ダイヤのA×BUNGO (スターゲイザー)
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ACT1
第一話 運命の一球


ダイヤのAとBUNGOにハマったので書いちゃいました。



BUNGOでは名前は石浜文吾ですが、本作では石田文悟と名前を微妙に変えています。
現段階ではまだストレートのみで、変化球は今後習得予定。

家庭環境や家族構成が違うことで、野田ユキオと出会わない代わりに野球に詳しいおじさんにアドバイスを受けた√的な感じで進めて行きます。

ACTⅡでもBUNNGO要素が無いのであればクロスオーバーは外します。




 

 

 

 夏の日の昼下がり、青道高校野球部副部長の高島礼は東京から離れた地のアスファルトを踏んでいた。

 

「ふぅ、暑いわね。踏んだり蹴ったりだわ」

 

 高島の仕事である前途有望な選手のスカウトが上手く行かず、その帰り道で偶々野球場が見えたので電車から降りることにした。

 

「確か今日は試合がやっているはずだったわね。駄目で元々、見るだけ見てみましょうか」

 

 スマートフォンで中学野球の日程を確認すると、聞いたことも無い無名の中学同士の試合があることが分かった。

 このまま何の収穫なしには帰るわけにはいかないが、流石に有望な選手がいるとは思っていない。運が良ければ候補リストに上げれる選手がいるかもしれないと気楽に野球場に入る。

 

「あら、もう7回なの?」

 

 恐らく選手の家族ぐらいだけだろう観客しかいない観客席に出た高島がスコアボードを見ると、既に試合は最終回に差し掛かっていた。しかも、既に2アウト満塁で0-0の終盤も終盤。

 

「の、割には随分と盛り上がっているようだけど」

 

 高島がスコアボードを見るまで試合の終盤と分からなかったのは、野球場を支配する異様な盛り上がりであったから。

 

「この状況なら盛り上がりもするわよね」

 

 両校得点が入らず、最終回2アウトならば例え無名高同士であろうとも盛り上がりはするだろうと納得する。

 

「アンタ、何言ってんだい」

「はい?」

 

 1人で納得していた高島に呆れたような声がかけられ、そちらを向くとビール缶を傍に置いた定年後に暇を持て余して試合を見に来た風情の中年の男がいた。

 

「今、マウンドに立っている投手がノーヒットノーラン目前なんだよ。これが盛り上がらないはずがないだろう」

「へぇ……」

「なんだい、淡泊な反応だねぇ」

「いえ、驚いていますよ」

 

 大きな驚きを期待していた男には悪いが高島は十分に驚いていた。正確には感心していた。

 精々が地区予選の1回戦や2回戦レベルだと勝手に高を括って碌に期待もしていなかったのに、掘り出し物を見つけたかもしれないと興味を唆られたからである。

 マウンドの方を見てみれば、中学生の平均よりかは少し高い程度の細身の少年が集まっている内野手達に何かを言っていた。

 

「あの投手以外は素人って感じでね。満塁になったのもエラーや振り逃げとかでって感じ。まともに打たれたのはまだ一度もない」

「それは、凄いですね」

 

 言われてマウンドを見てみれば、散って行く内野手達の中心で投手の少年が帽子を被り直しているところだった。

 2アウト満塁なのに内野手達の守備位置は定位置で変わらず、特に腰も下ろさずに棒立ちの状態を見るに素人の感じは否めない。

 

「桜ヶ丘中学、か」

 

 スコアボードの中学名を見るもやはり聞き覚えはなく相手中学も同じく。

 この地区自体が決して強くはないとしても、ノーヒットノーランは十分に偉業である。

 

「お、投げるぞ」

 

 高島がスコアボードを見ている間に、投手はセットアップポジションを取っていた。

 遠くからでは分かり難いが深呼吸しているようで、三拍の後にゆっくりとした動きで踏み込んだ。

 オーバースローのフォームで放たれたボールは外角低めの捕手が構えたミットの中にピタリと収まった。

 

「ストライク!」

「あれは振れんわな」

 

 名前も知らない中年の男が言ったように、恐らく球速は130km/h前後ぐらいだろうが外角低めのストライクゾーンぎりぎりのところに投げられたら打者は手を出せない。

 実際、打者は振ろうとして振れずに、捕手が投手にボールを投げている中でコンコンと金属バットをヘルメットに軽く当てていた。

 

「あれ?」

 

 ボールを受け取った投手がミットを触っていない手で膝を指先で叩いたり、右肩を触っている様子を見て高島は疑問符を浮かべた。

 

「もしかして、投手がサインを出してるんですか?」

「らしいね」

 

 ビールを一口飲んだ中年の男が続ける。

 

「5回ぐらいまでは膝を触った時は内角だったけど毎回やってるから相手にも分かって、サインが読まれてるって分かってからは回ごとに変えてるみたい。けどね、サインを読まれて打たれかけた時が凄かったんだよ」

 

 どう凄かったのかが高島には良く分からないので続く言葉を待つ。

 

「こう凄い剛速球を投げたんだ。まあ、あの捕手が取れなくて後逸しちゃったけど」

「今よりも速いと?」

「かなり」

 

 酔っぱらいの話は三割ぐらいしか信用にならないと思っているし、過大な表現をしているだけの可能性もある。

 

「本物か、どうなのか」

 

 帽子の鍔を下に一度下げて投げたボールは低めだったが、打者がバットを振って左方向に流れた。

 ギリギリでファウルラインを超えて、攻撃側のベンチから溜息が漏れた。

 

「帽子の先を下に下げるのは、ただの低めだってバレたな」

「タイムは?」

「さっきのが最後」

 

 つまりはサインを変える時間はないということで、2ストライクに追い込んではいるが厳しいのは守備側であることは誰の目にも明らかだった。

 

「さて、どうする?」

 

 真価を問うのはここだと高島は見極めの目を向ける中で、一度空を見上げた投手が帽子の鍔を軽く触ったのに留めてセットアップに入った。

 今度は踏み込みが深い。

 まるで残っている力の全てを込めたかのように振り被り、投げられたボールは――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 碌に舗装もされていない山道を進みながら高島礼は後悔していた。

 仕事柄、スカウトや視察以外で歩くことが少ないので良い機会だからと送りの車を断ったのが間違いだった。

 

「見栄を張らずに送ってもらえば良かった……」

 

 目当ての人物と家族がいるであろう休日の昼間に訪れようとしたことも失敗の大きさを助長していた。

 森の中なので生い茂る木々のお蔭で日光が直接当たることは少ないにしても、舗装されていない道をあくせくして進んでいると汗がポタポタと流れていく。

 

「なんでこんな山の中に家があるのよ」 

 

 目的の場所は都市部から離れ、辺り一面見渡す限りの山々の奥に家があると聞いた時は奇特な人もいるものだなと呑気に考えていたが、掻いた汗で化粧も流れていくような状況では愚痴の1つや2つも言いたくもなる。

 

「だから、あんなに珍妙なものを見るような目を向けてくるはずだわ」

 

 大きく迂回することになるが車が通れる道ではなく、ショートカット出来るという言葉を安易に鵜呑みにしていた高島を送ってくれた地元のタクシー運転手の目は暫く忘れそうにない。

 

「もう少しのはずだけど」

 

 これでもこの近隣の人達の中では近い方で下ろしてもらい、ショートカット出来るという道を踏破して来たはずなのに進んだ気がしない。

 

「アンテナ立ってないって、どんだけ田舎なの」

 

 道を確認しようとしたらアンテナが立っておらず、取り出したスマホが半分以上役立たずになってしまったことに大きな溜息を漏らす。

 

「真っ直ぐ進めばいいだけらしいから迷いはしないはず」

 

 今まで費やした時間と労力を考えるに、タクシー運転手の言葉を信じて進むしかない。

 

「ん?」

 

 舗装はされていないが踏み均されている道のお蔭で歩き難いことがないのは救いであると考えている最中、犬の鳴き声が聞こえた気がして右側を向く。

 

「――――ワン!」

「キャッ!?」

 

 瞬間、横合いから急に飛び出して来た犬に驚き、疲労の極致にあった膝がガクリと折れた。

 なんとか直ぐ傍の木にしがみ付けたので倒れずにはすんだ。

 犬が来た方角の茂みがガサゴソと音を鳴らし、今度はなんだと高島がそちらを向くと今度は人間が現れた。

 

「あれ?」

 

 良く日に焼けた肌は若く、あどけなさが残る風貌の少年こそが高島がこんな森の中にまでやってきた理由だった。

 

「珍しい。こんな山の中に美人さんが来るなんて」

 

 先程、高島を驚かせた犬が尻尾を振りながら寄って来たのを頭を撫でた少年が近づいて来る。

 

「石田文悟君かしら」

「なんで俺の名前を?」

 

 少年――――石田文悟は警戒するようにピタリと、高島まで後数歩のところで足を止めた。

 

「端的に言えば、あなたのことをスカウトに来たのよ」

 

 不審者ではないというのを暗に示しつつ、暑さで脱いでいたスーツのポケットに入れていた名刺を取り出す。

 

「私は青道高校野球部副部長の高島礼です」

「はあ」

 

 古い高校野球ファンなら全国区で知っている青道の名前を出してもピンと来た様子の無い文悟は差し出された名刺を受け取った。

 

「……………ああ、思い出しました。プロ野球選手を何人も出している有名な学校でしたっけ」

 

 名刺の学校名をしっかりと見てようやく思い至ったらしい文悟に高島は少し苦笑した。

 

「そんな有名な学校の人が俺をスカウトって、本当ですか?」

「ええ、こんなところで話もなんだから君の家にお邪魔させて頂いてもいいかしら」

 

 名刺を見慣れていないのだろう。裏側の白紙側まで見た少年に場所を変えないかと提案する。

 

「分かりました」

 

 少し考えながらも了承した文悟に案内され、実は直ぐそこまで辿り着いていたことに高島は肩を落としつつ森の中腹に立つ広めの一軒家に入った。

 家の大きさに見合った広いリビングに通された高島は出された座布団に座ってようやく一息つくことが出来た。

 

「さっきはすみませんでした。あんまり高校野球に興味がなかったもので」

「いいのよ、気にしないで」

 

 お茶の用意をしている文悟に姿をカウンター越しに見つつ、チラリと大きな窓の外に広がる自然を見た。

 

「自然豊かな場所ね」

「それしかありませんから」

 

 茶葉ってどこだ、と探している文悟の言う通り、自然以外に見えるものは何もない。

 

「近くの家まで4、5㎞離れてるし、学校だって似たようなもんですよ。幾ら自然豊かな場所で俺を育てたかったからって限度があると思いません?」

 

 子育ての方針に何かを言う権利が無い高島は文悟の愚痴にも似た文句に同調することはなく、辺りを見渡した。

 

「ご両親は?」

 

 見つからない茶葉を探すのを諦め、冷蔵庫を開けて取り出したお茶をコップに入れた文悟がリビングにやってきたので聞いてみる。

 

「畑の方に行ってるんで、もう1時間もしたら帰って来ると思います」

 

 高島にコップを差し出し、向かいに座った文悟は正座をする。

 

「足、崩していいのよ」

「これも親の躾でして。目上の人にはしっかりとした態度を、と」

 

 多少、慇懃無礼な面がないわけでもないが基本的に礼儀は守っている文悟に感心しつつ、ならばこれ以上は何も言うまいと決める。

 

「それで、名門校の人がなんで地区予選1回戦負けの投手のスカウトなんて」

 

 全く以て信じられないと顔に書きながら直球に訊ねられた高島は薄らと笑みを浮かべる。

 

「その1回戦の試合を偶々見る機会があって、石田君にただならない可能性を見たのよ」

「負けたのに?」 

「ノーヒットノーランでね」

 

 自分がなんで高評価を受けているのか理解できていない文悟に為した結果で証明する。

 文悟はそれでも信じられないとばかりに眉を顰めた。

 

「最後の暴投を除けば、でしょう。公式記録では押し出しで負けたことには変わりありません」

「あれは捕手があなたの球を取れなかっただけよ」

 

 高島は今でも脳裏にまざまざと刻み付けられた、結果的には押し出しで負けた一投を思い出す。

 

「石田君、あの試合で全力で投げれなかったんじゃないかしら?」

 

 最後に投げた球はど真ん中だったが以前とは球速が全然違った。

 スピードメーターが無かったので確証はないが140km/hを超えていたのではないかという球速で打者も反応出来ず、観客席からでも明らかにノビたと分かるボールを捕手は取ることが出来なかった。

 

「うちの中学、全校生徒合わせても10人ちょっとなんです」

 

 右手で頭を掻いた文悟は一見関係ない話を始めた。

 

「小さな学校だから特定の部活とかなくて誰かがやりたいやつをみんなで協力しようと感じで、その中で野球がやりたいってのは俺1人だけでした。こんな山奥で野球をやれるだけでめっけものですよ」

「全力で投げれなくても良いと?」

「そりゃ投げれるなら投げたいですけど……」

 

 イマイチ煮え切らない文悟に高島は眼鏡の奥の目を光らせた。

 

「今までちゃんとした指導者に教えてもらったことや、刺激を与え合えるライバルもいなかったんじゃない?」

「まあ、そうですね」

 

 勝負はここであると察した高島は一気呵成に攻勢出る。

 

「一度、うちの練習を見学してみない? 高校でも野球を続けるなら全国区の練習というものを見ておいて損はないと思うわ」

 

 全国、という言葉に文悟の瞼が明らかにピクリと震えた。

 

「それと、これはまだ内密の話なのだけれど」 

 

 獲物が餌に反応したので、高島の秘策中の秘策を以て吊り上げる。

 

「あなた達の世代でNo.1キャッチャーが青道に入る予定なの。きっと石田君の全力の球であっても楽々と受け止めてくれるはずよ」

「全力、ですか」

 

 後は吊り上げるだけというところで、急に文悟が立ち上がった。

 

「石田君?」

 

 そのままリビングの窓を開けて外に出た文悟が靴を履いたので、高島も後を追うと目を僅かに見開いた。

 

「これはマウンド?」

「手作りですけど」

 

 リビングの外は大きめの広場ぐらいのスペースが広がっており、その中央は土が盛ってあって野球のマウンドのようになっていた。流石にプレートまではなかったが、ホームベースもしっかりとある。

 

「小さい頃は近くに住む友達に会いに行くことも出来なくて、ずっと家に向かってゴムボールを投げてたら壁が傷んできちゃって父さんがネットを買ってくれたんです」

 

 ホームベースの奥にはネットがかけられていて、使い込み具合からかなりの練習が行われていると推測するのは簡単だった。

 

「作った野菜を卸している人との付き合いで草野球に参加させてもらって、そうしたら捕手までの距離が随分と遠くて」

「壁当ての投球練習では距離感が狂うと言われているわね。横幅と高さだけ目に入って奥行きが感じ取れないから。遠くに投げようとすると、肘が下がってボールが甘くなってしまう」

 

 文悟は直ぐ傍に置かれていた大量の野球のボールが入った籠に手を入れてボールとグローブを取り出した。

 ボールを持った文悟がマウンドに向かっていく後を高島もスリッパを借りて追う。

 

「その草野球にいた昔に甲子園で投げたことがあるって人にも同じことを言われました」

 

 マウンドに立った文悟はグローブを右手に嵌める。

 

「2、3ヶ月に1回しか草野球はやらなかったけど、色んなことを教わりました」

 

 軽くボールを上に放ってキャッチして握りを確認するようにボールを見下ろす。

 

「去年、その草野球も人数不足で無くなって、学校も最後の大会で負けたから野球は止めるつもりでした。推薦をくれた高校には野球部が無かったから」

 

 勿体ない、と口から出かけた言葉を高島は呑み込んだ。

 

「それでも俺はまだ野球をやりたい!!」

 

 真っ直ぐに立ち、軸足を少し曲げて力を溜めた文悟は並進運動で大きく踏み出した前足の着地と同時に軸足を内旋した。一度も止まることなく前足を外旋して腰・胸・肩を回転させて生み出して来たパワーを指先で弾いて爆発させた。

 斜め後ろから見る高島の目にはストライクゾーンのど真ん中を通ると思われたボールはホップしたかのように浮き上がったように見えた後、大きな音を立ててネットに突き刺さった。

 

「高島さん」

 

 投げ終えたその姿に青道のユニフォームを着て1番のエースナンバーを付けた姿を幻視した。

 

「練習、見に行かせてもらっても良いですか?」

 

 勿論、高島に拒否する理由などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定よりも大分早く一度帰って来た両親と話をして、息子が決めたことならばと見学が決まった後で高島は気になっていたことを聞くことにした。

 

「あの試合の後、あなたのことを探したのだけれど見つからなかったのよね」

「ああ、それは簡単ですよ」

 

 迎えのタクシーを呼んで待っている間、雑談のつもりで聞くと文悟は口を開く。

 

「あの後直ぐに卓球の大会もあったんで、みんなでそっちに行ってました。あ、これ個人戦のトロフィーです」

 

 壁際に飾られていたトロフィーを渡されて見ると、個人戦3位入賞と書かれていた。

 

「ああ、推薦って卓球の」

 

 妙な納得を覚えた高島は東京へ戻っていくのだった。

 

 

 




主人公・石田文悟

身長・高め
家族構成・両親と文悟のみ
ごっついストレートを投げる
中学は人数がギリギリしかおらず、卓球の方が人気あり
弱小の上にやる気がないので一回戦負け
試合に出てもらう為に卓球の大会に出たら個人戦で入賞





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第二話 捕手

 

 

 

 新幹線に乗って東京へとやってきた石田文吾は駅で迷っていた。

 

「分からん。東口はどっちだ?」

 

 電車に乗ったこと自体が少ない文悟は案内板を前にして唸る。

 改札を出るのは電車を降りた人達に付いて行ったので問題はなかったが、高島礼との約束の場所である東口がどこにあるのか分からない。

 家のある山の近辺はどこであろうと現在地が分かるのに駅構内の地図を見ても自分がどこにいるのかさっぱりであった。

 

「人に聞けばいいんだけど、東京の人はセッカチだ」

 

 歩く速度が速過ぎて聞くタイミングが掴めない。

 駅員の人もどこにいるのか分からず、こうやって案内図を見ていることしか出来ない文悟だった。

 

「石田君」

 

 もう泣きたくなってきた文悟に聞き覚えのある声がかけられた。

 文悟が後ろを振り向くとスーツ姿の女性――――――――高島礼が立っていた。その豊満な胸元を見て、それから顔を見た文悟は安心から大きな息を漏らした。

 

「探したわよ」

「東京は怖いところです」

「大体、みんな最初はそう言うわ。こっちよ」

 

 青少年のパトスに理解のある高島は文悟の視線を意に介さず、先に立って歩き始めた。

 文悟は慌てて後を追い、高島の車に乗って一路青道高校へと向かう。

 

「さあ、着いたわよ」

 

 助手席の窓から見るともなしに流れていく東京の街並みを眺めていると、高島の声に運転席側を見て目を見開いた。

 

「これが我が校が誇るグランド設備よ」

 

 文悟の中学の運動場が小さく見えるほどのグラウンドが2つもあり、駐車場で車から降りてその内の1つに入る。

 

「あっちには雨天練習場もあるし、向こうには野球部専用の寮もあるわ」

「みんな、凄い気迫ですね」

 

 見たことのない設備、汗水を垂らして走り回る部員達に文悟は圧倒されて聞いていなかった。

 

「ウチの部員の半分は他県出身者。所謂、野球留学というやつね」

 

 もしも、文悟も青道に入るとなれば同じ立場となる。

 

「野球留学については批判もあるわ。地元の選手が出場できないとか、選手の能力にしか興味が無いとか、そんな意見がどこまでも付いて回る」

 

 公平という観点でいえば、どう見ても沢山のお金をかけている青道は不公平と言えるだろう。

 選手を育てるのは環境であり、その環境を整えるのにはお金がかかる以上はやむを得ないとしても不平不満はどうしても出る。

 

「でも、私はそうは思わない」

 

 文悟も高島と同じ思いだった。

 持って生まれた資質や才覚の違いはどうやっても出てしまう以上は本当の意味での公平などありえない、文悟が仲間を得ることが出来なかったように。

 

「現在、高校野球のレベルは日本が世界一と言われ、プロ選手だってメジャーの一線で活躍している時代。誰よりも野球が上手くなりたいという一念だけで、僅か15歳の少年が親元を離れてより厳しい環境で己の能力を磨き鍛え上げる」

 

 その熱意と情熱は決して他者が否定できるものではないと高島は語る。

 

「私はね、そういう覚悟と向上心を持った選手達を心の底から尊敬するわ」

 

 文悟は視線を高島から離して練習を続ける部員達を見た。

 グラウンドに満ちる今まで文悟が一度たりとも感じたことのない異様な緊張感は肌がビリビリと痺れるほどだった。

 

「燃えて来たって顔をしてるわ」

「え?」

「顔、笑ってるわよ」

 

 言われて顔を触らずとも、誰よりも文悟自身が笑みを浮かべていると自覚していた。

 

「今、物凄く投げたい気分なんです」

 

 この雰囲気に看過されたこれほどにボールを投げたいと思ったことはないほどに、腕が疼いて疼いて仕方ない。

 

「じゃあ、投げてみる?」

 

 無意識に手がボールの握りをしている文悟に、目論見通りの展開に高島が笑みを浮かべながら提案する。

 

「投げて良いのなら」

 

 文悟にとっても願ったり叶ったりの状況に鼻息も荒く頷く。

 今のところは想定通りに推移しているので、文悟を更衣室に案内して着替えてもらっている間に少し離れて目的の人物を探す。

 すると、高島の目的の人物はタイミング良く更衣室近くにやってきていた。

 

「クリス君、丁度良い所にいた」

「何か?」

 

 1年生ながらも名門である青道高校の正捕手を勤めている滝川・クリス・優は高島に声をかけられて顔を向ける。

 

「今、手は空いているかしら?」

 

 事前にクリスの練習予定を確認して、この時間帯に手が空いているのを知っているのを隠して訊ねる。

 

「室内練習場に入るのが30分後なのでそれまでは」

「なら、お願いがあるのだけど」

 

 普段、高島は練習の間に部員に声をかけることは少ない。

 にも関わらず、お願いまでするなど今までなかったことだからクリスは肩眉をピクリと上げた。

 

「なんでしょう」

「そう警戒しないで。変なことを頼んだりしないから」

「だと、いいんですが」

 

 高島が副部長の立場にいる人間で、青道に対する情熱ならば片岡監督並であると常々感じているクリスもそこは信用していたが、監督や部長の大田を通さないことが不審を覚えさせている。

 

「中学生の子が見学に来てて、今着替えてもらっているわ」

 

 監督と部長を通さず、そして捕手である自分に直接に話を持ってきて、中学生の見学者が着替えているともならば簡単に想像がつく。

 

「その中学生は投手で、俺にボールを受けろということですか」

「話が早くて助かるわ」

 

 これは計られたか、とクリスは思わないでもなかったが高島が正捕手である自分に受けてほしいとまで言わせる中学生投手に興味が湧いた。

 

「中学生をマウンドに上げたら高野連が黙っていないのでは?」

「大丈夫よ。室内練習場なら隠し通せるから」

「副部長として問題のある発言のような気が」

「何も問題はないわ」

 

 一応、説得しようとした体裁は整えたクリスは仕方ない体を装いながら先に室内練習場に向かい、準備を始めるのだった。

 クリスは予定より早い室内練習場入りの理由を聞かれても説明せず、プロテクター等をしていると高島が先導して見覚えのない少年が入ってくるのを見て立ち上がった。

 

「彼がウチの正捕手よ」

「滝川・クリス・優だ。よろしく頼む」

「石田文吾です。今日はよろしくお願いします」

 

 中学生だから線は細いが握手した手は大きい。

 持ってきたというグローブを付けて、渡したボールで軽くキャッチボールをした際に徐々に投げる速度を上げても対応してくるのを見たクリスは、未だ室内練習場にいる他の部員に何の説明もしないまま座った。

 

「投げれる球種は?」

「…………ストレートだけです」

「分かった。最初は軽くでいい。気楽に投げてみてくれ」

 

 中学生ともなれば変化球の1つや2つは投げるものだが、ストレートだけとは流石に予想していなかった。

 そのことに対して本人も思うところがあるのだろう。言い難そうにする文悟を安心させる為に軽く笑みを浮かべ、初見なのでど真ん中にで様子を見ることにした。

 

「行きます」

 

 セットアップポジションを取った文悟が腕を振りかぶって投げた。

 クリスが軽くでいいと言ったので、文悟も本当に軽く投げたのだろう。体に力みも無く、綺麗なフォームで投げられたボールはクリスの体感で120㎞/hを軽く超えていた。

 構えていたキャッチャーミットにピタリと収まったボールにクリスは少し感心した。

 

「良いボールだ。続けて行こう」

 

 そして10球ほど、外角と内角、高めと低めに構えてもピタリと収まるコントロールは上等な物である。しかし、本気で投げてもコントロールを維持出来ていれば、であるが。

 

「アップはこれぐらいでいいだろう。ギアを上げて行くぞ」

 

 パン、と一度ミットの内側を叩いたクリスは文悟を見極める為に目を細めてキャッチャーマスクを被る。

 

「ふっ!」

 

 相変わらず力みのないフォームで投げられたボールは、バンと大きな音を立ててクリスが構えていた内角にドシンと来た。

 130㎞/hは確実に超えている。先程よりかはコントロールにズレが生じているが問題にするほどのズレではない。

 

「次」

 

 ボールを投げて受け取った文悟が薄く笑みを浮かべてまた踏み込む。

 

「――――――」

 

 今度投げられたボールは更に速度を増していた。

 まだ本気で投げていないのかと驚きつつも、どこまで行けるのか見てみたい欲求がクリスの中にも起き上がった。

 

「全力で来い、ここに」

 

 言ったクリスが構えたのはストライクゾーンのど真ん中。

 ピクリと眉を動かした文悟は僅かに逡巡するようにグラブを揺らす。

 130㎞/hを超えても軽く投げている文悟が本気で投げたら同じ中学生レベルでは捕球するのは難しいのは簡単に想像できる。先程の躊躇いも、クリスが自分の本気を受け止められるのかと不安に感じた為と見えた。

 

「案ずるな。これでもキャッチングには自信がある。何も考えずに投げてみろ」

 

 コクリ、と頷いた文悟は一度大きく深呼吸をして振りかぶった。

 ワインドアップポジションで、変わらぬ力みのないフォームが流れるように動いてボールが放たれた。

 

(先程よりも断然速いが)

 

 速度は今までよりも段違いに速い。

 恐らく150㎞/h近いボールは要求した位置よりも大分低く、それどころか地面にワンバウンドしそうな勢いだった。

 

(これは低過ぎる。地面に当たるか――っ!?)

 

 ボールが地面に跳ねたことを計算してグラブを微かに上げたクリスの目が開かれた。

 何故ならば地面に当たることなくホップしたように見えたボールがグラブの中に収まっていたのだから。

 

「すみません、少し浮きました」

「いや……」

 

 謝る文悟にクリスは驚きでそれ以上の言葉を発することが出来ずにいた。

 

「もう1球、頼む」

 

 今の球が本物であるかを早く確認する為、文悟にボールを投げてクリスは座った。

 全く変わらないフォームで130㎞/hから150㎞/h近い球を投げ分けられるのは捕手としてはやりやすい。球速を上げていく毎にコントロールにズレが生じるのは困りものだが、先程のホップしたボールがクリスの想像通りだとしたら。

 

(見極めてみせる、お前の本気を)

 

 クリスが構えたのは低めと見て取った文悟が投げる。

 

「っ!?」

 

 先程よりも更に低い弾道で、今度こそ地面に当たるのではないかと錯覚しながらも収まったのは構えていた場所よりもボール2つ分だけ上だった。

 

(回転(スピン)だ! 回転量が全く違う……)

 

 ホップしているように正体は、ボールが真っ白にしか見えなかった。回転量が多い証拠である。

 

(球速は体感しているよりかは速くない。150㎞/hを超えていると思ったが恐らく140㎞前半ぐらい。あの異常な回転量が球速以上に速さを感じさせているんだ)

 

 直球の軌道は回転量で大きく変わる。

 回転が多ければ重力に逆らって伸び、回転が少なければ重力に従って沈む。文悟が投げる球は前者であった。

 

「ナイスボール」

 

 混じりけの無い本音を告げながらクリスがボールを投げ返すと、文悟は驚いた顔をしていた。

 

「どうした、そんなに自分の本気を取られたのがおかしいか?」

「いえ、今まで誰も取れなかったので、こんなに簡単に取れる人がいるなんて思いもしませんでした」

「無理もない」

 

 文悟の驚きに納得する。

 野球をやっている者なら浮き上がるようなストレートを打つことも取ることも難しいだろう。それこそ一流の捕手でなければ。

 自分がその一流の捕手に含まれるかは別にして、初見であったならばクリスも打つことは叶わなかっただろう。

 

「もっとコントロールがあれば良かったんですが」

「狙った場所よりも高めに浮くようなら、最初から狙う場所その分だけ下げてみるといい」

 

 回転が効き過ぎて狙った場所よりも高めに浮いてしまうのは文悟自身には自覚がないようなので、折角のストレートを消さない為にその分だけ狙う場所を下げれば解決すると話す。

 高めに浮き過ぎればストライクゾーンを外れてボールになるギリギリの場所にクリスはミットを構えた。

 

「やってみます」

 

 今度投げられたボールはクリスが構えた場所よりもボール1個分上に外れた。

 

「ボール、だな」

「はい……」

「だが、先程よりも狙いはよくなっている。もう少し続けよう」

 

 その後も20球ほど全力投球を行った後でクリスは切り上げることにした。

 

「ここまでにしておこうか」

 

 結局、ボール1個分の誤差を埋めることは出来なかったがストレートしか投げれなくても、クリスの同学年である丹波光一郎よりもコントロールは良い。

 

「まだ投げれます」

「悪いが練習があるんでな。これ以上は周りにバレるかもしれん」

 

 青道の人間ではない文悟に勝手に室内練習場を使っているのが監督にバレたら幾らクリスといえども立場が悪くなる。

 

「納得は出来ていなさそうだな」

 

 分かりやすく顔に書いてあることを指摘すると文悟もばつが悪くなって顔を伏せた。

 

(投げたいと思うのは良いことだ。投手は自己主義(エゴイスト)の方が伸びる)

 

 周りのことが考えられないほどに熱中するのは悪いことではない。

 

「来年にうちに来れば存分に投げられるぞ」

 

 軽く投げた分も合わせて30球以上投げて汗一つ掻いていないのだから相当に体力もある。ここで問題を起こしてスカウトの話を棒に振るのも、文悟に満足されて他の高校に行かれるよりもこの方が良いとクリスは判断した。

 

「必ず青道に入ります」

「良いことを聞けたわ」

 

 もっと投げたい病に罹患している文悟が言った直後、何時の間にかいなくなっていた高島が室内練習場の入り口に姿を見せた。

 

「良い顔をしているわ。クリス君に任せて正解だったようね」

 

 文悟の発言と聞き、明らかに変わった顔を見て手応えを感じた高島が歩み寄って来る。

 

「残念だけど時間切れだわ。石田君、着替えて来てもらっていい?」

「…………分かりました」

 

 物凄く不承不承といった顔でクリスを見た後、室内練習場から出て行って着替えに行った文悟の背中を見送った高島がクリスの方を向く。

 

「どうだったかしら、彼は?」

 

 その質問の意図を理解できないほどクリスは愚鈍ではない。

 

「逸材、でしょうね。荒削りながらもダイヤモンドの原石って言葉が頭に浮かぶほどに」

「東京No.1捕手の太鼓判が貰えるなら私も誇らしいわ」

 

 別に東京No.1捕手のつもりはないのだが、と内心で思いながらクリスは先程のストレートを思い出す。

 

「東京ブロックは強豪犇めく激戦区。どんなに努力しても報われないかもしれない。だけど、あいつがうちに来てくれれば」

 

 幾らクリスが優れた捕手であろうとも、その能力を引き出す投手自体の性能が低くてはどうしようもない。

 そのことを良く知る高島だからこそ文悟に期待していた。

 

「来年には御幸君も青道に来てくれる。石田君と2人が青道の柱になってくれれば」

「投手の石田はともかく、俺は捕手の座を御幸に譲る気はありませんよ」

「あら、頼もしいこと」

 

 既に青道への入学が決まっている1つ下の世代でNo.1との呼び声も高い御幸一也の名を出せば、一度も負けたことが無いとはいえクリスも負けん気が表に出て来る。

 

「何にしても楽しみです、来年が」

 

 青道にとっても、クリス自身にとっても大きな存在となる2人が入学するまで後半年。

 

 

 



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第三話 青道入学

 

 

 夕方の黄昏時。夜に向けて暗くなる道を進み、青道高等学校の正門を潜って歩く人影が2つ。

 駅から付き添ってくれた高島礼に付いて歩きながら石田文悟は、これから通うことになる校舎を見上げる。

 

「寮の荷物を片付けたら今日はゆっくり身体を休めておいてね」

 

 知らず足を止めていた文悟に振り返った高島が言った。

 

「春休み中でもウチの練習は朝からハードだから覚悟しておいた方が良いわ」

「覚悟の上です。大丈夫ですよ、これでも鍛えて来ましたから」

 

 止めていた足を踏み出した文悟は自信と共に言い切る。

 隣に立って歩く文悟の体格が以前とは見違えるほどに大きくなった文悟に、その言葉に偽りはないと高島も認めるしかない。

 

「体が大きくなったわね。背が伸びたというのもあるんでしょうけど、一回り分厚くなった感じがする」

「クリス先輩がくれたトレーニングプランのお蔭です」

「頑張ったのは石田君自身の努力の成果よ」

 

 半年前、青道に見学に来た帰りに文悟の前歴を聞いたクリスが後日に送ったトレーニングプランをこなしたことで文悟の体は高校に入学したばかりとは思えない程の圧力を秘めていた。

 

「180㎝には届いている?」

 

 高島は文悟の前に出て、自分との目線の違いを確認する。

 

「この前、計ったらギリ180でした」

 

 妙齢の女性に無自覚に近づかれた文悟は女性慣れしていないこともあって心持ち腰が引けつつも答える。

 

「随分と伸びてるわね。どこか痛くなったりしてない?」

 

 胸が触れるか触れないかぐらいの距離感から身を離した高島はこの急成長が逆に心配だった。

 

「しっかりとストレッチをやっていますから全然」

 

 元から娯楽がほぼ皆無な山暮らしの所為で運動系ばかりしかやることがなく、テレビは専らプロ野球観戦しか見る気の無かった文悟は小さい頃から暇潰しに風呂上りに柔軟体操をずっと続けていた。

 柔軟体操はクリスのトレーニングプランの中にもあって、今では体操選手にも負けない柔らかさであると密かに自負していて文悟が人に自慢できる数少ないものであった。

 

「なら、良かった」

 

 スポーツをしていれば、どうしてもケガはつきものだが事前に防げるのならばそれに越したことはなく、特に体が成長期にある時は怪我しやすいからこそ大人が気を付けようと高島も心掛けていた。

 

「これで私のスカウトとしての役目も終わりね」

 

 再び歩き出した最中、高島は感慨深げに言った。

 

「慣れない環境に最初は戸惑うかと思うけど、私は自分の眼を信じるわ。頑張ってね、未来のエース」

「はい!」

「良い返事」

 

 その直ぐ後、高島とは青道野球部の寮である青心寮の入り口で別れ、文悟は1人で自分に与えられた部屋を探す。

 

「部屋は2階の11か」

 

 鞄からメモを取り出して確認し、階段を上って2階に上がり順番に部屋の番号を見ながら歩く。

 

「ここか」

 

 端から2番目の扉に『11』と書かれているのを確認して、ドアノブに手を伸ばそうとして直ぐ傍に同室者になるネームプレートを見つけた。

 

「東清国とクリスさんっ!?」

 

 前者は知らないが後者については大恩人である滝川・クリス・優の名がしっかりと刻まれていた。

 尊敬するクリスと同じ部屋に成れた驚きと喜びに思わず叫びを上げた文悟の大声に、直ぐ傍の部屋の中からドタドタと大きな足音が連続する。

 

「誰じゃこんな時間に! やかましいぞ!!」

 

 ドアを強く開けた張本人である東清国の手にはドア越しに何かが当たった反動が返って来た。

 

「あん?」

 

 文句を言ってやろうと意気込んでいた東はドアを開けても誰もいないことに声を漏らし、直ぐに先程の手応えの意味に辿り着いてドアを少し引いた。

 

「………………今年、青道に入学する石田文悟です。夜分に五月蠅くして申し訳ありません」

「石田って同じ部屋になる…………俺も急に開けて悪かったから、まずは鼻血を拭けや」

 

 ドアで鼻を強打したのだろう。タラリと鼻血を流す新入生に毒気が抜けた東は文悟を部屋に招きながらティッシュペーパーを箱ごと投げて渡した。

 

「ありがとうございます」

「久しぶりの再会がこれでは締まらないな、石田」

 

 ティッシュペーパーを丸めて鼻血が出ている穴に突っ込んで塞いでいると、机に向かって座っていた様子のクリスが椅子から立ち上がっていた。

 

「あっ、クリスさん。お久しぶりです。お元気でしたか?」

「ああ、元気だとも。災難だったな、いきなり」

「あれは大声を出した自分が悪いですから」

「なんや、この新人のことをクリスは知っとるんか」

 

 気安いやり取りをする新人と正捕手に興味を持った東が話に入る。

 

「半年ほど前に石田が見学に来た時に話す機会があって。それから偶に連絡を取り合っていたんですよ」

「ほぅ」

 

 即ちその時からクリスが目をかけていたと解釈した東が改めて鞄を床に置いている文悟を見る。

 

「身長は丹波より少し低いぐらいか。けど、厚みは全然違うのう。よう鍛えとる」

 

 どれ、と肩や背中と伝って足まで順番に触って確認すると、柔らかいながらもガッシリとした感触に感心する。

 

「クリスさんの教えの賜物です」

 

 尊敬を隠しもしない文悟の姿に、よほどクリスに惚れ込んでいるらしいことを見て取った東は軽く笑った。

 

「何を教えたんや、クリス。この惚れ込み具合は尋常じゃないで」

「体造りと一通りの野球術だけで、そんな大したことは教えてません。ここまで仕上げて来るとは俺も思っていませんでしたが」

 

 一通りというには尊敬具合は大きすぎるような気もした東がその理由を考えている間にクリスが立ち上がり、文悟の前に立って高島がやったように身長を計る。

 

「話には聞いていたが随分と身長も伸びた。その身体を見ればどれだけ努力したかが分かる。良く頑張ったな」

「ありがとうございます!」

 

 同室なのだから文悟本人から尊敬する理由を聞く機会もあるだろうと考えていると、階下から「うわぁあああああああああああああ!! 出たぁぁぁぁ!!」と叫ぶ声が聞こえた。

 

「ったく、増子の部屋やな」

 

 毎年のことなので驚きもしない東がガシガシと髪の毛を掻いていると、階下の叫びの理由を知る由もない文悟がキョロキョロとしている。

 

「何があったんでしょう?」

「あの部屋は毎年、新入生を脅かす習慣がある。その犠牲者が出たんだろう」

「毎年のことやからな。お前は運がええで。俺達と同じ部屋でな」

「はぁ……」

 

 あまり有難みが分かっていなさそうな文悟を床に座らせ、その前に座った東の斜め前にクリスも座った。

 

「遅れたが自己紹介をしとか。ようこそ青道野球部へ。俺はキャプテンの東清国、ポジションは三塁手(サード)や」

「滝川・クリス・優。知っているだろうが捕手(キャッチャー)だ」

 

 年長者らしく場の流れを掴んで自己紹介をする東と引き継いだクリスに文悟は正座で応える。

 

「桜ヶ丘中学出身、石田文悟です。ポジションは投手(ピッチャー)です」

「投手やと?」

 

 その言葉が示すものとクリスが目をかけているという二つの意味を正しく理解した東が改めて文悟を見る。

 

「投げる球種は?」

「ストレートだけです……」

「そのストレートが一級品ですよ」

 

 まさか変化球の一つもないとは思っていなかった東が一瞬落胆するも、クリスの保証に実物を見るまでは評価しないでおこうと決める。

 

「クリスにここまで言わせてるんや。信頼を裏切ったら承知せえへんで」

「……はい!」

 

 返事だけは既に一級品と認めつつ、話を進める。

 

「うちの大体の1日の流れを教えとこか。メモはいらん。これぐらい一発で覚えい」

 

 大事なことなので横に置いてある鞄からメモ出来る物を取り出そうとした文悟を止める。

 

「先輩」

「大体、俺らと行動は一緒なんや。直ぐに覚えるわ」

 

 クリスが苦言を呈そうとしたが東の言う通り、3年・2年・1年が同室になるのは先輩が後輩に教える為である。当然、後輩が規則違反をした時は先輩も連帯責任を負わされるので、必然的に面倒を見ることになる。

 

「朝の起床は5時30分。普通より大分早いけど、起きれるか?」

「何時もそれぐらいに起きてるので特に問題はないです」

 

 どんだけ早起きやねん、とは東が心の中で思っただけで言うことはなかった。

 

「6時から朝練があって遅刻は厳禁や。うちの監督は規則に厳しいが遅刻にはもっと厳しい。同じ部屋のもんも連帯責任を負わされるからな。もし、夜更かししても叩き起こすからな」

「肝に銘じます」

 

 実際、遅刻した者が朝練が終わるまでタイヤを引っ張って走る光景は何度も見て来て、自身も一年の頃に走らされた経験のある東はキャプテンという立場もあって遅刻を認めない。

 

「1時間半、朝練やって朝食は7時30分から。食事は体作りの基本、どんぶりは3杯以上食べんとあかんで」

「5杯はいけます」

「きつい練習後でも同じ台詞を聞きたいもんや」

 

 口では何とでも言えるが、今まで1年で3杯を問題なく食べられたのは、食べるのが好きな者などに限られる。

 

「クリスでも無理やったしな」

「最初の頃だけですよ」

 

 クリスでも出来なかったと知ると文悟も少し不安になったらしく表情に影が落ちた。

 

「日中は授業に出て、午後練は16時から。幾ら野球が上手かろうが赤点とったら試合には出られんから授業中に寝たらあかんぞ」

「頑張ります」

 

 少し気負っている感じのある文悟に満足しつつ、東は残りのスケジュールを頭の中で組み立てる。

 

「19時30分から夕食と風呂や。寮母さんが栄養バランスを考えて作ってくれて、食堂ではテレビに近い方から3年から順にレギュラーが座ることになっとる。風呂は共用で監督も入るから覚悟しとけ」

 

 後は何があったかと指折り数える。

 

「風呂入ったら基本的には自由時間や。試合直前にはミーティングすることもあるが、空いた時間は個人練習するも良し、遊ぶも良し。好きにしたらええ。まあ、大体こんなもんやな。何か質問はあるか?」

「クリスさんは何時、俺の受けてくれますか?」

「それは質問やないやろ」

 

 確認である。第一、青道のレギュラーであり不動の正捕手であるクリスに入学したばかりの1年生が受けてもらおうなどとは気が早すぎる。

 

「直ぐにでも受けてやりたいが明日も早い。成長を確認するのは、また今度にしよう」

「絶対ですよ!」

 

 どうにも自分に対する尊敬度が足りないとは思いつつも、自分は大人なのだと言い聞かせてその日は寝ることにした。

 

 

 



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第四話 最悪のファーストコンタクト

感想でもありましたがBUNGOでは名前は石浜文吾ですが、本作では石田文悟と名前を微妙に変えています。
現段階ではまだストレートのみで、変化球は今後習得予定。

家庭環境や家族構成が違うことで、野田ユキオと出会わない代わりに野球に詳しいおじさんにアドバイスを受けた√的な感じで進めて行きます。

ACTⅡでもBUNNGO要素が無いのであればクロスオーバーは外します。



 

 まだ朝靄も晴れない早朝。それどころか太陽が欠片も出ていない頃から文悟は起きた。

 

「………………」

 

 文悟は寝つきも良ければ寝起きも良い。とはいえ、一発で目を覚ました文悟は見覚えのない二段ベッドの天井に自分がどこにいるのか理解が追いつかなかった。

 

「そうか」

 

 直ぐに自分が青道に入学したこと、東と尊敬するクリスと同じ部屋になったのだと思い至り、横を見れば二段ベッドの下に巨体が、上には文悟と大きな差はない体格が寝ているのを見る。

 枕元に置いた時計を見れば起床時間である5時30分よりも15分ほど早い。何時もよりは15分遅いのだから緊張していたらしい。

 下手に物音を立てて二人を起こすのは忍びないと、掛布団だけを避けて敷布団の上で軽く柔軟体操をする。

 

「ふぅぅぅぅぅぅぅ」

 

 静かに長く息を吐きながら前屈をすると伸ばした手が踵をしっかりと掴み、額が足につく。

 

(今日は少し固いか)

 

 寝慣れていない布団なのもあって、何時もより眠りが浅かったのかもしれないと思いつつ、初練習に向けて体を解すことを続ける。

 

「早いな、文悟」

 

 10分ほど柔軟体操を続けていると、二段ベッドの上段からクリスが声をかけてきた。

 すると、その声に下段の東が身動ぎする。

 

「おはようございます、東先輩、クリス先輩」

「……………ふわぁ、おはようさん」

「おはよう」

 

 頃合いを見計らって文悟が挨拶すると、東が巨体には小さすぎるベッド上で片手をついて体を持ち上げながら返し、クリスも上段から降りて来る。

 

「また、随分と早いのう。ちゃんと寝れたんか?」

 

 ベッドから出て来てTシャツの裾から腹を掻きながら立ち上がった東の質問に、掛布団を畳んでいた文悟が顔を上げる。

 

「ぐっすりと。ただ、環境が変わって少し緊張してるのかもしれません。起きるのが15分も遅くなってしまいました」

「遅くなったって、初めて聞いたわ」

 

 邪魔にならないように三つに折った布団を折って二段ベッドの下段から出て来た文悟の言葉に東は呆れていた。

 

「そうなんですか?」

「何時もはどれだけ起きるのが大変だったのかを聞くからな」

 

 クリスが理由を言っても文悟は良く分かっていない様子であった。

 

「あんな早うに寝とったらそれも当然か」

 

 歓迎会をしてやろうと思っていたのに22時前には寝ると言い出した時には小学生かとクリスと話していた東は納得した。

 

「早寝早起きが習慣付いているのは良いことだ」

 

 話を聞いた限りでは文悟の習慣を必ずクリスが肯定的に見る所為で尊敬を高めているのだろう。現に今も飼い主に褒められた犬状態の文悟を見た東は深く深く納得してしまった。

 

「朝練の前になんか摘まんどくか。文悟はバナナ何本食う?」

「2人は?」

「その言い方だと食う気満々やな」

「ゼリーかヨーグルトを1つずつとして、バナナは1人2本で十分でしょう」

「そうやな」

 

 朝食があるにしても、3人が3人とも180㎝越えなのだから朝練の前に何か食べないと体が持たない。

 直ぐにエネルギーに代わるバナナが6本1房なので等分に割り、備蓄してあるゼリーかヨーグルト各一つで東を納得させたクリスは、文悟を食堂に案内がてら一緒に連れて行く。

 

「食堂にある共同冷蔵庫に自分の物を入れる時は必ず自分の名前を書くように。でないと、勝手に食べられるからな。偶に書いてても食べられる時があるから早く食べるようにな」

「了解です」

 

 説明しつつ1階に降りて食堂に入ると、既に先客がいた。

 

「増子」

「ん? クリスか」

 

 鍵が開いていたので先客に驚かなかったクリスが冷蔵庫に上半身を突っ込んでいる男に声をかけると、振り返った増子透はバナナを口にしながら答える。

 

「また一番乗りか」

「腹が鳴って起きてしまう」

「流石は俺達の世代で最初から3杯いけた男。食欲とパワーは学年一だな」

 

 呆れているのか、感心しているのか、半々のような口調のクリスの後ろに立っていた文悟に増子も気づいた。

 

「ほう、そいつがそっちの新人か。随分と体格が良い」

「石田文悟です。これからよろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

 

 この体格(ガタイ)はクリスが鍛え上げてくれたものと自負している文悟は、褒めてくれた増子を良い人と認めて頭を下げる。

 

「まだバナナは残ってるか?」

 

 文悟と頷いている増子を見て薄く笑みを浮かべたクリスが訊ねる。

 

「後1房なら」

「あまり食い過ぎるなよ」

「善処する」

 

 増子が取ってくれたバナナとゼリー、ヨーグルトを受け取ったクリスと一緒に部屋に戻る。

 

「さっきの増子はキャプテンと同じサードでだな。ポジションが被っていることもあってレギュラーじゃないが代打で良く出る打撃(パンチ)力がある。もしも、お前がレギュラーになった時に助けになってくれるだろう」

 

 クリスのアドバイスが間違っているはずがないと心のノートに書き込んだ文悟が朝食未満のバナナとヨーグルトを腹に収め、着替え諸々の準備を終えると外に出た。

 

「じゃあ、また後でな」

 

 キャプテンである東とは直ぐに別れ、クリスに先導してもらってグラウンドに出ると数人先客がいた。

 

「おう、クリス。そいつがお前の部屋の新人か」

 

 顎の一部分だけチョビ髭を生やした目付きの悪い男が話しかけて来た。

 

「ああ、こいつは」

「紹介はいい。どうせ後でやるんだからな」

 

 と言いつつも、ジロジロと文悟を見て離れる。

 

「センターを守ってる伊佐敷純だ。見てくれは悪い奴だが良い奴だぞ」

「褒めてんのか、それ? つか、誰が見てくれは悪い奴だ」

「せめて、その髭を剃ってから言って欲しいな」

「言うじゃねぇか、おい」

 

 あまり表情が変わらないクリスに対して、伊佐敷は一昔前の不良(ヤンキー)がメンチを切るように下から睨めつけている。

 

「こらこら後輩の前でじゃれ合わない。困ってるだろ」

 

 自分が原因の諍いにどうしたらいいかと文悟が困っていると、話し方からして先輩らしい人が伊佐敷よりも小柄な体で割って入った。

 

「1年はあっち。ほら、行っておいで」

 

 名前も知らない先輩に背中を押されるようにして、続々と集まっている一年生の列に入る。

 まだ数人しか揃っていないが、隣には目が悪いのか眼鏡をかけた男が眠そうに欠伸をしていた。

 

「おはよう」

「…………おはよう、ふわぁ」

 

 取りあえず挨拶をしてみると、眼鏡の男は大きな欠伸をした。

 

「眠たいのか?」

「まだ6時前だってのに元気な方がおかしいって」

「そうか?」

 

 文悟にとっては日の出前に起きることが当たり前なので、特段負担には感じないがやはり普通はそうではないらしい。

 全く以て平気そうな文悟に眼鏡男は胡乱気な眼差しを向ける。

 

「おたく、出身は?」

「長野」

「また遠い。体格は良さそうだけどポジションは外野か?」

「いや、投手」

 

 自分のポジションを告げると、眠たげだった男は僅かに目を開いて文悟を見る。

 

「俺は捕手だし、関わることがあったらよろしく頼むわ」

「こちらこそ、その時は頼む」

 

 話すことで眠気覚ましにもなったのだろう。眼鏡男の眠そうだった目が覚醒に向かっている中で、周りに目をやった文悟は大分人が集まっていることに気付いた。

 

「ん、来たぞ」

 

 恐らく自分達がいる二列は1年で、その前にバラバラに立っているのが2、3年であると考えて何人いるのかと呑気に文悟が数えていると、隣の眼鏡の男がボソリと言った。

 

「――はようございます!」

 

 朝靄を切り裂くように文悟と身長は変わらないものの、更に厚みを増したような体格の人物が現れた途端、朝の挨拶が連続する。

 文悟も地元に戻ってから青道高校のことは調べるだけのことは調べていた。現れた人物が青道高校野球部監督である片岡鉄心その人であると見て取り、深く息を吸う。

 

「おはようございます!」

 

 挨拶は何よりも重要であると両親から仕込まれている文悟の、山育ちで鍛えられた桁外れの肺活量から放たれた声が大半の声を呑み込む。

 

「今年は元気な1年がいるようだ」

 

 一度、声を発した文悟を見た片岡は口の中で呟き、二列に並んでいる1年生全員を見渡す。

 

「これで入部希望者は全員か?」

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

 

 文悟に負けじと返された大きな返事に、1度深く頷いた片岡が1年の列の端を見る。

 

「まずは順番に自己紹介してもらおうか」

「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

 

 割と早めに順番が来るなと文悟は目算しながら、始まった自己紹介をしっかりと聞く。

 

「――――――出身、白州健二郎です――――――」

「なあなあ」

 

 しっかりと聞く姿勢になっていたのに隣の眼鏡男に話しかけられた文悟の集中が阻害された。

 

「あの監督、強面過ぎじゃね? やばいって、あれ絶対に人を殺してるよ」

 

 文悟は眉を片方上げたが取り合わぬが吉と考えて自己紹介の方に集中する。

 

「いや、流石にこの現代日本で人を殺したのが監督なんて無理か。でも、絶対に人を苛めて喜ぶタイプだぞ」

「――――中学出身倉持洋一、遊撃手―――――」

 

 聞かざる見ざる言わざるの精神で無視していても、どうしても耳に入ってしまう眼鏡男の言葉につい片岡監督を見てしまい、恐らくそうだろうなと同意してしまった。

 

「――――出身川上 憲史です。ポジションは投手―――――」

「絶対そうだって。こんな朝早くからの練習を行う監督は絶対にSだ。気をつけなきゃどんな無茶振りをされるか……」

 

 今、自己紹介している奴は同い年で同じポジションということで気になるのに、どんどん眼鏡男の話術に引き込まれて行く。

 

「次」

「江戸川シニア出身、御幸一也」

 

 次は何を言われるのかと集中力を完全に奪われていた文悟の隣で眼鏡男の自己紹介が始まった途端にざわめきが起こった。

 

「ポジションは捕手(キャッチャー)です。クリス先輩のポジションを奪い、レギュラーの座を掴んで見せます」

 

 自分の自己紹介文章を何も考えていなかった文悟が混乱している最中、不敵とも取れる宣言に場が騒然となった。

 

「次」

「桜ヶ丘中学出身、石田文悟です!」

 

 囁きの眼鏡男、御幸一也の所為で何も考えられなかった文悟は開き直ることにした。

 

「ポジションは投手(ピッチャー)! クリス先輩に受けてもらう為に青道に来ました!」 

 

 本音で言ったら更に場が騒がしくなった。

 御幸の自己紹介も聞かずに自分の自己紹介を考えていた文悟は半ば自身の宣戦布告とも言える内容に気づいていなかった。

 

「上等だ、テメェ……」

 

 身長差で下から睨みつけるような目で見て来る御幸一也とのファーストコンタクトは決して良いと言えるものではなかった。

 

 

 



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第五話 テスト

 

 

 

 青道高校野球部の新入生の朝練のメニューは毎年ランニングと決まっていた。

 高校の練習は中学生の頃とは段違いに重くなる。練習に付いて行くだけの体力作りが必要で、今後の怪我の予防にも繋がる。しかし、どこにでも突き抜けている者が必ずいる。

 

「し、死ぬ……」

 

 食堂の机に突っ伏した御幸一也は己の未熟さを憂う前に目の前に積まれた食事に殺されそうになっていた。

 

「大袈裟な」

 

 御幸の隣で山盛りに盛られた茶碗のご飯をゆっくりと租借しながら呑み込んでいた石田文悟が言った。

 目の前のお膳には寮母さんが栄養バランスを考えて作られた朝食が並んでおり、文悟は一口一口味わうように食べていく。

 

「お前はなんであんなに走った後に食べられるんだよ」

 

 上には上が居る。1年の中では抜きんでているはずの自分がランニングで文悟に負けたことに密かにショックを覚えていた御幸は、張り切り過ぎたこともあって全く食事に手を付けることが出来なかった。

 

「あんなの朝飯前だろ」

「面白くない」

 

 上手いことを言ったと顔で物語っている文悟を一刀両断しつつ、御幸は朝練でランニングが何時の間にかダッシュになってしまったことを思い出していた。

 御幸は早くからスポーツ推薦で青道への入学が決まったので受験勉強は全くしていない。ずっと体を動かし続けていたので訛っていないはずなのに、自分のペースで走って良いとのお達しに逸早く抜け出した文悟に追いつけなかった。

 

(この体力お化けが)

 

 第一印象が悪いこともあって負けるものかと御幸が追随し、他にも何人かが後を追ったかが徐々にペースを上げていく文悟の独走を誰も止められなかった。

 まだ初日なので本気にならなかった者が居るとしても、文悟が体力の一点において1年の中でもトップクラスにいるのは朝練が終了した後のこの朝食の場で1人だけパクパクと食べられている姿が証明している。

 

「食べないのか?」

「食べるよ!」

 

 既に3杯目に突入しておかずが減っていることもあって、食べないのならば貰おうかなと態度で物語っていた文悟に叫んだ御幸は意地で箸を持つも何も口に運べない。

 

「おい、どうした1年ども! 箸が止まっとるぞ!」

 

 逸早く全部食べ終えたキャプテンの東清国が一年達が座っている机にやってくるなり叫んだ。

 

「高校野球はお前らがやってきた中学と次元が違うんや。食事で消費したエネルギーを補給しいひんかったら、みるみる痩せて練習で力を発揮出来ん」

 

 特に文悟に張り合って食事に手を付けることが出来ない面々を見て、その負けん気は良しと声には出さずに笑みを浮かべる。

 

「苦しいとは思うが日々の食事もトレーニングと思って食え。それが巡り巡って自分の為になる。お残しは許さんからな!」

「「「「「はい!」」」」」

 

 アドバイスに元気に返事を返す1年達に満足げな東は目の前を通って行く文悟に気が付いた。

 

「ランニングで負けて、食事量でも負けるやなんて、今年の1年のトップは文悟で決まりかの」

 

 いきなり自分の名前を出された文悟が驚いて振り返る中、発奮した1年達が無理にでも食事を口に詰め込み始めた。

 呑み込めずに口の中に溜め込んでいる者も居たが。

 

「文悟は良く食うのう」

「クリス先輩のトレーニングメニューに食事のこともありましたから」

「練習済みというわけかい。ほんま、準備がええのう」

 

 純粋にクリスの用意周到さと与えられたメニューを信頼してこなして来た文悟の真面目さには感心する。

 

「先輩の助けもあったんや。このまま1年を引っ張っていけよ」

「はあ」

 

 今の1年の先頭を走っているのは文悟である。

 本人にその自覚はないだろうが、牽引力となってくれれば1年全体の底上げに繋がると東は考えていた。

 

「ほら、早う食って来い」

 

 引き止めて悪かったと文悟を離し、果たしてどれだけの1年がどんぶり3杯を食べられるかと思いながら改めて食堂を見る。

 1年で最も期待されていた御幸も苦戦しているのを見て、毎年恒例のことだけに東も笑みを浮かべる。

 

「この後は体力測定と希望のポジションに別れての能力テストがある。遅れんようにな」

 

 うぷっ、と誰かが吐きそうになる声を聞きながら毎年の風物詩もこれで最後であると自覚した東は前を向いて食堂を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ入学式も前なので、朝食後に食休みを挟んで部員達はグラウンドに出た。

 1年生は監督が来るまで柔軟体操をして待っているようにとのお達しが出ているので各自で行っている。

 

「あ~、気持ち悪い」

「大丈夫か?」

「うっさい、話し掛けんな」

 

 どんぶり1杯が限界だったにも拘らず、それでも胃が凭れているような不快感に腹部を擦る御幸を心配して文悟が声を掛けるも邪険に返される。

 仕方なく文悟も御幸から視線を切ると、グラウンドは先輩達が練習を始めていた。

 

「あんだけ食っててなんで普通に練習できるんだよ」

 

 御幸の愚痴というか疑問に、これがこの間まで中学生だった者と高校生の差なのだろうとぼんやりと文悟は考えていた。

 

「1年生集合!」

 

 文悟が膝の曲げ伸ばしをしながら先輩達の練習を眺めていると、監督の大きな声がグラウンドに響き渡った。

 1年生達は急いで監督の前に集まる。

 

「まずは体力測定を行う。スパイクに履き替えてBグラウンドに集まれ」

 

 まだ胃の調子が万全でない御幸が不安そうな顔をする中でぞろぞろと動き出す1年生達。

 

「調子が悪いなら俺から監督に言おうか?」

「そんな必要はない。俺はお前にだけには負けないからな」

 

 文悟が心配するも御幸は取り合わず、寧ろライバル心を剥き出しにして先に立って歩く。

 

(素直じゃない奴)

 

 と思いつつも、そういう奴は嫌いではないと思いながら文悟もスパイクへと履き替える。

 

「自分の用紙を持ったな? 名前に誤りがある者は申告するように」

 

 野球部の部長だという太田一義から名前を呼ばれて取りに行った用紙を確認し、しっかりと『石田文悟』と書かれているのを確認する。

 

「ないようなら説明を始める」

 

 全員が用紙から顔を上げるのを確認した片岡監督の背後に太田部長、副部長の高島礼、女子マネージャが並び、先輩が数人居るのは補佐なのだろうと勝手に考える。

 

「事前に言っておくが、この体力測定は毎年各学年に行っており、毎年の成長を確認する記録であって必ずしも評価の項目ではない」

 

 その言葉で緊張で凝り固まっていた1年生の肩から僅かに力が抜ける。

 

「各項目ごとに別れ、用紙を担当の者に渡してから計測を始める。今、出来る最高の能力を発揮してくれることを望む」

「「「「はい!」」」」」

 

 幾ら評価の項目にないと言われても、1年生の中で抜きんでた成績を出せば片岡監督の目に叶うかもしれないと誰もが闘志を覗かせる。

 

「では、始め!」

 

 健康診断でやるような体重や身長の計測は入学式後にあるので、体育会系部活ならではの項目になる。

 胃凭れしている者も多いだろうと、まずは動き回る必要のない握力測定などから始まり、最後は持久走で絞める。

 

「殆ど石田に負けた……っ!」

 

 全種目を終えて高い平均値(アベレージ)を叩き出した御幸が地面を蹴って悔しがる。

 

「石田だっけ? あいつ、半端ねぇな」

「お前の足もな」

 

 悔しがる御幸の横で50m走やホームベースからセカンドベースまでのスプリントタイムを計測するツーベースランではぶっちぎりの一位だった倉持洋一に、御幸には劣るものの全体的に高い標準を出している白洲健次郎がツッコミを入れる。

 

「走力系以外の項目で石田がトップか」

「総合点でもですね。遠投で120mを投げたことも大きいですが」

 

 体力系、筋力系の種目でトップを独占した文悟が目立っていたので、新入生とは別に記録を取っていた高島から用紙を借りて見た片岡監督は一つ頷いた。

 

「2年上位と比べれば少し落ちるが、よくぞ半年でここまで仕上げて来た」

 

 半年前の学校見学の際、高島に呼ばれて室内練習場で行われていたクリスに向かって投げる文悟を見た片岡監督も密かに期待していて、見事に応えてくれた。

 

「しかし、見たいのは投手としてだ」

「ええ」

 

 体を仕上げて来たのは評価しよう。だが、幾ら身体能力があろうとも野球選手としての能力が低ければ何の意味もない。

 

「よし、次はポジションごとに別れてテストを行う。投手と捕手を希望する者はブルペンに、内野手、外野手はグラウンドで順番に行う」

 

 朝練のランニングでどこに何があるかを把握していたので、片岡監督の指示に従って投手である文悟もブルペンに向かおうとした。

 

「おい、石田」

 

 歩き出そうとした文悟の足は後ろから声をかけた御幸によって止められた。

 

「お前、投手だったよな」

 

 向き直ると御幸が確認してきたので、文悟はコクリと頷いた。

 

「じゃあ、俺が受けてやるよ」

「なんで?」

 

 御幸の自己紹介を全く聞いていなかった文悟はふざけることなく本音で聞いていた。

 

「おっ、おま……っ!?」

 

 文悟の疑問が心の底からの物であると分かってしまったから、そこそこの有名人だった自信のあったプライドを傷つけられた御幸の口から続く言葉出て来ない。

 

「御幸が俺達世代のNo.1世代の捕手だからだよ。受けてくれるって言ってくれるのは結構光栄なことだと思うよ」

「川上だっけ? へぇ、そうなの」

 

 同じ投手希望としてブルペンに向かう道すがら、偶々話を聞いていた川上憲史の説明に納得した文悟が御幸を見ると当の彼は怒りか何かで顔を真っ赤にしていた。

 

「今年の投手候補は3人、捕手も3人か」

 

 大元を正せば御幸の所為だとしても謝るべきだろうかと文悟が考えている間にブルペンに辿り着き、片岡監督の前に集まった投手と捕手の数は同じだった。

 

「捕手1人ずつに投手全員が順番に投げてもらう。まずは」

「はい! 俺からやらせて下さい!」

 

 手を上げて御幸が自分がとアピールする。

 自己アピールは過ぎれば害悪だが別に誰から始めても良いし、他の捕手候補である小野弘ともう一人からも異論は出なかったので御幸からテストを始めることになった。

 

「…………良いだろう。投手は」

「自分が」

 

 投手も文悟が立候補して、他の候補である川上と川島謙吾は強いアピールをしなかったので決まった。

 

「石田、持ち球は?」

 

 テストを始める前に片岡監督は捕手候補達を集め、文悟の持ち球を教える為に問う。

 

「ストレートだけです」

「マジ?」

「うん」

「今更、ストレートだけって……」

 

 この前まで中学生だったにしても投手をやっていれば変化球の一つは投げれる物である。

 

(これは身体能力だけの虚仮威しかね)

 

 体と身体能力だけで野球選手としては大したことないと内心で文悟に対する評価を下す。

 御幸は視力が良くは無いのでスポーツサングラスを付けている。スポーツサングラスの奥の瞳に侮りを見た高島が笑みを浮かべた。

 

「御幸君、彼のことをあまり侮らない方が良いわよ」

 

 プロテクター類を付けて準備をしていると、中学一年生の時から御幸を青道に誘い続けていた高島が近くやって来て忠告を放った。

 

「何言ってんの礼ちゃん。アイツの鼻を明かしてやるに決まってるじゃん」

 

 高島とは長い付き合いなこともあって御幸の返事も軽いものである。

 ケケケ、と悪魔の尻尾が生えていそうな黒い雰囲気を漂わせる御幸に、大分鬱憤が溜まっているのだなと思った高島は最後に忠告を送る。

 

「石田君の本気のストレートはクリス君も取り損ねかけたらしいから気を付けて」

「え?」

 

 何かの聞き間違いかと振り返った御幸の視線の先で高島が笑みを浮かべながら離れて行く。文悟がグローブをつけて投げる体勢を整えるところだったので追及の機会を逸してしまった。

 

「わっ!?」

 

 慌てるような声が聞こえて御幸がそちらを向くと、肩を作る為に文悟とキャッチボールをしていた川上が尻餅をついていた。

 

「ご、ごめん。力加減を間違えていきなり強く投げ過ぎた」

「……………だ、大丈夫」

 

 駆け寄って来た文悟にボールをグローブごと取り落としていた川上はゴクリと唾を呑み込んでいる。

 

「へぇ」

 

 その様子から文悟の投げるボールはよほど速いのだろうと予測した御幸はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「始めろ」

 

 文悟が肩を作れたと宣言したことで、片岡監督の合図で投手テストが始まった。

 

「まずはど真ん中から行ってみようか」

 

 投手は球速と制球、変化。捕手がこのテストで見られるのはキャッチング能力であった。前半の5球は捕手が、後半の5球は投手が投げる球種とコースを設定することが出来る。

 文悟がどれだけの球を投げられるのかを計る為に、もっとも狙いやすいストライクゾーンど真ん中を指定する。

 

「行きます」

 

 モーションに入る前に宣言をする必要がある。

 宣言をしてから動き始めた文悟の一挙手一投足に注目していた御幸は決して目を離さなかった。

 

「!?」

 

 力の抜けた動作で放たれたボールが音を立てて向かってくるような錯覚の後、構えたキャッチャーミットの中にドスンと重く嵌った。

 体の奥底にまで響く衝撃が突き抜け、今までどんな投手にも感じたことのないほどの感触が何時までも手から消えない。

 

「――――次」

「……っ!? 外角低め(アウトロー)で来てくれ」

 

 片岡監督の声が響くまでシンと静まり返ったブルペンで御幸は呼吸を忘れていたかのように我を取り戻し、捕手としての本能で文悟にボールを返してミットを宣言した外角低めに構えた。

 

「くっ」

 

 2球目も先に負けず劣らずの剛球がミットに収まった。

 しかし、1球目を知っていたこともあって驚きは先程よりも大きくはない。

 

「次は内角高め(インハイ)で」

 

 結果は言わずもがな。

 

(このコントロール、並じゃない)

 

 ピタリと狙った場所に収まったボールに御幸は喉の奥で唸った。

 

(球速は140㎞/h以下ってところか? だけど、球威と回転(スピン)が凄いから実際にはもっと早く感じる)

 

 元プロ野球選手の1人が投げたストレートは実際の球速よりも早く感じるほどのものであったという。文悟の球がそれと同じだとは言えないが、近いものがあるかもしれないと4球、5球と受けた御幸は認めずにはいられなかった。

 

「次からは石田が球種とコースを指定しろ」

 

 捕手が指定出来る分は終えたので片岡監督が文悟を見ながら言った。

 

「球種はストレート、コースはど真ん中で」

 

 御幸としては(コーナー)をつける制球力と十分な球を投げられると分かった時点で続ける意義を見い出せない。

 球種がストレートだけでは御幸が指定したコース以外に投げる意義があまりないからである。

 

「御幸」

 

 とはいえ、テストはテストなのでもう少しこいつの球を受けてみたいと思っていた中で文悟が話しかけて来た。

 

本気(・・)で投げる。多少、制球が乱れるからよろしく」

 

 文悟の言葉が何を物語っているかを理解したブルペンがざわつく中、御幸は背中に走った戦慄に楽し気な笑みを浮かべる。

 

「来いよ」

 

 御幸が言った直後、フォームは何も変わらないまま放たれたボールだけが違った。

 

(こ、これは……っ!?) 

 

 低いと直感したボールはホップし、御幸が構えていた場所から無意識にボール1つ分上げたミットの中に入った。

 

「悪い。少しズレた」

 

 ブルペンが俄かに騒然となる中、投げた本人はたったボール1個分のコントロールのズレを謝った。

 

「ないす、ボール」

 

 声が震えたかもしれない。ボールを投げ返した御幸は自らを省みられないほど驚いていた。

 続けられたコースの指定は御幸と似たり寄ったり。

 内角高め、外角低めといった打者が投げられたら嫌がるヵ所に浮き上がっていると言っても過言ではない剛速球が御幸のミットの中に収まった。

 最初の5球と比べればコントロールは一定ではないが、球速と回転数(スピン)が尋常ではない。

 

(風を切る球っていうのはこういうのを言うんだろうな)

 

 今まで御幸が受けた中で最高と言える投手の名前が変わったかもしれないと、そう思わせるほどに衝撃は大きかった。

 御幸の中で初対面の印象が悪かった文悟の評価は、最初の5球で大きく上方修正されていたにも関わらず、上方修正は留まることを知らない。

 

「最後、低め」

 

 もう終わりなのかと思ってしまうほどあっという間に最後が来てしまった。

 相変わらず力の抜けたフォームで投げられたボールは、初めて大きく狙いを外れた。

 

「くっ!?」

 

 尋常ではない速度と回転数(スピン)で上に上に逃げていくようなボールを御幸は飛びついて捕球した。後一瞬でも反応が遅れれば取れなかっただろう。

 最後の最後で大暴投をした文悟に文句を言おうとした御幸がマスクを取った。

 

「合格だ。御幸一也、石田文悟は2週間後に行われる一軍と二軍の紅白戦に出てもらう」

「「「なっ!?」」」

 

 御幸よりも僅かに早く、片岡監督が強面の顔に薄らと笑みを浮かべて告げられた宣告にブルペン中の人間が目を剥いた。

 その中で同じように文悟も驚きながらも僅かに御幸に申し訳なさそうな表情を向けたことで察した。

 

「まさか、さっきの暴投はわざと……?」

「紅白戦までは二軍に合流して練習しろ」

 

 呆然とした御幸に片岡監督は明言しなかった。

 

 

 



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第六話 紅白戦

 

 石田文悟と御幸一也が二軍の練習に合流して2週間後の日曜日。

 

「相変わらず日曜日になるとギャラリーが凄いな」

 

 青道高校野球部の専用グラウンドの外に両手の指では足りないギャラリーが詰めかけてきているのに文悟が気づいた。

 

「OBや記者やら色んな人が見に来てるんだってさ。田舎に居たんなら、こんなに人に見られることに慣れてないだろ。緊張してないか?」

 

 Aグラウンドの片方のベンチに座りながら言った文悟に、シニア時代から注目されることに慣れている御幸が意地悪気な顔をしながら訊ねる。

 

「ほら、寝れなかったとか、怖くて体が震えるとか」

 

 二軍の練習に合流し、入学式を終えた時点で御幸一也と石田文悟の仲は大分変わっていた。

 同じクラスになり、二軍ではお互いだけが1年なことと投手と捕手の関係なこともあって人は良く連れ立って行動するようになったことで気安い関係と言えた。

 

「全然、不思議と落ち着いてるよ」

 

 薄らと笑みを浮かべ、緊張するどころか闘志で燃えている文悟の眼に御幸もニヤリと笑った。

 そこに主審を務めることになる片岡監督がやってきた。

 

「石田、御幸」

 

 座っていた文悟が立ち上がり、御幸と並んで立つ。

 

「スターティングメンバー表の通り、御幸は捕手として試合に出てもらう」

「覚悟は出来ています」

 

 スタメンに選ばれた御幸は、この機会(チャンス)を確実に獲得する為に目をギラつかせて答える。

 1つ頷いた片岡監督が次に文悟を見る。

 

「石田は試合の展開に関わらず7回からだ。準備は怠らないように」

「はい!」

 

 肺活量に見合った大きな声を間近で受けた片岡監督が僅かに顔を顰めたが何も言うことはなかった。

 去って行く片岡監督の背中を尻目に御幸は文悟に向けてVサインをした。

 

「スタメンに選ばれるってことは俺の方が期待されている証拠だな」

「俺だって出場は確約されてるぞ」

「でも、7回からだろ」

「むうぅ……」

 

 片岡監督からどれだけ期待されているかは2人にははっきりと分からない。しかし、スタメンに選ばれた御幸と途中からの文悟ではやはり前者の方が期待されているように見える。

 

「おい、1年坊主共。ビビってねぇだろうな」

「伊佐敷先輩」

 

 二軍の中で一番一軍に近いと言われている伊佐敷純が試合前に様子を見に来た。

 

「もう直ぐ関東大会のメンバー登録発表がある。まだ1年のお前達にはピンと来ねぇだろうが、俺達にはこの紅白戦は大事なアピールの場なんだ。足だけは引っ張んじゃねぇぞ」

「それはこっちの台詞ですよ」

「何だと?」

 

 真っ向から言い返した御幸の発言に、伊佐敷がピクピクとこめかみを引くつかせている理由が怒りであるのは明白。

 御幸の性格をこの2週間で知悉していた文悟は関わりにならないように知らんぷりをする。

 

「俺達だって上に行く為に必死なんです。例え一軍であろうとも負ける気はありません」

「へっ、言うじゃねぇか」

 

 巻き込もうとしている御幸に文悟がそっと離れようとしていると、嫌いじゃない物言いの仕方に機嫌が良くなった伊佐敷が首に腕をかけてきた。

 

「守備がヘタクソの期待の剛腕投手は何か言わねぇのか?」

 

 ヘッドロックというほどではないが簡単には振り解けない力に文悟は目をパチクリとさせた。

 

「何か言う必要がありますか? やるからには勝つ。それだけです」

「いいねいいね! 1年は糞生意気な奴ばっかじゃねぇか!!」

 

 大分、御幸に毒された感のある文悟の強気すぎる発言に伊佐敷は堪らないとばかりに笑った。

 

「青道の歴史上、一軍が二軍に負けたことは無いんだとよ」

 

 一頻り笑った伊佐敷は文悟の首から手を離し、今度は挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「ここで俺達(二軍)が勝てば最高のアピールになる。期待してんぜ、お前達には」

 

 先程と180度態度を変えた伊佐敷の声は大きく、文悟の声もまた大きい。負けじと御幸も声を張り上げていたので、反対側のベンチにいるキャプテンである東清国と正捕手である滝川・クリス・優にも聞こえていた。

 

「あいつら生意気言うとんな」

「頼もしい限りじゃないですか」

 

 下克上を成し遂げると気を吐いている伊佐敷と1年生2人にグラウンド中がざわついている中、東はその巨体を揺らしてバットを構える。

 

「確かに一軍が二軍に負けたことは皆無や」

 

 ブン、と一振り風を切ってバットを振るう。

 

「絶対にあったらあかんねん、そんなことは。叩き潰すで、徹底的にな!」

 

 ブォン、と遠く離れた場所にまで風切り音が聞こえるほどに強くバットを振った東に呼応するように、一軍の者達の眼で覇気がボウボウと燃える。

 

「整列!」

 

 嘗てないほど紅白戦開始前から盛り上がっているこの状況に満足している片岡監督の声に、一軍と二軍の全員が二列になって向かい合う。

 

「紅白戦を始める前に言っておく」

 

 闘争心も露わな両軍を見ながら片岡監督が続ける。

 

「この紅白戦の内容次第で一軍を入れ替える。公式戦に出たい者は、この試合で存分にアピールして見せろ!」

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

 

 餌を投入し、闘争心が更に高まったのを確認する。

 

「二軍の先攻でプレイボール!!」

 

 審判である監督の宣言の後、攻撃は二軍側から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人のプレーを見るのも練習になると最近特に思うようになった文悟が観察している中で、四番打者の東が二軍の投手である2年生の丹波光一郎の大きく縦に割れるカーブで引っ掛けさせられてアウトになった。

 

「6回で5-1か」

 

 二軍は投手1人3回の担当制で、開始からの3年生の投手が2点、4回から登板した丹波が3点に抑えている。

 より正確に言うならば、打たれながらも守備に長けたバックに守られている印象だった。

 

「石田、直ぐに出番だ。次で最後にしよう」

「はい、宮内先輩」

 

 二軍のもう1人の捕手である宮内啓介にボールを受けてもらい、肩を作っていた文悟は最後の1球に集中する。

 

「まさか二軍相手にこの点差で終えるとはな」

 

 キャプテンの東がツーランホームラン、5番のクリスと6番の結城哲がタイムリーヒットなどを放ったが御幸のリードによって青道の爆発力を辛うじて抑えていた。

 逆に攻撃では伊佐敷や御幸が奮闘し、1点を奪ったがクリスのリードで次へと繋げられていなかった。

 宮内は自分を抜いて捕手をしている御幸に嫉妬はすれど、同じことは出来ないとも思っている。

 しかし、このある意味で拮抗した展開で1年生投手である文悟が出るなど正気の沙汰ではない――――――――普通ならば。

 

「しっ!」

「ぐっ!?」

 

 本気で投げていないというのに、宮内の手どころか全身に響くようなズシンとした衝撃。

 これほどの球速、球威を投げられる者が居ることを頼もしく思い、同時に期待もする。

 

「ナイスボール! 今日もボール、走ってるぞ!」

 

 あのホップする球を宮内は確実に捕球できていない。一軍に投げる前に悪いリズムを作りたくなくて、制限したまま投げてもらったが現状でも嘘をつく必要が無いほどに良いボールだった。

 

「ピッチャー交代! 丹波に代わって、石田文悟! マウンドに上がれ!」

 

 事前に決められた通り、七回が来たので片岡監督が宣言する。

 

「気負わずに投げて行け」

「行ってきます」

 

 文悟の名前が上げられ、皆が守備位置に付く中で次の投手に見覚えも聞き覚えもないギャラリーの中でざわめきが起こる。

 Aグラウンドのマウンドに初めて上がった文悟は感触を確かめるように荒れた地面を均している間に、ボールを持った御幸がやってきた。

 

「へい、怪物ルーキー。マウンドを任せられた感想はどうだ?」

「最高」

 

 御幸からボールを受け取りながら文悟は御幸と同様にニヤリと笑みを浮かべる。

 

「固くなっていないなら俺から言うことはない。一軍の度肝を抜いてやろうぜ」

 

 そう言って戻って行った御幸が座り、サインを出す。

 

「アイツ……」

 

 そのサインが示す意味の大胆さに笑みの角度を上げた文悟が振り被る。

 

「ふっ!」

 

 初球全力でど真ん中に投げられたボールが、花火が破裂したかのような音と共に御幸が構えたミットに入った。

 

「ストライクワン!」

 

 5番であるクリスは初球を見送った。

 

「前よりも球速も回転数(スピン)も上がっているな」

 

 見逃したのか、見送ったのか。それを知るのはクリスのみ。

 

「確か半年前に受けたんですって?」

「ああ、今は少し御幸が羨ましい」

「喜んで代わりますよ、一軍捕手と二軍捕手の立場を」

「いいや、その必要はないな。文悟は放っておいても一軍に上がってくるからな」

 

 御幸の得意技である打者に対する囁き戦術もクリスに効果はなかった。

 

「だが、修正は出来た。来い、文悟」

 

 漫画ではないのだから打者と投手が会話する必要はない。

 後半は口の中で喋り、2球目に集中する。

 

「ストライクツー!」

 

 最速のストレートではなく一段落ちたストレートを外角低めにピタリと収めて来た。速度差と先程の全力ストレートの印象が強すぎてボールの上を空振ってしまう。

 

(ストレート1本でこれか)

 

 文悟の全力のホップするストレートは変化球と大差ない。

 2種類のストレートを使い分けられると厄介だが、これで意識はフラットになった。

 

「くっ」

 

 3球目はホップが一段甘いストレートを想定していなかったことで、ボールの上っ面を叩いてセカンドゴロに終わってしまう。

 しっかりとアウトを取られ、自分よりも上手くリードしている御幸に悔しさを覚えつつベンチに戻る。

 

「珍しいのう、クリスが引っ掛けるなんて」

 

 190㎝を超える巨体で人の倍だけベンチを占領している東がクリスに話しかける。

 

「文悟の成長を読み切れず、御幸のリードにやられた感じですね」

「ほう、1年コンビにしてやられたか」

「中々に強かなコンビですよ」

 

 どちらか1人だけならばクリスに軍配が上がっただろう。現に御幸が他の投手をリードしていた時はクリスも打っている。

 

「おっ」

 

 カキン、と金属音が聞こえて東がそちらに目をやったのでクリスも振り返ると、結城が一塁ベースに辿り着くところだった。

 

「球威に詰まらされた感じやな。それでも内野と外野の間に飛ばしたのは流石や」

 

 不格好なヒットであろうともヒットには変わらない。

 初ヒットを打たれた文悟を見ると、特段落ち込んでいる様子は見られない。

 

「動揺はなさそうですね」

 

 バットとヘルメットを直しながら文悟が次のバッターに投げるのを見守る。

 

「ストレートでここまで散らされると中々打てんな」

 

 7番バッターは3年だが大きく空振った。

 コーナーを投げ分け、球威と球速を変化させられるにしてもストレート1本しかない投手に7番バッターが三振させられた。

 

「ボール球一切なしか。あれだけコントロールええと捕手も楽やろう」

 

 今のところ、三球勝負をしてくる御幸のリードの前に8番バッターも三振させられた。

 球種が一つしかないとしてもリードのし甲斐がある文悟が投手をする二軍を倒すべく、三アウトで交代になったのでプロテクター類を付けたクリスも守備につく。

 

「あ」

 

 順番的に先頭バッターだった文悟のスイングが振るわれた時、誰がそんな声を上げたのだろうか。

 

「回れ回れ!」

 

 クリスのリードは間違っていなかった。

 ただ、その前の文悟の投球に衝撃を受けていた3年投手が投げたストレートが上擦ってしまい、文悟は来た球を迷わずに打ったのだった。

 外野の上を超えたボールはホームランまでにはならず、一度地面に跳ねてフェンスに当たった。

 

「よくやった、石田!」

 

 ベンチから伊佐敷のお褒めの大喝が響き渡る。

 クリスはタイムを取ってマウンドに行って3年投手に声を掛けるが、よりにもよって1年投手に打たれた影響は大きそうだった。

 

「先輩、落ち着いて行きましょう」

「あ、ああ……」

 

 今までの経緯が経緯だけに物凄く不安を覚えながらも戻り、次の打者である御幸に対して3年投手の一番の得意なコースであるインコースと球種であるフォークを選択した。

 やはり高く浮いてしまったフォークは落差だけはしっかりとあったが、掬い上げるようなスイングがドンピシャで当たった。

 

「む」

 

 ボールの行方を見送るまでも無く分かった。

 

「1年がホームランを打ちやがった!」

 

 誰かが上げた声そのままに、御幸が打ったボールはフェンスを越えた。

 悠々とダイヤモンドを回る御幸に対して、打たれた三年投手はよりにもよって1年に連続で打たれたことが余程堪えたのか、深く肩を落としていた。

 

(交代は……投手が居ないか)

 

 もうノックアウトしているが二軍と同じく一軍も投手は3回ずつで、今の3年投手も3人目。流石に投手はもう居ない。

 片岡監督が審判をしているのでキャプテンである東が監督代わりだが指示は特にない。

 

(打たれても続けろということか)

 

 クリスはもう一度タイムを取ってマウンドに向かう。

 

「1年2人にラッキーパンチを食らうなんてついていませんね」

 

 例え打ったのが実力であったとしても、現実はそうも言えない時もある。今がそうだった。

 

「次のバッターに集中しましょう。幸運は何度も続きません。先輩の実力なら十分に抑えられます」

「そうだな…………よし、やるぞクリス!」

「はい」

 

 割かし単純な先輩で助かったと思いながら次の打者はなんとか抑え、後続のバッターに単発のヒットを許すも3アウトで回が変わる。

 

「ストライクスリー! バッターアウト!」

 

 9番打者の3年投手にはボールに掠らせることなく3球三振に仕留め、1番にはファーストゴロ。

 処理にごたつくも何とかアウトを取ったが一軍は文悟の突破口を見つけた。

 

「守備が下手か」

「というより、し慣れていないんですよ」

 

 クリスの説明を聞きながら東は2番バッターである小湊亮介に2球目で三塁方向にバントの指示を出した。

 

「むぅ、処理が速い。御幸が読んでいたか」

 

 小湊が2球目でバントの体勢になった時には文悟は直ぐに動き出した。

 バントは球威に押されて僅かに浮き、ダイビングキャッチした文悟のミットに収まった。

 

「勝負は最終回やな」

 

 守備に出ながら呟いた東の言葉は現実のものとなった。

 

「更に2点入って同点か」

 

 クリスのリードも虚しく、この下克上を歓迎する空気に飲まれた3年投手に向けて二軍が最終攻勢をかけた。

 3年投手も意地を見せて最終回表を終えたが、同点のまま片岡監督が延長を宣言すればベンチで汗まみれで息を乱している彼では敗北は必死。

 

「初登板で一軍に対してほぼ完璧と言える内容で、残すは後1人」

 

 マウンドにやってきた御幸は、汗は掻いているものの息は乱していない文悟ともう限界の3年投手を見比べる。

 延長戦になればどちらに勝機があるかは一目瞭然。

 

「だけど、相手はプロも注目している怪物打者(スラッガー)・東清国だ。普通なら(・・・・)1巡目で打ち取った次のクリスさんと勝負するだろうな」

 

 新しい伝説の誕生の前に興奮している周囲と比べて、楽し気な笑みを浮かべた御幸が文悟を見る。

 

「さあ、どうする。逃げるか、勝負するか?」

「決まってるだろ」

「だよな」

 

 敬遠するか、ここで1年生が挑むには無謀な戦いをするかの二択に文悟は笑みを言葉以上に雄弁に語る笑みを以て答えた。

 

「俺の腕がブッ壊れるくらいの最高の直球(ボール)を投げろ!」

「ああ!」

 

 ホームベースに戻って来た御幸の表情を見てつまらない結末になることだけはないと分かった東もバットを構える。

 

「ふっ!」

 

 今日最高のストレートを東はフルスイングした。

 

(ボールとバットの摩擦でコゲ臭ぇ!)

 

 摩擦による焦げた匂いが御幸の鼻に届き、バットに掠ったボールは背後のフェンスに大きな音を立てる。

 

「1年にして惚れ惚れするストレートや。こういう奴を本当の怪物やと言うんやろう」

 

 クリスから事前に聞いて予測した弾道よりも上を振ったというのに、更にその上を行かれた東は楽しくて仕方なかった。

 

「ファール!」

 

 文悟と御幸のバッテリーに無駄玉など一切ない。全力全開のストレートが多少狙ったコースを外れようともストライクゾーンに入って来たのを痛打するも、僅かにフェアゾーンを外れてしまった。

 

「ボール3!」

「くっ」

 

 後少しでホームランという一打に、文悟の制球が乱れて3球続けてのボールとなる。

 

「こういう状況でこそ、最大限の力を発揮できるかで投手の力量が問われる。ここで踏ん張れるか?」

 

 ベンチからクリスが見守る中で、マウンドの文悟は確かに笑っていた。

 

(ありがとう、高島さん)

 

 今まで一度も感じたことのないピリピリとした空気。1人だけで戦っているわけではない感覚。

 

(ありがとう、クリスさん)

 

 1人でネットに向かって投げる日々と比べれば雲泥の差で楽しい。

 

ここ(・・)で笑顔を浮かべられるんか」

 

 3ボール2ストライク。どちらも追い詰めた状況と言えるが、三連続でボールという制球が定まっていない中で笑える者は決して多くない。

 

(今、俺が此処に立てているのはみんなのお蔭だから――)

 

 本物の打者との勝負をフォアボールで逃げるなど冗談ではない。

 

(感謝を最高の直球(ボール)で伝えるんだ!)

 

 意志と全身の力をボールに込めて、過去現在に至るまで最高のストレートが放たれた。

 東も投手が1年という認識を捨て、甲子園行きがかかった大一番をイメージしてフルスイングする。

 

「っ!?」

 

 石田文悟の初登板は3回被安打2、与四球0、奪三振4、失点1。

 

「ホームラン! ゲームセット!」

 

 可能性と希望が激しく共鳴したデビュー戦は幕を下ろした。

 

 

 



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第七話 関東大会

 

 青道は野球に力を入れている学校である。学校行事よりも野球を優先させる為に部員を纏めることが多い中で、石田文悟と御幸一也と他数人が同じクラスになっていた。

 

「文悟って守備下手だよな」

 

 授業と授業の合間の休み時間、文悟の席へとやって来た御幸と野球談議をしていた中で、文悟のことがやり玉に挙がった。

 

「面目ない」

「守備練習を殆どしてこなかったんじゃ無理はないと思うけどな」

 

 否定できない文悟が悔し気に俯いている横で、あいうえお順で席が近かった倉持洋一が擁護する。

 

「投手なのに変化球も投げれない。だけど、ストレートは抜群、しかも身体能力お化け。但し守備が下手と。極端だな」

 

 凄いところは凄いが、ダメなところは本当にダメという極端具合に御幸は呆れていた。

 

「人数合わせでしか試合に出れないレベルだったんだろ。極端なのは仕方ないって」

 

 擁護しているようで追い打ちをかけているようでもある倉持に文悟の俯きの角度が更に増した。

 

「で、一軍ではどんな練習してんだ?」

 

 大体、見ているが見ていないところで特別な練習をしているのではないかと訊ねる。

 

「文悟は見ての通りBグラウンドで徹底的に守備練習、俺も偶に混ざるけど基本は投手の人とブルペンに居るな」

 

 紅白戦での活躍が認められ、文悟と御幸は一軍行きが認められていた。

 

「他に一軍に上がったのは、伊佐敷先輩と丹波先輩だっけか」

 

 御幸達と同じように一軍に上がれた2人の内の1人の名前を聞いた文悟が遠い目をする。

 

「伊佐敷先輩は外野だから偶に罵声が飛んで来る」

「判断が遅いってな」

 

 守備練習で見かけることがあるが助ける気の無い御幸は楽しげですらあった。

 

「守備に慣れるこったな」

 

 元は伊佐敷も投手からのコンバート組らしく、当初は怒鳴られていたらしいとはクリス談であるが接点のない倉持には知る由もないことである。

 

「丹波先輩ってあのえげつないカーブ投げてた人だろう。どうよ、投球は」

「う~ん、なんか俺って嫌われてるっぽいんだよな。全然、受けさせてくれない」

「そりゃあ、先輩にあんなことを言えば嫌われるよ」

 

 一軍の者が身近にいるので情報を仕入れる機会と倉持が質問を重ねる中、丹波に嫌われている理由に本気で理解していない御幸に文悟が呆れていた。

 

「なんかあったのか?」

「御幸が思ったことをそのまま口に出してた」

 

 倉持が御幸を見ると、当の本人にも自覚があったようで目を逸らしてる。

 

「丹波先輩、あんまり心が強い人じゃないんだから気をつけろよ」

「文悟も何気に酷いな」

 

 御幸の場合は確信犯だが、文悟の場合は天然であった。

 喋ったことのない丹波に同情した倉持である。

 

「いや、でもあの怖い顔でノミの心臓ってどうよ?」

「あ、それは俺も思った。どう見てもチャンスに強い顔しているのに、ピンチに弱いってどうなんだろう」

「結構、同学年の人は強く言ってるし、そうやって改善しようとしてるんじゃないか?」

 

 一軍は鬼畜の住処なのか、単純に1年がそうなだけなのか本気で悩んだ倉持は、己が身を顧みて文悟の机に腰を下ろす。

 

「いいよな、お前達は。俺達なんて相変わらずサーキットトレーニングとランニングが中心でボールすら触らして貰えないんだぜ」

 

 野球部に入ったからにはボールを使いたいと思うのが普通である。

 当の文悟は思考と反射がまだまだ融合しておらず、毎日大変な思いをしながら練習をしていたりするが。

 

「体が出来て来ればボールだって触らしてくれるさ」

 

 御幸の場合は受験勉強の必要が無く、スカウトをしてきた高島礼から事前に聞いていたこともあって体造りに余念が無かった。文悟は別口らしいが似たような物である。

 

「どれだけ先のことになるやら。お前達はもう少ししたら関東大会なんだろ?」

 

 倉持としては野球才能(センス)に自信があったのに、早々に1年の枠を抜け出て一軍に合流している文悟と御幸を見ていると自信を失くしてしまいそうだった。

 

「監督が文悟に1回戦の先発を任せるってさ」

「マジか!?」

「マジマジ。文悟を出すんなら俺だって出してくれたらいいのにな」

 

 とはいえ、御幸は先輩であってもズバズバと物を言う所為で丹波には苦手意識を持たれている。紅白戦で先発した3年のエース投手と話は出来ているが、クリスの方が信頼度が高いので当然の選択であった。

 

「ベンチ入りしてるだけ儲けもんだろう」

 

 それでも消せない嫉妬を覗かせつつ、悔しがる姿に溜飲が下がる思いでいると御幸が倉持を見る。

 

「倉持って足だけは速いし、代走とかで早めに一軍に上げてくれるって」

「誰が足だけ(・・)だってっ!」

 

 御幸としては純粋な善意であっても、青道の核弾頭(リードオフマン)になるべくやってきた倉持にとって流せる台詞ではない。

 

「止めとけって。一也が思ったことを口に出すのは今に始まったことじゃないだろ」

「尚更、悪いわ!」

 

 ド天然な文悟と鬼畜な御幸の2人に振り回される倉持に、同じ野球部の渡辺久志は同情するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 関東大会は東京都を含む8都県の春季大会優勝・準優勝校および開催県の3、4位の2校を加えた合計18校が基本の出場校となる。

 青道は春季大会準優勝で出場したが、その1回戦が行われている立川市民球場は異様な雰囲気に包まれていた。

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 主審のコールが響き渡ると、歓声とどよめきが立川市民球場を支配する。

 

「ストライク!」

 

 続く打者はバットを振るものの掠りもせず、その顔に明らかな恐怖を滲ませてマウンドに立つ1年生投手を見る。

 

「化け物か……」

 

 今日の試合でまだ一度もヒットを許していない文悟が投げるボールに当てることも出来ず、バットが虚しく空を切る。

 

「何をやっている!」

 

 青道の対戦相手である監督がベンチでがなり立てていた。

 

「ついこの間まで中学生だった1年に完全試合をされるなど恥だぞ!」

 

 幾ら古豪・青道の投手とはいえ、名前も聞いたことのない中学時代には無名な1年生に完全試合を達成されたら恥辱である。

 厳密には5回時点で青道が大量得点しているのでコールドで終わる可能性が高く、その場合は完全試合は公式な達成記録としては扱われず参考記録とされるとしてもだ。

 

「なんでもええから塁に出え!!」

 

 そんなことは監督に言われるまでも無く選手自身が思っていることである。

 

「ストライクツー!」

 

 打たなければという焦りは力みを生み、ボール球であっても振ってしまってストライクカウントが増える。

 

(今日の文悟の出来は良過ぎるぐらいだな)

 

 捕手として文悟の球を受け止め、1年と侮って舐めていた相手チームの油断を上手くリードに生かすクリスは高めの釣り球に手を出した打者の苦み走った顔を見遣る。

 

(ニヤけるなよ)

 

 ほぼ勝ちが決まっているような状況と、完全試合ペースに投げている文悟の顔はニヤけているのを内心で注意するも敢えて本人には伝えなかった。

 

「ふっ!」

 

 浮かれていたのか、ボールが高めに浮いて持ち味である回転量(スピン)も人並みだった。

 打者が破れかぶれで振ったバットはボールの上を叩いて、一度地面に跳ねた打球が文悟の方へと飛んだ。

 

「文悟!」

 

 クリスが注意を促すまでも無く、中学時代に卓球で個人入賞しただけあって文悟の反射神経は十分に打球に反応してグラブに収めた。しかし、その後が良くなかった。

 必死に一塁に向かって走る打者の位置を確認して、十分に間に合うと判断した文悟は気を抜いて投げようとした。

 

「あ」

 

 グラブの中のボールを一塁の結城哲に投げるだけの簡単なことだったのに、左手は途中でボールを落としてしまった。

 慌てて転がるボールを拾って投げるも、必死に走っていた打者の方が一塁のベースを先に踏んだ。

 

「セーフ!」

 

 その後、完全試合を阻止した相手チームの喜びとは裏腹に、文悟は次の打者とその次を三振させて青道が17-0で2回戦へと進んだ。

 

 

 

 

 

 試合後、立川市民球場の外、帰りのバスを待つ間に文悟はクリスの前で項垂れていた。

 

「五回与四球0、奪三振10、被安打0。コールドゲームで無安打無得点試合(ノーヒットノーラン)が参考記録だとしても、初登板としてはこれ以上ない出来だと言えるだろう」

 

 とても褒められているとは思えない態度の文悟にクリスの言葉が続く。

 

「公式戦デビュー、初先発でノーヒットノーラン。怪物誕生とか騒がれる――」

 

 文悟とクリスは練習試合では何度かバッテリーを組んだが、公式戦で組んだのは初めてである。

 この関東大会という大舞台で為した間違いない功績を無条件に褒められない事情があった。

 

「なんて、絶対に思うなよ。理由は今更、言うまでもないだろうが」

「はい……」

 

 クリスが完全試合を逃したことを怒っているのではなく、気を抜いてエラーをしたことを怒っていることを文悟も重々承知している。

 

「四球がなかったのは褒めていいが、自分のエラー、それに守備に守られたことも忘れるな」

 

 相手チームの打者が当てたボールが全てアウトになったのは、安打になりそうなのを防いでくれたからである。

 

「何よりも相手チームは関東大会に出て来たにしては強くないチームで怖い打者もいない。ノーヒットノーランをやったなんてことは記憶から消してしまえ」

「ちょっと待って下さい、クリスさん」

 

 極端すぎるクリスの物言いに我慢できなくなった御幸が首を突っ込んだ。

 

「普通なら固くなる大会初戦の初登板でノーヒットノーランなんて、文悟がしたことは間違いなく偉業ですよ。忘れろなんて」

「む、流石にそれは言い過ぎた。すまん」

 

 文悟の過去を知るだけに言葉が過ぎたとクリスも反省する。

 

「冷静にしっかりと自分の直球(ストレート)を投げていた。気を抜いたことはともかく、それ以外は完璧とも言える内容だった」

 

 先程の厳しさも文悟のこれからを思えばこそ。

 飴と鞭をしっかりと使いながら、明日からの練習メニューを組み立てる。

 

「だからこそ、実戦の怖さは十分に分かっただろう。勝ってるからと気を抜けば、敗けるのは」

「俺達、ですよね」

「そうだ。先発したから明日は肩を休めるとしても、これからは守備練習を徹底していくぞ」

「はい!」

 

 クリスに女房役を完全に取られた御幸は少し悔し気ながらも、相棒の偉業を純粋に喜んでいた。

 

「よろしいんですか、監督」

 

 本来ならばエラーをすれば即二軍落ちされてもおかしくない中で沈黙を貫く片岡監督に高島が声をかけた。

 

「伸びた鼻は折れた。必要なことはクリスと御幸が言ってくれる以上、俺から言うことは何もない」

 

 エラーとノーヒットノーランでプラスマイナス0にするとして、明日からの態度次第として二軍に落とすかどうかは今は保留することにする。

 

「今日の相手はまるで無策だったから助かったが、これだけの活躍をしたのだから研究もされるだろう。状況に応じた守備は勿論のこと、牽制やサインプレーなど覚えることはまだまだ多い」

 

 だが、それでもことピッチングという1点においては大いなる可能性と希望を垣間見せた文悟をエースとして育てることが甲子園への近道だと片岡監督にも思えた。

 

「今日は帰ったら反省会だ。御幸も手伝え」

「いいんですか?」

「横から見た意見も欲しいのでな」

「クリスさんのリードに注文付けるかもしれませんよ」

「望むところだ」

 

 どうも文悟をダシにしてリードについて討論が行われそうである。

 

「流石は青道。ノーヒットノーランをした新人投手にも厳しいね」

 

 そろそろ太田部長がバスを回してくれるだろうと多くの部員が考える中で、聞こえて来た声に文悟が振り返ると青道とは違うユニフォームを着た2人の人物が立っていた。

 

「お前、鳴」

「知り合い?」

「シニアの時にな」

 

 文悟の横で2人の内の線の細い方を見た御幸が知っている様子だった。

 

「稲実……」

 

 2人が着ているユニフォームが稲城実業高校の物であると看破した者達が目付きを鋭くする。その間にも成宮鳴と御幸の会話は続いていた。

 

「一也、人の誘いを蹴って青道に行ったのに試合出れてねぇじゃん」

「うっせぇ。これからだよ」

 

 気安い物言いを交わす2人に青道の面々は興味津々だが、御幸のプライベートに関わることに踏み込めるほど仲の良い者はこの場には1人しかない。

 

「どういうこと?」

 

 元より空気を読むということが出来ない文悟が直球で聞いた。

 

「ああ、俺は稲実にも誘われてたんだよ」

 

 聞かれて困ることではないのであっさりと答えた御幸は、ふんぞり返っている成宮を見る。

 

「こいつが強豪シニアの有望な奴を集めて理想のチームを作るとかって話だったけど、そんな凄いチームなら戦って見たくなるだろ」

「分かる」

 

 うんうん、と深く同意した文悟を成宮が見る。

 

「で、そいつがお前の相棒ってわけか」

 

 へぇ、ふぅん、と言いながら成宮はジロジロと見ながら文悟の周りを回る。

 

「くっ、身長(タッパ)は俺よりも上か」

「球速もな」

「雅さん、それは言わないお約束だぜ」

「お前が変なことをしないように見張らされている俺の身にもなれ」

 

 別に近くにいかなくても5㎝以上は違うので目線からして合わない。それでも男としては背の高さは一種のステータスで、負けているとなると悔しいのに、もう1人の稲実のユニフォームを着た原田雅史が青道とは一定の距離を保ちながら自由奔放な成宮を嗜める。

 

「おい、お前ら。もうバスは来とる…………おう、原田やんけ。なんや、喧嘩売りに来たんか」

 

 ホームラン等で1人で5打点を上げた青道の主砲である東清国がやってきて、稲実の2人に気付いてガンを飛ばす。

 

「まさか」

 

 言いながら原田は未だにメンチを切られて困惑している文悟から成宮を引き剥がす。

 

「ぐえっ、雅さん。首が締まって」

「五月蠅い…………こっちの期待のルーキーは自由奔放でして、そちらは真面目そうで羨ましい限りです」

 

 相手はプロも注目の打者である東だ。原田が面倒事を起こす成宮に気を使う必要はない。

 

「はっ、うちのルーキーはまだまだ実戦経験の薄い半人前や。そっちこそシニアでも有名なルーキーを得たのは大きい。羨ましい言いたいんはこっちの台詞や」

「ほら! あっちの方が俺を評価してくれるじゃん!!」

「お前はいいから黙っとけ」

 

 ゴチンと鉄拳を落とされた成宮は蛙が潰れたような声が漏れ、よほど痛かったのか物凄く呻いている。

 

「お互いにこのまま順当に勝ち上がれば決勝で当たる。どうせならその雌雄を決したいものですな」

「言い寄るわ、ヒヨッコが」

 

 態度は敬うものでありながら挑発とも取れる台詞に東のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「確か文悟とか言ったか」

 

 バチバチと東と火花を散らす原田からこっそりと脱出した成宮が文悟の下へとやってきた。

 

身長(タッパ)と球速は敗けてるかもしんないけど、投手としては絶対に俺の方が上だかんね。雅さんじゃないけど、決勝でそれを証明してやるよ」

 

 しっかりと宣戦布告をして原田に首根っこを掴まれて成宮は去って行った。

 

「嵐みたいな奴だな」

「性格に難はあるけど、あれでもシニアNo.1投手だったんだ。ノーヒットノーランして自分より目立ってる文悟に対抗心を燃やしてるんじゃないか」

「ふぅん」

 

 2回戦は3年生エースが投げて相手打者に打たれ、抑えで出た丹波も打たれて青道は関東大会から姿を消すことになるとはこの時点では誰も知らなかった。

 

 

 



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第八話 アクシデント

 

 

 関東大会は稲城実業高校が優勝して幕を下ろした。

 話題を振りまきながらも2回戦で姿を消した青道の土曜日と日曜日は招待試合と練習試合が組み込まれていた。

 

「剛腕ルーキーの噂は違わぬか」

 

 夏の予選まで1ヵ月と半を残した日曜日の青道にやってきた七森学園との練習試合で、意図的に抑えてコーナーをついて打たせて取るピッチングをしている石田文悟を見た誰もが唸った。

 

「あの剛速球と、普通のストレートでもあそこまでコーナーを突かれると打てんわな」

「このまま順調に成長していってくれたら、投手力の弱い青道の救世主になるんじゃないですか?」

「投手で一番安定しているし、もう実質的なエースみたいなもんでしょう」

「あの1年が2年、3年になった時が楽しみですな。ここ4年は甲子園から遠ざかってますから希望が持てます」

 

 青道野球部OBや観戦者が割と好き勝手に言ったりしているが、そのことは当の選手達や監督陣も思っていた。

 

「石田君、守備がマシになってきましたね」

 

 今日はダブルヘッダーで次の試合は昼食後になっていることもあって、Aグラウンドのバッターボックスの真後ろにあるプレハブでマネージャが記録したスコアを見た高島礼が言った。

 

「まだもたつくことがあるのが怖いです」

 

 エラー自体は殆どなくなったが無意識に行動できるほど習熟したわけではなく、咄嗟の判断が遅れる時がある文悟にヒヤヒヤとする太田部長の意見も分かる。

 

「夏まではクリスの統率下で行かせる。問題は他の2人だ」

 

 高校生時代に青道を甲子園準優勝に導いた投手だった片岡監督としても、思わぬ掘り出し物となった文悟ではなく他の投手の方が気がかりだった。

 

「2人合わせても石田君の成績に届いていませんものね」

「対戦相手のレベルが違うというのもありますが」

 

 今のところ、文悟は練習試合で負けはない。が、先発は中堅どころだけで強豪校相手にはリリーフだけ。

 名門校の目当ては関東大会で5回コールドで参考記録ながらもノーヒットノーランをした文悟だが、投手力が弱いとされている青道の片岡監督は大事に育てようとしていたのである。

 反対に3年生エースと丹波光一郎に強豪校の先発をしていて打たれているので一概に比べられるものではない。

 

「守備も様になってきた以上は甲子園予選(本番前)に強豪校に石田をぶつける。クリスにも伝えておいてくれ」

「分かりました」

 

 順調にエースへの階段を上っていく文悟に初めての試練と言っていいだろう。それでも調子があまり変わらない文悟は常と変わらないまま投げるのは簡単に想像が出来た太田部長が請け負う。

 

「打順はどうしましょう? 今のところ強豪校相手でも打てていますが」

 

 投手にも関わらず文悟の打率・打点は良い部類に入る。特に前者はクリーンナップにも迫る程の勢いで、ホームランも何本か打てる9人目の野手として魅力のある打者だった。

 

「9番のままで。出塁率も高いから2巡目からのリードオフマンになれる」

「本人にはそこら辺は?」

「意識させて打てなくなったら困るから言う必要はない」

 

 1年なので精神的に不安定な部分がやはり出てしまう。今のところ結果は出ているので、敢えてこちらの思惑を告げる必要はないと片岡監督は言って椅子から立ち上がった。

 

「2番手は捕手は御幸。あのチャンスの強さを見込んで代打で使う」

「塁にランナーが居ないと本当に打ちませんからね」

 

 一軍で試合が無くて二軍で試合がある時の正捕手として、一軍でもダブルヘッダーの時にはクリスと代わって試合に出ている。打率と打点は悪くないのだが高島が言ったように凡打に終わることが多い。逆に得点圏にランナーが居る時は鬼の如く活躍する。

 

「往年のプロ選手を思い出しますなぁ」

 

 基本的に野球は見る人である太田部長が今は引退した名選手を連想する。

 

「1年も何人か二軍に上がって来てますし、今年は豊作ですね」

 

 早々に一軍に合流して戦力となっている文悟や御幸に触発されたのか、例年にない速度で一年の中から二軍に昇格する者も出て来ていた。

 

「足のある倉持や堅実な白洲を筆頭に、特にサイドスローの川上などは見所ですな」

 

 俊足の倉持洋一と地味ながらも高い水準で纏まっている白州健二郎と、投手実績が評価された川上憲史の三人が二軍に昇格していた。川上が琴線に当たったらしい太田部長の謎のオシに表情一つ変えない片岡監督であった。

 

「おおよそ一軍の面子は固まった。後はどれだけ熟成させられるかどうかに」

 

 かかっている、と片岡監督が続けようとしたところでプレハブのドアが遠慮気にノックされた。

 部員達は次の試合に向けてのインタバール中、マネージャも中休みもプレハブまでやってくる者はいないはずと思いながら、ドアに近かった太田部長が向かう。

 

「どうした、御幸」

 

 太田部長がドアを開けると、そこに立っていたのは次の試合に捕手として出場予定の御幸一也であった。

 

「監督、話があります――――――――クリス先輩のことで」

 

 青道高校に風雲急を告げる報告がされようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリス先輩が怪我っ!?」

 

 急遽、ダブルヘッダーの2試合目の試合開始時間が遅れることが青道側から申し込みがあったとかで、1試合目で7回から登板して打者を出すものの得点を許さずに収めて観戦が確定していた文悟は倉持と川上と話している時にその話を聞いて目を剥いた。

 

「なんで!」

「さあ、理由は分からないけど御幸が監督たちに何か言ったらしい」

 

 クリスと同室でありバッテリーを組むことも多い文悟には伝えた方が良いだろうと考えた白洲も詳しいことを知るわけではない。

 

「今は部長が付き添って病院に行ってるって」

 

 張本人であるクリスがいないとなれば、アイシングを終えて肩のケアを終えていた文悟は立ち上がった。

 

「御幸は?」

「監督達と一緒にクリス先輩と話した後、次の試合の準備をしてる」

「おい、どうする気だよ」

「決まってる。聞きに行く」

 

 まあそりゃそうだろうな、と常からのクリスに対する文悟の態度を良く見知っている。文悟の行動を当然の流れと受け止めた倉持も青道の正捕手であるクリスの怪我の真偽を確かめたい。

 結局、川上もついて来て4人で試合の準備をしている御幸の下へと急いだ。

 

「一也!」

 

 プロテクター類を付けて、第2戦の先発である丹波光一郎と話すも微妙に噛み合ってなさそうな御幸の背中へと声を掛ける。

 

「文悟、それにお前らも…………クリス先輩の件か」

 

 遅れに遅れた試合が目前に始まる前に4人がやってきただけに御幸も直ぐに理由に辿り着けた。

 御幸は性格的に相性の悪い丹波に一言言って離れる。

 丹波はクリスが御幸との相性の悪さを気にして緩衝材になる為に一緒に居たので怪我のことは知っていたので今は場を譲った。

 

「クリス先輩が怪我ってどういうこったよ」

 

 言いたいことがあるらしくて言葉が出て来ない文悟に代わって、クリスとはそれほど深い関わりの無い倉持が聞きたいことを聞いてくれた。

 

「肩を痛めてたみたいで結構重い感じらしい」

「…………全然気づかなかった」

 

 そんな様子を欠片も見せなかったクリスに文悟が愕然とする。

 

「俺だってあの人のリードを超えてやろうと思って注視してなければ気づかなかったよ」

 

 シニア時代、敵わなかったと思った相手が間近にいるのだから、リードのやり方を学ぼうと集中してクリスを見ていた。

 そこには文悟の相棒は自分でなければならないという自負があるからこそ、より力を引き出せるようにクリスのリードを学ぼうとしていたのである。その際に、クリスが右手を動かす際に微かな違和感を感じ取った。

 御幸だってそこまで重く捉えていたわけではなく、肩に痛みを感じているなら夏の予選を前に万全にするべきではと思った程度だったのだ。

 

「大丈夫かな……」

「分からない」

 

 ブルペンで球を受けてもらった経験のある川上も心配しているが御幸には怪我具合が分かるはずもなく、片岡監督がクリスの肩を触った時の愕然とした表情から気休めの言葉を掛けることも出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスのことが気になって試合は丹波が打たれ、打線も爆発することなく呆気なく敗けた。

 

「クリスは夏の大会に出れない」

 

 試合後の夕方、グラウンド整備を行っていると暗い表情をした監督陣が選手たちを集めた開口一番、監督ははっきりと口にした。

 

「リハビリも含めて復帰までには半年以上はかかるだろうとのことだ」

 

 2年生ながらも1年の時から青道の不動の正捕手としてチームの中心にいたクリスの長期離脱に重い空気が圧し掛かる。

 打線でも中軸を担っているクリスが夏の予選前にチームを離れる影響は計り知れない。

 

「青道の野球部は3学年の部員を合わせれば100人を超える」

 

 幾ら有数の実力者であっても半年以上もブランクがあれば、以前の姿を取り戻すのにどれだけの時間がかかるか。そもそも取り戻せるかも分からない。仮に取り戻したとしても、その間に1年の御幸が成長したり、同学年の宮内が正捕手の座を掴んでしまうかもしれない。

 

「クリスの選手を見る目と野球知識は卓越している。マネージャーとしてチームを支えてくれと頼んだ」

 

 この長期離脱は事実上の引退勧告だと受け取った者が大半だったから片岡監督の選択に納得した。

 

「だが、クリスは僅かな可能性があるなら選手としての道を譲らなかった」

 

 重い空気の中を切り裂くように片岡監督の声が響き渡る。

 

「夏の大会は間に合わない。しかし、来年ならばとクリスも諦めていない」

 

 なのに、俯くお前達はどうなんだと語りかけられているようだと誰もが感じ、夕焼けに沈んでいくグラウンドの中で自らの影を見つめていた何人かがハッと顔を上げた。

 

「そこで立ち止まることがお前達の選択か?」

「まさか」

 

 キャプテンの東が誰よりも先に声を出した。

 

「この夏で甲子園に出て、もっと早く申告せんかった自分がアホやとクリスを残念がらせてやる。そうやろ、お前ら!」

「「「「「はい!」」」」」

 

 ショックが抜けたわけではないけれど、クリスが諦めていないのに自分達が足を止める理由はない。

 東の激に部員全員が大きな声で答える。

 

「御幸、クリスの怪我に良く気づいてきた。礼を言う」

「いえ……」

 

 結果的にせよ、クリスが隠していた怪我を暴いた形になってしまった御幸の表情は暗い。

 

「宮内、明日から一軍に上がれ」

「はい」

 

 同い年で同じポジションであるだけにずっとクリスの背を追って来た宮内啓介も初の一軍昇格がこんな形になるとは思っておらず、何時もの鼻からの大きな息も出ない。

 

「予選前にアクシデントが起こったがやることは何も変わらん」

 

 クリスにとっても来年に可能性を残せたし、切り替える時間も確実にある。

 こういうアクシデントが逆に選手達の心を1つに纏めることもある。今回のことをプラスに替えることが出来れば、十分に収支は合う。 

 

「各自、体に違和感や痛みがあるならば必ず申告しろ。レギュラーであっても例外はない」

 

 クリスは大分前から肩に違和感を覚えていたという。

 もっと早くに気付いてれば、大事な時間を棒に振らせずに済んだという思いが片岡監督に言わせていた。

 

「チーム一丸となって戦っていくということを忘れるな!」

「「「「「はい!」」」」」

 

 その後、直ぐに解散となった中で文悟は御幸を探した。

 大体の者が去った後で立ち尽くす御幸を見つけた文悟は暫しなんと言葉をかけたらいいかと悩む。

 

「一也、大丈夫か?」 

「ああ……」

 

 悩んだ末にありきたりな言葉しかかけられなかった。

 

「俺さ、シニア時代にクリスさんに一度も勝てなかったんだ」

 

 続く言葉を見つけられずにいた文悟の気持ちだけでもありがたいと御幸は過去を追想する。

 

「相手投手の心を折るほどのバッティング、投手を活かすリード、試合の流れを読み違えない嗅覚。敵わないと思った。この人を超えたいと思った」

 

 御幸は腰の高さに上げた拳を強く握る。

 

「こんなはずじゃなかったんだ。小さな怪我なんて直ぐに治して、あの人から正捕手の座を実力で奪って見せるって」

 

 選手生命に関わるほどの怪我ではなかったので、半年以上の離脱が確定してはブランクからどうしても実戦の勘が鈍る。そんな人から正捕手の座を奪っても嬉しくはない。

 

「実力で奪って見せろよ」

 

 文悟ははっきりと言い切った。

 

「え?」

「言ってはなんだけど、怪我を隠していたのはクリスさん自身の責任だ」

 

 いっそ冷徹なほどに文悟は言い切り、動揺している御幸の眼を見据える。

 

「もっと取り返しがつかなくなる前に一也が気付いてくれてよかったよ。絶対にクリスさんは自分から言い出さなかっただろうから」

 

 決して長いと言える付き合いではないが、クリスがどのような性格をしているかを良く知っている文悟は御幸が気にすることはないと暗に言っていた。

 

「来年には確実に回復してるんだ。俺達が足を止める方が悲しむし、何してるんだって怒るよ」

「文悟……」

 

 不器用ながらも励ましてくれる文悟に御幸も何時までも俯いてはいられなかった。

 

「そうだぞ、御幸」

 

 ようやく顔を上げた御幸に、グラウンドに現れたクリスが声をかける。

 三角巾で右肩を吊るしているクリスはゆっくりとした歩みで2人の下へとやって来る。

 

「すまん、みんなにもお前達にも迷惑をかけてしまうようだ」

 

 右肩に負担をかけないようにしながらも2人に向かって深々と頭を下げるクリス。

 

「そんなクリスさんの所為じゃ」

「もっと早くに言わなかった俺の責任だ。お前にもいらぬ心労をかけている」

 

 抗弁しようとした御幸は強い眼差しのクリスの言葉に口を閉じた。

 

「寧ろ御幸には感謝している。もう少し遅れていたら回復に1年以上かかっていたかもしれないからな」

 

 大事な時間を棒に振ってしまった悔しさがないわけではない。それでも後輩達に重荷を背負わせるほどクリスは無責任な男ではなかった。

 

「丁度良い時間だと思って自分を鍛えることに使うよ。勿論、お前のこともな文悟」

 

 出来るだけ周りが気にしないように言葉を考える。

 

「俺、信じてます。クリスさんは必ず戻って来るって」

 

 最初からクリスに向ける信頼が揺るぎようのない文悟にとっては可能性があるだけで十分。

 良くも悪くも揺らがない文悟に御幸も徐々に平静を取り戻していく。

 

「戻って来たって正捕手の座は俺の物ですけどね」

「まだ自分の物じゃないだろう」

「直ぐに俺の物にしてみせますよ。文悟の球を受けるのは他の誰にも譲りませんから」

「俺にも?」

「当然です。嫌なら早く治すことですね」

 

 自分を目立たせていかなければ青道の正捕手の座は掴めない。御幸なりの発破を受けたクリスも笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地獄の夏合宿を超え、西東京大会開始前に背番号が渡された。

 

「10番、石田文悟!」

 

 実績では1番(エースナンバー)を背負うに足ると示していても1年生だから重圧を背負わせない為にレギュラ1番の後にした。

 

「はい!」

 

 片岡監督の配慮に気付くほど深く考えない文悟は自らの力不足だと痛感しながらも大きな返事をする。

 

「11番、御幸一也!」

 

 こちらもクリスが抜けた後の正捕手の座を見事に射止めた御幸も同じようにレギュラー番号の後になっていた。

 

「…………はい!」

 

 文悟と違って監督の配慮に気付いた御幸は少し離れたところにクリスを見て、必ず実力で正捕手の座を守って見せると強く活き込んで背番号を貰う。

 

「俺達は誰だ?」

 

 規定人数である20人の中に1年生で入ったのは文悟と御幸の2人だけ。しかもチームの主力であることに他の1年生達は誇らしげに、そして悔し気に見つめる中で一軍20人が円陣を組んだ中でキャプテンである東が問う。

 

「「「「「「「「「「王者青道!」」」」」」」」」」

 

 右手を胸に当てた20人と、円陣の外で見守る者達の叫びが呼応する。

 

「誰よりも汗を流したのは!」

「「「「「「「「「「青道!」」」」」」」」」」

「誰よりも涙を流したのは!」

「「「「「「「「「「青道!」」」」」」」」」」

「誰よりも野球を愛しているのは!」

「「「「「「「「「「青道!」」」」」」」」」」

「戦う準備は出来ているか!」

「「「「「「「「「「ぉおおおおおおお!」」」」」」」」」」

 

 東が天高く輝いている太陽に向けて右手を上げて指差した。

 

「我が校の誇りを胸に狙うは全国制覇のみ!」

 

 東の後に続くように全員が天高く指差す。

 

「いくぞぉ!!」

「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」」」

 

 暑い暑い夏が始まった。

 

 

 



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第九話 一球

 

 

 西東京大会は強豪と呼ばれている高校が順当に勝って行き、決勝へは市大三校が先に駒を進めていた。

 そして残る準決勝では、市大三校と同じく西東京の三強と言われる稲城実業高校と青道高校の戦いが行われようとしていた。

 

「間に合いましたね、峰さん」

 

 月間野球王国の記者である大和田秋子がバックネットフェンス前の記者席に滑り込んで来る。

 

「ああ、なんとかな」

 

 大和田に少し遅れてやってきた先輩でありベテランである峰富士夫が流れ出る汗を拭いながら答える。

 

「まさか渋滞に巻き込まれるなんて考えてませんでしたもんね」

「事故なら仕方ない。こればかりは早めに出なかった俺達の責任だ」

 

 事故による渋滞で会場入りが遅れたことで良い場所が取れなかった野球王国の記者2人は空いていた端の席に陣取ることを決め、カメラ類を鞄から取り出す。

 

「今日は暑いな」

「そうですよ。この夏の最高気温を記録してるらしいですから」

「良く知ってるな」

「ラジオで言ってましたよ。試合に気を取られて聞いてなかったんじゃないですか」

「否定出来ん」

 

 ハンチング帽を取ってハンカチで汗を拭いた峰は中天に差し掛かろうとする太陽を見上げた。

 

「なにせ全国に名を知られた強豪同士がぶつかるんだ。高校野球ファンなら否が応でも惹きつけられる」

 

 だが、それだけでは収容人数3万人を超える明治神宮球場が満員になることはないはずだった。

 なにせ青道はここ数年、稲実と市大三校に甲子園行きを独占されているのだから。

 

「注目は2人の1年生サウスポーだ」

「稲実の成宮君と、青道の石田君ですね」

「片や投手として既に高い平均値(アベレージ)叩き出している成宮と、ストレート一本という一点特化型の石田。注目のルーキーである2人の直接対決ともなれば、見たいと思う者も多いだろう」

 

 惜しむらくは、実質的に青道のエースである石田は準々決勝で先発しているので、この準決勝で先発する可能性は限りなく低く、数日空いているとはいえ1年生であることを考えれば連投することはまずないことだった。

 成宮は先発することはないがリリーフとして何度か出ているので、2人が直接対決をするとしたら試合終盤になる。

 

「2人が投げるとしたら終盤になるだろうが、両チームの先発の質を考えると青道が不利だろうな」

 

 両チームのエースの質は、稲実に分があると峰は見ていた。

 

「では、勝つのは稲実と?」

「青道にはプロも注目している打者である東がいる。クリスが怪我で抜けたとはいえ、打の青道と言われるだけあって、攻撃力という点では稲実が劣るから難しいところだな」

 

 そういう意味では、文悟が先発していれば稲実が不利なのかもしれないが、準々決勝も中々に接戦だったので致し方ない面がある。

 

「さて、勝利はどちらの手に転げ落ちるか」

 

 試合が開始して1回表は青道の攻撃から始まったこの時点で後の展開を予測出来た者は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、石田」

 

 更に暑くなってきたような錯覚すら覚えるマウンドに走ってやって来た文悟に3年エースがボールを手渡してくる。

 

「任せて下さい」

 

 念が籠っているのではないかと思うほどに重いボールを受け取った文悟は強張りそうになる顔を必死に抑える。

 

「6回7-2でノーアウト満塁、また随分と重要な場面で回って来たな」

 

 クリスが退いて空いた正捕手の座を射止め、この試合も最初から出ていた御幸がマウンドにやってきて声をかけた。

 

「大丈夫だ、一也」

 

 ボールをグラブに収めてロージンを手に取った文悟は確信を持って答えた。

 

「青道は負けない。俺が敗けさせない」

 

 ロージンを置いて指先に息を吹きかけて余分な粉を飛ばした文悟の眼を見た御幸の背を走る電撃のような痺れ。

 

「へっ、最近の文悟は絶好調だもんな。期待してるぜ」

 

 クリスの怪我が発覚してからの急成長には目を見張るものが有り、正捕手が離脱したというマイナスを吹き飛ばすほどの活躍を文悟はしていたから御幸の眼にも焦りはない。

 

「この暑さでテンションも上がってる。少しボールが浮くかもしれない」

 

 自己分析を繰り返させられてきた文悟だからこそ、今の自分の調子が悪いものではないが準々決勝の疲労も完全に抜けきったとは言えない中ではボールが浮く危険性を承知していた。

 

「じゃあ、打者と真っ向勝負と行くか」

「え?」

「全球ど真ん中の直球(ストレート)で稲実をねじ伏せるぞ」

 

 御幸の予想外の提案に驚きで目を丸くした文悟はやがて笑みを浮かべる。

 

それ(・・)…………最高だ」 

「だろ」

 

 近年の野球では、剛速球だけでは通用しない。変化球と制球力も合わせて、投手にも総合力が求められる時代だからである。

 文悟には直球(ストレート)だけしかなく、変化球は1つも投げることは出来ない。勿論、夏が終われば守備も様になったことだし、変化球習得に着手しようとクリスと話しているが今は関係ない。

 

「来い、文悟!」

 

 この時の御幸もまた文悟のポテンシャルを見誤っていたことを知らなかった。

 

「ねじ伏せる……」

 

 御幸の言葉が頭にリフレインしている文悟は大きく1つ深呼吸し、ど真ん中を狙えばいいので隅を狙う必要が無い分だけキャッチャーミットを近くに感じる。

 

「んっ!」

 

 コースはど真ん中、狙うのは御幸のミット。

 思考は単純、極々シンプルになった文悟は準々決勝を投げた疲れなど忘れて踏み込んだ。

 

「っ!?」

 

 何時の間にかミットに叩き込まれたボールに意識が遅れて気が付いた御幸はマスクの内側で目を見開いた。

 

「ストライクワン!」

(これ(・・)は――……!?)

 

 主審のコールを聞きながらも、御幸はミットを超えて手を震わせたボールの手応えに震撼を隠せずにいた。

 

「ストライクツー!」

 

 驚きは冷めることなく、寧ろ大きくなっていった。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 全球ど真ん中のストレートという配球に、流石にこのバッテリーが何をしようとしているのかを察した球場全体がどよめく。

 それでも彼ら以上に文悟の球を受けている御幸の驚きの方が大きい。

 

「ストライクワン!」

 

 2人目の打者にも真っ直ぐでど真ん中。しかし、分かっているのに振り遅れる。

 

「ストライクツー!」

 

 事態を把握した打者は憤怒を覚え、不遜な考えに至ったバッテリーを懲らしめんとバットを振るが掠りもしない。

 当てに行く為にバットを限界まで短く持って振るった。

 

『抜け――――切れた……僅かにファウル!』

 

 コースも球種も分かっていたのに、それでも振り遅れているからこそ三塁線のフェアゾーン外のファウルになった。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 続いて投げられたボールには当てることは出来ず、空振りをして三振を宣告された打者は次の打者と入れ替わる際に耳打ちする。

 

「舐めてかかるな。ココに来ると判断した場所からボール2、3個分上に来る」

 

 コースと球種が分かっているからと言って、舐めてかかったら自分の二の舞になるとアドバイスを残したが実を結ぶことはなかった。 

 

「ストライクワン!」

「くそっ!」

 

 球種は変わらない。コースも変わらない。なのに振ったバットが当たらない。絶対にストライクを取られるど真ん中だから振らずにはいられないのに。

 

「ストライクツー!」

 

 バットを短く持ち、バントの構えを取るもボールはその上を通過していく。

 ど真ん中のストレートだけで挑んで来るバッテリーなど、決して許してはいけない、絶対に無視してはならない。

 分かっていれば必ず打者は対応できるはずのなのに、文悟が投げたボールはその思惑の上を行く。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 ノーアウト満塁からの三者連続三振。

 ピンチどころか負けている青道を盛り上げるには十分な圧巻のピッチングに、ベンチに戻って来た文悟は大きな歓迎を受けた。

 

「ようやってくれた文悟!」

 

 強打者として徹底的にマークされて勝負してもらえないフラストレーションが溜まっていた東が巨体で覆い隠すかのように文悟を抱きしめる。

 

「ちょ、ちょっとキャプテン!? 文悟が潰れるって」

「お、すまんすまん」

 

 大胸筋で窒息しそうになった文悟を助け出した御幸は打順が近いのでプロテクター類を外す。

 

「しかし、よう全球ど真ん中なんて投げれるのう」

「俺もまさかここまで嵌る(・・)とは思いませんでした」

 

 疲れもある文悟を発奮させることが目的の冗談だったのに、全球同じコースを選ばされたのは文悟のボールがあまりにも良かったから。

 

「今の文悟のストレートは準々決勝の時とは段違いです。流石にもう連続ど真ん中はやれませんけど、この調子を維持できるなら」

 

 投げるごとに凄みを増していく文悟がどこまで成長するのか分からなくて御幸はブルリと震えた。

 

「あ」

 

 ベンチ入りした伊佐敷に水を貰っていた文悟の気の抜けた声がベンチに響いて、御幸がその視線の先を追うと白球が天高く飛んで行くところだった。

 

「ホームランだ!」

「哲の野郎、打ちやがったぞ!」

 

 文悟の衝撃が色濃く残るマウンドで投げた稲実の三年投手の初球を5番の結城哲が掬い上げるように打った球はバックスクリーンに入った。

 

「7-6。1点差は十分に射程距離だな」

「後は俺達が点を取られなきゃいい。流石にど真ん中連続は避けてコーナーも付いて行こう」

 

 結城のソロホームランの後、動揺している三年投手を狙い撃ちにして一回に一挙に四点を入れて一点差にまで詰め寄った。

 

(打順は2番からのクリーンナップ。初球はど真ん中で相手に印象付ける)

 

 御幸が知る限りで文悟のストレートが毎球過去最高が更新されるようなのを見てしまえば後に続く打者も強く焼き付くだろう。

 

「ストライクワン!」

 

 思惑通り、今度は違うコースを狙うだろうという打者の想像をど真ん中からぶち破り、バットを振らせない過去最高が更新されたストレートが御幸のミットに収まる。

 

(これでど真ん中を印象付けられた。後は料理するだけだ)

 

 敢えて普通のストレートはまだ使わない。

 御幸にも今のストレートがどこまでキレていくのか知りたかったし、下手に文悟の調子を崩させるのも嫌だったから。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 1人目は明らかな高めのボール球を振って三振、2人目は詰まらせてファーストゴロ、3人目は低めと錯覚したど真ん中に手が出ずに三振。

 

「おお! 神様仏様文悟様!」

 

 最早、覚醒しているとしか思えないほどの投球を見せる文悟に今度は伊佐敷が抱き付く。

 

「落ち着こうね」

「おっふ」

 

 小湊亮介に脇腹を突かれ、息を吐き出された伊佐敷が文悟から離れる。

 

「おっ、おま……!」

「しかし、本当に絶好調だね」

「ええ、怖いぐらいです」

 

 実は弱点な脇腹に攻撃を入れられた伊佐敷が文句を言おうとするも、当の小湊は御幸と話していて全く聞いていない。

 

「当てられることも多くなってきたので二巡目が怖いですね」

 

 出来ればこの回も大量得点を入れて安全マージンを取りたい、と言いかけた御幸がグラウンドに目を戻すと表情を険しくした。

 

「出て来るのか、鳴」

 

 稲実側も文悟が流れを呼び寄せたと知れば、流れを引き戻す為に3年エースを代えて成宮鳴を投入して来た。

 

「前の回は三者凡退か」

 

 既に8回。青道の残る攻撃のチャンスは一度だけとなり、代わった成宮が文悟とは全く違う変化球を駆使しての投球術で躱して流れは両チームの間で揺れている。

 

「この回も頼むぞ、文悟」

 

 しかし、変化球のない文悟の限界とでもいうのか。

 1人目は三振を取るものの、二度当てられてファールにされた。

 2人目も外野フライで打ち取ったが守備に助けられた面もある。

 3人目には普通のストレートも織り交ぜて、三振に切って取ったがここに来て変化球がないことが重しに感じて来た。

 

「はぁはぁ」

 

 決して準々決勝の疲れが消えたわけではないので、ほぼ全球全力投球しているような物である文悟も流石に息が荒れて来た。

 

「俺達で撃つぞ」

 

 9回の表となり、打順は5番である結城哲。

 1年生にここまで発奮させられたのだから、先輩である自分達がやらなくてはどうするとばかりに打席でオーラを迸らせる。

 

「――っ!」

 

 ストレートは文悟の領分である。結城はそう言わんばかりに厳しいコースを突いてきたストレートを狙い打った。

 打球は外野の頭を超えて長打コース。

 

「回れ、哲!」

 

 フェンスにぶつかって帰って来た球をレフトが捕球して投げる頃には、伊佐敷の声援に後押されるように結城は二塁に到達していた。

 

「ようし! 続けよお前ら!」

 

 そう言う東は前の回に成宮に詰まらされてアウトになっていた。

 6番は成宮に動揺が残っていて四球で一塁に進んだものの、文悟とは大きく違うタイプの投手である成宮に7番と8番は相次いで三振に切られて迎えたのは9番打者の文悟。

 

「文悟!」

 

 9回の表で2アウト一、二塁。ここで文悟が打てなければ青道の敗北が確定する。

 

「ふぅ……」

 

 逆に文悟が打てば逆転の見込みが増えるだけに、前の回から交代して投げる成宮にも大きなプレッシャーが襲い掛かって来る。

 

「タイム」

 

 この大一番に流れが切れることを承知の上で稲実の捕手である原田雅功はマウンドに向かった。

 

「何しに来たの、雅さん」

「お前がピンチにビビってないか確認しに来たんだよ」

「けっ、俺がそんな玉に見える?」

 

 緊張はしているだろう。プレッシャーは感じているだろう。だが、成宮はそれらを受け止めて笑って見せたのだから女房役として原田も尊重する。

 

「石田は予選でもホームランを打ってるし、打率も高い。厳しいコースを突いて、最悪歩かせても構わん」

「俺は嫌なんだけど」

「最悪、だと言っただろう。それだけの危険を冒してでも攻めて来いと言ってるんだ」

「へいへい、分かったからそんなに怒んないでよ」

「怒ってはいない」

 

 怒ってはいないが、御幸のリードで5番なのにヒットを一本も打てていないことと、今も打者として立つ文悟が放つ異様なプレッシャーに晒されていることで精神的にキているのかもしれない。

 

「雅さんのリードを信じる」

 

 ハッとした。異様でしかない文悟の覚醒スピードと、逆転勝ちを期待している観客達に気圧されていた原田が成宮の言葉で平静を取り戻す。

 

「ストライク!」

 

 打席に立つ文悟は振る気があるのかと思うほど脱力していた。

 しかし、決して油断はしまいとストライクからボールへとなるフォークを要求する。

 

「あっ!?」

 

 油断はしていなくても投球と打撃は別だと区別していた。今の覚醒状態にある文悟には両者の垣根などなかったとライト方向に打球が飛んで行くのを見て気づいても遅い。

 

「ライト!」

 

 飛ぶかと思われた打球は意外に伸びなかったが落ちた場所が良かった

 ギリギリでフェアゾーンに入り、2アウトだからリードを長めに取っていた結城があっという間に三塁を回った。

 

「バックホーム!」

 

 逸らした場合のことを考えて成宮が本塁のカバーに入る。

 ライトから受けたショートが中継するがタイミングは微妙。

 入ってくるボールを受け取った原田とヘッドスライディングしてくる結城が重なった。

 

「――――――セーフ!」

 

 本当に際どいタイミングだったが原田がタッチするよりも一瞬早く結城が本塁ベースを触った。

 覆しようのないタイミングだったと原田も認めるしかなかった。

 

「9回で同点だ!」

 

 またもや文悟が流れを引き寄せた。

 変わらず2アウト一、二塁の状況。次の打者が続けば逆転はありうる。

 

「させねぇよ!」

 

 しかし、そこに成宮が立ち塞がる。

 失点されながらも崩れなかった成宮は1番打者を打ち取って流れを断ち切る。

 

「9回裏同点。俺達が勝つ為には点を与えず、点を取るしかない」

 

 同点に追いついても不利なのは青道だった。この回で得点を与えず、延長戦に入ることでしか勝利の目はないのだから。

 

「行けるか、文悟?」

「腕が千切れても投げて見せるさ」

 

 文悟の疲労の色が重い。

 汗は滝のように流れ、打者として打って走ったから息も乱れたまま。

 

「さあ、抑えるぞ」

 

 稲実は2番打者からの好打順。しかも一度文悟の投げるストレートを見られている。

 

「初球セーフティバント!?」

 

 意表を突くこの作戦だったが、真ん中からやや低めと打者に映ったボールはど真ん中にホップして固定しているバットの上側を叩いた。

 

「浮いた!」

 

 本来ならば転がす球がセーフティバント見て走ってきた内野を超すほどに浮いた。

 

(直接捕球は無理――!)

 

 セカンドを守る小湊亮介は打球を追いながらそう判断した。

 

(打者が速い!?)

 

 チラリと見た稲実の2番を任せられるだけあって足が速い。グラブで取りに行っていたら間に合わないと判断した小湊は地面で一度跳ねたボールを素手で掴む。

 

「どうだ!」

 

 全身の筋肉が悲鳴を上げるほどの無理な姿勢で一塁の結城に向かって投げる。

 

「――――――セーフ! セーフ!」

 

 小湊のファインプレーよりも稲実の2番打者の足が勝った。

 

「選手交代! 代走、神谷・カルロス・俊樹!」

 

 文悟が登板してから初のランナーに、監督である国友広重が動いた。

 

「タイム」

 

 シニア時代のカルロスのことを知悉している御幸はタイムを取ってマウンドに向かう。

 

「カルロスは足が速いけど打者優先で行こう。まだ球は走っている。1人ずつ抑えて行こう」

 

 御幸にはありきたりな事しか言えずとも文悟はボールで応えた。

 3番打者を気迫の投球で三振に切って落としている間に二塁に盗塁されたものの、今の文悟にまともに打たれるイメージは湧かない。

 

「次の4番は今日ホームランの分も含めて三打点を上げてる。どうせ一塁が空いてるんだ。歩かせるか?」

 

 幾ら文悟がこの試合中にも爆発的な成長を遂げているにしても、やはり勝負するのは怖いと思わせる4番打者である。

 

「一也、大丈夫だ。絶対に勝つ」

 

 そんな御幸の逃げを感じ取った文悟がメラメラと燃える目を向ける。

 

「稲実をねじ伏せろって言っただろ」

「…………分かった。しっかりと腕を振りきれよ!」

 

 勝負は弱気になった方が敗ける。文悟に流れが来ている以上は乗る方が大切だと判断した御幸。

 

「うるあああああああああああああああああ!!」

 

 稲実の4番打者はその自負と自身の全てを込めて雄叫びを上げる。

 捕手である御幸ですらビリビリと感じる気迫と向き合う文悟が感じるのはどれほどのものか想像も出来ない。

 

「ねじ伏せる」

 

 全力投球では足りない。もっと力をと望みながら、振り被った。

 

「カルロスが走る!」

 

 振り被ってからは牽制は出来ないから走者は自動的にスタートできる。故に代走のカルロスは走った。

 今は打者に集中していた文悟には、ただ力一杯に投げるだけ。

 

「っ!?」

 

 投げられたボールは低すぎると思った。

 それでも4番打者のやることは変わらない。

 

「セーフティバント!?」

 

 まさかの4番がセーフティバントなど誰も考えていなかったからこそ反応が遅れた。2番打者のバントを参考に更に上側に構えられたバットがボールに接触する。

 打球は三塁線を転がっていく。御幸が行くには遠く、サードである東は盗塁をしたカルロスのことを気にしていた。

 

(文悟は――)

 

 全力で投げた影響で体が流れていて直ぐには対処できない。

 

「俺が行く!」

 

 迷った御幸よりも早くチャージした東がボールを素手で掴み、一塁の結城に向けて投げる。

 

「アウト!」

 

 スタートが遅れても東の早い判断のお蔭で4番打者はアウトになった。

 ここでアウトを取ったことで殆どの者が気を抜いた。

 盗塁で一早く3塁を踏んだカルロスは一度も足を止めること無く、ボールが一塁に向かっている間に本塁ベースに向かって走っているのに誰かが気づいた。

 

「バックホーム!」

 

 結城が本塁に向かって投げ、カルロスが飛び込む。

 

「――――――――」

 

 砂煙が起き、突っ込んだカルロスと防ごうとした御幸が重なっていた。

 審判は見極めるように目を細め、やがて手を動かす。

 

「セーフ! セーフッ!!」

 

 9回表の再現かのように繰り返されたプレーは、同じようにセーフだった。

 同点で最終回の裏に攻撃側の得点が示す結果はただ一つ。

 

「サヨナラだ!」

 

 8-7、青道のサヨナラ負けだった。

 

 

 



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第十話 敗北の重み

 

 

 稲城実業高校が劇的なサヨナラ勝ちをした試合後、明治神宮球場から引き揚げた峰富士夫と大和田秋子の前で青道高校の挨拶が行われていた。

 

「期待に応えられなくてすいませんでした!!」

 

 キャプテンである東清国が試合後に流した涙の痕も色濃く残る真っ赤な目元のままで挨拶する。

 

「応援ありがとうございました!!」

 

 謝るな、立派だったぞ、とOB達に慰めの言葉が次々にかけられるが、いっそのこと罵倒してくれた方が楽だという思いが頭を下げる選手達にはあるだろう。

 

「峰さん……」

 

 失意の表情のままバスに乗り込んでいく青道の選手達の中で、一番憔悴している文悟が倉持や白洲に抱えられている姿があまりにも傷ましげで隣に立つ峰に顔を向ける。

 

「記者として失格かもしれませんが、何て言ったらいいのか」

 

 両校共に強豪の名に恥じない実力を見せ、総力戦の末に稲実が勝った。

 

「実力のあるチーム同士ですし、本当に見応えのある試合だったと思います」

 

 だからこそ、大和田にはたった一つだけ分からないことがあった。

 

「でも、今日の試合で勝負を分けた一番のモノって……」

「難しいな」

 

 野球通であってもコレという理由を見い出せるほどのものはなかったように峰の目にも映っていた。

 

「エラーやミスが多い試合ではなかったし、両チームの持ち味も存分に出てたからな。あのまま勢いで青道が勝っても何らおかしくない試合だった」

 

 特に6回から登板した文悟が齎した流れは、ちょっとやそっとでは覆せないほどだった。

 

「敢えて敗因を上げるとすれば、エースの差、監督の差、バッテリーの若さ、勝利への執念、幾つかあるな」

 

 1番(エースナンバー)を背負った先発投手の差は特に明らかだった。

 

「6回時点で7-2。石田君の登板で勢いづいて追いついたが、もしも最初から彼が登板していたら?」 

 

 IFに意味はない。6回から登板した文悟が9回裏の時点ではかなりバテていたことを考えれば、先発として出場したとしても稲実を抑えられた保証はない。

 

「成宮君やカルロス君の交代出場、セーフティバントの指示…………石田君を打てないと分かっても諦めなかった稲実の執念だろう」

 

 これもまた結果論でしかない。

 監督の差も稲実に比べて青道には選択肢が少な過ぎた。決して勝利の執念にも大きな差があったはずがない。

 

「難しいですね、高校野球は」

 

 明確に敗因と言えるほどの差が無くとも、勝利の女神はどこまでも非情に勝敗を決してしまう怖さがある。

 

「しかし、今日の石田君の投球は」

「異様としか言いようがなかった。いや、この夏の成長自体がありえない速度だ」

 

 今も2人の脳裏に焼き付いている文悟の投球。それだけではなく、この夏の文悟の成長は異常の一言に尽きる。

 極稀に特別な状況下で且つ、特別な精神状態の時に起こり得る科学的には説明のつかない異常な速度の成長。

 

「チームとは別で、ルーキー対決には明確な決着がついてないんだ。ここで潰れないことを祈るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りのバスの中ですすり泣く声が響いていた。

 青心寮に戻った後も、翌朝の食堂でも3年生達は誰かと顔を合わせれば自然と涙が溢れていた。

 

(泣くな…………泣くな!)

 

 文悟も御幸も1年生にも2年生にも、3年生の前では決して涙を流してはいけないと自らに言い聞かせていた。

 同じ涙でも気持ちが違うと知っているからこそ、歯を食いしばって泣かないように踏ん張る。

 3年生の前で泣かないことだけが下級生に出来ることだった。

 

「え、もう?」

 

 2日間の休みが与えられた文悟は朝食後に自室に戻ったところ、同室の東清国が自分の荷物を纏めている理由を聞いて目を剥いた。

 

「3年生は選手権で負けたら引退やからな。俺らが残っとっても邪魔やし、清々するやろ」

「そんな……」

「この部屋は出てくけど3年を纏めた他の部屋に移るだけやから、悪さしたら分かるからな」

 

 最後に凄んでおき、ふっと表情を緩めた東は俯いている文悟の頭に手を置いた。

 

「一旦家に帰って親に挨拶もせなあかん。俺はプロ志望を出すから練習にも出る。だから、そんな顔すんなや」

「でも、俺があそこで打たれさえしなければ先輩達の夏はまだ」

 

 ストライクを取ることだけを考えて躱す投球をしていなかったと、後から後から後悔が湧き上がってくる。

 まともなヒットではなかった。稲実は文悟のボールは捉えられていなかったとしても、ねじ伏せることに終始し過ぎていた感は否めない。

 

「お前は精一杯やっとった。文悟で負けたんやからみんな悔いなんてないで」

 

 悔いがないなんてことはありえない。でなければ、敗けが決まった瞬間に号泣するわけがなかった。

 

「文悟、お前がウチのエースや。青道を頼んだで」

「はい!」

「ええ返事や。期待してるからな」

 

 190㎝を超える巨体に似合った大きな手で文悟の頭を痛くなるほど撫で回した東がクリスを見る。

 

「クリスもしっかりと怪我を治して俺達が果たせなかった夢を叶えろよ」

「…………はい」

「声が小さい!」

「はい!」

 

 文悟よりも東と一緒の時間を長く過ごして来たクリスだけに、胸に過る思いは声が小さくなるほどに多くあった。

 入学前から目立っていたクリスを何くれとなく面倒を見てくれた東の背中に、クリスは深々と頭を下げる。

 

「今まで、ありがとうございました!!」

 

 もう何も返せないから感謝することでしか、この胸に複雑に絡まる気持ちを表現する方法を持っていなかった。

 

「頑張れや」

 

 そう言って、目元を赤く腫らしたままプロ注目の強打者である東清国が引退して行った。

 

「…………文悟はどうする」

「え?」

 

 3人部屋から2人部屋になり、東の荷物はまだ置いてあるというのに以前とは別物のような部屋の中で、見送ったままの体勢から動いていなかった文悟に先輩としてクリスが先に話を始めた。

 

「2日間は休みが貰えたんだ。一度、家に帰っても良いんだぞ」

 

 1年の努力の集大成を賭けて行われた夏の予選で敗れた影響は、3年生が引退することと合わせて非常に大きい。

 中心だった3年生が引退することで新チームに移行する為の準備期間でもある2日間は、越境進学した生徒が帰省できる数少ない機会であった。

 

「帰れません、こんな気持ちで」

 

 1、2年生で帰省する者は殆どいない。

 文悟も不完全燃焼と悔しさを胸一杯に抱えたまま帰省など出来るはずがなかった。

 

「―――――――多分、新チームの主将(キャプテン)は哲がなるだろう」

 

 多分と言いながら確信に満ちた物言いだった。

 

「そして新チームの1番(エース)は間違いなくお前だ」

 

 これにも確信がある。

 3年生が引退したことで、2年生で一軍の投手は丹波光一郎だが彼は予選で何度か乱調している。

 稲実との戦いでマウンドを任されたことを考えれば文悟が新チームのエースであることは誰もが認めている。

 

「敗けた俺が1番(エース)に相応しいかどうかは分かりません。でも」

 

 あの負けた瞬間のことを文悟は思い出していた。

 勝利が手から抜けていく感覚、体中の全てを投げ打ってでも届かなかった事実、先輩達の夏を終わらせてしまった現実。

 

「敗けるのはもうゴメンです。俺は勝ちたい。いや、勝つ為にマウンドに上がる」

 

 どれだけ勝とうとも、たった1試合の負けで全てに意味がなくなる、失ってしまう。

 

「約束します。来年は、こんなことにはさせない」

 

 チームの中でどれだけ優秀な投手であろうとも、勝たなければ無意味である。選ばれた1番(エース)は、その現実を突きつけられる。

 

「俺がみんなを甲子園に連れてって見せる」

 

 敗戦が人間を成長させることもある以上、極端すぎる話だろう。

 敗けることで、努力も才能も他人の人生さえも左右するとなれば、勝利のみが全てを肯定してくれるのだと信じるしかない。

 

「そこまで背負い込むことはないんだぞ」

「背負い込んでなんていません。これは誓いです。必ず果たすべきと決めた自分への」

 

 1番(エース)は、ただの投手ではない。チームで最も最高の投手でもない。

 投手とは一番ボールを触る以上、チームで最も野球を知っていなければならないというのがクリスの持論だった。

 

「1年なんて時間が足りないぐらいです。それほど俺には足りない物が山ほどある」

 

 知識はあっても実戦が伴っていなかったから反応が遅れる悪癖がある。変化球もなければ、強豪との試合経験は全然足りない。

 

「クリスさん、俺を強くしてください。青道の1番(エース)に相応しい投手になる手助けをお願いします」

「俺の教えは厳しいぞ」

「良く知っています」

 

 青道入学前から教えを受けて来たのだから今更である。

 最近は御幸に文悟の相棒役を奪われつつあったからこそ、まだ暫くは現役復帰できそうにない自分に出来た仕事に薄らと笑みを浮かべる。

 

「では、まず第一にすることを言おう」

 

 文悟が言っていたように、来年の夏まで最高の1番(エース)に仕上げるには1年でも足りない。

 休養日とされている今からでも動くべきだ。但し、昨日投げたばかりなので肩は使わない方向で。

 

「昨日の稲実戦を見て反省会だ」

「昨日の今日で?」

「強くする手助けをしてほしいんだろう。連日の登板で体を使えない以上、なぜ負けたのかを冷静に観察することから始めるぞ」

 

 自分の所為で先輩達の夏を終わらせたと思っている文悟に対して、クリスには一切の容赦がなかった。

 

「や、やります……」

 

 物凄く嫌そうながらも、自分で言い出したことなのだから引くことはできない。

 

「太田部長にDVDを貰って来るから先に食堂で待っててくれ」

 

 この部屋にテレビはあるがDVDを再生できるプレーヤーはない。そもそも画面が小さすぎて2人で見るには向かない。

 プロ野球の試合などを録画したのを見る際は食堂にある大きなテレビで見ることが通例である。中には部屋にDVDプレーヤーを持っている者もいるが文悟達はそうではない。

 1年間で年末年始と夏選手権敗北後以外に休みがない青道において、誰かしらがいて声が聞こえる青心寮が静かに感じることは珍しい。静かな中を食堂に入ると、既に先客がいた。

 

「あれ、一也」

「文悟」

 

 広い食堂にたった1人で腰かけた御幸がドアを開けた直ぐ目の前にいて目を丸くする。

 

「これって昨日の……」

 

 座っている位置からしてテレビを見ていると知って文悟が視線を向けると、昨日の稲実との試合が流れていた。

 

「悪い。飲み物かなんかなら」

「丁度良かった。俺もクリスさんとこの試合を見ようって話してたところだったんだ」

 

 テーブルの上に置いてあるリモコンで映像を止めようとした御幸にここに来た目的を話すとピタリと動きを止める。

 

「反省会か。なんで俺を呼ばねぇんだよ」

「や、一也が残ってるなんて知らなかったし」

「俺はお前の相棒だろうが!」

 

 普通はこの休暇に家に帰るのが普通なので、家が西東京にあるという御幸の帰宅を疑っていなかったので自然と除外していた。

 

「まあまあ、じゃあ一緒に見よう」

「じゃあってなんだ、じゃあって」

 

 どう言えと、なんて考えている間に先に御幸が稲実との試合のDVDを持ち出していると聞いたクリスの先導で、先に見ていた御幸には悪いがもう一度最初から見直す。

 

「やっぱり先発で7点も取られてるのが痛いな」

 

 御幸のリードがあっても3年エースの能力を限界以上に引き上げることは難しく、2つのホームラン込みとはいえ6回までに7点は厳しいものがある。

 

「クリスさんならもう少し抑えられました?」

 

 リードする力は自分よりも上であると認めているクリスに訊ねる。

 

「難しいな。御幸のリードは5番の原田を意識したものだろう?」

「ええ、4番の人よりも打率・打点・ホームランの全てにおいて上ですから」

「だから、その前に勝負をするという選択を俺も取っただろうから大きな差はないだろう。それこそもっと点を取られた可能性はある」

 

 逆に抑えられた可能性もまたあるということでもある。

 

「あれだけ点差が開いていたからこそ、御幸の言葉かけもあったにしても文悟も開き直れた面もあるわけだろう?」

「多分、もう少し接戦なら動きが固くなったかも」

 

 5点差もあったからこそ、文悟は後先を考えずに1球1球に全力を注げた。

 

「三者三振してギアが上がっていたから、1点差に追いついても投げることに集中出来たって気がします」

 

 とはいえ、怪我の功名的な感じではあったのだが、やはり点差は空いていない方が良い。

 

「準々決勝の疲れも残っていた文悟が投げるごとに凄みを増していくなど事前に予測も出来ないからな。出来るなら点は取られない方が良い」

「でも、本当にあの時の文悟は凄かったですよ。もう1球ごとに最高を更新していくような、異様な感覚でした」

「スタンドから見ていても同じ感覚だった。あれは一体……」

 

 2人が同時に文悟を見るも、当の本人はテレビに映る自分が投げる姿を見ていて気が付いていない。

 

「あのど真ん中ストレートは特に良かった」

 

 スタンドで見ていることしか出来なかったクリスにもはっきりと特に異様だったストレートが目に焼きついてる。

 

「俺としては冗談のつもりだったんですけど、あれが嵌った時の恐ろしさは今でも忘れられません」

 

 コースも何もないストライクゾーンの中で最も打ち頃だったのに、最初の3人に限っては全く打たれる気配を感じなかった。

 

「少々乱暴な言い方になるが、内外角ギリギリのボールは他者に依存するボールだ」

 

 打者が見送ればボールになるし、審判が手を上げればストライクになる可能性もある。その理屈を捕手として誰よりも理解しているからこそ、御幸はクリスが何を言いたいのかが直ぐには分からなかった。

 

「だが、ど真ん中に限っては違う。ストライクが確定している以上、打者は必ず振らなければならない」

「…………打たれるのか、抑えるのか、投手から勝負を決められるボールというわけですか。だけど、最も打たれる可能性が高いコースでもある」

「意図せずに行ってしまったボールに限ってはな」

 

 もしも、絶対に抑えるという意思を持って狙って投げたど真ん中は文悟が示したように質が全く違う。

 

「速球派の投手にとって、最大の武器に成り得るが」

「最大の弱点にもなり得る」

 

 捕手である2人にとっては悩ましいところである。

 

「両内外角に球を集め、高めの釣り球と球速と回転数(スピン)を変えたストレートを組み合わせることで今までやってきた。今現在でも十分に良い投手だが研究されて二巡目、三巡目と打席で速球に目が慣れればバットに当てられる機会が増えていくだろう」

 

 文悟が第一線で問題なく通用するのは研究される前の夏までと考えていたクリスと御幸には、この展開は既に予測出来ていた。

 

「文悟に必要な物が何か分かりますか、クリスさん」

「御幸こそ分かるか」

 

 次へのステップアップを図る道筋は見えている。

 

「「変化球」」

 

 事前の話し合いの通り、文悟が上へ行く為の第一歩がよりストレートを際立たせるための変化球。

 

「未だ文悟は発展途上にある。俺達が制御してやらないとな」

「どこまでも進んでいってしまいそうな暴れ馬なところがありますからね、文悟には」

 

 投げるストレートのように、真っ直ぐに進むことしか知らない文悟は止まらない。

 危ういまでの才気を壊してしまうか、爆発的に開花をするかは捕手である2人の力にかかっていると言っても過言ではない。

 

「何か直ぐ傍から黒いオーラを感じる……」

 

 夏から秋、冬から春までの練習メニューをぎっちりと詰められるとも知らない文悟は身を震わせる。

 

「今度は必ず勝つ」

 

 サヨナラ負けを喫したシーンを見てテーブルの上に乗せた手を強く握りながら誓う…………決して背後から感じる黒いオーラからの現実逃避はない、はずである。

 

 

 



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第十一話 変化球習得

 

 

 

 青道高校の夏は終わった。

 3年生達は引退し、新チームが始動する中で世の注目が甲子園に集まっている。

 

「稲実も負けちまったか」

 

 食堂で朝食後、稲実敗戦の報は昨日の時点でスポーツニュースで知っていたが、前日に行われた甲子園の結果が載っている朝刊を読んでいた御幸一也は唸った。

 

「力んじまったかね、流石の鳴も」

 

 1回戦、2回戦とリリーフで好投し、全国にその名が知られ始めて驕ったのかもしれない。

 3回戦で6回2-2でマウンドに上がった8回表、1アウトランナー三塁の場面でスクイズを読んでいながらまさかの大暴投。結局、その1点が決勝点となり、稲実は敗れた。

 

「一也、練習に遅れるぞ」

 

 食後にお茶を一飲みして練習着に着替えて来た石田文悟が食堂でのんびりと過ごしていた御幸に注意を促す。

 

「おっ、もうそんな時間か」

 

 因縁のチームであり、個人的にも成宮と親交があったから迫る時間に気付くこともなく見入っていたらしい。

 時計を見て立ち上がった御幸は小走りで着替えに向かう。

 

「急げよ」

「へいへい」

 

 文吾の性格からして待っててくれるだろうから、2階に上がって自分の部屋に入って手早く着替える。

 

「お待たせ」

「遅い」

「すまんすまん」

 

 つい、部屋のテレビで流れていた成宮が泣くシーンに見入ってしまった所為で遅れた自覚があるので謝る。

 なんとかギリギリで時間に間に合った文悟と御幸がブルペンに入ると、手術を終えてからリハビリで部に入れる時間が短くなった滝川・クリス・優が待っていた。

 

「遅いぞ、御幸」

「え、なんで俺だけ?」

「文悟が遅れたのは御幸を待っていたからだろ」

 

 見透かされていて、ぐうの音も出ない。

 

「よし、文悟。肩、作らないとな」

「逃げたな」

「逃げた」

 

 反論も出来ないので御幸が文悟の背中を押していると、先に来て投球練習をしていた川上憲史とその球を受けていた小野弘には完全に見抜かれている。

 

「まずはど真ん中ストレートで行ってみよう!」

 

 二人の言葉を聞こえないふりをしながら無視して座る。

 

「行くぞ」

 

 今更、御幸の性格に文句をつけたところで意味はないと良く知っている文悟は20%の力で投げる。

 

「今日は良い感じだぞ!」

「いや、まだ分からんだろ」

 

 分が悪い流れを断ち切ろうとしているがキャッチボールよりかはマシな球で調子が分かるはずもない。

 

「俺には分かる。今日の文悟は絶好調だと!」

 

 クリスの突っ込みに半ばヤケ糞で反論した御幸がボールを投げ返す。

 

「…………確かに凄く良い感じかも」

 

 嘘から出た実。10球程度投げたところで文悟がポツリと漏らした。

 

「ほら、俺の言った通りでしょ」

「ドヤ顔で言われてもな」

 

 言霊か、洗脳か、理由はどうあれ、自分の言ったことが本当になったのだからと得意げな御幸にクリスは呆れていた。

 

「一也、ボールを早く。このままの感覚で続けたい」

 

 誤魔化し切れたと判断した御幸は持っていたボールを返す。

 

「しっかりと腕を振るようにな」

「はい!」

 

 大きな声でクリスに返事をする文悟の態度の違いに、御幸は最近の自分の色物路線に遠い目をする。

 

「ふっ!」

 

 まだ慣れていないボールの握りを確認しながら投げた文悟の球は、急速に曲がりながらストライクゾーンを掠って追った御幸のキャッチャーミットに収まった。

 

「おぉ……」

 

 調子が良いと言うだけあって、この半月と少しの間で一番の変化を見せたボールに手を止めていた川上が感嘆する。

 

「うん、まだまだだな」

「え、ダメだったか? 大分良い感触だったんだけど」

「完成形には程遠い。5割ぐらいの出来だろう」

「あれで5割って……」

 

 文悟としては調子が良いこともあってOKが出ると思ったのに、御幸とクリスの評価は辛い。

 横で行っていた投球練習の手を止めて文悟の変化球を見ていた川上としては、十二分に試合で通用すると思っていただけに2人の評価には唖然とするしかない。

 

「最初の曲げようとして直球(ストレート)の時と違うフォームになってたことを考えれば、試合でも投げられるレベルにはなっている」

 

 当初は無理に曲げようとして腕が緩んでしまっているのは、撮影した動画で確認して随時修正を行っていた。

 

「丹波さんっていう見本が無ければ、ここまで早くフォームを直すことは出来なかったから後でお礼を言っておかないと」

「身近にカーブを投げる見本があってラッキーだったな」

 

 掻っ攫われた形の1番(エースナンバー)を諦めていない丹波に言っても怒らせるだけではないだろうかと川上は思った。

 

「ともあれ、試合では使えるレベルにはなっている。目線を変えるのが目的なら十分の出来だろう」

 

 クリスがもしも打者に立ったと仮定した目から見ても、文悟に直球だけではなくこの変化球を使われたら厄介に感じる。しかし、厄介なだけで終わってもらっては困るのだ。

 

「だが、俺達が求めているのはその程度のレベルじゃない」

 

 文悟の直球が一級品なだけに、一級品と呼べない変化球は中途半端な武器にしかならず、狙い撃ちにされる可能性が高い。

 

「文悟の直球(ストレート)と同じか、それ以上の脅威を与える変化球…………そのレベルまで高めれば化けるぞ」

 

 文悟の150㎞/hに近い浮き上がるような直球(ストレート)に匹敵する変化球と聞いた川上がゴクリと喉を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は青道高校が稲城実業高校に敗れた直ぐ後、新チームが始動してから文悟は変化球を覚える為、御幸とクリスの指導の下で取り組んでいた。

 今日は初回ながらもクリスがリハビリでいないので御幸が主導する。

 

「取りあえず、キャッチボールの延長…………遊び感覚でやってみようか」

 

 どんな変化球を投げられるか、実戦に耐えうるものになるか、直球と同じレベルにまで仕上げられるかを知るには数投げて試すしかない。

 

「色々と試してみるとして、文悟は投げてみたい変化球とかはあるのか?」

「うーん、やっぱりスライダーとかフォークとかかな」

「まあ、ポピュラーなやつだよな」

 

 横の変化と縦の変化。捕手の御幸からしても、どちらかが物になってくれればリードしやすくなる。

 

「まずはスライダーからだ」

 

 本気で投げるわけではないので御幸も座らない。

 

「握り方は分かるか?」

「川上に聞いたから大丈夫」

 

 同学年で同じ投手である川上に一般的なスライダーのボールの握り方と投げ方を事前に聞いた文悟はミットの中で確認する。

 一、二度ボールを持ったままゆっくりと素振りをした後、投げて見た。

 

「あ」

 

 もしも試合で投げていれば大暴投間違いなしというぐらいに御幸から遠く離れた明後日の場所にボールが飛んで行く。

 

「スライダーは止めておこう」

「うん」

 

 たった1球だとしても、ここまで外れると幸先が不安になるのでスライダーは横に置いておくことにした。

 

「次はフォークだ。肘に負担がかかるから、あんまり多投出来る球種じゃないけど、浮き上がる程の直球に対して沈む変化球があれば鬼になるぞ」

 

 3年エースがウイニングショットとしていた変化球である。

 教えを乞いに行ったら快く教えてくれたので、ミットの中で人差し指と中指の間にボールを挟み、手首の関節を固定する。

 

「ふん!」

 

 多少の力みはあっただろう。にしても、2本の指の間からすっぽ抜けて明後日の方向に飛んで行くのを見ると見込みはなさそうだった。

 

「フォークはもう少し握力がついてからにしようか」

 

 試しの段階なので御幸も1つの球種に執着せず、さっさと見切りをつけて次の球種へと進む前に考える。

 

「縦、横と試したけど、良い感じにはならないな」

「後は何があったけ?」

「シュート、スプリット、シンカーとかそこら辺になるけど……」

 

 有望株であるスライダーとフォークがここまで上手く行かないとは思っていなかったので、御幸は渋面になりながら思いつく限りの球種を上げる。

 

「変化球の習得はプロでも難しいからな。最初は上手く行かないにしても取っ掛かりぐらいは掴みたいところだ」

 

 目標が高いこともあって前途は多難である。

 

「スライダーもフォークもしっくりくる感じじゃないからなぁ」

「覚えるにしても、どれに絞るかが難しいんだよ。来年の夏までには確実に直球(ストレート)と同じレベルにまで仕上げたいし、多分1つだけになるだろう」

 

 それだけではなく個人的な考えもあった。

 

「シュート系やシンカー系は怖いな。ミスショットになると、打ち頃の直球(ストレート)になりやすいから文悟のスタイルにはあまり向かないってクリス先輩も言っていたし」 

 

 スライダーとフォークがここまで嵌らないとなるとは御幸も思っていなかったので悩む。

 

「後はチェンジアップとか」

「一也ってさ」

 

 御幸が残りの変化球を指折り数えていると、文悟が唐突に呼びかけた。

 

「変化球投げられたりするのか?」

 

 ということだったので、もう一度距離を開けて今度は御幸が投げた。

 

「おぉ、ちゃんと曲がった」

 

 今まで幾つもの変化球を受けて来た御幸からすればショボ過ぎる変化球に感心している文悟に得意気に頷く。

 

「ションベンカーブぐらいなら俺にだって投げられるよ」

「え、何で?」

「そりゃ、遊びでやるもんだし」

 

 野球をやっている者ならある程度キャッチボールが出来るなら試すだろうと言いかけた御幸は、文悟の来歴を思い出して頭を掻いた。

 

「変化球の原点みたいなものだから割とかん、たん……」

 

 そこまで言って御幸はまだカーブを試していないことに気付いた。

 

「まだカーブは試してなかったか」

「カーブか。丹波さんの持ち球だよな」

 

 文悟と御幸と同じタイミングで一軍に上がった2年生投手の決め球だから文悟もしっかりと覚えていた。

 

「投手経験者が最初に投げるか教わる最も基本の変化球だからな。投げやすい分、丹波さんの縦に大きく割れるカーブぐらいじゃないと決め球にもならないから持ち球にしている投手は少ないんじゃないか?」

 

 2番手投手である丹波光一郎と球種が被るのはあまり良くないのだが、物になるかどうかは分からないので試してみるしかない。

 

「さあ、来い!」

 

 まだ試していない球種は多いので、モノになれば儲け物。

 そんな心づもりで構えている御幸の目から振りかぶって投げた文悟のボールが消えた。

 

(あれ、ボールは――)

 

 確かに文悟は投げたはずなのにボールが御幸の視界から消失した。

 

「っ!?」

 

 ガシャン、と御幸が背にしていた金網が音を鳴らして初めて御幸はボールの位置を知った。

 

「これもダメかぁ」

 

 暴投の度合いでスライダーやフォークよりも酷い外れっぷりに、金網に跳ねて転がっていくボールを追う文悟の背中を御幸は呆然と見ていた。

 

(ボールを一瞬見失った? この俺が……っ!?)

 

 今までどんなにキレる変化球であろうとも一度だってボールを見失ったことがない御幸が、金網に当たらなければどこに向かったかも分からなかった。

 

「ゴメン、今まで一番ダメだった」

「…………いや、逆だ」

 

 投げた文悟には大暴投したスライダーやフォークとの違いは分からないだろう。

 

一番良かった(・・・・・・)

 

 丹波の縦カーブを受けたこともある御幸がその変化を捉えられなかった。前者2つと同じ大暴投だったとしても、カーブを見失ったことに御幸は光明を見た。

 

「文悟、これだ。カーブで行くぞ」

 

 クリスは変化球を直球並に高めることが出来ればと言っていたが正直御幸はそこまで行くとは考えていなかった。

 文悟の直球は神が与えたと思うほどの物。それに比肩するほどの変化球をたった1年で仕上げるなど不可能だと心のどこかで諦めていた。

 

「これを完成させた時こそ……」

 

 青道に圧倒的なまでの投手がエースが君臨し、甲子園へと連れて行ってくれるだろうと根拠もなしに御幸は確信していた。

 

 

 



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第十二話 雨の中の観戦者

 

「久しぶりね、沢村君」

 

 新幹線を使わなければならないほど遠く離れた地元から東京へとやってきた沢村栄純は駅まで迎えに来た高島礼に仏頂面を向けた。

 

「2ヵ月、3ヵ月そこら会ってなかっただけで久しぶりな感覚はねぇっすよ」

「確かにそうね。でも、挨拶として必要な事だから覚えておきなさい」

 

 今は11月、以前に会ったのは8月下旬頃なのだから沢村の言う通りだろうと認めつつも礼儀があると説く。

 

「いいじゃん、別に」

「こら、栄純! ごめんなさい、高島さん。私まで一緒に来て」

 

 どちらかと言えばおおらかな田舎で暮らしていた自覚がある沢村は失礼だとは承知しつつも、元からの性格は変えようがないので適当な返事をしたところで幼馴染である蒼月若菜に後頭部を叩かれる。

 

「いてっ、叩くなよ若菜」

「アンタが失礼なのが悪いのよ」

「いいのよ、蒼月さん。あなたが今日のことを覚えててくれて助かったわ」

「私もまさか忘れて寝ているとは思わなくて。それに寝ぼけてる栄純が1人で東京に行けるかも不安だったから」

 

 事前に連絡があって約束は交わしていたものの、見送る為に沢村宅を訪れた若菜がすっかりとド忘れして爆睡していた沢村を叩き起こして連れて来てくれたことに高島は感謝しかない。

 

「秋季大会の3回戦なんだろ?入学するんだからわざわざ見に行かなくてもいいんじゃ」

「もう!敬語!」

 

 タメ口で馴れ馴れしい口調の沢村の後頭部に持っていた傘の柄でガツンと一発。

 

「あだっ!?だから、痛いって言ってるだろ!」

「地元じゃないんだから礼儀を弁えなさい!」

 

 バチコーン、と追加で大きな音を立てるほどの張り手は流石に痛いだろうなと高島も思ったが、沢村のタメ口には思うところが多くあったので若菜を止めることはしなかった。

 

「夫婦喧嘩はそこまでにして、球場に向かいましょう。ただでさえ遅れてるのに、これ以上遅れたら試合が終わってしまうわ」

「なっ!?」

「へ?」

 

 高島の揶揄い交じりの本音に、若菜は顔を真っ赤にしたものの沢村は理解できていない様子。

 

「話なら向かう途中で出来るしね」

 

 少年少女の青臭い恋事情に首を突っ込むほど野暮ではない高島が先導し、彼女の車に乗り込んで秋季大会の3回戦が行われている江戸川区球場に向かう。

 運転席に座るのは当然ながら高島、助手席に若菜が座り、残る沢村は必然的に後部座席で窓に肘をついて外を眺める。

 

「こんな雨の中でも試合してんすか?」

 

 窓を叩く雨は決して強くはないが一定頻度を守っており、投手目線としてはボールを投げ難いだろうという考えが沢村にそう言わせていた。

 

「うちの中学では練習試合とかは雨降ったら即中止だもんね」

「高校野球のスケジュールはあまり余裕がないから、もっと雨が強くならない限りは中止にはならないわ」

 

 若菜の言うように練習試合は雨が降って行う理由はなく、理由のある公式戦では殆ど1回戦負けだった沢村にとって雨が降った場合の試合は未知の領域にある。

 

「こんな雨の中だったらボールも滑るだろうし、エラーばっかのつまんねぇ試合になってなきゃいいけど」

 

 雨が降るとボールが滑り易くなるのは知っている沢村からしてみれば、プロ野球などは観ずにやる専門なので雨の中でもまともにプレーするイメージを抱けない。

 

「実際に見てみての楽しみにしときなさい」

 

 ただ、と高島は一拍置いた。

 

「高校野球はプロ以上に1球に泣くことが多いからシビアになってるわ。こんな雨程度でエラーを頻発するような選手が試合に出ることはまずない」

 

 凄みと言うべきか、気迫と言うべきか、それとも熱意と言うべきか。

 沢村は自分を見ているわけではないのに高島から気圧されていると、車が旋回していく加重に窓から体を離す。

 

「着いたわ。ここで試合をしてるのよ」

 

 駐車場に雨雲の下にある江戸川区球場から歓声が時折聞こえる。

 

「こんな雨なのに随分と客が入ってるんすね」

「西東京三強と呼ばれる青道(うち)と市大三校の試合だから注目されてるのよ」

 

 球場内に入って観客席に出ると、沢村が想像していた以上に客がいて空席の方が少なかった。 

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 ズバン、と花火が爆発したような大きな音が聞こえた直後に主審のコールが響き渡った。

 沢村がスコアボードに視線を移すと、試合は五回の表でアウトカウントが1つ点いたところであった。

 

「今、投げている彼が青道(うち)のエース、1年の石田文悟君よ」

「1年!?」

「あの身長で私達の1個上なんですか……」

 

 マウンドでは比較対象が無いので分かりにくいが、少なくとも近くの内野手と遠くから比べると決して負けてないように思える。

 

「彼は特別よ。入学直後の公式戦初登板で参考記録ながらもノーヒットノーランを達成した逸材。早い段階で青道のエースになった子だから」

「エースっていうと正捕手だっていう御幸一也の」

「相棒ね。ほら、御幸君も試合に出てるわよ」

 

 高島が指差した先で雨で制球が定まらずに2ボール、1ストライクのエースの下へ向かう捕手を指差した。

 

「御幸一也……」

 

 キャッチャーマスクを被っていることもあって人相は分かりにくいが、微かに見えるスポーツサングラスを付けるような人物を他に知らないので御幸なのだろう。

 

「何を話してるんだろう」

 

 塁上にランナーは居ないのでピンチというほどではない。投手と捕手だけで話している内容が気になる沢村の考えそのままを若菜も呟く。

 

「エースと正捕手という間柄だから私生活でも一緒に居ることが多い2人だし、案外野球に関係の無いことかもね」

 

 高島がそんなことを言っているとマウンド上の御幸が沢村達が居る方向を指差し、文悟も見て来る。

 

「私に気付いたかしら」

 

 しかし、文悟は直ぐに視線を切り、御幸の頭をミットで軽く叩いてマウンドから追い払った。

 

「笑ってる、のか?」

 

 一度雨を一身に浴びるように空を仰いだ文悟が前を向く際に、沢村の目には遠目から笑っているように見えた。

 

「ストライク2!」

 

 雨を吹き飛ばすような豪速球に打者が仰け反った。

 

「大袈裟な」

「石田君のストレートは浮き上がっているように見えると言うわ。彼の目には自分に向かってくるように見えたんじゃないかしら」

 

 観客席から見る沢村には極普通のストレートにしか見えないが、重く速いのは認めざるをえない。

 3ヵ月前、御幸に受けてもらった会心のストレートもズパァンと大きな音はしたが、今のようにズドンと明らかに重いと分かる音はしなかった。

 

「ストライク3、バッターアウト!」

「凄い。栄純のグニャグニャしてどこに行くか分からないのとは全然違う」

「おい」

「本当のことじゃない。誰もキャッチボールしてくれなくて、仕方なく私がしてあげたぐらいなのよ」

 

 試合に出場する為の数合わせでしかなかった若菜しかキャッチボールをしてくれなかった事実は覆しようがなく、「ぐぬぬ」と言いながら渋面で睨み付ける。

 

「ストライク!」

 

 今度のボールの捕球音は、ズドンではなくズバァンだった。

 

「今の変化球?」

 

 明らかにストレートとは違う軌道をしていた。それだけではなく、左打者が驚いた様子で捕手である御幸を振り返っていることも気になった。

 

「夏に習得したばかりのカーブよ。捕手陣曰く、8割の完成度らしいけど」

「あれで8割って」

 

 次の球もカーブだったのだろう。ストレートに読みを張っていたのか、打者は完全に意表を突かれている。

 

「覚えたての頃の練習試合では最初は格下のチームに打たれたりもしたけど、見ての通り8割だとしても強豪校の打者ですら打てない球になりつつある……」

 

 3球目に投げられた球はど真ん中のストレートだが打者は完全に振り遅れている。

 

「おおっ、今日初めての三者三振だ」

「奪三振の多い石田にしては珍しいな。やっぱり雨の影響か?」

「無名の中学出身だから雨の試合に慣れてないのかも」

 

 観客のそんな声が沢村の耳に届く。

 

「あのエースの人って無名の中学出身なんすか?」

 

 青道に入る人間は須らく有名な中学でエースで4番ばかりだと勝手に思い込んでいた沢村のそこまで間違ってはいない勘違いに高島は笑みを浮かべる。

 

「あなたと同じように1回戦で負けるような弱い中学で、チームメイトも野球の経験者は彼以外にいないような寄せ集め。その試合を偶々私が見てスカウトしたのよ」

 

 奇しくも似た境遇に共感を覚えている沢村の見ている先で、3アウトで交代になって1度はベンチに引っ込んだ文悟がヘルメットを着けてバットを持ち直ぐに出て来た。

 名前は既に知っているのでスコアボードの打順を見ると、文悟の名前は5番目にあった。

 

「投手なのに5番で打つんすね」

 

 3番、4番、5番がクリーンナップと呼ばれるチームの中で最も点を取る打順であるとは沢村も知っている。

 自身投げる方ばかりで打つのはカラっきしだから、投手がクリーンナップに入っていることに驚いていた。

 

「中学時代は卓球で個人入賞を取るぐらいの運動神経の塊みたいな子だから。打率、打点共に4番の結城君に次いでいるのだから5番が順当なのよ。ちなみに御幸君は6番。1年では他に1番ショートの倉持君も居るわね」

 

 言われてネクストバッターサークルを見れば、あの特徴的なスポーツサングラスを付けた御幸の姿が見える。

 

「あっ!?」

 

 若菜の驚いたような声に沢村が視線を戻すと、雨に混じって白球が高々と上がって行った。

 

「…………ファール!」

 

 このままホームランになるかという当たりは僅かに切れてファールとなった途端、観客席から溜息のような声がそこかしこで漏れた。

 

「何時試合が止められるか分からないほどの雨だから今のは惜しいわね」

 

 眼鏡をクイっと上げた高島も同じように短い溜息を漏らす。

 視線を高島からマウンドに戻すと、市大三校の投手も安堵したのか肩が1回大きく上下した。

 

「あの相手の投手は?」

「彼は市大三校のエースである真中要君。高速スライダーがウイニングショットの2年生よ」

 

 観客席からも外れたと分かる球には攻撃の意志が感じ取り難い。

 バットを振ることなく悠々とボール球を見送った文悟にプレッシャーを感じているのか、真中は一度間を外して汗を拭う動作をする。その間、文悟は真中をずっと見ている。

 文悟がジッと見ていることに気付いて投球動作に戻った真中の様子から同じ投手として沢村は動揺を感じ取っていた。

 

「多分、打たれるなあの人」

「え、なんで?」

 

 明確な理由はない。直感的に打たれる雰囲気という物を感じ取った沢村に対して若菜には良く分からなかったらしい。

 

「そりゃあんなに焦ってたら」

 

 同じ投手として分かる物があるのだと伝えようと、沢村が若菜の方を向いた瞬間だった。

 

「きゃああああああああ?!?!?!?!」

 

 固い硬球が人体を打つ鈍い音が響き、観客席で見ていた女性の誰かが上げる甲高い叫びが事態の重さを示していた。

 見ていなかった沢村が困惑している間に、倒れている文悟の下に次々と人が集まって行っている。

 

「雨ですっぽ抜けたか……」

「打つ気満々だから避けることも出来なかったし、脇腹に突き刺さったぞ、おい」

「場所的に肋骨か。折れてないといいけど」

 

 文悟は自力で起き上がったが打った場所を抑えたまま、ベンチの方へと入って行った。

 

「やっぱり交代かな。片岡監督も好投を続けているエースを代えたくはないだろうに」

「仮に投げるにしても、怪我してる影響は大きいぞ」

 

 直ぐにブルペンで代えらしいサイドスローの投手が投げ込みを始める中で、沢村はチーム事情に詳しい高島の方を見た。

 

「あれ?」

 

 しかし、先程までいた場所に高島の姿がない。

 

「高島さんならあの投手さんの所へ行ったよ」

「何時の間に」

「ちゃんと私達に此処を動かないようにって言ってたのに聞いてなかったの?」

 

 よほど沢村は青道に肩入れしているらしい。高島のことを完全に意識の外にやっていたので全く聞いていなかった。

 

「若菜、あの人はどっちに行ったんだ?」

「どっちって向こうだけど」

 

 若菜に聞いて指差した方へと歩き始める。

 

「ちょ、ちょっとどこ行くのよ!」

「未来の先輩が気になるから見に行ってみる」

 

 デッドボールなので臨時代走として文悟から一番遠い打順である結城哲が塁に出るのと入れ替わるように沢村は走った。

 青道のベンチ側に行ってみれば、ヒールを履いている高島に追いつくのは簡単だった。

 急いでいる高島にバレないように後をつけ、ドアを開けっぱなしで何かの部屋に入るのを見届けた沢村はツいていると思いながら覗き込む。

 

「――――――恐らく中度の打撲でしょう」

 

 医務官の説明を聞いている数人の選手と高島、それから見覚えのない中年の男。当の文悟は長椅子に座って御幸に打った脇腹に冷却スプレーを当ててもらっていた。

 

「場所が場所ですから病院で精密検査をしておいた方が良いでしょう。もしかしたら骨が折れてるか、罅が入っている可能性もあります」 

「試合には?」

「今後のことを思うなら止めておいた方が良いです」

「このまま出ますよ、試合に」

「石田君……」

 

 なんともないというアピールをする為に立ち上がった文悟は恐らく痛いのだろう。歯を噛み締めながらも譲らないとばかりの態度に高島が眉間に皺を寄せる。

 

「あなただってクリス君が戦列を離れた時のことを忘れたわけじゃないでしょう」

 

 沢村達と話していた時とは打って変わって厳しい口調の高島に直接言われたわけではないのに体が震える。

 

「稲実が早々に敗れて、市大に勝てばセンバツへの可能性がグッと上がる。今がチャンスなんですよ」

「だとしても、怪我が長引いて辛い思いをするのはあなた自身なのよ!」

「無理だって礼ちゃん」

 

 噛みつかんばかりの勢いに高島の前に立ち塞がったのは、ライトフライで早々にアウトになって様子を見に来た御幸。

 

「文悟が頑固なのは今に始まったことじゃないじゃん。それにエースはこいつだ。接戦の今、エースを欠くわけにはいかない」

「だからって」

「丹波先輩が怪我で離脱、残る川上も前の試合で三連続死球で不安が大きい。市大に勝つには文悟に投げてもらうしかないんだ」

 

 事情を知っていながらも納得のいっていない高島の方が正しいと思う沢村の視界の中で、ベンチからやってきたヤクザもかくやの強面の男が現れた。

 

「行けるのか、石田」

「俺は行けると思ってます」

 

 医務官も高島も止めていることを雰囲気で察した片岡監督が文悟を見る。

 

「ブルペンで何球か投げて見ろ。その状態を見て判断する」

「はい、自分は監督の指示に従います」

「分かった。俺が代われと言ったら代わるんだな」

 

 指示に従うと言いながらも、そこでは頷きも返事も返さなかった文悟に片岡監督はサングラスの中で目付きを鋭くする。

 

「4番だろうがエースだろうがキャプテンだろうが、チームにとって本人にとってもマイナスでしかないなら代える。お前の気持ちも関係ない」

 

 2人の視線が混じり合い、沢村にはバチバチと弾けるような錯覚すら覚えるほどだった。

 

「無理だと判断した時点で即代える。恨むなら俺を恨め」

「はい!」

 

 厳しいと感じる沢村の所感に対して文悟は力強く返事をして、ベンチに向かう為に沢村に背を向ける形になった。

 

「あれが1番(エース)……」

 

 雨に濡れた1番の背番号がとてつもなく沢村には格好良く見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文悟は6回、7回と怪我の影響で打たれたものの投げ切った後、動揺した相手投手である真中から交代した投手から青道は点を取るが同点のまま降雨コールド。

 再試合で文悟とは違う別の投手が投げて負けたと聞いた沢村の下に、青道に来るまでのトレーニングプランが送られてきた。

 

「俺は、あの人(石田文悟)を超えてエースになる!」

 

 文悟が入学までの間にこなしていた物であると末尾に記されていたのを読んだ沢村が、それ以上のトレーニングを行って連日バテバテになっていた。

 やり過ぎる沢村の性格を読んで、実際にはかなり過少目にされていたと知るのは大分先の話である。

 

 

 




御幸が6番なのは夏前からレギュラーだから。増子さんは7番だったが春には6番になります


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第十三話 クリス塾

 試合の経験が薄い石田文悟の為に御幸一也が発案し、滝川・クリス・優が主導して開催された野球教室が今日もクリスの部屋で開催されていた。

 

「本当にクリス塾はタメになる」

 

 一軍投手陣の中では一番最後に塾生となった丹波光一郎はそう言ってメモを取る。

 講師は当然ながらクリスが行い、サブとして御幸が補助するこの塾に一軍投手陣は必ず集まるが最上級生というプライドが足を遠ざけさせていた。

 

「だから、その名前は止めろと言っているだろう」

 

 秋大会で自身が怪我をしたこともあって残る投手陣に迷惑をかけてから下らないプライドに固執することを止めた丹波の発言にクリスが顔を顰める。

 

「いいじゃないか、クリス塾で。分かり易くて俺はいいと思うぞ」

「そう言うなら宮内。自分の名前が使われた時のことを考えてみてくれ」

「御免蒙る」

 

 ムフー、と特徴的な鼻息で応える宮内啓介の答えにクリスは発案者の御幸を見る。

 

「なんなら御幸塾に」

「いやぁ、俺も手伝ってますけど一番の先生はクリス先輩だし。なあ、文悟」

「何時もクリス先輩のお蔭で助かってます」

「しかしなあ」

 

 クリス自身、講師をすること自体を厭うている訳ではない。

 寧ろ人に分かりやすく説明する為には、自身がより理解していなければ出来ない。必然、塾を始める前と比べれば理解度は更に増していた。それでも気恥ずかしいことには変わりないのだが。

 

「人徳ですよ。御幸塾だと貫禄ありませんから」

「ほう、言ってくれるな川上」

「事実だろう?」

「確かに」

「文悟よ、そこは否定してくれ」

 

 ツッコミを入れた丹波に文悟がオチをつけて一頻り笑う面々。

 川上憲史が言った威厳云々はともかくとして、丹波などは相性が悪い御幸が主導していては絶対に来るはずがない。その反面、入学時から図抜けていた同学年のクリス相手ならば素直に教えを乞える面倒臭さが丹波にはあった。

 

「実際、性格悪いからな御幸は」

 

 偶に冷やかしにやってくる倉持洋一が茶々を入れる。

 

「誰が性格悪いって?」

「ここにいる腹黒キャッチャー」

 

 指差しまではしなかった倉持の発言を態と曲解して御幸は自分以外の捕手達を見る。

 クリスは尊敬してる人だから駄目。

 宮内は年上なので一応遠慮する。

 となれば、残るのは同学年の小野だけ。

 

「だってさ、小野」

 

 いきなり肩を叩かれて話題を振られた小野弘がビックリして御幸を見る。

 

「人に自分の称号を押し付けるところが腹黒いってことに気付け」

「しかも選んだのが断らなそうな小野の辺りが畜生さを感じさせるし」

 

 丹波と川上の両投手のツッコミに御幸は思いっきり違うところを見て知らんぷりを決め込む。

 文悟が青道に入学してから育成プランなどで話す機会が多くて御幸の本性など百も承知なクリスには意味の無いことであった。

 

「御幸が腹黒なのは今更なことだとして」

「ちょっ、クリスさん!?」

 

 別に裏切りではないが接していた時間が長いだけに否定ぐらいはしてほしかった御幸が立ち上がる。

 

「諦めろ、御幸。お前が腹黒だというのは、みんなの共通認識だ」

「そんなっ!?」

 

 クリス・文悟に次いで接する機会の長い倉持としては、どうして御幸がそこまで愕然としているのかの方が不思議であった。

 

「文悟、お前は違うって分かってくれるよな……?」

 

 そして進退窮まった御幸が助けを求めるのは相棒である文悟である。

 

「みんながそう言うんなら仕方ないんじゃないか?」

「ぐふっ!?」

 

 天然の文悟のトドメに御幸、ノックダウン。

 

「今日もオチが着いたところで解散にするとしよう」

 

 人の部屋に持ち込んだ私物のクッションに顔を埋めてシクシクと自分で言いながら泣いたふりをしている御幸を放置してクリスが宣言する。

 

「まあ、人に擦り付けようとした時点で当然の報いだわな」

 

 無視された形の御幸を嘲笑う倉持の横を通って早々に部屋に出たのは丹波と川上の2人。部屋に戻って復習するようだ。

 

「一也が良い奴だって俺は知ってるよ」

「文悟……」

「ほら、顔上げろって」

 

 嘘泣きだと分かっても心配してくれる文悟に御幸は物凄く嬉し気に顔を上げた。

 

「もう少し早く言ってほしか――――あがっ!?」

 

 穏やかな表情を一瞬で消した文悟を見た倉持が助けのつもりで御幸の頭を踏んでクッションに押し付ける。

 

「もう、お前喋るな。絶対その方が良いって」

 

 名実共に相棒な文悟ですら倉持の言う通りだと思ってしまった。

 

「思っていることをそのまま言うじゃなくて、もう少し抑えた方が良いと思うぞ」

 

 変に怪我をさせても問題になるので早々に足が除けられた御幸は体を起こしてズレた眼鏡を直し、文悟のアドバイスに頭を捻った。

 

「これでも8割ぐらいに抑えてるんだけどな」

「マジかよ……」

 

 ズバズバと物を言い過ぎて丹波に苦手意識を持たれている御幸が、実は言いたいことの全部言っていないというのは倉持にとって大きな衝撃だった。

 

「え、俺って言い過ぎてる?」

「丹波さんに苦手意識持たれるぐらいには」

「ええ~、丹波さんには文悟に言っていることの半分も言ってないのに」

 

 仰天ものの発言に倉持が思わずクリスを見ると普通に頷かれた。

 

「ここが駄目、あれが駄目、この時はこうすれば良かった、なんであれが出来ない…………丹波には言えないことばかりかもしれん」

「しれんじゃなくて言えないでしょ、あの人には」

 

 丹波は強面な顔なくせに内面はノミの心臓と呼ばれるほど脆いことは1年以上共にいる野球部員達には周知の事実。

 ピンチになると動揺して打たれるというケースが多く、秋では1年生の文悟に1番(エースナンバー)を取られたことで奪おうと躍起になり過ぎて大会中に故障するというチョンボをやらかしてしまった。

 

「最近は吹っ切れて改善傾向にあるんだから少しは厳しくした方が良いと思うんですけどだけど」

「お前だけは止めろ」

「また逆戻りしたらどう責任を取るつもりだ」

「分かんねぇな」

 

 ガラスの心な丹波と比べると昔から注目されていた御幸には理解できない心情なのだろう。

 どちらかといえば御幸側の心持ちの倉持とクリスも理解はすれども、なんでそこまでと思っても言わない自制心があった。

 

「川上もそうだけどさ。自分の基準で物を言うの止めろ、な?」

「考慮はする」

「せめて言い方にだけは気をつけろ」

「…………分かった」

 

 駄目だコイツ、とは思うものの御幸の言っていること自体は間違いではないので一概に責めることも出来ない。

 どれだけキツいことを言っても糧にして成長する文悟を間近で見ていれば、丹波と川上に対して物足りないと思ってしまうのも無理もない面がある。

 

「そういや、クリス先輩は聞いてますか? 新入生が寮のどの部屋に入るか」

 

 クリスや宮内がいる丹波と違って、確実に御幸が絶対的な捕手になるであろう夏以降の川上の心配を今しても仕方ないとクリスに違う話題を振る。

 

「ああ、俺が寮長だからな。本来はキャプテンの仕事なんだが」

「哲さんは通いですからね」

 

 遅くまで片岡監督は寮の監督室やスタッフルームにいるので寮長と言っても大してやることはない。

 生徒目線で今の部屋の住人と新入生が相性が良さそうか悪そうかの質問に答えたぐらいである。

 

「俺達の部屋にはどんな奴が来るんですか?」

 

 興味を持った文悟が訊ねて来る。

 

「松方シニアの三塁手で金丸という名前の奴だ」

「シニアで2年前に全国ベスト4に進出したあの松方シニアの奴がね。ポジション被らなくて良かった」

 

 入部時点から規格外の存在(文悟)を目の当たりにした倉持としては、もう一度がないとも言い切れないので一安心であった。

 幾ら全国ベスト4と言っても中には突出したワンマンチームや上級生が凄かったからというパターンもある。逆に全くの無名中学から進学してきて突出している選手が居たりする。

 前者の突出したワンマンチームに居たのがクリスや御幸、後者の無名中学出身が文悟だったりする。

 

「もう1人、ベスト4の時の投手の東条という奴も来るぞ」

「む」

 

 同じ投手が来ると聞いて文悟の目の色が変わる。

 

「…………素振りしてきます」

「じゃあ、俺も行きますか」

「倉持、投球バカが隠れて投げないように見張っておいてくれよ」

「了解」

 

 一応、バットを持ってはいるが道具一式は取りに行こうと思えば簡単な場所にある。

 今日、練習試合で完封勝利したばかりでも以前にも投げ込みをしていた前歴があるだけに1人で練習はさせてもらえない文悟であった。

 

「良い具合に競争心を煽りましたね」

 

 人の部屋に大きな態度で寝そべっている御幸がクリスの手腕に感心していた。

 

「文悟には下の学年からの突き上げというのは経験がないだろうからな。実際の1年が文悟に危機感を抱かせる保証が無い以上は、この時期に煽るしかない」

「期待できる奴はいるけど、危機感を煽らせるほどじゃないだろうしな」

 

 夏の予選で稲実に負けた後、今度は負けないと変化球習得を急いで投げ過ぎた文悟を心配してクリスが病院に付き添っている間に来た沢村栄純のことを御幸は思い出していた。

 

「クセ球を投げるというサウスポーだったか。丹波や川上に厳しいお前がそこまで言うほどとは思えんが」

 

 疲労が溜まっていただけで怪我はしていなかった文悟に安堵したクリスは、戻ってから御幸に聞いた人物に少し懐疑的だった。

 

「と言いつつも、クリス先輩もトレーニングプラン考えるの手伝ってくれたじゃないですか」

「あれは文悟のものをダウングレードしただけで手伝いと言えるほどのものではない」

「もう、素直じゃないんだから」

 

 このツンデレめ、とでも言わんばかりの御幸の言葉は完全に否定しきれない面もクリスにはあった。

 

(丹波と川上も復調してきているが、2人とも精神面にどうしても不安が残る。あの東さんに盾突き勝負までしたクセ球のサウスポーが戦力になれば儲け物だ)

 

 文悟(エース)が投げれば勝てるんだから連投させろ、とOBを中心とした突き上げがあるが、期待過多はクリスが怪我を隠してまで奮闘していた時のように良い結果は招かないとして片岡監督は拒否の姿勢を示しているが不安がないわけではない。

 実際、絶対的なエースとなっている文悟と、怪物と呼ばれた東清国を中心とした去年のチーム以上の強力打線で全国に行けないとなれば片岡監督の手腕が疑われる。

 もしも全国に行けず、片岡監督を解任して新しい監督を呼び、文悟が酷使されて怪我をしたらクリスは校長を殴らない自信がない。

 

「本来ならば1年生は戦力にならん。過大な期待はしないことだ」

「俺とか文悟とかクリスさんみたいなのが毎年入ってくるわけないですしね」

 

 早々に一軍に合流するような1年生が2年連続にいたので、そう言われると少し自信の無くなりそうなクリスだった。

 

「捕らぬ狸の皮算用をしても仕方ないぞ」

 

 自身が文悟や御幸のように突出した選手だったと言う気はないが期待されていたのは確か。2年連続であったことが、二度あることは三度あるという諺もあるぐらいなので3年目もないとは決して言えない。

 

「確かに。1年がどうこうの前に、クリス先輩が戻ってくるんだから俺もウカウカしてらねぇ」

 

 ゴォォォォォ、と御幸の眼に闘志の炎を幻視したクリスは苦笑する。

 

「まだ二軍に上がったぐらいで大袈裟な奴だ。一軍には宮内がいるだろう」

「宮内先輩には悪いですけど、俺にとって最大のライバルはクリス先輩ですから」

 

 今や名実共に青道の正捕手となった男からの挑戦状とも取れる発言に、怪我から完全に回復したものの1年近くのブランクに不安が大きかったクリスの心に明らかな闘志を芽生えさせる。

 

「俺も最後の夏なんだ。正捕手の座を奪い返さんとな」

「文悟の相棒が誰なのか、体の髄にまで教えてやりますよ」

 

 バチバチ、と混じり合った視線を弾けさせていたクリスはフッと笑みを浮かべた。

 

「例えどちらが正捕手になったとしても、文悟の力は120%発揮できる。そのことに関してだけは安心できる」

 

 万全の文悟が全力を発揮出来れば今の青道が敗けるはずがないという確信がクリスにはある。御幸もクリスに文悟の全力を引き出すことが出来ると認めてもらえたことが嬉しかった。

 だが、何時かは超えると誓った人に認めてもらえて素直に喜ぶなんて御幸の柄ではない。

 

「俺の方が絶対に上ですけどね」

「ふっ」

 

 この人には人間として勝つことは恐らくないだろうなという嫌な確信が御幸にはあったが、クリスと正捕手争いを出来るということが何よりも嬉しい。

 

「去年の夏から覚えたカーブも仕上がって来ています。何よりもクリス先輩に今の文悟のアレ(・・)が取れますか?」

「まだ時間はある。確実に取って見せるさ」

 

 カーブを完全に習得したことで進化したと表現できるほどのストレートの完全な捕球は御幸にも出来ていない。というのも、御幸とクリスであっても進化したストレートを取る際にどうしても予備動作が必要になるからで、事前にそれを投げると悟られては捕手失格である。

 

「ところで前から思ってたんですけど、なんで文悟って右打ちなのか理由って知ってます?」

 

 大体、利き腕と連動する場合が多いが例外もある。御幸自身、利き腕は右手だが左打ちなように。

 ついでの疑問をぶつけてみることにした。

 

「草野球で野球を教えてくれた人が左で投げるなら右で打った方が腰に負担が少ないと教わったそうだ」

「へぇ、物知りな人もいたもんで」

 

 実際に夏後に投げ過ぎで故障の疑いで病院に行った際に気を揉んでいたクリスの前で、多少の疲労はあるもののどこにも異常がないので医者は「何で来たの?」と返したものである。

 

「どんな1年生が来るのやら」

 

 戻って来た文悟を部屋の主のように出迎える御幸の脳裏には沢村栄純の顔がチラついていた。

 新しい年が始まる。

 

 

 




ACT1はここまで。

次回からACTⅡで出来ているところまで連続投稿します。


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ACTⅡ
第十四話 新入生



ACTⅡ開始です。




 

 

 

 石田文悟の朝は新年度を迎えても早い。

 正確には新年度はもう少し先なのだが、青道野球部に入部予定の新入生は入学式前から練習に参加することが慣例となっているので新年度はその日からという認識になっていた。

 

「………………」

 

 同室者はまだ寝ているので掛布団だけ除けての日課のストレッチ。

 

(うん、何時も通り)

 

 体を動かす時とはまた別の血が流れる感覚と通常通りの体に頷く。

 15分程度、体が温まってきた頃に二段ベッドの上段から目覚ましのアラームが聞こえた。

 

「おはようございます」

「おはよう、文悟。相変わらず早いな」

 

 目覚ましのアラームを止めて上段から降りて来た滝川・クリス・優が苦笑する。

 

「習慣ですから」

 

 元から朝早く起きるのが当たり前だった文悟にとって、この生活スタイルは負担にはならない。が、そんな習慣がない新入生にとって早朝と呼べる時間に起きることは苦痛でしかない。

 

「…………おはよう、ございます」

 

 青道のエースである文悟とシニアで有名だったクリスと同室に成れた幸運に中々寝付けなかった松方シニア出身の金丸信二がベッドの中から挨拶をした。

 

「おはよう、金丸。眠そうだな」

「眠いっす」

 

 からかい交じりの文悟に意地を張る元気もないほどに眠い金丸は上半身を起こしたものの、そこから先が動けない。

 この間、OBから寄贈されて各部屋に設置された小型冷蔵庫からゼリーやヨーグルトを出して文悟に渡したクリスは当たり前の理屈を認識する。

 

「これが普通なんだぞ」

「それだと俺が普通じゃないみたいじゃないですか」

 

 ゼリーを食べながら文句を言う文悟にヨーグルトの蓋を開けるクリスは何も返さない。

 

「金丸、起きれるか?」

「なんとか……」

「時間になったら起こしてやるからギリギリまで寝てても良いぞ」

「いえ、起きます。これから毎日続くなら慣れないと」

 

 クリスの優しさに甘えたくなるが金丸も青道に入ったからには早起きの習慣に慣れるしかない。

 もう一度布団に潜り込みたい欲求を跳ね除けて二段ベッドから出る。

 そんな金丸の姿にゼリーを食べ終えた文悟が冷蔵庫を開ける。

 

「何か食べないと体が持たないぞ。ゼリーとヨーグルトならあるし、どっち食べる?」

 

 先輩に気を使ってもらっていることに申し訳なさを感じながらも、まだ寝起きで頭が回らない金丸は必死で考える。

 

「じゃ、じゃあヨーグルトで」

「分かった」

 

 冷蔵庫から取り出したヨーグルトと小スプーンを渡す文悟は世話はされるよりもしたい方であるので全然先輩らしくない。

 

「ありがとうございます」

 

 入寮前は先輩にキツく当たられたら嫌だななどと勝手に想像を膨らませていた光景から真逆の状況に、ようやく金丸も完全覚醒して微妙な面持ちでヨーグルトを受け取って食べる。

 

「食べたら準備して早くグラウンドにな。監督は遅刻に物凄く厳しいから下手したら見切られるぞ」

 

 洗面台でパパッと身支度を整え、早々に練習着に着替えたクリスの助言に金丸も急いで準備を始める。

 

(優しい先輩達で良かった。東条の方は大丈夫だろうか)

 

 同じ松方シニアで親友である東条秀明の心配をしつつ、先輩達を待たせない為に急いで身支度を終える。

 

「よし、行こう」

 

 グラウンドにまで案内してくれる文悟とクリスの優しさが本当に申し訳なく思いつつ後ろについていく。

 

「「「おはようございまず!!」」」

 

 先輩後輩関係なく、グラウンドで会ったら挨拶は大きな声で。

 

「おはよう、東条」

 

 1年生が一塊になっていたので金丸がそこに入ると東条の姿を見つけて声をかけてきた。

 

「おはよう、よく眠れたか?」

「実はあんまり」

「俺もだ。初日だから緊張しちゃってさ」

「分かる分かる」

 

 幾ら先輩達が優しくしてくれても、どこかで肩肘を張ってしまう。反面、東条とは気心の知れた仲なので互いに本音を言い合えた。

 

「そっちはエースの石田さんと、あの(・・)クリスさんと一緒だったんだろう。どうだった?」

「2人とも優しいよ。逆になんか申し訳ないぐらいで」

 

 性格とは裏腹に心配性なところがある金丸がここまで言うほどかと東条は2、3年の所で周りの人達と談笑している文悟とクリスを見る。

 

「僕のところはそこまでじゃないけど、何にしても先輩達が優しい人で良かったね」

 

 東条と金丸がそんな話をしている頃、文悟は川上憲史と話していた。

 

「え、一也がまだ来てない?」

 

 言われて辺りを見てみれば御幸一也の姿がどこにもない。

 

「そうなんだよ。なんか夜中までビデオを見てたとかで見捨てて来たって」

 

 上級生は1年生の面倒は見るが2年生と3年生の寝坊は自己責任であるので文悟は何も言わなかった。

 

「昨日の夜に一也から、最近嵌ってるモデルのビデオが手に入ったから一緒に見ようとか言われたけど」

「多分、それだな」

 

 原因と理由は分かった。では、次をどうするかを考えた文悟は溜息を吐いた。

 

「起こして来るよ。まだ時間はあるし」

「優しいね、エース様は」

 

 早起きに慣れているはずなのに1年生よりも眠そうにしている倉持洋一が話に入って来た。

 

「随分と眠そうだな、倉持」

「新入生と親睦を深める為にゲームをしてたら遅くなってよ。眠いのなんのって」

「何時までやってたの?」

 

 川上の問いに倉持はニヤリと笑う。

 

「1時だったか2時だったか。確かそれぐらいだったんじゃねぇか」

 

 悪いことを考えてそうな倉持のニヤケ笑みに、文悟は近くにいた増子透の方を向いた。

 

「増子さん、もしかしてその1年生まだ寝てるんじゃ……」

 

 都大会ベスト16を決めた文悟が投げた昨日の試合でエラーをしてから自身に喋ることを禁止している増子はコクリと頷いた。

 

「朝練のことは知ってるんだ。時間になっても起きなかったアイツが悪ぃんだって」

「上級生としてあまりそういう考えは感心できないな、倉持、増子」

 

 主将である結城哲と寮長として今年の新入生の所感について話していたクリスも厳しい面持ちで話に入って来た。

 

「親睦を深めるのは良いが夜中にゲームなどやれば新入生が朝に起きれないのは簡単に分かることだろう」

 

 当然、倉持は分かっててやっているがクリスの前で素直に白状は出来ない。

 

「増子も最上級生として、しっかりと監督しなければならない立場だということを自覚しないといけないぞ」

 

 先に寝た増子としてもクリスの言うことは至極最もなこともあって『すまない』と紙に書いて見せる。

 

「俺はその新入生を起こしに行って来る」

「じゃあ、俺は一也を」

 

 御幸に関しては完全に自己責任なので起こしに行く必要まではクリスも感じなかったが文悟の優しさを止めるまでではない。

 時間が迫っているので急いで青心寮に戻り、倉持達の部屋は1階で御幸の部屋は2階なので別れる。

 

「お~い、一也」

 

 寝坊しているバカを置いて行った同室者が鍵をかけていなかったので室内に入り、まだ二段ベッドで寝ている御幸に向かって声をかける。

 

「…………文悟?」

「おはよう。もう直ぐ朝練の時間だぞ」

 

 何時も寝る時に付けているアイマスクを外して枕元に置いていた眼鏡をつけた御幸が目をパシパシとさせているので、近くに置いてあった時計を見せる。

 

「げっ」

 

 時計が示していたのは朝練開始数分前。

 

「た、助かった文悟!」

 

 慌てて布団を跳ね飛ばして起きた御幸が練習着を手に取って着替え始める。

 

「急げよ」

「おう!」

 

 間に合うかは微妙な時間なので文悟も先に行くことにした。

 御幸の返事に押されるようにして部屋を出て1階に降りると、倉持の部屋の前でドアを開けたままで止めて待っているクリスの姿があった。

 

「そっちも寝てました?」

「ああ、やっぱり寝過ごしてたよ。今、着替えてるところだ」

「ああ――っ!?」

 

 直後にドタンと大きな音が聞こえ、文悟が部屋を覗き込むと新入生が半分だけ足を通したズボンと共に床に倒れていた。

 

「大丈夫か?」

「へ、平気っす」

 

 物凄く痛そうだが、意地を張っているならツッコミは無粋と心得ている文悟は優しい笑みを浮かべる。

 横になったまま床に打ち付けた頭を抑えていた新入生は声をかけたのがクリスではなく別人と気づいた。

 

「ぬっ、アンタは石田文悟!」

 

 跳ね起きた新入生―――――――沢村栄純は超える男として目標としている文悟がいると知って指差す。

 

「取りあえず服を着ろ。時間はもうないぞ」

「あっ、はい」

 

 指差されてキョトンとしている文悟の横から顔を出したクリスに注意を受けた沢村は大人しく指示に従い、膝辺りで止まっていたズボンを引き上げる。

 

「文悟は先に行っててくれ」

「俺も待ちますよ」

「こういうのは3年の役目だ。それにエースが初日遅れては1年に示しがつかんだろう。俺の顔に免じて頼む」

 

 ここまで言われては文悟も留まっていることは出来ず、先に向かうしかなかった。

 

「――――はようございます!」

 

 文悟がグラウンドに到着して直ぐに、高島礼と太田部長の何時もの2人だけではなく見覚えのない中年男性を後ろに引き連れた片岡監督が現れた。

 

『はようございます!』

「おはよう」

 

 示し合わせたわけでもないのに唱和した挨拶に静かに、しかし重く返した片岡監督の挨拶にピンと背筋に鉄棒が入ったかのように伸びる。

 

「これで入部希望者は全員か?」

 

 二列に並んでいる1年生達を前に、背後に上級生達の位置で片岡監督が聞く。

 入学前から入部希望者に事前に春休み中から練習があることは伝えられている。怪我など、よほどの理由がない限りは全員参加で遅刻厳禁。青道の野球部に入るというのは、それだけのことなのだと覚悟を事前に決めさせられるわけである。

 

「1名遅れています」

「なに?」

 

 文悟が答えると、片岡監督が振り返ってサングラスの奥の眼を鋭くさせる。

 

「寝坊です」

 

 片岡監督の視線に、背中に冷や汗を流しながら答える文悟。

 

「遅れました!」

 

 口を開こうとした片岡監督よりも早く走って来たクリスの声がグラウンドに響き渡る。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 1年と上級生の中には入らず、片岡監督の前までやってきたクリスが深く頭を下げる。

 

「遅れたのは寝坊したこの沢村栄純の責任です。クリス先輩は俺を起こしに来てくれたんです。何も悪くありません!!」

 

 悪いのは自分なのだからクリスが謝る必要はないと思いつつも、同じ学校・同じ部活以外に関わりのないクリスの行為に深く感謝していた沢村も深々と頭を下げて追従する。

 片岡監督はクリスと同室である文悟を見て、頭を下げている2人へと視線を戻す。

 

「遅刻は遅刻だ。そこでドサクサに紛れて並んでいる大馬鹿者もな」

 

 クリスと沢村に注目が集まった隙に2、3年生の後ろにこっそりと忍び込んだ御幸がギクリと体を震わせる。

 

「この沢村と同室の上級生と大馬鹿者は練習が終わるまで走ってもらう。クリスと沢村は1年の自己紹介の後に走れ」

 

 上級生が新入生を面倒を見るのは当然のこと。それを放棄した倉持と増子、紛れ込んだ御幸に青筋を浮かばせた片岡監督の命令は絶対だった。

 ムンクの叫びの如き顔になった3人がタイヤを引き摺って走り始めたのを見て沢村は一つのことを心に誓った。

 

(監督を怒らせるのは止めよう)

 

 走っている同室の2人を見て心がスッとしたのもあって、遅刻したことは事実なので罰則で走らされるのは仕方ないと諦めて1年生の列に入る。

 

「宮川シニア出身大嶋宏! 希望ポジションはショートです! 守備には自信があります!! 頑張りますのでよろしくお願いします!」

 

 最初にゴタゴタになりながらも恒例である1年生の自己紹介が始まった。

 

「松方シニア出身東条秀明です! 希望ポジションはピッチャー! よろしくお願いします!」

「同じく松方シニア出身金丸信二! 希望ポジションはサード――」

 

 次々と選手紹介が行われている中で沢村はライバルとなる投手がいないかだけを気にしながら、目立つアピール文章を考えていた。

 

(誰よりも目立って、かつインパクトを残せるようなスピーチをせねば)

 

 しかし、沢村は考え始めればドツボに嵌る性質を持っていて妙案が直ぐには出て来ない。

 

「苫小牧中学出身降谷暁」

 

 この降谷も割とギリギリで来たので目立ち難い最後尾の端にいたが沢村が来た所為でズレた。

 

「希望ポジションはピッチャー。御幸先輩に受けてもらう為に来ました」

「え?」

 

 沢村も御幸に受けてもらう為に青道に来たようなものなので、他の者達が「苫小牧って北海道から?」という点に着目している中で違うところを気にしていた。

 

「次、君だよ」

 

 降谷に突かれた沢村は隣の長身の降谷を見上げて負けてなるものかと深く息を吸う。

 

「赤城中学出身沢村栄純! 希望ポジションはピッチャー!」

 

 結局、何を言うかも決めていないまま出身と名前、希望ポジションだけを言って間を取る。

 御幸に受けてもらうという自分の気持ちは既に言われてしまった。インパクトのあるスピーチの材料を探していると、視界の中で自分を見る文悟の姿に奮起する。

 

「石田文悟! …………さんを超えるエースになる為にここに来ました! この気持ちだけは誰にも負けるつもりはねーっス!!」

 

 超えるべき目標、つまりは自分が下であると自覚しているので呼び捨てにするのは失礼だろうという気持ちも同居した沢村の所信表明に、上級生のみならず監督達にもザワリとした空気が広がる。

 

「では、未来のエース。自己紹介も終わったことだし、走って来い」

「…………はい」

 

 こうして沢村の新しい生活は鮮烈なアピールの後にタイヤを引き摺って走って幕を開けたのだった。

 

 

 




以下は能力表です。

『石田文悟』

一年時(入学時)
球速:150(MAX)/高速チェンジアップ2(130)
特殊能力:ノビ4/重い球/打たれ強さ4/打球反応○/低め〇/速球中心

一年時(秋)
球速:152(MAX)/高速チェンジアップ3(130)/カーブ3(130)
特殊能力:ノビ5/重い球/キレ3/打たれ強さ◎/対ピンチ〇/打球反応○/低め〇/奪三振/威圧感/速球中心

二年時(第十四話時点)
球速:155(MAX)/ツーシーム4(150)/高速チェンジアップ4(130)/カーブ5(135)
特殊能力:怪童/怪物球威/キレ4/打たれ強さ◎/対ピンチ〇/打球反応○/闘志/低め〇/リリース○/奪三振/クロスファイヤー/威圧感/速球中心

尚、特殊能力に関しては高校時点のみでプロは別基準とする。

           投球比率(%)、平均球速
フォーシーム        53   152 
ツーシーム         12   150
高速チェンジアップ     5    130
カーブ           25   135


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第十五話 中心とした渦


都大会ベスト16を決める試合は都合により一日早くなりました。




 

 

 

「おかわり下さい!」

 

 青道高校野球部の青心寮の食堂にて今日も朝から元気な声が連呼する。

 

「こっちもおかわり!」

 

 青心寮では食事時、ご飯は必ず3杯食べなければいけないという鉄則の掟があった。

 しかし、幾ら育ち盛りで幾らでも食べると言われる少年達でも限度はあった、特に新1年生には。

 

「うぷっ」

 

 食堂の一番奥まった列の1年生達の中から嘔吐く音がひっきりなしに聞こえる。

 

「大丈夫か、東条?」

「正直しんどい……」

 

 人並みには食べるが流石に2杯が限度な東条秀明を心配している金丸信二も3杯目に手をつけられない。

 

「幾ら体作りも練習の一部だとしても3杯はきついよな。しかもあれだけ走った後で」

 

 基本的に1年生は朝練の間、体作りの為にランニングをするのが慣例だという。

 実際、金丸達も走ったのだが馬鹿がいた所為で余計に疲れた。

 

「フハハハハハハ、このぐらい食べられなくてどうする!」

「テメェの所為だバカ村!」

 

 東条を挟んで反対側で食べていた沢村栄純の無責任な発言に金丸は箸をテーブルに叩きつけた。

 この食堂にいるのは1年生だけではないということを金丸は失念していた。

 

「そこの一年、食事中は静かに」

「うっ!? す、すみません」

 

 金丸達がいる側から一番遠くから聞こえて来た静かな叱声に、金丸は借りて来た猫のように縮こまりながら謝って席に座る。

 

「やーい、怒られてやんの」

「すみませーん、この馬鹿がもっとご飯を特盛りにしてほしいそうです」

「カネマール?!」

 

 人をイジらば特盛一丁お待ちどう。

 結果として沢村の茶碗には、どうやって載せたのかと頭の中で疑問符が浮かぶほどの特盛具合であった。

 

「今年の文悟枠はあの沢村なのかね」

 

 テレビが近い一番手前のレギュラー席の一角で、2年生3人で並んで座っていた内の1人である倉持洋一がポツリと呟いた。

 

「俺?」

 

 3杯目を易々と平らげて、1年生には前人未到の領域としか思えない4杯目に取り掛かっていた石田文悟が自分の名前を呼ばれて首を傾げる。

 

「本人に自覚がないところが特にな」

 

 去年、飛び抜けていた文悟に対抗しようとして頑張った過去を思い出し、箸を咥えた御幸一也は遠い目をしていた。

 たった半日程度で消えた御幸が抱いていた一方的な対立心を見ていた倉持としては、流石に簡単な誘導に引っかかって寝坊した沢村が文悟並の選手とはとても思えなかった。

 

「まあ、ただの体力バカの可能性もあるけどよ」

「それがそうでもないんだよな、これが」

 

 罰走としてタイヤを引いて走っていた倉持達に少し遅れながらも付いてきた沢村の体力は倉持も認めるところだったが、御幸が沢村に注目している点は別にあった。

 

「さっきから気になってたんだけど、一也は沢村のことを知ってたのか?」

 

 後もう一杯はいけるな、と腹の具合を確かめつつ文悟は御幸の言い様から初対面ではないと見た。

 

「前に東さんと勝負した中学生がいたって言ったことがあるだろ」

 

 文悟は記憶を思い出すように眉間に皺を寄せて、ようやく思い出した。

 

「つまり、その中学生ってのが沢村だったと」

 

 話の繋がりから察して、東と勝負した中学生=沢村栄純という図式を脳内で成り立たせた倉持は呆れを滲ませた。

 

「良く監督が怒らなかったな。高野連にバレたらマズいことになってたぞ」

「監督は文悟の病院に一緒に行ってたから知らないって」

「ああ、あの時か」

 

 夏の予選で稲城実業高校に負けてから投げ過ぎな傾向にあった文悟を心配したクリスによって病院に行く際、高島が中学生の練習見学に付き添い、太田部長が別件でいなかった為、片岡監督が車を運転せざるをえなかったので沢村とは会っていなかった。

 

「で、その勝負は?」

「三振で東さんの負け」

「へぇ……」

 

 恐らく別グラウンドで練習に集中していてそのことを知らなかった倉持も今はプロとして活躍している東が三振したと聞いては沢村を見る目が変わらざるをえない。

 

「クリスさんにその話をしたら、入学前に文悟に送ったトレーニングメニューをダウングレードしたやつを礼ちゃん経由で送ってみたんだけど、あの感じだと割り増しでやってたんだろう」

 

 食事のことに関しては茶碗3杯を食べる必要があると記していたので実践していて余裕はあったのだろうが、流石に3杯目が特盛になっては限界値を超えてしまって口に含んだまま涙目になっている。

 

「ふぅん、じゃあ、期待できるってことか」

「さあ、そこまでは言えないさ」

「そこは期待できるって言っておこうよ」

 

 からかい甲斐のある後輩が入って来た程度にしか思っていなかった倉持ですら淡い期待を抱いたというのに、当の御幸がやんわりと否定したので文悟も突っ込まざるをえなかった。

 

「東さんの場合は油断とか慢心に合わせて情報の無さもあったから勝てたけど、もう一打席勝負してたら多分、ホームラン打たれたと思うぜ」

「一打席だけの勝負なら基本的に投手の方が有利だもんな」

 

 その投手がどんな球種を投げるのか、直球のノビはどの程度か、変化球の切れはどれほどか。

 情報があるプロでも3割打てばスタメンを張れる。アマではレベル差が大きいので打率はあまり当てにならないが、それでも基本的には投手が有利なことには変わりない。

 

「無名の中学生が今じゃプロになった高校生から三振を取ったのは事実だけど、実力かまぐれかは直に分かる。焦ることはないさ」

 

 特盛ご飯が呑み込めずに口をパンパンに膨らませている沢村を2年生スタメンは静かに見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沢村はトレーニングメニューの中で食事も練習の内と知って、通常ならばギリギリでご飯三杯を食べられるようになっていた特盛は流石に限界を超えてしまった。

 

「あ~、気持ち悪ぃ」

 

 外で少し吐いた後も胃の凭れに苦しんでいる沢村の後ろで、普通盛りでも無理して食べた降谷暁や小湊春市などは死んでいたりする。

 

「毎年の風物詩だな」

 

 3年生の滝川・クリス・優にとっては同じ光景を見るのは三度目である。

 

「去年、1日目から完食して平然としてたのは文悟だけで、今年は沢村が行くかとも思ったが」

「自分で馬鹿やらなければそうなったのにな」

 

 グラウンドに戻りながら偶々、クリスと一緒になった丹波光一郎は苦しそうにしている1年生達を見ながら嘗ての自分を思い出す。

 

「文悟みたいに飛び抜けている奴だと思うか?」

「青道にはいなかったタイプなのは認めよう」

 

 沢村の実力は未だ未知数であることを認めながらも、丹波は安易に自分が追い抜かれる立場にあるとは認めなかった。

 

「この夏が最後なんだ。1年に一軍の座を奪われてなるものか」

 

 3年生は夏で負けたら即引退が決まる。しかし、その前に一軍に選ばれなければ舞台にすら上がることも出来ない。

 

「俺も負けてはいられないな」

 

 クリスの立場は2番手の投手と見込まれている丹波よりも状況は良くない。

 

「怪我の方はどうなんだ? 完治はしていると聞いているが」

「練習でも試合でも今のところ痛みはない。ただ、1年近く試合から離れたことの方がイタい」

「実戦の勘が鈍っている、か」

「戦術的な面はともかく、特にバッティングがな」

 

 怪我をした右肩を軽く触ったクリスが少し自嘲気味に漏らす。

 

「試合の時に記録員としてベンチに入っていたから戦術的な鈍りは無くとも、バッティングだけは怪我の間は振ることも出来なかった影響は大きい」

 

 正捕手である御幸と試合後にミーティングを行っていたこともプラスに働いている。しかし、怪我の影響で1年近くバットを振ることも出来なかったクリスの勘はあまりにも錆び付いていた。

 

「少し振っただけで分かった。以前とは比べ物にならないほど鈍っていると」

 

 夏までに鈍りを落とすことが出来るのかという不安が常にクリスの内にあった。

 

「夏までにその鈍りを落とすんだろう。フリーバッティングに付き合え」

「いいのか?」

 

 予想外の提案にクリスは目を瞬いた。ようやく二軍に上がったばかりのクリスに一軍の丹波が投げるのは普通あり得ないからだ。

 

「俺が一軍に上がった直後にクリスが怪我をして、お前と組めたことはないんだ。最後の夏ぐらいはバッテリーを組んでみたい。それにこれは俺自身の為でもある」

 

 強面の顔とは裏腹に頬を微かに朱に染めた丹波が続ける。

 

「70球を超えると、どうしてもコントロールが甘くなってしまう。フォームをチェックしてくれ」

「無茶を言う」

 

 が、怪我から復帰したばかりとはいえ、カーブは全国級と言われる丹波の練習相手は今、最もクリスが欲しい錆び落としの機会だった。

 

「クリスなら出来ると思っているから頼んでいる」

「そこまで言われたら断れないな」

 

 フォームチェックもしながらだと集中が削られるが大義名分は得られる。何よりも向けられた信頼にクリスも応えたかった。

 

「1年生は集合!」

「恒例の能力テストも始まるようだ。俺達も移動するとしよう」

「ああ」

 

 片岡監督と青道OBコーチがグラウンドに現れ、腹ごなしに準備運動をしている一年生を集める姿を見送ってクリスから丹波を促してAグラウンドに向かう。

 

「なっ、なんで!?」

 

 ようやく胃の凭れも大分マシになっていたところで、能力テストがあるとは知らなかったがやる気になっていた沢村は片岡監督と青道OBのコーチ陣の後ろに文悟と御幸の姿があったからである。

 

「御幸一也! どうしてお前がここに……」

 

 最初は威勢よく、しかし徐々に声のトーンが落ちて行ったのは強面の片岡監督に睨みつけられたからである。

 

「お前ね、年上を呼び捨てってどうよ」

「すみませんでした」

 

 幸いにも当の御幸が近寄りながら気軽に声をかけてくれたお蔭で直ぐに謝る機会も出来たので大人しく頭を下げる。

 

「秋体でうち(青道)の試合を見たって礼ちゃんから聞いたから文悟のことを知っても驚かねぇけど、相変わらずの大物っぷりに逆に安心したぜ」

 

 寝坊した後で罠にかけられるなんてこともなく、遺恨がないから言うことにも素直に従う。ヤクザもかくやの強面が凄んでいて、その理由が御幸の言った通りだとするならば謝るのに十分な理由であった。

 

「アンタら…………先輩達はスタメンだったはずじゃ? もしかしてあれからレギュラー落ち」

「やっぱり失礼だぞ、お前」

 

 確かに青道の名を背負って試合に出るレギュラーがするような仕事ではないが御幸にも事情がある。

 

「文悟は昨日の試合で投げたから今日は軽めのメニューの予定だったんだけど、急遽OBのコーチの1人が来れないことになって1年の能力テストを手伝うって言い出してな。ついでだから俺も手伝うことにしたんだよ。あ、知り合いだからって加点はしないぞ」

 

 試合は増子透のエラーもあったりしたが勝利した後にOBが来れないことが分かり、文悟が手伝いを申し出たことに片岡監督は少し考えた後に了承した。

 

「頼まねぇよ。俺はここに自分の力を試しに来たんだから」

「へぇ、文悟を超えてエースになる為に来たんじゃなかったっけ?」

「むぅ……」

 

 最初は前者で、秋季大会を見てから後者の理由も含むようになったのだが、詳細に説明するには突発的な出会いだっただけに沢村自身にも整理がついていなかった。

 

「まあ、どっちでもいいけどさ、お前もさっさとスパイクに履き替えてBグラウンドに急いだ方が良いぞ。このままだと遅刻扱いになっちまうかも」

「へ?」

 

 言われて周りを見れば、御幸と話している間に他の1年は既に移動してしまっている。

 

「早く言えよ!」

「だから、言ってやっただろうに」

「ありがとうございました!」

 

 話が横に逸れてしまっても付き合ったのは沢村自身である。

 文句を言うのは確かに筋違いであると認める思慮は沢村にもあったので、ちゃんと礼を言って急いでスパイクを履き替えに向かう。

 

「大丈夫かねぇ」

 

 ド天然の文悟とはまた一味違った癖のある性格の沢村に一抹の不安を抱きつつも、自分から手伝いを申し出たくせに遅れては片岡監督に怒られるので御幸もそそくさと移動を始めるのだった。

 

 

 




以下、文悟の打者としての能力表です。

1年時
守備力2/肩5/走力3/体力4/精神力4
打力4/ミート4/パワー3

2年時
守備力3/肩5/走力3/体力5/精神力5
打力5/ミート5/パワー4


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第十六話 沢村と降谷



ちょっと長め




 

 

 

 石田文悟と沢村栄純の違いは多い。寧ろ類似点を探す方が大変である。

 

「やっぱり文悟と同じとまではいかなかったか」

 

 知り合いなだけあって沢村のテストには目が行ってしまった御幸一也は1人納得するのであった。

 

「俺がなんだって?」

「こっちの話」

 

 近くにいた文悟が自分の名前が出たこともあって気にするが本人に知られるのはあまり良くないことなので適当に話をはぐらかす。

 文悟が眉を顰めていると、同じようにテストの手伝いをしているマネージャーの夏川唯が遠投で使うボールの入った籠で難儀していた。

 

「文悟君、ちょっとこっち手伝ってもらえる?」

「分かった、夏川さん」

 

 御幸を追及するよりも夏川の手伝いを優先した文悟が籠を持ち上げる、満タンにボールが入った2箱を。

 

「だ、大丈夫?」

 

 恐らく夏川としては籠を1つずつ運び、自分と片方ずつを持ってもらえれば十分だったのだろうが、そこら辺の機微が鈍い文悟は気付かずに2個とも持ってしまった。

 

「平気平気。これって遠投用のボールだろ? もう1年の試験が始まるから急がないと始まっちまう」

 

 1年の頃から身体能力に関しては図抜けていて、その頃よりも成長している力ならば籠を2つ抱えてもフラつくことなく試験現場に向かって進む文悟の後を夏川も追っていく。

 

「俺みたいなイケメンじゃないのに何故かモテるんだよな」 

 

 文悟はイケメンというよりは田舎にいそうな朴訥な顔をしているのに御幸よりもモテている、野球一筋過ぎて本人に自覚はないが。

 さっきも御幸だって一緒にいたのに何故かスルーされて頼みごとをされたのは文悟なのを根に持っていないが疑問は大きい。

 

「やっぱ投手って目立つポジションにいるからかね」

 

 他のどのグラブとも違うキャッチャーミットに魅力を感じて捕手を始めた御幸も、やはり野球の中で投手が一番目立つ花形ポジションであることは否定できない。

 

「文悟は素人でも分かりやすいぐらいに凄いし、なんか目を引くプレーをするんだよな、アイツは」

 

 恵まれた体格と鍛え上げられた体から放たれる球はど真ん中でも打者が仰け反る程のノビを見せる。人の注目を惹きつける選手はああいうのを言うのだろうと常に思う。

 

「好みが眼鏡をかけた巨乳のお姉さんって辺りで大体が範囲外なんだよな。つうか、礼ちゃんどストライクだし」

 

 男子高校生ならば一度ぐらいは性の話をする機会が有り、その際に聞き出した文悟の好みが特定の人物を指していることに嘘の可能性を疑わないではないが、納得の頷きをした者は多い。男子高校生にとって、美人で巨乳は偉大であるのだから。

 

「おっと、俺も行かねぇと」

 

 何時までも1人思考に耽っていて試験官の役目を果たしていないことが片岡監督にバレたらどんな罰が待っているのか、考えるだけでも恐ろしい。

 御幸はそそくさと移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度の試験を記録して文悟はブルペンへと向かっていた。

 

「お~い、文悟。こっちこっち」

 

 先にブルペンに入っていた御幸に呼ばれてその横に並び、既に始まっている投手の適性テストを見守る。

 

「今、何人目?」

「2人目。今は松方シニアの東条の番」

 

 投手候補達が一塊になっているので、もう始まっているのかが分からずに聞くと既に1人目は終わっていたようだ。

 噂になっていた全国ベスト4になったことがあるという東条秀明から視線をずらす。

 

「捕手は1人か」

「やっぱり上に俺という絶対的捕手がいるから出番が回ってくる可能性が低いと見たんだろう」

「はいはい」

 

 投手の人数は投げている東条を含めても4人いるが、捕手は受けている1人しかいないようだった。

 捕手は他のポジションよりも専門性が高いので容易にコンバートが出来ない。御幸は雑誌に載るほどの捕手であったから余程の自信が無ければ、青道に来ることは避ける。1人でも来てくれただけで儲け物だろう。

 

「狩場航、だったっけ」

 

 去年、文悟と御幸がやったように、捕手が5球コースを指定して投げ、次に投手が同じ数だけコースを指定して投げている。

 

「文悟から見て狩場はどうだ?」

「普通は同じ捕手である一也の意見が先だと思うんだが」

「投手だからこそ見える物もあるだろ」

 

 御幸に誤魔化されている気がしないでもないが、文悟は東条の球を受けている狩場を改めて見てみる。

 

「良くも悪くも平凡って感じ。リードも何もない現段階じゃ他に言いようがない」

「東条は?」

 

 少なくとも狩場のキャッチングに関しては特に上手いとも下手とも思えなかった文悟に、御幸は投げている東条に対する評価を求めた。 

 

「即戦力とはちょっと言えないけど、来年以降なら戦力になってくれると思う」

 

 狩場が指定した後の投手がコースを指定して、投げている東条のボールを見た文悟の正直な感想だった。

 

「まあ、そうだよな。全体的な平均値(アベレージ)は高いけど高校じゃあな……」

 

 特段、ボールが速いわけでもなく、コントロールが良いわけでもなく、変化球のキレが良いわけでもない。中学レベルとしては合格点だとしても、高校の強豪レベルとして見ると合格点にはほど遠い。

 

「多分、監督も同じことを考えてるはず」

「あの新コーチも?」

「あの人こそ、だろう。夏以降のことを考えるなら有望な1年には唾をつけときたいだろうし」

 

 少し視線をずらせば片岡監督と共にいる中年の男の姿が目に入った。

 

「OBじゃないコーチって、やっぱりそういう(・・・・)ことなのか」

 

 片岡監督から専属のコーチとして紹介された男がこの場にいる理由を2人は薄々と察していた。

 

「OBじゃなくて甲子園常連の紅海大相良で20年コーチをしてた人が専属で来るってことは、学校側が痺れを切らしたってことだろう。甲子園を目的にしてる強豪校ならば珍しい話じゃない」

 

 実際のところ、御幸が気づいて文悟に話したことで認識に齟齬があったことが分かったりしたのだが些末な事である。

 

(前年以上と言われる強力打線と文悟がいて甲子園に行けなきゃ、学校も監督手腕を疑うよな)

 

 御幸が早くに察したのも、夏が終わればごっそりといなくなるクリーンナップのことを以前から考えていたからである。

 幾ら文悟が打たれなくとも、たった1人の投手が全ての試合を投げ切れるわけではない上に点を取れなければ勝つことは出来ないのだから。

 

「でも、甲子園に行ければその話はなくなる」

「実績さえ出来れば片岡監督が離れる理由は無くなるし、丹波さんの調子も上がって来てるしノリも悪くない。不可能じゃないはずだ。寧ろ部員数が多いうち(青道)に専属のコーチがそのまま付いてくれれば大助かりになると思うぜ」

 

 御幸達が前向きでいられるのは、打線は強力で、懸念材料だった投手陣も上向いて来ている。逆に言えば1年生が入る余地がないということでもあった。

 

「ありがとうございました!」

 

 バッテリーが無駄話と取れる話をしている間に東条の投手能力テストが終わったようで、大きく元気な声で帽子を取って頭を下げた。

 

「次、降谷暁」

「はい」

 

 東条が下がって入れ替わるようにプレートに立ったのは長身の降谷暁。

 

「1年にしては背、高いな。俺、負けてそう」

 

 御幸も180㎝近いがギリで届いていない。

 男にとって背の高さは一種のステータスであり、やはり年下に負けるというのは精神的に宜しくない。

 

「文悟と同じぐらいか?」

「さっき近くで立った時は俺の方が少しだけ高かったぞ。1㎝かそこらぐらいの差だろうけど」

「ってことは、183ぐらいか」

 

 文悟が184㎝なので、1㎝程度の差だとするなら降谷の身長はそれぐらいになる。

 

「持ち球は?」

「ストレートだけです」

 

 進行はOBのコーチが行っていて、持ち球がストレートだけと言い切った降谷から文悟へと視線が集まる。

 

「なんでみんな俺を見る?」

「そりゃ1年前の誰かさんを思い浮べるからだよ」

 

 先にテストを行った2人も1つか2つは変化球を披露したので、どうしても直球一本というのは目立つ。しかも、去年の文悟が同じことを言い、衝撃を齎しただけに余計に。

 

「コースは真ん中で」

 

 大物かどうかは初球で分かるし、印象は大きく変わる。

 モーションはゆっくりで深く踏み込むこともないオーソドックスなものだったが、投げられたボールは轟音を立てながら構えていた狩場のキャッチャーミットから外れた。

 

「っ!?」

 

 狩場が急いでミットを上げるも間に合わず、ボールは後ろの壁のネットを揺らした。

 

「…………いやはや、ここまで文悟と似るとはね」

 

 先天性か後天性かどうかはともかく、今の(・・)文悟に準ずるほどの球速と球威は一朝一夕で得られるものではない。

 

「何が?」

「今年の遠投で120mを投げたのは、あの降谷ともう1人だけなんだよ」

「へぇ、今年も2人なのか。去年も俺と一也の2人だったし、毎年2人ってジンクスなのかね」

 

 微妙にズレている文悟の返答に御幸の顔が変化する。

 

「相変わらず天然どうも」

「?」

 

 分かっていなさそうな文悟に詳しく説明するつもりのない御幸が降谷に視線を戻すと、片岡監督の姿が見えた。

 

「御幸、降谷の球を受けろ」

「俺がですか?」

 

 座り込んだまま動けない狩場の下へと向かって何かを話した片岡監督が振り返って言った内容に御幸は驚いた。

 

「狩場では降谷の球を受けられん。それではテストの意味がない」

 

 狩場のテストは2人の投手候補を受けた時点で既に終わっていると言っても良い。

 1年捕手が他にいない以上は御幸が受けても支障はない。

 

(まさかその為に俺をテストに関わらせたんじゃ……)

 

 希望ポジションは入部届の時点で提出させられているので、1年捕手が1人なことは分かっていた。

 御幸としては有望な1年探しのつもりだったが、片岡監督は万が一のことを考えてテストに関わらせることを選んだのではと邪推してしまう。

 

「分かりました」

 

 とはいえ、降谷の球に興味があるのは事実。

 早い段階で受けれるのならば、それに越したことはないと御幸は足を踏み出した。

 

「頑張れ、新1年生」

「うっせぇ」

 

 用意を手伝ってくれた文悟の茶化しを返しつつ、プロテクター類を身に着けてブルペンへと戻る。

 

「遅くなりました」

 

 時間がかかるのは当然であるが、それを当たり前とせずに言葉を忘れない。

 片岡監督と落合博光新コーチに見られながら東条とキャッチボールをしていた降谷が御幸を見る。

 

「よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

 

 自己紹介では自分に受けてもらう為に青道に来たと降谷が言っていたことを、今更ながらに思い出した御幸は片岡監督を見る。

 

「コースとかはどうしますか?」

「もう一度最初からだ」

 

 つまりは捕手である御幸がコースを指定する必要があるということである。

 

「じゃあ、もう1回ど真ん中からいってみようか」

「はい」

 

 降谷の性格はまだ掴めない。

 一からやり直すというならば、ここしかないだろうというコースを選択する。

 

(さて、本物かどうか)

 

 先程の球がただの偶然かどうかは次の一球で分かる。

 やはり降谷は緩やかなモーションで動き、先程よりも球威を増した剛速球が御幸が構えていたど真ん中から大きく外れた上へと逸れていく。

 

「おっと」

 

 文悟のボールを受け続けた御幸に取って驚くような球威と速度ではない。

 もっと凄い物を間近で知っているのだから、もしも後ろに審判がいれば成人男性の立っている顔辺りの高さのボールを難なく捕球する。

 

「次、外角低め」

 

 ボールを投げ返しながら次のコースを指定すると、降谷はポカンとした顔で取り落としていた。

 

「ほれ、早く投げろ」

「…………はい」

 

 外角低め、内角高め、外角高め、内角低めと指定するも、降谷が投げたボールは指定された場所から大きく外れる。

 

(こいつ、ノーコンタイプか)

 

 球速と球威は何の問題は無くとも、こんなにもコントロールが悪くては試合で使うことはできない。

 

「真ん中、行きます」

 

 制球力が課題と心のメモに記して、御幸の中で降谷を即戦力の欄から外そうとしたところで構えたところにボールが入って来た。

 

「外角低め」

 

 御幸が指定したコースをなぞるように放たれたボールは外角低めというにはズレた。このズレを許容出来るかどうかは人によって差があるだろう。

 その後も内角の高低と外角高めはピタリとキャッチャーミットに収まることもあれば、大きく外れたこともあった。

 

(う~ん、微妙な)

 

 嵌れば凄いが、外れる時はこちらの予想も超える時もある。イマイチ判断の難しい投球だった。

 

「お疲れ」

 

 御幸も片岡監督も何も言わないのが若干不安なのだろう。投げる前も後も表情を殆ど変えなかった降谷が下がりながら不安そうにしていた。

 

「次は沢村――」

「真打は最後に登場するもの!」

 

 4人目の投手として呼ばれかけた沢村栄純が、その名前が言い切られる前に大声で登場する。

 

「青道のエースに成る為の第一歩! 沢村栄純の名をみんなの心に刻んで見せるぜ!」

 

 コーチの言葉を遮っておきながら気づいてもいない様子の沢村は無駄に自信満々な様子で宣言する。

 

「あ~、俺は代わります?」

「何故!?」

「だって、あくまで臨時だし」

 

 片岡監督に聞いた御幸としては当然の流れだったが沢村にとっては違ったらしい。

 

「時間がかかり過ぎる。受けてやれ」

 

 狩場はプロテクター類を外してしまっているので、片岡監督は御幸に続行を指示した。

 

「持ち球は?」

「男は真っ直ぐ一本のみ!」

「だから、なんでそんなに自信満々なんだよ……」

 

 今はプロになっている東清国に投げた時といい、沢村の自信がどこからやってくるのか不思議で仕方ない御幸だった。

 

「らっ!」

 

 半年前と同じく、ストレート一本と言いながら打者の手元で上下左右に変化するムービングボール。

 

(相変わらずの汚いストレートだ)

 

 しかも、半年前よりもクセ球のキレが増している。

 キレが増したムービングは取る方からしたら堪ったものではない。打者が打ち難い球とは即ち捕手が取り難い球でもあるのだから。

 

「次は外角低めですね!」

「お前が指定するなよ。いや、そうだけどさ」

 

 別にコースを変更する理由も無いので御幸も文句を言いつつも、外角の低めにキャッチャーミットを構える。

 

「オイショーッ!」

 

 変な掛け声と共に投げられたボールは予測も出来ない変化を見せて外角低めからズレる。

 

(黙って投げられないのか?)

 

 と、思いつつも御幸はあくまで手伝いの捕手の立場でしかない。黙って球を受け続ける。

 

「待て」

 

 先に投げた降谷を意識して速い球を投げようとして沢村はフォームが崩れていた。これはあくまでテストなので御幸が言うべきか迷っている間に5球を終えたところで、片岡監督が止めに入った。

 

「速い球を投げようとして逆に体が開いている。これ以上、続けてもフォームを崩すだけで無駄だ」

 

 投手として速い球は大きな基準であるから意識しない方が難しい。

 高校時代は投手として甲子園準優勝し、母校に恩返しをする為にプロに行かずに母校に戻って来た片岡監督にはその気持ちが良く分かる。このままでは沢村がフォームを崩してしまうと止める。

 

「俺はまだやれます! 大体、まだ後5球あるじゃないですか!」

 

 理論的に説明されてもバカな沢村は納得できない。

 が、沢村の理屈も一理ある。幾らフォームを崩しているとしても、既定の10球まで半分しか行っていないのだから。

 

「沢村の言う通りですよ、監督」

 

 と、言いつつも御幸は無策ではない。

 沢村のムービングはクリスのダウングレードしたトレーニングメニューをしっかりとこなしたようで、ある程度の土台が出来てキレを増している。コントロールはまだ悪いので即戦力とまではいかないが、先輩として少しぐらいのアドバイスをするつもりだった。

 

「いいか、沢村」

 

 沢村の下へ向かった御幸は口火を切る。

 

「幾ら力を込めても速い球は投げられない。先天的な物もあるしな」

「俺にはその先天的なものがないってことですか?」

「まあ、聞け」

 

 先輩をするのも楽ではない。

 憮然とした面持ちの沢村に持っているミットを突きつけた。

 

「重要なのはグローブを持つ手の方だ…………って、言っても分かんないか」

 

 チンプンカンプンという様子の沢村に、捕手の自分では上手く実演できないので御幸は横を向いて文悟を見た。

 

「文悟、ちょっと沢村に見本を見せてやってくれ」

「見本って言われても」

「投げ方を見せてくれればいいって。うちの部に他にサウスポーって文悟しかいないし」

 

 文悟は人に披露できるほど熟達していないと本人は思っている。

 今は沢村にグローブを持つ手の使い方を見せるだけなので、同じ左投手の沢村からミットを借りる。

 

「グローブが小さい」

「ぐぬぬ……」

 

 身長が10㎝近くも違えばグローブのサイズも変わる。

 グローブは使い続ければ本人の手の形に合うのだから、沢村のグローブが文悟の手に合うはずもないのだが何か負けた気がしたようで嫉妬を抱えた顔になっていた。

 

「じゃあ、やるよ」

 

 窮屈な沢村のグローブを嵌めた文悟がボールは持たずに投げるモーションに入る。

 

「ストップ」

 

 右足が踏み込んだところで静止がかかり、多分そうなるだろうと予測していた文悟は動きをピタリと止めた。

 

「体重移動した体を支える右足と、その力を逃さず溜めておく右手が壁を作るイメージをしたら分かりやすいと思う」

 

 文悟の近くへ行って右足とグローブを持つ右手を指し示しながら具体的にイメージを伝える。

 

「弓矢みたいにギリギリまで体の溜を作って、下半身から伝わるエネルギーを一気に振り抜く…………でしたよね、監督」

「その通りだ」

 

 去年、文悟の剛速球に影響されて速い球を投げようとフォームを崩していた前の3年投手の1人にアドバイスしていたのを偶々近くで御幸は見ていて覚えたのだった。

 

「へぇ」

 

 感心している沢村の後ろで降谷や東条に金田忠大も文悟のモーションを真似している。

 

「でも、壁を作るイメージってどうやったらいいんすか?」

「言葉通りのまんまなんだが…………文悟はどうやってる?」

「俺はグローブの先に壁があると思い込んでる。イメージしずらいなら壁じゃなくて、グローブが動かないように考えてみたらどうだろう」

 

 壁を作るイメージが湧かない沢村は文悟の意見を聞いて返してもらったグローブを動かないようにするにはどうしたらいいか考える。

 

「はっ、パントマイムっ!?」

 

 取りあえずグローブを動かさない感じで体を動かすも、何かが違う気がした。

 

「モーションの途中でグローブは全く動かさないわけじゃないぞ」

「グローブを動かさないって言ったのに!?」

 

 御幸のツッコミに沢村は余計にこんがらがってきた。

 

「ほれほれ、時間は無いんだ。試行錯誤はまた後にやってくれ。今はグローブを止めると意識して投げてみな」

 

 あまり長引かせると片岡監督に悪印象を植え付けてしまう、と御幸に耳打ちされて沢村はその背を見送ることしか出来なかった。

 

「駄目で元々! ど真ん中行きます!」

 

 人はそれをやけくそになったと言う。

 右手を意識すると手に力が入ってしまい、沢村は無意識にグローブを握り潰しながら投げた。

 

(え!?)

 

 これはフォームを崩す悪循環になるかな、と沢村が混乱したまま投げる姿を見て諦観していた御幸の反応が遅れた。

 左腕が遅れて振り抜かれたことで軌道が予測できず、ど真ん中から大きく外れたボールは御幸が必死に伸ばしたミットを霞めて飛んで行った。

 

「ぬわぁっ!? どうしてだっ!!」

 

 本人はどんなフォームで投げたのか自覚はなかったのだろうが、受けた御幸と先程実演した文悟、片岡監督と落合コーチは気付いた。

 

「…………あんな窮屈な投げ方でまともに球を投げれるとは、よほど天性の柔軟な肩を持っているんでしょうな」

 

 東条はキープ、唾をつけるのは降谷で、信頼を得るのは正捕手の御幸とエースの文悟と心に決めていた落合コーチですら沢村を見る目を変えた。

 

「沢村、今の感じでもう1回投げて見ろ」

 

 同じく見る目が変わった御幸に言われて、残り4球を投げた沢村の暴走振りを見た落合コーチが過大評価だったかと思うほど酷いものであった。

 

 

 




入学前から文悟という目標を持っていたのとクリス製トレーニングメニューをこなしていたので土台は出来ている沢村栄純。
新フォームに目覚めた模様。

次回は『真中を打ち落とせ』


評価・感想待ってます。


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第十七話 真中を打ち落とせ



春の都大会準々決勝、青道vs市大三高

真中:センバツを一人で投げ切ってベスト8、都大会でも前の試合で稲実に投げたかもしれない(前半確定、後半は本作設定)

文悟:前の試合は丹波・川上のリレーで勝利。準備万端エネルギー100%、秋の雪辱を果たす為にポテンシャルが120%に上昇。

パワプロ的に言えば、真中を含めて市大三高が絶不調、青道が絶好調状態。

その結果は如何に。




 

 

 

 春の都大会準々決勝が行われている明治神宮球場に沢村栄純はやってきた。正確には連行されたのである。

 

「何をそんなにムクれてるのよ、栄純」

 

 自校の公式試合を応援に来たというのに不満そうな沢村に、隣に座ったマネージャーが肩を小突く。

 

「うっさい。大体、なんで若菜が青道にいるんだよ」

 

 地元の高校に進学したはずの蒼月若菜が青道に入学しているのを知ったのは入学式の後のことであった。

 仲間達と共に三好高校に進学したとばかり思っていたから若菜の姿に沢村は盛大に驚いたものである。

 

「受験してみたら受かったから」

「だから、その受験した理由をだな」

「どこを受けようと私の勝手じゃない」

 

 幾ら幼馴染といえど他人なのだから若菜の進路に沢村が口を出す権利はない。しかし、その理由を教えてもらえないのでは沢村といえど機嫌が良くなるはずがない。

 

(栄純が心配だからだなんて言えるわけないじゃない)

 

 若菜が沢村に理由を話せないのは、青道への進学を決めた契機が好意に発したものであったから。

 

(エースの人みたいに怪我してでも投げようとしそうだから私が止めないと)

 

 秋の大会の青道の試合を沢村と共に観戦した際、デットボールを受けたエースは負傷しても投げ続けた。

 沢村を良く知る若菜だからこそ同じ状況になればどうなるかが簡単に想像がつき、いてもたってもいられずに青道への入学を決めた。最も大変だったのは親の説得であったが東京に親戚がいたお蔭で認めてもらうことが出来た。

 

「俺はフォームを固めたいのに、観戦は希望者だけだったのに若菜が無理やり連れて来るから」

 

 あのテストの後、改良フォームの改善点を示されて継続していくように片岡監督から直々に言われた沢村は日夜シャドーピッチングを行っていた。

 ここ数日になって特に手応えを感じていただけに、試合を観戦するよりも練習したかった。

 

「今日の試合の相手があの秋の相手だって知ってる?」

「何ッ!? あの市大三高だってのか!」

「うん」

 

 妙に先輩達は気合入っているな程度にしか考えていなかった沢村はその理由を教えられて目を剥いた。

 

「言うべき言葉は?」

「ありがとうございました!」

 

 沢村は秋の大会後、再試合で青道に勝利した市大三高がセンバツで戦う姿を自宅のテレビで若菜と見た。

 自分ならどう投げるのか、どう打つかを考えたものである。

 

『1番ショート、倉持君』

 

 沢村と若菜が話している間に市大三高の選手紹介が終わり、青道の番になっていた。

 

『2番セカンド、小湊君』

 

 聞き覚えのある苗字に沢村は視線を横へとずらした。

 

「…………分身?」

「なんでその結論に至るの? 僕の兄だよ」

 

 若菜とは反対側に座る少年がグラウンドにいる小湊とあまり差異がなかったからといって頓珍漢な疑問に、小湊春市は呆れ顔を見せる。

 

『3番センター、伊佐敷君』

「うぉおおおおおおおおおおお!!」

 

 スピッツっぽい人が雄叫びを上げているのに気を取られた沢村は春市の顔を見ていなかったが。

 

『4番ファースト、結城君』

「あ、ごめん。なんだっけ」

「もう、いいよ……」

 

 紹介が続いているので長々と話を続けるのはどうかと思った春市の方から諦めて打ち切った。

 

『5番ピッチャー、石田君』

 

 文悟の名前がコールされた瞬間、球場のあちこちから歓声が起こった。

 

「な、なんだっ!?」

 

 センバツベスト8の市大三高の時よりも明らかに歓声が多くて、沢村は驚いて辺りをキョロキョロと見渡してしまう。

 その理由は直ぐに春市が教えてくれた。

 

「秋の大会でデットボールさえなかったら市大三高と青道は逆の立場になっていたって言われるぐらいの投手だもの。後、速い球を投げる投手って人気らしいから」

「そうなのか……」

 

 確かに沢村も秋の青道の試合とセンバツのテレビ放送を見ている時、速い球を投げる投手の方が見ていて楽しかったのでその気持ちは良く分かる。

 

「後、西東京のトップスリーの市大三高と再戦が早くも来たからっていうのもあると思う」

『6番キャッチャー、御幸君』

「因縁の相手再びだもんな」

 

 分かる分かる、と御幸の紹介を全く聞いていない沢村は秋の試合を実際に見たことと、今は自分も青道の一員なので市大三高を目にすると敵愾心がメラメラと燃え上がって来る。

 

「うう、俺も試合に出たい!」

 

 きっとドキドキハラハラした物凄い良い試合になると沢村は勝手に考えて思いの丈を叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カキン、と金属バットが白球を打ち上げて高々と明治神宮球場の空を舞い、ライト寄りのセンター方向のフェンスを越えてバックネットに突き刺さった。

 

「うぉおおおおお行ったぁああああああああ!!」

 

 唖然である。呆然であった。そして最後は喝采を上げた。

 

「初回、いきなりの満塁ホームラン!!」

 

 センバツで連戦したことで疲れ切っている真中要から間に犠牲フライを挟んだとはいえ、ヒットや四球で塁に出続けて満塁になって6番の御幸がホームランを打ったのであった。

 それからも打線は爆発して点が入りまくった。

 

「初回で10点か……」

 

 見ているだけで市大三高が可哀想になってくるほどに青道の打線が爆発しまくった。

 

「これで増子先輩が出てたらどうなったんだ?」

 

 同室の倉持洋一から増子透が試合でエラーをしてスタメンを外されたと聞いている。

 代わりの選手がアウトになったことを考えると、体格から見てもパワーがありそうな増子が出場していたらと考えてしまう。

 

「分からないけど、このままのペースだと5回コールドになるんじゃないかな」

 

 満塁ホームランでは全員が諸手を上げ、ビックイニングに喜んでいた部員達も徐々にトーンダウンしてしまうほどに圧倒的だった。

 なにかもう勝ったな的なムードが新入生の間で流れているが、ここでひっくり返ってしまう経験を幾度も嫌になるほど特に経験してきた3年生は慎重にマウンドに上がる文悟を見遣る。

 

「頑張れよ、文悟!」

 

 学年ごとに別れて観客席に座っている中の2年生のところから一際大きな応援の声が響いた。

 

「大きな声の人だな」

「応援してるんだから当たり前でしょ」

 

 若菜が言うように応援とは声が大きくてなんぼのものだが、沢村は何故か不思議とその声が気になった。

 

「僕の同室の前園先輩。ちょっと強面だけど良い人だよ」

 

 その後も続く声援に坊主頭の巨漢の後ろ姿を見ていると、声の主を知っていた春市が説明してくれた。

 

(スタンドにいるってことは二軍か三軍か)

 

 青道は途中退部者は殆どいないと聞いた。一軍は2年と3年ばかりだからスタンドにいるのは、都大会が始まったのが入学前で選手登録が絶対に間に合わない1年生が自然と多くなってしまう。

 沢村がそんなことを考えていると、ズドンと太鼓の音のような腹の底に響く大きな重低音が球場全体に響いた。

 

「うわっ」

 

 余所見しながら別のことを考えていた沢村はその音に驚いて体をビクリと震わせた。

 

「今日の文悟は気合入っとるなぁ」

「やっぱ秋のことがあるから気合も入るだろ」

「ここ最近で最速じゃないの?」

「スタンドから見ても打てる気がしねぇ」

「相変わらずエグ過ぎるストレートだぜ」

 

 2、3年の中からそんな声が漏れるほど、今日の文悟はスタンドから見ていても気迫溢れる雰囲気で、投げられたストレートも異常としか思えないほどのノビを見せていた。

 

「三者三振か」

 

 場所は変わって文悟の球を受けていた御幸は因縁の相手である市大三高の1番から3番までを圧倒した投手と共にベンチへと戻る。

 

「外角の出し入れも出来るぐらい絶好調じゃないか、文悟」

 

 コントロールが良い文悟もその日の調子によっては制球が微妙に定まらないことがある。

 逆に絶好調の時は120%の力を発揮してもボール1個分ずらして投げ分けるなんてことも出来る。そして今がその絶好調な時であった。

 

「これだけ点差がついてんだから、もう少し力を抜いてもいいんだぜ」

「1点もやるつもりはないよ。完全試合のつもりで行く」

 

 実際、センバツを投げ抜いて疲労が全然抜けていない様子の真中と、今の絶好調状態の文悟ならば5回コールドで参考記録ながらも完全試合をするのは難しくはないだろう。

 

「勿体ねぇ」

「は?」

「今の市大三高に勝ったからって秋の屈辱を晴らすことにはならねぇだろ」

 

 球場に向かう前に学校で片岡監督が『受けた屈辱は10倍にして返すぞ』と宣言しているのに、思いっきり逆のことを言っている御幸にベンチ中の視線が集まっているが本人が気にしている様子はない。

 

夏の大会(本番)で当たることを考えて圧倒して格付けしておくのは悪いことじゃないとは思う」

 

 参考記録ながらも完全試合をすれば、打たれまくった真中は勿論のこと打てなかった打者達も文悟に苦手意識を持つ可能性がある。もしも、夏の大会で当たったら有利に運ぶことになるだろう。

 

「手を抜けとまでは言わねぇよ。秋や夏に比べて春の大会の意味合いは決して高くないからって負けて良いなんてことは絶対にない」

 

 プロテクター類を外している御幸だって市大三高に完全試合をくらわしてやれば胸がスッとする。

 

「まだ準々決勝(・・・・)なんだ。センバツで疲れてる市大三高に文悟が120%の力で戦う必要はねぇよ。80%で十分に抑えられるって」

 

 打たれそうになったら出力上げればいいしな、と続けた御幸に文悟は片岡監督を見る。

 片岡監督は打たれまくった真中がライトに島流しに遭い、代わった次の投手からホームランを打っている伊佐敷純を見遣って、最後に得点ボードを見る。

 

「12点差か…………1点でも取られたら御幸は交代だ」

「つまり、点が取られない限りは俺の意見が採用されるってことですね」

 

 次のバッターである結城哲也が長打で二塁ベースに進んでいる間に御幸も準備を進める。

 

「って、わけで次の回からペース落としていくぞ」

「…………分かった」

「不満そうだな」

「俺は10倍よりも1万倍ぐらいにして雪辱を果たしたかった」

「完封コールドゲームにしたら十分だって」

 

 後を見据えて手加減して投げろという御幸か、完全試合をしようとする文悟か。どちらが市大三高に取って酷いのかは人によって変わるだろう。

 

「この回で後4、5点取れば相手の心も折れるから80%で完全試合にしよう」

 

 時間も無いので2人の合意は折衷案で可決された。

 

「行った、ホームラン!」

 

 打者として手加減は必要なし。投げる方が絶好調な時は打つ時も絶好調であった。

 センター方向に2ランホームランを放った文悟が帰ってきた後、御幸が打席へと立ち、直ぐにそのまま戻って来た。

 

「一也はランナー居ないと本当に打たないな」

「その前の打席で満塁ホームラン打ったんだから勘弁してくれ」

 

 ランナーが居ない時は自動アウト製造機とまで言われる御幸はそう言って文悟から目を逸らす。

 

「真中さんならもう一発行けたのに……」

 

 ぐぬぬ顔をしてライトにいる真中を逆恨みする御幸であった。

 今日の文悟の様子からして今日は出番がないだろうと1人で思っていた丹波が幼い頃からのライバルが雑魚扱いされて表情を曇らせる。

 

「で、5回の裏までノーヒットで来たわけなんだけど」

 

 回毎に投手を炎上させて交代させたことで、取るも取ったり17-0という強豪同士とは思えない点差で5回の裏に文悟は遂にランナーを出してしまった。

 

「変化球無しと80%のストレートでこれは上出来じゃね?」

「御幸が厳しいコースを要求し過ぎ」

「流石に2巡目になればストレートしか投げないって分かるだろうし、必然厳しいコースをついていくしかないだろ」

「それで四球(フォアボール)出してたら意味ないって」

 

 これだけ点差があると諦めムードを出す者、奮起する者などに別れているので御幸からすれば一巡目は料理するのは簡単だったが、流石に変化球もなしだと合わせられることが増えて来た。

 幸い球威と球速は抑えようとも絶好調なことには変わらないので抜群のコントロールを活かし、コーナーをついていたが少し狙い過ぎたかもしれない。

 

「しゃあない。ここでヒットを出すのも気持ち悪いし、ストレートだけは出力上げたのも混ぜよう」

 

 120%は出させる気はなく、今の乱れまくっている市大三高相手ならば80%と100%のストレートで十分に惑わせられると御幸は判断した。

 

「ランナーは意地でも先の塁に進みたがるだろうから、初球は外してランナーを刺す。それで1アウトだ」

「思いっきり外すぞ」

「任せろ」

 

 物凄く微妙そうな顔でホームベースに戻っていく御幸の姿を見送った文悟はロージンを手に取る。

 

「!」

 

 クイックは苦手なので心持ち早めぐらいのモーションに入ると、御幸が言ったようにランナーが走り始めた。

 

「ボールセカンッ!」

 

 右打者から最も遠い場所に放り、御幸は立ったままボールを捕球して二塁へと投げた。

 

「っ!?」

「はい、お疲れさん」

 

 ショートの倉持が危なげなくボールを捕球してスライディングも出来ない好送球に呆然としているランナーにタッチする。

 

『青道! 青道! 青道! 青道! 青道!』

 

 目立つプレーに球場に青道コールが鳴り響く。

 

「目立ちたがりめ」

 

 倉持からボールを受け取って球場の空気が完全に青道が握ったのを感じ取った文悟は次の打者へと意識を切り替える。

 

「ゲームセット!」

 

 残る2人を無駄玉一切なしの3球三振に切って取り、試合は大方の予想を大きく裏切って終わるのだった。

 

「センバツベスト8の市大三高有利の下馬評が、終わってみれば17-0で青道の5回コールド勝ちになるとは」

「しかも、幾ら疲労があるとしても参考記録ながらもノーヒットノーランで」

「毎年の課題だった絶対的エースが居て片岡監督も安心だろう」

「2番手投手の丹波君も調子を上げているし、この強力打線もあれば全国制覇も夢じゃないかもしれないな」

「これで去年の石田君や御幸君のような掘り出し物が1年生に居たら稲実も危ないかも」

 

 今までにないほどの戦力の充実を見せる青道が再び全国にその名を轟かす日も遠くないと、球場にやってきた誰もが思ったのだった。 

 

 

 




去年の秋に、死球を受けても投げ切った文悟の姿に不安を覚えた若菜が青道入り。でも、あまり目立たない。マネージャーだから仕方ないね。

春の都大会準々決勝、青道vs市大三高は17-0で五回コールド。

これも仕方ないね。

次回『紅白戦ver.2』


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第十八話 紅白戦ver.2


前提条件:降谷の剛速球と沢村の出所の見えない新フォームによるムービングを一年捕手である狩場では取れない。

では、どうするのか。




 

 

 

 市大三高に雪辱を百倍にして返した翌日、片岡監督が朝練の時に集まった部員達の前で言った。

 

「1年と2、3年で紅白戦を行う」

 

 青道野球部において片岡監督の決定は確定事項である。

 朝食後に全学年の部員が試合の行われるAグラウンドに集まる中で、市大三高戦で出場した選手はオフであったが三々五々に動いていた。

 

「文悟はどうする?」

 

 オフなのに普通に練習着を着ている石田文悟に御幸一也が訊ねる。

 

「投げるのは禁止されてるし、ウエイトでもやろうかなって」

 

 同じように練習着を着ているからトレーニングするつもりなのだろうと、Aグラウンドまで一緒に付いてきた御幸に文悟は言った。

 

「おいおい、一年が気になんないのかよ」

「1年のことよりも自分の能力を上げないと」

「真面目君だねぇ…………よし、面白いことを教えてやる」

 

 絶好調時の80%でも、疲れている強豪校には打たれると分かったのでトレーニング一択だった文悟は御幸の耳打ちに表情を一変させた。

 

「それ、本当か?」

「マジマジ。狩場、っだったけかがテストの時に降谷のストレートを取れなかったのは見てただろ。試しに沢村のあの変則フォームのボールも試したら駄目だったんだと」

「だからってそんなことありか? ありえないだろう」

 

 テストの時のことを思い出した文悟は無理からぬことと思いつつも、御幸の耳打ちの内容を容易には信じられなかった。

 

「例年通りなら1年は全員出すとしたら、本当かどうかは見てれば分かるって」

 

 御幸の言うことは一理あった。

 文悟は少し考えた後で見学の人になることを決めた。

 

「1年と2、3年の紅白戦か。俺達は出れなかったよな」

「もう一軍入りしてたから日程が合わないのは仕方ないって」

 

 耳打ちの内容とは別に、1年生の時は一軍入りしていたから参加したら著しくバランスを崩すとして出場できなかったこともあって見る気になっていた。

 

「参加出来ない方がいいんだけど」

 

 大体、大事な試合の後とかの主力がオフの時にこの紅白戦は行われるので、参加出来ない方が良いという意味はスタメンであり続けることを表明していた。

 この紅白戦の空気を外からしか感じることの出来ない文悟達の視線の先で1年生達が緊張していた。

 

「やべぇ、緊張してきて手が震える」

「俺だって昨日、寝れなかったよ」

 

 同じ1年生の言葉に同調しながら金丸信二は対面のベンチを見て体を震わせる。

 

「まさか入部して1ヵ月足らず俺達が上級生相手に試合するなんて」

 

 緊張で凝り固まっている1年生達をOB等のギャラリーが見つめていた。

 

「うぅむ、まさかこんな早い時期に1年生の力を見るとは」

「青道にしては珍しいですが、去年の石田や御幸のように掘り出し物がいるかもしれませんから片岡監督の気持ちも分かります」

 

 ギャラリー達の視線の先で主審を務める片岡監督が1年生達がいるベンチへと向かう。

 

「準備はいいか?」

『は、はい!』

「1年生には全員出場のチャンスを与える。何時でも行けるように各自アップを済ませておけ」

『はい!』

 

 1年生達が緊張しながらも返事をしたのを見届けた片岡監督は主審として動く。

 

「1年生チーム先攻で試合開始!」

 

 2、3年生チームの投手としてマウンドに上がったのは、市大三高戦で出番が無かったので志願した丹波光一郎。

 

「ふしっ!」

「わっ」

 

 1年生の1番打者は丹波の縦カーブが体に向かって来ると思って避けたところでボールにブレーキがかかり、大きく変化して滝川・クリス・優が構えたミットに収まった。

 

(カーブの精度は抜群。後はストレートが良ければ問題なしだが)

 

 続けて投げられた内角低めは構えたミットよりも若干浮いたがノビのある良いストレートである。

 

「ナイスボール!」

 

 現在開発中のフォークはまだ他校相手に使える段階にはないが1年生が相手ならば試験台としては十分。

 

「しゃあっ!」

 

 カーブに比べればフォークの精度は数段劣る。丹波の求めている領域には遥か遠い。

 1年生相手とはいえ3球種を織り交ぜて一度もバットに触らせもせずに三者連続三振に取れたことは、丹波にとって小さいながらも自信となるだろう。

 

「どうだった、俺のフォークは?」

 

 ベンチに戻ると丹波から評価を聞かれたので、クリスは一瞬考えた。

 

「辛口か普通、優しめのどれで答えてほしい?」

「か」

「ちなみに辛口は文悟仕様な」

「…………普通で」

 

 ここで辛口と言えないのが丹波の欠点であった。

 

「辛口と言えなければエースの座は奪えないぞ」

「エース以前に自信を無くしたくはない」

 

 クリスと御幸の文悟に対する批評は傍から聞いていた丹波ですら心が折れそうなレベルなので、文悟仕様の辛口を向けられて自信を失わない気がしなかった。

 

「じゃあ、普通に評価するが」

 

 プロテクター類を外しながら、クリスは三球程度しか投げていないフォークを思い出す。

 

「現段階で通用するのは2、3回戦レベルぐらいまでだ。元々、70球を超えたらコントロールが甘くなる丹波の性質を考えると、多投すればそのレベルにも打たれるようになる」

「3ヵ月で精度を高めればどうだ?」

 

 本戦まで3ヵ月以上あった。

 

「稲実相手にも使える武器になるだろう。フォークは見せ球にするという前提条件になるがな」

 

 文悟がカーブを習得してから焦ってフォークを覚えようと思って投げ過ぎて怪我をした秋の大会のことを考えれば、現状は十分な手応えがある。

 

「不満だろうが、お前のカーブの完成度は全国レベルなんだ。主軸はカーブになる。だが、どんな変化球を投げれようともストレートがイマイチでは何の意味もない」

「変化球ばかりにうつつを抜かすなと言いたいのか」

「さっきも浮いていたからな。一言言わずにはいられなかったんだ」

 

 言って、クリスは5番打者として打席へと向かって行った。

 

「同じことを御幸に言われたら腹が立つのだろうが、クリスだとやはり違うな」

 

 あっという間に自分を追い越して行った文悟といい、クリスに代わって正捕手に成った御幸の胆の据わり具合といい、下の学年の突き上げに負けるものかと丹波は1人で決意を固めていた。

 

「俺がなんだって?」

 

 今さっき打席に向かったはずのクリスがもう戻って来たので丹波は目を丸くした。

 

「随分と早いな」

「連打を打ち込まれているからな。コースも球威も甘過ぎだった」

 

 ヘルメットを外しているクリスを見ながら隣に座っていた宮内啓介は丹波の左肩に手を置いた。

 

「満塁ホームランを打っといて、この余裕だぜ。クリス完全に復活だな」

 

 丹波がスコアボードを見れば2、3年のところに5点入っていた。

 

「この調子だと丹波まで打順が回って来るから準備をした方が良い」

 

 クリスの言葉通り、打順はもう一回りしたところでようやく1回が終わった。

 

「初回で15-0か。思ったよりも点差がついたな」

 

 1年生の投手は松方シニアで全国ベスト4にまでなった東条秀明である。

 まさか昨日の真中要よりも打ち込まれるとは想像だにしていなかった東条はもう限界だった。その様子を見た1年生チームの暫定監督である落合博満コーチは口を開いた。

 

「東条、交代を希望するか」

「は、はい……」

「じゃあ、次は金田がマウンドに上がれ」

 

 2回の表も丹波はストレートとカーブを主体に、時折フォークを織り交ぜた投球で1年打者に一度も触れさせずに三者三振の6連続三振。

 

「うわぁあああああああああああ!? 止まらねぇ!!」

「もう勘弁してくれよ……」

 

 マウンドに上がった金田忠大は打たれに打たれ、更に追加点が入ったところでようやく回が終わった。

 

「丹波、交代。川上、マウンドに上がれ」

「はい!」

 

 丹波の調子が良いのは分かったので、これ以上マウンドに上げておく理由はなく、これまた志願した2年の川上憲史が引き継ぐ。

 

「す、すげぇ……これが高校野球……」

 

 丹波のように三者三振とまではいかないが、厳しい守りを一度も抜けることが出来ず打者3人でシャットアウト。

 反対に代わった金田も1回で折れた東条と違って2回分投げたが、大量点を取られて誰の眼から見ても限界だった。

 次は4回だが、35-0という野球とは思えないスコアに1年生チームに覇気はない。

 

「みんなして何だよ、おい!まだまだ試合は始まったばかりだぞ!!」

 

 試合に出ていた者だけでなく、ベンチまで一様に絶望的な表情を浮かべる中で沢村だけは発奮していた。

 

「まだ後7回もあるんだ。先輩達が2回で出来たことを俺達が出来ないはずがない!」

「お前、ちゃんと試合見てたのか!?」

 

 サードを守っていた金丸は打球の速さ、走塁、スライディング、投手が投げる直球の速さも変化球のキレも何もかもが中学とは次元が違う。

 

「ああ、見てたとも」

 

 試合に出ていなかったからこそ、沢村にはもっと絶望的な物が見えていた。

 

「でも、あの人達だってレギュラーじゃないんだぜ」

「っ!?」

 

 沢村達にとっては次元違いと思える2、3年生たちも、一軍にいる者もいるがスタメンではないのだ。

 

「ここで臆しているような奴が上へ行けるわけがねぇだろ。俺はこの学校に自分の力をぶつける為に来たんだ。エースに成る為に諦めてたまるか」

 

 後で同室の倉持から聞いた話だが、市大三高戦で文悟は途中から80%に力を抑えていたという。

 その状態の文悟にも遥か及ばないと思ったのに、こんなところで足踏みしている暇はない。

 

「1年生全員を入れ替える。我こそはという者はいるか」

「僕が投げます」

「は……って、おい!?」

「いいだろう、降谷。マウンドに上がれ」

「ノォオオオオオオオオオオオオっ!?」

 

 ベンチの中で鼻提灯膨らませて寝ていた降谷暁が誰よりも早く立候補したので、この場で言えた者を落合も優先的に決めた。

 一歩遅れた沢村はムンクの如き叫びで絶望する。

 

「僕もやります」

「小湊春市か、セカンドに入れ」

「はい」

「軍曹! 俺も!!」

「何故、軍曹? まあ、いいだろう、ライトにつけ。降谷の後に投げてもらう」

 

 その後は本人達は絶対に認めないだろうが沢村に発奮させられた希望者でポジションは大体埋まった。

 

「しかし落合コーチ、全員代えるとなるとキャッチャーがいません。仮に狩場を続投させても降谷の球を取るのは」

 

 1年生の捕手は狩場航の1人だけ。交代しようにも人員がいない。

 狩場が降谷と沢村の球を取れないことは首脳陣にも周知の事実なので、落合は主審をしている片岡監督を見る。

 

「問題ない。クリス!」

「はい」

「1年の捕手をやれ」

「分かりました」

 

 1年生の中に3年のクリスが入ってしまうが、降谷の剛速球を取れるのは正捕手の御幸を除いてクリスか宮内しかない。

 既に1ホーマーと3安打で、打点こそ2ホーマーの増子に劣っているものの、5番の仕事は十分に果たせている。活躍という点では十分だったので、2、3年チームの捕手を小野弘に任せて移動する。

 

「降谷暁、球種はストレートだけだったな」

 

 どうして知っているのだろうかと降谷はマウンドに来たクリスを見て思ったが、口数が多いタイプではなかったので頷くに留めた。

 

「2、3年の中には文悟のストレートを打てる者もいる。低めに投げて来い」

 

 一軍以外は80%以下に抑えた、という枕詞がつくが降谷には敢えて言わずにホームベースへと向かう。

 

「一球集中! 締まっていくぞ!!」

 

 ホームベースの向こう側で振り返り、やる気に満ちている1年生達に声をかけて座る。

 

「低め低め」

 

 自分の上位互換である文悟が投げるところが見たくて市大三高戦を観戦した降谷はコントロールの必要性を強く認識していた。

 言われた通りに低めを意識して投げる。

 

「ボール!」

 

 低め過ぎてワンバウンドしてしまった球は当然ながらボールだった。

 

「次だ次!」

 

 切り替えろと言われているようで、今の感覚から少し上目を意識して投げてみる。

 

「ストライク!」

 

 今度は高めだったが、1球目がワンバウンドしたのもあって打者が慌てて振ってくれたお蔭でストライクとなった。

 

「フォアボール!」

「むぅ……」

 

 微調整が利かない降谷はストライクが入らず、四球で打者を歩かせてしまった。

 

(球速に関しては同じ頃の文悟を上回るのに、コントロールは及びもしない。まあ、こっちが普通なんだが)

 

 今の降谷が調子の悪い時かもしれないが、速球投手にありがちな制球力の低さが全く無い文悟の方が異常なのだろうとクリスは思うことにした。

 

「ど真ん中で来い!」

 

 低めはどうするの、と表情が顔に出ないながらも読み取ったクリスは、ここまでコントロールが悪いと際どい所を投げさせられないので敢えて単純な場所を指定する。

 

「バッターアウト!」

 

 ボールが先行しがちながらも、真ん中を狙わせた分だけまだストライクゾーンに入って来ることが多くなった。

 ど真ん中を指定したのにコントロールが悪いので勝手にボールが散らばることもあって、球威に押されて当たっても外野まで飛ぶことはなく五人で終えることが出来た。

 2、3年のベンチに戻りかけて気づき、1年の方へとやってきたクリスはたった1回で疲れている様子の降谷の左肩に手を置く。

 

「今は良いが、せめて低めにボールを集めることが出来なければ一軍は夢のまた夢だぞ」

「…………真ん中狙いならいいのでは?」

まだ(・・)打たれていないだけだ。狙ったところに投げられない投手など何時打たれるか怖くて試合に出せるか」

 

 それでも降谷には打たれない自信はあっても、市大三高戦で見た文悟がキャッチャーミットにピタリと投げ込む姿を思い出せば反論の言葉は欠片も出て来ない。

 

「ブルペンに来い。今の調子でどうすれば低めに投げれるかを見つけろ」

 

 降谷が3回から登板したことで流れは変わった。

 

「流石に二巡目にもなれば、コントロールの悪い剛速球にも当ててくるか」

 

 一巡目からヒット性の当たりを見せた増子も春市の好守備でアウトになったが、二巡目からは他の選手も当てることが増えて来た。

 

「フハハハハハハ! ついに点を取られたな、降谷! 何時でも変わるぞ!!」

 

 その点を取られた理由がライトを守っていた沢村がバンザイした所為だったりするのだが本人は全く気にしていないようだった。

 

「冗談」

 

 と、言いつつも低めを意識して全精力を込めて1球を投げているので降谷の疲労は極致にある。

 ボール球は減り、可能な限り低めに集めて来たお蔭で沢村がバンザイさえしなかったら得点は入らなかった。

 

「交代だ、降谷」

 

 追加点を与えずになんとかベンチに戻ることが出来た降谷だったが、肩で息をしているのを見れば続行は不可能と落合コーチも判断した。

 

「沢村、次の回からマウンドに上がれ」

「OKです、軍曹!」

 

 遂に出番が回って来た沢村は意気揚々とマウンドに向かおうとしてクリスに練習着の首の後ろを掴まれた。

 

「ぐえっ!?」

「今は1年の攻撃なのにマウンドに行こうとしてどうする」

「あ」

 

 文句を言おうとして状況が見えていなかった沢村は恥ずかし気に頭を掻く。

 

「お前もブルペンに来い。噂のムービングボールを投げて来い」

 

 7回マウンドに上がった沢村はクリスの助言でフォームを修正し、左腕が遅れて球の出所が見えないムービングで打者に的を絞らせることはなく、最後の最後に増子に一発を浴びた姿も含めて1年前の文悟を幻視した者は多かったという。

 

 

 




掟破りの三年のクリスを一年生チームに投入。
尚、守りだけで攻撃時はDH的な感じで一年打者が出た感じで。

紅白戦後、降谷・沢村・春市が二軍昇格した模様。

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第十九話 都大会後

 

 

 

「関東大会まで二週間弱、そして夏の本戦まで3ヶ月を切っている。目標の無い練習は日々をただ食い潰すだけだ」

 

 放課後の夕方練習の直前、1年生から3年生まで例外なく並んでいる部員達を前にして片岡監督の激が飛ぶ。

 

「小さな山に登る第一歩、富士山に登る第一歩…………同じ一歩でも覚悟が違う」

 

 装備や意識、同じ山登りだとしても歩むべき道程は全く違う。必然、その一歩の覚悟もまた違うのだと語る。

 

「俺達の目指す山はどっちだ?」

 

 当然、富士山(甲子園)に決まっているとスタメン達のギラついている眼が無言で物語っていた。

 

「目標こそがその日その日に命を与える! 高い志をもって日々の鍛錬を怠るな!!」

『はい!!』

 

 片岡監督の激に応えるように大きな返事がグラウンドに響き渡り、三々五々に各自の練習場所に向かって散っていく。

 100人近い部員を見事に統制している姿を片岡監督の後ろから見ていたコーチの落合博光は顎髭を擦って感心していた。

 

「新1年生を合わせ、総勢94人。なんとも盛観な練習風景ですな」

 

 コーチと言いつつも就任したばっかりで選手の顔と名前が一致していないので大した仕事をしていない落合に、何故か扇子を広げて持っている校長が話しかけて来た。

 

「前の紅海大相良もこれだけの人数がいたとか」

「ええ、まあ」

 

 現場に上層部が首を突っ込んで良くなった試しを知らない落合は適当に相槌を打ちつつ、当の自分もその当事者だと思うと少し憂鬱になった。

 

「都大会優勝おめでとうございます。これも落合次期監督(・・・・)の指導の為せるものと」

「私は何もしてませんよ」

「謙遜を」

「まだ選手の顔と名前が一致しないもので指導らしい指導は本当に何も。給料泥棒と言われても仕方ありませんがね」

 

 校長たちは落合がコーチに就任して直ぐに結果を出したと思ったらしいが普通に無理。

 仮にしていない落合の指導のお蔭であったとしても、たった1、2ヶ月でチームが劇的に強く成ったとしたら片岡監督の育成力にあることになる。

 

「寧ろこのチームに私は要りますか?」

 

 何年も前からオファーされて秋季大会での市大三高との試合を見て、紅海大相良の山本監督の勇退がこの夏に決まっていたから早めに次期監督の話を受けたというのに今のチーム状況を見るに自分が必要とは思えなかった。

 

「しかし、ここ5年、甲子園から遠ざかってますからねぇ。そろそろ我が校の名を全国に轟かせてもらわないと困るのですよ」

 

 校長の太鼓持ちである教頭の言葉は野球強豪校としては持って当たり前の危機感であるので落合も何も言うことはない。

 

「片岡監督は選手個々の能力は去年のベスト4のチームを遥かに上回るとか言っていましたが、進退が極まっている人の言うことを素直には信じれない。私達は甲子園に出れる人材を呼んだつもりです」

 

 教頭と校長がそれぞれの見解を述べるが、たった1ヶ月程度の付き合いに過ぎないが間違いは訂正せねばならない。

 

「私は去年のそのチームを知りませんが都大会を見させてもらった上で言わせてもらうとしたら、目標である全国制覇も夢ではない選手が集まっています。片岡監督の嘘でも大言壮語でもありませんよ」

 

 寧ろ次の職を探さなければならないかと内心で焦ってもいる落合の言葉に、校長達は懐疑的な目を崩さない。

 甲子園に出場して当然という強豪校としては、5年もの長き間に出場することが出来なかった監督というのは余程信用し難いようだった。

 

「これだけの人材は甲子園出場校にもそうはいませんよ。例えば」 

 

 このままごり押しで次期監督にされても何も良いことはないと知っている落合の視線の先で、守備練習をしているスタメン達が躍動している。

 

「鉄壁の守備を誇る二遊間のレベルの高さは全国を見てもそうはいない」

 

 2番セカンドの小湊亮介が抜けそうなボールを飛びついて捕球し、1番ショートの倉持洋一にグラブトスして打者が一塁に到達する前に投げていたので最初に説明する。

 

「うぉおおおおおおおおおおおお死ねオラァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「五月蠅いですがムードメーカーであり、守備でも攻撃でもあのセンターが果たしている役割は大きい」

 

 3番センターの伊佐敷純はフライをレーザービームばりにホームベースへと投げ返していた。

 

「キャプテンである結城は不動の4番の名に恥じぬプロ注目も納得の打者ですな。こういう男がいるチームは強い」

 

 性格は少し天然が入っていて、今も何故かバッターボックスに入って風の確認をしていたりするが、得てして突出した人物は変わり者が多いので落合は気にしなかった。

 

「そしてやはりなんといってもこの男。都大会で登板した試合は、ほぼコールドで参考記録ながらも完全試合とノーヒットノーランをした石田を一本釣りしたスカウトには深く感謝した方がいいでしょうな」

 

 多くの選手を見て来た落合の眼から見ても文悟は高い潜在能力がある。

 天から与えられた剛速球に、絶好調時は同格とされている強豪校が手もつけられないほどなのは市大三高戦で証明している。変化球はカーブ1つしかないがキレは抜群、ストレートに比べても遜色がないほど。

 

「スタメンに復帰した増子は当たればボールは遥か彼方に飛んで行くほど。戻って来てからの守備の意識も以前とは段違いです」

 

 変化球打ちに難があるものの、都大会決勝で青道の得点が更に伸びたのは増子の存在があってこそ。

 

「チームを支える扇の要である御幸の存在も忘れてはならんでしょう。得点圏にランナーがいない時に打てないのは疑問ですが、これほどの男が7番を打つ打線を他に知りません」

 

 御幸のバッティングを見ていると往年のプロ野球選手を思い起こさせる。

 

「ライトのレギュラーに定着したばかりの白洲は目立つ男ではありませんが私は高く評価しますね。レフトは石田が登板しない時につくポジションなので特に言うことはありませんな」

 

 The・堅実という名が相応しいほどに攻走守全般に渡ってミスの少ない白洲健二郎のスタイルは実に落合の好みにピッタリである。

 

「2番手投手の丹波も他の高校なら十分にエース級の実力があるし、入って来た1年の降谷や沢村も光る物があります」

 

 この1ヶ月強の間に戦力になる者とならない者を見極めた落合としては、この面子で負けるとしたらそれこそ主力の誰かが怪我でもしない限りはないと考えていた。

 

「片岡監督は1人のエースを育てることに拘り過ぎる節がありましたが、2番手投手もエース級とは育て方を変えたんですかね」

 

 落合の客観的な評価に教頭は少し驚いていた。

 

「確か片岡監督は高校の時は投手だったと聞きましたが」

「ええ、後一歩のところで全国制覇を逃し、プロ入りを拒否して教職の道を選んで戻って来られたのです」

「母校に錦を飾る為、ですか」

 

 傍から聞いているだけならば美談である。

 熱意は十分に感じるし、落合自身は母校にそこまでの思い入れを抱けなかったので純粋に感心した。

 

「手腕を疑う声もありましたが都大会で優勝し、関東大会も取れれば収束するでしょうし、夏の大会に集中出来ることでしょう」

 

 伝統が長いと外野が口を出してくることが多いことを名門で長年コーチを務めていた落合も知悉しており、夏の大会前に周りを黙らせるだけの結果を出したことは大きい。

 

「まあ、微力ながら私も片岡監督のお手伝いをさせてもらいます」

 

 本当に微力になりそうな気がしても、そう言わなければならないのが大人の面倒なところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 守備練習をするAグラウンドではシートノックが行われていた。

 参加するのは一軍と二軍の総勢40名の内の一部。その中には紅白戦後に二軍入りした沢村栄純や降谷暁、小湊春市もいた。

 

「ファースト!」

「へい」

 

 ホームベース上から打たれたボールを、一塁から離れてファーストが捕球している間にマウンドから向かっていた降谷がカバーに入って声を上げる。

 二軍といえど野球強豪校の名に恥じぬ動作で降谷にボールを投げた一塁手は次の瞬間に目を見開いた。

 

「あ」

 

 誰が上げた声だったか。

 ファーストが投げたボールはグラブに弾かれ、点々とファウルゾーンに転がっていく。

 

「どんまいどんまい」

「お前が言うな!」

 

 ボールを弾いたグラブを一度見た降谷は気にするなとばかりに言った言葉に2年ファーストが全力で突っ込んだ。

 

「球速と球威といい、あの守備の下手さといい、まさに文悟2号だな」

「なにそれ?」

 

 順番待ちをしている川上憲史がそんなことを言ったので文悟は振り向いて聞く。

 

「左右の違いはあるけど、結構文悟と降谷って似てるよねって話」

「そんなに顔似てるかな……」

「いや、そっちじゃなくて」

 

 天然が爆発している文悟に肩透かしを食らいつつ、川上は去年の光景を思い出す。

 

「剛速球で入学時は守備が下手だったってところが良く似てるだろ」

「今はマシになってる」

 

 マシという時点で上手いとは言えないのが悲しいところだったりするが、下手だった分だけ練習した文悟の守備力は川上と現時点では大差なかったりするのでこの話を続けなかった。

 

(正直、2号というより下位互換な気もするけど)

 

 入部の能力テストの際に球を受けた御幸に聞いた話曰く、同じ時点での比較をした際、球威と球速は降谷に軍配が上がり、制球と体力は文悟が圧倒的に上とのこと。

 1年の差があるとはいえ、現時点では球威と球速も文悟の方が上なので完全に降谷の上位互換だというのが部員達の共通見解である。

 

(2人のタイプが似てるから降谷が一軍に上がってくるのは夏以降かな)

 

 と、ボールを離した瞬間から投手も9人目の野手だと説明している丹波の後ろで自分も言われたと回顧している文悟と、アドバイスに頷いている降谷を見た川上は思っていた。

 

(後は……)

 

 他の投手を見て自分が一軍を守れるかをチェックしている川上は視線をマウンドに向ける。

 

「沢村コラァ! 何やってんだ!! カバーリングは確実に入らねぇか!」

 

 降谷の次、丹波の前という順番にいた沢村がシートノックを打っていた3年に怒鳴られて全身をビクつかせる。

 

「お前、中学でどんな野球をやって来たんだ! 野球舐めるなよ!!」

「す、すいません……」

 

 沢村に順番が来た時だけ難しい対応をする時が多く、逆に降谷はその逆に簡単な時が多い。

 タイミングが悪いというか、逆に良いと言うのか。

 

「だからなんで三塁に行くんだよ! バックホームの時は本塁のカバーだろうが!!」

「あれには勝てるな、うん」

 

 変則フォームのサウスポーという時点で川上の小心者センサーにビンビンに来ているのに、バッティングピッチャーで打者として立った者達が一様に打ち難いと言っていたので警戒していたが降谷以上に守備下手で一軍に選ばれることはないと確信した。

 

「おろおろすんな! 涙を見せんな! どうにもならないからってやけくそになるな!」

 

 投手以前に野球の知識も殆どなさそうな沢村に負けることだけはないだろうと安易に考えていて安心していた。

 

(あの2人なら大丈夫大丈夫)

 

 1年生も含めた青道野球部の投手の中で自分は3番手であり、一軍の座が脅かされることはないと考えていたのだった。

 

 

 




露骨なフラグを立てる川上。

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第二十話 教えて、クリス先生

 

 

 

 紅白戦で認められ、二軍に昇格した沢村栄純と降谷暁は滝川・クリス・優の指導を受けることになった。

 十分に結果を出したクリスが一軍に上がらなかったのは1年生の指導役になる為だと知っているのは数人だけ。

 

「2人には課題が多い」

 

 片岡監督から1年2人の指導を任せられたクリスから告げられ、沢村も降谷もムッとした顔を浮かべる。

 

「何がですか?」

 

 紅白戦で自分達の球を何なく受け止め、誰よりも試合をコントロールしていたことを間近で無意識に感じ取っていただけに理由もなく受け入れられるものではない。

 

「沢村は新しいフォームがまだ定まっていないから制球が安定せず狙った場所にボールが行かない。紅白戦で増子以外に打たれたなかったのは奇跡に近い」

「ぐっ」

 

 体の影に隠れて左腕が全然見えないと思ったら突然、球が現れる変則フォームはストライクゾーンから外れていても出所が見えずにいきなり球が投げられるから軌道が読めない。ムービングボールであることも合わさって初見殺しとしては十分。

 

「ボールを使ってネットスローをしてフォームを固めることを優先する。後、守備が杜撰過ぎだ」

 

 守備の下手さに関しては沢村も痛感していたので項垂れるしかない。

 

「色々と言いたいことはあるが、これ以上は言っても仕方あるまい。様々なケースを想定して、どう動くかを頭に叩き込め。後は只管反復して体に覚えさせるしかない。これは降谷にも言えることだぞ」

「…………はい」

「嫌そうな返事だな」

「いえ、そんなことは」

 

 とは言いつつも、率先してやりたくはないという思いが顔で丸分かりの沢村と違って、降谷は表情の変化が薄く多少分かり難いながらもクリスにはお見通しである。

 

「野球は投手がボールを投げて初めて動き出すスポーツだ」

「そんな当たり前な」

 

 野球をやっているならば誰も分かることを言い出したクリスに沢村は思ったことを口に出し、降谷は内心で思うだけに留めた。実に対照的な2人であった。

 

「そう、当たり前のことだ。だが、本当に分かっているか? 投手ほどボールを触っているポジションが他にないということの意味を」

 

 知識だけはあった文悟とは違って、真っ白な1年生2人が理解していないことにクリスは先行きが不安になった。

 

「投手が全打者を三振に取れるのならば何も言うことはないが、現実を見れば半分も三振を取るのも難しい」

「石田先輩は都大会で半分以上三振を取ったと聞きましたが」

「何事にも例外はある」

 

 ゴホン、と降谷のツッコミに咳払いをして話を戻す。

 

「1本もヒットを打たれない。四球も含めてランナーを出さないまま終わるのは極めて稀だ。例外はあるが……」

 

 話を戻そうとして、都大会で文悟が1人もランナーを出さずにコールドによる参考記録ながらも完全試合を成し遂げたことを思い出した。例外が多い気がしてしまうが強引に本筋へと意識を帰還させる。

 

「内野手とのセットプレー、ベースカバーの遅れ、ほんの小さなミスがチームに敗戦を招くことがある」

 

 去年の夏の予選で、たった1球の対処を誤って青道は稲城実業高校に敗れた。

 敗北という結果を前にしては、想定外など言い訳にもならないのだから。

 

「投手とは、最もボールに長く触れているポジションであるからこそ、その役割は他のポジションよりも大きい。故に投手こそがチームの中で誰よりも野球に詳しくなければならない」

「だ、誰よりも……」

「詳しく!?」

 

 野球の知識の浅さ、実戦経験のなさを誰よりも思い知らされてきた2人にとって重すぎる言葉だった。

 

「今はそこまで重く受け止めなくていい」

「え、いいんですか?」

 

 少しだけ固かった表情を緩めたクリスに肩透かしを食らった沢村が思わずと言った様子で口走る。

 

「一朝一夕で知識を詰め込んだところで、実践できなければ何の意味もない。まだ1年なんだ。目の前のことから順番にやっていくといい」

 

 マウンドに立ってボールを投げたい2人としては、やることは多いが挫けて足を止めるつもりは毛頭ない。

 

「ところで、僕の課題はなんなんでしょうか?」

 

 話の一区切りがついたところで降谷が手を上げた。

 この流れで聞くタイミングか、とクリスは思わないでもなかったが文悟も似たようなことをしたことがあったので、剛速球投手は天然なのかと類似点を見つけてしまった妙な納得を覚える。

 

「言う前に手を見せてみろ」

「手?」

 

 疑問を抱きつつも、御幸以外にも容易く自分の剛速球を捕球して、且つアドバイスを言える人の言ってくれることに逆らう理由のない降谷は右手を差し出した。

 

「雑だな」

 

 軽く見ただけで直ぐに降谷が日々のケアを全くしていないことを見抜いたクリスは思った通りの展開に溜息を吐いた。

 

「降谷、お前の球は全体重を指先に集約して投げることで重く速い剛速球になる。今のままでは直に自分の投げる球に指先が耐えられなくなるぞ」

 

 例えば試合中に爪が割れるなんてこともありうる、と降谷はそんなことかと重くは受け止めなかった。

 クリスはそんな降谷の油断を見逃さない。

 

「投手にとって指先は命、僅かな異変が投球に影響してくる。全力を尽くさずに負けた時の言い訳にはならんからな。これがまず第一だ」

 

 投げられればそれでいいと思っている降谷の間違いを糾しつつ、最も大きな問題を突きつける。

 

「重く速い…………これはエースである文悟と似ている。1年前ならともかく、現段階の2人の能力には大きな開きがある。下手をすれば文悟が部を去るまで控えに甘んじることになる可能性もある」

「嫌です」

 

 怪我をせず、両者が順調に成長していった場合の未来想定図に降谷も顔を横に振った。

 

「最初は御幸先輩に受けてもらうだけで満足していました。でも、それだけじゃ、もう満足できません」

 

 御幸に受けてもらうという目標は入部後の能力テストで達成している。

 苦労もせずに簡単に叶ってしまっただけに欲望は先へと進み、市大三高戦を見て、紅白戦で投げて、目標は更に大きく遠くへと進んでいる。もう、ただ受けてもらうだけでは満足できなくなっていた。

 

「現時点では石田先輩には敵わない。このまま成長しても駄目。なら、俺はどうやっていけばいいですか?」

 

 今の自分では文悟に遠く及ばないことは降谷も理解していたからこそ、そこで思考停止するのではなくクリスに指針を求めた。

 

「まずは己と文悟の違いを認識することだ」

「違い、ですか」

「剛速球、重く速いは似ているとしても違うところはある」

 

 ヒントを与えられた降谷は精一杯慣れない頭を酷使して考えた。

 

「こ、コントロールですか?」

「後はスタミナを初めとして、変化球もだな」

 

 列挙すれば山ほどの量になるので、その2つだけを上げる。

 

「文悟の場合、絶好調時は最速でも捕手が構えた場所にピタリと投げることが出来る。これは長年の練習の成果であり、1年や2年で同じ領域に至るのは降谷以外でも難しい」

 

 逆に不調時には捕手が構えた場所からズレることが多く、それを計算に入れてミットを構えるとまたズレるという奇怪な事態に陥ったりもするが今は関係ない。

 

「コントロールが良いということは、打者にとっても予測が立てやすい側面もある。逆の場合は、言わなくても分かるだろう」

「打者が予測が立てにくい、ですか? でも、それは……」

「当然、捕手からすれば戦術を立てやすいコントロールが良い選手の方が助かるが、このバランスが中々に難しい」

 

 降谷の隣で話を聞いている沢村の頭から煙が出ている。

 

「ある程度のコースを狙えるだけのコントロールと、必要な時に必要な場所に投げられるコントロールがあれば良い。降谷が目指すのはこの領域だな」

 

 手っ取り早く答えを言ったクリスに降谷は渋面を浮かべる。

 

「難しいです」

「まあ、直ぐには難しいだろう。一球一球を丁寧に、まずは1試合を投げ切るよりも1イニング、1イニングよりも1人の打者に全精力を傾けるぐらいの気持ちで投げるのが良いだろう」

 

 紅白戦で低めを強く意識で3イニングを投げただけでフラフラになっていた降谷に対する最大限のアドバイスだった。

 

「クリス先輩! (わたくし)めもフォームが固まった暁には変化球を覚えた方が良いのでしょうか!」

 

 取りあえずコントロールが良すぎるのも考え物という結論に至った沢村が自分に話に焦点を戻さんと大きな声で訊ねる。

 

「お前はその逆だ」

「へ?」

 

 文悟と同じカーブを、と内心で考えていた沢村は予想外の返答に目を丸くする。

 

「沢村の投げている球は降谷とは対照的に、変化球を投げているつもりはなくとも指先のズレで打者の手元でボールが上下左右に変化しているムービングボールだ」

 

 手元が見えない変則フォームと合わさって、実に打者が打ちづらいボールである。

 

「俺ってそんなボール投げてたんだ……」

 

 投げている当人にとっては真っ直ぐの直球のつもりだったので、そう言われれば思い当たる節がちらほらと。

 

「変化球の逆と言うと、真っ直ぐの直球ですか」

 

 沢村とキャッチボールをした時にグニャグニャと動く気持ち悪さを感じていただけに降谷の方が正解に辿り着くのが早かった。

 

「その原型に関しては既に出来ている。紅白戦で最後に増子に投げたボールだ」

「ああ、あのボール」

 

 沢村も入部後の能力テストで1球だけ良かったあの感覚よりも更に上だった時のことを思い出し、クリスが言いたいことの半分程度は理解できた気がした。

 

「沢村、フォーシームと言って分かるか?」

「外人のラッパーですか?」

 

 クリスの慎重な問いに、頓珍漢な返答を返した沢村に流石に降谷も目を剥く。

 

「やはり知らないか……」

 

 守備練習の時に沢村を怒っていた二軍選手ではないが、これでよく野球をやっていたものだとクリスも逆に感心してしまう。

 

「フォーシームはストレートを投げる時の基本的な握り方だ。こうだ、見てみろ」

 

 人差し指と中指を並べ、ボールにある縫い目に交差させて握っている状態を見せる。

 

「俺もこの握りですよ?」

「じゃあ、握ってみろ」

 

 手元にあったもう1つのボールを投げて渡す。

 何が違うのだろうかと降谷は縫い目を気にせずに握る。

 

「見比べてみて違いはないか?」

「どこにも」

「縫い目が違うよ」

 

 チームメイトには恵まれなくても幼少の頃からきちんとした指導を受けて来た降谷が全く気付いていない沢村に横から助け舟を出す。

 

「おっ、おお!?」

 

 指の配置だけで縫い目のことなど頭にも無かった沢村は指摘されて目を見張る。

 

「フォーシームは縫い目に指をかけているから投げればスピンがかかりやすくなる。クセ球の真逆、綺麗なスピンの効いたストレートは大きな武器に成るだろう」

 

 将来的には自分の意志でボールを動かせる投手になってほしいが、今の段階で告げるのはまだ早いと考えたクリスの口から語られることはなかった。

 

「僕の変化球はどういうものがいいんでしょう」

 

 早速、ネットに向かって新フォームを意識しながらフォーシームでボールを投げている沢村を尻目に降谷が訊ねる。

 

「カーブは止めておいた方がいいな。文悟と被るし」

「となると、スライダーやフォーク辺り」

「変化球は適性もあるから実際に試していくしかない」

 

 人には向き不向きが有り、あっさりと出来てしまうことがあれば、練習しても出来ないこともある。

 変化球の握りと投げ方を一通り知っているクリスの助言もあって、やはり制球に難はあるが1ヶ月後にはSFF(スプリットフィンガー・ファストボール)を習得したのだった。そしてほぼ同じ頃、絶好調状態を維持している文悟と最後の年で奮起した丹波の快投もあって青道は関東大会を勝ち抜いて頂点に立った。

 

 

 






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第二十一話 下克上を目指して

 

 

 

 関東大会は青道高校が優勝して幕を下ろした。

 喜ぶのも少しだけにして、本番である夏の予選を前に練習試合の申し込みが殺到していた。

 

「東の名門である帝東がこの時期に青道に来るとは」

 

 関東大会から1週間後の土曜日。何時ものように観戦に来たOBの1人が呟いた。

 帝東高校は甲子園出場は春夏合わせて21回、全国制覇2度の全国区の名門である。名監督である岡本一八に率いられる今年のチームも強いと評判で、それほどの高校が五年以上甲子園に出ていない青道にまでやって練習試合をするだけ評価されているのだとOB達も鼻高々だった。

 

「ボールフォア!」

 

 OB達が鼻高々だったのも試合の途中まで。

 6回裏2アウト満塁で押し出しの四球で3点目を取られた時、OB達の口から一斉に溜息が漏れる。

 

「今日の石田はイマイチだのう」

「うむ、関東大会は凄かった反動かねぇ……」

「打線が好調だから寧ろ練習試合で不調が表に出て良かったと思うべきですよ」

「夏の本番の時さえ好調に戻っていればいいわけですしね」

 

 関東大会での文悟は正に圧倒的という表現が似合うほどに完璧な状態だったことを観戦したOB達は良く知っている。

 投手に好不調の波があるのは野球の経験者ならば良く知っていること。公式戦ではなく練習試合で不調になるのならば仕方ないと受容の姿勢で試合を見守る。

 

「石田、次の回から交代だ」

「…………はい」

 

 なんとか後続の打者を打ち取ってベンチに戻って来た文悟は片岡監督からの指示に悔し気に奥歯を噛み締める。

 

「大丈夫か、文悟」

 

 打順的に文悟まで回ってくる可能性は薄い。

 グローブを外してベンチに座った文悟にプロテクター類を外した御幸一也が話しかけて来た。

 

「ごめん、一也。面倒かけた」

「調子の波があるのは仕方ないって。不調時に投げて帝東を6回で3失点に抑えたんだ。誰も文句言ってないだろ?」

「一也……」

 

 球威と球速は変わらないがコントロールが絶望的に死んでいる中でリードするのに悪戦苦闘しているはずの御幸からかけられた優しい言葉に、ホロリと来た文悟は感激した面持ちで見上げる。

 

「俺は文句を言うけどな!」

 

 ニカリと笑った御幸は自分で上げた株を簡単に落とす。

 

「コントロールが壊滅的なのは分かるけどさ。だからって満塁の時の押し出しだけは駄目だろう」

「4番相手に甘いコースを投げて長打を食らうよりかはマシだと思ったんだけど」

 

 一巡目で外野に運ばれ、タイムリーヒットを打った4番に対して文悟なりに考えた結果であり、厳しいコースを突くもストライクゾーンを外れてしまったのは不可抗力のつもりだった。

 

「長打は確かに最悪のケースだ。でも、コントロールと違って球速と球威は何時もと変わらない。しかも2アウトでフルカウントだったんだ。多少コースが甘くても低めに集めていれば長打の可能性は低い。よしんば打たれたとしても守備陣を信用してほしいところだったんだ」

 

 結果論として、4番を歩かせて次に勝負した5番は外野フライで失点は1点に抑えることが出来た。

 

「低めに抑えようとしても浮いちゃうんだよ」

 

 速球派の宿命か、コントロールが悪いとどうしてもボールが浮いてしまうので低めに集めるのが難しい。

 

「そこはそれ、根性でどうにかしろ」

「根性って……」

「もしも、1点を争う場で同じように逃げの意識を持ってたら負けるぞ」

 

 理屈も何もあったものではないが、去年の夏の稲実戦で1点に泣いた文悟は自己弁護の言葉を続けられない。

 

「練習試合は公式戦と違う。負けても影響は薄いけど、戦う姿勢はどっちでも変わらないだろ」

 

 エースとしてチームを背負うなら縮こまって攻めの姿勢を忘れるな、と暗に込めた御幸の言葉に関東大会で多くの投手に投げ勝って来て慢心していた自分に気付き、文悟は頭が下がった。

 

「うん、ごめん」

 

 絶対に打たせない、打ち取るという意識を持って投げていなかった。不調であることを理由にして勝負から逃げたことは事実なので謝罪する。

 

「分かればよろしい。さあて、エースの為に追加点を上げて来るかね」

 

 尚、そう言って凡打で直ぐにベンチに戻って来た御幸に冷たい視線が集まったそうな。

 

「川上も調子悪いのかな」

 

 投手として不調でも打者としては関係ない。

 文悟に代わってマウンドに立った川上が2失点しながらも、回を終えてレフトの坂井一郎と代わって守りについていた文悟はベンチに戻って御幸にこっそりと耳打ちする。

 

「調子は…………悪くはないと思う。ただ」

「ただ?」

「どうにもピリッと来ない」

 

 文悟の交代に合わせて宮内啓介と代わった御幸はベンチから見ていた感想を吐露する。

 

「コントロールが悪いわけでも、球が走ってないわけでもない」

 

 宮内が構えたところにボールは投げれてるし、変化球のキレも何時も通り。

 

「実際、点を取られたのも代わったばかりの7番にホームランを打たれただけだし。まだ勝ってるから監督ももう少し様子見るはず」

 

 とはいえ、関東大会でも似たようなシーンが見られ、その場合は文悟か丹波が応援登板することがあっただけに御幸の表情は渋い。 

 

(調子の波はあれど基本的に負けの少ない文悟(エース)と、切れ味の抜群のカーブとフォークが持ち味の丹波さん(2番手投手))

 

 そして川上が抑えとして勝ち切るのが昨年の夏以降の青道の投手の回り方であった。

 

(文悟は言うに及ばず、丹波さんも最後の年だから気合が違う。対して川上は……)

 

 秋大会で三死球をしたシンカーは未だ使えず、順調な成長をしているが2人と比べれば物足りなさを感じてしまう。

 

(期待できる1年が入って来たんだ。何時までも安泰ってわけじゃないんだぜ、川上)

 

 先発である文悟の剛速球の後で、抑えである川上の技有りの制球術は青道勝利の必勝パターンであった。

 川上自身も崩れるとは考えもしていないだろう。1年生が入って来ても大した危機感もなさそうな川上に内心で厳しいエールを送る御幸だった。

 

「相手の投手交代?」

 

 エース(文悟)が代わって抑え(川上)が怪しい中で、帝東も勝つ為の一手に出た。

 

「3年生エースを代えて、あれは1年か?」

 

 ほぼ同じタイミングでエースに代わってマウンドに上がったのは線が細く小柄だったので御幸は1年生と読んだ。

 

「捕手は川上からホームランを打った7番だし、このタイミングでバッテリーごと入れ替えるなんて」

「自信があるんだろう」

 

 同じ投手としての勘でマウンドに立つ1年生の眼を見た文悟は不思議な確信を持って御幸の疑念に対する答えを導き出した。

 

「文悟の例もあるから1年で台頭してくるのは珍しい話じゃないけど……」

 

 御幸も文悟の動物的な勘を信頼していたので疑いはしない。

 

「左のサウスポーか。名前は確か…………向井太陽」

 

 投球練習を終えて、始まった7回裏の攻撃で青道はこの試合で始めての三者凡退を喫することになった。このことがただでさえホームランを打たれてグラついていた川上の精神に後押ししてしまうのだと誰も気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一軍が帝東相手に10-9で辛くも勝利した後、Bグラウンドでネットスローでフォームを固めていた沢村栄純と、その横でネットスローで低めを狙って10球投げたらダッシュを繰り返していた降谷暁は高島礼に呼ばれて向かうと、既に数人の部員がいた。

 

「クリス先輩と……」

 

 2人が二軍に上がってからすっかり保護者扱いされている滝川・クリス・優が居るのはおかしいことではない。

 高島以外に他に2名の姿があって沢村は何故呼ばれたのだろうと、足元がフラついている降谷を連れながら考える。

 

「明日の試合のことは聞いているわね、2人とも」

「俺が3回、降谷が3回ずつ投げるって聞いてます」

 

 数日前に聞かされていただけに今更の確認に沢村は内心で首を捻る。

 

(確か一軍の人だっけ?)

 

 この場には高島、クリス、沢村と降谷の他にもう2人居て、この場に居ることから考えて三軍の可能性は薄い。かといって二軍で見た顔ではないので、残すとしたら一軍のみ。

 

「この2人は一軍の川上君と宮内君。何故、ここにいるかというと、明日の試合には彼らにも出てもらうから」

「一軍の人が二軍の試合に、ですか?」

 

 グロッキーな降谷もこのメニューに慣れて来たこともあって少し回復してきて、高島の言葉で誰もが抱く当然の疑問を吐く。

 

「関東大会の選手枠は18人、対して夏の予選は20人。残る2人は一軍から選抜されることになるのだけれど」

 

 一度言葉を止めた高島がクリスをチラリと一瞬だけ見た。

 

「場合によっては一軍の者を落として、2人以上を一軍に上げることもある」

 

 つまり、川上と宮内はその振るいにかけられたのかと降谷が納得している横で沢村は眉根を寄せていた。

 

「クリス君には今更だけど、1年生の貴方達もこれが二軍での最後のチャンスになるわ」

「最後!? もう次で! で、でも夏まではまだ1ヶ月以上も」

「合宿を含め、選出した20人を中心に練習していくことになるの。焦るかもしれないけど、これが現実よ」

 

 言われて後ろを振り返れば公式戦に出られるのは一軍のみ。

 本番とされる夏の予選を前にして試合に出られる者だけを鍛えるのは当然のことで、一軍に上げれなければ練習することも出来なくなるのが強豪校のやり方なのだと理解せざるをえない沢村は強く拳を握った。

 

「6回までは降谷君、沢村君で投げてクリス君が受ける。7回からは川上君がマウンドに上がり、宮内君が受ける。その結果と内容次第で夏が決まる」

 

 どのような結果になっても悔いのないプレーを、ともう一度言い残して高島は去って行った。

 気負っている様子の川上を連れて宮内もいなくなり、残った沢村と降谷は呆然と立ち尽くしていた。

 

「厳しいと思うか?」

 

 3人とは違って移動する必要がなく残っていたクリスの問いに沢村は強く歯を噛み締めながらも顔を上げる。

 

「こういう環境だと覚悟して来ましたから大丈夫です」

 

 認識していたよりも厳しい環境だというのは、同室になった倉持洋一から増子透がたった1回のエラーでレギュラーから外されたことを聞いた時に思い知っているから沢村は前だけを見る。

 

「ただ、今日の試合で打たれたからって二軍の俺達と比べられるなんて」

 

 帝東との試合は沢村達も観戦していた。

 文悟が6回で3点も取られたことも驚きであり、今思い出したが7回から出たさっきまでいた川上も6点取られた。回数を考えれば確かに川上の失点は多いだろうが1年生で実績のない沢村や降谷と比べるのは少しおかしいと思えた。

 

「今回だけのことじゃないが、それだけお前達2人が期待されているということだ。第一、不服ならば見合った結果を出せばいいだけだ。降谷はどうだ?」

「特に思うところはありません。僕はただ投げるだけですから」

 

 取りあえず自分が投げられればそれでいいと思っている降谷はチャンスさえ与えてくれるのならば他に言うことはない。

 

「なら、いい」

 

 1年生2人は自分のことだけを考えているが、3年生のクリスにとっては最後の夏だというのと怪我のブランクがあっただけに、もしも自分が一軍に上がるとしたら同学年の宮内を蹴落とすことになるのだから思うことは多い。

 

「明日は3回とはいえ、試合で投げるんだ。後は最終調整だけにするとしよう」

 

 思うところがあろうと捕手が揺らげば投手に強く影響する。特に1年の2人の精神力は未知数なので気を使い過ぎて過ぎるということはないので、表向きは何も変わらないまま2人に告げてブルペンに向かった。

 

「…………左右と上下か」

 

 投球スタイルからして真逆な2人は、身に着けた制球術もまた対照的だった。

 

「いや、なんか申し訳ないっす」

 

 狙ったわけでないのに類似する制球となってしまったことを今更ながらに知り、渋い顔をするクリスに謝ってしまう沢村であった。

 

「2人が悪いわけじゃないから謝る必要はない」

 

 真ん中付近に行くことも多いので文悟クラスと比べると頼りないにもほどがあるが、沢村はスピンの効いた綺麗な直球を、降谷は偶に下に叩きつけるが直球並の速度でストンと落ちる変化球を身に着けた。

 

「明日に備えて今日は早めに休んでおけ。間違ってもこれ以上の投げ込みはするなよ」

 

 気質を見抜いていたクリスの命令に2人は揃って顔を逸らしたのだった。

 

「100人近いうちの部でレギュラーの座を掴めるのは、たった9人。公式戦に出られるのは20人。分かるか、チャンスすらないことが多い者の中でお前達は千載一遇の機会を得たんだ」

 

 だからこそ、不安になるのだと顔に書いてある2人にクリスは穏やかな口調で続ける。

 

「この1ヶ月のお前達の努力を知っている。実力を出し切ることだけを考えろ。余計な雑念も疲れもピッチングに響くぞ」

 

 たった2年しか違わない年の差とは思えないほどの年輪を覗かせ、もう一度だけ告げる。

 

「今日はもう休み、明日に備えろ。それが最善の行動だ」

 

 この1ヶ月、親身になって練習を見てくれたクリスの優しさを無下に出来るほど2人は恩知らずではなかった。

 

 

 





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第二十二話 サバイバル

原作と違い、文悟がいたので一年時から期待値が低く、クリス塾のお蔭で野球タクティクスは上だがメンタル面に関しては下な川上憲史。

後、財前はちょっと回復早めだった模様。




 

 

 これ以上の練習を禁止されたのに影でする気満々だった沢村栄純と降谷暁。しかし、2人の同室の者に厳命していた滝川・クリス・優の方が上を行っていた。

 

『クリスさんからお前を部屋から出すなって言われてるんだ。すまんな』

 

 降谷は同じ捕手として入学時から夏までの間にクリスが正捕手だったことを良く知っている小野弘に阻まれた。

 

『うが』

『上級生の命令は絶対だ、バカ村』

 

 沢村は増子透に謎言語で止められ、倉持洋一にレスリング技で拘束された。

 結果、22時前には就寝して早く目覚めたのだった。

 

「今日の試合、先発は降谷に任せる」

 

 朝練は軽いランニングで終え、朝食後に集まった二軍達の前で片岡監督が告げた。

 日曜日の為、学校は休みでも野球部にそんなものはない。

 

「降谷、調子はどうだ?」

 

 部長である太田一義と副部長の高島礼がやってきた練習試合の相手の出迎えをしている頃、沢村とキャッチボールをしていた降谷の下へクリスがやってきて聞いた。

 

「少し寝すぎて体が固いような気がします」

 

 二軍でという枕詞はつくが、練習試合には何度か出場しているのに不思議なぐらい体が動かし難い理由を降谷は寝すぎと判断した。

 

「なら、キャッチボールが終わった後はストレッチを中心にしておけ。固い状態で投げ続けても改善はしないからな」

「分かりました」

 

 単純に緊張していることを見抜いたクリスは次に沢村を見る。

 

「沢村も4回から登板とはいえ、ブルペンで投げ過ぎないように」

「任せて下さい!」

「…………物凄く不安だ。とにかく、こちらが守りの時の敵打者はしっかりと見ておけ」

「クリス塾で言っていた、捕手のリードに任せるだけでなく自分でも考えて投げたボールは違うでしたね!」

「ああ、そうだ」

 

 クリス塾は止めてくれないかな、と自身の名前を冠する2人の為に初級編に戻った勉強会の名称について思いを馳せつつ、2人を従えて試合が行われるAグラウンドに向かう。

 その最中、宮内啓介と川上憲史と偶々に隣り合ってしまった。

 

「クリス……」

 

 宮内は複雑気にクリスを見遣り、しかし直ぐに顔を逸らして少し顔色の悪い川上の背を押して先に進む。

 

「なんですか、あの反応は」

「そう言うな、沢村」

 

 3年生だからこそナーバスになる気持ちは追い落とす立場にあるクリスだからこそ宮内の気持ちを察していた。冷たい態度だった沢村が憤っているのを諌める。

 

「知らないですむなら、それに越したこともない」

 

 最後の夏を一軍で過ごせるか、二軍で終わることになるのかの瀬戸際に立たせる経験など可能ならば味わいたくない。追い落とす立場のクリスですら中々眠れなかったのだから宮内の気持ちは察するに余りある。

 

「両チーム整列!」

 

 主審の号令に青道二軍と練習試合の相手である黒士館の者達が顔を上げる。

 

「行くぞ!」

『っしゃああああああああああ!!』

 

 二軍のキャプテンを務めるクリスに呼応してグラウンド中央に向かう選手達。

 

『おおおおおおおおおおおおお!!』

 

 黒士館も負けじと声を張り上げて青道に相対する。

 

「よう、クリス」

 

 クリスは目の前に並び立つ黒士館の1人に話しかけられ、見知った相手であることに気付いて僅かに目を見張った。

 

「1年前に病院で会って以来だな。どうよ、肩の調子は?」

「完治したよ。そっちこそ足の調子はどうなんだ」

 

 1試合出続けても何の痛みもない肩を擦りつつ、中学卒業前に甲子園で戦う約束を交わした財前直行の足の心配をする。

 

「よくはない。甲子園どころか試合に出るのもやっとだ」

 

 自分は治った。だから、相手も治っているというのは都合の良い思い込みでしかなかった。

 

「悪いな、クリス。約束は守れそうにない」

「財前……」

「情けねぇ。本当に情けねぇよ」

 

 目の前に立つ財前は後少し怪我が発覚するのが遅ければなっていたかもしれないクリスの姿だった。

 

「だからってお前達に負けてやる気はねぇけどな!」

 

 財前にだって意地がある。

 

「俺は6回から出る。逃げんじゃねぇぞ」

「ああ」

 

 固く握手して、礼の後にベンチに戻ったクリスはプロテクター類を付けて、マウンドに上がっている降谷の下へと向かう。

 

「お知り合いですか?」

「中学時代に少しだけな」

 

 それ以上は降谷も聞かず、クリスも言わなかった。

 降谷も投げたい病にかかっている時などは空気が読めない時があるが基本的な人間関係においてチョンボはしない。沢村は失言製造機なところがあるが。

 

「一軍昇格がかかっていると言っても、まずは目の前の打者に集中していくぞ」

「球は低めに、1イニングよりも一打者にですね」

「分かっているならいい」

 

 意識と体は別なので、狙った場所にボールがいかないことも珍しいことではないが強く認識することは大切である。

 降谷とのコミュニケーションを行い、マウンドから離れてベース後ろについたクリスは大きく息をする。

 

「しまっていくぞ!!」

 

 例え最後の花道となってしまっても悔いのない試合をすることを誓い、直ぐにその考えを頭の端に寄せて打者に集中する。

 

「球が高い」

「うぐっ」

 

 黒士館打者を三者三振に収め、四球を1つも出すことなく1イニングを終えてベンチに戻っている降谷にダメ出しを忘れない。

 四球が先行しがちな自身にとっては中々の立ち上がりだと思っていた降谷はクリスのツッコミに喉の奥で唸る。

 

「高めに抜けることはなかったが殆どが真ん中付近に来ていた。打たれなかったのは球威と球速のお蔭に過ぎない」

「はい……」

「ボール球がないのは良いが、強豪校には通用しないぞ」

「低めに抑えて見せます」

 

 丹波と違って精神的には強めに言ってもヘコたれないのでクリスも言い甲斐があった。

 

「低めにさえ決まれば、お前の球は全国クラスにも容易に打たれはしない」

「誰にも当てさせません」

「その意気だ。安定してくれば変化球も織り交ぜていくぞ」

 

 目は口ほどに物を言うというが、降谷の場合は吹き出すオーラが目の代わりだった。

 

「ぐぬぬぬぬぬぬ」

「栄純君、凄い顔になってるよ」

 

 トップバッターで出塁して、2番のバントと3番の犠牲フライで4番であるクリスと入れ替わるようにベンチに戻ってきた小湊春市は降谷が活躍していることに素直に喜べない沢村に恐々と告げるのだった。

 

「打ったぁ! レフトへ火の出るような当たりだ!」

「うぉお! 流石はクリス先輩!!」

 

 しかし、沢村の猫目もクリスが二塁打を打つと簡単に消し飛んだ。

 

「いや、分かるんだけどさ……」

 

 クリスの出塁に大喜びを体で表現している沢村に色々な意味で諦めた春市はバットを直しに行くのだった。

 

「内野ゴロ、外野フライ、三振…………低めにボールは集まっている。まあ、悪くない出来だった」

 

 長打力を見込まれて5番に入っていた降谷は外野フライに終わった。

 2回表のマウンドに立って投げた後、ベンチに戻ったクリスの良い評価に降谷は僅かに目を見張った。

 

「球威と球速まで抑えなければな」

 

 上げて落とすとはこのこと。

 喜んだ降谷はガクリと肩を落とした。自覚があっただけに反論の言葉は勿論ない。

 

「次の回が最後になる。低めに集めろとは言わないから力で捻じ伏せて見ろ」

 

 どんな結果が出たとしても悔いが残らないように最後ぐらいは好きに投げさせてやろうとそんなことを言ったら降谷は荒れた。

 

「ボールフォア!」

 

 その宣言がされたのはこの回だけで3回目。

 

「三連続四球で満塁だ!!」

 

 暴れ馬のような降谷から手綱を離してはいけないと学んだクリスはマウンドに向かった。

 

「すまん、お前に任せた俺が馬鹿だった」

「先輩……」

 

 もう少し言い方というモノが、という雰囲気を察しつつも、手綱を離した末路を垣間見たクリスに容赦はない。

 

「押し出しが一番怖い。制球の定まっていない変化球は禁止、ストレートを低めに抑えて来い」

 

 手綱を繋ぎ直された降谷は気持ちを切り替え、内野フライ、三振、三塁側のファウルゾーンに飛んだフライを三塁手が捕球して役目は終了。マウンドを降りる。

 

「3回、5奪三振、被安打0、無失点、自責点0、3四死球、2打数1安打1打点。続いた四球はともかくとして、一軍のレベルには到達していると見て良いんじゃないですか」

 

 ベンチにはいるものの片岡監督がいるので特にやることもない落合博光コーチとしては、降谷の素質を考えれば例え控えであっても一軍での高レベルな戦いを経験する方が夏以降のチームのことを考えれば得策と考えた。

 

「他の者も見てからです」

 

 周りには他の者もいるので明言はせず、春市が出塁してクリスが返す姿を片岡監督はグラサンの奥で見守る。

 

「っしゃああああああああああああ!! ガンガン打たしていくんでよろしくお願いします!!」

 

 降谷と代わって、4回からマウンドに上がった沢村が振り返りながら守備陣に声をかける。

 

(俺にはエース(文悟)や降谷みたいな球威と球速はない)

 

 若干荒れているマウンドをスパイクで整えながら沢村は考える。

 

(他の投手の人みたいに変化球もない)

 

 投球練習をして、深呼吸をしながらロージンを手に取る。

 

(クリス先輩に言われたように、今持っている力を全て出し切る!)

 

 右手のグローブを握り潰しながら、右足はホームに向かって一直線に踏み出して遅れて来た左腕でボールを投げる。

 

「ストライク!」

 

 軌道が全く読めずに急に飛び出して来たボールが内角高めに構えられたクリスのミットの中に収まった。

 

「ナイスボール!」

 

 厳密にはボール球になりそうだったのをクリスが咄嗟にミットを微かに動かしてストライクゾーンに入ったように見せかけたのだが審判は見事に騙されてくれたようだ。

 

(ボールは走っている。次は外角に来い!)

 

 降谷は上下(高低)、沢村は左右(外内)の制球力しかないので、内角の次は順当に外角を狙えるかを試す。

 

「ボール!」

 

 外角は僅かにストライクゾーンを外れてボールになった。

 

「切り替えて行け!」

 

 マウンドでは闘争心の塊で打たれても悔しさは見せない文悟と違って沢村はあからさま過ぎた。

 叱咤の意味を込めて強くボールを投げ返すと、沢村はマウンド上で深呼吸を始めた。

 

「面白い奴だな」

「申し訳ない」

 

 スーハ―スーハーと離れたバッターボックスまで聞こえる深呼吸に黒士館打者が笑い、クリスは穴があったら入りたい心境だった。

 

「あだっ!?」

 

 深呼吸では切り替えが出来ていなかった沢村はど真ん中のボールを痛打されて、芯を外したとはいえ外野へのポテンヒットで一塁に進塁を許してしまう。

 続く打者にはバンドをされ、沢村が処理にもたついている間にノーアウト一、二塁。

 

「くっ、またバント!?」

 

 守備が下手と見抜かれた沢村を揺るがすようにバント攻勢が始まった。

 

「ボール!」

 

 手が遅れて来るフォームだから投げている最中でも軌道変更が出来る沢村はストライクゾーンを大きく外した。

 

「沢村、迷うな!」

 

 バントをされてもいいから思いっきり腕を振れと端的に込め、クリスはミットを構える。

 

「ああっ!? バント失敗! 勿体な」

 

 沢村のクセ球は初見ではバントにすることも難しい。

 打ち上げたバントの球と二塁ランナーを位置を見たクリスはボールをミットを持っていない手でキャッチしてそのまま投げる。

 

「アウト!」

 

 ただ捕球して終わると思っていた二塁ランナーの戻りが遅いと見るやの送球。二塁ランナーは戻りが間に合わず、カバーに入っていた春市によってフォースアウト。

 

「2アウトだぞ、沢村! 落ち着いていけ!」

 

 たった1プレーでノーアウト一、二塁から2アウト一塁に変えたクリスの発破に沢村が燃えないはずがない。

 

「ありがとうございます、クリス先輩! いや、クリス師匠と呼んだ方が良いですか?」

「絶対に止めろ」

 

 続いた打者を内野ゴロに打ち取って無事に4回を終えることが出来た沢村のクリスへの尊敬度が天元突破していた。

 

「沢村の守備がヘタクソなのが相手に知られた以上、またバント攻勢を仕掛けられる可能性もある。協力を頼むぞ、前園、樋笠」

「はい!」

「任せて下さい!」

 

 クリスが怪我を治して選手として復帰し、二軍に上がって来た時、1年近くブランクがある人が今更と前園健太と樋笠昭二は思った。

 直ぐにブランクを感じさせないプレーの数々で疑念は遥か宇宙に消え去り、先程の痺れるプレーをしたクリスに任せられれば燃えないはずがない。

 

「さ、沢村がバントを決めやがった!? しかも打球の勢いを殺した絶妙なバントだぞ!!」

 

 直後に3ベースヒットを打っていたクリスが楽々とホームベースへと帰って来た。

 沢村は降谷と交代したので5番なのだが打撃は大味過ぎたのでバントをさせたら意外に上手かったパターンに青道全体からどよめきが生まれていた。

 

「バント処理が下手なのにバントが得意とは…………読めない投手だよな」

 

 落合が顎を擦って見ている間に5回も投げた沢村はバント失敗、内野フライ、三振と徐々に調子を上げてまさかの三人で終えてしまった。

 青道の時は点が入り、黒士館は2人の投手を打ち崩せないまま6回に突入する。

 

「嘗てシニアで鎬を削り合ったライバルで随分と差がついちまったな」

 

 たった2年半しかない高校野球で1年を棒に振るブランクがどれだけ大きいかを実感している財前が代打でバッターボックスに入る。

 

「ムービング使いか。良い投手を見つけたじゃねぇか」

「育て甲斐のある奴だよ」

「はっ、良い面してんなクリス。無為に一年を過ごしちまった俺とは違ってな」

 

 クリスは幸運だったのかもしれない。

 怪我をしたことは不運と言えるかもしれないが、待っていてくれると言ってくれた相棒が居て協力してくれる後輩も居て、腐ることなく諦めることなく今この場所に居ることが出来ている。

 

「つまんねぇリードで逃げるなよ」

「心配するな。俺達が勝ってみせる」

 

 此処が2人にとっての甲子園。

 

「しゃあっ!」

 

 最後はインコースにフォーシームを投げ込んだ沢村の前に財前のバットを空を切る。

 遊び球なしの3球三振で切って取り、マウンドで沢村が吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3回2奪三振、被安打1、エラー1、無失点、自責点0、1四死球、2打数ノーヒット1犠打1打点。降谷同様にクリスのリードありきとはいえ、沢村も一軍の基準は満たしているんでしょうね」

 

 そのクリスは4打数4安打1本塁打6打点。4番として十分な働きをして、捕手としても未熟すぎる1年投手2人を見事にリードしていた。

 

「対して川上は、被安打8、エラー1、失点2、自責点1、2四死球、1打数ノーヒット…………宮内もノーヒットで終わったとなると」

 

 試合後、夜にクラブハウスで煙草を吸いながら落合コーチと共に話していた片岡監督は紫煙を吐き出す。

 

「夏への戦いはもう始まっています。選手選考に時間をかけている暇はありません」

「では」

「選手全員を集めて告げます」

「…………嫌な役目ですな」

「それでも我らがやるべきことです」

 

 室内練習場に集められた選手達にクリス・沢村・降谷・春市の一軍昇格と、川上・宮内の二軍落ちが告げられたのは直ぐだった。

 

 

 




緊張して夜眠れず、降谷と沢村が無失点で終えたことでプレッシャー増大。宮内は強気のリードをするも、メンタル限界な川上は答えられずに自滅。

結果、宮内を道連れにして一軍から落ちてしまった。



評価・感想待ってます。



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第二十三話 夏前合宿

 

 

 

 夏の予選に向けてベンチ入りメンバーを含めた20人が発表された。

 スタメンは当然ながら変わらない。

 春大会のベンチ入りは18人。追加で入るのは二軍から2人と目されていた。

 二軍からの昇格の最有力は怪我から復帰した滝川・クリス・優と脅威の打率を示した小湊春市。しかし、蓋を開けてみれば調子を崩した川上憲史に引きずられるように宮内啓介が外れて沢村栄純と降谷暁の2人も一軍に上がった。

 

「少し驚きましたね。実績の川上より1年2人を取るとは」

 

 落合博光コーチとしては順当ながらも、周りにとってはそうではない。周りの声の代弁というわけではないが聞ける機会に聞いてみた。

 

「太田部長などは頻りに川上を推していましたが」

「結果が全てです」

 

 選考基準はたった1つ。

 黒士館との試合で打たれたか、打たれていないか。

 

「どんなに不細工だろうが勝負に勝てる投手を…………川上はその基準を達せられなかった」

「止む無し、と」

「ええ」

 

 重く頷く片岡監督の横顔を見ながら落合コーチは顎髭を擦る。

 

「それで1年投手の2人をどう扱うつもりで?」

 

 珍しいサイドスローでコントロール抜群だとしても、あそこまでメンタルが弱いと使いどころが難しい。

 1年2人の場合は失う物がないからこその無鉄砲振りと評することも出来るが、少なくとも素質とメンタリティにおいて川上を上回っていたから片岡監督の判断に否はなかった。

 

「2人は抑えで使うつもりです」

 

 片岡監督の返答を聞いて考える。

 

「多くて3回、エース(文悟)を万が一に備えてレフトに置いて、ですね。今の段階では頼りなさ過ぎですし、良いと思います」

 

 黒士館の試合を見て1年投手に任せられるのは3回まで。それにしても安定感が無さ過ぎて不安なので、何時でも救援出来るように文悟をレフトに置いた状態でなければ監督陣が気が気ではない。

 

「正捕手はやはり御幸に?」

 

 落合コーチとしては黒士観戦然り、何度か試合を見てクリスの打撃が御幸を上回っていると思っているだけに少し惜しい気がした。

 

「名目的には御幸が正捕手ということになるのでしょうが、御幸に石田と降谷を、クリスに丹波と沢村を任せます」

「一捕手二投手制ですか」

 

 予想していなかった答えに驚きはしたが、よくよく考えれば悪くないアイデアだと気づいた。

 

「人間である以上、相性もあるので良いと思いますよ。高校野球には珍しいですが」

 

 本人の資質や環境など、捕手を育てるのは投手や他の野手よりも遥かに難しい。そんな中でどちらかを選べないと悩みを抱けるのは望外の幸運としか言いようがない。

 

「勝たなければ次のない夏の予選で勝てる選手を合宿で育てていくつもりです」

 

 己の進退など二の次。これが最後になる3年生達の夏を少しでも長くするために合宿が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青道の合宿は別の地へ移動するということはないから、初めての1年生にとっては普段と何も変わらないように思える。

 

「トスバッティング200球にランニング…………朝からこんなに飛ばすのかよ」

 

 朝の6時前から練習は始まっているのだが行うのが一軍20人に限定されたことで密度が以前の比ではない。体力に自信があった沢村ですら疲労に重たい体を押して歩き、食堂に辿り着いて空いていた文悟の隣の席につく。

 ガタン、と膝から崩れ落ちるように座った沢村に文悟は薄く笑う。

 

「初日の朝からそんなだと体が持たないぞ」

「しかしですね、エース。あれだけ動いた後で山盛りどんぶりご飯3杯は無理です」

「大丈夫大丈夫…………嫌でも慣れるから」

「今ボソッと怖いこと付け足しませんでした!?」

 

 青道の騒がしい男No.1の称号を欲しいものとしている沢村はこの日、偶々石田文悟と朝食を共にしていたが失敗したかもと思った。

 

「去年は御幸が泣きながら食べてたっけ」

 

 お残しは許しまへんで精神などではなく、青道では食も鍛錬の1つとされている。なので、去年の御幸も倉持洋一に見張られながら無理にでも食べさせられた経験があった。

 

「おまっ!? それを言うなよ!」

「へぇへぇへぇ」

「くっ…………沢村、まだまだご飯あるぞ。さあ、食え。食うんだよ!」

「人に八つ当たりするなっ!」

 

 隠しておきたい過去を文悟に暴露され、沢村が揶揄するように笑うと御幸が八つ当たりを始めた。

 

「食事中は静かに」

 

 しかし、始まった諍いはクリスの静かな言葉によって沈下した。

 

「合宿中の食事が辛いのは毎年のことだ。特に一年が躓くのは例外はない。御幸が恥ずかしがることもないし、沢村も来年は我が身と思って慎め」

「「はい……」」

 

 御幸にとっては尊敬するライバル、沢村にとっては自分を鍛え上げてくれている恩人であるクリスの言うことが正しいだけに2人は大人しく従う他ない。

 

「文悟も軽はずみに口を滑らすな。エースとは時にチームそのものとして見られることがある。他人の目が無かろうが言動には特に注意すべきだ」

「はい、すみませんでした」

 

 ついでにエースへの教育も行ったクリスの手腕に降谷暁は感心ばかりである。

 

「とはいえ、食事は残すなよ。全てを糧とし、取り込んでいけ。特にエア食事をしている降谷」

「む!?」

 

 隣で顔を青くしながら食べている小湊春市と違って平然とした顔をしている降谷が口を動かしているだけで全然箸をつけていないことはクリスにはお見通しである。

 去年とは違って普通に食べられるようになった御幸は注意を受けている降谷を見ながら隣の沢村へと視線を移す。

 

「後、合宿中も普通に授業はあるけど寝ないように気をつけろよ。赤点を取ったら試合には出れないから」

「マジで?」

「マジらしい。去年は俺が脅された。まあ、俺も文悟も赤点は取らなかったから真偽は分からんけど」

 

 真面目に勉強するのが文悟、偶に勉強するのは御幸なのだが成績は後者の方が良いという理不尽があったりしたが今は関係ない。

 

「沢村は勉強できるのか?」

「地元で仲間と同じ高校には行けないと諦められる程度の学力でありますエース!」

 

 早くもどんぶり2杯目を食べ終えそうな文悟の質問に、褒められた内容ではないのに自信満々な返答を返す沢村。

 おおよそ見た目通りと思って驚きもしなかった一同の中でクリスが降谷を見る。

 

「降谷は……」

 

 体が大きかろうが食が細い方な降谷の顔色が更に蒼くなったのを見てクリスも察した。

 

「金丸に監視役を頼むとするか」

 

 同室の金丸信二がこの1年三人衆と同じクラスであると聞いていたので面倒を任すことにしたら初日から大変だったと後で報告を受けることになる。

 

 

 

 

 

 

 午後からはフリーバッティングが行われ、残る者達は守備練習や文悟と丹波光一郎はブルペンに入っている。

 

「くそ~、俺達はなんでブルペンに入れないんだ!」

 

 三軍まで含めて最も守備が下手でありながら一軍に名を連ねている沢村の叫びに、同じように守備練習を嫌になるほどさせられている降谷もコクコクと頷いて肯定する。

 

「お前らの守備が下手過ぎるからだってクリスさんは言ってたぞ」

 

 練習中まで監視役を任された金丸はクリスからの伝言を伝える。

 

「鬼! 悪魔! 金丸!」

「なんでそこに俺の名前を混ぜるんだバカ村!!」

 

 クリスの頼みだからこそ嫌々ながらも監視役をしている金丸からしたら見過ごせる悪口ではない。

 

「まあまあ、2人とも」

 

 顔を突き合わせていがみ合っている2人だが間に入った川上憲史の言葉にパッと身を離した。

 

「2人とも投手としての力量はずば抜けてるんだ。後は守備とか他のことをまず出来るようにならないと試合では使ってもらえないぞ」

 

 一軍発表の場で、一軍間違いなしとされながらも落とされた川上と宮内の呆然とした姿を見たからこそ、アドバイスに否とは言えない。

 

「川上先輩……」

「頭で考えている内は失敗も多い。プレーの前に色んな局面をイメージして自然に体が動くようになるまで練習あるのみだよ」

 

 選ばれなかった多くの3年生達の姿が今も瞼の裏で焼き付いて離れない。

 3年生達も川上も泣きくれた赤い目で次の日も練習に全員が出て来た。強豪校の厳しさを知りつつも、強く成ると心に誓ったがふとした時に不満が零れ落ちていた。

 

「頑張らせてもらいます!」

「ます」

「その調子。これが終わったら外野のノックを受けてもらえってクリス先輩から次の指示を貰ってるから頑張ろう」

「「うす……」」

 

 結局、ブルペンに入ることは認められないことに胸に溜まった思いを抱えつつも、押し退けて一軍に上がった2人は文句を言えずに指示に従う。

 

「外野のノックで走らせ、同時に遠投ですか。1年には一石二鳥のメニューですな。このメニューをクリスが?」

「ええ、クリスには頭が下がる思いです」

 

 遠投でボールを遠くに投げようとすれば、自然と大きなフォームが身に付く。投手陣には御幸やクリスが指導して、落合コーチが口を出す余地が殆どない。

 

「お蔭で私がすることが殆どなくて困ってしまいますな」

 

 結局、精々がケージを五つに増やすなどの提案ぐらいで指導らしい指導をしていない身では肩身が狭くなる。

 

「降谷に縦スライダーを、沢村にチェンジアップの投げ方を教えたと聞きましたが」

「アドバイス程度のものですよ。大体、教えたはいいものの、今ある物を磨く方が大事だと言われては二の句も告げません」

 

 守備から始まり、フィールディングや何よりも制球力など課題の多い2人に新しいことに着手する余裕などないと一蹴に近い。降谷と沢村は興味津々だったが御幸とクリスの正論に落合コーチは引き下がらざるをえなかった。

 後、文悟にも落ちる球があれば尚良いだろうと考えて新たな変化球習得の話をしようとしても門前払いを食らってしまったのは秘密である。

 

「効果的な練習方法を教えて下さっただけで十分です。投手陣のことは捕手達に任せておけば心配いりません」

 

 文悟を育てたのはクリスと御幸であると知っているからこそ、片岡監督は投手陣に対してアドバイスはすれど余計な口出しをせずに任せていた。

 

「「………………」」

 

 片岡監督と落合コーチが見守る練習の中で、外野ノックを受けてバンザイした沢村が泣きながらボールを追っている姿に無言になってしまった。

 

「沢村はともかくとしてセンスのある降谷は外野の守備も様になってますし、レフトでの起用も考えているので?」

 

 勿論、文悟が投手としてマウンドに立っている時という前提の上での落合コーチの質問だった。

 降谷の打撃力はベンチで眠らせておくには惜しい。しかし、空いているという言い方は変だがスタメンの中で打撃力が落ちる坂井一郎が守るレフトは文悟がマウンドから下りた時に回るポジションでもある。

 

「降谷の守備がどこまで伸びるかによりますが、坂井と併用して使って行くことになるでしょう」

「守備固めが必要な時とそうでない時ですか」

「1点を争う時に降谷の守備では不安が残りますから」

 

 野球は点を取られない限り負けることはない。攻撃にムラはあれど、逆にムラが無いのが守備なのだから1点を争う、つまりは投手戦になった時に優先すべきは打撃ではなく守備。

 

「合宿最後の土日に練習試合を3つ組みました」

 

 今日は月曜日、その夕方。土日となると五日後となる。

 

「土曜日が去年の甲子園準優勝校である大阪桐生、日曜日があの稲城実業と修北でしたか」

「大阪桐生とは石田が7回までを、1年2人で1回ずつ。稲実には丹波に投げ切ってもらい、修北は1年2人で8回まで、残りを石田に投げてもらうつもりです」

 

 太田部長から聞いた練習試合の相手を思い出した落合は渋い顔を浮かべる。

 

「石田の力がどこまで全国に通用するか、1年2人が戦力になってどのように使うのかを判断する。丹波を稲実に当てたのはメンタルを確かめる為ですか…………酷なことを為さる」

 

 修北はともかくとして、大阪桐生も稲城実業も合宿で疲れ切っているところに当てる相手ではない。

 

「夏の予選は過酷です。何時でも万全の状態で戦えるわけではない」

 

 予選が始まるのは7月の暑くなる季節で、日程に余裕は殆どなく連戦となることも珍しくはない。

 

「体が動かない中でもどれだけの力を発揮できるのか。私が見たいのはそこです」

 

 やっぱりこの人は厳しい、とは口には出さない大人な落合コーチであった。

 

 

 






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第二十四話 合宿の夜に



つ、ついにストックが切れました。連続更新もここまでになるのか……!






 

 

 

「グラウンドに礼!」

『したぁっ!!』

 

 5日目の夜、練習試合の前日の締めであるベースランニングを終えて礼をした後、全精力を使い果たした1年生が崩れ落ちた。

 2年と3年も荒い息を吐きながら座り込んだり、膝に手を置いて支える者が多い。

 

「ふぅ、流石に足がガクガクだ」

 

 体力自慢の石田文悟もまた揺れる足を支えながら立つだけで精一杯だった。

 

「…………毎日、練習後に自主練やって死んでないだけ十分に化け物だよ」

 

 文悟に付き合って自主練を行い、1年よりかは多少マシな屍状態になっている御幸一也は一度物凄い小声で嫌味を言った後、今度こそ物言えなくなった。

 

「え、なんだって? お~い、一也。生きて…………ないか」

「南無南無、成仏しとけや」

 

 勝手に殺すな、と文悟の隣で手を合わせている倉持洋一に文句を言おうとした御幸は口を開く元気すら残っていない。

 

「だから文悟に付き合うのはよせって言ったのに。去年で懲りとけよ」

 

 去年の夏前合宿と冬合宿で同じように文悟と一緒に自主練をして最後には死んでいたのに何故こうも繰り返すのか、少しだけ付き合った倉持にはさっぱり理解できない。

 

「一也は俺が運ぶから、1年は頼むな」

「おう、風呂に放り込んどくわ」

「それ溺れ死ぬやつだから止めたげて」

 

 一応、文悟に止められても結局は3人とも風呂に投げ入れられたそうな。

 

「死ぬかと思った……」

 

 倉持らに風呂に運び込まれて汗と泥に塗れた体は綺麗に出来たものの、疲れで湯船の中で寝て水死体になりそうになったのは何度か。

 

「これで後は試合だけだね。2人とも出番があるんだから頑張って」

 

 対戦相手的に自身に出番があるとしたら明後日の修北戦ぐらいだろうと予測している小湊春市の言葉に、沢村栄純と降谷暁は揃って足を止めた。

 降谷の背中に鼻をぶつけた春市が痛みに涙目になっていると、沢村がギシギシと音が立ちそうな動作で振り返って来る。

 

「プレッシャーをかけるなよ春団治!!」

「誰が春団治だよ」

 

 もしも目を隠すように伸びている前髪がなければ兄である亮介のようにブラックデビルの如き笑顔を目にしたのだろうが、振り返る動作だけでフラついている沢村が見ていなかったのは幸運なのか不運なのか。

 

「1回だけでもあれだけの人達に後ろを守ってもらうと半端な真似は出来ない」

 

 夕方前から陽が完全に没しても続いていた片岡監督による地獄のノックを受けても声を張り上げることが出来ていた守備陣を思い出して降谷も遠い目をする。

 

「だろ! 珍しく意見があったな降谷!」

「僕だけで投げ切るのに」

「やっぱりか! この裏切り者!!」

「…………叫べる体力がある栄純君が羨ましいよ」

 

 水と油とまでは言わないが個が強い分だけ目立っている二人。特に沢村にはまだ叫べる体力があることに、途中で地獄のノックを抜けさせられた春市としては思うところが多い。

 

「ところで2人はどこに行こうとしてるの? 部屋違うよね」

 

 2人の部屋は共に1階、春市は2階なので風呂から上がった後は部屋に戻るのかと思ったら上階への階段に足をかけた2人に聞く。

 

「俺はクリス先輩の部屋に。明日の打ち合わせとか、心構えを聞いておこうかなと」

「僕は御幸先輩に」

 

 たった1回だけしか投げることはないと聞かされていてもプレッシャーを感じていたが故に、それぞれの担当の捕手のところに向かおうとしていた。

 理由に納得した春市と3人で階段を上ると、My枕を抱えた御幸が廊下を歩いていた。

 

「また先輩達から逃げたんすか?」

 

 初日の段階で投げることが出来ない不満から風呂上がりの御幸を捕まえたものの、部屋に連れていかれて屯している3年生達の相手を代わりにさせられて1人だけ逃げたことを根に持っていた沢村の言葉には棘があった。

 

「うっさい。文句があるならお前らがあの人達の相手をしろよ」

「誰が好き好んでパシリをしたいと思うものか!」

「え」

「え?」

 

 将棋を覚えたばかりで弱い結城哲也の相手を延々とさせられ、飲み物を買いに行かされたりした経験を何度もしたくない沢村と違って降谷が少し残念そうにしていたが、それはともかくとして。

 

「あの調子だと中田はまた俺達の部屋に泊まるだろうから場所を開けてやってんだよ」

「物は言い様のような」

 

 春市が微妙に納得のいってなさそうな微妙な顔をしている。

 

「今日もクリス先輩の部屋に?」

 

 御幸が避難したのがクリス達の部屋であると後で聞いたので降谷は率直に訊ねた。

 

「ああ、クリス先輩に明日のことで話もあるしな」

「む、負けん!」

 

 ギュルン、と沢村の靴が廊下で音を鳴らす。

 

「クリス先輩、あなたの沢村が来ましたぞ!」

 

 沢村がクリス達の部屋の辿り着くその一瞬前、ガチャンと鍵の締まる音が鳴った。

 

「……………言葉が足りないというか、多すぎるというか」

 

 ドアの壁が薄いので廊下の会話は筒抜けなのでクリスにも沢村の叫びが聞こえたのだろう。

 

「何故だァアアアアアアアアアアアアアアアアア!! あなたの沢村が来たがっ?!」

「じゃあ、僕は部屋に戻るよ」

 

 いらない噂を立てそうな叫びを阻止せんとドアが勢いよく開き、沢村が鼻を痛打して蹲る横を通って春市は部屋に戻っていくのだった。

 春市が同室の前園健太のお蔭で前向きになる大分前、開かれたドアの向こうから現れたクリスの顔は不機嫌そうだった。

 

「人の部屋の前で大声を出すな」

 

 最もな注意に各自で謝罪をしつつ、なんとか室内に入れてもらうことが出来た御幸・降谷・沢村が見たのは入り口に背を向けている文悟の背中だった。

 

「石田先輩?」

「ああ、駄目だって降谷。今の文悟は聞こえてないと思うぞ」

 

 後輩として先輩に挨拶をしなければと考えた降谷が声をかけるも文悟は振り返りもしない。寝ているのだろうかと考えて靴を脱いで室内に足を踏み入れ、肩に手を伸ばそうとしていた降谷を御幸が止める。

 文悟は床に三角座りをしながら一心不乱に何かを見ている。その見ている物が何かを御幸も知っていた。

 

「今日もですか?」

「ああ」

 

 勝手知ったるクリス達の部屋で、My枕を脇に置いて御幸も文悟の隣に座る。

 

「試合前に見た方が投げる気持ちが変わるんだそうだ」

 

 人数分のクッションや座布団など用意などないので、自分は椅子に座ってクリスもDVDプレーヤーの画面に移す。

 

「これってうち(青道)の試合?」

 

 位置的に立ったまま後ろから同じように画面を見た沢村は映っている者達が青道のユニホームを着ていることに気付く。

 

「でも、何人か見たことない人が…………これって、もしかして去年の?」

「去年の夏の準決勝で稲実に負けた試合だ」

 

 映っている選手達の大半が今のスタメンとは違う。1年生である降谷も上級生の全員の顔を覚えているわけではないが、少なくとも今の一軍と二軍にはいない者の多さから予想した通り、文悟が見ているのは去年の夏で負けた試合を録画した物である。

 

『9回裏同点で稲実の攻撃、投げるのは6回から投げて未だノーヒットの石田君! 5点差から追いついた青道に流れが来ています!』

 

 実況のがなり立てる声が安物のDVDプレーヤーのスピーカーから室内に響き渡る。

 

『おおっと、初球セーフティバントだっ!? 前に出た内野陣の頭上を越えて…………セカンド小湊君のファインプレーも間に合わずセーフ!!』

 

 それでもマウンドにいる文悟は慌てず揺るがず、代走として出て来た神谷・カルロス・俊樹に盗塁をされるも3番打者を三振に切って落とした。

 

「凄ぇ……」

 

 映像として見ていても分かるほどに文悟が神懸かっていて、見入っていた沢村は自分の口から言葉が漏れていることに気付いていない。

 

『迎えるは今日ホームランを含む3打点を上げている――』

 

 青道が5年も甲子園に行けていないことを知っている降谷は結末を知っていても過程は知らないので見入っていた。

 

『またもや初球バントっ!? こ、これは誰も予想できない!!』

 

 初見の沢村と降谷も、まさか4番がセーフティバントをするなど予想だにしておらず、目を見開いている間に三盗を試みていたカルロスが一塁がアウトになっている間にホームベース目掛けて走った。

 

『代走のカルロス君が三塁を回り、ホームに突っ込み―――――――セーフ!! 審判は判定はセーフ!』

 

 1年2人が判定に呆然としている間も文悟は微動だにせず、ただ流れていく映像を見続ける。

 

『青道の夢はまたもや稲城実業の前に――』

 

 ブツン、と最後にマウンドで呆然と立ち尽くす文悟の姿を残して何かが途切れるような音と共に映像は終わった。

 

「ふぅ…………あれ、なんで一也が?」

 

 クリスが消した映像を数秒見た後、大きな溜息を吐いた文悟は直ぐ隣に御幸がいるのに気づいた。

 

「俺だけじゃないぞ。沢村も降谷も居る」

「あ、本当だ」

 

 キョトンとした顔で周りを見渡して、1年生2人に目を瞬かせた文悟は足を崩す。

 

「金丸は?」

「俺の代わりに3年のパシリをしてくれてるところ」

「一也、お前な……」

 

 この部屋はクリス・文悟・金丸の3人部屋。他の1年2人が居るのに金丸が居ない理由である張本人が笑顔で返す姿に頭が痛いとばかりにクリスが嘆息する。

 

「初日は俺達が生贄にされましたよ。降谷は何故か楽しそうでしたけど」

「しょうがねぇじゃん。なんでかみんな俺達の部屋に集まってくるんだから。お前らも後ろを守ってくれる人がどんな人達か知るのも悪くなかっただろ?」

 

 通いの者達は合宿の時は寮に泊まる。

 2年の田中が御幸達の部屋に泊まるのだが、ゲーム仲間の倉持がゲームをやりに来るのは別に構わない。ただ、同じ通いの結城哲也が覚えたてで下手くそな将棋を指す為にやってきて、便乗した伊佐敷純や増子透までやってきて使いパシリにされてしまう。

 

「だからって後輩に押し付けるのは感心しないな。仕方ない」

 

 椅子から立ち上がったクリスに文悟が顔を向ける。

 

「俺が行きましょうか?」

「いや、お前は明日先発なんだ。ゆっくりしとけ」

 

 サンダルを履いてクリスは部屋を出て行った。

 

「クリス先輩は何しに行ったんですか?」

「金丸を解放しに」

 

 降谷は成程と納得して、沢村と共に御幸を見る。

 呆れた視線を向ける2人と共に文悟が御幸を指差す。

 

「沢村も降谷もこういう自己中な先輩にはならないようにな」

「「はい!」」

「良い返事だこと、けっ」

 

 悪い例として挙げられた御幸は鼻を鳴らして、直ぐに表情を一変させて1年生2人を見据える。

 

「その話は横に置いといてだ。お前らも今のビデオを見て思うところがないわけじゃないだろ」

 

 横に置いておいていい話ではないが、向けられた話題も1年生2人には無視できる話ではなかった。

 

「夏の予選は負けたら終わりの一発勝負のトーナメント。去年、文悟は稲実をほぼ抑え込んだに等しいが青道は負けた。勢いでは完全に勝ってたのに、だ」

 

 そこで一息分だけ間を開け、あの日の光景を思い起こしながら口を開く。

 

「たった1球で、勝負が決まることもある。きついぞ、先輩達の夏を終わらせたら」

「1年を脅すなよ」

「あいたっ」

 

 言葉面ほどには痛そうではない御幸が頭を擦っていると、明日の試合で登板予定だった1年生2人は完全に委縮していた。

 それを見た文悟は自分以外にフォロー出来る者がいないと気づく。

 

「2人はそんなに気にしなくていいって」

 

 薄く笑う文悟に何故か沢村の背が粟立った。

 

「俺が相手に打たせない。決して、青道は負けないから」

 

 降谷が時折出すオーラではない。結城哲也の溢れんばかりのオーラともまた違う。

 

1番(エース)、だからですか?」

 

 圧倒される。格が違うと認識させられる。

 渇いた口を辛うじて動かして沢村は問うていた。

 

「それもある」

 

 プロ野球において、エースが付ける背番号に統一性はない。しかし、日本の高校野球においては違う。

 高校野球において投手が1番(エースナンバー)を付けるのはやはり特別なのだ。特別でなければならない。

 

うち(青道)では、3学年とマネージャーと監督陣を合わせれば100人を超える。その殆どが野球に人生を賭けていると言っても過言じゃない。1番(エースナンバー)をつけてマウンドに上がるということは、100人とその家族、更には多くの人の人生を背負って投げることと同じだ」

 

 降谷は大袈裟だと思った。

 思ったが文悟の全身から放たれるオーラに圧倒されて何も言えない。

 

「自分の指先から放たれる球に全てが懸かっている。そんな感覚にすらなる。チームの顔であり、象徴であり、絶対的な存在。コイツにならば、全てを託してもいいと仲間からそう思われる者でなければならない」

 

 文悟が辿り着いたエースの形。

 

「極端な話、1番(エースナンバー)を背負った瞬間から自分を殺さなければならない。自分では無い別人に、勝利だけに全てを捧げられるチームの為だけに存在に」

「要するに自己犠牲だと?」

「ちょっとニュアンスが違うな」

 

 分かり難い上に極端な理屈を言っている自覚があるからこそ、ズレている降谷の回答に笑った。

 

「決して自己犠牲なんかじゃない。1番(エースナンバー)の本質はそんな簡単なモノではないから」

 

 やはり分からないという顔をする1年生2人に文悟は無理からぬことだと理解しているから考えを押し付けることはしない。

 

「ついでに、俺からも1つ」

 

 ある意味で文悟のエース論を組み立てた張本人である御幸がニヤニヤと笑いながら続ける。

 

1番(エース)の想いは野手に伝染する。その逆もあるようにな」

 

 好プレーが続ければ投手も投げやすい。

 

「投手がどれだけ強い気持ちで投げているのか、同じグラウンドに居ると不思議と伝わって来るもんだ」

 

 関東大会を制したところで抱いた無意識の驕りでエースの気持ちが陰っていた帝東戦で周りが何も言わなかったのは自分で気づいてほしかったから。

 

「野手も同じ質量でそれに応えたくなる」

「その想いがまた投手に返って来る」

 

 立て直せなかったので交代させられ、御幸の説教で改めてから日課として稲実に敗けた時の映像を見て心に刻み込み続けて来た。

 

「信頼し信頼された時のマウンドは最高だぞ。沢村は俺を超えるエースになるんだろ?」

 

 その問いに沢村は――――。

 

 

 






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第二十五話 全国の壁



昨日の予約投稿の時間をミスってしまいました。

そして今日こそ連続投稿最後です。明日はどうやっても無理。





 

 

 最も合宿の疲労が蓄積している6日目と7日目には練習試合が組まれていた。

 6日目の相手は去年の夏の甲子園で準優勝した大阪桐生高校。部員平均の背筋力が180㎏を超え、そのパワー野球は全国一とも言われる。

 

「とはいえ、今年のチームは去年甲子園で活躍したようなタレント揃いではないらしいぞ」

 

 ベンチ内でスパイクの紐が緩んでいないかの最終確認をしていた石田文悟に大阪桐生の話をしていた御幸一也は締め括った。

 

「それ、どこからの情報?」

「ナベ」

 

 御幸が2年生になってからクラスが別れた渡辺久志の名前を挙げるも、やはり文悟は捻らざるをえない。

 

「ナベはどこでその情報を得たんだろう」

 

 合宿の締めに練習試合が行われるのは例年の常とはいえ、その相手が大阪桐生だと文悟が知ったのは片岡監督から教えられた昨日のことである。

 練習漬けの中で同じ西東京地区の高校ならともかく、他県の強豪校の情報をどこから仕入れたのか不思議で仕方ない。

 

「去年の秋大会でクリスさんのサポートをしてから、そっち方面に関しては青道随一だからなナベは。あの『渡辺MEMO』がどうなってるのかサッパリ分からん」

「家族構成から趣味までどうやって調べているのやら」

「1回見てみたいよな」

「聞いてみたけど駄目って言われた」

 

 2人で決して解き明かせない疑問を前に悩むも、文悟には他の懸念もあった。

 

「このままマネージャーになる気かな、ナベの奴」

「どうだろう。こればかりは自分で決めることだし」

 

 選手からマネージャーに回った者の殆どは故障や怪我が原因で選手を続けたくても続けられなかった者達である。

 

「そうだけど、少し冷たくないか?」

「周りがあれこれ言ったって何になる。結局は決めるのは本人の意志だって」

「確かにそうだけど」

 

 文悟は認めつつも納得は出来そうにない。その顔を見た御幸が言葉を続ける。

 

「大体、俺達は野球をやる為に青道に集まって来たんだろ。ただ群れて馴れ合ってる集団じゃないなら余計なお世話だよ」

 

 スポーツ推薦で青道にやってきた文悟や御幸は野球をやらない選択肢はない。

 

「俺達は勝ってなんぼだ。ただ、勝ち続けることでしか救われない」

 

 理屈は分かるし、文悟も去年の夏の甲子園予選で稲実で負けてからあの日に蹲っている自分を否定できない。それこそ勝つことでしか足を進められない。

 

「極端な気もするけど」

「事実ではある、だろ?」

「まあ」

 

 負けて学ぶことはある。だが、負けることを肯定することは絶対にしたくなかった。

 

「今日はわざわざお越し頂きありがとうございます」

 

 微妙な内ゲバを起こしていたベンチ内のことを知る由もない片岡監督が到着した大阪桐生の松本隆弘監督を出迎えていた。

 

「夏も近いし、お互いに良い試合をしましょう」

 

 片岡監督は言いつつ、松本監督とチームメンバー表を交換し合う。

 

「お手柔らかにお願いしますわ」

 

 受け取った青道のメンバー表に目を落とした松本監督は七福神の恵比寿天のような笑顔を深める。

 

「噂の剛腕投手と全国トップクラスと言われる爆発力を持つ打線を味合わせてもらいます」

「こちらこそ胸を借りさせてもらいます」

 

 一見謙虚な姿勢を崩さないながらも片岡監督から発せられる闘志に松本監督は更に笑みを濃くするのだった。

 

「礼!」

『しゃあすっ!!』

 

 スタメンに限らず、青道は一軍全員と大阪桐生は遠征して来た全員が二列になって向かい合い、礼をして互いのベンチに戻っていく。

 

「石田」

 

 最初は青道の守備からなので文悟がグローブを持ってマウンドに行こうとしたところ、片岡監督が声をかけてきた。

 

「合宿の疲れもあると思うが、夏では似た状態で投げる時もあるかもしれん。今日は結果は求めず、今の状態でどこまで投げれるかを知って来い」

 

 夏の予選は過密日程で、エースともなれば連投する可能性もある。特に夏の甲子園ではエースが毎日投げるなんてこともあり得るからこそ、疲労状態で出来る最高のパフォーマンスを発揮出来るかを試す必要があった。

 

「監督、それは負けても良いということでしょうか」

 

 昨日に似たようなことをクリスからも言われていた文悟は片岡監督の言いたいことを分かっていながら敢えて聞いた。

 今の状態を理解していながらも微塵も負ける気のないエースに片岡監督が返す言葉はたった1つだけ。

 

「勝って来い」

「はい!」

 

 大きな返事をした文悟は帽子を被り直してマウンドに向かった。

 

「プレイ!」

 

 全員が守備につき、打者がバッターボックスに入ったところで主審より試合開始が告げられる。

 まだ誰にも荒らされていないマウンドに立ち、捕手を努める滝川・クリス・優のミットを見ながら文悟は大きく深呼吸する。

 

(一晩でどれだけ合宿の疲労が抜けてるか。ブルペンではイマイチだったけど)

 

 ブルペンとマウンドで投げる球は違う時が多い。

 前者では好調でも、後者で投げれば全然な時もあれば、その逆もまた然り。

 

「んっ!」

 

 クリスが要求したのは外角低めの4シーム。何時ものゆっくりとしたフォームで投げた。

 

「っ!?」

 

 カキン、と快音が鳴って目の前に飛んできたボールに、咄嗟に反応してグローブで捕球する。

 

「ワンアウト!」

「ナイスプレー!」

 

 慌てることなく一塁に投げ、まずはアウトカウント1つを無難に取れたことを安堵していると倉持と増子が声を掛けてくる。

 

(マズイな……。予想以上に球が走らない)

 

 投げた感覚で分かる。恐らく何時もの球威もなければ球速も出ていない。コントロールも帝東戦ほどに悪くはないが良くもない。

 

(同じコースに2シームか。ゴロを打たせて打ち取れればベスト)

 

 冬のオフシーズンの間に覚えた2シームは同様に投げても4シームほどにはノビないのでゴロを打たせやすい。

 

「っ」

 

 しかし、コントロールが微妙でストライクは入ったもののコースが甘い。

 見逃してくれたのは先の打者のように初球打ちをして早々にアウトになるのを嫌がったからだろう。

 

「ふぅ」

 

 2人目は高めの釣り球の4シームを打ち上げて外野フライ、3人目はカーブに翻弄されて三振で結果的には三者凡退させたものの、既に5回を投げ終えたような疲労が文悟を襲っていた。

 

「お疲れさ」

「見事な三者凡退でありますエース!」

 

 ん、と続けようとした御幸に被せるかのように紙コップに入れた水を持った沢村が文悟の前へと出る。

 

「ありがとう」

 

 まだ水は要らないのだが折角入れてくれたのならば有難く貰う。

 ベンチに座り、グローブを横に置いてコップの水を一口飲む。

 

「どうですか、大阪桐生は?」

「強いよ。甘いコースは容赦なく打たれるし、1人たりとも楽をさせてくれない」

「ほうほう」

 

 メモ帳を取り出して文悟の所感を記録する沢村を押し退けて隣に座った御幸。

 

「やっぱストレートが走ってないから厳しいよな」

「ベンチから見てもそう見える?」

「何時もより全然ノビてないから余計にそう見えるぞ。やっぱ疲労か?」

「多分」

 

 球速でいえば140前半程度しか出ていない上に、文悟のストレートの特徴であるノビが壊滅的であった。

 合宿5日分の疲労は、たった一晩程度では回復しないことは良く分かった。しんどい試合になると思って肩を落としている文悟にプロテクター類を外したクリスが御幸とは反対側に座って来る。

 

「悪くはない投球だったぞ」

「今の状態を考えれば、ですよね」

 

 今の文悟の調子を表現するならば、疲労が嵩み過ぎた絶不調と表現するのが正しい。

 

「最初の回を三者凡退に抑えられたのは大きい。カーブの状態は悪くないから何時もより多めに増やしていくぞ」

「後はクリスさんが後逸しなければね」

「そう僻むな、御幸」

 

 バッテリー間の会話に混ざった御幸がそっぽ向く。余程クリスにスタメンを取られたのが悔しいらしい。

 

「器の小さい男……」

「聞こえてるぞ、沢村!」

 

 同じことを思っても言わなかった降谷暁と違って口に出した沢村を懲らしめんと御幸が走る。

 

「好球必打ァ~!!」

 

 ガゴォ、と1番打者の倉持洋一がバットを振ると鈍い音がグラウンドに響く。

 

「ア……アウトッ!」

「守備が固いな、大阪桐生も」

 

 俊足の倉持が内野安打を取れずにアウトになったのを見たクリスが重く呟く。

 

「球も重そうだし、流石は前年準優勝校ってところですかね」

 

 ベンチ内で遊ぶなと片岡監督によって追い出された御幸と沢村を特に気にはせず、2番打者である小湊亮介が10球近く粘ってから四球を選んで一塁に向かって進んでいくのを見遣る。

 

「文悟も準備をしとけ」

 

 クリスに言われて文悟が用意している間に、3番の伊佐敷純がボテボテながらも亮介を進塁させ、バッターボックスに立つのは4番の結城哲也。

 

「本当に頼りになる先輩達だ。俺も負けてられないな」

 

 結城がレフトフェンス直撃のタイムリー打を放ち、先制を取ってくれたことに安心感を抱きながら5番打者として文悟がバッターボックスに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合は6回の裏を終え、残るは3回。

 既に6回を終えて文悟の球数は100球を超えている。合宿中であることも考えれば十分に投げていると言えた。

 

「行けるか、石田」

「最後まで投げ切りますよ」

 

 本人が無理だというなら予定を代えてでも交代させる気でいた片岡監督だったが、文悟が疲労が滲む体で張った虚勢を認めて送り出した。

 

「7回の時点で6-5。遠征中の向こうにも疲労があることを考えれば上場の出来と言えるだろう」

 

 一緒にマウンドにやってきたクリスは文悟が打たれながらも要所を抑えるピッチングをしていることを褒めつつ、今後の方策を練らねばならなかった。

 

「俺の球はどうですか?」

「球威・球速・制球、全てにおいて最悪。正直バックに助けてもらえる状況だ」

「それも限界ってことですか」

 

 特に二遊間の守備には何度も助けられていたから一瞬意識を後ろに持って行きかけたが、文悟は肩からを力を抜いて雲一つない空を見上げた。

 

「最早打開策はない。ここが限界――――なはずがない」

 

 誰もが思うであろう。現にOBの一部からは文悟を代えるべきという意見が出ている。

 

そう(・・)だよな。お前は何時もそうだった」

 

 ベンチ横に幽閉されている御幸はマウンドで笑みを浮かべている文悟を見る。

 

「こういう状況でこそ……!」

 

 文悟が投げる。

 今ある全てを絞り尽くし、限界を超えてその先にある物を掴み取ろうとする。

 

「ストライクバッターアウト!!」

「しゃあっ!!」

 

 1人目はヒットを許したものの、2人目は外野フライ、3人目を三振に切って取って2アウトを取った文悟がマウンドでガッツボーズを取る。

 

「疲れてるだろうに…………だが、今日の俺は絶好調。どんな球でも打てる気がするぞ」

 

 次に迎えるは大阪桐生のエースで4番の舘広美。

 怖いニヤケ顔を浮かべている舘がホームベース上をバットの先でコンコンと叩いてバッターボックスに立つ。

 

「チームの柱、この人を打ち取れば勢いを取れる。どのボールを投げればいい。どうやって投げれば打ち取れる?」 

 

 マウンド上で誰に聞かせるでもなく小声で呟き、考える。思考する。迷う。

 ランナーは一塁に居る。

 後悔しない為にワインドアップで投げるべきか。自分の一番信じられる球で勝負するべきか。

 

(考えろ。体は限界だとしても頭は働く)

 

 模索する。限界を超えた状態で、勝利を手にするのに必要なピースを手に入れる為に。

 青道に勝利を齎すのに必要な最高のボールを投げる方法を。

 

「ボール!」

 

 初球は屈んでいる主審の顔付近にまで高く外れた。

 

「ボール2!」

 

 カーブが指に引っ掛かり、地面にワンバウンドして一塁ランナーが進みかけたのをクリスが視線だけで制する。

 

「ボール3!」

 

 低めの4シームはストライクゾーンから僅かに外れた。

 

「おいおい、四球だけは勘弁してくれよ」

「次が来ますよ」

 

 ストライクゾーンに来ないことには舘も打てないので文句を言うが、クリスは今のリズムを切りたくなくて前を向かせる。

 

「少し……」

 

 ブツブツと口の中で呟き、返って来たボールを見ながら試す。

 

「ストライク!」

「……違う」

 

 コースは甘く、球威も球速も戻ったわけではない。

 ほぼど真ん中に近いボールに逆に手が出なかった舘はバットを構え直す。

 

(もっとギリギリまで……!)

 

 真ん中高めのストレートに振るわれたバットが当たって後ろのバックネットで跳ねる。

 

「まだだ……もっと、抜け……」

 

 流れ出る汗をユニフォームの袖で拭い、さっき投げた感覚から自分の中で芒洋と見えている理想へと近づけていく。

 セットアップから以前よりも更に力を抜いた状態でモーションに入る。

 

(もっとギリギリまで力を抜け……)

 

 右手で壁をイメージし、前に踏み出した右足が地を踏みしめる。

 遅れてやってくる左腕の先にあるボールに集中して、リリースするその瞬間に指先に全てを集約させた。

 

(ここっ!!)

 

 文悟自身、快心と思えるリリースで投げられたボールは舘が振るったバットの上の遥か上を通ってクリスが構えたミットに収まる。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 主審の声に文悟はマウンドで1人小さくガッツボーズしたのだった。

 

「クリスさん」

 

 前の回はクリスでアウトになったので出番が回って来ることはまずない。プロテクター類を外して水でも飲もうかと思っていると、ベンチ外に隔離されていた御幸がこっそりと入って来て話しかけて来た。

 

「文悟の最後のボールは」

「球威・球速・ノビのどれをとっても好調並だった」

「やっぱり…………でも、どうしてこの終盤になって」

 

 文悟は通常、投げる度に調子を上げていくタイプであるから一試合投げるとしたら3・4回辺りでトップギアになる。

 コントロールが良いので球数が多くても、延長が無ければ一試合で120球を超えることは殆どない。終盤で球威等を上げるのは注意すべき打者が相手だが、体力お化けと称されるほどの文悟が一試合で全精力を使い切ることはないので今とは状況が違う。

 

「今の状態で相手を抑えるにはどうしたらいいかを模索し、自分自身で導き出した答えだ。どうやら俺達は文悟の底を知った気でいたらしい」

 

 当の本人は水を渡してきた沢村と降谷に質問攻めを受けている。2人も同じ投手として感じるところが大いにあったのだろう。

 

「2人には絶対に真似させるなよ、まだ」

「させませんよ。全くあの2人は……」

 

 試合中に新たな投げ方を試すなど冗談ではないから両捕手は文悟をベンチから連れ出して投げ方を教わろうとしている1年2人を締めに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、文悟が坂井一郎と代わってレフトに入り、8回から降谷が、9回からは沢村がマウンドに上がり、2人が仲良く点を取られて試合は10-10の引き分けに終わった。

 

「ええな、お前らは女子マネージャーが5人も居て。ウチなんか怖がって誰も入って込んで」

「しかもめっちゃ可愛いし」

 

 時は夕方。

 大阪桐生が帰宅の途につく前に青道の者達で世間話が行われていた。

 

「つうか、引き分けなんてフラストレーション溜まりまくるわ。この借りは甲子園で晴らさしてもらうからな。来いひんかったらシバキに来るからな」

「望むところに決まってんだろうが。そっちこそ予選でコケんなよ」

 

 積極的に話す者達の輪から離れた場所で舘が文悟を見つけて近づいて来る。

 

「最後のはエエ球やった。そっちは合宿中で今日は本調子じゃなかったんやってな」

 

 笑えば怖く、笑わなくても怖い顔で舘が問う。

 

「試合で出せたのが今の自分の全力です」

「…………まあ、そういうことにしといたるわ」

 

 そう言って舘が右手を差し出す。

 

「甲子園で決着を着けようやないか」

「ええ、必ず」

 

 文悟も右手を差し出して握手し、甲子園の舞台で引き分けに終わった再戦を誓い合う。

 エース同士が互いのチームメイトの所へ戻っている頃、監督陣も最後の挨拶をしていた。

 

「いやぁ、今日はホンマに楽しませてもらいましたわ。オマケに練習までさしてもろうて」

「いえいえ、こちらこそ」

 

 年齢と学校の格的に下の立場である片岡監督と握手した松本監督は恵比須顔のまま口を開く。

 

「それにしても片岡さんが羨ましい。打たれたはしたものの伸びしろの大きい1年が2人も居るなんて」

 

 たった1回ずつで2人で5点も取られたが、剛速球の降谷とクセ球の沢村という秘密兵器が羨ましくて仕方ない。

 

「そしてエースの石田君。最後のあの1球を見るに、出来れば甲子園で当たりたくはない投手ですわ。抽選では離れた所が当たるよう祈っときます」

 

 青道のホームグラウンドであることを考えたとしても確実に疲労度でいえば大阪桐生の方が下のはずで、夢の舞台で万全の状態で当たった時の想像は決して愉快なものではない。

 

「ウチの選手にもイイ刺激になったと思います。次に会う時は甲子園で」

「ええ、是非」

 

 降谷は四球も絡んで3点、沢村は自身の軽い球が外野に運ばれたことと守備ミスで2点取られた悔しさに寝れなかったらしい。

 

 

 





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第二十六話 目の前の敵

一日で出来ました。
多分、次こそは無理のはず。





 

 

 

 合宿最終日は青道高校・稲城実業高校・修北高校の3チームによる総当たりのダブルヘッダーである。

 第1試合は青道対稲実。

 

(くそっ、主力ではないというになんて威圧感だ……)

 

 先発は丹波光一郎。

 本番である夏の予選を前に互いに主力を温存しての試合である。2番手投手である丹波は相手が主力でないにも関わらず、そのプレッシャーに息が乱れる。

 

「8回無失点…………丹波さんがフォークなしでどこまで行けるか」

「こっちが2点取ってるんだ。焦る必要はないぞ」

 

 出場予定はないがベンチにいる石田文悟と御幸一也が見守る中、遂に丹波の球が打たれた。

 

「ホームラン!」

 

 一瞬ベンチが総立ちになる。

 しかし、ランナーは居なかったからソロホームラン。完封は消えたが、まだ1点勝っている。

 

「ここで持ち堪えられれば……」

 

 一度打たれ出したら止まらないのが丹波の欠点。というか、春までの文悟以外の投手全員に共通した悩みであった。

 それでもリードしなければならなかった御幸からすれば、今の丹波はとても不安である。

 

「クリスさんもマウンドに向かった。あの人なら大丈夫だ」

 

 タイムを取ってマウンドに向かった滝川・クリス・優の姿を見て、理由もなく文悟は丹波が立て直すと確信していた。

 

「よし、打ち取った!」

 

 ベンチからではどのような声をかけたかは分からないが、ホームランを打たれた後の初球は狙われる。

 稲実の打者の予想を超えてキレたカーブを引っ掛けて打ち取る。

 

「しゃあっ!!」

 

 その後も丹波は気迫を見せて後続を続かせず、8回をホームランによる1点に抑えてベンチに戻って来た。

 

「ナイスピッチング、丹波さん。どうぞ」

「…………ああ、ありがとう」

 

 文悟が水の入ったコップを渡すと、流石に合宿の疲れもあってスタミナがある方ではない丹波は億劫な動作で受け取って一気に飲み干す。

 

「これで相手が主力ではないのだから泣きたくなるな」

 

 主力ではない相手にようやく互角の戦いを演じられる自分の力に丹波は大きな息をついて自嘲する。

 

「そんなことありませんよ。丹波さんもフォークを使ってないし、合宿の疲れもある。全然、負けてません」

「カーブの精度は完璧としか言えません。100球を超えてもストレートもノビてましたよ」

 

 自分をあっという間に飛び越えた文悟と、相性が良くない御幸に認められても微妙に納得できない面倒臭さが丹波にはあった。

 

「後輩の言うことは信じておけ、丹波」

 

 実戦での丹波との相性を確かめる為に捕手として試合に出ていたクリスが打順が近いこともあって、バットを手に持って話しかける。

 

「クリス……」

「それにフォークを使うなという監督の指示の意味が分からないお前ではないだろう」

 

 他校に投げるならばともかく、確実に青道が甲子園に行く為の壁となるであろう稲実にフォークを使うなと片岡監督が厳命したのは、それだけ丹波が戦力として見られているから。

 

「すまない。ホームランを打たれて弱気になっていたようだ」

 

 稲実が主力を温存しているからこそ、丹波なりに相手を抑えて見せなければエースにはなれないと自身なりに課題を望んでいた。

 抑えるということが勝つことなのか、完封することなのかまでは考えていなかった丹波は点を取られた時点で課題は達成できなかったと思い込んだ。

 

「投手がこれだけ頑張っているのだから女房役として俺も点を取らないとな」

 

 有言実行の男。

 クリスは相手投手である井口から2ランホームランを打ち、後押しを受けた丹波が9回で更に1点を取られたものの4-2で青道の勝利で終わったのだった。

 

 

 

 

 

「う~ん、自分が出れない試合を見ていることしか出来ないこの悔しさ」

 

 試合後、ベンチを片付けて次の稲実と修北の試合をご飯食べながら見る予定の文悟はもどかしさを感じていた。

 

「文悟は昨日投げて、今日も投げんじゃん。俺なんて3試合中2試合でスタメンマスクをクリス先輩に奪われてんだぜ」

 

 昨日の大阪桐生戦では8回からクリスに代わってマスクを被ったものの、最後の文悟の投球に目を奪われて意識が完全に戻っていなかった降谷暁と沢村栄純が見事に打たれたことで御幸のプライドはズタズタであった。

 

「実力実力」

「違~う! 監督は投手と捕手の相性を確かめてんだよ!」

「でも、クリス先輩はどっちでも結果を出してるぞ」

「うっ」

 

 大阪桐生戦では4打数二安打二打点で、今日の稲実戦でも4番として2ホームランを打って勝利を決定づけた。

 

「…………文悟もクリス先輩の方が上だと思うか?」

 

 正直、御幸は不安だった。

 

「さあ、分かんない」

「おい」

 

 適当な返事の文悟に御幸の目つきが鋭くなる。

 しかし、文悟にも言い分はあった。

 

「結果だけ見るならクリス先輩が上かもしれないけど、大阪桐生戦のアレは運の悪さと投手の自滅があるから参考にはならない」

 

 御幸は大阪桐生戦ではランナーが居なくて凡退。捕手としても大体が投手の自滅で5点取られたので条件が悪すぎる。

 

「どっちが選手として上とかは分からないけど、俺は御幸の方が投げやすいかな」

「文悟~っ!!」

「うわっ、ちょ、抱き付くな!!」

 

 相棒に認められるほど捕手として嬉しいことはない。

 感極まって抱き付く御幸を引き剥がそうとするが、元よりクリスに勝てないと劣等感を抱いていただけに嬉しさも一入だから離れない。

 

「あれれ~、御幸って何時からそっちの趣味に目覚めたの?」

 

 聞き覚えのある声に二人の動きが止まる。

 

「鳴……」

 

 そこにいたのは稲城実業高校のエースである成宮鳴。

 宿敵であるエースを見た2人は離れ、御幸がその肩に手を置く。

 

「背、縮んだか?」

「第一声がそれかよ!」

 

 もっと他に気にすることがあるはずなのに、殊更身長差を揶揄してくる御幸の手を払いのける成宮。

 

「違う違う。そこはなんでやねん! って言うところだろ」

「だからなんで!?」

「特に理由はない」

 

 青道では御幸は基本的にボケ役なのでその流れであった。後、成宮が変な趣味に目覚めたとか言った腹いせもある。

 

「でも、前より開いてるよね…………身長差」

 

 天然ボケな文悟は御幸の策など知る由もないから成宮の気にしていることをズバリと突く。

 

「くっ……」

 

 1年前の初対面時はもう少し近かった目線の高さが全然合わない。

 ダメージを与えるつもりが逆に大ダメージを受けた成宮の体が揺れる。

 

「挑発しに行って負けてどうする」

「雅さ~ん!」

 

 自分よりも背の高い原田雅功に助けを求めようとした成宮は飛びつこうとして、ハタと気づいた。

 

「ま、雅さんも負けてる……!? カルロスっ! 誰かカルロスを呼んで来て!!」

 

 微妙だが原田も文悟に僅かに負けていると察した成宮は周囲に向けて長身の神谷・カルロス・俊樹を呼んだ。

 

「何の勝負をしてるんだお前は」

「身長」

「大人しく敗けとけ、チビ」

 

 かなりどうでも良い理由に原田は成宮の頭にチョップを落とす。

 

「あだっ!? 身長が縮んだらどうしてくれるんだよ!」

「小さい方が可愛げが…………うん、すまん。お前に可愛げを求めた俺が間違ってた」

「確かに。鳴ほど可愛げのない奴っていませんよね」

「分かるか、お前も」

「傲岸不遜な上に自己中って鳴の為にある言葉だと思いますよ」

 

 頭を抑えて涙目な成宮と原田の夫婦漫才に、つい原田の気持ちに共感してしまった御幸も会話に入ってしまった。

 

「なに一也と共感してんの! こいつ敵、敵なんだよ!」

「試合は終わったんだし、もう敵じゃないよ」

 

 成宮が空気を切り替えようとするが、空気を全く読めない文悟がぶった切る。

 ギギギ、と成宮が文悟を見る。

 

「石田文悟、お前は俺の敵だ!」

 

 王様形無しな涙目で成宮に指差された文悟は意味が理解できずに首を捻っていた。

 

「何やってんですか、エース?」

 

 昼食場所にやって来ない文悟達を倉持の命令で探しにやってきた沢村には混沌とした状況が理解できなかった。

 

「世間話?」

「そこで疑問形を出されるとこっちは意味分かんないすよ」

 

 文悟にも何故こうなったのか分からないのだから説明できるはずもない。

 

「えっと、成宮は今日投げるの?」

「投げるよ! 本当だったら青道戦に出たかったのに監督が」

「この時期にお互い手の内を見せるような真似をするわけがないだろう。いい加減に納得しろ」

「う~」

 

 納得しない成宮への罰も兼ねていたさっきまでのことを棚に上げ、原田は溜息を吐く。

 

「無駄話は終わりだ、行くぞ」

「まだ話は終わって……あっ、こら」

 

 首根っこを掴まれて連行されて行った成宮を見送った文悟達。

 

「なんなんすか、あの人」

 

 風のように来て風のように去っていた稲実のユニフォームを着た2人が先程の試合には出場していなかったので、親しく話していた様子が気になった沢村が聞いた。

 

「稲実のエースの成宮鳴と4番でキャプテンの原田雅功。俺達が甲子園に行く為の最大の障害だ」

 

 成宮を揶揄ってまだ残っていた燻りを解消して、真顔になった御幸の説明に沢村は驚いて去っていく2人を見る。

 

「あっ、あの小さい方はエースが見てたビデオに出てた人だ」

 

 そう言われてようやく思い出した沢村は近くに立つ文悟と見比べる。

 

「俺とそう変わらないぐらいなのに」

「アイツは文悟や沢村と同じサウスポーで、投手のお手本みたいなピッチングだから良く見ておいた方が良いぞ」

 

 去年に敗けた相手という因縁に、あの稲実のエースを打ち崩さなければ甲子園の切符は手に入らないのだと直感し、沢村は唾を呑み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第2戦である稲実と修北の試合は当初の予定通りの結果となった。

 

「最近、力をつけてきた東地区の新興勢力である修北高校を圧倒か」

 

 修北戦のベンチで出番のないクリスが第2戦のスコアブックを見ながら唸る。

 

「成宮も7回を投げて被安打5の無失点。以前より研ぎ澄まされていました」

 

 出番は大分後の方なので横からスコアブックを覗き込んだ文悟も自分の所感を告げる。

 

「前半は力をセーブし、後半からギアを上げて相手の反撃を封殺する。要所を締めるピッチングは正にエースの貫禄だった」

「敵ながら参考に成りました」

 

 良い投手のピッチングは見ているだけでも勉強になる。

 

「球速はMax148㎞という話でしたけど、あれって」

「150は出ていただろうな。キレのあるスライダーに、地面に突き刺さるようなフォークが、あのストレートでより際立つ」

「そして何よりもあのチェンジアップが」

「縦と横の変化に、力を増した直球、更には緩急まで身に着けたとは。敵ながら天晴れとしか言えん」

「最後は交代されられてましたけどね」

「俺が監督でもそうするがな」

 

 片岡監督が丹波にフォークを投げさせなかったように、明らかにチェンジアップは秘密兵器だったはずである。

 

「成宮らしいというか」

 

 交代というより降板させられた成宮が原田に文句たらたらだった姿にらしさを覚えていたが、一年の間に進化したのは何も一人だけではない。

 

「…………思いっきり成宮の影響受けてますね、1年2人」

「まあ、昨日よりかは打たれてないから良しとしよう」

 

 現在、7回。15-2.

 先発した降谷は4回被安打4、与四球3の失点1。5回から登板した沢村は被安打6、与四球1で失点1。

 降谷は変化球のコントロールが悪く、沢村は早く投げようとし過ぎ。相手が大量得点を取られて動揺していなければ、もっと点を取られていただろう。

 

「そろそろ準備を始めるか」

「そうですね。俺も成宮に負けないようにアレ(・・)を」

「駄目だ」

 

 秘密兵器を解禁して挑発返しをするべきだと思ったのだが言い切る前にダメ出しをされた。

 

「もし、アレ(・・)を投げたら二度と受けん。勿論、御幸にも受けさせん」

「秘密兵器は秘密兵器にしておくべきですね」

 

 クリスの眼がマジだったので、あっさりと掌を返した文悟は駆け足でブルペンに向かうのだった。

 

「くっ、後は頼みますエース!」

「任された、打者だけど」

 

 打者としては今のところ全く当たらない沢村の代打としてバッターボックスに立つ。

 昨日は7回を投げ抜いたので今日は最終戦の最終回以外は出番がない予定だったので、まだ体から疲労は抜けきっていないがやる気は十分。

 

(なんでだよ)

 

 8回裏で1アウト。

 公式戦ならば既にコールドで決着が付いている点数に、修北のエース投手は胸に巣くう感情を隠しきれなかった。

 

(こいつらと俺達で何が違うっていうんだよ)

 

 1年生らしき投手を打ち崩せず、3年の自分が簡単に打ち崩された。

 

(俺達だって3年間、必死にやってきたんだ)

 

 どこで差がついたのか、何で差がついたのか。

 自信があった。東地区の新興勢力と呼ばれるまでに強く成ったのに、集大成である夏の予選を前に抱いた自信は木端微塵に打ち砕かれた。

 

(くそっ……くそっ……ふざけんなよ、くそっ!!)

 

 自校の打線が青道から9回だけで逆転できるとは思えない。

 その憤りを球に込めて投げようとした。

 

(ふざけん……)

 

 憤りがあった。不満があった。怒りがあった。

 数多の感情と蓄積した疲労が混ざり、冷静さを失っていたことで手に浮いていた汗に気付かず、投げたことでボールが滑った。

 

「あっ」

 

 汗でボールが滑ったと分かっても、一度手から離れてしまったらどうしようも出来ない。

 

「っ!?」

 

 ガン、と鈍い音がグラウンドに響いた。

 空気が凍る。

 ボールに弾き飛ばされたヘルメットが地に落ちる前から片岡監督が、一瞬遅れて御幸とクリスがベンチを飛び出した。

 

「石田!」

「「文悟!」」

「あっ、はい」

 

 大声で名前を呼ばれた文悟は尻餅をついた状態で返事する。

 

「無事か?」

「ギリギリでした」

 

 得点差もあるから無理に打ちに行かずに初球を見るつもりだったから、ボールが自分に向かって来ると分かった時点で膝から力を抜いて自分から倒れ込んだので当たってはいない。

 落ちる動作よりも遅かったヘルメットに当たっただけで文悟には傷一つない。

 

「石田、交代だ」

「へ?」

「当たってないにしても病院に行け」

 

 去年の夏にクリスが、秋に丹波が怪我で離脱しているだけに片岡監督は慎重だった。

 その後、修北は投手を交代し、連投になるが丹波が1回をしっかりと締めて青道の勝利。太田部長の車で病院に向かった文悟は当然ながら何の異常もなかったという。

 

 

 




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第二十七話 始まる夏


時間には間に合いませんでした。

感想返事が遅れていますが必ず読んでいます。誤字も中々直せなくて申し訳ないです。

本当に明日は無理だ。無理なはずだ。無理なんだよ!

努力はする……。





 

 

 

 カキン、と甲高い音が鳴った直後、白球が雲の多い空に紛れるように高く飛んで行く。

 

「ホームランか」

 

 フェンスを越える前からボールの行く末を見切った滝川・クリス・優の言葉に、石田文悟は打った体勢から戻ってバットを肩に当てる。

 

「ぐそーっ!! なんでだ!!」

 

 志願のフリー登板をした沢村栄純が初球ホームランされて雄叫びを上げていた。

 先の合宿で文悟が見せたリリース時の指先に力を籠める投法を真似してキレは増したが、以前から球質は軽いと何度も言われていた沢村も初球ホームランされたことはないので魂の叫びだった。

 

「詰まったかと思いましたけど意外に飛びましたね」

「沢村の球は飛びやすいからな」

 

 沢村は基本的に球威もないのに打てるものなら打ってみろな投法である。

 軽い球質を良く知っているクリスからすれば、増子透には劣る物のスタメンでは高いパワーを持つ石田文悟であれば詰まってもホームラン級になるのは不思議でも何でもない。

 

「沢村、切り替えて行け」

「うぅ、はい!」

 

 クリスの言葉に若干やけくそ気味に返事をした沢村は一度大きく深呼吸する。

 

(身体脱力(リラックス)、全神経指先一点豪華主義!)

 

 シッと噛み締めた歯の間から空気音を漏らしながら投げられたボールは、クリスが構えたキャッチャーミットに収まった。

 振りかけたバットを途中で止めた文悟はボールを見送ってクリスを見る。

 

「ボール?」

「いや、外一杯ギリギリで入っていたぞ」

「随分遠くに感じました」

 

 ストライクゾーンを外れたと思ってバットを振らなかった文悟の見極めをクリスが否定する。

 クリスが嘘をつく理由も無いので受け入れた文悟はバットを握り直す。その間にクリスは沢村に声をかけていた。

 

「今の球は良かった」

「あざっす!」

 

 沢村自身快心の出来だったのだろう。クリスに褒められて鼻高々という表情を浮かべている。

 

「だが、まだかなりの割合で甘いボールが来ている。もっと攻めて来い」

 

 先のホームランのように甘い時は打ち頃のコースに来るので、クリスは伸びかけた沢村の鼻を折るように厳しい言葉を投げかける。

 

「くっ」

 

 外一杯のイメージが脳裏に焼き付いているだけに、今度はインコースの厳しい所に来た球を打ち損じてしまう。

 

「しゃあっ!」

 

 ピッチャーゴロの当たりに、初球ホームランを打たれたとはいえ青道のクリーンナップを打ち取った手応えに沢村はガッツボーズをする。

 

「ああっ!?」

 

 慢心したからか、次に投げたボールはど真ん中に近く、長打確定の当たりにボールの行方を追った沢村が崩れ落ちる。

 

「良い時は良いけど、悪い時はとことん悪い。全く降谷といい、今年の1年はどうしてこうも……」

 

 その後も何球か投げた沢村は時に笑顔に、時に絶望の表情を浮かべたり忙しない。

 

「まあ、ここから精度を上げて行けば一巡限定であれば確実に強豪校にも通用するレベルになると思いますよ」

「精度が上がればな。今のままではとても大事な場面を任せることは出来ん」

 

 文悟の擁護に頭が痛いとばかりに重い溜息を吐いたクリスは選手交代とばかりに沢村を押し退けている降谷を見る。

 ゲージは5つもあるのだから普通は打者の方が代わるのだが、クリスが受けて文悟が打者をするタイミングが偶々重なったのを見た二人が順番を取り合い、結局球数で交代するという結論に至ったわけである。

 

「…………今日は当たりの日ですか?」

「みたいだな」

 

 文悟が空振ったバットを戻しつつ言ったように、構えたミットに綺麗に収まった降谷の球にクリスは少し安心した。

 

「毎日こうなら言うことも無いんだが」

 

 とはいえ、最初期に比べれば浮いたボールは確実に減ってきている。

 

「立ち上がりが悪いのが降谷の欠点だ」 

「あ、ボール」

 

 良いところに来たと思えばストライクゾーンを大きく外れることも珍しくない。

 文悟とタイプは似ているがコントロールが決して良くないので的が搾り難いと評判の降谷。

 

「ぬぅ」

 

 立ち上がりが課題であることを自覚している降谷も一度空を見上げて大きく深呼吸をして投げる。

 

「あ」

 

 ガキーン、と少し鈍めの音の後に白球が飛んで行く。

 

「内野フライでアウト。沢村の後だと余計に重い感じがします」

「監督も対戦相手次第だが文悟・沢村・降谷の順で考えているらしい」

 

 沢村の球ならば外野に運べても球威のある降谷の球だと内野を超えることは難しい。

 

「飛んだな……」

 

 クリーンナップを抑えて油断したか。次に投げた球は浮いてしまい、文悟がフルスイングしたら快音と共に飛んでボールはギリギリでフェンスを越えてしまった。

 

「降谷、お前も切り替えて行け」

 

 呆然としていた降谷はクリスの喝と隣に居る沢村が何かを囁いて投球を再開する。

 

「…………今日は雨が降るか」

 

 時折交代しつつ、沢村と降谷は甘いコースに入ったらパコーンと大きな音を立てて飛んで行く白球の行方を見守る最中、手にポツリと落ちた水滴にクリスはこれからの天気を予想する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝練の直後から降り始めた雨はその勢いを増し、野球部員達が集まる室内練習場の屋根を数えきれないほど何度も叩く。

 

「組み合わせが決まったぞ」

 

 放課後、各学年各クラスで微妙に終わる時間が違うので集まるタイミングもバラバラな野球部員の中で、比較的に早く室内練習場に赴けた文悟と御幸は先に来ていたクリスから組み合わせ表を受け取った。

 

「稲実と当たるのは決勝か」

 

 横から組み合わせ表を覗き込んだ御幸が目下最大の敵となるであろう稲城実業高校と対戦する時期を確認する。

 

「順当に行けば市大とは準々決勝、薬師も仙泉もこっちのブロックだから」

「かなり激戦区だぞ、こりゃ。哲さんもまた随分と」

 

 青道は第1シードなので左上と分かりやすく、上から順に見ていくと西東京で強いとされる高校が固まっているのに御幸が気づいてうげぇという顔をする。

 逆に稲実がいる側には目立った強豪校は殆どいない。

 こうなると心配になるのはクジを引いたキャプテンである結城哲也のくじ運であった。

 

「哲さんってクジ運悪いんでしたっけ?」

「悪くは無いはずだ、多分」

 

 現状が現状だけに無いと言いたいクリスも自信なさげだった。

 

「うちはシードだから決勝まで5戦ある。準々決勝の市大より前に強豪には当たらないから1年に実戦を積ませる良い機会になるだろう」

「去年の文悟みたいにですか?」

「あれほどとはいかなくても、実戦ほど経験を積める場はない。後ろに文悟が控えていれば、こっちも安心できるからな」

「確かにあの2人だと何するか分かりませんもんね」

 

 あまり理解していなさそうな文悟はともかくとして、共通認識を得ている御幸とクリスはうんうんと強く頷き合う。

 

「俺は?」

「お前は何時も通りでいてくれ」

 

 入学時から鋼メンタルをしていた文悟は敗戦を経て超合金メンタルになっているので、どんな窮地でも慌てることを知らない。

 追い込まれても変わらずに投げてくれる安定感があるから、1年2人が多少やらかしても問題はない。

 

「初戦は大事だからやっぱり文悟が先発ですかね」

「恐らくな。点差がつけば1年を使うだろう」

「どっちをですか?」

「球速と質的にまずは沢村、1回以上ならば降谷も使うかもしれん。もしくは初戦では沢村だけ、次の試合で先発の丹波の後に降谷という継投で行くことも考えられる」

「その場合って捕手は俺とクリスさんのどっちに?」

「それも監督次第だ」

 

 一軍捕手が予選について楽しく会話してる最中、放っておかれたエース(文悟)にヒヨコの如く向かっていく影が3つ。

 

「石田先輩、少し聞きたいことが」

「なんだ?」

 

 1人寂しくコピーされた組み合わせ表を折りたたんでいた文悟は降谷に笑顔を向ける。

 

「どうして脱力投法でボールのキレが増すんですか?」

 

 モノにしつつある沢村と違って、脱力投法を試したら余計にコントロールが悪くなって断念せざるをえなかった降谷の純粋な疑問に文悟は困った。

 

「なんでだろう…………沢村、分かる?」

「さっぱり分かりません」

 

 これは二2人とも分かっていないと悟った小湊春市は、指先に神経を集中させているからリリース時のボールの切り方が変わってキレが増しているんだろうと推測はしているが合っている自信は無かったので口には出さなかった。

 

「全員いるな」

 

 一軍投手3人で『何故、脱力投法でキレが増すのか?』という疑問に対して首を捻って丹波光一郎に聞いてみようという結論に達するその一瞬前、室内練習場に現れた片岡監督によって上級生の威厳が揺らぐ未来は潰えた。

 

「皆も知っている通り、予選の組み合わせが発表された」

 

 ビシッと空気が引き締まる。

 後ろに落合コーチ・太田部長・高島副部長が従えているといっても、この緊張感は片岡監督無くしてはありえない。

 

「みんなも分かっていると思うが高校野球に次はない」

 

 夏の予選は、一度の負けが引退に繋がる3年生にとって文字通りの背水の陣。

 

「日々の努力も、流して来た汗も涙も、全てはこの夏の為に」

 

 文悟は1年前のことを思い出していた。

 向う見ずで未熟で、ただ目の前だけを見ていれば良かった頃とは違うのだと同時に自覚する。

 

「例年より早いが背番号を渡す。呼ばれた者から順に取りに来い」

 

 何時もならば背番号が渡されるのは予選が始まる七月に入ってから。今はまだ六月の中旬なのでかなり早い。

 

「まずは背番号1」

 

 高校野球において『1』番には大きな意味がある。

 瞼を閉じた文悟の耳には屋根を叩く雨の音以外が静まった中で聞こえるものは何もない。

 

「石田文悟」

「はい!」

 

 波乱もなければ想定外もない。

 誰もが納得し、しかし丹波だけが悔しがっていることを誰もが知っている中で片岡監督から1番の背番号を受け取った文悟の背中に視線が集中する。

 

「背番号2」

 

 基本的に青道において、2番は正捕手が付けられる背番号である。

 この1年間、正捕手であった御幸か、その前まで正捕手で怪我から復帰したクリスになるのか。

 クリスが一軍に上がって来た時から注目の発表に、結果を知る監督陣以外が一様に硬い表情で続く言葉を待つ。

 

「御幸一也」

「っ!? はい!」

 

 クリスは目を伏せ、御幸は一瞬信じられないといった表情で目を見張って返事をする。

 

「続いて――」

 

 3番から9番までは皆の予想通り、結城哲也・小湊亮介・増子透・倉持洋一・坂井一郎・伊佐敷純・白州健二郎と発表されて各自が背番号を受け取っていく。

 

「背番号10」

 

 普通に考えるなら二番手投手である丹波の名が呼ばれると誰もが思っていた。

 

「滝川・クリス・優」

「……はい!」

 

 しかし、呼ばれたのはクリスの名であった。

 一軍なのだから呼ばれるのは当たり前だが、その背番号が示す意味が分からず誰もが声は出さないものの当惑している雰囲気が漂う。

 

「先発によって捕手を代えていく。石田の時は御幸、丹波の時はクリスのようにな。代打で使う時もあるから2人はスタメンでなくても準備は怠らないように」

「「はい!」」

 

 文悟の時は2人とも良いが、丹波の時は明らかにクリスの方が結果が良かった。

 2人に明確な優劣を着けれなかったので、2番手投手である丹波の背番号が後になったという裏情報もある。

 

「背番号11、丹波光一郎」

「はい!」

 

 二桁の背番号、2番手投手という立場だがクリスと公式戦でバッテリーを組めるのならば今は何も言うまいと、11番の背番号を握り締めた丹波は皆の下へと戻る。

 

「続けるぞ――――」

 

 12番から17番までは、門田将明・楠木文哉・樋笠昭二・田中晋・遠藤直樹・山崎邦夫。2年の樋笠以外は3年が名を連ねる。

 

「背番号18、降谷暁」

「はい」

 

 先に呼ばれた降谷に沢村が嫉妬を隠せずに、ぐぬぬと喉の奥で唸る。

 

「背番号19、小湊春市」

「はいっ」

 

 注目されながら背番号を取りに行くのに、顔を赤らめている春市の背にも沢村の嫉妬の眼差しが向く。

 

「そして最後に、背番号20」

 

 一軍は20人。背番号が与えられるベンチ入りメンバーも20人なので、自分が呼ばれないことはないと思いつつも不安な沢村は息を吸う。

 

「沢」

「はいっっっ!!!」

「…………早いな」

「ありがとうございます!!」

 

 呼ばれる前から準備万端だった沢村は片岡監督の名前呼びに声を被せ、受け取った背番号を胸にギュッと抱き締めて皆の輪の中に戻る。

 

「やっぱり背番号を貰えるのは嬉しいからな。ほら、倉持も一也も笑うなって」

 

 分かる分かる、と名前を呼ばれる前に返事をした沢村を笑っている御幸と倉持を諌めている文悟は同じ1年の時に受け取った背番号は10番だったりする。

 

「記録員は……」

 

 背番号を全て渡し終えたにも関わらず、片岡監督が高島から受け取ったのは試合用のユニフォーム。

 

「藤原。お前に頼む」

「わ、私っ!?」

 

 まさか自分が選ばれるとは予想もしていなかったマネージャーの藤原貴子は、これが夢ではないかと思いながら皆を見る。

 他の3年生達が一軍入り出来なくても記録員としてならばベンチに入ることが出来るから藤原は3年の誰かか、クリスの直弟子である渡辺久志になると思っていた。

 

「3年達の推薦もあったが、藤原のスコアブックが一番分かりやすい。お前も青道の一員だ。何も臆することはない」

 

 片岡監督の言葉と3年生達の無言の頷きに、藤原は半分泣きながら「ありがとうございます……」と小さな声ながらも言って試合用ユニフォームを受け取る。

 

「良かったですね、貴子先輩」

「もう、泣き過ぎですよ」

「泣いてないっ」

「分かります。私、分かりますから」

「うるさいっ」

 

 試合用ユニフォームを抱きしめながら戻って来た藤原を他のマネージャー達が手厚い歓迎で持て成す。

 そんな彼女らを見ながら片岡監督は高島から試合用ユニフォームを更に受け取る。

 

「藤原だけじゃない。他のマネージャー達も本当に良く手伝ってくれた。お前達もチームの一員として、スタンドから選手と一緒に応援してくれるな」

「「「「はい!」」」」 

 

 夏川唯が、梅本幸子が、吉川春乃が、蒼月若菜がそれぞれが満面の笑顔でユニフォームを受け取った。

 

「よし、何時ものやつ行け」

『はい!』

 

 雨が止み、外が晴れたのでグラウンドに出てベンチ入りメンバー20人が円陣を組む。

 やり方をしっかり覚えていない沢村の姿に若菜がハラハラとしながら、円陣を組んだ20人が胸に手を当てる。

 

「俺達は誰だ――」

 

 問うたキャプテンである結城が右手の親指で胸をトントンと叩く。

 

「「「「「「「「「「王者青道!」」」」」」」」」」

 

 右手を胸に当てた20人と、円陣の外で見守る者達の叫びが呼応する。

 

「誰よりも汗を流したのは!」

「「「「「「「「「「青道!」」」」」」」」」」

 

 円陣の外で80人以上の部員達と、マネージャーも含めた青道野球部全員の声が唱和する。

 

「誰よりも涙を流したのは!」

「「「「「「「「「「青道!」」」」」」」」」」

「道!」

 

 沢村だけタイミングがずれた。

 

「誰よりも野球を愛しているのは!」

「「「「「「「「「「青道!」」」」」」」」」」

「道!」

 

 今度は降谷がタイミングを間違えた。

 

「戦う準備は出来ているか!」

「「「「「「「「「「ぉおおおおおおお!」」」」」」」」」」

 

 結城が天高く輝いている太陽に向けて右手を上げて指差すのに合わせて手を上げる。

 

「我が校の誇りを胸に狙うは全国制覇のみ!」

 

 円陣の20人の人差し指が、まるで青道の行く末を暗示するように雨雲が去って快晴の空に燦々と輝いている太陽を指差す。

 

「いくぞぉ!!」

「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」」」

 

 文悟の2年目の夏が始まる。

 

 

 






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第二十八話 初戦の前に


な、なんとか間に合った……けど、短いです。





 

 

 

 明治神宮球場で朝日新聞社と東京都野球連盟が主催する東西東京大会の開会式が行われていた。

 

『これより第89回全国高校野球選手権東西東京大会を開催いたします』

 

 まだ7月の上旬だというのに、燦々と開会式に参加している選手達を太陽が照らしていた。

 ドーム球場ではない明治神宮球場では陽光を遮る物は何一つない。

 そして東西合わせた多数の高校より選出されたベンチ入りメンバーが参列しているのだから人口密集によって気温が確実に上がっている。

 

「うへぇ、相変わらずの人、人、人」

 

 去年も体験しただけにうんざりとしているのは、青道高校の御幸一也。

 

「東西合わせて260校、ベンチ入り20人だから……」

「5200人にその他諸々で6000近くは居そう。観客とかも合わせれば10000人居るか?」

 

 石田文悟が人数を出すよりもあっさりと暗算で出場人数を口にしたのは御幸は、おおよその数が具体的になっただけに余計に暑くなったように感じる。

 

「流石にそこまでは居ないと思うけど」

 

 180㎝を超えている者は5200人の中でも決して多い方ではないがいないわけではない。グラウンド内に立つ文悟らの位置からでは観客前にいる来賓の者達までは見えないが観客席は見える。

 

「こんなに集まるなら東京ドームとか、もっと広いとこにすればいいのに」 

「あんまり差はないんじゃない?」

 

 ドームと名は付いていても明治神宮球場でもプロ野球の試合は行われるのだから広さに大きな差はないはず。

 

「じゃあ、せめて東西で分けるとかいろいろやり方はあるだろう。東京は金持ってるんだから、それぐらい優遇してくれてもいいだろうに」

「東京と連盟はあんまり関係がないんじゃ」

 

 ただでさえジリジリとした陽光が当たって暑いのに、こうも詰め込みのギュウギュウ具合では体感温度は更に上がって行っているように思える。

 

「暑いし狭いし、文悟の所為で前見えないし」

「俺に言うなよ」

「せめて来賓の挨拶とか、もっと省略しろよな」

 

 身長順に並ぶなんて決まりはないので、基本的に一番前は主将であること以外は後は順番は決まっていない。

 大体、3年生が前の方に並ぶ。年齢的に2年生がその後だったりすると、1年が居る場合は最後尾になって少し不安が残るので大体両学年の間。

 青道の場合は最後尾から白洲健二郎・倉持洋一・御幸・文悟と続き、1年3人がいてその先は3年生となっていた。白洲はその堅実な性格で、倉持と御幸だと1年にちょっかいをかけそうなので文悟が間に入るという形である。

 

「気持ちは分かるけど少し静かにしような。周りの眼もあるんだから」

 

 来賓の話は長い物と決まっている。

 この場に居るほぼ全ての高校生が左から右に流している状態であっても、思っていることを正直に言って角を立たせる必要はないので御幸に注意する。

 

(見られているのは別の理由って気づいてないのか? まあ、文悟らしいっちゃあらしいか)

 

 文悟と稲城実業高校の成宮鳴がどちらが上かをハッキリさせる舞台がある。

 今大会の注目として密かに上がっているそれは、甲子園行きを賭けた決勝だというのだから舞台としては十分。

 

「もう一度ここに戻って来る。そして……」

 

 成宮との対決、1年前の雪辱を晴らすことは確かに重要なことである。

 だが、まずは目の前のことから。

 西地区の準決勝まで来なければ明治神宮球場で試合をすることは出来ないのだから。

 

「3週間足らずの間に、これだけの学校から選ばれるのはたった2校だけ。世知辛いねぇ」

「全国にはもっと激戦区の地区だってあるんだ。今は戦う相手だけを見よう」

 

 名門復活を賭けた青道高校の夏が始まる。

 

 

 

 

 

 明治神宮球場での試合は準決勝からである。

 開会式をやった翌日から別球場で予選は始まるが、青道はシードなので2回戦から。つまりは開会式をやったらやることも無いので学校に戻るしかない。

 

「ん?」

 

 もう一度明治神宮球場に戻ってくることを誓って、太田部長が回す車を待っていると移動してくる集団が伊佐敷純の眼に入った。

 

「あ、青道だ」

 

 余程暑いのか、脱いだ帽子で自分を扇いでいる成宮鳴の声に白洲と話していた文悟も振りむく。

 

「よう、文悟」

「やあ」

 

 原田雅功が止める前に文悟の下へと軽やかな足取りでやってきた成宮がジロジロと見て来る。

 

「何?」

「ほら、やっぱり怪我なんてしてないじゃんか雅さん!」

「俺はあくまで可能性の話をしただけだ」

 

 さっぱり訳が分からないという顔をしている文悟を指差す成宮に、原田は「すまんな、うちのエースが」と結城哲也に謝る。

 

「相変わらずで何よりだ」

「お互い様にな。去年のクリスのことがあったから気になっていたが大事がなくて良かった」

 

 クリスの姿も認め、その背番号が二桁台であることを目を細める。

 

「心配感謝する」

 

 二重の意味で言った結城に原田は少し苦笑する。

 

「どうせなら万全の状態のお前らを倒したいという我儘だ」

「その自信が高くつくかもしれないぞ」

「ありえんよ」

「練習試合で負けておいてか?」

「去年敗けたのはどちらだったかな?」

 

 主将同士でバチバチと弾け合う火花の最中、「降谷、テメェ自分で歩けよ!」と沢村の元気な声が辺りに響き渡る。

 

「…………無理、人に酔った」

「どんだけスタミナ無いんだよ!」

「水飲んだ方がいいんじゃない?」

 

 どこに行っても騒がしい沢村が原因ではなく、降谷に原因があるようで全員の視線がそちらに向く。

 

「そっちの後輩も大変そうだな」

「お互いにな」

 

 後輩に関して共通認識を得た原田と結城は苦笑を交換する。

 

「お前ら、俺らと当たる前にコけんなよ」

「それはこっちの台詞だ」

 

 再戦を。

 お互いに相手こそが最も強大な敵と認識しているが故に続く言葉はたった1つだけ。

 

「「決勝で会おう」」

 

 敵であるのだから仲良しこよしなのも変な話である。それ以上の言葉も接触も交わすことなく、青道と稲実は別れる。

 すれ違うように離れる前に成宮は文悟に一言言ってやろうと挑発の言葉を口から出そうとして。

 

「沢村、代わるよ。降谷、大丈夫か?」

「なんとか」

「もう少ししたら車に…………酔ってるのに車に乗って大丈夫?」

 

 肝心の文悟は成宮のことを見てすらおらず、後輩の心配していた。

 

「絶対、ぶっ倒してやるからな!!」

 

 薄く涙目になりながらの宣言をして去っていく成宮に、振り返った文悟は首を捻った。

 

「どうしたんだろう?」

 

 尚、全てを見ていた御幸は爆笑していたようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開会式の翌日。

 シード校を別にすれば、初戦が行われている中で青道は常と変わらない練習が行われていた。

 対戦相手が分かる初戦の試合を見に行っていた偵察組が戻って来て情報を纏め、夕食と風呂後に一軍を中心としてほぼ全員が食堂に集まっていた。

 

「初戦の相手は、米門西高校です」

 

 一軍を外れた3年生が務めることが多い偵察組の中で唯一の2年生である渡辺久志が報告する。

 

「1回戦で投げたのは背番号1で左のオーバースローの菊永正明。期間が開いているのでうち(青道)との試合でも先発してくると予想されます」

 

 手元のノートを見ながら、渡辺の横にあるテレビに一回戦の試合を撮影された映像が流れている。

 

「今年の夏にエースに指名された2年で、1年の時は外野を守っていました。3人兄弟の次男で趣味はビリヤード。兄も野球をやっていました」

 

 去年の秋大会でクリスのサポートで偵察班の一人として行動を共にしていた渡辺は、注目すべきポイントなどの見方を伝授してもらっていた。

 文悟とは形は違えど師であるクリスに見守られながら報告を続ける。

 

「コントロールはあまり良くなく、球速は良くて120㎞/h後半で、ほぼ沢村と変わらないでしょう。変化球はカーブとスライダーの2つです」

 

 世の中には映像だとしても脅威を感じさせる選手は幾らでもいる。

 同じ投手で見るならば当然ながら稲実の成宮鳴、抜群の変化球のキレは映像でも分かるほど。後は文悟のような剛速球投手も明らかにミットが立てる音が違う。

 2人と比べるのは可哀想だが、少なくとも米門西高校のエース・菊永正明は脅威を感じさせるタイプでないことだけは確かだった。

 

「打線はバントを多用し、守備でもエラーが少ない。ワンチャンスをモノにし、最後まで守り抜く守備のチームという印象ですね」

「4番はフライを多く打ち上げていました」

「レフトの肩は結構強いです」

 

 偵察班の報告を聞いた片岡監督は軽く頷き、「ご苦労だった」と彼らの仕事を褒めて労う。

 何も知らない時は対応できなくとも、知っている時は対応できることもある。投手の投げる球と、主だった選手の特徴が頭に入っているかいないかで勝率が大きく変わるのはそういうことなのだから。

 

「向こうは先に1勝を上げ、勢いがついているはずだ。油断だけは絶対に出来ん」

 

 勢い、というのは馬鹿に出来たものではない。

 目に見えない、形もない根拠のない思い込みに過ぎなくとも、勢いというのは十分に勝敗を左右する力がある。

 より力の差が無ければ、勢いを得た方が勝つと誰もが知っていた。

 

「どんな相手であろうとも全力で挑め。そうすれば自ずと勝利はついてくる」

『はい!』

 

 獅子は兎を狩るのにも全力を尽くす。しかし、侮るなかれ。兎にも獅子を殺し得る爪はあるのだから。

 野球に限らずスポーツに置いて数多の強豪がトーナメントの序盤で姿を消すのは珍しい話ではない。序盤で強豪同士が激突するのは稀で、力量差がある場合に上の立場が抱くのは慢心と油断。それらの所為で全力を発揮出来ずに敗れて来た例は数知れない。

 

「それから初戦の先発は……」

 

 丹波光一郎が机の下の膝上に置いた手を強く握る。

 降谷暁は真っ直ぐな目を片岡監督に向ける。

 沢村栄純は耳をダンボのようにして続く言葉を待つ。

 石田文悟は――。

 初戦を制しなければ次はないのだから負ければ後の無いトーナメントにおいて先発に与えられた役目は大きい。

 最も強い投手を、試合に勝てる投手を片岡監督は先発に選ぶ。

 

「エースであるお前に任せる、石田」

「はい」

 

 静かに頷いた文悟に誰もが納得し、しかし丹波は悔し気に机に目を落とした。

 

「だが、石田に最後まで投げさせる気はない。沢村、降谷」

「は、はい!」

「はい」

「お前達は試合中、何時でも行けるように肩を作っておけ。点差が開けば、順次お前達を投入する」

 

 油断や慢心ではなく、厳然たる現実として青道と米門西が100%の力を発揮すれば、点差が開くのは自明の理。

 公式戦で登板したことが1年生に真剣勝負の経験を積ませる安全マージンとしては十分。

 丹波の名前が呼ばれなかったのは初戦の構想に入っていないということを示している。

 

「そして丹波」

 

 自分が戦力として見做されていないと思った丹波の名前が呼ばれて顔を上げる。

 

「次の試合は相手がどうであれ、お前に任せる。気持ちを切らすなよ」

「……はい!」

 

 2回戦から3回戦までは中5日、3回戦から4回戦までは中3日空く。

 準々決勝で当たるであろう市大三高にエースである文悟を当てる調整の意味もあるのだとしても、1試合を任せてもらえるという片岡監督の期待に応えたいと丹波は思った。

 

 

 






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第二十九話 油断せずに行こう

遂に毎日投稿を逃してしまった……。





 

 

 

 府中市民球場の観客席は2回戦とは思えないほど人で埋め尽くされていた。流石に満席とまではいかないが、たかが2回戦程度で集まる人数ではない。

 

『只今より西東京大会2回戦、青道高校対米門西高校の試合を始めます』

 

 アナウンスされた両校の選手達がベンチから走って行く姿を観客席から見守る人達の視線がどちらに集中しているかなど誰もが知っていた。

 

「青道はエースが先発か。ふん、もっと油断していればいいものを」

 

 米門西高校の監督である千葉順一は青道のスターディングメンバーを見て鼻を鳴らす。

 

「見て見るがいい! 奴らの驚き慌てる様を!」

 

 嘴を向けられた青道高校ベンチ側では千葉監督が想定しているほど慌てはしていなかったが多少の驚きを以てマウンドに立つ選手を見る。

 

「背番号10だ」

「1じゃないな」

「間違い?」

「まさか」

 

 マウンドに上がっている米門西高校の先発が事前の予測と違っていて、打順は大分先なのでベンチから眺めている石田文悟と御幸一也はお互いを顔を見合わせる。

 

「グローブを左手に付けてるから右投げか」

「寧ろサウスポーじゃない分、打ちやすくなったかも」

 

 日本人は右利きが多く、当然ながら右投げの投手の方が多い。

 右と左では球の回転軸や投げる位置も異なっているので、右投げの方が打者は打ちやすい傾向があるので慣れない左投げは重宝される傾向にある。

 

「アンダースローって、また珍しい投げ方を」

 

 審判からボールを受け取ってマウンドに立った背番号10の投手は、2年の川上憲史のサイドスローよりも更に低い投げ方を見た御幸が口笛を吹く。

 

「渡辺から預かった米門西の資料によれば3年の南平守。1年の時は投手として試合に出ていましたが、それ以降に投手としての公式戦出場はありません」

 

 ベンチに入れない渡辺久志から米門西高校のデータを預かった滝川・クリス・優の報告に片岡監督は眉をピクリと動かした。

 投球練習を見ていた文悟と御幸は気付いておらず、相手投手の遅すぎる球に目を細めていた。

 

「120㎞/h出てる?」

「出てないだろう。まあ、流石にあれが最高ではないと思うけど」

「ここまで隠してたんだから最後まで隠し切るか」

 

 なんて2人が話している間に試合が始まる。

 

「プレイボール!」

 

 先攻は青道。

 バッターボックスに入るのは青道の核弾頭(リードオフマン)である倉持洋一。

 

「また倉持の悪い癖が出てる」

「まずは相手投手から情報引き出さなきゃって考えてるぞ、あれ」

 

 左打席に入った倉持は1番バッターの役割として、まずは塁に出ることと認識していながらも後に続く者の為に球筋や球種を見てから打つ傾向にある。

 

「今の打てただろうに」

 

 ベンチから見ていてもボールの縫い目が分かるほど遅い球を倉持は敢えて見送ったのを御幸が少し不満げに見る。

 

「コースも甘いし、球も遅い。初戦だから堅実に行こうとし過ぎ」

「川上のフォームよりももっと下で、一度浮き上がって沈む軌道なのと遅すぎるから逆に面食らったんじゃないか?」

 

 御幸の意見も分かるが倉持の気持ちも理解できる文悟は擁護してみた。

 

「また甘いコースでスピードも変わらず。倉持、油断し過ぎ」

 

 見送るだけで振ろうともしない倉持の隙を突くように、真ん中の内側に投げられたボールは打とうと思えば打てたはず。

 どういう形であっても先手を取ろうとする相手の策略に乗ってしまっている。

 

「これでもう臭いところも見逃せなくなった。御幸ならどういうリードをする?」

「俺なら低めの変化球を空振らせるか打ち取る」

 

 直後、御幸が言った前者の方のリード通りの展開になった倉持がベンチに戻って来た。

 

「もっと早い段階で打てば良かったのに」

「まんま相手の思い通りに動いてんじゃん」

「ぐっ……」

 

 反論したいが恥の上塗りになるだけなので堪えた倉持がベンチの奥に引っ込むのを見送る。

 2番の小湊亮介がサードライナー、3番の伊佐敷純が事前に奥深くで守っていた外野に阻まれて三者凡退。

 

「今のところ、相手さんの思惑通りの展開になってるな」

「相手にしっかりと研究されて、こっちには初戦特有の固さがある。舐めてたわけじゃないし、みんな自分の仕事をしようとした結果だが上手くない」

 

 攻守交替し、青道の守りとなってマウンドに上がった文悟と話す御幸に焦燥感は欠片もない。

 

「俺が打たれると思ってるのか?」

「さあ、それだけはやってみなくちゃ分からないだろう」

 

 安い挑発であると文悟にも分かっているが敢えて乗ってみせた。

 

「球場の空気を変えてみせる」

 

 元より緊張するタイプではない文悟から引き出せた言葉に満足げに笑った御幸がベース後ろに向かう。

 

「三者三振を狙ってみるか」

 

 その後ろ姿を見送り、一度空を見上げた文悟は口の中で呟き、バッターボックスに入った相手打者と構えた御幸のミットを見据えてモーションに入る。

 

「…………す、ストライク!!」

 

 青道を勢いづかせない為にベースに近づいて構えていた打者は大きく仰け反るも、コースはど真ん中なので主審もあまりのボールの迫力に遅れたもののストライクのコールをする。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 1人目は全球ど真ん中のストレートで見逃した。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 2人目はバットを振るもタイミングも位置も全く合っていない。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 3人目は初球の高速チェンジアップにタイミングが狂って、その後は全く手が出ない。

 

「ナイスプレー」

「そっちこそ」

 

 正しく力の次元が違うのだと示すかのような、余計な球数をかけず1人当たり3球の三者三振。

 しかもコースは全てがど真ん中。

 レベルが違うと思い知らせる文悟のピッチングに、球場がどよめく中で2人は何も変わらない。

 

「8割ってところか?」

「いや、7割ぐらい。沢村命名の脱力投法になってからあんまり力を入れずに投げれるようになったから」

「ほうほう」

 

 9球の中で最速はギリギリ140㎞/h後半だったが、球威と回転量で打者には150㎞/h以上だと錯覚しているはずで、合宿で一皮剥けたエースに御幸はニコニコである。

 

「何やってる! さっさと守備につかんか!!」

「勝ったな」

 

 相手校の監督がベンチでメガホンを柵に叩きつけて選手達を鼓舞しているが、自力の違いを思い知らせるような文悟の投球に府中市民球場の空気は明らかに変わっている。御幸は1人で勝利を確信していた。

 

「大きな当たりは必要ない。強く低い当たりで相手の守備を打ち砕け」

 

 と、片岡監督の指示を聞いて5番打者である文悟も長打を放った結城に続けとばかりにバッターボックスに立った、

 

「流石は哲さん」

 

 結城哲は、相手捕手が指示してショートがセカンドベース付近にまで移動する極端な右シフトを張られようと、アウトコースで勝負しようとしてコントロールの甘さから内側に入ったのを逃さずに痛打。

 ファーストとショートの間を抜いて、青道の初ヒットであった。

 

「それに引き換え文悟は」

「ホームラン打ったんだからいいじゃないか」

「監督の指示を無視して?」

「いや、まさかあんなに飛ぶなんて思いもせず……」

 

 ダイヤモンドを一周してベンチに戻って来た文悟はライトライナーがそのままスタンドインしてしまい、身を縮めていたがホームランを打った選手を責めるほど片岡監督は狭量ではなかった。

 

「あの野郎ぉ、俺が空振りした球を狙ってやがったな」

 

 6番増子は手本を示した結城同様に打ったら当たりが良すぎて短打となり、御幸は倉持が空振りした球を狙い打って青道は一、三塁。

 

「沢村、次の回から出番があるかもよ」

「えっ、もうですか?」

「多分」

 

 ノーアウト一、三塁で、ホームランも出ているので強打でガンガン打ちに来るという印象を植え付けておきながら8番白洲健二郎が初球スクイズを仕掛けてきた段階で勝負は決まった。

 

「次の回行くぞ、沢村!」

「はい!」

 

 打者一巡の猛攻で5点を先取した段階で、片岡監督は文悟をレフトに送ってマウンドに沢村を出した。

 2回と3回を、被安打1、無四球無失点。二打席回って来て三振1と犠打で打点1を上げ、次の打席では代打の小湊春市と交代。

 

「既にコールドの条件は満たしている。しっかりと締めて来い、降谷」

「はい」

 

 3回終えて10点差になっているので、相手校に点を取られずに5回を終えればコールドが成立する。

 代打の小湊春市がヒットし、他の1年生が活躍する場を見て燃えた降谷は大きく深呼吸してマウンドに向かう。

 

「試合終了!」

 

 降谷は最後の打者を三振に切って取った。

 残る二回を被安打0の四球1でピシャリと抑えた降谷がマウンドで静かに小さなガッツボーズをしたところで審判のコールが響く。

 

「礼!」

『したぁっ!!』

 

 23-0の5回コールド。それが青道の初戦のスコアであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初戦の米門西高校に大差をつけた試合から中4日の7月20日。

 青道の3回戦の相手は村田東。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 先発を任された丹波とスタメンマスクを任されたクリスの前に村田東は攻撃の糸口すら掴めず、気づけば3回の時点で10点差でコールドが見えてきている。

 

「ナイスピッチング、丹波」

「ああ」

 

 ベンチに戻ったところで女房役であるクリスが丹波に声をかける。

 

「このレベルの相手なら、まだどうということはない」

 

 沢村からタオルを受け取って薄く浮いている汗を拭く丹波は、4回の表が終わった時点で被安打2、四球1、自責点0の文句のつけようのないピッチング。だが、これらは中堅・弱小の部類に入る相手との戦いならば出来て当然という意識が丹波にはあった。

 

「頼もしい限りだ。女房役として少しでも助けになれているのなら幸いだが」

「これ以上、無い力を貰っているとも」

 

 と言うクリスも打者として、御幸に代わって7番として打席に立って3打点を上げるなど女房役として十分な働きで、公式戦でバッテリーを組めていることもあって丹波は今までにないパフォーマンスを発揮出来ていた。

 

「これだけ調子が良いのは、3年間でも初めてかもしれない」

 

 ストレートは何時もより伸び、カーブの切れ味も抜群。

 3年間で最高の出来を示すピッチングも、たった1人の前では砂上の楼閣と化す。

 

「それでも俺は文悟にはどれだけ背伸びをしても勝てん」

 

 客観で見ても、主観で見ても、丹波では文悟に勝るイメージを思い浮べることすら出来ない。

 

「確かに投手としては文悟の方が上かもしれない」

 

 嘘を言っても仕方なく、だけど現実だけを突きつけたところで丹波の為にはならないとクリスは知っている。

 

「だけど、俺達の代のエースは間違いなくお前だ丹波。胸を張ってくれないと困る」

「クリス……」

 

 ここまで言われては丹波も下を向いたままではいられない。

 

「ああ、任せろ」

 

 丹波は残る1回も3人で抑え、青道は17-0で4回戦への進出を決めた。

 

「各自ストレッチが終わったらスタンドで食事を取れ。この後の第3試合を全員で観戦するぞ」

『はい!』

 

 横綱相撲みたいな試合運びで危なげなく勝利したにも関わらず、片岡監督に油断の二文字はない。

 

「次ってどこだっけ?」

 

 エースなのに2戦やって投手陣で一番短いイニングしか投げていない文悟はレフトで出場していたので、しっかりとストレッチをして観客席に移動しながら御幸に聞く。

 

「神山と明川学園」

「じゃあ、上がってくるのは明川か」

「なんで分かるんですかエース?」

 

 クリスにスタメンマスクを奪われて出番の無かった御幸の後ろから顔を出した沢村が断定口調の文悟に聞く。

 

「見れば分かるよ」

 

 言葉で説明するのは簡単だが、百聞は一見に如かず。

 しつこく聞いて来る沢村を相手にしながら食事を食べ終えると、明川学園と神山高校の試合が始まろうとしていた。

 

「あれ? ようって日本人じゃない?」

 

 球場アナウンスで明川学園の投手の名前が読み上げられた際、沢村は日本人とは思えない名前に首を捻る。

 

「台湾からの留学生、楊舜臣。精密機械の異名を持つ投手だ」

 

 試合が始まり、楊が投げたボールは打者の頭の近くに行った。

 

「あれで精密機械?」

「次はアウトコースに行くぞ」

 

 文悟が言ったように楊が次に投げた球は外角一杯。

 しかも同じコースにもう1球が続く。最後も外角が来たが打者は空振った。

 

「3球続けて同じコースを投げるなんて」

 

 フォームが定まってからかなりコントロールがマシになってきた沢村以上に制球力が低い降谷にとって同じコースに続けて投げるのは至難の業。

 

「いや、1個分外に外したボール球だぞ、あれは。勿論、狙って投げてる」

 

 降谷の間違いを訂正した御幸は、あれほどコントロールが良ければ捕手としてリードのし甲斐があるだろうなと内心で考える。

 

「最初に顔の近くに投げたのはわざとで、あれで余計に外が遠く感じるだろう。同じコースに投げていると思わせてボール球を振らせる。コントロールに絶対の自信がなきゃ出来ない芸当だ」

「むむ、でもエースの方が上ですよね!」

「絶好調の時でもあそこまでは無理」

 

 聞けば聞くほど制球力に難がある自分達では無理な芸当だと思った沢村も、エースである文悟ならば勝っているはずだと同意を得ようとしてあっさりと否定された。

 

「俺の場合だと顔付近に投げて万が一でも当てたら洒落にならないから、怖くてとても投げられないそうにない」

「なんかズレてません?」

「何時ものこと何時ものこと。気にしてたら日が暮れるぞ」

 

 毎回狙ったところに投げられるわけではない沢村も意図的に顔付近に投げるのは怖い。しかし、聞いたのは楊とどちらがコントロールが上であって、微妙にズレていた気がしたが御幸の言うことを聞いておくことにする。

 

「コントロールの一点に限れば、多分楊の方が上だろう」

 

 1年以上、文悟の球を受けて来た御幸だからこそ絶好調時と比較すれば僅かに劣ると見抜いた。

 

「贔屓目に見て良い勝負、公平に見て半歩負けてるぐらいか」

「そんな程度?」

「そんな程度」

 

 実際にはそれほど離れていないと分かった沢村は胸を撫で下ろしているが、球威と球速が全く違う2人の決定的な違いには気付いていなかった。

 

「試合は3日後の水曜日。ようやく歯応えのある相手と戦うんだ。楽しんでいこう」

 

 そんなことを言う御幸だったが、次に戦うであろう市大三高戦を考えて文悟が登板するのは多くても5回とまで考えていたりする。

 

 

 




油断しまくりじゃね? というツッコミはなしで。

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第三十話 VS明川学園



PSVRを買って弄ってたら遅くなりました。




 

 

 

 夏季大会4回戦が行われる府中市民球場には今日も人が押しかけていた。

 

「つまり、この暑さで降谷はノックアウトと」

 

 時刻は午前9時を過ぎて既に30℃を超えており、北海道出身の降谷暁にとって東京の夏は暑すぎて体がついていっていない。

 前々日と前日は自身の調整に余念がなかった石田文悟は今日初めてその話を聞いて驚いていた。

 

「アウトしてません」

「マウンドに立てればっていう前提がないとフラフラなのに?」

 

 文悟の言い様に反論しつつも、自身の体が暑さに適応していないことは御幸一也に指摘されなくても降谷には分かっているので無言で通す。

 

「監督の構想に入ってないんだから今日は大人しくしとけ。ブルペンにも入るなよ」

「御幸もな」

「俺は沢村の球を受けてやらないといけないし」

 

 明川学園に勝てば、次は市大三高が有力視されている。

 万全の状態でエースである文悟を登板させる為に片岡監督は打率・打点で上回る滝川・クリス・優にスタメンマスクを与えた。早い段階で得点を重ねて文悟から沢村、もしくは丹波へと繋ぐには、得点力と後半2人への相性はクリスの方が勝っていたからである。

 

「おのれ、市大め……っ!」

 

 割とリードや単純な捕手としての能力でもクリスに勝てているか自信のない御幸は市大三高に責任転嫁することにした。

 

「お前達」

 

 180前後の大男が3人揃って話していると、文悟の肩に逞しい手が置かれた。

 

「何時までも喋ってないで行くぞ」

「「「はい!」」」

 

 青道の主将である結城哲也の言葉に背筋をピンと伸ばした後輩達は先に立って歩きだした背を追う。

 

「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」

「見ろ、聞け、そして感じろ。この我が校への応援を」

「中二病か」

 

 2試合連続で試合に出れないフラストレーションに中二病が再発している御幸にツッコミを入れた文悟は顔を上げて相手ベンチを見る。

 

「整列!」 

 

 実力のある投手との投げ合いを楽しみにしていた文悟も主審の言葉に従って走った。

 

『1回表、明川学園の攻撃』

 

 午前10時から始まる試合は明川学園からの攻撃で始まる。

 マウンドに立つのは青道のエース・石田文悟。その姿をベンチから見ても楊舜臣の表情に変化はない。

 

「向こうの先発は予想通りエースですか」

「やることは何も変わりありません。相手が誰であれ、野球をやるのみです」

 

 監督である尾形一成の不安そうな声に、チームの戦力差など始めから分かっていたことなのだから楊に焦りはない。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 1番打者の二宮は明らかにトップギアに入っていない文悟の球を捉えきれずに三振を喫してしまう。

 

「てゆっか、あれが本当に同じ高校生ですか? マシンとは全然違うのがベンチからでも分かりますよ」

 

 尾形監督の見ている先で2番打者である橋本は、二宮のアドバイスで目算の場所より上を狙ってバットを振ったらツーシームを引っ掛けて内野ゴロ。

 

「バットを短く持って当てに行ってもヒット性の当たりは中々出ないでしょう」

「青道は守備もしっかりしてますからね。エラーも期待できなくなると、どれだけ上手く行ってもうちの打線では取れても1点」

 

 次の打者も打ち上げてしまって明川学園は三者凡退。

 

「なら、俺が点を取られなければいい」

「頼みます、舜臣」

 

 2人とも都合良く物事が運ぶとは思っておらず、2戦とも大量得点で勝ち上がっている青道の打線を楊が抑えられる保証もない。

 勝つ為に試合をするのだから全力を尽くす。ただ、それだけだった。

 

(こういうクレーバーな投手を揺さぶるには機動力とバント。いい加減に御幸と文悟の鼻を明かしてやんねぇと)

 

 1番打者として左打席に入った倉持洋一は体を小刻みに動かしながら楊が投げるのを見る。

 

「サード! セーフティあるぞ!」

 

 バントの構えをする前から明川学園のベンチからその声が聞こえてバットを引く。

 

(危ねぇ……完全に読まれてら)

 

 顔を上げれば楊が何歩か前進してきていた。3塁線は無理と見て1塁側にバントしていれば倉持の俊足があったとしてもアウトになっていただろう。

 

(研究されてるってことか。さて、次はどうしたものかね)

 

 初球はストライクとなったがカウントにはまだ余裕がある。

 もう1球見て、その次にもう一度セーフティバントを試みるか。それとも打ちに出るかで倉持は迷った。

 

「迷うぐらいなら最初から打ちに行きなよ」

「反論の言葉もありません」

 

 迷っている間にストライクが先行し、初戦と同じように臭いところを打たされてアウトになった倉持は次の打者である小湊亮介の叱責に返す言葉もなかった。

 

「………………やるね、あの投手」

 

 亮介は青道一の選球眼の持ち主。

 捕手の構えた所に投げ続けたことで審判のジャッジを味方につけた楊のピッチングに見逃しの三振を取られた。

 

「珍しい。亮さんが三振なんて」

「精密機械の異名は伊達じゃなかったよ。それ以上に食わせ者でもあるけどね」

 

 文悟にとって青道の中で勝負したくないのが結城で、相手にしたくないのが亮介である。

 その見切りを知っているだけに見逃しの三振に純粋に驚いていた文悟に笑みを深めた亮介が見ている先で、伊佐敷純がライト前ヒットを打っていた。

 

「打ちましたね」

「打ったね」

 

 何時もならば逆の光景を2人は見送った。

 

「型に嵌らないから逆に読めないのか…………はい、バット」

 

 バッターボックスに立った結城の次の打者は文悟なので、亮介は持っていたバットを渡してくる。

 

「仇、取って来ますから」

「任せた」

 

 沢村からヘルメットも受け取って被り、ネクストバッターサークルに向かう。

 

「アウトコースでカウントを稼いで、最後はインコースで勝負。でも、哲さんを相手にするなら常道は寧ろ捨てた方が良い」

 

 平凡な打者であれば詰まらせて内野フライな当たりも、結城ならば外野まで運ぶことが出来る。

 ギリギリ追いつけるか微妙な球を、レフトは焦って飛びついたが取ることが出来なかった。

 

「よし、まずは1点」

 

 センターがカバーに入っても、1塁ランナーの伊佐敷が3塁も回ってホームに戻るまでの時間は十分にあった。

 

「お前も続けや文悟!」

「うす」

 

 ベンチに戻る伊佐敷とハイタッチを交わし、バッターボックスに立った文悟が三振になるまで後2分。

 

「打席での借りはマウンドで返します」

「気負わずに普段通りに投げろ。投手としての仕事と打者としての仕事はまた別物だぞ。エースとしての責務を果たせ」

 

 ゴォッ、と燃えていた熱意がマウンドにやってきたクリスの冷静な一言によって少し冷まされ、ムキにならずに4番打者を抑えた文悟が相対するのは明川学園のキーマンである楊舜臣。

 

(楊はここまでの試合で殆どの得点に絡んでる。向こうの士気を打ち砕くためには絶対に抑えなければならない)

(絶対に与えてはならない先制点を奪われてしまった。このままでは相手にペースに乗られてしまう。勢いづかせないためにもここで絶対に打つ!)

 

 両エースはここが試合の分水嶺と見て意識をトップギアに上げる。

 2人を最も間近で見れるクリスが要求した球は打ち気に逸っている楊の気を散らすような高めのボール球。

 

(1回よりも球速も球威も増している。何よりも本当に浮いているのではないか?)

 

 振られたバットの遥か上を行ったボールはクリスのミットに収まり、楊は疑念を抱きながらも深呼吸をして打ち気に逸っていた自身の心を沈める。

 

(目で追うな。体で感じろ)

 

 母国語で呟きながら自分に言い聞かせる。

 ピッチングマシンとは全く違う文悟のボールを目で追おうとしても体は対応できない。ならば、体で感じたままに打つしかないと楊は感じ取っていた。

 

(もう1球高めを要求しても無駄か)

 

 クリスには楊が何を言っているのかは小声なのも相まって分からないが、恐らくボール球には手を出してこないだろうという確信があった。

 

(外角低めの際どい所に来い!)

 

 フォーシームの最速球をクリスが要求すると、文悟も頷いて投げた。

 

「…………ストライク!」

 

 判定は微妙だった。

 ボールだと判断して振りかけたバットを押し留めた楊が審判を振り返るほどに。

 

「何だね?」

「いえ……」

 

 楊は審判に返しつつ、自分がしたことと似たことをやり返されて苦笑した。

 

(明らかなボール球を振り、微妙な球に迷ったと見られては投手に有利に働くのも当然)

 

 元より文悟は剛速球投手にありがちなノーコンではないことは知られている。

 明らかなボール球ならば審判もストライクは取らなかっただろうが、あれほどの剛球を受けながらもクリスはキャッチャーミットを微動だにさせなかった。

 知名度の差と捕手の能力差、更には前後の展開によって楊に不利に働いた。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 直球に警戒すれば変化球を捉えること能わず。

 バットを振るも初見のカーブに対応できず、ボールを捉えることが出来なかった。

 

「ふっ」

 

 ベンチに戻る途中で楊は楽しくて笑みを浮かべる自分を見つける。

 

「それでこそだ」

 

 日本の野球が相手を分析して隙を見つければ容赦なく突いて来る緻密で高度なスポーツであると改めて思い知る。

 

「舜が笑ってる……」

「三振取られたのに」

「悪いか、俺が笑ったら」

「いや、三振だったじゃん。笑う要素無くない?」

 

 ベンチに戻ったところでチームメイトから指摘され、確かに笑うシーンではないと自覚する。

 

「倒し甲斐のある相手だと思っただけだ」

「俺達からすれば倒せるイメージすら湧かんのだが」

 

 先制点を取られた現状で、文悟を打ち崩せる気は楊もしない。

 

「向こうは次の試合を考えればエースが完投することはない。どこかで次の投手に交代するはずだ。そこに勝負を賭ける」

 

 言ってて情けなくなってきた楊は自分の次の打者がアウトになったのでグラブを持ってベンチを出る。

 

「この試合に勝つにはみんなの力がいる。力を貸してくれ」

『応!!』

 

 エースに頼りにされて燃えないチームメイトはいない。

 楊の後を追って走る明川学園の選手達に気負いはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しんどい試合だった」

 

 7-0で7回コールドで終わったが文悟が振り返るように一瞬たりとも気が抜けない緊張の途切れない試合だった。

 

「見てるだけでも疲れる試合だったぜ」

 

 試合に出ていない御幸も疲労を覚えるほど、明川学園は打たれても諦めずに青道にぶつかってきた。

 

「コールドで勝ちはしたけど、最後まで切れなかった」

「普通なら諦めるのに全力で食い下がって来てたもんな。試合に出てないのに疲れるって初めての経験だよ」

 

 文悟が3回でマウンドを下りて沢村もたった3回しか投げていないのに疲労困憊のようで、小湊春市に抱えられるようにしてベンチから出てきたところで降谷が荷物を持っている姿が目に入った。

 

「沢村にも良い経験になっただろうけど、どうせなら最後まで投げたかったな」

 

 チームメイトの差が大きくて、伯仲した最高の試合とは言えないかもしれない。

 だけど、これだけの熱量の試合で投げるのは滅多にないので、後のことがあったにしてももっと強く成る為に投げたかったというのが文悟の本音だった。

 

「本当、文悟が投げてくれれば見ているこっちの精神的に良かったのに」

 

 文悟は未だにノーヒットピッチングを続けたが、沢村は毎回ランナーを背負ってあわや得点というシーンが何度も見られた。

 沢村に代わって最後の回も丹波も楊に打たれたりして、御幸でなくても観戦者の心臓によろしくない試合だった。

 

「こらそこの2人! 何時までも食っちゃべってないでさっさと動け!」

「あ、今日ノーヒットの1番だ」

「ぐっ…………出場してねぇ奴がうるせぇっ!」

 

 相手のエラーで出塁して盗塁も決めているが、ヒットではないので倉持の返す言葉にも力は薄いが御幸の心にはクリティカルヒットした。

 

「ほらほら、市大の試合が始まるから喧嘩しない」

 

 青道が次に当たると目されていた市大三高が最近台頭してきた薬師高校に敗れることを彼らはまだ知らない。

 

 

 





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第三十一話 怪物対怪物

更新が空いて申し訳ないです。
何故かスランプに陥りまして、ようやくリハビリがてら一話出来ました。


 

 

 

 市大三高が敗けた。予想外な出来事や対戦相手である薬師に勢いがあったとしても、個々の能力やチーム力を鑑みても市大三高が負ける余地はなかった。

 

「そこんところどうよ、エース」

 

 23日の明川学園戦で7回コールド勝ちし、その足で見に行った市大三高の試合で薬師が乱打戦を制した勝利した後から大なり小なり思うところがあった青道ナインの中で常と変わらなかった石田文悟に御幸一也は訊ねた。

 

「何が?」

 

 秋の大会で市大三高に敗けた時に試合に出ていたスタメン達が大なり小なり薬師に打ち崩された姿に思うところがあるというのに、エースである文悟が全く気にしている様子がない。

 

「真中さんがやられたことに関して」

「何も。こういうのも何だけど、真中さんの所為で負けたようなもんだし」

「まあ、確かに」

 

 基本的に他人を思いやれる優しい奴だが時折とてもドライになる文悟の言い様を御幸も否定しなかった。

 

「轟雷市…………確かに恐ろしいバッターだ。初見だったなら俺もホームランを打たれたかもしれない」

 

 文悟と真中はタイプの違う投手ではあるが、打者の脅威度を知らずに投げていれば同じ結果になっていた可能性はある。

 

「だけど、俺ならあんな無様は晒さない」

 

 真中は轟にツーランホームランを打たれ、続く打者にもソロホームランを浴びて外野の守備に回された。

 

「お前って何が何でもマウンドにしがみ付くところあるもんな」

「エースがマウンドに拘るのは当たり前のことだ」

 

 自分が投げ続ければ、という拘りではない。青道の看板を背負って立つ以上、個人を捨ててチームの為に尽くすエースとしての在り方がマウンドに拘らせている。

 

「御幸なら、もし俺が真中さんと同じ立場になっていたらどうした?」

「同じように一度は外野にやったとしても、ベンチに戻ったら殴ってでも次の回から投げさせる」

 

 もう1つ、例え自分が崩れたとしても立ち直らせてくれる相棒が居てくれるから文悟には何の心配もなかった。

 

「打たれたことを素直に受け入れて、次に活かして行けばいい。真中さんは重く受け止め過ぎたんだ」

 

 文悟にだって全く警戒していない打者に打たれたことも、絶対の自信を持って投げた球をホームランされた経験もある。

 調子を崩し、大量失点を食らおうとも監督もチームメイトも文悟を信じてくれた。公式戦でそこまで打たれたことはないとしても、試合中に立て直せると見られるだけの信頼を文悟は得ている。

 

「高校生でそこまでの精神力の奴、普通は居ないって」

 

 御幸は呆れながらも、文悟のエース観を滝川・クリス・優と共に作り上げた張本人であるだけに少し反省する。

 

「今はそこが頼もしくも思うけどな」

 

 府中市民球場、西東京大会準々決勝の場が青道高校と薬師高校の決戦の舞台であった。

 

「どうよ、雷市。お目当ての剛速球投手の姿を見て」

 

 薬師高校の監督である轟雷蔵が青道ベンチを見ながら息子である雷市に話し掛ける。

 

「ガハハハハハ、ヤベェヤベェ! 肌がビリビリする!!」

 

 バットを持ったままブルブルと震える息子がまだ笑みを浮かべていることに心の底で安心しつつ、雷市と同じように相手エースを見ている自分のところのエースを見る。

 

「真田はどう見る?」

「俺ですか?」

「同じ投手の目から見た意見を聞いておきたいのさ」

 

 打者から見た意見を述べるはずの雷市は、早く戦いたいと素振りをしまくっていて人の話を聞きそうにない。エースナンバーは3年がつけているが、実質的なエースである真田俊平に意見を求めた。

 

「あれはオーラからして違いますね」

 

 顎を撫でながら真田は所感を告げる。

 

「風格つうんですか? 強豪のエースらしい感じは真中さんにもありますけど、こっちには隙らしい隙が見当たらない」

 

 生まれか、育ちか、環境か、それとも背負っている物の差なのか。

 

「あれで同級生(タメ)って言うんですから嫌になりますよ」

 

 それでも負けるつもりはないと、真田の目は言葉よりも雄弁に語っていた。

 

「同じ地区に2人も怪物が居るなんざ、運がねぇ」

「その怪物達を倒すのが監督の楽しみじゃないんですか?」

「俺だって戦わねぇですむならそうしたいよ」

 

 センバツでベスト8の真中は意外にメンタルが強くなかったが、事前のスカウティングで真中以上とされている怪物投手の片翼と先に当たってしまった不運を嘆く。

 

「どうせなら怪物同士で潰し合ってくれれば、もっと客も呼べただろうに」

「順当に行けば決勝で当たりますよ」

「それって俺達が負けるってことじゃないか」

 

 決勝という誰が見ても分かりやすく盛り上がる舞台であることを知ってはいたが目を逸らしていた雷蔵は溜息を吐く。

 

「すみません」

「いいって。お前のそういうところを俺は買ってるんだから」

 

 育て上げた主軸の1年生とは別に、薬師に元からいた真田のこういった何者にも臆することのない気風を気に入っているのだ。

 

「甲子園に行くには嫌でも戦わなけりゃならない相手なんだ。事前の情報があるから市大の真中ほど簡単には打ち崩さしてはくれねぇ。となれば、如何に点を取られないに限る。頼むぜ、真田(エース)

「期待に応えられるように頑張ります」

 

 模範的な回答ではあったが、真田の握られた手に力を込められているのを見れば言葉以上の意気込みがあるのが分かる。

 

「轟が1番だってさ」

「みたいだな」

 

 後攻である青道のマウンドには投手である文悟と捕手の御幸が居て、相手のオーダーが市大三高から代わっていることを話していた。

 

「まさか初っ端から来るとはな。起爆剤どころか試合を決めかねない核弾頭をどう料理する?」

 

 雷市との勝負次第で試合が決まるかもしれないという思いを抱きながらも、これだけの強打者相手であっても御幸の中で不安は一切なかった。

 

「真正面からぶっ潰す」

「OK。そのプランで行くぞ」

 

 市大三高を打ち破り、ジャイアントキリングを成し遂げた薬師には大きな流れが来ている。その流れを断ち切り、勢いを引き寄せる簡単な方法がある。

 

相手()の最高の選手を圧倒する。ただ、それだけでいい」

 

 マウンドから戻る途中で御幸が呟く。

 敵は強大だろう。だとしても、文悟(エース)に絶大なる信頼を寄せている御幸が臆することはない。

 

『1回表、薬師高校の攻撃。1番サード・轟君』

「カハハ」

 

 球場を埋め尽くす連続の番狂わせを期待する空気の中で、バッターボックスに立った雷市の立ち姿には強打者の風格があった。

 

(これだけの威圧を発する奴はどれだけ居たかね) 

 

 座り心地を確かめるように微妙に防具をカチャカチャと動かして初球のコースを考えて決めた。

 

「ボール!」

「うぉ……おおおおおおおおおお!?」

 

 様子見の内角高めのボールはストライクゾーンを僅かに外れた。

 振ってくれれば儲け物。最低でもボールの勢いに圧されて仰け反らせる目的で投げられた球を見ても雷市は驚きの声を上げただけに留まっている。

 

「ハハ……カハハハハハ! な、なんか球がんごぉって!? イメージよりもずっと凄ェッ!!」

 

 初見で文悟の球を見ても笑う余裕があった者は殆どいない。

 

(振らなかったのか、振れなかったのか…………多分、前者だろうけど初球は様子見って指示があったかもしれねぇな)

 

 そう考えるとボール球にしてしまったのは惜しいかもしれない。

 

(今の4シームが頭に刻み込まれているだろうから、外角低めの2シームで行くか)

 

 ノビ過ぎるストレートを見た後に普通のストレートを見ると全然ノビないストレートに見える不思議。

 

「ストライク!」

 

 一瞬振りかけるも、先程のストレートが頭にあって低すぎると判断してバットを止めた雷市の思いとは裏腹に審判はストライクをコールする。

 

(入ってるよ)

 

 雷市は一度審判を振り返るも、放たれた判定が覆ることが無いのは受けた御幸が一番よく知っている。

 

(とはいえ、哲さんレベルを想定するとなると次は対応してきそうな気もする)

 

 バットをヘルメットに当てて1人でブツブツと呟いている雷市の姿を見ればあながち的外れでもないだろう。最も御幸が怖いと思う打者である結城哲也と勝負するときの気持ちでリードをする。

 

「ファール!」

 

 内角低めの球に詰まり、レフト方向のファールゾーンに切れた。

 

(あれを当てて来るか)

 

 捕手である御幸の眼から見ても砂煙を巻き上げる低さの4シームは、先の球もあって普通ならば今度はボールと判断してもおかしくなかった。

 

(次は……)

 

 雷市の頭には4シームと2シーム、そしてまだ見せていないカーブが来ることも予測しているはず。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 剛速球か変化球を待っていた雷市は高速チェンジアップの球速差に初見で対応することが出来なかった。

 

「くっ」

 

 文悟のフォームは球種によって変わることがないように御幸とクリスの手で徹底的に矯正されている。持ち前のコントロールの良さも相まって初見で捉えるのはかなり難しい。ここまで対応した雷市が悔し気にベンチを戻る姿を見送った御幸は変化球(カーブ)を見せずにすんだことに安堵していた。

 

(塁次第で敬遠も視野に入れるとしても、まだまだやりようはある)

 

 2番打者である秋葉一真がバッターボックスに入っても御幸の頭の端には三振に切って取った雷市のことを振り払えずにいた。

 

「あ」

 

 その結果がカキンと甲高い音の直後に高々と舞い上がった白球の行方であった。

 マウンドからスタンドを振り返っている文悟や、ホームベースの後ろから同じように白球の行方を見守る御幸の視線の先でボールは柵を超えた。

 

「…………ホームランだ!!」

 

 打った秋葉も呆然とする中、最も早く事実を受け止めた観客の誰かが驚愕の叫びを上げた。

 未だ現実を受け止められない様子の秋葉が塁を回っている間、腰に手を当ててボールが飛び込んだスタンドを見ていた文悟は小さく溜息を吐いた。

 

「気が抜けてたか」

 

 雷市を三振にしたことで次の打者である秋葉への意識が散漫になっていた。

 

「勝って兜の緒を締めよ、か。昔の人の言うことに外れはないな」

 

 秋葉がホームベースを踏んだことに対する歓声を耳にして前に向き直った文悟に、審判からボールを貰った御幸が投げて来る。

 

「切り替えていくぞ!」

 

 キャッチャーマスクで分かり難いが自分と似たような表情をしているであろう御幸に言われなくても、3番である三島優太がバッターボックスに立った瞬間には文悟の中でもう切り替えは出来ていた。

 

「「すみませんでした」」

 

 三島を外野フライに、4番の山内豊を三振にしてベンチに戻った文悟と御幸は監督に向かって揃って頭を下げた。

 

「過ちを自覚して修正したのならば謝る必要はない。頭を上げろ」

 

 片岡監督も雷市は十分にマークしていたので、二人が次の打者に対して集中を欠いたことを問題にはすれども直ぐに改めた二人にとやかく言う気はなかった。

 

「次に活かせ。俺が言うのはそれだけだ」

「「はい!」」

 

 説教というよりは指導を受けた気分でベンチに座った文悟の前に横からコップから差し出された。

 

「どうぞエース、冷たい水です!」

「ありがとう、沢村」

 

 たった1回だけなので疲労もしていないし、喉の渇きも覚えていなかったが折角なのでコップを受け取り、口を湿らせる程度だけ飲んで横に置く。

 

「エースでもホームランを打たれることがあるんすね」

「驚いたか?」

「かなり」

 

 素直に心情を吐露する沢村栄純に横にいた御幸が苦笑する。

 

「速くて重いからあんまり打たれることはないけど、それでも絶対ってわけじゃない。冬の紅白戦でも哲さんに打たれたしな」

 

 流石は主将だ、と沢村が感心していると1番打者としてバッターボックスに立った倉持洋一がデットボールを受けたところだった。

 

「コントロールが悪いんですかね、あっちの投手は?」

「投手にとって初球は鬼門だから気負ったんだろう。ガードに当たっただけ儲け物と思っとけ」

 

 打率は高くないが出塁すれば得点に関わることが多い倉持は、沢村が唸っている間に2番の倉持亮介に投じられた初球で盗塁を仕掛けて成功させた。

 

「真田だっけ? デットボールの後でも気にしてる感じがしないな」

「あっちも文悟と同じく図太いんじゃね?」

 

 エースと正捕手がそんな話をしている間に亮介がバントを決めて、1アウト三塁で得点圏にランナーを置いていた。

 

「打ち上げた」

 

 3番の伊佐敷純が3球目をレフト方向に打ち上げる。

 割かし内野に近いので犠牲フライにはなりそうにない場所である。

 

「あっ、落とした」

「ホームランを打って手が痺れてたのかも」

 

 レフトの秋葉は危なげなく捕球はしたがボールを投げようとしたところで手から落としてしまった。

 慌てて拾って投げている間に倉持がホームに滑り込む。

 

「流石は足だけは凄いことはある」

「足だけはってなんだ」

「出塁率を上げてから言ってくれ」

 

 気安い間柄には辛辣な言葉を投げかけやすい御幸の正論に倉持は何も言えない。

 

「きついっすね」

「一也なりの叱咤激励ってやつだよ。夏が終われば、3年がごっそり抜ける中で今のスタメンに期待するのが普通だろう?」

 

 3年が抜けた後は1番倉持、2番春市、3番白洲、4番文悟、5番御幸、6番降谷の打順になる可能性が高く、7番から9番は二軍か1年生がつくことになると思われていることを沢村に説明する。

 

「沢村も投げるばかりじゃなくて打つ方も頑張らないとな」

 

 4番の結城がサードライナーで3アウトとなり、自身に打順が回ることなく次の回になったのでグラブを持って立ち上がった。

 

 

 



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第三十二話 一年の差

 

 

 2回は両校共に三者凡退に終わった。

 

「沢村に打つ方も頑張らないとって言っておいて凡打になった感想は?」

「穴があったら入りたい……」

 

 3回の表、同点のまま薬師の攻撃の場になって前の回で真田俊平のシュートに詰まらされた石田文悟は御幸一也のツッコミに身を縮めた。

 

「まずは投げる方に身を入れる所存であります」

 

 心機一転を示すようにビシッと立つ文悟に御幸は溜息を漏らした。

 

「どこの政治家の所信表明だよ」

「東京都?」

 

 天然で返された御幸はガクリと肩を落とすもなんとか踏み止まり顔を上げる。

 

「冗談はそこまでにして」

 

 何が冗談か分かっていない文悟のことは放っておいて話を進める。

 

「この回はどうやっても轟に回る」

「倒すイメージは出来ている。後は気を抜かなければ、どうということはないさ」

 

 市大三高の真中をノックアウトした姿を見て気負い過ぎていた感は否めない。実際に戦ったイメージでは確かに強打者として警戒すべき相手だが倒すイメージがあった。

 

「頼んだぜ、エース」

 

 私生活でそういう自信は失敗の前兆なのだが、こと野球においての文悟が見せる自信は現実の物となる。

 

「二者連続三振…………ギアが上がって来やがったか」

 

 8番・9番と連続三振を取られた薬師の監督である轟雷蔵は通常4回辺りでギアがMAXに成り、そのまま最後まで投げ切れるだけの体力があることを事前のスカウティングで知っているだけに面白く無さげな顔をしていた。

 

「しかも、まだ変化球(カーブ)なしってんですから嫌になりますよ」

 

 3回途中でまだ手札を残している文悟を切り崩しているとは言えない状態にあることを真田は危惧していた。何故ならば反対に真田は既に持てる手札の全てを晒していて、体力的にも不安が残る上に他の不安要素もあった。

 

「本当にお前頼みだ、真田…………足はまだ大丈夫か?」

「ええ、まだなんとか」

「持ってくれりゃいいが……」

 

 真田の着地した左足で地面を引っ掻くように投げ、下半身のエネルギーを余すところなく伝えている。そうすることでボールの威力は増すが、その分だけ左足にかかる負担は他の投手の何倍にもなり、春先に痛めた左脹脛の怪我が完治していない。

 1番(エースナンバー)を付けている三野勇人では青道打線を抑えきることは出来ないだけに真田に任せるしかない。

 

「雷市が打ってさえくれれば」

 

 真田もヒットを打っているが後が続けていない状況で薬師は二巡目を迎えることになり、運良くホームランで取れた点も直ぐに取り返された中で否が応でも雷市に期待が集まる。

 

「今度こそ打つ!!」

 

 チームメイトからの無形の期待を背中に感じながらも、まだチームを背負うことを知らない雷市が勇んでバッターボックスに立つ。

 

「カハハハハハ! さあ、来い!」

 

 1年生にして既に強打者の凄みを滲ませている雷市をマウンドから見下ろす文悟に影響があるようには見えない。

 

(強打者なんて探せば幾らでもいるからな)

 

 横目に見る御幸も警戒度は最高レベルに上げながらも臆してはいなかった。

 同じチームで言うならば結城哲也、西東京に限っても同等程度に警戒しなければならない強打者は片手の指で数えられるだけいる。全国に目を向ければ両手の指でも足りないだろう。

 

(将来性は十分。遠い未来で日本の野球界を背負う器かもしれない。けど、それは今じゃない)

 

 勝負に過去も将来性は関係ない。今ある物だけが全てだ。

 

(文悟、教えてやろうぜ。今の彼我の位置を)

 

 御幸は前の打席のリードも考慮して、初球のコースと球種を決めた。

 

「――っ!」

 

 空気を切り裂くように向かって来るボールは外角低めの最高のコース。

 

「ファール!」

 

 ドギャン、と金属バットがボールを捉えた直後、ライト線を僅かに切れてフェンスに跳ね返る。

 後僅かでホームランという当たりに、球場にどよめきが走る。

 

(さっきの打席で見逃した2球目の2シームと違って、半個分外側に外していたからフェアゾーンに飛ばない。さて、次は)

 

 打者との勝負は決して投手1人だけで行うものではない。共に戦う相棒として勝つ為に御幸は考える。

 

「ストライク!」

 

 外角低めの次はセオリーで行けば内角高めのところを、敢えて内角をエグって来たボールに雷市は手を出せなかった。

 先の球が外角の一番遠い場所だっただけに内角の球がやけに近く感じられ、避けるまではいかなかったが逃げ腰になっていたのは否めない。

 

「凄ぇ……凄ぇっ!!」

 

 高校に上がるまで貧乏だったから野球チームに入れなかった雷市は想像の投手と対戦するイメージトレーニングをしながらバットを振り続けた。

 時速160㎞のストレート、打者の手元で急速に変化するスライダーやカットボール、ゆらゆらと揺れながら落ちるナックルボールなど、頭の中で作り上げた化け物のような投手を相手に毎日休むことなくバットを振り続けた。

 

「これが投手! 関東No.1を争う投手か!!」

 

 どれだけイメージしようとも投手との駆け引きだけは実戦でなければ感じ取ることは出来ない。

 先の打席も含めて手玉に取られていると感じることが雷市のやる気に多量の燃料を注ぎ込み続ける。

 

「楽しそうなところ悪いけど、次が来るぜ」

 

 バッターボックスに立って構えている以上、投手が投げてはいけない理由はない。

 御幸の忠告よりも早くモーションに入った文悟を見て一瞬で集中を取り戻した雷市はどこに何を投げるのか以外の思考を捨てた。

 内外角を広く使って上手く攻められたが、これで意識はフラットになっている。ストライクゾーンを通過するボールならば、どこに来ても対応できる自信が雷市にはあった。

 だからこそ、投げられたはずのボールが消えたことに集中が一瞬途切れる。

 

(消え――)

 

 集中力が高まり過ぎてスローモーションに進む世界の中で、ストレートとは違う軌道を描くボールを直ぐに見つけた。

 文悟に変化球(カーブ)があることはスカウティングで知っている。

 ビデオで見た軌道から予測してバットを振る。

 

「何――ッ!?」

 

 雷市が予測した軌道からボールがノビてバットは何もない空を切った。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 三者連続三振をしたにも関わらず平然とした顔でベンチに戻る文悟の背中を見送る雷市に笑みはなかった。

 

「良いリードだった」

「ありがとうございます、クリスさん」

 

 1人も塁に出さない完璧と言える内容に自信はあったが、滝川・クリス・優に褒められると喜びも一入な御幸であった。

 

「水です」

「あ、ああ」

 

 その横では沢村栄純を押し退けた降谷暁が文悟に水が入った紙コップを差し出していた。

 体格差は如何ともし難い沢村が唸って見ているのに引きながらコップを受け取り、やはり口を湿らせる程度で飲むのを止めた文悟の横から伊佐敷純の手が伸びた。

 

「降谷、次の打順はお前からだろうが!」

 

 今日はレフトでスタメンに選ばれた降谷の打順は8番。

 伊佐敷に追い立てられるようにバッターボックスに向かった降谷を見てニヤリと笑う沢村。

 

「さあ、今度こそ俺の」

「2杯もいらないって」

 

 意気込んで持っていたコップを差し出そうとした沢村の好意は有難くとも、そう何杯も水を飲んでいたら動けなくなってしまうので断る。

 

「じゃあ、自分で飲みます! いやぁ、ブルペンで投げてたら喉が渇いちゃって」

 

 やけくそ気味に沢村が水を一気飲みした直後、球場がわあっと大きく湧いた。

 

「何事!?」

 

 相手に注視していて試合を見ていなかった沢村が慌てている最中、塁を悠々と回っている降谷の姿と気落ちしている様子の薬師の面々を見れば予想はつく。

 

「公式戦初ホームランがこの時期か。随分と早い」

 

 文悟が同じ1年の時は打よりも投への期待が大きかっただけに、打つことよりも一試合を安定して投げ切る方を重視していたから公式戦初ホームランは秋大会であった。

 

「ぐぬぬぬぬ」

「僻まない僻まない。凄い顔になってるぞ」

 

 現時点で自分が全く打てないことは自覚している沢村は、ベンチに戻って来た降谷が手厚い祝福を受けているのを見て嫉妬顔になっているのを指摘されて解そうとしても簡単には変わらない。

 

(甘く入ちまったか。あれで1年なんて、本当に嫌になる)

 

 当の打たれた真田はマウンドで大きく息を吐き、二打席連続で轟雷市が三振してしまった影響を受けていたことを自覚する。

 

(怪我の影響はある。監督に言われて長いイニングを投げれるように考えていたとしても、こうも格の違いを見せつけられるとは)

 

 春先にケガをした左足脹脛はまだ痛みはない。考えるということは大切であるが、どこかに同学年の文悟を意識していた気持ちがあったから真田が本気になった理由である雷市が子供のようにあしらわれている姿はとてもショックが大きかった。

 

(でも、相手は今後も見据えているはずだからエースをいずれ下げるはずだ。雷市だって何時までも燻っているはずがない)

 

 完投などされたら更に勝機は下がるが準決勝、決勝を見据えればその可能性は低い。幾分か希望的観測を含むとしても、まだ試合を諦めるには早すぎるし、1点差は簡単にひっくり返せると真田は信じた。

 

「やっぱ、青道は強ぇわ」

 

 裡にある不安などといった負の感情を胸の奥底へと押し込め、振り返った真田は仲間達に向かって言った。

 

「これからもっと迷惑かけると思うけど、その時は勘弁っす」

 

 1点が大きな意味を持つ序盤において、点を取られても決して腐ることなく仲間を頼ると宣言するに等しい発言に奮い立たない仲間は薬師には1人もいない。

 

「全然大丈夫っすよ、真田先輩! 迷惑かけて下さい!!」

「あ、お前には言われたくねぇ」

「なんで!?」

「お前ん所に打たせるには不安しかないからだよ」

 

 この試合はまだないが薬師内で最多エラーを記録している雷市は打つ方は信用出来ても守る方に対する信頼はかなり低い。偶にスパープレーを見せることがあるだけに悩ましいのも問題であった。

 

「これ()エースのピッチング……」

 

 9番の白洲健二郎と続く1番の倉持洋一を連続で打ち取り、2番の小湊亮介を四球で歩かせたものの、3番の伊佐敷を三振に切って捨てた真田の投球に文悟とはまた違うエース感を見た沢村の口から知らずに感嘆の息が漏れる。

 

「―――――――ストライクバッターアウト!」

 

 一度は取り戻した士気も、5回表の攻撃で文悟によって三者凡退に抑えられては挫けるというもの。

 

「よっ、容赦のない男!」

「褒めてるのか、それ?」

「勿論、チームメイトとして、何よりも相棒としてこれ以上無い称賛だとも」

 

 どうにも褒められている気がしない文悟としては二、三言いたいことがあったが機嫌の良さそうな御幸に口を噤んだ。

 

「失投でホームランを打たれた身としては罵倒してくれた方が気が楽だ。何より御幸が絶賛しても気味が悪い」

「あれは俺のリードミスもあるからとやかく言う資格はないって。って、俺を何だと思ってるんだよ」

「鬼畜眼鏡」

「おい、倉持。何を人聞きの悪いことを」

「本当のことだろ! 今までの俺に対する発言を忘れたとは言わせねぇぞ!」

 

 横から首を突っ込んだ倉持の熱いパッションに、またもや水渡し対決を制した降谷からコップを受け取った文悟はまた一口だけ含んで返してヘルメットを被る。

 

「哲さんが二塁打で出て、未だノーアウト。狙って行くか」

 

 先頭打者であった4番の結城が時折来る甘い球を見逃さずに痛打してツーベースヒットで進塁しており、アウトが1つもなく一塁も空いているので一発狙いで打席に立つ。

 

「これが秋から4番かと思うと不安になるな」

「…………何も言えん」

 

 凡打した文悟がすごすごとベンチに戻ると御幸の毒舌が突き刺さる。

 

「大きいのを狙った時に大体打ち損じる癖、どうにかしろよ」

「御幸は得点圏にランナーが居ない時に打てないのも直せよ」

 

 どっちもどっちという結論に対し、前向きに改善していくよう善処することにして気持ちを切り替える。だが、少し先の秋大会前の練習試合等でこの問題が再び話題に上がることを2人はまだ知らない。

 

「増子さんがバントで哲さんは三塁へ。御幸が得点圏にランナーを置いているとなれば」

 

 得点圏にランナーがいる時の御幸の出塁率は全国クラスと言われる強力打線の青道の中でも群を抜いている。2アウト三塁で御幸と勝負するよりは敬遠という選択肢を文悟も選ぶ。

 

「舐められてるぞ、降谷!」

 

 と、沢村が言ったように、前の打席でホームランを打った自分とならば勝負出来ると思われることは、つまりは舐められているのだと知った降谷も流石に少しムッとした様子で眉根を釣り寄せて打席に立った。

 

「ぬぅ……」

 

 しかし、全身全霊で投げる真田の投球に気圧されてしまった降谷は悔し気にベンチに戻ってきた。

 

「切り替えて行こう」

 

 同じく凡打した文悟は降谷の背中を軽く叩いてマウンドに向かっていく。

 

「3アウト、チェンジ!」

 

 変化球を織り交ぜられて更に的が絞れなくなり、5番の真田が単打で出塁するも、6番から8番の3人を三振と凡打に抑えられた薬師の中で少しずつ生まれた罅が大きくなっていく。

 

(攻撃終わるの早ぇって……)

 

 そんなことを思ったのは誰だっただろうか。

 

「こっちも後一つ乗れないな」

 

 9番白洲が内野のエラーで出塁して、1番倉持が四球、2番小湊が外野フライ、3番伊佐敷がファーストライナー、4番結城が敬遠、5番文悟の単打で1点、6番増子が三振で終わった。

 

「相手さんも肩で息してるし、次辺りで落とせるだろう」

 

 まだ5回が終わったにも関わらず、肩で息をしてベンチに戻る真田の姿を見た御幸が楽観気に言い切った。

 

「だとしても、あまり油断し過ぎるのは感心しないぞ」

「分かってるって。油断するのは相手の心をバキボキにへし折ってからにする」

 

 そう言うことではないのだと、偶に御幸についていけなくなる文悟はツッコミを入れようとして虚しくなったので止める。

 

「薬師の主砲を完膚なきまでに打ち負かせと?」

「向こうさんがまだ折れてないのは、轟なら打てると過信しているからだ。2三振で足りないなら3三振、3三振で駄目なら4三振で戦意を完全に失くさせる」

「でも、狙って三振を取ろうとすると打たれるぞ」

「仮に打たれたとしても2点差がある。今の文悟の調子なら轟に回るのは多くて2回、相手投手を途中で落とせば1回だ。秋からはどうしても打線のパワーが落ちる。今の内に上下関係ははっきりとつけておこうぜ」

 

 御幸の言い分にも利があると文悟も認めざるをえない。

 

「やっぱり鬼畜……」

 

 という小声の呟きがマウンドから離れた御幸にまで聞こえなかったのは幸いなのか。

 

「セーフ!」

 

 薬師の9番太田が振ったバットには当たったものの、ボテボテの凡打と思われた打球はイレギュラーバウンドでサードの増子のグラブから逃げ、その間に一塁にギリギリで突っ込む。そして迎えるは1番轟雷市。

 

「ぶちかませよ、雷市。野球の神さんもお前の打席を見たがってんぜ」

 

 薬師のベンチから多くの期待を込めた声援が向けられる中、とある文悟のいない世界線で似たような状況となって気負い過ぎたのと違って、ここまで完璧に抑えられている状況もあって逆に開き直った雷市の全てがクリアになっていた。

 

「ファール!」

 

 プレッシャーを気にしなくなった所為か、今までの打席なら確実に空振りを取れた球を打った雷市の振りは研ぎ澄まされていた。

 

「ファール!」

 

 まだ2回しか見ていないカーブにもタイミングを合わせられた文悟は一度プレートから足を離した。

 その姿を見た御幸はキャッチャーマスクの中で眉を顰める。

 

(試合中に覚醒とか、主人公かよ)

 

 当の雷市は集中力が極限まで高まっているのか、バッターボックスで微動だにせずに文悟を見ている。

 放たれる威圧は並の投手ならば気圧されて投げてしまうだろう。しかし、文悟はその威圧を柳に風とばかりに受け流し、プレートに足を戻したがモーションには入らない。

 

(やっぱりここで心をへし折っておきたいな…………もっと成長した状態で秋や来年の夏を戦うのは勘弁したいし)

 

 覚醒しても打てないと認識させれば苦手意識を持ったり弱気になるかもしれない。御幸は秘中の秘をここで使うことに決めた。

 

(本気か?)

(稲実に知られても、ここで確実に抑える為だ)

 

 寧ろ意識させれば戦術の幅も広がると、ここで雷市を屈服させることのメリットと合わせて以心伝心で会話する。

 文悟は一度ベンチのクリスを見て、頷きが返されたので納得する。

 

(ん?)

 

 無心になっていた雷市だからこそ気づいた文悟から感じられる僅かな変化。

 投球モーションに入られたことで変化の理由を考えることが出来ない。

 

(相変わらず速い……!! けど、低すぎる!!)

 

 明らかに地面にワンバウンドするほどの低さのボールであると雷市の目と脳は判断した。

 

「?!」

 

 ノビ(・・)たというよりホップしたようにしか見えない軌道を描いて、御幸が構えたストライクゾーンど真ん中にボールが収まる。

 

「ス……ストライクッバッターアウト!!」

 

 球審の判定が遅れた。

 スタンドが、ベンチが、そして球場全体がたった今ミットに収まったボールの軌道を目撃したが故に大きくどよめく。

 

「今、ボールが浮き上がらなかったか?」

 

 ありえない現象を前にして誰かが呟いた言葉を誰も否定できなかった。

 そして、そのことは実際打席で見た雷市が一番感じたこと。

 

「あ」

 

 見たことのない軌道、とんでもないボールに、打席で初めてとも言える寒気に雷市の心は完全にへし折れた。

 

 

 

 

 

 文悟は残りの2人を打ち取り、その裏の青道の攻撃で文悟がマウンドから圧力をかけ続けた影響でエラーが続発して、遂に真田も限界を迎えてノックアウト。次の投手である三野も打ち崩し、7回のマウンドは降谷が代わりに立って3人で締めて青道はコールド勝ちで準決勝に駒を進めるのだった。

 

 

 

 



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第三十三話 決戦前日

 

 

 

 先に行われた青道高校と仙泉学園、後に行われた稲城実業と桜沢高校の2つの準決勝は何の波乱もなく終わり、両エースを温存したまま決勝にコマを進めた。

 

「青道も文悟(エース)を使わなかった。考えることは同じってか」

「自分が試合に出れなかったからって僻むなよ。これも作戦だ」

 

 ミーティング前に主将である原田雅功に愚痴を零していた成宮鳴はそっぽを向く。

 

「俺が出てたらもっと楽に桜沢に勝てたんだ」

「どっち道、勝っただろ」

「俺が投げたかったの!」

「あまり我儘を言うな」

 

 エースの愚痴に付き合うのも女房役の務めとして、しっかりと相手をしていた原田は面倒臭げに溜息を漏らす。

 

「決勝で当たる青道の打線は予選で戦ったチームの比じゃない。井口には悪いがどれだけ打たれてもお前に投げ切ってもらわねばならんのだ」

 

 決勝は準決勝から1日を挟んだ日程になっている。

 日本のプロ野球では先発投手のローテーションは中5日から6日、米国のメジャーリーグでは100球前後で降板させて中4日の日程で運営するローテーションが定着している。試合日程によっては100球を超えても連日連投することもある日本の高校野球の方が異常なのであった。

 

「お蔭さまで肩の張りも疲れも何もないですようだ」

「なら、よし」

 

 不貞腐れていても、戦う前にどれだけの準備をして鋭気を養えるかにかかっている。

 そういう意味では後で文句を言われた原田にとっては試合に出てくれた方が楽だとしても、国友監督の選択が正しいと分かっているだけに面倒臭いながらも耐えるしかなかった。

 

「青道は去年と比べても強く成っている。俺達が実力で劣っているとは思わんが確実に上回っているとも言えん。しかも、向こうには隠し玉があった」

「薬師との試合で投げた球だね」

 

 腕を組んだ成宮が気に入らなげに鼻を鳴らす。

 

「実際、どうなの? 俺達は試合を見てないし、見ていた奴の錯覚って線が当たり前だと思うけど」

 

 それほどに文悟が轟雷市に投げた一球はありえないものだった。

 

「ソフトボールじゃあるまいし、球がホップするなんてありうるの?」

「映像じゃ分かり難いけど、見ていた奴にはそう見えたんならそうなんだろう」

 

 とはいえ、偵察班の情報と観察眼に信頼はあれど原田も半信半疑な面もある。それほどに野球の常識において、球が浮き上がるという現象はありえないのだから。

 

「偶然とかじゃないとしたら、俺のチェンジアップみたいな隠し玉かな」

「嬉しそうだな、鳴」

「そりゃあね。変化球(カーブ)だけじゃなくて、更に隠し玉もあるなんて倒し甲斐があるじゃん」

「敵は強大な方が良いってか? 打つ方からしたら勘弁してほしいぞ」

「こっちは投げる方に専念するから、打つのは任せるよ」

 

 成宮の打順は5番でクリーンナップである。しかし、次の試合では投げる方に専念するつもりで、打順も大幅に下がることになっていたから文悟に隠し玉があろうとも気楽だった。

 

「気楽に言ってくれる」

 

 打の主軸である4番打者である原田にとっては成宮の言葉は無責任極まりない。

 

「仕方ないじゃない。明日はきっと一瞬たりとも力を抜けそうにないから、俺は俺の仕事を全うするよ」

 

 そこで一度言葉を切った成宮は組んでいた手を解いた。

 

「多分、文悟は絶好調にまで調子を仕上げて来る。反対に俺はどうかな? 自分で言うのもなんだけど気分屋なところがあるから」

 

 自覚があったのか、と今更な現実に原田は内心だけで呟きつつも、如何ともし難い事実から目を背けることはしなかった。

 

「石田は試合を重ねるごとに調子を上げている。関東大会のような状態になられると厳しい物があるが」

「青道は分かった上でそういう起用法をしてるよ。俺だと、ああは出来ない」

 

 成宮の場合は完投や完封、何がしかの記録がかかっていれば最後まで投げ切りたいと思う。しかし、文悟は監督の命令であれば簡単に交代する。

 

「王様気質と職人気質の違いだろう」

 

 両者はエースとしては似たところがありながらも、その気質は真逆に近い所にいた。

 どちらも一長一短、扱いが面倒な成宮の女房役の原田だからこそ良く分かっていた。

 

「なんか納得……」

 

 どうにも波長が合わないと思っていたが気質からして違うのならば納得もいった。

 

「一番ノッている時の文悟を打ち崩すのは難しい。現に去年は打ち崩せなかったしね。打てるの?」

「するとも。鳴こそどうなんだ?」

 

 去年は前の試合で完投して途中から投げ始めた文悟を打ち崩すどころか、まともなヒットすら打てなかったことを揶揄するでもなく現実を受け止めている成宮に、試合を通して御幸のリードに抑え込まれた原田としては面白くないので話題を返す。

 

「去年、哲さんと文悟に綺麗に打たれたのを忘れてないよ。文悟も投げる方に集中するにしても、打たれる可能性が高いのはやっぱり俺の方なんだろうね」

 

 投手として劣っているつもりは成宮にはない。だが、絶好調時の文悟に確実に勝てるかという自信もまたなかった。

 

「でも、勝つのは去年と同じように俺だ。1点、1点だけでいい。そうすれば俺達は勝てる」

「ああ、今度こそ鳴が東京No.1投手であると証明してやろう」

「違うよ、雅さん」

 

 ニヤリと笑った成宮が残りを言葉を続ける。

 

「俺が、俺達が日本一に成りに行くんだから」

 

 甲子園の前哨戦などではない。この決勝戦こそ甲子園決勝ぐらいの心積もりで戦うのだと成宮の戦意に燃えた目が雄弁に物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東さん、やっぱり太ってたよな」

 

 決勝戦を前日に控えた食堂で日中にあったことを話していた文悟と御幸は思い出し笑いをする。

 

「今は二軍でダイエット中だと。10㎏痩せないと試合にも出してくれないってぼやいてた」

「元から体の大きい人だからプロ入りして美味い物を馬鹿食いでもしたのかね」

此処(青心寮)なら栄養のバランスを考えてくれるけど、外食ばっかだとどうしても太りやすくなる。東さんってご飯を作ってくれる人居たっけ?」

「独身寮に入ってるって話だけど」

 

 去年の主将であった東清国は卒業後、プロ入りしたことは元同室である文悟は良く知っていた。今の文悟をも超える巨漢で良く食べるだけに、栄養も考えずに暴食をする環境があれば太るのも止む無しと考えた。

 

「俺達も気を付けないとな」

「そうだな。部活を引退したら抑えないと」

 

 プロ入りしたら、という枕詞を敢えてつけなかった御幸の言葉の裏を読めなかった文悟が勘違いをしているが間違いを修正はしない。その方が面白いからである。

 

「来年のことじゃなくて明日のことに集中しよう。で、体の方はどうだ?」

 

 どちらであってもまだ十代の御幸達にとっては遠い未来の話であったから、身近な話へと話題を戻すと文悟が肩に手を当てる。

 

「大会の最中とは思えないほど体が軽い。今日投げた感じから行くと明日は関東大会で市大に投げた時のレベルまで持って行けると思う」

「そこまでか……」

 

 トーナメント表が出て決勝で稲実と当たると分かった時から徐々に調子を上げていく起用方法をしたにしても、ここまで上手く絶好調にまで仕上げることが出来るとは思っていなかった。

 基本的に文悟が全力で投げるのは市大三高と稲実と目されていた。市大三高は薬師に敗れて対戦することはなかったが、関東大会で完勝して秋大会の借りを返しているので寧ろ良いカンフル剤になっただろうと思うことにする。

 

「丹波さんが仕上げてくれたお蔭だな。後、沢村と降谷も」

 

 最後の夏に丹波の投球には凄みが有り、準決勝では7回を投げて1失点に抑えた働きを見ても文悟が居なければ文句なしにエースであっただろう。1年2人を経験させるための登板が数多くあったが2人は期待に応えて順調にスキルを上げている。

 沢村と降谷は打ち込まれたり、四球を連発したりなど不安要素は大きいが努力の甲斐は見られていた。

 

「1年2人は危なっかしいけど」

「最初はそんなもんだって」

 

 そう言う文悟は去年の夏の大会では殆ど打たれなかったことを忘れているかのように気楽だった。

 

「秋には物になりそう?」

「このまま順調に育って行けば多分な。良い規範になれよ、エース」

「努力はする」

 

 人に物を教えるなどといったことは出来ない文悟は、ただプレーでエースとはなんたるかを示すしか出来ないので物言いは消極的であった。

 

「経験を積ませる為にも明日は勝たないとな」

 

 うっそりと囁いた御幸の言葉に文悟も小さく頷く。

 

「やっぱり甲子園って舞台は違うだろうし」

「経験してるかしてないかは重要って話だからな」

「稲実が甲子園を知ってても、それでも勝つのは俺達だ」

 

 別の意味を織り交ぜたのに文悟は気付かなくて、寧ろらしい様子に御幸は常と変わらないことに頼もしさを覚える。

 

「去年の雪辱をここで濯ぐ。もういい加減に悪夢は沢山だ」

 

 先輩達の夏を終わらせた思いを2度もするのは御免だと、文悟が静かに語る。

 

「――明日は」

 

 言葉尻とは別に御幸に気負いといった負の感情は見受けられない。

 

「文悟、お前1人に投げ切ってもらうことになる。1年2人には荷が重いし、丹波さんは準決勝で7回まで投げてる。監督とコーチも多分、同じことを考えてるはず」

「延長どころか再試合になっても投げ切るさ」

 

 そんなことをされて、もしも故障でもされたら御幸が困る。

 負けたらマシなどと言うつもりはないが今後とも長く相棒を続けるつもりなのだから無理はさせたくない。

 

「その前に点を入れるって。1点で十分なんだろ?」

「ああ」

 

 傲慢ではなく自負であり自信であった。

 薬師戦で油断で伸びた鼻っ柱を折られたので過信はない。打たせず、決して点を与えないという思いを持って投げるのみ。

 

「―――――――そろそろ話し合いを終えて部屋に戻ったらどうだ2人とも」

「クリスさん」

 

 食堂のドアを開けた滝川・クリス・優が未だ食席から動こうとしない2人を見咎めた。

 

「まだ十分に時間があるはずですけど?」

「それなりの時間だぞ」

 

 まだ話足りない様子の御幸に対するクリスの返事を聞いた文悟が壁掛け時計を見ると、確かに食後休憩に話していたにしては時間が経っていた。

 

「2人がどこにも居ないというから俺が1年2人の相手をしたんだぞ」

 

 本当に疲れたように言うクリスに、明日の先発が早くから決まっていた文悟が軽く投げるだけの調整だったので必然的に受ける時間の長かった1年投手の内、沢村が零していた言葉を御幸は思い出した。

 

「ああ、昼間に変化球がどうとか沢村が言ってましたっけ」

「降谷まで感化されて大変だった」

「ご苦労様です」

 

 投げることに対する執着では文悟を上回っている2人の相手を1人でしていたクリスの苦労を偲びはしたものの代わろうとはしない御幸だった。

 

「言葉に労わりを感じないが……」

「寧ろ御幸らしいじゃないですか」

「成程」

 

 文悟の評に物凄く納得しているクリスに、御幸はとても不本意な物を感じる。

 

「ちょっと、それはないんじゃないですかクリスさん」

「毒舌のない御幸など、捕手の居ない投手みたいなものだろう」

「つまり、俺の居ない文悟みたいな?」

「今はそういうことにしておこう」

 

 1人でドヤ顔をしている御幸の機嫌が回復したのを見て、何時もの流れもそう何回も出来ることではないと理解しているクリスも話題を戻すことにする。

 

「1年2人の変化球だが、落合コーチの助言もあって即席にしては物になっている」

「そうなんですか?」

 

 変化球(カーブ)を習得するのに長い時間がかかった文悟が興味を引かれた様子で聞く。

 

「降谷は縦スラだ」

「へぇ」

「現段階では上手く嵌ればいいが要練習だがな」

「秋までに物にすればいいんですから取っ掛かりを手に入れただけでも儲け物ですよ」

 

 降谷はスプリットフィンガー・ファストボールを習得しているが、球種が増えればリードする御幸としてもやりやすくなる。

 

「で、沢村は?」

 

 本人のキャラクターもあって特に沢村に期待もせず御幸が聞く。

 

「聞いたら驚くぞ」

 

 当初の不器用さを良く知るのと、人に好かれるというかイジラれる性質のある沢村なだけに同じく多くを期待していなかったクリスはニヤリと笑って続ける。

 

「沢村に至ってはカットボールからチェンジアップ、更には高速チェンジアップまでだ。特に高速チェンジアップに関しては、直ぐにでも実戦で使えるレベルにある」

「沢村が3つも?」

「マジですか、それ?」

「嘘を言ってどうする」

 

 ただのストレートを投げるのにも四苦八苦している姿を見聞きしていただけに2人の驚きは大きかった。

 

「他にも使えそうな物は多いが、今の段階では多くに手を出すべきではないとして止めている。降谷のことといい、次のチームで御幸のするべきことは多そうだぞ」

「こんな嬉しい悲鳴なら大歓迎です」

 

 夏が終われば打撃力が下がるのは必然で、投手力が上がるのは喜ぶべきことである。

 

「負けてられない。俺も」

「「投げるなよ」」

 

 負けん気を燃やした文悟が立ち上がりかけたが2人同時に静止させられて、上げかけた腰が中途半端に止まる。

 

「明日が試合なんだ。その気持ちは明日の稲実にぶつけとけ。疲れて無様な投球をした投手が秋からエースになれる保証もないぞ」

「…………分かった」

 

 目の奥で静かに燃える炎に満足した2人に促され、文悟は早めに就寝するのだった。

 

 

 

 

 



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第三十四話 火花散る

 

 

 

『西東京大会決勝戦は午後1時にプレイボールです。本日は気温が大変高い為、熱中症にならないよう水分をお取りになり、ご注意の上でご観戦下さい。繰り返します……』

 

 時刻は試合開始の30分前。既に満員に近いにも関わらず、入ってくる人の波が途切れることのない球場内にアナウンスが鳴り響く。

 遠くに聞こえるアナウンスの声を耳に入れながら、廊下の角から現れた人物を目にして伊佐敷純は体をそっちに向ける。

 

「で、どっちなんだ哲?」

 

 試合前にチームから離れていた主将である結城哲が戻って来たのを見て、今か今かと待っていた伊佐敷は前振りもなく訊ねる。

 

「俺達が先攻、稲実が後攻だ」

 

 静かに精神集中をしていた小湊亮介が顔を上げて結城を見た。

 

「勿論、ジャンケンに勝ってだよね?」

「ああ」

「幸先の良いスタートじゃねぇか」

 

 先攻後攻は、審判委員立会いの下で両校主将のジャンケンで決定される。

 ゲン担ぎではないが最初から負けていては気分が良い物ではない。ジャンケンに勝ったのならば、この試合にも勝つのだと弾みをつけられると伊佐敷は笑った。

 結城は伊佐敷から視線を切り、仲間達を見る。

 笑顔を見せる者、静かに集中している者…………スタメンが各々で準備をしているのを見据え、結城は置いていた荷物を手に取った。

 

「行くぞ!」

「「「「「「「「おおっ!!」」」」」」」」

 

 主将らしく結城の先導でグラウンドに出ると、途端にスタンドにいる観客達の歓声が響く。

 

「おい、文悟」

 

 左投手らしく鞄などの重い荷物を持つ時は利き手と反対に荷物を持って進む石田文悟に、隣を歩いていた御幸一也が軽く肘で突く。

 どうした、と声に出さずに顔を向けた文悟に御幸はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「鳴がガン飛ばしてるぞ」

 

 文悟は成宮鳴を一瞥したものの、直ぐに視線を元に戻した。

 

「で?」

「お前もやり返してやれって話」

「一也が代わりにしといて」

 

 挑発を柳に風と流しながらも、決して闘争心が滾っていないわけではない。

 静かに燃える青い炎を体現するように、漏れそうになる闘争心を裡に抑え込んでいる文悟の背を見送った御幸はニシシと笑って成宮に手を振る。

 

「舐めやがって、あの2人」

 

 別にガンを飛ばしていた意識はなかった成宮としても、これから戦う敵として少しの対抗心を感じられず虚仮にされたという意識が生まれる。

 

「何を言っとるんだお前は」

「だって雅さん……」

「馬鹿なことを考えてないで準備を始めろ」

 

 原田雅功は溜息を漏らしながら、文悟達に相手にされなくて不貞腐れているエースの尻を叩く。

 

「俺達が勝ぁつ!!」

 

 なんて大声が青道ベンチ側から聞こえたりもしたが、振り返りかけた成宮を制して原田はベンチに入って捕手の道具類を身につけ始める。

 

「後攻なんだからアップを始めるぞ」

「へいへい」

 

 捕手に比べれば投手の準備は無きに等しい。

 捕手の準備が整うまで手持ち無沙汰だった成宮が大きな欠伸をしたのを原田は見逃さなかった。

 

「朝から欠伸ばっかりして、昨日はあまり眠れなかったのか?」

 

 成宮には去年の夏で甲子園で敗れて以来、記憶が蘇って眠れなくなる時がある。

 朝から多数の欠伸をしているということは睡眠不足を意味しており、原田が結び付けて考えてしまうのも仕方のないことだった。

 

「まあ、そうだけど心配はしなくていいよ。ずっとこの時を待っていたんだ。どうやってアイツラを潰してやろうかって考えてたら興奮しちゃってさ」

 

 ギュッと握った手に強く力が込められた。

 

「試合が始まったら眠気なんて勝手に吹っ飛ぶよ。なんたって、ようやく1年前の借りを返せるんだから」

 

 その言葉を示すように試合開始が迫っているのにつれて欠伸の頻度は減っている。

 

「行こうよ、雅さん。もう一度、あの場所(甲子園)に」

 

 稲実のエースは心身共に充実してマウンドに上がるだろう。そしてそれは青道も同じだった。

 

「今日は暑くなるが水分を取り過ぎると体が動かなくなる。だから、沢村。あまり文悟に水を渡そうとするな」

 

 先攻の青道のベンチでは滝川・クリス・優に注意を受けた沢村栄純がショげていた。

 

「降谷もだぞ」

「っ!?」

 

 前に出ていた沢村が怒られたならば自分がとコップを手にした降谷暁にも御幸がしっかりと釘を刺しておく。

 沢村と、ピタリと動きを止めた降谷が残念そうにコップを戻す姿があまりにも普段と変わらなさ過ぎて文悟は少し笑ってしまった。

 

「みんな何時も通りだな」

 

 1年生2人は天然であるが文悟としても決勝戦だからと気負っていた重しが取れたような気がする。

 

「時間だ」

 

 結城の声に文悟もベンチから立ち上がり、守りから始まる稲実とは違って無手のままで向かう。

 

『全国高校野球選手権大会西東京地区決勝。夏2連覇を狙う去年の覇者である稲城実業、去年の雪辱を果たして6年振りの甲子園を目指す青道高校の対戦です。夏本番を思わせるこの青空の下、両ベンチから選手が出てまいりました』

 

 テレビ放送の実況の声はグラウンドにいる選手達には聞こえない。

 

『勢い良く飛び出して来た両チームの選手達にスタンドから大きな拍手が送られます。ここまで勝ち上がって来たチームへの敬意と、これから行われる試合への期待。はたしてどのような決勝戦となるのか――』

 

 西東京ビッグ3と呼ばれる巨頭同士の対決が甲子園行きが懸かった決勝戦に行われるというドラマチックな展開に視聴率も上がる。

 

『共に全国級の左腕投手を擁し、去年の対戦では試合は稲実が勝利したものの投球内容としては優劣をつけれません。しかし、1年を経て更に実力を増した2人の投げ合いを見れるのは幸運と言えます』

 

 実況が個人的な思いを吐露している間に選手達の挨拶は終わり、先攻の青道がベンチに戻っていく。

 

『1回表、守備に就くのは稲城実業。マウンドに選手が集まり、声を掛け合っています。そしてもちろん、マウンドにはこの人、今大会未だ失点0である2年生エースの成宮鳴君。公表されたオーダーによれば、普段は5番(クリーンナップ)だった成宮君が9番にまで打順を下げています。青道の石田文悟君も同様だと両校の監督はこの試合が投手戦になると見ているのでしょう』

 

 マウンドに立つ成宮が投球練習をしている最中、青道ベンチ前では円陣が組まれていた。

 

「去年の敗戦のことを覚えている者は多いだろう。かくいう俺も昨夜は思い出して寝つきが悪かった」

 

 観客から『王者の掛け声』と称される行為のその前、結城は静かに語り掛ける。

 

「当時1年だった2人に頼るしかなかった不甲斐なさ、勝利を後少しというところで逃した悔しさ…………あれからいつ何時でも忘れたことはない」

 

 去年の試合に出ていた者、ベンチで見ていることしか出来なかった者、観客席で応援していた者、入学前のことでピンと来ていない1年生を順に見渡す。

 

「青道が王者だったのは先輩達の栄光があってこそ。今の俺達は王者なんかじゃない、挑戦者だ」

 

 結城は立てた親指を胸に当て、結城は静かな眼に焼き尽くさんばかりの炎を燃やす。

 

「誰よりも汗を流したのは!」

『青道!!』

 

 敗北を糧に、1球の重みを知った。

 

「誰より涙を流したのは!」

『青道!!』

 

 もう敗北はいらぬと、涙が出るほどに練習を重ねて来た自負がある。

 

「戦う準備は出来ているか!」

『おおおおおおおおぉぉぉ!!』

 

 グラウンドにいる選手達だけでなく、ベンチにいる野球部部長の太田や記録員の藤原貴子、観客席にいる部員達や女子マネージャー達も唱和して、球場の端々にまで轟く掛け声が響き渡っていく。

 

「我が校の誇りを胸に狙うは全国制覇! 行くぞぉっ!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!』

 

 最後は空に向かって指を立てて終わった豪快なパフォーマンスは青道のファンではなくとも惹きつけられる物があり、稲実のファンまでも委縮させる効果があった。そのつもりはなくとも既に守備配置についている稲実選手にも威圧を与えていた。

 

「上等……っ!」

 

 甲子園が懸かる決勝という大事な一戦に大きなプレッシャーに晒され、青道の掛け声に威圧を覚える稲実メンバーの中にあって成宮は逆境を楽しむように笑う。

 

「頼んだぜ、倉持」

 

 不動の核弾頭(リードオフマン)として打席に向かうその背中に御幸が声をかける。

 しかし、当の倉持洋一は集中を高めていて聞いていなかった。

 

『追い込まれるまで甘い球以外に手を出すな』

 

 その頭の中にあったのは直前にかけられた片岡監督の言葉。

 

『三振することを恐れず、自分の狙い球を絞っていけ。この気温だ。球数を投げさせれば成宮といえど必ず失投は増えて来る。一瞬たりとも見逃すな』

 

 打席に立つ前に帽子を取って一礼した倉持は被り直す際に燦々と地上を照らす太陽を見上げた。

 

(俺の役目は塁に出ること……)

 

 出塁さえすれば自慢の俊足もあって青道の得点機会は飛躍的に伸びる。落合博満コーチからより一塁に近い左打席に専念するように言われていたが、憧れの選手がスイッチヒッターであったから固辞し続けて来た主義を自ら捨てる。

 

(左打席? ボールの軌道が見やすい右打席じゃなくて?)

 

 基本的に左投手は左打者に有利とされている。スイッチヒッターは左投手相手には右打席に立つのがセオリーでありながら、敢えてセオリーを無視した倉持に原田がその思惑を読もうとするも成宮にはその意図が簡単に分かった。

 

(セーフティ狙ってんのバレバレでしょ) 

 

 俊足の倉持相手の場合、無警戒でセイフティバントを仕掛けられていたら成功の確率は五分五分。しかし、可能性として既に考慮に入れていれば失敗の確立を100%に出来る。

 成宮は当然のこと、三塁手の吉沢秀明も心得たもので守備位置を前気味にしている。

 

「ボール!」

 

 初球は倉持の意図を探る理由もあって低めに外した。

 吉沢と同じく成宮も前に出たが倉持はバントの構えもせずに見送った。

 

(構えもしないということはバントじゃないのか? やばいな、考え過ぎてる)

 

 慎重に成り過ぎている己に原田は一度思考をリセットした。

 

(塁に出たら怖い打者だが警戒していればセーフティは防げる。俺達を信頼して投げて来い、鳴!)

 

 女房役である原田の役割は如何に成宮の負担を減らせるかにかかっている。

 自信を持ってサインを出す原田にニヤリと成宮も笑った。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 倉持は時にバントの構えをしたものの、投げることに集中した成宮を前に直球一本のみで捻じ伏せられた。

 

「へっ、雑魚雑魚」

 

 言葉で言うほどは倉持を侮っていない成宮の目は既に次の打者へと向いている。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 青道一の選球眼の持ち主であり好打者でもある小湊亮介相手に全球変化球の上に徹底したゾーンで勝負して3球で終わらせた。

 

「ふぅ」

 

 結城と文悟の次に厄介な打者をたった3球で除けることが出来た成宮は気持ちを切り替えるように深呼吸して、クリーンナップを迎える青道を迎え撃つ。

 

『稲実の成宮君が豪打で知られる青道打線を三者三振で切って取りました。立ち上がりとしては最高の出だしと言えるでしょう。同時に青道に対するこれ以上の無いプレッシャーを与えたとも言えます。石田君の出来次第で早々に試合が決着がしてしまう可能性も……』

 

 伊佐敷は直球と変化球に翻弄されながら粘りはしたものの三振になった。

 3アウトになり、今度は青道が守備につく。

 

「まさか哲さんまで回らないとはな。鳴の調子も良さそうだ」

 

 マウンドでエースと話す御幸は少し予定が狂っても大して重く受け止めずに話す。

 

「相手がどうだろうと俺達には関係ない」

「だな。プランは昨日話した通りで行けるか?」

「ああ、もしかしたら予定よりも前倒しになるかも」

「それに越したことはないさ」

 

 例え成宮が絶好調であろうとも文悟から感じる覇気と常以上のオーラが御幸に一切の不安を感じさせることはなかった。

 

「何時も通り1人ずつしっかりと抑えて行こう」

 

 今の文悟ならば変に気負わなければ十分に稲実打線を抑えられると思ったからこそ、奇を衒ったことを言う必要はなく常と変わらない言葉を放ってマウンドを離れる。

 

「1本の安打でさえも許す気はない……!!」

 

 完全試合を目指しているわけではない。負けない為には、勝つにはバットに触れさせなければいいという稚拙な論理を現実の物とすべく、1番打者である神谷・カルロス・俊樹に向かって球を投げた。

 だが、そのボールの軌道は尋常ならざるものだった。

 

「―――――今の直球、だよな?」

「でも、有り得るのか? 上手投げであんな軌道のボールが」

「だけど、現実問題としてボールが浮き上がってるように見えた」

「準決勝で投げてるから偶然という線はないぞ」

 

 観客席からどよめきが走り、稲実ベンチもまた騒然としていた。冷静なのは事前に話がされていた青道ベンチぐらいである。

 

「もう1本行くぞ」

 

 見たことのない軌道で向かって来た球に震撼していたカルロスの耳に御幸が呟いた言葉が入ってくる。

 捕手によくある囁き戦術に惑わされないと思っても初めて見た軌道は目に焼き付いている。

 

「ストライク2!」

 

 先程のとは違って普通のストレート、というにはノビ過ぎる皆が良く知る文悟の直球にカルロスのバットは掠りもしない。

 

(落ち着け。惑わされるな……)

 

 カルロスは最初の直球に冷静さを失っている自分を客観視して、次は何が来ても打ってみせると落ち着こうとする。

 

「落ち着くなよ」

 

 しかし、カルロスの気持ちの間隙を縫うかのようにブレーキの効いたカーブが御幸の構えたキャッチャーミットの中に収まる。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 1年前にはなかった変化球を前にしてカルロスは一度もバットに当てることも出来ないまま三振してしまった。

 球数を稼ぐことも出来ずにアウトカウントを灯してしまった自分に、塁に出る自負があっただけにカルロスも直ぐには動けない。

 

「お帰りはあっちだぞ」

「ぐっ!?」

 

 笑みを滲ませた御幸に虚仮にされていると分かっていても、何時までも打席に残っていたのはカルロスなので抗弁すれば審判に注意を受けるかもしれない。

 忸怩たる思いを抱きながら次の打者である白河勝之と入れ替わる。

 

「油断するな。予想よりも更に上の軌道で来るぞ」

「分かった」

 

 しかし、そのアドバイスが仇となった。

 ホップする直球を待ち構えていた白河は高速チェンジアップ・カーブ・ツーシームのたった3球で三振してしまうのだった。

 カルロスと白河を三振に切って取ろうとも今日の文悟には準決勝にはあった油断や気の緩みは一切ない。

 

「後、1人」

 

 その言葉の通り、文悟は吉沢も3球で三振にして成宮と同じ三者三振で1回の裏の終えたのだった。

 

 

 



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第三十五話 水面下の攻防


なんとか一ヶ月は空けずに投稿出来ました。
イマイチ、モチベーションが上がりませぬ。


 

 

 

 青道高校と稲城実業の試合は2回に突入していた。

 初回は両投手の快投により3人で終わっていた。つまり2回は両チームとも4番からの打順である。

 

「ボール!」

 

 稲実の投手である成宮鳴が投げた球は僅かにストライクゾーンを外れ、捕手の原田雅功が構えていたキャッチャーミットに収まった。

 

『これで2ストライク、3ボール。結城君が粘っています』

 

 フルカウントで、擁した球数はファールをした分も含めると7球。太陽は中天を超えて更に暑くなっていく中で、一人に球数を取られるのは原田としては好ましい状況と言えるものではない。

 

『ウィニングショットであるチェンジアップをどこで使って来るのか……。サインを交わして8球目!』

 

 塁にランナーがいない中、青道で一番怖い打者である結城に対して練りに練った上で出したサインに頷いた成宮が投げた一投。

 

『ストレートを捉えた! センター下がる!』

 

 速度はともかく甘く入った直球を確実に捕らえた金属バットが快音を鳴らし、反発力も合わせて飛んだ球はホームランになってもおかしくない軌道を描く。

 センターを守る神谷・カルロス・俊樹は一瞬だけ向かって来る球を見た後はフェンスを向き、一心不乱に走る。

 

『大きい! これは行ったか――』

 

 誰もがそう思った次の瞬間、一切減速することのなかったカルロスがフェンスに向かって飛び上がった。

 抜群のバネで走っていた勢いを殺すことなくフェンスを蹴って三角飛びの要領で、柵を越えようとしていた球を伸ばしたグローブで捕球する。

 

『と……捕ったぁっ!? 掴み取った!! センターのカルロス君、値千金の超ファインプレー!』

 

 カルロスのファインプレーに湧き上がる球場の中で打たれた成宮は安堵の一息をついていた。

 

「全く、やになるね。一瞬たりとも気を抜くなってか」

 

 当人としては気を抜いたつもりは無くとも、手から離れた球が甘いコースに行っていれば二の句を告げなくなる。

 

「チェンジアップなしで哲さんを抑えたんだ。切り替えて行こう」

 

 カルロスのファインプレーのお蔭だとしても青道の主砲を抑えた結果は変わらない。引きずって後にまで引いて後続に打たれては意味がないと、深呼吸をして次の打者である増子透を見据える。

 

「――――――ストライクバッターアウト!」

 

 増子にはフォークボールを引っ掛けさせて内野ゴロ、次の打者である御幸一也は鋭さを増した変化球に手が出ず、三振に終わった。

 

「やばいな。どんどんキレてきてるぞ、鳴の奴」

 

 プロテクター類の装着を手伝ってもらいながら御幸は相棒の準備が終えるのを待っている石田文悟に打席で感じた心象を伝える。

 

「野球は点を取られない限り負けることはない。一本も打たせる気はないよ、俺は」

 

 流石はエース、と自信満々に言い切った文悟に何時かは自分も真似をしようと心のメモ帳に記す沢村栄純。

 

「そろそろ一発が欲しいよね、雅さん」

「分かってる。結城を抑えて俺が打てば流れを引き寄せられるからな」

 

 とはいえ、初回の文悟の出来からしてチャンスが巡ってくることは決して多くないだろう。成宮が相手を三者凡退させ、ここで原田が打つことが出来れば状況も変わる可能性がある。

 

(うおっ……!?)

 

 打席に立って初球を見送るのではなく単純に手が出なかった原田は喉の奥で呻いた。

 初球は内角高めだがコース的には甘かった。

 

「やべぇな、早すぎてちびりそう」

 

 とは言いつつも決して打てない球ではないと原田も思ったが、次の球には微動だに出来なかった。

 

(去年以上に浮き上がってやがる…………ボールで助かった)

 

 審判のコールは高めに外れてボール。

 見送ったのではなく初めて見る軌道に手を出せなかったのだ。

 

「ストライク!」

 

 ストレートに注視すれば横からカーブが、カーブに注視すればストレートが来る。

 割合的にストレートが多いので待っていても、同じストレートでも4シームと2シームがあり、高速チェンジアップまであって御幸のリードもあって的を絞れないのに、ここにホップするストレートまで混ざると手に負えない。

 

「雅さん……」

「すまん」

 

 一時はライトフェンス直撃のファールも打ったがフルカウントで粘った末に本来ならばボール球をストライクにされて三振してしまった。

 球速とノビ・キレ共に抜群だが時折コースが甘くなるので、それを待っていた原田は最後の球をボールと見て見送った。

 

「御幸一也の捕球技術は高校レベルを越えている。俺ではあそこまで上手くフレーミングは出来ん」

 

 最後の球をボールからストライクにしたのは、手首の完全脱力からボールがミットに収まる瞬間に外側から内側に巻き込むようにして捕球し止める高等技術を使った御幸の仕業である。

 

「おっ!?」

 

 成宮が9番に下がったことで6番から5番に打順が繰り上がった山岡陸が打席でフルスイングした金属バットに当たった大きな音が鳴り響いた。

 

「ああ~、ファールか」

 

 レフトフェンスに直撃したものの、微かにファールゾーンだったので成宮も肩を落とす。

 

「だが、やはりコースは甘いようだな」

「元々、文悟は尻上がりに調子を上げていくタイプだから付け入る隙が多いのは今のウチだったんだ」

「…………悪かったよ」

「え、なに聞こえない」

「悪かったって言ってんだよ!」

 

 成宮は高い集中を保って甘いコースに行くのを防いでいるが、同じ集中状態にあっても抜群にコントロールが良いはずの文悟がコースを攻めれていない。しかし、文悟のエンジンが温まるのは4回辺りからだと皆知っているので付け入る隙は今しかないと分かっているのに、フォローする御幸に一杯食わされた原田も思わず怒鳴ってしまう。

 そんな原田の怒鳴り声も聞こえないほどに湧き上がっている歓声の坩堝に晒される打席で、山岡は外角低めストライクゾーンギリギリを狙ってきた球にバットを振るう。

 

(そこはストライクなんだろ? もう分かってるよ!)

 

 フルスイングしたボールは鋭い当たりで一塁線を破るもファールゾーンに切れてしまった。

 

「ちっ」

 

 微妙なライン際で守備を抜けただけにファールと判定されたことに惜しいという気持ちが脳裏を過り、思わず山岡の口から舌打ちの音が漏れる。

 

(後少し内側だったなら…………まあ、いい。次は配球的にもう一度外か?)

 

 山岡は2球続けてファールしている。普通ならばより打たれる可能性の高いインコースは避けるはずと山岡は考えた。

 

「ぐっ!?」

 

 だからこそ、内角でも外角でもなくど真ん中に直球が来たので軌道修正してバットを振るも、そんなスイングでは当たってもまともに飛びやしない。

 ガヅン、とバットの根に近い部分に辛うじて当てたものの、死んだ打球はマウンドにいる文悟の下へ向かって簡単に捕球され、一塁に送られた。

 

「アウト!」

 

 山岡は必死に走るも間に合わず、中ほどでアウトを宣告されてベンチに戻ることを余儀なくされる。

 次の打者である平井翼とすれ違う際、足を止めた。

 

「石田はまだ調子が上がり切っていません。ですが、御幸に注意してください。あのリードは厄介です」

「叩くなら今、か。分かった。他の皆にも伝えておいてくれ」

 

 山岡のアドバイスに頷いた平井が打席に立つ。

 

(…………ここで首を振るか)

 

 ストレートとカーブでフルカウントまで縺れ込んだ平井はバッテリー間で決まらないサインに目を細める。

 原田と同学年の平井は野球談議をしたことが何度もある。その中で話していたことが頭を過った。

 

(確か前に原田が速球派のピッチャーが首を振ってから投げたがるのはストレートだって言ってたことがあったな)

 

 信じるべきか否か、直感は前者を指示している。配球的にも直球の可能性が高い。直感と客観的情報も合わせて直球を張った。

 実際に投げられたのはカーブだった。

 

「っ!?」

 

 直球を張っていただけにカーブに対応できる力は平井にはなかった。

 振りかけたバットを止めたのは、せめてボールになってくれれば儲け物と思ってのこと。しかし、平井の必死の願いは届かず、寧ろコースは甘い方だったカーブはストライクゾーンに入った。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 フルカウントでのストライクは三振を意味する。

 立ち尽くしていた平井は、ふとチェンジでベンチに戻ろうとしている御幸がキャッチャーマスクの内側で薄らと唇の端を吊り上げているのを見た。

 

「あの首振りはわざとか?」

「さあね」

 

 直感的に御幸が仕掛けた罠であると悟った平井の問いに、足を止めて横目で見て来た御幸は笑みを深めるだけで明言はしなかった。

 

「くそったれっ!」

 

 明言はしなくともあっさりと罠に引っ掛かった己が身を顧みた平井の口から自身への罵倒が出るのは虚仮にされたと思ったから。

 ベンチに戻る途中、グラウンドに出ようとした成宮が平井の罵倒を耳にして苦笑する。

 

「まあまあ、翼クン。気にしない気にしない」

「けど、鳴」

「そうやって冷静さを失くしてミスを誘うのが一也の目的なんだって。カッカッしてたら相手の思うつぼだよ?」

「…………切り替える」

「頼むよ」

 

 成宮は先輩である平井を切り替えさえ、自分と文悟の球数を比べながらマウンドに向かう。

 

「俺の方が球数が多い…………出来ればチェンジアップは温存しておきたいけど」

 

 三振数は同じでもボール球が多くフルカウントまで縺れ込むことも多い成宮に比べ、文悟はコースが甘くなってもゾーンに集めているので必然前者の方が球数が多くなってしまう。

 

「向こうの方が手札が多いとは思いたくないな」

 

 新球種を秘密としていたのは同じでも既にリードに組み込んでいる文悟とそうではない成宮でそのまま球数の差に直結している。

 

「下位打線でどれだけ節約できるか」

 

 原田も考えることは同じなのだろう。

 強力青道打線の中でも安牌である7番の門田将明を初球で内野ゴロで打ち取り、8番の白洲健二郎を3球でキャッチャーフライに仕留めた。

 

「第2関門登場ってね」

 

 9番打者である文悟には去年綺麗に打たれている。去年打たれたのは文悟と結城だけだったので忘れるはずがない。

 

(警戒はしても、し過ぎて四球(フォアボール)で歩かせたら意味がない)

 

 文悟の後から二巡目の打順が始まるのだから、ここで綺麗に終わらせたい。

 去年の仕返しに球数をかけずに仕留めたいという成宮の内なる欲求が球筋を鈍らせたのか、甘く入った初球を文悟は見逃すことなくバットを振り抜いていた。

 

「っ!?」

 

 早すぎる打球に一瞬行き先を見逃した成宮は振り返った直後、起こった歓声に紛れて聞こえたガシャンと何かが何かに当たった音にライト方向を見る。

 ライトフェンスに直撃した打球があまりにも強すぎて、大きく跳ねて返って来たボールを捕球したライトの返球も速く文悟は1塁で足を止める。

 

「くそっ」

 

 この試合始まって初めてのヒットと進塁に試合が動くと予感した観客達が起こす歓声の輪の中で成宮は一言だけ自身に罵倒を吐くのを許した。

 

(切り替えは…………出来てるな。気持ちを切らすなよ、鳴)

 

 打たれたことに動揺はしても前を向いてサインを待つ成宮の目を見てタイムを取る必要性を感じず、原田は浮かしかけていた腰を下ろして次の打者である倉持がまたも左打席に立つのを見て眉を顰める。

 

(また左打席に? バントをするにしても足が速くない石田が塁にいるんだぞ)

 

 チラリと青道ベンチを見ても無駄に目立つ応援をしている一年以外に変化は見られない。

 

(初球は様子を見るか?)

 

 球数が増えている現状ではあまり取りたくはない選択肢である。

 倉持は塁上出たら厄介だが打者としては警戒はしても要注意というレベルではない。2アウトの状況で鑑みれば様子見は下策でしかない。

 

(外角低めのストレートで来い)

 

 警戒は怠らず、カウントを取りに行くサインを出すと頷いた成宮が要求した通りのコースに投げて来た。

 倉持が振ったバットは空を切り、原田が構えていたグローブの中に音を立てて収まった。

 

(今のがブラフだとは思えんが)

 

 文悟に走る予兆は見受けられず、倉持にもセーフティバントする気配は感じられない。

 

(…………って考えてる節から走るか!?)

 

 左投手である成宮には当然ながら盗塁を仕掛けた文悟の姿が見えていた。

 成宮が文悟にライバル意識を抱いているのは近しい者なら誰にでも分かる。文悟に打たれた、盗塁をされている状況が成宮から打者への集中を鈍らせた。

 

「――――吉沢!」

 

 死んだ打球が三塁線を転々と転がる。

 すっぽ抜けたとまではいかなくても成宮にしては失投に近い球にバットを辛うじて当てた倉持が走る。

 

「二塁だ!」

 

 俊足と言われる足は伊達ではなく左打席に立っていたこともあって一塁は間に合いそうにない。盗塁を仕掛けたとはいえ、まだ三塁に近い二塁で文悟をアウトにする方が間に合う可能性が高いとボールを捕球しかけていた吉沢秀明に向かって叫ぶ。

 

「…………セーフ!」

 

 吉沢は全国に轟く稲城実業の名に決して恥じぬ守備を見せたが僅かに文悟が二塁に到着する方が早く判定はセーフ。

 

「なんて無茶な作戦をする」

「無茶なのはあの2人だけで、青道全体を含めないでほしいね」

 

 2アウトで仕掛けるにはリスクの高い作戦に原田が思わず口から心証を零すと、バットを持った小湊亮介が涼しい顔をして打席に立とうとしていた。

 

「2人の独断だと?」

「折角、塁に出たのに2アウトでやることじゃないでしょ」

「そうだが……」

 

 迂闊に信じて良いものかと原田も判断に迷う。が、そうやって迷わせることが青道の目的ではないかと閃く。

 キャプテンで守りの要で4番である原田の迷いはチームに悪い影響しか与えない。先程のが青道が仕掛けたものか、2年2人が独断で行ったことなのかを知る必要は終わってしまえば意味がない。

 2アウトならばフライでもアウトで攻撃を終わらせることが出来る。

 

「来い、鳴!」

 

 原田は気持ちを切り替えて成宮に呼びかけた。

 静かな眼差しで打席に立った亮介を確実にアウトにする為に、6球も粘られた末に歩かせるよりかはマシだと原田が成宮にチェンジアップを要求することになることを今はまだ知らなかった。

 

 

 



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第三十六話 投手戦

 

 

 

『当初の予想通り投手戦となっている西東京決勝。3回の裏、稲実の攻撃を迎えています』

 

 時間の経過と共に暑くなっていく球場内にアナウンスが響く中で、打席に立つ成宮鳴はヘルメットの位置を微調整する。

 

『未だノーヒットピッチングを続ける青道のエース石田君は7番梵君と8番富士川君を守備の好プレーもあって凡退に打ち取りました。稲実は9番の成宮君に打席が回ってきています』

 

 少し荒れた打席を整える。

 

『成宮君もノーヒットピッチングを続けていましたが、石田君に打たれました。その借りを返せるのか』

 

 足場を固めて打席からマウンドを見れば、石田文悟の感情を覗かせない平静な表情とは打って変わって闘志がギラギラと溢れる眼差しと視線が交わる。

 

(チャンスがあれば打つ)

 

 この試合では投手戦となると事前に予想されていたので打順を9番にまで下がっている成宮だが、本来はクリーンナップを務める打力がある。ピッチングに専念するといっても打てるならば打つ方が良いに決まっている。

 

(まだコースが甘い時がある。チャンスは必ず来るはずだ)

 

 文悟はこの試合で抜群の球威や球速に対して制球には未だ難があるようで、御幸一也のリードと技術に助けられている面が多いことは同じ投手である成宮には良く分かった。

 成宮もこの決勝戦ではピッチングに専念するつもりであるが打てる時には打つつもりであるから、失投を見逃すまいと目を凝らす。

 

『石田君、初球は…………ストライク! まさかの初球ど真ん中のストレート! 予想外だったのか、成宮君も手が出ません』

 

 動かすことが出来なかったバットのグリップを強く握って成宮は一度大きく深呼吸する。

 

(去年とは次元が違うって話だったけど、ここまでとは)

 

 解説が言っているようなど真ん中への予想が出来ていなかったわけではない。

 この試合の間だけでも何球かは来ていたので予想の範囲である。それでもバットを振れなかったのは、ベンチやネクストバッターサークルで見ているものよりもノビが成宮の想像以上だったことと初球は様子見だと決めていたから。

 

(これに浮き上がるストレートまであるってんだから反則だろ)

 

 浮き上がる直球にノビる直球(4シーム)落ちない直球(2シーム)と、ここまでバリエーションがあると的が搾りきれない。

 

『おおっと、ここで高速チェンジアップが来た!』

 

 非公式ながらも155km/hを出したことがあるという文悟のストレートを待っていたら、全く同じモーションで放たれる130㎞/hの高速チェンジアップには対応できない。

 成宮も振りかけたバットを抑えることが出来ず、スイングしたとみなされてしまう。

 

『早くも2ストライクに追い詰めた青道バッテリー。ここは勝負を急がずに1球外すでしょうか…………ストライク! なんとまたもど真ん中のストレートで来ました! これで早くも6個目の三振です!』

 

 打席で立ち尽くす成宮の横をニシシと笑って御幸が駆け抜けてゆく。

 全ては御幸の読み通りで、裏をかかれたと自覚すると怒りが込み上がってくる。

 

「あの野郎……っ!」

「腐るなよ、鳴。余計な感情はピッチングに響く」

「分かってるよ!」

 

 成宮が怒りに任せてバットを乱暴に直してベンチに戻ると、既に捕手装備を身に着けた原田雅功が告げるも虚仮にされたという思いは直ぐには消えない。

 

「次はクリーンナップだ。必ず抑えるぞ」

 

 打てなかったのは原田も同じ。注意や小言ではなく成宮を引っ張っていく言葉をかけて先にグラウンドに出る。

 原田の言葉が自身を信頼しているからだと成宮も分からないはずがない。ベンチで大きく深呼吸し、控えのメンバーに渡されたコップから水を一口だけ含んで喉を潤す。

 

「抑えて見せるさ」

 

 それだけの意志と自信が自分にあると言い聞かせ、グラウンドに出ると雲一つない空に燦々と輝く太陽の陽射しが成宮を照らし出す。

 

『先頭打者の伊佐敷君を気迫の投球で三振に抑えた成宮君。青道の主砲である結城君を相手に厳しいコースを攻めて行きます』

 

 主将にして4番の結城哲也に対しての3球目が原田が構えたキャッチャーグローブに音を立てて収まる。

 

「ボール!」

『主審の判定はボール。僅かに外れたようです』

 

 ストライクゾーンを僅かに切れたスライダーを捕球した原田はキャッチャーマスクの中で眉を寄せる。

 

(これで2ボールだが安易にストライクを取りに行けば打たれる)

 

 チラリと打席に立つ結城を見上げれば、一瞬手が出かけたバットを構え直しているところだった。

 

(チェンジアップは試合後半まで使わない。試合プランに変更はない)

 

 追い込まれたから使ってしまっては切り札の意味がない。小湊亮介相手にチェンジアップを使ってしまったのは原田としても忸怩たる思いがある。

 

(例えここで四球になろうとも厳しく攻めて来い!)

 

 塁上にランナーはおらず、結城のような強打者に一発を打たれるよりかは歩かせた方がマシ。だが、逃げては意味がない。攻めた上での四球と逃げた上での四球では意味が違うのだから。

 

「ストライク!」

 

 ここしかないという外角低め一杯のフォークが決まった。振られたバットの下を通過してグローブに収まった球に原田は心の中でガッツボーズをする。

 

(状況的には追い込んでいる。1球の余裕があるから高めの釣り球を要求するか……)

 

 先程が外角低めだったからセオリー通りにするか考える。

 

『ううん、ボールになりました。少し高めに外れ過ぎたようで、結城君も動かず。フルカウントとなりました。次の一球は――』

 

 熟考の末に原田はサインを出し、頷いた成宮が投げる。

 

「…………ボール、フォア!」

 

 際どい判定だったが主審は四球を宣言し、結城が一塁へと進む。

 前の回で文悟が盗塁を仕掛けたところなので、結城も同じことをする可能性があったから稲実バッテリーは警戒していた。

 初球は様子見で外し、2球目もバントの構えをしたから敢えて外して連続ボール。結城は動く様子がない。

 

『青道は増子君が手堅くバントして結城君は2塁へ。得点圏では無類の強さを発揮する御幸君が打席に立ちます』 

 

 3球目でセーフティバントをされ、結城が進塁。増子はアウトで、6番の御幸を迎えた原田は決断した。

 

『む? 稲実バッテリーはここで御幸君を敬遠するようです』

 

 原田が立ち上がり、打席から少し離れたところに移動する。

 

(無駄にリスクを冒す必要はない。お前にも分かるだろ、鳴?)

 

 表情を隠しているが女房役である原田には傲岸不遜で自信家な成宮が必ずしも納得して敬遠をしているわけではないと分かっている。

 

『御幸君を敬遠し、7番の門田君を打ち取った成宮君が吠える!』

 

 3回と同じく塁を背負いながらも無事に抑えた成宮の叫びがグラウンドに響き渡る。

 

「成宮に負けてられないな」

 

 攻撃が終わり、守備に代わるのでグローブを持ってベンチから出た文悟は拳を握る。

 

『ノーヒットノーランピッチングを続ける石田君。二巡目を迎える稲実は攻略の糸口を見つけることが出来るのか』

 

 打順は一巡して1番の神谷・カルロス・俊樹が打席に向かう。

 

(必ず打つ!)

 

 初打席では文悟のストレートのノビに目を見張ったが、二巡目ともなれば見たことのない軌道ではないのだから打てるはずだと自分に言い聞かせる。

 

「ストライク!」

 

 内角高め一杯のストレートに、思わず身を仰け反らせてしまったカルロスは羞恥に強く噛み締める。

 

「ストライク2!」

 

 内角低めギリギリに2シームが決まる。

 手が出せなかったカルロスは前の打席とは明らかな違いに気づいた。

 

(制球が…………エンジンが完全にかかりやがった)

 

 次の球もカルロスが振ったバットの上を通って御幸が構えたところにドンピシャで球が収まる。

 

『ここでもまた三振です。未だ完璧なピッチングを続ける石田君を稲実は打ち崩せるのか!』

 

 カルロスはベンチに戻る途中にすれ違う白河勝之に耳打ちする。

 

(予想通り4回でエンジンがかかったか。ますます厄介になるね)

 

 伝言を受け取った白河は寧ろ前の打席のイメージは邪魔になるかもしれないと考えた。

 マウンドの文悟がユラリとした力強さを感じさせないフォームで投げ込む。

 

(力感が全く無いのに体感速度は一番速い……)

 

 前の打席のイメージでバットを振るも、その前に球は御幸が構えたグローブに収まっていた。

 自身でも振り遅れを自覚した白河はイメージに修正を図る。

 

「ファール!」

 

 高めに外れたボール球に手を出してしまい、窮屈な姿勢で当てた打球はライト線を切れる。

 

(石田の投球能力も、御幸の配球による撹乱も、俺を打ち取る可能性を全て潰してお前らを撃つ!!)

 

 意気込む白河の視線の先で、力感を感じない姿で球が投げられた。

 夏前の合宿の総仕上げである対外試合で辿り着いた、全身脱力からのリリース時だけ一気に力を開放する投げ方で投げられたカーブは今日一番のキレを見せる。

 

「っ!?」

 

 白河も手が出ず、ただ見送ることしか出来ない。

 

『この回も完璧な内容で終えた石田君。ノーヒットノーラン、完全試合への期待が高まります』

 

 続く吉沢秀明を内野フライで仕留め、攻守が入れ替わる。

 

「ナイスピッチング」 

 

 ベンチに戻る途中で御幸が話しかけて来たので文悟は浮かんでいる汗を拭って口を開く。

 

「やっと身体がイメージ通りに動くようになってきたけど、最後の球が抜け気味だった。哲さんクラスにあんな球を投げてたらホームランを打たれる。もっと腕の振りを鋭くしないと」

「そうかい」

 

 完璧を求めて先の失投まではいかない球に納得がいっていない文悟に呆れつつも、御幸は頼もしさを感じて苦笑する。

 

「あまり完璧を求めすぎるなよ」

 

 聞こえていない様子ながらも言わずにはいられなかったが、反応した文悟が顔を向けて来た。

 

「なんで?」

「そういう時は一度でも崩れればドツボに嵌る。ほどほどにしとけ」

「大丈夫だ。御幸がいてくれるからな」

「こいつ……」

 

 女房役として絶対の信頼を向けられて嬉しくないはずがない。

 

「崩れたら張り倒してでも戻してやるから覚悟しとけ」

「期待してる」

 

 御幸の言葉が照れ隠しだと分かっているから敢えてツッコミはしなかった文悟がベンチに戻ると沢村栄純がタオルを差し出してくる。

 

「流石はエース! 完璧な投球でした!」

 

 憧れの眼差し向けて来る沢村に苦笑しつつ、流石に浮かんでいた汗が流れる不快感を拭いたくて「ありがとう」と言ってタオルを受け取る。

 文悟が汗を拭いている間、沢村の様子に気付いた御幸がニヤリと笑う。

 

「おい、沢村。文悟に惚れるなよ」

「男に惚れるわけないでしょ、御幸先輩」

「冗談に決まってるだろ。分かれよ、そこは」

「え」

 

 冗談を真面目に返された御幸が呆れていた近くで目を見張っていた降谷暁は本当に分かっていなかったらしい。

 そんな彼らの下に滝川・クリス・優がやってくる。

 

「楽し気なところ悪いが、文悟の打順が近い。そろそろ解放してやれ」

「別に拘束してたつもりはないんですけど」

「つもりはなくても、お前達の漫才を聞いてたら力が抜ける」

 

 自分を含まないでほしいと暗に込めた御幸の言葉をぶった切ったクリスが文悟にヘルメットとバットを手渡してベンチから送り出す。

 

 

 

 

 

 成宮は毎回ランナーを背負いながらもホームベースを踏まさず、文悟はランナーを1人も出さないまま回を重ねる。

 そして遂に7回で状況が動く。

 

 

 



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第三十七話 エース

 

 

 

 

『果たしてこれほどまでの投手戦になると誰が予想していたでしょうか』

 

 今さっき6回裏が終わり、7回の表で青道の攻撃が始まろうとしている。

 

『スコアボ-ドには0行進が続いていて、残す回は後僅か。白熱する投手戦ですが両チームの模様は対照的です』

 

 電光掲示板に記されている両チームのヒット数がその証明だった。

 

『毎回ヒットを打たれながらも要所でしっかりと抑える成宮君に対して、未だノーヒットで1人も塁に出さない完璧なピッチングをする石田君。完全試合への期待も高まって来ました』

 

 石田文悟は1人も塁を踏ませないまま6回裏の攻撃を終え、7回表で迎える先頭打者はこの試合未だノーヒットの結城哲也。

 

(問題はチェンジアップがどこで出て来るか、だ)

 

 5回から散発的に使われるようになったチェンジアップを頭に留めながら結城は打席に立つ。

 

『初球は意表を突くど真ん中のストレート! 好打者の結城君も手が出ず!』

 

 今までにないリードに完全に意表を突かれた形の結城は一度打席から離れて深呼吸をする。

 

(リードを変えた? だが、こんな奇策は一度だけだ)

 

 真っ向勝負を挑んで来るならば主将として4番として迎え撃つのみ。

 

「ボール!」

 

 内角高めというには結城の顔面に近い高さまで外れて並行カウント。

 

「ボール!」

 

 セオリー通り対角線に遠い外角低めだったが、スライダーがあまり曲がらずにこちらも大きく外れた。

 

「……ファール!」

 

 カウントを取りに来た低めのフォークに合わせるも1塁線を切れる。またもや並行カウントになったが、2ストライクに追い込まれたのは結城の方である。

 

(1球遊ぶか、ここでチェンジアップが来るか……!)

 

 試合後半にまでチェンジアップを温存していたのならば、今こそそのタイミングである可能性が高い。

 結城が何が来ても対応できるように体が力を抜いていると、原田雅功からサインが出たのか成宮がピクリと反応した。

 

(来た、チェンジアップ!)

 

 非公式ながらも最高150㎞/hを記録したことがある成宮の直球とチェンジアップの緩急差に翻弄されたら確実に打てない。

 山を張っていた結城の体は、足も手も踏み止まれていた。

 

「なっ!?」

 

 後は振るだけというところで、チェンジアップがスクリュー気味に手元で沈んでバットが目標を見失って空振る。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 タイミングを外すだけでなく、想像を超えて来たボールに呆然とするしかない結城の耳に審判のコールが届く。

 

「…………次は打つ」

 

 静かに呟き、次の打者である増子に打席を譲って去る結城の背中から漂うオーラに油断はまだできないと原田は自分を戒める。

 

『初球はインコースにクロスファイヤー! 結城君を三振に切って取ろうとも稲実バッテリーに慢心は微塵も感じられません!!』

 

 球数が嵩んで既に100球を超えたというのに成宮の球には緩みは微塵もない。

 

『2球目はボール、3球目は内角低め(インロー)をファール、早くも増子君を追い詰めました成宮君!』

 

 増子の頭には結城を仕留めたチェンジアップが頭を過っているだろう。前の打席で手加減したチェンジアップを見せ球に直球で仕留められているから、そのイメージの修正をしているのか。

 

(自分のスイングを貫く)

 

 原田の予想と違って増子の頭にあるのは、ただその一念のみ。

 

『外角低めのスライダーに綺麗に合わせた!』

 

 腰を残しながらも腕を振り切って上がった打球がライト前にポトリと落ちる。

 

「ウガァ―ッ!!」

 

 危なげなく一塁に到達した増子が片腕を上げて吠えるのに合わせ、ベンチで沢村栄純を筆頭とした者達も続く。

 

『続く御幸君も初球を引っ張り、門田君がバントでそれぞれ進塁して青道は得点圏にランナーを進めました』

 

 打席に立つ前、門田の次の打者である白洲健二郎が片岡監督に呼ばれて何かを耳打ちされる。それを見た原田は審判にタイムを願った。

 

『稲城実業内野陣がマウンドへ。ここでタイムを取り間を空けます』

「来なくていいのに」

「そういうわけにもいかん」

 

 マウンドにやってきた面々を見渡しての開口一番、文句を言った成宮を原田が宥める。

 

「1本が出れば2点取られる可能性が高い。内野陣は絶対間を抜かれるな」

 

 原田に言われなくても内野陣も心得た物で深く頷く。

 

「確率としては低いがスクイズも考えられる。その場合は」

「俺が取って一塁に投げる」

 

 セーフティバントの場合、一番対処しやすい場所にいるのが投手である成宮なのだから原田の言葉を引き継いで請け負う。三塁はバントされた場合に進塁に対応しなければならないので、やはり成宮が適任であった。

 高い集中を保っている成宮に頷いた原田はファーストの山岡とサードの吉沢を見る。

 

「鳴が取れなさそうな時は俺が判断する。その場合は頼んだぞ、吉沢、山岡」

「任せとけ!」

「むん!」

 

 頼り甲斐のある顔をしている二人から視線を切り、成宮に視線を戻す。

 

「青道はどんな形でも最低1点をもぎ取ろうとして来る。ここで抑えて波に乗るぞ」

 

 あまり長くマウンドに留まり過ぎると審判の心象を悪くするので纏めて切り上げる。

 

「初球から厳しく来い」

 

 早々に散った内野陣を見送った原田は自分も離れる前に一言だけ言って戻る。

 

「全く心配性なんだから……」

 

 マウンドに残った成宮は脳裏を過る去年の夏の悪夢を振り払うようにモーションに入った。

 

「すまん」

 

 スクイズを仕掛けたと見せてバスターに切り替える作戦だったが、当たらなければどうということはないとばかりに球威を増した成宮を前に白洲は何も出来ずに三振に終わってしまった。この試合で一番のチャンスを潰してしまった自責に囚われた白洲が文悟に小さく謝る。

 

「気にするな。次に活かせばいい」

 

 白洲の肩に手を置いて文悟がグラウンドに向かう。

 しかし、やはり影響があったのか。先頭打者の神谷・カルロス・俊樹に対して投げた直球のノビが僅かに鈍っていた。

 

『打った! が、サード増子君の正面――――おおっと、突然ボールが跳ねた!? 』

 

 イレギュラーバウンドしたボールが増子のグローブを弾き、直ぐに対処して一塁に投げたものの、俊足で知られるカルロスが駆け抜ける方が一瞬だけ早かった。

 

『完全試合崩れる! 運がない……』

 

 最も塁に出してはいけないランナーに対して不用意な初球を投げてしまった文悟は一度空を見上げる。そうしている間にタイムを取った御幸他、内野陣がマウンドに集まる。

 

「すまん」

 

 今のは記録上ではヒットではなくエラーとなる。完全試合を崩してしまった増子が懊悩も深く謝る。

 

「今のは仕方ないですよ。大体、元は文悟が不用意なボールを投げた所為ですから」

「そうですよ。増子さんが気にする必要はないですって」

「…………ここは普通、文悟を慰めるところじゃないのか?」

「うちの2年はこういうものだって哲だって知ってるじゃないの。何時も通りだよ」

 

 御幸・倉持のやり取りに結城が首を傾げるも慣れている小湊亮介が苦笑する。

 

「次は打たせない」

「その意気その意気。ランナーは厄介なカルロスなんで盗塁には要警戒で」

 

 これでいいのか、と増子がエラーをしたショックもどこかに行ったのを確認して、御幸の言葉に頷いた内野陣は早々に散る。

 定位置に戻った御幸は繊細な投手という生き物に対して考慮を怠ったリードを下失策と認めつつ、倉持以上かもしれない俊足のカルロスの動きに目を配る。

 

(どこで盗塁を仕掛けて来るか……)

 

 仕掛けて来ないとしても塁上から揺さぶりをかけてくるのは間違いない。

 

(また大きくリードを取りやがって)

 

 文悟が牽制をしているがカルロスのリードの大きさは変わらない。

 

(よし、切り替えよう)

 

 盗塁を仕掛けたら自分が刺すとして、今は白河に集中するリードを考える。

 

「ボール!」

 

 初球から厳しく行き過ぎたかもしれない。もしくは完璧が崩れた反動か、文悟の直球が僅かに狙いを外れた。

 

(次、狙いを外したらもう1回タイムを取って蹴りに行ってやる)

 

 半ば本気で考えながら強めに投げてボールを渡し、その意を汲み取らせる。

 去年の夏からバッテリーを組んでいるだけあって、しっかりと御幸の言いたいことを理解したらしい2球目は要求した通りのコースに収まった。

 

(それでいいんだよ)

 

 と、重く頷いて表面上は問題なくても内心では不安だっただけに安心する。

 

(カルロスは動く気配がない。白河もバントする感じはないが、さて)

 

 走られるのは望ましくないし、バントされるのも同じだ。

 少し思案してサインを決める。

 

「ストライク!」

 

 カルロスの足の速さだとカーブでは抜かれる恐れがあるとしても、御幸の強肩ならば十分に刺せる自信があるからリードに制限はつけない。

 

(これで決めるぞ)

 

 最後は外角低めのストレートを要求すると、流石に三打席目にもなると文悟の球にも目が慣れて来た白河はバットを当てて来た。

 しかし、打球は完全に死んでいて一塁方向に点々と跳ねる。

 

「文悟、一塁!」

 

 カルロスは白河がバットに当てた瞬間には走り出しており、俊足もあって二塁は間に合いそうにない。ここは無難に白河をアウトにする為に文悟に指示を出す。

 

「アウト!」

 

 白河も必死に走るが文悟が捕球して投げる方が早かった。

 微妙な判定にもならず、一塁を前にしてアウトを宣告された白河が悔し気に天を仰ぐ。

 

『未だノーヒットを続ける石田君に対して3番の吉沢君が3回目の打席に立ちます』

 

 1アウトで2塁にはカルロス、迎えるはクリーンナップ。

 外野の深い所にフライでもなれば、場合によってはカルロスはその俊足を生かしてホームに突っ込んで来るだろうことは予想に難くない。 

 

(相変わらずカルロスのリードは大きいし、倉持を敵に回すとこんな気持ちになるのかね) 

 

 今更ながらに足が速いことの厄介さを認識しつつ、打席に立った吉沢の固くなっている表情を見る。

 

(緊張してる。バントはないか?)

 

 体が硬くなっていてはバントは失敗しやすい。カルロスの足ならばフライでも1点を取れる可能性があるのだから無理にバントをする必要はない。

 

(けど、去年のことがあるから選択肢からは外さない)

 

 去年の試合でクリーンナップがバントをしてカルロスが二塁から突っ込んできたことを御幸は忘れていなかった。

 

「ファール!」

 

 御幸は様子見しなかった。

 ストライクゾーンギリギリを霞めるカーブを打った吉沢は打球がレフト線を切ると、1塁まで中ほどまで進みながら戻ってくる。

 

(あのコースなら打たれてもファールしかない。打ち気に逸っているようだし、敢えて1球外す)

 

 吉沢がバットを拾って打席に立つのを見ながら、フライは打たせたくないから低めに4シームを要求する。

 

「ファール!」

 

 これにも反応してバットを当てて来た吉沢。

 

(来た球を全部打つつもりか? もしくは低めを切って高めを投げさせたいのか……)

 

 御幸は吉沢の目論見を読もうと考えたが答えは出ず、敢えて考えることを止めて浮き上がる直球をど真ん中に要求する。

 

「っ!?」

 

 文悟がモーションに入って足を上げた瞬間、大きくリードを取っていたカルロスが走り始めた。

 直後、吉沢がバントの構えを取ったが、浮き上がる直球を投げている最中の文悟はリリースの瞬間に力を爆発させる準備をしていたのでコースを変えることは出来ない。

 吉沢にも浮き上がる直球を見せていたので辛うじて当てて来た。

 

「一塁へ!」

 

 一塁線を転がるというには微妙な位置を転々と跳ねていくボール。

 位置的に文悟が一番打球に近い。指示を出しながら御幸の目はしっかりとカルロスを見据えていた。

 

「バックホーム!」

 

 文悟が確実に吉沢を1塁でアウトにした直後、去年の焼き増しのようにカルロスが躊躇わずに3塁を回っても足を止めないのを見逃さなかった御幸が結城に球を要求する。

 集中を切らさなかった結城の返球も速く、カルロスが滑り込むよりも早く御幸の下へとボールはやってきた。

 

「…………アウト!」

 

 諦めることなく回り込んでホームベースを狙ったカルロスの手に先に触れた御幸のグローブにしっかりと球があるのを知っている審判のコールが響く。

 

「ナイスプレー」 

「そっちこそ」

 

 後詰めに来ていた文悟とハイタッチを交わした御幸は地面を叩いているカルロスによりダメージを与える為、勝ち誇った表情をキャッチャーマスクの奥に見せる。

 

『惜しいプレーでした稲城実業。しかし、御幸君の的確なコーチングによってチャンスを潰されてしまいました』

 

 悄然と肩を落とすカルロスに「よくやった」と言葉をかけることしか原田には後輩を慰める言葉を持たなかった。

 そして迎えた8回は両エースが更にギアを上げて三者三振で終わらせ、最後の9回を迎える。

 

 

 



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最終話 BUNGO

 

 

 

 13時から始まった試合は最も暑い時間を迎えようとしていた。そして試合もまた終盤を迎えて盛り上がりのピークに到達しようとしている。

 

『両校共に0行進が続いている西東京大会決勝戦も9回を迎えようとしています。打たれながらも要所を抑えている稲実の成宮君とは対照的に、エラーによる出塁はあったものの未だノーヒットを続ける石田君、1年生の頃からライバルと目されていたこの2人の決着は延長戦にまで縺れ込むのか』

 

 完全試合は崩れたもののノーヒットノーランの可能性を色濃く残している石田文悟への期待も大きい。

 両校の応援団は声が嗄れようとも応援の声を止めず、ノーヒットノーランの期待もあって文悟に対しての声援が何時までも続いている。

 

『9回表、青道の攻撃です。打席に立つのは3番伊佐敷君』

 

 伊佐敷純は最悪の場合、これが高校で立つ最後の打席になるという思いを抱いて打席に立つ。

 

『最終回のマウンドにもこの人、稲実のエースである成宮君が立ちます』

 

 球数は100を優に超え、上がり続ける気温に晒された成宮の顔には疲労が色濃い。それでも力弱さを全く感じさせないのは、全身から放散される勝利への意欲が疲労を超えているから。

 

『得点の気配がない石田君を相手に後顧の憂いなく裏の攻撃に全てを懸ける為にも、この回は無失点に抑えておきたいところ』

 

 足場を均してヘルメットの位置を直し、手袋の嵌め具合を確かめる。バットをギュッと強く握り、伊佐敷は眼光も鋭く成宮を見据える。

 

(文悟は十分な働きをしてくれたんだ。先輩として俺達が結果を出さなきゃな)

 

 打順は3番(クリーンナップ)から始まる。伊佐敷、結城、増子と3年生が続く。本来の打順では増子の前に文悟が入るのだが、2年生がここまで頑張ってくれたのだから3年生として報いたいという思いがある中で3年生が続くのは気持ち的に盛り上がる。

 

「だっ!」

 

 成宮の初球は100球を超えたとは思えないほどの球威の直球を伊佐敷も必死に食らいついて当てた。

 

「ファール!」

 

 打球は一塁線を遥かに切れて観客席の手前の地面を跳ねた。

 打った球の行く末を確認してバットを戻した伊佐敷は止めていた息を長い時間をかけて吐き出し、ボールを貰って握り直している成宮の全てを見通さんとばかりに視線を固定する。

 

「ボール!」

 

 打席の少し手前で大きく落ちた球に伊佐敷は振りかけたバットを押し留めた。審判のコールで振っていないと判定されたことに安堵して思わず天を仰ぐ。

 際どい判定に一欠けらの悔しさも見せることなく、成宮は次の球を投げる。

 

「ん!」

 

 如何に怪物投手で意志が疲労を上回ろうともふとした時に後者が顔を出す。時にその意志が判定に不満を抱いた時に方向性が揺らいでしまうように。

 外角高めのスライダーだったが、稲実の捕手である原田雅功の想定よりも曲がらなかった。

 

「ボール!」

 

 気を抜いたというレベルではない。甲子園が懸かった大舞台で、もしかしたら自分を凌駕している相手との戦いで疲労の極致にある中で意志の方向性が揺らぐだけで如実にボールに影響が出るのが投手だった。

 

『伊佐敷君またもやファール! これでカウントは2-2、成宮君が追い込んだと見るか伊佐敷君が粘っていると見るか、難しいところです』

 

 またもや1塁線を切れたファールに悔しがることもなく、ただ前を向いて打つという意思を発し続ける。

 

「来いオラッ!!」

 

 言葉でも威圧してくる伊佐敷の暑苦しい闘志に当てられたわけではないが、拭いても拭いても浮き上がってくる汗の鬱陶しさに眉を顰めながらも成宮に焦りはない。

 

(何を迷ってんのさ。伊佐敷さんがストレート系に的を絞ってると思ってるならチェンジアップを使ってタイミングを外せばいいだろうに)

 

 とはいえ、成宮も原田の迷いが分からないわけではない。

 成宮のチェンジアップには投げ過ぎると浮いてしまう悪癖がある。今のところチェンジアップは10球を超えていないが、100球を超えた球数を考えるに疲労から悪癖が出てしまう恐れがある。

 

(違うよ、雅さん…………そう、それでいいんだよ)

 

 悩んだ末にスライダーのサインを出して来た雅さんに首を振り、ストレート・フォークと中々望んだサインを出さない原田にチェンジアップのサインが出るまで繰り返すと諦めたようだ。

 

『チェンジアップを辛うじて当てたものの内野ゴロでアウト!』

 

 片岡監督の指示でチェンジアップを捨てていた伊佐敷に打てるはずもなく、振りかけたバットを押し留めて当ててもパワーはない。

 遊撃手の白河勝之が危なげなく捕球して1塁でアウトにした。

 最も必要な時に打てないことに伊佐敷の人生で一番の怒りが湧き上がってバットを地面に叩きつけたい欲求が生まれるも、やってきた結城哲也を見るとその気を失くした。

 

「くそっ、後は頼んだぜキャプテン」

「任せろ」

 

 伊佐敷が逆立ちしても敵わないと認めた結城とハイタッチして全てを託す。

 言葉少な気に伊佐敷と入れ替わりに打席に立った結城の立ち姿を見た原田はキャッチャーマスクの中で顔を顰めた。

 

(力の抜けた良い姿勢をしてやがる。普通はちょっとぐらい緊張するものだろうに)

 

 甲子園がかかった大事な舞台の9回で、結城と同じキャプテンで4番という立場は最も周りの期待を集めることを良く知っている。だからこそ、ここまで力感の抜けた打撃フォームを維持出来ることに信じられない思いを抱く。

 

(前の打席でチェンジアップは見せた。伊佐敷の反応からしてヤマを張っているようには思えんが)

 

 あり得るとしたらチェンジアップを捨てているという選択肢だが、それだけを頼みにするには結城は油断できる打者ではない。

 

『両チームのエースと4番が4度目の対決を迎えます。ここまでの3打席でノーヒットの結城君がここで打てば流れは確実に青道に傾き、抑えれば稲実に傾くのは想像に難くありません。注目の初球は――』

 

 球場にいる全ての者が試合の趨勢を決しかねない対決。稲実メンバーが自分達のエースを信じる中で成宮の初球が投じられた。

 

「ットライク!」

 

 外角低めギリギリのフォークはこの日一番の落差で結城が振ったバットの下を掻い潜り、原田が構えていたミットの中に収まる。

 迷いなく初球から打ちに来た結城に、原田は狙いがストレートなのかと考察した。

 

『おおっと、ここでチェンジアップが来た! 結城君のバットがまたもや空を切る!』

 

 持ち札の全てを使って結城を倒すべくチェンジアップもここで使う。

 早くも結城を追い込んだ原田のサインに熟考の末に成宮も頷いた。

 

『高めの釣り球も振っていく結城君。以前変わらず、カウント2-0のまま』

 

 ストライクゾーンを外れていたが成宮が吠えるほどの渾身の直球が見逃すことを許してはくれなかった。

 

 それでも振る結城。

 

(やはりチェンジアップを切り捨てているのか?)

 

 直球に食らいついたが、チェンジアップには未だに手も足も出ていない。

 ここでチェンジアップを使うか、一度外すか。

 

「ボール!」

 

 何に手を出すのかを見極める為、足元を抉るようなスライダーは僅かにゾーンを外れた。

 微妙な判定だっただけに球場中が溜息をつく中、結城だけは静かな眼差しで成宮から視線を外さない。

 

(種は撒いた。低めに決まれば魔球。誰にも打たれやしない。ここで決めてこその真のウィニングショット。低めに来なかったら後でぶん殴るからな!)

 

 疲労の極致であろうとも今日最高の球で来いとサインで伝えると、一瞬だけ成宮は薄く笑った。

 稲実バッテリーがサインを交わし合っている最中、結城の集中力は極限に高まっていく。

 まずは音が消えた。

 次は成宮以外の姿が視界から消える。

 結城は自身の集中力が嘗てないほどに高まっているという自覚もないまま、思考ではない領域が体を動かす。

 

『う……打ったぁああああああああああああああああ!! ショートが伸ばした手の上を超えてレフト方向に飛んでいく!!』

 

 成宮自身、今日最高のチェンジアップと言い切れる球を体勢を崩しながらもバットの先で掬い上げるようにして打ち上げた打球がセンターとレフトの中間に落ちた。

 俊足のカルロスが追いつき、すぐさま返球するも結城が二塁に到達するのには間に合わない。

 

『――――――――4番の結城君が2ベースヒットを放ち、続く増子君が打った犠牲フライで三塁に進塁。次は得点圏では無類の強さを持つ御幸君ですが』

 

 原田が自ベンチを見て立ち上がった。

 

『原田君、立ち上がった。これは敬遠、敬遠です!』

 

 御幸は勝負を避けられ、これで2アウト一、三塁。大きいのが出れば、大量得点も十分にあり得る。

 

『ここで青道ベンチに動きが…………どうやら代打が出るようです。青道で代打と言えば予選3打席で打率10割の小湊春市君でしょうか?』

 

 この試合ノーヒットの門田のポジションはレフト。青道の中では最も流動性の高いポジションであるだけに門田に代打が出されても代わりにやれる者は多い。

 球場にいる誰もが、敵である稲実ですら春市が代打で出て来ることを疑わなかったからこそ出てきた人物に目を剥いた。

 

「クリスだと!?」

 

 ベンチから出て来たのは滝川・クリス・優。今大会で一度も代打で起用されたことがない選手の登場に球場が大きくどよめく。

 青道の観客席側からも動揺が伝わってくることから、事前の予定ではなかったことは確かである。

 

「お願いします!」

 

 クリスが頭を下げ、打席に入る。

 動揺から回帰して大急ぎでクリスのデータを脳内で蘇らせた原田は対策を考える必要があった。

 

「タイム、お願いします」

 

 タイムを取ってマウンドに向かう。

 

「予想外だよね、まさかクリスさんが代打だなんて」

 

 開口一番、成宮が特に気にした風もなく言ったことに原田は大きく頷いて同意する。

 

「今大会のデータを見る限り、代打としてはともかく打者としては間違いなく厄介な部類だ」

「じゃあ、敬遠する?」

「最悪、その手もあるが……」

 

 チラリと青道ベンチを見ればネクストバッターサークルには8番の白洲健二郎がいるが、控えのはずの小湊春市がバットを持っている姿が目に入る。

 

「1年ならクリスさんよりかはマシだとは思うけど?」

「満塁策はあまり取りたくない」

 

 3年のクリスよりも1年の春市の方が与しやすいのは間違いないだろうが、代打のスペシャリストという点は無視し難い。何よりもこういう大舞台において1年の方が気楽になるかもしれない。

 

「可能性としては薄いがスクイズもあり得る。何にしても内野は前進守備で対応する」

 

 原田がキャプテンとして、何よりも守備の中心として方針を打ち出している間、成宮は空の太陽を見上げていた。

 

「足んねぇな……」

 

 その呟きはチャンスに沸き立ってがなり立てる青道の応援団の声の中で不思議と響いた。

 

「暑さが足んねぇ。甲子園のマウンドはもっと暑かった、もっと、もっと……」

 

 成宮が顔を下ろしてニヤリと笑った。

 

「こんなところで終われない。もう一度、あの場所へ(甲子園に)行く為にここを抑えて勝とう」

 

 エースの集まっていた内野陣は笑い、思いを同じくして散って行く。

 

「勝つぞ、鳴」

 

 求める場所に辿り着くために勝利を目指した。

 

『クリス君、初球を狙い打ったァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 この試合の間、必ず自分に出番が回って来ることがあると考えて、ずっと原田のリードを読むことだけに集中していたクリスが確信を持って振ったバットに快音が響く。

 

『レフト梵君、懸命に突っ込むも僅かに届かず…………今、結城君がホームベースを踏んだ!! 青道待望の先制点が入った!!』

 

 御幸が二塁、クリスが一塁に進んだ中で、原田はクリスに狙い打たれたのが自分のリードの所為だと直感して立ち尽くしていた。

 

「雅さん」

 

 声かけられるまで成宮の接近に気付いていなかった原田は瞠目する。

 

「次を抑えよう」

 

 ボールを受け取り、マウンドに戻っていく成宮の背中に誓う。

 

(俺達は、鳴はまだ負けちゃいない……!)

 

 結局、春市は代打では出ず、白洲を抑えた原田が心中で叫ぶ。 

 

「坂井、レフトに入れ」

「はい!」

 

 9回を1人で投げ抜いた成宮にスタンドから大きな拍手が送られる中、青道ベンチは最後の詰めに余念がない。

 

「丹波、降谷、沢村、どんな状況でも行ける準備を」

「「「はい!」」」

 

 みんなにもみくちゃにされて少しヨレているクリスを急かすように、3人が準備を手伝う。

 

「石田、お前の後ろには丹波達がいる。この回に全てを込めろ」

「はい!」

 

 元よりそのつもり。延長のことなど考えず投げると決めた文悟は大きく返事をした。

 

「いいか! 相手は死の物狂いで点を取りに来るぞ! アウト1つを取るのも丁寧に、最後の最後まで決して油断するな!!」

『はい!』

 

 スタメンに限らず、ベンチにいる全員が返事を返すのに頷いた片岡監督が薄く笑う。

 

「稲実よりもお前達の方が強い。勝って来い」

 

 その言葉に送り出されるようにグラウンドに散っていくナインの中、沢村栄純に水を貰った文悟は一口だけ飲む。

 

「エース、みんながここまで行きたがる甲子園には何があるんですか?」

 

 水を呑み込んだところでかけられた問いに、文悟はコップを渡して口を開く。

 

それ(・・)を知る為に行くんだ」

 

 そう言ってマウンドに向かっていく1番(エース)に、沢村は必ずその背番号を奪って見せると誓いを新たにする。

 

『――――――――――9回表に遂に先制点が入り、アウト3つを取れば6年振りの甲子園行きが決まる青道バッテリーに焦りはないようです!』

 

 声援に後押しをされるように投げる文悟に隙は無かった。

 

『この回で力の全てを使い尽くさんばかりの気迫を見せる石田君を前に、連続三振の稲実。前の回から含めれば5者連続という状況で、残るアウトはたった1つ。そして迎えるのはまるで舞台であるかのように、ライバルである成宮君が打席に立ちます!』

 

 7番8番共に三振に終わり、前の回の三者連続三振も合わせれば5者連続三振の中、9番打者として成宮が打席に立つ。

 

『代打はありません! 国友監督も成宮君に全てを託します!』

 

 打席に立つ前、成宮は球場を見渡して穏やかな表情を浮かべる。

 

「長かったのか、短かったのか……」

 

 小さな呟きは声援に掻き消されて誰にも届くことなく消えていく。

 

(こいつ、ベースに覆い被さって)

 

 塁に出るのならば死球であろうとも構わないと成宮の姿勢が物語っていた。

 反則ではないが、文悟ほどの球速に当てられれば、下手をすれば当たり所が悪ければ命にも関わりかねない。

 

(普通の高校生なんて興味も無い。野球の為だけの生活、ここまでやってれば勝利が欲しい、結果が欲しい)

 

 未来など今は見えない。今だけが全てで、明日に繋ぐ為ならば怪我をしても構わない。

 だが、世の中には意志だけではどうにも出来ない領域がある。

 

「ストライク!」

『ベースに覆い被さる成宮君など関係ないとばかりのインコース! 青道バッテリーに全く臆した気配はありません!』

 

 未来など見ないのは青道も同じだ。去年と同じ思いをするぐらいならば死んだ方がマシだという思いが2人にはある。ベースに覆い被さる程度の揺さぶりが今更効くはずがない。

 

『今日一番のカーブがインコースに切り込んで来る!』

 

 ベースに覆い被さっていては内角を攻めて来るリードを、仮に打てても進塁することは難しい。

 成宮はこのままのやり方を通すかを迷った。

 この場面において、迷うことこそが敗因だった。

 

『最後はど真ん中のストレート! 浮き上がっているとしか言いようがないストレートになんとか当てた成宮君! ボールは高く浮き上がり――――』

 

 球の下側を叩いて大きく浮き上がったボールが直ぐに失速して落ちて来る。

 

『マウンドの石田君、空を見上げたまま動かず…………』

 

 ほぼ定位置のまま動かなかった文悟が天に向かってグラブを掲げた。その中にボールが落ちて来た。

 

試合終了(ゲームセット)!!』

 

 文悟のグラブの中に収まった球。スコアボードからアウトカウントが消えて球場が今日一番の歓声と悲鳴に染まる。その坩堝の中で、ノーヒットノーランを達成した文悟(エース)はマウンドで吠えた。

 

 

 

 

 

 そして青道は西東京大会を制した勢いそのままに甲子園でも暴れに暴れ、遂に一度も負けることなく夏を終えたのだった。

 

 

 




打ち切りっぽい感じですがこれにて最後です。

甲子園では
初戦、西邦で文悟が先発 完全試合
二回戦、大阪桐生 先発・文悟 6回から降谷、沢村のリレー
三回戦 帝東 先発・丹波 完投
準々決勝 翔西大付属翔西 大会NO.1投手である吉見雅樹と投手戦。
準決勝 青森真田 先発・丹波、5回でノックアウト、降谷、沢村一回ずつ、リリーフに文悟
決勝 巨摩大藤巻 先発・文悟 ノーヒットノーラン

という感じです。



最初と違って途中からモチベーションが切れかけたりしましたがなんとか年内に完結出来ました。

拙作を読んで頂きありがとうございました。


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