頬を膨らませる。

 ああいう事は本来恋人同士がすることであり、姉としてちょっと怒らなければならない。

 そういえば長田君のところでザンスにちょっかいを出されたという事を聞いたが、こういうことをしたのだろうか?

 だとしたら怒らなければならないのはザンスの方だろうか。

  

 

 リセットがもやもやと考えつつ、眠っているエールの頬をそっと撫でるとエールはむにゃむにゃと「お母さん」と呟いた。

 

 それを聞いてリセットは驚いた。

 

 少し変な所はあるが、強いだけじゃなく慣れないながらも魔王の子達を引っ張りまとめあげたリーダー。

 神魔法でみんなを癒しながら、聖刀・日光や魔剣カオスを扱うことが出来、多くの魔物や魔人と戦い、最後は魔王討伐――リセットが叶えられなかった「父を取り戻す」という願いを叶えてくれた。

 誰にも話さなかった弱音を吐いてしまった事もあるが、そんな不安な気持ちを支えてくれた。

 

 

 大きな存在だと思っていたが、エール自身はまだ子供なのだ。

 

 

 あの後、ずっと眠ったままになってしまったと知った時は本当に心配した。

 魔王討伐の旅でエールはほとんど弱音を吐かなかったが、相当に無理をさせてしまったのだと思っていた。

 

 久しぶりに会ってみれば元気そのものでその心配は杞憂だったようだが、エールの二回目の冒険の話を聞けば心配なことが多い。

 

 エールは何が良い事で、悪い事なのか、母親に似て常識がちょっとずれているところがある。

 前の時も脱ぐことや裸を見せるのに抵抗がないことは知っていたが、あんな事を気軽にしてしまうほど貞操観念がないとは。

 ……もしかして父親の血のせい、と考えるとどうしようもならなさそうなのでそれは置いておくこととしてこれはいけないことだとちゃんと教えてあげなくてはいけない。

 

 他にも世界でもはや新しく覚えられなくなった神魔法やいなくなったはずのレベル神付き、法王の娘で世界を魔王の危機から救った英雄ともなれば、その力を悪用しようとする人間が出るかもしれない。

 実際にAL教ではエールを旗頭にして影響力を取り戻そうとしている一派がいるという情報もある。

 魔王の脅威がなくなった今こそ、姉として色んな事をエールに教えてあげなくては。

 

 リセットは決意に満ちた瞳でエールを見た。

 

 女の子だが、どこか父の面影がある顔。

  

「もしエールちゃんが男の子だったら、か……」

 

 シャングリラに戻り冒険の報告をしたときの事、みんな喜んでいる中でモダンやビビッドがエールちゃんが男の子だったらお婿さんに来てもらえるのにね、と話していたことがある。

 パステルは怒ったり呆れたりしていたが、もし本当にエールが男の子だったらどうだろうか。

 

 とても頼りになって、そして自分を慕ってくれる男の子。

 思わず弱みを見せてしまうぐらい心を許していた。

 

 

 エールが男だったらもしかしたら自分はエールの事を――

 

 

 そんな事をエールの腕の中でぼんやりと考えてリセットははっとなった。

 自分は一体何を考えていたんだろう?

 

「エールちゃん、起きて!」

 

 そこまで考えてリセットは気恥ずかしくなり、エールを起こすことにした。

 

 

 ―――エールが目を開けるとそこには少し頬を膨らませたリセットがいる。

 

 

 おはよう、とエールは眠気で頭がぼーっとさせながら朝の挨拶を返した。

 部屋は薄暗く、普段ならまだ起きる時間ではなさそうだ。

 

「お姉ちゃん、先にシャワー浴びてくるからね」

 

 昨夜の事は何も話さず、リセットがそそくさとシャワー室に行こうとしたのをエールは止めた。

 一緒に行く、と言ってエールが体を起こそうとするとリセットは真っ赤になって首を振る。

 

「だ、だめです! 今日はお姉ちゃんが先。もう朝日はのぼってるけど、起きるには早い時間だからエールちゃんは私の後にゆっくり――」

 

 なぜかその言葉に顔を真っ赤にしながら焦るリセットをエールがじっと見つめる。

 リセットはいつもの朝の動作なのか、カーテンを開けると朝日が部屋の中を照らした。

 

 額にある赤いクリスタルが日を受けてきらりと輝く。

 

 クリスタル、赤いままだね、とそれを見たエールは何気なく呟く。

 

 

「変な事言わないのっ」

 

 

 ちょっと怒ってリセットはシャワー室に行ってしまった。

 

 それを目で追いかけるだけにしたエールはリセットの香りが残ったままの布団にまた顔をうずめながら、昨夜のことを思い出した。

 

 エールがリセットにした事は単純。

 自分がされて気持ち良かったことをリセットにしてみた。

 もちろん、出来るだけ優しく丁寧に。

 自分よりはるかに小さく、ほとんど起伏がない体だが、手を押し返してくる感触と温かい体は巨乳のお姉さん達とはまた違う気持ちが良さがあった。

 なんだか母を思い出すような良い匂いがして落ち着く。

 

 演技だったのかもしれないが、可愛い声を出しながら自分の名前を呼ぶリセットはなんとも愛おしかった。

 男だったらそのまま襲っていたかもしれないことを考えると危なかったかもしれない。

 

 

 ともかく、昨夜はとても楽しかった。

 いつも大人の雰囲気を漂わせているリセットを驚かせるような"悪戯"をするのはやっぱり楽しい。

 

 

 

 エールはいい気分で二度寝に入ることにした。

 

 




※ 三か月ぶりの更新です。遅くなり申し訳ありません。
  何度か書き直したのですが結局直接的なエロ描写は無しという事に……


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解呪 1

 映像は見せてくれないの?

 

 エールは朝のご飯にパンを齧りながら、魔法カメラの中身を確認してる様子のパセリに話しかけた。

 

「あら、エールちゃんってば自分がどんなことをしたとか気になっちゃう?」

 エールはこくこくと頷く。

「見せちゃダメですからね!」

「ふふふ、リセットちゃんの言う通り見せることは出来ないわ。パステルさん以外には見せない約束だもの」

 全員分の朝ごはんの用意をしているリセットがキッチンから大きな声でけん制するとエールは口を尖らせて残念そうな顔をした。

「……うぅ、本当に恥ずかしかったんだからね。もうああいう事は絶対しないんだから。ああいう事は好きな人とするものだって……」

 ぶつぶつと呟きながら小さく恥ずかしがっているリセット。

(何されたんだろう…? いいなぁ、お姉ちゃん……)

 その横で手伝っていたスシヌが羨ましそうに見つめていた。

 

「何をやったのかは分からないでござるが……」

 ウズメは好奇心から詳しい事が気になるのかちらちらとエールをとリセットを見比べていた。

「主君どのは姉上殿と違って今日も変わらぬご様子」

 エールはウズメの視線を受けて少しニヤニヤとした笑みを浮かべながら

 主君を守るというなら主君がえっちな事ををしているときも見張りをする必要があるんじゃないの?とからかうように言った。

「にょえっ!? そ、それは覗きというものでっ……」

 そう返されたウズメはびくっとした。

「しかしくノ一の暗殺は体を使った色仕掛けや同衾中に狙う場合も多いとか……主君の安全を守るという事は、四六時中主君の様子から目を離してはいけないという事でいつかはそういう場面も……?」

 それを想像したのか目を泳がせながら焦る。

「エールちゃん、ウズメちゃんに意地悪言わないの」

 しどろもどろに小さくなっているウズメの頭をリセットがお茶を置きながらポンポンと叩く。

「は、母上殿ならそういった場合も心を乱すことなく冷静に見張りを続けられるんでござろうが、その、ウズメはまだまだ修行が足りないでござるからして」

 

 ウズメが母から受け継いだ忍法帳にはそんな場面に遭遇した際のことなどは書いていなかった。

 きっと書くまでもない事だったのだろう、ウズメの脳裏に浮かぶのは屋根裏からそう言った場面でも一切取り乱すことなく主君の身を守っていたであろう母の姿である。

 実際は母が女をとっかえひっかえしている父の夜の様子を見ながら毎日のように悶々としていたことなどウズメは知る由もない。

 

「エール、お前女が好きなのか?」

 不機嫌そうにしているザンスがエールに呆れた目を向けた。

 エールは少し驚きながら、長田君を助けるために仕方なくやったこと、とさらりと答えた。

「ならいいが。……やっぱその刀の影響じゃねーだろうな」

 日光は口に出さないままザンスを少し睨みつけているような気配を感じて、エールが首を傾げる。

 

「そうそう仕方なく、よね。大丈夫、二人とも"演技"はばっちりだったわ。パステルさんも驚くはずよ」

 演技という言葉を強調しつつ、パセリが魔法カメラの準備が出来たようで、

「エールちゃんがどこでああいう事覚えたのか私も気になるけれどとっても上手だったわ。それじゃ、届けてくるわね~」

 いってらっしゃーい、エールが見送るとパセリはシャングリラの方へ飛んで行った。

 

 

………

 

 エールは気にしていないが、リセットはエールの顔を見るのが朝から恥ずかしかった。

 今もまだ昨夜のことを思い出してもじもじとしている。

 そんな姉をエールは可愛いなぁと思いながら見つめていた。

 

「これでダメだったらどうしよう……」

 

 視線を誤魔化すように呟いたリセットの言葉を受けて、

 その時は最後の手段、リセットのクリスタルを青くするしかない、エールが言うとその言葉にその場の全員がぎょっとする。

 

「ああ、青くするって! 何てこと言うの!」

「いやいや、それはいかんでござるよ!?」

「そもそもエールちゃん女の子でしょ!?」

 青い絵の具かフィルムをクリスタルに張り付けて再度ドッキリ写真を作る。

「え、あ、ああ、そういうことか!」

 エールが言い終わる前に焦ってしまったのでエールの姉達はあたふたとしている。

「エールさん、冗談でもそのようなことは言ってはなりませんよ」

 日光の言葉に頷きつつ、その時は女の自分じゃダメなのでザンスにも協力して貰おう、と手をポンと叩く。

「俺はロリコンじゃねーぞ。どう考えても勃たんわ」

「お姉ちゃんはロリじゃありません! あとザンスちゃん、エールちゃんにえっちな事したでしょ! 知ってるんだからね!」

「なんだ? お前、こいつにシーウィードの事話したのか?」

 エールは首を振った。

 長田君がそういうの考えてたからバレたんだけど話を盛って自慢してたんだね、とエールは思い出したようにじっとザンスに頬を膨らませる。

「……あのクソ陶器、砂漠の砂になりてーみたいだな」

「長田君は悪くないでしょ。大丈夫だったみたいだけど」

 

 

「二人にはちゃんとお話しする必要があるみたいだね」

 リセットは姿勢を正すと改めて姉らしく真っすぐ二人の前に立った。

 

 

「ザンスちゃんにエールちゃん、二人とも冗談でも興味本位でもそういうえっちな事は気軽にしちゃいけないの。エールちゃんもはっきり断らないと」

「別に無理矢理やったわけじゃねーぞ」

 エールもそれに頷いた。

「なら、それじゃ二人は好き合って――」 

「んなわけねーだろ!! 闘神大会のリベンジってんで模擬戦したんだが、こいつがクソ弱くてな。軽々と負かしてやったんだが負けた方を24時間好きにするってのは闘神大会のルール、当然の権利でエロい事してやっただけだ」

 エールは別にそんな約束はしてないのだが、大体合ってるとリセットに説明する。

「……たまたま近くにシーウィードが来ててな。そこでちょっとからかってやっただけだ」

 途中で投げ飛ばされたので結果的に未遂で終わったということは伏せる。

 ザンスはあれからしばらくの間、初めてじっくりと触れた女の――エールの裸体を思い出しては上手くやっていたら童貞を卒業できていたのではないか、と悶々と頭を抱えていた。

 ハニワの里で久しぶりに再会したエールが普通に接してきて拍子抜けするほどだった。

 エールの方は、あの時は目が覚めたばかりでレベルが低かっただけ、と弱いと言われたことに対して口を尖らせる。

「男の子と女の子なんだからからかうだけじゃすまなくて、取り返しのつかない間違いが起きることだってあり得るでしょ? 昨夜の事もそうだけどエールちゃんはそういうのがあんまり良くないことだって分かってなさそうだし、本当ならザンスちゃんがお兄ちゃんとして教えてあげる必要が――」

 セックスはいけない事なの?とエールが首を傾げた。

「好きな人同士、恋人か夫婦がやることなんだってば」

 ボク達のお父さんは?とエールがさらに首を傾げる。

「私達のお父さんはちょっと、いやかなり特別な人だったの! みんなのお母さんはともかく、私のお母さんは今でも怒ってるでしょ?」

 リセットは自分が生まれた経緯を知っている。自分はそれで父を嫌いになることはなかったが、母が嫌う理由も分かる。

 一度仲直りはしたし、母をからかう父はどこか楽しそうでなんやかんや相性は悪くないように見えていたのだが、父が魔王になってから本格的にカラーがペンシルカウにいられなくなり自身がまた一方的に凌辱された事で毛嫌いが再発したようだ。

「確かにランスさんは色々と特別だったわよね。マジックは幸せそうだったけど」

「母上殿も父上殿が大好きだったでござる。何度も話聞いたでござるよ」

 エールも母はきっと父が好きなのだろう、というのは何となくわかるのでうんうんと頷いた。

「特別と言えば聞こえは良いですが、あれはただの無節操というのです。手段も選ばず、女性と見れば誰にでも強引に」

 呆れたように言う日光は父に良いイメージはなさそうだ。

 エールが詳しく聞こうとしたところで

「そうだ。エール、お前が少しは強くなったって言うなら再戦してやっても良いぞ」

 ザンスが話を遮った。

 修行と冒険であの時よりは強くなっていて新しい魔法も覚えたし、ザンスにあんな軽々と負けたままでは悔しい。

 再戦したい、とエールは大きく頷く。

「よしよし。どうせ俺様が勝つに決まってるが、そん時はあれの続きをしてやるからな」

「だからダメだってば! エールちゃんもどうして気軽に頷いちゃうの!」

「どうせこいつの処女は俺様が破るんから問題ないだろ、もちろんスシヌもウズメも」

「ザンスちゃん!!」

「リセットは流石に無理だがなー、がははは!」

 ザンスが笑ったのでリセットがとうとうぎざぎざの歯を見せながら怒り出す。

 

 スシヌやウズメはザンスの言葉に焦り、エールはその光景を見て楽しそうに笑った。

 

 

………

 

 

 ウズメがすっと窓の方に顔を向けた。

「……何やら気配が近づいてくるでござる。うし車か、かなり大勢」

 リセットの説教をザンスとエールが聞き流している間に、テントの外から地響きが聞こえるほど何かが近づいてくるような音がする。

 察知が早いのは流石ウズメだ、と言いながらエールは日光を手に取って少し警戒した。

「な、何かな?」

「くだらねー作戦だと思ったが、あのポンコツ村長には効果覿面だったんだろ」

 ザンスもそう言いながら戦闘態勢に入れるように構える。

 

 魔法ハウスの扉が乱暴に開かれる音がして、ぞろぞろと大勢のカラーが食堂に入ってきた。

「囲まれたでござるなー」

 武装もしっかりとしており、先ほどまでの和やか(?)な雰囲気はあっという間に物々しい雰囲気にかわる。

 

 

「り、り、り、リセットーー!」

 

 

 そして大勢のカラーを押しのけるようにバタバタとパステルが顔を出した。

「お母さん!?」

 パステルがリセットの無事を確認し安堵したのもつかの間、その隣に座るエールをギロリと睨みつけた。

 わなわなと体を震わせ、殺気立っている。

「おのれ、この色情魔の娘がー! やはりあの男とあの法王の血をひいておるものなど、あの場で殺しておくべきだったわ!」

 半泣きで冷静さを完全に失っているのが誰の目にも明らかだった。

「よくもリセットに手を出しおって! 殺す! 絶対に殺してくれる!」

 

 早口で捲し立てると、パステルが手を大きくかざす。

 長く青い髪がはためきながら、その手に周囲の光が急激に収束していく。

 それは周りのカラーが怖気づくほどに悍ましさを感じる呪いの塊だった。

 

 エール達が思わず戦闘の構えを取ろうとしたところで

「お母さん! 落ち着いて!」

 かばう様にリセットが立ちふさがった。

「リセット、そこをどかぬか! そのような色情魔を何故庇う!?」

 そして小さく咳ばらいをすると事前の打ち合わせ通りに演技がする。

 

「えーっと、エールちゃんが長田君がいなくなっちゃってすごく寂しそうだから慰めてたんだけど、そしたら私、エールちゃんのこと好きになっちゃったのー(棒)」

 

 リセットは舌を出しパステルから目を逸らしながら演技を続ける。

 

「エールちゃんが寂しそうだからー、長田君がいればこんなことにならなかったんだけどー、お母さんが呪いを解いてくれないからー(棒)」

 昨夜の名演技はどこに行ったのやら、すごい棒読みなうえ、誘導が雑であった。

 ザンスやウズメがそんなリセットの必死の演技に肩を震わせていた。

 

「な、な、な、リセット! お前は未来のカラーの女王なんじゃぞ!」

 パステルは血が頭に上っているせいなのか、そのたどたどしい演技にも気が付かないままリセットの言葉の意味を理解するのが精いっぱいだった。

 エールも笑いそうになりつつ、仲の良さのアピールとばかりにリセットを後ろから抱きしめた。

 後ろにいなければ即死するような呪いが今にも飛んで来る気がしたというのもある。

「貴様、リセットから離れんかー!!」

 エールは首を振った。

 長田君のかわりにリセットとずっと一緒にいる、と言ってパステルにべーっと舌を出す。

「エールちゃん一人じゃ寂しいもんねー、このままエールちゃんのお嫁さんになっちゃおうかなー(棒)」

 スシヌは「お嫁さんなんて、そんな」と言いながら焦っている。

「呪いを解く方法を探してー長田君の代わりにエールちゃんと冒険にいってシャングリラから出ていっちゃおうかなー(棒)」

 リセットとまた一緒に冒険するのは楽しそう、と言ってエールがリセットを抱きしめる手に力を込めてニコニコと笑顔を浮かべながらリセットの頭に自分の顔をうずめる。

「エールちゃん、くすぐったいよ~……」

 困ったような笑顔を浮かべるリセット。

 その仲睦まじい様子を見たパステルは手から呪いを消し、口をあんぐりと開けている。

 

 

「……あのハニワはどこにおる!?」

 

 

「近くでテントを張っていたようです。連れてくるよう伝えてあります」

 サクラの指示によりすぐにカラーの警備兵にひったてられるように長田君が連れてこられる。

「え、どうしたの?」

『何、カラーハーレム?』

 美人のカラーに囲まれ少し嬉しそうな雰囲気を放っている。

 エールが長田君!と声をかけたと同時に、パステルが長田君をものすごい目で睨みつけながら手をかざした。

「きゃー!」

『うわっ、怖い! めっちゃ怖い! 何でこんな怒ってんのー!? 』

 恐怖で割れそうになりながら内外騒がしい声を出している長田君をキィーンという音と共に光が包んだ。

 

 

 それと同時にふっと長田君の騒がしい心の声が聞こえなくなる。

 

 

「……これで良かろう! さぁ、リセットを離すのじゃ!」

 

 

「あ、あれ? 俺どーなったの?」

 エールはリセットをそっと床に置いて長田君に走り寄った。

「もしかして、俺の心の声もう聞こえてない感じ??」

 エールは大きく頷いた。

 

 

「うわーーーん、エールーーー!」

 

 安心した長田君がエールとぎゅっと抱き合う。

 

 長い間砂漠にいた長田君は砂だらけだったが、エールは気にならなかった。

 

 

 

「良かったね、長田君、エールちゃん」

「やっと元通りか。ったく手間かけさせやがって」

「元はと言えばザンスが怒らせたのが原因だろー! こっちはホント大変だったんだぞー!」

「アウトバーン付近にいる変態ハニーの退治、とか言って依頼とか出されそうだったでござるね」

「えっ、俺そんなやばかったん!?」

 

 長田君が加わってまたいつもの騒がしさが戻ってきた。

 

 ハニーだがちょっとやつれた気がする。

 今日は美味しいものをいっぱい食べさせてあげよう。

 

 エールはそんな事を考えながら、満面の笑みを浮かべた。

 



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解呪 2

 エールが長田君と感動の再会をしている一方。

 

 パステルはそれを冷たい目で見下ろしエールに向けて手をかざして―――その手をリセットが抑えた。

 

「リセット……」

「お母さん、もうやめて。みんな私の大事な家族なんだから」

 真っすぐに自分を見つめる娘の悲し気な瞳。

「それにエールちゃんはみんなを集めて魔王を倒してくれた私達の恩人でもあるんだよ」

 落ち着かせるように自らの手を包み込んでくる小さな手。

 

 クラウゼンの手の力を貯めるため、何年も巻かれたままだったその手の包帯は既に無い。

 魔王になったあの男に近付きすぎていつか帰って来なくなるのではないかという心配も、もはや無いのだ。

 

 

 パステルはすっと怒気をおさめた。

 

 

「うぅ……なぜこのような事に。リセットが……大事な娘が……」

 それと同時に腰が抜けたようにペタンと座り込む。

「妾はご先祖になんと報告したら……やはりそやつを殺して……だがリセットが大事な家族じゃと………うぅっ……」

 真っ青になってうずくまるパステルは目に涙を浮かべて震えていた。

   

 エールが長田君との再会をひとしきり喜んだあと、パタパタとパステルに近付く。

 茫然としたままのパステルに、さっき言ったリセットの言葉は全て演技です、と得意げにばっと両手を上げてネタばらしをした。

 

「……なんじゃと?」

 その言葉を聞いたパステルは正気に戻って目を見開いた。

「な、ならあの写真や映像は?」

 あれも演技でリセットにも協力して貰った、エールが親指をぐっと立てリセットと視線を合わせた。

「そ、そう。もちろんあれは演技だよ!」

 リセットは少し目を逸らしながらも、

「お母さんがどうしても呪いを解いてくれなさそうだからどうしたら長田君の呪いを解いてくれるのかなって作戦を考えたの……心配かけてごめんなさい」

 ちゃんと説明をしながら謝った。

 

 それを聞いたパステルはふらふらと立ち上がる。

 

 娘のあられもない写真を見て血がのぼってしまったが、落ち着いて考えればやはりあのしっかり者で真面目なリセットがあんなことをしたりされたりするはずがない。

「そ、そうか、偽物だったか……」

 騙されてしまった悔しさや情けなさもあるが、娘が毒牙にかけられていなかった事への安堵の方がはるかに大きかった。

 

 一度ぎろりと目の前にいるエールを見返したが、悪気の無さそうなエールの表情を見てパステルは呆れるように長い溜息をついた。

 

「……妾はシャングリラへ戻る」

「みんな一緒に戻っていいんだよね?」

「好きにしろ」

 パステルの言葉を聞いてリセットの顔がぱっと明るくなった。

「リセット。ここの片付けが済んだらここにいる全員を連れて妾の執務室まで来るように」

「え? まだ何か――」

 聞き返そうとするが、パステルは振り向かず魔法ハウスを出て行ってしまった。

 カラーの警備隊もそれに続き、物々しい雰囲気とともに魔法ハウスを取り囲んでいた気配も消え去る。

 

 

「それじゃ、魔法ハウスをしまってシャングリラに行こっか?」

 首を傾げるリセットだったが、精いっぱいに明るい声でみんなに話しかける。

「そういえば俺テントだしっぱなしだー! てか、砂まみれでちょっと埋まっちゃっててさ」

「砂まみれなのはてめーもだろうが。砂から掘り出された石器みたいになってんぞ」

 ザンスが出土したハニワと言って笑っていた。

 抱きついたエールの服も砂だらけだが、ザンスの言葉に笑った。

「笑うなよ、もー! はやく風呂入りたい! ってか、誰か片付けるの手伝ってー―」

 ボクが行く、とエールが応えようとしたところで部屋の外からふいに声をかけられた。

「リセット様も皆様も、無事でよろしゅうございました」

 カラー達が去った後、入れ替わるようにロナとイアン、さらにその二人の頭の上や脇にわらわらとピグが顔を出している。

「仲直りできてよかったねー」

「ピグちゃん達も、連絡係ありがとね」

「皆様がお泊りになる宿などは私が手配させていただきます。リセット様は皆様とパステル様の所へ」 

「テントの片づけは私が参りましょう」

「あっ、中にある荷物は俺がまとめるんでー…すんません。助かるっす……」

 イアンの言葉に人に優しくされるのも久しぶりな長田君は少し感動していた。

 さらに細かい掃除や各種メンテナンスもやってくれるというロナにエールは魔法ハウスを預けることにする。

 メイドと執事、頼りになるなぁとエールは一匹のピグを手に乗せながらお礼を言った。

 

 

 エール達がそうやって出発の準備をしているのと同時刻。

 

 シャングリラまでの帰り道でパステルはどんよりとした空気を背負っていた。

「サクラ、例の物だが言い値で買うから持ってくるようにと伝えよ」

「かしこまりました。……代金はゼスに請求できないか、交渉することに致しましょう」

「うむ。頼んだぞ」

 サクラの言葉に、パステルが頷いた。 

 

………

……

 

 

「お母さん、みんな連れて来たけど」 

 

 リセット達は久しぶりに来たシャングリラの町中でお腹空いたと言ってうろちょろしようとするエールと風呂入りたいと騒ぐ長田君を引っ張りながら、館の都市長執務室前まで来ていた。

 ガチャリと部屋の扉を少し開けたところで

 

「貴様、前に提示してきた金額から随分と値が上がっておるではないか!!」 

「そりゃあれから数日経ってますさかい。物の値段も変動するってもんでっしゃろ」

 パステルと誰かが言い争っている声がした。

 

「これは本当にほんとーにレアもレアな逸品のバランスブレイカー、手に入れるのほんま苦労したんでっせ」

 対峙している人ではない生物はシャングリラ都市長にしてカラーの女王であるパステル相手に全く怯むことはない。

「あんさんらが探しても手に入れられるとは到底思えまへんな」

「うっぐぐぐぐ……!」

「払えないなら商品は下げさせていただくだけでごわす。次はまたまた値段上がってしまうやろなー」

 

 そう言ってふよふよと部屋から出て行こうとする一匹の謎の青色生物。

 エール達はその顔に覚えがあった。

 行く先々に現れては使い道のなかった金塊をレアだというアイテムと交換してくれていた、なんでも屋のプルーペットである。

 

「わ、分かった。払ってやるからそれを寄越すのじゃ!」 

 出て行こうとしたプルーペットをパステルが引き止める。

「毎度ありー」

 苦々しい顔をしたパステルに大して余裕の表情――といっても変化はしないが――でプルーペットが商品を手渡す。

「毎度どーもー。王族のみなさまがぞろぞろと、おひさしぶりでんな」

 そして出て行こうとする際にわざとらしく気が付いたようにエール達に声をかけてきた。

「いやいや、何でも魔王を討伐されたとか。ワテの売った商品達もお役に立てたましたん?」

 エールは頷いた。

「それは何よりでんな。またいつでも交換受け付けまっせ」

 実はほとんどの商品が金塊と釣り合わないようなものばかりだったのだが、エールにその価値の違いなど分かるはずもない。

 むしろ金塊なんて持ってても何の役に立たないとすら思っているエールはプルーペットにとってはいいお客さん(カモ)だった。

「用は済んだのならさっさと出て行かんか!」

「はいなはいな。またごひいきにー」

 

 

 

「まったく……して、やっと来たか」 

「とっくに来てたわ」 

 ザンスの物言いにパステルはまたむっとしたが横にリセットを見て気を落ち着かせる。

 

「……ふん。ゼスの娘、こっちにきて座るが良い」

「え? あっ、わかりました」 

 パステルはスシヌを椅子に座らせると、見慣れない指輪を指にはめた。

「眩しくなる。目をしっかりと閉じておけ」

 スシヌが頷いて目を閉じたのを確認し、パステルはスシヌの顔、眼鏡に手をかざした。

 

 

 前の時のようにほわんと光ではなく、辺りを覆いつくすような真っ白な光が部屋を覆った。

 

 

「まぶしー! 目、目、痛ー!!」

 騒ぐ長田君の横で、何をするのかと興味津々にのぞき込んでいたエールも目を開けてはいられない。

「くっ……!」

 ただパステルが奮闘しているような声が聞こえる。

 

 

 しばらくすると光が徐々に薄れ、目も慣れていく。

 

 

「これでいいじゃろう。……眼鏡を外してみよ」

 スシヌは驚きつつ、言われるままにゆっくりと眼鏡を外してみた。

 

 眼鏡が顔に戻っていく気配はなく、スシヌは眼鏡を完全に外すとそっと膝の上に置いた。

 

「め、眼鏡が外れるようになった!」

 

 

 眼鏡をはずしているスシヌはなんだか違和感があるぐらいに長い間見ていなかった。

 眼鏡をつけてるスシヌも可愛いが、外しててもやはり美少女である、とエールは思った。

 長田君がちょっと少し残念そうなのはやはりハニーだからだろうか。

 

「あ、ありがとうございますっ」

「スシヌの為にありがとうございます。パステルさん」

 スシヌが立ち上がってパステルに深々と頭を下げ、またパセリも一緒に礼を述べる。

 その後ろでエールとウズメは小さく拍手をしていた。

「ふん、せいぜい感謝すると良い」

 無事に呪いが解けたことでパステルは安堵のため息をつきながら、少し得意げに胸を張った。

「あれー、前は呪い解けなかったのになんで今回は出来るようになってんの!?」

「プルーペットから買ってたその指輪だろ。アイテムで解呪できるならポンコツ村長要らねーじゃねーか」

 

「アイテムで解呪したわけではないわ! これは妾の力を増幅させる呪術ブースターと言う貴重なアイテム、バランスブレイカーじゃ。……あれだけ法外な値を要求されて一回きりとはな」

 パステルは割れた指輪を眺めた。

 指輪はまっぷたつに割れていて、もはや使い物にならない。

 

「お母さん、ありがとう! やっぱりお母さんはカッコいいね!」

 

 自分が居ない間、母はスシヌの呪いを解く方法を探していてくれていたのだ。

 リセットはそんな母の優しさが嬉しく、思わず抱きつく。

 

「う、うむ。妾は偉大なカラーの女王、これぐらい大したことはない」

 

 女王として母親として何とか面目を保てたパステルは口元に笑顔を浮かべて、抱きついてきたリセットの頭を撫でる。

 

 無邪気に抱きついているリセットは可愛く、同時にエールは母クルックーのことを思い出して寂しさを感じた。

 エールもまたポンコツ女王だと思ってたところを一気に見直し、だましてしまったことを改めて謝罪し感謝の言葉を述べる。

 

「お前が男であったらとっくに殺しておるわ」

 男だったらリセットにあんなことしません、姉が大好きなのでとエールは笑顔で伝える。

「ふん、素直に礼が言える辺りはあの両親よりは多少マシじゃな。用はすんだじゃろう、出て行くが良い」

 エール達ともう話がしたくないのか、それとも照れ隠しなのか、パステルはそう言ってエール達を部屋から追い出す。

「リセット、こやつらがこれ以上何かしでかさないかしっかり見張る様に」

「うん! みんな大事なお客様だもんね。任せて!」

 パステルの言葉をもう少し大切な兄弟たちと一緒に居る時間をくれる、と解釈したリセットは嬉しそうに応える。

 そしてちょうどいいタイミングでロナが宿の準備が出来たと言って現れる。

 風呂に入りたいと騒ぐ長田君を筆頭に、わらわらとエール達は宿に向かって行った。

 

 

 静けさの戻った執務室。

 

「パステル、立派だったわよ」

「お母様……」

 モダンがふよふよと現れて、優しい表情でパステルの頭を撫でる仕草をする。

「ランスさんが元に戻ってから、リセットってばずっと各国を飛び回っていたもんね。お正月みんなで集まる時ぐらいしかお休みなくて、たまにはお休みさせてあげなくちゃ」

「それはシャングリラの外交官として、次期カラーの女王として仕方のない事。同行を許しているのも、ただあやつらを見張りもなく勝手に動き回らせるわけにもいかないというだけです。あの娘は前にも酒場で暴れておりますし」

「お婆様は楽しそうだったわ。お母様がカラーの皆を助けてくれたって言ってたでしょう? それにリセットもいっぱい助けて貰ったわ」

「それは知っております。だから、その借りを返したでしょう」

 カラーの女王として、リセットの母親として。

 エールの成した事は紛れもなく英雄的であり、感謝するべきことであった。

「エールちゃんってランスさんに似てるわよね?」

「最悪ですっ!」

 

 そう、エールはランスに似ている。

 浮かべた表情か、瞳や髪の色か、人をバカにするような態度か。

 それだけでパステルはエールが苦手だった。

 

「お母様がエールちゃんが男だったらリセットの婿に考えるのにって言っていたわ。ちょっと残念ね」

「冗談でもやめて下さい! そうだったらリセットに近寄っただけで殺してやります!」

「そうね、少し前に来た時もランスさんったら戻ってきてそうそうパステルの体を借りて一発とか騒いで……やだっ、変な事言っちゃった。と、とにかくカラーはみんな若いままだからハーレムに入れてやるーって」

「次にシャングリラに来たら、今度こそ殺してやりますっ!」

 憤るパステルとほんわかとしたままのモダン、母娘はまだまだ一人の男に振り回されていた。

 

………

……

 

 大きな温泉のある宿、エール達は女四人と幽霊一人で温泉に入っていた。

 エールはじゃぶじゃぶと温泉で体を洗い、熱い湯に浸りながら色々と思い出す。

 

 ここははじめてシャングリラに来た時に泊まった高級ホテルである。

 支配人のムラクモが出迎え バイタルも問題なく働いているようでエールを見て何度も頭を下げている。

 エール達が魔王を討伐した事も知っていて、リセットの客だという事もあって最高級の部屋を使わせてくれるらしい。

「いやー懐かしいなー、ここもさ! エール覚えてる?」

 魔王討伐の旅でシャングリラに寄った時は盗難騒ぎで一悶着あったのが懐かしい。

 そういえばここで志津香やナギと会ったのだ。

「あん時はここで一気にパーティの潤いが増したんだよなーっ! 今はやっぱ乳的に足りねーわ」

 余計な事を言った長田君はエールに叩き割られた。

 エールは長田君を割ったばかりの腕を振り回しつつ、ちらっとリセットを見て謎の美少女探偵、と呟いた。

「あ、あれは忘れてっ!」

 慌てるリセットとエールと長田君以外は疑問符を頭に浮かべていた。

 

 

「写真を出鱈目じゃーって騒ぐパステルさんにラレラレ石を見せた時は凄かったわ。フルちゃんとお友達じゃなかったら私消されちゃってたかも」

 温泉に浸りながら、エールはパセリに改めて礼を言った。

 作戦は大成功だった。

「いいのよ、スシヌの為でもあるもの」

「ありがとう、エールちゃん、おばあちゃん」

 久しぶりにお風呂に入る時でも眼鏡が外せることに視界はぼんやりしている中、スシヌは感動していた。

「怖い呪いだったよ。もうほとんど慣れちゃってかけてるのが当たり前になってたから……意識を変えられちゃうって感じだったの」

 呪いの影響でほとんど違和感もなくなっていたところだったのだが、外せるようになるとやはり四六時中つけているというのは負担だったことがわかる。

「流石は最強のハニーと名高いハニーキングの呪いといったところでござるな。それを解いたパステル殿も流石の腕前でござる」

「うん。呪術ブースター使っても、お母さん以外は解けなかったと思う」

 リセットは少し自慢げだった。

「解けなかったらウズメの母上殿に解呪方法を探して貰うところでござった」

「そういえば、かなみさんは元気にしているのかしら?」

「暗殺、情報、裏取引、世界中の裏稼業を取り仕切る母上殿に休みはないでござる。いつもキリっとして……」

 そこまで話してから、おずおずと本当の事を話し始めた。

「……今だから言える話でござるが、ウズメ、久しぶりの再会で母上殿にたくさん怒られて泣かれたでござる。ウズメに会った時に溜まった疲労が一気に出たのかそのまま倒れてしまったでござるよ」

「だ、大丈夫だったの?」

「いざという時の事も考えていたようで、仕事は母上殿の部下がこなしていたようでござる。それにしてもあんな母上殿はもう見たくないでござるにゃあ……」

 そういえば無事だったのだけ知らせて、魔王討伐までずっと連れまわしていたのだ。

 無事だった娘が今度は魔王討伐と聞けば心配するのも無理はない、エールはウズメの力が必要だったとはいえ少し悪い事をしたとしょげた。

「いやいや! そんなことはないでござるよ!?」

 そんなエールを見てウズメは声を張り上げる。

「そもそも主君殿に助けて貰ってなかったら東ヘルマンで良くて鉄砲玉、悪ければばれて処刑になってたかもでござる。母上殿も本当に感謝してたでござるよ。是非、直接礼を言いたいと。まだ冒険を続けるならぜひ立ち寄って欲しいでござる」

 どこにいるのか、エールは尋ねた。

「世界中に支部があるでござるが、母上殿は今はロックアースにいるでござるよ。おっと、これは内密に。敵も多く、常に命を狙われる方ゆえ」

 自由都市ロックアース、聞き覚えのない町の名前だが、自由都市には色々と回りたい場所がある。

 ミックスのいるシヴァイツァーや、志津香達がいるであろうカスタム、そして母のいるAL教の総本山・カイズも行きたいと思っている。

 エールは次の冒険は自由都市にと思っていたところだったので、会いに行きたい、と答えた。

「なら案内はウズメにお任せあれ、母上殿も喜ぶでござる!」

 にょほほと笑って、次なる冒険にエールは思いを巡らせた。

 

 その様子を寂しそうに見つめているのはスシヌである。

 自分にかけられた呪いは解けた。

 自由都市はゼスとは反対の方向になる。

「スシヌちゃん……」

 リセットがその様子を察して声をかけようとしたところで、

「それにしてもエールちゃんが男の子だったらきっとモテモテね」

 パセリがエールに声をかけた。

 そうだろうか?とエールは首を傾げる。

「だってお友達や家族のために一生懸命で、剣に魔法に世界でも有数に強くて、珍しい神魔法の使い手で、えっちな事も上手でしょ?」

 エールは褒められてニコニコとしている。

「ああ、でもいっぱい女の子に言い寄られてランスくんみたいにいろんなところで女の子作っちゃいそうかな? エールちゃんってやっぱりランスくんに似てるもの」

 父に似ている、というのは良い意味で使う人、悪い意味で使う人、色んな人がいる。

 少なくともパセリは純粋にほめてくれているようなのでエールは悪い気はしなかった。

「お父さんに似るのはどうかなぁ?」

 リセットは困ったような顔をしていた。

「エールちゃんが男の子だったら絶対にスシヌとの縁談を勧めてぜひ未来のゼス国王にって思うもの。私は別に女の子でもいいのだけどマジックが固いから」

「おばあちゃん! 何てこと言うの!」

 真っ赤になってるスシヌを横目にエールはみんなをじーっと見渡す。

「エールちゃん、どうかしたの?」

 見渡した後、男の子に生まれていたら可愛いお姉ちゃんばっかりだからいろいろ大変そう、と言った。

「か、可愛いなんて」

「主君殿はそういうことさらっと言うでござるな。本当に男じゃなくて良かったような残念なような」

「みんな、エールちゃんは女の子なの! 失礼でしょ!」

 その直後、自分の控えめなサイズの胸に手を当てて深根みたいになれるといいね、とエールはしんみりとつぶやいた。

 長田君ではないが、いまの光景には乳成分が足りない。

「エールちゃんも失礼なこと言わないの!」

「主君はなんか胸の大きさすごい気にしてるでござるな」

「小さい胸にもいいところがいっぱいあるのに。私の夫、7人いたけどみんな愛してくれたわよ?」

 エールはリセットの小さい体をじーっと見る。

「エールちゃん、今お姉ちゃんはもう伸びないかなって思ってない?」

 そう口をとがらせる。 

「こほん。今までの私はお父さんが忘れないようにって小さかっただけなんだから、これから大きくなるはずなの。身長だってエールちゃんより大きくなって、スタイルだっておばあちゃんやナギちゃんみたいになるんだからね」

 確かにモダンは長田君にクリティカルヒットの抜群のスタイルの持ち主だ。

 だが、リセットがそうなるのかといえば全く想像できないことだった。

「でもお姉ちゃんが大きくなっちゃったら、パパとかお兄ちゃんはすごく心配するだろうね」

「パステルさんもね」

 ボクも心配だからリセットはそのままでいいよ、とエールが言うと

「絶対、絶対育つのー!」

 姉の可愛い声が温泉に響き渡る。

 

 エール達は楽しそうに笑い合った。



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エールとスシヌ

<コンコン>

 

 エールがホテルの一室でそろそろ寝ようとしていると部屋の扉がノックされた。

「……エールちゃん、まだ起きてる?」

 落ち着いていて、遠慮しがちな小さい声。

 スシヌどうかしたの?、とエールは扉を開けた。

「良かった。まだ起きてて……夜遅くにごめんなさい。ちょっとお話がしたくて、だ、大丈夫かな?」

 エールは人差し指と親指で丸を作るとスシヌを部屋に招いた。

 辺りを見回すがパセリはいないようである。

「おばあちゃんは二人きりでお話してきなさいって。自分はフル様とお話してくるって出て行っちゃった」

 温泉でもちらっと聞いたが二人は知り合いなのだろうか。

「二人は生きていた時代が同じで友人同士なんだって。フル様はゼス建国の時にもお世話になってその縁でゼスはクリスタルの森に手を出さないようにしてたらしいよ」

 美人だが見た目からしてきつめで好戦的だったフルとほんわかとしていてお茶目な所があるパセリ。

 似ていないがゆえに惹かれるものでもあったのかもしれない、とエールは想像した。

 

「……さっきね。サクラさん、パステル様の秘書さんがママと交渉したいことがあるって訪ねて来たの。呪術ブースターの代金をゼスで持って欲しいんだって」

 エールはケチだなぁと少し口を尖らせる。

「わ、私の呪いを解くためのものだから」

 スシヌは外れるようになった眼鏡をさすった。

「それで明日、交渉団を送るから私の事も一緒にゼスまで送ってくれることになったの。しっかりと護衛をつけた特別なうし車出してくれるみたい」

 護衛ならボクがするのに、とエールは今度は少しむくれる。

「エールちゃんはこれから自由都市に行くんでしょ? そうするとシャングリラからだと反対方向になっちゃうからそこまで迷惑かけられない……だから私は明日それに乗ってゼスに帰ることにするね」

 

 つまり明日にはスシヌは家に帰って、一緒に冒険できなくなるという事だ。

 呪いが解けたのは嬉しい事だが寂しくなる、とエ―ルがスシヌに伝える。

 スシヌも寂しそうに目を伏せたが、すぐに顔を上げた。

 

「エールちゃん。少し早いけど、シャングリラまでの護衛ありがとうございました」

 

 スシヌはエールに対して丁寧に頭を下げた。

 その所作は綺麗でゼス王女としての気品を感じさせる。

 

 護衛任務完了だね、エールはそれに得意げに笑顔を向けた。

 そして毎晩のようにスシヌに魔法を習っていた事を思い出すと、ありがとうスシヌ先生、と少し冗談ぽくお礼を言うと

「エールちゃんはすごく優秀な生徒さんでした」

 少し恥ずかしがりながらスシヌがそう言うと、お互いに笑い合った。

「ザンスちゃんにもさっきお礼言ってきたよ。そしたらゼスに恩を売っていつか私の事ゼスごと貰う予定だから当然だって、どうしても礼がしたいなら抱いてやろうかって言われたけどそれは断った……」

 エールは露骨に眉根を寄せた。

 童貞のくせにスシヌを抱こうなんて1000年早い話である。

「ザンスちゃん、怒るよ? あと本当に心配なのは私よりエールちゃんだと思う。お姉ちゃんが何度も言ってたけど本当に気を付けてね」

 ザンスがエールに手を出しかけた事を聞いて、スシヌはずっともやもやしていた。

 姉としてザンスへの怒りも感じるし、リセットにしたことも含めてエールの貞操観念の低さを心配する気持ち、おいていかれてしまうような寂しさ、そして好奇心と少しの羨望。

 ……ゼスに帰ってもしばらく悩みそうな話だ。

 

 

 部屋はシンと静まり返った。

 

 スシヌは別れへの寂しさが増していくようで、泣きそうな表情になる。

 

 それを見たエールは朝まで一緒にいよう、とスシヌをベッドに招いた。

 スシヌは驚きながらも眼鏡をサイドテーブルに置いて一緒のベッドに入る。

 

 互いの体温ですぐに布団の中は温かくなった。

 

「あ、あのね、エールちゃん。私、学校卒業したらママの近くで働けないかなって思ってるんだ」

 スシヌはエールから顔をそむけるように顔を天井に向けながら話しはじめた。

「私はやっぱりゼスの為になることがしたい。首都から離れた町じゃ盗賊や悪いことしてる人がいたり、魔法が使えない人達への差別が残ってたりするの見たからそういう手の届かないところを少しでも無くしたいの」

 見聞を深めて欲しいという、母マジックの思惑は正しかった。

 思えば魔法Lv3という人類でも有数の才能を持っているがゆえに、今までは自分の事で手いっぱい。兄弟姉妹が手を引いてくれた前の冒険で魔王を討伐し強くなったものの、元々首都からほとんど出たことがなかった事もあり肝心な自分の国の事はあまり知らなかったように思う。

「机に向かって勉強するだけじゃ知らないことが多いね。ママやウルザさんが忙しそうな理由も少しだけ分かって、協力できればいいなって思った」

 冒険から戻ってきて、祖父の墓へそれを報告しに行って、母としてではなく女王としてマジックは厳しくなったがそれは自分が期待されているという事。

「私、いつかお母さんの後を継いでゼスの女王になるかも……じゃなくて、私は未来のゼスの女王だから」 

 人見知りをいきなり直すのは難しいが自分はゼス王女なのだ。

 ゼス王家の跡取りは自分だけ、強くならなくてはいけない。

 そう少し力強く言って、自分の言葉に恥ずかしがって顔を隠すように布団にもぐりこんだ。

 

 母の後を継ぐという立派な目標を持ち、才能もあるが努力もしているスシヌの事をきっとゼス国中の人が支えてくれるだろう。

 スシヌは期待されてるんだね、とエールはしみじみと呟いた。

 

「エールちゃんは法王様の後を継ぐとか考えたことはある?」

 エールは母からそのような事を言われたことはなく、期待されていないのかもしれない。

「そ、そうじゃなくてエールちゃんの道を無理矢理決めたくないんだけだよ。法王様はエールちゃんに自由にしてて欲しいんだと思う」

 エールは一瞬寂しく思ったが、確かに例え母であっても法王になれと言われたら首を横に振るだろう。

 そもそも幼いころから冒険用の訓練を受けていた。

 むしろ母は自分に冒険者になって欲しかったはずだ、とエールは考えることにした。

「……うん。でももしエールちゃん以外に神魔法を使える人がいなくなっちゃったら法王にならなきゃいけない日がくるかもしれないから」

 そう言って顔を出しながらエールを見るスシヌは奔放な妹を諭す優しいだけじゃない姉の瞳をしている。

 

 そういえばパステルを殺すと言った時、怒ってくれたスシヌはじつにお姉さんらしかった。

 普段はおどおどしているが、いざとなったらエールをはっきりと叱れるぐらいの強さがある。

 エールはスシヌなら立派な女王になれると励ましつつ、次に会う時にはゼス四天王かもね、と言った。

「うっ……が、頑張る。まだまだ勉強不足だけど」

 普段のスシヌは強いわりに押しが弱く、押しに弱い。

 物事はもっとはっきり言わないといけない。

「それも頑張ります……嫌な事は嫌だってちゃんと言わないとね」

 長田君が居たらエールは押しが強すぎだし色々はっきり言いすぎ、とツッコミを入れた事だろう。

「ねぇ、エールちゃん。ゼスに来て将軍にならない? 千鶴子さんも言ってたけどエールちゃんならきっとすぐにでもゼスで将軍になれると思うんだ」

 スシヌはそう言ってすぐ横にいて、顔の近いエールに真剣な目を向ける。

 普通の魔法に加えて、神魔法に剣まで巧みに操り、魔王の子を率いたリーダーシップもある。

 いつか自分が女王になった時、エールが横にいてくれたら心強いだろう。

 経験を積めばきっと立派な将軍に――と続けようとしたところで

 

 冒険が楽しいから、とエールははっきりと首を振って断った。

 

「そうだよね。断られるの、分かってた」

 冒険をしているエールはとにかく楽しそうだ。

 きっと誰にも縛ることは出来ない。

「私が勧誘したって聞いたらザンスちゃん、怒るかなぁ」

 秘密にしておく、とエールは人差し指を自分の口に当てる。

 

「……エールちゃんとまた少しだけ冒険出来て、とっても……楽しかっ……っ」

 スシヌが笑顔でエールにそう伝えようとしてふいに視界がぼやけた。

 

 眼鏡がないせいではなくぽろぽろと涙が頬を伝いこぼれ、声も震えてしまう。

 

 スシヌに何かあった時はまたいつでもどこからでも助けに行くから。

 

 エールはそう言ってスシヌと両手を握り合い、お互いの額を合わせた。

 

 

「う、うん……! えへへ。ちょっと恥ずかしいね」

 はにかむように笑う姉は本当に可愛くエールの中に悪戯心が沸き上がったのだが、そこは護衛として我慢をする。

 男だったら他に慰める方法もあったのにね、とエールがからかうように言った。

「エールちゃんってば変な事言わないのっ。もう……」

 これで魔法Lv3の実力者でさらに王女という身分なのだから、男がわんさか寄ってくるのも無理はない。

 あとハニーもだ。

 こんな可愛い眼鏡っこは世界中探してもそうそういるものではなく、ハニーキングが攫うのも無理はない。

 変なのと付き合うように言われたりお見合いさせられたりしたらはっきり断るように、とエールがスシヌを心配しながら言った。

 スシヌに手を出すようならまずは最低限ボクに勝てるぐらいじゃないと。

「お兄ちゃんみたいなこと言って……でも、エールちゃんに勝てる人っているのかな?」

 ザンスは色々下手だからやめといた方が良いよ、と付け加える。

 スシヌは涙を引っ込めて「ザンスちゃん怒るってば」と言いながらおかしそうに笑った。

 

 

 エールとスシヌの二人はお互い手を握ったまま、眠りにつくまで冒険の思い出を語り合った。

 

 

………

……

 

 

 次の日、スシヌが乗るうし車の準備が整うまでシャングリラを観光しよう、とエールが言い出した。

 

「そーいや俺達結局シャングリラ全然回れてなかったよなーあんだけ店あって楽しそうなのに」

 町に詳しいリセットもいるし案内してもらおう、とエールがリセットを見たのだが

「ごめんなさい。本当なら私が案内できればいいんだけど私と歩くと落ち着けないと思う……」

 リセットは長い耳を少ししょんぼりと垂らしている。

「姉上殿の人気は魔王討伐以降ますます高まるばかり。確かに人に群がられそうでござるな」

 ウズメの言葉にエールが残念そうな顔をして前みたいにフード被ればいけないかな、と提案するが

「それに私はちょっと色々とお仕事があるの。すいませんけどパセリさんは私と一緒に来てくれますか? サクラさんが話があるそうなので」

「はいはい。スシヌもエールちゃん達とまたしばらく会えなくなるからしっかり思い出作ってきてね」

「シャングリラは世界中から物とか人が集まるから、露店を見るだけでも楽しいよ! いっぱい楽しんできてね」

 リセットとパセリはそう言って小さく手を振りながら慌ただしく館に戻っていってしまった。

 

 

 その後ろ姿をしょんぼりしながら目で追いかけているエールの肩を、長田君がポンポンと叩く。

「まっ、こういうこともあるって。ちっと残念だけどアイテムの補充もしねーといけねーし行こうぜー」

 世界中から商人が集まってるなら珍しいえっちな本も手に入るかもね、とエールが長田君をぺしぺし叩く。

「い、いや! それは別に期待とかしてねーって!」

 長田君は図星だった。

「人通り多そうだけど、大丈夫かな?」

「ウズメがしっかりと護衛するでござるよー」

「お前らだけで行ってなんかあると面倒だからな。俺様もついてってやる」

 エールも最後までしっかり護衛はすると頷き、一行はさっそく町を回ることにした。 

 

 

「いやー、呪い解けてホント良かったー!」

 長田君は嬉しそうに跳ねていた。

 シャングリラの町は砂漠の真ん中にあり大変暑いため、露出度の高いお姉さんも多くここぞとばかりにその姿を横目で追っている。

「そんなだから退治依頼が出されそうになってたんでござるよ。道行く冒険者にワイセツな言葉を投げかけるハニーが出ると」

「ちょ、少しぐらいいだろー! せっかくもう誰も俺の事、変態を見るような目で見てこなくなって」

「それでも女の人をジロジロ見るのは失礼だよ?」

「スシヌまで言うの!?」

 ウズメとスシヌに言われて長田君は少し凹んだ。

「陶器に懸賞金ついてもくっそ安そうだな。」

 長田君は高Lvハニーだから良い経験値にはなるよ、とエールがフォローを入れる。

「それフォローじゃなくね!?」

 

 エール達はわいわいとシャングリラの市場を歩いていた。

 

「ひ、人が多いね……」

 人混みが苦手なスシヌの手をエールがしっかりと握っていた。

 

 前に来た時よりもさらにたくさんの人々でごった返していて騒がしい。

 行きかう人々は国も種族もバラバラでカラーはもちろんポピンズにホルスにハニーに様々な魔物まで多種多様である。

「これだけ色々といるのによく問題起きないよな? 魔物も相変わらず多いっぽいのに」

「ここで問題を起こせば世界中の国から睨まれっからな。おかげでうちも手が出せねぇ」

「魔王が居なくなって一年、交易もしやすくなったもんね」

「実は秘密の取引も多いんでござるよ? 良いものも悪いものも」

 

 そんな話を聞きながらエールはきょろきょろと色んな露店や屋台に目を奪われてはスシヌをやや強引に引っ張っていく。

 まず向ったのは良い匂いがしたうっぴーを焼いている屋台である。 

「わわ、エールちゃん。もうちょっとゆっくり歩いてー!」

「エールもずっと砂漠にいてストレスたまってたんかね? おーい、エール! それ俺の分も一本よろー!」

 

 

 買い食いをしたり、露店の商品を見て回ったり。

 

 シャングリラは歩いているだけで楽しいと感じられる町だった。

 

 

「……キナニ砂漠はもともと、豊かな緑のある地域だったんだけど昔にゼスとヘルマンの戦争で禁呪が使われて砂漠化したんだって。おばあちゃんがキナニ砂漠見た時びっくりしたらしいよ」

「シャングリラさえ取れれば他の国攻めるの楽だったんだろうがな。どこの国も欲しがったんで結局は中立で行き場無くなってたカラーが代表ってことで落ち着いたわけだ」

 エールが食べ歩きをしつつそんな雑談を聞いていると、ふとスシヌの足が止まった。

 

 目を丸くさせている。

 

 どうかしたの?とエールが少し心配そうに尋ねると、スシヌはぱたぱたと走り出した。

 エールがその後を急いで追いかけると、スシヌの視線の先には赤いローブをかぶった小さな女の子が小さな店を出している。

「ルーシー様!?」

 スシヌがそう声をかけると、少女は顔を上げた。

「ここはアーシーの占いの館よ。おかしくれたらなんでも占ってあげるね」

「おっ、ここって占いの店? 女の子って占いとか好きだもんな」

 呑気な様子の長田君とは対照的にスシヌはアーシーを見ながら目を点にしている。

「え、え? ルーシー様じゃない……?」

 ルーシーって誰?とエールがスシヌに尋ねた。

「ルーシー様はゼスの大事な御方で……おばあちゃんが居ればよかったんだけど」

「おねえちゃんたち、ルーシーちゃんの知り合い?」

 赤いローブの少女がスシヌの顔をのぞき込む。

「は、はい。ルーシー様にはいつもお世話になっております。お顔が瓜二つで驚いてしまって」

 スシヌの丁寧な言葉遣いを聞くと、年端も行かない少女にしか見えないその子供はかなり凄い人物のようだ。

 

「……どっかで見たようなガキだなと思ったらお前か」

「わたちはてんちゃい占い師アーシー。ルーシーちゃんとにてるのは三つ子だから」

 アーシーを見て怪訝な顔をしたザンスに気分を害することもなくそう答えた。

「ザンスちゃんは知ってるの?」

「そいつの占いは100%当たるんだとよ。別に何でも占えるってわけでもねーらしいが」

「え、それめっちゃすごくね?」

 長田君の言う通り100%ならばそれはもはや予言なのではないか、とエールも驚く。

 ザンスも占って貰ったもらったことあるのだろうか。 

「俺様がそんなもんに頼るわけねーだろ。ただそいつがうちのチルディに菓子ねだりに来てるの見たことあってな」

 チルディが作った菓子を食べた事のあるエールにはその気持ちがよく分かった。 

「100%当たる占いってのは色々と使えるってんで、リーザスで勧誘したんだが蹴りやがって」

「わたちは究極のおかしをもとめてるの。チルディちゃんの至高のおかしはおいしいけどそれだけじゃまんぞくできないの。むぐもぐ」

 アーシーは前の客から貰ったらしい菓子を食べながら答えた。

「つか、ゼスのルーシーってこいつと同じ占い師なのか。会ったことはねーが確か永久客人だったよな」

「ルーシー様は何でも出自が特殊らしくて人前にはほとんど出られない方だからね」

 

 アーシー、ルーシー、そしてマーシーの三人は予知の魔人レーモン・C・バークスハムの使徒であるが、主である魔人は既に亡いはぐれ使徒である。

 三人に戦闘能力はなく危険もないのだが各地で魔王と魔人が暴れまわる中で、魔人の使徒というだけで危険視され恨みを持った人間達に狙われることは目に見えていた。

 ゼスとしても魔人の使徒であるルーシーが建国に携わっていたとなれば国内外で批判は免れないと考え、彼女達三人が魔人の使徒であるという情報は国家によって隠されることになった。

 マーシーの行方は知れないが、アーシーの事はリーザスが保護をするという話も出たのだがアーシー自身はそれを断りおかしを求めて放浪を続けている。

 

 エールは何を占って貰えるの?と尋ねる。

「なんでも。おかしくれたらうらなうよ」

「なになに? エールも占いに興味があるん? なんてったって100%だもんなー!」

 エールは懐からさっと白いまんじゅうを取り出した。

「お前何でそんなもん持ってんの……」

 ウズメの頭にでも乗せようと思って、とエールはそのまんじゅうをアーシーに渡した。

「それは残念でござるな」

 エールはさらに懐から紅いまんじゅうを取り出しすとウズメの頭に乗せた。

 ウズメは驚きつつも器用にまんじゅうをヘディングさせて口でキャッチをしたので、エールは小さく拍手をした。 

「なにをうらなう?」

 エールは楽しく冒険できるところ、とかなりあいまいな事を願ってみたがアーシーは気にすることなく

「むぐもぐ。ぷいぷいぷー…」

 お菓子を食べながら水晶を撫でた。

 

 

「………あれ? もっかい」

 エールがワクワクしながら占い結果を待っていたが、アーシーが目を見開いて驚くと急いでまんじゅうを呑み込んだ。

 

「なんにもみえない?」

 エールはそんな呟きに驚いた。

 

 アーシーは首を傾げて水晶を何度か撫でたり、エールの事を射貫く様に見つめる。

 

 

 何百年もあらゆる生き物の運命の流れを見て来たアーシーは驚いていた。

 

 あいまいではあっても分からないという事は過去一度としてなかった。

 

 人間はもちろん魔物も、魔人も、未来の魔王ですら見えないということはなかった。

 

 

 

 ――しかし目の前にいるエールと呼ばれた少女は、何一つ見通せない。

 

 

 ただ真っ白に、無限に広がり、これから運命を作っていくかのような――

 

 

 

「……ほんとにみえない。こんなのはじめてよ」

 アーシーがエールを見た。

 

「な、なんか不吉な予言とかじゃねーよな……?」

 長田君は怯えるように震え、エールはまんじゅうのとられ損、と頬を膨らませる。

「はぁ? 100%当たるとか所詮デタラメか。てか、占い師ってんなら適当でもそれっぽいこと言っとけよ」

 商売だろうが、と言ったザンスの方を見てアーシーは水晶を撫でる。

「……おにいちゃんのはちゃんとみえるわ。おねえちゃんだけみえないみたい」

 アーシーはそう言ってエールを不思議そうに見つめる。

「あ? 勝手に覗いてんじゃねえぞ」

 アーシーの真剣な目を見て、ならザンスなんかじゃなく長田君を見て欲しい、とエールは長田君をアーシーの前に座らせた。

 長田君が楽しく冒険できるところならどうだろうか。

「なんかってどういうことだ、コラ」

 占いに興味ないって言ってた、とエールが両頬をぐにーっと伸ばされて手をパタパタとさせているところをスシヌが慌てて止めている。

 アーシーは気にせず目の前の長田君を見て占いはじめた。

「どきどき……」

 

「リセットおねえちゃんといっしょにいくといいよ」

 

「え、リセットさん?」

「あとみなみのほうだね」

「いやいや、南って大雑把すぎっしょ。もっと何かないんすか?」

 長田君は首を傾げているがそれを聞いたエールは途端にぱーっと顔を明るくした。

 

 長田君がリセットと一緒という事は、当然リセットは自分とも一緒と言う事。

 つまりこの占いは「リセットと一緒に南の方に冒険に行くべし」という結果である、とエールは解釈した。

 

 エールは喜んで嬉しそうにニコニコとしている。

「……まぁ、範囲広いけどこれから行く自由都市も南だし? これって俺等の冒険上手く行くってことだよなー」

 長田君はエールが嬉しそうなのでとりあえず一緒に喜んでおいた。

 

 

 

 アーシーはお礼を言って帰っていくエールの後ろ姿を見つめていた。

 

 

 彼女の未来は見えなかったのだが、なぜかそれを不安にも不快にも思わない。

 

 

『私の視た光景……それをお前たちが覆すのだ。

        小石に過ぎなくとも……波紋を生んでおくれ』

 

 

 かつての主が話していた、あの時良く分からなかった言葉が一瞬思い出された。

 

 しかし目の前のチープなおかしを食べているうちにまたチルディのお菓子を食べに行こう、とアーシーは思い至り店の片付けを始めるのであった。

 

………

……

 

 アーシーの占いの館を後にして、エール達は門の方へ向かっていた。

 そろそろうし車が出る時間だとロナが迎えに来たからである。

 

「なんでアーシー様はエールちゃんには何も見えないって言ったんだろう」

 ルーシーの占いはゼス建国以降を支えているほど信頼されているものだ。

 それと同じであろうアーシーが占いでエールの事を"何も見えない"と言ったのが不安で、ゼスに帰ったらルーシーに話してみようとスシヌは考えていた。

「エールさんが不思議なのは今にはじまったことではありません。占い結果で不吉な結果が出たわけでもないでしょう」

 スシヌにつられ不安そうにしたエールに日光が優しく話しかける。

「神魔法にレベル神、主君殿はもともと謎がいっぱいでござるよ?」

「確かにこいつがどっかおかしいのは前からだな。今更、占いごときで見えないとか大したことねーよ」

 契約なしで日光を扱えること、カオスが認めていないのにカオスを持てていたこと。

 JAPANでクエルプランを追い返した謎の力など、ザンスが軽く考えただけでエールには謎が多い。

 そもそも一年間寝ていたというのにピンピンしているのだ。

 普通ではないという事は誰の目にも明らかである。

「気にすることでもねーよ」

 エールの頭をザンスがぐしゃぐしゃと撫でた。

 

 

 シャングリラの門の前に着くと装飾の豪華なうし車が用意されているのが見える。

 一般的なうし車にくらべて一回り以上大きく、頑丈そうだった。

「うひゃー、でっけーうし車だな。これが貴族専用車ってやつ?」

「貴賓用送迎うし車だよ。遠距離移動でも快適に過ごせるようになってて、これに護衛用のうし車が前後を走るんだ」

 手に持った紙を見て中をチェックしていたリセットが答える。

 エールがなんとなくうしを撫でると、うしはみゃーと気持ちよさそうな鳴き声をあげた。

「みんな、シャングリラの町は楽しかった?」

「うん、楽しかった。とっても」

 スシヌが笑顔でそう言ったのでエールも笑顔を向けた。

 

「良い思い出が出来たかしら? 私も昨日はお話しできて楽しかったわ。といっても、私ばかり話してたけれど」

 パセリが小さく手を振っている。

 その視線の先には屋根の上からスシヌ達を見下ろしているフル・カラーがいた。

 その手に答えることはないが、ただパセリやエールたちの事を真っすぐに見ているのが分かる。

 

「護衛はカラーでも精鋭の人達だから大丈夫だよ。国境まで迎えに来てもらえるようにゼスにちゃんと連絡も入れてるからね」

「それではスシヌ王女、参りましょうか」

 サクラに促されて、スシヌは頷く。

 

「それじゃ、みんな……色々とありがとうございました」

 スシヌは頭を下げた。

 

「姉上殿も達者で。また顔出すでござるよ」

「スシヌちゃん、元気でね。次の新年会の前にまたゼスに行くと思うから」

「うん、待ってるね」

 ウズメとリセットは笑顔で見送る。

 

「ザンスちゃんもありがとう」

「ゼスに恩を売っただけだ。次会うまでに俺が手を出そうと思えるぐらいには女を磨いておくんだな」

「もう。エールちゃんに酷いことしちゃだめだからね!」

 目を逸らすザンスと窘めるようにいうスシヌは不良と学級委員長のようだ、とエールは思った。 

 

「寂しくなるなぁ、女の子成分がまた減るっつーか、貴重な眼鏡っこ成分が減ってまたパーティの潤いダウン……」

「ゼスでは逮捕されてたとか失礼なことしちゃってごめんなさい。次、ゼスに来たらちゃんと歓迎するからね」

「おっ、それは期待しちゃうぞー。ゼスで行きそびれたトコ結構あるし、また一緒に冒険行こうな!」

「うん! エールちゃんの事よろしくね」

「おう、任せとけー!」

 スシヌが長田君の頭を撫でると長田君は照れていた。

 

「エールちゃんも、本当にいろいろとお世話に――――」

 エールはスシヌが言い終わる前にぎゅっとスシヌを抱きしめた。

 そして耳元でまたね、と呟く。

 

「……うん!」

 

 少し涙を目に浮かべながらも、スシヌは笑顔で手を振りながらうし車に乗り込んだ。

 

 スシヌは窓から顔を出して手を振っている。

 

 エール達もうし車が見えなくなるまで、大きく手を振りながら見送った。

 




※ 独自設定
・魔人バークスハムの予知 … 魔人バークスハムの予知はランスが魔王になった未来よりもっと先、神が世界に飽きて世界を崩壊させること。
ルーシーはゼス建国を助け、アーシーは2でシィルを助け、マーシーはノアを導き海から魔物界へ攻める一助となったため、小さくともその波紋は広がりエールが世界を楽しむことへと繋がった。

※8/24 頂いたコメを反映して追記変更・文章修正


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次の冒険へ

「エールちゃん。護衛、お疲れさまでした。寂しくなっちゃったねぇ」

 リセットが背伸びをしてよしよしとエールの頭を撫でる。

 

 エール達は館に戻ってお茶を飲んでいた。

「エールちゃんのおかげでスシヌちゃんは安心して冒険出来て楽しかったと思うよ。また会いに行こうね」

 いつもなら茶菓子を遠慮なく口につっ込んでいるエールが出された茶をじっと見つめているだけだったのが心配で、リセットは出来るだけ明るく話しかける。

「これからも冒険は続けるんでしょ? 次はかなみさん、ウズメちゃんのお母さんの所に行くのかな。自由都市はいっぱい行きたいとこあるんじゃない?」

「へへっ、自由都市の地図買ってあるぞ。見ながら次の計画たてようぜ」

 長田君が得意げに懐から大きな地図を取り出して広げる。

 エールは顔を上げて小さく拍手しながら長田君を褒めた。

 

 

 前にも冒険したが、自由都市は広い。

 

 

「ロックアースはここでござる。パラパラ砦から自由都市地帯に入ってそんなに遠くないでござるよ」

「んで、AL教の本部があるカイズ行きの船が出てるのが……どこ?」

「ジフテリアだね。シナ海岸沿いの港町で、ここから川中島への船が出てるんだよ」

 リセットはロックアースから海外沿いを指でなぞっていく。

 海岸沿いと言えば前にエールが初めて海を見た、みんなで浜辺で遊んだあたりだろうか。

「うん、そこからさらに南で、ここがジフテリア。エールちゃんの暮らしてたトリダシタ村からもそんな遠くないでしょ?」

 そう言われてもトリダシタ村はどこにあるのか、エールにはわからない。

「いや、自分の育った村の場所ぐらい覚えとけよー」

「しかし主君殿が育ったトリダシタ村は実際とても分かりにくい場所でござる」

「あの法王、コイツの事隠して育ててたしな。AL教は外敵が多いからだろうが」

「うちと同じでござるね。ウズメは別に隠されてはいなかったけど」

 そんな会話を聞いているとエールは村が懐かしくなり、一旦帰ろうかと呟くと

「別に寄らなくてもよくね? エールの村って別に何かあるわけでもねーし」

 美味しいパン屋とかある、とエールは頬を膨らませながらぺしぺしと長田君を叩いた。

「二人とも本当に仲がいいね。クルックーさんに会いに行くならとりあえずカイズに行った方が良いと思うよ。カイズは観光地でもあるから」

 エールが悩んでいるとリセットがそう提案する。

 大きな荷物があるわけでもなく里帰りにはまだ早いのもあり、エールは大きく頷いた。

 

「それで志津香さんやナギちゃんがいるカスタムがここだよ。マリアさんの研究所もあるからお兄ちゃんもいるかもしれないね」

「カスタムは早めに行っときたいっすねー、てか真っ先に行きたい」

「他にはMランドとか? またお小遣い貰えるかもしんねーしさ!」

「あはは……コパンドンさんには事前に言っとかないとまず会えないと思うよ」

 

 あとはミックスがいるシヴァイツァーにも行きたい。

「シヴァイツァーは東の方、ポルトガルに近いぐらいだね。前は行くのも結構大変だったけど、最近はシヴァイツァーに医療を受けに行く人が増えたおかげで色々整備されたからアクセスはだいぶ良くなったんだよ」

 

 あとピッテンさんがいるらしいパランチョ王国も気になる。

 地図を見ると闘神都市に近い、自由都市の南にあるようだ。

「誰それ?」

「前に特訓してもらったでござるよ。……って長田君はしてないでござるね。かっこいい御仁だったでござる」

「あの金ピカのおっさんだろ。どこがいいんだ、クソ役にも立たねーし」

 ザンスにとって防御関係の教えは必要の無いものでリックやチルディ、謙信と剣の特訓ばかりしていた。

「特訓も懐かしいでござるね。母上殿が参加してたらもっと楽だったろうに、何分多忙な御方ゆえ」

「俺、特訓とかずっとチルディさん見てたからな。あと謙信さんとか」

 エールは長田君を蹴り飛ばした。 

「何すんだよー! そーいや、あの特訓って世界でもめっちゃ有名な人たち勢ぞろいだったよな。サインもらっときゃ良かったわ……」

「今更何言ってやがる。俺様の方があいつらよりよっぽどつえーぞ。サインはやらねーがな」

「いらねぇよ!」

 役立たず度ではサーナキアさんがダントツだったんじゃないかとエールは特訓の事を思い出す。

 甲斐甲斐しく世話をしてくれていたロッキーさんや模擬戦をしてくれたタイガー将軍よりもだ。

 あの人は別に強くもなかったし。

「エールちゃん、それは言わないで上げて……えーーーっと、苦労してる人なんだよ」

 リセットはフォローの言葉を探したが、そういうのが精いっぱいだった。

 

 

 とにかく自由都市の冒険の計画を立てると、まだ楽しい冒険が続きそうだ。

 

 

 明日からはリセットも一緒だし懐かしい冒険だね、とエールが笑顔を浮かべたのだが……

 

「え、私?」 

 リセットが驚いた表情でエールを見る。

 

「私はまだシャングリラでお仕事あるから一緒に行くのは無理かなぁ」

 

 エールはリセットは自由都市を回る予定があると言っていたので当然一緒に行くものだと思っていた。

 一緒に行けないという言葉にショックを受けつつ、目的地が同じなら渡りにナントカで一緒に来るべき、と言いながらリセットの目を見た。

「エールちゃん達と楽しそうだけど、私が行くと護衛さんがぞろぞろがいっぱいで冒険できなくなっちゃうよ?」

 ボクが護衛すればいいし、ザンスやウズメもいるのだから普通よりどんな護衛よりも安全安心。

 一国の軍隊ですら退けられる、とエールは必死な目を向ける。

「あれ、なんか俺だけハブられてね?」

 

 長田君の言葉は聞かないふりをして、そもそもリセットはカイズに行きたいって言ってた、とエールは口を尖らせる。

「あの時は長田君の呪いが解けるかもしれないからカイズに行こうって話だったから。クルックーさんとはお話しはしたいんだけどね」

「ならちょっと休み貰って一緒に行きません?」

 長田君もエールに続く。

「そういえば姉上殿は休みとかあるんでござるか?」

「うーん……前の冒険が終わってからお休みは全然ないねぇ。魔王が居なくなってからシャングリラにいることの方が少ないぐらい。昨日までエールちゃんの所にいたのが久しぶりのお休みだったかな」

「うへー、ハードワーク。なら尚更、ちょっとぐらい休み貰ってもバチはあたらないっしょ!」

 大変じゃない?とエールが心配そうな顔を向ける。

「そんなことないよ。……一年前まではもっと大変だったもん」

 リセットは自分のクラウゼンの手を撫でた。

 

 力のチャージはもういらない。

 いつ魔王や魔人が攻めてくるのか。人類が、家族が、そして父が、一体どうなってしまうのか。

 もしどうにもならなかったら……そんな不安で押しつぶされそうなっていた日々はもう過去の話。

 今はシャングリラの外交官として、各国の友好の懸け橋になるのが自分の仕事である。

 

 リセットは不安を取り去ってくれた大切な妹の頭を慰めるように撫でた。

 エールはその手に気持ちよさそうな顔をしつつ、残念そうに顔を伏せていた。

 

「俺もそろそろリーザス帰るぞ」

 エールは驚いてザンスを見る。

「ゼスにもAL教にも恩は売れたからな。十分だろ」

「ザンスちゃんは赤の将だし、リーザスの人達待ってるよね」

「やっぱ国が心配なん?」

「リーザス軍は世界最強だ。んな心配いるか」

 ザンスは長田君を蹴りとばす。

「リア女王の手紙に何か書いてあったでござるか?」

「寂しいから早く帰ってきてほしいんだと」

 ザンスはエールの方をじろじろと見ている。

「……他にもあるがそっちは急ぐこともねーしな。とにかく俺様は戻る。リセット、パラパラ砦まで迎えに来るようにリーザスに連絡入れとけ」

「うん、分かった。少し早いけどザンスちゃんもお疲れ様。スシヌちゃんの事守ってくれてありがとうね!」

「あいつは将来の俺の女だからな。俺のモンに手を出されるのが腹が立っただけだ」

「そんなこと言って。ザンスちゃんは優しいからきっと誰が困ってても手を貸して――」

 リセットの頬をザンスが伸ばした。

 

「どうした、エール。俺様と離れるのがそんなに寂しいか?」

 ザンスをまっすぐ見つめていたエールは大きく頷いた。

「……は?」

 そのいつもからは想像できないしおらしい様子に調子が狂ったが、すぐに嬉しそうな顔になる。

「おーそーかそーか、やっと素直になったか! なら冒険なんかやめてこのままリーザスに来いや。戦いの勘も戻ってるとなればうちに入っても問題ない、なんならすぐにでも俺の女にしてやるぞ」

「エールは俺とまだまだ冒険するのー! お前の女になんかなんねーからな!」

「陶器も連れてってやっても良いぞ。紫の軍で的に良かったっつー話は聞いたし、魔人にして俺様のサンドバッグにでもしてやるわ」

「ならねーってば!!」

 ザンスの勧誘は置いておいて、ここにきて冒険の仲間が減っていくのはやはり寂しい。

 

 エールはしょんぼりと肩を落として顔を伏せた。

 

「エールちゃん……」

「まあまあ、ウズメも一緒に行くでござるよ?」

「でもウズメちゃんもロックアースいったらたぶんお仕事だよねぇ」

「修行中の身でござるからして。魔物界の動向まで監視を頼まれてしまい母上殿も手が足りんのでござるよ」

 

 エールは寂しそうにしている。

 

「まっ、エールには俺がいるって! このイケメンハニーで元魔人の長田君がさ」

 元気づけるように軽い調子で言った長田君の頭をエールは弱々しく撫でた。

「実際、長田君はなかなかやれるハニーでござる」

「何かあったら陶器を見捨てるか囮にでも使えよ。死んだら破片でも拾って供養してやりゃいいから」

 ウズメに褒められて照れたり、ザンスにからかわれて怒ったり。

 

 そんな長田君を横目に、エールはリセットをじーっと見る。

 

 お姉ちゃんが冒険ついて来てくれないんじゃ寂しい、とエールは悲し気な様子で訴える。

「何やってんだ……」

 そのわざとらしい様子を見てザンスが呆れている。

「だ、ダメだってば。サクラさんがゼスに行ってる間、お母さんの事も手伝ってあげたいもの」

 母親の手伝い、と言われるとエールはそれ以上言えなくなって押し黙ってしまった。

 エールは長田君が呪われたままだったらリセットと冒険に行けたのに、と口を尖らせる。

「ひどくね!? そんなこと言うと俺、泣くぞ!」

 長田君はエールをペシペシと叩いた。 

 

「エールももうわがまま言うんじゃありません! 自由な俺等と違ってシャングリラの外交官って立場もあんだからさ」

「てか魔王の子でふらふらしてんのお前ぐらいだぞ」

 冒険者としての仕事はしてる、とエールは頬を膨らませた。

 

「リセットさんがいれば冒険もスムーズに進みそうだったのにな。……そーいや、やっぱ100%当たる占いとか嘘だったかー」

 エールは長田君の言葉で思い出したように、占いではリセットも一緒に行くって言ってたのに、と怒り出した。

「そりゃフツーに考えてそんな占いなんかあるわけねーよ。まぁ、あの子小さかったしそこは大目に見てやれって」

「いや、あいつ何年も姿変わってねーぞ。リセット(こいつ)と同じでな。どっちにしろ評判や噂なんか所詮当てにならねーってこった」

 リーザスで雇わなくて良かった、とザンスが吐き捨てる。

 

「占いで小さい子っていうと、もしかしてアーシーちゃん?」

 会話を聞いていたリセットが驚く。

「知ってるんすか?」

「うん、すごく有名だから。たまにシャングリラの町中で占いのお店開いてるのは知ってたけどエールちゃん占って貰ったんだ?」

「あー、いやいや。エールの事は占えないって言われたんすよ」

「えっ?」

 見て貰ったが何も見えないと言われたことをエールはリセットに話した。

「なら私と一緒に行くって言ったっていうのは?」

「エールが占えないっつーんで俺を見て貰ったんすよ。そしたらリセットさんと一緒に南へ行くと良いよーみたいなこと言われて。南ってざっくり自由都市っしょ? それでエールがリセットさんと一緒に冒険行けるって喜んでたんす」

 

 リセットは目を見開いてエールを見た。

 

 アーシーはゼスの永久客人であるルーシーと共に占いを外すことはない。

 彼女達ははぐれ使徒であり、その能力の便利さや魔人の使徒として恨み等で利用されたり狙われないように大国間で情報操作がされているほどである。

 リセットは数少ない、そのことを知っている人物だった。

 

「……一緒に行くと良い、か」

 

 そのアーシーが自分と一緒に行くと良い、と言った。

 

 さらにエールの占いは出来ない、ではなく見えないと言ったらしい。

 不思議な話であるが、エールには不思議な部分がとにかく多い。

 契約なしで日光を持てる事、クエルプランを追い返した謎の力、神魔法にレベル神。そして前の冒険から一年、眠り続けていた事。

 

 今回の冒険でもザンスと取り返しのつかない関係になってたかもしれないし、東ヘルマンに襲われかけたりしている。

 

 ここで自分が一緒に行かなかったらどうなるのだろう。

 アーシーが「良い」と言っていた冒険が、出来なくなってしまうかもしれない。 

 

 

 リセットはエールが心配だった。

 

 

「……エールちゃん、やっぱり私も一緒に行く」

 

 そんな不安を覚えた時、無意識にその言葉が出ていた。

 

 エールはそれを聞いてぱーっと目を輝かせる。

「え? マジ? 占い大当たり?」

「おー! 姉上殿も一緒ならウズメも安心。母上殿も喜ぶでござる」

「散々渋ってたくせに、占いごときで変えるのかよ……大体シャングリラ外交官の仕事はどうすんだ」

 ザンスは眉根を寄せる。

「うーん、エールちゃんに護衛をお願いするよ。スシヌちゃんのこと、ちゃんと護ってくれたんだし実績は十分だもんね」

「あのポンコツ村長が許さねーだろ」

「そ、そこは説得してみる」

 

 

「エールちゃん」

 リセットはエールに向き直った。

 

「私はシャングリラの外交官として、エールちゃんに護衛の依頼をします。自由都市を回っている間、しっかり私の事守ってね」

 エールは大きく何度も何度も頷いた。

 

 そして長田君の手を取ってぴょんぴょんと跳ねる。

「良かったなーエール!」

「良かったでござるね、主君。主君の喜びはウズメの喜びでござる」

「ガキか、お前は」

 

 

 エールはリセット達と行く次なる冒険に心を馳せた。

 

 

………

……

 

 

「んで、説得できなかったんだな! がはははは!」

 暴走するように猛スピードで走るうし車の中でザンスが大笑いしていた。

「うん、ダメだった。頑張ったんだけど、取りつく島もなしだったよ」

 リセットは耳を垂らす。

「……だから出てきちゃった」

 今度は悪戯っぽく笑った。

 

 

 今から数十分の前の事。

 

 空が白みはじめたばかり、砂漠の夜の寒さが残っている時間帯。

 

「急だけど今からシャングリラを出発するよ」

 エール達はそう言ってリセットに起こされ、シャングリラの町を歩いていた。

 昼間はごった返していた市場も静かで、人通りもまばらである。

「うー、寒いし、眠いし、髪をセットする時間もないし……」

 長田君がぐずっているように、エールも寝ぼけ眼である。

 

 

 ふらふらしつつシャングリラの門の前まで来ると、そこでは見慣れた人物がうし車の用意をしているのが見えた。

 

「おはようございます。お荷物はこちらへどうぞ」

 そう言ってイアンがエール達の荷物を手早くうし車に乗せていく。

「こちらお預かりしておりました、魔法ハウスです。清掃等させていただきましたので、後ほどご確認下さいませ」

 ロナがエールに魔法ハウスを恭しく差し出した。

 小さい状態のままでも綺麗になっている気がして、エールはロナにお礼を言った。

 

「それじゃ、今からこれに乗ってパラパラ砦まで行くから急いで乗ってね。詳しい事はうし車の中で説明するから。……言わなくても分かると思うけど」

 リセットがそう言うのでエール達は素早くうし車に乗り込んだ。 

 

「リセット、行ってらっしゃーい」

「ピグちゃん……ピグパトロール隊長。私がいない間、シャングリラの事よろしくお願いします。カロリアさんにもよろしくね」

「まかせてー。今回は見送り出来たねー」

 数人のピグが手を振っている。

「行ってらっしゃいませ、リセット様。楽しい旅であることをお祈りしております」

 ロナはそう言って薄く笑って手を振った。

 

「勝手に出てきて大丈夫なんでござるか?」

「いいのいいの。お母さんってば本当に分からず屋なんだから。お仕事で行くって言ってるのに自由都市に行く必要なんかないとか、次期女王としての心構えがなってないとか。お休みが欲しいっていってもダメって言うし」

 リセットが唇を尖らせる。

「ちゃんと置手紙は残してきたし、皆にはいつもの通りお仕事に行くだけって伝えてあるから大丈夫。ロナさんも、イアンさんも、ピグちゃんも、門番さんもね。そういうことになってるの。 ……表面上は」

 みんながリセットの協力者。

 都市長であるパステルよりもリセットの方が人望あるんだろうな、とエールは思った。

「では参りましょう。猛スピードで良いのですね」

「うん、追いつけないような速度で行っちゃって!」

 

 

 そして現在、エール達は猛スピードのうし車でアウトバーンを駆けていた。

 

「揺れるけどいいねー! この早さ、あっという間にシャングリラ見えなくなった!」

「悪くねースピードだな!」

 長田君とザンスはスピードを楽しんでいる。

 エールもアウトバーンを行く商人が一瞬で見えなくなるほどのスピードで進むうし車にワクワクとしていた。

「これなら気付いて追いかけようとしても追いつけないよ」

 リセットが少しそわそわしているのは罪悪感があるからかもしれない。

 

 エールは一緒に来てくれてありがとう、と言った。

 

「ふふ、自由都市はけっこう周り慣れてるから道案内はお姉ちゃんに任せてね!」

 

 ニコニコとエールを見つめるリセットに、エールも満面の笑顔を返した。

 

 

 エール達はあわただしく次の冒険に出発した。

 

 

 ―― 一方シャングリラでは。

 

『お母さんへ

 少し予定が早いですがエールちゃん達に護衛を依頼して一緒に自由都市を回ることにしました。

 定期的に連絡はいれるので心配しないでください。 リセットより』

 

 リセットの部屋の机に置かれていたシンプルな手紙。

 

「私もちゃんとお見送りしたかったのになー」

 パステルはその手紙を読んでモダンの呑気な言葉にわなわなと震えるが、すぐに大きくて長いため息をついた。

「今から追いかければ間に合うかも?」

「……言って聞くようであればそもそもこんな真似はせんでしょう」

 前の冒険でも閉じ込めたと思ったら部屋から抜け出し、出て行ってしまったのだ。

 普段は母のいう事をよく聞き、カラーからの人望も厚い素直で優秀な娘だがこういった行動力を発揮したリセットは誰にも止められない。

「今回は仕事で行くという名目もあり前よりは危険も少ないはず。それに……」

 パステルは窓の外を見る。 

 

「たまには羽を伸ばさせるのも良いでしょう」

 

 交易都市シャングリラの都市長は忙しい。しかし、それ以上に世界各国のパイプを担い、世界中を飛び回っているリセットには休みがない。

 カラーの女王や都市長としてそんな娘が誇りであり頼りにできる存在ではあるが、母親としては少し休息を入れさせてあげたいというのが本音だった。

「パステルもけっこう甘いわね、いい子いい子」

「戻ってきたらちゃんと ってやります」

 手紙を机にしまって、パステルは仕事に戻った。

 

「心配はあの法王の娘か――何者だ、あれは?」

 

 法王とあの男の娘、エール・モフス。

 

 自分に敵意を向けた時のあの目は一体何だったのか。

 リセットの事を好きだと言った以上、危害を加えることはないだろうがパステルはどこか不安を感じていた。

 




※ 9/10 最後の方の文章を修正


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