ドラえもん のび太の幻想郷冒険記 (滄海)
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プロローグ その1

ドラえもんのひみつ道具ってさ、全部ではないにしても幻想郷のキャラクターの「〇〇する程度の能力」を機械化、携行可能にしたものなんじゃね?
と言う発想から考えてみた作品です。

そもそも大長編ドラえもんが幻想郷の冒険みたいなものだったし……。


「ド、ラ、え、も~ん!!」

 

 セミの声が賑やかになってきたとある日、時期はそろそろ夏休みも7月が終わろうかと言う頃に、お馴染みの声が町内に響き渡った。

今この瞬間だけなら学校の運動会でも1位になれそうな速さでのび太は自宅まで走り、その速さを殺す事無く玄関を勢いよく開け放ち、即座に靴を器用に脱ぎ散らかし、ママの『廊下を走っちゃいけません』の叱咤も無視して階段を一気に駆け上る。

 階段を駆け上った先、自室のふすまを開けて……長かったレースのゴール、と言う訳では無く今日も今日とて日課のように自室でお茶とどら焼きを食べているであろう青ダヌキ、もとい22世紀のネコ型ロボットである親友の名を再び口にする。

 

「ねえ、ドラえもん。どこでもドア出してよ……って、ドラミちゃんじゃない。一体どうしたの?」

「あ、のび太くん。……じ、実はね……」

 

 しかしのび太の予想に反して、ドラえもんはどら焼きを食べてはいなかった。

 どら焼きを食べていないどころか、唐草模様の風呂敷に色々な荷物を入れてその恰好は夜逃げか、はたまた泥棒をして逃げる準備をしているかのようだ。

 おまけにその傍らには全身黄色で真っ赤なリボン、ドラえもんの兄妹であるドラミちゃんまでいるのだから珍しい。

 基本的にドラミちゃんは22世紀で暮らしていて、ドラえもんに用事がある時、もしくはドラえもんが呼んだ時にしか現代にはやって来ないのだ。

そのドラミちゃんがここに来ていると言う事は……? ドラえもんの道具を頼ろうと勢いよく部屋に駆け込んだものの、ドラミちゃんの存在にすっかりそんな事も忘れてのび太の脳裏に最悪の想像が展開される。

 

 

『ドラえもんが未来に帰る』

 

 

 ……実際、以前にもドラえもんは未来に帰らざるを得ない事があった。

 その時のび太はドラえもんの力に頼らずジャイアンとの一騎打ちで勝利を収め安心させ、ドラえもんは未来へと帰っていった。

 その後ジャイアンとスネ夫の『ドラえもんが帰って来た』と言う当時ののび太にはあまりにも残酷な嘘に対してドラえもんが最後に残していったひみつ道具「ウソ800(エイトオーオー)」を使用し、嘘と真実を逆転させたままドラえもんはもう帰ってこない、と言った為に本来ならばもう現代には来れない筈だったドラえもんが再び現代に帰って来れたという懐かしい思い出がある。

 のび太にとってその再来を予感させるには、今のドラえもんの格好は十分すぎるものだった。

 

「あら、のび太さんこんにちは。お兄ちゃんてば、本当は定期検診を毎年必ず1回は受けなくちゃいけないの。これは未来のロボットが必ず受けなくちゃいけない法律でも決められた“ロボットの義務の1つ”なんだけど、お兄ちゃんてば全然受けてくれないから、とうとう国立ロボット病院から強制的に入院するように強制措置が取られちゃって……多分1週間くらいなんだけど帰らなくちゃいけないのよ」

「え、1週間帰っちゃうの?」

「うん、でも……のび太くん大丈夫? 僕がいないとのび太くんは何もできないじゃないか」

 

 ドラミの説明に目を潤ませながらいやだいやだと駄々をこねる、まるで子供のようなドラえもんを目の前にして、道具を出してくれと言えるのび太ではなかった。

 もしドラミの説明が本当だったとするのなら、ドラえもんがずっと残ってくれていたのは自分のためじゃないか。

 だからのび太の口から出てきたのは、道具を出してではなく、素直な行ってらっしゃい、の言葉だったのだ。

 

「何言ってるんだよ、ドラえもんの健康の方が大事じゃないか。それに前みたいに一生帰ってこれない訳じゃないんだろ? 任せてよ、1週間くらい」

「大丈夫? ジャイアンたちにいじめられたりして泣いちゃったりしない?」

「しないしない、安心して。それじゃあ、もし泣いちゃったら帰ってきたドラえもんにありったけの小遣いでどら焼き買ってあげるからさ」

「ふふっ、そうならないように気を付けるんだぞ」

 

 こうして、最後まで涙を浮かべながらドラえもんは机の引き出しの中に消えていった。

 そんな親友の姿を見送りながら、ついさっき空き地でのやり取りを思い出しのび太は盛大なため息を一つ吐くのだった……。

 

 

 

 

                  *         

 

 

 

 

 

「それでさ、その湖のほとりにあった神社が山ごとまとめて消えちゃったんだってさ」

「スネ夫、そんな訳ないだろ? ドラえもんの道具じゃあるまいし」

「そうだよ、ジャイアンの言う通りそんなの誰かが作った作り話に決まってるじゃないか」

「でも、もし本当なら一体なにがあったのかしら」

 

 のび太たちがいつも集まる空き地、土管の前でいつもの4人・・・のび太、スネ夫、ジャイアン、しずかたちはスネ夫の手にした本の内容に耳を傾けていた。

 それはとある県で、少し前に消えた神社の話。

 曰く、湖のほとりに建てられていた神社が、そこにいた巫女の少女もろとも一夜で消え去ってしまったと言うのだ。

 もちろん本にするにあたり、内容には多少の脚色が成されているのだろう。

 おまけに4人はドラえもんと過去に未来、地底に宇宙、挙句には異世界まで数々の冒険をしてきた思い出がある。それらの経験は、ちょっとやそっとの怪談話や不思議な話程度では動じなくなるだけの経験でもあった。

 

「そう思うでしょ? でもほら、この写真を見てよ」

 

 が、スネ夫もそんな事は承知と言わんばかりに他の3人にとあるページを開き見せつける。

 神社のあった場所はぽかりと抉れ、今では湖の一部になっていると言う説明と共に、本ではその場所と思しき湖の岸辺の写真が載せられていた。

 その写真は確かに不自然に丸い形にぽかりと岸辺が抉れている事を3人に示していた。

 

「ほんとだ……」

「うそみたい……」

「へぇ……」

「でさ、僕はパパに言ったんだ。『夏休みの宿題としてこの神社の事を調べてみたい』って。そしたらパパ乗っちゃってさ、別荘も借りて夏休み中使って調べようって言いだしてさ」

 

 3人が3人とも何も言わずに写真を凝視している中、スネ夫が得意げに言葉を続けた。

 が、のび太としては面白くもなんともない。なにしろこの後に続く言葉は分かっていたからだ。

 

「もし良かったら、ジャイアンにしずかちゃんも一緒に来ない? いろいろまとめてさ、夏休みの宿題共同研究で発表しようよ」

「スネ夫、心の友よ!!」

「スネ夫さん、ありがとう」

 

 意外と涙もろいジャイアンがうれし泣きをしながら絞め殺さんばかりの勢いでハグを決め、スネ夫が白目を剥く。

 そう、スネ夫お得意のこれは3人用なんだ。である。

 今回もスネ夫は今さら思い出したかのようにのび太に視線を向けて口を開いた。

 

「あ、のび太はダメだからね? フィールドワークも必要だし、いろいろ図書館や町の人からも話を聞いたりしなくちゃいけないんだ。ノロマののび太がいたら終わらないよ」

「違いない、のび太がいたら全然進まなくて困っちまうぜ」

 

 

……そーらきた! そーらきた!!

 

 

 のび太からすれば来るのが分かってましたと言わんばかりのスネ夫の言葉に乗っかるようにジャイアンも言葉を続ける。

 ここまでくると様式美とでも言いたくなるスネ夫とジャイアンのコンビネーションだ。そしてこの後に続く言葉もまた、一種のお約束でもあった。

 

「なんだいそんなの! ちーっともうらやましくなんかないぞ!! 僕なんか、もっとすごい誰も行った事のない場所へ行って、そこの事を調べてやるんだ!!」

 

 そう言うが早いか、のび太は空き地から飛び出すように駆け出していた。

 背後でジャイアンやスネ夫、しずかが何かを言っているように聞こえたけれども、今ののび太にとってはどうでもいい事だった……。

 

 

 

 

 

……こうして話はのび太の部屋へと戻る事になる。

   




さて、大長編ドラえもん東方編、はじまりはじまりです。
ある程度の流れは考えていますが、ちょっとは当初の予定より変わっていくかもしれません(汗


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プロローグ その2

さて、とうとう冒険へと乗り出したのび太。
まずはいきなり怪しい人物が現れます。


「うーん、どうしよう。ドラえもんがいないんじゃな……」

 

 ドラえもんを見送った後、のび太は一人部屋で机に座りこれからの事を考えていた。

 ドラえもんが病院に行くと言う事で、一人でもなんとかなるから気にするな、とは言ったもののせめてどこでもドアだけでも出してもらうべきだったか。

 そう考えた所で今さらどうにもなるものでもない。

 ドラえもんが帰ってくるまで1週間待つか、それとも別の方法を考えるか……あれこれと机に向かって考えた結果、のび太は別の方法を使う事にした。

 

『スペアポケット』

 

 ドラえもんの四次元ポケットの文字通りスペアは押し入れの中、枕の下に隠されている事をのび太は知っている。

 それによってチャモチャ星に取り残されたドラえもんを、危機に陥っていたサピオ少年を助けに戻り、ナポギストラー率いる反乱軍への逆転の一歩となったのは懐かしい思い出だ。

 ちなみに足元に置いてあるのは四次元くずかごなのは内緒である。

 留守中に入り込むとドラえもんは相変わらずプライバシーを覗くな、と怒るのだがそもそもポケットと寝具、ついでにゴミ箱だけしかない寝室にプライバシーもへったくれもあるものか、と言うのがのび太の見解だった。

 

 兎にも角にも、ドラえもんが1週間不在になるのならそれまでに戻ってきて返却しておけばバレる事もないだろう。そんな思いからのび太は押し入れの扉に手をかけた。

 するりと、立て付けの良い扉は音もなく開き、見慣れたドラえもんの寝室が姿を現す。

 

「ドラえもん、悪いけどポケットを借りるね」

 

 一応、無断で借りる事もあり未来にいるであろう親友に向けて断りの言葉を口にしてから枕の下に手を突っ込み探ってみると、目的のものはすぐに見つかった。

 かつて見せた時にしずかがパンツと誤認した、白い布。

 確かにサイズ的にも色合いもパンツそのままなのだが侮るなかれ、これこそがドラえもんのスペアポケットである。

 中はドラえもんの四次元ポケットと空間的に繋がっており、ドラえもんの道具を自由に取り出せると言う優れものだ。

 そうしてのび太はポケットに手を突っ込むと、まず第一に欲しい道具の名前を口にしながら『それ』を引っ張り出した。

 

「どこでもドア!」

 

 ただの扉にしか見えないこれこそが、これさえあればどこにでも行ける(ただし10光年以内の距離)夢のような道具なのだ。

 その利便性の高さは未来社会において天の川鉄道を廃線に追い込み、のび太も日常生活、また大冒険の際にいやと言うほど経験している。

 

「これでよし、と。後は……」

 

 ドアを立てつけたのび太は、バタバタと走り回りほとんど日常では使う事のない手提げかばんにスペアポケット、それにまだ一つも手を付けられていない夏休みの宿題に筆記具を部屋の片隅の置きっぱなしだったランドセルから取り出すと、無造作に放り込んだ。

 さらに、ママに見つからないように玄関へと向かい靴も用意して、これでのび太の準備は整ったわけだ。

 ちなみに、もし連泊する事になったとしてものび太流のキャンプ術……すなわちグルメテーブルかけとキャンピングカプセル、着替えが要るなら着せ替えカメラを使えばいいと言う認識で固まっている。

 なのでテントや携帯食料、替えの着替えなどを大きなリュックに詰め込んでいく必要はのび太にとってはどこにも無いのだ。

 こうして準備を整えたのび太はドアの前に立ち、高らかに宣言した。

 

 

()()()()()()()()()()()へ!!」

 

 

 これで後はドアをくぐればそこはもう、目的の場所と言う訳だ。

 誰も行った事のない場所、帰ってきたらスネ夫やジャイアン、しずかたちにどんな自慢をしてやろうかと考えながら、のび太はドアノブに手をかけドアを開ける。

 

「さあ、僕は誰も行った事のない場所への第一歩を、踏み出すぞー!」

 

 靴を履き、意気揚々とのび太はドアの向こう側へと一歩を踏み出す。

 ドアがバタン、としまった後にはのび太の部屋にはただ沈黙だけが流れていた……。

 

「のびちゃん、ドラちゃん、そろそろおやつだから……そう言えばドラちゃんは確かさっき、検査の為に帰るって言ってたわね。 のび太はみんなと遊びに行ってるのかしら……?」

 

 しばらくしてのび太のママがおやつのどら焼きを持ってきたものの、部屋はすでにもぬけの殻。

 そこでドラえもんが少し前に、検査で1週間ほど留守にすると言われたことを思い出したらしい。それでも、のび太ならドラえもんと二人分食べるでしょと思っても、肝心ののび太がいないのではどうしようもない。

 ママは『ま、お夕飯までには帰って来るでしょ』と気にする風でもなく、下へと降りて行ったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなこといいな できたらいいな

 

あんなゆめ こんなゆめ いっぱいあるけど

 

みんなみんなみんな かなえてくれる

 

ふしぎなポッケで かなえてくれる

 

そらをじゆうに とびたいな

 

「ハイ! タケコプター」

 

アンアンアン とってもだいすきドラえもん

 

 

 

しゅくだいとうばん しけんにおつかい

 

あんなこと こんなこと たいへんだけど

 

みんなみんなみんな たすけてくれる

 

べんりなどうぐで たすけてくれる

 

おもちゃの へいたいだ

 

「ソレ! とつげき」

 

アンアンアン とってもだいすきドラえもん

 

 

 

あんなこといいな いけたらいいな

 

このくに あのしま たくさんあるけど

 

みんなみんなみんな いかせてくれる

 

みらいのきかいで かなえてくれる

 

せかいりょこうに いきたいな

 

「ウフフフ! どこでもドアー」

 

アンアンアン とってもだいすきドラえもん

 

アンアンアン とってもだいすきドラえもん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……どこなんだ……? って、そうだよね。誰も行った事が無い場所、って言ったんだもんな」

 

 一方、のび太はどこでもドアをくぐった先で1人、周りの状況に困惑していた。

誰も行った事のない場所へ、と意気揚々とくぐったドアの先はどこまでも続く深い森の中だったからだ。

 かと言って、魔界の森やアニマル惑星の禁断の森のように別に見た事もない植物や日が差さない程に高い木々が生い茂っている訳でもない。

 多少涼しげではあるものの、木々の間から少しは日も差し込んでくる。

それでも、こんなどこにでもありそうな森が誰も行った事のない場所か、と言われればのび太にも疑問が浮かぶ。

 ではどうするか? 答えは簡単だ、調べてしまえばいいのだ。

 地上にいたままでは自分がどこにいるか分かりにくいのなら、木々の上まで飛び上がってしまえばいい。そうすれば、ここでは見えない何かが分かるかもしれない。

 早速のび太は善は急げ、とばかりにスペアポケットに手を入れ、タケコプターを取り出そうとした。

 タケコプターもまた、空を飛んで移動できると言うどこでもドアと並び、日常生活における利便性の高さを誇るひみつ道具の為、出かける時でも一つはズボンのポケットに持っている事が多いのだが、今回についてはまさかいきなり森の中に出るとは思っておらずポケットに入れてなかったのだ。

 そうしてタケコプターを取り出そうとした、まさにその時。

 

 

「こんにちは、何をしていらっしゃるのかしら?」

 

 

 のび太の背後から声がして、ポケットに手を入れようとしたその身体がびくり、と硬直する。

 透き通った声、でもどこか怪しい響きがある。それはまるでかつて冒険した魔界の海に潜む人魚を思い出させるような声、とでも言うべきか。

 おまけに声はちょうどのび太の真後ろから聞こえてくるために、声の主を確認するためにも否が応でも振り向かなくてはならない。

 けれども、のび太は身体を硬直させたまま恐怖からなかなか振り向く事ができない。

 それはそうだろう、いきなり人気のない深い森の中で背後から声をかけられて怪しむな、と言う方が無理があると言うものだ。

 こうしてのび太の夏休みの宿題は、始まる前からピンチに見舞われようとしていた……。

 

 




さて、いきなり背後から声をかけた謎の人物。
果たしてのび太の運命やいかに!?


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ようこそ幻想郷へ

果たしてこの謎のおば……(ゲフンゲフン 女の人の正体は!?
そしてのび太の運命やいかに!


 どれだけ時間が経過したのか……ようやく決心したようにのび太は声の方、つまり後ろへと振り向いた。

 

「ようやくこっちを見てくれたわね、別にとって食べたりはしないんだから大丈夫よ?」

「………………」

 

 振り向いたのび太の返事はなかった。いやできなかったと言うべきか。

 のび太の目の前にいたのは、金色の長い髪をした綺麗な女の人。おまけにドレスを纏い、なぜかこんな森の中にも関わらず日傘をさしている。

 少なくともその格好はこんな木々の生い茂る森の中でする格好ではない事はのび太にも理解できる。

 その不思議な格好をした女の人が笑顔で自分を見ているのだ。

 

『外国人だろうか、もしかしたら宇宙人かも知れない。そういえば……リルルに初めて会った時もこんな感じだったっけ。あの時はジャイアンやスネ夫に追いかけられてたけど』

 

 もう二度と会う事は無いだろう、鉄人兵団による奴隷狩りから地球人を救うために歴史を改変し、その命を散らした機械の少女。

 一応、3万年後の現在に生まれ変わり、1度だけ遊びに来てくれたけれども、奴隷狩りの必要もない今メカトピアとの接点はもうないはずだ。

 彼女に初めて会った時自分に好意的に接してくれた時の印象を思い出しながらも、それより今のび太が気になったのは、誰も行った事がない場所に来たはずなのに、なんで自分以外の人がいるのか? という事。

 ひょっとしたらここはメカトピアやそれに近い星なのか? それとも次元の壁を抜けて別の世界に来てしまったのだろうか?

 兎にも角にもこのまま黙っていても話は進まない、そう考えてようやくのび太は目の前の女性に促されるように口を開いた。

 

「あの……おばさんは、誰ですか?」

「おっ、おば……。誰がおばさんですってぇ!!」

 

 

 だがさすがにおばさん呼ばわりはよろしくなかったらしい。

 さっきまでの言葉は一体どこへやら。それまでの怪しささえある笑顔から一転、柳眉を吊り上げ額に青筋を浮かべながらのび太の発言に怒りそのものを吐き出した。

 その怒りの様子はまるで0点を連続して取った時に見せたママの表情にも似ていなくもない。

 当然、ママもかくやと言う迫力で怒られてはのび太に抵抗などできるはずもなく……。

 

「ご、ごめんなさーいっ!!」

 

 のび太は謝るより外になす術などなかった。

 だが女の人の怒りは収まらないようで、のび太に向けて凛とした声で一言だけ呪文のような言葉を告げた。

 

「美しく残酷に、この大地から往ね!」

「へ……わあっ!!?」

 

 聞き慣れない女の人の言葉に、頭に?を浮かべるのび太だったけれども、すぐにそんな事は言っていられなくなってしまう。

 なにしろ、急に足元の地面が消えたのだから。いや、消えたと言うのは語弊があるか。急にのび太の足元の地面がぱくりと口を開けたように空間が開き、その真上に立っていたのび太はそのままストン、とその空間の中に落っこちてしまっていた。

 突然自分を襲った落下現象に、早くタケコプターをと思うのび太だけれども焦れば焦るほどそう簡単にはタケコプターは出てこない。

 おまけにタケコプターを出すにはスペアポケットから取り出すより他には無い。

 

「た、助けてー!!」

 

 助けなんて来る訳がないのに、それでも助けを求めてしまうのは落下していくと言う恐怖故か。

 特にのび太たちの場合は普段から空をタケコプターで飛ぶと言う事が多く、落ちる事への恐怖が薄らいでいる節さえあった。

 ……ああ、このままのび太は成す術もなく地面に激突してしまうのか? そう思われた矢先、唐突にのび太を襲う落下は終了する。そのままお尻からドサリ、と落ちたのは女の人の目の前だった。

 何の事は無い、のび太は地面から落っこちて空間を経由して彼女の目の前、自分が落下するまで立っていた場所にまた戻って来ただけだったのだ。

 そうして再び戻ってきたのび太に、女の人が話しかける。

 ただし、その目は笑っていない。

 口元は笑みを浮かべているけれども、ちょっと見るとまだ額には青筋が浮かんでいる。

 どうやらまだまだ女の人はとてもお怒りのようだ。

 

「いてててて……」

「いいこと? 私の名前は八雲紫、あなたは気が付かなかったみたいだけれどもこれでも妖怪なのよ? あなたみたいな美味しそうな子供なんて、ペロリと食べちゃうのよ?」

「ええっ!? よ、妖怪なんですか?」

 

 目の前の女の人に妖怪である、と言われてはいそうですか、と信じる者はなかなかいないだろう。

 少なくとも、妖怪なんてものが実在するなどと言えば、与太話の類と思われてしまうようなこのご時世、驚きでもってのび太が見せた反応は至極もっともなモノだった。

 そしてそんな反応を一番楽しんでいたのは、実は女の人……怒っているように見せながら、内心はホクホク顔の八雲紫だったりする。

 

 

……これこれ、この反応よ。幻想郷だと、人間相手でも妖怪だなんて言っても全然驚いてくれないし、その点外の人間はこういう反応が新鮮でたまらないのよね。

 

 

 とは言っても、いつまでも脅かしてばかりいられない。さっさとここに来た目的を果たしてまた布団に潜り込もう、そんな事を考えていた時、紫はふと気が付いた。

 目の前で脅かした男の子……のび太が、驚きはしたものの驚き方が何か違う事に。

そして、上から下まで自分の事をまじまじと観察するように見ながら、実に奇妙な事を口にしたのだった。

 

「おかしいなあ……西遊記にこんな妖怪いたっけかな? 羅刹女、じゃないですよね? 芭蕉扇も持ってないし」

「羅刹女? だから私は八雲紫よ。確かに妖怪って私は言ったけれども、そもそもなんで西遊記に限定されるのよ?」

 

 そう、確かに西遊記にも妖怪は登場する。これは紫だって知っている事だ。けれども、それならなんで目の前の子は妖怪=西遊記、と言う認識を持っているのか。

 

「え? だって紫さん。僕らが唐の時代でやっつけた西遊記の妖怪たちの生き残りなんでしょ?」

「……へ?」

 

 

……ちょっと待て、今この子はなんて言った? 唐の時代? やっつけた?

 

 

 自分の聞き間違いか? と紫はまず自分の耳を疑った。

 少なくとものび太が口にした唐の時代と言うのは今から千年以上も前の時代で、どう頑張っても紫が生を受けるよりも昔である事は間違いない。

 

「あなたが今言っていた唐の時代、って……私の勘違いじゃないとすれば昔の中国の『唐』の事、よね?」

「はい、そうです」

「えっと、ごめんね。悪いんだけど……何があったのかちょっと説明して貰えないかしら?」

 

 あまりにも想像の斜め上をゆくのび太の言葉に、たまらず紫は説明を求める。

 それがどういう事になるかも知らないままに……。

 

 

 

……のび太説明中

 

 

 

……のび太説明中

 

 

 

……のび太説明中

 

 

 

「つまり、唐の時代でゲームから出てきた妖怪が三蔵法師を殺して妖怪の社会になるような歴史改変をしたから、現代からタイムマシンで唐の時代に向かって、そこで西遊記の妖怪たちをやっつけたのね?」

「そ、そうです……あ、あの。紫さん大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないわよ! 何よタイムマシンって! 未来から来たロボットが出してくれた道具? 幻想郷よりも幻想してるじゃないの!」

 

 のび太の説明を受けた直後、紫は文字通り頭を抱えていた。

 と言うよりもむしろ思考回路が故障しかかっていたのかもしれない。普段の冷静さを完全にかなぐり捨てながら、絶叫していたのだから。

 もしここで普段の紫を知る面々がこの様子を見たら間違いなく驚きの表情を浮かべただろう。

 それほどまでに、のび太の話は幻想郷の賢者をしても幻想が幻想でなくなるほどに常軌を逸した内容だったのだ。

 

 

……なに、タイムマシンですって? 唐の時代で妖怪まで退治した? どうりで妖怪程度じゃ大して驚きもしない訳ね。

と言うかそんな事をやってのけるような子なら、博麗大結界を通らずに幻想郷に入って来たって不思議じゃないわ。

 

 

 目の前の、眼鏡をかけて頼りなさげな雰囲気を持つのび太にそんな事を思いながらもその反面、もし話してくれた内容が事実なら面白く退屈させない人材もそうざらにはいない。

 紫の中でそんな思いが生まれ始めていたのもまた事実。

 

「……ねえ、そう言えばまだ聞いてなかったわね。名前はなんて言うのかしら?」

「あ、僕のび太です。野比のび太」

 

 怒涛の展開に悶えながらも、ようやく落ち着いたらしい紫が真面目な顔になりのび太の名前を聞いてくる。

 むしろ今までずっと聞いていなかったあたり、よほどのび太の言動が衝撃的だったのだろう。

 

「のび太、ね。まだ説明していなかったのだけれどもここは幻想郷と言う、忘れられたモノたちが最後にたどり着く場所なの。八雲紫の名において、幻想郷はあなたを歓迎いたしますわ」

 

 ここで紫の言葉にようやくのび太は気が付いたのだった。『誰も行った事のない場所』へ行こうとどこでもドアをくぐった時に、紫に会ったのはどうしてなのか。

 確かにどこでもドアは、確かに誰も行った事のない場所へと案内してくれたのだ。幻想郷と言う名の、誰も行った事のない、誰も知らない場所へ。

 こうして、のび太の誰も知らない場所での冒険が始まろうとしていた。

 

 

 




謎のおば……もとい幻想郷の賢者、八雲紫さんの登場です。

のび太の中で妖怪=パラレル西遊記、と言うのは、アリだと思うんです。
パパ、ママの変貌(新聞に映る影にトカゲのスープとか)に、先生が目の前で皮膚ぶち破って妖怪化なんてされたら、絶対に妖怪=ヒーローマシンの妖怪の生き残りだっておもっやうと思います。



こうしてのび太くんの幻想郷での生活がいよいよ始まる……といいな(ぇ
後、絶対にどこでもドアって、博麗大結界に引っかからずに中に入ってこれると思うんだ。


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のび太の幻想郷生活
霊夢、大いに驚く


ついに幻想郷に足を踏み入れたのび太。
まずはおなじみのあの場所へと放り込まれます。



更新が遅くなり大変申し訳ありませんでした。
……ひとまず無事に夏コミの原稿は入稿が終わりました(汗


 幻想郷も梅雨が明け、いよいよ本格的な夏がやって来た。

 博麗神社の境内も、野山もセミがミンミンとやかましく大合唱を行いその様子はまるで夏の暑さに抗議しているかのよう。

 そのセミの声に占拠された中に、幻想郷でも特に重要とされる施設。すなわち博麗神社は存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

                  *  

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、暇ねえ」

 

 その日、霊夢は暇だった。もちろんやる事が全くない訳ではない、かと言ってうだるような暑さの中それをやる気力など持ち合わせていないし、すぐにやらなければいけない訳でもない。

 つまりは、暇なのだ。

 その証拠に縁側でお茶をすすりながらぼけーっ、と何をするでもなくただ誰もいない境内に視線を向けている。

 空気そのものが溶けそうなほどにまったりとした空気が霊夢の周囲に漂っているが、むしろ異変が起きなければ暇な日の方が多いのが博麗神社における霊夢の日常だった。

 が、あいにくと口に出して暇でなくなるのならこんなにありがたい事は無いのだけれども、悲しい事に暇はちっともなくならない。

 

『……解決してあげるから、誰か大きな異変でも起こしてくれないかしらね』

 

 などと内心思ったりもするのだけれども、博麗の巫女ともあろう者がそんな事を口に出した日には紫が血相を変えてすっ飛んで来かねないのでさすがに霊夢もその発言は自重せざるを得ない。

 つまりはやっぱり、暇だ暇だと口にしながら霊夢はお茶をすすりながらただ、ぼーっと時間が過ぎるのを待っている。

 建設的かどうかと言う問題はともかくとして、これが最近の霊夢の暇な時間の過ごし方だった……。

 と、それまで退屈のあまり半分以上だれていた霊夢の目つきがすっ、と厳しいものに変わり、何もないはずの一点を見つめる。

 

「紫、いるんでしょ? 出てきなさい」

 

 はたから見たらただの独り言にしか見えない霊夢の発言。

 しかしその発言に応えるように、何もないはずの空間がぱくりと口を開ける。紫お得意のスキマ移動だ。

 何もないはずの場所に隙間を開けてするりと出てくるその姿は、まるでどこでもドアのようですらある。

 その紫が胡散臭そうな笑顔を浮かべながら口を開いた。

 

「こんにちは霊夢、ずいぶんと暇そうね」

「そりゃあね、でも博麗の巫女が暇って言うのは平和だって事よ? まあ、ちょっとした退屈しのぎくらいあってもいいかなとは思うけれどね」

「ええ、だから退屈しのぎ……になるかもしれない、今の霊夢にぴったりな相手を連れて来たわよ」

「ぴったりな相手……?」

「わぁーっ!!」

「……っ!?」

 

 そう言うが早いがもう一つスキマが開き、一体何がと怪訝そうな表情をしている霊夢の前にのび太がどさりと、乱暴に放り出される。

 突然理不尽に落っことされるのは今日もう2回目なので、のび太も助けてとは叫んでこそいないけれども畳の上に放り出された事で腰をぶつけたらしく、「いてててて……」と涙目になりながらぶつけた場所をさすっていた。

 霊夢もまさか、紫がスキマから子供を、それも見慣れない男の子を放り込んでくるとは思っておらず、目の前に文字通り降ってきたのび太へぎょっとした視線を向けている。

 しかし、突然放り込まれたのが人里の子供たちとは違う見慣れない服装の男の子だと気が付くと、霊夢には何か心当たりがあるようでその視線がとたんに険しくなっていく。

 

「紫、あのねぇ。いくら私が暇だからって言っても子供のお守りしろっての? それとも私の前で、人間、それも子供を食べようとするのなら、さすがの私も見過ごすわけにはいかないわよ?」

「こんなとんでもない子、食べないわよっ!」

「じゃあやっぱり子供のお守りじゃない、結界の隙間から迷い込んできたんでしょ? いつも通り、残るかどうか確認して、さっさと送り返せばいいじゃないのよ」

 

 『こんな幻想郷以上に幻想してる子なんて食べてたまるもんですか』とでも言いたげに霊夢の言葉に全力でツッコミを入れる紫。

 ちなみにのび太はと言うと、もう既に紫が人を食べる妖怪であると本人から説明を受けているので、その事についてはもはや驚きすらしない。

 だがそうなると、紫が霊夢に押し付けようとしている仕事は子供のお守りただ一つしかないではないか。と面倒事はしたくない霊夢はさっさと送り返す事を紫に提案する。

 と言うか、基本はこれが正しいのだ。外来人が幻想郷に迷い込み、妖怪などに襲われて糧にならず無事でいたのなら、本人が特に残る事を望まない限りは外の世界に送り返す。

 そう、それが本当なら普通だった。そう、普通なら……。けれども残念ながらのび太はたまたま幻想郷に迷い込んだ『普通』の子供ではなかった。

 

「霊夢。この子はね、博麗大結界の隙間から迷い込んできたんじゃないのよ。いいえ、この子は博麗大結界には一切触れる事なく、幻想郷に入り込んできたのよ」

「へぇ、結界に触れずにね。……って、はぁぁぁぁっ!? ちょっと、あんた何やらかしてんのよ!!」

「ちょ、ちょっと! く、苦しいですって……」

 

 さらりと紫の説明を聞き流そうとしていた霊夢が、ふと不穏な発言を耳にして反芻する事数秒。

 とんでもない素っ頓狂な声を上げてから見せた霊夢の反応は実に素早かった。

 のび太の服の襟首をつかみ、がくんがくんと激しく前後に頭を揺さぶりだしたのだ。

 可愛そうにのび太は成す術もなく、ぐわんぐわんと首がもげそうな勢いで霊夢に揺さぶられるままにされている。

 

「いい加減にしなさい!」

「んぐえっ!!」

「はぁ……た、助かった……」

 

 紫が手にした日傘を高々と掲げ、すぱんと霊夢をひっぱたいて止めなかったら一体どうなっていた事か。

 獲物はたかが日傘とは言え、紫が勢いよく振り下ろした傘の威力は伊達ではない。

 軽快な音と共に頭にできた大きなたんこぶを両手で押さえている霊夢が、結果としてのび太の襟首を離した事で、のび太はようやく恐怖の首振り地獄から解放されたのだった……。

 

「……で、本当なの? その、あんたが結界に触れずに入ってきた、って言うのは」

「えっと、結界って言うのが何なのかはよくわからないんですけど……」

「あーもう! じれったいわね、じゃあ、どうやってここに来たのか私たちの前でもう一度やって見せてよ。それなら私も紫も、きっと納得するでしょ?」

 

 

 ようやく霊夢から解放されたのび太だったが、本当に博麗大結界に接触する事なく入ってきた事にはいまだに疑いの目を持っているようで、湯呑みのお茶がすっかり冷めてしまっている事も忘れてのび太への質問を繰り返していた。

 かと言ってのび太の方も、いきなりどこでもドアをくぐった先で妖怪だ幻想郷だと言われただけで、別に自分がそんなとんでもない事をしたなどと言う自覚はまるっきり持ち合わせてはいない。

 そもそも目の前の、名前も知らないお姉さんから首を絞められ、思い切り揺さぶられていただけで自分が気が付かないうちに踏み越えてしまったらしい結界が何なのかその説明すらないのに、どうやったのか説明しろと言われてもどだい無理がある。

 だからまず結界と言う『何か』の説明を求めたはずの返事は、何故かもう一度ここに来た方法……つまりはどこでもドアを使って見せてくれ、と言う依頼だった。

 

「ええっ!? で、でも……」

「そうね、私も興味があるわ」

「ほら、これで決まりよ。もちろん準備に時間がかかったり特定の日時じゃないと難しいって言うのなら、私も諦めるけど、どう?」

 

 いきなりの依頼に言葉が詰まるのび太、おまけに紫まで興味があると言いだしてしまっては、小学生ののび太にとってはなかなか抵抗もできはしない。

 何しろジャイアンズ球場(いつもの空き地)を中学生に乗っ取られた時にも、のび太は非常に下手な対応しかできなかったのだ。

 それと同じくらいの年上、おまけに一人はもっと年上、となれば想像に難くない。

二人に半ば押されるような格好ではあるものの、意を決したのび太はどこでもドアを使う事を決心した。

 

「分かりました、じゃあ、ちょっと二人とも外に出てもらっていいですか?」

「外に? いいわよ。紫もいいでしょ?」

「ええ、いいわよ」

 

 のび太に促されるように、博麗神社の縁側から境内に出てきた霊夢と紫。

 二人の前に立ったのび太はまずズボンのポケットからスペアポケットを取り出し、二人に見せる。何はともかく、これがないとひみつ道具の使用は始まらないのだ。

 が、やはりと言うべきか。初めて見るスペアポケットの印象は、霊夢もまたポケットとは認めてくれなかったらしい。

 

「何よそれ……? パンツなんか手にしちゃって、一体パンツでどうやって結界を超えたって言うのよ」

「もぅ、違いますよ。これはポケットなんですって。じゃあいきますよ……? どこでもドア!!」

 

 しずかのみならず霊夢にもパンツと誤認された哀れなスペアポケット。しかしのび太は一言だけ霊夢にパンツでは無い旨を告げると、高らかに手を掲げおなじみの道具の名前を口にした。

 

「「…………!?!?」」

 

 たちまち二人の目の前に、のび太がポケットから引っ張り出したどこでもドアがどん、と現れる。

 今まで何もなかった場所に、ポケットからぬう、と引っ張り出された奇妙なドアが突然現れたのだから霊夢も紫も驚かない訳がない。

 目の前の何の変哲もない子供、そう、ただの外来人だとばかり思っていた子供が物理法則を軽く無視して手品師みたいな事をやってのけたのだから、霊夢も紫も二人とも目をぱちぱちと瞬かせながら、次ののび太のしようとする事を見守っていた。

 

「えっと、どこか行きたい場所ってありますか?」

「……へ? わ、私?」

「はい。今はためしに動かすつもりなので、なるべく近くだと嬉しいんですけど……」

「じゃあ、そろそろお夕飯の支度もしなくちゃいけないし……台所でどうかしら?」

 

 急にのび太から行きたい場所を聞かれた霊夢。

 一体これから何が始まるのだろうかとのび太の様子を伺っていたところで、急に質問を受けてしどろもどろになりつつも、そろそろ太陽が西に傾き始めた時間帯である事に気がつき、台所を希望する。

 

「台所ですね? じゃあ行きたい場所を口にして、このドアを開けてみて下さい」

「……? こんなただのドア開けて一体どうしろってのよ……。えっと、博麗神社の台所!! これでいいのかしら?」

「はい、大丈夫……だと思います。多分……」

「ちょっと、信用ならないわね……」

「まあ霊夢、信じるか信じないかはそのドアを開けてみれば分かるわよ」

 

 今一つ自身のなさそうなのび太の態度に『本当に大丈夫なのかしら』とこぼしながらも、紫にも言われた通り一度試した結果を見てからどうするかは考えようと、と自分の行きたい場所、つまり博麗神社の台所を指定してノブを回してドアを開けた霊夢。

 

「本当にこれで何もなかったらどうしてくれるのよ……」

 

そう言いながらドアの向こう側を覗き込んだ霊夢の視界に入って来たのは、見慣れた博麗神社の台所だった。

 

「……っ!?」

 

 予想外の光景に慌てて首を引っ込めて、今自分がいる場所、つまり神社の境内にいる事を確認してからもう一度ドアの中を覗き込む霊夢。

もちろん何回同じ事を繰り返しても、結果は変わらなかった。

 

「なるほどね、このドアがあれば行きたい場所に自由に行ける、って言う訳ね……こうして実際に見てみると、想像以上だわね」

 

 博麗神社に来る前、既にのび太から簡単にではあるもののパラレル西遊記の冒険について聞かされていた紫でさえ、実際にその道具を目にしては冷汗しか出てこないらしい。

 となれば霊夢はどうなるのか?

 

 

 

「……な、何よこれぇぇぇっっっ!!!!!!」

 

 

 

 博麗神社の境内に、霊夢の叫びが木霊したのだった……。

 

 

 




霊夢まさかのひみつ道具初体験!!
これで霊夢も一歩22世紀人への階段を上ってしまったのでしょう(違


ちなみに、これだけ会話をしておいて実はまだのび太と霊夢は全く自己紹介をしていなかったりします。
なので次でおそらく自己紹介をするものと思われます(汗


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巫女は胃袋で動きます

どこでもドアの効果を体験した霊夢と紫。
二人にとっては幻想以上のひみつ道具ですが、今度はのび太は一体何を取り出すのか……?


「……境内にいるはずなのに、なんで台所につながってるのよ? 一体何なのこれ? って言うかあなた何者なのよ……? 」

「霊夢もちょっと落ち着きなさい。確かに私も驚いたけれども、そんなにいっぺんに質問したってのび太だって答えられないわよ」

 

 叫んでみた所でちっとも変わらない現実にようやく落ち着きを取り戻したらしい霊夢。

 その後のび太、霊夢、紫の三人はどこでもドアをポケットへと再び収納して、再び神社の境内から居間へと戻って来ていた。

 が、落ち着いたと言っても初めてのどこでもドアの体験、何回ドアを覗いてみても、境内と台所とをつないでいるどこでもドアの効果を生まれて初めて目にしたためか、実際には落ち着いているように見えてまだ少し混乱しているらしく、居間に戻るやいなや矢継ぎばやにのび太へと質問を浴びせかける。

 けれどものび太の方はと言えば、紫の言う通りそんなに一度に大量の質問にすらすらと答えられるほど、要領がよい訳ではない。

 

「悪かったわね、まずはお互いに自己紹介しておきましょう。私は霊夢、博麗霊夢よ。幻想郷の管理を任されてる巫女なの。呼ぶときには霊夢って呼んでくれればいいわ。……それで、あなたは?」

「のび太、野比のび太です。今霊夢さんが使ったのはどこでもドアって言う未来の道具で、自分の行きたい場所を頭の中にイメージすれば、そこに行けるようになっているんです」

「未来? 未来の道具って、外の世界じゃ未来の道具が子供でも使えるくらいに出回ってる訳?」

 

 自分が使ったどこでもドアが未来の道具だと言われても、もう霊夢は驚かなかった。それだけどこでもドアの衝撃が大きかったのだろう。

 いや、それ以上に未来と言う言葉に対して実感が沸かなかったのかもしれない。

そこでのび太は紫にしたのと同じように説明をする事にした。

 

 

 

……のび太説明中

 

 

 

……のび太説明中

 

 

 

……のび太説明中

 

 

 

 ドラえもんと言う親友の事。その親友は22世紀からやって来た猫型ロボットでポケットから未来の道具を出しては色々と助けてくれる事。そしてその道具の入っているポケットのスペアを借りて、ここにやって来た事。

 のび太はひみつ道具に関してさわり程度ではあるものの、説明してみせたのだった。

 

「……と言う訳なんです」

「ねえ紫、なんでかしらね。のび太の話を聞いていたら幻想郷っていったい何なのか分からなくなってきたわ……」

「それについては否定しないわ。さっき説明を受けた時に私も同じことを考えたから。でもこれで分かったでしょう? のび太がどこでもドアで幻想郷に入って来たからこそ、博麗大結界には引っかからなかったのよ」

 

 のび太の説明に、頭痛でも覚えたのか頭を抱える霊夢。それは幻想郷にやってきてすぐに紫と遭遇し、彼女に説明した時に見せたのと同じような反応だった。

 もっともそれは当然と言えば当然かもしれない、のび太は来て間もないけれども霊夢や紫は幻想郷と言う外界から隔離された世界でずっと暮らしてきたのだ。

 そこにいきなり未来の猫型ロボットが出してくれる道具、なんてものが出てくればどうなるかは目に見えている。

 そんな中で霊夢の出した結論はと言うと……。

 

「あー! もうやめやめ、悩んでても仕方が無いわ」

 

 すがすがしいまでの逃避だった。『自分の知らない事は知りません』とでも言わんばかりに、雑念を振り払うように頭をぶんぶんと振るい、そのままくるりとのび太の方へと向き直る。

 

「そう言えば名前は……のび太、だっけ? もうこれから外に出ると危ないから、今夜は泊っていきなさい」

「え? まだ夜にはなっていませんけど、ここってそんなに危ないんですか?」

 

 霊夢のこれからの時間、外は危ないと言う発言に少し顔色を青くしたのび太が周りを見る。

 確かに霊夢の言う通り、今のび太たちがいる博麗神社の境内の周りを包むように広がる空は、日がすっかり木々の向こうに隠れて薄暗くなりつつあり、だんだんと夜に向けて暗くなっていくであろう事はのび太にも分かった。

 けれどもそれだけでしかないはずだ、では夜が危ないと言うのは一体どういうことなのか?

 確かにのび太は夜、恐竜に襲われた経験がある。

 かつて掘り出した化石の卵を復元しふ化させたフタバスズキリュウのピー助をもとの時代の戻すつもりが、日本近海(当時の)ではなく白亜紀北米に送ってしまった事があったのだ。

 その時、北米の海岸で夜キャンプファイアをしている最中にティラノサウルスに襲われた事は今でもはっきりと覚えている。

 けれどもそれはあくまで白亜紀、一年の一億倍という途方もない時間の果ての向こう側で起きた話であって現代ではない。

 では、一体何が出てくると言うのか……?

 

「危ないって言うのは、やっぱり恐竜が襲ってくるとか……?」

「「出るかっ、そんなもん!!」」 

「はぁ……違うわよ、恐竜じゃなくて妖怪が出てくるのよ。夜は妖怪の時間、襲われて食べられても、文句は言えない。それが幻想郷のルールなのよ」

「本当に、のび太と話をしていると飽きないわね……。でも霊夢の言葉は本当よ、もちろん神社にいれば妖怪も襲ってはこないわ。だから安心していいのよ」

「へぇ……」

 

 自身の記憶を頼りに、夜に遭遇した危険と言う事でのび太の中での候補を挙げてみたものの、それは残念ながら外れてしまったらしい。

 恐竜なんて出るか、と言う巫女と賢者からの見事な唱和を見せたお叱りと共に、霊夢はのび太に幻想郷の夜、についての説明をするのだった。

 ちなみに、時折驚いたように頷き、まじめな表情で霊夢の話を聞いているのび太だがその様子を見ながら紫は内心『よくよく考えてみたら、幻想郷の妖怪なんかよりも恐竜の方がよっぽど怖いんじゃないかしら?』と思っていたのは内緒である。

 もちろん紫自身も恐竜の生きた姿を見た事は無い。それでも賢者を自負するだけあり恐竜がはるか一億年以上前にこの世界を闊歩していた巨大生物だと言う知識は持っている。

 それがもし仮に生きて襲ってきたとしたら、どれほどの迫力か、のび太の言葉の意味が紫には容易に想像がついたのだ。

 そうこうするうちに、のび太への幻想郷の夜という時間帯についての危険性への説明が終わったようで、立ち上がると普段の巫女の服の上から白いエプロンを結わえて、台所へと向かおうとする。

 

「のび太が泊まる事を考えてなかったから、材料も少ないしあんまり大したものはできないけれども、何か食べたいものはある? 紫もどうせ食べてくんでしょ?」

「ええ、ごちそうになろうかしら」

 

 少なくとも現状ここ以外に行くあてのないのび太はともかくとして、ちっとも帰らない事から紫も一緒に博麗神社で食べていく事を確認した霊夢が『三人分の材料なんてあったかしらね』と台所の隅に置いてある、食料の入っているらしい棚の中をごそごそと漁っていると、その背中にのび太が声をかけた。

 

「あの……もしよかったら僕が用意しましょうか? 急に泊めてもらう事になったんですし……」

「いいのよ、のび太はお客様なんだから。それに、用意するって言ってものび太は手ぶらじゃない。うちの台所を貸してもいいけれど、外の世界の人じゃ料理も大変よ?」

 

 のび太の申し出に、せっかくだけどと霊夢が断りの言葉を返す。霊夢としては、のび太が台所を借りて晩御飯を作る事でお礼をしたい、そう思っていると言う判断だったのだろう。

 実際、博麗神社の台所は昔ながらの薪を使うかまどが備え付けられた明治時代そのままの作りになっている。

 少なくとも、外の世界の台所とは大きく作りが異なっている台所で外の世界から来たのび太が、子供である事を差し引いても調理をできるとは思っていない、それがのび太の申し出に対する霊夢の返事だった。

 

「あ、いえ。料理なんてする必要ないんです。これがあれば」

「何よ、それ。そんなぼろ布、かまどの焚きつけにでも使うの?」

 

 霊夢の言う通り、のび太が手にしていたのは少し大きめの布。もちろんぼろ布でもないし、かまどの焚きつけに使うなんて事をしたら本来の持ち主のドラえもんが発狂して怒り狂うだろう。

 もちろんのび太が手にしたこの布は、霊夢の言うようなかまどの焚きつけのような使い方をするものではない。

 

 

 

『グルメテーブルかけ』

 

 

 

 のび太たちがいろいろな世界に冒険に出かけた際にもお世話になった、またのび太の家出や今回の冒険でも、キャンピングカプセル、着せ替えカメラ、そしてグルメテーブルかけと衣食住の一つを担う重要なひみつ道具でもある。

 その使い方と言えば至って簡単で、テーブルかけを広げて食べたいメニューの名前を口にするだけ、本当にそれだけである。

 お金もいらず、材料を用意する必要もない。

 全くのノーコストで料理を出してくれるのだが、万が一にも故障したりしていると、四次元くずかごから以前のび太が引っ張り出した時のように見た目こそまともなものの、味と匂いが殺人的なものになる場合もあったりする。

 けれども、そうでなければ絶品の(味にうるさいスネ夫も認めるレベルの)料理がいくらでも出てくると言う、まさに飢えとは無縁となれる夢のような道具なのだ。

 

「えっと、じゃあ……紫さんの所に戻りましょう。そこで二人に説明しますよ」

「え、ちょ、ちょっとのび太。これから私は晩御飯を作るんだってば」

 

 霊夢の手を握り、紫が待つ居間へと向かうのび太。

 まだいったい何が起こるのか理解できていない霊夢は『早く晩御飯を作らないと暗くなっちゃう』とぼやいていたが、結局はのび太の態度に折れる格好で居間へと戻って来ていた。

 そこにはまだ数時間しか一緒にいないけれども、のび太の道具が見せた奇跡のような出来事からのび太が言うのなら、何かすごい想像以上の事を起こしてくれるのかも知れない、と言う期待のようなものがあったのかもしれない。

 

「これも未来の道具でグルメテーブルかけ、って言います。使い方はどこでもドアよりも簡単で……これもやって見せた方がいいかな」

 

 使い方をもう十分に理解しているのび太と、まだ使い方もどんな効果があるのかも理解していない紫と霊夢、三者三様の視線がグルメテーブルかけに集中する。

 そこでのび太は、どこでもドア同様に実際に使って見せた方が早いと考え、まず自分の食べたいメニューを宣言した。

 

「ハンバーグ!」

 

 

 

………………!!!

 

 

 

「「!?!?!?!?」」

 

 ポン、とでも言おうか。

 気の抜けたような効果音と共に、テーブルかけの上に湯気の立つできたてほやほやのハンバーグが出現した。

 のび太にとっては見慣れた光景だけれども、全く想像していなかった光景に目を丸くし口を大きく開きぽかん、と突然出現したハンバーグを見ている霊夢と紫の二人。

 その呆けた顔はとても博麗の巫女と幻想郷の賢者として、他人に見せられるようなものではなかったけれどもそんな事を気にする余裕は二人には残っていなかったらしい。

 

「な、何よこれ……」

「りょ、料理が。料理が突然出て来たわ……」

「はい、食べたい料理の名前を言うと、このテーブルかけが自動で出してくれるんです」

「な、なんて尊い道具なの……。まさに神の所業よ……ねえのび太、この布神社の御神体として祀っちゃダメかしら?」

「だ、ダメですよ」

「そんな事言って、霊夢食費を浮かすつもりね?」

「な、何言ってるのよ紫。そ、そんな事する訳ないじゃない!」

 

 テーブルかけに対して、料理の名前を言えばいい、と説明をするのび太を他所に、思わずテーブルかけに向けて礼拝をおこなってしまう霊夢。

 それどころか御神体として博麗神社で祀りたいなどと言い出す始末。紫のツッコミが無かったら、ジャイアンよろしく力ずくでのび太から奪い取っていたかもしれない。

 またのび太はあずかり知らない事ではあるものの、これは巫女としての務めなどで食材やお酒はある程度入ってくるとは言え、なかなか贅沢はできない霊夢にとって好きなものを好きなだけ食べられる事が、どれだけ尊い事なのかその所作や発言が如実に物語っていた。

そして……。

 

「「「いただきます!!」」」

 

 博麗神社で、未だかつてないほどに豪勢な夕食が始まった。

 確かに食材を持ち込みでの宴会をした、と言う経験は霊夢もあるにはある。

 けれどもそれはあくまで宴会であってお酒がメイン、わいわいと賑やかに飲むのが主であり食事はあくまでもおつまみ程度と言う事がほとんどなのだ。

 それが日常生活の中で、食べても食べてもいくらでも料理を注文できてなおかつそれらが全て無料で材料も要らないのだから、霊夢の食欲ときたらものすごいモノだった。

 ちなみにのび太は説明もかねて出したハンバーグ、紫はさすがに人肉は出てこないと踏んだのか『暑いからお蕎麦でも』と、ざるそばを注文。

 二人が自分の注文したものを食べている間に霊夢はカレー、かつ丼、ハンバーグと思いつく限りの料理を出してはそれをガツガツと平らげてゆく。

 そこに少なくとも女の子、博麗の巫女と言う雰囲気はみじんも無かった……。

 

 

 

……こうして、博麗神社でのび太の幻想郷の一日目の夜は更けてゆくのだった。

 




はい、二つ目のひみつ道具はグルメテーブルかけでした。
これ、絶対霊夢のび太から奪うか、のび太が折れてフエルミラーなどで増やして霊夢に渡すかすると思うんだよなぁ。
本文中でも書きましたけれど、ノーコストノータイムでいくらでも料理が取り出せるとか、霊夢からしたら絶対欲しい道具だものなぁ。





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襲来! 魔女っ子まりちゃん

いよいよ次なる幻想郷の住民が博麗神社にやってきます。
さてさて、一体誰がやって来るのでしょうか!?


 のび太が幻想郷の博麗神社にて霊夢、紫と同じ席で夕飯を食べているのと同じ頃、外の世界では……。

 

「のびちゃん、そろそろご飯よー」

 

 いつものように台所からのび太の部屋へと声をかけるママ。ここで普段なら返事の一つも帰ってくるのだけれども、今日はいつもと違いうんともすんとも返事がない。

 確かに時々は昼寝をしている事もあるけれども、たいていの場合は食べ盛りの子供である。

 呼べば返事と共に転げ落ちそうな勢いで、二階の部屋から駆け下りてくるのだ。

 

「変ねぇ……。寝てるのかしら?」

 

 普段とは違うのび太の反応に違和感を覚えたのか、出来上がった夕飯を皿に盛り付けるのを止めてから、ママは二階ののび太の部屋へと向かい、確認をする事にした。

 盛り付けるのはそんなに時間を要する作業でもない、のび太がもし寝ているのなら起きてきた時に食べられるようにしておけばいいのだから。

 

「のびちゃん、ご飯だから……あら、いないの?」

 

 二階ののび太の部屋の前で、一応念のためにノックをして声をかけてみるけれどもやはりのび太からの反応はうんともすんとも返ってこない。

 ならばと部屋の戸を開けてみれば何の事は無い、部屋には電気がついておらず本来ならばいるはずの主……のび太がいないのだ。

 これではいくら呼ぼうが返事がないのは当たり前ではないか。しかしそうするとのび太はどこに行ったのだろうか? と言う疑問がママの脳裏に生まれる。

 少なくとものび太は帰ってくればただいまと言うし、例外を除いては何も言わずに出かけたり帰ってきたり、と言う事はまずありえない。

 と、ここでママは昼間ドラえもんの妹のドラミが挨拶に来た事を思い出した。

 

「ひょっとしたら入院するって昼間出かけたドラちゃんについて未来に遊びに行っているのかもしれないわね」

 

 のび太のためにいてくれたドラえもんが、未来の法律で強制入院させられてしまうと言うのだ。もしかしたらドラえもんについて行ったのかもしれない。

 もしそうだとするのなら逆に、なまじ自分たちが見ているよりも安心して任せられると言うものだ。

 

「じゃあ、しばらくはのび太も帰ってこないわね」

 

 そう言うとママはのび太の部屋のドアを閉めて、安心したようにまた台所へと戻っていった。

 のび太が食べる事を前提で作った晩御飯ではあるものの、のび太もドラえもんもいないのならば明日の朝にでもまた出せばいいのだ。

 もちろんママは気が付いていなかった。のび太がドラえもんとは全く関係のない場所にいる事を。

 気が付いていないから、ママはのび太が帰ってこない事に不安を感じる事はもう、無かった……。

 

 

 

 

 

 

                  *         

 

 

 

 

 

 

 霊夢の勧めで博麗神社に泊めさせてもらった翌日。

 さすがに女の子の霊夢と同じ部屋に泊まる訳にもいかず、霊夢が平時利用している寝室とは別の客間で就寝となったのび太。

 ちなみに紫はと言うと、自分の家が幻想郷のどこかにあるらしく、夕食後に食べ過ぎでお腹を妊婦のように膨らませては苦しいと呻いている霊夢を他所に来た時と同じように、スキマへと消えていった。

 そうして、翌朝……。木製の雨戸の隙間を通すように、のび太の寝室へと朝日がぽつぽつと差し込んでくる。

 また、光に乗るように聞こえてくる小鳥たちのさえずりもまた、外はもう朝である事を教えてくれていたのだけれども、あいにくとここで眠っているのび太は眠りの達人である。

 部屋に差し込む日光や目覚まし時計程度でさえ起きないのび太にとって、わずかに差し込む日光や小鳥のさえずりなどないに等しいのだ。

 と、その部屋の障子がすう、と静かに開いた。

 

 

……さ……い

 

「グゥ」

 

……さ……い

 

「グゥグゥ」

 

……きな……い

 

「グゥグゥグゥ」

 

……おきなさい

 

「グゥグゥグゥグゥ」

 

……起きなさい!

 

「グゥえっ!」

 

 ゆさゆさとのび太を揺さぶる声や、のび太を揺するふり幅も大きくなっていくが、のび太は起きるどころかいびきで返事をする始末。

 一体何回起こされたのか、何回目かの声かけの後、眠りながらいびきで生返事をしていたのび太を襲ったのは無言で腹へと叩き込まれた強烈な一撃だった。

 さすがに眠りの達人であるのび太もこの一撃を受けてはさすがに眠ってはいられず、弾かれるように布団から飛び起きたのだった。

 

「「いただきます!!」」

 

 普段着に着替えてから、前日に引き続き神社の居間で朝食を食べる霊夢とのび太の二人。

 今朝の朝食はと言うとご飯に卵焼き、納豆に焼き魚と言う至ってシンプルな朝食となっているが、これらはすべて霊夢のお手製ではなく、当然のように朝食の支度はグルメテーブルかけによる瞬間調達である。

 前日にはやれ奇跡だ、やれ神の所業だと礼拝までしていた霊夢もすっかりグルメテーブルかけの使い方を理解したようで、今ではのび太に頼らずとも使えるようになっていた。

 やはりその使い方を短期間で完全に習得した動機は、間違いなく食が絡むからであろう事は想像に難くない。

 

 

「で、いいこと? 食べながらでいいから聞きなさい。確かにのび太は無料の食事を提供してくれている、これには確かに感謝しているけど、ここにいるからにはきっちりと働いてもらうわよ?」

「ええっ、僕も働くんですか?」

 

 まさか宿題でもしてなさい、ではなく働けと言われるとは思っていなかったのび太は箸を止めて驚いたように霊夢へと視線を向けるが、霊夢の意思は揺るがない。

口にこそしないものの『当然じゃない、』と言わんばかりに、のび太へと容赦なく仕事を言いつけていく。

 それはまるでのび太のママがのび太にお使いを頼む日常の光景によく似ていた。

 

「まずは境内の掃き掃除よ、それが終わったら井戸から水くみもお願いね。まずはそんな所かしら」

「えーっ!?」

「つべこべ言わない! いい? 外の世界とここ幻想郷とは違うのよ?」

「はーい……」

 

 当然のび太に反論の余地はない。いや、仮に反論しても霊夢はさらにその反論をねじ伏せてくるだろう。

 その辺りまでママにお使いを頼まれる光景にそっくりなのだ。

 結局のび太は食べ終わるとすぐにホウキ一つを手渡され、そのまま境内へと放り出されてしまった。

 唯一の救いは時間も朝早くと言う事もあり、まだ日中ほど暑くないと言う事か。それでも、何しろのび太の家の庭とは比べ物にならないほどに広い博麗神社の境内、おまけにその周りは全面が緑に包まれている。

 つまりは、広い上に落ち葉の量も多いのだ。

 

「疲れたよぉ……ドラえもーん!!」

 

 普段の諦めの速さもあって、いつものようにべそをかきながら『これじゃあ終わらないよぅ』と開始5分で早々と親友に助けを求めるのび太だったが、あいにくとその親友は今頃未来のロボット病院にいる事だろう。

 もっとも、あちらはあちらで『検査はいやだ!』と逃げ回っているのかもしれないが。

 となればどこでもドアで幻想郷に来た時のように自分でひみつ道具を使って何とかするしかない、かと言って庭や境内の掃き掃除を勝手にやってくれるような便利な道具はあるのか? と言うと。

 

 

……それが、あるのだ。

 

 

ぐ す、ぐす、とべそをかいていたのび太もようやく落ち着いたようで、記憶を頼りにいつでも使えるようにズボンのポケットに入れて持ち歩いている四次元ポケットに手を入れる。

 手で中を探る事数分、普段使われる事が少ない道具のため隅っこの方へと追いやられていたらしい目的の道具はようやく見つかった。

 するりと四次元ポケットから目的の道具を取り出すと、高らかに掲げその名を口にする。

 

「確か、前にジャイアンちの庭掃除をやらされた時に……あった! ねじ式台風!!」

 

 のび太が取り出したのは、〇のカー〇ィに登場するクラッ〇に、ゼンマイねじをくっつけたとでも言うべき珍妙な格好をした道具。

 しかし侮るなかれ、その名の通りねじ式台風はネジを巻く事で台風を起こせると言う道具なのだ。当然その強さと持続力は巻いたねじの回数に比例する。

 数回巻いた程度なら、ホウキで掃き掃除をするよりもはるかにお手軽に落ち葉があつまるような、台風と言うよりもむしろつむじ風、と言ったレベルの風になるが、もう少し多く巻けば人間が空中に浮かんだまま風に乗って遊ぶ事ができるレベルまで強くなる。

 ちなみに、のび太やドラえもんからねじ式台風を強奪したジャイアンが最大級にねじを巻いた際に発生した超大型ねじ式台風は、庭の葉を全て落とし、ジャイアンたちが風に巻き込まれて目を回すレベルまで威力が跳ね上がったりする。

 のび太はそのねじ式台風を手に持ち、確かこれくらいだったな、とドラえもんが自分に説明してくれた際巻いていた回数を思い出しながら、背面にセットされているねじを数回『キーコ、キーコ』と回して巻くと空中に軽く放るような形で手を放す。

 

 

 

…………ヒュオオオオ

 

 

 

 するとどうだろう、つむじ風のような弱い竜巻がねじ式台風の周りに起こり、ひとりでに落ち葉を集めていくではないか。

 そう、台風の風は内側に向かって進む風なので落ち葉も散らかすのではなく風に乗る格好で集まっていくのだ。

 それではのび太がやる事と言えば、ゆっくりと移動しながら落ち葉を集めてゆくねじ式台風の後をついて歩き、変な方向に進んだり、ネジが切れた時に巻き直せばいいだけ。ホウキで終わらないとべそをかいていたさっきまでの掃き掃除とはうって変わってお手軽な掃除へとあっという間に変わってしまったのだった。

 

「終わったー!!」

 

 数十分後、のび太はばんざいをしながらねじ式台風を手に、霊夢から言われた掃き?掃除を全て終わらせてしまっていた。

 何回かねじ式台風を使い、それぞれの場所で落ち葉をまとめておいた山も全部一まとめにしてしまったのび太の前にはこんもりとした落ち葉の小山ができあがっている。

 このスピードはのび太はもとより、霊夢が掃除をするよりも間違いなく早いねじ式台風での掃き掃除。この記録は今後長く破られないに違いない。

 

「……こら、のび太! 掃除をサボったらだめじゃない!」

「え? いえ、あの……もう終わりました」

「終わった!? 何言ってるのよ、私だってもっと時間がかかるのに……って、あれ? 本当だ」

 

 のび太の声を耳にしたらしい霊夢が「サボるんじゃないわよ」と、ママのようにのび太を叱りに神社の居間から顔を出した。

 けれども、終わったと言うのび太の言葉を受けて疑わしそうに回りを見てみれば、確かにきれいさっぱり落ち葉は片付けられてのび太の脇に山を作っている。

 自分が作業をしてももっとかかるんだから嘘おっしゃい、と言おうとしても実際に終わっていると言う証拠を見せられてはいくら霊夢と言えどもぐうの音も出てこない。

 ねじ式台風を使っているシーンは見ていないものの、別に霊夢はひみつ道具を使って働いてはいけないとは一言も言っていないのだからこれは明らかにのび太の発想力の勝利である。

 が、ここで霊夢は自分が指示を出した作業……すなわち、境内の掃き掃除と井戸からの水くみと言う二つの作業のうち、水くみが終わっていない事に霊夢は気が付いた。

 

「で、でも! まだ井戸の水くみは終わってないんでしょう? それもやらなくっちゃダメじゃない! のんびりしている暇はないわよ!」

「あ、あの……それなら……これを使っちゃダメですか?」

「……? 何よこれ?」

 

 鬼の首を取ったり、とでも言いたげにのび太へと強気で薄い胸を張りふんぞり返る霊夢に、のび太は思い出したようにまたパンツ、もとい四次元ポケットから金属でできた、ピカピカと光る道具を取り出した。

 ひみつ道具と言えば四次元ポケットやそこから取り出したどこでもドアにグルメテーブルかけ、と言った道具しかまだ見ていない霊夢から見ても、今度のび太が取り出した道具は手のひらに収まる程度の小型の道具である事が分かった。

 ただし、その使い道は今まで見て来たひみつ道具以上に霊夢にとって想像しにくい形でもあった。

 それは、のび太から受け取った霊夢が手の中でいろいろと転がしながら様々な角度からその道具を見ている事からも伺える。

 

「えっと、これはどこでも蛇口……って言って、くっ付けるとどこからでも水が出てくるんです」

「はぁ!? いくら何でも冗談もいい所よ。くっ付けるとどこからでも水が出てくるなんて、そんな芸当できるのは幻想郷広しと言えども紫くらいのものよ? それがこんな小さな金属の道具をくっつけただけで水が出るなんてそんな……」

 

 

 

『どこでも蛇口』

 

 

 

 それこそその形は名は体を表すの通り、水道管から取り外した蛇口そのものの形をしたひみつ道具である。

 しかしその効果は驚くなかれ、取り付けた場所がどこでも水道となると言う道具なのだ。

 のび太が裏山と心を通わせてしばらく暮らした事があった。その時のび太は裏山の木々が水不足に陥らないよう、木々にどこでも蛇口を取り付けて、自由に木々に水がいきわたるようにしたのだった。

 この使い方からも分かるようにどこでも蛇口は樹木の幹だろうと家の壁だろうと、取り付ける場所には関係がないのだ。

 このどこでも蛇口の使い方の説明……、と言っても使いたい場所に蛇口をくっ付けて、蛇口をひねるだけと言う簡単なのび太の説明に霊夢は半信半疑で物は試し、ととてとてと台所に移動し、手にした蛇口を流し台へとくっ付けて蛇口をひねってみた。

と、どうだろう。すぐに蛇口の先端からはひんやりとした、まるで井戸水のような水がとうとうと流れ始めたのだ。

 そしてその水の流れはいつまでたってもやむ様子が見られない。

 

「み、み、水! 水が、水が噴き出したわよ!!?」

「うわっ!? そんなに驚かないでくださいよ……だから、どこでも蛇口なんですって。これがあれば井戸の水くみも霊夢さん、要りませんよね?」

「う……ま、まあ、ね……」

 

 分かっていたはずなのに、まだやはりどこか半信半疑だった霊夢が台所で思わずひっくり返るその様子に、霊夢の後ろからついてきていたのび太はまさかここまで驚くのかと、逆にびっくりして声を上げてしまう。

 その様子は、まるでマヤナ国の王子ティオが野比家でカップ麺を食する際、ガスコンロを見て驚きの声を上げた時の様子によく似ていた事をのび太は知らない。

ただ、今ドラえもんがこの場にいたら、火と水の違いこそあれ間違いなくティオの反応そっくり、と言っただろう。

 一方の霊夢は霊夢で、年下の男の子の前で驚きのあまりひっくり返り尻もちを搗くと言う恥ずかしい格好を見せてしまった事で顔を真っ赤にしながら、何事も無かったのようにお尻をはたきながら立ち上がった。

 それでもまだやはり恥ずかしいらしく、その顔は暑さとは別の要素で赤く染まっている。

 その霊夢も『この蛇口があれば井戸水を汲む必要はもうない』と言うのび太の言葉に同意せざるを得なかったのは言うまでもない。

 このどこでも蛇口があれば流し場だけでなく、お風呂、飲料水の水がめなどありとあらゆる水が指先一つで作業できるようになるのだ。

 この恩恵がどれほどのものか、日々生活の中でその苦労を味わっている霊夢は迷う事なく、ひみつ道具を受け入れたのだった。

 そんな時だった。霊夢とのび太、二人の耳に聞き慣れない甲高い音が飛び込んできたのは。

 

 

 

…………キィィィィィィィィィィン!!!

 

 

 

 何かが高速で動いているような甲高い音、ただ気になるのはそれが『自分たちへと近づいてきている』と言う事。

 少なくともこんな音を立てるものが近づいてきているとなれば、たいていの場合はろくな事がないと言うのはのび太もだいたいは見当がつく。

 となれば、一体何なのかと確認をするのは自然な事とも言えた。

 少なくとも、もしこの神社が爆発したりするような事になれば、いくらひみつ道具を持つのび太でも道具を用意したりする時間が無ければ無事では済まない。

 ドラミの打ち上げた花火に気を取られたデマオン城の悪魔よろしく、のび太は慌てたように博麗神社の台所から境内へと飛び出した。

 この時、もしのび太がもっと注意深く霊夢の様子を確認できていれば、のび太と違い霊夢はそこまで動揺していない事に気が付けたかもしれない。

 そう、まるで霊夢にはこの音の主に心当たりでもあるように。けれども、あいにくとのび太はその点に気が付けるほど落ち着いてはいられなかった。

 

「のび太! 待ちなさい!」

 

 背後で霊夢の制止が聞こえる中、博麗神社の境内に飛び出したのび太が周囲を見回す。

 音はまだ止んでおらず、さらに近づいてきているようだ。

 一体どこから? 周囲をきょろきょろと見回すのび太が空のとある一点を見た時、それはやって来た。

 

 

 

…………ッッッッ!!!

 

 

 

 最初は針の先程の黒い点。それが見る見るうちに大きくなっていき、声を上げる間もなく爆音と衝撃を引き連れてきた『それ』はせっかくのび太が集めた落ち葉の山へと盛大に衝突、としか言いようのない勢いで乱暴に着地する。

 どうして着地、と言いきれたのかと言うとその突っ込んできた主が、衝突時の勢いでバラバラと舞い上がるせっかくのび太が集めた落ち葉の中、ホウキから降りてすっく、と立ったからだ。

 

「……………………ふぅ、ちょうどここに落ち葉の山があって助かったぜ」

「………………」

 

 そう言ってのび太の目の前に現れたのはホウキを手にした、どこからどう見てもおとぎ話に登場しそうな魔女だった……。

 

 




爆音と衝撃を伴いのび太の目の前に降り立った謎の人物!!
果たしてこの人物の正体とは!?(ぇ


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のび太驚愕! 魔法使いは〇ャ〇〇〇だった!

投稿が遅くなり申し訳ありません。
久しぶりの投稿ですが、いよいよ普通の魔法使い霧雨魔理沙とのび太が邂逅します……。

果たしてどうなる事やら。




 音の壁を超えるような速度でのび太の目の前に現れた、魔法使いのような格好をした女の子。

 ただし本当に魔法使いなのかはのび太には分からない、言うなれば魔法使い(仮 とでも言った所か。

 なにしろもし本当に魔法使いだったとしても、のび太の知る魔法使いとは似ても似つかぬ格好だったのだから、こればかりは仕方がないと言えるだろう。

 少なくとものび太の知る魔法使いの少女……満月美夜子と比べても、かなりの温度差がある格好なのは間違いない。

 

 

 

『のび太の魔界大冒険』

 

 

 

 かつてもしもボックスで科学文明の世界から魔法文明の世界へとのび太とドラえもんが入り込んだ時、その魔法世界では魔界星と言う悪魔の母星が地球を目指して大接近を開始しており、のび太たちはその地球を救う運命の戦士に選ばれた事があった。

 その魔界星の接近に「魔界接近説」と言う警鐘を鳴らし続けていた満月博士の一人娘、そして共に魔法世界の地球を魔界接近による侵略の魔の手から救った仲間であり、かけがえのない友人でもある美夜子。

 その時の美夜子はと言えば、ホウキよりもさっそうと絨毯で空を飛び回り(何しろプロの絨毯レーサーを目指そうかと言う実力者だった)、魔法や剣を使って魔界の悪魔や魔物を薙ぎ払うと言う、驚きの活躍を見せてくれた。

 それを考えれば、今目の前にいる魔法使い(仮 の女の子はのび太から見るとひどく異色な存在に見えたのだ。

 でもいつまでも見てばかりもいられない、紫に背後から声をかけられた時と同様に、のび太は意を決したように謎の魔法使い(仮 の女の子に声をかける事にした。

 ちなみに、もちろん最初に紫を怒らせたようにうかつにおばさんなどとは口にしない。あくまでもお姉さん、と呼んでおく事で彼女たちの怒りを回避する術をのび太は既に学習していた。

 

「あ、あの……お姉さんは、一体誰ですか?」

「ん? そう言うお前こそ誰だ? この辺じゃ見かけない顔だよな。……ひょっとして外から来たのか?」

 

 が、やはり音の壁を突破するほどの速度で飛行していただけあり、とにかく着地する事に全神経を注いでいたらしい魔法使い(仮 の女の子は、のび太の質問にようやく目の前に霊夢とは違う別の誰かがいる事に気が付いたらしい。

 質問を受け、のび太のつま先から頭のてっぺんまでまじまじと観察するように眺めながら、誰かと尋ねるのび太に逆に誰なのかを聞いてくる。

 そもそものび太の格好が幻想郷の住民が身に着けている服装は個々で異なっているが、人里に暮らす幻想郷の一般人は明治時代からそう変化が見られない。つまりは木綿などの服が多いのだ。これは子供の格好とになればなおさらである。

 その点だけでも化繊のシャツを羽織り、ズボンを履いているのび太の格好は幻想郷の同年代の子供と比べてもと大きく異なっている、また博麗神社に男の子がいる事自体が極めて珍しかった。

 となれば、と言う推理から魔法使い(仮 の女の子は、少し考えてからのび太を外から来た子供であると判断したらしい。

 

「そうよ。この子はのび太って言うの。昨日から泊まってる博麗神社のお客様よ」

「初めまして、僕はのび太、野比のび太って言います」

 

 そんな魔法使い(仮 の少女に応えたのはのび太ではなく、その背後から現れた巫女の声だった。

 その言葉に納得したように頷く魔理沙の様子から、霊夢と魔理沙の二人はかなり気心の知れた間柄だと言うのが伺える。

 

「のび太か、なるほどな。私は魔理沙、霧雨魔理沙だ。普通の魔法使いなんだぜ」

「魔法使い? でも、なんだか僕の知ってる魔法使いとはだいぶ格好が違うような……」

「何? のび太、これはどこに出しても恥ずかしくない魔法使いの格好なんだぞ。これのどこが間違ってるんだよ?」

 

 魔法使い(仮 あらため、ようやく自己紹介をされた普通の魔法使い、霧雨魔理沙。しかしのび太にとってみれば、魔法使いとは魔法世界で知り合った美夜子さんの格好なのだ。

 少なくとも魔理沙の格好はのび太にとっての魔法使いのイメージからは大きくかけ離れたものだった。

 そんなのび太の反応がお気に召さなかったようで、むぅ、と頬を膨らませては「どこが間違ってるんだ?」とのび太に自分の格好……つまりは黒い帽子に黒い服、白いエプロンを見せつけるように、魔理沙はくるりと可愛らしく一回りして見せた。

 

「えっと……ホウキ以外全部、かな……?」

「全部!? おいおい、それは酷いな。そもそものび太は外の世界から来たんだろう? まず魔法使いを見た事がないのに似合わないってのは取り消してもらおうか」

 

 外の世界=魔法の息の根が止められた世界。魔理沙のこの認識は間違っていない。

 出来杉がかつて『魔法は本当にあるのか』と言う質問をしてきたのび太に語った、魔法も科学も根は一つであり、後から発展した科学によって結果として魔法と言う学問は息の根を止められた。つまりこの世界に魔法はもう、無い。

 確かに出来杉は、はっきりと筋道立ててのび太にそう説明している。出来杉の言う通りこれは紛れもない事実であり、魔理沙の目の前にいるのがもしも普通の子供だったなら、魔理沙の認識、つまり『魔法を見た事もない』と言う言葉は間違ってはいない。

 しかし魔理沙の目の前にいるのは外でもない、のび太である。魔法世界、魔法文明へもしっかりともしもボックスを使い冒険に出かけた事があるのだ。

 

「え、いや……その、実は僕魔法を見た事があるんですけど……。悪魔や、大魔王とも戦ったし……」

「魔法を見た事がある!? そんなはずないだろう、だって外の世界じゃ魔法はないはずだぞ!」

「落ち着きなさい魔理沙、のび太の言っている事はたぶん本当よ。のび太はただの外来人の子供じゃないのよ」

「おいおい霊夢、だってどこからどう見ても、外から来た普通の子供じゃないか」

 

 魔法を見た事がある、さらには大魔王などと言う存在とも戦ったと言うのび太の言葉に、自然と魔理沙の言葉も大きくなってしまう。

 何しろ今までの自分の常識、外の世界ではもう魔法は廃れているのだ……と言うそれをあっさりとひっくり返されたのだから、それも仕方のない事と言えるだろう。

 おまけに霊夢までもがのび太の肩を持ち、ただの子供ではないなどと言い出すのだから魔理沙としては信じられないと言った面持ちでのび太へと視線を送っていた。

 

「確かに私も最初はそう思ったわ。でも、のび太の持っている未来の道具を見たら、魔理沙だって絶対にのび太はただの子供じゃないって信じるはずよ。現に、今だって魔理沙が着地した場所で山になってた落ち葉はのび太が全部集めたものなんだから」

 

 霊夢が持つ常識を散々ひっくり返して粉々にしてきた、昨日からののび太の行動。

 そもそもやって来る段階からどこでもドアで博麗大結界に引っかかる事なく幻想郷に入り込み、自身と紫の目の前でその効果を披露し、続いてグルメテーブルかけで簡単に満腹になるまで食事を楽しませる。

 昨日のたった数時間の間に起きた、怒涛の出来事を霊夢は魔理沙に興奮したように、熱心に説明して見せた。

 また、今朝の朝食後にのび太に依頼した境内の落ち葉掃除についても、終わらせた所こそ確認はしたものの霊夢はねじ式台風を使った所を実際に見た訳ではない。

 それでも霊夢はのび太が何らかのひみつ道具を持ち出して使った事は気が付いてるらしく、自分がやるよりも早く掃除を終わらせた事についても、暗にひみつ道具を使う事で普段以上の速さで終わらせたのだと言い切ったのだった。

 

「おいおい、博麗大結界を素通りして無限に出てくる料理? 魔法だってそんなとんでもない事するのには相当に時間も準備も必要なんだぞ」

「確かに普通ならね、でものび太はごくあっさりとそれをやってのけるのよ」

「あ、あの……だったら霊夢さん、魔理沙さんも疑ってるみたいですし……僕が掃き掃除に使ったこのねじ式台風、使ってみます?」

「ねじ式台風? また新しい道具ね、それが境内の掃除に使った道具なのかしら?」

 

 どちらにしてもせっかく集めた落ち葉の山は、魔理沙の乱暴すぎる着地によって完全にバラバラになってしまっているのだ。

 それならもう一度ねじ式台風で集めるのだから、疑っている魔理沙への説明も兼ねて実際に二人に見てもらった方が手っ取り早い……そう考えたのか、のび太は手にしたねじ式台風を霊夢へと渡すと、極端にネジを巻かないようにだけはしっかりと説明して実際に霊夢に使ってもらう事にしたのだった。

 

「……だから、ネジを巻きすぎないようにだけは気を付けてください」

「分かったわ、こんな感じでいいのかしら?」

「はい、それくらいでいいと思います。後はこれを軽く放れば風が起こって落ち葉を集めてくれます」

 

 キーコキーコと、のび太に言われた通りにネジを数回巻き、自分の背よりも少し高いくらいの空中に放り出す。

 魔理沙が博麗神社にやって来る前に、のび太がやっていた事と同じ事を霊夢がやって見せると、ねじ式台風は再びその周りにヒュオオオオ……と風が渦を巻き、散り散りになった落ち葉を見る見るうちに集めてゆく。

 その姿はまさしくねじ式の台風そのものだった。

 

「うおっ!? すげーっ!! 風が起こってる、おいのび太、これはなんて魔法なんだ!?」

「えっと、これは魔法じゃなくて未来の道具なんです。ねじ式台風って言って、ネジを巻くと小型の台風を起こせるんです」

「こんなすごいのに魔法じゃないのか? まあ魔法も道具もどちらでも面白そうだし、なあのび太、これ私に貸してくれよ」

「へ?」

「いいだろ? 減るもんじゃないしさ」

「え、で、でも……」

 

 のび太からねじ式台風の説明を受け、おまけに霊夢が実際に説明通りに使っている様子をみてすっかり魔理沙はひみつ道具の魅力に取りつかれてしまったらしい。

 そもそもひみつ道具とは、分類するのなら魔法ではなく科学の産物であるのだけれども、自分に利益になりそうだと踏めば魔理沙にとってはどちらでもいいようで、平然とのび太に貸してくれと、それこそまるで外の世界のジャイアンのように頼みこんで来たのだからのび太からすれば驚き以外の何物でもなかった。

 確かにのび太の性格は他と比べてもお人よし、に分類されるだろう。それでもしずかや、信用のできる出来杉と言った友人たちならともかく、出会ってまだ三十分も経っていない相手から道具を貸してくれと言われて、素直に貸せるほどはお人よしではない。

 これはのび太自身が、あくまでもドラえもんのスペアポケットを借りてそこから道具を取り出してその効果を発揮しているから、と言うのが一つ。

 後は、単純にひみつ道具の効果が持つ危険性からだった。

 タケコプターやどこでもドア、グルメテーブルかけにどこでも蛇口くらいならまだ危険や事故は起こりにくいと言える。

 これはのび太でも使えており、なおかつ事故も起きていないと言う事からもそれは伺える。

 では、ねじ式台風は? あるいはもっと他のひみつ道具まで万が一にも貸してくれと言われたら?

 ちなみにねじ式台風は、最大限までネジを巻いた場合、かなり強力な台風となる事を実際にジャイアンが起こしているためにのび太は知っている。

 あくまでも一例であるとは言え、事故が起こるかもしれないような道具をほいほいと貸す訳には、のび太もいかなかった。

 

『ドラえもん、よく僕がひみつ道具を貸してってお願いしたら、しつこいくらいに説明したり勝手に使うなって怒ったけど、ごめんねドラえもん……あれはこういう事なんだね』

 

 初めて親友と同じ立場になって、やっとその意味が分かったのび太。

 そして親友の説明をよく聞かずに使って、ひどい目にあったりした経験をいやと言うほど持つのび太の答えは、もう決まっていた。

 

「いいだろ? ちょっとだけだからさ」

「魔理沙、のび太だって困ってるじゃない。その辺にしておきなさいよ」

「大丈夫だって霊夢。道具一つ借りるだけだぜ、別に九十九神になりかかってるとか、怪しい事はないんだしさ」

「だ、ダメですよ。これは貸しません」

 

 すでにひみつ道具の恩恵に預かっている霊夢ものび太の側につき、魔理沙を説得にかかるものの、魔理沙は聞き入れる様子がない。

 それでも、のび太ははっきりと、貸さない、と言ってのけた。

 しかしよくよく見てみれば、のび太のその手足は震えているのが見てとれる。

 なにしろ女ジャイアンとでも言えそうな、魔理沙の言葉。

 安全カバーをドラえもんが用意してくれた分、かつて世界平和安全協会を名乗る二人組を前にした時の方が、まだのび太にとっては安心できたのだろう。

 

「ほぅ……人の格好にケチまでつけて、道具も貸さないと……そこまで言うからには、覚悟はできてるんだろうな?」

「魔理沙、やめなさい! それ以上は本当にのび太が無事じゃ済まなくなるわ! そうなるなら、私が相手よ!」

 

 その証拠にのび太の言葉に、魔理沙の目つきがそれまでの笑顔から一変、鋭いものに変わる。

 その辺りまで魔理沙はジャイアンにそっくりだ。

 そんな様子を見て、いよいよ語気を強めて魔理沙を制する霊夢の声。これ以上は本当にのび太の身が危ないと霊夢は判断したらしく、いつでものび太と魔理沙の間に割って入れるように身構え、袖の中に手を入れている。

 魔理沙が妙な動きでのび太に手を上げようとすれば、即座に霊夢の袖の中からお札や針が飛び出し魔理沙へと向かうだろう。

 それについて、その袖だって四次元ポケットじゃないかとツッコミを入れる者はあいにくとこの場には誰もいなかった。

 

「霊夢とのび太か……。それなら、私とのび太で弾幕勝負をして、私がのび太に勝ったら道具を借りてく。のび太が勝ったら道具も借りないし、私の格好にケチをつけた事も、水に流す。それでどうだ?」

「な、ちょっと! 何勝手に話を進めてるのよっ! のび太は幻想郷に来たばかりで弾幕なんて見た事もないのよ!」

「え、えっと……霊夢さん。弾幕勝負って、なんですか?」

 

 博麗神社の境内に、穏やかではない雰囲気の魔理沙と霊夢の言葉、それに鋭い目線とが交差する。

 そしてその二人を他所に、事情が全く呑み込めていないのび太は「弾幕ってなんだろう」と一人、首をかしげていた……。

 




ええと、次回いよいよのび太と魔理沙が弾幕勝負を行う事になります(多分
それにしても、原作でも死ぬまで借りておくとか平然と言ってるけど、どう見ても魔理沙はジャイアンだよなぁ……だからたぶんジャイアンと魔理沙は気が合うかもしれませんね。
二人とも雑貨屋や道具屋の子供だし(魔理沙は勘当されてるけど)。



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はじめてのだんまく

すみません、お待たせしてしまいました。

ひとまず先週あたり流動食しか受け付けなかった身体の方はどうにか、ご飯を食べられる程度には体調が戻ってきています。
体調管理できていないと言われればそれまでですが、皆さんもまだまだ暑いのと夏休みなどの方もいらっしゃるかと思いますので、お気を付けください。



 魔理沙とのび太の間に霊夢が割って入るそぶりを見せた事で、分が悪くなると踏んだらしい魔理沙が霊夢に『弾幕勝負』なるのび太には聞き慣れない、未知の勝負を持ちかけてきたのだけれども、もちろんのび太は弾幕と言われたところでそれが果たして一体どういうものなのか、ピンとくる訳がない。

 

恐竜の時代、コーヤコーヤ星、バウワンコ王国、ムー連邦、魔法世界、ピリカ星、メカトピアからの侵略ロボット、地底王国の恐竜人、etcetc……。

 

 のび太が冒険してきた数多の世界はあれど、弾幕勝負、なるものを行うような、あるいはそれを挑んでくるような世界は今まで一度も無かったのだ。

 しいて言うのならばコーヤコーヤ星で星そのものを爆破し、ガルタイト鉱石を手に入れようと企んでいたガルタイト工業が送り込んだ殺し屋ギラーミンとの決闘だろうか。

 お互いに名うてのガンマンとしての力量を見抜き、恐ろしい相手だと認め合うほどの実力者同士が行ったその決闘は辛うじて、文字通りの僅差で、のび太のショックガンがギラーミンを制する形で勝利となった。

 しかしそれはあくまで『決闘』であって弾幕勝負、ではない。

 もしこの場にギラーミンがいたとしても、のび太との勝負は弾幕勝負などではなく決闘であったと証言してくれるに違いない。

 つまりは、今ののび太に弾幕勝負と言う単語を理解できる頭は備わっていなかった。

 一方で、霊夢はと言うと魔理沙の言っている言葉の意味を理解できているらしく、頭に疑問符を浮かべたのび太を他所に魔理沙に掴みかからん勢いで文句を口にしている。

 

「魔理沙、あんたここに来てまだ何も分かってないのび太に弾幕勝負なんて挑んでどうするのよ」

「大丈夫だって、さすがにスペルカードを使うつもりはないし手加減だってするさ」

「当たり前よ! その代わり魔理沙、弾幕についての説明やルールについても、勝負を持ちかけたあんたが責任もってちゃんとのび太に教えなさいよ?」

「分かったよ、まあそこは私にも責任があるしな。その代り審判は公平に頼むぞ」

 

 この、のび太を置いてけぼりにしながら霊夢と魔理沙の間で行われていた会話によって、審判は霊夢が務め、またのび太が初めて体験するであろう弾幕についての説明は魔理沙が行う事になったらしい。

 霊夢に思い切り釘を刺されながら、魔理沙がホウキを片手にのび太から少し離れた場所に立って、神妙な顔つきで口を開いた。

 

「のび太、まず勝負の前に弾幕が一体どういうものなのか説明するからな。これは私だけじゃなくて、幻想郷で暮らしていく上で、必要になると思うから、しっかり覚えておいてくれよ」

「はーい」

 

 魔理沙の言葉に学校の授業よろしく、返事だけは真面目に答えるのび太。

 まあ、学校の授業のように眠気を誘う話でもなさそうであり、おまけに曰くここでの生活をする上でも必要になるらしいとなれば、聞いておいて損はない、と言うのがのび太にも分かったらしい。

 それに万が一最悪の場合、のび太にはピンチを切り抜けるのにふさわしい、相手からすれば苦情が飛んでくる事待ったなし、反則級の効果を持ったひみつ道具も多数ポケットの中には控えている。

 もちろんそうおいそれとそんなモノを取り出す訳にもいかない(特に魔理沙の前で取り出せば間違いなく貸せと言われるのは目に見えている)ので、使うとしてもあくまでも本当にピンチになった時にだけ、になるだろうけれども……。

 

「いいかのび太! よく見ておけよ……」

「……へっ!?」

 

 そんな事を考えているのび太を他所に、魔理沙はホウキを片手に持ったまま、のび太にびしりと指先を突き付けながら、突き付けた指の先端から光る玉とでも言うのか……少なくとものび太にはそうとしか見えない、ゲンコツ一つ握った程度の大きさをした光の玉を生み出した。

 おまけに生み出しただけでなく、それはゆっくりとふわふわと空中を漂うようにのび太の方へと飛んでくるのだ。

 音もしなければ、ジェットやプロペラで飛んでいる訳でもない。

 

「…………」

「おっと、触るんじゃないぞのび太? 思い切り手加減してスピードを遅くしてるけれども、当たったら痛いのには間違いないからな」

「……っ!!」

 

 ただ、ふわふわと風船が漂ってくるように向かってくる光の玉にのび太が近づいて、そっと手を近づけようとしたその動きを遮るように魔理沙がやんわりと警告する。

 その言葉が嘘を言っているのでないとしたら、これにもし当たれば魔法世界で悪魔やデマオンの使い魔たちが使った魔法のようにジャイアンやスネ夫のホウキが燃やされたり、服が焦げると言った程度の痛い目には合うのだろう。

 魔法世界で実際に見て来た経験から、すぐにのび太はその手を引っ込める。

 

「そうそう、それが弾幕だ。私なら魔法使いだから魔力。霊夢なら霊力、妖怪なら妖力、みたいにそれぞれが持つ力をこうして発射する訳だ。それをお互いに撃ち合って決闘する、当たるまでな」

「…………」

 

生まれてこの方初めてのび太が目にした弾幕、見た目はやはり教えているのが魔法使いの魔理沙と言う事もあり、魔法世界の魔法攻撃に近いものがある。

 しかしそれ以外でも、風の民の村で子供たちのリーダー、テムジンが使っていた風弾ダーツにも似ているのかもしれない。

 そんな魔法世界や風の民の村だけでなく、今まで自分が冒険してきた世界で似たものがあったかどうかを思い出しながら、じっと魔理沙が放った弾幕を見ていると、やがてそれは力を失ったのかある程度までふよふよと飛んだところでふっ、と消えてしまった。

 

「あ、消えちゃった……」

「そりゃあ、ありったけの力を込めた訳じゃないからな。いつまでも残ってる事は無いさ。で、続きだけれどもどちらかが弾幕に当たったらそこで勝ち負けは決まりで、その弾幕ごっこはお終い、って訳だ。他にもいろいろと細かい方法はあるけれども、基本はこれだな」

「魔理沙の事だから『いきなり実践あるのみだ』とか言い出さないか心配してたけど、これなら大丈夫そうね」

 

 説明を終えてから『これでだいたい分かったか?』とのび太に確認してくる魔理沙。

 その様子から二人から少し離れて見ていた霊夢にも、魔理沙としてもできうる限り、全く何も知らない年下の男の子が分かりやすいように、要点を絞って説明していたと言うのが分かったのか、うんうんと満足げに頷いていた。

 ただ、のび太の反応だけは少し違っていた。

 

「うーん、弾幕勝負って言うのが決闘なんだ、って事は分かりましたけど……僕にはそんな力なんてないんですけど……その場合はどうなるんですか? 銃とかが使えるなら別ですけど……」

 

 そう、困ったような表情を浮かべたのび太の理由はそれだった。ひみつ道具を使えても、種族としてはただの人間にすぎないのび太は魔力も妖力も、ましてや霊力も持ってはいない。

 実際には魔法なら使える可能性はあるものの、使えたとしても効果はスカートをめくるしかできない物体浮遊術のみ。

 これでは無いのと大して変わりはないだろう。

 唯一の例外として、決闘でも誰にも負けない自信があると言えるのはピストル、大砲、と言った射撃武器の類だけだ。

 しかし、ギラーミンとの決闘ならばともかく、弾幕での決闘に銃器の類を果たして霊夢や魔理沙は許可してくれるのだろうか? 

 だが、その答えは割とすぐに出てきたのだった。

 

「面白いじゃない。たまにはこう言った要素が入るのも、退屈しのぎとして悪くはないんじゃないかしら?」

 

 のび太の言葉に対する霊夢や魔理沙の答え、にしてはおかしい。そもそも二人の声にしては違和感がありすぎる。のび太がそう思う間もなく、三人のいる神社の境内の空間がぱっくりと口を開け、中からするりと抜け出すように紫が現れた。

 しかし霊夢も魔理沙も、ついでにのび太も紫の能力、つまりスキマを作って移動すると言うのは何回か見ているし体験もしているので、幻想郷の賢者の登場に別に驚く事もない。

 

「紫、こんな時間に珍しいじゃない。一体どうしたのよ?」

「いえ、そろそろ寝ようかなと思ったら、面白そうな事をしているみたいだから見にきたのよ」

「…………っ!!」

 

 日傘を片手に、相変わらずつかみ所のない笑顔で霊夢の問いかけに答える紫。この場にはいなかったはずなのに、紫は『面白い事をしているから気になって来た』と答えた。

 もしかしたらこの幻想郷の賢者も、実はタイムテレビやスパイ衛星みたいな道具でも持ってるのかもしれない。

 博麗神社のようなつくりの畳の部屋にごろりと寝そべりながら、テレビを見ている紫の姿を想像してしまい思わず吹き出しそうになり、変な表情にをするのび太に他の三人がが怪訝な表情を向けるが、どうにかのび太はそれ以上変な表情をする事もなく自分の生み出した想像のおかしさに耐えきって見せた。

 幸いにも、三人はのび太が噴出しそうになった理由を見抜く訳でもなく、ただむせただけだとでも思ったらしく、それ以上の詮索がのび太に向かう事は無かった。

 

「さて、それじゃあ話を戻しましょうかしら。あらかじめ言っておきたいのだけれども、あくまで決闘と言っても相手を傷つける事が目的ではないわ。のび太の持っている道具の中にそんなものはあるのかしら?」

「えっと……多分これなら大丈夫じゃないかな? フワフワ銃!!」

 

 

 

『フワフワ銃』

 

 

 

 かつてのび太たちが22世紀のミステリートレイン銀河超特急で宇宙の果て、ハテノハテ星群に建設されたテーマパーク・ドリーマーズランドを訪れた事があった。

 貴重な鉱石メズラシウムが産出し、ひと時は鉱山の惑星として賑わいを見せたものの、鉱石と言うのは決して無限の資源ではない。

 案の定鉱脈が掘り尽くされてしまうとそれまでの賑わいから一転、さびれてしまった小惑星群そのものをテーマパークとして再興しようとしていた一大事業。

 そのテーマパークの中で、のび太は迷う事なく西部の星を選択し、いかんなくその射撃の腕を披露するとたちまち一躍その日の英雄となった(参加者は射撃テストを行い合格者が保安官助手に→暴れ回る悪役を倒し、MVPになった保安官助手に一日正保安官の名誉が与えられる仕組み)。

 その時に記念に貰って来たのがフワフワ銃、銃そのものは本物とほとんど変わらない6連発リボルバー銃になっていて、この道具は銃そのものよりも装填する弾の方に特別な効果が持たされていると言ってもいいだろう。

 パークの悪役ロボットに命中するとそのまま動きを停止させるけれども、万が一にも人間などに命中した場合、加害・殺傷するのではなく命中した相手が風船のように膨らみ空中に浮かばせてしまうだけのイタズラアイテムのような効果を発揮するに留まっている。

 当然パーク内の西部の星でなければ、ロボットの機能停止機能は働かないが対人での無力化能力はどこでも発揮されるため、記念に貰って来たこの銃一式でのび太はその後のねじ巻き都市冒険記での戦いでも、諸事情から複製された脱獄囚鬼五郎一味を片っ端から膨らませて捕縛に貢献したのだ。

 

「これは、人に命中すると傷つけたりするんじゃなくて風船みたいに丸くなって空中に浮かばせてしまうんです。多分これなら怪我もしないし安全じゃないかな……?」

「ほぅほぅなるほどな。これなら安全みたいだし紫の言う通り、のび太の為にも弾幕ごっこで使う事を許可してもいいんじゃないか?」

「私はまあ、紫や魔理沙がいいって言うのなら反対はしないけど……」

 

 これから実際に勝負する為、あまりにも殺傷能力が高すぎるような物騒すぎる飛び道具を出されたら困る、と明らかに表情に出ていた魔理沙も命中してもフワフワと空中に浮かぶだけ、殺傷能力は一切持たずただ相手を無力化するだけの飛び道具と聞いて安心したらしく、弾幕ごっこにおけるのび太の銃器の使用を積極的に推してきている。

 

「じゃあ、決まりね。のび太、あなたが今後弾幕勝負をする時には、特例としてその銃の使用を許可するわ」

「わかりました、ありがとうございます」

 

 この時、紫も霊夢も魔理沙も、自分達が一体誰に、どんな許可を与えてしまったのか。

 のび太が銃を使うと言う事が一体何を意味するのか、そこに気が付いた者は誰一人としていなかった……。

 




はい、まさかの弾幕ごっこでのび太の銃使用解禁です。
ここにチート少年爆誕がされてしまったのですが、幸か不幸かまだ幻想郷の面々は自分たちが何を許可してしまったのかには気が付いていないのですね。


………そんな状況ですが、実はまだのび太を勝たせるか魔理沙を勝たせるか、非常に迷っています。
どちらの展開も全く考えていない訳ではありませんので、どちらに勝って欲しいか、コメントなど頂けると作者的にも非常に助かります。


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ノビタ 博麗神社空中決戦

のび太VS魔理沙、決着です。
1話で決着付ける為に色々書いていたら当初の予定は端折って3千文字くらいかな、と思ったのがあれよあれよと1万文字……。

サブタイトルは話を書きながら聴いていた爆風スランプの神話から思い付いて付けました(汗
なのでのび太、ではなくノビタになってます。









 

 

 

………………これは一体どういうことなのか?

 

 

 

………………いや、一体何が起こったのか、と言うべきか。

 

 

 

 頭では理解している、頭では理解しているし自分の身体が大きく数倍にも膨れ上がり、空中に浮かんでいると言う現実を認めなくてはいけないのはよく分かる。

 とは言え確かに説明の通り、お腹や服がきつい訳ではない辺り、説明された以上に自分の理解の及ばない何かが作用しているんだろう、と言う所は研究者としての一面を持つ彼女は気が付いた。

 結論から言おう。魔理沙はのび太の説明通り、違う事なくフワフワ銃の効果で身体全体が丸くはち切れんばかりに膨れ上がり、博麗神社の境内にぷかぷかと浮かんでいた。

 

「お~い、助けてくれ~」

「「…………………………」」

 

 空中に浮かび、落語の戻り井戸のような声を上げる魔理沙を前にして、二人の弾幕勝負を見物していた紫も霊夢も、何も言う事が出来ずただ魔理沙の様子を見上げているしかできなかった。

 何しろ元に戻す方法があるのか、あるいはあったとしてどのようにすれば元に戻るのか、のび太から聞いていないので二人にはどうしようもないのと、その肝心要の解除方法を知っているであろうのび太が気絶してしまった事から解除方法を聞こうにも聞けないのだ。

 どうしてこうなったのか、話は少し前にさかのぼる……。

 

 

 

 

 

 

                  * 

 

 

 

 

 

 

「よーし、それじゃあのび太も銃を使っていいって許可された訳だし、そろそろ弾幕勝負を始めるとするか!」

「決闘なら負けませんよ!!」

 

 のび太がフワフワ銃を取り出して、紫たちに説明をした所で魔理沙は『これでお互いに対等になったんだから早く勝負を始めようぜ』と、先に持ち掛けていた勝負を急かすようホウキを振り回してのび太から少し離れた場所へと歩いていく。

 別段のび太が説明を受けた限り、ホウキは関係ないように見えるのだけれども何かのおまじないかな? そんな事をふと考えながらのび太もそれを受け、フワフワ銃と共に用意したガンベルトを腰に巻き付けて、魔理沙から少し離れた場所へと歩いていく。

 ちなみに、本音を言うのならのび太としては、銃を使うと言う事で西部の星で着ていた格好もしたかったのだけれども、さすがに急かしてくる以上魔理沙もそこまで待ってはくれないだろうと踏んでいた。

 その為、のび太は普段の格好に、ガンベルトを巻くと言う外の世界でも幻想郷でも珍しい格好で魔理沙と戦う事になった。

 一方で、紫や霊夢と言った審判や見学を務める二人は、その間に立ち二人の様子を見守った。

 

「じゃあ、のび太と魔理沙の弾幕勝負。1回命中したらそこで終わりよ。まあ、話を聞く限りのび太の銃なら当たった事はすぐに分かりそうだし、のび太も当たったら素直に宣言する事。いいわね!?」

「「はーい(おう!)」」

 

 霊夢の、二人への確認の言葉と共にのび太も魔理沙も、一瞬で思考を切り替える。

のび太も魔理沙も、その目は真剣そのものだ。そして二人はたちまちにしてお互いの力量を見抜いていた。

 すなわち、目の前の相手は危険だ、と。

 

『のび太か、見た目はただの子供で本当にただの人間だとは言われたけれども……これは厄介な相手だぜ……』

『魔理沙さん、これは言葉通りおっそろしい相手だぞ……』

 

 ギラーミンとのコーヤコーヤ星での決闘を彷彿とさせる、全身をピリピリとした感覚がのび太を襲う。

 となれば恐らく魔理沙もまた、自分と同じような感覚に陥っているのだろう事は、のび太にも容易に想像できた。

 勝負は最初の一発にかかっている、魔理沙よりも一瞬でも早く撃つ事。

 それが成功さえすれば勝てる、のび太はそう踏んでいたのだけれども……。

 

……1秒……2秒……3秒……

 

 紫や霊夢が固唾を飲んで見守る中、最初に動いたのはのび太だった。ほんの一瞬、文字通り目にもとまらぬ早業で、投げる手裏剣ストライク……ではなく、腰のホルスターから銃を流れるような動作で抜き出し、魔理沙めがけて引き金を引く。

 

バギュン!! 

 

 魔理沙、紫、霊夢たち幻想郷の住人には聞き慣れない火薬による発砲音が響く中、のび太のフワフワ銃は間違いなく魔理沙に命中……したかに見えた。

 けれども、命中したかに見えた魔理沙はいつまでたっても膨らみもしないし浮かび上がりもしない。もし本当に命中したのなら、すぐに膨らんで浮かび上がるのに、だ。

 となれば答えは一つしかない。そう、ギリギリすんでの所で魔理沙はのび太の銃弾を回避したのだ。

 これは魔理沙がこれまでに、数多の異変解決でくぐり抜けてきた経験によるものが実に大きいと言える。

 彼女たちの弾幕における勝負では、いかにギリギリ掠るように回避しながら逆に相手に自分の弾幕を命中させるか、と言う点が重要になってくる。

 その為、異変解決の中で修羅場をくぐり抜けてきた魔理沙も、自然ととっさにギリギリでも回避する癖、あるいは回避できるだけの反射神経が鍛えられてきたのだ。

 それが目に見えないような、小さな拳銃の弾丸でも。

 

「ふぅ、おいおい……危なかったぞ。本当にとんでもない腕前だな。私が帽子を撃ち落とされるなんてな」

「……こう見えても、射撃ならだれにも負けない自信がありますから」

 

 それでも、完全な回避には至らなかったようで魔理沙自慢の、黒いとんがり帽子が撃ち落されて地面に落ちたのだから、これだけでも十分にのび太の射撃能力の高さは窺い知れると言うもの。

 実際に、幾度も魔理沙と戦った事のある霊夢も紫も十分にその実力を知っている訳で、その実力を知っているはずの魔理沙の帽子をのび太が最初の一発で撃ち落とした事について、表向きこそ平静を装いながらも、のび太の見せた恐るべき射撃の才能に内心は『のび太に銃を持たせた事は失敗だったかも』と戦慄していたりする。

 

「じゃあ、今度はこちらからいくぜ!」

 

 当然、魔理沙としてもそこまでされて黙っていられるはずもなく、お返しだと言わんばかりに大量の弾幕を展開しのび太めがけて発射する。

 それは最初に弾幕とは何か? と言うのび太への説明の際に見せた手加減されたものとは速さも量も全く違う、明らかにのび太を負かす為の弾幕。

 のび太をただの無力な未来の道具を使うだけの外来人の子供、ではなく実力を持った油断のならない相手と認めたが故の弾幕だった。

 

「わっ! わっ、わぁぁぁぁっ!! ど、ドラえもーん!!」

「どうしたどうした、逃げ回ってるだけじゃ勝てないぞ!」

 

 右、左、上、下、あっちからもこっちからも向かってくる弾幕に、必死で逃げ惑うのび太。

 決闘、と言うよりも射撃の才能を持つのび太にも、弱点は幾つかあった。

 それは最初の一撃で勝負を決めないと、のび太自身の運動神経、運動能力がかなり低いと言う点。

 そしてもう一つは……。

 

バギュン! バギュン! バギュン! バギュン! バギュン! カチンッ! カチンッ!

 

 のび太の拳銃が次々と火を噴き、近づいてきた弾幕が撃ち落されていく。弾幕を撃墜すると言うなかなか出来そうでできない芸当を軽々とやってのける辺り、やはりのび太の拳銃の実力は伊達ではない。

 しかしのび太の拳銃はリボルバー式なのだ、これはドリーマーズランドでも西部の星に共に出かけたドラえもんからフワフワ銃について説明を受けた時、はっきりと6連発式だと聞いている。

 つまりは、6発全部撃ち尽くした場合、新しく銃弾を撃つにはいったん排莢してから新たに銃弾を装填しなければ発射できないのだ。

 この辺りがオートマチック式や、ショックガンに空気砲と言ったエネルギー式の武器との大きな違いとなっている。

 そして、その弱点を魔理沙が見逃すほど、彼女は心優しい人物ではなかった。

 

「はっはっは! のび太の銃は弾が6連発と聞いていたからな、もしやと思ったらやっぱり弾切れするのか。いくら銃の腕が良くたって、弾が出なくちゃただの飾りか子供のオモチャだぜ!!」

 

 魔理沙の言う通り、のび太が勝つためにはなんとしても銃に弾を装填しなくてはいけないのに、向かってくる弾幕はあいにくとそれを簡単にはさせてくれない。

 既に()()()()()()は弾幕でいっぱいになり、どちらに逃げてもぶつかりそうな勢いだ。

 ならば……、時間を稼ぐのならもう行くべき場所は一つしかなかった。

 駆けずり回り弾幕を避けながら、のび太はズボンのポケットから四次元ポケットを引っ張るように取り出すと、急いで手を突っ込み外の世界でも最も多く使ってきたひみつ道具……それこそドラえもんが初めて未来の国からはるばるとやって来たその日に使ったおなじみの道具をがむしゃらに引っ張り出す。

 その道具を頭に取り付け、空中に飛び上がるのとのび太のいた場所を弾幕が通り過ぎていくのとは、ほとんど同時だった。

 

「た、タケコプター!!!」

「「「……と、飛んだぁっ!?」」」

 

 まさか外の世界の子供が空を自由に飛ぶなどとは全く考えていなかったようで、のび太が空に飛びあがる姿を見て紫、霊夢、魔理沙の三人は皆一様にあんぐりと口を開けた驚きの表情でもって、のび太の姿をただ目で追っていた。

 

 

 

『タケコプター』

 

 

 

 今更説明も不要であろう、空を自由に飛びたい時には必須の飛行用道具。

 先に説明した通り、初めてドラえもんが22世紀からやって来た時、初めてのび太に出したのがこのタケコプターである。

 見た目だけなら竹とんぼにピンポン玉を半分に割った半球状のパーツがくっついているだけの簡素な道具だが、その効果は空を自由に飛ぶと言う、まさに人類の夢を叶えた素晴らしいもの。

 そんな効果故にドラえもんが野比家に居候して以来、日常生活でも数多の冒険でも、使わなかった事はないほどにドラえもんやのび太の日常生活に大きく貢献しているのは言うまでもない。

 ただ、ただその小型の本体を動かす為動力をバッテリーに頼っている性質上、巡航速度をオーバーするような使い方をするとあっという間にバッテリー切れを起こしてしまうと言う欠点もあったりする。

 だがさすがに弾幕勝負をしながらバッテリー切れを起こす事もないだろう、と言うか一度弾幕勝負をするたびにバッテリー切れを起こすような戦いをしていたらまずのび太の方が持たないに違いない。

 兎にも角にも、空中に逃げてしまえば少なくとも銃に弾を装填する時間くらいは稼げるだろう、そうのび太は考えていた。

 空中なら、地上と違い立体的に回避できる分弾幕からも逃れやすくなる。そもそも地上から空中にいる相手を撃ち落とすとなれば、そう簡単にはいかない。

 そう思っていた。

 

「こ、これで今のうちに弾を込めれば……」

「はっはっは、まさか博麗大結界をすり抜けるだけじゃなくて、空まで飛ぶなんてな。それなら……こっちも馬鹿正直に地面にしがみついている必要なんてないな!」

「へ……?」

 

 そう、のび太は完全に失念していたのだ。()()()()()()()()()()()()()()と言う事を。

 それもタケコプターなど必要とせずとも飛べる、と言う事を。そもそも魔理沙が博麗神社に突っ込んできた時も、ホウキにまたがりタケコプターなど必要とせず飛んでいたはず。

 それをのび太は目の前で見ていたのだから間違いない、まあその後のいざこざでそんな些細な事は完全に忘れてしまっていたが……。

 外の世界でなら、タケコプターでもって空を飛ぶと言う行為は、それだけで大きなアドバンテージを持つ事になる。

 そのつもりで空に逃げたのび太の目の前に現れたのは、ここに来た時と同じようにホウキにまたがり、のび太と同じ目線で空中に浮かぶ魔理沙だった。

 こうなればいくらのび太でも、自分の立てた『一度空中に逃げて、弾の装填や態勢を立て直してから再度魔理沙に勝負を挑む』と言う作戦が完全に破綻してしまった事は理解できる。

 

「さあ、仕切り直しと行こうぜ」

「は、速い!?」

 

 おまけに空中にホバリングしていた魔理沙が一度動き出したと思ったら、想像以上にその動きは速く、その状態で地上で戦っていたのと同じように、いやそれ以上に的確に弾幕を放ってくるのだからのび太としてはたまったものではない。

 

 

 

『格好も、性格も、全然違うけどまるで絨毯に乗った美夜子さんと勝負しているみたいだ』

 

 

 

 スピードといい、弾幕を放ってくるその姿と言い、魔法世界の美夜子を彷彿とさせるその動き。一つ違うのは美夜子と魔理沙では、魔理沙の方がおてんばな性格をしていると言う点だろうか。

 そして、実はのび太は知らない事だが……、魔理沙の方がおてんばだと思っている美夜子も平気で学校の校則違反をやらかしたりする辺り、おてんばだったりする(魔界大冒険外伝にて、遅刻しそうになった時校則で禁止されてるホウキを使い登校したのが見つかって先生に怒られている)。

 兎にも角にも、のび太の作戦が完全に破綻してしまった以上のび太が勝つにはどうにかして一発でいいから銃に弾を込めて、魔理沙の動きを抑える必要が出来てしまった。

 かと言って今ののび太の使えるものと言ったら弾の入っていない、これから弾を込めようとしているフワフワ銃と、タケコプターのみ。

 他の道具は一応、四次元ポケットから取り出せば使えるけれども、少なくとも今これ以上弾幕勝負でヘタな道具……たとえばタンマウォッチのようなモノを取り出すと、また魔理沙から貸してくれ、あるいは今のは反則だから勝負をやり直し、などの発言が飛んで来かねない。

 つまりは、今のび太はほとんど手持ちの道具も何も使えない状況で、タケコプターよりも早く飛びながら攻撃してくる魔理沙を撃ち落とさなくてはいけないのだ。

 では、どうやって魔理沙の動きを止めるのか。

 

「えっと、えっと……魔理沙さんの動きを止める方法は……」

「はっはっは! 私はスピードにはちょっと自信があるんだ! そう簡単には止まらないぜ!!」

 

 飛びながらいろいろと考えているのび太の希望を打ち砕くかのように、自信ありげに魔理沙が不敵な笑いを浮かべる。

 そう、のび太も勝負していて魔理沙が見せた自信たっぷりな表情からも分かったけれども、魔理沙は速いのだ。

 それを止める事なんてできるのだろうか?

 射撃なら魔理沙にも負けない自信はある、けれどもそこに至る為の方法が今ののび太には圧倒的に欠けていた。

 

 

 

「……どうやら勝負はあったみたいね。空を飛んだ時はさすがに驚いたけれども……いくらのび太でも空中で魔理沙に勝つのは難しいんじゃないかしら」

「でも、のび太はまだ諦めていないみたいよ。また新しい道具を出したみたいだけれども……あれ以外にも、まだ何か隠し玉を出してきたって不思議じゃないわ。今までだって、そんな事の連続だったじゃない」

「それはそうだけど……でも、初めて弾幕勝負をするのび太と、今までにも何回も異変解決をしてきたベテランの魔理沙よ? さすがに厳しいと思うわ」

 

 一方……博麗神社の境内地上では、空中に場所を移して弾幕勝負をする事になったのび太と魔理沙の二人を見上げながら、霊夢と紫が勝負の行く末について各々の予想について言葉を交わしていた。

 まさか空を飛ぶとは思ってもいなかった二人ではあったものの、やはりここは経験豊富な魔理沙が勝つのではないかと踏んだ霊夢と、まだのび太は諦めた訳ではない、と逃げ回り続けているけれどもきっと逆転の一手を放ってくれるとのび太の肩を持つ紫。

 二人も勝負の行く末がどうなるかは、分からない。

 それほどに、博麗神社の上空ではどちらも決め手を欠く勝負が繰り広げられていた。

 

 

 

 そんな足元でギャラリーが自分たちの勝負についてそんな議論を交わしている事など気が付く事もなく、のび太はひたすらにタケコプターで自在に空中を飛び回りながら、弾幕を避け続けていた。

 なにしろこれで負ければ、ねじ式台風はジャイアンのような魔理沙に持って行かれてしまう約束なのだ。それだけはどうしても避けなくてはいけない。

 

「魔理沙さんの動きを止める、止める、止める……。これが魔理沙さんじゃなくてジャイアンならなぁ、ジャイアンのママに頼めるのに……ん?」

 

 それなのに、どうしてだろう? 必死で弾幕を避けながらのび太の頭の中に最後に浮かんだのは魔理沙とジャイアンが重なった姿だった。

 その、頭に浮かんだありえないジャイアンと魔理沙の重なった姿に、今この瞬間も上下左右、あらゆる方向から飛んでくる弾幕をタケコプターで必死に回避しながらのび太はふと、一つの可能性を思いつく。

 

……ジャイアンのママが叱る時、ジャイアンは何をしていてもまず驚いて動きを止めた。なら、魔理沙さんも驚かせば動きを止めるんじゃ?

 

 それは魔理沙を驚かせて、動きを止めると言う方法。

 一瞬でいい、何かで魔理沙の気をそらせればのび太にも十分勝機は見えてくる。それでも、のび太の思い描いたこの作戦にも問題はあった。

 つまりは、どうやって魔理沙を驚かせるか、と言うその一点。

 

「……………………よし!」

 

 思い付く方法は一つだけあった、もしかしたらもう今は使えないかもしれない。

それに、きっと使えたとしてもこの方法を使った場合魔理沙は0点を取った時のママのように、炎のように怒るだろう。

 それでも、のび太は自分に賭けたのだ。

 ……かつてドラえもんと魔法世界に行った時、結局魔法で何でもできるのではなく学校で段階を踏んで勉強していく必要があると知ったのび太は元の世界に戻す前に、一つだけでも魔法を習得してから帰ろうと言った。

 

 

 

『物体浮遊術』

 

 

 

 先生曰く、魔法の基礎中の基礎。

 小さな子供でも魔法世界では物体浮遊術を使い、ビー玉遊びをする程度に基本となる術なのだが……。

 ちなみに小学校1年生の教科書に書いてある物体浮遊術の使い方は以下の通りである。

①対象をじっと見つめ(のび太が練習に使ったのは庭に落ちている小石だった)

②心をからっぽにし

③チンカラホイ、と唱えましょう

 たったのこれだけである。いや、だからこそ魔法の基礎の基礎でありのび太よりも小さい子供でも使えるのだろうけれども。

 かつて少しだけ滞在した魔法世界でドラえもんが説明してくれたこの手順を思い出すように、のび太は身体の力を抜き、高速で飛び回る魔理沙を見据えて、呪文を唱えた。

 

「チンカラ……ホイ!!」

「なんだそりゃ? 変な呪文だな……って、な、なんだぁ!?」

「「…………は!?」」

 

 魔法使いの魔理沙も初めて耳にする、チンカラホイなどと言う奇妙キテレツな呪文。

 そもそも、もしもボックスで向かった魔法世界と幻想郷の魔法の体系は大きく異なっているのだから魔理沙が聞いた事が無くても当然なのだが、その奇妙な呪文がまさか自分のスカートを大きくまくり上げる効果があるなど、一体どこの誰が想像するのか。

 事実観戦していた霊夢と紫も、まさかのび太がこのタイミングで魔法によるスカートめくりを行うとは思っておらず、口をあんぐりと開けたまま事の成り行きを見守っている。

 そうこうしている間にもばさり、と魔理沙のスカートが大きくめくれてしまい、下に穿いているドロワーズがあらわになってしまった。

 とは言え魔理沙からすれば、普段から魔女の格好に身を包み、ホウキで空を飛び弾幕ごっこをしている以上ドロワが見えてしまう事については、自分が魔法使いの道を選んだ段階で起こる事だと素直に割り切っていた。

 ただし、いかに割り切っているとはいえ何しろスカートが全部めくれてしまえば、視界の邪魔になる事この上なく、またこの状況を無視できるかと言うと決してそうではない。

 実際に魔理沙は、急に視界を遮るようにめくれ上がったスカートに一体何が起こったのかが最初理解できず、弾幕を張る事すら忘れて事の理解に努めていた。

 その状況の理解に魔理沙が費やしたした一瞬、ほんのわずかな時間だけ弾幕の手が緩んだ事にさえ気が付かない程の短い時間。

 それこそのび太が今、最も欲しがっていた時間だった。

 

「よし、今のうちに……」

 

 チャンスはこの一度きり、もたもたしていればすぐに魔理沙は態勢を立て直して弾幕を張り直してくるのは目に見えている。

 焦る気持ちを抑えて、のび太はリボルバー銃の薬莢を素早く抜き出しながら捨てると、ベルトから次々と新しい銃弾を取り出し、一発ずつ装填していく。

 ほとんど役に立たないはずの物体浮遊術でもって、魔理沙の動きや弾幕の攻撃ををわずかでも止めると言うのび太の作戦は、見事に決まったのだった。

 

「やってくれたな、まさかこんな奥の手を残していたなんてな。魔法を見た事があるって言うのも嘘じゃないみたいだ……けれどそう簡単に勝てると思うなよ!!」

 

 一方の魔理沙も、のび太の珍妙な呪文が攻撃するためのものではなく、意表を突くためのものだという事にすぐに気が付いた。

事実、スカートがめくれてしまい視界を遮られた時間はほんの十秒もなく、すぐにスカートも元に戻ってしまったのだから。ならば、魔理沙としてもいつまでも弾幕を薄くし、その場に留まる事には何のメリットもない。

 今まで、これ以上に過酷でギリギリの弾幕勝負を繰り返してきた魔理沙はすぐに思考を切り替えるとその場から動きながら、今まで以上に濃密な弾幕をのび太めがけて展開する。

 のび太からしてみれば、一体どこが手加減しているんだと文句の一つも言いたくなるような弾幕の密度だが、要はそれらが自分に命中する前に魔理沙を撃ち落としてしまえばいいのだ、とのび太は身構えた。

 むしろ今の状態で魔理沙に命中させるよりも、銀河超特急での列車強盗ショーで、『ないよりまし』と車掌自らが言ってのけたまっすぐに飛ばない信号弾を使ってダーク・ブラック・シャドー団に命中させ、応戦する方がまだ大変だったのだから。

 だからのび太は、身構えた体勢のままただ魔理沙だけを見据えて、精神を集中させるとフワフワ銃を静かに構え、やがて一発だけ引き金を引いた。

 

「そんな弾に……当たってたまるかぁ!!」

「でも……当てて、勝ちます!!」

 

バギュン!!!

 

 当たってなるものかとホウキの速度をさらに上げる魔理沙。

 その魔理沙に対してなおも絶対に当ててみせると、自信を持って勝ちを断言するのび太。

 博麗神社の空中にただ一発だけ、ただの一発だけ余韻を残し静かに響くフワフワ銃の銃声。

 

「ふっ、だから言ったろう? 私に命中させたかったらまずは私のホウキのスピードに……って、あ、あれ、あれ……?」

 

 『何も起こらないじゃないか』と、勝ち誇ったようにのび太に対して自慢げな表情をする魔理沙だったが、そこはやはり22世紀の道具。

 効果はすぐに表れ始めた。身体がまあるく、それこそホウキにまたがっていられない程に膨れ上がり空中に浮かび上がる。

 そう、のび太の撃った一発の銃弾は確かに魔理沙に命中したのだ。

 

「やっぱりね、私の言った通りでしょう? のび太は最後まで諦めてなかったのよ。すごいわのび太!」

「まさかのび太が魔理沙に勝利するなんてね、紫の言う通り、凄いわよのび太」

「お~い、私をなんとかしてくれよ~」

 

 地上でも、まさかの大番狂わせに紫と霊夢が手を取り合いのび太が見せた大健闘の様子に、興奮しながら今起こった出来事をしきりに褒めちぎっていた、のだけれどもここでめでたしめでたしとなればいいのに、そうは問屋が卸さないのはのび太が並外れた射撃の才能と共に、強度の『不幸』あるいは『不運』の運勢を持つゆえか。

 アニマル惑星でもチッポのいとこのロミがニムゲに拉致された際に、禁断の森のどこかに埋められていると言う星の船を探す手段として、3時間限定で非常な幸運に恵まれるひみつ道具『月のツキ』を誰が飲むか? と言う時に満場一致でのび太が選ばれるくらいに運が悪かったりする(これはツキの月が普段不運な人間の方が効果が強い為)。

 そしてその運の悪さは、最悪の形で訪れた。

 

「ふぅ……勝った……」

 

 最後の決め手となった、弾幕が迫る中のび太渾身の精神を研ぎ澄ませた一撃。それは確かに魔理沙に命中した。

 そうでなくても、ギラーミンとの勝負と同じかあるいはそれ以上か。

 極度の集中を強いる魔理沙との弾幕勝負と言う事もあり、かろうじてやっと勝利を掴んだ事で気が緩んだのだろう。

 

 

 

…………パシッ

 

 

 

「へ?」

 

 大きく安堵のため息を吐き出すが早いが自分の頭上で聞こえた、何かが壊れたような音。

 今の嫌な音は一体何の音なのか? それの正体を確認するよりも先に、のび太の身体は何が起こったのかを自分自身に説明するかのように、重力に従い真っ逆さまに地面へと向けて落下を始める。

 もちろんタケコプターがあれば、長時間使用などの理由でバッテリー切れを起こさない限りは、装着した本人の意志を離れて落下するなんてありえない事だと、これまでにも日々使ってきたのび太は知っていた。

 では、今自分が落っこちているのはどうしてなのか?

 信じたくない予想、あって欲しくない真実。それを確かめる方法は至って簡単だった。

 自分の頭に触れてみればいいのだ。

 

「…………………………ひっ」

 

 おそるおそる自分の頭に触れてみるけれども、タケコプターは影も形も見当たらない。ペタペタと指先に触れるのは自分の髪の毛だけ。

 そこに至ってようやくのび太は、先に聞こえた奇妙な音が、魔理沙が最後に放った弾幕の流れ弾に当たってタケコプターだけが綺麗に吹き飛んだ音だと気が付いたのだった。

 

「わああああ、助けてえええ!!!」

 

 手足をぶんぶんと振り回し、助けを求める悲鳴を上げながら落下していくのび太が恐怖のあまり、意識を手放す最後の瞬間にに見たのは、どこまでも青く広がる幻想郷の青空と必死の形相で自分へと手を伸ばす霊夢の姿だった……。

 

 

 

 

 

 

……こうして、物語は冒頭へと戻る事になる。

 




のび太と魔理沙の勝負は一応のび太の勝ち、ですけどもほとんどドロー状態にしました。
勝ったけれども、圧倒的な大差をつけての勝利ではないし持ち前の不幸さと、最後の油断から最後の流れ弾に当たって墜落からの気絶。

ちなみに書くにあたりふと読み直してみた宇宙開拓使でのび太はギラーミンとの決闘でも、お互いに撃ち合った直後に恐怖のあまり一瞬気絶していますので改めて射撃の腕前こそ他の作品の有名どころを上回っていますけれども、精神面や肉体面ではやはり小学生なんだな、と再確認した次第です。
ただし、空気砲やショックガンと言ったエネルギー系の射撃道具を使ったら弾数制限がエネルギー依存になるので、おそらく魔理沙の分がさらに悪くなったと思われます(そうならないように敢えて制限のあるフワフワ銃を選択したと言うのもありますが)。













それにしても、感想下さった皆さんのび太+銃だと絶対に負けないと言う意見が大半で、割とどういう流れにしようか悩みに悩んだのは内緒だ(ぇ


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見つかった手掛かり、次の冒険への扉

まず大変時間がかかった事お詫びします。
感想でも、続きを待っているとのお言葉を頂戴したりしておりましたので、大変申し訳ありませんでした。

現在秋季例大祭の原稿と同時進行中で、こちらの方が滞っている状態です。
この次も少し更新が遅めになってしまう可能性がありますので、どうぞご了承下さい。


さて、今回はちょっと話が動きます。
もう少し博麗神社近辺でいろいろな人妖と交流したり、あるいは紅魔館と妖怪の山、どちらに先に向かうようにするかなど非常に迷いましたが、まずはこのような形になりました。



「わぁぁぁぁぁぁぁっ!!! た、助けてーっ!!」

 

 どこまでも青い空、魔理沙との勝負で勝ったはいいものの、最後の最後に油断した結果タケコプターを失い落ちてゆくのび太の身体。

 落っこちてゆく中両手を必死にバタバタと振っても、残念ながらグースケたちバードピアの鳥人たちのように浮かび上がる事は無い。

 やはり人間の腕ではどう頑張っても、鳥のように翼の代わりにはならなかった。

 このまま墜落すれば、博麗神社の境内に叩き付けられて良くて重症、運が悪ければそのまま……と言う事も十分に起こり得る。

 ちなみに、のび太も今までにいろいろな冒険をしてきた中で高い場所から落っこちた事は何回もあった。

 南海大冒険で宝島の地下、ねじ巻き都市で大地の割れ目etc……。

 ただ、これらの時は下が激流だったり、種をまく者の意思によって助け出されたりとたまたま偶然や幸運が重なり無事だったのだ。

 しかし今回は……。

 

「……いけない、のび太っ!!」

 

 地上で勝利の余韻に浸っている中、のび太の異変に真っ先に気が付いたのは霊夢だった。

 タケコプターによってもたらされていた飛行能力が失われ、落下を始めたのび太。当然幻想郷の住人でもないのび太はタケコプターなしでは飛べないのだから、落下し始めたら地面に激突するまで落下は止まらない。

 それが何を意味するか、答えは実に簡単だ。

 その最悪の事態を阻止するべく、飛び出した霊夢は同じくらいのタイミングで恐怖のあまり気絶してしまったのび太に手を伸ばして、どうにか空中を泳ぐようにブラブラと揺れるのび太の腕を掴みその落下を防ごうとする。

 しかしいくら子供とは言え、自由落下している人間一人を支えるには霊夢の華奢な腕ではあまりにも力が足りなさすぎた。

 霊夢に支えられた事で一瞬のび太の落下速度が遅くなったものの、すぐに霊夢を引っ張るような格好でのび太はまた落下を始める。

 

「こんの……止まれぇぇぇっ!!」

 

 のび太が気絶していなかったら、泣くか気絶するかしそうなほどの必死の形相で落下を食い止めようとする霊夢だが、それでものび太の落下は止まらない。

 あわや、のび太は気絶したまま神社の境内に墜落して、冒険はここでおしまいになってしまうのか? ……と思ったその途端に、のび太の落下がぴたりと停止する。

 いきなり落下が止まった事で、霊夢もまさかのび太が地面に激突したのか!? と顔色を青くするがよくよく冷静に考えてみれば地面に激突した衝撃はなく、それらしい音も聞こえない。

 つまりは霊夢の努力が間に合わず、のび太が地面に墜落してしまった訳ではないようだ。

 

「紫……動くならもっと早くして頂戴」

「あら、ちゃんと間に合ったでしょう?」

「間に合えばいいってもんじゃないでしょうが。私だけじゃのび太を支えきれなかったし、のび太が落ちるのが止まった時は間に合わなくて地面に激突したんじゃないかって、心臓が止まるかと思ったわよ」

 

 不機嫌な表情の霊夢の視線の先では、スキマで瞬時に移動したのだろう。紫が気絶したのび太を両手で抱えながら支えていた。

 おまけに霊夢の棘のある言葉にも平気で涼しい顔をしていた。この辺りはやはり長く生きる妖怪だからだろうか? この程度の事ではまるで動じる様子も見られない。

 むしろ、ここまでいつもは余裕を見せる紫に頭を抱えさせたのび太の方がどうかしている、と言うべきか。

 それはともかくとして、これでのび太は無事に助かった訳だ。

 

「それにしても、本当にあの魔理沙に勝っちゃうなんて……こうして気絶してるのを見てるとただの子供なのにね」

「ええ、でもこの子が幻想郷にいたらきっと毎日退屈なんて言葉は絶対にありえないでしょうね」

「分かる気がするわ、昨日の今日で一体何回のび太の取り出す道具に驚かされたと思っているのよ。それだけでも十分すぎるくらいよ」

 

 だから、のび太は知らない。

 自分が気絶している間、よっこいしょと紫と霊夢に連れられて縁側に寝かされてその様子をずっと二人に見られていた事を。

 更に付け加えるならば、フワフワ銃の効果が3時間継続する事、また時間経過以外で効果を解除する事が出来ない事を霊夢や紫、魔理沙の誰にも伝えていなかったため、空中に浮かんだままトイレに行きたくなってしまった魔理沙の尊厳が大ピンチに陥り、降ろせ! 戻せ! と大騒ぎをしていた事ものび太は全く知らなかった。

 もっとも魔理沙については、満水まで貯水されていたダムが決壊する寸前ギリギリのところで、どうにか元に戻り地上へと降りた魔理沙が急いでトイレに駆け込んだおかげで尊厳は守られたのだが。

 

「のび太!!! よくも私を大ピンチにしてくれたな!!」

「へっ!? わぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 しかし無事だったとはいえ本当に決壊寸前ギリギリだったようで、気絶から目が覚めたのび太は怒りの形相をした魔理沙に追いかけ回される事になったのは言うまでもない。

 そして、これでますますのび太は魔理沙の事をジャイアンそっくりだと思うようになったのだった……。

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

「「「いただきます!!!」」」

 

 そしてお昼時。霊夢、魔理沙にのび太は博麗神社の居間で昼食を食べていた。

 肝心のメニューはと言うと、全員で食べれると言うことからそうめんにしている。

 ちなみにのび太と魔理沙の勝負を観戦していた紫はと言うと、のび太が目を覚ました所で「悪いけれども、私はここで帰るわ」とスキマの向こうへと消えてしまったため、お昼は3人で食べる事になったのだった。

 当然昼食の用意は言わずもがな、霊夢とのび太が食べた朝食に引き続きグルメテーブルかけによるものである。

 またこの、何もない所から希望のメニューを口にするだけでどんどん出てくる、と言う驚異のひみつ道具を初めて目にした魔理沙が、先にこの光景を目撃した霊夢や紫同様に目を丸くしたのは言うまでもない。

 

 

 

三人食事中……

 

 

 

三人食事中……

 

 

 

 弾幕勝負の後だからだろうか、三人前のそうめんがものすごい勢いで消えていく中、そう言えば、と魔理沙が口を開いた。

 

「のび太はさ、神隠しにあった訳じゃないんだよな?」

「神隠し!? ないない、そんな事絶対に無いですよ、別に時空乱流に飲み込まれちゃったなんて事はありませんから。ここへもどこでもドアで来たんですから」

「じくう、らんりゅう? ああ、別にそんな変な質問をしたつもりはないんだ。ただ、偶然じゃないならどうしてわざわざ幻想郷にやって来たのか、その訳が知りたくてな」

「確か、未来のひみつ道具を使って幻想郷にきた、だったわよね」

 

 既に簡単にではあるものの、説明していた事もあってか魔理沙の質問に『何が知りたいのか?』と怪訝な表情を見せる霊夢とのび太の二人。

 特にのび太からすれば神隠しとは、7万年前の日本でドラえもんが説明してくれたように時空乱流に飲み込まれてその時間軸から人間が消滅する、すなわちククルのようになってしまう事なのだ。

 そんな物騒な事がホイホイ起こってはたまらないと、のび太に至っては勢いよく首を横に振って魔理沙の質問を否定したのだった。

 そんな様子を見て慌てたように、のび太が持つ神隠しへのイメージを知る由もない魔理沙はのび太が幻想郷に来た理由を知りたいから、と付け加える。

 でも、のび太からすればそれは話すべき事か非常に迷う事でもあった。

 何しろ外の世界の友人たちの自由研究で仲間外れにされ、ついいつものように誰も行った事のない場所について調べてやる! と息巻いてどこでもドアを潜ったら幻想郷だった……なんてどう説明すればいいのか。

 でも誤魔化したり嘘をついた所で、宿題をしなくてはいけない以上、どこかでバレる可能性もある。それならばいっその事今ここで正直に話しておけば宿題も手伝ってくれるかもしれない。

 なにしろ二人とも自分よりも年上だし、八雲紫のような大人のお姉さんもいるのだ。少なくとも自分自身よりは頭もいいだろう。

 しばらくうんうんとどう答えるべきか迷っていたのび太だったが、やがて決心したように説明を始めるのだった。

 

「じ、実は……」

 

 

 

……のび太説明中

 

 

 

……のび太説明中

 

 

 

……のび太説明中

 

 

 

 夏休みに、友人と遊んでいた時に持ち上がった外の世界にあった神社がそこに住んでいた山一つまるごと忽然と姿を消したと言う噂があった事。

 ドラえもんと色々な場所に冒険に出かけた自分たちからすれば、そんな事はただの噂でしかないと思ったものの、その話を持ち出した友人の見せた写真では確かに湖のほとりの一部がまるごと消えているように見えた事。

 その謎を調べて、夏休みの自由研究にしようと言う話があった時に自分だけ仲間外れにされた事。

 仲間外れにされた事でそれならばと、自分はもっとすごい場所に出かけて行ってそこの事を調べてやるとみんなに宣言してしまった事。

 ドラえもんからひみつ道具をしまってあるスペアポケットを借りて、どこでもドアを取り出し『誰も行った事のない場所』へと行こうとしたらドアは幻想郷へと繋がってしまった事。

 そこで紫や霊夢と出会って今こうしている事を、簡単にではなく事細かに説明したのだった。

 

「……と言う訳なんです」

「「……………………」」

 

 最初霊夢に話した以上にできる限り詳しく、ここにやって来るまでのいきさつを説明したのび太だったが一体どうした事か霊夢も魔理沙も、のび太の話を聞いて難しい顔をしていた。

 それはまるでのび太の説明の中に、都合の悪い事実でも混じっていたかのようだ。

もちろん何も知らないのび太としても、二人にそんな表情をされてしまっては、何かまずい事でもあったのかと不安になってしまうのは仕方がないだろう。

 実際、のび太の説明が終わった後の博麗神社の居間には難しい顔をした巫女と魔法使いに、オロオロする子供と言う何があったのか判断に困る光景が広がっていたのだから。

 かと言って何か悪い事をしてしまったのか、などと聞けるような雰囲気でもない。

 

 

 

1分……2分……3分……

 

 

 

 針のむしろに座らされているような緊迫の時間が過ぎてゆく中、ずっとのび太の話を聞いてから腕を組んで考え事をしていた魔理沙が霊夢に確認するように口を開いた。

 

「なあ、霊夢。のび太の言っている外の世界で消えてしまった神社ってさ……ひょっとして妖怪の山にある守矢神社の事なんじゃないのか?」

「そうね、もちろん確証は取れないけれど……時期的にも、こっちに来た経緯からしても、十分に可能性はあると思うわ」

「へ? もりや……じんじゃ? 外の世界からこっちにやって来た神社があるんですか……?」

 

 全くもって聞き慣れない名前にきょとん、とするのび太。

 何という偶然だろうか、まさかスネ夫たちが外の世界でああでもないこうでもないと夏休みの自由研究にすると言っていた神社の消えた先が、この幻想郷である可能性があるだなんて。

 ここにきてのび太はあの時、スネ夫に『悪いなのび太、この自由研究3人用なんだ』と言われてすぐにその場を立ち去ってしまった事を少し後悔していた。

 せめてあの時、どこかの県で消えてしまったと言う神社の名前だけでも聞いておけば、今魔理沙に言われた守矢神社がそうなのか、それとも偶然似たような経緯でこちらにやって来た神社なのか、確認できたのだから。

 それと同時にのび太は心の中に沸き起こって来たのは万歳をしたくなるような、喜びでもあった。

 何しろあれだけスネ夫やジャイアンにバカにされていたと言うのに、肝心の自由研究のテーマが実は今自分がいる場所にやって来ているかもしれない、と言うのだ。

 実際に、もしこちらにスネ夫たちが調べようとしている神社が幻想郷に来ているのなら、間違いなく実際にその神社へ行った方が自由研究もはかどるだろう。

 もし仮に違う神社だったとしても、そこについて調べればいいのだ。

 だからのび太は、ドキドキする自分を抑えるように霊夢や魔理沙にお願いをしていた……。

 

「その話、詳しく聞かせてもらっていいですか!」

「お、おう……」

 

 それでも、思わず乗り出してしまうほどに興奮していたらしく、のび太の見せた反応に二人とも少し引いていたのだけれど。

 兎にも角にも、こうしてのび太が幻想郷にやって来た当初の目的は、予期せぬ形で大きく前に進む格好になったのだった……。

 

 

 




はい、外の世界で消えてしまった謎の神社が幻想入りしていた可能性が出てきました。
さてさて、そのまま謎の神社へと向かうのか!?
そしてのび太ってよくよく考えたら夏休みの自由研究や他の宿題もするために幻想入りしたんですよね(汗

その辺も交えて、いろいろと物語を動かして行けたらいいなぁ……(ぇ



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Chapter1.のび太とふしぎ(すぎる)風祝
目指せ! 妖怪の山


また遅くなりすみません。
現在例大祭の原稿がまだ終わっていない状況です(滝汗
〆切のデッドライン超える寸前なんだよな……実はorz




気を取り直して、いよいよのび太が博麗神社から神社の外へと出発します。
さてさて、一体どんな冒険が待っているのやら……?

ちなみに章タイトルは「のび太とふしぎ風使い」のパロディですね。
今後もそう言ったタイトルのパロディは取り入れていくつもりです。
……そもそも作品のタイトルがねじ巻き都市冒険記のパロディだし(汗


 魔理沙の口から語られた妖怪の山にあると言う守矢神社。

 その守矢神社こそが、のび太が幻想郷に来るきっかけともなった、外の世界から消えてしまった謎の神社である可能性が高いと言う驚きの情報。

 そんな情報があるのに行かないと言う選択肢は当然のび太にはない。

 守矢神社が外の世界でスネ夫たちが調べようとしている神社なら、こちらがもっとすごい内容で調べてやろうと息巻きながら早速行ってみようとして、のび太は肝心な事に気が付く。

 

「霊夢さん、魔理沙さん。その……妖怪の山にあるもり、や? 神社ってどこに行けばあるんですか?」

「「あ…………」」

 

 そう、のび太の言葉に二人ともようやく気が付いたのだ。のび太は幻想郷の地理について全く知らないと言う事を。

 妖怪の山の守矢神社と言われたところで、のび太にとってはどこにあるのかさっぱり見当もつかないと言う事を。

 なにしろどこでもドアで幻想郷のどこかにやって来てからは八雲紫の手によって、スキマ経由で博麗神社へと送り込まれた。

 そしてそこから1日経ったものの、のび太は博麗神社の敷地から外へは一歩も出ていない。つまりのび太にとってまだ幻想郷とは博麗神社の中でしかなかったのだ。

 外にどんな世界が広がっているのかはまだまだ未知の世界である中、いきなり行ってみろと言われても方角も、何があるのか、そもそもどんな建物なのかも想像もつかない。

 例えるなら、今ののび太は海底ハイキングに出かけた際、日本海溝の底で荷物もライトも全部失い、前後不覚となってしまった状況みたいなものと言ってもいいだろう。

 そんな右も左も知らない中いきなり、準備もなしに行くと言うのはいささか無謀すぎた……と言いたい所だけれども。

 

「ねえのび太、その……のび太は守矢神社の場所を知らなくても、どこでもドアがあれば大丈夫なんじゃないかしら?」

「あ…………」

 

 今度は霊夢たちではなくのび太がぽん、と手を打つ番だった。

 そう、霊夢の言う通りのび太にとってはどこでもドアがあれば、そんな不安もどこ吹く風。

 ドアを用意してただ一言『守矢神社へ!』と希望すればいいのだ。

 そうと決まれば思い立ったが吉日、と言わんばかりにのび太はスペアポケットに手を突っ込みどこでもドアを取り出そうとして……。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

この霊夢の一言がなければ、のび太はどこでもドアを取り出していたはずだったのに、霊夢の制止に思わずのび太はその手を止めてしまう。

 

「……へ?」

「どうした霊夢!? のび太に行かせるのはやっぱりまずいのか?」

 

スペアポケットに手を突っ込んだまま、一体どうしたのかと不思議そうな顔をするのび太。

 そしてのび太が守矢神社に行く事に何か問題があるのかと、霊夢の言葉に魔理沙が問いかける。

 守矢神社まで、妖怪の山を経由していくのならばともかくどこでもドアで一息に守矢神社まで直接向かってしまうのならば、リスクも何もないはずだ。魔理沙の視線は霊夢にそう訴えている。

 そんな二人に一体何が問題なのか答えるように、厳かな口調で、霊夢は口を開いた。

 

「まず、おそうめん全部食べてからにしましょう?」

「「…………はい」」

 

 そう、霊夢の言葉通りまだ机の上にはそうめんがたっぷりと残されている事を、まだお昼を食べている最中だと言う事を完全に失念していたのだ。

 そんな訳で、昼食を再開する3人。

 3人が黙々と声を発する事もなく、そうめんをとり、めんつゆにつけ、つるつるとすする、の行動を繰り返す事で残っていたそうめんの山も次々に消えていく。

 そして……。

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

 そうめんの山は、今度こそきれいさっぱり無くなっていた。

 ちなみに、霊夢は普段からあまり食材が手に入らず、たくさん食べられる機会が少ないのか『まだまだいけるわよ』と涼しい顔をしている。

 一方の魔理沙はと言うと、居間にごろんと横になり『もうお腹一杯なんだぜ』と実に満足気だ。

 そして肝心ののび太はと言うと……。

 

「守矢神社へ!」

 

 早く守矢神社へと行きたくて仕方がないのか、食べ終わるが早いが早速スペアポケットへと手を入れて、どこでもドアを取り出していた。

 取り出したドアの前で、目的地に守矢神社へと設定すればこれで準備は完了だ。

 ようやく待ち望んだ場所へ行けるのだと、のび太は勇んでドアノブに手をかける。

 

「……それにしても便利な道具だなこのドアは。自分の思った場所に一瞬で移動できるなんてさ、これがあればどんな異変が起きても首謀者の所へ出掛けていって、すぐさま解決だぜ」

「確かにそうよね。むしろ定期的に幻想郷を回って、誰かが怪しい企みをしていたらその場で叩きのめして罰金を払わせる、なんてのもいいわね」

「おっ、それいいな! 異変を起こす前に異変を解決!」

 

 守矢神社に出発しようとするのび太を他所に、そんな物騒かつこれまでの異変を起こした6ボスが聞いたら泡を吹いて卒倒しそうな会話をする霊夢と魔理沙の二人。

 当然のび太には二人が何を言っているのか、知る由もない。

 だからのび太は、その内容が幻想郷に暮らしている人にしか分からないものなんだと気にしない事にし、ノブを回してドアを開けようとして……。

 

 

 

『……バンッ!!!』

「……痛っ!?」

 

 

 

 本来ならしないはずの音に、のび太はもちろん霊夢と魔理沙までもが、一体何事かとその視線をどこでもドアへと向ける事になったのだった。

 まさか、ドアを開けようとした直後に何かにぶつかるなどとは思ってもいなかった3人とも、一体どうしたものかと互いに顔を見合わせながら沈黙を守っている。

 

「「「………………」」」

「痛ったぁ……なんでこんな所にドアがあるのよ!!」

 

 いや、沈黙ではなかった。

 少しだけ開いたドアの向こう側から、どうやらちょうどドアが開くタイミングでその場に居合わせてしまったらしい誰かの声が聞こえてくる。

 おまけにその声の主はひどく気が立っているようだ。無理もない、全く予想外のドアとの接触事故を起こしたのだ。これで気分を悪くするなと言う方が無理と言うものだろう。

 だが、気分を悪くしただけで済めば良かったのだろうが、ドアの向こうの人物はよほど虫の居所が悪かったのか、あるいはジャイアン並みに短気な人物だったらしい。

 

「どっせい!!」

「わぁぁぁぁっ!?」

 

 と威勢のいい掛け声とともに、どこでもドアの向こう側から思い切りバン! とドアが閉められてしまったのだ。おまけにただ手でバタン、と静かに閉めたのならばともかく、その名も知らない誰かは何かハンマーのようなモノで叩いたようで、どこでもドアの面がみしり、と軋み音を立ててヒビが入るほどの勢いで閉められたのだからたまったものではない。

 つまり、そんなドアの向こう側から押し返されたと言う訳で。誰かがドアにぶつかった事で扉を開ける事を中断していたのび太はその勢いをまともに受けてしまう事に他ならない。

 結果として、どこでもドアに押し返されたのび太は情けない悲鳴を上げながら見事な後転を繰り返しながら博麗神社の居間の壁まですっ飛んでしまったのだった。

 

「う、うーん……いててててて……」

「おい、大丈夫かのび太?」

「僕は何とか……。そ、それよりもどこでもドアは!?」

「ダメみたいね、煙を吹いてるわよ」

 

 壁まで吹き飛ばされて転がってしまうと言う予期せぬ事態に遭遇したのび太。

 横になっていた魔理沙もさすがにこれは無視できず、むくりと起き上がり駆け寄ったところで、がば、と思い出したように慌てて起き上がりどこでもドアの様子を確認するけれども、既にどこでもドアは霊夢の言う通り、バチバチと放電して煙を噴き上げていた。

 素人目に見ても、この状態で安心して使える、とは言えないだろう。

 そんな博麗神社を離れてその頃、妖怪の山のとある場所では……。

 

 

 

 

 

 

 

「一体どうしたんですか? 急に御柱なんて振り回して」

「いや、境内に見慣れないドアがぽつん、と立ってるから何よこれ、と思って近寄ってみたらいきなり開いてぶつかって来たのよ。で怪しかったから御柱でちょっと殴ったら、また消えちゃったんだけど……一体何だったのかしらね?」

 

 二人の女性により、そんな会話が成されていたりする。

 ちなみに、片方は博麗の巫女の色違いのような格好。そしてもう一人はのび太の胴回りほどもある巨大な柱を軽々と片手で持っていた。

 もちろんのび太も、またこの二人も、お互いにそれぞれ何が起こっていたのかは知る術もない。

 彼女たちにとってもただ、幻想郷だから外の世界の常識からは外れた不思議な事も起こる、程度の出来事でしかなかった。

 それよりも、今ののび太にとってはどこでもドアが故障した事の方がはるかに大問題だった。

 守矢神社に行けなくなったと言うレベルではない、どこでもドアが無かったらのび太は外の世界……つまりは自分の家にも帰れないのだ。

 いくら夏休みの自由研究のために幻想郷へとやって来たと言っても、ここで永住するつもりはのび太にはない。

 

「ど、どうしよう……ドラえもーん!!」

 

 劇場版ならこのままタイトルと共にこんなこといいな♪ できたらいいな♪ と主題歌でも流れてきそうな、とても見事な叫び声。

 だがあいにくと、このまま大長編へと突入はしないしドラえもんが助けに来てくれる事もない。

 とにかくのび太が自力でどこでもドアをどうにかしなければ帰れないのだ。

 どうしようかとうろたえているのび太を励ますように、白黒の魔法使い魔理沙が任せておけ、とでも言わんばかりに自分の胸を叩いた。

 

「よし、そういう事なら私がのび太を守矢神社まで連れて行ってやるよ。上手くいけばどこでもドアも直るかもしれないぞ?」

「え、で、でも……? どこでもドアって、未来の道具なんですけど……?」

 

 魔理沙の言葉に困惑するのび太。

 確かにのび太にとっては、どこでもドアが故障した今守矢神社まで連れて行ってくれると言う魔理沙の申し出は間違いなくありがたいものである。

 しかし、問題はその次の言葉だ。どこでもドアは現代の道具ではなく、ドラえもんが持ってきた22世紀のひみつ道具。どうひっくり返っても、現代の技術で修復できるような代物ではない事はのび太も重々承知している。

 それとも、幻想郷の妖怪の山とは、あるいは幻想郷とは外の世界と比べてここだけ科学技術が進んだ22世紀なのだろうか?

 

「妖怪の山にはね、いろいろな技術を持った河童、って言う種族がいるのよ。もしかしたらどこでもドアだって、河童にかかれば修理してもらえるかもしれないわね」

「そう! だけどその前に守矢神社に向かって、神様たちに挨拶すれば河童にきっとドアの修理してもらえるよう、お願いしてもらえると思うんだ。だから、まずは河童じゃなくて神社、って訳だ」

「へぇ……それなら、お願いします」

 

 そんな疑問が顔に出ていたのだろう。

 霊夢が、どうして妖怪の山に行けばどこでもドアが直る可能性がある、などと魔理沙が言ったのかその理由を説明してくれた。

 どうやらのび太にとっても、この幻想郷はまだまだ分からない事が多いらしい。

 だが、そもそもどこでもドアが故障しなくても守矢神社までは向かうつもりだったのだ。移動手段がどこでもドアから魔理沙のホウキに変わっただけで移動時間に違いが出る程度の差しかない。のび太はすぐに、魔理沙の申し出を受けたのだった。

 そうと決まれば魔理沙の動きもまた、初めて博麗神社に飛んできた時と同様に素早かった。

 境内に出てきた魔理沙はすぐにホウキを用意すると颯爽とまたがり、のび太をその後ろに乗せて身構える。

 丁度それは『魔界大冒険』で、ホウキに乗れないのび太がしずかのホウキに乗せてもらった時の状態とよく似ていた。

 

「それじゃあ霊夢、ちょっと妖怪の山までのび太を連れて行ってくるぜ。のび太、しっかり捕まってろよ? 超特急で守矢神社まで運んでやるからな」

「霊夢さん、ちょっと行ってきます」

「魔理沙、間違えてもスピード出しすぎてのび太を落っことすんじゃないわよ? のび太はタケコプターがないと空を飛べないんだから……って、もう出発しちゃったの? なんだか嫌な予感がするんだけど……」

 

 スピードについては幻想郷でもかなり上位に入る魔理沙のホウキ。だから、のび太のような慣れない子が一緒にいたらふり落とされる可能性が往々にしてあるため、霊夢が魔理沙に注意した時にはもうそこには魔理沙とのび太の姿はなかった。

 なにしろその時には、もう魔理沙のホウキは妖怪の山目指して、一直線に空を切り裂くように守矢神社を目指していたのだから。

 そんなせっかちな、既に出発してしまった魔理沙とのび太を心配するように霊夢は一言、ぽつりと漏らすのだった……。

 

 

 

 

 

 

                  * 

 

 

 

 

 

 

 妖怪の山、それは天狗や河童と言った妖怪が拠点としている幻想郷におけるパワーバランスの一角である。

 幻想郷に来たばかりののび太は知らない事だが、何しろ天狗たちは排他的で一つの独立した文化を保っている。

 もしこの妖怪の山に守矢神社が無かったら、今でもこの場所は天狗や河童たちの拠点として人里の人間たちを誰一人寄せ付けない、まさしく瑕疵なき要塞そのままに、幻想郷の要衝としてあり続けただろう。

 けれども、守矢神社がやって来た事によりその立ち位置は多少軟化し、今では不可侵区域でない場所に設けられた参道を通る事なら認められるようになっている。

 その参道の上空を、魔理沙のホウキが通過していった。

 単純に直線での最速勝負なら美夜子さんの絨毯よりも速いかもしれない。なにしろ徒歩での参拝とは違い、空中は何も邪魔になるものがない。

 その猛烈なスピードそのままに、妖怪の山に設けられた長い参道を眼下に見下ろしながら、魔理沙は守矢神社の鳥居と言う名のゴールを全速力で駆け抜けた。

 そのあまりの速さに、守矢神社の境内に一陣の風が吹き荒れ、一体何事かと守矢神社の風祝が慌てたように社殿から飛び出してくる。

 飛び出してきてから、何があったのかと周囲を見回して、ようやくこの風の原因が魔理沙だと理解したらしい。

 

「一体何事ですっ!? ……って、魔理沙さんじゃないですか、どうしたんですかそんなに急いで」

「おう早苗、今日は私じゃなくて守矢神社に用がある子がいてな。その子を送りに来たんだ」

 

 勢いこそ今日は特別にあるものの、魔理沙が来るのは別段珍しい事ではない。

 ただ、その急ぎ方が普段とは少し違う。おまけに守矢神社に用がある、と言っても()()()()()()()()()()()()()()()。それとも、誰かこれから来るのだろうか? あるいは幽霊でも乗っているのか?

 そんな事を思いながら早苗が魔理沙に尋ねた。

 

「守矢神社に送りに……って、誰かいらっしゃるんですか? 見た所魔理沙さん以外誰も居らっしゃいませんけど……?」

「へ……?」

 

 早苗の言葉に、魔理沙が後ろを振り返ると……そこには早苗の指摘通り、誰もいなかった。

 本来ならばいないといけないはずの、のび太の姿さえ。

 博麗神社でのび太を乗せた時には、間違いなくのび太はいた。でも、守矢神社に到着した今は、いない。つまりこれが意味する所は……。

 自分が何をしてしまったのかようやく理解したらしく、カタカタと震えながら青い顔をした魔理沙の顔から、冷や汗が後から後から溢れてくる。

 

「…………ど、どこかに落っことしてきたーっっっ!!!」

 

 そして、守矢神社の境内に魔理沙の叫びが木霊した……。

 

 




のっけからのび太、妖怪の山にて遭難!!

まあ、のび太は振り落とされるのは日本誕生のリニアモーターカーごっこ以来二回目ですし、無事だと……いいなぁ?
ただ、妖怪の山って天狗や河童、風神録に出てきたキャラ以外にも、登場しなかった野良妖怪も多くいると思うんですよね。
妖獣みたいなのが跋扈している、鬱蒼とした森林地帯。

ああ、のび太の運命やいかに!?






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探検! 妖怪の山

お待たせいたしました。
のび太の幻想郷冒険記・のび太と不思議(すぎる)風祝編更新です。
妖怪の山で魔理沙のホウキに乗せてもらいながら守矢神社を目指していたのび太、しかし魔理沙のスピードが速すぎるせいで放り出されたのび太の運命やいかに!?


 守矢神社に連れてくる最中にのび太がどこかで振り落とされた、と言う事実が発覚してしまった魔理沙。

 そばにいる早苗には目もくれず、まさかの、のび太を道中のどこかで振り落として来たと言う事実に、頭を抱えながら『あああああ』と珍しく激しい動揺をしていた。

 事情を知らない早苗としては、激しく動揺する魔理沙と言う実に珍しい光景なのだからもう少し見ていたいとも思ったりしたのだけれども、このままでは埒が明かないのでひとまず魔理沙から説明を聞く事にする。

 

「まずい、どこだ!? どこにのび太を落として来たんだ!?」

「まずは落ち着いてください。落としたって、何を落っことしてきたんですか?」

「のび太だよのび太! 博麗神社に泊まってる外来人の男の子なんだが、守矢神社に行きたいって言うから連れてくるつもりだったんだよ」

「何やってるんですか!? って言うか子供を乗せたままあんなスピードで飛んでくればそれは振り落としたって不思議じゃないですよ!」

「し、仕方が無いだろう!? 夏休みの自由研究で調べたい事があるって言うから急いだ方がいいと思ったんだよ!」

「それにしても限度と言うものがありますよ!」

 

 が、これは完全に早苗の失敗だった。

 外から来た、何の力もない(と早苗は思い込んでいる。実際にはひみつ道具で空を飛び、弾幕ごっこで魔理沙を下しているのだけれども)子供をホウキに乗せて飛んできたら、途中で振り落としましたと言われて、早苗の方まで魔理沙に引きずられるようにヒートアップしてゆく。

 その様子はさながら子供の喧嘩のよう。

 早苗を追いかけるように、社殿の中から出てきた人物が二人の間に入らなかったら二人の騒ぎはもっと続いたかもしれない。

 と言っても、出てきた人物はただの人物ではないし、まず第一に人ですらない。守矢神社の風祝である早苗に神奈子様と呼ばれた人物こそ、何を隠そう洩矢神社の祭神の一柱、八坂神奈子なのだ。

 赤い衣に背負った注連縄と言う、外で見かけたら二度見どころか三度見してから、スマホを取り出す事間違いなしなこの神奈子が出てきた事で、魔理沙と早苗もお互いにアイコンタクトで一時休戦の協定を暗黙のうちに結び、それまでの喧騒はどこへやら。たちまち静かになる。

 一方、社殿から出てきた神奈子は早苗と魔理沙の姿を目にすると、二人の間に割って入るように歩み寄る。

 その様子は子供の喧嘩を叱る母親のようにも見えた。

 

「どうしたんだい早苗、急に飛び出していったと思ったら何を騒いでいるのさ? おや、白黒の魔法使いじゃないか」

「神奈子様。聞いてください大変です! 事件です!」

「あー、わかったから早苗、まず落ち着きなさい。白黒の魔法使いが今度は何をしたのよ?」

「おいおい神様、それはひどくないか?」

「あれだけ大声出しながら外で騒げば、否が応でも何かやらかしたと思うでしょう」

 

 神奈子に騒ぎの原因であると断じられ、全く信用されていない魔理沙が反論するけれども、対する神奈子は涼しい顔。

 そんな神奈子に早苗が、これまでの経緯を説明するのだった。

 

 

 

少女説明中……

 

 

 

少女説明中……

 

 

 

「……で、その外から来たのび太って子をここに連れてこようとして、途中のどこかで振り落としてしまった、と」

「ああ、早く助けに行かないと危ないんだ」

 

 珍しく必死な魔理沙の表情と言葉を、神奈子も早苗も嫌と言うほど理解していた。

 ただしそれと同時に、口には出さないだけですぐ助けに行けるほど簡単な話でない事もまた、二人は重々承知していた。

 まず、一口に妖怪の山と言っても山だけでなく、その周囲に広がる山裾もまた山の一部でありおまけにそれが非常に広い。

 もちろん魔理沙が守矢神社にやって来たルート上のどこか、ではあるのだからそこを重点的に探す事になるとは言え、そのどこかにいる人っ子一人を探せと言うのはなかなかに難しい。

 落ちた場所にそのままとどまってくれれば探す側としては御の字だけれども、もし参道に出てくれればともかく森の中へと移動されたら、探すのは非常に難しくなるだろう。

 もう一つは、妖怪の山の住人たちの存在だ。

 妖怪の山には天狗や河童と言った種族が独自の文化を築いているが、それらは極めて排他的な文化を有していて万が一にも、遭難したのび太が天狗や河童たちに先に見つかった場合どんな厄介な事になるか分かったものではない。

 おまけに妖怪の山ではいたる所で、侵入者を警戒して哨戒している者たちがそこらじゅうを監視しているのだ。

 元々の数が魔理沙や早苗と言った守矢神社の面子よりも多い以上、どちらが先に見つける可能性が高いのかは言うまでもないだろう。

 

「……仕方がないな、私の方から天狗たちに見つけたら保護するよう話をつけて来よう」

「神奈子様!」

「助かる! ちなみにのび太の格好なんだが……」

「ああ、大丈夫だろう。なにしろ妖怪に山に子供が一人で入りこんでいたら天狗が気が付かない訳がない。それよりも早く伝えておかないと騒ぎになるからね。それよりも、私が天狗たちに話を付けに行くから早苗たちもすぐに動きなさい。山の中に迷い込まれたら厄介よ」

 

 そんな現状を察した神奈子が『天狗の処に行ってくる』と言い、ふわりと浮かび上がると妖怪の山の奥、天狗たちの里へと飛んで行く。

 神奈子としても、自分の神社へとやって来ようとしている人間が遭難しているのにただ指をくわえたままで何もしない、では今後の信仰にも関わってくる事を承知していた。 

 逆に言えばここでのび太の救助に一枚噛んでおけば、もしかしたらのび太がそれを知った時に守矢神社の信仰をしてくれるかもしれない。

 打算と言われればそれまでだが、彼女たち神様にとっては、どんなに強大な力を有していても信仰されなければ存在が維持できないのだ。

 当然人命救助も大事だが、それも含めて今出せる手札はできるだけ切っておく、それが神奈子の出した結論だった。

 もちろんそれだけではない。神奈子は自分が天狗に事情を説明しに行っている間に、すぐに魔理沙や早苗に対してのび太を探しに向かうように指示を出す事も忘れてはいなかった。

 こうして神奈子からの指示を受けた早苗と魔理沙もまた、守矢神社から動き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

                  * 

 

 

 

 

 

 

「う、うーん……いてててて……。ふぅ、木の枝に引っかかって助かった……。けど、どっちに行けば守矢神社なんだろう?」

 

 一方その頃、あまりの速さに魔理沙のホウキから振り落とされたのび太はと言うと振り落とされた際、直接地面に落ちるのではなく運よく一度木の枝に引っかかる事で、どうにかケガ一つないままで助かっていた。

 それはかつて『雲の王国』において、天上連邦の絶滅動物保護区で管理棟から夜に脱走を図り、遭難した時の状況にもよく似ていたけれども、あの時と違い今回は一晩夜を明かさなくていい、と言うのが大きな違いだったが。

 とは言え、場所も分からない妖怪の山の山中に一人放り出された事実に変わりはなく、木々が生い茂る深い森の中でどちらに進めばいいのか分からないと言う状況に間違いはなかった。

 それはこの幻想郷に初めてやって来た時にも似た状況だった。ならば、のび太のする事は一つしかない。

 『よいしょ、よいしょ』と木の枝から慎重に幹へと移動し、後はしがみ付きながら地面までゆっくりと降りてきたのび太は、ズボンのポケットに忍ばせていたタケコプターを取り出すと、慣れた手つきで頭にセットする。

 また、山の名前からして『妖怪の山』などと呼ばれているのだから、と念のために魔理沙と勝負した際に使ったフワフワ銃も装備する事を忘れない。

 こうして準備を終えるとタケコプターによって浮力を得たのび太の身体が浮遊感に包まれ、すぅ、と音もなく浮かび上がる。

 そのままプルプルと独特の音を響かせながら、木々の間を縫うようにゆっくりと飛び始めた。

 これは木々が生い茂りすぎて、その間を抜けるのが難しいのでどこか隙間を見つけて、森の上空に出ようと判断した上での行動だったのだけれども……のび太を探そうと言う魔理沙や早苗にとっては、のび太が当てもなく移動し始めた事によって探しにくくなってしまう事を、今ののび太には知る由もなかった。

 

「どこかで森の上に出られればいいんだけど……」

 

 そんなのび太が飛びながら周囲を注意深く見まわしてみるけれども、なかなかそう都合のいい生い茂る木々の切れ目は見つからない。

 どこまで飛んでも目の前に広がるのは爽やかな森の緑に、外の世界とは比べ物にならないくらいに(これはのび太の家が東京の住宅地と言う事もあるだろうけれども)やかましいくらいに鳴り響くセミの声。

 それはもう、博麗神社の周りで鳴いていたセミの声がまだマシに、いやあるいはジャイアンのリサイタルの方が……いや、それと同じくらいと思えるほどともなれば思わず耳をふさぎたくなるのも仕方のない事だろう。

 

「……うー、早く守矢神社に着かないかな」

 

 これ以上は聞きたくない、とうんざりした表情で飛び続けるのび太だけれども、そもそも肝心な守矢神社の場所が分かっていないのにどうやって向かうつもりなのか、のび太にツッコミを入れる者は悲しいかな、誰もいなかった。

 だが、のび太の苦労が報われたのか、あるいは守矢の神様が奇跡を起こしてくれたのかもしれない。

 なぜなら、飛んでいる木々の間の向こう側、視界の先がだんだんと明るくなってきたからだ。

 明るいと言う事は、太陽の光や空の明るささえ隠してしまうような深い森の切れ目、つまりはのび太が探していたものが近づいていると言う事。

 その明るさに誘われるように、木々や茂みをうまく避けながら向かった先に広がっていたのは……。

 

「うわぁ……」

 

 人の手の入らない、きれいな川。

 上流からとうとうと流れる透き通った水がゴロゴロと転がる岩の間を流れてゆく光景に、のび太は思わず言葉を失った。

 確かにのび太の家の近くにも川はあるにはあった。とは言え、のび太の近所で流れている河川として思い当たる多奈川や町の中を流れるどぶ川とは、目の前の清流とはまさしく雲泥の差である。

 かつて『アニマル惑星』で裏山がゴルフ場に開発される計画が持ち上がった時、反対派としてのび太のママも立ち上がった事があった。

 その時、同じように反対派として参加していた近所に住むおじさんが『若い頃には小川でアユが採れた』と口にしていたのを、様子を伺っていたのび太たちも聞いていたが、今のび太の目の前に流れる小川はまさにそんな話に聞いた事のある小川そのもの。

 おまけにいくら森の中で涼しいとはいえ、やはり時期は夏と言う事もあって朝はそれほどでなくてもだんだんと日が高くなるにつれて暑さが増してくる。

 となれば守矢神社へ向かうのは後にして、のび太が少し川遊びをしよう、とするのは自然な事だったのかもしれない。

 そうとなれば善は急げと、靴と靴下を脱いで水のかからない岸の岩の上へと乗せておき、裸足になってそっと水面へと足を入れる。

 その瞬間に、うだるような暑い空気とは裏腹にきーんと冷えた水の温度が足を伝って全身を冷ましていく感覚がのび太の身体に伝わってきた。

 

「くーっ、冷たくて気持ちいいや」

 

 背中を駆け抜ける、水の温度を堪能してからバシャバシャと水音を立てながら川の中を歩き回り、今度は魚でも捕まえるつもりなのか水の中に動く影はいないか、ときょろきょろ見回しながら獲物を探して回るのび太。

 その様子に、ここが『妖怪の山』であると言う、人間の住まう場所とは一線を画した場所なのであると言う危機感は完全に忘れ去られているらしい。

 もっとも、博麗神社で霊夢と紫がしてくれた説明の『夜は妖怪の時間、襲われて食べられても、文句は言えない。それが幻想郷のルールなのよ』と言う文句を考えれば、夜にならないうちに神社に向かい、そして博麗神社まで戻ってくれば安心と言う心づもりなのだろう。

 つまり、今ののび太の頭の中には『昼間は安心、妖怪は出てこない。夜は危ない、妖怪が出てくる』と言う構図が出来上がっていたのだ。

だから……。

 

「あ、いたっ!」

 

 水面でゆらゆらと動く何かの影を見つけて、抜き足差し足、水しぶきをできるだけ立てないようにゆっくりと動きながら、動かない水面に動くそれへと近づいて行き飛び掛かかろうと身構えたその時だった。

 

 

 

「そこの人間! ここは我らの縄張りです! 早々に立ち去りなさい!!」

「へ……? だ、誰!?」

「こら、どこを見ているんですか! 私はここです、あなたの真上ですよ!!」

「…………? あ……」

 

 

 

 セミの声しかしないはずの、そして自分以外には誰も居なかったはずの妖怪の山に凛と響く誰かの声。

 これから水面に映る影、おそらく魚だろうその獲物を捕まえてやるつもりで、飛び掛かろうとちょうど身構えていた、その格好のまま聞こえてきた声を頼りに周りに誰かがいるのかと周囲を見回しても誰も居ない、でも声だけは聞こえてくると言うこの不思議さ。

 一方で、一体何が起きたのかと、戸惑いを隠せずにいたのび太に業を煮やしたのか、あるいはもともと怒りっぽい性格なのか、謎の声の主も自分の居場所を、すなわち自分がのび太の上にいると教えてくる。

 その声に従って視線を自分の真上へと移したのび太の先にいたのは、片手に盾を持ち、もう片方の手には大きな剣を突き付けている、白い髪の女の子だった……。

 そこでのび太は気が付いた、自分が魚だと思って捕まえようとしていた水面に映る影は、自分に向けて剣を突き付けてきているあの子の影だったのだと。




のび太の前に現れた謎の女の子!
思い切り手持ちの武器を突き付けて敵意満載の謎の少女の正体は!?(ぇ
天狗に話を付ける為に向かった神奈子様、そしてのび太を探しに出かけた魔理沙に早苗は間に合うのか!?
そしてのび太は無事に守矢神社にたどり着けるのだろうか!!!

次回、タイトル未定!!
乞うご期待!!


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『河童の新兵器人里に流出か!? 天狗に対する大規模攻勢の可能性も考慮』 ~XX日の文々。新聞一面より抜粋~

お待たせいたしました。
のび太の幻想郷冒険記、敵か味方か、のび太の前に現れた謎の少女の正体は!?
そしてのび太は守矢神社にたどり着けるのか?



皆さん多くの感想を書いていただきどうもありがとうございます。
お気に入り登録だけでなく、感想を頂けると言う事が書き続ける上で、やる気を出してくれるんだなと最近ひしひしと感じております。
感想は書けていないものもありますが、感想文は全て目を通しておりますので、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。


「そこの人間! ここは我らの縄張りです!」

 

 のび太が謎の声のする方、つまりは上へと見上げてみるとそこにいたのは白い髪をした女の子。

 やはり彼女も幻想郷の住民であるらしく、タケコプターも何もつけないまま空中へと浮かんでいる。

 ただし、その格好はのび太がこれまで幻想郷で会った他の誰よりもだいぶ違っていた。

 

 まず第一にのび太の目を引いたのは彼女の頭についている犬のような耳と、袴から出ているふさふさの尻尾。

 少なくともそんなものが付いているのは、アフリカのコンゴ盆地の奥地、通称ヘビースモーカーズフォレストの中心に位置する『バウワンコ王国』の住民か、あるいははるか宇宙のかなたにあるアニマル惑星に住むチッポたちくらいしか、今まで冒険をしてきた世界でものび太にはとんと覚えがない。

 そして何よりも決定的な点が一つ。

 目の前の犬? っぽい女の子はのび太の事を「()()()()()」と呼んだ。そう、人間と。

 

 大臣ダブランダーの計略により暗殺寸前まで追い詰められ、すんでのところで国外に逃亡したバウワンコ王国の王子ペコも、のび太たちに自身の正体を明かしてはからはのび太たちの事を人間、また王国の外の世界を人間の世界と呼んでいた。

 けれどもあくまでペコたちは、犬が進化した結果生まれた種族であってその外見はまさしく直立した犬である。

 またアニマル惑星のチッポはのび太たちを異星人として、違う世界の人間であるとはっきり認識していたしなによりもアニマル惑星は地球との距離があまりにも遠すぎた。

 つまりは、目の前の剣をこちらに突き付けながらにらみつけて来ている女の子は、バウワンコ王国もアニマル惑星も全く関係がないと言う事だ。

 

 

……では、あの少女はいったい何者なのか?

 

 

 そこまでのび太は考えて、趣味のあやとりで工夫の末に『おどるチョウ』を編み出した時と同じくらいに頭を働かせてから、一つの答えにたどり着く。

 いや、答えにたどり着くより先。それ以前に答えは少女が最初に口にしていたのだ。

 守矢神社を目指す前に魔理沙から教えられた、ここ妖怪の山で彼女はのび太の事をそこの人間と呼び、さらには妖怪の山を自分たちの縄張りであると主張した。

 ならば、答えは一つしかない。すなわち、妖怪であると。

 それなら、人のような格好ではあるものの耳や尻尾が生えている事も、大きな包丁かあるいは鉈のような剣を自分の方へと向けて突き付けている事だって十分に納得がいく。

 

「い、犬の妖怪!?」

「いかにも! ……って、何を言わせるんですか! 違います!! 私は妖怪の山の白狼天狗、犬走椛(いぬばしりもみじ)。犬ではなくお、お、か、み、です! そんな事より人間よ、ただちに立ち去りなさい!」

「そ、そんな……だって霊夢さんは夜は妖怪の時間だって言っていたのに」

 

 そしてのび太の妖怪、と動揺する言葉を肯定しつつも犬ではなく狼であると、わざわざ一句一句、区切りながら大事な事だから間違えないようにと主張する犬耳の少女改め、白狼天狗の犬走椛は改めてのび太に向けて山から立ち去るよう宣告を行ったのだ。

 ちなみに、妖怪の山に初めて立ち入ったのび太は知る術もないけれども、これは白狼天狗の仕事の一環であり、侵入者を見つけた場合警告し、侵入者がそれでも引かない場合は応戦……と言うのがその大まかな流れとなる。

 が、そんな事はまったく知らないのび太からしてみたらこれは驚きと恐怖以外の何者でもなかった。

 なにしろ霊夢と紫から説明を受けた『夜は妖怪の時間』と言う話から、昼間は妖怪は休んでいる……すなわち幻想郷の妖怪は夜行性、と言う認識でいたのだ。

 

「夜しか活動しない? 何を言っているのです、ここは妖怪の山。妖怪が自分の縄張りにいて何がおかしい!? それに、侵入者がいればそれを排除するのが我らの務め、昼も夜も関係ない!」

 

 ……それが椛がのび太の認識をひっくり返すような発言をするものだから、のび太は完全に椛を誤解する事になってしまった。

 それはすなわち、椛がどうしてここに来たのか? というのび太の中に生まれた疑問に対する答え。

 自分の上空で身構えている椛は『昼間から人間を食べに出てきた』妖怪であって、霊夢や紫の説明してくれた内容と全く話が違うじゃないか、と言う訳である。

 ちょうど椛の持っている刀はおあつらえ向きに、のび太を捌いて調理するのに都合がよさそうなサイズをしている事もあって、のび太の中では椛の存在は完全に自分を食べにやって来た恐ろしい人食い妖怪として固定されてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

「やだーっ、助けてードラえもーん!!」

「この子供は蒸し焼きにするとおいしそうだな」

「つまみ食いしないでくださいよ? この子供はから揚げにするんですから」

「いや、蒸し焼きにしろ。私はさっぱりした料理が好きなんだ」

「私あぶらっこいの好き」

「から揚げも蒸し焼きも好かん! 塩ゆでにしろ」

「「はは……っ! かしこまりました」」

 

 

 

 

 

 

 このままだと目の前の妖怪少女に食べられる。

 そう考えるのび太の頭の中では、白狼天狗たちの住処に連れていかれたのび太を前にして、天狗の炊烹長たちが出刃包丁よりも大きな刀を研ぎながらそんな会話をしている……そんな光景が浮かんでいた。

 もちろん椛にそんなつもりはさらさら無いのだけれども、誤解が解けていない以上、のび太にとって椛の存在はおっかない人食い妖怪でしかなかった。

 とは言え、誤解していると言う意味では、それは椛にも当てはまる事だった。

 椛の職務からしてみれば、のび太の存在は縄張りを侵す侵入者でしかなく、彼女はそれを追い払いたいだけなのだから。

 ここでのび太はただ守矢神社に行きたいだけ、そして椛は妖怪の山に侵入してきた侵入者を追い払いたいだけ。

 その互いの目的がお互いにしっかりと伝えられていれば、のび太は守矢神社へと椛の案内の下、連れて行ってもらい、椛も侵入者は迷子の参拝者だった、と言う事ですんなりと話は進んだのだろう。

 けれども悲しい事に肝心の部分が伝えきれていないせいで、二人の盛大な誤解と勘違いはどこまで行っても平行線のまま。

 結果として、のび太と椛の間には緊迫した空気が流れ続けていたのだった……。

 

「……さぁ、おとなしくおうちに帰りなさい!」

 

 互いの間に流れる空気にとうとうしびれを切らしたか、三度目の正直と言わんばかりに椛がのび太に対して宣告を下す。

 いや、宣告だけではない。

 三回も警告したのだからこれ以上の温情をかける義理などありません、とばかりに弾幕を放ってきたのだ。

 

「わぁぁぁっ!! だ、弾幕!?」

「知っているのなら話は早い! 当たればどうなるかも当然分かっているのでしょう? 痛い目にあいたくなければ、今すぐおうちに帰ることです!」

 

 そう言うが早いが、椛からのび太の「の」の字のごとく、渦を巻くような弾幕が後から後から放たれては、それらがのび太めがけて襲いかかる。

 山に迷い混んできただけの、人里に暮らす普通の人間なら、この弾幕を見ればたちまち腰を抜かしてしまい逃げ帰るだろう。

 実のところ椛はそう踏んでいた。

 のび太が普通の人間なら、だが。

 確かにこれが初めての弾幕だとするのなら、のび太も椛の思惑通り、腰を抜かさんばかりに驚き、また慌てふためきながら逃げ出していたかもしれない。

 けれどものび太にとっては、既に弾幕とは一度経験した事のあるものなのだ。

 おまけに幻想郷の実力者達ならともかく全くそれまでの冒険でもした事のない弾幕勝負であって、しかも相手は幻想郷でもかなりの実力者である霧雨魔理沙。

 その魔理沙をほとんど相打ちとは言え、負かした経験があるのだ。となればのび太にとってはいきなり弾幕勝負に持ち込まれた事で驚きこそしても、いざ始まってしまえば何の事は無い、博麗神社で経験した魔理沙との勝負と同じように、自分のフワフワ銃で勝負するだけでしかなかった。

 むしろ、空中にいるとは言えその場に留まりながら弾幕を展開してくる椛よりも、空中を高速で移動しながらそれでもなお的確にこちらに命中するような弾幕を放ってくる分、魔理沙との勝負の方がのび太にとっては大変だったかもしれない。

 

「……どうして避けない? まさか、勝負を捨てたのですか!?」

「……………………」

 

 だから、自分の弾幕が押し寄せる中、全く慌てる事なく冷静なのび太の姿に、椛が訝しげな表情を見せたその時、椛は見た。

椛自身の「勝負を諦めたのか?」の言葉にも答える事なく、沈黙を貫いていたのび太が手にした銃をゆっくりと両手で構えながら、その銃口を向ける様を。

 

『この臭い、火薬? あれは銃!? まずい!』

 

 他の人妖よりも優れた椛の、白狼天狗としての嗅覚と視覚とが、それを捉え、とっさに回避を試みたのと銃口が火を吐き出したのとは、ほとんど同時だった。

 

 

 

……バギュン! バギュン! バギュン! バギュン! バギュン! バギュン! 

 

 

 

 

「「…………」」

 

 妖怪の山の清流の中、六発の銃声が響き渡る。

 何の事は無い、のび太がフワフワ銃を連射し、椛に向けての一発と、それから自分に向かってくる弾幕のうち、本当に自分に命中する危険のあるものを残りの5発で撃墜したのだ。

 が、それも本当に一瞬の事。

 すぐにこだましていた銃声は消えてゆき、後にはまた元のようにさらさらと流れる小川のせせらぎ。小鳥のさえずり、木々のざわめき。

 戦いなど何も無かったかのように、静かな自然の風景が戻ってくる。

 そんな中で、弾は当たったのか? はたまた当たっていないのか? のび太も椛も、お互いに黙ったままピクリとも動かず、次にどんな動きをされてもいいように、神経を研ぎ澄ませていた。

 何しろ弾幕を避けるでもなく、銃で迎撃して無効化するなどと言う対応を取る相手は椛も哨戒の任務に就いてからこの方、一度も経験した事が無かったのだ。

 椛が戦った事のある相手、記憶に残っているとなれば風神録異変の際に妖怪の山へとやって来た霊夢や魔理沙だろうか?

 それでも、その二人でさえ弾幕を撃墜すると言う芸当をやってのける事は無かった。

 あくまでも互いの弾幕を回避しつつ、相手に弾幕をぶつける。それが弾幕と言うモノの戦い方だったはずだ。

 その幻想郷の常識を、あっさりと覆して見せた子供が人里からやって来て迷子になった、ただの子供である訳がない。

 だからこそ椛ものび太の披露した神業的な射撃の腕を見て、すぐにのび太に対する認識を改めていたのだ。それは白狼天狗としての、いや妖怪としての本能にも近い部分がはっきりと告げる『危険だ』と言う警告。

 が、そんな沈黙はすぐに椛の変化と言う形で終わりを告げた。

 

「……? な、なんですかこれは!?」

「あ、ごめんなさい。それはフワフワ銃と言って命中すると傷つけたりはしないで、相手の身体を丸くして三時間、空中にフワフワと浮かべてしまうんです」

 

 椛が驚くのも無理はない。おそらく椛が白狼天狗として生きてきて、初めての経験であろうフワフワ銃の効果。

 身体がまん丸くなり、風船のようにプカプカと空中に浮かんでしまうと言う、その効果が表れる……。

 そう、のび太の撃った一撃は確かに命中していたのだ。

 けれども椛もただやられっ放し、と言う訳ではない。自分の身体が風船のように膨らむ、と言うこの不可思議な出来事について、すぐに今の自分自身に降りかかった現状について冷静に分析を開始していたからだ。

 この辺りは、同じフワフワ銃を受けた魔理沙と比べても大きな違いと言えるだろう。

 

『これは何ですか? フワフワ銃などそもそも見た事も聞いた事もありません。いや、確かにあの子供はそもそも名前の通り小型の銃を自分に向けていた……。ならば原因は間違いなくあの銃にあるのでしょう。しかし、この幻想郷であのような道具を作れる技術を持つとなると……』

 

 思考を巡らせ、自分の身体の変化よりも先にこの変化を引き起こした道具の出所について椛は推理する。

 そう、たとえ自分は倒れても、後に続く仲間に情報を残すために、同じ轍を踏ませないために。

 その推理の果てに、椛は恐ろしい事実に気が付いてしまった。

 今目の前にいる子供は、妖怪の山の秩序を崩壊させるその始まりに過ぎないのだと言う、恐ろしい事実に。

 

 人里の子供がこんな恐ろしい武器を作れるはずがない、これは人間だけでなく白狼天狗以下、天狗族、を見回した所でこんなものを作れる者はいないだろう。

 そもそも、妖怪の山は非常に閉鎖的であり仮に作れる者がいたとしてもこんなものが開発されれば、間違いなくその技術は周囲に知れ渡るはずだ。

 ……となればその出所はどこなのか?

 椛にとって、そんな高い技術力を持っている者の心当たりは一つしかない。

 そしてそれがもし椛の想像の通りだった場合、妖怪の山として、天狗族として決して看過できない事でもあった。

 

 

 

すなわち、河童により造られた、あるいは試作品なのかもしれない……兎にも角にも、天狗族のあずかり知らない新兵器の人間への譲渡。

 

 

 

 もし極秘に開発した兵器を、天狗にも秘密にしたまま人里へと流出させたのだとしたらとんでもない事になる。

 その最悪の事態を回避するためにも、目の前の子供には悪いが天狗の詰め所まで来てもらう必要が出て来てしまった事を椛はすぐに判断すると、膨らんだ身体をどうにか動かして、緊急事態を周囲に知らせる為の最後の手段、呼子を取り出すとそれを口にくわえる。

 この呼子を吹けば、他の仲間が増援としてやって来る。

 後は人間の子供を逮捕して、尋問なり拷問なりする事で一体どの河童が人里に新しい発明品の武器を流したのかを聞き出せばいい訳だ。

 だが、椛は知らなかった。

 自分の身体を風船のように膨らませたのび太の銃が、河童の新兵器ではなく未来の……二十二世紀に造られたひみつ道具だと言う事を。

 まあ、未来の道具だと想像すると言うのもそれはそれで無理な注文なのだけれども。

 

「おのれ人間、河童から兵器を譲渡されただけでなく、そのまま妖怪の山に侵略をしてくるとは許し難し!」

「へ!? か、河童!?」

「問答無用! 言い訳は我らの里まで連行した後でゆっくりと聞きます。それまでに命乞いの言葉でも考えておくがいい!!」

 

 

 

 

 

 

…………ピィィィィィィィィィィィィィィッ!!!

 

 

 

 

 

 

 一方いきなりのび太はのび太で、いきなりひみつ道具を河童をから渡されたなどと言われても、そもそものび太自身はひみつ道具の出どころが未来の道具なのだと知っているため、椛が何を言っているのか分かろうはずもない。

 確かにひみつ道具をスペアポケットからと言う形で借りてはいるものの、どちらかと言えば道具の主は河童ではなく狸である。

 ……当然、そんな事を言った日には地球破壊爆弾の一つや二つ持ち出して怒り狂うのは目に見えているので決して口にはしないが。

 兎にも角にも、最後の最後までお互いに誤解、そしてすれ違いが生じたまま妖怪の山に、椛の吹いた呼子のつんざくような音が、木霊した。




嗚呼、なんという盛大なるすれ違い。
確かに妖怪の山で見た事もない道具を見せられたら、天狗たちにすれば河童じゃ、河童のしわざじゃ! と言う事になってしまうのでしょうね。
おまけにそれを人間が持っているのですから、天狗としてはただただ脅威としか映らないのです。
椛の呼んだ天狗の増援にのび太はさらわれてしまうのか? 魔界大冒険のように、本当に食べられてしまうかもしれないのび太の運命は!?

助けられるのは魔理沙と早苗だけだ、間に合え二人!!!


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妖怪の山、快晴のち台風。時々ブリザード(その1)

だいぶお待たせしてしまいすみません。
ようやくの最新話の投稿です。ちなみにその1、となっているのは前後に分ける事にしたからです。
すみません



尚、愚痴っぽくなり申し訳ありませんが冬コミの原稿にリアルの方では容赦なく上から投げつけられる増産増産おまけに他所のラインから残業応援しろとの指示……とただいま絶賛押し潰されかかっています(滝汗
この作品を読んでいただいている方の中には社会人の方もいらっしゃるかと思いますが、皆さんも他所の部署から残業頼むとか言われてもしっかりとノウ! と断れる勇気を持ちましょう。

おにいさんとの約束だ!



 白狼天狗の犬走椛が、フワフワ銃でまん丸く浮かび上がってしまいながらも、どうにか取り出した呼子を吹いた事で妖怪の山のせせらぎの下、響き渡った甲高い音。

 そのあまりの音の大きさには、思わずのび太も耳を手で押さえながら目をつむってしまう程。

 魔界大冒険で、魔界星の海に生息していた人魚の歌を防ぐためにドラえもんが用意してくれた耳バンでもあれば、今すぐに貼りたいと思ったのも一瞬の事で、すぐにその音は大空に抜けるようにすぅ、と消えていった。

 

「な、なに……? 今のは……?」

「人間、哨戒天狗として長年勤めてきた私をこんな格好にしたのは見事、と言っておきます。でも、今私が吹いた笛の音を聞いた仲間が、もうすぐ駆けつける仕組みになっているのです。勝った気でいられるのも今のうちですよ」

 

 体をまんまるくしてぷかぷかと浮かぶ椛が、のび太の質問とも独り言ともとれる呟きに答えるけれども、今のその格好ではしまらない事この上ない。

 それでも『呼子の音を聞いた仲間が駆けつける』と言う椛の言葉には、これっぽっちの嘘もなかったらしい。

 辺りの木々がざわざわと音をたてたかと思うと、すぐにのび太はそれが本当なのだと思い知る事になった。

 

 

 

ジャーン! ジャーン! ジャーン!

 

 

 

「えぇっ!?」

 

 けたたましい銅鑼の音と共に、ときの声を上げながら次から次へと飛び出してくる天狗、天狗、またまた天狗。

 椛と同じ格好をした、椛の言葉を借りるなら白狼天狗が、さすまたや御用の提灯を手にしているその姿は、椛のように追い払う事が目的ではなく、捕まえる事を目的とした装備である事に果たしてのび太は気がついたのか。

 もっとも、それにのび太が気がついた所でどうしょうもないのもまた事実なのだけれども。

 なぜなら、のび太が驚きの表情でその様子を見ているわずかの間に、飛び出してきた天狗たちはのび太をぐるりと取り囲んで水も漏らさない包囲網を敷いていたのだから。

 この辺りの動きからも、飛び出してきた天狗の援軍の練度は、相当に高い事が伺えた。

 

「その者は河童と結託し、極秘に開発された発明品……もとい兵器でもって妖怪の山に謀反を起こそうとしている可能性があります! 何としても捕らえるのです!!」

「「「御用! 御用! ……ぷっ、く、くくくくく……」」」

「さぁ、不届き者をただちに……めっ、召し捕れい……っ!」

「何を笑っているのですか! このままこの子供を放っておけば、第二第三の犠牲者が出るのですよ!」

 

 椛の言葉に応じるように、その援軍がいっせいに時代劇さながらのセリフでもって手にした獲物……さすまたや剣、御用提灯を向けとくるとなれば、威圧感も相当なものになるのは間違いない。

 間違いはないはずなのだけれども、風船のように膨らんだ格好の椛、と言う援軍として駆け付けた天狗たちにとっても予想外の格好は、彼ら彼女らの笑いのツボを見事に貫いたらしく、真面目な表情や言葉の端々で笑い声が漏れてくる。

 よくよく見てみればその口元も、必死で笑いをこらえているのがよく分かった。

 

『その格好で笑うなだなんて反則だ!!』

 

 奇しくも、のび太と天狗の心が一つになった瞬間でもあった。

 となれば、そんな状況が不満で仕方がないのは、当然その笑いを提供しているまんまるな格好の椛だろう。

 『笑っている暇があれば目の前の子供を捕まえなさい』と怒気すら漂わせながら、風船のように空中に浮かんだ格好のまま、椛は語気を強めた。

 そんな恰好ではあっても流石にそこまで言われれば援軍として駆け付けた天狗も、おちおちと笑っている訳にもいかない、と誰もが気を引き締めたようでその表情からも笑いが消えてゆく。

 と言うよりも、何人かの天狗はまだ表情が引きつっている所を見ると、消えていくと言うよりも気合と根性で無理やり笑いを消していくと言った方がいいのかもしれない。

 椛の言う通り、河童と目の前の子供が結託して謀反を企んでいるかどうかの真偽はともかくとして、確かに椛本人を風船モドキにしてしまったと言う事実がある以上、捕まえて事情を聞き出す必要がある、と言うのは誰もが思ったのだろう。

 しかし、つまりこれはのび太の弁解が通じにくくなる、と言う事でもあった。

 のび太の手にしているひみつ道具が天狗たちの言う河童などと言う、のび太からしてみれば見た事もない伝説の動物が作ったものではなく、未来からやって来た青狸……もとい猫型ロボットの親友から借りてきたと言う弁解をしようにも、今目の前で自分に向けて武器を構えている天狗たちの様子を見れば、ひみつ道具の説明をする前に問答無用で捕まる可能性の方が高い……。

 それほどまでに険悪な空気がのび太と天狗たちの間には漂っていた。

 おまけにのび太のフワフワ銃では1対1の決闘ならそんじょそこらの相手なら負けない自信はあるけれども、何しろ大人数を一人で相手にするにはあまりにも不利すぎる。

 手近にいる数人はやっつける事が出来ても、一度に発射できる弾の数が六発と決まっている以上、次に発砲するための弾を込めている間にやっつけられてお終い、となる可能性の方が高いのは目に見えていた。

 

 

 

……ならば、どうするのか?

 

 

 

 出すしかない。

 この大人数を、なるべく怪我をさせないように、それでいて無力化できるようなひみつ道具を出して、少なくとも話し合いをさせてもらえる状況に持ち込む……そんな道具を一発で取り出して、捕まる前に行動に移す事。

 それがのび太の考えた、今一番有効な作戦だった。ただし、それはとても難しい事だと言う事ものび太は百も承知していた。

 その難しい事、と言う問題点は『ドラえもんがどうして自由自在に必要なひみつ道具を取り出せるのか?』と言う所に繋がっていたりする。

 実はドラえもんのゴムまりみたいな手、すなわちペタリハンドにはドラえもんの思考に合わせて道具を吸いつけると言う機能が備え付けられている。

 これによって、ドラえもんは必要な時に欲しいひみつ道具を自在に取り出すことができるのだ。

 逆に言えば、パニックになり思考が混乱している時によくドラえもんが必要なひみつ道具をなかなか取り出す事が出来ないのも、この機能とリンクしている思考回路が混乱した事でペタリハンドが本当に欲しいひみつ道具に対して反応しない、という理由があったりする。

 つまり、そんな機能も持ち合わせていないのび太が、一発でこの大人数を相手に無力化できる道具を取り出す、と言うのは日頃ついていないのび太からしてみれば至難の業、と言ってもいいだろう。

 それでも、やるしかない。

 

「………………」

 

 博麗神社の境内で、魔理沙と弾幕で勝負をした時のような緊張感に、思わずゴクリと息を呑むのび太。

 ここまで来たら、もうやるしかないのだと、なけなしの勇気を振り絞り覚悟を決める。

 後は天狗たちのスキを伺いながら、ズボンのポケットからスペアポケットを取り出し、有用なひみつ道具を掴んで取り出して、使うだけだ。

 そうと決まれば善は急げ。

 のび太は今も手にしている、椛を笑いの中心へと仕立て上げたフワフワ銃をホルスターにゆっくりとしまい、そのまま手をズボンのポケットへと動かしてスペアポケットを引っぱり出すのと、その中に手を突っ込むと言う動作をできる限り、拳銃を抜くのと同じくらいに素早い動作でやってのけた。

 しかし周りを囲まれている以上、当然ポケットの中を悠長に探し回り、最良の道具を選び抜いている余裕はない。

 突っ込んだだけで、いろいろなモノが雑多に入っているのが手に触れる事で分かる四次元空間の中の惨状に『ドラえもんポケットの中をきちんと片付けておきなよ』と内心で親友に愚痴をこぼしながら、手に触れためぼしい道具を掴んだのと、その様子に天狗たちの一人が気が付いたのはどちらが早かったのだろうか。

 

「お前、怪しいぞ! 一体何をしている!」

「「「「「!!!」」」」」

「見つかった!?」

 

 天狗の一人が声を上げると同時に、その場全員の視線が一斉にのび太の手元へと集中した。

 それは以前にも感じた事のある感覚。ただ見られているだけのはずなのに、強烈な敵意をひしひしと感じるほどの視線が持つ嫌な感覚。

 

 

 

『のび太と夢幻三剣士』

 

 

 

 かつてのび太は気ままに夢見る機を使い夢を見ていた時にひょんな事から夢幻三剣士の新作カセットを紹介され、その世界を破滅に導かんとする妖霊大帝を唯一滅ぼす事ができる白銀の剣士ノビタニヤンとして、ユミルメ王国で妖霊大帝オドロームと戦う定めを与えられる事になった。

 しかし強大な力を持ち、のび太が召喚された時点で王国の半分近くを制圧していたほどの力を持つ妖霊大帝であるオドロームとの決戦を前にして、その前準備として不死身の力を得るために伝説の竜を倒して血を浴びる事で不死身になるよう、相棒のドラえもん(この時の役名は魔法使いのドラモン)から進言され、まず妖魔たちと戦う前に竜の住処を目指す事になったのだった。

 そうした経緯から戦う事になった、口から炎を吐き、敵対する者をことごとく石に変えてしまうと言う恐ろしい能力を持った竜。

 その中で受けた、敵意に満ちた竜の視線。

 今のび太が周りの天狗たちから一斉に受けている視線は、のび太にとってはまさにそれを思い起こさせるものだった。

 その天狗たちの敵意に満ちた視線を払いのけるように、のび太はパンツもといスペアポケットから掴んだ道具を引っ張り出す。

 かつて夢幻三剣士の世界ユミルメ王国で、ノビタニヤンとして白銀の剣に導かれるままに、幾多のピンチを切り抜けたように。

 奇しくもその姿は、偶然かあるいは必然なのか、白銀の剣士が鞘から剣を引き抜く姿にそっくりだった。

 そしてスペアポケットと言う鞘から引き抜かれた、運命のひみつ道具は……。

 

「……これは!」

「な、なんだその変な葉っぱは? まさかそんな葉っぱで我々をどうにかしようと言うのか!?」

 

 天狗が変な葉っぱと言うひみつ道具。

 言われた通り、確かにどこからどう見ても大きなバナナの葉っぱにしか見えないがこう見えてもれっきとしたひみつ道具なのだ。

 

 

 

『バショー扇』

 

 

 

 それは持ち主の自由自在に、お好みの風を吹かせる事ができるという扇型の道具。

 見た目は天狗の指摘通り変な葉っぱそのものだけれども、上空に向かって風を起こせば、のび太やドラえもん、しずかたちが風に乗って宙に浮かぶことができる程度には強い風を吹かせられるし、思い切り振り下ろせばドラえもんが家で転倒した際には台風並みの強風すら巻き起こしている。

 それ以外にも、グリップの根元にあるマイクに注文を入れればのび太がイタズラしたように『真夏の熱帯の風、暑くてじっとりと湿っぽいのを』という、夏には絶対に吹いて欲しくないような風も自由自在になんでもござれ。

 まさにこれ以上ぴったりな名前はなかなか見つからない、と言う道具でありそしてこの場において、多数の相手を殺傷する事なく無力化するには、これ以上ないほどにふさわしい道具でもあった。

 

「よーし、これなら……せーのっ!!」

「させるな、かかれっ! かかれっ!」

 

 ツキの月でも飲んでいるかと錯覚するかのような、自分の幸運に感謝しつつのび太は椛以下、自分をぐるりと取り囲んでいる白狼天狗たちの集団めがけて、かけ声をあげながらバショ-扇を振りかぶる。

 子供の力であっても、思い切り振り下ろせばどれほどの力の風が吹くかは以前ドラえもんが家の中で台風を起こした時に経験済みだ。

 バショー扇を振り下ろさんとするのび太と、それをさせまいと一斉に飛び掛かってくる白狼天狗たち。

 のび太が何をしようとしているのかは理解できなくても、それを振り下ろそうとしていると言う事は間違いなく何かを仕掛けようとしている事、天狗たちの側にとってよろしくない何かが起こるであろう事は容易に理解できる。

 のび太がバショー扇を振り下ろすのが先か? 白狼天狗たちがのび太を取り押さえるのが先か?

 

 

 

「待ちなさい!!」

「…………っ?」

「へ……っ?」

 

 

 

 そんな両者の行動は、のび太と白狼天狗たちの間に割って入ったこの一声によって無理やり中断されたのだった。

 のび太は言われたままにバショー扇を振り下ろすのを止め、また一方の白狼天狗たちもこの声の主を知っているのか、先生に怒られた生徒のように動揺した表情でその動きをぴたりと止めてしまった。

 つまりは、この声の主はのび太でも、ましてやぐるりと周りを取り囲んでいる白狼天狗たちでもないと言う事。

 空中でフワフワと風船のように浮かんでいる椛も、その声はすでに聴いているので違う事はのび太にも分かる。

 

……では、一体誰が声をかけたのか? 

 

 のび太のそんな疑問に答えるように、妖怪の山からの新たな援軍なのか、今自分たちに待てと言ったに違いない人影がふわりと舞い降りた。

 ただし、人影、と言ったけれどもその姿はどう見ても人間ではない。

 昔話に出てくる天狗のような帽子に、スカート。そして何よりも目を引くのは、その背中にくっついている黒いカラスのような翼。

 のび太がついさっき、そして今も相対している白狼天狗も確かに犬っぽい耳や尻尾が付いているけれども、それ以上に今新しくやって来た妖怪は、人間よりも妖怪らしい格好をしている。

 それは鳥の顔をしていない事を別にすればバードピアに住む、グースケたち鳥人間を彷彿とさせる格好でもあった。

 もちろん翼の勇者たちの一件以来グースケたちとは会っていないし、幻想郷に来てから知り合った人や妖怪にこんな背中に黒い翼をはやした格好をした人物は誰も居ない。

 

「……えっと、お姉さんは誰ですか?」

 

 ここ幻想郷に来てから何回目なのか。

 のび太の質問が、黒い翼の妖怪へと向けられたのだった。

 




はい、ちょっと原作とのリンクを匂わせるようなキャラがさらに出現です。
白狼天狗たちは椛以外はモブ扱いなので、これからもちょこちょこ登場しては名もない十把一絡げ、になる可能性が大ですがこの新キャラ(……一体何者なのか)はこれからも話の中で絡んでくれるといいなぁ。


後、後半はタイトル通り 本日天気晴朗ナレドモ風強シ よろしく妖怪の山に嵐が吹く予定です。


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番外編:のび太と幻想郷のお正月

大変遅くなってしまいすみません。
そして新年あけましておめでとうございます。今回は「ドラえもん のび太の幻想郷冒険記」の新年特別の番外編と言う形になります。
そのため、位置づけとしては本編とは絡まない別の世界線あるいはまだ描かれていないこれから起こる全ての異変や冒険まで、全部終わった後の物語、そのあたりは読んでいただいた皆様の想像にお任せする形とさせて下さい。

幻想郷のお正月にどんなひみつ道具が飛び出すのでしょうか?


1月1日。

 

 今年もまた一年の始まりを告げる元旦がやって来た。

 この日は博麗大結界の中も外も、あるいは今も昔もお正月と言う認識は変わらない。

 子供にとってはお年玉がもらえる一年でも一度きりの貴重なチャンスだし、おおよその大人にとってもまたお盆と並んで仕事を休める骨休めの時期となる。

 けれども、逆にお正月だからこそ忙しくなる場所もあった。

 つまりは、博麗神社、守矢神社、命蓮寺と言った宗教施設がまさに、それだ。

 

 命蓮寺は人里に近いと言う事もあり人里に暮らす人々から、そして守矢神社は妖怪の山に位置すると言う事もあり、妖怪の山の天狗や河童たちから参拝や信仰を受けている。

 そして普段は参拝客が来ないと言う事で閑散としているここ博麗神社も、一年で最大の稼ぎ時を逃してなるものかと言う霊夢のたゆまぬ努力(夢想封印による近隣の妖怪の徹底駆除、ならびに河童を力ずくで脅迫し参道の整備を依頼)によって人里の人間たち、あるいは幻想郷の有力な妖怪たちが参拝に訪れると言う、普段からは見られない光景が広がっている。

 ちなみに、近隣に生息する毛玉や雑魚妖怪の殲滅に、河童に対する脅迫のどこが努力だと言うツッコミは誰もしていない。

 誰だって命は惜しいのだ。

 

 ……と、そんな人妖でにぎわう博麗神社の境内の一角に、何もないところから見慣れぬドアがぬぅ、と現れる。

 神社にそぐわない、しかも部屋も何もないただの一枚だけと言う奇妙なドアの出現に、一体何事かと周囲の人妖がドアに視線を送るが、彼ら彼女らは、さらに驚く光景を目にする事になる。

 何もない所から現れただけではなく突然その面妖なドアがガチャリ、と開き何もない所からいきなり何人もの子供……いや一人は面妖な青狸か、がぞろぞろと出てきたのだ。

 これで驚くなと言うほうが無理な話ではあるけれども、そこは幻想郷に住まう人々。

 子供たちの中に青狸がいる事で、すぐに『理屈は分からないけれども、たぶんあの妖怪が何かしたのか』程度に認識が切り替わったのか、見た当初は驚いていた人々もなあんだ、と言った風にまた気にするでもなく参拝や、おみくじを求めたり、と言った事へと戻ってゆく。

 そしてその出てきた子供たちに、博麗の巫女は懐かしそうに声をかけるのだった。

 

「あら、のび太にドラえもんじゃない。その様子だと元気にしてたみたいね。ちなみに素敵な賽銭箱はあっちよ。何ならグルメテーブルかけを置いていってくれてもいいわ」

「こんにちはー、霊夢さんも元気だったみたいですね」

 

 そう、のび太たちが今日ここへとやって来た目的は幻想郷への初詣だったのだ。

 ちなみに普段のメンバー、つまりはジャイアンにスネ夫、そしてしずかについてだが、ジャイアンとスネ夫はみすちーの屋台で手伝い兼年越しライブに臨時参加と言う事で一緒に歌う事になっている。

 ライブ参加者に死者が出ない事を祈るばかりである、と思ったのはのび太やドラえもんだけではないのは内緒だ。

 また、しずかについては、守矢神社と命蓮寺の両方から正月の手伝いを、と言うオファーが来ていたのだがさすがに一般の、何の力もない女の子を妖怪の山に送り出すのはちょっと、と言う事で今年は妙蓮寺で白蓮や一輪、星やナズーリンと言った面々とともに人里からの参拝客に対してお手伝いをしている。

 そして、実は今回出木杉君も幻想郷に来ていたのだが、彼はと言うと人里の稗田家で、幻想郷についての資料を読み漁り、また阿求や慧音と言った知識人との討論会と言う、彼にとってもまた自身の知識見聞を広めるまたとない機会にその時間を費やしていたのだった。

 これは、幻想郷の話をのび太たちから聞いた彼が「僕も行ってみたい」と、意思表示をしたことから実現した事でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『チャリンチャリン』

 

 のび太の手から離れた小銭がお賽銭箱に吸い込まれるように消えてゆき、独特の音を響かせた。

 その音を聞いた霊夢がしみじみと嬉しそうに喜びの言葉を口にする。特に博麗神社の場合は、普段お賽銭箱にお賽銭が入る事がないため、こういう時でないとこの音が聞けないと言う事がとても大きいのだろう。

 そしてのび太たちも、博麗神社に滞在していた間、誰一人としてお賽銭箱にお賽銭を入れようとやって来た参拝客がいない事は身をもって知っていたのだ。

 

「はぁ~、やっぱりお賽銭の音はいつ聞いてもいいわね」

「確かに、ここのお賽銭箱にお賽銭を入れる人って見ませんでしたよね」

「うっさいわね、そう思うならもっと入れてくれたっていいんだからね」

「そんなぁ、お年玉がなくなっちゃう……ねえ、ドラえもん。そういえばさ、確かひみつ道具に『お年玉ぶくろ』ってなかったっけ?」

「お年玉ぶくろ? 確かにあるにはあるけど……あれはやめたほうがいいと思うよ? 君だって松竹梅全部試したけどろくな事にならなかったじゃない」

 

 『お賽銭をもっと寄こしてもいいのよ』目で口ほどにものを言う霊夢の視線に、お年玉を全部取られる危機を感じたらしいのび太が『お年玉』の単語で思い出した、ひみつ道具を霊夢に渡してはどうかと、傍らにいるドラえもんへと提案して見せた。

 

 

 

『お年玉ぶくろ』

 

 

 

 まさに名は体を表す、そのままのひみつ道具であるこれは、実は種類が存在しまつ・たけ・うめと三種類に別れているのだ。

 まつはなぐさめ型で、持ち主が痛い目にあったときにその度合いに合わせてお金を出してくれる(半年入院するほどの重傷を負って約1300円)。

 たけはせつやく型で、無駄を省くとその分だけお金として省いた分のお金を出してくれる(ただし、無駄遣いしすぎるとお金が消える)。

 そして最後のうめはごほうび型となっており、人に何かいいことをしてありがとう、の言葉をもらうとその時にお金を出してくれると言う形になっているのだ(ただし一回につき10円、おまけに叱られると消える)。

 

「それお年玉じゃないじゃないのよ、もらえる金額が少なすぎるわよ……」

「ですよねぇ……」

「ほら、だから言ったじゃないか。いくら霊夢さんだってそこまでの事はしないよ」

「そっかぁ、僕はてっきり霊夢さんならたけ辺りなら喜んでくれると思ったんだけど……ごめんなさい」

「いいのよ、その気持ちだけで十b………………ちょっと待って、それのまつって『持ち主が痛い目にあった時にその度合いに合わせてお金を出してくれる』のよね?」

 

 のび太から道具説明を聞いた霊夢が思わず顔をしかめる。いくら強欲の権化のような霊夢であっても、さすがにここまでコストパフォーマンスの悪いお金の稼ぎ方をしたいとは思わなかったようだ。

 せっかく霊夢が喜ぶと思ってお年玉ぶくろを提案したのび太も、霊夢の反応には思わずしゅん、とうなだれて謝ってしまう。

 が、その時霊夢は何かをひらめいたらしい。

 まつ、つまりなぐさめ型のお年玉ぶくろと言う霊夢にとっておそらくもっとも使い道のなさそうなそれについて、わざわざ確認してくる辺り一体何を思いついたのか、もちろんのび太もドラえもんも想像できるはずもない。

 何しろ、未来の世界で半年入院するほどの重傷を負って、ようやく1300円ちょっとのお金が出る、などと言うあまりにも割に合わないものを一体どう使おうと言うのか?

 しかし霊夢が何を考えているのか、まだわかっていないのび太やドラえもんにもう一つ頼みをするのだった。

 

「お願い、のび太、ドラえもん。ちょっとどこでもドアとお年玉ぶくろのまつを貸してほしいんだけど……」

「? いいですけど……ドラえもん、どこでもドアを出してよ」

「う、うん。いいけど……どこでもドア!!」

 

 どこでもドアを貸してくれと言う霊夢に、一体何に使うのかと思いながらもドラえもんはのび太がやったように、いやそれ以上にごく自然にお腹の四次元ポケットからどこでもドアを取り出して、霊夢の目の前に据え付けた。

 もちろん、壊したり幻想郷やのび太あるいはドラえもんに迷惑をかけるようなことに使うとは思っていないのだろうけれども、一体何をするのかはっきりと霊夢の口から説明がない以上、そこにはやはり少しの不安が見て取れる。

 

「ありがとう。じゃあ、ちょっと出かけてくるわ。連れてきたい子がいるのよ……天界へ!」

「天界? 天界って言ったら多分天子さんだろうけれども……」

「「ま、まさか…………」」

 

 天界へ、どこでもドアをくぐる前に霊夢が口にしたその場所。

 連れてきたい子がいると霊夢が言った以上、おそらくは天界に住んでいる誰かを連れてきたい、と言う事なのだろう。

 そして、のび太とドラえもんの記憶の中で幻想郷の天界に住んでいる人物の心当たりと言えば、比那名居天子その人以外では永江衣玖くらいしか思い当たる人物の該当者はいなかった。

 が、竜宮の使いである彼女と先ほど霊夢が確認までしてきたお年玉ぶくろ・まつの性質とはかみ合いにくいだろう。

 となれば該当する人物は天子しかいない、それに気が付いてしまったからこそ、のび太とドラえもんは思わず互いに顔を見合せたのだった。

 

 

 

 

 

 

…………………………そして、のびたとドラえもんの想像は現実のものとなる。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!! 元旦早々いきなり変な袋を渡したと思ったら一体何するのよ!!!」

「あっはっはっは! 大漁大漁! さすが天人、身体だけは丈夫ね。夢想封印の10発や20発じゃ何ともないわ」

「「………………」」

 

 どこでもドアの向こう側で、ものすごい爆発音が響いたかと思うや否や、どこでもドアから転がるように出てきたのはお年玉ぶくろ・まつを手にし、身体や服のあちこちが焦げ付くと言う、とても元日の恰好とは思えないボロボロの比那名居天子と、両手いっぱいに山のようなお金を持ちほくほく顔の霊夢だった。

 霊夢の考えはこうだ。

 お年玉ぶくろのまつが『持ち主が痛い目にあった時、その痛みに応じた額のお金を出してくれる。ただし、半年入院するような重傷を負っても1300円くらいしか出てこない』のなら、普通の人間とは違い身体がとても丈夫な天人に持たせてありったけの夢想封印を撃ち込んでやれば、もっとお金を稼げるんじゃないか? と言うものだったのだ。

 そしてその霊夢の目論見は見事に当たった事になる。

 もちろん、今のお金のために平気で夢想封印を20発も天子に撃ち込むような霊夢を、のび太とドラえもんには止めることなど出来ようはずもなかった。

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~♪~~~~♪~~~~♪~~♪~~~

 

 

 

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 天子を夢想封印で吹き飛ばした事でどうにかほしいだけの金額が集まったのか、ようやく天子をボロボロにするのをやめた霊夢のお神楽を、神楽殿の前に集まったのび太たち参拝客は見学していた。

 ちなみに、そのバックではドラえもんのひみつ道具『ムードもりあげ楽団』がその能力を遺憾なく発揮し、霊夢の舞う神楽の神々しさをさらに高めている。

 いや、実際には霊夢だけでなく早苗と言う、本来ならばここにはいないはずの風祝も共に舞っている事もその一因なのだろうけれども。

 これはどういうことかと言うと霊夢の頼みで、どこでもドアをフエルミラーで増やし、博麗神社の境内と命蓮寺、守矢神社の境内をつないでしまい、お正月の3が日についてのみこの3つの場所は徒歩数秒で行き来できるようにしたのだ。

 当然いきなり繋がったこの奇怪なドアの出現に命蓮寺も守矢神社も驚いたけれども、人や妖怪が時間をかけずにすぐに移動できると言う説明にすぐに快諾。

 ついでに守矢神社に至っては、それなら博麗神社の神楽殿で霊夢だけでなく守矢神社のお神楽も全部やってしまえばいいと言う話でまとまり、博麗神社はその歴史上もっとも参拝客でにぎわうと言う奇跡にも等しい事になっていた。

 そんな経緯もあって、今博麗神社でお神楽を見学しているその見学客は人間だけでなく鴉天狗に河童、おまけに命蓮寺の面々や守矢神社の面々。さらには八雲家に永遠亭のかぐや姫たちや吸血鬼のお嬢様、神霊廟の太子様たちさえも混じると言う、ドラえもんのひみつ道具がなかったなら決してみられない珍しい光景となっていた。

 

 

 

こうして、人も妖怪も幻想郷のお正月は賑やかに過ぎてゆく……。

 




『お年玉ぶくろ』
全てはここから始まりました。これ、天子に持たせて叩きのめしたら、大金持ちになれんじゃね?or天子ならいけるんじゃね?(天子推しの皆さま、ごめんなさい)

と言う形で、使い道のほとんどないであろうお年玉ぶくろを活かす使い道を幻想郷で見つけた、そんな話です。

さて、次の更新は再び夏休みの真っ最中、妖怪の山での冒険へと戻ります(季節外れも甚だしいですが)。
皆様、2018年に引き続き2019年もどうぞよろしくお願いいたします。


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妖怪の山、快晴のち台風。時々ブリザード(その2)

お正月スペシャルから一転、本編の続きです。
謎の黒い翼を持った天使、ならぬ謎の人物が登場。

もしかするとバードピアの住民かも……?


 のび太と白狼天狗たちとがにらみ合っている中、突然現れて、勝負を止めるようにとの言葉と一緒に空から降りて来たのは黒い翼を持つ謎の人影。

 もちろん外の世界からやって来たのび太にそんな知り合いはいなかった。

 

「……えっと、お姉さんは誰ですか?」

「おっと、これはすみません申し遅れました。私は鴉天狗の射命丸文と言います」

「あ、はい。僕はのび太、野比のび太です」

 

 もう紫のような間違いはしない、振り下ろし損ねたバショー扇を取り出した時と同様にスペアポケットへとしまい、明らかに年上であろうその人物にきちんと『お姉さん』と呼称したのび太の質問に『これは失礼しました』と、笑顔とぺこりと音が聞こえてきそうな一礼でのび太に挨拶をする彼女は、鴉天狗の射命丸文と名乗った。

 ただし、その様子は白狼天狗たちの対応とはまるっきり正反対。

 白狼天狗と鴉天狗、同じ天狗、と名前のつく妖怪なのに一体どうしてこうも態度が違うのか? 少なくとも、のび太の目から見ても文と名乗る鴉天狗には敵意と言うものは感じられなかった。

 また一方で、のび太たちを取り囲みながらその様子を伺っている白狼天狗たちにとっても、文の登場は予想外だったようで、こうなっては一体どうしたものかとその周りには確かな動揺が広がっていた。

 とは言え文にとってはそんな白狼天狗の動揺などあってないようなものらしく、笑顔のままなおも説明は続いていく。

 

「いやぁ、それにしても大事になる前でよかったですよ。実は先ほど天狗の里に八坂様がいらっしゃいまして、『外からやって来た人間の子供が守矢神社に来ようとしたが、その途中で迷子になった可能性があるから発見しだい保護して欲しい』との依頼があったんです。なにしろ八坂様直々の依頼ですからね。我々妖怪の山には優秀な哨戒部隊が常に配置されていますから安心ですけれども、万に一つも()()()()()()()()()()()と思い私も出張って来た訳ですが……」

「………………っ」

 

 そこで文はクルリ、と周囲を見回していったん言葉を切った。

 笑顔こそ変わらないものの、じとりとその笑みの裏で鋭さを増した視線の先にいるのは風船のように膨らんだ椛と、この場をぐるりと取り囲む彼女の呼子によって援軍として駆け付けた白狼天狗の集団。

 文の鋭い視線に射抜かれた何人かが、その笑顔の裏に秘められた威圧感に思わず息を呑む。

 その視線は明らかに『この子供が無事だったからいいようなもの、何かあった場合はどう責任を負うのか?』と言う白狼天狗たちへの非難の意思が込められていた。

 白狼天狗たちからすれば忠実に任務をこなしたに過ぎない、と言う意見もあるのだろうけれども、何しろここは妖怪の山。

 霊夢や魔理沙からの説明も全く受けていないのび太は何も知らずにいたが、ここに住まう妖怪たちははっきりとした種族間における上意下達の中で生きている。

 上からの命令は絶対、それがこの山の掟なのだ。

 それを知らないのび太にも、まるでのび太のママが0点のテストを見つけた時と同じような近づいたら危ない、ただならぬ空気をまとう文の雰囲気は感じ取ったらしい。

 

「あ、文さん? なんだか怖いんですけどだ、大丈夫ですか……?」

「おっと、これはすみません。ちょっと驚かせてしまったようですね」

 

 矛先が自分に向いていないとは言え、文の雰囲気におそるおそる声をかけるのび太。

 ここでようやく文は自覚があるのか、あるいは無自覚なのか、自身が発していた威圧感でのび太が怯えている事に気が付いたらしく、それまで身にまとっていた空気を霧散させる。

 後に残るのは最初と同じ、屈託のない笑顔の文だった。と、その文がのび太の手を握りながら、よく通る声で周囲の白狼天狗に向けて宣言する。

 

「では、私はこの子を八坂様たちのところへ案内してきます。負傷した犬走部隊長はただちに療養所へ向かわせなさい。後の者は普段の任務に戻るように、以上です」

「…………はっ!」

 

 てきぱきとした文の指示が出た後の白狼天狗の動きはのび太の前に現れた時と同様に迅速だった。

 内心は不満もあるのだろうけれども、そんな事は表に出す事もなく文の指示に全員がびしり、と見事な敬礼をするや否や援軍として後から現れた白狼天狗たちは一人を除いてそのまま飛んでいき、まんまるに膨らんだ椛だけはさすがに飛んでいけない事から、その残った一人の白狼天狗が風船を持った子供のように紐をつけて引っ張ってゆく。

 こうして、あっという間に全員がそれぞれ散ってしまうと後に残るのはのび太と、鴉天狗の文だけだった。

 

「それじゃあ行きましょう。私の手をしっかりと握っていてくださいね? 人間は基本飛べないんですから、手を離したら落っこちてしまいますよ」

「あ、あの……僕飛べますから大丈夫ですよ」

「またまた冗談を。八坂様もはっきりと『外の世界からやって来た子供』と言っていましたよ。外から来た人間で空を飛べるなんて言うのは例外中の例外なんでs『タケコプター! ほら、こうやって飛べますから』…………はぁぁあぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

 

 

……閑静な妖怪の山の渓流付近の山中で、文の声に驚いた鳥が一斉に飛び立った。

 

 

 

「な、なんですか今の!? 空、空飛んでましたよね!? 人間なのに、外から来たのに!!」

「あ、文さん怖いですよ……」

「ふっふっふっふ、これはとても気になりますね。是非ともどうやったのか教えてもらいたいものです……そして明日の新聞の一面はこの記事でいただきですよ……さあ、さあ! 教えてください!! どうやったのか!!!」

 

 鴉天狗と言う妖怪として人間とは比べ物にならない人生を歩んできてなお、文も初めて見たであろうプロペラ式の道具で空を飛ぶ人間の姿。

 文の目の前で、頭に奇妙な道具をくっつけて速度こそ出ていないもののしっかりと上下左右と自由自在に飛行してから、再びただいまと言わんばかりに自分の目の前に着地するなどと言う、幻想郷の巫女や魔法使いのような行為とはまるっきり無縁と思われた外から来た子供がいともあっさりとやってのけた事に、文は目を輝かせ……もといギラつかせながらのび太に迫るその姿はつい先ほどまでの笑顔の文ではない、ある意味白狼天狗よりも恐ろしいものがあった。

 また、のび太からしても文の豹変と言うのは全くの予想外だった。

 空を飛べないと思っているためか、手を握って離さないでほしいと言ってくれはしたものの、何しろのび太には未来のひみつ道具タケコプターと言う空を飛ぶための道具が存在する。

 少なくとも電池切れさえなければ、これを頭にくっつけておくだけで妖怪の山程度なら飛んでいけるだろう。

 だからこそ、説明するよりも見せたほうが早いと言う判断から、のび太はポケットからタケコプターを取り出して、いつも使っているようにちょっとした高さまでではあるものの、実際に飛んで見せたのだ。

 それもただ浮かび上がるだけでなく、弾幕勝負で魔理沙と戦った時のように上下左右に変幻自在な動きも取り入れて、だ。

 それがその様子を見たとたんに、天地がひっくり返るような絶叫とともにそれまでの笑顔が一体どこへ消えたのか、守矢神社に案内すると言っていた言葉も忘れたように目をぎらつかせながら迫ってきたのだから驚くなと言う方が無理があると言うもの。

 白狼天狗とは違う人にもやさしい妖怪かと思いきや、やはり鴉天狗も人を食べるような恐ろしい妖怪だったのだ。

 となれば、のび太からすればやるべきことは一つしかない。そう、逃げる事だ。

 幸い『手を掴んでいてほしい』と言われただけで、まだ文の手を握っていた訳ではないのび太は体の自由がきいた。

 また、すぐに文と一緒に飛んでいけるようにと、タケコプターでも飛行を見せたまま頭にそれを付けたままにしていた事も幸いだった。

 かつて『のび太の恐竜』において、1億年前の北米大陸から日本までフタバスズキリュウのピー助を送り届ける途中で翼竜に襲われ、全速力で逃げたのと同じくらい、いやそれ以上の速さでのび太はその場から飛び出していた。

 ここでドラえもんがいれば速度制限や無茶な使い方をすればバッテリーがすぐに上がる、などと文句を言うかもしれないが、バッテリー維持のための巡航速度厳守も、最高速度を維持し続ける事によるバッテリー切れも何のその、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

「……た、た、助けてぇ!!」

 

 悲鳴をその場に残しながら、タケコプターの最高速度である時速80キロで以て急いでその場から離れるのび太。

 それはつまり、時速80キロが現状のび太が出せる最高速度、と言う事でもある。

 言い換えれば、もし仮に文がそれ以上の速さで飛ぶことができたのなら、のび太はタケコプターで飛んで逃げる事が極めて難しい、と言う事でもあった。

 そしてのび太は文が、いや()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと言う事は全く知らなかった。

 もしのび太が鴉天狗の事をもう少し知っていたのなら、タケコプターではなくもう少し別の方法を、別のひみつ道具を使う事を考えていただろう。

 けれども残念ながらそれは叶わなかった。

 何故なら……。

 

「駄目ですよ、急に逃げ出したりしちゃ。妖怪の山は危険なんですから」

「……ぇえええっ!? な、なんで……」

「なんでって、ご存じありませんでしたか? 私たち鴉天狗って、空を飛ぶのがとても速いんですよ。確かに貴方が空を飛ぶ事ができたのは驚きですけど、その程度の速さなら軽く追いつけますって」

 

 そう、これで逃げ出したと思ったのもつかの間。

 ものすごい突風がのび太の横を駆け抜けたと思えばタケコプターよりも速いスピードで文がのび太を追い抜いて、立ちふさがるように現れたからだ。

 バッテリーが上がる事も辞さずに全速力で飛ぶタケコプターを軽々と上回る文の空を飛ぶ速さに驚くのび太に、文はさらりと鴉天狗の飛行能力の高さをえへん、と自慢げに説明してくれるけれども、今更そんな大事な事を聞いても一体何になると言うのか。

 のび太からすればそう言った大事な事はもっと早くに、具体的には豹変した文から逃げ出す前に教えて欲しい、と言うのが本音なのだ。

 また、ちなみに妖怪の山は危険と言われたのび太が一番危険なのはその言い出しっぺの文本人なんじゃ、と思いつつも口に出さなかったのは内緒である。

 兎にも角にも、頼みの綱のタケコプターよりも相手が早く飛べる、おまけにこういう時に最高の移動手段となるどこでもドアは正体不明の衝撃を受けて故障中……となれば、これでのび太は逃げる事がどうにも難しくなってしまったのだ。

 

「ふっふっふっふ……さあ、明日の朝刊のためにもお話を聞かせてくださいね……」

 

 もう逃がさないとでも言いたげに、空中でじりじりとのび太ににじり寄る文。

 その姿は以前めだちライトを浴びて町中の人々から追いかけられた末に人気女優の星野スミレ(のび太は知らないが彼女こそがパーマン3号なのである)に接点があった事もあり助けられ、人気のない海岸で彼女が帰りを待ち続けている大切な人、パーマン1号みつ夫の話を放送するからぜひ聞かせろと迫りくるレポーターの姿に近いものがあった。

 いや、ただ単にしつこいだけで車よりも速いスピードで空を飛んで向かってこないだけ、あのレポーターの方がまだマシかもしれない。

 その時は星野スミレを守るために、件のレポーターにめだちライトの光を浴びせる事で周りの人々の注意をレポーターの方へとそらす事で星野スミレの事を守る事に成功した。

 しかし今同じ方法を使おうとしても、めだちライトは第三者がいてこそ威力を発揮するひみつ道具。

 今この場にいるのがのび太と文の二人だけでは意味がないのだ。このどうしようもない、まさにライオン仮面ばりのあやうし! な状況でありながら、残念な事にライオン仮面とは違い弟のオシシ仮面もいとこのオカメ仮面ものび太には居はしない。

 万事休すかと思われたまさにその時…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のび太ぁぁぁぁぁっ!! 大丈夫かっ!?」

「魔理沙さん! ……とそれに、えっとお姉さんは誰ですか?」

「私は守矢神社の風祝、東風谷早苗と言います。魔理沙さんから話は聞いていますよ、君がのび太くんですね。まずは守矢神社へ行きましょう。詳しい話はそれからです」

「あ、は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のび太にとっての、オシシ仮面とオカメ仮面。いや、最高の援軍が音の壁をそろそろ突き抜けそうな勢いでのび太のもとへとやって来たのだ。

 のび太の名前を呼びながら突っ込んでくる一陣の風、嵐のようなそれはのび太の横で急停止するとのび太と文の間に入り込み、のび太をかばうような格好で身構える。

それは、博麗神社で魔理沙と勝負した時にのび太を魔理沙からかばうように霊夢が立ちはだかった光景とよく似ていた。

 おまけに魔理沙のホウキに乗ってやってきたのは魔理沙一人ではなかった、これから目指そうとしていた守矢神社の風祝、東風谷早苗までもがのび太の側についてくれたのだ。

 初対面であり、霊夢の色違いのような格好をした東風谷早苗と名乗る彼女の実力はしらなくとも、弾幕勝負で引き分けたとはいえ、魔理沙の実力ならばのび太も知っている。

 今のどうにもならないのび太にとって、魔理沙と早苗はこの上なく頼もしい援軍だった。

 もっとも、自分の目の前で勝手に横から出てきた魔理沙と早苗が取材対象であるのび太を守矢神社に連れて行こうとしているのだから、先に取材をしようとしていた文からすれば面白くない事この上ない。

 

「魔理沙さん、私の方が先に取材をお願いしようとしていたのに、後から来て勝手にどこに行こうとしているんですか?」

「決まってるだろ? 守矢神社だよ、最初からのび太は守矢神社に行くつもりだったんだからな。早苗! 悪いけど、連れてく間足止め頼めるか!」

 

 いかにも不機嫌そうな表情で手帳を片手に魔理沙を睨みつけながらのび太をこちらに返しなさい、と威圧してくるが魔理沙はそんな文の言葉など気にするでもなく、傍らの早苗に文の足止めを頼むと早苗からの返事も待たずに、自身はのび太の手を掴みながら引き寄せ、強引にホウキへと乗せてしまう。

 

「任せてください、魔理沙さんこそ今度は落とさないで下さいよ?」

「もちろんだぜ! しっかり掴まってろよのび太、今度こそ守矢神社に連れて行くからな!!」

「は、はい……っ!!」

「よーし! いっけーぇぇぇっ!!!」

 

 もう振り落とすな、と言う早苗の言葉に力強くうなずいた魔理沙の『しっかりと掴まっていろ』の言葉に、言われた通りのび太も魔理沙の身体に腕を回し今度こそ振り落とされないようにしっかりとしがみつく。

 何しろのび太が振り落とされるのは今日で二回目なのだ。

 ちなみに、一度目はと言うと『のび太の日本誕生』でギガゾンビを追跡していた中、7万年前の中国大陸奥地でリニアモーターカーごっこをしている最中にのび太だけが器用に一人振り落とされている。

 これで落とされたらもう3度目。もうそんな事はごめんだと必死でしがみつく中、魔理沙とのび太の姿はみるみるうちに消えてしまうのだった……。

 

「ふふふ、鴉天狗のスピードを甘く見ているみたいですね……。魔理沙さんのホウキ程度ならすぐに追いつくんですよ?」

「ええ、だから私がここで足止めを任されたんです。行きたいのなら、少なくともその頭を冷やしてからにしてもらいましょう!」

「わかりました、あくまで取材の邪魔をしようと言うのでしたら受けてたちましょう」

 

 もちろん文もただ指をくわえて魔理沙が守矢神社へと向かうのを、手を振りながら見送ったわけではない。

 魔理沙のホウキの速さは確かに幻想郷でもかなりのスピードではあるけれども、追いつけない訳ではないと手帳を肩から下げたカバンにしまい、文もまた翼を広げ魔理沙の後を追いかけようとする。

 けれどもその前には魔理沙から足止めを頼まれていた早苗が、御幣を構えながら立ちふさがった。

 のび太を見送った優しげな表情とはうって変わって真剣なその目は『私はてこでも動きません』と言っているかのようだ。御幣を構え『ここは一歩も通しませんよ』とその目で語る早苗のその様子に、文も早苗を言葉ではもう説得できないとみたらしい。

 手帳をしまっていた肩掛け鞄からヤツデの葉っぱのような、天狗の羽団扇を取り出して早苗の御幣と同じく構えを見せた。

 

「いざ……」

「尋常に……」

「「勝負!!!」」

 

 文と早苗の言葉が終わるが早いが、いや、言葉を言い終えるよりも先に二人は互いにその場からすでに動いていた。

 と同時に二人がそれまでいた場所を撃ち抜くように、互いの発射した弾幕が正確に通り過ぎてゆく。

 もし文と早苗のどちらかでもその場から動かずにいたら、間違いなくこの瞬間に勝負はついていただろう。

 だがそこはすでに幻想郷の住人として弾幕のルールの中でどっぷりと暮らしてきたのだ、幻想郷での生活2日目ののび太ならばともかくそう簡単にやられるような二人ではない。

 勝負はどちらに転ぶのか、まったくわからなかった。

 

 

 

 その日、妖怪の山の上空で二つの弾幕が交錯したのを哨戒中だった白狼天狗が目撃したと言う……。

 




すみません、えっと……幻想郷の外の人間のイメージをしょっぱなからブレイクさせたのび太を前にして、鴉天狗の文おねえちゃん大暴走(汗
新聞記者の本能なのか、記事のネタがあるとそちらを優先してしまう私の悪い癖でして、とか〇棒の刑事みたいに言い訳しそうな事をさせてしまいました。
冷静な時は本当に真面目なんですよね、きっと。ただ、記事のネタが絡んだり新聞記者になると、めだちライトに登場したモブレポーターみたいに、カギを抜き取って情報を出すよう要求したりと暴走するような。


なので、文との決着はその3に持ち越しになりました。
にしても、書けば書くほどこんなに話が膨らむとは思わなかったです……。


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妖怪の山、快晴のち台風。時々ブリザード(その3)

大変お待たせいたしました。
守矢神社へ向かう話はひとまずこれにておしまいです。
文との勝負が例によってだいぶ長引き、文章量全体も多くなってしまいました(汗

サブタイトルはしっかり考えないと、本当に引きずる事になるな……。
今回の反省点ですね。



「……え、えっと、あのお姉さんは大丈夫なんですか?」

「早苗の事か? ああ、心配しなくても多分大丈夫だ、あいつだってそんなに弱い訳じゃないからな」

 

 一方その頃、のび太に取材を迫る文の足止めを守矢神社の風祝である早苗に頼むことで、どうにか文の追跡を振り切った魔理沙とのび太は(今度はのび太は振り落とされないように、また魔理沙はのび太を振り落とさないように少し加減してスピードを落としながら)当初の目的通り、妖怪の山を一路守矢神社へと向かっていた。

 最初に博麗神社から連れて行ってもらった時とは違い、『のび太とブリキの迷宮』の冒険でブリキン島に遊びに行った時にドラえもんから出してもらったウルトラバランススキーで暴走した時のような、身体がちぎれんばかりのスピードではなく今度はある程度周囲の景色を眺める余裕もあったおかげか、周りを見ていると眼下に広がるさわやかな緑色の木々が流れるように後ろへと消えてゆく。

 『こうして見ているととても妖怪の住む危ない山とは思えないんだけどな』魔理沙にしがみついたのび太がそんな事を考えていると、のび太がしがみついている魔理沙から『ほら、見えてきたぞのび太』と言う声が聞こえてきた。

 魔理沙に言われて彼女の背中越しに前を見てみれば、確かに妖怪の山の中ほどに博麗神社のような。いや博麗神社よりも立派な鳥居に社殿の神社が見えてきた。

 

「あれが守矢神社ですか? なんだか博麗神社よりも立派に見えるんですけど……」

「そうだ、あれが守矢神社だぜ。後のび太、間違ってもそれは霊夢の前で言うんじゃないぞ? 間違いなく怒って暴れだすからな」

「えっ!? き、気を付けます……」

 

 霊夢が聞いたら魔理沙の言葉通り、間違いなく0点の答案を見つけたママのように怒り狂うに違いない物騒な会話をしながら、魔理沙は慣れた動きでホウキを制御しながら高度を下げつつ鳥居をくぐり、今度こそふわりと守矢神社の境内へホウキを着陸させることに成功した。

 もちろん最初に来た時とは違い後ろに乗せたのび太を振り落としているような事もない。

 

「よし、もう大丈夫だ。腕を離してもいいぞ」

 

 魔理沙にもう大丈夫だと言われ、ホウキから境内へと降りたのび太が感慨深げにぐるりと周囲を見回す。

 朱に塗られた立派な鳥居に静かで広々とした境内、そして奇麗に手入れのされた本殿。同じ神社と言う事で、昨晩宿泊させてもらいお世話になった博麗神社と似ているようでどこか違う、神社の姿がそこにはあった。

 のび太が幻想郷に来たきっかけでもある、外の世界から消えてしまったと言う謎の神社。

 スネ夫が持っていた雑誌を最後まで見たわけではない事もあり、ここが本当にスネ夫が言っていた消えてしまった神社なのかどうかはまだのび太にもわからない。

それでも幻想郷に来た目的が、ここに来たことでようやく果たされようとしていた。

 

「ここが守矢神社、すごいや……」

「そう、ここが妖怪の山の守矢神社さ。君が外から来た子だろう? 話は聞いているよ、よく来てくれたね」

「……だ、誰!?」

 

 そんな境内や本殿、それに境内から見える外の世界ではなかなか見られない光景に息を呑むのび太の背後からかけられた声に思わず振り返ると、そこにいたのは輪っかの形をしたしめ縄を背負うと言うなかなか奇抜な格好をした女の人が立っていた。

 その恰好の奇抜さはと言えば、のび太が普段暮らしている幻想郷の外の世界は言うまでもなく、はるか過去や未来の世界に数億光年にもなる宇宙の果てから普通には行くことすらできない別次元まで見渡しても、今までのび太が冒険してきた世界のどこを見てもみる事のなかったほどのもの。

 とはいえ、特徴的すぎる背中のしめ縄さえなければ『のび太の創世日記』においてのび太が作った新地球の、古代日本に暮らしていた女王ヒメミコやそれに近しい身分の高い古代日本人の恰好に似ているとも見えなくもない事に、彼女の恰好を見ているうちにのび太は気が付いていた。

 この辺は文才や絵の才能の無いのび太ではなくしずかが自由研究において、いろいろとまとめてくれていた事が幸いしたと言えるだろう。

 

「赤い服のヒメミコ……? じゃない、ですよね。あんなオニババみたいなおっかない顔じゃないし、ヒメミコはしめ縄なんてしてなかったし。でも、やっぱり色は違うけど……なんだか昔の日本人の格好に似た格好ですよね」

「おいおい、自己紹介もしないうちからいきなり私をオニババ呼ばわりしたかと思ったら、私の衣装から古代の日本人の恰好にそっくりだって言い出すなんて、けなしたいのか観察眼が鋭いのか、本当によく分からない子だね」

「仕方ないよ。神奈子がおっかないのは昔からだからね」

「ちょっと諏訪子! 何言ってるのさ! それに白黒も! いつまでも笑ってるんじゃないよ」

 

 そう、のび太のオニババ発言はどうやら魔理沙のツボに入ったらしく、聞いてからは吹き出しのび太の隣でずっとお腹を抱えて震えながら笑いをこらえている。

 そろそろ何とか助けてあげないと、このまま呼吸困難になりそうだ。

 そしてオニババと言う言葉で命の危機に陥りかけている魔理沙をよそにもう一人、しめ縄のお姉さんの背後からはひょっこりと小さな女の子が顔を出した。

 しめ縄のお姉さん、神奈子と言うらしい……から諏訪子と呼ばれたその子はと言えば、しめ縄ほどではないけれどもカエルのような目玉のくっついたやはり奇妙な帽子、あるいは笠なのか、をかぶっている。

 その格好は年齢こそのび太と同じくらいなのにどうしてか、同じくらいの年には見えない不思議な雰囲気の子だった。

 この神奈子に諏訪子と互いに名前で呼び会う不思議な二人ではあるけれども、この二人を前にしてのび太の頭にはこの守矢神社こそが外の世界でスネ夫が調べようとしていた神社なのか、と言う疑問とは別にもう一つ新しい疑問が浮かんでくる。

 そう、少なくとものび太の少ない知識の中では巫女らしからぬ格好をしたこの二人は『果たして守矢神社の巫女なのだろうか?』と言う疑問だ。

 鴉天狗の射名丸文の足止めを買って出てくれた早苗と名乗った彼女は確か『風祝』と名乗っていた。

 のび太の知識の中で風祝と言う初めて聞いた言葉が一体何を意味するのかまでは分からない。

 ただ、博麗神社にいた霊夢と色こそ違えど似たような格好をしている事からも、神社の関係者なのだろうと言う事は想像できる。

 しかし目の前の二人はどう見ても巫女あるいは風祝、どちらにも見えなかった。では果たしてこの二人は一体何者なのか? 答えは簡単だ、目の前に本人がいるのだから本人に聞いてしまうのが一番手っ取り早い。

 なのでのび太は、その一番手っ取り早い方法を選ぶことにした。

 

「あ、あのう……お姉さんたちはこの神社で働いてる人、でいいんですか?」

「うーん、ここで働いている人、とは私たちはちょっと違うかな」

「私たちはここ、守矢神社に祀られている神様なんだよ」

 

 ここ幻想郷に来てから、一体何度目の驚きだろうか。

 八雲紫と言う妖怪に出会い、博麗神社の巫女霊夢、魔法使いの魔理沙に続いてとうとう神様の登場と来た。

 神様と言う事は、やはり『のび太の創世日記』でのび太が未来における夏休みの教材『神様セット』で太陽系を創造したのと同じように、この地球を生み出したのだろうか。

 それにしては、二人ともしめ縄とカエルのような帽子を持っているだけで神様セットを活用するのに必要なリングも杖も持っていない。

 

「か、神様!? 神様っていう事はやっぱり僕がやったみたいに、地球を作ったりしたんですか?」

「「……そんなもの作るかっ!!!」」

「確かに外の世界でも神様が天地を一週間で作りました、って話はあるけれども……どうして私たちがそういう事をした、って思ったのさ」

「そもそも幻想郷の人や妖怪だってなかなか地球や天地創造なんて発想は出てこないのに、君みたいな人間の子供から地球を作るっていう発想が出てくるって、そっちの方があり得ないよね」

「……いや、のび太ならあり得るんだぜ? なにしろ私は今朝、博麗神社で起きた事をしっかりとこの目で見てきたからな」

 

 のび太がただ外の世界から迷い込んできただけの、人間の子供だと思っている神奈子と諏訪子の言葉を遮るようにそれまで笑い過ぎて悶絶していた魔理沙がどうにか復活し、横から二人にも博麗神社で起きた出来事を説明しようとする。とは言ったものの、その体は小刻みに震えていて、まだ完全には復活できていなかった。

 そんな本調子ではない魔理沙を、カエルのような帽子をかぶった女の子……諏訪子が鋭い目つきと手で制した。

 

「白黒。悪いけど、そののび太って子の話は後みたいだよ」

「……へ?」

「ふっふっふっふ、それはいいことを聞きました。……是非ともお話を聞かせてもらいましょうか?」

「「「!!??」」」

 

 そう、諏訪子が見据える先から勢いよく守矢神社の境内上空まで飛んでくる黒い影。その正体は他でもない、ついさっき守矢神社の早苗が足止めをしていたはずの文だった。

 もちろん早苗も何もしないままだった訳ではないのだろう。文の恰好は所々焦げ付き、ほつれが見えている。

 しかしそれだけなのだ。魔理沙が『多分大丈夫、そんなに弱い訳じゃない』と言っていた早苗の足止めでさえ、この程度のダメージしか受けていないと言う事実からも、鴉天狗と言う種族と人間との間にどれほどの差があるのかをのび太は見せつけられたかのような気がしていたのだった。

 

「さ、早苗さんはどうしたんですか……?」

「それなら、私がここにいる以上彼女がどうなったかはわかりますよね?」

 

 

 

 

……ババババババギュン!!!!!!

 

 

 

 

 絞り出すように早苗の安否を尋ねたのび太の質問への回答を文が言い終えるのと、のび太がフワフワ銃を撃つのは果たしてどちらが早かったのだろうか。

 一瞬の早業で、フワフワ銃に装填できる六発全ての弾丸を文めがけて発射してみせたのび太の腕前。

 その射撃の速度たるや、文の言葉に同じように反応して弾幕を放とうと身構えた魔理沙、そして神奈子に諏訪子の誰よりも早く動き出していた事からも伺える。

 

「ゆるせない……ゆるせないよ……」

「お、おい……のび太……?」

 

 その、周りの誰よりも先に文めがけて攻撃を仕掛けたのび太が、文を見据えながらはっきりと怒りの意思を口にした。

 まさかのび太がここまで怒りを表に出すとは思っていなかったらしい魔理沙がのび太に声をかけるけれども、その声さえ今ののび太には届いているか怪しいものだった。それほどまでに、今ののび太は怒っていた。

 基本的にのび太が誰かに対して怒る、と言う事はほとんどないに等しいと言っていい。

 未来ののび太の結婚前夜の様子を見に、タイムマシンで未来へと飛んだ時しずかのパパがのび太の事を『人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ』と評したように、のび太はのんびり屋で穏やかな心根の人間だ。

 そんなのび太が怒った数少ない一つが『のび太の南海大冒険』において、十七世紀のカリブ海に浮かぶトモス島で、未来人のMr.キャッシュ一味の手によりタイムパトロール隊員だったイルカのルフィンを生物兵器に改造されそうになった時くらいのものだろう。

 それほど珍しい事なのだが、今この瞬間のび太は本気で怒っていた。だからこそ問答無用で文めがけて全弾発砲したのだ。

 ちなみに、ここまでのび太が怒っている理由は……と言うと。

 

 

 

 

 

 

自分や魔理沙の足止めをしてくれた早苗を、文が食べてしまったと勘違いしているから

 

 

 

 

 

 

 なのだが、残念ながら誰ものび太の怒りの理由に言及する事は無かった。

 のび太も、今まで出会った妖怪……八雲紫が人を食べると言及していた事や、霊夢にも夜は妖怪の時間で人を襲う、と言う説明を受けた事から『妖怪=人食い』と言う図式が頭の中で出来上がっていた事と、その勘違いを口に出さずにただ怒っていた事。

 そしてもう一つはのび太自身が『パラレル西遊記』において、唐の時代でヒーローマシンの中から出てきた妖怪たちによって三蔵法師が食べられてしまい、歴史が改変されると言う恐怖を身をもって経験していたと言う事。

 もしその事を口に出していれば、周りの誰かがきっと訂正してくれただろう。

 けれども、のび太も、魔理沙も神奈子も諏訪子も、そして相対している文にいたるまで、誰もがすれ違いをしたまま図らずものび太対文の構図は完成しようとしているのだった。

 そうして勘違いしたままののび太が怒りに任せて、目にもとまらぬ早業で撃ち込んだ弾丸だったけれども、肝心の弾丸はいつまでたっても、文を風船のように膨らませる……フワフワ銃の効果を発揮する様子が見られない。

 

「……ふぅ、本当にあなた外から来た人間の子供ですか? 今の早業ひとつ見ても、とてもそうは見えませんよ」

「まさか、のび太が外したのか?」

「違いますって、私が全部避けたんですよ。この子の腕前は本物です、のんびりしていたら間違いなくやられていたのは私でしたからね」

 

 そう、文は全ての弾丸を()()()()()()()()()()()()()のだ。恐るべき鴉天狗の空を飛ぶ早さ、そして動体視力である。

 もちろんだからと言って諦める、と言う選択肢はのび太にはない。

 文が話をしている最中にも、撃ち尽くしたフワフワ銃の弾丸を込めなおしている。少しでも隙を見せればすぐにでも撃ち抜くつもりなのだ。

 

「これは私も手加減している場合じゃありませんね……ちょっと本気で行きますよ。『無双風神』!!!」

「っ!?!? 消えた!?」

 

 のび太がまだあきらめていない事を見て取った文が高らかに宣言した次の瞬間、その文の姿が消えてしまった。のび太が驚くのも無理はない、本当に、まるで幻のようにふっ、とその場から文の姿が忽然と消えうせたのだから。

 もちろん蒸発した、あるいは勝負を放棄してこの場から逃げ出した、などと言う事ではない。

 種を明かせば目にも止まらぬどころか映る事すらしない、鴉天狗としての飛翔能力を極限まで研ぎ澄ませた超高速での移動と共に圧倒的な物量の弾幕を乱射すると言う、本来ならば弾幕勝負の初心者であるのび太に対して使っていいような代物ではないそれを行っているのだ。

 むしろ初心者でありながら、文にそれを使うに値する相手であると認めさせたのび太がすごいのか。

 兎にも角にも、こちらからは攻撃を当てられないのに向こうからは雨あられと弾幕が降り注ぐと言うひどい状況。

 

「きゃー、た、た、タケコプター!!!」

 

 案の定のび太は魔理沙と勝負をしたとき以上に圧倒的な弾幕の物量に押しつぶされそうになりながら、必死で逃げ回る事になってしまう。

 が、地上で逃げ回っていてもいつかは限界が来る。結局のび太は魔理沙と勝負した時と同様、タケコプターを使って空中に逃げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、あの子本当に外から来た人間なのかい? いきなり空を飛んで見せたよ」

「のび太は未来のいろいろな道具を使うんだよ、私との勝負の時にも空を飛んで弾幕を避けて見せたんだぜ」

「それはいいけれども、早くあの子を助けないと。素人にどうにかできる弾幕じゃないよアレは」

 

 ちなみにこの間に魔理沙や神奈子、諏訪子と言った面々は何をしていたのかと言うと、まさかこの場所で弾幕勝負が始まるとは思っていなかった事もあり、とっさに文の無双風神から神社を守るために結界を張る事で防御をしていたのだった。

 本来ならば神奈子や諏訪子としてみれば、まずはいの一番に力のないただの人間の子供であるのび太を結界の中に入れて守るつもりだったのだけれども、のび太がまさかの空中に逃げると言う選択肢をとった事で守ることができなかったのだ。

 かと言って、結界を解いて助けに行こうものなら諏訪子が言うように素人がどうにかできるような弾幕ではない無双風神の流れ弾が、境内はおろか社殿にまで被害をもたらしかねない。

 何しろ、颱風が雨戸を叩くような量の弾幕が今この瞬間、会話をしている間にもひっきりなしに結界を叩いているのだ。

 

「どうするんだ、早くのび太を助けないとこのままじゃ間違いなく撃ち落されるぞ」

「ああもう! こうなったら神奈子、魔理沙も。社殿や境内が多少傷んでも仕方がないよ、何とかしてあの子を助けるよ! 神社に参拝に来てくれた子を助けもしないで何が神様だってね」

「そうだね、あたしらにだって神様の意地ってものがあるんだ! 一丁やってやろうじゃない!」

 

 それは神様としての意地か、あるいは自負なのか。神社が受けるであろう損壊よりも、ここまで来てくれた人間の子供一人の安全を優先する事を決めた守矢の二柱。

 彼女たちにとっては、かつて外の世界からこの地へと移住を決めた理由にもそれは繋がっていたからこその決断。信仰を失い、自らの存在そのものが消滅の危機に瀕した事から最後の賭けとしてやってきた幻想郷。

 その最後の頼みの綱とする地で、自分たちが神として在ろうとする場所へと、それも人里どころか外の世界からわざわざやって来てくれた人間の子供一人助けずに、一体何が信仰なのか。神社の被害を気にして子供一人見捨てるような神を信仰する人々など、いる訳がないのに。

 それに気が付いたからこそ、弾幕の嵐の中に飛び出す決意をした神奈子と諏訪子が、それぞれその手に御柱と鉄の輪を持ち、いつでも飛び出せるよう身構えた。

 

「悪いがあんたも付き合ってもらうよ。何としてもあの子を無事に助けるんだ」

「いや……それにしては、様子が変だ。のび太の奴、あの弾幕の中で戦おうとしているぞ!」

「「は(へ)……っ!?」」

 

 結界の向こうの様子を伺っていた魔理沙の言葉に、神奈子と諏訪子、守矢の二柱の声が唱和した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 二柱が魔理沙の言葉に、神様らしからぬ声を上げた間にもバシバシと結界を弾幕が叩くその向こう側で、絶望的なのび太と文の勝負……ですらない、一方的な攻撃は今もなお続いていた。

 

「く……っ!『バギュン! バギュン!』」

 

 一応、空を飛ぶ事で若干の余裕ができたためか、のび太もただ逃げ回るだけではなくその圧倒的な弾幕の隙をぬうように回避しながら、時々フワフワ銃を目にも映らない文めがけて発射する。

 ……のだけれどもどれだけ発射しても、そのことごとくが的確に文を捉えながらも決定打にはなれずにいる。

 ただし、これはのび太の腕前が下手なのではなく、あまりにも高速で移動する文の周囲に吹き荒れる風がその命中するはずの弾丸をみんな弾いてしまうのだ。

 むしろ目にも映らない速度で飛翔する標的に向けて、偶然や奇跡に頼るのではなく実力でもって命中弾を撃ち込めるのび太の射撃の腕前が色々とおかしいと言える。

 そのあまりにも人間離れしすぎた射撃の腕前は、高速移動の際に生じる強風のおかげでかろうじて命中せずにいる文を戦慄させるにも十分すぎるものだった。

 

「……あやややや、これはちょっと笑えないんですけど……。本当に人間ですよね? 取材の時にはまずそこから確認しないといけませんね……」

 

 のび太を確保してからの取材において、まずは本当に人間の子供なのかどうかを確認する事を強く決心した文。

 一方ののび太は、手持ちのフワフワ銃では文へと弾丸を命中させることができないと言うどうにもならない現実に、どうするべきか弾幕をよけ続けながらずっと考え続けていた。

 いや、解決する方法はあるのだ。

 文が風でもって守られているのなら、その風を上回る強さの風を吹かせてやればいい。そしてのび太はその強風を吹かせる事の出来るひみつ道具をちゃんと持っていた。

 そう、洩矢神社に来る前に妖怪の山の渓流で白狼天狗の一団とにらみ合った時に取り出したバショー扇だ。

 台風なみの大風を巻き起こせるあのバショー扇なら文の無双風神にも負けないだろう。

 問題は、そのバショー扇をこの嵐のような弾幕の中、一体どうやって取り出すかだけれども、のび太の全く思いもよらないところからその最大のチャンスは転がり込んできた。

 

「のび太! 危ないからさっさと神社の中に逃げるんだぜ!!」

「魔理沙さん!!」

「ほらほら、私たちが弾幕を押さえておくから、早く逃げるんだよ!」

「そういう事、ここから先は私たちの仕事だからね」

 

 のび太と文の間に割り込むように、魔理沙、神奈子、諏訪子の三人がやって来たのだ。

 それは、その間のび太が弾幕から逃げ回る必要のない時間……スペアポケットからバショー扇を取り出すのに必要な、今のび太が欲しい時間が出来たと言う事でもある。

 のび太は知っていた、今まで数多くの異世界や宇宙の果て、気の遠くなるような時間の向こう側での冒険をしてくる中で、そのチャンスを逃してはいけないのだと言う事を。

 

「ダメです! 早苗さんを食べた悪い妖怪を今この場でやっつけないと!!」

「「「……へ?」」」

 

 迫りくる弾幕への対処を壁となりのび太を守ろうとする神奈子と諏訪子の二柱に任せ、ここ守矢神社に来た時と同様にホウキに乗せて全速力で社殿へと飛び込もうとのび太の手を掴む魔理沙の手を振り払いながら、のび太は文への怒りを初めてはっきりと口にし、そしてこのチャンスを逃すまいとスペアポケットへと手を突っ込んだ。

 今度はもう、渓流で白狼天狗の集団に囲まれた時のように何が出てくるのか半ば賭けにちかいなどと言う事はない。何しろしまうときに、ポケットの中の四次元空間の一番手前にしまったのは他ならぬのび太自身なのだから。

 それを取り出せばいいだけなのだから、今ののび太には迷いも何もありはしない。

 鞘から白銀の剣をすらりと引き抜くように、のび太は再度それを取りだした。

 

「バショー扇!!! せーの……っ、それっ!!!」

「のび太、ちょ、ちょっと待て! 落ち着け、誤解だ誤解!!」

 

 のび太の発言に、どうしてのび太が文をそこまで敵視し、許さないと怒りを燃やしているのかようやく悟った魔理沙たちだったけれども、のび太の誤解を解くよりも先にのび太は今度こそ、容赦なくバショー扇を振り下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

…………嵐が、訪れた。

 

 

 

 

 

 

「うわっ! うわわわわわっ!?」

「な、なんだいこれはっ!?」

「あーうー!?」

 

 僅かな一瞬の静寂の後、突然にごうごうと吹き荒れる猛烈な台風並みの暴風。

 何の予兆もない所からいきなり荒れ狂う暴風が吹き出した事で、のび太以外のその場の誰もが吹き飛ばされそうになるのを必死でこらえていた。

 ドラえもんがかつてバショー扇を家の中で誤って暴発させ、台風を発生させてしまった事があったけれどもそれと同等の嵐をのび太は巻き起こしたのだ。

 

「!? 何ですかこの風は……まさか、天狗が起こす風よりも強いとでも言うんですか……?」

 

 当然、その風は守矢神社の境内上空で無双風神中の文にも容赦なく襲い掛かる。雨あられと降り注いでいた無双風神の弾幕も、この台風並みの暴風にあっけなく吹き散らされそれでもまだ止むことなく、文を吹き飛ばさんと暴れまわった。

 それでもどうにか、吹き飛ばされる事なく速度を落としながらも飛び回り、何とか暴風を避けようとする辺りは幻想郷でも飛行速度において最速を誇る種族、鴉天狗の意地と言う事なのか。

 

「……もういっちょう! それっ!!!」

 

 それでも、さすがにもう一扇ぎされてしまうとさすがの文でも飛び回りながら避ける事は難しいらしく、風の強さによって完全にその場にくぎ付けにされてしまった格好となってしまう。

 けれどものび太は気が付いていたのだろうか?

 バショー扇を振り下ろし、強風で文を吹き飛ばそうとしているのび太自身のその恰好は奇しくも『のび太のパラレル西遊記』で妖怪軍団の拠点である火焔山の偵察にやって来たのび太を芭蕉扇で吹き飛ばした妖怪、そう、今のび太が許せないと言っている妖怪羅刹女のようである事に……。

 そんな事にも気が付いていないのび太は、二扇ぎしてもまだ空中で踏みとどまっている文に、こういう時冴えわたる頭で思考を巡らせていた。

 

もっと強い風を、もっと確実に悪い妖怪をやっつけられる風を!

 

 バショー扇は、握りの部分に小型マイクが取り付けられており、メッセージによって吹かせる風の細かな注文ができるようになっている。

 そこにどんな言葉を吹き込めば、あの早苗を食い殺した人食い妖怪をやっつける事ができるのか。

 そしてのび太は、答えを出す。以前体験した事のある、命を奪い去るほどに危険な風を思い出したからだ。

 『のび太の魔界大冒険』、そして『のび太の南極カチコチ大冒険』で魔界の南極と地球の南極、二つの惑星の極地で体験した、恐るべきブリザード。

 体感温度を寒暖入れ替えてしまうひみつ道具であるあべこべクリームがなければ、もはやビバークするしか方法がなかった、あの風なら……あの猛吹雪なら。

 意を決したのび太は早苗の敵をとるべく、マイクに向けて高らかに宣言する。

 

 

 

 

 

 

……………………南極の! ブリザードっ!!!

 

 

 

 

 

「さ、寒いいいいいっ!! なんだこれは、チルノも凍るんじゃないかこれ!?」

「なんだいこれは、まるっきり天変地異じゃないか! 未来の道具ってのはこんな事までできるのかい!!」

「あーうー、ね、眠いよぅ……ぐぅ……」

 

 高らかな宣言と共に、振り下ろされたバショー扇。そうして吹いた風は、零下数十度にして、風速数十メートルを優に超える文字通りの猛吹雪。

 バショー扇はマイクに受けた注文を違う事なく、しっかりと再現して見せたのだ。

 いくら人間よりもはるかに優れた身体能力を持つ妖怪だと言っても、さすがにあらゆる命の存在を拒否する極地の、厳冬期の猛吹雪を至近距離から直撃してはたまったものではない。

 さすがの文もこの想定の範囲をはるかに超えてしまったのび太のひみつ道具の前には成す術もなく、全身を凍り付かせながら墜落していくのだった。

 

「……あぎゃあああああ!!!」

「やった!!」

 

 こうしてようやく悪い人食い妖怪(とのび太が誤解している)をやっつけたのび太。でも、のび太は忘れていたのだ。かつてドラえもんに指摘されたタケコプターを使う上での注意点を。

 以前『のび太のアニマル惑星』でアニマル惑星へと冒険に出かけたのび太が禁断の森をタケコプターで抜け出そうとした際、猛烈な台風に直撃した事があった。

 なんとか無理をして台風の中を飛ぼうと強行したものの、さすがのタケコプターも台風の真っただ中では飛行する事が出来ず、墜落してしまったのだ。

 『台風の複眼』を装備して、自分の周囲を台風の目にしたドラえもんに救助されなければ、のび太も生きてはいなかったかもしれない。

 文への怒りのせいかあるいは、それ以降猛烈な台風の中、タケコプターを使用する機会がほぼなかったせいなのか、ドラえもんから受けたこの注意を、のび太は完全に忘れていたのだ。

 その忘れていた代償はすぐに目に見える形として、現れる事になる。

 

 

 

「……? あ、あ、あ! た、タケコプターがーっ!!」

 

 

 

 カラカラとタケコプターの羽が空転し、その飛翔能力がみるみるうちに低下して行く。それはまさにアニマル惑星で起きた現象のそれだった。

 台風並みの嵐を二回巻き起こし、おまけにそれ以上の風速を誇るブリザードまで起こしたのだ。

 むしろ今までタケコプターが機能してくれた事の方がよっぽど奇跡と言える。

 そしてあの時はこっそりと後からついてきてくれていたドラえもんが助けてくれたけれども、今はドラえもんはいない。

 

「助けてぇ、ドラえもーん!!!」

 

 最後にのび太が見たのは、助けを求める中自分が巻き起こした猛吹雪に吹き飛ばされながら守矢神社の境内から飛んでいく光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………この日、妖怪の山ではまっさらな快晴から急に台風が吹き荒れ、おまけにその後数時間にわたって真冬も裸足で逃げ出すような猛吹雪が真夏日にもかかわらず観測されると言う、妖怪の山始まって以来のとんでもない異常すぎる異常気象が観測されたとか。

 しかし、その異常気象を引き起こしたのがただ一人の、幻想郷の外の世界からやって来た人間の子供だと言う事実を知るものは、ほとんどいなかった。




ひとまず無事? に守矢神社へと到着したのび太。
次からは守矢神社が本当に外の世界で、スネ夫たちが調べようとしていた神社と同じものなのか、と言った方向に話が動いていく事になるかと思います。



全体的に文章量を抑えて、更新頻度を上げた方がいいのかな……。
とふと思うこの頃。


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……知らない天丼だ 「のび太くん、天井だよ」

お待たせしました。
文・無双風神vsのび太・バショー扇の死闘に終止符を打ったのび太はどうなるのか……?



 

 

 

 

 

 

…………………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

…………………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 それはどこまでも広がる真っ暗闇。例えるなら『のび太の日本誕生』で時間犯罪者のギガゾンビがククルたちに造らせていたトコヤミの宮もかくやと言う真っ黒さ。

 それはどこか、『のび太の海底鬼岩城』でマリアナ海溝の奥底に首都を構えるムー連邦の海底人が地上人であるのび太たちに海底人の事を知ってもらおうと見せた教育ドリームの世界にも似ていた。その、そっくりであるはずの教育ドリームとの違いは、真っ暗なだけでいつまでたっても海底人たちの説明がやって来ないところか。

 その夢かうつつか、どちら側にいるのかも分からない真っ暗闇からのび太は……唐突に抜け出した。

 

「………………あれ、ここは……どこ?」

 

 それこそあまりにもだしぬけに抜け出したものだから、果たして自分が一体どうなっているのかさえ理解できていなかったのだ。

 一つわかったのは自分の目の前に自分の部屋のようで自分の部屋ではない、見慣れない天井があると言う事。そして自分が布団に寝かされていると言う事だった。

 むくりと自分が寝かされていた布団から起き上がり、一体ここはどこなのだろうか? と周囲を見てみる。

 六畳の部屋に、のび太の部屋にあるような天井からぶら下がっている蛍光灯。部屋の入口の向かいの壁にある本棚には本がずらりと並び、勉強机にドラえもんが出てきそうな押し入れ。

 雰囲気こそ違えど部屋に置いてある荷物や机の配置などはのび太の部屋にそっくりなのだ。ただのび太の部屋と違うのは、部屋の雰囲気がやけに女の子っぽいと言う事だろうか。

 のび太も何回かしずかの部屋に遊びに行った事があるけれども、今のび太がいる部屋はしずかの部屋に近い雰囲気があった。

 もちろん、だからと言ってここが彼女の部屋でない事は、行った事のあるのび太自身が十分承知している。

 何しろしずかの部屋に飾ってあるぬいぐるみたちがここには一つも置いていないのだ。

 そして部屋の本棚をよくよく見てみれば、数学だの英語だのと言う、のび太が手にして読んだ瞬間に意識を失うかあるいはそのまま脳死しかねない難解な本が並んでいる。

 もちろんしずかの部屋に、こんなのび太の命を奪い取るような危険な本は置いてあったなどと言う記憶はのび太の中にはない。

 

「……よかった、目が覚めたんですね」

「……? あ! 早苗さん!! 無事だったんですか!?」

 

 のび太が今まで寝ていた部屋の様子をいろいろと見ていたのび太の背後から声がかかり、思わず振り向くのび太。

 何しろその声はもう聞くことのできないはずの声だったから、お礼を言うよりも前に、会えなくなってしまったのだと思っていた声だったから。

 何よりも、のび太が文に対して本気で怒った理由だったから。

 のび太が振り向いた先、部屋の入り口にはのび太の様子を見に来たのだろう、守矢神社の風祝である東風谷早苗が立っていた。が、その表情は心なしか怒っているようにも心配しているようにも見える。

 

「神奈子様と諏訪子様から聞きましたよ。私が食べられてしまったと勘違いして文さんに勝負を挑んだそうじゃないですか、嬉しいですけどもう子供がそんな無茶をしちゃいけませんよ?」

「……はい」

 

 いや、早苗が抱いていた感情はその全部だったらしい。

 のび太が目を覚ましていたのを確認するや否や始まったのはお小言である。

 もっとも、のび太は知らないけれどもその内容は幻想郷に暮らした事のある者からすれば決して大げさなものではないのだ。

 外から来た一般人、それも子供が幻想郷の中でどれほど無力な存在なのかは幻想郷で暮らせば嫌でも知る事になる。

 そして幻想郷で暮らす早苗は、力のない人間が妖怪を前にした時どれほど無力なのかを知っていた。

 知っていたからこその、お小言だった。例えそれが未来からもたらされた、圧倒的な力を持つひみつ道具があったとしても。

 そしてそんな真剣な早苗のお小言に、のび太はただはいと頷く事しかできなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたたたた……うぅ、魔理沙さんに『足止めしてくれ』って言われたのに、負けちゃうなんて……って、な、なんですかこれ!?」

 

 のび太と魔理沙を守矢神社に行かせるために足止めを請け負い、その上で文に負けてしまった早苗がボロボロになりながらも守矢神社へと帰って来た時、守矢神社は、いや守矢神社を含め妖怪の山は惨憺たる有様だった。

 早苗が出かける前は、直前まで彼女自身の日課として掃除をしていた事もあり、いつ参拝客が来てもいいようにときれいに掃除が行き届き、早苗自身が『参拝したいと言うのなら……いつでもかかっておいでなさい! hahahahahahaha!』と思わず口にしてしまうほどに綺麗だった境内は荒野のごとく荒れ果て、朱色で、神社のシンボルとも言える入り口の鳥居は手で押したらそのまま倒れるのでは、と思わせるような大きなヒビが入り、おまけに社殿は屋根も柱も穴だらけときた。

 劇的ビフォーアフターにも程があるあまりにも酷い状態に、気が遠くなり倒れそうになるのをぐっとこらえながら、早苗はどうにか意識を保ちながらボロボロになった社殿の中へと足を運ぶのだった。

 

「神奈子様、諏訪子様、これは一体何があったんですか……?」

「ああ、早苗かお帰り。悪いが早苗の部屋を貸してもらえないか。外から来た人間の子供が、風に吹き飛ばされて気を失っているんだ」

「分かりました、それはいいですけれども一体どうしたんですかその子は。多分魔理沙さんのホウキの後ろにいた子ですよね? それが風に吹き飛ばされてって……台風か嵐でも来たみたいな外の被害も併せて、何か関係があるんですか?」

 

 ちなみにその話題に中心にいるのび太は社殿の床、冷たい板の間に寝かせられながら気を失ったまま静かに寝息を立てている。

 バショー扇で巻き起こしたブリザードに巻き込まれる格好で一緒に吹き飛ばされたのだが、直後に魔理沙がホウキに飛び乗りのび太が墜落する前にどうにか助け出し、社殿に寝かせていたのだった。

 社殿の入口に立つ早苗には中で寝ているのび太の様子は見えなくても、神奈子から子供と聞いてすぐにそれが文からの追跡への足止めを魔理沙から頼まれた時、守矢神社へと魔理沙がホウキに乗せて連れて行こうとしていた子なのだとピンときたらしい。

 なにしろ早苗が足止めをしていた時間だってそんなに長時間と言う訳ではない。それなのにあまりにも神社の外は荒れ果てていて、おまけに子供が風に吹き飛ばされたというのだ。

 幻想郷で風を扱う妖怪と言えば鴉天狗、つまりは射命丸文が疑われそうなものではあるけれども妖怪の山に属する彼女が、妖怪の山の総意として信仰すると決定を下した守矢神社の境内で風を使い暴れまわり、社殿をボロボロにする訳がない……となれば、と言うのが早苗の推測だった。

 もっとも、この早苗の推測は一部が的中していて一部は大きく外れているのだけれども、残念ながらそれを訂正してくれる親切な人物はこの中にはいなかった。

 

「それについては、まあ……なんだ。詳しくはこの子が目を覚ましてからだな」

「まあ、あの大風に吹き飛ばされて怪我一つなく、気絶だけで済んだのは本当に奇跡だよ。何しろ無双風神中の鴉天狗をさらに強い大風や吹雪でもって吹き飛ばしたんだからね」

「へぇ…………ん?」

 

 さらりと諏訪子が言ってのけた発言を聞き流そうとした所で、ぴたりと早苗の挙動が停止する。

 まるでそれはドラえもんのひみつ道具、人間リモコンの停止ボタンでも押したかのようだ。

 ちなみに、そうして諏訪子の言葉によって機能を停止していた早苗が再び動き出したのは、一度機能停止してからたっぷりと数十秒は経ってからの事だった。

 

「…………あの、今さらりと言ってのけましたけれどもそれってかなりとんでもない事していませんか?」

「うん、してると思うよ。私も神奈子もあの子が空を飛びながら弾幕をよけ続けてるからさ、このままじゃ危ないから社殿に隠れるように言ったらなんて答えたと思う? 『悪い人食い妖怪をやっつけるんだ』ってさ。あの子、早苗が食べられたと勘違いして、本気で怒って自分よりもはるかに格上の鴉天狗に真正面から戦いを挑んだんだよ」

「なんて無茶を……って言うか神奈子様に諏訪子様も、魔理沙さんまでいたのにどうして誰も止めなかったんですか!」

「仕方ないだろう、のび太が文の事を誤解しているって分かった時にはもうのび太が嵐を起こしていたんだよ。って言うか、早苗もあの風を受けてみれば分かるぞ。あんな風の中そう動けるもんか」

「やめておきな白黒。結果はどうあれ早苗の言う通り私たちの力不足であの子が気絶してる、って言うのは事実なんだ。私たちがさっさと鴉天狗を抑え込めば、こうはならなかった、違うか?」

「それは、そうだけどさ……」

 

 早苗の言葉は全くの正論だった。その言葉には神奈子も諏訪子も、そして魔理沙もグウの音の出ない。

 何しろ、その場の三人が気が付いた時にはのび太はバショー扇を取り出して振り回していたのだから。

 初めて見るひみつ道具を前にして、それがいったいどう言った効果を持つものなのかを理解しろと言うのはいくら何でも無理があり過ぎた。

 それでも三人を代表するように、早苗に反論する魔理沙が『なあ?』と傍らにいる神奈子と諏訪子に同意を求める。それが彼女たちにできる、せいいっぱいの抵抗だった。

 けれども魔理沙から話を振られた神奈子と諏訪子の二柱の反応は違う、早苗の言葉を肯定し素直に自分たちがもっと早くに動いていればこうはならなかったと認めたのだ。

 さすがに周りに誰も味方がいない状況の中にあって、頑なに我を通し続けられるほど魔理沙ももう子供ではなかった。

 降参だとでも言わんばかりに両の手を上に上げ『自分も実力が足りなかった』と態度で二柱の意見に従う意を見せる。

 

「……でも、起きてしまった事は仕方がありません。後はあの子の無事を信じて目を覚ますのを待つだけですね」

 

こうして、三人(内ニ名は神であるけれども)に、早苗がそう告げて『ちょっと様子を見てきます』と言いのび太を寝かせてある部屋……早苗の自室へと様子を伺いに来たところに話は戻る事になる……。

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と。ああ、君はあくまでお客さんなんだ。そんなに畏まらないでいいんだからね」

「は、はい……」

「おいおい、これじゃあまるでのび太にお説教をするみたいじゃないか」

「お説教だなんてとんでもない、むしろわざわざ外の世界から守矢神社まで参拝にやって来てくださった子なんですから、うちとしては大歓迎ですよ」

 

 早苗の部屋で気絶から目が覚めたのび太は早苗に案内される形で場所を移し、守矢神社の東風谷家……社殿の裏手に位置する早苗に神奈子、そして諏訪子が普段暮らしている家のリビングへと案内され、守矢神社の面々と向かい合う格好で早苗が用意してくれた座布団に座っていた。

 ちなみに、今東風谷家のリビングにはのび太の隣には魔理沙が保護者役として座り、向かい合う格好で早苗、神奈子、諏訪子が座布団にめいめい座っているが、その様子はどう見ても保護者同伴の三者面談に他ならない。

 成績が悪く、おまけに授業中も頻繁に昼寝をするのび太を叱るために、わざわざ先生が家までやって来ては、先生とママとにお説教を受ける事がたびたびあったが、今の状況を見ればまさにそれそのものだった。

 発言をした本人にはそんな意図はないのだろうけれども、そういう意味では魔理沙の言葉は実に的確に今の状況を捉えていたと言える。

 

「さっきも境内で言っていたけれども、改めて聞かせてちょうだい。特に早苗は留守にしていて全然事情を聞いていなかったからね。君は一体どうしてわざわざ外の世界からうちの神社を訪ねて来たのかしら?」

 

 取り外しが効くのか、さっきまで背負っていたしめ縄を外した格好の神様、神奈子が3人を代表して尋ねるその言葉に、ごくりと息を呑むのび太。

 はたして守矢神社が外の世界で消えた神社なのかそうでないのか、短い間ではあったものの冒険を繰り返してようやくたどり着いた守矢神社にて、のび太がこの幻想郷に来た目的が果たされようとしていた……。

 




さてさて、いよいよ守矢神社を目指した目的が果たされるのか!?
魔理沙にホウキから振り落とされ、椛他白狼天狗の哨戒部隊に囲まれ、鴉天狗の文に無双風神を使われると言う不幸ぶりを見せたのび太の冒険は報われるのでしょうか……?


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守矢神社の中と外

お待たせしました。

そして守矢神社は果たして本当に、外の世界で消えてしまった神社なのか!?
何の力も持たないのび太に洩矢神社の三人からの視線が突き刺さる!!





「さて、改めて聞くけれども……君は一体どうしてわざわざ外の世界からうちの神社を訪ねて来たのかしら?」

 

 目を覚ましてからさっそく早苗に案内された東風谷家のリビングで守矢神社の神奈子、諏訪子、そして早苗と向かい合うように座るのび太へと投げかけられた問いかけ。

 その答えに興味津々と言った風に、3人の視線がいっせいにのび太へと集中する。

 その問いかけが決して悪意や敵意のあるものではないとは言っても、明らかに年上のお姉さん(一応諏訪子は外見だけ見ればのび太と大差ないのだけれども、時折見せるその雰囲気は明らかに小学生のそれとは違っていた)に問いかけを受けて、小学生ののび太が緊張しないはずはなかった。

 

「あー、のび太。まあ気持ちはわからなくもないがそんなに緊張するな。別に回答いかんによって食われる何て事はないんだし、私がこうして隣にいるんだぜ」

 

 と、隣に座る魔理沙が言ってくれなかったならのび太は果たして返事が出来たのだろうか。

 そしてもう一つ、その先生との面談のような形式による圧迫面接以上に今ののび太には非常に気になる事があった。

 一応、のび太以外の全員からは警戒している様子は見られない事から、のび太もいきなりフワフワ銃を抜き放つような事はしていないけれども、それでもまだ素直に信じられないのか、ちらちらと視線をもう一組の人物たちへと向けている。

 そのちらちらとのび太が視線を向ける先、のび太と守矢神社の三名が向かい合うそれぞれのちょうど真ん中、例えるならまるで審判でも務めるかのような位置に二人の女性が座っていたのだ。

 そのうちの一人は他でもない、さっきまでのび太めがけて『話を聞かせてもらう』と言いながら襲いかかり、無双風神でもって守矢神社の境内を荒らしまわった挙句にバショー扇でもってのび太が吹き飛ばした、鴉天狗の射命丸文。

 

「そうですよ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですからここはひとつ、明日の朝刊の一面を飾るためにも、詳しい話をお聞かせください」

「「「「………………………………」」」」

 

 いくら笑顔で『怖がらなくても大丈夫だから』と言われても、その言葉を信用するにはあまりにもまだのび太は文の事を知らな過ぎたし、なによりも文から受けた事が悪すぎた。

 おまけにさっきまで弾幕の上とはいえ争っていた当事者からの発言とは思えない、手のひらを返したような態度に守矢神社の三人も魔理沙も、皆呆れ顔で文を見ているが文本人はそんな視線などまったく気にしている様子が見られない。

 どうやら三人を前に緊張しっぱなしののび太とは逆に、文の顔の皮は非常に分厚くできているらしかった。

 もしかしたら、硬さだけなら地球人捕獲のためにリルルと共に地球に送り込まれたザンダクロスの装甲を構成するメカトピアの超合金(直径数十m規模のクレーターが発生するレベルの次元震零距離直撃を受けても無傷を誇る)をも凌ぐかもしれない。

 ただ、その文の恰好はと言えば、何故かボロボロでその姿はまるでママに思い切り叱られた後のジャイアンのよう。

 確かにのび太は至近距離からバショー扇で南極のブリザードを発生させ、それを文にぶつけたとはいえ、服までボロボロにはならなかったはず……。なぜならのび太も地球と魔界の南極でブリザードに遭遇した事があったからだ。

 そんな事をのび太が考えていると文の隣の、文にそっくりな女性が神成さんもかくやと言う恐ろし気な声を発した。

 

「……文? あなたはまだ怒られたりないのかしら?」

「いっ、いやだなぁお母さん。私はとてもいい子なんですから、もうこれ以上オコラレタイダナンテコトハアルワケナイジャナイデスカ。hahahahahaha」

「お、お母さん!!?」

 

 それまで終始笑顔だった文の、ザンダクロスの装甲並みの厚さを誇る面の皮さえも一撃で打ち砕く、その隣に座った女性。

 だがそんな事以上にのび太を驚かせたのは、文がその人物に対してはっきりと「母親」と呼んだ事だろう。

 考えてみれば妖怪と言う存在がどのように生まれるのか知らないのび太ではあったけれども、今まで数多の世界を冒険してきて出会った異世界の友人や住民たちだって、皆父親と母親がいた。

 『のび太と鉄人兵団』で地球を襲撃したメカトピアで生まれたリルルを含む鉄人兵団や、『のび太とふしぎ風使い』でのび太に懐いた風の魔獣マフーガの一部である台風のフー子たちだって、ちょっと見れば親と呼べる存在がそもそもいないようにも見えるけれども、メカトピアのロボットにはメカトピア星全部のロボットの両親とも言うべきアムとイムがいたしフー子だって、マフーガの一部である事を考えればそのマフーガを生み出した嵐族の呪術師ウランダーが親、と言えるだろう。

 それに『のび太の恐竜』でのび太自身が布団にくるまる事で1億年前の卵の化石から復元し、ふ化までこぎつけたフタバスズキリュウのピー助だって、あくまでものび太が卵からふ化させただけであってその卵を産んだ親がいたのは間違いない。

 それほどまでに、親と言う存在は数々の冒険の中でも当たり前にいたし、中には冒険の中でお世話になった人たちもいたし、いろいろな事情からのび太たちと敵対した人たちだっていた。

 だから確かに、文に母親がいた所で何ら不思議な事はない。

 冷静に思い起こしてみれば、中国唐の時代でヒーローマシンの妖怪たちと戦った『のび太のパラレル西遊記』でのび太たちの危機を助けてくれたリンレイだって、両親は牛魔王と羅刹女だったのだから。

 そんなのび太ではあったけれども、文の口からまさかお母さんと言う言葉が出てくるとは思わなかったのだ。

 だから、のび太の口から出てきた驚きの言葉に文の母親は『おや、そういえば自己紹介がまだだったね』と、思い出したようにのび太の方へと向き直り、うやうやしく頭を垂れるのだった。

 

「私の名前は天魔。こう見えても妖怪の山で天狗たちの長をさせてもらっていてね。さっき言った通り文は私の娘なのさ。それにしても……娘が迷惑をかけたみたいで、君には本当に悪い事をしたね。うちの文(むすめ)はしっかりと叱っておいたから、もう大丈夫だよ」

「てんま……って、お姉さんはペガサスの妖怪なんですか? 文さんは鴉天狗って言ってましたけど……」

「ぶふっ!! ……ち、違いますよ。それは天の馬って書いて天馬です。この方のてんまは天に魔と書くんですよ」

 

 てんま、と聞いて連想するものはペガサスだって確かに間違ってはいない……読み方の上なら。こののび太の斜め上過ぎる回答に対し、早苗が思い切り吹き出した。

 まあ、外の世界からやって来たのび太にいきなり天魔、の漢字を当てろと言うのも難しいだろう。早苗は吹き出しながらものび太にも天魔の字が分かるように、きちんと紙の上に書いて説明するのだった。

 そして……。

 

「なるほどね。外の世界で、湖のほとりにあった神社がそっくり消えたって話の真相を確かめる自由研究で仲間外れにされたから、もっとすごいものを見つけようとしたら幻想郷にやって来たと……。しかも未来の道具で博麗大結界に触れないまま幻想郷に入ってくるって……あたしらよりもとんでもない事してる気がするんだけどね……」

「未来の道具とか、どうひっくり返っても幻想郷よりも幻想してるよね」

「「「……………………」」」

 

 もう何回目になるのか、同じ内容を説明するのが少々面倒くさくなりそうなのび太ではあったものの、守矢神社の三人と、妖怪の山の頂点たる天魔ならびに文の親子に対してこれまでの経緯……外の世界で消えたとされる謎の神社を夏休みの自由研究として調べようとした事、その時に仲間外れにされ、ならばもっとすごい場所の事を調べると見栄を張り、未来ひみつ道具で誰も来たことのない場所を目指した所幻想郷へと足を踏み入れてしまった事、八雲紫に幻想郷の話を聞き、博麗神社へと案内されてそこで守矢神社の話を聞いた事で、やって来た事を話すのだった。

 ちなみに、隣の魔理沙はと言うともう彼女にとっては聞いた話のため、退屈そうに欠伸をしながら話半分にのび太の説明を聞いていたりするけれども、初めて聞いた面々からすれば幻想郷がかわいいレベルの内容である。

 事実、のび太の説明を聞いた守矢神社の三人に天魔は皆頭を抱え、難しい顔をして考え込み、あるいは口をあんぐりと開けたまま幻想郷とは一体なんなのか、と本気で考えているようだった。

 唯一、新聞記者の文だけは職業柄なのか驚いたりするよりも先に興味深そうに「こんなに素晴らしい、新聞にしたら売上トップに立てそうな話をメモできないなんて……」と新聞記者としては少しでも新聞のネタにしたいのに、隣の母親に叱られた手前堂々と記事にするのもはばかられる……という相反する状況に、実に悔しそうな表情をしながらも、なるべくのび太の言葉を一言一句覚えておこうと必死になり反芻している。

 

「……まあ、君の話は分かった。結論から言うと、君の友達が外の世界で調べようとしている神社は、間違いなくうちの事だろうね。そういう意味では、君の友達よりも君の方が先に正解へとたどり着いた、と言うべきかな」

「…………じゃあ、ここがスネ夫たちの探している、えっと……外の世界で消えてしまったって言われている神社なんですね」

「ああ、その通りさ」

「…………やったーっ!!」

 

 そんな中で、四人の中で一番立ち直りの早かった神奈子が、のび太の探している外の世界で消えてしまった神社はここ守矢神社である事を告げる。スネ夫たちのように外の世界を探すのではなく、幻想郷に来たのび太こそが正解へとたどり着いたのだと。

 たっぷり十数秒、神奈子の言葉を受けて沈黙していたが、その次の瞬間のび太は飛び上がらんばかりにバンザイと叫んでいた。

 なんという偶然だろうか、何という幸運だろうか。

 外の世界で謎の神社を調べようとしていたスネ夫たちに仲間外れにされ、いつものようにドラえもんの道具を使ってやって来た幻想郷こそがその消えてしまった謎の神社の行き先だったなんて一体誰が想像するのだろうか。

 スネ夫たちも、まさか調べようとしている消えた神社にのび太がたどり着いているだなどとは、考える事もないだろう。

 普段なら、スネ夫やジャイアンに仲間外れにされて悔しい! とドラえもんに泣きつくのび太も今回ばかりは喜びのあまり、敷かれた座布団から立ち上がるとリビングの窓へと駆けてゆき届くはずのない空へ向けて、大声で叫んでいた。

 

「おーい! スネ夫ー! ジャイアーン! しずかちゃーん! どんなもんだい、僕だってやればできるんだぞー!!」

 

 その声は、さっきまで暴風や猛吹雪が吹き荒れていたとは思えないきれいな青空へと吸い込まれてゆくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、スネ夫。着いたぞ」

「パパ、ありがとう!」

「おじさん、ありがとうございます」

「スネ夫、それじゃあさっそく調べに行こうぜ!」

 

 一方その頃、外の世界ではある日忽然と姿を消した守矢神社(……もっとも、スネ夫たちはその名は知らないのだけれども)、そう湖のほとりから消えてしまったと言われる謎の神社の事を調べるべくスネ夫、ジャイアン、そしてしずかはスネ夫の父親の車に乗って問題の町、湖のほとりに位置する公園の駐車場へと到着した所だった。

 スネ夫が父親に神社を調べたいと言ったのは数日前の話なはずなのにもう目的地へとたどり着くこの速さは、スネ夫が以前言っていた「思い立ったらすぐに実行するのがうちの家族なんだ」と言うセリフの正しさを表している。

 それでも、忘れ物やトラブルと言った問題もなく、スムーズに動けるのはそう言った事をこれまでにも幾度となくこなしてきた証明でもあった。

 そうしてスネ夫の父親にお礼を言って車から降りたスネ夫、ジャイアン、しずかの三人。

 ちなみに、スネ夫の父親はこれから宿題をするに辺り宿泊する事になる近隣の貸別荘へと一足先に向かい、物件の確認をする事になっている。

 そのため、三人を下すとそのままスネ夫の父親は車で走り去っていってしまった。後に残るのは宿題を前にやる気十分な三人のみ。都会とは違う、周りを山々に囲まれ公園の池とは比べ物にならないサイズの湖を前にしてうーん、と大きく伸びをしながらめいめい大きく深呼吸をする。

 涼しく、喧騒の少ない町の空気を堪能しながらそれでよ、とジャイアンが隣のスネ夫に今後の予定を尋ねた。

 

「それでよ、スネ夫。その謎のレンジャーを調べるって言っても、一体どこから調べるんだ?」

「ジャイアン、それを言うなら神社だよ。うーん、まずは実際に消えた神社の跡地に行って、今はどんな様子になっているのかを確認してから、その後で街の役場や図書館で話を聞いたり調べたりするのがいいかなって思うんだ。もしかしたら、神社の事を知っている町の人を紹介してもらえるかもしれないしね」

「さすがスネ夫! 冴えてるぞ!!」

「ジャイアン、痛い、痛いから!」

「じゃあ、まずは役場に行ってみましょ」

「おう、そうだな!」

「そうだね」

 

 スネ夫の考えていた今後の予定に、ジャイアンが「さすがは心の友よ!」と言いながら全力のハグを決めた。

 ジャイアンの持つパワーでハグなどされた日には、そのまま絞め落とされかねないどころか命の危険もある中、痛い痛いと叫ぶスネ夫にようやくジャイアンもスネ夫の事を解放する。

 はあはあと、肩で荒い息をしながらどうにか急に降って湧いた命の危険から救われたスネ夫を確認すると、スネ夫とジャイアンの二人をまとめるようにしずかは役場へ行こう、と二人を先導するように歩き出すのだった。

 

「それにしても、のび太は本当に気の毒だよな。こんなに面白そうな自由研究に参加できないなんてな」

「いやー、ほんとほんと」

「二人とも、そんな事を言ったらのび太さんがかわいそうよ?」

 

 もちろん、当然のようにスネ夫もジャイアンも、しずかさえも当ののび太が今どこにいるのか、知る由もなかった……。

 

 




今回は守矢神社の中で、スネ夫たちよりも先に正解にたどり着いたのび太と何も知らずに外の世界で宿題をやろうとするスネ夫たちのお話でした。
もちろんスネ夫たちはのび太がどこにいるのかも、何をしているのかも全く知りません。

また、今回妖怪の山の天魔に登場してもらいました。
本作品において彼女は文の母と言う設定にしてあります。でないと、文を叱ったりできるポジションのキャラが少なすぎる……(汗
母親なら、文が暴走してもしっかりと叱り止める事が出来ますので、これは非常にありがたいです。


さてさて、のび太の宿題はどうなるのか?


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ぶんぶん文ちゃん、危機一髪!

はい、今回はのび太が気を失って倒れている間に何があったのか、のお話です。
と言うか完全に守矢神社をボロボロにした文がお説教をされるだけ、ですねこれは。



さて、そして劇場版ドラえもん『のび太の月面探査記』がいよいよ公開されましたね。
私は初日に早速観に行きましたが、いろいろと東方との絡みもできそうなネタがちらほらと。
それを抜きにしても面白い話でしたので、是非とも皆さんも(時間とお金が許すのなら)観に行ってみて下さい。


 ……さて、話はのび太が目を覚ますちょっとだけ前へと時間がさかのぼる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………や、やっと神社に着きました……。まったく、なんなんですかあの子供は。全速力で飛んでる無双風神中の私に攻撃を当ててくるし、いきなり台風並みの大風を吹かせたり猛吹雪まで起こすだなんて、本当に外から来た子供なんでしょうかね? それ以前に、本当に人間なのかも怪しくなってきましたよ……」

 

 のび太と文が互いにバショー扇と無双風神でもってぶつかり合った結果、ものの見事に守矢神社を半壊させてからしばらくして、道中で文に撃墜された早苗が戻ってきた後になってようやく翼をカチンカチンに凍らされれた文も這う這うの体で、守矢神社へと戻ってきた。

 ただし、戻ってきたとは言ったものの幻想郷随一の飛行速度を生み出す自慢の黒い翼はボロボロになり、羽さえ何枚かは抜け落ちているような様相に、さすがの鴉天狗も空を飛ぶ事が出来ず一歩一歩歩いて守矢神社まで帰ってきたところからも、至近距離で直撃したバショー扇謹製のブリザードはかなりの威力だった事が伺える。

 それでも、ここまでボロボロになりながらもきちんと歩いて帰って来られるだけのダメージしかなかったのだからやはり妖怪の耐久力と言うものは人間とは比較にならないのは間違いないだろう。

 そして、妖怪としての耐久力だけではなく、決してくじける事、折れる事のない鋼のメンタルを持つ文は「これはますます記事にする価値が出てきましたね」と、のび太へのインタビューをどうやって取り付けようかその算段を考えていた。

 普通はこれだけ酷い目にあったのだから、もうのび太にインタビューする事を考えるのはやめよう、と言う事にはならないのだから彼女の記者魂には恐れ入るしかない。

 事実妖怪の山に住まう鴉天狗たちの中で、この奇妙な外から来た子供の異常性と言うのか、特異性と言うのか、に気が付いているのは文だけではないだろうか。

 つまりは今ここでのび太に対して独占取材してしまえば文の新聞は売り上げがうなぎのぼり、そうでなくても幻想郷の人妖は皆新しい刺激に飢えている。のび太への取材内容が幻想郷の面々にとって、その刺激への飢えを満たす格好の題材となるのは間違いない、そう文は睨んでいた。

 そう、人里の参拝客のように妖怪の山の麓から続く参道の石段を一歩一歩、踏みしめながらどうにか守矢神社のボロボロになった鳥居が見えてきた、その時までは……。

 

「……おかえり文、ずいぶんと遅かったわね」

 

 ようやく神社に戻ってきた自身を出迎えた声に『はて、声をかけてくるのはいったい誰でしょうか?』と不思議そうに顔をあげた文の視線の先。

 参道の終着点、守矢神社の鳥居の前では腕を組み仁王立ちしながら文を見下ろす人影が一つ、ようやく守矢神社へと帰ってきた文を今か今かと待ち構えていた。

 そもそも妖怪の山の住民で、鴉天狗の文の事を呼び捨てにする者はなかなかいない。まったく皆無ではないけれども、本当にごく一部なのだ。

 これは妖怪の山での鴉天狗の立ち位置と実力から来ているのだけれども、その妖怪の山においてあえて呼び捨てで名前を呼ぶのは果たして誰なのか?

 足下から視線を上げて確認する先でその人影は鴉天狗の正式な装束に身を包み、足には天狗特有の一枚歯の下駄と言う至極歩きにくそうな下駄をはき、腰に差したのは鞘に塗られた漆の黒が眩しい一振りの刀。

 そして毎朝洗面所の鏡で見る、文自身にそっくりな顔立ち。

 しいて文との違いを挙げるなら、ショートな文と違いロングにしている、と言うところ位だろうか。

 その特徴に該当する人物を嫌と言うほど、数十年数百年前から、文は誰よりもよく知っていた。

 

「…………へっ、お、お母さん!? いっいえ、これは天魔様っ!?」

 

 そう、彼女の名は天魔。河童、天狗など数多の妖怪が住まうここ妖怪の山において頂点に立つ絶対の存在。そして彼女は文の実の母親でもあった。

 が、家においては母親であってもここ妖怪の山ではあくまでも彼女は天魔なのだ。だから文も慌てて、母親ではなく妖怪の山の長としての名前へと訂正する。

 もちろんそこには妖怪の山と言う組織に属する一員としての立場があったのは間違いないがそれ以上に……。

 

 

 

『天魔の目が笑っていなかった』

 

 

 

 何よりもまず、これだった。

 顔はさわやかに笑っているはずなのに、口元には穏やかなな笑みが浮かんでいるはずなのに、その目だけはどう贔屓目に見てもこれっぽっちも笑っていない。

 長年天魔の娘をやって来た文も、この表情をするときの天魔の事は嫌でも理解している。

 すなわち天魔がこの表情をするのは『自分が怒られる時』だと。

 当然文も、これからしこたま母親から怒られ長時間お説教をされると理解しながら、甘んじてお説教を受ける程子供ではなかった。

 すぐに石段の途中でくるりときびすを返すと『あ、あやややや。私ちょっと落し物がありましたので、探してきますね』と笑顔で取り繕い、急ぎその場を離れようとするのだけれども……。

 

「いだだだだだっ!? お、お母さん暴力は反対なのですよっ!」

「文が逃げようとするからでしょう? 逃げなければわざわざこんな事はしないわよ」

 

 残念ながら娘の逃亡を許すほど、天魔は慈悲深い存在ではないようだ。

 きびすを返した文が逃げ切るよりも早く、天魔の手が逃げようとする文の耳をむんずと掴み、おまけにそのままずるずると無慈悲に文の事を引きずっていく。

 これで体調が万全なら、文も天魔の成すがままにはならなかっただろう。

 けれども今の文はその前に起こったのび太との勝負でボロボロになっている事もあり、とてもではないけれども天魔の力に対抗する事などできはしなかった。

 耳がちぎれる、と文の必死の懇願もむなしく文はそのままずるずると守矢神社の境内から守矢神社の裏の母屋……東風谷家まで引きずられてゆくのだった。

 ただ、一つ文にとって幸いだったのはこの様子を撮影している他の鴉天狗が誰も居なかったと言う事だろうか? これでもし他の鴉天狗がいたのなら、間違いなく天魔に耳を掴まれ引きずられてゆく文の姿は格好の餌食になったはずだ。

 仮にもしそうなったのなら幻想郷中に文の醜態が知れ渡り、天魔の権威にさえ傷がついたかもしれない。

 しかし、幸いな事にこの事を知るのは天魔に文、そして守矢神社の三名のみだった。

 いや、文にとってはそれは幸いだったのだろうか……?

 

 

 

天魔説教中…………

 

 

 

天魔説教中…………

 

 

 

「何度同じ事を言わせるの! いい? 守矢神社に参拝途中で迷子になった子供を、無事神社に送り届けるよう私は指示を出したの。貴女なら、ある程度の力もあるから、もめ事もなく連れてこれると思ったからよ。それが! 何でよりにもよってただの人間の子供に無双風神なんて使ってるのかしら!? おまけに守矢神社まで半壊させるってのはどういうつもりなの!!」

「はい……申し訳ありません……」

「ほんとにもう、あんたという子は!! 人間の子供に怪我がなかったからいいようなもの、おまけにあんたが無双風神まで破られて、風で吹き飛ばされなんて……どこの世の中に外の世界から来た人間の子供に吹き飛ばされるような情けない鴉天狗がいますか!!」

「で、でもあの子はただの子じゃ……「だまらっしゃい!!」」

 

 守矢神社の母屋、すなわち東風谷家の和室でもって行われた天魔の説教はそれはもう、文にとっては拷問以外の何物でもなかった。

 座布団も与えられず、畳の上に正座をさせられた文は数時間前から途切れる事無く、ひたすらにお小言を聞かされている。

 おまけに、ちょっとでも体勢を変えようとすると天魔からの「叱られながら動くとは何事かしらっ! きちんと話を聞く気があるの!!??」と言う、更なるお小言が飛んでくるのだ。これが拷問でなくて一体何が拷問だろうか。

 

「……まったく、あんたって子は普段はしっかり動くのに、どうして新聞記事の事が絡むと途端に他の事はそっちのけで新聞記事の取材をしたがるのかしら。本当に誰に似たのかしらね……」

 

 こうしてお説教が始まって一体どれくらいたったのか? いくら妖怪の体力でも、さすがに数時間休む事なく文字通りのぶっ通しで怒鳴り続けて疲れてきたのか、天魔のお説教の声もその勢いは最初の頃よりも幾分落ち着いてきた。

 だから天魔が最後に口にした言葉は、文に向けてのお小言と言うよりもむしろ愚痴、と言った方が近いだろう。

 何もなければ妖怪の山の鴉天狗として、上意下達の組織の一員として的確に任務をこなし役割を果たしている。

 そう、何もなければだ。

 しかし天魔の言うように、ここに新聞記事のネタになりそうな事柄が絡むと途端に状況は一変してしまうと言う事か。

 鴉天狗としての任務も、他のなにもかも全部を放り出してまずその新聞記事のネタになりそうな事への取材に走ってしまう文に頭を痛めてきたのはここ数年の話ではないのだろう。実際、八坂神奈子の依頼で妖怪の山の総力を挙げて守矢神社に来る途中で遭難したのび太を保護し、連れてきてほしいと言う任務を放り出してあまつさえ保護対象ののび太に無双風神をぶっ放したのは他でもない、文自身である。

 そんな事も忘れたように、文はお説教を受け続けて疲れた頭でつい一言漏らしてしまうのだった。

 もちろんそれは文の本音であったのかもしれない、しかし今この場においてそれを口にしたのは間違いなく、文の今日一番の失敗だった。

 

「……そりゃあ、誰に似たのって……私はお母さんの娘なんですから、間違いなくお母さんですよね」

「………………ぁ”ぁ”?」

「……………………ぁ」

 

 例え本音であったとしても、今それを言うのはあまりにも愚策だった。

 文の言葉に、天魔の顔に青筋が浮かび非常にドスの利いた声で応え、その場の空気が一瞬にして剣呑なものへと変化する。

 そして文が自分の失敗に気が付いて顔から血の気がさぁ、と引いた時にはもう手遅れだった。

 

 

 

「あんたって子は、何を言っているの!!!」

「あんぎゃあああああああああ!!!」

 

 

 

 この日、守矢神社では二度にわたる暴風、そして猛吹雪に引き続き、雷雲もないのに強力な落雷が観測され、鴉天狗の焼き鳥が出来上がったと言う……。

 




文ちゃん、無双風神を破ったバショー扇によるゼロ距離ブリザード直撃に引き続き本日二度目の撃墜。
ちなみに天魔の説教についてはなるべくのび太のママのお小言に近くなるようにしてみました。
なので書いている間に、テキストがのび太のママ役の三石琴乃さんの声で脳内再生されていたのは内緒だ(汗


さてさて、次回はどうなるのか?


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神様、妖怪、そして人間、大いに驚く

久しぶりの投稿です。時間がかかってしまいすみませんでした。

さてさて、守矢神社の神様たちからとうとうのび太が今いる守矢神社こそが、外の世界で消えた神社……スネ夫たちが調べようとしている神社なのだと言う回答を貰ったのび太。
夏休みの宿題は一体どうなるのでしょうか?


 さて、のび太が幻想郷へとやって来た守矢神社……つまりは外の世界から消えたと言う、スネ夫たちが調べようとしている謎の神社こそが、今のび太がいる神社であると祭神の八坂神奈子に聞かされ喜んだのはいいけれども、のび太にはまだ疑問が残っていた。

 つまりは『どうして外の世界から幻想郷へとやって来たのか』と言う事だ。

 なにしろ幻想郷に来る、なんてそうそう簡単にできる事ではない。むしろどこでもドアをくぐるだけでひょい、と幻想郷に来れてしまったのび太の方がイレギュラーな存在なのだ。

 そのなかなか簡単にできる事ではないはずの事をやってのけたのだから、守矢神社の面々にも何かそれだけの理由があるのだろう。

 そしてのび太にとっても、スネ夫たちが外の世界でもう消えてしまった守矢神社について調べているに違いない以上、それよりももっと宿題をすごいものにするにはやはり神社の関係者に直接話を聞くのが一番手っ取り早かった。

 だから、のび太は手を挙げてから、一番今聞きたい事を質問するのだった。

 

「え、えっと……早苗さんたちは元々ぼくらの世界、えっと外の世界で暮らしていたんですよね? それなのに、どうしてわざわざ幻想郷に来ようとしたんですか?」

「「「………………………………」」」

 

 それは決して難しい質問ではない。ここに来た理由をここに来た本人たちに直接問う。それだけのはずなのに、のび太のこの質問に答える相手は、誰も居なかった。

 神奈子も諏訪子も早苗も、それだけではないのび太の隣にいる魔理沙も、そして天魔に文の親子も、簡単に答えられそうなはずなのに、この質問に答える事なくただじっと黙っている。

 コチコチと少し古いデザインの壁掛け時計が時間を刻む音だけがリビングに流れる中、意を決したように諏訪子が口を開いた。

 そして、彼女のその口から出てきた言葉にのび太は驚く事になる。

 

「……私たちはね、もう外の世界じゃ生きていけなくなったんだよ。だから私たちは外の世界から幻想郷に来るしかなかったんだ」

「え? どうしてですか? だって、外の世界で生きられないってそんな……ラグナ星みたいに外では誰も生きていけないようなボロボロな死の世界には、まだなっていませんよ」

 

 のび太の「ラグナ星」と言う聞きなれない言葉にその場の誰もが首を傾げたが、それも無理もない話だった。

 それは何しろどこでもドアでもたどり着く事ができない、地球からはるか10光年以上離れた宇宙空間を移動している宇宙船が、三百年前に捨てた母星なのだから。

 彼女たちが首を傾げたラグナ星、それは『のび太の宇宙漂流記』でかつて地球を訪れたリアン以下、宇宙少年騎士団太陽系方面調査隊団員たちの母船マザーシップ・ガイアが脱出する事になったはるか宇宙の果てにある星の名前である。いや、あったと言うべきだろうか。

 と言うのも地球をはるかに上回るほどに発達しすぎたラグナ星の物質文明が大地も、大気も、海洋も、星のすべてを汚染し尽くし最終的にラグナ星人は呼吸装置を使わなくてはろくに外も出歩けない、外で万が一にも呼吸装置が外れれば窒息待ったなしと言う恐るべき死の星へと変貌させてしまった。

 そのためラグナ星人はマザーシップ・ガイアを建造しラグナ星を脱出したのだと、ひょんな事から宇宙少年騎士団の宇宙船スタークラブに乗り込んだのび太たちに団長リアンは教えてくれた。

 その後、ワープ装置が故障してしまいスタークラブで直接地球に戻れなくなった(一応、物理的には可能なのだがワープなしで帰還した場合、およそ1億年かかるとの計算結果が出ている)のび太たちが地球に戻るため、そして独立軍を支配し地球を狙おうとしたアンゴルモアと戦うために、リアンの案内でマザーシップ・ガイアへと向かったのは懐かしい思い出である。

 それはともかくとして、もし諏訪子の話が本当なら外の世界ではもう彼女たちが生きていけないほどに、空や大地は汚染されていると言う事になるだろう。

 もちろん、外の世界からつい数日前にどこでもドアをくぐって幻想郷にやって来たのび太からすれば、外の世界がラグナ星のように生きていけないなどと言うほどに汚染された環境である、と言う実感は当然のび太にはない。

 のび太だけでなく、ジャイアンにスネ夫にしずか、ドラえもんに『今この世界で生きられないと思うか?』と質問したところで、そんな事はないと言う回答が笑い声と共に返ってくるのがオチだろう。

 そんなやり取りの間に諏訪子はそれだけで、のび太の言う生きられない世界と、自身が口にした生きていけなくなった世界、との間に大きな隔たりがある事に気が付いたらしい。

 

「君の言うラグナ星って言うのが何なのかは私たちにはわからないけれども、別に空気が息もできないほどに汚れたり、大地が汚染されて草木からの実り一つ得られないとか、そんな死の世界になった訳じゃないよ。ただ、私たちにとって外の世界はもうとても生きにくい場所になってしまった、って思ってくれればいいよ」

「もう話したと思うけれども私たちは神様でね、神様って言うのは何でもできるって君も思うかもしれないけれどもそうじゃない、人間たちから信仰される事で初めて存在できるんだ。でも、今の外の世界では神様を信じる人間たちがどんどんと減っていてね」

「あ……」

 

 諏訪子の言葉に続けるように、神奈子がその後を引き継いで説明した『神様を信じる人間たちがどんどんと減っている』と言う内容にはのび太にも心当たりがあった。

 なにしろひみつ道具やドラえもんと言った未来の存在が、ここ幻想郷で出会った神様や妖怪たちとはまるっきり真逆に位置する存在であり、のび太はその恩恵を外の世界でも他の誰よりも特別に受けているのだ。

 のび太自身、幻想郷に来ていなければ神様や妖怪が実在すると言われてもそんなモノはいる訳がないと笑い飛ばしただろう。

 そうでなくても以前出木杉くんに説明されたように、科学の発達によっててのび太たちの世界……つまりは幻想郷で言う外の世界において、魔法はすでにその息の根を完全に止められているのだ。それどころか魔法だけではなく神様や妖怪についてもまた然り、結局は後から発達してきた科学によって神も妖怪もその息の根のほぼすべてを止められてしまっている。

 そうでなければのび太とドラえもんが伝説の怪物であるヤマタノオロチと弥生時代で対決する事になった原因である『モンスターボール』も発明される事はなかっただろうし、ドラゴンや妖精にユニコーン、それに七万年前の日本でのび太が生みだしたペガ、グリ、ドラコが今でも暮らしているであろう空想動物サファリパークだってなかっただろう。

 これらは全て、幻想が完全に外の世界で息の根を止められたからこそ、逆に存在しているのだから。

 

「おい、のび太どうしたんだよ。そんなに泣く事か?」

 

 そんな、目の前の神様たちが外の世界で生きられなくなったと言う理由をいやと言うほどに理解して……のび太は泣いた。魔理沙の言葉にも答える事無くただ、泣き続けた。

 

「そんなのひどいよ……今までみんなのために神様たちはずっと昔から一生懸命がんばって来たんでしょ? それなのに、誰にも信じてもらえなくなって、生きてけなくなっちゃうなんて、そんなのってないよ、あんまりだよ……」

「「「「「「………………」」」」」」

 

 ぐしゅぐしゅと、ボロボロ涙をこぼしながら泣くのび太のこの言葉に誰も、たった今泣くほどの事かと聞いてしまった魔理沙さえ何も言えなかった。いや、言えないと言うよりもむしろ驚きすらしていた、と言った方が正確だろう。

 外から来た、妖怪も神も実在するなどとは数日前まで全く信じていなかったであろう無力な人間の子供が初対面と言っていい神、力だって人間とは比べ物にならない高位の存在である事を気にもせずに涙を流し、心から悲しむ、そんな感受性を持った人間がまだ外の世界に残っていたのか。

 言葉には出さずとも、それがその場の全員で一致した感想だった。

 実際、守矢神社が幻想郷に来たのは昨日今日の話ではない。幻想郷に山ごと引っ越しをしてからしばらくの時がたち、今では妖怪の山の妖怪たちだけでなく人里でも参拝する人たちがいるくらいには、その存在は幻想郷中に認知されているまでにはなっている。

 それでも、彼女たちの事情を正しく知る人妖が少ない可能性もあるにしろ、幻想郷に住む人も妖怪も、彼女たち守矢神社の神々の境遇について、今まで泣き悲しむ者は誰もいなかった。

 だからこそ、神奈子や諏訪子に早苗が、外の世界では生きていけない原因が自分たち外の世界の人間にあると理解したのび太の涙は、心からの言葉は、彼女たちにとっても驚きであると同時に、深く突き刺さったのだ。

 

「いいんだよそんなに泣かなくたって、これは私たちが自分で選んだ事なんだ」

「そうだよ。それにこっちに来たらそれはそれで毎日退屈しないしね。君みたいな楽しい子も来てくれたしね」

「で、でも……」

「あー、もう! 男の子がいつまでも泣くんじゃないの! あまり泣いてると祟っちゃうぞ?」

「え? ……わ、わわっ!? ちょ、ちょっと諏訪子さま。たたり……って、祟りがあるんですか?」

「そうさ、小学生くらいにしか見えないけれども諏訪子の正体ははるか大昔から外の世界で神社があった場所を治めていた怖い怖ーい祟り神なんだ。君も言う事を聞かないと…………」

「ちょっと神奈子様も、どうしてのび太くんを脅かすような事を言うんですか!」

「そうだよ神奈子! それに小学生みたいな怖い祟り神って、私の評判下げるような事言わないでよね」

「何言ってるんだい、さっき外で私の事もひどい言いようだったじゃないか。そのお返しさ」

 

 神奈子に諏訪子が気にするなと慰めてものび太はなかなか泣き止まない。とうとうしびれを切らした諏訪子がげこ、とカエルのように敷かれた座布団の上からカエル飛びの恰好でひとっ飛びしのび太の首にしがみついた。

 ちょうど身長や体形が同じくらいと言う事もあり、その様子は神様と言うよりも同級生同士の小学生がじゃれあっているようにしか見えない。けれども諏訪子の発した祟り、と言う言葉は効果覿面だったようでそれまでぐずついていたのび太もさすがに泣くのを止めてしまう。と言うか、明らかにその表情には怯えが混じっていた。

 それは神への恐怖、と言うよりも幻想郷に暮らす人々がよく宿す表情。妖怪に襲われる、と言う妖怪に向けての恐怖に近いものだった。

 それまで黙っていた早苗が間に入らなければ、また別の意味でのび太は泣き出したかもしれない。

 おまけに、小学生みたいな容姿だの怖い怖い祟り神だのと、あることない事をのび太に吹き込もうとした神奈子に対して諏訪子がカエルそのままに、ぷくーっと頬を膨らませながら抗議の声を上げ、対する神奈子はけらけらと笑いながらさっきのお返しだと諏訪子の抗議を聞き流す。

 そんな守矢の神々のやり取り、神と言うよりもまるで人間のようなやり取りを前にしてようやくのび太の表情にも笑みが戻るのだった。

 

「それじゃあ、諏訪子さまは僕のおばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんのそのまたおばあちゃんの……」

「あー! のび太もそういうこと言うー! 私はそんなにおばあちゃんじゃないよー」

「ははは! 諏訪子はおばあちゃんか。そんな風に言われたのは今までになかったんじゃないのか?」

「それを言ったら神奈子だって同じでしょうが」

「……ぷっ、神奈子さまも諏訪子さまも、なんだか毎日楽しそうですね」

 

 ……ちなみに、このやり取りの中で最大の被害者は諏訪子ではなく、その傍らで笑うに笑えない状況でひたすらに耐え続けなくてはいけない天魔と文の母子と魔理沙の三人だろう。

 一瞬でも気を緩めれば間違いなく吹き出すであろうやり取りを、両手で耳をふさぐわけにもいかずとにかくじっと終わるまで耐え続けるしかなかったのだ。

 特にのび太が諏訪子に対しておばあちゃん、と発言をした時にはそれまではどうにか耐え続けていたさすがの天魔も吹き出しそうになったのだが、握りしめた手に込めた力を血がにじむほどに強くする事でどうにか凌いでいた事を知るのは、天魔と文に魔理沙のみであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな外野の地獄そのものな体験に終止符を打ったのは、のび太でも神奈子でも諏訪子でも、ましてや早苗でもなくリビングにかけてある壁掛け時計だった。

 それまでカチコチと秒針を刻む音を立てていた壁掛け時計が、13時の鐘を鳴らした事でようやく神奈子がもうお昼の時間だと気が付いたのだ。

 

「……おや、もうこんな時間じゃないか。まあ、まだまだのび太も私たちにいろいろと聞きたい事もあるだろうけれども、まずは腹ごしらえをしなくちゃいけないからね。それに神社の修理だって終わってないんだ。そこの鴉天狗だって早く作業に取り掛かりたいだろう?」

「……うぐっ」

 

 神奈子の言葉に、文の表情が露骨に怯えの色を帯びる。

 そう、何しろまだ守矢神社は先の弾幕勝負の被害を被ったままなのだ。もちろんそれを修理するのは被害を与えた張本人の文である訳で、さすがに守矢神社の八坂神奈子にそう言われてしまっては、文の立場ではぐうとも言えはしない。

 それでも、外の世界とは違い幻想郷で食事の支度をするとなるとある程度は時間が必要になってくる……そう文は踏んでいた。薪を使ってかまどの火をおこし、その火でもって鍋の湯を沸かす。

 外の世界ならスイッチ一つでお手軽にできる作業もここ幻想郷ならかなりの時間を要するのだ、そう、普段なら。

 文は失念していたのだ、今この場には外の世界から来たのび太と言うイレギュラーがいる事に。

 

「あ、それなら食事の支度なんて必要ないぜ早苗。何しろこっちには何でもできる未来の道具があるんだからな」

「なあ白黒、それ……どう考えてもお前さんの持ち物じゃないだろう?」

「なに、細かい事を気にしちゃいけないんだぜ。さあのび太! 今朝見せてくれたあの魔法の布をこいつらにも見せてやってくれ!」

 

 お昼ご飯の支度をしようとその場を立つ早苗を魔理沙が制して、自分の道具でもないのに自慢げにひみつ道具のすばらしさを説明しようとする魔理沙。神奈子があきれ顔でツッコミを入れるけれども魔理沙はそんな事を気にする様子もく、ばばん! と効果音でも付きそうな勢いでのび太にグルメテーブルかけの使用を促す。

 

「はい、それじゃあ……グルメテーブルかけ!」「「「「「………………」」」」」

 

 魔理沙に言われてのび太は今朝、博麗神社で霊夢と魔理沙に見せたようにスペアポケットからグルメテーブルかけを慣れた手つきで取り出して見せた。

その様子に、何が起こるのかもう知っている魔理沙以外の五人の視線が一斉に集中する。

 そして一人すでにグルメテーブルかけの効果を知っている魔理沙は、これから五人が見せるであろう反応を想像したのか笑いをこらえられない、と言った風にその様子を見ていた。

 が、のび太の行動はそれだけでは終わらない。今度は魔理沙も名前を知らない道具の名前を口にしながら、再びスペアポケットへと手を突っ込んだのだ。

 その様子には、さあグルメテーブルかけの効果に驚くがいい、と笑っていた魔理沙も目を丸くしながらのび太の次の行動をじっと観察する側に回る事になる。

 

「次は……どこにあるかな……えっと、とりよせバッグ!」

「なあのび太、それはどうやって使うんだ? どう見てもただのバッグにしか見えないんだが……」

「えっとですね。これは……霊夢さん!」

「「「「「「………………!?!?!?」」」」」」

 

 今度は魔理沙ものび太を観察する側に回る中、六人の前でのび太が取り出したのは女性向けの肩掛けバッグのような……と言うよりもそれしか形容のしようがないバッグだった。

 もちろんスペアポケットから取り出した未来のひみつ道具である以上、ただのバッグであるはずはない。

 その正体は、取り出したいモノを自在に取り寄せられると言う驚きの道具なのだ。バッグの中は空間がねじ曲がっており、取り寄せたい対象の付近へとその空間の出口が開く。

 後はバッグに手を突っ込み、空間の出口を通じて対象を掴んで取り寄せればいいだけ……なのだが、欠点としては手しか突っ込めないため、向こう側がどうなっているのか全く分からないと言う点が挙げられる。

 逆に言えば、その欠点さえ目をつむれば『のび太の夢幻三剣士』においては夢宇宙から現実世界の四次元ポケットを取り寄せ、あるいはバッグをさかさまにする事で川の水をも取り寄せて洪水を引き起こし、妖霊大帝オドローム配下の土の精(ゴーレムのような魔物で、水に弱い)を全滅させることにも成功している。

 また『のび太の魔界大冒険』においては魔界星から地球ののび太の机を取り寄せ、タイムマシンで過去に戻る事にも成功しているたりする(もっとも、魔界大冒険については魔界星にのび太の机を持ってきたためにメジューサの追跡を許してしまったのだが……)と言う、非常に便利な道具なのだ。

 そしてのび太はその効果を証明するかのごとく、霊夢の名前を口にしながらバッグへと手を突っ込む。

 そして、その手がゆっくりとバッグから引き抜かれていきその手が掴んでいたのは……取り寄せバッグから顔だけ出した、霊夢の襟だった。

 

「ちょっと紫!! アンタ昼間からなに人の事スキマに引っ張り込もうとしているのよ!! って、あれ? のび太じゃない。それにここは……? 紫は一体どこに行ったのよ?」

「「「「「「えええええええっ!?!?!?」」」」」」

 

 もちろん幻想郷で暮らす面々はこんな効果を持つ道具などそうお目にかかる事はないだろう。しいて挙げるとすればスキマ妖怪、八雲紫のスキマの効果が最も近いと言えるのだろうか。それだって、そうそう目にするものではない。

 その証拠に、バッグから霊夢が取り出されると言う手品のような現象に守矢神社の東風谷家……母家のリビングで神奈子、諏訪子、早苗、天魔、文、そして魔理沙。六人の上げた驚きの声は、それは見事なハーモニーを奏でたのだった……。

 




新しいひみつ道具、取り寄せバッグの登場です。
しかしこれ、霊夢からしたらいい迷惑ですよね。急に襟首掴まれてスキマ(仮 へと引きずり込まれる訳ですからね……。
そしてまだ直らない守矢神社は果たして修理されるのか? 




※5月に行われる例大祭でサークル申し込みをしていましたが、無事に当選する事が出来ました。
そのため、原稿の執筆作業もあるため、しばらくの間更新が遅くなる事が考えられます。全く更新がゼロになる事はないと思われますので、皆さまどうぞご了承ください。


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直しましょう、守矢神社(その1)

お久しぶりです。投稿が遅くなり申し訳ありませんでした。
平成の時代はご愛読誠にありがとうございます、そして新しい令和の時代ものび太の冒険にお付き合いいただきますようどうぞ宜しくお願い致します。




「さて、と……掃除も終わっちゃったし、のび太たちが帰ってくるまでのんびりしていようかしら」

 

 守矢神社の母屋で、のび太が守矢神社の神様たちに圧迫面接……もといいろいろと話を聞いたりとやり取りをしていた頃、博麗神社に一人残った霊夢は誰もいないのをいい事にのんびりと縁側でお茶をすすりながら「のび太がいてくれるからご飯の支度をしなくて済むし、本当に楽でいいわね」と、完全にのび太のグルメテーブルかけに依存しきった台詞を口にしながらとっておきのお菓子であるおせんべいをぽりぽりと食べていた。

 今朝、のび太や魔理沙と一緒に朝食を済ませた霊夢は、守矢神社に行くという二人を見送った後で日課でもある博麗神社の掃除を始める事にしようとして……気が付いてしまったのだ。

 もうすでに掃除はのび太がねじ式台風を使って、とっくに終わらせていた事に。それに気が付いて、それじゃあ井戸から水を汲んでおかなくちゃ、と思ったところでそれすらももうのび太が出してくれたひみつ道具、どこでも蛇口のおかげで必要がない事を思い出してしまった。

 が、こうなると困ってしまうのが霊夢だった。

 なにしろこれが少し前なら、食事一つ取っても準備などにもう少し時間がかかるし、掃除についてもやる人間が霊夢一人しかいない事もあり、必然的に食事の後に始める事になるのだけれども、なにしろ今の博麗神社にはのび太と言うとんでもなく便利な道具を持った居候がいるのだ。

 そののび太が持つ道具のおかげで、初めてその効果を目にした霊夢が博麗神社の御神体にしたいとさえ言い出したグルメテーブルかけの効果もって今朝の食事の準備時間は一分も必要とせずに終わっているし、境内の掃除についてはものの三十分もしないうちにねじ式台風で終わらせてしまっている。

 つまりそれはそっくりそのまま、本来ならば異変などがない限りは霊夢が朝食の支度や片付けなどを終えてから境内の掃き掃除などの行動を開始する、と言う時間がまるごと必要なくなってしまったと言う事でもあった。

 こうなると、本当に何もやる事がなくなってしまう霊夢。

 

「あぁ……退屈。のび太の持ってきてくれた道具は便利なのはとてもいい事だけれども、やる事がなくなるのは困るわね。今度のび太に退屈しのぎになるような道具がないか、聞いてみようかしら……」

 

 などと誰に向けるでもなく言いながら、霊夢は戸棚からおせんべいと急須に湯呑みを用意すると本当ならもう少し後になってから飲むつもりだったお茶の支度を始めるのだった。

 

 

 

少女支度中………………

 

 

 

少女支度中………………

 

 

 

「…………。は〜、平和ね。これで誰かお賽銭をたっぷり入れてくれたら言うこと無しなんだけれどなぁ。とは言っても、さすがにのび太からは……貰えないわよねぇ」

 

 数刻後、霊夢は淹れたてのお茶をすすりながらのんびりと博麗神社の縁側で平和な時間を満喫していた。

 それでも、やはり参拝客がいないと言うのは霊夢にとって平和と天秤にかけられるだけの問題であるらしく、賽銭箱の方を見ながら居候をさせているのび太から宿賃がわりにお賽銭を巻き上げようかとも考えたようだが、すでにグルメテーブルかけにどこでも蛇口と言うひみつ道具を使わせてもらっている以上それも難しいか、とすぐに頭を振ってこの案を打ち消すのだった。

 これでもし同じ頃、のび太が妖怪の山で魔理沙に振り落とされて大捜査網が張られたり、哨戒中の白狼天狗の椛や鴉天狗の文と弾幕で勝負したりと大騒ぎをしているなどと知ったら、霊夢もこんなのんきに考え事をしながら過ごしていなかっただろう。

 そんなこんなで数時間、何回か湯呑を空けた頃になって霊夢のお腹がくぅ、とかわいらしい音を立てる。

 そこでようやく霊夢も、今の時間がお昼を回っている事に気が付いたのだけれども、今ここにのび太はいない。

 

「そう言えば、のび太たちっていつ頃戻ってくるのか何も言ってなかったわね……。どうしよう、お昼はまたのび太の道具で楽しようと思ったんだけどなぁ」

 

 のび太が戻って来なければグルメテーブルかけは使えないし、かと言って自前でお昼の準備をしてものび太と魔理沙が戻ってくる時間が分からなければ二人の分も用意していいのか分からない。

 

「……よし、私も守矢神社に行けばいいのよ」

 

 腕組みをしながらどうしたものかとしばらく考えた末に、霊夢が出した結論は自分も魔理沙とのび太を追って守矢神社に行く、と言うものだった。

 ぽん、と一つ手を打って『そうよ、なんでこんな簡単な事を思い付かなかったのかしら』などと言いながら、いそいそと湯飲みや急須、おせんべいを片付け始めたまさにその時に霊夢の目の前で『それ』は起こった。

 

「…………? なによ、紫。私はちょっとこれから守矢神社まで行かなくちゃいけないんだけど……っ!?」

 

 思い立ったら善は急げとばかりにお茶や急須などを手早く片付け、身支度も整えた霊夢がいざ守矢神社まで、つまりは妖怪の山まで向かおうとしたその矢先に、ぬう、と霊夢の目の前の空間にぱくりと裂け目ができる。

 ここで普通の人間なら、めったにお目にかかる事のないこの出来事に驚くのだろうけれども、あいにくと霊夢はただの人間ではない。

 この程度の出来事なら割と頻繁に目にしているため、すぐに呆れたように裂け目に向かって口を尖らせる。

 そう、その裂け目はのび太が幻想郷に来て最初に遭遇した妖怪、八雲紫の能力によるスキマそっくりだったのだ。

 そして紫自身、移動についてはこのスキマを多用し博麗神社にもやって来るため霊夢も今更スキマが空間に開いたところで驚くような事はない……はずだった。

 ところが、いつまでたっても開いたスキマからは主である紫が出てこない。本当ならすぐに出てきて胡散臭い笑顔と共に言葉を述べるはずなのに、だ。

 それともスキマを開いたはいいものの、狭すぎて詰まっているのではないだろうか? そもそもスキマに詰まる、なんて情けない事はスキマ妖怪である紫に起こるのかしら? などとくだらない事を霊夢が考えてるのと、スキマから手がにょっきりと生えてきたのはほとんど同時だった。

 おまけにその手はぶんぶんと動き回り、まるで何かを手探りで探しているかのよう。

 紫ならまずしないであろうその手の動きに霊夢が思わずお祓い棒を手にした時、その手が霊夢の襟をむんずとばかりに掴むや否や、スキマめがけて引っ張り込んだ。

 

「ちょ!? ゆ、紫なにするのよ!」

 

 今までされた事がなかったせいもあって、まさか紫が自分をスキマに引きずり込もうとするなどとは思っていなかった霊夢は完全に混乱してしまう。

 そもそもスキマと言うのはどこだかさえわからないような空間なのだ。引きずり込まれたはいいものの、出口がなければ出る事さえできないのだ。そんなスキマに頭から引きずり込まれた霊夢の目の前にあったのは。

 

「ちょっと紫!! アンタ昼間からなに人の事スキマに引っ張り込もうとしているのよ!! って、あれ? のび太じゃない。それにここは……? 紫は一体どこに行ったのよ?」

「「「「「「えええええええっ!?!?!?」」」」」」

 

 八雲紫ではなくのび太と、霊夢を見つめながら驚きの声を上げる魔理沙、そして守矢神社の面々たちだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

「…………で、守矢神社でお昼にする事になったから、私も呼ぶためにその『とりよせバッグ』で連れてきたって訳ね?」

「は、はい」

 

 守矢神社の母屋にとりよせバッグでもってとりよせられた霊夢はうるさい! と周囲を一喝しのび太に事情を求めたはいいけれども、その気迫は神奈子、諏訪子、早苗の三人を前にした時の比ではなかった。もちろん霊夢も決してのび太をおどかそうとした訳ではない。ただ、それでも霊夢の迫力はジャイアンに勝るとも劣らないともなれば、普段ののび太の精神力では耐えられる訳もなく。

 若干怯えの入ったのび太の説明を受けて、ようやく自分が博麗神社から守矢神社まで一瞬で移動した事に納得したように、何回もついさっき自分が体験した事を何回も反芻するのだった。

 確かに最初はいきなり襟首をつかまれて引きずり込まれたのだから驚きとともに不機嫌ではあったものの、まさかのび太まで紫のスキマと同じような芸当ができるとは当然のように思っていなかった事ともう一つ、本来最も適切であろうひみつ道具のどこでもドアが壊れている事を霊夢自身が知っていると言う事情もあり、霊夢も「まあ、私もお昼に呼ぼうとしてくれた上での事なんだから仕方がないわね」とこれ以上の追及をするつもりはないようだった。

 そして……。

 

「それじゃあみんな揃ったところで……えっと、それぞれ『食べたい料理の名前をこのグルメテーブルかけに言って』下さい」

「それじゃあ……ざるそば!」

「「「「「はああああああああっ!?」」」」」

「「……まあ、こうなるわね(よな)」」

 

 のび太の『グルメテーブルかけに向かって食べたいモノを言え』と言う依頼に、真っ先に名乗りを上げた神奈子が物は試し、とざるそばを注文するが早いが、軽快な音とともにグルメテーブルかけの上に打ち立てゆでたてのざるそばが現れた事で、効果をすでに体験して知っている霊夢と魔理沙以外の5人から、一斉に驚きの声が上がった。

 だがこれで全員がこのグルメテーブルかけの効果をはっきりと認識したらしく、皆口々に食べたい料理の名前を口にしていく。

 ちなみに諏訪子はそうめん、早苗はミートソースパスタ、文と天魔の母子は神奈子同様にざるそばを、のび太はお子様ランチを注文し、最後に残った霊夢と魔理沙がカツ丼を頼もうとして文が『鳥の卵を食べるなんて! それは鴉天狗全員に対する宣戦布告と見ていいですね!?』と激怒してまた暴れそうになり、母親である天魔のゲンコツと共に『この子は、人の食べるものにいちいち文句を言うんじゃありません!』としこたま怒られたのはまた別の話である。

 

「それでは皆さんご一緒に……」

「「「「「「「「いただきます!!!!!!」」」」」」」」

 

 神奈子の音頭を合図として守矢神社の母屋、そのリビングに入るには少々大人数による昼食会が始まった。

 何の支度をせずともすぐに料理が出てくると言う驚異の利便性に加えて、かつてスネ夫の舌をも唸らせたグルメテーブルかけ。霊夢や魔理沙はおろか、守矢神社の三人も、妖怪の山の二人も、夢中になってそれぞれの頼んだ料理をぱくついている。その味への評価は誰も何も言わないものの、むしろ誰もが黙ったまま夢中で箸を進める様子が何よりの証明だった。

 あっという間に全員が食べ終え、後に残るはきれいさっぱり空っぽになった器のみ。

 

「さて、と。お昼も食べた事だし……鴉天狗には壊した神社の修理をやってもらおうかな」

「な、なんで私だけなんですか!? 私よりもむしろこの子の方が私以上に壊していますよね? 外来人とは思えない吹雪や大風まで起こして私を吹き飛ばして……。鴉天狗を吹き飛ばすような吹雪を起こしている以上、ここは私だけではなくこの子も一緒に壊れた神社の修理をやるに相応しいと思います!」

「…………へ!? え、ええええっ!? そ、そんなぁ」

「そんなもヘチマもないです。さあ私だって神社を直すために立ち上がるんです。自分で壊したものはちゃんと自分で直しましょうね」

 

 『ふぅ、満腹満腹』とざるそばを平らげてしまった神奈子が文へとさっそく半壊した守矢神社の修理をするように言いつける。

 が、なにしろここではいはいと言われるがままに修理を受けてしまったら最後、面倒くさい事この上ないと百も承知。となれば文だってそう簡単に首を縦に振る訳がなかった。

 むしろ死なばもろともとでも言わんばかりに『のび太こそ守矢神社を破壊した張本人』などと言い出す始末。

 もちろんそれだけではなく、これには文の計算もあった。ここでもしうまくのび太も一緒に神社の修理に駆り出せば、自分だって面倒くさい神社の修理をさっさと終わらせるために間違いなく何か道具を持ち出すのではないか? と文は踏んだのだ。

 何しろたった今体験した、のび太が取り出した『グルメテーブルかけ』なるぱっと見はただの布切れ一枚でさえ、本当なら支度にある程度の時間がかかる昼食の支度をわずか数分たらずで終わらせてしまったのを目の当たりにしている。

 あれだけあっさりと作業を終わらせてしまう便利な道具があるのだから、物を直したりする修理や治療などを簡単に済ませてしまう道具もあるのではないか? 後はそれを使っている所を撮影、あわよくばのび太から説明までしてもらえれば間違いなく次の新聞の一面はそれで決まり、間違いなく売り上げは上位に食い込むだろう。

 となれば多少のリスクなんてなんのその。

 射命丸文、彼女は新聞の売り上げのためならばためらう事なく虎穴に飛び込んで見せる記者だった。

 だからこそのび太を巻き込んで、ひみつ道具を使うように仕向けたのだ。母親である天魔に怒られるかもしれないと言うリスクを承知の上で。

 

「こらこら、暴走した鴉天狗はともかく、なんでうちの神社にはるばる外から来てくれた参拝客に神社の修理をさせなくちゃならないんだ」

「そうですよ。そんな話が広まったらうちの神社の人気が駄々下がりじゃないですか」

「分からないよ? この子はただの子供じゃないからね。さっきのテーブルかけみたいに、またとんでもない道具が出てくるかもしれないしね」

 

 もともとが神社を半壊させた罰則として修理をやらせようとしたはずが、まさかの参拝客であるのび太まで一緒に修理作業を行う流れに傾きかけた事に神奈子が止めに入り、それに続く格好で早苗も文に文句を言う。

 特に早苗の場合は、文と勝負して負けていると言う事もあるのだろう。

 三人の中で唯一のび太が持つひみつ道具の可能性に、文と同じように目を付けたのは一歩引いた目線で様子を見ている諏訪子。それは見た目的には年上の二人が逸るのを、一番幼い容姿の少女がブレーキをかけると言う実に奇妙な光景でもあった……。

 

 




本当はもう少し短く修理を終わらせるつもりだったのですが、書けば書くほど文章量が増えてしまい投稿どころではなくなってしまいましたので(滝汗 急遽分割する事を決定しました。

これから修理を始めますが、果たしてどんなひみつ道具を使う予定なのか、そもそも彼女たちギャラリーがいる前でひみつ道具を使って無事に修理できるのか、結果につきましてはもう少しお待ちください。




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直しましょう、守矢神社(その2)

守矢神社の修理、前編に引き続き後編の投稿です。大変遅くなりました、本当ならこれを1話にまとめて投稿したかったのですが、やはり無理でしたね。
本当はもっと短い話になるはずだったのに気が付けば前編よりも文章量が多くなると言うこの恐怖(汗
文字って怖いです……。



さて、いよいよ修理が始まりますが守矢神社は直るのでしょうか?


 本当なら夏休みの宿題で仲間外れにされたから、負けじとやって来たらその守矢神社こそが外の世界でスネ夫たちが探していると言う消えてしまった神社だったと言うだけの話……のはずなのに。

 新聞のネタになるからと暴走して襲い掛かって来た(※のび太視点)文を撃退するために応戦したのび太を待っていたのは、文からの『戦ったのはのび太と私の二人なのだから、直すのも私とのび太の二人でやるべきだ』と言う無茶苦茶な論理展開だった。

 そもそも文の言葉は勢いだけで論理からはかけ離れているとしか思えないのだけれどもそこは妖怪として長くを生き、新聞屋として場数を踏んできただけの事はあり、ズイズイと近づきながら笑顔で迫る文にのび太は完全に押されっぱなしになっていた。

 

「さあ、さあ! 神社を壊してしまった者同士さっさと直してしまいましょう。妖怪の山にあるこの守矢神社のため、神奈子様や諏訪子様の信仰のため! ……そして何よりも私の新聞のために!!

「い、今新聞のためにって……」

「……何かいいましたか!?」

「い、いえ。何でもないです……」

「よろしい」

「なあ霊夢。のび太が出す未来の道具なら……守矢神社、すぐに直せると思うか?」

「ええ、簡単かどうかはわからないけれど、できるでしょうね。むしろのび太の道具でできない事を探す方が難しいんじゃないかしら。だから文だってのび太にどうしたって手伝わせたいんでしょ。手っ取り早くするのと、新聞のネタを手に入れるために」

 

 また、霊夢と魔理沙も諏訪子同様にのび太に修理の手伝いをさせようとする文の目的に気が付いているため、文の言い分に反対するようなことはなかった。もしかしたら、ああなってしまった文に近づくとどんな面倒くさい事になるか分かっているから、と言う事かもしれないけれども。

 むしろ今の二人はこれ以上一体どんな未来の道具が出てくるのか? と言う点に興味があるらしい。

 なにしろ二人とも一部だけとは言え、ひみつ道具の効果をこの数日の間に幾度となく体験しているだけあってもう幻想郷以上に幻想しているひみつ道具がこれ以上何をしてくれるのか、気になるのだろう。

 

「……まったくもぅ、あの子は新聞が絡むと本当に見境がなくなるんだから……」

 

 逆にこの場にいる面々の中で唯一困ったような……実際に困っているのだろう。のび太にまで神社の修理を手伝わせようとしている文にため息をついたのは実母でもある天魔だった。

 神奈子から話を受けて捜索隊や文に命じての、のび太の保護を各天狗たちに命じたその先がこれなのだから、母親としても天狗の長たる天魔としても、ため息の一つくらいは吐かなければやっていられないのかもしれない。

 そして天魔の言葉からも、昔からずっと文の性格が変わらない事も伺える。

 結局『こうなったら、のび太が危険にさらされそうになったら動くしかない』と、天魔は天魔で一人娘である文の動きに気を付けながら、神奈子たち守矢神社の面々、あるいは霊夢や魔理沙とはまた違った緊張感でもってのび太と文の行動を観察する事になるのだった……。

 

「さて、修理に当たって一体何を出してくれるんでしょうか?」

「…………はぁ、わかりました。えっと……そうですね。この神社のあちこちを直すとなれば……あった!『タイムふろしき!!!』」

「……なんだよのび太、また布切れじゃないか」

「落ち着きなさいよ魔理沙。あののび太が出した物なのよ? ただの布切れの訳がないでしょう」

 

 霊夢がただの布切れの訳がない、とは言ったものの、魔理沙の言葉もあながち間違いではない。

 何しろ(文に脅されて、半ばあきらめながら)のび太が取り出したのはグルメテーブルかけではないにせよ、また一枚の布切れだったのだから。

 この一見するとそれぞれの面が赤と青に染められた、珍しい柄のふろしきにしか見えない布切れこそが包んだもの(あるいは被せたもの)の時間を進めたり(つまりは古くなる)、また逆に巻き戻したりする(つまりは新しくなる)効果を持つタイムふろしきである。

 かつて『のび太の恐竜』において、のび太が偶然から発掘した恐竜の卵の化石をこのタイムふろしきで包み、卵として復元させた上、1億年と言う途方もない時間の果てにフタバスズキリュウ(厳密には恐竜とは言えないけれども)のピー助を孵化させたのはのび太にとっても忘れられない思い出である。

 とはいえ、まさかこの現代でフタバスズキリュウを育てるわけにもいかず、一億年前の日本に送り返す事にしたのだ。それがのび太たちが幾度となく体験する事になる全ての大冒険の始まりの冒険でもあった。

 そんなタイムふろしきを取り出したのび太は早速その場の全員に説明を始める。

 

「えっと、これはタイムふろしきって言って……えっと、包んだりかぶせたりしたものの時間の流れを進めたり、逆に遡ったりできるんです。僕がやったのはええと、一億年前の恐竜の卵をタイムふろしきで包んで卵に戻して孵したりさせました」

「「「「「「「いっ…………………………」」」」」」」

 

 一億年、つまりは……ジャイアンいわく『一年の一億倍』。

 あまりに巨大な時間の壁に、ピンとこないと言うのび太たちにドラえもんが説明した(その当時の学説で)のは、「昔々あるところに王様とお妃様が~」のお馴染みのフレーズで始まるおとぎ話の時代がざっと千年前、その倍の二千年前にはキリストが生まれた。ここからクリスマスや西暦は始まっているのだ。

 で、さらにその倍の四千年前になると世界各地に四大文明が発生しており農耕などもはじまるようになる。もひとつおまけに倍の八千年前にまでさかのぼってくるとその頃にはまだ文字の発明がなされていないため、記録がないのでその時代の様子はほとんど不明なのだと言う。

 化石や石器などによるものではなく、明確な記録が残っている人類の歴史なんて高々数千年。

 その数千年の年月をさらに一万回以上と言うレベルで繰り返してようやく一億年が経過する……などと言う途方もない気の遠くなるような年月であると言うのがドラえもんの説明だった。

 もちろん神話の時代からこの国を治めてきたのであろう神奈子と諏訪子、はたまた妖怪として長い時間を生きてきたであろう天魔や文からしても、はるか歴史の向こう側である恐竜の闊歩する時代まで時間を巻き戻せる、などと言う何も知らなければ与太話か冗談としか聞こえない話に誰もが口をぽかん、と開けて唖然としながら、それでもなんとか誰もがのび太の話を聞いていた。

 

「説明するよりも、これもテーブルかけみたいに実際に使って見せた方がいいかな。皆さんちょっといいですか?」

 

 が、いくらなんでも外の常識が非常識に、外の非常識が常識となるこの幻想郷でも流石に一億年もの昔の状態まで掘り出した化石を戻して卵を孵化させた、などと言っても普通は信じないだろう。

 紫辺りが話を聞いたら、叫ぶどころか泡を吹きだし白目をむきながら卒倒しそうである。

 それならばグルメテーブルかけのように実際に使っている所を見せた方が説明するには手っ取り早い、そう考えたのび太はタイムふろしきを手に守矢神社の境内へと出るように声をかける。

 ぞろぞろとのび太を先頭にまだ修理が終わらないボロボロの境内へと出てきた一行を前にして、のび太はマタドールか手品師のようにタイムふろしきを広げ、赤い面を上にして境内へと置いた。

 

「「「「「「「えええええっ!?」」」」」」」

 

 次の瞬間……のび太以外の全員から、もう何回目になるのか分からない驚きの声が上がる。何の事はない、タイムふろしきの効果で数時間時間を巻き戻す。

 つまりはボロボロになる前の早苗がしっかりと掃除をしていた状態の境内へと修復されたのだ。もっとも、タイムふろしきの効果を考えればそれは修復と言っていいのか、疑問ではあったけれども。

 『その説明は長くなるからまたにしよう』とドラえもんが言いそうな作業を終えたのび太からすると、タイムふろしきでの時間操作はもう見慣れた光景なのだけれども、初めて見る彼女たちにとっては、ただふろしきをかぶせただけで十数秒程度待てば修復されてしまうと言う出来事さえ魔法か、あるいは奇跡のように見えたのだろう。

 仮に、これでもしこの幻想郷の技術でもって同じことをタイムふろしきを使わずに行った場合、一体どれくらいの時間がかかるのか。

 間違いなく十秒程度で終わるような事はあり得ないのだと、この様子を見ていたみんなの反応を見れば間違いない。

 そして、境内の修理が終わったのび太はたった今使ったタイムふろしきを手に、自身を修理に誘ってきた張本人。むしろ神社を半壊させた張本人であり、今もあまりにあっけない修復作業を目にして呆然としている文をよそに、のび太はスペアポケットから取り出したタケコプターを頭に載せ、今度はヒビが入った鳥居へと飛んで行く。

 

「文さん、それじゃあ全部傷んだ場所は直してしまいましょう!」

「あ、は、はい……」

 

 無理矢理にのび太を洩矢神社の修理に駆り出そうとしていたさっきまでの威勢はどこへやら。

 残りの場所も早く直して修理を終わらせてしまおうと言うのび太の言葉に、今度は文がこくこくと首を縦に振る事になるのだった。

そうして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや、それにしてもとんでもない子供がやって来たもんだね……。短く見積もっても数日はかかるとおもっていたんだけどねぇ……」

「おまけに、神奈子様が『少し余分に巻き戻して、鳥居や社殿を新品同様に新しくしてくれ』ってお願いしたら本当に前よりも新しくなってしまいましたからね」

「本当に未来の道具って言うのはすごいねえ、神様の私たちが言うのもなんだけれどさ。あれだけの事を苦労も代償も、対価もなくあっさりとやってのけられると、まるであの子も外からやって来た神様みたいに見えるよ」

「……なあ、霊夢。守矢神社を直すのにかかった時間、どれくらいだろうな? 本当にすぐに直ったぞ……」

「たぶん十分もかかってないわねあれは……。こうしてみると改めてのび太ってとんでもない子供よね」

 

 数分後、タケコプターであちらこちらを飛び回りながら傷んだ場所をタイムふろしきで直す、もとい時間を巻き戻しながら修復していったのび太の作業は当初神奈子たちが考えていた想像以上の、ありえない常識はずれな速さであっという間に終わってしまった。

 おまけに神奈子の言葉にもあるように境内を直した後で、さあ他のところもやってしまおうとしていたのび太に神奈子が待ったをかけ『時間を巻き戻せるのならもう少し余分に巻き戻して、いろいろと新しくできないか?』と持ち掛けたのだ。

 余談だがその話を聞いた霊夢は『なんで守矢神社だけなのよ! ずるいじゃない!! うちの神社もやりなさいよね!!』と暴れそうになったものの、のび太が後で博麗神社の社殿や鳥居もタイムふろしきで新品同様に時間を巻き戻す、と約束した事で霊夢も納得し、その場は事なきを得ている。

 なお、当然のようにこの一連の作業に文は()()()()()()()()()()()()()()。いや関わる余地などどこにもなかった、と言うべきか。

 なにしろタイムふろしきをかぶせて約十秒程度待てば放っておいても元に戻ってしまうのだ。かぶせて、待って、おしまい、すべてがこの三工程で終わってしまうのだから、のび太一人で十分手が足りてしまう。

 結局、守矢神社の修復作業はその全部の作業をのび太が行う事になり、文は威勢よくのび太を巻き込んだはいいものの、のび太の様子をただ呆然と眺めているしかできないと言う、文からしてみれば非常にまずい状況になっていた。

 新聞のネタのためにハイリスクハイリターンな賭けに打って出て、のび太を修理に巻き込んだはいいものの、取り出されたひみつ道具タイムふろしきが文の想像を斜め上に超える能力を持っていたため、のび太に作業させるだけさせておきながら自分は何もしませんでした、と言う状況。

 そしてそんな事を決して赦しておかない、恐ろしい人物が今この場所にいるのだ。

 

「あ、あやややや……まさかこんな短時間で終わってしまうとは……しかも無理やりあの子に修理を手伝うように仕向けたのに、私が何もしていないなんて……これはまずいです……。どうにかして逃げないと……」

「文、貴女は一体何をやっているのかしら……?」

「……っ!?」

 

 が、残念ながらもう手遅れだったようだ。その証拠に、早くどうにかしてこの場から離れようと考えを巡らせていた文の背後から文の母、天魔のそれはとても穏やかな声がかけられる。

 もちろん穏やかなのは声だけで、実際には絶対零度、先ほど自分がのび太から直撃した猛吹雪もかくやと言う恐ろしいものである事を文は重々承知していた。

 のび太が目を覚ます前にこっぴどく怒られたのとは訳が違う、完全に怒った母親の声。『ここまで本気で怒らせたのは何十年ぶりでしょうかね』などと考えている間にも、鬼気迫る天魔の気配は大きくなってゆく。

 振り向いたら命が危うい、それは分かっているのだけれども振り向かなければそれもまた命の危機に直面する。

 どっちに転んでも手詰まりなこの状況で、すでに天魔の鬼気迫る気配に気が付いた霊夢、魔理沙に神奈子、諏訪子、早苗はのび太を今度こそ守るようにとかばうような格好でとっくに天魔と文の母子から離れていて、何があっても対応できるようにと身構えていた。

 つまり、今この場にいるのはほとんど文と天魔だけに等しい。その上で文は逃げなければいけないのだ。

 もし逃げられなければ……命の保証はない。

 

『どうする……どうする……どうすれば逃げられるでしょうか。それも、今まだ翼が吹雪のせいで傷んだこの状況で……』

 

 新聞の〆切直前の修羅場をも越える早さでもって頭をフル回転させ、どうにかこの状況を打破する方法を考える文。流石に自分の命がかかっていると言う事もあり、その目からも真剣さが伺える。

 

『せめて()()()()()()()()……ん?』

 

 地上を走り回るとなればちょっと速い、程度に落ちてしまうが鴉天狗の文の本領は空である。今はボロボロになってしまっているが、その翼さえ元に戻れば元々文は幻想郷でも空を飛ぶ速さは最速と呼んで差し支えない速さなのだ。

 その翼を元に戻せればと考えた時文の頭に閃いた一つの方法。そう、戻す方法ならあったのだ。それもすぐ手の届くところに。

 たった今、文がのび太に襲い掛かり応戦した結果ボロボロになってしまった守矢神社をあっという間に修復したタイムふろしき、あれを使えば時間を巻き戻して翼が傷む前の時間に戻せるに違いない。一度翼が戻ってしまえば、後は自慢のスピードで逃げ切ってしまえばいいのだ。

 

「文、逃げられるとでも思っているのかしら? そんな傷んだ翼では自慢の速さも出せないでしょう、大人しくしなさい。そうすれば少しだけ叱られる時間が減るわよ……?」

「あやややや、これは本気ですね……でも私は逃げ切って見せますよ!! 天魔の役目についてから事務仕事ばっかりで最近はろくに飛んでもいない天魔様が現役の私に追い付けるとでも思っているんですか?」

「へぇ……そう、それが文の答えなのね……。いいわ、天魔の力とくと見るがいい!!」

 

 母親でもある天魔から突き付けられた最後通牒もものともせず、逃げ切って見せると豪語する文の返事に天魔の額に青筋が浮かぶ。

 その表情はのび太の0点の答案を見つけた時のママの顔にそっくりだ。

 学校の作文で『怖いものはうちのママの怒った顔です』と書くほどに恐ろしいのび太のママの怒った顔に匹敵するレベルの迫力で怒りを表現する天魔だが、文にはタイムふろしきと言う勝算があった。

 その方法を実行すべくくるりと天魔に背を向けると、手にした葉団扇を一振り。のび太たちの方へ向けて振り下ろす。

 とは言え、全力で振り下ろそうものならのび太のバショー扇程でないにしろまた守矢神社に被害が出てしまうのでそこはきちんと力を加減しながら振り下ろしたのだ。

 

「あいにくですが、その力はまた今度お願いします……それっ!!」

「うわっ!」

「ちょ、ちょっと文何するのよ!」

「逃げるためですよ、すみませんがちょっとお借りしますね」

「あーっ、タイムふろしきが!」

「まずいわ、追うわよ魔理沙!」

「おう、何としてもふろしきを取り返すぜ!!」

「文、待ちなさい! よその子に迷惑をかけるんじゃありません!!」

 

 まさかこの期に及んで弾幕ではなく天狗の葉団扇による突風を起こしてくる事で、皆の対応が一瞬遅れてしまう。

 これがもし仮に弾幕を撃ってきたのなら、霊夢たちも弾幕による相殺をする事もできただろう。

 けれども何の変哲もない、ただの強いだけの風となると逆に防ぐ事が難しくなってしまう。そこを文は突いたのだ。もちろん、その隙を見逃す文ではない。

 いきなりの突風を受けてたたらを踏むのび太へと素早く駆け寄り、修理が終わった後でまだスペアポケットにしまっていなかったタイムふろしきを無理やり奪い取るとそのまま鬼ごっこの鬼から逃げるかのように、その場から走り去りながらタイムふろしきを自分へとかぶせた。

 もちろん、そこはきちんと見ていたので赤い方を上にする……包んだりかぶせたものを新しくする側を選ぶ事も間違えない。

 後ろから霊夢や魔理沙に天魔の怒声が聞こえてくるが、翼さえ治ってしまえば追いつかれる要素はほとんどなくなる。

 

 

 

…………文はそう、思っていた。

 

 

 

 文の作戦は問題ない、そう言っていいだろう。ただ一つの問題点を除けば。タイムふろしきの効果、それを文はまだ完全には理解していなかったのだ。

 すなわちどれくらいの間タイムふろしきに包まれた場合、どれくらい時間が動くのか、と言う点だ。

 それを知らないまま文はタイムふろしきをかぶったまま、逃げるのに夢中でひたすらに走り回っていた。

 それがどういう結果をもたらすのか、失念したまま……。

 

「……? 変ですね、なんだか走りにくくなってきましたけど……ああっ! こ、これはまずいです。治すどころか、自分の事をもっと巻き戻してますよねこれ……」

 

 だから文は、タイムふろしきをかぶった自分の時間が想像していた以上に速く過去へと向かい過ぎてすでに翼を治すどころか、もっとはるか昔の頃にまで巻き戻っている事にようやく気が付いた時には服や兜巾、下駄などもどんどん幼くなった文の身体とはサイズが合わなくなっていた。

 当然そんなぶかぶかの恰好で走り回ればどうなるかは想像に難くない。

 外の世界ですぐに大きくなるからと多少余裕を持たせた格好をした子供が、ぶかぶかの靴などで転ぶ事があるように今の幼くなった文にとっても、元の姿の文がしていた格好と言うのはあまりにも不安定過ぎた。

 そんな恰好で走ればどうなるかは言うまでもなく……。

 

「……あっ! 痛ったぁ……、やっぱり身体が縮んでいると、走りにくいです……って、ああっ! は、早くどかさないと……」

 

 走る事に夢中で転んでしまうのは仕方のない事だろう。が、そこで終わればまだよかったのだろうけれども、さらなる不幸が文を襲う。

 地面につんのめるように転んだ文の背中に、タイムふろしきがかぶさったしまったのだ。

 しかも赤い方を上にして。ただでさえもう幼い容姿にまで時間が遡っていると言うのに、これ以上さらに時間が退行してしまったら果たしてどうなってしまうのか? 当然もっと時間が遡ると言う事だ。

 そして布切れ一枚と言う形をしたこの道具には見た所緊急時の停止装置などが付いているようには見られない。

 つまり、おそらくは時間を巻き戻したり進めたりし続ければ、それこそ文の場合ならこのままいけば赤ん坊からさらに胎児に、胎児よりももっと原始的な単細胞に戻り何もなくなってしまうまで、融通を利かせる事もなく限界まで時間制御が行われる可能性が大きいのだ。

 時間を巻き戻し過ぎて、この世から消滅など笑い話で済む問題ではない。

 それこそ母親でもある天魔に思い切りこっぴどく叱られた方が生きている可能性がある分まだマシではないか。

 と自身に消滅の危機が迫りつつあった今、逃げるとか、天魔の恐怖などと言う些末な事は今の文の頭の中からは完全に抜け落ちていた。

 そんな文を捕まえようと後から追いかけていた霊夢と魔理沙がようやく追いついた時、二人の目の前にいたのはぶかぶかの服を着て、タイムふろしきで早く元に戻ろうと悪戦苦闘する身長が縮んでしまった文の姿だった。

 

「こら、文、待てーっ! って……あ、あははははははははっ!!!」

「魔理沙、いきなり笑いだしてどうしたのよ? ……ぷっ、あ、あははははははっ!! ずいぶんち、縮んじゃったわね!」

「わ、笑わないで下さいよぉ。って言うかお願いですから助けて下さぁい!!」

 

 そう、タイムふろしきで巻き戻されつつも文はどうにかタイムふろしきを自分の身体から退けて、時間の逆行を止めたのだった。とはいえその代償は決して小さいものではないのだけれど。

 自分の意図した以上に身体が幼くなってしまいべそをかきながら助けを求める文の姿に、霊夢と魔理沙がお腹を抱えて、これぞ『抱腹絶倒のお手本』とでも言わんばかりに大爆笑したのは言うまでもなかった。

 ちなみに、この後霊夢と魔理沙に続いて文を追いかけてきたのび太以下全員が(天魔まで)同じように縮んで幼い格好になってしまった文の姿を見て大笑いしたのは、また別の話である……。

 

 

 




ぶんぶん文ちゃん、まさかの幼児退行!!! むしろ怒られるよりもこちらの方が危機一髪なのではないでしょうか(汗

ちなみに、確か原作でもタイムふろしきでジャイアンが同じようにタイムふろしきの効果で赤ん坊に戻っていたりしましたので、割とこういった事故は起こりうると思うんですよね。
それこそ人間の寿命程度ならタイムふろしきかぶせて逆行させてしまえばリミッターがない限り、卵細胞まで戻してしまえばそのまま消滅させてしまう事もできると言う倫理に則らなければ実は恐ろしい兵器としての使い方も……。

もちろん当作品のキャラクターたちはそのような使い方をする人妖はいない予定ですのでご安心下さい。



さて、洩矢神社の修理も終わり、次はどのような騒ぎがのび太たちにやって来るのでしょうか?


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戦い終われば……(その1)

遅くなり申し訳ありません。
のび太と文との守矢神社修理代作戦? が無事に終わりました。なので東方原作恒例の、異変が終われば……という一幕になります。




 タイムふろしきで傷んでいた社殿の修理も無事に終わったはいいものの、最後の最後に鴉天狗の文が母親である天魔から逃げようとしてタイムふろしきを使った挙句に、時間を巻き戻し過ぎて縮み過ぎてしまうと言うそんじょそこらの異変もかくやと言うトラブルが降って湧いてきたここ守矢神社。

 なんとか文からタイムふろしきを取り返したのび太だったけれども、ようやく守矢神社までたどり着いて目的を果たしたからさぁ、後は博麗神社まで帰りましょう……とはならなかった。

 

「……それでは、乾杯!!!」

「「「「「「「かんぱーい!!!!」」」」」」」

 

 守矢神社の祭神が一人、神奈子の音頭に続き境内のいたる所で起こる、乾杯の声。

 一体どうした事なのかと言えばなんの事はない、のび太の事をすっかり気に入ってしまった神奈子と諏訪子に加えて妖怪の山の天魔までもが『せっかくはるばる来てくれたのに、妖怪の山(うち)の連中が迷惑をかけたんだ。お詫びもかねて一席設けさせてもらう』と言い出したのだ。

 この申し出にのび太も最初は『もう終わった事ですから』と断りを入れたのだけれども、タダでお酒が呑めるチャンスと踏んだのか保護者役の霊夢と魔理沙が乗っかってしまった。

 

「のび太、せっかく誘ってくれているんだ。あまり遠慮しすぎるのはよくないぜ?」

「そうよ、それにいい機会なんだからここで妖怪の山の妖怪とも顔見知りになっておいて損はないわよ?」

「えぇ……そんなぁ……」

 

 さすがに博麗神社に居候させてもらっている身の上であるのび太としては、家主が飲んでいこうと言っているのに『じゃあ僕だけ神社に帰りますから』とも言えず、ずるずると引きずられるように宴に参加する事になってしまったのだ。

 とは言え、妖怪の山側もそうすんなりと飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ……となった訳ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は反対です! いかに天魔様や神奈子様たちがよいと言っても、白昼堂々と妖怪の山に侵入し我々天狗に向かって刃を向けた人間と共に宴を楽しもうなどと!!」

『…………!!!』

 

 やがて『本日夕方より守矢神社にて宴会を行う故、主だった天狗や河童は皆守矢神社の境内に集まるように』と言う天魔から妖怪の山に下された招集令を受けた天狗や河童たちが続々と集まってきた。

 誰もかれもが各々の持つ仕事を終えたのか、これからお酒が呑めると言う事なのか皆楽しそうな表情でずらりと並んだ妖怪……と言っても、皆が皆人間とほとんど変わらない姿なので事前にここが妖怪の山、あるいは椛や文と言った妖怪たちと出会わなければのび太もそうとは気が付かなかったかもしれない……たちの中で、真っ先に反対意見を出したのは他でもない、昼間守矢神社に来る前に参道で魔理沙に振り落とされ山の中をさまよった挙句に遭遇、戦いになった犬走椛である。

 二人が出会った時に起きた弾幕勝負では椛の放つ弾幕が迫りくる中、無事にフワフワ銃を命中させたのび太の勝利であったが三時間で切れる銃弾の効果はここに来るまでの間にしっかり切れたようで、今ではフワフワ銃が命中した直後の風船のようにまんまるい格好ではなく、すらりとした最初に出会った頃の体型に戻っている。

 その椛が、同僚の白狼天狗と共に守矢神社へと到着して事情を説明されるや否や、真っ向からのび太へとかみついた。

 ……もっともそこにあるのは人間への敵対心と言うよりも、フワフワ銃の効果でまんまるい風船のような体型にされたあげくに同僚からも大笑いされたと言う、実に個人的な恨みの方が大きいようにも見られたが。

 しかし、この言葉によって完全にその場の妖怪全ての視線がのび太へと集中してしまった。

 なにしろ今日の昼間に妖怪の山全体に緊急事態として、外来人の子供が守矢神社へ来る途中で迷子になってしまったため、速やかな捜索と見つけ次第保護をするようにと数十年、数百年に一度あるかないかと言う内容の連絡が走ったのだから誰もが忘れている訳がない。

 そしてこの場にいる見慣れない子供、となれば誰がどう見ても『見慣れない子供=今日連絡が入った迷子』と言う公式は容易に描き出せるに違いなかった。

 椛の抗議に乗り一緒に抗議をするべきか、あるいはここは人間の子供を受け入れるべきか、ざわざわとざわつく他の天狗たちの様子など気にするでもなく、抗議の声を受けた天魔は落ち着いた口調で椛に尋ねた。

 口調だけ聞いたら、とても昼間に文を叱っていた天魔と同じ人物とは思えないだろう。……あるいは相手が娘の文だからこそ、ああなるのかもしれない。

 

「……お前は確か犬走哨戒部隊長、だったな。報告によれば、お前は今日この外来人の子供と接触、戦闘を行っていると言う報告を受けている。それは事実(まこと)か?」

「はっ……それは、事実です」

 

 天魔の問いかけに一瞬答えるのをためらうようなそぶりを見せてから、椛は深々と頭を垂れて間違いないと答える。

 しかし件の人間の子供に負けたと言う椛にとって恥ずかしい事実があるせいか、なるべくならのび太と出会ったと言う事実さえ、まわりに知られたくはなかったとその表情ははっきりと嫌そうにしている。

 けれども椛が嫌そうな表情をしていられたのもそこまでだった。

 なんの事はない、さらにあっと驚くような発言が天魔の口からから発せられたのだ。

 

「うむ、実はな。今日はこの犬走哨戒部隊長ともう一人、妖怪の山の者でこの子供と接触、戦闘になった者がおるのじゃよ」

「「「……はぁっ!?」」」

 

 このまったく予期しない天魔の発言に、椛を含めた白狼天狗、鴉天狗に加えて河童までもがきれいに声を揃えて驚きの声を上げる。

 妖怪の山に入り込んだ外の人間の子供、それは非力で空を飛ぶ事もできないような天狗どころか河童から見てもたやすく追い払い、脅し、やろうと思えば命をも奪えるようなひ弱な存在だったはずだ。それが白狼天狗と戦い、さらにもう一人誰かと戦ったと言う。

 さらに言えば今その戦った相手であろう子供は傷一つ負った様子は見られない。つまりは、逃げたにしろ勝ったにしろほとんどの弾幕を避けたと言う事になる。

 では、そのもう一人の相手ははたして誰なのか……?

 

「し、しかしそれならば……もう一人、その子供と戦ったと言う相手は一体誰なのですか?」

 

 その場全ての妖怪たちの気持ちを代弁したように、椛が天魔に問いかけた。

 椛だけではない、他の妖怪たちもそうだそうだと各々に頷き、一体誰なのか非常に気になっているのが見てとれる。

 

「他でもない、鴉天狗の射命丸文じゃよ。もっとも、今はその時の勝負で受けた手傷を癒しておるゆえ、この場には来られんがその事に嘘偽りはないと二人の勝負に立ち会った私が証明しよう」

 

 

 

ざわ……ざわざわ……

 

 

 

ざわざわ……ざわざわ……

 

 

 

 鴉天狗の射命丸文に人間の子供が、それも外から来た外来人が手傷を負わせた……天魔の口から語られたこの情報で、場に居合わせた妖怪たちに一斉に動揺が走る。

 実際に戦ったのび太はあまり理解していないかもしれないけれども、鴉天狗の射命丸文は妖怪の山に暮らす妖怪の中でも決して弱くない妖怪として認識されている。これは河童、天狗の誰に聞いてもおおよそ同じような回答が返ってくるだろう。

 その文に今もなお療養を必要とするだけの手傷を、つまりは決して軽くない傷を負わせ、それでいながら自分はほとんど無傷に等しいとなれば、目の前の大して強そうでもなくどちらかと言えばパッとしない子供が果たしてどれほどの実力を秘めていると言うのか。

 しかも天魔自らが二人の勝負に立ち会い、その結果を見届けていると言う。

 妖怪の山を束ねる天魔にここまで言われてしまってはのび太の実力を認めざるを得ない、逆にこれ以上異を唱えればこちらが反逆者と見られかねない……そんな空気がその場に居合わせた妖怪たちに漂い始めた。

 

 

 

……当然ではあるけれども、もちろん真実は決してこの限りではない。

 

 

 

 タイムふろしきに包まれる事でちんまいサイズにまで縮んでしまった文を、神社を壊しおまけに修理をのび太に半ば押し付けるような格好になってしまった罰として『しばらくそのままでいなさい』と言う天魔の言葉もあって、出るに出られない文は守矢神社の母屋で隠れるように、避難していたのだ。

 万が一にも妖怪たちに見られた日には、向こう数百年にわたって同じネタで笑いものにされるか鴉天狗たちに写真を撮影されて、数多の新聞で翌日の記事の一面を飾るか、どちらにしてもろくな事になるとは思えない。

 となれば、真っ先に飛び出してきても不思議ではない文が出てこない事を怪しまれないためにも、天魔や神奈子以下、文が縮む場に居合わせた全員で文はのび太との戦いで手傷を負ってしまい、その療養のために酒宴の席には来られないと言う形で口裏を合わせる事にしたのだった……。

 

「犬走哨戒部隊長、お主の言いたい事も一理ある。しかしこの子供はお主だけでなく、鴉天狗とも真っ向から撃ちあい、小細工なしで勝利して見せたほどの強者よ。私が認めたのだ、それでは……不服か?」

「いっ、いえ! 決してそのような事はございません!」

 

 椛がばばっ、とその頭を深々と下げ自身には天魔の言に対し異論のない事をアピールする。

 のび太がこの場にいる事に対して反対していた筆頭でもある椛がそのような態度になれば、他の妖怪たちもこれ以上反対する理由はどこにもない。

 そんな外来人の子供一人がこの場にいる事に固執するよりも、彼らだって早くお酒が呑みたいのだ。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、まずはお酒を出しますね。あ、でも……僕お酒を飲んだ事がないんですけど、どんなお酒がいいんですか?」

「気にするな、出せる中で一番良い酒を出してくれればそれでよい」

「はい、じゃあ……美味しいお酒!!!」

 

 そうして、彼らは手に手に升酒を持ち乾杯をするのだけれども……その皆にふるまう樽酒をグルメテーブルかけから当たり前のようにのび太が取り出し、その場の妖怪たちがひっくり返りながら口々に『妖術じゃ! 妖術遣いじゃ!!』『ええい面妖な、幻術で我らをたばかるか!』『天魔様、お下がりください! すぐにこの妖術遣いを始末いたします!』などと叫び、全員を驚きと言う名の阿鼻叫喚に陥れる事は、まだ誰も想像していないのであった……。




これから宴会が始まるのですけれども、やっぱり初見だと悪魔の技にしか見えないグルメテーブルかけ、妖術か幻術そのものですからね。
霊夢や魔理沙たち、幻想郷の面々は子供でも遠慮なしにお酒を飲んでますけどそもそも小学生だからのび太はお酒を飲んじゃいけないんですけどね。(飲んじゃダメと言うよりもサイラン液でパパのウイスキーを殖やそうとした時に、ウイスキーの匂いで酔っぱらうくらいにはのび太は強くないでしょうから飲んだらそのまま倒れそうな気が)


この後は宴会の中の話、あるいは宴会が終われば少し話を動かそうかと思っています(予定は変わる事もあるbyチッポのパパ)


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戦い終われば……(その2)

皆さま大変お待たせしました。守矢神社の宴会第二幕でございます。
妖術遣いのび太(違 の取り出したお酒が皆にふるまわれます。


「おーいのび太、悪いがまた樽酒のお代わりが必要みたいだぜ」

「みんなよく飲むなぁ……、でも魔理沙さんに霊夢さんまで一緒になってお酒飲んでますけど、いいんですか?」

「のび太、ここは幻想郷だぜ? 常識にとらわれていたら負けなんだぜ」

「常識がどうかは置いておいて、細かい事を気にしちゃダメよのび太。と言う訳でお酒のお替りお願いね。あ、ちなみに妖怪の山の妖怪はみんな大酒のみだから、余るなんて事はないから遠慮しないで出していいわよ」

「は、はーい。それじゃあ……美味しいお酒!!!」

 

 守矢神社の境内で始まった妖怪の山を挙げての大が三つくらい付くほどの大宴会。

 しかもそのお酒はのび太の持つグルメテーブルかけから、まさしく無尽蔵にいくらでも出てくるのだから天狗に河童も神様も、遠慮と言う言葉をどこかその辺に放り投げてきたかのように誰もが浴びるように酒を飲み干すと言う、見ているだけで酔っぱらうか二日酔いで吐きそうな光景が至る所で繰り広げられていた。

 これが普段の宴会なら供されるお酒も当然量に限りがあるため、多く用意していても結局一人一人が呑めるお酒の量は決まってしまうけれども今日に限ってはそんな心配もなしに、文字通り好きなだけ呑めるのだから楽しくない訳がない。

 少し前に出したはずの樽酒はあっという間に中身が空っぽになり、のび太が次から次へと取り出す新品の樽酒をまた天狗や河童たちが行列を組み、あっという間にお酒を汲んでは空けていく。

 道端に落ちたお菓子に群がる蟻だってもう少しゆっくりなのではないだろうか?

 

「よーし、誰か勝負だ!! 私と飲み比べのできる者はおらんか!?」

「いいぞ、いけーっ! 誰か天魔様を負かしてやれ!!」

「よし、儂がいこう! ここらで一つ、天魔様に黒星を付けてやろうかのう」

「面白い、大天狗め。私がどうして天魔の座に就いたのか、今一度その身に教えこんでやる必要がありそうだのう」

 

 おまけに天魔様に至っては、樽酒をそのままひょいと持ち上げて樽を杯代わりに飲み干そうと無茶な事を言いだし、どちらが先に酒を飲み干せるか勝負だなどと周囲の天狗や河童を煽る始末。

 それに応えるように一人の大柄な天狗……天魔曰く大天狗なる妖怪らしい、が天魔に挑戦状を叩きつけた事で場の興奮は一気に最高潮へと燃え上がった。

 天魔と大天狗のどちらに軍配が上がるのか、体格などを考えれば大天狗の方が多く飲めそうではあるけれどもそこは天魔、伊達に妖怪の山の長はやっていないのですとでも言いたげな言葉から、彼女も決して弱くはないのだろうと言う事が想像できた。

 そして……。

 

「それでは……はじめっ!!」

 

 いつの間にやら、この勝負の審判役を務めるらしい事になった鴉天狗が発した開始の掛け声、そして振り下ろされた団扇と共に、天魔と大天狗とが樽酒の樽をひょいと持ち上げるが早いがその中身を呷り始めた。

 のび太の腕力では到底持つ事もできないような重さの酒樽を軽々と持ち上げ中身を飲み干して行く姿は、人間と同じような姿ではあるものの人間とは違う存在なのだと嫌でも思い知らされる。

 腕力一つとってもそれなのだから、到底飲みきれないような量のお酒など妖怪たちにしてみれば大した量ではないらしい。

 大天狗のがっしりとした体ならばまだともかくとして、天魔のすらりとした体のどこにお酒が入っているのか? と思いたくなるようなのび太の疑問を無視して徐々に徐々にと酒樽を傾ける天魔は大天狗よりも先に中身を空っぽにしてしまい、ドン! と勢いよく飲み干したばかりの酒樽を地面に置いた事で、場の天狗や河童たちからはどよめきが起こる。

 

「「「「おおーっ!! さすがは天魔様だ!!」」」」

「ふっふっふっふ、まだまだだな大天狗よ。私を負かしたかったらもう少し酒に強くなって出直してくることだぞ?」

「くっ……、ええい! 天魔様の胃袋は化け物か!?」

「……そ、それではこの勝負! 天魔様の勝ち!!!」

「ええ……あれ飲んじゃったんですか? だって、取り出したばかりだったからかなりたっぷりのお酒が入っていたはずですよ?」

「ふっふっふっふ。のび太、これが幻想郷では当たり前なんだぜ」

「ええっ!? じゃあ、霊夢さんや魔理沙さんも、ああやって酒樽もって飲んじゃうんですか?」

「こら魔理沙、何言ってるのよ。私たちはあんなに飲める訳ないでしょうが。妖怪の山の妖怪や一部の例外だけよ、あんなに飲めるのは。だからのび太もそんなにおびえたように私たちを見なくても大丈夫よ」

「で、ですよねぇ……。でも、本当にあの妖怪の人たちはもしかしたらミニブラックホールでも飲んでるんじゃないかな……?

 

 ちなみに負けたとはいえ大天狗も天魔が樽を空にしたその数秒後には樽を空にしているのだから、手軽に酒樽を出せるとはいえのび太からすればたまったものではない。

 おまけにその様子を見て驚いているのび太に魔理沙が乗っかるものだから、のび太は素直に霊夢や魔理沙までもが軽々と酒樽を持ちながら豪快にお酒をがぶ飲みしている光景を想像してしまったようで、顔を青くしながら二人を交互に見つめていた。

 霊夢の訂正がなければ、間違いなくのび太にとって霊夢も魔理沙も妖怪並みの大酒飲みと言う認識をしていたに違いない。

 幸いにも霊夢が訂正してくれたおかげで、のび太の想像した妖怪大酒飲みな魔理沙と霊夢は文字通りの幻想と化した。

 しかしそれにしても、天狗たちのお酒の飲みっぷりはのび太が今まで出会ったどの星の人や次元の人々と比べてもおかしい、と言い切れるレベルでおかしい飲みっぷりだった。

 霊夢や魔理沙には聞き取れなかったみたいだけれども、もしかしたらここの妖怪たちはみんなひみつ道具の『ミニブラックホール』でも飲んでいるのかもしれない。

 そうのび太に言わせるほどに。

 

 

 

『ミニブラックホール』

 

 

 

 それはのび太が以前ジャイアンとの大食い勝負をする時に使ったひみつ道具で、文字通りブラックホールのミニサイズの模型である。

 ただし、たかが模型と侮るなかれ。光さえ逃げられない吸引力を持つまさに宇宙の墓場と言うだけあって、物を引きずり込む能力は現実のブラックホールとも大して違いはなく、ミニサイズと言いつつ全部飲み込んでしまえば(ブラックホールを一かけら口から飲み込むだけで、異常なほどの食欲になる。)家一軒を丸ごと飲み込めてしまうほどの吸引能力を発揮するのだ。

 実際にその恐ろしさを何も知らずブラックホールを全部飲み込んでしまったのび太は、ジャイアンに大食い勝負で圧勝した後でお腹がすいて昼寝もできないと言いつつ居眠りをしながら部屋の中の机やタンス、本棚から中の漫画本まで全部を飲み込んだ挙句、お腹がすいたと言うのび太のためにクッキーを焼いてきてくれたしずかを、クッキーを入れた風呂敷ごとまとめて丸呑みにしかけ、大騒ぎになってしまった。

 幸いこの時は飲み込まれそうになっているしずかに気が付いたドラえもんがのび太に『ブラックホール分解液』を飲ませた事で事なきを得たが、あのままドラえもんが気が付かなければしずかものび太に飲み込まれていたかもしれない。

 今の天狗たちのお酒の飲みっぷりはのび太にそれを思い出させるほどの飲みっぷりであったのだ。

 もちろんミニブラックホールをここ妖怪の山の妖怪たちが飲み込んでいるからこの飲みっぷり、と言う訳では無いのはのび太にも理解できる。あくまでもそれは未来のひみつ道具であってこの時代にはないものなのだから。

 けれども、それがあるにしろ無いにしろ、あの文字通り妖怪な飲みっぷりに付いていける訳もなく、のび太は天魔たちのいる場を後にしたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、君があの射命丸文に勝ったと言うのは本当ですか? どうやって勝ったのかそこの所を是非お願いします!」

「はい、そのままそのまま……いい写真撮れました、ありがとうございます!」

「こちらにも何か一言お願いします!」

「その次はこちらにも何かお願いします!!」

「え、えっと……その……あの……」

 

 それなのに、気がつけば天魔や大天狗の飲み比べから逃げるように離れたはずののび太は文ほどではないにせよ、目をギラギラと光らせた、天魔たちの飲み比べの場にいたのとはまた別の鴉天狗の集団にぐるりと取り囲まれ、質問攻めに合っていた。

 何しろ妖怪の山の妖怪たちにとってのび太の存在はお酒にも劣らない、まさに話題の中心人物と言える。

 結界の外から来た、空も飛べない、霊力や魔力に妖力と言った力も持たない非力なはずの子供が白狼天狗はおろか鴉天狗にも打ち勝ったとなれば、その存在は十分に新聞記事の一面を飾るに値する存在となる……誰もがそう考えたのだ。

 確かにこの場にいる彼女たちにとって、ただで後から後からあふれんばかりに出てくるお酒は魅力的ではあったけれども、それよりも彼女たちの中に眠る新聞記者の魂が揺さぶられてしまったようで、お酒よりも前にのび太の情報を他の誰よりも先んじて手に入れるべく、こうしてのび太を取り囲み一言一句をも漏らさぬようにしているのだった。

 万が一にもお酒の誘惑に負けて先に飲んでしまい、潰れてのび太の記事を書き損ねてしまった日にはライバルに先を越されかねない……そう考え、自分の新聞のために必死な者たちがこの場に残り、記事のネタを手に入れようとしている。

 それは先に戦った文が、新聞記事のネタになると気が付いたとたんに襲ってきた様子にもよく似ていた。唯一文と違うのは今のび太を取り囲んでいる鴉天狗たちが問答無用で襲い掛かって来ないところか。

 もっとも、それもこの場に天魔がいるから、と言う可能性も否定はできないのだけれども。

 そんなのび太のピンチを救ったのは……。

 

「はいはーい、のび太から話を聞きたい人は、保護者に素敵なお賽銭を払ってからお願いしまーす」

「またのび太が鴉天狗と戦う、なんて事になったら大変だからな。その辺りはキッチリとさせてもらうんだぜ」

「……と言う訳で、のび太の取材受け付け料は一人五百円から受け付けるわ。びた一文まけないからね」

「え? あ、あの。お金を取るんですか?」

「当たり前じゃない、いいのび太? 世の中はお金なのよ!」

「え、でも……」

「それに! のび太がこれからも神社にいるのなら、いろいろお金だってかかるの。そのためにもこうしてお金を用意しておかなくちゃいけないのよ」

『『『『何て強欲な……』』』』

 

 押すな押すなと詰めかけてのび太を取り囲んでいる鴉天狗たちの中に突撃し、保護者と言う名目でお賽銭を巻き上げようとする霊夢と魔理沙の二人だった。

 もちろん二人は厳密にはのび太の保護者ではない。

 けれどものび太が博麗大結界を踏み越える事無く幻想郷に来た時に接触した八雲紫から直々に、博麗神社に居候と言う形で預けられた結果、霊夢は住居を提供していたと言う実績がある(食については完全にのび太依存である事は密に、密に)のもまた事実。

 またそうでなくても今日は楽しい宴会の席でもあるし、なにより霊夢の博麗の巫女の実力は決して侮れるものではない……と言うのが天狗や河童の認識だった。

 そうでなくてもいきなり乱入してきて金を出せなどと言い出したこの霊夢の発言にはその場全ての鴉天狗が心を一つにしたのだけれども、なにしろのび太の存在が保護者を名乗る霊夢に握られている以上迂闊な事をすれば取材拒否にさえ繋がりかねない。

 ……結果、鴉天狗たちはなけなしのお小遣いを泣く泣く霊夢が一体どこから用意したのか、手にしている小型の賽銭箱へと順に投げ込む事になるのであった。

 もちろんこの予期せぬ増収に霊夢の顔が綻びっぱなしだったのは言うまでもない。

 そして、こっそりとスキマからこのやり取りをのぞき見していた紫に『のび太を使ってお金儲けするなんて何考えてるの!』と怒られるのは、また別の話……。

 




質問攻めにあうのび太を助ける、と思いきややはりお金に執着する霊夢。

いよいよ天狗や河童たちにも未来のからもたらされたひみつ道具の存在が明かされます。
特に河童がひみつ道具に触れないのは絶対にないと思うんだ、親和性高そうだし。


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疑惑(その1)

お待たせしました。
守矢神社の異変が終わった飲み会話第三幕です。
何やら不穏なサブタイトルが付いていますが、果たしてどうなるのでしょうか?



「ちなみに、鴉天狗の射命丸文氏を負かしたとの事ですが一体どうやって負かしたのでしょうか?」

「ええっと、その……バショー扇って言う未来の道具でブリザードを起こして吹き飛ばしちゃって……」

「未来の道具? つまり、外の世界には未来の道具があふれている、と言う事ですか!?」

「い、いえ。そうじゃないんです。僕の家に未来から来たドラえもんって言う猫型ロボットがいて、その道具を借りているんです。だから、さっきからお酒を出しているあのグルメテーブルかけも、みんな驚いてましたけど未来の道具だからああやって、いくらでも料理やお酒を取り出せるんです」

「「「「………………………………」」」」

 

 のび太への質問で次々と明らかになる、幻想郷の妖怪たちでさえひっくり返りそうになるような驚愕の事実。当初参拝にやって来る途中で迷子になったから見つけ次第保護するように、と言う通達を受けた時には妖怪の山の誰もがただの外からやって来た非力な人間の子供と思いきや、ふたを開けてみれば普通の子供どころか幻想郷でもトップクラスに非常識すぎる、未来の道具などと言う代物を持ったとんでもない子供だったのだから驚くなと言う方が無理と言うものだろう。

 この場でのび太の説明を聞いて驚いていないのは、グルメテーブルかけにタケコプター、ついでに弾幕勝負の結果フワフワ銃で撃ち抜かれ大変な事になってしまった……つまりひみつ道具の効果をすでに体験している保護者役の霊夢と魔理沙だけである。

 その二人以外にとって、非常識の幻想郷をもってしてもあり得ないはずの未来と言う世界からもたらされたひみつ道具の存在。

 しかもこれがただ口で言われただけならただの与太話と笑う事もできたろうけれども、常識と非常識が外とはまるっきり違うこの幻想郷の守矢神社で、実際にこの場の妖怪たちの目の前で、のび太が何もない所からグルメテーブルかけを使い、樽酒を後から後から際限なく取り出すと言う事をやってのけた姿をはっきりと見ている。

 妖術でも幻術でもなんでもない、妖術でどこかから空間を介して樽酒を取り寄せたのでもなく、幻術で何もない所でお酒があるように見せかけているのでもない。本当に何もない所から、モノを取り出すと言う本来ならばありえないはずの事を簡単にやってのけて見せたのび太。

 それが功を奏したようで、誰ものび太の説明する未来からもたらされたと言うひみつ道具の存在を疑おうとはしなかった。いや、鴉天狗たちにとって他に説明のしようがなかったと言うべきだろうか。

 こうして、グルメテーブルかけと言う魔法のような道具を目にした鴉天狗たちへと与えられた未来の道具と言う言葉は、彼女たち鴉天狗の想像力を大きく掻き立てたようで各々唸ったり首を傾げながら、翌日の一面を飾るであろうこの内容をどのような記事にしようかと考え始めていたその時。

 

「ちょ、ちょっと……もしよろしければ、なにかその料理を取り出せる布以外にも、未来の道具の力を見せてもらえませんか……?」

「え、他にも、ですか?」

「はい、お酒をいくらでも取り出せるあの布は私たち以外にも白狼天狗や鴉天狗、それに大天狗様に天魔様もしっかりと見ています。なので、ここにいる私たち以外はまだ見ていない道具を見せてもらいたいのです」

「え、えっと……霊夢さん、魔理沙さん、これってどうしましょうか」

 

 一人の鴉天狗が手を挙げて、グルメテーブルかけ以外にも何かひみつ道具の効果を見せて欲しいと言い出した。

 確かにお金は皆払ってもらった以上、説明はしなくてはいけないけれどもまさかグルメテーブルかけ以外に何かひみつ道具を使って欲しいと言われても、のび太自身がこの場では自分を含めて誰かが妖怪に襲われた、あるいは誰かを助けなくてはいけないと言った緊急事態でもなければひみつ道具は使うつもりはなかった事もあり、とっさの事に返事に困ってしまう。

 

「そうだな、さすがに文を吹き飛ばしたバショー扇をここで使ったら大変な事になるからな、あれはダメとして……のび太、何かこう、安全かつ見たら誰もがびっくりするようなひみつ道具はないのか? あの、今朝壊れたドアみたいな」

「どこでもドア、だっけ。あれは確かに初めて見たら腰を抜かす事請け合いね、私も腰を抜かしそうになったし。ただなんだかよく分からないんだけれども、朝急に壊れてたわよね。だから河童に見てもらったら、って守矢神社のほかに河童にも会って壊れたドアを見てもらうつもりだったんじゃなかったっけ?」

「そうだった、壊れちゃったどこでもドアが今使えればなぁ……」

 

 どうしようかと困り顔ののび太が保護者役の霊夢と魔理沙に助けを求めた結果、魔理沙が今朝守矢神社に行くために使おうとしたどこでもドアみたいな、誰かを傷つけたりする危険のない道具がないのか逆に聞いてきた。

 確かに魔理沙や霊夢が見たひみつ道具は、フワフワ銃にグルメテーブルかけや文を吹き飛ばしたバショー扇、それにどこでもドアにねじ式台風、後はどこでも蛇口と言ったもの、あくまでもごく一部のものしかまだ見ていない。霊夢や魔理沙も含めて、それら以外にのび太がどんなひみつ道具を持っているのか、この場にしっかりと把握している者は誰もいないのだ。

 だから霊夢と魔理沙にとって、タケコプターでのび太が空を飛ぶよりも衝撃的だった、どこでもドアさえ使えれば、それを見せるのが鴉天狗たちに衝撃を与えるには一番良い、と言う考えだったらしいがさすがに壊れている以上ないものねだりはできない、はずだった。

 

「どこでも……どあ、ですか?」

「ええ、どこにでも行けると言う道具なんですけど、あいにく壊れちゃってて……ん?」

 

 初めて耳にする『どこでもドア』の言葉に、鴉天狗たちがいっせいに耳をそばだてる。一体どんな道具なのか? どんな効果を持っているのか? 一言一句、外見まで含めて一切の情報を逃す事なく手に入れようと中にはカメラまで手にして何が出てくるのかを待ち構えている中、のび太の行動が一瞬ぴたりと停止する。

 のび太にひみつ道具を使って欲しいと頼んできた鴉天狗に、どこでもドアの事を説明している最中にふっと浮かんできた違和感。

 それを確認するかのように、動きをぴたりと止めたのび太はもう一度ゆっくりと、確認するかのように頭の中で考えをまとめてゆく。

 

 

 

あいにくと今壊れている。そう、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 壊れているから直してもらうために河童に会いに行く。

 そう、壊れているから、直す、直す……。そこまで考えた時、のび太の頭の中でいろいろと散らばっていたピースがカチリと一つにまとまった。

 

「あーっ!!! しまった!!!」

「どうしたのよのび太? そんなに大きな声を出して」

「何かまずい事でもあったのか!?」

 

 いきなり大声を出したのび太に、何があったのかとぎょっとしながらも心配そうに声をかける二人。

 スネ夫からびっくり箱を渡されて開封した時に上げた声……いたずらを仕掛けた側のスネ夫としずかが逆に驚くレベルの声をのび太は上げる事があるけれども、それほどにのび太が出した声は大きく、またあまりにも唐突だった。

 そんな声をのび太が出したのだから、一体何事かと心配するのも無理はないだろう。

 

 

 

「いえ、その……朝神社に来る前に壊れたどこでもドアなんですけど、神社を直した時と同じようにタイムふろしきを使えば直せたな、って思って……」

「「…………あ」」

「な、なんで忘れてたのよ(んだよ)そんな大事な事!!」

「ご、ごめんなさーいっ!!」

 

 うっかりしてた、とでも言いたげな。いや実際にうっかりしていたとしか言いようのないのび太の言葉に、霊夢と魔理沙も思わずずっこけそうになる。

 ついでに二人からののび太に対するツッコミは、互いに意識していた訳ではないだろうけれども見事に重なって見せた。やはりこの辺り、のび太はあずかり知らない事ではあるけれどものび太が幻想郷に来る以前からの長く付き合いのある二人であるから、息もぴったりである。

 逆に鴉天狗たちの視線は、それまでの期待に満ちた視線から徐々に不安なそれへと変化していった事をのび太たちは気が付いていたのだろうか?

 最初は『人間の子供、おまけに外の世界からやって来た身でありながら白狼天狗の犬走椛を撃退し、さらに格上の鴉天狗の射命丸文をさえ吹き飛ばし、勝利した』と言う天魔直々の触れ込みであったためそれ相応の期待をしていても、いざ蓋を開けてみればおっちょこちょいで霊夢や魔理沙からは叱られている、年相応な子供でしかないときた。

 こんなどこにでもいそうな、ひょっとしたら椛や文を撃退したと言う天魔の説明も、未来の道具と言う話さえも、最初からなかった、ただの出まかせ、嘘なのでは? とさえ思わせるような子供が本当に、天魔の言う通り文に勝利したのだろうか?

 そんな鴉天狗たちの顔に出ていた疑いの空気を感じ取った、と言うよりも今のやり取りを前にして露骨に不安げな目線をのび太に送っていた鴉天狗たちに霊夢がその場を代表するように、天狗たちに話しかける。

 

「あんた達、信じられないって顔をしてるけどのび太が文に勝った、って話、あるいは未来の道具っていう話を疑ってるのかしら?」

「あ、いえ。そこまでではないのですけれど……何と言うのか、どうにもしまりのない顔の子ですし、見ていると頼りなさげな子ですから、天魔様の言葉ではありますけれども、どうやって勝ったのか、と……」

「大丈夫よ、今すぐのび太があんた達にも分かるように、とんでもないモノを見せてくれるわ。だから安心して見ていなさい」

「わ、分かりました。それじゃあまずは……どこでもドア! そして次は……タイムふろしき!!」

 

 もちろん霊夢の発言はこの数日の間にのび太の持つひみつ道具、そして魔理沙と戦った時の実力をしっかりと見ているからこその発言だ。

 その霊夢から『さぁ、やっちゃいなさい』と太鼓判を押されたのび太はようやく意を決したように、ズボンのポケットから例のごとくスペアポケットを引っ張り出した。

 誰もが、しずかさえどう見てもパンツにしか見えず誤解したと言う実績を持つスペアポケット。そのスペアポケットへと慣れた手つきで手を突っ込み、どう考えても物理的に取り出せるとは思えない巨大などこでもドア(故障中)を取り出して見せる。

 どしん、と音を立てて守矢神社の境内へと置かれた、ちょっと見てもよくよく見ても、知らなければただのドアにしか見えないそれを見た鴉天狗たちのいったい何人が、そのドアの持つ効果を想像できただろう。

 そして今回のひみつ道具はどこでもドアだけでは終わらない。

 どこでもドアを取り出した後で、のび太はそのまま立て続けに再びポケットへ手を突っ込み、今度は時計の柄のついて表裏で赤と青と色が違うと言う、実に個性的な絵柄のふろしきであるタイムふろしきを取り出した。

 これでのび太の必要としている道具はそろった訳だ。

 

「後は、このタイムふろしきをどこでもドアに……。これで後は待つだけです」

「ええと、その扉に布を被せてって言うのは、何かのおまじないでしょうか? それとも、儀式か何かで?」

「少し待ってくださいね、そうすればわかりますから」

「は、はあ……」

 

 タイムふろしきの赤い側を外側にして、のび太がどこでもドアへと被せる。ここで間違って逆側を被せてしまおうものなら、どこでもドアが完全に壊れてしまうので注意する事も忘れない。

 そうして待つ事数分。

 一体のび太が何をしているのか分からないまま、何が始まるのか尋ねても待ってくれとだけ返されてしまい眺めている事しかできない鴉天狗たちと何をしているのかおおよそ理解している霊夢と魔理沙の前で『そろそろかな?』とのび太がタイムふろしきを取り払った。

 

「それじゃあ、最初に質問してきてくれた鴉天狗さん。どこか行きたい場所ってありませんか?」

「私、ですか? そうですね……ちょうどペンに使うインクが切れてしまいそうで、家に戻りたいと思っていたところですね」

「それじゃあ、どこに行きたいかを頭の中に思い浮かべながらこのドアを開けてみて下さい」

「??? えっと……『私の家』へ!!! って、アイエエエ!? 私の家、ナンデ? ナンデ!? ここ守矢神社よね!?」

「このどこでもドアがあれば、好きな場所に行けるんです。ただし、10光年以内なら……ですけど」

「すごい……」

「まさに未来の道具だ」

「外の世界では、こんなすごい道具を子供でも簡単に扱っていると言うのか……」

 

 のび太に促されるまま、実験として最初にひみつ道具を一つ見せて欲しいと頼んだ鴉天狗は自分の家と宣言し、どこでもドアを開けた。いや、ドアを開けて驚愕した。守矢神社の境内にいるはずなのに、ドアを開けた先には自分の家があるのだから。

 思わずどこでもドアの向こうと、こちら側を交互にのぞき込み一体何がどうなっているのかを確認している鴉天狗のその様子は、霊夢が博麗神社で初めてどこでもドアを体験した時と同じような反応と奇しくもそっくり同じであった。

 この自分もしていたであろう反応を第三者の目線で目撃した霊夢が笑っていたのは言うまでもない。

 そして、この行きたい場所さえしっかりとイメージできれば一瞬で移動できると言うとんでもないドアの存在、グルメテーブルかけとさらに明かされたどこでもドアの存在を見せた事で鴉天狗たちからは誰ともなく驚きと称賛の言葉が飛び交い、それに満足したらしい天狗たちの質問攻めからようやくのび太は解放されたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

「すげーっ! 外からやって来た未来の道具すげーっ! ねえねえねえ!!! これちょっと借りてもいい? 調べさせてよ。大丈夫、魔改造や自爆装置の取り付けなんてしないからさ。ねっ、いいでしょ?」

「あ、あの……君は、誰?」

「あ、ごめんごめん。まだ名乗ってなかったね。私の名前は河城にとり、河童のにとりさ。私たち河童はこうした機械をいじったりするのが大好きでね、こんなに凄い機械を見るだけでいじる事もできないだなんて我慢できなくてさ。だから、1日だけでも貸してもらって、調べてみたいんだよ」

「か、河童? うーん、僕の知ってる河童とはなんだか格好が違うような気がするんだけど……」

「細かい事を気にしちゃダメだよ。ねっ、そんな事よりもさ頼むよ、ちょっとだけでいいから構造を調べさせて、お願い!」

 

 と思ったら、鴉天狗たちの囲みが波のように引いたと思ったらその次はにとりたち河童が取り囲んできたのであった。

 ただ、その姿は鴉天狗以上にのび太の知る河童……すなわち外の世界でその辺を歩く一般人10人に聞いたら10人とも答えるであろう、背中に甲羅を持ち頭に皿のある河童とはあまりにもかけ離れた姿だった。

 最初に、出発前にも確かにのび太は妖怪の山に河童と言う優れた技術を持つ妖怪がいるとは聞いていたけれども、まさか外の世界に伝わる姿の河童とは違い、甲羅も皿も持たない種族を聞かなければ人間と言われても通用しそうな姿の女の子だとは思ってもいなかったのび太も、にとりから河童だと説明を受けてもにわかには信じられないようで、首をひねっている。

 

「ちょっと、だから調べるならまず出すものがあるでしょう出すものが? のび太の道具をいじりたければ、まずは保護者である私にきちんとお賽銭を支払ってからにしなさい。いいわね?」

「……それなら、このキュウリをやるっ! 露地栽培の無農薬、この色このつや、人里でもめったに流通しない最高級品だ!!」

「いらないわよ(んだぜ)そんなものっ!!」

「なん…………だと…………」

 

 のび太に迫る河童に対しても、鴉天狗同様に報酬を要求した霊夢(と魔理沙)。

 霊夢としては別に誰が来たところでのび太に危害を加えなければ問題はないのだ、それどころかむしろ霊夢からしてみればのび太に話を聞きたい者が来れば来るほど、素敵なお賽銭箱にお賽銭を入れてもらえる可能性が出てくるのだから歓迎こそすれ拒否をする理由などどこにもない。

 とはいえ、お賽銭が目当ての二人にとってさすがに最高級品であってもキュウリはいらなかったようで、はっきりと断った時のにとりたち河童が見せた表情は、まるで『のび太の魔界大冒険』にてデマオンの手下メジューサの魔法で石にされてしまった自分の恐怖の表情を見ているようだと、のび太は一人霊夢や魔理沙と河童たちのやり取りを前に思うのだった……。

 

 




ひみつ道具と最も親和性の高いであろう妖怪ついに河童の登場です(お賽銭代わりに差し出したキュウリは完全に霊夢と魔理沙に拒絶されましたが)。
このやり取りはかつて放送されていたアニメ、スクライドでの瓜核とイーリャンのやり取りをイメージしていましたが、あのやりとりの雰囲気を出すのはなかなか難しいですね。

さて、今回のサブタイトルですが、この河童たちがひみつ道具をいじろうとして……?
と言う所から次回はちょっと作品のタグにもある独自解釈を交えていこうと思っています。


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疑惑(その2)

大変お待たせしました。
守矢神社の宴会編、その最後となる話です。ここでようやくタイトルの意味につなげる事が出来ました……。
それでは、本編をどうぞ。


 守矢神社の境内で行われていた大宴会。

 図らずもそれに参加する事になったのび太だったけれども、それだけではなくて妖怪の山の長である天魔直々に『のび太が鴉天狗の射命丸文と戦い、そして勝利を収めた』と言う説明を場の全員にされてしまった結果、のび太は他の鴉天狗に囲まれ質問攻めにあい、どうにかそれも終わったと思ったら次は河童に取り囲まれて困ると言う状況に陥っていた。

 そこにはのび太だけでなくのび太の保護者を称する霊夢と魔理沙が助けに入ってくれたからいいようなもので、もし二人がいなかったらのび太は果たしてどうなっていたのやら。

 おまけにその取り囲んできた河童の中でもリーダー的な存在らしいにとり、と名乗る河童に至っては『一日だけ借りてどこでもドアを調べさせてほしい』などと言い出す始末。

 今までいろいろな世界を冒険してきたのび太であったけれども、どこの世界でもその世界の住民の前でひみつ道具を使って見せた所で調べたり分解してみたいなどと言い出す人は誰もいなかったのだ。

 

「……わかりました。でも本当に見るだけですからね? 分解して直せなくなったとか、改造して変な機能をくっ付けたりとかはなしにしてくださいね?」

「分かってる分かってるって、ちゃんと明日には返すし手を加えるような事はしないよ」

「くれぐれもお願いします、……もし何かあったらタイムふろしきで元に戻せばいいしな

 

 この初めての申し出に、さてどうしようかと考えていたのび太だったが結局にとりにどこでもドアを貸す事にしたのだった。

 もちろん何もないに越した事はないけれども、最悪何かあった場合でもタイムふろしきで戻してしまえばいいのだから。それに、ここには霊夢に魔理沙もいるのだからもし何かあれば間違いなく二人が動くだろうと言う目算ものび太にはあった。

 そしてのび太が道具を貸す事に承諾の意を見せるが早いが、にとりとのび太との間に霊夢が割込みお賽銭箱をにとりへと突き出す。

 

「……それじゃあにとり、交渉が成立したところでさっさと出すものを出してもらいましょうか」

「キュウリはだめなんでしょ? それだと、キュウリ以外の持ち合わせあったかな……」

「いい? 出すもの出さなかったら、のび太は道具を貸さないわよ。道具を借りたければキュウリじゃなくてお金を出しなさいお金を」

「うーん……あっ、なんとか足りそうだね。ほら、これでいいでしょ?」

「はい、まいどありー。いやー、それにしてもお賽銭箱にお金の入る音って言うのはいつ聞いてもいいものよね」

「霊夢の場合は博麗神社にお賽銭を入れに来る参拝客なんてめったに来ないからな」

「ちょっと魔理沙、なによそれ。まるでうちの神社がいつも暮らしに困ってるみたいじゃないのよ」

「そこまでは言わないけどさ、霊夢って暇さえあればいつもこう……お賽銭箱を覗いてはため息をついてるじゃないか」

「ちょっと! そこまでじゃないわよ! そんな事言ったらのび太が誤解するでしょ!」

 

 にとりがポケットから出した財布から何枚かの小銭を取り出し、賽銭箱の上で手を離すとそれらはチャリンチャリンと小気味良い音を立てながら賽銭箱の中へと消えていった。

 当然きちんと料金さえ払いさえすれば霊夢もこれ以上追求する必要はなく、上機嫌で鼻歌まで歌いだす始末。

 それだけこの臨時収入が嬉しいのだろう。

 思わず魔理沙が漏らした余計な一言でその表情も瞬時に険しいものに変わるけれども、のび太だって薄々それは気が付いていた。

 なにしろ守矢神社をタイムふろしきで直して綺麗になった時に、霊夢が『守矢神社だけ新品同様になってずるい! うちもやりなさいよね!』と駄々をこねたくらいなのだ。きっと実情は魔理沙の言う通りなのだろう。

 そんな霊夢や魔理沙のやり取りをよそに、霊夢にお金を支払いのび太からどこでもドアを受け取ったにとりたち河童はまるで神輿でも担ぐかのようにみんなでどこでもドアを『わっしょいわっしょい!』と持ちながら境内から夜の闇へと消えてゆく。

 場所が場所だけに、その姿は本当にまるで神社から妖怪の山を練り歩かんとするお神輿のよう。ただし、その担がれているモノがお神輿とは程遠いその形をした一枚のドア、でさえなければ。

 そんなにとりたち河童の行列の掛け声が消えた事で、ようやくのび太は完全に開放されたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 のび太は河童に鴉天狗から解放されたけれども、だからと言ってこの宴会が終わるなどと言う事はない。記事を書くために先に帰る鴉天狗もいれば、まだまだ呑めるとお酒を飲む天狗だっている。

 しかし何しろお酒を出しているのはあの眠りの達人のび太である。

 

「ふぁ~…………」

「大丈夫のび太? そろそろ眠いんじゃない?」

「おいおい大丈夫か? 立ったまま寝そうだぞ」

「だ、大丈夫ですけど……それにまだ寝る訳にはいかないですから」

「それはそうよ、こんなところで寝られたら私だってのび太を運んでなんてあげられないわよ?」

「あ、いえ。そうじゃなくて……」

 

 お酒を出しながら大きな欠伸を一つするのび太。

 ここには時計がないから正確な時間は分からないけれども、少なくとものび太の経験則上冒険に出てキャンプをする事になった場合、欠伸をするほどに眠気が来ると言う場合はたいていもうかなり夜遅くであると言う事は気が付いている。

 その証拠に、霊夢と魔理沙から大丈夫かと尋ねられたのび太の身体は右へ左へとふらふらしており、放っておいたらこの場でそのまま眠りかねない雰囲気さえある。

 

「どこでもドアがあれば博麗神社まで戻る事もできたけれども、河童に貸しちゃったからそれも無理よね。魔理沙、早苗たちにお願いして寝室を一つ貸してもらうように頼んできてちょうだい」

「そうだな、ここで寝られたら面倒だからな。よし、ちょっと頼んでくるんだぜ」

「お願いね、ってあ、こらのび太、どうしたのよ。今魔理沙が部屋を貸してくれるか聞いてきてくれてるから待ちなさいって」

 

 そうとなれば二人の行動は実に速かった。

 阿吽の呼吸で霊夢はのび太が寝ないようにのび太に話しかけ続け、魔理沙は早苗たち守矢神社の面々に、のび太を博麗神社に連れていく事が難しく、寝室を貸してほしい旨を伝えにゆく。

 その間にのび太はここにグルメテーブルかけを置いていくわけにもいかず『美味しいお酒!』とこれで今日出せるお酒は最後だからと山のような酒樽を用意すると、ふらふらとした足取りでそのまま守矢神社の母屋へと歩いていく。

 当然まだ魔理沙は戻って来ておらず寝具を貸してもらえるかの許可だって出ていない。

 そこは守矢神社の早苗も神奈子も諏訪子だって、外の世界から足を運び、文との戦いで傷んだ神社をあっという間に直してくれた子供を外にほっぽり出す事はしないだろう。それでもやはり許可を取る前に勝手に寝ると言うのは失礼と言うものである事くらい、霊夢だって理解している。

 そんな霊夢の制止なんて、まるで耳に入っていないかのようにのび太はあっちへふらりこっちへふらりと危なっかしい足取りで守矢神社の母屋へと勝手に上がり込み、すたすたと歩いていく。

 

「こら、勝手に上がり込んじゃダメじゃない。眠いのは分けるけれども……って、そうか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分の制止の言葉も聞かずに勝手に母屋へと上がり込むのび太を止めようとしていた霊夢だったけれども、のび太が歩いていく場所から、のび太が何を目指しているのかに気が付いたらしく、納得したように制止する事をやめてその後ろをついていく。

 それはのび太を止めると言うよりも、見ているだけで危なっかしいのび太に万が一がないように、と言う事なのだろう。

 そして居間へとやってきたのび太の姿を見つけたらしい小さな人影、、のび太の行動の答えでもある人影が暗闇の中からのび太がやって来た事に気が付いたらしく文句の言葉を投げかけてきた。

 

「もぅ……遅いですよぉ、外からは楽しそうな声が聞こてきますし、行きたいけどこの格好で行ったら絶対に笑いものになるし、お腹だってペコペコですし……」

「ごめんなさい、文さん。他の天狗の人や河童の人たちに囲まれちゃって……お腹減ってますよね? 晩御飯の用意、すぐにしますから」

「そっか、そうよね。考えたら文は宴会に出れなかったから、何も食べてないのよね」

「そうですよ! って言うか霊夢さん、今まで忘れてましたね!?」

 

 そう、のび太がここにやって来た理由。それはもちろん眠いからもう就寝しなくてはいけないと言う事もあるけれども、もう一つの理由は今境内で行われている妖怪の山の妖怪一同が飲めや歌えやとやっている宴会へと出てこれない、子供の姿にまで大きく縮んでしまった文の夕飯の支度をすると言う事でもあった。

 少し遅いお昼をみんなで食べた後、守矢神社の修理をしてから文が縮んでしまい、それから今まで文は何も食べていないのだ。

 しかもすぐ近くの境内からは、母親である天魔や仲間の鴉天狗たちが呑めや歌えやと楽しそうにしている声が聞こえてくる。

 これも天魔の課した罰の一つなのだとしたら、なんと厳しい罰なのか……。これではお腹だって減ってしまうだろう。

 実際こうしてのび太たちと話している間にも文のお腹からはくぅ、とかわいらしい音が聞こえてきている。

 ちなみに、身体が縮んでしまいぶかぶかになってしまった服装については、早苗が小さいころにまだ外にあった神社でお勤めで着ていた祝の衣装がしまってあったため、今だけと言う事でそれを着る事で事なきを得ていた。

 

「それじゃあ、グルメテーブルかけを用意しますから好きなものを食べましょう」

「本当ですよ、こんなに待たせるだなんて……。それじゃあ、野菜のかき揚げ丼にしましょう」

「早っ! あまりかき込むとのどつめちゃいますよ?」

「これくらい大丈夫です、鴉天狗は幻想郷で一番速い種族なんですから、食べるのだってこれくらい速くないと務まりませんかr……ん、んぐっ……」

 

 のび太に促される文の言葉に反応したグルメテーブルかけが、すぐに言葉通りのメニュー……つまりは野菜のかき揚げ丼を出現させた。

 しかも文のお腹の空き具合も忖度して対応してくれたのか、その丼のサイズも気持ち大きいように感じられる。もちろんグルメテーブルかけにそんな便利な機能はない。

 あくまでもこれは文が縮んでしまい、丼のサイズと文のサイズの比率が変わった事による錯覚にすぎないはずなのに、そう思わせるサイズのかき揚げ丼を文はいただきます、とも言わずにものすごい勢いでかき込み始めた。

 少なくとも女の子がするような食べ方ではない。

 その速さは霊夢の食べる速さといい勝負と言った所だろうか。

 あまりの速さにのび太も気を付けるようにと声をかけるが文はそんな忠告などどこ吹く風、全く気にする事もなく丼の中身をかき込んでいく……が、やはり普段の姿の文ならばそんな事はないのかもしれないけれども、今はなにしろのび太と同じかそれ以上に小さな姿にまで縮んでいるのだ。

 その姿で無茶な食べ方をすればどうなるのかは言うまでもない。案の定、文はご飯をのどに詰めてひっくり返ってしまった。

 

「大丈夫ですか? ほら、これを飲んでください」

「……なんだかこうして見てると、小さな文の面倒を見ているのび太って文のお兄さんみたいね」

「えーっ、そうかなぁ」

「そうですよぉ、何を言ってるんですかぁ。ほら、もっと言ってあげてください。このままだと私があなたの妹にされちゃうんですからね」

「………………」

「………………? あれ、もしもーし……?」

 

 夕ご飯の支度に、文がのどにご飯を詰めれば水を出してと、文の面倒を見ているのび太のその姿を見ていた霊夢が楽しそうにそんなとんでもない言葉を口にした。

 もちろんのび太は驚くしかないし、文からすればいくら縮んでしまっているとは言え自分の年齢の百分の一程度しか生きていない人間の子供が兄みたいだ、などと言われては面白いはずがない。

 むぅ、と口をとがらせて霊夢めがけて抗議する文。そのままもっと二人で断固抗議しましょう、と昼間のび太に神社の修理を持ちかけた時のように、のび太に持ち掛けるがのび太からは一向に返事が返ってこない。

 ようやく文も、のび太の様子におかしいと気が付いて声をかけてみるけれども……。

 

「ぐぅ……」

「あらら、眠っちゃってますよ」

「ああもう、こんな所で寝ちゃって! ほら、起きるわよのび太。起きなさい!」

「ぐぅ……ぐぅ……」

「ほら、起きて下さいよぉ。このままだと霊夢さんが本気で怒っちゃいますよぅ!」

「おーい霊夢、早苗たちに寝室や寝具を借してもらえるように頼んできたぜ……ってなんだ、のび太の奴もう寝ちゃったのか? っておい霊夢、のび太に何しようとしてるんだよ!」

「ああ、魔理沙ありがとう。のび太が寝ちゃって、呼んでも揺すっても起きないからちょっとお尻に数発針でも刺して起こそうかなって……」 

「いくら何でもそりゃやり過ぎだろ。ひとまず掛布団と毛布を出してきたから、それをかけてあげれば風邪は引かないだろう。さすがにこのまま部屋まで連れて行くのは無理そうだからな、ここで寝かせるしかないだろう」

 

 元々眠い目をこすり、あちらへふらりこちらへふらりと危なっかしい足取りでご飯を食べていなかった文のためにとここまで来たのび太だったけれどもとうとうその睡魔の力が限界を超えてしまったらしい。

 文の世話をしていた格好そのままで、のび太はぐぅぐぅと寝息を立てながら眠ってしまっていたのだった。

 こんな所で寝られてしまっては、運ぶのだって大変だからと霊夢が慌てて起こそうとするがそこは拳銃と共に眠りの達人でもあるのび太である。揺さぶろうが声をかけようが起きる気配はみじんにも感じられない。

 ちょうどのび太が夢の世界へと旅立つのと入れ替わりに居間へと入って来た魔理沙が布団を持ってこなかったら、のび太のお尻にはかつて『のび太の創世日記』において新地球の弥生時代にヒメミコたち古代王朝の女王が『白神様』と呼び、異常気象の解決を願い生け贄を捧げていた双頭の白い大ムカデを撃退した際に地底に潜む昆虫人から撃ち込まれた極細の矢よろしく、毛糸を編むための編針のような長さの太い針がぶっすりと刺されていたに違いない。

 その時撃ち込まれた際には撃ち込まれた瞬間に痛みで飛び上がるほどの痛みだったが、間違いなく霊夢の針が刺さっていたらそれ以上の痛みがのび太を襲っただろう。そうならなかったのはのび太にとっても幸いだった。

 こうして自身の全くあずかり知らぬところで訪れたお尻最大の危機を無事に脱しながら、のび太は深い夢の世界へと落ちていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は変わり草木も眠る丑三つ時、妖怪の山の何処かで……。

 

「ね、ねえにとり。これ一体どういう事……?」

「分からない……、なんで未来の道具にこんなものがあるのか、私が聞きたいくらいだよ……」

 

 河童たちがどこでもドアをわっしょいわっしょいと担ぎ上げてにとりの研究所へと運び込んで数時間後、徹夜でのび太から借りたどこでもドアを研究、調査していたにとりたち河童は分解を始めたどこでもドアの中を見て、首を傾げていた。

 既に分解は開始され、取り外された部品、中の構造や配線の流れなどは全て逐一調査、記録され外された部品は部品でまた別の河童が細かく分析、調査する。

 そんな中で調査はいよいよ佳境に入ろうとしていたのだ。すなわち、どこでもドアの心臓部、いうなればドアが持つ空間移動の肝となる制御装置の解析だ。

 皆が興奮を抑えきれない中、にとりが周囲に「いい、あけるよ?」と確認しながら肝心の部分を開いていく。そこにあったのは、複雑な構造をした基盤に配線。だが、それだけならまだよかった。

 

 

 

 しかし、そこにあったのはそれだけではない。

 

 

 

 どこでもドアの内部、その装置の中に配された基盤に刻まれた文字。

 分解している河童の一人が何気なく気が付いたそれは、妖怪の山で河童たちが自分の作品となる機械や装置を作った時に、誰が作ったモノなのかを用意に判別できるように河童たちがそれぞれ各々の名前を印章化して刻印するように決めた古くからの決まりに則ったもの……のはずのもの。

 それが果たして一体どういう訳なのか、この場にいる河童一同が初めて見て、初めて分解するはずの未来の道具に刻まれていたのだからその場の河童全員が驚き、そして首を傾げてしまったのだ。

 もちろん外の世界で誰かが考案した意匠と偶然に似ていた、と言う可能性も否定はできない。それでもあくまで偶然、と言い切るにはそこに刻まれていた名前はあまりにも出来過ぎていたのだ。

 

「これ、どうしようか……?」

「分からない、でもこれは未来の道具ってあの人間の子は言っていたから、多分あの子に事情を聞いても仕方がないだろうし……ひとまず、今回は残念だけどこの問題については完全に保留して、それ以外の所の分析を続けよう。あの子には明日中に返すって約束してるからね。何とかして終わらせるよ!」

「「「「おーっ!!」」」」

 

 にとりの、今回は保留にしてひとまず調査だけ終わらせようと言う言葉に異を唱える河童たちは誰もおらず、みんなで一致団結して期限までに終わらせようと言う元気な声が河童たちの研究所に響き渡る。

 こうして、どこでもドアを分解する事で図らずも世に現れた22世紀のひみつ道具と、幻想郷の河童との不思議なつながりは河童たちだけの秘密として、妖怪の山の長である天魔や祭神である守矢神社の面々はおろか、のび太にさえ知られる事無く伏せられる事になるのだった……。

 




どこでもドアの中に隠されていた(訳では無いですけれども)制御装置と言う重要部分に刻印されていた河城にとりの名前。果たしてこれは一体何を意味するのでしょうか!?
この謎が解き明かされる日ははたして来るのか!!!



続きはまた次回!


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迷子還る

大変更新が遅くなり申し訳ありません。
諸々リアルがありましたが、どうにか合間をぬって書き足していた不思議(すぎる)風祝編、いよいよおしまいです。



…………………………………………

 

 

 

……………………………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「……う、うーん……ふぁぁ…………っ!? しまった寝坊した! 学校に遅刻しちゃう! ドラえもーん!! って、そっか、もう夏休みなんだっけ」

 

 窓の隙間からしゃんと差し込んでくる朝日と、かすかに聞こえる小鳥のさえずり。

 外の世界でも、日々なかなか起きられないのび太が目覚まし時計を器用に止めた後で最後に目覚まし代わりにするのが大体この二つなのだけれども、そう言った生活習慣はここ幻想郷でもそうそう変わるものではない。

 結果としてのび太はがば! と布団を跳ね上げながら起き上がり遅刻だ遅刻だと大騒ぎをして、親友の名前を叫びながらようやく自分のいる場所が普段見慣れた自分の部屋でない事を、もう夏休みで学校なんて関係がない事を思い出したのだった。

 落ち着いて周りを見てみれば、今のび太が寝ていたのは昨日の夜宴会に参加できなかった文がいた東風谷家の母屋、その居間だった。

 おまけに誰かが布団をかけてくれたのか、昨日ここに来た時にはなかったはずの布団と、そこにいたであろう小さい文がまとめて撥ね飛ばされている。

 よほど眠いのだろう、のび太に勢いよく布団ごと撥ね飛ばされたはずなのに、その布団で一緒に寝ていたであろう文はまだすうすうと寝息を立てていた。

 

「えっと確か、ゆうべ文さんの夕ご飯を用意しにグルメテーブルかけを持ってここまで来て……あれ、その後どうしたんだっけ?」

「……文の夕ご飯を用意している最中にのび太寝ちゃったじゃない。覚えてないの?」

「あ、霊夢さんおはようございます……って、あ、あれ? どうしたんですかその顔。傷だらけじゃないですか」

 

 何があったのかを思い出そうと首を傾げているその後ろから声がかかり、声のした方へ振り向くといつもの紅白の巫女服ではなく寝巻き姿のままの霊夢が立っている。

 ただしその顔は一体どうした訳なのか、前日境内で宴会をしていた時とはうって変わってひどくボロボロになっている。

 そう、それは以前『ドラえもんだらけ』で宿題をドラえもんに押し付けた時に手が足りなくなったドラえもんが二時間後、四時間後、六時間後、八時間後の自分をタイムマシンで連れてきて手伝わせた際に「ほんのお返しだい」と未来の自分たちに殴られ傷だらけになってしまった時の姿にそっくりだった。

 ちなみに余談ではあるけれども、実は最初にタイムマシンで二時間後の自分を連れてきた時にドラえもんが発した第一声も「どうして傷だらけなの」であったりする。

 この辺りはのび太もドラえもんも、同じような思考をしているらしい。

 

「……当てて見なさい」

「ええ? 当ててみろって言われても……うーん……」

 

 一体何があったのかと尋ねるのび太の言葉に露骨に反応して不満げな表情をする霊夢からの何があったのかを当ててみろと言う質問にあれやこれやと考えてみるのび太だけれども、答えはちっとも出てこない。

 そもそものび太が眠ってしまっている間に何があったのかを理解しろと言う方が無理な話だろう。

 ちなみにこの霊夢の負傷の原因とは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「いや~、こんなにお賽銭が入って来るなんて何時ぶりかしら? のび太って本当に最高の福の神ね。神社に一生住んでもらいたいくらいよ」

「確かにな。博麗神社の賽銭箱がお賽銭でいっぱいになるところなんて生まれてこの方見た事ないんだぜ。明日は槍でも降るんじゃないか?」

「あー、もう槍でもグングニルでも、レーヴァテインでも何でもかかって来なさいっての。今の私は何が来たって怖くないわよ」

 

 のび太が文の夕食の支度をしている最中に寝てしまってから、霊夢と魔理沙は守矢神社の母屋、その居間で祝勝会と言う名目で二人お酒を飲んでいた。もちろんお酒の出どころはのび太が持っていたグルメテーブルかけである。

 今までの経緯から使い方を覚えている霊夢と魔理沙は、のび太に無断でお酒を取り出しのび太の横で酒盛りを開いていたのである。

 ちなみに、縮んでしまった文も体が縮んだ事で中身も子供に戻ってしまったのか、のび太の用意してくれた食事を食べたら眠くなってしまったらしく舟をこぎだした事もあり『新しい布団を持ってくるのが面倒だ』と言う霊夢と魔理沙二人の見解の一致もあり、のび太と一緒の布団に放り込んで寝かせていたりする。

 こうなればもう二人を止めるブレーキ役になる人物は誰もいない。

 家主である守矢神社の面々は境内でまだ呑んでいるらしく、神奈子も諏訪子も早苗さえ戻ってくる気配がなく、ひみつ道具については唯一であろうその効果を知り、本当なら二人を止める役目になるだろうのび太も今はぐっすりと夢の中。

 

「お賽銭もたっぷり! お酒も飲み放題! いやー、最高ね」

 

 

 

 

 

 

「あら、そんなに最高ならぜひ私も混ぜてもらおうかしら?」

 

 

 

 

 

 

 起きているのが霊夢と魔理沙しかいないはずの居間に、妖艶な声がその場に割り込むように響き渡る。

 もちろんのび太や文の寝言でもないし、守矢神社の神様や早苗たちが戻ってきてイタズラをしたのでもない。

 その証拠に、二人の目の前で空間がぱっくりと口をあけてその中から金髪の女性が出てきたのだから。

 が、霊夢も魔理沙もその程度の事では別に驚きはしない。

 こんな登場の仕方をする相手の心当たりは、一人しかいないからだ。

 

「あら、紫じゃない。どうしたのよ?」

「博麗神社じゃなくて守矢神社に顔を出すなんて珍しいな」

 

 事実霊夢も魔理沙も、この妖怪の賢者の登場にもまるで世間話でもするように話しかけていて、怪しんだり怯えたりする様子はみじんも見られない。まあ、だからこそ紫も初めてのび太と出会った時のように、妖怪と言う存在が消え失せてしまった外の世界の住民を脅かしてはその新鮮な反応を楽しむと言うような事をする結果になってしまっているのだろう。

 兎にも角にも、二人の反応を見てもわかるようにこの時、霊夢も魔理沙もどうして紫がここにひょっこりと顔を出したのかを理解はしていなかった。せいぜいが、またいつものように気まぐれでやって来た程度の認識だったのだ。

 が、その甘い認識はすぐにこっぱみじんに砕かれる事になった。

 

「霊夢、ずいぶんとお金を稼いだみたいね。それものび太をダシに使うだなんて」

「へっ!? え、いや、それはその……博麗神社でのび太を預かる上で必要な生活費を稼ぐためよっ。ほ、ほら! いくら預かるとは言ったって、ただで泊める訳にはいかないじゃない! ね、ねっ!?」

「あら、それにしても見たところ食事は全部のび太の道具持ちで霊夢、貴女のやる事ってあったかしら?」

「う……ぐぬぬ…………」

 

 紫は無慈悲にも霊夢の弁解、もとい言い訳を尽く潰していく。おまけにそれを表向きは実に爽やかな笑顔でやるのだから、怖さも倍増である。

 一方、そんな笑顔の紫とは真逆に霊夢は苦虫を噛み潰してじっくりと味わったような酷い顔になっていた。

 霊夢の表情もゆかりの表情も、今は夢の世界に旅立っているのび太が目にしたら泣き出すか気絶するかもしれない、それほどに恐ろしい表情をしていた。

 

「霊夢、これでそろそろ言い訳は出尽くしたかしら? それなら覚悟はいいわね?」

「いい訳ないでしょうが!! こうなったら腕ずくでも自分の稼ぎは守らないといけないみたいね」

「お、おい霊夢。のび太も文も寝てるんだから、あまり大暴れするなよ?」

 

 もちろんそんな一触即発の状況を歓迎など出来るはずもなく、魔理沙はのび太や文が寝ているのだから大暴れするなと釘をさす。

 そこにはそれ以外にも、軒を借りている状況で大暴れされたら間違いなく守矢神社の三人から飛んできた苦情で自分もとばっちりを受ける事が目に見えていたからだろう。

 が、残念な事にそんな魔理沙の忠告で止まるほど、お金に対する執着は半端ではない。

 その証拠に、何処からともなくお払い棒まで取り出し紫に突きつけて完全に稼いだ金はびた一文紫に引き渡す気はない、と言い切って見せた。

 

「ふん、私の稼いだお金よ! 欲しければ……っ、ひゃぁああああああっ!」

 

 そのまま威勢よく、口上を述べている途中で、そのまま霊夢が即席落とし穴にはまったようにすぽん、と綺麗さっぱりいなくなる。が、あいにくと即席落とし穴はスペアポケットの中で使うには誰かが取り出さなくてはいけない。つまりは霊夢が消失した原因はそれによるものではない訳だ。

 この突然人が消失すると言う怪奇現象を一人目撃してしまった魔理沙だけは、この原因がわかっているようでいずこかへと消えてしまった友人の冥福を祈るべく「ナンマイダブナンマイダブ……」と手を合わせるのだった。

 

「すまん霊夢、強く生きてくれ……」

「……ちょっと魔理沙、かってに私を殺すんじゃないわよ!」

「げえっ、霊夢!?」

 

 ……と、魔理沙が祈りをささげた次の瞬間何もないはずの空間。まさに魔理沙が手を合わせて霊夢の冥福(? を祈るその目の前の空間を引き裂くように、つい一瞬前まで元気で紫に啖呵を切っていた霊夢がボロボロになって這い出してきた。 

 紫のスキマに引きずり込まれ、天魔に叱られた文よろしくボコボコにされたのだろう霊夢の形相は今が夜中と言う事もあり、もしのび太が目を覚ましたら恐怖のあまりに泣き出すか気絶するか、最悪おもらしすらしかねないほどに酷いものだった。

 そんな友人の見せた……むしろ女の子が見せてはいけないような形相には、魔理沙の反応も思わずげえっ、などと失礼極まりない反応しかできないまま、ホラー映画よろしく霊夢の手が魔理沙の首根っこをむんずと掴む。

 

「……ふっふっふ、ねえ魔理沙。私達友達よね? 友達なら幸せも苦難も、分かち合うべきよね?」

「い、いや……それなら私は友達を遠慮したいんだぜ……」

「問答無用っッ!!」

「う、うわぁぁぁぁぁ」

「二人とも、騒ぐのはいいけれどものび太たちが起きちゃうから静かに喧嘩しなさい?」

 

 空間の隙間から上半身だけを器用に出して、霊夢と魔理沙の取っ組み合いを呆れたように見ている紫。

 ちなみにそのきっかけを作ったのは外ならない紫なのだけれどもそれを指摘する人物は残念ながらこの場にはいなかった……。

 

 


 

 

 ……と、こんな事が夜中にあったのだった。

 もちろん再三ではあるが、霊夢に何があったのかを当ててみろと言われた所で眠りの達人のび太が眠ってしまった後で起こったこの出来事について分かれと言う方が無理なのは言うまでもない。

 

「ふぁ……、全く霊夢のやつ、ひどい目にあったぜ……。お、のび太じゃないか」

「!? ま、魔理沙さんまで。一体ゆうべ何があったんですか?」

 

 おまけにボロボロの霊夢に続き、今度はボロボロの魔理沙まで現れる始末。

 今までいろいろな世界に冒険に出かけていても『寝ている間に仲間がボロボロになっていて朝起きたら酷い顔をしていました』などと言う経験がなかったのび太からすれば、朝起きたらいきなりボロボロになっている二人が登場すると言うのは驚き以外の何物でもなかった。

 

「もぅ……皆さん朝から何を騒いでるんですか? ……おやおや、朝から外来人の子供を巡り霊夢さんと魔理沙さんの喧嘩が勃発ですか」

 

 さらに間の悪いことに身体は子供、頭脳はそのままなタイムふろしきで子供サイズにちぢんだ文まで『これは良いネタになりそうです』と騒がしさに目を醒ますやいなや絡みだす始末。

 こうなると身体が小さくなっても本当に反省しているのか、怪しいものである。

 そしてこのわいわいとにぎやかな霊夢や魔理沙たちの騒ぎは、声を聞きつけて起きてきた家主たち……つまり神奈子に諏訪子、そして早苗がやって来るまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……、朝からどうしてお前たちはそう騒ぐ事しかできないんだ?」

「本当に神奈子様の言う通りですよ、そもそもお布団と寝る場所を貸したのはのび太さんとちぢんでしまって元に戻るまでの間文さんを、と言うつもりだったのにどうして他の二人までいるんですか!?」

「まあまあ、子供は元気が一番だよ。それに外から来たのび太がいるんだから、巫女も白黒も普段みたいに弾幕で大暴れ、って訳にはいかない事くらい承知してるだろうさ」

「そんな事よりも早く朝ごはんにしましょうよ」

「霊夢の言う通りだぜ、一日の始まりは朝食からなんだぜ」

「……はぁ、まったく本当に麓の巫女は……。まあ、愚痴ばかりこぼしていても仕方がない。のび太、すまないが例の布切れを用意してもらってもいいだろうか?」

「はい、それじゃあ……『グルメテーブルかけ!!!』」

 

 東風谷家の居間に集まった神奈子、諏訪子、早苗に霊夢、魔理沙、のび太に文。全員が輪のように座り、揃ったところで家長役を務める神奈子が朝霊夢たちが起こした騒ぎに苦言を呈し、実際に東風谷家の家事や雑務を取り仕切っている早苗がそれに同調する。

 霊夢や魔理沙の二人がミンミンと鳴くひなゼミのように騒がなければまだそのお説教は長々と続いたに違いない。

 ため息と共に諦めたような表情の神奈子に頼まれたのび太が、ここ幻想郷に来てからもっとも使われているひみつ道具であるグルメテーブルかけをスペアポケットから取り出して床に敷いた。

 やはり博麗神社に引き続き守矢神社でも、ノーコストかつ一瞬で好きな料理をいくらでも取り出せてしまうと言うグルメテーブルかけの便利さは完全に認知されたようだ。

 こうして皆でワイワイと好きなものを注文し、博麗神社でも守矢神社でもなかなか見られない大人数での朝食を食べた後……。

 

「戻る前に、ちゃんと私を戻してくださいよぅ!」

「ちょっと待ちなさいよ文、アンタ今の恰好で戻ったら服が大変な事になるんじゃないかしら?」

「………………わ、私はもう少しこのまま子供の頃の時間を堪能しようと思います」

「あー、鴉天狗よ。その事なんだが朝食の前に天魔からの遣いが来てな『アンタの事だから、放っておくといつまでも小さくなったまま子供の頃を堪能しようとするに違いないから、さっさと人間の子の道具で元の大きさになって戻ってこい』だそうだ」

「そ、そんなぁ! 神様、お、お慈悲を~!」

 

 博麗神社に帰るのかと思いきや、その前にのび太は事故とは言えタイムふろしきで若がえり幼い子供の姿に戻ってしまった鴉天狗の文を戻す作業をするところだった。

 最初は霊夢の、子供の姿から成長した姿に時間を戻したら間違いなく服のサイズが合わなくなるわよと言う霊夢の指摘もあり、このまま幼い頃の姿をもう少し楽しんでいようと思い、しばらくはこのままでとのび太にも話していたのだったが、そんな文の思惑を既に見通していたのか母親である天魔からさっさと元の姿に戻って仕事に戻れ、と言う無慈悲な通告を受けてしまったのだ。

 この通達には、いくら文が幻想郷でも弱くない実力者であると言っても上意下達を旨とする妖怪の山にいる以上、天魔からの通達を無視できるほど図太い神経をしている訳ではない。

 それに文は、母親である天魔からさっさと元のサイズになって戻って来いと言われたためか、泣きそうになっていたが、実際に表向きはのび太との勝負で負った手傷を癒していると言う触れ込みである以上、いつまでも表に出てこない訳にはいかないと怪しまれると言う事もあるだろうから、仕方がないだろう。

 と言ってもさすがにのび太が元に戻すわけにはいかず、文の時間を進める作業は守矢神社や博麗神社、つまりはのび太以外の女性陣に任せる事になったのは言うまでもない。

 そして……。

 

「文、これでいいわね?」

「ううぅ……もう少し子供でいたかったのに……」

「諦めるんだぜ、それにもし戻りたかったらまたのび太に頼んでふろしきで時間を巻き戻してもらえばいいじゃないか」

「はっ、そうですね。そうしましょう! また巻き戻しをお願いしますよ」

「……ねえ神奈子。ちっとも懲りてないんじゃないの、あれ?」

「まあ、いいじゃないか」

「これで神社も直したし、文さんも元に戻ったし、これで終わりですね」

「ちょっとのび太、何勝手に終わらせてるのよ! 約束したんだから守矢神社と文を戻すだけじゃなくて、ウチの神社もちゃんと新品に戻しなさいよね?」

「大丈夫ですって、ちゃんと戻ったら時間を巻き戻しますから」

 

 無事に文も戻った事でやるべきことは終わった、と帰ろうとするのび太だったが、そこに霊夢が待ったをかける。もちろんその理由は、戻ったら守矢神社同様に博麗神社も新品同様に直すよう約束を守るべし、と言う催促である。

 一方的にとは言えライバル視している神社だけが新品同様にきれいになる、と言う事が霊夢には我慢ならないらしく幼子が駄々をこねるように早く帰るわよとのび太にせっついている。

 兎にも角にも、こうしてのび太が幻想郷に来て博麗神社に続く妖怪の山への冒険は終わりを迎えようとしていた。

 

「それじゃあ、急いで帰るわよのび太」

「はい、神奈子さまも諏訪子さまも、早苗さんに文さんも。いろいろありがとうございました」

「なに、宿題について分からない事があったらまた来るといい。のび太ならいつだってウチは歓迎するよ」

「そうですね、あんなに食費も準備もいらないご飯はこっちに来てからはほとんどなかったですからね」

「あーうー、ねえねえのび太。博麗神社じゃなくてさ、ウチの神社で寝泊まりすればいいんじゃない? それならいつでも宿題はできるんじゃないの?」

「おいおい、そんな事絶対に霊夢が赦さないだろ……」

「当たり前でしょ! のび太は紫にも言われて博麗神社で直々に預かってる子なのよ? それに妖怪の山なんて危険地帯にある守矢神社で預かる事になったら、何があるかわからないじゃないの」

「今の霊夢に預けた方がどうなるか分からない気がしなくもないんだぜ……」

「魔理沙、何か言った?」

「い、いや。何でもないんだぜ」

 

 幻想郷にいる間、博麗神社ではなく守矢神社で暮らせば、のび太が幻想郷にやって来た本来の目的である宿題だってすぐにできる……と諏訪子が出してきた提案に両手をぶんぶんと振り回しながら反対意見を唱える霊夢。

 一応その理由としては、妖怪の住まう妖怪の山に位置する守矢神社にのび太を預けたら、どんな危険が待っているか分からないと言うものだったけれども、その本音はのび太がいないとグルメテーブルかけを自在に使えないから、と言う事は想像に難くない。

 そもそも妖怪の山の妖怪を相手にしたところで、すでにのび太は妖怪の山でも上位の実力を持つ天狗と言う種族をすでに二人相手にし、一人には勝利。半ば引き分けではあるにせよもう一人にも互角の立ち回りを演じている。

 そののび太を危機に陥れる妖怪ともなれば、かなりの実力がなければ難しいであろう事を霊夢は完全に失念していたらしい。

 

「で、でもほら! ゆうべ直したどこでもドアがあればほんの数秒で来れますから」

「でも、それって確かゆうべ河童たちに預けてそれっきりじゃなかったか?」

「う……」

 

 そんな霊夢をなだめようと、のび太が昨夜の大宴会の最中にタイムふろしきで修理したどこでもドアの名前を口にするが魔理沙の言う通り、それは同じタイミングでにとりたちに河童の手によって調査用に持ち去られている。

 一応、河童たちのリーダー的な立場であるらしい音頭をとっていたにとり曰く『明日には返す』と言っていたが、それだって『何時に』とは明言していなかったのだ。

 このままでは、のび太を渡してなるものかとだだをこねる霊夢が暴れだしかねない……そんな空気を打ち払うかかのごとく、救いの手は空間を越えて現れた。

 神奈子に諏訪子、早苗や霊夢、魔理沙にのび太がわいのわいのと騒いでいるその輪の外で、空間を揺らめかせるようにピンク色と言う独特の色合いをしたただのドアがぬぅ、と出現する。

 もちろんそんないきなりどこからともなく現れるドアがただのドアな訳がない。こんなことができるドアも、それを使う事の出来る心当たりものび太は一人しか思い浮かばなかった。

 

「ふぅ、どうやらちゃんと修理も成功したみたいだね。遅くなってごめんね、ゆうべ貸してもらったこのどんなとこでもドア、しっかり調べさせてもらったし、今日までって約束だからね。返しに来たよ」

「あ、ありがとうございます。ちょうどこれから神社まで帰ろうと思っていたから助かりました。でもどんなとこでもドアじゃなくて、どこでもドアですよ?」

「細かい事を気にしちゃダメだよ盟友、どんなとこでも、もどこでも、もこのドアの前じゃ大して変わらないよ」

 

 守矢神社の境内に現れたどこでもドアがガチャリと開き、向こう側から顔をのぞかせたのは前日にドアを調べたいと借りていったにとりだった。どうやら一度分解したどこでもドアを再度組み立てなおした後で、きちんと作動するかのテストを兼ねて、守矢神社へとやって来たらしい。

 普段はそれを使う側でしかないため、なかなかこうしてどこかから誰かがやって来ようとする場面には出くわすことのないのび太にとってもそれは新鮮な光景だった。

 

「よし、ドアも返って来たしさあのび太、私たちの神社に帰るわよ!」

「え? あ、ちょ、ちょっと霊夢さーん! ちょっと待って、神奈子様に諏訪子様、それに早苗さんも。もしよかったら……えっとはい! これを使ってみて下さい、これは……『〇〇〇〇〇〇』って言って……………………きっとこれがあれば外の世界みたいに神様の事を誰も信じなくなって、消えちゃうなんて事はなくなりますよ」

「ほぅ、ありがとう。外から参拝に来て、おまけに奉納品までくれるだなんてなかなか見どころがある子じゃないか。やっぱりウチにずっといなさい。そうしなさい」

「あ……それはさすがに霊夢さんがおっかないから、また来ます」

「ほら! のび太、さっさと帰って神社を立派にしてもらうわよ!」

「そうかい、残念だねぇ。まあ、それならこれを持っていきなさい。守矢神社特製のお守りだよ。何かあった時にきっと君を守ってくれるから」

「あ、ありがとうございます」

「……あー、その、なんだ。いろいろと騒がしくしてすまなかったな。また来るんだぜ」

「……なんだか、嵐みたいでしたね」

「まあ、実際に嵐も起こしちゃったしねあの子」

 

 博麗神社を直したいと言う思惑があってか、いの一番にドアへ飛び込む霊夢にどこでもドアをくぐる途中で、何かを思い出したように神奈子たちのもとへと駆け寄り、スペアポケットから一つだけひみつ道具を取り出して渡すのび太。

 それを神奈子に手渡し、代わりに神奈子様からお守り……早苗が髪飾りのように頭につけているカエルのお守りと同じものを受け取ると、それをポケットにしまいくるりときびすを返しそのままどこでもドアの向こうに消えていった。

 そして最後には、霊夢の騒がしさに申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べ、ドアをくぐる魔理沙。

 三人がどこでもドアをくぐり、ドアがしまるとたちまち煙のように消えてしまう。後の残ったのは守矢神社の三人だけが、唐突にやって来て大騒ぎをして博麗神社に帰っていったとんでもない外来人の子供、のび太の事について口にする。

 こうして守矢神社の三人はまた日常へと戻っていくのだったけれども、のび太が渡したひみつ道具がこの後の幻想郷に大きな影響を及ぼす事になるとは、この時誰も気がついてはいなかったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこでもドアで博麗神社へと戻ってきた霊夢、魔理沙、そしてのび太の三人は帰って来て早々、縁側で三人並んで腰かけながらゆったりとした時間を満喫していた。

 確かに守矢神社でも好き放題やっていたように見えなくもないが、やはり落ち着けると言う意味では霊夢からすれば自宅が一番と言う事なのだろう。

 

「あー、一日留守にしただけだったけれども、やっぱり自分の家はいいわね」

「確かにそうですよね、僕もいろいろな場所に冒険に行った後で自分の部屋に帰ってきて昼寝をすると、いつもよりも気持ちよく眠れるし」

「まあ、そうだな。私もやっぱり異変解決後に自分の家に帰ってくると、我が家はいいもんだって思うからな」

「えっ! 魔理沙さんって家あったんですか?」

「こらのび太! 私は宿無しじゃないぞ!」

「こら魔理沙も、あまりのび太をいじめるんじゃないわよ。それからのび太、アンタに一つ言う事があるわ」

「…………え?」

 

 魔理沙から彼女にも自宅があると言う驚愕の発言が飛び出し、それに驚いたのび太を魔理沙がホウキを振り回しながら追いかけようとするところで、霊夢がそんな二人のやり取りを制止して真剣な面持ちでのび太を見据えた。

 あまりにも真剣なその表情は、のび太をこれから退治すると言われたら信じてしまうほどだ。

 が、次に霊夢から出てきた言葉は……そんな真剣な表情からはうって変わって優しい言葉で……。

 

「おかえりなさい、のび太。色々あったけど、無事で良かったわ」

「はいっ、霊夢さん……ただいま!」

 




ひとまず不思議(すぎる)風祝編「は」これでおしまいです。
ちなみにこの珍妙なタイトルの由来は藤子先生の短編『旅人還る』からですね。


とは言え、これで守矢神社の面々が退場と言う訳ではありませんので、間違いなくいろいろと今後も絡んできます。
何しろ妖怪の山と言う幻想郷のパワーバランスの一角にその存在感をはっきりと示しましたからね、そして名前は明かしていませんがのび太が博麗神社に帰る直前に、神奈子様たちに渡したひみつ道具。あれも今後の幻想郷に大きな影響を与える事になります、と言う予定です(汗

さて、ひとまずはちょこちょこと日常生活を送るのび太たちの様子を描こうかなと思います。






(追伸
実はこの数日間を書くのに、一年が経過していたと言う事実に今私は大変戦慄しております(滝汗




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のび太と不思議(すぎる)風祝編・登場人物紹介

のび太と不思議(すぎる)風祝編に登場したキャラクターの説明です。



【登場人物紹介】

ドラえもんside

 

 

 

・野比のび太

 言わずと知れたぐうたら小学生。夏休みにスネ夫がジャイアンとしずかを誘って外の世界で消失した洩矢神社を自由研究のテーマにしようとした時に仲間外れにされた事でいつものように見栄を張り、どこでもドアを使って幻想郷へとやって来た。

 ドラえもんが未来の病院へ定期検診に行くと言う事でスペアポケットを持っているため、ひみつ道具については基本ドラえもんと同じように使う事ができるチートとなっている。

 幻想郷で紫、霊夢、魔理沙と出会い弾幕勝負を教わった結果タケコプターで空を飛びながら『のび太の銀河超特急』で西部の星で支給されたフワフワ銃を乱射すると言う、天狗とも渡り合う実力を発揮する。

 

・ドラえもん

 言わずと知れたネズミ嫌いな青ダヌキ……もといネコ型ロボット。

のび太がひみつ道具を出してとねだった時に、ちょうど未来のロボット病院からの検診で入院しなくてはいけない状況だったため、現在は未来にて検査入院中。

 

・スネ夫・ジャイアン・しずか

 嫌味なお坊ちゃま。大長編になると漢に変貌する我らがガキ大将。お風呂大好きしずちゃん。

 のび太をのけ者にしながら三人で現在は守矢神社の跡地に到着し夏休みの宿題を始めた。

 当然まだのび太が実は先に消失してしまった神社にたどり着いてしまっている事には気が付いていない。

 

 

 

 

 

 

幻想郷side

 

 

 

・博麗霊夢

 言わずと知れた紅白な博麗の巫女。

 八雲紫からのび太を預かる事になったが、初めて見る未来世界のひみつ道具に驚かされる。

 お気に入りのひみつ道具は際限なくタイムラグなし、なおかつノーコストで料理が出てくる『グルメテーブルかけ』。

 最初はひみつ道具を欲しがる幻想郷版ジャイアン的立ち位置だった魔理沙を抑える役割だったはずなのに、話が進むにつれて霊夢が暴走して魔理沙が抑える役割に変わりつつある(汗

 なんだかんだ言いつつも、霊夢も魔理沙ものび太に対してはいいお姉さんである。

 

・霧雨魔理沙

 言わずと知れた白黒の魔法使い。

 のび太が博麗神社にやって来た翌日、神社でのび太と出会い服装についての会話からのび太とねじ式台風を賭けて弾幕勝負を行うが初めての弾幕勝負でありながらタケコプターで空を飛び、フワフワ銃で互角に戦い引き分けたのび太を認める事に。

 最初こそガキ大将的な雰囲気を漂わせていたが、どちらかと言うと最近では魔理沙よりも霊夢の方が金銭やひみつ道具絡みで暴走するので、それを抑える役割になりつつある。

 最終的にはどちらも暴走しそうではあるが。

 

・八雲紫

 言わずと知れたスキマ妖怪。最初に逢った時におばさん呼ばわりしたら小学生相手にも拘らず激怒した。

 初めてのび太がどこでもドアで幻想郷に踏み込んだ時に、博麗大結界に対して一切の干渉をせずに踏み込んできたため直ちに接触した最初の人物。しかしさすがの紫も未来のひみつ道具を使い、数多の世界を冒険してきたのび太の前では頭を抱える羽目になってしまった。

 幻想郷の面々の中では一番のび太の実力を認め、評価している幻想郷におけるのび太の保護者的な立ち位置にいる人物でもある。

 やっぱりひみつ道具については驚かされっぱなし。

 

・八坂神奈子・洩矢諏訪子・東風谷早苗

 幻想郷の妖怪の山に位置する守矢神社。外の世界でスネ夫たちが調べようとしている守矢神社のまさにその移転先で信仰を広めようとしている神様たち。

 わざわざ外の世界からやって来たと言う経緯や神社の修復、早苗が鴉天狗の文に食べられたと誤解し怒った事などもあり、のび太に対しては非常に友好的。

 最後に博麗神社に帰ろうとするのび太から、早苗に対してひみつ道具が一つ渡されたが……?

 

・射命丸文・天魔

 妖怪の山の鴉天狗である文と、その実の母親である天魔。イメージ的にはショートヘアーの文と、ロングヘア―の天魔と言った違い。妖怪の山の長を務めているだけあって実力は本物であり、普段は穏やかで優秀な鴉天狗である娘の文が一度新聞記事絡みになると暴走するたびに叱りつけている。

 そのため文は妖怪の山の長、としてだけではなく母親としても完全に頭が上がらず、暴走しそうになった時でも天魔が絡むと途端に暴走が停止するほど。

 天魔に叱られた文が一度タイムふろしきをかぶってしまい、幼年時代の姿まで縮んでしまう事に。

 

・犬走椛

 妖怪の山の哨戒天狗で哨戒部隊長。

 妖怪の山で迷子になったのび太を発見し、誤解から弾幕勝負になるものび太のフワフワ銃でまんまるい風船のような姿に変えられてしまい部下や同僚の腹筋に多大なダメージを負わせた。

 そう言った経緯からのび太に対しては若干辛辣な雰囲気がある。

 

・河城にとり

 妖怪の山の種族である河童の中でも音頭をとっているリーダー格の河童。

 のび太が守矢神社にやって来た夜の大宴会の中で、のび太が持っているどこでもドアに興味を示し一晩だけ貸してほしいと頼み込み、解析を行うがその最中にどこでもドアの制御装置・中枢部分の基盤に自分の名前が刻まれていると言う事実に驚愕。

 未来のひみつ道具である事から、のび太に聞いても答えは出ないだろうと判断。その場に居合わせた河童たちだけの秘密にする事に。

 

 

 

 

 



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のび太の楽しい幻想郷生活
幕間


一つ冒険に区切りがつきましたので、今回はのび太以外の様子です。


 のび太が幻想郷と言う、外の世界で忘れられた場所へと足を踏み入れて霊夢や魔理沙と冒険を繰り広げていたちょうどその頃。

 ロボットの義務である定期検診をサボり続けた結果、未来の国立ロボット病院に強制入院の措置を取られ、放り込まれてしまったドラえもんはと言うと……。

 

「……うーん、のび太くん大丈夫かな……? ぼくがいなくても一人で大丈夫なんて言っていたけれども……モグモグ……なんか心配だ……モグモグ……」

「お兄ちゃん何言ってるの、のび太さんなら大丈夫よ。きっと今頃大変かもしれないけれども夏休みの宿題をやってお兄ちゃんの帰りを待ってるわ。だからちゃんと検査してもらいましょ」

 

 妹ドラミに見舞いに来てもらったドラえもんは病室のベッドの上で、窓の外の未来世界の景色を眺めながらのび太がきちんとやっているかどうか不安そうに、ドラミが手土産にと大量に持ってきてくれたどら焼きを一つ手にし、それを口に放り込む。何しろここは病院と言う事もあり、ロボットに供される病院食も人間のそれとさして違いはない。つまりはドラえもんにとって味気ない事この上なかったのだ。

 別に身体の何処かが壊れた、という事情で入院している訳では無いドラえもんにとってこの食事は非常に味気なく、また退屈極まりない入院生活を送る事になった結果、入院一日目にして病院の売店からどら焼きの姿を消し去ったドラえもんはとうとう妹のドラミやのび太の子孫にあたるセワシに『頼む! どら焼きを持ってきて!!』と頼み込み、こうしてどら焼きを食べながら病院生活を送る事になったのだ。

 

「そうなんだけどね、のび太くんの事だからジャイアンやスネ夫たちにいじめられていないかなって思って。一週間なら、セワシくんに話をしてのび太くんも一緒に22世紀に遊びに連れてきた方がよかったのかな? ほら、22世紀なら空想動物サファリパークに連れていく事だってできたし……」

「そう言えば、のび太さんが前に生みだしたペガサスとグリフォンとドラゴンは、あのサファリパークにいるのよね」

「そうなんだ、久しぶりにのび太くんもペガたちに会えれば嬉しいかなって、今になってみると思うんだ」

「確かにそうだけれども、入院している今そんな事を思いついても仕方がないじゃない。やっぱり素直に検査してもらうのが一番よ」

「うん…………そうだね……モグモグ……」

 

 そう兄妹で会話をする病室の窓の向こう側、ビルや未来の鉄道が張り巡らされたその先にほんの小さく見えるのは未来の空想動物サファリパークだった。

 文字通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()サファリパークであり、22世紀の世界でも有名な観光スポットとして人気を博している。

 それだけではなくかつて『のび太の日本誕生』で七万年前の日本列島に家出をした時にのび太が複数の動物の遺伝子を掛け合わせる事で生まれた三頭の空想動物たちが、今はそこで元気に暮らしている事を知っているドラえもんは病室の窓からその施設が見えた時にその事を思い出し、どうせなら入院している間セワシの家に泊めてもらうなどしてでものび太を連れてくるべきだったか、と思ったのだった……。

 が、もちろんドラえもんもドラミも、まさかのび太が自分のあずかり知らぬ間にスペアポケットを勝手に持ち出して空想動物サファリパークよりもさらにぶっ飛んだ場所へと足を踏み入れている事など、全く知る由もなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またまたドラえもんが入院している22世紀とは違う、現代ののび太たちが暮らす外の世界。

 夏休みの宿題のテーマ、つまり突然消失してしまった神社の事を調べるべく町の図書館や役場などに足を運んでいたスネ夫たちだったが、初日の調べは決して芳しいものではなかった。

 あちらこちらを回り、まずは一番何か知っているであろうと相談の結果足を運んだ役場から出てきた三人の表情は実に難しい、浮かない表情をしていた。

 役場に行き、消えた神社の話を聞いた三人が自由研究として消えた神社について調べたい、と説明すると役場の人は快く応じ色々な話を聞かせてくれたのだけれどもまさか三人も神社が消える前に空を飛んでいた、などと言う噂があると言われては目を丸くするより他にはなかったのだ。

 もっとも、それは役場の人も同じようで『あくまで噂話だからね』と三人に前置きした上での話だった辺り、地元の人もこんな非現実的な話は誰も信じていないのだろう。

 いや、むしろドラえもんと言う未来の存在や地底人、海底人、天上人、異世界人との交流をすでに行っているドラえもんやのび太たちならいざ知らず。何も知らない現代の人間に信じろと言う方が難しいと言うべきか。

 そんな三人の心情を代表するかのように、ジャイアンがスネ夫につかみ掛かる。

 

「なんだよありゃ。おいスネ夫! お前が言っていた消えた神社って本当にあった事なんだろうな? 一体どうしたら『空を飛んで神社が消えた』なんて話が出てくるんだよ。その神社はドラえもんが消したのか? それとも未来人や宇宙人が建てた神社だってのか?」

「そんな事僕に言われても分かる訳ないでしょ? 僕だってまさか神社が空を飛んだ、なんて話が出てくるなんて思ってもみなかったんだから」

「……でも未来人が、って言うのはあり得るんじゃないかしら。ほら、覚えてる? 私がアラビアンナイトの世界でアブジルに捕まった時の事。あの時私たちを助けてくれたシンドバッド王様の宮殿だって、航海の途中で助けたタイムトラベラー、つまり未来人がお礼にって用意してくれたものだったじゃない」

 

 これ以上放っておくと興奮した様子のジャイアンがスネ夫にゲンコツの一つや二つお見舞いしかねない……そう感じたらしいしずかがジャイアンとスネ夫の間を持つように、ジャイアンの未来人と言う言葉に、かつての冒険の記憶を語りだす。

 

 

 

『のび太のドラビアンナイト』

 

 

 

 かつて絵本入り込みぐつ、と言うひみつ道具で絵本の中に入って遊んでいたのび太としずかだったが、ひょんなことからしずかがアラビアンナイトの世界に迷い込んでしまい、そこで奴隷商人アブジルに囚われの身となってしまった事があった。

 宇宙完全大百科で調べた結果、アラビアンナイトの世界に登場する実在の人物としてハールーン・アッ=ラシード王(アッバース王の第五代カリフ)の存在を知り、現実と物語との繋がりと言う可能性に賭けてしずかを助けるために九世紀のアラビアへと飛んだドラえもんたち。

 そこで地獄の鍋底と呼ばれるほどの過酷な砂漠の果てに黄金宮殿を築き、悠々自適の生活を送っていたシンドバッド王……かつて七つの海を七たび航海し、幾多の冒険を繰り広げた船乗りシンドバッドに助けられたのだが、黄金宮殿の簒奪を企むアブジルや盗賊のカシムたちが最後の最後に見せた切り札こそが、黄金宮殿の空飛ぶからくりだった。

 かつてシンドバッド王が航海の最中助けた人物が未来からのタイムトラベラーであり、彼がシンドバッドへのお礼として築いた黄金宮殿、そこにはからくりを操作する事で空を飛ぶ機能が付いていたのだ。

 それを経験している事から、しずかは消失した神社がそれと同じように遥か昔に未来人が建てたのではないかと推理したのだった。

 

「……それは、確かにそうだけどさ。そうなると海……はないから、湖で溺れてたタイムペラペラが、空飛ぶ神社を作ったのか?」

「……ジャイアン、タイムペラペラじゃなくてタイムトラベラーだよ」

「そのベラベラが作ったのか?」

「はっきりとは言えないけれども、少なくともアラビアンナイトの世界でシンドバッド王様の宮殿が飛んでるのよ? 可能性はあると思うわ」

「そうなると、消えた神社を調べるのと一緒にもっと昔の言い伝えとかで、神社がいつできたかとか遠いどこかからやって来た神様とか伝説に人物がいないかとか、その辺も調べた方がいいかもね」

「ええ。明日からはそっちの方向で調査をしましょ」

「よーし、そうときまったら飯にしようぜ!!!」

 

 もちろん三人は気が付いていない、その推理が全くもって見当違いの方向を向いている事に。

 三人にとって不幸だったのは、この消失した神社が空を飛んだと言う話を知る前に、一度未来人の科学力でもって造られた空飛ぶ宮殿の存在を知っていた事だろう。それを知っていたからこそ、しずかは的外れな推理をする事になってしまったし、ジャイアンもスネ夫もそれに対して異を唱える事ができなかった。

 三人が真実に気が付くのには、まだまだ時間がかかりそうである……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………そこは果たしてどこなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一見するとのどかな田舎の一軒家、にも見えなくはない家。その周りを取り囲むのはどこまでも続く森ばかり。つまりはこの一軒家は森の中に建っていた。そして空はどこまでも続く青空、それだけを見れば田舎の一軒家そのものだ。

 もっとも幻想郷の場合、下手に人里から離れた場所に居を構えた場合最悪妖怪に襲われお昼ごはんにされてしまう危険もある為、普通の人間が人里から離れた場所に家を建てると言う事は非常に珍しい。

 その証拠に家の中では幻想郷の賢者、八雲紫は大きなテレビのような画面を前にしてキーボードを叩き、いろいろと計算をしているらしく、カタカタと独特の音が響いてくる。

 どれほどその独特の音が続いたのか、しばらくの間聞こえていたキーボード音がカタッと止んだ。

 止んだ、と言うよりも何かを思い出したように手を止めた、と言った方が正しいだろうか。

 キーボードに手を添えたまま、目の前の画面とは違うどこか遠くに思いを馳せるように彼女の視線は空中を見ている。

 

「ふぅ……そうか、そういえば……もうそろそろそんな時期なのね……」

 

 何かを思い出したように、懐かしそうに()()の始まりを予感させる言葉を口にしたまま、キーボードから手を離し、うーんと大きく伸びをしてから慣れたようにスキマを一つ作りその中へと潜り込む。

 何をすると言うよりも、単純に移動手段として昔から使っているスキマ妖怪たる八雲紫の得意技だ。

 そうしてその移動手段として用いたスキマの先で広がっていたのは、窓の外に瞬く無数の星空と、青く輝く美しい一つの惑星だった……。

 




のび太の妖怪の山ツアーが終わった頃のドラえもんやジャイアン、スネ夫、しずかたちの様子はこうなっております。
もちろんのび太が幻想郷へと入り込み、今までみんなで冒険した世界とはまた違う世界で大冒険が始まっているなどとは露ほども信じておりませんし気が付いておりません。




また最後のシーンなど幻想郷? と首を傾げたくなるであろう伏線もいろいろと出してみましたので、これらがどう本編と絡んでくるのか、皆さん乞うご期待!



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人里に行こう(その1)

更新が遅くなりすみません。

ちょっと短めですが、次の目的地が決まりました。
まずは幻想郷での暮らし、なので異変と言うよりもちょっと息抜きのような感じで人里に向かいます。
※一応のび太が幻想郷に来た目的って、夏休みの宿題ですので。


「あーっ、のび太がいるとやる事が簡単に終わるから本当に楽でいいわね」

「霊夢はここに座って、のび太に指示を出してただけだったけどな」

「う、だ……だってテーブルかけなら私でも使えるけど、台風とか何か取り扱いを間違えたら怖いじゃない」

「間違えないように練習する、って頭はないのな」

「……霊夢さん、境内の掃除終わりました」

「ごくろうさまのび太、それじゃあ朝ごはんにしましょうか」

 

 のび太が妖怪の山から戻ってきて一日が過ぎた。と言っても妖怪の山で大怪我をしたりした訳ではない事から、霊夢と魔理沙にとってはまた異変のない日常が、のび太にとっては冒険が待っているに違いないであろう日常が、戻ってきた。

 

「「「いただきます!!!」」」

 

 居間に集まり、ちゃぶ台を囲みながら霊夢、魔理沙、のび太の三人で食べる朝ごはん。

 ちなみに今朝の献立はご飯とみそ汁、そして焼き鮭に豆腐、卵と言う外の世界の旅館などに宿泊しても出てきそうな朝食のメニューである。

 が……。

 

「やっぱりのび太の道具が出してくれる料理は、美味いんだぜ。特にこの魚、幻想郷じゃなかなか高価で滅多に食べられないのに、こうもあっさりと出てくるんだから本当にありがたいぜ」

「そうよね、この大きさだったら三人分でいくらするかしらね?」

「賽銭箱の中身何年分かはかかるだr……「ひっ!?」っ!」

「…………魔理沙、これ以上言ったらどうなるかは分かってるわね?」

「はっはっは、何を言い出すんだ? 私は余計な事は言わない性格なんだぜ」

 

 焼き鮭を美味い美味いとぱくつく霊夢と魔理沙の二人と、対照的にそんな二人の様子を不思議に思いながら、ごくありきたりな焼き鮭の切身を口に運ぶのび太。

 幻想郷ではなかなか口にできない魚である鮭の切り身がごく当たり前に出てきた事が感動だったらしく、高くて手が出ない事を言及した霊夢がそれをからかった魔理沙に針を投げつけた。

 やはりお賽銭箱にお賽銭がなかなか入らない事は霊夢も気にしているらしい。

ちなみにどうして鮭の切身でここまで感動しているのか、のび太はまだ知らないがここ幻想郷には海がない。つまり海の幸は基本的に手に入らないと思っていい。

 しかし二人は鮭の事を知っており、値段が高いと口にしていた。それはなぜか?

 

 鮭は確かに海の魚である。しかしだからと言って全く淡水に生息していない訳ではないのだ。

 当の鮭だって、卵を産みにはるばる自分が生まれた川へと遡上し、卵を産みそしてその生涯を終える。

 これはかつて『酒の泳ぐ川』にてのび太が鮭の生涯を調べ、学んだ事である。

 

 そしてその鮭の仲間は淡水にも生息している。パパが以前釣り好きの同僚に尺ほどもあるサイズのものを釣ったと自慢されたイワナなどがまさにそれだった。

 ただし、イワナ、ヤマメ、アマゴといったこれらの魚は元来警戒心が強くなおかつ山奥の渓流に暮らしているため漁師が行ったとしてもそうヒョイヒョイと簡単に釣れる魚ではない(※実際これらの種の解禁日は早い所で2月なので、解禁日当日に釣行しようとすると場所によっては雪渓を渡っていく事すら起こりうる)。

 ドラえもんの出してくれたひみつ道具『箱庭シリーズ・急流山』で、のび太のパパがつかみ取り大会でもしたのかと言う数のイワナを漁獲できたのはあくまでも未来の道具によるもので、実際には非常に難しい釣りなのである。

 それはつまり、それらの魚が幻想郷の市場に流通する数がとても少ないと言う事に他ならない。

 当然供給が少ないと言う事は値段の高騰を招く。結果として、お金持ちならばともかくとして一般の庶民の口にはなかなか入らないハレの日のごちそうとして、それらの魚は幻想郷の人々にとっては知られる味になっていた。

 そのごちそうなはずの魚とそっくりな味をした料理がさも当然のように食卓に並んだため、霊夢と魔理沙は感動していたのである。

 こうして三人の食事が終わった頃になって、霊夢が「よいしょ」と新聞の束を居間へと持ち込んできた。

 

「わ、霊夢さんこれなんですか?」

「新聞よ、幻想郷のね。昨夜妖怪の山で鴉天狗たちが色々話を聞いてきたでしょ? 彼女たちがあの後でこうして新聞にしたのよ」

「……それにしても、今日はさすがに量が多くないか?」

「のび太みたいな子供がやって来たのよ? 記事にするなって言う方が無理な話よ」

「ええっ、じゃあこれって、みんな僕の事を書いた新聞なんですか?」

「そうね、みんな一面のび太の事で埋まってるわ」

「えへへ、僕が新聞にのるなんて……」

 

 魔理沙が呆れたように言うのも無理はない。普段ここ博麗神社では文が作成している文々。新聞くらいしか読んではいない。

 と言うよりもほぼ日刊で新聞を作る鴉天狗と言う存在が射命丸文くらいしかいない、と言った方が正しいか。他の鴉天狗は日刊ではなく週刊、あるいは大々的な異変や事件が起こった時に号外として(という表現も本当はおかしいのだけれども)ばら撒く、そんな天狗も少なくはなかった。

 そんな中、ほぼ全ての妖怪の山に住まう鴉天狗たちがいっせいに新聞をばら撒いたのだから、いかにのび太と言う存在が妖怪の山に衝撃をもたらしたのか、その度合いが伺える。

 一方ののび太は、自分が新聞にのったとあってその表情は緩みっぱなしだった。

 外の世界ではぐうたら、勉強もできない、おまけにいじめられっ子とあり学級新聞にだってそうそう書かれる事はないような生活をしていたのに、ここでまさか妖怪から新聞にしてもらえるなんて思っても見なかったのだ。

 が、その新聞を見て、ん?と目を潜める事になる。

 

「外の世界から来た謎の子供、本当に人間か!? 天狗を負かし空を飛ぶ子供、未来の道具が見せる恐怖! ……なんだこりゃ?」

「あー、まあよくある事だな。色々と話を大きくして書くんだよ。だから、鴉天狗の新聞は情報って言うよりも、面白おかしく書いてある事を楽しむ、マンガみたいなものなんだぜ」

「えー、そんなぁ」

 

 そこに書かれていたのは、のび太が昨夜に話した事とはまるっきり違う、根も葉もない事まで付け足されて書かれていたのだ。意気揚々と外の世界ではまず目を通さない新聞に目を通したらこれでは、落ち込みたくもなるだろう。

 山のようにある新聞の全部がこうだとしたら読む気すら失せてしまう、そう思っていた矢先に魔理沙が取り出して『のび太、見てみろよ!』と言ったのは一枚の新聞。その名前を文々。新聞と言った。

 

「……これ、なんて読むんです? ぶん……? 新聞?」

「ぶんぶんまるしんぶん、だな。のび太が勝負した鴉天狗の文が書いている新聞がこれなんだよ」

「ええっ、あの文さんの新聞、ですか?」

「そうね、でもこの様子だと元の大きさに戻った後で書いたみたいね。もっとも、文の新聞も他のとそこまでは変わらないんじゃなかったっけ」

「いや、そうでもないみたいだぜ……?」

 

 初めて目にした奇妙な名前の新聞。文々。新聞をそのまま『ぶんぶんまるしんぶん』とは読めずに目をぱちくりとさせていたのび太に、魔理沙が笑いながら読み方を教えてくれた文の新聞。その奇妙な名前の新聞にのび太よりも先に目を通していた魔理沙曰く、どうやら文の新聞は他の新聞とは書き方について違うらしい。

 そこに書かれていたのは外の世界で消失した守矢神社を宿題のために探しに幻想郷にやって来たのび太と遭遇した自分自身が弾幕で勝負を行った結果、大風を起こす未来世界の道具を使った事で吹き飛ばされて敗北したと言う顛末だった。

 またそれだけではなく、守矢神社の神々とのび太との対談の場にも居合わせた事で、食料がいくらでも出てくるグルメテーブルかけを出してもらったりと、タイムふろしきで守矢神社まで直すどころか新品同様に戻してしまうと言う、神様でもなかなか難しい事をあっさりとやってのける姿までしっかりと写真に写されている。

 目を通してみると確かに、他の新聞よりは比較的事実に則った内容が書かれている辺り、本当に天魔に叱られた事で反省しているのか、あるいはもしかしたら文には他の鴉天狗とは異なりのび太との勝負の果てにタイムふろしきで幼い姿に縮んでしまった事などの負い目があるため、あまりある事ない事を書いてしまいそれらを外に漏らされては困ると言う思惑があるのかもしれない。

 

「そう言えば、のび太って宿題をしに来たのよね?」

「あ、いっけない。そう言えば……そうです」

「へぇ、なあのび太。外の世界の宿題ってどんなものがあるんだ?」

「え、宿題ですか? ちょっと待ってくださいね」

 

 外の世界の宿題と言う存在に興味を示したらしく、どんなものがあるのか聞いてきた魔理沙に見せようとのび太がここに来る時に色々と詰め込んできたカバンを泊めさせてもらっている部屋から持ってくる。

 そのままグルメテーブルかけを片付けたちゃぶ台の上に広げたのは、夏休みのしおり、日記、朝顔の絵日記、算数のドリル、漢字の書き取り、読書感想文、自由研究、と言ったごくごく外の世界ではありふれた夏休みの宿題一式。

 

「へぇ、外の世界ではのび太たちはこんなものをやるんだな……」

「面白いわね、朝顔の観察なんてして何が面白いのかしら?」

「僕に言われても……」

 

 幻想郷では夏休みの宿題は無いのだろうか? 少なくとものび太が見せた宿題のセットを見た霊夢や魔理沙の感想からは、夏休みの宿題と言うものを知っているようには聞こえなかった。だがもしそうだとすると幻想郷には夏休みの宿題がないのかもしれない。もしそうだとするのなら、ここは何と素晴らしい世界なのだろうか。

 

「ねえのび太、人里に行ってみない? 多分この宿題をするのならここでやるよりも、人里の方がいいかもしれないわ」

「人里、ですか?」

「そうだな、ここでやるよりもその方がいいんじゃないか? のび太ならどこでもドアも空を飛ぶ道具もあるし、そんじょそこらの妖怪なら軽くあしらえるだろうからいいんじゃないか?」

 

 宿題がないなんて、なんてすばらし世界なんだろう。僕も幻想郷に生まれたかった。

 『のび太の宇宙開拓史』において、コーヤコーヤ星と地球との時間の経過の仕方が全く違い(向こうの1日が地球時間の2~3時間にしか該当しない)に気がつき、コーヤコーヤ星なら毎日一日中遊びまわっても地球では数時間しか経過しないと言うなんて素晴らしい星だ、と気が付いた時のような事を考えていたのび太に霊夢から掛けられたのは『人里』と言う新しい場所への案内状だった。

 

 

 

 

 

 

 

こうしてのび太は妖怪の山に引き続き幻想郷の新しい場所、人里へと足を踏み入れる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のび太は気が付いていなかった。

 いや、のび太だけではない。のび太と共に数日とは言え暮らしながら霊夢も魔理沙も全く気がついてはいなかった。

 未来からのひみつ道具を数多駆使するのび太と言う、幻想郷をもってしても完全に規格外な存在が入り込んできた事が鴉天狗のばら撒いた新聞によって、今までは知られていなかったものが完全に誰もが知るところとなってしまったのだと言う事に。

 幻想郷は決して一枚岩ではない、そのパワーバランスを各地で担う実力者たちが、のび太にどういった形で接触をするのか、それはまだ誰にも分からない……。




はい。
のび太幻想郷中に知れ渡るの巻でございます。

ひみつ道具にどっぷりとつかって全く違和感を感じなくなっている霊夢と魔理沙ですが、実際何も知らない他の幻想郷の住民からすれば一人で数多の『〇〇する程度の能力』を使える事に他ならないんですよね。
幻想郷の猛者たちが果たしてそんなのび太を見逃したままにしておくのか?
そして人里に向かったのび太を待つものは!?



次回、乞うご期待!!!


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人里に行こう(その2)

10月初投稿ですね、大変お待たせいたしました。
みんなも徹夜寝不足、しないように気をつけましょう。

妖怪の山でのトラブルも無事に終わり博麗神社に戻ってきたのび太。
次の目的地は宿題を終わらせるための場所として霊夢たちが教えてくれた、人里!?
さてさて、何が、誰が、果たして待ち受けているのか!?


「……のび太、人里に行く準備はできたかしら?」

「はい、大丈夫です」

「よしのび太! それじゃあ人里まで行ってみるんだぜ! 遅れないようにするんだぞ!?」

「魔理沙、アンタそう言って全速力で飛ばしてのび太を振り落とした事、忘れるんじゃないわよ?」

 

 善は急げ、の言葉通り朝ご飯を食べ終わった霊夢、魔理沙、のび太は博麗神社の境内からふわりと空に浮かび上がり人里へ向けて出発した。

 ちなみにのび太はいつものように頭にタケコプターをくっつけて、魔理沙は魔法使いらしくホウキにまたがって、そして霊夢は何もなしにそのまま空を飛んでいる。

 最初は魔理沙が『さあ! 全速力で人里まで行くんだぜ!』と思い切り飛ばそうとしたのだけれども、霊夢からののび太を妖怪の山に連れて行く途中で、スピードを上げ過ぎた結果道中振り落としたと言う前科について言及されると途端に顔色を青くしてゆっくりとのび太のタケコプターに合わせたスピードに落としている。

 そうして三人、のんびりと幻想郷の空を飛んでいるがそこはのび太も常時タケコプターで空を飛んでいる事もあり、別に騒いだりと言う事はなく普段通り、当たり前のように飛んでいた。

 

「しかし、空を飛んでいても別に慌てる様子もなし。本当にのび太って何でもありだよな」

「いやー、そんな事ないですよ」

「いいえ、未来の道具かも知れないけれどもそれを使いこなすのだって一つの能力よ。もっと自分に自信を持ちなさいよね」

「そうだぜ、特に鴉天狗の文を風で吹き飛ばすなんて、私にだってなかなかできない芸当なんだぜ」

 

 そんな他愛のない雑談をしながら空を飛ぶ中、霊夢の姿を見ていたのび太はふと何かを思い出したように、おそるおそる、といった風に霊夢に訊ねた。

 

「……そう言えば、あの……霊夢さん」

「? どうしたの、のび太? そんなに改まって」

「あ、いえ。……その、霊夢さんや守矢神社の早苗さんって、実は地球侵略……と言うよりも地球人を捕獲に宇宙からやって来たロボットとかじゃないんですよね?」

「ぶふぅっ!?」

「はぁぁぁっ!!? 何言ってるのよ、私はれっきとした人間よ!」

 

 唐突に発せられたのび太のあまりと言えばあまりにぶっ飛んだ発言、と言うか質問に霊夢は訳がわからないといった声をあげ魔理沙については思いきり吹き出した。

 

「おいおいのび太、急にどうしたんだ? 確かに霊夢の実力なら幻想郷くらいは征服できるだろうけれども……それでも長年付き合ってきた私が言うんだ。霊夢も早苗も、間違いなく正真正銘の人間なんだぜ」

「魔理沙、ちょっと後で覚えてなさいよ? ……ねぇのび太、一体どうして私を見て人間じゃなくてロボットじゃないか、なんて思ったの?」

「あ、え……その……」

 

 霊夢からの質問はもっともだ。普通はいきなり他人をロボットか? などとは訊ねたりはしない。

 けれどものび太には思い出があるのだ。地球侵略にやって来たロボットとの、思い出が。

 

 

 

『のび太と鉄人兵団』

 

 

 

 かつて地球からはるか彼方のロボットが支配する惑星メカトピアでは元々は上流階級のロボットたちが下層階級のロボットを奴隷として扱っていたものの、近代になりロボットはみな平等と言う考え方が広まった結果、ロボットに代わる新たな労働力と言う名の奴隷として地球人捕獲作戦のためにやって来た少女リルル。

 スパイとして怪しまれないように地球人そっくりな姿をした彼女ともう一体、北極に前線基地を建設するために送り込まれた工作ロボット、ジュド。

 スネ夫の従兄が作成したロボット、ミクロスに張り合うために偶然から拾ったジュドを巡る果てに知り合ったリルルだったが、のび太たちが組み立てたザンダクロス(ジュドの名前を知らないのび太たちが命名した)を返すため保管してある鏡面世界へと案内したのだった。

 が、その時にあろう事かリルルはタケコプターもなしに空を飛んで見せたのだ。

 空を飛ぼうとリルルにもタケコプターを渡そうとした所で、そんな物は要りませんと言わんばかりにふわりと空を飛ぶ姿を見たのび太は思わず内心で『タケコプターなしで!? どういう人間なんだ……?』と驚いたのは言うまでもない。

 後になって考えればこれはそもそもリルルが地球人どころか宇宙人ですらなく、元々ロボットだったからできた芸当なのだと分かったけれども初めて見た時にどれだけ面食らったのかは今でものび太は覚えていた。

 だから、タケコプターもホウキも、自分の翼も使わずに空を飛ぶ霊夢や早苗を見てもしかしたら、とのび太は尋ねたのだ。

 

「……なるほどな、空を自由に飛ぶ人間そっくりのロボットか。だから何もなしに空を飛ぶ霊夢を見て、聞いたと。だそうだぜ、霊夢」

「むー、それならそうとちゃんと説明しなさいよね。いきなりロボットですかなんて聞いてくるから本当にびっくりしちゃったんだから。でも外の世界ってすごい異変が起こっているのね。だって、人間を奴隷として使うために他の世界からその、てつじんへいだん、だっけ? がやって来たからのび太と友達たち数人で、とんでもない数のの大軍と戦ったんでしょ?」

「はい、そうです……」

「実はのび太ってさ……話を聞けば聞くほど私たちの想像を上回るとんでもない事さらっとやってないか?」

「……よね。私たちが今までに色々異変を解決してきたー、って言うのがのび太の話を聞いているととてもちっぽけなものに思えてくるわよね」

「で、でも霊夢さんたちだってそのいへん、ですか? を今までに何回も解決してきたんですよね?」

「そりゃあそうだけれども、さすがにそんな数万を超えるような空を埋め尽くす敵軍に対して数人で迎え撃つなんて異変は今までになかったわよ。……それにそんな異変、絶対に起きて欲しくないし

 

 人里までの道中、のび太が経験した異変にも引けを取らない大長編の話を聞かされた霊夢に魔理沙。

 それは恐らくのび太が経験した数ある冒険の中でも最大級にとてつもない相手だったであろう鉄人兵団の話である。

 何しろその兵力は圧倒的で、東京を一夜で灰燼と化しただけにとどまらず先遣隊の三分の二をそれぞれニューヨーク、パリ、ロンドンの三方面へと送り込み、同時攻撃してあっという間に火の海に変え、さらにメカトピアから増援を求めると言う大兵力。

 最終的に兵団が暴れている地球が鏡面世界と言う、巧妙に作られた偽物の世界である事に気が付いてしまいその出入口である高井山の山奥にある湖へと世界中に散らばっていた全兵力が押し寄せ、文字通り湖の周囲全ての空を黒く埋め尽くす兵団数万あるいは数十万か。その大軍団相手に地球人の未来を賭けてドラえもん、のび太、ジャイアン、スネ夫はたった四人で戦う事になったのだった。

 おまけにこちらの武器は毎度おなじみショックガンに空気砲、スモールライトに瞬間接着銃と言う決定打に欠ける射撃武器。

 一応その火力不足を補うために改良型やまびこ山もありったけ用意し、至る所に配置したもののそれでも火力不足と、鉄人兵団の圧倒的な物量には敵わず、最後には頼みの綱、最後の切り札たるザンダクロスさえ抑え込まれる事態となってしまう。

 のび太はあずかり知らぬことであるが一対一で自分のコピーと戦わされる惑星間の代理戦争『ひとりぼっちの宇宙戦争』とどちらが果たしてマシだろうか? という規模であるこの大冒険の話を聞かされては、今まで解決してきた異変と言うものがどれだけ小規模のものなのか、と霊夢や魔理沙たちが真剣に考えてしまうのも無理はないだろう。

 ちなみにその大兵力による圧倒的な物量差で頼みの綱のザンダクロスさえ封殺され、のび太たちにはもう何も打つ手がなくなった時に逆転の一手をもたらしたのは外でもない、鉄人兵団のスパイとして地球に送り込まれていたリルルの命と引き換えに成し遂げた過去改変だった。

 のび太にとってもいまだに忘れられない人の心と機械の身体を持った少女リルル。そのリルルと同じように、何も使わずに空を自由自在に飛ぶと言う霊夢の姿を見たからこそ、ゼロに限りなく近いであろう可能性であるにもかかわらず、もしかしてとのび太に質問させたのだ。

 やはりと言うか、答えは分かり切っていたけれども……。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、木々の向こう側にだんだんと瓦屋根や板葺きの屋根が見えてきた。その様子は外の世界とは全く違う、タイムマシンで出かけた昔の時代の街のようにも見える。

 もちろんそこには外の世界ならどこでも見かけるありふれたものである電柱も、ましてや道を走る車も何もない。本当に結界こそあれど現代の日本なのかと思いたくなるような風景に、今までにも過去から未来へ色々な冒険をしてきたさすがののび太も目を丸くする。

 

「霊夢さん。あれが人里、なんですか?」

「そうよ、そしてあの人里こそがこの幻想郷で暮らす人々にとって一番安全な場所でもあるのよ」

「安全って、何かあるんですか?」

「妖怪は人里に入って来たっていいんだぜ。でも人里の中では絶対に妖怪は人間を襲ってはいけない、って言う決まりがあるんだ。これをもし破ったりすれば、霊夢がその妖怪をすぐにやっつけに行くって言う訳だ。逆に言えば、夜とかに人里をもし出たりしたら妖怪に襲われたりしても人間だって文句は言えない、って訳なんだぜ」

 

 霊夢の説明に魔理沙がさらに付け足すように解説をしてくれる。

 霊夢がただ人里であると言うのではなくわざわざ安全、と口にし魔理沙がその事で意味を説明してくれたおかげで、のび太も幻想郷に来てから忘れていた事をようやく思い出す。

 のび太自身はひみつ道具で妖怪たちをやっつけたり負かしたりしていたけれどもそれはあくまでも特別な事であって、普通の人から見れば妖怪の山で出会った白狼天狗や鴉天狗などはどうひっくり返っても相手にもならない、妖怪と人間の間には力の差がはっきりあるのだと。

 でも、もしそうだとするのならその力の差がある妖怪をやっつけに行く霊夢は一体どれだけ強いのだろうか?

 

「あの……じゃあ、ひょっとして霊夢さんって強いんですか?」

「え、そりゃあ強いに決まってるじゃない! のび太、アンタ私の事を一体どういう風に思ってたのよ!」

「え、いえ……。だっていつもいつも神社でぐうたらしてるから、今の魔理沙さんの話を聞いてもどうもピンと来なくて……」

「あはは、言いたい放題されてるな霊夢。でものび太、霊夢が強いって言うのは本当だぜ。何も無い時は本当にぐうたらの化身みたいにのんびりしてるけど、一度異変が起こればすぐに動き出して妖怪変化をやっつけるんだぜ」

「へぇ……。……本当かな?

 

 霊夢がのび太のつぶやきを聞いていなかったのは幸いだっただろう。

 のび太の言葉に顔を赤く、頬をぷーっと膨らませながら『わ、私はそんなにぐうたらじゃないわよ!』と言っている所に追い打ちを掛けられたら、間違いなく怒っただろうことは想像に難くない。

 そう言う意味で、のび太は幸運だった。

 

「さて、そろそろ降りるわよのび太」

「あ、はーい」

「あの辺なんかいいんじゃないか」

「そうね。のび太、あそこに降りるわよ」

 

 人里に降りようとする霊夢の言葉に魔理沙が通りの一角、人通りの少ない場所を見つけて指差して高度を下げてゆく。

 そのまま魔理沙に続くように霊夢も降りてゆき……最後にのび太が続く、という格好でふわり、と三人は人里の通りに無事着地した。

 しかしのび太たちが暮らす外の世界では珍しい、空を飛ぶという事も霊夢も魔理沙も空を飛んで人里にやって来ることが多いのか、空を飛ぶ光景は珍しくないのか、通りを往来する人々は誰ものび太たちが空を飛んで来たことに驚く様子はない。

 

「……ここが人里かぁ」

「そう。何しろ幻想郷に暮らす人間の大半がここにいるからな、いろいろなものがあるんだぜ?」

「へぇ、面白そうですね」

「……待ちなさい、何のためにここまで来たのか分かってるの? まずはのび太の宿題が先よ」

「硬い事言うなよ霊夢、そもそもその夏休みだって、のび太の話だとまだたっぷりあるみたいじゃないか」

「甘いのよ魔理沙! そうやってまだ時間があると思って縁側でお茶を飲んでいたら、一体何回夕方になってやらなきゃいけなかった事ができなかったと思ってるのよ! いい? やるべき事はまず先にやるのよ、いいわね?」

「「……………………」」

 

 着地してから、周囲をきょろきょろと見回すのび太。確かに妖怪の山と違って人の姿は少なくはない数が通りを歩いているのが見える。しかしやはりその恰好はのび太の見慣れた外の世界の姿とは違い、皆時代劇やタイムマシンで過去の日本に行った時などに出てきそうな格好の人ばかりだ。

 それが改めてここが外の世界とは全く違う、幻想郷と言う世界なのだと言う事をのび太に教えてくれる。

 さて、そんな人里に早速魔理沙の案内で探検に出かけようとしたその矢先に、のび太と魔理沙の背中に霊夢の鋭い言葉が突き刺さった。

 その言葉も、その表情もまるで宿題をしないで遊びに行こうとした時に捕まってしまったママがのび太にするお小言のようなのだけれども、その内容はただ勉強しなさい、宿題はやったのと押し付けるようにただただお説教を行う(※のび太視点で)ママとは違い、自分の失敗談から来ているため非常に説得力がある。

 おまけについここに来る直前まで話していた内容を考えると、霊夢の実力は非常に高いと言うのだから、ママとは違って逃げる事も容易ではないだろう。

 そんな訳で……。

 

「霊夢さん、僕たちどこに行くんですか?」

「決まってるじゃない、寺子屋よ。多分今日もやってるはずだし」

「てらこや? って聞いた事が無いんですけれども、どんなお店なんですか?」

 

 のび太の左右に霊夢と魔理沙が並び、人里を歩く三人。その姿はちょっとみると、異変を起こした首謀者ののび太を逃亡を阻止するために左右を固めながら連行していく最中の霊夢と魔理沙、と言うようにも見える。

 もちろんそんな事はないのだけれども。

 そうして霊夢と魔理沙に案内されながら人里の通りを歩くのび太が耳にしたのは、外の世界では聞いた事もないお店の名前だった。

 

「そうね、子供たちが集まっていろいろと先生に歴史とか歴史とか歴史とかを教わる場所なのよ」

「だな、一応歴史の他にも読み書きそろばんとかも教えてくれるけれども基本は歴史だな」

「……? 子供が集まって読み書きそろばんを教わる場所って、どこかで聞いた事があるな」

 

 もちろんのび太は知らない。寺子屋がお店ではなく外の世界の学校と同じような子供たちに教育するための場であると言う事を……。

 知らないままに、なんだっけ? と思いながらも『お店って言うくらいだから、もしかしたら宿題とかを手伝ってくれるような場所なのかもしれない。確かにそれなら神社で一人夏休みの宿題をするよりもてらこやに行った方が楽に宿題が終わるかも』などと勝手に自己完結して霊夢たちの案内に黙ってついていくのだった。

 そこで子供たちに歴史を、歴史を歴史を 教えている先生が一体どんな人物なのかも知らずに……。




さて、まずは目的地が人里の寺子屋に決まりました(桃鉄風に)
寺子屋の意味さえまず理解していないのび太は、一体誰先生と遭遇するのか!?
果たしてのび太の頭は無事で済むのか!?

次回、乞うご期待!!!


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寺子屋は何屋さん?

お久しぶりです。
遅くなりましたがようやくの投稿です。最近なんだか月1ペースになってるな……どうにかしないと(汗

人里にやって来たのび太たちが目指すのは寺子屋、のび太の運命は?


 寺子屋を目指して人里の通りを歩く霊夢、魔理沙、そしてのび太の三人。その間にものび太はあっちこっちへと視線を送り、なかなか外の世界ではお目にかかれない人里の風景を楽しんでいた。

 もちろんのび太は気が付いていない。のび太の目線からすれば珍しいのは幻想郷だけれども、幻想郷の人里で暮らす市井の人々からすれば、見慣れない格好で周囲を物珍しげに見ている博麗の巫女に連れられた子供の方がよっぽど珍しい存在であると言う事を。

 そんな人々の視線に気が付かないのは三人の内のび太だけである。

 残りの霊夢と魔理沙は当然市井の人々からの好奇の視線に気が付いていたけれども、かと言ってのび太にそんなにキョロキョロするなと怒るのも難しい。宿題をするために、神社よりもいいだろうと言う事でやって来たとは言えのび太にとっては初めての人里、何もかもが目新しいのだ。

 それをそんなにキョロキョロして私たちが恥ずかしいから止めろと言ったところで果たしてのび太は止めるだろうか? その答えが否であろう事は霊夢と魔理沙の二人にも容易に想像がつく。

 なぜならもし逆に、霊夢や魔理沙が外の世界に迷い混み、のび太や外の世界で出会った人物に連れられて同じように外の世界の街に出かけたなら自分たちも同じような事になる事が分かっていたからだ。

 こうしてのび太たち一行は寺子屋までの間、人里観光ツアーとして歩き回る事になったのだけれどもそこは幻想郷。外の世界とはまた大分趣が違っている。

 通りに並ぶお店もスーパーのように何でも売っている大きなお店、というものはなくせいぜいがジャイアンの家のような雑貨屋である。

 それ以外にもドラえもんが見たらよだれをたらしながら突撃しそうなどら焼きが並んでいるお菓子屋、外の世界とはまるっきり違う服を売っている服屋、これは外の世界でもあまり変わらない八百屋に魚屋、あるいは本屋に今では珍しい米穀店。ついでに小料理屋に花屋まで、やはりそれなりに暮らしている人も多いためかそれぞれ専門に品物を扱うお店が軒を連ねているらしい。

 現代に暮らしているのび太の視点からすると、こんなに色々と扱うものによって別々のお店がなくてもスーパーやコンビニがあればまとめて買えて便利なのに、と思うものの、そんなものができたのはつい最近の事。

 のび太のパパが子供の頃には、店舗の雰囲気などこそ昔の雰囲気が残っており、外の世界とは若干雰囲気が違うけれどもこれが当たり前だった事を、残念ながらのび太は知らなかった。

 

「すごい、こんなお店もあるんですね……。でもスーパーやコンビニはどこにも見当たらないや。やっぱり無いのかな……?」

「……ほら、のび太。訳の分からない事を言っていつまでもキョロキョロしていないで。着いたわ、あれが寺子屋よ」

「あれが寺子屋ですか? なんだかあんまり他のお店と違って何かを売っているお店っぽくないような……」

「まあ、中に入ってみればのび太だって分かるだろ? さあ行こうぜ」

 

 そうして観光ツアーと化していた移動を続けてしばらく、人里の通りを霊夢と魔理沙の先導で歩いていくその先で『あそこよ』と霊夢が指さした先にそのお店(?) は建っていた。が、その建物はどう見ても人里でここまで歩いて来る途中で見た通り沿いに建っているお店とは趣が違う事に気がついいたようで、のび太はその建物を見てなんだか様子がおかしいぞと首をかしげている。

 なにしろまずお店ならどこも出しているであろう看板がない、おまけに暖簾も何も出ていない。そもそも売り物を売ろうと言う意志が感じられないその佇まいの怪しさにのび太は首を傾げながら中に入るのをためらっていたけれども、案内役の霊夢と魔理沙が中に入ってしまえば自分だけ外で待っていますと言う訳にもいかない。

 結局のび太も寺子屋の入口をくぐる事になったのだった……。

 

 

 

 ちなみに、読んでくださっている諸兄諸氏がご存じのように寺子屋は何かを販売したりする『お店』ではない。

 のび太は盛大に勘違いしているが、寺子屋は外の世界でいうのならば学校に近い施設である。子供が読み書きそろばんと言った生活に必要な事を学ぶ場所、それが寺子屋なのだが残念な事にのび太はその点についての知識の持ち合わせはまったくと言っていいほど無かった。

 だからこそ、霊夢と魔理沙から寺子屋の説明を聞いた時にもどこかで聞いた事があるな、程度の認識しかなかったのだけれども。

 

 

 

 それでも、そんなのび太でも寺子屋の中に入りようやくこの場所が「寺子屋」と名前が付きながらも物を売るお店にしてはどうやら様子がおかしいぞ、と何かに気が付いた。

 寺子屋の入口をくぐったのび太の目に入って来たのはまず、真っすぐな廊下。木製の、昔々それこそのび太のパパがまだ子供で、のび太のおじいちゃんが元気だったころの学校のイメージそのものなのである。

 もしかしたらインドによく出かけるのび郎おじさんがゾウのハナ夫の事を説明する時に話してくれた、戦争で疎開していた昔話の頃(※『ゾウとおじさん』より)にも田舎ではこんな学校にいたのかもしれない。

 その廊下が寺子屋の中をずっと奥まで伸びていて、大きな部屋が一つ。いうなればのび太の通う学校の教室よりも大きい教室が一つと廊下と言う間取りを見てしまえばいくらのんびり屋ののび太でもさすがに寺子屋の正体に気がつくと言うもの。

 

「あの……霊夢さん、この寺子屋ってひょっとして、幻想郷の学校なんですか?」

「学校って言うのが何なのかはよく分からないけれども、先生が子供たちに読み書き歴史を教えている場所よ」

「やっぱり! どうりで。いつも立たされてる廊下と似てると思った……」

「なんだのび太、外の世界では廊下に立たされる勉強でもあるのか?」

「ち、違いますよぉ」

 

 何も知らない魔理沙がのび太の言葉に興味深そうに聞いてくるけれども、まさかのび太も自分が授業中に居眠りや遅刻に忘れ物をたびたびして、先生に怒られた結果廊下に立たされているなどとは恥ずかしくて説明できなかった。そのためそのまま違うとだけ答えてどうにかその場をごまかそうとする。

 そう、学校の廊下とはある意味のび太が学校にいる時に机よりも多く過ごす事があるポジションである。

 先生の発する「ばかもーん!! 廊下に立っとれ!」の呪文はもはや日常茶飯事と化している。それは当然、その分のび太の遅刻に忘れ物にテストの成績に授業中から平気で居眠り、とそれを言わせるだけの事をやらかしているのだけれども。

 兎にも角にも、それだけ常日頃から立たされている場所なのだから、間違えようはずもない。のび太はここ廊下に来てようやく寺子屋が学校と同一の存在であるとはっきり心で理解したのだ。

 そんなのび太の内心に潜む『怖れ』に反応したのか、その場をごまかそうとするのび太の必死の気持ちが天に通じたのか、教室の中から異様な音が響いてきた。

 

 

 

 

 

 

…………ズ……ゴゥゥゥゥゥン

 

 

 

 

 

 

「ひ……っ!? な、なに今の音……?」

「あー、今日も慧音は平常運転だな」

「へ? けーね……?」

「みたいね。いいのび太、面倒なことになるから良い子にしてなさいよ。 わかったわね?」

「え、いい子にしていないと肉食恐竜でも出てくるんですか?」

「「出るかっ! そんなものっ!!!」」

 

 

 鈍く、それでいて腹にズシリと響く音はこれまでに何回も過去で耳にした大きな恐竜がたてる足音のよう。

 かつて『のび太の恐竜』で、ピー助を北米大陸(一億年前)から日本列島成立予定地へと北回りのルートで連れてゆこうとした時にキャンプ地とした火口湖で出会ったブロントサウルス(※後期の版ではアパトサウルスに修正)が歩くたびに一歩一歩立てていた足音がまさにこんな感じだった。

 それなのに山のように大きな恐竜が立てる足音のような耳にしても、霊夢や魔理沙はさほど気にする様子は見られない。

 むしろいい子にしていないと何が起こるのか、霊夢の言葉が非常に気になるところである。いや、妖怪が守矢神社に向かう途中にあれだけ出会ったのだから、恐竜の一頭や二頭くらいいても不思議ではない。

 前に聞いた時には紫と霊夢にいるか、と言われたけれども念には念を入れて、とそう思って質問したのだけれども、二人から返って来たのは鋭いツッコミだった。

 どうやら幻想郷には妖怪はいるのに残念ながら恐竜は一頭たりともいてはくれないらしい。

 地面の下には恐竜が今日も暮らしていると言うのに、じつに世の中とは不公平ではないか。

 そんな事をのび太が考えていると、突然教室の扉がガラリと開けられて中から女の人が出てきた。

 ただし、ただの女の人ではない。色の薄い長い髪に青い服装はまだへんてこではないのだけれども、その頭のてっぺんにはへんてこな形の帽子を乗っけている。

 少なくとも今までいろいろな世界を冒険してきたのび太にも、まだ見た事がない形の帽子だった。

 もしかするとこの人がけーね、と霊夢や魔理沙が呼んでいる人なのかもしれない。もっともその場合、この女の人はどうやってあの恐竜の足音(仮)を立てたのか? という最大の疑問が残るのだけれど……。

 

「こら! 誰だ、廊下で騒ぐんじゃない。そもそも授業中に何をやっているんだ? ……って、お前たち珍しいじゃないか。寺子屋に顔を出すなんて」

「ちょうどよかったわ慧音、のび太の宿題を見てあげてほしいのよ」

「……そうか、その子が外から来た子……のび太と言うのか。今朝の新聞ではどの新聞も1面を飾っていたから驚いたよ。しかし君、見るのは構わないがそもそも宿題と言うものは各々に出された課題を自分の力で解くことに意味があるのだぞ? それを他人の力を借りて解いていては自分の力にもならないだろう。君に宿題を出したのが一体誰なのかはあいにくと私も分からないが、きっと宿題を出した人物は君に自力で解いてほしいと思っていると思うぞ。自己紹介が遅れたが私は上白沢慧音、この人里で見ての通り寺子屋の先生をしている。かく言う私も宿題を子供たちに出しているが、やはりずるをしたりして全部正しい答えの宿題を出されるより、例え間違いだらけでもきちんと自力で解いてきてくれた子の方が私は嬉しいよ」

 

 ……長い。とにかくひたすらに長い。これでもかと言うほどに長い。そして話の内容が正しい事なのにいかんせん真面目過ぎて、たった今の数分程度の話を聞いているだけで眠くなるのはどうしてなのだろうか。

 もちろんこの慧音先生が言っている事は間違っていないし、のび太に宿題を出した学校の先生もずるをしたり、やって来ないよりも、間違いだらけでも全部終わらせると言う事を一つの評価として見ている事をのび太もちゃんと知っている。

 以前『出来杉グッスリ作戦』においてしずかが30分、スネ夫が3時間、ジャイアンが4時間、のび太に至っては朝までかかる、と言うほどの大量の宿題を出された際に、グッスリ枕と言う強制的に相手を眠らせる道具で出木杉を妨害しようとした事があった(ちなみに出木杉は10分もあればできると言ってのけた)。

 この時はドラえもんから出してもらったグッスリ枕で出木杉を朝まで眠らせて妨害しようとしたものの紆余曲折までの結果、故障したグッスリ枕から放たれた覚醒電波を受けて眠れなくなってしまったのび太が、最終的に宿題でもやって気を紛らすしかないと朝までかかってどうにか宿題を終わらせた時には普段とはうって変わって「よくやった」「間違いだらけでも全部やってきたのはえらい」と評価しみんなも見習うようにと、クラスに呼び掛けていた事からも、のび太の先生もきちんと自力で解く事を評価の一つとして見ている事が伺える。

 それでも、わざわざここまで来て「自分でやりなさい」では身も蓋もありはしない。

 

「あのねぇ、そんな事は分かってるの! でも、のび太が出された宿題の中に、ちょっと面倒なものがあるのよ」

「どうした、面倒と言うと……そんなに大変な宿題があるのか?」

「えっと、自由研究なんですけど……僕がここに来た理由が、その……」

 

 

 

……のび太説明中

 

 

 

……のび太説明中

 

 

 

……のび太説明中

 

 

 

 のび太は慧音に改めて説明をする。

 外の世界で友達が守矢神社の跡地について調べよう言い出したのに仲間外れにされた事。それに負けじと自分はもっとすごい誰も行った事のない場所を調べてやると言い出して、ここに来てしまった事。

 なので自由研究は幻想郷について何か調べたいと思っている事。

 それらを説明し終えると慧音先生はふむ、と考えるしぐさをしてから一言だけ、口にした。

 

「……なるほどな。幻想郷について調べるとなれば確かにそれは博麗神社では難しいだろう。しかしそれなら、私よりも稗田家にお世話になった方がいいんじゃないのかな? それに私は今こうして授業中だし話を聞くにしても、授業が終わった後になってしまうぞ? それともせっかく幻想郷に来たんだから、一緒に私の授業をお試しと言う事で聞いていくと言うのなら話は別だが……。そうだな、それがいいんじゃないか?」

「そっか、確かに言われてみればそうよね……のび太、どうする? 授業を一緒に聞いてく?」

「え、ええっ!? じゅ、授業ですか?」

「面白そうじゃないかのび太、せっかくだから他の宿題も見てもらったらどうだ? 慧音ならきっと教えてくれると思うんだぜ」

「あ、えっと……その……」

 

 いつの間にか、慧音、霊夢そして魔理沙からの一切悪意のない善意だけでじわじわとふさがれてゆく退路。

 夏休みと言う、学校の無い素晴らしい日々。おまけに今のび太がいる場所は幻想郷と言う、さらに学校からは縁遠い場所だと思っていはずなのにいきなり現れた寺子屋。

 もちろんのび太が日々学校の先生から怒られて廊下に立たされる生活を送っているなどと言う事は、霊夢たちは知る由もない。だから、のび太が寺子屋の授業についても苦手意識を持っているなどとは微塵も思っていなかった。

 

「大丈夫なんだぜのび太、()()()()()宿()()()()()()()()()()()()優しい先生なんだぜ」

「そうね、今のところ異変が起きる様子もないしのび太が授業を受けるなら保護者もちゃんとついてあげないとね」

「よし、決まりだな。それじゃあ特別に体験入学と言う事でのび太を寺子屋に招待しよう。短い間かも知れないが、しっかりと勉強していくんだぞ」

「え、ええっ! ちょ、ちょっと……あーっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………こうして、慧音に引きずられるようにしてのび太は寺子屋の教室へと半ば強引に連れていかれてしまったのであった。

 




のび太、寺子屋に食べられる!!!(嘘
霊夢も魔理沙も慧音も、悪意がある訳ではありません。しかしのび太からしてみれば悪意たっぷりの誘い以外の何物でもない訳でして……。
おまけにのび太たちが入る前に大きな音がしたという事はおそらく……頭突きを喰らった子が最低一名は中にいると言うのは間違いありませんね。

嗚呼、居眠りも宿題を忘れる事も得意なのび太の運命やいかに(フラグ)


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のび太、死すっっっッッッ!!!!!!

やめて! 慧音先生の固い頭で、のび太みたいな貧弱な子の頭に頭突きを受けたら気持ちよさそうにお昼寝しているのび太の命の火が燃え尽きちゃう!

お願い、死なないでのび太!

あなたが今ここで倒れたら、この『ドラえもん のび太の幻想郷冒険記』の続きはどうなっちゃうの?

頭突きを受けるまで文字数はまだ残ってる。ここを耐えれば、生き延びられるんだから!






今回「のび太、死すっっっッッッ!!!!!!」デュエルスタンバイ!








……だって、ねえ。
前回の感想をくださった方が軒並みこのフレーズを入れてくるんですから、急遽のび太を死なせる方向にシフトさせましたよええ。
と言う訳で、のび太死す、お楽しみに!(ぇ (なんてひどい予告w)


「……と言う訳で、今回特別に外の世界からやって来たのび太も一緒に皆と授業を受ける事になった。短い間かも知れないがよろしく頼むぞ。また、後ろにいる博麗の巫女と白黒の魔法使いは幻想郷に来て間もないのび太の保護者役だだからのび太が授業を受ける所を見ていくそうだ。みんな、博麗の巫女に笑われないようしっかりと授業を受けるように」

「「「はーい!!!」」」

「よし、それでは授業の続きを始めるぞ!!」

 

 寺子屋へとやって来たのび太は抵抗する間もないままに、慧音によって特別に外からやって来た子供と言う事で一緒に授業を受ける事になってしまった。

 最初こそ引きずられるような格好で教室に入ってきたとたん、中にいる同い年くらいの子供たちから一斉に視線を受ける事になってしまったのだけれどもそこはさすが慧音先生。

 しっかりとのび太の事を説明し、特別に授業を受ける事を説明しついでに霊夢と魔理沙と言う本来ならば寺子屋などもう利用しないはずの二人まで一緒に入って来た事についても説明を終わらせてすぐに授業へと戻っていく……のだけれども。

 

「………………………………」

 

 教室の隅に転がっている、そう文字通り眠っているのではなく、頭に大きなたんこぶを作りながら転がっている青い服を着た女の子の事を誰も気にしないのは一体どうしてなのか? それは慧音先生だけではなく、授業を受けている幻想郷の子供、それにのび太たちが受けているこの授業を後ろで見学している霊夢や魔理沙の二人も気にしていないのだ。

 普段のび太が学校でしているようにただ居眠りをしている、というのならともかくたんこぶまで作って倒れている子ともなればそう無視できるものでもなく。

 気になっておちおち眠れやしないのび太が選んだのは、先生に聞いてみると言う事だった。

 

「あ、あの……すみません」

「……ん、のび太か。どうしたんだ?」

「あ、あの……あそこで倒れてる青い服の子は、あのままにしておいて大丈夫なんですか?」

 

 おそるおそる手を上げたのび太に気が付いた慧音先生がそれに気が付いてのび太に発言を促してきたため、早速教室の片隅でたんこぶを作っている子を放っておいていいのか質問する。もちろんのび太としては、倒れている子にもしも何かあれば、と言うつもりだったのだけれどものび太の発した質問に、教室にいたのび太以外の全員……慧音先生はおろか霊夢も魔理沙も、そして一緒に授業を受けている子供たちもようやく『あぁ』と何かに気が付いたようにそれぞれ頷くのだった。

 

「ん? ああ、チルノの事か。まあ、チルノなら大丈夫だ。授業中に騒いだ挙句に吹雪まで起こそうとしたからな、叱ったんだ」

「え、し、しかった……? その、ちるのちゃんを、ですか?」

 

 慧音先生の『授業中に騒いでいたから叱った』と言う言葉、それはのび太の想像の斜め上を行くものだった。

 のび太自身も学校で先生に「ばかもん!」と叱られる事はしょっちゅうだし、廊下に立たされる事もほぼ毎日である。それでも(さすがののび太も授業中に騒いだり、と言う事まではしないけれども)たんこぶを作って倒れる程に叱られた記憶はさすがにない。

 あるいは何回も注意された上でそれでも先生の言う事を聞かずに騒いでいたから、頭にたんこぶを作る羽目になったのだろうか? と言うか、たんこぶを作って倒れる程の威力の頭突きを放つというのは、まるでドラえもんのようではないか。

 ちなみに、そのドラえもんの頭突きの威力も実はなかなか尋常ではなかったりする。

 

 

 

 

 

 

『のび太と雲の王国』

 

 

 

 

 

 

 以前、理科の授業で先生から気象についての説明を受けていた時、天国はどこにあるのかと尋ねたのび太は思い切り笑われてしまった事があった。

 もちろん今の科学の常識では天国などと言うものは宗教では存在しても、現実にはあり得ない場所、と言うのが一般の見解である。

 ならば自分たちで理想の天国を作ってしまえばいいと、雲を固めて足場にできる雲固めガスを使い、天上王国を作る事にしたのび太たちだった。が、ジャイアンたちも仲間に入れて王国を作っていた矢先に、実は地球の空には天上連邦と言う先住民たちが地上の文明には気が付かれないままのび太たちと同様に世界中に散らばった雲を固めた大地でもって連邦国家を築いていた事が発覚。おまけに雷雲からの雷を受けてドラえもんが壊され、環境の破壊を進める地上世界に対し、神話上のノアの箱舟よろしくノア計画と言う地上破壊計画が進んでいる真っ最中である事までものび太たちは知ってしまう。

 こうした紆余曲折の末に天上連邦が推進するノア計画の実行を止めるため、故障から復帰したドラえもんが持ち出したのは雲戻しガス。この天上世界をあっという間に破壊する事ができるガスを切り札としての対話を試みたその矢先に天上王国が密漁者たちに乗っ取られてしまい、ドラえもんものび太も拘束されてしまった。

 文字通り手も足も出ず、打つ手がなかった時にドラえもんが最後に使った武器こそが、王国が保有していた天上世界最強の切り札雲戻しガスのガスタンクをも破壊するほどの『石頭』だった。

 結果としてガスタンクは無事にドラえもんが見せた渾身の突貫からの頭突きで見事に破裂し、王国中に雲戻しガスが蔓延。みんなでお金を出し合い一生懸命作った天上王国ではあったものの、天上連邦を滅ぼす訳にもいかず(事実王国を乗っ取った密猟者がガスを発射しエネルギー州を消滅させているため、事態が長引けば連邦全部が消滅の危機にあった)その王国をバ◎スよろしく自壊させる事で事態の収束を図ったのは、懐かしい思い出である……。

 もし仮に、この慧音先生の言葉が正しければ先生はドラえもんの頭突きと同じくらいの威力の頭突きを使えると言う事になる。

 

「のび太、さっきも言っただろう? ()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()優しい先生だって。逆に言えば授業中にチルノみたいに悪さをしたり宿題を忘れたり、居眠りしたりすると、頭突きでもって叱られるんだよ」

「ず、頭突きですか? あ、じゃ、じゃあ……ひょっとしてさっき僕らが教室の外で聞いた恐竜の足音みたいな大きな音は……」

「ああ、そうだ。もちろんのび太だって例外ではないからな。さすがに宿題は出していないから忘れようもないが、居眠りをしたら渾身の頭突きで起こしてやるからそのつもりで授業を受けるんだぞ? さあ、これでわかったろう。授業に戻るぞ」

 

 確かに魔理沙は言っていた。『居眠りをしたり宿題を忘れたりしなければ優しい先生』だと。

 それにしても限度があると思ったのはのび太だけなのだろうか、と言うか居眠りをしたりすると学校の先生のようにばかもん! と叱りながら起こしてくれるのかと思いきや怒られるのと一緒に恐竜の足音並みの音を立てての頭突きをされるなど、危険すぎる事この上ない。

 おまけに、さらに都合の悪い事に……。

 

「……であるからして……ここで、…………がこのような行動に出た訳は…………」

「………………………………」

 

 慧音先生の授業の内容は、学校で日々受けている先生の授業よりもはるかに分かりにくく、また長々とした言葉が途切れる事無く続くようなものだった。

 難しい話に理解のできない内容。この授業で眠るな、眠れば襲ってくるのは教室を揺るがすドラえもん並みの威力の頭突きだと言うのは、のび太にとってあまりにも辛すぎる内容の授業である。事実、開始5分でのび太に襲い来る睡魔との戦いに苦戦を強いられることになった。

 それでも眠ったら自分の頭がガスタンクよろしく爆発する、教室の隅に倒れているチルノのように無事では済まない、そうイメージしながらその恐怖を想像する事でどうにか眠気に耐えていたものの、何しろのび太は宇宙でも有数の実力を持つと自負する射撃と並んで、いつでもどこでも眠れると言う昼寝の達人でもある。

 いくら耐えようとしてもそう簡単に耐えられるわけもなく、すぐにこっくりこっくりと、舟をこぎだした。

 

 

 

 

 

 

……おい霊夢、のび太やばいんじゃないか? あの様子だと間違いなくもうすぐ眠りだすぞ

もう、なんであんなに眠るなって言ったのに眠るのよ! チルノみたいに頭突きを喰らいたいのかしら

仕方ないだろう、そもそもあの慧音の授業で眠るなって言う方がおかしいんだよ。精神修行だってもう少しましな修行をさせてもらえそうだぜ

まったくね……。噂では厳しい授業、辛い授業とは聞いていたけれどもまさか慧音の授業がここまで酷い内容だなんて思わなかったのよ

 

 教室の一番後ろで、慧音には聞こえないように二人小声で相談しているのは霊夢と魔理沙の二人である。

 授業を見学している二人にも、授業を受けているのび太が舟をこぎだした事を……つまりはもうすぐ居眠りを始めるであろう事はしっかりと見て取れた。もちろん先の慧音の宣言通り、特別に授業を受けているからと言って慧音は手加減するつもりはないだろう。一刻も早くどうにかして起こさないとチルノに引き続き、慧音の頭突きによる本日二人目の犠牲者になりかねない。

 しかし起こしに行く訳にもいかず、かといって声を掛けるなどもってのほか。のび太を起こそうと声を掛けたとたんに、間違いなく慧音の頭突きの矛先は自分たちに向いてくる事を霊夢も魔理沙も重々承知している。

 つまりはのび太が慧音の頭突きを回避するには、授業の間どうにかして起きているかあるいは居眠りをしてしまっても、頭突きが飛んでくる前に野生動物のごとき勘でもって目を覚ます必要があるのだけれども、そのどちらもがのび太にとっては非常に厳しい条件である事は二人の目の前でこっくりこっくりと頭を揺らしながら今にも眠りそうなのび太の姿が証明していた。

 こうして二人は内心ハラハラしながらのび太の無事を祈っていのに、どうして運命と言うものはこうイタズラをしてしまうのだろうか? それとものび太が持つツキのなさ……『ツキの月』を誰よりも使うのに向いているほどに普段ツイていない運の無さがこの運命を呼び寄せたのだろうか?

 

「おーい、のび太この問題は分かるかな?」

「…………………………」

「おーい、のび太……?」

 

 黒板に書いた問題を解かせようとのび太に声を掛けたものの、のび太からの返事がない事でその目つきがどんどんと鋭くなっていく。明らかに怒っている兆候だ。

 当然後ろで授業を見ていた霊夢も、魔理沙も、また授業を受けている他の子供たちも慧音が見せる気配の変化に気が付いたらしく、みんな一言も口にしないでだんまりを決め込んでいる。と言うか、一生懸命に各々の教科書へと視線を下げて、勉強していますと言う事をアピールしている。

 誰だって自分の命は惜しいのだ。……たとえそれが保護者としての役割を放棄する事になっても。

 

「のび太。こら、起きないか」

「グウ……」

「授業中に寝るんじゃない」

「グウグウ……」

「このままだと、本当にお仕置きが待っているぞ……?」

「グウグウグウ……」

「そうか……それが返事か……」

「グウグウグウ……グウ……」

「……わかった、もういい」

「グウグウグウグウグウ……」

 

 つかつかと歩み寄り、最後通牒を突き付ける慧音に対してのび太は器用にもいびきで返事をする始末。

 そのあまりにも見事ないびきのタイミングに実は起きていて、イタズラのためにわざと寝たふりをしているんじゃないだろうかと思わせるその器用な対応に、当然のように慧音は額に青筋を浮かべている。

 そして慧音以外のこの場の全員は『そんなに器用ないびきで笑わせようとするんじゃない!』と、吹き出しそうになるのを全力で我慢しながら全員が心を一つにして耐えていた。

 この、嵐の前の静けさのような静寂も一瞬。憑き物が落ちたように一転、それまでの怒りに目を釣り上げながら睨みつけていた表情から、にこりと実に綺麗な笑顔になった慧音の『それ』は最後に散りゆく者に見せる慈悲の笑顔かあるいは悪魔の微笑みなのか。

 次の瞬間、慧音は思い切り頭を振りかぶり……全力でもって自らの頭をのび太の額へと叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………さっさと、起きろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっッッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大音響あるいは爆発音、そう形容しても納得してしまいそうな鈍い衝撃音が寺子屋の教室に響き渡る。いや、この音の大きさなら寺子屋の外を歩いている市井の人々にも聞こえたかもしれない。

 その衝撃の大きさたるや教室の扉や窓がびりびりと震えて、まるで大風でも教室に吹き込んできたかのように揺さぶったほどなのだ。外まで聞こえていたとしても全く不思議はない。

 一方でそんなドラえもんの頭突きと同じくらいの威力を持つと推測される慧音の頭突きを居眠りしたまま、受けるその瞬間まで全く何も知らないまま叩き込まれたのび太はと言うと……。

 慧音が全力を込めて叩きつけた、まさしく渾身の頭突き。威力の強さのあまり、座っていたその場から吹き飛んだのび太のメガネは外れ、かわいそうに悲鳴一つ上げる暇もなく畳の床を数回バウンドしながら教室の一番後ろ、霊夢や魔理沙のもとにまで転がっていく。

 

「……お、おい。のび太、大丈夫か? なんだかいつになく大きい音がしたけれども、おーい。ほら、目を覚ませよ……」

「魔理沙、あれだけの衝撃を頭に受けたのよ? 無理やり動かしたら危険じゃないかしら。チルノみたいにのび太が丈夫だとは限らないんだから」

 

 自分たちの所へと転がって来たのび太。目を星にして完全に気を失っているらしいその様子にすぐさまかけよって頬をぺちぺちと叩きながら必死の形相で声を掛ける魔理沙と、内心は動転しているのだろうけれどもそれを外に出さないようにしながら魔理沙にのび太をあまり動かさないように注意する霊夢。

 その時、霊夢の忠告を無視するように必死でのび太を起こそうとしていた魔理沙の顔から、赤みがさあっと引いていき蒼白になっていくのを霊夢は見逃さなかった。

 

「……魔理沙、どうしたのよ?」

「……霊夢、どうしよう。のび太が、のび太が息をしていないんだぜ……って言うか、これ心臓の音もしてない気がするんだ……」

「え、ちょっと嘘でしょ……? ちょっとのび太! 目を覚ましなさいよ!」

 

 動転して顔をくしゃくしゃにしながらどうしようと聞いてくる魔理沙の言葉には、今まで数多の異変を解決してきた霊夢も自身の顔からさあっ、と血の気が失せていくのを実感せずにはいられなかった。

 また慧音や他の子供と言った寺子屋にいる他の面々も、さすがに子供が一人慧音の頭突きで死ぬかもしれないとなれば動揺するのは当然だろう。全員のその表情からは血の気が引き、ざわざわと騒々しくなる教室は『静かに』と言う慧音の呼びかけさえも意味をなさず、もはや完全に授業をできる状態ではなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷に来てまだ数日しか経っていないにもかかわらず、魔法使いとの勝負や妖怪との戦いを経験してきたのび太の命は寺子屋の先生の手によって未だかつてない危機に見舞われようとしていた……。




のび太に訪れた命の危機。寺子屋で夏休みの宿題をしようとしていた矢先に命を落としてしまった? のび太の運命やいかに!?

正直なところ、感想に流される格好で必殺してしまった感があるので今後の展開をどうしようかちょっと考え中です(汗 が……もし死んでしまったのならばやはり出てくるのはあののび太にも引けを取らないぐうたらとぐうたらに頭を悩ませる真面目のコンビ、でしょうか。



次回、乞う! ご期待!!!


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天国よいとこ?(その1)

すみません、何とか無事? 年内に一話載せる事ができました。
遅くなりまして大変申し訳ありません。

と言う訳で、とうとうのび太お亡くなりに。
果たしてこの後の冒険はどうなってしまうのでしょうか?








今回のタイトル『天国よいとこ』は藤子F先生の漫画、モジャ公より取らせて頂きました。
シャングリラ文明って、ユートピアなのかディストピアなのか……。


「お、おい起きろよのび太! 悪い冗談は無しなんだぜ? どうせ、心臓が動いてないのも息してないのも我慢してて、ばぁ、とかいたずらしようってんだろ? ほら、怒らないからさっさと起きろってば……」

 

 魔理沙の声がむなしく響く寺子屋の教室は、突如として騒然となってしまった。

 何しろ外の世界からやって来たはずののび太が、居眠りをした挙句に慧音の頭突きを受けて死んでしまったと言うのだ。

 事実、慧音の頭突きを受けたのび太はあまりの衝撃に教室の隅へと転がり、白目をむいたまま完全にピクリとも動かない。

 そののび太に、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら魔理沙が声を掛けているが、いくら声を掛けた所で心臓も動いておらず、息もしていない人間に対してさっさと起きろと言うのはいささか無茶なお願いが過ぎるだろう。

 ちなみに、この寺子屋殺人事件(仮 の実行犯である慧音先生であるけれども「……何という事だ、先生が生徒の命を奪ってしまうだなんて……」と完全に自己嫌悪に陥り『orz』のポーズをとりながら教室の片隅で、どんよりとした空気を身にまといながら落ち込んでいたりする。

 先生は自己嫌悪で近寄りがたい雰囲気を放ち、教室の片隅では白黒の魔法使いが死んでしまった外の子供にすがり付きながら号泣する。

 生徒たちも、一体自分たちはどうすればいいのだろうかとその表情には不安しかない。

 このまま混乱の中、ただいたずらに時間だけが過ぎていくのかと思われた中、凛とした声がその場に響いた。

 

「魔理沙! 泣いている場合じゃないでしょ! この中で飛ぶ速さはあんたが一番速いのよ! 早くのび太を永遠亭へ連れて行きなさい! いや、ダメね。それよりも永琳を連れてきて! それしかのび太を助ける道は無いわ」

 

 その瞬間、一部を除きその場の全員の視線がいっせいに声の主に集中する。その視線の先では、腕を組み仁王立ちをした霊夢が魔理沙を睨みつけていた。

 あいにくとのび太は見る事ができないけれども、やはりこういう所は博麗の巫女なのだなと思わされる態度である。きっとのび太も、もし今のこの霊夢の姿を見たら間違いなく『霊夢が強いのか?』などと言う質問はしなくなるだろう。

 が、残念ながらそののび太はもう、この世にはいない。

 いや、この世とのつながりが経ち切れようとしている中で、博麗の巫女が諦めていないのだ。それなのに、その友人である魔法使いの魔理沙もまた、諦める訳にはいかなかった。

 

「……そ、そうだったんだぜ。まだのび太が助からないと決まった訳じゃないからな」

 

 手で涙をぬぐうと、愛用のホウキを手に教室の外へと飛び出し、霊夢が口にした永遠亭へと永琳なる人物を呼びに行こうとしたまさにその時。

 

 

 

 

 

 

「あー、それは多分無理じゃないかな? 永遠亭の薬師じゃあ、この子は助けられないよ」

「「………………っ!?!?」」

 

 

 

 

 

 

 どこか明るく陽気でありながら、それでいてどこか暗い。そんな不思議な雰囲気の声がその場に唐突に割り込んできた。

 もちろん声の主は霊夢でも魔理沙でも、当然慧音でもないしましてやのび太ですらない。

 では一体誰が? と生徒たちが周囲をきょろきょろと見回すとそこには一体いつの間にやら、赤い髪をした大きな鎌を持った女の人が一人立っていた。もちろん寺子屋の先生ではないし、当然生徒に鎌を持って勉強をしに来るような子はいはしない。

つまりは、その人物は寺子屋とは全く無関係な訳だ。

 

「まだ死神はお呼びじゃないわよ。のび太が治療を受けてそれでもダメだって言われるまで、大人しくいつも通りサボってなさい」

「そうだな、もし嫌だって言うのなら……力ずくでも退いてもらうんだぜ」

 

 死神、そう彼女は死神なのだ。その証拠に、その手には魂を刈り取ると言う大きな鎌を手にしている。おおかたその鎌で今命を落としたばかりののび太の魂を刈り取りに来たのだろう。

 そうとしか思えない登場の仕方に霊夢ものび太と死神の間に割り込むように移動し、袖から何枚ものお札を取り出すと死神めがけて突き付けた。

 さらに死神の登場に気が付いた魔理沙も、今まさに飛び出そうとしたところで大急ぎでのび太の側に戻り、霊夢の隣で同じようにホウキを片手に身構えている。

 霊夢も魔理沙も、さすがに寺子屋の教室で、まだ子供たちが近くにいる所で針や大幣、さらには弾幕を展開して大立ち回りを演じるのは危険すぎると判断したらしい。そうでなくても霊夢や魔理沙の背後には命を落としたばかりののび太の身体が横たわっているのである。

 死神は無事に追い返しました、でも戦いの余波でのび太の身体はボロボロ、助かりませんでした。では本末転倒にも程がある。だからこそのお札やホウキでの威嚇だった。

 そうして、いつでも死神が怪しい動きをすれば飛び出せるようにと、慎重に身構えながら霊夢は死神に再度の、そして最後の警告を発した。

 その身体から発される殺気は、もしこの警告を無視して死神がいつまでもこの場にとどまるのなら実力で叩きだす、と言う意志を如実に表している。

 

「もう一度言うわよ、のび太の魂をアンタに渡すつもりは無いわ。大人しく退きなさい? そうすれば、痛い目を見ずに済むわよ」

「悪いけど退く気はないよ? さっきも言ったようにその子は永遠亭の薬師じゃ助けられない。何しろ魂が身体から外れてるんだからね」

「は? 魂が外れてる? 身体から?」

「一体どういう事なんだぜ?」

 

 そんな霊夢の警告もまるで気にする風でもなく、死神は『魂が外れている』と全く予想外の言葉を口にした。

 もちろん霊夢も魔理沙も、二人とも魂を奪いに来たとばかり思っていた死神がまさかそんな事を言い出すとは思ってもおらず、それまでの気勢をそがれたように口をぽかんと開けて、それまでの勢いははたしてどこへやら。

 それまでの死神を追い出す気配はすっかりどこかへと行ってしまい、それどころか死神の言葉の続きを促すように完全に黙りこくってしまった。

 

「そう。魂が外れてるのさ、身体からね。おおかたそこの先生が頭突きをしたはずみに外れちゃったんだろうね。……当然普通はこんなことめったに起こるような事じゃないんだけど、もしかしてこの子以前に魂が身体から抜け出したりしてるんじゃないのかい?」

「あのねぇ、いくらのび太が未来の道具を使ったり、いろいろな冒険をしているみたいな事は話してくれたけれどもさすがに魂まで身体から切り離したりできたら、もう道具じゃ済まないわよ? ……のび太の道具の場合、ありそうだけど」

「でもさ、魂だぜ? 私たちが今までいろいろな異変を解決したりしてきたけれども、魂が外れたとかそんな話は一度も聞いた事が無いんだぜ」

「だから言っているじゃないか。めったに起こる事じゃないって」

 

 死神と問答を繰り返す霊夢と魔理沙。死神はのび太の魂が身体から外れたと言っているけれども、霊夢と魔理沙はまだ少し疑っているらしい。

 実際に死神も、魂が身体から外れるのは珍しい事だと言っているのだから、今起こっている事はかなり珍しく、そうそう起こるような事ではない事は間違いないのだろう。

 しかし死神の見立ては間違ってはいない。その見立て通り、のび太は実際に魂を切り離して過去に飛ばした事があるのだ。

 

 

 

 

 

 

『タマシイム・マシン』

 

 

 

 

 

 

 タイムマシンの誤植ではない。タマシイム・マシンという一種のタイムマシンでのび太は以前魂を切り離したのだ。

 このひみつ道具の効果は、使用した人間の魂だけを切り離し、マシンで指定した過去の時代に指定した時間だけ送り込むと言う効果を持っている。

 この道具によってのび太は魂だけを赤ん坊のころに1時間、送り込み勉強も宿題も学校もない時代に行った事があった。

 そしてこの道具は『魂の一部』を時間移動させるのではなく、丸ごと魂を時間移動させてしまうためその間抜き取られた身体は完全に心臓も止まってしまい、意識もない。まさに死んだような状態になってしまうと言う、つまりその間完全な無防備かつ何も知らなければ死んでしまったと思われる状態になってしまうと言う欠点があった。

 実際、のび太がタマシイム・マシンを使って過去に行っている間、魂の抜けたのび太の身体を見つけたママはのび太が死んでしまったと勘違いして完全に卒倒してしまった事がある。

 そんな事もあり、のび太の魂は一度外れた事により、外れやすくなっていたのだろう。

 勿論死神も、霊夢も魔理沙もそんなのび太の事を知る由はなかった。

 

「……百歩譲って、のび太が本当に魂が頭突きの衝撃で外れた、でもって永遠亭じゃあ戻せないって言いきるくらいなんだから、当然戻す方法はあるのよね?」

「おいおいおい、まさかまた慧音に頭突きをさせる気か? そんなことしたら今度こそのび太の魂が天国か地獄に行っちまうんだぜ」

「あー、まあ方法って言うか、私じゃなくてそれをやるのは四季様だけどね。この子をあの世に連れて行くのさ」

「「………………大丈夫なの?(か?)それ。 のび太を閻魔の所になんて連れて行くなんて……」」

 

 死神が、呼び捨てでなくて『様』をつけて呼ぶ四季様なる人物。

 霊夢や魔理沙が閻魔と呼ぶ、その人物の所に連れて行けばのび太を助けられると言う死神の言葉に、霊夢も魔理沙もその表情や言葉からは不安と不信しか見当たらない。

 まあ、文字通り命を落っことした人間を閻魔の前に連れて行ったら、後に残るは蘇生ではなく天国か地獄のどちらかに放り込まれる、と言うのがおおよそ一般的な常識であるからこの不安は抱かれても仕方がないだろう。

 しかし、通常の病気や事故ではなく、魂が身体から抜けてしまっていると言う以上、直せるとしたら永遠亭の薬師ではなく、死後の世界を司る者たちしかいない、と言うのも理由としては頷けるもの。

 何しろ今までの冒険でも、あの世と言う場所に行く事はとんと無かった。そして命を落とすと言う事も。

 その今まで無かった事が起こってしまったのだから、それを解決できるのも今までに行った事のない場所と言う事なのだろう。

 

「いいわ、ただし私たちも同行させてちょうだい。何があってもいいようにね」

「だな、私も付いていくんだぜ」

「お前さんたちも行くのかい? ……うーん、まあ大丈夫だろうね。いいよ、じゃあついておいで。とりあえず三途の川でこの子の魂を見つけたら、身体と魂を一緒に向こう側に連れて行くよ。まずはそれからだね」

 

 死神や閻魔が何をするか分かったものではない、とのび太のあの世行きについて同行を申し出た霊夢と魔理沙に、死神が少しどうするべきか考えた上で許可を出す。

 ついでに魂の抜け殻になったのび太の身体をよいしょ、と背負うと、ここに来た時と同じように

 こうして、図らずも人里や寺子屋を見に来たはずののび太(の身体)はあの世に旅立つ事になったのだった……。

 

 




と言う訳で急遽人里からあの世への大移動となりました(ただし抜け殻になった身体だけ)。
さて、このまま地獄に落とされるのか天国に行ってしまうのか、それともさっさと帰って来られるのか。
ちなみに今回登場した死神の小野塚小町は、のび太の視点ではなく、すでに名前やどんな人物か知っている人間同士(霊夢や魔理沙)の会話と言う流れになっているため、小町ではなく表現は一律で死神、としてあります。
恐らく閻魔の四季様も同じような事になるかと思われます。

さて、次回もお楽しみに!


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番外編:のび太と幻想郷の冬休み(レミリア編)

あけましておめでとうございます。
番外編、今回は冬休みの幻想郷の暮らしレミリア編です。
どうしてレミリアなのかは、やはり動かしやすいから……(ぇ


さてさて、一体紅魔館のお嬢様に何が起こるのか……?


「すごい、あんな面白かった遊び初めて!」

「一体どういうしくみになっているんだろうな」

「次なにして遊ぶ?」

「あれにしようぜ!!」

 

 そんな事を口々に言いながら、寺子屋の教室に置かれた箱の中から、数人の子供が飛び出してきた。

 箱の表には宇宙の絵が描いてあり、どこから見ても幻想郷にあったものではない事が伺える。

 それもそのはず、これはドラえもんのポケットから取り出されたひみつ道具の一つ『宇宙探検すごろく』であり、プレイヤーたちは箱の脇に開いている穴に手を入れると自動的に箱の中へと吸い込まれ、中で本当の宇宙のような世界を双六の要領でゴールを目指していくと言うゲームなのだ。

 ちなみにサイコロはどうするのかと言うと、各プレイヤーが乗って進む乗り物の目の前上空にサイコロが浮遊しており、手にしたレーザーガンを当てるとサイコロを振った事になる、という仕組みになっている。

 その宇宙探検すごろくの他にも人の身長ほどもある大きな本『冒険ゲームブック』やまた別の場所では小さな宇宙船が部屋の中を飛び回っている。

 こちらは『スペースウォーズ・ゲームセット』だ。

 一体なぜこんな事になっているのかと言うと、冬休みになり幻想郷へと遊びに来たのび太たちは、たこあげや羽根つきや独楽、メンコにすごろく、福笑いと言った昔ながらの遊びしかない幻想郷の子供たちの事情に驚いたのだ。

 もちろん外の世界でもたこあげくらいならまだ残っているが、今の外の世界ではやはり場所などの関係でなかなかそう言った遊びをするのは難しい。

 それならばと言う事でドラえもんが取り出したのは未来のひみつ道具でも、遊びや冒険を手軽に楽しめるタイプのひみつ道具を取り出した所、初めての未来の娯楽にすっかり夢中になってしまったのだった。

 こうした事もあり、今や寺子屋はちょっとした遊戯場になっており、冬の間退屈な子供たちに人気の遊び場としてにぎわいを見せている。

 最初この事に寺子屋の慧音先生は「勉強しなさい!」と怒ったのだが、ドラえもんが「ノーリツチャカチャカ錠」を取り出し、子供たちの勉強時間短縮を図った事と、遊びに来た蓬莱人の妹紅が子供たちに混ざって一緒に遊びだしてしまったために仕方がないと、勉強もきちんとする事を条件にして折れたと言う経緯がある。

 で、子供たちだけなら良かったのだけれども……。

 

「咲夜! 何なのよこのゲーム! 難しいじゃない!!」

「お嬢様、決して難しくはないかと……」

「なんでよ?」

「『あの』運動神経の低いのび太でさえハイスコアを軽々と更新できるような内容のゲームを、我らがレミリアお嬢様が難しいと言うだなんてあり得ないですし」

「あんなそこら辺の化け物より化け物染みた射撃適正持ってる幻想郷最強のニュー◎△プと一緒にするんじゃないわよ!!!」

 

 うがー、と紅魔館の当主と言うカリスマなど一体どこへ放り捨てたのやら。スペースウォーズゲームセットの宇宙船の中から、レミリアが放り出されるように飛び出してきた。

 そう、彼女もまたこの未来のひみつ道具による遊びが流行っていると聞いてやって来たのだけれども、どうもレミリアには宇宙船に乗って、敵の宇宙船を撃墜すると言うゲームは難しかったらしい。

 まあ、本来ならば宇宙船に乗って戦うよりも自分が翼でもって空を飛んで弾幕を発射した方が強いような人物なので仕方がないのかもしれない。

 そんなレミリアが飛び出して来るや否や、傍らで待機していたメイド長の咲夜に不満をぶつけるが、咲夜は全くそんな主の不満に動じる事はない。

 むしろのび太が叩き出し続けたハイスコア(実は未来世界でも世界ランキングトップランカーに名を連ねられるほどのハイスコア)表を前にして『あののび太でも出来るのにお嬢様はできないのですか?』などと煽る始末。

 が、レミリアも姿こそ幼いが決して馬鹿ではない。伊達に500年の年月を生きてきた訳では無いのだ。

 そのレミリアだからこそ、のび太の射撃能力は幻想郷でも極めて高いレベルの実力であるとはっきりと理解しており、咲夜の言葉に『のび太みたいな射撃の化け物と一緒にするな』と手足を振り回しながら、自分の怒りを表現しだすのだった。

 

「あーうっさいわね! なら、そこの冒険ゲームブックでもやってなさい。のび太曰く『本の中に入って実際に冒険しながら異変を解決するゲーム』だそうよ。」

「だって、このゲーム手加減が難しいのよ! 何よ、道中のモンスターをグングニルで吹き飛ばしたらダメって」

「あーもう、だからこれはそう言うゲームじゃないの。もう……」

「何かないの? こうワクワクドキドキできるような道具」

「私じゃなくてそれはのび太たちに聞きなさいよ。私が分かる訳ないでしょ?」

 

 寺子屋の部屋の一角で、管理人として待機している顔を赤くしている霊夢がレミリアにうるさいと注意する。

 ちなみに神社はどうしたと言うと、あろう事かドラえもんにコピーロボットを出してもらい、霊夢そっくりそのままのコピーの方に、お神楽などをさせると言う、コピーはおろか話を聞いたら紫だって青筋を浮かべて激怒しそうな事を行っていた。

 兎にも角にも、この寺子屋遊技場で何かトラブルが起こらないようにという名目で立っている霊夢はと言うと、保護者と言う立ち位置と言う事もあり、グルメテーブルかけから取り出したお酒をガブガブと呑みながらだと言うのは内緒である。

 ……まあ、子供たちが見ている前なので内緒も何もあったものではないのだけれども。

 

「仕方ないわね……ねえ、のび太、ドラえもん。ちょっといいかしら?」

「はーい、あれ? レミリアさんどうかしましたか?」

「はいはい、レミリアさん。どうかしましたか?」

 

 そんな顔を赤くした霊夢を他所に、レミリアは新しい道具を出してもらおうと今は皆でトランプをしているのび太やドラえもんに声を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

少女説明中……

 

 

 

少女説明中……

 

 

 

少女説明中……

 

 

 

 

 

 

「……と言う訳なのよ。何かいい道具はないかしら?」

「うーん、面白い道具か。あ、そうだ! これがいい!『ドリームプレイヤー』!!!」

 

 あれでもないこれでもないと、しばらくの間ポケットに手を突っ込んで探し回っていた末に、ドラえもんが取り出したのは昔の枕のような形をした道具の一式だった。

 しかも枕だけではなく、それに合わせていろいろな種類のカセットまでついている。

 

「変な形の道具ね、まるで枕みたいじゃない」

「そう、これはドリームプレイヤーって言って、この枕型の本体に色々な種類の中から好きなカセットを選んで入れてから眠ると、好きな夢を見られるんです」

「あら面白そうね、好きな夢が見られるなんて。ちなみにどんなカセットがあるのかしら」

 

 好きな夢が見られる道具、という『気ままに夢見る機』の下位互換、もしくは簡易版とでも言えるその道具の説明に面白そうだと興味を持ったらしいレミリアはさっそくドラえもんからカセットを受け取ると何を見ようか物色し始めた。

 

「いろいろあるわね……。って言うか、ほとんどのジャンル網羅してるじゃない。……ん? ねえ、これって一体何?」

 

 レミリアが物色をしているドリームプレイヤーのカセットはかなりの内容が幅広く、それこそSF、西部劇、時代劇、スリラー、メロドラマ、青春ドラマなどがジャンルとして取り揃えられているのだが、実はその中に一つだけどう考えても場違いとしか思えないジャンルが混じっている。

 それが『教訓』であり、ドラえもんものび太が以前この道具を使おうとした時に関係ない、と言った代物であった。

 その教訓と言う場違いなカセットを手に、レミリアがのび太に一体何なのかを尋ねてくる。奇しくもそれはのび太が初めて道具を使った時の、のび太とドラえもんのような立ち位置であった。

 

「えっと、前に僕も使ったんですけど『教訓』って言って、ためになる夢だって言うんですけど正直、やめておいた方がいいです。僕はそれを見た後、もう少しためにならない夢が見たいって思いましたから……」

「……何を言っているのかしらのび太。紅魔館の当主である私がのび太とは違う所を見せてあげるわ、この夢から目覚めた時、高みへと昇ってみせたパーフェクト・レミリアの姿をとくとご覧なさい」

「……いいんですか? 他の夢と違って本当にためにはなるけれども、楽しい保証はありませんよ?」

「ふっ、くどいわのび太、ドラえもん。その教訓のカセットを私に貸しなさい」

「……うーん、まぁレミリアさんがそこまで言うなら……はい、どうぞ」

 

 のび太のためになる夢、という説明。おまけに実際にのび太が以前使ってみたと言う説明に対抗心を燃やしたのか、レミリアがドラえもんに教訓のカセットを渡すように言ってくる。

 そこまで言われてはドラえもんものび太も、断る理由がないと言う事で渋々、といった感じではあったもののドラえもんとのび太の二人はレミリアに教訓のカセットを渡したのだった。

 そのままプレイヤーに教訓のカセットを差し込み、枕にして就寝してしまうレミリア。

 寝つきがもともと良いのか、あるいは(同じ意味で重複)機械の働きによるものなのか。二人の目の前でレミリアはすやすやとあっという間に夢の世界へと旅立っていくが、当然彼女は知らない。

 かつてのび太が見た時と同様に、これから夢の中に出てくる『模範的カリスマなレミリア』による、様々な試練が自分を襲う事に。

 のび太と同じように、夢の中で異変やその辺のゲームよりもはるかに大変な苦労を強いられる事に。

 

 

 

まだまだ幻想郷の冬と、夢は終わらない……。

 




教訓のカセットをセットしたドリームプレイヤーですやすやと夢を見続けるレミリア。
きっと目が覚めた時にはのび太と同じく、次はためにならない夢がいい、と言ってくれるでしょう。
もしのび太が見た夢がどんな内容なのか気になる方は、てんとう虫コミックスドラえもんの38巻を読んでみるとわかるかと思います。



それでは、次からはまた本編に戻ります。


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天国よいとこ?(その2)

のび太の魂がいよいよあの世への冒険へと旅立ちます。
さてさて、どんな事が起こるのでしょうか?
そもそも、天国って本当に良いところなのか?








※先日、番外編を投稿した翌日辺りで日間ランキングがまさかの一桁と言う、全く予想外の数値を叩きだし、大勢の方に見に来てもらえましたが本当にありがとうございます。
皆様からの評価としてこれが箸にも棒にも掛からぬような作品であればこのような結果にはならなかったでしょうし、これも偏に当作品を面白いと評価してくださる方々のおかげです。
今後も皆様に面白いと評価していただけるよう(そして自分も面白いとおもえるよう)切磋琢磨していきますので、今年もどうぞ宜しくお願い致しますm(__)m


 のび太が大変な事になっているちょうど同じ頃、東京練馬区月見台の一角、野比家ではちょうどお昼前と言う事もありバラエティ番組を見ながら居間でおせんべいをかじっている最中だった。

 バラエティ番組では売り出し中の若手芸人がトークで皆を沸かせている、やがてその若手のトークも終わろうかという時になって、キッチンの方からガシャンと言うけたたましい音が聞こえてきた。

 

「……なにかしら? ひょっとして、泥棒……?」

 

 もちろんパパは今の時間仕事であるし、万が一にも帰宅するような事があれば玄関から「ただいま」と言って帰ってくるのが常である。またそれ以外の住民であるのび太と、ドラえもんについては今はドラえもんが未来で入院すると言う事でのび太もそれについて一緒に未来に行っているはずだった。

 つまりはこの家には今、ママ一人しかいないはずなのだ。それがキッチンから物音がするとなれば、この家の人間以外の誰かがいるとしか考えられないのだ。

 しかしもし万が一にも泥棒だった場合、ママに対抗できる手段は無いに等しい。かと言って何もしないでいると言う選択ができる程、ママは本来おしとやかな性格ではなかった。

 今でこそ専業主婦として家に入り、のび太やパパの帰りを待つママとしての立場に立っているが、何しろ子供の頃は絵にかいたようなおてんば娘でそのおてんばぶりと来たらタイムマシンで子供の頃のママと出会ったのび太やドラえもんに向かってくるような性格だったのだから。

 そんな性格だから、すぐにママは意を決するといるかもしれない泥棒に気が付かれないよう慎重に、足音を立てないように気を付けながらそろりそろりとのび太の部屋へと階段を上り急ぎ向かうと、のび太の部屋からバットを持ち出した。ちなみにどうしてバットが置いてある場所がすぐにわかったのかと言うと、全く片づけをしないのび太に代わって、ちょくちょく部屋の片づけをしているからである。

 兎にも角にも、鈍器としては十分どころか過分すぎるほどに凶悪なそれを武器にしていつ泥棒がひょっこりと出てきても大丈夫なように身構えながら、一歩一歩と何かが潜んでいるかもしれないキッチンへと向かっていく。

 段ボールにこそ隠れないが、某かくれんぼなゲームメ〇ル〇アよろしく慎重に歩みを重ね……やがて意を決したようにバットを振りかぶり、いつ泥棒が出てきてもすぐに殴り倒せるように準備しながらキッチンにいざ踏み込んでみたものの、そこには誰もいなかった。

 

「あ、あら……? 変ねぇ、確かに物音がしたのに……?」

 

 キッチンをきょろきょろと見回してからまずは侵入経路として最も怪しい勝手口を見てみるけれども閉まっており、何回確認しても確かに施錠してある間違いはなかった。

 もちろん油断はしないように隠れられそうな場所を調べて見たけれども、そもそもキッチンにあるものを泥棒するような者などそうそういないだろう。

 いるとしたらぬいぐるみが生きて暮らしている小惑星の探検に出かける前の準備をしようとしている前科百犯の犯罪者である熊虎鬼五郎か、あるいは時空乱流に引きずり込まれ現代まで流されてきてしまい極度の空腹に見舞われていたであろう原始人のククルくらいものである。

 兎にも角にも、物音の原因が泥棒ではないと言う事が分かって安堵したママだったが、それでは一体何が物音を立てたのか。それについてはすぐに原因が見つかった。

 

「……あらやだ、のび太のお茶碗がひとりでに割れるだなんて……。もしかして、のび太に何かあったのかしら? 未来世界に遊びに行っているって言っても、ドラちゃんもいてくれるし、ドラミちゃんだって見ていてくれるはずだから大丈夫だと思うんだけど……」

 

 そう、何もしていないし誰も触れていないのにのび太の茶碗だけが綺麗に割れていたのだ。まるで持ち主の運命を周りに知らせるかのごとく。

 『ドラちゃんと一緒に未来から戻ってくるまでに新しいのを買っておかなくっちゃ』とぼやきながら破片を片付けるママだが、もちろんママは何も知らない。同じ頃、幻想郷で、息子ののび太がまさに命の危機に瀕しているだなどと言う事はこれっぽっちも想像していなかった。

 だからママは、割れた茶碗を片付けると時計を見て『いけない、そろそろお昼の支度しなくっちゃ』と、茶碗が割れた事を、この瞬間に生じた嫌な予感をただの偶然だと決めつけて、そのまま日常の中へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここって一体どこなんだ? たしか、人里に向かってから寺子屋で……変だな、何か大事な事があったはずなのに思い出せないや。まあ、いっか。きっと気のせいでしょ」

 

 一方その頃、のび太は見た事もない……と言っても幻想郷に来るまでも、数多の冒険の中でいろいろな世界を見てきたけれども今いるはずの幻想郷でも、見た事のない場所をさ迷っていた。

 薄暗い森の中、まるでこの幻想郷に最初にやって来て八雲紫と出会ったあの森の中のような雰囲気の中、どこまでも伸びている一本の道。ただのび太にとって安心だったのは、その道を歩いているのが自分一人ではなく、他にも何人もの同じような人たちがお道の先を目指しているのか、一様にゆっくりとした足取りで歩いていると言う事だろう。

 ただ、そこにいるのは大半の人がお年寄りで、重たい荷物などは持っていないけれども誰もが皆疲れているのだろうか、歩いている絵もがひどく青い顔をしていた。

 もしこれがドラえもんなら「青いと言うより薄汚い、今朝も顔を洗わなかったな」などと言ってきそうなものだが、あいにくとドラえもんは未来のロボット病院で入院しているためツッコミが飛んでくる事は無かった。

 そんな人々の行列についていくように歩いていくのび太だが、幸いにも道はまっすぐである事と何よりもその道は歩いている人が途切れる事がなかったため、いつも外の世界で起こっているような迷子になると言う事は無かった。

 だが、のび太は気が付いたのだろうか? 今自分が歩いている道が、どこに向かっているのかと言う事を。歩いている人たちの流れが行くだけで、引き返してくるあるいは戻ってくる人は誰一人としていないと言う事にのび太は気が付いていたのだろうか?

 今自分のいる場所がどこなのかを知ってか知らずか、ずんずんと歩いていくのび太。やがて……。

 

「あ、そろそろ森を抜けるぞ……ああーっ! すごい、こんな場所があったなんて……!!」

 

 ようやく森を抜けた先でのび太の目に飛び込んできたのは、それまでの何もない森の中とはうって変わって屋台が道の脇にずらりと並ぶと言う、まるでお祭りか縁日のような賑わいを見せる不思議な場所だった。

 おまけにその先には大きな川も見えるが、そんな事よりも今ののび太にとってはにぎやかで面白そうな屋台などの方へと、完全に興味が移っていた。誰だってお祭りは好きなのだ。それはのび太だって例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 

………………!!! ………………!!! ………………!!! ………………!!!

 

 

 

 

 

 

………………!!! ………………!!! ………………!!! ………………!!!

 

 

 

 

 

 

………………!!! ………………!!! ………………!!! ………………!!!

 

 

 

 

 

 

「面白そうだな……あっ、でもいけない! 考えたら僕ここに来る時にお小遣い全然持って来なかったっけ……」

 

 たこ焼き、お好み焼き、焼きそばにりんご飴。金魚すくいに射的と、おおよそお祭りに並んでいるであろう屋台のジャンルはほとんど網羅されているる事が見て取れる。しかもそれらが歩きながらきょろきょろと見回しているのび太や他の歩いている人々にひっきりなしに声を掛けてくるのだからうるさい事この上ない。

 さっきまでの森の中の静けさは一体どこへ行ったのか、と思うような賑やかな道。

色々なお店から声を掛けられて、その時にようやくのび太はそもそも自分がお小遣いを一切持ってきていない事に気が付いた。

 何しろ衣食住の三要素を全てひみつ道具の着せ替えカメラ、グルメテーブルかけ、キャンピングカプセルで賄うつもりでやって来ていたためのび太の活動でお小遣いが必要になると言う事が想定されていなかったのだ。

 さすがののび太でもお金がないのでは、屋台を楽しめない事くらいは知っている。

しばらくの間、いろいろな屋台を覗いたりしていたものの結局のび太は、諦めてそのまま川の方へと歩き出した。

 

「それにしても大きな川……多奈川よりも大きいんじゃないの……?」

 

 ようやくやって来た川のほとりに立つと、さらにその川の大きさがよく分かりのび太は思わず声を上げてしまう。

 おおよそのび太の生活圏の中で一番大きな川と言えば、街の中を流れる多奈川である。

 この川は以前『のび太と竜の騎士』において発覚した、地底世界への入口がある川でもあった。その時は地底の洞くつで遊んでいたいつもの5人の中で、紆余曲折の果てに地底世界に取り残されてしまったスネ夫を救出するために、スネ夫の取り残されている洞窟と多奈川の地下に伸びる洞窟とがつながっている可能性に気が付き、川底に潜って洞窟を探したのは今となっては懐かしい思い出である。

 そうして何とかスネ夫と再会できたはいいものの、今度は地底に暮らす恐竜人と地上に生きるのび太たち哺乳人類との確執に巻き込まれ、冒険をする事になったのだが、そのきっかけとなった多奈川が小川に見える程、目の前の大河は途方もなく大きかった。

 その大きさのせいなのかあるいは道の終着点がこの川なのか、のび太は周囲を見回してみても橋がかかっている様子は見られない。つまりは本当にここで道が終わっているのか、はたまた船などの川を渡る手段があるのかのどちらかと言う事になる。

 もちろんもう一つの方法としては泳いで渡る、などと言う事もできるのだろうけれどもあいにくとのび太は器用にもお風呂の浴槽で溺れる事が出来る程のカナヅチである。

 とてもではないけれども向こう岸が見えないほどの大河を、ひみつ道具もなしに泳いで渡るなどと言う事は不可能であった。

 

「橋も見当たらないし……あ、あそこに人が集まっているから、船で渡れるのかな? あ、でも船が来ても僕渡し賃持ってないぞ……。まあ、どっちにしても船がまだ見えないんだから、待つしかないか。こんなに暖かくて気持ちがいいんだし、お昼寝しなくちゃもったいないよね……ぐぅ……」

 

 しばらくの間川のほとりをあっちへうろうろ、こっちへうろうろと歩き回っていたのび太だったがやがて一角に人が大勢集まって列を作っている場所を見つけた。

 おまけに桟橋のような物も川に向かって突き出ている、と言う事は人が並んでいるのだし、きっとここから船が出るのだろう。そう考えたのび太は川べりの土手に寝転がって、そのまま数秒後にはグウグウといびきをかきながら眠り始めてしまった。

この辺りはさすが、眠りの達人である。

 

 

 

……もちろんのび太は気が付いていない。

 

 

 

 今自分のいる場所が三途の川のほとりであると言う事に。自分も含めて、今川のほとりで並んでいる人影の中で生者は誰一人としていないと言う事に、幸せそうな寝顔で昼寝を始めてしまったのび太は残念ながら気が付く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、本当にこっちであってるのよね?」

「ああ、魂が外れたんだろう? それなら結果として死者の魂と行きつく先は同じはずだからね。間違いなく三途の川へと向かっているはずさ。そこで他の魂と一緒に集まっているだろうから、そこからこの子の魂を見つければいいさ」

「それにしても、こういう時魂ってのは便利なんだぜ。放っておいても三途の川を目指すんだからな」

「それについてはどうしてなのか私らにも詳しくわかっている訳じゃあないんだけどね。まあ、おそらくは魂として輪廻転生の輪に戻りたいって本能的に行動するんだろうね」

 

 一方こちらは寺子屋で魂が抜けてしまって抜け殻になったのび太の身体をあの世へと運ぶ死神の小町、それに同行を申し出た霊夢に魔理沙たち。のび太の身体を、ひょいと担ぎ上げてのび太の魂がいるであろう三途の川を目指す三人だった。

 霊夢と魔理沙は最初『のび太の外れた魂がどこに行ったのか探さなくちゃ』と焦ったのだけれども、小町の『三途の川を目指しているだろうから、そのまま向かえば問題ない』という言葉に、真っすぐにあの世を目指す事になったのだ。さらに言うと徒歩ののび太と空を飛ぶ三人、どちらが速いかは目に見えている。

 のび太が歩きながら通り抜けたであろう森の中の道も、屋台が立ち並ぶ賑やかな道も、あっという間に通り過ぎてさらにその先の、のび太がいるであろう三途の川が見えてきた。

 

「魂が集まっているから、あのどこかにいるはずなんだけど……」

「しかし本当に大勢集まってるな、相当仕事サボってたんじゃないのか?」

「いやいや、そんなに毎日サボっていたら四季様から大目玉だよ。それに今日は私は非番だからね。そしたら、いやな気配がするから見に行ってみたら……ってね。まあ、まさかこんな事になるとは思わなかったけれどもね。じゃあ、二人は悪いけれどもちょっとこの子の魂を探してみてくれないかい? 私は船頭が戻って来たらこの子の魂をもう運んだかどうか、聞いてみるからさ」

「ちょっと待ちなさい、この中から探せって言うの?」

「おいおい、冗談だよな?」

「冗談じゃないって、別に向こう岸まで運べだなんて言いはしないさ。ただ、見つけてくれれば後は私が運ぶからさ」

「まあ仕方ないわ、とりあえず探すわよ魔理沙」

「みたいなんだぜ霊夢……じゃあ、私は向こうから探すんだぜ」

 

 のび太の身体を落とさないように慎重に着地し、並んでいる人々の魂の行列の側に歩み寄る三人。

 確かに小町の言う通り、今日は小町ではない別の死神が担当しているらしく小町そっくりの恰好をした死神が人魂を連れて小舟で桟橋から川の向こうへと運んでいるのが見て取れる。

 その輸送がはかどっているのか、のび太が川にたどり着き魂の行列を見た時とは異なり列の長さはそれなりに短くなっていた。

 とは言え、いくら短くなっていると言ってもそれでもまだ決して一人二人と言うような数ではない。その中から探せと言うのだから、霊夢も魔理沙も文句を言いたくもなるだろう。

 が、文句をいった所でのび太の魂が見つかる訳では無い。ここで文句を言えば見つかるのならいくらでも言うだろうけれども、それで見つかるほど世の中は甘くないのだ。

 それぞれ互いに行列の端と端から探していくと声を掛け合い、歩き出す二人。

 その間にも小町は魂を運ぶ同僚が戻って来るや否や声を掛け、のび太……人間の子供の魂を運んだかどうかを確認していた。

 が、結果は思わしくなかったらしい。小町に尋ねられた同僚の死神は、首を横に振るとまた桟橋から魂を乗せた船を漕ぎだし岸から離れてゆく。

 その対応からも、まだのび太の魂が向こう岸へと運ばれていない事は小町には理解できた。

 ならばまだのび太の魂は彼岸ではなく此岸にいると言う事だ。それを確認した小町は、魂の行列の中からのび太の魂を探している最中の二人に声を張り上げた。

 

「おーい、二人とも! まだこの子の魂は向こうへは運ばれていないってさ。必ずこっちにいるはずだよ」

「よし、それならこの行列を捌けばおしまいって事だな」

「助かったわね。彼岸に運ばれていたら面倒だったもの」

 

 こうして、まだ幻想郷側、此岸にのび太がいるとわかった事で霊夢も魔理沙もやる気を見せ、さらには小町も手伝ってどんどんと魂を確認したのだけれども……。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、なんで魂なのにこんなに気持ちよさそうにいびきかいて寝てるのよ!?」

「って言うかのび太って、慧音から頭突きを受ける前にもグウグウ居眠りしていなかったか?」

「いやーそんな事言われても、私も先に言った通り人間の魂が身体から外れるなんて事はめったに起こらないからなかなかどんな事になるか分からなかったけど、まさか昼寝してるとはね……」

 

 そう、三人の前でのび太の魂はまだ起きずに昼寝をしていたのだった。

 小町が同僚からのび太の魂を運んだかどうか、確認をした結果まだこちら側にいると分かってから、三人で急いで確認をしたのだけれども、結局のところその行列の中にはのび太の魂は見つからなかった。

 これはおかしいと、一度探し終えてから三人で額を集めて話し合った結果、もう一度周りも含めて見てみようと言う事になり、三人が再び散らばって三途の川のほとりを探し回った結果見つけたのは、のび太の魂が土手に寝転がり足まで組んで、鼻提灯を浮かべながらグウグウととても気持ちよさそうに昼寝をしている姿だった。

 

「…………グウ…………グウ…………グウ…………グウ…………」

「「「………………………………」」」

 

 散々探し回った挙句、ようやく見つけたと思ったら、人の苦労も知らずにこれまでの間ずっと気持ちよさそうに昼寝をしていましたと言う事実に、さすがの三人も機嫌が悪くなると言うもの。

 

「……のび太! さっさと起きなさい!!!」

 

 三途の川のほとり、暖かい陽気の下で三人を代表するかのような霊夢の怒りの声が木霊した。




のび太、無事見つかりました。(ただしお昼寝中)
そもそも魂って、昼寝するのか?(汗

無事にのび太は起きるのか、そもそもちゃんと三途の川を渡って此岸から彼岸へと向かえるのか?



次回、乞うご期待!!!


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天国よいとこ?(その3)

遅くなりました。
のび太のあの世への冒険編、第三話です。
まずは三途の川を渡らなくてはいけないのですがさてさて、どうなる事やら……。


「……のび太! さっさと起きなさい!!!」

「……グウ」

「……ねえ、この子ってさ本当に魂なんだよね? 私も死神の仕事をして短くはないけれども、昼寝をしている魂って言うのは初めて見たよ」

「私もだぜ。ただのび太については昼寝の達人だからな……魂だけになったって不思議じゃないんだぜ」

「それはそうかもしれないけれどもさ……」

 

 三途の川のほとりに響く、凛とした霊夢の声に例のごとくのび太は器用にいびきでもって返事を返してみせた。

 こののび太の、居眠りをしていてもいびきで返事をできると言う特技(?)については霊夢だけでなく魔理沙も、のび太が命を落とす直前に寺子屋で見て知ってはいる。

 けれども、なにも魂になってまでその特技を披露しなくてもいいだろうと言うのが魔理沙の素直な感想だった。

 また、死神の小町についてはのび太のこの特技を目にするのは完全に初めてなため、この幻想郷にあっても非常識極まりない、魂の身でありながら昼寝をしさらに霊夢の声にいびきで返事をすると言うとんでもない行為に目を丸くし、傍らにいる魔理沙に思わず聞いてしまっている。

 が、これは完全に霊夢の怒りに油を注ぐだけだった。いつまでたってもいびきをかいて返事をするだけで、一向に起きる気配のないのび太にとうとうしびれを切らした霊夢がお祓い棒を取り出し、思い切りのび太の頭をバッシバッシと叩きだしたのだ。

 その勢いと来たらかつて『のび太と鉄人兵団』において、ザンダクロスと共に地球に送り込まれてきた、ボーリングの玉のようなザンダクロスの電子頭脳が大音量で本国メカトピアに向けて信号を発した際、余りの音の大きさに近所迷惑だから静かにしなさいと、ママが怒りながら頭脳を追い回しホウキで散々ひっぱたいたほどの勢いがあった。

 そもそもお祓い棒で魂だけののび太をひっぱたいたらそのまま成仏してしまいそうなものなのだけれども、幸か不幸か、あるいは霊夢がきちんと手加減をしてくれたのかのび太は成仏する事なくゆっくりと目を覚ました。

 

「……ふぁ……ぁぁぁ……。……あれ、霊夢さんに魔理沙さん、一体どうしたんですかこんなところで? それに、お姉さんは……誰ですか?」

 

 頭を散々ひっぱたかれたとは思えない呑気さで、大きな欠伸をしながらようやくのび太は目を覚まして周囲をきょろきょろとみまわして、そこでようやく霊夢と魔理沙と、さらにもう一人知らない人物がいる事に気が付いたらしい。

 そもそもどうして自分が昼寝をしていただけなのに寺子屋にいたはずの霊夢たちがここにいるのか、その所を全く理解していないのび太は完全に、目の前にいる霊夢たちも偶然にここまでやって来た程度にしか考えていなかった。

 

「あー、そう言えば自己紹介がまだだったね。私の名前は小野塚小町、死神だよ」

「え……死神……? えーっ!? 死神って、あの死神ですか!? でも、黒い服を着たガイコツじゃないけど……」

「あはは、それはこことは違う場所を担当している死神の格好だからさ。私たちも死神なんだけれどね、私たちの担当しているここらでは、これが死神の制服なのさ」

「で、でも死神って事は、お姉さんやっぱり僕の事を狙ってるんでしょ?」

 

 死神、という物騒な言葉に反応したのび太の顔からさあ、と一瞬で血の気が引いていく。

 無理もない、世の中の常識で考えても死神のお世話になる時などと言うものは普通なら一生のうちで一つしかないのだから。すなわち『死の神』の名前通り命を落とす時だ。

 死神のイメージ、黒いローブを身に着けたガイコツの死神、とはまるっきりかけ離れた姿ではあるけれどもその死神が今自分の目の前にいる、となればその理由は一つしか考えられない。もちろんそれは自分の命が危ないと言う事に他ならない。

 だからこそのび太は大きな声で目を丸くしながら驚いたのだ。

 けれども、そんな死神と言う驚くような発言さえ、のび太にとっては彼女の口から出てきた次の言葉に比べればささいな物だった。

 

「命を狙う? そんな事をする必要なんて無いよ、だって君はもう魂だけになっているんだから」

「わああああ!? ど、どうして僕がもう一人?」

「だから、こっちが君の身体で今私と話をしている君は、この身体から抜け出している魂だからさ」

「そ、そんなぁーっ! 助けてーっ、ドラえもーん!!!」

「落ち着きなさいのび太! 確かにのび太の魂と身体とは今離れ離れになってるけれども、別に死んじゃった訳じゃないんだから。のび太を助けるためには一度川を越えて向こう側に行かなくちゃいけないのよ、分かる?」

 

 ほら、と魂がだけになっている証拠だと言わんばかりにのび太にもう魂が抜けて抜け殻になってしまったのび太の身体を見せつける小町。

 逆に、自分の身体を鏡ではなく第三者の視線で見るという珍しい体験をする事になってしまったのび太は、自分がようやく今死神どころかもっととんでもない命の危機に瀕している事実に気が付いた。

 その驚きようときたら慌てふためいて腰まで抜かしながら親友の名前を叫ぶほど、とは言ってもここは幻想郷でさらにその中でも彼岸に近い三途の川のほとりである。そのままドラえもんの歌が流れだし、映画が始まりそうなのび太のその声も、三途の川にむなしく響くだけであった。

 もしここで霊夢がのび太の肩をがっし、とつかみ身体を思い切り揺さぶりながら落ち着かせなかったらおそらくのび太はずっと動揺しっ放しだっただろう。

 

「……え、それじゃあ僕、助かるんですか!?」

「ああ、大人しく言う事を聞いていれば助かるみたいなんだぜ。だからいつまでも昼寝していないで、ちゃんと起きるんだぜ」

「やったーっ! 嫌だなあ魔理沙さん、僕はそんなに昼寝なんてしませんよ」

「……本当にもぅ、現金なんだから……」

「まあまあ、この子が目を覚ましたんだからいいじゃないか。これでひとまずやらなくちゃいけないのは川の向こう岸まで連れて行くだけになったからね」

 

 しかしそこはやはり幾度の冒険や死地を潜り抜けてきたと言っても小学生である事に変わりはなかった。霊夢の説明に助かるかも、という一筋の光明が見えるや否や諸手を挙げて万歳と全身で喜びを表現する始末である。

 おまけに魔理沙の言葉にも、ついさっきまでと言うよりも直前まで鼻提灯を出しながら昼寝をしていて、口元にもしっかりとよだれの跡が残っているとは思えない発言に、さすがの霊夢もため息をついてしまうのだった。

 兎にも角にも、案内人となる死神小町の元にこれでのび太の身体と魂の二つが揃った訳だ。

 後は小町が先に霊夢と魔理沙の二人に説明した通り、三途の川の向こうの閻魔の所に連れて行くだけである。

 それだからか、小町が向こう岸まで行くから船に乗るようにと先頭を切って渡し場まで歩き出した。その小町の視線の先には、川岸に繋ぎ止められた木造の船がいくつも並んでいるのが見える。それだけ見たらまるで昔話に登場する海辺の村のようでもある。

 

「それじゃあ、積もる話は後にしてまずは三途の川を渡っちゃおうか……みんな、渡し場にある船に乗って」

「え、それなら飛んで行けば早いじゃない。なんでわざわざ船で移動するのよ」

「そうだぜ、私も霊夢も小町も、のび太だって未来の道具を使って空を飛べるんだからそのまま飛んで行けばいいじゃないか」

「あのねぇ、そりゃあ私も空を飛べるよ? だけども、この子の身体はどうするのさ」

「「…………あ」」

 

 この小町の船で行くと言う発言に霊夢も魔理沙も不満を口にするが、小町が担いでいたのび太の身体を見せながら「身体だけで空を飛べるなら私もそうしたいんだけどね」と言われてしまっては黙るより他にはなかった。

 確かにのび太が空を飛べるのはあくまでも魂がちゃんと身体の中に入っている時であって、魂と身体とか分かれてしまっている今、身体は当然飛べるはずがないのだから。

 こうして小町の言葉に納得せざるを得なかった二人とのび太の魂は小町に案内されるまま、彼女の用意した船に乗ろうとしたのだけれども……。

 

「ねえ、もっとましな船はないの? 向こう岸に着く途中で沈没なんて私嫌なんだけど」

「これじゃあ運ばれる魂も浮かばれないんだぜ」

「……なんだか、しずかちゃんを追いかけてバグダッドで乗ったボロ船みたい」

「仕方ないだろう? 直したくたってお金が無いんだから……」

 

 三者三様のあまりにも辛辣すぎる評価に、小町も泣きそうになるのをぐっとこらえながらかろうじて予算の無さを訴えるのだった。

 なにしろ、小町が「さあ乗って乗って」と促す件の船は、すぐには沈没こそしないだろうけれども、長年使いこまれたせいか酷く痛んだ様子が素人目に見ても伺える木造の船なのだから。

 ちなみにこのバグダッドで乗ったボロ船とは『のび太のドラビアンナイト』において、絵本の世界に取り残されてしまったしずかを助け出すためにバグダッドに赴いた際、船に乗せられている(とのび太が夢で見た)しずかを追いかけるためにヘビ使いの老人から船を一艘買う事を勧められたものである。

 これは実はハールーン・アル・ラシード王によって盗賊のカシムがバグダッド中で指名手配をされた中、国外脱出を図るための方便だったのだけれどもそんな事は露ほどにも疑わないのび太たちは、ヘビ使いに扮したカシムに勧められたままに一艘の船を、その中でも一番安い船を購入する事になったのだった。

 その時の船こそがボロボロの嵐でも吹いたら沈没しそうな船だったのだが、今のび太の目の前に浮かんでいる小町の船は、その時のボロ船にも負けず劣らずの傷み具合なのだ。のび太がボロ船呼ばわりするのも無理はないだろう。

 

「そりゃあね、私だって()()()()()()()()()()があれば仕事だって頑張ろうって気になるよ? でも、この船でやる気を出せだなんて言われてもねぇ……」

「なら、もっと立派な船になればいいんですか?」

「立派な……って、そりゃあなってくれれば嬉しいけれども、どうやって立派な船にしてくれるんだい? まさか君みたいな子供がお金を出してくれる訳じゃないだろう?」

「小町、甘く見ない方がいいわよ。のび太の持ってるひみつ道具はすごいんだから。あの鴉天狗と正面から戦って勝って見せるような事をやってのけるし、時間だって巻き戻すんだから」

「そうだな、霊夢の言う通りなんだぜ。私もその場に居合わせたんだが、あれは人間が起こしていい風じゃなかったんだぜ……」

「……ねえ、もう一度確認したいんだけれども本当にこの子って、人間なんだよね? どう考えても、話を聞く限りじゃ妖怪か神の仕業じゃないかい? それって」

「そう思いたいのは仕方がないけれども、残念ながらのび太は人間よ。それも外からやって来た、ただの道具を使うだけの男の子なのよ」

「……うーん、にわかには信じがたいねぇ。それならさ、私の船をその、豪華にしてみておくれよ。それができたら私だって信じるよ」

 

 そんなのび太の、昔の冒険の日々を思い出している間にもさらに愚痴をこぼし続ける小町。その愚痴に、目ざとくのび太が反応する。

 もちろんこれはのび太からすれば、というよりものび太が持つスペアポケットから取り出して使用するひみつ道具の力をもってすれば、ボロボロの船を豪華絢爛なそれに作り変えてしまうことなど造作もない事だからこその反応なのだけれども、当然初対面の小町はそんな事は全く知らない話である。

 そして小町はと言うと、船を立派にするだなんて常識的に考えても無理だと思っている矢先に霊夢と魔理沙から、ここ数日の間に起きた、もといのび太の起こした所業をつらつらと聞かされては、のび太の正体が実は神や妖怪の類なのではないかと、完全に面食らった様子だった。

 おまけに二人の話を聞いてもまだ完全に信じ切れていない様子で、のび太に対して『船を豪華にしてくれたら、霊夢たちの言う事も信じる』と言い出した。

 どう見ても体よく船を今のボロ船から立派なものに変えてもらおうと言う思惑しか感じられないのだけれども、のび太はそんな小町の思惑など気にしたようでもなく、素直にうなずくと自分の身体のズボンに手を入れてスペアポケットを取り出そうとして……そのまま魂ののび太の手は、ペコのペンダントが発生させたバウワンコの巨神像の幻影よろしく、すり抜けてしまった。

 

「分かりました、いいですよ。それじゃあポケットから……って、あれ? すり抜けちゃう」

「ああ、そうだね。君は今魂だけになってるからだね。私たち死神ならともかく、君の場合はまあ無理かな」

「えーっ、それじゃあ船が豪華にできませんよ」

「……………………困るよっ! ねえお願い、何とかしてよ!!! 何をすれば私の船が豪華になるんだい? ねえ、ねえ! ねえ!!」

 

 何回試してもどうしても自分の魂が自分の身体をすり抜けてしまい、ポケットを取り出す事ができないと言う、初めての体験に目をぱちぱちさせながらのび太は自分の身体と、自分の手とを見比べている。

 一方の小町も、思い出したように魂が実態に触れられないと言う事実に納得したようにうなずいていた。

 ただし、それもわずかの間の事。しばらくの間のび太の言葉の意味を考えていた小町はおもむろにがばっ、とのび太の魂にしがみついた。

 やはり先ほどの言葉に嘘はないようで、小町は死神だからなのかしっかりとのび太の魂にしがみついている。

 

「ちょ……あ、あの……く、……苦しいですって……」

「「いい加減にしなさいっ(しろっ)!!!」」

「ぐえっ! い、痛たたた……四季様じゃないんだから勘弁しておくれよ」

「あんたがのび太を締め上げようとするからでしょうが! ……で、のび太。のび太の持っている不思議な道具の中に、あの沈没船モドキを豪華にできる道具って言うのは、あるの?」

「あるにはあります。ただ、多分僕が取り出さないと霊夢さんたちだと……どんな形なのか分からないから、どれがどれやらわからなくて、取り出せないんじゃないかな」

 

 小町にしがみつかれ、白目をむいて気を失いそうになるのび太。魂が気を失うと言うのもおかしなものだけれども、兎にも角にもそのまま成仏してしまいそうなのび太の危機を救ったのは霊夢と魔理沙の二人が振り下ろしたお祓い棒とホウキと言う名の、鉄槌だった。

 そうしてひとまず落ち着いたところで、のび太たちがとった方法は……。

 

「……んー、これっ!」

「……違いますね」

「えー、またかよ。それじゃあ……これだっ!」

「これも違いますね」

「おいおい、一体どれなのさ……」

「僕が探すのが一番手っ取り早いんですけど、僕じゃあすり抜けちゃうし……」

 

 魔理沙と霊夢と小町とで、手当たり次第にひみつ道具を取り出してはのび太に見せると言う原始的な方法だった。

 とは言え、のび太の言うように現状のび太がひみつ道具を取り出せない以上取れる手段と言ったらこれくらいしかないのもまた事実。

 

 

 

 

 

 

少女探索中……

 

 

 

少女探索中……

 

 

 

少女探索中……

 

 

 

 

 

 

「あ、これ! これです! デラックスライト!!」

「「「……………………」」」

 

 そうして一体どれくらい時間が経ったのか。三途の川のほとりに賽の河原の石積みよろしくひみつ道具の山ができ、三人がそろそろ疲労で口数も少なくなってきたころ、ようやく霊夢がのび太の求める道具を取り出す事に成功したのだった。

 最初の頃は元気にポケットから道具を取り出していたのだけれども、最後の方になるともうひたすらに無言で黙々と道具を取り出し、のび太に見せつけて正解かどうかを確認、間違っていると分かると道具の山へと積み上げてゆく作業の繰り返し。いよいよ瞳からも輝きが消えてゆこうかという時に、ようやく掴んだひみつ道具、その名もデラックスライト。

 これはその名の通りライトの形をしたひみつ道具で、光を浴びせた対象をデラックスにすると言う効果を持っている。スネ夫のラジコンを羨ましがったのび太が、オモチャの車に対して使った所ラジコンのスーパーカーに変化するなどの効果を持っている。これならば小町の船も豪華になる事は間違いないだろう。

 

「……で、これをどうすればいいんだぜ?」

「使い方は簡単です。豪華にしたいものに向けてこのライトを照らしてください、そうすれば豪華になりますよ」

「……………………」

 

 ようやく見つかった目的のひみつ道具だと言うのに、疲れからかどんよりとした口調で魔理沙が使い方を尋ねる。

 そう、今ののび太にはひみつ道具を使えない以上、使うのも霊夢たちでないといけないのだ。

 こうして、紆余曲折の果てにようやくデラックスライトを浴びた小町の船はたちまちその姿を変貌させた。

 

「……ええええーっ!!」

「すごいんだぜ、本当にあのボロ船が豪華になったんだぜ!」

「それにしても、これはいくら何でもあのボロ船がここまでの船になるって言うのはさすがに豪華になりすぎなんじゃないかしら?」

「すごいや、あのボロ船がこんなにカッコいい帆船になるなんて……。宝島を目指す船みたいだ」

「本当にあの船がこんな立派になるなんて……、私は夢を見ているんじゃないよね?」

 

 手漕ぎの和船が、かつて『のび太の宝島』で宝の島を目指してのび太が作った組み立て帆船ノビタオーラ号そっくりな帆船へと姿を変えた事で、既にひみつ道具をいくつかは使い、あるいは使う所を見ていてひみつ道具がどんなものなのかを知っているはずの霊夢も魔理沙も、またひみつ道具が一体どういうものなのか全く知らなかった小町も、それまでの疲れから輝きを失っていた三人の目にみるみる輝きが戻っていく。

 特に小町は、船が豪華になるところをきちんと目撃した事もあり、のび太のひみつ道具のすごさを完全に信じたようで、子供のように喜び勇んで、誰よりも真っ先に豪華な帆船へと姿を変えた自分の船へと飛び乗った。

 いろいろと確かめるようにあちらをうろうろ、こちらをうろうろと歩き回ってから、最後尾目指して走り出す。もちろん彼女の行先は言うまでもなく最後尾にある、帆船でおなじみの装備である舵輪のある場所である。

 死神の恰好をした船長が舵輪を握り帆船を動かすと言うと違和感を感じそうなものだけれども、どうしてなかなかこれが似合っている。後、ここに海賊の帽子でもかぶればその姿は『のび太の南海大冒険』でカリブ海にその名を轟かせた大海賊キャプテン・キッドやキャプテン・コルトのようだ。

 

「さあ、みんな乗った乗った! 君が私のあの船をこんな豪華な船にしてくれたんだ、これでやる気を出さなくっちゃ死神の名が廃るってね。さあ、いよいよ出航だよ!」

「「「おーっ!!!」」」

 

 こうして三人の元気な声と共に、三途の川に少々似つかわしくない豪華な帆船が、のび太たちを乗せていよいよ出航を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、いっけない! デラックスライトを出す時に一緒に出したひみつ道具、全部ポケットにまた戻さなくっちゃ」

「「ちょっと! のび太あんた何やってんのよ(るんだぜ)!!」」

 

 ちなみにいざ出帆しようとしたまさにその矢先に、のび太がひみつ道具を出しっ放しにしている事を思い出して、出帆よりも先にまずは山のように積まれていたひみつ道具をまたスペアポケットに戻す作業が発生していたりするのだけれども、それはまた別のお話。




小町の和船が突然のデラックスに。
そもそも帆船って一人で動かせる代物ではないはずなのですが、どうやって動かすのでしょうか? 
小町の同僚たちもみんなでこの豪華帆船型死神の船を動かす、なんてのも面白そうだな。キャプテンは小町で、そのうちにキャプテン・小町とか呼ばれて。


さて、いよいよ次は川を渡り彼岸へと向かいます。
乞う、ご期待っ!!!


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天国よいとこ?(その4)

お待たせしました。
いよいよ此岸と彼岸の境目である三途の川を出発したのび太たち。向こう岸である彼岸には無事にたどり着けるのでしょうか?(フラグ


「幻想博麗丸よ!」

「いーや! ブレイジングスター号だ!!」

「ダメですよ! この船は僕のひみつ道具で豪華にしたんですから。ここはノビタオーラⅡ世号で決まりです!」

「そんな名前が幻想郷で許されると思っているのかしら?」

「何言ってるんだぜ、やはり船の名前にもパワーが溢れていないといけないんだぜ!」

 

 

 三途の川のほとり、此岸の渡し場を出帆した小町の元ボロ船……今は豪華帆船は、三途の川をのんびりと彼岸目指して走っていたがその上では霊夢、魔理沙、のび太の三人によるいつ終わるとも分からない激しい議論が繰り広げられていた。

 ちなみにその議論の議題はと言うと『この帆船の名前をどうするか?』という実にくだらないものだったりする。

 さらに言ってしまえば、いつもこの船を利用するのならばともかく、たいていの場合なら一生に一度死後魂を彼岸に送り届ける時にだけ利用される船に名前を付けて一体どうするのかと思うし、そもそものび太は外の世界から来た身の上で将来人生の最後に乗る船がこれになるとは限らないのだけれども、そこの所は三人は全く考えていないらしい。

 とにかく、このカッコいい幻想郷でも珍しい帆船に自分の名前を付けたいのだ。

 と言うのも、霊夢も魔理沙も、最初こそ初めて体験する帆船と言う乗り物に目を輝かせていたのだけれども、そもそも自分で飛ぶよりも遅く、何よりも三途の川の光景と言うものがいつまでたっても代わり映えの無いものであると言う事からすぐに飽きてしまった。

 そしてあろう事かほぼ唯一霊夢たちも使い方をしっかりと理解しているひみつ道具であるグルメテーブルかけまで取り出し、死神の船の上で呑めや歌えやのどんちゃん騒ぎを始めようとする始末。

 さすがにこの暴挙には小町も『私が仕事中で呑めないのに、何羨ましい事してるのさ!』と、そのまま舵を取ると言う職務放棄して二人に加わり酒を飲み始めそうな勢いであったために、それを察した霊夢と魔理沙の二人もいそいそと片付けたのだった。

 もしそうでなかったら『のび太の大魔境』でワニがうようよと潜むアグアグの河を渡る時に、ジャイアンが舵をほったらかしにして岩礁に衝突させたように、大惨事が起こっていたかもしれない。

 そんなこんなで、暇ではあるけれどもお酒も飲めず、さて一体何をしようかとのび太も交えて雑談をしていた矢先に、ふと霊夢が口にした一言である「そう言えばこの船って、なんて名前なの?」という言葉から、各々自分の気に入った名前を付けたい三人によって今の激論が続いている、と言う訳だ。

 だが、ここでこの議論は思いがけない収束を見せる事になる。

 

「ちょっと待っておくれよ。この船は私の船なんだよ? それに勝手に名前を付けられちゃ困るって。この船は『グレイトフル・イグナウス号』って豪華になった時にもう決めてあるんだから!!!」

「ちょっと待ちなさい小町、私に断りもなく何勝手に船の名前決めてるのよ!」

「そうだぜ、そんな横文字の船なんて似合わないんだぜ! そもそもグレイトフル・イグナウスって言語が統一されていないじゃないか」

「いいじゃないか、私の船なんだし。この偉大なる単語の素晴らしさが分からないなんてまだまだだね」

 

 船の持ち主である小町が三人の議論に参戦して、がんと譲らなかったのだ。しかも小町の言い分にはこの船の持ち主であると言うとても大きな強みがある。そのため霊夢と魔理沙の意見はあっさりと棄却され、しかしその上でボロ船からここまで豪華な帆船に変えてくれたのび太には、とても大きな恩義があると言う事で最終的に『コマチオーラ号』へと決まったのだった。

 こうしてボロ船改めコマチオーラ号は相も変わらずのんびりと三途の川を走り続けるのだけれども……。

 

「あー、退屈。ねえ小町、まだ三途の川の向こう岸には着かないのかしら?」

「そんな事言ってもねぇ、確かに手漕ぎの船の時は自分で漕げば進んだけどこの船は風任せか……そこはちょっと違うんだね」

 

 あまりにものんびりと走り続けるコマチオーラ号の速度に、霊夢が明らかに不機嫌になっていたのだ。

 元々お酒も飲めず、かといって自分で飛んで行けばひとっ飛びにも拘わらずのんびりと未だに三途の川の上を走っているのだからさっさと行ってのび太の魂を身体に戻したいのに、船で出帆する前にまずひみつ道具デラックスライトを探す羽目になり時間を取られ、とストレスが溜まりつつある証拠に、空気がピリピリと張り詰めてきているのがのび太にも感じられる。

 

「な、なあ霊夢、この船がこんなに遅いのって、要は帆に風を受けて進む風任せだからって事だよな。それならさ、のび太に大風を吹かせてもらえば……当然この船も手っ取り早く進むんじゃないか?」

「……のび太、それ、できるのかしら?」

「は、はいっ、できます! 前に同じような事があって、その時は成功しましたからこの船でも多分できます。できますけど……さっきみたいに道具を取り出してもらえないと……」

「ああ、それならだいたい見当がつくぜ。のび太が取り出そうとしているのは、たぶんこの前妖怪の山で文を吹き飛ばした、あの不思議な扇じゃないのか?」

「あ、はい。そうです。バショー扇です」

 

 その爆発寸前の爆弾のような、危険な空気をまとった霊夢の空気を察してか、魔理沙が慌てて取り繕うように声をかけた。もちろん下手に声をかけると霊夢の怒りに火を注ぐ結果になりかねないのは魔理沙もよく承知しているのか、その内容は霊夢を刺激しないような内容を選んでいるのがのび太にもわかった。

 その会話の中で、魔理沙が帆船コマチオーラ号を早く移動させる方法としてのび太の持つひみつ道具を使い大風を起こし、移動速度を上げようとするものだったが奇しくもそれはボロ船と揶揄したバグダッドで手に入れた船を加速させた方法と同じものだった。

 ちなみに先の船を加速させた時はチグリス川を下り、ペルシャ湾を抜け、一日でアラビア海の真っただ中までたどり着いている(地図を見てもらえれば分かるように現在のイラク首都であるバグダッドは内陸部でチグリス川の流域、畔に位置しており海に出るにはチグリス川を下り海に出る必要がある)。

 ちなみにこの移動距離は地図で見ればわかるが約2~3000㎞ほどの移動をしている事になるのだから恐ろしい速度であるのは間違いない。

 それに少なくとも先のデラックスライトとは違い、魔理沙がバショー扇を一度見て形を知っているため取り出すのにはさほど苦労はしないだろうと判断したのび太は魔理沙に任せる事にしたのだった。

 

「よーし、それじゃあ私がしっかりと取り出すから、見てるんだぜ! えーと、えーと……あっ、あの不思議な扇ーっ!!!」

「せめて名前は覚えて下さいよ、バショー扇ですって」

「固い事は言いっこなしなんだぜ」

「いいからさっさと扇ぎなさいよ魔理沙!」

「あ、霊夢さん。何かにつかまった方がいいですよ。多分大変な事に……」

「え、何が?」

 

 スペアポケットに手を突っ込み、しばらく中をごそごそと探し回った後、妖怪の山でのび太がそれを取り出した時と同様に、魔理沙もそれをするりと引き抜いて高々と天に掲げてみせたバショー扇。わざわざ名前も覚えていないのに名前を呼びながら道具を掲げる辺り、のび太やドラえもんにそっくりだ。

 そのバショー扇を手に、コマチオーラ号の船尾まで駆けてゆき、魔理沙は文を吹き飛ばしたのび太のように思い切りそれを振り下ろした。全力で。

 

「ふっふっふ……弾幕だけじゃなくて、大風だってパワーなんだぜ!! それ……っ!」

「っ!? ちょ、ちょっと魔理沙さん力が強すぎますよーっ!!!」

「こら魔理沙、少しは手加減しなさいよーっ!!!」

 

 当然台風並みの風を巻き起こす事ができるバショー扇でそんな大風を起こしたのだから、当然のようにコマチオーラ号はそれまでののんびりとした航海から一転、ものすごい速度で三途の川を走り始めた。それはまさにかつてバグダッドから出航したボロ船の再現でもあった。

 風を受けて帆も、綱も、へし折れ破れ吹き飛ばん勢いで大風を受けて軋みを上げて、メインマストも風の力が強すぎるのか心なしかしなって見える。

 幸いのび太は先の冒険で風の強さに吹き飛ばされそうになった経験があったため、すぐに霊夢に声をかけて自分は船室へと入り込んだ事で事なきを得た。

 しかし霊夢はと言うと、そもそも妖怪の山でもバショー扇がどれほどの風を起こすのか見ていなかった事、そしてのび太の忠告に一体何が? ときょとん、としたところでまともに魔理沙が起こした風を受けた為吹き飛ばされそうになり慌てて船の柵にしがみついてどうにか風をやり過ごしていた。

 ちなみに舵輪を握っている小町はと言うと、急激な船の加速に必死で舵輪を握りしめ、声を出す事もできずにどうにか船の進路を保っているありさまだったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、幻想郷から見て三途の川の向こう側……彼岸の是非曲直庁、すなわち小町の勤め先では小町たちの同僚や上司が何も知らずにその日も普段の仕事をこなしていた。

 あの世でもこの世でも、仕事と言うものはそうそう変わるものではないらしく、格好こそ外の世界で働くのび太のパパたちのようにスーツ姿ではないものの書類を運んだり、その書類に印鑑を押したり、あるいは小町たち此岸から運ばれてきた魂の生前の行いに合わせて裁判を行い、判決に則った行き先に魂を案内したりと皆せわしなく動いている。

 それは昔から変わる事なく、またこれからも変わる事がないと、誰もがそう信じていた。

 

 

 

…………『それ』が来るまでは。

 

 

 

「「「「………………ああああああああああああああああああ!!!!!」」」」

 

 

 

「止めて! 止めて! 止めて! 止めて!」

「止めろって言ったって、どうすれば止まるんだぜ!!!」

「私が……知る訳ないでしょ……っ!!!」

「た……たぶん、勢いが完全になくなるまで……こりゃあ止まらないよ……」

「……魔理沙、あんた…………無事に止まったら覚えてなさいよ……」

 

 断末魔の悲鳴でももう少し穏やかなものになりそうな叫び声が、三途の川からやって来てはさらに川岸を乗り越えておまけにその先の道を勢いよくがりがりと船底を削る音と共に通り過ぎていく。

 そう、魔理沙が思い切り扇いだバショー扇の力が強すぎて、三途の川を走り続けたコマチオーラ号は川が終わり向こう岸が見えてもなおスピードを落とすことなく走り続けていた。

 おまけに、帆船と言う構造上一度加速してしまうと減速する方法はもはやないに等しい事から、川が終わって岸に乗り上げてもまだ進み続けておりのび太、霊夢、魔理沙、小町の四人は悲鳴を上げながらただ、ものすごい振動に振り落とされないようそれぞれ船体にしがみつきながら、船が止まるのを待つよりほかに方法は残されていなかった。

 いや、一日で数千キロも進むような勢いでいったん加速してしまっては、たとえコマチオーラ号が帆船でなく、エンジンを積んだ船になっていたとしてもそう簡単に減速はできないだろう。

 当然死者の魂ではなく、こんな異様な物体が三途の川の方から土ぼこりと悲鳴を上げながら接近してくるのだから是非曲直庁の職員も気が付かない訳がなく、正門を警備していた職員からの『不審な物体接近』の通報によって、それまでのんびりとしていた是非曲直庁は一転ものものしい警報が鳴り響き、死神たちが次々に飛び出してきては鎌を手に手に警備をとると言う、厳戒態勢に陥った。

 その様子はさながら『のび太の海底鬼岩城』において海底火山の爆発を目と耳がキャッチし、警報と共にバトルフィッシュの群れが舞い上がり、七千年の眠りから目覚め活動を再開したアトランティス連邦が遺した最後の拠点・鬼岩城のようでもあった。

 もっとも、鬼岩城とは異なり是非曲直庁は鉄騎隊のように無尽蔵の兵力でもないだろうし、鬼角弾を乱射したりはしない分遥かに鬼岩城よりもはるかにマシなのだけれども……。

 兎にも角にも、そんな厳戒態勢に入った是非曲直庁へとコマチオーラ号はぐんぐんと向かっていく。死神たちも必死で『止まれ!』と警告を発したりするけれども、そもそも止まるための装置のついていない帆船を自力で止める術など無いに等しいし、止められるものならここに至るまでにとっくに止めていたはずだ。

 

「あ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶつかるーっ!!!」

「みんな振り落とされるんじゃないわよーっ!!」

「うわぁぁぁぁぁーっ!!!」

「私の船がーっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………………………………………………!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうこうしている間にも、制止を振り切るように是非曲直庁に向けてつっ込んでくる船がもう止められないと悟るや、死神たちも轢かれたくはないのか散り散りに逃げ出してゆく。のび太たちも船の勢いが止まらず、ぶつかると分かるや目をつむり衝突の勢いで吹き飛ばされないように、しっかりと周囲に掴まる。

 そうしてコマチオーラ号はその豪華な姿を披露してから、わずか数時間の処女航海の後に、是非曲直庁の壁面に衝突し、もうもうと土ぼこりを舞い上げながら大破したのであった。

 

「あ、あ……びっくりした……。魂じゃなかったらどうなってたか分からないや……」

「い、痛たたたたたた……のび太、魔理沙、みんな無事?」

「どうにかな……下手な異変よりもよっぽど命の危機を感じたんだぜ……」

「……まったくね。衝突の瞬間はさすがに神様に無事を祈ったわ……」

「あああー!! せっかく立派になったのに私の船がぁぁぁ……」

「ま、まあ大丈夫だぜ小町。確かに船はこんなになったけれども、のび太なら元に戻せるから安心するんだぜ。なあ、霊夢」

「そうね、時間を巻き戻したりするあの風呂敷なら、この船もきっと戻せるわね」

「本当かい? よーし、それなら急いで四季様に会いに行かなくちゃいけないね!」

「え、え? ちょ、ちょっと小町さん」

 

 是非曲直庁の壁に衝突し、大破したコマチオーラ号の残骸からどうにか這い出してきた霊夢、魔理沙、のび太に小町、そして小町が背負っているのび太の身体。誰もが衝突の際に舞い上がった土ぼこりを全身に浴びて、真っ黒けになりしずかでなくてもお風呂に入りたくなりそうなひどいありさまである。

 それでも、全員幸い大きなケガもなく衝突の際の衝撃で身体を船体にぶつけたりしたけれども、ひとまず声をかけ合い互いの無事を確認してから船を見上げたその視線の先、そこにはもうあの豪華な帆船の面影はどこにもない、むしろデラックスライトを使う前のボロ船よりもさらにひどい事になっている。

 あまりにもあっけない、自分の相棒の最期に、小町は完全に落ち込み涙を流していた。

 それでも小町はともかく、霊夢も魔理沙もそう悲観はしていなかった。もちろんその理由はのび太が妖怪の山、守矢神社で使って見せたタイムふろしきの存在を知っているからである。鴉天狗の射命丸文を子供に戻し、文とのび太の弾幕勝負でボロボロに痛んだ守矢神社をあっという間に時間を巻き戻すと言う方法で修復して見せたあの驚異のひみつ道具。

 あれさえあれば大破して残骸に姿を変えたコマチオーラ号であっても、間違いなく元に戻せるであろう事を、のび太ならそれができる事を説明すると、小町はがば! とそれまでの落ち込んだ姿から立ち直り、魂ののび太の腕をつかみ、建物の中へと連れて行こうとする。

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

「…………これは一体どういう事かしら? 小町」

「し、四季様!? ど、どうしてここに!?!?」

 

 

 

 

 

 

のび太たちの前に立ちふさがるように、一人の人物が立っていた。




四季様、大地に立つ!
そりゃあまあ、是非曲直庁の壁に帆船かっ飛ばして衝突、大破させればそりゃあ一体何事かって四季様だって出てきますよね。そもそも事前に警報鳴らして厳戒態勢敷いていた訳ですし……。

ちなみに作中で小町が名付けようとしていたグレイトフル・イグナウス号ですが、英語とラテン語で『怠ける事に感謝』(非常におおざっぱな意訳)と言う小町らしい意味にしています。
もっとも、のび太への感謝も込めて最終的にコマチオーラ号になった訳ですが、もしグレイトフル・イグナウス号で船籍を登録して四季様に船の名前の意味を知られたら絶対お説教コースだったろうな、とちょっと妄想。




さてさて、次はいよいよ四季様との対面です。
乞う、ご期待っ!!!


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絶対に笑ってはいけない六十年目の東方裁判24時(その1)

更新が遅くなりすみません。
ようやく四季様とのび太との掛け合いをどうするか、考えが纏まりました(汗
本当はもう少し先で花映塚エピソードは挿入しようと考えていましたが、予想外にのび太死すしてしまったので、最後の方までまだ全く考えていませんでしたが、多分これでどうにかなる……はずです。

では、四季様とのび太のお話、はじまりはじまり。


 どうにか、文字通り無事に三途の川の向こう側までたどり着いたのび太たち。しかしたどり着いたと言ってもその方法は帆船になった小町のボロ船……コマチオーラ号をバショー扇で扇いで加速させ、ものすごい勢いで走った挙句に止まる事ができず、小町の職場でもある是非曲直庁の壁にそのまま衝突、大破と言うものだった。

 本来なら、だれか大けがをしても不思議ではないほどの勢いによる衝突でバラバラに壊れたコマチオーラ号の残骸からどうにかこうにか這い出してきた霊夢たちを他所に、のび太を連れて中に行こうとした小町の目の前に立ちはだかった一つの人影。

 それが普通の、人里で暮らす人々や今まで冒険をした世界で暮らしていた人々のような恰好をしていれば驚きもしなかったのだろうけれども、頭には幻想郷はおろか、他の惑星や異世界でもなかなか見ない奇妙なデザインの帽子をかぶり、手には死神小町が持つ鎌とはまた違ったしゃもじのような棒切れを手にすると言う、そうそうお目にかかる事の無い格好をしている。

 その人影が、ゆっくりと口を開いた。

 

「……小町、これは一体どういう事なのかしら?」

「し、四季様……こ、これはその……あのですね……ちょっとした手違いでして……」

「確かに貴女は今日は非番でした。それは私も認めましょう。ですが、小町は三途の川を自分のでもない、訳の分からない船でもって走り回り、その挙句に自分の職場でもあるこの是非曲直庁へと突撃、大破させて多大な損害を与えた事を……ちょっとした手違いだと、そう言うのですね?」

「うぐ……っ、た、確かにそんな事もありましたが、これには三途の川よりも深い訳が……」

「いいでしょう、一応小町の言い分も聞いておきましょうか」

「この、この子です! めったに起こらない事なんですが、事故で身体から魂が抜けてしまって、まだ死ぬべきではないこの人間の子を助けるために、急いで駆け付けたんですよ!」

「はい、そうなんです……」

「なるほど、確かにこの子は魂が外れてしまっているようですね。しかし珍しい……」

 

 この謎の人物の登場に、明らかに動揺している小町。その様子は、隠しておいた0点の答案の束を見つけられてママに叱られる時の自分とどこか似ているな、などと思いつつもそれは自分とは関係のない対岸の火事だと、のび太は思っていた。

 それがいきなり『この子が原因なんです』と神成さんの家の窓ガラスを割った犯人か容疑者のように奇妙な帽子をかぶった謎の人物に突き出されてしまったのび太だが、実際に小町の言う通り魂が外れてしまったらしい事は間違いないので、小町に合わせて頷くより他に方法はない。

 そんな事よりも、今のび太が気になっていたのは目の前にいる、この謎の人物の正体である。

 変な帽子をかぶり、しゃもじを手にすると言う、これからご飯でも食べそうな装いの人物にどうして死神などと言う、その辺の妖怪よりもはるかにおっかない立場にいる小町がペコペコしているのかそれがのび太には疑問だったのだ。

 

「……ねえ、小町さん。このお姉さんは誰なんですか?」

「あら、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私の名前は四季映姫、こう見えても閻魔をさせてもらっています」

「閻魔? えんまって……あの地獄で悪い人の舌を引っこ抜くって言う、あの……閻魔ですか?」

「ええ。と言っても、そう言った刑罰を加える役目には私とはまた違う担当がいるのだけれども、おおむねその閻魔で間違っていないわ」

 

 『あなたは誰?』もうここに来て何回この質問をしたのか。それどころか今まで過去、未来、古代、別次元、他の惑星、いろいろな世界で大冒険をしてきた中でも、いろいろな人に出会うたびに繰り返してきたもはやのび太にとっては慣れっこになってしまったこの質問。

 そのたびに、いろいろな時代、世界で出会った人々からはいろいろな答えが返ってきた。

 だから閻魔と言う回答が返って来た所で不思議ではない、はずなのだけれども……目の前の人物、四季映姫と名乗った人物は、死神を名乗った小町同様にのび太のイメージする閻魔からはだいぶかけ離れている。のび太のイメージする閻魔大王は『しつけキャンディー』で登場したようにひげもじゃで、赤い顔に昔の中国人のような格好をしたおっかない顔の男の人であって、目の前にいる四季様のようなお姉さんではない。

 もし仮にこの場にドラえもんやジャイアン、スネ夫にしずかたちがいたとしたら、四季様が閻魔と言われて果たしてみんなは納得しただろうか?

 いや、納得しないだろう。何故なら、のび太が今現に納得していないのだから。

 

「フフフッ……アハハハハハハッ! ウシャシャシャシャ! あー、おかしい。えんま、閻魔なんている訳ないのに。それにもしいるとしたって、閻魔ならもっとおっかない顔してるはずですよ。ねえ、小町さんもそう思いますよね? あれ、小町さん……?」

「「「………………………………」」」

 

その証拠に、閻魔なんている訳がないとお腹を抱えて大笑いしているのび太。今は身体から外れた魂だけの存在になっているはずなのに呼吸困難に陥りながら笑い転げると言う、昼寝に引き続き珍しい行動を披露しているけれども、真実を知る小町たちからすれば決してのび太が抱腹絶倒するその様子は一緒になって笑えるものではなかった。

 事実、大笑いしているのはのび太だけで霊夢も魔理沙も、もちろんのび太に同意を求められた小町も青い顔をしてのび太を見ている。青いと言うよりも完全に血の気が引いた顔と言ってもいいだろう。

 のび太は知らない事だが、それはちょうど『のび太のアニマル惑星』において、禁断の森の中で迷子になってしまったジャイアンとスネ夫が、迷いに迷った挙句光の階段の中でニムゲを見てしまった時の表情によく似ていた。そう、あの血の気が完全に引きジャイアンいわく『なんだよ、何かあるのかとドキッとするじゃないか』と言わせた、顔から血の気がなくなり真っ青になったスネ夫の表情である。

 そして、霊夢たちから血の気を引かせた当の四季様はと言うと、とても怒っていた。それはもう、さすがののび太でもこれは間違いなく怒っているんだなと分かるほどに怒っていた。

 

「ごめんなさいね、おっかない顔をしていなくて。もしよろしければ、おっかない顔の獄卒たちをあなたに紹介するわよ」

「え……? い、いえ……そんなにしてもらわなくても……」

「……まったく、閻魔に対してそんなものいる訳がないなどと暴言を吐き、笑い転げるとは何事ですか! 貴方は少し信心がなさすぎます。いいでしょう、ここに来たのも何かの縁、次に貴方が死んだ時に私が地獄行きの判決を下さずに済むよう少し信心についてお話をしてあげましょう」

 

 以前学校で出された作文の課題でのび太が書いた『僕の怖いものはうちのママの怒った顔です』と書いてママを怒らせた事があったけれども、今の四季様の顔はまさにその表情にそっくりだったのだ。

 それだけではなく、その周りには見えるはずのない燃え盛る炎のような気配すら浮かんでいるし、その手にしているしゃもじのような棒がミシミシと音を立てているようにも聞こえるのは、決して気のせいではないだろう。

 いくらのんびり屋ののび太でも、ここまで『私は冷静さを欠こうとしています』と怒りを表現されてはさすがに気が付くと言うもの。が、残念ながらのび太が四季様の怒りに気が付くのはあまりにも遅すぎた。

 しかも0点の答案を見つけたママにそっくりな、憤怒の表情を見せる四季様からは、そんなに怖い顔がいいのなら地獄の獄卒を紹介しましょうかなどとまで言われてしまう始末。もっとも、幸か不幸かのび太の頭では獄卒、と言う言葉の意味は理解できてはいなかったのだけれども……。

 ただし、少なくともこのタイミングで発せられた言葉であり、おまけに『おっかない顔の』などと言う単語が前に付くのだから決して楽しいものや明るい意味を含んだものではないのだろう事は、のび太にでも容易に想像がつく。

 こうして、四季様のありがたい……もといのび太のママ並みに口うるさいお説教が始まった。

 

 

 

 

 

 

少女説教中……

 

 

 

少女説教中……

 

 

 

少女説教中……

 

 

 

少女説教中……

 

 

 

 

 

 

「いいですか? 閻魔なんていはないと貴方は言いましたが、ちゃんと私と言う閻魔がいるのです。つまりはもし現世で善行を積まなければ、死後に貴方は地獄に落ちてしまうのですよ? もし地獄に落ちれば、恐ろしい顔をした獄卒に舌を抜かれるだけではなくもっと恐ろしい責め苦に未来永劫身を引き裂かれる事となるでしょう。事実、私は生前に口を酸っぱくして善行を積むようにと告げたにも拘らずそれでもなお私の言葉を無視した結果、死後になって地獄行きの判決を下され、その時になって必死で許しを請いながら地獄へと落とされていった死者たちを何人も見てきました。ですが、私の判決は下されれば決して覆る事はありません。貴方もそのような事にならない為にも、今日ここで私の言葉に耳を傾けて、おのれの愚かさをきちんと反省し悔い改め、地獄に通されないように善行を積みながら生きる必要があるのです。明日からやろう、ではいけません。今日から悔い改めたものにのみ、天国への扉は開かれているのですからね?」

「…………………………」

 

 が、始まってみて分かったけれども四季様のお説教は長い、とにかくくどくて長くそして退屈だった。

 こんなにもお説教が長いのは『勉強が勉強して勉強になって勉強する事が 勉強の勉強だから勉強なのよ! わかった!?』などと言いながら1時間以上もお説教を続けるのび太のママと、ひたすらに眠くなる授業をする寺子屋の慧音先生くらいのものだとばかり思っていたのに、よりにもよってここにもいたのだった。

 いや、むしろ外の世界ならママ一人だけなのにここに二人目がいるのだから幻想郷と言うのはのび太にとって、思った以上に恐ろしい場所だったのかもしれない。

 そして、その長く長く、おまけに堅苦しい言葉がいつまでも続く四季様のお説教は、のび太にとある状態をもたらした。そう、寺子屋でもあったようにのび太は眠くなってしまったのだ。

 もちろんのび太も最初から四季様のお説教に対して居眠りをしようなどと考えていた訳では無い。

 しかし、長い、くどい、訳が分からない事をひたすらに繰り返し聞かされると言うのは大変に退屈かつ苦痛なものなのだ。それは先の寺子屋でものび太が居眠りをした事からも伺える。

 つまりはどういう事かと言うと……。

 

「…………………………」

おい、霊夢。のび太ってば、また居眠りしそうだぞ

分かってるわよ、でもどうしろって言うのよ? ここで、説教の邪魔したら有罪だのなんだのって、面倒な事になるわよ

私も長い事死神としてやっているけどさ、四季様のお説教を受けている最中に居眠りをするって言う図太い魂は初めて見たよ……

 

 のび太はまた、お説教を受けながらこっくりこっくりと舟をこぎだしたのだ。

 本当なら霊夢や魔理沙ものび太に寝るなと言いたいところなのだろうけれども、そこは昼寝が何よりも大好きなのび太である。例え霊夢たちが寝るなと言っても、寺子屋での前例もある事だし間違いなく居眠りをしただろう。

 一方で四季様も、閻魔としての仕事についてこの方、閻魔の職務として死者に対しての裁判、説教や閻魔としての業務がない、休暇の日に幻想郷のあちこちへと足を運び、目についた人妖に対して善行を積み地獄に落ちる事の無いようにと、これまで自分でも数えきれないほどの回数説教を行って来たと言う自負はあったけれども、こんこんとお説教をしている最中にその相手が目の前で堂々と居眠りを始めると言う体験はさすがに今までにした事がなかった。

 少なくとも、職務として死者をも裁く時もそう。幻想郷で人や妖怪に対して説教をする時もそう。人であれ妖怪であれ死者であれ、閻魔の説教を聞く者は皆誰であっても閻魔と言う存在を怖れ敬い、平伏し、あるいは若干恐れを抱きながらも、説教を一言一句聞き漏らさぬようにと、耳を傾けていた。

 今回のお説教にしてもそう、きちんと自分の言葉に耳を傾け、大なり小なり行いを改善してくれる……そう思っていたはずがまさかの居眠りである。おまけに口元からはよだれをたらし、鼻からは大きな鼻提灯を出して完全に夢の世界に旅立っている。

 この、説教に対して居眠りなどと言うあまりと言えばあんまりな対応をされた事で四季様も最初はそのあまりの神経の図太さにあっけにとられ、そしてすぐに額には青筋が浮かびあがった。

 もちろんそれだけで済む訳がなく、説教の最中に居眠りをするなどと言う不届きなのび太めがけて、四季様はいったん説教を中断すると高々と掲げた棒を一息に、そうして思い切り、振り下ろす。

 そこには一切の手加減などと言う慈悲の心は、ありはしなかった。

 

「さっさと………………起きなさい!!!

「あいたーっ!!!」

「あいたじゃありません! 閻魔が説教をしている最中に堂々と居眠りをするとはいい度胸をしていますね。そんなに地獄に落とされたいんですか!?」

「ええっ、地獄なんてやだぁ!!!」

「地獄が嫌ならきちんと私の言葉を聞く事です!!! どうやら、貴方にはまだまだお説教をする必要がありそうですね」

「だって……何を言っているのか分かりにくいんですもん……」

 

 ぱかん、と景気のいい音と共に頭を叩かれて大きなたんこぶを作ったのび太が痛さのあまり、ジャイアンに怒鳴られたような勢いで1m近くその場で垂直に飛び上がりながら、それまでの夢の世界から一転、現実の世界へと一息に引っ張り起こされてきた。

 いや、叩き起こすだけでない。そのまま今すぐにでものび太の魂を掴んで、地獄の底でぐつぐつと煮えたぎる釜の中に放り込みそうな勢いだ。それに合わせてしっかりと『地獄に落とされたいんですか?』と脅す事も忘れない。

 もしここでこれ以上の口答えをしようものなら、そのまま閻魔の権力を行使して地獄に叩き落されそうな迫力である。

 おまけに、のび太が居眠りした事が気に入らないようで、さらにお説教の時間を引き延ばすとまで宣言してくる始末。もしそうなった時、そのお説教はのび太にとって地獄に落とされなくても、もれなくこの場所がそのまま地獄になるのは間違いない。

 なんとしてもそれだけは回避したい……のび太が必死でお説教と言う名の地獄を回避するためにはどうすればいいかを。どんなひみつ道具があればこのピンチを切り抜けられるかを、勉強やテストの時とは比べ物にならない速さで頭を回転させ考えてゆく。

 そして、のび太はすぐにこのピンチを切り抜ける事ができるひみつ道具を思いついた。

 後はそれを使わせてもらうように早速四季様と交渉するだけだ。

 

「……だったら、僕を先に元に戻してもらえませんか? そうしたらお説教がたったの一言で済む道具を出しますから」

 

 こうして、四季様のお説教延長戦と言う名の地獄をなんとしても切り抜けるための、のび太の戦いが始まった。

 




お説教をたったの一言で終わらせる事ができるとのび太が言い放った魔法のようなひみつ道具。
のび太が言うこのひみつ道具とは果たして何なのか!?
そもそも閻魔に対して交渉を試みようだなどと言う恐れ多い事をしてのび太は無事に助かるのか!?



次回、乞うご期待!!!


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絶対に笑ってはいけない六十年目の東方裁判24時(その2)

大変お待たせしました。
四季様とのび太の掛け合い第二回です。前回で交渉を試みたのび太ですが、果たしてどんな道具が飛び出すのか……?











今回はのぶ代ドラの大長編映画版ほぼ全部確認しましたが、やるものではないですね(汗
頭が痛い……。


「……だったら、僕を先に元に戻してもらえませんか? そうしたらお説教がたったの一言で済む道具を出しますから」

「「「「………………は?」」」」

 

 のび太の『先に元に戻してもらえれば、お説教を一言で終わらせる事ができる道具を出す』と言う発言に対する霊夢、魔理沙、小町、そして四季様の四人が最初に発した言葉がこれだった。

 この、異口同音かつ何とも気の抜けたような短い言葉に、もう既に何日か生活しのび太やひみつ道具の何たるかをある程度知ったつもりであった霊夢や魔理沙を含む、四人の予想をはるか斜めに上回る発言がのび太の口から飛び出てきた事を物語っている。

 そしてのび太はと言うと、逆にそんな間の抜けた発言をした四人を実に不思議そうな顔で見ていた。

 もちろんこれはのび太の方はのび太の方で、たった今発した自分の発言がどれほどとんでもない事なのかを全く理解していないからに他ならないのだけれども、残念ながらそれにのび太が気が付く事はなかった。

 そして、それが不幸にものび太にさらなる痛みをもたらす事になる。

 

「……ふ、ふざけているんですか貴方は!?」

「あいたーっ!!!」

 

 何の事はない、四人の中で誰よりも先に復活した四季様がのび太の頭にもう一度、手にしたしゃもじのような棒を叩きつけたのだ。ひっぱたく、と言うよりももはや殴りつけると言った方がよいのではないかと言うその勢いでのび太の頭にめり込んだのだからたまったものではない。

 あまりの痛さにその場にうずくまったのび太に向けて、四季様からのさらに容赦ない言葉が浴びせられた。

 

「閻魔を馬鹿にするだけではなく、買収を試みようとするなど言語道断、これ以上の悪行がありますか!!! どうやら貴方は地獄に落ちて己の罪を自覚した方がいいようですね」

「ええっ、地獄って死んだ人が行く場所ですよね? 僕まだ死んでないのに地獄に連れていかれるなんて、そんなのあんまりだよ!!」

「そ、そうですよ四季様。まだ死んでもいない魂を地獄に送るだなんて、いくらここまで四季様を馬鹿にしたからってそれはさすがに無茶が過ぎますよ」

「いいえ、これはもう私が決めた事です! これほどまでに閻魔を侮辱してそのままにしておいては今後も同じような事をしでかす愚か者が出てくるかもしれません。そうならない為にも、貴方を地獄に落とします」

「ちょっと、いくらなんでもそれは横暴すぎるんじゃないかしら?」

「そうなんだぜ、そもそも地獄に送るって、魂と体とが分かれてるだけの人間をそう簡単に送り込んでいいものなのか?」

「いやいや、そんな事そう簡単にできる訳ないじゃないか。そもそもその前にこんな場所でいくら四季様が口頭で地獄行き、なんて言った所で正式な裁判もしないで下された決定には獄卒だって首を縦に振らない事くらい四季様だってご存知じゃないですか」

 

 のび太が見せた数々の反応には相当頭に来たのか、まだ死んでもいないのび太を地獄に落とすなどとはたから聞いたら横暴としか思えない発言をする四季様。

 事実、四季様を除く小町、霊夢、魔理沙の三人はこの行動に対して反対の声を上げるが四季様はこれっぽっちも聞く耳を持たない。

 そもそも、のび太は全く気が付いていないけれども小町が言うように四季様の言う地獄に落とすと言う工程は、死者の魂の行く先を決める裁判を三途の川を渡ってからつい先ほどコマチオーラ号をぶつけた是非曲直庁の中で行い、そこできちんと死者の魂がどうなるのか、閻魔が捌く事によって決定されるのが正規のやり方である。

 当然こんな是非曲直庁の外で裁判もしないで地獄行きなどといくら閻魔と言う存在が感情に任せて言った所で、もし仮にこの後でのび太の魂が地獄に送り込まれたとしても、実際に刑罰を執行する役割の獄卒は刑の執行などしないだろうし、きちんと裁判を行わせるためにも逆に是非曲直庁へと送り返されてしまうだろう。

 それを知っているからこその、小町の諫言だった。

 もっとも、その諫言も肝心の四季様には届かなかったようであるが。

 

「もちろんそんな事は小町、貴女に言われなくても百も承知です。ですから、これから簡易的ではありますが裁判を行います」

「ワーッ、いやだーっ!!」

「魔理沙! こうなったらこの強情閻魔、力ずくでも止めるわよ!! 『夢想封印』!!!」

「言われなくてもなんだぜ!! 『マスタースパーク』!!!」

「すみませんが四季様、私もこの裁判には反対です!!」

「え!? な、なに? なんですか急に!?」

「静かにしてなって、舌噛むよ」

 

 この強引すぎる裁判の開廷にそれまでは反論こそすれ見ているだけだった霊夢、魔理沙、そして死神の小町までもがこれ以上は許せんと言わんばかりに四季様に対していっせいに攻撃を仕掛けていく。

 霊夢と魔理沙はそれぞれ弾幕で、ただしのび太が弾幕勝負で魔理沙と戦った時のそれとは比べ物にならない、むしろ妖怪の山で鴉天狗の文が披露して見せた無双風神のような激しさの弾幕を四季様めがけて発射する。

 また死神の小町はと言うと、手にした頼りなさげな鎌を手にしながらひょいと一息にのび太の隣へと移動すると、魂だけになっているのび太を脇に抱えてすぐにその場を離脱して見せた。

 結果として、唐突に攫われる格好となったのび太は最初訳が分からなかったけれども、すぐに小町の言葉を理解する事になる。

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………!!!!!

 

 

 

 

 

 

「え!? え!? な、なんですかあれ……」

「あの二人の放った弾幕だよ、もっとも普段使うものじゃなくて、必殺技みたいなものだけれどもね」

「ひぇぇ…………」

「小町、のび太は無事?」

「これで倒れてくれれば言う事なし、後はのび太を元に戻してもらえば万事解決だぜ」

 

 何の事はない、霊夢と魔理沙の弾幕が四季様めがけて殺到し、それが爆発したのだ。

 霊夢が放った無数の色とりどりの弾幕と、魔理沙が放ったレーザー砲のような弾幕、万が一にもあたった日には痛いでは済まないであろうそれの爆発はすさまじく、あのまま四季様のそばでぐずぐずしていたら間違いなく爆発に巻き込まれていただろう事を想像してのび太は息を呑んで、爆発を見守っていた。

 そしてそんなのび太のそばに、たった今起きた大爆発を起こした張本人たち、霊夢と魔理沙が戻ってくる。

 特に霊夢は、自分たちの放つ弾幕の威力の大きさでのび太が巻き添えにならなかったかどうかが気になるようで、戻って来るや否やのび太の無事を確認してきた。もっとも、その心配は小町が無事にのび太を四季様から引き離してくれたおかげで杞憂に終わったのだけれど。

 兎にも角にも、こうして二人の弾幕、ただの弾幕ではない二人の必殺技ともいえる弾幕が命中した事で四季様は大爆発。後は四季様がのび太の地獄行きを取り消して、その上でのび太の身体に魂を戻してくれればあの世巡りも無事に終わりである。

 ただし……。

 

「………………で、でもそれじゃああんな大爆発の中、閻魔様は大丈夫なんですか?」

「お前さんもだいぶ変わった子だね。普通自分を地獄に落とすって宣告してくる相手の事を心配するかい?」

「で、でも……」

「まあ、夢想封印とマスタースパークを受けたんだから全く無事って事は無いと思うわ、でも曲がりなりにも閻魔なのよ? そうそう簡単にやられるような相手じゃないわ」

「だな。この程度でやられてるようじゃ閻魔なんて務まらないだろう」

「そう言う事さ」

 

 そう、何しろのび太が今までに数多の大冒険の中で見聞きしてきた経験からしてもこの攻撃を防げる人物はそうそういないだろうと言う怒涛の攻撃。もしこの攻撃を防げるとしたらユミルメ王国の竜の谷奥深くに暮らしていた竜、あるいはバードピアにて長らく封印されていた怪物フェニキアくらいのものだろうか。

 もしかしたら弱点の心臓を宇宙に隠してある大魔王デマオンや、火焔山で最後に巨大化した牛魔王と戦ったけれども、あの二人なら耐えるかもしれない……などと思った所で、ふとのび太は恐ろしい事に気が付いてしまったのだ。

 そう、すなわちそんな大爆発を起こすような攻撃を受けて閻魔様、四季様は無事なのかと言う事だ。

 今ののび太は地獄に落とされるか同課の瀬戸際だけれども、そもそものび太がここに来た本当の理由は『身体から魂が外れたのび太を四季様に元に戻してもらうため』なのだ。それが、この爆発で四季様が入院、助けられませんでは目も当てられない。そうでなくても元々優しい性格ののび太と言う事もあり、誰かがケガをしたり傷ついたりするのは嫌なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……心配してくれてありがとう、でも小町の言う通り貴方は私の心配よりもこれから地獄に落ちる自分の心配をした方がいいのではないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれども、そんなのび太の心配をよそに、もうもうと立ち上る爆発の煙の下から出てきたのは、傷一つないけろっとした様子の四季様だった。さすがにここまでしっかりと霊夢と魔理沙が放ったあのとんでもない弾幕をこらえるとはのび太も思ってはいなかったため、目を丸くして驚くより他にはなかったようで、思わず今までの冒険で遭遇した恐ろしい強敵たちよりもすごいのでは、と言う疑問まで浮かべてしまう始末。

 のび太だけではない、弾幕を放った側である霊夢と魔理沙も四季様のあまりの頑丈さに、心なしか顔が引きつっていた。

 

「うそーっ! あんなに凄い爆発だったのに……実は閻魔って、フェニキアや竜さん、デマオンとか牛魔王よりもすごいんじゃ……」

「なんだい、その変な名前は? 外の世界の妖怪かい?」

「え、えっとまぁ……そんなものです」

「なによ、夢想封印とマスタースパークを同時にぶつけたのに無傷って反則じゃないの?」

「何言っているんだぜ霊夢。だったら、傷がつくまでマスタースパークを撃ち込めば済む話なんだぜ!」

「裁判長が裁判の最中に被告人からの攻撃で倒れるなんてお話になりませんからね。それに、私が悠長にそんな事をさせるとでも思っているのですか?」

「わーっ!!」

「「のび太!!!」」

「まずいよ、あれは四季様の持つ浄玻璃の鏡! あの鏡で魂がこれまでにやって来た過去の行いを四季様は全部調べるんだ!!」

「ちょっと、それじゃああの鏡で調べられたら」

「のび太なんて昼寝の罪で地獄行きなんだぜ!」

「いや、私も長い事死神してるけどさすがに昼寝で地獄行きはないんじゃないかな」

「って言うか、冷静に考えたらのび太って地獄じゃなくて賽の河原に行くんじゃないの?」

「いや、四季様が地獄行きって決定したら賽の河原よりも優先して地獄行きだよ」

 

 『今度こそ四季様を黙らせる』ともう一度弾幕を発射しようと身構える霊夢と魔理沙を他所に、いつの間にかそれまで持っていたしゃもじのような棒ではなく手鏡に持ち替えていた四季様。その手鏡から真っすぐに伸びた光が、魂だけになっているのび太を貫いた。

 とは言っても光に貫かれたからと言って妖霊大帝オドロームが杖から放つ光線のように受けた者を一瞬で灰にする訳でも、デマオンが放った刺客メデューサの光線のように石にしてしまう訳でも、もちろんザンダクロスの放つ光線のように鉄筋のビルを一瞬で瓦礫の山に変える訳でもない。

 ただ、鏡に映し出された相手の過去、と言うよりも生前の行いを嘘偽りなく映し出すというだけのもの。ただし、閻魔と言う死者の行く先を決めるあの世の裁判長が持った時には、ぐうの音も出ないほどの証拠となってしまう。

 一度この光を浴びてしまったが最後『どんなもんだい。グウとでも言ってみろ!』『グゥ』と言う訳にはいかないのだ。

 

「さて、それでは貴方の生前の……と言ってもこの場合はまだ魂が外れただけで生きているのですから、過去の行いとでも言うべきでしょうか。それを見て見ましょう……どれどれ……」

 

 ……しかし四季様は知らなかった。のび太の過去を、のび太が過去にどれほどの世界でどれほどの冒険を繰り広げ、かけがえのない友人を作り、彼らの世界を救い、救世主や神と崇められ、歴史を変えてきたのかを、残念ながら四季様は全く気が付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

少女検索中……

 

 

 

少女検索中……

 

 

 

少女検索中……

 

 

 

 

 

 

 タイムふろしきでふ化させた首長竜のピー助を白亜紀の日本まで送り届けようとした時にハンターからの攻撃を受けた事とタイムマシンへの定員オーバーで暴走した結果、日本どころか白亜紀のアメリカに送り届けてしまい、おまけに現在へ戻る事がほとんど不可能になってしまった事から改めて日本となる場所へと送り届け、またのび太たちも現代に戻る旅をした『のび太の恐竜』

 

 

 

 地球からは観測できないほどに遠く重力の小さな開拓星コーヤコーヤ星で、そこに暮らす人々の生活を守るためにスーパーマンとして活躍し、自分たちの利益のためにはとうとう星の爆破すら決行しようと企むガルタイト工業の魔の手から星と人々を救った『のび太の宇宙開拓史』

 

 

 

 コンゴ盆地の奥地、ヘビースモーカーズフォレストで犬が進化して建国したバウワンコ王国にて、ペコことクンタック王子に力を貸す格好で、王位を簒奪しようと企んだ大臣ダブランダーと戦い、バウワンコ1世の残した預言に伝わる10人の外国人として王国に平和をもたらした『のび太の大魔境』

 

 

 

 過去に送ったタイムカメラに映っていた桃太郎の写真、オランダから来た外国人の青年が代々伝えてきた桃太郎の写真。日本とオランダとからやって来た二つの桃太郎の写真の謎を解くためにバケルくんと共に昔の日本へ行き、難破して鬼と呼ばれていたオランダ商船の船長の事情を知り故国へと送り届け、代わりに宝を貰った事が後の伝承へとつながった『ぼく、桃太郎のなんなのさ』

 

 

 

 数千年前に核実験で滅亡した海底の国家アトランティス連邦がムー連邦を含む世界に向けて最期に遺した悪意の一片。少々出来が悪く海底火山の噴火と敵の攻撃を誤認してしまうような自動報復用コンピュータ・ポセイドンをムー連邦の戦士エルや海底バギーらと共に破壊し、発射ギリギリで鬼角弾による地球の破滅を防いだ『のび太の海底鬼岩城』

 

 

 

 魔法が使えるように、そう願い作った魔法世界の地球にて、美夜子が持っていた水晶玉・千里千年を見通す予知の目に告げられた事で運命が選んだ魔王を倒す戦士に選ばれたドラえもんとのび太。

 魔法世界にいるジャイアンやスネ夫たちいつもの仲間と共に、遥か古代より魔界星の接近に伴う地球侵略計画を進めていた大魔王デマオンを倒す事で阻止した『のび太の魔界大冒険』

 

 

 

 地球人よりも小さい人々が暮らすピリカ星。ギルモア将軍の一派によるクーデターにより星を脱出した大統領パピと、それを追ってきたPICIAのドラコルル長官。

 スモールライトで小さくなりパピと交流していたのもつかの間、ドラコルルにスモールライトとパピを奪われたドラえもんたちは一か八か、スモールライトの奪還と共にピリカ星の独裁者を倒し元の平和な星を取り戻すためにギルモア将軍の一派に戦いを挑んだ『のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』

 

 

 

 遥か彼方、ロボットしかいない惑星メカトピア。近代に入りロボットは平等であると言う思想が広まった事により奴隷制度が廃止されたこの惑星から、それまでの奴隷に代わる新たな奴隷として目を付けられた事から送り込まれてきた鉄人兵団の大軍団と戦い、鉄人兵団側のスパイとして地球に送り込まれていたリルルの協力の元、メカトピアの歴史を改変する事でこれを間一髪どうにか退ける事に成功した『のび太と鉄人兵団』

 

 

 

 地底で生き残っていた恐竜が進化した恐竜人類。地底の大洞窟で遊んでいたスネ夫が迷子になってしまい、探しに向かった先で彼らに出会ったのび太たちは、彼らと共に白亜紀末期の地上へと向かい、恐竜絶滅の原因となった彗星の衝突の瞬間に遭遇してしまう。

 この時に避難のために作った広大な地下室こそが、後の地底世界に伝わり恐竜絶滅回避のカギとなった聖域であると知ったのび太たちが恐竜の絶滅を防ぎ、現在に続く恐竜人類たちの基礎を築き上げた『のび太と竜の騎士』

 

 

 

 ちょっとした失敗から、ゲームの中に入って遊ぶ未来のゲーム機・ヒーローマシンを持って唐の時代の中国に向かったのび太たちはその時代にゲームに登場する敵役の妖怪たちをみんな現実の世界に解き放ってしまう。おまけに解き放たれた妖怪たちは進化を始めついにはその妖力でもって人間を絶滅させ、妖怪の社会を作り出してしまった。

 唐の時代から現代に戻ってきたのび太たちはこの異変を知り、妖怪に支配された歴史を人間の手に取り戻すため、もう一度唐の時代で西遊記の妖怪である牛魔王たちと戦い後の世に伝わる伝説の元を作った『のび太のパラレル西遊記』

 

 

 

 7万年前の日本へと家出したのび太たち。誰にも邪魔されないパラダイスを作ろうとしていたその矢先に、現代に流れ着いたヒカリ族の少年ククル。精霊大王ギガゾンビに従うクラヤミ族に襲われたと言うククルの家族を助けるためにギガゾンビに戦いを挑み、地底奥深くに隠された床屋の宮もといトコヤミの宮を見つけ出してタイムパトロールによる緊急逮捕劇に大いに貢献。

 実はこの時に日本列島に移住したククルたちヒカリ族こそが最初の日本列島への移住者、つまり日本という国の始まりでもあったと言う『のび太の日本誕生』

 

 

 

 のび太の家に現れたピンク色のもやをくぐった先は見た事もない森で……。その世界は人間のように立って話す動物たちが暮らす不思議な世界。

 ニムゲと言う悪魔に虐げられていた自分たちの先祖が、神がかけてくれた光の階段を通りこの世界に逃げてきたと話してくれた犬の少年チッポと共に、神話の光の階段と星の船を見つけ出した矢先に、伝説の悪魔ニムゲがアニマル惑星へと侵略を開始してきた彼らを撃退した『のび太のアニマル惑星』

 

 

 

 しずかが絵本の中に閉じ込められた? 絵本入り込みぐつで遊んでいたしずかが行方不明になり、一縷の望みをかけて過去のバグダッドへと向かったドラえもんたちは地獄の鍋底とすら呼ばれる過酷な砂漠の果てに、黄金の宮殿を築き、ビンの魔人やランプの精と言った不思議なコレクションと共に暮らすシンドバッド王に出会う。

 しかしその黄金宮殿には、宮殿の財宝を狙う奴隷商人のアブジルと盗賊のカシムたちが忍び寄っていた。一度は宮殿を奪われたシンドバッド王は、自分の冒険を世界中の子供が読み知っていると知って再び王宮を取り戻すために立ち上がる『のび太のドラビアンナイト』

 

 

 

 天国がないなら作ればいい、とひみつ道具で作り上げた空に浮かぶ自由な天上王国。しかしのび太や地上の人間が知らないだけで実は、のび太が作った天上王国以外にも天上の国家があったのだった。

 偶然から天上の国に迷い込んだのび太たちはその国で進められていた恐ろしい地上消滅計画『ノア計画』の存在を知り、地上の命運をかけて天上連邦との交渉に挑む事になる『のび太と雲の王国』

 

 

 

 パパが夢の中で予約したホテルは実在した? ブリキンホテルから送られたトランクの門をくぐるとそこは夢のような楽しいリゾート地だった。地下室だけは覗くなと注意されたのび太たちはそんな事を気にもせず遊んでいたがやがてドラえもんが行方不明に。

 ロボットの反乱により人間が支配されてしまったチャモチャ星のロボット軍団に攫われたドラえもんを助け、ロボットの親玉である皇帝ナポギストラー一世と戦い反乱を鎮圧するためにのび太たちはサピオと共にチャモチャ星へと向かう『のび太とブリキの迷宮(ラビリンス)』

 

 

 

 自由に夢を見る機械である気ままに夢見る機の最新カセット夢幻三剣士の世界に足を踏み入れたのび太。ユミルメ国は妖霊大帝の侵略を受け壊滅状態になっているなか、ノビタニヤンとして白銀の剣士となり妖霊大帝を倒す運命に導かれるように白銀の剣と兜を手に入れ、妖霊大帝の軍勢と戦っていくがのび太が夢の世界に導かれた本当の理由は決して不死身になれない優しさにあった。

 そんな事も知らずに、ノビタニヤンはついに妖霊大帝の本拠地幽冥宮にて妖霊大帝オドロームと最後の決戦に挑む『のび太と夢幻三剣士』

 

 

 

 夏休みの自由研究をどうしようかと悩んでいたのび太が手に入れたのは地球を丸ごとつくり観察する事ができる創世セットだった。ビッグバンから始まる地球の歴史を生命誕生、恐竜の登場と絶滅、人類の出現までついに漕ぎつけるがその裏には地底に暮らす虫のように小さくて羽の生えた小さな妖精のような生き物の伝説が付きまとっていた。

 人類史が近代に入った時についに人類との接触を果たしたその生物の正体は霊長昆虫ホモ・ハチビリス。5億年前地上を支配していた昆虫類が再び人類にとって代わろうとしているなか、のび太たちはこの事態を解決するために創世を行った神様として鮮やかな手法を披露する『のび太の創世日記』

 

 

 

 未来のミステリートレイン、宇宙の果てのハテノハテ星群が浮沈をかけて一世一代の大事業として完成させた一大レジャーランド・ドリーマーズランド。星そのものを丸ごと遊園地にしてしまおうと言う大胆な発想の元に作られたランドにのび太も大満足だったが、そんな宇宙の果ての遊園地に突如異変が。

 それは別の銀河から侵略にやって来た寄生生物ヤドリの攻撃だった。人間の身体を狙うヤドリにランド中の客や従業員が襲われる中、とある日常生活用品がヤドリに効果を示す事に気が付いたのび太たちはヤドリたちへの反撃に打って出た『のび太と銀河超特急(エクスプレス)』

 

 

 

 未来の商店街福引の外れ券で星が貰える。ドラえもんが持って帰ってきた引換券に書かれていた星に行ってみると、そこはクズ星どころか緑豊かな自然に包まれた夢のような星だった。その星でぬいぐるみに生命を吹き込み、発展させようとしていた所に前科百犯の脱獄囚熊虎鬼五郎が逃げ込み、自分たちのコピーを増やして暗躍し始めた。

 おまけに謎の黄金で出来た魔神まで出現して鬼五郎一味と魔神の二つを相手にしなくてはならなくなった『のび太のねじ巻き都市(シティー)冒険記』

 

 

 

 宝島があった。偶然から一発で見つけたカリブ海の宝島、その島に向かう途中で海坊主に襲われおまけに時間移動までしてしまう。たどり着いた先は17世紀のカリブ海。一人仲間とはぐれたのび太は海賊の子供ジャックとイルカのルフィンと共に不気味な島の奥地に向かう、そこに広がっていたのは17世紀にはないはずの、未来人が築いた基地だった。

 タイムパトロールに基地のありかを知らせ、自分たちが帰るためにものび太たちはキャプテン・キッドたち海賊と協力しながら改造生物を売りさばき、巨万の富を得ようするMr.キャッシュの企みを阻止する『のび太の南海大冒険』

 

 

 

 ジャイアンとスネ夫が宇宙人にさらわれた。みんなで遊んでいた未来のゲーム・スタークラッシュゲームのゲーム内にジャイアンとスネ夫が閉じ込められたまま行方が分からなくなってしまったのだ。後を追いかけたのび太たちがたどり着いたのは見た事もない宇宙船だった。

 おまけに宇宙船は地球からどこでもドアすら使えないほどに遠く離れてワープ装置も故障してしまったため、のび太たちは宇宙少年騎士団たちの母船銀河漂流船団を一路目指す事になる。しかしその裏では謎の人物アンゴルモアと司令官が結成した独立軍がひそかに地球を狙っていた『のび太の宇宙漂流記』

 

 

 

 タイムホールが故障してしまい、繋がったのは見た事もない森の中。そこは古代のマヤナ国と呼ばれる太陽の王国だった。おまけにそこで出会った王子ティオとのび太は瓜二つ。ティオからの提案で立場を入れ替えたのび太とティオはそれぞれの生活を満喫する。

 しかし、のび太が王子に扮している間に、王子に仕える少女ククが王国を狙う魔女レディナにさらわれてしまう。のび太たちはティオと共に、ククを取り戻すためレディナの潜む闇の神殿を目指す『のび太の太陽王伝説』

 

 

 

 裏山に開いた異空間の扉バードウェイ。そこから出てきた鳥人のグースケと知り合ったのび太たちは鳥人だけの世界バードピアに入り込んでしまうがそこは人間を恐れている世界でもあった。

 バードキャップで変装したのび太たちだが、人間を憎むジーグリード長官がこの世界を創造した人間の鳥類学者鳥野博士らがかつて封印した怪物、フェニキアを復活させようとしている事を知り、バードピアに伝わる伝説の鳥人イカロスと共にフェニキアと戦う『のび太と翼の勇者たち』

 

 

 

 タイムマシンの時空のねじれからやって来た少年型ロボット・ポコ。ポコを元の世界に送り届けようとタイムマシンで向かった先は人間と豊かな感情を持ったロボットとが共存している世界だった。しかし王国では女王ジャンヌの手でロボットの感情を抜き取るロボット改造計画が進行しており、ドラえもんも未処理のロボットとして狙われてしまう。

 追われるのび太やポコたちはどこかで人間とロボットが共存、平和に暮らしていると言う虹の谷を一路目指す『のびたとロボット王国(キングダム)』

 

 

 

 のび太が見つけた台風の子供・フー子。フー子を遊ばせようとのび太たちが向かった大平原は外界からほとんど隔離された風の民の村に続いていた。そこで風の民である少年テムジンと仲良くなったのび太たちは風の民が嵐族と争っていると言う事を知る。さらに嵐族の長ウランダーの魂がスネ夫に取り憑き、かつて生みだした風の怪物マフーガを復活させようとする。

 マフーガの欠片は二つ、一つはウランダーが持つ風の子供ゴラドそしてもう一つがフー子だった。フー子を怪物にさせないためにも、スネ夫を助けるためにものび太たちは嵐族とウランダ―の野望に立ち向かう『のび太とふしぎ風使い』

 

 

 

 のび太が川でおぼれていた子犬を拾い、イチと名付けて飼い始めた事をきっかけに大勢の野良犬や野良猫たちがやって来る。しかしあまりの数に手に負えなくなったのび太たちは3億年前の世界に連れて行き、進化退化放射線源で進化させ、イチたちが自分たちだけで暮らせるようにする。翌日イチたちに会いに行こうとしたのび太たちは時空間の乱れからタイムマシンが故障し、さらに1000年後の世界にたどり着いてしまう。

 そこは現代にも負けない発達した犬猫の世界が広がっていた。そこでイチそっくりな犬の少年ハチに出会う『のび太のワンニャン時空伝』

 

 

 

 

 

 

少女検索終わり……

 

 

 

少女検索終わり……

 

 

 

少女検索終わり……

 

 

 

 

 

 

 今までにも、職業柄死後の世界で裁判長として数多の魂の所業を浄玻璃の鏡で見てきた四季様。もちろんその中には老若男女おり、また数多の善人悪人もおり魂の数だけ数多の人生があった。それでもこんなに波乱万丈に満ちた人生を送る魂は誰もいなかったのだ。

 それがどうだろうか、目の前の頼りなさげな、せいぜいが10かそこらの年齢の子供が送ってきた人生と来たら、幻想郷よりも幻想をしている世界に幾たびも足を踏み入れ、幻想郷の異変よりももっととんでもない、世界が丸ごと滅ぶような大異変を幾度も解決してきている姿がはっきりと浄玻璃の鏡に映っているのである。

 それが常識と非常識が入れ替わったようなここ幻想郷でもってしても信じられない世迷い言のような内容だとしても、四季様自身が浄玻璃の鏡に映る事柄は間違いなく嘘偽りのない真実であると言う事は彼女自身が百も承知している。

 さすがに四季様も、この光景には頭を抱えるよりも他には無かった。

そして……。

 

「…………な、なんなんですかこれはーっ!!! いいですか!? 貴方は少し世界を救い過ぎです!!! もう少し自重しなさい!!!」

 

その言葉を最後に、目を回した四季様はばったりと倒れてしまったのである。

 

 




映姫様、のび太の大冒険を見て倒れる!!!!w

本当は2~3回分だけ見せて、交渉を終わらせようと思ったのですが映姫様をぶっ倒すのなら、もっとインパクトがないと面白くないだろうと言う事で、今回はのび太の恐竜からワンニャン時空伝まで、大山のぶ代さんがドラえもんを務めていた時代の映画のあらすじをおおよそ全部流し込みました。
なので、コミックスでは中編であったぼく、桃太郎のなんなのさもいれてあります。


このためひみつ道具の披露は次回と言う事でお願いします。
乞う、ご期待っ!!!


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絶対に笑ってはいけない六十年目の東方裁判24時(その3)

投稿が遅くなりすみません。
裁判中に裁判長が倒れると言う騒ぎになってしまいましたが、さてさて。

そんな事でのび太は魂と身体が一つに戻るのでしょうか?







※「ドラえもん のび太の幻想郷冒険記」のお気に入り登録者数が1000人を超えていました。皆さま誠にありがとうございます。
これからも、皆さまがお気に入りと評価してくださっただけの面白い作品となるよう努力していきたいと思いますので、今後ともどうぞ応援宜しくお願い致します。


「…………な、なんなんですかこれはーっ!!! いいですか!? 貴方は少し世界を救い過ぎです!!! もう少し自重しなさい!!!」

「し、四季様っ!」

「おいおい大丈夫なのかよ」

「霊夢さん、魔理沙さん。僕のスペアポケットから『お医者さんカバン』を出してください!」

「お医者、なんだって?」

「のび太の道具ね。どんな形なのよ」

「さっきの、私の船を豪華にしてくれたような道具があるってのかい? それならすぐに手分けして見つけるよ」

 

 その言葉を最後に、目を回しながらばったりと倒れてしまった四季様。

 閻魔が裁判中にひっくり返ると言う誰もが想像していなかったとんでもない事態に霊夢も魔理沙も小町も、みんなが慌てて駆け寄る中誰よりも先に反応したのは他でもないのび太だった。これまでしてきた数多くの冒険での経験がこういう時とっさの判断をさせるのか、そこには普段の頼りなさげなのび太の姿はどこにもない。

 すぐに自分の身体を指さして、三途の川を渡る前にデラックスライトを霊夢と魔理沙に取り出してもらった時のように二人にひみつ道具を出してもらうよう依頼する。

 

 

 

『お医者さんカバン』

 

 

 

 この道具は未来の子供がお医者さんごっこをする時に使うひみつ道具、と言うよりもオモチャのようなアイテムなのだけれどもそのかばん、の名前の通り医者が往診などで使うカバンのような形をした本体には顕微鏡あり、レントゲンあり、果ては簡単な病状ならば本当の病気でさえ診察し、おまけに搭載されている量こそ少ないけれども本物の薬まで出てきて使えば実際に治ってしまうと言う、お医者さんごっこをする子供向けと言う対象を考えればあまりにも高性能なひみつ道具である。

 もちろんその性能を知っているのはのび太だけであり、他の三人は知る訳もない。

 それでも、のび太がこの数日で見せてきた数々のひみつ道具による効果の数々によって、霊夢も魔理沙もそして小町も、誰ものび太の言葉を疑う者はいなかった。

 すぐに三人は手分けしながら、一つずつ道具をポケットから取り出しては、のび太に見せて違えばまたポケットに手を突っ込んで、という作業をひたすらにくり返していく。

 ほどなくして、霊夢がポケットからとある道具を引っ張り出してのび太に見せた。

 

「のび太、これかしら?」

「ああ、これこれ、これです。お医者さんカバン。でも、ずいぶん見つけるの早かったですね」

「そりゃあ、カバンなんて名前が付いているんだから手でさわってそれっぽい形じゃないものは省いたのよ」

「だな。それよりも、これをどうするんだぜ? お医者さん、なんてたいそうな名前が付いているんだから何でも治せるのか?」

「でも、こんなカバン一つでどうやって四季様を治すのさ」

「えっとですね……さすがに僕はこれを持てませんから、霊夢さん、お願いしてもいいですか? 操作は簡単ですし僕が教えますから」

「え!? 私がやるの!?」

「そうだな、霊夢任せたんだぜ」

「そうだね、ここは博麗の巫女に任せたよ」

「ちょっと! なんで私がやらなくちゃいけないのよ」

「「だって、のび太(この子)が元に戻らないと道具を使えないしな(ねえ)」」

「う………………仕方ないわね。で、私は一体どうすればいいのよ?」

 

 三途の川を渡る前のデラックスライト捜索とは違い、今度は割とあっさりと見つけてしまった三人。

 しかもその理由は、道具の名前がカバンと言うのだから、それっぽくない形の道具はスルーしたと言うのだからその順応性には目を見張るものがある。

 ……もしかしたら、余りにもデラックスライトを探すのが苦痛だったのかもしれないが。

 兎にも角にも、お医者さんカバンを取り出した以上誰かがそれを使わなくてはならない。そして残念ながら最もこの道具の事を知っているであろうのび太が魂だけになっており、カバンを使う事ができないために「任せた」とのび太から指名を受けた霊夢は、引っ張り出したお医者さんカバンを手にしたまま目を丸くして不満を漏らすが何しろ二人の言う通り、のび太が元に戻らなければ道具を使えない以上、誰かしらがやらなくてはいけないのだ。

 最初は渋っていた霊夢もこの現実と、最初に自分自身がカバンを取り出してしまったと言う弱みがある為強く出れず、結局ため息と共に自分がやる事を承諾したのだった。

 そして……。

 

「ねえ、本当にこれだけでいいの?」

「はい、多分大丈夫だと思います。カバンのコンピューターがそう診断を下したから」

「おいおい、本当にお手軽だな。未来じゃ医者はこの道具で患者を治すのか?」

「いえ、確かこの道具は未来の子供たちがお医者さんごっこをする時に使う道具だって聞きました」

「「「…………は?」」」

 

 結果から言うと、霊夢もやる事は『これだけ』でいいのかと不安になって尋ねる程に四季様の治療はあっさりと終わってしまった。と言うのも、霊夢がのび太の指示を受けて言われた通りにカバンから聴診器を引っ張り出し、未だに目を回して倒れている四季様の額に聴診器を当ててしばらく待つとすぐに画面に『カンガエスギニヨルキゼツ』と症状が映し出されたのだ。

 何も知らなければそれだけでも驚くべき事だが、さらにすごいのはこのカバンが『治療法、気付ケ薬ヲカガセル』と診断と共に治療薬まで出てきた事だろう。

 そうして出てきた気付け薬を四季様に嗅がせて、今は様子を見ている最中と言う訳だ。

 しかし、実際に使って見せた霊夢もそれを見ていた魔理沙も小町も、まさかこれが本業の医者が使う道具ではなく子供がお医者さんごっこをする時に使う、言うなれば遊びのための道具でしかないと言われた時には、のび太以外の全員が『これが、子供のおもちゃだと……』と驚愕の色に染まったのは言うまでもない。

 そんなやり取りをして数分の後、ようやく気付け薬が効いてきたのか倒れて目を回していた四季様がパチリと目を覚ましたのだった。

 

「う、うーん……せ、世界が! 幻想郷よりも幻想している世界がついたり消えたり!! 彗星かな? いや、違うわね」

「だ、大丈夫ですか?」

「ちょっと、裁判の途中で倒れて混乱だなんてやめて頂戴よね」

「いや、それにしても大分うなされてるんだぜ」

「四季様、それでも目を覚ましてくれたんですから。本当に無事で良かったですよ」

「え……? あ、あれ……私は一体……? ひいっ!!」

「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて。あれはただののび太よ」

「そうそう、のび太は別にとって食べたりはしないんだぜ」

 

 目を覚ましても、頭の中ではいまだにのび太が冒険してきた数多の世界が映っていたのか混乱気味だった四季様。

 よほどのび太が冒険してきた世界が四季様にとって刺激的だったのか、あるいは異様な世界に映ったのか。目を覚まして目の前にいたのび太を見て急に怯えだす始末。

 そこにはもう先ほどまでの厳格なあの世の裁判長の姿はなかった。霊夢や魔理沙が落ち着かせなければずっとこの調子だったかもしれない。が、幸いにも皆が声をかける事で四季様はどうにか落ち着きを取り戻してくれた。

 

「……こほん、失礼しました。地獄の最高裁判長ともあろう私が、裁判の最中に倒れただけではなく見苦しい所を見せてしまい、おまけに治療までしてもらうだなんて。それにしても、貴方はあれだけの多くの世界の危機を救い、友情を育み、神と崇められるような事を為してきたのですね」

「そうよ、ウチの食糧事情を救ってくれている偉大なのび太が地獄行きな訳ないでしょう?」

「ええ、確かにあれだけの事を為した魂を地獄に送る事はできません。貴方は白、無罪ですよ」

「やった、やった!! ばんざーい!!!」

「やったなのび太!」

「それじゃあ四季様、この子を助けて……魂を身体に戻してあげて下さいよ」

「分かりました。そもそもここに来た理由が、魂が身体から外れてしまったから、でしたよね? いいでしょう、今から貴方の魂を戻してあげます」

「え!? それじゃあ! これで僕も元に戻れるんですね?」

「もちろんよ、ちゃんと元に戻してあげるわ」

 

それだけではない。最初こそあれだけのび太を罪人扱いし、地獄に落とそうなどとしていたけれども今までの冒険の数々で成し遂げてきた事が理解されて無罪の判決を下され、おまけにここに来た目的である身体から外れた魂を元に戻してもらえる事になったのだ。

 いろいろな事があったけれども、魂が外れあの世に来てこれまでしてきた苦労。それがようやく報われた瞬間である。四季様から、魂を元の身体に戻すと言われた時の、のび太の喜びようと言ったら無かった。

 けれども、ここでもしのび太が喜んでバンザイをしてなけなしの注意力が散漫になっていなかったのなら、のび太は気が付いたかもしれない。

 元に戻すと言っている四季様の手にしっかりと握られたしゃもじのような棒を、握って振りかぶっている事に。

 その格好が、まるで我らがジャイアンズ球場こと、いつもの空き地で行われている草野球の、ジャイアンが投げるボールを今か今かと待つバッターの仕草にそっくりである事に、のび太は気がついたかもしれない。

 けれども、のび太は気が付かなかった。その棒が、四季様の視線が自分に向いている事に。

 

「じゃあ、行くわよ?」

「いく? 何がですか?」

「何って、こうするのよ。……どぉりゃあああああっ!!!」

「ふぎゃっ!!!」

 

 その、四季様が一体何をしようとしているのか気が付かないのび太の脳天めがけてフルスイングされた棒が『ガツン』と慧音先生の頭突き並みの音を立てながら無慈悲にも叩きつけられる。もちろんのび太はまさか自分がそんな事をされるとは思ってはおらず、まともにその棒を受ける事になってしまった。

 おまけにその時の衝撃と言ったら、普段からお見舞いされているジャイアンのゲンコツはおろか、かつて『のび太の日本誕生』でククルが持っていた本物の石ヤリで殴られた以上の痛みだったのだからたまったものではない。

 のび太は思わず涙目になり舌まで出しながら何とか痛みをこらえようとする。

 そこでのび太はようやく気が付いた。

 

 

 

 

 

 

……………………自分の身体の違和感に。

 

 

 

 

 

 

 魂だけになっている間にはそもそも誰かに殴られたり叩かれた事が無かったため、実際の所は分からないのだけれども、それでもやはり魂だけの状態と言うものは何かが違うのだ。だから叩かれる前と後とでの、自身の身体の違和感に気が付いてしまった。後は、それが本当なのかはたまた勘違いなのかを確認すればいいだけだ。

 もちろん方法は決して難しいものではない。魂と身体が離れてしまったのを四季様が元に戻したと言う事は、さっきまであった自分の身体がなくなっている……自分の魂が身体に戻っていると言う事なのだから。

 おそるおそる、と言った風に自分の周りを見回して確認するのび太。けれども、死神の小町がずっと運んできてくれたであろう自分の身体はどこにもなかった。

 つまりはそう、そう言う事なのだ。

 

「何をきょろきょろしているのかしら? 貴方はもう魂が身体に戻っていますよ。さっき私が魂を叩いて、貴方の身体に強引に押し戻しましたからこれでもう大丈夫です。けれども、あまり強い衝撃は受けないように。でないとまた魂が外れてしまいますから」

「え!? もう終わったんですか?」

「よかったじゃない、やっとこれで元に戻ったわね」

「じゃあ、後はあの世からおさらばして、さっさと人里に戻るだけだな」

「いえ、その前にやる事がありますよ」

「何よのび太、まだここでやる事があるの?」

「そうだぜ、いつまでもこの辛気臭いあの世になんていないでさっさと帰るんだぜ」

「いや、あの……さすがにそこまで言われるとここで働いている私たちもちょっと……」

 

 その証拠だとでも言いたげに、周りをきょろきょろと見回しているのび太の様子をおかしそうに眺めながら、四季様がのび太の魂は体に戻っていると教えてくれた。

 兎にも角にも、これで魂の外れたのび太を元に戻すと言う当初の完全に目的が達成されたのだから、生きた人間があの世に長居する必要はない、と現世へと戻ろうとする霊夢と魔理沙に、ここでのび太がなぜか待ったをかけた。

 当然霊夢も魔理沙も、もうあの世に残っている理由などない為に、こののび太の行動には理解が追い付かず二人とも首を傾げるばかり。

 けれどものび太にはあったのだ、まだ帰れない理由が。いや、のび太だけではない。本当ならばこの場にいる全員が、まだめでたしめでたしとはならない理由があったのだ。

 

「霊夢さんも魔理沙さんも『これ」をこのままにして帰ったらそれこそ閻魔様に怒られちゃいますよ」

「「「……あ」」」

「確かにね。それとも小町、貴女がみんな帰った後で一人残って修復作業をしてくれるのかしら?」

「いっいえっ! す、すぐに私たち全員で作業します!! ほ、ほら! みんなで直すんだよ!!」

「あー、待て待て小町。慌てる必要はないぜ、なんて言ったってこっちにはひみつ道具を持った最強の助っ人がいるからな。な、のび太!」

「そうね、のび太にかかればこのくらいお茶の子さいさいよ」

「あれだけの冒険をしてきた子ですからね。きっと貴女たちの言う通り、すごいものが出てくるのね」

 

 のび太の指摘に、四季様以外の全員が思い出したように声を上げる。

 そう、四季様からの裁判やら四季様が倒れて手当てをしていたなどのトラブルがあったけれども、のび太たちが三途の川を渡った直後に大破した是非曲直庁の壁の一部、そして同じく壁に突撃して大破したコマチオーラ号。これらを放置して帰ろうなどと口にした日にはそれこそ四季様から有罪判決を受けて地獄に送り込まれかねない。

 霊夢たちはそれを完全に失念していたのだ。いや、失念していたと言うよりはのび太がいるから直すにしてもあっという間に終わってしまうため、気にしていなかった、と言った方がいいのかもしれない。

 これから行われるであろう面倒な修理作業にげんなりとしている小町と、対照的にさっさと終わらせる方法を知っているため全く焦りの無い霊夢に魔理沙。

 さらに今となっては、のび太が外の世界で経験してきた大冒険を浄玻璃の鏡を通じて目にした四季様ものび太の持つひみつ道具なら修理なども簡単にできるようにするものがあるのだろうと、のび太の様子を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、手分けしていきましょう。僕がタイムふろしきで壁やコマチオーラ号を直しますから、霊夢さんと魔理沙さんはコマチオーラ号を三途の川まで運んでもらってもいいですか?」

「おいちょっと待て、いくら私たちでも二人だけであの船を運ぶだなんて無理だぜ」

「そうよ。異変解決や妖怪退治ならいくらでも引き受けるけど、船を引きずって運ぶのはさすがに無理よ。せめて鬼でもいればいいのに」

「いや、二人ともそう言う問題じゃないと思うよ?」

 

 元の沈没寸前なおんぼろ船ならばともかく、デラックスライトの効果である程度の大きさにまでなってしまった帆船を、しかも三途の川からかなりの距離陸の上を滑って来た船を川まで運べと言う、何も知らなければ無慈悲極まりないのび太の発言に、たまらず霊夢と魔理沙が抗議の声を上げた。

 けれどももちろんその抗議の声ものび太にとってはおり込み済み。

 四季様の尽力によって、魂だけではなく今は身体を取り戻したのび太はズボンのポケットからスペアポケットを取り出すと、すぐにポケットからデラックスライトにも似た道具を取り出して、二人に説明を開始するのだった。

 

「もちろんそこは考えてありますから大丈夫ですよ。えっと、これでもないあれでもない……あ、あった。『おもかるとう』!!! この道具は光を浴びせた物の重さを軽くしたり重くしたり自由にできるんです。これで、コマチオーラ号を直した後で綿あめみたいに軽くしちゃえば……」

「私たちでも軽々ともって運べるって訳なんだぜ!」

「またとんでもない道具が出てきたわね。でも、それってのび太、間違っても人里でむやみに出すんじゃないわよ?」

「え、どうしてですか?」

「どうしてもよ。………………こんな簡単に体重を落とせる道具があるだなんて知れたら、幻想郷中の人妖が押しかけて異変になるに違いないわ。何としてもこの道具の存在は隠しておかないと

「ま、まあまあ。でも、これで修理に取り掛かる事ができるんだろう?」

「ええ、そうね。二~三十分も待ってもらえれば全部跡形もなく修理や片付けは終わるはずよ」

「よし、それじゃあさっさと終わらせて帰るんだぜ!!」

「おーっ!!」

 

 こうして四季様や小町が見ている中、霊夢、魔理沙、のび太の三人による後片付け大作戦が始まったのであった。




のび太、ついに復活!!!
ただしさっさとあの世から帰る前に、お片付けだけはしていかないといけませんね。
大破したコマチオーラ号に、そのコマチオーラ号が突っ込んで大変な事になっているであろう是非曲直庁の外壁。
さすがにこれを直さずに帰った日には四季様も激おこでしょう。いや、修理損害賠償その他諸々が全て、しあわせトランプのジョーカーよろしく小町に降りかかるのか?


と言う訳で次回は話数的にも長かったあの世の旅を終えていよいよ現世への帰還です(たぶん)。
次回、乞う! ご期待っ!!!


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絶対に笑ってはいけない六十年目の東方裁判24時(その4)

大変お待たせしました。更新が遅くなり申し訳ありません。

いよいよのび太のあの世の冒険もこれでおしまいです。
果たしてのび太は無事に帰って来られるのか? そして、この冒険の顛末は!?


「あー、終わった終わった。やっぱりのび太のひみつ道具があるとこういった作業も本当に楽よね」

「まったくだな、のび太様様だぜ。いっその事のび太幻想郷の子になればいいんじゃないのか?」

「えーっ、さすがにそれは……」

「そうよ魔理沙。それに幻想郷の子になるのなら、魔理沙の所じゃなくて博麗神社の子になるのが筋じゃないかしら」

「貴方、一体何者なのよ……? いろいろな世界を冒険したり、あっという間にあれだけの破損を修理して……」

 

 結果から言うと、のび太、霊夢、魔理沙の三人による是非曲直庁周辺の片づけ並びに修復はものの数十分であっさりと終わってしまった。

 何しろのび太がタイムふろしきを被せてある程度の時間待てば、あっという間に時間が巻き戻って壁もコマチオーラ号も何もかもが元通りなのだ。おまけに妖怪の山で守矢神社を吹き飛ばした時とは違い、周囲を大破させてから大した時間も経っていないため、巻き戻す時間も短くて済んだ事も幸いだったと言える。

 そして霊夢や魔理沙、そして妖怪の山の守矢神社あるいは鴉天狗たちと同じように、四季様や小町それに他の是非曲直庁に勤めるあの世の住民たちもまた、修理するのではなく対象の時間を巻き戻す事で直してしまうと言うタイムふろしき、そしておもかるとうが持つ常識外れの効果に目を丸くしたのは言うまでもなかった。

 四季様に至ってはよほど衝撃的だったのか金魚のように口をぱくぱくさせながら目を白黒させながら、霊夢たちがあれよあれよという間に片づけを済ませてゆく様子を見ているほど。

 こうして終わってしまった片付けを前に呟いた四季様の言葉に、のび太がズボンから取り出したスペアポケットを差し出した。

 

「これです。これは中が四次元空間に繋がっていて、この中に22世紀の未来で作られたいろいろな道具が入っているんです。だから例えば……あれでもない、これでもない……あ、あった!! ツーカー錠」

「「「ツーカー錠?」」」

「はい、これがさっき閻魔様に話したお説教が一言で終わる薬です」

「何、これを飲むとものすごい早口でしゃべれるようになるとか?」

「いやいや、きっとこれを飲んで説教をすると言われた相手が何でも言う事を聞いてしまうんだぜ」

「そりゃあ確かに四季様のお説教もはかどるかもしれないけれどさ、そんなもの使ってお説教された日には幻想郷中からこの子、恨まれるんじゃないかい? 余計な事をしてくれた! ってさ」

「……貴女たち、ずいぶんと好き勝手に言いたい放題言ってくれるわね」

 

 のび太が取り出したツーカー錠と言う、ビンに入った錠剤のひみつ道具。その効果を説明する前から、のび太が『四季様のお説教を一言で終わらせる道具』について口にしていたため霊夢や魔理沙たちがこぞってどのような効果なのかを予想するが、その予想のどれもが四季様を馬鹿にしているとしか思えない内容にみるみる四季様の顔色が変わっていく。

 のび太が正解を言うのがあと少し遅かったら、このまま二回目の裁判が開催されていたかもしれない。

 

「違いますよ、ツーカー錠はですね。例えば二人で……ええと、霊夢さんに魔理沙さん、手伝ってもらってもいいですか?」

「え、私?」

「ああ、いいんだぜ」

「それじゃあですね、まずはツーカー錠を一つ取り出して、二つにわって……このそれぞれの錠剤を、霊夢さんと魔理沙さんで飲んでみて下さい」

「わかったわ」

「しかし、一つの錠剤を割って二人で飲むって言うのは面白いつくりなんだぜ」

 

 周囲の視線がいっせいにのび太と、その手に乗せられているツーカー錠に集中する中のび太は一つビンから取り出した錠剤を中央でパキリと二つに割って見せ、それぞれを霊夢と魔理沙に渡すと二人はそのまま口へと放り込んでしまった。

 

「……ねえ、何も起きないんだけど?」

「ああ、別にのび太に話しかけてるこの言葉も、言う事を聞かせられているようには思えないんだぜ」

「と思いますよね? なので霊夢さんと魔理沙さん、二人で何か話し合ってみてもらえませんか?」

「魔理沙と二人で? いいわよ……ツー」

「カー」

「「!?!?」」

 

 飲んだはいいけれども、何の変化も見られない事から本当に薬の効果が発揮されているのか不思議そうな顔をする霊夢たち。そんな二人に会話をしてくれと頼むのび太に促されるように、会話を始めたとたん、突然人間のものとは思えない言語を発し始めた霊夢と魔理沙。

 まるでカラスか何かのような声を出す二人に、四季様と小町が目を白黒させた。

 もちろんこれは、二人がツーカー錠を飲んだ事によって頭がおかしくなってしまった訳では無い。

 ツーカー錠の効果は、のび太がやって見せたように一つの錠剤を真ん中の切れ目に沿って二つに割り、それぞれを二人の人間が飲む事によって発揮されるのだ。そしてその効果はと言うと……。

 

 

 

 

 

 

『錠剤を分け合った二人の間での会話は全部ツーとカーで済まされる』

 

 

 

 

 

 

 と言うもの。

 ちなみに、初めてドラえもんが外の世界でツーカー錠を使った時には『アレどこにあるか知らない? ナニをこうするやつ』と言うパパのまるっきり要領を得ない質問を繰り返すパパと何を言っているのかさっぱり分からないママに対して使用しパパの『灰皿を知らない?』と言う問いかけにママが『台所よ』と言うやり取りをツーとカーと言う単語のみで済ませている。

 そして、あくまでもこの効果は錠剤を分け合った二人の間でのみ成立するものなので、それ以外の相手との会話については何も問題がないと言う優れモノなのだ(実際ママは、パパとのやり取りを終えた後電話の向こうの相手とそのまま普通に会話している)。

 

「……と言う薬なんです」

「何よそれ……。つまり、今の場合だと私と魔理沙とで会話をすると全部ツーカーで済む、って言う事よね?」

「つまり、お説教したい人と四季様とで薬を飲めば……」

「ツーカーの一言でお説教がおしまいなんだぜ!!」

「あの四季様の、欠伸が出るほどに長いお説教が一言で済むだなんて、なんて素晴らしい薬だろう! 夢のようじゃないか」

「小町、貴女は後でお説教です。それにしてもまさか、そんな事が……でも確かに、今の二人の会話が間違いなければ、そう言う事よね……未来の世界はすごいのね」

 

 実際に霊夢と魔理沙に使ってもらうだけではなく、最初に使った時のエピソードも交えながらなされたツーカー錠の説明に霊夢たちが口々にその効果を、この錠剤を使う事で四季様のお説教がどれだけ短縮されるのか、興奮したようにまくし立てる。

 若干一名は四季様からのお説教の予約が入ってしまったようだが、それにしてもツーカー錠が持つその効果は、四季様としても喉から手が出るほど欲しいものである事は間違いなかった。

 なにしろ彼女のお説教はありがたい(と彼女は信じている)ものだが、何しろ一回のお説教にかかる時間が長い。ものすごく長い。

 それが一言で済むと言うのだから、いったいどれほどの時間短縮につながるのか。当然一人当たりの時間が短縮されれば、より多くの人妖へのお説教が可能になるのは火を見るよりも明らかである。

 と、その薬のビンが四季様の目の前へと突き出された。もちろんそんな事をしたのは他の誰でもない、のび太である。

 

「それじゃあ閻魔様、このツーカー錠、よかったら……使ってみますか?」

「……嬉しいけれども、そんなに簡単にあげてしまってもいい物なのかしら?」

「薬を飲んだ人たちの間で会話がツーとカーになるだけで、他の人を傷つけたりするような薬じゃないですし、それにさっき先に僕の魂を戻してくれたらツーカー錠を出すって、言いましたから……ためしに使ってみてください」

「そう、じゃあ……ありがたく受け取らせてもらうわ」

「はい、どうぞ」

「よし! それじゃあのび太も無事に助かった事だし、今度こそあの世から帰るんだぜ!!」

「そうね、目的ののび太もこうして死なずに済んだんだし、早く帰るわよ」

 

 さすがに閻魔を買収する意図はないと分かっているとは言え、ひみつ道具をためらいなく渡そうとしてくるのび太に若干の警戒と、後で問題にならないか不安を抱きながらも、曰く誰かを傷つけたりするような効果のある薬ではないから、使ってみてくれと言われては固辞しつづける理由もない。

 四季様はのび太からツーカー錠のたっぷりと入ったビンをのび太から受け取ったのだった。これがこの後で四季様に大きな不幸を招き寄せるとは、誰が想像しただろう。

 もちろん周りの誰もがそんな事に気が付くはずもなく、のび太が四季様にビンを渡すのを見届けると早速霊夢と魔理沙は早くあの世からこの世に戻る事を提案してくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……のび太の様子はどうだ?」

「昨日からずっと変わらずにぐっすり眠ってるわ、あの世でも私たちが見つける前に寝ていたみたいだし、それでもまだ寝ていて起きないんだもの。のび太の眠りはまるで紫並みね」

「おいおい、さすがにあのスキマ妖怪と一緒にしたらのび太がかわいそうだろう。せいぜいが紅魔館の門番と互角、って言う所じゃないか? まあ、のび太が寝ている間にもしも何かあったら私がすぐに永遠亭に飛ぶから安心するんだぜ」

「いえ、寝る前にのび太にはあのドアを出してもらっておいたわ。何かあったらすぐに飛び込めるようにね」

「そっか、それなら確実だな。後、これはのび太が目を覚ましたら飲めるようにって作って来たんだぜ」

 

 ここは博麗神社の縁側。それは人里でもなかなか手が出せないような玉露に高級な茶菓子をグルメテーブルかけでもって取り出すといつものようにのんびりしている霊夢の所に、いつものようにホウキに乗って魔理沙がやって来ると言う、なんて事の無い普段よく目にする光景。

 ついでに霊夢の茶菓子を一つつまんで、口に放り込み、霊夢に睨まれるのもいつもの光景である。

 ただ、いつもと違う事と言えば魔理沙が手ぶらでやって来たのではなく風呂敷に包んだ手荷物とともにやって来たと言う事だろうか。

 もちろんそれはただの手荷物ではない。霊夢と雑談をしながらもほら、と魔理沙が風呂敷をほどくと中から出てきたのは小ぶりの鍋である。

 霊夢がそのふたを開けると、中からは美味しそうとは言い難い匂いを放つスープが湯気を立てながらちゃぽん、と音を立てる。もし『のび太の日本誕生』においてのび太がレスキューボトルと無事に遭遇できていた場合、ボトルの中身である薬用栄養ドリンクはこのような匂いをしていたのかもしれない。

 もちろん魔理沙がこのような美味しいとは言い難い匂いのスープを持ってきたのにはちゃんと訳があった。

 と言うのも、のび太たちがあの世に別れを告げ、三途の川のこちら側、すなわち現世へと帰ろうとするまさにその時の事。

 

「それじゃあ帰るわよのび太」

「小町さんも、閻魔様もありがとうございました」

「ああ、そう言えば」

「……はい、なんですか?」

「向こうに帰ったら、すぐに動き回るのではなくちゃんとまずはしっかり寝て身体を休ませる事、それが今の貴方にできる善行よ。何しろ一度人里の上白沢から頭突きまで受けて魂が身体から外れるなんて事が起きているのだからちゃんと安静にしていなさい。いいですね?」

「まあ、仕方がないんだぜ。まだまだのび太は幻想郷にいられるんだろう? それならまずはしっかりと身体を休ませてから宿題を済ませようぜ」

「そうね、それが一番よ」

「わかりました。一生懸命のんびりしますね」

 

 事情が事情なだけにのび太は四季様からこう言われたのだった。

 まあ、のび太の場合は『あったかいふとんでぐっすりねる! こんな楽しいことがあるか』と普段から言い切るような人間なので、一日布団で安静にしていろ、と言うのはのび太にとってはむしろ楽しい事なのかもしれないが。

 兎にも角にも、そうした経緯から博麗神社に戻ってきたのび太はすぐに霊夢が用意してくれた布団に潜り込むとそのままぐっすりと寝息を立てて眠ってしまい、その間に霊夢と魔理沙は寺子屋へと向かい頭突きを受けて命の危機に陥ったのび太は四季様の助けもあり無事に蘇生した事を連絡した。

 それが前日の事。

 そうして一日たった今でものび太はグウグウと眠り続けており、その間に霊夢は定期的にのび太に異変がないかを確認。もし有事となれば就寝前にのび太に出してもらったどこでもドアですぐに永遠亭にのび太を運び込む手はずを整えており、魔理沙はと言うとのび太のために特別に、と魔法使いらしく薬草やキノコなどを使った栄養たっぷりのスープを作って来たのだった。

 

「…………ファ~、おはようございます……」

「おはよう、って言ってももう夜よ」

「ようやく起きたか。とりあえず丸一日は寝ていたからな、いきなりご飯を食べるとお腹も辛いだろうから今夜はこのスープでも飲んでまずは栄養を付けて、明日からまた頑張るんだぜ」

「わぁ、魔理沙さんありがとうございます……って、このスープ飲めるんですよね? なんだかすごい匂いがするんですけど」

「ほぅ、のび太。人がせっかく栄養が付くようにってスープを作って来たのに、飲めるのかって言うのは聞き捨てならないんだぜ」

「こら、魔理沙! のび太はまだ病み上がりみたいなものなんだから、暴れるんじゃないわよ! のび太も、魔理沙のスープは匂いこそ最悪で人間が飲むような代物にはぱっと見、見えそうにはないけれども、栄養はちゃんとあるんだから今日はそれを飲んでゆっくり寝なさい」

「えっと、それじゃあ…………味のもとのもと!! これを少し振りかければ……」

「な、なんだぁ!? 急に香りも見た目も、明らかに私が作ってきたものよりもよくなったんだぜ!」

「これは『味のもとのもと』って言って、これを振りかけると何でもおいしくなるんです」

「何よこれ……のび太、ちょっとあんたこんなすごい道具をまだ隠し持ってたの?」

「だ、だってグルメテーブルかけがあれば必要ないんですから……」

「ま、まぁ、確かに言われてみればそうね」

 

 結局、のび太が目を覚ましたのはその日の夜、霊夢と魔理沙がグルメテーブルかけを勝手に使い取り出したメニューで夕食を食べている最中だった。眠い目をこすりながら布団から起きだしてきたのび太に早速魔理沙は自身が作って来たとっておきのスープを振舞おうとしたのだけれども、スープが放つ怪しい匂いに顔をしかめる始末。

 当然そんなのび太の反応が気に入らない魔理沙はのび太に無理やりでもスープを飲ませようとしてつかみ掛かり霊夢に怒られるのだった。

 結局、この魔理沙特製のスープはのび太が何でも味を極上のそれへと変化させられるひみつ道具『味のもとのもと』をぱらりとふりかけた事で味も臭いも格段に向上し、のび太はもとより霊夢や魔理沙も「ちょっと私にも寄こしなさい」とあっという間に鍋を空にしてしまい、そしてさらに翌日、念のためにと神社で丸一日寝かされていたのび太にも異常は起きず、いつものように日の出と共に霊夢から起こされ寝ぼけ眼で布団からもそもそと起きだしてきたのび太を待ち構えていたのは、全くのび太も予想していなかった人物。

 赤い兜巾に下駄、そして黒い翼にカメラと羽団扇。それは忘れようにも忘れられない、数日前に妖怪の山でひょんな事から渡り合った鴉天狗の文だった。

 

「おはようございます、いや~霊夢さんから話を聞きましたよ。のび太さん、寺子屋の先生から頭突きを受けて一度あの世に行かれたそうじゃありませんか。もう、なんでそんな美味しいシチュエーションにこの私を呼んで下さらなかったんですか? 私がいれば、のび太さんの一挙手一投足を余すところなく幻想郷でも一番の記事に仕上げて見せますのに……」

「文、今日はそんな事を言いに来たんじゃないでしょう?」

「ああ、そうでした。今日の新聞はこちらです。それにしても……これものび太さんが一枚かんでいるんでよね? 本当に外から来たとは思えない事を次から次へと起こしてくださると、こちらとしてはネタに困らないんでありがたいですが、霊夢さんや魔理沙さんにも話をしましたが、そろそろ気を付けた方がいいかもしれませんよ?」

「? ? ? ふぁ、ふぁぁい……」

 

 まだ頭の方が寝ぼけているのか、とろんとした目つきのまま文から妖怪の山から戻ってきた次の日にも目を通した、文お手製の新聞『文々。新聞』を受け取るのび太。一方文はと言うとまだ配達が残っているからとあっという間に空の彼方へと飛び去ってしまった。どうやら博麗神社に来たのは、新聞を直接のび太に手渡しに来たのが目的だったらしい。

 そして受け取った新聞に目を通すと……。

 

「えっと、なになに………これなんて字ですか? カラスのまねを始める。み、くる……えっと、難しいや」

「ちゃんと勉強をしなさいのび太。えっとこれは……閻魔様、カラスのまねを始める。外から来た子供から渡された謎の薬が原因か? ですって、要するにこの前会った彼女が、カラスのまねごとを始めたんだけど、外から来た子供が閻魔様に渡した薬のせいでこうなったんじゃないか、って言う事みたいよ」

「……なあ、それってさ。ひょっとしなくても、あの世からこっちに帰ってくる前にのび太が渡してた、あのツーだのカーだのって、一言で互いに伝わるあの薬のせいじゃないのか? もしあの閻魔様が、幻想郷中の人間妖怪にお説教をするために、あの錠剤を使ったら……」

「「…………………………あ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷のとある場所に位置する永遠亭。のび太がもしかしたら担ぎ込まれたかもしれない場所である。

 その永遠亭ではまさかの人物が緊急入院と言う事で病室の一角では非常処置が行われていた。

 

「うーん、これは何かしらね? 急性の薬物中毒みたいだけれど……一体何をどれだけ飲んだら、こんな事になるのかしら……?」

「か、カー! カー! カー!」

 

 病室のベッドでは、ぐるぐると目を回した四季様がうわごとのようにカラスの鳴きまねを続けていると言う、裁判の時とはあまりにもかけ離れた姿で横になっている。

そう、魔理沙の想像通り四季様はのび太たちがあの世から帰った後、早速ツーカー錠を使ってお説教を開始したのだ。

 誰かを見つければ呼び止め、錠剤を二つに割り、片割れを相手に、そして半分に割ったもう一つを自分で飲む。後はツーカーの一言でお説教が終わる。

 最初はもちろん何という事はなかった。何も異常などないし、むしろお説教が本当に数分で終わってしまうのだから、今までとは比べ物にならないお手軽さに、四季様も大喜びだったのだ。

 けれども、四季様はもちろんのび太さえ薬を一人で過剰に摂取した場合どうなるのか、については全く把握していなかったことが不幸だった。

 一日も終わる頃には、一ビン全部を空にしてしまう勢いで薬を消費した四季様は、そのまま是非曲直庁へと戻った後で倒れてしまったのだ。後は文の新聞にもある通り、永遠亭に大急ぎで担ぎ込まれ、現在に至ると言う訳である。

 こうして、外から来た子供……のび太は妖怪の山の鴉天狗に引き続き、あの世の最高裁判長である閻魔、四季映姫をも倒した子供として、文々。新聞により一気に認知される事となってしまった。

 そして、文の警告通りいよいよ幻想郷の実力者たちがのび太の事を本格的に注目してしまう事になるのである……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっくっく、鴉天狗だけでは飽き足らず閻魔すら倒して見せるか……。なかなか面白い子供がやって来たようだな。だが、少々好き勝手しすぎるのはいただけないな。そろそろ幻想郷がどういう場所なのか、しっかりと教育してやる必要がありそうだ……」

 

 闇の中、新聞を片手に声の主はそう呟くと、実に愉快そうに笑うのだった。

 それはまるで、ジュドの頭脳のように……。




閻魔様、こわれる!!!
ツーカー錠の飲み過ぎによる薬物中毒で壊れてしまいました(汗
と言うか、閻魔様壊れたらあの世の裁判は果たしてどうなってしまうのか?


そして、のび太に目を付けたのは一体誰なのか?
次回、乞うご期待!!!


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Chapter2.のび太の紅魔境
紅いヘビースモーカーズヒトザト(タバコ好きの人里)、起こる


お待たせしました。
いよいよ次の冒険の始まりです。さてさて次の冒険の目的地は……?


「あー、ぜんぜんわかんないよー!!」

「がんばれのび太! まだドリルはたったの十ページ目だぞ?」

「ほら、のび太。くじけちゃダメよ」

「これを終わらせれば、楽しい楽しい自由に遊びまわれる日々が待っているんだぜ!」

「……よし! 確かに、遊ぶためにも頑張るぞ!!」

………………本当、宿題をやる気にさせるのも大変ね

 

のび太があの世から帰ってきてから二日、のび太の姿は寺子屋にあった。いや、のび太だけではない。そこには寺子屋の先生である慧音に霊夢、それに魔理沙の姿も見える。と言うのも、頭突きでのび太をあの世に送ってしまった後、慧音は里でも人格者として通っていた自分が、教えを乞いに来ていた子供の命を奪ってしまった、とひどく落ち込みのび太の後を追いかねないほどに落ち込んでいたが、無事にのび太が助かり戻って来たと言う連絡を霊夢から受けてようやく立ち直ったのだった。

そして、事情があったとはいえ自分の頭突きでのび太の命を奪いかけてしまった事に責任を感じた慧音は『私がみっちりと勉強を見てやろう!』と逆に張り切りだしてしまう。

しかし、さすがに反省して名乗り出てくれたとは言え慧音にはのび太に頭突きを撃ち込んで魂を外してしまったと言う事実があるため『もし何かあってまた頭突きでもされたらのび太が死にかねない』と言う事と、差し当たってここ最近は大きな異変も起こってはいないと言う事もあって、霊夢と魔理沙ものび太について来た、と言う訳だ。

……むしろここ最近起きている異変と呼べそうな出来事については、ほとんどその全てにのび太が関わっていたりする訳で、のび太から目を離さなければ大きな異変はそうそう起きないだろう、と言う判断を霊夢が下した事も大きいだろう。

だが、残念ながらのび太の宿題についてはあまり進み具合が芳しくないようだ。

ここでもし、ジャイアンやスネ夫にしずかが一緒にいれば『のび太の海底鬼岩城』で、夏休みの宿題を終わらせないと遊びに行ってはいけないとママに厳命されたため全員で一致団結して3日で宿題を終えた時のように、短期間であっという間に終わらせる事ができたかもしれないが残念ながらジャイアンたちはのび太と違い外の神社を調べている最中である。

つまりは、問題を解くスピードも決して速くはないと言う事だ。

それでも、慧音が先生だった事もありどうにかこうにかのび太にやり方を教えながら、確実に問題は解かれていっているようで少しずつではあるけれどもページは進んでいた。

ただし、その代償は決して小さくないようで霊夢は『のび太の海底鬼岩城』でジャイアンたちが手伝ってくれるまでの間、一人でのび太を鼓舞し続けたドラえもんのようにのび太のやる気を維持させる事に相当な苦労をしていたりする。もしここにドラえもんがいれば、同じ苦労をした者同士固い握手が交わされたに違いない。

 

「うー、わかんないー」

「チルノもか、私はみんなにそんなに難しい事を教えているつもりはないはずなんだが……」

「チルノ! アンタ師匠ののび太に負けていいの? のび太はなんだかんだ言っているけれども、確実に宿題をを進めているわよ?」

「え!? ダメダメ! ししょーを超えるのは弟子のつとめ、ってやつなんだからね。あたいが先に終わらせるの!」

 

そしてそんなのび太の隣で同じように頭を抱えているのが、氷精のチルノ……のび太が慧音から頭突きを受ける前に一足先に頭突きを受けていた水色の服の子だった。どうしてここにのび太以外にチルノがと言うと何の事はない、本当ならここで補習を受けるのはチルノだけのはずだったところに、宿題を教えると言う事でのび太がやって来たのだ。

進み具合はのび太とどっこいどっこい、と言いたいところだけれどものび太の方がやや進んでいる感じである。

そんなチルノに霊夢が『師匠ののび太に負けていいのか?』と発破をかけ、負けるものかとチルノが鉛筆を再び走らせ、またしばらくすると集中力が切れてしまうのか『分からない』と頭を抱える。これが補習が始まってからの光景だった。

ちなみにチルノが一緒に勉強しているのはともかくとして、どうして氷精のチルノが人間ののび太の事を『師匠』、などと言う大層な呼び名で呼んでいるのかと言うと。

のび太とチルノとで一緒に寺子屋で夏休みの宿題ならびに補習を受けていた時、氷の妖精と言う事もありチルノが氷を生み出して騒いでいた所でのび太がスペアポケットから氷細工ごてを取り出し、チルノの氷をあっという間にいろいろな形に加工してしまったのだ。

氷の妖精と言う事もあり、氷についてはあるいは物を凍らせる事については自信があった自慢の氷をあっという間にいろいろな形に変化させてしまったのび太に、チルノも目を丸くしてはしゃぎまわる事さえ忘れて驚き『さいきょーのあたいの氷をあたい以上に自由に扱うなんて、あたいよりもさいきょーに違いない。ししょーと呼ばせてくれ!』と言い出し、半ば強引にのび太を師匠と、自分をのび太の弟子と呼ぶようになってしまったのだった。

もっとも、そのおかげでそれまでの飽き性や集中力が続かない時でものび太と言う師匠の名前を持ち出す事である程度、真面目に勉強させる事ができるようになったと言うのが慧音先生の談なのだけれども。

兎にも角にも、どうにかこうにかのび太とチルノの勉強は進んでいたその矢先に、()()は起きた。

 

「……ねえ、なんだか外が暗くなってきたような気がするんですけど」

「言われてみれば確かに……っ!? まずいわ! 異変よ!!」

「おい! よりにもよってなんでこんな時にアイツは異変を起こすんだよ!」

「え、いへん……? えぇぇぇぇぇぇっ!? な、なんですかこれ!?」

 

寺子屋の教室が、と言うよりも窓から入ってきた光がだんだんと暗くなってくる事に気が付いたのび太。なにしろ鉛筆をくわえながらノートとにらめっこをしていると、窓から差し込んでくるはずの光がだんだんと暗くなってくるのだから、おかしい、となる訳で。一体何があったのかと気になって窓の外を見上げてみれば、人里の上空は赤い雲のようなものですっぽりと覆われてしまっていた。

それはまるで『のび太の大魔境』でバウワンコ王国が外界から秘匿され続けた理由の一つであるコンゴ盆地の上空に広がり続けた数万年前から決して消えずにとどまり続ける雲、ヘビースモーカーズフォレストを彷彿とさせるものだった。

もちろんヘビースモーカーズフォレストの上空に広がる雲は今目の前に広がっている雲のように赤くはないし、のび太の記憶でも真っ赤な空に染まるような環境の世界や星と言うのは、ほとんどなかった。

せいぜいが『のび太の宇宙開拓史』で遊びに行ったコーヤコーヤ星くらいのものだろう。しかしそれもあくまで、青い月と赤い月が1日おきに交互に上り、冬の最後の日、大洪水の夜にだけ両方同時に上がる、つまりは月の光によるものであって雲の色ではない。それが一層のび太の目には不気味に映ったのだろう。霊夢や魔理沙の言っている事が分からないまま、つられるようにして見上げたのび太はその異様な光景に思わず声を上げるのだった。

 

「いいかのび太、チルノと一緒にここから動くんじゃないぞ? これは私たち異変と呼んでるもので、力のある妖怪やなんかが周りに迷惑をかけているんだ」

「力のある妖怪……紫さんみたいな妖怪が、ですか?」

「そうよ。でも今こうして空を赤くしているのは、紫よりももっともーっと悪いやつよ。そんな奴らが悪さを始めたら、飛んで行って退治するのが、私の仕事なの」

「だったら、その悪さをしている妖怪の所へどこでもドアで行っちゃえば、手っ取り早く解決できませんか?」

「「………………あ」」

「そうだ、のび太のどこでもドアがあったな。よし出せそれ出せ早く出せどんと出せさあさあのび太」

「こら魔理沙、のび太を急かしたって始まらないでしょうが」

「よいしょ……っと、どこでもドア!」

「うぉーっ、すげーっ! さすがはあたいのししょーだ!!」

「な、なんだこれは……本当に君は外の世界の子供なのか?」

 

しかしのび太の反応とは裏腹に、この異変と言うものはかなり深刻なものであるようで、のび太の発言に今まさに飛んで行こうとした霊夢と魔理沙は互いに顔を見合わせながらぽかん、と口を開けてしまう。当然二人が悪い妖怪の所まで直接飛んで行くのと、どこでもドアで一瞬のうちに相手の所へと向かうのでは時間にも差が出るのは間違いない。こうして二人は、のび太が取り出したどこでもドアに『紅魔館へ!』と叫び、勇んで飛び込んでいったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……暇だね、ししょー」

「うん、でも僕らは霊夢さんからも、慧音先生からも『ここで大人しく待っていなさい』って言われちゃったからね。待っていないと」

「うーん、じゃあさ、さっきの話以外にも面白い話ある?」

「そうだね、じゃあ次は……あれだね、僕らが夏休みに十万年前の南極大陸の底でブリザーガって言うとんでもない怪物を相手に大冒険した話かな」

「ねぇ、ししょー。なんきょく、って……なに?」

「あ、そっか。ここには南極に行った事のある人なんてそうそういないんだっけ……えっと、うーんと大きくて冷たい場所、かな。一生かかっても食べきれないくらいのかき氷が作れそうなね」

「へー、やっぱりししょーはすごいや。あたいの知らない事もたくさん知ってるんだね」

 

霊夢と魔理沙がどこでもドアの向こうに消えてからどれくらいたったのか、まだ赤いままの空を見上げながらのび太とチルノは寺子屋の教室で言われた通り、大人しく留守番をしていた。

ちなみに慧音先生はと言うと、霊夢たちが出かけた後で『人里の人々が混乱しているから、みんなを落ち着かせてくる』と言って、やはりのび太たちには留守番をするように言い聞かせ、そのまま出て行ってしまった。その時に、宿題や勉強をやっているようにと言われなかったのは二人にとって救いではあったけれども、何しろずっと教室にいろと言われても漫画もない、ゲームもない場所でじっとしていろと言うのは退屈極まりない事だった。

特に座布団一枚さえあれば、外だろうが教室だろうが畳の部屋だろうが昼寝ができるのび太よりも、チルノの方が退屈に耐えられないようで昼寝をしようとするのび太にしがみついてくるのだ。いくら昼寝の達人であるのび太でもこれにはたまったものではなく、仕方なしにのび太たちが今までにしてきた多くの冒険についての思い出話を聞かせていたのだった。

それでも、いくらのび太の冒険がチルノにとって興味の尽きない大冒険譚であってもやはり限界と言うものはくる。

つまりは……外に出たくなるのだ。

 

「ねえ、ししょー。やっぱりあたいたちも悪いやつをやっつけに行った方がいいんじゃない?」

「ダメだよ、霊夢さんにも慧音先生にも僕らはお留守番してなさいって言われたんだから」

「でも、なかなか戻ってこないじゃない。もしかしたらピンチなのかも」

「え、まさか……だって霊夢さんも魔理沙さんも、この前閻魔様と戦った所を見たけれどもものすごーく強かったんだよ?」

「まっ、あたいの方がさいきょーだけどね。あ、でもそのさいきょーのししょーだから、今はのび太がさいきょーか。ってそうじゃないよ、悪いやつがみんなよりも、もっと強かったらどうするのさ」

「それはそうだけど……、そもそも行くって言っても、どこへ行けばいいのかチルノちゃんは知ってるの?」

 

だから、さいきょーのあたいとさいきょーのあたいのししょーの二人で一緒に悪いやつをやっつければいいじゃん。とチルノはさらりと言ってのけてみせた。こういう所は外の世界にはいない妖精と言う存在だからなのか、はたまたただの怖いもの知らずなのか、あるいは本当にさいきょーとたびたび口にするように最強の力を持っているのか、それはのび太には分からない。

なにしろなんだかんだ言っても幻想郷に足を踏み入れて一週間も滞在していないのび太にとって幻想郷と言う世界の全貌も、またそこに暮らす人々の力関係もなにも知らされてはいないのだ。

せいぜいが博麗の巫女、霊夢に妖怪の八雲紫、それに妖怪の山の神様に鴉天狗とあの世の閻魔様くらいである。

そう考えるとどうしてもこの氷の妖精チルノと言う少女は、今まで出会った人(の方が少ないが)たちと比べてしまうと最強? となってしまうのが、口にこそ出さないものの、のび太の感想だった。

それともう一つの理由は実に簡単な事で、のび太は霊夢たち二人がどこに行ったのかを全く知らなかったのだ。一応、どこでもドアを設置した時に二人は『こうまかん』と言う名前を口にしていたけれどもそれがどんな場所なのか、となれば全く想像もつかないとしか言いようがない。

ただ子馬、とあるところを見ると『のび太のねじ巻き都市冒険記』で冒険した小惑星のような水や緑が豊富な、牧場のような場所なのかもしれない。

……その場合、そんな平和そうな場所でどんな悪いやつが暴れているのか、と言うのがとても気になるのだけれども、とそこまで考えてから、のび太はさらにもう一つ、あの小惑星で遭遇した、みんなには笑われてしまったけれども間違いなく本当である神秘の体験を思い出していた。

衛星写真で撮影した光る湖の底に沈んでいた金塊。その正体を知らずにいたのび太やドラえもん、果ては熊虎鬼五郎まで巻き込んで大騒ぎになった光る存在、種をまく者が見せたおっかない魔神のような姿の怪物がここにも現れて、この赤い雲を吐き出しているのだとしたら恐ろしい事になってしまう。

そんな事を考えていたのび太の身体が、思考を邪魔するように急にユッサユッサと揺さぶられる。

 

「……ねぇ、ねえ、ししょー。ししょーってば」

「……!? あ、ち、チルノちゃん。どうしたの?」

「もう、急に返事しなくなっちゃうんだから。あたい知ってるよ」

「知ってるって、何を?」

「だから、紅魔館の場所。あたい紅魔館の近くに住んでるから、よく遊びに行くんだ」

「えーっ!」

 

後に人里の住民が語ったところによるとこの時驚きのあまり目を丸くしたのび太の口からでてきた声は、外にいた里の人々にまで聞こえたほどの大きな声だった、と言う……。




妖怪の山、閻魔様ときて次の相手は紅魔館に決まりました!
どうものび太は紅魔館ではなく子馬館と勘違いをしているきらいがありますが……。

さて、そんな紅魔館に無謀にも挑もうとする師匠のび太とその弟子チルノその。
果たして二人の運命やいかに!?
次回、乞うっ! ご期待っ!!!























このChapter名は幻想郷冒険記を書き始める前、ネタをいろいろと考えている時に「そういやのび太の大魔境と東方紅魔郷って、よくよく見ると似てるよな」と一人ニヤニヤしながらネタ出しをしていたある意味最初の話でもあります。
本当にどんな結末を迎えるのでしょうか?


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のび太、ワの字で敵を轢く

お待たせしました、のび太の紅魔境第二話です。

子馬異変……もとい紅魔異変が起こった幻想郷。
霊夢と魔理沙が異変解決に赴く中、留守番をするのび太とチルノたち。
さて、二人はどうするのか?


「チルノちゃん、こうまかんの場所、知ってるの?」

「うん、もちろん! さいきょーのあたいにとって紅魔館は庭みたいなものだからね」

「庭って、危ない場所なんじゃないの?」

「もちろん中に入ると危ない事もあるけれども、まわりで遊んだりするのならそんなに危なくはないよ」

 

霊夢と魔理沙が悪い妖怪を退治しに向かっている、危険としか思えないその場所を、どんなもんだいと自慢げに庭みたいなものだと言ってのける妖精のチルノ。チルノが庭みたいなものだと言うのだから、最初に考えていたよりも実は案外危険な場所ではないのかもしれない。

のび太の中でまだ見ぬ子馬館についての見方が少しずつ、穏やかなものへと変わっていく。

それに冷静になってよくよく考えてみれば、いくら子馬だってイタズラしたりすれば蹴られたりするだろう。危ないと言うのはそういう意味なのかもしれない。

実際ウマの力と言うのは決して馬鹿にできない事をのび太は良く知っている。

ジャイアンやスネ夫たち、近所の仲間同士で竹馬コンクールをやろうと言う話になった時、どうしても勝ちたいがために未来の科学で生まれたウマと竹のあいの子である『ウマタケ』を用意してもらい乗るのに苦労した事や『のび太の銀河超特急』でドリーマーズランドに遊びに行った時、西部の星でギャングたちを追いかけるために馬を借りた時、あまりの暴れっぷりにのび太もドラえもんも乗りこなす事ができず、大変な目にあった事はのび太の記憶にも新しい。

しかし逆に言えば牧場にいる馬だったなら近寄らなければ蹴られる事はない、と言う事でもある。それならひとまず子馬館の周りまでまずは様子を見に行ってみて、それからどうするかを考えても決して遅くはないだろう。

チルノの説明を受けていろいろと考えた末に、のび太が出した結論がこれだった。

となれば、後はどこでもドアをくぐればいい訳だ。

最初にどこでもドアを出した時、異変を解決すると息まきながら先にドアをくぐった霊夢たちは行き先を紅魔館へと指定していた。つまりはそのまま寺子屋の教室に出しっ放しになっているドアのチャンネルは、当然切れる事無くまだ繋がったままになっている。

ドアをくぐるだけで行けるのなら、本当に危険そうならすぐに戻ってくればいい訳だ。

弟子を名乗るチルノの言葉にようやく決心してから、霊夢たちが悪い妖怪がいる、と言っていた事から一応念のために、と妖怪の山でものび太の得意な射撃で白狼天狗の椛や鴉天狗の文とも渡り合う力となった、愛用のフワフワ銃とガンベルトをスペアポケットから取り出してしっかりと装備してから、のび太はどこでもドアの前へと立つとドアノブへと手をかけた。

しかしこういう時にこそ、のび太の持つ運の悪さはいかんなく発揮されるらしい。

 

「おーい、のび太にチルノ。人里の人たちも落ち着いて来たし、そろそろお前たちも……お腹が空いただろうと思って……って、こら! 二人ともどこに行こうとしているんだ!?」

「あっ、先生に見つかった!」

「大丈夫だって、霊夢たちが心配だからあたいとししょーの二人で紅魔館まで行って来るだけだから」

「ち、チルノちゃんそれ言ったらダメだって」

「そうか、紅魔館まで様子を見に行って来るだけか……。それならって、そんな危ない事ダメに決まっているだろう!!」

「ほら、やっぱりー!」

 

のび太がどこでもドアを開こうとノブに手をかけたまさにその時、異変によってちょっとした混乱に陥っていた人里の人々を落ち着かせて帰ってきた慧音が教室に入って来たのだ。

当然のび太たちに教室で待っているように言った時も、危ないから出歩くなと言っていたのだからここでこれから紅魔館に向かうと知ったら、間違いなくいってらっしゃいと笑顔で見送ってくれるような事などあり得ないのだとのび太の頭でもしっかりと理解している。

だからのび太も見つかったとしても黙っていたのだけれども残念ながらチルノにはそこまでの考えはなかったらしい。慧音の問いかけに正直に、いやこの場合は馬鹿正直にと言うべきか。素直に紅魔館まで行ってくるとあっさり白状してしまった。当然のび太の想像通り、手を振りながら笑顔で見送ってくれる、もしくはここで『ドラマチックガス』などがあれば、感動の一幕でも起こったかもしれないが使っていないのだからそんな事は起こる訳もなく。

案の定慧音は目を吊り上げながらのび太たちを行かせまいと言わんばかりに、実際に行かせる気はさらさらないのだろうが走り寄る。気のせいだろうか、その頭からは『のび太のパラレル西遊記』で妖怪に支配された現代で怒ったママが見せた鬼の角と同じような物が生えているようにさえ見える。

ただでさえ一度のび太の命を(結果的にではあるけれども)奪った慧音が、さらに角まで生やしてより一層おっかない姿になり駆け寄ってくる慧音はのび太からすれば恐怖以外の何物でもない。異変だの悪の妖怪だのと霊夢は言っていたが、そんな悪い妖怪よりも今ののび太にとっては慧音こそが最も恐るべき妖怪であった。

今この状況でドアに入っても、間違いなく鬼慧音は追いかけてくる……ドアのチャンネルを切れなければ、ドアの向こうに逃げてもドアをくぐって移動できるのは向こうも同じである。

とっさに珍しく必死で頭を巡らせたのび太はドアノブを離してチルノの名前を呼びながら窓際へと逃げ出した。

もちろんただ逃げた訳では無い、窓際へと走り寄りながら素早く四次元ポケットから目当ての道具を取り出すと、慣れた手つきで頭にそれを装着していた。

そう、数多の冒険はおろか、初めてのび太がドラえもんと出会って使った最初のひみつ道具。

 

「チルノちゃん、ドアはダメだ。こっち!」

「え、ししょー!?」

「こら! どこへ行く気だ? 外は危ないと言っているだろう!」

「タケコプターっ!!」

「すげーっ、あたいみたいにししょーが空をとんだーっ!!」

「なっ……外から来た普通の子供と聞いていたのに、空まで飛べるのか? それならなおさら紅魔館なんて危ない場所に行かせる訳にはいかないぞ!!」

「えーっ、チルノちゃんに先生まで飛べたなんて、空を飛べるのは霊夢さんたちだけじゃないの!?」

「何を言っている、空くらい飛べなくては異変の時に人里を守れないだろう?」

 

心の中で慧音にごめんなさいと謝りながら、窓を破って空へと逃げ出すのび太とチルノ。最初のび太はチルノが空を飛べるとは思っておらず、チルノの手を握りながら一緒に空へと飛び出したのだけれども手をつないでいたチルノが実は空を飛べると知ったのは、まさに空に飛びあがってのび太が飛べることに驚いたチルノの口から()()()()()()()、という発言が飛び出してからの事だった。

それだけならまだよかったのに、今度はのび太たちが飛び出してきた窓から慧音まで空を飛びながら追いかけてきたのだから、これにはのび太も目を丸くして驚くより他にはない。のび太にとってはまだ、幻想郷と言う場所はまだ特別な人間や妖怪だけが空を飛んだりできる場所と言う認識でしかなったのだ。

それだからタケコプターで空に逃げたと言うのに、なおも追いかけてくると言う恐怖。それはさながら『のび太の魔界大冒険』でタイムマシンの時空間を泳ぎながらどこまでも追いかけてくるデマオンの配下メジューサの再来だった。

あの時はホーキング(魔法世界でのホウキによる飛行術)で逃げようとして逃げきれず、石になる魔法を受けて大変な目にあったけれども、今回は捕まったら石になるどころかまた頭突きが飛んできて閻魔の四季様の所まで行く事になりかねない。

そうならない為にも今度は確実に逃げ切る必要があった。

 

「ちょっとししょー、慧音が追いかけてくる!」

「に、逃げるよチルノちゃん! 捕まったら絶対に怒られちゃうよ!」

「当り前だ、これだけ人里にも影響を出している異変の最中に、異変の中心である紅魔館に行こうだなんて言い出したわんぱくな子供はのび太が初めてだぞ……」

「えっと、ここから逃げられる道具……逃げられる道具……何かないかな……」

 

チルノと一緒に寺子屋の上空で慧音から逃げ回りながらのび太はポケットに手を突っ込んで必死でここから逃げられそうなひみつ道具を探していた。もちろんひみつ道具はごまんと入っているのだけれども、その中で怒りの表情で角をはやして捕まえようとしてくるおっかない慧音先生から確実に逃げられそうな道具、と言うものを選んで掴むと言うのはこれが実はなかなか難しい。

よく大冒険の時に、慌てたドラえもんがひみつ道具をあれでもないこれでもないと周囲に散らかしながら取り出している姿を『かんじんな時に慌てるとダメなやつ』と言っていたが、今まさにのび太は同じ立場に立たされれてドラえもんの苦労を痛感するのだった。

 

 

 

 

 

 

……ドラえもん、君はいつもピンチの時に必死でひみつ道具を探していたけれどもそれはこんな気持ちだったんだね。

 

 

 

 

 

 

心の中で未来にいるであろう友人のドラえもんに謝罪の言葉をつぶやきながら、のび太はなおもポケットの中に入れた手をひっかき回す。いろいろな道具が手指に触れるけれども、それはのび太の記憶ではこのピンチで使えるようなものではない事を経験から知っていた。

その中には鴉天狗の射命丸文を吹き飛ばしたバショー扇も含まれてる、ただいくら何でも妖怪の山ならいざ知らずこんなに人家が密集した人里で台風並みの、いや台風さえ上回るような暴風を巻き起こした日には家も人も、みんなまとめて吹き飛ぶような大騒ぎになってしまう。さすがにそこまでの被害を出したら間違いなく慧音だけでなく霊夢からも怒られるだろうことは想像に難くない。

今のび太が欲しいのはもう少し穏やかに、周りに被害を出さずにここから逃げ出せるような道具だった。

そして、のび太はとうとうその道具を掴む事に成功する。それは手のひらに収まるサイズの透明なボトルに入った液体のひみつ道具、その名も……。

 

「あ、あった! これなら……コエカタマリン!!」

「ししょー、それはなに?」

「いいから、まずは一度下におりるよ」

「ほぅ、ようやく諦めたか。さあさっさと教室に戻るぞ」

「んぐっ、んぐっ、ゴクッ。よし、これで……チルノちゃん、これから声を飛ばすから、その声につかまって

「こえ? うん、わかった!」

 

『コエカタマリン』はその名前の通り、液体状のひみつ道具で飲むと大声(ただしカタカナ語に限る)が固体として出てくるようになる道具なのだ。

その場にとどまる場合も、勢いよく飛んで行く場合もどちらも調節が飲んだ人間によって可能なのか、のび太は「エー」の文字を使って枝に引っかかったボールを取っているし、ワの字を使って空を飛んだ事もある。ちなみにどうしてワの字なのかと言うと、乗りやすい形だから、である。

そして、音のスピード……すなわちワの字のスピードが速い事はのび太が既に外の世界で体験して、十分に理解していた。そして、空中で空を飛ぶワの字を捕まえる事がとても難しい事も。

だからこそのび太はコエカタマリンを見つけた時すぐに地上へと降りたのだ。確実にワの字を掴むために。失敗してもすぐに次の声を出せばいいとはいえ、何回も失敗すればそれだけ捕まる可能性は高くなってしまう。

地上に降りて隣にいるチルノにはこれから何をするのかを小声で伝えてから、のび太は大きな声で一言、声を上げた。

チルノの方も、おそらくはのび太が何を言っているのかはほとんど理解できていなかっただろう。それでも、師匠の言葉である。きっとまた何かすごい事をやって見せてくれるのだろう、と期待に満ちたまなざしでのび太がこれからやろうとする事を待っていた。

そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  

ワ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだぁっ!?」

「今だ、それっ!」

「えーいっ!!」

 

次の瞬間、のび太の発した大声はコエカタマリンの効果そのままに、のび太の口からワの字となって真っすぐ上空へと飛び出した。もちろん固体にはなっているけれども音である事に変わりはないため、音の速さで飛んで行こうとするそれにえいとばかりにしがみつくのび太とチルノ。

慧音も、まさか諦めて地上に降りたのかと思ったら声を固体にして飛ばすと言う、常識外れも甚だしい方法でこの場を切り抜けられるとは思ってもいなかった事と、さすがにいくら空を飛べると言っても音の早さで飛んでいくのび太たちには追い付くことはできず、ワの字につかまって飛んで行くのび太とチルノを、驚きの声と共にただ見送るより他には無かった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わーっ、すげー!! さすがししょー!!」

「ねえ、チルノちゃん、そのこうまかん、って言う場所はどっちなの?」

「えーっとね、こっち!」

「よーし、それじゃあいくよ。ワーッ!!!

「やっぱりししょーはすごい! あたいも空を飛べるけど、声を固くして空を飛ぶのは初めてだ!」

「ね、チルノちゃんワの字っていいでしょ?」

「うん! ワの字サイコー!!!」

 

とっさの事で慧音は気が付かなかったようだけれど、速さはともかくコエカタマリンによる移動は、実は言うほど距離は大して進めないため何回かワの字を乗り継ぐ必要があったりする。そのため何回か屋根の上などに乗り移りその都度大声を出す事によってこうしてのび太とチルノは、慧音に追いかけられる事もなく無事に人里の外れまで逃げ切る事に成功していた。

そうして、周囲を見回して慧音の追跡がない事を確認してから改めてのび太はこうまかんへと向けて移動を開始する。もちろん、幻想郷の地理には全く詳しくないのび太はこうまかんがどちらの方角にあるのかなど知る由もないし、『のび太のドラビアンナイト』でアブジルが地獄の鍋底でやってみせたように紐をくわえながら板切れの穴から星を覗くような方角を見定める手段だって持っている訳では無い。

だから弟子のチルノにどちらなのかを教えてもらってから、二人しがみ付きながらワの字で空を飛んでゆくのだった。

ただし、のび太はまだ知らなかった。自分のいる場所が幻想郷であると言う事を、今が霊夢の言っていたように異変の最中であると言う事を。異変の時には、普段と違いどんな事が起きるのかと言う事を。

人里の中は安全であると言った意味を、まだ理解していなかったのだ。

 

「……ん? ねえ、チルノちゃん。なんだか毛玉みたいなものとか、羽の生えた……妖精? みたいなものいろいろこっちに飛んでくるんだけど、あれは何?」

「あ! やばいししょー、はやく撃って! 撃って!」

「え、うつ?」

「あー、ししょーぶつかるーっ!!」

 

最初にそれに気が付いたのはのび太だった。

自分たちが紅魔館に向かおうと空を飛んでいるとわらわらと集まりながらこちらに向かってやって来る、外の世界では、いや外の世界はおろか数々の冒険の中でも見慣れない何か。かつてジャイアンも怪しんだりせずに水平線に迫りくる謎の影を渡り鳥の群れだろ、などとのん気に構えていたが(余談ではあるがちなみにその時水平線を埋め尽くしていたのは、ブリキン島を吹き飛ばさんと差し向けられたナポギストラーの機動部隊と言う危険極まりない連中だったりする)。

ここにいるのはジャイアン以上にのん気なのび太である。見た事も無いものに対してのび太が特に警戒するわけもなく、のん気にあれは何? と自分よりは幻想郷に詳しいであろうチルノに尋ねるけれども、慌てるチルノとは裏腹にのび太はのんびりと構えていて、あれよあれよという間にワの字によってその何やらよく分からないフワフワと飛びながら近寄って来た不思議なものたちははね飛ばされてしまった。

ぶつかったと、簡単に言っても何しろワの字は元々音であるためその速度は一秒間に300メートル近くすすむほどになる。つまりはぶつかった、と言うよりもワの字で蹴散らして突き進んだ、と言った方が正しいだろう。

実際近寄ってくる毛玉や妖精? のようなものをワの字はぶつかるが早いが容赦なくはね飛ばして飛んで行く。はね飛ばすだけでなく、チルノの放つ氷のつぶてのような弾幕も一緒になって飛んで行くから、ワの字でははね飛ばせなかった毛玉たちもみんなのび太たちをどうにかする前に墜落していくのだった。

とは言え、音の速さに近い速度で飛んでいるためはね飛ばされたりチルノの放つ弾幕によって撃ち落された相手がどうなったのかのび太が確認する前にワの字はあっという間に通り過ぎてしまうのだけれども。ただ、後ろで聞こえてくるピチューン! と言うどこか可愛らしいような音を聞く限り、実は大して彼らに被害は出ていないのかもしれない。

 

「……ねえ、どうしてみんな近寄ってくるのさ!」

「あいつらがこの異変でみんなおかしくなってるのさ。まっ、あたいはさいきょーだから平気だけれどね。で、おかしくなるとあんな風に周りのみんなに攻撃してくるの、だからししょーに撃って、って言ったのさ」

「へぇ、でもそれじゃあ霊夢さんたちも大変なんじゃ?」

「だからあたいたちが助けに行くんでしょ」

「そうだけど、でも……」

 

こうして、ワの字で空を飛びながら敵を蹴散らしてを繰り返し、ついでに何やら空のまにまに漂っているかのような飛び方をするブラックホールのような、よく分からないものも一緒にはね飛ばしてのび太とチルノはチルノが言う霧の湖のほとりへとやって来ていた。

何も言われなければ、高井山の奥にある湖のように、あるいは子馬館の名前その通りにねじ巻き都市のように本当に平和な場所と言われても納得してしまうような静かな湖のほとり。

しかしそこが決して平和な場所ではないと言う事を、のび太たちの視線の先、のび太たちのいる場所の少し先からもうもうと湧き上がる赤い煙のような、あるいはもやのようなそれが立ち上っている様子がはっきりと教えてくれている。

 

「大丈夫! あたいとししょ―なら、どんな敵にだって勝てるんだから!」

「チルノちゃん、まずは様子を見るだけだからね? もし危なかったらすぐに帰るからね?」

「だいじょーぶ、あたいだってそれくらい分かってるんだから!」

 

『本当に分かっているのかな?』チルノの能天気とさえ言える元気な声に不安を感じながらも、ここまで来た以上様子だけでも見てから帰ろうと、腰に巻いたガンベルトとここにきてから幾度ものび太の危機を救ってくれた愛用の六連発リボルバー二丁へと視線を向けてから、よし、と決心するのび太だった。

のび太はまだ気が付いていなかった。こうまかんの意味が『子馬の館』ではなく『紅い悪魔の館』であると言う事に。もしここに来るまでにその事実に気が付いていたら、大魔王デマオンと戦い魔界星の地球接近を阻止し、悪魔の恐ろしさを石になって経験しているのび太はここまで来ようとはしなかっただろう。

こうしてチルノに案内されるままのび太は一歩一歩、紅魔館への道を歩いていくのだった……。

 




なんだかんだで慧音先生から逃げ出し、紅魔館のそばまでやって来てしまったのび太たち。
でものび太はまだ紅魔館の意味に気が付いていません。
このまま不用意に近づいてのび太は大丈夫なのか!?




次回はいよいよ紅魔館への突入、するといいなぁ。

















すいません、戦わせても良かったのですが、戦いの描写を思いつく前にルーミアはワの字に轢かれていました(汗
ちなみに、皆さん気になっているかもしれないコエカタマリンによって固体化した音声の強度重量ですが、ドラえもんがコエカタマリンを飲んだエピソードのオチで、風邪をひいて家じゅうを擬音だらけにした際、ママが擬音を腕いっぱいに抱えて持っていましたので、ある程度軽いものと思われます。
強度については描写がありませんが、軽さを考えるとそこまで強固ではない、ぶつかっても気絶したり原作のようにボロボロになる程度で命の危機にはならないのでは、と思われます。(実際原作でも空から降ってきたヤとホの字で怪我をした人のニュースが流れましたが、死亡事故とは言っていない為重症ではないものと思われます)
つまりは、みんなダメージを受けたりしているだけで、命に別状はない……といいなぁ。


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潜入! となりの紅魔館(その1)

お待たせしました、のび太の紅魔境第三話です。
いよいよのび太とチルノが紅魔館に到着しますが、さてさて異変の中心地である紅魔館で一体何がのび太とチルノの二人を出迎えるのか!?


こうまかんを目指し、湖のほとりを歩いていくのび太とチルノ。

霊夢たちが言う異変の真っただ中ではあるけれども、のび太たちが歩いているすぐそばに広がる湖の湖面はさざ波一つなくきれいな鏡のようにどこまでも広がっている。逆世界入り込みオイルを使えば、鉄人兵団の全兵力さえ誘い込めそうな、さぞかし大きな鏡面世界への入口が作れるだろう。

ただし、今その磨き込まれた鏡のようにきれいな湖面に映っているのは晴れ晴れとした青空ではなく、コーヤコーヤ星に浮かぶ月のような、赤い空である。

その赤い空の原因でもある、チルノ曰く中に入らなければ危なくないこうまかん。

のび太の目の前にとうとう姿を現したその姿はのび太が想像していたものとは、だいぶかけ離れたものだった。

おとなしそうな子馬がのんびりと牧草を食べながら遊んでいる、のどかな牧場どころかそれはさながら『ゆうれい城へ引っこし』で安売りしていたためにのび太たちが買おうと下見に訪れた、ドイツのミュンヒハウゼン城のような佇まい。

おまけに壁から屋根まで一面真っ赤っか、おまけに今は異変によって空まで真っ赤っかと言う、ゆうれい城と評判の低かったお城以上になかなかに個性的な建物である(もっともゆうれい城の評判は城に眠る先祖が遺した財宝を探そうと人を遠ざけるために持ち主ロッテの叔父ヨーゼフが仕組んだ芝居だったのだが)。

 

「な、なんだありゃ!? 壁から屋根までぜーんぶ真っ赤じゃない」

「そうだよししょー、あそこが紅魔館だよ」

「こうまかん!? ……あれじゃあ牧場って言うよりも、僕らが買おうとしてたロッテさんのお城じゃないか」

「ええ!? ししょー、実はお城を持ってるの?」

「あー、いや、うん。なんて言うのかな……買おう、と思ってたんだけどね……いろいろあって買えなかったお城があったんだ」

「ふーん、そのお城があればあたい遊びに行きたかったな」

「あはは、さすがにドイツは遠いからね。ちょっと行くのは大変だよ」

「だいじょーぶ、だってあたいはさいきょーだからね!」

 

『いくらチルノちゃんが最強でもヨーロッパまで行くのは大変だと思うんだけどなぁ……。あ、でもロッテさんどうしてるかな? 男爵から昔みたいに家を立派にしろって応援されてたけれども……』と、チルノの相変わらず威勢のいい言葉にふと、昔懐かしい、どこかに消えてしまったロッテを助けるために過去から本物のご先祖様であるミュンヒハウゼン男爵を連れてきた時の事を考えていたのび太。

結局その時お城を買うと言う話はミュンヒハウゼン男爵から子孫であるロッテへの『再び家を盛り立て、昔日の栄光を取り戻すのじゃ』と言う言葉と共に立ち消えになってしまったのだ。

そんな思い出のあるミュンヒハウゼン城にも似た雰囲気を持つ紅魔館。

しかし近づくにつれて、その違いはのび太の目にもしだいにはっきりと見えるようになってきた。

 

「ねえ、なんだかずいぶんと荒れ果てているって言うか、めちゃくちゃになってるんだけど……元々この紅魔館ってこんなお化け屋敷みたいな感じなの?」

「ううん、あたいが遊びに来る時はもっときれいだよ」

「そんな、これじゃあまるでお化け屋敷かあばら谷くんの家みたいじゃない」

「だけど、いつもはこんなじゃないよ」

「……ええ、でもひみつ道具もなしにこんな事をできる人なんて…………あ、いた……」

 

そう、本当なら入口なのだろうその場所は紅魔館を囲む壁に豪華で大きな門が本当ならあったに違いない。でも今のび太たちの目の前にあるのは、まるでバトルフィッシュの砲撃で壊された海底のようにめちゃくちゃに壊れてしまい見るも無残な姿になった門だった。おまけにチルノの言葉を信じれば、普段はお化け屋敷の入口のようにボロボロではなくもっと立派な入口だという。

そんな立派な入口をここまでボロボロにできるような人なんている訳が、とそこまで考えてからのび太ははた、と身近な心当たりに思い至った。

他でもない、のび太が今泊めてもらっている博麗神社の巫女、霊夢と魔法使いらしからぬ魔法使い、魔理沙の二人である。

あの世で閻魔様に地獄行きにされそうになった時、霊夢と魔理沙の二人がとんでもない威力の弾幕を使った事はのび太の記憶にも新しい。おまけに二人が異変の解決に、と向かったのは他でもないここ紅魔館なのだ。もしあの二人があのとんでもない威力の弾幕を使っていたとしたら、紅魔館の入口がのび太たちの目の前に広がる光景のように、お化け屋敷のようになっていたとしてもなんら不思議ではない。

むしろ入り口がここまで荒れ果てているとしたら、中は一体どうなっているのやら? 一見すると入口の外側から様子を見る限り紅魔館が吹き飛ぶようなことにはなっていないけれども、もうすでに霊夢や魔理沙の二人が乗り込んでいることは間違いないだろうしそうなると、紅魔館はめちゃくちゃになっているかも知れない。

またのび太としてはここまで来た時点で様子を見に来る、と言う最初の目的は達成しているため、本当ならこれ以上ここにいる理由も必要もないのだ。

 

「ねえチルノちゃん、ひとまず様子は見れたから一度戻ろう。外がこんなにめちゃくちゃになってるんだから、中も大変な事になってるかもしれないよ」

「うーん……わかった、さいきょーのあたいを超えるししょーがそう言うんなら、そうする!」

「じゃあ、一度帰ろうか。今ならまだ無事に帰れば先生にもそんなに怒られずにすむかもしれないし」

「うん!」

「………………うぅ……ん……」

「……今の声って、チルノちゃん?」

「ううん、あたいしらないよ」

「えっ? じゃあ誰が……まさか、誰かこの壊れた門の下に埋まってるんじゃ!」

 

まさにそれは偶然、あるいは奇跡と呼ぶにふさわしいタイミングだった。そうでなければ、のび太たちが来るのを待ち構えていたとしか言いようがないほどに。

様子を見るという目的は果たした、とのび太とチルノが戻ろうとしたまさにその時に聞こえてきたかすかな声。もちろんのび太はそんな声を出していないため、隣にいるチルノの独り言か何かと思って聞いてみるけれどもチルノも知らないと横に首を振る。

となれば声の主は別の知らない誰かが出しているという事になるという事くらいのび太にだって理解できる。

それに加えて今この場所が、めちゃくちゃに吹き飛んでいるという事実をつなぎ合わせれば、誰かが埋まっているかもしれないという想像くらいはそう難しくはなかった。

 

「おーい! 誰かー! どこにいるんですかー!?」

「……ここですょぉ……」

「あ、いた!」

「あ、ちゅーごくじゃん」

「中国!? 確かに格好は中国の人みたいだけど、中国って名前なの?」

「私は……中国じゃ……ありませんょぅ……」

「よーし、お医者さんカバン! これで閻魔様みたいに聴診器をあてて……」

 

瓦礫となった壁の一角へとのび太たちが駆け寄るとそこにはチルノいわく中国と呼ばれる女の人が倒れていた。

確かに中国と呼んだチルノの言う通り、いかにも中国らしい格好をしているが、その服は所々焼け焦げてボロボロになっているところを見ると、ここにやって来た霊夢や魔理沙からこてんぱんにやられたのかもしれない。

さいわい、がれきの下敷きになっている訳ではなくただ吹き飛ばされて倒れているだけだったためのび太はすぐにお医者さんカバンを取り出し中国(仮)と呼ばれる女の人の額に当ててコンピューターの診断を待った。

 

 

 

『ゼンシンノ打撲、チイサナ傷多数。治療法:イタミドメヲノマセ、ホウタイヲマイテアンセイニ』

 

 

 

すぐにカバンの画面に映し出される女の人の症状。幸い全身をぶつけているだけで骨折などはないらしく、カバンから出てきた治療薬については痛み止めと包帯だけで済んだのは幸いだっただろう。何しろのび太の不器用さはある意味達人の域に達している。あやとりならば器用に技をこなす事ができるが、それ以外となるとほとんど上手くいったためしがないのだ。

そんな時に手先の器用さを求める治療を要求されたら中国(仮)な女の人の命が危なかったかもしれない。

幸い、チルノにも手伝ってもらい薬を飲ませ、包帯もぐるぐると巻き付ける事で治療? は無事に完了した。

 

「……うぅ、ありがとうございます。よく遊びに来る氷精と、見ず知らずの人間の子にここまでしてもらうなんて……お礼を言っても言い足りません」

「いえ、そんな。ただちょっと薬とか用意しただけじゃないですか。それにあんなに傷だらけな人を放っておくなんてできません」

「さすがあたいのししょーだ!」

「そういえば、君はこの辺では見かけない顔ですがこの氷精のチルノから師匠と呼ばれているなんて、何者でしょうか?」

「あ、えっと……僕のび太、野比のび太って言います」

「のび太……? はて、この辺じゃ聞かない名前ですね……って、あの鴉天狗や閻魔を負かしたという、()()、外から来た子ですか!?」

「ええっ!? あ、は……はい……閻魔様はやっつけたというか、ツーカー錠の飲み過ぎで勝手に倒れちゃったんですけど……」

「いえいえ、ご謙遜を。それにお嬢様から『もしこの子が紅魔館にやって来たら、いろいろと話を聞いてみたいし丁重にもてなして中に案内するように』と言付かっていたんです。いやー、私の手当てもしてくれましたし、これも何かの縁。ぜひ中にどうぞ」

「い、いや……だって、ここって危ない場所なんですよね?」

「危ない、って……そりゃあまあ、力ずくで無理やり入り込もうとする白黒や紅白みたいな悪い連中は、こちらもやっつけようと……しますからね……。でもでも、君は大丈夫! この私が保証しますよ!」

「…………チルノちゃん、どうしようか……? こう言ってるけど……」

「え、あたい? うーん……ちゅーごくが一緒にいてくれるなら大丈夫かもしれないけど……」

「大丈夫大丈夫! 私がしっかりと守ってあげますよ!」

「なら、大丈夫かな? いざとなったらひみつ道具で逃げればいいんだし」

「ありがとうございます、それじゃあさっそく中に案内しますね」

 

手当てが完了したのはいいのだけれども、のび太が自己紹介をしたとたんに中国っぽい女の人は飛び上がらんばかりに、いや本当に少し飛び上がって驚くのだった。おまけにのび太が閻魔の四季様をやっつけたという事になっているあたり、ものすごい実力を隠した子供のように見られているらしい。

実際のところはのび太の言う通り、ツーカー錠を過剰に飲み過ぎた事による中毒症状なのだけれどもどうやら、この中国っぽいお姉さんはそうは思っていないようで、のび太が違うと言ってものび太の言葉を信じる事なく、二人……ではなくどちらかというとのび太の方を中へと案内しようとしてくる。

その姿はどこか『以前のび太にデビルカードを持たせようと必死でサービスしてくる悪魔』に似ているところがあった。

もっとも、デビルカードの時はカードの性質と、使わないと決めていたのに周りの人間がのび太に許可も得ず勝手にカードを使ってしまった事でのび太が消滅する危険にさらされたのだけれども、さすがにこの紅魔館で消滅する危険はないだろうという事と、もし万が一の時にはひみつ道具をありったけ使って何とかして逃げればいいや、と言う判断から中国っぽい女の人の申し出に首を縦に振ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、お姉さんってチルノちゃんも中国って言ってましたけど……中国から来たんですか?」

「はい、そうですよ。でも、私の名前は中国じゃありません、中国じゃないんです。私の名前は紅美鈴(ホンメイリン)紅美鈴(ホンメイリン)と言います。大事な事なので二度言いましたよ、ええ。しっかりと覚えてくださいね?」

「ホン、メイリン……へぇ、おかしな名前」

「ええ!? おかしな名前だなんてひどいですよぉ。これでも向こうの妖怪の中では割と有名なんですからね」

「ふーん……あ、そうだ! 美鈴さん中国の妖怪なんですよね?」

「ええ、そうですが……それが何か?」

「中国の妖怪なら、リンレイって言う妖怪を知りませんか? あ、と言っても最近じゃなくて三蔵法師がいた頃の子だから今は立派になっていると思うんですけど……」

「リンレイ、ですか? 三蔵法師って、あの大唐西域記を記した三蔵法師ですよね? あの頃と言いますとざっと千年は昔の妖怪という事になりますけど残念ながら、ちょっとリンレイという名前の妖怪に知っている人物はいませんね……っていうか、どうしてそんな昔の妖怪の事を君が知っているんですか?」

「ねえ、ししょー。そのさんぞーって、そんなに昔の人なの?」

「……うん、確か千年以上前の人、だったはずだよ。でも、そっかぁ、リンレイはもういないのか……元気にしてるかなって思ったんだけど……」

「まあまあ、なんと言っても中国は広いですからね。私が知らないだけで、もしかしたら私の暮らしていた地域とは別の場所で元気にやっているかもしれませんよ?」

「うん……」

 

のび太とチルノが美鈴についていく格好で紅魔館の中を歩いているその途中で、のび太はふと思い出したように中国らしい格好をした妖怪である美鈴にリンレイについて質問をしたのだった。

『のび太のパラレル西遊記』で唐の時代で開けっ放しにしてしまったヒーローマシンの中から出てきてしまった牛魔王に羅刹女。

つまりは後に人間を滅ぼしその歴史を妖怪のそれへと改変させた妖怪軍団のトップであるこの二人を両親に持つ少年だった。妖怪の両親を持つリンレイ自身も当然妖怪であるけれども人間の男の子、のび太と同年代の少年の恰好をして妖怪であるという自身の出自を隠しながら三蔵法師の弟子として接近していたのだ。

しかしリンレイは両親や他の金角銀角兄弟などといった妖怪とは決定的に違うところがあった。両親や他の妖怪と違い、あまりにもリンレイは優しい性格でありすぎたのだ。

三蔵法師やのび太たちを釜茹でにして食そうとするなど、平然と残酷な事をやってのける両親やその幹部への嫌悪と優しさとの間で板挟みになった末、最終的にはのび太たちの味方に付き、妖怪軍団の本拠地である火焔山が陥落し両親含め全ての妖怪が命を落とした後は彼らの菩提を弔うために、本当に三蔵法師の弟子として天竺までの旅に同行する道を選んだ……。

あいにくとそこでリンレイに関するのび太の記憶は別れを告げたため終わっている。のび太たちも再改変した人間の歴史である現代に戻ってきてから、リンレイがその後どうなったのかについては全く知らないのだ。

そこへきて出会ったのが同じ中国の妖怪である紅美鈴である。のび太が、一縷の望みをかけてリンレイが今どうしてるのか、知っているかどうかを尋ねたのは当然とも言えるだろう。

しかしその回答はリンレイなどという名前の妖怪は聞いた事がない、という現実だった。

いくらわずかな時間だけだったとは言え、仲良くなった友だちがもうこの世にいないかもしれない、と言う現実は小学生ののび太にはまだあまりにも重い現実だったことは想像に難くない。

美鈴の言葉にがっくりとうなだれるのび太に慌てて励ますが、そうとうに堪えたのかのび太の返事はあまりにも弱弱しいものだった。

そんなのび太の落ち込んだ様子に、急いで客室に案内しないと落ち込み過ぎてどんな事になるかわからない。と美鈴は慌てたように客室の一室へとのび太とチルノを案内する。

そのままのび太とチルノが中に入ったのを確認すると、お嬢様なる人物に連絡してくるから待っていてくれとだけ言い残して、美鈴はドアの向こうに消えていった。最後に、どこかで聞いた事があるような言葉を残して。

 

「はい、着きましたよ。ここが客室です。今お嬢様に君たちがここに来た事を伝えてきますから待っていてください。後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「地下室? あ……ち、地下室はもう間に合ってますから、大丈夫です」

「あたいも、ししょーが行かないっていうなら行かないよ!」

「ええ、そうしてくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう言えば、あの子の言っていた三蔵法師のいた時代のリンレイって妖怪の子の話を聞いていたら、昔父上が寝る前に話して聞かせてくれた孫悟空の物語を思い出しちゃいましたね。父上ったら、何につけても悟空様、悟空様ってよく言ってましたっけ……。まあ、気のせいですよね。そもそもそんな昔から人間の子が生きていられる訳ないですし。そんな事よりもお嬢様の所に行かないと。もう白黒や紅白との勝負も決着がついているといいんだけど……」

 

のび太たちがいる客間を出て、主人に二人が来たことを報告に行く途中で美鈴はのび太がしてきた質問からふと、まだ美鈴自身が子供の頃に父親から聞かされた昔話の事を、美鈴がまだ生まれていない頃の、父親がまだ小さかった頃の話の事をどうしてか思い出していた。

けれども、どうしてそんな話が今頭に浮かんだのか、その話をのび太に聞かせたらどうなるのか、そんな所にまで美鈴の気が回る事はなく、美鈴は主人への連絡を優先すべく、昔話の記憶を頭の片隅の押しやると紅魔館の廊下をかけてゆくのだった……。

 




中国妖怪同士、美鈴とリンレイ知っているかとのび太は思ったんですけどね。
美鈴リンレイについては全く知らないようですね。
なんだかんだとお世話になったし、結果だけで見ればリンレイの両親の命を奪ったの、のび太ですからね。気になるところがあったんでしょうけれども、どうやらリンレイは現在はどうしているのやら……?


さてさて、出るなと美鈴からは言われましたが言われたところで客室でおとなしくのび太とチルノが待っていられるのか!?
次回乞う、ご期待っ!!!


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番外編:幻想郷の子供の日

はい、本当なら5月5日端午の節句に投稿したかったのですが……。
仕事めぇぇぇぇぇぇっ!!!(呪詛の言葉)

今回は番外編、幻想郷の端午の節句……? です。
やっぱりみんな、幻想郷の子たちって大人びていたりしっかりしている子が多いですけど、根っこは子供なんだなというイメージをぶち込んでみました。

みんなもやってみよう!


「こほん、えーとそれじゃあ……ここにいるみんなを代表して、私から一言だけ! いい事みんな、今日は特別な日なんだから遠慮なんかするんじゃないわよ!!! かんぱーい!!」

「「「「「かんぱーい!!!!!」」」」」

 

霊夢の音頭に続くように、みんなの声が高らかに唱和する。

ここは人も妖怪ものび太たちも集まる博麗神社、ついでに集まっている面々もいつもの宴会のメンバー……かと思いきや、幻想郷の管理者である八雲紫、冥界の亡霊である西行寺幽々子、鴉天狗の射命丸文など普段ならこういった宴会の場が設けられているなら必ずいるはずの面々が抜けている。

これはどうした事かと言うと今日は五月五日、子供の日という事もあって霊夢が「今日は子供だけで楽しむんだから紫たち大人は参加不可ね」と無慈悲にも言い放ったのだ。

当然大人組、保護者組、年長者たちからはもうれつな抗議の声が上がったが子供(中にはレミリアやフランなどもいるのだけれども)組からのそれを上回る「子供の日に大人が出てくるなんてずるいんだ!」という反発により博麗神社は子供たちによって占拠されたのであった。

こうして、霊夢、魔理沙、のび太、ドラえもん、ジャイアン、スネ夫、しずか、出木杉。レミリアにフラン、咲夜、妖夢、うどんげ、チルノ、ルーミア、リグル、ミスティアに加えて阿求や小鈴、どころか容姿だけ子供のため、なぜか萃香まで加わって乾杯をしているのである。

ちなみに、幻想郷で生まれた時から暮らしている霊夢や魔理沙たちは子供であってもお酒を飲む事に違和感を感じないが、さすがに外の世界から来たのび太たちはお酒を飲む事に抵抗があったため、のび太たちはコーラやオレンジジュースに、使用するとお酒を飲んだのと同じようにホンワカした気分になれるというひみつ道具『ホンワカキャップ』をつけてお酒の代用としていたりする。

 

「くはーっ! やっぱり酒はいいんだぜ! しかものび太たちのグルメテーブルかけで酒もつまみもいくらでも出てくるからな。去年までは酒の取り合いになったりしたけれども、今年はそんな心配もいらない、最高の子供の日なんだぜ」

「まったくよね、飲んでも飲んでもいくらでもお酒もおつまみも出てくる。しかも買い出しに行く必要も料理の準備や下ごしらえをする必要もない! まったく、ねえのび太、せっかくだしドラえもんをウチの神社で青狸大明神として祀っちゃダメかしら?」

「誰がタヌキだ! 僕は高級なネコ型ロボットだぞ!! それに、僕はのび太くんの将来をよくするために来たんだ。いつまでもいる訳にはいかないよ……もぐもぐ……もぐもぐ……ゴクリ……」

「えー、ケチねぇ。っていうか、どら焼き食べるか抗議するのか、どっちかにしなさいよね……んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはぁ……っ。くぅー、のどに染みわたるわ!」

 

がぶがぶとお酒を呷り酔っているせいか、堂々と青ダヌキなどとどこぞの牛魔王みたいな事を言い放つ霊夢に、当然のようにドラえもんが顔を真っ赤にして怒りながら、後どら焼きをほおばりながら抗議の声を上げた。

放っておくとそのまま怒りで大爆発でも起こしそうな勢いだが、霊夢はそんなドラえもんの様子に動揺する事もなく、手酌で手にした升へと日本酒を注ぎ込むとそれを一息に飲み干すのだった……。

 

 

 

 

 

 

「……なので、昔5月5日というのは本来女の子のお祭りだったんです。それが江戸時代に入って男の子のお祭りに形を変えていった訳です私の何代か前の稗田家当主が、その頃の人々の生活の様子も記録していたはずです」

「へぇ、確かに本とかネットでも端午の節句が昔は男の子のお祭りじゃなくて、女の子のお祭りだったって書いてあるのは見た事があったけど、こうしてその資料について知識のある人と話ができるなんて……本当に素晴らしいですよ」

「私たちから見ると、こうして私たちと自然にそういった話題について話ができる出木杉さんの方が、よっぽど不思議なんですけどね……」

「いやぁ、そんな事ないですよ。僕なんて阿求さんと話をしているとまだまだ勉強不足だと思い知らされます」

「こうしてはお話をしていて、つくづく出木杉さんが外の世界の方で残念だと思います。幻想郷の中の方なら、大金を積んででも稗田家にお招きしたいのですが……」

 

一方、霊夢がドラえもんに対してタヌキと、命知らずな発言をしていた頃、少し離れた片隅では周囲の喧騒など全くお構いなしに出木杉君や稗田家当主である稗田阿求、そしてその友人である本居小鈴たちは、周囲の宴会などお構いなしと言わんばかりに、歴史についての談義を行っていたりする。

特に出木杉君、それに阿求は周りから『そういう話は自宅か鈴奈庵でやってくれ』『わざわざ子供の日に宴会の席でやる必要もないだろう』と思わせるほどに二人の談義は白熱していた。

残念ながら? そんな三人の間に割って入る猛者はここにはいない。不用意に割って入ろうものなら、二人の熱い会話によって間違いなく洗脳されるか長々とした話を聞かされ続けて逃げられなくなるかのどちらかだと、口に出さずとも誰もが理解しているのだ。

だから、周囲は楽しそうなのに三人のいる場所だけが、妙に不思議な静けさと賑やかさを見せていたのだった……。

 

 

 

 

 

 

「のび太ー! あそぼ、あそぼ、あそぼ!」

「わ、ちょっとフランちゃん!?」

「こらフラン、のび太にしがみつくんじゃないわよ。のび太だって困ってるじゃない」

「えー、だってのび太たちなかなかこっちに来てくれないから全然遊べないんだもの。それにお姉さまもみんなも、私が外の世界に行こうとすると血相変えて止めようとしてくるし」

「当り前よ! どこの世界に真っ昼間から外の世界に遊びに行く事を許可する吸血鬼の姉がいるってのよ!」

「もぅ、だからせっかく来てくれたんだし、このチャンスにいっぱいのび太と遊ぶの!」

「遊ぶのはいいけれども、まかり間違ってもドカーンとかするんじゃないわよ?」

「大丈夫だよ、そこは私だって一生懸命ドカーンってしないように練習したもん!」

「でも、何して遊ぶ?」

「のび太と遊ぶのならフランは何でもいいよー」

 

そしてこちらでは、吸血鬼の姉妹レミリアとフランに絡まれて……どちらかと言うとフランが懐いたのび太にしがみついている、という格好なのだけれども、もみくちゃにされていた。

もともとのび太に懐いているフラン、のび太が幻想郷から外の世界に帰ってからものび太と遊びたい、だの家出して外の世界ののび太の家に行こうと企むなど紅魔館や八雲家の面々を大騒ぎさせたりという前科があるのだけれども、そこに来てのび太たちの方からやって来てくれた事もあり、お酒や食べ物そっちのけでのび太に突撃して遊びたいとおねだりをしている真っ最中なのだった。

おまけにフランはちゃんと自分の力を、のび太たちと遊ぶためにも制御する練習を続けてきたと言うのだからそのやる気は本物である。

そんなフランにのび太が提案したのは……マット・フェンシング。

昔、ドラえもんとのび太が編み出した布団をす巻きのような形に丸めて抱え上げ、それで互いに殴りあうという、実にソフトかつ怪我のしにくい決闘である。

 

「そう、布団を丸めてそれを抱えて遊ぶの。布団だから痛くないし、安全だよ。ここなら二階がないからママに怒られる心配もないしね」

「面白そう、やろうやろう!」

「へぇ、面白そうじゃない。たまにはこういう童心に帰るような遊びもしてみたいわね」

「でも、その勝負に使う布団はどうするの?」

「神社のを借りればいいじゃない。どうせ霊夢たちはみんな気が付いてないでしょうしね」

「よーし、じゃあお布団がしまってある部屋に行けばいいのね。のび太、お姉さま、いこっ!」

 

 

 

 

 

 

フラン準備中……

 

 

 

のび太準備中……

 

 

 

レミィ準備中……

 

 

 

 

 

 

「紅コーナー、フランドール・スカーレット!!」

「ふふふ、のび太、負けないからねー」

「続いて黄色コーナー、野比のび太!!」

「それはこっちのセリフだぞ、フランちゃん!」

「それでは、始めっ!」

「いっくぞー!!!」「いっくよー!!!」

 

皆が宴会をしている居間から、博麗神社の寝室へと移動し布団を引っ張り出しては丸めていく。それを二人分用意すると、のび太とフランがそれぞれ部屋の対角線となる角へと移動し、審判役を務めるレミリアが高らかに試合開始を宣言して見せた。

のび太もフランも、お互いに身長よりも大きな布団を抱えているため若干ふらふらとふらつきながら試合開始の宣言と共にどたどたどたどたと足音を響かせながら部屋の中央へと突撃する。

これが本来の弾幕勝負ならばこんな場所でやった日には神社が崩壊しそうなものだけれども、互いに布団という緩衝材にもなりそうな柔らかいものを抱えているためのび太の言う通り怪我をする様子もない。レミリアも二人の試合を審判役として観戦しながら『へぇ、のび太もなかなか面白そうな遊びを思いついたわね。これ、紅魔館でもやったら面白そう』と内心かなり評価をしていた。

そうこうしている間にも二人の試合は続いている。

布団が幾度となくぶつかり合い、時には互いの突進をひらりと避け、またある時は手にした布団を鈍器として使い振り回し、相手にぶつける。二人の布団がぶつかり合うたびに火花ではなくホコリが散り、ドシンバタンと畳が大きな音を立てる。

それはペコやサベール隊長が見たら、きっと頭を抱えたに違いない、それほどにソフトな決闘であった。

 

「ふぅ……ふぅ……フランちゃん、強いよ……」

「ハァ……ハァ……のび太こそ、なんで倒れないのよ……」

「ちょっと!!! あんたたちさっきからドシンバタンうるさいわよ!! 人の神社で何やって…………」

「「「……あ」」」

「なにやってくれてんのよーっ!!!」

「「……………………」」

「ちょっと、こんな面白い事三人でやってるんじゃないわよ! 私も混ぜなさい!!」

 

当然そんなに激しくのび太とフランが大きな音を立てながら遊んでいれば、いくらお酒が入っていても家主である霊夢は気が付く訳で。

が、さすがに布団を引っ張り出して丸めたもので引っぱたきあうなどと言う遊びをしているとは全く想像していなかったようで、障子をがらりと開けて入ってきた霊夢ものび太とフランの様子を見て思わず絶句してしまう。

そして、ここに新たなる修羅が誕生した。

新しい布団を引っ掴むとぐるぐると手早く簀巻きのように丸めて猛然とのび太とフランの二人に襲い掛かる霊夢。そうなればもう、のび太もフランも争っている場合ではなかった。二人とも互いに視線を交えると無言で頷いて、鬼のような形相で向かってくる霊夢に布団を持って立ち向かえば、私も混ぜろとレミリアまで参戦する始末。

どうやらのび太とドラえもんの編み出したマット・フェンシングは霊夢さえも童心に戻してしまったらしい。

 

「おーい霊夢、どうしたんだ? ……ってなんだぁ!?」

「あー、ししょーずるい! あたいがさいきょーなのに!」

「幾度の修行で鍛えたこの剣技を持つ私が、真の布団の恐ろしさを見せてあげます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………そしてこの後、博麗神社は子供の日の宴会から一転、のび太とドラえもんが考案した新競技マット・フェンシング幻想郷最強決定戦会場へと姿を変えた事は言うまでもない。

しかし、その勝負が終わった後の参加者の表情は、皆一様に笑顔で実に楽しげだったと、様子を見に来た保護者組は後に語る。

また、この後幻想郷の子供たちの間ではこのマット・フェンシングという競技が大流行し布団屋が上を下への大賑わいをすることになるのだけれども、それはまた別のお話。




たぶん全部終わった後の博麗神社はホコリがもうもうと舞って大変な騒ぎになっていたんでしょうね……。
紫はひっくり返りそうですし、幽々子様辺りはそんな状況でも笑顔でいそうですが。

ちなみに今回登場したマット・フェンシングですが決して私のオリジナルではなく『四次元たてましブロック』という話に登場した競技? だったりします。
ただしその時は二階ののび太の部屋で大暴れしたため、下にいたママに激怒されてしまう、というストーリでした。




さてさて、次は再び本編へと戻ります。
お楽しみに!!


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潜入! となりの紅魔館(その2)

先の更新から二か月近くかかってしまいましたが、お久しぶりです。
時間的にも本来ならもう紅魔編も佳境に入っていて不思議ではないはずなのですが、この『のび太の幻想郷冒険記』正直なところこのまま書いていていいのかな? とこの2か月近くの間にだいぶ書き続けるか止めるか迷いました。
6月末まで書く気が全く起こらず、ある程度書いたし筆をおいてもいいのかなと執筆ページを開く事すらせずにいましたが、他でもない自分が書きたいもの、楽しいものを書いていこうと悟りではありませんがようやく開き直る事で心の迷いに目処をつけたので、このようになんとか再開する事ができました。

恥ずかしながらキャラの動き、書き方さえ忘れかけるほどに時間が経過しているため違和感があるかもしれませんが、そこは平にご容赦願います。




さてさて、紅魔館にやって来たのび太たち。
今回は一体どうなってしまうのか?





のび太とチルノが門番、中国こと紅美鈴に案内され紅魔館の客室へと通されていたちょうどその頃。

のび太たちが通された紅魔館の客室とはまた別の場所……紅魔館が誇る大図書館では、今まさに幻想郷の空を真っ赤に染めている異変を解決するべくのび太たちよりも先にやって来ていた霊夢に魔理沙と、この異変の主犯とによる一大決戦が行われていた。

空が紅く染まったのを見てすぐに寺子屋から飛び出した二人は人里から一路異変解決のために動き出し、紅魔館へと突撃した二人は霊夢の勘を頼りに紅魔館の中を移動し、図書館へとやって来た。そうしてにらみ合い、現在に至っている、と言う訳だ。

片や博麗の巫女である霊夢に白と黒の服に身を包んだ魔法使いの魔理沙。

片や紅魔館の長を務める……とは言えとても齢500には見えないけれどもこれでもれっきとした吸血鬼で、幻想郷のパワーバランスの一角を担うレミリア・スカーレットに、魔理沙と同じ魔法使いのパチュリー・ノーレッジ。

その主犯の二人めがけて霊夢が放った弾幕が、遠慮も容赦も一切なく図書館の本棚を削り、陳列された本を吹き飛ばしながら迫り来る。

館も図書館も、壊れようが吹き飛ぼうが知った事かと言わんばかりの弾幕。その威力がどれ程のものなのかは、当たらなくてもその様子から嫌でも理解できるだろう。

そんな物騒な弾幕が向かってきているのに吸血鬼レミリアは焦ることなく手にした赤い槍を軽々と振り回し、涼しい顔のままあっさりと弾幕を叩き落し、直撃する前に大爆発を引き起こした。思わず『やったか!?』と言いたくなるような、煙と埃がもうもうとたち込めて霊夢たちの視界を奪ってしまう。

 

「……ちょっと二人とも、少しは手加減してもらいたいんだけど。これだってお父様の代からずっと集めてきた貴重な蔵書ばかりなのよ? もちろん質だけじゃなくて数にだってそれなりに自信があるんだから。それをここで図書館を更地になんてされた日には、また一から収蔵する事になるんだからね。そんなお父様にも顔向けできないような事はまっぴらごめん、願い下げよ」

「あら、それなら簡単な話じゃない、ここを更地にしてほしくなければさっさと赤い霧を止めて異変を終わらせる事ね」

「おいおい霊夢、更地にするならその前にいくつか私に本を避難させてほしいんだぜ。レミリアじゃないが、私もまだまだ読んでいない貴重な本もあるからな、それまで全部ダメになったら私のコレクションが減って困るんだぜ」

「……魔理沙、貴女がするのは避難じゃなくて盗難の間違いでしょう? それに、私が結界で防御魔法を展開してなかったら、本当に図書館の本が全部ダメになってるわよ」

 

しかし、そんな煙の下から出てきたのはほとんど無傷に近しい、レミリアの姿だった。

とは言え、霊夢たちが撃ち込んだ弾幕の威力は相当のものだったようで、本来ならばピカピカに磨き上げられ来訪した利用者の冷たい足音が響いていたであろう図書館の床には大穴が口を開けている。

それでも、実のところ戦っているのはレミリアが主でパチュリーはその言葉からも、どちらかというと被害が図書館の外にまで及ばないよう、魔法で結界を張ったりレミリアへと向かってきた弾幕の余波を軽減したりと、補助を担当していた事もあってか、これでもかなり被害は抑えられているらしかった。

けれどもそれは決して楽な仕事ではなく、おまけにレミリアも霊夢も魔理沙も、徐々に勝負がエスカレートしていくせいか一撃また一撃と戦いが進むごとにみしりみしりと嫌な音を立てるのだからパチュリーとしては気が気でないだろう。実際、霊夢たちとの会話のやり取りの最中さえ、彼女は一人冷や汗を流しながら今回レミリアが起こした異変の()()()()()が速く達成されることをただ祈っていた。

 

「魔理沙、回収するならさっさとしておいた方がいいわよ。早くしないと本当にここが更地になるわ」

「だから、そんな暴挙、はいそうですかなんて黙って私がさせる訳ないでしょう?」

「霊符『夢想封印』!!!」

「恋符『マスタースパーク」!!!!」

「……むきゅ、ちょっとは手加減しなさいってば!!!」

 

祈っていたのだけれども、そんな彼女の願いもむなしく、霊夢の身体と魔理沙の手にした小さな箱のようなものが先日のび太を助けるために閻魔様に撃ち込んだ弾幕と同じくらいにまばゆい光を放ち、輝き始める。それがいったい何を意味するのか、残念ながら理解できてしまった魔法使いパチュリーが泣きそうな悲鳴を上げながら霊夢たちに非難の言葉を上げるけれども、残念ながらどうやらここ紅魔館にその声を聴き届けてくれる神様はいないらしかった。

どうしてかと言えば他でもない。パチュリーが非難の声を上げた次の瞬間、霊夢と魔理沙の二人がそれぞれ名前を宣言した弾幕が、ショックガンや空気砲などとは比べ物にならない見た目の弾幕が、レミリアへと飛んで飛んで行ったのだ。

さすがに手にした槍でかき消すのは難しいであろう、その二人の弾幕の光の中にレミリアが消えた……と思った瞬間、紅い光の十字架が立ち上った。

 

「紅符・『不夜城レッド』!!! ……まったく、図書館どころか紅魔館全部をガレキの山に変えるつもりかしら?」

 

不夜城レッド、それは自身の持つ力を弾幕にして発射するのではなく、その場に放出するタイプのレミリアが持つ技である。弾幕を認識して、さすがに手にした槍で弾幕を凌ぐ事が難しいと判断したレミリアは、その自分を中心にして放出するという性質を利用してすぐに迎撃を槍から不夜城レッドへと切り替えたのだった。

おかげで放出された不夜城レッドのエネルギーに壁のような働きをさせる事でレミリアは二人の放った弾幕さえもどうにかしのぎ切って見せたのだ。

ただし、さすがにそれでも槍で弾幕をかき消した時のように無傷で、と言う訳にはいかなかったらしくその服や帽子がところどころ傷ついているのが見て取れる。そんなレミリアの様子を見て、霊夢が鋭い目つきで何かを察したように警戒を緩めないまま、手にしたお祓い棒をびしり、とレミリアに向けて突き付けた。

 

「……ところでレミリア、あんた一体何を企んでるのかしら?」

「たくらむ? どうせ退屈だの暇だのって理由をつけて前にやらかした紅霧異変をもう一度起こしただけのただの異変だろ?」

「違うわ、確かに紅霧異変と同じような異変は起こしているけれども、もし理由が魔理沙の言っているようなものだったらレミリアはこんな消極的な戦い方はしないわよ。さっきからずっと防戦一方で、時間稼ぎをしているような戦い方じゃない。本当ならもっと魔理沙みたいに積極的に弾幕を撃ち込むような戦い方をしてくるわよ」

「「おいおい(ちょっと)こんなのと一緒にしないでほしいんだぜ(わね)!」」

「そう思うなら二人とも普段の行いをもっと悔い改める事ね。で、それよりもどうなの? なんか悪だくみしようって言うんなら、こっちとしてもここを更地にするつもりでいかせてもらうけど」

「いいんじゃないかしら? ただし……そんな事をしている余裕があれば、の話でしょうけれどね」

「……どういう事よ?」

 

霊夢の半ば脅迫に近い言葉にも『やれるものならどうぞ』と不敵に笑うレミリア。この、目の前の吸血鬼が一体何を企んでいるのか、今引き起こされた異変がただの暇つぶしではないと言う霊夢の予想が、霊夢が思い切った行動を取れずにいる大きな理由だった。

先ほど自分でも図書館が蔵書的にも大事な場所だと説明しておいて、いざ破壊して更地にしようとしたらはいどうぞ、では誰の目から見ても怪しいにもほどがある。

そして、レミリアの口から出てきたその答えは二人にとって、ある意味異変以上に見過ごす事のできないものだった。

 

「簡単な話よ、私たちがしている事は霊夢、貴女の言う通りただの時間稼ぎ。本当の目的は、あの外からやって来た面白そうな子供と、貴女たちを引き離す事よ。私とパチェがこうしている間に派遣した咲夜が……っていう寸法ね」

「しまった!!!」

「やられたんだぜ!!!」

「むきゅ、そう簡単に行かせる訳ないでしょう?」

「……魔理沙、こうなったら本はあきらめなさい。ここを吹き飛ばしてでものび太の所に戻るわよ」

「……だな。のび太の安全がかかってるとなれば、悪いが全力全開、最大出力のフルパワーで行かせてもらうんだぜ」

 

異変そのものがただの囮だったと言う事実に、慌てて霊夢たちはくるりと踵を返して図書館の入口へと向かおうとするけれども、その前には二人を行かせはしないとばかりにパチュリーが立ちはだかる。

前後挟み撃ちの状況になってしまった霊夢と魔理沙だけれども、今のび太の身に危機が迫っているとなればもはや遠慮する、と言うつもりはみじんも無いらしい。

その証拠に、これまでにないほど霊夢も、魔理沙もビカビカとまぶしいくらいの明るさで力を込めながら光輝いている。

その姿はまるでアースを取り付けないまま、蓄電スーツを着用し続けたのび太が、ついに許容量を越えて1万ボルトの放電をした時のようだ。

その二人がそこまで貯めに貯めた力を弾幕としてあわや発射! というまさにその時、図書館の扉が申し訳なさそうにぎい、と開いた。

ついでに、扉から顔をのぞかせたのは中国こと門番のお姉さん紅美鈴と、銀色の髪をしたメイドさん。

 

「あのぉ、お嬢様。お取込み中申し訳ありませんが……」

「お嬢様、ただいま戻りました」

「何よ美鈴、門番の仕事はどうしたのよ? それに咲夜も、首尾はどうだったの?」

「いえ、それがですね。あの、咲夜さんとここに来る途中で一緒になったので私も来たんですけど、実はその外から来た子と氷の妖精が門の所にやって来ましたので、今待っているようにと言い含めて客室に保護していますけど……どうしましょう。連れてきましょうか?」

「「「「……………………」」」」

 

美鈴の予想もしなかった言葉に、その場の四人とも思わず時間が止まったかのように言葉を失ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

美鈴がのび太とチルノを客室に案内し、地下室だけは絶対に覗かないようにと説明してから美鈴は客室にしっかりと鍵をかけて出られないようにしてから、主人であるレミリアのもとへと急ぎ足で廊下を走っていた。

もちろんこれは悪意あっての事ではなく、万が一にも彼女が去り際に注意したように客室から抜け出して()()()()()()()()()()()()()()、である。

いくら外から来た人間の、おまけに子供の手で鴉天狗や閻魔と言う、幻想郷でもそうそうたる実力を持つ二人を下したとは言っても、地下室の奥に居る『彼女』に会わせるのはあまりにも危険だと美鈴もしっかり理解している。

いや、状況にもよるけれども美鈴だってもし彼女の相手をせよと言われれば慎重になるほどの、彼女は力の持ち主であると紅魔館に住まう全ての住民に知れ渡っている。そうでなければ、とっくに彼女は地下室から解放されて一緒に自分たちとなんの不自由もない日常生活を過ごしていただろう。

そんな事を考えながら小走りで廊下を移動していた彼女に声がかかる。

 

「いやー、しかし助かりました。ぜひ話を聞きたいからもし来たら客人として丁重に対応しなさいと言われていた子がこんなにも早くに来てくれるなんて。さっき咲夜さんがあの子を紅魔館に招くために出かけてましたけど……ま、咲夜さんには申し訳ないですけど手間が省けたのはいい事ですよね」

「美鈴じゃない、こんなところにいるなんて貴女門番のお仕事はどうしたのよ」

「咲夜さん、お疲れ様です。ちょっとお嬢様に連絡がありまして……。咲夜さんこそ、その様子ですといなかったんですよね? 例の子は」

 

美鈴に声をかけたのは銀色の髪のメイドさんであった。

外の世界ではなかなか目にする事のない格好をした彼女だけれども、美鈴はそんなメイドさんの存在をごく当たり前のように対応し、一緒に主人であるレミリアのもとへと歩き出す。

が、何を隠そうこのメイドさんこそがレミリアの言葉にもあった、この異変を囮にして彼女からのび太の所に派遣されたメイドさんなのである。もちろんのび太当人は自分の身にこんなメイドさんが迫ってきている事などは、露ほども知る由もなかった。

 

「ええ、少なくとも巫女や魔法使いが留守番するように言って、神社に残っているかと思ったんだけど……どこを探してもいなかったのよ。どこに行ったのかしらね?」

「それがですね、今氷精の子と一緒に紅魔館に来てるんですよ。なので、ひとまず客間に保護していてこれからちょうどお嬢様に報告に上がるところだったんです」

「なるほどね、それにしてもまさか異変の真っ最中にその中心である紅魔館までやって来るだなんて……。その子、本当に外から来た子供なのよね? 危機感が欠けていると言うのかしら、それとも神経が太いのかしら」

「どうなんでしょうね? 少なくとも、第一印象では鴉天狗や閻魔を負かしたとはとても思えない雰囲気なんですけど……」

 

そんな事を二人で話しながら、歩みを進める二人はやがて目的地……紅魔館が誇る巨大な図書館の入口を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

「……魔理沙! 急ぐわよ、なんとしてものび太を保護するわ!」

「任せるんだぜ!」

「行くわよ美鈴! 咲夜! 霊夢たちに先を越されるんじゃないわ! なんとしても例の子供を確保するのよ!」

「は、はいっ!」

「お待ちください、お嬢様!」

 

美鈴がもたらしたまさかの報告に一瞬、ゴルゴンの首からの光線でも受たかのように固まってしまった霊夢たち四人。その中でいち早く凍り付いた空気を振り払うように動き出したのもまた、霊夢だった。

レミリアにパチュリー、そして美鈴や咲夜たちがとっさに動けない間に、同じようにまだ固まっている魔理沙の腕をむんずと掴み、図書館の扉を蹴破る勢いで突進してはバアン! と思いきり開かれた扉を後にして一路のび太の部屋を目指してゆく。

その音にようやく復活したレミリアも、霊夢を行かせてなるものかと慌てて転がるように追いかけていけば、主人を置いていけるかと美鈴や咲夜がその後に続く。

 

「魔理沙、のび太はこっちよ!」

「のび太がどの部屋に閉じ込められているのか、分かるのか?」

「たぶんね。私の勘よ勘!」

「霊夢の勘なら安心だな」

「待ちなさい! 廊下を走るなって寺子屋で教わらなかったの!?」

「走らなかったらのび太が危険にさらされるでしょうが!」

「ぐぬぬ、ああ言えばこう言う……咲夜、美鈴! やっておしまい!」

「え? で、でもお嬢様いいんですか? ここで弾幕やナイフを使ったら廊下がボロボロに……」

「何言ってるの美鈴! 傷んだところは貴女が直すのよ」

「やっぱりぃ~!」

 

外の世界でジャイアンとスネ夫がくしゃみをしそうなやり取りをしつつ、一丸となって進む霊夢たち。

そして霊夢がここ、と勘で選んだとある部屋の扉を弾幕で容赦なく粉々に吹き飛ばし中へと駆け込んだ。もちろん後で謝って直そうなどと言う意思は、そこからはみじんも見られない。

そうして中へと飛び込んだ霊夢が周囲を見回して……。

 

「のび太! 大丈夫!? ……って、あ、あれ?」

「おい霊夢、のび太、いないんだぜ?」

 

見回してみても、部屋にはのび太もチルノも、誰もいなかったのである。

 

 




実はレミリアとパチュリー、そして咲夜と言う残りの紅魔館勢の紹介的な話で、客室にいるはずののび太が全く出てこなかったこの回。
果たして霊夢が明けた部屋にはいなかったのび太とチルノはどこに消えてしまったのか? それともすでに危機に陥っているのか? はたまた霊夢の勘が外れてしまい、実は別の部屋にいるのか?

果たしてのび太とチルノの運命やいかに!?



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脱走! となりの紅魔館

遅くなりました。紅魔境編の続きです。

前の話の最後で、霊夢が勢いよく開けた客室の中には誰もいなかった! 
一体のび太たちの身に何が起きたのか!?
そこから今回の物語は始まります。一体どうやってのび太とチルノは客室から抜け出したのか?(棒読み

そしてのび太たちの行く先は……?


「ふぁぁぁぁ……美鈴さん、遅いなぁ。どうしちゃったんだろ?」

「ねえししょー、あたいもうつまんないよー。せっかくここまで来たのに、こんなところにいるだなんてさ。ねえ、探検しに行こうよししょー」

「えー、だめだよチルノちゃん。美鈴さんだって、地下室には行かないでって言ってたじゃない」

「大丈夫だって、ようするに地下室なんて行かなければいいんでしょ?」

「それはまあ、そうだけれどもさ……」

「あーっ、もう我慢できない! ししょー、あたいは探検に行ってくる!」

「あ、チルノちゃん!」

 

霊夢たちが客室の扉を開けて、中にのび太もチルノも、誰もいない事を知るもう少し前。

中国こと美鈴に案内された客室では、早くもチルノが退屈し始めていた。のび太の場合はいつでもどこでも、よほどのピンチでなければ一秒以下で眠る事ができると言う役に立つのか立たないのか、難しい能力を持っているので、昼寝を始めればいいのだけれども残念ながらチルノはそうもいかなかった。

元々活発な性質のチルノはすぐに部屋をうろうろしては退屈だと口にし始め、ベッドの上でじたばたと暴れ始める。

当然そんな事になればのび太ものんびりと昼寝をする事もできず、チルノと雑談をするより他にはなかった。

何もする事がないからと探検に行きたいと駄々っ子のように、いや精神的にも外見的にも駄々っ子そのものなのだけれども、チルノがとうとう我慢できずに部屋の入口へと駆け寄りそのノブを動かして……動かそうとして。

 

 

 

ドアノブはうんともすんとも動かなかった。

 

 

 

「ししょー、おかしいよこれ。ドアが動かない。あたいたち閉じ込められたよ!」

「え? そんなまさか……? あれ、本当だ。ぜんぜん動かないや」

 

ドアが動かないと言うチルノの言葉に、のそのそとやって来たのび太も同じようにノブに手をやり、開けようと試してみるけれどものび太がやったところで結果は変わらなかった。押してもダメ、引いてもダメ、もちろん客室の扉は引き戸でない事は美鈴がこの部屋から出ていく時にのび太もチルノもそれを見ているので知っている。

それはまるで『のび太と雲の王国』で、のび太たちが雲の王国と間違えて迷い込んでしまった天上王国の絶滅動物保護州において、職員宿舎に泊めてもらった際スネ夫が寝室の入口を開けようとした時の様子にも似ていた。その時はスネ夫が見たい番組があったからと出ようとするもカギをかけられたことに気が付き、ジャイアンが扉をぶち破ろうとして……それでも破れない事から閉じ込められた事に気がついたのだ。

今回はジャイアンほど荒っぽく扉を破ろうとする仲間はいないけれども、それでも同じような状況に立たされた事で、のび太も割とすんなり自分が閉じ込められたのだと分かったのび太たちの行動は、天上王国で閉じ込められた時と同じように、実に素早かった。

 

「スペースイーター!」

「ししょー、このでっかいイモムシはなに?」

「これはね、超空間を食べて抜け穴を作ってくれる……って説明するよりも実際に見た方が速いかな。()()()()()()()!」

 

のび太がスペアポケットから取り出したのはイモムシ型のひみつ道具である『スペースイーター』。これは説明通り、壁でも床でもどこでも本物のイモムシのようにかじって穴をあけて超空間の抜け穴を作ってしまうと言うひみつ道具である。

行きたい場所を指定するとすぐさま動き出し、超空間を食べて穴をあけてしまう。もちろん超空間に開けられた穴なので、例えばドアやふすまなどに穴をあけてもその向こう側からは穴があるようには全く見えないと言う実に優れた仕組みになっている。

ただし、欠点としてはしずかの家にトンネルをつなごうとしたらお風呂の底へと出口が開いてしまったり、『のび太の宇宙漂流記』で起きたように、トンネルの出入り口を周囲の物体事……例えば岩にトンネルを作ったところ、岩そのものを破壊されてしまうとトンネルも壊れてしまう、などという事が挙げられる。

もっとも、お風呂に突き当たる事もトンネルの入り口をまとめて吹き飛ばすような怪物に遭遇する事も、そうそうないとのび太は信じていた。

そうこうするうちに、その機能に忠実に従いスペースイーターは早速のび太たちの目の前にある客室の扉へと動き出し、ゆっくりとその重厚なつくりをした木の扉をかじり始めた。

 

「あーっ、ししょー扉に穴が!」

「大丈夫だよチルノちゃん、本当に穴が開いたわけじゃないから。その証拠に、扉の向こうからは穴なんて見えないんだ」

「すげーっ! で、ししょー。この穴ってどこに通じてるのさ?」

「うーん、どこだろう? この部屋から抜け出すために部屋の外、って言ったから部屋から出ることはできるんだろうけれども……トンネルに入ってみないと出口は分からないや」

「そうなんだ、じゃあ中に入ればわかるんだね!」

 

のび太は超空間に穴が開くという現象は、タイムマシンの出入り口で飽きるくらいに見た事があるけれども、当然今まで幻想郷で暮らしていたチルノはそんな現象を見た事はないせいか、扉に穴が開いていく様子に目を丸くして驚いている。

その様子がおかしくて、のび太がスペースイーターの作る超空間の穴の説明をしている間にもみるみるうちに目の前の超空間の穴は広がっていき、最終的には人が一人くぐれるくらいの穴になった所でようやく満足したのか、スペースイーターの超空間をかじり取る食事? は終わった。

 

「できたよチルノちゃん。後はこの抜け穴をくぐればどこか部屋の外に出るんだ」

「すげーっ! やっぱりししょーはすごいや!」

「って、ちょっとチルノちゃん。どこに通じているのかもわからないんだよ!? もう……」

 

空間に穴をあける事の意味を理解できているかはともかくとして、あっさりと自分にはできない事をやってのけたのび太の行いに惜しみない称賛の声を送るチルノ。そしてそのまま、迷う事なく超空間の穴の中へと飛び込んだ。

驚いたのはのび太の方だ。

まさかいきなり穴に飛び込むとは思っていかなったため、のび太も完全に反応が遅れてしまったのだった。スペースイーターの効果で作った超空間の穴はくぐればすぐに目的地へと到着するどこでもドアなどと違い、出入り口の間でいくらか歩いて移動する必要があるためにチルノがのんびりしていれば追いつく事ができたかもしれない。

慌ててのび太もチルノの後を追うように穴に飛び込んだけれども、超空間を抜けて出口から外に飛び出してしまったのか、チルノの姿はもう見えなくなってしまっていた。

のび太とチルノの二人が超空間の抜け穴へと飛び込んでからしばらくして……のび太たちが消えた客室の扉が外から勢いよく吹き飛んだ。

もちろん言うまでもなく、その理由は霊夢が思いきり吹き飛ばしたのだ。

 

「のび太! 大丈夫!? ……って、あ、あれ?」

「おい霊夢、のび太、いないんだぜ?」

「美鈴、本当にここなんでしょうね?」

「本当にここの部屋ですよお嬢様、いくら門の所で居眠りをしている私ですけれども、それくらいは間違えませんよ」

「お嬢様、美鈴は確かに起きている方が珍しいくらいに昼寝が大好きですけれども、嘘をつけば間違いなく自分が不利になるような状況で嘘をつくとはさすがに考えにくいかと……」

「なあ霊夢、のび太の持ってる道具でさ。鍵を開けたり壁をすり抜けたりするような道具ってあったっけか?」

「さぁ、自由自在にどこにでも行ける道具はあのどこでもドアがあるけれども、ドアを使われたら行先はのび太次第だし、どこに行ったかなんて見当はつかないわよ? だからまずはとりあえず部屋を探しましょう。もしかしたらここが危ない場所だって感づいて隠れてるのかもしれないし」

「そうだな、のび太もいろいろ冒険してきたみたいだし、こんな物騒な悪魔の館に来たら、警戒するのも無理はないんだぜ」

「ちょっと! 二人とも人の屋敷を危険地帯みたいに言わないでよ!」

「「違うの(か)?」」

「違うわよ!!」

 

が、霊夢たちがここだ、とのび太が囚われているであろう客室の中に飛び込んで、さあのび太を連れ帰って異変は無事におしまいね、となるかと思いきや、部屋の中にはのび太はおろか、チルノさえ影も形も見当たらない。

霊夢と魔理沙に言いたい放題に言われたレミリアもそこまで言われては黙っていられず、両手を振り回しながら憤慨してみせるけれども、そんなレミリアを慣れたように軽くあしらいながら、霊夢の音頭でもって五人はめいめい部屋の中を探し始めた。

とは言っても、広間や図書館のような広いスペースでもなくあくまでも客間は客間である。のび太の部屋よりはもちろん広いけれども、そもそも普段めったに使われない客間ではそんなに隠れられる場所もないという事で、すぐに捜索は終わってしまった。

結果から言って、ベッドの上も下も、タンスの中も部屋中を探してみたけれどものび太の姿は、どこにも見つからなかったのだ。

 

「……どこにもいないんだぜ」

「……変ね、どうやってここから抜け出したのかしら?」

「美鈴、あなたまさか……美味しそうだからって食べちゃったんじゃ……!」

「食べませんよっ!」

 

霊夢も魔理沙も、首をかしげるけれども残念ながらのび太がスペースイーターで作った超空間の抜け穴は、この部屋に霊夢が飛び込んでくる時に思いきり扉を吹き飛ばしてしまった事で完全にバラバラに吹き飛んでしまっていた。つまり、霊夢たちは抜け穴がそこにあった事に気が付かないまま部屋の中をうろうろと探し回っていたのだ。

これがもし美鈴なり咲夜なりが部屋のカギを用意するまで待って、扉を開けて素直に入って来たのならすぐにでも扉の内側に作られた超空間の抜け穴に気が付いただろう。

気が付いた上ですぐに、扉に開けられた穴がのび太の道具によるものだと気が付いて後を追いかける事ができただろう。

けれども扉が完全に吹き飛んでしまい、そこに開けられた穴も一緒に吹き飛んでしまった事で霊夢たちはそこにあったはずの抜け穴にはついに気が付く事ができなかった。

 

「冗談言っている場合じゃないわよ! 理由はどうあれのび太たちがここから抜け出したのは間違いないんでしょ? なら、急いで探さないと万が一にも地下室に入り込んだらそれこそ命が危ないわ」

「霊夢の言う通りね、万が一にも()()()の所にたどり着かれたら鴉天狗や閻魔を相手にするのとは訳が違うわ」

「だな。よし、それじゃあ何としてものび太とチルノを探すんだぜ!」

「咲夜! 美鈴! 貴女たちは万が一あの子が暴れた時のために、メイドたちを広間に全員集めなさい、何かあった場合には咲夜の判断で避難させること。いいわね」

「「かしこまりました!」」

 

言うが早いか、手にしたホウキにひらりとまたがると魔理沙は屋敷の中とは思えない速さでのび太とチルノを探しに飛んでいく。その速さと来たら、どこかで衝突するのではないかと、見送るレミリアや咲夜が心配そうな顔をしたほどだった。

が、すぐに自分たちも、とレミリアとパチュリーはのび太の捜索に、咲夜と美鈴は館にいるメイドたちをまずは一か所に集めるという指示を遂行するべくバラバラに屋敷の中へと散らばっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、あれ? ここって一体どこなんだ?」

 

霊夢たちがきょろきょろと部屋の中を見回して、のび太を探し回っているその頃……のび太はチルノを追いかけて客室の扉に開いた超空間の抜け穴をちょうど抜け出したところだった。もちろんのび太は、飛び出した後で入って来た入口が霊夢の手で吹き飛ばされてしまった事など露ほども想像していない。

そんな事よりも今ののび太にとって大事なのはここがどこか、という事だった。

さっきまでいた客室とはうって変わって薄暗い部屋、そして薄暗い雰囲気に合わせるようになのか置かれている家具などもボロボロだったり、少なくとも客室のような立派さは見当たらない。

ただ、かび臭いような湿っぽいような独特の空気が漂っている。

その空気をのび太は小学生ながら知っていた。そう、今までの冒険でも何回か放り込まれた覚えのある牢屋で感じた空気にそっくりなのだ。

せっかく抜け出せたと思ったら、抜け穴の先もまた牢屋でしたなど笑い話にもなりはしない。

 

「チルノちゃん、引き返そう! 一度あの部屋に戻ろうよ……あいたっ」

 

と、先にここにやって来たであろうチルノに声をかけながらくるりとその場で後ろを向き、たった今出てきた抜け穴に飛び込もうとして、のび太はしたたか壁に顔をぶつけて弾かれてしまった。

これは抜け穴の入口側、つまり客室の扉が壊されて抜け穴としての機能が消滅してしまったから起きた事なのだけれども、残念ながらのび太はそんな事になっているなどとは思ってもいないため、ぶつけた鼻をこすりながら抜け穴だったはずの壁をもう一度よく確認する。

 

「あ、あれ……? さっきまで抜け穴が使えたのに、おかしいな……」

「ねえ、あなたはだあれ?」

「……!? 誰って……あれ、君こそ誰?」

 

そうして壁をあれやこれやと調べていると後ろから声がかけられた。しかし誰と言うのはどういう事だろうか? 先に抜け穴をくぐったチルノならししょーと呼ぶくらいだし、少なくともチルノならこれだけ薄暗い部屋でも誰なんて質問はしないはずだ……そんな事を考えつつ声のした方へと振り向くと、そこにいたのはチルノとは全く違う金髪の女の子だった。

青い服のチルノとは逆に紅い服と、背中からは細い枝から宝石がぶら下がっているという不思議な様子の羽。かつて天上王国で出会った天上人のパルパルやバードピアの鳥人グースケはもちろん、ここ幻想郷で出会ったチルノとも違うその格好から女の子が少なくとも人間ではないという事だけは理解できた。

ただ、一つ違うのは……そう、雰囲気。

チルノやパルパル、それにグースケもみんなそこには初めて出会った時に、不気味さ、不思議さと言うものはなかった。それがどうだ、今目の前にいる子から発せられる気配はまるで、初めて会った何かを企んでいるのでは、と言うどこか不思議さの中に不気味な雰囲気を見せていたリルルそっくりなのだ。

そして次の言葉で、のび太は自分が彼女に抱いた印象が間違っていなかった事を嫌でも確信する事になる。

 

「私なフランドール・スカーレット、フランって呼んで。それにしても今日はラッキーだわ、おもちゃがこんなにたくさん来てくれるなんて」

「おもちゃ?」

「そうよ、でもさっきのおもちゃはすぐに壊れちゃって、あなたは壊れないで一緒に遊んでくれる?」

「さっきの、って……チルノちゃん!」

「きゅー……」

「ひどい、チルノちゃんはおもちゃじゃないよ! どうしてこんな事をするのさ!?」

 

フランと呼んでほしいと名乗った彼女が視線を向けた先、そこには青あざだらけになり目を回しているチルノが倒れていた。それはまるでのび太がジャイアンにこっぴどくいじめられた時のよう。

いや、ジャイアンがのび太をボコボコにする時は一応どうにかボロボロになりながらも自力で家まで帰宅できるくらいの力加減で殴ってくる事を考えると、チルノはジャイアンよりもものすごい力で殴られたのかもしれない。

あわてて駆け寄り声をかけてみてもチルノは目を覚ますことなく、目を回したまま完全にのびてしまっていた。

これにはのび太も目の前の少女が持つ何か、普通ではない気配からくる恐怖を忘れて思わず抗議の声を上げる。

そこに宿るのはかつて『のび太の南海大冒険』で未来人Mr.キャッシュの要塞と化していたカリブ海のトモス島にて、イルカのルフィンの危機に見せた怒り。あるいはここ幻想郷に来て妖怪の山で自分を助けるために戦ってくれた早苗さんがやられてしまった(と勘違いした)時の怒りと同じ輝きだった。

 

「ひどい? どうして? 力のない妖精と遊んだだけじゃない。悪いって言うのなら、壊れやすいモノが悪いのよ。その妖精もそう、ここに来るモノはみんなそう、私がちょっと遊んだだけでみんなみんな壊れるの! 壊れやすいお前たちが悪いのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乾いた音が、薄暗い空間にこだました。

理由は言うまでもない、のび太が女の子の頬を思いきり平手で打ったのだ。

とは言え、正直なところのび太自身にもどうしてこんな風にできたのか、勇気が出たのか分からなかった。しいて理由を上げるならやはりチルノがあまりにも理不尽な理由でボロボロにされたから、なのだろう。

 

「そんな事ないよ! チルノちゃんは弱くなんてないし、それに君が勝手に誰かを壊す権利なんてどこにもないよ!」

「…………だったら、それを証明して見せてよ! ぬいぐるみも本も私にかかればなんでも壊れちゃう、お父様もお母様も誰でも私の前から消えてっちゃう! 魔理沙や霊夢みたいに壊れない人間だっていたけれども、いつも来てくれるわけじゃない、そんな私が間違っているって言うのなら、貴方がそれを証明してみせなさいよ!」

「えっ!? 霊夢さんに魔理沙さんって……実はとっても強いんじゃ……?」

「あはははははは! それじゃあせいぜい頑張って、証明してみせてね!」

「え、えっと……わ、わぁーっ! 助けて―!! ドラえもーん!!!」

 

勢いよく啖呵を切って見せたのび太に、頬を打たれた事でしばらくの間ショックのあまりなのか呆然としていた女の子……フランがようやく我に返って反論する。

ただし、それは子供のけんかの言い合いでの反論などと言うような生易しいものではなく、今までにたくさんの冒険の中で遭遇してきた魔王デマオンや妖霊大帝オドローム、アンゴルモアに魔竜フェニキアなど、明らかに物騒かつのび太たちを大ピンチに追い込んできた連中に負けず劣らず危険な気配がビンビンに伝わってくる反論だった。

おまけにどこから取り出したのか、ザンダクロスでも持っていた方がしっくりきそうなバチバチと音を立てる真っ赤に燃える剣まで手にしている。

その状態で霊夢や魔理沙は遊んでくれたけど壊れなかった、などと言われればのび太でもフランがあの二人並みの力を持っているかもしれない、と言う想像は容易につく。

けれども、もう逃げるための道はどこにもなかった。

のび太にとって最大の不幸だったのは、今いる場所こそが門番の美鈴に客室へと通された際、さんざん行くなと釘を刺された紅魔館の地下室だったという事だろう。けれども不幸にも、のび太はまだここが紅魔館の地下室なのだとは気が付いていなかったのだ。

こうして、親友に助けを求める、決して届かないのび太の泣き言と共に逃げ場のない戦いが始まってしまったのだった……。




はい、なし崩し的にのび太vsフランちゃんの開始です。おまけに逃げ場は霊夢の手できっちり破壊されてしまいました。
ついでにフランちゃんレーヴァテインを最初から振り回す気満々での開幕です。果たしてのび太の運命やいかに!?







ちなみに時系列的には、ちゃんとフランの設定としては既に霊夢と魔理沙の二人によって紅魔郷の異変は無事解決されており、フランも精神状態が完全な破綻と言う訳ではありませんが、いつも霊夢や魔理沙が遊びに来るわけではないため、本やぬいぐるみで遊んでいますが、能力と力加減を覚えていないせいでみんな片っ端から壊してしまうため、常にある程度強いフラストレーションが溜まっていると言うイメージです。
また本文では言及していませんが、フランが地下に軟禁状態だった理由は姉妹が幼いころ両親が揃って突如消失してしまい、その原因と目されたのがフランの持つ破壊する能力であり、その力を意識してか自覚なしにか、両親へと使ったのではないか? 姉妹はそう『認識している』ため、レミリアはフランを地下へと……と言う設定で考えています。
そのためのび太に対しての発言を『…………だったら、それを証明て見せてよ! ぬいぐるみも本も私にかかればなんでも壊れちゃう、お父様もお母様も誰でも私の前から消えてっちゃう!』としました。
孤独から両親を求めようとしても、それは既におらず、しかもその原因が自分がやったのでは? となればそりゃあ情緒不安定にもなるしどっか精神が壊れても仕方ないよな、それにレミリアの年齢と容姿を考えれば本来なら紅魔館の当主はまだレミリアの親にあるべきなのに、どうしていないのか? と言う所から、このような設定を考えています。



さてさて、その真実やいかに? 次回、ご期待っ!


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戦闘! となりの紅魔館

お待たせしました、紅魔館編六話目の更新です。
そして先に言っておきます。


フランちゃん、そしてフランちゃん推しの皆さん、本当にごめんなさい。
グングニル投げないでっ! マスパ撃たないでっ!
反省はしています(でももうやらないとは言っていない)






さて、のび太vsフランちゃん。果たして戦いの行方やいかに!?



「あはははははははは!!!」

「わあーっ! ドラえもーんっ!!!」

 

薄暗い場所で、どういう訳かいきなり始まってしまったのび太とフランとの勝負。おまけに弾幕での勝負かと思いきやフランは真っ赤に燃える大きな剣、と表現していいのかどうかも怪しいそれをぶんぶんと勢いよく振り回してくる。

それだけなら、剣をかわせばいいのだけれども、剣を振り回すたびに火の粉のように弾幕をばら撒いてくるものだからのび太はそちらも避けなければいけなくなってしまって、必死で走り回りながら二つの脅威からどうにか逃げているというありさまだった。

これは日頃ジャイアンと言うのび太だけでなくスネ夫やはる夫、安雄たちにとって最大級の脅威から必死で逃げ回る事で培われた逃げ足の速さの賜物である。

けれども、その最大級の脅威であるジャイアンよりも、今目の前にいるフランは怖かった。

真っ赤に燃える巨大な剣も怖い、剣からあふれてくる弾幕も怖いのは間違いない。剣は振り回して床や壁に当たるたびに、その場所をあっさりと削ってしまう。さっきのび太が顔をぶつけた壁を、である。もし剣が当たったらどうなるかは言うまでもないだろう。

それだけでも恐ろしいのにそれを振り回してくるフランがかつて『のび太と鉄人兵団』で、ママの手によって物置に放り込まれて怒り心頭だったザンダクロスの頭脳が上げるような笑い声を上げながら向かってくるのである。

これが怖くなくて、一体何が怖いと言うのか。

今のフランの前には中生代でブロントサウルスに襲い掛かったティラノサウルスも、ガルタイト工業本社が送り込んできた刺客ギラーミンも、ダブランダーの右腕サベール隊長も、亡国アトランティスのバトルフィッシュや鉄騎隊も、地球制服を狙う魔界星の王デマオンも、PCIAの長官ドラコルルも、高尾山の湖を取り囲み世界中から押し寄せた圧倒的数の鉄人兵団も、風雲ドラえもん城で恐竜人たちと戦っている最中に地球に衝突したすい星も、妖怪社会に変化した歴史の現代で妖怪に変化したママや先生も、歴史を改ざんし永久王朝を築き上げようとしたギガゾンビも、それ以降の冒険で遭遇したいろいろな相手をひっくるめても……霞んでしまうほどに、フランは怖かったのだ。

それでもまだ目を覚まさないチルノが巻き添えを受けないよう、彼女から離れるように逃げ回っていたのはやはりのび太らしいと言うべきか。

 

「あはははははは!!! さっきまでの勢いはどうしたの? 逃げ回ってるだけなら、さっきの妖精の方がまだ立ち向かってきた分おもちゃとして役に立ったわ!!」

「く……っ、何か道具が、何か道具があれば……えーと、あれでもないこれでもない……んもう! ポケットの中の整理くらいしておけよ! って、最近使ってるのは僕か。僕のバカバカバカ!」

 

ぶんぶんと物騒な剣を振り回しながら迫ってくるフラン、その恐怖に対抗するためには当然のび太も武器を手にする必要があった。いくら射撃にあやとり、ついでに昼寝の達人と呼べるのび太でも丸腰ではただのぐうたらな小学生である。

やはりのび太がその宇宙一と言ってもいいほどに天才的な射撃の腕前を発揮するためには、射撃武器が必要なのだ。

かと言って魔理沙や文と勝負した時のようにのび太愛用のフワフワ銃を使おうものなら、6発ごとに弾丸を装填しなくてはいけないという問題に直面してしまう。魔理沙と弾幕で勝負した時には、物体浮遊術でスカートをめくりあげて魔理沙がひるんだ隙に弾込めを行った。

しかしフランがそんな事をするチャンスをくれるとも思えない。のび太がスペアポケットから取り出したのはこれもまた数々の冒険でお世話になった武器タイプのひみつ道具『ショックガン』だった。これなら少なくともエネルギーが切れさえしなければ残弾を気にする必要はない。

 

「あれでもないこれでもない……えっと、あ、あった! ショックガン!」

「あら、やっと反撃と言う訳? でもそんな攻撃で私を倒せるとでも思っているのかしら?」

「えーっ、ウソーっ!! ショックガンのエネルギーを弾くだなんて」

 

スペアポケットから取り出したそれを素早く構え、引き金を引いた。

一発、二発、三発。引き金を引くたびに、銃口からは直撃すれば大型の肉食獣すら一撃で昏倒させるほどのエネルギーが発射される。が、それほどの威力を持つショックガンの一撃も、フランの手にかかれば光線が直撃する前にあっさりと剣で弾かれておしまいである。いくらのび太の射撃の腕が天才的だと言ってもやはり当たらなければ意味がないのだ。

それでもなおも諦めずにのび太はショックガンを撃ち続ける。正面から、横からあるいは後ろに回り込むようにして、それこそありとあらゆる方向、角度から一発でも命中させられれば、そう考えながら夢中でショックガンの引き金を引き続けるけれども、そのどれもが命中弾となる事は無かった。

フランはと言えば素早い身のこなしでショックガンのエネルギーを素早く避けて見せ、それでも当たりそうになった時には容赦なく手にした剣で片っ端から弾き、あるいは打ち消していく。

いくらフワフワ銃のように弾込めの必要がないと言っても、使っていればいずれはエネルギーがなくなってしまう訳で、このままでは完全に打つ手なしである。

 

「うーん、うーん……なにか隙を作れれば……魔理沙さんの時みたいに物体浮遊術は使わせてもらえそうにないし……」

「ふふふ、ちょっと反撃してきたと思ったらもうおしまい? それなら、つまんないおもちゃはそろそろ壊しちゃうけど……いいかしら」

「えっと、隙が作れそうな道具はあれでもない、これでもない……これも違う……あ、あった! えーいっ!」

「あはははは、そんなの通じないわ!『ピカーンッ!!!』……きゃっ!?!?」

 

魔理沙との勝負で隙を生み出すために活用された物体浮遊術も、魔法世界の住人ならば何をせずとも使えるだろうけれども、のび太の実力では前段階に時間がかかるため、のんびりと待ってくれるとも思えないため、それはフランが相手ではあまりにも危険すぎた。となれば自然とその隙を作る要素はひみつ道具に限られてくる。

かと言ってそんな隙を作ってくれるような、都合のいいひみつ道具があるのだろうか? それがあるのだ。四次元空間の中へと突っ込んだ手で中を探り、今までの日常はおろか冒険でもほとんど使う事がなかったそれの存在に気が付いたのび太はすぐさまそのひみつ道具をポケットから取り出し……フランへと投げつけた。

ちなみにのび太が投げつけたのは『のび太と竜の騎士』で白亜紀の北米大陸にて、バンホーたち恐竜人と哺乳人類との、地上における覇権を掴むための戦い(とドラえもんたちは誤解していただけなのだが)のために取り出した武器? の一つ、こけおどし手投げ弾である。

これは文字通り投げつけて爆発すると光と大きな音を立てて相手を威嚇するだけの、外の世界における閃光弾そのもの、まさにこけおどしな道具なのだけれども何も知らなければ、恐竜人たちの軍勢のように怯むことは間違いない。

実際にフランは手投げ弾をショックガンと同じようにレーヴァテインで振り払った事により至近距離で炸裂させてしまい、まぶしすぎる光をまともに受けたためにのび太の思惑通り目を押さえてうずくまってしまった。やはり名前こそこけおどし、ではあるけれどもそれゆえに閃光の威力は本物なのだ。

ところが、ここまではうまく行っていたはずなのに、のび太の予想していなかった事態が起きた。

 

「うぅーっ! でもこんなもので、こんなもので、私がやられるわけないじゃない……!」

「ちょ、ちょっと……こんなにあの物騒な剣を振り回されたんじゃしっかりと狙えないよーっ」

 

一時的に視力を失ってしまったフランが、あてずっぽうに魔剣レーヴァテインをぶんぶかぶんぶかと勢いよく振り回し始めたのだ。

フランとしても自身の目が閃光にやられて一時的に見えないと言うこの状況を、のび太が絶対に逃すはずがないと分かっていたために必死だった。だからこそなるべく近づけないようにと、レーヴァテインをめちゃくちゃに振り回し始めたのだ。

もしのび太が何かをしようとしても、自身の魔剣の威力を考えれば接近される危険も少ない。

しかし逆に、のび太にとっては隙を作ってその間にショックガンをフランにしっかりと充てるつもりだったのにこれでは落ち着いて充てる事も出来なくなってしまったのだ。

なにしろどう振り回すのかも予測ができないため、もし万が一にも当たってしまった日には亦閻魔様の所に連れていかれかねない。

そんな事は絶対にお断りだった。

悪化してしまったこの状況を打破するにはやはりもう一度何かひみつ道具を使う、それしかのび太には残されていなかった。

 

「あれでもないこれでもない……ジャンボガンや熱線銃は人に向けて撃つものじゃないし、かと言って空気砲やハッタリバズーカじゃお話にならないし……やっぱりこれしかないか。ごめん、フランちゃん。……えーいっ!」

 

ポケットの中のひみつ道具にも武器タイプの道具はいろいろと入っているのだけれども、残念なことにそのほとんどが非常に極端な威力に偏っていると言う欠点があった。

例えばのび太たちが冒険の中でよく使うショックガンや空気砲。これははあくまでも非殺傷兵器に分類される。直撃弾を命中させてもよほどのことでもない限り相手の命を奪う事がない上にコストも安く、ドラえもんが多く仕入れていると言う理由もあるのだ。

ついでにハッタリバズーカはこけおどし手投げ弾と同様に音と光で脅かすだけのまさしくハッタリであるため、とてもではないがこういった場面では使えないのは言うまでもない。

逆に今しがたのび太がポケットの中で手にしたジャンボガン、熱線銃、光線銃などは明らかに対人に使用していいものではなかった。(ただしドラえもんは野比家のネズミ退治、あるいは鬼ヶ島での鬼退治(実は難破したオランダ船の船長であったので彼もれっきとした人間である)にこれらを平気で使おうとしたが……)

その効果はと言うとジャンボガンは『一発で戦車を吹き飛ばす』、熱線銃や光線銃に至っては『鉄筋のビルを一瞬で蒸発させる』と言った代物である。人間やそんじょそこらの妖怪に使った日には惨劇が起こる事は目に見えている。つまりはとても使えたものではなかった。

 

 

 

ではどうするか?

 

 

 

答えは簡単だ、視力を奪っただけでは暴れられてしまうのなら……()()()()()()()()()をさせてしまえばいいのだ。

ここに霊夢や魔理沙たちがいれば、そんなことできる訳がないと言い張るかもしれないが何しろひみつ道具は二十二世紀の科学が生み出したオーバーテクノロジーなのだ。それくらいは簡単である。

そしてフランが振り回してくる魔剣レーヴァテインに巻き込まれないよう、離れながらなおもごそごそとポケットの中を探し回っていたのび太の手に、それを実行できる道具は既に握られていた。

さっきこけおどし手投げ弾を取り出すとき、近くにあったそれも一緒にポケットの口近くまで持ってきてしまっていたのだった。ただ、それではなく手投げ弾を選んだために最初は使われなかっただけ。だからのび太はすんなりとそれを取り出す事ができたのだ。

そしてその道具の時限装置を作動させてから、のび太は今もまだレーヴァテインをめちゃくちゃに振り回すフランめがけて投げつけた。

そうこういう時にうってつけなひみつ道具『時限バカ弾』を。

時限バカ弾とは爆弾型のひみつ道具で、起爆までの時間を設定した上で、使いたい対象の背中などにくっつけて使用する仕組みとなっている。後は簡単な話で、制限時間が来るとバカ弾が爆発し、その爆発に巻き込まれた(たいていの場合はセットされた人間なのだが)相手はバカなことをやってしまうと言う、恐るべきひみつ道具である。

その効果は本物で、爆発に巻き込まれたが最後どんなにまじめな人間でも奇声を上げながら周りから見れば思わず引いてしまうようなバカ騒ぎをしてしまうのだ。

ちなみに実際にこの道具を使った際には、のび太が出木杉に対して使い、しずかの目の前でバカ騒ぎを披露させようと企んだのだが一度目はくっつけたシャツが汚れた事でそれを交換してしまったために、シャツを洗おうとした出木杉の母親が被害にあってしまい失敗。めげずにもう一度設置しようとした時には紆余曲折の末のび太とドラえもんが爆発に巻き込まれてバカなことをやってしまうと言う結果になっている。

それが今、あろうことかフランめがけて投げつけられたのだ。

ただ、それでも投げつける時にはバカなことをしてしまうであろうフランに対して、謝罪の言葉も決して忘れてはいないところがのび太なりの優しさなのだろう。

そして……。

 

「あはははははは! ベロベロ バァー! オ ッ ペ ケ ペ ッ ポ ー ペ ッ ポ ッ ポ ー! ア  ジ  ャ   ラ   カ   モ  ク  レ  ン  !」

「…………」

 

時限バカ弾は一ミリたりとも仕様を間違えることなく十二分にその効果を発揮した。

ごめんとは言ったものの、そののび太さえ引いてしまうほどに奇行に走るフラン。彼女にとって不幸中の幸いだったのは、ここで意識のある者がのび太しかいなかった事だろう。そうでなければ幻想郷中にこの奇行が知れ渡り、未来永劫彼女の名誉には癒す事のできない深い傷がついたに違いない。

そうしてしばらくの間、バカと言うよりも最早頭がおかしくなったとしか思えない気のふれた踊りを続けるフランに対し、のび太はショックガンの引き金をひき、エネルギーを命中させた。

 

「ナ ン ジ ャ ラ モ ン ジ ャ ラ ホ ニ ャ ラ カ ピ ー……って痛いっ、何するのよ!」

「あ、あれ? なんで? ショックガンが効いてないの?」

「当り前じゃない、あの程度の威力で私がやられるとでも思ったのかしら? そんな事よりも……よくも私にあんな気が狂ったみたいな真似をさせて恥をかかせてくれたわね? 当然、それなりの覚悟はできてるって事でいいのよね?」

「え、い、いや……その……できればお断りしたいかな……って……、だ、ダメかな……?」

「ダメ」

「えーっ、そんなそんなそんなーっ!」

「当り前でしょ!! さあ、覚悟する事ね。きゅっとして……『ドカーンっ!!!』」

「っ!? しょ、ショックガンが!」

 

はずなのだけれども。

確かに命中したはずのショックガンにもフランは気絶することなく、ただ痛いの一言で終わってしまう。それだけならまだしも、こけおどし手投げ弾でまぶしさのあまり一時的に視力を失い、時限バカ弾であまりにも間の抜けたと言うよりも頭が狂ったとしか思えないような奇行を強制され、ついでにショックガンで銃撃まで受けた事により、フランは完全に怒り心頭だった。

怒りで目がらんらんと輝き、明らかに危険ですと主張しているオーラが全身から立ち上っている。

おまけにのび太とのやり取りからも、時限バカ弾を投げつける前にのび太はごめんと言ったものの、これではどう謝っても絶対に許してくれそうもなさそうだ。

その証拠に、覚悟しろと詰め寄るフランの手がぎゅっと握られた次の瞬間。のび太の手にしていたショックガンが何もしていないのにバラバラに、と言うよりも粉々に吹き飛んだのだ。

もちろん弾幕をピンポイントに撃ち込まれたり、魔剣レーヴァテインで斬られたりした訳ではない。

これこそがフランが持つ能力『ありとあらゆるものを壊す程度の能力』だった。

物体であればそれが何であれ、たった今破壊されたショックガンのようにあっという間に壊してしまえると言う恐るべき能力。もちろんそれは相手が人間だって関係はない。

 

「驚く事は無いわ、私は何でも壊せるの。それが私の能力。今やって見せたようにあなたの武器も、もちろんあなた自身もああやって壊せるの。素敵でしょ?」

「どこがですか……っ! な、なにかないかなにかないかなにかないか……もうジャンボガンでも熱線銃でも、原子核破壊砲でもいいから、何でもいいから……えーいっ!」

「今更焦っても無駄よ、私の手で貴方は壊れちゃうんだから! ……グウ

 

さっきは人に向けるものではない、と言ったものの自分がいざ命の危機に瀕していますともなればそうは言っていられない。ましてや「問答無用で何でも壊す能力でお前を壊します」と、事前にどうやって破壊するのかまで見せられてしまったのだ。こうなってしまっては四の五の言っている場合ではなかった。

のび太だって命は惜しいのだ。

となれば、もうなりふりなど構ってはいられない。がむしゃらに、ろくに確認もせずにポケットから最初に手に触れた銃型のひみつ道具を慌てて引っこ抜き、それをフランに向けて発砲するのと、フランが能力を使うのとは果たしてどちらが速かったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはははは! 私にあんな事をしてくれたんだからいい気味よ、壊れちゃえ!」

 

……そしてのび太の身体はバラバラに吹き飛び、後にはフランの笑い声がこだましていた。




まさかののび太死亡!?
こけおどし手投げ弾だけならともかく、時限バカ弾まで使ったらそれは怒るよなぁ、と言う今回の勝負回。おかげでブチ切れたフランちゃんのありとあらゆるものを壊す程度の能力によってばらばらにされてしまった(かもしれない)のび太。
さて、命を落としてしまったのび太はまたもや四季様の所に行かなければいけないのか、それとも奇跡の力で能力を回避したのか……? 







どうなったのかについてのヒントは自分なりにですがいくつか出しておきました。
さて、のび太は無事なのか?
次回、乞うご期待っ!!!


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決着! となりの紅魔館(その1)

のび太危機一髪!

フランのありとあらゆるものを破壊する程度の能力を受けてしまったのび太の運命やいかに!?
そもそもどうやって殺る気まんまんのフランに勝てばいいのか!?
と言う訳で紅魔館編、第七話でございます。





…………………………!!!!!

 

 

 

 

 

…………………………!!!!!

 

 

 

 

 

 

「……これは!?」

「……この揺れは!」

「……フランね、とすると例の子たちは地下か!」

「むきゅぅ、最悪の事態ね……」

 

のび太がフランと戦っている頃、客室から消えてしまったのび太をそれぞれ散開して紅魔館中を探し回っていた霊夢たち。

しかし、めいめいがバラバラに分かれて行動を始めてからすぐに霊夢も魔理沙も、レミリアもパチュリーも、各々がそれぞれの場所ですぐに館に発生した異変に気が付き、立ち止まる。何故なら、その異変が起こっているであろう場所の心当たりは彼女たちにとって一つしかなかったからだ。

館をびりびりと揺るがす振動と魔力の波動、もちろん揺れているからと言って地震が起きた訳ではない。

もし地震による揺れなら魔力が感じられる事などないはずだ。

それが揺れと共に魔力の波動が感じられたという事になれば、その理由を知る四人にとってもう行先は決まったようなものだった。

すなわち、門番の美鈴がのび太に絶対に行かないようにと念を押したはずの紅魔館、地下室。

そこがどうして絶対に行かないように言われているのか、その理由が他でもないフランの存在である。彼女が持つありとあらゆるものを破壊する程度の能力、そんな物騒すぎるものを気安く使われた日には紅魔館の内外が壊されたものの残骸であふれ返る事になる。

そうでなくてもレミリアとフランの両親は、二人が幼いころに行方不明になっているのだ。その原因と思しき能力を制御もできないまま出歩かせる訳にはいかない、両親が不在となりその後を継ぐより他になかったレミリアはそう考えた末に苦渋の決断として、紅魔館が幻想郷に来るよりもはるか以前から妹のフランを地下室へと幽閉し続けたのだ。

その危険な能力ゆえに幽閉状態だったフランのいる地下が揺れる、それはフランが暴れている事に他ならない。おまけにその能力の危険さを紅魔館に住む誰もが知っているため、用事もないのに地下に行く事はあり得なかった。つまりは、フランが暴れる相手が地下にいて、その相手はよほどの事がなければ近づかない紅魔館の住人以外の誰か、となる。

フランとのび太の事を知る四人が顔色を変えたのも無理はなかった。そして、すぐに四人はそれ以上の捜索をやめて、それぞれ大急ぎで地下へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランのありとあらゆるものを壊す程度の能力、この『ありとあらゆるもの』の定義には当然物体である以上人間も含まれている。いや、おそらくそれが何らかの方法でもって壊すことのできるモノならば、壊せないものなどこの世界中探してもないのではないだろうか?

そんな物騒な能力を平然とのび太に対し行使したフラン。当然そんな能力に対して対抗するすべなど持たないのび太は、今までに彼女が壊してきた数多の物体同様に断末魔の悲鳴すら上げる暇もなくバラバラに砕け散り、血と肉と、それを包んでいたいくばくかの服がぐちゃぐちゃに混ざり合った無残な死骸へとなり果てた。

 

「あはははは! いい気味ね! オモチャにもならないような力のない人間のくせに抵抗するからこうなるのよ……ハッ。…………って、え!? なんで!?」

 

ぐしゃぐしゃの血と肉の塊へと姿を変えたのび太、妖怪でもここまでバラバラにされてしまったら相当の実力者でもない限り助からない状態までしっかりと壊した事を確認してから、フランは満足げに頷くけれども、すぐにその笑顔は驚きのそれへと変わる事になる。

何故なら完全に壊したはずののび太が、壊れていないぴんぴんした姿でフランの目の前に立っているからだ。

 

「ふぅ、助かった……」

「助かったじゃないわよ! どうして壊したはずなのに無事なのよ! ……分かったわ、貴方人間だなんて言ってるけど、本当は外の世界で長く生きてきた大妖怪なんでしょ。だから再生したのね!」

「え、妖怪?……いや、その……ただ未来の道具で……」

「いいわ! 妖怪だろうと人間だろうと関係ないわ。今度こそ完全に壊してやればいいんだから、えーいっ!!」

 

能力で完全に壊したはずののび太がまったく壊れた様子もなく助かったなどと言いながら生きているという、およそ今まで遭遇したことのない事態にフランが目を丸くして面食らったのは言うまでもない。自分の手とのび太を交互に見比べながら、一体どこで壊し損ねたのか考えるけれども何しろ今までのフランは能力を使えば百発百中で思いのままにモノを壊してきたため、どうしてのび太が壊せないのかさっぱり見当がついていなかった。

それでも、すぐに思考を巡らせてのび太が壊れていないという謎に対してフランが出した結論は……。

 

 

 

『のび太が実は人間ではなく、外の世界で永く生きてきた大妖怪』

 

 

 

であるという、とんでもないものだった。

もちろんそんな事は無いし、そんな話を聞いたらのび太も霊夢も魔理沙も、今はここにいないドラえもんたちもお腹を抱えて大笑いしていただろう。

……約一名、チルノだけは真面目に受け取って「ししょー、すげーっ!!」などとスナオンの力を借りずともコロリと信じ込んでしまうかもしれないけれど。

のび太がフランの能力を受けてそれでもなお生き延びていた理由はなんて事は無い、いたって簡単な事で『最初からそもそも破壊するという能力の効果を受けていないから』なのだ。いくら強力すぎる、というよりもほとんど理不尽に近い能力でも、その効果を受けなければ破壊される心配もないのは当然の事。

のび太が最初に早打ち勝負のようなギリギリのタイミングでスペアポケットから引き抜いたひみつ道具、そこにフランの能力を回避するカギがあった。

銃の形をしたひみつ道具、その名も「ツモリガン」という。これは相手を撃つと撃たれた相手は眠ってしまい夢を見てしまう道具で、その夢の中で今やろうとしていた事を体験させる事によってやったつもりにさせると言う効果を持っている。

実際に使用した時には、今まさにのび太に殴りかかろうとしているジャイアンをツモリガンで撃つ事によってそのまま夢を見始めてしまい、夢の中で思いきりのび太を殴りつけてボコボコにし夢から覚めた時には散々殴ったからすっきりした、これで勘弁してやる。と言う具合である。

今回の場合はのび太がまさにフランが能力を使う瞬間にツモリガンを使用したため、フランは夢の中でのび太に対して能力を使い、破壊したのだけれども当然それはあくまでもフランの夢の中での出来事であって現実ではない。だからこそのび太は何ともないように見えたのだ。

そんな道具を使われたなどとは露ほども疑わないフランはのび太を妖怪だと断じて再度能力を使おうとするけれども、何しろ相手は射撃の天才のび太。

フランが能力を使おうとするたびにそのわずかな時間でもってフランはツモリガンで眠らされてしまい、夢の世界でのび太を壊しては現実に戻り、壊れていないのび太を見る事になる。

 

 

 

「えーいっ!!!!!」

 

「えーいっ!!!!」

 

「……えーいっ!」

 

「……ちょっと!」

 

「……ねえ、そろそろいい加減に壊れなさいよ……」

 

「……もうやだ、こんな化け物だと知ってたらおもちゃにするんじゃなかった……」

 

「お願いだから、もう壊れて……」

 

「助けて、誰か……もう無理……」

 

「い、いやぁぁぁっ!」

 

 

 

壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事。

壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、

壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事、壊す、無事。

壊す、無事、壊す、無事、壊無壊無壊無壊無壊無壊無壊無壊無壊無壊無…………。

 

 

 

一体何回そんなやり取りが続いたのだろうか? 壊しても壊しても、全く壊れる気配のないのび太に、最初は何としても壊してやろうという意気込みがあったのに今では完全に心が折れてしまい、半分泣きながら誰かに助けを求めるという、まるで最初の頃とは別人のような状態になってしまっていた。

こうして人間よりもはるかに長い時を生きてきたという自負さえ完全にへし折られ、気絶という名の現実逃避をフランがする事で、ようやくのび太とフランの命がけの勝負は終わりを迎えたのだった。

 

「……ふぅ、危なかったぁ。けど、フランちゃんには悪い事しちゃったなぁ。それにしても……ここっていったいどこなんだ?」

 

ようやく終わった勝負に、それまでビンビンに張りつめていた緊張の糸が一気に途切れたのか盛大な溜息と共にのび太の全身から、糸の切れた人形のようにへなへなと力が抜けた。何しろ一回でもしくじれば死という、ギラーミンも真っ青な決闘を小学生の身でひたすら繰り返したのだ。むしろ命がかかった決闘にもかかわらず、危なかったで済ませるのび太の神経がどうかしていると誰もが口にするだろう。本人にはそんな自覚はこれっぽっちもないだろうけれど。

その命がけの決闘を支えた、もしこれが無ければ今頃のび太は生きていなかったであろう手に握られたツモリガン。

その新たなる相棒をポケットへとしまい込み、ようやく周りをしっかりと確認する余裕が生まれたのび太は改めて自分が今いる場所をぐるりと見まわす。

薄暗い部屋、というよりも広間と言うべきか。さっきまでいた客室とはうって変わってお化け屋敷の広間かゆうれい城……かつてドイツで売りに出されていたミュンヒハウゼン城の地下牢をうんと広くしたような場所である。実際にフランがここにいた事を考えると、地下牢というのはあながち間違ってはいないのだけど。

その石造りの壁で、その広間の片隅にはフランのものだろうベッドやいくつかの家具が置かれている。

それでものび太は、自分のいる場所がまだ紅魔館の地下室だとは気が付いていなかった。まだここに来る前に飲んだコエカタマリンの効果が残っているのか、「おーい!」と声を発したら飛んで行った声のかたまりが壁にぶつかってばらばらと壊れた。そのことからも壁もかなり頑丈に作ってあるらしい事が伺える。

ひみつ道具さえあればいくらでも脱出できるけれども、かと言ってフランにこてんぱんにやられたチルノと、そして心が折れて気絶してしまったフランを放っておくという選択肢はのび太の頭の中にはなかった。少なくともここから抜け出すにしても、それはチルノとフランの二人がちゃんと目を覚ましてから、という考えのもと、一人無事なのび太は早速動き始めた。

 

「よいしょ……よいしょ……チルノちゃん、もう少し軽くなってくれないかな……。もう、おもかるとう! これで少し体重を減らして……」

 

少し離れた場所で倒れているチルノを運ぼうとしたのび太だが、残念なことにチルノを運ぶにはのび太の腕力ではいささか力が足りなかったようだ。顔を真っ赤にしながらチルノだけではなく、幻想郷の女の子たち全員が耳にしたら本気で怒りそうな事をさらりと口にしながら、おもかるとうの効果で軽くしたチルノ、続いてフランをえっちらおっちらとベッドへと運んでゆく。もちろんベッドに寝かしたら体重を元に戻しておくことも忘れない。

そうして二人をベッドに寝かせてから、さてどうしようかとこれからの事を考えだしたのび太。

まず二人を放ってはおけないし、何よりも自分自身の方向音痴の度合いも考えれば今いる場所がどこかも分からないのに出歩くというのは危険すぎる。ちなみに、もう一度スペースイーターを取り出して、元居た客室までの、壊れた超空間のトンネルをもう一度作り直すという発想の持ち合わせは残念ながらなかった。

 

「部屋の外へ、ってスペースイーターには言っただけだからそんなに遠い場所に出口がつながったとは思えないし、地獄とかあの世とかに繋がったわけじゃなければ霊夢さんたちが助けに来てくれると思うんだけど……」

「……う……うーん、いや……こないで……なんで壊れないの……」

「大丈夫、フランちゃん……。ツモリガンで何回も夢を見せちゃったから、まだ同じ夢を見てるのかも……?」

 

霊夢たちがきっと助けに来てくれると思いつつも、さてこれからどうするかなどと考えているとフランがうなされ始めた。のび太のツモリガンによる何度壊しても決して壊れない不死身ぶりは、どうやらフランの心にとても大きな傷を残したらしい。一度気絶してしまったはずなのに、それでもなお嫌がるのだからよほど嫌だったのだろう。

残念ながら、眠る事については人一倍……いや十倍も百倍も得意なのび太からすると悪夢にうなされるという経験はほとんどした事がない。しかしそのわずかな例外なのが、どくさいスイッチをドラえもんから貸してもらい、世界中の人間を消してしまった時だろうか。当然、どくさいスイッチを借りた時からだいぶ経つけれども、決してその時の恐怖を忘れた訳ではない。

その自分が経験したのと同じような悪夢を今、フランが見ているのだとしたら、たとえ命を狙った相手だとしてもそれを放っておけないのが、のび太の性分だった。

 

「うーん、こういう時どうしたら落ち着いてくれるかな……。ドリームプレイヤーで楽しい夢を見せるのも、たぶん先に寝ちゃってるから無理か……。ほかの道具で夢を外からいじったりできる道具ってあったかな……ないか……。となると、どうしようか……」

「……誰か……たすけて……」

「こんな時になぁ、ぐっすり眠る方法は……これしかないかな……」

 

ごそごそとしばらくポケットの中をあさって、結局憶えている限りの道具の中でのび太の希望にかなった道具は見つからず、のび太がとった方法は子守歌、だった。

かつて「のび太の宇宙小戦争」でピリカ星へと降り立った時、首都ピリポリスの地下に存在するギルモア将軍の体制に反対するレジスタンス組織・自由同盟のアジトでメンバーの一人が歌っていた曲。

歌を聴き終わってすぐに逮捕されてしまい、結局彼から曲の名前も聞けなかった、けれども忘れようとしても忘れられない曲。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲しい時には 町のはずれで

 

電信柱の明かり見てた

 

七つの僕には 不思議だった

 

涙うかべて 見上げたら

 

虹のかけらが キラキラ光る

 

瞬きするたびに 形を変えて

 

夕闇にひとり 夢見るようで

 

しかられるまで たたずんでいた

 

ああ僕はどうして 大人になるんだろう

 

ああ僕はいつごろ 大人になるんだろう

 

 

 

目覚めた時は 窓に夕焼け

 

妙にさみしくて 目をこすってる

 

そうか僕は 陽ざしの中で

 

遊び疲れて 眠ってたのか

 

夢の中では 青い空を

 

自由に歩いて いたのだけれど

 

夢から覚めたら 飛べなくなって

 

夕焼け空が あんなに遠い

 

ああ僕はどうして 大人になるんだろう

 

ああ僕はいつごろ 大人になるんだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、悪夢にうなされるフランを寝かしつけるための歌だったはずなのに、気が付けばのび太の方もこっくりこっくりと舟をこぎ始めていて。

 

「ぐぅ……ぐぅ……」

 

あっという間にそのままのび太もまた、夢の世界へと旅立って行ったのであった。




はい、前回の答え合わせはツモリガン、でした。
読者の皆様きっちり正解してきますからね……ツモリガンなんて大長編でも使われない割とマイナーな道具だと思うんだけどな 

また今回のび太が歌った少年期については、漫画大長編ドラえもんでは自由同盟のアジトについてすぐに会議を始めてしまいますが、劇場版では自由同盟のメンバーの一人がギター片手に歌うというシーンがあるため、それをもとにのび太は聞いた事があるという設定にしました。
なお、のび太が映画主題歌を聴いているのはこの宇宙小戦争の少年期とワンニャン時空伝のシャミ―が披露したYUME日和しかなかったかと思いますが、後者は女性ボーカルの歌という事もあり、のび太が歌うにはちときついんじゃないかとの考えから(後作者の個人的な好みから)少年期を採用しました。




さて、フランをどうにか退けたのび太。
フランはどうなるのか? そして、消えてしまったスカーレット姉妹の両親の謎は?
いよいよ紅魔館編も佳境に入ります。


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決着! となりの紅魔館(その2)

大変お待たせしました、というか二か月間全く投稿できず申し訳ありません。
こちらの作品を書く気がなくなった訳ではなく、秋季例大祭の原稿でだいぶ苦戦していたが故の投稿できない期間でしたが、例大祭も無事終わり投稿の運びとなりました。
2か月近くこちらの作品かいていなかったため、作業再開して数日は書き方を思い出すところから始まったのは内緒です(滝汗




前回ツモリガンの効果でフランを気絶させてどうにか助かったのび太、果たしてこれで異変は解決になるのでしょうか……?


「さっきから続いていた振動が止んだわね……魔理沙、もっと急ぐわよ!」

「言われなくてもさっきから全速力だぜ!」

「パチェ、貴女が全力で解除作業にあたったとして……地下室の結界の解除にどれくらいかかる?」

「どんなに急いでも1分はかかるわよ。そもそもあの子の能力でも壊せないくらいに対魔力へと特化させた結界なんだから、結界を展開した段階で緊急解除なんて想定していないのよ」

「じゃあ、今度から緊急用の解除方法とか、緊急用の抜け道とか用意しておきなさいよね」

「無茶言わないでよ霊夢、そもそもこんな事が頻繁に起こること自体普通ならあり得ないんだから」

「その普通ならあり得ない事が今、起こってるんだぜ!」

「そんな話はいいから、さっさと急ぐわよ!」

 

紅魔館の地下へと続く魔力で灯されたランプがほのかに光るだけの薄暗い階段に、四人の声がこだまする。

言うまでもなく、声の主は霊夢に魔理沙、レミリア、そしてパチュリーの四人である。

紅魔館の各所にのび太を探すために散らばった四人はその後、地下にのび太がいるであろうことに気が付いて各々地下を目指していたのだけれども何しろ地下へと続く道は一つしかなく、そこを目指すうちに一人二人と合流してゆき、結局また最初のように四人集まってしまったのだった。

おまけに彼女たちが地下を目指していたその途中で、ここにのび太がいると判断する理由ともなった地下からの振動、それがぱったりと止んでしまったのだから霊夢たちの不安は増すばかり。

振動があったという事は少なくともその間、のび太は生きていたからこそフランも紅魔館を揺るがすほどの力を振るっていたと言える。それが止まってしまった今、フランが力を振るう必要がなくなった……すなわちのび太が無事ではない可能性が大きくなってしまったのだ。

そして、レミリアとパチュリーの会話ではないが、地下室はフランの幽閉という役割を与えられているためきわめて頑丈にできていた。

吸血鬼のパワーでも壊れないように丈夫に、さらにフランが持つ「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」でも、壊せないように外からパチュリーの手で、魔力に対して極めて強固となるよう結界まで展開することで地下室はちょっとやそっとでは出入りができないようになっている。

しかしそれはつまり、今すぐにでも飛び込みたいいざという時にも中に入れないという事でもある。

地下へと続く長い階段を下りながら、隣の友人へと時間を聞いたレミリアも返ってきた「中に入るのに必要な時間は最低でも1分」という答えに霊夢同様長いと思いつつも、レミリアは文句を言えなかった。

何しろ結界を大イカが海底のテントを叩き潰すような『ちょっとやそっとどころではない力でも壊れないように』と頼んだのは他でもないレミリア自身なのだから。

そんな彼女たちだから、パチュリーが結界を解除するが早いか先を争うようにして地下室へと飛び込んでのび太の無事を確認しようとして……。

 

「のび太!? 大丈夫、無事!?」

「のび太!! 無事なら無事って返事しろ!! 無事でないなら無事でないって言え!」

「どう、例の子はいたかしら!?」

「むきゅぅ、魔女使いが荒いのよ……」

「おーい! のび太……って……」

「魔理沙、いたのび太!?」

「……ああ、いたんだぜ」

 

フランとチルノが横になるベッドの脇で、あの世でもこの世でも変わらない見事な鼻提灯を作りながらぐうぐうと気持ちよさそうに居眠りするのび太の姿を目にした時の四人の顔といったら、それはもう怒ったママに負けずとも劣らないものすごいものだった。

命の危険があるからと、心配して地下室に飛び込んだら心配されていた当ののび太はこれである。霊夢たちの表情が険しくなるのも無理はないだろう。

 

「こら、のび太! 起きなさいっ!」

「……あいたっ! って、あれ? 霊夢さんに魔理沙さん、それに……よく知らない人も。どうしたんですか? そんなにうちのママみたいに怒った顔をして」

「「のび太のせいでしょうが(なんだぜ)!」」

 

そんなのび太を起こすために霊夢が怒りの声と共に手にした大幣で熟睡しているのび太の頭をすぱん、とひっぱたくとようやくのび太はいびきをかくのを止め、寝ぼけ眼をこすりながら目を覚ました。

ただし、そこは腐ってものび太である。頭を大幣で叩かれた程度ですっきりと目覚めるのならば慧音だって苦労はしないだろう。

案の定目を覚ましたのび太は霊夢たちの前で大あくびをしながら周囲をきょろきょろと見回して、実にのん気な事を言い出す始末。これには霊夢も魔理沙も容赦なくツッコミを入れるが、そもそもどうして怒られているのかを理解していないのび太にとって、これは意味のないものだった。

ちなみにこんなのび太たちのやり取りを見ていたレミリアとパチュリーの二人は揃って『こんな間の抜けたような子供がどうやって暴走したフランから逃げ延びたのかしら?』と頭に?マークを浮かべていたりする。それだけレミリアとパチュリーにとって、のび太という存在に対しての評価はあまりにも平凡すぎるただの子供でしかなかった。

なら、一番いい方法は何か? 聞いてしまえばいいのだ、直接のび太と戦ったであろう本人に。

と言う訳でベッドですやすやと、ようやく眠りについたフランを何も知らないレミリアがゆさゆさと揺さぶってフランを起こしにかかった。

 

「フラン、起きなさいフラン」

「……んんー……はっ! ……お、お姉様助けて! 化け物が! いくら壊しても全然壊れない化け物が現れたの!! あれが人間だなんて嘘よ! 絶対に外の世界に潜んでた化け物に違いないわ!」

「落ち着きなさいフラン、一体誰が化け物なの?」

「そう、見た目はしまりのない顔をした弱そうな人間みたいな奴なのに、いくら壊しても壊れないのよ」

「……ねえ、ひょっとしてそれって僕のこと?」

「そう、あなた……って、いやぁぁぁっ!!」

「大丈夫、大丈夫だから落ち着いてフラン。ちょっと、一体何があったのよ? この子がこんなにおびえるなんて今までになかったわよ?」

「そうだな、確かにいくら道具を使うと言ってもフランの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を相手にするのはそう簡単な事じゃないんだぜ」

「でも、未来の道具の事だからひょっとして時間を巻き戻すとか、能力を封じるとか、そんな道具もあるんじゃないかしら」

「え、いや……その、このツモリガンって言う道具で……、眠らせ続けてたら泣いちゃったんです」

「どういう事かしら? 眠らせ続けたら泣いたって」

 

ただ、起こしたのはいいけれども、何しろついさっき壮絶な戦いの果てに精神が壊れる寸前まで追い込まれた相手がまだすぐそばにいたのだからフランからすればたまったものではない。

再度錯乱しそうになるのを、レミリアがしっかりと抱きしめて落ち着かせなければまた気絶していたかもしれない。そんなだから、流石にレミリアも妹がここまでになるなんて一体何があったのかと、のび太に対して語調を強くして問いかけてしまうのだった。

そんな彼女たちに、若干圧倒されつつものび太はたったさっき自分の命を救ってくれたツモリガンの効果と、どうしてそれを使う事になったのかをなんとか説明するのだった。

 

 

 

 

 

 

のび太説明中……

 

 

 

のび太説明中……

 

 

 

のび太説明中……

 

 

 

のび太説明中……

 

 

 

 

 

 

「なるほどな、客間から行先の分からない空間のトンネルを作ったら地下室に出て、チルノを痛めつけられたからフランに怒って戦いになったと……。本当に運がいいのか悪いのかわからないなのび太は。で、その銃で撃たれると撃たれた相手は何かしようとしていた事をやり終えたように錯覚してしまうと。だからツモリガン、か……それでフランは能力を使ったつもりにさせられ続けたのか。しかし今回は命の危険があったからいいけれども、弾幕勝負で使われたらのび太に勝てる奴、この幻想郷にいるのか?」

「なるほどね、扉に空間の穴を開けたのなら、どうやって部屋から抜け出したのか分からない訳だわ。突入する時に客間の扉、粉々にしちゃったし……。でも、本当に魔理沙の言う通りよね。紫ならスキマを使ってどうこうできるかもしれないけど……ま、大抵の人間も妖怪も初見じゃどうしようもないでしょうね。今回のフランと同じように、弾幕を撃ったつもりにさせられてその間にのび太の銃で風船にされるのがオチよ。と言う訳でのび太、この銃は命を奪ったり傷つけたりする武器じゃないけど、別の意味で物騒だから本当に危険が迫った時以外は使うんじゃないわよ?」

「ええ、そんな事ないと思いますけど……? でも、霊夢さんが言うのなら……それに僕もフワフワ銃の方が手になじんで使いやすいですし……」

「まあ、無事だったんだからよかったけれども、本当に命知らずな事をしたわね。フランを相手に頬を叩いて怒るだなんて、あの子の能力を知っているからこの紅魔館の住民だってそうそうやらない事よ? 次はないんだから気をつけなさい。……相手の行動を催眠状態にして錯覚させる道具だなんていいわねそれ、後で魔理沙に内緒で図書館の警備用に貸してもらえないかしら

「そうね、パチュリーの言う通りだからあまり言いたくないけれども、あの子をしっかりと叱って生き延びたなんて、もう二度としないで頂戴よ? あんな事を来るたびにされたら、私たちの心臓も紅魔館も持たないわよ。 ……後パチェ、貴女銃なんて使えたかしら? ひっくり返ったり明後日の方向に撃ちそうな未来しか見えないのだけど」

「うっ……た、たぶん大丈夫よ、たぶん……」

 

のび太の説明が終わった後、どうして地下室にいたのか。そしてどうしてフランと戦う事になり、さらに幻想郷でも恐れられる能力の持ち主であるフランを気絶させるに至ったのか。説明によって明かされた理由、そしてツモリガンの効果に、話を聞いていた霊夢も魔理沙も頬から冷や汗が伝うのを感じていた。

当然だろう、のび太が銃を使った場合どれだけの凄腕なのかはもう嫌というほどに霊夢も魔理沙も見て知っている。

なにしろ風圧で弾かれはしたものの、目にも映らない速さで空中を移動しながら攻撃をすると言う鴉天狗でなければ不可能であろう『無双風神』を撃っている最中の文にさえ、フワフワ銃の弾丸を当てて見せたのだ。

文の周囲に渦巻いていた風圧によって弾かれなければ明らかに命中していたと文も認めるほどの腕前を持つ、人間を辞めたような射撃の腕前ののび太がツモリガンを手にして弾幕勝負をしたら、間違いなく勝負になどなるはずもない事は、霊夢にも魔理沙にも簡単に想像がつく。

勝負開始直後にのび太と相対した相手はツモリガンに撃たれ、その効果で弾幕を撃ったつもりになり、そのまま夢を見ている間にフワフワ銃で撃たれておしまい、である。これではごっこも勝負もあったものではない。

ただし、のび太の腕前をほとんど知らないレミリアにパチュリーの二人は、逆にのび太の銃の腕前やツモリガンの効果に興味津々なようでパチュリーはツモリガンがあれば図書館の警備が楽になるとぼやいていたり

、レミリアはそんなパチュリーに銃を扱うのはやめておきなさいとたしなめたりしている。

そんな面々に確認するかのように、魔理沙が口を開いた。

 

「……で、ひとまずのび太の無事も確認できたんだが、この後どうするんだ?」

「どうするって……空が真っ赤になってるのを解決するために霊夢さんも魔理沙さんも、ここへ来たんじゃないんですか?」

「あ……しまった、そう言えば霧を消すの忘れてた……」

「何してるのよレミィ、早く消さないと。考えたら私たちだって魔理沙たちとにらみ合ってた最中じゃない」

「仕方ないでしょうが! だって霊夢たちと戦ってる最中にこの子を保護したって美鈴の報告があったんだもの。おまけにその後でこの子勝手に地下室に移動するし……」

「いいからレミリア、さっさと人々に迷惑をかけてる紅い霧を今すぐに消しなさい。でないとアンタの身体が霧の代わりに霧みたいに消える事になるわよ?」

「わかったわよ、そもそも霧だってこの子を連れてくるための口実みたいなものだったんだしね。まあ、フランをひっぱたいて叱るわ、怒ったフランと戦って逆に気絶させるわ、そんなとんでもない子にちょっかいをかけるような事、もうしないわよ」

 

それは、異変解決の途中でもあったレミリアとパチュリーに対して釘を刺す意味もあったのだろう。

なにしろのび太も忘れていたけれども、今は幻想郷の空が紅く染まる霧に包まれた異変の真っ最中なのだ。その解決に飛び出していった霊夢と魔理沙を追いかけてここまで来たのび太を保護したと、門番の美鈴が霊夢やレミリアたちがにらみ合っている中やって来た事でうやむやになっていただけで、本来ならばまだ決着はついていないのだ。

だからこそ、魔理沙はあえてこの後どうするのか、と尋ねたのだろう。

レミリア自身も、霊夢たちとにらみ合いをしている途中だった事にここでようやく気が付いたらしく、大幣を突き付ける霊夢に、とうとう降参の意を込めて両手を上げたのだった……。

 

「よし! これにて異変は解決ね!」

「ふぅ、これに懲りたらのび太に手を出そうとするのは止めておくんだぜ」

「へぇ、霊夢さんたちこうやって異変って解決してるんですね……神社でいつもぐうたらしてる霊夢さんとは全然違うや」

「ちょっとのび太! いつ私が神社でぐうたらしてたのよ! あれはぐうたらしてたんじゃないの。いつやって来るか分からない異変に備えてすぐに戦えるように英気を養っている、って言うのよ」

「なるほど、そうだったんですね」

……ものは言いようなんだぜ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、あの真っ赤な霧を消すって、どうやってやるんです? 雲とりバケツでもあの量はちょっと取り切れないかもしれないし……バショー扇で吹き飛ばしたりしますか?」

「のび太、あのバショー扇はもう大丈夫だ。さすがにあの風に三回も吹き飛ばされそうになるのは私も少々辛いんだぜ」

「そうね、雲とりバケツは何なのかわからないけど、バショー扇はさすがに紅魔館が吹き飛ぶかもしれないから、使わない方がいいわね。それにあの紅い霧はこのレミリアが出したんですもの、自分で出したものは自分で何とかするでしょうから、のび太は手伝わなくていいわよ」

「ちょっと! 少しくらいは手伝ってくれたっていいじゃない! 私だってその貴方の不思議な道具、見てみたいわよ!」

「レミィ、ここは諦めて、自分で消しなさい」

「パチェまで!?」

 

ちなみに異変が終わったと霊夢が宣言を出した後で、紅い霧をどうやって消すのか分からないのび太と霊夢やレミリアたちとの間にこんなやり取りがあったとかなかったとか。

 

 

 




ひとまず紅い霧も無事に消える運びとなり、第二次紅霧異変は解決となりました。
しかしまだまだ紅魔境編は少しだけ続くような……?


次回、乞うご期待っ!!


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封印! となりの紅魔館(その1)

お待たせしました。紅魔郷編の続きです。
どうにかフランとの死闘に決着をつけたのび太、さてさてこれでようやく異変も解決し人里に帰る……のでしょうか?



「うぅー……うぅー……」

「ほらフラン、何しているの。幻想郷でも名だたる名家スカーレット家の次女ともあろうフランがそんなにいつまでも負けにこだわるんじゃないわよ」

「だってだってお姉さま、あんなの卑怯よ、反則よ! どうやってあんな能力に勝てばいいのよ! 『撃たれた時にやろうとしていた事をやったように夢で体感させる』なんて、絶対に勝てないわよ! それに、つまりはこの子その銃で私の事何回も撃ったんでしょ? うぅ……」

「いや、それ言ったらアンタの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』だって大概でしょうが」

「あー、えっと……ごめんなさい……」

「ししょーはやっぱりすごいな、あたいが全くかなわなかったフランをやっつけるだなんて。あたいも次は負けないようにししょーと修行するからな」

 

異変も無事に解決し、場所が変わってここは紅魔館の食堂である。そこで今回の異変に携わったのび太にチルノ、異変解決のためにやって来た霊夢、そして魔理沙。紅魔館側からはレミリア、パチュリー、そしてフランに咲夜と美鈴。紅魔館の主力たる面々と霊夢に魔理沙とのび太たち、つまりは今回の異変に関わったメンバーが一堂に会すると言うなかなか壮観な光景が広がっていた。

もちろんこのような事になったのにはちゃんとした訳がある。

 

「……よし、ひとまず異変も終わったし帰るとするか」

「そうね。ひとまずこれで異変も終わりだし、のび太も寺子屋で勉強途中で投げ出してきたんでしょ?」

「あっ、いっけない! どうしよぅ……慧音先生に怒られる……」

「大丈夫よ、私たちものび太の事説明して怒られないように話をしてあげるから」

「よかったぁ、またあの頭突きを受けたくはないし『ぐぅぅぅ……』」

 

 

異変も解決したと霊夢が宣言し、さて人里に帰ろう。でも今帰ったら寺子屋で宿題をしている最中に逃げるように飛び出してきたから間違いなく慧音に怒られる、と悩んでいたその時、のび太のお腹が盛大に空腹を訴えた。

なにしろ寺子屋から抜け出して紅魔館までやって来てから、さらに何時間も時間は経過している。のび太がお昼を食べずにやって来たのび太の腹の虫が盛大に騒いだのも無理はなかった。

そんな様子を見たレミリアが、これはひみつ道具や色々な話を聞くチャンスとばかりに「あら、ずいぶん大きな腹の虫じゃない。どうする、なんならウチで一緒に食べてく?」と提案してきたのだ。

お腹がペコペコなのび太からすればこの提案に乗らない理由はなく、ついでに保護者としての立場と食費が浮くと言う経済的な理由から、霊夢や魔理沙も首を縦に振り、紅魔館の主要メンバーと霊夢や魔理沙にのび太という面々による、大昼食会をという話になったのだった。

こうして食堂に集まったのだけれども、残念ながらその中で唯一のび太と戦いそして気が変になるほどの恐怖を体験させられてしまったフランだけはのび太に負けた事をいまだに根に持っているらしい。目を覚ましてからも、食堂に移動するときに、果ては席についてからも。ずっとのび太の事をにらんでいたのだから。

結局このフランとのやり取りはメイド長でもある咲夜が料理を持ってくるまで続いたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しーいこの料理、こんなに美味しい料理食べた事ないや」

「大丈夫ですよ、そんなに慌てなくてもおかわりはいくらでもありますから」

「ちょっと、のび太だっけ? 貴方、そんなに慌てて食べたらのどに詰まるわよ? 咲夜の言う通りもう少し落ちついて食べなさいよ」

「グルメテーブルかけの料理も……ガツガツ……美味しいしお手軽だけれども……さすがにモグモグ……この料理には負けるわね……んぐ、っ……ふぅ」

「霊夢はもっと落ち着いて食べるべきなんだぜ……」

「ちょっと、誰も盗み食いなんてしないんだから食べるならもっと上品に食べなさいよね霊夢」

「よーし、あたいもししょーに負けないように食べるぞ」

「あー、確かに美味い料理だが、チルノも張り合わなくていいんだぞ」

 

最初はグルメテーブルかけで全員分の料理を用意しようとしたのび太。初めてグルメテーブルかけを見た霊夢よろしくただの布切れで何をするのか? といぶかしげにその様子を見ていたレミリアに霊夢と魔理沙が持ち主でもないのに得意げに効果を説明すると、対抗意識を燃やしたのかメイドの恰好をした咲夜へと指示を出したのである。すなわち食事の用意を、と。

もちろんパラレル最遊記で妖怪軍団の本拠地火焔山の中、妖怪軍団の羅刹女がやったように縄で縛られたままマグマのように燃え盛る炎にかけられ、ぐつぐつと煮えたぎった油で満ちた鍋に、のび太を放り込んだ訳ではない。

ただ、本当にのび太のグルメテーブルかけ並みの速さで、目の前に料理を出現させたのだ。

グルメテーブルかけとも違う、でも瞬時に料理を出すと言う種も仕掛けも分からない料理に最初は驚いたのび太だったけれども、その好奇心さえ先刻から訴え続けている空腹を前にしてはとうてい勝ち目などなく。のび太は、そして霊夢は出された料理へと飛びついたのだった。

その勢いに供された見事な料理はあっという間に消えてゆく。あまりの食べっぷりにレミリアも苦言を呈するけれどものび太も霊夢もそんな事を気にする様子は全くない。

 

「げっぷ……、もう食べられないや……ごちそうさまでした……」

「お粗末様です」

「本当によく食べたわね……」

「でもお嬢様、もてなす側としてはこれだけ美味しそうに食べてもらえると嬉しいものですわ」

「霊夢の食べっぷりは美味しそうと言うよりも意地汚い、の方がしっくり来そうだけどもね」

「あたいももう食べられない……」

 

こうしてどれだけ時間が経ったのか。数々の料理を食べ、完全に一口も入らないという所まで食べに食べたのび太に霊夢、そしてのび太に負けじと食べたチルノ。そのお腹の様子は『目は口ほどに物を食べ』のエピソードで登場した食品視覚化ガスの効果で限界近くまで満腹になった時のドラえもんやのび太のようである。

つついたらそのまま爆発してしまいそうなほどにふくれたお腹をさする三人。ようやく空腹も満たされて人心地ついたところで、のび太が思い出したように咲夜へと質問を投げかけた。

やはりどうやって何もないところから、何もひみつ道具も使わずに料理を取り出したのか? あるいは出現させたのか? 空腹が満たされた事で好奇心が戻って来たらしい。

しかしその質問に答えたのは、メイドの咲夜ではなくその主であるレミリアだった。

何しろ客室から地下室へ、そのままフランとの戦いという忙しい一日を過ごしていたのび太にとって紅魔館の面々が誰なのか。そもそも果たして人間なのかあるいは妖怪なのか、名前さえ紹介されていないのである。

自己紹介も含めてちゃんと仕掛けを説明してあげなさいと言うレミリアの言葉が無ければ、のび太にとっては紅魔館の門前で自己紹介を済ませた美鈴以外は謎の人物でしかなくなってしまうだろう。

 

「お姉さん、さっき何もないところから急にいろいろなごちそうを出してくれましたけど、あれってどうやって出したんですか? グルメテーブルかけを使っている訳でもなかったみたいですし手品みたいにも見えましたけど、タネもしかけも分からなかったですし……」

「そうよね、おそらくあれは初めて見た者にはわからないだろうしね。なら、お互いに私たちの自己紹介も含めて咲夜、そろそろこの子にちゃんとネタばらしをしましょうか」

「かしこまりましたお嬢様。えっとですね、私の名前は十六夜咲夜、以後お見知りおきを。さっきの質問の答えですけれども、私は普通の人にはない能力を持っていまして『時間を操る程度の能力』を使えるんです。だから、さっきは時間を止めてその間に料理を作って、お皿を並べた所で止めていた時間を解除した、という事ですわ」

「そうね、私たちは何らかの能力を持っているのよ。咲夜の場合は時間を操る、魔理沙なら魔法を使う、そっちのレミリアは運命を操る、ちなみに私は空を飛ぶ程度の能力、ね」

「咲夜さん、ですね。僕はのび太、野比のび太です。でもすごいですね、時間を止めたり運命を操るだなんて……まるでひみつ道具みたい。でも、それって時間を止めたまま解除できなくなる、なんて事は無いんですか……?」

「解除できなくなる? さすがにそれはないわね、もしそうなった時の事は想像したくもないけれど」

「へぇ、いいなぁ……。時間も止められるし解除できなくなる心配もないなんて」

 

そんなレミリアのお陰でだったが、まずは時間を操ると言う能力と共に自己紹介を受けたメイドの咲夜。

人間ではあるけれども、時間を操り停止させた世界で行動できると言うのび太の扱うツモリガン並みに反則としか言えない能力である。

しかしそんな反則級の能力でさえ、のび太からしてみればひみつ道具で何回も体験した事のある事象だった。そして、その恐ろしさを嫌というほど体験した事象でもある。

というのも、以前のび太はドラえもんが出した『タンマウォッチ』を使って世界の時間を止めた際、時間を止めたままタンマウォッチを壊してしまい、結果として間停止を解除できなくなった事で時間を止める前の世界にタイムマシンで戻り、ドラえもんに壊れたタンマウォッチを直してもらい事なきを得た事さえあったりする。

そんな事もあってのび太の昨夜の能力の説明に対する反応は実に羨ましそうなものだった。

もちろんその言葉を聞き逃す周りではない。時間を止めるなどという反則的な事さえひみつ道具さえあれば軽々とできるのかと、真っ先に魔理沙が反応した。

 

「おいおいのび太、その口ぶりだと……まさか時間を止めたり運命を操ったりまで未来の道具でできるんじゃないだろうな?」

「え? あ、はい。めったに使う事はありませんけど、そういう道具は……あります」

「あるのかよ……未来世界ってどうなってるんだ本当に」

 

「どうやら本当に新聞に書いてあった事は本当みたいね、天狗の新聞なんて嘘ばっかりで真実なんてろくに書かないものとばかり思ってたけど……。と、話がそれたわね。私は紅魔館の当主を務めている吸血鬼、レミリア・スカーレットよ。こっちは図書館に普段こもりきりの魔女、パチュリー・ノーレッジ。図書館以外ではあまり見ないかもしれないけれどもね」

「うるさいわねレミィ。今紹介に預かった魔女のパチュリーよ。能力は私も魔女だから『魔法を使う程度の能力』ね。あ、ちなみに騒いだり泥棒をしたりしなければ図書館はいつでも門戸を開いているわよ」

「図書館は、ちょっと……僕はいいかな……」

「……私はもうさっき名乗ったからいいわよね。次こそは、次こそは絶対に負けないんだからね!」

「いや、あの……さすがに僕はもうあんなおっかない事はやりたくないんだけどなぁ……」

「大丈夫よのび太、さすがにフランの能力は私たちでも危ないんだから。そうならないように私たちもちゃんと守るから安心して」

「……あれ? でも……フランちゃんの能力って、なんなんですか? 皆さんいろいろと能力を持っているって説明してくれましたけど。ひょっとしてフランちゃんは能力を持っていない、とか? それに、どうしてあんな薄暗い部屋にいたんですか? やっぱり吸血鬼で、太陽の光は苦手だから……?」

「「「「「「……………………」」」」」」

 

何はともあれ、先に門前で自己紹介を済ませていた美鈴と地下室で名前を名乗っていたフラン以外の面々とも、のび太はこうして自己紹介は済ませた訳だ。

と、ここで全員の名前を紹介された(名前はともかく、それぞれ各人が持つ能力をのび太が覚えていられるかどうかは別として)のび太が首を傾げた。

紅魔館の面々との自己紹介を終えたのはいいけれども、直接戦ったフランだけは自分の能力を教えてくれなかったのだ。これだけみんながみんな自分自身の持つ能力について説明をしてくれたのに、まさかフランだけは能力がない、なんて事はあるのだろうか? そう思っての質問だった。

もちろんのび太は知る由もない。フランが持っている能力についても、それにどうして全体を包み込むように対魔力に特化した非常に強固な結界が張られている場所に軟禁同然に閉じ込められていたのかも、一切事前の説明さえ受けていないのだから。

だからのび太の何の悪意も偏見もない、ただ好奇心から発せられたはずの質問に答えられる人物は、この場所には誰もいなかった。

ただ一人を除いて。

 

「……そうね、この質問には私が答えるのが筋よねお姉様」

「フラン……」

 

のび太の質問に霊夢や魔理沙も含めた、その場の誰もが答えに窮したのかじっと押し黙ってしまう中で口を開いたのは他でもないフラン自身。

けれどもその目に映る悲しみの色は一体何なのだろうか? 果たしてのび太がフランの瞳が宿すその色に気が付いたのかは分からない。ただ、自嘲するかのように彼女はのび太からの質問に対する答えの説明を続けていく。

 

「貴方が心配しなくても私だって能力はちゃんと持ってるわ。私の能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』ね。物騒でしょ? このありとあらゆるもの、に制限はないの。私にかかったら人間だろうがお姉さまだろうが、この紅魔館だって空から降ってくる隕石だって私にかかったら関係ないわ、あっという間にバラバラの粉々に壊せちゃうの。そして私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私たちのお父様とお母様さえ、この手で壊したのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……!?」

「だから私はそれ以来貴方が入って来た地下室にずっとずっと、495年間閉じ込められ続けてきたの。貴方にわかるかしら? 大好きだったはずのお父様もお母様も私の能力で壊しちゃった私の気持ちが。貴方にはわかるかしら? 495年間ずっとずっと一人ぼっちで暮らすしかなかった私の気持ちが」

 

あまりにものび太にとって衝撃的、としか言いようのない破壊力でもって入り込んできたフランの発した『両親さえ能力で破壊してしまった』という言葉。それ以降フランの言葉がまるで意味をなさないほどに、その言葉はのび太の心に大きく響いていたのだった……。

 

 




はい、今明かされたレミリアとフランのスカーレット姉妹にどうして両親がいないのかその真相? が語られました。
なので幻想郷冒険記の紅魔館ではフランの手によってスカーレット両親が消滅してしまい、幼いレミリアが当主として立たざるを得なくなってしまった。両親を消すような物騒な能力を持つフランを手放しで自由にはさせておけず、地下室へと幽閉させた。
そして数百年後、幻想郷へとのび太がやって来る……そんな流れとなっております。

さて、いよいよ紅魔とのび太の物語も終わりが近づいてまいりました。
封印の意味とは?


次回、乞うご期待っ!!!



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封印! となりの紅魔館(その2)

大変お待たせいたしました。紅魔境編の続きです。

さてさて、前回フランが自分の両親を、そのありとあらゆるものを破壊する程度の能力でもって消し去ってしまったと言う衝撃の話が出てきました。果たしてその話は本当なのでしょうか?
過去紅魔館で一体何が起こったのか!? 真相を探るべく、のび太探検隊はアフリカランドへ……(違


のび太は後悔していた。

他でもない、フランが自己紹介の際に能力を口にしなかった事、そしてどうして自分が訪れた()()薄暗い誰もいない地下室に一人でいたのか? それを聞いた事を今になってのび太はひどく後悔していた。

もちろんのび太に悪意や他意はない。ただ単純に気になっただけだったのに、フラン本人から語られた理由ときたらどうだろうか、あまりにものび太にとっては重すぎる話だったのだ。

ただ説明されただけののび太が重いと感じる内容をずっと受け止めなければならなかったフランの苦しさ、悲しさはどれほどのものだったのだろう。

かく言うのび太自身も過去にとある事情で世界中の人間を消してしまった事があった。

 

 

 

『どくさいスイッチ』

 

 

 

未来の独裁者が邪魔者、不要となった者を効率的に始末するために作ったと言う曰く付きのこのスイッチは消したい相手に対してスイッチを押せばあっという間に消滅してしまい、存在そのものがなかった事になってしまうと言う恐ろしいスイッチだった。

ジャイアンを消せば、そもそも最初からこの世にジャイアンはいなかった事になり、スネ夫に使えばスネ夫などという人物はいなかった事になってしまう。ただし、どくさいスイッチで誰かを消滅させてしまった場合、別の誰かがその人物の立場に置き換わると言う特性を持っていて、例えばジャイアンを消したらスネ夫がジャイアンのようになり、スネ夫も消したらはる夫や安雄がその立場になり、と邪魔ものを消しても結局のところ意味が無かったりする。

このように、この道具には使用者の気に入らない者を消すと言う効果とは別にある隠されている用途があったりするのだが、当時ののび太はそんな用途に気が付く訳もなく次から次へと嫌な奴を消していき……最終的には世界中の人間を消してしまった。

最終的には、この道具の邪魔者を消すと言う使用方法とは別のもう一つ隠された『独裁者を懲らしめる』という使用方法に基づいて消した人間は全員戻ってきたからその時は事なきを得たものの、それはあくまでのび太の場合である。

フランの話を聞く限り、どくさいスイッチとは違ってありとあらゆるものを破壊する程度の能力で壊したりしたものは、二度と戻ってこないのだという事は想像に難くない。つまりフランはのび太が世界中の人を消してしまった時、のび太が抱いていた後悔を495年間ずっと抱きながら生きてきたのだろう。

それはまだ小学生ののび太が想像するにはあまりにも辛すぎる人生だった。

 

「……そんな」

「わかる訳ないわよね人間の貴方に。お父様もお母様も、もう会えない。それも、私が原因で……。孤独と絶望に気が変になりそうになりながら、ずっと耐えて生きてきた495年間の重み、貴方なんかに分かる訳ないわよね!」

「フラン、言い過ぎよ!」

「お姉さまは黙ってて! 大好きだったお父様も私たちに優しかったお母様も、私が起きたらどこにもいなかった。お姉さまとも、紅魔館中を使用人たちと探したけどどこにもいなかったのよ! 私が壊したからに決まってるじゃない!」

「……? ちょっと待てフラン、今の話を聞いていると……能力を使って両親を壊したところを直接見ていないように聞こえるんだぜ」

「そうね、確かに魔理沙が指摘しているように話を聞く限りじゃ直接その瞬間を目にした訳じゃなさそうね」

「それは……」

「ええ、魔理沙に霊夢の指摘通りよ。あの頃、私たち姉妹はお父様とお母様と一緒に寝ていたの。でも明け方になってそろそろ起きようかという時間になってフランが『お父様もお母様も消えた』って騒ぎだして、お父様もお母様も煙のように痕跡さえ残さず消えてしまっていたの。当然フランの言う通り、当時館にいた使用人たちを全員動員してくまなく探したけれども、手がかりは何も残っていなかったわ。後はフランの説明通りよ。お父様とお母様を消してしまったのはフランの能力だと考えた私は、意識しないまま能力を暴発させる危険があるままにはしておけないと、地下室へ連れて行ったのよ」

 

フランの告白の中にあった違和感。それに真っ先に気が付いたのはのび太と一緒に話を聞いていた魔理沙だった。両親を能力で壊してしまったと言う説明の中でフランはこう言った。『起きたらどこにもいなかった』と。

この言葉を素直に受け取るのなら、少なくとも自分の意志で能動的に両親を壊さない限りどこにもいなかった、とは言わないだろう。もちろん眠っている間に能力を誤って行使してしまい、両親を壊してしまった可能性もない訳ではない。しかし、もしフランが知らなくてもレミリアがその様子を見て知っていれば、少なくとも秘密にするなどという事はせず、フランにはきちんと何があったのか教えただろう。

けれどもフランの言葉を補足するようになされたレミリアの説明では、本当に二人とも何も知らないままにただ忽然と両親だけが消えてしまったらしい。確かにこれでは、フランの能力を考えれば犯人はフラン、と考えるのが自然だろう。

 

「なるほどな、じゃあレミリアとフランの話を信じるのなら、本当に二人とも寝ている間に煙みたいに消えてしまった、って言う事か……」

「ねえのび太、まさかとは思うけど……のび太の道具の中にこの時にいったい何があったのか、調べたりする道具はあったりしないのかしら?」

「って言うか霊夢、何があったのか調べるんじゃなくてレミリアとフランの両親に何か起こる前にさっくりと助ける道具の方がいいんじゃないのか? フランが能力を使うんだったら使う前に止めさせるとか、侵入者がいるのなら、侵入者を前もって追い払うとか……」

「あ、そっか……。でものび太、そんな道具はいくら何でも、ないわよね?」

「いえ、多分それでいいのなら……心当たりがあります。ただ、それを使ったら歴史が変わっちゃうかも……」

「「「「「「「あるの(かよ)!?」」」」」」」

「あ、え、えっと……はい。命をというと大げさですけど『タイムホールとタイムトリモチ』って言う道具で、昔その道具で絶滅動物たちを助けた事があるんです」

「なによのび太、そんなにいいものがあるのなら勿体ぶらないでさっさと出しなさいよね。歴史の一つや二つ変えたって幻想郷には人里のハクタクがいるんだから安心よ。ハクタクに頼めばどうにかしてくれるんだから気にするんじゃないの。さあどれ、これ、あれ?」

「ちょ、く、苦しいですって霊夢さん……」

「こら霊夢、気持ちは分かったけどひとまず落ち着け。のび太の顔が大変な事になってるぞ」

「へ? あ、ご、ごめんのび太!」

「あー……助かった……。けれどもどうだろう、歴史が変わっちゃうと大変なんだけど、まあモアやドードーを連れてきた時も問題なかったから大丈夫かな? それじゃあ……これでもない、あれでもない……あ、あった! タイムホールとタイムトリモチ!」

「本当に何でも出てくるわね……。それで、これはどうやって使うのかしら?」

「えっとですね、これの使い方ですけど……」

 

今まで幾度もギガゾンビを始めとした時間犯罪者と戦い、またあるいはそんな犯罪者を取り締まるタイムパトロールの活躍を見てきたのび太たちがひっくり返りそうな言葉を平然と口にしながら、のび太が口にしたひみつ道具であるタイムホールにタイムトリモチのセットを早く出せとのび太の襟首をつかみ激しく揺さぶる霊夢。

当然そんな状態でひみつ道具を出せと言われたところで出せる訳などない。もし魔理沙が霊夢を止めなければ気を失うまでのび太の襟首をつかんでいたかもしれない。

そんな霊夢が魔理沙に指摘されてようやく手を離した事で霊夢の魔手から解放されたのび太はしばらくの間過去を変える危険について考えていたけれども、ドラえもんと二人で過去から絶滅動物を連れてきた事を思い出し、ようやくズボンのポケットからスペアポケットを引っ張り出してその中に収納されているひみつ道具のセットを披露するのだった。

 

 

 

『タイムホールとタイムトリモチ』

 

 

 

のび太が取り出したこのひみつ道具は、タイムホール側の装置を動かす事で時空間に文字通り穴を作りつなげる事ができ、現代から遠く離れた時代の対象物をタイムトリモチでくっつけて繋がった空間のこちら側へと取り戻すための道具である。

のび太はいたずらやジャイアンに取られたマンガ、ゲームなどを取り戻すために使おうとしたがこの道具に与えられた本来の使用目的は戦争、災害などによって失われた美術品、考古学的価値のある文献などを失われる前に取り戻すための道具だった。

ドラえもんから本来の用途を聞かされたのび太は、持ち前のひらめきで霊夢たちに説明したようにかつてこの地球上から人類の手によって滅ぼされてしまった古代生物を捕獲、ひみつ道具で作った無人島へと放つ事で一度地上から姿を消した絶滅動物たちをもう一度復活させようと試みたのだった。

巨大なジャイアントモア、飛べないドードー、半分だけ縞のあるクアッガ、数十億羽いたのが絶滅へと追いやられたリョコウバト、その他もろもろの絶滅動物たちを数多の時代をめぐり何頭も捕獲、それらの動物たちを無人島へと放つ事に成功し、結果としてのび太のひらめきから始まったこの行動が後に『のび太と雲の王国』において、ノア計画の中止に繋がる事を、その時ののび太たちは知る由もなかった。

兎にも角にも、フランやレミリアの両親に何か異変が起こる前にこのタイムホールによって助け出す、という今回の利用方法は過去を変えてしまう恐れがあると言う一点を除けば、過去に失われたモノを失われる前に時を越えて取り戻すと言う本来の用途そのものに他ならない。

そんな説明と共にその場の面々へとスペアポケットから取り出したタイムホールを披露したのび太。

二つの道具で一つという今までにない道具のタイプに6人の視線がいっせいにそれらへと向けられる中、のび太自身久しぶりにこの道具を使うのでどうやって起動するのか、ところどころ思い出したりしながらもどうにか電源スイッチを入れると、機動音を立てながらタイムホールに取り付けられた輪の内側の景色がゆらゆらとゆがみ始める。しかしそれはまだ、ゆらぎ始めただけで時間も場所も決まり、目的の場所へとつながった訳ではない。

 

「お待たせしました、後は時間と場所を設定すればいつでも使えますよ」

「……でものび太、いつ何があったのかもわからないのに、そんなピンポイントで時間設定なんてできるものなのか?」

「いつお父様とお母様が消えたか? そんなの忘れる訳ないじゃない。私の日記にも書いてあるし私自身だってはっきりと覚えてるわ」

「私だって忘れないわよあの日の事。私の人生が変わっちゃった日なんだもの! お姉さまの顔を忘れたって、あの日を忘れた事は一日だってないわよ」

「いやお願いフラン、そこはあの日より……姉である私の顔を覚えていてほしいかしら」

「姉妹喧嘩はいいから、さっさと二人ともいつなのか教えなさいよ!」

「いたたたた……ちょっと霊夢、そんな物騒なもので叩くんじゃないわよ。まったく……いいわ、じゃあ私が日付を入れるから、操作方法を教えて頂戴」

 

後はいつの時代へとタイムホールのチャンネルをつなげるか、だけなのけれどもそもそもそんなピンポイントで設定できるのかという、至極もっともな問いかけが魔理沙から飛んでくる。

なにしろ失われた美術品や文献ならば消滅してしまう前にさっさと回収してしまえばいいのだろうけれども、さすがにそれが家族と生活している人(正確には人ではないが)ともなれば、適当なタイミングで助け出す訳にもいかないのだ。そんな事をすればそれこそ歴史が変わってしまう。

だが幸いにも、両親の蒸発などという出来事は忘れようとしても忘れられなかったのだろう。数百年前の出来事でありながら、レミリアもフランもしっかりといつそれが起きたのか忘れていないと宣言してくれた。

もっとも、その最中姉妹喧嘩が始まりかけたりもしたけれど……タイムホールをそっちのけでとっくみ合いを始めようとしたレミリアとフランを大幣でひっぱたいて喧嘩の仲裁に入った事で、ようやくレミリアがタイムホールの時間並びに空間の座標設定に取り掛かり始めた。

 

「お父様とお母様が消えたのは……1〇✕△年◇月……設定はどれをいじればいいの? ここ? ……うん、時間設定はこれでいいはずよ。場所についてはヨーロッパの、外の世界で言うのなら東欧ね。いいわ、位置についても私の方が詳しいでしょうから設定するわ。これが、こう……かしらね?」

「はい、そうしてもらえると助かります。設定は、ここをこう、ですね……」

「……それにしても、レミリアよく外の世界の初めて見た機械をのび太の説明だけで操作できるよな。やっぱり両親を助けたいって言う思いからなのかね?」

「そうね、確かにいくらのび太の説明があるって言っても私だったらああも積極的に操作したいとは思わないわよ。魔理沙の言う通り、両親を助け出すって言う明確な目的があるからこそ、何だと思うわよ」

 

のび太の説明を受けながら、初めて見るであろう機械……タイムホールの設定をこなしていくレミリアの様子を見ながら魔理沙が私にはあんな真似できないんだぜ、と本当に感心したように声を出す。

実際タイムホールは今までのび太が引っ張り出したひみつ道具の中でも割と複雑な操作を要求するものである。今まで登場した道具はみんなどこでもドアしかりグルメテーブルかけしかり、どの道具も大抵は行きたい場所をイメージしながらドアをくぐるや食べたい食べ物の名前を口にする、といった割と簡単な操作で効果を発揮するものばかりだった事から霊夢や魔理沙たちでも、そこまで苦労する事なく道具を使いこなす事が出来ていた。

グルメテーブルかけに至ってはあの世とこの世をつなぐ三途の川の船の上、コマチオーラ号の甲板で霊夢と魔理沙が退屈だからと勝手に使いだす事さえやってのけている。

しかし、タイムホールは違った。

電源を入れてからいつ、どこの時代のどの場所へとホールの空間をつなげるのかを設定しなくてはその効果を発揮しないのだ。

当然そんな複雑な作業をしなくてはならない道具など、霊夢も魔理沙もまだ使った事は無いし説明をされても、よほど切羽詰まった状況に置かれでもしない限りは使いたくない、というのが二人の共通の意見だった。例外的にちょっと複雑な作業を求められたのはのび太の身体から魂が抜けだしてしまい、もとに戻すために彼岸へと赴いた際に使用したお医者さんカバンだが、これについても実際に行った作業と言えば聴診器を使い四季様の診療をしたくらいである。

それがレミリアはと言えば自分から率先して難しそうな(見た目の)操作に挑んでいるのだから、霊夢たちが驚くのも無理はなかった。もちろんそこには魔理沙の言う通り、タイムホールを使っていつかの日に影も形も残さず行方不明になってしまった両親を自らの手で助け出したいという思いがあってこそのものだろうという事は想像に難くない。

……そして、そうこうしている間にタイムホールの輪の中で揺らぎとなっていた歪みは設定された場所と時間の通りに、その場所を映し出した。

 

「……ここよここ、懐かしいわね。私がまだ小さかった頃の、お父様もお母様もいた紅魔館よ!」

「すごい、本当に時間を越えて繋がるなんて……。ねえお姉様、お父様もお母様も見える!?」

「ここが数百年前の紅魔館……やっぱり今とあまり変わらないのに、なんだか懐かしい気がしますね。咲夜さんが来る前、まだ私が門番じゃなくてメイド長を務めていた頃ですし、もしかしたらどこかに私もいるのかな」

「そうか、美鈴貴女私の先代のメイド長だったのね。時間を止めるじゃなくて時間を過去や未来に向けて超えてゆくなんて説明だけ聞くと半信半疑だけれど、こうして実際に見てみると信じるしかないわね……」

むきゅう……この道具があれば、もしかして魔理沙に盗まれた大切な本も取り返せるのかしら……? ますますお願いしてこの道具も借りたいわね……

「すごいな、本当に時間を超える事ができるなんて……。にとりたちが見たらひっくり返りそうなんだぜ」

「本当ね、最初にのび太が来た時に未来からの道具を使うって聞いて馬鹿言ってんじゃないわよって思ったけれども、この道具は今まで見た道具の中でも一番に未来未来してるわね……」

「ここはどうですか? レミリアさんやフランちゃんのお父さんお母さんのいる場所ですか?」

「違うわね……たぶんここは書斎だわ。それにこの時間だとまだ昼間だから寝てないんじゃないかしら」

「……ん? あの、吸血鬼ですよね、レミリアさんのお父さんとお母さん。吸血鬼って普通は昼間寝ていて、夜に起きてるんじゃ?」

「何言っているののび太、紅魔館では昔から朝日におはようを言う、規則正しい生活をするのがお父様とお母様からの教えなのよ」

「へぇ、そうなんだ……」

「でもお姉さま、太陽の光を浴びると煙になっちゃうんだよね」

「それはフラン、貴女もでしょうが!」

「まあまあ、二人とも喧嘩しないで」

「のび太の言う通りよ、ひとまずは全員で怪しい奴がやって来ないか、見張るしかないわね」

「じゃあのび太、まずは紅魔館の寝室に座標を合わせてから、夜に怪しい奴が来るのを見張ればいいんだぜ」

「書斎がここだから、お父様とお母様の寝室は……こっちね。ここが寝室よ」

 

タイムホールの向こう側に映ったのは、数百年前の紅魔館。どうやらレミリアはちゃんとのび太の言う通りに、目的の時間と場所の設定を行う事ができたらしい。レミリア、フラン、そして美鈴という当時の紅魔館の様子を知る三人が懐かしそうに声を上げた。

もちろんそれ以外の面々は、この時を越える道具に対して驚き半分呆れ半分の反応である。若干約一名、全く違う感想を抱いているようだが……。

そんな外野をよそに、レミリアやフランに位置を教わりながらのび太はタイムホールの位置の座標をずらしていく。そう、目的のものを確保するためにタイムホールは時間や位置、場所といった要素の微調整ができるようになっているのだ。

しかし何しろ紅魔館は広かった。おまけにのび太も一度聞き返したように、吸血鬼なのに昼間起きていて夜しっかり寝ると言うのだから、もう少し先かあるいは後か、どちらにしても夜になるまで時間を飛ばさないといけない。

何かあればすぐに口喧嘩へと発展する姉妹をなだめながら、のび太は寝室に座標を合わせてから時間を少しずつ夜に向けてスキップしていく。そうして何回か時間を切り替えた所で、タイムホールの向こう側に映る世界が真っ暗になってしまった。夜が来たのだ。

確かにタイムホールの向こう側をよくよく見てみると外国人の男の人と女の人、この二人が姉妹の両親なのだろう。これから起こるに違いない悲劇に気が付く事もなく、ベッドですうすうと寝息を立てている。

つまり、これから日が明けるまでの間に何かが……あるいは何者かが、白亜紀への遠征に随行した恐竜人たちの司祭の言を借りるのならば『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』レミリアとフランの両親二人に何かしたのだろう。

だが、後はその何者かを退けるあるいは両親に危害を加える前に、助け出せばよいのだからさほど難しい事は無い。

そうして霊夢の一声でのび太やレミリア、フランだけでなくその場の全員でアリ一匹逃さない監視を続ける事になったのだけれども……どういう訳か犯人は一向に現れる気配は見られなかった。

当然何もない事自体はありがたい事ではあるけれども、あいにくとタイムホールのこちらと向こうとでは時間の進み方が同じなため、犯人が現れない限りいつまでたっても見張り続けなくていけなくなってしまうのだ。最初こそ緊張感を持っていたのび太たちも、いつまでたっても誰も何もやって来ない事にだんだんと退屈になって来たらしく、あくびをしながら魔理沙が時間を進められないのかのび太に聞いてきた。

 

「……それにしても、後はこのまま朝までレミリアたちの両親の様子を監視して、怪しい奴が来たらとっちめるかすればいいんだろ? なら、そこまで時間を進められたりしないのか? なにも変化がないから待っているだけだと退屈なんだぜ……」

「ふぁ……ぁ。そうですね……確かに何も変な事は起こりませんし、少しずつ時間を朝に向けて動かしてみましょうか」

「そうね、のび太お願いするわ」

「分かりました、じゃあちょっと先の時間に進めますね」

 

実際のび太も退屈だったらしく、周りに確認してから少しずつタイムホールの時間座標を夜明けに向けて飛ばしていく。しかし、それでも異変が起こる事はなかった。とうとうカーテン越しにも窓の外が真っ暗からうっすらと明るくなってきたのが確認できる。このままでは夜明けだけれども、それでも何も起こらない事からそれまで沈黙を守っていたメイド長の咲夜が不思議そうに首をかしげた。

 

「……変ですねお嬢様、妹様。もうそろそろ夜明けになりそうな時間なのに、何も起こりません」

「でも、それじゃあこの時何が起こったんですか? お日様の光が降り注ぐ昼間ならいざ知らず、夜の間に吸血鬼を二人、影も形も残さずに消してしまうなんてそう簡単にできる芸当じゃないですよ?」

「じゃあ、もうさっさとレミリアたちの両親助けた方がいいんじゃないのか? つまりそんな芸当ができる奴がやって来るって事だろ? 幸いこのトリモチでこっちはすぐに助けられるんだ、善は急げなんだぜ」

「ちょっと魔理沙、あまり無茶するんじゃないわよ」

「そうですよ魔理沙さん、そんな無茶したら……」

「何言ってるんだぜ霊夢ものび太も、ここまで昔に来て目の前でレミリアたちの両親が悪者にやられました、じゃ本末転倒なんだぜ」

「それは、そうですけど……」

「よし、じゃあレミリア、フラン、このトリモチでくっつけてこっち側に引っ張り込むんだぜ」

「そうね。お父様とお母様に異変が起こるのを待っていても仕方ないし、行くわよフラン!」

「うん、お姉さま! 私たちのお父様とお母様は私たちが助けるの!」

「大丈夫かな、これで歴史が変わらなければいいんだけど……」

 

こうしてのび太の心配をよそに、あまりにも異変が起こらない事からとうとうしびれを切らした魔理沙、レミリア、フランの三人によって半ば強引にタイムホールにタイムトリモチが突っ込まれ、何も知らずに寝室のベッドで寝息を立てているスカーレット姉妹の父親、その顔面へと間違えることなくトリモチはくっつけられたのであった……。

 

 




嗚呼、寝ている最中に顔面にトリモチをくっつけられてしまったスカーレット父親氏。
吸血鬼でなくてもこれは驚きますね(汗

しかしこの救出劇によって歴史は無事改変され両親の謎の消失事件は解決するのか、それとも時間犯罪者のような時を自由自在に駆け巡る悪者が両親をどこかに連れ去ってしまったのか?
もしくは本当にフランの告白通り、フラン自身の恐るべき能力でスカーレット両親は命を落としてしまったのか?
果たして真相やいかに?

次回、乞うご期待っっ!!!


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封印! となりの紅魔館(その3)

大変お待たせしました。幻想郷冒険記最新話の投稿です。
年末が近づくにつれ、業務が繁忙期に突入という事もあり最近リアルの方が無慈悲なまでに忙しくなってきており原稿書こう!→PCの前に座る→画面を見ている間に疲れて寝落ち

のパターンが非常に多くなっています。まるでのび太くんのようだ(汗
申し訳ございません。

決して飽きたとかそう言う訳ではありませんので、恐れ入りますが続きをお待ちいただければ幸いです。

さてさて、現代の紅魔館に500年近く前の紅魔館から引っ張り込まれたスカーレット両親。何も訳も分からぬままに引きずり込まれた彼らの運命やいかに!?
そして、両親が蒸発したと言うレミリアやフランの経験した真相は!?


「よし、ちゃんとくっついたぞ二人とも思いきり引っ張れ!」

「「よーし、それっ! よいしょ、よいしょ」」

「……!?!? も、モガモガフガ……っ!?」

 

タイムホールの向こう側で、顔にべったりとトリモチをくっつけたスカーレット父親が一体何が起こったのか訳も分からないまま、もがいている声がタイムホールのこちら側にも聞こえてくる。

これがもし顔ではなく手や足にトリモチがついて、周りに助けを求める声を上げていたのなら歴史は変わっていたかもしれない。しかしスカーレット父親は残念な事に、幸か不幸か顔中にトリモチがくっついてしまったために、声を上げる事も出来ず、ただ訳も分からないままもがくより他に方法はなかったのだ。

そうしてその様子を見た魔理沙が満足げにレミリアとフランに引っ張るように合図すると、そのまま魔理沙の言葉に応じるようにレミリア、フランの姉妹が思いきりタイムトリモチの柄をグイ、と引っ張っていく。気の毒にスカーレット父親は顔面にくっついたトリモチはその役割を十全に果たし、おまけに吸血鬼という人間以上の腕力があるものだから首がもげそうになりながらベッドからタイムホールへとぐいぐい押し付けられると言う、一種の拷問のような格好になってしまっていた。

もし当時ヨーロッパにおいて非常に強大な権勢を誇っていた基督教の異端審問官がこんな光景を見たら、喜んで魔女狩りにおける拷問へと取り入れただろう。

が、もちろん魔理沙たちの目的は命を奪う事ではない。いまだにもがき苦しんでいるスカーレット父親を、半ば強引にタイムホールのこちら側へと引きずり込んだ事を確認して、魔理沙がすぐに声を上げた。

 

「よし、一人救出成功なんだぜ! のび太、トリモチのおかわりはないか!」

「え、ええっ!? お、おかわりって……え、えっとあれでもないこれでもない……魔理沙さん、はいこれですっ!」

「よーし、それじゃあもう一人母親の方もさっさと助けるんだぜ」

「ええ、あと少しよ、フラン!」

「うん、お姉さま!」

「……!?!? ん、んー……っ!? んー……っ!!」

 

こうして、スカーレット父親を無理やりこちら側に引っ張り出した後で魔理沙はすぐに彼の顔面にべっとりと付着したトリモチを外す時間すらもったいないとでも言いたげに、新しいトリモチを出すようにのび太に指示を出した。

一方でその指示を受けたのび太自身も、まさかタイムトリモチをもう一本出してくれと言い出すなどとは思ってもいなかった事もあり、大慌てでスペアポケットに手を突っ込むと急いでトリモチの柄をつかむとそれを引っ張り出し、魔理沙へと半ば放るように手渡した。

それを受け取ると、魔理沙は先に助け出した姉妹の父親と同じように、タイムホールの向こう側へとトリモチを突っ込んで母親の顔面にそれを無事、くっつける事に成功する。一度くっつけてしまえば後は先ほどと同じ要領で、魔理沙レミリアフランの三人が声を合わせながらよいしょよいしょと紅魔館の寝室からタイムホールを通じて現代の紅魔館、つまりこちら側へと引っ張り込むだけである。

そうして気の毒なスカーレット姉妹の母親も、父親と同じように寝ている最中に顔にトリモチをくっつけられ、強引に引っ張られると言うあまりにもひどい方法で数百年前の世界から、こちら側の現代へと無事引っ張り込む事に成功、助け出されたのだった。

ちなみに、もちろんこの後ですぐに口も鼻もしっかりとトリモチで塞がれる事で呼吸不全……つまりは窒息状態に陥って青い顔をして死にかけていた、スカーレット両親の顔じゅうにべったりとくっついていたトリモチを全員であわててむしり取ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はあっ、はあっ……。こらっ、君たちはなんなんだ! 人の屋敷に夜中にやって来てこんな訳も分からないイタズラをして!」

「まあまああなた落ち着いて、まずは話を聞いてみましょう。この子供たちをどうするにせよ、それからでも遅くないと思いますよ」

「それはそうだが……それにしても、使用人や門番は何をしていたんだ……? こんな子供たちが何人も入り込むだなんてそう簡単にはできないはずなんだが……」

「え、えーっと……それについては何て説明すればいいのかな……」

 

そして、トリモチが取れた開口一番にスカーレット父親が放った言葉がこれであった。もちろん彼の言葉に間違いなどない、いきなりすやすやと寝室で就寝していたら顔に訳も分からないべたべたしたものをくっつけられた挙句に、それをぐいぐいと無理やり引っ張られたのだ。

ここまでされても怒らないのだとすれば、よほどの聖人君子かドラえもんのひみつ道具『まあまあ棒』や『感情エネルギーボンベ』でも使われたかのどれかに違いない。

そんなスカーレット父親をなだめるかのように、同じようにトリモチを外されたスカーレット母親がやんわりと、一体何があったのかのび太たちに説明を求めてくる。どうやら母親の方はかなり穏やかな人物であるらしい。

そんな対照的な態度を見せる二人だがやはりそこはスカーレット姉妹の両親であるためか、父親の方はコウモリのような羽に薄い水色の髪の毛というレミリア似の姿を。母親の方はフラン似なのか宝石をちりばめたような不思議な翼に金色の髪の毛という姿をしている。

いや、むしろレミリアとフランの姉妹がそれぞれ父親似、母親似であると言うべきか。

そんな二人に、説明を始めるよりも先に飛びついたのは、他でもない、ずっとこの日を数百年間待ち望んでいたスカーレット姉妹だった。

 

「お父様! お母様! よかった無事で……!」

「そうよ! お父様もお母様も、もう少しでこの世から消えちゃうところだったんだから!」

「おっと、どうしたんだレミリアにフランも私たちがこの世から消えるだなんて? ……ん? 気のせいか、二人とも少し背が大きくなってるんじゃないのか……?」

「それはそうよ、お父様たちのいた時代から数百年は経ってるんだから」

「数百年? そんな馬鹿な話がある訳……しかし……確かに就寝前の二人と比べて、明らかに成長しているのは間違いない……私たちが寝ている間に何があったんだ? それとも、この子たちの言う通り数百年私たちが寝坊したのか?」

「違うの、そうじゃないわ。説明すると長くなるんだけど……」

 

もちろんいきなり自分が消えてしまう所だったとか、寝ている間に数百年経っているのだからレミリアたちの見た目が成長していて当然だとか、そんな事を言われて『はいそうですか』と納得できる訳がないのは人間も吸血鬼も違いはないようで、姉妹の言葉にスカーレット両親は目をくるくる回しながら今自分たちが置かれた立場を理解しようと必死になっている。

そんな両親を納得させるべく、レミリアは説明を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

少女説明中……

 

 

 

少女説明中……

 

 

 

少女説明中……

 

 

 

 

 

 

「……と言う訳なのよ。」

「……じゃあ、ここは確かに紅魔館ではあるけれどもさっきまで私たちがいた紅魔館ではなくおおよそ500年経った、私たちからしてみれば未来の紅魔館、という事なのね?」

「にわかには信じられんが、レミリアもフランもさっきまでの、と言っても私たちからすればだが……急に大きくなった理由も私たちが時間を越えたとなれば説明はつくな」

「そうね、すぐには信じられないかもしれないけれども、すべて真実よ。こののび太が外の世界からもたらしてくれた未来の道具で私たちの前から蒸発してしまったお父様とお母様をこうして助け出したのよ」

「「未来の、どうぐ?」」

「私たちの世界から見てもさらに未来から持ち込まれた魔法のような道具ね。あの道具があれば全知全能にだってなれそうな気がするわ」

「そ、そうか……しかし、過去に姿を消してしまった私たち……か」

「確かに、夜の吸血鬼を影も形も残さずに消してしまうなんて、決して簡単な事じゃないわね」

「お母様もそう思うでしょう? でも、やっとこうしてお父様とお母様が帰って来てくれたんだもの。原因は分からないけれども、二人が助かったんだからもう大丈夫よ」

 

レミリアの説明に、スカーレット両親の言葉はズレる事なく見事な唱和を見せた。

何しろ本来彼らが暮らしていたのは今から数百年前、ヨーロッパで産業革命さえまだ起こっていないような時代なのである。

せいぜい道具などと言えば村の鍛冶屋や職人たちが作るような手工業で生産される簡単なものしか存在しない、そんな時代に生きていた二人にとって数百年後の世界から持ち込まれた未来の道具などと言ったところで、理解を得ようとしてもどだい無理な話だった。

しかし、レミリアたちの会話から姉妹たちの前からある日突然に、しかも就寝中に蒸発すると言う事件が起き、原因こそ分からないものの消滅してしまった両親を助けるべく、行動を起こしたという事は理解したらしい。

長い間ずっと心の中にしこりとして残り続けていた、原因不明の両親の蒸発。

その問題が解決した事で数百年ぶりの両親との再会を喜ぶレミリアとフランをよそに、手を顎に当てて何かに気が付いたのか考え続けるしぐさをしていたスカーレット父親が口を開いた。

 

「なあレミリア、その……私たちが蒸発して消えてしまった原因って、私たちが暮らしていた時代から今この時代の紅魔館まで、お前たちが引っ張り込んでしまったからじゃないのか?」

「「………………え?」」

 

全く考えていなかった、父親からの指摘にびしりと氷のように固まってしまうレミリアとフランの二人。もちろん二人だけではなく、のび太に霊夢、魔理沙、その場の全員が思いもよらなかった事に固まってしまう。

もし、今飛び出してきた話が本当だとするのならレミリアたち姉妹の両親が突然蒸発してしまったのも、それがきっかけでレミリアが両親の蒸発をフランが原因だと判断して地下室に数百年間閉じ込めてしまったのも、閉じ込められたフランが一人きりで両親を壊してしまったと罪悪感に苦しんできたのも、今この場で時間を越えて二人をこの時代に連れてきてしまった事が原因だという事になってしまうのだ。

おまけにもしそれが本当だとするのなら、二人が跡形もなく煙のように消えてしまったと言うのも説明が付く。もしタイムホールで空間を越えて寝室へと侵入し二人を現在に連れてきたのが原因なら、そもそも跡形など残るはずもないのだから。

 

「……そんな、私が苦しんでた495年はなんだったの!? だってずっと私がお父様とお母様を壊した、そう思ってたのに何よこれ。未来の自分たちがお父様とお母様を連れて行っただなんて、どう想像すればいいのよ!」

「私だって同じよフラン。あの時私は貴女を原因とみなして地下に幽閉し続けたけれども、どうやったら未来の自分たちが時間を越えて両親を連れて行ったから二人が消えたなんて想像しろって言うのよ……」

 

レミリアたちにとって長い間の悲願でもあった、過去に蒸発してしまい行方不明だった両親を取り戻すと言う目的が果たされたと思ったとたんに判明した、両親蒸発の真相。あまりと言えばあまりの事に、両親を助け出して喜色満面の笑みを浮かべていた姉妹もぺたん、とその場にへたり込んでしまうしそんなレミリアたちにどんな声をかければいいのか、のび太はもちろん霊夢や魔理沙、咲夜に美鈴もこのまさか過ぎる展開に声をかけられずにいる。

いや、全員ではない。一人だけいたのだ。

魔理沙である。

 

 

 

「……な、なあフラン。それじゃあさ、原因も分かったんだし今から二人を昔の紅魔館に帰したらいいんじゃないか?」

「そ、そうよ! あの時間を超える道具でお父様たちをこっちに連れてきたんだから、二人を帰せば……」

「それよ! 冴えてるじゃない魔理沙。ならのび太、今連れてきてすぐに帰ってもらうのは申し訳ないけれども、レミリアたちの両親をまた昔の紅魔館に戻せば万事解決って事よね」

「おいおい、いきなり連れてきてまた帰れと言うのか!? というか、あんな狭い穴をまた通れと?」

「けれども、あの穴を通らないと私たちは元居た時代には戻れないんですから、我慢しないと」

「うーん、ごめんレミリアさんにフランちゃん。二人を元の時代に戻す事はできるけど、たぶんそれは、やったらいけないと思うんです……」

「「「「やったらいけない? どうして?」」」」

 

魔理沙から見れば、こちらにスカーレット両親を連れてきた事が原因でレミリアは両親が蒸発した原因をフランだと思い、フランを過去に幽閉すると言う事態になったのだからその原因である両親を元の時代に戻せば……つまりは両親の蒸発を阻止すれば問題は解決する、そういう考えであり何も知らない霊夢も、スカーレット両親も面倒ではあると思いながらも反対する声は出なかったのだ。

けれどものび太だけは今までの冒険や時間旅行をしてきた経験から気が付いていた。スカーレット両親が過去に戻れば、どうなってしまうのかを。だからこそのび太は魔理沙の出した意見には首を縦に振らず、やってはいけない事だと思うという発言をしたのだった。

とは言っても、理由を知らなければどうしてできないのか、と霊夢たちのような反応が出てくるのは当然である。

 

「え、どうしてって……だって、フランちゃんたちのお父さんとお母さんは今ここに来たから、昔のフランちゃんたちの前から二人がいなくなったんですよね?」

「ええ、だからフランが原因だと思って私はあの子を能力の制御ができるまで地下に幽閉したんだから」

「お姉さまの言う通りよ、私だって私がお父様たちを壊しちゃったと思ったんだから」

「ええ、だからもし過去に起きたはずのその事件がなくなってしまったら……ここにはレミリアさんやフランちゃんたちのお父さんやお母さんが、最初からいないとおかしなことになっちゃいますよね」

「成る程な、確かにこの人間の子供の言う通りだ。ここでもし仮に私たちが本来の世界に戻ってしまった場合、本来あるべき未来が変わってしまう、少年はそう言いたいのだろう?」

「おいおいそんな大げさな、いくら時間を超える道具があるからって未来を変えるだなんてそう簡単に……」

「それが、やろうと思えば簡単にできるんです。だって僕の所に最初ドラえもんが来たのだって未来を変えるためだったんですから」

「……なあ霊夢、未来ってそんなにコロコロと変えて大丈夫なのか?」

「私に聞かないでよ、少なくとものび太が大丈夫なんだから大丈夫なんでしょ?」

「つまり、紅魔館の歴史を正しくするためにはお嬢様や妹様のご両親にはこのままこの時代にとどまってもらう必要がある、という事でよろしいのですね?」

「はい、そうなります」

 

そう、のび太の言う通り未来を変えると言う事は(頻繁にほいほいとやっていいかどうかは別として)そう難しい事ではないのだ。

なぜならのび太の部屋に最初にドラえもんがやって来た目的こそが、のび太の子孫であるセワシのためにも

未来を改変しようと言う目的があったからに他ならない。ジャイアンの妹であるジャイ子と結婚し、起業するも火事を起こしてしまい、その結果生じた膨大すぎる借金を子々孫々にまで残してしまった……。そんな影響を受けているセワシは未来の野比一族の境遇を改善するために送り込んできたのがドラえもんだったのだ。

のび太がひみつ道具どころかドラえもんと知り合うきっかけになったこの出来事そのものが何しろ未来改変を目的としているのだから、のび太からすれば歴史の改変など決して難しくはないと思うのは仕方がない事だろう。

そんなやり取りを聞いていた咲夜が、その場をまとめるように今こうして数百年の時を越えてレミリアとフランの両親が紅魔館に戻ってきたという事こそが正しい歴史であると、最後の確認をするようにのび太に向けて口を開く。

が、それは今までずっと両親に甘える事が出来なかった姉妹による両親の占有権をどうするかという姉妹喧嘩の新たな火種でしかなかった。何しろ一日二日両親が留守にしていたとかそんな生易しいレベルではない。レミリアとフランの二人は500年近くもの間自責の念に駆られ地下室へと幽閉され、あるいは父親の代わりとして紅魔館の運営を一手に担い、互いに本来ならば背負う必要のなかったはずの苦労を重ねてきたのだ。

果たして食べる事によってその後の行動が何をするにも苦労するようになると言うひみつ道具である『くろうみそ』を舐めたとしてもここまでの苦労をさせるかと言うその苦労の度合いの分、二人の反動はものすごいものがあった。

 

「そっか……でも、お父様もお母様も、二人とももういなくなったりしないんでしょ? なら、これまでずっと会えなかった分たくさんたくさん、遊んだりお話できるんだよね?」

「ちょっと、どさくさに紛れて何お父様たちを独り占めしようとしてるのよフラン! そもそもお父様たちがいなくなってから、当主として紅魔館運営の苦労してきた私の方が先にお父様とお母様を独り占めする権利を有するべきよねフラン。そういう訳で私が先よ!」

「お姉様が勝手に私を犯人扱いして地下に幽閉しなければ私だってお姉さまの仕事を手伝えたかもしれないでしょ!? 勝手に一人で仕事背負い込んで大変だったなんて、都合のいい事言わないでよね!!」

「なんですってぇ……望むところよフラン!! こうなったら力ずくでもいう事を聞かせるわ……グゥ」

「ふっふっふ、私のレーヴァテインにお姉さまのグングニルごときがかなうとでも思っているのかしら? 返り討ちにしてあげるわ……グゥ」

「あぁ、びっくりした……。ひとまずこれで眠ってしまったから大丈夫です。どっちが勝つかは分かりませんけど……」

「ふぅ……た、助かりましたね……咲夜さん……」

「まったくね、この子の未来の道具様様よ……」

「むきゅー……久しぶりに命の危険を感じたわよ……」

「こんなところで二人に喧嘩を始められたら、のび太が危なかったんだぜ……」

「そうね、魔理沙。紅魔館は消し飛んでものび太はちゃんと守るのよ?」

「……………………あ、危なかった……」

「……………………………ええ、本当ね」

 

両親の目の前で、それぞれ手に手に真っ赤な槍と危険な剣を携えて今にもチャンバラを始めようとする二人。あまりにも自然な流れで幻想郷を滅ぼしかねない姉妹喧嘩を始めようとする二人に周りでその場から離れる者、伏せる者、あまりにも自然に二人が物騒な獲物を手にしたため一瞬固まってしまう者、など皆がそれぞれバラバラの対応をとる中、のび太がすかさずツモリガンで二人をとっさに眠らせなければ、紅魔館はきっと彗星衝突に見舞われた風雲ドラえもん城のようにボロボロになっていただろう。

いくら復元光線やタイムふろしきによってあっという間の修復が可能とは言え、館が消し飛ぶような事態を歓迎するなどできる訳もない。

咲夜や美鈴のため息は心からのものだったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まったく、霊夢がいながら一体何をしているのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして一難去った事に安堵している最中に、どこからともなく聞こえてきたのは怪しい響きのある、そしてのび太にとっても聞き覚えのある声だった……。




はい。
皆さんご想像の通り、思いきりタイムパラドックスが発生しております(汗
過去世界の紅魔館で未来世界から両親がタイムホールを介して現代に連れてこられた事で、当然過去世界の紅魔館では両親が蒸発してしまった、というのが真相ですね。
当然痕跡などタイムホールの前では残る訳もないので、一種の完全犯罪的な状況になってしまいレミリアは妹フランが両親を能力でもって壊してしまったのだと誤認してしまう結果となりました。
尚、ここで意図的に両親をもう一度過去の紅魔館に送り返した場合、おそらく両親のいないのび太の時間軸と、両親のいる紅魔館というパラレルワールドに分岐するものと考えられます。
その場合幻想郷に来るのか、それとも外の世界で暮らすのか?
幻想郷に来るとしても当主としての権限を父親が握っている以上、レミリアもフランもだいぶ性格に変化が出たり、暮らしている人物にも変化が出るでしょう。
もちろん、その並行世界の紅魔館はのび太が両親を現在にいてもらうように判断しているため、今作には登場しませんが。



さて、最後に現れた怪しい声の正体は!?
そしてスカーレット両親はどうなってしまうのか!?
次回、乞うご期待っ!!!


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番外編:大晦日だよ幻想郷スペシャル

新年あけましておめでとうございます。

大変遅くなりましたが、年末年始でリアルが多忙のため大晦日には上げられませんでしたが、来年まで待つのも面倒なので番外編という事で、アップさせていただきました。
幻想郷冒険記本編も、また新年になり随時アップしていく予定ですので、本年度もどうぞ宜しくお願い致します。


とっぷりと日が落ちてしまい真っ暗な空の下、しんしんと真っ白い雪が降り注ぐ幻想郷の冬。

外の世界とは違い、街灯がある訳でもましてや車やバスといった公共機関がある訳でもない幻想郷。

当然寒い冬に、ましてや雪が降る中外に出歩こうなどという者は人も妖怪もそういる訳ではない……はずなのだが、ここ博麗神社の境内ではもうあと数時間でやってくる新年に向けて大晦日から元旦にかけての支度でてんてこ舞いではなく、それとはまた別の熱気に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

「ウ……うぐぐ……」

「おおっと! ここで外からの挑戦者ジャイアン選手とうとう脱落です! これで残すのはあと四人となりました!!」

 

 

 

 

 

 

「うーん」という声と共に、ジャイアンがばったりと倒れてしまい、実況を務める射命丸文が高らかに敗退を宣言する。倒れたジャイアンがその手に持っていたのは一枚の写真、そこに写っているのはお茶碗程度のサイズのお椀に程よく盛り付けられた蕎麦の写真である。ただしただの写真と侮るなかれ、その写真にはドラえもんのひみつ道具である食品視覚化ガスがたっぷりと吹き付けられているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『食品視覚化ガス』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは22世紀にて忙しくてご飯を食べる暇もない人のために、という目的で開発されたと言う経緯を持つ。その使用方法はいたって簡単で、ただ食べ物の画像に向けてガスをふりかけ、その画像を見ると自然に口の中にその食べ物の味が拡がり、お腹がふくれると言う効率よく食事を摂取する事を可能とした道具なのだ。

その効果の幅は非常に広く、料理の作り方教本、あるいはテレビ、絵本にさえその効果は及ぶのだ。

具体的にはテレビに吹きかけて番組を見ていると、通常の放送の時は何も反応しないのだけれども、食べ物のCMなどが流れるとその時だけ効果を発揮する、絵本でもヘンゼルとグレーテルのお菓子の家のページで効果を発揮するなど、対象は実に幅広い。

もう一つの特徴は、誰と見ても平等にお腹がふくれると言う点だろう。

ヘンゼルとグレーテルの絵本に出てきたお菓子の家のページでは、絵本の持ち主の男の子、それにジャイアンとのび太、ドラえもんの合計四人で眺めていても一向に減る事もなく、またガスの効果が続く限り何人で見ていても、みんなで味わい、お腹を膨らませる事ができるのだ。

ただし、そんな非の打ちどころのないようなこのグルメテーブルかけにも勝るとも劣らないように思えるひみつ道具にも一つ大きな欠点があった。

それは、歯止めが利かないという事である。

見ているだけでお腹が勝手にふくれてくれると言うのは非常に便利なのだけれども、逆に言うと見ている限り止められない、強制的にお腹が膨れ続けるという事でもあった。

実際に絵本を見続けていたドラえもんとのび太は夢中になってしまい、その結果お腹がまあるくなるまで見続けてしまい大変な事になり、パパとママは先に作り方にかけておいたガスの効果で、読みながら満腹になり居間で野比家の家族全員がダウンすると言う羽目になってしまった。

そして今博麗神社の境内で行われているのは、まさにその見ている限りお腹が膨れ続けると言う性質を利用した、食品視覚化ガスを噴霧した食べ物の写真をどれだけ長く見ていられるかという、大食い大会であった。

何しろ食べ物の写真と食品視覚化ガス、それに会場さえあればあっという間に大食い大会ができてしまうのだ。本当なら大量の料理を用意したりする必要もあるかもしれないが、この組み合わせなら準備があっという間にできてしまうし、無駄に食べ物を作ったり粗末にすることもない。

 

 

 

「こんばんは、霊夢さん」

「あら、のび太たちじゃないいらっしゃい。お賽銭箱はこっちよ。ジャンジャンお年玉を落としていっていいのよ」

「い、いやぁ……さすがにお年玉を入れていくのは僕らには辛いんで……」

「まぁ……それなら仕方ないわ。その代わり、お客を呼べるようなお祭りみたいな事できないかしら?」

「うーん……何がいいかな」

 

大みそかに、どこでもドアの時間調整機構を利用して(一度外の世界できちんと大みそかを迎えてから、全員でどこでもドアの向かう先を大みそかの夕方の幻想郷へとずらす事で)幻想郷へとやって来たのび太たちは境内で出迎えてくれた霊夢に早速お賽銭を要求されながらもどうにか子供にとって一年の命綱とも言える、大切なお年玉を守り切った。

その代わりに何か参拝客を集めるいいイベントはないか? と霊夢に持ちかけられたドラえもんとのび太が思い付いたのが、件の大食い大会だった。

それに食いついた霊夢がどこでもドアを使って人里の人々や幻想郷の各実力者たちに開催を告知、おまけに神社や寺などで年末忙しい者にはコピーロボットまで貸し付けた上に、優勝者には『やくよけシール』というオカルトかなにかとしか思えない者でありながら、22世紀の科学が生み出した強力なお守りを渡すと言う破格の条件で参加者を募ったのだった。

この参加する人などいるのかと思えるイベントの開催を宣言したところ、予想に反してあちらこちらから食欲に自信のある人や妖が参戦(ちなみにやくよけシールの賞品については霊夢が勝手に宣言してしまったりする)。

何しろ本業をコピーに任せておけるのだから、そういった騒ぎに参加したくてもできなかった妖怪や人々もこれなら参加できると喜び勇んでやって来たのは言うまでもない。

また、話を持ちかけた時に最初は一部から「食べ物を粗末にするのはいけません!」などと反対意見も出たものの、写真を用意するだけで解決すると知ってからはむしろ面白そうと、嬉々として参加表明する始末。

こうして、おそらく幻想郷が始まって以来初めてであろう大食い大会の幕がここに切って落とされたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ルールはいたって簡単で参加者は同じかけそば一杯の写真をひたすら見続けるだけ、である。

ただし、目をつぶったり目をそらしたりして十秒以上写真を見る事をしなかった者はもうこれ以上食べれないとみなし、失格とする』この単純極まりないルール、すなわちひたすらに写真を見続ければいい、という内容に参加者の多くは大食い勝負と言いつつ簡単な事じゃないかと、高を括っていたのは間違いない。

しかし、写真を見続ける限り勝手にふくれ続けるお腹、そして本物の料理ならば箸を休めるなどの方法をとる事もできたかもしれないけれども、それすら許されずに限界までひたすら満腹になってもなお写真を見てかけそばを腹に入れなければならないと言う苦行に、軽い気持ちで挑んだ多くの挑戦者が、お腹を毬か風船のように膨らませて博麗神社の境内に沈んだのは言うまでもなかった。

ちなみにジャイアン以外のドラ、のび、しず、スネ、出木杉も一緒に来ていたが、ドラ・のび・スネの三人はさすがにジャイアンほど食べられる自信がなく、不参加を表明。のび太がこちらに来た事で飛んできたチルノやフランと一緒にジャイアンの応援に回っていた。またしずかは巫女服に着せ替えカメラで着替えて神社の手伝い、そして出木杉は例によって稗田阿求と歴史について熱い議論を交わし、幻想郷でなくてもできるだろうと言いたくなるような時間を過ごしているのだった。出木杉にとって幻想郷とは外の世界では得られない知識を与えてくれる場所なのかもしれない。

兎にも角にも、こうして話は冒頭に戻る事になる。

 

「ジャイアン選手の脱落であと残っているのは四人! 幻想郷でも有数の大食い亡霊・西行寺幽々子選手! そして命蓮寺から訪れたまさかの刺客・聖白蓮選手! そしてあの絵に描いたようなぐうたらがまさかの参戦・蓬莱山輝夜選手! 最後は輝夜を倒すのはこの私だと意気込む竹林の蓬莱人・藤原妹紅選手! さあ、この中で最後に残るのはいったい誰なのか!?」

 

鴉天狗の文の実況通り、残っている選手は四人。そして、皆が皆とも尋常ではない実力者でもある。

しかし、これが身体能力をフルに生かした戦いあるいは弾幕ごっこならばともかく、大食い対決ともなると若干勝手が違ってくる。

事実、食欲に関しては「一体どこにそんなに入るんだ?」と言わんばかりによく食べる事に定評のある幽々子はまだまだ食べられそうな顔で写真を見ているのに対して、彼女以外の三人はだいぶつらそうな様子が見て取れる。

 

 

 

「「「「「「…………!! …………!!!」」」」」」

 

 

 

そんな強者四人の見せる戦いに、ギャラリーたちからの熱い声援は途切れることなく続いていた。

とは言っても別に誰が勝利するか、外の世界の競馬や競輪のように賭けが行われている訳ではない。それはやろうとして既に霊夢が紫からきつく実力行使でもって止められていたからだ。

ただ、年末という特別な熱気がそうさせるのかあるいは死力を尽くして普段の弾幕ごっこよりも鬼気迫る眼力で写真を見続けると言うシュールな光景がそうさせるのか、それは分からない。ただしそれは

 

「輝夜に! 輝夜にだけは絶対に負けられない!! 負けたら顔を合わせるたびに、絶対にこのネタで煽られる、それだけは避ける!!」

「亡霊なんかはいいのよ! 妹紅よ! 妹紅にだけは絶対に負けられないの。負けたら今年一年は絶対にこのネタで弄ってくるに決まってるんだから!」

「うーん、やっぱりこの見てるだけでお腹が膨れるって言う道具、便利ねぇ……」

「……くっ、確かに実際の食べ物は使っていないとはいえ、仏法に帰依した私がこのように食欲という名の煩悩に溺れていいのでしょうか……? 申し訳ありませんが、私はここで棄権とさせていただきます」

「おおっと、自分だけが満腹になる事に罪悪感を感じたか、ここで聖白蓮選手自ら棄権を宣言! しかし様子を見る限り全く苦しそうではありません。実は幽々子選手にも勝るとも劣らない大食いなのでは? 何はともあれ、ここまで健闘した白蓮選手に盛大な拍手を!!」

『パチパチパチパチ……!!』

 

潔く、勝利よりも自分の立場を考えて引いた白蓮。その潔さとまだまだ余裕のある態度から、まだまだ食べられたのかもしれないが、真相は彼女のみが知る。

そして、残った三人のうち誰が勝利し、幻想郷大食い王の栄冠に輝いたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー、うー……く、苦し……妹紅も、なかなかやるわね……」

「輝夜こそ…………。しかし、食べ過ぎで死にかけるってのは……1000年生きてて初めてかもな……」

「二人とも……なかなかやるじゃない……次はしっかりと決着をつけたいわね……」

「次なんてある訳ないでしょう!! 何で年末にこんなに患者がやって来るのよ!!!」

 

その三人は、永遠亭で仲良く限界まで、いや限界を超えて食べ過ぎた事で同じタイミングで倒れ急患として永遠亭に運ばれていた。

限界を超えるまで食べ続けた三人には、これがきっかけで奇妙な友情が生まれていたようだけれども、年末これからさあゆっくり年越しをしようというタイミングでいきなり急患が、しかもそのうちの一人は永遠亭の姫である輝夜という笑えない事態に、永遠亭の病室で食べ過ぎの薬を調合しながら永琳は二度と大食い大会なんか開催させるものかと、柳眉を吊り上げながら決心をするのだった……。

 




今回の大晦日は『ひみつ道具で行う大食い大会』でした。

ええ、食品視覚化ガス、あれ絶対に大食い大会に向いていると思うんだ。
視線を外さない限りひたすらお腹膨れ続けますからね。……食の細い相手に使うとただの拷問な感じもしますけど(汗
ちなみに最終的に決勝戦に残った面々の中で、一番強いと思っているのは実は白蓮姐さんです。
身体能力を強化する魔法、を使える彼女なら消化、吸収などといった体内の生理機能も強化できるのではないか? というのがその理由ですね。
ただ、本来ならば仏法に帰依した身である白蓮が必要以上に食事をすると言う、大食い大会に参加するのは中々今回のような特別なお祭りでもない限り難しいかなと思い参加させてみました。もっとも結果は御覧の通り、ただ食欲に溺れるような行動に耐えられなくなり自ら棄権という結果になりましたが……。



何はともあれ、次の交信はまた幻想郷冒険記本編になります。
今年もまた、一年間どうぞ応援宜しくお願い致します。


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封印! となりの紅魔館(その4)

大変お待たせしました。

紅魔境編最新話の更新です。
過去の紅魔館からどうにかレミリアとフランの両親を助け出した? 連れてきたのび太たち。そこに突然聞こえてきたのは怪しい声。
果たしてこの声の正体は? そうしてレミリアとフランの両親はどうなってしまうのか?


それでは、続きをどうぞ。


紅魔館の食堂に集う一同とはまた違う、透き通るような声。そんな声にのび太があ、と思う間もなく皆のいる目の前の空間がぱっくりと口を開けてそこから見覚えのある金髪の女性が現れた。

学校でよく忘れものをするのび太だって忘れもしない、白と紫色の特徴的な服に白い帽子をかぶる、のび太がここ幻想郷にやって来た時森の中で最初に出会った人物……もとい妖怪である。

 

「紫さん! どうしたんですか急に?」

「のび太久しぶりね、その様子だと幻想郷を楽しんでくれているようで管理者たる私も嬉しいわ」

「……まて、お前はいったい何者だ? 我が紅魔館に勝手に入り込んでくるとは……中々無礼な妖怪じゃないかな? それとも、この時代の妖怪はそんな無粋な輩であふれているのかな?」

「確かにこれは失礼しましたわ、急な訪問はお詫びいたします。私は八雲紫と申します、この幻想郷の管理を務めている、妖怪の賢者ですわ」

「ちょっと、そんな挨拶しに来たわけじゃないんでしょうが、なんでこんなところに紫が出てくるのよ」

 

この、誰もが全く予想していなかった紫の登場にさすがのスカーレット父親も思わず貴族らしからぬ強い口調で問いただしてくる。まあ、時代が変わったとはいえいきなり自分の館に空間を超える格好で妖怪が乗り込んでくればそういう反応になってしまうのは仕方がない事か。

そんな彼へとうやうやしくお辞儀をしてみせた紫、何も知らない人がその様子だけ見れば誰も彼ら彼女らを妖怪だなどとは思わないだろう。

そんな様子を見せる紫に何をしに来たのかと霊夢が口をとがらせるけれども、その程度で紫の涼しい顔をどうこうできる訳もなく。いや、涼しい顔をしているのはスカーレット父親への自己紹介とあいさつが終わるまでだった。

 

「あら霊夢「なんで?」だなんてそんなの決まってるじゃない、博麗大結界に触れずにいきなり強大な妖気が二つも感知されたら、何があったのか確認しない訳に行かないでしょう。で、またのび太のあのドアを使って外の世界から誰か連れてきたのかしら?」

「「………………あ」」

「あー、その今度はどこでもドアでじゃなくてですね……」

「……あら、あのドア以外にも博麗大結界に触れずに幻想郷に入って来れる道具がまだあったのかしら?」

 

霊夢が何でいきなりやって来るのかと問いただせば、その表情はたちまち険しいそれへと変わる。が、それも彼女の理由を聞けば、幻想郷に暮らす霊夢たちはすぐに納得するものだった。

何しろ、皆はレミリアとフランの両親を助けると言う善意で行動していたけれども、紫からしてみればのび太がこの幻想郷に来た時と同じように博麗大結界を破るでも、触れるでもなく一切何もせずに幻想郷に出現した二つの巨大な妖気がひょっこりと出現したという事に他ならないのだ。

人間ならばまだ対処の仕様もあるけれども、それが妖怪ともなれば、それも強力な力を持った者となれば警戒するのは当たり前なのである。

そんな紫にのび太はこれまでの顛末を説明するのだった。

しかし、紫はまだのび太を甘く見ていた。紫の認識はまだ、どこでもドアで外の世界から誰か新手の妖怪を連れてきた程度でしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

のび太説明中……

 

 

 

のび太説明中……

 

 

 

のび太説明中……

 

 

 

 

 

 

「……と言う訳なんです」

「…………何よそれ、時間を越えて過去と繋がる道具? 数百年前の妖怪を二人過去から連れてきた? どうしてそんなに簡単に時間も博麗大結界も超越するのよ! 妖怪の賢者だって万能じゃないの、わかる? 理解できる限度はあるのよ? それなのに霊夢! 貴女がついていながら簡単に歴史をホイホイ変えさせようとするんじゃないわよ! 一体歴史をなんだと思っているのよっ!!!」

 

のび太の説明を聞いた紫は、思わずその場で頭を抱えてしまう。

のび太がここにやって来た時と同じように、どこでもドアで結界に触れることなく幻想郷にやって来たと思ったら、今度はあろう事かタイムホールとタイムトリモチという時間を超える道具でもって過去の時代から、当時蒸発して行方不明となってしまったレミリアとフランの両親を連れてきたと言い出したのだ。

おまけに霊夢が歴史が変わるかもしれないという事を危惧していたにもかかわらず、スカーレット両親の救出による過去改変をまるで団子や夕飯のおかずか何かのように軽い口調で実行しようとしたのだ。

たった今、スカーレット両親に自己紹介したばかりの『妖怪の賢者』という肩書すら怪しく見せる紫の叫びも、決して間違っていたとは言えないだろう。

 

「……こほん、ちょっと見苦しい所をお見せしてしまいましたわね。で、そこの吸血鬼の姉妹はいったい何をしているのかしら?」

「あー、安心するんだぜ。ちょっと夢の中で姉妹喧嘩をしているだけみたいだからな」

「そうですね、それにたぶんそろそろ効果が切れると思いますし」

 

それでもそこは幻想郷の賢者の名は伊達ではない。しばらく頭を抱えながらも落ち着いたのか、それとも考える事を止めたのか落ち着きを取り戻すと話を切り替えるかのように立ったままという奇妙な格好でじっと固まっているレミリアとフランの二人に何があったのかを聞いてくる。

もちろんこれは喧嘩を始めようとする二人を止めるためにのび太がツモリガンで動きを止めたからなのだけれども、確かに何も知らない紫が見れば、喧嘩をしながらそのまま動きを止めると言う不気味なポーズをとる二人である。

 

「……ハッ。ふっふっふ、どうフラン? 姉である私に勝てる訳ないって事を理解したら、大人しくお父様たちを独り占めするところを見ているのね」

「……ハッ。まったく、お姉様と来たら自分の実力も理解しないで喧嘩を売って来るんだから。お父様たちと先に一緒に遊んだりするのはお姉様じゃなくてこの私だって言ったでしょ?」

「……うん、何があったのか分からないけれども二人ともものすごい支離滅裂な言動になってるわね」

「あら、珍しいわね幻想郷の賢者がわざわざ紅魔館まで足を運ぶなんて。いつの間に来てたのかしら? でもあいにくと幻想郷の賢者が足を運ぶような異変なんて、ここでは起きてないわよ」

「起きてるわよ! って言うか、貴女たちのせいでしょうがっ!! 過去から現在に誰かを連れてくるなんて、非常識にもほどがあるって事を自覚しなさいっ!!!」

「「……………………」」

 

しかものび太の見立て通り、唐突にツモリガンの効果が切れたものだから、その影響で二人とも互いに互いをこてんぱんにやっつけた気になっていて、その言動は紫の言う通りめちゃくちゃである。それどころか紫が何で紅魔館に来ているのか、というよりも自分たちが過去の世界から両親を連れてきた事が原因である事をこれっぽっちも気が付いていないため、紫はもう一度レミリアにツッコミを入れる羽目になってしまった。

このやり取りに、無言ではあるがスカーレット両親さえ娘たちの言動はおかしいと思ったのだろう、はたから見ても明らかに二人とも引いているのがよく分かったがそれも仕方のない事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにはともあれ、遅くなってすまなかったが自己紹介をさせていただこう。私はバイーア・スカーレット。既にご存知だと思うが、時間を越えて数百年前の紅魔館からやって来たレミリアとフランの父親にして、我が紅魔館の当主である」

「同じく私はラシオドラ・スカーレットです。夫と同じようにこちらの時代にやって来ました、レミリアとフランの母親です」

「博麗霊夢よ、博麗神社で巫女をしているわ。何か悪いことをしたら退治に来るからそのつもりでね」

「霧雨魔理沙なんだぜ、魔法使いで霊夢と同じく異変を起こしたら、退治に来るからな」

「野比のび太です、えっと……なんて言うのかな、外の世界、から来ました」

「十六夜咲夜と申します、紅魔館のメイド長を務めさせていただいておりますわ」

「パチュリー・ノーレッジ。レミィの友人兼客分としてここに置かせてもらっている魔女よ」

「私は、説明しなくても大丈夫ですよね。あの頃はメイド長をさせていただいていましたけど、今は門番をしています紅美鈴です」

 

レミリアとフランとによる喧噪も落ち着いたところで、改めて自己紹介を終えた一同。

そう、よくよく考えてみれば過去から連れてきたはいいもののレミリアとフラン、そして咲夜の前にメイド長を務めていた現門番の美鈴以外、誰もスカーレット両親の名前を知らず、また一方のスカーレット両親も自分たちの娘二人と自分たちが紅魔館で当主を務めていた時に、門番ではなくメイド長を務めていた美鈴以外、誰も何者なのかを知らなかったのだ。

おまけにスカーレット夫妻にとって、見知ったはずの紅魔館でありながら今自分たちがいるのは半ば見知らぬ異邦の地である。自己紹介をしなければ、まずは話が進まないと考えるのは自然な事だった。

 

「……さて、この場の全員がこうして自己紹介も済ませた所でもう一度確認なのですけれども、お二人は本来この世界にはいなかった存在。今後はどうするおつもりなのかしら?」

「今後って、まさかお父様とお母様をまた昔に送り返すつもりなのっ!?」

「いくら妖怪の賢者相手でも、そんな事をされてはいそうですか、と大人しく従う訳にはいかないわね」

「落ち着きなさいな二人とも、別に私の能力では貴女たちの両親を過去に送り返す力なんてありはしないわ。本当に確認するだけよ」

 

そうしてひとまず全員が自己紹介を終えた所で「よろしいかしら?」と紫がスカーレット夫妻に尋ねたのが、二人の今後についてである。

何しろ平時から紫自身が「幻想郷は全てを受け入れますわ」などと気安く言ってはいたものの、数百年前の中世ヨーロッパ……すなわち出木杉くんがのび太に説明した魔女狩りが行われるようになった、まだ魔法や妖怪が跳梁跋扈していたような現代よりも妖怪たちのレベルが高い時代からやって来た二人の吸血鬼、それが紅魔館に加われば間違いなく幻想郷のパワーバランスはひっくり返ってしまう。

いくら霊夢たちに詐欺だと言われようとも、パワーバランスが崩れて幻想郷がひっくり返るよりはまし、という判断を下したからこそ、確認のために紫はやって来たのだ。

 

「私たちはここに残るさ、確かに過去にいる娘たちも気にはなるし済まないとは思うが……もし私たちが本来いた時代に戻ってしまえば歴史が変わってしまう事くらい、私たちにも分かる。だから、今までレミリアやフランに苦労させていた分、私が当主として復帰して娘たちは今まで苦労をさせてきた分の埋め合わせをしていくつもりだよ」

「……それはつまり、紅魔館の当主として復帰してからも幻想郷の他の勢力への戦争を仕掛けるような事をしでかすつもりはない、と見てよろしいのかしら?」

「ああ、勿論だとも。それからどうやら娘が以前迷惑をかけたようだ、以前からノブレスオブリージュについてはしっかりと言い聞かせていたつもりだったのだが申し訳ない事をしてしまった。その件については十分に叱っておくとしよう」

「お、お父様! な、何を言っているのかしら!?」

「あら、だってそれ間違えようのない事実だもの、仕方がないわよねレミィ」

「ちょっとパチェ! 友人を売り渡すつもり!?」

 

「いえ、疑う訳ではないですけれども、貴女たちのご息女が幻想郷に来て早々に紅い霧を発生させるだけでなく、古くから住まう勢力たちに対して喧嘩を売ると言う事をしでかしたものですから」などと過去の事例を引き合いに出し確認をとる紫の言葉と、十分に叱ると言う父親の言葉にレミリアの顔からこれでもかというほどに血の気が引いていく。

その血の気の引き方たるやあまりの青さにそのうち貧血で倒れるのではないか、と疑ってしまうくらいだ。

父親、親友、そして幻想郷の賢者に囲まれて追い詰められてしまったレミリアのその様子はまさに絶体絶命、古の四面楚歌そのものである。

 

「よし、レミリア。ちょっと来なさい」

「いっ、痛たたたっ!! お、お父様っ! 暴力反対よっ! 話し合いで解決しましょう!!」

「………………」

「どうしたんだぜフラン?」

 

こうして、四方を敵に囲まれてしまったレミリアは父親に耳をむんずと掴まれて、まるでジャイアンがジャイアンの母ちゃんに怒られ、引きずられていくかのようにどこかに連れていかれたのだった。

だが、レミリアが父親に連れ去られてしまった後も、一人フランだけは浮かない顔をしている。決してレミリアのように血の気が引いた顔、と言う訳ではないのだけれどもその表情は決して今までいなかった両親と暮らせる事に喜んでいるようには、どう贔屓目に見ても思えない様子だった。

 

「だって、お父様やお母様と一緒に暮らせるのは嬉しいけど……もし今度こそ本当に私の能力で壊しちゃったら……今度こそ二人には会えなくなっちゃうんだよ? 地下室にいた時だって能力を暴走させたり、感情が抑えられなくなる時だってあるのに……もし、今度お父様たちに能力を向けてしまったら……」

「フラン……」

 

その様子を見てフランへと尋ねた魔理沙に返ってきたのは、自分の能力でもある『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を両親に向けて暴発させてしまうかもしれないと言う、自分自身への怖れの感情。

今まで自分が壊してしまったのだとずっと思いこんできたフラン、幸いそれはフランの思い過ごしであった事がタイムホールとタイムトリモチの使用によって発覚したのはついさっきの事。けれどももし、今度本当に能力を暴発させてしまい両親を壊してしまったら? それこそ500年近くずっと苦しんできた罪悪感からようやく解放されたのに、今度こそその罪悪感を永遠に抱き続ける事になってしまう。

それは、地下室に閉じ込められてから今もなお、フランが自分自身の持つ能力を完全に制御できていないと言う自覚があるからこその怖れでもあった。

さらに言えば、のび太はともかくとしてこの場の誰もがフランの能力の恐ろしさを知っている。そして、その能力と共に両親を壊したと思い込み、地下室に半ば幽閉されていたこの数百年間をもってしてもフランの力はまだ完全に制御できていないのだという事を。

その事実を知っているからこそ、誰もフランに声をかけられないでいた。

 

「……ねえ、フランちゃん。その、フランちゃんはおっかない力を使いたくないんだよね? それならなんとかなる、かも……」

「もう、なんだか頼りないわね。何とかなるのか何とかならないのか、どっちなの?」

「どっちなのかって? そうやってどうにもなりそうにない事を、強引にどうにかしてきたのがのび太じゃないか。きっとまたとんでもない道具が飛び出すに違いないんだぜ」

「本当にね。そのうち人や妖怪が持つ能力をなくす道具が出てきても、私は驚かないわよ」

「本当? その何とかなるって言う言葉……私信じていいんだよね? お父様とお母様を私たちの前に連れてきてくれた、あの奇跡みたいな魔法の力を、信じていいんだよね?」

「うーん、効果があるか分からないけど、これなら何とかなるかも……えーっと、あれでもないしこれでもない……」

 

数百年にもわたる悪夢から救ってくれた、奇跡のようなひみつ道具タイムホール。

その奇跡をもう一度信じていいのかと、すがるように聞いてくるフランたちを前にして、のび太はもう一度手にしたスペアポケットに手を入れてフランを救う可能性に心当たりのある、とあるひみつ道具を探すのだった……。




ようやく名前判明しましたスカーレット両親。

父親:バイーア・スカーレット
レミリアを男装させ、大人にしたと言うイメージのかつての500年ほど昔の紅魔館当主。つまりはレミリアは父親似という事に。
ただしちゃんと成人している分、少なくとも幻想郷に来てすぐに紅い霧をまき散らして喧嘩を売るような真似をしないと明言して、それをやったレミリアを叱ったり、彼らにとっては不法侵入者にしか見えない霊夢たち大しても冷静に話し合いをしようとしたりと、良識的な人物。
なんだかんだと呑み込みが早いように見えているけれども、当人が暮らしていた時代が時代、産業革命など起きてさえいない中世の妖怪のため、実は化学などについてはほとんど知らなかったりする。たぶんカメラで撮影されると魂を抜かれる、と説明したら本当に信じるかもしれない。

尚、名前の由来は南米原産の大型タランチュラ「バイーア スカーレット」より。
※耐性ない一般人が見ると卒倒する程度にはゴツイ品種なので、検索は自己責任でお願いします。


母親:ラシオドラ・スカーレット
枝のような羽の軸に色とりどりの宝石が付いた羽をつけたスカーレット姉妹の母親にして紅魔館当主夫人。フランは母親似の性質を多く受け継いだと言う設定。ただし、少なくとも現在の所フランのようにレーヴァテインをむやみに振り回すような暴力的な行動は一切ない。どちらかと言うと穏やかな人。
此方のスカーレット夫人も、当然常識が中世ヨーロッパで止まっているため、多分写真撮影とかをされると魂を抜かれると本気で信じるかもしれない。
尚、その名前の由来はタランチュラ、バイーア スカーレットの学名ラシオドラ・クルギー(Lasiodora klugi)から。



さてさて、紫までやって来てひっくり返りそうになったりとだいぶ大騒ぎとなっている紅魔館ですが、フランが以前はタイムホールで連れてこられた事で蒸発した両親に今度こそ能力を使って危害を加えてしまうかもという自分自身への能力の怖れを取り除けるかもしれないひみつ道具を取り出そうとするのび太。
果たしてフランの能力に対する対抗策となるのでしょうか? そもそもそんなひみつ道具あったっけ?

と言う訳で次回、乞うご期待っ!!!


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封印! となりの紅魔館(その5)

大変お待たせしました。のび太の幻想郷冒険記、紅魔館編の続きです。
幻想郷の実力者が持つ能力、の中でもかなり凶悪な能力に分類されるであろう『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を使えないようにするため、ポケットに手を突っ込んだのび太。
果たして一体何が出てくるのか?
そしてそもそもそんな物騒な能力は果たしてちゃんと使用制限ができるのか?


それでは続きをお楽しみください。


「うーんあれでもないし、これでもない。最近ぼくもドラえもんも、あれ使ってなかったはずだからどこにいっちゃったかな……?」

 

スペアポケットに手を突っ込み、目当てのひみつ道具を探し続けるのび太。

一体今度はここから何が出てくるのか、すでにタイムホールにタイムトリモチという時間を超える道具が出てきた事もあり、わずかな時間の中でのび太がポケットに手を突っ込む時、非常識が常識なはずであるこの幻想郷の常識さえ軽々とひっくり返すような何かが出てくるのだという事はこの場の全員がこの短時間でみな学習している。

そんな事もあって全員の視線がのび太と、のび太が手を突っ込んでいるポケットに集中する中、ようやく目的の道具を見つけたようで「あ、これだ!」とポケットから手を引き抜いたのび太が天にかざすように、それを高々と掲げながらその名前を宣言してみせた。

 

「ケッシンコンクリート! これはどんな人でも飲めば決心を貫き通せる道具なんです」

「決心、コンクリート? なあ霊夢、コンクリートって、なんだ?」

「私に聞かないでよ魔理沙。にとり辺りに聞いたら分かるんじゃないかしらね」

「……それは後で説明してあげるから二人とも。でのび太、それはいったいどんな使い方をするのかしら?」

 

のび太が取り出したのは手でつかめるサイズで茶色の紙袋のようなものに、ローマ字で「KESSIN CONCRETE」と書いてあるものである。

当然外の世界ならばともかく、幻想郷の人里にはまだコンクリートが存在していないため霊夢も魔理沙もその名前は聞きなれない言葉だったようで、二人仲良く首をかしげながらコンクリートが一体何なのかを話し合っている。

当然このままではらちが明かないため、そんな二人に後で教えるからと会話を中断させた紫がのび太に使い方の説明を促した。紫は幻想郷の賢者と言うだけあってどうやらコンクリートがどんなものなのかを知っているようだけれども、それでも決心というどこにでもありふれた言葉と、外の世界で使われているコンクリートという材料とが言葉がどうつながるのかまでは分からなかったらしい。

そんな紫の言葉にそれじゃあ、とのび太が袋の口を開いて中身を取り出して周りに見せてから、中に入っていた一包みをフランに手渡した。

 

「えっとですね、このケッシンコンクリートって言うのは飲み薬なんですけど何かを決心しながらこの薬を一包み飲むと決心がカチコチに固まってどんなに意志の弱い人でも決心を貫き通せるようになる効果があって、決心した事が終わるまでは、それ以外の事ができなくなっちゃうんです」

「なるほどね、決心を固めてしまうからケッシンコンクリート、か。なかなかどうして面白そうな薬ね。ひょっとしてのび太も飲んだ事があるのかしら?」

「はい、前に一度だけ宿題を終わらせるために使いました」

 

……そう、紫の言う通りのび太も以前このケッシンコンクリートを服用した事があったのだ。

以前、唐突にこのままではいけない、今日こそちゃんと宿題を終えるまで机を離れず居眠りもしない、と決心して机に向かったはいいもののあっさりと決心が崩れたのび太にドラえもんが出してくれたのがこのケッシンコンクリートだった。

その時、のび太は宿題を終えるまで机を離れないぞ、と決心してこの薬を飲んだのだけれどもこの薬の効果は非常に強力で、トイレに行きたくなっても宿題が終わるまでは絶対に机を離れられない、漏らそうが何をしようが宿題が終わらないとどうにもならないと言う道具なのだ。

その代わりに宿題の内容については一切問わないらしく、間違いだらけだろうと何だろうととにかく宿題を最後まで終わらせられたら『決心した事をやりとげた』とみなされるようでこの時のび太はどうにかおもらしをせずに済んでいる。

なにかを決心し、やり遂げるのならこれに勝るひみつ道具はないだろう。若干やり遂げたかどうかの判断がいい加減なところもあるが……。

なお、のび太の説明を聞いたレミリアが『美鈴にこれを飲ませて門番の最中に居眠りをしない、って決心させたら便利そうね』などと考えていたのは秘密である。

 

「ねえ、それじゃあ私はこれを飲めばいいのかしら?」

「うん、薬の効果がどれくらい続くのかは分からないけれども多分決心した事が終わるまではちゃんと効果が続いてくれると思うから、フランちゃんが決心する時はうーんと時間がたっぷりかかるように決心した方がいいかも。例えば何十年は使わないとか何百年は使わない、って」

「そうね、でもせっかくだから……私は()()()()()『ありとあらゆるものを破壊する程度』の能力を使わないわ!」

「……へ?」

「妹様、よろしいのですか?」

「おいおいフラン、二度とってそれはやりすぎだろ」

「魔理沙、咲夜。フランにとって両親を壊したと思っていたこの数百年が、それだけ彼女にとってトラウマになってるって事よ。いっそのこと二度と能力が使えなくなれば、もう両親を能力で壊してしまうかもしれないと言う恐怖からも逃げられるもの」

「それは、そうだけどさ……」

「確かにそうですけれども……いえ、妹様の決めた事ですから、私はその決心を尊重しますわ」

 

包みの口を破り、中の粉薬を飲みながら能力の封印を決心したフラン。

しかしここで彼女が決心した事は、予想よりもはるかに強い決心だった。のび太としてはある程度の時間、それこそ吸血鬼の寿命を考えても数百年程度の期間能力を使えないようにする、とある程度の長さはあるもののそれでもちゃんと期限のついた決心するのかと思いきや彼女がした決心はもう二度と使わないと、あまりにも強くそして固い固い決心だった。

のび太だけでなく他の面々もまさか二度と使わないと言う決心をするとは思っておらず特にメイド長の咲夜、そして魔理沙は思わず止めようとするもその時にはもう遅く。フランはしっかりとケッシンコンクリートを飲みながら、その決心をカチンカチンに固め終えた後だった。

いや、この場にいる面々の中で一人パチュリーだけがフランがどうしてそこまで自らの能力を忌避するかのように二度と使わないなどと極端な決心をしたのか、冷静に分析していた。

両親を壊してしまい二度と会えないとばかり思っていたのに、調べてみたらその原因が自分が全く関係ないものだったと分かっても、一日二日ならともかく数百年にわたる自責の念がそうそう消えるものではない。

両親が帰ってきた今、今度こそ万が一が起きないようにと永久にフランが自身の能力を封印しようとするのは決しておかしな事ではないだろう。

のは決しておかしな事ではないだろう。

最初はそこまでするのはどうか、と難色を示していた魔理沙も咲夜もさすがにここまでしっかりとパチュリーの解説を受けてまで反対だ、とは言わず難しい顔をしながらもフランの決心を受け入れる事にしたのだった。

そんな周囲をよそに、のび太は自分が渡した一包を飲んでしまったフランにおかしな所はないか心配そうに質問していた。何しろケッシンコンクリートはもともと人間に向けての薬であり(ドラえもんもロボットながら使えそうではあるものの)吸血鬼が、しかも二度と使わないなどというとんでもない長期間にわたる決心をした場合どうなるかまではのび太も知らないのだ。

飲んだはいいけれども、吸血鬼にとって実は成分が毒でした。などとなっては大変である。そこがのび太にとって心配な点だったのだ。

 

「フランちゃん、大丈夫? ケッシンコンクリートを飲んでからおかしなところとか、お腹が痛いとかない?」

「うん、大丈夫みたい。ちょっと薬は苦かったけどね。じゃあ、ちょっと試してみるね。今飲んだこのお薬の袋を……あれ」

 

そんなのび太の心配もどうやら杞憂に終わったようで、なんともないと首を横に振るフランは手をかざしてのび太、ではなくたった今飲み干したケッシンコンクリートの一包の袋を壊そうと手をかざしてから、首をかしげた。

かしげただけではない、のび太に詳しい理屈は分からないけれどもフランや周りの言葉を信じるのならフランが何かをすれば、彼女が壊したいと意識したものは何であれ壊れてしまうのだろう。

この場合なら飲み終えたケッシンコンクリートの包みが跡形もなく壊れてしまうはずなのに、包みはうんともすんとも言わずに形を保っている。それはつまり、フランの能力が使えなくなっているからに他ならない。

 

「壊れない、壊せなくなっちゃった」

「うえっ、本当に使えなくなったのか!? だって個人の能力ってそんなに簡単になくしました、なんてものじゃないんだぜ」

「でも、本当に使えないの。というよりも、ものを壊す時に見える『目』が見えなくなっちゃった」

「め? めって……?」

「あー、そう言えばそうよね。のび太は今日初めてフランと会ったんだし、話に出てきただけで何かを壊すという所しかフランの能力については知らないわよね」

「妹様いわく、ありとあらゆるもの、には壊れやすい箇所があるんだそうです。それを目、とわかりやすく表現していて、それを妹様の手の中に移動させて握りつぶす事で初めて能力としての破壊が成立するんです。しかし今はその目を認識できなくなったため、能力が使えない、そういう事みたいですわ」

「ん? ? ? え、えっと……めがえっと……見えなくなって、んん?」

「あーのび太、つまりね、多分のび太が出してくれた道具の効果で、フランはちゃんと能力が使えなくなった、って事よ」

「なーんだ、それならそうと言ってくださいよ。でも、それならフランちゃんよかったじゃない。だってそのおっかない力が使えなくなったら、もうお父さんもお母さんも、危なくないんでしょ? ずっとずっと困ってた事が解決したんじゃない」

「……この子は、不思議な子ですね。さっきから不思議な魔法みたいな力を使いますし、自分の事でもないのにフランのために力を使ったり、こんなにも喜んだり……」

「まあ、のび太だからね。時々抜けてるけどね」

「これがのび太なんだぜ、たまにドジ踏むけどな」

「そうね、この優しさこそのび太が持っている一番の強さなのかもしれないわね。時々危なっかしいけれど……

 

フランの能力の説明にのび太が目を回しそうになるも、すかさず霊夢がフォローに入る。

のび太としてはフランの能力はただなんでも形あるものなら壊せる、そんな程度の認識でしかなかったのに、咲夜の説明を聞いてみればその壊すと言う能力にはやけに複雑な説明が入って来たのだ。のび太の頭ではそれを理解するにはいささか脳みそに能力が足りていなかったのは言うまでもない。

ドラえもんがもし仮にこの場にいたのなら、宇宙開拓使でコーヤコーヤ星のロップルくんたちがのび太の部屋の畳とカーゴの倉庫が空間的につながった際ロップルくんがワープの原理を説明した時のように『のび太に物を教えるのは大変なんだから』と大変そうに語っただろう。

だが残念ながらここにドラえもんは来ていないし、のび太の脳みそでも理解ができるように霊夢が分かりやすく説明した事でどうにかのび太の脳みそは混乱しないまま、フランが能力の封印に無事成功したのだと理解し一人喜んでいる。

そんなのび太の様子をそれまでずっと黙って眺めていたフランの母、ラシオドラは興味深そうにつぶやくのだった。

ちなみに、彼女の言葉に対する幻想郷に来てのび太の保護者的な立ち位置にある霊夢、魔理沙、そして紫の反応はほとんど同じものだったりする。

 

「……え、うそっ! フランの能力、本当になくなったの!? だって、そんなに簡単に使えなくなるようなものじゃないでしょ能力って」

「本当だよ、お姉様。もうお父様もお母様も、それだけじゃない誰も私が能力で壊したり傷つけたりする心配はなくなったんだよ!」

「……なあラシオドラ、このフランの言っている事は本当なのか?」

「ええ、本当よ。この子が出してくれた不思議な薬を飲んだらあっという間に」

 

しばらくして父親から叱られて戻ってきたレミリアと、バイーアが自分たちのいない間にフランの能力がひみつ道具でもって使用不可になった事について、目を丸くしながら驚いたのは言うまでもない。

何しろ数百年にもわたりレミリアがフランを地下へと閉じ込める事になった原因でもあった能力が、ちょっとその場を離れた間に使えなくなっていたと言うのだから驚くなという方が無理があるだろう。実際にレミリアはフランの説明だけでは能力が使えなくなった事をにわかには信じられず、本当に使えなくなったのかを確認するためフランに能力を使ってみてと頼んだほどである。

そうして実際にフランが能力を使おうとしても使うことができなくなっている事を目の当たりにして、ようやくレミリアも、そしてバイーアの二人も現実を受け入れたのだった。

そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「お邪魔しました(わ)(んだぜ)」」」」

「う~、たべすぎてくるしい……」

「いつでも遊びに来るといい。フランやレミリアも来て欲しがっているし、私も君たちならいつでも紅魔館の当主として歓迎しよう」

「次は美味しいお茶やお菓子も用意しておきますから、いつでも遊びに来てくださいね」

「のび太、また来てね! 絶対だよ!!」

「そうよのび太、また遊びに来てくれないとダメよ!」

「うん、フランちゃんまた来るからね。ちゃんといい子にしててよ?」

「うんっ、大丈夫だよ!」

 

もう外は真っ暗で月が空に浮かぶ頃、のび太に霊夢、魔理沙、そして紫とチルノはバイーアとラシオドラ、紅魔館当主夫婦からの見送りを受けながら紅魔館を後にしていた。

ちなみにここまで全く会話に参加してこなかったチルノであったが、その理由は会話よりもひたすら目の前の料理を食べ続けると言う、どら焼きを前にしたドラえもんのような事をしていたからだったりする。おかげでのび太たちが帰る頃になってようやくのび太たちがチルノの事を思い出した時には、すっかりお腹がまあるく膨らんだチルノが目を回しながらうーうーと苦しそうに呻いていた。

そんなチルノを連れて、と言ってもあまりにも食べ過ぎたようで自分一人で空を飛べなくなってしまったチルノをおもかるとうで軽くした上で風船のようにフワフワと宙に浮かべながら、足にひもをくくり付けて……つまりはねじ巻き都市で戦った熊虎鬼五郎一家のように風船よろしく引っ張っていたのだけれども、その最中にものび太はずっと引っかかっている、何か忘れている事があるような、としきりに首をかしげていたのだった。

 

「……うーん、何か忘れているような気がするんだけどなぁ。なんだっけ」

「何かあったかしらね? だって、紅霧異変だってレミリアを説得して解決させてきたし、レミリアとフランの両親を過去から連れてきた道具だってちゃんと回収してきたでしょ? 何もないはずよ」

「ひょっとしてのび太、紅魔館で出された夕飯が足りなかったんじゃないのか? 途中でいろいろ道具使ったりしたりしてたからな」

「そうかなぁ、なんだかものすごく大事な事を忘れてる気が……」

「まあ、大丈夫だと思うわよ。のび太の事だから、何かあっても未来の道具で解決できるんじゃないかしら?」

「……そうですよね、きっと大丈夫じゃないかな。たぶん」

 

タケコプターで飛びながら人里を目指すのび太の言葉に今なお満腹で苦しそうなチルノ以外の霊夢、魔理沙、そして紫から飛び出した楽観的な発言にのび太も大丈夫だと安心したように頷く。

が、そんなのび太の希望は人里に到着してからもろくも崩れ去る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こらーっ! 二人とも勉強をほっぽり出して今までどこに行っていたんだ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ、しまった! 忘れてた!!」

「こら、待てのび太!! 大人しくしていなさいと言ったのに勝手に抜け出して暗くなるまで帰ってこないだなんて……今日出した課題が終わるまでは帰さないからな!!!」

「たすけてえ!!」

「……くっ、なんでこう言う時だけ逃げ足が速いんだ!」

 

そう、のび太もチルノも異変が起こった時に勉強中だったのだ。

しかし第二次紅霧異変が起きてしまったために霊夢や魔理沙が異変解決に、そして慧音が里の安全確認のために寺子屋を後にした際、退屈だからとのび太とチルノが勉強をほっぽり出してそのまま紅魔館へと飛んで行ったのである。

そしてそれを素直に笑顔で見送る慧音ではなかった。のび太たちが帰ってくるまでに、いやというほどの量の課題を準備してのび太とチルノが帰ってくるのを待ち構えていたのだ。

しかも、寺子屋どころか人里の入口で待ち構えていて人里に近づいたのび太たちをめざとく見つけるや否や、角でも生えているのではと思うほどにのび太のママそっくりの怒った顔で追いかけてくるのだからおっかない事この上ない。

 

「……どうする? 魔理沙」

「どうするも何も、助けなかったら多分のび太明日の朝まで帰れないんだぜ」

「そうよね、で間違いなくのび太が帰れないとなったら保護者の私たちも帰る訳にはいかないって、慧音言うでしょうね。と言う訳で魔理沙、紫。慧音を止めてさっさとのび太の勉強、終わらせるわよ」

「ちょっと!? なんで私がのび太の宿題を手伝わなくちゃいけないのよ」

「なんでって? 紫は幻想郷の賢者じゃない、たまにはその頭をのび太のために使ってあげなさいよ。あ、なんなら慧音を止めるのに頭突きで勝負してもいいわよ」

「そんなの受けたら死ぬわよっ!! はぁ、仕方ないわね……。でもまあ、のび太のお陰でこんなに退屈しない日々を送れているんだし、たまにはこうして手伝ってあげるのもいいかしらね」

 

チルノを放り出し、悲鳴を上げながら外の世界でジャイアンに追われた時のように逃げ惑うのび太の様子を見ながら、幻想郷でのび太の保護者を務める霊夢、魔理沙、紫は相談の結果自分たちが早く帰るためにも、のび太の勉強をさっさと終わらせるべくのび太と慧音の鬼ごっこを止めに行くのだった。

ちなみに、この時一番のび太の勉強で活躍したのはやはり幻想郷の賢者でもある紫であったと言う。

のび太曰く「慧音先生よりも紫さんの説明の方が分かりやすくてすらすら進む!」ともろ手を挙げて絶賛し、後に慧音が「どうせ私の教え方なんか……」と落ち込む事になるのは、また別の話である。




と言う訳で正解はケッシンコンクリート、でした。
他にいろいろと使用不可、使用制限をかけると言う意味では使えそうな道具がありましたけれども、どうやって解除させるか、まで後の事を考えるとこれがいいかな? と思い、この道具のチョイスとなりました。
と言うか、このフランの能力封印を描きたいからこの紅魔館編があったと言っても過言ではありません。

第二次紅霧異変も無事に解決し、レミリアとフランの長年の問題ともなっていた両親との再会もできましたし、もうあと一話後日談を加えて紅魔館編はひとまず終わり、の予定です。



それでは次回、乞うご期待っ!!!


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あしたもあそぼうあおいそら

お待たせしました。紅魔境編エピローグ? 的な話になります。タイトルについてはドラえもんのED曲『あしたもともだち』からです。

ようやく紅魔館の異変から帰ってきたのび太、霊夢、魔理沙たち。さてさて……?


「……ふぁぁぁぁ、ムニャムニャ……おはようございます」

「……あー、眠い……。のび太、朝ご飯だしてちょうだい……」

「だな……それもなるべく、あっさりしたもので頼むんだぜ……」

「ふぁぁぁ……ぃ」

 

幻想郷中を揺るがした第二次紅霧異変の翌日のび太は、いやのび太だけではなく霊夢も魔理沙も、前日朝まで慧音の宿題をしていた事もあって三人が目を覚ましたのは朝、というよりもお昼に近い時間だった。

既に空気はじっとりとした暑さを含んでいて神社の周りの木々に止まっているのであろうセミたちの声がミンミンと聞こえてくる。

そんな中、それぞれの部屋に用意された布団からのそのそと這いだしてきた霊夢と魔理沙が、同じように眠い目をこするのび太にもうすっかり当たり前となってしまったグルメテーブルかけによる朝食の支度を催促する。

ちなみに一緒にのび太の勉強を手伝ってくれた紫はと言うと、勉強が終わってから寺子屋の教室で「それじゃあ私は帰るから、おやすみなさい」と紅魔館にやって来た時のように空間にスキマを開くとそのままするりとその中に消えていった。そのため紫は今この場にはいないのだ。

そんな訳で、のび太だけでなく霊夢や魔理沙も日常生活ではなかなかしないであろう勉強を深夜から明け方という時間帯に手伝わされた事もあって、いくらある程度眠ったとは言えまだ眠たそうな目をこすりながら、ゆっくりと身支度をととのえてから、ようやくいつもの定位置に、つまりは博麗神社の居間へと集まるのだった。

 

「それじゃあ、グルメテーブルかけ! 霊夢さんも魔理沙さんも、食べたいものを言ってくださいね」

「そうね、私はやっぱりそうめん辺りにしようかしら」

「あー私もそれでいいんだぜ」

「じゃあ僕もそうしようかな」

 

霊夢や魔理沙の要望に応えるようにそうめんと宣言するのび太の言葉に反応するように、テーブルかけからは夏の暑さを忘れさせるようなそうめんがぽん、と三人前現れる。

このそうめんを各々自分の前へと取り「いただきます!」と三人の声が唱和した。

 

「つるつる……つるつる……。なあのび太、そのなんだ……毎回道具を取り出す時に発するそのかけ声は、やらなくちゃいけないものなのか?」

「何言っているのよ魔理沙、その方が私たちも何が出てくるのか分かりやすいじゃない」

「それはそうだけどな、毎回この名前を聞くのもどうなんだぜ」

「いいのよ、それが様式美ってものなのよ」

「いや、これはいつもドラえもんがこうやって道具を出してくれてたのでつい僕も癖で……」

「……あやや! ひどいじゃありませんか霊夢さん、この清く正しい射命丸をほったらかしにして皆さんでお昼を食べてるだなんて」

「あ、文さんじゃないですか。どうしたんですか、また新聞を届けに来たんですか?」

 

お昼のそうめんを食べながらとりとめのない雑談を交わす三人、そんな中にばさりという羽音と共に不満げな声が割り込んでくる。もちろん、その声の主はのび太も、霊夢も魔理沙も知っている、忘れようにも忘れられない声だった。

一枚歯の下駄と赤い兜巾に黒い翼。手には葉団扇その特徴的な姿は忘れもしない、妖怪の山で知り合った鴉天狗の射命丸文である。

 

「あー、また来たのね。悪いけど、のび太に取材をするのならその前にちゃんと取材料を保護者である私に払ってからしなさいよね。料金はあっちの素敵なお賽銭箱に入れてくれればいいわ」

「何言ってるんですか、それなら霊夢さんだって食費を出すべきじゃないですか?」

「私はいいのよ、だって食費を浮かせてもらっている代わりに住まいを提供しているんだから」

「止めておいた方がいいんじゃないか霊夢、それでこの間紫にこっぴどくやられたばっかりなんだぜ」

「……う、た、確かに。いいわ、料金は特別でただにおまけしておいてあげるわ」

「まあ、そういう事にしておきましょう。そんな事よりも、昨日のあの紅い霧の異変、出どころはまあ紅魔館で間違いはないんでしょうけれどもあの異変にも例によってのび太さんが一枚噛んでいたんですよね?」

「あら、文の事だからてっきり昨日のうちに紅魔館には取材に行ったと思ったんだけど、行かなかったの?」

 

いつものようなやり取りの中で、文が昨日のび太たちが紅魔館へと行き、レミリアやフランと知り合う事になった異変について聞いてくる。しかしその口調はあくまでも確認、といった感じでその言葉からはとても自分の足で直接現場へと向かい取材をしたようには思えないもの。

いつもならば異変、すなわち新聞のネタとしてこの上ない案件である事と新聞の為なら何をさておいても真っ先に駆けつける文の性格を考えればもう既に取材まで終えているものと思っていた霊夢の言葉は、その場の全員の疑問を代弁したものであった。

 

「そりゃあ、行けるものなら行きたかったですよ! でもお母さん……じゃなかった天魔様直々に外出禁止を命じられたら、行ける訳ないじゃないですか!」

「あー……」

「なるほどなんだぜ……」

「……え? え?」

 

何を言っているのか分からない、と目を点にしているのび太と全てを悟ったように頷いている霊夢と魔理沙。そんな三人をよそに文は行けるものならば行きたかったと、力いっぱい悔しさをにじませながら前日の事を思い出すのだった……。

 

 

 

 

 

 

少女回想中……

 

 

 

少女回想中……

 

 

 

少女回想中……

 

 

 

 

 

 

「さて、この赤い霧の異変はおそらく紅魔館でしょうね。そして間違いなくあの子も行くに違いありません! この前あの世に行ってしまった時には取材できませんでしたからね、今度こそは確実に取材を成功させて何としても明日の新聞の一面を飾ってみせますよ……おや?」

 

幻想郷の空を覆った紅霧異変、それは人里の空だけではなく射命丸文の暮らす妖怪の山にも分け隔てなくやって来ては空を覆いつくしたのは言うまでもない。

当然、異変が起こったからと言ってただ黙って指をくわえて見ている訳ではなく、この異変の発生は哨戒していた白狼天狗の報告によって天魔にまで直ちに伝えられ、あっという間に妖怪の山は騒がしく……それこそ海底火山に反応して警報が鳴り響き、バトルシップの群れが舞い上がり数千年ぶりに活動を再開した鬼岩城を彷彿とさせる有様になった。

哨戒を務める白狼天狗の群れが舞い上がり、鴉天狗や大天狗と言った上の立場の天狗が大きな声で辺りに指示を飛ばす。しかしそんな厳戒態勢が敷かれた妖怪の山にあっても、文にとってはまさにどこ吹く風。

さっさと身支度をととのえて一人さっさと妖怪の山を抜け出して異変の震源地であろう紅魔館へと向かおうとしたその矢先に、自分の住処の扉をくぐりいざ飛び出そうとする彼女の前に一つの人影が立ちふさがった。

 

「さて、一応聞いておこうかしら。この厳戒態勢が敷かれた中で……そんな恰好でどこに行こうと言うのかしら?」

「あやややや、これはこれはお母さん……じゃなかった、天魔様ではありませんか。いえ、ちょっとこんな美味しいネタがやって来たと言うのに見逃すのは新聞記者の名折れですからね。急ぎ取材に行ってこようかと」

「文、私が黙って飛び出すのを見送るとでも?」

「ふっふっふ、取材のため新聞のためなら力ずくでも押し通りますよ。何ならこの前の守矢神社での続きをここでやりましょうか?」

 

人影の主は妖怪の山を束ねる長でもあり、文の母親でもある天魔であった。

おまけにかつてのび太が最初に守矢神社に向かった時に天魔と文の親子は相まみえた事もある二人が、再び相まみえたのである。

守矢神社では、のび太たちに迷惑をかけた文に対して問答無用で耳をつかみ引きずっていくと言う手段でもって逃げようとした文を捕まえたが、今度は同じ手は食わないとでも言いたげに不敵な笑みと共に天魔を挑発し、それと同時に背中の黒い翼を広げてみせる。その様子からも、文がその場からさっさと逃げるつもりだという事が伺えた。

逃げ出そうとする文とそうはさせまいとする天魔、二人の間にぱちぱちと激しい火花がはじけ飛ぶ。

そして……。

 

「痛たたたたたっ! 取れる取れる取れる、お母さん耳が取れますって! 暴力反対ですよっ!!」

「痛いのが嫌ならなら大人しく山で警戒してなさい。まったく、この厳戒態勢時に真っ先に取材に飛び出そうなんて……何を考えてるのよ」

 

その場から飛び立ち逃げ出そうとする文よりも一瞬早く、さっと伸びた天魔の手が文の耳をむんずと掴んでいた。もちろんその状態で引っ張るのだから痛くない訳がない、案の定文は耳が取れると抗議の声を上げながらかつて守矢神社でされたのと同じように引きずられていくのだった。

もちろん文は文でただ黙って母親である天魔に引きずられていくはずもなく、耳をむんずと掴まれながらも手足をばたばたと駄々っ子のように振りまわし必死の抵抗を続けている。ここで逃げる事に成功すれば、少なくとも明日の一面を飾る記事のネタが手に入るのだ。

が、その時に天魔がこぼした愚痴がいけなかった。

 

「あやや、それでしたらお母さんも若い頃は何か起こるたびに取材のために山を飛び出してまわりを困らせていた、と古参の大天狗様たちから聞きましたけど……」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラガラ……ビシャン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぎゃーっ!!!」

「前言撤回、貴女は異変が終わるまで哨戒も警備も含めて外出を禁じます! 当然取材なんか行かせません! 逃げ出さないように入口には見張りを立てておもてに出しませんからねっ!!」

「あ、あや……や……」

 

天魔がこぼした愚痴につられたかのように、文がさらりと天魔の昔の話を口にしたとたん、一瞬の沈黙ののちに十戒石板が違反者に落とす雷もかくやという、特大の落雷が文めがけて落とされた。当然落としたのは怒り心頭の天魔である。

あわれ、天魔の落雷によって文は真っ黒こげの焼き過ぎた焼き鳥みたいな格好になってしまい、そのままたった今自分が出てきた住処へと放り込まれ、妖怪の山の長である天魔直々に射命丸文の外出禁止令が山全体へと下されてしまった。そうなれば厳格な縦社会の妖怪の山、文が逃げ出そうとすれば山に暮らす全ての天狗が敵に回りかねないのだ。

さすがの文もこうなってしまっては天魔の命令に従うより他になく、何とかその日のうちに赤い霧は消滅し異変は無事解決したのだけれども、異変の取材どころではなくなってしまったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

少女回想終わり……

 

 

 

少女回想終わり……

 

 

 

少女回想終わり……

 

 

 

 

 

 

「まあ、それは気の毒なんだぜ」

「でも、それって大体は文の普段の行いのせいよね。って言うか、外出許可が下りたなら紅魔館に取材に行けばいいじゃない」

「まあそのつもりですよ、こうなったら明日の記事の一面……じゃネタが古くなりますから、今日の夕方には号外をばら撒けるように取材してきますから、楽しみにしていてくださいね!」

「本当に何しに来たんだ? さっときて、ぱっといなくなったんだぜ……」

「まあ、文の事だから多分昨日数百年前の昔から現代にやって来たレミリアたちの両親に会ったらひっくり返るんでしょうね」

 

前日の天魔とのやり取りを悔しそうに思い出した文は霊夢に言われるまでもない、と気合を入れるとそのまま来た時と同じように、騒がしく飛び出して行ってしまうのだった。

ちなみに彼女がその日、この後で妖怪の山の印刷所に無理を押し通して特別に発行させた文々。新聞の号外は幻想郷中にばらまかれ、紅魔館という幻想郷のパワーバランスの一角に新たな当主が数百年前の時代からひょっこりと現れた事。

そして長きを生きる妖怪として力はあれども、自分たちへの火の粉を振り払うためなどの場合を除きそれを周囲に向けてむやみに振り回す意思は持たない事などのインタビュー内容が書き綴られあっという間にスカーレット夫妻の存在と新たな当主による考え方が幻想郷へと広まる事になるのだった。

 

 

 

「のび太―! あそぼあそぼ!」

「ちょっとフラン、のび太からちゃんとテキオー灯浴びせてもらった? あれ毎日浴びないと私たちいきなり煙になるかも知れないんだからね!」

「大丈夫だよ、ちゃんとここに来たらまずあの光浴びてるんだから!」

「じゃあ、二人ともまずは忘れないうちにテキオー灯で……」

 

またこの異変がきっかけとなり、数百年持ち続けていたトラウマをあっという間に払しょくしてしまったのび太にフランがとても懐いてしまい、テキオー灯を使い太陽の下でも堂々と行動できるようになったスカーレット姉妹が博麗神社に日々遊びに来ると言うのが、新しい風景としてたびたび目撃されるようになりそれもまた後日文々。新聞により記事になるのはまた別のお話……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、お世話になりました」

「本当に、君みたいな患者はなかなかいないよ。今回は重大な故障はなかったけれども今後は気を付けるように」

「お兄ちゃん、これに懲りたらのび太さんが大事なのは分かるけれどもちゃんと自分の健康の事も考えてね」

「……はい」

「それじゃあドラえもんもドラミちゃんも、一度僕の家に行くよ」

 

時間ははるかに進んで22世紀、ドラえもんが健康診断のために強制入院させられた国立ロボット病院の玄関で、ドラえもん、ドラミ、セワシの三人は担当のドクターロボからの見送りを受けていた。

何しろ国民が負う義務と同じようにロボットが負うべき義務の一つである年に一度の定期検診をそれこそ何年にもわたって拒否し続けたあげく(ドラえもんの場合は特に過去の世界に常駐しているという事もあったが)強制的に病院へ放り込まれたと言う経歴を持つドラえもんは病院のドクターたちの中でもちょっとした有名人だったのだ。

ドクターロボたちからしても、そんな患者だからきっと何かさらに入院を延長して修理をしなくてはいけないような箇所がいたる所にあるんじゃないか? そんな危惧を抱いていたのだけれども幸いその危惧は杞憂に終わったようで、目立った異常個所がある訳でもなく無事に検査が終わった事から、後はまた同じ事がないように注意喚起も含めて彼らも見送りに来ていたのだった。

が、普通の22世紀で暮らしている住民ならばタケコプターやどこでもドアなどで自分たちの家に帰ればいいのだろうけれども、何しろドラえもんが今暮らしているのはタイムマシンを使わなければとうていたどり着けない21世紀の東京である。

なので、一度三人はどこでもドアでセワシの家へと移動し、それから帰るつもりなのだ。

これはドラえもんがタイムマシンの出入り口をセワシの家につないでいたからでもあった。

 

「それじゃあドラえもん、のび太おじいちゃんにもよろしくね」

「ええ、のび太さんだけじゃなくてのび太さんのパパやママにもよろしくね、お兄ちゃん」

「うん、それじゃあドラミもセワシくんも、またね」

「「いってらっしゃい」」

 

しかし、二人の声に見送られながら、セワシの部屋から丸いくぐり慣れたタイムマシンの出入り口をくぐるドラえもんが21世紀に帰った時に、向こうでは一体何が待っているのかをこの時のドラえもんは残念ながらまだ知る由もなかったのであった……。




お待たせしました、これにてようやく紅魔境編の終わりです。
また、これによってのび太の周りの主要人物がおおよそ登場することになりました。紫、霊夢、魔理沙、そしてチルノにフラン。正直なところこの紅魔館編は紅美鈴とドラえもんとの接点から一番最初に思い付いたエピソードでしたがそこからとっかかりが始まり、今後の伏線としてフランとチルノとのび太たちの主要メンバーのかかわりを持たせたいという所にどうやって持って行こうかと考えた末にこのような話になりました。
特にフランという、数百年幽閉され孤独と絶望に囚われていた彼女を、しかもレーヴァテインとありとあらゆるものを破壊する程度の能力という、両手に持った力があまりにも強すぎる彼女をいかにしてぐうたらで道具があるとはいえ、ただの子供であるのび太に懐かせるか、という所から両親の救出によるトラウマの解決を行った次第ですね。

さて、最後のシーンでドラ衣文の入院が終わった事で物語は少し幻想郷の外へと向かう事になります。
さて、次回こうご期待っ!!!


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のび太と紅魔郷編・登場人物紹介

お久しぶりです!
長期間更新が滞り申し訳ありません。活動報告でも書きました通り、ネット環境がしばらくの間おかしなことになり繋がりにくい、というよりもほとんど繋がっていないような状態になってしまいました。
PCの買い替えも検討したのですが……しばらくPCそのものに触らないまま放置してから、布都起動したらあら不思議! 繋がるじゃありませんか!!

といういつ何時、再び繋がらなくなるか分かったものではありませんのでサクッと更新してしまいます。


【登場人物紹介】

ドラえもんside

 

 

 

・野比のび太

 言わずと知れたぐうたら小学生。今回は寺子屋で慧音先生に宿題を見てもらっている最中に異変が発生してしまったため、結果として授業をすっぽかして先に異変解決に向かった霊夢と魔理沙を追いかけて紅魔館に向かうと言う、幻想郷の子供たちならば絶対にやらない恐ろしい事をしてしまう。

紆余曲折を経て地下室にいる吸血鬼姉妹の妹であるフランドール・スカーレットと出会い彼女が幽閉されていた原因でもある両親の蒸発事件を解決、と思いきやそれはのび太が過去した事によるパラドックスが原因である事が判明。兎にも角にもこの一件でフランからは懐かれる事に。

尚、中国妖怪同士である事から[のび太のパラレル最遊記」でのび太や三蔵法師の危機を助けてくれた牛魔王の息子、リンレイの事を美鈴に尋ねていたが彼女は知らないとの事だが果たして……?

 

・ドラえもん

 言わずと知れたネズミ嫌いな青ダヌキ……もといネコ型ロボット。

今回ようやく最後の最後に検査が終わり、無事退院する事ができた。法的に強制措置が取られるくらいの期間は定期検診をサボっていたようだけれども、どうやら入院を延長して治療しなくてはいけないような重大な異常、故障は見られなかった様子。

しかし、現代ではのび太が幻想郷に行っているなどとは全く思ってもいない。

 

・スネ夫・ジャイアン・しずか

 嫌味なお坊ちゃま。大長編になると漢に変貌する我らがガキ大将。お風呂大好きしずちゃん。

残念ながら今回は出番なし、おそらく一生懸命に消失した守矢神社の事を調べているものと思われる。

 

・ドラミ・セワシ

 言わずと知れたドラえもんの優秀なる妹と、のび太の子孫。

入院中もお見舞いには定期的に来てくれるなど、未来世界におけるドラえもんの大事な家族でもある。ようやく無事に終わったドラえもんの定期検診で迎えに来てくれた。もちろん二人ものび太が21世紀の東京で幻想郷に行き大冒険をしているなどとは全く夢にも思っていないしいる訳もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷side

 

 

 

・博麗霊夢

 言わずと知れた紅白な博麗の巫女。

今回は一緒に勉強を見ている最中に紅霧異変が発生した事で、魔理沙と一緒にのび太たちよりも一足先に紅魔館へと乗り込んだ。

なおもうこの頃には日常的にのび太の扱い、と言うかのび太のひみつ道具にもだいぶ慣れてきたようで、グルメテーブルかけくらいならのび太がいなくても自分で料理やお酒を取り出して楽しむくらいには適応している。それでもやっぱり超空間に穴を開けるスペースイーターや、時間を越えて過去の対象物を現代へと取り出す事の出来るタイムホールやタイムトリモチと言ったひみつ道具を前にすると理解の範疇を越える模様。

もうすっかりのび太の保護者のお姉さん、という立場が板についているし、彼女自身もそれを自覚している。

 

・霧雨魔理沙

 言わずと知れた白黒の魔法使い。霊夢同様にのび太の勉強に付き合って寺子屋にいた所で異変に遭遇したため霊夢と一緒に異変の解決に紅魔館へと向かう事に。もちろんのび太は残るように言ったのだけれども、のび太の行動力(とチルノの行動力も)は予想以上だったようでのび太たちは紅魔館に向かう事に。

 最終的にのび太が来てしまった事により異変解決は中断、フランに襲われているであろうのび太を救出するために皆で地下室に向かい、その後スカーレット夫妻の救出に参加する。ちなみに誰も指摘していないけれども、トリモチをスカーレット夫妻の顔面に張り付けた張本人。

 

・八雲紫

 言わずと知れたスキマ妖怪。今回はやはりのび太の幻想入りと同じように突然出現した強大な力を持った妖怪二人……スカーレット夫妻の事を察知して急遽紅魔館に登場。

 もちろんその時にはどこでもドアの存在を知っていたためもう驚くまいと思っていたのだけれども、のび太のやらかした事はそんな彼女の想像を斜め上遥かにぶっちぎったものだったため、今度も漏れなく頭を抱える事になってしまった。

 最後には慧音先生の言いつけを破って寺子屋から脱走、紅魔館へと向かってしまった事で大量に出されたのび太の勉強を手伝う事に。この辺はやはり幻想郷の賢者、一番教え方が上手だった模様。

 

・上白沢慧音

 言わずと知れた寺子屋の先生。前回の異変ではのび太を殺傷してしまったが今回はそんな事もなく、先生としてのび太に勉強を教えていたところ、そのタイミングで異変が発生すると言う事態になってしまった。 

 先生としてのび太とチルノには大人しく寺子屋の中にいろと言いつけて自分は人里の混乱を鎮めるために寺子屋を離れたものの、その間に二人の脱走を許してしまう。

 そのまま出番はなく終わりかと思われたけれども、夜中になって無事異変を解決し人里に戻ってきたのび太に大量の宿題を与えると言う活躍? を見せた。

 

・チルノ

 幻想郷に住まう氷の妖精。ただし最強ではなく、氷細工ごてでもって自分が作った氷をいくらでも好きなように細工してしまうのび太のひみつ道具に敗北を認めた上でのび太に最強の座を譲り、彼をししょー(師匠)と呼んでくっついてくるように。

 異変があった時にはのび太と同じように寺子屋で勉強をしていたのだが、紅霧異変の発生により勉強が中断してしまい慧音先生が留守にした隙に紅魔館へとのび太と共に脱走してしまう。

 その後は紅魔館でのび太と行動を共にし、フランの攻撃でダウンしたりもしたけれども最終的にはスカーレット姉妹と和解した食堂で供された料理をひたすらに食べていた模様。

 

・レミリア・スカーレット

 幻想郷におけるパワーバランスの一角を担う紅魔館の現当主であり、幼い外見ながらも500年を生きる吸血鬼であり、通称お嬢様。

 紅魔境編の黒幕にして文々。新聞の記事としてたびたび一面を飾ったのび太に興味を持ち、紅魔館へと連れてこさせるための布石として第二次紅霧異変を起こした張本人であった。

 異変を起こし、霊夢と魔理沙が異変解決のために必ず紅魔館へとやって来ると踏んでその間にメイド長でもある咲夜に命じて連れてこさせようとしたのだけれども、のび太が直接紅魔館まで来てしまい、それを門番の美鈴が保護した事により当初の計画はおかしな方向へと進む事になる。

 最終的にフランとの戦いを制し、生き延びてその上フランのトラウマを払しょく、両親を助けてくれたのび太とは和解することになる。

 その後は当主としての仕事を父親に返上した事で、たびたびテキオー灯の効果でもって昼間でも出歩けるようになりフランと一緒に博麗神社に遊びに来る姿がたびたび目撃されている。

 

・フランドール・スカーレット

 レミリアの妹にして、495年の長きにわたり生きてきた吸血鬼。通称妹様。

 しかし彼女の人生? は決して明るいものではなかった。彼女が生まれついて持っていた能力である『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』により両親を破壊してしまった、と長らく思われていたため、レミリアの手によって強固な結界を施された地下室に幽閉され続けていたのである。

 そのため、情緒不安定なところがあり客室からスペースイーターの効果で通した超空間の抜け穴から出てきたチルノを倒してしまい、それに怒ったのび太におそらく生涯初めてであろう頬を叩かれると言う経験をする。

 もちろんただの人間と思っているのび太をすぐに能力で破壊しようとするがひみつ道具である『ツモリガン』の効果とのび太の射撃能力によって完封負けを喫し、錯乱状態に。

 その後は和解の場として設けられた紅魔館の食堂で自らの過去を明かし、トラウマになっていた両親の死の真相をタイムホールで確認したところ、実は能力で命を奪ったのではなく今この瞬間にタイムホールで過去の世界から現在に連れてきてしまったために両親が蒸発してしまったのだという事が判明。

 それによって数百年来のトラウマがなくなり、恩人でもあるのび太に大いに懐くことになる。

 その後は姉のレミリア同様にテキオー灯で太陽光を克服しながら博麗神社へと遊びに来るようになり、その姿がたびたび目撃されている。

 

・十六夜咲夜

 紅魔館のメイド長にしてレミリアの右腕を務める人物。

 異変を起こしたレミリアが解決にやって来るであろう霊夢や魔理沙を抑えている間にのび太に接触、紅魔館へと連れてくる事が目的だったものの、当ののび太が自力で紅魔館までやって来てしまったために計画は失敗。しかしその後は客室に保護されていたはずののび太が地下室へと迷い込んでしまった事を確認し、停戦。その場の全員で駆けつける事になった。

 和解後はのび太の出すひみつ道具の非常識ぶりに驚くばかり。

 

・パチュリー・ノーレッジ

 紅魔館の客分として滞在している魔女。本が大好きと言うか図書館が縄張りのような存在のため、のび太とは絶望的に相性が悪いと思われる(のび太が字ばかりの本を見るとあっという間に意識を失うと言う特徴を持つため。とはいえ一応克服した? らしいが……)。魔女というだけあり魔法については非常に長けており、フランが幽閉されていた地下室にフランの能力をもってしても突破できないような強力な結界を用意したのは彼女である。

 しかし緊急用の解除機構を用意していなかったため、空間を越えて地下室に迷い込んだのび太の救出のために全力で結界の解除をする羽目に、その後は異変の解決からのび太たちとは和解する事になるが、のび太がフランとの勝負の際に持ち出したツモリガンを対魔理沙用に借りたがっている。

 

・バイーア・スカーレット

 本作オリジナルのキャラクター。レミリアを男装させ、大人にしたと言うイメージのかつての500年ほど昔の紅魔館当主。つまりはレミリアは父親似という事に。ただしちゃんと成人している分、少なくとも幻想郷に来てすぐに紅い霧をまき散らして喧嘩を売るような真似をしないと明言して、それをやったレミリアをしっかりと叱ったり、彼らにとっては不法侵入者にしか見えない霊夢たちに対しても冷静に話し合いをしようとしたりと、良識的な人物。

 やっぱり貴族は伊達じゃない。

 家族で就寝している最中にいきなり未来からトリモチをくっつけられた挙句に引っ張られ、無理やり連れてこられてしまった人物でもあるが、自分のやってきた場所が未来の紅魔館であり、娘たちとの会話からこのまま元居た時代に戻ると歴史が変わってしまう事を理解して残る事を決めるなど、産業革命すら起きていない中世育ちの妖怪ではあるけれども頭の回転や理解力については決して悪くない様子。

 ちなみに名前の元ネタは南米原産のタランチュラ「バイーア・スカーレット」からそのまま。

 

・ラシオドラ・スカーレット

 本作オリジナルのキャラクター。枝のような羽の軸に色とりどりの宝石が付いた羽をつけたスカーレット姉妹の母親にして紅魔館当主夫人。フランは母親似の性質を多く受け継いだと言う設定。

 ただし、少なくとも現在の所フランのようにレーヴァテインをむやみに振り回すような暴力的な行動は一切ない。どちらかと言うと聖人君子のような雰囲気の穏やかな人、まさに良妻賢母。

 彼女も就寝中にいきなりトリモチをくっつけられ、訳も分からぬままに未来の世界へと引きずり込まれてしまったが、夫であるバイーア氏同様にこのまま元の時代に戻れば歴史が変わってしまう事を知り、現代に残る事を決める。

 名前の元ネタは夫であるバイーア・スカーレットの学名(Lasiodora klugi ラシオドラ・クルギー)より属名を拝借。

 

 

 




お待たせしました、何もなければもうとっくに終わっていたであろうエピソードですが、これにて本当にのび太の紅魔境編はおしまいです。
さてさて、次は外の世界の東京。野比家に戻ってきます。


次回っ!! 乞う、ご期待っ!!


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我ら、のび太救出決死隊!!
帰ってきたドラえもん


はい、お待たせしました。
いよいよ長きにわたる(作中時間一週間なのに、もう三年近く)登場してこなかったドラえもんがいよいよ退院し、現代に戻ってきます。

さてさて、どうなるのでしょうか?


 21世紀、東京練馬区のとある場所に位置するどこにでもある一軒家、野比家の二階。部屋の主が不在の、のび太の部屋でそれは起こった。

 誰もいないはずの部屋で、のび太の勉強机がガタガタとひとりでに動き出したのだ。もし何も知らない人が見たら怪奇現象だと言い出したかもしれないが、知っている人から見ればこれは怪奇現象でも何でもない、ただの日常の現象である。

 なぜなら勉強机の引き出しがいきなりガタリ、とひとりでに飛び出してその中からドラえもんが飛び出してきたからだ。

 そう、ドラえもんが最初に22世紀の未来から現代へとやって来た時に使った未来の道具であるタイムマシン。その出入り口はなぜか野比家ののび太の机の引き出しに繋がっているのだ。

 そのため、時間移動をする時のび太たちはいつも引き出しへと飛び込んでいく。これはいくつもの冒険を重ねたのび太やドラえもんたちにとって常識と言ってもいい事であった。

 

「ただいま、っと。……一週間近く留守にしちゃったけど、のび太くんちゃんと元気にしてるかなぁ。ジャイアンとかスネ夫にいじめられてなければいいんだけど」

 

 さて、そんな机の引き出しから飛び出したドラえもんはぴょこん、と足音が立たないはずのへんぺい足から足音を立ててのび太が部屋にいないことを確認してから慣れたように、実際に住み慣れた空間なのだが……のび太の部屋から目的の人物を探しに一階へと降りていく。

 果たしてちょうどその時、ママは居間でおせんべいをかじりながらテレビを見ている最中だった。ドラえもんが階段を下りている最中から既に、野比家に唯一居間に設置してあるテレビの音が聞こえた事からママはそこにいるであろうと、ふすまを開けて中をのぞきながら帰って来た事を告げるのだった。

 

「ママ、ただいま!」

「あら、ドラちゃんじゃない。お帰りなさい、ドラミちゃんから聞いたわよ。未来で入院大変だったでしょ? 今日は美味しいものうんと作りますからね。それにどら焼きもたくさん買っておいたわよ」

「やったぁ! どっら焼きどっら焼き……でもママ、そう言えばのび太くんは? どこかに出かけてるの?」

 

 ドラえもんが帰ってきた事を我が子の事のように喜んでくれるママ。確かに血のつながりはないけれども、野比家にとってドラえもんも今や外す事のできない大切な家族の一員なのだという事を改めて認識させてくれる。

 そんなママからの『どら焼きをたくさん用意して待っていた』と言う言葉に、ドラえもんはよだれを垂らしながらバンザイをして全身でその喜びを表現していた。

 がそれもつかの間の事。すぐに思い出したようにのび太がどこにいるのかを尋ねた。たとえ前日まで入院していようとも、その入院の原因の多くがのび太にあろうとも、ドラえもんの中でのび太という存在の優先順位は非常に高いのだ。

 そうしてドラえもん自身も、この時まではそこまでのび太の不在を重大な事としてはとらえていなかったのだ。どうせまたのび太の事だから家ではママから勉強しなさいと言われる、などという理由で空き地で昼寝でもしているのだろう、そんな程度に考えながらのママへの質問だった。

 

「のび太? あら、のびちゃんならドラちゃんが未来に帰っている間、一緒に未来に行ってたんでしょ? それにしては変ね、いつもならおやつちょうだいって勢いよく下りてくるのに」

「ええ? ぼ、僕知らないよ。僕が未来に行く時にのび太くんが見送ってくれたし……」

 

 しかしそんなドラえもんの予想を裏切るように、返ってきた返事は笑顔のママからののび太も一緒に行っていたのではないかという言葉。二人の間に生じた違和感、とでもいえばいいのか。それは二人の間で明らかに異なるのび太についての認識の違いでもあった。

 ママはママでのび太がいない理由をドラえもんと一緒に未来に行っているからと思っていたし、ドラえもんはドラえもんでのび太がいない理由をただ外出しているからだとばかり思っている。その二人の認識のずれはここに来て、ようやく重なり合うことになる。

 

「ドラちゃん、じゃあのび太はこの一週間どこに行ってるの?」

「まさかママ、のび太くん僕が留守の間どこにもいなかったの?」

「「……………………」」

 

 二人の間に沈黙が流れた、ただの沈黙ならいい。けれども二人の間に流れた沈黙は、明らかにただの沈黙ではない。何しろドラえもんもママも、顔を真っ青にして明らかに血の気が失せた表情をしているのだから。当然その理由はのび太がどこにいるのか? である。

 

「ちょっとみんなのところに電話してみるわね」

「い、いってらっしゃい」

「…………あ、もしもし。源さんのお宅ですか? 野比です、いつものび太がお世話に……」

「…………もしもし、急にすみません。骨川さんのお宅ですか? 野比です……」

 

 そう言って廊下にある電話のところへと向かうママを見送りながら、ママの言うみんなというのはきっとしずかちゃん、ジャイアン、スネ夫の家だろうというのはドラえもんにも想像がついた。何しろ今は夏休みである。もしかしたらスネ夫やジャイアン、しずかちゃんたちと一緒にどこかに出かけているのかもしれないからだ。それならそれで、確かにママにちゃんと話をしていなかった非こそあるけれども、とにもかくにものび太が無事でいたのだからまだいい。帰ってきたらママが長ーいお説教をするだけで済むのだから。

 けれどもドラえもんには気になる事があった。それはドラえもんがドラミの迎えで未来に行こうとしていた直前に『どこでもドア』を出してほしいとねだっていた事だ。

 もし仮にのび太がジャイアンやスネ夫、それにしずかちゃんたちと一緒にいなかった場合、のび太はどこでもドアを使ってどこに行こうとしていたのか? 居間でそんな事を考えながらママが電話での確認を終えるのを待っていたその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のび太!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!? ……ママ! どうしたの!!?」

「……どうしましょう、剛さんも静香ちゃんも、みんなスネ夫さんと一緒に自由研究のために泊りがけで出かけてるみたいなんだけど、そこにのび太はいないんですって」

「ええ~、じゃあのび太くん本当に行方不明なの!? こうしちゃいられないぞ、どうしようどうしよう! パパに連絡しないといけないけどパパの連絡先は僕知らないし……」

 

 ジャイアンの声みたいだった、あの時確かに家が揺れたのを感じた。その時の様子を後にドラえもんはそう語っている。

 のび太が一週間家に帰っておらず、しかもスネ夫やジャイアン、しずかたちとは一緒に行動していないと言う事実を確認した事でようやく気が付いたママは、一言のび太の名前を叫びながら、受話器を手に廊下でそのまま白目をむいてばったりと倒れてしまったのだ。

 あわててママに駆け寄るドラえもんも、ママの事を支えながらパパにすぐ連絡を取ろうとしたものの、あいにくとドラえもんはパパの仕事先も連絡先も知らなかった。ただしこれについてはドラえもんが悪いのではなく、これまで仕事中のパパに連絡を取る必要が一切無かったのだから仕方のない事でもあった。

 兎にも角にも、そうしてしばらくの間どうしようかと悩んでいたのだけれども、何はともあれまずはとにかくのび太の行方不明を知り卒倒してしまったママを放っておく訳にもいかないという結論に達したドラえもん。押し入れからどうにか布団を引っ張り出して居間にしき、そこにママを寝かせてから、のび太の事を何か知らないか手掛かりになりそうなところをドラえもんなりに探しに行こうとして……その背中に待ったがかけられた。

 

「ドラちゃん、ドラちゃんはパパの会社に連絡をお願い。私は警察に行ってくるわ」

「ママ!? 寝てなくちゃダメだよ、警察には僕が行ってくるから」

「駄目よ、嬉しいけれどもドラちゃんは未来で入院していてのびちゃんがいない一週間、ずっと家にいなかったでしょ? どんなことがあったのかも分からないわ。なら、ずっと家にいて何かあったのかちゃんと知っている私が行くべきよ……」

 

 え? と振り向いた先にいたのは布団から起き上がろうとしているママの姿だった。

 当然たった今卒倒したばかりの人間が動き回ろうだなどと、何が起こるか分かったものではない事からドラえもんもあわてて寝ているようにと言って聞かせようとするけれどもママの決意はケッシンコンクリートでも飲んだかのように、あまりにも固かった。

 

「でも……」

「ドラちゃん、こうしている間にものび太は危ない目にあっているかもしれないの。もしかしたら悪い人にさらわれたかもしれないのよ。そんな時に指をくわえて黙っているなんて、できる訳ないでしょう」

「……うん、わかった」

「これがパパの連絡先よ、ママが警察に行ってくる間にパパへの連絡、お願いね」

「うん、行ってらっしゃいママ」

 

 結局ママはドラえもんとの押し問答の末に自分の意見を貫き通し、半ば気合と根性でもって警察へと駆け込んだ。そこには普段のび太を叱るおっかない顔のママはどこにもいない、ただ行方不明になってしまった一人息子の無事を案ずる一人の母親がいるだけだった……。

 

「はい、野比です。なんだドラえもんか、どうしたんだい……ええっ!? のび太が一週間近く帰っていないって!?」

「うん、今ママが警察に行ってるんだけど、僕はパパに電話してくれって」

「でも、どうして一週間も帰っていないって今までわからなかったんだい?」

「それが、ママはどうやら僕が未来の病院に入院するから一緒にのび太くんも連れて行っているんだって勘違いしてたみたいで……」

「よし分かった、部長には事情を説明してパパもすぐに帰るよ」

 

 ここは東京にある〇〇商事のとある階、パパのいる課である。パパも含めて社員たちがせわしなく動き回り、書類を相手ににらめっこをし、かと思えばで営業に向かうのか部屋を飛び出していく者もいる。

 そんな中、自分の仕事をこなしている最中に電話を受け取ったパパの反応もまた、ママと同じようなものだった。とはいえさすがにそこはパパ、会社の中で周囲には自分と同じように業務をしている同僚がいるという中その場で卒倒する事はせずにどうにか驚きの声を上げるだけにとどまった。

 とは言っても何しろ『自分の子供が一週間帰っていない』と、驚いた拍子にかなりのボリュームで口にしてしまったのだから周囲の仲間たちもさすがに気がつくと言うもの。パパが受話器を置くが早いか、近くにいたパパの同僚が声をかけた。

 

「野比くん、珍しいじゃないか君がそんなに慌てるなんて。今の電話は奥さんからかい?」

「ああ、どうやら息子が家に帰っていないらしいんだ……友達と一緒に泊りがけで出かけていると思っていたんだが……」

 

 さすがに未来から来たネコ型ロボットと一緒に未来世界に行っているとばかり思っていた、とは言えないため友達と遊びに行っているとばかり思っていたと、とっさにごまかしながらのび太が帰っていないという事情を同僚に説明するパパ。

 

「……なるほど、それで安心していたら実はそうじゃなかったってわかったのか。よし、この後の仕事は僕らがどうにかするから今日はいったん帰れよ」

「え? し、しかし……」

「あのなあ、自分の子供が行方不明だって時に仕事なんてしたってろくに進むわけもないだろう」

「ありがとう、恩に着るよ」

「いいんだよ、気にするな。そうだな、じゃあ野比くんの息子が無事に帰ってきたら一杯おごってくれればそれでいいよ」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 ひとまずのび太の事はママに任せて、明日はともかく今日の分は仕事を終えてから帰ろうというつもりだったのだけれどもさすがに息子が一週間行方不明のパパをそのまま仕事させる訳にはいかない、とパパが手にしていた書類を取り上げる同僚。

 その行動にパパも反論しようとするけれども、息子が行方不明という状況でそのまま息子をほったらかして仕事をしたところでろくに進むもんじゃないと正論で一刀両断されてしまってはパパもそれ以上は反論できず、半ば同僚に背中を押されるような格好でパパもまた家に帰るのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあスネ夫、神社が空を飛んでどこかに消えていきました。なんて書いて先生納得してくれるのか?」

「でも、だっていろいろ話を聞いたりしてもみーんな同じ話をするんだもの。そりゃあ僕だって未来の建物ならともかく、昔からある神社が空を飛んで消えてったなんて信じられないけど、街の人たちがみんな同じような事を話してるんだもの。そう書くしかないじゃない」

「武さんもスネ夫さんも、言い争ってないで早くまとめちゃいましょ。きっと先生もドラちゃんやのび太さんと一緒に世界を作った時の自由研究だって読んでくれたんだから大丈夫よ」

「そりゃあ、そうだけどよ……」

「まあ、確かにあれが読んでもらえるなら神社が空を飛ぶくらい大丈夫かもね」

 

 一方こちらは東京で何が起こっているか、全く知る由もないスネ夫たち。

 最初に神社が空を飛んだという話を聞いた時には三人とも半信半疑だったものの、いろいろと地元の人たちから話を聞いたりして消えた神社の事を調べても、誰もが同じような内容を説明するため空を飛んで消えたと書くしかない、けれどもそんな事を書いて先生が信じるか? という所までなんとかこぎ着けていた。

 そしてこういう時に強いのはしずかである。ジャイアンとスネ夫がもめている中、かつて『のび太の創世日記』にて地球を一個丸ごと作り、人類が科学文明を発展させる所まで見届けた上でその新地球の歴史や生まれ滅びていった生物、そして五億年前の神のいたずらによって誕生した昆虫人類の観察日記を付け、まとめ上げ先生に提出したのをしずかは忘れていなかったのだ。

 この、どう考えても普通なら空想の産物として扱われても不思議ではないのび太たちの地球創世の自由研究は、先生の手でしっかりと採点・評価され夏休み後に返却されている。

 それを覚えていたしずかからすれば、新しく地球を作り観察日記を付けた創世日記に比べれば、神社の一つや二つ空を飛んだところで大した事じゃないのだろう。

 こうしてしずかに説得される格好で、ジャイアンとスネ夫も調べた事をまとめ始めたのだった……。

 




ついにのび太の消失、発覚!
ここでとうとうパパママとドラえもんの、認識のずれが繋がりました。
パパママたちはのび太がいないのはドラえもんに同行していたからと考えており、ドラえもんは現代に残っている、とばかり思っていたから、のび太がいない事に何の疑問も持っていませんでしたが、いないと分かったとたんに上を下への大騒ぎ。
やはりママは普段のび太を叱ってばかりのイメージではありますが、タマシイムマシンでのび太の魂が過去に飛んだ時、ショックで倒れていますのでやはり行方不明になったら一番真っ先に動いて、一番真っ先に心配するんだろうなと思い、今回のような描写となっています。

さてさて、行方不明が発覚した野比家。何も知らないジャイアン、スネ夫、しずかの三人。果たして彼らがのび太の蒸発に気がつく日は来るのでしょうか……?


次回っ! 乞う、ご期待っ!!


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のび太がいなくなった!!

大変長らくお待たせしました。というか数か月まるっと放置状態になり申し訳ありません。
PC復活してからのようやくの投稿です。

今回はちょろりと、原作に登場したとある人物が出てきます。
のび太とドラえもんによって少しだけ運命が変わった人物とはいったい誰でしょうか。



「ママ、ただいま! のび太がいなくなったって?」

「あ、パパお帰りなさい。さっき僕が電話してからずいぶん早いね」

「あぁ、会社のみんなが早く帰れってね、急いで戻ってきたんだ。それでドラえもん、のび太は? ママは?」

「ママはパパに連絡してる間に警察に行ってるけど、そろそろ帰ってくると思うんだけどなぁ」

「うん、それじゃあ警察への連絡はママに任せようか。それで、どういう事なんだいのび太がいなくなったって……」

「実は……」

 

パパが帰宅した野比家ではママとパパの帰りを待ちながら一人留守番をしていたドラえもんが出迎えた。それはドラえもんも驚くほどの早さで、ついさっきパパに電話したドラえもんも、まさかこんなにも早くパパが帰ってくるとは思っていなかったほどだった。

もちろんそこには息子のび太を案じるパパが急いだだけではなく、ドラえもんからの連絡が来てすぐに早く帰るようにと半ば無理やりにパパを会社から送り出した同僚や部長といった、会社の人々の協力があった事も間違いない。

 そんなパパがとるものもとりあえず帰ってきてすぐにしたのは、まず何があったのか、どうしてのび太がいなくなったのか、その事情の把握だった。

 

 

 

 

 

 

…………青狸説明中

 

 

 

…………青狸説明中

 

 

 

…………青狸説明中

 

 

 

 

 

「で、今日ぼくが未来の病院から帰ってきてママと話をした時に、お互いにのび太くんがいないって事に気がついたんです」

「……なるほど、そういう事か。だからドラえもんも、ぼくも、ママも誰一人のび太がいなくなった事に気がつかなかったのか。それにしても、のび太はいったいどこに行ったんだろうな?」

「うーん、いくらのび太くんでも一週間も留守にするなんて普通はしないと思うんだけど、どこかで事故とかにあってるとか、誰かに誘拐されたりしたのかも……」

「おいおいよしてくれドラえもん、のび太は確かにぼくに似ちゃったから運動神経はにぶいかもしれないけど、さすがに事故にあうほどじゃないだろう。それにのび太を誘拐したところで、うちに身代金を払えるような財産なんてあるもんか。それなら誘拐犯だってもっと別の、お金持ちの家を狙うさ」

「まぁ、確かに言われてみればパパの言う通りかも。それに誘拐なら犯人から連絡が来るはずだし……犯人がのび太くんに手紙を書かせたりしたとしても、のび太くんの事だから字が汚すぎて犯人も郵便配達屋さんも読めなかったりするかもしれないしなぁ。どちらにしても、あんなぐうたらな子をさらう誘拐犯もないでしょ」

 

のび太がどこに消えてしまったのかという話題から、いつの間にかうちには財産がないとか日々苦労して家計をやりくりしているママが聞いたらパラレル西遊記で妖怪社会と化した現代にて見せたような、角を生やし目を爛々と輝かせて怒り狂いそうな事や、明らかにのび太をけなしているとしか思えない事を本人がいないのをいい事に平然と話しているドラえもんとパパ。

しかし原因が事故にしても誘拐にしてもどっちにしても、とにかく一週間近く帰っておらずしかもその間野比家に対して一切の連絡もないという事実に変わりはない。

そんな時に、野比家の二人にはもうすっかり聞きなれた、玄関の扉が開く音がした。

 

「……ただいま」

「あ、ママだ!お帰りなさい」

「ママ、ただいま。ぼくが帰ってくる間に警察に通報してくれたんだって?」

「あらパパ、おかえりなさい。……ええ、今警察にも話してきたわ。でも話を聞いてみたら警察の方にもこの一週間子供の事故や身元不明の子の通報とかは入ってないみたいなの。一応、私が話をしたらすぐに警察も捜査のために動いてくれるみたいだから、大丈夫だとは思うんだけど……」

「わっ、ママ!? ドラえもん、布団の準備を!」

「うん! さっき用意しておいたから早くママを居間へ!!」

 

 ドラえもんとパパが、玄関へと向かえばそこにいたのはたった今まで話に上がっていたママである。ママは息も絶え絶え……実際にのび太が行方不明という事態に相当に参ってしまっているのだろう、残り僅かな力を振り絞るようにして、警察でのやり取りをドラえもんとパパの二人に説明していく。

 そうしてドラえもんとパパに伝える事を伝えたママは、そのまま緊張の糸が切れたのか、操り人形の糸が切れたようにパタリと、その場で力尽きてしまった。

 このママの様子に慌てて布団の用意をするようにドラえもんに指示するも、実はもうのび太がいないことが分かった最初の段階でドラえもんは居間に布団を用意している。ただ、布団に入ってもらう前にママが警察へと気力を振り絞り駆け込んでしまっただけなのだ。

 そんな訳でもう準備はできてます、とドラえもんがママを抱え……と言うよりも倒れたママを半ば引きずるような格好で布団へと放り込んでから、ドラえもんとパパは互いに顔を見合わせながら、これからどうしようと揃ってため息をつくのだった。

とりあえず今の二人には、それしかできる事が思いつかなかったからだ。

 

「……なあドラえもん、ひとまずのび太の事は警察に任せよう。今のぼくらにできる事はそれくらいしかないだろう」

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日……。

 のび太が一週間行方不明という話は、ママが警察に行く前にのび太がいないと気がついた段階で、念のため確認をと安否確認の連絡をそれぞれの家に入れていた事もありすぐに剛田家、骨川家、そして源家のママたちにも伝わった。

 おまけにみんな子供たちが大抵の場合一緒に行動している事もあって、どの家のママも皆全員と顔見知りという事もあってか、こうしてはいられないと朝から野比家へと駆け付けたのだった。

 ちなみに本当なら前日のうちに全員で集まろうかという話になったのだけれども、心労のあまりのび太のママが倒れたという話を聞いた全員で、今日ではなく集まるのは翌日にしようと決めたという経緯がある。さすがに子供が行方不明のショックで倒れたところに押しかけるのはよろしくない、という判断からこうなったのだ。

 

「ええ、ええ。困ったときはお互い様じゃないですか。うちのお店に来てくれるお客さんにも見かけたり、何か知っている人がいたら連絡してもらうようビラを作って配りますよ。あと配達に行くときに、一緒に渡すのもいいかもしれないわね」

「それでしたら、わたくしもクッキングスクールや他の習い事もありますし、そこで一緒になる方たちにビラを配らせてもらうざます」

「私は駅前でビラを配ります。あそこなら人通りも多いしいろいろな所から人が来ますから、何か知っている人が見つかるかもしれません」

 

 ママたちが野比家に集まって早々のび太のママがお礼を言うよりも先に開口一番、積極的にのび太の情報を集めようと言ってくれたのは、やはりというかこういうところは親子で似るのだろうか、ジャイアンの母親だった。

 特に剛田家は家が剛田雑貨店という店を営んでいる事もあって他の家よりも人とのつながりが多い。そのためお店に来る人に、あるいはジャイアンが嫌いな配達、それらの際にお客にのび太の事を書いたビラを配り、わずかでも手掛かりが見つかればという作戦を提案してきたのだ。

 そうなれば、それに乗るようにスネ夫としずかのママもそれぞれにできる事を口にする。スネ夫のママは毎週通っているいくつかの習い事に行くときに、一緒に参加しているママたちにビラを配ると言い出し、しずかのママは練馬区でもやはり人通りの多い場所であろう駅前にてビラを配るという。

 この申し出に、ママもパパも目頭を押さえながら深々と頭を下げる事しかできなかった。行方不明になった自分たちの子供のために、こんなにも力を貸してくれる隣人たちがいる。それがとても嬉しかったのだ。

 

「皆さん、うちののび太のためにわざわざ、本当にありがとうございます」

「のびちゃん、どこに行ったの……」

「のび太くん……」

 

 こうして、たちまちのび太のポスターやサイズを小さくしたビラが作られた。

 もちろんかつてのび太が『町内突破大作戦』でジャイアンたちから追い掛け回される羽目になったときに作られた賞品(スネ夫の)漫画10さつである指名手配のポスターのような、子供の落書き同然のへたくそな似顔絵? ではない。ちゃんとのび太の顔写真を使ったしっかりとしたものだ。

 そこには顔写真とともにのび太の特徴やいつごろから行方不明なのかなどといった内容、そして警察への連絡先が書かれ、何か情報があればすぐに連絡できるようになっている。

 ひとまず出来上がったビラの山を手に、のび太のママとしずかのママの二人はさっそく駅へと繰り出していた。もちろん、いてもたってもいられずビラを配るためだ。

 ちなみに駅に向かっていないスネ夫のママは習い事があるため、さすがにキャンセルする訳にもいかずそのまま他の参加人数分のビラを手に帰宅し、ジャイアンの母親は「こういうのは早い方がいい」と同じようにさっそく店に来た人や配達で回る家々にビラを配るため、帰っていくのだった。

 後に残るは何かあった時のためにと留守番を任された、パパとドラえもんの二人。さすがにドラえもんも『世話焼きロープ』に留守番を任せて、パパと一緒にビラ配りに参加……というつもりはなかったらしい。

 

 

 

 

 

そして……。

 

 

 

 

 

「お願いしまーす」

「お願いします」

 

 駅につき、駅員に事情を説明してから早速ビラを配り始めたのび太としずかのママの二人。しずかのママの読み通り、そこはやはり都心部ではないにせよ東京の駅ということもあって大勢の利用客がひっきりなしに駅の改札を通過していく。

 そんな利用客へとのび太としずかのママの二人は声をかけながらビラを渡していく……のだけれども、誰もが皆受け取ってくれるわけではない。むしろ受け取ってくれない人の方が多いのだ。

 いくら子供が行方不明になったからと言って、関わり合いになりたくないと考える人は間違いなく存在する。なぜなら、そういった人々にとってはしょせん対岸の火事であり、自分には関係のない話なのだから。

 

「お願いします」

「お願いします!」

 

 それでも、では果たして世の中の人々全部が全部我関せずで通り過ぎていくのかといえば決してそうではない。

 のび太のママが配るチラシへと、一人の手が差し出された。

 

「あの……おれも、貰っていいですか?」

「ええ、もちろんです。ぜひお願いします」

「おれ、この近くの工場で働いているんです。工場のみんなにも渡したいんでこの一枚だけじゃなくてもう少し貰っていいですか?」

 

 一枚、手にしたビラを渡そうとしたままの言葉を遮り、自分の職場の仲間にも渡したいからもっと欲しい、と言ったその声の主は年にして大学生ぐらいだろうか。

 しかし学校に通うでなく工場で働いていると言ったこの、真面目そうな様子のその青年にママも断る理由などなく「どうぞどうぞ」と手にしたチラシを適当な枚数をさらに青年へと渡していく。何しろのび太の安否につながる手がかりに繋がる可能性は多ければ多いほどいいのだ。『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』のことわざではないが、一切の手がかりがない今工場にいるみんなにも渡す、と言ってくれたこの青年の言葉は今のママにとってこれほどありがたいものはなかった。

 

「なんて言うのかな、おれも実家から東京に出てきておじの工場を手伝っていて、実家にはほとんど帰っていないんで帰った時のおふくろの安心した顔を見ていると子供がいない親はこんなにも心配なものなんだな、って分かるんです。だから、どうしてもおばさんが気になって」

「田舎の家から出て東京で働いて? 慣れないところで家を出て働くなんてあなたも大変でしょう」

「いえ、確かに最初の頃は大変でしたけれども何年もたちますから、もうそんなに辛くはないです」

 

 少しそんなやり取りをした後で「それじゃあこれで、息子さん無事に見つかるといいですね」と、そう言って青年はママから受け取ったチラシを手に去っていった。

 青年は何も知らない。たった今チラシを受け取った人が、そしてそのチラシに書かれている眼鏡をかけた子供がかつて『あの窓にさようなら』において青年、ひできが好きだった桃枝へと上京前に最後の別れを告げに来たちょうどそのタイミングで窓けしききりかえ機を使い、偶然その別れの言葉を聞いていた事を。

 のび太たちがその様子を道具の機能で録画していた事で、あたかも桃枝へとひでき青年が直接最後の別れの言葉を、思いの丈を告白しに来たように演出し二人の仲を取り持った事を。

 そのおかげで今も二人が故郷と東京と離れて暮らしてはいるものの、定期的に連絡を取り合う仲になるきっかけを作った恩人である事を、ひできは知らなかった。

 また、ママも知らない。チラシを渡した青年の人生にのび太とドラえもんが大きく、そして誰にも知られることなく関わっており、もしのび太とドラえもんの二人がいなければ今の青年と故郷で今も暮らしている桃枝の人生は大きく変わっていただろう事を、ママも一切知る事はなかった。

 お互いに何も知らないまま、すれ違うママとひでき青年の二人。そしてこれから先も二人がその真実に気が付く事は永久にないのだろう。

 ママはひでき青年がその場を離れた後はまたチラシを配ることに専念し、ひでき青年もまた自分の職場である親戚が経営する工場に戻り、同僚たちにチラシを配り終えてからは何も変わらない日常へと戻っていくのだから……。

 




ママたちがまずは動き出しました。
こういう時、ママたち同士も動きが早いと思うんですよね、子供同士のつながりをママたちもよく知っていますから。実際大長編とかでも、井戸端会議で色々と話したりしているシーンがあるため、こういった非常事態にはママたちもかなり素早く動くと思うのです。
また本作は大長編ドラえもんという位置づけであるため、ジャイアンのママはやはりジャイアンと血のつながりを感じさせるいの一番に動いてくれる、そんな立ち位置にしました。



そしてママとすれ違ったのは東京で親戚の経営する工場で働いているひでき青年でした。
原作ですと『あの窓にさようなら』で急遽上京し、工場で働く事になってしまい好きだった桃枝さんに思いを告げることもできずに……というところでのび太たちがその仲を取り持った話です。
この世界ですと、ひでき青年は上京後数年東京の工場で働きながら本当に時々実家に帰省しているという設定ですね。もちろん桃枝さんとは帰れない時でも定期的に連絡を取り合う遠距離恋愛が続いています。ただし、ひでき青年も桃枝さんも、そして当然ママも、のび太がこの二人の仲を取り持った事については全く気が付いていません(当たり前ですが)。
なのでお礼も何もなく、ママもひでき青年もすれ違ってしまいました。おそらく今後もお礼を言う事はないでしょう。



さて、次回は自由研究をしているジャイアン、スネ夫、しずかの三人ものび太行方不明の連絡を受けて動き出すものと思われます。のび太の消息がしれないというバッドなニュースを知った三人は果たしてどう動くのか?
次回、乞うご期待っ!!!


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(のび太が)行方不明だよ、全員集合!!(その1)

お待たせしました、最新話の投稿です。
いよいよジャイアンたちものび太が行方不明という事実をつかみますが、果たして……?


「ふぁぁ……ぁぁ、なあスネ夫、お前のパパはどうしておれたちにラジオ体操なんてさせるんだよ? せっかく夏休みで学校にも行かずに済むのに早起きしたらもったいないじゃないか」

「仕方ないでしょ、僕らが自由研究でジャイアンやしずかちゃんたちとここに来るための約束の中に『夜更かし朝寝坊をしないよう、規則正しい生活を送ること。朝はラジオ体操をして健康的な生活を送ること』って入ってるんだもの。守らないわけにはいかないよ」 

 

 東京練馬区ではのび太が一週間行方不明であるという事で、警察やママたちにドラえもんも含めて、上を下への大騒ぎになっている頃、某県にて貸別荘を借りて夏休みの自由研究をしているジャイアン、スネ夫、それにしずかの三人は今日も今日とて消えてしまった神社についての調査を行っていた。

 とは言っても、時間はまだ朝である。太陽が山の稜線の向こうに顔を出し涼しげな空気の中、別荘から出てきたジャイアンたちもまだ眠い目をこすっているような時間帯で、これはスネ夫のパパの『パパたちがいないからと言って朝いつまでも寝てちゃいかん。朝はラジオ体操をしてそれから活動を開始しなさい』という言いつけによるものであった。

 この言いつけがなければジャイアンもスネ夫もしずかも、夏休みと言う子供の特権を最大限に活用しまだ布団の中でゴロゴロしていたはずである。しかしこの、スネ夫のパパの課した約束によってその目論見はあっけなく崩れてしまい、だからこそジャイアンも眠そうな目をこすりながら不満をスネ夫に向けたのだ。

 しかし不満を向けられたはいいものの、向けられた当のスネ夫はたまったものではない。別に自分がどうしてもやりたいと言い出した事ではないし、かといってそれを言ったところでジャイアンは納得しないだろう。

 

「そうだけどよ、ラジオ体操なんてしなくたってここにいないんだからやった、ってごまかせばいいんじゃないのか?」

「それはそうだけどさ……」

「まあまあ、タケシさんもスネ夫さんも。東京にいたらこんなにいい場所でラジオ体操なんてなかなかできないんだから、そう思えば悪くないわよ」

「それはまあそうだけどさ、考えてみろよしずかちゃん、確かにここの場所もいい場所だけど、俺たちが今まで冒険した世界なら、もっと空気もおいしくて静かな場所もたくさんあったじゃん」

 

 ジャイアンとスネ夫の仲裁に入ったしずかの言葉は間違っていないものの、もし彼らが東京でずっと暮らしていたのなら、と言えた。何しろジャイアンの言う通り、彼らは今までに数多くの世界を冒険してきたのだから。

 そこにはニムゲの暮らす地獄星や汚染が進み住民が捨てざるを得なかったラグナ星のような環境の悪い星もあれば、空気がさわやかとのび太もドラえもんも評価したコーヤコーヤ星や環境に対する配慮を完璧にこなすシステムを確立したアニマル惑星のような星もあった。

 そもそもそれら地球以外の惑星でなくても、まだ人間が旧石器時代を生きていた七万年前の日本のように、緑も空気もはるかにきれいな時代さえ、彼らは知っているのだ。そういった現在暮らす世界よりも、はるかに環境のいい世界を知っているジャイアンたちにとっては、この場所でさえ決して十全に満足のいく場所ではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

『…………! …………! …………!』 

 

 

 

 

 

 

 ここでスネ夫のポケットに入っているスマートフォンが振動とコール音を発して持ち主に電話の着信を教えなければ、この議論はまだまだ続いたに違いない。

 

「おいスネ夫、いったいどうしたんだ?」

「スネ夫さん、電話みたいよ」

「ちょっと待って……あれ、パパからだ。なんだろう……もしもし、パパ? うん、うん。今ラジオ体操が終わったところだけど、こんな時間にいったいどうしたの?」

 

 まだラジオ体操も終えたばかりという早朝にかかってきた電話にジャイアンとしずかも何が起きたのかとみている前で、スネ夫は電話の相手の名前が自分の父親であり、どうしてこんな早朝にかけてきたのか疑問を抱きながらも対応を開始して、そう長くないやり取りの後スネ夫は不思議そうな顔をしながら電話を切ったものの、その表情は決して晴れやかなものではなかった。

 パパからの電話のやり取りをしてから、急に難しそうな顔を始めたスネ夫の様子は明らかにただ事ではないというのはジャイアンやしずかでもひと目でわかる。

 問題は、こんな朝早くに電話をしてきていったい何をスネ夫に伝えたのか、という事だ。

 

「……おいスネ夫、いったいどうしたんだよ。こんな時間に電話が来るなんて、ひょっとしてラジオ体操をやったってごまかそうって話してたのがばれたのか?」

「ううん。それがさ、パパがみんなでチャンネルはどこでもいいからとりあえずテレビをつけてくれって」

「テレビ? テレビなんてつけて何見るんだよ。まだオシシ仮面の時間じゃないだろ」

「僕に聞かれたって分かるわけないでしょ? でも、パパがつけてみろって言うんだからまずはテレビをつけてみようよ」

「そうね、もしかしたら何か大変なことがあったのかもしれないし。朝ごはんはそれからでもいいじゃない」

「それもそうだな、んじゃスネ夫。さっそくテレビつけてみようぜ」

 

 スネ夫のパパからの、チャンネルはどこでもいいからまずはテレビをつけてくれと言う何をさせたいのかよくわからない指示に受けたスネ夫自身も首をかしげながら、外に出ていた三人は別荘の中へと戻っていく。

 ちなみにジャイアンが言っていた『オシシ仮面』とは、フニャコフニャ夫が連載している人気漫画である『ライオン仮面』に登場するライオン仮面の弟キャラであったがライオン仮面の人気からスピンオフ作品として単独で主人公となった作品として放送されている番組である。さらに余談となるが、ライオン仮面には弟のオシシ仮面といとこのオカメ仮面もいるのだが、まだこのオカメ仮面については活躍の場が与えられていないのが現状である。

兎にも角にも、ジャイアンたちはスネ夫のパパに言われた通りラジオ体操も終わっていた事もあり、素直に別荘へと戻るとリビングルームに備え付けられているテレビの前に集まり、スネ夫が三人を代表するかのようにテレビの電源を入れるとにぶい起動音と共に真っ暗だった画面に男性アナウンサーの姿が映り、ニュースを読み上げているところだった。

 

 

 

 

 

 

『……東京練馬区に住む小学4年生の野比のび太君が行方不明になり今日で一週間以上経過していますが、今のところ発見につながる手がかりや情報は入ってきておりません。また、区内を流れる川などを中心に連日警察による大規模な捜索が続けられていますが……』

 

 

 

 

 

 

「「「のび太(さん)!?」」」

 

 適当に朝ごはんの前に言われた通りテレビをつけてさっさと今日も宿題を、そんな程度のつもりで付けたテレビのはずが、のび太が行方不明でしかもまだ見つかっていないというまさかのニュース内容だった事に三人とも、ネズミを見つけたドラえもんのごとく飛び上がらんばかりに驚いたのは言うまでもない。

 それまでののんびりした空気から一転、貸別荘の三人の表情は真剣なものへと変わり食い入るように画面へと見入っている。おまけに途中で全くのび太の行方について進展がない事にしびれを切らしたらしく、ジャイアンが『おいスネ夫! 他のチャンネルはどうだ変えてみろ! のび太はどこにいるんだ!!』と半ば平手で殴るような勢いで背中をバッシバッシと、まるでリモコンのチャンネル切替ボタンよろしく叩きながら催促しだす始末。

そしてジャイアンから受ける背中への苦痛から少しでも早く解放されようと、スネ夫がリモコンのチャンネル切り替えボタンをポチポチと押せば、おおよそどのチャンネルでものび太の行方不明について解説しているようで、どの画面でものび太、のび太が、のび太くんが、のび太くんが行方不明に。テレビの番組はのび太一色だった。

 これは夏休みのこの時期に、海や山へ出かけての遭難ではなく本当に東京の街中で忽然と蒸発したまま一週間以上の時間が経過し、しかも何の情報もないという事が大きかった。これで誘拐犯による誘拐事件だというのなら、犯人からの連絡が一切ないというのはおかしいし、もし事故による行方不明であるのなら、少なくともこれまでの捜索で本人は見つからずとも手がかりの一つや二つは見つかってもいいはずなのに、それすらもない。

 それ故に各テレビ局もこのニュースを積極的に放送していたのだけれども、今のジャイアンたちにとってそんな事はどうでもよかった。スネ夫のパパが言いたかった、テレビをつけてみろと言う意味を嫌が応にも分かってしまった以上、後は自分たちがどう動くべきなのか、問題はそこへと変わっていたのだから。 

 

「な、何でのび太が行方不明なのさ?」

「でも一週間近く前って言ったら私たちがここに来た日とほとんど同じなんじゃないかしら?」

「で、でも行方不明ってのび太の事だからまた裏山で昼寝でもしてて、ママが怖くて帰るに帰れなくなったとかじゃないの?」

「でも、それだったらさすがに警察もニュースもちゃんとのび太さんが山に立てこもって一週間が経った、って言うんじゃないかしら? 少なくとも行方不明とは言わないはずよ」

「そ、そうか……。じゃあ、のび太は本当に行方不明に?」

「考えたくないけれども、多分本当にそうなんじゃないかしら」

 

 どのチャンネルに回してものび太の行方不明を報じているという、この予期せぬ事態にスネ夫もしずかも動揺している中、一人ジャイアンだけがすぐに落ち着きを取り戻し何かを決心したように口を開く。

 実際にスネ夫の言う通り『森は生きている』の話で、心の土という秘密道具で裏山と心を通わせたのび太が裏山で半ば籠城するような格好で暮らした事もあった。スネ夫はどうやら今回もそんな事が起きているのではないかと楽観的な予想をしたが、それならば裏山にいる事が分かっているのだから行方不明とは言わないだろうとしずかがスネ夫に反論し、スネ夫もその意見にはたと気が付いたのか、ここにきてのび太が実は本当に命の危機に瀕しているのでは、と顔を青くした。

 ちなみにこの時、スネ夫としずかの会話に一切入ってきていないジャイアンであるが、ずっと一人黙ったまま腕組みをしながら何かを考え込んでいる。その表情はまるで何かの覚悟を決めたような、一億年前ピー助を日本に送り届ける際、タケコプターが完全に使用不可に陥った時に見せた時の表情にそっくりだったのだ。

 そんなジャイアンがいよいよ何かを決心したらしく、静かに、しかしはっきりとした声でスネ夫に向けて……口を開いた。

 

「……おいスネ夫、戻るぞ。すぐにお前のパパに連絡しろ、急いで迎えに来てもらうんだ」

「へ? パパに連絡して戻るって、どこに戻るのさ」

「決まってるだろスネ夫! 東京に戻ってドラえもんのところに行くんだよ!」

「え~っ! じゃ、じゃあ宿題はどうす……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うるせえ!!!!!!!!!!』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残念ながらスネ夫の抗議は最後まで聞き入れてもらう事はできなかった。なぜならスネ夫の顔面にはジャイアンのゲンコツが深々とめり込んでいたのだから。これぞジャイアン必殺のめり込みパンチ。

 これまでにものび太やスネ夫、さらには安雄にはる夫と言った多くの犠牲者を生み出し、ジャイアンの横暴に逆らう者たち、機嫌が悪い時にやって来た不幸な者たちを問答無用で一撃必殺、泣かせてきた恐怖のパンチである。

 案の定至近距離からそんな物騒なパンチを食らってしまった哀れなスネ夫は一発で目を白黒させながら伸びてしまったのだが、それだけではジャイアンは止まらない。

 

「ばか野郎!! スネ夫、お前宿題とのび太と、どっちが大事だ!!!」

「………………」

「タケシさん、そんなに首をしめたらスネ夫さん返事ができないわよ」

「あっ、そっか。悪ぃ悪ぃスネ夫。……で! どうなんだ!? 宿題とのび太、どっちをとるんだ!!」

「………………」

 

 顔面が変形するほどの威力のパンチで目をまわしているスネ夫の胸ぐらをむんずと掴みのび太の危機にも宿題を選ぼうとするスネ夫を叱責するその剣幕に、あわててしずかが首を絞めてしまったら何も話せないとジャイアンに首を絞めるのを止めるように進言するけれども、そもそもスネ夫が黙っているのは最初にお見舞いされたジャイアンのめり込みパンチであって首を絞められたからではない。だが不幸にも、それを指摘してくれる人間はこの場にはいなかった。

 とにもかくにも、スネ夫が気絶から回復し宿題よりものび太を選び、パパに連絡をし急遽行方不明ののび太を探すために戻る旨を伝える事ができたのは、もうしばらく先の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょっと、ふぅ……」 

 

 ……その頃、東京を遠く離れたヨーロッパ、ドイツの国のとある場所。今日も今日とて彼女、ロッテ・ミュンヒハウゼンはかつて自分が育った城でもあるミュンヒハウゼン城から80kmちかくも移動して自宅へと戻り、リビングにあるソファへと身体を預けて、テレビのスイッチを入れた。壁に掛けてある時計の針が示す時間はもう真夜中、いくら彼女の自宅が山奥の田舎ではないとはいえ、さすがにもうこの時間になると街灯くらいしか明かりとなるものは存在しない時間である。

 それでも、彼女は今日も今日とて習慣ともなってしまった、思い出深いミュンヒハウゼン城へと通っていたのだ。

 幼い頃は自分も暮らしていた城ではあったけれども、大人になれば現実という重い問題がのしかかってくる。今も貴族として大金持ちの暮らしができるならば維持もできたであろう城も、税金という決して馬鹿にできない理由によって手放そう、としたのは少し前までの話。

 その時に日本からわざわざ城を購入しようと来てくれたのび太たちとの交流、先祖が遺したと一族に伝わっていた財宝の伝説を信じ、地下牢に閉じ込められた時にのび太たちの手で、今でもにわかには信じられないけれども(初代であるエーリッヒ・フォン・ミュンヒハウゼン男爵を過去から連れてきた……とのび太たちは言っていたが……)兎にも角にも助けられた時に、財宝と共にミュンヒハウゼン家の再興を初代より託されたのだ。それ以降ロッテは城を手放すのを止め、家の再興を目指すようになり以前よりも頻繁に城へと通うようになった。

 また、それに伴って自らの命を狙った叔父ヨーゼフもロッテが自分への殺人未遂で警察に訴えなかったこと(失踪は自分のミスで城の探検中に誤って地下牢に入り込んでしまったとこと説明し、警察もそれで納得した)と、初代ミュンヒハウゼン男爵からの、過去に戻り際に言われた「今回はロッテの手前、手を出さないがもしまたお前がロッテの命を狙うのなら、たとえロッテの懇願があったとしてもお前の命を取る」と抜き身のサーベルをちらつかせながら凄まれた事からすっかり震え上がり改心し、今でも弁護士として活動しながらロッテの夢でもある家の再興を手伝う右腕として活動をしていた。

 そんな少し前に起きた、ちょっとした冒険とすこしふしぎな出来事を思い出しさてそろそろ寝ようかと傍らのリモコンに手を伸ばすとまるで見計らったかのように、深夜のニュースが海外の事を解説し始めた。

 そこに出てきた見覚えのある、と言うよりも忘れようとしても忘れることのできない命の恩人でもあるのび太の顔と説明が出てきた時、ロッテは時間も忘れてジャイアンたちがニュースを見た時と同じように、食い入るように画面に見入っていた。

 

「いったいあの子に何があったのかしら……? ご先祖様を連れてきてくれた時みたいに昔に出かけて戻れなくなったりしたのかもしれないわね。どちらにしても、無事でいてくれればいいんだけど……」

 

 かつて自分も経験したことから、実は当たらずとも遠からずとは言えかなり近いのび太の現状についての予想を立てたロッテ。たださすがに彼女が今日本にいるのならともかく、さすがにドイツから日本に向かうのはあまりにも無茶すぎた。今の彼女にできることは、ただのび太の無事を祈り続ける事だけだった……。




 ドイツからはロッテさんがのび太の事を知りましたが、さすがにどこでもドアもなしに日本に来るにはあまりにも準備が足りなさすぎるため、ひとまず彼女は家で無事を祈るくらいしかできませんが……彼女の内心では命の恩人に報いる事ができない事にかなりもどかしい気分となっているでしょう。
 ちなみにどうしてニュースになったのかは『ゆうれい城に引っ越し』のエピソードにてロッテさんが行方不明になった時、割とすぐに日本の新聞でも報じられたため(この記事がなければドラえもんたちも彼女の救出に向かう事はなかった)、割と早くに知る事が出来たのではないかとの判断から導入してみました。
 さて、次はいよいよのび太以外のいつもの仲間が集まりますが……はたしてどうなる事やら? 気になる方はぜひ、続きをお待ちください。


次回、乞うご期待っっ!!!


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(のび太が)行方不明だよ、全員集合!!(その2)

お待たせしました、最新話の投稿です。
やや駆け足気味ではありますが、どんどんと話が進む……かもしれません。
はたしてドラえもんたちはのび太にたどり着けるのでしょうか? そもそも幻想郷の存在がこの世界でだれが知っているのかと言うところですよね。

それでは、はじまりはじまり。



「……おい、ドラえもん!!」

「あっ、ジャイアン! スネ夫! それにしずかちゃんまで。いったいどうしたのさ?」

「どうしたのじゃないよドラえもん、僕ら夏休みの宿題をしによその県までみんなで出かけてたんだけど、そこでのび太が行方不明になってるってニュースを見たから飛んできたんだよ」

「ドラちゃん、のび太さんの手がかりは見つかったの?」

「ううん、それがまだ何も……」

「んもうのび太のやつ、昼寝と射撃と迷子については出木杉以上の天才だとは思ってたけど、こんなに探しても見つからないなんて……いくら何でも天才すぎるぞ!」

 

 スネ夫の顔面を壊す勢いで殴りつけた後、首をしめながらスネ夫を半ば脅すような格好でそれまで進めていた謎の神社についての宿題を切り上げてスネ夫のパパの迎えでその日の午後には東京に戻ってきたジャイアン、スネ夫、しずかの三人。

 三人はすぐに一度それぞれ自宅へと戻り、そこで各々の母親たちももう既にのび太の捜索に動き出していること、それでもまだ見つかっておらず、手がかりも何もない事を聞かされた上で荷物を全部置きながら、その足でドラえもんがいるであろう野比家へやって来た。

 ドカドカと足音を立てながら勢いよく階段を登り、部屋へと駆け込む。……そう、ここでようやくいつものメンバーは合流を果たしたのだった。幸いのび太はおらずともドラえもんは部屋にいたため、待ちぼうけを食う事もなく、本来の主であるのび太のいないのび太の部屋で、ドラえもん、ジャイアン、スネ夫、しずかの四人は輪になって座り、話し合いを進めていくのだった。

 

「それにしても、僕にもママにも何も言わないで消えちゃうなんて……。ねえ、ジャイアンたちはのび太くんがどこに消えちゃったのか、何か聞いてない?」

「えーと、ねえジャイアン、何かあったっけ……?」

「たしか……俺たちが宿題をするって言って、出かける前の日に、のび太と一緒にいつもの空き地にいたよな。あの時のび太のやつ、何か言ってたっけ」

「そう、それよ! たしか『誰も行った事のない場所に行ってそこの事を調べる』って言ってたのよ。それが私たちが見た最後ののび太さんよ」

「え、それ本当!? でも誰も行ったことのない場所、なんてもうそんなには無いはずなんだけどな。この地球の海底も地底も雲の上も僻地も並行世界も、たいていの場所はもう僕らが行った事のある場所だし……」

 

 何か知らないかと問われて、その時の事を思い出しながらされているジャイアンたちの何気ない会話にドラえもんが驚くのも無理はなかった。ジャイアンたちの話が本当だとするのなら今までのび太が行方不明になったという事だけが先行していて、のび太がどこでいつ消えたのか、最後に目撃したのは誰と言うこれまでになかった情報がここに来て突然出てきたのだから。

 ただここで出てくる問題は『では、肝心ののび太はどこに行ってしまったのか?』と言うことになる。そもそも、誰も行ったことのない場所などもう地球上にはほとんど残っていないはずなのだ。

雲を貫きそびえ立つ白い巨峰、過酷な寒さでもって来るものを拒む南北の極地、鬱蒼と生い茂り右も左もわからない大森林、恐ろしい水圧で全てを押し潰す深海底。これらの秘境でさえ人類はその科学でもって征服してきた。

 さらに言えば、まだ人類に見つかっていない場所としては地底に繁栄していた恐竜王国、コンゴ盆地に広がるバウワンコ王国、太平洋の海底に散らばるムー連邦、周囲の世界から隔絶された風の民の村、もう既に植物星へと移民団が向かってしまったがかつては雲を大地とした天上連邦も地球の上空には広がっていた。

 これらの文明、文化すらドラえもんたちはひみつ道具の力を借りたとは言え遭遇してしまっている。ここからさらに、平行世界や過去、未来、他の惑星を除いて地球上でまだ見つかっていない文明を見つけると言うのは並大抵の事ではない。

 実際ドラえもんもジャイアンやスネ夫、それにしずかからの説明を聞いて、首をかしげてしまっていた。

 しかしここでジャイアンからの思わぬ提案が披露される。

 

「……なあ、出木杉に聞いてみたらどうだ? あいつ物知りだから何か知ってるんじゃないか?」

「さすがジャイアン! 今日は普段とちがって冴えてるじゃん!!」

「おい、どういう意味だスネ夫!?」

「まあまあタケシさん。それよりも早く出木杉さんのところへ行きましょ」

「うん、ヘビースモーカーズフォレストの事もあったし、出木杉くんなら何かそういう事にも詳しいかも」

 

 そう、のび太たちの近所、学年、それどころか学校でも一番優秀だと言っても過言ではない小学生、出木杉。彼の知恵を借りようというものであった。

 何しろ彼の優秀さはそんじょそこらのちょっと秀才レベルの学生とは訳が違う。先生がわざわざ『今日はたっぷり宿題を出しておく』と明言するほど大量に出された宿題を『あの程度なら10分もあればできる』と豪語し、野球に引っ張り出せばホームランを量産、守ればファインプレーを連発、小さい子の家庭教師をしてお小遣いをため、顕微鏡を買おうとするなど明らかに頭の出来と学年を間違えているとしか言えない小学生、それが出木杉なのだ。

 その出木杉にはのび太やドラえもんもたびたび助けられている。『のび太の大魔境』において自家用衛星で撮影したコンゴ盆地の奥地、果てしなくジャングルが広がっているであろう場所で撮影されたバウワンコの巨神像、のび太たちも初めて見る不可思議な石像を彼に見せた時、撮影地から彼は即座にヘビースモーカーズフォレスト(タバコ好きの森)という回答へとたどり着いて見せた。もちろんこれが今までに見つかっていなかった秘境であり、バウワンコ王国への冒険ひいてはダブランダーに簒奪された王国を取り戻すためのペコとの大冒険につながった事は言うまでもない。

 こうしたかつての経験と、その知識量から相談するべき相手として出木杉を見出したのだとしても、決して間違ってはいないだろう。

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……野比くんがどこに行ったのか、だって?」

「そう、のび太くんみんなと別れる前に『誰も行った事のない場所に行ってそこを調べる』って言ってたみたいなんだ。でもこの地球上で僕らが行った事のない場所なんてもうそうそう残っていないはずなんだ、それで相談しようと……」

「なるほど……確かにみんなの話を聞く限り、ヘビースモーカーズフォレストの犬の王国も、海底人達の連邦も、地底大陸に暮らしている恐竜人たちの文明も、風の民の村も、天上連邦も、要するに海の底も地底世界も、空の上まで地球上の文明とはあらかた行ってしまった事がある、つまり『誰も行った事のない場所』の定義から外れてしまうと言う訳か……」

「だろ? だからのび太のやつがどこに行こうとしてたのかおれたちにもさっぱり分からないんだぜ」

「そもそものび太のやつ、誰も行った事のない場所がまだ残ってるかどうか知ってたのかね? だって、僕らも散々冒険してきたけど、これ以上どこにまだ行った事のない国や村があるってのさ。さすがにもうないんじゃないの?」

「でも、それだったらのび太さんだってこんなに長く家に帰らないなんておかしいわ、きっともっと早くにあきらめて帰ってくるはずよ」

「いや、そうとも限らないよ」

 

 みんながもう地球上も地下も海底も、外部と遮断された僻地もほとんどすべての場所を踏破しつくしたという中、出木杉だけはそうとも限らない、とみんなの会話を遮った。

 この予想外の言葉に、出木杉以外の四人の視線がいっせいに彼へと集中する。もちろんその程度の事で動揺するような出木杉ではないのだが。そして、『これはそうそう起こることじゃないし、僕も見た訳じゃないんだけど……』と前置きしながら出木杉はなおも言葉を続ける。

 

「みんな神隠し、って言う言葉を知ってる?」

「「「「神隠し!?!?」」」」

「神隠しって、確か……あれだろ? 急に人間が消えちゃうやつ」

「そう、その神隠しだね。これは昔から世界中で起こってるし日本でも起きていることなんだけど……」

「「「「けど?」」」」

「この、神隠しにあって消えてしまった人たちは、いったいどこに消えたんだろうか?」

 

神隠し、それは少なくとも神様なんていないと常識的にも存在を否定されているこの科学文明の世の中には、およそ似つかわしくない言葉であり、どこへともなくふっ、と人が消えてしまうという現象である。そんな単語を口にするとは思ってもいなかったようで、出木杉の言葉に四人がいっせいに反芻してみせた。

 ただ幸いなことに、ここにいるドラえもん以下四人は全員『のび太の日本誕生』で七万年前の原始時代の少年ククルが現代に流れ着いた時に、ククルがどうやってタイムマシンも使わずに七万年前から時間を超えてやって来たのか、その理由として時空乱流に飲み込まれることでその時代から人間が消失するという事、それによる消失を古来より日本では神隠しと呼んでいた事を説明した事でみんなどういうものかは知っていた。

 だから、難しい説明は抜きにしてもジャイアンが答えた人間が急に消えるという現象自体は間違ったものではない。出木杉もジャイアンの回答にその通り、と満足そうにうなずく。

 しかしさすがの出木杉も時間という概念の中に存在する時空乱流についてまでは、時空間についての概念や技術が確立していない現代の小学生だったこともあってそこまで知る事はできなかったのだろう。だからこそ、一旦言葉を切ってから四人に確認するように、問いかけるように、神隠しに遭遇してしまい消えた人間たちは、どこへ消えてしまったのかと訊ねてきたに違いない。

「あー、現代ではまだ時間や空間に関する技術が確立していないから不明かもしれないけど、それは未来では時空乱流っていって時間の流れの中にときどき発生するブラックホールみたいな現象に飲み込まれることで起きるって、科学的に解明されているんだ」

「へぇ、時空乱流? 時間の流れの中に起きるブラックホールみたいな? 僕の調べた内容とはだいぶ違うなぁ」

「え、出木杉くんの知っている神隠しの理由は、違うものなの……?」

「うん、実は僕も野比くんが行方不明になったのはニュースでも知って気になっていたからね。自分なりに何が起こっているのか、可能性を調べてみたんだ」

 

 もちろん、先にも述べたように未来から来たドラえもんはもう神隠しと言う現象が時空間においてごくまれに発生する時空乱流に人が飲み込まれたことで発生するという事を知っているのは言うまでもない。ところが、そんなドラえもんの知る神隠しの原理とは違う神隠しの理由へとたどり着いたと言う出木杉。

 普段一緒に冒険などに出かけたりする事はないものの、やはりクラスメイトが行方不明のまま見つからないと言うのは彼にとっても心を痛める出来事だったようで、ドラえもんやジャイアンたちさらには彼らの母親たちとはまた別に行動を起こしていたらしかった。

  

「日本の警察だって決して能力は低くないからね、少なくともニュースを見る限りかなりの警官を動員しているようだし、その人数であちこち捜索してこれだけの日数が経過している以上、一つくらい何らかの手がかりや情報を掴んでいてもいいはずなんだ。それにもし仮に誘拐されたんだとしたら、当然誘拐犯からのコンタクトがないとこれもおかしい。大人が失踪するのならともかく、小学四年生の子供が突然いなくなったんだからね。で、これはひょっとして神隠しにあったんじゃないか、って言うのも一つの可能性として調べてみたんだ」

「でもよう、その神隠しにあったとして、のび太はどこに消えたんだよ?」

「それがね、昔から日本で起こる神隠しにはある噂がついて回っているんだ。……神隠しにあった人は『幻想郷』に行く、って」

「「「「幻想郷!?!?」」」」

 

 その出木杉が見つけた神隠しの行きつく先であるという、幻想郷。もちろんドラえもんもジャイアンもスネ夫もしずかもそんな場所は聞いたことも見た事もない。それは四人の見せた反応からも、間違いなく知らない場所なのだという事が分かる。が、出木杉はそんな四人の驚いたような反応を他所になおも説明を続けた。

 

「この幻想郷と言う場所は僕らの世界で失われたり、忘れられたもの……つまり文字通り幻想となったものが集まる場所なんだって。ただそのままじゃ幻想になったもの以外の、まだ幻想になっていないものも入り込んでしまう。だからこの幻想郷の周りには結界が張ってあって幻想以外のものははいれないようになっているらしいんだ。でも、ときどきその結界をすり抜ける格好で入り込んでしまう人がいる……それが神隠しと呼ばれる現象になるんだって」

「「「「………………」」」」

 

 話を聞いていた誰もが声も出ない、とはまさにこの事だろうか。出木杉が説明してくれた幻想郷と言うドラえもんたちのいる世界とは違う、忘れられた存在、文字通り幻想と化したものたちが流れ着く秘境。

その、外界と隔離されたと言う、かつて『ふしぎ風使い』にてのび太たちが訪れた風の民の村、のような場所にのび太がいるかもしれないと言う話だが、ドラえもんにはまだ不安なことがあったらしい。

 じゃんけんのできそうにない丸い手を顎に当てながら難しい表情をして、何かを思い出すようにうんうんと考え事をしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。なぜなら、現代に生きるジャイアンや出木杉たちとは違い、もともと22世紀で暮らしていたドラえもん。もちろん22世紀では子守用ロボットとして製造されたドラえもんは、ちゃんとのび太の子孫であるセワシの家に来る前にロボットのための学校へと通いある程度の知識はちゃんと修めている。

 その22世紀の知識をもってしても、幻想郷などと言う場所は聞いたこともなかったのだ。

 

「……そんな話、22世紀でも聞いた事ないよ。そもそも22世紀の未来世界で、そんな場所が残っていたらとっくに誰かに発見されたりしていると思うんだけどな……」

「もしかしたら現代は残っているけれども、科学の発展に押されて幻想とかそう言ったものはみんな22世紀には消えてしまったのかもしれないわ」

「そうだよ! それならドラえもんが知らないって言うのも説明が付くじゃん」

「でもよ、その幻想なんとか、ってところにのび太がいるとして……おれたちはどうやってのび太を助けに行くんだ?」

「待ってみんな、これはあくまでも野比くんがいなくなったことに対する仮説の一つに過ぎない。まだいると決まった訳じゃないんだ」

「でもよ、もしかしたらのび太がそこにいて、助けを求めてるかもしれないんだぜ?」

 

 が、ドラえもんの疑問はのび太の行方不明という現実を前に何の意味も持たなかった。ジャイアンたちにとってみれば未来にあるかどうかも分からない不思議な場所への疑問よりも、どこであろうとも今苦しんでいるに違いないのび太を助けに行く事の方が大事だったのだ。

 もちろん、助けに行くと言っても何をさておいてもまず第一にどうやって幻想郷へ行くのか、という問題も待ち構えている。神隠し、などと言うある意味時空乱流と同じくらいにめったに発生しない現象を待たなくてはいけない、など待っていられないだろう。さらに言えば、出木杉が待ったをかけたようにそもそも幻想郷へとなんとかうまくたどり着いたところで本当にのび太がそこにいるという保証もなかった。

 

「よし、その幻想郷にのび太君がいるかどうかまず調べよう!」

「「「「調べる!? どうやって!?」」」」

 

 そんないるかわからないなら、まずは幻想郷にのび太がいるかどうかを調べようなどと言う予想の斜め上を行くドラえもんの言葉に、ジャイアン、スネ夫、しずか、そして出木杉の言葉が見事に重なるのだった……。

 




 まさかの出木杉くんの口から幻想郷の話がやってきました。
 彼の能力をもってすれば、彼なりに独自に動いていたのび太の捜索活動の中で、可能性の一つとして神隠し、ひいてはその先にある幻想郷と言う噂へとたどり着いても不思議ではないのかな、と。
 一応補足しておきますと、この世界でも時空乱流は起こります。時空乱流で消滅する人間もいるので、それも神隠しと呼ばれていますが出木杉の説明にもあったように東方的な、博麗大結界を『なんらかの』理由で超えてしまい、幻想郷へと足を踏み入れてしまった人々の蒸発も、神隠しと呼ばれています。
 ただ、22世紀の未来社会では、時空乱流による消滅説のみがどういう訳か広まっていますが、そもそも途中でも言及されたように22世紀において幻想郷は消滅してしまったのか? それはおいおい明かされる事でしょう。


それでは次回、乞うご期待っっっ!!


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幻想郷はどこにある?

お待たせしました、最新話の投稿です。
さあ、幻想郷はどこにあるのでしょうか? と言うよりもドラえもんたちはどうやって幻想郷に行くのでしょうか?


さあ、はじまりはじまり。


「おいドラえもん、のび太がその幻想郷……にいるかどうか調べるって、どうやって調べるんだよ」

「そうだよ、幻想郷がどこにあるのかも本当にあるのかもわからないのにさ。調べようがないじゃない」

 

 のび太が幻想郷なる場所にいるのかどうか、いきなり調べようと言い出したドラえもんにジャイアンとスネ夫が呆れ半分驚き半分といった表情で聞いてくる。無理もないだろう、そもそもどこに幻想郷があるのかも、本当にあるのかもわからないのに調べるだなどと、無茶もいいところだ。

 が、ドラえもんはそんな二人の心配など全く気にするでもなく、代名詞ともいうべきお腹のポケット……のび太が持ち出したスペアポケットのオリジナルであるそれへと手を入れて『あれでもないこれでもない……あれ? 僕前に使った時この道具こんなところに置いたっけかな……?』と、ポケット内の道具の配置に若干の違和感を覚えながらも、ごそごそと中を探してから目的の道具を取り出した。

 

「〇×うらない!!」

「「「「〇×うらない?」」」」

「そう、この道具はただの〇と×じゃないんだ。〇か×かのどちらかで答えられる質問になら、なんでも答えてくれる道具なんだ」

 

 そう、ドラえもんが取り出して説明した『〇×うらない』とは見た目はただの〇と×である。しかしこの名前の通り〇×の二つ一組で機能するひみつ道具と言うちょっと珍しい性質を持つこの道具にかかれば、それこそ〇×で回答できる質問なら何でも答えてくれるのだ。

 実際にこの道具を『のび太と竜の騎士』にてのび太がまだ地球上に恐竜が一匹でも生き残っているかと言う質問をした際、〇×うらないははっきりと×の回答をしている。ただし、実はこの時の質問はその質問方法に問題があり、()()()と言ってしまったために地面の下……すなわち地底にて独自の文明を築き上げていた恐竜や、トロオドンから進化した恐竜人類たちが生き残っていたにもかかわらず恐竜はいない、と当初はドラえもんたちも誤解していたという経緯があったりする。

 そういった問題点はあるものの、同じくのび太と竜の騎士にてスネ夫が地底に遊びに行った時、行方不明になった際、多奈川の川底に地底世界への入り口があるかどうかを質問した時には〇と答えているなどちゃんとした質問の仕方さえできればこれほど何かを確かめるのに都合のいい道具もなかなかないだろう。

 そんな〇×うらないの使い方をみんなにも説明しながら『とりあえずはやって見せた方が早いか』と、ドラえもんはそれを床へと置き質問をした。

 

「質問、のび太君は幻想郷に無事でいる。〇か、×か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ピンポーン!!! 〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげぇ、本当に〇か×かで答えた……」

「でも、この〇×うらないで〇と出たって事は……」

「のび太さんは幻想郷にいるのね、しかもちゃんと無事に生きているのよ」

「という事になるね。野比くんがどうやって行ったのかはわからないけれども、少なくとも命に別状はなさそうでよかった」

「まさかあの泣き虫でドジでノロマでおっちょこちょいのび太が本当に幻想郷に行ってのけるだなんて……」

「よし、さっそく幻想郷へ乗り込もうぜ!!」

 

 ドラえもんの質問に、軽快なチャイム音と共に〇の方が空中へと浮かび上がり正解だと言わんばかりにその存在をアピールする。それはつまり、このひみつ道具の効果を信じるのならのび太は幻想郷に今現在いて、しかもちゃんと無事に過ごしているという事になり、その結果にほっと胸をなで下ろす一同。ひとまずこれでのび太がどこにいるか、と無事でいるか、の二つの問題については解決したわけだ。

もうこうなれば怖いものなんて無い、とでも言わんばかりにジャイアンが『なにか出てきたらおれ様がギタギタのメタメタにしてやるぜ』と小学生とは思えないほど血の気の多い発言と共にさっさとのび太を助けに行こうぜとドラえもんに催促する。

事実ドラえもんのひみつ道具があれば、たいていの事は解決できてしまうし、今までの冒険もそうやって乗り越えてきたと言う実績もある。ジャイアンの言葉ももっともだった。

けれどもドラえもんはまだ不安なようで……。

 

「待った待った! どこにのび太くんがいるか分かっただけなんだよ? 未来でも知られていないような場所なんだ。いくらのび太くんが無事でも、ちゃんと準備してから行くのに越したことはないよ。今までの冒険で僕らがどれだけ苦労してきたか覚えてるでしょ」

「でもさ、あのドジでノロマでおっちょこちょい、昼寝と迷子の天才のび太でさえ無事にいられる場所なんでしょ? きっと幻想郷なんて大したことなんて無いよ」

「うーん、どうかしら。でもドラちゃんの言う通り今までの冒険でも初めて行ってみたら大変なことが起きて、って事は何回もあったんだし、準備くらいはしておいた方がいいと思うわ」

 

 22世紀でも知られていない場所だから、慎重に行こうとするドラえもんの疑問に意見が二つに割れるいつもの面々。ジャイアンとスネ夫は『あの』のび太でさえ無事にいられる程度の環境なのだからすぐにでものび太を助けに幻想郷へと乗り込もうという意見。

 対してドラえもんとしずかに関してはジャイアンスネ夫の二人とは逆に、今まで行った事のない場所であるという事と22世紀でも知られていない……しかも地底の恐竜文明や海底のムー連邦、コンゴ盆地のバウワンコ王国、天上連邦と言った場所と違い幻想郷は日本国内にあるのだとしたら、そんな場所が22世紀まで知られていないというのはあまりにも不安要素が大きく、行く前に調べたり準備を整えてから出発するべきだというものだった。

 特にしずかの意見にもあるように、実際にこれまでにも全く知らない次元の世界、他文明の宇宙船、全く知らない未知の惑星へと足を踏み入れた末に、ひみつ道具の能力を当てにしていたらピンチに陥ったという事はいくらでもあった。それを考えたらわざわざ準備もなしに行く理由はないという意見も十分にうなずける。

 ジャイアンとスネ夫、それにドラえもんとしずかの2対2という事もあり、真っ二つに意見が割れてしまったドラえもんたち。それはかつて『のび太の海底鬼岩城』にて、夏休みにみんなでキャンプに行こうという意見が出た時に海に行くか山に行くかで意見が真っ二つに割れた時にもそっくりだった。

 幸いその時にはドラえもんが海底の山に登れば海も山も楽しめるという、実に22世紀的な意見を出したことにより海底鬼岩城の冒険へと出発することになり、結果としてはこの冒険こそが、世界が鬼角弾にて焼き尽くされるかどうかという地球の滅亡一歩手前でポセイドンを破壊し地球を救う事に繋がるのだけれども、その時のドラえもんたちはそんな事になるとは夢にも思っていなかった……。

 兎にも角にも、本来ならばここにいるべきのび太が不在のため意見が割れたまま膠着状態に陥った4人。

 

「いや、ドラえもんの言う通りだよ。何しろ神隠しにあった人たちが行く世界なんだ、何があっても不思議じゃない。少なくとも野比くんの無事は確認できたんだ、今すぐ命の危機があるなら僕らもすぐにでも行くべきだけれどもそうじゃないのなら、調べるくらいはしていった方がいいと思う」

「うーん、まあ……出木杉がそういうのなら……」

「そうだね、出木杉くんがそういうのなら僕も反対はしないよ」

 

 のび太の代わり……ではないにせよ、そんな状況を見かねてか出された出木杉のこの意見がなければ、4人の対立はまだ続いただろう。それまでは完全に意見が割れていたドラえもんたち4人も、この場にいる全員の中でも一番の知恵者である出木杉の意見なら、と素直にその意見に従うのだった。

 

「でもようドラえもん、それに出木杉も。その幻想郷ってところを調べるって言ったって、どうやって調べるんだ? まさか図書館に行ってこれから調べるのか?」

「あのねえジャイアン、22世紀でも知られていない場所についての本なんて図書館に置いてあるわけないでしょ? 今の世の中インターネットでちょちょいのチョイ、に決まってるじゃん」

「そうだね、僕が調べた噂だと関東にあるどこかの高校の生徒……僕らよりも少し年上の人なんだけれども、その人が『幻想郷に行った!』って言っているらしいんだ。しかも幻想郷に行って戻ってきたらものすごい眠るようになって、今では一日のほとんどを眠りながら過ごしているらしい」

「眠りながら……って、その人がもし本当に幻想郷に行って、ものすごい眠るようになったって話が本当ならまるでのび太君みたいだなぁ」

「だね、もしかしたらのび太みたいにいつもグウグウ寝てるような人じゃないと幻想郷って行けない場所だったりして」

「もう、タケシさんもスネ夫さんもそんなこと言ったらのび太さんがかわいそうよ」

「まあまあ、とにかくその幻想郷が寝てばっかりの人でないといけないのかそうでないのかも含めて、まずは調べてみよう……えーっと、あれでもないこれでもない……えーっと……あ、あった! 宇宙完全大百科!!!」

 

 いつもの通り、四次元ポケットに手を突っ込んで中を探していたドラえもんが取り出して見せたのは『宇宙完全大百科』である。大百科、の名前が示す通り大きな分厚い百科事典のような形をしたひみつ道具だ。ただしただの百科事典と比べてもらっては困るし、22世紀の百科事典としても()()()()と言う名前が付けられているだけあってその性能は未来デパートの書店でも売っていそうな百科事典などとは別格にして破格と言ってもいい。そもそもこの宇宙完全大百科とは、正確に言えば百科事典の形をしているだけで百科事典そのものではないのだから。

 ドラえもんが取り出した宇宙完全大百科、その正体は宇宙完全大百科の端末機に他ならない。と言うのもこの大百科、ありとあらゆる情報を網羅したはいいもののあまりにもその情報量が膨大すぎて、情報を一つのディスクに詰め込んでもサイズが星一個ほどのサイズになってしまい、人工の星として宇宙空間に浮かべてあるというほどの代物なのだ。

 星サイズのサーバーに詰め込まれた情報と言う、とんでもない規模を誇るだけあり、端末機に対して質問をした場合の答えはものすごい精度を誇っている。実際に『宇宙完全大百科』のエピソード中でのび太が質問したのは宿題について、のび太の学校のその日に出た宿題並びにその解答、野比のび太の生涯について(ただししずかと結婚するところまでしか読んでおらず)、草野球のジャイアンズと相手チームとのアウトセーフ判定写真付き、について質問した結果、そのすべてに対してきっちりと回答してみせた。

 その宇宙のすべてを網羅していると豪語するほどの名前を持つ大百科ならば幻想郷についての情報もきっと載っているに違いない。そんな決意と共にドラえもんは端末機のスイッチを入れて口頭質問用のマイクに質問を入力した。

 

「質問! 幻想郷について教えて」

「「「「………………」」」」

 

 ドラえもんの質問に、他の4人の視線も一斉に大百科へと集中する。やはり幻想郷と言う未知の世界に対する答えが出てくる瞬間が気になるらしい。しかし、肝心の大百科の端末機はドラえもんの質問に対してうんともすんとも答えようとはしなかった。本来なら質問を口頭で入力してすぐに、サーバーでもある本体の大百科から情報が送られてきて、紙に印字された質問に対する回答が出力されてくるはずなのに、だ。それは今までの使用でその解答の速さもまた証明されている。

 

「おい、ドラえもん。なんにも起こらないぜ?」

「そのひみつ道具壊れてるんじゃないの?」

「あれ……おかしいなあ、普段なら質問を入力するとすぐに答えを返してくれるはずなんだけど……」

「ドラちゃん、ひょっとして電源を入れ忘れてるんじゃないの?」

「いや、さっきスイッチを入れていたのが見えたから電源が入っていないんじゃないと思う。原因は何か別の要因だよ」

「ダメだ、原因がさっぱりわからないよ……どこもおかしいところなんてないのになぁ……」

 

 だから何が起きたのか持ち主であるドラえもんさえ訳が分からない状態になってしまえば、ジャイアンたちにとってはもう何が何やらさっぱりである。ドラえもんが大百科の端末をあれやこれやと確認する様子を前にしてあれこれとそれぞれの想像で何が起こっているのかを口にするが、それでも端末機は回答を出してくれる気配がない。

 頼りにしていたというよりも、ほとんど知識面においては頼みの綱ともいうべき大百科がこのありさまではどうしようもない、と困り果てた様子でいたその時。それは起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へえ、この機能が作動したという事はいよいよあの子たちもやって来るのね」

「みたいだね。あの道具に仕込んだ隠し機能が作動したって事はふふふ……あの子たち、あの機能が動作するところを見たらびっくりするだろうなあ」

「でしょうね、本来ならあの道具には絶対にないはずの機能なんですから」

「でも最初は驚いたよ。あの道具に言われた通りの機能を付けたら、もし仮にだれか関係のない人がスイッチを入れる可能性もあったんだから」

「大丈夫ですわ、だって……そのために…………………………したんですもの……」

 

 それは地球なのかあるいは別の次元なのか、はたまた幻想郷に隠された空間なのか。どこともわからない不思議な場所で紫色のドレスに白い帽子、そして傘を手にした金髪の女性……幻想郷の賢者である八雲紫と緑色の帽子をかぶった水色の髪の少女……幻想郷の技術屋である河童のにとりは彼女たちの周囲に広がる巨大な機械……一見するともはやそれが何のために作られたものなのか分からないほどに精巧なそれを前に感慨深げにつぶやいた。

 二人の周囲に広がる機械はと言うと、ここにきて何かの信号を受信したのか、あるいは自身が果たすべき役割を遂行するためもともと用意されていたプログラムがタイマーで起動したのか、静かにしかしはっきりとした作動音を立てながら己に課せられた役目を果たすべく動いているのが見て取れる。

 にとりの言う『隠し機能』が果たしてどんなものなのか、二人とも言及しないがそれが動き出した事によって何らかの、本来ならば無いはずの機能が動き出すのだろう。もちろん二人はそれを知っているのは言うまでもない。何しろそれを仕込むように仕組んだのは他ならぬ二人なのだから。

 その仕掛けによって、これから起こるであろう事を想像しながら、紫とにとりは実に楽しそうにどちらともなく、これから来るであろう人物を想像しながら笑みを浮かべるのだった。

 二人の眼下に広がる、青く美しい惑星を見下ろしながら……。

 

「ようこそ幻想郷へ、お待ちしておりましたわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……な、なんだこれは!?」

「おい、ドラえもん。この宇宙完全大百科ってこんな道具なのか……?」

「まさか。僕もこんな機能が付いているなんて初めて知ったよ」

「鳥居って……ま、まさか僕らもこのまま神隠しに……?」

「ちょっとスネ夫さん、怖いこと言わないで」

「うん、そうかもしれないよ。この形、サピオくんたちのブリキンホテルへ行くためのゲートにそっくりだ」

「……とすると、神隠しにせよそうでないにせよ、この鳥居がこことは別の世界に行くためのゲートっていう可能性は十分にあり得ると思うよ」

 

 一方その頃、幻想郷について調べようとしたものの、いつもならばすぐに答えが出てくるのに今回に限ってはうんともすんとも言わない大百科の端末を前にしてはてどうしようかと悩んでいたドラえもんが、いやドラえもんだけでなくジャイアンもスネ夫もしずかも出木杉も、その場の全員が目を丸くして驚いていた。

 何しろ大百科の端末が勝手に大きく開いて床にぱたんと広がると、そこから大きな鳥居がぬぅ、と……いや、むしろジャキーン、とでもいうべきか。機械的な擬音を立てながら出てきたのだ。

 むしろ部屋の中でいきなり鳥居が出てきてなんだこれは、で済んだのは今までの冒険で色々とこういった予測不可能な出来事にも慣れてしまっているのかもしれない。

 そうやって突如現れた怪しすぎる鳥居、それはまるでかつて『のび太とブリキの迷宮』においてブリキンホテルへのゲートとして機能していたトランクの姿とよく似ていた。違うのはぱかん、と開いたトランクが同じようにばさりと大きく開いた大百科の端末であり、門の代わりに出てきたのが怪しい朱塗りの鳥居であるという事だろうか。

 しかし、ブリキンホテルへのゲートと言う似た形のものを見ていたおかげで、ドラえもんはなんだこれはと驚きながらも、そのあり得ないはずの機能を見せた大百科の端末機に組み込まれていた鳥居が、何らかの場所へと案内してくれるゲートであると気がついていた。しかし、そこまでは気がついていたドラえもんもまさかゲートの役割を果たす鳥居がしゃべるとまでは思ってもいなかったのだ。

 

「ようこそ幻想郷へ、皆さんをお待ちしておりました。私たちはあなた方を歓迎いたしますわ」 

「!? しゃ、しゃべったぞ」

「やっぱり! この仕組みを作ったのは幻想郷の住民なんだ。でもどうしてそれが22世紀のひみつ道具に……?」

 

 おまけに、歓迎すると言いだしたその不審すぎる鳥居がそのままブラックホールのようにその場の5人をまとめて吸い込みだしたのだからたまったものではない。たまらずに悲鳴を上げながらそれぞれ吸い込まれないように抵抗するものの、鳥居の吸引力はその程度で耐えられるほど生易しいものではなく。

 

 

 

 

 

「「「「「わぁーっ!!!???」」」」」

 

 

 

 

 

 結果として、わずかには抵抗できたものの結局ドラえもんたち5人は次々に鳥居へと吸い込まれてしまい、出木杉の部屋からきれいさっぱり痕跡も残さずに消えてしまうのだった。

 そうして、後に残された怪しい鳥居のゲート、もとい宇宙完全大百科の端末もまるで何もおかしな事などなかったかのようにするすると鳥居が格納されて元の姿……何の変哲もない大百科の端末へと姿を戻してゆき、最後にはそのまま溶けてゆくかのようにどこでもドアか何かのように何処へともなく消えてしまうのだった。

 こうしてその日、のび太に続いてドラえもん、ジャイアン、スネ夫、しずか、出木杉もまたこの世界から蒸発し、夏休みの怪奇事件としてニュースを賑わせるのだけれども、それはまた別のお話……。

 




さあ、どこかへと消えてしまった出木杉含む5人組。
そもそも謎が減るどころかだいぶ増えてしまったとしか思えない内容ですが……そこはいずれ答えが出てくると思われます(多分

さて、そもそも5人は吸い込まれてどこへ消えてしまったのか? と言うよりもどこへと向かうのか? そもそもみんな無事なのか? ちゃんと元気でいるのか?



次回、乞うっ!! ご期待っっっ!!


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幻想郷はどこにある?(その2)

大変遅くなりました(汗 久しぶりの冬コミの原稿とにらめっこをして、冬コミが終わった後でどうしようかとこちらの作品とにらめっこをして、ようやく完成しましたので生存報告と、続きの投稿です。
さて、幻想郷へと強制的に連れていかれてしまったドラえもん、ジャイアン、スネ夫、しずか、出木杉の5人。果たしてどうなってしまうのでしょうか?


「……はぁ、はぁ……まったく、やってくれるなぁ……。けれども、私を生かした事を……後悔なんてさせてやるものかよ……」

 

 ……ドラえもんたち、のみならずのび太が幻想郷へとやって来るよりもさらに前へと時間はさかのぼる。幻想郷のどこかの森の中、薄暗くどんよりとした濃密な空気が立ち込める、陰気臭い誰も周囲には立ち寄ろうなどとは思わないであろうそんな場所で『彼女』はボロボロの身体を引きずりながら、文字通り這う這うの体でどうにか命を繋いでいた。

 矢印を図案化したような模様の服、黒い髪からは角が覗いている、ひと目見ても人間ではないと分かる彼女のその手足からは至る所に傷があり、彼女が歩いてきたであろう道には血が点々と道しるべのように地面に赤い印をつけている。もちろん料理を失敗して怪我を負った、などと言う訳ではない。彼女がこうなってしまった事には、ここに至るまでにちゃんとした事情があった。

 

 

 

『弾幕アマノジャク』

 

 

 

 かつて幻想郷にて下克上を企て、幻想郷全ての勢力を敵に回しその上で不可思議な道具を使ったとは言え、その勢力からの襲撃にたった一人で挑み、しのぎ切り、生き延びた天邪鬼の鬼人正邪。

 しかしその結果はと言えば、普段の弾幕ごっこではない、相対した正邪を滅ぼすことも厭わない不可能弾幕の嵐を捌き切り、生き延びる事こそできたものの下克上は失敗。全身傷だらけの姿を見ても分かるようにこっぴどくやられてしまい、おまけに指名手配犯として幻想郷中のお尋ね者になってしまったため、本来ならばこういった場合に利用できるはずの永遠亭さえも利用できず、こうして森の中をさまよっているのだった。

 かと言って天邪鬼の彼女がこれで深く反省し、もう今回のような騒ぎを起こさない、と言う訳もなく。全身傷だらけになり、命をかろうじて繋ぎ止めているような状態になってもまだ諦めていない所はさすが天邪鬼、と言うべきだろうか。

 しかし諦めようが諦めていなかろうが、全身くまなく痛めつけられた身体だけはどうにもならない。それは妖怪だろうと人間だろうと同じ事だ。痛む身体を休める事はできる、でも痛む身体を休める事はできてもその身体の傷を癒すには時間と共に、栄養を補給する必要があった。

 当然昨日今日産まれたばかりの雛と言う訳でもない正邪もそのくらいの知識はある、けれどもここで問題になったのはどこで栄養となるものを補給するか、だった。

 何かを、何かを食べないといけない。

 人間を捕食する、血液を捕食する、酒を呷る、中には他人を驚かす事でその驚くという感情を栄養とする者も幻想郷にはいる。ただ、栄養を補給するにはどちらにせよ誰か、あるいは何かを摂取しなければいけないと言う点に変わりはない。そして、誰かないし何かを手に入れる事が、幻想郷中でお尋ね者になってしまった正邪にとっては、ひどく難しい事になっていた。

 これが仮に今正邪が五体満足でケガ一つ負っていない身の上であったなら、こそこそと隠れながら人里に忍び込み、食べ物をいただいて飢えをしのぐ……と言った事も決して不可能ではないだろう。しかしそれをするには正邪の身体はケガを負い、血を流し、なによりもあまりにも体力を失い過ぎていた。

 

「……さすがにこのままじゃ……、いや! あきらめるかよ!! この幻想郷を必ずひっくり返してやる! そのためにはこんなところで倒れてる場合じゃないからな……なんとしても生き延びて……やるかよ……っ。くぅ……っ」

 

 だから、正邪が『それ』を見つけたのは本当に偶然だった。いや、ある意味それは必然だったのかもしれない。

 

「なんだこれ……肉……? 人間……? にしてはおかしい、コイツを仕留めたはずの相手の気配がない……」

 

 森の一角、比較的開けた場所に転がっていたのは正邪にとって喉から手が出るほどに欲っしていた肉。一抱えほどもある、血まみれの肉塊が転がっていたのだ。その様子からきっと人間か、あるいは動物か何かが襲われて命を落としたのだろうと彼女は判断した。

 外の世界の日本ならばそんな事はめったに起こる話ではないが何しろここは幻想郷。いったん人里を出てしまえばそこは妖怪の世界だ、自衛手段を持たない人間が野良仕事や薪の確保、釣りなどのために山などに出向いたところで妖怪や妖獣に襲われて命を落とした、または退治屋のおかげでそんな相手を退治してもらい命拾いをした、などと言う話は頻繁に人里の話題に上る内容なのだ。

 が、正邪にとってそんな事はどうでもいいのだ。事情などどうであれ、肉塊になっているという事は負けたという事。負けたものの事などどうでもいいのだから。そんな事よりも今は、生きる事。生きて、自分をここまで痛めつけた強者たち、そしてこの幻想郷を再びひっくり返すためにも、今は生き延びる事。それが全てなのだ。

 

「まったくありがたくもないな、こんなところに食べられるものが落ちているだなんて……だが、これで私も……少しは傷を癒せるな。お尋ね者にして、散々痛めつけただけで私の命を奪わなかった事を……後悔なんてさせてやらないんだぜ……」

 

 獣同然に肉塊にかぶりつく正邪。生肉だとか、服が血だらけになるだとか、そんな事を気にするでもなくガツガツとひたすらに肉を食い、体内に取り込んでいく。そこには恥も外聞もあったものではない、ただ一つ、必ず生き延びてやるという強い意志が正邪を突き動かしていた。

 ……正邪は知る由もなかった。自分が生き延びるためとは言え、食べた肉塊の主が人間でも妖怪でもない、幻想郷に存在するモノですらないという事に。

 しかし最後まで正邪がその事に気がつく事はなかった。いや、これからも気が付く事はないのかもしれない。ただ一ついえる事は、すっかり肉塊を食べつくしてしまった正邪は、傷だらけの身体を引きずりながら再び傷を癒し幻想郷への反逆を成就させる野望をまだ諦めていないという事だけだった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

「「「「「わあーっ!!!」」」」」

 

 宇宙完全大百科で幻想郷について調べようと思っていたその矢先に、全く予想もしていなかった大百科の端末が変化した鳥居のようなゲートへと吸い込まれてしまったドラえもんたち5人は、そのまま訳も分からない空間の中をぐるぐるとかき混ぜられている真っ最中だった。

 どこでもドアや、本家ともいえるブリキンホテルへのゲートのように入り口をくぐればそこは雪国……ではなくすぐに目的地だったりすれば何の苦労もなく楽だったのだろうけれども、よりにもよって全く訳の分からない空間に飛び出したというよりも放り込まれた5人はなす術もなくかき回され……やがて、ぽい、とばかりにどこへともなく放り出された。

 いや、放り出されて地面に()()()()()()()()で済んだのならまだよかった。なぜなら、放り出された5人が飛び出したのは地面から数メートルは上、空中だったからだ。もちろん放り出された5人はタケコプターを常備している訳もなく、目の前が明るくなったと思ったその矢先に空中へと放り出されたことで慌ててその両手をばたばたと鳥の翼のように羽ばたかせてわずかでも落下を食い止めようとするけれども、残念ながらバードピアに住むグースケたち鳥人たちのように軽々と飛べる能力など持ち合わせてはいない。

 つまりはどうなるかと言うと……。

 

「落ちる! 落ちるーっ!!」

「わーっ、ママーっ!!」

「えーっと……これでもないあれでもない……あー、タケコプターはどれだーっ」

「キャーたすけてーっ!!」

「すごい……ここが幻想郷……?」

 

 大地が持つすべてに働く力、重力に従ってただただ、地面に向けて落っこちるよりほかになかった。もっとも約一名は落ちるより先に初めてやって来たのであろう未来世界とは違う、異世界への冒険に目を輝かせていたけれども。

 が、落下中にどんな反応をしていようとも落っこちるという事は最終的に落ちる終点があるという事だ。大地なり、床なりにぶつかるという終点が。そして、地面から数メートルとはいえ、重力に従い落下し、ぶつかればどうなってしまうのか。

 

「ぐえぇっ!!」

「フギャッ!!」

「うわぁっ!!」

「きゃぁっ!!」

「わーっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 ズシーン!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラえもん、スネ夫、しずか、出木杉、そして一番上にジャイアンと言う順にものの見事に全員が重なるように、実に器用な形で墜落した。もちろんとは言っても、ドラえもん自身もただ黙って落下していた訳ではない。

 元々が子守用ロボットと言う設計思想で作られているドラえもんタイプ、子守をしている子供が突発的な事故でケガや命を落とさないように、万が一にも有事の際には素早く必要な道具を取り出し、子供を助けるという能力はロボット学校でも嫌と言うほど習熟させられるのだ。

 が、悲しいかな。そこは『()()()()()』によって不器用になってしまっているドラえもん。落下している途中で、どうにか無事に全員いられるようにと毎度おなじみお腹の四次元ポケットに手を突っ込みひみつ道具を探していたものの、今までの冒険の中でも幾度もあったように、例によって今回もこのようなパニックになった時にドラえもんが一発で必要な道具を出せる確率などそう高いはずもなかった。

 結果として、ドラえもんが一番下になり下敷きとなる事でクッションのような役割を果たした事で、どうにか全員無事に目指す幻想郷に立つ事ができたのだった。

 

「う、うーん……お、重いからはやくどいてよぉ……」

「ジャイアン……はやく……僕……つぶれちゃう……」

「タケシさん、おりてちょうだい」

「おっ、悪い悪い。よいしょっと……」

「ふぅ、ああ重かった……それにしても、ここが幻想郷……」

 

 だが立つ事が出来たからと言って喜んでばかりもいられない。何しろここは日本のようでいて日本ではない、未来のドラえもんさえ勝手の知らない未知の世界なのだから。それでも墜落を免れてようやく落ち着きを取り戻したドラえもん、ジャイアン、スネ夫、しずか、出木杉の5人が自分たちのいる場所の周りを見渡せば辺りはうっそうとした森の中。

 とは言っても、過去へ冒険をしに行った時に見慣れている古生代あるいは中生代の植物と言う訳でもなく、また幻惑の星に生息するような、星に迷い込んだ宇宙の旅人を霧の成分で幻を見ている間に捕食してしまう怪物と言う訳でもない。それこそ、深くはあるけれどもどこにでもありそうな森である。

 しいて似たような森がどこかと言われれば、一番近しいのはチッポたちが暮らす地獄星の衛星であるアニマル惑星(プラネット)の禁断の森、だろうか。どこまで続くのか、上空からならともかく一度入り込んでしまったらどちらに進めばいいのかさえ分からなくなってしまうほどに深い深い森。そしてその禁断の森は、ジャイアンとスネ夫にとっても、ゴリ郎の父親のゴリラに殴られたり地獄星からジャイアンたちについてきたニムゲと出くわしたりと、トラウマを植え付けられそうな出来事がやたらと多い森でもあった。

 そんな数々のトラウマが思い出されたのか、ジャイアンが他の4人を見回してから、拳を掲げて威勢のいい提案をする。

 

「よーし! こんなどこに行けばいいのか分からないような深い森はさっさとタケコプターで抜け出して、幻想郷に殴りこもうぜ!!」

「……そんな事言ってジャイアン、ひょっとして禁断の森みたいな場所だからここが怖いん「うるせえ!!!」」

「」 ←台詞が抜けてる?

 そんなジャイアンの様子に、ジャイアン同様に禁断の森をさまよいトラウマを植え付けられたスネ夫がジャイアンがやけにこの場所から離れたがっている真意を見抜いてからかったけれども、次の瞬間にスネ夫を待っていたのは、スネ夫の顔面に深々と突き刺さったジャイアンのパンチだったのは言うまでもない。

 

「まあまあ、二人とも。確かにジャイアンの言う通り早くここから離れた方がいいのは分かるけれども、まず周りに何があるのか確認しないと危ないよ。未来にも幻想郷の情報は無いんだし、僕らはこの場所について案内してくれる人もいないんだから」

「うん、確かにドラえもんくんの言う通りだと思う。周りの警戒はすべきだけれども、それと合わせて周りの偵察をして野比くんがいそうな場所を見つけて移動したほうがいいと思うよ。このままじゃ手当たり次第に動いて、本当に行くべき方向が分からなくなると思う」

「それは確かにそうだけどよ……でもドラえもん、出木杉。周りを調べるって、どうやって調べるんだよ。何人かで周りを調べてくるのか?」

 

 ドラえもんと出木杉が、移動するのは周囲の状況を確認してから、と言う提案をしなければスネ夫の顔面にはもう2、3発のパンチがめり込んでいただろう。もちろんそんな事になったらまずのび太を探すより先にスネ夫を治してくれる病院を探す事になってしまうのは間違いない。

 そんな命と麗しい(本人談)顔面の危機に瀕しているスネ夫の顔を助ける訳ではないけれども、ドラえもんは今みんながいる場所の周りを調べてくれる道具を取り出すべく、毎度おなじみのポケットへと手を突っ込むのだった。もちろん、今度はいきなり空中に放り出されて落下している訳でもなく慌てる事情もないためそれは、割とすんなりと取り出せた。

 

「ミニ探検隊!!!」

 

 ミニ探検隊、それはかつて『のび太と竜の騎士』において地底世界で一人迷子になってしまったスネ夫を探すために、ドラモンたちも後を追うように地底世界へと足を踏み入れた際に使われた道具である。探検隊、の名前が示す通り、小型のテントのような基地(?)に某ゲゲ〇の△太郎に登場するおやじのような一つ目小人のロボットが多数格納されており、周辺で怪しいもの、あるいは見慣れないものなどを発見すると指令を出した人物が持つ受信機へと信号を発信するようになっている。

 残念ながら、大きな一つ目がカメラになっている訳ではないため、指令者に対して何があるのか、それがどんなものなのかは映像や音声では分からないのが欠点ではあるものの、何も分からない何があるのかも分からないままであてずっぽうに飛び回るよりは、はるかにマシになる秘密道具なのだ。

 ……ちなみに、余談ではあるものののび太と竜の騎士において地底世界にやって来たドラえもんがミニ探検隊を使用した結果、どうなったかと言うと四方八方に散らばった探検隊からの連絡にてんてこ舞いになったあげく、ミニ探検隊の一体が発見したティラノサウルスにのび太が捕食される寸前まで陥ったというのは誰も覚えていないらしかった。

 が、その結果恐竜人類の一団であるナンジャ族に囚われの身となり、同じく恐竜人類である竜騎隊士バンホーとの出会いを経て、スネ夫を無事に救出できたのだから、探検隊の活躍も決して捨てたものではない、のかも知れない。

 

「これはね、このテントの中に小さな探検隊のロボットがたくさん入っていて怪しいものとか不思議なものを見つけると信号を出してくれるんだ」

「そうそう! なあドラえもん、確かこれスネ夫が地底の恐竜世界で迷子になった時に地底で使った道具じゃないか?」

「地底? しかも地底には恐竜がいるのかい?」

「まあまあ、出木杉くん。それはまた後で説明するから。あの時の大冒険も、いろいろあったからさ」

「そうよ出木杉さん、まずはのび太さんを見つけましょう」

「ごめん、確かにそうだね。今は野比くんの無事をきちんと確認してからにするべきだ」

「よーし、それじゃあ……ミニ探検隊、出動!! 何か怪しいものがあったらすぐに知らせてね」

 

 ちょうどミニ探検隊の事を覚えていたらしいジャイアンの言葉、それも地底世界に太古のロマンであるはずの恐竜が生きているという話に思わず出木杉が食いついてくる。が、やはりそこは優等生の出木杉。スネ夫やしずかに今はのび太の方が優先と言われれば素直にのび太の捜索を優先するのだった。

 それを確認したドラえもんの、探検隊発進の言葉に合わせていっせいにテントから飛び出していく無数の小型探検隊ロボットたち。四方八方に散らばっていくロボットたちはそのサイズの小ささもあり、すぐに木々の向こうへと見えなくなってしまった。そんなロボットたちを、5人はただ黙って見送るのだった……。

 

「あ、きたきた、探検隊が早速何かを見つけたみたいだよ」

「とりあえず、この森から抜けられるなら何でもいいや。行ってみようぜ」

 

 どれだけ待ったのだろうか

 

「それじゃあ、毎度おなじみタケコプター! はいみんな、後出木杉くんは確か初めてだったよね? 慣れないと大変かもしれないけど……のび太くんと違って出木杉くんなら運動神経もよさそうだしたぶん大丈夫かな」

「大丈夫だよドラえもん、あののび太でさえ使えるんだぜ」

「そうそう、のび太にも使えるんだから出木杉くんなら絶対に大丈夫だって」

「二人とも、そんな事言ったらのび太さんがかわいそうよ」

「そうだ、ちょっと待ってみんな!!」

「どうしたの出木杉くん?」

 

 今まで、散々大冒険をして使ってきたからか、初めてタケコプターを使う出木杉以外はごく当たり前のようにドラえもんから受け取ったタケコプターを頭にセットして浮遊を開始する、もちろん出木杉もタケコプターを受け取ったものの、ジャイアンやスネ夫も当たり前のように使いこなしている姿を見て、大丈夫だと思ったらしい。頭にセットしていざ飛び立とうとしたところで……何かを思い出したかのように、出木杉がみんなに待ったをかけた。

 

「何が起こるか分からないんだ、姿を消したり隠れたりとか、僕らの姿を目立たなくしておいた方がいいと思う。対策は前もってしておいた方がいいよ」

「さすが出木杉くん、確かに今までの冒険でも散々危険な目にあってきたんだから、そろそろいい加減にちゃんと対策は取るべきだね」

「ドラえもん、それ言っちゃっていいの?」

「こまかい事は気にしないの。それじゃあ……『かたづけラッカー!!!』 これを吹き付けると何でも透明になっちゃうんだ。これでみんな姿を隠して出発しよう」

「「「「おーっ!!!」」」」

 

 出木杉の言葉に納得したようにうなずいたドラえもんは再びポケットに手を入れるとかたづけラッカーを取り出して、みんなに吹き付けた。これは名前の通り、吹きつけた部分が透明になるという道具で、確かに片づけたように見せかける事ができる、画期的な秘密道具である。ただしあくまでも『透明にする』と言う効果のため、どこかに消してしまった、などという事はできないのだ。

 そしてドラえもんは言及しなかったが、ラッカーの効果は3時間で切れてしまうため『のび太の宇宙小戦争』ではPICIAの監視網が敷かれたピリカ星でこのラッカーを使い監視を搔い潜ろうとしたのだけれども、途中で効果が切れてしまいPICIAに発見されてしまっていたりするのは、ピリカ星に乗り込んだジャイアンドラえもん、そしてのび太にとっては苦い思い出だろう。

 兎にも角にも、こうして透明になった5人はのび太を発見するべく、いよいよ本格的に幻想郷の探索へと乗り出したのだった……。

 




…………いろいろな人が作成した幻想郷の地理とにらめっこしながら、何所に5人を落そうか迷いに迷いながら、こうなりました。5人が落ちたのは一応魔法の森の最奥部ではなく、外側に近い瘴気が薄い、あるいはほとんどない場所と言う設定にしてあります。なので5にはほとんど体に影響のないまま移動を開始しました。
いよいよ幻想郷へと乗り込んだいつもの5人。ミニ探検隊は一体何を発見したのでしょうか?



そしてちらと正邪が登場しましたが、果たして彼女が取り込んでしまったモノは一体なんなのか? しかし、今後彼女は(どちらかと言うと取り込んだものが)関わってくることになるでしょう。その時敵になるのか、果たして味方となってくれるのか? なお、今回正体についてヒントはありません。もしあれかな? と思う心当たりのある方は、答えが出る時まで楽しみに待っていてください。


それでは次回、乞う!! ご期待っっっ!!


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野比のび太はどこにいる?(その1)

お待たせしました。幻想郷冒険記の続きです。

さてさて、前回いよいよ幻想郷へと足を踏み入れたドラえもんたちでしたが、果たしてのび太は見つかるのでしょうか?



…………………………………………

 

 

 

 

 

 

……………………………………

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 幻想郷の空に、奇妙な駆動音が複数聞こえている。しかし奇妙なのはその音の正体、ともいうべきあるはずの姿が存在しない事だろう。何もない、誰もいないただ青空が広がる中に聞こえてくる奇妙な駆動音。もしこの音を近くで聞いていた人妖がいたら、きっと異変だと騒ぎ立てたかもしれない。もちろん、その音の正体は異変でもなんでもない、ただかたづけラッカーで姿を透明にして身を隠した状態でドラえもんたちが空を飛んでいるだけである。

 いや、正確にはリモコン型の探険隊からの信号を受信する受信機だけが空中に浮かんでいると言う、ある意味音がするだけよりもさらに不気味な光景になっているのだが、これにはちゃんと透明になっている皆が迷子にならないように、と言う『のび太の魔界大冒険』において魔界の森で石ころぼうしを使った時に目印のために使用した照明ミサイルと同じくお互いがお互いを認識できない中で目印になるように、と言う配慮からだった。

 照明ミサイルの代わりに、ドラえもんが手にした信号の受信機を目印に移動する5人。

 

「ねえドラえもん、どの辺からその信号はやってきてるの?」

「うーん、いくつかの信号がミニ探検隊から届いているんだけど、一番近いのは僕らが今いる場所の近くからだね。だから、まずはそこから確認していこう」

「ようし、それじゃあさっそくその場所にいこうぜ!!」

「ジャイアン、ちょっと。そもそもジャイアン信号が送られてきている場所がどっちからなのか知ってるの?」

「あ、いっけねぇ! なあ、その方角はどっちなんだドラえもん?」

「あせっちゃダメだよジャイアン。信号が送られてきているのは……こっちだね。みんな、ついてきて」

「「「「はーい!!!」」」」

 

姿は見えずとも、各々が近くにいる事は分かっているようでまるで何の影響もないかのように会話は進む。最初は一番手近な場所である場所からミニ探険隊の信号を受信したと言うドラえもんの説明に、ジャイアンが飛び出そうとするが、そもそもジャイアン一人ではどちらから信号が来ているのか分かるはずもない。案の定その点をスネ夫が突っこむと、ジャイアンはしまった、とでも言いたげにドラえもんへとどちらから信号が送られてきているのか尋ねるのだった。

 そうして、ドラえもんの先導のもとミニ探検隊が信号を発していたのは……。

 

「……えっと、香りに、しも、あられ? 堂? なんて読むんだろう……?」

「なんだありゃ? 物置か? 外までガラクタが並んでるじゃないか。かあちゃんが見たらなんて汚い店だって怒りそうだな……。ちゃんと品物は整理しておけって」

「それに見てよあの小屋の狭さと来たら。一応ボロ屋でも、廃墟じゃないから人はいるみたいだけど……あれじゃあうちの四丈半島の別荘の方がまだマシじゃないの?」

「タケシさんもスネ夫さんも、いくらボロボロで雨漏りしてそうな家だからってそんな風に言ったらあの家で暮らしてる人に悪いわよ。それに、二人ともボロボロだとか小さいとか言っているけれども、あばら家さんの家よりは広いじゃない」

 

 森の外れ、入口ともいえる森の中と外の境目近くに位置する古道具屋だった。ドラえもんがミニ探検隊を回収している中、探検隊が発見した道具屋の外見に、遠慮というものを知らないジャイアンとスネ夫がめいめい思った事を口にするが、それはしずかの言う通り店の主が聞いたら怒りだしそうな実にひどい感想だった。

 そして皆当たり前のように聞き流していたけれども、実は三人の中で一番ひどい事を言っていたのは他でもないしずかである事は間違いないだろう。

 

「読み方は、こうりん、どう? じゃないかな? 確か『霖』の字でリン、って読めたと思うんだ。それにほら見て、看板に古道具屋って書いてある。きっとこれはお店の人が仕入れてきた商売道具なんだよ」

「よし! 道具屋なら、もしかしたらのび太くんの事を知ってるかもしれない! ちょっと中に入って聞いてみよう……あ、あれ? 変だなあ、開かないや」

「留守なんじゃないかしら」

「留守って、道具屋が留守にしてどこへ行くのさ?」

「もしかするとウチの店みたいに配達に行かされてるんじゃないのか?」

「そりゃあジャイアンのところは道具屋じゃなくて雑貨店だからでしょ? 古道具屋が何を配達するっての? それよりも、きっと前は誰かが道具屋さんをやってたんだけど、こんな田舎だもの。年を取ったり人が来ないから店を閉めちゃったんじゃないのかな」

「確かに……スネ夫の言う通り、道具屋が配達するよりもそっちの方がありそうだよな」

 

 一方ドラえもんと出木杉は、ぼろ小屋改め古道具屋・香霖堂の中でのび太の行方を聞いてみようと中にいるであろう店員に確認を取ろうとドアを開けようとしたのだけれども……。香霖堂の扉はまるでたった今香霖堂に向けて放たれた悪口雑言に機嫌を悪くしたかのように、ドラえもんが押せども引けどもびくともせず、開く気配すら見せなかった。

 まさか幻想郷で最初に見つけた住民がいるであろう建物で、住民が留守にしているとは思っていなかったドラえもんたちが、一体何があったのかめいめい勝手な想像をしていくけれどもいないものはいないのだから、どうしようもない。そもそもドラえもんたちは店の道具を買い物をしに来たのではなく、のび太がどこにいるのかを店員に尋ねるために入店しようとしたのだから店が閉まっているとなれば、ここにいつまでもいる理由もないのだ。

 

「まあまあ、みんな。たまたま留守にしているだけかもしれないし、スネ夫の言う通りもうここはお店をやってないのかもしれない。ただどちらにしてもここに人がいなかったのは残念だけど、いないものはいないんじゃしょうがないよ。まだまだ探検隊からの信号は送られてきているから、探していこう」

「そうだよ、それに考えてみたらこの幻想郷に来てすぐにここで誰かが生活している場所が見つかったんだ。きっと野比くんも幻想郷にやって来てから、こういった場所にたどり着いてそこで暮らしている人たちに保護されている可能性が高いと見ていいんじゃないかな」

「そうだね、きっとそうだよ」

「そうだな、それなら次の場所に行ってみようぜ!!」

 

 スネ夫やジャイアン、しずかが店の人がいないのをいいことに好き放題にけなしている中、それをなだめるようにドラえもんが間に割って入る。このドラえもんの、道具屋をけなす事が目的ではなく、のび太を探す事が目的であるという言葉に三人とも納得したようにうなずいてみせた。日頃なんだかんだ言ってもやはりそこは三人とも、のび太の無事が最優先なのだと伺える。

 こうしてドラえもんたちは、香霖堂にはたどり着いたものの店員には会う事無く再びタケコプターの駆動音を響かせながら、その場を立ち去るのだった。

 ただ、もしここでドラえもんたちが店員が戻ってくる、あるいは気が付く事を信じて待っていたら、この後の物語はまた少し違った道筋をたどったのかもしれない。なぜなら、ドラえもんたちが中に誰もいないという事で、次の怪しい場所を探す事にしようと香霖堂を後にしたその数十分後、留守にしていた香霖堂の店員と思しき人物がつづらを背負い、戻ってきたからだ。

 けれどもドラえもんたちがその事に気が付いて戻ってくる事はなかったのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初にやって来た森を抜けだし、大きな湖の上を飛ぶドラえもんたち。もちろんその姿は誰にも見えていないから、ドラえもんたちも空を飛びながら、外の世界ではなかなかお目にかかれない雄大な自然を、人の手のほとんど入らないありのままの自然を空からゆっくりと堪能しながら飛んでいたのだけれども、ここでようやくこの世界が明らかに外の世界、すなわち自分たちが暮らしている世界とは明らかに違う場所なのではないかという事にようやく気がつき始めたのだった。

 

「……ねえ、ドラえもんちょ、ちょっとあれ見てよ!」

「スネ夫、どうしたんだよ?」

「あ、あれ! あれ! ほら!」

「……ほら、って……子供じゃないの?」

「ううん、ただの子供じゃないわ。だって背中に羽が生えてるもの」

「背中に羽って、確か天上王国の天上人たちが羽生えてたから……植物星に移民として行かないでここに来た人たちがいたのかな?」

 

 最初にその事に気がついたのはスネ夫だった。

 もちろん彼自身、別にその事に対して特別に意識したわけではない。

 ただたまたま、スネ夫が飛びながらふと目を向けた先に、その子たちはいたから気がついたのだ。本当に何気なく、ふと目をやった先にいた子供くらいの背丈の女の子たち。ただし、普通の子供と言うにはその子供たちはあまりにも変わっていた。

 普通の人間の子供とは違い背中から羽を生やして空を飛んでいるという、外の世界ではありえない姿をしているし、もう一人については羽と言うか氷そのものが背中から生えているかのよう。

 もちろんドラえもんたちも全員、そんな姿の人間が外の世界にはいない事を理解している。いや、厳密にいえばドラえもんの言う通り、地球上にも羽の生えた人々はかつてはいたのだ。

 『のび太と雲の王国』の冒険時にのび太とドラえもんが未来のひみつ道具を使い雲の王国を築いた時、たまたま迷い込んだ事で知る事になった地球の上空に、文字通り雲を大地として地球の上空一面に広がる連邦国家を築いていた、背中に羽をもち自由に空を飛ぶ事ができる天上人たちの存在。

 しかし彼らは決して友好的な種族と言う訳ではなかった。と言うのも、彼らは地上人による地球環境の悪化と自分たちの天上文明の悪化と言う事態に直面しており、このままでは自分たちの文明も地球の環境も悪化の一途をたどる……そんな懸念から、地上人が築き上げた文明を雨によってリセットする、まさに神話におけるノアの箱舟の再現しようとする、ノア計画を実行しようとしていた。

 この計画は幸いこれまでに行ってきたドラえもんたちの行動によって、計画の実行寸前で阻止され天上連邦全ての人民が、植物星への移民受け入れによって地球を去るという形でこの騒動は幕を閉じた。

 つまり、本当ならば今現在この地球上に背中から羽を生やしてタケコプターもなしに自由に空を飛べる種族は、天上人がいないため存在しないはずなのだ。にもかかわらず、スネ夫が見つけた子供らしき人物は、背中に羽を付けており、それだけでなくタケコプターもなしにそれがまるで当たり前であるかのように空を飛んでいるのだ。これで驚くなと言う方が無理があると言えるだろう。

 

「なあドラえもん、あの子って間違いなく空、飛んでるよな……?」

「……本当、タケコプターもつけずに空飛んでるわ……」

「でも幻想郷で暮らしている人をやっと見つけたんだ。この際空を飛んでいたってかまわないから、のび太くんの事を知っているか聞いてみよう!」

「おう、そうしようぜ!」

 

 しかし怪しんでなどいられない、何しろ先ほどの香霖堂では店員、つまりは幻想郷の住民とは会えなかったため、ドラえもんたちからしてみればこれがようやく巡ってきた幻想郷の住民との初めてコンタクトをとるチャンスなのだ。

 それに、これが地底に暮らす恐竜人のナンジャ族や魔界星に暮らし地球侵略を狙う悪魔族、あるいはメカトピアから地球人を奴隷として捕獲しようとやって来た鉄人兵団と言ったこれまでに遭遇した異文明の住民の中でも、どう見ても友好的とは思えない連中ならばともかく、彼女たちは見た目は人畜無害そうな外見の、ただ背中に羽や氷の生えた女の子たちである。

 これが話しかけたとたんに『のび太のパラレル西遊記』で妖怪社会と化した現代で本性を現した先生のように、全身の皮膚を突き破って化け物に変身、などの正体を隠していると言った事がなければ、こちらからおかしな対応をしなければ、のび太に直接繋がらないとしても、幻想郷における何らかの情報を教えてくれるに違いない。そう判断したドラえもんは、空を飛ぶ少女たちに近づいていくのだった。

 ……ちなみにドラえもんたちが気がついていないのは当然だけれども、この背中に氷をくっつけている空を飛ぶ女の子、とはそれまで声を大にして名乗っていた最強の座を潔くのび太に譲り、今やのび太を師匠と呼んで慕っているチルノその人である。

 ここでもしかしたらチルノは寺子屋に行かなくていいのか? と思う人もいるかもしれないがこれにはちゃんと理由があった。というのもいくら成績が悪い事に定評のあるチルノとは言え、さすがに他の人里の子供や妖精など、人に害を与えない人以外の存在も勉強をしに来る中でチルノだけにつきっきりで勉強を教える訳にもいかないという事もあって、今日はチルノの寺子屋行きは休みとなっていたのだ。

 だからこそ、こうして勉強以外の時には思い切り遊ぶという、子供のような思考そのままに友人の、スネ夫いわく背中に羽のある女の子……大妖精と一緒になって飛び回っていたのである。 

 ただし、大妖精はともかくチルノはもう、それまでのように『最強』に固執しているだけの昔のチルノではなかった。のび太と出会い、自分の能力でもある氷を己以上に操るその様を目の当たりにしたチルノはなんと師匠でもあるのび太を超えるべく、チルノには実に珍しく寺子屋での勉強以外では真面目に弾幕、そして氷を操る修行をしていたのである。

 その短いながらも確かに行われた修行の成果が今、発揮されようとしていた。

 

「……むっ! 何かあやしい気配がする!!」

「チルノちゃん、どうしたの?」

「ほら! 見た事のない怪しいものが!! あれ! きっと悪いやつに違いないよ!!」

 

 かたづけラッカーの効果で姿は完全に見えなくなっているはずのドラえもんたちが声をかけようとする前に、チルノは目ざとくそれに気がついた。いや、見た事もない『師匠であるのび太が時々取り出してはいろいろな事を引き起こす道具にそっくりな()()』こと探検隊からの信号の受信機だけは、意図的にドラえもんが目印とするためにラッカーを吹きかけずにいたため透明でなかった、それに気がついてしまったのだ。

 

「今こそあたいはししょーを超えるんだ!!」

 

 チルノはそう高らかに宣言すると、今が夏であるにも関わらずその周囲に急速に冷気が収束していく。まるでチルノの周りだけ、オールシーズンバッジで季節を冬に固定したかのようだ。そしてその圧縮された冷気を、ためらう事無くチルノは怪しい方向に向けて解き放った。

 

 

 

 

 

 

「氷符『アルティメットブリザード!!!』」

 

 

 

 

 

 

「わぁ!! 危ないみんな逃げろ!!!」

「寒い寒い!! なんだあいつ!」

「なんで夏なのにいきなり氷が飛んでくるんだよドラえもん!」

「僕に聞かないでよ!」

「すごいや、何もないところから氷を生み出すなんて……いったいどういう原理なんだろう?」

「はっはっはっは、まだまだししょーにはかなわないけれども、あたいはもっともっと強くなる!」

 

 姿が見えていなかったという事もあり、話しかける前に怪しまれたあげくいきなりチルノから氷の弾幕を撃ち込まれたドラえもんたちも、まさか自分たちと同じかあるいはそれよりも幼いくらいの背格好をした女の子にいきなり攻撃を受けるなどとは思ってもいなかった事もあって、このチルノの弾幕には対抗する事もできず、チルノの高笑いを聞く余裕などなく散り散りになって逃げるよりほかに打つ手はなかった。

 もちろん、反撃に打って出る事もドラえもんのひみつ道具があればできただろう。けれども、勝手の分からない世界で、おまけにのび太も無事に過ごせるような安全な世界と思い込んでいたところにこれである。

ドラえもんたちの思考からこの攻撃に対して反撃して、相手を撃退するという判断は完全に抜け落ちてしまっていたのだ。

 

「なんだよあれ……おいドラえもん! 本当にここ、安全な場所なんだろうな?」

「まあまあタケシさん、私たち今姿が見えなくなっているのよ? だからきっとあの子も私たちが敵だと思ったのかもしれないわ」

「それはそうかもしれないけれどもよ……だからっていきなり攻撃してくるんだぜ」

「そうそう、まるで『機嫌が悪いから一発殴らせろ』って殴ってくるジャイアンみたいにさ」

「やいスネ夫! そんなにギッタギタのメッタメタにされたいのか!!」

「ほ、ほら……」

「うっ……」

「まあまあ、いきなり透明になったまま不用意に近づいた僕らもまずかったよ。でも、今の出来事ではっきりした事がある」

「「「「「はっきりした事?」」」」」

 

 ドラえもんの言葉に、ジャイアン、スネ夫、しずかに出木杉。4人の言葉が一つに重なり唱和する。というか、先ほどのやり取り……空を飛ぶ子供からいきなり攻撃を受けた事以外に何が分かったというのだろうか? そんな疑問を一様に浮かべているみんなに説明するようにドラえもんは大きく頷く。

 

「うん、ここで暮らしてる人たちは日本語で話してるって事、さっきの子は間違いなく僕らにもわかる日本語で会話をしてたから、ほんやくコンニャクに頼る必要はないはずだ。後もう一つは、ここに住む人たちは空を飛んだり、不思議な力で攻撃する力を持っているって事。僕らの世界と幻想郷とがどういう繋がりなのかはまだはっきりしないけれども、ちゃんと話ができる相手なら意思疎通はできるって事だよ」

「そっか、ならのび太もちゃんと話ができる人に会ってその人と一緒にいるのかもしれないって事じゃない」

「なら、なおさらちゃんと話のできる幻想郷の住民に会うべきだね」

「よし、これで決まりだ。ミニ探検隊への指示を変更して、怪しいものじゃなくて家を探すようにしよう! そうしたら、また出発だ!!」

「「「「おーっ!!」」」」

「あ! そのためにはまずいったんミニ探検隊を回収しなくっちゃ」

 

 透明ではあるものの、声の様子からおそらく全員がドラえもんの言葉に意気揚々と拳を掲げたのであろう事が伺える。のび太への手がかりに近づくためには、苦労は惜しまない。そんな決心を感じさせるみんなの声。

 それが最後のドラえもんの一言でずっこけたのは、言うまでもない……。

 




チルノ実はすごいぞ! 透明なドラえもんたちを、目ざとく見つけては弾幕で追い払ってしまったチルノ。のび太を師匠と呼ぶのですから、師匠に追いつくべく努力しているのです。

それにしても、ここで初めてこの幻想郷が明確に外の世界とは違う場所だと認識したドラえもん。果たして無事にのび太と巡り合えるのでしょうか? 


それでは次回!! 乞う、ご期待っっっ!!!


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野比のび太はどこにいる?(その2)

大変お待たせしました、のび太捜索編最新話でございます。
また今回、ちょっと特殊なひみつ道具? 並びに大長編とはまた少し違う話と当作品がリンクする設定が登場します。
そんなものは認めん! 読者である僕の考えた世界と違うなら作者許さん、と言う方はバックをお願いします。そうでないという海より広い心の持ち主の方は、どうぞ続きをお読みください。


それでは、はじまりはじまり。


「よし! 全員探検隊も回収して命令も上書きし終わったよ」

「はーやっとか、みんな戻って来るのにだいぶ時間がかかったもんなあ」

「仕方ないよ、いろいろな場所に散らばってたみたいだしさ」

「でも、これだけの数の探検隊がいるんだから人の住んでいる場所も見つかるといいんだけれど……」

 

 ドラえもんがミニ探検隊に発令した帰還の命令。しかし、その肝心の探検隊のロボットたちがよほどあちらこちらに散らばっていたらしく、実際に全部の探検隊がテント型の基地に帰ってきたのは指示を出してからしばらくの事だった。

 そうして戻ってきた探検隊に対して『怪しいものを探すように』という指示から『人の住んでいる家や町、集落を探すように』という指示に上書きし、再び周りへと散らばっていくミニ探検隊の姿を見送るドラえもんたち。

 これでまた、探険隊からの信号待ちをしなくてはいけないと言うことで、5人は湖のそばで探検隊からの信号が来るまでの間のんびりと過ごす事になった。ちなみに、出発前にドラえもんが噴霧してみんなを透明にしていたかたづけラッカーはすでに効果が切れてみんな元の状態に戻ってしまっていた。

 

「……ねえドラえもん、こんな人が見当たらない所に村とか街なんてあるのかな?」

「うんさっきの道具屋もそうだけど、お店がある以上あのお店を利用するであろう人が必ず暮らしているはずなんだ」

「ドラえもんくんの言う通りだよ。道具屋があるんだから、絶対にここにはそれを利用する人がいるに違いない。ただ、大規模な工業とかはなさそうだから……たぶん農業や漁業、酪農とかで生計を立てている……昔の山間の集落のようなそんな立地の村とかがあちらこちらに散らばってるんじゃないかなと思うんだ」

「さすが出木杉さん、ただ空を飛ぶだけじゃなくて周りの事をよく観察してるのね」

「ほんとほんと、こういう時に出木杉くんの知恵は本当に頼りになるよね」

「だな、出木杉にも来てもらって本当に助かったぜ」

「いやぁ、そんな事はないよ。これくらいはちょっと見方を変えれば誰だって思いつく事さ」

 

 信号を待っている間も人の住んでいる場所が本当にあるのかどうか、まだ遭遇した幻想郷の住民がいきなり攻撃してきた少女たち二人組だけだったこともあって、当然のように5人の話題は人が暮らす集落がこの幻想郷に存在するのかどうか、という話題になっていく。

 ドラえもんとしてはやはり最初に見つけた道具屋という存在がある以上、利用する住民がいるはずだと見ていて、その考えを補強するように出木杉も、森から出てここまでやって来るまでの間に見ていた幻想郷の風景から、ここで人々が暮らしていた場合どのような生活様式をしているのか、またどういった集落があるのかを、予測まで立てて、それを他の面々に説明していく。

 誰もが認める秀才、いや天才という事もありこの出木杉の説明に対して反論を唱える者は誰もいなかった。

 そんな会話をしている間にも探検隊はあちらこちらに散らばって指令に従い近隣の家を探し始めたのだけれども、やがてドラえもんの受信機に再び探検隊からの何かを発見した際に送られる信号が届いたようで、受信機がけたたましい音を立てる。

 

「あ、きた! やっぱりどこかに人の暮らしている場所があったみたいだよ」

「よし、今度こそここに住んでる人に会えるぜ!」

「分からないよ? さっきの子たちみたいなおっかない人が住んでるかもしれないよジャイアン」

「そうなったら今度はおれさまがギッタギタのメッタメタにしてやるぜ」

「まあまあジャイアン、おっかない人かもしれないしそうじゃないかもしれない。ひとまずは探検隊が信号を出している場所まで行ってみようよ」

 

 こうして、今日幻想郷に来て何度目になるか分からない、タケコプターでの移動を再開するのだった。

 カチリ、とスイッチを入れた事でエンジンが起動し再び鳴り出すタケコプターのプロペラが回転するお馴染みの音。もう一体何回耳にしたのか分からないほど、みんなには馴染みとなってしまったその音を聞きながら身体を重力から切り離して、5人はミニ探検隊の信号の発信地に向けて飛び立ったのだけれども……。

 

「なんだありゃ……」

「うわぁ……どこかの大金持ちの家みたいだけど、あれはひどいね、庭はともかく、あの屋敷の色はないよ……」

「まるで血のように真っ赤ね……」

「へえ……あの庭園や屋敷の建築様式から見ると西洋の文化圏の影響を受けているように見えるけど、幻想郷にも西洋の文化が入って来てるんだ。これはすごいよ、いつ頃から幻想郷は西洋化が始まっていたんだろう!?」

「あれだけの規模の屋敷だからね、ここ最近建てられたんじゃないとは思うけど……でもあれだけ大きな屋敷ならきっと大勢の人が住んでいると思うよ。満月博士の屋敷みたいに、二人暮らしって事もないだろうし……」

 

 ドラえもんたちが信号をたどって向かった先にあったのは『のび太の魔界大冒険』で魔法世界を作った時に知り合った満月博士、彼の屋敷よりもさらに大きな、立派なお屋敷だった。ただし、ただ立派な屋敷なだけだったらいいのだけれども、その屋敷は赤かったのだ。もちろん赤いと言っても思想的に、ではない。

 館の土台から屋根まで、レンガの赤色ではなくすみからすみまでまるでレンガをさらにしたたる血のように真っ赤に塗りあげた屋敷と言う、外の世界でもお目にかかれないような色合いの館がそこには建っていた。

 もっとも満月博士の屋敷と違い、魔界歴程の解読を試みていたことでデマオンの配下に狙われている訳でもないため、侵入者を狙撃する弓兵の石像や、しゃべる樹木などは配置されていないのだろうけれども。

とにもかくにも、そんな怪しさに満ちた屋敷を遠目に、ドラえもんたちはこの真っ赤に染まった屋敷に入るべきか別の場所を探すべきか、迷う事態となっていた。

 確かにのび太を探すのは大事なのだけれども、いかんせんこの血のように真っ赤な屋敷と言う存在があまりにも怪しすぎたのだ。のび太を探して屋敷に入ったら、外見の怪しさ同様に中に怪しい奴がいて危機に陥りました、では笑い話では済まないのだから。

 

「……よし! 行こう。怪しいのは間違いないけれども、見たところかなり立派なお屋敷だ。ちゃんと訳を話したらのび太くんの事を何か教えてくれるかもしれない」

 

 しばらく悩んだ末、決心したようにドラえもんは口を開いた。その様子はかつて『のび太と鉄人兵団』にてお座敷つりぼりと逆世界入り込みオイルの組み合わせで作った鏡面世界。その鏡面世界の入り口を無理やりこじ開けようとした際に発生した次元震に巻き込まれたリルルを、壊すか直すかで意見が分かれた時の決心にどこか似ていた。

 しかし今度は何しろ自分たちが地球に侵攻してきた鉄人兵団よろしく、かっての知らない異世界に来ているのだ。そこはやはりドラえもんも用心するにこした事はない、と考えたようで屋敷に近づく前にポケットへと手を入れると、それぞれ他の4人に自衛あるいは何か異変が起きた時に応戦できるようにと、秘密道具の武器を取り出した。

 

「まいどおなじみ、ショックガンに空気砲。後は……いや、さすがに熱線銃や光線銃、ジャンボ・ガンに原子核破壊砲は危なすぎるから止めておこう」

「おーし、これでもう怖いものなしだぜ」

「悪いやつら、来るなら来い!」

 

 ジャイアンやスネ夫たちにドラえもんが渡したのは、今までの大冒険の中でも数多くの危機を救ってくれたドラえもんのひみつ道具の中でもちゃんと相手を攻撃できるようになっている武器。ショックガンに空気砲である。並大抵の相手ならこれで十分戦いになるし、旧アトランティスの鬼岩城の守護するロボット兵鉄騎隊とも戦えるし、決定的なダメージにこそならないものの、メカトピアの鉄人兵団とさえ渡り合えるほどのスグレモノだ。

 ちなみに余談だが、熱線銃、光線銃、ジャンボ・ガンについてはドラえもんが止めた通り、あまりにも破壊力が異常なため取り出して渡さなかった判断の方が正解だったと言える。何しろジャンボ・ガンについては一発で戦車を吹き飛ばし、熱線銃や光線銃は鉄筋のビルを一瞬で蒸発させるような火力を誇っているのだ。ついでに原子核破壊砲については言わずもがなである。

 万が一にもこんな超兵器が暴発しようものなら、一瞬で周囲が焦土になりかねない。こんなものが必要となる場面はネズミ退治くらいのものなのだ。

 

 

 

 

 

 

…………………………………………

 

 

 

 

 

 

……………………………………

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 念のためにと用意した空気砲やショックガンを手に手に、赤い屋敷のそばに降り立ったドラえもんたちの視線の先には、立派な門。スネ夫の家でもここまで立派な門はない、それこそ外の世界でもなかなかお目にかかれないような門が構えられており、その前には一人の人影が立っていた。

 

「……おい、見ろよ。入口の所に誰か立ってるぞ」

「本当だ、誰だろう。まるで門番みたい」

「でも、門番にしては武器も何も持ってないわ。それに見て、あの人女の人みたいよ」

「うーん、あの格好からすると中国の人かな……? もしかしたら中国の人だとしたら拳法とか武術とかを学んでいるから、武器とかは必要ないのかも」

「でもちょうどいいや、中に入らなくてもあの人に話を聞いてみればいいんだし」

 

 だがそれはつまりわざわざ屋敷の中に入り込まなくても、門の外に立つ謎の人物に話を聞けば解決するという事でもある。一応念のためにと空気砲やショックガンと言った武器になるひみつ道具を用意したものの、使わずに済むのならそれに越したことはないのだ。

そうして謎の中国人らしい人物……赤い髪で龍と書かれた帽子をかぶる人物のそばへと恐る恐る、と言った風に近づいていくドラえもんたち。ちなみに、順番はドラえもん、ジャイアン、出木杉、しずか、スネ夫である。

特にスネ夫は先ほど羽を生やして空を飛ぶ子供たちに攻撃を受けた事もあってか、最後尾からしずかの影に隠れるような格好でおっかなびっくり近づいていた。

しかし、すぐにそのスネ夫も含めて5人とも、おそらく門番であろう、門の傍らに立つ 謎の中国人の様子がおかしいことに気がついた。

 

「……なあ、様子がおかしくないか? あの人目、とじてるぞ」

「まるで門を守ると言うよりも、門に寄りかかって寝てるみたい」

「まさか、そんなのび太じゃあるまいし、こんな昼間からぐうぐう寝てる人なんているはずが……」

「………………………………」

 

のび太が聞いたら怒りそうな事を平気で口にしながら5人は近づくが、残念ながら実際のび太の場合、朝は朝で寝坊はするし昼間は昼間で授業中平然と昼寝し、帰宅してもさらに昼寝を始めると言う、眠りの達人、あるいは名人、とでも言えそうなほどに良く寝ている様子を、クラスメイトや居候の5人はよく知っていた。

そんな会話をしながら5人が近づくにつれて聞こえてくるのは、謎の中国人らしい人が発しているのであろう、静かな寝息だった。どうやらのび太ほどではなさそうであるものの、この中国人らしき人物も、のび太以外いないと思われていた昼寝が大好きな人物らしい。

 

「おい、どうするんだよ。やっぱり寝てるぜ」

「もしもし、すみません。ちょっとおたずねしたいのですが……」

「………………………………」

「もしもーし、おきてくださーい」

「……本当にのび太さんみたいに寝てるわね」

「おーい! おーい! すみませーん!!」

「おいおい、寝てられたんじゃのび太の事を聞けないだろ! ドラえもん、なんか寝てる人を起こすいい道具はないのか!? これか? あれか? どれだ?」

「わっ……! ちょ、ちょっとジャイアン急にポケットに手を入れないでよ! くすぐったいってば。ウ、ウシャシャシャシャ!!」

 

 このままじゃらちが明かないと判断したのか、あるいはじれったくなったのか。いくら揺さぶっても声をかけても、一向に目を覚ます気配のない謎の門番らしき人物を起こす道具はないのかとジャイアンが急にドラえもんのお腹、四次元ポケットへと手を突っ込んだ。当然ドラえもんからすればくすぐったい事この上ない。そしてしばらくの間ポケットの中を探し回っていたジャイアンが取り出したのは……。

 

「おっ、なんだこんないいものがあるじゃないか。懐かしいぜ、これはあれだな、俺さまの美しい歌声でもってこの人を起こしてあげろって言う事に違いない」

「あぁ……っ」

「ひぃ……っ」

「…………っ」

「そんな……」

 

 ジャイアンが取り出したものを目にした4人の顔から血の気が引いて、一瞬で真っ青になってしまった。それもそのはず、何故ならジャイアンがドラえもんのポケットから取り出したのは、何があっても絶対にジャイアンに持たせてはいけない禁断のアイテム『マイク』だったのだから。 

 言うまでもなくジャイアンの歌声は凶器、もとい兵器である。街のガキ大将の歌声一つになにを大げさでバカな事を、などと言うなかれ。ジャイアンの歌声はリサイタルで聞かされる羽目になるのび太たちに公害であると言わしめ、ネズミやゴキブリ、シロアリと言った生き物すら歌声の前には家から逃げ出し、逃げ遅れれば命が奪われ、人間だけではなく悪魔たちすらあまりの歌のひどさに逃げまどい、あげくには何をどう間違えたのか全国放送の番組にジャイアンが出演しその歌声が全国のお茶の間に届けられてしまった時には大勢の人が倒れ全国の救急車がてんてこ舞いし、テレビが破壊されるという大惨事を引き起こしている。

 それだけではない、今ジャイアンが手にしているマイクそのものも、ただのマイクではなかったのだ。

 

「ま、まずい! あれは『まじんのマイク』だ! ギガゾンビが前に脱獄して僕らと戦った時に拾ったんだけど、ギガゾンビが投降した後でジャイアンから預かってポケットにしまっておいたままだったんだ!」

「なんでそんなもの、いつまでもしまっておいたんだよぉ!!」

「そんな事はあとにして!! みんな早く耳を抑えるんだ!!! あの酷い歌声を聞いたら命にかかわるよ!!」

 

 まじんのマイク、それは『のび太の日本誕生』で七万年前の世界でクラヤミ族やツチダマと言った手下を従えてドラえもんたちと戦った時間犯罪者ギガゾンビがタイムパトロールに逮捕された後であろうことか脱獄し、再び己の野望を達成しようと動き出した事があった。その時にドラえもんたちが再びギガゾンビの野望を食い止めるべく戦った『ギガゾンビの逆襲』において恐竜人が暮らす地底大陸で偶然見つけた道具である。

 つまりはドラえもんが最初から持っていた道具ではないのだが、とにかくこのまじんのマイク、ジャイアンが使うとその音痴な歌声を増幅する力があるのか、敵対した目の前の相手さえもダウンしてしまうほどの歌声で敵をやっつけるというおそるべき効果を持っていた。もっとも、ギガゾンビたち一味との戦いにおいては非常に強力な戦力となったのも事実ではあったけれども……。

 当然戦いの最中はジャイアンが持っていたのだが、ギガゾンビとの闘いの果てに、決着がついた後はさすがにいくらなんでもこの危険なマイクでリサイタルをしたらジャイアンの歌声が増幅されて空き地や周りの家が壊れるという理由をつけてドラえもんがジャイアンから預かり、ポケットにしまっておいたのだ。だが、そのジャイアン専用ともいえる最終兵器が今再び、彼の手に渡ってしまった。 

 その結果がどうなってしまうのか? そんな事は誰に言われるまでもなくよーく知っているからこそ、4人はこの後に間違いなくやって来る災害を予測し、大慌てでジャイアンのそばから離れ耳を抑えて、なるべく被害をわずかでも軽微なものにするための防御の体勢に入ったのだった。

 そして当然と言うべきか、ジャイアンはと言えばこれから始まる素晴らしいリサイタルを前にしてテンションが上がっているのかギャラリーの様子には全く気がついた様子はなかった。

 

 

 

 

 

 

……そして今、再び地獄の扉が、開かれた。

 

 

 

 

 

 

ボエ~!!!!! オエエ~!!!!! ホゲエエエェェェェ~!!!!!!

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

「くぅぅぅぅぅっ!!」

「あ、頭が……っ!!」

「が、がんばれみんな! なんとか耐えるんだ!!」

 

 こうして、この赤い屋敷の門前で、地獄の死神も閻魔さえも裸足で逃げだすような地獄よりも地獄な世界が生まれてしまったのであった……。

 




 はい、特殊な作品と道具という事で登場しましたアイテムです。


『まじんのマイク』
FC用ソフト、「ドラえもん ギガゾンビの逆襲」にて登場したゲームオリジナルのアイテムで、厳密にいえばドラえもんのひみつ道具ではない。
ゲーム中では魔界大冒険の魔界編、海底鬼岩城の海底編、竜の騎士の地底編、日本誕生の古代編と4つのエリアを攻略していくが、このアイテムは地底編にて登場する。名前の通り、ジャイアンのみが使える(他キャラでも使えるが、効果がない)道具としてで使用すると、コスト無しで強力な全体攻撃が発生するため、拾っておくと攻略が非常に楽になる、強力なアイテム。

ゲームではジャイアンの加入が地底編のみで、攻略後はジャイアン離脱と共に効果がなくなってしまうのだが本作ではオリジナル設定として、ジャイアンからギガゾンビとの再度の戦いの後で預かるという形でドラえもんが四次元ポケットに入れてずっと持っていたという設定に。



……今回は再びそれを使いジャイアンの素晴らしい美声を披露。門の前でグウグウと居眠りをしている謎の中国人らしき女の人を起こしてあげようという話になりましたが、果たして……ちゃんと謎の中国人らしき門番さんは起きてくれるのでしょうか?


さてさて、次の行進なのですが申し訳ありません。ちょっと5月の博麗神社例大祭の原稿があるためちょっと更新が遅れるかもしれません。恐れ入りますが、お待ちください。
と言う訳で次回、乞う! ご期待っっっ!!!



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野比のび太はどこにいる?(その3)

すみません、大変お待たせしました!
迷った……ここで、レミリアたちに引き合わせるか、それとも某ひねくれものに引き合わせるか、それでだいぶ未来が変わりますので。
どちらになったかはお読みいただければわかります。

さてさて、数か月間空白期間開けてしまい申し訳ありません。幻想郷冒険記の最新話です。おそらくこの次でドラたちの幻想入り編は終わらせられると思います。
のび太と再会、できるといいな……(汗


それでは、どうぞよろしくお願い致します。


……地獄のような時間がようやく終わりを迎えた後、ジャイアンの周囲はさんたんたる有様だった。

 

「どうだ俺さまの歌声は、いい声だろう! あーやっぱり歌はいいよな、こうしてみんなを感動させる事ができるんだから」

「「「「……………………」」」」

 

 果たして1曲だけだったのか、それとも普段空き地で行われるリサイタルのように数時間、熱唱したのだろうか……。そんな事さえもはや考えられないほどに体と心にダメージを与えてくる、まじんのマイクを手に大音声で歌うジャイアンの、幻想郷の天地が上を下へと二回三回ひっくり返ったかと思うような地獄の時間もジャイアンが満足するまで歌い切った事で、ようやく終わりを迎えた。

 空気砲やショックガンと言った護衛用のひみつ道具をためらう事なく地面に放り出し、皆力いっぱい耳をおさえていたけれども、残念なことにその程度で耐えられるほどジャイアンの歌声は甘くはない。ジャイアンが『力いっぱい心を込めて』歌い切った事で満足そうにしている中、他の4人はジャイアンの歌声(+まじんのマイクによる増幅効果付き)がどんなものか分かっていたとは言え、あまりのひどさに意識を失う寸前だった。

 

「ありゃ、みんなどうしたんだ? ……あっ、そうか! みんな俺さまの素晴らしい歌声に声にもならないほど感動しちゃったのか。悪い悪い、ちょっと最近歌ってなかったからつい張り切って歌ったからな。悪かったよ」

「みんな、大丈夫……?」

「なんとか生きてるよ」

「私も大丈夫よ」

「僕もなんとか、まさか幻想郷にきてまでたけしくんの歌を聴く事になるとは夢にも思わなかったけどね……」

 

 もちろんジャイアンはドラえもんたちが意識を失いそうになり、それでもどうにか痙攣しながら息も絶え絶えになりつつもかろうじて意識を保っている様子に悪い悪いと申し訳なさそうにしているが、その理由が自分の歌声にあるとは、残念ながら露ほどにも思ってはいない。

 いや、むしろ自分が美しい歌声の持ち主で、その歌声のすばらしさに感動のあまり皆こうなっているのだと本気で勘違いしている辺り余計に始末が悪いのだけれども、残念ながらその点について指摘できる人物はジャイアンがリサイタルを開催しようとすると『近所迷惑な歌はおやめといつも言っているだろ!』と叱ってくれるジャイアンの母親くらいしかいなかった。

つまりは、今ここでジャイアンの歌に文句を言える人物はいないのだ。

そしてそんな近所迷惑な歌を耳もとで聴かされた気の毒な門番はと言うと……。

 

「……………………」

「あらら、この中国の人も、完全にのびちゃってる……」

「そりゃあ仕方ないよ。だってあのジャイアンのへたくそなひどい歌を耳元で聴かされたんだもの」

「たしかに。魔物だって逃げ出すようなジャイアンのへたくそな歌だものね」

「お前らぁ!! 俺さまの歌をなんだと思ってやがるんだ!!」

「まあまあ、それよりもこの人をどうにかしなくっちゃ。このままじゃ中にも入れないよ」

 

 そう、みんなが言うように中国の人らしい門番は完全に白目をむいて気絶してしまっていた。無理もない、何しろジャイアンの歌はちょっとその力を強めてしまえばコンクリートの壁にひびを入れ、生き物(かつて魔界大冒険で冒険した、魔界星の魔物も含む)がこの世のモノとも思えない悲鳴を上げながら逃げ出すような代物である。

 しかも常日頃から(耳に入れたくもないのに)聴かされる事によって、いやいやながら訓練を受けているドラえもんやスネ夫、しずかとは違い件の門番はジャイアンの歌なんてひどいものは聴いた事がなかったはずで、そんな人物が耳元であの酷い歌を聴かされたのである。むしろよくぞ命まで落とさずに済んだと褒めたたえるべきであろう。

 しかし、ジャイアンの歌を至近距離で浴びてよくぞ無事でと褒めたたえたいところだけれどもドラえもんの言う通りそれはつまり、この門番が目を覚まさない限りこの真っ赤な屋敷の中には入れないという事でもあった。

いくらドラえもんたちでも、今までの大冒険で仲間がさらわれて助けに来た、とかどうしても中にいる人物たちに見つからないようにこっそりと潜入する必要がある、と言った理由でもないのに無断で人の屋敷に入る事が非常識な行動である事くらいは承知している。

 

「ようし! ここは俺さまの素敵な歌声で目を覚まさせてあげよう。きっと嬉しくて目を覚ますに違いないんだぜ!」

「「「「え”っ」」」」 

 

そんな状況を打破するべく、ジャイアンが名乗りをあげたが言うまでもなくそれに対するみんなの反応は酷いものだった。

皆一様に顔色を真っ青に、あるいは逆に血の気が引いて顔面蒼白になり、畏れおののいている。

よりにもよって、かつて『キャンデーなめて、歌手になろう』において声紋をコピーするキャンデーを使おうとして、日本中を阿鼻叫喚のどん底に陥れた事さえある、あのひどい歌を意識不明患者の耳元で聴かせようものなら、次こそは間違いなく命を落とすだろう事は想像に難くない。

ちなみにこのジャイアンの言葉にいったいどういう思考をしていたら、そんな残酷な事をしようと思い付けるのか。等という事を考えてしまった諸兄諸氏には申し訳ないがそれは野暮というものである。なぜなら、これがジャイアンなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、そうと決まれば全力で歌いきるぜ! ジャイアンリサイタル、魂のアンコールと行こう!!!」

「ね、ねえどうするのさドラえもん」

「ど、どうするって言っても……」

「くっ……仕方がない、ここはみんなで耐えるしかないよ」

「そんな……」

「ねえ、君たち……」

「「「「「!?!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうすれば地獄を回避できるのか、逃げる事もかと言って止められる人間はこの場にはおらずドラえもんたちにまさしく絶体絶命のピンチが訪れた時、救世主は現れた。いや当人からすれば救世主などと言う意識はなかったのかもしれない、しかしドラえもんたちからすればそれは恐怖のジャイアンリサイタルを回避できるのなら、救世主以外の何者でもない。

 かと言って手放しに喜べる訳でもなかった。何しろここは幻想郷、そしてまだこの地でドラえもんたちは誰とも意思疎通をしっかりと図ってはいなかったのだから。

 そんな事もあって、いきなり背後からかけられた声に、驚きの表情と共に全員が声のした方へと向けば、そこにいたのは角の生えた、そして全身に矢印の意匠が施されたなかなか個性的な格好をした人物が一人、笑顔でドラえもんたちの事を見ていたのだった。

 

「なあ、お前たち地球人だろう? こんな所で一体何をしているんだ?」

「……おい、誰だお前」

「悪い悪い、私の名前は……いや、そんな事よりも、お前たちはどうしてこんな場所に? ここは簡単には入って来れない場所だぞ」

「……ねえドラえもん、あの人、なんだか怪しいんじゃない?」

「確かに……でも、さっきの空を飛んでた子たちだって背中に羽が生えてたりしたんだし、僕らが普通なら来られない場所に来てる、って言っているようにきっと向こうも警戒してるんだよ」

「そうなのかしら、ならいいんだけど……」

 

 ドラえもんたちを守るように、腕っぷしの強さの自信からかジャイアンがみんなを守るように前に出ながら、怪しい矢印の服に名前を言えと言うも矢印の服の人物は一瞬答えようとするものの、しばらく考える風に黙った後、はぐらかすように今度は逆にジャイアンたちに、どうしてこんな場所にいるのか、と質問をしてくる。

 ジャイアンの歌の恐怖から助けてくれた救世主にもかかわらず質問に質問で返してくるという言動、しかも別に侮辱したでも喧嘩を吹っ掛けたでもなく、ただ初対面の相手に名前を尋ねただけのはずなのに、名前も教えてくれないというのは小声でドラえもんへとささやいたスネ夫の言葉通り非常に怪しかった。

 少なくとも、今までドラえもんたちがいろいろな世界へと冒険の旅行に出かけた時に出会った人々も、確かに中には裏でたくらみを持っていた人や種族もいたりした。しかし、そんな彼ら彼女らも初対面の時には大抵の場合は名前を名乗ってくれていた。だからこそ今回も名乗ってくれると思っていたのだ。しかしどういう訳かこの人物は自分の名前を知られたくないらしい。

 もともと短気なところに、この曖昧な態度である。とうとうしびれを切らしたジャイアンがゲンコツを振り上げながら、はた目から見たら脅迫だと言われても仕方のない事を言いだした。 

 

「おい、お前! さっさと白状しろ! それになんか怪しい事をしたら、みんなの空気砲やショックガンが火を噴くからな! おいみんな! はやく空気砲を拾って怪しい動きをしたら撃ってくれ!」

「ジャイアン、そんな無茶苦茶な!」

「うるせえ! こっちには秘密道具もあるんだ。なんか怪しかったら四の五の言わずにやっつけりゃいいだろ!」

「まあまあ、確かにやり方はとても乱暴だけどさっきの事もあるから、対策だけはしっかりしておく必要があると思うよ。でも、怪しいからすぐにやっつけるというのはどうかと……」

「そうよタケシさん、乱暴はよくないわ」

「うるせえ! で、お前は一体何なんだよ! いきなり話しかけてきて……」

「いや、お前たちの仲間が一人足りないじゃないか。まあるいメガネに見るからに間抜けそうな顔をしている……その一人がどこにいるのか、案内しようと思って……」

「のび太くん!!」

「「のび太!!!」」

「のび太さん!!」

「野比くん!!」

「おい、のび太の居場所を知っているのか!? 教えろ! のび太はどこにいるんだ! のび太は無事なのか!?」

「く、苦しい……は、放せっ!」

 

 まあるい眼鏡をかけて見るからに間抜けそうな顔……本人が耳にしたら怒りそうな説明だがドラえもんたちにはそれで十分だった。名前を出されなくても、そんな特徴を持った人物はたった一人しか心当たりがないからだ。

 矢印の服を着た人物がその特徴を挙げたとたんにドラえもんたちはいっせいに取り囲む、その挙動の速さと来たらまるでクイックでも飲んだかのよう。特にジャイアンはよっぽどのび太の事が心配なのか、もともと件の人物のそばにいた事もあり、ためらう事なくその胸ぐらをむんずと掴むとはげしく揺さぶりながらさっさと教えろ! とすごんでいる。

 もちろん、掴まれた側である怪しい矢印の服の人物からすればいきなり首を絞めて居所を吐け、とすごまれたのだからたまったものではない。青い顔をして目を回しながらも、どうにかこうにかジャイアンの手を振りほどくことに成功したものの、足元はまだふらついている。

 まさかのび太の情報を口にした途端ここまでの反応を示すとは思っていなかったらしい。まあ、いきなりそれまで大人しくしていた子供たちが、いきなり特定の単語を口にしたら暴れだしたのである。なかなか想像しにくいのは間違いない。

 

「なんて乱暴な……。その人間は、この幻想郷の博麗神社と言う場所にいる。なんなら、案内してやろうか」

「はくれいじんじゃ、そこにのび太はいるんだな!?」 

「まさか、のび太くんの事を知っている人がいるなんて……」

「よかった、のび太のやつ無事だったんだ!」

「でも、神社に保護されていたなんて……てっきり村や集落にいるとばかり思っていたから、このまま村を探していたら見つからないかもしれなかったよ」

「よかったわ、早く行きましょう」

 

 またドラえもんたちにとっても、この予期せぬ来訪者からの情報はまさしく『渡りに船』だった。出木杉の言う通り、人のいる集落にのび太は保護されているだろう、出木杉含めてドラえもんもジャイアンも、スネ夫もしずかも皆そう先入観的に思い込んでいたのだ。

 今までの冒険の中でも、大抵の場合ははぐれてしまっても誰か現地の住民が保護してくれている、という事が多かったため今回もきっとのび太は迷子になったところを現地に暮らしている人々に助けてもらっている……そう考えていたら、保護された先は神社と言われたのだ。間違いなくドラえもんたちには、神社を探すという選択肢は入っていなかった。ここでもし村を探しに移動してしまえば、きっとそこでのび太の居場所を調べる事になっただろう。

 そして……。

 

「これでよし、とひとまずお医者さんカバンで気付け薬をかがせたから、もう少しで目を覚ますと思うし……復元光線で門とかひびが入っている場所も直したから大丈夫かな。それじゃあみんな、準備はいいね? すみません、案内お願いします」

「おーし、はやく行こうぜドラえもん」

「のび太さんが心配だわ」

「神社で境内の掃除でもしてるかもよ」

「博麗神社か、それにしても幻想郷で一体どんな神様を祀っているんだろう。外の世界と同じ神様なのか、それとも全く外の世界で知られていない神様なのか、興味深いなあ……」

 

 それから、ジャイアンの歌で意識を失ってしまっている門番に、ドラえもんが取り出したお医者さんカバンで治療を施し、復元光線で真っ赤な屋敷の門などを復元光線で修理した後で、謎の人物の案内に従って博麗神社へと向かう事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは本当に全くそれも意図したわけではない偶然だった。元々、それは肉片からでも再生できるという生まれついての力を持っていた。とはいえ、当然肉片から元の完全な身体に復活を遂げるにはそれ相応の時間がかかるし、その間は全くの無防備なのだから再生する途中で何か事故があればそれこそ復活どころかそのまま命が尽き果てる可能性もあった。

 しかし、まさか時間をかけて再生しようというその途中で、自らの欠片ともいうべき肉片を欠片残さず食らい尽くした者がいた、と言うのはそれにとって全くの予想外であったしなおかつ、嬉しい誤算でもあった。

 当然一から再生を行い、完全な復活を遂げれば完全に力も姿も、十全に使いこなせるようになるのは間違いない。だが、そんな完全な復活よりは力もはるかに弱まってはしまうものの、自分の肉片を食らった相手を侵食し、その精神と肉体を乗っ取る方が完全な復活ではないにせよ、はるかに行動しやすくなるし、何よりも活動を始められる時間が短くなるのだから。

 そう判断したソレは、迷うことなくただちに侵食を開始した。

 当然、最初はこちらが意識を奪おうとする事に気がついたのか、宿主とでも言うのか。自身を食らった者は乗っ取られまいと精神も肉体も激しく抵抗した。しかし何しろ外からの侵食や洗脳ではなく体内からの侵食を防ぐ手立てなど、そうそうありはしない。自分自身の肉体と同化しようとしているのだから、切り離す事は非常に難しいのだ。

 こうして宿主との間に激しい主導権の奪い合いがあったものの、最終的にはソレ、が主導権を握る事に成功し、精神も肉体も支配下に置いたソレはゆっくりと、新しく自身の肉体となった宿主の身体を使い、活動を開始したのだった。

 宿主の身体を乗っ取った時に、当然その記憶も宿主同様に己のものとした事で自身が今いる世界が地球の、幻想郷であるという事は把握している。宿主がこの世界に対し反旗を翻し、返り討ちにあった事も……。

 ならば大々的に動くのはまずい。

 そう考え、潜伏していた時に見つけたのが……憎い地球人だったのは偶然なのか、あるいは必然なのか。さらに自身の記憶から彼らの人数が足りない事、そして残る一人がここ幻想郷へとたどり着いている事を宿主の記憶から抜き出し理解したソレはゆっくりと、彼らの背後から近寄ると、声をかけたのだった。おそらく、何らかの事情で幻想郷へとやって来た残る一人を探しに来たと推理して。

 幸いにも、彼らが知るであろう元の姿とは大きくかけ離れているためこちらから正体を明かさない限りは彼らが自身の正体に気が付く事はないだろう。

 

「……なあ、お前たち地球人だろう?」

 




さてさて、矢印の服装の怪しい人物。しかもその中身は全くの別物になっているという驚愕の事実発覚。
さて、その侵食してしまった中身は果たして一体誰なのでしょうか? もし犯人はお前だー!!! と言う心当たりがある方は、心のうちにとどめておいてもらえると助かります。

さてさて、いよいよのび太の居場所が判明したドラえもんたち。果たしてのび太は博麗神社にちゃんといるのでしょうか?

次回、乞う! ご期待っ!!!


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野比のび太はどこにいる?(その4)

こんばんは、大変お待たせしました。のび太捜索編の続きです。
今回はちょっと短めですがご了承ください。

でははじまりはじまり~。


「なあ、そのはくれん神社ってところには、まだ着かないのかよ?」

「ジャイアン、博麗神社だって」

「そう! その博麗神社はどこなんだよ」

「安心しろ、もうすぐ着くから……ほら、見えて来たぞ。あれが博麗神社だ」

 

 赤い屋敷からタケコプターで飛ぶ事数十分。途中でジャイアンがまだかと騒いだりしたものの、謎の矢印の服を着た人物の案内のもとやって来たのは最初に到着した森から、赤い屋敷までの道のりとはまた違う方向に進んだ先にある森の木々の中だった。

 確かに案内してくれた人物の指さす方には森の中にぽっかりと開けた場所があり、よくよく見ればその木々のない場所の一角に神社の屋根が見えている。ぱっと見ただけでは外の世界の神社とそうそう変わり映えのしない、しかし何故か昨日今日たてられたかのように新品同様きれいな神社。そう思わせる神社こそがのび太がいると言われてやって来た博麗神社なのだろう。

 

 

 

「おーい、のび太! 無事か!?」

 

 

 

みんな慣れたように神社の境内へと着地すると真っ先にジャイアンが大声でのび太の名を叫ぶ。その声はまるで『夢幻三剣士』で竜の谷においてはぐれてしまったノビタニヤンをジャイトス(ジャイアン)が呼んだ時のよう。もっともその時とは違い、声を聴かれては困る訳ではないのでドラえもんもスネ夫も、それを止めはしなかったのだけれども。

 兎にも角にも、ようやくのび太がいるという情報を手に入れてやって来た博麗神社。しかし不思議な事に来てみたのはいいけれども、どうやら人の気配がまったくせず、誰もいないとしか思えない、まるでかつて高井山の奥に位置していた山奥村の家のような静けさだけがそこに広がっていた。

 

「…………どうしたんだろう、誰もいないみたいだよ」

「おい、そんなバカな話があるかよ。だって、おれたちここにのび太がいるって言われてきたんだぞ」

「うーん、でも山奥村の家みたいに、長い間使われていなかったって言うよりも、ちょっと買い物に出かけて留守にします、って言う感じだなぁ」

「うん、ドラえもんの言う通りだと思う。もし本当に長い間無人だったとしたらもっと母屋とかボロボロになってるはずだけど、鳥居も神社もすごいピカピカできれいだし、人が住んでいないとは思えないよ。きっと多分野比くんと一緒に神社の人も出かけているんだよ」

「出かけるって……神社の人が神社ほったらかしてどこに出かけるんだよ? だってよう、店番ほったらかして遊びに出かけるようなもんだろ? 母ちゃんに怒られるぜ」

「それはジャイアンだけでしょ」

「スネ夫!!」

「まあまあ、たけしくんも落ち着いて。きっと食料とかの買い物に出かけたんだと思うよ。だってほら、幻想郷に来てからコンビニやスーパーはなかったけれどもさすがに人が暮らしている以上、みんながみんな狩りをしたり物々交換をしてものを手に入れて暮らしている、という事はいくら何でも考えにくいから、どこかで買い出しをする必要があるに違いないよ」

「なるほど、そうか」

「でもこうなったらさ、どうするの? のび太やこの神社の人たちが戻ってくるまで待つの? 何時になるかも分からないのに」

「うーん、一応キャンピングカプセルはあるから夜になっても平気ではあるけれど……神社の境内で使うのはちょっとどうかな……」

「とりあえずさ、ここでキャンピングカプセルを使うかは後にして、のび太探しが振出しに戻っちゃったんだから、待つか探しに行くか、それを決めようよ」

……………………ふふ、今のうちに

 

 呼べど叫べど誰も返事をしない、無人の神社を前にしてドラえもんたちは誰もいない理由をいろいろと考えてみるが、ジャイアンの言う通り、確かに神社に誰もいないというのは言うなれば店番をほったらかして遊びに行くようなものである。

この例えを持ち出したジャイアンさえ例えを出した時には震えていたように、もしそんな事をした日にはどんなお説教が待っているか分かったものではない。それほど恐ろしい事を神社の人が平気でやるのか?  

 そう言いだすジャイアンに待ったをかけたのは出木杉だった。

 やはりここは秀才の出木杉で、ただ想像しただけの理由ではなく、日本の歴史が戦国時代の前から既に貨幣経済の世の中になり、つまりは外の世界において数百年経過しているのに、幻想郷で貨幣経済が成立していないのは不自然だ、と言う説明と共に買い物などに出かけた……しかもここに来るまでに集落が見当たらなかった事からもかなり遠出している可能性がある、と言う説明は確かに誰もが頷いてしまう説得力があった。

 ただ、その場合もし出木杉の推測通り神社の人が買い物に行っていたのだとしても、そもそもどれくらい時間がかかるのか、戻ってくるのがいつになるのかも分からないのだ。この場でのび太たちが戻って来るのを待っていたはいいものの、夕方や夜になりましたでは話にならない。

 もちろんドラえもんたちも無策ではない。今までの冒険の中で、キャンピングカプセルと言う簡易宿泊用の道具を使って連泊しながら、恐竜時代、異世界、古代、数多の時代を駆け抜けた事もある。

しかしさすがにいくらドラえもんが未来の猫型ロボットで、神への信仰が現代や幻想郷より薄れているであろう科学世界の存在とは言え、神域である神社の境内にキャンピングカプセルを刺すのは、やはり心理的に抵抗があるのだろう。

 結局のところはスネ夫の言う通り、現状のび太捜索がまた振出しに戻ってしまった、と言うより他にはなかった。

 そして、そんな議論を繰り返すドラえもんたちを見て、チャンスととらえたのか矢印の服を着た、怪しい案内人は静かにその場を離れて、やがては博麗神社の境内の縁の、茂みの中へとそっと姿を消してしまうのだけれども、その事に気がついた者はその時には誰もいなかったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ! のび太くんも神社の人と一緒に出掛けたかもしれないのなら、これを使ってみよう。『たずね人ステッキ』!!! これはね、杖が倒れた方に探している人がいる、って言う道具なんだ。未来では迷子になった子供とかを探す時に使うんだよ」

「なるほど。これさえあれば……っておいドラえもん。そんなに便利な道具があるんだったら、最初からこの道具使ってたら、こんな苦労しなくてすんだんじゃないのか?」

「……………………」

 

 しばらくどうしようかとみんなで額を集めて相談していたその最中に、思い出したようにドラえもんがポケットに手を入れて一つの道具を取り出したのは、何のへんてつもない一本のステッキ……に見えるのだけれども、もちろんドラえもんがポケットから取り出したのだからただのステッキではない。

 その名前、たずね人ステッキの名前の通り、このステッキを地面に立て、手を離すと倒れるのだがその倒れた方向に目的の人物あるいは探し物がある、と言う仕組みになっている。鉄人兵団の地球襲来時には、鏡面世界の秘密を知ったリルルが兵団と接触するのを防ぐために使ったのだが、その時にもしっかりとその機能を使いリルルに追い付いているのだからこれを使えばのび太がどこにいても、追い付けるだろう。

ただし、幻想郷に来てすぐにこれを使っておけばよかった、というジャイアンの言葉に冷や汗を流しながら沈黙を貫いたあたりやはりと言うか、出した時にドラえもんもジャイアンの指摘と同じことを考えたらしかった。

 

「ま、まあまあ。過ぎたことは置いておいて……さて、のび太くんがいるのはどっちかな……こっちだ!」

ごまかすように笑いながらステッキを地面に立てて、その丸いゴムまりみたいなペタリハンドを離すと、しばらくの間グラグラと揺れていたステッキはやがてパタリ、と音を立てて博麗神社の境内でとある方向を向いて倒れてしまった。

 

「あっち、って……なんだか高い山があるだけだぜ」

「山って……あのドジでノロマののび太が山登りでもしに行ったの?」

「ちょっと二人とも、そこまで言ったらのび太さんがかわいそうよ」

「山頂まで登りに行ったとは限らないよ。野比くんがあの山に向かったのなら、ふもとまで山菜とかを取りに行った可能性も十分に考えられる。神社からあの山までの距離を考えたらあまり暗くなるまではいられないだろうし案外神社に帰る途中の野比くんに会えるかもしれないよ」

「さすが出木杉くん、冴えてる! ジャイアンとはえらい違いだ」

「なんだとスネ夫っ!!」

「ひぃーっ! お助けーっ!!」

「まあまあジャイアン、落ち着いて。今はのび太くんを探すのが先だよ」

「うーっ、スネ夫帰ったらひどいからな!」

 

 そのステッキが倒れた方向と言うのは……幻想郷でも最も高い山。そう、ドラえもんたちは与り知らないけれども、烏天狗や白狼天狗、それに河童たちが暮らし、守矢神社が社を構える妖怪の山であった。

 おまけに山と言っても、ただの山ではない。なにしろ遠目に見ても、のび太たちも遊びに行った事がある高井山どころか富士山よりも高そうな山であり、そんな高い山にのび太が登りに行くのかと言う、スネ夫からのもっともな意見も出たものの、そこは出木杉によって登山が目的ではなく山菜などを取りに出かけているのではと言う反論によって、スネ夫はおろかその場の全員が納得している。

 こうして、全員が納得した事で(スネ夫の頭にジャイアンがいくつものゲンコツを落としてたんこぶを造ったりしたものの)再びドラえもんたちはタケコプターを装着し、妖怪の山を目指して飛び立つのだった。

 

「よし、みんな準備はいい?」

「いつでもいいぜ!」

「ぼくもいいよ!」

「ええ、OKよ」

「こっちも大丈夫だよ」

「それじゃあ行ってみよう、目指すはあの高い山へ!」

 

 5人の頭のタケコプターがプルプルと回転音を発し、みんなの身体がふわりと浮遊する。みるみるうちに博麗神社の屋根が小さくなり、そのまま空を飛んでいくドラえもんたち。しかし、ドラえもんはたずね人ステッキを使う時に、肝心な事を忘れていた。それは『たずね人ステッキの的中率は完全ではなく70%しかない』という事である。

 ドラえもんが向かう妖怪の山に、本当にのび太がいるのか。たずね人ステッキはきちんと正解を引き当てたのか、それとも実はのび太は別の場所にいるのか。正解を知る者はいなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは妖怪の山の一角。烏天狗や白狼天狗と言った天狗たちが飛び回る、天狗たちの暮らす集落の中でもひときわ大きな建物。その入口には物々しい剣と盾で武装した白狼天狗が門番として見張りに立ち、ネズミ一匹侵入者は見逃さないとでも言いたげに神経を張り詰めているのが感じられる事からも、他の建物には見張りの白狼天狗がいない事からもその建物がこの天狗の集落において、特に重要な意味を持つ建物であるという事が伺える。

 そんな建物へと、とある背中に羽を生やした一人の人物がゆっくりと近づいていく。その姿は集落に暮らす烏天狗や白狼天狗とは全く違う姿格好をしていると言う、何も知らない者が見れば、どう見ても浮いている格好なのだけれども見張りの白狼天狗はそんな訪問者を不審者として厳戒態勢をとる事なく、ごく親しい人物が訪ねて来たかのように中へと通すのだった。

 

「どうぞお通り下さい隊長殿。中で天魔様がお待ちしております」

「ありがとうございます」

 

 隊長、と呼ばれたその人物は門番を務める白狼天狗に一礼をするとそのまま建物の中へと消えていく。後に残るのは、また何もなかったかのように見張りの任務へと戻る白狼天狗だけだった……。




 さてさて、妖怪の山へと向かってしまったドラえもんたち。果たしてたずね人ステッキの指示した方向は合っていたのでしょうか?
 また、最後に出て来た謎の人物、隊長さんの正体は!? そもそもドラえもんたちはのび太を探すのに夢中で気がついていませんが、矢印の服の謎の人物は一体どこへ行ってしまったのか? いくつも謎を残していますが、ひとまずドラえもんたちの捜索編はここでおしまいです。ドラえもんたちが幻想郷に来た頃、果たしてのび太は何をしていたのか、次回からは久しぶりにのび太たちの物語となります。



次回、乞う! ご期待っ!!!


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Chapter3.のび太とみょんな剣士
やって来たオサムライ


大変お待たせしました!
のび太の幻想郷冒険記、ようやく新章突入です。
いや、例大祭の原稿を上げた後で続きを考えていたんですが……いや、結果としては大幅に更新が遅れてしまい申し訳ございません。
のび太の行き先がどうなったのかは、そしてドラえもんたちと合流できるのかは、お楽しみに。


 さて、一方その頃ののび太はどうしていたのだろうか? それを知るためにはドラえもんたちが幻想郷へと踏み入れるよりも、もう少し前まで時間をさかのぼる事になる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外の世界ではジャイアンやスネ夫たちが夏休みを満喫していたように、幻想郷もまだ夏真っ盛り。神社の境内を包むように広がる木々の向こう側には入道雲がむくむくと立ち上り、神社の周りの森からはミンミン、ジイジイとセミの鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。

 こののび太でさえ昼寝ができないと言いたくなりそうなやかましさを誇るセミの大合唱の中、博麗神社の一角では霊夢が何をするでもなく退屈そうに欠伸をしながら湯のみを手に、実に退屈そうにしていた。

 いや、退屈そうなのではなく退屈、なのだ。

 何しろのび太が来てからこちら、平時の博麗神社で行われるべき事は全部のび太が持ってきたひみつ道具であっという間に解決してしまうようになってしまった。朝昼夜の食事の支度はグルメテーブルかけ、井戸から水を汲んでお風呂や炊事洗濯と言った用途のために貯めておく作業はどこでも蛇口、境内の掃き掃除についてはねじ式台風を使えば文字通りのあっという間である。さらに人里への買い物についてもどこでもドアを使えばほとんど移動時間はかからないのだ。

 そのため本当にそれまで必要な作業や仕事にあてられていた時間がそっくり余ってしまった結果、退屈をどう紛らわせようか考えながら空を眺める霊夢と言う構図ができあがったのだった。

 

「あぁ……退屈……ねえのび太、なんか未来の道具で面白いものってないのかしら?」

「面白いもの、ですか? うーん、冒険ゲームブックとか……あ、でもあれは一つ間違えるとぺちゃんこにつぶされるか。それがダメなら……ドリームプレイヤーはカセットを選び間違えると面倒だし……うーん、あれでもないこれでもない……」

「あのねえのび太、なんでそんなぺしゃんこになるだの選び間違えると面倒になるって、退屈しのぎの為だけにどんな道具を出そうとしてるのよ……」

 

 あまりの退屈さに、神社の縁側で昼寝をしようとくたびれた座布団……霊夢が宴会時に使う座布団を一枚、のび太用に貸しているのだが、それを枕に寝転がっているのび太に霊夢が未来の道具で何かできないかと聞いてくるほど。

 とは言っても、秘密道具として四次元ポケットに入っている中で、のび太たちが遊べるような道具などなかなかないし、あったとしても霊夢たちの場合遊びにならない事もあったりするためなかなか勧めにくいのだ。

と言うのも、これが外の世界なら以前のび太が考え出した『バタバタヒラヒラ』のように、風神うちわを両手に持って空を飛ぶ、という遊びにみんな夢中になったがそもそも霊夢はそんな道具がなくても飛べるのだ。このように外の世界と幻想郷とではできることが違うと言うのものび太が迷う理由の一つだった。

 そんな訳で、霊夢から何か面白い道具は無いのかと言われて、はて何を勧めればいいかと迷っているのび太。だが、そんな迷っているのび太に、霊夢は不安を覚えたらしい。

 それもそうだろう、退屈しのぎになりそうな道具は無いかと相談しているのに、出てくるのは一つ間違えればぺちゃんこになるか面倒な事になると言うのだ。安心してその道具を使えと言う方が無理だろう。

 が、ちょうどそんな時、のび太は何かをひらめいたらしくその表情がぱあ、と明るくなる。普段はテストも0点を量産し、運動神経もからっきしと言うダメと言う、おおよそ多目くんくらいしか運動神経や勉強でも勝てる見込みのないのび太だが、こういう時の頭の回転、ひらめきについては誰よりも優れた力を発揮するのである。

 

「そんなこと言っても……あ! そうだ!」

「え、なになに? 何か面白くて退屈しのぎになりそうな道具、見つかったの?」

 

 こののび太の変化に霊夢も思わず食いついてくる。未来の道具で退屈しのぎをする、となればどんな道具が出てくるのか気になるのだろう事は想像に難くない。そんな興奮気味の霊夢に、のび太は胸を張って答えた。

 

「ええ、前に僕もやったんですけれども僕らが小さくなればいいんですよ。そうすれば、この神社だって大きなアスレチックみたいになりますよ」

「? 私たちが小さく? 打ち出の小槌でも使うのかしら?」

「打ち出の小槌? ちがいますよ、スモールライトを使うんです」

「すもーる、らい……? なんだかまた変な名前の道具ね……? ああもう! スモールだのなんだの分かる訳ないでしょ! これは説明を聞くよりも、手っ取り早く出して見せてもらった方が早いわね。どんな道具なのか出して見せてちょうだい。……うん、小さくなるなんてあまり考えた事がなかったけれども、小さくなって神社の中を動き回るなんて楽しそう。ちょっと神社の端から端まで移動するだけでもそれだと大冒険になるわよきっと」

 

 のび太が口にしたスモールライト、の名前に幻想郷では耳慣れない言葉だったためか霊夢が難しい顔をしている。おそらく霊夢の中ではこれまで出したグルメテーブルかけ、どこでもドア、どこでも蛇口など以上に一体どういった道具なのか、あれこれと考えているのだろう。霊夢が言った通り、幻想郷にも大きさを変える働きを持つ道具として打ち出の小槌があるのだけれども、それとは何が違うのかが気になっているらしい。

ちなみにこのスモールライト、形状として見た場合実は以前霊夢はデラックスライトを三途の川で使ったことがあるため形だけならどのような道具なのか、おおよその形だけなら見た事がないわけではないのだけれども今一つ、霊夢の頭の中ではデラックスライトとスモールライトの形が似ているものなのだとは繋がっていないらしかった。

 あるいは、忘れてしまっているのか、どちらにしてもいくら霊夢の勘が鋭いと言っても今まで使った事のない道具の姿をはっきり理解しろと言うのはあまりにも難しすぎた。

どれだけ考えたところで、知らないものは知らないのだ。結局霊夢はあれこれと考えるのを止めて、実物を見た方がこれは早いと、のび太に件のスモールライトを出してもらうように頼むのだった。

 そしていつものようにのび太が四次元ポケットへと手を突っ込み……。

 

 

 

 

 

 

「えーっと……あれでもないこれでもない……。もぅ、ドラえもんってば肝心な時にポケットの中身整理しておかないんだから……あ、あったこれだ! ……スモールライト!!!」

 

 

 

 

 

 

 どこからともなく効果音が聞こえてきそうな雰囲気の中、のび太が道具の名前を呼びながらポケットから手を引き抜いた。その手に掲げられたものこそが、傍から見たらちょっと大きい懐中電灯でありながら、しかしただの懐中電灯などではない、その光を浴びたものを縮小する事ができるひみつ道具『スモールライト』なのである。

 光を浴びた対象を小さくする事ができる、と言う効果によって日常だけでなくこれまでの冒険の中でもピンチに陥った時などに原因となるものを小さくすることで危機を脱する、という事が幾度もあった。それだけにのび太にとってもタケコプターやどこでもドアほどではないにせよなじみの深い道具でもあった。

 特に、このスモールライトの効果がいかんなく発揮されたのは、地球へと亡命して来てひょんなことから知り合った手のひらサイズの宇宙人であるパピ大統領。ライトを使い、彼と同じサイズになり楽しんでいたのもつかの間、パピをピリカ星へと連行するために地球へ襲撃してきたドラコルル長官率いるPICIAにライトを奪われた事からギルモア将軍率いる反乱軍と戦う事になった『のび太の宇宙小戦争』はのび太にとっても忘れられない思い出である。

 

「ふぅん、これがスモールライト? ええと、なんだったかしらね。この間、のび太の魂が身体から抜け出した時に、小町のボロ舟を立派なものにしたり、船の重さを軽くしたあの道具に似てる気がするんだけど……」

 

 そんなのび太にとってはなじみ深いスモールライトを見た、霊夢の第一声はこれだった。さすがの霊夢もここにきて、ようやくスモールライトとデラックスライト。そしておもかるとうの形が似ている道具なのだとなんとなく気がついたらしい。

 もちろん別に霊夢は何の他意もない。ただ、本当に何も知らない霊夢から見たら、同じような形をして、同じように光を発する道具としてのび太がここ幻想郷に来てから先に使っていた道具がデラックスライト、そしておもかるとう、の二つだったという事である。

 ついでに言ってしまえば、その二つがどちらも非常識が常識となる幻想郷をもってしても非常識と断じたくなるような効果を発揮した事もあってか、その効果を目の当たりにしていた霊夢も名前こそ忘れていても、その形については印象に残っていた、という事なのだろう。

 

「あれはデラックスライトにおもかるとう、ですね。霊夢さんよくおぼえていましたね、でもこれはああいった効果とはまた違うんです。今までと同じようにこれも使って見せた方がいいかな? 霊夢さん、ちょっと大きさを小さくしてもいいものって、何かありますか? できればある程度大きなものの方がいいと思うんですけど……」

「小さくしたいもの? 急に言われても……そんなに小さくしたいものなんて、とっさには思いつかないわよ」

「ごみとか、片付けたいものとか、何かないですか……?」

「ごめんくださーい」

「……? あれ、誰だろう。この声は魔理沙さんじゃないし」

 

 新たな来訪者の訪いを告げる声が二人の間に飛び込んできたのは、まさにちょうどそんな時の事だった。もちろん霊夢の声ではないし、ましてやのび太の声ではない。ついでに言ってしまえば、魔理沙でもない。仮にやって来たのがもし魔理沙ならごめんください、などと言う前に美夜子さんよろしくホウキですっ飛ばして突っ込んで来てから挨拶をするだろう。

 そうであるなら、はたして一体誰が来たのだろうか? 初めて耳にする声にいったい誰かと声のした方を見れば、そこにいたのは銀色の髪をしたおかっぱの女の人。しかも腰に装備しているものは、どう見ても……のび太の知識をもってしても刀にしか見えないものだった。そう、言うなればひみつ道具の一つ名刀『電光丸』にそっくりなそれを持った人物。しかし、いくら何でも真っ昼間から堂々と刀を持ち歩くのはどうなのだろうか? それとも、挨拶をしているものの実は強盗に入ろうとした悪い人物なのでは……?

 のび太の頭の中に生まれた、そんな疑惑。

 

「あら、妖夢じゃない。一体どうしたの?」

「よう……む? えっと霊夢さん、ひょっとしてこの人は……強盗じゃないんですか?」

「誰が強盗ですか誰がっ! 勝手に人を悪者にしないで下さいっ! 私の名前は魂魄妖夢、剣士ですっ。絶対に強盗じゃありませんからねっ」

 

 霊夢が抜刀こそしていないものの、この刀を差した彼女の名前を呼ばなければ、そのままのび太の中で彼女の認識は白昼堂々この博麗神社に刀を持って押し入った強盗と勘違いされていただろうし、ショックガンや空気砲。あるいはつモリガン辺りによる攻撃を受けていたかもしれない。

 そしてそれは妖夢、と呼ばれた彼女も同じだったようでまさかいきなり訪いを告げて来てみたら、見ず知らずの子供に強盗呼ばわりされてしまうとは思ってもみなかったのだろう。のび太の言葉に頬を膨らませ明らかに不満である、と表現しながら人を悪者に仕立て上げるなと怒りを表現してみせると共に名乗りを上げる。

 が、しかしそれはのび太に対してはあまりにも悪手すぎた。

 

「こんぱく、ようむ……? アハハハハ、おかしな名前」

「いい加減にしてください! いくら私でも本気で怒りますよ!?」

「まあまあ、のび太だってきっと悪気があった訳じゃないんだから。それにあんただって刀なんて腰に差して来たら、何も知らなきゃ強盗か辻斬りに疑われても仕方ないわよ。……ところで、妖夢が宴会でもないのにここに来るなんて珍しいじゃない。いったいどうしたのよ?」

 

 魂魄妖夢と言う、聞きなれない姓名という事もあってか、妖夢がえへん、と胸を張って名乗って見せた名前に対して返した反応はおかしな名前、と言う妖夢からすればあまりにもふざけているとしか言えない反応だった。それだけならまだいい、妖夢自身も射命丸文他、妖怪の山の鴉天狗たちがばら撒く新聞によってのび太が外の世界からやって来た子供だという事は知識として理解している。

 だから魂魄という苗字が聞き慣れないものなのかもしれないとしても、ただただ自分の名前を名乗ってみせたら、笑われたあげくにおかしな名前だなどと言われたのだ。これで怒るなと言う方が難しいだろう。

 事実、妖夢はのび太が見せたこの返事に、これ以上ないと言うほどに顔を赤くして怒りだしてしまった。もしここで感情エネルギーボンベがあったら、相当量のエネルギーを充填できそうなほどの怒りようは、本気で怒ったジャイアンかあるいは0点の答案を見つけた時の、のび太のママにも匹敵するかと思われた。

 ここで霊夢が間に入らなかったら、のび太は妖夢が腰に差している刀で真っ二つ……とまではいかなくても、刀背打ちで頭にたんこぶができるくらいにはひっぱたかれていたかもしれない。

兎にも角にも、ここに来て霊夢の言葉にようやく妖夢もおつかいの理由を思い出したらしく『あっ』と小さく声を上げながらそれまでの怒っていた顔から一転、真面目な表情へと切り替えたのだった。

 

「あっ、そうでした! 実は……」

 

 

 

……妖夢説明中

 

 

 

……妖夢説明中

 

 

 

……妖夢説明中

 

 

 

「なるほどね、幽々子が鴉天狗の新聞を読んでグルメテーブルかけに興味を持ったから是非使わせてもらいたいか、確かに幽々子の食欲を考えたらグルメテーブルかけは喉から手が出るほど使いたい道具でしょうね」

「はい。ですので譲ってほしいなどとは言えませんが、わずかな間でもいいのでお借りできないかと、こうしてお願いに来た次第です」

「ね、ね。霊夢さん。その……ゆゆこって言うのは誰なんですか?」

 

 妖夢の話を聞いて納得したらしい霊夢だが、あいにくとのび太からしてみれば目の前にいる妖夢も初対面だし、話に出て来たばかりのゆゆこ、なる人物についてはどんな人なのか名前すら知らなかったのだ。

ここ幻想郷に来てから、やって来た時にスキマなるものを使い脅かしてきたおば……もといお姉さん紫に住む場所を貸してくれている霊夢、妖怪の山へと連れて行ってくれた魔理沙。守矢神社にいた神様の神奈子に諏訪子、そして食べられたと思っていた早苗。妖怪の山の鴉天狗、文。

 仔馬の館じゃなくて紅魔の館だった紅魔館にいるレミリアやフランたちと、この夏休みの間に幻想郷のいろいろなところに言ったけれども、そこにいる誰もが幽々子、と言う名前を口にしなかった事からそこに住んでいる人ではないのだろう事は、のび太にも理解できた。

 だから、のび太はその幽々子なる人物がどんな人なのか知りたくて霊夢の服の白い袖を軽く引っ張っりながら、尋ねたのだ。

 

「ん? ……ああ、そうよね。そう言えばのび太は当然、幻想郷に来てから間もないし、まだ幽々子に会った事もないんだから知らないわよね。……うーんえっと、簡単に言えばここにいる妖夢のご主人ね」

「へぇ……って事は、やっぱり刀とかおっかないものを振り回してくるんですか?」

「だからいい加減に刀とかから離れて下さいっ! 泣きますよっ!!」

 

 もっとも、霊夢からの説明を受けたのび太の頭の中では妖夢=刀を持っている。幽々子=やっぱり刀を持っている。 と言う図式が出来上がっていたようで、刀を振り回してくるのかと聞いたらまた妖夢が怒りだしてしまう。もちろん本気ではないのだろう……たぶん。

 

「……まあ、ここにいても暇だし幽々子のところに行ってみるのもいいかもしれないわね。別にこの間のレミリアみたいに異変を起こして、って訳でもないみたいだし」

「……そう言えば、妖夢さんってどこに住んでるんですか? 妖怪の山では見かけなかったし、紅魔館でもないですよね?」

「はい。私は幽々子さまと一緒に白玉楼に住んでいます。昔は師匠もいたんですが、今は二人で暮らしていますね」

「へぇ、はくぎょく、ろう……か。紅魔館みたいな場所なのかな、面白そう」

「そうね、あそこなら……フランみたいに危険な事もないだろうし。ねえ妖夢、そのグルメテーブルかけの話だけど、私たちも一緒に行ったらダメかしら?」

「いえいえ、こちらとしてもその方がおもてなしもできますし、のび太さん……ですよね? に幽々子さまも会いたいと言っていましたから、助かります」

 

 と、とんとんと話が進んだ結果……。

 

「それじゃあ妖夢さん、これがどこでもドアです。このドアの取っ手を握りながら行きたい場所の事をイメージして、開けてください。そうすれば自分の行きたい場所に行けますよ。ただし、十光年以内、ですけれど……」

「だ、大丈夫ですよね!? 開けたら知らない場所だったとか、二度と戻って来れないとか、ないですよね?」

「大丈夫よ、安心しなさい。私ものび太も、使ったけれども何ともないんだから。早くしないと私が開けるわよ?」

「いっ、いえ! 行きます!! 白玉楼へ……!!」

 

 どこでもドアと言う未来の道具の効果を、説明を受けてもまだ信じられないのかさっきまでの様子はどこへやら。開けたドアをくぐったら、二度と戻って来れないのでは、と怯える妖夢をなだめたり、安心させるよう説得したりしながら、ようやく意を決したように妖夢はどこでもドアを開けたのだった。

 こうして、どこでもドアを妖夢、霊夢、そしてのび太がくぐった後に残るのは、出かけるからときちんと片付けられた博麗神社の、人気のない空気だけだった。

 それはドラえもんたちが博麗神社の境内にやって来る日の、午前中の出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、のび太! 無事か!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラえもんたちが博麗神社にやって来る、数時間前の事だった……。 

 




はい、章のタイトルからも分かる通り今回は白玉楼に行きます。
つまり前話で妖怪の山へと向かってしまったドラたちとはまるっきり違う行先ですね。と言うか、ドラたち本当に大丈夫か!? そしてさらに案内してから消えてしまった、謎の人物の行方は!? 何か悪だくみをしているのではないか? 本当に大丈夫なのか?


気になる続きは、乞う! ご期待っっっ!!!









※尚、今回の話のタイトルの元ネタは『帰ってきたヨッパライ』ですね。冥界に行くのび太と、冥界から帰ってきたヨッパライとでは、まるっきり真逆な話になりますが(汗


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切りかかってきたオサムライ

大変お待たせいたしました。
幻想郷冒険記、妖々夢編最新話の投稿です。
さてさて、白玉楼へと足を踏み入れるのび太たち。果たしてどうなる事やら……?


 どこでもドアで妖夢を先頭に、霊夢とのび太が白玉楼へとやって来てその重厚な、紅魔館とはまた違う立派な造りの門をくぐった先、そこに広がっていたのはとても広い和風のお屋敷の庭だった。

 スネ夫がよく外の世界で「うちの庭って広いじゃない?」などとのび太にしずか、ジャイアンへと自慢げによく話を振ってくるがこの白玉楼の庭を見たらスネ夫の家なんてただの小屋である。そう思わず口にしてしまうほどに、初めて訪れた白玉楼の庭は広く、そしてまたのび太の感性で見ても立派なものだった。

 

「わぁ………………スネ夫の家の庭なんかめじゃないや」

「スネ夫? 何よそれ、変な名前ね」

「霊夢さんは何回か来てますけど……のび太さんはまだ来た事がありませんでしたよね? ようこそ白玉楼へ。どうですかこの広さ、それに庭の美しさ。ここまでのものはここ幻想郷でも、そうそうないと思いますよ」

 

 周囲をぐるりと見まわしてみても、庭、庭、庭。それもただの庭ではない、お屋敷の庭にふさわしい、立派な日本庭園である。この庭だけでスネ夫の家が一体何軒入ってしまうのか? それほどに広い庭の説明と共に、妖夢がえへんと胸を張りながら『実はこの庭の手入れをしているのも、私なんです。なにしろ私はこの白玉楼の庭師ですから』と得意そうに自慢するが、確かにこの広さの庭を一人で手入れをし管理をしているというのなら自慢をしても何ら問題はないだろう。それほどまでにここの庭は立派であり、広かったのだ。

 白い砂利が敷き詰められた枯山水、色とりどりの木々がほどよく立ち並び、しかもその木々の枝葉はきれいに整えられている。庭については全く知らず、見ていたらそれだけで退屈になり眠りそうなものだが、さすがにここまで外の世界では見られないような広さを持つ立派な庭ともなれば、話は違ってくるらしい。

 眠気のねの字も吹き飛んでしまった様子で夢中になり、庭を見回すのび太だったが、そんなのび太を他所に幻想郷でのび太の保護者が板についてきた霊夢は実はついたった今しがたこの白玉楼の敷地に足を踏み入れる前に、のび太が命の危機に遭った事を忘れてはいなかった。

 

「ほらのび太、あまりキョロキョロしてるとまたさっきみたいに事故につながるわよ! さっき白玉楼の門から階段覗き込んであまりの高さに気絶して転げ落ちそうになったの、もう忘れたの?」

「う…………」

 

 そう、霊夢の言う通りなのだ。と言うのも、霊夢とのび太を案内しようと妖夢が博麗神社の境内でどこでもドアを開けた先は白玉楼の立派な造りの門の前だったのだけれども、今回のように何処でもドアを使わずにこの白玉楼と言うお屋敷にたどり着くためには本当ならば長ーい、それこそ上るのが嫌になるような階段を登ってこなくてはならなかったりする。

 当然その階段は白玉楼の立派な門の前まで続いているのは言うまでもない。

 つまり、どういう事かと言うとどこでもドアで白玉楼の門前まで何の苦労もなくやって来たのび太は、振り向いてしまったのだ。立派な構えの門とは逆の、自分たちの背中側に何があるのかを見てみようとして。そしてその視界の先にあったのは、長い階段の一番上と言うとても眺望のいい景色と、高所恐怖症の小学生にとっては目もくらむような長さの、下までずーっと続いている長い長い、長すぎる階段だった。

 ここで仮にタケコプターがあれば、別に高い所を飛び地上を見下ろしたところで何の事はない。何故ならタケコプターがあれば、墜落、転落。表現に差はあれど落っこちる事はないからだ。

 しかしタケコプターもない生身一つの身体で、その目もくらむような階段を見下ろすのはあまりにも、高所恐怖症でもあるのび太が行うには無謀すぎた。

 

「ひ…………っ」

「ちょっと、馬鹿のび太っ! 何やってんのよ、のび太はそのままじゃ飛べないんだから、下まで落っこちたら命がないわよ!!」

「え、あの……ひょっとしてこの子、飛べないんですか?」

「そうよ、このままじゃ人里にいるただの子供と同じよ」

「むしろどうしてそんな普通の子が鴉天狗や閻魔様、紅魔館の吸血鬼と戦って勝負になるんですかっ!」

「そりゃあ決まってるじゃない、のび太が普通の子じゃないからよ」

「もう訳が分かりませんっ!!」

 

 案の定、その長い階段の下を、階段の始まりが見えないほどに長い階段を見下ろしてしまったのび太はそのままかくん、と気絶してしまったのだ。

 そのまま気絶して、あわや長い階段を一番下まで真っ逆さま……に転げ落ちようとしたところで、のび太が転落しそうになった事に気がついた霊夢が間一髪、その手を掴む事でどうにかのび太の転落事故は防がれた。もしここでのび太が転落してしまったらそのまま先日魂が身体から抜け出したため、閻魔の四季様に戻してもらったばかりなのにもう一度あの世に行く羽目になっていただろう。

 幸い霊夢がのび太の腕を掴んで転落を阻止したため、そんな事にはならなかったけれどものび太の保護者役を紫からも仰せつかっている霊夢からしたら、心臓が止まるどころの騒ぎではなかったのだ。ちなみに、しばらくして気絶から回復し目を覚ましたのび太が霊夢から0点をとった時のママばりに怒られ、そして心配したんだからと、泣かれたのは言うまでもない。

 ついでに、霊夢と禅問答のようなやり取りをした妖夢に至っては訳が分からないと完全に頭を抱えていたのだけれども、気絶していたのび太が二人の間でそんなやり取りが交わされていたとは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

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……………………………………

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「あらあら、うちの庭は気に入ってもらえたみたいね」

「へ?」

 

 兎にも角にも、そんな命の危機に瀕していたとは思えない、普段通りののん気さでスネ夫の家の庭などてんで問題にならないとまでのび太に言わせるほどに立派な白玉楼の庭のあちらこちらをきょろきょろとみていたのび太に、コロコロと透き通るような、どこか妖しい雰囲気を漂わせた声が投げかけられた。

 奇しくもそれはのび太が幻想郷に初めて足を踏み入れた時に背中から賢者八雲紫に声をかけられた時とそっくりで……。声のした方へと振り向けばそこにいたのは、八雲紫とはまた違う、水色の着物を着て、幽霊が頭に付ける三角の布……天冠のようなものがついた帽子をかぶる女の人が立っていたのだった。

 

「幽々子様、ただ今戻りました」

「おかえりなさい妖夢、この子が例の子ね?」

「え? それじゃあ……この人が妖夢さんが言っていた、ゆゆこさま?」

「ええ、私の名前は西行寺幽々子。よろしくね」

「……あ、ゆゆこさまって……」

「そうよのび太、彼女が妖夢の言っていた幽々子。宴会に来るといつも一人だけ他のみんなよりも暴飲暴食して一生懸命作った料理やお酒をどんどん食べ尽くしていく、食欲の悪魔みたいな奴よ」

「あらあら、さすがにまだ私の事をよく知らないだろう子の前で、そこまでいう事は無いんじゃないかしら……?」

「いずれ分かる事でしょ? だったら今知っておいた方がいいじゃない」

 

 彼女の自己紹介に、もう既に何回も食べ物を食べ尽くされるという被害に遭っているのだろう。普段の軽い雰囲気ではなく本当に、怨めしそうにあるいは忌々しそうに霊夢が幽々子の説明をしてくれた……のだけれども、その説明はかなり刺々しい。どうやらこれまでの出来事で霊夢はこのゆゆこさまに対して相当に不満が溜まっているらしかった。

 もちろんここまでくれば、のび太の頭がいくらぐうたらでのんびり屋であっても理解できる。自分の目の前に立っている女の人こそが、ここに来る目的にもなった『ゆゆこさま』なのだと。

 ただしあいにくとその姿は、ここに来る前に妖夢から話を聞いたのび太が頭の中で勝手に想像していた『ゆゆこさま』とはだいぶ違っている。だからのび太は、ためらう事なく思っている事を口にしてしまうのだった。

 それが自分の身に、さらなる騒ぎを引き起こすとは夢ほども想像せずに。

 

 

 

「えぇ……だって、あのカシムみたいに何にもおっかない武器を持ってないじゃないですか……本当に本物なんですか?」

 

 

 

 ……子供の言葉や思考、発想と言うのは時として実に残酷な武器になる。もちろんのび太も『人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむ事のできる人だ』と将来しずかのパパから人物評を下されるくらいにまっとうな人間であり、そこに一切に悪意がある訳ではない。

 ただ、ほんの少し、ほんの少しだけ思った事を口に出してしまっただけなのだ。

 

「カシム……? 変な名前ね。のび太、外の世界じゃそんな物騒な賊がいまだにはびこってる訳?」 

「失礼ねぇ。……って言うか、武器って何よ。……妖夢、あなた一体この子に何を吹き込んだのよ?」

「だからっ! 武器とか凶器とか強盗とか、そう言う物騒な話題から離れて下さいっ! 私も幽々子様も、賊じゃないんですってば!!」

 

 のび太の言葉に、妖夢とゆゆこさま、それに霊夢も含めてそれぞれが反応をしてみせたが、これは仕方がない事だった。何故ならのび太の頭の中では、ゆゆこさまは妖夢以上におっかなくて、武器を手にしては食べ物や金品。はては命までを略奪していく賊の頭と言うイメージが組みあがっていたのだから。

 というのも、これはかつて『のび太のドラビアンナイト』で、しずかを助けに794年のアラビア・の中心とも言うべき都市バグダッドへと赴いた際に夜の砂漠でその地を根城としていた盗賊団「砂漠のサソリ団」首領のカシムに襲われ、当代のカリフであるハールーン・アル・ラシード王に救われなければ危うい状況だった事に加え、その後も船で出航したはいいものの船員に化けたカシムの手によって夜の、しかも嵐のアラビア海へと放り出され、最後には悪党アブジルと共に黄金宮殿を乗っ取るという悪行を重ねてきた様子をその目でしっかりと見て来たのだから。

 そのため、のび太の頭の中では賊=盗賊=カシムという実に分かりやすい方式が組み立てられていたのである。

 もっとも、時間を超える術を持つという事を知らない妖夢と幽々子は、のび太がかつて過去のアラビアで盗賊団の手によって生きるか死ぬかという文字通りの危機に陥った事があるなど知る由もない。つまりはのび太のそんなトラウマにもなりそうな経験からくる話も、彼女たち二人にとってみれば子供が頭の中で想像した話、程度にしか考えが及ばなかったのだ。

 そして、その事が不幸を呼ぶ事になる。

 

「もう許せません! こちらからお願いして招いた客人だからと我慢していましたが、私はともかくとして幽々子様への悪口雑言。どうやら言っても分からないようですね、それならば少し痛い目に遭ってもらいます!!」

「……へ? え、ええ!? 決闘って刀を持って切り合うんですか……? 武蔵さんじゃあるまいし……電光丸、ちゃんとポケットにあったかな……?

「何をぶつぶつと言っているんですか! ここまで幽々子様を侮辱したのです、今さら逃げようとしたってそうはいきませんよっ」

 

 のび太の度重なる発言に、とうとう妖夢が怒りだ出してしまったのである。

 それはもう、怒り狂ったジャイアンもかくやと言う迫力と共に、腰に佩いていた刀をギラリと引き抜くとその切っ先をのび太に突き付けて決闘ですと言い放ったのだ。もちろん言われたのび太としても、まさか道具を貸して欲しいからという理由でやって来たのに、いきなり決闘だなどと言われてしまい完全に目を白黒させている。

 退屈だからとほんの暇つぶし程度の気持ちで冥界へとやって来たのび太は、今まさに絶体絶命の、ライオン仮面やオシシ仮面もびっくりのピンチへと陥っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……一方その頃、博麗神社からのび太の元へとたどり着くべく、ドラえもんたちはたずね人ステッキの指し示した妖怪の山へと移動を開始していた。

 

「しかし、ずいぶんと大きな山だねえ……富士山よりも高いんじゃないかしら?」

「なあドラえもん、本当にあのドジでノロマののび太があんな高い山に登れるのかよ」

「ホントホント。案外山に登る前に、山道に入る前にくじけて『ドラえも~ん!!』なんて、弱音をはいてるかもね」

「ちょっと二人とも、そんな風に言うもんじゃないわ」

「でも、あれだけ高い山だと山頂まで登るとなると相当に時間がかかるだろうし……ちょっと低めに飛んで、地上の様子もしっかりと確認できるようにしておいた方がいいかもね。あまり上空過ぎると、野比君のことを見落としてしまうかもしれない」

「確かにそうだね。七万年前のヒカリ族を探した時も大変だったけど、今回はヒカリ族のみんなよりももっと少ない、のび太くん一人を見つける作業なんだ。木々のてっぺんすれすれくらいまで高度を下げながら飛んで、のび太くんがいても声が届くようにしながら、慎重に飛んでいこう」

「「「「はーい!(まかせとけ!)」」」」

 

 あまりにも高い、外の世界の山々と比較してもそれでも遜色ない、あるいはもっと高いかもしれない妖怪の山を見て、それぞれ好き勝手な事ばかりを口にするメンバーたち。もちろん、彼らはのび太がこの山のどこにもいない事など知らなかったし、一体どんな種族が根城としているかもまた、知る由もなかった。

 そして、のび太を探すのなら向こうからも自分たちを見つけやすい、あるいは気がついてもらいやすいように、と言う出木杉の意見に従って木々の梢すれすれの高度を飛びながらめいめいのび太の名前を呼び始めたドラえもんたち。

 その良かれと思って行った行動が、吉と出るか凶と出るかは、ドラえもんたちにも分かるはずがなかった……。

 

 




幽々子様への暴言に、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまった妖夢ちゃん。
のび太と妖夢の決闘はどうなってしまうのか!?
そもそも、電光丸にせよフワフワ銃にせよ、ひみつ道具を前にした場合勝負になるのか? ひみつ道具と楼観剣、どちらに軍配が上がるのか? そもそも本当に決闘するのか?


いろいろと混沌としてきましたが次回も、乞う! ご期待っっっ!!!


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のび太とたたかうオサムライ

大変お待たせしました!
妖々夢編の続き、いよいよ今回からのび太と妖夢とが決闘開始、デュエルスタンバイです。
射撃の天才のび太と、剣による決闘を得意とする妖夢、果たしてその決闘はどうなるのでしょうか?


それでは、続きをお楽しみください。


「さあ、立ちなさい! これからあなたをこの私が切り刻んであげましょう! 今更泣いて謝って赦しを乞うても、この私が、そしてこの剣が、許しませんからねっ!!」

「えぇ、急にそんな事言われても……」

 

 幽々子様をバカにするものは赦しません、とギラリと鞘から引き抜かれた剣の切っ先ををのび太に向けて突き付けた妖夢。その顔には怒りの表情を張り付けながら、妖夢が今にも斬りかからん勢いでそこに直れと言うその様はまるで昔の処刑人のようだ。

 のび太のようなただの人間の子供など言われた通りに座ったが最後、あっという間に首をはねられておしまいになるのは目に見えている。

 が、もちろんそんな事をのび太の保護者の目の前で宣言したところで、そう簡単にはいそうですかと許すはずもなく……。

 

「あのねえ、ちょっとは落ち着きなさい!」

「あいたぁっ!!! ちょっと霊夢さん。いきなり何するんですかっ!?」

「何するんだ、じゃないわよ。妖夢あんたねぇ、よくもまあのび太の保護者の前で堂々と切り刻むだの赦さないだの、好き放題言ってくれるじゃないのよ。のび太に何かあったら私が紫から怒られるの、分かるかしら? 分かるわよね? あ、ちなみに返事は『はい』か『分かった』のどちらかしか認めていないからそこのところ、よろしくね?」

「え、いえ……あの、その……霊夢さん……?」

おっそろしい……まるでジャイアンみたい……

 

 バシン! という景気のいい音と共に、妖夢の背後に回り込んだ霊夢が手にしている大幣が、妖夢の頭へと勢いよく無慈悲に、容赦なく振り下ろされた。それは、まったく妖夢としても予想していなかった一撃だったらしく、叩かれた拍子に手にした剣を取り落としそうになり慌ててしっかりと剣を握り直していた事からも、口上を述べている最中に霊夢が横から叩いてくるという発想がなかった事が伺えた。

 当然妖夢だっていきなり大幣で頭をひっぱたかれたまま黙っていられるはずもなく、自分の頭をひっぱたきながら涼しい顔をしている霊夢へと、その怒りの矛先を切り替えて噛みつくように抗議の声を上げる。その様子からも、どうやらどうして自分が思い切りひっぱたかれたのかは全く理解していないらしかった。

 そんな妖夢に一言一句、言い聞かせるように背後に怒りの混じった炎のような霊気を立ち昇らせながら、妖夢の胸ぐらをつかむ霊夢の様子はまるでジャイアンさながらである。もし霊夢が外の世界、のび太の街に遊びに来たらジャイアンと意気投合して、二人で街のみんなのいじめっ子になるかもしれない……。

 保護者の立場から妖夢に対して怒りを見せているのに、そんな霊夢の様子に対して失礼極まりない事を考えているのび太。と、唐突に霊夢がその目線をのび太の方へと向けて来た。

 

「…………のび太、ひょっとして今、何か変な事を考えなかったかしら?」

「……う、ううん。ア、アハハいやだなあ霊夢さん。神に誓って!! 犬も猫も恐竜も、台風の子供も飼っていないですし、おかしなことなんて何も考えてないですよ!?」

「そう、ならよかったわ。でものび太、のび太が誓った神様ってこの近所だと……守矢神社の神奈子や諏訪子よ?」

「待ってください、今なんだかこの子さらりととんでもない事口にしましたよねっ!? なんですか恐竜や台風の子供って!」

 

 笑顔で、でも絶対に笑っていない、のび太のママやジャイアンもかくやと言う迫力と共に霊夢がのび太に、まさにふと思いついたと同じくらいのタイミングで問いかけてくるその様子は、まるで心が読めるのか

あるいは『さとりヘルメット』でもこっそりとかぶっていて、その効果で心を読んだんじゃないか、としか思えないほど。

 もちろんのび太がいくらのん気でのんびり屋の性格をしていても、ここまであからさまにおっそろしい気配を見せられては頷く事しかできはしない。けんかのプロであり、敵が近づくと第六感がビンビンに感じるんだと豪語するジャイアンではないけれども、のび太とて日々ママやリサイタルを開催しようというジャイアンと言う、この世にそうそういない恐るべき相手の気配を察知しながら暮らしている。誰かが怒った気配や自分がピンチに陥っている、あるいは恐るべき何かが迫ってきているという事を察知するのはのび太も割と得意なのだ。

 そののび太が今はっきりと感じていた。

 今あの霊夢に逆らえば『ママより先生よりジャイアンより、十戒石板よりもおっかない雷が、自分めがけて落ちてくる』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ちなみにこの十戒石板、とはドラえもんが出したひみつ道具の一つであり、名前の通り石板の形をしたひみつ道具である。そして十戒とは、十の戒めであり、戒めとはしてはならない事だ、とはドラえもんの言である。

 この十戒石板に、原典の神より授けられた十戒よろしく1~10まで十戒の名の通り使用者がルールを書き込む事ができ、そのルールを破った者には石板の効果で雷が落とされる、と言う仕組みとなっている。その効果は強力でジャイアンからのび太に噛みつこうとした野良犬、のび太のお小遣いを減らそうとしたママ、はる夫と安雄まで、のび太が作った十戒によってことごとく雷によって黒焦げにしていったのだ。

 ただし、この道具には穴があり実はその十戒を破った事による天罰の落雷は、仮に所有者が十戒を破った場合にも容赦なく落とされるようにできており、この効果によってドラえもんはのび太から十戒石板を取り返すことに成功したのだった。(最後の十戒を『勝手な決まりを作るな』と言う内容にするように、ドラえもんが誘導したため)

 そんな、この幻想郷に来る前。のび太やドラえもんが過ごす日常の中で起こったちょっとした騒ぎの一幕である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兎にも角にも、そんな怖ろしい気配を見せた霊夢を前にしたのび太はジャイアンに脅されても、こうはならないだろうというすごい勢いで霊夢の言葉を否定したのだった。

 

「まあ、のび太はいいわ。それから妖夢。どうしてものび太を斬りたいって言うのなら、まず私を倒してからにしてもらえると助かるんだけど? 後ね、細かい事を気にしたら、負けよ」

「あら、のび太との決闘だなんて……ちゃんと安全にしてくれるなら、たまにはそう言うのもいいんじゃないかしら?」

「「「(へっ)っ!?!?」」」

 

 聞き覚えのある声が、でも直前までいなかったはずの人の声が白玉楼の庭に、霊夢たちの会話に急に割り込んでくる。のび太に霊夢、妖夢がほとんど同じタイミングで声がした方へと視線を向ければそこにいたのは幽々子様の隣でスキマから上半身をのぞかせている、紫色のドレスに帽子をかぶった金髪の女の人……そう、幻想郷の賢者、八雲紫だった。

 最近だと紅魔館から発生した異変の際にのび太たちがタイムホールとトリモチを使って過去の紅魔館からレミリアとフラン姉妹の両親を博麗大結界も経由せずに連れて来てしまったために、いきなり幻想郷に出現した強力な力の持ち主の正体を掴むために慌ててすっ飛んできた時以来、であろうか。

 ちなみにこの唐突過ぎる登場に明らかな反応を見せたのはのび太、霊夢、そして妖夢の三人であり、隣にスキマを開いて現れたにもかかわらず、妖夢の主人である幽々子様はのんびりとした雰囲気で、まるでそれが当たり前の事のようにそれを受け入れていた。

 もしかしたら、穏やかそうな雰囲気そのままに受け入れていたというよりも驚いたりしてもそれが表情に出ていないだけなのかもしれないが。

 

「あら、紫じゃないの。珍しいわね、こんな時間に顔を出すなんて」

「ええ、本当はもう寝ようと思っていたんだけれどもね。のび太がまた、何やら面白そうな事をしでかしそうだからつい見に来ちゃったわ」

「見に来ちゃった……って、のび太に弾幕で勝負しろって言うの?」

「大丈夫でしょう? 模擬的なものとは言え、あの白黒の魔法使いとも渡り合って、紅魔館の悪魔の妹を無傷で制圧した話を聞いたらねぇ。ただし……さすがに切り合いは認められないわね」

 

 幽々子はともかく、霊夢はまだのび太が妖夢と弾幕で勝負することに対して否定的な考えでいるのだけれどもいきなりやって来た紫はと言うと、霊夢とは対照的に弾幕で勝負をするという事については全く否定するつもりはないらしい。

 本気のほの字も出ていないような、あくまでも弾幕による勝負がどのようなものか触れる事が目的だったとはいえ、霊夢と共に数々の異変を解決してきた魔理沙に対してフワフワ銃で逆転の一発を決め、また能力が決まってしまえばレミリアやパチュリーはおろか霊夢や魔理沙でさえ危険が付きまとうフランとも戦い、そしてケガひとつ負う事なく勝ってみせたのび太である。弾幕と言うカテゴリーに限定するのなら、のび太も決して弱いだけの子供ではない、そう紫は見ていたのだ。

 もっとも、あくまでもするべきは弾幕による勝負であって、刀を手に手に持っての斬り合いについては全く認めるつもりはないようだ。

 認められない、という言葉と共に霊夢もかくやと言う気迫でもって紫が妖夢をにらみつける。その視線は『弾幕ならともかく、刀で切り付けてのび太にケガさせたら、どうなるか分かってるわね?』と無言で、しかしはっきりと言っていたのを妖夢も感じ取るのだった……。

 

「し、仕方ありませんっ。そういう事なら……いいでしょう、弾幕での勝負でも、外から来たちょっと弾幕をかじった程度の子供に負けるほど修行を疎かにしていたつもりはありませんからねっ!」

「ええぇ……そんなぁ……」

「ほら、のび太! 保護者の私が見てるんだから、負けるんじゃないわよ!? 負けたら晩ご飯抜きだからね!?」

「あらあら、たまにはこういうにぎやかなのも悪くないわねぇ」

「さて、と。それじゃあ見せてもらおうかしら」

 

 こうして、のび太がいやだと抵抗する間もなく周りのみんなの話によって(むしろ主に紫の面白そうだからという理由によって、なのだけれども)のび太と妖夢の弾幕勝負がなし崩し的に始まってしまうのであった。

 ちなみに、妖夢に負けたら晩ご飯抜きだという霊夢の言葉に『そもそものび太が来てから、博麗神社の朝昼晩ご飯は全部のび太の持ってきたグルメテーブルかけで賄われていて、霊夢が何か炊事に関する作業をした事は一度もない』というツッコミを入れたものは誰もいなかった事はここだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

 そんな事がありながらも白玉楼の庭、その一角でのび太と妖夢はお互いに向かい合っている。

 のび太の両の手にはすっかり使い慣れた、この幻想郷に来て幾度となくのび太のピンチを救ってくれた、そして命を奪うリスクがない理想的な武器『フワフワ銃』。もちろん腰にはホルスター付きのベルトを装備し、フワフワ弾もしっかり補充して、弾切れにも備える事は忘れていない。

 そして対する妖夢の手には、長い刀『楼観剣』が、ただしそのまま振るった日にはのび太にどんな怪我を負わせるか分かったものではないため、刃と峰とが逆になるように握っていた。これは言うまでもなく、仮にのび太をひっぱたいても峰打ちになるように、との配慮である。一応もう一振り、腰には短刀の白楼剣もあるのだけれども、今回そちらは抜いてはいない。どうやら妖夢としては、のび太相手にそこまでするほどの相手でもない、という認識であるらしい。

 互いの思惑はあるものの、こうして手に手に獲物を携えて、互いの準備は整ったわけだ。

 

 

 

 

 

 

ババババババババババババギュン!!!

 

 

 

 

 

 

 先手はのび太の六連発リボルバーの両手持ちによる、一瞬の早業だった。

 タイムマシンでかつてアメリカ開拓時代の西部の町モルグ・シティへと向かい、成り行きで保安官に任命されてしまい、町へと殺到するギャングたちを一晩でやっつけてしまい、そして町長たちに会う事無く消えてしまったという伝説のガンマン。その伝説の張本人であるのび太の腕がいかんなく発揮され、妖夢めがけて容赦なく撃ち込まれる。

 両手それぞれのリボルバーから六連発の弾丸がほぼほぼ一瞬で全て発射されるというまさしく『目にもとまらぬ早業』のもと、妖夢へとまっすぐに吸い込まれてゆき……しかし、その弾はことごとくが、妖夢の刀ではじかれて、白玉楼のきれいな庭に似つかわしくない硝煙の匂いと共に、銃弾がパラパラと散らばり、彼女の足元へと落ちていった。

 最初に戦った魔理沙や妖怪の山で戦った椛は、フワフワ銃を回避する事もできずに身体がまあるく膨らんでしまった。その次に戦った文については、フワフワ銃の弾丸が無双風神の効果もあって命中弾になるはずの弾丸が、文の周囲を吹き荒れる暴風によって弾かれてしまい、届かないという結果だった。

 それに引き換え、妖夢はのび太の放った必中とも言っていい弾丸を『全部目で見て、剣で弾き、叩き落して』見せたのだ。ただの庭師とは思えない、恐るべき技量である。間違いなくクンタック王子やサベール隊長、海底人のエル、竜騎隊士バンホー、満月美夜子さん、シンドバッド王、キャプテンキッド船長など、これまでにのび太が出会った人物の中で剣を得意とした人たちの中でも、特別に腕が立つと言えるだろう。

 のび太自身、自分の射撃の腕前にはこれまでにも数多くのピンチを自慢の射撃で切り抜けてきたという経験があり、うぬぼれではなしに自分の射撃の腕前には絶対の自信を持っていた。それは、ジャイアンやスネ夫に対しても『僕が負けるはずがない』と二人がここまでのび太が強情張るなんて珍しいと驚かれるくらいのものだったのだけれども、そんなのび太自身も信じられないものを見たように妖夢を見ている。

 そこからも妖夢の剣の腕前が分かるというものだ。

 

「えーっ! 嘘だ……僕の撃った弾が弾かれるなんて……」

「いえ、お見事な腕前でした。私や、私の師匠のおじい様でなければ間違いなく今の一手で勝負は決していたでしょうね。私もまさかあの一瞬で六発の射撃を両手でこなして見せるだなんて、ヒヤリとしましたから」

「じゃあ……次は絶対に命中させてみせます! 弾が足りればいいけど……

 

 妖夢の様子を伺いながら、弾切れを起こしたリボルバーの弾倉へと6発のフワフワ銃用の弾丸を装填しながら今度こそ妖夢にフワフワ銃を当ててみせると決心を新たにするのび太。もっとも、のび太が懸念するように、妖夢をうち負かす前に弾が足りるのか、妖夢に一発を当てる事よりものび太にとってはそちらの不安の方が大きかったりするのだが……。

 だが残念ながら、そんなのび太の不安など妖夢は待ってくれない、と言うよりも待つ理由などない。口には出さなかったが本当なら、のび太が弾を込めている最中に斬りかかってしまえばあっという間に勝負を決する事ができる、その上で敢えてのび太が銃に弾を込め終わるまで律義に待っていたのは、のび太の幻想郷でも一、二を争う銃の腕前である事を認めたため、そんな形でのあっけない決着ではなく万全な状態ののび太をきっちりと負かすため、と言う剣士としての欲が出たからに他ならない。

 

 

「……まさかあんな事までできるなんてね。のび太って本当に人間なのかしら? って言うか紫、外の世界ってあんな子まで、射撃技術を磨かないと生きていけないような修羅の国な訳? もしそうだとするなら、私でも生きていけるか、自信がないんだけれど……」

「あのねえ霊夢、そんな訳ないでしょう。のび太が特別なのよ、あんな射撃技術に優れた子なんてそうそういてたまるもんですか」

「妖夢~、頑張るのはいいけれどもちゃんと勝負が終わったら、庭のお掃除はお願いね~」

「みょんっ!?」

 

 なおも続く、射撃をするのび太とそれをことごとく弾いて一切の直撃を赦さないという妖夢の決闘を観覧しながら、霊夢、紫、そして幽々子が思い思いの感想を口にする。

 幽々子は、その雰囲気にたがわずどこかずれたような感想を口にするが、霊夢と紫は幾度も見たはずなのに、普段のぐうたらでドジでおっちょこちょいな様子からは想像もつかない、のび太が見せたその壮絶な射撃の腕前に改めて慄いていた。と言うか間違いなく妖夢の言う通り、並の相手やそんじょそこらの妖怪程度なら、のび太のあの六連発リボルバーによる一斉射撃×2の先制攻撃があればあっという間に制圧できるだろう。

 

「これでもしのび太が弾幕なんて習得したら、とんでもない弾幕を編み出してきそうね。回避も防御も何もできない、撃たれた瞬間に直撃してるような、一瞬で決着がつく弾幕を撃ちこまれる未来しか想像しかできないわ……」

 

 のび太がもし、弾幕を撃てるようになったら? 今はまだ、何の能力もない普通の子供だから銃の使用を許可しているけれどもこれでもしそんな事が現実になったら、きっとのび太は一瞬で勝負がつくような、そんなとんでもない弾幕を撃ってくるんじゃないカ、そんな想像をして霊夢は独り言ちるのだった……。

 

 




さすがにすぐには終わらない、のび太と妖夢の決闘。
そもそも、フワフワ銃の弾が尽きるまでに妖夢に一発撃ち込む事はできるのか? と言うか、銃vs剣で決闘ってそれでいいのか? 電光丸の出番は?


次回、乞う!ご期待っっっ!!!


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