星狩りと魔王【本編完結】 (熊0803)
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【第1章】奈落
その男、転生者につき


以前投稿したありふれたの作品は警告とともに閉ざされました。それでもキャラだけをと活動報告に上げてありますがw
今回はそう言うことがないよう頑張ります。
これはお試しのようなもので、人気でない場合はやめる可能性があります。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 暗闇の中、急速に小さくなっていく光。

 

 無意識に手を伸ばすも掴めるはずもなく、途轍もない落下感に絶望しながら、少年ーー南雲ハジメ(なぐもはじめ)は恐怖に歪んだ表情で消えゆく光を凝視した。

 

 ハジメは現在、奈落という表現がぴったりな大溝を絶賛落下中なのである。目に見える光は、地上の明かりだ。

 

 ダンジョンの探索中、巨大な大地の裂け目に落ちたハジメは、遂に光が届かない深部まで落下する中で走馬灯を見た。

 

 

 

《READY GO!》

 

 

 

《EVOLTECH ATTACK!》

 

 

 

「ハジメェェエェェエッ!!!」

 

 しかし、不意に上から声が聞こえる。それにはっと我を取り戻して、ハジメは自分に近づいてくるそれを見た。

 

 紫と白、銀色で構成された、まるでエンジンのようなパイプの飛び出た装甲と黒色のスーツに身を包んだ、蝙蝠の翼を生やした怪人。

 

 やや特撮チックな格好をしたその怪人は、白いブレードの光るアーマーをつけた手を必死に自分へと伸ばしていた。

 

「シュウジ!」

 

 その怪人の名前を呼びながら、ハジメはあらん限りに手を伸ばし、そして……… ついにシュウジと呼んだ怪人の手を掴んだ。

 

 ほっと安心したように、怪人…シュウジはマスクの下で顔を緩める。すると自然と背中の翼が消滅し、シュウジは胸の中にハジメを抱きしめた。

 

 そうして、二人仲良くゴゥゴゥと風を切りながら落ちる中、シュウジとハジメは頭の中で共通のことを思い浮かべていた。

 

 日本人である自分が、ファンタジーという夢と希望が詰まった言葉で表すにはかなりヘルハードな世界に来るまでの、経緯を。

 

 

 

Ciao(チャーオー)……!》

 

 

 

 そんな二人の耳に、やけに軽快な渋い男の声が、響いたのだった……。

 

 

 ●◯●

 

 

 月曜日。それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日。きっと多くの人が、これからの一週間に溜息を吐き、前日までの天国を想ってしまう。

 

 ……なーんて真面目に脳内語りしたりして。俺以外は誰も聞いてないのに。そもそも頭の中だからわかるわけないっぺ。

 

『俺も聞いてるぞー』

 

 おっそうだな。

 

 よっすみんな、俺の名前は北野終司(きたのシュウジ)…我ながらこの名前終わりを司るとかなんか厨二っぽいし、どっかの天の道を行く人みたいだな。

 

  ま、あながち間違いでもないんだけど。え、なんでかって?その理由はただ一つ、俺の中にあるものがいるからだ。

 

『何さっきから一人で騒いでんだ?』

 

 そう、エボルト(こいつ)がな。

 

  エボルト。とある世界の地球外生命体で、星を崩壊させてそのエネルギーを自分のものにする、かなりヤベーやつである。

 

  こいつは生まれた時から俺の体内にいて、ずっと一緒にいる。飯食うときも風呂入ってる時も、四六時中ずっとだ。

 

  なんでそんなの飼ってんの?っていう質問に答えると、俺もわからん。なんか気がついたらいた。

 

  んで、前世の記憶を持っていて、特撮好き…中でも、仮面ライダービルドがかなり好きだった俺は、当たり前だがこの星狩りだけは勘弁してくれと思った。

 

  だがこのエボルト、ビルドジーニアスによって喜怒哀楽すべての感情を手に入れ、さらに俺を転生させた女神が教育した特別製らしい。

 

  どうやらその女神とやらに俺はあったことがあるらしいが、制限がかかってるため覚えてない。なのでそこは割愛する。

 

  女神教育の結果、エボルトはいい意味で人間が大好きになったようだ。それなら安心と、俺はこいつを受け入れた。今じゃあるやつを除けば唯一無二の親友だ。

 

『よせやい、照れるだろ』

 

 はいはい。

 

  とまあ、そんなわけで生まれてからこいつと一緒にいる。あ、ちなみにパンドラボックスは5歳の誕生日にいつのまにか部屋にあった。

 

  転生してからは、前世がしがらみの多い人生だったので自由気ままに生きてる。やりたいことをやりたいように、だ。

 

  とりあえず、転生特典でハザードレベルの上がりやすい体を与えられたらしいので、とにかく鍛えて鍛えて鍛えまくった。

 

  山籠りしてるときに、鍛えてますからが口癖のおっさんと知り合ったりしたけど、とにかく鍛えた結果、ハザードレベルが測定不能になった。嘘だと言ってよバーニィ。

 

  あとは親友作ったり彼女作ったりエボリューションしたりして、現在高校生である。とりあえず全力で人生エンジョイってます。

 

 はい、自己紹介終わり。

 

『あ、終わったか?じゃあさっさと入れよ』

 

「ほいほい」

 

  んでもって、今は教室の扉の前。エボルトに急かされたので中に入る。すると複数のやつに囲まれてるあるやつの背中が見えた。

 

「だからーー」

 

  むっ、世界で一番嫌いな男を発見。これより攻撃シークエンスに入る。

 

『おい、あれやるのか?』

 

 おう、脳細胞がトップギアだぜ!

 

  カバンを背中に固定して、腰を落とし、半身を引く。狙いをよく定める。

 

 そして右足にドンっと力を込めて……

 

「霧子さんキーークッ!!!」

 

  きりもみ回転しながらその男めがけて一直線。途中で片足を引っ込めて、足を叩きつける。

 

「ごはぁっ!?」

光輝(こうき)ーーーっ!?」

 

  必殺、俺の霧子さんキック(仮称)を受けると、そいつは吹っ飛んだ。隣にいる熊みたいなやつが悲鳴をあげる。

 

 

 ドガシャアン!

 

 

「ふう、スッキリ!」

 

  机をひっくり返しながら落ちたそいつに対し、着地した俺は爽やかに汗をぬぐった。やっぱこれに限る。

 

「シュウジ!?」

「おはようハジメ、お前も脳細胞はトップギアか?」

 

 そして側でポカーンとしていた少年ーー我が幼馴染にして親友、南雲ハジメに、俺はサムズアップしながら歯を光らせた。

 

  ちなみにこのポーズ、今世はイケメンだからいいが、前世はフツメンだったのでやったらキモいだけである(泣)。

 

『そうだな(嘲笑)』

 

 ヤメロヨォ!(裏声)

 

「っと、そういやこれ。面白かったぜ」

 

 ふと思い出して、背負っていた通学カバンを下ろして中から文庫本を取り出す。カバーが付いているが、ライトノベルだ。

 

「あ、それ貸してた本。ありがとう」

「南雲くん、何それ?」

 

 俺がハジメにラノベを渡していると、それを横からひょいと覗く少女が。見慣れた少女である。

 

 その少女は名を白崎香織(しらさきかおり)という。別名白っちゃん(呼んでるの俺だけ)。学校で二大女神と言われ、男女問わず絶大な人気を誇るとてつもない美少女だ。 

 

 腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげであり、スっと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。 

 

  文字通り黄金比を体現したような美貌だが、〝雫〟の方が絶対可愛い。うん、これ世界の真理(大げさ)。

 

「よー白っちゃん、おはよーさん」

「あ、おはようシュー君!またギリギリに来たね」

「おう、まあにゃー。なんだ、はじめんと同じように注意でもするか?」

「いやシュウジ、はじめんって何よ……」

「ふふっ、そんなことしないよ?小さい頃からなんだもん」

 

 そう白っちゃんとやりとりをしていると、今までハジメにのみ向いていた嫉妬と怒りの視線が俺にも注がれる。

 

  が、前世は殺意と悪意の中心にいた俺には、この程度無駄無駄無駄ァ(ラッシュはしてません)!

 

 しかし、悪感情には人一倍強く、同級生(こいつら)のように平和ボケした奴らの殺気なんざ歯牙にも掛けない俺がハジメに対しての視線に思うところがないかと聞かれれば、絶対に否だ。

 

  よってハジメを変な目で見ている奴ら全員に、文句あんならお前らも霧子さんキックぶっ込んでやろうか?あ?って顔しといた。

 

  するとあれよあれよと言う間に、視線を外す軟弱者ども。俺が187cmとかいうバカでかい体してるのもあるだろう。

 

  ちなみにスタイルは抜群である。脱いだらすごいぞ?もう腹筋とかバッキバキ。それでいて腰にくびれもあります(自慢)。

 

 そもそもただの一介のオタクであるハジメがなぜクラスメイトたちから敵意を向けられ、その原因たる存在である白っちゃんに話しかけられているか。

 

『話をしよう、あれは今から36万……いや、1万4000年前だったか』

 

 エルシャダイじゃねえんだよ。

 

 まず、俺の幼馴染かつ親友であるハジメはオタクだ。創作物、漫画や小説、ゲームや映画と、そういうものが好きである。

 

  また、両親もそちら関連の仕事をしているのでなるべくしてなったとも言える。まさにエリートオタクなのである。

 

  ちなみに俺も前世からそういうジャンルのものは大好物で、よくハジメと一緒にアニメ全クール夜通しとかしてる。昨日もした。

 

『マジで全裸になって観てたなお前ら……』

 

  いやほら、それは深夜テンションがアレしてアレしたんだよ(必死)

 

 しかし別にオタクだからといって、ハジメは本来ならここまで敵愾心を持たれるいわれはない。

 

  外見にしたってパッとしないものの、髪は短く切りそろえているし、寝癖もない。別に寝てる間にリーゼントとかにしてない。

 

  体型にしたって、極端に太っているわけでもなければ、かといって痩せぎすなわけでもない。てか俺と小学校の頃から鍛えてる(強制)から細マッチョ。

 

  ちなみに好きなキャラの違いでよく殴り合いになる。前世の家業で習った寝技なんか教えるんじゃなかった。後悔。

 

  コミュニケーション能力もしっかりしている。成績は平凡、運動能力はぶっ壊れ性能になりかけてる。

 

  基本的に〝趣味の合間に人生〟のスタンスで生きているため趣味を優先しがちで、学校での生活が少々だらしない。

 

  けど、俺は知ってる。その気弱な笑みの中には見知らぬ人でも助けられる優しさが秘められていることを。

 

  それが、俺の知る南雲ハジメという人間だ。

 

  無駄に暑苦しかったり、逆に冷たすぎたりしない、まさに理想の親友である。もうまじ最高、女の子なら好きになってる。

 

『おい、俺は?』

 

 お前は俺の半身だろブラザー。

 

『ヤッター/(°▽°)/』

 

 な、の、だ、が。

 

 人間っつーのは面倒なもので、そんなハジメと同じ〝平凡〟である男子生徒たちは、クラスのマドンナ的存在である白っちゃんに話しかけられていることに「なんであいつだけ!」と嫉妬を向けてるわせだ。

 

  逆に、女子生徒たちは面倒見がよく責任感が強い白っちゃんに、何度も笑顔で話しかけられているのに〝趣味の合間に人生〟の生活態度を改善しないことにイラついてる。

 

  まあ、こっちはそうでもない。俺がビルドでいう石動ポジで、なんとか仲を取り持ってるので。せいぜい呆れてるくらいだ。

 

 ここで親友ならば俺がハジメの生活態度を直してやるべきではないのか、とでも誰かが言いそうなものだ。

 

 だが断る!(ドヤ顔)

 

『ええ……』

 

  あいにく、そこらの有象無象の意見なんざどうだっていい。俺的には今のハジメがベストマッチ!なのだ、むしろずっとこのままでいい。

 

  それに、もうエボルト同様生まれてからの付き合いだ。やるときはやるということがよくわかっている。

 

 だからこそ、こんな空気の教室でも平然とハジメに話しかけ、周りを切り捨てている。感情がない頃のエボルトくらい興味ないね。

 

  俺の中での優先順位は一に楽しいこと、二にハジメと彼女、三に趣味のこと。あとは知らん。

 

 それで大丈夫なのかというと、ちっぽけな悪意を気にする性格ではないし、物理的にかなり強いので無問題。

 

  つか、人間としてとある一部分が壊れている俺からしたら、前世と同じような世界なら面倒なので全員殺してる。

 

 それにさあ、俺知ってるんだよね。白っちゃんがまだ自覚してないだけで、〝あの時〟以来ハジメのこと好きなの。

 

『恋する乙女の邪魔をするなんてとんでもない!』

 

 だろ!?さすがブラザー、わかってるね!

 

 でもなぁ。ハジメ彼女いるからなぁ。

 

 

 

 それも踏まえて結論。俺は現状維持を望みます!てか邪魔する奴は実力で黙らせます!

 

 

 

  流石のクラスメイトたちも、俺相手に自分から挑もうなどとは考えはしない。誰だって無駄な怪我を負うのは嫌なのだ。

 

「それじゃあそろそろ…」

 

 今日もいつも通り、ハジメが白っちゃんに会話を切り上げる挨拶をして終わりかと、そう思った時。

 

「お、おい北野、いきなり酷くないか!?」

「あ?」

 

 あーめんどくせーのが起きちまったよ。

 

『いや、それなら蹴らなきゃいいんじゃ……』

 

 すまん、本能だから!

 

『本能覚醒!ってか?』

 

 いやそれはジュウオウジャー。

 

『アーァーアァアー(イケボ)』

 

  エボルトと会話しながら、俺は仏頂面でそいつに振り返る。すると立ち上がったそいつは俺をにらんでいた。

 

 天之河光輝(あまのがわこうき)。いかにも勇者っぽいキラキラネームのこのサノバビッチ(クソ野郎)は、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。

 

 サラサラの茶髪と優しげな瞳、百八十センチメートル近い高身長に細身ながら引き締まった身体。誰にでも優しく、正義感も強い(思い込みが激しい)。

 

  加えて、おそらく俺が世界で一番嫌いな男である。 前世で死体の山を築き上げた俺からすれば、こいつの存在は甘すぎて毒に等しいのだ。

 

「おいおい光輝(こうき)、また喧嘩はやめてくれよ」

「龍太郎の言う通りね」

 

 さらに畳み掛けるように、光輝の後ろにいた男子生徒と女子生徒が声を発する。

 

 男子生徒の方が、坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)

 

  天之河(ゴミ)の親友であり、短く刈り上げた髪に鋭さと陽気さを合わせたような瞳、百九十センチメートルの身長に熊みたいな体格、見た目に反さず細かい事は気にしない脳筋。

 

 こいつは努力とか熱血とか根性とかそういうのが大好きな人間なので、ハジメのように学校に来ても寝てばかりのやる気がなさそうに見える人間は嫌いなタイプらしいのだ。

 

 故にどこかハジメを見下しており、 俺は一発でこいつが嫌いになった。人間皆千差万別、お前の好き嫌い押し付けんな。

 

『全く愚かだ。だからこそ人間は面白い!』

 

  おーいエボルトさーん昔のあなた出てますよー。

 

 んで、女子生徒の方が……

 

「おはようシュー。彼女に対して挨拶もなしなんて、冷たいわね?」

 

  人目をはばからず、そいつは俺に抱きついてきた。それはもう、背中に手を回してぎゅーっと。

 

  おっほ(メロン)の感触が……いかんいかん。俺としたことが、最愛の人に挨拶もなしなんてロクデナシにもほどがあるぜ。

 

『ロクデナシッ !ロクデナシッ !』

 

 ヤメロヨォ!(2回目)

 

「おーごめんよ雫、我が愛しのプリン「だーめ、許さないわ。んっ♪」んむっ!?」

 

  突然、そいつは俺の唇を奪った。今度は悪意ではなく、女子どもはきゃーっ!と黄色い声をあげ、男子どもはまたかよこの野郎的な感じの目線をよこしてくる。

 

  それから数秒して、ようやくそいつは離れる。恥ずかしさで文句を言いたい気分になったが、しかし「ん?」と可愛らしい仕草で見上げてきて、結局何も言えなかった。

 

『ふん、雑魚め』

 

 ねえさっきからあたりキツくない?

 

  ……ごほん。そろそろ紹介した方が良いだろう。

 

 こいつの名前は八重樫雫(やえがししずく)。白っちゃんの親友であり、俺の最愛にして最強、最高の彼女だ。

 

  ポニーテールにした長い黒髪と、それを纏めている三日月の形をしたレリーフがついているヘアゴムがトレードマークである。ちなみにこれ俺の手作り。

 

 切れ長の瞳は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりカッコイイという印象を与える。

 

  百七十二センチメートルという女子にしては高い身長と引き締まった身体、凛とした雰囲気は侍を彷彿とさせる。きゃーカッコいー抱いてー!

 

『いやお前いつも抱かれてっつーより抱いて……』

 

 シャラップエボルトくん!

 

『アッハイ』

 

 事実、雫の実家は八重樫流という剣術道場を営んでおり、雫自身、小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者である。

 

  現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、熱狂的なファンが多数いる。

 

 え、俺?筆頭ファンですが何か?

 

『それどころかお前、ファンクラブ立ち上げたじゃん。会員No.1じゃん』

 

 シッ、秘密なんだから。

 

 ちなみに、八重樫道場には天之河も通っており、その腕は雫に負けず劣らずといったところだ。超絶どうでもいい。てか死ね。

 

「お、おお。すまん雫。おはよう」

「うん、おはよう♪ んっ♪」

「むぐっ」

「「「2回目、だとっ!?」」」

 

  こいつらどんだけイチャイチャすりゃ気がすむんだよ。クラスメイトと隣のハジメのジト目がそう言ってる気がした。

 

 白っちゃんと同等レベルに人気の高い雫の彼氏であることに対してまたしても男子生徒の嫉妬の感情が湧くのではないかと言う心配はない。

 

  なんでかって?俺たちの中は高校入学当時から知れ渡ってて、そのラブラブ具合は全世界最強だからだ!

 

『よっ世界一!』

 

 はっはっはっ、もっと褒めたまえ!

 

『と言うと思ったか!』

 

 ダニィ!?

 

  それに、今世の俺の外見はかなり整ってる。成績も余裕で校内一位を維持しており、十分周りから見ても釣り合っているわけだ。

 

  つーわけで、文句あるやつかかってこいやァ!

 

『ビリッ……』

 

  おいエボルトさんジーンズ裂ける音やめて!?

 

「ご、ごほんっ。そろそろいいか?」

 

 少しずつ周りが桃色になり、三回目いっちゃう?いっちゃう?よし操って窓から飛び降りさせるわ、やめてください死んでしまいます、なんてやり取りをしてると、ゴミの声が。

 

  不機嫌になった俺を雫がまあまあとなだめ、なんとか会話のできる雰囲気にする。ケッ、腹立たしい。

 

「と、とにかく南雲、さっきも言った通り、いつまでも香織の優しさに甘えないことだ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」

「だから光輝くん、私は私が南雲くんと話したいから話してるんだってば」

「………ハァ」

 

  それを聞いたハジメの、いかにも面倒そうなため息を聞いて、俺の中で小さくプチッと言う音が鳴った。

 

  同時に白っちゃんの発言にクラスがざわめき、普段俺がいない時に悪い意味でハジメに絡んでいる檜山とその仲間の四人組は恨めしげな顔をする。

 

  が、ちょっくら本気の殺気を多分に含んだ目を向けられるとすぐに目をそらした。弱い。いっそのことそのまま出てけ。

 

  雑魚どもをそっちのけに、俺は天之河の肩に手を置くと、骨が砕けないギリギリの力で掴みながらヘラヘラと笑った。

 

「おいおーい、天之河さんよぉ。別にハジメは白っちゃんに対して甘えたことなんて一度としてねぇし、そもそも白っちゃん違うって言ってるぜ?自分至上主義のご都合解釈も程々にしとけよぉ〜。じゃないと……殺すぞ?ア"ァ?」

 

『おい、本性出てるぞ』

 

 えーなんのことかぼくわからなーい。

 

「な、何をいってるんだ北野? 俺はただ、やる気のない南雲に注意をしていただけであってーー」

 

 プチッ、と何かが切れた。

 

「それが妄想だつってんだろうがよ!なんでハジメの生き方をお前に強制されにゃならん!こいつにはこいつの好きなことがあって、それに熱意を向けてるだけだ!テメェとハジメは違う人間だって、一体何百回言やぁわかんだこのおぼっちゃまが!」

「シューッ!」

 

  雫が叫ぶ。それにハッとして、自分の手の中にエボルトの赤いオーラが集まっていることに気づいた。

 

  内心慌てながらそれを霧散させ、またヘラヘラとした仮面を被りなおす。そしてポンポン、と天之河の肩を叩いた。

 

「とにかく、気をつけろよ〜」

 

 そう言うのと同時に、タイミング良いのか悪いのか始業のチャイムが鳴り響いた。

 

  それと同時に教師が教室に入って来て、俺はハジメを促して自分の席に向かう。また歯止めが効かなくなったらたまったもんじゃない。

 

  んで、教師の方は見飽きたのか、何事もないように朝の連絡事項を伝える。そして当然のごとく授業が開始された。

 

 ふとハジメの方に目線を向けると、雫がこっそりとハジメに向かって謝罪している。それに肩をすくめて答え、腕を枕に夢の世界に旅立つ親友。

 

 さてさて、そんじゃあ俺も寝ますかねー。

 

『昼になったら起こしてやるよ』

 

 んーさんきゅー。

 

『某旦那の声で起こしてやるよ』

 

  ハリーハリーハリー!とか言わねえだろうな?

 

 

 ●◯●

 

 

 教室のざわめきに、僕……南雲ハジメは意識が覚醒していくのを感じた。

 

「……んにゅ」

 

  居眠り常習犯なので、起きるべきタイミングは体が覚えている。その感覚から言えば、どうやら昼休憩に入ったようだ。

 

 僕は突っ伏していた体を起こし、お弁当をゴソゴソと取り出す。シュウジの作ったものだ。なんかあいつ、女子力異常に高いんだよね。

 

  パカッと弁当を開けながら、何となしに教室を見渡すと、購買組は既に飛び出していったのか人数が減っている。

 

  それでも僕たちの所属するクラスは弁当組が多いので、三分の二くらいの生徒が残ってた。

 

  それに加えて、四時間目の社会科教師である畑山愛子先生(二十五歳)が教壇で数人の生徒と談笑していた。

 

「私が来た!」

「あ、うん」

 

  と、そこで幼馴染にして、親友であるシュウジが来た。なんか顔が劇画調になってるように見える。

 

 ふと後ろを見ると、八重樫さんが残念そうな顔をしている。なんであっちと食べないんだろ。天之河くんが嫌いだからかな。

 

『その通りだぜ。なんか天之河の近くの空気吸いたくないんだと』

 

  あ、エボルト。そうなんだね。シュウジの天之河くん嫌い、相変わらずだなぁ。

 

  僕は、エボルトのことを知ってる。シュウジに前世の記憶があることも。だからって、なんてことない。

 

  シュウジはシュウジだ。僕の唯一無二の親友で、兄弟みたいな、家族みたいな、そんなやつ。そこに前世がどうとか関係ない。

 

  と、それはともかく。いそいそと机をくっつけて、二人で弁当を食べる。シュウジがハイテンションに喋って、僕がツッコム感じだ。

 

「ハジメ、いるー?」

 

  十分くらい経った頃、不意に教室の入り口から僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。そちらを振り向くと、そこには一人の女の子がいた。

 

「おー空っち、こっちこっち!」

 

  シュウジが空っちって呼んだ女の子は、僕たちを見つけるとパッと笑顔を咲かせて、トテトテと教室に入ってくる。

 

  クラスメイトたちが見る中、可愛らしい容姿の女の子は、机を一つ動かして僕たちの…というか、僕の隣にくっつける。

 

  そうするとストン、と椅子に腰を落として、僕に肩をくっつけて来た。対面のシュウジがニヤッとする。

 

「おうおうお二人さん、熱いねぇ」

「えへへー」

「ちょ、ちょっと美空(みそら)……」

 

  笑顔でくっついてくる女の子……石動美空(いするぎみそら)に、僕はたじろいだ。でも彼女は離してくれない。

 

  石動美空。中学時代からの、僕の彼女。白崎さんや八重樫さんに勝るとも劣らない……いや絶対優ってる美少女。

 

  すべすべとした白い肌に、桃色の唇と通った鼻筋。薄い緑色の瞳はとても綺麗で、彼女のチャームポイントだ。

 

  毛先に軽くパーマをかけた黒髪はボブカットになっており、首筋に触れて少しくすぐったい。

 

  こんな可愛い彼女がいるのも、僕が疎まれてる理由の一つだったりする。シュウジのキツい鍛え方に耐えてるのは、いざという時彼女を守れるためである。

 

  しばらく僕にくっついた美空は、持ってきた弁当を食べ始める。もう一人増えて、三人で賑やかな食事が始まった。

 

  そうして楽しい時間が流れていくのだが……不意に、本能が警鐘を鳴らす。僕と混ぜたら危険な何かが、近づいていると。

 

「南雲くん珍しいね。教室にいるの。よかったらお弁当、一緒にどうかな?あ、できればシュー君も」

 

  そしてそれは、天使のような、あるいは悪魔の笑みとともに現れた。白崎香織と言う名の、劇薬が。

 

  まずい、全裸でアニメ見ながら徹夜なんてするんじゃなかった。寝ぼけていて、普段ならすぐにわかる白崎さんの接近に気づかなかった。

 

  シュウジの方を見たら、あっやべって顔してた。ていうかエボルトが半分乗っ取ってるのか、右顔が笑ってる。

 

『ヒャッハー修羅場だぜぇ!』

 

 なんかものすごく楽しそう!?

 

  って、そうじゃなくて。いや、もう本当になしてわっちに構うんですか?と意味不明な方言が思わず飛び出しそうになりながら、僕は抵抗を試みる。

 

「……香織ちゃん、今は私とハジメがご飯食べてるから、天之河君たちのとこに行ってくれないかな?」

 

  が、その前に隣の美空がひどく低い声を出した。えっなにその声怖い、そんな声シュウジとアハーンなDVD見てるのバレた時以来なんだけど。

 

  ピシッ!と何かが割れる音を響かせながら、なおも白崎さんは笑顔を崩さない。白崎さん、強い。

 

「……なんでそんなこと言うのかな?別に、私も一緒に食べてもいいでしょ?」

「ダメ。ハジメは私のものなの。彼氏と彼女、わかる?わかったら()()()()()()()()()()()()は仲良しの天之河君たちのところに行ったら?」

 

  ピシピシピシッ!とさらに亀裂が入る。そのうちオォラァッ!とか聞こえて来そうだ。というかシュウジinエボルトが、いつのまにかブレザーとシャツを脱いで〝愉悦〟と大きく書かれたシャツで踊っている。

 

  それに少しイラッとしてると、いつのまにか美空と白崎さんの間で火花が散っていた。なんでだろう、僕にはさっぱりわからない。

 

『ハッ、雫からテレパシーが!?』

 

  急に頭の中にエボルトの声が響いて、シュウジの体が踊りをやめる。そしてシュウジに戻ったのか、目の色が赤から黒に戻って後ろを振り返った。

 

  つられてそっちを見ると、八重樫さんがどこか期待したような目でこちらを見ていた。シュウジがうっと息を詰まらせる。

 

  八重樫さんがこっち来〜い、こっちに来〜いとシュウジに電波を送り、それに苦しんでいる間に、事態は進む。

 

「おいおい、喧嘩は良くないぞ」

 

  いつの間にやら、天之河君が近くに来ていた。それに付き添うように坂上君もいる。八重樫さんは電光石火の速さでシュウジの膝の上にいた。見えなかったんですけど。

 

  それから僕の前で、火花を散らす二人、それにあれこれ言うも全スルーの天之河君、ため息をつく坂上君、シュウジにゴロゴロと甘えている八重樫さんと、カオスな空間が出来上がった。

 

 肩身がせまいどころか、息苦しくて死にそうである。たまにシュウジとエボルトが切り替わってこっちに変顔してなかったら萎縮しきってた。

 

「……………はぁ」

 

  深くため息を吐く。目の前の人たち……シュウジたちを除いた全員を見て、僕はふとありえないことを考えた。

 

 

 

 

 

  もういっそ、こいつら全員異世界召喚とかされないかな?と。

 

 

 

 

 

  どう見ても天之河くんたち、そういう何かに巻き込まれそうな雰囲気ありありだろうに。どこかの世界の神か姫か、あるいは巫女か。誰でもいいので召喚してくれませんかー……。

 

 現実逃避のために、内心電波を飛ばす。さて、そろそろシュウジが何か、天之河君に対して爆発するかな。

 

「あのーみんな、そろそろ……」

 

  それを止めるために、いつも通り苦笑いでお茶を濁して退散するかと腰を上げかけたところで……凍りついた。

 

 突如、天之河君たちの足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れたからだ。その異常事態に、直ぐに周りの生徒達も気がついた。

 

  僕を含めた全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様、俗に言う魔法陣らしきものを注視する。

 

 その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。な、なにこれ!?

 

「……あー、これ行くな」

『いっちまいますなぁ』

 

  そんな中、たった一人……いや二人だけ、非常に冷静な人物がいた。シュウジとエボルトだ。

 

「ふ、二人とも、どうしてそんな……」

「ーーハジメ。俺が嫌いな人間のタイプ、三つあげてみ?」

「こんなときになに言ってんの!?」

「ほれほれ、早よ早よ〜」

 

  どんどん魔法陣の光が強くなる中、ムカつく顔で煽るようにいってくるシュウジに、僕はヤケクソ気味に言った。

 

「冗談が通じない人、何かしてるときに邪魔する人、自分の平穏を奪う人だよ!それがどうかしたの!?」

「Exactly!さすが我が親友、わかってるね!んでさ、この状況で当てはまるのはどれだと思う?」

 

  片手で八重樫さんを抱きながら、シュウジはパチン!と指を鳴らして僕に問いかける。だんだんイライラして来た。

 

「一体何を……」

 

  そこまで言って、僕ははたと気づいた。ニコニコと笑うシュウジの、黒と赤のオッドアイが、一切笑っていないことに。

 

  シュウジの嫌いなタイプ。それは、冗談が通じない人、何かしてるときに邪魔する人、そして自分の平穏を奪う人。

 

  まさにこの状況に、全て当てはまる。だとするならば、今のシュウジと、エボルトは……

 

「もしかして、二人ともーー」

「さーて、これを引き起こした奴はどーんな面白い言い訳してくれんのかねぇ?」

『ハッハッハッ、何にせよ……』

 

 

 

 

 

  その瞬間ーースッと、シュウジから表情が抜け落ちた。

 

 

 

 

 

「『ぶち殺す』」

 

  それを聞いたのを最後に、視界が白く染まった。その中で、僕は必死に美空を抱きしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして数秒か、数分か。

 

  光によって真っ白に塗りつぶされた教室が再び色を取り戻す頃、そこには既に誰もいなかった。

 

  蹴倒された椅子に、食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消していた。

 

 この事件は、白昼の高校で起きた集団神隠しとして大いに世間を騒がせるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《HELLO EVERYONE !》

 

 

 

 

 

 

 

《THIS IS THE UNKNOWN MOTHER GOOSE》

 

 

 

 

 

 

 

《ARE YOU READY?》

 

 

 

 

 

 

 

《READY GO !》




読んでいただき、ありがとうございます。
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女神の祝福(過保護気味)

えー、他の作品も共通していることなのですが、感想をいただけると書くペースが目に見えて早くなります。なので応援よろしくお願いします。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 前回の、ラブ◯イブっ!

 

『いや違うから』

 

  そうか?まあいい。んんっ、それじゃあ改めて、気を取り直して。

 

  いつも通り学校でハジメたちと騒がしくしてたら、いきなり魔法陣が出て来てどっかに転移させられたでござる。

 

 終わり!

 

『早いよ!?もっと他に説明することあんだろうが!』

 

  ぼくなにいってるのかわからなーい(使い回し)

 

  なーんてエボルトとの漫才はともかく、あれは明らかに転移用の魔法陣だった。それもかなり高度な、世界間移動のもの。

 

  つまり別の世界にテンプレのごとく、俺たちを何者かが呼び出しやがった。モチ、こっちの事情なんざお構い無しだろう。

 

  なんでそんなのわかるかって?ふっ、オタクを舐めるな。俺がどれだけの修羅場(ラノベ)を乗り越えた(読んできた)と思ってる!

 

『単純に前世の経験もあるだろうが』

 

 あれーそうだっけ?俺辛いこと忘れちまうからさ。てへっ☆

 

『うっわこいつマジで殴りてぇ……』

 

  はっはっはやれるものならやってみゲブッ!?ちょっコラ、肉体操るのは反則だろ!?

 

 

 

 パァンッ!

 

 

 

  ていうか転移中でも自分の顔って殴れるんだと思ってたら……突然、視界がそれまでのとは違う〝白〟に変わった。

 

「…………は?」

 

  思わず、間抜けな声を上げてしまう。え、どこよここ。なんか神聖な空気漂ってるし金色の粒子でキラキラしてるし。あっ天国か?

 

『残念ながらまだ死んでないぞ。残念ながら』

 

  おいなんで二回言った?ねえなんで二回言ったの?別に大事なことじゃないよね?

 

『えっ?』

 

 えっ?

 

  あいも変わらずエボルトと漫才をしながらも、思考は別のことを考える。

 

  言ってなかったが、俺は五つまでなら並列して思考ができるのだ。前世の経験からくる特技です。

 

  ポク、ポク、ポク、チーンとかどっかのウ◯メキ◯デスさんが出て来そうな音を立てながら考えるが、さっぱりわからん。

 

  まずここがどこなのか、今自分が地面に立っているのかさえ確認できない。そりゃ四方八方真っ白だったらわからんわな。

 

『ん?あっシュウジ、記憶の制限とけるっぽい』

 

 ハァン?(某ゲームの村人風)

 

  記憶の制限って……ああもしかして、俺を転生させてくれた女神のことについてのやつ?つーことはここはそれに関係する場所?

 

『そうだ』

 

 お前を教育した、あの女神の?

 

『そ、そうだ……』

 

  なんで声震えてんだよ……なにされたんだよお前……いや、あの極悪なお前が矯正されるくらいだからよっぽどだろうけど。

 

  それ以上話したくないのか、エボルトはさっさか記憶の鍵を開いた。カチッ、と脳裏で音がなる。

 

  その瞬間、頭の隅で詰まってた記憶がなだれ込むように記憶のボックスに入り込んで来た。

 

  そうして女神についてのことを知って、自然とこの場所のこともわかるようになる。

 

「ここ、女神様のいる空間か」

 

 

 

 パンパカパーン!

 

 

 

  なので、指をパチン!と鳴らしながらそう呟いた瞬間、空中にどこからともなくクラッカーが出現して、これまた勝手に紐が引かれた。

 

「せーかいです!さすが私のシュウジくん!」

「おほっ」

 

  頭にキラキラしたやつを被ってると、背中にむにゅんと柔らかい感触が。雫のふた回りくらいでかい(計算時間0.01秒)

 

  もうちょっと堪能してたかったが、背筋に悪寒が走ったのと同時に柔らかいものは離れていってしまった。残念だ(血涙)

 

  まあそれはともあれ、後ろを振り向く。すると、ギリシャ神話風の白い服を着た絶世の美女がいた。

 

  サラサラとした長い金髪に、唯一無二の完璧すぎる美貌。そして吸い込まれそうなコバルトブルーの瞳。記憶の中にある姿と全く変わらない。

 

 あっいや少し太っt

 

「シューウージーくーん?魂削られたいですかー?」

「ごめんなさいもう二度と思いません!」

 

  流れるようなスライディング土下座。プライド? 前世の時点でないない。

 

「もう、デリカシーを身につけてくださいね!」

「ウッス」

「まあ、それはそれとして……お久しぶりです、シュウジくん。全力で今世をエンジョイしてるみたいですね!」

「おかげさまで満喫しまくってます」

 

  それを聞いて、うんうんと満足そうに腕組みして頷く女神様。ブルンブルン揺れてる。何がとは言わないが、お◯◯◯ブルンブルン!状態である。

 

「神の権限において、この者の魂を…」

「ごめんなさい!このとーりです!」

『学習しろよ!』

 

  仕方がないんだ、男の悲しい性だから☆(キメ顔)

 

  そんなやりとりをそのあと、7538315回くらいやった(大嘘)。すげえ楽しかった。女神様に殴られた。

 

「もう、本当にしょうがないんですから」

「ふぁふぁっ、ありひゃごうごひゃいましゅ(ははっ、ありがとうございます)」

『褒めてねえし。てか顎外れてんぞ』

 

 マジで?

 

  エボルトの言う通り完全に外れてぷらぷらしてた下顎をはめると、エボルトのオーラで筋肉を治す。一回やるとクセになるからね。

 

  さて、準備もできたところで本題に入ろう。いつまでもふざけていては失礼ってもんだろう。

 

『いや現時点でかなり失礼だから』

「てへっ☆」

「……もう一発いっときます?」

 

 ごめんなさ(以下略

 

「で、今回はどんなご用件で?」

「あ、そうそう!はいこれ、プレゼントです!」

 

  そういって差し出されたのは、長方形の箱にレバーがついたような外見のものだった。よく見慣れてるもんだ。

 

  赤い外装、惑星図みたいな金と青色のパーツ、青いレバーに星座盤のかけらかけらみたいな装飾。そして二つのスロット。

 

  そこにあったのは、まぎれもないエボルドライバーだった。震える両手で、それを恭しく受け取る。

 

「色々な世界を覗いたりブルーレイ買って全話視聴したり公式ページ見たり、色々と情報を集めて作っちゃいました!シュウジくんたち専用ですよ!」

「お、おお……!」

 

  この感情を、なんと言えばいいのだろうか。わからないが、とりあえずブゥゥウウウラァッ!と叫びたい。

 

  前世であれほど憧れたエボルドライバーが、今本物として自分の手にある。これほど嬉しいことはない。

 

  とりあえずブレザーの裾で手を拭って、913回くらい拝み倒してから、両手で掲げて飛び回った。

 

「ひゃっほーい!」

『どんだけ嬉しいんだよ……おい20連続バク転はやめとけ三半規管がシェイキングされるぞ!』

「ふふ、喜んでもらえてよかったです。作った甲斐がありましたね」

「ありがとうございます!一生大切にしますっ!」

 

  視界の中で360度回転しながら微笑む女神さまに涙を流しながら感謝した。あっ涙が口の中入った!

 

  体感時間で十分くらいかけて感謝を表す(物理)と、女神様の前に戻った。エボルドライバーに頬ずりしながら。

 

「それじゃあ、これも」

 

  じゃーん!と後ろに回した手を広げて、両手の中にあるものを見せてくる女神様。何それクッソ可愛い。

 

「もう、可愛いだなんて♪」

「アボッ!?」

 

 照れ隠しの一撃を頂戴しながら、それを受け取る。あっエボルト曲がった鼻直しといて。

 

『はいはい』

 

 新たに受け取ったそれは、角ばった円形の上にキャップのついた小さなボトル…エボルドライバーに挿すエボルボトル。

 

 一つは、マスクと歯車が重なったマークの刻まれた、蛇の顔がくっついた赤いボトル…コブラエボルボトル。

 

 もう一つは歯車に曲がった直線が引かれたビルドマークのついた、プレス機みたいなものがついた黒いボトル…ライダーエボルボトルだった。

 

 この感情を、なんと(ry

 

「あとこれとこれと、これとこれも」

 

  次から次へと、女神様は俺の手の上にボトルを積んでいく。どうでもいいけどこれどっから出てきてんの?四次元ポ◯ット?

 

  多いのでまとめると、渡されたのはドラゴンエボルボトル、ラビットエボルボトル、エボルトリガー(石化状態)、バットフルボトルとエンジンフルボトル、スチームブレード。

 

「あのこれ、なんすか?」

「ほら、ベルナージュの回想でエボルトが持ってた剣です。詳細はわからないのでビートクローザーをベースに作りました」

「あっわかりました」

『懐かしいなぁ。ベルナージュにぶっ壊されたっけ』

 

  あと、黒と白の綺麗なグラデーションがかかってる長剣。なんか永遠の概念が使われてるらしくて、何しても全く変わらないらしい。

 

 つーかこれ、どうやって持ってればいいんだろう。ブレザーのポケットに全部入れたらおかしなことになるんだけど。

 

「それなら異空間収納の能力つけときますね」

「女神様マジGJ」

 

 念じたら体の隣にワームホールが空いたので、そこにポポイのポイと全部放り込む。よし、これでオーケー。

 

「あ、あと転生した時に全ライダーの変身能力下さいってお願い、聞けなかったお詫びにこれもあげます」

 

 えっそんな願い事してたのと思いながら受け取ったそれは、紫色に銀色の塗装がされているロストボトル、コブラボトルと、トランスチームガン(プロップサイズ)。

 

「それと、エボルボトルを生成する能力も」

「そんな至れり尽くせりでいいんですか?」

「いいんですよ。私、好きな人は甘やかしたいタイプなんで」

「え、それガチの方で?」

「ガチです。あれ、『一目惚れしました!奥さんになって下さい!』ってプロポーズしてくれたの、覚えてないんですか?」

 

  おいエボルト聞いてねえぞこんちきしょうめ。

 

『…いやだって、お前が後でポロっと言ったら雫に絞られるじゃん』  

 

 あっ(察し

 

「もう、エボルトったら…とにかく、これで今回呼び出してまで渡したかったものは全部です。ああ、最後にこれから呼び出される世界の情報もあげますね」

「えっちょっと待っt」

「えいっ!」

 

 可愛らしい声とともに、両手でパチン!と俺の頬を叩く女神様。地味にヒリヒリして痛い。

 

 そして次の瞬間、頭の中に膨大な情報が流れ込んできた。防ぐ暇さえなかったので、白い床の上をのたうちまわる。

 

「あだだだだだだだだだっ!!!???」

 

 頭を抱えながら、芋虫みたいにゴロゴロと転がりまくった。ちょっマジで痛いって!脳みそ壊れるって!

 

『プギャー( ;∀;)』

 

 クッソ泣き笑いするくらい笑いやがって!

 

  流し込まれたのは、記憶。一つの世界が長い時間の中で刻んだ時間の、始まりから現在までの全てを、脳に流し込まれたのだ。

 

 しばらくして、泣き笑いしてるエボルトの協力もあって全部の情報を吸収する。あー痛い、本当にパッカーン!するかと思った。

 

『その場合、ムーテーキー!じゃなくてオーワーター!だったな』

 

 うまくないっすよエボルトさん。

 

『うっそマジで』

 

 マジで。

 

「うーん、それにしても…なかなかにくそったれな世界だな」

 

  ふざけるのをやめて、真面目な顔に引き締め直して言う。えっお前そういうキャラじゃないだろって? 黙れ(威圧)

 

  なんだか何かがバレて白けるような気がするので詳細は伏せるが、俺たちを呼び出したのはとんだクズ野郎だった。

 

  前世で暗殺毒殺騙し討ち、なんでもござれで人を殺しまくってた俺がいうんだから、それは相当なクズってことになる。

 

  しかもそいつ、邪悪だったエボルトに自分に酔ってる気持ち悪さを足してねるねるねるねした感じで面倒くさい。

 

『ああ、昔の俺も数多くの惑星を滅ぼしたが、他の世界にこんな極悪な奴がいるとはな』

「ま、何にせよやることは変わらねえ」

 

 ハジメを、雫を、白っちゃんを、空っちを……そして俺とエボルトを、こんなふざけたお遊び(ゲーム)に巻き込んだ〝偽物の神〟を、ムッ殺す。

 

  どんな手を、力を使っても必ず見つけ出して、俺たちの平穏を奪い去ったことを心の底から後悔させてやる。

 

 んでもって、終わったらさっさと家に帰る。こちとら前世と違って、やっさしい両親と妹(超ブラコン気味)がいるんだ。いつまでも異世界にはいられねえ。

 

『ハッ、そうだな。あんな凶悪なのは、昔の俺だけで十分だ。そのポジは絶対に譲らない。ってことで、手を貸すぜ相棒』

 

  サンキュー対抗心マックスハザードオン!なエボルトさん。

 

 覚悟を決めたところで、空気を読んで待ってくれてた女神様が近づいてくる。いい女ですなぁ。

 

「それじゃあ、くれぐれも気をつけてくださいね。それと、私のあげた知識はその都度必要な時に思い出せるようにしました」

「何から何までアザッス」

 

 女神様か俺の額に手をかざすと、どんどん眠りに落ちるように意識が遠のいていく。おお、すげえ。

 

「それじゃあアデュー、女神様。愛してるぜ!」

『おま、あとで雫に殺されても知らねえぞ……』

 

  その言葉を最後に、俺の意識はプツッと途切れた。

 

 

 ●◯●

 

 

「ーーウジ、ーュウジ!、シュウジ!」

「ーーュー!おーーいだから目をーーて!」

「…………………んんっ」

 

 体を揺さぶられる感覚と、自らの名前を呼ぶ声。なんだよ善子、まだアラームは鳴ってねえぞ。

 

『あの自称堕天使の厨二ブラコン妹じゃねえよ。おいシュウジ、起きろ』

 

 あれ、エボルト?

 

  エボルトの声にうっすらと目を開けると、唯一無二の親友と、最愛の彼女が自分を覗き込んでいる姿が視界に飛び込んできた。

 

「あ、れ…ハジ、メ…しず、く……?」

「シ、シュウジ!よかった、やっと目を覚ました!」

「目を覚ましたって……」

 

  床に手をついて、上半身を持ち上げる。額に手を当てて、これまでのことを思い出そうとする。

 

  あーそうだ、白い空間で女神様にあって、色々もらったんだった。それじゃあここは現実……つまり異世界か。

 

『正解!』

 

  万丈が両手で指差して言ってるの思い浮かんだわ。

 

「ウッ頭g「シュー!」ぐえっ!?」

 

 ちょっ雫さん最後までネタ言わせて!?

 

『諦めろ』

 

  ゲホゲホと咳き込む。抱きついてきた雫の頭が鳩尾にちょうどクリーンヒットしたのだ。そこは流石に痛い。

 

「ぐすっ……一人だけ気絶してたから………どうかしたんじゃないかって、えぐっ、心配、したんだからね………!」

「…!」

 

  雫が涙声なのがわかると、自然と腕が動いてその華奢な背中に両手を回し、抱きしめ返した。

 

  普段ふざけてばっかの俺だが、三つ必ず決めているものがある。それはハジメの親友でい続けること、雫を泣かせないこと、必ず家族を守ること。

 

  雫に心配はかけられない。たとえ何があっても、彼女に涙を流させてはいけないのだ。それが、俺の使命である。

 

  俺が抱きしめると雫はびくっとするものの、すぐにぎゅうっと抱きしめる力を強めてきた。

 

「……あー。なんかよくわからんが、心配かけたみたいだな」

「シューの馬鹿…」

「ごめんってば」

 

 右腕を背中から離し何度か頭を撫でると、ようやく雫は落ち着いて離れていった。くっ、もう少し堪能していたかった。どことは言わないが。

 

『クソ野郎』

 

 単純な罵倒いただきましたー。

 

  さて、現状確認をしなくては。事前に情報はもらってるが、今の自分がどういう立ち位置なのかを把握しとかなきゃいけない

 

 まず最初に目に飛び込んできたのは、巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなでかいやつ。

 

  その中で、後光を背負った中性的な顔立ちの人物が草原や湖、山々を両手を広げ包み込む絵が描かれていた。

 

『感動的だな、だが無意味だ』

 

  うん、すごく無意味。

 

  だってこの壁画、本当のこいつに遺伝子操作して顔改変して内臓と心全部取り替えて面の皮付け替えて記憶を『RESET……』して色々後から詰め込んだ感じだもん。

 

  あまりにも違いすぎて、出るとこ出てやろうかと思う。神の詐欺ってどこの裁判所で訴えたら答えてくれると思う?

 

『いやそれもはや別人だろ。ていうかそんな裁判所ねえよ』

 

  そっかー残念。まあそんな冗談は置いといて、引き続き周囲を見渡して情報収集に勤しむことにした。

 

 よくよく周囲を見てみると、どうやら俺達は巨大な広間にいるらしいということが分かった。

 

  白大理石みたいな材質の建築物のようで、彫刻が掘られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状。大聖堂とかいう名前がついてそう。

 

 で、俺らがいんのはその最奥にある台座。ほらあれだよ、ボタン押したら中から老害ロボットとテレポート装置でてきそうな感じ。

 

『セン◯ネルさんかよ』

 

  あいつ自分勝手もいいところだよな。え、お前に言われたくない?知らんな。

 

  周りにはハジメやその方から顔を出してる空っち、雫を始め、クラスメイト全員の顔がある。どうやら教室内にいた奴らは全員巻き込まれたようだな。

 

  ついさっきまで呆然としていたクラスメイトどもは、俺を見てホッとしたような顔をしてる。へえ、思ったより印象悪くないんだな、俺。

 

『霧子さんキックかまそうとしてたのにな。ま、お前なんだかんだ言ってクラスメイトどもにうまく取り入ってたからな』

 

  クラスに溶け込んでいたって言えよっ。ていうかやり方教えたのお前じゃん。

 

  ちなみにその中に天なんとかっていう『ゴミ!』もいたが、どうでもいい。ていうか気持ち悪いからその顔今すぐ剥げ。

 

『サングラスの王様(笑)が笑ってるまで見えたわ』

 

 次に、台座の周りにいる複数の人間達の観測に移る。少なくとも三十人近いその集団は、おそらく同じ組織に与するものだろう。

 

  で、セ◯チネル台(偏見)が乗ってる台座の前でまるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好をしている。

 

 全員白地に金の刺繍入りの法衣を纏い、傍らに先端が扇状に広がっていて、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられた錫杖を置いていた。

 

  あれ鳴らしたら面白そうだな。っていうかあの先端の部分だけ取り外して赤ちゃんのオモチャにできそう。

 

『夜に鳴らされたらたまったもんじゃねえな』

 

 中でも特に豪奢で煌びやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうな、これまた細かい意匠の凝らされた烏帽子(えぼし)もどきを被っているジジイが歩み出てくる。

 

  もっとも、 爺ちゃんって言うよりはジジイって言った方が正しい。眼光が普通の老人のそれじゃねえ。

 

 そんな老人は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音で話しかけてきた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せた。それに対して、俺は真剣な顔で立ち上がって一歩近づく。

 

「なあ、あんたに一つ聞きたいことがある」

「なんですかな、勇者殿?」

 

  こちらを見上げる老人に対して、俺は一拍置く。そしていかにも重要なことだと言うように、目を鋭くして。

 

 

 

 

 

 

 

「あんたってハンマーで殴って気絶させたら剥ぎ取りできる?」

「ランゴスタじゃないよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

  スコーン、というハジメが俺の後頭部を叩いた音が、大聖堂に大きく響いた。

 




三名以上感想が来なかった場合、この作品は削除する予定です。
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ご説明(真面目に聞いているとは言ってない)

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

  それは、まだ空に飛行機やら紫外線やら内海さんやらが飛んでいた頃の物語。

 

  北野シュウジという一人の男が、世界に破滅をもたらすというありがたい力(笑)を持って、異世界へと旅立ちました。

 

  お供を努めますのは、一匹の地球外生命体。エボルトというものです。

 

  さぁて、今宵北野一行を待ち受けますものは?

 

『前回はラブ◯イブで今回は最遊◯パロかよ。ていうか俺お供扱いなの?』

 

  そうだ、主に笛を吹いたり大砲を使ったりロケットに乗ってモンスターにアタックしたりするお供だ。

 

『いやそれお供じゃなくてオトモだから!アイルーだから!』

 

  どうも、エボルトと漫才をしている俺こと北野シュウジっす。年は17歳、ピッチピチの高校生でやんすよ。

 

  今、俺を含めた異世界から来た人間がいるのは、大広間とかいうでかい部屋。十メートルはくだらない机がわんさか並んでる。

 

  ここで騎士団の皆さんが食事とかするんだろうか。異世界って言ったら騎士はテンプレだし。あと宴会とかにも使われそう。

 

  非常に煌びやかな作りで、調度品や飾られた絵、壁紙がかなり価値のあるものだ。前世で、任務によっては義賊じみたこともしたのでそこらへんの目は培われている。

 

『火星に行った時も、こんなようなものがベルナージュの王宮をブラックホールに吸収した時、大量に吸い込んだな』

 

  あ、やっぱりどこ星の王族もこんな感じのものたくさん持ってるのか。ていうか、こんなもん吸収しても意味ないだろ。

 

『その通りだ。別にエネルギーにもならんし、ほとんどは消滅させてた』

 

 やっぱ無駄なのね。

 

  上座に近い方に畑山愛子(童顔ロリ)先生とクソ之河を筆頭とした四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。

 

  俺ちゃんはハジメに合わせて最後方だ。空っちはまだ不安が抑えきれないんだろう、ハジメの腕をガッチリホールドしてた。

 

「ヒューヒュー、熱いねぇ」

「ちょっと、茶化さないでよシュウジ。ていうか八重樫さんが見てるよ?」

 

  マジ?という顔をすると、マジ。と頷くハジメ。振り返ると、すげえ不満そうな顔した雫が白っちゃんの隣にいた。

 

『あーあ、あとで朝までコースだな』

 

 あっ俺寝とくからエボルトよろしく。

 

『フジャケルナ!』

 

 なんで剣崎w

 

 ちなみに、ここに案内されるまで天之河(ゴミ)のカリスマ(笑)とランゴスタ(違う)が事情を説明すると言って生徒達を落ち着かせてたりする。

 

  教師より教師らしく生徒達を纏めていると畑ちゃんが涙目だった。頭撫でてたら怒られた上に雫にビンタされた。解せぬ。

 

『やーいやーい!』

 

 子供かっ!

 

 全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。

 

  某秋さんとか、外国のデブBBAメイドではない。正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドである。

 

  男どもの欲望がこんな状況でも健在で、大半がメイドさん達を凝視している。女子の目がゴミを見るものになってた。

 

  おいエボルト、後でメイド服借りて着てくれないか雫のとこに行って聞いてみてくれねえか?

 

『りょーかい。ちょっくら行ってくるわ』

 

  エボルトが了承したと思ったら、俺の首から音速で赤黒い塊……エボルトの遺伝子が飛び出していき、雫の耳の穴に入る。

 

  雫はちょっと不思議そうな顔をしたあと、急にびっくりしたような顔をして、そのあと赤くなってこっちを見た。

 

  そして、コクリと僅かに頷く。よっしゃ許可が出た!今晩はメイドパラダイスだ!思わず立ち上がってブレイクダンスしちゃうぜ。

 

「あ、あの、勇者様……?」

「ああ、気にしないでください。こいついつもこうなん、でっ!」

「バッキンガムッ!?」

 

  タマタマに拳を落とされ、俺は地面にうずくまる。さすがハジメ、全く容赦しない。そこに痺れる憧れるゥ!

 

『ハジメはどこのDIO様だよ……』

 

  遺伝子が戻ってきたエボルトに呆れられる。仕方がないじゃない、最っ高に可愛い雫が最っ強な激カワメイドになるんだもの。

 

  あ"ーあ"ーと俺がゾンビ、あるいは湯船に入った親父みたいな声を出しながらゴロゴロと転がってると、ハジメに首根っこを掴まれて座らされる。

 

  なにすんだよとっつぁんと言おうとしたら、空っちがハジメの腕をギリギリと絞りながらこちらを笑顔で見ていたので、背筋を正した。

 

  ねえこれなにがあったん?教えてエボルトせんせー!

 

『ハジメがメイドに見惚れてると、美空に威圧(殺気つき)をかけられた、オーケー?』

 

  オーケー。空っち結構嫉妬深いからなぁ。ハジメがちょっと他の子を見てると「刻むよ?」って言ってるし。

 

  南無三、炭酸、降参、Kさんとか考えながら、さっき俺を訝しげに見てたメイドさんから飲み物を受け取る。

 

『いやKさんって誰?』

 

  近所に住んでるゲーム友達のアメリカ人のおっちゃんのハンドルネーム。

 

「ペロッ……青酸カリだ!」

「やめなさい!」

「ゴリラモーンド!」

 

  ハジメに喉仏にチョップをかまされていると、そろそろいい加減にしろお前ら(殺気を多分に含んでおります)って目を全員してたので話を聞いた。

 

 んで、ブナハブラ・ランゴスタさんの話を要約するとこうだ。え、名前が違う?何言ってんだ、九割九分九厘合っててんだろうが。

 

『ちなみに後の一厘は?』

 

  ブナハブラ・ランゴスタがゲネルセルタス・ランゴスタになる(真顔)。

 

『結局モ◯ハンかよ!』

 

 

 さて、では話の内容だが(遅いよ)

 

 

 まず、この世界はトータスつって、人間族、魔人族、亜人族の三つの種族がある。そんでもって東都、西都、北都の三つに分かれて戦争してる。

 

『あっるぇーナンカチガウ』

 

  それは冗談として、人間族は北一帯、魔人族は南一帯に、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

 

 この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。 そうするうちに世界は荒廃し、モヒカンが跋扈する魔境に……

 

『お前はもう、死んでいる……じゃねえよ!』

 

 エボルトさんノリツッコミありがとう。

 

  んで、全員レェベェルマァーークスッ!な魔人族に人間は数で対抗してたが、魔人族による魔物の使役で押されてるらしい。

 

『いや全員最大級のパワフルボディーだったらとっくに人族滅んでるから』

 

 魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだとか。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく、強力で凶悪な害獣とのことだ。

 

『あっ無視ですかそうですか』

 

  本能のまま生きる魔物は、これまで使役できてもせいぜい一、二匹程度だったが、最近になって大量に操れるようになったらしく、数のアドバンテージがなくなった。

 

『あっちなみにこの世界って安倍さんとかいう魔物いるらしいよ』

 

 YA☆RA☆NA☆IKA☆

 

「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 ランゴスタがなんか恍惚とした顔でご高説垂れてる。 ジジイがそんな顔をしていても気持ち悪い、略してキモいだけなんだけど。

 

『じゃあ試しにお前やってみろよ』

 

 気持ち悪いと言ったな。あれは嘘だ。

 

『嘘だッ!!』

 

 まさかの嘘嘘返し!?

 

  ドスギアノスによれば、人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

 

『もはや虫ですらなくなったし。一致してんの色だけじゃねえか』

 

  ていうかさぁ、女神様から知識もらった俺達からすればさあ。全部嘘っぱちなのにそれに心酔してるのって滑稽でしかないんだけど。

 

  こう思ってる間にも、出てくる出てくる創世神(笑)エヒト様のヘドロみたいな情報。本当にゴキブリみたい。

 

 バン!

 

「ふざけないでください!」

 

 さーていつ折を見て逃げ出すかなーと思ってると、机を叩き突然立ち上がって猛然と抗議する人物が現れた。畑ちゃんだ。

 

「結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 ぷりぷりと怒る畑ちゃん。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で、学校内で非常に人気がある。

 

  百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿は何とも微笑ましい。

 

  んだが、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに、とても庇護欲を掻き立てられる。

 

『お前、前世の教え子にそんなのがいたから感情移入してるだけだろ?』

 

 あ、バレちった?

 

  エボルトの言う通り、俺の後継者にするために鍛えた3人の弟子のうち、一人がそう言うやつだった。

 

  そいつのふにゃっとした笑顔を思い出して、どうしても構ってしまう。大概怒られる上に雫に半殺しにされるけど。

 

  んで、そんな畑ちゃんは何でも、威厳ある教師を目指しているのだとか。そういうとこまであいつそっくりだ。

 

『結局、そうなるのを見る前に死んだけどな、お前』

 

  残念だよ、君ならわかってくれると思ってたのに。

 

『誰に言ってんだよ……』

 

 どうやら畑ちゃん、今回も理不尽な召喚理由に怒り心頭なようだ。クラスメイトどもがほんわかしてる。あっハジメが空っちに殴られた。

 

  んだが、次のベリオロスの言葉に俺とエボルト以外の、全員が凍りついた。

 

『完全に虫から離れたな…』

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

  まあそりゃそうだろうなぁ。わざわざ呼び寄せた()()()を、エヒトさんが手放すわけねえ。

 

『呼び寄せたって言えばアマ◯ンの配達今日じゃなかったっけ?雫と使うためのあはーんうふーんな商品の』

 

  これで(俺が)終わりだ、エボルトォォォォォォォ!

 

 静寂が、大広間を満たす。タールみたいなクソ重い空気が充満してるみたいだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でいる。

 

  俺?俺は93913顔してる。ハジメが堪えきれずに噴き出した。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな。あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第、ということになりますな」

「そ、そんな……」

 

 畑ちゃんが脱力したように、ストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ?帰れないってなんだよ!」

「いやよ!何でもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざんけんなよ!」

「ウソダドンドコドーン!」

「こんなところにいられねえ!俺は自分の部屋に帰らせてもらう!」

「メイドさんハァハァ」

 

 パニックになる生徒達。一部どこからか仕入れたネタに走っているものもいたが。とりま最後のやつはしばいとくわ。

 

『雫がメイド服着たら?』

 

 メイドさんハァハァ……はっ騙したな!?

 

『引っかかるお前が悪い』

 

 チクショウメ!

 

  ま、奴隷扱いじゃないだけまだマシだろ。そういうやつらが統治者の国をいくつも滅ぼした俺がいうんだ、絶対マシに決まってる。

 

 皆狼狽える中、ちらっと見るとババコンガは特に口を挟むでもなく、静かにその様子を眺めていた。

 

『なんでエヒトに選ばれたのに喜べないのか、とか考えてそうだな』

 

  そうだなー。宗教って怖い。そういや難波会長のあれってある意味宗教だよな。鷲雄兄弟(主に兄)ドンマイッ!

 

「一旦落ち着け!」

「モチツケ!」

「黙れ小僧!」

「モロッ!?」

 

 未だパニックが収まらない中、突然カスが立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。ハジメが立ち上がり俺をグシャッと叩いた。

 

  その音にビクッと肩を震わせ、そちらを見るクラスメイトども。は全員の注目が集まったのを確認すると、おもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放って置くなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無碍にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する天之河。無駄に歯がキラリと光る。

 

 同時に、天之河のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。

 

 奴を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

 いつもの四人のうち、二人がカスに賛同する。後は当然の流れというように、クラスメイト達が賛同していった。

 

 畑ちゃんはオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが、あいつの作った流れの前では無力だった。

 

 

 

 

 

「ーーぷっ、ぶはははははっ!アーハッハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

 

 

 

 

 

  それに思わず、俺とエボルトは大爆笑してしまった。




前回同様、一定数感想が来ない場合更新停止、あるいは削除します。他の作品にも共通にしようと思っています。
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星狩りの試練

今回はシリアスです。
楽しんでいただけると嬉しいです。


  爆笑する俺たちに全員がこっちを見て、不審な目を向けてくる。

 

  が、止まらなかった。むしろ思い出すたびにさらに笑いがこみ上げてきて、そのうち爆笑スキルがレェベェルマァーックス!(使い回し)になりそうだ。

 

  あまりにも天之河の言ったことがおかしくて、腹がよじれそうだ。ていうかいつのまにか笑い声が完全にエボルトになってる。

 

『ひー、ひー、あー腹痛ぇ。やはり人間というのはどうしようもなく愚かで、面白い』

「北野……?」

『いいや? 俺はエボルト。シュウジの中にいる……地球外生命体だ』

 

  天之河の言葉に、俺の体を操るエボルトはぶっぶーと手でバツを作る。あれだ、戦兎の体を乗っ取ってた時のやつだ。

 

  ていうか、ちょいちょいエボルトはん、あんた完全に肉体掌握してるがな。強引なの結構久しぶりじゃあないですかい?

 

「ち、地球外生命体?」

「ギャハハハッ! 地球外生命体とか、何言ってんだお前、頭おかしいんじゃねえの!?」

 

  何やら下品な笑い声をあげる、ゴミクズ以下の無価値な何かである檜山とその取り巻き。他のやつも、胡乱げな顔をしてる。

 

  それにふむ、とエボルトは声を出す。ていうか、明らかに声が変わってるのに馬鹿にできるとか、脳みそないんだろうか。ないな(断言)

 

『なあシュウジ、エボルドライバー使っていいか?』

 

  え?どういう……あーそういうことね。いいよ、じゃんじゃん使っちゃって。

 

  俺が許可を出すと、そんじゃあ失礼して、とエボルトは異空間を開いて、そこからエボルドライバーを取り出した。

 

  その光景に、クラスメイトたちが息を飲む。ま、普通の人間がこんなことできないからな。

 

  仮にこの世界に来て異能を使えるようになっているとしても、何故それをさも手慣れたように使えるのかということになる。

 

「ちょっとエボルト、何を……?」

『まあ見てろ』

 

  唯一、道中俺が女神様とのことを説明したハジメと空っちだけが不思議そうな顔をする。

 

  それにウィンクしたエボルトは、エボルドライバーをヘソに押し当てた。すると黄金のベルトが飛び出して、腰に巻きつく。

 

 

 

エボルドライバー!

 

 

 

『よし、これで……ふんっ!』

 

  ベルトがまかれたのを確認したエボルトが力むと、俺の体からエボルドライバーと一緒に赤黒いオーラが分離した。おっ、体の主導権戻った。

 

  赤黒いオーラは机の上に移動すると、そこで止まった。そしてエボルドライバーを中心に固形化していき、人の形になる。

 

  程なくして、分子の構成が終わったのか、俺から分離したエボルトは人間の姿になった。再び息を飲むクラスメイトたち。

 

  何故なら、その姿は白髪赤眼になり、エボルドライバーを腰に巻いた俺だったのだから。

 

「ん、んんっ……これで信じたかぁ?」

 

  どこか遠い声ではなく、ハッキリとクリアな声になったエボルトがそう言うと、檜山どもは悔しげな顔をした。

 

  大方、俺を馬鹿にできるものがなくなったからだろう。小さいやつである。なんでこんな人間が生きてるのか、理解に苦しむね。

 

「ってことで、改めましてエボルトだ。シュウジとの付き合いは生まれた時から。まあハジメと美空、雫は知ってるな」

「あなた、本当にエボルトなの?」

「おう、そうだぜ。なあシュウジ?」

「おうよエボルト」

 

  懐疑的な顔をする雫に、俺は椅子から立ち上がるとエボルトの隣に登った。そしてイェーイ!とハイタッチする。

 

「俺たち二人で」

「プリキュアだぜ!」

「ああ、このふざけ方はたしかにエボルトね」

「それで納得しちゃうの雫ちゃん!?」

 

  机を叩きながら立ち上がり、ツッこむ白っちゃん。今日はよくバンッ!って音を聞くな。

 

「さて、これで俺が人間じゃないってことをご理解いただけたところで、残念ながらさよならだ」

「えー!えぼるともういっちゃうのー!?」

「そうなんだよ、ごめんねシュウジくん。でも大丈夫だよ、おじさんの心はいつも一緒にいるからね」

「やったー!」

「いい加減にしろっ!」

 

  いつまでもふざけてる俺たちにイラついてるのか、大きく声を荒げる天之河。それに俺たちはインドダンスを踊って答える。

 

  するとピクピクと天之河の額に青筋が浮かんだので、ケラケラと笑いながらエボルトはもう一度俺と合体した。おかえりエボルドライバー。

 

『あれ、俺は?』

 

 知らんな(イケボ)

 

『ワケガワラナイヨッ!』

 

 大丈夫だ、問題ない(イケボパート2)

 

「で、何の話だっけ?」

「ふざけるのも大概にしろよ!?」

「そうカッカすんな。はい落ち着いて、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「俺は妊婦さんじゃない!」

「あの、勇者殿。そろそろそこから降りていただけると……」

 

  迷惑そうな顔をするドドブランゴをほっといて、俺は散々天之河をからかう。途中でハジメと雫に引き摺り下ろされた。

 

『おーい、話が進まないからそろそろ代わってもらっていいか?』

 

 えーもっとふざけたいのにー(´・ω・`)

 

『なら後でハーゲンダ◯ツ買ってやるから』

 

  よっし言質取ったから……ってこの世界にハー◯ンダッツねえじゃん!

 

『ハッハァ引っかかったな!』

 

 スタァァアアアクッ!

 

『けぷこんけぷこん。ってわけでエボルトさんだ。話を始める前に、話に使うものをちょっとだけ用意させてもらうぜ』

 

  また俺の体を操作し始めたエボルトはどっかりと背もたれに背中を預け、両足を組んで机に乗せた。舐め腐ってんなこいつ。

 

  天之河の怒りがそろそろマキシマムパワー!エェークスッ!になりそうな前で、エボルトはまた異空間に手を突っ込む。

 

  そして今度は、トランスチームガンとコブラフルボトルを取り出した。ああ、なんとなくこいつのやりたいことがわかった。

 

「お前は、何がしたいんだ……!」

『勝手に出てくるなよ。黙って見てろ。ふんっ』

 

  なのでとりあえずふざけておいた。それに乗ってくれるとエボルトはマジでイケメン。いやイケボ?(どうでもいい)

 

  数回ボトルをシャカシャカと振り、カシャンとキャップをロックする。そうするとエボルトは、トランスチームガンにコブラフルボトルを装填した。

 

 

 

COBRA(コォブラァ) ……!》

 

 

 

  空中にコブラのマークが浮かび、ねっとりとした男の声が響く。夜に暗い部屋で聞いたらちびりそうだ。

 

  それを確認したエボルトは気だるげに、片手をゆらゆらさせながらトランスチームガンの銃口を上に向ける。

 

 そして……

 

蒸血

 

  己の身を変えるキーワードを、静かに言い放った。こう思うと、やけにシリアスな気分になるよね。

 

 

 

MIST MATCH !

 

 

 

  トランスチームガンのトリガーが引かれて、銃口から大量の煙が吐き出された。それは俺の体の周りを包み込む。

 

「きゃっ!」

「あっちょっと、美空スカートが!」

「見ないでハジメのえっち!」

「ふぎゃっ!」

「よしちょっとあの中突進してくるわ」

「雫ちゃんストップ!シューくんにパンツ見せに行こうとしないで!?」

「いやっ!離して香織!私は、私は行かなくちゃいけないの!」

「悲痛そうな声で何馬鹿なこと言ってるの!?」

 

  煙の外で何やら騒ぐ声が聞こえる中、自分の体がスーツのような何かに覆われていくのがわかった。主導権がエボルトでも、体の感覚あるんだよな。

 

 

 

CO COBRA COBRA……》

 

 

 

FIRE!

 

 

 ほどなくして、花火が上がるような音を立てて火花が散り、煙が晴れた。視界が緑色になって開ける。

 

『ふむ、ちゃんと蒸血できたな』

 

 エボルトが体を見下ろしてそういう。確かに、俺たちは今ビルドの怪人であるブラッドスタークになっていた。

 

 体を覆うのは血のように赤い、いたるところにパイプや装飾が施された、宇宙服に似たデザインのスーツ。胸には大きなコブラの意匠だ。

 

 エボルトは手を開いたり閉じたりして力の具合を確かめると、よっと机に飛び乗った。またかよおい。

 

『皆、この姿の時はブラッドスタークと呼んでくれ。さあて、話を始めようか。つっても簡単な話だ。お前ら、本当に戦争する覚悟あんのか?』

 

 まるで演説をするように、大仰に手を広げて問いかけるエボルト。クラスメイト達はざわざわと揺れ、天之河はどういうことかと言った顔をする。

 

『どうやらよくわかってないようだな。それだからお前らは愚かなんだ』

「どういう意味だ!」

『そのまんまの意味だよ、正義のヒーロー(笑)くん?俺はこう言ってるんだ。お前達に『この世界のよく知りもしない人間のために兵器になって、人を虐殺していく覚悟』があんのか?ってな』

「っ!!?」

 

 そこでようやく、クラスメイト達は自分たちが流れに任せて何をしようとしていたのか、理解したみたいだった。さっと顔が青ざめる。

 

 それを見て、かつて『世界の殺意』と呼ばれた暗殺者であった俺は思う。ああ、こいつら平和ボケしすぎだろ、と。

 

 命を奪うという意味を、誰一人として、まるで理解しちゃいない。いや、ハジメと空っち、雫はわかってるみたいだな。

 

『ん?どうした?お前ら一致団結して戦うんじゃなかったのか?魔物も、こいつらとちょっと見た目が違うだけの魔人族っていう()()の命も無慈悲に、まるでゲームのように奪っていこうと思ったんじゃないのか?』

「そ、それは!」

『なんだよ、俺はあくまで客観的に、冷静に事実を言ってやっただけだぜ?人殺し志望者君達?』

 

 その言葉に、顔を俯かせるクラスメイト…いや、未熟な半端者ども。こんなんでよく、喜んであなた達の武器になります!って言えたもんだ。

 

『はっきり言ってやる。お前らは、お使い感覚でそこの得体の知れない老害の頼みで、簡単に他の生物の命を奪う畜生以下のゴミクズだ』

「それは違います。魔人族の殲滅は、創世神さまより与えられた試練であり」

『ちょっと黙ってろ、今俺が話してんだろうが』

 

 エボルトが本気で殺気を放つと、イシュタルは口をつぐむ。こいつもせいぜい、温室でぬくぬく育った顔だけ威厳のあるカス野郎か。

 

  それにしても、エボルトも容赦ないねえ。いや、正論だから全くもって止める気は無いけどさ。

 

  ずっと一緒に生きてきてわかったことだが、エボルトはその残虐性を失ったわけではない。ただそれが隠れるほど良い部分が膨らんだだけだ。

 

  つまり、〝冷酷無比で残虐な星狩りのエボルト〟は、消えたわけじゃない。確かにそういう面も存在している。

 

  だから、こういうことも平然とする。俺はそれを止める気は無い。やるべき時はやるべきことをやる、がポリシーだ。

 

  だからふざける時は徹底的にふざける。異論は許さない。あっお前今ふざけるなよって思ったな?よろしいならば戦争だ(黙れ)

 

『認めたくないか?信じたくないか?自分たちはそんなんじゃないって言いたいか?言いたいよなぁ。それどころか、自分たちじゃなくて魔人族が悪いって、そう言いたいんだろ?』

「だ、だってそうだろう!事実、この人たちは苦しめられている!」

 

  苦し紛れな反論をする天之河。薄々わかっていながらも、正義は自分にあると主張する、か。

 

『……へぇ。だったらやってみろよ』

「え?」

 

  天之河が間抜けな声を上げるのと同時に、エボルトは前腕の毒針を伸張させて、メイドの一人を拘束して引き寄せた。

 

「何をッ!」

『何、ちょっとしたショーさ』

 

  エボルトは、ガチガチと歯を鳴らして怯えるメイドの顔に手をかざす。するとそこから煙が出現した。

 

「イヤァアアアアッ!」

 

  悲鳴をあげるメイド。だが19tもの怪力を持つ、蒸血しているエボルトには敵わない。そうしているうちに、煙の放出が止む。

 

  エボルトが手を下ろすと、メイドの顔がぐにゃりと変わっていく。青い肌をして牙を生やした、いかにもな顔にだ。

 

  それを見て頷いたエボルトは、天之河にそのメイドを投げた。そして手に持つトランスチームガンも投げる。

 

「っと!? あ、危ないだろっ!」

『さあ、それでそいつを撃ち殺せ。お前が悪だと言った魔人族だぞ?』

「なっ、お前ッ!!」

 

  こちらを睨んでくる天之河。まあ、いきなり人を殺せと言われたらそうもなるだろう。

 

 だが……

 

『それがお前がやろうと、こいつらに扇動したことだ。お前はそれを言ったとき考えたか?魔人族と銘打っちゃいるが、ただ少し毛色が違うだけの人間だと。知性もあれば、家族も、友も、愛する者もいる!そのメイドのようになぁ!』

「う、ぐ……!」

 

  無機質なマスクを近づけるエボルトに、天之河はたじろぐ。それをあざ笑うように、エボルトは鼻を鳴らす。

 

『それによぉ、お前。こいつらが魔人族や、ともすれば亜人族に何もしてないとか思ってねえだろうな?』

「な、何っ?」

『相手が行動を起こす時には、何かしらの動機があるんだよ。それが家族を殺されたり、攫われたり、辱められたり……当然、そんな奴もいるぞ?それは悪じゃないのか?』

「……それは、話し合えばきっと改心するはずだ。懸命に訴えれば、きっと」

『ハッ、笑えるね。それじゃあお前、今から襲われるか弱い女だったとして、目の前で理性のなくなってる人間に、同じことをそっくりそのまま言えんのかよ?』

「……………」

 

 黙りこくる天之河。

 

  そりゃそうだ、こいつの理論はあくまで第三者、それも上から見てるクソの役にも立たない産業廃棄物だ。ドブネズミすらお断りだろう。

 

  俺は知っている。殺す苦しみも、殺される恐怖も、奪う辛さも、奪われる悲しみも、この世にある多くの〝悪〟を知っている。

 

  だからこそ、俺は誰よりも強い暗殺者になれた。苦しみを知っているからこそ、苦しみを与えずに殺すことができた。

 

  〝苦しみを知らないものに、苦しみを与える権利はない〟。それが俺が、弟子たちにも必ず言い聞かせていたことだ。

 

『結局、自分にとっての悪はそいつにとっては正義で、そいつにとっての悪はこっちの正義。この世界に正義なんてものはねえ。ただ個人の願いがあるだけだ。そういう思いを魔人族だから、その一つで踏みにじって、自分たちの目的のために犠牲を強いる覚悟があるのか?』

「…………………」

『いよいよ何も言わなくなったか……あっけない正義だ』

 

  つまらなさそうに、エボルトは俯いている天之河の手からメイドをさらい、元の顔に戻してトランスチームガンを弄んだ。

 

  それからどっかりと、椅子に深く座り込む。そして最初に蒸血した時の気だるげな体制になった。

 

  あまりにやる気のない姿に、最初からしっかりと聞いていたハジメがおい、という顔をする。大丈夫、これこいつが楽しんでるだけだから。

 

『一つ、話をしてやる。ある世界に、一人の男がいた。そいつは相棒を止めるために、禁断の力に手を出し……そして人を一人殺した』

 

  そう。それは言わずもがな、桐生戦兎のことだ。ハザードフォームの暴走により、彼は三羽ガラスの一人を殺めてしまった。

 

『そいつは心の底から後悔し、怯えていたよ。死んだ相手の幻覚を見るほどにな。それでもその罪を背負って、皆の明日を守るために戦い抜いた』

「……それって」

『お前たちには、それを何十、何百、何千、何万と繰り返し、背負うだけの覚悟があるのか?乗り越えられるだけの勇気があるのか?』

 

  あるやつは立ち上がって、自分の覚悟を俺に示してみろ。エボルトはそう話を締めくくり、ぷらぷらと足を揺らした。

 

  しばらくの間、沈黙が流れる。当たり前だ、この問いはすぐに回答を見つけ出せるほど、簡単なものじゃない。

 

 いいんですか?いいんです。

 

『スペルカード発動、ワーイジャパニーズピーポー』

 

 ポール、それは厚切りジェイ◯ンじゃないか。

 

『カール、まだ金曜日じゃない』

 

 いやそれは別のジェ◯ソンだよロッソ。

 

『そばかすっていいよな』

 

 なんで関係ない話するかな。

 

『なんのことかわらかない』

 

 いやぁ参ったぜい。

 

『今なんでもするって』

 

 てめえがだろ旦那?

 

『なあそろそろ腹減ってこない?』

 

  いい加減誰か答えてくれないかしらん……あっ。

 

『やーいやーい馬鹿め!俺の勝ちだ!』

 

 スタァァアアアクッ!

 

  なので、エボルトとしりとりをして待つことにした。シリアス?知らない知らない。そんな物壊すためにあるんだし。

 

「……僕は」

 

  と、そこで覚悟を決めた顔のハジメが立ち上がった。ほらエボルト、真面目モードに戻れよ。

 

『えー(´・∀・`)』

 

 えーじゃない!

 

「僕には、人を殺す覚悟はない。そんなの普通に怖いし、やりたくないと思う」

『ほう、最初から問いを否定したか。ならお前の覚悟はなんだ?』

 

  エボルトの問いに、ハジメは一度瞑目して。そしてキッと目を鋭くして、精一杯の声で叫ぶ。

 

「僕の覚悟……それは、戦う覚悟だ。それは自分のためじゃない。僕が戦って、美空を少しでも脅威から遠ざけるために、僕はこの世界で戦う」

「ハジメ……」

 

  空っちが頬を赤く染めて、照れ臭そうに笑うハジメを見上げる。そんなんだからヤンデレ度増すんだよなぁ。

 

「それに、せっかくシュウジにならった技もシュウジ以外に試してみたいしね」

 

  ……あれ、いつのまにかハジメが若干武闘派になってらっしゃる。やめて、いい笑顔でグッて拳握らないで。

 

『自業自得だろ』

 

 そんなー(´・ω・`)

 

『……他人のために戦う、か。まあそれもいいだろう。前の俺じゃ理解できなかったがな。それも立派な一つの決意だ。さあ、次はどいつだ?』

 

  体制はそのままに、エボルトがクラスメイトたちを見渡すと、一人の男が立ち上がった。坂上だ。

 

「……俺も、戦う」

『何のために?』

「…正直言って、俺は馬鹿だからお前の話はあんまし理解できねえ」

『自分で脳筋っていうとかマジでテラワロス』

「北野テメェ後で覚えとけ」

 

 いいえ、今のはエボルトが言いました。

 

『いや明らかにお前の声だったよね?ねえ?何なすりつけてんの!?』

 

 ほらエボルト、あくしろよ

 

『こ、こいつ……ごほんっ。で?だからなんだ?』

「でも、要するに自分の大切なもんをかけるってことだろ?それなら俺は、自分の大切なもののために戦う。そんで、相手の大切なものの分も生きていく。そんだけだ」

『……まあ、及第点ってとこだな。いいか、くれぐれも忘れるな。一回負けたら終わりだ』

「ハッ、そんなの言われなくてもわかってらぁ」

 

  それじゃあ次、そう言おうとしたところで、ガタッと音を立てて空っちが立ち上がった。自然とそちらに顔を向ける。

 

「わ、私も戦うよ!あ、いや、えっと、戦えないけど」

『……どういうことか説明してみろ』

 

  空っちは一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。そして静かな声で語り始めた。

 

「ハジメは、私のために戦ってくれるって言った。それなら私は、戦って帰ってきたハジメを笑顔で迎えるの。たとえ、どんな時でも。それが、私の戦い」

『……剣ではなく、心で戦う、か。エクセレント!実に素晴らしい。せいぜいハジメと支え合ってくれ。あと結婚式には呼べ』

「な、何言ってるのっ!」

「当たり前だルォ?」

「ハジメっ!」

 

  嬉しそうにニヤニヤしながらサムズアップするハジメの頭を叩く空っち。おうおう、仲のよろしいことで(嫉妬)

 

『さあ、どんどんいくぞ。さーてお次は……』

「わ、私も!私も戦うよ!」

 

  次に立ち上がったのは白っちゃん。理由はまあ、だいたい空っちと同じだったので割愛で。

 

『適当すぎない?』

 

  だって傷ついて帰ってくる皆を癒すとか言ってて、終始ずっとハジメの方見てるんだもん。もうお腹いっぱいでさぁ。

 

「……私も戦うわ」

 

  そして立ち上がったのは、我が最愛最高最強最カワ全生命体、いや!全宇宙の中で最も至高な我が姫君、雫だった。

 

『長いよ。そしてうるさいよ』

 

 な、なんで心の声が……(カズミン風)

 

『フルボリュームで聞こえてるしっ!』

 

 待ってそれ空っちっていうか美空のセリフ!

 

『お前はなんのために戦う?』

「あなたよ」

『俺?』

「いやエボルト(あなた)じゃなくてシューのほう。あなたはどうでもいいわ」

『え、酷くない?これでもいつもサポートしてるのよ?主に夜の方』

 

  おいコラエボルトお前、現実の方でもキャラ崩壊すんな!せめてそっちは真面目にやってくれ!

 

「……次に出てきたときにぶち殺してやりましょうか?」

 

 姫ー!姫が乱心にござるー!

 

「……んんっ、そうじゃなくて。私はシューのために、元の世界に帰るために戦うわ。そのためなら覚悟くらい、いくらでもしてやるわよ」

『ほう、その心は?』

「こんなとこにいたら私とシューが最高の結婚式をあげられないじゃないのよ!」

 

 

 

 

  ここにきて思いっきり私欲ダダ漏れしたーーーーーーっ!?!!?

 

 

 

 

 

「せっかく!あと一年と少しで!シューと籍を入れられたのに!ふざけんじゃないわよ!あぁもうムカつくっ!」

『あ、あのー、雫さん?』

「ハネムーンの計画も台無しだし!男の子と女の子一人ずつ子供産んで幸せな家族になる計画も延期になったし!こちとらそのためにコツコツと家業手伝ってお金貯めてるのに!」

 

  わぁお雫さんかなり気が早い!しかもかなり綿密に将来設計立てていらっしゃる!?逃げ場なんてねえなこれ!

 

  いや、別に逃げる気なんてないし嬉しいんだよ?こういう場じゃなかったら今すぐハグしてチューして部屋に連れ込みたいくらいだよ?

 

  でもさ、怒り心頭な様子でバシバシ机叩いてるのを見ると、流石にそうもいかない。っていうかクラスメイト全員ぽかーんとした顔してる。

 

『Σ(゚д゚lll)こんな顔か?』

 

 そうそう……ってお前もかよ!

 

「とにかく!魔人族だかなんだか知らないけど、さっさと解決して帰るのよ!直ぐに!可及的速やかに!なんならここにそのエヒト連れてきなさいよ!しばき倒して帰らせてもらうから!」

『雫、ストップ、ストーップ!一旦落ち着け!十分わかったから!一緒に頑張ろう、な!なっ!』

「ふー!ふー!」

 

  なんか目がえらいことになってるランゴスタにやべえと思いつつ、エボルトと入れ替わってなだめる。一回蒸血解除しちゃったよ。

 

  しばらくして雫が大人しくなったあと、エボルトと入れ替わってもう一度机に登る。空気?ちゃんと戻したよ(天井の銃痕から目をそらしながら)

 

  他にいないか、しばらく待ってみたものの、その五人以外は誰一人として名乗りをあげることはなかった。

 

『たったの5人、か……まあいい。逆にこれだけいるのは幸いだ。今後はこの五人を中心に、俺がお前らを鍛えてやる。何、直ぐにお前らも覚悟することになるさ』

 

  フハハハハハハハ……と不気味に笑うエボルトに、クラスメイトたちは怯えたような顔をした。ま、そのうち慣れるだろう。俺も慣れたし。

 

  そんなわけで、覚悟を決めて命、燃やすぜ!な五人と、未だ迷うクラスメイト、あとは甘々すぎる勇者(笑)くんとの全員でこの世界で戦うことになったのだった。

 

  ちなみに、天之河を扇動してその気にさせようと企んでたランゴスタ?ネルスキュラ?どっちでもいいけど、ジジイが少し苛立ったような顔をしていたのが面白かったです、まる。




シリアスだと言ったな…














あれは嘘だ。
感想をお願いします。


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火星の王妃改め、異世界の王女様がいました

評価バーが赤くなっててヤッター(°▽°)ってなって、そのあと黄色になっててΣ(゚д゚lll)ってなりました。低評価押してさっさと読むのやめるってなんだか悲しいです。
今回、驚きの人物が登場!?
楽しんでいただけると嬉しいです。


  さてさて、エボルトの説教(笑)が終わったあとは、この建物がある山を下山して麓の王国に向かうことになった。

 

『おい、なんで(笑)つけた?俺かなりシリアスにやってたよな?』

 

 キニスルナ!

 

『気にするわ!』

 

  まあそんなエボルトさんは放っておいて、今から向かうのは【ハイリヒ王国】ってとこだな。で、この聖教教会本山があるのは【神山】。

 

 王国は聖教教会と密接な関係があり、創w世w神wエwヒwトwの眷属であるシャルム・バーンだかシャンパン・パーンだかいう人物が建国した最も伝統ある国ということだ。

 

『泡がシュワっと弾けそうだな……』

 

  ラビットターンクスパークリング!イェイイェーイ!つってな。そういやパンドラボックス忘れたな。

 

  もしかして入ってたりしねえかなーと思いながら異空間に手を突っ込んだら、あった。ありましたよおやっさん。

 

  紙が付いてたのでひっぺがして見てみると、『忘れ物ですよ!by女神』って書いてあった。もうほんと女神様最高。

 

『これで黒いパンドラパネルを作れるな。つっても、エボルトリガーの封印を解かなきゃいけないが』

 

  ま、適当に【迷宮】のボス級の魔物のビームでも受け止めれば復活するんじゃね?ていうかこの世界にハザードレベル6.0以上の攻撃するやついるの?

 

『多分大丈夫だろ、もしいなかったらハジメあたりでも鍛えりゃいいし』

 

  わぁ黒い発想だなぁ。まあ俺も同じこと考えたあたり、結構腹黒だと思うけど。

 

  でも、パンドラボックスがあっても普通のフルボトルを生成することができないからな。ベルナージュ入りのバングルなんかないし。

 

  まあ別にいいや、地道にやっていけばと思っていると、どうやら麓についたらしい。なんか考え込んでる時って、時間が経つの早いよね。

 

  ちなみに移動方法は、魔法で動かしたでっかい台座です。ロープウェイもどきみたいな?形はバ◯ライトイヤー二号のエレベーターの乗る時に使った磁石ひっくり返したみたいな感じ。

 

  ていうか、俺たちがいた建物って雲海の上にあったんだよな。高所恐怖症の空っちがハジメを鯖折りしてた。抱きつくんじゃなくて鯖折りな。

 

  つーか、無駄に凝った演出だなぁ。雲海を抜け天より降りたる〝神の使徒〟ってか。聖教信者が教会関係者を神聖視するのも無理ねえな。

 

『そういうお前は?』

 

  は?全くこれっぽっちも思ってませんけど?(キレ気味)

 

『こいつの無駄な思考回路ヤベーイ!』

 

  ふざけているうちに、王宮にたどり着く。バラバラとクラスメイトたちが降りていく中、俺はエボルドライバーを取り出した。

 

『何する気なんだ?』

 

  いや、なんかこっから先シリアスになりそうだからお前と分離してふざけておこうかなって。

 

『うっわこいつ性根腐ってやがる…まあいいけど』

 

 いいんかい。

 

『委員会には入ってないぞ?』

 

  え、入ってるじゃん。東◯っつー委員会に。あと地球滅亡委員会。あ、お前会長な。

 

『ではこれより、地球を滅亡させるための案について会議する!……しねえよ。一人でやってたよチクショウ』

 

  ……なんかごめん。ほら、辛いことあったら俺が相談に乗るからさ。

 

『ならとりまその口閉じろ』

 

 むーりーサファリパーク!

 

『あぁあああっ!』

 

  そんなこんなでエボルトをからかいながらも、エボルドライバーを装着する。また《エボルドライバー!》って鳴って全員こっち振り向いた。

 

  お構い無しにエボルトと分離。白髪赤眼の俺が出来上がる。ちなみにエボルドライバーはエボルトが体内にしまいました。あら便利。

 

  そのエボルドライバーだが、毎回鳴るのもうるさいので、俺が任意で鳴らす設定にしとく。

 

  ほらあれだよ、2回目の変身から省略されるやつだよ。ちなみに前世でビルドの映画見たけど、なんでブラッドはフルでジーニアスが短略なのか不公平に思った。

 

「アーループースーいちまんじゃーく」

「てのひーらーのうーえで」

「せいぜい道化を演じてろ」

「「らーんららんらんらんらんらーんららんらんらんらん、らーんららんらんらんららららっHEY!」」

「うるさいよ!刻むよ!?」

「「サーセン」」

 

  王座の間とやらに向かう間、ハジメたちのいる最後尾でふざけてると空っちに凄まれた。目が緑色に光りそうなので黙っておく。

 

  ちなみにその道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けて来る。

 

  多分、事前に俺たちが何者かある程度聞いてんだろう。俺とエボルトをみると首をひねってるけど。

 

「なあエボルト、俺たち何かしたかな?」

「さあ?それよりシュウジ、指相撲やろうぜ」

「やだよお前強いじゃん」

「だからに決まってんだろ。おら、さっさと俺を愉悦感に浸らせてくれ」

「変態!変態!変態!」

「チェーンジ、ビートル」

「いやそれ別の変態」

「間違いなくそれが原因だよ……」

 

  なんかハジメに呆れたような顔された。ますますわからない。俺はただ自然体でいるだけなのに!

 

  あっちなみに自然体がふざけすぎてるとかそういう文句は一切受け付けません。えっふざけてる?だから受け付けないつってんだろ。

 

「それにしても、この廊下も豪華だねぇ」

「感動的だな。だが無意味だ」

「(^ U ^)」

「まさかの顔で表現かよ」

 

  ニーサン顔をしてると、美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着する。やばい、錫杖鳴らしたくなってきた。

 

『まだ◯遊記ネタかよ』

 

「「イシュタル様、ならびに勇者様方がご到着いたしました!」」

 

  その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人が、ラギアクルス亜種と俺たちが来たことを大声で告げる。

 

  それを聞いた俺たちは、すぐさま瞬間移動して彼らの前に立った。びっくりとした顔をする兵士コンビ。

 

「ノンノン君たち、俺たちは勇者じゃないよ」

「そうそう」

「え……?」

「ならば、あなた方は一体……」

「ふっ、聞いて驚け……」

「私たちは……」

 

  そこで一旦、言葉を止める。そして両手を広げ、やけに大げさに首を回して……

 

「「神だぁあぁあああぁあああっ!ヴェハハハハハ「ピプペポキーック!」ウェーイっ!」」

 

  雫の蹴りがSiri……間違えた尻にクリーンヒットし、俺たちはチャー研顔の扉の飾りになった。扉の向こう側にいた、Σ(゚д゚lll)って顔してる皆さんにやっほーと挨拶する。

 

  程なくして坂上とハジメに引き抜かれ、俺たちは雫の監視下に置かれることになった。俺たちは、ふざけることを強いられているんだっ!

 

「自分で強いているの間違いだろ」

「HAHAっ!」

「某ネズミの笑い方すんなムカつく」

 

  俺らがふざけているうちに、ペコペコと雫に頭を下げられている兵士くんたちが中の返事も待たず扉を開け放った。

 

 ギギネブラは、それが当然というように悠々と扉を通る。俺たちや雫たち、一部を除いてクラスメイトどもは恐る恐る扉を潜った。

 

 扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢な椅子ーー玉座があった。

 

「あれって頼んだら座らせてくれるかな?」

「雑種め!とか言うのか?」

「いや、愚民どもめ!って言いたい」

「それ何が違うんだ?」

 

  そして、玉座の前で覇気と威厳を纏った初老のおっさんが()()()()()()待っている。おっ今のうちに王座に座れるぞ。

 

「こら、どこに行くの!大人しくしなさい!」

「りょーかいですお母さん」

「そう呼ぶのはまだ数年早いわよ」

「ファッ!?」

 

 おっさんの隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女。そして……

 

「……………」

 

  驚くほど綺麗な、妙齢の美女がいた。女神様にも匹敵する美貌とスタイルだ。真緑の瞳が美しい。

 

「おーいエボルト、あの人女神様の親戚かなんかかな?すげえ綺麗だけど」

「あん?そんなにきれ……っ!?」

 

  そこまでいったところで、エボルトの動きが止まった。瞠目し、美女を食い入るように見ている。なんだ、一目惚れでもしたのか?

 

  ゆらゆらと肩を揺らしていると、エボルトはハッとして俺の後ろに隠れ、耳元で囁く。ちょっくすぐったい。

 

「……おいシュウジ、あれは()()()()()()()

「……はい?」

 

 何言ってんだこの地球外生命体。

 

  おいおい冗談だろ?って顔でみると、エボルトはマジな時の顔で首を横に振った。えっ、それじゃああれマジでベルナージュさん?

 

  ベルナージュさん(暫定)とエボルトを交互に見てると、不意にちらりとこちらを向いたベルナージュさん(暫定)と目があった…気がした。

 

  なので、へらっと笑ってペコペコしといた。するとすぐにベルナージュさん(暫定)は視線を外す。業務用笑顔、効果覿面だな。

 

  その他には、レッドカーペットの両サイドの左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った方々が、右側には文官らしき方々がざっと三十人くらい並んで佇んでいた。

 

  なんかこう、でっかい球投げたら綺麗に倒れそう。ほらあれだよ、ボウリングみたいな感じでさ。

 

  そんなくだらないことを考えているうちに、ランゴスタが国王のおっさんの前へと歩み寄った。ヤラナイカ☆を幻聴した俺は末期。

 

 そこで、おもむろにクンチュウが手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。

 

「あの二人……できてるな」

「ああ、確実にできてるな」

「できてないからね?いい加減にしなさい二人とも?」

「「ウス」」

 

 そこからは自己紹介大会だった。合コンみたいな軽いノリかと思ったけど、思ったより真面目だった。

 

  つまらなかったので、耳ではなく鼻をかっぽじってたら雫にボディーブロー入れられた。えふっえふっとかへんな咳が出る。

 

  なので、真面目に聞くふりしてエボルトとジャンケンをする。今度は脛を蹴られた。痛いよオカン。

 

  国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。

 

 んでもって、肝心の奴さんは……

 

「……ベルナージュ・S・B・ハイリヒ。第一王女である」

 

  案の定、ベルナージュさん(暫定)はベルナージュ(ガチ)でした。エボルトが面倒そうな顔をしてる。

 

 後は、騎士団長や宰相とかの紹介がなされた。無視して近くにいた女騎士さん(名前はセントレアさん)と雑談してたら雫に後頭部をはたかれた。

 

  ちなみに、途中ランデルくんの目が白っちゃんに吸い寄せられるようにチラチラ見ていた。エボルトの力で消滅させてやろうかと思った。

 

「勇者の皆様方、いきなりこのような事態で緊張もしておられるでしょう。なので、ささやかながら晩餐会を開かせていただきました。どうぞ存分に楽しんでください。

 

  そんな国王様の言葉により、俺たちは会場に案内されて晩餐会をした。そこでは、いろんな異世界料理が出された。

 

  これが面白いもんで、見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかった。たまにピンク色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたけど。アクア様のゲロかと思った。

 

「んでさ、雫がその時……」

「ほう、勇者殿の奥方は素敵な女性なのですね……」

 

  ちなみに俺は、仲良くなったセントレアさんとアクア様のゲロもどき(超失礼)と料理片手に話していた。結構聞き上手で楽しい。

 

 エボルトはって?

 

「さあ、次はどいつだ!?いくらでもかかってくるがいい!」

「なら次は俺だ!」

「ほう。せいぜい俺を楽しませてみせろ!」

 

  なんか騎士とか文官の皆さんを巻き込んで飲み比べしてた。今のところ10人抜きしてる。そもそもあいつ酒に酔わない……あれ騎士団長さんじゃね?

 

  んで、たまに分子を再構成していろんな人間に姿を変えている。主に安倍さんとか安倍さんとか安倍さんとか。全部ホモじゃねえか。

 

「いやぁ、楽しかったぜ!」

 

  三十人くらいのしたところで、エボルトは満足そうに帰ってくる。ちょうど俺が五本目のマンガ肉にかぶりついていたところだ。

 

「おふふぁれふぁん(お疲れさん)」

「何それうまそう、俺にもよこせ」

「んぐんぐ……ごくん。これが欲しいか?欲しけりゃくれてやるぜ。この世の全てをそこにおいて来た!」

「お前はどこのロジャーさんだ。ていうか普通にあっちから取ってくればって言えよ」

「ーー失礼」

 

  エボルトと話していると、女性の声が割り込んで来た。ある意味聞きなれた声だ。主にアクア様とか某ラミア娘とか雨宮天さんとかで。

 

『最後の中の人じゃね?』

 

 あの人可愛いよな。

 

  なんじゃらほいほいホスキンスと思いながら顔を上げると、案の定そこにいたのはベルナージュ様であった。

 

「お、王女殿下!失礼しました、すぐに退きますので……」

「そのままでよい。ただ、私のためにいくつか料理を取って来てくれないか?」

「はっ!」

 

  キビキビとした動きでバイキング形式の料理を取りに行くセントレアさん。ベルナージュ王女は俺の前にストン、と腰を下ろす。

 

「……そこのものも座れ。少し話をしたい」

「……はいよ」

 

  大人しく俺の隣に座るエボルト。太ももくすぐって来たので鳩尾に一発入れといた。ゲホゲホと咳き込むエボルト。

 

「ちょっおま、酷くない?」

「さあて、なんのことやら」

「……聞いていた通りだな。エボルト、お前は本当に変わった」

「…はん。やっぱりお前かよ、王妃様。こんなところで会うなんて、俺の運命もなかなか面白いじゃないの」

 

  ふざけるのをやめて、エボルトはニヒルな笑みを浮かべて頬杖をつく。とりあえず肘打ちでその腕を外した。額が机にぶつかるエボルト。

 

「シュウジィ!」

「プギャー(^∇^)」

「……本当に、変わったな。私の惑星を滅ぼした極悪な生命体とは思えん」

「…ま、あんな方法で矯正されちゃあな。うん、本当に……」

 

  ガタガタと震えるエボルト。一回も詳しく聞いたことないけど、本当にどんな方法を使われたのだろうか。聞きたいけど聞きたくないでも聞きたい。

 

「……んで、さっきの口ぶりからして俺たちのことを知ってるんだろ?あの女神と知り合いか?」

「…そうだな。まず、私がなぜこの世界にいるかから説明しようか」

 

  それからベルナージュ王女……いやベルナージュ様は語り始めた。どうしてこの世界で、人間として生きているのか。

 

  ビルドの世界の美空のバングルに魂を宿していた彼女は、ある日ついに完全に消滅してしまった。

 

  だが次に目覚めた時、彼女は生前の姿であの女神様の前にいたらしい。消えたものだと思っていたベル様はかなり困惑したそうだ。

 

  そして色々と…主に転生後の世界とか立場について……説明された後、「不幸な末路を辿ったあなたに祝福あれ」という言葉とともに転生させられた。

 

  後は簡単、気がついたら生前の力をそのままに、この国の第一王女として生まれ変わっていたらしい。それからは、穏やかに暮らしていたそうだ。

 

  んで、俺たちのことは転生する直前に女神様に伝えられたらしい。いずれあなたのもとに、再びエボルトと彼を宿す人間が現れる、と。

 

  当然最初は警戒したらしいが、女神様直々に教育して、改心……改造?されたことを知ると、俺と同じように安心したようだ。

 

「……私は、今のこの人生も悪くないと思っている。できればこのまま、何事もなく老いて生き死にたいものだ。まあ、この時世では無理だろうがな」

「…お前も不幸なもんだ。前世では俺に故郷を滅ぼされ、今世では俺たちよそ者に命を預けるしかないとはな」

「……悔しいが、その通りだ。火星の皆の敵であるお前に頼むのは、死ぬほど嫌気がさすが………頼む。世界を、私の家族を守ってくれ」

 

  そう言って、ベル様は俺たちに頭を下げた。そこからは本当に、今の人生を、家族を大切にしていることがうかがえる。

 

  ……なーんか、俺も家族に会いたくなったな。ホームシックってやつだろうか。いつもはウザ可愛いのに、あの厨二妹の顔がすげえ見たい。

 

  なんせ、前世は親が誰かよく知らないうちに本家に引き取られて、家族なんてものは全く感じられなかった。

 

 今の家族が正真正銘、唯一の俺の家族だ。

 

「……ま、別にいいぜ。今の俺はシュウジと面白おかしく、平和に生きることにしてんだ。だから俺たちのためにお前たちを救ってやるよ。それに、この世界の問題を解決してお前が俺に嫌そうに感謝するのを見るのは楽しそうだ」

「…どうやら下衆な部分は残っているようだな。まあいい。それならば私からは何もいうことはない。頼んだぞ、エボルトとその宿主」

「えー、俺おまけ扱いなんすか。普通こいつの方がオマケじゃない?」

「あん?」

「どぅ?」

「とろわ…じゃねえよバカ!」

「……本当に仲がいいな、お前たちは」

 

  クスクスと笑うベルナージュ様は、たしかに王族の品格をまとった美しい女性であった。まあ雫のほうが可愛いけど。

 

  そのあと、再会と(ベルナージュ様すっげえ嫌そうだった)これからに乾杯して、俺たちは飲めや騒げやと大盛り上がりしたのだった。

 

 ちなみに、ランデルくんがしきりに白っちゃんに話しかけていたのを見て、マジで消滅させてやろうと思った。

 

  ハジメのお嫁さん二号の白っちゃんは誰にも渡しません!あ、前提条件として空っちが許せば、だけどね。

 




次回はお待ちかね、ステータス回ですが…まあ、わかりますよね?(笑顔)
シュウジの外見情報を募集します。それ元にイラストを描きますので。皆、どしどし応募してね!(CM風)
お気に入りと感想をお願いします。


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案の定ヤベーイ!

ブラッドに変身させるオリヒロの設定、だいたい決まりました。んですが、外見が決まってないのでシュウジともども案をお願いします!
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

  異世界トータスにきた翌日のこと。俺は今、とても重要なことに頭を悩ませていた。

 

  この問いによって、あるいはこの後の俺の人生の分岐点になるかもしれない、そんなとても大切なことだ。

 

  結局、昨日の夜は考えているうちに夜が明けて、今日まで持ち越してしまった。だから今日、この場で答えを出す。

 

  さあ、頑張るんだ俺。怖気付くな、勇気を持て。お前はかつて、世界の殺意と呼ばれた最恐の暗殺者だろう?

 

 だから早く、選ぶんだ。

 

「おでんを食べる時、はんぺんかちくわ、どっちを先に食べるか……!」

「どうでもいいよ!?多分この世界の中で一番どうでもいい問いだよそれ!?そんなの一晩も考えたのかお前!」

 

  隣で分離済みのエボルトからツッコミが入った。何をいうんだエボルト、これはものすごく大切なことなんだぞ!

 

「安定のちくわが先か、定番のはんぺんが先か!これをどちらを先に食べるかで、友達と飲みにいった時に最初に食べるものが被るかどうか決まるんだぞ!?」

 

  だから俺は考える。白けた視線を向けるハジメとカシャカシャ俺をスマホで連写している雫がいたとしても、俺はただ考えるのだ。

 

 

 

  それから五分後、結局最初に食べるのは餅巾着ということに決まった。うん、これで解決だ。

 

 

 

「ここまで無駄な考えに時間をかけられる、そこに痺れる憧れるゥ!」

 

 あざっすエボルトさん。

 

  あ、言い忘れてたけど、今俺がいるのは王宮内の訓練場みたいなところ。今日から本格的に、訓練と座学が始まるのだ。俺必要ないけど。

 

「そういや座学の講師役の文官、やけに黄色くてタコみたいだったな」

 

 ニュルフフフフとか言うんだろうか。

 

  月の形したネクタイをつけた文官さんを思い出していると、横十二センチ×縦七センチ位の銀色のプレートが配られた。

 

「間違えるなよ、それキャッシュカードじゃないからな」

 

 キャッシュカードは作らない主義だ!

 

「お前はどこの世界の破壊者だ」

 

  ほへー、とか、アバタケタブラとか言いながらひっくり返したりしてると、騎士団長メイプル・ロンギヌスが直々に説明を始める。

 

「甘いものとおっかないものが合体した、ファンシーな名前だな」

 

 鬼ファンキーだなァ!

 

「袖クルクルファンキー男の口癖ヤメロ」

 

 いやです続けます。

 

「ファンキータァーイム!」

「エニグマ、停止!」

「どすこいっ!」

 

  ジャンプしたハジメのかかと落としが頭頂部に決まった。おおう、脳が揺れる。なんか日に日に強くなってない?ハジメさんよ。

 

  あ、ちなみに騎士団長さんの名前はメルド・ロギンスです。え、ちゃんと覚えてたのかって?ハハッ、元暗殺者舐めんな。

 

  そんなこんなで、ハジメにコブラコブラエボルコブラツイストやられながら、俺は団長さんの話を聞いた。あっやばいボキッって言った。

 

「アシクビヲクジキマシター!」

「いやそれは鬼畜眼鏡に見捨てられたメガネあだだだだだだだだだ!?」

 

 ゴキッ

 

  話を戻そう。今明らかになっちゃいけない音が肩からした気がしたし、なんか腕に力が入らない気がするけど、話を戻そう。

 

  このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。まさにファンタジーのテンプレアイテムだな。

 

  文字通り自分の能力値を数値化して示してくれるものであり、同時に最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば、迷子になっても平気らしい。

 

  えー迷子のお知らせです。脱臼した肩骨さん、脱臼した肩骨さん。北野シュウジ様がお探しです、今すぐ迷子センターに来てください。

 

「直しておいてやるから、話聞けよ」

 

 サンキューエボルト。

 

  あ、そういや団長さんはいわゆる熱血の体育教師的な性格をしてる。昨日エボルトとも楽しそうに飲み比べしてたしな。

 

「これから戦友になろうってのに何時までも他人行儀に話せるか!」

「あっそうすか?ならメルさんって呼んでおk?」

「ガハハ、大歓迎だ!」

 

  ちなみに、これは早朝、エボルトが飲みつぶさせたお詫びを言いに行った時の会話である。他の騎士団員達にも同じことを言ってるとか。

 

  あ、その後メルさんはエボルトと次はどれだけ行きつけの店の料理を食べれるかで勝負することを約束してた。

 

  それをいうと、躾がなってないと俺が雫に絞られた。解せぬ。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って、魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 “ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ?そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

 アーティファクトという聞き慣れない単語にクソ之河が質問をする。イラッとゲージが増した。

 

「あの顔、映画版プリイヤのワカメ頭に変えてやろうか」

「いやいや、そこはスマトラサイだろ」

「もっと酷いじゃねえか」

 

  ちなみにスマトラサイってのはナマズみたいな顔をしたサイのことである。前にコラ画像作るために画像探してたら見つけた。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。ステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

「あー、ようするにオーパーツみたいなものね。さすがメルさん、よっ説明上手!」

「はっはっはっ、もっと褒めろ!」

「さすが筋肉ゴリラ界最強!よっマイティーゴリラ!」

「それ褒めてるのか?」

「はーい出荷よー」

「そんなー(´・ω・`)」

 

 俺が雫にドナドナされているうちに、他の奴らは言われた通りにしてた。

 

  雫からハジメに引き渡された俺も、同じようにする。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。ちなみにエボルトが分離してても、能力は健在だ。面白いね!

 

 すると……

 

 

 

 ============================

 北野 シュウジ 17歳 男 レベル:1

 天職:星狩り

 筋力:ERROR

 体力:ERROR

 耐性:ERROR

 敏捷:ERROR

 魔力:ERROR

 魔耐:ERROR

 技能:天体観測・特殊空間航行・全事象耐性・憑依・衝撃波・魔具精製・念動力・毒物精製・瞬間移動・異空間収納・敵対感知・物体操作・隠密・剣術・銃術・闘術・暗殺術・交渉術・世界の殺意・自己再生・変身・蒸血・進化・言語理解

 ==============================

 

 

 

「……oh」

 

  案の定、ヤベーイ!だった。まあそりゃ、エボルト体内に入れながら前世と同じ、いやそれ以上の鍛えかたしてたらこうなるわな。

 

「おい、人のせいにすんなや」

「えっ人なんてどこにいるんだ?」

「目の前!目の前に俺いるぞ!?」

「ああ、すまん。ついタンパク質が大好物な人食い細胞の塊かと思ったよ」

「誰がアマゾンだコラ」

「ヴォォオオオオオオッ!アマゾ「君の心臓(ハート)にレボリューションッ !」オンドゥルルラギッダンディスカー!」

 

  最近ボケようとするたびにハジメに一撃食らってる気がしてならない。

 

「いててて。ハジメさん、酷くない?」

「ふざけてるからでしょ。あ、ステータスどうだった?」

「ハイ」

「……ああ、うん」

 

  渡して見せたら、ハジメはフッととても達観したような笑みを口元に浮かべた。なんだなんだ、その反応はおかしいぞ。

 

「もろシュウジだね」

「おっ、そうだろ?」

「褒めてないよ……はぁ。まあいいや。僕はこんな感じだった」

 

  ハイつ と渡されたステータスプレートをのぞいてみると……

 

 

 

 ===============================

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

 天職:錬成師

 筋力:10(300)

 体力:10(800)

 耐性:10(200)

 敏捷:10(400)

 魔力:10(500)

 魔耐:10(1000)

 技能:錬成・闘術・脚術・乱撃・加速(特定条件下で発動)・言語理解

 ===============================

 

 

 

  こんな感じだった。うん、なんだろうこの括弧は。えっスイッチを切り替えたときの数値がたぶんこれだって?

 

「ちなみにスイッチが切り替わるのって?」

「シュウジとトレーニングしてるときとツッコミ入れるとき、あと美空に何かあった時」

「ハハッ、冗談も大概にしろよあんちゃん」

「誰があんちゃんか」

 

 それにしても、まるでゲームのキャラにでもなったようだと思いながらハジメと二人でステータスプレートを見せ合いっこしてると、メルさんからステータスの説明がなされた。

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に〝レベル〟があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

「へえ、ゲームみたいにレベルが上がるからステータスが上がる訳じゃないんだな」

「ちなみにステ振り制だったらどうするんだ?」

「ラックに全部振る」

「出たよ極振り。それでいてシュウジ、一緒にゲームやると必ず攻撃はクリティカルだし回避は成功するし低確率ドロアイテムは必ず落ちるし。喧嘩売ってんの?ねえ喧嘩売ってんの?」

「しかも俺がいくら買っても当たらないのに宝くじ必ず一等だし。リアルラックもいいとか、喧嘩売ってんのか?」

「ちょっとモチつこうかハジメさんエボルトさん」

「越後製菓っ!」

「高橋英樹っ!」

 

  ハジメのビンタで俺は沈んだ。おいエボルト、死にかけの虫突くみたいな動きで俺のこと蹴るな。

 

  エボルトに死体蹴りされてて聞いていなかったが、ステータスは鍛錬したり、魔道具みたいなのをつけても上昇するらしい。

 

  あと、救国の勇者御一行だからなのか、専用の装備を国の宝物庫から貸し出してもらえるとか。うーん、いらないな。

 

『一応見とけよ。この世界のエレメントにまつわるものを六十個同時に想像すれば、パンドラボックスでボトル作れるぞ』

 

  あっそっか。フルボトル作れねーじゃんって思ってたけど、最初から六十本お前が作って、ベル様に消されたのを再回収してたのか。

 

  別に俺の記憶力と思考速度ならできそうだけど、せっかくならこの世界のエレメントで作りたいから放置しとこ。

 

  あ、一応ライオンフルボトルとかフェニックスフルボトルは作っとくか。ていうか欲しいのだけってできんの?

 

『できると思うぞ。欲しいボトルだけエレメントを想像して、あとは無成分を想像すればいい。例えば五つ想像して、あとの五十五本は何も想像しないとかな』

 

 そんな細かいことできるのね。

 

  次に〝天職〟ってのが、才能を意味するらしい。いわゆる才能を意味してて、技能とシンクロしてる。天職持ちはめっちゃ少ないらしく、持ってるだけでかなり自慢できるらしい。

 

  戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合。非戦闘系も少ないと言えば少ないが、結構な確率で持ってるらしい。

 

「んで、生産職は結構な数いる、と」

「ていうことは、僕の錬成師もその一つだね。なんだか〝ありふれた職業〟だなぁ」

「まーまー、そういうのが一番凡庸性高いんだぜ?むしろ考えてみろよ、戦闘系の天職なんざ持ってたって、いつ使うんだ?」

「…それもそっか。元の世界に帰ったら、剣なんて持たないしね」

 

 帰れたら、の話だけどな。

 

  まあそれはともかく、いくら強力な魔法や、凄まじい速度の斬撃をできたとしても、平和にどっぷり浸かった日本じゃ使わねえ。

 

  使うとしたら、雫の実家とか前世の俺みたいな仕事やってるやつくらいだろう。俺ももう2度と元の世界じゃやらないって決めてるし。

 

  ま、場合によるけどな。例えば雫とか雫とか雫とか雫とか雫とか雫とか雫とか。

 

『全部雫じゃねえか』

 

  ま、それだけじゃないけど。そう思っていると、メルさんが結構衝撃的なことを言ってくれた。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな!全く羨ましい限りだ!あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 この世界のレベル1の平均は10らしい。となりのハジメを見てみると、すげえダラダラ顔に汗が流れていた。

 

「あっるぇーどう見ても括弧の外の方が平均なんですけど。もういっそ見事なくらい平均なんですけど?チートじゃないの?俺TUEEEEEじゃないの?」

「ドンマイハジメ。まあ、俺が鍛えてやれば変わるだろ」

「ありがとうエボルト……」

「ふはははは残念だったなハジm「怒りのレモンスカッシュ!」あはんっ♡」

 

  何が平均だよこの野郎めちゃくちゃ痛えじゃねえか。

 

  俺が地面に転がってハジメのヤクザ蹴りを受けているうちに、カス之河がステータスの報告をしに前へ出た。

 

  メルさんの声を盗み聞き、そしてエボルトが瞬間移動して見た結果、そのステータスは……

 

 ============================

 天之河光輝 17歳 男 レベル:1

 天職:勇者

 筋力:100

 体力:100

 耐性:100

 敏捷:100

 魔力:100

 魔耐:100

 技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 ==============================

 

 まあ、普通に考えりゃチートレベルの力だった。俺とエボルトにゃ敵わないし、スイッチ切り替えたときのハジメのほうがはるかに強えけど。

 

「ほお、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……」

「チッ」

「こらシュウジ、舌打ちしない」

 

 だって嫌いなんだもーん。

 

 ちなみに付け足された説明によると、技能=才能という先天的な代物である以上、増えたりはしない。唯一の例外が〝派生技能〟ってものだとか。

 

 これは一つの技能を長年磨き続けた末に、いわゆる〝壁を越える〟に至った者が取得する、後天的技能である。byメルさん。

 

 バカ之河と同じくらいかなと瞬間移動で盗み見した他の連中も、クソ之河に及ばないながらわりと高めだった。

 

『だが、ハジメを超える奴は案の定いない、か。鍛えた甲斐があるな』

 

 おっそうだな。

 

  んだが、ハジメは自分のステータス欄にある〝錬成師〟を首を傾げながら見つめてる。どうやら自分的にはお気に召さなかったようだ。

 

「そーんな不満か?」

「うーん、だってねえ」

 

  まあ、俺が伝授した〝闘術〟とか、リーチの長さを足すために重点的に鍛えさせた〝脚術〟とかなかったら、デフォの言語理解以外は錬成だけだもんな。

 

「ていうか、この加速ってなんだろう?」

「うーん、わからんっぺ。特にこの〝特定条件下で発動〟が意味わかんねえな」

 

『試しにラビットエボルボトルでも使わせてみるか?』

 

  いや、まだ普通の人間のハジメが使ったらエボルボトルの成分はキツいだろうから、もうちょい鍛えたらだな。

 

『へいへいー』

 

  そんなことを話してるうちに、ハジメがステータスプレートを見せる番が来た。不安そうな顔をするハジメの背中を、バシッと叩く。

 

「ハジメ、いってらー」

「まあそう気負うな」

「う、うん」

 

  俺とエボルトがサムズアップして送り出したハジメは、恐る恐るメルさんにプレートを提出する。

 

 今まで、この世界の常識から逸脱したステータスばかり確認してきたメルさんの表情はホクホクしている。

 

  が、ハジメのプレートを見ると一瞬固まり、次にコツコツと表面を叩いたあと、首を傾げた。

 

「あの、何か……?」

「いや、錬成師なのに戦闘系の技能を持ってるから、ちょっと不思議に思ってな。しかも、未確認の技能か。まあ、そういうこともあるだろう。ハッハッハッ!」

 

  あ、非戦闘職なのに明らかに戦闘系の技能持ってたから首かしげてたのね。ていうか、やっぱりあの〝加速〟って技能は詳細不明なのか。

 

「あ、ありがとうございます。シュウジのおかげです」

「ほう、シューの?」

 

  こっちに目を向けてくるメルさんに、エボルトと二人で優雅にワルツを踊ってた俺はDA☆I☆SU☆KE☆ポーズで答えた。

 

「そのポーズなんだ?」

「元の世界で大人気だった歌い手のポーズです。全国民が踊ってるんですよ」

 

  ブフゥッ!と、クラスメイトたちが噴き出す声が聞こえた。俺は別に間違ったことは言ってないぜい。

 

  ぷるぷるとクラスメイトたちが笑いをこらえている中、檜山たちが悔しげな顔をしてるのが見えた。鼻で笑ったらめちゃくそ顔歪めてた。

 

  それからも、どんどんステータスプレートが提出されていく。ハジメや俺みたいなわけわからんのは、どうやらいなかったようだ。

 

 

 

 =============================

 畑山愛子 25歳 女 レベル:1

 天職:作農師

 筋力:5

 体力:10

 耐性:10

 敏捷:5

 魔力:100

 魔耐:10

 技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

 ===============================

 

 

 

  ちなみに、畑ちゃんのステータスはこんな感じだった。「よっ豊穣の女神!」って言ったら、顔を真っ赤にしてビンタされた。

 

「もう、女神なんて!まったく北野くんは……………でも、えへへ。なんか嬉しいです

「…………………………」

「し、雫ちゃん?顔が怖いよ?」

 

  なんか言ってるのが聞こえたが、地面に沈んでる俺にはわからなかった。これが地球とキスってやつか……!

 

「地球じゃないけどな」

 

 ごもっとも。

 

「さて、これで全員終わりか。皆非常に優秀だ!ビシバシ鍛えてやるから、覚悟しとけよ!」

 

  そう言って快活に笑うメルさんに、あるものは自信に満ちた顔を、あるものは不安そうな顔をしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 

「ていうかこの括弧の中、なんかとんでもない数字になってるが……どういうことだ?」

「ああ、それは……シュウジ、ちょっとボケてみて」

「ふざけるのに命をかける男、スパイダーm「東◯パンチ!」ばびろんっ!」

「こういうことです」

「どういうことだ!?」

 

  ハジメの括弧の中のステータスの説明に使われました、しかも通じてませんでした、まる。

 




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ハジメの実験

みなさん、質問です…














ベルナージュ様をヒロインにすべきですか?あと、エボルトをヒロインにするべきですか?ご意見のほど、よろしくお願いします。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

「……ふう。ちょっと休憩にしようかな」

 

 

 

 

 

  その言葉とともに、僕ーー南雲ハジメは、読んでいた本をパタリと閉じて、机の上にそっと置いた。

 

  そして、本の表紙をそっとなで付ける。そこには、〝北大陸魔物大図鑑〟というなんのひねりもないタイトルが。

 

 僕たちが異世界トータスへ召喚されてから、早くも二週間の時が過ぎた。その間、僕はこうやって勉強をしながら訓練をしている。

 

  講師はシュウジとエボルトだ。トレーニング担当はシュウジで、実戦経験担当はエボルトが担っている。その程は、はっきり言って地獄が可愛く見えるほどだ。

 

  地球では自衛手段として、そしていざというとき美空を守るために、必要なことだとシュウジのしごきに耐えていた。

 

  だが、レベルが違う。十人が受ければ十人死神だと言えるほどに、二人の本気の訓練はきつかった。

 

  実際、土台が(強制的に)できている僕と八重樫さんはともかく、美空や白崎さん、坂上くんは死んだ魚のような目をしている。

 

  前にシュウジに聞いてみたら、前世で自分の後継者三人に課したのと同じメニューをやっているとテヘペロ顔で言っていた。全力でぶん殴った。

 

  エボルトにもどれくらいの実戦を想定しているのか聞いたら、ブラッドスタークで出せる限界の力でやっていると鼻ほじりながら言ってた。全力で蹴り飛ばした。

 

 

 =============================

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:2(HL:4.0)

 天職:錬成師

 筋力:12(500)

 体力:12(1000)

 耐性:12(300)

 敏捷:12(700)

 魔力:12(500)

 魔耐:12(1200)

 技能:錬成・闘術・脚術・乱撃・加速(特定条件下で発動)・言語理解

 =============================

 

 

「……それでこんなに強くなってるんだから、腹立つよなぁ」

 

  ステータスプレートを見ながらそう呟く。こうやって結果が出ているからこそ、僕たちはやっていられるのだ。

 

  その結果、僕はどうやら速度重視のヒット&アウェイが得意なことがわかったのも僥倖だろう。剣は無理だが、スチームブレードならかなり使いこなせるようになった。

 

  それはどうやら他の四人も同じみたいで、美空と白崎さんは中級の魔法くらいならもう使えるし、坂上くんは一回りゴツくなった。八重樫さんに至っては斬撃を飛ばせるようになってた。

 

  あと全員、僕みたいに魔耐がものすごい勢いで上がってる。きっと二人が奇声をあげながら、エアロビックを目の前で踊りながらやるからだろう。もはや魔法的腹筋破壊兵器である。

 

 まあ、代わりに僕には魔法適正がかけらもないこともわかったんだけど。かなり期待してたから、絶望してシュウジを十字固めした。

 

 魔法適性がないとはどういうことか。この世界における魔法は、長くなるから省略すると魔法陣を描く→魔力を流し込む→詠唱する→発動するって感じだ。

 

  魔法陣というのはいわゆるプログラムで、式を書き込めば書き込むほどに効果が多く、魔力量に比例して威力が上がる。

 

 例えば、RPG等で定番の〝火球〟を直進で放つ魔法陣を作るのなら、属性・威力・射程・範囲・魔力吸収(体内から魔力を吸い取る式)の式が必要、というわけだ。

 

 

 

 しかし、この原則にも例外がある。それが適性だ。

 

 

 

 適性とは、言ってみれば体質みたいなもので、僕には全くそれがなかったというわけだ。

 

  ちなみにシュウジは全属性に適性があった。それどころか〝虚無〟なる謎の属性すら最高の適性があった。スクリュードライバーをかました。

 

  で、絶望している僕をシュウジは珍しく真面目に慰め、忘れさせるようにさらに厳しい訓練をした結果、今朝もらったのが……

 

「……これ、いじってるとストレス解消になるんだよね」

 

  僕は、惑星のシンボルが描かれた黄金のキャップと、躍動する赤兎がくっついた円筒形のボトル…ラビットエボルボトルをいじる。

 

  なんでも、シュウジを転生させた女神様からの貰い物だそうで、これまでよく頑張ったで賞、と軽いノリでくれたのだ。

 

  といっても、そうホイホイとあげるわけでもないようだ。使うのには、エボルトが改造した僕たちのプレートにあるHL…ハザードレベルが必要になる。

 

  僕たちは訓練を始める前に、エボルトによって遺伝子操作を受け、ネビュラガスなるものを使われている。その結果生まれるのが、ハザードレベルという概念。

 

  それは戦ったり、感情の高ぶりに比例して上がっていくようで、あの二人のしごきを受けている僕たちは、面白いほどぐんぐん上がった。

 

  そして、僕のハザードレベルはつい昨日、4.0に至った。それがエボルボトルを使える最低ラインのようだ。

 

  その効力は持ちながら戦闘するとかなりの速度で動ける、というもの。そしてそれこそが、僕の謎の技能〝加速〟を発動するトリガーだった。

 

  限界時間は五分と短いが、ラビットエボルボトルと〝加速〟技能を合わせると、僕は全力のシュウジに追いつけるくらいの速さで動ける。

 

  その間、一時的にハザードレベルが上昇する副作用もあるが、その負担で体が弱れば、逆にハザードレベルが下がるから使うなと釘を刺されている。

 

  ちなみにハザードレベルが足りないまま使うと、成分が体を蝕んで消滅するらしい。僕を羨ましがっていた残りの四人が、顔を青くしていた。

 

「……ま、いざとなったら使うけどね」

 

  別の場所で訓練してるから、クラスメイトたちは僕たちの力を知らない。特に檜山くんとかは絡んで来そうだ。

 

  そうなったときは、遠慮なく使って逃げさせてもらう。戦いはしない、そうすれば逆恨みされるのは必須だ。

 

  あとは、錬成の技能を自主的に鍛えたり、こうやって図書館にこもって知識を溜め込んだりして過ごしている。結構充実した二週間だった。

 

 で、最近は頃合いを見て行方をくらまし、皆で旅でもしようかと話している。その過程で、七大迷宮にでも挑もうか、と。

 

 七大迷宮っていうのは、この世界における有数の危険地帯をいう。ハイリヒ王国の南西、グリューエン大砂漠の間にある【オルクス大迷宮】と先程の【ハルツェナ樹海】もこれに含まれる。

 

  七大迷宮でありながら何故三つかというと、他は古い文献などからその存在は信じられているのだが詳しい場所が不明で未だ確認はされていないからだ。

 

 一応、目星は付けられていて、大陸を南北に分断する【ライセン大峡谷】や、南大陸の【シュネー雪原】の奥地にある【氷雪洞窟】がそうではないかと言われている。

 

「って、そろそろ今日の訓練の時間か」

 

  シュウジは割と時間に厳しいから、遅れたら一時間猫言葉で話すという罰ゲームをやらされる。早く行かなくては。

 

  ちなみに、それを一度やられたことがあるのだが、なぜか美空と白崎さんが録音アプリを使っていた。イジメだろうか。

 

「とにかく、早く行こう」

 

  ラビットエボルボトルをポケットに押し込んで、本棚に積み上げていた本を戻すと、僕は図書館を出た。

 

  すると、王都の喧騒が聞こえてくる。露店の店主の呼び込みや遊ぶ子供の声、はしゃぎ過ぎた子供を叱る声、実に日常的で平和だ。

 

「ザ・ワールドッ!時よ止まれ!」

「そんなもの、無駄無駄無駄無駄ァ!」

「なん……だと……!?貴様、何者だ!」

「ブロリーデス☆」

「もうだめだ、おしまいだぁ!」

 

 ……実に平和(カオス)だ。

 

「やっぱり戦争なんて起こりそうにないから、帰してくれたりしないかなぁ……」

 

  思わずそう呟きながら、僕はシュウジとエボルトの待つ森に向かって走るのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

  訓練が終わった後、僕はもう一度図書館に向かうことにした。人にぶつからないようにしながら歩いていく。

 

「今日の訓練も大変だったな……」

 

  主に腹筋的な意味で。シュウジとエボルトが、トレーニングをしてる僕たちの前でサンシ◯イ◯池◯の真似やら亀◯和◯やらの真似をしてたからだ。

 

  ひたすら脇腹の痛みに耐えながら、僕たちは今日を無事に乗り越えた。そのせいか、ハザードレベルが0.2も上がった。

 

  なんとも言えないような顔をしていると、ふとクラスメイトたちはどのような感じなのか、少し気になった。

 

  なので、一旦進行方向を変えて、クラスメイトたちが訓練している場所へと足を向ける。さほど遠くはないので、十分程度で目的の場所にたどり着いた。

 

  そこは訓練所だった。こっそり入り口から顔を出してのぞいてみると、何人ものクラスメイトが自主練やら談笑やらをしている。どうやら訓練は終わったようだ。

 

  さて、それなら帰るか。そう思った直後に、ドンと背中を叩かれた。とはいえ、我ながらハザードレベル4.2は伊達ではなく、体は揺るがない。

 

  それでも不快感は覚えるもので、僕はウンザリとしながら後ろを振り返った。案の定、そこにいたのは檜山くん率いる小悪党四人組(僕命名)である。

 

  あの時、僕が最初に名乗りを上げたことが許せないのか、檜山くんたちはシュウジがいないときを見計らったように絡んでくる。今回もその口だろう。

 

  ていうか、ちょっと入り口から顔を出しただけなのに見つけるとか、この人たち暇なんだろうか。そんなことしてる暇あったら他のことしなよ。

 

「よぉ南雲、『無能』のクセにどこ行ってたんだよ」

 

  ニヤニヤと気持ち悪い笑みで言ってくる檜山くん。ちなみに『無能』っていうのは、一部のクラスメイトの間での僕のあだ名だ。

 

  わざわざ根性なしどもに力を見せなくてもいい、というシュウジの方針により、僕はクラスメイトたちの前では一切の力を見せていない。

 

  そのため、僕の印象は『戦えない天職の、役に立たない無能野郎』で()()()()通ってるらしい。

 

  一部っていうのは、実は女子生徒の方々から睨まれなくなったからだ。なんでもあの時の宣言と、白崎さんが訓練の内容を話しているのが効いてるとか。

 

  なので、女子の方々には『無気力なところはあるが、彼女思いの努力できる男』ってイメージに上書きされてるとか。シュウジさまさまである。

 

  なのだが、それがさらに気に入らないのか、男子生徒からの敵意はより強くなった。なのでプラスマイナスゼロもいいとこだ。

 

「これも全部、シュウジってやつのせいなんだ……!」

「あん?何ブツブツ言ってんだ気持ち悪ぃ。あっ、そうだ。ちょっとツラ貸せよ、北野だけじゃなくて、俺も特訓してやるからよぉ〜」

 

 ……は? 何言ってんの、この人。

 

「あ、マジで〜?なら俺もそれ参加するわ〜」

「ギャハハ、こんな無能に時間使ってやるとか、俺たち優しすぎじゃね〜?」

「ヒヒヒ、ほんとマジでそれな!」

 

  檜山くんのアホな発言に同調する残り三人。どいつもこいつも、一体何を言ってるのか理解に苦しむ。

 

  なんだかこれ以上ここにいたらドナドナされそうだったので、僕は一度深く溜息を吐いた後、何も言わずに立ち去ろうとした。

 

  このスタンスで生きてるからか、僕は昔から絡まれやすい。だからこういう人種は無視を決め込むのが最適解だとよくわかっていた。

 

「何無視してんだ、無能のくせにっ!!!」

 

  そう思っていたのだが、どうやら檜山くんたちは僕が認識している以上に短絡的だったらしい。後ろから攻撃の気配がした。

 

「……はぁ。本当に疲れてるから、早く行きたいんだけどな」

 

 

 

  カチン。

 

 

 

  そう、僕の中でスイッチが切り替わる音がした。

 

  僕はすぐさましゃがんで、四人の攻撃を認識する。鞘付きの振り上げた剣が二つ、ストレートパンチが一つ、ヤクザ蹴りが一つ。

 

  シュウジの訓練では、一体多数の場合を想定した模擬戦も八重樫さんと坂上くんの三人でやっている。二人に比べれば、檜山くんたちの攻撃はあまりにもトロすぎる。

 

  ちなみに坂上くんとは、訓練をしているうちに認識が変わったのか、今までの態度を謝られて、今では美空特製の弁当のおかずを取り合う仲だ。

 

 

 ま、それはともかく。

 

 

  まず、近藤くんの足を払う。そしてその手から鞘付きの剣を奪い、それでヤクザ蹴りをしてくる檜山くんの残った足をぶっ叩いた。

 

  すかさず返す刀で、中野くんの手首を剣で叩いて振り上げていた剣を叩き落とし、アッパーカットで顎に一撃。最後に斎藤くんの腕を取り、一本背負いで投げ飛ばした。

 

「あだっ!?」

「いぎゃあっ!」

「おごっ!?」

「ぐえっ!?」

 

  汚い声を上げて地面の上に落ちる小悪党四人組。僕はパンパンと手を払いながら、投げ飛ばした体制から立ち上がった。

 

「て、てめぇ南雲っ!無能の分際で、よくもやってくれたな!」

 

  すると、檜山くんが片足を抑えながら、屈辱のような濁った色を宿した目で、僕のことを見てきた。他の三人も同様に。

 

  それに僕は、ただただ溜息を吐くばかりだった。なぜ先に手を出した自分たちのことを棚に上げて、そんなことを言えるのだろう。

 

  いや、わかっている。彼らは下に見ている僕からやり返されたことが気にくわないんだろう。常に自分たちが上位者と考えているから。

 

  この世界に来て力を手に入れて、増長しているのはわからないでもないが、そんなんではいつか足元をすくわれると思う。

 

「僕はただ降りかかる火の粉を払っただけだよ。それじゃあ、もう行くから」

 

  でも、そんなことを僕がいう必要はない。この手のタイプに何言っても聞かないし、そもそも面倒だし。

 

  今度こそ、踵を返して出て行こうとする。他のクラスメイトたちも見てるし、女子の方々の同情的な目線に気まずい気持ちになるし。

 

「は、はん!逃げんのかよチキン野郎!さすがはバケモノの北野に鍛えられてるだけあるなぁ!」

「………………………は?」

 

  だが、聞き捨てならないことを聞いて、僕は足を止めた。

 

 

 ●◯●

 

 

  それを聞いた瞬間、自分でもびっくりするくらい、低い声が出たのがわかった。実際、前方にいたクラスメイトたちは僕の顔を見て、顔を引きつらせてる。

 

  それで自分が、ひどく憤りを覚えていることに気がついた。腹の底が煮え繰り返るとは、このことだろうか。

 

  わかってる。こんなのは負け惜しみだ。苦し紛れの悪口だ。気にする必要なんてないのは、誰が聞いても分かりきってる。

 

 でも……

 

「シュウジが、なんだって?」

「「「「っ!?」」」」

 

 

 

  シュウジ(しんゆう)をバカにするのだけは、許せない。

 

 

 

  普段なら許しただろう。やっかみを受けるのなんて慣れてるし、結構言われた通りなことも多い。でも、それだけは許せないんだ。

 

  いつもふざけてて、自由奔放で、時々真面目になって、何気に優しくて。そんな面倒くさいやつだけど。それでもシュウジは、僕のたった一人の親友だ。

 

  それをバカにするのは、たとえ誰だろうと許さない。普段ならやり過ごすが、これに関しては徹底抗戦の構えを取るつもりだ。

 

  とはいえ、ここでは場所が悪い。いつまでも公衆の面前で諍いごとを起こしていては、迷惑極まりない。

 

「……場所を変えよう」

 

  だからそう言って、僕は訓練施設から出て行った。今度は図書館に向かうためではなく、檜山くんたちと戦うために。

 

  檜山くんたちが追いかけてくるのを確認しながら、僕は歩いていく。ポケットから、ラビットエボルボトルを取り出しながら。

 

  程なくして、訓練施設から死角になっている、人気のない場所に出た。そこで止まって、檜山くんたちの方に振り向く。

 

  彼らは皆一様に、ギラギラと目を血走らせて、僕を見ていた。これが勇者(笑)一行だとは、この場だけ見れば思うまい。むしろ野盗だ。

 

「ハァッ、ハァッ、こんな場所に自分でくるとか、そんなに嬲られたいのかよ、ハハッ!」

「虚勢も結構だけど、早く息を整えたら?」

「テメェッ……!」

 

  睨みつけてくる檜山くんを無視して、僕は黒色のコートを脱ぐ。我ながら普段とは違う、ブラックな自分が出て来ているのがわかった。

 

  袖をまくり、息を吐き出す。そしてラビットエボルボトルのシールディングキャップを正面に合わせ、檜山くんたちに手招きした。

 

「っ!こいつをぶちのめせっ!」

「「「おらぁあああああ!」」」

 

  完全にキレた様子で、襲いかかってくる小悪党四人組。それに対し、ただ僕は小さく、一言だけ呟いた。

 

 

 

「さあ、実験を始めようか」

 

 

 

  最初に僕にたどり着いたのは、案の定というか檜山くんだった。抜き身の剣を振り上げて、飛びかかってくる。

 

  こう言っちゃなんだけど、もしこれが僕の急所に当たって死んだとして、そのあとはどうするつもりなのだろうか。いや、何も考えてないのか。

 

  とりあえず、限界まで待ってからラビットエボルボトルと〝加速〟で飛躍的に上昇したスピードでそれをたやすく回避。背後に回ってトン、と背中を押す。

 

「ぐべっ!?」

 

  顔面から地面にダイブした檜山くんは、奇妙な声を出した。見えなかったのか、急停止して驚いた顔をする三人。

 

  彼らにもう一度手招きすると、額に青筋を浮かべて剣やら拳やらを振るってくる。そのことごとくを、当たる寸前で回避していった。

 

  四人は僕を倒す、あるいは殺そうとする勢いで攻撃を繰り出し、僕はただ避け続ける。ただ、その繰り返し。簡単な能力確認の実験だ。

 

  自分たちが遊ばれていることがわかったのか、檜山くんたちはどんどん悪鬼みたいな顔になっていき、さらに激しい攻撃を出してくる。

 

  でも、魔法も剣も手足も、何も当たらない。当たり前だ、エボルトの振るってくるスチームブレードに比べれば、余裕のよっちゃんだ。

 

  というか、だんだん攻撃が杜撰になってきた。顎も落ちてるし、剣筋もぶれてる。ちゃんと訓練してたのだろうか。

 

  まあとにかく、これくらいなら大丈ーーっ!?

 

 

 

 ドクンッ!

 

 

 

「うぐっ!」

 

  胸に鋭い痛みが走る。しまった、今の僕じゃあエボルボトルはそう長く使えないのを、頭に血が上って忘れてた!

 

  一瞬、胸を押さえて立ち止まる。それを狙ったのか、はたまた偶然だったのか、頬に檜山くんの拳が突き刺さった。

 

  痛みで強張っていた体では踏ん張れずに、地面に倒れてしまう。慌てて手をついて起き上がろうとすると、背中を踏みつけられた。

 

「はぁっ、はぁっ、ちょこまかと、逃げやがって、無能の分際でぇっ!」

「調子こいてんじゃねえぞ無能野郎っ!」

「そのまま転がってろカスが!」

「死ねやオラァ!」

 

  口々に罵声を浴びせてきながら、僕を蹴る四人組。ガスの力で体が頑丈になっているので痛くないが、断続的に胸に痛みが走って動けなかった。

 

  なので、仕方がなく丸まって嵐が過ぎ去るのを待つことにした。ああ、早く図書館に行って『真の神になる9610の方法』を読みたい。

 

  それにしても、失敗したなぁ。いくら怒ってたからって、自分から喧嘩を売りにいくなんて。全く僕らしくない。

 

  ただ、やり方に後悔はあれど、自分の感情に後悔はない。どんな目にあっても、シュウジをけなしたことは許さない。

 

 

 

「何やってるの!?」

 

 

 

  早く終わらないかなぁ、と思いながらリンチを受けていると、聞きなれた声が聞こえてきた。「やべっ」と檜山くんたちの攻撃が止む。

 

  その隙に、ゴロゴロと転がって小悪党四人組の足元から抜け出した。が、全身がジンジンと痛んで立ち上がれない。どうやら思ったよりダメージが入ってたらしい。

 

  それでもなんとか顔だけ向けると、白崎さんが走り寄ってくるところだった。後ろには美空や八重樫さん、坂上くん……あと、なぜか天之河くんもいた。

 

「南雲に何やってんだコラ!」

「アガッ!」

 

  あ、坂上くんが近藤くんを殴った。

 

  そしてそれよりさらに後ろに、表情の抜け落ちたシュウジと、険しい顔をしているエボルトがいる。勢ぞろいか、オールスターか。

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで……」

「南雲くん、大丈夫!?」

「ハジメ!」

「南雲、平気か!」

 

  何やら檜山くんが言っていたが、それを軽やかにスルーしてこちらに駆け寄ってくる白崎さんと美空、坂上くん。

 

  坂上くんに手を貸してもらい、上半身をもたげる。そうすると白崎さんと美空が同時に魔法を使おうとして…互いの手をガッと掴んだ。

 

「……何するのかな、美空?」

「ハジメの傷は、彼女の私が治すのが当然でしょ?そう、彼女の私が」

「やけに彼女を強調するけど、喧嘩売ってるのかな?かな?」

 

  目の前でバチバチと火花を散らす二人。いやあの、そんなことより割と痛いから早く治して欲しいんだけど……

 

「大変だったな、南雲。いや、今も大変か」

「坂上くん……その、ありがとう」

「なぁに、俺が気に入らなかったから殴っただけだ。だが、礼なら明日のみーたん特性卵焼きで受け取るぜ」

 

  ニッと快活に笑う坂上くん。前は苦手だったけど、仲良くなってからは割と付き合いやすいことがわかった。

 

  ちなみにみーたんっていうのは、美空がやってるネットアイドルの名前である。坂上くんはその重度のファンらしくて、グッズを自作できるレベルだとか。

 

  最初に知った時は、ギャップに皆で大笑いした。特にシュウジは某蛇の女王様みたいにそり返るほど笑ってた。坂上くんにラリアットを頂戴してた。

 

  ともかく、結局半身ずつ治療するということで二人に治癒魔法をかけてもらった。外傷が消え、痛みが和らいでいく。

 

「あ、ありがとう二人とも。助かったよ」

「「どういたしまして」」

 

 お礼を言うと、同時に答えた二人はまた火花を散らした。やめて、背後に般若と女神様みたいなスタ◯ド背負わないで。

 

「いやぁ、大変だったなはじめん」

「災難だったわね、南雲くん」

 

  目の前でオーラで戦う彼女とクラスメイトに戦々恐々としていると、さっきの顔は何処へやら、いつも通りのシュウジが近づいてくる。隣には八重樫さんがいる。

 

  ほれ、と手を差し出されたので、それをとって立ち上がろうとする。掴む寸前で抜き取られた。飛び膝蹴りを鳩尾に入れた。

 

「ていうか、この前もだけどはじめんって何よ」

「えっふえっふ、新しいあだ名的な?」

「あっそう」

「まあ、それはともかく……使うなって言ったろー?」

 

  僕の手からラビットエボルボトルを取って、肩を叩きながら目の前でプラプラと揺らすシュウジ。確かに、約束を破ったのは確かだ。

 

「それは、ごめん」

「ま、これに懲りたら次から気をつけるこったな。つーか、ハザードレベル4.0か。今日の分の努力がパァになったな」

 

  今肩を触った時に測ったんだろう、仕方がねえなーみたいな顔のシュウジに、僕は冷や汗をかいた。

 

  シュウジは、努力が無駄になることが嫌いだ。つまり……

 

「てわけで、この後補習授業な」

「ウソダドンドコドーン!」

 

  僕は絶望の声を上げて崩れ落ちた。慌てて白崎さんが「大丈夫!?」と背中をさすってくる。残りの人はため息を吐くのが聞こえた。

 

「おーいシュウジ、拘束しといたぞ」

 

  そんなことをやってると、エボルトの声が聞こえた。全員でそっちを振り返ると、スタークになったエボルトが両腕の毒針で小悪党四人組を吊るし上げていた。

 

「おい、おろせコラ!」

「そう言って下ろすやつがいるわけねえだろブタ野郎が」

「んだとコラァッ!」

 

  ほれほれ、と煽っているエボルトに、シュウジが近づいていく。その背中に、言い知れぬ恐ろしいオーラを感じた。

 

「さて、俺のマブダチに手を出してくれた蛆虫どもーー殺される覚悟はできてんだろうな?」

 

 

 ジャキン!

 

 

  無機質な声を出したシュウジの手の中に、スチームブレードが出現する。それに息を呑みながらも、何をしようとしているのか、なんとなくわかってしまった。

 

 

 スパンッ!

 

 

  目にも留まらぬ速度で、シュウジの腕が煌めいた。かと思えばスチームブレードを異空間に放り込んで、パチン、と指を鳴らした。

 

 ブシュッ!

 

  すると一瞬遅れて、檜山くんたちの顔に切り傷が走る。それなりに深かったのか、遠目から分かるほど血が流れ出る。

 

「があぁあああぁああっ!?」

「い、痛えぇぇえええ!?」

「ひぎやぁっ!?」

「ママーーーーっ!」

「なーんてな。お前らなんか殺す価値もない。俺が本気で殺す前に、さっさと失せろ。この汚物が」

 

  決めセリフを言ったシュウジがこちらに踵を返すと、エボルトが地面に、やや強めに小悪党四人組を叩きつける。

 

  顔の傷の痛みと落とされた痛み、二つの痛みに悶えていた檜山くんたちは、「くそっ、覚えてろよ!」というテンプレなセリフを吐いて走り去っていった。

 

  その後ろ姿を見て「走れメ◯ス、どこまでも」とかふざけたことを考えながら、シュウジが歩み寄ってくるのを見る。

 

  そして目の前に来て、得意げな顔で親指を立てるシュウジに、僕も苦笑しながら親指を立てた。

 

「ありがとシュウジ」

「気にすんなってことよ」

「俺も活躍したぜ」

「ふふっ、そうね」

「もう、あんまり心配させないでねハジメ。あ、別に香織ちゃんはいいけど」

「どういう意味かな美空?」

「みーたん可愛い」

 

  そんな感じに、痛い思いもしたけど丸く収まって……

 

 

 

 

 

 

 

「だが、南雲自身にも問題があると俺は思うぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 くれないんだなーこれが。

 

  僕を含めた、和やかな雰囲気だった全員の空気が一瞬で固まる。そして何やら諭すような顔をした天之河くんを見た。何言ってんのこの人?

 

「やり方は過激だったかもしれないが、檜山たちも南雲が不真面目で協調性がないから怒ってやったんじゃないか?聞けば、訓練もせずどこかに行ってたり、図書館にこもってるそうじゃないか。もう少し真面目になったらどうだ?」

「「「「「「「……………」」」」」」」

 

  うん、本当に何言ってるんだろう、天之河くんは。

 

  あまりにも意味のわからないことに呆然としながら、ああ確かにこの人は基本的に、性善説で人の行動を解釈するんだったと思い出す。

 

 天之河くんの思考パターンは、基本的に人間はそう悪いことはしない。そう見える何かをしたのなら相応の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない! という過程を経るのである。

 

 しかも、本気で悪意がない。マジで僕のことを心配(笑)して言ってるのだ。ここまで自分の思考というか、正義感に疑問を抱かない人間には誤解を解く気すら起きない。

 

  試しに周りにいる皆を見てみると、全員が全員、それはないわーって顔してた。ほら、シュウジに脳筋って言われてる坂上くんですら……

 

「みーたんハァハァ」

 

  訂正、そもそも聞いてなかった。ていうか美空を変な目で見ないでくれるかな?

 

「……南雲くん、ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「こ、光輝くんも悪気があるわけじゃないんだよ?」

「腹黒な香織ちゃんが言っても説得力ないね」

「今なんて言ったのかな?かな?」

「あれもう病気じゃねえか?俺もいろんな人間を見てきたが、あそこまで歪んで気持ち悪いやつはいないぞ?」

 

  オカンモードbyシュウジの八重樫さんに謝られ、白崎さんと美空はまたしても衝突する。エボルトは今にも吐きそうな顔をしてた。

 

「……………」

 

  そんななか、普段なら一番に煽りそうなシュウジが無言でスタスタと天之河くんに歩いていった。

 

 

 

 バキィッ!

 

 

 

  そして、その頬に思い切り拳を叩き込んだ。なんのひねりもなく、ただ純粋に殴り飛ばした。流石に驚いてぽかんとする。

 

「な、何をするんだ!?」

「……一つだけ言ってやる、砂糖でできてる頭ん中お花畑のカス野郎。そんなゴミ以下の価値すらない考えが、いつまでも通せると思ってるなら、いつか死ぬぞ」

「何を言ってーー」

「やめろ、口を閉じろ。これ以上この空間を汚染するな。二度とその声を俺に聞かせるな。そもそも世界に存在するな、今すぐこの世からもあの世からも消え失せろ」

 

  冷たい声で徹底的に存在を拒絶すると、無表情のままシュウジはこちらに歩いてくる。すでに数度見た光景だが、今までで一番戦慄を覚えた。

 

  ちなみに後で聞いたことだが、このときシュウジは前世の人格が顔を出すかというほど、内心殺意に満ちていたらしい。我慢したのは僕たちの前だったからだとか。

 

  そしてシュウジは僕たちを促すと、さっさとその場から撤収していった。へたり込んで呆然としている、天之河くんを置いて。

 

 

 

「……はっ!?お、おいまて、話は終わってな……」

 

 

 

  天之河くんがなにやら騒いでいたが、それに振り返る人は、誰一人としていないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  結局その日は、シュウジに地獄のようなしごきを受けて、夕食の際に迷宮に遠征をする旨を聞いて終わるのだった。




ここのハジメは割と好戦的です。場合によりますが。
目次にシュウジのイラストをあげました(なお、描き直す可能性大)
感想をお願いします。


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三つ巴(?)の語らい

ブラッドに変身するヒロインのイラスト、描けました。ツイッターに上げてあります。ご意見をくださった方、ありがとうございました。
今回は迷宮突入前、ハジメsideです。
楽しんでいただけると嬉しいです。


  ラビットエボルボトルによる実験……まあ失敗だったけど……から数日後、僕たちはハイリヒ王国王都から出てとある場所にいた。

 

  その場所の名は、宿場町【ホルアド】。七大迷宮の一つ、【オルクス大迷宮】がある町の宿屋に泊まっている。

 

  そんでもって、そこの二人部屋をシュウジと一緒に入った僕は、図書館から借りきてきた、これからいく迷宮についての本を読んでいる。

 

  【オルクス大迷宮】は全百階層からなると言われている大迷宮で、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する性質を持つ。

 

  そのため、階層ごとで魔物の強さを測りやすい利点があるため、冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気だった。勇者じゃなかったら、僕たちも宿には入れなかっただろう。

 

  その他にもう一つ、出現する魔物が地上の魔物に比べ、遥かに良質の魔石を体内に持つという理由がある。

 

 魔石とは、魔物を魔物足らしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、魔法陣の効率の良い原料として知られている。

 

  ちなみに、シュウジはエボルトの能力で体の魔法についての概念をいじったらしく、魔法陣なしで魔法が使える。ドヤ顔で言ってたので目潰しした。

 

  それ以前に、シュウジは前世からの力で魔法陣なんてなくても自在に魔法を使える。どんな魔法でもだ。だから美空たちの鍛錬もできる。

 

  まあ一言でまとめると、魔石は軍事関係のみならず、日常においても使用用途の多い便利なもの、でいいだろう。

 

 ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど、強力な固有魔法というものを使う。

 

  固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。

 

  一種類しか使えない代わりに、詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。魔物が油断ならない、最大の理由だ。

 

  そのはずなのだが、シュウジはちょくちょく王都郊外にいる魔物を狩ってきては、エボルトとその遺伝子構造を調べて固有魔法を使えるようになってる。あいつが一番チートだろ。

 

「変な顔してるけど、どうしたんだ?」

「存在がふざけてるやつのことを考えてたんだ、よっ!」

「あぶだびっ!」

 

  どうやってるのか天井に足をつけ、逆さに立って顔を覗き込んできたシュウジの首筋にチョップを入れる。落ちるシュウジ。

 

  その後、床の上で陸に打ち上げられた魚みたいな気持ち悪い動きをしてたので、蹴って部屋の隅に転がしておいた。よしスッキリ。

 

  またしばらく本を読んでいると、復活した(最初から効いてない)シュウジが僕があぐらをかいているベッドの上に座ってきた。本から目を離さずに蹴り落とした。

 

「ちょっ酷くない?」

「読むのを邪魔するからだよ。ていうか、どうしたのさ?」

「いんや、ちょっと明日の話をしておこうと思ってな」

 

 明日っていうと、迷宮でのことだろうか。

 

  またふざけるのではないかと胡乱げな目を向けるが、しかしシュウジは真剣な顔をしていた。ああ、この目のときは真面目だ。

 

  一応、本を閉じて側におき、床の上で正座しているシュウジに体を向ける。どうでもいいけど、足痛くないのかな?いや、蹴落としたの僕だけど。

 

「それで、話って?」

「いいか、ハジメ。俺たちはこの世界に来てからずっと、お前や空っちたちを鍛えてきた。正直言って、能力だけなら迷宮なんざ楽勝だ」

「うん、それについては感謝してる」

 

  実際、この【ホルアド】に来るまでの間もいつも通り……いや、初のエボルト以外との実戦ってことで、より一層きつい訓練をしてきた。

 

  無事に遠征を終えるため頑張った結果、僕のハザードレベルは4.3。美空は3.0、白崎さんは2.9、八重樫さんは3.8、坂上くんは3.6まで上がっている。

 

  エボルトが言うには、たった三週間弱でこの成長速度は、昔自分を倒した〝仮面ライダー〟が霞んで見えるほどらしい。つまりそれほど、僕たちの頑張ろうという感情は強い。

 

「でもな。それだけで簡単にやってけるほど、戦いってのは甘くねえ。事実、前世で鍛えてた俺の弟子たちは、自分の力を過信して初任務で瀕死の重傷を負った」

 

  かろうじて生き延びて、その後に徹底的に鍛え直したけどな。そう、どこか虚ろな声音でいうシュウジ。それに、少し驚く。まさか、極力話に出したがらない前世のことまで出すなんて。

 

  シュウジの前世。それは本人が言うにはあまりにも空っぽで、偽物で、汚れていて、歪んでいて、最低最悪で穢らわしい、真っ赤な道だったらしい。

 

  そんなシュウジが言う、〝戦い〟という言葉。それはただの平和な日本で育った男子高校生である僕には、到底想像できないくらいの重みがある。

 

 ふと、そんな気がした。

 

「だからさ……頼むから、無理をしない範囲でやってくれ。それでももし危なくなったら、すぐ逃げろ。それができないなら、俺を呼べ。必ず助ける」

 

  どこか懇願するような顔で言うシュウジ。もしかしたら僕たちが危険な目にあう想像を、前世のお弟子さんたちに重ねているのかもしれない。

 

  件のことで知っての通り、シュウジは家族や近しい人が傷つけられるとひどく怒るし、心配する。そう言う時だけ、シュウジはこういった顔をするのだ。

 

「うん、わかった。ちゃんと気をつけるよ」

 

  だから僕は、はっきりとした口調で頷いた。もとよりそう無理をするつもりなど、毛頭ない。

 

「そいつはよかった……そんじゃあ俺は、ちょっとつまみ食いして来るぜ」

 

  安堵したような顔をしたシュウジは、そう言って立ち上がり、僕に背を向けて扉を開ける。

 

  その後ろ姿が、どこかいつもの陽気なものとは違って見えて。つい僕は口を開いて、その背中に声をかけた。

 

「シュウジ」

「なんだ?」

「……あんまり食べ過ぎて、お腹壊さないようにね。あと、明日。一緒に頑張ろう」

「ははっ、俺の腹袋は世界一ィ!だから大丈夫だよ……おう、頑張ろうな」

 

  笑顔で振り返ったシュウジは、青いジャケットの前を開けて、白地に『ファイト一発!』と達筆に書かれたシャツを主張した。

 

「……それどこで頼んだの?」

「自作」

 

  ドヤ顔をしたシュウジは、そのまま扉の向こうへと消えていった。それを見送った僕は、もう一度本を開いて明日に備えるのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

  それからしばらくして、扉をノックする音が耳に届いた。

 

 なんだ、シュウジもう帰ってきたのか。大方、宿屋のキッチンに忍び込んでいたところを誰かに見つかったのだろう。

 

  いやしかし、それならばノックをするのはおかしい。無駄にいい声でクラシックを歌いながら思い切り扉を開けるはずだ。そして寝起きでイラついてる僕がそれを殴るのがお決まりである。

 

  ならば、シュウジとは別の人物だろうか。だとするなら、それはそれでおかしな話だ。こんな時間に一体何用か。

 

  しかし、その疑問はすぐに氷解することとなった。

 

「南雲くぅん、起きてる?ちょぉっと話がしたいんだけどぉ」

「ハジメぇ、起きてるかなぁ?いるなら返事してほしいなぁ?」

 

  扉の向こうから聞こえてきた、二つの怨嗟の声によって。

 

「ひっ!?」

 

  思わず悲鳴をあげて、本を取り落とす。いやだって、深夜に自室の扉の向こうからおどろおどろしい女の声が聞こえて来るってどんなホラー!?

 

  それでも開けなければ、扉の隙間から漏れ出るオーラに呪い殺されそうだったので、慌てて扉に向かい、鍵を外して開ける。

 

「「あ、ハジメ(南雲くん)いた」」

「ひぃっ!?」

 

  すると、なんということでしょう。そこには互いの頬を全力で引っ張っている、怒りマークを額につけた二人の美少女が。

 

  思わず白目を剥きそうになりながら、二人をもう一度ちゃんと見る。そこにいたのは紛れもなく、彼女である美空とクラスメイトの白崎さんだった。

 

  そして美空は薄緑色のキャミソールに上着、白崎さんは純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけだった。

 

「……なんでやねん」

「えっ?」

「何か言ったハジメ?」

 

 ある意味衝撃的な光景に、思わず関西弁でツッコミを入れてしまう。よく聞こえなかったのか、二人はキョトンとしている。頬を引っ張り合いながら。

 

  ……さて。格好はさておき、なんで二人は頬なんか引っ張ってるのだろうか。いや、予想できる。きっといつものノリだろう。

 

 もうそのままそっ閉じしようかと思ったが、そうすると貞◯とか伽◯子とかそういうものに変身しそうだったので、必死に笑顔を貼り付けて対応する。自分に勲章をやりたい。

 

「あーいや、何でもないよ。えっと、どうしたのかな? 二人とも、こんな遅くに僕なんかに何か用事?」

「ちょっと、ハジメと話がしたくて……」

「その、少し南雲くんと話たくて……やっぱり迷惑だったかな?」

 

  上目遣いで言った二人が、ギッ!と互いのことを睨む。やばい、手とか足とか口元とか脳とかが震えてきた。

 

「…………とりあえず、二人ともどうぞ」

 

  このまま放置しておいたら怪獣大乱闘が始まりそうな眼光だったので、部屋に招き入れる。大丈夫、僕の選択は間違ってないはずだ。

 

  案の定それを聞いた瞬間、二人は笑顔になり、待ってましたと言わんばかりに部屋に入ってきた。女の子って怖い。

 

 深く、それはもう深く溜息を吐きながら、扉を閉めて鍵をかけ直す。そして振り返ると、二人は窓際に設置されたテーブルセットに座っていた。

 

「……行動が早過ぎでしょ」

 

 乾いた笑みで呟きながら、僕は部屋に添えつけられているティーセットを取り出して、お茶の用意をした。

 

  といっても、ただ水差しに入れたティーパックのようなものから抽出した、水出しの紅茶モドキだが。それでもエボルトの淹れる、宇宙級殺人コーヒーよりはマシなはずだ。

 

  美空と白崎さん、二人の分と自分の分を用意して、彼女たちに差し出す。そして、向かいの席に座った。

 

「ありがとう」

「ありがとねハジメ」

 

 やっぱり嬉しそうに、紅茶モドキを受け取り口を付ける二人。ようやく平和な雰囲気に、僕はほっと胸をなでおろした。

 

  窓から差し込む月光に、そっと目を閉じて紅茶に口をつける二人の黒髪にエンジェルリングを浮かばせる。それはさながら、歴史に残る名画のようだった。

 

  それに見惚れていた僕だったが、カップを置く「カチャ」という音で我を取り戻し、気を落ち着かせるために自分の紅茶モドキを一気に飲み干す。

 

「ごほっ……」

「だ、大丈夫!?」

「ハジメ、平気?」

「うん、大丈夫……」

 

  ちょっと気管に入ってむせた。恥ずかしい。この場にシュウジがいなくてよかった、あいつ絶対からかって来るから。

 

 白崎さんが、その様子を見てくすくすと笑う。美空は仕方がないなって顔をした。それが少し恥ずかしくて、誤魔化すために早口で話を促した。

 

「それで、話したいことって何かな。明日のこと?」

「……うん」

「ちょっと、ね…」

 

 僕の質問に頷き、さっきまでの笑顔はどこへやら、二人は思いつめた様な表情になった。一体どうしたのか。

 

  二人は、互いに確認するようにチラチラとアイコンタクトをかわし、僕に何かを言うか、それとも言うまいか悩んでいる様子だ。

 

  それを僕は、ただ待つ。こう言う時に急かしても、いい結果にはならない。それは美空と付き合っててよくわかってる。

 

  のんびりと二人が話し始めるのを待ってると、やがて意を決したように二人は前のめりになって、口を開いた。

 

「明日の迷宮攻略、南雲くんは街で待っててほしいの!」

「……え?」

 

 その言葉に、僕は間抜けな声をあげた。

 

 

 ●◯●

 

 

「お願いハジメ。皆とシュウジたちは、私たちが説得するから。だから!」

「え、ちょ、ちょっと待って!」

 

  言われたことが理解できずに、両手で二人を制する。すると「あ……」と赤い顔をして、二人は椅子に腰を下ろした。

 

  それに安堵の息を吐きながら、僕は言われたことを理解するために頭を働かせる。まあ、そう時間もかからずに咀嚼し終えた。

 

「……えっと、つまり。二人は僕に迷宮に行って欲しくないと?」

「うん、そうなの」

「ハジメ、頼むから、ね?」

「こ、これでも一応、一番ハザードレベルは高いし、無理するつもりもないよ?それに、ここまできて待ってるってのは、流石にないんじゃ……」

「そうじゃなくてっ!」

 

  ばんっ!と机を叩いて、美空が立ち上がる。びっくりして、思わず出かけていた言葉を飲み込んでしまった。

 

「み、美空?」

「……夢をね、見たの」

 

 夢?

 

  首をかしげる僕に、美空はぽつりぽつりと語る。どうやらさっきまで、美空は自室で眠っていたらしい。そして、夢を見た。

 

  その夢の内容は、真っ暗な道の中、僕が目の前で背を向けて歩いてて、いくら声をかけても気づかずにどんどん遠くに行ってしまうというもの。

 

 そして、最後は……

 

「……最後は、粒子になって消えちゃうの」

 

  顔をうつむかせて、そのせいで垂れ下がっている前髪のせいで彼女の表情は見えない。それでも、机の上に落ちる雫によって、容易に想像できた。

 

  だから僕は立ち上がって、美空に近づく。そして横からそっと、その華奢な体を抱きしめた。

 

  彼女はぴくりと体を震わせた後、僕の胸に顔を押し付けて、声を押し殺して泣いた。それほどに、その夢は恐ろしかったのか。

 

  でも、それが彼女が僕をちゃんと愛してくれているという証拠のような気がして、そんな不謹慎なことを考える自分がちょっぴり嫌になる。

 

  それはともかく、しかしこうまで恐れられると、所詮夢は夢と断ずることもできない。どうしたらいいのかな。

 

『大丈夫だ、問題ない(キリッ』

 

  ……脳裏にシュウジとエボルト(バカども)の顔がよぎったけど、気にしないことにしよう。

 

「……私も。私も、同じような夢を見たの」

「白崎さんも?」

 

  こんな時まで思考を侵食して来る幼馴染に苦い顔をしてると、弱々しい声音で白崎さんもそう言った。

 

  聞くと、彼女も美空とほとんど同じ内容の夢を見たという。僕が離れていって、最後には消える夢。

 

  はて、僕はそこまで弱々しい印象なのか。まあ、シュウジにツッコんでいる時以外の僕は大分その通りだとは思うが。

 

  彼女たちの前での僕を思い出して、あれ僕って結構ダメダメじゃね?と心中汗を流しながらも、二人を落ち着かせるために言葉を紡ぐ。

 

「たしかに、僕は弱いところをけっこう見せているから、そんな夢を見たのかもしれない。でも、大丈夫だから。それにほら、シュウジもいざという時は助けてくれるって言ってるし」

 

 僕の言葉に耳を傾けながら、それでもなお顔を上げた美空は、白崎さんは、不安そうな表情で見つめてくる。

 

  ああ、どうしよう。これ以上何か言おうにも、何を言っても不安そうな顔をされる予感しかしない。こういう時だけは、常に鋼メンタルなシュウジが羨ましい。

 

  ……いや違うわ。あれは鋼メンタルなんじゃなくてHE☆N☆ZI☆Nメンタルなんだ。あれを羨ましがっちゃあいけない。

 

  うーん、どうすれば……あっ、これならどうだろうか。

 

「それでも、それでももし不安ならさ」

「…それなら?」

「なに、南雲くん?」

「二人も、守ってくれないかな?」

「「……えっ?」」

 

 ああくそっ、我ながらこの言葉は男として恥ずかしすぎる。頬が熱くなってきた。部屋の中は明るいから、二人にもわかってるだろう。

 

「ほら、二人は〝治癒師〟でしょ?それだったら、僕が大怪我をしたら癒してよ。そうしたら絶対に大丈夫だから」

 

  それでも羞恥心を振り切って、そう最後まで言う。もうほんと、今日の僕は頑張りすぎだ。誰か勲章くれない?ダメ?

 

 しばらく、二人がジーッと見つめてくる。ここは目を逸らしてはいけない場面だと、必死にそれに必死に耐えた。

 

『さあ、一緒に行こう!羞恥心のその先へ!』

 

  こんな時までなんで出てくるかなぁ!?思わず吹き出しちゃうよ!?

 

  そ、それはともかく。前に、人が不安を感じる最大の原因は未知であると何かで聞いたことがあった。

 

  それに照らし合わせれば、迷宮という場所に潜んでいるであろう未知に、二人は僕の身を案じてくれたのだろう。

 

  ならば、気休めかもしれないが、どんな未知が襲い来ても自分には対処する術があるのだと自信を持たせたかった。これがベストな、はず。

 

 しばらく三人で見つめ合っていたが、沈黙は美空の微笑と共に破られた。

 

「うん、わかった。それなら私が、ハジメを守るよ」

「ありがとう、美空」

「わ、私も守るよ!」

「あ、ありがとう、白崎さん」

 

  よかった、これが二人にとってベストマッチな提案だったようだ。

 

  元気を取り戻した美空から離れて、もう一度座り直す。それからしばらく、三人で雑談して二人が完全に不安じゃなくなるのを待った。

 

「それじゃあ、そろそろお暇しようかな。明日に備えて、寝なくちゃだし」

 

  やがて、白崎さんがそう言って立ち上がる。確かに、体感時間的にはいい時間だ。寝不足は美容の敵だろうし、そろそろ返した方がいい。

 

「うん、そろそろ……」

「帰ろっか。()()()()()()

「「えっ?」」

 

  美空の動きは、ほんの一瞬の間に起きた。気がつけば白崎さんが担がれ、気がつけば白崎さんが廊下に放り投げられ、気がつけば扉の鍵がかかっていた。

 

「ちょっと美空ちゃん!どういうつもり!?」

「決まってるじゃん。私とハジメが、二人きりになるためだよ。あとは……わかるよね?」

 

  ドンドンドンドン!と、凄まじい勢いで扉を叩いていた白崎さん。だけど美空がそういうと、一瞬で止んだ。

 

  それに満足そうに頷いた美空は……こちらに振り向いた。その時の彼女の野獣のような眼光は、これからずっと忘れないであろう。

 

「ねえ、ハジメ?」

「み、美空、さん?ちょっと、様子が」

 

  コツ、コツ、と近づいてくる美空に、僕は後ずさる。しかし、綺麗な微笑みをたたえた彼女の歩みは止まらず、僕はどんどん追い詰められた。

 

  やがて、壁際まで追い詰められる。しまった、そう思った時にはもう、胸の中に美空が入り込んでいた。

 

 そして……

 

「私、まだ不安なの……だから、いっぱい愛して、安心させて?」

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、僕の理性はぷっつりと切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

「うう〜、南雲くん。美空ちゃんめぇ……はぁ、仕方がないか。もう部屋に戻ろっと」

 

  深夜、拗ねたような顔をした香織がハジメの部屋を出て、自室に戻っていくその背中を無言で見つめる者がいたことを、誰も知らない。

 

「…………………………」

 

  そして、その者の表情が醜く歪んでいたことも、知る者はいない。




もげろ(建前)ヒューヒュー(本心)
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モチベーション維持になるので、感想をお願いします。


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月光の下で

今回はかなり短いです。いつもの半分かそれ以下くらい?
UA一万超えました、ありがとうございます!
あとシリアスです。
楽しんでいただけると嬉しいです。


  部屋から出た俺は、ささっと瞬間移動で宿屋のキッチンから酒とツマミをちょろまかし、煉瓦造の宿の屋根の上に座っていた。

 

  そこで、月をぼーっと眺めながら、グラスの中でワインを揺らして、先程自分がハジメに言ったことを思い返している。

 

  ちなみにエボルトはいない。メルさんと肩組んで、【ホルアド】の常連の店に行きやがった。きっと明日の朝にはメルさんを背負って帰ってくるだろう。

 

  というわけで、誰もふざける相手がいないので普通にしてる。あれは、あくまで〝北野シュウジ〟という人間を楽しんでいるに過ぎない。

 

「……明日、何も起きなきゃいいけどなぁ」

 

  誰に聞かせるでもなく、そうひとりごちる。胸の内に湧き上がった不安を押し流すように、ワインを口に流し込んだ。

 

「それにしても……迷宮、か。あいつらにも行かせたっけな」

 

  前世、俺が〝世界の殺意〟であった頃の、三人の愛弟子たち。鍛錬の一環として、神喰いの奇獣(ダチ)の迷宮に行かせてた。

 

  一ヶ月くらいこもらせて、傷だらけで互いの肩を貸しながら帰ってきた彼女たちを、笑顔で迎えるのが数少ない楽しみだった。

 

  まあ、そのあとそのうちの一人に必ず殴られたけど。けれどそれすらも、ほとんど壊れかけてる〝私〟には楽しみの一つだったのだ。

 

  今の〝俺〟にとってハジメや雫、両親や妹がそうであるように、前世の〝私〟にとって彼女たちは家族。その成長を見るのは唯一大切なものだった。

 

『先生!』

 

  一人は、路地裏にいたみすぼらしい子供だった。優しさをほとんど知らないのに、生来から誰よりも優しい心を持つ子だった。

 

『お師匠様♪』

 

  一人は、生まれ持った異常性で排斥された貴族の娘だった。ツンデレで、ちょい反抗期の娘みたいな子だった。

 

『マスター』

 

  そして最後の一人は、家族のため、家を救うために〝私〟を見つけ出した子だった。まるで姉のように、他の二人をまとめてた。

 

  ……この子は少し特別で、ちょっとした思い出があったりする。できれば他人には話したくない感じの。

 

「……あいつら、元気にしてるかねぇ」

 

  三人とも、娘のようなものだった。結局俺がしてやれたのは、力と知識を与えることだけ。家族らしいことはあまりできなかった。

 

  それどころか、その行く末すら見届けることもできないまま終わった。それでも彼女達のために死ねたのだから、本望といえば本望だ。

 

  なんとなしに、ステータスプレートを見る。そして技能欄に書いてある、〝世界の殺意〟という技能を見た。

 

「…この名にかけて、もう同じことは繰り返すわけにはいかねえな」

 

  明日、絶対にハジメ達を守る。もう二度と、大切な誰かをこの手から手放すことはしたくない。

 

「ちょっと、そこの人?こんな深夜に何してるのかしら」

 

  そう決意を固めていると、不意に聞き覚えのある声がした。それに俺は感傷に浸るのをやめて、〝北野シュウジ〟に戻る。

 

「おやおやお嬢さん、そちらこそこんな時間にどこへお出かけですかい?」

「そうね……ギャグピエロのところかしら?」

「それどこのド◯ルド?」

 

  突っ込みながら後ろを向くと、そこには淡い微笑を浮かべた、ネグリジェ姿の雫が立っていた。髪を下ろしており、いつもよりさらに美しさが増している気がする。

 

「残念、正解はあなたよ。隣、座ってもいい?」

「そう言いながら膝の上に座るのはどうなんだい?」

「あら間違えた」

 

  悪びれるでもなく、肩をすくめて雫はすとんと隣に腰を下ろした。ぴったりと体がくっつくくらいの距離で。

 

「………近くね?」

「何よ、嫌なの?」

「滅相もございません」

 

  右肩に寄りかかり、上目遣いをする雫に、俺はテクニックだとわかっていながらもあえて負けたように手を上げた。ちなみにこんなテクを教えたのはエボルトである。

 

 エボルトォオオオ!(四十七話風)

 

「………」

「………」

 

  その姿勢のまま、しばしの間無言の時間が続く。いや、正確には誰もいないのをいいことに雫が俺の体を弄っていた。キャー痴漢よー!(裏声)

 

「っておい、どこ触ってんですか」

「あれ、興奮してない。せっかくこんな格好してきたのに」

「なん……だと……!最初から計算していたというのか……!」

「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるの?」

 

 ごくり。

 

「私様よ」(ドヤ顔)

「天を指で指し示すポーズもあれば完璧だな」

 

  クスクスと笑う雫。俺もケラケラと笑い、彼女を引き寄せる。ちなみにネグリジェなので肌の感覚がもろに来て理性がががが。

 

  なーんてことはなく、ただ甘やかな雰囲気が流れただけだった。今度はちょっかいを出されることもなく、穏やかな時間が過ぎる。

 

  何か喋るわけでもなく、無言で肩を寄せ合ってるだけだけど、別に気まずくなんてない。よく俺ん家の縁側で二人で空を見上げてるから。

 

  ちなみに誘うのは雫だ。最恐の暗殺者が聞いて呆れるが、俺は身内限定でそういうのにすごく弱い。その原因はあるやつにある。

 

「……ねえ、シュー」

「んー?」

 

  そろそろどうにかしたほうがいいかなー、でもどうやってやるんだよバルスとか考えてると、雫が話しかけてきたので答える。

 

「手、震えてるわよ?」

「……!」

 

  言われて初めて、自分の手がわずかに震えているのに気づいた。そして、こんな微細なものに気づいた彼女に驚く。

 

「そんなに、私たちが傷つくのが怖いの?」

「……ありゃ、もしかしてハジメとの会話、聞かれてた?」

「ううん、違う。でもあなたは自分のことなんか心配しないから、そう思っただけ。私、いつもあなたを見てるから」

「…そりゃあ、彼氏冥利に尽きるねぇ」

 

  全部お見通し、か。まったく、我ながら愛されてるよ。それこそ、この汚れた魂に分不相応なほどに。

 

  いや、こうして寄り添ってくれるからこそ、俺は彼女に惚れたんだ。女神様を除けば、俺が前世を含めて、初めて恋した女の子。

 

  そんな彼女になら、俺は甘えたいと思ってしまう。弱音を吐き出したいと願ってしまう。でも、それは許されない。

 

  なぜなら俺は、〝北野シュウジ〟は強くあらねばならない。おちゃらけてて接しやすく、いざという時には頼りになる、そういう人間でなければいけないから。

 

「……抱え込まないで」

「っ!」

 

 でも、それすらも彼女にはお見通しだった。

 

  そっと体に手を添えられて、膝の中へと誘われる。簡単に抜け出せるはずなのに、俺はそれに抗うことができなかった。

 

「別に、あなたが全部を守る必要はないの。私たちを心配してくれるのは嬉しい。でも、それであなたが無理をしたら、私はとても悲しい」

「でも、俺は……」

「大丈夫、大丈夫。私も、南雲くんや美空も、皆、あなたの前からいなくなったりしない。だから、大丈夫」

 

  そう言って俺の頭を撫でる彼女は、まるで優しく子供をあやす母親のようで。だから俺は、つい甘えてしまう。

 

「……怖えんだ。一人になるのが。孤独になるのが」

 

  前世で俺は、弟子たちの夢を叶えるために、俺が本来受け取るはずだった〝報酬〟を彼女たちに与え、その記憶を消して誰に看取られることもなく生涯を終えた。

 

  だからだろうか、一人ということがとても辛く、そして怖くなってしまった。彼女たちと出会う前は、そんなもの、なんでもなかったのに。

 

  もう、あんな思いはしたくない。大切な誰かが自分を置いていってしまうのが、失ってしまうのが、たまらなく恐ろしい。

 

  だから俺は、どんなことをしてでも……たとえ俺の命を代償にしても、皆を守るのだと。

 

 

 

  それが、前世と同じ道であるとわかっていても。

 

 

 

「それなら、ずっとそばにいてあげる。一緒に生きて、一緒に死んで。その次の人生も、その次も、どこまでだってあなたを追いかける。ずっと、ずっと」

 

  それなのに。どうして君は、()を溶かすんだ?

 

「……本当に?」

「ええ、本当よ。だから信じて、私たちのことを」

 

  そう言って微笑む雫は、どんなものより美しくて、愛おしくて。

 

「……ははっ、そう言われちゃあ、信じるしかねえなぁ」

「ふふっ、よかった」

 

  いつしか、自分の中に固く閉ざして溜め込んでいたものは、知らないうちに出ていってしまった。

 

「まったく、お前にゃ敵わないよ」

「当たり前よ、彼女ですもの。あなたが苦しむのなら、私はいつだって寄り添うわ」

 

 ……ほんと、いい女だよ。

 

  その後、しばらく膝枕を堪能した後、完全に思いつめていたものを心から無くした俺はいつもの調子に戻って立ち上がった。

 

「俺ちゃん復活!なんつってね。サンキュー雫、お陰で元気度レベルマァーックス!だぜ」

「それなら私も、励ました甲斐があったわね。それじゃあ、そろそろ……」

「おっと、その前にこれを」

 

  異空間から一つの小箱を取り出して、恭しく跪いて差し出す。それに苦笑しながら、雫は小箱を俺の手から取った。

 

  そして開けてみて、驚いたように目を見開く。してやったりと、俺は口元を笑みに歪めた。

 

「お気に召しましたか、お姫様?」

「……もう、本当にずるいんだから」

 

  頬を赤くしながら言う雫に、俺は笑った。そして彼女の隣に座りなおして、自分があげたものを見る。

 

  それは、真ん中で半分に割れた赤と青の、ペアルックのネックレス。ハート形の宝石の中には、ゴデチアの模様が浮き出ている。

 

  そしてゴデチアの花言葉は、「変わらぬ愛」。彼女が俺のそばにい続けてくれると言うのなら、俺もまた、永劫の愛を捧げよう。

 

  雫が赤い顔をして俯いている隙に、さっとネックレスの片方を取り出して彼女の首にかけ、もう一方を自分の首にかけた。

 

  驚いて顔を上げ、俺を見る雫。自然と、互いの顔が超至近距離に迫る。もう、鼻先がくっつくくらいだ。

 

  そのまま、俺たちはしばらく見つめあって。どちらからともなく、口を開いて言葉を紡ぐ。

 

「……ずっと一緒にいてくれよ、雫」

「……ずっと私のそばにいてね、シュー」

 

  そして、まったく同じことを言ったことにまた驚いて、笑って。そっと、口付けを交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はわわ…!部屋に戻ろうとしたら、すごいもの見ちゃったよぉ…」

 

  ちなみに白っちゃんに一部始終みられてたってのは、ご愛嬌ってことで。

 




はい、イチャラブでした。
もげ(ry
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迷宮で楽しいピクニック(大嘘)

シリアスになると感想が減って、ギャグだと増える…これはどんな方程式なんでしょうか?
今回は迷宮探索です。
長くなったので分割しましたが、分割した分もすぐに出します。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 雫に甘えたり、その後部屋に入ろうとしたらギシギシと音が聞こえてきたんで廊下でイクササイズを踊って夜を明かした次の日。

 

 俺たちが今いるのは、時代の先端だ(例のCMのクマ風)

 

「頭にイナズマついてんのか?」

「いや青い方」

 

 まあ東◯ガスは置いといて、今俺たちは【オルクス大迷宮】の正面入口の前にある、広場に集まっていた。

 

 そこではベンチにやけに男前で、胸板をシャツの裾からはだけさせている、ガタイのいい男が道ゆく男たちを熱い視線で見つめており……

 

「ヤラナイカ♂」

「アーッ♂」

 

 と言うのは嘘で、普通に露店とかがたくさん立っているだけだった。まあ七大迷宮の一つだ、絶好の稼ぎ場だろう。

 

 んで肝心の迷宮は、元の世界の博物館みたいな、整備された迷宮の入り口にいる。その横には受付さんまでいた。マジで公共施設みたい。

 

 事前に女神様から知識はもらってたので、知らないわけではなかったが、某国民的RPGみたいなただの穴の可能性も微レ存…?と思ってた。

 

 それはともかく、営業スマイルを浮かべた受付の姉ちゃんは、迷宮への出入りをチェックしていた。

 

 なんでも、ステータスプレートをチェックし出入りを記録することで、死亡者数を正確に把握しているらしい。戦争を控え、多大な死者を出さないための措置ってとこか。

 

 ちなみにこのシステムは、こんな戦争前の状況の中、馬鹿どものせいで国内に問題を抱えたくないと、冒険者ギルドと協力して王国が設立したらしい。596様です。

 

「タン塩カルビハラミ特上骨付きカルビレバ刺しセンマイ刺し!」

「特上ハツビビンバクッパワカメサラダ激辛キムチサンチュでサンキューや!」

 

 順番待ちをしてる間、俺はエボルトと早口対決をしてた。かれこれもう7538315回くらいはやった気がする(女神様の使い回し)

 

 

 フワ……。

 

 

「ん?」

 

 すると、不意に横を誰かが通った。その時漂ってきた、どこか覚えのある香りに、おもわず眉を顰めてそちらを見る。

 

 すると、ちょうど一人の女性が、横を通り過ぎていくところだった。血の滴るようなワインレッドの髪が特徴的で、雫と同じくらいの身長だ。

 

 タイミング的に横顔を見ることはできず、その後ろ姿を目線で追いかける。その女性はまるで俺以外に見えていないようで、誰も気に留めない。

 

 そのまま、ついぞ他の誰かに気づかれることもなく、女性の背中は迷宮の中へと消えていった。一体なんだったんだ?

 

  首を傾げながらも、不意にその後ろ姿が記憶の中の人物と重なった。昨日の夜も思い出した、弟子の一人だ。

 

「……まさかな」

「ほらシュウジ、次お前の番だぞ」

「ん、おー。それじゃあ……」

 

  心の中に湧き上がった一つの仮説を頭の隅に押し込み、俺はエボルトと早口対決を続行するのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

  しばらくして順番が回ってきたので、俺たちはメルさんの後をついて迷宮に入る。お上りさん全開のその様は、まるで……

 

「見ろ、人がゴミのようだ!」

「バルス」

「目が、目がぁあああっ!」

 

  エボルトてめぇ破滅の呪文唱えやがったな!

 

「ザキ」

「がはっ!」

 

 今度はド◯クエの即死魔法だとぅ!?

 

「アバダ・ケダブラ」

「あふんっ!」

 

 そして最後にヴォルちゃんの魔法ぅううう!

 

「ぐふっ……」カンカンカーン

「ウィナー、エボルト!」

「え、腸詰め?」

「いやそれはウィンナー」

 

  迷宮に入ってなお、俺たちはふざける。それこそが俺たちのアイデンティティ、我が命のエッセンス!迷宮内に満ちる静謐さは台無しである。

 

  そんな迷宮の中は、緑光石という特殊な鉱物によって壁が光っており、明かりには困らない。【オルクス大迷宮】は、緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。

 

  進む順番は、先頭としんがりを騎士団の皆さんが、その間をカス之河を筆頭にクラスメイトたちで、それとしんがりの間に、俺とハジメ、空っち+αって具合だ。

 

「俺おまけ扱いかよ」

「ペット枠だからな」

「ゆ" る" さ" ん" !」

「太陽の子ヤメロ」

 

  いつも通り二人でふざけて、ハジメたちに呆れたような笑いで、クラスメイトたちに白い目で見られながら進む。

 

「うむ、どんな時でもシュウジ殿とエボルト殿は自然体だな」

 

  しんがりの中にいた、鎧姿のセントレアさんが腕組みをしてそう言う。なんか一緒に飯食ったり愚痴聞いてるうちにかなり仲良くなった。

 

  そんなこんなで平常運転で進んでると、ドーム状の広場に出た。天上の高さは七、八メートルくらいか。

 

「原始人でも住んでそうだな」

「竪穴式住居じゃねえよ」

「いや、そもそも地球と人間の起源違うんじゃない?」

「こんなとこで何話してんの…」

 

  三人とワイワイ話してると、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。むっ、本当に原始人が!?

 

 

 キキィーー!

 

 

  かと思ったら、二足歩行で上半身がムキムキのネズミ人間だった。八つに割れた腹筋と、膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。後ろを見ると、空っちが顔を引きつらせてた。

 

「なにこのキモい生き物。黄色い布被せてやろうか」

「それは妖怪ネ◯ミ小◯!」

「空飛ぶ下駄あったっけ?」

「シュウジはいつから鬼◯郎になったの?」

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。さてさて、それじゃあ俺たちは適当に傍観してますかね。

 

「それとシュー、もしもの時に備えてサポートができるようにしておいてくれ!」

「お仕事きたぞ」

「働きたくないでござる、絶対に働きたくないでござる!」

「お前はどこの十字侍だ」

「はあ、まあいいや。んじゃエボルトよろ〜」

 

  瞬間移動で先頭に移動すると、キモい見た目に気圧されてんのか、アホ之河は案の定、坂みんや雫も引きつった顔をして立ち止まってた。

 

  ちなみに坂みんってのは坂上のあだ名な。今までは、自分の基準で人の熱意があるないを判断してハジメのことも見下してたから無視してた。

 

  が、話してみたら案外悪いやつじゃなかったんで仲良くなった。んで、空っちのファンなことからグリスこと猿渡一海をリスペクトして、坂みんというあだ名をつけた。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

  やれやれ、と溜息を吐きながら、異空間から紫と金、緑で塗装されたトランスチームガンに酷似した大型銃……ネビュラスチームガンを取り出す。

 

 

 ガンッ!

 

 

  そして、それを天井に向けて引き金を引いた。その音にすぐさま訓練を受けてる雫と坂みんが反応し、刀と拳を構えて走り出す。

 

  遅れて、ペド之河も慌てて抜剣してラットマンに向かってった。仕事は終わったので、メルさんにサムズアップしてハジメたちのとこに戻る。

 

「おかえりシュウジ。実験水槽にする?ネビュラガスにする?それともオ・レ・か?」

「史上これほどに恐ろしいテンプレパロがあっただろうか」

「冗談だ。それより、いい感じの性能だな」

「まあな」

 

  エボルトの言葉に、俺はネビュラスチームガンの表面をコツンと叩く。

 

  説明しよう!これはトランスチームガンを解析して入手したデータをもとに、俺の知識と、エボルトからの情報により作った、本物のネビュラスチームガンである。

 

  自慢になるが、俺はかなり頭がいい。自慢になるが(大事なことだから二回言った)。ぶっちゃけ言ってマスターした知識の分野の総量は自分でもわからん。

 

  物理学や化学においてもそれは例外ではなく、その気になればビルドドライバーも作ることができる。さすがにエボルドライバーはオリジナルがなきゃ無理だけど。

 

  つーわけで、我が頭脳を駆使して生み出したこのネビュラスチームガンだが、予想通り上々の出来である。

 

「今後は俺はこれ、お前はトランスチームガンって使い分けるか」

「蒸血するときは合体すればいいしな」

「そういうこと」

 

  イェーイとハイタッチする俺たち。苦笑するハジメと空っち。ちなみにハジメにはもちろんのことラビットエボルボトルを、空っちにはトランスチームガンの複製品を渡してある。

 

「さてさてさーて、前の方はどうなってるかな?」

 

  前方から聞こえてくる打撃音に、俺はもう一度瞬間移動して前に行く。するとそこでは、まあそれなりの戦いが繰り広げられていた。

 

  ホモ之河と雫、坂みんが間合いに入ってきたラットマンを迎撃し、その隙にメガネっ娘の中村ちゃんとロリッ娘の谷口ちゃんが詠唱し魔法を準備。

 

「シィッ!」

 

  そんな中、雫が振るうのは機械的な見た目の刀。刀身の根元にはメーターが付いており、常に点滅している。

 

  あれはルインエボルバー(女神様に貰ったあの剣)をもとに作成したもので、ぶっちゃけ言うと刀型のビートクローザーだ。もちヒッパーレ!機能もついてる。

 

  雫専用に調整しており、俺が伝授した斬撃波に伴って自動的に破壊エネルギーを付与する優れものだ。

 

「オルァアッ !」

 

  一方、坂みんが使ってんのは、肘まで覆う手甲型にした、ブリザードナックルみたいな見た目の武器と、龍を模した脚甲。

 

  坂みんの天職は空手部らしく〝拳士〟であり、それに合わせた武器を作った。攻撃すると相手は凍りつき、次に振動で粉砕する。ある意味二重の極みである。

 

  フルボトル装填機能はオミットした。代わりに、打撃面のスイッチを押すと魔力をエネルギーに必殺技を使えるようにした。

 

「ハッ……!」

《ニエンテスラッシュ!》

「砕けろコラァッ!」

《インクブスアタック!オラオラオラオラドラァーッ!》

 

  噂をすれば、二人が必殺技を使った。ちなみにボイスはエボルトで、単語のチョイスは俺である。うん、いいかんじだ。

 

  え、勇者(笑)?なんか〝聖剣〟とかいうアーティファクト使ってるよ。なんかいやらしい効果付与されてるからねちっこい正義(笑)くんにはぴったりだね。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ、〝螺炎〟」」」

 

 あの剣の名前〝天之河光輝〟に改名したらどうかなぁなんて考えてると、詠唱の声が聞こえる。そっちを向くと、魔法が飛ばされるところだった。

 

 螺旋状に渦巻く炎が、ラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キッーーー」という断末魔の悲鳴を上げながら、パラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命した。

 

「うわー、えっぐ」

 

 あんなものの中で笑ってた志ヶ雄さんマジヤバス。つーか、広間のラットマン全滅してんな。さすがは雫と坂みんだ。え、勇者(笑)?知らない知らない。

 

「ブラボー、二人とも。ナイスファイトだぜ」

 

 パチパチと手を叩きながら、天之河を視界から除去して二人に近づく。すると二人は当然と言わんばかりの顔をした。

 

「しっかし、この階層の魔物じゃあ敵にもなってないな。ねえ、メルさん?」

「ああ、その通りだ。お前たちよくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 俺の言葉に頷きながら、しかし気を抜かないよう注意するメルさん。だが初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。故に、頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルさんは肩を竦めてた。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

「そうだぞ二人ともー。しっかり慎重にな?」

「すまねえ、ついこの武器がすごくて調子に乗っちまった」

「…私もよ。剣士として不甲斐ないわ」

「おっ、うれしいこと言ってくれるねえ」

 

 それぞれの武器を見て恥ずかしそうに言う二人に、俺はケラケラと笑った。すると、視界の外に外していた勇者(嘲笑)くんが割り込んでくる。

 

「そろそろ後ろに戻ったらどうだ、北野。それに、その格好はなんだ。本当に訓練する気があるのか?」

 

 ちなみに俺の格好は茶色いジャケットにネタTシャツ、ジーンズに革靴って感じだ。イメージはもちろん、石動惣一である。ヒゲ要素も入ってる。

 

「うっせえな〜。別に俺がどんな格好しててもいいだろ?つーか二度と俺に声聞かせるなって言わなかったっけ?」

「いやでも……」

「あーはいはい。それじゃあプロに聞いてみましょっと。メルさん、俺の格好ダメ?」

「……別にお前が平気ならそれでいいが、大丈夫なのか?」

「無問題だぜ」

 

 ジャケットの前を開いて、「モーマンタイ」と書かれたシャツを見せる。ちなみにこっちの世界の言語を小さく横に書いてるのでメルさんでも読める。

 

「つーわけで、メルさんの許しが出たが……何か言うことはあるかい、勇者くん?」

「くっ……」

 

 勇者(失笑)の悔しそうん顔を見て愉悦した俺は、ハジメたちのところへと戻っていった。見たいものは見れたしね。

 

「つーわけでただいまさん」

「おかえり。実験水槽にする?ネビュラガスに」

「それはもういいから」

 

  帰還早々にネタをかましてくるエボルトにそうツッコミながら、俺は耳に入ってきたメルさんの号令にハジメたちを促すのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

 そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調よく階層を下げていった。もちろん俺も戦ったよん。

 

「ネビュラスチームガン撃ってるだけで終わったけどな」

「それな」

 

 やがて、一流の冒険者か否かを分けると言われているらしい二十階層にたどり着く。ここで調子に乗って次の階層に行くのはバカってことだ。

 

 現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、現在では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだと言う。

 

「ま、全員普通に考えれば十分チートだしな。力任せができたからここまでこれたんだろ」

「あながち間違っちゃいないな。つーかそれなにお手玉してんの?」

「入る前に買ったターミネートボール」

「アイルビーバックしそうな名前だな」

 

 これ中の肉が結構いいもの使ってるみたいで、わりかしうまい。迷宮自体にそこまで用はないが、今後定期的に買ってこよう。

 

 あと何回お手玉したら食べよっかなーなんて考えてると、メルさんが何やら注意勧告してた。なんでもこっからはトラップと魔物の数が増えるらしい。

 

 ここまでこれたのはゴリ押しの他に、専用の魔道具を使って、騎士団員達がトラップを回避して誘導をしてたのもある。

 

 ちなみになぜか、セントレアさんは魔道具を持ってるのにトラップに引っかかりまくってた。右手にイマジンブレイカーでも持ってんのかなと思った。

 

 しかもひっかるのエロ系のやつばっか。ハジメが凝視して空っちにビンタされてた。え?俺?HAHA、ちょっと何いってるのかわかりませんね。

 

「お前達、今までが楽勝だったからと言って、くれぐれも油断はするなよ!今日の訓練はこの二十階層で終了だ!気合入れろ!」

 

 メルド団長の掛け声がよく響く。それにはーいと元気よく答えながら、俺たちは引き続き戦闘訓練をした。

 

 相変わらず雫たちが無双してるのを眺めてると、一匹ケルベロスみたいな凶悪な顔したイヌ型の魔物が抜けてきた。

 

「お、抜けちまったか。まあ、実践慣れしてないしこう言うこともあるか。ほれハジメ、いってこい」

「う、うん」

 

 俺がポンと背中を押すと、ハジメは頷いてホルダーからスチームブレードに似た短剣を抜いた。バルブとか装飾を外して、代わりにフルボトルスロットをつけたものだ。

 

「な、なあシュウジ殿。彼は大丈夫なのか?聞いたところ、非戦闘職なようだが……」

「気にしなくていいぜセントレアさん。あいつの実力は俺が一番よく知ってる。あと今立ってるところトラップあるからね」

「えっ、ひゃっ!」

 

 なんか宙づりにされてスカート型の鎧がめくれてるセントレアさんを放置して、ハジメの方をみる。するとすでに戦闘態勢に入ってた。

 

「グォォォオオオオオっ!」

 

 魔物が、威嚇するように咆哮する。対するハジメの背中に、怯えは感じられない。スイッチが切り替わったか。

 

「グ、グアァァアアアア!」

 

 そんなハジメに恐れをなしたかのように、魔物が大きく口を開けて飛びかかった。さてさて、どう対応する?

 

「ふぅ……さあ、実験を始めようか」

「ぬっ」

 

 深く息を吐いてこぼれたつぶやきに、思わず声を漏らす。なぜハジメがそのセリフを。俺は教えた覚えないから、偶然か?

 

 エボルト、お前教えた?

 

『いいや?』

 

 あっそう。

 

 エボルトに確認を取っている間に、魔物とハジメの戦闘は始まっていた。といってもあれだけ鍛えたハジメが魔物一匹に苦戦することもない。

 

 爪や牙を使って攻撃を仕掛ける魔物に、ハジメは危なげなくそれを回避していた。そして何かの隙を伺っている。

 

 何度も躱されることに魔物が苛立って、動きが早く、しかし大雑把になる。そして魔物の突進を避け、背中を見せたその瞬間。

 

「今っ、〝錬成〟!」

 

 一瞬でしゃがみこむと、地面に手を押し付けたハジメはそう詠唱をする。すると恐るべきスピードで地面が変形し、魔物を飲み込んだ。

 

「ほお」

 

 以前見た時より、練成の速度が格段に早い。自分で訓練してるのは知ってたが、まさかこんなに早くなってるとは。

 

「ギャォォオオオッ!?」

「ふっ!」

 

 困惑する魔物の首に手を回し、ハジメは短剣を首に深く突き刺す。「ギッ!?」と声を上げて体を震わせたあと、魔物は動かなくなった。

 

「ハァッ、ハァッ、うまくいった……」

 

 短剣を引き抜いたハジメは地面に座り込み、安堵したようにそういった。そんな彼に、俺は拍手しながら近づく。

 

「お見事!自分の技能と技術を組み合わせた、見事な立ち回りだった。さすがは俺の親友だな」

「うん、ありがとシュウジ」

 

 ほれ、と手を差し出して、ハジメを立たせる。すると、自分の手の中にあるハジメの手が震えてるのがわかった。

 

「やっぱ怖かったか?」

「…あはは、ちょっと。初めて、生き物を殺したから」

「まあ、そこまで深く悩みなさんな。命を奪うのを忌避することは立派だが、それでもお前はやり遂げた。これからもその気持ちは忘れるんじゃないぞ?」

 

  じゃなけりゃ、俺みたいに壊れちまうからな。

 

「わかった、忘れない。それに、僕が戦うのは美空を守る時だけだしね」

「おーおー、言うねえ色男。ま、がんばんな」

 

 軽く肩を叩いてそう言う。そのあとはハジメの手の震えが収まるのを待って、魔石を回収すると引き続き訓練を再開した。

 




次回はいよいよあれが登場します。
できれば感想とお気に入りをお願いします。


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そして、絶望へのカウントダウンは始まる。

おはようございます、感想が少なくなって悲しみの向こうへと旅立ちそうな作者です。
今回はクソ山がやらかす回です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 しばしの間訓練は続き、一時間くらい立ったところで小休止が入った。いそいそと座り込み、休憩を始める俺たち。 

 

「ほいハジメと空っち、これ飲んどけ」

「「なにこれ?」」

 

 俺の渡したもの……アルミみたいな金属でできてる小瓶に首をかしげるハジメと空っち。俺は笑いながらとりあえず飲んでみ、という。

 

 不思議そうにしながらも、二人は蓋を開けて中身を煽った。ちなみに開けた時「ぶっ飛びモノトーン!」と音がなってビクッとして面白かった。二人ともから殴られた。

 

 俺が両ほほをさすっている間に、二人は飲み終わる。そしてまだ首を傾げていたが、みるみるうちに表情が変わっていった。

 

「ん、んん?」

「お、おぉ?」

「どうだ?体力も魔力も回復しただろ?」

「すごい、こんなのどこにあったの?」

「俺が作った。ちょっと遠出した時に治癒みたいな技能を持ってる魔物がいたから、そいつふんじばって持ち帰ってきて、エボルトと研究した」

 

 引きつった顔をする二人。そしてシンクロした動きで隣で寝転がってるエボルトを見る。エボルトは腕だけあげてピースサインをした。

 

 乾いた笑いを浮かべるものの、効力は確かなのでなんとも言えない顔をする二人。それに俺はしてやったりと、ケラケラ笑った。

 

「あ、もう一本いる?」

「あ、うん」

「一応もらっとこうかな」

 

 ストックを差し出すと、苦笑いしながら受け取って蓋をあける二人。今度は「天空の暴れん坊!」となってビクった。また殴られた。

 

 プンスカといった顔のハジメは、そっぽを向く。そしてそのまま動きを止めた。はてなマークを頭の中に受けべながら、そっちを見てみる。

 

 すると、そこにいたのは白っちゃんだった。ニコニコとハジメに手を振っており、それにハジメが慌てて目をそらす。頬は赤い。

 

「ハージーメー?」

「ひょ、いひゃい、いひゃいよみほりゃ!」

「ふんっ、ハジメのばか」

 

 拗ねる空っちに、ほほをさすりながらオロオロとするハジメ。いいぞいいぞ、そのやりとりを見てるだけでご飯653杯はいける!

 

「どこのドーパントだよ」

 

 ちゃちゃちゃちゃうわい。

 

「香織、何南雲君と見つめ合っているのよ?迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」

「もう、雫ちゃん!変なこと言わないで!私はただ、南雲くん大丈夫かなって、それだけだよ!」

 

 ハジメたちのやりとりを見てターミネートボールを頬張ってると、白っちゃんたちの会話も聞こえてきた。おっおっ、これは近いうちに来るか?

 

 

 

 ーーギッ

 

 

 

「ん?」

 

 

 しかし、どこからか視線を感じて思わず背筋を伸ばす。ねばつくような、負の感情がたっぷりとこもった納豆みたいなやつだ。そして、その矛先はハジメ。

 

 とんでもなく気持ち悪いそれは、朝から定期的にハジメに向けられてた。探そうとすると、途端に逃げるように霧散する。

 

 まあ大体見当はついてるが、所詮その程度しかできないならわざわざぶちのめす必要はない。アクションを起こしたら別だが。

 

『一応、俺が監視しといてやるよ』

 

 サンキューエボルト。

 

 そんなこんなんで小休止は終わり、俺たちは二十層を探索する。あ、またセントレアさんがトラップに引っかかった。これで5103回目だ。

 

 やがてたどり着いた二十層の一番奥の部屋は、まるで鍾乳洞のようにつらら状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。

 

「この先を進むと二十一層への階段があるんだっけ?」

「メルドはそう言ってたな。昨日焼き鳥食いながら」

「こっちにも焼き鳥あんのな」

 

  ちなみにそこの店主はすべての焼き鳥屋の中で頂点に立つ男だったらしい。どこのお坊ちゃまだ。

 

 なんにせよ、そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。俺とエボルトは瞬間移動できるけど、他は来た道を歩いて帰る。

 

  セントレアさんが来た時と同じ回数トラップに引っかかりそうだなーと思いながら、道幅的に盾列で進んでると、何やら壁に違和感が。

 

「よいしょっと」

 

 

 バンッ!

 

 

  試しにその箇所にネビュラスチームガンを撃つと、鮮血が飛び散って魔物が転がり落ちて来た。どうやら壁に擬態していたようだ。

 

 

 オォオォオオオォオオオッ!

 

 

  それが引き金になったように、次々と擬態を解いて魔物が出現する。ロックマウントとかいうゴリラ型のやつだ。

 

  とりあえず撃ち殺してると、慌てて他のやつも動き出して、ロックマウントたちを包囲した。

 

 

 

 ヴォオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 

 

 

  分が悪いと理解したのか、ロックマウントは固有魔法〝威圧の咆哮〟を発動。勇者(爆笑)や、後ろのハジメたちが動けなくなる。

 

「ま、効かないけど」

「ヴェッ!?」

 

  とりあえず一匹撃ち殺す。あいにくだが、体を魔力で覆って循環させてるからそういうの効かないんだなこれが。

 

  俺はヤバイと踏んだのか、他の個体が近くにあった岩を、見事な砲丸投げのフォームで硬直中の雫や、白っちゃん達後衛組に投げつけてきた。

 

「何してくれてんだこのエセド◯キーコン◯コラ」

「「ガッ!?」」

 

 

 ドンッ!

 

 

  雫に投げた個体と、なんか嫌な予感がしたので岩も撃つ。すると岩は、丸まったロックマウントだった。危ねえ危ねえ。

 

 

 ドンッ!

 

 

  後衛組に投げた個体を撃ち殺しながら、さてどうなったかと後ろを見ると、案の定擬態してたロックマウントが両腕をいっぱいに広げて飛びかかってた。

 

〝か〜おりちゃ〜ん!〟

「ルパーン!」

 

  なんかル◯ンダイブしてるロックマウントからそんな声が聞こえた気がしたので、ダミ声を出しながら後ろから撃ち殺す。

 

「大丈夫かい三人とも?」

「う、うん。ありがとうシューくん」

「助かったよ北っち!」

「それにしても、銃って便利だね」

「実にマーベラスだろう?」

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

「あん?」

 

  白っちゃんたちと話してると、世界一聞きたくない声が聞こえてくる。前方に目線を戻すと、正義感と思い込みの塊、我らがヒーロー(偽)天之河光輝が何やらキレてた。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ、〝天翔閃〟!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 メルさんの声を無視して、あのクソ偽善者は大上段に振りかぶった剣を一気に振り下ろした。やべえ、あれは被害範囲がシャレにならん!

 

「奥の手、今週のビックリドッキリメカ!」

《ギアエンジン! ファンキードライブ!ギアエンジン!》

 

  跳躍しながら異空間から直接白い歯車のついた黄金のボトル……ギアエンジンを装着して、クソ之河が剣を振り下ろす前にネビュラスチームガンを撃つ。

 

  するといくつもの巨大な白い歯車が飛んでいき、ブーメランのように回転しながらロックマウントたちをミンチにした。ついでにゲス之河の顔にも小さい歯車を食らわしとく。

 

「げふっ!?」

「ふぃー、ギリギリセーフだぜ」

 

  なにやら汚い声を上げて倒れた、ゴミの横に着地する。そして迷宮の壁が傷つかなかったことに安堵の息を吐いた。

 

「シュー、感謝する。あのままだと光輝の一撃で崩落する可能性があった」

「間一髪でしたねぇ〜」

 

  異空間にギアエンジンを放り込みながら、「デンジャラス!」と書かれたシャツを見せる。メルさんは首を傾げた。

 

「それさっき別のシャツじゃなかったか?」

「変えました」

「そ、そうか」

「シューくん!」

 

  メルさんとそんなやりとりをしてると、白っちゃんたちが駆け寄って来た。その後ろには心配そうな顔のハジメたちもいる。

 

「すごい高さで飛んでたけど、足大丈夫?」

「平気平気。伊達に鍛えてねえぜ?」

 

  ほらほら、とジャンプすると、ハジメたちは苦笑した。すると、ふと笑ってた白っちゃんが俺の後ろの方に視線を向けた。

 

  なんかある?と思って後ろを見てみると、壁の一部が剥がれてた。そこから何かが顔を覗かせている。

 

「あちゃー、天之河止めるための歯車操作してた時、他の操作忘れてたわ。俺としたことがやっちまったぜい」

「あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 俺がぽりぽりと頬を描いてる間に、白っちゃんの指差す方に全員が目を向けた。俺ももう一度そちらをみる。

 

 するとそこには、青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。

 

  白っちゃんを含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。ちなみに雫は特に反応してない。

 

「ありゃ、雫は興味ない?」

「ええ、あなたが昨日くれたものの方が、ずっと綺麗だもの」

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

  雫の言葉にデレデレとした顔をしてると、メルさんがあご髭をさすりながら感慨深げにいう。

 

「メルさん、グランツ鉱石って?」

「グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなもんだ。特に何か効能があるわけではないが、その輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気で、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入る代物だ」

「ほへー、要するに激レアな宝石ね」

 

 また雫に何か作って贈ろうかな。

 

「素敵……」

 

 白っちゃんが、メルさんの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。

 

「おやおや、誰かさんにあれを送ってもらいたいのかにゃー?」

「ふえっ、シュシュシュシューくん!?べ、別にそんなことは……」

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 俺が白っちゃんをからかってると、唐突にそう言って動き出したやつがいた。俺が嫌いな人間トップスリーのうちの一人、檜山だ。

 

  あのカス野郎は、グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。途端に慌て始めるメルさんたち騎士の方々。

 

「こら!勝手なことをするな!安全確認もまだなんだぞ!」

「撃ち落とします?」

「いや、それは流石に……」

 

  俺の提案にメルさんが悩んでる間に、聞こえないふりをしてたカスはとうとう、鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 

 チッと舌打ちしながら、とりあえず檜山をビビらせて落とそうとネビュラスチームガンを構える。

 

  そんな俺の隣では、瞬間移動してきたエボルトが目を赤く輝かせ、鉱石の辺りを確認した。そして、顔を歪めて舌打ちする。

 

「シュウジ、トラップだ!」

「ッ!?」

「クソッ!」

 

 最悪の事態に悪態をつきながら、俺はネビュラスチームガンの引き金を引こうとする。しかし、エボルトの警告は一歩遅かった。

 

 カスがグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。あの宝石の輝きに魅せられて不用意に触れたやつへのトラップってとこか!

 

 魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。調べてみりゃあ、術式は転移用のものだ。

 

「そこまでそっくりなんかい!クソ、破壊魔法の構築が間に合わねえ!」

「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

「おらおら、全員早くしねえと飲み込まれるぞ!」

 

 魔法陣を破壊するのを諦め、メルさんと二人で叫ぶと、ハジメや雫、クラスメイトたちは急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

 

 部屋の中に光が満ち、全員の視界を白一色に染めると同時に、俺たちはどこかへと転移させられた。

 

  空気が変わったのを感じるのと同時に、一瞬の浮遊感。俺は即座に下に向けてネビュラスチームガンを撃つ。その反動をうまく使って着地した。

 

「よっ、と。平気かシュウジ?」

「お前こそな、つかここどこよ?」

 

  平然と着地したエボルトと話しながら、後ろを見る。するとちゃんと全員、俺たちと同じ場所にいた。

 

 転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も二十メートルはあるだろう。とにかくすげえでかい。

 

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁光石すらなく、もう絶望感しかない。

 

『くーるー、きっとくるー』

 

 おいこらやめろ。

 

  覗き込んでみると橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底、ってとこか。

 

  反対側を確認してたエボルトにとうだった?とテレパシーで問いかけると、エボルトは大きくバツを作った。あっちも奈落か。

 

  他に何かないか、と辺りを見渡してみると、橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と、上階への階段が見える。

 

 それを確認した俺は、片膝立ちでこちらをみるメルさんに合図をする。振り返って階段を見たメルさんは、俺に一度頷くと険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け!急げっ!!!」

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出すクラスメイトども。俺とエボルトも、瞬間移動をしながら動くのが遅れた奴らを回収する。

 

 しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から、大量の魔物が出現したからだ。

 

  更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が現れる。文字通り山のような、強大な悪魔が。

 

 その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルさんの呻く様な呟きが、やけに耳に残った。

 

 

 

 〝まさか……ベヒモス……なのか……〟

 

 

 

 え、シルエットナイト呼んだ方がいい?

 

『それは別のベヒモスだ』

 

 

 




次回、ついに忠誠を誓う!
お気に入りと感想をお願いします。


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絶望へと フェーズ1

どうも、感想をもらえると極端に更新が早くなる作者です。

シュウジ「今回からあらすじを担当するシュウジだぜ。えー前回は、あのカス山がやらかしてくれたんだよな?」

エボルト「同じくあらすじ担当のエボルトだ。俺たちが作った回復ジュースもあったな」

シュウジ「そうそう、あれあれ!いやー二人の反応面白かったよ。作った甲斐があったね」

エボルト「よかったな。で、今回はどうやらやばい奴が出るみたいだぜ?大丈夫なのか?」

シュウジ「大丈夫じゃない?それじゃあせーの、」


シュ&エボ「「さてさてどうなる迷宮編!」」


  橋の両サイドに現れた、赤黒い光を放つ魔法陣。どちらとも異常に大きく、加えて俺たちが脱出しようとしている方の魔法陣の周りには無数の魔法陣が出現している。

 

「……なんか砂糖に群がるアリみたいじゃね?」

「もしそうなら色的にヒアリか?」

「シャレにもならねえな。まあ、それよりもっとヤバいだろうけど」

 

 それを見て、俺は脇から騎士団員さんを落としながらエボルトとのんびり会話する。緊急事態の時ほど、冷静でなくてはならない。

 

 いつでも撃てるように、俺はネビュラスチームガンを、エボルトはトランスチームガンを背中合わせに構える。気分はアウトローだ。

 

 どちらが先に来ても確認できるように視覚を共有していると、まず最初に、俺の構える階段側の魔法陣から奴さんが現れた。

 

 

 

 キシャァァァァァアアアアアアアアアッ!!!

 

 

 

 それは、巨大な水色の、蛇型の魔物だった。体長は目算で15m以上、最も当てはまるのはコブラだろうか。その身からは凄まじい威圧感が溢れ出る。

 

「なんか、どことなくお前とかブラッドの召喚する蛇に似てね?」

「ああ、あのベ◯スネーカーの使い回しの……」

「おっと、それ以上は言ってはいけない」

 

 軽口を叩いている間にも、小さな魔法陣からおびただしい数の魔物が召喚されていく。うわ、目がチカチカするぅ。

 

 魔法陣から出てきたのは剣を持った、厳つい見た目の骸骨。確か、〝トラウムソルジャー〟とかいう魔物だったか。

 

 どこぞの死の支配者のように鮮烈な赤い眼光を光らせるカルシウム野郎どもは、既に百体近くに上っており、リアルタイムで増え続けている。

 

「どんどん防虫ならぬ、どんどん膨張ってか。笑えないねえ」

「そりゃ同感だ。で、そっちはどうだ?」

「…自分で見てみろよ」

 

 エボルトが呆れたような声で言ったので、試しに視覚共有で通路側を見る。そして全く同じように、ハッと笑った。

 

 

 

 グルァァァァァアアアアアッ!!!!!!

 

 

 なぜなら通路側にいたのは、体長十メートル超の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物だったからだ。

 

  瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っている。まさに読んで字のごとく、悪魔のごとき見た目だ。

 

「アラン!生徒達を率いて〝トラウムソルジャー〟を突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

 

 隣で、ベヒモスと巨大コブラを交互に見たメルさんが怒号と共に矢継ぎ早に指示を出す。動き出す騎士団員たち。

 

「シュー、エボルト!助力を頼めるか!?」

「当たり前っすよ」

 

 さすがにこの状況でいつまでもネタに走るほど、俺は楽天家でもなければ、間抜けでもない。やるときはやる、それが俺のポリシーだ。

 

「後ろに同じ、だな。さっさとこいつらをぶちのめして、また飯でも食いに行こうや」

「ってわけで、あのベヒモスとやらの情報くれます?」

「わかった!」

 

 真面目モードでいう俺たちに、メルさんは大きく頷いてベヒモスの情報を提供してくれた。相手のことを知るだけでも有利になるってもんだ。

 

 で、メルさん曰くあのベヒモスは六十五階層の魔物であり、かつて〝最強〟の称号を持つ冒険者ですら叶わなかった、正真正銘のバケモノみたいだ。

 

 なるほど、こりゃあ随分と悪質なトラップだ。まさにオーバキル、俺とエボルトはともかく、あの甘ちゃん勇者やクラスメイトどもには悪夢以外の何者でもあるまい。

 

「全員生還する確率は無いに等しい、か。まあ……」

「俺たちがいなかったら、の話だけどな」

 

 絶望的なこの状況で、俺とエボルトは口を裂けるように釣り上げて笑った。ああ、この精神を削り取られるような感覚。久しぶりだ。

 

 どうやらそれはエボルトも同じようで、感覚を共有しているが故にその心のうちに血のような炎が噴き上がるのがわかった。

 

「エボルト、あのカメ野郎を頼む。ブラッドスタークでいけるか?」

 

 ちなみにエボルは使わない。どうしてだか、エボルは俺とエボルトが融合している状態でないと変身できないようになっているのだ。

 

 おのれ、ディケイドーーーッ!(違う)

 

「早速ふざけてんじゃねえか……ま、せいぜい頑張ってみますかね。んで、お前は?」

 

 エボルトの問いに答えることなく、俺は異空間に手を突っ込む。そしてそこからあるものを取り出し、ひらひらとかざした。

 

 俺の取り出したもの…それは赤いボディカラーに青と金色の装飾、惑星図のような円盤と青いレバーのついたもの。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()。もしもの時のために、秘密裏に開発した切り札の一つ。

 

「俺は、実験だ」

「……りょーかい。そんじゃあ、行きますかねぇ」

 

 楽しそうな口調で言ったエボルトが、異空間からコブラロストボトルを取り出す。それに俺も、エボルドライバーを腹に当てた。

 

 エボルトはボトルを数回振ってキャップをセットし、トランスチームガンに装填した。同時にベルトが腰にまきつく。

 

COBRA(コォブラァ)……!

エボルドライバー!

 

 トランスチームガンのおどろおどろしい変身待機音がなる中で、俺は異空間からメガネと杖を取り出す。

 

「ならば、答えは一つ……!」

 

 やや高めな声とともに、思いっきり膝で杖を叩き折った。バキッといい音を立てて、破片を飛び散らせて折れる杖。

 

「あなたに忠誠を、誓おぉおおおおおおお!」

「ブフッ」

 

 そして、狂気の滲んだ笑顔とともにそう叫んだ。俺が内海さんのモノマネを始めた時点で震えていたエボルトが噴き出す。

 

 茶番をやり終えて満足した俺は、ぽかんとしているメルさんや他の一同を無視して杖を投げ捨てる。そして手の中に二つのボトルを召喚した。

 

 シャカシャカとやや硬い動きでボトルを振り、同時にキャップをセット。逆さにしてエボルドライバーのスロットに挿し込む。

 

 

コウモリ!

発動機!

 

 

エボルマッチ! 》

 

 

 コウモリとエンジンのシルエットが浮かび、エボルマッチのロゴが出現。変身待機音が鳴り始める。俺はレバーを回し始めた。

 

「っぐ、ああぁぁっ!?」

 

 ベートーベン交響曲9番を模した音楽が流れる中、ドライバーから出てきた赤と紫のガスに俺は激痛を覚え、苦悶の声をあげる。

 

 ここぞという見せ場で変身しようと、一度も変身にエボルドライバーを使ってはいない。だからこれはネタではなく、本物の悲鳴だ。

 

 しかし、全身に吸い込まれていくうちに痛みは治まり、再びレバーを回す。すると毒々しい赤と紫のパイプが周囲に突き刺さっていった。

 

 「うおっ!?」とメルさんが飛び退く中、曲が止まって次の段階に移行する。それに備え、俺は眼鏡を外した。

 

 

ARE YOU READY?

 

 

「変身!」

「蒸血」

MIST MATCH!

 

 叫ぶのとともに、視界が凝縮したパイプに包まれる。後ろから、エボルトが蒸血する声が聞こえた。

 

 

バットエンジン フッハッハッハッハッハ……!

CO COBRA! COBRA……!

FIRE!

 

 

 エボルドライバーからの声とともに、視界が一気に開ける。するといくつものパネルやスーツのホログラムが目の前に浮かんでいた。

 

 手を見下ろしてみると、黒いスーツとブレードのようなものがついた、紫と白で彩られたアーマーに覆われている。

 

 同じく白と紫の胸の装甲には銀色のレリーフ、顔を触ってみると、パイプのついたマスクが手に触れた。

 

 そう、俺は確かに偽悪の科学者、内海成彰と同じ、仮面ライダーマッドローグへと変身していた。憧れのものへと変身した喜びが心の底から溢れてくる。

 

「……ていうかこれ、なんかア◯アン◯ンみたいだな」

『そんなもんだ。さあ、戦いを始めようじゃあないか!』

《ライフルモード!》

 

 パシッと俺の肩アーマを叩いたエボルトは、スチームブレードとトランスチームガンを合体させるとベヒモスへと向かっていった。

 

 それをちらりと横顔で振り返って見送り、俺も右手にネビュラスチームガンを、左手にスチームブレードを持つ。

 

「それじゃあメルさん、バックアップは頼みましたよ……北野シュウジ、行っきまーす!」

 

 隣で呆然としているメルさんにそういうと、俺はネビュラスチームガンを撃ちながら巨大コブラへと駆け出していくのだったーー。

 

 

 ●◯●

 

 

「ハッ!」

 

 ネビュラスチームガンを乱射……まあ狙い撃ちだけど…し、何体かのトラウムソルジャーの頭を吹っ飛ばす。

 

 すると、半分くらいのトラウムソルジャーたちがこちらを睨み、殺意をみなぎらせて剣を振りかざして向かってきた。

 

  ゲームと同じ……というほどでもないが、どうやら上手い具合にトラウムソルジャーたちのヘイトは俺に向かったようだ。

 

  これ幸いと、俺は仮面の下で笑いながら、目を閉じて魂の中に眠っている暗殺者としての〝私〟を呼び覚ます。

 

 すると、それまであった感情全てが消えていき、どんどん心が冷たくなっていく。北野シュウジが消え、〝世界の殺意〟と呼ばれた男が目を覚ます。

 

「……ハァアア」

 

 そして完全に凍てついた瞬間、()は目を見開いて静かに一歩踏み出した。

 

 

 スパッ。

 

 

 次の瞬間、()()()()()()()2()0()()()()()()()()()()()()()()。ピタリ、と動きを止める、他の骸骨たち。

 

 私は手に持つスチームブレードを振り、骨片をとる。そしてトントンとこめかみの部分を叩いて静かにいった。

 

「さあーーもう眠る時間だよ」

 

 言い終えるや否や、加速。魔法陣から新たに出現していた骸骨の頭全てを撃ち砕き、あるいは切り刻む。

 

 〝トラウムソルジャー〟は三十八層に現れる魔物。戦闘能力はそれなりであり、正面から全て相手するのは不毛と判断。よって暗殺を開始した。

 

 動きを止めている間に、どんどん現れては消えていく骸骨たち。だがしばらくしてハッと我に返ったように、私と()()()に襲いかかった。

 

  その瞬間、同様に呆けていた子供たちは不気味な骸骨の魔物と、その奥に佇む大蛇にパニック状態になる。

 

 

 隊列など無視して、我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

 

 

 それに思わず、私は仮面の下で嘆息した。やはり彼ら彼女らにかつての私のような破壊者になれる素質は、万に一つもない。

 

「きゃっ!」

 

 早々に切り捨てて骸骨たちを全て消そうと思ったところ、一人の少女が突き飛ばされて転倒した。

 

 そして、私ではなく子供たちに向かっていた骸骨の一匹が接近し、剣を振りかぶった。あげた顔を絶望に染める少女。

 

「……はぁ」

 

 

 バンッ!

 

 

 私は襲いかかってくるトラウムソルジャーを適当に切り刻みながら、銃をそちらに向けて発砲した。崩れ落ちる骸骨。

 

 別に、何か特別だから助けたわけではない。ただ信念も、覚悟もない当然のような殺しを見たくなかっただけだ。

 

 そんなものは、私だけで十分だから。

 

「え、あれ…?」

「早く逃げなさい。任務の邪魔です」

 

 瞬間移動をした私は、少女の襟を掴むと立ち上がらせ、その背中を押した。そして骸骨たちに向き直る。

 

 しかし、一向に逃げる気配がない。疑問に思い後ろを振り返れば、少女は私を見上げている。髪で隠され、その表情はうかがい知れない。

 

「どうしたのです、早く逃げなさ…」

「………………お師匠様

「……何?」

 

 小さなそのつぶやきに、一瞬〝世界の殺意〟の効果が切れて〝私〟が揺らぐ。しかしすぐに聞き間違いだと納得して、技能を使い私に戻る。

 

「さあ、早く」

「あ、うん…ありがとう」

 

 一言お礼を言って、彼女は剣を抜きながらトラウムソルジャーと交戦する、子供達の元へと走っていく。

 

 その背中が、ふと黄金の髪を揺らす一人の女の姿と重なった。

 

「……今日はよく幻覚を見ますね」

 

 クイッと眼鏡をあげるように仮面をなぞり、戦闘でずれたカメラアイやセンサーを調節。再び骸骨狩りを開始しようとした。

 

「ひゃあぁあっ!?」

 

  ……のだが、聞き覚えのある声がして、私はそちらを振り返る。すると、そこでは一人の女騎士が骸骨たちに捕らえられていた。

 

  というよりは、両手両足を抑えられて担ぎ上げられている。やけに胸が主張されており、無駄に官能的だ。

 

「き、貴様ら離せっ!くっ、いつもならこんなはずは……!」

 

  金髪の髪を振り乱し、そんなことを言っているのは……案の定、今の私の知人であるセントレアという騎士だった。

 

「………はぁぁぁ」

 

  深く、それはもう深く溜息を吐きながら、銃を構えて引き金を引く。それに担ぎ上げていた数体の骸骨が沈黙した。

 

  こちらを振り向いた隙に一瞬で潜り込み、剣を振るって全ての骸骨を骨粉へと帰る。そして落ちてきた女騎士の足を捕まえた。

 

「わっちょ、しゅ、シュウジ殿、感謝する!だが下ろしていただけると」

「もとよりそのつもりですよ」

 

  ジタバタともがいている女騎士を落とす。女騎士はしばらく悶えたあと、近くに落ちていた剣を拾って「それではご武運を!」と子供達の方へ行った。

 

  一瞬気分が萎えたが、とりあえず今度こそ骸骨たちの方に向き直る。敵の総数は、センサーによるとおよそ百数体。

 

  絶望的といえば絶望的な数だが、まあかつて暗殺……いや虐殺した数十万の国軍とは、比べ物になりはしない。

 

 ひどく落ち着き払った心境で、冷静に骸骨たちを知覚できないスピードで銃殺、あるいは斬殺し、〝暗殺〟していく。

 

 気づかぬうちに苦しみを与えることなく命を断つ。それすなわち、暗殺なり。我が名は〝世界の殺意〟、苦しみを与えず眠りへ誘うもの。

 

 しかし骸骨にも、どうやら脳はなくても知恵はあるようである。動く前に封殺しようと、全方位から襲いかかってくる。

 

「笑止」

 

 私は駒のように回転し、銃を撃つ。するとエネルギー弾は急速にカーブし、一周しながら骸骨たちの頭を粉砕した。

 

 力を失った体は崩れ、しかし慣性の法則に従ってその手から剣が飛び出てくる。わずかに体をそらすことで回避し、逆に第二陣の骸骨を串刺しにした。

 

 そのあとも殲滅を続けるが、いつまでたっても骸骨は増えるばかり。これではキリがない。ならばと、私は異空間に手を入れる。

 

 そしてそこから、六つの銃口が浮き彫りになった黒いボトル……ガトリングフルボトルを取り出して優雅な動きでシェイクした。

 

 骸骨の攻撃をかわしてカウンターで撃ち殺しながら、キャップをセット。銃のスロットに挿し込む。

 

《フルボトル!》

「さらに、特大サービスです」

 

 体内で構築していた破壊魔法を付与し、私は銃口を上に向けて引き金を引いた。

 

 

《ファンキーアタック! フルボトル!》

 

 

 すると特大のエネルギー弾が打ち上げられ、空中で無数に分散して降り注ぐ。それはまさしく、紫色の死の雨。

 

 雨は骸骨たちの体を跡形もなく粉々にし、それまでショーを見るように静観していた大蛇にすらダメージを与える。

 

 

 

 

 

 キシャァァァァァァァァアアアアッ!?

 

 

 

 

 

 大蛇が悲鳴をあげ、骸骨たちがこちらを怯えたような目で見ながら砕けていく中、私は静かに仮面をなぞった。

 

 やがて、雨は止む。雨は骸骨たちを召喚する魔法陣をも粉々にし、増援を打ち止めにした。これでこの場にいる骸骨は、せいぜい五百かそこら。

 

 私の周囲にいた骸骨は全滅しており、あとは子供達と騎士で対応できるだろうと、銃を下ろした。

 

「……っと、そろそろ時間切れですか」

 

  さて、次はあの大蛇を殺そう歩き出したところで、急激に〝私〟の存在が心の底に沈んでいく。

 

  数秒もしないうちに、〝私〟は〝俺〟に戻った。ふぃーっと息を吐いて、首を回す。あっコキコキって鳴った。

 

「2回目だけど、結構疲れるなこれ。前は一瞬使っただけだし」

 

  完全にいつもの口調でそういう。さっきまでの俺は、〝世界の殺意〟の技能で昔の自分を憑依……いや引っ張り出した状態であった。

 

  その間は、能力が極限まで研ぎ澄まされ、かつてと同じ動きを昔以上の力で可能とする。十分という制限時間付きだけどな。

 

  まあ、そこはおいおい派生技能を身につければ伸びていくだろうという算段で使っていたが、なかなかに強力だ。

 

  しかし、口調や人格まで前世の方になるとは思わなかった。セントレアさんのこと結構雑な扱いしてたしな。

 

「セントレアさんにはとりあえず後で謝っておくとして……さて。それじゃあ今度は、俺と遊ぼうか?」

 

 

 

 キシャァァァアアァアアァアアァァァアアァッ !

 

 

 

  皮膚の表面から煙を出しながら、怒りの咆哮をあげる大蛇に、俺は仮面の下で不敵に微笑んだ。

 

 

 ●◯●

 

 

 大蛇はうなり声をあげながら、怒りの炎を目に宿して警戒している。てっきり怒りに任せて突っ込んでくると思ったが、案外用心深いらしい。

 

「まあ俺からはいくんだけどね」

 

 躊躇なくネビュラスチームガンの引き金を引く。いかに強靭な外皮や外殻を持っていたとしても、エネルギーそのものには意味をなさない。

 

 蛇の身体構造を基準として、長い胴体に的確に撃ち込んでいく。狙うは筋肉の継ぎ目だ。そこを強引に解けば……

 

 しばらく狙っていると、筋肉の連結が解けた大蛇はガクンともたげていた鎌首を崩す。そのまま転倒すれば楽に仕留められるんだが。

 

 

 キシャァァァァァァァァアアアア!

 

 

 だがうまくいかないのは世の常、紫色のオーラを放出したかと思うと、みるみるうちに傷が治っていった。オートリジェネ付きかよ。

 

 それどころか、何やら筋のようなものが口の方にいくのが透けて見える。本能的な危機を感じた俺はとっさにネビュラスチームガンを撃った。

 

 

 ゴバァッ!

 

 

 次の瞬間、大きく開けられた大蛇の口から大量のエネルギー弾が飛び出す。少し驚きながらも、冷静に引き金を引いて相殺した。

 

 最後の弾を打ち消した瞬間、その巨体からは考えられないほどのスピードで大蛇が接近してくる。

 

 全てを防いで、油断する一瞬の隙を狙ったのか。それにしてもオートリジェネに技を模倣とは、なかなかにファンキーなやつだ。

 

 頭の中で攻略法を組み立てながら、突進を回避する。そして空中で回転しながら背中にエネルギー弾を撃ち込んだ。

 

 が、そっちには弾かれる。ありゃりゃ、ネビュラスチームガンなら楽勝だと思ったんだが。要改良だな。

 

「それなら、こっち!」

 

 鱗の継ぎ目を狙って、思い切りスチームブレードを突き刺す。今度はちゃんと通った。絶叫を上げて暴れまわる大蛇。

 

 振り落とされて隙を見せるのは勘弁なので、切っ先を引き抜くと背中をけって跳躍、今度は頭に飛び乗る。

 

「そらよっと!」

 

 そして、ギョロギョロと蠢く巨大な両目にエネルギー弾とスチームブレードをお見舞いした。

 

 

 キシャァァァアアアっ!?

 

 

 回復するとはいえ、一時的に視覚を失った大蛇はのたうちまわる。その隙にさっと飛び降りて、クラスメイトどもに当たったらあれなので、適当に蹴って荒ぶる尻尾の軌道を調節した。

 

 555回くらい蹴ったところで飽きてきたので、異空間からルインエボルバーを取り出して思いっきり尻尾をぶった切る。

 

 

 ズパンッ!!!

 

 

 するとそんな子気味良い音を立てて、三メートルくらい尻尾が宙を舞った。切断面から勢いよく、大量の血が噴き出す。せっかくの純白ぼでーにかかるのは嫌なので、退避した。

 

「にしても、スッゲェ切れ味だなこれ」

 

 ドロドロとした紫色の血液が滴る、ルインエボルバーをまじまじと見る。さすが女神様特性、いい仕事だ。

 

 

 シャァァァアアァアアァアアッ!

 

 

  とりあえず血ぶりして異空間に戻しておくと、怒り心頭ムカ着火ファイヤーな大蛇が起き上がった。ものすごく舌が荒ぶってる。

 

  ちなみに近くでビタンビタンしてる尻尾はまだ再生されていない。さすがに損傷が大きすぎたのか、非常にゆっくりだ。

 

  だがその眼光は全く衰えを見せず、むしろ自分で燃え死んじゃうんじゃないの?ってくらい憎悪の炎で燃えてる。

 

「さあさあ、来いよ魔物。俺とワルツを踊ろうぜ?」

 

 

 キシャァァァアアァッ!キシャァァァアアァッ!

 

 

  理解してるのかしてないのか、手招きをした俺に舐められていると思ったのか、ブチ切れたご様子の大蛇は攻撃を仕掛けて来る。

 

  それに俺は静かに笑い、情報収集を開始した。相手を殺すためにその能力を理解し、対抗策を立てるのだ。

 

  そして俺は、大蛇の攻撃を反撃することなく、ただひたすらに観察し続けた。時には防御、時には回避をして情報を集めていく。

 

 

 シャァッ!

 

 

「そいっ!」

 

  時に毒液をセクシーポーズで回避し、

 

 

 アアァアアァァッ !

 

「あーらよっと!」

 

 時に鎌鼬の嵐をグルコ◯ミン運動で避け、

 

 

「ほほいっ!」

 

 

 シャァッ!?

 

 

  逆に、再生しかけていた尻尾を三枚おろしにする。

 

  そんなこんなで戦っているうちに、大体の能力の全貌を掴むことができたので様子見をやめる。大蛇はゼェゼェ言ってた。

 

「ふむ、能力は五つか」

 

 メガネをあげるように、仮面の表面をなぞる。仮面の裏に表示されたパネルでは、収集されたデータの整理が行われていた。

 

 大蛇の能力は、再生する能力、相手の技を模倣する能力、毒液を吐く能力、全身から刃を生やす能力、相手を石化させる能力だ。

 

 どれもこれも凶悪であり、このいやらしい悪意満載なトラップにふさわしい魔物だ。だが、決して対処できないわけではない。

 

「ってわけで、さっさと始めますか」

 

 とりあえず攻略する能力の順番の大筋を決めると、おもむろに一歩踏み出す。そして大蛇の眼前へと躍り出た。

 

 

 シャァッ!

 

 

 まさに飛んで火に入る夏の虫だと言わんばかりに、目を怪しく光らせて俺を石化させようとする。しかし、その前に俺は動いた。

 

「ちょっと痛みますよー、我慢してくださいねー」

 

 歯医者さんみたいな声で言いながら、異空間から取り出した極太のナイフを両目に突き刺す。そしてそのままにした。

 

 慣れてきたのか、悲鳴もあげない大蛇は舌で拘束しようとしてきたので、ニュルッとかわして次の段階に映る。

 

「竹の子狩りじゃあ!」

 

 次に、スーツに包まれた腕で長大な毒牙を掴み、全力で引っこ抜いた。さすがに予想外だったのか叫ぶ大蛇。

 

「はいはい、お薬を飲みましょうね〜」

 

 構わず血の吹き出す元栓にナイフで蓋をして、次は口の中に異空間から取り出した平たい物体を喉に貼り付けとく。

 

 ちゃんと固定したのを確認すると、最後にアクロバティックな動きで頭の上に乗り、ルインエボルバーを取り出す。

 

「人のことを蹴るいけない尻尾()はめっ、ですよ!」

 

 そして思いっきり横に凪いで、胴体の部分を全部切り落とした。当然落下するので退避する。

 

「ふい〜、下準備完了っと」

 

 地面に着地すると立ち上がり、ルインエボルバーでトントンと肩を叩いた。あっこれちょうどいいわ。今後肩たたきに使おう。

 

「さてさて大蛇くん、そろそろ反撃してもいいんだぜ?」

 

 

 シャァァァアアアアッ!!!

 

 

 テメェに言われなくともやったるわボケ、と言わんばかりに、頭だけになった大蛇は大口を開けて毒液を吐こうとした。

 

 が、いつまでたっても何も出てこない。激しく困惑したような仕草を見せる大蛇。だが、ならばと魔力を収束させた。

 

 また何か模倣した技を使おうとしたらしいが、やはり不発。大蛇は、訳が分からず怒りの咆哮を上げた。

 

 それから俺はずーっと大蛇の目の前に突っ立てたが、一向に攻撃が発動する様子はなく、また胴体が再生することもない。

 

「不思議か?なんで能力が一つも使えないのか」

 

 しまいにはジタバタともがきはじめた大蛇に、俺は挑発するような声で言った。ピタリと動きを止め、殺気を纏う。

 

「おお、こわ。まあ説明してやるよ。つっても、能力を発動できないようにしただけなんだが」

 

 まず目や牙の根元にナイフを突き刺し、再生を阻害した。もし治ってもナイフが突き刺さったままでは、石化能力や毒液は使えない。

 

 そして次に、口の中に魔力を霧散させる魔道具(メイドイン俺)を設置して模倣したわざと再生能力そのものを封印。

 

 最後に胴体をぶった切ったのは、そもそも刃に変わる体がなければ意味がないからだ。あとは丸裸の獲物が残るだけである。

 

「まあ人間じゃないお前にクドクド言っても意味ないし、この後予定詰まってるんで、そろそろ終わりにしようか」

 

 そう言って、俺は大蛇を全力で蹴り上げた。巨大な頭が宙に浮かび、格好の的となる。

 

  それを見上げながら、俺はエボルドライバーのレバーを回した。再び交響曲9番がリズミカルに流れる。

 

 

READY GO!

 

 

「むんっ!」

 

 両手をクロスし、背中に力を込めると、機械じみた巨大なコウモリの翼が展開した。それを使い、俺は大蛇へ飛翔。

 

 

エボルテックアターック!

 

 

「はぁああああぁあああっ!」

 

 そして、必殺の一撃を叩き込む!!!

 

  俺の蹴りは寸分たがわず大蛇の額に吸い込まれ、莫大な破壊エネルギーが大蛇に流し込まれた。

 

Ciao〜♪

 

  紫色に光る足を中心に、大蛇の体にヒビが入っていき、そしてーー砕けた。

 

 

 パリィィィンッ!

 

 

「うし、これで後は後ろのーーーーーッ!?」

 

  音を立てて砕けた大蛇を見て、俺はそう呟こうとして……言葉を止めた。そして仮面の下で息を呑む。

 

  空中に飛び散った、大蛇だった大量の破片。その中心から、一人の人間が姿を現したからだ。

 

  それは、見覚えのある人間だった。ほんの数時間前、迷宮に入る時に見かけた、あの鮮烈な赤髪の女性。

 

  何より、透き通る美しい全身を晒し、大蛇の中に囚われていた彼女の顔が、今は見えるようになっていた。

 

  そして、その顔は。間違いなく、この世の誰よりも知っている顔だった。

 

 

 

 

 

「〝ルイネ〟ッ!?」

 

 

 

 

 

  彼女の名前を叫んだ俺は、空中で蹴りの体制のまま硬直する。その一瞬の時間が、彼女の手を俺が掴める唯一の時間だったのに。

 

  目を閉じ、意識のない様子の彼女は、重力に従って落下していく。我に帰った時にはもう遅く、彼女は奈落の底へと消えていった。

 

  とっさに伸ばしていた手は何も掴めないまま、翼の消えた俺は地面に落ちる。受け身も取れずに背中から落ちた。

 

「くっ!」

 

  だが背中の痛みなど全く気にせず、鬼気迫る表情で奈落の底を覗き込んだ。幸い、カメラアイはうっすらとその姿を捉える。

 

  しかしそれもだんだんと小さくなっていき、見えなくなっていった。このままでは、また失ってしまう!

 

「そんなの誰が許すか!」

 

  俺は一瞬で両手にネビュラスチームガンとスパイダーフルボトルを召喚。スロットにセットして撃った。

 

 

《フルボトル! ファンキーアタック! フルボトル!》

 

 

  銃口から飛び出した蜘蛛の巣は、彼女の後を追いかけて奈落の底に向かって高速で飛んでいく。

 

  それが果たして彼女を捉えたのか。それは、俺にはわからない。俺にできるのは、力なく座り込むことだけだった。

 

「なんで、あいつがここに……?」

 

  あいつは今頃、己の悲願を果たし、祖国を取り戻しているはずなのに。それなのに、なぜこの世界、なぜ俺の前に……?

 

「なんで、なんで………」

 

  わからない、わからない。いくら考えても、わからない。

 

 

 

 ドッガァァァァァンッ!!!

 

 

 

  そんな俺の疑問は、突如聞こえてきた轟音に吹っ飛ばされることとなった。

 

「一体今度はなんだ!?」

 

 驚いて音の発生源を見ると、そこには……

 

 

 グルァァアアアァアア!?

 

 

「う、うわぁあああぁあああっ!?」

「ハジメッ !?」

 

 

 

 

 

  崩落する橋と、今まさに落ちようとしている、ベヒモスと親友の姿があったのだったーー。

 

 

 

 




突如現れた謎の女性。彼女は一体誰なのか。乞うご期待を。
お気に入りと感想をお願いします。
なお、ルイネに次いでア■ゾン■オ■■■ァに変身するヒロインの案を募集します。よろしくお願いします。


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絶望へと フェーズ2

どうも、最近ブラッドスタークの異常なかっこよさに戦慄している作者です。
前回言っていたヒロインのイラスト、完成しました。例のごとくツイッターに上げてあります。
毎回質問してる気がしますが、ローグを誰にすべきでしょうか?

シュウジ「さてさて、今回もあらすじいくぜ。前回、ついに戦いが始まった。俺のすん↓ばら↑すぃー↑戦いが輝いてたぜ」

エボルト「最初ふざけてたけどな。それにしても、あのコブラの中から出てきた女…ありゃ一体誰だ?」

シュウジ「企業秘密ってことで☆」

エボルト「そ、そうか。まあともかく、今回は俺たちの戦いだ。それじゃあせーの…」


シュ&エボ「「さてさてどうなる迷宮編!」」


 時間は、シュウジがコブラ、並びにトラウムソルジャーと戦い始めた時点まで遡る。

 

 

 

 グルァァァアアアアアアァァァァアッ!!!

 

 

 

 俺たちに向かって、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、全員轢き殺されるだろう。

 

 名乗り遅れたが、エボルトだ。こうして話すのは初めてだな(メタい)。

 

  まあそれはともかく、迫るベヒモスにそうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張った。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、〝聖絶〟!!」」」

 

 最高品質の紙と、魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時で魔法が発動した。まあ、地球に比べりゃあそう上質でもないがな。

 

 一回こっきり一分だけの防御であるが、何者にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁が、ベヒモスの突進を防ぐ!

 

 

 ガィィイイインッ!!!

 

 

 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにも関わらず、大きく揺れた。

 

「くっ……!」

「重い……!」

「耐えろお前たち、後方の魔物はシュウジ殿がなんとかしてくれる!」

 

 おーおー、あいつも信頼されてるもんだな。まあ、あの女騎士含めてよく一緒に飯食ってたしな。

 

 べ、別に寂しくなんかないんだからねっ!

 

『よーし、そのまま抑えとけよー』

 

 そんな騎士たちの頭上を飛び越え、俺はライフルモードにしたトランスチームガンを構える。そして空中でベヒモスめがけ、トリガーを引いた。

 

 

《STEAM SHOT! COBRA……!》

 

 

 おどろおどろしい声が響いて、ベヒモスの体に紫色の蛇の形をした弾丸が発射された。堅牢そうな甲殻にぶつかり、爆発する。

 

 さて、どうなったか。着地しながら煙に包まれたベヒモスの体を見る。これで効いててくれりゃあ、なんとかできるんだが。

 

 が、煙が晴れ、カメラアイに移る奴の体は、わずかな擦り傷しか付いてなかった。ほとんど意味なし、か。

 

『こりゃあ結構硬いな。スタークでどれだけ耐えられるか……』

 

 ブラッドスタークはあくまで、エボルの力を取り戻すためのつなぎにすぎない。ハジメたちの訓練には最適だが、その程度だ。

 

 仮面ライダーにも劣るトランスチームシステムじゃあ、たかが知れてるってもんだ。こいつが相手じゃあ歯が立たんな。

 

「エボルト、どんな感じだ!?」

『おお、メルドか』

 

 どうするか考えていると、様子を伺っていたメルドが近づいてきた。その髭面には、心配するような色が浮かんでいる。

 

『難しいな。エボルだったら話は別だが、こりゃあ苦戦するかも知れんぞ』

 

 肩をすくめながらそう言うと、メルドは悔しげに歯噛みをした。義務感の強いこいつだ、守るべき俺たちに頼るのが辛いのだろう。

 

 こいつとは飲み仲間みたいな関係だ。できればあまり責任を感じさせたくはないが……まあ、この手のタイプは口で言っても意味がねぇ。

 

 そういやビルドの世界にいた頃、葛城忍とは一回も飲みにいたことなかったな。そもそも最初から裏切られてたし。

 

 あれ、そう考えると俺の交友関係、少なすぎ……!?

 

「ーーボルト、おいエボルト!」

『ん?おお、すまん。ちょっと考え事してたわ。で、なんだ?』

「いや、どれくらいなら時間を稼げるかと聞いたんだが…」

『そうだな……持って十分ってとこじゃねえか?』

 

 エボルが使えないとしても、経験までなくなるわけじゃあない。こちとら別世界で10年間もやってきたんだからな。

 

 あの巨体からして、この閉鎖空間で突進を回避するのは不可能。押し返すのは無理でも、今の位置で押し留めるのが得策だろう。

 

 一番良い案は、シュウジがあの魔物を倒すまでベヒモスの進行を止め、合流してエボルで倒すことか。

 

 とすると、あまり戦闘の邪魔になる要素は減らしたいな。加えて、攻撃に専念できるようにベヒモスの注意を引く囮が欲しい。

 

 そのために必要なことは…

 

『おいメルド、あそこで騒いでる天乃河(バカ)を連れてってくれ。シュウジがこっちにこれるまで、時間を稼ぐ』

「なっ!」

 

 これから時間稼ぎをするにあたって、いちばんの障害はこいつだ。自分の力を過信してんのか、自分でなんとかできるという顔してやがる。

 

 俺が皆を救う!みたいな顔してる勇者(粗大ゴミ)を指差して言うと、メルドは大きく頷いた。

 

「わかった!おい光輝、いい加減に撤退しろ!お前たちも早く行け!」

「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

『早く消えろ、邪魔だ』

 

 埒が開かなそうなので、俺が直接言う。もう障壁には亀裂が入り始めてる、子供に付き合ってる時間はない。

 

「邪魔って、俺はただ皆のために戦おうと」

『くどいっ!!!』

 

 

 ゴウッ!!!

 

 

 こちらを睨んで食いつこうとしたクソガキの鼻先で、スチームブレードを振るう。豪風が吹き荒れ、ガキは動きを止めた。

 

『スタークの俺の、この程度の一撃で怯んでるようじゃあ、お前にできることなんて何もねえ。さっさと失せろ、作戦の邪魔だ』

「あ、う……」

「おいエボルト、もう持たんぞ!」

 

  ショックで何も言えないクソガキから、さっさとベヒモスに視線を戻す。メルドも障壁の維持に加わっているが、焼け石に水だ。

 

『おいハジメ、お前に囮をして欲しい。いけるか?』

「あ、うん」

 

 転移された時、俺たちの近くにいたため、すぐ後ろにいたハジメにそう言う。なぜという感情がクソガキから発せられるが、オーラで黙殺した。

 

 すでにスイッチが切り替わってんのか、冷静な顔でハジメは俺の隣に並ぶ。短期間でよくここまでになったもんだ。

 

「くそっ、なんで俺はダメで南雲はいいんだ……!」

「光輝!エボルトの言う通りに撤退しましょう!」

 

 雫は状況がわかっているようで、クソガキを諌めようと腕を掴む。そうだ、そのまま出荷してくれ(違う)

 

「でも俺は!」

「ああもう!ちょっと龍太郎、この馬鹿を連れてくの手伝って!」

「お、おう!」

 

 坂上も加わって、クソガキは連れて行かれる。だがなおも「南雲より俺の方がうまくやれる」だのなんだのと騒いでいた。

 

『ふむ……おいカオリン、あのバカにちょっと言伝を頼めるか』

「え?あ、う、うん!」

 

 カオリンを手招きして、耳元でぼそぼそとクソガキに言うことを伝える。ちなみにカオリンってのは、シュウジで言うところの白っちゃんのことだ。

 

『…ってことだ。よろしく頼む』

「うん、わかった。それじゃあ南雲くん、エボルト、頑張ってね!」

「うん、ありがとう白崎さん」

『お〜う』

 

 ひらひらと手を振って、クソガキの方に行くカオリンを見送る。よし、これでクソガキはおとなしく撤退するだろう。

 

 実際に見ていると、俺が言ったことをそのままカオリンが伝えると、クソガキは渋々ながらも通路側の方に向かっていった。

 

「エボルト、なんて言ったの?」

『簡単なことさ。こっちじゃあ役に立たないが、あそこで混乱してるクラスメイトたちなら、お前の力で救えるぞ、ってな』

「なるほどね」

 

 俺の言葉の意図を察したハジメが、クスリと笑った。

 

 あのクソガキは、ベヒモスの相手をさせるには心もとない。だが人間は適材適所、あんな甘ちゃんでも使い所はある。

 

 それは、シュウジが相手している以外のトラウムソルジャーに囲まれ、右往左往しているクラスメイトたちの先導だ。

 

 あれの欠点は、前ばかり見て後ろを見ないこと。いちばん大きいものに気を取られて、クラスメイトどもを見てねえ。

 

  クラスメイトどもは、訓練の事など頭から抜け落ちたように、誰も彼もが好き勝手に戦っている。連携もクソもあったもんじゃない。

 

 だが、そこに強いカリスマ(笑)を持った人間を放り込んでやれば、あとはそいつが勝手に引っ張ってくれる。それがあのクソガキだ。

 

『さて、あとは…俺たちがどこまで耐えられるか、だな』

「うん。僕たちが、頑張らなきゃ」

『そう言うことだ。お前の力は俺やシュウジがよく知ってる。しっかりフォローしてやるから、頼むぞ』

「わかった。さあ、実験を始めーー」

「ーーちょっと待ちなさい」

 

 今にも障壁が砕け、俺たちがベヒモスに向かおうとした瞬間、声が聞こえた。

 

  横を見ると、そこには案の定、雫がいた。さらにその横には、坂上までいる。どちらとも臨戦態勢だ。

 

『あのバカのお守りはどうした?』

「香織に任せたわ。一人なら光輝も守れるでしょうし、逆に光輝が怪我しても治せるでしょう?」

「それなら俺たちは、少しでもお前に貢献しようと思ってな」

 

  ……まったく、こいつらはこいつらでバカなやつだ。だがそういうバカが世界を救うのを、俺はこの命をもって知っている。

 

『……そうか。それじゃあハジメと一緒に遊撃を。俺は狙撃でダメージを与える』

「了解よ」

「いっちょかましてやるか、南雲!」

「うん、坂上くん!」

 

 さあ、これで準備は整った。

 

「メルド、障壁を」

「すまんエボルト、もう限界だーーっ!?」

 

 

 

 バリィィイイィイイインッ!

 

 

 

  障壁を解除しろ、そう言おうとしてベヒモスの方を振り返った瞬間、メルドの言葉と同時に、障壁が砕け散った。

 

『全員踏ん張れ!』

「〝錬成〟!」

 

  咄嗟に全員に怒号をあげながら、しゃがんで石橋にスチームブレードを突き立てて、吹き飛ばされないよう備える。さらに、ハジメが前に出て石壁を作り出した。

 

「くっ、強っ……!?」

『マジか!』

 

  が、あっさり砕かれ吹き飛ばされた。予想以上の力に、俺はさらに深くスチームブレードを突き刺して姿勢を低くする。

 

 

 

 ヴォォオオオオオオッ!!!

 

 

  ふう、なんとか耐えきったぜ。ハジメたちの方は、多少は威力を殺せたようだが……舞い上がる埃が、ベヒモスの咆哮で吹き払われた。

 

  状況を確認すると、メルドと団員たちが転がっていた。どうやら衝撃波の影響で、身動きが取れないようだ。

 

  対するハジメたちは、ハザードレベルのおかげで体の強度が上がっているためか、すぐに起き上がった。

 

『三人とも、そっちは無事か?』

「う、うん、なんとか……」

「ええ、南雲くんのおかげでなんとかね」

「ってえ、やってくれるじゃねえか!」

『そんだけ元気なら平気だな。ハジメ、メルドたちの回収および回復を。残りの二人は予定通り遊撃だ』

「「「了解!」」」

 

  ハジメは例の回復ジュースを片手にメルドたちの元へ、残りの二人は刀とナックルを構え、ベヒモスに突貫していった。

 

《ライフルモード!》

 

  俺も一度分解したスチームブレードとトランスチームガンを再び合体させ、半身を引いて構えると狙撃を始めた。

 

「ハァッ!」

《ニエンテスラッシュ!》

「オラォアアッ!」

《インクブスアタック!オラオラオラオラドラァーッ!!!》

 

 

 ヴォォオオオオオオッ!!

 

 

  蝶のように飛び回って攻撃する二人。しかしベヒモスにとっては痛痒にもならないようで、煩わしそうに吼えている。

 

『その余裕がいつまで持つか、なっ!』

 

 

 ドンッ!

 

 

  言いながら、俺は引き金を引く。ひっきりなしに動く頭の軌道を予測して放った弾は、寸分違わずベヒモスの右目を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 ヴォアアァアアァァァアアァッ!?

 

 

 

 

 

  召喚されて初めて、大きく悲鳴をあげるベヒモス。どうやら外殻は無理でも、目とかの器官は普通に効くらしいな。

 

  これ幸いと、俺は口内や既に潰れた右目を狙い、どんどん狙撃する。苛立った声をあげながら、ベヒモスは暴れまわった。

 

  まあ、あの図体だ。メルドの話にもある通り、これまで負けたことなんかないんだろう。それなのに傷つけられて怒っているってところだ。

 

『そんな奴には、身の程を知らせてやろうじゃないか……!』

 

  異空間からドラゴンエボルボトルを取り出し、トランスチームガンからコブラロストボトルを抜いて、代わりに差し込む。改造済みなので、エボルボトルを使うこともできる。

 

 

《DRAGON!》

 

 

『こいつでも喰らいな!』

《STEAM SHOT! DRAGON……!》

 

  エボルボトルの成分から生成された青いドラゴンが、橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながらベヒモスへと直進する。

 

 

 

 ドォォオオオオオオオオオオンッ!

 

 

 

  そしてドラゴンは、轟音と共にベヒモスに直撃した。派手に爆炎が上がり、激震する橋に大きく亀裂が入っていく。おっと、威力過多だったか。

 

『さて、どうなった……?』

 

  朦々と立ち込めていた煙が晴れる。するとベヒモスの背中の甲殻と毛皮が派手に焼け爛れていた。

 

 

 

 

  グルルルルルルルル……!

 

 

 

 

  こちらを殺気たっぷりの目で睨むベヒモスの頭の角が、キィーーーという甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。

 

『おっと、怒らせちまったか!おい二人とも、さっさと逃げろ!』

 

  声をかけると、上手く立ち回っていた雫と坂上が、俺のところに戻ってきた。どちらとも傷だらけだ。

 

  ライフルを適当に突き刺すと、二人とも腕で抱えてしゃがみこむ。そしてスーツによる強靭な脚力で踏ん張った。

 

  そして次の瞬間、ベヒモスが大きく跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下する。グッと体に力を込めた。

 

 

 ザンッ !

 

 

  今にもベヒモスの角が石橋に激突するかという時、目の前に一人の男が着地した。ハジメだ。

 

「〝錬成〟!」

 

  大きく叫びながら、俺たちの前でハジメが円形のドームを錬成する。それが終わったのと同時に、激しい衝撃。

 

「ぐぅうううううううっ!!!」

 

  唸り声をあげながら、ハジメが崩壊するドームを錬成し直して耐えてくれた。前から思ってたが、こいつ時々すげえ根性だな。

 

  結局、ハジメの努力が功を奏して、ベヒモスの攻撃を耐えきることができた。ハジメが座り込むのと同時に、ドームが崩壊する。

 

  すると、外の様子が見えるようになった。ベヒモスは角を地面から引き抜き、こちらを殺気立った視線で睨んでいる。

 

『助かったハジメ。で、メルドたちは?』

「はあ、はあ、あそこ……」

 

  荒い息を吐きながらベヒモスを睨むハジメが、後ろを指差す。ライフルを引き抜いて分解しながら、そちらを見た。

 

  するとそこには、崩れるドームの中で、回復したメルドたちが安堵の息を吐いている。どうやら無事のようだ。

 

『お前すげえガッツだな。これは後で美空に報告だな』

「ハハッ、無事に帰れたらね。それで、どうする?」

 

  こちらを見て、どう攻める?と目線で問いかけてくるハジメ。体の下から雫たちを出しながら、後ろを振り返ってシュウジの様子を確かめる。

 

 

 キシャアァアアアアアアッ !!!

 

 

「そいっ!」

 

  なんかコブラの吐き出す毒液をセクシーポーズで躱していた。何やってんだあいつ、遊んでるじゃねえか。

 

『まったく……それはともかく、まだ時間がかかりそうだな』

 

  言いながら、ベヒモスの方を見る。こっちはこっちで、さっきのでダメージを与えられたが、まだまだやれそうだ。こりゃあ耐えるのには骨が折れるな。

 

「そっか……それなら、一つ案があるんだけどさ」

『ほう?』

 

  この状況を打破するアイデアがある、そういうハジメに、俺は面白そうだと思ってその作戦を聞いた。

 

  そうしてハジメがした提案は、あまりに馬鹿げている上に成功の可能性も少なく、ハジメが一番危険を請け負う方法だった。

 

「……っていうものなんだけど」

『…お前、正気か?え、それやらせたら俺が後でシュウジに殺されそうなんだけど』

「美空も怒りそうね……」

「何、みーたんが怒るのか!?それは許さねえぞ南雲!」

「「『お前は黙ってろ』」」

 

  ドルオタ化した坂上に全員で突っ込む。こいつ、最近シリアスブレイカーになってきてやがる。

 

『えー、俺後始末するの面倒だぞ』

「まあそれは、頑張ってってことで」

『ええ……そこは丸投げかよ』

「お前たち!」

 

  まさかの丸投げにガックリとうなだれていると、メルドたちが近づいてくる。するとハジメがメルドたちにも作戦を説明した。

 

「ぬう、それは……美空が怒らないか?」

『やっぱりそこなんかい』

「やります、やらせてください」

 

 決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくるハジメに、メルドは「くっ」と苦々しい笑みを浮かべる。

 

「本来なら、お前一人に負担を負わせるのは心苦しいが……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

「はい!」

 

  許可を出したメルドにハジメは答え、今度はこちらを向く。俺は少し怯み、少し逡巡した後、降参と両手を挙げた。

 

『わかったわかった、好きにしろ。バックアップでもフォローでもなんでもしてやる。やってこい、ハジメ』

「ありがとうエボルト……それじゃあ皆、よろしくお願いします!」

「「「了解!」」」

『オーケー』

 

  ハジメの頼みに応え、俺たちは動き出した。

 

「ほらベヒモス、こっちだ!」

 

 まず、メルドがベヒモスの前に出た。そして、簡易の魔法を放ち挑発する。その間に、俺たちはそれぞれ所定の位置についた。

 

  どうやらベヒモスは自分に歯向かう者を標的にする習性があるようで、しっかりとメルドを見る。

 

 

 

 グォオオオオオオオオオオォォオオオッ!

 

 

 

 そして、赤熱化を果たした兜を掲げ、突撃、跳躍する。メルドはギリギリまで引き付けるつもりなのか、目を見開いて構えている。

 

「吹き散らせ、〝風壁〟!」

『そらっ!』

《STEAM BREAK! COBRA……!》

 

 そして、小さく詠唱してバックステップで離脱した。それに合わせてトランスチームガンの引き金を引く。

 

  その直後、ベヒモスの頭部が一瞬前までメルドがいた場所に着弾した。発生した衝撃波や石礫は俺たちの攻撃でどうにか逸らす。

 

「今だ坊主!」

『行けハジメ!』

「うぉおおおっ!」

 

 再び、頭部をめり込ませたベヒモスに、ラビットエボルボトルで加速したハジメが即座に飛びついた。そして作戦を実行する。

 

  それは、名称だけの詠唱。最も簡易で、ハジメにとっては唯一の魔法。

 

「〝錬成〟!」

 

 石中に埋まっていた頭部を抜こうとした、ベヒモスの動きが止まる。周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしても、ハジメが錬成して直してしまうからだ。

 

 

 ヴォォオオオオオオッ!!!

 

 

「はぁあああああっ!」

 

  ベヒモスは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとするが、負けじとハジメは足の部分の石橋をも錬成して沈め、固めた。

 

「よし、うまくいったか……!」

『ボサッとしてる暇はねえぞ。メルド、クラスメイトどものほうへ!雫、坂上、行くぞ!』

「わかった!」

「ええ!」

「おう!」

 

 ベヒモスのパワーは凄まじく、油断すると直ぐ周囲の石畳に亀裂が入り抜け出そうとしている。あまり時間はない。

 

  俺たちは手はず通り、ベヒモスに向かって走っていき、逆にメルドは騎士団員とともに、トラウムソルジャーたちのいる方へいった。

 

  全速力でベヒモスに接近した俺たちは、跳躍して半ばまで沈んでいる頭に飛び乗る。そしてそれぞれの武器を振り上げた。

 

「フッ!」

「オラァッ!」

『ハァッ!』

 

 

 グォオオオッ!?

 

 

  雫が刀の柄頭を、坂上がナックルを、俺がスチームブレードの尻を叩きつける。まさか上から攻撃されるとは思ってなかったようで、ベヒモスの力が弱まった。

 

  これが俺たちの作戦。シュウジがあのコブラを仕留めるまで、ハジメが〝錬成〟で石橋に縫い付け、俺たちが攻撃を加えて力を弱める!

 

 

『さあ、根性比べと行こうか……!』

「私たちが止める……!」

「祭りの時間だコラァ!」

「はあぁぁっ!」

 

 

 

 グォオオオオオオオオオオォォオオオッ!

 

 

 

  そうして、俺たちとベヒモスの力比べが始まったーー。

 

 

 




次回、ついに絶望へ。
評価、感想をお願いします。


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絶望へと フェーズ3

うーん、前回は感想が少なかったです。
やはりネタが最強なのか…?

シュウジ「さてさて、今回もあらすじだ。前回はいい感じにエボルトたちが活躍してたな」

エボルト「特にハジメは表彰もんだな。あいつの感情には恐れ入るぜ」

シュウジ「くう〜、動かない自分が恨めしいぜ!」

エボルト「まあなんにせよ、今回でベヒモスとの戦いは終わりだ。結果がどうあれ、な…それじゃあせーの、」

シュ&エボ「「さてさてどうなる迷宮編!」」


 メルド SIDE

 

「急げお前たち、一刻も早く子供たちを助けるぞ!」

「「「はい!」」」

 

  メルド・ロギンスは、怒号に近い声をあげながらトラウムソルジャーたちと交戦している光輝たちの元へと走った。その後を、騎士団員たちがついて来る。

 

  くそっ、ただの遠征のつもりが、こんな事態になるとは。しっかりと子供たちを管理できていなかった俺の責任だ!

 

  あるいは、あの時シューの提案にすぐ頷いておけば、この事態を回避できたかもしれない。

 

  しかし、そんなものは後の祭り。いつまでも悔やんでいるわけにもいかない。速やかに作戦を遂行し、地上へ撤退しなくては。

 

 

 グォオオオオオオオオオオォォオオオッ!

 

 

「だ、団長!」

「大丈夫だ!」

 

  背後から聞こえてきたベヒモスの声に、団員の一人のカイルが焦ったような声を出す。俺はまた大声で、それを抑えた。

 

  ベヒモスは、エボルトたちが四人がかりで抑えている。ここまでの道中でも、あの三人の戦闘能力はズバ抜けていた。

 

  特に驚いたのは、〝錬成師〟の坊主だ。ステータスは平均、気弱そうな見た目から心配していたが、むしろ一番戦い慣れしている。

 

  聞けば、シューとは幼馴染で、小さい頃から鍛えられていたようだ。それならば頷ける。おそらく、経験ならステータス頼りの光輝よりはるかに上だ。

 

「頼んだぞ……!」

 

  だから俺は、そんなあいつらならなんとかしてくれると信じて足を動かす。すると、シューの姿が見えた。

 

「竹の子狩りじゃあ!」

 

  シューは、蛇の魔物を圧倒的な力で翻弄していた。最初蝙蝠のような鎧を纏った時は驚いたが、頼もしいものだ。

 

「あの魔物は心配なさそうだな!お前たち、今のうちに行くぞ!」

 

  もう一度団員たちを激励し、子供たちの元へと急ぐ。いつもなら容易く過ぎる一分一秒が、とても長く感じた。

 

「団長、見えました!」

 

  イヴァンの言葉に前を見ると、トラウムソルジャーに包囲されている子供たちと団員が見えた。

 

「皆、慌てるな!二人以上で連携をとってやるんだ!」

 

  子供たちは、どうやら光輝が指揮をとることで冷静さを取り戻したようで、周囲に声を掛け、団員たちと連携を取って対応しているようだった。

 

「まだ実力は成熟しきってないが、良いカリスマ性だ……!」

 

  エボルトの言う通り、光輝はまだスペックの高さに技量が追いついていない。

 

  だが、このカリスマ性の使いどころ、適材適所をあいつはよくわかっている。以前ある組織を束ねていたと聞いたが、さすがだ。

 

「お前たち!」

「メルドさん!」

「今までやってきた訓練を思い出せ!気をぬくんじゃないぞ!」

 

  指揮に加わりながら、剣を引き抜いてトラウムソルジャーを両断する。これでも騎士団長の称号は、伊達ではない。

 

  襲いかかって来るトラウムソルジャーを相手取りながら、戦場を見渡し情報を集めようとした。皆満身創痍で、消耗している。

 

「被害状況は!」

「……メルド騎士団長」

「うおっ!」

 

  団員に聞こうとすると、不意に隣から声が聞こえた。驚きながらそちらを見ると、そこには髪で目元の隠れた一人の少女がいる。

 

  確か、〝御堂英子(みどうえいこ)〟という名前だったか。戦闘職の天職だった気がするが、声をかけられるまで全く気配を感じなかった。

 

「トラウムソルジャーの数は約200体。対して騎士団員は全員限界に近い状態。クラスメイトたちはスペックで耐えていますが、そう長くは持たないでしょう。そちらは?」

 

  淡々と状況を説明した少女に、俺は内心驚く。まさかこの状況で、冷静に状況を理解できるものが子供たちの中にいるとは。

 

「あ、ああ。ベヒモスを、シューの手があくまでエボルトたちが抑えている。坊主が〝錬成〟で足止めして、それを他の三人がフォローしている」

「ハジメが!?」

 

  こちらの作戦を伝えていると、団員たちを回復させていた美空が目ざとく反応して、こちらに来た。しまった、聞かれていたか。

 

 

《エボルテックアターック! Ciao〜♪》

 

 

  「どういうことですか!?」と詰め寄って来る美空に言いあぐねていると、不意にそんな声が聞こえた。

 

  反射的にそちらを振り返ると、金属製のコウモリの翼を生やしたシューが、ボロボロの魔物にとどめを刺すところだった。

 

  これでひとまず安心か、そう思った次の瞬間、粉砕した魔物の破片から出てきた女に目を見開く。

 

「あれは!?」

「なんで、魔物の中から人間が!?」

 

  美空と二人で驚愕していると、シューが「ルイネッ!?」と名前と思しきものを叫ぶ。そこからは動揺が伝わってきた。

 

  シューが、動揺している?そんなの今まで一度も見たことがない。いや、それよりもあの女のことを知っているのか?

 

  俺たちが混乱している中で、無防備に地面に落ちたシューが女が落ちていった奈落を見下ろした。

 

  そして、何やら筒のようなものを武器に差し込んで撃つ。そしてまた奈落を見下ろして、そのまま動かなくなった。

 

チッ、よりによってこんなタイミングであのバカ姉は……メルド騎士団長、作戦変更です。お師しょ…んんっ、北野くんが動かない以上、ベヒモスを倒す決定打がありません。ソルジャーたちを突破して安全地帯を確保、そこからの魔法の一斉掃射で時間を稼ぎ、南雲くんたちが離脱次第撤退することを推奨します。幸い、彼のおかげでソルジャーの増加は止まっている。行くなら今です」

「ぬ、それは……」

 

  確かに、一番良い作戦だ。だが、ただでさえ危険な役割を任せている坊主たちを、さらに危険にさらすものでもある。

 

  しかし後がないのも事実だ。今はなんとか全員頑張っているが、香織や美空がいつまでも回復魔法を使えるわけではない。

 

「そんなの、ハジメたちに魔法が当たったらどうするの!?」

「そうしたらあなたが治したらいいでしょう。今の段階の実力だったら、四肢がもげることもない。せいぜい軽傷で済むわ」

「なっ……」

 

  この少女、判断が早い。いや、早すぎる。これが本当に、争いのない平和な世界から来た人間なのか?

 

  見れば、髪の隙間から覗く彼女の目はどこまでも澄み渡り、かつ無機質な、〝指揮者〟としての目だった。思わず、ゾクリとする。

 

  エボルトと同じような雰囲気を持つ少女は、美空をうまいこと言いくるめると、こちらに判断を求めて来る。

 

「……仕方がない、それしかもう方法はなさそうだからな」

「賢明な判断です。さあ、それなら早く指示を」

 

  英子の促しに頷き、俺は大声をあげて撤退を宣言する。すでに限界だったのか、子供たちの行動は早かった。

 

 騎士団員達のサポートがなくなり、パニックを起こして泣きそうな顔で武器を振り回していた生徒たちは、最後の抵抗となんとか連携を取り始めた。

 

「光輝、これから撤退する!退路を開けるか!」

「わかりました!皆、諦めるな!道は俺が切り開く!」

「石動さん、白崎さんのところに行って一緒に魔法を使って。あのクs……んんっ、天之河くんの言葉でなんとか活気が戻ってるから、精神を鎮めさせるのよ」

「……わかった」

 

  渋々といった様子で美空が香織の元へと向かい、光輝が〝天翔閃〟でソルジャーをなぎ倒して道を作り始めた。

 

  香織たちの魔法で精神を落ち着かせた他のものも、それぞれ行動を開始する。あるものは治療を、あるものは攻撃を、あるものは防御を。

 

 治癒が終わり、復活した騎士団員達も加わり、反撃の狼煙が上がった。強力な魔法と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。

 

「……このままいけば突破できそうですね。メルド騎士団長、今のうちです。私たちも行きましょう」

「あ、ああ……」

 

  剣を抜いて戦線に加わっていった英子に、俺は戸惑いながらも剣の柄を握りしめて、トラウムソルジャーを掃討する。

 

  そうして戦うこと数分、奮闘の甲斐あって、階段への道が開けた。

 

「皆、続け!階段前を確保するぞ!」

 

  光輝が掛け声と同時に走り出す。しんがりを務めながら、俺もそれに続く。俺はどこか、ソルジャーを斬りながら言いようのない不安を感じた。

 

「あと少しだ!」

 

  そんな俺の心境をよそに、必死に全員が足を動かし、そして遂に包囲網を突破したのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

 三人称 SIDE

 

「や、やった…!」

「これで帰れる……!」

 

  すでに心身ともに限界だった少年少女たちは、へたり込みながらそう言った。彼らは一刻も早く、この階段を上って逃げ出したい心境であった。

 

「いいや、まだだっ!」

 

  しかし、メルドがそう言いながら壁のように密集して来るソルジャーを斬り伏せた。〝天翔閃〟にも劣らない一撃だ。

 

 その行為に、全員が訝しそうな表情をする。それもそうだろう、目と鼻の先に安全地帯があるのに、なぜまだ戦う必要があるのか。

 

  その中には光輝もいた。それでもメルドだけ戦わせるわけにはいかないと、ソルジャーたちを蹴散らす。

 

「皆、待って!まだハジメたちが戦ってる!」

「南雲たちは四人だけで、あの怪物を抑えてるの!」

 

 美空と香織のその言葉に、何を言っているんだという顔をする光輝。彼の中ではまだ、ハジメは〝無能〟なのだ。

 

  だが、事実は違った。メルドと光輝の活躍により、減少したソルジャー越しに見える橋の上では、ハジメたちが戦っていた。

 

「何だよあれ、何してんだ?」

「あの魔物、上半身が埋まってる?」

「ねえ、頭の上で八重樫さんたちが攻撃してない?」

 

 次々と疑問の声を漏らす生徒達に、メルドが大声で指示を飛ばす。

 

「そうだ!あいつらがベヒモスを抑えているから撤退できたんだ!前衛組!ソルジャーどもを寄せ付けるな!後衛組は遠距離魔法準備!俺が合図して、アイツらが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

 ビリビリと腹の底まで響くような声に、気を引き締め直す生徒達。中には、階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。

 

  無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。

 

「何をぼさっとしている!早くしろっ!」

 

  だが、メルドの怒声に未練を捨て、戦場に戻った。

 

(クソッ、なんで俺が……)

 

 その中には檜山大介もいた。自分のしでかした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。

 

(……待てよ)

 

 しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。

 

 それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していた時のこと。緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。

 

  その帰り、たまたま香織を見かけ、物陰に身を潜めながら後を追った。ここですでに、小物臭がにじみ出ている。

 

  すると、香織は途中で別の通路からきた美空とニコニコと何かを話していた。そのとき二人の間で交わされた殺気に思わず身震いしたのは内緒だ。

 

  最終的に頬を引っ張りあって歩いて行ったので後を追うと、二人はとある部屋の前で立ち止まりノックをした。

 

 

 

  そして、その扉から出てきたのは……ハジメだった。檜山は頭が真っ白になった。

 

 

 

  檜山は、香織に好意を持っている。だが自分では、到底釣り合わないと理解し、光輝のような別次元の存在ならと諦めていた。

 

 しかし、ハジメは違う。自分より劣った存在(檜山はそう思っている)が香織の傍にいるのはおかしい。そもそも彼女がいるじゃないか。

 

  それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば頭大丈夫? と言われそうな考えを檜山は本気で持っていた。

 

 

 

  実際、この考えは見当はずれもいいところだ。

 

  ハジメはその気になれば檜山など足元にも及ばない実力であり、かつ趣味の延長で将来も約束されているようなもの。

 

  性格も時々シュウジのことで暴走気味とはいえ、非常に良い。むしろ優良物件である。それを理解できないから檜山は小物なのだ。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

(なんで、なんであいつが……!)

 

 唯でさえ溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。檜山の心は、黒く染まっている。

 

  香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなって現れたからだろう。

 

  それだけではない。檜山が恨む人間は他にもいる。それは言わずもがな、シュウジとエボルトだ。

 

  二人は地球でも散々自分を嘲笑い、見下した目で見ていた。当たり前だ、普通に考えて檜山は人間的にゴミ以下の価値もない。

 

  恨めしく思えど、先日の一件然り二人は光輝以上のハイスペック。檜山が何かしたところで、何もできず終わるのがオチだ。

 

(だが、この状況でもし……)

 

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 昏い思考を働かせる檜山は、ベヒモスを〝錬成〟で抑えるハジメや動かないシュウジを見た後、今も祈るようにハジメを案じる香織を視界に捉え……

 

「……ひひっ」

 

 酷く、ほの暗い笑みを浮かべた。

 

 

 ●◯●

 

 

 エボルト SIDE

 

 一方、その頃のエボルトたちは。

 

『おいハジメ、魔力は後どれくらいだ!?』

「ごめん、もう限界かも……!回復ジュースも切れちゃった……!」

『くっ……』

 

  だんだん、状況は悪くなっていた。聞いての通り、すでにハジメの魔力は切れかかっている。こいつの〝錬成〟が一番の要なのに!

 

  しかもベヒモスも慣れ始めたのか、俺たち三人がいくら攻撃したって無視して脱出しようとしやがる。

 

「シュウジは、まだ来ないの!?」

「そろそろ、腕も限界だぞ!?」

 

  流石に金属の塊を振り回すのは消耗が激しいのか、雫と坂上も悲鳴を上げ始めた。額には大量の汗が流れている。

 

『残念だが、あいつはこれねえようだ!』

「なっ、どういうことだ!?」

『ちょっと色々あってな!』

 

  知っての通り、分離していても俺とあいつの思考は共有されてる。だからあいつのショックも伝わってきた。

 

  いかにシュウジといえど、流石にあれはすぐには処理し切れんだろう。あいつの前世の記憶を見た俺だからこそ、わかることだ。

 

  しかも聞いたところによると、どうやら作戦変更らしい。魔法の一斉掃射が始まる前に逃げる必要がある。

 

  それにしても……あの女の正体は気になるところだ。が、今はそれよりも離脱することが先だろう。

 

『とにかく、あいつが動けない以上いつまでもこんなことをやってる意味はねえ。ハジメの魔力が途切れ次第、俺が瞬間移動で一人ずつ運ぶ!』

「了解!」

「ならせいぜい、後少し頑張るとするか!みーたんに良いところ見せたいしな!」

 

  約一名動機が不純な奴がいたが、とにかくスルーだ。今はこの状況を脱する方に思考を使わなくちゃいかん。

 

 

 

 オオォオオオオオオオオオオォォオッ!!!

 

 

 

  ベヒモスは全身に力を込め、錬成で固まった地面に亀裂を入れながら立ち上がろうとしている。タイムリミットが近づいていた。

 

「ごめんエボルト、後一回が限界だ!」

『そうか、それじゃあ俺が合図したら使え!3、2、1……今だ!』

「〝錬成〟ッ!」

 

  数十度目の、そして最後の〝錬成〟が行われ、無数の亀裂の入った石橋が固められる。その瞬間、俺は一番近くにいた雫を抱えた。

 

  そして瞬間移動し、安全地帯に行くと雫を下ろし、もう一度ベヒモスの元に戻って今度はハジメを回収した。

 

『あとは坂上を……』

 

 

 

 グォオオオオオオオオオオォォオオオッ!

 

 

 

  最後に坂上を回収しようとした瞬間、ベヒモスが地面を破裂するように粉砕させ、ベヒモスが咆哮と共に起き上がる。

 

「うおおおおおおおっ!?」

 

  当然、頭の上にいた坂上は空高く打ち上げられ、宙を舞った。まずい、あの高さから落ちれば死ぬ!

 

『ええい、瞬間移動で間に合うか……』

「坂上くんっ!」

 

  一か八か瞬間移動しようとしたその瞬間、隣を一陣の風が駆け抜けた。

 

  咄嗟に目で追いかければ、ラビットエボルボトルを片手にハジメが疾走していた。まさかあいつ、助けに行くつもりか!

 

  俺の予想通り、文字通り神速のごとき速度でトラウムソルジャーの間をくぐり抜け、石橋を駆けたハジメは跳躍し、坂上の体をキャッチする。

 

「エボルトォオオオオオオオッ!」

「のわぁああああっ!?」

 

  そして、思いっきりこちらにぶん投げてきた。すでに限界に近いスーツをフル稼働させ、坂上を受け止める。

 

「ごはっ!」

『どけ、邪魔だ!ハジメ、早くそこからーーグッ!?』

 

 

 バヂッ!!!

 

 

  石橋の上に落ちたハジメを迎えに行こうとした瞬間、スーツに激しいスパークが走った。各所から煙が上がり、アラームが鳴り響く。

 

『スーツが、限界を、超えた、のか……!』

 

  そりゃああんな化け物装甲の魔物をぶったたけばイカレるとは思ってたが、ここでそれがくるかよ!

 

「今だ、撃てーーーーッ!」

 

  俺が動けないでいるうちに、魔法の一斉掃射が始まった。色とりどりの、あらゆる属性の魔法がベヒモスに降り注ぐ。

 

  それは案の定、ベヒモスにとっては大したダメージになっていない。だがしかし、足止めには十分な威力のようだ。

 

『ハジメ、走れぇえええええええっ!!!』

 

  全身を駆け巡る激痛に苛まれながら、俺は叫ぶ。立ち上がったハジメは転けそうになりながらも、こちらに走ってきた。

 

「ハジメ、早くッ!」

「南雲くんっ!」

 

  隣で、美空とカオリンが叫ぶ。

 

『クソッ、なぜ体が動かない!?動け、動けっ、動けッッッ!!!!』

 

  なにが星狩りだ!なにが究極の存在だ!俺は、俺は友一人すら、救うことができないのかっ!

 

  自分を呪っている間に、ハジメはこちらに向けて一直線に走ってきていた。このままの速度でいけば、無事にたどり着く。

 

  自分に対して怒りを感じながらも、ニヤリと仮面の下で顔を歪め……

 

 

 

 

 

 ギュンッ!

 

 

 

 

 

『何っ!?』

 

 魔法の一つが、突然曲がってーーッ!?

 

「!?」

 

  俺以上に驚くハジメの眼前に、その火球は突き刺さった。着弾の衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。

 

「ハジメッッ!!!」

「南雲くんっ!」

 

  美空たちが叫ぶ。こんな状況になってなお、俺の体は動かなかった。

 

 俺たちの視界の先で、ハジメがフラフラと立ち上がる。そして、少しでも前に進もうと歩き始めた。

 

 

 

 

 グォオオオオオオオオオオォォオオッ!!!

 

 

 

 

 が、ベヒモスも何時までも一方的にやられっぱなしではなかった。ハジメの背後で、三度目の赤熱化を果たした頭をかざす。

 

『クソッタレがぁ………!』

 

  俺はそれを、ただ見ていることしかできなかった。そうしているうちに、振り返って咄嗟に飛び退いたハジメにベヒモスの頭が振り下ろされた。

 

 

 

 ドォォオオオオオオオオオオンッ!!!

 

 

 

  次の瞬間、激烈な衝撃が橋全体を襲う。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動し、メキメキと橋が悲鳴を上げ……そして、崩壊を始めた。

 

 

 

 グルァァアアアァアア!?

 

 

 

 悲鳴を上げながら、崩壊し傾く石畳を、爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。

 

「う、うわぁあああぁあああっ!?」

 

  ベヒモスの断末魔が木霊する中、ハジメもまた、悲鳴をあげてなんとか這い上がろうとしていた。

 

  だが、時間は無情に過ぎていく。必死の抵抗むなしく、石橋は崩壊し、ハジメは落ちていった。

 

 

《READY GO!》

 

 

《エボルテックアタッーク!》

 

 

  その時。そんな聞き慣れた自分の声が耳に届いた。

 

 

 

 

 

「ハジメェェエェェエッ!!!」

 

 

 

 

 

  アラームが鳴り響き、パネルが真っ赤に染まる中で、復活したシュウジが翼を生やし、ハジメの消えていった奈落へと飛び込んだ。

 

『シュウジッ!!!』

 

  この期に及んで動けない俺の叫びは、届くことなく。石橋だった大量の瓦礫とともに、二人の姿は消えた。

 

  それから数秒して、ようやくスーツのシステムが正常に戻る。俺は即座に瞬間移動をして、奈落の底を覗いた。

 

  だが。どんなに目を凝らしても、直ったばかりのカメラアイを使っても、二人の姿はもう、どこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『シュウジィィィイイイイイッ!ハジメェエエエエエエエエッ!』

 

 

 

 

 

 

 

  最後の最後まで何もできなかった俺の叫びは、奈落の闇へと吸い込まれて消えていくのだったーー。

 




はい、落ちましたね。
この後は…さあ、ようやく物語の始まりだ。
お気に入りと感想をお願いします。
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崩壊、暗躍

みなさん、活動報告へのコメントありがとうございます。
現在メルさん2票、セントレアさん3票、勇者(笑)二票、そんなことよりおうどん食べたい一票です。案外セントレアさん覚えられてますねw
今回はかなりダークめです。
いろんな人物が壊れます。
シュウジのイラストを描きなおしたので、これを投稿したら変更しておきます。
楽しんでいただけると嬉しいです。


  私……白崎香織は今、絶望していた。その理由は、今目の前に広がっている光景にある。けど、不思議と冷静だった。

 

  迷宮にベヒモスの断末魔の声が響き、石橋だった瓦礫が奈落に落ちて……そして一緒に、南雲くんとシューくんも落ちていった。

 

  〝私と美空で、南雲くんを守る〟。そう約束したのに、それなのに私は、エボルトと一緒で、ただ見ていることしかできなかった。

 

  脳裏に、あの夜のことが何度もフラッシュバックする。美空と三人で談笑して、そして約束をした、あの日。

 

  最後美空にしてやられたから、ちょっと悔しかったけど、でも嬉しかった。南雲くんが私たちを頼ってくれたことが。

 

 それなのに冷静なのは……

 

「ハジメ、ハジメぇっ!いや、嫌ぁあああぁあああぁあぁあああぁああぁあっっ!!?」

 

  誰よりも南雲くんを愛していた美空が、私よりも絶望しているからかもしれない。

 

  前に、聞いたことがある。人間は、近くにいる人間がパニックになるほど、時に冷静になると。きっと、今の私はそうなんだろう。

 

「美空、だめだよっ!」

「離して!ハジメのところに行かないと!いや、いやぁっ!離してぇっ!」

 

 今にも飛び出そうととする美空を、必死に体を掴んで止める。美空はどこにそんな力があるかというほどに暴れまわった。

 

  何度も振りほどかれそうになるけど、それでも絶対に止めなくてはいけない。そうしなければ、美空は奈落に飛び降りるだろうから。

 

  そしてきっと、反対の立場だったら私もそうしただろう。だからこれは、自分の気持ちから目をそらすための行動でもあるんだ。

 

  私だって本当は泣きたい。叫びたい。心が引きちぎれそうで、できるのなら今すぐ彼女と同じようにしたいのだから。

 

「美空、聞いて。南雲くんは……」

「嫌っ、聞きたくない!ハジメは生きてる!だから早く行かないと!」

「美空っ!」

 

  私が大声を出すと、ビクッと肩を震わせて美空は動きを止めた。オロオロとしていた光輝くんや、他の皆が驚いた顔をする。

 

  普段私は声を荒げたりしないからびっくりしたんだろうな。でも、今は関係ない。私は美空を抱きしめた。

 

  美空は驚いたような動きをして、身じろぎしたが、強く抱きしめると胸に顔を埋めて泣き出してしまった。

 

「美空、大丈夫だから」

「香織……ハジメが、ハジメが、落ちて……」

「大丈夫。きっとシューくんが助けてくれるよ」

 

  そう言って美空の背中を撫でながら、私は自分の言葉が何の確証もない、気休めの言葉だとわかっていた。

 

  普通に考えて、あんな奈落の底に落ちたら助からない。シューくんが間に合ったかなんてわからないし、そもそもそのシューくんだって無事じゃないかもしれない。

 

  でも。ここで私が諦めたら、きっと美空は壊れちゃう。普段喧嘩してばかりだけど、大切な友達を見捨てることなんて、できない。

 

  そんな私の気持ちが伝わったんだろうか。次第に美空の体から力が抜けて、すっかり大人しくなった。思わずほっとする。

 

「クソッ……クソッ、クソォッ!」

 

  そんな私たちのすぐそばでは、南雲くんに助けられた龍太郎くんが、拳を地面に打ち付けて、怒号を吐き出していた。

 

  地球にいたころは仲が悪かったけど、この世界に来て皆で鍛え始めてから、二人は仲が良かった。助けられたのもあって、悔しいんだと思う。

 

「……あれ?そういえば、雫ちゃんは?」

 

  こういう時、いの一番に冷静に対処するはずの、雫ちゃんの姿が見えない。一体どこにいってしまったんだろう。

 

  そう思ってキョロキョロと見渡すと、いつのまにか雫ちゃんは、ソルジャーの向こう側にいた。

 

  どうしてあんなところに。そう思っていると、ふらふらと歩いていた雫ちゃんは地面に座り込み、落ちていたものを拾った。

 

「あれって、シューくんの……」

 

  雫ちゃんが拾ったのは、大きな紫色の銃だった。シューくんの作った、確かネビュラスチームガン?だっけ。

 

  しばらくじっとそれを見つめていた雫ちゃんだが、急にそのネビュラスチームガンの銃口を頭に押し当てた。

 

「………あはっ」

「雫ちゃん、だめっ!」

 

  咄嗟に叫んで、雫ちゃんに手を伸ばす。だが当然、こんなところから届くはずもなく、見てることしかできなかった。

 

  でも、雫ちゃんが死ぬことはなかった。奈落を覗いていたエボルトが肩に手を置くと、途端にパタリと倒れてしまったのだ。

 

  またほっとしているうちに、エボルトは雫ちゃんを肩に担いで瞬間移動して来た。そして、私の前に現れる。

 

『……………』

「エボルト……?」

『……さっさと帰るぞ』

 

  今までに聞いたことのないような、ひどく低い声でそういったエボルトは、雫ちゃんを担いだまま階段を登っていった。

 

「……あいつに続け。迷宮を離脱する」

「消耗の少ないものは怪我人の補助を。なるべく不必要なものは捨てなさい。少しでも身軽にして、行進の速度を速めます」

 

  メルドさんと、なぜだか非常に冷静な御堂さんの指示で、皆動き始めた。龍太郎くんが立ち上がり、光輝くんも心配そうにこちらを見た後階段に向かう。

 

「ほら美空、行こう?」

「………うん」

 

  私も美空に肩を貸して立ち上がる。そして彼女を支えながら、一度奈落の方を振り返った後、階段に向かった。

 

 

 ●◯●

 

 

  それから私たちは、御堂さんの指示に従い、怪我人をダメージが少ない人がカバーして、必要ない荷物を捨てて上に向かった。

 

  一番前で光輝くんが持ち前のリーダーシップを発揮し、ダメージの刻まれているクラスメイトたちを先導したのもあるだろう。

 

 それでも極限の疲労で動けない人が多くて、どうしても出発に時間がかかった。メルドさんとか、騎士の皆さんが促してるんだけど……

 

「どうしても動けないものは置いていきます。魔物の餌にでもなんにでもなりなさい」

 

  けど、御堂さんの冷徹な声でなされた宣言で、皆恐怖を掻き立てられたのかすぐに動き出した。

 

  普通なら、反抗しただろう。でも疲れているし、何より御堂さんの異様なオーラに、皆逆らうことはできなかった。

 

  とにかく、皆無事に階段へ脱出して、長い上階への道のりを歩み始めた。それは、かなり神経のすり減るものだった。

 

  薄暗い空間の中で、ひたすら足を動かして階段を上っていく。感覚だと、もう30階分くらいは上っている。

 

  そんな疲労が溜まった体に、美空の重さが加わってかなりきつい。それでも自分で歩いてくれるから、まだマシだ。

 

「あっ……」

「おっと、大丈夫か?」

 

 一瞬気を抜いた隙に、転びそうになってしまった。けど、女騎士さんに支えられて何とか転倒せずに済む。

 

「あ、ありがとうございます」

「いやなに、問題なぁあいっ!?」

 

  フッと笑った女騎士さんは、私の目の前で段差に引っかかってひっくり返った。そしてパンツが丸見えになる。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。すまないな」

 

  私は静かに彼女に手を貸して立ち上がらせると、笑顔でその場を去った。私はなにも見ていない、デフォルメされた馬のプリントされたパンツなんて見てない。

 

  そのまままた歩いていると、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。自然、足が早まってくる。

 

  まずメルドさんが扉に駆け寄り、詳しく調べ始めた。例の罠検知用魔道具、フェアスコープを使うのも忘れない。

 

 その結果、どうやらトラップの可能性はなさそうであることがわかった。魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのもののようだ。

 

「〝開放〟」

 

  メルドさんは、魔方陣に刻まれた式通りに一言の詠唱をして魔力を流し込む。すると、まるで忍者屋敷の隠し扉のように扉がクルリと回転し、奥の部屋へと道を開いた。

 

「やった、これで出られる!ほら美空、もう少しだよ?」

「………うん」

 

 美空を促しながら扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。

 

「帰ってきたの?」

「戻ったのか!」

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

 他の皆が、次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子や、へたり込む人もいた。私もほっと息を吐く。

 

  みると、光輝くん達ですら、壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。そんな中、御堂さんだけが警戒して周りを見渡している。

 

「……特に、魔物はいないようね。けれどまだ迷宮の中、油断はできない。メルド騎士団長」

「うむ。お前たち、気をぬくな!なるべく魔物を避け、最短距離で地上へ帰還する!」

 

  その言葉に、魔法で足の疲労を癒していた私は少し不満に思った。ちょっとだけでいいから休ませてほしい。

 

  それは皆も同じようで、無言ながら不満そうな顔をする。けどメルドさんがギンッと睨むと、渋々のろのろと立ち上がり始めた。

 

「早くしなさい。5秒以内に立ち上がらなかったものは、道中魔物と遭遇した場合の囮にします」

 

  しかし、御堂さんが有無を言わさぬ口調で言うと、嫌々立ち上がっていた人たちも皆すぐに立ち上がった。

 

  そんな皆を鼻で笑いながら、御堂さんが率先して歩き始める。そんな彼女の後を、メルドさんや光輝くんも皆を促してついていった。

 

「御堂さんって、あんな子だったっけ……?」

 

  元の世界にいた時は、おとなしめで、でも聞き上手の優しい子だったはずなんだけど。まるで人が変わったみたい。

 

  不思議に思いながらも、美空の背中を押しながら帰路を歩く。道中の敵を、騎士の人たちが中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。

 

  そしてついに、一階の正面門と受付が見えた。迷宮に入って一日も立っていないはずなのに、かなり懐かしく思える。

 

 今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒もいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。

 

「疲れた……美空、ついたよ」

「………うん」

 

  受付横の壁に背中を預けて、隣に座らせた美空にそう言う。でも、美空は虚ろな表情で答えるだけだった。

 

  道中も話しかけていたのだが、うんとしか答えなくなってしまった。そのショックがわかるだけに、私は苦々しい顔をする。

 

「あれ、そういえばエボルトは?」

 

  いつのまにか、エボルトもいなくなってた。雫ちゃんは龍太郎くんが担いでいる。一体どこに……。

 

「……白崎さん、大丈夫?」

 

  エボルトを探して広場を見渡していると、御堂さんが近づいてきた。彼女を見上げて、私は頷く。

 

「あ、うん。大丈夫だよ御堂さん」

「そう……石動さんは、大丈夫ではなさそうね。まあ、仕方がないかしら」

 

  隣で茫然自失としている美空を見て、御堂さんは肩をすくめた。私はぎゅっと手を握りしめる。

 

「うん……美空は、南雲くんと本当に仲が良かったから」

「そう…ごめんなさい。まさかあのような事態になるとは想定していなかった」

 

  申し訳なさそうに言う御堂さんに、私は少し驚いた。すごく冷たい感じだったけど、今は違う感じがする。

 

「あれをやった犯人は必ず見つけ出すわ。そしてーーー」

「………?」

「……なんでもない。どうやらメルド騎士団長が帰ってきたようだから、そろそろ休憩は終わりでしょう」

「あ、うん」

「それじゃあまた」

 

  私の前を去っていく御堂さん。宿へ帰ることを通達する騎士の皆さんの声に、私はヘトヘトな足に力を込めて立ち上がる。

 

「……さっき、御堂さん」

 

  美空を立ち上がらせながら、メルドさんの方に歩いていく御堂さんの背中を見返す。

 

「聞き間違えじゃなければ、御堂さんいま……」

 

 

 

 

 

 

 

 ーー見つけ出して、喰い殺す。

 

 

 

 

 

 

 

「……まさかね」

 

  そんなこと言うわけがないと、私は美空に肩を貸しながら皆のところへ行くのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

 メルドが例の罠の報告を終えた後、ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく、宿屋の部屋に入った。

 

  幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。

 

  特に美空はハジメを失ったショックもあって、部屋に入るなり気を失うように眠ってしまった。雫も同様だ。

 

  現在その二人はハジメとシュウジのこともあり、同じ部屋に変更され、香織が見ている。

 

 そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角にある目立たない場所で、膝を抱えて座り込んでいた。

 

  顔を膝に埋め、微動だにしない。もしクラスメイトが彼のこの姿を見れば、激しく落ち込んでいるように見えただろう。

 

 だが、実際は……

 

 

 

「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツが悪いんだ。南雲は〝無能〟のくせに……ちょ、調子に乗るから……て、天罰だ。……俺は間違ってない……俺は間違ってない……ヒ、ヒヒ」

 

 

 

  暗い笑みと濁った瞳で、必死に自己弁護しているだけだった。その姿はいっそ憐れなほどに穢らわしい。

 

 言わずもがなあの時、軌道を逸れてまるで誘導されるようにハジメを襲った火球は、この檜山が放ったものだったのだ。

 

 階段への脱出と、ハジメの救出。それらを天秤にかけた時、二人を見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()? と。

 

 

 

 そして、檜山は悪魔に魂を売り渡した。バレないように絶妙なタイミングを狙って、誘導性を持たせた火球を、ハジメの前に着弾させた。

 

  全員が魔法を放っていたあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠もないし、分かるはずがない。

 

 そう自分に言い聞かせながら、暗い笑いを浮かべる檜山。

 

  それなのにビクビクと時折振り返るのは、エボルトがいないか確認しているためだ。以前から目をつけられていたがゆえに、気づかれているやもと思っている。

 

「へぇ~、やっぱり君だったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイトか……中々やるね?」

 

 その時、不意に背後から声を掛けられた。

 

「ッ!?だ、誰だ!」

 

 慌てて振り返る檜山。そこにいたのは、見知ったクラスメイトの一人だった。

 

「お、お前、何でここに……」

「そんなことはどうでもいいよ。それより…人殺しさん?今どんな気持ち?恋敵をどさくさに紛れて殺すのってどんな気持ち?」

 

 その人物はクスクスと笑いながら、まるで喜劇でも見たように楽しそうな表情を浮かべる。薄ら寒さを覚える檜山。

 

  檜山自身がやったこととは言え、クラスメイトが死んだかもしれないというのに、その人物はまるで堪えていない。

 

  ついさっきまで、他のクラスメイト達と同様に、ひどく疲れた表情でショックを受けていたはずなのに、そんな影は微塵もなかった。

 

「……それが、お前の本性なのか?」

 

 呆然と呟く檜山。その人物は、それを馬鹿にするような見下した態度で嘲笑う。

 

「本性?そんな大層なものじゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。そんなことよりさ………この事、皆に言いふらしたらどうなるかな?特に、あの子が聞いたら……」

「ッ!? そ、そんなこと……信じるわけ……証拠も……」

「ないって?でも、僕が話したら信じるんじゃないかな?あの窮地を招いた君の言葉には、既に力はないと思うけど?」

 

 檜山は追い詰められる。まるで弱ったネズミを更に嬲るかのような言葉。まさか、こんな奴だったとは誰も想像できないだろう。

 

  二重人格と言われた方がまだ信じられる。目の前で嗜虐的な表情で、自分を見下す人物に、全身が悪寒を感じ震える。

 

「ど、どうしろってんだ!?」

「うん?心外だね。まるで僕が脅しているようじゃない?ふふ、別に直ぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」

「そ、そんなの……」

 

 弱みを握り、言うことを聞かせる。実質の奴隷宣言のようなものだ。彼の罪過を思えばそれでもなお足りないが。

 

  流石に、躊躇する檜山。当然断りたいが、そうすれば容赦なくハジメ達を殺したのは檜山だと言いふらすだろう。

 

 葛藤する檜山は、「いっそコイツも」とほの暗い思考に囚われ始める。しかし、その人物はそれも見越していたのか、悪魔の誘惑をする。

 

「白崎香織、欲しくない?」

「ッ!?な、何を言って……」

 

 暗い考えを一瞬で吹き飛ばされ、驚愕に目を見開いてその人物を凝視する檜山。

 

  そんな檜山の様子をニヤニヤと見下ろし、その人物は誘惑の言葉を続ける。

 

「僕に従うなら……いずれ彼女が手に入るよ。他にも何人か候補はいるけど、君が一番適任かな?」

「……何が目的なんだ。お前は何がしたいんだ!」

 

  あまりに訳の分からない状況に、檜山が声を荒げる。

 

「ふふ、君には関係のないことだよ。まぁ、欲しいモノがあるとだけ言っておくよ……それで?返答は?」

 

 あくまで小バカにした態度を崩さないその人物に苛立ちを覚えるものの、それ以上に、あまりの変貌ぶりに恐怖を強く感じた檜山は、どちらにしろ自分に選択肢などないと諦めの表情で頷こうとした。

 

 

 

 

 

『おいおい、俺に隠れて内緒話なんて、仲間なのに薄情じゃあないか?』

 

 

 

 

 その瞬間、背後から声が聞こえてきた。

 

「「っ!?」」

 

  檜山とその人物は、バッと後ろを振り返る。すると声の主は、カツカツとブーツを鳴らしながら影から姿を現した。

 

  その男は、全身を真っ赤なスーツで覆っていた。血のようなそのスーツには装甲や何色ものコードが張り付き、逆に恐ろしさを増している。

 

  胸部装甲には大きなコブラの意匠がついており、前腕には毒針のようなものが。そして頭を覆うマスクには一本角のような煙突、そして胸と同じく水色のバイザー。

 

『よおクズども。毎度おなじみ、ブラッドスタークだ』

 

  そこにいたのは、姿を消していたエボルトだった。

 

「……どうして、お前がここに」

「ひ、ひぃっ!?こ、殺されるっ!?」

 

  警戒した目を向ける人物と、腰を抜かす檜山。そんな二人を見て、エボルト……否、スタークは嘲笑うように含み笑いをする。

 

『ちょっとお前らに用があってね。お前ら……俺と組まないか?』

「……何?」

『いやなに、いまとある組織を作ろうと思っていてね。メンバーを探しているところなんだ。そして、お前らみたいな欲望に忠実なクズが一番丁度良い』

「ふーん……それで、見返りは?」

『お前らが欲しがっているものを手に入れるのを手伝おう。既に下準備は整っている。利用価値はかなり高いと思うが?』

 

  恭しく礼をして、慇懃無礼な態度でそう言うスターク。あまりにも胡散臭いその態度に、その人物はいぶかしむような顔をした。

 

「お前、北野の仲間じゃなかったっけ?それにこの人殺しさんの願いを叶えるってことは、南雲や他のやつと敵対することになるけど?」

『だからどうした?』

 

  即答したスタークに、その人物は流石に驚いたような顔をした。その人物の知るエボルトと、目の前のスタークがまるで違うように思えたのだ。

 

『俺があいつらと仲良くしていたのは、あくまでシュウジが大切にしていたからだ。あいつの大切なものは、俺の大切なものだ。だが、もう、今は違う。どうだっていい』

「………」

『で、どうする?そこで腰抜かしてるクソも、さっさと答えろ』

「ひ、ひぃっ!?お、お前の目的は、なんなんだよっ!?」

 

  先ほどその人物にしたのと、全く同じことを言う檜山。スタークはそれに言葉で答えず、コツコツと近づいていった。

 

  また悲鳴をあげて後ずさる檜山の前でしゃがみこむと、ガッとその髪をつかみ、強制的に自分と顔を見合わせる。

 

『俺の目的だと?ハハッ、そんなの決まってんだろ』

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 こ の 世 界 の 全 て を 破 壊 す る 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  そう、かつて彼と地球を守るために戦った男たちですら聞いたことがないような、ひどく底冷えのする声で言った。

 

  檜山はまるで、自分の目の前で瞳孔の細まった目を見開き、毒液を牙から滴らせている蛇が口を開けているような錯覚を覚えた。

 

『いいか。俺にとって命とはシュウジだ。人間とはシュウジだ。家族とはシュウジだ。そして世界とはシュウジだ。あいつのいない世界など、俺にとっては何の価値もない。そしてこの世界は、俺からあいつを奪った。だから全て、完膚なきまでに破壊する。人間も、魔物も、神も、全て俺が食い尽くしてやる。それが俺の望みだ。安心しろ、お前もそのうち必ず殺してやる』

 

  もうそこに、女神より人とは何かを教えられ、賑やかな平和を愛したエボルトはいなかった。代わりにいるのは、冷徹な怪物。

 

  その名の通り、自分の怒りのために世界を犠牲にし、その身を血で染め上げて命を嘲笑う、かつてのブラッド族のエボルトが、そこにいた。

 

「ふ、ふふふふ……アハハハハ!人に言っておいて、お前もクズじゃん!アハハッ!」

『ああそうだ。つまり俺たちは、似た者同士ってわけだ。せいぜい、仲良くしようぜ?』

「くふふふ、いいよ。一緒にやろうじゃないか。お前は世界を滅ぼすために。私は自分の目的のために。そこの人殺しくんは、白崎香織を手に入れるために。私たちは今から同志だ」

 

  そう歪んだ笑顔で言うその人物の手を、スタークは楽しそうに肩を揺らしながら握った。そして二人で哄笑をあげる。

 

(な、なんなんだ。なんなんだよ、こいつらは……!)

 

  そして最後まで何もろくなことを喋らなかった檜山は、そんな二人を見て恐怖した。しかし今更、自分は無理だなどとは言えない。

 

  あんなことをした時点で、檜山はもう戻れないのだから。ゆえに、お得意の自己弁護で香織が手に入りやすくなっただけだと言い聞かせた。

 

  自分は悪くない、そうなんども言い聞かせる檜山を一瞥したその人物は、愉しげな笑みを浮かべてエボルトに問いかける。

 

「それで、その組織の名前は?」

『ああ。俺たちは今からーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー〝ファウスト〟だ』

 

  そして。今ここに、再び最悪の組織が誕生した。




はい、言った通り壊れましたね。
ウチの香織さんは強いです。
さて、次回は久し振りに女神様、そして例のヒロインの登場です。
お気に入りと感想をお願いします。


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紅の殲滅者

おじさんとマシュマロ読んだんですけど、すごく面白かったです。最後の終わり方でガッツポーズしましたw
今回はオリジナル話です。
例のヒロイン登場。
楽しんでいただけると嬉しいです。

シュウジ「さてさて、今回もあらすじのお時間だ」

エボルト「前回はいろんなやつが狂っちまったな。カオリンはよく頑張ったもんだ。あの女騎士は相変わらずへっぽこだが」

シュウジ「まさかの馬さんパンツだもんなぁ。ていうかセントレアと馬って、もうそれ完全にモンむs」

セントレア「い、言わないでくれシュウジ殿!別に馬が好きでも良いだろう!?」

シュウジ「あ、来てたんすねセントレアさん」

セントレア「ま、まったく、公共の場で私のパンツの話などしないでくれ」

シュウジ「いや、俺はいいと思うけどどね?」

セントレア「しゅ、シュウジ殿…」

エボルト「はいはい、ラブコメはそこまで。で、今回は落ちた後のお前の話だな。それじゃあせーの…」

シュ&エボ&セン「「「さてさてどうなる迷宮編!」」」


「ん……ありゃ?」

 

  目を覚ますと、そこはいつぞやの真っ白な空間だった。あれだ、燃え尽きたぜ、真っ白にな……ってくらい白い。

 

  それはともかく、なんでここにいるのだろうか。確か、俺はハジメを助けるためにエボルテックアタックで奈落に飛び込んだはずだが。

 

  少なくとも、ハジメを抱きしめて、岩や壁に何度もぶつかったのだけは覚えてる。そして、エボルトの絶叫も。

 

「……とすると、俺奈落の底のどっかで気絶してる?意識がないからこっちに引っ張られてきた?」

 

  その説が一番有力そうだ。俺は考える人のポーズ(空気椅子ver)をしながらそう考えた。

 

  そういや落ちたって言えば、あいつも落ちてったな。あの時はかなり混乱してたが、無事だっただろうか。

 

「……流石にミンチになってるのは見たくないなぁ」

 

  そしたらこの迷宮を塵一つ残さず消しとばす。俺から彼女や、他の二人を奪う奴は誰だろうと許さない。

 

  もしするにしてもハジメを回収してからだなーと考えてると、どっかから走る音が聞こえてきた。だんだんこっちに近づいてくる。

 

「ようやくお出ましk……」

「うえ〜ん!シュウジく〜ん!」

「っ!?!!?」

 

 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。音の方向に振り向いたと思ったら、いきなり顔に馬鹿でかい柔らかいものが押し付けられた。

 何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何が起きたのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。

 桃だとかマシュマロだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

 

「もっと恐ろしいもの(爆乳)の片鱗を味わったぜ……」

「うう……」

 

  おっと、恨めしげに見上げられてるのでここら辺にしとこう。

 

「で、どうしたんですか女神様?」

「それが聞いてくださいよシュウジくん!シュウジくんのこと色々と調べてたら、とんでもないことがわかったんです!」

「なにゆえに?」

「愛のなせる技です♪」

 

  ぴんっと指を立てて笑顔で言う女神様。何これ可愛い。もし雫とダブルでやったら俺もういくらでも頑張れちゃいそう。

 

「で、とんでもないことって?」

「それが……前世のシュウジくんの、お弟子さんたちがシュウジくんと同じ世界にいるんです!」

「……やっぱりですか」

 

  なんとなく、そんな気はしていた。そもそも、〝ルイネ〟がいた時点で残りの二人がいるのも確定している。

 

  そのうちの一人は、多分〝世界の殺意〟状態のときに助けた、あのクラスメイト。彼女はおそらく……

 

「でも、なんで女神様がそれを知らないんすか?神様でしょ?」

「私もびっくりしました。まさか神の目をかいくぐるなんて」

 

  それからの女神様の話を要約すると、こうなるらしい。ちなみに途中からあぐらをかいてもふもふしてた。良い匂いがした。

 

  まずあの三人、俺があいつらに分け与えた〝報酬〟を元に、完全に世界から消えたはずの、俺の記憶を復元したらしい。

 

  そして、自分たちの記憶と力を保存しておき、別の世界……これも俺の〝報酬〟を使って、俺のいる世界に送った。

 

  魂と記憶は、互いに引き寄せあう性質を持つ。記憶と力という〝座標〟があれば、自然にその場所に転生できるわけだ。

 

  そうすることで輪廻転生のシステムに引っかかることなく、俺の後を追ってきたらしい。まったく、手の込んだやり方だ。

 

  というか、我ながらなんて弟子たちを育てちまったんだか。まさか()()()()()()()、世界のシステムに干渉するとは。

 

  しかし、さしもの我が愛弟子たちでも、別世界への転移は不可能だったようだ。わざわざ魂と記憶、力を分けたのがその証拠だ。

 

「でも、どうやら最後の最後でうまくいかなかったみたいなんです」

「というと?」

「シュウジさんのいる世界に行ったところまでは成功したみたいなんですけど、その存在の強大さに世界が混乱を起こしたみたいで、世界に存在してもおかしくないように修正されたんです」

 

  まるでAIが学習して自分のバグを直すように、まるで最初からそこにあったようにすることで、世界を構成するシステムの負荷をなくしたようだ。

 

  それに当てはめると、おそらく〝ルイネ〟はオルクス大迷宮の一部として、あのクラスメイト(暫定)はただの人間の一人として、生まれ変わったのだろう。

 

  考えてみれば、当たり前だ。もともと存在しないものがいきなり存在することはない。記憶があるとはいえ、俺もこの世界の人間の一人として生まれたのだから。

 

「しかも、転生した後に回収できた記憶や力は、それぞれかなり差があるようで……」

 

  ほとんど記憶があるものもいれば、前世で持っていた特別な力の大半を失ったものもいる。中には全て失ったものもいるらしい。

 

  だが、それすら彼女たちは予期していた。女神様からすればてんてこ舞いだろうが、俺としては優秀な弟子に鼻高々である。

 

  回収できなかった記憶や力は、代わりに〝何か〟になって必ず自分の元に戻ってくるよう、運命をいじったとか。とんでもないなおい。

 

「さらに、必ずシュウジくんと出会うようにしたらしいです」

「……それで、さっき〝ルイネ〟が俺の目の前に現れたってわけか」

 

  案外、早かったものだ。いや、彼女たちからすれば気の遠くなるような時間の末の再会かもしれないが。

 

  困ったもんだなぁ。こうなるかもしれないと思ったから、あえて記憶を消してから死んだというのに。

 

  いやはや、まったく困った弟子たちだ。一体俺がなんのために、自分の〝報酬〟を使ったと思っているのか。自分たちの夢を放棄してまで、俺なんぞについてくるか普通?

 

「あの、シュウジくん?」

「はい?」

「そういうわりに、すごく嬉しそうな顔ですよ?」

 

  言われてようやく、自分の口の端が両方ともつり上がっていることに気がついた。頬をムニムニして元に戻すが、すぐにニヤニヤしてしまう。

 

「……ありゃりゃ、こりゃいけねえ」

「…本当に大切に思ってたんですね、お弟子さんたちを」

「まあ、娘みたいなもんだからなぁ」

 

  彼女たちのためならば、何でもやれる自信がある。〝報酬〟を彼女たちに譲ったのだって、愛情あってこそ。

 

  それが追いかけてきてくれたとあっちゃあ、師匠冥利につきるってもんだ。あの騒がしく、暖かい時間を、もう一度……

 

「とにかく、注意しておいてくださいね。いつ現れるかわかりませんから」

「はい、注意しときまーす。そんで女神様、要件はそれだけ?」

「まあ、それはそうなんですけど……目覚めるまで、しばらくこのままでいいですか?ちょっと疲れたので」

「合点承知の助でやんす」

 

  それから現実で目が醒めるまで、女神様とほのぼのしてました、まる。

 

 

 ●◯●

 

 

  パチッ、と目を覚ます。すると最初に見えたのは、薄暗い洞窟の天井だった。めちゃくちゃゴツゴツしてそう。

 

「あいたたた……」

 

  ズキズキと痛む身体に声を出しながら、上半身を持ち上げて伸びをする。すると色んなところからポキポキと音が鳴った。

 

  しばらく身体をほぐして、痛みが和らいでくると状況確認に移る。まず場所は……まあ、奈落の底だろうな。

 

  周りを見渡していると、すぐ近くに焚き火があった。パチパチと良い音を立てている。そして自分の体に毛布がかかっているのがわかった。

 

「よぉシュウジ。いい夢見れたか?」

 

  異空間の中に入れといたはずの毛布がなんで、と思っていると、聞き慣れた声がしたのでそういうことかと納得する。

 

「ふっ。いつから夢を見ていると錯覚していた?」

「なん……だと……!?いや、お前は夢を見たはずだ!」

「おまえがそう思うならそうなんだろう、おまえの中ではな」

「俺がガンダムだ」

「お前は何を言ってるんだ」

「……く、クク。フハハハハハ!」

「ふふ、あはははは!」

 

  いつものようなやり取りをした俺たちは、たまらず大声で笑う。そして互いに不敵な笑みを相手に向けた。

 

「そんだけの元気があるなら平気だな」

「おうよ、()()()()

 

  そう、俺の前に座っているのは、我が相棒にしてかつて最凶最悪の地球外生命体、エボルトであった。

 

  俺と全く同じ顔、背格好をしているエボルトは、白髪を揺らしながら楽しそうに赤眼を歪めている。手元では薪を折って火に投げ込んでいた。

 

  さて。ここで疑問に思う人もいるだろう。なぜ分離して、スタークになって戦っていたエボルトがいるのか。それは、ある技能のおかげだ。

 

 

 ============================

 北野 シュウジ 17歳 男 レベル:???HL:測定不能

 天職:星狩り、アサシン

 筋力:ERROR

 体力:ERROR

 耐性:ERROR

 敏捷:ERROR

 魔力:ERROR

 魔耐:ERROR

 技能:天体観測・特殊空間航行・全事象耐性・憑依[+精神操作][+肉体操作]・衝撃波・魔具精製[+エボルボトル][+ドライバー]・念動力[+凝縮][+破壊]・毒物精製・瞬間移動[+一定空間内]・異空間収納[+付与][+無機物]・敵対感知・物体操作・隠密・剣術・槍術・短剣術・銃術・闘術・暗殺術・交渉術・世界の殺意[+回帰]

 短剣術・自己再生[+分裂増殖]・変身・蒸血・進化・言語理解

 ==============================

 

 

  ステータスプレートにある技能のうち、いくつかが派生技能を獲得している。ちなみにレベルとハザードレベルはスルーの方向で。

 

  その派生技能のうちの一つ、自己再生の[+分裂増殖]。これはいわば、単細胞生物のプラナリアと同じ原理で分裂し、増える技能だ。

 

  残念ながら、一応人間の俺では使えなかったが、技能を共有するエボルトには使えた。つまり、スタークになっていたのはエボルトの元半分だ。

 

  で、ここにいるのは残りの半分。こういうもしもの事態に備えて、常に俺の体内に潜んでいたというわけだ。

 

「いやあ、案外悪くないなこの世界のシステムも」

「この状況にはまさにベストマッチだったな……で、だ。良い知らせと悪い知らせがあるが、どちらから聞きたい?」

「んー、じゃあ悪い方からで」

「おk。まず一つ目だが……お前のエボルドライバー壊れたぞ」

「……は?え、マジで!?」

 

  慌てて異空間からエボルドライバーを取り出して、腰に当てる。が、しかしベルトが出てくることはなかった。マジかよ。

 

「ここにくるまでに、何度も岩壁にぶつかったせいだな。ベルト部分がぶっ壊れたから使えねーぞー」

「うそーん……」

「で、二つ目。途中でお前が気絶したせいで、ハジメを離しちまってはぐれた。途中で横穴に落ちてったから場所もわからん」

「オイオイオイオイ、最悪じゃねえか」

「グラップラー刃◯やめろ」

 

  うーん、瞬間移動でハイリヒ王国中から素材集めて作ったのに、残念だ。異空間の中にも材料は残ってない。こりゃしばらく修理は無理だな。

 

「で、良い知らせってのは?」

「それが……と、噂をすれば起きたようだぞ」

「起きた?」

 

  ほれ、と指差すエボルトに、そちらを振り向く。すると、近くに置いてあった布がもぞもぞと動きだす。なんだ?

 

  少し警戒して見ていると、むくりと布の中から何かが起き上がる。するすると布が落ちていき、そして……血のように赤い長髪が姿を現した。

 

  まさか、と思っていると、赤髪の持ち主はしばらくぼーっとした後、キョロキョロと辺りを見渡し、最後にこちらを振り向いた。

 

  その女の顔を見た瞬間、俺はピシッと固まった。そのまましばし、女のことをじっと見つめる。エボルトに叩かれて正気に戻った。

 

「おいシュウジ」

「お、おう……やあお嬢さん、元気かい?あ、俺は元気だぜ。うん、もう絶好調」

「おい、混乱しておかしなことになってるぞ」

「マス、ター?」

 

  エボルトに突っ込まれていると、女は俺をマスターと呼んだ。思わずピタリ、と動きを止める。そして驚きの顔で女を見た。

 

「マスター、なのか?」

「……なんでわかった?」

 

  そう言うと、女はぱあぁあっ!と顔を輝かせた。あまりに美しいその笑顔に、胸がドクンと高鳴った。

 

「やはり、マスターなのだな!よかった、やっと会えた……!」

「うわっちょ、抱きつくなって!お前今裸……」

 

  そう、こいつは今裸なのだ。エボルトに服着せとけよとテレパシーを送るが、面倒臭かったと肩をすくめやがった。こいつ後で殺す。

 

  エボルトを恨めしげに睨んでいると、押し付けられていたおっぱゲフンゲフン、胸の感触がさらに強まった。

 

  バッとそいつを見下ろすと、「ふふふ……」と笑いながら体を密着させてきた。いたずらげな光を宿した碧眼が、上目遣いに俺を見る。

 

「お、おい……」

「どうだ、マスター?私がマスターの初めてを奪った時と感触は変わってない……」

「ストーップ!ストーップルイネさん!それ以上はいけない!」

 

  慌てて彼女の口をふさぐ。「むぐっ」と声をあげながらも、女はまるで触られたことが嬉しいと言わんばかりに目を細めた。

 

  こりゃダメだと、恐る恐るエボルトの方を振り返る。すると奴は案の定、ニヤニヤと口元を歪めていた。

 

「へえ、そういやそうだったなぁ。なあシュウジ、今どんな気持ち?童◯奪われた相手に抱きつかれてどんな気持ち?」

「やややややかましいわ!べべべ別に?特に何も思ってないし?」

 

 嘘ですかなりドキドキしてます。

 

  結局、俺はそいつが満足するまでエボルトの愉悦顔から逃れることはできないのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

 で、十分ほど経った後。

 

「……で、だ。久しぶりだな、ルイネ」

「ああ、久しぶりだ、マスター♪」

 

  真面目な声と表情でそう言うと、ルイネは上機嫌で答えた。俺の膝の間から。

 

「……時にルイネさん、俺の膝から降りる気は?」

「ないが?」

「あっ即答ですかそうですか」

「ふふ♪」

 

  背中を預けてくるルイネ。これは何を言っても無意味だと、俺は諦めて肩をすくめた。ニヤついてるエボルトは無視だ無視。

 

  改めて……こいつの名は、ルイネ・ブラディア。前世、俺が〝世界の殺意〟であったころに育てていた、三人の弟子の一人だ。

 

  順番的には三番弟子にあたるが、姉御気質で他の二人を纏めていることが多かった。一番年齢が上というのもある。

 

  一番弟子は四歳程度の頃から育てていたから、本当の娘のような感じだが、ルイネは俺を見つけてきた時からすでにある程度の歳だった。

 

  特徴的なその赤髪と、七つの大国を滅ぼしたことから、〝紅の殲滅者〟という異名を持っている。

 

  また、その神話の女神にも劣らない美貌から、〝血濡れの美姫〟なんて他の二人からあだ名も付いてた。本人は苦笑してたが。

 

  あと、まあ……さっき言った通り、こいつには俺の初めてを奪われた。俺が身近な異性のそういう誘惑に弱い原因でもある。

 

  いやだって、普通弟子に襲われるなんて思わないじゃん?あらゆる手段を使っても上回ってくるなんて思わないじゃん?

 

「それでマスター、このマスターの姿をした奴はなんなのだ?」

「おお、そういや自己紹介がまだだったな。俺の名はエボルト。かつていくつもの惑星を飲み込んできた地球外生命体。今は改心して、シュウジの体内に住んでる……相棒?家族?兄弟?なあシュウジ、俺ってどんなポジだっけ?」

「ペット枠」

「そうそう……ってオイ!」

「なるほど、つまりマスターの半身というわけだな」

 

  ほんの少しのやりとりで納得するルイネ。こいつは昔から理解が早かったからなぁ。

 

「私はルイネ・ブラディアだ。以後よろしく頼む」

「おう、よろしくブラディア。俺のことはエボちゃんとかエーボとか呼んでくれ」

「エーボってアミー◯みたいだなおい」

 

  そういやビルドとかクローズのア◯ーボ作ってたけど、どうなってるだろうか。処分されてなきゃいいが。

 

  さてさて。自己紹介も済んだところで、肝心なことを聞くとしますか。そう、女神様から聞いたことをな。

 

  とりあえず、この体制では真面目な話もできんので、異空間から適当に服と雫用に使ってたカチューシャを見繕って座らせる。

 

「んで、ルイネさんや。大体は女神様から聞いたが……他の二人もどこかにいんのか?」

「ああ、いる。皆マスターを追いかけてきたからな。そのうち、私のように現れるだろう」

「そっかー、来んのかー……まったく、飛んだおてんばな弟子たちだぜ」

「今度は私が尋ねる番だ……マスター。なぜ私たちから、記憶を消した」

 

  それまでのどこか甘えるような声ではなく、言及するような厳しい声でルイネは問いかけてくる。俺は自然と居住まいを正した。

 

「なんで、か……そんなの決まってるだろ。お前たちの夢への〝道〟に、俺という綻びを作らないためだ。夢を叶えた輝かしいお前たちに、俺という存在は不要なものだった」

「ふざけないでくれっ!」

 

  立ち上がったルイネの怒声に、空気が揺れた。パラパラと砂が天井からこぼれ落ちる。

 

「……私たちは、悲しんだ。あなたという存在を忘れていたことが、どれだけ悔しくて苦しかったか、あなたは考えたか?」

「………」

「ああ、確かにあなたのおかげで、夢は叶えたさ。私は祖国と家族を取り戻した。〝破壊者〟は教師に、〝捕食者〟は料理人になれた。望むものすべてを手に入れたが、それでもあなただけがいなかった!」

「……ルイネ」

「不要な存在だと?ふざけるな!私たちが夢を叶えるための力をくれたのは……何もかも失った私の〝家族〟になってくれたのは、他の誰でもない、あなたじゃないか!」

 

  彼女は、泣いていた。頬を赤らめ、怒りをあらわにしながら、それでも寂しそうに、心が激しく締め付けられるほどに、涙を流していた。

 

  それに、俺は後悔を感じた。これまで、一度もあの選択が間違ったと思ったことはなかった。これで、俺一人消えることで彼女たちは幸せになれると。

 

  だが、違った。俺が思うよりずっと、彼女たちと俺の絆は、強かったんだ。一人で完結して、勝手に理想の結果を押し付けていた。

 

「たとえ夢を叶えたとしたって、あなたがいなければ意味がないんだ!私は誰よりも、あなたに〝頑張ったな〟と、そう言って欲しかった!きっと、他の二人だってそうだ!」

「……すまん」

 

  悲痛な叫びを上げるルイネに、俺は深々と頭を下げた。これに関しては、俺が徹頭徹尾、十割がた悪い。

 

  謝罪を受けたルイネは、少しじっと俺を見た後、まるで縋り付くように抱きついてきた。今度は拒むことなく、その背中に手を回す。

 

「マスター、頼む……もう、私の、私たちの前からいなくならないでくれ。あなたが必要なんだ。私は、あなたがいない世界でなんて、生きたくないんだ」

「……ああ。こんなところまで追いかけてきてくれたんだ、もうどこにも行きやしないさ。今度は、ずっと一緒だ」

「マスター、マスタぁっ……!」

 

  泣きじゃくるルイネ。そんな彼女に俺はそっと、昔のように髪を撫でた。ゆっくりと、まるで子供をあやすように。

 

  しばらくそうしていると、ルイネはだんだん落ち着いてきて、しまいにはゴロゴロと甘えるようになった。思わず苦笑してしまう。

 

「……で、いつまで撮ってるつもりだそこの地球外生命体」

「おっと、バレちまったか。いやなに、弟子と師匠の感動の再会だからな。記録しておきたいと思って」

 

  言いながら異空間にスマホを放り込むエボルト。ちなみにあのスマホ、例のバイクに変わる俺の自作である。

 

「さて。それで、これからどうする?」

「そうだな……とりあえず、上には戻らない。ハジメを見つけてから、女神様からの知識にある〝隠れ家〟を目指す。雫や他のやつは上のお前に任せよう」

「そうだな、それがいい」

「む……マスター、何の話だ?」

「いやなに、旅をして切り札を増やし、神を〝殺す〟って話さ」

 

  そう言った途端、ルイネはニヤリと不敵に笑った。それは、任務に出るときに彼女が必ず浮かべていたもの。

 

「ほう、マスターがついに神を殺すのか」

「まあな……一緒に来るか?まあ、答えは決まってるだろうが」

「その通りだ。私もその旅に同行させてもらいたい。だから……これから末長く、よろしく頼むぞ、マスター」

「おう」

 

  それからしばし、これからの計画を立てながら、転生して以降の話などをして三人で盛り上がった。




次回はハジメサイドです。
お気に入りと感想をお願いします。


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喪失

今回はハジメサイドです。
原作とかなり違いますが、ご容赦を。

シュウジ「さて、前回は女神様から衝撃の事実を知らされて、んでその後ルイネとの対面だな」

ルイネ「どうも、紹介に預かったルイネだ」

エボルト「よお、来たかルイネ。あっ、俺はおなじみエボルトです。今日も元気ハツラツオロナ◯ンCだぜ。え、誰も聞いてない?はは、そんなわけないだろ」

シュウジ「いや誰も聞いてないぞ」

ルイネ「うむ」

エボルト「なん…だと……!?まあいい、今回はハジメの話だな」

シュウジ「みたいだな。どうなることやら…それじゃあせーの、」

三人「「「さてさてどうなる迷宮編!」」」


  意識が戻ったとき、最初に聞こえたのはザァザァと水の流れる音だった。冷たい微風が頬を撫で、冷え切った体が身震いした。

 

「うっ……」

 

  ゴツゴツとした感触と、下半身の小さい頃、冬場にシュウジと大雪の中半ズボンで遊びまわって帰った後みたいな感覚に、うっすらと目を開けた。

 

  ぐ、意識が朦朧としてる。それに全身が痛い。思わず眉を寄せながら、僕は両腕に力を入れて上半身を持ち上げた。

 

「いつつ、頭痛が。ええと、僕は確か……」

 

 ふらつく頭を片手で押さえながら、記憶を辿りつつ辺りを見回す。幸い、緑光石のお陰でうっすらと見える。

 

  今僕は、幅五メートル程の川の中におり、下半身が浸かっているようだった。服の裾が、突き出た川辺の岩に引っかかってる。

 

  次に上を見上げると、真っ暗な穴が見えた。どうやらあそこから落ちてきたようだ。途中なんども体をぶつけたから、きっと横穴の一つにでも運よく落ちたんだろう。

 

  立ち上がりながら服の裾を外し、僕は身震いした。ううっ、寒い。確かポケットの中にシュウジからもらったライターがあったっけ。

 

「あいつなんでも作れすぎだろ……へっくし!さ、寒い……」

 

  言いながらポケットからライターを取り出し、川から上がって服を絞った。そしてそのまま脱いでいく。

 

  パンツ一丁になると、〝錬成〟して地面から器を作り出し、そこに適当に石ころを放り込む。そして石にライターを使った。

 

  このライター、どんなものでも火がつくというわけのわからない代物である。相変わらずシュウジの技術は謎だ。

 

「うわ、ブレードに水が……」

 

  錬成で椅子を作り出しながら、持ち物の点検をした。幸い、スチームブレード改は防水加工してあったようで無事だった。

 

  だが、鍛えられていた全員に支給されていた携帯のほうはボコボコにぶっ壊れていた。これじゃあ連絡を取るのは無理か。

 

「それにしても、ここどこだろう。まあ奈落の底なのは確実だろうけど、近くにシュウジがいればいいな…」

 

  いくら小さい頃からの訓練と、ハザードレベルである程度の強さがあるとはいえ、何がいるかわからないところで一人で動くのは危険だ。

 

「とりあえず、シュウジと合流することにしよう」

 

  そしたら、地上に戻る。いつまでも美空を放ってはおけないしね。例えば坂上くん的な意味で。あのドルオタ何もしてないだろうな。

 

 ラビットエボルボトルをいじって時間を潰し、二十分ほど暖をとると服もあらかた乾いたので、出発することにする。

 

  どこの階層かは知らないが、いつ魔物が出てもおかしくないので、とても慎重に奥へと続く巨大な通路に歩みを進めた。

 

「うーん、いかにも迷宮って感じだな」

 

  ブレードを手に、周囲を警戒しながら通路を進む。形状は洞窟そのもので、一本道では無くうねうねしてる。あの罠のあった最後の部屋への道みたいだ。

 

 ただし、大きさは比較にならない。通路の直径は優に二十メートルはある。狭い所でも十メートルはあるのだから、相当な大きさだ。

 

「その分、隠れる場所も多いから良いんだけどね」

 

  岩や壁がせり出しているので、それに身を隠しながら進んでいく。安全第一、魔物に見つかりませんように、と思いながら。

 

  しばらく歩いていると、分かれ道にたどり着いた。巨大な四辻である。岩の陰に隠れながら、どの道に進むべきか逡巡した。

 

「ん、何かいる……?」

 

  暫く考え込んでいると、視界の端で何かが動いたので、岩陰に身を潜めて、顔を少しだけ出して様子を伺った。

 

  すると、僕のいる通路と真正面の道で、白い毛玉がピョンピョンと跳ねているのがわかった。長い耳もある。見た目はまんまウサギだった。

 

「……デカくない?」

 

  見た目はウサギなんだけど、大きさが中型犬くらいある。後ろ足がやけに大きく発達していて、赤黒い線が血管のように脈打っていた。

 

  うん、あれ明らかに関わっちゃいけないやつだ。正面の通路は諦めて、右か左の通路に進むほうがいいだろう。

 

  飛び出すタイミングを見計らい、様子を伺う。そしてウサギが後ろを向いた瞬間、立ち上がって駆け出そうとした。

 

 その瞬間、ウサギがピクッと反応したかと思うとスっと背筋を伸ばし立ち上がる。警戒するように、耳が忙しなくあちこちに向いている。

 

  バレたか、そう思ってすぐさま岩陰に戻った。心臓がうるさいくらいに高鳴っており、この音があの耳に届く錯覚さえ覚える。

 

 

 グルゥア!!

 

 

  しかしそのとき、また新たな声が聞こえた。今度はなんだと嫌な顔しながら、そっと岩陰の向こうを覗いてみる。

 

  すると、これまた白い毛並みの狼のような魔物が、ウサギ目掛けて岩陰から飛び出していた。遅れてさらに二匹でてくる。

 

 その白い狼は、大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、ウサギと同じように赤黒い線が体に走って脈打っていた。

 

「……赤黒い線が最近の魔物の流行なんだろうか」

 

  今年のトレンドは赤黒い線、より鮮やかな線の方が美しい!みたいな。ないか、うん、絶対ないな。何考えてんだ僕。

 

  こんな状況なのに、シュウジとエボルトに毒されているなと思っていると、いつの間にか音が止んでいた。

 

  どうなったかと、恐る恐る見てみると、ウサギの足元で狼たちはお陀仏になっていた。頭がひしゃげていたり、粉砕されている。

 

 対するウサギは、

 

「キュ!」

 

 と、勝利の雄叫び?を上げ、耳をファサと前足で払っていた。そこからは勝者の余裕が見て取れる。

 

 乾いた笑みを浮かべながら、僕は覗いたまま硬直していた。ヤバイなんてものじゃない。あれ戦ったら死ぬやつだ。

 

 思わず、無意識に後退してしまう。それが、自分の命運を分けるとも知らずに。

 

 

 

 カラン。

 

 

 

 

「っ!?」

 

  そんな音が、洞窟内にやたらと大きく響いた。バッと足元を見ると、足先に当たった小石がコロコロと転がっていくところだった。

 

  あまりにベタで痛恨のミスである。額から冷や汗が噴き出てきた。小石に向けていた顔をギギギと油を差し忘れた機械のように回してウサギを見る。

 

 

 …………………。

 

 

 ウサギは、ばっちりこっちを見ていた。

 

 赤黒いルビーのような瞳が僕を捉え、細められている。蛇に睨まれたカエルとはこのことか。全く体が動かない。

 

 そうしているうちに、首だけで振り返っていた蹴りウサギは体ごとこちらを向き、足をたわめ、グッと力を溜めた。

 

  くる、そう悟った瞬間、僕の体は自動的に動き始めた。小さい頃からシュウジに鍛えられた恩恵だ。

 

 

《ラビット!》

 

 

  ほんの刹那の時間でブレードのスロットにラビットエボルボトルを挿しこみ、体を横にそらしてブレードを構えた。

 

  次の瞬間、ウサギが後ろに残像を引き連れながら、途轍もない速度で突撃してくる。そして唸りを上げて蹴りが襲いかかってきた。

 

  咄嗟の行動が功を奏し、ウサギの蹴りはブレードと接触して逸らされる。火花が散り、腕に凄まじい負担がかかった。

 

「ぐぅおおおおおっ!」

 

  しかし、僕は腹の底から声を張り上げて、それを耐えしのいだ。ウサギが体の横を通過し、背後で爆裂音が鳴る。

 

  痺れたブレードを持つ右腕を抑えながら、後ろを振り返る。すると、爆発して抉れたような地面の上でウサギが停止していた。

 

  その隙にバックステップで距離を取り、痺れが薄れてきたブレードを構えて臨戦態勢をとる。

 

  危なかった。とっさにラビットエボルボトルでブレードを振る速度を上げてなければ、今頃あの狼たちの仲間入りをしてた。

 

「自分の脳みそが吹っ飛ぶところなんて、想像もしたくないよ……!」

 

  そう悪態をついていると、ゆらりとウサギが振り返る。するとそのルビー色の瞳には、驚きと怒りが浮かんでいた。

 

  多分、相当自分の蹴りに自信を持っているんだろう。それが防がれたことに、屈辱を感じたのかもしれない。

 

  でも、あいにく僕も死ぬわけにはいかない。八重樫さんじゃないけど、地上に戻って美空を幸せにするまでは死ねないんだ。

 

「フゥ………」

 

  深く息を吐き、半身を引く。そしてシュウジから教わったとある〝技〟を使う体制に入った。蹴りウサギも足をたわませる。

 

 

 ドンッ!!!

 

 

  またも突進してくる蹴りウサギ。蹴りウサギの体格からして、ミドルキックのような位置から脚が迫った。

 

「フッ!」

 

  そして、僕は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。驚いたように目を見開くウサギ。

 

  しかしマグレだと思ったのか、飛び退ってまた突進してきた。それに備えて、またブレードを構える僕。

 

  蹴りウサギが肉薄し、今度は上からのかかと落としが落ちてきた。また同じ速度でブレードを振るい、いなす。

 

 

 キュッ!?

 

 

  流石に二度目ともなるとマグレとは思えないようで、飛び退った蹴りウサギは警戒するように目を細めた。

 

「フゥ……」

 

  対する僕は、また深く息を吐いてブレードを構える。そしてさあ、どこからでもかかってこいと蹴りウサギを睨んだ。

 

  この技の名は、〝阿吽〟。阿吽の呼吸ということわざの文字通り、相手と同じ速度で攻撃を当てる防御術の一つだ。

 

  先ほどの戦闘で、だいたいの蹴りウサギの速度はわかった。あとはそれに、どれだけ僕がついていけるか。

 

「さあ、根比べといこうじゃないか…!」

 

 

 キュキュゥッ!

 

 

  そうして、僕と蹴りウサギの戦いは始まった。蹴りウサギは縦横無尽に飛び回り、様々な角度から蹴りを放ってくる。

 

  そのことごとくを、僕は〝阿吽〟で防いだ。たまに受けきれなくて掠り、裂傷が体に刻まれる。

 

  それでも死んでなるものかと、全力で応戦した。冷静に蹴りを見極めて、目を見開いて蹴りウサギを追いかける。

 

 

 キュキュッ!

 

 

  すると、ならこれはどうだと言わんばかりに、突進してきた蹴りウサギは()()()()()()()()()()()()

 

「固有魔法か……!」

 

  いよいよ本気を出してきたなと思いながら、手汗とともにブレードを固く握りしめる。やってやろうじゃないか。

 

 

 キュゥッ!

 

 

「ぐぅっ!」

 

  鋭い回し蹴りを、腕が折れる覚悟で全力で受け止める。ブレードの腹に手を添えて、ようやく受け止められた。

 

「どうだ……!」

 

 

 キュゥ……!

 

 

  やるな、と言わんばかりに蹴りウサギが目を細める。また僕から離れると、ここからが本番だと言わんばかりにさらに激しい猛攻が始まった。

 

  空間を蹴った変則的な蹴りが加わり、苛烈になっていく蹴りウサギの攻撃。速さもどんどん増していき、被弾する回数が増えた。

 

「負けて、たまるかぁっ!」

 

 

 キュウウウウッ!

 

 

  それでも歯を食いしばって、蹴りウサギに立ち向かった。蹴りウサギも意地なのか、息を切らしながら突撃してくる。

 

  それは、誰かが見れば滑稽な光景だっただろう。傷だらけの男とウサギが戦っているのだから。

 

  でも、僕たちは互いの死力を尽くして戦っていた。生きるために、あるいは誇りのために。何度も、何度もぶつかり合う。

 

 やがて……

 

「はぁあああっ!」

 

 

 キュッ……!

 

 

  勝ったのは、僕の生きようとする意思だった。最後の力で繰り出した蹴りが蹴りウサギに入り、吹っ飛んでいく。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

  ゴロゴロと転がっていく蹴りウサギを見ながら、僕はブレードを手放して地面の上に大の字に倒れた。息は荒く、目眩が酷い。

 

  それでも、勝った。生きようと、生きたいという僕の気持ちが、蹴りウサギを倒した。どこか、達成感が込み上げてくる。

 

 

 キュッ

 

 

  そうして、どれだけ倒れていただろうか。気がつけば、頭の横に蹴りウサギが立っていた。息も絶え絶えに、そちらを見る。

 

  すると、蹴りウサギの目にもう敵意はなかった。むしろ友好すら感じる柔らかい光が宿っている。

 

「えっと……」

 

  困惑しながら上半身を持ち上げると、蹴りウサギはスリスリと体を擦り付けてくる。えっと、懐かれたんだろうか、これ。

 

  試しに頭を撫でて見ると、キュキュッ!と嬉しそうな声を出した。あれか、へっ強いじゃねえかお前、認めてやるよ的な感じか。

 

 

 キュキュッ!

 

 

「あはは、そんなに飛び回らなくてもーーっ!?」

 

  体の周りを飛び回る蹴りウサギに苦笑していると、不意に空気が変わったのを肌で感じ取った。とっさに起き上がってブレードを持つ。

 

  横を見ると、蹴りウサギもまるで何かを恐れる、あるいは怯えるように体を震わせて右の通路を睨んでいた。

 

 

 ハァアアアア………

 

 

 そして、〝ソイツ〟は現れた。

 

 

 その魔物は巨体だった。二メートルはあるだろう巨躯に、白い毛皮。例に漏れず、赤黒い線が幾本も体を走っている。

 

  その姿は、例えるならば熊だった。ただし、足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えているが。

 

 その爪熊が、瞬く間に接近しており、蹴りウサギと僕を睥睨していた。血走った爪熊の目に、体が凍りつく。

 

  辺りを静寂が包む。喉の奥から「あ………」という掠れた声が出た。そして本能が、コイツには勝てないことを告げる。

 

 

 ……グルルル

 

 

 と、この状況に飽きたとでも言うように、突然、爪熊が低く唸り出した。それにようやく、ハッと我に帰る。

 

  そしてもう一度爪熊の目を見て……その瞬間、悟った。この爪熊が、僕たちを見て何を考えているのか。

 

 

 すなわち、エサを見つけた、と。

 

 

「うぁあああッ!!」

 

 その捕食者の目に、僕は悲鳴をあげてしまった。ダメだ、ダメだ、ダメだ!コイツの前にいちゃダメだ!早く、早く逃げないと!

 

 

 ゴウッ!!

 

 

 だが、そう思った時には遅かった。

 

  風がうなる音が聞こえると同時に、強烈な衝撃が体左側面を襲った。そして、そのまま壁に叩きつけられる。

 

「がはっ!」

 

 肺の空気が衝撃により抜け、咳き込みながら壁をズルズルと滑り崩れ落ちた。揺れる意識の中で、蹴りウサギの鳴き声が聞こえる。

 

「ぐ、ぁ……っ!」

 

  衝撃に揺れる視界で何とか爪熊の方を見ると、爪熊は何かを咀嚼していた。それを見た瞬間、時が止まる錯覚を覚える。

 

  あ、あれ?おかしいな。爪熊は、何を食べてるんだろう。どうして、あの腕には見覚えがあるんだろう。

 

  理解できない事態に混乱しながら、僕は何故かスっと軽くなった左腕を見た。それが、逃げていた現実を直視することだと知りながら。

 

「あ、あれ?」

 

  そこに、僕の腕はなかった。代わりにあるのは、肘から先がなくなった、血の吹き出している左腕だったものだけ。

 

  脳が、心が、理解することを拒む。嫌だ、そんなわけがない、これはただの悪い夢だ、そう無意識に自分に言い聞かせる。

 

 

 

 ズキンッッ!!!!!

 

 

 

  しかし、そんな現実逃避がいつまでも続くわけがない。夢から覚めろと言わんばかりに、凄まじい痛みが襲いかかってきた。

 

「あ、あ、あがぁぁぁあああッーー!!!」

 

 自分の絶叫が、迷宮内に木霊する。それはどこかぼんやりとしていて、別の場所で響いているようだった。

 

「ああぁあああぁあああぁあっ!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッ!!?」

 

  ブレードを取り落とし、綺麗に切断された左腕を抑えてのたうちまわる。視界が真っ赤に染まり、口から金切り声が漏れた。

 

  鍛錬やハザードレベルによる自信は、木っ端微塵になった。恐怖で心が塗りつぶされ、惨めに地面を這い回る。

 

 

 キュゥッ!

 

 

 グルアアァアッ!

 

 

  そんな中、蹴りウサギと爪熊の声が聞こえた。涙でぼやける視界の中、そちらを向くと、蹴りウサギが爪熊の気を引いて飛び回っていた。

 

「な、にを……」

 

  痛みで思考が混濁する中、そう呟くと、蹴りウサギはこちらをちらりと見た。それに、自分が囮になるから逃げろと言っているのを悟る。

 

 

 グルアアアッ!

 

 

 キュッ!?

 

 

  だが、それを受け取るのと同時に爪熊の腕が振るわれた。片耳が切り飛ばされ、風圧で僕の目の前に転がってくる蹴りウサギ。

 

 

 キュ、キュゥ……

 

 

  小刻みに震える蹴りウサギは、僕を見て鳴き声を上げる。その姿に、僕はぐっと歯を食いしばって体を動かす。

 

  左腕の残っている部分で蹴りウサギを抱えると、這いずるように後ろを振り向いて壁に右手を押し当てた。

 

「〝錬成〟ッ!」

 

 そして、唯一の呪文を唱える。すると、縦五十センチ横百二十センチ奥行二メートルの穴が空いた。その中に体を潜り込ませる。

 

 

 グルアアアァアアァアッ!!!!!

 

 

  そとから、爪熊の苛立った声が聞こえた。次の瞬間、壁がガリガリと削られる。おそらくあの固有魔法だろう。

 

「ちくしょぉっ、〝錬成〟!〝錬成〟!〝錬成〟ぇッ!」

 

 爪熊の咆哮と壁が削られる破壊音に叫びながら、何度も〝錬成〟を行う。そしてズルズルと奥へ入っていった。

 

  そうして錬成を、何度繰り返しただろうか。いよいよ魔力が切れて、〝錬成〟が使えなくなる。そこでパタリと手が落ちた。

 

「もう、いし、きが……」

 

  血を流しすぎたのか、意識がほとんど落ちかけている。僕は仰向けになり、気絶している蹴りウサギを手放した。

 

  ぼーっとしていると、頭の中で走馬灯が走っていく。目の前が真っ暗なせいか、やけに鮮明に移り出した。

 

  保育園、小学校、高校……次々と流れていく記憶。その中には美空に告白された日や、シュウジや八重樫さんと四人で遊ぶ記憶もあった。

 

「たす、けて………」

 

  その記憶に、右手を伸ばし……しかし、つかめるはずもなく。僕の意識は、腕が落ちたのとともに闇に飲まれた。

 

  意識が完全に落ちる寸前、ぴたっぴたっと頬に水滴を感じた気がしたが、それを気にすることはなかったのだった。

 




はい、ウサギと友達になりました。
原作と違ってギリギリ渡り合えましたね。
次回は引き続きハジメの話です。
お気に入りと感想をお願いします。


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犠牲

こんばんは、夏休み最終日、家族と遊びに行ってきた作者です。
いやぁ、それにしても昨日、ついにジオウ始まりましたね!ジオウもゲイツも激かわならぬ激カッコよでした。自分的にはオーマジオウが好きですw
感想にて、とある方からシュウジの前世が違和感があると言われました。もし他の方もそうでしたら、申し訳ありません。
しかし、この要素を外すことは今後の筋書きの大幅な修正、並びにシュウジという人格の根底がなくなることになるので外すことはしません。ご了承ください。
それはともかく、今回もハジメの話です。


シュウジ「さーて、あらすじのお時間だ。前回はハジメがとんでもない目にあったな」

エボルト「全くだ。へんなウサギには絡まれるわ、片腕喰われるわ……いやあ、キツイわぁ」

シュウジ「地球丸ごと飲み込もうとしたお前が言っても説得力皆無だよ。はぁ……俺心配だよ、ハジメがグレちゃわないか」

エボルト「だな。まあ、その時はその時だ。それじゃあせーの、」

二人「「さてさてどうなる迷宮編!」」


 

 ぺろ……ぺろ……

 

 

「んぅ……」

 

  頬をくすぐる生暖かい感触に、暗い闇の底にあった意識が徐々に覚醒していく。そしてうっすらと目を開けた。

 

  すると、最初に目に移ったのはひっきりなしに頬を舐める、蹴りウサギの姿だった。くすぐったくて、無意識に身じろぎをする。

 

 

 キュッ!?

 

 

  すると、蹴りウサギは驚いたように声を上げて、頭でグイグイと頬を押して来た。それに否が応でも意識がはっきりとする。

 

  あれ、ここはどこだろう……?それより、生きてる?助かったのか?そう思いながら、グッと体を持ち上げる。

 

 

 ゴツッ !

 

 

「あだっ!?」

 

  そして低い天井に頭をぶつけた。あまり広くない空間の中で痛みに悶える。そうだった、そんなに縦幅なかった……。

 

 

 キュキュッ!

 

 

  心配するように体を擦り付けてくる蹴りウサギに、「大丈夫だよ」と苦笑して言いながら〝錬成〟で縦幅を増やそうとする。

 

  しかし、視界に入った腕は右腕だけだった。あれ、おかしいな?今、確かに両手を天井に伸ばしたはずなんだけど。

 

 しばらく呆然としていたが、少しして気絶する前のことがフラッシュバックする。そして左腕を失っことを改めて認識した。

 

 

 ズキッ !

 

 

 

  自覚した瞬間、無いはずの左腕に激痛を感じた。いわゆる幻肢痛というやつだろう。思わず苦悶に顔を歪める。

 

「……あれ?」

 

  そうして反射的に左腕を押さえて、初めて気がついた。切断された断面の肉が盛り上がって傷が塞がっていることに。

 

 

 キュキュッ!

 

 

「あ、うん。大丈夫だよ」

 

 心配そうな声を上げた蹴りウサギの頭を撫でると、二つあるはずの耳の感触が片方かなり短かった。やはり切り飛ばされたのは見間違いじゃなかったのか。

 

  それにしてもやけに傷口が乾いているなと思いながら、頭から手を離して周りを探る。するとヌルヌルと気持ち悪い感触が返ってきた。

 

  右側と左側も、どこを触っても同じ感触がする。この分だと、僕の周り一帯血の海になってるだろう。明らかに生きていられる量じゃない。

 

  それに血が乾いていないことから、気を失ってからそれほど時間は経っていないみたいだ。

 

「でも、それにしたっておかしい。ハザードレベルが上がっても、別に怪我の治りは速くならなかったし……」

 

 

 ぴちょん……

 

 

  一体どういうことかと思っていると、突然頬や口元に水滴が落ちてきた。それが口に入った瞬間、少し体に活力が戻る。

 

  ……そういえば気絶する直前、同じように水滴が落ちて来たような気がした。

 

「……まさか、これのおかげで?」

 

  もしそうなら、蹴りウサギの切られた耳の出血も、僕の頬についてたこの不思議な水滴を舐めて止まったのかも。

 

  ある予想を頭の中で立てながら、幻肢痛と貧血による気怠さをこらえながら、水滴が落ちるほうの壁に〝錬成〟を行う。

 

 

 ぴちょん……ぴちょん……

 

 

  すると、水滴の量が増えた。ビンゴだ。ふらふらとしながらも、〝錬成〟を繰り返して源泉を追い始める。

 

  蹴りウサギを伴い、ずるずると這いずるように進みながら〝錬成〟を繰り返した。不思議なことに、この水滴を飲むと魔力が回復するので、いくらでも〝錬成〟を使える。

 

 やがて、流れる謎の液体がポタポタからチョロチョロと明らかに量を増やし始めた頃、更に進んだところで、ついに源泉にたどり着いた。

 

「こ……れは……」

 

 そこには、バスケットボールぐらいの大きさの、青白く発光する鉱石が存在していた。

 

 その鉱石は、周りの石壁に同化するように埋まっており、下方へ向けて水滴を滴らせている。神秘的で美しい石だ。

 

  アクアマリンの青をより濃くしたようなその輝きに、一瞬幻肢痛も忘れて見惚れてしまう。そして自然と、その石に手を伸ばし直接口を付けた。

 

 すると、断続的に発生していた鈍痛や、靄がかったようだった頭がクリアになり、倦怠感も治まっていく。やはりこの石が源泉のようだ。

 

  そして石から溢れる液体には、治癒作用がある。幻肢痛は治まらないが、他の怪我や出血の弊害は、瞬く間に回復していく。

 

 後に僕は、これが【神結晶】と呼ばれる歴史上でも最大級の秘宝で、既に遺失物と認識されている伝説の鉱物だということを知ることになる。

 

 

 キュキュッ!

 

 

  その液体……これも後に【神水】という不死の霊薬と呼ばれる代物だと知る……を啜っていると、蹴りウサギにテシテシと背中を蹴られた。

 

「あ、ごめんね。〝錬成〟」

 

  適当に地面から器を作り出し、液体を溜めると蹴りウサギの前に置く。蹴りウサギは鼻をヒクヒクとさせて匂いを嗅いだ後、チロチロと飲み始めた。

 

  文字通り小動物じみた姿に苦笑しながら、ズルズルと壁にもたれてへたり込む。意識がはっきりとして、ようやく生き残ったことの実感が湧いてきた。

 

  どうじに、爪熊への恐怖も。片腕を奪われ、目の前で食われたあの瞬間、僕の中の〝強さ〟は完全に木っ端微塵となった。

 

  もはや、脱出しようとすら思わない。シュウジと合流など以ての外だ。ずっとこのまま、ここに閉じこもっていたい。

 

  悪意とも敵意とも違う、あの爪熊の捕食者の目に、僕の〝勇気〟も〝決意〟も、〝意思〟も全てへし折られた。

 

  思えば、弱肉強食のピラミッドの頂点で人間である僕は、これまであそこまで完全に〝見下される〟ことがなかったのかもしれない。

 

 

 キュッ?

 

 

  不思議そうに首をかしげる蹴りウサギを抱きかかえて、死への恐怖に震える。そんな僕は、あまりにも惨めだった。

 

「誰か、助けて……」

 

 しかし、ここは奈落の底。僕の言葉は誰にも届かない……

 

 

 ●◯●

 

 

 それから、どれ程の時間が経過したのか。

 

「……………」

 

  僕は右手首につけられた、ひび割れて薄汚れた時計を見る。例の携帯同様、もしもの時のためにシュウジが作ったコンパス付きのものだ。

 

  それによると、この穴ぐらに閉じこもり始めてから、既に四日間も経過していた。それに特に驚くこともなく、腕を落とす。

 

 

 キュキュ?

 

 

「ああ、ごめんね。それでね……」

 

  僕はこの四日の間、ほとんど何もしないまま過ごしていた。ぽっかりと心に穴が空いたように、無気力な状態だ。

 

  例の石から流れる液体を啜って生き長らえ、挙げ句の果てには寂寥感に苛まれて蹴りウサギに話しかける始末。

 

  どうやらこのウサギ、かなり知能が高いらしい。まああのカポエイラの達人みたいな蹴り技からして、技を磨くだけの知能はあると思ってたが。

 

  だからそんなウサギに、元の世界での楽しかったことを語って、激しい飢餓感と幻肢痛に耐えられなくなったら液体を飲んで誤魔化し、眠る。ただ、それの繰り返し。

 

  こんな僕を見たら、美空やシュウジは幻滅するだろうか。いや、きっと「何しょげてんだよ」と、「大丈夫?」と肩を叩いてくれるのだろう。

 

  今僕が極限の苦痛の中生きてられるのは、そんなシュウジや美空たちとの暖かい記憶と、話す相手があるから。

 

  わかってる。こんなの現実逃避だ。でももう、怖い思いなんかしたくない。痛いのは嫌だ。戦うのも嫌だ。だからもう、僕は何もしない。

 

  いっそのこと、ずっとこのまま石から液体が流れなくなって、衰弱して死ぬまでこうしていよう。

 

「それで……う"っ!」

 

  やや荒々しく空腹を主張する腹を、右手で抑える。同時に、左腕から幻肢痛が襲いかかって来た。

 

  歯を食いしばり、脂汗を流しながら、〝錬成〟して作った器を取って中身を煽る。そうすると少しはマシになった。

 

「ふう……」

 

 

 キュ?

 

 

  安堵のため息を吐いていると、蹴りウサギが不思議そうに首を傾げた。まるで何故そんなに苦しむのかわからないといった顔だ。

 

「……そうだよね。君は、魔物だもんね」

 

  いくら知能が高いとはいえ、もとは動物の魔物。人間ほど多感じゃないから、このくらいなんともないんだろう。

 

  あるいは、爪熊みたいな化け物が闊歩するような場所で暮らしてるから、飢餓感なんて慣れているのかもしれない。

 

  不覚にもその純粋が少し、羨ましくなった。だが、それは自分が人間らしさを捨てるのと同義である。

 

「……別に、今更人間性がどうだなんてどうでもいいけど」

 

  そう呟きながら、僕は蹴りウサギに通じるかどうかわからない挨拶をしてから、その体を湯たんぽがわりに抱えて胎児のように眠った。

 

  そしてまた起きて、話をして、苦しみを覚え、液体でごまかして眠る。何の意味もない、苦痛から逃れるために生きる。

 

  そうして、二日だろうか、あるいは三日だろうか。もう時計を見るのをやめたから、どれだけの時間が経ったかわからない。

 

  ともかく、ついに恐れていたことが起こった。

 

「だから………あ」

 

 記憶が、尽きた。

 

  いくら記憶を掘り返しても、思い出そうとしても、どれもこれも全て話したものばかり。新しいものは、一つとしてない。

 

  それはそうだ。どんなにたくさんあったって、何時間も、一週間以上も話し続けていれば、思い出も全て尽きてしまう。

 

  それに、ある種の絶望を覚えた。まるで自分という存在が底をついたような、色褪せていくような感覚。

 

「……もう話すこと、なくなっちゃったみたい。ごめんねーー」

 

 

 ドクン。

 

 

  その感覚を誤魔化すように蹴りウサギをみて、話しかけようとした瞬間、全身の血管が沸き立つような感覚を覚えた。

 

  全身が総毛立ち、ドクンドクンといやに大きく心臓の音が響く。視線は蹴りウサギに釘付けになり、息が荒くなってきた。

 

  そして、心の奥底から本能が訴えかけてくる。腹が減ったなら、目の前の〝食料〟を食らえばいい、と。

 

  突然何が、と思うが、それはある意味当然だったのかもしれない。この極限状況において、平和な世界で育ったことで腑抜けていた本能が顔を出したのだ。

 

  生きるために、他の生物の命を奪ってその血肉を食らう。生物として当然の食欲という本能だ。

 

 そうだ、だから今ここで、蹴りウサギを殺して食っても……

 

 

 キュッ?

 

 

「っ!」

 

  愛らしく首をかしげる蹴りウサギに、ハッと熱に浮かされたような気分が元に戻る。すると全身の感覚も消えた。

 

  ぼ、僕は今、一体何を考えていたんだ。心の支えになってくれている、このウサギを食べるなんて。

 

  記憶が尽きた今、それをしてしまったら僕は完全に何もなくなってしまう。その時、僕という人間は壊れる。

 

「あ、あはは。な、何でもないよ。ちょっと腕が痛いから、もう寝るね」

 

  そう言い訳して、僕は地面に横になって目を瞑った。いまだに僅かに胸の奥で疼く、食いたいという欲を押さえつけて。

 

 

 

  それから僕は、それまでとは少し違うものになった飢餓感を抑えながら、穴ぐらの中で過ごすことになった。

 

  蹴りウサギを食いたいという衝動から目をそらすために、石のおかげで魔力が尽きないのをいいことに〝錬成〟で遊ぶ。

 

  動物や魔物、果ては人間。必死に逃げるように作ったそれらは、無駄に精巧になっていく。そして蹴りウサギの蹴りの練習台と化した。

 

  他にも穴を広げたり器を豪華に〝錬成〟し直したり、とにかく気を紛らわすために〝錬成〟をフル活用する。我ながら無駄な行為だ。

 

 

 キュッ!

 

 

「……〝錬成〟」

 

  スターク状態のエボルトの像を蹴り砕く蹴りウサギを尻目に、〝錬成〟をする。するとシュウジの石像が出来上がる。

 

「……シュウジ」

 

  あいつは、今どうしているだろうか。またどこかで、エボルトと一緒にバカなことを言い合っているだろうか。

 

  そうボーッと考えながら、手元で無意識に〝錬成〟をする。全快していた魔力が尽きたところで、ようやく止まった。

 

  そして手元を見ると、発光する石に照らされて、うっすらと大量の蹴りウサギの石像が浮かび上がった。

 

  それを作った理由は……間違い無く、胸の中で疼く食欲。それを理解した途端、凄まじい自己嫌悪の念が溢れ出てくる。

 

「……ごめん、もう疲れたから寝るね。像は勝手に使っていいから」

 

  そう言い訳がましくいいながら、蹴りウサギの反応を確認する前に、僕は地面に転がってまた目を瞑った。

 

 

 ……………

 

 

  その時、ウサギがじっと僕をみていたのだが……それを知る前に、僕の意識は闇に堕ちていった。

 

 

 ●◯●

 

 

「……ん?」

 

  ふと、目がさめる。特に幻肢痛や飢餓感に襲われたわけでは……いや、断続的に続いてはいるのだが……ないのにだ。

 

  ただ、なんとなくいやな予感がして、硬い地面に押し付けていた頬を離して、むくりと起き上がる。

 

  あくびをしながら服の砂を払っていると、ふと後ろ腰のホルスターから剥ぎ取り用のナイフが消えているのがわかった。

 

 

 

 ドスッ……

 

 

 

  一体どこに。そう思った瞬間、後ろからそんな乾いた音が聞こえてきた。聞きなれないその音に、動きを止める。

 

  ぶわりと、全身から冷や汗が溢れ出てきた。あれほど食欲が疼いていた本能が、今度は振り返るなと警告する。

 

  僕の心も、振り返るなとそうなんども訴えかけてくる。後ろを見れば後悔すると、このままもう一度眠れと、そう言ってくる。

 

  それでも後ろを振り向いてしまったのは、果たしてやるなと言われるとやりたくなる人間の性か。僕は、ゆっくりと顔を背後に向けた。

 

 

 

 ポタ……ポタ……

 

 

 

  そこには、腹にナイフの突き刺さった、血の海に沈んでいる蹴りウサギの姿があった。傷口から絶えずドクドクと血が流れている。

 

「ウサギッ!」

 

  我ながら一体どこにそんな力があったんだというほどの速度で蹴りウサギに飛びつき、ナイフを引き抜いて投げ捨てる。

 

  そして右手で血の海からすくい上げ、何度も呼びかけながら揺さぶった。思えば、この時すぐに【神水】を飲ませればよかったのかもしれない。

 

 

 ……キュ

 

 

  しばらく揺さぶっていると、うっすらと蹴りウサギの瞼が開いた。そして弱々しいルビー色の瞳を僕に向ける。

 

「ウサギ!よかった、すぐに【神水】を……」

 

  そういいながら、石の下に置いてある蹴りウサギのほうの器を足で引き寄せる。そして蹴りウサギを器に寄せて……

 

 

 ガッ!

 

 

  しかし、蹴りウサギは液体の溜まった器を自慢の豪脚で蹴飛ばした。液体をひっくり返しながら吹っ飛ぶ器。後ろの壁に当たって砕ける音がする。

 

「な、なんで……?」

 

  困惑して聞くが、しかし蹴りウサギは答えるはずもなく。ただ、僕に向けて鋭く強い眼光を向けるだけだった。

 

  ここにきて、ようやくある疑問が浮かび上がってきた。それは本当なら、一番最初に気付きそうなこと。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

  この穴ぐらの中には、僕と蹴りウサギ以外誰もいない。そして僕はつい先ほどまで、ぐっすりと眠っていた。

 

 とすると、答えはたった一つ。

 

「まさか、自分で……!?」

 

  どうしてそんなことを、そう考えたことで、また一つある予想が浮かび上がってきた。考えうる中で最悪の予想だ。

 

  蹴りウサギは、僕の視線に気づいていたんじゃないのか?自分が食料として見られていることを知っていたんじゃないのか?

 

  もとより蹴りウサギは、過酷な迷宮の中で生きていた野生の魔物。むしろそういう視線には敏感なほうだろう。

 

  だとするならば、また新たな疑問が浮かび上がってくる。僕の視線を勘付いていたとして、なんでこんなことを?

 

 

 キュ、キュ……

 

 

  その答えが出る前に、腕の中から蹴りウサギが這い出した。そしてゆっくりと血の海の方へと向かっていく。

 

  自然とその後を追いかけると、血の海の一歩手前で蹴りウサギは止まった。そして小さく「キュ……」と鳴く。

 

  一体なんだと思い、蹴りウサギの止まった場所を見てみると、そこには文字が書かれていた。ぐちゃぐちゃで、まるでミミズみたいな文字だ。

 

 そしてその文字とは……

 

 

 

 

 

 

 

 〝い き て〟

 

 

 

 

 

 

 

「……………ま、さか」

 

 

 

  蹴りウサギは、僕に自分を食べろと、そう言っているのか?

 

 

 

「そんなこと、できるわけないだろっ!?」

 

  声を荒げて、右腕で地面を叩く。地面に額を押し付けて、砂利が突き刺さる痛みで必死に怒りを抑えた。

 

  なんでウサギは、そんなことを言うんだ。君は、この暗闇の中で唯一僕を保つ、たった一匹の大切な存在なのに。

 

「……いや、違う」

 

  僕に、蹴りウサギを責める権利なんてない。蹴りウサギがこんなことをしたのは、元を辿れば僕が原因だ。全部、僕の蒔いた種だ。

 

  それでもこれは、あまりにも酷じゃないか。この世界は僕から散々奪って置いて、さらに奪おうと言うのか。

 

 

 ズリ……ズリ……

 

 

  悔しさと罪悪感、自分への怒りに押しつぶされそうになっていると、また蹴りウサギが這いずる音が聞こえてきた。

 

  反射的に顔を上げた瞬間……鼻先を、この数日の間で慣れた、湿った感触が通り過ぎる。蹴りウサギの舌の感触だ。

 

  目を見開いて、目と鼻の先にいる蹴りウサギを見る。すると蹴りウサギはまた「キュ……」と鳴いて。

 

 そして、動かなくなった。

 

「あ、あぁ……………」

 

  ブルブルと震える手で、蹴りウサギを触る。けれどもう、その体から暖かさは消え失せていた。感じるのは、冷たさだけ。

 

  そうして触れることで、ようやく実感する。自分の最大の救いにして、〝僕〟でいられる最後の砦が壊れたことを。

 

 

 

 

 

「あ、あぁあああぁああああぁあぁあああぁあああぁあああぁああああぁあああぁああああぁあああぁあああああぁあああぁあああぁあああぁああッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

  誰もいない穴ぐらの中で一人、慟哭を上げる。涙を流し、蹴りウサギだったものを搔き抱いて、喉が張り裂けそうなほど声を張り上げる。

 

  だが、いくら泣こうと喚こうと、もう蹴りウサギは戻ってこない。蹴りウサギは僕のために、自ら犠牲になったのだから。

 

  あまりにもあっけない、一つ命が消えるにしては酷すぎる終わり方だった。心が軋みをあげ、ひび割れていく。

 

 

 

「ああぁあああぁあああぁあああぁああッッ!!!」

 

 

 

  そうして僕は、誰も居ないくらい穴の中で、唯一の理解者を失った悲しみに泣き叫ぶのだった……




ウサギは犠牲になったのだ……(`・ω・´)
書いててキッツイなぁこれと思いました、はい。
例のアンケート、メルさんとセントレアさんで五分ですね。あと一票、どちらかに入ったら終了します。
お気に入りと感想をお願いします。


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変貌

更新するごとにアクセス数が下がっていく…仕方がないとわかっていてもつらたんです。
二日連続更新です。

シュウジ「ほいほい、あらすじのお時間…っておい、これヤバくないか?ハジメ絶望し切ってんじゃん」

エボルト「いい状態とはいえんだろうな。最後の心の支えを自分のせいで失ったとは、ずいぶんな悲劇だ」

ウサギ「キュッ!(我が生涯に一片の悔いなし!)」

エボルト「あ、そう。まあとにかく、このウサギを失ったハジメはどうなるのか」

シュウジ「それじゃあせーの…」

二人&一匹「「「さてさてどうなる迷宮編(キュキュッ)!」」」


 

 

  そうして、どれだけの時間泣いていただろうか。

 

 

 

  いつしか、涙も声も枯れ果てて、もはや掠れたものしか出なくなっていた。どうやらそれは、感情も同じようで。

 

「………………………………………………………」

 

  項垂れていた僕は、無言で蹴りウサギの亡骸を地面に下ろす。そうすると這うように移動して、投げ捨てたナイフを拾ってきた。

 

  そして、そのナイフで……ゆっくりと、蹴りウサギの皮を剥ぎ始めた。皮肉にも、シュウジのサバイバル教育が役に立つ。

 

  無機質な心境で丁寧に皮を剥ぐと、首を落とし、四肢を胴体から切り取って解体する。そうしてようやく、準備が整った。

 

「……………」

 

  ナイフを置くと、なんの調理もされていない、血の滴る足を持ち上げ……そしてそのまま口の中に入れた。

 

  最初に感じたのは、強烈な獣臭さと、むせ返るような血生臭さ。思わず吐き出しそうになるが、グッとこらえて咀嚼する。

 

  案外、蹴りウサギの肉は柔らかかった。味は最悪だが、我慢してすべて噛み砕くと飲み込む。

 

  すると今度は、久しぶりに食べ物を放り込まれた胃がキリキリと悲鳴をあげた。けれど、これまでの飢餓感と比べたらなんでもない。

 

  胃痛を無視して、どんどん蹴りウサギを食べる。時々吐き戻しながら、涙を流しながらかつて友だったものを咀嚼する。

 

  喉が詰まれば、石の液体で流し込んで、また食べる。食べながら、脳裏に蹴りウサギとの記憶を思い浮かべながら。

 

  楽しかったことを沢山話した、調子に乗って文字を教えた。蹴りウサギは、いつも静かに僕の話を聞いてくれた。

 

  その記憶全てが、一口肉を口に押し込むごとに一つずつ赤く錆びて朽ちていく。もう、心はヒビだらけになっていた。

 

 

 ビキッ!!!

 

 

「ーーッ!ガァッ!?」

 

  そうして涙とともに肉に食らいついていると、突如全身を激しい痛みが襲った。

 

  まるで体の内側から何かに侵食されているような、おぞましい感覚。その痛みは、時間が経てば経つほど激しくなる。

 

  そういえば、魔物の肉は猛毒と同じだったか。魔石から流れる魔力を直接扱い、肉体を強靭にし固有魔法を使うからか、その肉は毒そのものなのだ。

 

  このままでは全身が砕けて死ぬな、とどこか冷静に分析しながら、苦痛に耐えつつ液体を啜る。すぐに治癒の力は働いた。

 

  瞬く間に苦痛は消えていくが、しかし次の瞬間また襲ってきた。それを煩わしく思いながら、ハザードレベルにより上がった痛みへの強さで耐える。

 

「ぐ、ぐぅ……!」

 

  肉の毒で破壊して、液体の力で治す。まるで筋トレをした後起こる超回復を、何百倍ものスピードで何度も経験しているような感覚だ。

 

  体の至る所から鳴るミシッ、メキッという音を聞くこと、しばらく。ようやく本当に痛みが消え、安らぎが訪れる。

 

「………何だったんだ?」

 

  不思議に思いながら、ふと長くなった髪をいじる。すると視界に入る髪が、真っ白になっていることがわかった。

 

  驚いて手を離せば、右腕がふた回りほど太く、筋肉質になっていた。よく見れば、うっすらと赤黒い線が何本か浮き出ている。

 

  シャツを捲ってみると、腹筋が六つに割れており、さらにそこにも何本か赤黒い線が浮き出ていた。

 

  それに心なしか、これまで感じていた不快感が消えている気がする。体に力がみなぎり、軽くなった。

 

  不思議に思いながらも、まあどうでもいいやと無感情に切り捨てて、また蹴りウサギの肉を食べようとする。

 

「ーーう"っ!?」

 

  だが、強烈な吐き気に襲われて、口元を押さえた。嘔吐感を抑えようとするが、堪えきれず地面に吐き出す。

 

 

 ベチャッ……

 

 

  すると、ミンチになった肉とともに、口から何かの塊が零れ落ちた。それが出た途端、スッと吐き気が収まる。

 

  気持ち悪い口内を液体で洗い流すと、自分の吐き出した塊を見た。それはまるで固まった溶岩のような黒ずんだものだった。

 

  手にとって観察してみると、うっすらとその塊の中に何かがあることが見て取れた。

 

「……なんだろうこれ」

 

  とりあえず、地面に叩きつけてみる。すると放射状にヒビが入り、瞬く間に塊は砕けてしまう。

 

  そして、その塊の中から姿を現したのは……白い、なんの装飾もないエボルボトルだった。なんで僕の中からこんなものが。

 

「……そういえば、エボルトはもともとラビットエボルボトルは、元いた世界の人間の体内から精製したって言ってたっけ」

 

  ならきっと、それと同じなんだろう。ネビュラガスの影響なのかなんなのかしらないが、別にどうだっていい。

 

  白いエボルボトルを拭うと、ポケットに突っ込んでまたウサギの肉を食べ始める。ただひたすら、無心に。

 

  十分もすると、頭と骨を残してすべて食べ終えた。念のため、もう一度液体を飲んでおく。そうすると〝錬成〟で頭と骨を埋め、墓標を作った。

 

「……さて」

 

  魔物の肉を食べたせいでかなりの苦痛を感じることになったわけだが、それは一体僕にどんな効果を発揮したのか。

 

  とりあえず、立ち上がってみる。幸い穴ぐらは初期の頃からかなり広くなっていて、ただ立つだけなら問題ない。

 

  すると、目線が以前とかなり違った。僕の身長は165センチ、そこから目算すると、だいたい10センチは伸びている。

 

  まあ明らかに骨も砕けてたし、強制的な超回復みたいなことをしたせいで無理やり伸びたのだろう。

 

「……で、次はこれか」

 

  血で真っ赤になった右手を見る。グッと力を込めると、またあの赤黒い線が浮き出てきた。気持ち悪いな。

 

「……とりあえず、ステータスプレート見てみようか」

 

  懐からステータスプレートを取り出してみると、そこにはこう表示されていた。

 

 

 =============================

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:5(HL:4.6)

 天職:錬成師

 筋力:20(700

 体力:20(1500

 耐性:20(600

 敏捷:20(1300

 魔力:20(900

 魔耐:20(1700

 技能:錬成・魔力操作・胃酸強化・闘術・脚術・空歩・乱撃・加速(特定条件下で発動)・言語理解

 =============================

 

 

「……ステータスが上がってる?」

 

  それに、なぜか括弧が外れかけていた。ハザードレベルも上がっているし、レベルも8だったものが5まで下がっている。

 

  何より……技能欄にある、〝空歩〟という技能。これは恐らく、蹴りウサギの使ったあの空間を蹴る技。

 

  蹴りウサギは、その血肉や謎の白いエボルボトルに留まらず、自分の力まで僕にくれたのだ。頬を涙が伝って行くのがわかる。

 

  ステータスプレートを握りしめながら、僕はズルズルと座り込んだ。そして体育座りになり、膝に額を押し付ける。

 

  僕は、禁忌を犯した。〝南雲ハジメ〟という存在を確立する、最後のブレーキを手放した。もう、後戻りはできない。

 

  またしても、どんどん無気力な気分になっていく。南雲ハジメは、もう死んだ。今の僕はその抜け殻だ。

 

 

 

 バキッ

 

 

 

  その証拠に、心が真っ二つに砕ける音が僕の中でやけに大きく響いたのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

  蹴りウサギを食べ……いや、喰ってから、体感時間で四日ほど。

 

  僕はあの日以来、ずっと同じ体勢のまま頭の中で止まっていた思考を動かしていた。考えるたびに、何かが失われていく感覚を覚えながら。

 

  もう、石の液体を飲むのはやめた。だが高いハザードレベルとウサギを食ったことで強靭となった体は、あまり空腹も痛みも訴えない。

 

  あるのはただ、思考だけ。極限の中で最大の存在を失ったことにより、何かが変わって不必要な感覚を切り捨てていた。

 

「……なぜ、僕ばかりこんな目に?」

 

  もう何百回、何千回と繰り返した問いを口に出す。されど、答えは一つしかない。僕が弱かったからだ。だから奪われた。

 

  なら、強くなればいい。その方法もわかっている。だが〝南雲ハジメ〟の残りカスが、現状維持を望んで未練がましくそれを思考の隅に追いやる。

 

  そしてまたわざとぐるぐると疑問を循環させていると、二日くらいすると収まっていた飢餓感が復活してきた。

 

  もうどこにも、食糧はない。液体を飲むのもやめた。このままではそう長くないうちに死ぬだろう。

 

「……いっそ、それもいいかもしれないな」

 

  諦めたように笑いながら、口に出して〝死〟を肯定する。けれど割れた心の隅で、〝南雲ハジメ〟が〝生〟を願い叫ぶ。

 

  今、僕の心境は二つに割れていた。冷静に状況を判断し、〝死〟を望み始めた自分と、真面目に生きようとあがこうとする自分。

 

  ここ数日は、冷徹な自分が心の大部分を占拠している。しかし少し前から、生きようとする意思を押し込めるのではなく、取り込み始めた。

 

  すなわち、それまでの己を〝死〟なせて、新たな自分に〝生〟まれ変わるという、それまで逃げていた選択。

 

  ようやくそこに目を向けたとき、ふつふつと冷たくなった心に淀んだものが生まれ出した。

 

  それはまるでマグマのように、数日ぶりに一つになった心を熱し、溶かし始める。そして黒く染め上げていった。

 

「……なぜ僕だけが苦しまなくてはいけない。なぜ僕だけが奪われなくてはいけない」

 

  僕が一体、世界(おまえ)に何をしたというのだ。いいや、何もしていない。この身に降りかかる全ては理不尽であった。

 

 

 

 神は平穏を奪った。

 

 

 

 クラスメイトは希望を奪った。

 

 

 

 爪熊は腕を奪った。

 

 

 

 そして弱い僕が、友を奪った。

 

 

 

  思考は加速する。必死に守ろうとした白いものは真っ黒になっていく。新たな自分の誕生の、カウントダウンが始まった。

 

  奪うものとはなんだ。それは敵だ。ならば神も爪熊もクラスメイトも、弱い自分自身も、僕から奪うものは全て敵だ。

 

  ならばなぜ僕は敵に奪われた。弱かったからだ。焦りや怒り、憎しみが油断を誘い、僕を弱くした。

 

「それなら、そんな感情はいらない」

 

  それまであった淀んだ感情を切り捨てる。そんなものにいつまでもこだわってたって、弱いままで奪われるだけだ。

 

 

 

 

 

 キンッ。

 

 

 

 

 

  そうして悪感情を取り除いた瞬間、すっと自分を縛っていた重りが消える感覚がした。これでいい。不要なものを切り捨てたことで一つ、強くなった。

 

 それなら、次だ。

 

「なぜ、僕は……()()、強くあることを望む?」

 

  問いかけを口に出すことで、思考を明確にする。僕が強くなりたい理由。奪われたくない理由は、なんだ。

 

  その回答は一つしかない。生きたいからだ。どんなたいそうな思考を並べたって、結局そこに帰結する。

 

「……ハッ、滑稽だな」

 

  こんな簡単なことを認めるのに、数日も無駄にした。所詮僕は弱い自分に、動かないことに甘んじていたに過ぎない。

 

  それなら、生きたいとただそれだけを望むのなら。感情も願いも決意も信念も、そんなくだらないものは全てどうでもいい。

 

 

 

 

 キンッ、キンッ。

 

 

 

 

 

  それを選択した瞬間、面白いように消えていく、消えていく。自分の中にあった暖かい感情が消えていく。

 

  頼もしい親友の後ろ姿も、最愛の少女の笑顔も、クラスメイトの微笑みも、共に鍛えた仲間のあたたかみも、なにもかも業火にくべる。

 

  さあ、また強くなった。生きるために必要なものを鋭く研ぎ澄ますために、それ以外のものを糧にする。

 

「では、俺が生きることを邪魔するのはなんだ?」

 

  邪魔をするということは、すなわち奪おうとしてくるということ。僕から奪おうとするものは、すべからく敵だ。

 

 

 

 キンッ、キンッ、キンッ。

 

 

 

  捨てるたびに、強くなるたびに、心の中で槌の音が鳴り響く。不要なもので燃える業火で、砕けた心が鍛え直されていく。

 

「じゃあ、敵はどうすればいい?」

 

  そして俺は、最後の問いを口にした。そしてそれもまた、答えは単純明快。

 

「敵は……奪うものは、()()()()()

 

  そう、殺してしまえばいいのだ。そこに憎悪も怒りもない。ただ俺が生き残るために、奪おうとする奴から奪うだけのこと。

 

  強くいるというのは、生きるというのは、そういうことだから。俺はそれを、ウサギの犠牲によって心の髄まで理解した。

 

  さあ、生誕の時だ。俺の生存を脅かすものは全て奪うもの、すなわち殺すべき敵。この世の全ての敵を……

 

「殺して、喰らってやる」

 

 

 

 

 

 キンッ!

 

 

 

 

 

  口に出した瞬間、槌の音がひときわ大きく響いた。同時に、それまで俺の中で居座っていた弱い自分が消え、新たな俺が目を覚ます。

 

  すなわち理不尽を強いるもの、生きるのを脅かすものを全て容赦無く排除する、そんな自分。

 

「……それじゃあ早速、ここを出るか」

 

  言いながら弱っていた体を動かし、液体が溢れた器を乱雑に持ち上げて中身を飲み干す。すると活力が戻ってきた。

 

  口元を拭って笑うと、立ち上がって〝錬成〟を使う。そして自ら閉ざしていた外への道を開いた。

 

  〝錬成〟をしながら道を歩んでいき、そしてついに外に出る。そこは閉じこもる前と変わらず、静かであった。

 

「あったあった」

 

  地面に転がっていたブレードを拾う。他の魔物に持っていかれたかと思っていたが、幸い落とした時と同じ場所にあった。

 

  土を払って、問題なく使えるのを確認するとホルスターに叩き込む。そして獲物を追い求め、新しい俺の第一歩を踏み出した。

 

 

 

「殺してやる」

 

 

 

 そう、もう一度呟きながら。

 

 

 ●◯●

 

 

  生まれ変わってから数日。俺はこの数日の間、あの穴ぐらを拠点に様々なことをこなした。

 

  穴ぐらの外を探索して魔物を殺すことで食料を獲得し、生存する確率を上げるために今ある己の武器を磨いていく。

 

  まず食料だが、蹴りウサギの同族やあの二尾狼を〝加速〟技能とブレード、シュウジ直伝の足技を駆使して殺して手に入れている。

 

  その結果、魔物を食うとその魔物の持っている技能……要するに、固有魔法を手に入れることができるとわかった。

 

  例えば二尾狼を食うと、〝纒雷〟という技能を獲得できた。文字通り魔力による赤い雷を纏う技能だ。二尾狼は尻尾から飛ばしたりしてたが、俺はそれだけだ。

 

  そして魔物を食う時 、〝胃酸強化〟の技能は大変役に立っている。蹴りウサギの時ほど、苦痛を感じなくなったのだ。あいつには感謝しっぱなしである。

 

  技能を獲得できると知った俺は、次に〝魔力操作〟の技能を練習し始めた。これは文字通り、詠唱いらずで直接魔力を使うことができる。

 

  そう、原則いかなる魔法も詠唱は必須。唯一の例外が魔物であり、魔物たちはこの力があるから喋れなくても固有魔法を使えるのだ。

 

  これを使いこなすことで、〝纒雷〟も〝錬成〟も、何も口に出さずとも使えるようになった。わざわざ魔法の名前を言って敵にバレる心配がなくなったわけだ。

 

  魔力操作を自在に使えるようになると、今度は石の液体をフル活用して〝錬成〟の鍛錬を始めた。

 

  体術もブレードも強力な手札ではあるが、やはり俺の一番の武器は〝錬成〟だ。これがあったから爪熊から逃げられた。

 

  何千回と修練をするうちに、〝鉱物鑑定〟という派生技能が芽生えた。これは鉱物を手にとって使うと、ステータスプレートにその鉱物の名前と説明が出るものだ。

 

 例えば緑光石を調べると、

 

 

 ==================================

 緑光石

 魔力を吸収する性質を持った鉱石。魔力を溜め込むと淡い緑色の光を放つ。

 また魔力を溜め込んだ状態で割ると、溜めていた分の光を一瞬で放出する。

 ==================================

 

 

  こんな感じである。その有用性を知った俺は、近くにある鉱物類を片っ端から鑑定して調べるようになった。

 

  たしか地上で読んだ本では、王国直属の鍛治師ですら数人しか持ってないとかいう特殊な技能とか。さらに俺は詠唱もいらないので、かなり使いやすい。

 

  そうやって色々と鑑定しているうちに、二つの鉱石を見つけた。

 

 

 ==================================

 タウル鉱石

 黒色で硬い鉱石。硬度8(10段階評価で10が一番硬い)。衝撃や熱に強いが、冷気には弱い。冷やすことで脆くなる。熱を加えると再び結合する。

 ==================================

 

 

 ==================================

 燃焼石

 可燃性の鉱石。点火すると構成成分を燃料に燃焼する。燃焼を続けると次第に小さくなり、やがて燃え尽きる。密閉した場所で大量の燃焼石を一度に燃やすと爆発する可能性があり、その威力は量と圧縮率次第で上位の火属性魔法に匹敵する。

 ==================================

 

 

  この二つを見つけた時、俺は全身に電流が走ったように衝撃を覚えた。

 

  この燃焼石という鉱物、使い道次第では爆薬になる。それをうまく使えば、現状のどの武器より強い武器を作れるかもしれない。

 

  というわけで、すぐにウサギがいた頃の無駄な〝錬成〟、そしてここ数日の修練で相当の習熟度を見せている〝錬成〟を使いあるものの制作に取り掛かった。

 

  そして何千回もの失敗と試作を繰り返し、寝食も忘れてひたすら没頭し、ついに……

 

「完成した……!」

 

  思わず喜びの滲んだ声をあげながら、〝それ〟を掲げる。

 

  〝それ〟は、音速を超える速度で最短距離を突き進み、絶大な威力で目標を撃破する現代兵器。

 

 全長は約三十五センチ、タウル鉱石を使った六連の回転式弾倉。長方形型のバレル。弾丸もタウル鉱石製で、中には粉末状の燃焼石が圧縮して入れてある。

 

 すなわち、大型のリボルバー式拳銃だ。しかも、弾丸は燃焼石の爆発力だけでなく、固有魔法〝纏雷〟により電磁加速されるという小型のレールガン化している。

 

  その威力は最大で、対物ライフルの十倍である。しかもブレードを解体して、ボトル装填装置をグリップに内蔵したので、ラビットエボルボトルを使えば、さらに早くすることも可能だ。

 

「お前の名前は、今から〝ドンナー〟だ。さて、狩りに行こうか」

 

  携帯につけていたストラップの紐を使ってネックレスにした、蹴りウサギの魔石と白いエボルボトルを首にかけ、早速外に出る。

 

  すると穴から出てすぐ、たまたま目の前に蹴りウサギの同族がいたので、そいつに向けて引き金を引いた。

 

 

 ドパンッ!!

 

 

  すると、凄まじい音を立てて目にも留まらぬスピードで弾が射出され、蹴りウサギを粉々に粉砕した。

 

「いい出来だ。さて、エボルボトルの方はどうだ?」

 

  一度ドンナーをホルスターにしまうと、ポケットからラビットエボルボトルを取り出してスロットに挿入する。

 

 

《ラビット!》

 

 

「よし、問題なく認識されたな。威力の方は……」

 

  もう一度ホルスターから引き抜くと、銃口を近くの壁に向けて引き金を引いた。

 

 

 ドッガァァァァァンッッ!!!

 

 

  すると次の瞬間、耳をつんざくような轟音を立てて壁に大穴が開いた。まるで無理やり抉り取ったような痕だ。

 

「ハ、ハハハ。これなら、あの化け物も……脱出だって……やれる!」

 

  俺は思わず獰猛な笑みを浮かべながら、狩った蹴りウサギを手に持って、穴ぐらへと戻るのだった。

 

 

 

 

 

  さあ……準備が整い次第、宿敵討伐と行こうか。

 

 

 

 

 




ドンナー強化です。変貌する過程が少し違いましたね。
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復讐

挿絵管理にちょっとした落書きをあげてみました。

エボルト「よお、皆おなじみエボルトさんだ。で、こっちが」

ハジメ「ハジメだ。こうして出るのは初めてだな。で、なんでシュウジは隅の方でしょぼくれてんだ?」

エボルト「ああ、なんかお前がグレたって言ってしょげてんだよ。ほっといてやれ」

シュウジ「うう、ハジメ……」

ハジメ「ふーん……まあどうでもいいわ。それで、今回は俺がついに爪熊と対決する話だな。それじゃあせーの……」


二人「「さてさてどうなる迷宮編!」」

シュウジ「始まりまーす……」



  ドンナーを完成させてから早数日。俺はついに今日、爪熊を殺しにいく。そのために今狩ってきた二尾狼を食っていた。

 

「むぐ、むぐ……相変わらずまじいなオイ」

 

  ライターと苦手な火魔法を使って焼いてなお、二尾狼の肉は筋の多い最悪のものだった。だが腹の足しにはなる。

 

  ちなみに蹴りウサギは、同じ魔物を食ってもステータスが上がるかどうか実験で食って以来、そこまで食べてない。

 

  食うたびにあの蹴りウサギの姿がフラッシュバックして、嫌な気分になるからだ。自分の罪から逃げるわけじゃないが、あまり思い出したいものでもなかった。

 

  なので、ここ最近の大体の食料は二尾狼一択だ。ぶっちゃけ言って味は下の下だが、仕方がないだろう。

 

「んぐ……ごくん。ごちそうさまっと。さて、準備したものの確認でもするか」

 

  二尾狼を食い終えた俺は、持ち物の点検をする。奴は強敵だ、用心に用心を重ねてかからないと死ぬ確率の方が高い。

 

  保有している持ち物はドンナー、ボトル装填装置を抜いたブレード、緑光石を使ったとある武器、ラビットエボルボトル。それと蹴りウサギの魔石と例の白エボルボトルのネックレス。

 

 そして……

 

「……案外あったかいな」

 

  首元に巻いている、赤と白の入り混じったフワフワとした毛のマフラーに触れる。これは蹴りウサギの毛皮のマフラーだ。

 

  自分の手で作った墓を少し掘り返して骨を取り出し、〝錬成〟で針にするとブレードを併用して片腕で苦労しながら作った。

 

  これをつけていると、蹴りウサギが側にいるように感じる。当然錯覚だが、多少の勇気づけにはなった。

 

  しばらくマフラーをモフモフした後、ステータスプレートを確認する。この数日でまた、爪熊討伐のために随分と鍛え上げた。

 

 

 =============================

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:10(HL:4.7)

 天職:錬成師

 筋力:900

 体力:1700

 耐性:800

 敏捷:1500

 魔力:1100

 魔耐:1900

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・魔力操作・胃酸強化・闘術[+獣術][+鬼術]・脚術[+死脚]・空歩[+空力][+縮地]・乱撃[+迅撃]・加速[+超速]・言語理解

 =============================

 

 

  こんな感じだ。〝錬成〟はドンナーを作る過程において、どんどん派生技能が開花していった。今や五つもある。

 

  [+精密錬成]は文字通り錬成の精度が上がり、[+鉱物系探査]は一定範囲内の鉱物を魔力を使って見つけ出す技能。

 

  [+鉱物分離]は不純物と鉱物を分ける技能で、[+鉱物融合]はその逆に鉱物同士を合体させることによって合金を作れる。

 

  闘術の派生技能、[+獣術]と[+鬼術]はどちらとも消費魔力が莫大になるが、ステータスを一時的に5倍、8倍に高めることができた。主に短期決戦用だ。

 

  [+死脚]は、完全に足による攻撃が決まったとき、一定確率で相手を殺すことのできる派生技能。今のところ、百回に一回成功するかどうかだ。

 

  後の派生技能も、だいたいは元の技能の強化版といった具合だ。特に蹴りウサギからもらった技能は使い勝手が良いからよく使う。

 

  ただ、ハザードレベルはほとんど上がらなかった。一度蹴りウサギので大きく肉体が変化したからか、それ以降は二尾狼を食った時に0.1上昇したのみ。

 

  まあ、それで特に問題があるわけでもない。武器も技も相当鍛えた。今の自分なら必ず爪熊を殺せるという自信を持つ。

 

「それじゃあ、行くか」

 

  全身に武器を装備すると、立ち上がって穴ぐらから出ていこうとした。その時、不意に気配を感じてバッと背後を振り返る。

 

  だが、そこにあるのは例の石と馴染んできた穴ぐらだけ。その他には蹴りウサギが眠る、小さな墓標しか存在していない。

 

「……気のせいか」

 

  そういって肩をすくめると、今度こそ穴ぐらを出て爪熊を探しにいくのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

 迷宮の通路を、姿を霞ませながら高速で移動する。天歩を十全に使いこなし、縮地で壁や地面、時には空力で空中を蹴って飛び回っていた。

 

  目的は爪熊を探すこと、ただ一つ。脱出口が先ではないのかと言われそうだが、あいにく俺はここから出るつもりはない。

 

  たとえ爪熊を倒したとして、それ以上に強い敵が現れて太刀打ちできず、命を奪われてしまえばそこで終わりだ。

 

  なら俺は、徹底的にこの迷宮を攻略し尽くす。全ての魔物を喰らい、その力を手に入れて誰よりも強くなる。二度と、誰にも奪われないために。

 

  だから爪熊討伐が終わったら、次は下への階段を探す。奴さえ殺せば、じっくりと探索できるだけの力はあるのだから。

 

 

 グルゥア!

 

 

  そう考えていると、不意に二尾狼の群れと遭遇した。そのうち先頭にいた一頭が飛びかかってきたので、ブレードを脛のホルダーから抜く。

 

 

 ズパンッ!

 

 

  そして、すれ違いざまに一刀両断した。すでに二尾狼にドンナーは使うまでもないことは実験済みだ。残りの三匹もさっさと三枚おろしにする。

 

  すたっ、と着地すると、影からさらに一匹雄叫びをあげて二尾狼が出てきた。どうやらもしもの時のための奇襲役がいたようだ。

 

「フンッ!」

 

  それに対して落ち着いた心象で、天歩を使って跳躍して膝を下あごに叩き込んだ。音を立てて破裂する二尾狼の頭。

 

  その肉に目もくれず、また空歩を使って高速で移動して爪熊を探し始める。その途中で、何度も同じように蹴りウサギや二尾狼に遭遇する。

 

 そうして飛び回ること、しばらく。

 

「見つけた……!」

 

  ようやく、宿敵の姿を見つけた。少しひらけた場所にて、蹴りウサギと思しき魔物を咀嚼している。

 

  その姿に、蹴りウサギを食べている自分の姿が重なった。しかしすぐ頭を振ってイメージを振り払うと、悠然と歩み寄る。

 

  変貌し、外に出るようになってからわかったことだが、爪熊はこの階層における最強種だ。むしろ主と言ってもいい。

 

  というのも、蹴りウサギや二尾狼と違って同じ個体が一匹も存在していないのである。影も形も、それどころか骨の一つもなかった。

 

  故に、爪熊はこの階層では最強であり無敵。常に上位者であり、奪う側だ。間違っても奪われるなどとは思っていないだろう。

 

 そんな爪熊から、俺はこれから命を奪う。

 

「よぉ、爪熊。久しぶりだな。俺の腕は美味かったか?」

 

  ごく普通の口調で、まるで世間話をするようにそう語りかける。爪熊がゆっくりと頭をあげ、俺を見て鋭い眼光を細めた。

 

  それは、若干困惑しているように見えた。多分、今までずっと自分を恐れる魔物の姿しか見ていないからだろう。

 

  すでに、俺の爪熊への恐怖はない。あるのはただ、殺して食ってやるという思いだけ。それと……蹴りウサギを傷つけたことへの、怒り。

 

「大いに結構だ。そうして慢心によって無防備な姿を晒してくれている間に、俺はお前を狩らせてもらう」

 

  言いながら、ドンナーを爪熊に向けて構える。自然と口元が釣り上がり、獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 ドパンッ!

 

 

 引き金を引いてドンナーを発砲する。毎秒三・二キロメートルの超速で、タウル鉱石の弾丸が爪熊に飛んでいった。

 

 

 グゥウ!?

 

 

 だが、爪熊は咄嗟に崩れ落ちるように地面に身を投げ出し回避した。あの速度の弾を避けるとは、大した反応速度だ。

 

 しかし完全に避け切れたわけではなく、肩の一部が抉れて白い毛皮を鮮血で汚している。それに、爪熊が唸り声をあげた。

 

「唸ってるだけか?早くかかってこいよ」

 

 

 ガァアアアァッ!!!

 

 

  言いながら手招きすると、爪熊は咆哮をあげながら突撃してきた。どうやら俺は獲物ではなく、敵と認定されたらしい。

 

 凄まじい速度で、二メートルの巨躯と広げた太く長い豪腕が地響きを立てながら迫る姿は、途轍もない迫力だ。

 

  それを見ながら、俺は深く息を吐き出す。さあ、ここが最後の試練だ。これで惨めに負ければ、結局俺は変われなかったことになる。

 

  ウサギの犠牲も、一時的とはいえ大切な人間たちの思いを捨て変わったことも、全て無駄となる。そんなことは許さない。

 

 今度は、俺がお前から奪う番だ。

 

「さあ……実験を始めようか」

 

 

 ドパンッ!

 

 

 突進してくる爪熊に、今度は眉間めがけてドンナーを発砲する。が、なんと爪熊は突進しながら上半身を下げ回避した。ムカつくくらい早い反応だな。

 

 そのまま接近してきた爪熊は、突進力をそのままに爪腕を振るう。固有魔法が発動しているのか、三本の爪が僅かに歪んで見えた。

 

  脳裏に浮かぶ、片腕とウサギの片耳が吹き飛んだ光景から、爪の長さ以上にバックステップで後退する。

 

 

 ズパッ!

 

 

「なっ!?」

 

  だが、少しだけ固有魔法の範囲から離れそこなったようだ。服が破け、左の脇腹に三本の赤い線が走る。

 

  そのまま風圧で吹き飛ばされるが、逆に利用して空歩で距離を取った。そして試験管型の容器から例の液体……ポーションを飲む。

 

  幸い傷を受けたのは薄皮一枚だったようで、すぐに痛みは消えた。容器を投げ捨てて、爪熊に向き直る。

 

  すると、奴はあと数メートル先まで迫っていた。仕留め損なったことに苛立ちの咆哮をあげながら、腕を振り上げている。

 

「おいおい、そう焦んなよ」

 

  そんな爪熊の眼前に、腰からあるものをとって思い切り投げつけた。そうするとすぐに目を瞑る。

 

  投げたのは、緑光石を利用した〝閃光手榴弾〟だ。現状ドンナー、ブレードに並ぶ俺の主力武器である。

 

  原理は簡単で、まず魔力を限界ギリギリまで流し込み、光が漏れないように表面を薄くコーティングする。

 

  更に中心部に燃焼石を砕いた燃焼粉を圧縮して仕込み、その中心部まで導火線のように燃焼粉を表面まで接続。

 

 後は〝纏雷〟で表に出ている燃焼粉に着火すれば圧縮してない部分がゆっくり燃え上がり、中心部に到達すると爆発。

 

  そして緑光石が砕けて、強烈な光を発するというわけだ。ちなみに、発火から爆発までは三秒に調整してある。苦労した分、自慢の逸品だ。

 

 

 

 グルゥァアアア!?

 

 

  瞼の向こうから光が目を照らした次の瞬間、爪熊の悲鳴のような声が聞こえてきた。どうやらモロに浴びてくれたらしい。

 

  その隙を逃さず、ドンナーをホルスターにしまってブレードを抜刀、縮地で暴れまわる爪熊に接近した。

 

「ウサギの分だ、受け取れッ!」

 

  そして物騒な腕をかいくぐり、片耳を斬り飛ばした。続いて空力で宙返りをすると、背中に乗って左肩に抜いたドンナーの銃口を押し付ける。

 

 

 ドパンッ!

 

 

  そして、ゼロ距離で〝纒雷〟により電磁加速した絶大な威力を誇る弾丸をぶち込んだ。それは毛皮を貫き、肉をえぐり、根元から吹き飛ばす。

 

  それを確認するとすぐに跳躍し、ドンナーを脇に挟んで左腕をキャッチすると、少し離れたところへ着地した。

 

 

 グゥアアアアアアッ!!?

 

 

  片耳と片腕、どちらとも同時に失った爪熊は耳を塞ぎたくなるほど大きな声で絶叫を上げた。そして血が噴水のように吹き出す傷口を抑えてうずくまる。

 

「痛いか?俺も痛かったさ」

 

 俺だけじゃなく、きっとウサギも。

 

  多少視界が回復したのか、こちらを怒りのこもった目で睨みつけてくる爪熊に、挑発するように左腕を揺らす。

 

 そして、おもむろに噛み付いた。魔物を喰うようになってから、やたらと強くなった顎の力で肉を引き千切り咀嚼する。やられたらやり返す。それが俺の流儀だ。

 

「相変わらずマズイな……だが、ウサギの肉よりは美味いのはどうしてだか」

 

  言いながら、くるであろう苦痛に備えてポーションを服用する。すると、すぐに体のいたるところが壊れ始めた。

 

  蹴りウサギや二尾狼とは別格の力を持つからだろうかウサギを食った時ほどでないにせよ、それなりに激しい痛みに顔をしかめる。

 

  そんな中でも、ドンナーの銃口だけは爪熊から逸らさなかった。腕を吹き飛ばされたのがこれのせいだとわかっているのか、爪熊は動かない。

 

  やがて、痛みが消えてゆく。また一つ、強くなったことを実感しながら、爪熊にゆっくりと近づいた。

 

 

 ルグァアアアアッ!

 

 

  あと三歩というところで、いきなり立ち上がった爪熊は最後の抵抗と言わんばかりに襲いかかってきた。

 

 だが……

 

「残念だったな」

 

 

 ……ズルリ。

 

 

  俺がそう言うのと同時に、爪熊の残っていた右腕が根元からずれ、地面に落ちた。それだけでなく、両足もずれて胴体から離れる。

 

  わけがわからないという顔の、ダルマ状態の爪熊。それに思わずニヤリと裂けるように口を歪める俺。

 

「勝ちを確信して油断したと思ったろ?」

 

  あいにく、こちとら十年以上シュウジの訓練を受けてるうえ、あんな思いまでしたんだ。そうそう戦いの中で気を緩めない。

 

  俺がやったのは簡単なことだ。加速の派生技能、[+超速]。これは数秒間残像が持続するほどの、文字通り超越的な速度で動くことのできる技能。

 

  これを使い、痛みをこらえている残像を残してそれに爪熊の注意が向いてる隙に、気づかれることなく残る四肢を切り落としたのだ。

 

  そしてまた元の場所に戻って同じポーズをとった、と言うわけである。勝利した瞬間が最高の油断する瞬間、狙われないわけがないからな。罠を張らせてもらった。

 

  今度こそ完全に戦闘不能になった、爪熊の額にドンナーの銃口を押し付ける。

 

 そして爪熊の目を見つめ、

 

「死ね」

 

 

 ドパンッ!

 

 

 空間に、銃声が木霊する。打ち出された弾丸は、たしかに爪熊の頭を粉砕していた。残るのは、ただの骸。

 

 爪熊は、最後まで俺から眼を逸らさなかった。最後の最後まで、己が強者である誇りを持っていたのだろう。

 

「……………ふう」

 

  腕を下ろすと、ため息をつく。特に達成感も、爽快感もなかった。ただやるべきことをやり遂げたと、そう思う。

 

  ウサギに命をもらって、絶望して、それまでの自分を捨てて強くなって。ようやく、ここまでこぎつけた。

 

「同時に、今この瞬間が新しいスタートだ」

 

  俺はこれからも、こうやって生き続ける。俺から奪うもの……敵を容赦なく殺し、この世界で生き残ってみせる。

 

  そうやって生きて……いつか、故郷へと帰る。一度捨ててしまった、心から大切なやつら……美空や、シュウジとともに。

 

「……必要だったとはいえ、一時的に綺麗さっぱり忘れたなんて言ったら刻まれそうだな」

 

 まあ、それはともかく。

 

  邪魔するものには、一切の容赦をしない。たとえそれが魔物だろうと神だろうと……クラスメイトだろうと、俺の道を阻むものはすべからく敵として殺す。

 

  それが俺の生きる道。誰にも口出しはさせない。俺は俺のやり方で、俺の望む〝生〟を全うする。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーおめでとう

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

  不意に、声が聞こえた気がした。けれど、振り返っても何もいない。ただ、血の海の中に沈んだ、爪熊の耳があるだけ。

 

「……今日はよく変なものを感じるな」

 

  幻聴だったのだろうと納得した俺は、一度魔石と白エボルボトルを触ったあと、爪熊の肉をある程度切り取ると、その場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  そうして……俺の復讐は終わりを迎えたのだった。

 

 




次回は雫や美空たちの話です。
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少女たちの決意、そして……

今回は前回の予告通り、美空やカオリンの話です。

シュウジ「はろはろー、みなさんおなじみシュウジさんだ。ようやくハジメグレたことのショックが抜けたから復帰だぜい。んで……」

ハジメ「前回から引き続き、ハジメだ。よろしく」モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ

ウサギ「キュゥ……(はふぅ……)」

エボルト「すげえ勢いでウサギの頭撫でてんな……まあ当たり前か。んで、前回はハジメがあの熊野郎を倒したな。変な現象が起こってたが、あれは果たして……」

シュウジ「ていうか今思ったけど、そいつオスなの?メスなの?」

ウサギ「キュキュキュッ!キューキュキュキュ……(メスだよ。ちなみにあの時鼻を舐めたのは、私たち蹴りウサギの間では……)」

シュウジ「えっなになに、なんか意味あるの?」

ハジメ「これ以上はノーコメント、ってカンペにあるぞ。って事でスルーだ。んで、今回は美空たちの話だな。それじゃあせーの……」


二人&一匹「さてさてどうなる迷宮編!(キュキュッ!)」

シュウジ「続き気になるぅ〜!あ、今回長いです」




 白崎香織 side

 

 

 時間は遡る。

 

 

  私は今、ハイリヒ王国の王宮にある、地球から来た私たち召喚者に与えられた部屋の一室にいた。そしてそこで、看病をしている。

 

  相手は当然、あの時からいまだに目覚めない雫ちゃんと美空。沈鬱な気持ちで、眠る二人の姿を見つめる。

 

  あの時からもう、三日は経過している。その間、私はたまに休憩しながら寝る間も惜しんで二人の看病につききっきりなっていた。

 

  文官の人がお手を煩わせるわけには、といって代わってくれようとしたけど、こればかりは譲れないのでやんわりと断った。

 

 あの後ホルアドで一泊すると、次の日の早朝には高速馬車に乗って私たちは王都に戻った。とても実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったのだ。

 

  それに、皆の前では見せなかったけど明らかに光輝くん以上の実力だった南雲くんとシューくんが死んだ以上、国王様にも教会の人にも報告する必要があったみたい。

 

  でも、私は王宮に帰って来たらすぐにこの部屋にこもるようになったから、謁見した時のことは知らなかった。

 

 

 

「白崎さん、入るわよ」

 

 

 

  じっと二人を見つめていると、コンコンとノックした後、ガチャリとドアが開いて人が入ってきた。

 

  振り返ると、入ってきたのはあの時メルドさんと一緒に指揮を取っていたクラスメイトの、御堂さんだった。

 

  突然やってきた御堂さんは手にトレーを持っていて、その上には湯気の立つ食事が乗せられている。

 

  御堂さんはこうやって、一、二回ほど食事を運んでくれていた。御堂さんが持ってきてくれなければ、食事という行為も忘れていただろう。

 

「白崎さん、あなたあまり食べていないでしょう。食事はとても大切な行為よ。食べれる時にしっかりと食べておきなさい」

「……うん、ありがとう御堂さん」

 

  「別に当然のことしただけよ」と肩をすくめた御堂さんは、近くのテーブルにトレーを置いた。そちらに移動して、昨日ぶりの食事にありつく。

 

「わっ、美味しい……これ、御堂さんが作ったの?」

「あら、わかるの?」

「うん、なんとなくね。王宮の料理人さんが作るのとは、なんか違う気がして」

「それは良かったわ……存外、私の腕は鈍ってないみたいね」

 

  クスクスと口を手で隠して笑う御堂さん。前髪の隙間から、嬉しそうに細められた柔らかい光を宿す目がのぞいている。

 

  そこからは全く、あの時の冷たい雰囲気は感じられなかった。むしろどこか、何度か見かけた貴族の人みたいな上品さを感じる。

 

  でも、それもやっぱり私の知る元々の御堂さんじゃなかった。こう、もっとほんわかした感じだった気がするんだけど。

 

  それはともかく、しばらくの間食事に手を動かした私は、食べ終えるとホッと息を吐いた。なんだか元の世界のお家のご飯を思い出した。

 

「それで、二人の容体は?」

 

  すると、タイミングを見計らって御堂さんがそう問いかけてくる。それにまた、少し軽くなった気持ちが淀んでしまった。

 

  二人の容体は、はっきりいって良くはない。今すぐどうこうなるわけじゃないけど、芳しくなかった。

 

  美空はずっと悪夢にうなされてるみたいで、時々南雲くんの名前を叫びながら起きて、また気絶したように眠る。雫ちゃんは逆に、エボルトが何かしたのか不気味なくらい静かに眠っていた。

 

  それを淡々と伝えると、御堂さんは「……そう」とだけ返す。そんな彼女に、ふと外の様子がどうなってるのか気になった。

 

「あの……あの日のことに、王様とか国の人はなんて?」

「……正直言って、あまり気持ちの良い話ではないわ。それでもいいかしら?」

 

  こくん、と頷くと、御堂さんはそれじゃあと話を始める。それから聞いた話は、御堂さんの言った通りとても嫌なものだった。

 

  二人の死亡を聞いた時、王様や他の貴族の人たちは愕然としたけど、それが南雲くんたちだってわかると、ホッと安堵したそうだ。

 

  さっきも思った通り、私たちハザードレベルの恩恵を持つ人たちはシューくんの方針で必要以上に力を見せることはしなかった。そして、それが仇になった。

 

  〝無能〟と思われていた南雲くんと、謎の実力を持つ〝不明〟のシューくん。勇者という〝無敵の力〟を世間に証明するために、消えても問題がないと思われたのだ。

 

  この時点で、私の心境は最悪だった。シューくんは大事な友達で雫ちゃんの彼氏だったし、南雲くんは……まだちょっとわかりきってないけど、大切な人だったから。

 

「それでも、国王とかあの老害はまだ分別があった方ね。一番ひどかったのは貴族よ」

「どういうこと?」

 

  聞けば、悪し様に二人を貶めるような発言をした貴族の人がかなりいたらしい。それもコソコソと、貴族同士の陰口みたいな感じで。

 

  やれ死んだのが役立たずで良かっただの、神の使徒のくせに死んだなんて使えないクズだの、それはもう言いたい放題好き放題だったみたい。まさに、死人に鞭打つ行為だ。

 

  ふつふつと怒りが湧き上がってくる。二人がいなかったら、私たちは全員死んでいた。それを知りもしないで、二人のことをバカにする権利なんてない。

 

「御堂さん」

「……言いたいことはわかるけど、その心配はないわ。はいこれ」

 

  そう言って、御堂さんはスマホを操作して私に画面を見せてくる。あれ、どうして私たちのシューくん製携帯でもないのにまだ動いてるんだろう。

 

  それはともかく、そこには貴族と思しき、小太りで無駄にキラキラした服を着た男の人を龍太郎くんが殴り飛ばしてる動画があった。

 

  殴られた人は文字通り、ぶっ飛んで壁にめり込み、おかしなオブジェとなっている。その様子が無駄に綺麗に撮れていて。

 

『テメェら、何も知らないくせにあいつらのことバカにしてんじゃねえぇええええええええええええええっっ!!!!!』

「こんな風に、坂上くんが陰口を言った貴族全員ぶっ飛ばしたわ。一緒に止めようとしたあのクソ勇者(笑)も殴られてたのは清々したわね」

 

 あ、やっぱり御堂さん光輝くんのこと嫌いなんだ。

 

  その後も動画を見ていると、全部で殴り飛ばされたのは七人ほど。そこで龍太郎くんはようやく落ち着いて、王様たちの方を睨む。

 

  オロオロとする王様たちに、復活した光輝くんも怒りの声をあげた。あっ今御堂さんがチッて舌打ちするの聞こえた。

 

  すると慌てて、王様が二人をバカにした貴族を運び出すように言って、厳重に処分することを約束。そこで動画は終わった。

 

「もしその場限りで寛大な処置でも取られたらかなわないから、こうして証拠を取っておいたわ」

「……御堂さん、抜け目ないね」

「まあ、これくらいわね。実際にこの後、かなりキツイ処罰をくらったそうよ。まったく、人間の醜さにはほとほとあきれ返るわ」

 

  「同じ元貴族として恥ずかしいわ……」と、何事かブツブツと呟きながら溜息を吐く御堂さん。それがやけに様になってて、少し面白かった。

 

  結局これが効いて、二人をへんにいう人はいなくなったらしい。あと光輝くんと龍太郎くんが、あんな二人でも心を痛めるなんて、と評価が上がったとか。

 

「忌々しい。所詮顔と他者に与えられただけの称号に甘んじてる男のくせに。まあ、坂上くんはまだ評価できるけれど」

「皆は、なんて言ってるの?」

「いっそ面白いくらいにあの時の話をしないわ。きっと自分が犯人だったらとか思ってるんでしょう」

 

  彼女の話によれば皆、結局あれは()()()だったと、()()だったと言って自分を納得させてるみたいだった。

 

  自分の魔法を把握してはいたが、もし自分だったらと恐れて、皆一様にあの時の話をしないようにしているらしい。

 

  中には、あれは南雲くんが何かドジったせいで、シューくんはそれを愚かにも追いかけたから自業自得だと思うようにしてる人もいるとか。

 

  まさに人に口なし。無闇に犯人探しをするより、()()()()()にしておけば、誰もが悩まなくて済む。私たちの他の皆の意見は、意思の疎通を図ることもなく一致していたらしい。

 

「メルド騎士団長もなんとか話を聞こうとしたみたいだけれど、その前に止められたようね……で、これで近況報告は終わりだけど。感想は?」

「……皆、ひどいね」

 

  二人は、あんなに頑張ったのに。それなのに自分勝手だ。でもそれは、私も同じなんだろう。勝手に閉じこもって、何も知ろうとしなかった。

 

「それが人間というものよ。弱くて、自分勝手で現実逃避したがる生き物。それは皆変わらない。誰もが自分の都合の良いように現実を捉える。この世界の人間も、クラスメイトたちも……………そして私も」

「え?」

 

  それまで壁に背を預けていた御堂さんは、スタスタと部屋の中を移動していく。そして雫ちゃんの枕元に立って、体を曲げて顔を近づけた。

 

  そして、何か話しかけるつもりなのか垂れた髪を耳にかける。その時初めて露わになった美しい横顔に、思わず息を飲んだ。

 

「……八重樫雫、早く起きなさい。あなたは彼の方に選ばれた。だから折れることは、この私が許さない。だから、待っているわ」

 

  それだけいうと、御堂さんは体制を戻してこちらに歩いてくる。そして無意識に身構える私の横を素通りして、扉を開けた。

 

「待って」

 

  そんな彼女を、私は振り返って呼び止めた。空いた扉のドアノブに手をかけながら、顔だけ振り返る御堂さん。

 

「……何かしら、白崎さん」

「…あなたは本当に、御堂英子さんなの?」

「……そうね、そうだとも言えるし、そうだとも言えないわ。もし気が向けば、いつか話すかもね。それじゃあ」

 

  最後の最後まで謎めいた雰囲気で、御堂さんは部屋を出ていった。扉が閉まる音が、やけに重々しく聞こえる。完全に閉まると、ふっと息を吐いた。

 

「……これから、どうすればいいのかな」

 

  今の私には、何もわからない。この世界のこと、クラスメイトたちのこと、美空たちのこと……そして、南雲くんのこと。

 

  いくら考えても答えは出ずに、結局私はまた考えるのから逃げるように、二人を見つめ続けるのだった……

 

 

 ●◯●

 

 

 御堂英子 side

 

 

  白崎香織と話してから、少し時間は経過する。(わたくし)は今、城下町を一人で歩いていた。あてもなく、ただ適当にぶらぶらと。

 

  ちなみになにも正体を隠すようなものは着ていない。この世界にきてから極限まで気配を殺してきたから、城下の人々は私のことなど知りもしない。

 

  歩きながら、頭の中ではいくつもの思考を展開する。といっても、同時に考えられる物事は三つだけ。あの人には及ばない。

 

  昔だったらあともう一つくらいは同時に考えられたのだけれど、()()()()()()()()()()()()()()現時点では不可能だ。

 

「……まったく、うまくいかないものね」

 

  この世界に来てから……いや生まれ変わってからこれまで、何一つ思い通りには進まない。今の私には、ほとんど力がないのだから。

 

  長年付き合ってきた異常性も、彼の方から賜った技術もほとんどなくなってしまった。あと我が至高の美貌も。

 

  その中でも幸いだったのは、この世界のどこかにあるだろう私の〝力〟に反応して、記憶の一部を回収できたことだろうか。

 

  けど、それも微々たるものだ。思い出したのは自分の名前と指揮ならびに戦闘技術の一部、近しい二人の人物のこと、そして少しのあの方との記憶だけ。

 

  それによって生じるもどかしい気持ちを考えると、むしろ不幸だったかもしれない。最後の最後で悪い仮定を引き当てた自分を呪ってやりたい気分だ。

 

「よお嬢ちゃん、一人かい?」

 

  ヤケ食いでもしたい気持ちになっていると、いきなり話しかけられた。顔を上げて、体にかかった影の主を見る。

 

  するとそこにいたのは、いかにも悪党ですといった面の禿頭の男だった。今世のあの方を越す2mほどの慎重に、筋肉の鎧を纏っている。

 

  服装は、はっきり言ってみすぼらしい。臭いも鼻が曲がりそうなくらい臭い。というかイカ臭い。一言で総じれば、気持ち悪い人間の形をした生命体といったところか。

 

「……何かご用で?」

「いや、別によぉ。いい店知ってるから、暇ならちょっと付き合ってくれねえか?もちろん奢るぜ」

 

  別にというなら話しかけるなよ、と口の中でこぼす。というかそんな誘い方今時ヤンキーでもしないわ。ナニがしたいのか丸わかりにもほどがある。

 

  前髪を伸ばしておいてよかったかもしれないと初めて思った。おかげでこの気持ち悪い何かの面をあまり見なくて済むから。よくやった私。

 

  いや、むしろこのような暗そうな見た目だから押しに弱そうと思ってこんなカスに捕まったのかもしれない。前の私の美貌なら格が違うことを思い知らせてやれたのに。

 

  ……まあいい。ちょうどヤケ食いしたかったところだ。気持ち悪いが、良いタイミング〝食料〟が来てくれた。

 

「……ええ、暇です。お腹も減っていますし、ご一緒しましょう」

「おっそうか。へへ、悪いなぁ嬢ちゃん」

 

  下卑た笑みと目で言った男は、私を促して歩き始めた。もう少し隠せよと思いながら、その後をついていく。

 

  ついていくと、男はどんどん賑やかなメインストリートの方ではなく、薄暗い裏路地の方へと入っていった。予想通りだ。

 

  この世界に来てからすぐ、私は城下町を歩き回ってどこにどのような店があるのか知っている。この裏路地に、良い料理のある店などない。

 

  つまり、これから私が何をされるかなど目に見えているということだ。私が何も反抗しなければ、だが。

 

  料理人として食事を建前にされたことに怒りを感じていると、不意に気配が増えた。後ろをコソコソと尾行している。

 

  まったくなっていない尾行にげんなりしながら進めば、どんどん気配が増えていく。最後には八人にもなった。

 

  こんな人数でやったら女の方が壊れるわと思っていると、男が立ち止まる。そしてゆっくりとこちらを振り返った。

 

「……ここは行き止まりのようですが、店はどこに?」

「へへ、悪いな嬢ちゃん」

 

  わかっていながらあえて聞けば、心の底から吐き気を催す表情に顔を歪める男。隠れていた(つもり)の男どもがぞろぞろとでてくる。

 

「店ってのは嘘だ。俺たちがお前を食うんだよ」

「……はぁ。愚か()()()ね」

「なんだと?」

 

  首をかしげる大男に、口調を変えた私は小馬鹿にしたように鼻で笑いながら言葉を続ける。

 

「愚かだといったんです。あまりにも愚かすぎて、猿と話しているのかと思いましたわ。ああ、猿だから愚かという言葉すら理解できないからこのような行動に出るのですわね」

「テメェ……調子乗ってんじゃねえぞ」

「三つ」

「あん?」

 

  今にも襲いかかって来そうな男に、指を三本立てる。

 

「三つ、貴方たちの間違いを指摘してあげますわ。一つ、こういうことをするのなら誘う人間はもう少し良い外見のものを選びなさい。あなたのようなブ男ではついてくるものも付いて来ませんわ」

「んなっ……」

「二つ、女を襲うのなら相手を調べてからにしなさい。手を出してはいけない相手というのがいるでしょう?地位的にも外見的にも」

 

  例えば私とか私とか私とか。癪だが今の私は勇者の仲間であるし、本来の私より劣るものの、このような下賎な輩にはもったいない容姿を持っている。

 

「……口の達者な女だ。だが、すぐに喘がせて」

 

 

 ズパンッ。

 

 

「………あ?」

 

  裏路地に響く乾いた音に、男は間抜けな声を上げる。そして、私に伸ばしていた自分の手を見た。

 

  すると、男の右手は二の腕の半ばから無くなっていた。いや、引き千切れていると形容すべきか。大量に血が吹き出し、神経がだらんと垂れている。

 

  そして無くなった腕は……私の手の中にあった。

 

「ぐ、ぐぎゃぁああああぁあああああっ!?」

「リーダー!」

「んぐ、はぐ……」

 

  自分の腕を見て悲鳴をあげ、尻餅をつく男と、それに近づく他の男達の前で、私は不衛生極まりない皮膚を剥いで男の腕を食う。

 

  前世から唯一健在の頑強な歯と顎の力で、肉を食い千切り骨を噛み砕く。そしてよく咀嚼し、飲み込んだ。

 

「んー、筋っぽいですわね。もう少し脂肪をとったらいかがかしら。まあ、次などないですが」

「ひぃっ、バ、バケモノ!」

 

  怯えた声をあげて後ずさる男に、私はニィと笑い顔を近づける。そうするとピンっと指を立てた。

 

「三つ目、貴方がたが間違っていたこと。食料になるのは、貴方達のほうですわ」

「う、うわぁあああああぁあああああっあぁあああああっ!!?」

 

  半狂乱になりながら、男は大声を上げる。うるさかったので口に自分の手を突っ込んで、そのまま後頭部まで貫通させて黙らせて差し上げた。

 

「ひぃっ!」

「に、逃げろぉっ!」

「あらあら、逃がしませんわよ」

 

  今の私は、とってもお腹が空いているのだから。わざわざ食べても誰も困らなさそうな相手を逃がす道理はない。

 

  我先にと逃げ出す男達を、一人一人殺していく。あるものは後ろから忍び寄って頭を180度回転させ、あるものは指を耳に入れてそこから衝撃波で脳を破壊する。

 

  ものの数分で、八人全員殺し終えた。服の裾を掴んでズルズルと引きずっていき、男の死体のそばに転がしておく。

 

「では、いただきますわ」

 

  そして、手を合わせて食事を始めた。まず一番最初に食べ始めた男を皮を剥いで食っていく。筋の多い肉は、そのうち慣れて美味しく感じてきた。

 

  その味に飽きると、他の死体から四肢を引き抜いて食う。たまに口直しにまた他の死体の肉を食う。まさに手当たり次第、ヤケ食いだ。

 

 

 

 

 

 ピチャ……グチャ……バキッ…ゴクン………グチュ……グチュ……

 

 

 

 

 

  そうして、裏路地に私の食事をする音が静かに響いたのだった……

 

 

 ●◯●

 

 

 白崎香織 side

 

  御堂さんが出ていってから、しばらくした後。

 

「ん………はれ?」

 

  目を覚ました私は、起き上がって目をこすった。そしてキョロキョロと周りを見渡して、自分がうたた寝していたことを理解する。

 

  そうだ。看病してたんだけど、久しぶりにご飯を食べたからか眠くなっちゃって寝ちゃったんだ。口の端から涎が垂れてたので慌てて拭う。

 

  とりあえず一旦落ち着くと、自分が上半身を埋めていた布団を見る。すると、そこにいたはずの美空がおらず、もぬけの殻だった。

 

  一体どこに……まさか、私が寝てる間に目を覚まして外にーー!?

 

「美空っ「あ、香織起きた?」……へ?」

 

  聞きなれた声に、後ろを振り返る。するとそこには、紅茶と思しきものを沸かしている美空の姿があった。

 

  穏やかに笑う美空からは、寝ていた間の辛そうな様子も、叫んで飛び起きた時の狂気も感じない、いつも通りの雰囲気を感じる。

 

  訳が変わらず呆然としているうちに、紅茶を淹れたカップを二つ持った美空は部屋に添えつけてある机にそれをおいて、「ほら香織、こっち来て」と私を呼ぶ。

 

  困惑しながらも席につくと、紅茶が差し出される。お礼を言ってカップを持ち上げ、一口飲むとほんのりとした甘みが口に広がった。

 

「おいしい……」

「よかった。私、お父さんがカフェをやってるからこういうのは得意なんだ」

 

  ニコニコと笑う美空に、さらに困惑する。どうしてこんなに普段どおりなのだろう。

 

「そ、そうだったんだ……それで、その…大丈夫、なの?」

「……ハジメのことなら、大丈夫じゃないよ。納得だってしてないし、今だって苦しくてたまらない」

 

 やっぱり、美空は無理して笑って……

 

「でもね……信じることにしたんだ」

「信じる?」

「そう。ハジメが生きてることを、帰ってきてくれることを信じる。それが、私にできることだから」

 

  胸に手を当てて、強い口調と確固たる意志を秘めた瞳でそう言う美空。そこからは彼女の、南雲くんへの絶対的な信頼と愛を感じた。

 

「……ねえ、美空はどうして南雲くんを好きになったの?」

 

  それに気がつけば、私の口からはそんな質問が零れ落ちていた。言ってから自分が何を聞いたのか理解して、パシッと口を手で塞ぐ。

 

  私の問いかけに驚いた顔をした美空は、苦笑して「うーん」という。そして少し逡巡したあと、話し始めた。

 

「私とハジメとシュウジが幼馴染なのは知ってるよね?」

「う、うん」

「私ね、昔はシュウジが好きだったの。ていっても、保育園とかそれくらいの年齢の話だけど」

「……へ?えぇええええええええええええっ!?」

 

  まだ雫ちゃんが寝ているのに、両手で机を叩いて立ち上がる。あまりに衝撃の事実に、普段ならあげないくらい大きな声が口から飛び出た。

 

  美空が、小さい頃シューくんを好きだった。そんなことは今まで一度だって聞いたことない。雫ちゃんは知ってたのかな。

 

「そんなに驚く?」

「お、驚くよ!だって美空は、南雲くんと付き合ってて……」

「あ、好きっていってもどっちかっていうと憧れに近い感じだからね?ほら、シュウジってなんでもできるから」

「あ、そうなんだ……」

 

  思わずホッとする。なんで私が安心してるのだろう。

 

「シュウジは、小さい頃から今みたいに万能だった。本当に人間なのかってくらい。そんなシュウジを見てるとワクワクして、自然と笑えた」

「……確かに」

 

  シューくんはいつも破茶滅茶で奇想天外で、まさに我が道を往くって感じだ。それなのに必ず何事も成功に終わらせる。

 

  それを近くで見ていて、よく雫ちゃんはそんなシューくんをコントロールできてるなぁとか思っていたものだ。

 

  前の世界でのことを思い出していると、クスリと笑った美空は少し真剣な表情をした。

 

「でもね、ある時気づいたの……確かにシュウジは〝明るい〟けれど、それは作り物みたいだってことに」

 

  その美空の言葉は、なぜかストンと私の胸に入ってきた。腑に落ちたとはこのことか、彼女のいう通りだと思ってしまったのだ。

 

  以前に一度、シューくんが一人でいる時を見たことがある。その時のシューくんは、いつも明るくふざけてばかりの彼とは思えないほど雰囲気が違った。

 

  ひどく落ち着いていて、全くの別人かと思ったくらい静かに一人で話していたのだ。今思えばエボルトと会話してたんだろうけど。

 

  もしかしたらあれは、いつものシューくんが皆の知っている〝北野シュウジ〟というキャラクターなら、それを演じている本当のシューくんだったのかもしれない。

 

「それがわかったら急に、シュウジに憧れなくなった。今も友達としては好きだけど、なんだかちょっと怖くて。だからあんなにシュウジのことが大好きで、愛されてる八重樫さんはすごいなって思ったな〜」

「それには心の底から同意するよ」

 

  雫ちゃんのシューくん好きは時々引くくらいすごい。中学生の時とか偶然街中でシューくんを見かけたと思ったら、次の瞬間には雫ちゃんが抱きついてた。

 

  他にも休み時間中ひたすらスリスリ体を擦り付けてたり、体育で合同になるとひたすらシューくんの近くにいたり、スマホに三千枚を超える「シュウジフォルダ」なる写真フォルダがあったり……

 

  言い出すと色々数え切れないくらいあるが、とにかく雫ちゃんはものすごくシューくんのことが好きだ。ちなみに南雲くんに聞いたらシューくんの携帯にも同じようなものがあったらしいです。

 

「でも、まだワクワクした気持ちは残ってて、なんでかなって思ったら……ハジメがいたからだってわかった」

「南雲くんが?」

「うん。確かにシュウジは明るくて、なんでもできるけれど……私の手を取って笑いかけてくれたのは、ハジメだった」

「……そうだったんだ」

「暖かかったんだぁ、ハジメの手」

 

  胸に手を当てて、とても嬉しそうにいう美空は、本当に幸せそうで。それだけで、どれだけ南雲くんが好きなのかわかってしまった。

 

「それでずっと一緒にいるようになったんだけど、中学になったら私はいじめられるようになって……」

「えっ、なんで!?」

「だってほら、私可愛いじゃん」

 

  ふふん、と胸を張る美空。

 

  確かに美空はすごく可愛い。ネットアイドルもやってるみたいだし……あ、龍太郎くんに顔が引きつるまで力説されたの思い出しちゃった。

 

  前にどこかで聞いたけど、特別何かが優れている人は孤立するらしい。美空くらいの可愛さだと、女子中学生ともなれば嫉妬する人もたくさんいたんだろう。

 

「その時もハジメはそばにいてくれた。今も辛い時は必ず手を握って、私を抱きしめてくれる。あの時だな、明確にハジメが好きだなって思ったのは」

 

  ちなみにそのいじめの主犯格は、南雲くんがシューくんに話したらしく、次の週には別の学校に転向していったとか。方法は聞かないほうがいいらしい。

 

「だから、私はハジメを信じる。この手の中に、あの暖かさが残ってる。ハジメは絶対また私のそばに戻ってきてくれるって、そう思うから」

「……そっか」

 

 強い、そう思った。

 

  もし私が同じ立場なら、どうだっただろう。きっと現実から目を背けて、自暴自棄になって誰かに迷惑をかけていた気がする。

 

  でも、お陰で私も信じることができた。本当はずっと不安だったのだ、もしかしたらもう二人は……って。

 

  でも、美空を見てその考えは変わった。たとえどんなに低い確率でも、他の誰が正そうとしてきても、私も南雲くんたちが生きているのを信じる。

 

「……ありがと、美空」

「え?」

「私も、信じることにしたよ」

「……そっか。なら二人で信じようね。あ、でもハジメは渡さないよ」

「んなっ!?」

「当たり前でしょ?ていうかそろそろ天然キャラやめてハジメのこと好きなの認めたら?」

「にゃにゃにゃにを!ていうかキャラじゃないよ!?」

「ていうかあの時ハジメに魔法当てようとしたやつ刻む。絶対刻む」

 

  フフフフフ……と不気味な笑いをあげる美空に「ちょっと美空〜!」と肩をゆすりながら、私はこれから頑張っていこうと、そう思うのだった。

 




次回からはシュウジサイドです。そしてついに……


ARE YOU READY?


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エボル フェーズ1

どうも、めちゃくちゃ傷心中の作者です。

シュウジ「なんか大変だったらしいな、作者。フラれたんだってよ」

ハジメ「それは…災難だったな。自分がそうだと思うとゾッとする」

シュウジ「不安にさせちまったのが悲しかったんだとよ。俺も気をつけねえとな」

エボルト「お前ら自分の彼女大好きだもんなぁ。で、前回は美空やカオリンたちの話だったな。思った通り、あの女只者じゃねえ」

シュウジ「性格的に、多分あいつだろうな。こいつは次にあったときおっかないぜ」

ルイネ「実際、私たちの中で一番静かに怒っていたのは彼女だ。マスター、頑張れ」

シュウジ「丸投げかい!」

エボルト「まあせいぜい頑張れ。んで、今回は俺たちの話だ。それじゃあせーの…」


四人「「「「さてさてどうなる迷宮編!」」」」


 

 奈落の底に落ちてから数日。

 

 

  俺たちは今、迷宮の中をひたすら歩き続けている。眼前に広がるのは、下に向かって緩やかなカーブを描く石階段と淡く光る緑光石の壁のみ。

 

  なぜハジメを探さずにこんなところにいるかというと、まずここは女神様からもらった知識にない裏道のような場所だからだ。

 

  どうやら落ちてる時に壁に激突しまくった結果、ちょうどこの道に繋がる場所に落ちてしまったようなのだ。最初に目覚めたのは階段の入り口のあった部屋だ。

 

  壁をぶち抜いて正規の迷宮に戻ろうとしたが、ある程度は壊せるものの何かの作用が働いてるのか、一定以上進むと何をやっても壊せなかった。

 

  結果、たまにある小部屋で休憩しながらこうやってひたすら階段を降りてるわけだ。もう一週間と何日歩いただろう。

 

  次にハジメのことだが、何かの妨害効果によって迷宮内での瞬間移動が使用不可になっていたので、地上に戻ることすら不可能になった。

 

  実はこの瞬間移動という技能、チートかと思ったらそうでもない。事前に設定した座標……例えば場所や人……にしか飛べないのだ。それも一度見たことや接したことのある対象じゃないと使えない。

 

  それ以前に、数日前に突然ハジメの座標が消失した。まさか死んだのかと思ったが、それは違った。全くの別物になっていたのだ。

 

  どうやら何かが起こったらしいハジメは、しばらく一階層で動き回った後、何度か変異を繰り返すとどんどん下に向かい始めた。

 

  ならばと、こちらもそれを追いかけるようにこの階段を降り始めたというわけだ。あまりにも代わり映えしないからそろそろ飽きてきた。

 

  この螺旋状の階段が隠し通路なのか裏道なのかは知らんが、流石に〝隠れ家〟、あるいは正規の迷宮のどこかに出口が繋がってるだろう。

 

 

 閑話休題。

 

 

  進む順番は俺を先頭に、真ん中にルイネを挟んでしんがりにエボルト、という具合である。この中で一番戦闘能力がないのは彼女だ。

 

  というのも、女神さまのいう通り、ルイネは力の一部を失っていたのだ。記憶は全て回収したらしいのだが、特殊能力と呼べるものをいくつかなくしている。

 

  おまけに身体能力も全盛期と比べてセーブされているらしく、自分では解けない状態。それでも半分程度の力はあるようだが。

 

  ちなみに、あのコブラ状態の時に使っていた能力のいくつかもルイネの力だ。幸いそっちは残ってたらしい。

 

「タコ」

「コーヒー」

「ヒーター」

「タコ」

「ココナツ」

「蔦」

「タコ」

「……コンフィ」

「板」

「タコ」

「おいお前ら、俺がタコ嫌いなのわかってて誘導してんだろ」

「何言ってんだそんなわけないだろ、おらエボルトあくしろよ」

「シュウジテメェ……」

 

  ぐぬぬ状態のエボルトを俺は愉悦顔でほらほらあくしろよ、と促す。ルイネがそっぽを向いてプルプル笑いをこらえてた。

 

  そういや前になんでタコ嫌いなのか聞いたら、どうやら火星人が俺たち地球人のイメージ通りタコっぽい見た目で、ベル様に倒されたかららしい。

 

  なので、地球では週に一回必ずタコ焼きを食いに行くことにしていた(ゲスの極み)。エボルトはもはや諦めの境地に達しているようだ。

 

  それにしても、ルイネもこの数日で随分と打ち解けたものだ。俺はもとより、エボルトともうまくやっている。よきかなよきかな。

 

「………ん?」

 

  そんな風に歩いていると、不意に前方に少し開けた踊り場が見えた。これまでの部屋と違い、石畳が引かれている。

 

  振り返って二人と目配せをして、足を早める。程なくしてたどり着いたその踊り場は、遠目で見た通りそれまでとは一風変わっていた。

 

  遠目で見た通り規則的に石畳が敷き詰められており、壁には等間隔に松明が設置されている。魔法によるものなのか、絶えず燃え続けていた。

 

 そして何より……

 

「……でけえな」

「黒いな」

「硬そうだな……ってやめなさいよ。つーか、いかにも重要ですって感じだな」

 

  降ってきた階段を後ろに見て、左側。正規の迷宮のある方向の壁には、五メートルにもなる両開きの巨大な扉が鎮座していた。

 

  縁の部分には細かな装飾がなされており、大部分のほうには全身から刃を生やしたプテラノドンのような魔物が刃の嵐の中で飛ぶ姿が描かれている。

 

  試しに探知魔法を使って、中の様子を調べてみる。瞬間移動など一部の技能は封じられたが、前世やこの世界で習得した魔法は全て使えた。

 

  すると、やはりいた。詳しくは見えなかったが、扉の向こうの部屋の中央に、巨大な何かが待ち構えている。

 

「どうするシュウジ、無視して進むか?」

「……いや、行こう。もしかしたらルイネの力を取り戻せるかもしれん」

「私の?」

 

  自分の顔を指差してキョトンとするルイネに、「ああ」と頷いた。

 

「お前はこの世界において、【真のオルクス大迷宮】の一部として俺の前に姿を現した。ならば、失った力を取り戻す方法もこの迷宮の中にあるはず。そこにこんなあからさまな場所だ、十分に可能性はあるだろう?」

「なるほど……さすがはマスター、ふざけてばかりかと思ったが、洞察力は健在か」

「お前最初の頃、めちゃくちゃ戸惑ってたもんなぁ」

 

  まあ前世と比べたら全く真反対の性格に見えるから、それも仕方がないか。中身はあまり変わってないんだけどね。

 

  ちなみに当のルイネさんは全くお変わりなく、人を寝てる間に食って(意味深)くれた。それも三回も。わざと静観していたエボルトは絶版だ(某社長感

 

「……わかった。私は行くのに賛成だ」

「ま、俺はお前らについてくだけだ。やるなら徹底的にやってやろうじゃないか」

「オーケー、それじゃあいこうか」

 

  二人の了承を得た俺は、両手で扉を押す。するとゴゴゴゴゴゴ……という音を立てて、ゆっくりと扉が開いていった。

 

「気張って行くぞー、えいえい」

「「おー」」

「声が小さいっ!もっと熱くなれよ!」

「「おぉおおおおおおおおっ!」」

「よろしい!」

 

  満足げに頷いた俺は、二人を伴い完全に開いた扉の向こうに足を踏み入れるのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

  その部屋は、一言で言えば〝鏡〟だった。右を見ても左を見ても、俺たち三人の姿が歪んで写り込んでいる。

 

  形状はドーム状になっており、横も縦もでかい。十字形に壁に張り付くように柱が立って支えており、中央なんか八メートル以上はあるだろう。

 

  その中央には、一つの台座があった。細かな彫刻の施されたものであり、その上に巨大な魔物の彫像がでんと乗っかってる。

 

  その彫像は、扉に描かれていた魔物によく似ていた。全身から刃の生えている、鎧じみた皮膚を持つプテラノドンのような姿をした魔物だ。

 

「あれ、近づいたら生身になるやつだよな?」

「トラップあるあるだな。ルイネはここにいろ、万全じゃない状態で正体不明の相手に戦うのはリスキーだ」

「了解した。マスター、ご武運を」

 

  そう言ったルイネは、なぜか、なぜか(大事なことだから二回言った)俺の頬にキスをすると一歩下がった。隣のエボルトからのニヤニヤ顔がウザい。

 

  とりあえずエボルトにハイパークリティカルスパーキング(黄金の左手)を食らわすと、スタスタと彫像に近づいていく。

 

 

 

 バンッ !

 

 

 

  あと三メートルというところで、後ろから大きな音がした。振り返って見れば、扉が閉まっており、ルイネがふるふると首を横に振っていた。

 

  それに頷いて視線を戻すと、ちょうど彫像にヒビが入り、中から鈍色に輝く皮膚が見え隠れしているところだった。ある意味ポロリだな(錯乱

 

  数分ほどで全身が露わになり、魔物の目が血のような赤色に光る。そして雄々しく翼を広げ、大きく咆哮を上げた。

 

 

 

 ギョォオオオオオオオオオオォォオオオッ!

 

 

 

「……もうちょい他の鳴き声なかったん?」

「そんなゲームの見た目と鳴き声がミスマッチなモンスターみたいなこといっても仕方がないだろ」

「様にそれだけどな……まあいいや、そんじゃ初公開といこうか、パラド」

「おう……って確かに目が赤く光るけど作品が違うわ馬鹿野郎」

 

  そう言いながらも、エボルトは俺の差し出した拳に自分の拳を当て、スライム状に戻って俺の中に戻ってきた。目が赤くなるのがなんとなくわかる。

 

  エボルトが入ってきたのを確認すると、俺は不敵な笑みを浮かべて異空間に手を入れる。そしてそこからエボルドライバーを取り出した。

 

  自作ではなく、正真正銘メイドイン女神様のエボルドライバーを腰に押し当てる。するとベルトが飛び出して装着された。

 

 

《エボルドライバー!》

 

 

  エコーのかかったエボルトの声を聞きながら、エボルドライバーと一緒に取り出していたコブラエボルボトルとライダーエボルボトルの蓋をセット。

 

  そうすると逆さまにし、エボルドライバーのスロットに装填した。

 

 

《コブラ! ライダーシステム!》

 

 

《エボリューション!》

 

 

  ボトルの前面に歯車とブラッドスタークのマスクの重なったシンボルとビルドマークが出現、融合して惑星のシンボルとなる。

 

  続いて、変身待機音声が流れ始めたので右手でレバーを握り回し始めた。部屋に響くのは、ベートーベン交響曲第9番に似た荘厳な音楽。

 

  それに合わせるようにドライバーからチューブが出現し、コンテナ状に広がってエボルボトルの成分で鎧を作り上げていく。

 

  やがて、音が止まった。靄のかかった半分の人型を囲む黄金の輪を見ながら、俺は両手を胸の前でクロスした。その瞬間、世界から音が消えたような錯覚を覚える。

 

 

《ARE YOU READY?》

 

 

  さあ覚悟はいいか、そう問いかける言葉に俺は、静かに呟いた。かつて数多の惑星を滅ぼし、喰らい尽くした星狩りを生み出す言葉を。

 

 

 

「『変身』」

 

 

 

 あっエボルト被せてきやがった。

 

  両手をゆっくりと広げた俺に正面と背後から人型が迫り、そして一つになる。その瞬間、自分が別の何かに変わる感覚を覚えた。

 

  自分を保ったまま、エボルトと完全に一つの生命体となり、新たな存在へと生まれ変わる、そんな不思議な感覚。

 

 

《コブラ……コブラァ……エボルコブラァ!》

 

 

  程なくして、視界を覆っていた無数の星が煌めく靄が吹き飛び、同時に視界が開けて外界が見れるようになった。

 

 

《フッハッハッハッハッハッハッ!》

 

 

  悪どい高笑いが響く中、鏡の壁の中で肩の円盤が回転を止め、黄金の輪で封じられた胸のアーミラリアクターが怪しく光る。

 

『エボル 、フェーズ1』

 

  それに俺は、エボルトのものになった声で一言呟いた。その瞬間、牙を剥いた蛇が向かい合ったような赤い複眼が輝く。

 

  変身した俺は、赤と青、そして黄金で彩られた非常に豪奢な姿をしていた。全身に星座や惑星を模した鎧を身につけ、額には星座早見盤がある。

 

  それはまさしく、仮面ライダーエボルフェーズ1、コブラフォームそのもの。中のやつはともかく、ビルド系ライダーの中でも随一のお気に入りであった存在に、俺はなっていた。

 

〈おいコラ、どういう意味だ〉

 

  そのままの意味だ。ていうかこの状態でも会話できんのな。

 

 

 

『さあ……絶望のカウントダウンを始めようか』

 

 

 

  エボルに変身した時のために考えていた決めセリフを言いながら、気だるげな動きで金色の人差し指を向けた。

 

 

 さあ……戦いを始めようか。

 

 

 ●◯●

 

 

 ギュォオオオオオオオオオオォォオオオッ!

 

 

  俺の言葉に答えるように咆哮した魔物は、翼をはためかせ高く飛翔する。それを追いかけて見上げると、ドームの天井まで魔物は上昇していった。

 

 

 ギュォアアアッ!

 

 

  魔物が翼を大きく動かしたかと思えば、無数の刃が雨のように飛来してくる。さらにそれが壁に映り込み、さらに倍に見えた。

 

『なるほど、こりゃ混乱して本物と見分けがつかないって寸法か……だが』

 

  異空間からネビュラスチームガンとトランスチームガンのレプリカを取り出すと、銃口を上に向ける。

 

 

 

 ドガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!

 

 

 

  そして飛来した刃全てを、エネルギー弾で打ち砕いた。あいにく、この程度の弾幕なら前世で億単位で受けてきたから楽勝だ。

 

  魔物の方もせいぜい小手調べだったのか、盛大に咆哮してドームの中を飛び回る。今度は旋回しながら不規則に刃を放ってきた。

 

『フッ、ハッ!』

 

  トランスチームガンをスチームブレードに持ち替え、刃を冷静に弾き返す。隙を狙うように背後から飛んできたものはジャンプしてかわし、お返しにトランスチームガンを魔物に撃った。

 

  しかし、エボルをして速いと感じるほどの速度で飛び回る魔物にはなかなか当たらない。当たってもせいぜいかすり傷程度だ。

 

『それなら……』

 

  ネビュラスチームガンを脇に挟み、異空間からガトリングフルボトルを取り出してスロットに装填。持ち直して銃口を上に構える。

 

 

《フルボトル!》

 

 

  認識したのを確認して、ネビュラスチームガンの引き金を引いた。すると特大のエネルギー弾が射出、空中で分散して四方八方に飛んでいく。

 

 

《ファンキーアタック!フルボトル!》

 

 

 ギョオォオオォオオオオッ!?

 

 

『エネルギー弾のお味はいかが?なんてな』

 

  挑発するように言うと、エネルギー弾をいくつか避け損なった魔物は苛立ったように声を上げてさらに速く飛び回る。

 

 

 ギュァアッ!

 

 

  魔物はまた、翼を振って刃を飛ばしてくる。しかしそれは俺を狙っておらず、まったくもって見当違いの咆哮だった。

 

  痛みで錯乱したかと思いながらも、警戒しながら刃を目で追いかける。すると刃は壁にあたり……そのまま()()()()()()

 

  激突して突き刺さる、あるいは砕けるかと思えば、まるで鏡面が水のように波打って刃を吸収したのだ。

 

〈シュウジ、後ろだ〉

『わかってらぁ』

 

  そして背後の壁から飛び出てきた刃を、俺は駒のように体を半回転させてブレードで切り裂く。魔物を見れば、悠々自適に飛び回っていた。

 

  今のはあの魔物の能力、あるいはこの部屋の壁に何らかの特殊な効果があるのだろう。鑑定魔法で調べたいところだが、あいつを倒してからだ。

 

  それから魔物は、普通の刃と壁から壁の中を移動する刃を織り交ぜて攻撃を仕掛けてきた。時には壁の中に吸い込まれてそのまま出てこないフェイクも織り交ぜてきやがる。

 

『なかなか知能が高いようだな……が、勝つのは俺だ』

 

  三つ同時に、まったく別の方向から飛んできた刃を全て切り裂くと、瞬間移動で魔物の眼前に移動する。どうやらエボルの時は使えるようだ。

 

  ギョッとする魔物の横っ面に、ブレードを握った手でフックを叩き込んでやる。超人的なパワーが発揮され、魔物は強制的に横移動した。

 

『フンッ!』

 

 

 ギャァッ!?

 

 

  進行方向にある壁にぶつかる前に再び瞬間移動、今度はかかと落としをお見舞いする。また吹き飛ぶ魔物。

 

  同じ動きを繰り返し、殴り、あるいは蹴り飛ばしては瞬間移動で進行方向に出現し、まるでボールのようにポンポンと宙を舞わせた。

 

『どうした、お前の力はそんなものか!』

 

 

 ギュァッ!

 

 

  そんなわけあるか!と言わんばかりに鳴いた魔物は、きりもみ回転して強引に翼を叩きつけてきた。まあ瞬間移動で回避するけど。

 

  地面に着地すると、魔物はどうだと言わんばかりに鳴き、見せつけるように部屋の中を飛び回る。ムカつく魔物である。

 

『いいぜ、そっちがその気なら……』

《パイレーツ!ライダーシステム!クリエーション!》

 

  異空間から取り出した海賊フルボトルをコブラエボルボトルと入れ替え、異空間の中にあったカイゾクハッシャーを出現させる。ちなみに直接出せるけどわざと出した。

 

 

《READY GO!パイレーツ!》

 

 

  カイゾクハッシャーを手に持ち、ミニチュアのような電車……ビルドアロー号を引く。すると弓にエネルギーが溜まっていった。

 

《各駅電車〜!急行電車〜!快速電車〜……海賊電車》

『こいつでもくらいな!』

《ハッシャー!》

 

  ビルドアロー号を手放すと、緑色の電車型のエネルギーが飛び出して魔物に飛んでいく。

 

  当然魔物は避けるが、あいにくあのエネルギーは追尾性をもってる。魔物を執拗に追いかけ回し、捉えて爆発した。

 

 

 ギュァ、アア……

 

 

  ボロボロになって落下した魔物に、カイゾクハッシャーを異空間に放り込みながら歩み寄る。そしてしゃがんで話しかけた。

 

『さて、お前との追いかけっこもそろそろ終わりだ。短い時間だったが楽しかったぞ。チャオ!』

 

  言い終えると立ち上がり、エボルドライバーのレバーを回す。すると再び交響曲9番のような音楽が流れた。

 

  右足の下の地面に、星座早見盤のようなフィールドが出現。中腰になって右足に力を込めると、エネルギーが収束していった。

 

 

《READY GO!》

 

 

『ハッ!』

 

  レバーから手を離して、魔物をアッパーカットで打ち上げる。そして落下してきたところに、右足を胸に叩き込む!

 

 

《エボルテックフィニッシュ!Ciao〜♪》

 

 

 ギュ、ラァアアアァアアアアアァアアッ !

 

 

  断末魔の叫び声をあげながら、魔物は爆発した。爆炎が全身を撫でるが、スーツを着ているのでまったく熱くない。

 

  程なくして、炎と煙が散った。視界が晴れた頃には、魔物はもういなかった。魔石すら残さず消し飛んだのだろう。

 

『ふぃ〜、決まったぜ』

〈お疲れさん。初めてにしてはいい動きだ。ていうか俺と同じくらいとかふざけてんの?〉

 

 嫉妬すんなよブラッド族(笑)

 

「マスター!」

 

  ボトルを抜いて変身を解除していると、ルイネが走り寄ってくる。そのまま飛びついてきたので、危なげなくキャッチした。

 

「っとと、平気だったかルイネ?」

「ああ、マスターの勇姿をたっぷり見れて満足だ。私の知らない新たな力をあそこまで使いこなすとは、さすがマスターだ」

「ビミョーに質問に答えてないけど……まあいいか。で、力は戻ったか?」

 

  そう聞くと、ルイネは自分から離れてにんまりと笑う。そして両手を大きく広げた。見覚えのある動作だ。

 

  すると、地面がボコリと隆起して金属のナイフが現れ、彼女の周りを浮遊した。更にどんどんナイフが生成され、最後には十本になる。

 

「ほお、そいつが失っていた力か」

「ああ、〝周囲の自然から金属を集め刃物を創造する力〟。マスターのおかげで取り戻せた」

 

  分離したエボルトが感心したような声をあげ、ルイネは自慢げに胸を張る。それに、前世で最初にその力を見たときの自分が重なった。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴ……

 

 

  そうして話していると、突如部屋が激しく揺れ始めた。鏡のような壁から光が失われ、粉々に砕けていく。

 

「おいおい、こりゃ脱出したほうがよさそうだな!」

「同感だ!捕まれルイネ!」

「承知したマスター!」

 

  やけに胸を押しつけるように密着してきたルイネの腰に手を回し、エボルトとともに瞬間移動で外の踊り場まで退避した。

 

  足が踊り場の地面についた瞬間、背後で部屋が崩れ落ちる音がした。振り返れば、荘厳な扉のあったそこには、瓦礫の山があるだけだった。

 

  それを見てほっと安堵の息を吐いた俺たちは、地面に座り込む。そして互いの顔を見あって笑顔を浮かべた。

 

「ギリギリセーフ、ってとこか?」

「だな。まあ俺はスライム状になれば耐えられるけど」

「うっわなにそれズルい」

「何にせよ、全員無事で生還だな」

「だな」

 

  同意しながら、握った拳を突き出す。二人は最初はきょとんとしたものの、すぐにニヤリと笑って自分の拳を打ち合わせてきた。

 

 

 

 

 

  こうして俺たちは、エボルの力を使うのとともにルイネの力を取り戻したのだった。




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エボル フェーズ2

感想があまり来ないでござる…(・ω・`)
どうも、現在チクチクと心を修復中の作者です。

シュウジ「どうやらなんとか立ち直ってきたみたいだな、作者」

エボルト「何かやってないと気が紛れないから書く意欲が上がってるとからしいぞ」

ハジメ「それはそれでどうなんだ……で、前回はシュウジたちがついにエボルになったな」

ルイネ「ああ、とても格好良かったぞ」

シュウジ「よせやい、照れるだろ」

エボルト「はいはいリア充リア充。で、今回は前回の続きだ。それじゃあせーの……」


四人「「「「さてさてどうなる迷宮編!」」」」


  魔物を倒したあの後、俺たちは衝撃波やフルボトルによる攻撃によって瓦礫を除去し、部屋の中に大量にあった例の鏡のような壁だったものを回収した。

 

  そうすると今度こそあの場所を後にし、またいつ終わるともわからない階段を降り続ける。幸いエボルトたちがいるから退屈ではなかった。

 

  で、一週間ほど経った今。俺たちはこれまでと同じく階段の途中にあった部屋で小休憩を取っている。

 

  部屋といっても、特に何かがあるわけじゃない。最初に目覚めた時と同じ、岩と壁があるだけの殺風景な穴ぐらだ。

 

  そこで異空間の中にしまっていた風呂敷や道具、食料を広げて料理を作り、栄養をとると数時間眠って体力を回復する。これがここ最近の日常である。

 

  ちなみに料理担当はルイネだ。俺もエボルトも飯を作れるが、あいつが作った料理は一味違う。聞けば〝捕食者〟の店に時々助っ人に入っていたらしい。

 

  エボルトは足を組んで、クッションを間に挟んで壁に背中を預けて寝ている。

 

「Zz……」

「んー、ここをこうしてっと」

 

  その横で俺が何をしているかというと、異空間の中にあった鉱石や素材を用いて武器を作っていた。

 

  知っての通り、俺は雫たちの武器やエボルドライバーの複製品を作れるくらいには物理ができる。そのための道具も全部自作だ。

 

  もちろん、ビルドに登場した武器も全て作った。先週の戦いで使ったカイゾクハッシャーがいい例だ。先週の戦いっていうと特撮っぽい。

 

  モチーフは盾であり、アイディアの元はあの鏡の壁から作った〝ミラーフルボトル〟。ベストマッチはまだわかってない。

 

  ビルドを見ていた人間ならわかるだろうが、キャップのマークを見ればいいのに。同じマークの使えばベストマッチじゃんというのは、言ってはいけないお約束だ。

 

  それはともかく、素材の一つとして使っている鏡の壁は、予想通り特殊な性質を秘めた鉱石だった。

 

 

=====================================

 鏡界石

 淡く輝く水色の鉱石。魔力を流すことによって取り込んだ物体、あるいは生物を他の鏡界石から放出する特性を持つ。入れられる物量は純度の高さに比例する。

=====================================

 

 

  鑑定魔法で探ったこれが、その性質だ。どうやらあの部屋にあったのは限りなく純度の高い混じりっけなしのもののようで、かなりの容量を誇る。

 

 例えば……

 

「ほいっと」

「ぬわっ!?」

 

  寝こけてるエボルトの足に魔力を込めて平らにした〝鏡界石〟を当てると、某会社のランプの魔人みたいに中に吸い込まれる。

 

  そして他の〝鏡界石〟を手に取り、魔力を流してかざしてみると、エボルトが逆さまに出てきた。犬◯家モドキになってる。

 

「よし、実験は成功と」

「シュウジィ!」

 

  怒りの声を上げるエボルトをスルーして、作業を再開する。ほとんど出来上がっており、あとは外装を取り付けるのみになっていた。

 

「よし、できた」

「マスター、食事の用意ができたぞ」

 

  そしてその武器が完成したのと、ルイネから声がかかったのは同時だった。それに了承の声を返し、散らばった道具や素材を異空間の中にしまう。

 

  そうすると設置してあったテーブルの方に向かった。すでに仏頂面のエボルトが座っており、その隣に腰を下ろす。

 

  俺たちが座ったのを確認すると、エプロン(俺作)を着て長い赤髪をポニテールにまとめたルイネは皿を持ってきた。

 

「今日のメニューは野菜ハンバーグだ」

「おっ、俺の好物か。よく覚えてたな?」

 

  野菜ハンバーグってのは文字通り、肉の中に様々な野菜を細かく刻んで練りこんだハンバーグだ。

 

  これがタンパク質と同時に他の栄養も摂取できるので、前世でもよく食べていた。他の弟子二人もお気に入りだったはずである。

 

「当たり前だ、私がマスターのことについて忘れていることなど一つとしてない。なんならマスターと出会ってからどれだけ経ったかも言えるぞ?」

「それはそれでどうなんすかね」

「エボルトは……これだ」

 

  そう言ってエボルトの前に置かれたのは……………たこ焼きだった。どっからどう見てもたこ焼きだった。

 

  タコ足のかけらを内包した茶色く丸い外見、香ばしい匂いを漂わせるソースゆらゆらと立ち上る湯気。誰がどう見てもたこ焼きだ。

 

「……おい、ワザとだな?ワザとなんだよな?流石の俺もキレるぞ?ムカチャッカファイヤーだぞ?」

「タコに特別な思い入れがあるとマスターが言っていたのでな、作ってみた」

「シュウジテメェコラァ!」

「ブフッ」

 

  掴みかかってくるエボルトの腕をかわしながら、してやったりと吹き出す。そんな俺たちを見てルイネは苦笑した。

 

  まあそんなこんなでしばらくじゃれあい(片方殺気全開)をした後、食事を始める。ちなみにルイネはステーキだった。

 

「ちくしょう、美味ぇ……」

「相変わらずの出来だ。ルイネはあいつの次に料理上手かったからなぁ」

「口にあったようでなによりだ」

 

  わいわいと騒ぎながら食事をする。それはさながら、前世でルイネたちと、あるいはあの世界でハジメたちと共に食事をする雰囲気と似ていた。

 

  手を動かすことしばらく。食事を終えた俺たちは、だらだらと駄弁っていた。

 

「それにしても、この階段はいつまで続くのかねえ」

「最初に私たちが目覚めてから、三週間弱。あの時の部屋以来目立った変化は現れていないな」

「あー、それについて俺から一つ考察がある」

 

  考察?と首をかしげる二人に、異空間から大きな紙を取り出して机の上に広げる。それはこの迷宮の見取り図だった。

 

  俺たちがいるのは、百階層からなるオルクス大迷宮の、さらに下に存在する〝真のオルクス大迷宮〟。その周りを螺旋状に取り巻く階段。

 

「いいか、俺たちがあの魔物と戦ったのがここだ」

 

  そう言って、これまで休憩に使った部屋の描かれている見取り図の一際大きな印を指し示す。その位置にはちょうど、真のオルクス大迷宮の二十五階層が。

 

「一階層分の広さから推測すると、先日俺たちが戦った魔物がいたこの部屋は、ちょうど二十五階層らへん。そして今いるのは……ここだ」

 

  指を下に滑らせて、四十九階層の高さにある階段の一部分を示す。そしてその一階層分下には……魔物な部屋と同じ、大きな印。

 

「なるほどな……つまり次の階層のあたりで、同じような部屋があると?」

「ああ、百階層分ある中で魔物がいたのは4分の1のポイント……偶然ではなく規則性がある可能性が高い」

「もしあったら、また戦うのか?」

「ああ。なるべくエボルの力に慣れておきたいし、何よりお前の力を取り戻してやりたいからな」

「マスター……」

「まあそういうわけで、一応心構えはしといてくれ」

「おうよ」

「ああ、わかった」

 

  俺の言葉に、しっかりと頷く二人。それに俺も不敵な笑みを浮かべて頷く。

 

 

  それから俺たちは、もし次の階層に魔物の部屋があった際の対策について会議を始めたのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

 そして次の日。

 

「………あった」

「……あったな」

「予想的中、か」

 

  目の前にある扉に、俺たちは三者三様の反応をする。やはり俺の予想通り、五十階層にあたる部分にはあの魔物がいたのと同じような部屋があった。

 

  二十五階層にあたる部分同様整備された踊り場と絶えず燃える篝火、迷宮側の壁に佇む巨大な両開きの扉。

 

  扉には、オーラのようなものをまとって縦横無尽に駆け回る角ばった縞々の外殻をまとった馬の魔物が描かれている。

 

  先の魔物のことからして、扉の絵は中にいる魔物を表していると見て間違いないだろう。事前に教えてくれるとは、案外親切である。

 

  二人とアイコンタクトを交わすと、頷きあって扉に近づく。そしてあの時と同じように、俺が両手で扉を押し開いた。

 

  重厚な音を立てて開いた扉の先にあったのは、一見闘技場のような円形の舞台だった。といっても観客席などは存在しない。

 

  黒や白、金色の装飾が取り付けられたそこに足を踏み入れた途端、またしても背後で大きな音を立て、扉が閉まった。

 

 

 カタカタカタカタ………

 

 

  振り返って退路が断たれたことを確認していると、不意に壁の装飾が震え始める。かと思えば、ゴウッ!とステージの中央に赤黒い火柱が上がった。

 

  凄まじい勢いのそれはやがて馬のような形を成していき、そしてそこに壁から装飾が外れて集まっていく。

 

 

 ブルルルルルルルルッ!

 

 

  そして出来上がったのは、案の定扉に描かれていたものと同じ魔物だった。言うなれば、角ばったシマシマの鎧を着た馬といったところだろうか。ある意味シマウマだな。

 

「凝った演出だな」

「だな。まあ何にせよ、倒すとするか」

「おう。ルイネ、下がってろ」

「承知した」

 

  力は戻れども、未だ身体能力を制限されているルイネはまた俺の頬にキスをすると下がる。もう二回目ともなると慣れた(慣れてない)

 

  パン、とハイタッチをしてエボルトを取り込み融合すると、異空間からエボルドライバーを取り出してヘソのあたりに押し付ける。

 

 

《エボルドライバー!》

 

 

《コブラ!ライダーシステム!エボリューション!》

 

 

  エボルボトルをスロットに装填し、レバーを回す。チューブが出現し、黄金の輪と煌めく鎧が出現した。レバーから手を離し胸の前で両手をクロスする。

 

《ARE YOU READY?》

「『変身』」

《エボルコブラァ!》

 

  両腕をゆっくりと広げ、鎧を装着。靄が吹き飛び、再びエボルコブラフォームへと変身を果たした。

 

《フッハッハッハッハッハッハッ!》

『ていうか自動で省略されたんだがそれは……』

〈気にするとこそこかよ〉

 

 

 ブルルルルルルルルッ!!

 

 

  二回目以降おきまりの変身音省略をちょっと悲しんでいると、俺を脅威と認識したのか魔物が嘶いて蹄を鳴らす。

 

『まあいいか……さあ、絶望のカウントダウンを始めようか』

 

  気だるげに人差し指を向けると、魔物は血のような赤黒いオーラをまとって突進してきた。血気盛んだなおい。

 

  半身を引き、一歩ずれることでわずか数センチの場所で回避する。そして回し蹴りを胴体に叩き込んだ。

 

 

 ガインッ!

 

 

『ぬっ』

 

  が、しかしオーラに回し蹴りは受け止められる。衝撃は通ったようで、縞々の装甲が波打つように震えた。どうやらあの装甲は衝撃を分散させる力を持つらしい。

 

  俺の攻撃を無力化した魔物はそのまま壁に向かって直進していき、壁を蹴ると一回転して俺のところへ落ちてきた。

 

  瞬間移動で回避すると、一瞬前まで俺がいた場所に体高六メートルはある魔物の巨体が轟音を立てて着地した。並みの防御力ならあれでペチャンコだろう。

 

『危ねえ危ねえ。さて、今度はこっちがお返しする番だ』

 

 

 ブルルルルッ!ヒヒィーーーーッ!!

 

 

  スチームブレードを取り出し、まるで挑発するように手招きする。魔物はそれに応え、俺の方へと突撃してきた。

 

  爆進してくる魔物に、俺は居合切りのように腰ためにブレードを構え……しかし次の瞬間、魔物の姿が掻き消えた。

 

『何っ!?』

 

 

 ブルルルルルッ!

 

 

  視覚センサーによってかろうじて姿を捉えると、魔物は今にも俺の右半身に頭をぶつけてくるところだった。

 

  咄嗟にブレードを差し込み、腰を落として耐える。するとその瞬間、エボルをして耐えられぬ凄まじい衝撃が襲ってきた。

 

『ぐっ……!?』

 

 

 ブルルルルルルルルッ!!

 

 

  猛々しく鼻を鳴らした魔物は、ぐっと四本足に力を込めると力をため、一気に頭突きにして解放してくる。吹き飛ばされる俺。

 

  ゴロゴロと地面を転がった俺は、両手を使って停止すると曲芸師のように宙返りして着地した。そしてスーツについた土を払う。

 

〈あの魔物より、明らかに速いぞ〉

『だな。さすがは五十階層相当の魔物だ』

 

  エボルトと会話をしながら、魔物を見据える。蹄を鳴らしている魔物は、今にも再び突撃してきそうな勢いだった。

 

  いや、だったというのは語弊があるか。魔物は俺が自分を見た瞬間、既に突撃するのと同時に姿を消していたのだから。

 

  そしてまた、視覚の外から攻撃を仕掛けてきた。豪風を伴った突進を、センサーと前世から鍛え上げた鋭い五感でなんとかいなす。

 

  他にも反射魔法や瞬間移動を用いて反撃するが、フェーズ1であるコブラフォームのパワーではどうしてもあの装甲は破れなかった。

 

  そうやってしばらく凌いでいたものの、魔物の突撃はどんどん速く、鋭くなっていく。そのうち凌ぎきれずに、攻撃がかすり始めた。

 

  そろそろ限界か、そう思った瞬間足をすくうように突撃され、瞬間移動するも先読みされ後ろ足で蹴られて吹き飛ぶ。

 

『ぐっ……ここら辺が潮時か』

〈まあ完全体の2%しか力が出せないからな。舐めプもここまでだろう〉

 

  着地してエボルトと会話する。そう、俺はエボルの力に慣れておくために、ほとんど前世で培った自分の戦闘技能を使っていない。

 

  その気になれば、全身を粉々に破壊する魔法で終わらせることもできる。他にも暗殺に使うための魔法や技法ならいくらでも持っていた。

 

  それでもエボルを使うのは、切り札の一つとして使えるようにその能力を熟知しておくためと、単純に好きだからである。

 

  だが、それもここまでのようだ。この魔物は、最初の大部屋にいた魔物とは比べ物にならないほど強い。フェーズ1でのパフォーマンスはこれが限界だろう。

 

『なら……第2段階に移行しようじゃないか』

 

  どこからともなく、一つのエボルボトルを取り出す。それは歯車に翼を広げる龍のマークが刻まれた青いエボルボトル……ドラゴンエボルボトルだった。

 

  キャップを親指で弾いてセットし、コブラエボルボトルをスロットから抜く。そして代わりにドラゴンエボルボトルを挿し込んだ。

 

 

《ドラゴン! ライダーシステム! エボリューション!》

 

 

  クローズのマークとビルドマークが浮かび、青い惑星のシンボルとなる。俺はレバーを掴み、回し始めた。

 

  荘厳な音楽が流れ、ドライバーからチューブが出現。変身の時のようにコンテナ状に広がり、青い人形と黄金の輪が形成された。

 

 

《ARE YOU READY?》

 

 

『エヴォルヴ』

 

  ビルドでいうビルドアップに該当する言葉をつぶやき、クロスしていた手を解く。すると青い靄が体を包んだ。

 

  その瞬間、またしても自分が変わる感覚を覚える。まるで生物として一つ上の段階に昇華……否、〝進化〟する感覚。

 

 

《ドラゴン……ドラゴン!エボルドラゴン!》

 

 

  少しすると青い星空は吹き飛び、視界が元に戻った。アーミラリアクターが回転を止め、目の前にいる魔物の装甲に自分の姿が映り込む。

 

  変身を完了した俺は、豪華なコブラフォームとは裏腹に金の装飾がついた青い、さっぱりとした肩部装甲になっていた。

 

  顔も大幅に変わり、ドラゴンが向かい合って、その目の部分に正面から見たドラゴンが覆いかぶさっているようなものになっている。

 

 

 ブルルルルッ!!

 

 

《フッハッハッハッハッハッハッハッ!》

『フェーズ2、完了』

 

  警戒するように鼻を鳴らす魔物に、俺は力の調子を確かめるように拳を握った手を触りながら、静かにそう呟いた。

 

 

 さあ……第2ラウンドを始めようか。

 

 

 ●◯●

 

 

 ヒヒィーーーーッ!!

 

 

  フェーズ2へと移行した俺をみた魔物は、嘶きをあげながら突撃してきた。大方、姿が変わっただけでそう力は変わってないと思ったのだろう。

 

  踏み込みまでは見えたが、こちらに進んできた瞬間また姿が搔き消える。そして現れたのは……完全な死角、背後から。

 

『なるほど、大した速度だ……だが!』

 

 

 ドンッ!

 

 

  半身だけ引いて振り返った俺は、片腕で魔物の突進を受け止めた。衝突点から衝撃波が発生し、空気がビリビリと震える。

 

  ご自慢の突撃を避けるどころか、受け止められたことに魔物は困惑した声をあげた。俺はゆっくりと振り返り、掴んでいる顔にマスクを近づける。

 

『進化した俺の、パワーと反応速度の方が上だ』

〈やれ、シュウジ〉

 

  エボルトの言葉通り、握った拳を魔物の顔に叩き込む。またしても鎧が波打つが、今度はその柔軟な防御力を貫通した。

 

  攻撃をモロに受けた魔物は吹き飛び、それをフェーズ1を遥かにしのぐ速度で追いかけるとアッパーカットをお見舞いする。

 

  宙に浮いた魔物に、さらに跳躍してかかと落としを決めた。地面に叩きつけられた魔物は即座に起き上がり、高速移動してステージの端に逃げる。

 

 

 ブルルルル………!

 

 

『どうした、もう逃げ腰か?』

 

  大したことないなと肩をすくめると、魔物は怒りの声をあげながら赤黒いオーラを纏って一直線に突進してきた。

 

  そのまま頭突きをかましてくる……かと思いきや、目と鼻の先まで来たところで突然くるりと体を反転させ、後ろ足で蹴りを放ってきた。

 

 

《鏡!ライダーシステム!クリエーション!》

 

 

 ガンッ!!

 

 

  しかし、それは硬質な音とともに防がれる。腰を落として魔物の蹴りを受け止めた俺のかざした左腕には、鏡のような長細い六角形の盾が装着されていた。

 

《READY GO!鏡!》

『その程度読めないと思ったか?』

 

 

 ヒヒィーーーッ!

 

 

  苛立たしげに吠える魔物に、俺は一歩下がる。そしてグリップのスイッチを押すと、カタンと盾が傾いた。

 

  端に手をかけ、盾を一回転させる。すると青く発光していた盾が赤色に染まった。それを確認した俺は、盾を体制を立て直している魔物に思い切り叩きつける!

 

『お返しだ!』

《リフレクト!》

 

  魔物の胴体にめり込んだ盾は、〝吸収していた魔物の蹴りのパワー〟をそっくりそのまま吐き出した。粉砕する魔物の鎧。

 

 

 ガァアアアァアァァァアアァッ !?

 

 

  初めて絶叫をあげる魔物。血の代わりに赤黒い炎を吐き出し、ドシンと地面に倒れて激しく暴れまわる。おそらく、今まで鎧を破壊されたことなどないが故の未知の痛みなのだろう。

 

  しばらくして立ち上がった魔物は、手を出さなかった俺を怒りに染まった双眸で睨みつけてきた。それに俺は手招きをして挑発する。

 

  案の定怒っている魔物はそれに乗り、再び姿を消すと死角から攻撃してきた。しかし、フェーズ2の俺にはもはやその攻撃は効かない。

 

  神速の頭突きを自動で元に戻っていた盾で防ぐと、また回転させてそのままお返しする。鎧を粉砕しながらひっくり返る魔物。

 

 

 ブルルルル……ヒヒィーーーーッ!

 

 

  またしても立ち上がった魔物は、凄まじい怒りのオーラを纏って咆哮した。すると、その体が変形していく。

 

  胴体はそのままに、首から上が中身ごと変形していき、両手が刃になっている人形へと姿を変えた。面白い特性だ。

 

『なら俺も……』

《ビートクローザー!》

 

  異空間からビートクローザーを呼び出し、空いていた右手に握る。そして某ノーサンキューな外科医のような構えを取った。

 

 

 ウグルァアアアァアアアァァァアアァッ!!

 

 

  おおよそ元は馬だった思えないような奇声を発した魔物は突進してきて、両側から挟み込むように刃を振るってくる。

 

  そのどちらともをビートクローザーで打ちはらうと、体を倒して足の間を通り抜けるように移動しながら腹を切りつけた。

 

  苦悶の声をあげた魔物は振り返りざまに横薙ぎに斬撃を放ってきたので、今度は盾で防いで根元から切り飛ばした。

 

  再生される恐れがあるので、宙を舞う刃の腕を左手から衝撃波を発して粉砕。その隙に振り下ろしてきた刃も受け止める。

 

 

 ギィ……!

 

 

『ほらほら、ボケっとしてる暇があるのか?』

 

  ビートクローザーを切り上げて魔物の腕を打ち上げ、返す刀で胴体を切りつける。傷口からまたしても赤黒い炎が大量に吹き出した。

 

  胸の傷を押さえてよろよろと後ずさった魔物は、怒りとも憎しみとも取れぬ怒声を上げてがむしゃらに切りつけてくる。

 

  当然冷静でない状態での攻撃など無意味に等しく、的確に盾で防いでいく。そして一瞬隙がでた瞬間……

 

『そらっ!』

《リフレクト!》

 

 

 ギィャアアアァアァァァアアァアアァアアッ!?!!?

 

 

  それまで受けた攻撃分全てを一撃で返すと、魔物の馬の部分がバラバラに弾け飛んだ。ドサリと地面に落ちる人型。

 

 

 ギ、ガァアアアァアッ !

 

 

  しかし人型はしぶとく、散らばった胴体の破片を呼び寄せると自分と合体させ、無くした片腕と二本の足を形成して完全な人型へと変化した。

 

『芸達者なやつだな。だが……そろそろ終わりだ』

 

  盾を異空間にしまい、ビートクローザーを腰だめに両手で握る。魔物は奇声をあげながら襲いかかってきた。

 

  あいも変わらず一直線に突撃してくる魔物に、俺は瞬間移動をして自分から近づいてビートクローザーを胸の中心に突き込んだ。

 

『ハッ!』

 

 

 ガッ……!

 

 

  あっさり自分の体を背中まで貫いたビートクローザーに、魔物は苦悶の声をあげて動きを止める。

 

  その隙を逃さず、ドライバーからドラゴンエボルボトルを抜くとビートクローザーのスロットに装填、グリップエンドスターターを引く。

 

《スペシャルチューン!ヒッパーレ!ヒッパーレ!》

『くたばれ!』

《ミリオンスラッシュ!》

 

  突き刺したまま刃を縦にして、両手で下に振り下ろす。エボルボトルの成分で切れ味を増したビートクローザーは、たやすく魔物の体を両断した。

 

 

 

 グ、ギ、ガァアアアァァァァアアァアアァアアアァアアアァァァアアァアアァアアッッッ!!!

 

 

 

  そして爆散する魔物。例のごとく炎が舞い踊るが、フェーズ1よりも炎への耐性が高いのか、わずかな暖かさすら感じなかった。

 

  炎が散り、煙が晴れたところで振り下ろした体制から元に戻る。ドラゴンエボルボトルを抜き、血振りするようにビートクローザーを振った。

 

  ドライバーからライダーエボルボトルを抜くと、変身が解除される。ふぅ、と息を吐くと、ドライバーを外して異空間に放り込んだ。

 

「ちょっと疲れたな」

「むしろ人間じゃ使えない、俺用にリミッターを全解除したドライバーでフェーズ2を使って、ちょっとで済むお前は化け物だからな」

「まあそこは、訓練の賜物ってことで」

 

  分離したエボルトと会話しながら、ルイネの元へと戻る。あ、そういえばあの魔物の鎧の破片残ってたから回収しとこうっと。

 

「お疲れ様だ、マスター」

「おーう」

「あれ、俺には何もなし?」

「やはりマスターの強さは凄まじいな」

「あっるぇー無視ー?まさかの無視ー?」

 

  シカトされているエボルトを放置して、キラキラとした目を俺に向けているルイネに能力の方は?と聞く。

 

  俺の問いに、ルイネは片腕を上げた。するとあの時と同じように地面や壁から金属が集まり、魔物と同じような縞々の籠手が生成される。

 

「〝周囲の自然から鎧を作り出す力〟、たしかに返ってきた。マスター、心から感謝する」

「いいってことよ。それより……ちょっとそのまま動かないでくれ」

「ん?別に良いが……」

「それじゃあお言葉に甘えて」

 

  許可を得たので、異空間からエンプティボトルを出してキャップを籠手に向ける。すると籠手が粒子になって吸い込まれていった。

 

  最後の一粒まで吸収すると、ボトルが発光して変化する。 変化した鈍色のボトルには、剣を持つ騎士の姿が描かれていた。

 

  そしてキャップには『K/M』と書かれている。ミラーフルボトルを取り出して見ると、こちらも『K/M』だ。

 

「これで、パンドラボックスのパネルを使えば……」

「何気に登場するの初めてじゃね?」

「メタいよ」

 

  パネルのスロットにセットすると、ベストマッチマークが出現する。うし、やっぱりベストマッチだったか。

 

「まさかこんなに早く見つかるなんてな」

「幸運だったな。で、ルイネは能力がまた使えなくなったりしてないか?」

 

  宝生永夢ゥ!は葛城ビルドにエグゼイドの成分を抜かれた後、変身できなくなっていた。もし同じ場合、成分を返さなくてはいけない。

 

「……どうやら問題ないようだ」

 

  が、その心配は杞憂だった。また籠手が生成される。よかったよかった、せっかく取り戻した力を俺が奪ってたら本末転倒だ。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴ………

 

 

「っと、どうやらおしゃべりもここまでのようだな」

「そうみたいだな。って事で退散するぞ」

 

  ルイネをお姫様抱っこして、崩壊する部屋から瞬間移動で脱出する。程なくして、部屋は崩れ落ちた。

 

「ふぃー、セーフ」

「今回も無事生還できたな」

「ああ、ヒヤヒヤしたぜ」

 

  俺たちは、また拳をぶつけて勝利したことに笑い合う。

 

 

 

 

 

  こうしてフェーズ2の力を確かめるのとともに、また一つルイネの力を取り戻し、さらにベストマッチというオマケまで手に入れたのだった。

 




次回はフェーズ3…ですが、オリジナル魔物と戦わせるか、ハジメたちと合流させるか迷っています。どっちがいいと思います?
ツイッターにルイネの新しいイラストをあげました。
お気に入りと感想をお願いします。


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エボル フェーズ3

どうも、感想をもらえるとニヤッとして更新が早くなる作者です。
タイトルはフェーズ3ですが、本命の内容は違います。

シュウジ「さてさて、何やら今回は重要な回らしいぞ」

ハジメ「その前にちゃんとあらすじ紹介しろよ。前回は、シュウジが二回目のエボル変身だったな。しかも進化してるし」

ルイネ「相変わらずマスターはすごくカッコ良かったぞ」

エボルト「ルイネはどんだけシュウジを上げんだ……んで、今回はシュウジが言った通り大事な回だ。皆、覚悟はいいか?それじゃあせーの……」


四人「「「「さてさてどうなる迷宮編!」」」」


 

 

 グォオオオオオオオオオオォォオオオッ!

 

 

 

『ふっ!』

 

  目の前の八首のドラゴンから降り注ぐマグマのようなブレスを、手に持った鏡のような盾……『鏡面鎧盾 ミラーリフレクター』で防ぐ。

 

  全て受けきると、グリップのスイッチを押して回転。ドラゴンフォームの強靭な膂力で飛び上がると、ブレスを吐いた頭に開放した。

 

《リフレクト!》

 

 

 ガァアアアァッ !

 

 

『おっと!』

 

  怒りの咆哮とともに振るわれた前脚を、元に戻したミラーリフレクターで防ぐと瞬間移動で着地する。そして片膝立ちになって息を整えた。

 

 

 

  現在、俺こと北野シュウジは真のオルクス大迷宮の七十五階層に相当する場所にて、また新たな魔物と激しい攻防を繰り広げている。

 

  今回の相手はプテラノドンのような魔物、シマウマのような魔物と続いて、八つの首を持つドラゴンだ。そしてこれがまたとんでもない強さを持っている。

 

  15mはあろうかという巨躯に4枚の翼と鋭い鉤爪のついた逞しい四本の足、長く太い尻尾。そしてそれらを十全に扱う、これまでの魔物で一番の戦闘能力。尖った甲殻は煮え滾るマグマのように輝いていた。

 

  すでに戦闘開始から一時間強、しかし未だに与えられたダメージは三つの首を落としただけだ。常識外のスペックになかなか攻め落とせない。

 

『滅茶苦茶な強さだな、こいつ』

〈さすがは()()()()()だけあるか〉

 

  俺の言葉にそういうエボルト。そう、こいつは長く続いていた螺旋階段の最後の部屋を守る、最強のガーディアンだった。

 

  というのも、この部屋の外の踊り場には下ってきた階段しかなく、これ以上下がない。何より、ドラゴンの背後に入ってきたのとは違う大きな扉が鎮座していた。

 

  つまり、正真正銘これが最後の戦い。ここにたどり着くまで五週間弱、必ず倒してあのクソつまらん無限回廊から脱出する。

 

〈とはいうものの、フェーズ2もここら辺が限界じゃないか?〉

『だな』

 

  ぶっちゃけ、このドラゴン強すぎる。ゲームだったら絶対設定間違ってんだろってくらいパワーもスピードも防御力も高い。

 

  衝撃波や瞬間移動、ミラーリフレクターやビートクローザーなどでなんとかやってきたが、倒すつもりなら今以上の力……つまり進化が必要だ。

 

『つーことで、第3段階と行こうか』

 

  両手に握っていた武器を地面に突き刺し、代わりにドラゴンフォームになったことにより出現したホルダーから一つのエボルボトルを取り外す。

 

  それは歯車のウサギのマークが刻まれた赤いボトル、ラビットエボルボトルだった。これはオリジナルであり、ハジメにやったのは同等の力を持つ複製品だ。

 

  人差し指でキャップを合わせ、ドライバーからドラゴンエボルボトルを抜いて代わりにスロットに差し込む。

 

 

《ラビット! ライダーシステム! エボリューション!》

 

 

  ウサギのマークとビルドマークが浮かび、融合して赤い天体のシンボルが浮かび上がった。立ち上がりながらレバーを回し始める。

 

  荘厳な音楽が流れ、ドライバーからチューブが伸びて例のごとくコンテナ状に広がって俺の体を囲った。

 

  赤い靄のかかった人型…ハーフボディと黄金の輪が形成されると、腕をクロスして構えをとった。

 

 

《ARE YOU READY ?》

 

 

『エヴォルヴ』

 

  クロスした腕を解くと、ハーフボディが迫ってきて俺の体を包み込む。その瞬間、3度目になる〝進化〟する感覚を覚えた。

 

 

《ラビット!ラビット!エボルラビットォ!》

 

 

  赤い靄と輪が吹き飛び、視界が開ける。同時に心なしかこれまでより強く回転していたアーミラリアクターが停止した。

 

  試しにミラーリフレクターを見てみると、変身した俺はコブラフォームともドラゴンフォームとも違う、新たな姿になっていた。

 

  丸みを帯びた赤い肩の装甲と、所々に青いラインが見え隠れするメットに赤いウサギが向かい合ったような複眼。シンプルであるのに、どこか邪悪さを感じる姿だった。

 

《フッハッハッハッハッハッハッ!》

『フェーズ3、完了』

 

  両手を少し見ると、左手の人差し指で左目の複眼の上をなぞる。それに合わせるように複眼が輝いた。

 

 

 グルァアアアアッ!

 

 

  姿の変わった俺を見て、五十階層の時の魔物と違い警戒するようにひときわ大きく鳴くドラゴン。そして攻撃を仕掛けてくる。

 

  五つの首から放射された溶岩のごとき火球を、全て数度体を傾けることでわずか数センチのところで回避した。

 

  そうするとさらに飛躍した跳躍力で首の一つに飛び乗ると、お返しと言わんばかりに連続して拳を叩き込む。

 

 

 ゴァッ!?

 

 

  内部に衝撃を与える技を使って刹那の瞬間に何十発も拳を叩き込むと、ものの見事にグチャグチャの肉塊と化すドラゴンの頭。残りの頭が声を荒げる。

 

  暴れるドラゴンの頭部から退避して、正面に着地すると挑発するように手招きする。怒り狂ったドラゴンは、再び攻撃をしてきた。

 

  爪や牙、火炎放射のようなブレスに固有魔法と思われるステージの周囲を取り囲むマグマから飛び出る溶岩の玉など、様々な攻撃方法を用いてくる。

 

  しかし、当たらない。フェーズ2よりさらに速度に特化したフェーズ3の力をもってすれば、いかなる攻撃も無意味と化す。

 

『そんなものか?』

 

 

 ガァアアアァアッ!!

 

 

  それまで若干翻弄されていたのが、むしろこちらが翻弄する。無駄に暴れさせ、体を大きく動かせて消耗させていった。

 

 そしてついに……

 

 

 

 グガッ!?

 

 

 

  突如、動きを止めるドラゴン。不自然な体勢で空中で止まっており、全身からギチギチと音が鳴っている。四つの頭は困惑した声を上げた。

 

「よくかかってくれたな」

 

  そんなドラゴンの頭の上に、一人の女が姿を現した。女の両手の指には、無数のきらめく糸が絡まっている。

 

  そう、ドラゴンを拘束しているのは女の操る極細の金属糸だった。よく見てみれば、ドラゴンの全身に糸が複雑に絡んでいるのがわかるだろう。

 

  そして女とは言わずもがな、我が愛弟子であるルイネだ。服の上から取り戻した力で軽装の鎧を纏っていた。

 

 

 ギ、ガァ……!

 

 

「これで……終わりだ」

 

  その言葉とともに、ルイネは両手を振り抜く。すると複雑かつ計算して絡まった糸がその力を発揮し、ドラゴンを細切れにして絶命させたのだった。

 

〈おー、すげえな〉

『あいつあれで国一つ大陸ごと細切れにしたからね』

〈どんな化け物育ててんだよ。いや、お前の方がそれよりはるかに強いんだろうが〉

 

  エボルトと会話をしていると、ルイネが目の前に着地する。それに俺もドライバーからボトルを抜いて変身解除した。

 

「お疲れさんルイネ。久しぶりの戦いはどうだった?」

「やはり、少しブランクがある。全盛期ならあと20分は早く仕掛け終えることができた」

「ま、まだ完全に身体能力を取り戻したわけじゃないしな」

 

  気にしない気にしなーいと頭を撫でると、ルイネは真剣な顔から一転、はふぅと表情を緩ませる。相変わらずすげえギャップだ。

 

  今回、ルイネはこれまでと違って戦いに参加した。なぜなら五十階層の魔物の部屋を出てから数日後、急に身体能力が戻ってきたのだ。

 

  といっても封じられたうちの半分でしかなく、未だ全盛期とは言えない。しかし、こうして戦える程度には力を取り戻した。

 

「そういえば、能力のほうは?」

「うむ。〝龍の血の力〟も戻ってきた。これで完全に特殊能力は戻った。重ね重ね、心の底から感謝するマスター」

「んにゃ、可愛い弟子のためならどうってことないさ」

「お礼に、私の体を隅々まで捧げ……」

「おっとそれ以上はまた今度にしよう」

「むう……」

「もう反応が手馴れてきたな、シュウジ」

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴ……

 

 

 

  そうしてルイネやエボルトと話していると、音を立ててドラゴンの背後にあった扉が開いた。

 

  三人で顔を見合わせると、こくりと頷きあう。そして散らばったドラゴンの残骸を回収すると、出口の扉に向かった。

 

  たどり着いた扉の向こうには、真っ暗な空間が広がっていた。おそらくこの先に、真のオルクス大迷宮があるのだろう。

 

「ようやくここまできたな」

「ああ、長かったぜ。よーやく退屈な階段からおさらばできるってもんだ」

「だが、今日もそれで終わりだ。行こう、マスター。エボルト」

 

  ルイネに促され、俺たちは扉の向こうに足を踏み出す。この先に何があるのか、不安とともに期待を抱きながら。

 

「うーん、暗いなー」

「そうだな」

「ああ、マスターに行かされた迷宮を思い出す」

「まるで前のエボルトの性根みたいだ」

「そうだn……おい待て今なんつった?」

 

  薄暗い道を、コツコツと足音を響かせながら三人で歩く。光源はシャカシャカと振っている発光するライトフルボトルのみ。

 

  一寸先は闇に包まれ、不気味な雰囲気が漂っていた。時折聞こえる魔物と思しき声がさらにそれを助長させている。

 

  三人で談笑しながらジメジメした洞窟を歩いていると、十分も歩いたところでようやく光が見えてきた。

 

「やーっと出口か。あれと戦ったあとにこの長い道とは、陰湿な作りしてんな」

「ま、その分戦う回数は少なかったからそれでバランス取ってんだろ」

「何はともあれ、ようやく終わりだな」

 

  口々にそんなことを言いながら、自然と足を早める。そして光の差す出口から、真のオルクス大迷宮へと侵入した。

 

  出たのは、大きな広間だった。そこら中に緑色の玉が落ちており、奥の方に縦割れの通路がある。

 

 そして……

 

「うぅ〜!」

「ちょ、おい、やめろよ〝ユエ〟」

 

  なんか、ビスクドールみたいな凄まじい美貌の、長い金髪の美少女にポカポカ叩かれてる白髪で隻腕の男がいた。

 

  その男の声を聞いた瞬間、体が硬直する。それはエボルトも同じようで、隣で瞠目していた。そんな俺たち二人を、ルイネは不思議そうに首を傾げて見ている。

 

「ん?」

 

  そうして固まっていると、男がこちらに気づいて振り返る。そして俺たちを見て、同じように硬直した。

 

  見覚えのありすぎるその顔には驚愕の表情が浮かんでおり、つられて振り返った金髪の美少女が不思議そうにしている。

 

  しばし、そのまま俺たちは黙って互いを見つめていた。あまりにも衝撃的すぎて、思考が停止してしまったのだ。

 

  そして、やっと我にかえったのは体感時間で十数分くらい経ってからだった。どちらからともなく、相手の名前を呼ぶ。

 

「……シュウ、ジ?」

「ハジメ、なのか?」

 

  自分の名前を呼ばれたことで、改めて目の前にいるのが我が親友にして幼馴染の、南雲ハジメだと認識する。それはハジメも同じようで、また驚いた顔をしていた。

 

  ハジメは、しばらく見ない間に随分と様変わりしていた。身長が10センチくらい伸びており、柔和だった顔は精悍な顔つきに。

 

  目は鋭く尖っており、何より左腕が肘までしかなかった。残る右腕には、大型の拳銃のようなものを持っている。首には白と赤のマフラーを巻いていた。

 

  あまりにも変わったハジメを呆然と見ていると、急にハジメの目に殺意が浮かんで銃口を向けてきた。

 

「ちょっ、どういうつもりだよハジメ?」

「お前が偽物のシュウジという可能性もある。そういう幻覚を使う魔物は何度か遭遇したからな」

 

  どうやら、知らんうちに随分と修羅場をくぐり抜けたらしいハジメだった。なんとかして本物だとわかってもらわなくてはいけない。

 

 それならば……

 

「ハジメ!」

「……なんだ」

「流派!東方不敗は!」

 

  胸を張って大声で叫ぶと、ハジメは瞠目する。そしてニヤリと笑い、大きく口を開いた。

 

「王者の風よ!」

「全新!系烈!」

「天破侠乱!」

 

 

 

「「見よ!東方は赤く燃えている!」」

 

 

 

  同時に同じ言葉を叫んで、互いの顔を見て不敵な笑みを浮かべた。ハジメは銃を下ろし、ホルスターに収める。

 

「どうやら、本物のシュウジみたいだな」

「おう。いつもニコニコ這い寄る混沌、あなたの隣に北野シュウジだ」

「相変わらずだな……エボルトも、久しぶりだな」

「よおハジメ。そういうお前は随分と変わったじゃねえか」

「まあな」

 

  肩をすくめるハジメ。そこで、困惑していたルイネと金髪の美少女が近づいてきた。

 

「なるほど、あなたが南雲ハジメか。いつもマスターから話は聞いている」

「お前は?」

「私はルイネ・ブラディア。前世のマスターの弟子であり、そのうち愛人になる予定の女だ。以後よろしく頼む」

「ぶっ!」

 

  ルイネの自己紹介に、思わず吹き出してしまう。呆気にとられていたハジメが、ジトッとこちらを見た。

 

「おいシュウジ、八重樫さん的に大丈夫なのかこれ?」

「いやいや、愛人にする予定なんてないから」

「む、ならば側室にしてくれるのか?私としてはそちらでも良いのだが……」

「……と、本人は言っているが」

「ルイネ、ステイ」

「了解した」

 

  どこか面白そうな笑いを浮かべながら、大人しく引き下がるルイネ。なんか最近、こいつ積極的になってきてるんだよな。

 

「……あなたが、シュウジ?」

 

  思わず眉間を抑えていると、金髪の美少女が話しかけてきた。表情が乏しく、口数が少ない性格なのがわかる。

 

「おう、俺がシュウジさんだ。君は?ハジメの第二夫人?」

「その予定。名前はユエ。ハジメにつけてもらった」

「ほほう、〝(ユエ)〟か。いいネーミングセンスじゃないの。ま、これからよろしくな」

「ん」

 

  握手を交わす俺たち。第二夫人宣言について諦めているのか、ハジメは特に訂正することなく溜息を吐いていた。

 

「はじめまして、ユエ。俺のことは聞いてるか?」

「ん、エボルト。シュウジのペットで、いつもふざけてる。でも元はやべーやつだって聞いてる」

「そうそう……って誰がペットだ」

 

  ユエとエボルトが自己紹介すると、挨拶もそこそこに部屋の一角を片付けて座る。そして話を始めた。

 

「その格好を見る限り、なんか色々あったみたいだな」

「ああ。聞くか?」

「是非とも」

 

  即答すると、ハジメは一つ一つ全て話してくれた。

 

  あの時誰かに魔法を当てかけられたこと。片腕を奪った爪熊のこと。共に暮らし、食らったウサギのこと。地獄のような時間の中で変心したこと。あの銃…ドンナーを作り、爪熊に復讐したこと。

 

  それからこの迷宮を降りてきて、数々の魔物の肉を食らって強くなったこと。そして、五十階層でユエと出会ったこと。

 

「ユエは最初、そこにある部屋に封印されていたんだ。なんでも叔父に裏切られたとかでな」

「ん」

 

  頷いたユエも、説明に参加する。自分が先祖返りの吸血鬼で、〝自動再生〟という技能でほぼ不老不死であることや、かつて最強の一角として吸血鬼の王だったことなどなど。

 

  なんでも全属性に適性があって、最上級魔法を魔法名を除いて詠唱なし、しかもノータイムで撃てるとか。そりゃチートだわな。えっお前がいうなって?知らんな(イケボ

 

  そして三百年もの間封印され、ハジメに助けられて自由の身になったこと。これまでずっと一緒に迷宮を冒険してきたこと。

 

「助けられた時、強力な魔物を二人で倒した。ハジメカッコよかった」

「あん時はマジでやばかったな。ま、なんとか倒したが」

「なるほどなー……で、お二人の関係は?」

「いずれ〝みそら〟と同じくらい大切にされる予定の恋人」

「おい」

「……ダメ?」

 

  ユエが上目遣いで言うと、ハジメは困ったようにぽりぽりと頬をかいたあと、そっぽを向いて肩をすくめた。

 

  あっこれはもう惚れかけてますね。まあ裏切られたと言う共通点とこんな場所でずっと一緒にいたとなれば仕方がないか。こいつぁ美空に報告しなければ(使命感

 

「で、ユエ氏はこう言っておりますがハジメ氏はどういったご意見で?」

「……まあ、元の世界に連れて行くことは約束してる。色々苦労するだろうが、その意思を変えるつもりはない」

「ん……」

 

  ポン、とハジメが頭に手を置くと、ユエはスリスリと甘えるようにこすりつけた。おうおう、目の前でイチャついてくれちゃって。

 

  つーかユエ、ハジメにベタ惚れしてんな。まあ孤独な三百年の時から掬い上げられて、さらに一緒にいてくれると約束されたらこうもなるか。

 

「ま、お前がそう思うならそれでいいさ。親友兼幼馴染として、全力で協力するぜ」

「ありがとなシュウジ……で、今度はこっちが聞く番だ」

「おお、そうだな」

 

  二人がしたように俺もまた、ここまでのことを語り出す。ルイネとの再会に始まり、永遠に続くかと思われる階段を降りてきたこと。

 

  その中で三度エボルに変身し、強力な魔物を倒してルイネの失った力を取り戻してきたこと。二人に比べれば語ることは少なかった。

 

  あとはまあ、ユエに聞かれたんで俺のこととかエボルトのこととか話した。いつも通り俺がボケてエボルトがツッコミ入れながら。

 

「すまんな、お前がひどく苦労してんのに俺は楽しちまってた」

「別に謝ることねえよ。そういうこともある。ただ、これから一緒に戦ってくれればそれでいいさ」

「当たり前だ。背中は任せな」

 

  再び不敵に笑いあった俺たちは、互いの拳を差し出して打ち付け合う。それによって、再びハジメとの友情を結んだような気がした。

 

「てか、随分と大層なもん背負ってんな」

「ああ、こいつか?これは対物ライフルで、名前はシュラーゲンつって……」

「いやそっちじゃなくて、その女の子のほう。二人もはべらすとは、やるじゃん。美空に刻まれても知らんぞー?」

「え?」

「え?」

 

  何いってんだって顔してるハジメに、何いってんだって顔で背中を指差す。しかし振り返ったハジメは首をかしげるだけだった。それは他のやつも同じようで。

 

  おっかしいなぁ……たしかに俺の目には今、ハジメの首に両手を巻きつけて抱きついている()()()()()()()()()が映ってるんだが。

 

  そう思って首を傾げていると、その女の子は俺が自分を見ていることに気づくと驚いた顔をして、自分の顔を指差した。

 

  もしかして、見えてるのか聞いてるのだろうか。とりま頷くと、女の子は少しワタワタとしたあと、しーっと唇に手を当てた。どうやら内緒にして欲しいらしい。

 

  なんだかよくわからんが、俺以外に見えない以上どうすることもできないのでもう一度頷いといた。ほっとする女の子。

 

「おいシュウジ、お前さっきから何一人で頷いてんだ?」

「ん、いやなんでもない。で、あそこの二人はなんであんなに盛り上がってるわけ?」

 

  俺の指差す先には、なにやらキャッキャと騒いでいるルイネとユエの姿が。いつの間にあんなに仲良くなったんだろうか。

 

「あー、それがだな……」

「なんでも、お前とハジメのかっこいいところを言い合って意気投合してるらしいぞ」

「なんじゃそりゃ」

 

  試しに耳をすませてみると、たしかにキリッとした顔がかっこいいとか寝てる時の緩んだ顔もいいとか、そんな言葉が聞こえてきた。

 

  恥ずかしくて頬をかいていると、ハジメがポンと肩に手を置いてくる。そしてなんか悟ったような顔をしていた。諦めろってことらしい。

 

「そういやこんなこと、前の世界でもあったよなぁ」

「ああ、なんか美空が俺のことを、八重樫さんがお前のこと熱弁してたっけな」

 

  今思い出すと、俺たちかなり愛されてたんだなぁ。これはなるべく早く顔を見せに行かなくては。

 

 

 

  そんなことを思いながらしばし、俺たちは二人を見て和んだのだった。

 

 

 〜〜〜

 

 

 オマケその1

 

「……ふ、ふふふふふ」

「み、美空?いきなり笑い出してどうしたの?」

「ハジメ、帰ってきたら一回刻む……絶対刻む……」

「美空ーっ!?」

「うーん……シュウジ、ちゃんとそういうのは紹介しなさい……」

 

 

 〜〜〜

 

 

 オマケその2

 

「ユエは吸血鬼なんだよな」

「そうだが、どうかしたのか?」

「いや、そこらへんハジメの性格的に憧れたりしないのかい?」

「まあ、否定はしない吸血鬼と言えば力が強くて、空を飛べて、暗闇でも目が見えて、不思議な力が使えて……」

 

 

 ハジメ:常人を遥かに超える筋力:3800、暗い場所でもよく見える〝夜目〟持ち、空中に足場を作る〝天歩〟持ち、魔力を操る〝魔力操作〟可能

 

 シュウ:チートの代名詞のようなステータス、実は飛行魔法を使える、暗視魔法やライトフルボトルがある、無数の魔法や技術を使える

 

「……これ、俺らでもできるくね?」

「あっ、そうじゃん」ビシッ

「おー」ぱちぱち

 

  右足と右腕をあげてポーズを取るハジメ。なぜか後ろにパンパカパーン!という背景が見えた気がしながらも拍手するシュウジであった。

 

 

 




うーん、なーんか中途半端な気が……
お気づきかもしれませんが、変身音はフェーズが上がるたびに力を得るのを表現するために徐々にはっきりさせています。
次回はついに……


ウェイクアップ!


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最悪の覚醒

ついにお気に入りが減り始めてしまった…
どうも、ローグのアーツに見惚れている作者です。

シュウジ「よお、ここだけじゃなく本編でようやくハジメと再会したシュウジだ。で、こっちが……」

ユエ「ん。ユエ。ハジメの嫁二号。よろしく」

ハジメ「…いつの間に恋人から嫁に昇格した」

ユエ「…ダメ?」

ハジメ「いや、別に悪いとは…」

ウサギ「キュ〜っ!キュキュゥ!(うう〜っ!ハジメのばかぁ!)」てしてし

ハジメ「ちょっなんだよ、蹴るなよウサギ」

ルイネ「マスター、私も…ダメか?」

シュウジ「いやあなた最近ユエに便乗してそうことするのやめましょうね?可愛いけど」

ルイネ「♪」

エボルト「ケッ、空気が甘ぇぜ。で、今回はついに最後の戦いに突入だ。それじゃあせーの…」

五人&一匹「「「「「「さてさてどうなる迷宮編!(キュキュッ!)」」」」」」

先に言います、これまでのオリジナル魔物をよく思い出してください。


  ハジメたちと再会し、螺旋階段から真のオルクス大迷宮に入ってから早一週間と数日が経過した。

 

  そして共に戦う中で、変貌したハジメの尋常でない強さ、そして言った通りユエのガチートな強さを目の当たりにすることとなる。

 

  ぶっちゃけここの魔物は、勇者(笑)くんでも相当レベルを上げないと最初の十階層すら攻略できないレベルの化け物ぞろいだ。

 

  それをいとも簡単に撃ち殺す、あるいは蹴り殺すハジメと、ハジメの血をチューチュー吸って回復しながら最上級魔法を連発するユエ。こいつぁ驚いたぜ(脱帽

 

  また、逆にハジメたちはルイネの実力を見て驚いていた。ユエの生きてた三百年前もこれほどの実力のある暗殺者はいなかったらしい。

 

  まあ、当然だな。何せ俺が長い時間をかけて育て上げたのだから。さすが我が弟子、さすが俺である(自画自賛)

 

  んで、今は何をしてるかというと、ついにたどり着いた百階層、〝隠れ家〟のある階層の一歩手前で色々準備を整えていた。

 

「シュウジ、そこの取ってくれ」

「あいよー」

 

  手元であるものを作りながら、近くにあった鉱物を投げ渡す。ハジメはそれを()()()()()()()()、消費した弾を錬成していた。

 

  その横顔は非常に真剣なものであり、集中しているのがよくわかる。なので、脇腹をちょんちょんと突いた。

 

「おふっ」

「ぷっ、おふってw」

「何しやがる」

「あだっ」

 

  お返しにパンチが飛んできた。痛む頬を抑えながら、土魔法で生成した台の上に乗っているもの……()()()()()()()の開発を続けた。

 

  さて。なぜハジメがこんなことをしているかというと、次の百階層目にはとんでもない魔物が待ち構えている…と、女神様の知識にあったのだ。

 

  そいつはこれまで迷宮にいた魔物より、そして俺が戦ってきたあの三体の強力な魔物よりさらに強い、まさしく最強の魔物。〝隠れ家〟を守る、最奥のガーディアン。

 

  そんな相手だ、より一層警戒して相手せねばなるまい。だから用心に用心を重ねて、装備の調整と補充をしているわけだ。

 

  ちなみに俺は待ってる間暇だから色々作ってるだけだ。作って遊ぼうってやつである。隣でエボルトが某番組のクマに擬態してた。

 

「に、しても……」

「………♪」

 

  手を動かしながら、もう一度ハジメの方を振り返る。真剣な面持ちのハジメを、ユエが熱っぽい視線で凝視していた。

 

  最近、ユエのハジメへの好意はさらにエスカレートしている。それはもう美空がハサミ持って追いかけてくる夢見るくらいにはイチャイチャしてる。

 

  寝てる時も座ってる時も抱きついたままで、吸血するときは正面から抱き合う形になるのだが、終わった後もセミみたいにひたすらくっついてる。

 

  要するに、めちゃくちゃ露骨だった。思わず動画と写真撮りまくってハジメにぶん殴られるくらいには甘えてた。

 

「ん〜♪」

「………」

 

  しかも、それをハジメも拒否しないってんだからブレーキがない。現に今も、スリスリと腕に頬を擦り付けてんのに微動だにしない。

 

  俺の見解では、もうハジメはユエのことを受け入れかけていると見てる。美空にどう説明すんのか楽しみだが、まあそん時は俺もフォローするか。

 

「ハジメとユエのイチャイチャフォルダを見せることでな……!」

「それ逆に煽るだけじゃね?」

 

 そうですが何か?(真顔)

 

「おい、聞こえてんぞ」

「おっと、こいつぁいけねえ」

「無駄にいい声で言ってんじゃねえよ」

 

  そんなやりとりをしながら作業することしばらく、ついにそのトリガーは完成した。透明のカバーをつけ、「うし」と頷く。

 

  そのトリガーは、エボルトリガーと似たような形状をしていた。中央に円形のメーターが付いており、上部に警戒色とカバーに守られて青いスイッチが鎮座している。

 

  それは紛れもなく、ビルドやクローズが終盤まで使用した禁断のトリガー、ハザードトリガーであった。

 

「迷宮攻略のかたわらちまちま作ってたが、ようやく完成したな。使わないくせに」

「おう、ようやくだぜ。使わないけどな」

 

  作ったはいいけど、ビルドドライバーないから使う機会ナッシング。代わりにルインドライバーというドライバーは開発したが。

 

  性能はエボルドライバーの下位互換であり、ビルドドライバーの上位互換という中途半端な代物だ。音とかは全てビルドドライバーと同じにしてある。

 

  試作品と完成品の二つずつあるが、こいつも使う機会はないだろう。そもそも試験運転すらしてない、興味本位で作ったもんだし。

 

  ちなみにまだエボルトリガーは復活してない。自分で攻撃すればいんじゃね?と思ったが、どうやら外部からの力じゃないと受け付けないらしい。

 

「皆、食事ができたぞ」

 

  ハザードトリガーをいじってると、ルイネから召集がかかる。すぐに答えて食卓に向かった。ハジメも作業を中断し、ユエを連れて来る。

 

「さあ、今日は少し豪華にしてみた。存分に食べてくれ」

「おー、ほんとに豪華だな」

 

  俺たちの好みの食べ物をいつくも出しつつ、栄養バランスを完璧に考えたメニュー。完全に主婦である。

 

「ま、腹が減ってはなんとやらだ。お言葉に甘えて腹一杯食わせてもらうぞ」

「お、やる気だねハジメ〜。んじゃあ俺もいただきますっと」

 

  用意されていた皿に豆腐ハンバーグと野菜をいくらか取り、一口箸で割って口に入れる。うん、相変わらずすげえうまい。

 

「ルイネはいいお嫁さんになるなぁ」

「そんな、マスターの良いお嫁さんになるなんて……事実だが、恥ずかしいじゃないか」

「あっれーなんか微妙に違う」

「もはや定番化してきたな」

 

  いやんいやんと体をくねらせるルイネにエボルトと苦笑しながらも、食事を続行する。しばらくするとルイネも座った。エボルトを押しのけて俺の隣に。

 

「俺のこの扱いの雑さは一体……」

「まあ、昔の所業の罰ってことで」

「それならあの女神の教育……改造……調教で十分チャラになんだろ……」

「いや調教て」

「……………」

 

  ガタガタと某ホラゲーのキャラみたいに震えるエボルトとは正反対に、向かいの席に座るハジメは黙々とハイペースで食っていた。

 

  どうやら今のハジメは、食事をするという行為をとても重要に感じているらしい。ウサギの話は聞いたが、他者の命を食うという意味をよく理解してるようだ。

 

  ユエさんはそんなハジメをじーっと見てる。もう穴が開くんじゃないかってくらい見てる。大好きだなぁ。

 

「そういやハジメ、()()()()の調子はどうだ?」

「ごくっ……ああ、いい感じだな。使いやすい」

 

  唐揚げを飲み込んだハジメは、皿を持つ自分の〝左腕〟を見てそう言う。つい最近まで肘までしかなかったハジメの腕は、確かにそこにあった。

 

  もちろん、ニョキニョキ生えてきたわけではない。あれは俺の自己再生の新たな派生技能、[+複製体寄生]で擬態したエボルトの元一部だ。

 

  右腕と全く同じ性能の疑似腕を、ハジメは完璧に使いこなしている。ちなみに擬態解くと怪人態みたいなものになる。不思議。

 

「俺が身を割いた甲斐があるな」

「もう回復してるけどな」

「あ、それ言っちゃう?ありがたみ薄れるだろ?」

「恩着せようとすんな」

「ステータスの方は?」

「ほらよ」

 

  ハジメから差し出されたステータスプレートを見る。さてさて、どんな具合に……

 

 

 =============================

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:68(HL:4.98)

 天職:錬成師

 筋力:4000

 体力:5000

 耐性:4000

 敏捷:5200

 魔力:3900

 魔耐:4700

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纒雷・闘術[+獣術][+鬼術][+魔術]・脚術[+死脚][+重撃]・空歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・乱撃[+迅撃][+破撃]・加速[+超速][+豪速]・言語理解

 =============================

 

 

  ……うん、すごいわ。さすがは数々の修羅場をくぐり抜けて生き残ってきただけある。

 

「ま、これなら心配ねえな。最後の戦いだ、頑張ろうぜ」

「おう」

「ん!」

「当たり前だ」

「うむ!」

 

  その後腹ごしらえをすませると、俺たちは出発したのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

  足を踏み入れた百階層は、それまでの無骨な迷宮と違って非常に綺麗な作りとなっていた。見た目はギリシャにある神殿に近い。

 

  蔦が巻きついたような装飾の彫り込まれた無数の柱に、三十メートルはあろうかという縦幅。高すぎて天井がよく見えない。

 

  地面には柱と同じ純白の石が敷き詰められ、綺麗に整備されている。そんな空間には、どこか荘厳な雰囲気が流れていた。

 

「記念撮影しようぜ。俺の分身撮影役な」

「ほら並べ、あくしろよ」

「一瞬前までの緊張感を返せ……」

 

  ハイチーズ、と五人で写真を撮ると、いよいよ足を踏み入れる。その瞬間、全ての柱が淡く輝き始めた。警戒する俺とエボルト以外の三人。

 

「ああ、これなんの意味もないただの演出だから気にしなくていいぞ」

「マスター、それはネタバレというものだぞ」

「気にしない気にしなーい」

「まったく……ん?」

「どうした?」

「……いや、なんでもない」

(今少し、体に違和感が……?)

 

  いつも通り和気藹々とした、しかしそれとは裏腹に最大限の警戒をしながら進んでいく。二百メートルも進んだところで、行き止まりになった。

 

  いや、正確には大きな扉のついた壁が見えた、と言ったほうが良いか。全長十メートルはある巨大な両開きで、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が目立っていた。

 

「これが〝隠れ家〟か」

「ああ、間違いない。女神様の知識とも合致してる。これこそが、〝反逆者〟の住処だ」

 

  反逆者。それは神代と呼ばれる時代、神に抗った七人の眷属の総称。歴史では大罪人とされているが、真実は違う。

 

  反逆者……いや、解放者と呼ぼうか……はあの創w世w神w様の眷属じゃないし、今ある歴史はエヒトの手によって都合の良いように改竄されたものだ。

 

  世界をクソッタレな神から救い、変革せんと戦った彼らは、しかし無念にも敗れ世界の果てに散り散りに逃げた。

 

  その世界の果てが、【七大迷宮】。解放者たちが残した、神を倒すための試練。このオルクス大迷宮もその一つになる。

 

「こっから先はヤバイって、本能が言ってやがる」

「奇遇だなハジメ、そいつは俺もだ。んじゃ、これ持っとけ」

 

  異空間からあるものを取り出して、ハジメに手渡す。受け取ったハジメはそれを見て、首を傾げた。

 

  俺がハジメに渡したのは、回転する持ち手とフルボトルのスロットのついた、角ばった楕円形のツール。規格はクローズマグマナックルやブリザードナックルと同じくらいだ。

 

「これは?」

「俺のミラーリフレクターは知ってんだろ?それの改良版みたいなもんだ」

 

  名前はプレデーションシールド。エネルギーの縦型バリアを張り、外部からの攻撃を吸収し、その数値によって三段階の威力で反射するというものだ。

 

  反射するときにフルボトルを装填することで、そのボトルの成分に応じた攻撃を繰り出すこともできる。

 

「前はできなかったが、今は両腕があんだろ?防ぎながら撃つもよし、それ単体で武器にするもよしだ」

「……なるほどな。サンキューシュウジ」

「いいってことよ。それよりエボルト、エボルを使うから合体しといてくれ」

「合体っていうとなんかエロく感じるよな」

「やかましいわ」

 

  言いながらハイタッチをして、エボルトと合体する。あっほんとだなんか合体するっていうとそこはかとなくエロ(ry

 

  エボルトと融合すると、残りの三人と顔を見合わせ、頷いて最後の柱の向こうへ足を踏み出した。

 

 

 

「ーーぐっ!?」

 

 

 

 その瞬間、突如ルイネが声をあげた。

 

  即座に反応してそちらを振り返れば、ルイネは自分の胸を両手で抑えていた。顔には苦悶の表情が浮かんでいる。

 

「ルイネ!」

『おいおい、一体何事だ!』

「なんだ、これはっ……力の、制御が……っ!」

 

  苦しむルイネに状態異常を治す魔法の構築を開始すると、突如彼女の足元に血のような赤い輝きを放つ魔法陣が現れた。

 

「これは……転移の魔法!?」

「マスター、助け……!」

 

  今にも魔法陣の輝きに包み込まれそうなルイネが、涙を目の端に光らせながら手を伸ばす。

 

  俺は反射的にその手を掴んだ。もう二度と、この手からこいつを離したりしない。俺の家族を、誰にも奪わせない。

 

「シュウジ、早くそこからルイネをーー」

 

  背後からのハジメの言葉が終わる前に、ルイネともどもどこかへと転移された。前のめりになっていたので地面に倒れる。

 

  しかしすぐに立ち上がり、周囲を見渡した。召喚された部屋は八角形で、天井は等間隔に並んだ柱に支えられていいる。どこを見ても、出口は見当たらない。

 

「くそっ、ハジメたちと分断された……!」

 

  最後の最後にこういうトラップが仕掛けてあることは十分に予想できた。俺としたことが、油断してしまった。

 

「やっちまったな……!」

『それより、ルイネはどこだ?』

 

  そうだ、それよりも今はあいつのことが優先だ。もう一度探知魔法を使うが、しかしルイネの反応は引っかからなかった。

 

 

 グルルルル……

 

 

  どうしようか頭を悩ませていると、不意に唸り声が聞こえてくる。咄嗟にそちらを振り向き、異空間からネビュラスチームガンを取り出して……

 

「……あれ?」

『どうしたシュウジ?早く取り出せ』

「……ない」

『…は?』

「ネビュラスチームガンが、ない」

『なんだと!?』

 

  異空間の中に、女神様からもらったもの以外のすべてのものが消えていた。いくら探っても、何も見つからない。

 

  どうやらあの魔法陣、転移したのと同時に異空間などの空間にあるものを強制解除させる魔法が付与されていたようだ。

 

「性悪な仕様だなオイ…!」

 

  とりあえず、辛うじて残っていたスチームブレードを取り出して、声のした柱へと切っ先を向けた。

 

  俺の殺気を感じ取った声の主は、ゆっくりと柱の陰から出てくる。姿を現したのは、いつしか倒したプテラノドンのようは魔物だった。

 

『あれは、確か倒したはずじゃ……』

「いや、あいつだけじゃねえ」

 

  その俺の言葉に答えるように、別の柱の陰からシマウマのような魔物、上空からなぜか九本に首が増えているドラゴンが降りてきて、姿を現した。

 

  なぜ、倒したはずのこいつらがここに。そう思っていると、不意に三体の魔物の中心に魔法陣が出現した。より一層警戒を強める。

 

 そして、そこから召喚されたのは……

 

「……………」

「……ルイネ?」

 

  魔法陣から出てきたのは、ルイネだった。しかし、先ほどとまったく様子が違う。装いは黒いスーツとロングコートのような上着になり、目は虚ろで何も映していない。

 

  ここでようやく、俺は密かに想像していた一つの予想が当たったことを確信した。すなわち、()()()()()()()()()()()()()()という、最悪の予想が。

 

 

 カチャ……

 

 

  俺が何かを言う前に、ルイネはどこからともなくくすんだ銀色のドライバー……異空間から消えていたルインドライバーを取り出した。

 

  それを腰に巻くと、ドラゴンの一本増えていた首が粒子状に変わり、小さく凝縮され……なんと、グレートクローズドラゴンへと変化する。

 

「どういうことだ……?」

「………」

 

  俺の言葉にルイネはなおも無言で、手元に赤いスイッチ……ハザードトリガーを取りだし、蓋を開けてスイッチを押した。

 

 

《マックスハザードオン!》

 

 

  待機音を発し始めたトリガーをドライバーのソケットに差し込み、体の周りを飛び回っていたグレートクローズドラゴンを捕まえる。

 

  そうすると、突然自分の胸に手を突っ込んだ。そのまま貫通したかと思うと、不気味な光の中から黒と金色のボトル……コブラロストフルボトルを取り出す。

 

「まさか……!」

 

  ルイネはコブラロストフルボトルを数回振るとキャップをセットし、畳んだグレートクローズドラゴンのスロットに差し込むとドライバーにセット。

 

 

《グレートクローズドラゴンッ!》

 

 

「…………………〝変身〟」

 

  そうすると、俺がこの世界の誰よりも知っている、しかし今は最も聞きたくない言葉とともに、レバーを回し始めた。

 

 

《ガタガタゴットン!ズッダンズダン!ガタガタゴットン!ズッダンズダン!》

 

 

  ハザードトリガーのメーターが光り輝き、不気味な赤黒いチューブが不規則に伸びて三体の魔物に突き刺さる。

 

  その瞬間、魔物たちがドロリと溶けて赤い血のようなボールに変わった。それを吸い込んだチューブは引っ込んで行き、ルイネを赤黒い水晶が包み隠す。

 

 

《ARE YOU READY!?》

 

 

 そして……………

 

 

 

《ウェイクアップブラッドッ!ゲッドディザスタードラゴン!ブラブラブラブラブラァ!〈ヤベーイ!〉》

 

 

 

  水晶が、砕ける。その中から姿を現したのはルイネではなく、よく見覚えのあるその名の通り絶望を体現した、そんな存在だった。

 

  黒いスーツの上からエボルと良く似た装甲を纏い、胸には片角の龍のような装飾。肩アーマーからは先端が炎のように揺らめく、裏地が青色の黒いマントが垂れ下がっている。

 

  黒と緑色で形成された邪龍のような顔の向かい合った複眼と、角のように飛び出た二本のアンテナ。口元には黄金の牙の装飾が浮かんでいる。

 

  両手と両足には黒いラインの走った斜めになった黄金の装甲とブーツをつけ、太ももには尖った装飾が装着されていた。

 

「……………」

 

  それは、かつて人々を操り、万丈龍我を洗脳し、桐生戦兎を陥れジーニアスすらねじ伏せたブラッド族の生き残りの集合体。

 

「……まさか、こんなところで見るとはな」

 

  そこにいたのは……まさしく、仮面ライダーブラッドであった。

 

 

 ●◯●

 

 

  現在、突如魔法陣に飲み込まれたルイネが、ブラッドとなって俺の目の前に立ちはだかっていた。

 

  邪悪さの溢れるその仮面にはなんの感情もなく、少し前まで自分の隣にいたルイネとはまったく別の存在に感じる。

 

「……まったく、本当に性悪な仕様だ」

『まさか本当に予想通りになるとは……』

 

  ふと、疑問に思っていたのだ。なぜああも都合よく、ルイネの力を持った魔物が配置されていたのか。

 

  それはきっと、今この瞬間のためだったのだろう。精神の削られる無限回廊と強力な魔物を倒し、さらに一部とはいえ本来のオルクス大迷宮を攻略させる。

 

  そうして心身ともに限界まで戦った末に、なんとか倒した魔物全ての力を持つ最強の存在が試練として立ちはだかる。これが俺たちの予想。

 

  そしてそれは、見事に的中してしまった。まんまとルイネを奪われ、こうして戦うことになったのだ。

 

「それにしても、ブラッドなのはなんでだろうな?」

『多分お前の記憶から読み取ったんだろ。あの時お前が助けなくても、あの回廊に入った人間の前に姿をあらわすよう仕組まれていたんだろう』

「そして共にいた人間の記憶から強いものをコピーして模倣する、か。ははっ、本当にやられたなこりゃ」

 

  顔を手で隠しながら、自分を嘲るように笑う。予想できていたのに、防ぐことができなかった。そんな自分が滑稽で仕方がない。

 

『それで、どうするシュウジ?』

 

 どうするかって?そんなの決まってる。

 

「あいつを倒して、ルイネを取り戻す」

 

  あの時、コブラを倒したらルイネは解放された。ならば同じように倒してしまえば、取り戻せる可能性は充分にある。

 

  もしそうでなくても、エボルトの遺伝子操作で迷宮から切り離してしまえばいい。まあ、これは上の方法がうまくいっても同じことをするが。

 

『それが終わったら?』

「そうだな……この迷宮をぶっ壊すか?」

 

  たかが迷宮ごときの分際で、俺から家族を……ルイネを奪った。その罪は万死に値する。完膚なきまでに破壊してやろう。

 

「久々にはらわたが煮えくりかえる気分だよ」

『ハハッ、それもいいな』

「協力してくれるか、エボルト?」

『当たり前だ。お前がやることに俺はどこまでもついていく。それだけのことさ』

「サンキュー、相棒」

《エボルドライバー!》

 

  エボルトに感謝の言葉を述べ、ドライバーを装着しながら歩き出す。両手にエボルボトルを召喚し、キャップをセットしてスロットに挿しこんだ。

 

 

《ラビット! ライダーシステム! エボリューション!》

 

 

  レバーを回しながら、ルイネ……いや、ブラッドめがけて歩みを走りへと変えた。そんな俺の体の周りにチューブがコンテナ状に広がる。

 

《ARE YOU READY?》

「『変身』!」

《エボルラビットォ! フッハッハッハッハッハッハッ!》

 

  ハーフボディが体を覆い、赤い靄が弾けラビットフォームへと変身を完了する。その瞬間瞬間移動し、ブラッドの後ろに立つとストレートを繰り出した。

 

 

 ガッ!

 

 

  しかしそれは、いともたやすく掴まれる。こちらをゆっくりと振り返ったブラッドは、拳を離すと前蹴りを放ってきた。

 

『くっ!』

「………」

 

  両腕をクロスして防ぐが、反撃する前にブラッドは瞬間移動でどこかへと消えた。次の瞬間、殺気を感じて頭をひねる。

 

  すると、ゴウッ!と音を立てて赤黒いオーラが顔の横を通り過ぎていった。直進したオーラは壁にあたり、盛大に破壊する。

 

『そんなもん受けたらただじゃすまねえ、なっ!』

「……!」

 

  体を屈ませ、足払いをかける。ブラッドはすぐに反応して躱されるが、本命はそれではない。

 

  後ろに飛び退いたブラッドに念動力を使い拘束すると、瞬間移動で接近して全方位から超高速で拳を叩き込んだ。

 

  動けないのをいいことに、前世から継承した内臓や筋肉を破壊する技を用いて殴り続ける。それを無防備に受けるブラッド。

 

「……っ!」

 

  しかし、ブラッドは力づくで念動力を振りほどき、瞬間移動中の俺を同じく瞬間移動で捕まえると鳩尾に手のひらを押し付けた。

 

『しまっ!』

「………」

 

  ブラッドが僅かに腕を動かした瞬間、手から背中まで衝撃が駆け抜ける。仮面の中で吐血しながら吹き飛ぶ俺。

 

  なんとか空気を蹴って着地すると、瞬間移動とラビットフォームの超速度を活かした高速移動をする。さらに気配を感じさせない技術を使い、ブラッドに悟られないようにした。

 

  動きながらブラッドを見るが、しかし一向に迎撃する気配はなかった。何かを用意しているのかと、警戒を高める。

 

 

 ズッ……!

 

 

  そしてその警戒は、見事に的中した。突如全ての床が刃に変わり、下からマシンガンのように射出されたのだ。

 

『ルイネの力も使えるのか……!』

 

  一部の隙間もない刃の嵐に、オーラで体を守りながらブラッドに迫る。そして背後から心臓の少し横をめがけて貫手を放った。

 

  だが、ブラッドはそれを回し蹴りで跳ね返すと続けて前蹴りを入れてきた。片足を上げて防ぎ、その足を持ってジャイアントスイングで投げ飛ばす。

 

  宙を舞ったブラッドは、それがまるで当然かのように平然と空間を蹴ると急接近、迎え撃とうと構えるがモロに仮面に拳を叩き込まれた。

 

『ぐっ……!』

〈動きが読まれてるな、あの状態でもお前の記憶はあるんだろう〉

 

  厄介な。ルイネは俺が長年かけて完成させた暗殺術をマスターしている。当然それを教えた俺の動きの癖も掴んでいるだろう。

 

  とすると、そう易々と暗殺術は使えない。あっさり捕まってボコられるのがオチだろう。別の手を使わなくてはいけない。

 

 

  しかし、俺の力はことごとく通用しなかった。ルイネの記憶と能力、ブラッドの力を合わせたブラッドはまさしく最強だったのだ。

 

  剣も体術も、全くもって意味をなさない。全て読まれている。たしかにルイネにゃ四六時中見られてた記憶があるが、ここまで網羅されてるとは。

 

  そもそも、ブラッドとエボル フェーズ3ではスペックが違いすぎる。ジーニアスすら軽く捻ったのだ、完全体でもないのに勝てる道理などない。

 

「……………!」

『ガァッ!』

 

  よって、いずれ負けるのは必然であった。ブラッドに蹴り飛ばされた俺は、壁が壊れるほどの力で全身を打ち付ける。

 

  ズルズルと、瓦礫の中で壁だったものに背中を預けた。仮面の中では警告音が鳴り響き、流血でよく目が見えない。

 

  全身に力が入らず、ただ座り込んでいることしかできなかった。思えば、転生してからこれほどの怪我を負ったのは初めてだ。

 

  前世ではもはや受け慣れたはずの痛みは、まるで鎖のように俺の体を縛って動かさせない。

 

『はぁ、はぁ、こんな姿、雫やハジメたちには見せられんな……』

〈そんなこと言ってる暇があったらさっさと立て!早くしないと死ぬぞ!〉

 

  珍しくエボルトが切羽詰まった声で警告を飛ばす。それに何かあるのかと、思い首を動かしてブラッドの方を見る。

 

 

 

 ゴァァアアアアッ!

 

 

 

  すると、もうすぐ目の前に地面を削りながら赤黒いオーラが迫っているところだった。あと数センチで直撃する。

 

 しかし、認識した時にはもう遅く……

 

 

 

 

 

 ドッガァァァァァアアァァアァンッッ!!!

 

 

 

 

 

 俺の視界は赤一色に染まった。




やっとブラッド出せた……使い回しなのが惜しかったのでオリジナルの変身音にしました。
最初の魔物はシザーロストスマッシュを、次の魔物はゼブラロストスマッシュを、最後の魔物はクローズマグマをモチーフにしました。気づいていましたでしょうか?
攻撃を受けたシュウジの運命やいかに!?
お腹入りと感想をお願いします。
あと、誰なのか知りませんが他の方の感想に毎回のようにBadをつけていくのやめてください。不愉快です。


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進化せし守護者

前回の続きかと思った?残念ハジメたちの方でした!
…ごめんなさい、調子に乗りました。なんでもするからゆるしてくださ(ry

シュウジ「ど、どうもシュウジだ。なんか前回、俺ボコボコにされたうえにとんでもないことになっちゃったんだけど!え、俺死んでないよね!?」

ハジメ「これ、一体どうなっちまうんだ?」

ルイネ「本編の私……マスターになんてことを……」

ユエ「ん、不可抗力」ナデナデ

シュウジ「どうなるかドキドキだが、今回はハジメたちの戦いだ。それじゃあせーの……」


五人「「「「「さてさてどうなる迷宮編!」」」」」


前回も言いましたが、毎回のように感想にBadをつけていく方やめてください。面白半分なのか知りませんがとてもイライラしています。読みたくないならブラウザバックするなりなんなりしてください、本当にやめてください。


 

「シュウジ!?ルイネ!?」

 

  どこかへと転移されたシュウジたちに、俺は声を上げる。一瞬前まであいつらがいた場所には、シュウジの異空間の中にあったものの山が残っているだけだった。

 

  あまりに急なことに、思考が停止する。再会できたと思ったら、こんな最後の最後にまた目の前で消えてしまうなどと予想だにしなかった。

 

「一体、何が……」

「……っ!ハジメ」

 

  だが、困惑していられるのもそこまでだった。ユエに名前を呼ばれて、ハッと我に返って扉の方を見る。

 

  すると俺たちと扉の間の三十メートル程の空間に、巨大な魔法陣が出現していた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

 

  それは、よく見覚えのあるものだった。あの日、俺を絶望に陥れた最悪の魔物を召喚したものと同じ。つまり、召喚魔法の魔法陣だ。

 

  だが、あの時とは比べ物にならないほど魔法陣は巨大かつ精密な術式が書き込まれており、まだ召喚すらされていないのに凄まじいプレッシャーを感じる。

 

「チッ、空気の読めないラスボスだな……!」

「……ある意味、読んでる?」

 

  舌打ちしながらも、異空間を付与されたライターにシュウジのものを収納してドンナーの銃口を向ける。ユエもいつでも魔法を放てるよう掌をかざした。

 

 そんな俺たちの前で、魔法陣はより一層輝いて弾けるように光を放つ。咄嗟に目を瞑り、顔を背けて目が潰れないようにした。

 

 光が収まった時、そこに現れたのは……

 

 

 

 クルゥァァアアン!!

 

 

 

 目測体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。

 

  十二の目で俺たちを睥睨するヒュドラからは、それだけで心臓が止まりそうなほどのプレッシャーが発せられていた。たらり、と頬に冷や汗が流れる。

 

  しかし俺は、ウサギの魔石を握って恐怖を無理やりねじ伏せ、獰猛に笑った。それにわずかにヒュドラが怯んだ……ように見える。

 

「……上等だ、やってやるよ。お前を殺して、生き残ってやる」

「ん。私たちが……勝つ」

 

  今は、一旦シュウジたちのことは忘れよう。それよりもこの化け物を殺して生き残るために、戦わなくては。

 

  それに、あのシュウジがちょっとやそっとでやられるはずがない。きっとルイネと一緒に、いつも通り飄々とした笑顔で帰ってくるに決まってる。

 

 

 クルァアアン!

 

 

  だから俺も絶対に勝利をつかんでやる、そう決意を固めていると赤い頭が口を開け、まるで壁のような火炎放射をした。

 

  すぐさまユエが飛び退き、俺はシュウジから受け取ったプレデーションシールドを構える。すると自動的に半透明のバリアが出現した。

 

  攻撃を受け止めたバリアは完全にヒュドラの火炎放射を防ぎ、熱すら通さない。これ幸いと、俺はそのまま突き進んでいった。

 

「これでも喰らえ!」

 

 

 ドパンッ!

 

 

 

 クルァッ!?

 

 

  そして火炎放射が終わった瞬間、ドンナーを電磁加速させて発砲する。迷宮で戦う中で研ぎ澄まし、さらにシュウジの手ほどきを受けた銃撃は寸分たがわず赤い頭を粉砕した。

 

「まずは一つ……!」

 

 

 クルァアアン!

 

 

  次はどれを、そう思った瞬間文様の入った白い頭が鳴く。すると破壊した赤い頭がみるみるうちに再生した。チッ、回復役か!

 

「〝水弾〟!」

 

  すかさず移動しながら魔法を構築したユエが緑色の頭に魔法を打ち込み貫く。が、先ほどの巻き戻しのように白い頭が鳴き再生してしまった。

 

 〝ユエ、あの頭を先に叩くぞ〟

 〝ん〟

 

  念話をすると、ユエはこくんと頷く。俺もうなずきかえし、プレデーションシールドを構えながら攻撃を開始した。

 

  他の頭の攻撃に備えながら、白い頭に発砲する。が、黄色い頭が割り込んだかと思うと翼のように展開して弾丸を弾いた。さしずめ防御役ってとこか。

 

「だが、俺は一人じゃない」

「〝緋槍〟!」

 

  ユエから燃え盛る炎の槍が射出された。それは黄色い頭の展開されていない部分……つまり頭部を貫き絶命させる。

 

  しかし、防御役の意地を見せたのか黄色い頭は槍を命と引き換えに受け止めた。槍が消えると、そこに白い頭が鳴いてまた復活させてしまう。

 

  無傷に戻った黄色い頭に、俺たちはめげずにドンナーと魔法を撃ちまくった。その悉くを受け止められるが、まったく無傷では済まない。

 

  だが焼け石に水、どれだけ傷を負わせようとも白い頭がこまめに回復してしまい、赤と緑の頭から放たれる炎弾と風刃から逃げながら攻撃する羽目になった。

 

「なら、こいつはどうだ!」

 

  [+縮地]と[+空力]を使い、高く跳躍して腰から〝焼夷手榴弾〟を取り外して白い頭めがけて投げる。そしてドンナーで撃ち抜いた。

 

  弾丸が当たった瞬間、〝焼夷手榴弾〟が爆発して中から燃え盛るタールのようなものが降り注ぐ。さしもの白い頭も苦悶の絶叫を上げた。

 

 

 クルァアアン!

 

 

  白い頭をやられた怒りからか、声をあげながら赤と緑の頭が魔法を放ってくる。空気を蹴りながら縮地をして回避し、地面に着地した。

 

「ユエ、今のうちにーー」

「いやぁあああっ!」

 

  回復ができない今のうちに白い頭を叩け、そう言おうとした瞬間ユエの絶叫が部屋中に響き渡った。

 

  反射的にそちらを振り返れば、魔法を準備していたはずのユエは座り込んで頭を抱えていた。何かされたのか!?

 

「……そういや、あの黒い頭何もしてこないな」

 

  もしや、と思い見てみれば、案の定黒い頭はユエをじっと見ていた。その額の文様が怪しく輝いており、何かをしているのがわかる。

 

 

 ドパンッ!

 

 

  相変わらず続いている他の首からの攻撃をかわしながら、黒い頭を吹き飛ばす。するとようやくユエは叫ぶのをやめた。

 

  すぐさまユエに近づこうとするが、まるで邪魔をするように青い頭が大口を開けて襲いかかってきた。

 

「邪魔だッ!」

 

  [+豪脚]と[+死脚]を掛け合わせた膝蹴りを下あごに叩き込み、強制的に口と命を閉じさせる。力を失った頭を蹴り飛ばすと、ユエに走り寄った。

 

「ユエ、聞こえるか!ユエ!」

「あ、ああ………」

 

 

 クルァアアン!

 

 

  頬をペチペチと叩いて呼びかけるが、ユエはまったく反応しない。くっと歯噛みしていると、背後から復活した青い頭が襲ってきた。

 

  即座に左腕のシールドで防ぎ、スロットにシュウジから預かったタカフルボトルを入れて取っ手についたスイッチを押す。

 

 

《ボトルイン! ツヴァイブレイク!》

 

 

  やけに渋い男の声が響き、前面のパーツに取り付けられた宝玉からオレンジ色のタカのエネルギー群が飛び出して、青い頭に風穴を開けた。

 

  さらに駄目押しと言わんばかりに〝音響手榴弾〟を投げ、その音にヒュドラが怯んでいるうちにもう一度ユエに向き直って、必死に声をかける。

 

「ユエ!いい加減めを覚ませ!」

「いや、いや……ひとりにしないで……」

「くっ、こうなったら!」

 

  シールドを置いてドンナーをホルスターに押し込み、取り出した試験管からポーションを口に含む。

 

  そして、ユエに口づけした。ピクッと震える唇を無理やりこじ開け、ポーションを口移しで流し込んだ。許してくれよ、美空!

 

  全て移し終えると、唇を離す。ユエの顔はまるでタコのように真っ赤になっており、虚ろだった目はうるうると潤んでいた。

 

「……ハジ、メ?」

「おう、ようやく目を覚ましたか。この寝坊助め」

「よかった……ちゃんといる……」

 

  弱々しい声で呟いたユエは、俺の服の裾を掴む。身体が小刻みに震え、何かに怯えているのがわかった。

 

「どういうことだ?」

「突然不安がこみ上げてきて……ハジメとか、ルイネに見捨てられて、またあの部屋に封印されて……」

 

  ……要するに、トラウマを突くようなビジョンを見たらしい。まだフラッシュバックしているのか、キュッと服の裾を掴まれる。

 

  ユエが、俺たち……特に俺のことを心の拠り所にしているのはわかっている。名前が出たルイネも、唯一の同性で仲の良い友達のような間柄だった。

 

  そんな俺たちに見捨てられるというのは、ユエにとってきっととてつもなく恐ろしいことだったのだろう。

 

「そんなこと、あるわけねえだろ」

「ハジメ……」

「シュウジにも言った通り、お前は俺と故郷に帰るんだ。何があろうと絶対にな」

 

  不安そうな面持ちのユエに、俺ははっきりと断言する。この気持ちがただの同情なのか、はたまた……恋心なのか。

 

  それはわからんっていうか現実逃避っていうか美空が怖いっていうか、とにかくはっきりとはしない。

 

  だが、ユエが今の俺にとって大切な存在なことだけはわかる。だから、ユエを見捨てる可能性などゼロだ。

 

「ハジメ、私……」

 

  んだが、この状態のこいつにどう伝えるか……いや、わかってるんだけど流石に二回は美空に刻まれるんじゃないだろうか。

 

  そう思ったものの、それ以外に方法がなさそうなので仕方無しにその方法を選択した。

 

「ユエ」

「なに……んっ!?」

 

  今一度唇を重ねる。先ほどよりも長く、少しだけ深く。ユエは体を強張らせていたものの、すぐに脱力した。

 

「……ん、ぷはっ。これで安心したか?」

「んはっ……」

 

  とろんとした顔のユエに一瞬どきりとしながらも、まっすぐその目を見て言葉を紡ぐ。

 

「いいか、もう一回言うぞ。お前は俺が連れて帰る。ずっと一緒だ、いいな?」

「……んっ!」

 

  俺の言葉に、今度こそユエはしっかりと答えた。いつもの無表情は、いつしかあの暗闇から解放した時と同じ微笑みに変わっている。

 

 

 クルァアアン!

 

 

  と、そこへ空気が読めないことに定評のあるヒュドラが無視すんなや!と言わんばかりに大声をあげた。どうやら復活したらしい。

 

「ユエ、シュラーゲンを使うから時間を稼いでくれるか?」

「ん、わかった」

 

  頷いたユエが前に立ち、魔法を連発してヒュドラの注意を弾き始める。その間に背負っていたシュラーゲンを撃つ準備を始めた。

 

  シュラーゲン。元はドンナーの威力不足を補うために作った電磁加速式の対物ライフルだったそれは、シュウジによる改造のおかげでさらに凶悪なものになっている。

 

  巻き付いていた布の中から現れたのは、洗礼された見た目のライフルと機械じみた大剣を合体させたような武器。

 

  名をイェーガー。ボトル装填機能、ならびにシュウジが砲身に崩壊魔法の術式を書き込んだことにより、ドンナーの約百倍の威力を持つ化け物兵器。

 

  加えて魔力を流すことで大剣にも変形することができる。ちなみにこれは単なるロマンでつけた機能らしいので、一晩中宙吊りにしといた。

 

 

「〝緋槍〟! 〝砲皇〟! 〝凍雨〟!」

 

 

 クルァアアン!

 

 

  イェーガーに魔力を充填している間にも、ユエは魔法を放っている。最上級は一発撃つと魔力がすっからかんにるので、連射性の効く魔法にしているようだ。

 

  すでに赤、青、緑の頭が落とされており、慌てて白い頭が回復しているがすぐにまたユエの魔法で破壊されていた。

 

 

 グルァ!

 

 

  それに見かねたのか、またしても黒い頭がユエの方を向いてジッと見つめる。しかしユエは止まらなかった。

 

「もう効かない……!」

 

  強い語気で静かに言ったユエは、黒い頭に炎槍を放ってさらに黒焦げにした。もう完全に吹っ切れたみたいだな。

 

「今の私を止めたかったら、ハジメが百人に増えて一斉にプロポーズしてくる光景を見せた上で幸せな家庭を築きたくさんの子供に囲まれる夢でも見せるといい……!」

 

  ……どうやら完全に吹っ切れたようだ。つかあいつ最近、シュウジとエボルトに毒されてきてるんだよな。

 

「あいつ倒したらしばいとくか……」

 

  チラッチラッとこっちを見るユエに我ながら淡白な声でつぶやいているうちに、イェーガーの魔力充填が終わった。

 

「ユエ!」

「ん!」

 

  ユエが下がったのを確認して、イェーガーにタカフルボトルとラビットエボルボトルを装填、引き金を引いた。

 

 

 ゴァァアアアアッ!!!

 

 

  まるで魔物の咆哮のような声をあげながら、シュタル鉱石という魔力を込めれば込めるほど硬くなる鉱石でコーティングされた赤い弾丸が飛び出した。

 

  音速を超え飛ぶ弾丸は、荒々しい形をしたタカとそれに乗るウサギのエネルギー体へと姿を変え、ヒュドラへと一直線に向かう。

 

  すかさず黄色い頭が防御に入るが、ウサギが飛び上がったかと思うときりもみ回転しながら蹴りをぶつけ、ミンチにした。

 

  一瞬で防御を破られ驚くヒュドラに、タカが大きく広げたその翼で残る首を全て、知覚すらできないうちに斬りとばして爆発した。

 

  後に残ったのは、断面の黒焦げた首のないヒュドラだけ。一拍遅れて体が死を自覚したのか、ズズン……と倒れ伏す。

 

「ふう、思ったより反動でかいな……」

「ハジメ!」

 

  全身にのしかかるような重みに息を吐いていると、ユエが近づいてきた。そして手を挙げたので、ニヤリと笑ってハイタッチする。

 

「ハジメ、やった」

「ユエのサポートあってこそだ。その……サンキュー」

「んっ!」

 

  スリスリと甘えてくるユエの頭を撫でながら、未だ警戒してヒュドラの死骸の方を見る。崩壊魔法の力でどんどん溶けていた。

 

 

 ズル………

 

 

  すると、突如溶けかかった胴体の中から銀色の頭が出てきた。奥の手があったのかと、シュラーゲンを手放してドンナーを構える。

 

  しかし、すでに銀の頭に力はないようだった。長い首がまるで蛇の体のように力なく這いずり、胴体から千切れる。

 

  あれならそう警戒することもないだろう、そう思ってユエに視線を戻して……

 

 

 

 ーーゾッ

 

 

 

「「ッ!?」」

 

  背筋に悪寒。即座に銀の頭の方を一瞬で顔を強張らせたユエとともに振り返る。

 

 

 グ、ルァアアア……!

 

 

  未だ諦めの見えない鮮烈な眼光を放つ銀の頭の体が、バキバキと音を立てて変形していく。それはまるで、生物の進化を見ているようで。

 

  程なくして、小型化した銀の頭の体は屈強な二足歩行の体になった。ファンタジーの定番の一つ、リザードマンのようだ。

 

 

 グルァアアアアアァアアアッッッ!!!!!

 

 

  凄まじい雄叫びをあげる、新生した銀のリザードマン。空間がビリビリと震え、肌に風圧が叩きつけられる。

 

「何、あれ……」

「この土壇場で進化したってのかよ!」

 

  戦慄する俺たちに、咆哮を終えた銀のリザードマンがゆっくりと振り向く。そしてガパリと口を開けた。

 

  その瞬間、これまでで最大の悪寒を覚えてドンナーを投げ捨て、シールドを拾ってユエを隠すように抱きしめながら蹲った。

 

  次の瞬間、極太の極光がリザードマンの口から放たれてシールドにぶつかった。ガリガリと嫌な音を立てるシールドを握りしめ、全力で踏ん張る。

 

 

 

 パキッ、ビキキッ……バキンッ!!

 

 

 

  しかし、奮闘むなしくシールドは砕け散り、発生源の装置も破壊された。即座に回避は不可能と判断した俺は、せめてユエだけでもと思い切り突き飛ばす。

 

「ッ!? ハジッーー」

 

 

 

 ゴウッ!!!!!

 

 

 

  そして瞠目するユエの顔を最後に、俺は白い光に飲み込まれた。

 

 

 




次回は……


レボリューション!


お気に入りと感想をお願いします。


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災厄の復活

どうも、ザ・プレデターを見てきて興奮して小説まで買った作者です。

シュウジ「あわわわわ、ヤバイよヤバイよ!」

ハジメ「おい、どっかの芸人みたいになってんぞ。どうしたんだよ」

シュウジ「とうしたもこうしたも、お前大変なことになってんじゃん!もう心配で仕方がねえよ〜!」

ユエ「ん。心臓止まるかと思った」

ルイネ「止まってもすぐに再生して動き始めるのでは?」

ユエ「…たしかに。これまで何度もハジメのカッコいいとこ見て心臓止まってるのに生きてる」

エボルト「いや、それとこれとは別だろ。まあいい、今回は俺たちの話だ。そしてついに………それじゃあせーの、」


五人「「「「「さてさてどうなる迷宮編!」」」」」


 ズズン……………

 

 

 

  ガラガラと崩れる壁を、その存在……とある世界では仮面ライダーブラッドと呼ばれる存在は静かに見ていた。

 

  その仮面の下にある瞳にルイネ・ブラディアの意思はなく、ただ迷宮に操られて挑戦者を倒すことのみに思考が固定されている。

 

  そしてその単一的な思考は、無謀にも自分に挑んできた存在の討滅が完了したと判断した。マントを翻し、踵を返すブラッド。

 

  そしてドライバーのグレートクローズドラゴンに手をかけ、引き抜いて変身を解除しようと……

 

 

 

 ゴオッ!!!!!!!

 

 

 

  した瞬間、背後から凄まじい力の奔流を感じ取り、グレートクローズドラゴンから手を離して本能的にそちらを振り返る。

 

  すると、つい先ほどまで自らの攻撃によってもうもうと煙が立ち込めていた場所には漆黒の竜巻が渦を巻いていた。目を見開くブラッド。

 

  上に向かうにつれ巨大になっていくその竜巻は、全てを飲み込まんと……そう、まるで()()()()()()()のように激しく回転し、ブラッドのマントと凍てついた心を揺らす。

 

 

 

《ブラックホール!》

 

 

 

 そして、竜巻が弾けた時。

 

 

 

《ブラックホール!!》

 

 

 

 そこに佇んでいたのは。

 

 

 

《ブラックホール!!!》

 

 

 

  かつて数多の惑星を飲み込み、地球までをも喰らおうとした。

 

 

 

《RE VO LU TI ON !!!!》

 

 

 

  宇宙史上最低最悪、最強にして最恐の〝蛇〟だった。

 

 

《フッハハハハハハハ………》

 

 

  竜巻が消滅し、その中心に佇む一つの影。ただそこにいるだけで絶望を掻き立てるような、悍ましいオーラを放っている。

 

  その存在は、エボル コブラフォームにどこか似た、しかし決定的に違う存在感を持つ姿をしていた。

 

  豪奢だった胴体を覆う鎧は白と黒、まるでモノクロのように染まり、封印されていたアーミラリアクターは肥大化してブラックホールを彷彿とさせるカタストロフィリアクターへと変化を遂げた。

 

  まるで惑星を囲む輪のようだった肩の装甲は白に染まり、その中心から飛び出る棘はより鋭く、そして環境変換プラントを内包している。

 

  それまで簡素だった腰回りには白いラインが走る、先端に向かってワインレッドのグラデーションのかかった黒いマントが靡いていた。

 

  そして何より、その顔。赤い蛇は真紅のラインの入った白い蛇へと変わり、側頭部にはまるで悪魔の角のような装飾が。額の星座盤はブラックホールに飲み込まれたように漆黒に染まっている。

 

 

  エボル ブラックホールフォーム。破滅のトリガー、エボルトリガーを起動することで覚醒する真の姿。それが、この存在の名前だった。

 

 

  これまでと全く違う姿に変わり果てたエボルは、あげていた左手をゆっくりと下ろす。それだけでブラッドは凄まじい悪寒を覚えた。

 

『ふう、間一髪だったなぁ』

「……………」

 

  やれやれ、と言った様子で腰に手を当てて声を出すエボル。ブラッドは一挙一動逃さぬよう、じっとそれを見つめる。

 

  そんなブラッドに御構い無しに、エボルは右手に抱えていたボロボロで血まみれの男……気絶しているシュウジを優しく地面に下ろした。

 

『全く、完全体になれば分離できるなんてな』

 

  そう、今エボルの中にいるのはシュウジではなく、エボルトであった。しゃがんだエボルトはシュウジの髪をかきあげて顔を見る。

 

『あー、こいつは酷え。完全にズタズタだ』

 

  酷くえぐれたシュウジの右目を見て、悲しそうな声音で言うエボルト。いくら自己再生できても、ここまでの重傷だと傷跡が残るだろう。

 

  とりあえず体の方の傷は修復を始めているのを確認すると、攻撃を無効化する虚無の空間フィールドを張っておく。

 

『これでよし……さて』

「!」

 

  ゆっくりとブラッドの方を振り返るエボルト。これまでどんな攻撃でも平然としていたブラッドは、初めて自主的に身構えた。

 

『感謝するぜ、お前のおかげでエボルトリガーの封印が解けた』

「………?」

 

  エボルトの言葉に、ブラッドは不思議そうに少し首を傾けた。

 

  なぜ、これまで封印されていたエボルトリガーが復活し、エボルドライバーに嵌っているのか。その答えはエボルトにある。

 

  あの瞬間、シュウジがブラッドの攻撃を回避できないと判断したエボルトは、咄嗟に体の主導権を奪った。

 

  そして、エボルトリガーで攻撃を受け止めたのだ。シュウジとともに戦う中でブラッドの力はハザードレベル6.0以上であると確信したが故の行動である。

 

  後は単純、トリガーを起動するとシュウジを分離させ、ブラックホールフォームへと変身を果たした。

 

『つーわけで、選手交代だ。俺の相棒を傷つけたお前を、完膚なきまでに破壊してやる』

 

  どこか怒りを感じる、冷徹な声で言うエボルトにブラッドの生存本能が全力で警鐘を鳴らした。あれを相手にしてはいけないと。

 

  しかし、それよりも最後の試練を課す者としての命令の方が優先度が強かった。目の前の敵を排除せんと、攻撃を仕掛ける。

 

  そして瞬間移動しようとして……パァン!という音ともに宙を舞った。何が起きたのかわからず、地面に落ちて体を打ち付ける。

 

「!? !!?」

『遅い、あくびが出ちまうぞ』

 

  ブラッドを遥かにしのぐ速度で瞬間移動したエボルトは、アッパーカットをかました手をひらひらと振る。

 

  立ち上がり、それを見てようやく、ブラッドは自分が顎に拳を叩き込まれたことを自覚した。中にいるルイネの脳が揺れ、視界にノイズが走る。

 

『ほらどうした?悔しかったら反撃してみろ』

「………!」

 

  格下に向けた挑発するような口調に、一種の怒りのようなものを感じたブラッドはすぐさま再び攻撃を仕掛けた。

 

  まるで竜の鉤爪のように形成された三本の赤黒いオーラを両手に纏い、エボルトに向かって振るう。が、エボルトはひょいっとそれを躱した。

 

  だが、それは想定の範囲内。立て続けにブラッドは両手を振ってエボルトを切り刻まんとする。その悉くを避けるエボルト。

 

『こんなもんか。攻撃ってのはな、こうやるんだよ!』

 

  まるで玩具に飽きた子供のように飽きれた口調のエボルトは、上段蹴りで振り上げられていたオーラの鉤爪をまとめて粉砕した。

 

  更に、仰け反るブラッドの胸部装甲に手のひらを押し当て、ゼロ距離で衝撃波を浴びせかける。変身した状態で放たれるそれは、元来の数十倍の威力を持っていた。

 

  マントに大穴を開けるほどの力に、なすすべなく吹き飛ぶブラッド。しかしなんとかオーラで足場を作り、着地をする。

 

『のろまだなぁ』

「っ!?」

 

  しかし、その時すでに目の前にはエボルトが立っていた。反射的に右手を突き出すが、当然のごとく捕まえられる。

 

  そして無慈悲な膝蹴りを仮面に食らった。後ろにかっ飛ぶブラッドの頭を、エボルトは駄目押しと言わんばかりにひっつかんで床に叩きつける。

 

  ブラッドの後頭部と床が衝突した瞬間、放射線状に大きな亀裂が走った。エボルトの力をそのまま現したそれは、それだけで圧倒的な力の差をブラッドに思い知らせる。

 

「ガッーー」

『おお、ようやく声を出したか。その声、案外シュウジが聞くと安心するらしいんだよなぁ』

 

  軽い口調で言いながら、首をつかんでブラッドを持ち上げるエボルト。足が宙に浮いており、腕を掴むが万力のように引き剥がせない。

 

『だが……そいつはお前が使っていいもんじゃない。だから返してもらうぞ、フンッ!』

 

  首から手を離すと、もはや神速すら生ぬるい速度で拳のラッシュが全身に叩き込まれる。それは容赦なく鎧を、スーツを破壊していった。

 

 

 バキ、ビキッ……バキンッ!

 

 

  叩き込まれた回数が百に昇ろうかというそのとき、ブラッドの仮面の右半分が上半身の装甲ごと砕け散った。

 

  そして中から赤黒いオーラに包まれた、意識のないルイネが姿を現わす。それを見てエボルトはニィと笑った。

 

『ビンゴォ!』

 

  叫んだエボルトは、ルイネの腰に手を回すと〝物体操作〟の能力で、ブラッドからルイネを力の根源であるベルトごと強制的に引き剥がした。

 

 

 ガァアアアァァァァアアァッ!?

 

 

『耳障りだ、黙ってろ!』

 

  絶叫をあげるブラッドの鎧を衝撃波で吹き飛ばし、瞬間移動してシュウジの横にルイネを優しく地面に下ろすエボルト。

 

『さて……』

 

 

 ガッ!?

 

 

  壊れた部分を再生し、襲いかかろうとしていたブラッドの抜け殻を振り返りもせず拘束し、もう一方の手をルイネの胸に置く。

 

  そうすると彼女の遺伝子構造を解析し、把握すると改変するためのプランをものの数十秒で構築して実行した。

 

「う……」

『おっと、少し我慢してくれよ』

 

  うめき声をあげるルイネに声をかけ、一気に遺伝子を操作する。そして完全にルイネを迷宮のシステムから切り離した。

 

 

 

 ガァアアアァァァァアアァアアァアアッ!!!

 

 

 

  その瞬間、背後でブラッドの抜け殻が悲鳴のような絶叫を上げた。どうやらまだルイネと繋がっていたようだ。

 

  存在を保てなくなり、暴れるブラッドの抜け殻をエボルトは『やかましい』と無造作に手を振り、天井に叩きつける。まるでゴミのような扱いである。

 

  しばしそのまま操作を続け、いきなり改変したことによる細胞結合の穴を修復するとようやく手を離す。そのときポヨンと胸が揺れたのは内緒だ。

 

『よし、これで心配ねえな。後は……』

 

 

 

 

 

 GUBYUArrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!

 

 

 

 

 

  立ち上がったエボルトは、背後を振り向く。するとそこには、世にもおぞましい奇妙な怪物がいた。

 

  整合性の取れていない何本もの不規則な形状の手足と、ゾンビのように爛れたドラゴンとシマウマとプテラノドンを一緒に鍋にぶち込んで錬成したような顔。

 

  ぶくぶくと肉袋のように太った体は汚く濁り、翼や尻尾、不揃いな歯の口やギョロリとした目玉が浮き出ている。

 

  ルイネという核を失い、存在が成立しなくなったブラッドは、その力の元となった魔物がグチャグチャに融合した、クトゥルフも真っ青な怪物になっていたのだ。

 

『うへえ、こいつはSAN値チェック待った無しだな……まあいい。すぐに引導を渡してやる』

 

  気持ち悪そうに肩をすくめながら、バケモノに歩み寄っていくエボルト。ドライバーのレバーに手をかけ、ゆっくりと回し始める。

 

  これまでとは違う独特な音楽が流れ、エボルトの全身に力がみなぎっていった。それに本能的な危機を感じたバケモノは、支離滅裂な絶叫を上げながら突進する。

 

 

《READY GO!》

 

 

  それに構わず、エボルトは無言で跳躍した。それを醜い顔で追いかけるバケモノの視界の中で、エボルトが一回転する。

 

  するとその足に、白と黒が混じった虚無のエネルギーが収束していった。あらゆるものを消し去るその力を、エボルトはバケモノに無慈悲に振り下ろす。

 

『何もできず、無意味に死ね』

 

 

 

《ブラックホールフィニーッシュ!Ciao(チャーオー)?》

 

 

 

 GIGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA!?

 

 

 

  顔面に叩き込まれた虚無のエネルギーに、もともと存在が不安定になっていたバケモノは凄まじい混乱をきたした。全身から火花が散り、内部がグチャグチャのミンチと化す。

 

  そんなバケモノからエボルトが離れ、床に着地した。そしてくるりと踵を返し、パチンと指を弾いた瞬間……

 

 

 

 

 

 ドッガァァァアアンッ!!!!!

 

 

 

 

 

  バケモノはブラックホールに飲み込まれ、断末魔の叫び声すら上げずに爆散した。あまりにもあっけない、惨めな最期なのであった。

 

『ふぃ〜、働いた働いた。やっぱ戦うのは疲れるねぇ。シュウジとバカやってる方がずっと楽しいぜ』

 

  最後までブラッドを圧倒し、瞬殺してみせたエボルトは肩を回しながらそんなことを言う。仮にも元星狩りの外道異星人とは思えないセリフである。

 

『おいコラ地の文、地味にディスるんじゃねえ。っと、そんなことより……』

 

  なにやらこっちにツッコミを入れてくれたエボルトは、瞬間移動してシュウジたちの元へと戻った。

 

『おーいシュウジ、起きろー』

「うーん……そこはちくわじゃなくてはんぺんだろ……」

『まだ言ってんのかよ。てかそれ何話前のネタだと思ってんだ』

 

  呆れながらも、どこか楽しそうな口調でエボルトはシュウジを見つめる。そして起きろーと言いながらペチペチと頬を叩いた。

 

  だが、一向に起きる気配がない。まあ仕方がないだろう、あれだけのダメージを負ったのだから、体は回復してもすぐに意識は戻らない。

 

『ったく、世話のかかるやつだ』

 

  まるでぐうたらな子供を持つ父親のような声音で言ったエボルトは、シュウジを脇に、ルイネを背中に抱える。

 

  そうするとバケモノが倒れてからすぐに出現していた扉の前へと瞬間移動した。エボルトの存在を感知し、扉がゆっくりと開く。

 

『しゃらくせえ』

 

  が、エボルトは勿体ぶんなやコラとでも言いたげに扉を蹴りつけて無理やりこじ開けた。ムードもへったくれもない地球外生命体である。

 

  (強制的に)開かれた扉の向こうには、暗闇のヴェールがかかっていた。その奥にあるものに期待を持たせるような、じれったい仕様である。

 

『さあて、この先には何があることやら……』

 

  そう言いながら、エボルトは扉の向こうへと足を踏み入れたのだった。

 

  しばらく歩いていると、やがて前方に光が見えてくる。エボルトは少し足を早めて、その光の先へと向かった。

 

 そして、そこにあったのは………

 

 

 

『……こいつはたまげた。これが〝反逆者の住処〟か』

 

 

 

 

  その場所は、一言で言えば〝楽園〟とも言えるような場所だった。それまでの迷宮とのギャップに、さしものエボルトも驚く。

 

  まず、その広大な空間の上には円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面に煌々と輝く球体が浮いていた。まるで太陽のようだ。

 

 次に、空間の奥にある壁一面に、天井付近の壁から流れ落ちる巨大な滝。滝の傍特有のマイナスイオン溢れる清涼な風が、エボルトの仮面を撫でる。

 

  よく見れば、滝壺には魚も泳いでいるようだ。もしや地上の川から魚も一緒に流れ込んできてるのかと、エボルトは考える。

 

『さて。どこか休める場所は、と』

 

  観光もそこそこに、エボルトは女神から授かった知識と照らし合わせてベッドルームへと向かった。

 

  ベッドルームに着くと、やけにふかふかで豪華なベッドにシュウジとルイネを寝かせ、体に食い込まないように最低限を残して衣服を剥ぎ取る。

 

  やけに丁寧に服をたたんで添えつけの机に置くと、椅子を持ってきてどっかりと座り込んだ。

 

『……あ、そうだ』

 

  特に何もすることがないので、二人を見つめていたエボルトの中にふといたずら心が芽生えた。

 

  立ち上がって二人に物体操作の力を使うと、互いの体を抱きしめあうような形にする。そして異空間から携帯を取り出してパシャリ。

 

『ふっ、いい写真が撮れたぜ』

 

  誰に聞かせるでもなく、満足げにつぶやくエボルト。重ね重ねいうが、これは元は散々悪事を働いていた異星人である。

 

  やることをやったので、もう一度力を使って楽な体制にすると、そっと布団をかけた。重ね重(ry

 

『さぁて、なーんもすることねえし昼寝でもしますかね』

 

  床に大の字に寝転がったエボルトは、そのまま本当に寝始める。だらーんと四肢を伸ばすその姿は、完全に休日のオヤジである。

 

 

 

 

 

  誰も起きている人間がいない部屋には、三人の呼吸する声だけがかすかに響いていたのだった。

 




エボルト無双。本編でも結局本気出してなかったですよね。
次回は……


オーバー ザ ミューテイション!


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その手に、生きるための力を。

どうも、特に言うことのない作者です。

シュウジ「いやないんかい!」

ハジメ「そういう時もあるだろ。で、前回はなんかキモい奴を倒して、ルイネを救出したんだったな」

エボルト「おう、俺強かったろ?強かったよな?うん、さすが俺。お前らわかってるねぇ」

ユエ「……誰も何も言ってない。自意識過剰」

エボルト「ウソダドンドコドーン!」

シュウジ「ま、俺も助けられたからなんとも言えんなぁ。いいとこなしとかつらいぜ。で、今回はハジメたちの続きだな。それじゃあせーの……」

四人「「「「さてさてどうなる迷宮編!」」」」


 ユエ SIDE

 

  私は、宙を舞いながら目の前に広がる光景を呆然と見つめていた。ハジメが極光に飲み込まれる、その光景を。

 

  ハジメは、今の私にとって一番大切な人。あの暗闇から救い出して、こんな異常な私を受け入れてくれた。

 

  それどころか、自分も裏切られて何もかも奪われたことに共感して、私を故郷に連れて行ってくれると言ってくれた。すごく嬉しかった。

 

  それからつい最近、ハジメの親友のシュウジとか、シュウジとそっくりの見た目のエボルトとか、シュウジのことが大好きなルイネに出会ったりした。

 

  皆で一緒にいるととても楽しくて、とっくの昔に固まったはずの顔が笑顔になった。皆でなら、ハジメたちの故郷でもうまくやっていけると思った。

 

  それなのに。私を救ってくれたヒーローは今、不気味な光の中に飲み込まれていた。それがまるでスローモーションのように見える。

 

 

 ドサッ!

 

 

  呆然としているうちに、地面に落ちて背中を打ち付ける。その痛みによってようやく、我に返った。

 

「ハジメッ!」

 

  仰向けの姿勢から体を跳ね起こし、膝立ちになってハジメの方を見る。すると、極光が消えていくところだった。

 

  そして完全に消えたとき……そこには全身から煙を吹き上げている、ハジメがいた。それを見た瞬間、頭の中が真っ白になる。

 

  そんなハジメの足元には溶解したイェーガーが転がっており、あの銀のリザードマンの極光の威力を示していた。どうやら咄嗟にあれをかざしたみたいだった。

 

  私を押した体制のままだったハジメは、ぐらりと前のめりに倒れて、うつ伏せに地面に転がった。地面にジワリと血の海が広がり始める。

 

「ハジメ!」

 

  もう一度名前を叫び、足をもつれさせて転びながらも駆け寄る。両手で体を揺するが、一向に返事は返ってこない。とりあえず仰向けにする。

 

  ハジメの容態は酷かった。指、肩、脇腹が焼き爛れ、一部骨が露出している。顔も右半分が焼けており、流血している右目に至っては蒸発していた。左腕の擬態も解けている。

 

  先ほどとは別の意味で叫びそうになりながらも、ポーションを取り出してハジメに飲ませようとする。けど、それをリザードマンが待ってくれるはずがなかった。

 

 

 グルァアアアアッ!

 

 

  雄叫びをあげながら、またしても極光を吐き出すリザードマン。今度は単体じゃなくて、まるでハジメから聞いた機関銃のように大量に吐いてきた。

 

「しまっ……」

 

  ハジメのことに全ての思考を割いていた私の体は、すぐには動かなかった。そうしているうちに、目の前に光弾が迫る。

 

  呆然とする私の頭に光弾が命中し、木っ端微塵に吹き飛んで目の前が真っ暗に……

 

 

 

 ガァンッ!!!

 

 

 

  なることは、なかった。突如、私とハジメの前に不可視のバリアが張られて、光弾を弾き返したのだ。バリアの中心に、うっすらと半透明の右手が見える。

 

  それを唖然と見ていると、右手とバリアはふっと消えてしまった。ハッとして、急いで柱の陰にハジメを引きずっていく。

 

  その時、ハジメの首にかかっている白いエボルボトルと、ウサギの魔石が淡く光っていたけど……混乱している私は気づかなかった。

 

  柱の陰に入った瞬間、怒りの声をあげたリザードマンがまたしても光弾を柱にはなってきた。時間がない。

 

  手に握ったままだったポーションを傷口にふりかけ、次に口元に持っていって飲ませる。でも、すぐにむせて吐き出してしまった。

 

「くっ……!」

 

  悔しさに歯噛みするも刹那の時間で他の手を考えて、自分の口の中にポーションを含むとハジメがしたように口移しで飲ませた。

 

  またしてもむせるが、無理やり押さえつけて飲ませる。その甲斐あって、なんとかポーションを飲み込んでくれた。

 

  けど、ポーションは私が思った通りの結果は出してくれなかった。止血はしたものの、傷の治りがあまりにも遅いのだ。

 

「どうして!?」

 

  もしかして、あの極光になにか副次的な効果があった?それがハジメの体を蝕んでいるなら、この修復の遅さも納得できる。

 

  思わず、柱の陰からキッと今もなお光弾を吐き続けているリザードマンを睨んだ。あのトカゲ、絶対に許さない。

 

 

 ドガァァァンッ!

 

 

「キャッ!」

 

  その視線に気づかれたのか、もうほとんど残っていない柱に光弾が叩き込まれた。思わず悲鳴をあげて頭を下げる。

 

  すると、リザードマンの嘲るような笑い声が聞こえてきた。どうやら私たちが弱っていると気づかれたみたいだ。

 

  時間がない。悠長にハジメが復活するのを待ってたら、その前にリザードマンに消しとばされる。私一人で、戦うしかない。

 

「……今度は、私が守る」

 

  額にキスを落として、ハジメのホルスターからドンナーを引き抜く。そして身体強化の魔法を自分に施した。

 

  そうすると、柱の影を飛び出す。リザードマンはすぐに気づいて、光弾を放ってきた。それをかわしながら、私はあるものを目指す。

 

  残り僅かな魔力で引き上げた身体能力を限界まで使って、壊れたイェーガーに飛びついた。そしてその中からタカフルボトルを探り出し、ドンナーのスロットに叩き込む。

 

 

《タカ!》

 

 

「よし……!」

 

  ボトルを認識したドンナーを、リザードマンに向けて引き金を引く。すると、銃口からエネルギー弾が大量に射出された。

 

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

 

 

 

  私に、ハジメのように狙い撃ちをする腕はない。でも、数を撃てばどんなに光弾があっても当たる。事実、めちゃくちゃに撃ったエネルギー弾は光弾を相殺していた。

 

  それどころか、何発かはリザードマン自身にあたってダメージを与えている。でもそれは私も同じで、光弾が何回か弾幕を抜けてかすっていた。

 

  〝自動再生〟が発動するが、やはりあの光弾には何かの効果があるみたいで治りが遅い。ジンジンとした痛みに顔をしかめながら、必死にドンナーを撃つ。

 

  逃げ回りながらドンナーを乱射しているうちに、だいぶリザードマンにダメージを与えられた。これならなんとか勝て……

 

 

 グルルルァアアアッ!

 

 

「……えっ?」

 

  それを見た瞬間、私の希望は砕け散った。リザードマンが咆哮した瞬間、白い光がその体を包み傷を癒したのだ。

 

 

 ガルァッ!

 

 

  それだけにとどまらず、リザードマンが掲げた手のひらに火球が出現する。そしてそれを思い切り投げてきた。

 

「まさか、他の首の力も使え……ッ!?」

 

  最後まで言い終える前に、眼前の床に火球が着弾して吹き飛ばされた。柱に背中を激しく打ち付け吐血する。

 

「ガハッ、ゲホッゴホッ………」

 

  吐血しながら床に落ちる。全身に鈍い痛みが走った。頭がガンガンと割れるように痛い。流血でよく目が見えない。

 

 

 グルルルルル………

 

 

  動けないでいる私に、唸り声をあげてリザードマンが迫る。本能がけたたましく警鐘を鳴らし、とっさにドンナーを向けた。

 

「あああああああああああっ!!!」

 

  喉が張り裂けるほどに叫びながら、ドンナーを乱射する。その甲斐あって、避けるリザードマンの片目に弾が当たった。

 

 

 ガァッ!?

 

 

  怯んだような声をあげて、片目を抑えるリザードマン。そしてこちらに憎しみと怒りのこもった目を向けてくる。

 

  それにギロリと睨み返し、動かない体に無理やり魔力を流し込んで活性化させ、荒い息を吐きながら立ち上がった。

 

「ハジメは、私が守る……!」

 

  そうして、再び勝ち目のない戦いに身を投じるのだったーー。

 

 

 ●◯●

 

 

 ハジメ SIDE

 

 

 

ーーおきて

 

 

 

  深い暗闇に落ちていた意識が、どこからか聞こえた声によって引き上げられる。暗い淀みに絡め取られた俺の自我が、少しずつ上昇する。

 

  だが、覚醒と眠りの狭間で止まった。それ以上さらに上に上がることができない。半ば眠りかけた意識でそれをもどかしく感じる。

 

 

 

ーーほら、おきて

 

 

 

  また、誰かに語りかけられる。聞き覚えのないはずなのに、どこかとても懐かしく、胸を締め付けられる声。

 

 お前は、誰なんだ?

 

 

 

ーーこのままだと、またたいせつなものがなくなるよ?

 

 

 

 ……何だって?

 

 

 

ーーーあなたは、それでもいいの?

 

 

 

 ……いいわけ、ねえだろ。

 

  眠りたがる意識をぶん殴って、無理やり起こして目をこじ開ける。すると、ぼんやりと天井が見えた。

 

  ここは、どこだ。全身が痛い。体の内側が気持ち悪い。まるでじわじわと毒に侵されているような感覚だ。

 

  何より、開いたはずの右目が見えなかった。代わりに感じるのは、頬にこびりついた乾いた血の感触。おそらく、極光で消し飛んだのだろう。

 

  しばらくそのままぼんやりとして、やがて現状を理解しようとだるい首を動かす。すると、驚愕の光景が見えた。

 

  ユエと、あのリザードマンが戦っているのだ。ドンナーを握り、左肩に大怪我をしながら、それでも懸命に戦っている。

 

「……何してるんだ、ユエ」

 

  掠れた声が、口から溢れる。あんな体で、戦ってるのか?俺が無様に眠りこけていた間、ずっと一人で?

 

 

 

ーーそれなのに、あなたはみてるだけなの?

 

 

 

  また、声が聞こえる。まるで挑発するように、俺が立ち上がるのを促してくれるように、その声は語りかけてくる。

 

 

 ドンッ!

 

 

「カハッ………」

 

  その声に言い返そうとする俺の前で、ユエの胸がリザードマンの火球に抉られた。大量に吐血し、ゴロゴロと転がるユエ。

 

 

 ドクン。

 

 

 ……俺は、何をしている?

 

 

 ドクン。ドクン。

 

 

  こんなところでくたばるのか?何もできず、またただ奪われて終わりなのか?

 

 

 ドクン。ドクン。ドクン。

 

 

  そんなの、絶対に許さない。一緒に連れて帰るって約束したじゃねえか。約束一つ守れないほど、俺は情けない男か?

 

 

 ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。

 

 

  いいや、違う。その程度では、シュウジにも美空にも、笑われてしまう。ならばどうする。簡単だ、俺から奪う奴は、敵は全て殺せばいい。

 

 

 ドクンッ!

 

 

「だから………いつまでも寝ているわけには、いかねえんだ」

 

  右手を握って地面を殴りつけ、その反動で起き上がる。また倒れそうになる体を、怪人の左腕で引き止めた。

 

  治りかけの全身から、血がビシャビシャと零れ落ちる。こんなもの、今あそこで血と涙にまみれて戦ってるユエに比べれば何でもない。

 

 

 

ーーそう、それでこそあなた。わたしがいのちをたくした、だいすきなあなた。

 

 

 

  三度、声が聞こえた。最初は誰だかわからなかったその声の主は、今ははっきりとわかった。だから、目の前を見上げる。

 

  するとそこには、半透明の透き通るような一人の女がいた。白い髪に片方が半ばから無い、ウサギの耳を生やした女。

 

「………お前は、ずっと見守っていてくれたんだな」

 

 俺が、殺したようなものなのに。

 

  顔を歪める俺に、微笑む女は……〝大切な友達(ウサギ)〟は、ふるふると首を横に振る。そうするとしゃがんで、俺と目線を合わせた。

 

 

 

ーーあなたに、もういちどいきるためのちからを。

 

 

 

  ウサギが、俺の首にかかっている自分の魔石と白いエボルボトルに触れる。すると、その二つの宝物は輝いてふわりと浮かび上がった。

 

  宙に浮かぶそれらを見ていると、どこからともなくラビットエボルボトルが飛んでくる。それにウサギは手を伸ばした。

 

  そしてウサギが触れた瞬間……光に包まれ、三つは一つになった。まばゆく輝く光の玉に、思わず手を伸ばす。

 

  案外、光球はあっさりと掴めた。その中にあったものを掴んだ瞬間、光は霧散する。手を引き戻して、ゆっくりと開いた。

 

  すると、そこにあったのは……半透明の、三日月と跳躍する白と赤の二匹の兎が刻まれた純白のボトルだった。

 

  それに見とれていると、ウサギはいつのまにか持っていた、壊れたはずのエボルドライバーを俺の腰に巻いた。

 

 

 

ーーさあ、いって。あなたがなくしたくないもののために。

 

 

 

 そして、そっと背中を押してくれた。

 

「………ああ、わかった。ありがとう」

 

  振り返ることなく、微笑んでいるであろうウサギに礼を言うと、キッと戦っているユエの方を見る。彼女は今にも光弾に貫かれそうだった。

 

  新生したラビットエボルボトル……いや、ムーンハーゼボトルを握り、目覚めるのとともに新たに覚醒した技能と加速の最終派生技能、[+超加速]を使って走り出す。

 

 

 

ーーがんばって、わたしのいとしいひと。だいじょうぶ、あなたならできるよ。

 

 

 

  背後で、ウサギの気配が消える。奥歯を噛み締め涙をこらえながら、それでもユエを救うために足を動かし続けた。

 

 そして、ユエが光弾に貫かれるその瞬間ーー

 

「ーー大丈夫か、ユエ?」

「……え?」

 

  助け出したユエが、腕の中で間抜けな声を上げる。そんな俺たちの脇を、光弾がかすめて壁に飛んでいった。

 

  ユエだけにとどまらず、リザードマンも驚愕に目を見開いている。俺はそれを、モノクロームの視界で挑発するように鼻で笑った。

 

「ハジメ、なんで……」

「いつまでも泣いてんじゃねえ。よく頑張ったな。お前の勝ちだ、ユエ」

「っ!……んっ!」

 

  俺の言葉に目を見開き、そのあとに力強く頷く。俺も頷き返しながら、また飛んできた光弾をふらふらとした動きで避けた。

 

  リザードマンはまた驚いたような顔をするが、まぐれだと思ったのだろう。三度光弾を吐き出してくる。

 

  しかし、俺はそれをまたしても同じような動きで躱した。おそらくリザードマンの目には、光弾が自ら俺を避けたように見えただろう。

 

  〝天歩〟が最終派生技能、[+瞬光]。それがこの力の正体だ。知覚能力を究極まで高め、〝天歩〟の各技能の力を数段上昇させる、ウサギが俺にくれた力。

 

「ユエ、今のうちに血を吸って回復しといてくれ」

「でも……」

 

  吸血をためらうユエ。今の俺はかなり血を失ってる。今だって気力で光弾を避けてるようなもんだ。だが、ここで躊躇して死にましたじゃシャレにならん。

 

「いいから、早くしろ」

「……わかった」

 

  もう一度促すと、ユエはようやく首筋に牙を突き立てて吸血を始めた。失血の感覚に少し顔をしかめながら、光弾を躱す。

 

「ん……ぷはっ」

「終わったか?」

「ん」

「それじゃあ、少し離れててくれ」

 

  ユエは大人しく従い、俺の背中から降りて退避する。俺も[+瞬光]を一旦解除すると、しっかりと地面を踏みしめた。

 

 

 カチャ……

 

 

  そして、移動する中で拾ったボロボロのプレデーションシールドを右手に持ち、左手でムーンハーゼボトルを握る。

 

「……力を貸してくれ」

 

  ボトルを見て呟くと、脳裏に微笑み頷くウサギの姿がよぎった。グッと顔を引き締め、警戒して構えているリザードマンを睨む。

 

  一回だけ手首のスナップでボトルを振ると、メタリックレッドのキャップを先の尖った指でセット。

 

  そうするとシールドのスロットに押し込み、そのままドライバーに叩きつけるように差し込んだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

《OVER THE MUTATION!》

 

 

 

  瞳のように展開したシールドを認識したドライバーが、待機音声を流し始める。右手でレバーを握りしめ、ゆっくりと回し始めた。

 

  シールドの宝玉からチューブが伸び、コンテナ状に広がって白い靄のかかった鎧と、それとは別の鎧を作り出す。

 

 

 グルァアアアアッ!

 

 

  警戒が最大に達したのか、リザードマンが再び光弾を吐き始めた。しかし、コンテナ状のチューブが弾き返す。

 

 

《ARE YOU READY ?》

 

 

  荘厳な音楽が止まり、ドライバーが戦う覚悟は良いかと問いかける。俺は両手を伸ばし、手首のところでクロスして一言呟いた。

 

「……そんなもの、とっくにできてるよ」

 

  そしてクロスした両腕を胸にぶつけ、叫ぶ。この状況をひっくり返し、俺に生きるための力を与えてくれる、その言葉を。

 

 

 

「ーー変身」

 

 

 

天砕月兎(てんさいげっと)! ラビットザミューテイション!》

 

 

  鎧が体を包み、無数の星の煌めく白い靄が吹き飛ぶのと同時に、ドライバーとシールドからハイテンションな音声が流れる。

 

 

《ハーハッハッハッハッハッ!》

 

 

  高笑いを上げるドライバーに、俺はゆっくりと両腕を下ろした。そして、驚愕に目を見開き固まっているリザードマンに人差し指を向ける。

 

『……さあ、実験を始めようか』

 

 反撃、開始。

 

 

 ●◯●

 

 

 三人称 SIDE

 

「……ハジメ?」

 

  変身したハジメに、ユエは唖然とした表情で呟いた。その心の中には困惑とハジメカッコいいという感情が激しく渦巻いている。

 

  今のハジメはエボルやブラッドと酷似した姿だが、決定的に違う全く新しいライダーになっていた。シュウジがいればマジか、と言ったことだろう。

 

  胸部装甲には兎の頭のような複雑な造形の装飾が張り付き、その上部から肩にかけて繋がるパーツから、兎の耳のようにマフラーが伸びている。

 

  両腕の前腕にはエボルの手甲とバネのような装飾を掛け合わせたような見た目であり、両足の脚甲も同様だ。

 

  首回りを守る襟には前面にガードパーツが追加されており、ラビットフォームに装飾を追加した仮面の下半分を隠している。

 

  生きるため、再び共の力をその身に宿した姿はまさしく仮面ライダー。名付けるのなら……仮面ライダーハーゼ()といったところか。

 

「綺麗……」

 

 

 グルァアアアアッ!

 

 

  ほう、と感嘆のため息を漏らすユエとは対照的に、けたたましい鳴き声をあげたリザードマンは口から光弾を放った。

 

  自分にまっすぐに飛んでくる光弾に対して、しかしハーゼは動かない。危ないと言おうとするユエだが、不思議と危機は感じなかった。

 

『フッ!』

 

  そして、そのユエの予感の通りハーゼは無傷だった。視認不可能な速度で手刀を振るい、光弾を()()()()()()()

 

  さすがに手刀ごときで斬られるとは思っていなかったのか、リザードマンはぽかんとした顔をする。それにハーゼが指を向けた。

 

『今度はこっちから行くぞ』

 

  次の瞬間、ハーゼの姿がかき消える。かと思えば、リザードマンの目の前に現れ手刀を袈裟斬りに振り下ろしていた。

 

  全力で本能が命の危険を訴え、リザードマンは上半身をのけぞらせて躱す。空を切る手刀は、しかしリザードマンの背後にあったヒュドラの死骸を真っ二つにした。

 

 

 グルッ!?

 

 

『ハッ!』

 

  思わず声を上げるリザードマンに、ハーゼの追撃がかかる。まるで腕が何本もあるように見えるほどの速度で、全方位から手刀が襲いかかった。

 

  リザードマンは必死に体をひねるが、しかし上気した通り全方位を囲まれていては逃げられるはずもなく、モロに直撃する。

 

  ハーゼの手刀は容赦なく無敵の強度を誇るはずのリザードマンの鱗を破壊し、その内側にある筋肉を切断し骨すら砕いた。

 

 

 ガ、ガルァッ……

 

 

『それはもうやらせんぞ』

 

  とっさに特殊な咆哮を上げて回復魔法を使おうとしたが、しかしその前にハーゼの片腕に口を塞がれた。

 

『フンッ!』

 

  それどころか、首筋に握った拳を全力で叩き込まれ、喉が潰れた。これではもう叫んで回復することも、威嚇すらできない。

 

  喉を押さえて後ずさったリザードマンは、失った声の代わりに十割増しの憎悪の目を向けると鉤爪で挟み込むように斬りかかった。

 

 

 ガキンッ!

 

 

  しかしそれは、いつのまにかハーゼが両手に握る二本のブレードによって防がれた。一本は一時的に獲得した摸倣能力で複製したものだ。

 

『そうそう簡単にやられると思うな!』

 

  リザードマンの両手を打ち上げ、駒のように回転してブレードで斬りつける。リザードマンの胸板が裂け、鮮血が舞った。

 

  苦悶の声すらあげられないリザードマンは、イライラとした様子で尻尾で床を叩き、至近距離で右手に火球を生成するとそれをぶつけ………

 

 

 ズパンッ!

 

 

  られることはなかった。ハーゼの放った斬撃により、手首から先を切り飛ばされたからだ。

 

『ユエと戦っているのを見てわかった。お前、右腕でしか火球を使えないんだろ?』

 

  何故それを、という顔のリザードマンに、ハーゼは切り飛ばした右手をキャッチして掌を見せた。そこには赤い頭にあった紋章が。

 

  そう。一見リザードマンは他の頭の力を自由に使えると見せかけて、そのじつ体の各部に刻まれた紋章からでしか使えないのだ。

 

  従って、喉の中に刻まれた紋章を声帯ごと潰されたので回復魔法も使えなくなったという理論になる。

 

『それがわかればこっちのもんだ。後はお前の四肢を削ぎ落としてやればいい』

 

  カチャリとブレードを構え、ハーゼはリザードマンに一歩近づいた。対して怯えたような顔をして、一歩後退するリザードマン。

 

 

 ズパッ!

 

 

  命のやり取りの中で、その一歩は命取り。気がついた時には、黄色い頭の紋章が入っていた左腕も根元から持っていかれていた。

 

 

 スパンッ!

 

 

  両腕を失い、バランスを崩して倒れるリザードマンにさらに追い討ちをかけるように、小気味いい音を立てて右足が切断される。

 

  どう、と音を立てて始めて倒れこむリザードマン。そんなリザードマンの尻尾を鷲掴みにしたハーゼは、思い切り上空に投げた。

 

『これで終わりだ』

 

  両手に握っていたブレードを投げ捨て、ドライバーのレバーを回す。荘厳な音楽とともに、ハーゼの全身に力がみなぎっていった。

 

 

《READY GO!》

 

 

『ハッ!』

 

  両足の超伸縮バネを使い、高く飛び上がるハーゼ。そして地面に落ちるリザードマンめがけ、右足を突き出し……

 

 

《ミューテニックフィニッシュ!ハーハッハッハッ!》

 

 

『はぁあああああああああっ!』

 

 必殺の一撃を叩き込む!

 

  胸の中心に叩き込まれた足はリザードマンの体内をぐちゃぐちゃに破壊し、ミンチになるまでかき回した。

 

  それだけにとどまらず、もともとの落下エネルギーも加わって地面に落ちた瞬間、巨大なクレーターを作り出す。

 

 

 

 ドッガァァァァァァアアアンッ!!!

 

 

 

  そして、爆散。どこかの部屋にてエボルトに消滅させられた、哀れなバケモノ同様断末魔すらないあっさりとした終わりであった。

 

  炎が散った時、クレーターの中にいたのは着地した体勢のままのハーゼだけだった。最後まで見入っていたユエは、ようやく動きだす。

 

「ハジメ!」

『……ユエ』

 

  ハーゼが、ゆっくりとユエの方を振り返る。そのまま体制を元に戻すと、ドライバーからガジェットを引き抜いた。

 

 

 パリンッ……

 

 

  鎧が粒子となって消えた瞬間、ガジェットがハジメの手の中で粉々に砕ける。最後の力を振り絞ったのだろう。

 

「……ありがとう」

 

  手の中に残ったムーンハーゼボトルを、ハジメは額に押し付ける。それを近づいてきたユエが心配そうに見上げた。

 

「……ハジメ」

「……大丈夫だ。それより、怪我はないか?」

 

  自分の方に向き直って問いかけるハジメに、ユエは未だ心配の残る目をしながらも普段通りに「……ん」と答えた。

 

  そうか、よかった。そう言って頭に手を置こうとした瞬間、ぐらりとハジメの体が揺れる。ユエは瞬時に反応して倒れる体を支えた。

 

「ハジメ!」

「……さすがに、失血と疲労感だけは誤魔化せねえか」

 

  体を蝕んでいた極光の毒素は、ハーゼに変身したことにより完全に除去された。しかし、大量に失った血と募った疲労感は消えない。

 

  それでも変身による急激なハザードレベルの上昇で、随分と軽減されていた。それがなければ今すぐ気絶していたことだろう。

 

  無茶をしたもんだ、と自嘲気味に笑っていると、切断されたヒュドラの向こうにある扉が音を立てて開いた。顔を見合わせる二人。

 

「……どうする?」

「行くしかねえだろ。悪いが、流石にキツイから支えてくれるか?」

「ん、当然。なんだったらハジメがお爺ちゃんになっても支える」

「はいはい」

「むう、適当な反応……」

 

  いつも通りの軽い口調でやり取りしながら、二人は互いを支え合って扉に向かっていく。後ろは振り返らない。もう、自分たちは勝ったのだから。

 

 

 

 ーーーおめでとう。もう、あなたはわたしがいなくてもへいきだね。ちょっとさびしいけど……ばいばい。

 

 

 

ーーまた、いつかあおうね。

 

 

 

  その後ろ姿を、一人の女が少し寂しそうな笑顔で見送っていたとも知らずに。




この変身はグリスブリザード同様、一度限りの変身です。
次回は何度か聞かれている、シュウジの前世を明かす……かなーと思ってます。どう思います?
お気に入りと感想をお願いします。


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解放者の遺産

シュウジ「よお、シュウジだ。今回はもはや何も思い浮かばなくて作者の前置きはないぜ」

ハジメ「言ってやるなよ……で、前回は俺の戦いだったな。ウサギ、本当にありがとな」

ウサギ「ハジメのためならなんてことないよ」

ハジメ「ウサギ……マジ天使」

ユエ「むう、キャラ崩壊の上に私よりいい雰囲気」

ルイネ「まあ、そういうな。あれがなかったら二人とも危なかったのだろう?」

エボルト「これで美空に刻まれる回数が二回に増えたな」

ハジメ「やめろよ!まったく……で、今回はシュウジが目覚めた後の話だな。なんでもかなり重要なことが明かされるみたいだぞ。それじゃあせーの……」


五人「「「「「さてさてどうなる迷宮編!」」」」」


 酷く……長い夢を見た。

 

 

 

  それは俺の中で最も最悪な、しかし今の俺の強さを作り上げた長い前世の記憶。俺という人間の、最大の秘密だ。

 

  俺という人間の原点となった世界は、ハジメたちと暮らした今世の現代と、トータスのものによく似た魔法科学の混合した世界だった。

 

  俺……いや、〝私〟はそんな世界で、なんの変哲も無い一人の子供として生まれた。ただ、他の人間と違いある一族の分家の血を継いで、だが。

 

  両親もわからない私は、生後ひと月もしないまま拾ってくれた村人の家からその一族……世界最強の暗殺者一族の本家に引き取られることとなる。

 

  そして、その本家とは地獄そのものだった。その血筋を受け継ぐものはすべからく暗殺者であるべし、生まれた時からその道を否応なしに決められる。

 

  まず、まだ自我も芽生えないうちから数え切れないほどの苦痛を味あわせられ、人格が確立する前に感情を殺された。

 

  そうして作り上げられた人形に、次は一族が何千年にも渡って培ってきた暗殺術を覚えさせられる。それを乗り越えてようやく半人前。

 

  その訓練は地獄という言葉すら生温いものであり、私以外のほとんどの子供が死んだ。不幸にも、私は暗殺者として歴代当主をはるかにしのぐ才能を持って生まれてしまったのだ。

 

  当然、そんな子供を本家がただの訓練で済ますはずがない。より凶悪に、より強靭になるよう一族総出で徹底的に鍛えられた。

 

  さしもの天性の才を持つ私でもそれは非常に過酷なものであり、感情が壊れていても本能が助けを求めた。

 

  しかし、本家の中に誰一人として人間らしい感情をもつものはおらず、心の拠り所になるようなものはなかった。だからより鍛錬に逃げることしかできなかった。

 

  その結果として生まれたのは、一族の最高傑作と呼ばれる暗殺者。文字通り全ての技術を受け継いだ、殺すためだけに生まれた人間。

 

  そして最後に、本当の暗殺をさせられた。十にも満たない歳の時のことだ。それに特に感じることはなかった。

 

  当たり前だ、そもそもそういう感情がないし、それが当然だと生まれた時から教え込まれていたのだから。

 

  これによって本当の意味で暗殺者になった私は、本家の命令に従い人を殺める人形として生きた。

 

  ただひたすらに、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺した。

 

  殺し続けて十年経って、二十年経って。やがて世界で最も強い暗殺者と恐れられるようになったその時。私はある、一人の男と出会った。

 

  その男こそが、私の親とも呼べるべき存在。空っぽな人形だった私に、人間の心をくれた大切な恩人。

 

  男は、〝世界の殺意〟であった。それはそのまま文字通り、世界の意思を代行して人を殺す存在。〝世界の殺意〟は、私の称号などではないのだ。

 

  始まりは、世界が人間が増えていくにつれ不安定になる命のバランスに、人間自身から自らの意思を代行して秩序を保つ存在を作ったことに起因する。

 

  それは千年ごとに次のものに受け継がれ、数千万年にも渡って今に至るまで世界を揺るがすほどの悪を殺し、均衡を維持してきた。

 

  そしてその後継者は、最もその時代で人を殺すことに長けているものが選ばれる。そう、私は先代〝世界の殺意〟に後継者として選ばれたのである。

 

  私にそれを断る意思はなかった。人形として生を受け、人形として生きてきた私には自分の意思というものがなかった。

 

  本家に知られぬまま、先代〝世界の殺意〟の後継者となった私が最初に教えられたことは……人間の心がいかに素晴らしいものか。

 

  〝世界の殺意〟を継承するものは、誰よりも人間の善性と悪性を知らなくてはいけない。清と濁、両方併せ持ってこそ世界の意思を代行するにふさわしい。

 

  人間の悪性しか知らなかった私は、長い時間をかけて先代に人間らしさというものを教えられ、そしていつしか心を持った。

 

  とはいえ、元々徹底的に壊されていたものを作り直したのだ。最初はそれも薄弱なものだった。それにこぎつけるまで随分苦労したと、先代は苦笑していたが。

 

  だが暗殺者としてではなく、一人の人間として人の間で生きるうちにこの秩序がどれだけ尊く、守らなければいけないものかを理解した。

 

  しかし、それによって一つ悪いこともあった。人間の優しさを知ったことで、刃を握る手が鈍ってしまったのだ。

 

  先代に人の善性を教えられながらも、本家の命令には従っていたが、思うような結果が出なくなった。最強の殺人マシーンではなくなったのだ。

 

  当然、本家はすぐそれに気づいて私を役立たずとみなし、用済みだと殺そうとした。当然私は持てる力を使い、全力で逃げた。

 

  そうして逃げて、外から本家を見たとき………知った。この家こそが、世界から争いのなくならない最大の原因であると。

 

  本家は長年にわたって、()()()()悪を殺してきた。しかしその実、黒幕を操り混乱を引き起こしていたのは本家そのものだったのだ。

 

  全ては、自分たちの存在意義を保つため。完全な平和が訪れては、自分たちの役目は終わってしまう。だからこそ、自分たち自身で悪を作り上げていた。

 

  そのとき、ようやくわかった。先代や、その前の〝世界の殺意〟たちが殺してきたのは、こういう〝悪辣な悪〟だと。

 

  ならば、俺がするべきことは何か。その答えはたった一つ。悪辣な悪を殺す、絶対悪になる。それしかなかった。

 

 

 

 

 

 そして、俺は〝世界の殺意〟を継承した。

 

 

 

 

 

  継承してまず最初に、本家を潰した。まさか自分たちの作り上げた無敵の人形が敵になるとは思わなかったようで、あっさりと全員殺すことができた。

 

  そうして世界の殺意となった俺に対して、先代は……代行者として許されていた千年の生を終え、死んでいった。

 

  最後にお前に出会えてよかった。先代の別れの言葉は、そんなものだった。それとともに、先代は最後の教えを俺に授けた。

 

  それは、別れる覚悟。いつしか俺自身が後継者を見つけた時、共に暮らし、役目を継承して永遠に別れる辛さを覚悟しておけ。先代はそう言った。

 

  その言葉を胸に、俺は気が遠くなるほど長い時の間世界の秩序を守る役目を全うした。いつか来るであろう、誰かとの別れを予期しながら。

 

 

  そうして九百と数十年が経った時。俺はついに、路地裏でうずくまっている小さな幼子を見つけた……。

 

 

 

 

 

 ブヅッ。

 

 

 

 

 

 そして、そこで夢は終わった。

 

 

 ●◯●

 

 

「ん………」

 

  まるで走馬灯のような夢から、俺は覚醒する。うっすらと目を開けると、知らない天井……つーかベッドの天蓋が目に映り込んだ。

 

「知らない天井だ……」

 

  お決まりの言葉をいいながら、よっこらせと上半身を持ち上げて周りを見渡す。すると、自分がベッドに横たわっていたのがわかった。

 

  今俺がいる部屋は、迷宮とは思えないようなホテルみたいなベッドルーム。どこかの序盤のヒゲワニが喜びそうである。

 

  ベッドは吹き抜けのテラスのような場所で一段高い石畳の上にあり、爽やかな風が頬を撫でる。周りは太い柱と薄いカーテンに囲まれていた。

 

  予想するに、ここはあの扉の向こう……解放者の住処なのだろう。自分で行った記憶はないから、多分エボルトあたりが運んできたか。

 

『んごごっ………』

 

  そのエボルトはどこじゃいねと探すと、なんか床の上で大の字になって寝てた。しかもブラックホールフォームのまま。

 

「って、なんでテメエ知らないうちにブラックホールフォームになっとんじゃぁーー!」

『ゴフッ!?』

 

  ベッドから跳躍し、落下速度を乗せた肘を鳩尾に落とす。それに変な声を出して起きたエボルトは、床の上をゴロゴロとのたうち回った。

 

『ってえなコラ!起きて早々命の恩人に肘打ちかますとはどういう了見だ!』

「やかましいわ!人が楽しみにしてたものを独り占めしやがって!だが助けてくれたことには感謝する!」

『キレるのか感謝すんのかどっちかにしろや!』

 

  いつも通り、ギャーギャーと騒ぎ立てる俺たち。さっきまであんな夢みてたのに元気だな?当たり前だルォ?

 

  しばらくすると気が済んだので、あの後どうなったのかエボルトに聞く。どうやらエボルトリガーを復活させて、俺の代わりに戦ってくれたらしい。

 

  無事、ルイネも取り戻してくれたようだ。そのルイネはいずこへ?と聞くと、今は食事を作ってるとか。もう完全に任せっきりだな。

 

  んで、そのあとはこの解放者の住処に連れてきて、俺を介抱しながら過ごしてたとか。エボルトはいつ起きてもいいように待機してたらしいが、自分が寝てたら世話ないだろ。

 

「で、俺どれくらい寝てたわけ?」

「だいたい一週間弱ってとこだ。ハジメたちも隣の部屋にいるぞ」

「ウボァーまじか」

 

  そんなに長い間寝てたのね。そらあんなクッソ長い夢も見るわな。

 

「エボルト、入るぞ」

 

  とりあえず無駄に豪華な刺繍のされた寝間着を脱いでいそいそと着替えていると、扉の向こうからルイネの声がした。

 

  扉が開き、湯気の立つ食事を持ったルイネが姿を現わす。その瞬間思わず瞬間移動し、ルイネを抱きしめた。

 

「っと、マスター。起きていたのだな」

「……ああ、まあな」

「とりあえず、一度離してもらって良いか?飛び上がるほど嬉しいのだが、このままだとエボルトに撮られたままだ」

 

  バッと後ろを見ると、エボルトが携帯で俺たちの姿を録画していた。変身したまま撮影とかシュールな姿だな。

 

  とりあえずエボルトに十字固めして部屋の外に捨てると、ベッドの上に戻る。だいぶ腹が空いていたのでルイネの持ってきてくれた粥を食べて一息ついた。

 

「ふいー、ごっそさん」

「体の方は大丈夫か?」

「バッチグーだ。お前は?」

「ああ、おかげさまでな」

「そうか……良かった。本当に、良かった」

 

  言いながら、ルイネの手を握りしめる。ルイネは少し困ったように笑いながら、手を握り返してくれた。

 

「どうしたんだマスター、いつになく弱気だな。普段ならふざけているところなのに……」

「……ちょっと、前世の夢を見てな」

 

  先代に拾われるまで本当に何もない、他者に操られるだけのマリオネット(糸人形)だった頃の俺。

 

  その頃に比べて、今この手にある温もりがどれだけ大切なものか。それを今一度思い出して、思わずぎゅっと強く握りしめた。

 

  この手を、今俺のそばにいてくれる人たちの手を、離したくない。離してほしくない。案外、俺は寂しがり屋のようだ。

 

「……なあ、ルイネ」

「なんだ、マスター?」

「俺さ、お前のこと好きだよ」

「……え?」

 

  一瞬前までの余裕のある顔は何処へやら、急に赤くなっていくルイネ。構わず言葉を続ける。

 

「家族として、一人の女として、俺はお前が大好きだ。だからずっと一緒にいたい、そばにいてほしい」

「マスター……」

「こんなこと、俺が言う資格がないのはわかってる。でも、本心なんだ……こんな俺でも、一緒にいてくれるか?」

 

  俺の言葉に、ルイネは少しの間俯いた。しかし突然顔を上げたかと思うと、ベッドに登ってきて抱きついてきた。

 

  いきなりの行動に驚いて踏ん張れず、そのままぽすんとベッドに倒れ込む。そんな俺の体を、ルイネは強く抱きしめていた。

 

「……ルイネ?」

「…ずるいぞ、マスター。私が先に言おうと思っていたのに」

 

  先にって……ああ、もしかしてこいつ、暴走して俺に怪我を負わせたことを気にかけてんのか。そんなん前世じゃいくらでもあっただろうに。

 

「私はあなたを傷つけた。あなたの後継者としてあるまじき痴態を見せてしまった。だから、不安でたまらなかったんだ。マスターが目覚めた時、見捨てられるのではないかと」

「……バッカヤロー、そんなわけねえだろ。弟子の全てを受け止めるのが師匠の役目ってもんだ。俺がお前を手放す?ハッ、今すぐ世界が滅んでもありえないね。おまえはずっと俺のもんだ」

「……ふふ。それは、プロポーズと受け取って良いのか?」

「どうとでもとりゃいいさ。お前がそばにいてくれんなら、俺は万事オッケーなんだからよ」

「………」

 

  あれ、返答が返ってこない。いくら気持ちを伝えたいからって、ちょっとキザ過ぎただろうか。

 

 

 ムニッ

 

 

  とりあえずまた何か言おうとすると、突然掴まれた。アソコを。そこをキープされては流石の俺も動けず、何もできなくなる。

 

「ル、ルイネさん?ちょーっとそこから手を離していただけると……」

「……ハァ、ハァ」

「あ、あのー?」

「マスターが悪いんだ。そんな、私のスイッチを直撃するようなことを言うから……!」

 

 あっこれ発情してますわ。

 

  息を荒げ、頬を紅潮させて目を潤ませたその表情は、どこからどう見ても発情している女そのものである。ていうかモニュモニュしないででっかく(意味深)なるから!

 

「ちょっ、ルイネストップ!俺起きたばっかでまだ体力が……」

「大丈夫だ、天井のシミを数えている間に終わる」

「お前の体力だとその前に三途の川が見えるでしょうが!」

「……元気そうだな、シュウジ」

 

  その時、出入り口の方から第三者の声が聞こえた。反射的に振り返るルイネの腕の中からなんとか抜け出す。

 

  安堵のため息を漏らしながら救世主の方を見ると、そこには壁に背中を預けているハジメがいた。

 

「ハジメ、ナイス。ほんとナイス。さすが俺の親友。いざという時に頼りになるな」

「こんな状況で言われても嬉しくもなんともねえわ……ま、そんだけ動けるなら見舞いに来た意味もなかったな」

「私の生命力は五十三万です、なんつってな。ハジメのほうこそ、大丈夫なのか?」

 

  擬態の解けた左腕を見てそういう。余程のダメージを受けない限り、エボルトの擬態は解けないはずだ。

 

「ああ……まあ、なんとかな」

「?」

「とりあえず、移動しながら話す。ついてきてくれ」

「ほいほい。おーいルイネ、いくぞ」

「うう……」

 

  正気に戻って布団の中でくるまってるルイネを促し、ハジメの後を追う。ベッドルームを出ると、ユエが待っていた。

 

「ん、おはようシュウジ」

「おー、ユエさんじゃないか。俺が寝てる間にハジメとの中は深まったか?」

「ん」

 

  満面の笑み……とは言い難いが、満足そうな笑顔で頷くユエ。隣にいるハジメがさっとそっぽを向く。おやおや、これはいい感じになったな。

 

  挨拶もそこそこに、移動を開始する。といっても隣の岩から削り出したみたいな屋敷に行くだけだ。

 

「そういやエボルトは?」

「拗ねてあっちの川で魚釣りしてる」

「何やってんだあいつ」

 

  ブラックホールフォームのエボルトが川釣りをしているのを想像しながら、屋敷の前に立つ。扉はかなり立派だ。高さは3階建てくらいか?

 

「もう先に探索したのか?」

「いや、俺も失血と過労で寝ててな。起きたのはつい数時間前だ」

「ほーん……なら、警戒していこうか」

 

  そう言いながら、俺たちは扉を押し開けて中に足を踏み入れるのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

  入った屋敷は、相当見事な作りだった。全体的に石造りで、清涼感がある。エントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。

 

「ほー、こいつは見事なもんだ。ルイネとエボルトが掃除したのか?」

「いや、私ではなく……おい、出てきてくれ」

 

  ルイネが呼びかけると、トテトテといくつもの小さな影が姿を現わす。俺の膝下くらいの、小さなゴーレムだ。

 

「どうやら彼らが定期的に管理していたらしい。数回出入りするうちに仲良くなった」

 

  ルイネが頭を撫でると、くるくると嬉しそうに回転するゴーレム。何これ可愛い、ウチでも飼おうぜ。

 

  ゴーレムを愛でるのもそこそこに、数回入っているというルイネがガイドをする。やけに説明上手で楽しかったですはい。

 

  1階はリビング、台所、トイレなど、普通の家と変わらないものが一通り揃っていた。どれも清潔感が保たれており、ゴーレムは優秀らしかった。

 

 そして何より……

 

「……ハジメ」

「ああ。これは………」

 

 

 

「「風呂だ!」」

 

 

 

  同時に叫ぶ俺たち。目の前には大きな円柱状のくぼみが存在しており、縁にはライオンみたいな彫刻が口を開けて座っている。

 

  ドキドキしながらライオンに魔力を流してみると、ダバーっと口から温水がこぼれ落ちた。どうやら機能は健全のようだ。

 

「いやぁ、お前の浄化魔法で汚れとか病気は滅してたけど、あるとわかったら入らないわけにはいかねえよな?」

「あたぼーよ。つーか今思ったけどよ、衣食住全部揃ってる上に風呂まで付いてるとか、ここ高級ホテルみたいじゃね?」

「それな」

 

  二人で頬を緩めながら、和気藹々と話し合う。するとハジメの裾をユエが、俺の方をルイネが引いた。

 

「ハジメ」

「マスター」

「ん、どうしたユエ?」

「なんじゃらほい?」

「その……マスターが良ければ、だが」

「……一緒に入る?」

 

  上目遣いでハジメに聞くユエと、モジモジとしながらこちらをチラチラ見るルイネ。心臓をクリティカルクルセイドされた。

 

「あー、その……最初は俺たち二人でのんびりさせてくれ」

「できれば男同士の語り合いをキボンヌ」

「むぅ……わかった」

「そういうのであれば仕方がない……だがマスター、今後風呂に入るときには背後に気をつけるといい」

「それ使い所違くね?」

 

  しばらくワイワイとした後、今度は二階に向かう。こちらには書斎や工房らしきものがあったが、封印されていたので入れなかった。

 

  ということで、実質的に二階はスキップして三階へ。すると今度は一部屋しかなく、やけに厳かな雰囲気が漂っていた。

 

「……これ、明らかに重要なイベント起きそうだよな」

「答 コロンビア」

「なんでやねん」

 

  スパーンとハジメに頭を叩かれながら、扉を開ける。すると部屋の中には、これまでで一番複雑かつ精緻な術式の施された巨大な魔方陣が存在していた。

 

  一応探知魔法を使い、危険なものでないか確認を取る。無事だとわかったら、その奥にある豪奢な椅子に目を向けた。

 

「…………………」

 

  そこには、一体の骸骨が鎮座していた。すでに全身が白骨化しており、その上から見事な金色の刺繍の入った黒いローブを纏っている。

 

  察するに、こいつがこの隠れ家の主人、そして解放者の一人である……〝オスカー・オルクス〟なのだろう。アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれとか叫びそう。

 

  俯いたまま動かぬ骸は、魔法陣しかないこの部屋で何を思っていたのか。寝室やリビングではなく、この場所を選んで果てたのは、果たして……

 

「とりあえず、魔方陣に入ってみるか。危険なものじゃないのは調べがついてるしな」

「お前がそういうなら、安全なのは確実か。一応警戒はしとけよ」

「はいはいーっと」

 

  軽い口調で答えながら、全員で魔方陣の中に入る。そして中央に立った瞬間ーーカッと純白の光が魔方陣から爆ぜた。

 

  その直後、〝真のオルクス大迷宮〟に落ちてからのことが走馬灯のようによぎる。おお、すげえ演出。

 

  しばらく待っていると、やがて光は収まり……代わりに、目の前に黒衣の青年が一人、佇んでいた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮をつk「キングクリムゾンッ!!!!!」話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

  長ったらしいからカットした(メタい)演説を終えたオスカー君の生前に残した記録映像は、魔方陣の淡い輝きとともに消えていった。

 

  え、何言ってたか聞きたいって?しょーがないな、特別にシュウジお兄ちゃんが教えてあげよう。特別だよッ☆

 

  オスカーが語ったのは、今この世界で知れている歴史とは違う、本物の歴史。俺が女神様に直接脳に刻み込まれた記憶そのものでもある。

 

 神代の少し後の時代、世界は争いで混乱を極めていた。理由は様々あるが、結局神の陰謀によって全て操られていたの一言で片がつく。

 

  神々は今のトータスよりさらに多くの種族、国にそれぞれ信託を授け、言葉巧みに操って駒にすることでゲーム感覚で戦争をさせて楽しんでいた。

 

 だが、そんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた。それがオスカー達〝解放者〟と呼ばれた集団である。

 

 神代から続く神々の直系の子孫という共通点を持って集まった彼らは、神の真意を知り世界を救わんとした。

 

  オスカーを含めた、〝先祖返り〟と呼ばれる強力な力を持つ七人を中心に、神々のいる〝神域〟を突き止めたはいいが、そこでバレた。

 

  結局神々は人々に彼らを神に仇なし世界を滅ぼす〝反逆者〟であるとし、守るべき人間と敵対するわけにもいかずあえなく一人、一人と討たれた。

 

 最後まで残ったのは先祖返りの七人だけだった。もはや世界の敵である彼らは、自分たちでは神殺しは不可能と判断した。

 

  そして、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにしたのだ。試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

 

  これが、オスカーの語ったこと。あんまりにも長いもんで、疲れると思って割愛した。

 

「うーん、概ね女神様からもらった記憶と変わらんな」

「うっわシュウジ、うっわ」

 

  隣でドン引きしたハジメが何かいうのをスルーして、考える。この問題をどうするかを。

 

  無論、その神……エヒトはブチ殺す。それはこの世界に呼び出され、平穏を奪われた時から変わっていない考えだ。

 

  そうじゃないとしても、どちらにしろ元の世界に帰りたいと思うのならエヒトとは必ずぶつかる。実質選択肢は一つだ。

 

  俺はそれでもいい。エボルトもいいだろうし(拒否権はない)、ルイネも何を言おうとついてくるだろう。

 

 だが……

 

「なんだよシュウジ、人の顔ジロジロ見て」

「……?」

 

  それに、こいつらを巻き込んで良いものかどうか。できればこれ以上、ハジメには傷ついて欲しくない。せいぜいユエとか美空とかとイチャついてくれればいい。

 

「……なあシュウジ、なんか変なこと考えていそうな顔してるから言っとくぞ」

 

  なんだったらずっとここにいるように説得する術を考えていると、不意に厳しめな口調でハジメが話しました。

 

「お前がなんと言おうと、俺はお前についていく。ぶっちゃけこの世界のことなんて心底どうでもいいが、故郷に帰るためなら神を殺すのだって構わない。だから、置いていこうとかふざけたこと抜かすんじゃねえぞ?」

「……ありゃりゃ、お見通しか。そんなにわかりやすいかね?」

「馬鹿野郎、何年親友やってると思ってんだ」

 

  そりゃそうか、と笑う。ポーカーフェイスは前世で散々得意だったはずだが、どうやら幼馴染兼親友様には見破られたらしい。

 

「ま、そうはっきり言われちゃあ仕方がねえな……ハジメ。これからも俺と一緒に戦ってくれるか?」

「当たり前だ。俺たちは死ぬまで親友、そうだろ?」

「ははっ、違えねえ」

 

  パシッとハイタッチする俺たち。そこに「……私も」とユエが、「当然私もだ」とルイネが密着してきて、思わず苦笑する。

 

  そんなこんなで、世界の真実を知った(俺は元から知ってた)俺たちは、故郷へと帰るため、戦うことを決意したのだった。

 

「あ、そういやハジメの話聞いてなかったな」

「ああ、そうだっな。お前たちが消えた後ヒュドラみたいな魔物が出てきてよ、必死に戦ってたんだけど一回死にかけたんだわ」

「えっマジで?大丈夫なのかそれ?」

「まあな。で、実はその時〝ウサギ〟が……」

 

 

 カッ!

 

 

  ハジメがウサギと言った途端、突如として再び魔法陣が輝いた。流石に想定外の事態に、驚愕して身構える。

 

  そんな俺たちの前に、もう一度オスカーの映像が浮かび上がった。しかし先ほどの穏やかな顔はどこへやら、真剣な顔をしている。

 

「これは特定の言葉をこの魔法陣の上で発した場合に流れる特殊な記録映像だ。心してよく聞いてくれ。僕たちは迷宮を作った後、せめて後世に何かを残そうと思い、それぞれの迷宮に僕たちの力の他に兵器を一つずつ残した。それはーー人造人間(ホムンクルス)だ」

 

  ……おいおい、マジかよ。一体なんだと思ったら、まさかのSFチックな言葉が出てきたぞ。

 

「僕の残した人造人間(ホムンクルス)は、君たちの受けた試練をはるかにしのぐ力を持ったもの。君たちに託そう。どうかその子を使ってやってくれ」

 

 

 ゴゴゴゴゴゴ……

 

 

  オスカーの映像がふっと消えたのと同時に、床が動いて長方形の大きな箱がせり出してくる。ちょうど人一人入りそうな大きさだ。

 

  見事な装飾が施され、無数の魔法陣が輝くその箱に、俺たちは警戒しながら近づく。そしてガラス張りになっている表面を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………嘘、だろ」

「……………おいおい、こいつはなんの冗談だ?」

 

 

 

 

 

 

 

  その中で眠る、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を見て、俺とハジメは呆然と顔を見合わせるのだったーー。

 

 

 〜〜〜

 

 

 オマケその1

 

 雫「だからそういうのはちゃんと報告してからにしなさい、三人までなら許すから!……って、あれ?」

 香織&美空((((;゚Д゚)))))))ポカーン

 雫「えっと……二人ともどうしたの?っていうかなんで王宮に戻って……」

 香&美「「いやそんなので目覚めちゃうの!?」」

 

 珍しくシンクロした瞬間。

 

 

 〜〜〜

 

 

 オマケその2

 

 起きていたユエとルイネの会話。

 

 ルイネ「ユエはハジメ殿に料理を振る舞う気はないのか?」残像が見えるほどのスピードで魚解体中

 ユエ「ん、でもわからない……美味しいものがたくさんあるって聞いた」

 ルイネ「私たちがいた世界とハジメ殿や今世のマスターがいた時代は酷似しているから、アドバイスもできると思うが」

 ユエ「ほんと!?なら、教えて!」

 ルイネ「うむ、良いぞ。例えば、そうだな……わかりやすく言うと、腐った豆(納豆)とか、吸盤付きの触手をぶつ切りにしたもの(タコ足)などがある」

 ユエ「……嫁いびり?ハジメと結婚するための試練?」((((;゚Д゚)))))))ガクブル

 ルイネ「おい待て、その神結晶を置け」

 

 自分はタコとワカメの酢の物好きだったり。え、オヤジ臭い?黙れ(威圧




ダメだ、シリアスにしてもどうしてもオマケを書きたくなる……
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旅立ちの日

どうも、前話と前々話のUAが伸びなくて唸っている作者です。

ハジメ「毎回千を超えるの楽しみにしてるもんな」ナデナデ

ユエ「はふぅ…」

シュウジ「お、珍しくウサギじゃなくてユエだな。で、前回は俺の前世の一部が明かされたわけだが…面白いほどスルーされてんな。ちょっとかなしいぜ」

エボルト「んで、俺に肘打ちかましたりそこで思い出して丸まってるルイネに襲われかけたりもしたな」

ルイネ「言わないでくれ…」

ハジメ「それとオスカーの話も聞いたんだったな。まあシュウジのやつが盛大にカットしてくれやがったが。まあそれはともかく、今回はついに旅立ち、そしてエピローグだ。それじゃあせーの…」


五人「「「「「さてさてどうなる迷宮編ラスト!」」」」」

新規タグ追加しました。ウサギに関してのものです。


 

「………ハジメ」

「……ああ」

 

  目の前に座っているハジメに、俺にしては珍しく真剣な声で話しかける。するとハジメも真面目な顔で俺の目を見返した。

 

  正座して互いに向かい合って座る俺たちの間には、これまでにないほどの凄まじい緊張感が漂っていた。最後の戦いにすら匹敵するかもしれない。

 

  互いを鋭い眼光で牽制し合う俺たちの周りでは、滝の落ちる音や何かを焼く音など、様々な音が響きあい俺たちを閉じ込めている。

 

  そんな俺たちの間に鎮座する、将棋盤のような正方形の立方体の上には、とある物が二つほど乗っていた。

 

 

 

 

 

  俺たちの空気の起因となったそれの名はーーーピコピコハンマーと、ヘルメット。

 

 

 

 

 

 カコン。

 

  俺が作って設置した、ししおどしの音が響いたその瞬間、クワッと目を見開いた俺たちは互いの拳を繰り出しーー

 

 

 

「「たたいてかぶってじゃんけんぽん!」」

 

 

 

  ーー古来より伝わる聖なる戦い(じゃんけん)を始めた。

 

  結果は俺がグーで、ハジメがパー。キランッとハジメの目が光った瞬間、俺はすぐさま台の上のヘルメットを取り……

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーーーーーーッ!!!」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーーーーーーッ!!!」

 

  まるで互いの腕が六本になり、阿修羅像に見えるほどのスピードで片やピコハンを、片やヘルメットを全力で使う。

 

  それはさながら、アクション映画のワンシーンのごとき凄まじいせめぎ合い。互いの信念と命をかけた、血の滾る聖戦。

 

  ドドドドドドドドドドドド!というハジメのピコハンを俺がヘルメットで受ける、あるいはその反対の行動をする音が絶え間なく響き渡る。

 

「どうしたハジメ!お前の本気はそんなものか!」

「なめるな!そう余裕をこいていられるのも今のうちだぞ!」

「がんばれ♡がんばれ♡」

「オレハキサマヲムッコロス!」

 

  煽り顔で言いいながらピコハンを振り下ろした俺に、青筋を立てたハジメがヘルメットを装着して受け止めた。思わずニヤリと笑い合う。

 

  ちなみに俺たちが使っているピコピコハンマーとヘルメット、例の八つ首のドラゴンの皮と骨、甲殻を使っているので俺たちの化け物のような力にも耐えられる。

 

  え、素材の無駄遣い?どこまでも無意味な技術の使い方?ていうかお前らそれやってて楽しいの?なんかそういうデータあるんですか?はい、Q.E.D。

 

「隙あり!」

「と…油断させといて…ばかめ、死ね!」

「ッ!?」

 

  ピコハンをヘルメットで受け止め、ハジメがピコハンを置いて音速でじゃんけんに勝った瞬間、俺はこれまでで最高のスピードでピコハンを握りハジメの頭に振り落とした。

 

 

 

 ピコッ

 

 

 

  そんな間抜けな音が、オスカー・オルクスの隠れ家に響き渡る。ハジメは硬直し、まるで負けた現実を受け止められないと言わんばかりの顔をした。

 

「………俺の勝ちだな」

「くっ……これで193回勝ち越しかよ」

「ははっ、もっと精進してから来やがれ」

「うっわそのいかにも俺の方が上ですよっていうドヤ顔クソムカつくわ」

 

  掴みかかってくるハジメをひらりとかわしながら、ケラケラ笑う俺。まるで変心前に戻ったかのようだ。

 

  さて、ここら辺で疑問に思う奴もいるだろう。なぜわざわざ千文字以上も使って(超メタい)こんなアホなやり取りをしてたのか。

 

  その理由はは、ハジメが左腕に装着している義手に由来する。肉体と義手をシンクロさせるため、こうして体を動かして(遊んで)いるのだ。

 

  オスカー・オルクスの隠れ家にて目覚めてから早二ヶ月、俺たちはここで暮らしながら様々なものを開発した。

 

  ハジメのアーティファクトの義手もその一つであり、擬似神経が通っていて魔力を流すことで普通の腕と同じ感覚を得られる。

 

  ちなみにデザイン担当は俺とエボルトだ。所どころ尖ってたり装飾の意味しか持たないパーツが良い。

 

  性能はモチのロンで折り紙つき、所々に走る赤く輝くラインや刻まれた魔法陣の中にはアッと驚くギミックが仕込まれている。

 

  ちなみに擬似腕の役割を果たしていたエボルトの一部は、有機物も収納できるようになった俺の異空間をライターに付与し直して入れてある。

 

 

 そんなハジメの現在のステータスはこちら。

 

 

 =========================

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:??? HL:9.9

 天職:錬成師

 筋力:26000

 体力:31000

 耐性:26000

 敏捷:33000

 魔力:34000

 魔耐:36000

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・闘術[+獣術][+鬼術][+魔術]・乱撃[+迅撃][+破撃][+覇撃]・加速[+超速][+豪速][+超加速]・変身・生成魔法・言語理解

 =========================

 

 

  一言でいえば、ヤベーイ!ツエーイ……だろう。あるいはこれもうわかんねえなとか、笹食ってる場合じゃねえ!(意味不明)でもいい。

 

  まさか俺も、ここまでハジメが化け物化するとは思わなんだ。なにハザードレベル9.9って。お前魔王か何かなの?あるいは魔神?

 

「まっ、こんなになったのもこの二ヶ月間俺が本気の本気で鍛えたからなんだけどね☆」

「誰に言ってんだ気持ち悪い」

「ちょ、ハジメさん辛辣ぅ」

 

  オスカーの骸が持ってた指輪を使って入った工房の中にわんさかあった鉱石やらアーティファクトで色々な開発をする傍ら、俺はハジメを徹底的に鍛えた。

 

  地上にいた時もまあまあキツかったが、今のハジメならそうしても問題ないと判断したからだ。あとで言ったらジャーマンスプレックスされたけど。

 

  その結果がこれだ。多分原作の(超超超絶メタい)三倍以上は強い。あれ、これは自分で言っといてなに言ってんだ?電波受信したか?いつもか。

 

  技能を使いながら銃技の方も鍛え上げ、俺と互角に撃ち合えるレベルに達している。たった二ヶ月でこれは異常なスピードだ。

 

  もはやレベルに至っては100が限界のはずが、肉体が変質しすぎたのかステータスプレートでも成長限界を図るのを放棄したらしい。職務放棄はいかんぞ。

 

 一応、比較すると〝普通〟の人族の限界が100から200、天職持ちで300から400、魔人族や亜人族は種族特性から一部のステータスで300から600ってとこだ。

 

  それを聞けばどれだけハジメがやべーやつかわかるだろう。え、お前に至ってはエラー表示だろって?ははっ、ちょっとなに言ってんのかわかんない。

 

  え、なんならお前のステータスも見せろって?(言ってない)しょうがないなぁ。

 

 

 =========================

 北野 シュウジ 17歳 男 レベル:???HL:測定不能

 天職:星狩り、アサシン

 筋力:ERROR

 体力:ERROR

 耐性:ERROR

 敏捷:ERROR

 魔力:ERROR

 魔耐:ERROR

 技能:天体観測・特殊空間航行・全事象耐性・憑依[+精神操作][+肉体操作][+魂魄操作]・衝撃波[+内部破壊][+無距離]・魔具精製[+エボルボトル][+ドライバー][+ビルドウェポン]・念動力[+凝縮][+破壊][+吸引]・毒物精製[+限定毒物][+毒性付与][+纒毒]・瞬間移動[+一定空間内][+自在]・異空間収納[+付与][+無機物][+有機物]・全能感知・物体操作・隠密・剣術・槍術・短剣術・銃術・闘術・暗殺術・交渉術・魔法・世界の殺意[+回帰]・闘術[+獣術][+鬼術][+魔術][+神殺術]・自己再生[+分裂増殖][+複製体寄生][+同一意思]・変身・蒸血・進化・言語理解

 =========================

 

 

  ま、こんなもんだ。ハジメに比べたら大したことないだろ?え、そんなわけあるかって?そう思うなら眼科へレッツゴーオン!

 

  まあ、そんなこんなで鍛えたり武器作ったりして過ごした、充実した二ヶ月だった。その間にハジメとユエの中も深まったし。

 

「そういやさ、お前昨日またユエと風呂で……」

「それ以上言ったら〝オルカン〟で頭を消し炭にするからな?」

 

  にっこり笑顔でオスカーの指輪の宝石に付与された〝宝物庫〟から漆黒のミサイルランチャーを取り出すハジメ。すぐに手を挙げて降参した。

 

  やれやれ、とオルカンをしまってため息をつくハジメ。そんなハジメの右目には、青白い光を放つ眼球がはまっている。

 

  〝魔眼石〟というそれは、ハジメがたびたび使っていた【神結晶】から作り出したアーティファクトの一つ。

 

  当初は魔力を感知するだけだったのだが、俺が中をいじくりまわして眼球の構造を再現したことにより、普通の目としても使える。どう、すごいでしょ(ドヤァ

 

  とはいえ、常に発光するのはどうしようもなかったので眼帯をつけてる。義手、白髪、眼帯と三拍子揃って、完全に厨二キャラだ。

 

  鏡の前で崩れ落ちてたハジメの周りで踊ってたらサマーソルトキック入れられた。そのあとはユエに色々やられて立ち直ってた。

 

  あともう少し解説すると、【神結晶】はもう万能薬みたいな液体が枯渇したので、魔力タンクとしてアクセサリーに改造されユエととある人物にプレゼントされましたとさ。

 

「……プロポーズ?」

「なんでやねん」

「それで魔力枯渇を防げるだろ? 今度はきっとユエを守ってくれるだろうと思ってな」

「……やっぱりプロポーズ」

「いや、違ぇから。唯の新装備だから」

「……ハジメ、照れ屋」

「……最近、お前人の話聞かないよな?」

「……ベッドの上でも照れ屋」

「止めてくれます!? そういうのマジで!」

「ハジメ……」

「はあ……何だよ?」

「ありがとう……大好き」

「……おう」

 

  ちなみにその時のユエとの会話がこれである。盗撮してたら真空飛び膝蹴りを入れられた。

 

  他にも色々開発したが、まあそれはおいおい紹介ってことで。

 

「つーか腹減ったな。そろそろ飯の時間だっけ?」

「ああ。〝あいつ〟呼びにいくか?」

「そうだな。んじゃ最後にもう一戦……」

「いや、流石にもういいわ」

「あれっ逃げちゃう?ヘタレて逃げちゃう?度胸あるのは見た目だけか?」

「よっしさっさと座れ。今度は〝剛力〟使ってやってやる」

「こんな げーむに まじになっちゃって どーすんの」

「お前口の中にドンナー突っ込んでやろうか?」

 

  そんなこんなでグダグダともう一回戦やり、いそいそと片付けて移動する。そして屋敷に向かう道すがら、川の方へ寄った。

 

 

 

「……………」

 

 

 

  すると川辺に、一人の少女が座り込んで熱心に手元の何かを見つめていた。シューズに包まれた足をプラプラさせ、目を輝かせるその姿は可憐そのもの。

 

  〝04〟と刺繍された赤と白のボーダーでノースリーブのシャツとズボンを履き、左半分が薄い、ピンク色の髪の上で揺れるのは片方が折れた兎耳。

 

「ウサギ」

 

  擬似的な月の光の中、神秘的な雰囲気を醸し出す少女の名前をハジメが呼ぶと、ぴたりと動きを止める。

 

  そして振り返り……俺たちの視界にユエやルイネ、雫に勝るとも劣らない美貌が写り込んだ。ユエ以上に無感情な眠たげな目と、ぷるんとした小ぶりな唇。

 

  こちらに……つーかハジメの方に振り返ったウサギという少女は読んでいたものを閉じると、トテトテと近づいてきた。そしてハジメに抱きつく。

 

「おうおうハジメ、見せつけてくれるねぇ」

「お前毎回それ言ってんのな。ほらウサギ、歩きにくいから離れてくれ」

「……わかった」

 

  ハジメから離れたウサギは、そのままハジメの横に移動するとぴったりと腕にくっついた。ため息をつくハジメとニヤニヤする俺。

 

  紹介しよう。このウサギという少女、俺だけに見えていたあの例の少女であり、ハジメが最初に食った蹴りウサギの生まれ変わりだ。

 

  オスカーからのメッセージを聞いたあの日出てきた、謎のホムンクルス。それにムーンハーゼボトルの中に残っていたウサギの魂を入れたことにより生まれた経緯を持つ。

 

  もとより特殊な個体だったようで、元々はあのホムンクルスの中にいたのだが長い年月で魂が流れ出してしまい、蹴りウサギとして迷宮の中に転生したらしい。

 

  そしてハジメと出会い、共に暮らし、命を犠牲にしてハジメを救い変心させ……最後の戦いにおいても、ハジメを助けてくれた。

 

  その行動と今のこれから分かる通り、ハジメへの愛情はユエ以上……もしかしたら美空に届くほどだ。

 

  オスカーがあれほどいうだけあって、その力は未だ未知数。あと基本ハジメと復活させた俺以外の言うこと聞かない。

 

「ウサギちゃんウサギちゃん、俺&エボルト監修のハジメ写真集どうよ?」

「うん、とってもいいよ。ありがとう、だいすきなハジメをいつもみられるようにしてくれて」

 

  花が咲くような笑顔を見せるウサギ。ああ……なんか心が癒される。ハジメが時折キャラ崩壊して大天使とか言ってる理由がわかるぜ。

 

「ウサギマジで天使」

「えへへ〜」

 

  つーか現在進行形でキャラ崩壊してた。すごい勢いでうさみみをモフモフしてる。ウサギは嬉しそうだ。

 

  そんなこんなで二人がイチャイチャしてんのを撮影してるうちに、屋敷に着く。一応ノックしてから扉を開けて……

 

「おかえりマスター、私にするか?私でもいいぞ?それとも……私か?」

「おっとそのパターンは予想していなかった」

 

  一択の問題を叩きつけてきたのは、言わずもがなルイネ。扉をあけて早々思い切り抱きついてきた。こう、胸がぐにゅってなるくらい。

 

  ハジメとユエやウサギも大概だが、我ながら俺もルイネと随分仲を深めたと思う。いや、元から深かったから、より先に行ったというべきか。

 

  その証拠に、俺とルイネの左手の薬指には同じ指輪が光っている。もう雫のも【神結晶】で作ってある。

 

  無論、雫が好きじゃなくなったわけじゃあない。そんなことになったら俺は確実に命を絶つことを選ぶ。

 

  だからこれは、ある意味ケジメだ。雫もルイネも同じほど深く愛し、必ず幸せにするという覚悟の表れ。

 

  まあ、なんか三人目まではいいらしいし(電波受信)。いや、これ以上増やすつもりはないが(フラグを建てていくスタイル)。

 

「で、飯はできてんのか?」

「ああ、リビングに来てくれ」

 

  言われた通り、リビングへと向かう。するとそこにはすでに、ダラーンとした姿勢でソファに座ってるエボルトの姿があった。

 

「よおエボルト、どうしたガチャで爆死した後のゲーマーみたいな体勢で」

「そこはせめて仕事で疲れた親父って言えよ。てかなんだ、もう飯の時間か。あーよく寝た」

「え、もしかしてお前ずっと寝てたわけ?」

「まあな」

 

  ポキポキ、と背筋を伸ばすエボルト。あ、そういやエボルトの白い髪見て思い出したたけど、俺の髪も変色してたんだよな。

 

  宿主だからなのか、エボルトがブラックホールフォームになった影響で白と黒の入り混じった髪色になってる。俺的にはそこそこ気に入ってた。

 

  そんな風に会話してると、ルイネが最後の晩餐を運んで来た。明日にはもう、ここを出立する予定だ。

 

「さあ、皆座れ。ハジメ殿とマスターがシチュー、私が炒飯、ユエがリゾット、ウサギが人参の丸焼きプレート、そしてエボルトが……」

 

  コトリ、コトリと皿を置いていくルイネ。そしてエボルトの前に置かれたのは……タコ飯だった。どっからどう見てもタコ飯だった。

 

「タコ飯だ」

「いやだからなんでだよ!ふざけんなよおい!」

「よくたこ焼きを食べに行ったとマスターが言っていたからな、こういう風に調理したタコも良いかと」

「またテメェかシュウジィ!」

「プギャー(^ν^)」

 

  両手をあげる俺に、エボルトがピクピクと青筋を立てながら掴みかかって来た。ガクガクと揺らされながら、カラカラと笑う。

 

 

 

  まあ、こんな感じであいも変わらず……いや、少しの変化を経て、俺はもう一つの〝家族〟と面白おかしく暮らしていたのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

 翌日。

 

「さてさて、一通り漁ったわけだが……」

 

  オスカーの工房にいる俺は、出発前に何か残っていないか確認していた。もう他の奴らはこの隠れ家から転移する魔法陣のある部屋にいる。

 

「他に何か……」

 

  ごそごそと探っていると、不意にあるものに目が止まった。そしてそのまま釘付けになり、目が離せなくなる。

 

 

 ーーー

 

 試作品

 

 命名 ドラゴン殺せる剣

 

 オスカー

 

 ーーー

 

 

「こ、これはぁ……!」

 

  壁に立てかけてあった大剣を手にとって、ブルブルと震える。なにこれすげえかっこいい、持っていきたい。

 

  しばらく眺め回した後、キョロキョロと周囲を見渡した後異空間にこっそりと入れる。まあ見られても誰にも文句は言われんのだが。

 

  さて、今度こそもう大丈夫かと確認していると、ハジメからそろそろ出発する旨の〝念話〟が飛んで来たので瞬間移動する。

 

「よっ、おまたせ」

 

  瞬間移動で移動した部屋には、すでに全員が出揃っていた。皆準備万端であり、いつでも出発できる状態だ。

 

  遅れた俺に、やれやれといった様子のハジメ、ユエ、ルイネ、エボルト。ずっとハジメ写真集を見てるウサギ。俺よりマイペースだよね君。

 

「じゃあ、最終確認といくぞ」

「あいあいさー」

「ったく……もう一度確認するが、地上で俺たちの力は異端だ。特にそこのアホとペット地球外生命体は」

「アホはアホでも、かっこいいアホだぜ?」

「ワンワン……って誰がペットだ」

「無論、そんな俺たちをこの世界の人間どもは放って置かないだろう。アーティファクトの要求は当然のこと、戦争に強制参加させられる可能性も高い」

「ま、どっちにせよ神を殺すんだから戦いは避けられんがな」

「そうだ。つまり、命がいくらあっても足りない旅になる。覚悟はいいか?」

 

  そう問いかけるハジメに、俺たちは全員笑って頷いた。

 

「当たり前だ。神を殺して、ここにいる全員で元の世界に帰る。雫や美空たちもな。全員で力を合わせりゃ、なんてことねえさ」

「だな。ま、キャラじゃないがせいぜい俺も、この世界ってやつを救ってやろうかねぇ?」

「マスターの後継者の一人として、神殺しをすることを絶対に完遂してみせよう……私とマスターの未来のためにな」

「んっ!」

「……みんないっしょなら、だいじょうぶ」

 

  俺たちの返答に、ハジメは笑って頷き。すっと手を差し出す。それにまず俺が自分の手を重ね、他の四人も手を重ねる。

 

「俺たちは家族だ。互いを支えあい、神を殺して……そして、帰ろう」

「「「「「応!」」」」」

 

  一斉に手を挙げると、魔力を魔法陣に流し込む。己の機能を発揮した魔法陣は、まばゆい光を放ちーー

 

 

 

「さあーー旅の始まりだ」

 

 

 

 ーーそして、俺たちの新たな旅は幕を開けた。

 




わかる人はわかる、このウサギがどれだけやべーやつか。
次回からはドルオタ、推しと付き合うってよが始まります(嘘です)
正確にはロボットがインしてグリスします。
お気に入りと感想をお願いします。


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【幕間】
黄金のソルジャー 前編


今回から数回、番外編です。よってシュウジたちの前書きは絶版だ。
楽しんでいただけると嬉しいです。


  まだシュウジたちが螺旋階段を降り、ハジメがユエとともに迷宮を攻略していた時まで時間は遡る。

 

 注:ここから香織サイドです(だからメタry)

 

  私たちは今、再び【オルクス大迷宮】にいた。といっても、あの時みたいに全員での合同訓練じゃない。

 

  メンバーは私、美空、雫ちゃん、光輝くん、龍太郎くんの勇者パーティ(美空は全く納得してない)とメルドさん、あの女騎士さん、それと数人のクラスメイト。

 

  他の皆は、王宮に居残りしてる。南雲くんとシューくんのことがトラウマになって、戦えなくなっちゃったみたい。

 

  それに当然イシュタルさんとか王様はいい顔をしなくて、時間経過でなんとかなるだろうってやんわりと、でも強制的にまた訓練をさせようとした。

 

  しかし、そこで立ち上がった人がいた。それは私たちの教師である愛ちゃん先生だ。ちなみにこのあだ名考えたのはシューくん。

 

  遠征に参加せず、各地で農地開拓をしていた愛ちゃん先生は、二人が死んだのを聞くとしばらく寝込んだ後、すぐにこっちに戻ってきた。

 

  そして、王国の人たちに真正面から啖呵を切った。これ以上生徒たちを危険な目に合わせるのなら、自分はもう何もしない、と。

 

  作農師という、この世界の食糧事情を一変させる力を持った愛ちゃん先生にそう言われては叶わず、教会ならびに王国は渋々勇者パーティと行きたいものだけ、迷宮に行くことを許した。

 

  その時勇者パーティということで同席していたけど、その時の愛ちゃん先生は私たちの知らないような、とても冷徹な印象を受けた。

 

  いつもと違って落ち着き払い、淡々と自分のカードを有効に使って王国の人たちをねじ伏せた。そう、まるで変貌した御堂さんみたいに。

 

  そして今に至る。あれから一ヶ月弱、私たちはシューくんに課せられていた訓練を自主的に行いながら、着々と力を高めていた。

 

  迷宮攻略は今日で六日目、階層はもう60層に差し掛かっている。最高到達階層まで後五階層といったところだ。

 

「香織、大丈夫?疲れてない?」

 

  迷宮の中を進んでいると、隣にいた美空がそう問いかけてくる。私はそれに笑顔で大丈夫だよ、と答えた。

 

  あの語らい以降、私たちは南雲くんたちの無事を信じるという共通点で、前のいがみ合っていたばかりの時よりずっと仲良くなってた。軽い喧嘩友達って感じかな。

 

  今では一緒にお風呂に入ってたりもする。その時知ったけど、美空は着痩せするタイプだったみたいですごく大きい。あれを南雲くんに……って何考えてるの私!

 

「二人とも、いくら鍛えてるとはいえ疲れたなら休憩するのよ?」

「うん、ありがとう雫ちゃん」

 

  雫ちゃんのほうも、こうして前みたいにオカン的な発言をしているくらいには平常通りに戻っていた。むしろすごくケロッとしてる。

 

  雫ちゃん曰く、「え?そりゃ確かにあの時は気が動転してたけど、シューが死ぬわけないじゃない。たまたま見かけた火だるまのマンションに突っ込んで無傷で取り残されてた子供助けるくらいよ?」らしい。

 

  そんなことしてたんだ、っていうかなんでそんなとこに入って消防士さんでもないのに無傷で帰ってこられるんだろうと思いながらも、なんか納得してしまった。

 

  雫ちゃんのいう通り、よく考えてみればあのシューくんが死ぬのなんか地球が木っ端微塵になるくらい想像できなかった。むしろシューくんって死ぬのかな?(偏見)

 

  そんなこんなで、立ち直った二人と一緒に私は元気にやっています。今頃南雲くんとシューくんはどうしてるかな。いつも通りふざけてそうだな。

 

「大丈夫だぜ、香織、みーたん。休憩してる間は俺がバッチリ守るからよ!」

 

  シューくんが南雲くんに突っ込まれてるのを想像してると、龍太郎くんが近づいてきてキランと歯を光らせた。主に美空の方を向いて。

 

  ここ最近まで姿を消していた龍太郎くんは、以前より随分と様変わりしていた。美空の重度のファンなことは相変わらず変わりないけど。

 

  丸刈りに近かった茶髪は少し長くなり、服装もフードのついたモスグリーンのモッズコート、金色の腰巾着に白黒の迷彩色のパンツにブーツを履いている。

 

  そして何より、その腕っ節。こと肉弾戦だけなら、多分光輝くんをはるかにしのぐほどに強い。本人曰く、ハザードレベルも4.3になっているとか。

 

  なんでも、同じくあの日以来どこかへ消えたエボルトに誘われて、特別な訓練をしてたのだとか。内容は教えてくれなかった。

 

「うん、ありがとう。頼りにしてるね!」

「おう!俺に任せときな!」

 

  満面のアイドルスマイルで言った美空に、腰に手を当てて胸を張る龍太郎くん。私の脳裏にチョロいという言葉がよぎった。

 

  そういえば前に聞いたけど、龍太郎くんにとって美空……っていうかみーたんは女性として好きというより、神様に近い存在らしい。だから特に恋愛感情はないのだとか。

 

  その割には結構アレな行動が目立ってるけど。まあ多分、時々なぜか是非シスターにと勧誘してきた熱心な信仰者とかと同じ感じなんだろう。

 

「龍っち、相変わらずだね〜!」

「うん、石動さんの前だとすごい張り切ってるよね」

 

  はっーはっはっはっ!とか高笑いしてる龍太郎くんを見てると、戦闘訓練に参加したクラスメイトのうちの二人が近寄ってくる。

 

  元気はつらつな女の子の方が、谷口鈴。百四二センチ(自己申告)の小柄な体格に反して、すごい気力を持ってる。時々オヤジみたいになるとは雫ちゃんの弁だ。

 

  そのハイテンションさでクラスのムードーメーカー的立ち位置を務めており、シューくんとも割と仲が良かった記憶がある。

 

  落ち着いた感じの子の方が、中村恵理。メガネを掛け、ナチュラルボブにした黒髪の美人である。性格は温和で大人しく、基本的に一歩引いて全体を見ているポジションだ。

 

  本が好きで、まさに典型的な図書委員といった感じの女の子である。実際、図書委員である。シューくんとはなんでか折り合いが悪かった。

 

  二人とも、高校入学以来からの友達だけどすごく仲の良い、大切な友人だ。また、私たちのパーティに加わっているほどの実力者でもある。

 

  鈴ちゃんの天職は〝結界師〟。その名の通り、あのベヒモスとの戦いで兵士の人たちが使っていた〝聖絶〟などの結界を使える。

 

 対して恵里ちゃんの天職は、〝降霊術師〟。闇系魔法の中でも超高難度の、死者の残留思念に作用する魔法を司る天職だ。

 

  ちなみにこの二人の他についてきたクラスメイトは、檜山くんたち小悪党三人組(南雲くんに前に聞いた)と、永山くんというクラスメイト率いる男女五人のパーティである。

 

「ふっ、まあな。俺はみーたんを守るためならいくらでも命をかけられる。なんなら来世まで守るまである」

「ふ、ふ〜ん、そうなんだ〜。いやぁ、愛が深いねえ!」

「当たり前だ、俺はみーたんの1番のファン(自称)だからな!」

「あぅ………」

 

  無駄にキリッとした顔でサムズアップする龍太郎くんに、いつもワーワー騒いで恵理ちゃんに諌められる鈴ちゃんが静かになった。

 

  そしてちょっと赤くなった顔で、チラチラと龍太郎くんを見ている。変化した龍太郎くんが帰ってきて以降、鈴ちゃんはこんな感じだ。

 

  雫ちゃんや美空に天然とか恋愛スキル最低値と言われる私でもこれはわかる。鈴ちゃん、確実に龍太郎くんのこと好きだ。

 

「ん?どうした谷口?」

「な、なんでもないよ!ただ龍っちのみーたん愛に呆れてただけだよ!」

「そうか、それは光栄だ!」

 

  アワアワと慌てて言い訳する鈴ちゃん。みーたんとか言っちゃってるし。ていうか龍太郎くん、気づいてあげようよ……

 

「はぁ……」

 

  ほら、雫ちゃんもため息ついてるし。こら龍太郎くん、褒めてないから満足げな顔しない。その前に鈴ちゃんのこと気づいてあげて!

 

  そんなこんなで進んでいると、やがて断崖絶壁に突き当たった。吊り橋が一つかけられており、アレで次の階層に行けるようだ。

 

  断崖絶壁を見下ろして奈落を見た瞬間、あの日のことがフラッシュバックする。そして思わず隣の美空を見た。

 

「美空、その……」

「別に心配しなくても大丈夫だよ。香織こそ大丈夫?」

「うん、平気」

 

  笑って頷きあう私たち。私たちは、もう二度と絶望しない。二人が生きていることを、信じ続けると誓ったのだから。

 

「二人とも……辛いのはわかる。でも、いつまでも囚われていてはいけないと思うんだ。きっと前に進むことを、あいつらも望んでる」

 

  そんな感じで良い雰囲気だったのに、そこに水を差すのが光輝クオリティ。流石にこれにはさしもの私でもカチンときた。

 

  どうやら光輝くんは私たちが無理やり強がっているように見てるみたいだけど、そんなことは一切ない。これは純然たる信頼だ。

 

  ていうかあの二人が勝手に死んだことにされているのが嫌だ。私ならまだしも、彼女だった美空の前でそんなこと言うなんて。

 

  前はなあなあで済ませてたけど、今はダメだ。シューくんが光輝くんのことを嫌いだった理由が、少しわかった気がしてしまった。

 

「大丈夫、俺がそばに……」

「そこまでにしとけ、光輝」

 

  さらに言い募ろうとする光輝くんと私たちの間に、龍太郎くんが立ちはだかった。そして鋭い眼光を向ける。

 

「どいてくれ龍太郎、俺は二人を励まそうと……」

「そいつはありがた迷惑ってやつだ。二人はもうあの時のことは乗り越えてるし、その上であいつらが生きてるのを信じてる。それがどれだけ低い可能性でもだ。もちろん、俺もな」

「だからそれは、現実逃避で……」

「光輝。お前の正義感は悪かねえが、ちょっと早とちりが過ぎるぜ。自己完結ばっかするんじゃなくて、ちゃんと相手の言ってることも聞いてみろ」

 

  うまく光輝くんをいなした龍太郎くんは、そのまま促して吊り橋の方へと進ませた。そしてこっちに頷く。

 

  もう一つ、龍太郎くんの変わったこと。それは光輝くんによく考えずに味方ばかりするんじゃなくて、こうしてはっきりと考えてアドバイスすること。

 

  これによって、何回か光輝くんがあまり必要のないフォローをしようとするのを回避できている。私たちはありがとう、とアイコンタクトを送った。

 

「龍太郎……」

「なんだよ雫、別に変なことは言って……」

「あなた、そんなに難しいこと考えられるようになったのね」

「酷くねえか!?」

 

  お母さんは感激よ、と言わんばかりの雫ちゃんに龍太郎くんが叫ぶ。私たちは顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。

 

  その後、特に何もなく歴代最高到達階層である、六十五階層にたどり着く。そこでメルド騎士団長さんが声をあげた。

 

「お前たち、より一層気を引き締めろ!ここから先は地図が不完全だからな!」

 

  その言葉に、全員自ずと緊張を見にまとう。ここからは未知の世界、何が起きても自己責任だ。

 

  しばらく歩いていると、大きな広間にたどり着く。そこに入った瞬間、言いようのない悪寒を覚えた。

 

 

 

 ………ヴン

 

 

 

  そして、その予感は的中する。部屋の中央に、あの日と同じ赤黒い光を放つ魔法陣が出現したのだ。

 

「まさか、アイツなのか!?」

 

  冷や汗を流しながら叫ぶ光輝くん。私たちも即座に戦闘する体制を整える。

 

「確か、迷宮での魔物の発生原因はわかってないんだったな。だから倒しても同じ魔物に遭遇することもある」

「龍太郎……あなた本当に龍太郎?」

「だから酷くねえか!?」

「だって、あなたが勉強するなんて……」

「俺もあれから色々頑張ってんだよ!」

 

  龍太郎くんと雫ちゃんが騒いでるうちに、メルド騎士団長さんとクラスメイトたちで退路を確保する。いざという時はすぐに逃げられるようにしなくてはいけない。

 

  そして退路を確保し、全員が臨戦体制を整えたその瞬間ーー魔法陣が一際強く輝き、漆黒の怪物が姿を現した。

 

 

  グゥガァアァアア!!!

 

 

  隻眼のベヒモスが、私たちに向かって咆哮する。ビリビリと肌を震わせるそれに、しかし私はしっかりとその目を睨み返した。

 

「ベヒモス、今の俺たちの力をお前に見せて……」

「いや、光輝。お前は下がってろ」

 

  決め台詞を言おうとした光輝くんを、龍太郎くんが押しのけて前に出る。寂しそうな光輝くんの背中にちょっと可哀想になった。

 

  低いうなり声をあげるベヒモスと一人で対面した龍太郎くんは、どこからともなくあるものを取り出した。

 

  それは……一見プラスチックに見える、水色と青色、赤い蓋のついた瓶のようなパーツ、そして透き通るような黄色いスパナのついたバックル。

 

「あれって……?」

「テメェの相手は、まずこの俺だ……訓練の成果、見せてやるよ」

 

 

《スクラァァアッシュドライヴァアー!》

 

 

  龍太郎くんが腰にバックルを押し付けると、癖の強い男の人の声とともに銀色のベルトが伸長して巻かれる。

 

  まるであの日のシューくんのようなそれに驚いていると、ロボットの絵柄のついた黄色いゼリーのようなものを取り出す。

 

  その黒いキャップを指でセットして、手放して右手で逆さにキャッチするとバックルに差し込んだ。

 

 

《ロボット・ゼリー!》

 

 

  ゼリーの前にマークが現れて、工場を連想させるような音が鳴り始める。龍太郎くんは半身を引き、左手の指を銃のようにしてベヒモスに向けた。

 

 そして……

 

 

 

「変身!」

 

 

 

  その言葉を叫ぶのと同時に、スパナを下ろした!

 

  ゼリーが潰れて、白い蒸気が吹き出る。すると突然地面からビーカーとそれを囲う輪っかが現れて、龍太郎くんが中にいるのに金色の液体が充満していった。

 

 

《潰れる!流れる!!溢れ出る!!!》

 

 

  相変わらず癖の強い声とともに、ビーカーが自然と捻られて龍太郎を包み込んだ。それが弾けたとき、白い頭をした金色のスーツを纏う龍太郎くんが出てくる。

 

 

《ロボットイィイングリスゥ! ブゥゥウラァッ!!!》

 

 

  頭頂部から金色の液体が溢れ出して、龍太郎くんに振りかかり、そしてまた弾ける。するとまた新たな姿になって龍太郎くんが出てきた。

 

  〝変身〟した龍太郎くんは、一見ロボットにも見える金色のスーツアーマーを纏っていた。その輝きに思わず目を奪われる。

 

  液体が固形化した胴体には金色のアーマーの上から半透明の黒いパーツが、両肩にはゼリーのパッケージのような薄いパーツのついた装甲を。

 

  前腕には角ばったロボットのような手甲を身につけて、太ももには成分表示のような白いマーク、膝下を覆う漆黒の鎧と金色のブーツ。

 

  一番印象的なのは、頭のヘルメット。白の上から半透明の黒いパーツがかぶさって、赤い目の間から一本の角が飛び出ている。

 

『仮面ライダーグリス、参上』

 

  龍太郎くんが、自分の名前らしきものをつぶやく。グリス、その名前を私は心に刻みつけた。きっと他の皆も同じだろう。

 

《ツインブレイカー!》

『心の火……心火だ。心火を燃やしてぶっ潰す。祭りの時間だコラァ!』

 

 

 グルァアアアアッ!

 

 

  左手に出現した不思議な武器を振り上げ、ベヒモスに走っていく。それに対してベヒモスも咆哮を上げて。

 

 

 

 そして、私たちのリベンジマッチは始まった。




龍太郎、グリスへと変身。
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黄金のソルジャー 後編

今回はグリスの戦闘回です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


『オラァアアアアァアアアッッ!!!』

 

  雄叫び上げて突撃した龍太郎……仮面ライダーグリスは、小型の玩具のような武器……ツインブレイカーをベヒモスに向けて繰り出す。

 

  黄金の杭のような刃の切っ先がベヒモスの強靭な甲殻に突き刺さり、あっさりと貫通。中の肉に深く突き刺さる。

 

 

 

 ガァアアアァアァアアアッ!!

 

 

 

  よもや自分の装甲を突破されるとはつゆほども予想していなかったベヒモスは、凄まじい絶叫をあげた。

 

  グリスはそれに構わずツインブレイカーを振り抜き、一文字にベヒモスの体を切り裂く。傷口から鮮血が噴き出した。

 

  それを確認する暇もなく、グリスは体を反転させて傷口に回し蹴りを叩き込む。スーツの力で何十トンもにも増した蹴りはベヒモスの体内に衝撃を与え、ぐらりとその巨体が揺れた。

 

『どうした!そんなもんかコラァ!』

 

  荒々しい声音で叫んだグリスは、ツインブレイカーを握るのとは反対の拳を叩き込む。またも揺れるベヒモス。

 

「……はっ!?み、皆行くぞ!俺は龍太郎の加勢に、永山達は左側から、檜山達は背後を、メルド団長達は右側から攻撃を!後衛は魔法準備!上級を頼む!」

 

  グリスの猛攻に唖然としていた勇者(⑨)が我に返り、純白のバスターソードを手にベヒモスに向かう。

 

  他のものも同様にはっとし、指示された通りの位置についてベヒモスと戦闘を始めた。悪くない、と攻撃しながらメルドは笑う。

 

「万翔羽ばたき 天へと至れ 〝天翔閃〟!」

 

  光輝の振るったバスターソードから、曲線状の光の斬撃が飛翔する。それはグリスのつけた傷の上からベヒモスの体を切り裂いた。

 

「よし、いけるぞ!」

 

  グリスの力が大いに目立つが、光輝もこの一ヶ月の間ただ無為に時間を過ごしていたわけではない。勇者wなのに目立っていないが。

 

  ハジメとシュウジの現状への認識の違いはあるが、彼は彼なりに二度とあのようなことを起こすまいと努力していた。

 

  その甲斐あって、確かにあの時と違って光輝の攻撃はベヒモスに通った。それに内心ガッツポーズしながらバスターソードを振るう。

 

『オルァアッ!』

 

  一方その頃、グリスはベヒモスの背中に乗ってツインブレイカーを叩きつけていた。易々と鱗を砕き、肉を串刺しにする。

 

  非常に力強いその姿からは、グリスの……龍太郎がどれだけの努力を重ねてきたのかがよくわかる。まるで荒れ狂う竜巻のようだ。

 

  龍太郎は、ハジメに助けられて無様に何もできなかった自分にひどく憤っていた。だから何度も血反吐を吐きながら、エボルトの元で死にもの狂いで強くなった。

 

  もう二度と、友を失わないように。そしてあのふざけた男とともに帰ってきたとき、隣に並び立てるように。

 

  地獄の業火よりも激しく燃える龍太郎の心の火は、ハザードレベル4.3という結果として現れた。スクラッシュドライバーを使いこなせているのがいい証拠だ。

 

  ハザードレベル4.0以上でないと闘争本能に支配されるそれを、完璧に自分の激情と同化させることにより己の力に変えている。

 

  そんな龍太郎を、ベヒモスごときがどうこうできるはずもなかった。

 

『闘争、破壊、粉砕!もっと俺を楽しませろォォオオオオオオオオオオォォオオオッ!!!』

《シングル!》

 

  叫びながらツインブレイカーのスロットにハリネズミフルボトルを挿入し、切っ先を自分でつけた傷口に叩き込む。

 

 

《シングルブレイク!》

 

 

 ガァアアアァアァッ!!?

 

 

  無数の針型のエネルギーが傷口をえぐり、ベヒモスが絶叫をあげる。それに下のメンバーが追い打ちをかけた。

 

「我が身は剣、ただ貫く一筋の光ーー〝雷突〟」

 

  セントレアの繰り出した細身の剣の切っ先が、するりとベヒモスの体に入り込み、そして切っ先から一直線に貫くように反対側まで衝撃が突き抜けた。

 

  その一回だけにとどまらず、まるで雨のようにベヒモスの腹に刺突が降り注ぐ。相変わらずの剣の腕に、隣のメルドは頼もしく思った。

 

  〝天閃の白騎士〟。それがこの王国でのセントレアの異名だ。読んで字のごとく、まるで閃光のような神速の刺突が由来である。

 

  シュウジがいると強制的にギャグ次元に取り込まれるのでポンコツが目立っていたが、本来の彼女はこの国でも五指に入る強者なのだ。

 

  ちなみに彼女は、戦闘時以外だとメルドの前でもかなりポンコツになる。その理由は……今は言わないでおこう。

 

「俺も負けてられんな!剣が随は力、我が剣は力の剣!〝一握の剣〟!」

 

  岩山をも砕くメルドの唐竹割りが、セントレアのつけた傷の上からベヒモスの肉を潰す。

 

 

 ゴァアアアアッ!!!

 

 

  傷だらけになったベヒモスは、煩わしいと言わんばかりに咆哮すると己の体にまとわりつくものを振り払おうと突進を開始した。

 

「猛り地を割る力をここに!〝剛力〟!」

 

  しかし、それを龍太郎を除いてクラス一の巨体を持つ男、永山大吾が技能を使って大楯で受け止めた。地面に足がめり込み、歯を食いしばる。

 

「全てを切り裂く至上の一撃、〝絶断〟!ならびに八重樫流奥義、〝一文字〟」

《ヒッパーレ!ヒッパーレ!ニエンテスラッシュ!》

 

  切れ味を格段にあげる技能、シュウジ特製の武器の力、さらにそこに自分の流派の奥義を使った抜刀術を放つ。

 

  鞘から姿を現した刀身から、斬撃波が飛ぶ。それはベヒモスの頭へ向かい、片方の角を切り飛ばした。

 

「貫け、貫け、ただ貫け。〝羅貫〟!」

「粉砕せよ、破砕せよ、爆砕せよ、〝豪撃〟!」

 

 

 

 グガァアァアアアァァァアアァッ!!!

 

 

 

  さらにもう一本の角も、セントレアが大穴を開けそこに叩き込まれたメルドの騎士剣によって粉砕された。

 

  全身の激痛と激しい怒りに、ベヒモスは渾身の力で暴れまわって今度こそ全員を吹き飛ばした。一人を除いて。

 

『俺を忘れんなぁ!!!』

《チャージボトル!潰れな〜い!チャージクラッシュ!》

 

  宙を舞うグリスはスクラッシュドライバーのスロットに黄土色のフルボトル……クマフルボトルを装填する。

 

  するとクマフルボトルから成分が抽出され、グリスの両手に巨大な熊の手型のエネルギーが形成された。

 

  そして、グリスはそれでベヒモスの頭を思い切りぶん殴った。回転も加わったその一撃は、地面にベヒモスの頭をめり込ませる。

 

『どうだ!』

「「天恵よ 遍く子らに癒しを。〝回天〟」」

 

  ツインブレイカーの切っ先を突きつけるグリスの後ろで、美空と香織が中級光回復魔法で弾き飛ばされたものたちの回復をした。

 

  一番早く復活を果たした光輝がバスターソードを肩に担ぎ、最初の傷口に向かって走る。そして切っ先を傷口に差し込み、叫んだ。

 

「〝光爆〟!」

 

  聖剣(笑)に蓄えられた魔力が一気に解放されて、もともとかなりのダメージが蓄積されていたベヒモスの内臓が破れた。

 

  思わず頭を振り上げ、表現しようのない声を上げて暴れまわるベヒモスに、グリスが飛びかかりながらビームモードのツインブレイカーにフルボトルをセットした。

 

《シングル!ツイン!》

『最大!無限!極地!俺の力、食らいやがれ!』

《ツインフィニッシュ!》

 

  ツインブレイカーに装填されたのは、ユニコーンフルボトルとタンクフルボトル。グリスがグリップのスイッチを押す。

 

  するとツインブレイカーが青い戦車のオーラに包まれ、二つの銃口から一角獣の角のようなエネルギーが飛んだ。

 

  それは寸分たがわず、残っていたベヒモスの片目に深く突き刺さる。またしても表現不可能な声を出すベヒモス。

 

  もはや両目が見えなくなったベヒモスは、がむしゃらに前に向けて突進した。その進路上には雫たちが。

 

 だが、後衛組の一人が呪文詠唱を中断して、一歩前に出た。おなじみ元気なチミっ子、谷口鈴だ。

 

「ここは聖域なりて 神敵を通さず 〝聖絶〟!!」

 

 呪文の詠唱により、ベヒモスの突撃を受け止める。凄まじい衝撃音と衝撃波が辺りに撒き散らされ、周囲の石畳を蜘蛛の巣状に粉砕する。

 

 鈴の発動した絶対の防御はしっかりとベヒモスを受け止めた。だが、本来の四節からなる詠唱ではなく、二節で無理やり展開した詠唱省略の〝聖絶〟では本来の力は発揮できない。

 

 実際、既に障壁にはヒビが入り始めている。〝結界師〟の鈴でなければ、ここまで持たせるどころか、発動すら出来なかっただろう。

 

「うぅ、負けるもんかぁ〜!」

『ナイスだ谷口!そのままもう少し抑えてろ!』

 

  歯を食いしばって受け止める鈴の視界に、〝聖絶〟の外でベヒモスの頭の下に潜り込むグリスの姿が映った。

 

《ディスチャージボトル!潰れな〜い!ディスチャージクラッシュ!》

『オラァッ!』

 

  そして、キャッスルロストボトルから右手に生成された盾型のエネルギーを、アッパーカットの要領で振り上げるグリス。

 

  下顎に直撃を受けたベヒモスは、そのままひっくり返った。四脚をジタバタとさせ、部屋を破壊しながら暴れまわる。

 

『大人しくしろ!』

《シングル!ツイン!ツインフィニッシュ!》

 

  そんなベヒモスに、グリスがローズフルボトルとロックフルボトルをツインブレイカーにセットして撃った。

 

  するとたちまち、無数の棘の生えたバラの蔦と黒ずんだ大きな鎖がベヒモスの全身を拘束する。それを見てグリスは背後を振り返り、後衛組に叫んだ。

 

『今だ!』

「下がって!」

 

 後衛代表の恵里が叫ぶと、ぐったりとした鈴を雫が抱え、他の人間も飛び退いて退避する。対してグリスは、最後の攻撃と言わんばかりにレンチに手をかけた。

 

『こいつで最後だ!』

《スクラップフィニッシュ!》

 

  もう一度ゼリーを潰したグリスの右腕に、巨大な黄金のロボットアーム型のエネルギーが形成された。それを使い、グリスは全力でベヒモスをカチ上げる。

 

 そしてその攻撃によって空中に打ち上げられたベヒモスを、タイミング良く炎系上級攻撃魔法が包み込んだ。

 

「「「「「〝炎天〟」」」」」

 

 術者五人による上級魔法。超高温の炎が球体となり、さながら太陽のようにベヒモスの体を焼き尽くす。

 

 絶大な熱量がベヒモスを襲い、暗闇の中ベヒモスは足掻くが、グリスによる拘束で逃げることもできず、〝炎天〟に囚われたままその堅固な外殻を融解されていった。

 

 

 

 グゥルァガァアアアア!!!!

 

 

 

 ベヒモスの断末魔が、広間に響き渡る。いつか聞いたあの絶叫だ。

 

  耳をつんざくほどのその叫びは少しずつ細くなっていき……やがて、その叫びすら燃やし尽くされたかのように消えていった。

 

 そして、後には黒ずんだ広間の壁と、ベヒモスの物と思しき僅かな残骸だけが残っていたのだった。

 

「か、勝ったのか?」

「勝ったんだろ……」

「勝っちまったよ……」

「マジか?」

「マジで?」

 

  全員が全員、呆然とベヒモスだった残骸を見つめ、ポツリポツリと勝利を確認するように呟く。

 

  同じく、呆然としていた勇者殿wが、我を取り戻したのかスっと背筋を伸ばし、聖剣を頭上へ真っ直ぐに掲げた。

 

「そうだ! 俺達の勝ちだ!」

 

 キラリと無駄に輝く聖剣を掲げながら勝鬨を上げる光輝。その声に漸く勝利を実感したのか、一斉に歓声が沸きあがった。

 

  男子連中は肩を叩き合い、女子達はお互いに抱き合って喜びを表にしている。メルド団長達も感慨深そうだ。

 

『………』

 

  そんな中、グリスはジッと無言で残骸を見つめ、やがて思い出したように手を伸ばす。そして残骸から比較的無事だった甲殻を剥ぎ取った。

 

『……これでようやく、お前に一歩近づいたぞ、南雲』

 

  その甲殻を大切そうに胸部に押し付けると、踵を返してドライバーからゼリーを抜き、変身を解除しながら歩いていった。

 

「天恵よ 神秘をここに 〝譲天〟」

 

  雫たちのもとへ向かうと、今回最も根性を見せたといえる鈴が香織の手によって回復をされているところだった。

 

  鈴は龍太郎が近づいてきたのに気がつくと、それまでのぐったりとした様子は何処へやら飛び起きる。思わず苦笑する香織。

 

「よお谷口、大丈夫か?」

「ふふん!あの程度じゃ私はへこたれないよ!」

「そうかよ。まあ、なんだ。あんましこういうのは言い慣れてねえけどよ、ありがとな。お前が踏ん張ってくれたおかげでうまくやれた」

 

  そう言って、ポンと鈴の肩に手を置き、ニッと笑う龍太郎。それを見た途端にボンッ!と鈴の顔が赤くなり、ふらふらと倒れた。

 

「ちょ、おい!どうした谷口!?」

「はふぅ……かっこよすぎぃ……」

「香織!みーたん!谷口がいきなり倒れちまったんだが!?お、俺何かしたか!?」

「あ、あはは……」

「なんていうか……」

「いろんな意味で変わったわね、龍太郎……」

 

 

  慌てふためく龍太郎を見て、雫と美空、香織の三人は互いの顔を見合わせてそう笑うのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

  所変わって、ハイリヒ王国の王宮のとある一室。

 

「……………」

 

  私……畑山愛子は、机に向かってひたすら手元の本の形をした手帳の白いページの上で筆を躍らせていた。

 

  カリカリと紙をペンが削る音が響く部屋の中には、私以外に誰もいない。いや、入れていないと言うべきか。

 

  なぜなら、私が今書いているのは他人に見せられないもの。私と、ある二人だけの知るとある人との記憶を描いているのだから。

 

 

『飽キナイモノダナ』

 

 

  すると突然、地鳴りのような声が頭の中に響く。それに特別驚くこともなく、手を動かし続けた。

 

「ええ、あの人との記憶を思い浮かべるだけで楽しいですから」

『ソウカ。ダガ、ワタシハ暇ダ』

 

  それに付き合っている自分の不都合を何とかしろというそれに、私は思わずため息を吐いた。

 

  しかし、無下にするわけにもいかない。この存在のおかげで私はあの人や、彼女たちとの記憶を取り戻すことができたのだから。

 

「もう少し待ってください。あと少しで書き終わるので」

『フン、仕方ガナイ』

 

  やんわりと先延ばしにすると、案外それはあっさりと引き下がってくれた。これ幸いと、書くのを続ける。

 

  が、しばらくするとまた飽きてきたのか、それは()()()()()()()()()()()()姿()()()()()。まるでドロドロのタールのような、黒い粘着質の物体。

 

  意思を持つそれは自ら動き、ぐにゃりと私の顔の前で曲がって肥大化した先端を変形させていく。

 

  ほどなくして、人間なら裂けているであろう白い牙の並ぶ口と、つり上がった大きな白い目が出来上がった。

 

  相変わらずおぞましい姿だ。私でなければ悲鳴を上げて逃げ出しただろう。名前をつけるとすれば……

 

  ……そう、悪意(ヴェノム)あたりがいいか。理由は残虐な悪性を具現化したような姿だから。

 

「ヤハリ飽イタ。書イテイルノヲ見セテモラウ」

「はぁ……仕方がないですね。邪魔はしないでくださいよ」

 

  そう自分で言いつつ、すでにかなりの邪魔をされている気がしたが面倒なのでそれ以上言うのはやめた。

 

  それからまた作業を続けること一時間ほど、ようやく書き終えたのでペンを置く。そしてぐぐっと背伸びをした。

 

「んー、疲れました」

「マア、何時間モソノママデハソウモナルダロウナ」

 

  ポキポキとなる背骨に苦笑しながら、ぽすんとベッドに寝転がる。それは器用に私の体とベッドの間に下敷きになるのをかわした。

 

  それから何をするわけでもなく、ぼーっと天井を見上げる。時折視界の端で常に笑っているように見えるそれが滑稽だった。

 

  何もしないでいると、ふと自然と過去の記憶を追い始める。そして一週間と数日前のことを思い出した。

 

「……あの日は失敗しました」

「アノガキドモノコトニツイテ話シタトキカ?」

「ええ」

 

  あの時は前世の、そして今世の私の教師としての責任感が暴走し、〝畑山愛子〟らしからぬ姿を見せてしまった。

 

  幸い珍しく本気で怒っていたと済まされ、いつも通りの〝畑山愛子〟を装っているが、ヒヤヒヤしたものだ。

 

「まあ、そもそも思い出さなければそんなことにはならなかったんですけどね」

「? ナゼワタシヲ見ル」

 

  首をかしげる自覚のないそれに、思わずまたため息を吐く。ああ嫌だ、こうもため息ばかりでは幸せが逃げてしまう。せっかくあの人にもらった幸せが。

 

  この側からみればよくわからない生き物と出会ったのは、まだ私が〝畑山愛子〟だった頃のこと。

 

  その日、私はそれまでの数日と同じくあの人とその友人が死んだと聞いて寝込んでいた。珍しく気分が軽くなったので、少し外の空気を吸おうと散策をしたのだ。

 

  そして、その道中でこれと出会った。突然私の中に入り込んできたと思ったら寄生し、封じられていた記憶を解放した。

 

「まったく、本当にあの時はびっくりしてーー」

「先生、いますか?」

 

  ブツブツと呟いていると、突然ドアがノックされる。この声は御堂さんか。すぐさまそれは体の中に引っ込んだ。

 

  ベッドから立ち上がり、扉に近づく。そして一応警戒しながら鍵を開け、ノブをひねって扉を開けーー

 

 

 シュッ!

 

 

  ーーた瞬間、目の前に迫るナイフの切っ先に、体内に隠れていたそれはすぐさま反応した。

 

  それが右顔から滲み出て、ナイフを防ぐ。立て続けに首から触手のようにそれが飛び出して襲撃者を拘束した。

 

  顔のそれが引っ込んだのを確認すると、襲撃者の顔を見る。するとそれは、意外にも声の通り御堂さんだった。

 

「……一体何のつもりですか、御堂さん」

「…やはり、既に力を取り戻していましたのね」

 

 ……この口調は。

 

「御堂さん、もしかしてあなたは……」

「ええ、おそらくあなたの予想通りですわ。とりあえずこれ、解いてくださる?」

 

  それに命令して、拘束を解かせる。御堂さんはそれのくっついていたところを払うと、部屋に入ってきた。

 

  扉を閉め、鍵をかけると御堂さんの方に振り返る。堂々とした態度で佇む彼女は、〝畑山愛子〟として知る御堂英子ではなかった。

 

「いつから気づいていたんですか?」

「王とあの老害と話をしていた時ですわ。少し盗み聞きさせてもらいましたの」

 

  トントン、と耳を叩いていう御堂さん。確かにあの時部屋の外に気配は感じたが、御堂さんだったとは。

 

「そうですか……あなたは、いつ記憶を?」

「この世界に来た時ですわ。どこかにある私の力の結晶、それに反応して多少記憶が……」

「……もしかして」

 

  机の方に手を伸ばして、それに引き出しを開けてもらう。そしてそこからあるものを取り出して手元に引き寄せた。

 

  それは、一見腕輪のように見える代物。切れ長の瞳が二つ付いた、緑色の顔の装飾が付いている。その尖った鼻は上に向いていた。

 

「あなたの力の結晶は、これではないですか?」

「……どこでこれを」

「王都に帰ってくる帰り道に、たまたま」

 

  腕輪を御堂さんに渡すと、彼女はそれをしげしげと眺めた後、するりと躊躇いなく左腕の二の腕に装着した。

 

  カチッという音とともに腕輪がロックされて、その後に低い駆動音を鳴らす。すると、御堂さんが頭を抱えた。

 

  小さくうめき声をあげながら、頭痛を我慢しているらしい御堂さん。きっと取り戻せなかった記憶が流れ込んでいるのだろう。

 

  しばらくすると、御堂さんの表情が和らぐ。かと思えば、突如彼女の髪が根元から金色に染まっていった。

 

「改変魔法を使ったのですか?」

「ええ。黒髪よりこちらの方が落ち着きますもの」

 

  記憶を完全に取り戻したらしい御堂さんは、見覚えのある勝気な笑みを浮かべて髪をかきあげた。すると、その下から凄まじい美貌が出てくる。

 

  同性でも虜になるだろうそれに、しかし私は特に何も感じなかった。前世の彼女はこれよりさらに数倍は美しい。

 

  とりあえず、それを駆使して数分でお茶の用意を整え、二人でベッドに座る。そして安物の紅茶をすすった。

 

「ふぅ。感謝しますわ、これでようやく記憶と力を取り戻せました」

「いえ、お役に立てたなら良かったです……それで。あなたはあのことをどう思います?」

「……彼の方のことですわね。無論、毛ほども死んだとは思っておりませんわ。彼の方を殺せるのは彼の方ご自身だけですもの」

「ええ。それによって私たちは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

  皮肉なものですわね、と吐き捨てるように言う御堂さん。彼女はあの人がしたことを、多分私たちの中で最も怒っている。

 

「これからどうします?」

「そうですね……しばらくは様子見といきましょう。まずはこの世界の情報を集めるのが優先ですわ。彼の方の連れていたエボルトとやらの動向も気になりますし」

「同意見です。私も今の地位を使ってできるだけ色々と探ってみましょう。ああ、あくまで〝畑山愛子〟を演じながらですが」

「演じながら、ですか……あなたがなりたかった教師ですものね。存分に楽しむといいですわ」

「そうします。情報が集まり次第、あの人を探しましょう。あの人がいつまでもあそこにいるとは思えませんし」

「ですわね。それに……一緒にいるであろう、あのバカ姉も」

「……多分、あの人とイチャイチャしてるんでしょうね」

「……ですわね」

 

 私が一番弟子なのに。

 

「まったく、彼の方の初めてを奪うわ、迷宮では最悪のタイミングで現れるわ。その上、きっと抜け駆けしてますわ」

「多分もう、あの八重樫さんと同じくらい仲良くなっていると思いますよ」

「ああ、彼の方に選ばれた女ですわね。彼女には期待していますわ」

「右に同じ、です……まあ、とにかく。これからともに頑張っていきましょう」

「ええ、そうですわね。全ては……」

 

 

 

 そう、全ては……

 

 

 

「「あの人(彼の方)の幸せのために」」

 




謎の会話をする二人。愛子先生に取り憑いたものとは……?
次回、皇帝VS……
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帝国と捕食者 前編

前回に引き続き番外編。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 ガタガタ……

 

 

  私たちを乗せた馬車が、音を立てて進んでいく。お尻の下に引いたクッションに伝わる振動が、眠気を誘った。

 

  私たちは今、【オルクス大迷宮】の攻略を一旦切り上げ、宿場町ホルアドから王都に向けて帰る馬車へと乗っていた。

 

  なんで攻略を切り上げたかというと、六十五階層以降には既存の地図(マップ)がない。そのため、探索しながらの攻略になる。

 

  それに加えてベヒモスがボーダーラインだったのか、魔物の強さも格段に上がり、トラップも増えて難易度が跳ね上がった。

 

  いくらグリスに変身できる龍太郎くんがいるとはいえ、体力や精神力の消耗はかなり激しいものとなった。だから一度引き上げてきたのだ。

 

  え?そこは勇者の光輝くんじゃないのかって?えーと、その。ほら、それはそれでまあそうなんだけど……ね?(目逸らし)

 

  でも、休むだけならホルアドでもいい。それでもなぜ王都まで帰っているかというと、なんでもヘルシャー帝国の人が来るかららしい。

 

  なんでこのタイミングかっていうと、そもそも私たちが召喚されたのがエヒトっていう神様から神託があってから間もないことだった。

 

  そのため他の国に周知する暇がなかったらしい。でも、もしその暇があってもおそらく帝国はそれに答えなかったという。

 

  もともと傭兵が寄り集まって出来上がった帝国は、完全な実力主義。だからたとえ勇者だからといって軽視される可能性があった。

 

  そのヘルシャー帝国から今回人が来たのは、長年攻略されていなかった六十五階層より下に私たちが到達したから。

 

  つまり、他の国の人にも私たちが強者だと認識されたのだ……というのが、さっきまで兵士の人に聞いた話だったりする。

 

「「「すう……すう……」」」

 

  でもその話を真面目に聞いていたのは私と雫ちゃんくらいで、皆疲労がたまっているのもあって馬車の壁に背を預けて眠っていた。

 

  馬車は三つに分けられていて、私たち女子のグループに+ aと光輝くんたち男子のグループ、そして王国の兵士に分けられている。

 

 そして、その+ aというのは……

 

「んごー……………」

 

  私の正面で、モスグリーンのモッズコートを着た大柄な男の子……龍太郎くんが大きないびきをかいて寝ていた。

 

  最初は龍太郎くんも男子グループのメンバーだったはずなんだけど、定員オーバーな上に兵士の人達の方も埋まっちゃったからこっちに来ている。

 

  今回の遠征の中で一番奮闘していた(光輝くんも一応頑張ってたよ!)龍太郎くんは、一際疲れてたみたいで乗った瞬間寝ちゃった。

 

「ふみゅ………」

 

  そして、そんな龍太郎くんの体に寄りかかって鈴ちゃんが寝ていた。コートを着ててあったかいのか、抱き枕みたいに抱きついてる。

 

  この二人が隣同士なのは、当然のごとくわざとだったりする。私を含め全員、とっくに鈴ちゃんが龍太郎くんにご執心なのはわかってたからだ。

 

  なので、時々セクハラみたいなことされるお返しにさっさと全員乗り込み、鈴ちゃんが龍太郎くんの隣に座らざるを得なくさせた。

 

  最初は顔を真っ赤にして黙って座っていたものの、ずっと緊張してるうちに疲れたのかそのうち寝た。そして今に至る。

 

  きっと起きた時、素っ頓狂な声を上げることだろう。ちょっと楽しみな私がいる。

 

「んー……ハジメー……」

 

  そう我ながら悪い笑顔で二人を見てる私の隣では、美空が私の肩に頭を預けて眠っていた。時々南雲くんの名前を呟いてる。

 

  そのさらに向こうには綺麗な姿勢で雫ちゃんが座っている……が、「シューシューシューシューシューシューシューシューシューシューシューシュー……」とか言って携帯の写真を見てる。そっとしておこう。

 

 

 ガタンッ

 

 

  皆頑張ったなぁと思いながら座っていると、不意にまた馬車が揺れた。その拍子に美空の頭がずるっとずれる。

 

  そして、ぽすんと私の膝の上に収まった。髪がくすぐったくて、思わず「ひゃっ」と声が出る。うう、変な声だった。

 

「すー……すー……」

 

  純真そうな顔で眠る美空は、ネットアイドルをやってるだけあってものすごく可愛かった。同性なのにドキドキする。

 

  時々身じろぎする美空に、ふと母性本能がくすぐられてその黒髪を撫でた。ぴくり、とちょっと震えたが、すぐにまた眠る。

 

  わー、美空の髪すっごいさらさらだなぁ。お肌もすべすべだし、お風呂で見た時腰もめちゃくちゃ細かったし……

 

「……うう、ちょっとジェラシー」

 

  こーんな可愛い子が南雲くんを虜にしてると思うと、なんだか悔しくてプニプニとした頬を突っついた。

 

「んぅ……」

 

  すると、顔をしかめた美空が頭を動かす。するとつぷっと指が唇の間に入ってしまった。暖かい感触が指先を撫でる。

 

  咄嗟にばっ!と手を引いた。それまでとは違う風に心臓がドキドキ高鳴り、頬が熱くなる。なに、この気持ち。

 

  むにゅむにゅとする美空の口元に、自然と視線が吸い寄せられていった。心臓の音が早くなり、ぼんやりとした気持ちになる。

 

「美空……」

 

  名前を呼び、ちょっと息を荒くしながら美空の顔に自分の顔を近づけていって……あと二センチというところで、ハッと我に返った。

 

「わ、私は何を……!」

 

  ここ最近1番の身のこなしで体制を元に戻して、皆寝てるのに誰にも見られないように両手で顔を覆う。

 

  すっかりさっきまでの変な気持ちは消え失せて、ただものすごい恥ずかしさが襲ってきた。

 

「な、何やってるの私!別にそんな趣味ないのに!それに私は南雲くんのことが……ってそれも違うぅう!」

 

  そりゃ確かに美空は可愛くて可愛くて可愛くて超可愛いけどさ!でも、大切な友達にそんなことを……!

 

  結局、馬車が王宮に入るまで私は延々と自分に対して言い訳をしていたのだった。

 

「んぁ……?あれ、もう着いたの……?」

「ひゃいっ!」

「……どうしたの香織?」

「にゃ、にゃんでもない!」

 

  目が覚めて不思議そうな顔をする美空から、必死に顔をそらして声を出す。うー、顔が見れないよぉ。

 

「んごっ……あ? な、なんで谷口が俺に抱きついて……」

「んにゅ……?って、わぁーーーーーーっ!」

「おわっ、ちょ、タンマ!落ち着け谷口!」

「り、龍っちの変態ーーー!」

「いや俺何もしてなあべしっ!」

 

  なんか鈴ちゃんと龍太郎くんが騒いでる声がしたけど、真っ赤になった顔を必死に美空から隠そうとしながら降車する。

 

  合流した男子グループに不思議そうな顔をされていると、待ち構えていた王宮の人たちがこっちに近づいてきた。

 

  その先頭にいるのは十歳位の金髪碧眼の美少年。ハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒ殿下だ。殿下が私を見ているのがわかる。

 

「香織!よく帰った、待ちわびたぞ!」

 

  目の前に来て話しかけてくる殿下に、私はなんとか赤い顔を元に戻すといつも通りの笑顔を取り繕って返事をした。

 

「で、殿下、お久しぶりでしゅ」

 

 全然大丈夫じゃなかったーーーッ!

 

  噛んだ!最後の最後で噛んだ!うわあぁああもう恥ずかしい!穴があったら埋まりたい!っていうか美空そんな純粋な不思議そうな顔で首傾げないで!

 

  もう羞恥やら変なことばっかりしてる自分に対する怒りやらで、全く殿下の言ってることが耳に入ってこない。なんか光輝くんのこと睨んでるけど私知らない!

 

  後で聞いた話だけど、この時殿下は私のことを心配して侍女にならないかとか医療院に入らないかとか言ってたみたい。全然聞こえてなかった。

 

  殿下にはなんでか、召喚された日からすごく懐かれてる。結構な頻度で話しかけてくるから、可愛い弟みたいに思ってる。

 

  けど、今この場ではそんなことよりも美空にしようとしたことへの恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだった。今すぐ記憶を滅したい。

 

「香織?一体どうしt……」

「バルス!」

「なんで破滅の呪文!?」

 

  光輝くんがなんか言ってるけどもうわかんない!あーあーもう聞こえない聞こえなーい!

 

「ランデル、いい加減にせよ。王族ともあろうものが人前でなんと見苦しいことか」

「香織が困っているでしょう? 光輝さんにもご迷惑ですよ」

 

  結局なんとか元に戻ったのは、第一王女のベルナージュ様と、第二王女であるリリアーナがやってきた時だった。

 

  やってきた二人は、ベルナージュ様は厳格な態度で、リリアーナは悪いことをした子供をたしなめるような口調で殿下を諌める。

 

「う、上姉様!?下姉様!?……し、しかし」

「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」

「うっ……で、ですが……」

「ランデル。それ以上言うのなら、また私とともに図書館で勉強を……」

「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」

 

  ゴゴゴゴゴゴ……とかいう擬音が聞こえてきそうなベルナージュ様に、殿下は慌てた様子で走っていった。が、数メートルもすると引き返してくる。

 

「そ、そうだ香織!お前が帰ってきたときに渡そうと思っていたものがあったのだ!」

「え?」

「こ、これだ!ではまた夕食の時に!」

 

  そう言って、殿下は走っていった……私の手の中に百合にそっくりの花を残して。

 

 

 ドッ!

 

 

  私は左足で地面を踏みしめ、花を手の中で丸めると野球選手みたいに右足を高く上げる。そして花を握った手を思い切り振りかぶり……

 

「相手のゴールにボールをシューッ!超、エキサイティンッ!」

「香織!?」

 

  空高く花を投げ飛ばした。光輝くんとか他の皆が驚いてぽかーんとしてるけど無視!なんで追い打ちかけるの殿下!

 

「まったく、騒がしいものだ……」

「皆様、弟が失礼を致しました。代わってお詫びいたしますわ」

 

  ゼエゼエと荒い息を吐いて雫ちゃんに背中をさすられていると、そういってリリアーナが頭を下げた。

 

 リリアーナは、現在十四歳の才媛だ。その容姿も非常に優れていて、国民にも大変人気のある金髪碧眼の美少女。

 

  性格は真面目で温和、しかし、硬すぎるということもない。TPOをわきまえつつも使用人達とも気さくに接する人当たりの良さを持っている。

 

 私たちに対しても王女としての立場だけでなく、一個人として接してくれる。なので非常に仲が良くて、今では愛称と呼び捨て、タメ口で言葉を交わす仲だ。

 

  対するベルナージュ様は、まるで女神かと思うほどに完成され尽くした美貌を持っており、国の重鎮として政治を取り仕切っている。

 

  性格は厳格かつ冷徹、しかし第一に国民のことを考える責任感の強い性格をしている。一部では王様より王様の女王と言われてるらしい。

 

 そして……

 

「美空、怪我はないか?」

 

  ふわり、と私の横を通り過ぎたベルナージュ様は、美空に近づくとその頬を手で包んだ。ちょっと困惑しながらも笑顔で頷く美空。

 

  なぜか、ベルナージュ様はとても美空のことを気に入ってる。まるで殿下が私にそうするように、とても熱心に世話を焼いているのだ。

 

  今もどこにも怪我のない美空を見て、満足そうに頷くベルナージュ様にちょっと嫉妬して……

 

「だから違うってぇ!」

「ぐはっ!」

 

  あ、思わず隣の光輝くんにボディーブロー入れちゃった。ゲホゲホ咳き込んでるのを、慌てて魔法で回復させる。

 

「え、ええっと……とにかく、皆様お疲れ様でした。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

「うむ。よく頑張ってくれた。我が国はお前たちを誇りに思う」

 

  そう言ってふわりと笑うリリアーナとわずかに微笑むベルナージュ様に、男子の皆がぽかーんと熱に浮かされたような顔をした。

 

  女子の皆も、龍太郎くんの腕をつねってる鈴ちゃんを除いて、まるで美術品を見た時みたいにほわーという顔をしている。

 

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

「えっ、そ、そうですか? え、えっと」

 

  復活した光輝くんが爽やかな笑顔でそう返すと、リリアーナは赤い顔であたふたと体を揺らした。

 

  セリフだけ聞くと口説いてるように聞こえるけど、光輝くんにまったく下心はない。全部本心で言っている。

 

  それのせいで、結構な女の子が勘違いしていろいろ大変だと前に雫ちゃんに聞いた。あのセリフを、もし南雲くんが言ってくれたら……

 

「デリートッ!」

「ごふっ!?」

 

  あ、思わず八つ当たりで光輝くんの脇腹にミドルキックしちゃった。ハザードレベルの力のせいで結構強く入った。

 

「え、えっと、とにかく皆様。お食事と清めの準備ができていますから、ゆっくりお寛ぎくださいませ。帝国からの使者様が来られるには未だ数日は掛かりますから、お気になさらず」

 

  そういうリリアーナに、また復活した光輝くんを筆頭に皆ついていく。私もなんとかテンションを戻して、そのあとを追いかけようとする。

 

「香織」

 

  が、突然雫ちゃんに呼び止められた。何かな、と振り返ろうとしたら、目の前にスッと携帯の画面が差し出される。

 

  そしてそこには……眠る美空に顔を近づける、私の姿が映っていた。それも無駄にくっきりはっきりと。

 

「こ、ここここここここれは……………」

「大丈夫、香織がそういう趣味でも私はずっと親友よ」

「いやーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 

 

  その後私の繰り出したパンチは、被害者になった王宮の柱にヒビを入れた。




香織さんはレズじゃないですよ……多分。
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帝国と捕食者 後編

今回は前回の続きになります。
楽しんでいただけると嬉しいです。
ハウリア族に関するタグ追加しました。


 王宮に帰ってきてから、三日が経った。

 

  今日、ついにヘルシャー帝国の人たちがくる。私を含めた数人は今、玉座の間にて帝国の使者の人たちを待っていた。

 

  ちなみにこの三日で、美空に対してしかけたことへの恥ずかしさはなんとか無くなってくれた。ちょっとぎこちないけど普通に会話できる。

 

  重ね重ね言うけど、私は断じてそう言う趣味じゃない。ただあの時は、なんか不思議と美空がすごく可愛くて……ってそうじゃない!もう忘れる忘れる!

 

  メンバーは光輝くんを筆頭として勇者パーティ、龍太郎くん、攻略に参加したメンバー、王様と重鎮にイシュタルさんと司祭が数人。

 

 そして……

 

「………遅いですわね」

 

  その女性が、わずかに唇を動かして小さくボソリと呟く。その行動だけで、整列している兵士の人たちが感嘆のため息を漏らした。

 

  彼女は、とても人間とは思えないような美貌を持っていた。ただそこにいるだけで、人を魅了するとはこのことか。

 

  細く長い睫毛と、透き通るような大きい碧眼の瞳。スッと通った鼻筋に、薄く紅色に彩られた薄い唇。それら全てが完璧な配置でかみ合わさっている。

 

  (ふち)を金色の刺繍とフリルで彩った貴族風のロングコートを纏い、手には艶消しの黒手袋。豊満な胸をシャツとロングコートと同じ刺繍のベストに収めていた。

 

  嫉妬するほどすらりとした長い足を黒いズボンで包み込み、その上から上品な光沢を持つロングブーツを履いている。

 

  もしかしたらベルナージュ様より美しいかもしれない彼女の名前は……御堂英子。そう、あの日皆を指揮し、生還させたクラスメイト。

 

  黄金に変わった髪の下に隠れていた美貌を露わにした彼女は、あの事件の功労者としてここに参加していた。

 

  この場にいる誰よりも貴族らしい上品な雰囲気を放つ彼女を不思議に思いながらも、誰もがその美しさに目を奪われて何も言えない。

 

「はぁ……いつまでも立って待たされるものの身にもなってほしいですわ」

「御堂さーー」

「帝国の使者様がご到着致しました!」

 

  話しかけようとしたその瞬間、扉が開いて使者の人たちが入ってきた。やむなく話かけるのを中断する。

 

  入ってきたのは、全部で五人だった。使者の人とお付きの人が三人、そして護衛らしき男の人が一人。

 

  やってきた帝国の使者の人たちを、ハイリヒ王が前に出て出迎えた。

 

「使者殿、よく参られた。勇者がたの至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「ハイリヒ陛下。この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

 

  そう言って、私たちを見渡す使者の人と四人。全員を値踏みするように見つめ、そしてやはりと言うべきか御堂さんで止まった。

 

  ぽかんとした顔で、御堂さんを見つめる使者の人たち。他の国の人でもあの美貌は虜になるみたい。私は前に一度見たからちょっと慣れてるけど。

 

「……何か?」

 

  対する御堂さんは、ほぼ無表情で冷たい声を出した。その目からはまったく使者の人たちへの関心を感じない。

 

  使者の人たちは慌ててなんでもないことを伝え、そこでタイミングを見計らって王様が光輝くんを紹介した。

 

  促して前に出た光輝くんの顔は、この世界に召喚された時とは比べ物にならないほど精悍なものになっている。あ、御堂さんが嫌そうな顔した。

 

 あの顔を見たら、ここにはいない王宮の侍女とか貴族の令嬢さん、居残り組のファンの子達がキャーキャー言いそうだ。あ、御堂さんが舌打ちした。

 

「俺が勇者の、天之河光輝です」

「ほう、あなたが勇者ですか。随分とお若いですが……本当にあのベヒモスを倒して六十六層に到達したので?」

 

  イシュタルさんが見ている手前、あからさまにはしないものの、疑わしそうに光輝くんを見る使者の人。

 

  護衛の人に至っては、まるで宝石の価値を確かめるように上から下までジロジロと見つめ回す。光輝くんは居心地悪そうにしていた。

 

  それから光輝くんがどうやって倒したか話すや、六十六層のマップを見せるなどいろいろ提案したが、使者の人はそれを断った。

 

  その代わりに、護衛の人と戦うことでその力を証明することになる。なので、全員で訓練場に移動した。

 

  そして護衛の人と光輝くんが戦ったが……正直に言って、護衛の人の卓越した戦闘技術に翻弄されて、あまり良いところのないまま終わった。

 

  途中奥の手の能力を三倍に上げる技能も使ってたけど、それすらも護衛の人は上回っていた。さすがは帝国の人だなと思った。

 

 

  え?描写が短い?それはまあ……巻きってことでby作者

 

 

「ま、異世界から来た勇者だけあってスペックは高いが、まだまだ経験が足らんな」

「くっ……」

 

  肩に刃引きした大剣を担いでそう言う護衛の人に、光輝くんは悔しそうに歯噛みしながらも引き下がる。

 

「では、これで模擬戦を終わり……」

「いや、待ってくれ。一つ頼みたいことがある」

 

  終わりを告げようとしたイシュタルさんに、護衛の人が制止の声をあげた。一体何かと護衛の人を見るイシュタルさん。

 

「頼みたいこととは?」

「ああ……そこのお前。俺と戦え」

 

  そう言って、護衛の人は観戦していた私たちのうち一人を指差した。自然と全員がそちらの方を見る。

 

  護衛の人が指差したのは……光輝くんの戦いの間ものすごく退屈そうにしていた、あくびをしている御堂さんだった。

 

  なぜ勇者である俺より、といった顔をする光輝くんを、雫ちゃんがまあまあと宥める。そうしているうちに、御堂さんは自分が注目されていることに気づいた。

 

「……なんですの?あなた方のような凡愚に私の美貌を見られても、ちっとも嬉しくないのですが」

「ハハッ、こりゃ随分とプライドの高い女だな」

「ああ、終わってましたのね。あまりにも早いからまだ始まってもないのかと思いましたわ」

 

  思いっきり光輝くんを馬鹿にした御堂さんに、空気が凍りつく。しかし、護衛の人だけは大声をあげて笑った。

 

「ハハハハハッ!そうもあっさりと勇者を弱いと言うとはな!俄然やる気が出た……俺と戦ってくれるかい、お嬢様?」

「……まあ、いいですわ。ちょうどどこぞの愚か者がつまらないものを見せたせいで、退屈していましたもの」

 

  椅子から立ち上がった御堂さんは、スタスタと訓練場のステージに上がる。そして上着を脱ぎ、私の方に放った……って私!?

 

「わっ、とと!」

「白崎さん、それを頼みますわ」

「え、う、うん」

 

  困惑しながらも答えると、ちらりとこちらを見た御堂さんは「感謝しますわ」とだけ言うと護衛の人に目線を戻した。

 

  上着を脱いで露わになった御堂さんの体は、案の定と言うべきかとても理想的な女の子……いや、女性の体つきだった。

 

  細いながらも程よく肉が付いていて、男の子だったら多分釘付けになるだろう。ただ、腕につけた不思議な腕輪が気になるけど……

 

  先ほどまで光輝くんがいた場所に立った御堂さんは、どこからともなく槍とナイフ、そして鞭を取り出す。どこに入れてたんだろうあれ。

 

  取り出した武器のうち、槍とナイフを訓練場の地面に突き刺す。そして軽く首を回して、護衛の人に手招きした。

 

「さあ、どこからでもかかってきなさい」

「おお、それじゃあお言葉に甘えてっ!」

 

  次の瞬間、凄まじい速度で護衛の人が走り出す。そして大剣を両手で握って攻撃を……

 

 

 

 パァンッ!

 

 

 

  仕掛ける前に、空気の弾けるような音とともに吹っ飛んだ。訓練場の壁に激突し、「ガハッ!?」と血を吐く護衛の人。今、何が!?

 

  バッと御堂さんの方を振り向くと、その手に握られていた鞭が地面の上に伸びていた。まさか、あれで叩いたの?

 

「もっとも、近づくことは許可いたしませんが」

「………あいつ、やべえ」

 

  軽い口調で言う御堂さんに、隣に座っていた龍太郎くんが苦しげな声で呟いた。すぐさまそれに反応して聞き返す。

 

「もしかして、見えてたの!?」

「ああ、つっても初動だけだけどな。あの女、あの男が動くのと同時に六回も鞭を振ってやがった。いや、もしかするともっと多いかもしれねえ」

「……本当に?」

 

  あの一瞬で、六回も?私の目には、ただ御堂さんが立っているだけのように見えた。

 

「あいつ、なんで今まであんな実力を隠してやがった……?」

「……龍太郎」

「なんだ雫、お前も何か……」

「あなた、そんなに詳しく解説なんてできるようになったのね」

「なあ俺怒っていいか?怒っていいよな?」

 

  ピキピキと青筋を立てる龍太郎くん。あわあわと鈴ちゃんが慌てた。ていうかなんか「あの顔、ちょっといいかも……」とか言ってる。鈴ちゃんあんなキャラだったっけ?

 

「く、ははっ……」

「あら、案外タフですわね。気絶させるつもりでやったのですが」

「いや、実際気を失いかけた。危ないとこだったぜ、実はお前が勇者とかいうオチじゃねえのか?」

「あいにく、あんなのと一緒にされるほど落ちぶれてはいませんわ」

「ハッ、言うねえ」

 

  やれやれ、と首を振る御堂さんに、座って見ていた光輝くんがむっとした。まああんなの呼ばわりされたら、誰でもそうなると思う。

 

「では、その根性を評して特別にもう一度だけチャンスをあげますわ。今度は殺す気できなさいな」

「もう一度、か……さっきそこの勇者に戦場で次はないと言ったが、まさか自分が言われるとはな!」

 

  だらんと大剣を持った手を垂らした体制から、護衛の人が突撃する。またしても空気を叩く音がするが、今度は防いでいた。

 

  私には全く見えない攻撃を、的確に大剣で弾いて近づいていく。残り三メートルほどまで近づくと、御堂さんは感心したような顔をした。

 

  改めて見ると、すごい。光輝くんのときも思った(なんかカットされたような気がしたけど)けど、かなりの回数戦ってきたのがわかる動きだ。

 

「へえ、なかなかやりますわね。これでも三割は出しているのですが」

「これで三割とか、とんだバケモノだな!だが、そう余裕をこいていられるのも今のうちだ!」

 

  そう言った途端、護衛の人は跳躍して鞭を交わす(多分)と、凄まじい速度で接近して御堂さんに斬りかかった。

 

 

 ギンッ!!

 

 

  しかし、それは進路上に差し込まれた鞭の柄頭によって滑り、代わりに護衛の人の腹に御堂さんの長い足がめり込んだ。

 

「ガッ……!?」

「褒めてあげましょう、私にここまで近づいたこと。その褒美に……死ぬ寸前までいたぶってあげますわ」

 

 

 スパパパパッ!!!

 

 

  御堂さんの体がぶれて、護衛の人が空中で浮いたまま体を暴れさせる。いや、あれはもしかして攻撃を受けてる?

 

  なすすべなく攻撃を受ける護衛の人は、最後のパンチで地面に転がった。全身ボロボロで、今にも気を失いそうだ。

 

「ゴホッ、ゴホッ……」

「まだやりますの?」

「……いーや、降参だ。これ以上やっても勝負は見えてるからな」

「そうですの。まあ、そこそこ楽しめましたわ。感謝いたします」

 

  この世界で何度か見た貴族の人の礼をすると、御堂さんは武器をどこかにしまう。だからあれどこに入れてるんだろう。

 

  御堂さんが手を貸して、護衛の人が起き上がる。そうすると御堂さんが護衛の胸に手を置いて、ブツブツと何か呟いた。

 

  すると、突然護衛の人の体が淡い緑色の光に包まれて、怪我が治っていく。私や美空でもないのに、治癒魔法をつかった?

 

「こいつは驚いた。まさかこんなことまでできるとはな」

「これくらい、当然ですわ。それよりも……その平凡な仮面をそろそろ脱いではいかが?」

「……バレていたか。やれやれ、どこまで規格外なんだか」

 

  そう言って、護衛の人が耳につけていたイヤリングを外す。

 

  その瞬間、まるで霧がかかったように周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全く別の人が現れた。

 

 四十代位の野性味溢れる男の人だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

 

  姿を変えた男の人を見た瞬間、王国と教会の人たちがザワザワとする。もしかして、偉い人だったりするのかな?

 

「こいつで満足か?」

「ええ。美しいものは美しい姿でいることが義務ですわ。せっかく見た目がいいのですから、そのままでいなさいな」

「今度は義務ときたか。どこまでも面白いことを言う奴だ」

 

  そんな中、呑気に会話をする二人。そんな二人に、呆れ顔に見えるイシュタルさんが近づく。

 

「手酷くやられましたな、ガハルド殿」

「よおクソジジイ、やっぱりテメエも俺に気づいていやがったか」

 

  なんだか知り合いっぽい雰囲気のイシュタルさんたちに、私は首をかしげる。一体どう言う立場の人なんだろう。

 

「ねえ龍太郎くん、あの人が誰だかわかる?」

「まあ、一応な。ガハルド・D・ヘルシャー。帝国の現皇帝だ」

「えっ!? 皇帝様?そんな偉い人が、ここに来たの?」

「ああ、なんでもすげえフットワークが軽いらしくてな、こう言うのは日常茶飯事だとか」

 

  私が驚いていると、ハイリヒ王様が眉間を揉み解しながら近づいていった。

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

「これはこれは、エリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

 

  うん、あれ全く反省してないね。流石の私でもわかるよ。王様とイシュタル様もやれやれって顔してる。

 

「……まあ、いいでしょう。それで、勇者殿を認めていただけますかな?」

「ああ、まあいいんじゃねえか?まだ甘いところもあるが、まあそれは今後に期待ってことで」

 

  うわー適当な口調だなー。すごく棒読みで言ってる。

 

「それより……おい、お前。名前はなんて言うんだ?」

「あら、これは申し遅れましたわ。私は……そうですわね、〝ネルファ〟とでも呼んでくださいまし」

「ほう、ネルファか……お前、俺の妾になるつもりはないか?俺としてはお前のような強者をそばに置いておきたいんだが……」

「あいにく、もう心に決めた人がおりますの。ですから遠慮させていただきますわ」

「それじゃあ仕方がねえな。ま、今は諦めるさ」

 

  それでは御機嫌よう、とこちらに歩いてくる御堂さん。慌てて立ち上がり、預かっていた上着を渡した。

 

 

 

  その後、用意されていた晩餐会が開かれて、その時にもう一度皇帝様は光輝くんを勇者として認めると言った。

 

  そして次の日、皇帝様と使者の人たちは早々に帰っていった。龍太郎くんに聞いた通り本当にフットワークが軽いみたいだ。

 

  まあその朝、私たちと一緒にシューくん考案の訓練をしてた雫ちゃんを見てわりと本気っぽく愛人に誘ったと言う事件があったけど。

 

  でもその時、息がつまるほどの殺気が周囲一帯を包み込んで、それが収まった後雫ちゃんが断ると割りとすぐに皇帝様は引っ込んだ。

 

  後で聞いた話だと、あの時皇帝様はありとあらゆる方法で同時に何万回も暗殺される幻覚を見たらしい。多分、どこかにいるシューくんの仕業だろう(断言)。

 

  でも、それよりも私は、あの御堂さんの尋常じゃない実力が気になって仕方がないのであった。

 

 

 




次回からは二章です。
お気に入りと感想をお願いします。


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【第2章】峡谷
ざんねん うさぎが やってきた !


どうも、最近プレデター好きになった作者です。

シュウジ「よっすみんな、四話ぶりに登場のシュウジだ。いやぁ長いようで短かったな」

ハジメ「そうだな。それにしても……あいつら頑張ってるな」

シュウジ「坂みんに至ってはグリスになってるしな。あのスクラッシュドライバーでどころどこだ?」

エボルト「さあ?多分地上にいる俺の分身じゃないか?知らんけど。で、今回からは第2章だ。それじゃあせーの……」


三人「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」


前回も言いましたが、この章に関する重要なタグを追加しました。


  魔法陣が輝き、別の場所へと転移される。数秒の後、空気が変わったのを肌で体感した。体感、即快感、なんつってな。

 

  そして魔法陣の光が消えた時、そこにあったのは……洞窟だった。どっからどう見てもただの洞窟だった。

 

  まあ世間からすりゃ反逆者の住処だ、秘密の出口なんて隠すのは当然である。ハジメはすごくがっかりした顔をした。

 

「……なんでやねん」

 

  ハジメが関西弁で突っ込む。女神様からの知識で知ってた俺は即座に煽りに移行した。ステンバーイ、ステンバーイ……レッツゴー!

 

「ねえ今どんな気持ち?外だと思ったらまだ洞窟の中でどんな気持あだだだだだだだっ!」

「うるせえこのアホ、ちょっと黙ってろ」

 

  もはやこちらを振り返りもせずにアイアンクローをきめてくるハジメ。こんなに成長して、お父さんは嬉し痛い痛い痛い!

 

  30秒後、ようやく解放されて地面に崩れ落ちる。俺をシメながら考えていたハジメは、とりあえず道なりに進むことにしたようだ。

 

  歩き始めたハジメの後を、皆がついていく。俺をスルーして。ていうかエボルトと写真集見てるウサギに思いっきり背中踏まれた。

 

「おいおい、置いてくなんてひどいじゃないのマイブラザー」

「うおっ、いきなり目の前に瞬間移動してくんな。ったく、お前がふざけるからだろうが」

「ギャグ イズ マイアイデンティティ」

「はいはい、さっさと進むぞ」

 

  さらっとハジメに流されながらも、道を進む俺たち。真っ暗闇だが、ハジメたちは暗視、俺やルイネは暗視魔法を使っているから無問題モーマンタイ。

 

  道中、トラップや物々しい扉があったりしたが、ことごとくハジメが盗ん……回収したオスカーの指輪が光って解除された。

 

  あっそういえばいい忘れてたけど(二ヶ月も)オスカーの遺骨はちゃんと埋葬しました。肥料にしようとなんかしてないよ(目逸らし

 

  びっくらぽんするほど拍子抜けな洞窟を抜け、そして前方に光が見えてくる。俺たちは顔を見合わせた。

 

「シュウジ」

「ああ。皆、行こうぜ」

 

  そして、後ろの四人を促して光へ向けて一直線に走り出す。

 

  近づくにつれ、洞窟内の(前のエボルトみたいな)淀んだ空気ではなく、澄んだうまい空気が流れ込んでくる。

 

  そして、光の中へ飛び込んでーーついに、地上へと到達した。視界が開け、殺風景な峡谷が映り込む。

 

  そこは、この世界の人間からは地獄以外の何物でもない場所。名を【ライセン大峡谷】といい、処刑場とも言える場所だ。

 

  その所以は、断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息するから。

 

  深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】までこの大陸を南北に分断する。

 

 とまあ、それはともかく……

 

「そーとだーー!Fooooo!!夜は焼肉っしょーーー!」

「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」

「んっーー!!」

「やれやれ……といいたいところだが、私も嬉しいぞ」

「おお、この太陽の暑さ。懐かしいねぇ」

 

  いの一番に声を張り上げて、ぴょんぴょんと飛び跳ねた後某焼肉太郎のポーズを取る。この時ばかりはハジメたちも苦笑せず、ガッツポーズをしていた。

 

  それだけにとどまらず、ユエとウサギを抱きしめてくるくる回ったりしてる。俺も負けじと無駄にハイクオリティなブレイクダンスをした。

 

  他にもルイネを抱きしめたり(セクハラされそうになった)、エボルトと熱唱したりして喜びを表す。ビバ地上、グッバイ洞窟。

 

「あー騒いだ騒いだ。さて、それじゃあ記念撮影を……と、いきたいところだが」

 

  俺たちの声で近寄ってきた魔物が、ぐるりと周りを包囲していた。まったく無粋な奴らだ、親の顔が見てみたいぜ。

 

  躓いて地面に転がり、大声で笑っていたハジメとユエも立ち上がる。ルイネも油断なく魔物たちを見渡し、エボルトは不敵な笑みを浮かべ……

 

「………」カシャカシャカシャカャ

 

  ウサギは無言でハジメを撮っていた。君本当にマイペースね。別にいいけど。

 

「無粋な奴らには、お仕置きしてやらねえとな」

「ああ、月に代わってな」

「お前はどこのセーラームーンだ」

 

  いつも通りの軽口を叩き会いながら、ハジメと背中合わせになって魔物を見据える。ユエはルイネと、エボルトは一人で、ウサギは最初からマイペース(最初からクライマックス風)。

 

  異空間から、隠れ家で作り出した武器を取り出す。それはまるで黒曜石から削り出したような、赤く輝く双剣。

 

  〝爆裂石〟という鉱石を使って某狩猟ゲーの某モンスターの武器を再現したものだ。威力は百倍くらいに上がってるけど。

 

  対してハジメが握るのは、見た目が一新された新生ドンナー、ならびにその相棒シュラーク。ガン=カタがハジメの新しい戦い方だ。

 

「さあ、ひと狩りいこうか♪」

 

  言うのと同時に、縮地を使って魔物の一匹に接近。右の双剣を一閃して斜めに両断し、双剣の粘液が付着した死骸を他の魔物に投げる。

 

  知覚する前に一匹屠られ、硬直していた魔物は慌ててそれをキャッチした。そこにハジメの正確無比な弾丸が魔物を死骸ごと貫く。

 

  そして、弾丸にまとわれた雷に引火して爆発。一気に二十匹ほどの魔物が黒焦げのオブジェと化した。

 

「ハジメ、アーティファクトの調子は?」

「ああ、いい感じだ。前とほぼ変わらず〝纒雷〟を使える」

 

  双剣……もうディオスライサーでいいや。ディオスライサーで魔物を三枚に下ろしながら聞くと、発砲しながらハジメが答える。

 

  このライセン大峡谷には、魔力を分解する作用がある。それを事前に知っていた俺は、とあるアーティファクトを開発した。

 

  バッヂ型のそのアーティファクトは、魔力を分解する作用を無効化して以前と変わらぬように魔法を使える。俺って天才でしょ?(自画自賛)

 

  とても自然な動きで放たれる弾丸と、蝶のように舞う俺の剣舞でことごとく魔物は死んでいく。また、それは俺たち以外でも同じだった。

 

「〝縛糸(ばくし)〟」

 

  ルイネが袖の下に潜ませた金属糸を使い魔物を細切れにしている。

 

  〝紅の殲滅者〟と呼ばれたルイネの戦い方は金属糸を使った暗殺、知らぬ間に罠を張り、一気に対象を刻み殺すもの。

 

  俺をして瞬間移動しているように見えるルイネは、魔物の間を縫って金属糸をその体に絡め、手を引いてバラバラの肉片にしていた。

 

  それ自体が意思を持つように蠢く金属糸は、さながら獲物に巻きつき縊り殺す蛇のようだ。

 

「〝火球〟」

 

  対するユエは、バッヂの効果でほとんどデメリットなく魔法を行使して魔物を火あぶりにしていた。どうやら平気のようだ。

 

  本来、この大峡谷で魔法を使うには十倍くらいの魔力がいる。いくらユエが化け物とはいえ、バッヂがなかったらすぐに魔力が切れるだろう。

 

  エボルトは、まあオーラを使って魔物を消滅させていた。えっ簡潔すぎる?あいつにはこれで十分だろ(偏見)?

 

「……………」

 

  で、問題のウサギ。またしても写真集を開き、それに目を釘付けにされながらひょいひょいと魔物の攻撃を避けている。

 

 

 ピリッ

 

 

  あんだけの回避性能なら余裕だろ、と思っていると、そんな音が響いた。ウサギの方を振り向くと、どうやら魔物の爪が掠ったらしくページの端が破けている。あっやべ。

 

「このままだと……」

「……………よくも」

 

  地上に出て初めて、ウサギが声を出した。酷く低い、怨嗟のこもった恐ろしい声を。

 

 

 ドゴンッ!

 

 

  そして次の瞬間、ウサギに襲いかかろうとしていた魔物の上半身が消し飛び、残った下半身がひっくり返って地面に落ちた。犬◯家みたいになった魔物の残骸がピクピク動いている。

 

  それをなしたのは、拳を下に降り切ったウサギ。ギュイーーン!とか聞こえてきそうなくらい目が据わっており、明らかにキレている。

 

  その魔物をはじめとして、どんどん犬◯家が出来上がっていく。まるでモグラ叩きがひっくり返ったみたいだ。

 

  ウサギは、一旦切れると気がすむまで誰にも止められない。前に人参を取り合って犬◯家にされたから知ってる(白目)

 

  そんなこんなで皆余裕の戦闘を見せ、魔物を全て殲滅しきった。

 

「ふぅ……」

「お疲れさんハジメ、余裕だったな」

「お前の顔見た途端いきなり疲れたわ」

「えっそれ酷くない?」

 

  ドンナー&シュラークを太もものホルスターに収めたハジメとそんな会話をしてると、他の奴らも集まってくる。

 

「マスター」

「おールイネ、調子はどうだった?」

「ああ、この二ヶ月リハビリしたおかげで全盛期と変わらない動きをできた」

「そりゃよかった。ユエのほうは?」

「ん。問題なく魔法を使えた。ありがとうシュウジ」

「いいってことよ。で、エボルトは……まあ別にどうでもいいか」

「なあこの世界に来てから俺の扱い雑になってない?なってるよね?」

「そんなことない、うんそんなことないよ」

「なら俺の目見ろやコラ」

 

  わざわざブラックホールフォームになって詰め寄ってくるエボルトを吸収(強制的にできるようになった)する。よし、これで静かになった。

 

『よし頭の中でヘビメタ歌いまくるわ』

 

 やめてくださいしんでしまいます。

 

  それからこの後どうするかという話になったが、絶壁を登るとかワンパンマンするとかピキッピキッピキッ割れなあ〜いとか案を出し合った。

 

  その結果、街も近いであろう樹海側に向かうことになった。反対側は砂漠だ、暑っ苦しい砂地獄よりかは暑っ苦しいジャングルのほうがマシである。あれこれ変わらなくない?

 

「それじゃあ早速……」

 

  異空間を付与したコートのポケットから、改造してゴツくなった携帯とライオンフルボトルを取り出す。

 

  二〜三回ボトルを振ると、携帯のスロットに差し込んで放り投げた。すると空中でガチャガチャと肥大し、あるものの形に展開していく。

 

 

《ビルドチェンジ!》

 

 

  そして、携帯は一台のバイクへと変貌を遂げた。ビルド本編でも使われていたマシンビルダーである。

 

  ボディカラーは一変して、エボルトをイメージして白と黒になっている。ライト部分の歯車も星座盤になっていた。

 

「自分で作っといてなんだけど、これ思いっきり質量保存の法則無視してんな」

『異空間とか使っといて今更何言ってんだ』

「それもそうだな」

 

  ハジメもライターの異空間から、〝魔力駆動二輪〟……要するに未来的なデザインのバイクを取り出して跨った。

 

  俺とハジメの共同制作であり、俺がエンジンを作った(ドヤァ)ので心地よい駆動音が響いている。なお、燃料はガソリンではなく魔力である。

 

  同時にサイドカーも開発しており、本体に二人、サイドカーを合わせると三人乗りできる設計だ。マシンビルダー用のも異空間にある。

 

  ユエがハジメの後ろにまたがって抱きつき、ページの端が切れた写真集にムスッとした顔のウサギがサイドカーに乗り込んだ。あとで直しとかないと。

 

「お手をどうぞ、レディ?」

「ああ、謹んでお受けしよう」

 

  ならば俺はと、格好をつけてルイネに手を差し出す。マジで雫の次に最強最カワな我が弟子はそれに付き合ってくれ、俺の後ろに乗った。そしてぎゅっと抱きついてくる。

 

「ルイネさん、なんだかとても柔らかいものが当たってるんだが」

「当ててんのよ」

「そうか、それならしょうがない」

『流すんかい』

 

  グダグダとふざけながらも、ハジメとともに樹海の方向へ向けて発進する。絶壁に駆動音が反響した。おお、いいねえこれ。

 

  ライセン大峡谷はシンプルな作りをしていて、東西に向かってまっすぐ道が伸びている。そのため特に脇道などもなく、ひたすら直進する。

 

  心地よい風が頬を撫で、パタパタと髪を揺らす。ルイネも抜群のバランス感覚で横乗りの体制を維持し、赤髪をなびかせていた。

 

  これぞ乗り物の醍醐味。作った甲斐があったというものだ。あ、ちなみに普通はヘルメットしてないと捕まるから注意な。

 

「気持ち良いな、マスター」

「おー、さすが俺だろ?」

「ふふ、そうだな……その傷の方は、平気か?」

 

  そっと頬に指を触れさせ、俺の右目の周りに広がる薄い傷跡を少し心配するような声音で言うルイネ。

 

  あの時ブラッドとして暴走していたルイネに付けられた傷は、自己再生の許容範囲を超えたのかうっすらと傷跡が残ってしまった。

 

  といっても近くで見なければ気づかない程度だし、これは俺の力が及ばなかったことへの罰だと思ってるから消すつもりもない。

 

  いつも適当な会話ばかりしているが、なんだかんだであの時のことはエボルトにはすげえ感謝してる。いつもありがとな。

 

『よせやい、照れるだろ』

 

 はっはっはっ照れ屋さんめ。

 

 

 

 グルァアアアァアアアッ!!!

 

 

 

「ん?」

 

  そんな風に会話していると、不意に魔物と思しき咆哮が聞こえてきた。なかなかの威圧感があり、さっきの連中とは違うようだ。

 

  隣を並走するハジメとアイコンタクトを取ると、いつでも戦闘体制に移行できるように準備をした。

 

  少しして現れた崖を回り込む。すると、咆哮の主が見えた。頭が二つあるティラノサウルスみたいなやつだ。エセオルトロスだなありゃ。

 

 

 

 グルァアアアァアアアッ!!!

 

 

 

「いーーーやーーーっ!」

 

  が、注目すべきなのはその魔物ではなく、その前で半ベソかきながら逃げ回ってる亜人……兎人族の少女だった。

 

  身につけている衣服はボロボロボルボロスで、魔物の攻撃を必死に避けながらなんとか生き延びてる。

 

「……何だあれ?」

「……兎人族?」

「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」

「……聞いたことない」

「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか? 処刑の方法としてあったよな?」

「……悪ウサギ?」

 

  隣でハジメとユエがそんな会話をしてる。助けるって言う言葉が出てこないあたりさすが鬼畜の代名詞ハジメ=サンである。

 

  ちなみにウサギは乗ってからずっと写真集を眺めてて、全く目を離す気配はない。そもそも最初から認識してないらしい。

 

『ネタの代名詞みたいなやつが何を言うか』

 

 私が神だ。

 

『わ、訳がわからないヨッ!』

 

  さーてどーするかねーと思っていると、不意に兎人族の視線がこっちに向く。そして救世主を見つけたような顔をした。

 

  その時、エセティラノサウルスが爪を振るった。その風圧で吹っ飛ばされたウサ耳少女は転がった勢いを殺さずに逃げた。こっちに。

 

「げっ、こっち向かってきやがった」

「迷惑……」

「ひっどいなお前ら。いや、いつもふざけてばっかの俺が言えることじゃないけど」

『本当にな』

「マスター、どうする?」

「んー、見ちまった以上はなぁ」

 

  こちとら人間の平和のために一千年も暗殺をしていた身だ。流石に目の前で死にかけてる女子供を見捨てるほど冷酷じゃない。

 

「だぁずぅげえでぇくだぁざぃいいいい!」

「関わらない方向で」

「ん」

 

  だが、我が鬼畜幼馴染兼主人公様は違うようだった。思わず俺がえー?と思っちゃうくらいあっさりと停車させていた機体を反転させる。

 

  それを見て自分が助かる確率が半減したと悟ったのだろう。涙目のウサ耳少女はヤケクソな表情で叫んだ。

 

「助けてくれないとずっと貴方たちに付いて回って〝あなたその金髪の女誰よ!!私との子供認知してくれるって言ったじゃない!!〟って言い続けますからねえ!」

 

 

 ドパンッ! ドパンッ!

 

 

  刹那の瞬間、発砲する音が響く。一発はエセティラノサウルスの頭をどちらとも打ち抜き、一発はゴム弾だったのかスコーンとウサ耳少女の額にあたって吹っ飛ばした。

 

  背後を振り返ると、額に怒りマークを貼り付けたハジメが銃口から煙をあげるドンナーを構えていた。

 

「いつつ……って、そ、そんな…あの〝ダイドヘア〟が一撃で死んでる……?」

 

  額を抑えて起き上がったウサ耳少女が、呆然と呟くのが聞こえた。あのエセティラノサウルス、ダイドヘアっていう名前だったのか。

 

  しばらく死んだダイドヘアを見つめた後、ウサ耳少女は立ち上がって「このっこのっ!」とゲシゲシ踏みつけた後、こちらに振り返った。

 

  そしてパッと笑みを浮かべ、走り寄ってくる。俺たちの横を通り抜け、ハジメたちに向かっていき……

 

「ありがとうございまへぼっ!?」

「アホか、そんな身に覚えのないこと延々とほざかれるよりはマシだから助けただけだ」

「ん、この性悪ウサギ」

『こ れ は ひ ど い』

 

  そして鉄拳を叩き込まれて地面に沈んだ。義手の方でゲンコツを入れるあたり、ハジメの怒り度合がわかる。

 

  相変わらずの塩対応に苦笑しながら、そっちにマシンビルダーを近づけていく。するとバッとウサ耳少女が起き上がった。

 

「うぅ〜!ちょっとあなた、さっきからこんないたいけな美少女に手を出して!良心が痛まないんですか!」

「ない。つか自分で美少女とか言うな」

「即答!?」

「………」ゲシゲシゲシゲシ

 

  なにやら俺との会話のようなやり取りをしてるハジメとウサ耳少女。ユエはずっとウサ耳少女を蹴ってる。

 

  近づいてみると、なるほど確かに美少女と自称するだけあり、かなりハイレベルな容姿を持っていた。白髪碧眼、ピコピコと揺れるウサ耳。

 

  まあ、全身泥まみれじゃなかったらの話だけど。服も破れすぎて色々ダメなとこ見えてるし。ルイネと同じくらいデカくねあれ?

 

『おい、後ろでルイネが金属糸取り出してるぞ』

 

 おっとさっさと視線を外そう。

 

「んじゃあ助けたからもういいな。俺たちはいくからさっさと消えろギャグウサギ」

「しっしっ」

 

  そう言って魔力駆動二輪のアクセルを握るハジメと手を振るユエに、このままでは見捨てられると思ったのだろう。ウサ耳少女はガッとハジメの足に抱きついた。

 

「に、逃すかぁ!」

「うわっお前、離しやがれ!服が汚れるだろうが!」

「先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 取り敢えず私の仲間も助けてください!」

 

  そしてユエにガッガッと蹴られながらも一気にまくし立てる。なかなか図太い神経をお持ちのようである。同じ神経図太いウサギうちに一匹いるけど。

 

 

 

  かくして、今後この世界で大切な仲間となるシア・ハウリアと俺たちは出会ったのであった。




ついに始まった第2章、さてさてどうなる?
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話を聞こう(ただし聞くとは言ってry

どうも、定期的にグリスブリザードの変身を見ている作者です。

シュウジ「よお、シュウジだ。あの変身は心にくるものがあるよな。ってことで今回はこいつを呼びました」

龍太郎「あん?どこだここ。なに?カンペ?…なるほどな。皆初めまして、坂上龍太郎だ。今はグリスとして戦ってる。好きなものはみーたん、心火を燃やしてフォーリンラブだ」

ハジメ「美空に変なことしやがったら全力で殺すからな」

ユエ「ハジメ、相変わらず美空大好き」

ウサギ「……そんなハジメもすきだよ」

ルイネ「うむ、私はマスターを心から愛しているぞ」

エボルト「お前ら定期的にイチャつかないと死ぬ病気なの?まあいい、前回は外に出たと思ったら変な奴が出てきたな。で、今回はそいつとのやりとりだ。それじゃあせーの……」


六人「「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」」


  突如現れた、シア・ハウリアという兎人族の少女。彼女は俺が一目置くほどのギャグキャラっぷりを見せてくれた(違う)

 

  そんなハウリアさんは、どうやら自分の家族も助けて欲しいらしい。この峡谷のどこかで自分と同じような状況なのだろう。

 

  さて、我が親友様はどうするかと見守っていると、ガチャリとサイドカーの扉をあけてウサギが降りてきた。

 

  そしてトコトコとハウリアさんに近づき、ガッとほとんどない衣服の襟首を掴む。「えっ?」と声を出すハウリアさん。

 

  そんなハウリアさんに構わず、ウサギは腕を振りかぶり……ポーイと投げ捨てた。放射線を描いて飛ぶハウリアさん。

 

「あーーーれーーー!」

 

  そして地面に落ち、見事な犬◯家となる。今日はよく犬◯家をみる日だな。今日を犬◯家の日と定めようか。

 

  ふんす、と満足した様子のウサギはサイドカーに戻り、写真集を開いて見始める。ハジメがよくやったとでもいうように頭を撫でた。

 

「じゃ、行くか」

「ん」

「あなた本当に鬼畜ですね」

「クズに対してなら何の容赦もないお前には言われたくねえ」

 

  言いながらも、今度こそ魔力を流して魔力駆動二輪を発進させようとするハジメ。マジで何の関心もないらしい。

 

  仕方がねえなーと思いながら、バイクを反転させて犬◯家のハウリアさんに近づき、念動力で助け出した。

 

  出てきたハウリアさんは、意外にも気絶しておらず、すごい泥だらけの顔で泣きべそかいてた。まああんな扱いだとなぁ。

 

『ちなみにあの勇者(⓽)だと?』

 

 犬◯家にしますが何か?

 

「〝浄化(クリーン)〟。大丈夫かいハウリアさん?」

「うう、ありがとうございます……あなたはあっちの殿方と違って優しいですね。できればその優しさで私の家族も助けて欲しいのですが」

 

  すげえ強かなハウリアさんだった。この切り替えの早さ、嫌いじゃないわっ!

 

「ていうかあの殿方、私みたいな美少女をああも雑な扱いをするなんて……はっもしかして男性同士の恋愛にご興味g「ドパンッ!」あふんっ!」

 

  背後から飛んできたゴム弾にハウリアさんの頭がかっ飛ぶ。背後を見れば、イライラした顔のハジメがドンナーを構えていた。

 

「誰が安倍さんだこのクソウサギ」

「YA☆RA☆NA☆I☆KA」

『ブフッ』

「シュウジ黙れ。俺がお前に興味ないのは超ハイレベルな美少女のユエとウサギがいるからだ。つかお前はエセウサ耳だ。本物のウサ耳を持つウサギに謝れ」

 

  切れるのと謝罪させるのをセットにするハジメさんマジでヤクザ。ヤクザって言えばあの常連のラーメン店の早食いライバルの人元気かな。

 

  ていうか本当は反対なんですけどね。ウサギはあくまで蹴りウサギをベースにしたホムンクルスなわけだし。

 

  ちなみにそのウサギは写真集で顔が隠れているが、ピコピコ動きまくってるウサ耳が全く隠せてない。ユエもいやんいやんしていた。

 

  そんな二人を見て、うっと息を詰まらせる復活したハウリアさん。まあ、誰が見てもあの二人は最高レベルの容姿だしな。

 

『とか言っといて今ここにいる中で一番可愛いのはルイネなんだろ?』

 

  当たり前だろ?雫を除けばルイネを含めた俺の弟子三人が世界で最も可愛いに決まってるじゃないか。異論は認める反論は認めない。

 

  格好にしたって、迷宮にいた時のみすぼらしいものではなく、ちゃんとした衣装を身に纏っている。

 

  ユエは前面にフリルのあしらわれた純白のドレスシャツに、これまたフリル付きの黒色ミニスカート、その上から純白に青のラインが入ったロングコートを羽織っている。足元はショートブーツにニーソだ。

 

  対するウサギは、例の赤白ボーダーに〝04〟のシャツと同じ柄の長ズボン、見事な刺繍のされたシューズ。それに某結月なんとかさんみたいなコートを着ている。

 

  そしてハジメ自身は、随所に赤いラインの走った黒いコートとそれと同じ色構成の衣装を着ている。

 

  どれも、オスカーの魔物の素材を合わせて仕立て直した物だ。高い耐久力を持つ防具としても役立つ衣服である。デザイナー担当は俺とユエ。

 

  ちなみに俺たちのも解説しておくと、俺はまず下に向かうにつれ、赤いグラデーションのかかっている漆黒のロングコート。肩にはブラックホールの肩部装甲みたいな装飾がついてる。

 

  これの原材料はエボルブラックホールフォームのローブそのもので、変身する度に生成されているので変身させたエボルトから剥ぎ取って加工した。

 

  あらゆる攻撃をはじき返し、魔力を流すことでブラックホールフォームの虚無のエネルギーシールドを張れる。

 

『こんなことして、俺に変なことするつもりなんだろ!同人誌みたいに!同人誌みたいに!』

 

 それ剥ぎ取った時も言ってたな。

 

  その下に茶色いズボンと金属糸が編み込まれたブーツ、そして『そんなことよりおうどん食べたい』と書かれた緑色のシャツだ。

 

『なぜそこでそのチョイスなのか』

 

  ちなみに明日は『乗るしかない このビッグウェーブに』でお送りします。

 

『だからチョイスが謎なんだよ』

 

 お前それサバンナでも同じこと言えんの?

 

  そして本命、ルイネは真紅をベースとした軍服とスカートだ。随所を金色で彩り、襟やベルトにある紐の装飾は緑色になっている。

 

  俺と同じくらい長い足(間接的な自慢)には軍服と同じく縁を金色で染めた黒いブーツで覆っていた。ちなみにブーツの中にも金属糸が仕込んでる。

 

  そして迷宮の中で渡していたカチューシャを加工しなおし、精緻な彫刻の施された逸品へと変えてプレゼントし直した。

 

  それらはルイネの魅力をさらに引き立て、凛々しい美しさを助長させている。簡潔に申し上げますと、ルイネが可愛くてたまらないのん!(某シネマ風)

 

 はい、以上本日の衣装紹介でした。

 

『お疲れさん』

 

  まあハウリアさんも決して可愛くないわけじゃないんだけどね。ていうかハジメは身内補正すげえから詳しく見る気がない。

 

  もしかしたら、変心する前なら反応が違ったかもしれないが。ハジメケモナーってほどじゃないけどそういうの好きだったし。

 

  あと単純に巨乳。あまり詳しく語ると肩に手を置いてるルイネが怖いから言わないけど、ユエとは正反対のぶるんぶるんである。ちなみにウサギは普乳。

 

「マスター、好きな人に揉まれると大きくなると聞いたことがあるのだが」

「なぜ俺が胸のことを考えているとわかった」

「そんなもの、マスターに触れていれば一瞬でわかる」

「なにその第六感俺限定にしか使えないじゃん」

「使うつもりがないからな」

「アッーーーーーーー!」

 

  ルイネと会話していると、叫び声とともにハウリアさんがまたしても宙を舞った。今度はユエの魔法にやられたようだ。

 

 エボルト説明プリーズ。

 

『ハジメに適当にあしらわれたハウリアが逆ギレしてユエの貧乳を馬鹿にした。おk?』

 

 おk、把握した。

 

  ていうかハウリアさんバカだなぁ。ユエにその話は禁句でしょうに。前にウサギとそれで喧嘩して一時的に互角に渡り合ってたくらいだぞ。

 

  そのあとユエがハジメに大きい方が好きか聞いてヘタレたハジメが大きさではなく誰なのかが重要だとか言ってた。そこは素直にいこうぜ。

 

『じゃあお前ルイネに貧乳の方が好きか聞かれたら?』

 

  は?そんなのルイネのだからいいんだって言うに決まってんだろ(お前もか)

 

  そうこうしているうちにまたしてもハウリアさんが復活した。今度は自分で体を引っこ抜いて脱出する。

 

「うう、こんな場面〝視えて〟なかったのに……」

「はいはい、話が進まないからそろそろギャグの時間は終わりだ」

『お前がそれをいうのか』

「あんたの身の上話、聞かせてくれるかい?」

『スルーはさすがにつらたん』

 

  で、ハウリアさんの話を要約するとこうなるらしい。

 

  兎人族のハウリア族は樹海に潜む亜人の国、【フェアベルゲン】で聴力と隠密能力以外は弱いながらも数百人の集落を作り暮らしていた。

 

 ↓

 

  そこに魔力を操る……つまり魔物と同じ力を持った子供が生まれた。これがハウリアさん。俺たち同じこの世界にとって〝異端〟な存在なわけだ。

 

 ↓

 

  魔物は憎むべき存在で殺すべきだが、亜人一情愛の深いハウリア族はそんなことなどできようはずもなく、匿って十六年もの間育てていた。

 

 ↓

 

  が、それがバレて追放。やむなく北の山脈地帯へと逃げる。

 

 ↓

 

  しかしその道中、峡谷の前で運悪く帝国の兵士と遭遇。愛玩奴隷として価値の高い兎人族は奴隷として価値が高く、多くが捕らえられる。

 

 ↓

 

  なんとか一部は峡谷に逃げ込んだものの、弱っちいハウリア族では魔物をどうすることもできない。

 

 ↓

 

  やむやく族長の娘であるハウリアさん…区別つけるためにシアさんでいっか。シアさんが助けを求めて一人飛び出す。

 

 ↓

 

  勇敢に飛び出してきたはいいものの、ダイドヘアに見つかり追いかけ回される。そして俺たちと出会う←今ここ

 

 

  だいたいこんな感じである。いちいち説明してると長ったらしくなるので簡潔にまとめた……オスカーの時もこんなことあったな。

 

「最初は六十人いた家族も、もう今は四十人近くまで減り……このままでは全滅です、どうか助けてください!」

 

  真剣な表情で、懇願するように言うシアさん。そんなシアさんにハジメが出した結論は……

 

「だが断る」

 

 案の定の鬼畜対応だった。

 

「え………えぇええええっ!?」

「アホかお前、今の話聞いて助けようとするやつがどこにいんだよ。いたとしてもとんだお人好しだろ。俺は違う」

「俺は別に助けてもいいぞー」

「言った通り話は聞いた。それじゃあな」

「スルー……(´・ω・)」

『ザマァw』

 

  けどまあ、ハジメの言わんとしていることもわからなくもない。帝国、亜人の国【フェアベルゲン】。厄介のタネが多すぎる。

 

  しかも仮にハウリア族を助けたとしても、今度は帝国兵を退けながら北の山脈地帯まで送らなくてはいけなくなる。

 

  俺たちにだって神殺しと故郷への帰還という旅の目的があるのだ、そうそう他人の問題に関わっているばかりでもいられない。

 

「そ、そんな……たしかに守ってくれるって言ってたのに……」

「さっきもおんなじようなこと言ってたなぁ。シアさん、あんた何かそういう力でもあるのかい?」

「え?あ、は、はい。〝未来視〟と言いまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか?みたいな……あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……そ、そうです。私、役に立ちますよ!〝未来視〟があれば危険とかも分かりやすいですし!少し前に見たんです!貴方がたが私達を助けてくれている姿が!実際、ちゃんと会えて助けられました!」

 

  さらに詳しい事を聞くと、どうやら自分で仮定した場合は一発で魔力が枯渇するほど消費するらしく、1日一回限りらしい。自動だと三分の一くらいだとか。

 

「ふむふむ、なるほどねえ」

 

  大方、峡谷の中で助けを求められる相手がいたらどうなるか?って仮定して、俺たちが視えたんだろうな。

 

  しかし、そうなると一つ疑問が出てくる。フェアベルゲンにバレたと言っていたが、それならば自分の命の危険ということになる。

 

  その場合、任意であれそうでなかれ〝未来視〟が発動したはずなのだ。それでどうにか危険は回避できたはずだが……

 

「そこんとこどうなのよ」

「え、えーと。実は、友達の恋路がどうなるか視るために使っちゃいまして……」

「おっと自分の命の危機が迫ってた時にデバガメやってたよこの子」

『そりゃダメだわな』

 

  自分の唯一の切り札のようなものなのだ、そういうものはいつ何があるかわからないから温存しとくほうが良い。

 

「でー、どーするハジメー?」

 

  律儀に俺が話を聞くのを待っていたハジメに聞く。ハジメは肩をすくめた。やっぱりどうでもいいらしい。

 

「マスター」

「んー?」

「彼女たちを、助けよう」

 

  ルイネの方を振り返る。すると彼女は、ひどく険しい顔をしていた。そこからは憤りを抑えているのがわかる。

 

  それに、俺はこいつが暗殺者になった理由を思い出した。彼女もまた、無力だったが故に多くの家族を失ったのだ。

 

  詳しくはまたいつか語るとするが、そんなルイネにとって家族のために命の危険を犯し、誰かに助けを求めるシアさんの姿は自分と重なるものがあったのだろう。

 

「それに……マスターの〝あれ〟も貯まるだろう?」

「……さすが我が弟子。俺の魂胆に気づいてたか」

 

  不敵な笑みを浮かべるルイネ。そう、俺はある理由から、彼女たち……というよりかは帝国兵を殺したい理由がある。

 

  そんな打算を差し引いても、単純にシアさんたちのことは救ってやりたい。なにせルイネの頼みだからな。

 

  だがそれを、ハジメたちにどう納得させるか。迷宮での経験でリスクリターンの管理がきっちりしてるからなぁ。

 

『ならこういうのはどうだ?』

 

 おっエボルトさん何か良い案が?

 

  何やら策があるらしいエボルトからのアドバイスを聞く。するとそれは、なかなか理にかなった良いものだった。

 

「おーいハジメー、ちょっとカモン」

「ったく、なんだよ」

 

  魔力駆動二輪から降り、近づいてきたハジメに俺もマシンビルダーから降りる。そして端っこの方に集まって顔を付き合わせた。

 

「やっぱハウリア族助けよう」

「なんでだよ。デメリットしかないだろ」

「いいや、あるんだなこれが。シアさんたちを助ける代わりに、樹海の案内させればよくね?」

「………あー」

 

  それがあったか、という顔をするハジメ。樹海は入ったものを迷わせるという。ならそこの住人だったハウリア族に案内をしてもらえばいい。

 

  実は隠れ家にいた時に色々と対応策を相談してたんだが、森ごと焼き払うとか全部木を切り倒すとか物騒なものしかなかった。

 

「そんなことするよりかは、断然楽だろ?」

「いやまあ、それはそうだがな……」

「大丈夫大丈夫、俺たちは最強でサイコーの家族。そうだろ?」

 

  たとえ帝国兵とぶつかったとしても、そんなもの殺してしまえばいい。俺たちなら、相手がなんであろうと楽勝だ。

 

  そう説得すると、ハジメも同じように思ったのだろう。渋々、ほんっとーに渋々了承した。なのでシアさんの方に行く。

 

「ほれほれ」

「うひっ、あははははっ、ちょ、やめてうひゃぁっ!」

「……何やってんのお前」

「見ての通りこちょこちょしてますが何か?」

 

  いつのまにか勝手に分離していたエボルトを蹴っ飛ばすと、シアさんに手を差し出して立ち上がらせる。

 

「ひい、ひい、ふう……ありがとうございます」

「おう。で、さっきの話だけど。助ける代わりに樹海の案内をしてくれるってことならいいよって話になったぞい」

「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!ありがとうございますっ!……ゔぅ〜よがっだよぉ〜」

 

  土下座する勢いでペコペコ頭を下げるシアさん。本当にその家族たちのことが大切なんだろうなぁ。

 

  しばらく嬉し涙でグズグズと泣いていたものの、あまりもたもたとしているわけにもいかないのでバイクに乗ることにする。

 

「そ、そういえば、皆さんのことはなんて呼べば良いのですか?まだ名前を聞いてなくて……」

「ふっ……なんだかんだと聞かれたら」

「答えてあげるのが世の情け」

「世界の破壊を防ぐため」

「世界の平和を守るため」

「愛と真実の悪を貫く」

「ラブリーチャーミーな敵役」

「シュウジ!」

「エボルト!」

「銀河をかける俺たち二人にゃ」

「ホワイトホール白い明日が待ってるぜ」

 

  ビシィッ!と某ロケットな悪の組織の二人組のポーズをとる俺とエボルト。無駄に息ぴったりの無駄にハイクオリティな無駄な名乗りだった。

 

「え、えっと、シュウジさんとエボルトさんですね」

「私はルイネ・ブラディアだ。よろしく頼む」

「俺はハジメだ、それでこっちが……」

「……ユエ」

「ルイネさんにハジメさん、ユエさんですね!あらためて、よろしくお願いします!」

 

  今一度頭を下げるシアさんに、ハジメはやれやれとため息を吐いてからグリップにあるボタンを押した。

 

  すると、ガチャガチャと音を立ててサイドカーが伸張し、二人乗りになる。ハジメはくいっと顎でそこに乗れと促した。

 

  かしこまった風にワタワタとしながら、シアさんがウサギの前に座る。するとウサギが足を上げ、シアさんの頭を台にして足を組んだ。

 

「ふぎゅっ!?」

「さあ、出発するぞ」

「ん」

「そいじゃあ行きますかねえ。ルイネ、掴まれよ〜」

「うむ」

 

  まずハジメが発進し、ルイネが掴まったのを確認した俺が出発する。さてさて、ハウリア族を救いにいきますかね。

 

 

 

  こうして、俺たちは迷宮を出て早々に厄介ごとに巻き込まれたのだった。




むーん、更新速度のせいでUAが一千を超えない…書きだめしといて落とすべきだろうか。
そう思いつつも多分今日中にもう一話更新するかもしれない今日この頃。
お気に入りと感想をお願いします。


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ボーイミーツガールアンドハウリア

どうも、初めて時間設定式で投稿してみた作者です。

シュウジ「シュウジだ。今回から坂みんに加えて、シアさんも参加するぜ」

シア「シア・ハウリアです!みなさんよろしくですぅ!」

龍太郎「なんだ、ウザくて騒がしそうなのが入ってきたな」

シア「な、なんですかこのクマみたいな人っ!」

龍太郎「誰がクマだケツの穴にツインブレイカーぶっ刺すぞ。で、前回はこのウザそうなウサギの依頼を聞いたんだな」

ウサギ「……………」

ユエ「………ウサギ?」

ウサギ「…なんか、あのうさぎこんごわたしのせわをしそうなきがする」

エボルト「なんじゃそりゃ。まあいい、今回はハウリア族を助けに行く話だ。それじゃあせーの…」

六人「「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」」


  峡谷の中を、またハジメと並んでバイクで走っていく。ただ一つ先ほどと違うのは、シアさんがあっちのサイドカーにいることだ。

 

  サイドカーはバイクの右側についているのだが、それを挟み込むように俺たちは並走している。

 

  シアさんは当然こちらの世界の人間なので、バイクなんぞ知るわけがない。だから最初はビビってたものの、次第にはしゃいで立ち上がってウサギにかかと落としを食らってた。

 

  完全に傍若無人(お前が言うな)ウサギの足置きにされたシアさんは、涙目になりながらもどこか安心したような顔をしていた。

 

  きっとこれまで散々な思いをしてきたのだろう。俺たちはこの世界の人間と比べれば圧倒的強者。それと一緒にいれば安堵するのも当然だ。

 

「あの、これなんというものなんですか?さっきまでいっぱいいっぱいだったんで聞きそびれたんですけど、こんなに早く移動できるなんて……」

「あー、これはな」

 

  ハジメがシアさんに魔力駆動二輪のシステムを説明する。エンジンのことはよくわかってなかったが、それ以外はわかったのか驚くシアさん。

 

  他にも、自分やユエ、俺たち全員が魔物と同じように魔力を直接操れることも説明する。すると、シアさんはぐっと唇を噛みしめる。

 

「おいおい、どうしたシアさん?」

「あ、いえ……これまでずっと一人だったので、仲間がいるとわかって嬉しくて……」

 

  そう言って涙ぐむシアさん。きっとこれまで魔物と同じ性質や力を持つことから孤独感を感じてきたのだろう。

 

  唯一の救いは、家族がそれを受け入れ愛情を注いで育ててくれたことか。俺はむしろその力を利用され、道具にされたしな。

 

  いや、むしろ追放されても一緒にいてくれるほど愛されていたが故に、〝他者と違う〟という孤独感が増したのかもしれない。

 

  だが誰かがそばにいてくれる、あるいは同じような人がいるというのは、それだけで心の支えになるものだ。事実、俺もそうだった。

 

『お前はルイネやあいつらに救われたんだったな』

 

  ああ。あいつらと出会って、暮らして、先代が俺なんかと一緒にいてとても楽しいと、幸せだといつも言っていた意味がよくわかった。

 

  そしてそれは、今この瞬間でも言えることだ。両親と妹に始まり、ハジメ、雫、美空、白っちゃん、ユエ、ウサギ……皆、家族のように思ってる。

 

『なんだ、さっきまで散々ふざけてたのに神妙なこと言うじゃないの』

 

 その中にはお前もいるからな、エボルト。

 

『……あーすまん、今一瞬考え事してたから聞こえなかったわ』

 

 はいはい照れ隠し照れ隠し。

 

「お前もありがとな、ルイネ」

 

 こんな俺を追いかけて、一緒にいてくれて。

 

「ふふ、こちらこそだ」

「あっれーわからないと思ったんだけどなー」

「言っただろう?少し見ればマスターの考えていることはわかる」

 

  ……はは。本当にいい弟子を持ったよ、俺は。

 

  だがそんな俺と違って、ふと見てみるとユエは複雑そうな顔をしていた。魔力操作や固有魔法を持つという意味では一緒だが、彼女は誰もそばにいなかった。

 

  むしろ誰よりも信じていた存在に裏切られ、三百年もの孤独を味わった。無表情になったのもそりゃ仕方がない。

 

「ユエ、気にすんな」

「……ハジメ?」

「今は、俺たちがいる」

 

  しかし、俺が何かを話しかける前に頼れる我らが鬼畜主人公、ハジメさんがポンと頭を叩いた。わーおイケメン。

 

「……ユエ」

「ウサギ?」

 

  それまで写真集を見ていたウサギが、ユエの方を向く。そしてふわりと微笑んだ。

 

「わたしは、ハジメがだいすき。でもおなじくらい、ユエもだいすき。だから、だいじょうぶだよ」

 

  それだけ言うと、さっとウサギは写真集で顔を隠した。普段ユエ以上に無口でハジメ以外に無愛想なウサギがあんなことを言うとは。

 

  ユエもぽかんとしていたものの、やがてニヤけるのを抑えているのか小さな口をムニュムニュとさせていた。百合の香りがするぜ……!

 

「まーそういうことだ。昔は違ったかもしれねえが、今は俺たちが家族だぜ。辛い時にゃ笑わせてやるから任しときな」

『右に同じ、だな』

「シュウジ、エボルト……」

「うむ、マスターの言う通りだ。我々はずっと一緒だ」

「ルイネ……ん。皆、ありがとう」

 

  まるで花が咲くような笑顔を浮かべるユエ。どうやら体から力が抜けたようで、背中をハジメに預ける。

 

「……あのー、いい雰囲気のところ悪いんですが。私いるんですけど、忘れてません?ねえちょっと、ここはわたしにも同じことを言うべきではないでしょうか?私チョロインですよ?コロッといっちゃいm「……うるさい残念ウサギ」あべしっ!」

 

  なにやら言いかけていたシアさんの脳天に、ウサギの踵が振り下ろされる。煙をあげるシアさんの頭。

 

  散々雑な扱いをされた上に話の発端となったのにこの扱い、流石の俺でも不憫に思えた。まあそういうキャラだから是非もないよネ!

 

  しかしすぐに復活したシアさんは、まずは名前を呼んでもらいますよお!と意気込みしていた。どうやら仲間を見つけたのがよほど嬉しかったようだ。

 

  その後、シアさんが騒いであっちの三人のいずれかに制裁されるということを繰り返していると、不意に多くの気配を感じた。

 

「ハジメ、そろそろみたいだぞ」

「ああ、わかってる」

 

  魔物と思しき咆哮と悲鳴に、俺たちはバイクのスピードを上げる。立ち上がっていたシアさんが慌てて捕まった。

 

  周囲の景色を置き去りにして、ぐんぐん進んでいく。そして走ること数分、最後の大岩をドリフトして迂回する。

 

  するとそこには、悲鳴や叫び声をあげながら逃げ惑う、魔物に襲われている数十人の兎人族が姿を現した。

 

  まるでワイバーンみたいな飛行型の魔物から、岩陰に隠れて必死に逃げている。目視できるのと隠れている気配の数を合わせると、だいたい四十人程度か。

 

「ハ、ハイベリア……」

 

 シアさんの震える声が聞こえた。あのワイバーンモドキは〝ハイベリア〟いうらしい。ハイベリアは全部で六匹はいる。

 

  兎人族たちの上空を旋回しながら、まるで嘲笑うように鳴いている。完全に弱者相手に狩りをするハイエナだ。

 

 そのハイベリアの一匹が、不意に行動を起こした。岩の間に隠れていた兎人族に急降下すると、空中で一回転し遠心力のたっぷり乗った尻尾で岩を殴りつけた。

 

 

 ドゴォンッ!

 

 

  轟音と共に岩が粉砕され、兎人族が悲鳴と共に這い出してくる。それにハイベリアは待ってましたと、大口を開けて襲いかかった。

 

  狙われたのは大人と子供の兎人族。ハイベリアの一撃で腰が抜けたのか、動けない小さな子供に男性の兎人族が覆いかぶさって庇おうとしている。

 

「……で、ルイネ。準備は?」

「ーーもうできている」

 

  俺の背後でバイクのシートの上に立ったルイネが、魔法でより集め形成した風の糸を引く。すると、襲いかかっていたハイベリアが不自然な動きで停止した。

 

  その体にはルイネの風の糸が巻きついており、ギチギチと全身を締め上げて身動きを取れなくしている。他の五匹のハイベリアも同様だ。

 

「ハッ!」

 

  ルイネが一声上げるのとともに、腕を振るってハイベリアをひとところに集める。その瞬間、俺はハイベリアに右手を向けた。

 

 

 

 ズズ……………

 

 

 

  すると、俺が手をかざした進路上、つまりハイベリアたちに向けて空間に黒い穴……小型のブラックホールが出現する。

 

  凄まじい吸引力を持つそれは、動けないハイベリアたちを飲み込み消滅させた。断末魔の声が消えるのとともにブラックホールが閉じる。

 

  これはこのロングコートの能力で、着ている間魔力を使ってブラックホールを生成できる。なんか完成させたら勝手に付与されてた。

 

『そりゃ人のローブ剥ぎ取ってまで作った代物なんだ、それくらいの力ついてなきゃ俺がキレるわ』

 

 エボルトもしかして怒ってる?

 

『むしろ怒らないわけなくね?』

 

 そりゃそうだな。さーせんっしたー。

 

『うっわ適当、声から顔まで何もかも適当』

 

  ともかく、兎人族たちを殺しかけていたハイベリアは排除した。呆れたように笑っているハジメと目配せし、バイクを動かす。

 

 

 ギャァ!

 

 

  だがその瞬間、絶壁の陰からもう一匹ハイベリアが飛び出した。やべっ、もう一匹隠れてたのか!

 

「あっ!は、ハイベリアがもう一匹……って、え?」

 

  シアさんの不思議そうな声に、後ろを振り返る。するとサイドカーの上で立ち上がったウサギが、今にもシアさんを投げようとしているところだった。

 

「あ、あの、ウサギさん?なんで私持ち上げられて……」

「……とりになってこい」

「うにゃぁああああああああっ!?」

 

  そして投げ飛ばされるシアさん。呆然としていた兎人族の皆さんが、シアさんだと気づいたのか「シア〜〜〜〜〜っ!?」と目を剥く。

 

  そんな家族に見守られ(?)、結構な速度で飛んでいったシアさんはハイベリアに激突し、逆さまになって落ちていった。

 

 

 ドパンッ!

 

 

  そして、予想外の攻撃にふらふらと飛んでいるハイベリアの頭をハジメが撃ち抜く。絶命して落下するハイベリア。

 

  もはや見慣れてきた落下するシアさんを、ルイネが風の糸で捉えて引き寄せる。そのままサイドカーに投げた。

 

「うにゃぁああ!」

「………」ゲシッ

「はきゅんっ!?」

 

  そして、すでに写真集を読みながら座ってるウサギに蹴られて地面に落ちた。どこまでも雑な扱いなシアさんであった。

 

『そこに痺れる憧れるゥ!』

 

 いや憧れないっす。

 

「うう〜、さっきから私の扱いがひどいです!待遇の改善を要求します!」

「………」

 

  すぐに復活して騒ぐシアさんをがん無視するウサギ。だが少しするとうるさかったのか拳で黙らせた。沈むシアさん。

 

  苦笑しながら近づくと、「私も大事にされたいですー……」とつぶやいているのが聞こえた。ほぼゴミ同然の扱いだからなぁ。

 

  しかし大事にされたいとは、俺たちにそれなりの信頼を置いているらしい。絶望の淵から救ってもらった吊り橋効果的なのもあるんだろう。

 

「シア!」

 

  度重なる非道な行い(八割がた俺たち)にもうほとんど衣服が残ってないシアさんにタオルをかけていると、兎人族が近づいてくる。

 

  走り寄ってきたのは濃紺の短髪のおっさんだった。ウサ耳つけたおっさんとか誰得だよ。一部の安倍さんにしか需要ないだろ。

 

『いや安倍さんでも引くんじゃね?』

 

「父様!」

「無事だったのか、よかった……!」

 

  ひしっと抱き合うシアさんとお父さんらしきウサ耳のおっさん。親子の感動の再会だ、感動的だな、だが無意味じゃない。

 

  しばし泣きあった二人は(その間ルイネと変顔対決してた)少し話すと立ち上がって、おっさんの方が畏まった姿勢になる。

 

  ハジメだとすげえ殺伐とした会話になりそうなので、俺が一歩前に出て代表として話すことにした。さすが俺マジイケメン。

 

『自画自賛乙』

 

「シュウジ殿、でよろしいですか。私はカム、ハウリア族の長です。此度はありがとうございました、シアのみならず我々まで助けていただいて。しかも脱出まで助力してくださるとか……」

 

  深々と頭を下げるウサ耳おっさん改めカムさん。後ろのハウリア族の一同も同様に頭を下げる。

 

「いいっていいって、気にすんなよ。そのかわり樹海の案内よろしくな?」

「はい、それはもちろん。受けたご恩は必ずお返しいたしましょう」

 

  にこやかに笑うカムさん。うーん、確か亜人は被虐種族だったはずだが。

 

  その中でもダントツに弱かったら、より一層警戒は強そうなものなのに、こうもあっさり信用されるとは。

 

  しかも元を辿れば、この峡谷に追い詰められたのだって帝国の兵士……つまり人間のせいだ。むしろ恨みそうなものだけどねぇ。

 

「そんなに簡単に信じてもいいのかい?」

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

「うーんむしろ珍しいくらいお人好しだったわ」

 

  苦笑するカムさんに、俺もまた苦笑い気味の顔で答えた。ちょっと危機管理能力が心配になるレベルだ。

 

「大丈夫ですよ父様、あそこにいるハジメさんは平然と女の子殴るし対価がないと動かないし、シュウジさんも見てるだけだしふざけてばかりですけど、約束は必ず守る人たちです!」

「はっはっはっ、つまり照れ屋な人たちなんだな」

 

  すっげえポジティブに捉えるカムさん。やべえ、この人たち思ってた以上のお人好しだわ。詐欺に引っかかるどころかホイホイ出て行って人攫いに捕まる勢いだわ。

 

  ていうか背後でハジメがドンナー抜いてるのがわかる。結構ボロクソ言われてたのが気に食わなかったんだろう。

 

「……ん、ハジメは(ベッドの上だと)照れ屋」

「ユエ!?」

「そうだね、ハジメ、〔ピッー〕するとすごくはずかしがるもんね」

「ウサギアウトォ!?それアウトォ!?」

 

  しかし、ユエとウサギによって発砲は抑えられた。代わりにハジメの性癖の一部が露見された。ほら、ハウリア族の女性の方々がモジモジしてるでしょ。

 

  まあそんなこんなでグダグダとしながらも、いつまでも同じところに留まっていてはまた魔物が集まってくるので出発する。

 

 

  そうしてハウリア族を助けた俺たちは、ライセン大峡谷の出口を目指すのであった。

 

 

 〜〜〜

 

 オマケ その1

 

 道中の会話

 

 シア「ユエさんも助けてくれてありがとうですぅ〜!」頭ナデナデ

 ユエ「……子供扱いしないで。私の方があなたより遥かに年上。呼び方も包容力のある大人の女性にふさわしい呼び方をするといい」キリッ

 シア「んー、わかりました。考えておきます」

 

 そしてハウリア族合流後

 

 シア「皆さん、私を助けてくれたうちの一人のユエママです!」

 ユエ「!?」

 ハウリア族1「おお、ママ!」

 ハウリア族2「ユエママ!」

 安倍さん「ママン!」

 シュウジ「うわぁ地獄絵図」

 

 そのあと実力行使でやめさせたとかなんとか




ククク、こいつらをアレにするのが楽しみだぜ……
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シュウジの力の一端

ついにUAが700を超えなくなってしまった…感想も来ないし…まあそういう時もありますよね。

シュウジ「どうもシュウジだ。前回はハウリア族を助けたんだったな」

ハジメ「おう。そこの残念ウサギは最後まで残念ウサギだったがな」

シア「うう、ひどいですよウサギさぁん!」

ウサギ「………」

ユエ「…無視されてる」

エボルト「ウサギはシュウジと同じくらいわが道を行くな…で、今回は帝国兵との遭遇だ。それじゃあせーの…」


六人「「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」」


 

  峡谷の中を、今度はシアさんだけでなくシルバニアファミリー(違う)とともに進んでいく。

 

  明らかに弱そうなウサギたちを魔物が獲物と定めて襲ってくるが、そこは我らが(鬼畜)ヒーローハジメマンがすぐに撃ち殺す。

 

  そうでなくてもユエやルイネなど、頼れるマイファミリーが迎撃しているのでなんの問題もなく峡谷を進んでいた。

 

  そんな彼らを見て、大人のシルバニアファミリーは畏敬の念のこもった目を、子供たちはヒーローを見る目で見ていた。

 

  ちなみに俺は、主にその子供たちの相手をしてます。なぜかシアさんが引いてるサイドカーに乗ったままのウサギにも群がってるけど。

 

『ああ〜心がぴょんぴょんするんじゃあ〜』

 

 わかりみだわ〜

 

「ったく、しつけえ奴らだな」

「うふふ、ほらほらハジメさん、子供たちが手を振ってますよ?振り返してあげたら「ドパンッ!」あふんっ!」

 

  またしても上空から襲ってきたハイベリアを撃ち殺したハジメにシアさんが話しかけ、ゴム弾で鎮圧されていた。しかもサイドカーが止まったのでウサギがイラッとしてる。

 

  言い忘れてたけど、ウサギは身内と認めた人間には大天使だけど、心を許してない、あるいは関心のない人には見ての通り雑な扱いをする。

 

『仕方がねえな、あの残念ウサギ阪神ファンだから』

 

 なんでや!阪神関係ないやろ!

 

「誰がそんなことするかボケ」

「ほらほらハジメ、そんなこと言わずにこっち来いよ」

「おい公園にある子供に占拠された週末のジャングルジムみたくなってんぞ」

 

  現在、俺に張り付いてるミニウサギの総数は十二匹。重くないよ、重くない(震え声)

 

  なお、地面に沈んだシアさんをみてカムさんは「そんなに懐いてるとは、父は嬉しいやら寂しいやら……ああ、これが子離れしていく気持ちか」とか言ってる。

 

『こいつらの危機管理能力マジパネーイ』

 

  どっかの銀河最強の筋肉バカが出てきそうだな。

 

  つーか、危機管理能力が薄いっつーよりは天然が入ってる感じ?兎人族全体がどうかは知らんが、同じような反応してるあたりハウリアは手遅れだ。

 

  ていうかこんなんで仲間どうしで争ったとき、いったいどんなことになってるのやら。そこんとこちょっとカムさんに聞いてみよう。

 

「なーカムさん、あんたら喧嘩したときどうしてんの?」

「ああ、それは……」

 

  突如、カムさんがズボンを脱いだ。流石の俺もその行動は想定外っつーかポルナレフ状態というか、とにかく硬直する。

 

  見れば、振り返っているハジメもぽかーんとしている。ユエとルイネもぽかーんとしてる。エボルトはきっと悪人ヅラしてる。

 

「いやなんで脱いだん?ねえなんで脱いだん?」

「ほっほっ、我らは喧嘩した際は暴力ではなく、尻尾のキューティクル具合で勝負をつけるのです」

「モフモフでつやつやの方が勝ちなのー!」

 

  俺をジャングルジムにしてるチビウサギの一人であるリコちゃん(仮称)がカムさんを細くするように大声で言う。み、耳が……

 

  思わず耳を抑えているうちに、ウサ耳おっさんは下着を中途半端に脱いでケツを晒していた。つーか尾てい骨にあるウサ尻尾を出してた。

 

「これでも私、尻尾のキューティクル具合では一族で最高だと自負しております」キリッ

「お、おう……」

「シューにーちゃんはどの尻尾が好きなのー?」

 

  カムさんを皮切りに、どんどんパンツを脱いでケツを晒していく子供達。程なくして俺はケツスパイラルに飲み込まれた。

 

  「アイルビーバック……」「マスター!?」なんて子供のケツに飲み込まれながら親指を立てる。ハジメが嘆息する声が聞こえた。

 

  自分は関係ないですよ的な反応をするハジメにちょっとイラっときたので、巻き込んじゃおう。他意はないゾ★

 

『むしろ悪意しかない件』

 

 こまけぇこたぁどうだっていいんだよ!

 

 それじゃあ早速……

 

「そういやハジメウサギの尻尾が好きって」ボソッ

「あっテメコラ、そんなこと言ったら……」

「ほほう!?」ズイッ

「うおっ!?ケツを近づけるなオッサン!」

「ハジメ殿はどの尻尾が好みですかな!?」

「「「キューティクル!キューティクル!」」」

「う、うおおおおおお!?」

 

  俺とは正反対にオヤジのケツスパイラルに飲み込まれるハジメ。はっザマァねえな!ワロリンゴw

 

  結局全員のケツにハジメのゴム弾が撃ち込まれたことで収集し、また行進し始めた。聞いて驚け、これで1時間無駄にした。

 

  いつも通りバカ騒ぎしながら進むことしばらく、ようやく峡谷の終わりが見えてきた。遠目から絶壁の上へ登れる階段が見える。

 

  実際に近づくと、それは一定の長さで反対方向に折れて積み重なっている構造の階段だった。さっきうっすらとこれの向こうに樹海が見えた。

 

「長かったなぁ」

『なおその間ほとんどふざけていた件について』

 

  仕方がないだろ、ギャグ次元ニキがそうしろって言ったんだから。

 

「帝国兵はまだいるでしょうか?」

 

  エボルトと会話していると、シアさんが俺たちに不安そうな面持ちで聞いてきた。ま、話を聞く限りすごい辛い目にあったみたいだしな。

 

  試しに探知魔法を使って半径1キロ圏内の、俺たち以外の生物を探知する。すると人間と思しき集団が壁の向こうにいた。

 

「うーん、簡潔に言うといる」

「っ……そう、ですか」

「まあ、安心しな。約束通りちゃーんと守ってやるからよ」

「そ、それは助かるんですが……その、敵対してよろしいんでしょうか?」

「どう言う意味だギャグウサギ?」

 

  シアさんの言葉にハジメが反応して聞き返す。こんな状況でも名前を呼ばないあたり杜撰な扱いと感じる今日この頃。

 

『いやあの勇w者wに対してのお前の方が酷いから』

 

  ぼくこどもだからなんのことかわかんなーい。

 

「だ、だって相手は人間ですよ?これまで倒してきた魔物とは違って、同じ種族……それでも敵対するんですか?」

「いやお前、俺たちが帝国兵と敵対するところ見たんじゃないのかよ」

「は、はい、それはもうバッチリと。シュウジさんが全員血祭りにあげるのをはっきりとこの目で見ました」

「え、俺なの?」

「だったらなぜ疑問に思う?」

「あっ安定のスルーですねはい」

 

  少し躊躇にした後、シアさんはそれが疑問ではなく確認だと言った。自分たちを守ることは人間と敵対するも同義であると。

 

  まあ、この世界での亜人の立場は良くて愛玩奴隷、悪くて獣のなり損ないの人間モドキ。中には亜人を狩る人間だっていると聞いた。

 

  そんな亜人を、大国の兵相手にかばう。なるほど、確かにそれは人間と敵対するのと同じ意味になるな。

 

  それをわかっているのだろう、シアさん同様ほかのハウリア族も同じ顔をする。子供達も空気を機敏に察して口を噤んだ。

 

 だが……

 

「それがどうかしたのか?」

「え?」

「シアさん、俺たちは別に人間と敵になる……まあ素直にいやあ、殺すことになんの疑問も抱いてないぜ?」

「ど、どうしてですか?同族なのに……」

「そんなん決まってんだろ。必要なことだからだよ」

 

  そもそも、彼女らを助けたのはルイネの頼み以前に、樹海の案内役をさせるという名目があったから。

 

  つまり、樹海の案内が終わるまでは俺たちが彼女らを守る義務があるわけだ。そのために必要なら人を殺すことも普通にやろう。

 

  冷酷といえばそれまでだが、あいにく俺を含めここにいる誰一人として、敵にまで温情をかけるような甘ったれた考えを持ってる人間はいない。

 

『そんなやつだったら、俺はお前をひっぱたいてたよ』

 

  だろうな。そういうのはあのバカ勇者だけで十分だ。

 

  必要だから人を殺す。その点において、俺はこの場にいる誰よりもずっとその意味を、重要性を知っている。

 

  当たり前だ、でなきゃ一千年も世界のために暗殺者なんざやってない。それがただ自分たちのために置き換わっただけである。

 

  殺すことで救える命がある。今回の場合、それはシアさんたちハウリア族に該当する。それならそこに迷いはない。

 

  そこらへんのことをかいつまんで説明する。あ、もちろん暗殺者云々のことは子供がいるから省いたよ★

 

「まあ長々と説明したが、要するに何が言いたいかというと、俺は帝国兵で焼肉パーティをする(真顔)」

「せめてこんな時くらい最後までシリアス通せや」

「な、なるほど……」

「はっはっはっ、シンプルで良いですな。樹海の案内はお任せくだされ」

 

  にこやかに笑ったカムさんが答えた。どっかのアホみたいに下手な正義感を出すよりギブアンドテイクのほうが信頼できるってもんだ。

 

  話もひと段落ついたところで、階段を上る。しばらく飲まず食わずの割に、案外ハウリア族の足取りは軽かった。

 

  そして、最後の階段を登りきる。するとその向こうにいたのは……

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~。こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

 事前に探知した通り、三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。

 

  全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、俺らを見るなり驚いた表情を見せた。

 

  だがそれも一瞬のこと、目の前で聞いてるってのに捕らえて女で楽しむだの高値で売れるだの、胸糞悪い話をしやがる。

 

「………マスター?」

「なんですか、ルイネ」

「!……いや、なんでもない」

 

  気がつけば、勝手に技能が発動して〝俺〟は〝私〟になっていた。ルイネが息を飲んだ後、引き下がる。

 

  回帰した途端、それまで〝俺〟が感じていたものがさらに強まった。誰かが囁きかけてくる、目の前の〝悪辣な悪〟を殺せと。

 

「はは……あん? 誰だお前ら、人間か?」

 

  静かに殺意を滾らせていると、シア・ハウリアを欲しがっていると話していた小隊長と呼ばれる男が私たちに気づいた。

 

「ええ、人間です」

「シュウジ、お前……?」

 

  ハジメが出る前に、私が一歩前に出て話をする。私の口調に驚いたハジメにアイコンタクトを取り、小隊長の方を向いた。

 

「はぁ~?なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ?しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か?情報掴んで追っかけたとか?そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

 

  勝手に推測し、勝手に結論に達した〝暗殺対象〟は、そう言って剣の切っ先を向けてきた。自分が上位者だと思っているのだろう。

 

「はぁ……全く、これだから程度の低い対象は困る」

「………あ?」

「頭も悪ければ性根も悪い。あまつさえ自分と相手の実力の差を見すらしない。反吐が出ます」

「……テメエ、調子に乗ってんじゃねえぞ」

 

  殺気立った〝暗殺対象〟が、剣を構える。後ろの有象無象も同じように武器を構え始めた。

 

「この程度で感情の制御を怠る……本当に質の悪い。これではアレも貯まるかどうか…」

「ああ!?何をブツブツ言ってやがる!」

 

  痺れを切らした様子で怒鳴る対象に、私はスッと目を細める。そして最後の言葉を投げかけた。

 

「最後の言葉を思い浮かべなさい」

「なんだと!?」

「はやくしなさい、でないとーー」

 

 

 トンッ。

 

 

「ーー眠ってしまいますよ」

「え、あ……?」

 

  瞬間移動し、人差し指の先を額に置いた対象は、間抜けな声を上げた後ぐるりと目玉を回して地面に倒れた。

 

  呆然とする部下たちの前で、じわりと対象の額に赤い内出血のシミが浮かび上がる。きっと中身の脳は弾けていることだろう。

 

  威勢の割にあっけなく死んだ対象に、私は〝暗器創造〟の魔法を使う。すると死体がねじれ、潰れて、おぞましい色の棘のついた細剣になった。

 

  一体何が起こったのかわからないという顔の兵士たちに、細剣を握った私は高速移動して姿を消す。そして兵士の一人の背中に回って胸を貫いた。

 

「ガッーーッ!?」

 

  ビクンッと体を震わせて、自分の胸に刺さったものを見下ろす。それは肉と骨、鉄の混じった棘付きの細剣。

 

  なにか兵士がする前に細剣を引き抜き、さらに移動。兵士の間を縫うように移動しながら頭を一突きして絶命させる。

 

「こんなものですか……」

「ば、化け物がぁああああぁあ!」

 

  1分もかからず、十人の兵士が血の海に沈む。姿を現した私に、表現不能な叫び声をあげて兵士が切りかかってきた。

 

 

 グリンッ

 

 

「かぺっ?」

 

  だが、次の瞬間には頭が百八十度回転して倒れ込んだ。後に続いていた兵士の表情が凍りつく。

 

  それに構わず、私は兵士の首に巻きつけていたもの……殺した兵士たちの背骨を溶接して作った鞭を解いて振るい、また一人打ち殺した。

 

「た、隊列を整えろ!」

「遠距離からの魔法ですか……良い手ですが、いささか遅い」

 

  鞭に〝暗器創造〟を使って棘付きの槍にすると、呪いをかけて手をかざす兵士たちに向けて投擲する。

 

  するとまず一人の兵士を貫いた槍は、まるで自分の意思を持っているかのように飛び回って兵士たちを殲滅していった。

 

  最終的に残ったのは、一人の兵士だけであった。それ以外は全員槍に、あるいは私の振るう細剣に貫かれて死んでいる。

 

「ひ、ひいっ!?」

 

  情けない悲鳴をあげ、腰を抜かして地面に座り込む兵士。それに左耳に髪をかけながら歩み寄る。

 

  仲間たちの死体を見回して絶望していた兵士は、私が近づいてくるのを見ると悲鳴をあげて後ずさった。細剣を投げ、背後に落とすことで止める。

 

「ひぁっ!」

「動かないでください」

 

  奇妙な声を漏らす兵士の頭に手を当て、解析魔法を使って記憶を読み取る。探すのは捕らえられた兎人族の行方だ。

 

  すると、少ししてヒットした。売れそうにない老人や醜いものを殺し、後を馬車に詰め込んで移送する記憶が流れ込んでくる。

 

「なるほど……」

「た、頼む、殺さないでくれ!なんでも話すから!」

「いいえ、その必要はありません」

 

  先ほど記憶を読み取った時点で、帝国の情報など使えそうなものは全て閲覧している。

 

  どうやらこの兵士たちは精鋭の中でも上級だったようで、様々な情報を手に入れることができた。

 

 故に、この兵士はもう用済みである。

 

「では、おやすみなさい」

「し、死にたくなーー」

 

  トン、と兵士の顎に指を当てる。軽い衝撃が走った後、兜に隠れた頭頂部からドロリと血が流れ落ちてきた。

 

  ドシャリ、と崩れ落ちる兵士。しゃがんでいた体制から立ち上がると、丁度そこで回帰の効力が切れた。

 

「ん〜、お仕事終わった〜」

『どっかの社畜かお前は』

 

  手の中にある気色の悪いもんをブラックホールの応用で消滅させて伸びをしていると、ハジメたちが近づいてくる。

 

  ハジメとユエはやれやれといった顔を、ウサギはいつも通り写真集を読み、ルイネはさすがマスターと言わんばかりに頷いている。

 

  そしてその後ろにいハウリア族の皆さんは、完っ全に俺に引いていた。まあ人間で暗器作ってたりしたもんなぁ。子供は特に怯えちゃってるし。

 

『これがほんとの武器人間、なんつってw』

 

 笑えねー。

 

「よーハジメ、調子はどうだい?」

「やあボブみたいなノリで話しかけてくんな。良いとこもってきやがって」

「さすが俺、華麗な戦いだったろ?」

「過激の間違いじゃないのか?」

「あ、あの……」

「ん?」

 

  おずおずと歩み寄ってきたシアさんに向き直る。シアさんはちょっと悲鳴をあげた後、言葉を発した。ちょっとショック。

 

『自業自得だな』

 

「最後の人は、見逃してあげても良かったのでは……」

「……うーん」

 

  お人好し度マックスな発言をするシアさんに、流石に俺は渋い顔をした。これはいくらなんでも優しすぎる。

 

「シアさん、一つ教えてやるよ」

「お、教え?」

「悪は悪でしかない。どんなに惨めな姿を晒そうと、弱っていようと、それに同情するのは悪に加担するのと同じことだ」

 

  だからこそ、俺は天之河光輝が嫌いなのだ。くだらない正義ごっこで悪を見逃し、さらに悪を増やし続ける。それは立派な悪だ。

 

  絶対悪にして必要悪だった俺にとって、〝悪辣な悪〟の次に許せないのはそういう〝悪を生み出す無自覚な悪〟である。

 

  悪は裁かなければいけない。命の瀬戸際でどんな行動をしたって、そいつの罪は消えたりしない。

 

  だから俺は、目の前で何をしようとも悪である限り、容赦なく殺す。

 

「そ、それは……」

「そもそも、一度殺そうとしてきたのに殺されそうになったら助けてくださいなんて虫のいい話だろ?」

「う……」

「シュウジ殿、そこまでで。何も、我々はあなたを攻めたいわけではない。ただ少し、こういうことに慣れていないが故に驚いただけなのだ」

 

  シアさんの前に出たカムさんに、後ろのハウリア族の皆さんもバツの悪そうな顔をする。ま、俺も説教をしたいわけじゃない。

 

  なので早々に話を終え、無事だった馬車をバイクと連結してハウリア族を乗り込ませ、足を確保した。

 

 そして、殺した兵士たちの死体は……

 

「よし、皆乗り込んだな。それじゃあ……食え」

 

 

 

 バクンッ!!!!!

 

 

 

  命じた瞬間、得体の知れない巨大な何かが現れ地面ごと死体を飲み込んだ。そうすると影に沈むように地面の中に消えていく。

 

  固まっているハウリア族の皆さんにまーた怖がっちまったかなーと思いながら、ハジメに声をかけて出発する。

 

 

 

  そうして、俺たちは樹海へと向かったのだった。

 




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アーマーゾーン!(樹海です)

どうも、グリス龍太郎のイラストを暇つぶしに書いてた作者です。今日中にツイッターにあげるかも?

龍太郎「どうも龍太郎だ。おお、俺のイラストか!どれどれ…」

シュウジ「へえ、割といい感じだな。んで、前回は俺が帝国兵を殲滅したんだったな」

シア「あの最後のやつ、なんだったんですか?なんか結構グロテスクな感じの見た目でしたけど…」

ハジメ「ああ、あれウサギの前に作られたホムンクルスの実験台らしいぞ。手なづけて持ってきたんだと」

ルイネ「うむ、さすがはマスターだ」

シア「ええっ!?」

エボルト「俺も最初は驚いたぜ。で、今回は樹海への道での話だ。それじゃあせーの…」


六人「「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」」


  俺、南雲ハジメは七大迷宮の一つ、【ハルツィナ樹海】に向かってバイクを走らせている。背後に牽引するのは大型の馬車二つ。

 

  最初は数十頭ほど馬もいたのだが、シュウジのやつがアレに帝国兵もろとも間違って食わしてしまった。コブラツイストしといた。

 

  そのシュウジは馬車の中で、チビウサギどもの相手をしてる。あんだけ怖がられてたのに子供が群がってるあたり、あいつは上手い。

 

  対するバイクの上には俺の他にユエ、そしてサイドカーに大天使ことウサギとなぜか断固としてこちらにいることを主張した残念ウサギがいる。

 

  当然ユエが何度も蹴り落としたが、ゾンビのごとくリスポするので諦めてウサギの足置き台になってる。ウサギ可愛い。

 

  まあ、これまで一人だったから〝同類〟である俺らと何としても仲良くなりたいのだろう。こっちにその気は毛頭ないが。

 

「ハジメ」

 

  背後から聞こえてくるシュウジとチビウサギどものカエルの合唱にイラッとしていると、不意にユエに名前を呼ばれる。

 

「どうしたユエ?」

「ん、なんか物思いにふけるような顔してたから」

「ああ、それはな……」

 

  少し前まで考えていたことを、ユエに話す。実は先ほど、シュウジが一人逃した……いや、あえて逃したのだろう帝国兵を一人撃ち殺していたのだ。

 

  その理由は二つあり、一つ目は〝纒雷〟の実験をするため。迷宮の魔物はともかく、人間相手にアレはオーバーキルだ。ボトルなんて論外である。

 

  そんなものを街中でぶっ放した場合、間違いなく大被害になる。流石の俺でも、なんの罪もない人間を巻き添えにはしたくない。

 

  結果は上々。一度しか試すことはできなかったが、シュウジとの訓練のおかげでそこらへんの威力調整は一回で感覚を掴めた。

 

  そしてもう一つは、人を殺すことに戸惑いを覚えないかどうか。これに関してはシュウジを見ているからか、全く何も思わなかった。

 

  代わりにあったのは、敵であれば殺す。迷宮で作り上げたその信念だけだった。これならもう心配はない。

 

「ま、そういうことだ」

「初めてだったんですね、ハジメさん」

「のわっ、聞いてたのか」

 

  身を乗り出してきた残念ウサギに、思わず驚く。すぐにウサギに蹴られて足置き台に戻っていた。もはや見慣れてきたな。

 

「あいたた……」

「どうして初めてじゃないと思ったんだ?」

「その、あまりにも容赦がなかったので……それにほら、シュウジさんはアレでしたし…」

「ああ、そういうことか。確かに俺は初めてだが、あいつは違うぞ。むしろ数え切れないくらい殺してる」

「えっ?」

 

  どういうことですか?といった顔をする残念ウサギに、しまったと思った。別に答えなくてもいいことに答えてしまった。

 

  ちらりと、後ろの馬車の中にいるシュウジを見る。すると聞き耳を立てていたのか、シュウジはひらひらと手を振った。

 

  本人がいいって言ってんなら別に話してもいいか。まあ樹海までもうしばらくかかる、その間の暇つぶし程度に話そう。

 

  そして俺は、残念ウサギにシュウジから聞いた前世について大まかに説明する。操り人形だったこと、〝世界の殺意〟として千年もの間暗殺者をしていたことなど。

 

  それを聞いた残念ウサギは驚いたり怒ったりと、まあコロコロと表情を変えた。そういえばあの漫画雑誌昔よく買ってたな。

 

「とまあ、そんなとこだ……って、どうした?」

 

  話を聞き終えた残念ウサギは、なにやらグスグスと泣いていた。

 

「ぐすっ、だって酷いですぅ〜!生まれた時から心を奪われて、人殺しの道具にされて〜!」

「……まあ、今の本人はあんな感じだけどな」

 

  また馬車の中を見ると、なぜか「ゲッツ!」とか「コマネチ!」とかポーズとってた。いちいち無駄に衣装チェンジしてる。

 

  特異な力を持つものが選べる道は、この残念ウサギのように排除されるか、あいつのように利用されるかのどちらか。

 

  同じように辛い道を辿ったものとして、共感でも覚えたんだろう。出会って間もないのに、お人好しな残念ウサギだ。

 

  それにしても改めて思ってもそんな過去を持ってるやつがあんなのになるとかやべえなとか思ってると、残念ウサギが意を決したような顔をして喋る。

 

「あ、あの、できればお二人やウサギさんのことも教えてくれませんか?」

「……なぜ?」

「あ、いやその、シュウジさんの話を聞いて、他の皆さんはどのような感じなのかなー、なんて」

「……まあいいか。暇つぶしの延長で話してやるよ」

 

  そう言うと俺は語り出す。裏切られて奈落に落ちて、ウサギやユエと出会い、そして今現在に至るまでの経緯を。

 

  自分で話してみて、俺ってなんでこんな理不尽な目にあってんだ?と思った。シュウジじゃないが、いずれぶつかる神は必ず殺してやる。

 

 んで、それを聞いた残念ウサギの反応は……

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、みなさんがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんで恵まれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

  案の定、滂沱の涙を流して号泣していた。鬱陶しいと思いながらも、自分が話したことなのでなんとも言えない。

 

  っていうかどさくさに紛れて涙やら鼻水やら人のコートで拭いてくれやがったので蹴り飛ばした。サイドカーの中でひっくり返る。

 

「ったく、あつかましいウサギめ……」

「お二人共、私決めましたよ!」

「うおっ!?」

 

  いつもなら待遇を改善しろだのなんだのと騒ぎ立てる残念ウサギは、まるでビデオを巻き戻すような動きでキラキラとした目を向けてきた。ホラーか!

 

「私、皆さんについていきます!遠慮はいりません、私たちは同じ仲間なのですから!」

「「だが断る」」

「相変わらずの清々しい即答っぷりですねぇ!?」

 

  すぐさま断った俺とユエにツッコミを入れる残念ウサギ。むしろなぜ連れて行くと思ったのか。

 

「……私たちに守られてるくらい弱いのについてくるなんて、ハジメたちに迷惑がかかる。だからダメ」

「う、ウサギさんまで……」

 

  オロオロとする残念ウサギ。だがその目には、何としても俺たちについてくるという意思がうかがえた。

 

  少し考えれば、すぐにその理由に思い当たる。そして深く嘆息し、残念ウサギに向かって話しかけた。

 

「要するにお前、旅の仲間が欲しいんだろ」

 

  ビクッと体を震わせる残念ウサギ。どうやらビンゴだったようだ。

 

  察するに、こいつはハウリア族の安全が確保でき次第自分は離れて行くつもりだったのだろう。また、新たな災いを呼び寄せないために。

 

  で、そこに異端という意味で〝同類〟である俺たちがタイミングよく現れた。だから守られた恩返しにかこつけてついて来ようって魂胆だろう。

 

  ユエとウサギにしか興味のない俺がいうのもなんだが、客観的に見てこいつの容姿はかなりのレベルだ。さらにこの髪色、ひとり旅は到底不可能だろう。せいぜい奴隷にされるのがオチである。

 

  最悪ひとり旅も考えていたんだろうが、それではあのバカみたいなお人好しどもは追いかけてくる。だが、俺たちについていけば納得できるだけの理由ができるわけだ。

 

  まあ、そこに単純な俺たちへの興味もあるのかもしれんが、そこらへんはどうでもいい。なにせ連れてく気がないからな。

 

  それをつらつらと説明すると、最終的にミッ◯ィーみたいな口になった残念ウサギは黙り込んだ。何から何まで図星かよ。

 

「別に責めてるわけじゃない。むしろ賢明な判断だ。だが、こちとら七大迷宮を攻略する旅なんだ。お前はお荷物にしかならん」

「うっ………」

 

  自分の非力さは痛いほど理解しているのだろう、残念ウサギはバツの悪そうな顔をする。

 

  結局残念ウサギはそれきり一言も喋らず、落ち込みながら何事か考えていた。早々に興味をなくし、運転に集中する。

 

  そして数時間ほど走らせ、ついに【ハルツィナ樹海】の前へと到着した。馬車からハウリア族どもが降りてくる。

 

「はーい、皆整列してねー」

「「「はーい!」」」

 

  一緒に降りてきたシュウジは、なんかやたらチビウサギどもに懐かれていた。その横にいる幼稚園児くらいの少女が点呼を取ってる。

 

  魔力駆動二輪をしまって近づいて見ると、それは某働くなんちゃらの血小板だった。ただし目が赤い。

 

「おい、何やってんだエボルト」

「おおハジメか、こっちのほうが馴染みやすいだろ?」

 

  ニュッと顔だけブラックホールフォームにして振り返るエボルト。幼女の体に仮面が乗ってる姿はものすごくシュールだった。

 

「なーぜかうーえだけー」

「それ俺も思い浮かべたわ……ってそうじゃねえ、さっさと点呼取れ」

 

  ランラララッとテンポを取るシュウジにそう言って、ハウリア族を集合させる。すると族長のカムが進み出てきた。

 

「ハジメ殿、樹海に入ったら我らから離れないように……」

「待て、その前にその出したままの半ケツをしまえ。もう一発ゴム弾食らわしてやろうか」

「おっと、これは失礼。馬車の中で磨いた我が尻尾を見てもらおうと思いまして」

「お前は俺にトラウマを植え付けたいのか?」

 

  ドンナーをちらつかせながらズボンを履かせる。まったく、こいつらハウリア族じゃかくてアホリア族なんじゃねえのか。

 

  〝宝物庫〟に馬車をしまい、俺たちを中心としてハウリア族が固まって樹海へと入る。なお、エボルトはまだ血小板のままだった。

 

  目指すは樹海中央にそびえる大樹。なんでもハウリア族を含めた亜人族の中では〝大樹ウーア・アルト〟と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないとか。

 

  なぜそこを目指すかというと、最初はこの樹海そのものが迷宮かと思っていたのだが、それではあのレベルの魔物相手にこいつら亜人族が生きているはずがない。

 

  ならばオルクスの迷宮のように、他に〝真の迷宮〟への入口があるのでは?と考えたのだ。そこに樹海の中に立つ大木、怪しさ満点ではないか。

 

  なので、まずはそこへと向かう。それを伝えるとハウリア族たちは頷いた。

 

「皆さん、できる限り気配は消しもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」

「ああ、承知している。俺たち全員、ある程度は隠密行動はできる」

「ん」

 

 了承の意を返して〝気配遮断〟を使う。隣にいるユエも、奈落で培った方法で気配を薄くした。ウサギも俺から伝えると気配を完全に消す。

 

「ッ!?これは、また……ハジメ殿、できればユエ殿くらいにしてもらえますかな?」

「ん? ……こんなもんか?」

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや、全く、流石ですな!」

 

  苦笑い気味に笑うカム。兎人族の唯一の武器は隠密能力と聴覚による索敵と言っていたから、その自分たちがわからないとなればそういう顔もするだろう。

 

「あれ?そういやシュウジは……」

「呼んだか?」

 

  突如、ふっと目の前にシュウジが現れる。猛特訓のおかげで半径五メートル内に気配があれば気づくのだが、まったくわからなかった。

 

  まあ、こいつは前世は世界最強の暗殺者だ。俺たちの中で誰よりもそういうのはうまいだろう。それはルイネも同様だ。

 

  とにかく、ちゃんと気配を消せるということでシュウジが頭だけブラックホールの血小板エボルトを吸収し、移動を始める。

 

 暫く、道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握しているようだ。

 

  聞いたところによると、理由は分かっていないが亜人族は亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 

  道中幾度か魔物に襲われながらも、ことごとくたやすく撃退していく。迷宮の魔物に比べれば雑魚だった。

 

「ハニートラップ」

「プリンセス」

「酢飯」

「シンガポール」

「ルート」

「どうしてこうなった」

「大丈夫だ、問題ない」

「芋けんぴ 髪についてたよ」

「ヨホホホホホホホ!」

「ほんとすこ」

「このロリコンどもめ!」

「メン◯ス」

「ステンバーイ」

「インドを右に」

 

  ずっと歩いているのは暇なのか、シュウジとルイネがしりとりするのが聞こえた。だが姿は見えないので不気味に思える。

 

  そうして数時間も歩いていると、不意に大量の気配が俺たちを取り囲んでいるのを感じ取る。

 

  数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

 

 そして、何かを理解したのか顔を歪ませた。残念ウサギに至っては、顔を青ざめさせている。

 

  ほどなくして俺たちも相手の正体に気がつき、面倒なことになったとため息を吐いた。

 

 その相手の正体は……

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

 虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。またしても誰得案件である。

 




いっぱい読んでいただけるとウレスィー。
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え?ハウリアって残念の代名詞でしょ?

むう、また感想とアクセスが少なく…

シュウジ「どうも、皆さん大好きシュウジだ。今日はこの方に来てもらったぜ!」

雫「えっと…ここどこ?」

シュウジ「そう!我が最高にして最強、最カワな雫さんです!どんどんぱふはふ〜!」

雫「あ、やっと見つけたわよシュー。まったく、どこにいってたの…ん?これまでのあらすじとカンペ?なになに…なんか色々凄いことになってるわね。前回は樹海へ向かったそうじゃない」

ルイネ「マスターは子供たちと戯れていたな。非常に懐かれていた」

雫「あなたは…ああ、あの予感の」

ルイネ「予感?なんのことかわからないが…ルイネだ。あなたの話はよく聞いている、よろしく頼む。正妻殿?」

雫「ふーん…ま、いいわ。よろしく。それとシュウジ、あとであっちの部屋ね」

シュウジ「マジか…まあ久しぶりだしいっか。で、今回はなにやら森の虎さんたちと遭遇するらしいぞ。それじゃあせーの…」

三人「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」


 

 あるー日、森の中♪熊さんに、出会った♪

 

『花咲く森の道〜、ってか?』

 

 ま、ここにいるの虎だけどね。

 

  さて、状況を説明しよう。いきなり目の前に樹海のフレンズ(違う)が現れたと思ったら、なんかやいのやいの騒いでる。

 

  どうやら俺たち人間と亜人族が一緒にいることが許せんみたいで、シアさんを匿っていたこともあってこの場で処刑とか叫んでた。

 

 

 ドパンッ!

 

 

  上に指示も仰がずに処刑とかダメじゃね?と思っていると、ハジメがドンナーを発砲して、リーダーらしき男の後ろの木を吹っ飛ばした。

 

「っ!?」

 

  耳が頭の上ではなく横にあったらでっかくなっちゃったどころか永遠にオサラバしていたであろう虎耳おっさんは、理解不能といった顔で背後を振り返る。

 

  ま、この世界にゃ銃なんて高度な武器はない。あのおっさんどもからすれば、魔法でもない謎の超攻撃にしか思えなかっただろう。

 

  しかし、すぐに我に返って攻撃をしてきそうだったのでルイネに目配せをする。俺たちも少し脅しておきますかね。

 

「ヘイおっさんども、ルックアットミー」

 

  大きな声で叫ぶと、その場にいた全員が俺の方を振り返った。それに俺は、とある方向を指差す。

 

  つられてそちらに向いた亜人たちが見たのは……

 

 

 

 ドォオオオオオオンッ!!!

 

 

 

  突如、謎の巨大な黒い生物が地面から空へ向けて飛び出す様だった。その無数の牙の間からは、遠目でもわかるほど大量の魔物の残骸がこぼれ落ちている。

 

  先ほど帝国兵と馬を食ったばかりのアレは、しかし新たな食事にありつけたことに咆哮しながら姿を消した。

 

  それを見届けた亜人たちの方に視線を戻す。すると虎耳おっさんたちはガクブルしてた。ハウリア族は一度見たから割と落ち着いてる。

 

「さて、今みなさんにお見せしたのは俺のペットだ。もし下手に動こうものなら……今の魔物たちみたいに丸呑みにされちゃうよ?」

「くっ……!」

「あ、背後から攻撃とか無しね。全員位置把握してるから」

 

  俺が言うのと同時に、隣にいたルイネが金属糸を握った手を引く。すると虎耳おっさんの後ろから糸で縛られたおっさんが転がり出てきた。

 

「ぬがっ!?」

「なっ……」

 

  驚いた顔をする虎耳おっさん。密かに包囲していたのに、まさか捕まるとは思っていなかったのだろう。慢心するとは情けない!

 

  その俺たちの行動のおかげで、虎耳おっさんたちは大人しくなった。よし、これで会話できるな。ハジメにウィンクする。

 

「それキモいぞ」

「えっマジで」

 

  冗談だ、とハジメは笑い、ドンナーをホルスターに収めながら一歩前に出た。そして凄まじい威圧感を発する。技能の〝威圧〟だろう。

 

  威圧というのは、魔力を放射することで物理的なプレッシャーを発する技能である(オスカーペディア参照)

 

  それを受けた虎耳おっさんたちは先ほど以上にガクブルしてた。足とかバイブレーションになってる。ていうかルイネに縛られたやつ失禁してね?

 

『やだ臭い!』

 

「さて、さっきこいつらを殺すとか言ってたな?残念だがそれは俺たちが許さない。約束を果たすまでこいつらの命の保証人だからな」

「ぬぅ……!」

「どうしてもやるというのなら、容赦なく殺させてもらう。だが、引くのなら追いはしない。選べ」

 

  無駄死にするか、惨めに生き残るか。どちらかを選択しろと迫るハジメ。見ようによっては完全にヤクザである。

 

  虎耳おっさんは戦士としての誇りでもあるのか、随分と悩んでいるようだ。歯ぎしりをして俺たちを睨んでる。おお怖っ。

 

『とか言って全然ビビってない件』

 

  デートに遅刻した時の雫のほうがこれの数億倍は怖いね。あの穴が空いたような目…あっやべ鳥肌立ってきた。

 

  ホラー映画かよいうような雫の怒りフェイスを思い出しているうちに、何かしらの考えをまとめたのか虎耳おっさんが話し出す気配がした。

 

「……その前に、一つ聞きたい。一体何が目的だ?」

 

  端的な質問をする虎耳おっさん。事と次第によっては、この場で命を散らしても俺たちと戦うという顔をしていた。

 

  大方フェアベルゲンを襲うとか、そこに住んでいる亜人たちを奴隷として捉えにきたのかとか考えてるんだろう。

 

  だが、そんなの俺たちは興味ナッシング。ここにきた目的は……

 

「いやぁそいつがねえ、大樹ウーア・アルトってとこに行きたいわけですよ」

「大樹だと?」

 

  ハジメの肩に腕を置いた(顔に肘鉄入れられた)俺がそういうと、虎耳おっさんは拍子抜けしたような顔をした。

 

  カムさんたちの話でも、大樹は神聖視されてはいるが、さほど重要視はされていない観光スポットみたいなところだ。

 

「そんなところに、一体何の用だ?」

「そこに、本当の大迷宮への入口があるかもしれないからだ。俺達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアは案内のために雇ったんだ」

「本当の迷宮……?何を言っている、七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

「いや、それはおかしい」

「なんだと?」

 

  訝しげな虎耳おっさんに、ハジメがこの樹海についての考察を語る。

 

  オルクスのところと比べて魔物の強さがはるかに劣っていること、そもそも亜人族だけとはいえ、簡単に深部に行けてしまうこと。

 

  〝解放者〟どもは、一種族を贔屓するようなヤワな試練は残しちゃいない。オルクスの時だってルイネを奪われて……

 

「…やっぱ今からでもあそこブラックホールで飲み込んでこようかしら」

「マスター、私はもう気にしていないぞ?」

「ぬぅ……」

 

 ケッ、ルイネに感謝するがいいオスカーめ。

 

『いや、死人に言っても意味ないだろ』

 

  また俺の恨みつらみはともかくとして、その説明を聞いた虎耳おっさんは訳がわからないといった様子だった。

 

  〝解放者〟たちの情報は、この世界の中でも最もトップシークレットなもの。このおっさんがどういう扱いか知らないが、そうそう知るものはいないだろう。

 

  しかし、今この状況において優位に立っているのは俺たち。嘘をつく理由がないので、困惑しているというところか。

 

  結局部隊長のおっさんの独断では決められないってことで、本国に指示を仰ぐことになった。お偉いさんが来るまでは待機である。

 

「さあ集まれちびっこたち、つくってあそぼの時間だ!」

「俺たちが工作を教えちゃうぜ」

 

  なので、暇つぶしにチビウサギたちと遊ぶことにした。俺は赤い帽子に黒縁の伊達眼鏡、分離したエボルトはいつしかの某クマに擬態している。

 

  これまでの馬車の中で懐いていたチビウサギはすぐに集まり、工作の時間が始まる。わくわくしちゃうね!

 

「何やってんだあいつは……」

「ん」

「おっと」

「………」ポスッ

 

  ハジメの方をちらりと見ると、ユエが足の間に、ウサギが背中によりかかっていた。くっ、ピンク色のオーラが……!

 

「い、今なら……!」

「やめておけ」

 

  おっさんの声が聞こえたのでそっちを向くと、今が攻撃できるチャンスだと思ったのか動こうとする虎耳を制止していた。

 

 

 ズ……

 

 

  その動きに反応したように、近くにあった木が半ばからズレて倒れる。虎耳はビクッと体を震わせ、ルイネの方を見た。

 

  木に背中を預けている我が弟子は、金属糸のきらめく指をくるくると回し虎耳を牽制する。何をしても無駄という意思表示だ。

 

  そっちは問題なさそうなので、チビウサギたちの相手に戻る。あっすげえリコちゃん(仮称改め本名)折り紙で◯ジラ作ってる。

 

「はーいみんな、できたかなー?」

「「「できたー!」」」

「それじゃあこいつの前に並べてくれ」

「「「はーい!」」」

 

  元気よく答えて、自分の作ったものを俺の前に置くチビウサギたち。おお、色々あるな。カマキリ、バッタ、クモ、キリン、アンク、安倍さん、エイリアン待って途中から何かおかし(ry

 

  それらのものに、魔法で擬似的な命を吹き込む。すると折り紙の人形たちは動き出し、それぞれ作者のチビウサギの元へ向かっていった。

 

  最初は驚いていたものの、キャッキャと騒ぎ始めるチビウサギたち。それをみて頷く俺とエボルト。

 

「うむ、子供には笑顔が一番」

「あの、ありがとうございますシュウジ殿」

「いいっていいって」

 

  かしこまった様子で頭を下げてくる親の兎人族にひらひらと手を振る。そうするとハジメたちの方に行ってみた。

 

「ちょ、ギブギブ!」

「………」( * ゚д゚)

 

  すると、シアさんがユエに腕の関節を極められていた。バシバシとタップしてるが怒りマークをつけてるユエは一向にやめない。

 

  挙げ句の果てには、まるで絨毯のように薄く伸ばされてウサギの尻置きになった。物理法則どうなってんだあれ。

 

  そんなこんなで時間を潰していると、かなりの速度でこちらに近づいてくる気配があるのがわかった。

 

「ハジメ」

「ああ」

 

  立ち上がるハジメ。ユエも気配を感じたのだろう、さっとシリアスに戻る。なお、ウサギ組はそのままである。

 

  霧の奥から、数人の亜人が姿を現わす。中央かつ先頭にいる初老の男は、一言で言えば美しいという言葉がぴったりだろうか。

 

  威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。いかにも〝長老〟って感じだ。

 

  そんな男の中で最も目立つ特徴といえば、やはり鋭く尖った耳だろう。そう、男はエルフだったのだ。

 

「俺も年取ったらダンディな渋カッコよさ手に入れられるだろうか」

「そもそもお前年取れるのか?」

「わかんね。ハザードレベル測定不要だし」

「ブラックホールの俺でも測れんからなぁ」

 

  俺のハザードレベルどれくらいなんだろうか。一回見てみたいぜ。

 

「お前さんらが件の人間たちか。名前は何という?」

「ハジメだ。南雲ハジメ。で、こっちが……」

「ファンタスティックテクニック、どうも北野シュウジです」

「お前どっちかというとアイアンウィルだろうが。俺はエボルト、こいつの相棒みたいなもんだ」

 

  タメ口で話す俺たちに、後ろのエルフたちが声を荒げ用とした。しかし、男がそれを制したのでことなきを得る。

 

  そうすると、男はアルフレリック・ハイピストと名乗った。フェアベルゲンの長老の一人であるらしい。

 

「さて、お前さんたちの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。〝解放者〟の存在をどこで知った?」

「うん? オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」

 

  アルフレリックさんの質問にハジメが答える。そういえばオスカーの映像って質問できて、はんぺんかちくわどっちかって聞いたんだよな。

 

『で、答えは?』

 

 大根って言われた(真顔)

 

「奈落の底、か……聞いたことがないな。何か証明できるものはあるか?」

「ヘイアルフレリックさん、キャッチ」

 

  試すように問いかけてくるアルフレリックさんに、あるものを放る。危なげなくキャッチするアルフレリックさん。

 

  投げ渡したそれは、オスカー・オルクスの指輪の複製品。遺骨を埋葬した時に、ローブの中から出てきたものだ。

 

「そいつで信じてくれるかい?」

「こ、これは確かにオスカー・オルクスの紋章……ああ、わかった。お前さんたちが迷宮を攻略したことを信じよう」

「そいつは良かった。それじゃあ早速…」

「取り敢えず、フェアベルゲンへと来るが良い。私の名前で滞在を許そう」

「ぬっ?」

「はあ?」

 

  それじゃあ早速大樹へ向かいますわ、と言おうとした瞬間、アルフレリックさんはそういった。

 

「ウェイウェイウェイ、ちょっと待ってくだせえアルフレリックさん」

「何勝手に俺たちの予定を決めてんだ?俺たちは大樹には用があるが、お前らの国には興味がない。問題がないからこのまま向かわせてもらう」

「いやお前さんら、それは無理な話だ」

 

  どういうことだ?と殺気立つハジメに、アルフレリックさんは嘆息する。どうやら何か理由がありそうだ。

 

「どういうことだ?」

「大樹の周りは特に霧が濃くてな、我々でも迷ってしまう。一定周期で霧は薄れるが、次は十日後だ。その状態でどうするつもりなのだ?」

「……そんなこと聞いてないが」

「亜人族ならば誰でも知っているはずだが……」

 

  ちらりとカムさんらを見やるアルフレリックさん。つられて俺たちも、特にハジメが錆びたロボットみたいに振り返った。

 

  そして、当の本人たちは……

 

「あっ」

 

  まるで今も思い出しましたとでもいうように顔を青ざめさせるカムさん。おい、マジで周期のこと忘れてたんかい。

 

「……おい、どういうことだ」

「いや、その……色々ありましたしつい忘れていたというか、その……ええい、なぜお前たちも途中で教えてくれないのだ!」

「ちょっこっちに飛び火させないでくださいよ父様!私は父様が自信たっぷりだったから、ちょうど周期なのかと……!」

「そうですよ!」

「僕たちもあれ?おかしいなとは思ってたけど族長が……」

「お前たちそれでも家族か!?これはそう…連帯責任だ!お二人とも、罰はどうか私だけでなく全員に!」

「あっ父様汚い!お仕置きされるなら自分だけにしてくださいよ!」

「道中のお二人を見ていただろう!一人でお仕置きなんて絶対に嫌だ!」

「あんたそれでも族長か!」

 

  ギャーギャー騒ぎ始めるハウリア族。なるほど、こういうところまで皆一緒である。さすがはハウリア族(?)といったところか。皆残念だ。

 

「最初のシリアスさはどこへいったやら……」

「え?ハウリアって残念の代名詞でしょ?」

 

 

 ゴゴゴゴゴンッ!!!

 

 

  エボルトと話しているうちに、全員の頭にハジメの握った義手が叩き込まれる。加速を使った無駄に見事な制裁だった。

 

  地面に沈んだハウリア族に、虎耳たちもアルフレリックたちも呆れた顔で嘆息する。その反応がハウリア族の残念さを雄弁に語っていた。

 

 

 

  とまあ、そういうわけで天然ウサギだったハウリア族のお陰で、俺たちはフェアベルゲンへと向かうことになったのだった。





【挿絵表示】


前回言っていたグリス龍太郎のイラストです。

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フェアベルゲン、だんちゃ〜く!(到着です)

どうも、一昨日体育祭だったのですがそこで元カノの体操着姿みて可愛いなと思うあたり引きずってんなーと思った作者です。

シュウジ「よお、デッドプール2携帯にダウンロードして何度も見てる作者にウェイドとわりと似てね?って言われてるシュウジだ。前回はフェアベルゲンに向かうことになったぜ」

ハジメ「彼女大好き、高い戦闘能力、自己治癒能力、ベクトルは違うがふざけてばっか…確かに似てんな」

雫「そんな、大好きだなんて…///」

ルイネ「むう、正妻殿は羨ましいな」

シュウジ「ははっ、何言ってんだお前もに決まってんだろ」

ルイネ「ま、マスター…」

鈴「ぐぬぬ…龍っち、私のことどう思ってる!」

龍太郎「ボケの相方。あとガキ」

鈴「結界パンチ!」

龍太郎「ごはっ!」

エボルト「ったく、このリア充どもめ。ブラックホール使ってやろうか…今回はフェアベルゲンでのお話だ。それじゃあせーの…」


七人「「「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」」」


「はーいそれじゃあ行くぜみんな。ワン、ツー、スリー……はい!」

「「「森へ行きましょ娘さん!鳥が鳴くあの森へ!」」」

 

  歩きながら指揮をする俺と手拍子するエボルトの前で、チビウサギたちが合唱する。歌わせているのは森へ行きましょうという童謡である。

 

  チビウサギたちは出会った当初の憔悴しきった様子はどこへやら、とても楽しそうに歌っていた。男の子同士で肩を組んでる子もいる。ショタBLとか業の深いものの浮かんだやつは後で屋上に来い。

 

  チビウサギたちの合唱は森の中に響き、しかしルイネやハジメたちが警戒しているので魔物が来ても平気になっている。

 

「……おい、あれ止められないのか」

「悪いがあいつが一旦何かやり始めたら俺でもそうそう止められん」

 

  なんか虎耳おっさん(ちょっと前に聞いたけどギルって名前らしい)がハジメと話しているのが聞こえた。なになに、俺のこと?

 

「自意識過剰乙」

「やかましいわい」

 

  エボルトと言い合いながら、チビウサギたちを指揮して歩き続ける。今俺たちが向かっているのは亜人の国、フェアベルゲンだ。

 

  かれこれ1時間は歩いており、元気いっぱいなチビウサギたちと戯れながら進んでいる。亜人の皆さんは顔をしかめてた。いいぞもっとやる。

 

  チビウサギたちに歌わせながら歩くことしばらく、不意に視界が晴れた。あれ、いつのまにか霧が消えてる。

 

「おいシュウジ、あれみろ」

 

  エボルトに肩を叩かれてそちらを振り返る。肩を叩かれてだといいけど肩叩きされるって表現すると一気に不吉になるよね。

 

  そこには、桜ーのトンネル潜った日ならぬ霧のトンネルが一本できていた。よく見りゃ、トンネルの端に等間隔に鉱石が地面に半ば埋まっている。

 

  青白い光を放つその鉱石は、どうやら霧を退けているようだった。手を当てて解析魔法を使うと、〝フェアドレン水晶〟と出てくる。へえ、魔物もある程度避けるのか。

 

「見た目完全に飛◯石じゃね?」

「ちょっおま、それ言わんとしてたのに」

 

  いやだって青白く光る鉱石とかもう完全に◯行せ(ry

 

  アルフレリックさん曰く、フェアベルゲンもこの水晶で囲っているからこそ魔物の襲撃をあまり受けず、平和を保っているとか。

 

  これに関しては助かった。ユエもルイネも霧を鬱陶しそうにしてたしな。ウサギ?なんかオーラだけで霧吹き飛ばしてる。

 

  なお、そのウサギの乗ってるサイドカーを引いてるのは頭にたんこぶをつけたシアさんとカムさん。他の仲間()を巻き込もうとしたので罰をプラスしたのである。

 

「うぅ〜、酷いですよ父様……」

「はっはっはっ、我らハウリア族はどこまでも一緒だ」

 

  恨めしげな顔をするシアさんに、カムさんはいっそ清々しいほど乾いた笑いでそう言っていた。だめだこいつ、はやくなんとかしないと……

 

「別にしなくてもいいんじゃね?」

「それもそうだな」

「諦めんの早っ」

 

  言いながらトンネルを抜けると、そこには木製の巨大な門がそびえていた。その奥には家と思われる窓のはまった巨木が見える。

 

  アルフレリックさんが合図をすると、俺たちを見て困惑している見張りの人たちが門を開けた。

 

  重厚な音を立て、開け放たれた門の先にあったのは……それまでとは全く違う、美しい世界。別世界とはこのことか。

 

  灯りの灯った窓のある直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、そこに人が優に数十人規模で渡り歩けるだろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。

 

  樹の蔓と重り、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。

 

「ようこそ、我らが故郷〝フェアベルゲン〟へ」

 

  呆気にとられている俺たちに、アルフレリックさんはどこか誇らしげな口調でそういった。

 

  暖かな光の中で幻想的な雰囲気を醸し出すその光景に、俺は……

 

「はーい残念B組、全員集合ー。写真撮るよー」

 

  ビルドフォンverエボルトを取り出してハジメたちを招集した。厳かな雰囲気?感動的なシーン?なにそれ美味しいの?

 

 さあ、記念撮影タイムだ……!

 

『ショータイムだみたいに言うな。ていうかさっきまでの感慨を返せ』

 

 知らない知らない。

 

「はいアルフレリックさんこれ持って、合図したらここの出っ張りを押してくれりゃいいから」

「お、おお?」

 

  たじろぐアルフレリックさんにカメラを起動したビルドフォンverエボルトを渡すと、すでにステンバーイしてるハジメたちの元へ向かう。

 

  そして真ん中に入り、ハジメと肩を組んで「ハイチーズ」と合図をする。アルフレリックさんはなんとかそれに反応して写真を撮ってくれた。

 

  アルフレリックさんからビルドフォンverエボルトを受け取り、写真を見る。うん、いい感じに撮れてるね。カメラマンの才能あるんじゃないこの人?

 

『ねえよ』

 

 デスヨネー。

 

  重要な?写真撮影も済んだので、門をくぐってフェアベルゲンの中へと入る。その瞬間、上から殺気を感じた。

 

「ふっ!」

 

  刹那の時間でルインエボルバーを取り出し、頭上に向けて刺突する。だが、それはガインッ!と言う音とともに止められた。

 

  俺の刺突を受け止めた何者かは、受け止めていたルインエボルバーを解放するとひと回転して俺の前に着地する。

 

 

 ガルルルルル………!

 

 

  それは、巨大な犬のような見た目の怪物だった。黒と灰色の毛皮、赤い四本足に宝玉がいくつもはまった派手な頭飾り。

 

  先ほどルインエボルバーを受け止めたと思しき口には肥大化した牙が上下二本ずつ伸びており、青い目には狂気が宿っている。

 

「「「「シュウジ!」」」」

 

  ハジメが隣に来て、怪物に向かってドンナー&シュラークの銃口を向ける。ユエは魔法を、エボルトはブラックホールフォームになった。

 

  だが、ただ一人ルイネだけは自然体であった。亜人族の皆さんもだ。あとウサギも。こっちに関してはもう諦めてる(白目)

 

  まあ、ルイネがそう言う態度なのも当たり前だ。なんせこいつは……

 

「よぉ、出会い頭にダチの頭を噛みちぎろうとするたぁ随分なご挨拶だな?」

「ガルルルル」

「その下手な獣の芝居やめろや、どっかのブルーサ・イーが泣くぞ」

「ガルル……はっはっ〜、いやそれゲキレンジャーじゃないのよ〜」

 

  突如、人語を話す怪物。ハジメたちがぎょっとする中で、怪物の体が縮んでいった。程なくして、宝玉をあしらったローブを着た人型になる。

 

「ふぅ、これ暑いんだよね〜」

 

  そう言いながら、怪物だった人型が顔につけていた怪物の顔と同じ面を外した。すると、中から眠たげな目をした中性的な女が出てくる。

 

  俺はそいつを、よく知っていた。多分この中では亜人族の皆さんよりも……いや一番よく知っている。

 

「久しぶりだな、〝 神喰いの奇獣(ランダ)〟」

「あはは〜、久しぶり〜〝■■■〟……ありゃ?」

「あ、前世の俺の存在は消えてるようなもんだから名前呼べないぞ。今はシュウジってんだ、そっちで呼んでくれ」

「へえ〜、そうなんだ〜。ならシーちゃんで〜」

 

  おっとりと話す女……いや前世の我が友、ランダ。俺たちのやりとりを見て安全だとわかったのか、ハジメたちが武装を解除する。

 

  こいつはランダ、俺の前世の世界を拠点として、世界を渡り悪神を喰らう奇妙な獣。五百年来の友達であり、気心の知れた中だ。

 

  前世の世界では住処を迷宮にしており、俺のようなダチに限ってVIP待遇で入らせてくれてた。なので主にルイネたちの訓練に使わせてもらってた。

 

「お久しぶりです、ランダ様」

「おやおや〜、誰かと思えばルーちゃんじゃない〜。シーちゃんとはうまくいったの〜?」

「はい、お陰様でこの通りです」

「わあ〜、指輪なんかもらってるじゃない〜。私のところに〜恋愛相談しにきてた甲斐があったね〜」

「えっ待ってそれ初耳なんですけど」

 

  ルイネとランダの会話に突っ込んでいると、ハジメに肩を叩かれる。振り返ると説明しろという顔をしていた。

 

  それに頷き、他の皆にも聞こえるように前世のことを抜いて俺とランダ、ルイネの関係を説明する。すると亜人族の皆さんは驚いてた。

 

「ランダ殿とお前さんが友人だったとはな……ランダ様は数ヶ月前にここに来て、フェアベルゲンを守ってくださっているのだ」

「あーお前霧のある森の中とか好きだもんなー。さすがは年がら年中自分の迷宮に引きこもってただけあるぜ」

「そうそう、ここ居心地いいんだよね〜。ていうか誰が引きこもりかな〜?」

「事実だろ齢9000歳超えた歴戦の引きこもあだだだだだだだだ!!!」

 

  握りこぶしで頭をぐりぐりとしてくるランダ。俺でもなけりゃ、こいつの力でこんなことやったら普通の人間はくるみ割り人形みたいになる。

 

  しばらくぐりぐりされた後、ランダも追加してフェアベルゲン内を移動してアルフレリックさんが用意した場所へと向かった。

 

「俺ここの席な」

「じゃあ俺ここで」

「……私はハジメの隣」

「……わたしも」

 

  部屋に通されて早々、座る場所を決める俺たち。席って大事だよね(デートしてた時に電車の中で雫の隣に座れなかったやつ)

 

  正面に俺、右にハジメを真ん中にユエとウサギという構図になる。そこに苦笑気味のアルフレリックさんが座る。

 

  ちなみにエボルトとルイネは壁に背を預けている。ハウリア族の一同とそわそわしながら部屋の隅に固まっていた。

 

  全員着席すると、おもむろに俺たちは話を始めた。この世界の真実、七大迷宮と解放者たち、愉快な楽しいアリンコの物語などなど。

 

『最後のは関係ねぇだろ』

 

  壁に背中を預けてるエボルトからなんかツッコミきたけど無視無視。あ、実際は俺が女神様からもらった知識の一部を話した。

 

  話すのは主に俺だ。今の鬼畜なハジメさんだと明らかにすぐピリピリするのが目に見えてるので、こういうのに慣れてる俺の方が良い。

 

「ふむ……この世界は神の遊戯の盤、というわけか」

「そういうことになる。ていうか、驚かないもんすね?」

「この世界は亜人族(われわれ)に優しくない。今更神がどうこうと言われたところで、そう深刻には思わんよ」

「へえ〜、すごく美味しそうな匂いがしたと思ったけど、思った以上の悪神(ごちそう)だね〜」

 

  ほんわかした顔でとんでもないことをおっしゃるランダ。だが、数え切れないほどの神を喰ったのを知ってる俺からすればいまさらだ。

 

  ちなみになんでこの世界にってこいつに聞かないのは、最初に女神様からエヒトについての知識をもらった時にそんな予感がしてたから。

 

  こいつはその悪神が腐れ野郎であればあるほど美味に感じるらしく、結構な外道だったエヒトを知ってあっこれあいついるかもと思ってた。

 

「というか、アルフレリックさん。あんた〝解放者〟のこと知ってる口ぶりだったよな?」

「詳しく知っているわけではない。ただ、長老の間にのみ言い伝えられる口伝があるのだ」

「ほほう、口伝とな?」

「ああ、曰く『七大迷宮は解放者というものたちによって作られた』。曰く『迷宮の紋章を持つものには敵対しないこと、そのものを気に入ったのならば望む場所へ連れて行くこと』などな」

「ふむふむ、なるほど」

 

  それの情報源を聞くと、どうやら解放者の一人にして【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者、〝リューティリス・ハルツィナ〟さんらしい。

 

  リューティリスさんは解放者というものたちの存在と、今アルフレリックさんがいったことをフェアベルゲン成立前の亜人族たちに教えた。

 

  そしてそれが語り継がれ、今に至るというわけだ。それは一体、どれほどの年月の間のことなのかねぇ。少なくとも、俺の前世と今世の年齢を合わせたよりも多そうだ。

 

「で、俺が見せたあの指輪が紋章だったと」

「そういうことだ。故に敵対するのではなく、こうして招き入れたのだが……あいにく、全ての亜人たちが事情を知るわけでもない」

 

  はあ、とため息を吐くアルフレリックさん。おいおーい、ため息吐くと幸せと頭髪が逃げるぞー。

 

『誰がハゲだ!』

 

  誰もお前に言ってねえわ!いやある意味ツルツルだけども!

 

「それに……」

 

  ……ん?なんかドスドスと足音が聞こえるな。こっちに一直線に向かってきている。かなり体の動きが荒い。

 

 

 ドガァッ!!!

 

 

  こりゃ警戒しとくか?と思っていると、ドアの一部が吹っ飛んでそこから太い足がぬっと姿を現した。あれ修繕費出るのかな。

 

『心配するとこそこなのか?』

 

  妙な関心をしていると、なんか悪鬼みたいな顔をしたクマ耳のおっさんが入ってきた。その後ろにも数人いる。

 

  虎耳のギルさんとか、狐耳の人とか妖精っぽい人とか。ちなみに全員男である。だからさぁ、これ誰得案件よ。誰も野太い悲鳴なんて聞きたくねえよ。

 

『それは安倍さんがいた場合だろうが』

 

 そういや前になんか一瞬いなかったっけ?

 

「知っていても従わないものも、残念なことにいる」

「アルフレリック!貴様、どういうつもりだ!」

 

  嘆息するアルフレリックさんに、声を荒げるクマ耳おっさん。

 

「いやっちょ、こないで!私に乱暴する気なんでしょ!同人誌みたいに!同人誌みたいに!」

「はいはい黙れ」

「痛いでさぁ旦那!」

 

  ハジメにゲンコツを入れられて床の上を転げ回る俺をみて、クマ耳おっさんが気がそがれたような顔をする。

 

  しかしそれも一瞬のこと、俺たち……つまり人間と罪人であるハウリア族をフェアベルゲンに入れたことに怒鳴り散らしてた。

 

  うーん、この対応の違い。親の教育が悪いのか、はたまたアルフレリックさんとこいつの年齢が明らか離れてるから口伝への認識が違うのか。多分両者だね(偏見)

 

(説明してあげようか〜?)

(おっランダか。プリーズ)

(なんでわざわざウィザードライバーの声真似するかな〜?まあいいや、それでね〜)

 

  ランダ曰く、フェアベルゲンは各種族のうち能力の高い何種類かが代表として長老になり、長老会議というので国の方針を決めてるとか。

 

  そして、種裁判的な判断も長老衆が行う。どうやら今この場に集まっている亜人達が当代の長老達らしい。

 

(アーちゃんはかなりの年月生きてるから掟を重んじるけど、他の子はまだ若いからね〜。ちょっと掟を軽視してるところがあるわけよ〜)

(にゃるほどね〜。まったく、最近の若いもんはなっとらんなぁ)

(見た目だけなら今のあんたもでしょ〜)

(案に中身が年寄りって言わないでくれる?俺前世合わせてもまだ1017歳よ?)

(人間基準だとおじいちゃんどころか妖怪だよ〜)

『それには激しく同意する』

 

 ほっとけ年齢不詳の地球外生命体。

 

  ランダにおじいちゃん呼ばわりされているうちに、一通りクマ耳おっさんの主張は終わったようだ。さて、アルフレリックさんはどんな反応を返すやら。

 

「貴様の言い分を聞かせてもらおうか、アルフレリック!」

「え?アルプスリュック?」

「あんたは黙ってなさい〜」

「ごふっ」

「言い分もなにも、口伝に従ったまでだ。お前も長老の一人ならば事情はわかっているだろうに」

「ではこんな人間族の小僧どもが資格を持つというのか!敵対してはならない強者であると!」

「そういうことだ」

 

  またしてもうるさく喚くクマ耳おっさんに淡々と答えるアルフレリックさん。段々と扱いが雑になってきている俺(類似語)

 

  クマ耳おっさんは最初信じられないというので顔をしたものの、すぐにキッと俺を睨むと拳に力を入れた。あっこれやばいパティーンだわ。

 

「ならば今、この場で試してやろう!」

 

  そう言って突進してくるクマ耳おっさん。流石にすぐ襲いかかるとは思ってなかったのか、アルフレリックさんは瞠目した。

 

  そして一瞬で間合いを詰めてきて、身長二メートル半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が降り注ぐ。

 

  その光景に、しかしうちのファミリーは誰一人として驚いていなかった。ランダにいたってはあーあって顔してる。

 

  ま、そんな顔されるのも仕方がない。だって………

 

 

 スパンッ

 

 

「……は?」

 

  崩れ落ちるクマ耳おっさん。一体なにが起きたのかわからないという顔であり、それは他の亜人の皆さんも一緒だ。

 

「一体、何が……」

「十三」

「は?」

「首、両肩、両肘、両手首、足の付け根、両膝、両足首。そこの筋肉全部切らせてもらったよ。もうあんたは一生動けない」

「な……!?」

 

  ひらひらと指の間にある机の木のささくれを見せる俺に、先ほど以上に驚愕する亜人族たち。うーん、これ俺舐められてた?

 

「散々ふざけてるのは俺自身だから仕方がないけどさー……俺、この中で一番強いよ?」

『いや、俺だね』

 

 はいはい今キメてるところだから後でな。

 

「あーあ、やめといたほうがよかったのに〜。その子、本気になれば私でも三秒でミンチになるよ〜」

「ランダ様でも……!?」

「つーわけだけど……あんたらもやる?今度は心臓も突くよ」

 

  ぽかんとしている残りの長の皆さんに、ささくれの先端を向ける。ビクッとした長の皆さんは、一斉に首を横に振った。それはもうブンブンと。

 

  その後クマ耳おっさんが運び出され、長老一同が席に着く。そうしてもう一度、俺たちの話し合いは始まった。

 





【挿絵表示】


誰得なシュウジとハジメのイラスト。

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友との語らい

シュウジ「よう、シュウジだ。前回はフェアベルゲンに入ったな」

雫「突然襲われてたわね……あのクマ耳斬ってこようかしら」

香織「雫ちゃん、ステイステイ。あ、皆さん初めまして香織です。よろしくね」

ユエ「……来た、負け犬クラスメイト」

香織「は?なんて言ったかなロリ吸血鬼さん?」

ユエ「あ?」

エボルト「喧嘩すんなお前ら、まったく。で、今回はシュウジとランダとやらが話すようだな。それじゃあせーの……」


五人「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」


「じゃ、そういうことでいいですね?」

「……ああ、それでいい」

 

  最終確認をする俺に、疲れ切ったような顔のアルフレリックさんが頷く。ほかの長老の皆さんも同じように了承した。

 

  あのクマ耳おっさん(名前を聞いたところジンさんとか言ったらしい。某タイムスリップした医者かと思った)を沈めてから十数分後、話は終わりを見せていた。

 

  要約すると、フェアベルゲンは俺たちを資格者と認めるが歓迎はできない。まあこれで歓迎されたら逆に不気味だわ。

 

  フェアベルゲンへの立ち入りを禁止するかわりに、こちらに一切の関与はしない。まあ、これにはできる限りってのがつくが。

 

  長老衆の決定に従わずに俺たちに危害を加えた場合は、自己責任ってことになるらしい。つまり殺されても文句は言えないってこと。

 

  その話をした時ちょっともめたが、ちゃんとルイネに金属糸で首を縛らせて(せっとくして)話をつけましたよ、ええ。

 

  んで、肝心のハウリア族だが……樹海の外に行って帰ってこなかった亜人は死んだとみなすことになっているらしい。

 

  よって、諸々のことで死罪になっていたのが追放で免除。扱いは俺たちの奴隷ってことになって、晴れて生き残れることになった。やったね!

 

『あえて明るい感じに言うなや』

 

 えーいいじゃんめでたいんだから。

 

『じゃあ次はハッピーバースディ!新たなハウリア族の誕生だ!とでも叫ぶか?』

 

 いやそれは赤スーツ欲望の塊おじさんね。

 

「いやあ、問題なく終わって良かったですよ」

「問題しかないと言う点を除けば完璧な話し合いだったな」

「あ、それ言っちゃう?」

 

  ハジメの指摘にケラケラ笑いながら席を立つ。さて、さっさと出て行ってほしそうだからここからお暇しますかね。

 

「あ、あの……」

 

  さあ出て行こうとした時に、不意に追いかけてきたシアさんが話しかけてきた。なんじゃらほいと振り返る。

 

「どうした残念ウサギ」

「あ、あの、私達……死ななくていいんですか?」

「……これまで話し聞いてなかったのか?」

「い、いえ、聞いてはいましたが……その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか……信じられない状況といいますか……」

 

  困惑した様子のシアさん。それは後ろのハウリア族の方々も同じようで。まあ昨日まで殺されると思ってたら、気がつきゃ追放で済んだしな。

 

  むしろそれほど混乱するほど、亜人族にとって長老衆の言うことは絶対ということになる。怖いわー。

 

  さて、どう納得させるかと思っていると、ハジメが深いため息を吐いた。そしてシアさんの頭を乱暴にわしゃわしゃとかき回す。

 

「わわっ!」

「ごちゃごちゃいつまでも考えてんじゃねえ。命が助かった、それだけ分かっとけばいいんだよ」

「は、はい……」

「それに……もともとそういう約束だろ?」

「あ………」

 

  ニッと不敵な笑みを浮かべるハジメに、シアさんの顔が赤くなる。そして何かを感じたように胸に手を当てた。

 

  あっれーおかしいなー。最初から最後まで交渉したの俺のはずだったのになー。やはりキャラか?厨二キャラの方がいいのか!?

 

『ドンマイザマァwww』

 

  慰めと煽りを同時に入れてくるなんて……エボルト、恐ろしい子っ!

 

「……おい、なんか今変なこと考えたろ」

「イエイエメッソウモゴザイマセン」

「片言だぞコラ」

 

  ジトリと睨むハジメから必死に目をそらす。何も考えてないよ、僕純粋だよ(大嘘)

 

「いやあ、イケメンだねえ〜」

「おーい、ここにもイケメンいますよー?」

「論外〜」

「なん……だと……!?」

 

  近づいてきたランダに論外扱いされて崩れ落ちる。くっ、やはりギャグキャラがいけないのか……!

 

「この子達は別だけど、わたしはいつでも君たちを歓迎だからね〜。そうだ、このバカちょっと借りてくよ〜」

「「「「「あ、どうぞどうぞ」」」」」

「な、なんだってー!?」

 

  エボルト、ルイネ、ハジメ、ユエ、ウサギの全員の許可のもとに、俺はランダに引きずられていった。この裏切り者どもめ!

 

  というのは冗談で、何か用事があるのだろうと推測して先にフェアベルゲンを出ておくようにアイコンタクトする。ハジメが頷いた。

 

  ドナドナドーナドーナーとか心の中で歌いながら、部屋から引きずられて退出する。そのままどこかへと出荷(違う)されていった。

 

「あのーこれ、どこに向かってるんすかね?」

「私の家〜」

「ハッまさか連れ込んであんなことやこんなこt「潰すよ?」なんでもないっす」

 

  のんびりではないマジ口調で言われたので大人しく黙って引きずられる。命大事、これテストに出るよ。

 

  しばらくして、ランダの家に到着する。それはフェアベルゲンの端っこ、多少霧のある場所だった。ふう、十分も地面と仲を深めてたぜ。

 

  玄関先で解放され……ていうかいきなりコートから手を離された。後頭部打ち付けてもんどりうった……たので立ち上がる。

 

  すでにランダは中に入っており、扉が開いたままだったので続いて俺も中に入った。

 

「おじゃましまーす」

「はい、いらっしゃ〜い」

 

  ランダの家は、簡潔に言えばいろいろ物があった。謎の陶器類とかオブジェとか魔物の頭とか、こいつのコレクション癖は相変わらずのようだ。

 

「何か飲む〜?」

「じゃあココナッツジュースで」

「そんなのないよ〜。ラッシーならあるけど〜」

「むしろなんでそれあるの?」

 

  ちなみにラッシーとはインドの飲み物で、主な材料はヨーグルトである。俺はあっさりした方が好き。

 

  複雑な模様の刺繍されたテーブルクロスが敷かれた机の前で待っていると、本当にラッシーが出てくる。ヨーグルトどこにあったんだろう。

 

「さて……それじゃあ聞かせてもらおうかな?」

 

  正面に座ったランダが、某司令官みたいなポーズでにこりと笑う。口調も真面目な時のものになっていた。

 

「聞かせる、とは?」

「はいはいとぼけないの。決まってるでしょ……ルーちゃんたちにも私にも、他の皆にも何も言わずに勝手に死んだあんたがこれまでどう生きてきたのか。ちゃんと聞かせてもらうまで帰らせないよ」

「ふむ……まあそう言われちゃあ話さないわけにはいかんな」

 

  まっすぐとこちらを射抜くような目で見るランダに、俺はおもむろに話し始めた。転生してからの今世の自分を。

 

  女神様とエボルトと出会ったことから始まって、優しい家族の元に生まれたこと、ハジメと美空と出会ったこと、二人をある意味兄弟姉妹のように思いながら共に生きてきたこと。

 

  この世界に強制的に召喚され、坂みんやこの世界の人間の一部と仲良くなったこと、奈落に落ちたこと、ルイネと再会したこと、変貌したハジメとユエに出会ったこと。

 

 

 

  そして何より……雫と出会えたこと。

 

 

 

  今ここに至るまでの十七年の人生を、面白おかしくランダに語った。彼女はそれを静かに最後まで聞いていた。

 

「ーーとまあ、そんな感じだ。どうだ、お気に召したか?」

「うん、まあそこそこね。随分と愉快な人生を歩んでるじゃない」

「はっはっはっ、まあな」

「そうだねー、感想としては……まず、よかったね。ようやくあんたを理解して愛してくれる人ができて」

 

  それがすぐに雫のことを言っているとわかった。俺が誰よりも愛する人、誰よりも愛してくれている人。この世界で一番大事な人のことだと。

 

  俺の本性を知ってなお、俺を恐れず近くにいてくれる人は少ない。それこそ生まれた時からほとんど一緒なハジメや美空くらいだ。

 

  でも、雫は俺という人間の奥底を見抜いた。このふざけた〝北野シュウジ〟という仮面の中に隠れた本物の俺を見つけてくれた。

 

  そして完全に近い形で俺を理解し、寄り添ってくれている。こんな相手を愛さずして、どう接しろというのか。

 

「今じゃ未来まで掴まれてるよ」

「あはは、随分と愛されてるね……そんなに思われているんだ、絶対に離しちゃダメだよ?」

「当然。むしろ来世まで離さないぜ☆」

「はいはいウザいウザい」

 

 雑な反応をするランダ。ひどい友達である。

 

「今度は、俺も聞いていいか?」

「ん、何を?」

「ルイネたちは……俺が死んだ後、どうだったんだ?」

 

  それを聞くと、ランダは驚いたような顔をした。ルイネにもう聞いたのではないのか?といった表情だ。

 

  実のところ、俺はルイネから俺が死んだ後の話を聞いちゃいない。あいつらにとってそれは、俺に与えられた紛い物の未来だったからだと。

 

  だから最初に再会した時にちょろっと言われた、一応夢を叶えたということしか知らないのだ。

 

  それを、こいつは知っている。なんで断言できるかって?俺が消えた後、こいつならあいつらを見守ってくれるって思ったからさ。

 

「頼む、唯一の心残りだったんだ」

「……幸せそうだったよ。それぞれの望み通りに、ルーちゃんは故郷の国を取り戻して家族と共に暮らし、ネっちゃんは世界で有数……いや、多分1番の料亭を立ち上げた」

「………そう、か」

 

  二人とも、ちゃんと夢を叶えたんだな。それなのにその幸せを捨ててまで、俺を追いかけて……やはり、俺もまた幸せを奪う〝悪〟なのか。

 

  と、そうじゃねえ。まだ一人聞いてない奴がいる。他の二人と違って、二十年以上育てていた、本物の娘に違いないあの子のことを。

 

「そして〝あの子〟は……」

「あいつは……?」

「……まあ、教師にはなったよ」

「おいおい、なんだよその中途半端なのは」

「とにかく、三人とも一時とはいえ自分の好きなことをやり遂げたってこと。師匠としては鼻が高いでしょ?」

 

  誤魔化すようにいうランダ。追求しようとするが、それは無駄なことだとわかっているのでそこでやめた。

 

  でもまあ……よかった。ほんのいっときとはいえ、俺の命は、彼女たちに託したものは無駄にはならなかったのだ。

 

  それに嬉しさを覚えて口元を緩めていると、それに何か感じ取ったのかランダが口を開いた。

 

「一つだけ言っておくよ……もう二度と、誰かのために死のうとしないで」

「……………それは」

 

  それは、随分と難しいことだ。もし大切な誰かが危険になったら、俺は迷わずそれをするだろうから。

 

「あなたはあなたのために生きて、あなたのために死になさい。もう誰も悲しまないように」

「……難しいこと言うねえ」

「そう?普通の人間なら当たり前だけど……とにかく、自分を大事にすること。友達からの忠告だよ」

「ほいほい、親切なダチの言うことは聞いときますよ」

 

  ヒラヒラと手を振りながら了承すると、椅子を引いて立ち上がる。さて、話は終わったことだしハジメたちのとこに行くか。

 

「そういや俺どんだけ話してたん?」

「一日〜」

「……は?」

「ここにきてから丸一日分くらい熱心に話してたよ〜。今は昼時だね〜」

「マジで!?」

 

  どうりで途中こいつ飯食ったり風呂入ってたりしてると思ったよ!ていうかそれで気づけよ俺!

 

  慌てて体を浄化魔法で清潔にすると、何度かお代わりしたラッシーを飲み干して出て行こうとする。

 

「あ、最後に一つだけ」

「なんじゃらほい!」

「あんた、この世界の神を殺す気なんでしょ〜?その時は私も戦うからそのつもりでね〜」

「おう、そん時はよろしく頼むぜ。それじゃあお邪魔しました!」

 

  元の口調に戻ったランダに別れの言葉を告げ、外に出る。後ろ手に扉を閉めて、ふと今しがた言われたことを思い返した。

 

「……自分のために生きて自分のために死ね、か」

 

 果たして、それが俺にできるかな。

 

  しばらく考えていたが答えは出ない。なので頬を叩いて気分を入れ替え、ハジメたちのいる座標を把握するとそこに瞬間移動した。

 

「わり、話しすぎた!」

「よう、やっときたか。待ちくたびれたぞ」

 

  隣に瞬間移動したというのに、慣れた様子でハジメが答える。ま、なんか最近なんとなくわかるようになったらしいしね。

 

「で、今どういう状況?」

 

  ハジメに問いかけると、くいっと顎でとある方向を指し示す。そちらを向くと、ルイネとエボルトがボランティアさながらに炊き出しをやっていた。

 

  なんだかすごく疲れたような顔のハウリア族が列になって並んでおり、シチューと思しきものを啜っている。

 

「霧が晴れるまでの十日間、あいつらを鍛えることにしてな。今は昼休憩ってとこだ」

「へー……あれ、シアさんの姿が見えないけど」

「あいつは俺たちと同じように直接魔力操作ができるからな。ユエとウサギに訓練を任せてる」

 

 

 アーーーーーッ!!!

 

 

  噂をすれば、どこからか爆発音とともにシアさんの悲鳴が聞こえてきた。うんうん、順調にいっているようだ。

 

  それにしても、よくヘタレの代名詞のようなハウリア族が自ら戦うことを選んだなーと思っていると、ハジメから説明された。

 

  なんでもハジメが奈落の底で死に物狂いで生き残っていた時の話を聞いて、自分たちも同じように自分の手で生存の権利を掴み取る!と燃えているとか。

 

「どっちみち、大樹まで行けば俺たちとの約束はそこで終了するわけだから何かしら生きて行く手段が必要だしな」

「そういうことだ……なんだけどなぁ」

「ん?なんか問題発生?」

「……まあ、実際見たほうがいいから言わないでおくわ」

「お、おう?」

 

  深いため息をつくハジメに、俺は大人しく引き下がる。なになに、ハジメがこんなになるほど何か酷いことがあったん?

 

  不思議に思いながらもハウリア族の皆が食べ終わるのを待ち、訓練を再開する。そして実際にその風景を見て……

 

 

 ブシュッ!

 

 

「ああぁああ!どうか罪深い私を許してくれえ!」

 

 

 ザクッ!

 

 

「ごめんなさい!ごめんなさいっ!でも私はこうするしかないのぉ!」

 

 

 ドスッ!

 

 

「わかってる、こんなことしちゃいけないって……それでも俺は、俺はぁっ!」

 

 ………………………………いや、うん。

 

「なぁにこれぇ」

「だから言ったろ?見たほうが早いって」

 

  額に手を当てて天を仰ぐハジメ。うん、こいつがなんでこんな反応なのかよくわかった。こりゃいくらなんでも酷すぎる。

 

  聞けば、訓練開始早々怪我したら危ないとかで今使ってるタウル鉱石製のナイフを返却しようとしゲンコツ。

 

  その後も魔物(ちっちゃいネズミみたいなやつ)を殺すたびにこんな風に騒ぎ立てるわ、花や虫を気にして変に飛び回るわ。

 

  それを一人で見ていたハジメは、もうそろそろ限界のご様子だった。むしろ今のこいつがよくこれだけ我慢できたわ。

 

「お疲れさんハジメ、後は……〝私〟がバトンタッチします」

「お前、それ……おう、任せた」

 

  技能を使って〝私〟へと変わって、ハジメの肩を叩くと訓練をしているハウリア族に歩み寄って行く。

 

「……………」

「あっ、シューにーちゃ」

 

 

 

 ゴウッ!!!!!

 

 

 

  その瞬間、豪風が吹き荒れた。その発生源は振り切っている私の右腕に握られた、ディオスライサーの片割れ。

 

  そしてそれを首の薄皮一枚手前で受けたハウリア族の子供は、完全に硬直していた。それは他のものも同じだ。

 

「シュ、シュウジ殿!一体何をーー」

「ーーよく聞きなさい、この畜生以下の[ピーーッ]ども」

「「「っ!?」」」

 

  私の低い声を聞いた全員が、ビクッ!と体を震わせる。静かになったのを確認すると、言葉を吐き出す。

 

「今この時から、私があなたたちの教師です。貴方達を、これから徹底的に壊した後鍛え上げます」

「こ、壊すって、どういう……」

「そのままの意味です。貴方達の惰弱で貧弱で脆弱極まりない腑抜けきったその精神を根本から作り変え、戦闘技術を骨の髄まで叩き込みます。いいですね?」

 

  ニコリと微笑むと、全員が姿勢を正してピシッ!と敬礼をとった。はて、こちらの世界にそのような習慣があっただろうか。まあいい、好都合だ。

 

  異空間から伊達眼鏡を取り出してかける。そしてディオスライサーの刃の腹をポンポンと手に当てながら話を続けた。

 

「もし訓練についてこれなかった場合、尻尾の毛を一本ずつ切り落とします。ああ、安心してください。私の治癒魔法でいくらでも元に戻せます」

「「「ヒィッ!?」」」

「そうなりたくなかったら一分でも早く甘ったれた考えを正しなさい、一秒でも早く戦い方を覚えなさい。幸い、戦闘をしない限りは〝私〟は一週間維持できます。一緒に頑張りましょうね?」

 

  そう言って再び微笑むと、ハウリア族はブルリと体を震わせた。はあ……この時点でダメだ。しっかり受け答えもできないのかこの駄ウサギどもは。

 

「わかったら返事をしなさい!尻尾をまるごと切り落とされたいのですかこの[ピーーッ]で[ピーーッ]な[ピーーッ]のどうしようもない[ピーーッ]どもが!」

「「「は、はぃいいいっ!!!」」」

 

  そうして、私の駄ウサギ矯正レッスンは開始したのだった。

 

「………なあ、どうしたんだアレ」

「あれがマスターの修行モードだ。まだ生温いほうだ、私たち後継者に対してのものはアレの比ではない……」

「おい、目が死んでるぞ」

 

  後ろで三人が何か言っていたが、すでに集中を始めた私には右から左ですぐに流れていったのであった。




シュウジの話は雫のことが七割がた占めてたそうな。
次回……




強いヤツは、どこだ。

お気に入りと感想をお願いします。
感想くれても…ええんやで?


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地球外、最強(?)

どうも、カスタムキャストでルイネとか御堂英子とか作ってツイッターにあげてる作者です。

ルイネ「どうも、ルイネだ。ふむ、私のモデルか。どれどれ…おお、よくできている」

英子「それは本当ですの?…へえ、すごいですわね。あ、皆さま御機嫌よう。御堂英子と申しますわ」

ハジメ「俺たち男子の方はまだ実装されてないらしいな…で、前回はシュウジとランダが話したんだったな」

シア「なんか変な訓練も始まってますぅ!これ皆大丈夫なんですか!?」

エボルト「そいつは見てのお楽しみだ、それじゃあせーの…」

五人「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」


 ユエ SIDE

 

「えへへ〜、やった〜、やったですぅ〜!」

「……フン」

 

  目の前で嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねるウザウサギ……いや、シアに私は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 

  私たちが今いるのは、樹海の一角。ハジメたちがハウリア族の訓練をしている場所からほど近い空き地のようなところだ。

 

  そしてここは今、まるで大災害がいくつも同時に起こったように荒れ果てていた。地面にはクレーター、木は融解し、凍り付けになっているところもある。

 

  何でこんなことになっているかというと、もちろんその原因は私たちだ。つい先ほどまで、このウザいウサギと私は戦っていた。

 

  フェアベルゲンの近くに滞在を初めてから今日で十日目、これまで私はシアをウサギと一緒に鍛えてきた。

 

  そして例の霧の晴れる最終日の今日に、最後の試験を設けた。それは、私とウサギ両方と戦ってどちらかに少しでも傷つけられたらシアの勝ち、というもの。

 

  案の定、シアはウサギに一発でノックアウトされた。その時「ノックアウトクリティカルスマッシュ!」とか無駄に流暢に言ってた。

 

 

 私? 私は……いや、うん。

 

  まあそのなんていうか、すごく遺憾だけど、訂正を要求したいけど、認めたくないけど………はい、負けました。

 

  もちろん、最初のころはボコボコにしてた。でもこのウサギ、根性だけはあるようでいくらボコっても立ち上がってきた。

 

  七日目くらいになると、もうこいつの異常な成長度合いに私も本気にならざるを得なくなった。本気と書いてマジと読むくらいだ。

 

  そしてついさっき、勝負して負けた。ほんのちょっぴり傷付けられてしまった。悔しい、メチャクチャ悔しい。

 

  まさかかつて世界最強の一角と言われたこの私が、十日前まで戦いとは無縁だった能天気ウサギに負けるなんて……

 

  でも、もう結果は覆せない。審判のウサギがシアの方の旗を挙げている。勝ちは勝ち、いつまでも引きずってられない。

 

  そしてこの勝負にもしも、万が一私が負けた場合、一つシアから頼まれていることがある。

 

「ユエさん、私勝ちましたよ」

「……………ん」

「これで、約束通りハジメさんに頼む時味方してくれますよね?」

「…………………………」

 

  ……そう。こいつが頼んだこと、それは私たちの旅について行きたいというものだった。そしてそれを頼む際、最大の障害はハジメだ。

 

  だからシアは、勝ったら私とウサギに口添えをするよう頼んできたのだ。慢心してたからってなんで過去の私、こんなの許した…?

 

  ちなみにシュウジたちの方は心配ないだろう。あの男はノリで生きてる気がするから力さえあればあっさり頷く。え、扱いが雑だって?今更何を(ry

 

  そして勝負に負けた私に、これを拒否する権利はない。すんごく嫌だけどない。過去の自分をひっぱたきたい気分だ。

 

「ちょ、ちょっとユエさん?聞いてます?」

「………ん、聞いてる。今日の晩ご飯の話でしょ?」

「違いますぅ!やっぱり聞いてないじゃないですかぁ!お願いしますよ〜、お二人がいればハジメさん絶対頷くんですからぁ〜!」

 

  すがりついてくるシア。鬱陶しかったのでビンタで吹っ飛ばす。だが、身体強化特化型のシアは無駄に頑丈だった。手が痛い……

 

  ふーふーと手の平に息を吹いてるうちに、シアが復活した。そして「お願いします!」と土下座してくる。

 

  しばし、私はそれを見たまま無言でいた。心の中では悔しさとか鬱陶しさとか、でも認めてやってもいいかという気持ちが葛藤している。

 

  どうしてシアがこれほど私たちについて行きたいのか、その理由はなんとなーく察しがつく。半分はこれ以上に家族に迷惑をかけたくないからだろう。

 

  そしてもう半分は………多分、ハジメへの好意。断固否定してやりたいけど、これほどのド根性を見せられたら認めざるを得ない。

 

  それに……シアにシンパシーがないわけでもない。といっても二割くらいだけど。残り八割はまだハジメのそばに寄ってくる泥棒猫……泥棒兎?という認識である。

 

「………はぁぁぁ。わかった、味方する」

 

  結局、悩みに悩んでため息とともに私の口から出た言葉は、そんなものだった。仕方ないじゃない、しつこそうなんだもの。

 

「っ!ほ、ホントですか!」

「何度も言わせるなウザウサギ」

 

  ぐりぐりと頬をブーツでえぐる。しかしシアはえへへ〜といつもの気の抜けた笑顔を浮かべた。それに苛立ちが萎える。

 

  その隙にシアは腕に抱きついてきて、これで一緒に旅できますね〜なんてへらへら笑ってた。それになんとも言えない気持ちになる。

 

  ……さっき泥棒兎なんて思ったけど、それは嘘だ。この緩んだ顔を見てれば、シアが私を嫌ってハジメの隣から排除しようとしているわけでないのはわかる。

 

  多分シアが望んでるのは、ハジメのそばに自分がいて……そして私やウサギ、シュウジたち全員がいる、そんなものなのだろう。

 

  だからこそ、私は本気の本気でシアを消そうとは思わなかった。それはきっとウサギも同じなんだろう。

 

「ウサギさ〜ん!これからよろしくお願いしますぅ!」

 

  そんなことを思ってると、いつのまにかシアはウサギに近づいていた。ウサギはいつも通りハジメの写真集を見てる。

 

「ゲコッ」

 

  そんなウサギの頭の上には、ウサギの頭と同じくらいの大きさのカエルが載っていた。緑に黒いまだら模様のカエルだ。

 

  なんでもウサギ曰く、樹海の中を散歩してる時に見つけて、エサをあげたら懐かれたらしい。サイレントモードのシュウジ曰く、一応魔物だとか。

 

「うふふ〜、あなたもよろしくですぅ〜」

「ゲコッ」

 

  頭を撫でようとしたシアに、カエルがベシッと舌を伸ばして顔に叩きつけた。「んぶっ」と呻くシア。やばい、ちょっとツボった。

 

「……シア」

 

  笑いをこらえていると、不意にウサギの声が聞こえた。驚いてそちらを見れば、ウサギが写真集から目を離して、瞠目するシアを見ている。

 

「……え?う、ウサギさん、今初めて私の名前を……」

「……あなたは勇気を見せた。絶対勝てないはずのユエ()に、めげずに立ち向かった。だから、わたしもあなたを認める」

「う、ウサギさん……!」

「よろしくね、シア」

 

  ぱっと身内にしか見せない天使の笑みを浮かべるウサギ。それはつまり、ウサギがシアを仲間だと認めたことになる。

 

  私より頑固なウサギがあんな顔をしては、いよいよ私も意地を張っていられなくなった。ため息を吐いて、シアに近づく。

 

「シア」

「へ?なんですかユエさぶえっ!?」

 

  振り返ったシアに膝カックンをかけ、しゃがませると頭から水をかぶせる。そして汚れた体を丸洗いした。

 

「い、いきなりは酷いですぅ〜!」

「…これから一世一代の告白をするのにそんなに薄汚れてるのは、私が許さない」

「あ……えへへぇ、ありがとうございますユエさ〜ん」

「ちょ、抱きつくなアホウサギ」

 

  濡れた体で抱きついて来ようとするシアの額を手で押さえながら、私はふと思った。シアとは長い付き合いになりそうだ、と。

 

  そうしてシアを綺麗にすると、私たちはハジメたちのいる場所へと向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

 ………あんなものを見るとは知らずに。

 

 

 ●◯●

 

 

 シュウジ SIDE

 

「……ん、おお?」

 

  不意に、目がさめる。すると最初に視界に映り込んだのは、俺を覗き込むエボルトのブラックホール面(新しいパワーワード)だった。

 

「よう、起きたかシュウジ」

「えーっと、なんで俺寝てるん?つーかここどこ?」

「何言って……ああ、そういやお前長時間回帰してるとその間の記憶がなくなるって言ってたな」

 

  長時間の回帰、そう聞いて俺の最後の記憶が蘇ってきた。そうだ、確かハジメとバトンタッチしてハウリア族を鍛えることにしたんだった。

 

  隠れ家にいた間訓練した結果、俺の〝世界の殺意〟への回帰は二種類の使用方法を確立することに成功している。

 

  それは言わずもがな戦闘による短時間の回帰と、戦闘をせずに他のことをするという長時間の回帰の二つだ。

 

  前者だと記憶は残るが、後者は人格に負担をかけないためかその間の記憶がすっぽりと抜ける。で、そのあと丸一日眠る。

 

  以上、シュウジの今日の技能紹介コーナーでした〜。

 

 

 閑話休題。

 

 

  確か一週間最大で維持できたはずだから、寝ていた一日も合わせるとあれから八日経っている計算になるなと思いながら起きて立ち上がる。

 

  キョロキョロと周囲を見渡すと、どうやら最初と場所は変わっていないようだった。近くの木にハジメが背中を預けて瞑目している。

 

「おーい、ハジメー」

「……ん、起きたのかシュウジ」

 

  声をかけると、ハジメは目を開けた。そしたこちらにあくびをしながら歩いてくる。どうやら仮眠のようなものを取っていたらしい。

 

「あれ、ルイネは?」

「あっちで飯の準備をしている。もうすぐ奴らが帰ってくるからな」

「あいつも大したもんだなぁ、あれだけの人数の量を作り上げるってんだから」

 

  二人によると、どうやらルイネは料理中らしい。隠れ家の時からそうだけど俺ら全員飯のこと完全にあいつに丸投げしてるよね。

 

  とりあえず伸びをしてポキポキと骨を鳴らしていると、近くの茂みから物音がした。とっさにそちらを振り返る。

 

  すると、出てきたのはユエ、シアさん、そしてなぜか頭にでかいカエルを乗せたウサギだった。いやちょっと待って、何あのでかいカエル。

 

「あ、ハジメさん!シュウジさん!エボルトさん!」

「………ただいま」

「よー三人とも、久しぶり。訓練は順調にいったかい?」

 

  俺の計算では、すでにここにきてから十日経っているはず。それならばユエとウサギによる訓練も終わっているはずだが……

 

  すると、ユエはなんだか悔しそうな顔を、シアさんは誇らしげな顔を、そのシアさんの頭をウサギが撫でた。上手くいったようだ。

 

「ていうかウサギ、シアさんのこと認めたのね」

「うん。もうシアはうちの子だよ」

 

  にこりと笑うウサギ。隣から「ウサギマジ大大大大大天使」とかいうハジメの声が聞こえた。どっかの神様かな?

 

  それじゃあ次はユエとシアさんの真反対な表情の理由を聞こうとすると、不意に複数の気配を感じた。

 

  ハジメたちもそれを感じたようで、全員でそちらを振り返る。だが、そこには何もおらずただの樹海があるだけ。

 

  ……いや、違う。わずかに空気が揺らいでいる?まるで砂漠で起こる蜃気楼のように、何かの形に空間が歪んでいた。

 

 

 ピ、ピピ……

 

 

  不思議に思いながらも警戒していると、不意に電子音が響いた。そして、目の前の歪んだ空間に変化が起こる。

 

  まるで空気から滲み出るように、三人の人間のようなものが姿を現したのだ。流石の俺も驚いて目を見開く。

 

  その集団は、なんとも奇妙な格好をしていた。こらそこ、お前のテンションの方がずっと奇妙だろとか言わない。

 

  全身の各所に金属の鎧を纏い、両腕の前腕には複雑な造形のガントレットを装着。両肩、あるいは片方の肩にはビーム砲と思しき小型の砲台がついていた。

 

  顔にはシンプルな造形の鈍色のマスクをつけており、顔は見えない。髪型は全員長さ問わずドレッドヘアーであり、頭の上にはウサ耳……ちょい待ち、ウサ耳?

 

  思わずそいつらの頭を二度見する。そこには確かに、二本のウサ耳が鎮座していた。ピコピコと動く、本物のウサ耳が。

 

  それを認識した瞬間、俺の中に凄まじく嫌な予想が浮かび上がる。こいつらまさか、ていうかこの見覚えのある格好は……!

 

  バッとエボルトの方を見るが、地球外生命体様はシンクロした動きでさっと俺から顔をそらした。この野郎!

 

『ボス、先生、ただいま帰りやした』

 

  だらだらと冷や汗を流していると、不意に一人が言葉を発する。マスクのせいでそれはやけにくぐもって聞こえた。

 

  煩わしそうな顔をしたハジメが、マスクを取るように言う。するとそいつらは両手でマスクを触り、プシュッという音とともに脱着する。

 

 果たして、その中から出てきたのは……

 

「ふう……これでいいですかい、ボス?」

「おう」

 

  やけにワイルドな顔つきの、ハウリア族の男だった。記憶力には自信があるので、ちゃんと顔を覚えている。

 

  残りの二人を見れば、同じくハウリア族だったはずの男と女だった。なんか俺の知ってるハウリア族とはかけ離れたお顔つきでらっしゃるが。

 

「先生も、ただいまです」

「え?先生?俺?」

 

  自分の顔を指差すと、かなり野生的な笑みを浮かべて頷く兎人族の男。あれ、こいつこんな笑い方でしたっけ?

 

「お題のもの、キッチリ狩ってきやしたぜ」

 

  俺が首をひねっているうちに、バラバラと魔物の素材と思しきものを取り出す兎人族たち。見たところ、どれも上位の魔物のものだ。

 

「……俺は一匹でいいと言ったはずだが?」

「ええ、そうなんですがね?狩りをしている最中にわらわらと寄ってきまして。思わず先生に目覚めさせてもらった狩猟本能が疼いちまったんでさぁ」

「ファッ!?」

「なあ、そうだろみんな?」

「そうなんですよ。こいつら獲物の分際で生意気な奴らでした」

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体残らず俺のレイザー・ディスクの錆にしてやりました」

「ウザイ奴らだったけど……リストブレイドで切り裂いた時はいい声で鳴いたわね、ふふ」

「見せしめに晒しとけばよかったか……」

「まぁ、コンビスティックで串刺しにしてやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」

 

  出るわ出るわ、不穏な言葉のオンパレード。あっれえおかしいなあ、ハウリア族ってもっとほんわかしてなかったっけ?

 

  ああそうか、こいつぁ夢なのか。きっと俺が普段からふざけすぎたからバチが当たってるんだな、うんそうに違いない。

 

『おい、そろそろ現実逃避はやめとけ。本当はわかっているんだろ?』

 

  ああ、わかっているさ。でも、これだけ言わせてくれ……

 

「アイエエエエエ!?プレデター!?プレデターナンデ!?」

「こっちのセリフですよッ!」

 

  俺とシアさんの叫び声が、樹海にこだました。誰か説明プリーズ!

 

 

 ●◯●

 

 

「ちょっと!どういうことですかシュウジさん!」

「ちょ待って!ゆすらないで!三半規管がフルフルされてラビットアンドラビットしちゃうから!」

 

  ガクガクと襟首をつかんで揺さぶってくるシアさんに、赤べこみたいになりながらなんとか頼み込む。こんなに力強かったっけか?

 

  幸いシアさんはすぐに離してくれ、無事解放される。あーぐわんぐわんする。あれだ、車と船と飛行機に同時に乗った感じだ。

 

『どんな感じだそれ』

 

  うん、俺もよくわからない。ていうか今のこの状況もワケワカメ。頼むから誰か説明して!

 

「なあハジメ、なんでこいつらこんなにワイルドになってるの?なんで地球外最強のハンターになっちゃってるの?」

「……そうか、お前記憶ないんだったな。聞いて驚け、これはお前の訓練の結果だ」

「な、なんだってー!?」

「シューウージーさーん!」

「ちょ、ヤメ、ヤメロォォォォ⤴︎⤴︎⤴︎!」

 

  某眼帯引っ張られてる中二病ロリ魔法使いみたいな声を出しながら、なんとかハジメの言ったことを飲み込む。

 

  あれが俺のせい?俺がウサギをプレデターにしたの?あっそうか、これは俺ではないもう一人の俺が……そうじゃん!回帰してる俺じゃん!

 

  ハジメに説明を懇願すると、仕方がねえなという感じに教えてくれた。さすが親友、頼りになる。

 

  で、聞いたところ……どうやら回帰状態の俺、隠れ家の時のハジメやルイネと同じようにハウリアを鍛えたとか。

 

  徹底的に弱い心を粉砕し、まとめてゴミ箱どころか焼却炉にポイして一からこの武士なんだかバトルジャンキーなんだかわからん精神を植え付け。

 

  その上で戦闘技術とは名ばかりの地獄のようなトレーニングを課し、極限まで追い詰めて超短時間で能力を鍛えさせ。

 

  そして最後に、作成した装備を与えてプレデターverハウリアを作り上げた。そこで時間が来て終わったらしい。

 

「ーーというわけだ。これでわかったか?」

「あ、ああ……」

「まあ、なんだ。俺もそこそこ苛め抜くつもりだったが、お前には負けたわ」

 

  ぽん、と肩に手を置くハジメ。崩れ落ちていた俺は頭を抱え、ガバッと起き上がって……

 

「装備作ってるところ見たかったーーーーーッ!!!」

「そっちかい」

「だってプレデターの装備だぞ!そんな男のロマンを自分が作っているところ見れないなんて、なんつー損失だ!」

「いや、人のこと言えないけどこいつらのこと何か思わないのか?」

「そんなのこの悲しみに比べればゴミだッ!」

「お前人に散々言っといて鬼畜だなオイ」

 

  あーマジで惜しいことしたー!ちゃんとエボルトに録画頼んどけばよかったー!

 

『ところがどっこい、そういうと思って撮影しといたぜ』

 

  エボルトマジありがとう!お前一生の相棒だわ!

 

『いや元からそうだったよね?』

 

「シューウジさんっ♪」

 

  思わずガッツポーズしていると、明るい声とともにぽんっと肩に手を置かれた。な、なんだこの殺気は……!?

 

  錆びた蛇口、あるいは天之河の寂れた思考のように緩慢な動きで振り返ると、そこには額に青筋を立てた、それはそれは良い顔のシアさんがいた。

 

「な、なんでせう……」

「もうおトイレには行きましたか?準備運動は?来世の人生への願い事は?何か言い残すことはありますか?」

「え、えーと、これからちょっとランダんとこに用事「黙ってください♪」ハイ」

 

  即座に正座する俺。仕方ないじゃん、だってシアさんの目怒った時の雫みたいになってんだもん!エスタークの数百倍恐ろしいもの!

 

「はい、それじゃあ歯を食いしばってくださいね〜」

「べ、弁明の余t「ーー必殺」」

 

  大きく振りかぶられた無表情のシアさんの腕。俺にはそれが、死神の鎌のように見えた。

 

「阿修羅百裂拳ッ!」

 

  ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!

 

  神速で全身に叩き込まれるシアさんの拳をなすすべなく受け止める俺は、無事に訓練でウサギの無慈悲さを受け継いだなぁと思いました、まる。

 

「ふう、スッキリしました!」

「」チーン

 

  晴れやかな顔のシアさんに対して、地面に沈んだ俺はボロ雑巾みたくなっていた。オレノカラダハボドボドダ!

 

『自業自得だわな』

 

 ワァオ辛辣ぅ。

 

「まったくもう、ハジメさんもちゃんと止めてくださいよ!」

「え、お、おう………」

「さすがシア、先生を倒すなんて俺たちの先をいってるぜ!」

「我が一族の誇りだな!」

「そんなことで褒められても嬉しくないですぅっ!」

 

  ぼやけた視界の中で、涙目で叫ぶシアさんの姿が見えた。あー痛え、全身粉砕骨折の上内臓破裂してるわこれ。

 

『むしろ内心とはいえよくそれだけ無駄口叩けるな』

 

 実際の口は死んだも同然だけどね。

 

  結局完全再生するのにはプレデターなハウリアの男たちにシアさんが突っ込み終えるまで時間がかかった。

 

「俺ちゃん完全復活!」

 

  再生した全身に力を込め、立ち上がる。するとジトッとした目でシアさんがこっちを睨んできた。

 

「いやぁごめんシアさん、俺その間記憶なかったんだわ」

「それでも限度がありますぅ!うう……私の家族はもう死んでしまったんですぅ」

 

  シクシクと泣くシアさん。プレデターハウリアどもは自分たちのことだとわかってないのか、首を傾げてた。

 

  流石に悪いことしたかなーと思いフォローしようとしていると、またしても何かが近づいてくるのがわかった。

 

  またプレデターが追加されたのか、プレデターフェスティバルかと思いながら後ろを振り向いて……絶句した。

 

  なぜならそこにあった空間の歪みは、187ある俺すら凌駕するものだったからだ。ざっと二メートルくらいはあるだろうか。

 

 

 ヴヴ……

 

 

  いつものギャグは何処へやら、ぽかーんとしていると空間の歪みに色がつく。そしてでてきた奴に、俺はまた顎を落とした。

 

 なぜなら……

 

「先生、どうかしましたか?」

「え、あんた……カムさん?」

「はい、そうですぜ」

 

  その巨大なプレデターハウリアは、シアさんの父親であるカムさんだったのだから。コォォ……と口から煙が出る幻覚が見える。

 

  俺を見下ろすカムさんは、もうマジで別人みたくなっていた。なんかギチギチ言ってる筋肉の鎧に、ガントレットと腰布をつけてるだけの状態だ。

 

  えっ、これ兎人族でいいの?もはやプレデターハウリアですらないよね?アルティメットプレデターハウリアとかだよね?

 

「?どうかしやしたか先生」

「いや……なにがどうしたらそうなったん?」

「はっはっはつ、嫌だなぁ先生ったら。そんなの先生がネビュラガス入れたからに決まってるじゃないですか」

「なにやってんの!?」

 

  マジでなにやってんの俺!?やめて、お陰で族長として示しがつく強さを手に入れられました!とか笑顔で言わないで!

 

「シ ュ ウ ジ さ ん ?」

 

  顔を引きつらせていると、また肩に手を置かれる。振り返ってみれば、雷神のようなス◯ンドを背負ったシアさんが笑顔を浮かべていた。

 

「辞世の句は?」

「ーーー我が魂は、ゼクトと共にありィィィイイイイイ!」

 

 

 

 

  ーーそして、この三秒後。俺は、犬◯家となったのでした、ちゃんちゃん。




うちのシアは容赦ないでぇ。
次回はそんなシアはんの告白です。
お気に入りと感想をお願いします。
……完結までにお気に入り500いくかなこれ。


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ウサギの告白

どうも、完結までにお気に入り500件突破を目指している作者です。

シュウジ「よう、シュウジだ。前回はハウリアがプレデターになってたな」

シア「シュウジさんのせいじゃないですかぁ!」

シュウジ「いや、あれは俺であって俺でなくてだな……」

英子「あの時のお師匠様は容赦がないですから」

ルイネ「うむ、その通りだ」

エボルト「お前らが真顔で言うってどんだけだ……で、今回はシアが告白するらしいぜ。それじゃあせーの……」


四人「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」


「まったく!」

 

  目の前でプンスカと怒る残念ウサギ……シアの足元では、地面に上半身が埋まってピクピクしてる、犬◯家と化したシュウジがいた。

 

  その原因たるカムを筆頭にしたプレデターハウリアどもは、「さすがシア」とかいってウンウン頷いてる。天然さは健在かよ。

 

  だが、まさか俺もこんなのになるとは予想だにしなかった。あまりにも恐ろしい修行モードのサイレントシュウジを止めなかったのも悪いかもしれんが。

 

  まあ、そこは自分たちで生きていく力を手に入れたってことでよしとしよう。俺は悪くない、このクソッタレな世界が悪い。(目逸らし)

 

  しかし、普段のふざけた言動はともかくとして、まさかあのシュウジをボコボコにするとは、この残念ウサギ相当強くなったらしい。

 

「ユエ、あの残念ウサギどんだけ強くなったんだ?」

「……ん、魔法の適性はハジメと変わらないけど身体能力の強化に特化してる。正直化け物レベルで、最大強化で普通のハジメの三割くらいまで行ける」

「……マジ?」

 

  思わず聞き返すと、プイッとそっぽを向くユエ。なにやら勝負をしたみたいで、負けたのが悔しいんだろう。

 

  俺の通常の三割か……そうなると、だいたい平均9000くらいになる。なるほど、こりゃあ確かに化け物レベルと言っても過言じゃない。

 

  もう少し詳しく聞くと、どうやらまだまだ成長の余地があるらしい。ウサギの格闘術もある程度習得しているとか。

 

「そうだ、見てみろお前たち。先程狩った魔物の脊椎だ」

「おお、見事な脊椎ですね!」

「族長、首飾りにしてつけておいたらいかがですか?」

「うふふ、早く私もトロフィーを作りたいわ……」

「ちょっとぉ!物騒なこと言わないでくださいよ父様たち!」

 

  ちらりと残念ウサギ……いや、もうある意味残念でもないのか。シアを見てみれば、魔物の頭蓋と脊椎を見てワイワイしてるカムたちに涙目になっている。

 

  ……ああ、そういえばプレデターって狩った相手の脊椎集める習性があったっけな。サイレントモードシュウジのやつ、そんなとこまで似せたのか?

 

  あのユエに勝ったとは随分訓練に励んだようだと思っていると、なにやらシアがギャーギャーと騒ぎ始めた。

 

「皆、父様、お願いですから正気に戻ってください!」

「何を言っているんだシア、私たちは正気さ。ただ少し気づいただけだよ」

「き、気づいた?」

 

  困惑した様子のシアの頭に手を置き、にっこりと微笑むカム。あの巨躯だとそれだけで鳥肌が立つ。

 

「ああ……この世の九割の相手は暴力で黙らせられるということにな」

「……………」

 

  カムの言葉に絶望したような顔のシアは、ゆらゆらと幽鬼のような動きで犬◯家のシュウジに近づいていく。すでにその拳は固く握られていた。

 

  その後、シュウジがどうなったかは……まあ、レスラーさながらにジャイアントスイングでお空の星になったとだけ言っておこう。

 

「俺回収してくるわ」

「頼むエボルト」

「うう、酷いですぅ……」

 

  ジャイアントスイングしていたときの鬼のごとき形相は何処へやら、泣きべそをかきながらこちらに近づいてくるシア。こいつもいろいろ大変だな(他人事)

 

「まあ、悪い夢を見たとでも思え」

「ほんとに悪夢で終わらしたいですよぅ……」

「そ、それでユエに勝ったって?」

「あ、はい!そうなんですよ!いやあ見せたかったですね!私がユエさんに華麗に勝った瞬間へぶしっ!」

 

  コロコロと表情を変え、自慢げに胸を張って言うシアがジャンピングビンタで吹っ飛ぶ。犯人はもちろんユエである。

 

「……調子にのるなアホウサギ」

「うっ……ふ、ふん!そう言う態度なら言っちゃいますよ!ユエさんが訓練初日にペッタンコって言ったら拗ね痛い痛い痛いっ!?」

「お前は言ってはならないことを言った……!」

「もげるぅ!ウサ耳もげちゃいますぅ!」

 

  ギリギリとウサ耳を引っ張られるシア。頭ごと引っ張られてまるでタマネギみたいになってる。うん、やっぱりこいつただの残念ウサギだわ。

 

  シアの背中に馬乗りになっているユエを見ること数分、気が済んだのかユエは降りる。かろうじて残念ウサギの耳は残っていた。

 

  それを呆れた目で見ていると、涙目で耳をさするシアにむすっとした顔のユエが何やら言った。シアのピコンッ!とウサ耳が立つ。

 

  そうすると、なぜか若干赤い顔でチラチラとこっちを見てきた。

 

「ほら、早く」

「は、はいですぅ……」

 

  鬱陶しいその視線にイラッとしてゴム弾入りのドンナーを抜きかけていると、すくっと立ち上がったシアはこちらに近づいてくる。

 

  そして俺の前まで来ると、真剣な顔で背筋を伸ばし、青みがかった白髪をなびかせ、ウサミミをピンッと立てた。

 

  まるで一世一代の告白でもするようなシアに、とりあえずドンナーをホルスターに戻して話を聞くことにする。

 

「は、ハジメさん」

「………なんだ」

「その、ですね。頼みたいことが……」

 

  そこで、シアの言葉は止まった。その先をいうのをためらうように、口を開いては閉じてを繰り返す。

 

  それから十分、シアは一向に話し出す気配がない。流石にイライラしてきて、シアの額にドンナーの銃口を押し付ける。

 

「さっさとしろ、まどろっこしい。言わないと撃つぞ」

「わーっ!わかりました、言います、言いますからっ!」

「言ったな?ならさっさと話せ」

 

  ドンナーを下ろすと、シアはほっと安堵の息を吐く。そしてもう一度深く深呼吸をすると、キッと俺の目を決意のこもった目で見つめ……

 

「私を、皆さんの旅に連れてって「断る」せめて最後まで言わせてくださいよぉ!」

 

  酷いですぅ〜!と揺さぶってくる残念ウサギ。いや、何言ってんだこいつ。そんなの却下に決まってんだろ。

 

「うぅ、あんなに真剣に頼んだのに……」

「いや、そんなの知らんわ。ていうかあそこのプレデターどもはどうすんだ?まさか全員連れてけとか言わねえだろうな?」

 

  親指でくいくいと指差すと、良いワイルドスマイルでサムズアップするプレデターハウリアども。やめろ、返答は求めてない。

 

  シアは慌ててそれを否定し、連れて行って欲しいというのが自分だけのことだと言う。どっちにしろ却下だけど。

 

「よくあのプレデターどもが許したな」

「訓練を始める前に説得しました。その、自分たちに迷惑がかかるからって言う理由ならダメだけど、私がどうしてもって言うならいいって……」

 

  指の先と先をつんつんと突き合わせ、上目遣いで言ってくる。あざとい仕草に隣のユエがイラっとした顔をする。ウサギがモフモフしてた。本当に気に入ったんだな。

 

「いや、それこそ訳がわからん。どうしてそこまでして俺たちについて来ようとするんだよ?その実力ならもう大概のことはなんとかなるだろ?」

「いや、それはそうなんですけど、そうじゃなくてですね………」

 

  あいも変わらずじれったくモジモジするシア。うざってえ、わざわざ時間使ってやってるんだから早よ話進めろや。

 

  苛立ちを覚えながら、今度こそドンナーでゴム弾を撃ってやろうかと思っていると、不意にパッ!とシアが顔を上げて叫んだ。

 

 

 

「ハジメさんの傍に居たいからですぅ! しゅきなのでぇ!」

 

 

 

 ……………は?

 

 

「うう、言っちゃいました!でも噛んじゃいました!」

 

  あわあわしているシアを前に、俺はただ呆然とする。鳩が豆鉄砲を食らったような気分とはこういうことをいうのだろうか。

 

  たっぷり五分ほどかけて、ようやく理解不能な言葉によるショックから立ち直る。そして意味を理解し、すぐに突っ込んだ。

 

「いやいや待て待て、おかしいだろ。シュウジならまだしも、いつ俺にフラグが建った?」

「おーいハジメ、シュウジ拾ってきたぞー」

 

  噂をすればなんとやら、脇にシュウジを抱えたエボルトが帰ってくる。するとシアはにっこりと笑い、親指でシュウジを指差した。

 

「いやだなぁハジメさん、冗談はやめてくださいよ。アレのどこを好きになれと?」

「お、おう」

 

  どこまでも雑な扱いな我が親友だった。いやまあ、ある程度長い付き合いじゃないとあいつの良いところは見えてこないけどさ。

 

  それはともかく、一旦気持ちを切り替えると咳払いして話を続ける。シュウジはエボルトが端っこに連れてった。

 

「で、俺を好きだって?随分と雑な扱いをしてたはずだが?……ハッまさかそういう趣味が」

「違いますぅ!私そんな変態じゃないですぅ!ていうか自覚あったんならもうすこしソフトにしてくださいよ!」

「する意味のないことはしない主義でな。つか、状況につられてるんじゃないのか?」

 

  吊り橋効果っていうのがある。ピンチな時に優しくされたり助けられたりすると、そのはずみで好きになるというものだ。

 

  相当雑ではあったものの、俺はこいつを救ってる。それに釣られて自分の気持ちを勘違いしてるんじゃないのか?

 

「……確かに、そういう要素がないといえば嘘になります。家族も、自分の命も助けてもらいましたから。でも、そんなの関係ないくらい好きになっちゃったんです」

「なっちゃったんです、って言われてもなぁ……」

「まあ自分でも思いますよ?なんでハジメさんなんだろうって。まだ残念ウサギ呼ばわりだし、鬼だし平気で殴るし、扱い雑だし、鬼だし……あれ、ほんとになんでだろう」

「お前は告白しているのか?それとも俺にシバかれに来たのか?」

 

  ひくっと口の端が引きつるのがわかる。確かにまったくもって言う通りだが、面と向かっていわれると腹立つ。

 

「それでも、この人だ!って思ったんです。ハジメさんじゃなきゃダメだって」

「……………」

「だから、お願いします!側にいさせてください!」

「……あのな、何回も言ってるけどそのつもりはないからな。ていうかユエとウサギ前にしてよく堂々と言えるな?お前の1番強いところ身体能力強化じゃなくてアザンチウム製のハートじゃね?」

「誰が世界最高の頑強さを誇るハートですか!……ふふ、わかってましたよ、わかってましたとも。一筋縄ではいかないことくらい」

 

  よくわかっている。よっぽどでもない限り、俺はこいつを連れて行く気は毛頭ない。

 

「ですが!こんなこともあろうかとお二人を味方につけたのです!ユエさん、ウサギさん、お願いします!」

「は?」

 

 ユエと、ウサギ?

 

  そちらを振り向くと、ユエはものすごく仕方がなさそうに、深い深いため息を吐いてから「……連れて行こう」といった。

 

  苦虫を百匹噛み潰したようなその顔に、俺はようやく悟る。ユエとウサギの言っていた勝負というものの意味を。

 

  つまるところ、シアはユエとウサギに俺に頼む時、勝負に勝てば協力するように頼んだのだろう。それはかなり命がけだったはずだ。

 

「ハジメ……」

「ウサギ、お前もか?」

「シアを、連れていこ?」

 

  パッと笑顔を浮かべるウサギに、思わず「オッケー」と即答しかけた。〝オッ〟まで口に出てた。あ、危ねえ……ウサギの可愛さにやられるところだった。

 

  しかし、まあ……もはやここまでくると怒りやら呆れやら通り越して、こいつに関心すらする。よくもまあ、これだけのためにそこまでするもんだ。

 

  ……いや、違うな。むしろこれだけしてまで俺についてきたいと思うほど、こいつの思いが本物ということだ。

 

  思わずガリガリと頭をかく。面倒なことになった。いや、別にこの二人が認めたからといって俺が認めなければそれで終わりだ。

 

  だが……目の前のシアの目には、どこか奈落にいた時の俺とよく似た、不屈の意志が秘められていた。これを否定していいものか。

 

  もう一度、二人のことを見る。ユエは仕方がないと肩をすくめ、ウサギは上目遣いをしてきた。やばい、尊くて危うく吐血しそうになった。

 

  ここで無残に断ったら……この二人は、どう思うだろうか。

 

「………はぁああぁ」

 

  結局、俺の口から出たのはそんな深いため息だった。シアと目線を合わせ、しっかりとその奥にある意志の炎を射抜く。そしてゆっくりと話し出した。

 

「……ついてきたって、答えがやれるわけじゃねえぞ」

「知らないんですか、未来は絶対じゃないんですよ?それに、ウサギさんがいますし」

 

 ……それもそうだ。

 

「危険な旅だ。命がいくつあっても足りないくらいに」

「よかったです、ちょうど化け物になったところだからついていけます」

「俺たちの目的は神を殺して、故郷に帰ることだ。ついてくるというのなら、もう家族には会えないかもしれないんだぞ?」

「何度でも言います、〝それでも〟なんです」

 

  強い口調で言い切るシア。カムたちの方を見れば、少し寂しそうではあるものの、またサムズアップしてきた。

 

  今一度見たシアの表情に、やっと理解する。もうこいつの思いは、理屈を並べたところで折れないということに。

 

「……………」

「ふふ、もう終わりですか?なら、もう一度言います」

「……言ってみろ」

 

  すっと息を吸い、シアはもう一度俺に向かって口にする。自分の、心の底からの望みを。

 

「私を、連れて行ってください」

「……………」

 

  その蒼穹のように青い目をじっと見つめる。それに答えるように、絶対にシアは俺から目線をそらさなかった。

 

「……はぁ。勝手にしろ、この物好きめ」

 

  そして、俺は折れた。

 

  驚いたように目を見開くシアに、俺は気まずい気持ちになってそっぽを向き、頬をかく。

 

「や……やったあ!やったですぅ!」

 

  次の瞬間、シアの歓声が耳に届いた。ぴょんぴょんと飛び跳ねるシアは、ユエに抱きついたりウサギに抱きついたり、カエルを高い高いしたりして全身で喜びを表す。

 

  それにユエは鼻を鳴らしながらもまんざらでもなさそうに、ウサギは天使より天使な微笑みを浮かべて「頑張ったね」と言っていた。

 

「ったく、はしゃぎすぎだろ」

「えへへ、これでハジメさんとずっと一緒ですう」

「……シア、こっちにきて」

 

  ちょいちょいと手招きするユエ。飛び跳ねていたシアはトコトコと近寄っていく。

 

「はい、なんですかユエさん?」

「ハジメについては私たちの方が上級者、先輩の教えを守ることから始める」

「はい、わかったですぅ!」

「まずは毎朝自作のハジメ讃歌を歌い、そして寝る前には毎日50ページのハジメポエムを作成することがノルマ。これができてこそハジメマスターの第一歩」

「待ってユエさん、えっいつもそんなことしてたの?」

 

  ユエに思わずつっこんでいると、目を覚ましたシュウジがエボルトとともに近寄ってきた。

 

「よおハジメ、今どういう状況?」

「起きたかシュウジ……まあ、なんだ。端的に言うとシアが一緒に旅することになった」

「お、マジか。シアさん、これからよろしくなっ☆」

「……すいません、もう一発殴らせてもらってもいいですか?」

「なんでや!」

 

  笑顔で拳を握るシアから逃げるシュウジに、俺はこれからより一層騒がしくなりそうだと思った。

 

 

 ピ、ピピ……

 

 

  追いかけっこ(ガチ)をしている二人を眺めていると、聞き覚えのある音とともに目の前に小柄なプレデターハウリアが姿を現した。

 

  ヘルメットをつけていない子供のプレデターハウリアは、確かバルとかいう名前だったはずだ。なにやら神妙な顔をしている。

 

「ボス、ご報告が」

「なんだ、一体どうした」

「実は……大樹への道に、フェアベルゲンのものが」

 

 ……どうやら、また新たな騒動のようだ。

 

 

 〜〜〜

 

 

 オマケその1

 

 シア「私身体強化に特化しているので、その気になれば大きなものだって持てちゃいます!」大岩を持ち上げる

 ハジメ「ほお、大したもんだ」

 シア「でもちょっとコツがいるっていうか、気をぬくと能力通りの見た目になっちゃうんです」

 ハジメ「……どういうことだ?」

 シア「こういう………(ムキョッ)」筋肉モリモリマッチョウーメン

 ハジメ「……うん、元の見た目で頼むわ」

 

 細身女子に大きな武器はロマン

 

 




シアは後にプーチン(ウサビッチ見た人しかわからん)になります。
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人狩りいこうぜ!(誤字にあらず)

評価バーが7を超えた∑(゚Д゚)この調子でお気に入り500件を目指す…!
どうも、エイリアンVSプレデターの1と2を観た作者です。

シュウジ「よお、シュウジだ。俺はあれだ、2のウルフプレデターが好きだな。終わり方はともかく」

ハジメ「確かにスッキリとはしない終わり方だったな。で、前回はシアが告白して、仕方がなく旅についてくることを了承した」

シア「うふふ、一緒ですぅ」

ユエ「むう…」

エボルト「今回はハウリア族どもの狩りの話だ。それじゃあせーの……」

五人「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」


 ハジメ SIDE

 

  プレデターハウリアの子供、バルから告げられた情報。それによれば、どうやら大樹への道にフェアベルゲンの亜人がいるらしい。

 

  待ち構えているのは熊人族……あの時シュウジに殴りかかった種族の集団であり、完全武装の状態でいるようだ。

 

「なるほどな、目的を目の前にして潰そうってか。中々いい性格してんな」

「そこに痺れる憧れるゥ!」

「痺れないし憧れねえよ。ていうか頭にたんこぶついてんぞ」

 

  二重にたんこぶができてるとか漫画でしか見たことないわ。

 

「しかし……」

 

  目の前で跪くプレデターハウリアを見る。子供のはずなのに、鎧を装着しても一切体が揺れない姿は、さながら軍人のようだ。

 

  よくもまあ、こんなになるまでやらかしたもんだ。結構可愛がってたはずだが、一旦スイッチが入ると容赦ねえな。

 

  思わず嘆息しながらどうする?とシュウジにアイコンタクトを送る。すると奴は肩をすくめ、カムたちの方をちらりと見た……ああ、そういうことか。

 

「おい、カム」

「はい、なんですかいボス」

「待ち構えている熊人族たち、お前らがやれ」

 

  そう言うと、カムたちは待ってましたと言わんばかりに裂けるような笑みを浮かべた。バトルジャンキー丸出しだ。

 

「お任せくださいボス、私たちの力を奴らに見せつけてやります」

 

  力強い口調でそういったカムは、不意に上を向くと両手を口元に持って行き、凄まじい大声をあげた。

 

  樹海全体に響き渡るようなその声に、耳がキーンとする。これがほかのプレデターハウリアどもを呼んでるんじゃなけりゃ殴ってるとこだ。

 

「あれで〝じょーーーーーっ!〟っていってたらなおよかったな」

「テラ◯ォー◯ーじゃねえんだよ」

「そういや女神様の知識によれば七大迷宮の一つに似たようなやついるらしいよ」

「えっマジで」

「……ハジメ、テ◯フ◯ーマーって何?」

「ほら、こんな感じのやつだ」

「うっわ擬態の再現度高いなエボルト。キモいぞお前」

「この姿のことだな?俺のことじゃないよな?」

 

  某火星在住のゴキブリ星人に擬態したエボルトに、ユエとウサギが嫌そうな顔をする。その迷宮行った時大丈夫だろうか。

 

  それからほどなくして、そこかしこの茂みから物音がした。気配感知の技能に大量の反応が引っかかる。

 

  数秒もすると、広場は透明化を切った四十人強のプレデターハウリアに埋め尽くされた。軍隊のごとく整列する様は壮観の一言だ。

 

  先頭に立ったカムが、「ボス、先生、お言葉を」と促してくる。ここは俺ではなくシュウジのほうがいいだろうと肩を叩いた。

 

「あ、ここで俺に振るのね……んんっ!」

 

  スッとシュウジの顔から表情が消える。異空間から伊達眼鏡を取り出し、それをかけた。どうやら回帰したようだ。

 

「諸君、静粛に耳を傾けなさい。今ここにいる貴方たちは、もはや踏み潰されるだけのド底辺のクソ虫ではありません。己の力、知恵で命を刈り取る暗殺者です。そんな貴方たちが、私怨にかられて盲目的になっている[ピーーッ]ごときに負ける道理はありません。自分たちが絶対強者だと自惚れている彼らに現実を見せてあげなさい!四肢をもぎ、首を切り落とし、勝利のトロフィーを掲げるのです!ハウリア族が強者に……命の捕食者(プレデター)になったことを、この樹海に生きとし生けるものすべてに知らしめるのです!」

「「「「「「「「「「Sir、yes、sir!!」」」」」」」」」」

「叫びなさい、諸君! 我が親愛なる弟子の諸君! 貴方たちの望みはなんですか!」

「「「「「「「「「「強きものをねじ伏せ、狩り、その頭蓋を掲げること!」」」」」」」」」」

「貴方たちは何者ですか!」

「「「「「「「「「We are Assassin!」」」」」」」」」」

「獲物はどうします!!」

「「「「「「「「「「ねじ伏せ、踏み潰し、殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「そうです!それでこそ私の教え子です!この樹海のものたちはあまねく貴方たちの獲物!徹底的に殺しなさい!」

「「「「「「「「「「Aye、aye、Sir!!」」」」」」」」」

「良い返事です!さあ行きなさいハウリア族諸君!サーチ&デストロイ!ハイド&キル!その力を見せつけなさいッ!!」

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」」」」」」」」」」

 

  ジャキンッ!とリストブレイドを伸張させ掲げたプレデターハウリアどもは、ガントレットに拳を叩きつけると透明になり、樹海の中へと消えていく。

 

  後に残ったのは、胸を張っているサイレントシュウジと俺たち、そして「私の、家族、が……」と地面に膝をついたシアだった。

 

「ふぃ〜、ノリと勢いに任せて演説しちまったけど、すげえなあれ」

「ラビットパーンチ!」

「ばいばいきーんっ!?」

 

  伊達眼鏡を外して振り返ったシュウジは、刹那の瞬間に立ち上がったシアによって空高く打ち上げられる。

 

  そしてドシャッと地面に落ち、そのまま動かなくなった。拳を振り上げたシアに、俺は試合終了のゴングが鳴るのを幻聴する。

 

「いやぁ、難波チルドレンも中々だったが、ありゃ別の意味で洗脳だわな」

「……ん、シュウジは闇魔法が得意」

「いや、魔法じゃなくて素だろあれ……」

「……それ、もっと悪い?」

「ゲコッ」

 

  どことなく嫌な予感を覚える俺たちの耳に、ウサギの頭上のカエルの鳴き声がやけに大きく響くのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

 三人称 SIDE

 

「レギン殿、戦闘準備が整いました」

「ああ、わかった」

 

  近づいてきた部下に、その男……熊人族の一つ、バントン族のレギン・バントンはそう返した。そして腕組みをし眼前を睨みつける。

 

  彼らは今、大樹へつながる道であるものたちを待ち伏せしていた。それは、十日前に現れた人間族の集団とハウリア族。

 

  その理由は、現熊人族族長ジン・バントンにある。あのときシュウジによって関節の筋肉を断裂させられた彼は、動くのもままならない状態なのだ。

 

  幸か不幸か、シュウジの作った例の回復ジュースの劣化版で多少は治ってきているものの、もう戦うことはできない。

 

  ちなみにフタを開けるとベストマッチ音声が鳴るのは健在であり、それで驚いて関節の痛みに悶えるという地味な嫌がらせをしている。さすがシュウジ、人をおちょくる事に関して右に出る者がいない。

 

  そんなバントン族に限らず、全ての熊人族から尊敬を集めているジンが、人間族に傷つけられた。それを聞いたときレギンは唖然とした。

 

  まさかあのジンが、と信じられずにいたものの、実際に自宅で回復ジュースの音で無様に悶えるジンを見て現実を認識した。

 

  ひどく怒りを覚えたレギンは長老に詰め寄って事情を聞き出し、そしてシュウジたちの存在を知る。

 

  たかが人間族ごときが、皆が尊敬するジンを傷つけた。こんなことを熊人族……特に右腕的存在であるレギンが許せるはずもない。

 

  ゆえに、レギンとその部下たちは完全武装をし、ここでシュウジたちが来るのを待っているというわけである。

 

(相手は所詮兎人族と人間、ジン殿をやったのだって卑怯な手を使ったに決まっている)

 

「奇襲を仕掛ければ、我ら熊人族が兎人族と人間ごときに負けるはずがない!」

「そうですね、レギン殿」

 

  長老たちの必死の説得が功を奏し、熊人族全員ではなかったが、総勢五十人もの部下がいる。レギンは傲慢にも、すでに自分たちの勝利を確信していた。

 

「……ん?おい、お前。それはなんだ」

「え?一体何のことですか?」

「その額の模様だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()ーー」

 

 ーーそれが、絶望を呼び寄せるとは知らずに。

 

 

 

 ドシュンッ!!

 

 

 

  次の瞬間、レギンの目の前で部下の頭が〝何か〟によって消し飛んだ。残った体のグロテスクな首の断面から、真っ赤な鮮血が吹き出す。

 

「………は?」

 

  自分の頬に飛び散る生暖かい血の感触に、レギンは呆然とした声を上げた。他の部下も混乱し、騒然とする。

 

 

 

 シュルルルルルルルッ!!

 

 

 

  すると、どこからか風切り音が聞こえてきた。

 

「ぎゃぁぁあぁあああっ!?」

 

  不意に上がった部下の悲鳴に、ハッと我に返ったレギンは声のした方を見る。すると、部下の一人の片腕が根本から無くなっていた。

 

  一体何が、そう思う前に再び風を切る音がして、飛んできた銀色の何かによって腕を失った部下の頭は切り飛ばされた。

 

  力を失い、ドサッと地面に倒れた仲間だったものを見て、熊人族たちはパニックになる。それが命取りだともわからずに。

 

 

 ーーひぎゃぁぁああああああっ!?

 

 

 ーーう、うわぁぁあああああっ!?

 

 

 ーーば、バケモノがぁぁぁあぁっ!?

 

 

  霧の中、そこかしこから部下の悲鳴が聞こえてくる。つい先ほどまで虚無の勝利感に浸っていたレギンの思考は混乱を極めていた。

 

「くっ!隊列を立て直せ!」

「わ、わかりま……がぁあぁぁぁぁあぁあああああぁっ!?」

 

  振り返って答えようとした部下の体が、突如不自然に宙に浮いた。その胸元に血の付着した半透明の刃のようなものが浮き出ている。

 

  ここに至ってようやく、レギンはこれが何者かによる攻撃だと気がついた。しかし、今更気づいたところでもう遅い。

 

  ガクガクと白目をむいて痙攣していた部下が動かなくなると、刃が胸から引き抜かれて死体が地面に落ちる。

 

「なんだ!?何がどうなっている!?」

 

  恐怖に若干声を震わせながら、レギンは腰から剣を抜いて振り回す。そんなレギンを嘲笑うように、どこからか嘲笑が聞こえた。

 

「レギン殿、逃げてくださっ」

 

 

 ズドッ!!

 

 

  目の前に転がってきた部下の一人が、最後まで言い終える前に飛んできたものによって首を落とされる。

 

  足元に突き刺さった銀色の何かを、レギンはゆっくりと見下ろし……そしてそれが、六枚の刃のついた円盤だと理解した。

 

「これは、武器!?」

 

  血の滴る円盤を見て叫ぶレギン。そう、これはどこからどう見ても武器。けして知能のない本能で生きている魔物が使えることのないもの。

 

  そうすると、すなわち答えは一つに収束する。これまでの攻撃は全て、魔物ではなく知性のあるものによって行われたということだ。

 

「まさか、例の人間族……!」

「レギン殿!」

 

  最悪の予想を浮かべて顔を歪めるレギンの前に、ひとりの部下が肩を抑えながら走り寄ってくる。腹心のトントだ。

 

「一度撤退しましょう!この攻撃の主は俺たちが相手できるようなやつじゃない!これ以上の被害を防ぐべきです!」

「ぬぅ……!」

 

  苦い顔をするレギン。トントの言うとおり、すでに五十人いた部下は二十人弱まで減っていた。

 

  このまま戦い続けたとしても、姿どころか正体もわからない敵に対していたずらに部下の命を散らすだけだ。

 

「しんがりは俺が務めま」

 

 

 ドグシュッ!!!

 

 

  レギンが腹心の言葉に耳を傾けようとした瞬間、目の前でトントはバラバラになった。全身に血が降りかかる。

 

  ドサドサと重々しい音を立てて、トントの腕や頭、胴体の半分が転がった。その中心には、ひときわ大きく、太い湾曲した刃が地面に突き刺さっている。

 

「な、あ……」

(こんな、こんなことありえるはずが……!)

 

 

 

「ーー気分はどうかな、最強種殿」

 

 

 

  崩れ落ちるレギンの耳に、聞き覚えのある声が響いた。忌まわしいハウリア族の族長だったはずの男の声だ。

 

  レギンは憎悪の炎が燃える瞳でキッと声のした方を振り返り……そして、それを見たことを心の底から後悔した。

 

「お久しぶりだ、最強種殿」

「な、おま……!?」

 

  自分を見下ろす、筋骨隆々のおおよそ兎人族とは思えない大男。複雑な造形のガントレットと腰布しかつけていないその男は、言わずもがなカムである。

 

(こいつ、前に見たときはこんなに巨大じゃ……!?)

 

「いやはや、無様なものだ。あれほど最強と豪語していた貴方方がこの程度とは」

 

  スタスタとレギンの横を通り過ぎたカムは、地面に突き刺さった刃を右腕のガントレットに連結する。

 

  刃こぼれしていないか確認すると、血振りしてグッと拳を握りガントレットに収納した。そしてレギンの前に戻ってくる。

 

「さて、何か言うことはあるかな?」

「ッ……!」

 

  ギリィッ……!と歯ぎしりをしながら、レギンは状況を確認する。すでに部下は十数人まで減っており、不思議な武装をした兎人族と思しきものに囲まれていた。

 

  「もういじめないで……?」と体育座りで怯えているシュールな部下たちに、プレデターハウリアたちがジリジリと包囲を狭めていく。

 

  おおよそ兎人族とは思えない、というかもはや亜人族なのかすらわからないハウリア族の姿にレギンは戦慄を覚えた。

 

  今ここでいうことを間違えれば、自分も部下も殺されるのは目に見えている。ならば、一体どうするべきか。

 

「……頼む」

「…………」

「部下だけは、見逃してくれ。あいつらは俺に駆り立てられただけなんだ……!」

「…………………」

「頼む、兎人族……いや、ハウリア族の族長殿。俺は煮るなり焼くなりどうとでもしていい、だから部下の命だけは……!」

 

  レギンが選んだのは、自分の命と引き換えに部下の命を救うことだった。無感情に自分を見下ろすカムに、屈辱を感じながらも頭を下げる。

 

  そんな決死の懇願をするレギンに対する、かつての温厚さは何処へやら血も涙もない暗殺者に変貌したカムの返答は……

 

「断る」

「なっ!?」

 

  案の定の、拒否だった。瞠目して頭をあげるレギンに、カムは悪魔のような笑みを浮かべる。

 

「貴様らは私たちを殺そうとした。ならば私たちもお前たちを全員、最後の一人まで殺す権利があって当然だろう?」

「そ、それは……!」

「そして何より……踏ん反り返って胡座をかいていた貴様らが屈辱的な顔で死んでいくのを見るのは楽しいのでなぁ!」

「んなっ、この外道がぁ!」

 

  こいつマジでハウリア族?ていうかもう完全にプレデターだよね?と突っ込みたくなるようなことを言うカム。

 

  これまで虐げられてきたこと、そして文字通り地獄を見て強くなったことへの狂喜が完全にカムの心のブレーキをぶっ壊していた。

 

  もう言うことはないと言わんばかりに、カムはジャキンッ!とガントレットのリストブレイドを伸張させて振り上げる。

 

  同様に、他のプレデターハウリアたちもリストブレイド、あるいはスピアやレイザー・ディスクを振りかざした。

 

「ではさらばだ、最強種殿!」

 

  そしてそれを容赦なくレギンに振り下ろしーー

 

 

 

 シュッ!

 

 

 

  ーーしかし、その時カムの頬を一本のナイフが掠めた。

 

 

 ●◯●

 

 

  ぴたり、と動きを止めるカム。頬に一筋の切り傷が走り、血が伝う。それをぎろりと冷めた目で見るカム。

 

  そんなカムの目の前の木には、精緻な彫刻の施されたナイフが突き刺さっていた。超絶技巧を持つ職人でもないと作れないようなものだ。

 

  この世界においてそんなものを作れる、あまつさえ武器に使うなどという無駄なことをする人物は、一人しかいない。

 

「……どういうつもりですかな、先生」

 

  カムの声に応え、霧の中からシュウジが姿を現わす。伊達眼鏡をかけており、すでに回帰した状態のようだ。

 

  カム同様に気がついたレギンは、件のジンを傷つけた人間を前にして憎しみよりも先に、命が長引いたことに安堵を覚える。

 

  そうしているうちに、シュウジの後を追いかけるようにハジメ、ユエ、ウサギ、エボルト、ルイネ、そしてシアの六人が出てきた。

 

  勢揃いしたシュウジたちに、プレデターハウリアたちもカムと同じように動きを止める。そして全員がシュウジに目を向けた。

 

「先生、なぜ邪魔をしたのですか?獲物を殺せと教えたのは貴方でしょう?」

「……ああ失礼、カムでしたか。思わず見間違えてしまいましたよ」

「見間違えた?一体何にです?」

 

  首をかしげるカムに、シュウジはスッと鋭い目を向ける。あまりにも冷たすぎるその目に、カムは怯んだ。

 

「決まっていますーー貴方たちを襲った帝国兵にですよ」

「「「っ!?」」」

 

  ざわっとプレデターハウリアたちの空気が揺れる。カムもまた、脳裏に歪な笑いを浮かべる帝国兵を思い浮かべ目を見開いた。

 

  そして口元を触り、自分が同じような笑みを浮かべていることを知る。振り上げられていた手が、力なく垂れ下がった。

 

  カムたちの目に、理性の光が戻る。それまでの高揚した気分が一気に冷め、慌てて薄皮一枚で止まっている武器を引っ込めた。

 

「せ、先生、私たちは、一体何を……」

「……初めての殺しです、力に酔ってしまうのも仕方がないでしょう。実際ルイネもそうでした」

「うっ……」

「ですが、一つだけ言っておきます……この愚か者どもがッ!!!!!」

 

  シュウジの出した大声が、衝撃波のようにビリビリとその場にいた全員の肌を叩きつける。

 

「確かに私は教えました。一度定めた獲物は殺しなさいと、必要ならば追い詰めなさいと……だが、()()()()()()とは一度たりとて教えていない!」

「「「!!!」」」

「生きるためには殺すのならば良いでしょう。だが楽しんで殺すのはただの狂人だ!純然たる悪だ!お前たちは〝強者〟になりたかったのか!それとも〝悪〟になりたかったのか!?」

「私、たちは……」

 

  カムたちの脳裏に、先ほどまでの自分の所業が駆け巡る。怯える熊人族たちを嘲笑い、ゲームのように殺していく自分たちが。

 

  ああ、確かに言う通り、これではただの悪党ではないか。自分たちから家族を奪った帝国兵たちと、なんら変わらないではないか。

 

  自分たちが力を求めたのは、断じてこのようなことをするためではない。ただ、生きるために力を欲した。それだけだったはずだ。

 

「それなのに、私たちは……」

「俺は、なんてことを……」

「私、私……!」

 

 

 カラン、カラン……

 

 

  次々と武器を手放すプレデターハウリアたち。それを見て、慌てて熊人族たちがどさくさに紛れて逃げようとする。

 

 

 ドパンッ!

 

 

「ぬがっ!?」

 

  しかし、そうは問屋がおろさない。ハジメの撃ったゴム弾が正確無比に逃げようとした熊人族の後頭部にぶつかる。

 

「何逃げようとしてんだ、話終わるまで正座でもしてろや」

「私が縛っておこう」

 

  ルイネが金属糸を操り、全員の首に巻きつけて逃げられないようにする。それをちらりと見て、シュウジは話を続けた。

 

「……その様子だと、気づいたようですね。一度で学習できたのならば、私からはもう何も言うことはありません。今後も鍛錬に励みなさい」

「「「は、はっ!ご寛大なお言葉に感謝します!」」」

 

  敬礼をするプレデターハウリアたちに、シュウジは頷く。そうすると伊達眼鏡を外し、回帰を解除した。

 

  伊達眼鏡を異空間に放り込むと、「んあ〜説教疲れた〜」と伸びをしながら歩いていく。そしてポンとハジメの肩を叩いた。

 

「俺っちもう疲れちゃったから後始末よろしく」

「はいはい、わかったよ」

 

  やれやれ、と肩をすくめながらもハジメは前に出て、拘束されている熊人族に近づいていくとレギンの前にしゃがみ込む。

 

「つーわけだ。よかったな、生き長らえて」

「くっ……」

「せっかく生き延びたんだ、さっさとフェアベルゲンに帰れ。そして長老たちにこう伝えろ」

「……何をだ」

「〝貸し一つ〟ってな」

「なっ!?」

 

  あまりにもな言葉に絶句するレギンの肩に、ハジメは手を置く。そしてニコリといっそ純粋そうな笑顔を浮かべた。

 

「もし伝えないで惚けでもした時ーーその時がフェアベルゲンの最後と思え」

「ぐ………わかった」

 

  借金取りのヤクザどころかテロリストさながらのハジメの要求に、しかし拒否など以ての外なので頷くレギン。

 

  その後、解放された部下たちとともに、レギンは逃げるようにフェアベルゲンへと帰っていった。残ったのはハジメたちとハウリア族だけだ。

 

「……さて、お前ら」

「ボ、ボス……」

 

  立ち上がったハジメは、カムたちに向き直る。そして……わずかに頭を下げた。

 

「すまなかった」

「……え?」

「今回の事に関して、鍛えたのはシュウジだったが、それを別にいいかと傍観していた俺にも責任がある。だからまあ、すまなかった」

「ボス……」

 

  謝るハジメに困惑するカムたちに、シュウジもいつものおふざけを納めて少し決まり悪そうに前に進み出た。

 

「あー、俺も散々お説教したけどさ。いくら生きるためとはいえ、別にあそこまでする必要はなかった。明らかにやりすぎた、すまん」

「せ、先生……」

 

  二人揃って頭を下げるハジメとシュウジに、さらに困惑するカムたち。次の言葉は、こんなものだった。

 

「……どこか具合でも悪いんですかい?あるいはここに来るまでに頭を?」

「……お前らな」

「あっはっはっ、酷いねぇ君たち」

 

  口元をひきつらせるハジメと、能天気に笑うシュウジ。すっかりいつもの空気に戻り、緊張が弛緩する。

 

「さぁーって、それじゃあひと段落ついたことだし、広場に戻って飯にすんぞー。そしたら大樹への案内よろぴく〜」

「言い方がうざいが、まあその通りだな。ほら、さっさと動け。じゃないと撃つぞ」

「うむ、沢山用意しているから存分に食べるといい」

「「「ヒャッホー!姐さんの飯だーーーー!」」」

 

  さっきまでのシリアスな雰囲気は何処へやら、歓声をあげたハウリア族たちは広場に戻っていくシュウジたちについていく。

 

 

 

  こうして熊人族の多くの若者が命を落とした上にフェアベルゲンはシュウジたちに借りができ、ハウリア族の最初の戦いは終わりを告げたのだった。

 




============================
 カム・ハウリア 48歳 男 レベル:40 HL:3.2
 天職:プレデター
 筋力:4600
 体力:5200
 耐性:4600
 敏捷:4600
 魔力:0
 魔耐:4000
 技能:隠密・索敵・超聴覚・暗殺術・闘術[+獣術]・外骨格・透明化・咆哮・損傷修復促進
 ==============================

誰得なカムのステータス。
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すごく……大きいです(大樹が)

評価上がったと喜んだら下がった……

シュウジ「よお、元気いっぱいシュウジだ。前回はカムたちが戦ったんだな」

シア「もう、危うくひどいことになるところでしたよ」

カム「面目無い……」

シュウジ「まあ結果オーライってことで。んで、今回は大樹へと向かうぞ。それじゃあせーの……」

三人「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」


  広場に戻った俺たちはルイネ特製のシチューをムッシャムッシャ武蔵野小杉したあと、大樹へと向かった。

 

  十日前に比べれば薄れた、しかし未だに濃い霧の中をカムたちの先導で進む。なお、全員頭にたんこぶがついてるのでマスクを外してる。

 

  理由?あの後流石に悪いと思ったのかハジメが超絶塩対応から超塩対応くらいになってたんだけど、頭を怪我したとか言われてキレた。

 

  なので全員一発ずつゲンコツを入れられました。俺?笑ってたらハジメにケツにゴム弾撃ち込まれましたが何か?

 

『過去に戻ったデッドプールに殺されたデッドプールの気持ちがわかったな』

 

  あれ最後に首切り落とされたけど生きてなかったっけ?

 

「んー、いい素材落ちないなー」

「何やってんだシュウジ?」

「白◯」

「なんでできてんの?」

「アレがアレしてアレしたら元の世界のと繋がった」

「オーケー、何一つわからないことはわかった」

「シュウジー、ハロウィンイベの周回どれだけ終わった?」

「んー、5回くらい?」

「ふーん。俺8回」

「エボルトォオオオ!」

 

  お気に入りのキャラはイリアとかである。理由?なんとなく雫とルイネに似てるから。

 

「うう、痛いです……」

 

  携帯でゲームやってる俺たちの横では、頭をさすりながら涙目になっている旅の仲間になったシアさんがいた。

 

  シアさんはハジメの頭を心配してガチでハンマーで叩こうとした(提供は俺、ディオスシリーズである)ので一際強くゲンコツされたのだ。俺は十字固めされた。

 

「いつまでも鬱陶しいな。いい加減にしろ」

「じゃああんなに強く殴らないでくださいよぅ!私か弱い女の子なんですよ!?」

「知らん」

「酷いっ!」

 

  ギャーギャー言うシアさんをハジメがガン無視して進む。うーん、なんだかこの光景も見慣れてきた今日この頃です。

 

「ところでルイネさんや」

「なんだマスター」

「何で俺の腕をホールドしているんだい?」

 

  俺の片腕にガッチリ抱きついているルイネに問いかける。さっきからずっとこんな調子だ。いや、悪い気はしないんだが。

 

「しばらく話せなかったのでな。昔のマスターもいいが……私は今のマスターの方が好きだ」

「……そうかい」

「マスター、照れているな?」

「ナーンノコートカワーカリマセーン!」

 

  いやほんと、嬉しいとか嬉しいとか嬉しいとか全然思ってないから。俺平常心キープしてるから。あっやべ必殺技使うタイミングミスった。

 

『おもっくそ動揺してんじゃねえか』

 

「お、ボス、先生。大樹が見えてきやしたぜ」

 

  そうして進むことしばらく、前方にいたカムさん……カム親分?どっちでもいいけど、声がかかった。

 

  アプリを終了すると歩きスマホをやめ、大樹が見えるのを待つ。程なくして視界が開け、そこには……

 

「……なんだこりゃ」

 

  ……どっからどう見ても枯れた大樹があった。ハジメが呆れたような声を出す。

 

「すごく……大きいです」

「頬を染めるな気持ち悪い」

「しかし、本当に大きいな」

 

  確かに、大樹というだけあってそれはとても大きな枯れ木だった……それは剣というには、あまりにも大き(ry

 

  直径は目算でも十五メートルくらい、幅も俺とエボルトが横になってもそれの倍くらいはあるだろう。

 

  だが最も目立つところは、やはり枯れているということだろう。他の木は青々と茂っているのに、これだけは完全に枯れている。

 

「この大樹はフェアベルゲン建国以前から枯れており、しかし朽ちることはないから神聖視されているのです。まあ、ぶっちゃけ言うとそれだけなのでただの観光名所なのですが」

「なるほどねぇ……」

 

  カムさんの説明に頷いていると、不意にウサギが一歩前に足を踏み出した。そして大樹に近づき、そっと手で触れる。

 

  その顔に浮かんでいるのは、まるで懐かしいものを見たような表情。そう、故郷に帰った時に似た顔だ。

 

  時々天使と間違えるが、彼女は元はオスカーの作ったホムンクルス。もしかしたら、他の迷宮にも何か感じるものがあるのやもしれない。

 

「ゲコッ」

 

  ……まあ頭の上のカエルのせいで神秘性は半減してるけど。

 

 

 

 オオォォォォォォォォン……………

 

 

 

  俺の考察を肯定するように、近い場所から地鳴りのような遠吠えが聞こえてきた。あっちも懐かしんでいるようだ。

 

  そうしてウサギを見ていると、ふと大樹の根元に何かがあるのに気がついた。

 

「おいハジメ、あれなんだ」

「あん?」

 

  俺が指差す大樹の根元に、ハジメが視線を移す。するとそこには半ばコケで覆われた、石板のようなものがあった。

 

  近づいて見てみると、それに何かが刻まれているのがわかる。七つの紋章を点にした、七角形の図形だ。そして1番上の紋章は……

 

「これ、オルクスのと同じ……」

「みたいだな。ここが大迷宮の入り口で確定か」

 

  ハジメがオルクスの指輪を取り出す。俺も取り出して見てみると、なるほど確かに石板にあるのと同じ紋章だ。

 

  しかし、同じなのは良かったものの、これ以降どうするかは口伝には情報が残ってない。肝心なとこだけ話さないとかエボルトかよ。

 

『策略だよ、策略』

 

 ポンポン新しい真実出てきたもんなぁ。

 

  だが、情報がなくても無問題モーマンタイ。なぜかって?そう、女神様から知識を授かったこの俺ちゃんがいるからさ!

 

  スタスタと歩いて石板の裏に回る。すると紋章のある位置にそれぞれ一つずつ窪みのようなものがあった。

 

「ここにこいつを差し込めばっと」

 

  指輪をオスカーの紋章の窪みにカチッと差し込む。石板が僅かに震え、淡く光って何かが起こったのがわかった。

 

「ハジメー、そっちになにか変化起こった?」

「ああ、なにやら文章が浮かび上がってきた。でかしたシュウジ」

「おお。っていうかここにいると見えないから読み上げてくれない?」

「わかった」

 

  そしてハジメは石板に浮かんだ文字を読み上げる。

 

 〝四つの証〟

 〝再生の力〟

 〝紡がれた絆の道標〟

 〝全てを有するものに新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

「こんな感じだ」

「ほーん……」

 

  さしずめ解放者からのなぞなぞってとこか。まあ答え知ってるけど。

 

「確か四つの証はオスカーのを含めた攻略の証、再生の力は再生魔法っつー神代魔法、んで紡がれた絆の道標は亜人族の協力だったな」

「なるほどな……つまり、まだここは攻略できないってことか」

 

  まっ、まだ証も一つしかないし、再生魔法もないからね。かろうじてカムさんたちの案内があるから最後のはクリアできてるけど。

 

「なあエボルト、これ俺の知識とお前の擬態能力で何とかならない?」

「ちょっとやってみるか」

 

  エボルトが手のひらを差し出す。すると赤黒い物体が出てきて、それが三つの紋章の入った指輪に変わった。

 

  それを受け取り、窪みにはめ込む。するとまた光った。おお、これゲームの隠し部屋の鍵外すみたいで楽しいわ。

 

「偽物かどうか認識されないのね」

「そりゃお前の知識を元に完全に再現したからな」

「エボルト優秀〜」

「はっはっはっ、もっと褒めろ」

「調子乗んなエイリアン」

「いきなり百八十度対応変わったなオイ」

 

  そして体内で治癒系統の再生魔法に酷似したものを構築し、手にその魔力を集中させて石板を触る。

 

  一秒、二秒と待ってみるが……しかし、特に何の反応も起こることはなかった。

 

「ま、できないよねー」

「そりゃあ、こんな簡単な裏技で開いたら苦労しな……」

 

 

 ズズズズズズ………

 

 

  エボルトが最後まで言い終える前に、後ろから音がする。バッとシンクロした動きで振り返ると、大樹に変化が起きていた。

 

  ほんの少しだが枯れた幹の色が濃くなり、幹に亀裂が入った。そして僅かに横に開くが、そこで止まる。

 

「……できかけちゃったね」

「……できかけちゃったな」

「お前ら自分でやっといて驚いてどうするんだよ……」

 

  いやぁ、半分冗談のつもりだったんですよ。結局できませんでした、みたいないつものオチを狙ってた。

 

「んで、どーするよハジメ。多分もう少し工夫すればこれ開いちゃうけど」

「そうだな……ユエとウサギはどうしたい?」

 

  二人に降るハジメ。ユエとウサギは互いに顔を見合わせ、どうする?とアイコンタクトしていた。仲良いよね君たち。

 

「あ、ちなみにさっき言った◯ラフォー◯ーいるのここの迷宮ね」

「「うっ!?」」

 

  怯む二人に、隣のエボルトが某火星在住のゴッキー星人に擬態する。すると二人はさらに一歩後ずさった。

 

  そんなユエとウサギに、エボルトがほれほれならぬ「じょじょじょじょ」とか言ってにじり寄っていく。完全に事案ですありがとうございました。

 

  マッスルポーズとか考える人とかグ◯コのポーズをするエボルトに、二人はすげえ萎えたような顔をしている。あっハジメに殴られた。

 

「いてぇ……」

「ったくこのバカは」

「ハジメ……」

「気持ち悪かった……」

「はいはい、二人とも怖かったなー」

 

  よしよしと頭を撫でられると、ユエとウサギの表情がとろける。すぐさまピンク色のオーラが出てきた。くっ、ここはもうダメだ!

 

  結局すぐには無理ってことで、正規の証と再生魔法を獲得するのを目的に他の三つの大迷宮に行くこととなった。

 

  さて。これにて今回の俺たちの樹海での用事は終わり。つまり契約が完了し、ハウリア族への庇護は終了となる。

 

  それを自然に悟ったのだろう、俺たちの前にプレデターハウリアたちが整列した。そしてイギリス兵みたいに真っ直ぐ見つめてくる。

 

  それに俺たちもふざけるのをやめ、エボルトを蹴って立たせて向き合った。

 

『俺の扱い雑くない?』

 

 なんのことやら。

 

「シュウジ、演説頼む」

「もう完全に俺の管轄になってますねはい」

 

  仕方がなく伊達眼鏡をかけて、回帰を発動する。便利使いしていると思う今日この頃。

 

「さて、諸君。これにて私たちの貴方達との契約は終わりです。貴方たちはもう十分に強い、樹海の中でも十分に生きているでしょう」

「先生!実は、我々から一つ願いが……」

 

  声をあげたカムを、私は手で制する。そして話を続けた。

 

「私たちについてくる、というのは却下です。貴方たちは強くなったとはいえ、旅についてこれる程ではない。故に、次来た時にシアさんと同程度の強さに至れれば考えましょう」

「はっ!では我らハウリア族一同、粉骨砕身の思いで己を鍛えます!」

「よろしい……さて、ではシアさん。お別れの言葉を言いなさい」

 

  隣にいたシアさんの背中を押し、前に出す。するとシアさんは慌てた後、ハウリア族を見渡して話し始めた。

 

「……父様、皆さま。私はこれからハジメさんたちについていって、世界を旅してきます。その中で、きっと苦しいことも、くじけそうになることもあるでしょう」

「「「……………」」」

「でも、私は決してめげません。だって……こんな私を愛してくれて、育ててくれた家族(みんな)がいますから」

「「「……!!!」」」

「だから、今まで沢山沢山、ありがとうございます。皆が頑張っているなら、私も精一杯頑張れますから、だから……だがら、まだいづか、会いまじょゔっ!」

 

  ボロボロと涙をこぼしながら言うシアさんに、ハウリア族もまた静かに涙を流していた。そこからは暖かい、家族の絆を感じる。

 

  しかしそれも少しのこと、ハウリア族は涙をぬぐい、カムが足を踏み鳴らすと皆姿勢を正す。そして……

 

「ハウリア族一同!我らが愛娘シア・ハウリアに……敬礼ッ!!!」

 

  カムの号令で、一糸乱れぬ動きで敬礼をするプレデターハウリアたち。それに感極まったのか、わっとシアさんが泣き出した。ウサギがその肩をさする。

 

「おお、感動するねぇ」

「お前がいうとかけらも思ってなさそうに聞こえるわ」

「酷くない?昔はそうだけど今はちゃんと思ってるぞ?」

「……ボス、先生」

「なんだ」

「……私の、私たちの娘を、どうかよろしくお願いします」

「……まあ、一旦預かったんだ。最後まで面倒見るさ」

「当たり前です、弟子の願いを聞くのが師匠の務めの一つですから」

 

  私たちが答えると、ふっとカムは訓練前と同じような優しげな笑みを浮かべたのだった。

 

  その後、樹海の入り口まで戻り、プレデターハウリアたちの見送り付きで回帰を解除した俺とハジメたちは樹海を後にした。

 

  再び峡谷の中を、俺はマシンビルダーverエボルトにルイネを後ろに乗せ、ハジメはサイドカーにウサギとカエル、シア、後ろにユエを乗せて並走する。

 

「そういえば、次はどこへ向かうんですか?」

「ああ、ブルックっていう町だよシアさん。そろそろ都会が懐かしい頃合いでね」

 

  ふと問いかけたシアさんに、俺は人差し指を立てながら答える。ライセン大峡谷にある大迷宮を探す前に、まずはそっちに向かう。

 

  なぜライセンなのかというと、大迷宮の一つがある北の【シュネー雪原】は魔人族がウロウロしてるし、それなら同じく迷宮のある西大陸の【グリューエン大火山】へ向かいがてらその道すがら寄ろうってことだ。

 

  それを説明すると、基本地獄の処刑場って認識のライセン大峡谷をついでのように渡ると聞いてシアさんは頬を引きつらせてた。

 

「そんな顔すんなって、今やシアさんも俺たちと同じ部類なんだぜ?もうあそこの魔物なんて雑魚だよ」

「い、いえ、それはわかっているのですが……」

「ったく、うるさい残念ウサギだな。仲間になったんならどしっと構えてろ」

「そ、そんなすぐには無理ですよぉ〜!っていうかその前に、町に行く理由も聞いてませんでした」

「あー、そろそろ食料品とか調味料とか揃えたいしな。今後のためにも魔物の素材を換金しときたいし」

「な、なるほど……」

 

  それからてっきりハジメさんとかは峡谷の魔物食べて満足するしユエは血で十分だから自分はどうするかと思ってて、安心したと言ってサイドカーの外に括られていた。

 

『こいのぼりみたいになってんな』

 

 ベストマッチ!な表現だな。

 

 しかし、町か……楽しみだなぁ。

 

「ふっふっふっ……」

「なんだよシュウジ、いきなり笑い出して」

 

  ハジメが気味悪そうにいうが、俺は妖しい笑みを浮かべ続けた。今からハジメたちの驚く姿が目に浮かぶようだ……!

 

  そう不穏なことを考えながら、俺はバイクを走らせるのだった。

 

 〜〜〜

 

 オマケ その1

 

 シア「私もハジメさんとイチャイチャしたいですよぅ〜!」

 ハジメ「だーっ暑苦しい!俺にはユエとウサギだけなんだよ!」

 シア「そんなぁ!嫁が多いのは男の甲斐性、三号さんでもいいですからぁ!」

 ハジメ「いやこれ以上増やしたら元の世界に帰った時面倒になるわ!一夫一妻制なんだぞ!」

 シュウジ「案に少なくともユエとウサギはどっちも娶るのね。ていうか嫁の多い人種(OTAKU)いるやん」

 ハジメ「……たしかに」

 シア「希望の光が!?」

 

 

 〜〜〜

 

 オマケ その2

 

 シア「それにしても、迷宮ですか……」

 ハジメ「何か思うところでもあるのか?」

 シア「えへへぇ」(襲いくる困難……そして深まるハジメさんとの互いの絆……!)

 ハジメ「?」

 

 

 ーーー

 

 

 香織「それ私もやりたかったのにー!」ダンッ

 美空「いきなりどうしたの香織!?」

 雫「シューに助けられる……アリね」

 

 

 〜〜〜

 




初回のアクセス数を見て、もっと増えてほしいアクセス数。
非ログイン状態でも感想を入れられるように設定を直しました。皆、ドシドシ感想送ってね!
次回はついに街へと。
お気に入りと感想をお願いします。


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たとえばラストダンジョンの魔神とその家族が序盤の街に行くような物語 その1

まだ二章なのにこのアクセス数…完結まで行く前に心が折れないか心配です。
非ログインの人でも感想を書けるようにしました、よろしくお願いします。

シュウジ「よお、シュウジだ。前回は樹海から出発したんだったな」

雫「シュー、あんたなんでウサギをプレデターにしてんのよ…」

シュウジ「ヤラカシチャッタ♪」

ハジメ「おのれはどこの天使だ」

エボルト「まあ過ぎちまってことは仕方がない。で、今回は街に入るみたいだな。それじゃあせーの…」


四人「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」


  しばし魔力駆動二輪を走らせていると、前方に町が見えてきた。周囲を塀と柵で囲まれた、小さな町だ。

 

  おおよそ三ヶ月ぶりの人間の町だ、思わず頬が緩む。こいのぼりみたくなっている残念ウサギが何やら騒いでいるが、それよりこの感動が大事だ。

 

  ふと足の間に収まっているユエを見下ろしてみれば、彼女もいつもの無表情を解いて頬を綻ばせていた。

 

  隣を見てみると、シュウジとルイネもどことなく楽しそうな顔をしている。シュウジアレ絶対悪巧みしてんだろ(断言)

 

  さらに近づくと、街道に当たる場所に木の柵と小屋がある。どうやら門番の駐屯所のようだ。その程度の規模なら、良い買い物ができそうだ。

 

「そろそろあっちから見えそうだから魔力駆動二輪から降りるぞ」

「……ん」

「わかった」

「あーれー!」

 

  魔力の注入をやめ、ハンドルのブレーキを握ると魔力駆動二輪はゆっくりと停止する。隣を走っていたシュウジもバイクを止めた。

 

  止めた拍子に残念ウサギがなにやら地面に落ちて悲鳴をあげたが、まあ問題ないだろう。サイドカーから外し、ユエとウサギが降りると〝宝物庫〟にしまった。

 

「ほいルイネ」

「ありがとうマスター」

 

  隣でシュウジの手を取ったルイネがバイクから降りて、シュウジがボタンを押すとバイクが携帯とボトルに戻る。

 

「相変わらず物理法則無視してんな」

「俺天才でしょ?」

「聞いてねえよ」

 

  軽口を叩き会いながら、歩いて街へと向かう。シアがブツブツ言ってたが、カエルの舌ビンタで黙らせられていた。

 

  木の柵まで近づくと、小屋から門番が出てくる。といってもありがちな衛兵っぽい感じではなく、皮鎧と背中に背負った剣からして冒険者のようだ。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、街に来た目的は?」

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

  まるでゲームのNPCみたく規定どおりなのだろう言葉を話す青年に、ステータスプレートを渡す。青年は興味なさげに答えながら受け取る。

 

  そして俺のステータスプレートを見て、ギョッとしたような表情をした。裏返したり目を瞑ったりして何度も見直している。

 

「なんだこれ……全ステータス最低でも二万越え?技能も一体いくつあるんだこれ……」

「あっやべっ」

 

  男の言葉に小さく呟く。ステータスプレートの隠蔽機能使うの忘れてたわ。これではステータスの数値と技能欄が丸見えだ。

 

  やべえ、このままだと偽物だとかなんとか言われて追い返される可能性がある。なんとか誤魔化さなくては。

 

「ちょ、ちょっと魔物の襲撃の時に壊れちまってな」

「こ、壊れた?こんな壊れた方は聞いたことがないが……」

 

  だろうな。俺もステータスも技能もどっちとも表示がバグるとか見たことも聞いたこともない。

 

  とはいえ、ここは押し通すしかない。情報漏洩しちまったのはもう手遅れだが、適当に言って忘れさせなきゃいかん。

 

「そうじゃなかったらおかしいだろ?まるで俺が化け物みたいじゃないか」

「はは、そうだよな。こんなの本当だったら指一本で町が吹き飛ばされちまう」

 

 実は本当なんだがな。

 

  だが、青年はそれでなんとか納得したようだ。常識的に考えて、俺のステータスが本当か疑うより壊れたと思う方が普通だろう。

 

  なんとかやり過ごすのに成功し、ステータスプレートが返ってくる。後ろからユエとシアの呆れた視線が突き刺さるが、多分気のせいだろう。

 

「そっちのお前もステータスプレートを……」

 

  今度は俺の隣ににいるだろうシュウジに目を向け、ステータスプレートを出すよう求める青年。が、またしてもギョッとする。

 

  また何かやらかしたかと見て、俺も絶句した。なぜならそこには、赤と黒のコスチュームに身を包んだシュウジがいたのだから。

 

  背中にはクロスした刀を二本背負い、腰にはまるでそのマスクのようなレリーフのついたベルト、太ももには銃の収まったホルスター。どっからどう見ても某アメコミのキャラだった。

 

「!?」

「はいはい、ステータスプレートね」

 

  少しくぐもった声で言ったシュウジが、ステータスプレートを差し出す。ハッと青年は我に帰り、それを受け取る。

 

  さすが抜け目がないというか、俺と違ってちゃんと隠蔽機能を使っていたようでそちらは難なく終わった。見た目のインパクトが強すぎるが。

 

「じゃ、じゃあそっちの四人もステータスプレートを……」

 

  シュウジにステータスプレートを返した青年はユエたちにステータスプレートを要求して、またぽかんとした。よく惚けるやつだな。

 

  まあ、これに関しては仕方がないだろう。ユエとウサギはビスクドールのような完成された美しさだし、ルイネは絶世の美女。シアも黙ってりゃ美人……

 

「ブフッ」

 

  そう思いながら振り返って、俺は吹き出しかけた。シアが身体能力強化をして気を抜いた時になる筋肉モリモリマッチョウーメンになってたからだ。

 

  露出度の高い服を無駄にたくましい筋肉が盛り上げており、そこにウサ耳が合わさってシュールさを引き出している。

 

  しばらく笑いをこらえていたものの、もしやと思いシュウジを見る。するとマスクの口元を押さえてプルプルしてた。やっぱお前の仕業か!

 

「こっちの三人はさっき言った魔物の襲撃で紛失しちまって……こっちは分かるだろ?」

「あ、ああ。護衛の奴隷だな」

 

  俺が必死に笑いを噛み殺しているうちにシュウジが青年と会話する。おいやめろ、撮った写真を後ろ手で見せてくるな。

 

  結局問題なく終わり(?)、街に入れることになった。あー危ねえ、シュウジのせいで笑うとことだった。

 

「それと、できれば魔物の素材を換金したいんだが……」

「ああ、それなら冒険者ギルドに行くといい。中央街道をまっすぐ行けば分かるはずだ。そこで簡単な街の地図もくれるぞ」

「おー、親切にどうも。どっかで会ったら一緒に飲もうや」

 

  ひらひらと手を振りながら、シュウジが街に入っていく。俺たちもそれに続いて、〝ブルックの街〟へと入った。

 

  ブルックの街は、思った通りそれなりの賑わいのある街だった。かつての宿場町ホルアドほどではないが、露店が立ち並び値切りの声が聞こえる。

 

  俺同様にユエは目元を和らげ、初めて見るウサギは物珍しそうに(可愛い)露店を見渡し、ルイネも懐かしげな顔をしている。

 

  街並みを眺めていると、デンデンデデデデンッとか聞こえてきそうな雰囲気だったシアがポンッと煙を上げて元に戻る。そしてすぐさまシュウジに噛み付いた。

 

「ちょっとシュウジさん!なんで私があんな姿でなくちゃいけないんですか!門番の人ギョッとしてたじゃないですか!」

「いやぁ、普通のシアさんは見た目が整ってるから、あっちの方が危険が少なくなるかなと」

「で、本音は?」

「面白そうだったからに決まってんだろマイブラザー」

「やっぱりぃ!」

 

  ガクガクと揺さぶるシアにケラケラと笑うシュウジ。確かにこいつの言う通り、こいつの稀有な見た目だと人攫いにあう可能性もある。

 

「つーかお前、何か企んでるとは思ってたけどなんでそんな格好してんだよ」

「ほら、もしかしたらクラスメイトがいるかもしれないじゃん?だからどっかの街に行くときはこれで正体隠しとこうかと」

「いやいくら異世界だからってそんな珍妙な格好のやついねえから」

 

  すぐバレんだろ、と突っ込むと「大丈夫だ、問題ない」とイケボで言うシュウジ。きっとマスクの中はムカつくドヤ顔だろう。

 

「うむ、私ならば一瞬でマスターだと見抜くな」

「いやお前のは特別な第六感でしょうに」

「感覚でなくても見ればわかる。身長、体の太さ、筋肉のつき方、頭の形、靴の大きさ……」

「オーケーわかった、もうやめよう。ハジメたちがドン引きしている」

「おっと、つい熱くなってしまった」

 

  ……まあそれはともかくとして、シアの件には一理ある。身体能力強化がある限り下手な奴には負けないだろうが、変に絡まれるのもアレだ。

 

「おいシア、これつけとけ」

「ふえっ?って、わわっ!?」

 

  〝宝物庫〟から取り出した首輪を問答無用でシアの首につける。黒塗りで正面にガラスのような玉のはまったしっかりしたものだ。

 

「ちょっと、ハジメさん!なんてものつけるんですか!」

「別に何か拘束する力はねえよ。奴隷でもない亜人族、それも愛玩用として人気の高い兎人族が普通に町を歩けるわけないだろう? まして、お前は白髪の兎人族で物珍しい上、容姿もスタイルも抜群。だからそれは面倒避け……って」

 

  つらつらと説明していると、なにやらクネクネし始めるシア。赤くなった頬に手を当て、いやんいやん言ってる。

 

「おいどうした、気持ち悪いぞ」

「えへへ、そんな容姿もスタイルも抜群で世界一可愛いくて魅力的なんて……こんな公衆の面前で恥ずか「……ハザードフィニッシュ」あぼんっ!?」

 

  ジャンプしたユエのストレートが頬に突き刺さり、地面に倒れ伏す。身体強化を解いていたようで、さっきとは別の意味で顔が赤くなってた。

 

「……調子に乗るな」

「ぐすっ、はい……」

「あーあとな、それ念話石と特定石が組み込まれてるから魔力を流すと念話ができるし、居場所を特定できる」

 

  念話石は〝念話〟の技能を生成魔法で鉱石に付与して作ったもので、特定石も気配感知の派生技能である〝特定感知〟を同じように付与したものだ。

 

  その二つを融合させたのがガラス玉のようなものであり、強度もそこそこあるのでそう簡単には壊れない。

 

  ちなみに俺たち全員が持ってるシュウジ製携帯も〝念話〟と〝特定感知〟を使っており、電波の代わりに特定の個人の魔力の波動を登録して念話で話しているとか。

 

  従来のスマホの技能を忠実に再現した逸品!充電も魔力でオーケー!今ならお買い得です!というのがシュウジの売り文句だ。

 

「つまり〝私ハジメさん……今あなたの後ろにいるの……〟とかできるわけだな」

「できてもしないからな?」

「えっマジで。俺やろうと思ってたのに」

「やったらぶん殴りますぅ」

 

  笑顔で拳を握るシア。こいつ最近シュウジに対してだけは遠慮してない気がする。物理的な意味で。

 

  とにかく、シアは人間のテリトリーの中で自分を守る身分だということで渋々納得した。なので冒険者ギルドへと向かう。

 

  歩く街並みは、先ほど思ったとき活気に満ちたものだった。そこかしこから美味そうな匂いも漂ってくる。

 

「いやー、活気があるねえ。もぐもぐ」

「おい、お前それ瞬間移動で買ってきたろ。一本俺にもよこせ」

「いいぜー」

 

  器用にマスクの下半分を脱いで串焼きのようなものを頬張ってるシュウジから一本受け取る。香辛料の匂いが強い、鶏肉のようなものだ。

 

「はぐっ……ん、うめえなこれ」

「だろ?」

「……ハジメ、一口ちょうだい」

「ん、ほれ」

 

  ぴょんぴょんと飛び跳ねるユエに串焼きを差し出す。するとパクッと食いつき、噛みちぎって小さい口をむぐむぐとさせた。

 

  それを見ていたウサギも欲しがったので食べるように促す。するとパッと笑顔を浮かべた。ウサギマジ天使。

 

「ん……おいしい」

「私も一口欲しいですぅ!」

 

  ウサギの横からシアが出てきて、口を開けて串焼きにかぶりつこうとする。が、その前にピシュッと何かが串焼きを掻っ攫った。

 

  なにもない手を見つめ、次いでシアと顔を見合わせる。そして同時にウサギの頭の上にいるカエルを見た。もぐもぐとする口端から棒が見えてる。

 

「ゲコッ」

 

  串焼きを食べ終えたカエルはプッと串を吐き出し、コロンと綺麗にタレまで舐めきった串焼きの棒がシアの足元に転がった。

 

  シクシクとシアが泣いてるのとシュウジとルイネが食べさせあってるのを見ながら進んでいると、やがて建物が見えてくる。

 

  道中奇異の目で見られたが、気にしてはいけないだろう。コスプレ男に絶世の美女、厨二まっしぐら……ぐふっ…男に美少女二人、そして泣いてるウサ耳。街の人間にはさぞ賑やかに見えたらしい。

 

  その建物には一本の大剣が描かれた看板がかかっており、かつてホルアドで見た冒険者ギルドと瓜二つだった。違うのは大きさくらいだろうか。

 

「懐かしいな」

「オラワクワクすっぞ!」

 

  無駄にハイレベルな声真似に苦笑しながら、俺はギルドの重厚そうな見た目の扉を押し開けるのだった。

 

 




エボルトの出番?ないよ。
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たとえばラストダンジョンの魔神とその家族が序盤の街に行くような物語 その2

もう一千越えないのがデフォルトになってて悲しいです。

エボルト「よお、前回セリフが一個もなかったエボルトだ。前回は町に入ったな」

シュウジ「地味に根に持ってんな……ほらこれやるから機嫌直せよ」

ハジメ「いやそのたべっ子どうぶつビスケットどこにあったんだよ……」

ルイネ「なんでも生地から作ったらしいぞ?」

シア「あ、ウサギ型のやつがありますぅ」

ユエ「ん、コウモリ型がない……今回は冒険者ギルドに入ってから。それじゃあせーの……」

六人「「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」」


  ハジメが扉をあけて入った冒険者ギルドは、想像していたようなむさ苦しい男たちが酒を片手に騒いでいるものではなかった。

 

  正面にカウンター、左手に飲食店と別れており、飲食店では数人の冒険者が賑やかに食事している。酒はないみたいだ。

 

  ちなみにこれが王都とかホルアドの街になると、調子乗った駆け出し冒険者とテンプレのおっさん冒険者の巣窟である。

 

『おまえそいつら全員アベ=サンの巣に放り込んでたな……』

 

  目には目を、歯には歯を、男には男をだ(愉悦顔)

 

  え、なんでそんなところに行っていたかって?それは……まあほらあれだよ、あれあれ。うん、あれだって(適当感)

 

  まあそれはともかく、俺たちが入った途端冒険者たちが俺たちの方を振り向くそして物珍しげに見つめてきた。

 

  最初は見慣れない奴らだな、みたいな感じだったが、俺のコスチュームとルイネたち四人を見てギョッとしたり惚けたりしている。あ、あそこの冒険者恋人っぽい女の人にグーパンもらった。

 

  ふっふっふっ、どうよこの注目度。隠れ家で一週間かけてこのコスチューム作った甲斐あったぜ。

 

『無駄な完成度の高さ』

 

  コスプレ大会とか行ったら写真撮影お願いされそう(自慢)

 

  冒険者の視線を集めながらも、カウンターに向かう。するとそこには大変美しい笑顔を浮かべた……オバチャンがいた。

 

  チラッとハジメを見る。すると少なからず残念そうな色が目に浮かんでいた。そしてユエとシアさんに冷たい目で見られている。まあ、現実なんてこんなもんである。

 

  なぜ知っているかって?俺はもうすで王都の冒険者ギルドでその現実を知っていたからさ(血涙)

 

『その時のお前の顔、セーブデータ間違えて削除した時のゲーマーみたいだったな』

 

 おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました

 

  ちなみにその後雫にあの手この手で慰められる(意味深)までがワンセットである。そこんとこ寛容な雫さんは女神。惚れちゃう……あ、もう惚れてたわ。

 

  エターナルフォースブリザードばりに冷たい視線が突き刺さっているハジメを横目に、俺たちは人好きのする笑みを浮かべるオバチャンの前に立つ。

 

「ふふ、そっちの坊やは両手どころか胸の中にまで花を持ってんのにまだ足りなそうだね」

「……イヤ、別ニ」

 

  片言で答えて顔をそらすハジメ。グリスブリザード出てきそうなくらい冷たい二人の視線。ウサギ?相変わらず写真集見てるよ。

 

「そっとしといてやってくれ、まだ夢を見たい年頃なんだ」

「……お前も同い年だろうが」

「残念前世を合わせると俺の方が一千歳ほど年上だ」

「くっ……!」

「? なんの話だい?」

「いや、なんでもないっす」

 

  そうかい、と言うオバチャン。その後ハジメにあんまりよそ見してて愛想尽かされないようにね?と暖かいお言葉を送っていた。

 

  その時ちらりと冒険者の方を見ると、あーあいつも説教されたかーって顔してた。どうやらこれがテンプレが発生しない原因らしい。

 

『くそっ、じれってーな。俺ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!』

 

 しなくていいからw

 

  まあそれはともかく、仕切り直して査定資格を持つという優秀なオバチャンに素材の換金を頼んでから、ステータスプレートを渡す。

 

「ほいオバチャン、これお願い」

「はいはい……って」

 

  受け取ったオバチャンは、ステータスプレートを見て心底驚いたという顔をした。マスクの中でニヤリと笑う。

 

「……へえ。あんたが最近噂の〝レコードホルダー〟かい」

「ふっ……何を隠そうその通りだ」

 

  片足を持ち上げ、首を下げて額に手を当てて決めポーズをとる俺。ハジメたちが一体なんのことだ?という顔をする。

 

「おいシュウジ、レコードホルダーってなんだ」

「ふはははは……聞いて驚け、実は俺冒険登録してました」

「なん……だと……!?」

 

  衝撃を受け、よろめくハジメ。オタクのハジメにとって冒険者はロマンの一つ、俺に先を越されたことにショックなのだろう。

 

  俺が冒険者登録をしたのはこの世界に来て数日の時のこと、もしもの時にその身分が何かの役に立つかと冒険者登録をした。

 

  そしてハジメたちを鍛えながらちょくちょく冒険者活動をし、ニ週間足らずで上から3番目の黒ランクになった。

 

「故にレコードホルダーなのだ!」バーン

「……ご丁寧に説明どうも」

 

  胸を張る俺に頭が痛いとでもいうように眉間を抑えるハジメ。ユエ、シアさんからまたこの人は……って目を向けられる。

 

  あ、ちなみにその時はバッ◯マンの格好してました。

 

『あれも完成度高かったなぁ』

 

  ついで言うと、なぜ天職欄に冒険者の文字がなかったかというと、トラブル避けるためにハザードレベル表記と一緒に改造したから。

 

  初日にエボルトと一緒に真っ向から否定してやったものの、俺たちは勇者の一味って扱いだった。それなのに冒険者など…とかめんどいのはごめんだ。

 

『そういうとこは用意周到なんだよなお前』

 

 おいおい、他のとこも用意周到だろ。

 

『え、どこが』

 

 あ、マジレスで返しちゃう?

 

「で、結局なんでステータスプレートを出したんだよ」

「冒険者登録しとくと、1割り増しで買い取りしてくれるんだよ。他にも高ランクだと移動馬車無料とか、提携してる宿は一、ニ割減とか色々特典あるし」

「へえ……」

「冒険者の制度について説明するかい?」

「頼む」

 

  ハジメが答えると、オバチャンは冒険者のシステムについて説明を始める。俺は知ってるからルイネとあっち向いてホイやってよ。

 

『ちょっと待て、それだとこれ見てる人にわからないだろ(メタい)』

 

 おっそうだな(便乗)

 

  仕方がない、あっち向いてホイやりながら説明しよう。まず、この世界トータスの北大陸の貨幣についてからだ。

 

  北大陸の貨幣はザガルタ鉱石っていう鉱石に他の鉱石を混ぜて色つけと刻印したものを使っており、全部で9種類ある。

 

  青が一ルタ、赤が五ルタ、黄色が十ルタ、紫が五十ルタ、緑が百ルタ、白が五百ルタ、黒が千ルタ、銀が五千ルタ、金が一万ルタという具合だ。

 

『面白いことに、地球と同じ値なんだよな』

 

 それな。

 

  そしてこれが冒険者のランクにも適用されており、1番下のランクだとてめぇは一ルタくらいの価値しかねえんだよゴミめ、ってことになる。

 

  さらに天職を持っていない人間で上がれるのは黒ランクまでで、さらに上の銀、金ランクの冒険者より昇格すると拍手喝采を受けられる。

 

  なるべく身バレを防ぐためにステータスの一切を改ざんしてたので、俺も拍手喝采受けた。案外悪い気はしなかった。

 

  ていうか俺思うんだけどさ、この制度を作った初代のギルドマスターってブラッド族が憑依してたんじゃなかろうか(名推理)

 

『ねえよ』

 

 デスヨネー。

 

  んで、ちらちらとハジメとオバチャンの話を聞いていると、説明を受けたハジメはどうやら冒険者登録しておくみたいだった。

 

  なのだが、ハジメは文無し。素材の買取価格から差し引くってことになった。俺が登録した時?王城の宝物庫からくすねた宝石売りましたけど何か?

 

『うわぁ……』

 

  ちなみにプレートがないのでユエ、ウサギ、シアさん、ルイネはしない。材料あれば俺作れるけど。ちょっと見てみたい俺ガイル。

 

  ルイネとのあっち向いてホイが10回目に達した頃、ハジメの冒険者登録が終わってステータスプレートが返ってくる。ハジメは天職欄を見てウンウン頷いてた。

 

  そこであっち向いてホイをやめて、当初の目的だった換金に移る。俺まだステータスプレート返してもらってないし。

 

「んじゃあこれで」

「俺のも頼む」

 

  俺とハジメが受け取り用の容器に、あらかじめ用意していた袋から魔物の素材を出す。爪、牙、魔石、エトセトラエトセトラ。

 

「こ、これは……!」

 

  その素材を見ると、オバチャンは驚いた顔をした。手にとって丹念に調べ、深いため息をついてから俺たちを見る。

 

「驚いたよ、こいつは………樹海の魔物の素材だね?」

 

  うんうんと頷く俺とハジメ。奈落の魔物は世間には知られていない存在だ、未知の魔物の素材なんか出したらトラブルまっしぐらである。

 

  ちょっと前にハジメとそれをしてギルド長登場からの突然の高ランク!受付嬢の目がハートマークに……とか話してたらルイネに宙づりにされました、はい。

 

『それはまるで、食肉用に吊るされた家畜のようであった……』

 

 ナレーション風に言うな。

 

  まあ、樹海の魔物でも十分希少だ。なにせ方向感覚を狂わすあの霧があるのだから。だからオバチャンは驚いたのである。

 

「そっちの子の協力かい?」

「ま、そんなとこだ」

 

  シアさんとウサギを見るオバチャンに肩をすくめるハジメ。ほんとはウサギは違うんだけどね。

 

  結局俺の方は五十万四千ルタ、ハジメのほうは四十七万八千ルタになった。ま、これくらいの魔物ならそんなとこだろう。

 

「あ、あとオバチャン、ここで町の地図がもらえるって聞いたんだけど」

「ああ、ちょっと待ちな……はいこれ」

 

  オバチャンが二枚ほど地図をくれる。開いて見てみると、科学技術のないこの世界とは思えないほど精巧だった。

 

「オススメの宿や店……へぇ、すごいな」

「私が趣味で描いてるもんだけどね。書士の天職だからそういうのは得意なのさ」

「オバチャンのマップは人気あるんだぜ!」

 

  へぇーこの人すげえなーと思いながら見ていると、飲食店にいた冒険者の一人が声を上げる。そちらを向く俺たち。

 

「年に二回新しく発行されるんだが、その時は行列ができてよ」

「コ◯ケかな?」

「そうそう、時々ファンだっていうやつが贈り物持ってくることあるよな」

「大手作家かな?」

 

  突っ込むハジメ。うん、このオバチャン本当に優秀なのね。むしろなぜこんな辺境にいるのか。王都の受付嬢リーダーとかでもおかしくない。

 

「ほほう、そんなにすごいのか……ならオバチャン、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」ボソボソ

 

  顔を近づけ、オバチャンにしか聞こえないように話す。ハジメたちには聞かれたくないと思ったのだろう、オバチャンは小声でなんだい?と返してきた。

 

「この街で良いデートスポットは?」ボソボソ

「ほぉ……あの赤髪の子かい?」ボソボソ

「ご名答!せっかく町に来たからデートしたくてな」ボソボソ

「なるほど……ならあんたには特別にこいつをやろう」ボソボソ

 

  俺の手から地図を取り、代わりに新しいものを渡してくるオバチャン。開いてみると、先ほどのに加えてオススメのデートスポットが書き込まれていた。

 

「これは?」ボソボソ

「カップルの冒険者に特別に渡しているもんさ。楽しませてあげなよ?」ボソボソ

 

  あらやだ、この人本当にすごい。もはや男より男前である。まあ、そういうことならありがたく受け取っておこう。

 

『デートスポット記憶しといたぞ』

 

 サンキューエボルト。

 

  そうして地図を受け取った俺たちは、冒険者ギルドを後にした。ちょっとオバチャンの面白そうな顔が気になったけど。

 

「さて、どこに泊まる?」

「この〝マサカの宿〟ってとこでどうだ?」

 

  地図?ガイドブック?に描かれた宿の一つを指し示すハジメ。それを全員で覗き込む。

 

「ほうほう、飯が美味くて防犯がしっかりしてる上に風呂があると………ハジメ」

「ああ、決まりだな」

 

  真剣な顔でうなずき合い、即決する俺たち。日本人だからね、風呂があると聞いたらそこにしか行けない。

 

  地図にしたがい歩くと、その宿が見えてきた。今更だけど〝マサカの宿〟って何がまさかなんだろう。ガン◯ム型の宿とか?

 

『アキバにありそうだな』

 

  中に入ると、冒険者ギルドの時と同じく宿泊客がこっちを見て、ルイネたちに見惚れた。そのネタはもうやったので無視してカウンターにゴー。

 

  食堂型の1階の奥にあるそのカウンターには、十五歳かそこらくらいの女の子がいた。メイド服っぽい給仕服を着ている。

 

「いらっいしゃいませー、ようこそマサカの宿へ!宿泊ですか?それともお食事だけか?」

「一泊でお願い。あとお風呂どれくらい借りられる?」

「それならこの時間ですね。十五分で百五十ルタです」

 

  時間表を見せてくる女の子。ハジメにどうする?と聞くと、とりあえずゆっくり入りたいから2時間くらいでと帰ってきた。

 

  なるほど、俺とハジメで入るので三十分、女性陣三十分、そのあと俺とルイネで三十分ハジメとユエたちで三十分だな(計算時間0.5秒)

 

「んじゃあ2時間で」

「に、2時間もっ!?」

 

  好奇心の光る目で復唱する女の子。どうやらそういうのが気になるお年頃のようだ。地球で言えば中学生くらいだしね。

 

「えーと、大丈夫?」

「は、はい、問題ないです……それで、オプションもありますけどどうしますか?マットとかちょっと変わった形の椅子とか!」

「まさかの!?」

 

  どこからともなく取り出されたツルツルのマットと真ん中が窪んだ椅子に思わず叫ぶ。なるほど、だからマサカの宿なのか……!

 

『つーかこの世界の技術力でどうやって作ったんだアレ』

 

 エロは文明を超越するのさ(キメ顔)

 

  とりま椅子を使わせてもらうということで(待て)話は纏まり、手続きが終わる。次は泊まる部屋だ。

 

「お部屋はどうしますか?二人部屋と三人部屋がありますけど……」

「んー、俺とこっちのルイネが二人部屋で、ハジメたちが三人部屋でいいか?」

「ああ、それでいい。俺がユエと一緒に寝て、あとはこいつらで一つずつ使えばいいだろ」

 

  頷くハジメ。すると横にいたルイネがススッと体を寄せてくる。

 

「ふふ……私は二人きりの部屋で何をされてしまうのだろうな?」

「おっふ」

 

  そして、しなだれかかって耳元で囁いてきた。思わず変な声が出る。うん、背筋がゾクゾクするからやめようか。ほら、女の子がチラチラ見てるから。

 

『つか後ろの男どもからも嫉妬と殺気の視線が飛んできてるぞ』

 

 仕方がないね、ルイネ雫の次に可愛いから。

 

「え、えーっと、私はハジメさんと二人の部屋がいいかなぁって……」

「……………なぜ?」

「そ、それは……私の初めてをハジメさんに貰ってもらいたいからです!」

「…………………………ほう」

 

  モジモジしながらもそうはっきりと言うシアさんに、ユエの殺気が高まっていく。ついでに女の子と後ろの宿泊客の眼力も高まった。

 

「……覚悟しろ、今日がお前の命日」

「う、うぅ!負けませんよぉ!」

「やめんかお前ら」

 

  やれやれという顔のハジメが大槌を取り出すシアさんの耳を引っ張り、魔法を構築しようとするユエにゲンコツを落とす。

 

「はきゅ!」

「いたっ!」

「他の客に迷惑だし、何より俺が恥ずかしいわ」

「うぅ……」

「…仕方がない」

 

  大人しくなった二人にため息をつくハジメ。とりあえず収集がついたので、際どいところを触ろうとしてくるルイネを抑えながら女の子の方を向く。

 

「は、初めて……ハッ、つまり三人部屋の中で仲直りとしてあんなことやこんなことを……うさ耳二人で癒したり……な、なんて破廉恥な!」

「あっれーなんかトリップしとる」

 

  ハァハァ言いながらブツブツ呟いてる女の子。あれだ、ちょっとしたことで妄想しちゃう男子中学生みたい。

 

『お前じゃん』

 

 ちょっと何言ってるかわからないですね。

 

  どうしようかと思っていると、ヌッと拳が伸びてきて女の子の頭にゲンコツが落ちる。撃沈する女の子。

 

「すいません、そういう年頃なもので……」

 

  拳の主である女将さんと思しき女性がズルズルと女の子を引きずっていく。頭に馬車に乗った子牛を思い浮かべたやつは末期。

 

  その後、父親らしき宿の主人も出てきて滞りなく手続きが終わる。ぴったりくっついてるルイネにニヤニヤしてたけど。

 

  部屋のある二階に上がると、下から何か騒がしい声が聞こえてきたけどスルーしてハジメたちと別れ、部屋に入った。

 

「ほー、結構綺麗だな」

「ああ、これならゆっくり休めそうだ」

 

  結構綺麗な内装に感心する。さすがはあのオバチャンがオススメと書くだけある。

 

『ていうかそろそろそれ脱いだらどうだ?』

「あ、そういやまだコスチューム着たままだった」

 

  マスクを脱いで、数十分ぶりの生の空気を吸う。湿度と温度調整の魔法付与してあるから蒸れなくて快適だけど、やっぱこっちの方がいいわ。

 

  スーツの方も脱いで異空間にポイポイ放り込み、パチンッと指を鳴らして部屋着に着替える。シャツは『お兄ちゃんどいて!そいつ殺せない!』だ。

 

「さて、ルイネ。ちょっと話があるんだけどいいか?」

「なんだマスター、もう風呂の中でのプレイの話か?」

「そっちじゃない、ていうか君最近そっち方面遠慮ないね?」

「いずれはマスターの子供が欲しいからな」

 

 うーんこの羞恥心の無さよ。

 

「まあそれは後で考えるとして」

『考えるのな』

「うるせえエボルト。で、明日は昼頃にチェックアウトするだろ?だからそれまでデートしないか?」

 

  そういうと、ルイネはぱっと嬉しそうな笑顔を浮かべた後、それを隠すように咳払いして頷いた。ちょっとニヤケてるけど。

 

「ふむ、了承した。楽しみにしているぞ、マスター」

「おお、楽しませてやるぜ」

「ふふ……それよりも、マスター」

「ん、なんじゃらほっ!?」

 

  あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。

  ルイネに答えようと思ったら、いつのまにかベッドに転がされてルイネが上に覆いかぶさっていた。

  何を言ってるかわからねーと思うが、俺も何が起こったのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。

 

「って、なんで押し倒されてんの俺?」

「なに、最近二人きりの状況はなかっただろう?だから……」

 

  片手で軍服のボタンを外し、胸元をはだけさせるルイネ。視界に美しい桃色のものが映り込む。

 

  知っての通り、俺は身内限定でこういう誘惑にはものすごく弱い。時と場合によっては断るが、今はなんの問題もない。

 

 つまり……

 

「……あー、エボルト」

『はいはい、寝ててやるからさっさと終わらせろ』

「ではマスター……体力の貯蔵は十分か?」

 

 

 

  それから俺は、夕食を食べる前にルイネを食べました(意味深)




このやり取り全部デップーの格好でやってると思うと我ながら草
次回は二人のデートです。
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たとえばラストダンジョンの魔神とその家族が序盤の街に行くような物語 その3

どうも、四月発送なのにグリスブリザードが楽しみで仕方がない作者です。

シュウジ「よお、シュウジだ。前回は冒険者ギルドと宿に行ったな」

ユエ「…ん、お風呂上がりのウサギとシアの耳がモッフモフだった」

ハジメ「ったくお前、変な声出しやがって…」

ウサギ「……それと、隣の部屋からルイネの声漏れてた」

ルイネ「ぬっ!?」

シュウジ「あー、こいつ声大きいからなぁ。防音魔法突き抜けたか」

ルイネ「う、うぅ…」

エボルト「ったく、大人しく寝てやってた俺に感謝しろ…で、今回はこいつらのデート回だ。それじゃあせーの…」

六人「「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」」


 ブルックの街に来た翌日の朝。

 

  私、ルイネ・ブラディアはマサカの宿の入り口にて、マスターのことを待っていた。我ながら先程からそわそわとしている。

 

  今日はマスターとのデートだ。そう思うと長年鍛えたポーカーフェイスがなければニヤニヤと笑ってしまいそうになる。

 

  デートとは、私にとって未知のものだ。ただ他者がするのを見ていることしかできなかった、焦がれていたもの。

 

  前の世界において、私はマスターと一度もデートなどということはしたことがない。私たちは暗殺者、極力存在の露見を抑える必要があったのだから。

 

  他の二人には悪いが、私はマスターに女性的な意味では最も愛されていたと自負している。だからそういうことも勿論したかった。

 

  けれど今、この世界でそれを我慢する必要はない。柄にもなくはしゃいだ心境になってしまうのは仕方がないだろう。

 

  だが、それと同じくらいに不安な気持ちもあった。嬉しいと思えば思うほど、いろいろなことを考えてしまう。

 

  マスターに可愛いと思ってもらえるだろうか。デートの途中に何か失敗をしないだろうか。そんなことばかりが思考の隙間をかすめていく。

 

「……いいや、なにを弱気になっているのだ。こんな気持ちでは、それこそ本当に何か失敗してしまう」

 

  そう自分を鼓舞して、気持ちを入れ替える。マスターに不安な顔を見せるわけにはいかない。マスターはあれで心配性だからな。

 

  よし、と気合を入れていると、宿の出入り口の扉が開く。足音や呼吸のペースからすぐマスターだとわかった。

 

「よぉルイネ、お待たせ」

 

  振り返ると、マスターはあの珍妙な格好ではなく、しかしいつもとはまた違った服装をしていた。

 

  清潔感のある白色のシャツに、七分袖の青色のテーラードジャケット。すらりとした長い足を覆う黒いスリムパンツと茶色いブーツ。首にはリングネックレスをかけている。

 

  いつもは上げている髪を下ろしてセットしており、黒縁のメガネをつけていた。テンブルに無駄に精巧な彫刻が彫り込まれているのが、今のマスターらしい。

 

「ふむ、こうして見るとやはり今世のマスターの容姿は非常に整っているな……」

 

  前世のマスターは側にいると落ち着いて良かったが、今世はマスターの内面に釣り合っているというべきか。

 

  マスターは暗殺者としては地味な容姿の方が良いと言っていたが、私としてはどうしてその心に見合う容姿が与えられなかったのか常々問いただしたかった。

 

  まあそんな私の不満はともかく……なぜかマスターは、私を見てぽかんとしていた。というかずっと写真を撮られているのだが。

 

「マスター?」

「……ハッ!す、すまん。あんまりにも可愛いから見惚れてたわ」

「そ、そうか」

 

  慌てて携帯をポケットにしまうマスターに、頬が熱くなって下を向く。内心ではガッツポーズしているが。

 

  今の私の格好は、フリル付きのボトムスに赤に白い花柄の膝下までのスカート、そしてピンク色のカーディガン。足には赤いヒールを履き、髪も後ろでまとめている。

 

  これは私一人で考えたのではなく、ユエやシアに手伝ってもらい必死に考えたコーディネートだ。

 

  暗殺者として変装するならば、なんの問題もない。どこにでもいそうな地味な見た目になればいいだけなのだから。

 

  だが今は違う。意中の相手とデートするのに野暮ったい格好をしてくるなど、女として0点もいいところだ。だからすごく頑張った。

 

「マスターに可愛いと思ってもらいたい、その一心で着飾ってみたのだが……」

「そっか。なんつーか、ありがとなルイネ」

 

  ポン。と頭に手を置かれ、髪が崩れないくらいの力で撫でられる。ああ、容姿が変わってもこの手の暖かさは変わらないな。

 

「それじゃあ、早速いくか?」

「ああ。エスコート頼むぞ……シュ、シュウジ」

 

  驚いた顔をするマスター。それも仕方のないことだろう、私は今まで一度とてマスターの名前を呼んでいない。

 

  しかし私には、このデートにおいてある目的があるのだ。それは、マスターにより私のことを好きになってもらうこと。

 

  そのために積極的に距離を縮めていく……予定なのだが、うう。やはり最初から名前を呼ぶのはハードだったか。恥ずかしい。

 

「……やべえ、なんかすげえ嬉しい」

「そ、そうか?」

「おう。ほらあれだ、普段と違う呼び方に萌えるというかなんというか」

 

  これは、成功ということでいいのだろうか。いつもはふざけた態度を取り繕っているマスターが、目を逸らしてぽりぽりと頬をかいている。

 

  それをみて不思議と自信が湧いてきて、いつものように腕を絡めた。そして胸の間に押しつけるようにする。

 

「ちょ、ルイネさん?柔らかいものが潰れているのですが」

「さて、なんだろうな。それより、そろそろ行こう」

 

  そう促すと、苦笑してマスターもいつもの調子を取り戻し「んじゃあ行こうか」と笑って歩き始めた。

 

「まずはどこへ行くのだ?」

「んー、実は中央街道の一つ隣の街道が雑貨の露店が集まった道らしくてな。そこを見て回ろうか」

「ふむ、良いな」

 

  マスターについて、中央街道へと移動する。その道すがら、ちらちらと街の人間が私たちを惚けたような表情で見ていた。

 

  客観的に見て、私とマスターの容姿は非常にハイレベルだ。自分で言うのもなんだが、美男美女のペアというのは目立つ。

 

「マスター、今の私たちは彼らにどう見えているのだろうな?」

「んー、普通に恋人じゃね?夫婦とかならもう少し離れて落ち着いてる感じだし。ま、指輪してるから新婚に見えなくもないけどな」

「なるほど…」

 

  がっちりとホールドしていた腕から少し体を離し、手を繋げるのに止める。するとどうだろう、確かに気分が高揚したものからゆったりしたものになった。

 

「ふふ、これも悪くないな」

「はっはー、これ雫に見られたらOHANASIされそうだぜ」

「む、今は私とデートしているのだぞ。いくら正妻殿とはいえ、他の女性の名前を出すのは少し不快だ」

「わかってるわかってる、いつものジョークだ。もう言わねえよ」

 

  ならいいが、と答える。聞くところによると、正妻殿は普段は世話焼きなのだが、マスターのことになると途端に乙女になるらしい。

 

 〜〜〜

 

 

「くしゅんっ!」

「雫ちゃん大丈夫?風邪?」

「いえ、多分シューが私のことでも話してたんでしょう」

「そこ断言するんだ……」

 

 

 〜〜〜

 

 

  そうして進むことしばらく、昨日も見た中央街道へと出た。あいも変わらず人で賑わっており、声とともに香ばしい匂いが漂ってくる。

 

「そういや昨日の串焼き美味かったな。あとで買おうかなー」

「ふむ、ならば出発前に昼食として食べてはどうだろうか」

「んー、そうするか」

 

  話しながら脇道に入り、件の雑貨の露店が立ち並ぶ街道へと入った。中央街道の喧騒が少し遠ざかる。

 

  そこは中央街道よりは活気はなかったものの、それなりに人通りの多い道だった。主に主婦や若い女性、あるいは私たちのようなカップルだ。

 

「えーと、確かこっちだったな」

「どこに向かうのだ?」

「アクセサリ系の雑貨がある露店。種類が豊富らしいからな。それにお前本好きだったろ?そういう露店もあるらしいから行ってみないか?」

「うむ、問題ない」

 

  その店へと向かいながら、露店の中を物色する。珍しい柄の服や小物、怪しげなオブジェなど、一目見ただけでも色々な露店がある。

 

  最初に入った露店は、奇妙なオブジェを取り揃えているところだった。顔のついた消しゴムや〝さいきょーさん〟なる黒い像などがある。

 

「お、このオブジェ面白いな」

 

  マスターの言葉に振り向いてみれば、確かにひときわ奇妙な形をしたオブジェがあった。夢に出てきそうな造形だ。

 

「なになに……〝ぺぽりたぬ〟という名前らしいな」

「なんか目を離した隙に動いたり瞬きしたり布団かけてくれたりしそう」

「平和な怪異だな」

 

  結局気に入ったということで、マスターはそれを買った。ハジメ殿の枕元に置いておこうとあくどい笑いを浮かべるマスターに苦笑する。

 

  他には特に気になるものはないということで、次の露店へと移る。今度は書物を主に売っており、木製のしおりなどもある店だ。

 

  並べてある本の表紙を流し見していると、ふと一つの本に目が止まる。手にとってみると、どうやら恋愛物の本のようだ。

 

  開いてパラパラとページをめくる。流し読みではなく、速読術だ。そういうスキルも時に必要だからな。

 

「ふむ……よくできているな。なかなか読んでいて楽しい」

「はは、ありがとうございます。実はそれ、僕が書いてるんですよ」

 

  話の構成のうまさに思わず呟くと、店主の青年が朗らかな笑いを浮かべてそういった。ふわふわとした雰囲気の、天然そうな青年だ。

 

「そうなのか。実に面白かった、これからも頑張ってくれ」

「ありがとうございますー」

「へぇ、そんなに気に入ったんか。それなら買うか?」

「感謝するマスター」

 

  現在の最新刊まで買い、マスターの異空間に入れてもらう。恥ずかしい話だが、私は今無一文。金銭は全てマスターに一任するしかない。

 

  早い所ステータスプレートというものを入手し、私も資金を手に入れなくては。いつまでもマスターに頼っていては弟子として面目が立たない。

 

「そんな気にすんなよ、デートで男が奢るのはテンプレだしな」

「……私に言っておいて、マスターもテレパシーが使えるのではないか?」

「まあ前世じゃ何年も一緒にいたからなぁ。ちょっとした変化で気づくもんさ」

「ふふ、そうか」

 

  つまり、細かい変化に気がつくほど私のことを見てくれていたということだ。女としてこれほど嬉しいことはない。

 

  少し上機嫌になりながら、次の露店に行く。さて、今度はなにがあるのかと覗いてみて……思考が停止した。

 

「…………………マスター」

「…………………ああ」

 

  マスターがそれを持ち上げる。赤い筒状のボディに白いラインの入ったそれを。

 

「これ、どう見てもTE◯GAだな」

「ああ、T◯NGAだ」

 

  見てみれば、他にも色々とアレな道具を売っていた。宿にあったものと同じものもある。

 

「あの宿の道具の出所はここだったんかい……」

 

  意外なところで知ってしまった。なぜ私たちの知るものと全く同じ形なのか。以前にもこの世界に地球の人間が召喚されたのだろうか。

 

  とりあえず、その露店を後にする。その後いくつか他の露店を回り、最初の目的地だったアクセサリ類の雑貨の露店へと行った。

 

  そこはマスターの言っていた通り、様々なアクセサリ類のある露店だった。ネックレス、指輪、イヤリング、ペンダント……いくつか知らないものもある。

 

「ほぉ、かなり凝った作りだな」

「ああ、職人の技量の高さが感じられる」

 

  質素かつ繊細な作りのものもあれば、煌びやかで豪華な作りのものもある。一つ一つ完成度が高く、逸品と言っていいだろう。

 

「お、このブレスレット」

 

  二人で見ていると、不意にマスターが一つのアクセサリを取った。暗い金色のリングに怪しく光る赤い宝石の散りばめられたものだ。

 

  消して派手なものではないが、不思議と目を引き寄せられる魅力のあるアクセサリーだ。マスターは目利きが優れているな。

 

「さすがマスター、良いものを選んだな」

「兄ちゃん、お目が高いね。そいつは最近流れてきたもので、一点ものなんだ」

「へえ、そうなのか……ちょっとルイネ、手を貸してみ」

 

  言われた通り、左腕を出す。するとマスターが手に持ったブレスレットをすっと通した。サイズは丁度良いようだ。

 

「うん、やっぱピッタシだな。ルイネによく似合ってる」

「ふふ、そう言ってくれると嬉しいな」

「じゃあ、それ買ってくか」

「いいのか?」

「ああ、俺からのプレゼントってことで」

「まいどあり!」

 

  店主にマスターがお金を払い、そのままつけて露店を後にする。他にオススメの露店はないようなので、中央街道へと戻った。

 

  それから服を見に行ったり……凄まじく強そうな乙女の心を持った漢がいた……曲芸のようなものを見たりと、楽しい時間を過ごしていく。

 

  そして最後は、あのギルドの女性イチ推しのカフェに行った。このカフェのスイーツはブルックの街の名物の一つなんだとか。

 

「いやー、色々買ったな」

「そうだな……重ね重ね感謝する、マスター」

「いいってことよ。お前が喜んでくれんならこれくらいどうもしねえさ」

 

  コーヒーのようなものが淹れられたカップを片手に、ケラケラと笑うマスター。それにふっと私も笑った。

 

  それから少しの間、私はなにも言葉を発さずにマスターを見つめる。ん?と首をかしげるマスターに、私はまた笑った。

 

「おいおいどうした、俺の顔に何かついてるか?」

「いや……今のマスターは、楽しそうに生きているなと思っただけだ」

「まあなー。おかげさまで毎日ワクワクしてるぜ」

 

  頭の後ろで腕を組みながらそういうマスター。柔らかいその笑顔は、前世では見ることのできなかったものだ。

 

  数少ないその感情を感じられた時も、必ず一緒に寂しそうな顔をした。それは私たちといずれ別れることを知っていたから。

 

  私を後継者候補として迎え入れた時点で、もうマスターには五年しか時間がなかった。だからいつも焦るような感情を感じていた。

 

  でも、その焦りが今はないように思う。ただ純粋に、自分の人生を楽しんで生きているように見えるのだ。

 

「マスターは、どうしてそんなに楽しそうなのだ?」

「……人間の平和のために生きるのも悪くなかったさ。でもな、今の方がずっと楽しいんだなーこれが」

 

  私が聞くと、マスターは少し真剣な顔になって返答してきた。カップの淵をなぞり、思い返すように視線を虚空に迷わせる。

 

「前世ではさ、俺は〝世界の殺意〟であって俺という個人じゃなかった。秩序を維持するため人を殺すだけの存在だった。結局、相手が変わっただけで俺はずっと操り人形だったのさ」

 

  そう。マスターはマスターという一人の人間としては生きられなかった。私たちに家族の暖かさをくれたのも、世界の殺意になるために人の善性を教える必要があるから。

 

  しかし、その暖かさが嘘偽りだと思ったことはない。必要云々関係なく、マスターは心から私たちを愛してくれていたと確信している。

 

「だから、俺が守る平和の中で生きる人間を見てて思ってたんだよ……ああ、俺もこんな風に生きられたらなって」

「……それは」

「わかってる、これは俺の根底を覆す願いだ。でも願わずにはいられなかった、心から大好きな人たちと一緒に、俺として生きるということを……そして、今それが叶ってる」

 

  心の底から嬉しそうに微笑むマスター。それは私の知る昔のマスターのようであり、今ここにいる〝北野シュウジ〟の微笑みでもあった。

 

「ハジメや雫、エボルト、空っち……今世での大切な奴らに加えて、お前やあの二人だってこの世界のどこかにいる。だから嬉しくてたまらねえんだ、誰かと一緒に生きられることが」

「……マスター」

 

  そんな風に、私たちのことを思ってくれていたのだな。胸の奥がキュッとして、思わず手で押さえる。

 

「だから、俺は笑う。この幸せな人生をめいいっぱい楽しんで生きる。そのためなら……邪魔するものは全員殺す。〝世界の殺意〟の名にかけて」

 

  マスターの目がスッと冷たくなり、手に持っていたカップの持ち手にヒビが入る。そこからはマスターの平穏を奪った神への怒りが感じられた。

 

  その怒気に、思わず背筋が震える。マスターの奥に隠された冷徹さ。失われていない暗殺者としての恐ろしいマスター。

 

  咄嗟にマスターの手に自分のそれを重ねた。するとマスターはハッとなって元の柔らかい顔に戻り、カップを置く。

 

「ま、これが俺が楽しそうな理由ってとこだ。ご満足いただけたかな?」

「……ああ。ありがとうマスター、話してくれて」

「いやいや、むしろせっかくのデートなのに重い話してすまんな」

「……マスター。私もこの時間をとても愛おしく思っている。貴方と一緒にいられることが、心から嬉しい」

「……そっか。そう言ってくれて嬉しいよルイネ。これからも一緒にいてくれよ?」

「ふふっ、なんなら死ぬまでずっと一緒にいよう」

「ははっ、そいつは頼もしいぜ」

「お待たせしました、ご注文の品です」

 

  そうして話しているうちに、注文したスイーツがやってくる。見た目からして美味しそうなものだ。

 

「さっ、辛気臭い話もここまでにして甘いものでも食べようぜ」

「ああ、そうだな」

 

  マスターの促しに素直に従い、私もスイーツを食べ始める。口の中にほんのりと甘い味が広がった。

 

  三十分ほど談笑しながらスイーツを堪能すると、ちょうど出発する頃合いになったので宿に戻ることにする。

 

  宿の前まで引き返すと、すでにハジメ殿やユエたちが入り口で待っていた。こちらに気づいて手をあげる。

 

「よぉシュウジ、デートは楽しかったか?」

「おう、俺はな。ルイネはどうだった?」

「当然、楽しかったさ。貴重な話も聞けたしな」

 

  そういうと、マスターは少し恥ずかしそうに頬をかいてごまかした。可愛いその姿に先ほどとは別の意味でキュンとする。

 

「……それはともかくとして、シアさんそれどうしたのよ」

「えへへぇ、聞いてくださいよお二人とも!ハジメさんが私に戦槌を作ってくれたんですよぉ!」

 

  キャッキャッとはしゃいで手の中の大槌を見せてくるシア。よほど嬉しかったようだ。

 

  もうチェックアウトは済ませたということで、マスターともども魔法で早着替えをして街の出口へと向かう。

 

「そういえば早くに出て行ったが、ユエとシアはどこへ行っていたのだ?」

「食料品とか色々買ってたですぅ」

「……ん、変なのにも絡まれた」

「ほう、そうなのか。ウサギは?」

「ハジメの作業見てたよ。楽しかった。ルイネは?」

「そうだな、まずは雑貨屋に行って……」

 

  この数時間のことを話していると、出口に着いた。来た時と同じ青年の門番に確認を取り、ブルックの街を完全に出ていく。

 

  門番から見えないほどの距離になると、ハジメ殿が魔力駆動二輪とサイドカーを、マスターが携帯をバイクに変形させた。

 

「ほれルイネ」

「ああ」

 

  差し出された手を取り、マスターの後ろに乗り込む。そして横乗りになるのではなく、ギュッと抱きついた。

 

「ルイネ?」

「ふふ、たまにはこれも良いだろう?」

「確かに(即答)」

 

  すぐに答えたマスターは、ハジメ殿たちが発進できる状態になったのを確認すると、バイクのアクセルを引いた。

 

  バイクが発進し、ハジメ殿たちがそれに並走する。ここ数日で慣れた心地よい風が髪を揺らした。

 

「……なあ、マスター」

「んー、どうしたルイネ?」

「私は、あなたを離さないからな」

 

  あなたが私達を手放したくないと、守りたいと思うのならば。それならば、私はずっとあなたのそばについていこう。

 

  そう、それこそいつも言っているようにこの命が尽き果てるまで……いや、来世もその次の来世も、ずっとずっと共に。

 

  きっと、それができると確信している。なぜなら一度完全に忘れても、それでも私たちはあなたを思い出し、追いかけて、こうして今一緒にいるのだから。

 

 だから……

 

「覚悟しろマスター、もう二度とどこにもいかせない」

「……なら、そうやってちゃんと掴んでてくれや」

 

  マスターの言葉に、私は抱きしめる力をより一層強くしたのだった。

 




うーんこの微妙感。
最低七百超えるまで更新しないようにしようかしら。


【挿絵表示】


シュウジデートスタイル。ルイネはツイッターにて。
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発見、同類の匂いを感じる迷宮…かと思ったら!?

どうも、昨日更新しようと思ったのに色々あってできなかった作者です。

エボルト「よお、エボルトだ。前回も前々回もまったくもってセリフのなかったエボルトだ」

シュウジ「どんだけ出番欲しいんだよ…で、前回はルイネとのデートだったな。すげえ楽しかったぜ」

ルイネ「ふふ、私もだマスター」

ハジメ「よかったな。まあ俺もウサギとイチャイチャしてたが」

ウサギ「♪」

シア「うう、羨ましいですぅ…」

エボルト「DEBAN! DEBAN!」

ユエ「エボルトうるさい…今回はライセンにまた入った。それじゃあせーの……」



七人「「「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」」」


  ブルックの街を出てから早数日、俺たちはとある秘密を知る人物を追って北都へと向かっていた。

 

『オイ』

 

  闇のブローカーに金を渡し、なんとか北都への切符を手にした俺たちだったが、そこで突如スケ◯ト団が出現。行く手を阻んだ。

 

『オイ!』

 

  迫り来る強敵に対し、俺たちはいったいどう立ち向かっていくのか。緊張と手に汗握る展開の……

 

『オイっ!』

 

  なんだよエボルト、今いいとこだったのに。あ、ス◯ット団じゃなくて◯ケット団の方が良かった?

 

『いや違うから!色々おかしいから!』

 

  えー、何一つおかしなこと言ってないだろ俺。

 

『ちょっとトランスチームガンの弾頭に撃ちこんでやろうか?ん?』

 

 やめてくださいしんでしまいます。

 

  っていうのはまあ冗談で、実際には再び入ったライセン大峡谷の中にいた。すでに五日経過しており、そろそろ岩壁のフルコースにも飽きている。

 

  しかも面倒なことに、子猫ちゃんたち(魔物です)が黄色い声を上げながら(威嚇です)近寄ってくるもんだから対処していた。

 

  無論、この程度の子猫ちゃんたち(魔物でry)に負けるはずもなく、ことごとく殺しながら峡谷内を移動するのが最近の生活だ。

 

『なにその最近のマイブームです的な言い方』

 

  JKが言いそうな言葉だな。ていうか今回最初からよく喋るねお前。

 

『前回全くもってセリフなかったからな。お前が邪魔すんなよって言うから寝てたし』

 

 メタいよ(今更感

 

『ちなみにお前の作った透明になれるドローン使って一部始終撮ってるから』

 

 ウソダドンドコドーン!

 

「ほいっと」

 

 

 バンッ!!

 

 

  エボルトと話しながら、正面から襲いかかってきたハイベリアを撃ち殺す。もはや手馴れたものであり、かなりの数を撃ち殺していた。

 

  ネビュラスチームガンをしまう間も無く、また魔物が奇声をあげて突撃してくる。あっアベ=サンverライセンだ。

 

『それ普通のとなにが違うんだ?』

 

  ちょび髭が生えてるのと無駄に走るフォームが綺麗。

 

  アベ=サンverライセンを撃ち殺していると、他の皆が戦っている音も聞こえてきた。バイクを運転しながらそっちを見る。

 

「はっ!」

 

 

 ズパァンッ!

 

 

  背後でバイクの上に立っているルイネが、近くの岩壁から精製した無数の日本刀で魔物を細切れにする。その軌跡は非常に正確無比であり、一匹も生き残れる魔物はいない。

 

「一撃必殺ですぅ!」

 

 

 ドゴンッ!

 

 

  身体能力強化をしたシアさんが、サイドカーから跳躍して大槌〝ドリュッケン〟と圧倒的な膂力で魔物の頭を粉砕する。かつて人間ロケットにされていた時とは大違いだ。

 

「……邪魔」

 

 

 ゴバッ!

 

 

  手をかざしたユエが、バッヂの効果で魔力分解作用を跳ね除け枷のない超高温の炎で魔物を消し炭にする。某アローンな少年のホームに盗みに入った泥棒の片割れが頭に食らったやつみたい。

 

『また古い映画持ってきたな』

 

  作者あのシリーズ好きらしいよ(だからメタry

 

「うぜぇ」

 

 

 ドパンッ!

 

 

  ドンナーを構えたハジメが、俺同様に魔物を撃ち殺す。こちらもまたバッヂの効果で〝纒雷〟と魔力駆動二輪の運転を問題なく並行していた。

 

「ゲコッ」

 

 

 ピシュッ

 

 

  ウサギ……っていうか頭の上のカエルが舌を伸ばし、魔物を口元に引き寄せると頭だけ噛みちぎってもぐもぐとした。明らかに口に収まる大きさじゃないが、そこはスルーで。

 

  そんなこんなで、ライセン大峡谷の中は俺たちによって地獄の処刑場から魔物たちの屍山血河が広がる惨状へと変わっていた。

 

「あーハジメ、そろそろ止まろうぜ。お月様が顔を出しそうだ」

「……私?」

「ある意味あってるけど違うね」

「ん、そうだな。ここらで野営するか」

 

  ハジメに向かって叫ぶと、あいつは頷いて魔力駆動二輪を減速させ始めた。俺もそれに従い、バイクのアクセルをゆっくりと手放す。

 

  少しして、俺たちは完全に停止した。ルイネともどもバイクを降りると携帯に戻し、異空間に放り込む。

 

「さーてと……むんっ!」

 

  体内で魔法を構築すると、手で印を組んだ。そして魔力を手に集め空中に向けて放った。すると結界が出現し、広がっていく。

 

「うし、これで朝まで半径五十メートル以内に魔物は近づかねえ」

『説明口調乙』

「サンキューシュウジ。それじゃあテント立てるか」

 

  ハジメが〝宝物庫〟からテントを二セット取り出した。俺とルイネ、ハジメとユエ、シアさん、ウサギで一セットずつだ。

 

  えっさほいさと男子組でテントを立てている間、女性陣で夕食の準備をした。料理するのは主にルイネとシアさんだ。

 

  あの残念さからは考えられないが(失礼)、シアさんは家事全般得意だったりする。ルイネも認めて助手にするレベルだ。

 

  ちなみにルイネたちがつかっている調理器具、ならびにこのテントは俺たちが作ったアーティファクトだったりする。

 

  テントには〝気断石〟という気配を誤魔化す鉱石を、調理器具は例えば込める魔力量に比例して温度調整できるフライパンとか。

 

  他にも各鉱石を使った冷蔵庫や冷凍庫、スチームクリーナーモドキ、エトセトラエトセトラ……あ、俺が作った圧力鍋とかもある。

 

「ハジメさーん、シュウジさーん、ご飯の準備できましたよー」

 

  テントの固定が終了したころ、シアさんから声がかかる。上を見れば、もうすっかり上弦の月が輝いていた。

 

  焚き火の周りを囲むように設置されたテントなどと一緒に取り出した椅子に向かうと、すでにウサギとカエルが。そしてなぜかエボルトが座っていた。

 

「貴様、いつからそこに…!」

「ふっ……お前が骨組みでハジメをカンチョーしようとしてボディーブローを食らった時だ」

「ななななんのことやら」

 

  エボルトの言葉に目をそらしながら席に着くと、ルイネが料理を持ってくる。本日は鶏肉のようなものを主にしたスープとパンのようだ。

 

  ルイネが席に着き、シアさんはまだ調理するから大丈夫というのでいただきます、と言って食事を開始する。

 

「ズズ……お、美味え」

「ほほぉ、中々だな」

「うわっほんとだ、美味え」

「……残念ウサギなのに残念じゃない」

「……おいしい」モキュモキュ

「だ、そうだぞシア。今日はシアがほとんど作ったのだ」

「へえ。さすがシアさんだな」

「ありがとうございますぅ。あ、さっき捕まえたばかりのクルルー鳥も出しますね」

 

  ザシュッ!と言う音とともにシアさんが包丁を振り下ろす。程なくしてクエー……と小さな声が聞こえて、ニコニコ顔のシアさんの頬に血が飛んだ。

 

  顔を見合わせる俺たち。正面のハジメの顔には温厚な一族ってなんだったっけ?と書いてあった。きっと俺も同じような感じだろう。

 

  エボルト?あー惑星食いたいなーって顔してるんじゃない?(適当)

 

「今は思ってねえよ」

「じゃあ今週のジャ◯プの内容?」

「もうこっちにきてから三ヶ月以上たってるから内容わかんねえよ」

「お前勝手に俺のお小遣い使って買ってたよな。俺が寝てる間に体使って」

「てへっ☆」

「シアさーんタコの唐揚げ追加でー」

「ちょっおま」

 

  そんな風にいつも通りワイワイ話しながら、俺たちは食事をした(タコの唐揚げはクルルー鳥のあんかけ唐揚げと一緒に出されました)。

 

  食事を終えると、ルイネの淹れた紅茶モドキで一息つく。パチパチと火花を散らす焚き火を見ながらぼーっとしていた。

 

「それにしても、見つからないもんだな」

「んー、目印はわかってるんだけどなー」

 

  すると、不意にハジメがそう言う。俺はそれに相槌を打った。

 

  もう結構な日数たってるが、未だにライセン大迷宮は見つからない。オルクスの隠れ家からの出口も通過しちまった。

 

  幸い、女神様の知識からヒントは得ている。絶壁に寄りかかるように存在する一枚の岩、それがライセンの入り口の隠し場所だ。

 

  だが、いかんせんそれが未だに見えてこない。探知魔法を使おうとしたが、例のクソ神を警戒しているのかこれだけは弾かれた。

 

  なので、地道にこうやって探しているわけである。ぶっちゃけ言ってすげぇ飽きてた。バイク運転しながら適当に拾った石で彫刻作るくらいには飽きてた。

 

『なんでよりによって作るのがダークライダーばっかりなんだよ』

 

  んー、なんとなく?てかそれ言ったらお前ダークライダーどころか極悪真っ黒ライダーじゃん。

 

『ちょっと何言ってるのかわからないわ』

 

 サン◯ウィ◯チマンネタやめろ。

 

「まっ、どうせ大火山に向かうまでのオマケ的扱いだ。テキトーに探しゃいいんじゃね?」

「……それもそうだな。いざとなればオルカンでも使って絶壁を吹っ飛ばせば出てくるだろうし」

「ゴリ押し全開だなオイ」

「そういうお前だって昨日ブラックホールでも使おうかなとか呟いてたろ」

 

  グダグダと話しているうちにいい時間になったので、就寝組と見張り組に分かれる。最初は俺とエボルト、後なぜかカエルだ。

 

「さて、暇だけど何する?」

「いやお前、これ見張りだからね?修学旅行じゃないからね?」

「そう言いつつ◯ノ取り出してんのはどこのどいつだ」

「私だ(ドヤ顔)」

 

  言いながらエボルトとウ◯を始める。別にやっていても普段と同じ程度には警戒はできる。並列思考ができるからこその芸当だ。

 

  エボルトとハジメたちが起きないようにワイワイ……ボソボソ?と騒ぎながらウ◯に始まり、ババ抜きや神経衰弱でかなり拮抗しながら遊ぶ。

 

  余談だが俺とエボルトのゲームの腕は互角だ。俺は前世からの超記憶力で、そもそも元はスライム状のエボルトは大脳とか小脳とかいう概念がない。

 

  だが、1時間もすると飽きてきてエボルトはモン◯ンを、俺はうつらうつらとし始めた。最近ルイネが結構激しい(意味深)からなぁ。

 

 

 ゴソゴソ……

 

 

  寝かけながらもしっかりと魔法を使い警戒するという我ながら器用なことをしていると、不意にテントの方から音がした。

 

  すぐに意識を覚醒させて振り返ると、テントからシアさんが出てくる。そしてキョロキョロと周りを確認してから俺たちを見た。

 

「どったよシアさん」

「ちょ、ちょっとお花を摘みに……」

「おーいってらー」

 

  トイレの暗喩だとわかってるので適当に手を振る。ちなみにこれが雫の場合、ストレートにトイレと言う。

 

  なんでかって?本人曰く今更俺に何か隠すものがないとのことらしい。まあ自分のこと以前に俺のプライベートどころか思考まで把握されてるしね(白目)

 

「た、大変ですぅ〜〜!」

「ぬっ?」

「なんだぁ?」

 

  焚き火を眺めていると、突然シアさんの叫び声が聞こえてきた。条件反射でトイレに行った方を振り向き、エボルトも体を持ち上げる。

 

「ったく、一体なんだ……」

「……うるさい」

「うにゅ……」

「なんだ、何か異常事態か?」

 

  ハジメたちもテントから顔をのぞかせた。するとそこでシアさん本人が戻ってくる。なにやら焦った様子だ。

 

「み、皆さん大変ですぅ!大変なんですぅ!」

「どうどうシアさん、落ち着いて。はいヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「妊婦さんじゃないですぅ!とにかく来てください!」

「なにかあったん?あっ撃ち損ねて服についたとか……」

「ふざけたこと言ってるとその肩のトゲトゲ引っこ抜きますよぉ!?」

「すんませんっした」

「ってそれより!すごいものが!あっちにすごいものが!」

 

  ヘイ、カモンベイベー!と言わんばかりに手を振り回すシアさんに、ハジメと顔を見合わせるとあいつは肩をすくめた。

 

  とりあえず何かあったのは確からしいので、エボルトをお留守番させて全員でシアさんの促す方に行く。

 

 そして……

 

「……なあシュウジ、これって」

「ああ、ビンゴだ」

 

  パチンッと指を鳴らし、人差し指で〝それ〟……女神様の知識と瓜二つの、絶壁にもたれかかる一枚岩を指差した。

 

  その一枚岩と絶壁の間の隙間にシアさんが走って行き、早く早く!と手招きする。忙しない姿に苦笑して足を踏み出した。

 

  岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在した。へぇ、岩壁の中身を繰り抜くような形なのか。

 

  その空間の中程まで行くと、シアさんが無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。

 

  つられて見てみると、そこにはこう書いていた。

 

 

 〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮♪〟

 

 

「……なんだこれ」

「みたとこ、結構古いな」

 

  無駄に可愛らしい絵とともに書かれた丸っこい文字に触れる。感触からして、掘られたのは相当昔だろう。見てみれば、ほかにもなんか書いてある。

 

 

 〝ここからが本当の大迷宮だ!なんちってw〟

 

 

 〝か〜ら〜の〜?入り口は内緒(爆)〟

 

 

「うーんこの既視感」ジー

「……ん」ジー

「……うん」ジー

「ですぅ」ジー

「そうだな」ジー

「おい待て何故俺を見る」

 

 俺は無実(ry

 

「いやぁ、それにしても本当にあったんですねぇ。おトイ……お花を摘みにきたかいがありました」

 

  どうです、すごいでしょ!と胸を張るシアさんにハジメはハイハイとおざなりな反応をしながらもう一度文字を見た。

 

「ユエ、ウサギ、ルイネ、どう思う?」

「……ん、多分本物」

「ああ、間違いないだろう」

()()()()って書いてあるね」

 

  そう、ここに書かれているミレディという名前。これはオスカーはんの隠れ家にあった手記に記された名前、そして俺の知識とピッタシ合致する。

 

  つまりこれを書いたのは正真正銘、本物の解放者の一人であるミレディ・ライセンってわけだ。

 

「しかしまぁ……なんつーか、同類の匂いを感じる看板だな」

「だろうな。ていうかセンスが古いあたり本物の可能性がさらに高い」

 

  気の抜けた顔をするハジメ。そりゃオスカーはんの迷宮であんな思いすれば、拍子抜けしたくもなるだろう。

 

  対して俺はどうかといえば、多分迷宮内でもこのテンションで色々起きるんだろうなぁって感じである。

 

  なんでわかるかって?俺が1番こういうタイプの煽りスキルの高さを知ってるから(自覚)

 

「さーって、それじゃあ入り口は……」

 

  一旦目を閉じ、開く。すると視界が中央に向かうにつれ薄くなる赤色に染まっていた。魔法の一つ、〝龍の看破眼〟だ。

 

  それで調べて見ると、シアさんがぺたぺた触ってる壁のあたりに入口があった。ていうかモロ入り口に触ってた。

 

「シアさん気をーー」

「ふぎゃっ!?」

 

  気を付けやーと言い終える前に、ぐるりんちょと入り口が忍者屋敷さながらに回転してシアさんが消えた。

 

  沈黙が流れる。ハジメたちを振り返れば、なんか色々言いたそうな顔をしながらため息を吐いてた。ルイネも苦笑してる。

 

  とりあえず腕力にモノ言わせて扉をひっぺがすと、なぜか磔にされたシアさんが裏側にくっついてた。

 

  まるで金属から削り出した黒い矢が服に刺さっており、みなさんおなじみ避難口のランプのアレみたいになってる。

 

  ていうかなんか変な匂いもした。でどころは股間のあたり……あっ(察し)

 

「シアさん、スッキリしたかい?」

「あとで絶対ぶちのめしますぅ……!」

 

  涙を流しながらブラックホールのような目をするシアさんが怖かったのでハジメたちに任せ、俺はルイネとともに迷宮内に入る。

 

  足を踏み入れると、迷宮内はまっくろくろすけだった。物音一つしない…と思った瞬間、本能が危険を告げる。

 

 

 ヒュヒュヒュッ!

 

 

  前方から飛んできたなにかを、魔法で押し出す力を消滅させて無効化する。転がったそれを見れば、先程の黒い矢だった。

 

「なるほど、入ったら飛んでくる仕組みか」

「かなりの速度だ、並の人間なら今ので蜂の巣だろう」

 

  意地悪い迷宮だなぁと思っていると、ポワッと先の方が光り、発生源の石板に文章が浮き出てきた。一体なんだと覗き込む。

 

 

 〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃた? チビってたりして )^o^(ニヤニヤ〟

 

 

 〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ(^ω^)〟

 

 

「マスター……」

「いやまって、なんで俺がそんな目で見られてんの?」

「いや、今のマスターならやりそうだと」

「流石にこんな悪意あるものは作りません……多分」

「多分なのか」

 

 ま、まあそれはともかく。

 

  んー、どうするか。女神様の知識、ライセンの迷宮だということは教えてくれるが内容はイマイチ情報がない。

 

  とりあえず攻略は明日にして、あいつに中を探ってもらうかと結論を出し口笛を吹く。するとどこからか咆哮が聞こえてきた。

 

  それから間も無くして、結界の周りの地中を旋回していたあいつの気配がどんどん近づいてくる。

 

  そしてついに俺たちの足元、つまりライセンの迷宮の中へと入ってきて……

 

 

 パァ……!

 

 

「ぬっ!?」

「なっ!?」

 

  突如足元に出現する魔法陣。術式を見れば、案の定見慣れた転移術式さんだった。もうお前オスカーの迷宮で見飽きたよ!

 

  争う間も無く、俺たちは魔法陣の光に飲み込まれる。後ろから「シュウジ!ルイネ!」とハジメたちの声がするが…

 

 

 ヒュンッ!

 

 

  その前に、俺たちはどこかへと転移させられたのだった。




祝、50話到達!これもみなさんの暖かい感想のおかげです。
これからも精一杯、精一杯………















ふざけます(^ω^)

とはいえ、アクセス数を見ると自分の文才に失笑しか出てこないんですがね。
どうせ俺なんか……
お気に入りと感想をお願いします。


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秘密の迷宮 その1

すみません、前に書いていたものと同じ話数まで到達したことに安心して少し更新が途切れました。今日からまた頑張っていきます。

シュウジ「やっほー、シュウジだよ。前回はライセンに戻ったな」

香織「みんな強かったなぁ。私も負けてられないよ」

ユエ「…貧弱負け犬クラスメイト」ボソッ

香織「何か言ったかな?かな?」ニコォ

美空「ほらほら二人とも、睨み合いしない」

シア「なんでいつも喧嘩するんですかぁ…それで、今回は突然どこかに飛ばされたシュウジさんたちの話ですぅ。導入部分?らしいですよぉ。それじゃあせーの……」


五人「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」


  数瞬間の浮遊感を感じた後、迷宮の入り口とは別の場所へと移動したのがわかった。なんだか異様にジメジメしてて、しかも暑い。

 

  とりあえず、周囲の状況を確認するために視界を巡らせる。どうやら俺たちはどこかの建物の中にいるようだ。

 

  上にはドーム状の天井、左には壁が霞んで見えるほどの大きな空間、右にはルイネ。そして足の下にはボコボコと沸き立つ黄緑色の沼……

 

「……沼?」

 

  下を二度見する。すると明らかに落ちたら俺のライフが全てコンプリートしちゃいそうな不気味な沼が存在していた。

 

  ここに来てようやく気がつく。俺、今空中にいるわ。そう自覚した途端、ヒュゥゥウ……と真っ逆さまで沼に落ちていった。

 

「認識した途端落ちるとかギャグかよっ!」

 

  普段の自分の所業から目をそらして叫びながら、飛行魔法で滞空しようとする。が、使おうとした途端に魔力が霧散した。

 

  ギョッとしてバッヂを見るが、問題なく機能している。つまりここはバッヂの力を超えるレベルの魔力分解作用があるってことだ。

 

  うーんまずい。このままだとアイルビーバックしちゃう。某未来から来たアンドロイドの守護者と同じ運命辿っちゃう。

 

「マスター!」

 

  しかし、そうはならなかった。ルイネの声がしたと思った瞬間、片手が掴まれてガクンッと落ちていた体が停止する。

 

  下を見れば、あと二センチで靴の先が沼の面に付くところだった。あ、あぶねえ。ギリギリセーフだ。

 

  安堵のため息を吐いて上を見れば、赤い龍の翼を生やしたルイネが俺の手を掴んでいた。魔法ではなく、潜在能力故に弾かれなかったようだ。

 

「サンキュールイネ、さすが俺の愛弟子だ」

「そこは愛妻と言ってもらいたかったな」

「それはまた今度ってことで」

 

  いつものやりとりをしながら、少しだけ高度を上げてもらう。死の沼が目と鼻の先にあったままなんて、たまったもんじゃない。

 

『平気かシュウジ?』

 

  あ、エボルトいたのね。てっきり留守番してたままかと思ったわ。

 

『どうやら空間の移動の際には強制的に引っ張られるみたいでな。気がついたら融合してた』

 

 なるほど珍百景。

 

  とりあえずいつまでもルイネに捕まっているわけにもいかないので、異空間からライオンフルボトルと携帯を取り出す。

 

  親指と人差し指だけで器用にボトルを振ると、残りの三本の指で持っていた携帯のスロットに装填。空中に投げた。

 

 

《ビルドチェンジ!》

 

 

  携帯が肥大化、展開してバイクになる。そのままだと池ぽちゃならぬ沼ぽちゃするので、ハンドルを握って受け止めた。

 

「すまんルイネ、あとちょっとだけ支えておいてくれ!」

「了解した!」

 

  ルイネに一声かけると、バイクを一回転。もう片方のハンドルを握ると、そこにあったスイッチを押し込んだ。

 

 

《フライモード!》

 

 

  再び音声がなり、バイクが真ん中で割れて展開するとボトルの成分を燃料にしたジェットで滞空した。言わずもがな、某戦いの神()のバイクのオマージュである。

 

  パッとルイネの手を離し、それに着地する。フライモードになったマシンビルダーは難なく俺の体重を受け止めた。

 

  上を向いて手招きすると、ルイネも龍の翼を消滅させて落ちてくる。その体を両手を広げ胸の中にキャッチした。そう、まるで映画のワンシーンのように。

 

『親方ー!空から女の子がー!』

 

 どっちかっていうと美女?

 

「ふぃー、間一髪だったぜ。改めてありがとなルイネ」

「気にすることはない。それよりも……ここは一体どこだろうか」

 

  周囲を見渡すルイネに、つられて俺も視線を巡らせる。どうやら円形の部屋らしく、直径は三十メートルはくだらないだろう。

 

  よく見ると壁には細かな彫刻……ていうか絵のようなものが浮き彫りになっており、七人の人間が巨大な何かと戦っている。察するに解放者とエヒトか。

 

  そして何より、この沼。ジメジメとした空気を作る蒸気の発生源もここであり、本能的に危険なことがわかる。

 

  試しに異空間から適当なナイフを取り出して落としてみると、ジュゥッ……という音ともに一瞬で溶けた。やっぱ強酸性だったか。

 

「はてさて、どうしたもんかねぇ。出口らしい出口も見当たらないし。いっそのこと天井ぶち抜いてみるか?」

『いや、もし天井の上にもこの沼と同じ液体があったら頭からかぶって仲良くお陀仏だぞ』

 

 デスヨネー。

 

  とりあえずエボルトも分離させて三人で打開策を考えていると、不意にガコンという音がした。振り返ると、壁の一角がズレている。

 

  その壁はそのまま横にスライドし、奥から台がせり出てくる。その上にはニコちゃん顔の人形が鎮座していた。

 

「あー、テステス。聞こえるー?」

 

  突如、人形から声が発せられる。声音からして女であり、この状況で該当する声の正体は一人しかいなかった。

 

「おー聞こえちゃってるぜー。あんたもしかしてミレディ・ライセンさん?」

「おぉー!よくわかったね!そう、私こそがこの迷宮の創始者ミレディ・ライセンちゃんです!イェイ☆」

 

  まるでJKのごとく、ピースするように丸っこい手を目の横に持ってきてポーズをとる人形。どうやら意思疎通は可能のようだ。

 

  解析魔法を使って人形を見ると、魔力によってどこかに繋がっている。どうやら録音されたとかではなく、オンタイムのようだ。

 

  女神様から授かった知識にはこうあった。解放者の一人、ミレディ・ライセンはウサギたちホムンクルスの技術で今もなお生きていると。

 

  つまりアレは、迷宮の最深部にいるであろうミレディ・ライセンの使役するアーティファクトってことになる。

 

  とりま後でルイネに同じポーズをやってもらうために写真を撮ると、ごほんと咳払いをする。そして人形に話しかけた。

 

『古今東西どこを探しても、JK的なポーズをとった喋る人形を撮影してんのはお前だけだろうよ』

 

  でしょうね。人にできないことをやってみせる、それが俺クオリティ。

 

「それでミレディさんよ、ここはいったいどこだい?見たとこ普通のライセン大迷宮じゃないんだろ?」

「正解!君たちは悪い子だから特別ハードモードの迷宮にご招待しました!」

 

  ばばーん!と胸を張る人形。たぶん本人も同じポーズとってんだろうなぁってのがわかる。ハジメだったら今頃キレて発砲してるだろう。

 

  だが俺は違う。こういう相手には同じテンションでいったほうが得策なのだ。故に俺もいつものテンションでいかせてもらおう。

 

「ほほう、悪い子とな?たしかにここにいるルイネに度々いたずらはしているが……」

「主に夜にベッドの上でな」

「ちょ、マスター!エロルト!」

 

  少し慌てるルイネ。エボルトが「誰がエロルトだ」と突っ込むと、人形は可笑しそうにケラケラと笑った。

 

「君たち面白いねぇ〜!いやぁ、久しぶりの会話する相手がこんなだとテンションあがるよ」

「ふっ、そいつは光栄の極み。で、結局のところここに入る条件はなんだったんだい?」

「ふっふーん、笑わせてくれたお礼に特別に教えてあげよう。嬉しい?ねえ嬉しい?」

 

  煽るような口調で言う人形inミレディ。あー、これハジメだったらもうドンナーにタカフルボトル入れて乱射してるわ。

 

『お前いつもやられてんじゃん』

 

 俺たちは煽ることを、強いられているんだ!

 

『自重しろ変態』

 

  とりあえず適当におだてておくと、ミレディ人形は教えてくれる。それによると、全部で理由は三つあるらしい。

 

  まず、なんらかの魔法でこの迷宮の位置を暴こうとしたこと。次に入り口を破壊すること、。最後に、正規のものではないホムンクルスを連れている。この三つが条件らしい。

 

  たしかに探知魔法を使ったし、扉はシアさんごとひっぺがしたし、あいつはオスカーの隠れ家の地下深くに封印されてた失敗作だ。

 

「なるほど、俺全部条件満たしてたわけね」

「そゆこと〜。もう、悪い子にはお仕置きだぞ!」

「はっはー、初っ端から落ちたら溶けて死ぬ沼がお仕置きとはヘビーだぜ」

「まあとにかく、かなり難しいけどミレディちゃん渾身の力作の秘密の迷宮、楽しんでね〜」

 

  それだけいうと、壁の中に戻っていく人形。ぱたりと壁の穴は閉じ、また密室の空間へと逆戻りした。後には俺たち三人だけが残る。

 

「あ、最初だから一つだけヒントあげる♡」

 

  かと思えばまた出てきた。真面目に打開策を考えようとしていたやつならブチ切れるだろう。

 

「この部屋を突破するには、勇気が必要だよ。それじゃあね〜、最後にまた会おう!」

 

  またしても引っ込むミレディ人形。本当の本当に、今度こそ俺たち三人だけになった。静寂が部屋を包む。

 

「で、どうする?アレ曰く勇気が必要、とのことだが」

「おいおいエボルトさんよぉ。もうわかってんのにわざわざ聞く必要もねえだろ?なあルイネ」

「うむ、その通りだ」

 

  鷹揚に頷くルイネに、エボルトはニヤリと笑う。俺も同じような笑みを浮かべ、顔を見合わせると一斉に下を指差した。

 

「この部屋の出口は、沼の中だ」

「他にそれらしいギミックもないようだし」

「元暗殺者のお前らが言うんだ、間違いねえだろうな」

 

  そう、トラップは俺たち暗殺者の専売特許。パッと見るだけでこの部屋には何も仕掛けられていないことが簡単にわかる。

 

  なら答えは一つだ。世界一肝っ玉の据わった奴でも裸足どころか、アソコ丸出しで逃げ出すようなこの悪魔の沼に、答えは隠されている。

 

「ルイネ、金属糸で天井を叩いてみてくれ」

「了解した。ハッ!」

 

  ルイネが金属糸を伸ばし、天井を叩く。すると振動が壁に伝っていく音がした。微弱なそれを聞き逃さぬように耳をすます。

 

  振動はどんどん下へと向かっていき、沼の中へと隠れ……そしてそのまま下に突き抜けた。底があるなら真ん中に収束するはずだ。

 

「わかった。この部屋は逆さに試験管を立てたような形になってる。その下にはかなりでかい空間が広がってるな」

「構造はとてもシンプル、だが強酸性の沼という絶対的な扉があるような感じか……」

「いっそのこと、再生能力を魔法で高めて潜ってみるか?体外に出ないのなら魔力は分解されないはずだが……」

「いや、その必要はねえ。俺たちがいるなら、あいつも一緒に転移されたはずだ」

 

  口に輪っかの形にした指を当て、大きく口笛を吹く。西部劇で馬を呼ぶときに使う、あの馴染みのある音だ。

 

 

 

 ズズズズズズ………

 

 

 

  すると、五分もしないうちに沼の表面が小刻みに揺れ始めた。あいつが近づいてきている。マシンビルダーを操作し、端っこに避難した。

 

  ほどなくして、沼の表面が内側から盛り上がり、超巨大な黒い生物が姿を現した。バシャバシャと激しい音を立てて沼に液体が落ちていく。

 

  その生物は、一言で言えば醜悪だった。全長百メートルを超える巨躯を覆うデコボコとした大きさの合わない鋭い形状の鱗に、不揃いな無数の牙。

 

  大きな目の周りに小さな九つの目が付いており、両方合わせて二十個もの目を持っている。その目は今、全て俺たちの方に向いていた。

 

「よぉ、やっぱりいたか〝フィーラー〟」

 

 

 オォォオォォォォ……

 

 

  俺の言葉を理解する生物……フィーラーは、嬉しそうな声音とともに大きな口を開ける。巨大な口内が見え隠れしていた。

 

  先ほども言った通り、フィーラーはオスカーの作った試作品のホムンクルスだ。当時の強力な魔物を無数に合成して作ったらしい。

 

  結果として生まれたのは、破滅を体現したようなおぞましい怪物。全てにおいてあらゆる魔物の上をいく、神にすら噛み付けるだろうモンスター。

 

  だが解放者たちでも制御不能、ありとあらゆるものを破壊して喰らい尽くす凶暴性を秘めていたが故に封印せざるを得なかった。失敗作(フィーラー)の由来でもある。

 

  しかしその強大な力はうまく応用され、結果としてウサギが完成した。ポテンシャルだけなら、ウサギとフィーラーの力は互角だ。

 

  そんなフィーラーを、俺は手なづけてオスカーの隠れ家から連れてきた。作るだけ作って死ぬまで鎖に繋がれたままではあんまりだ。

 

  ちゃんと躾をしたので良しと言わないと何も食べないし、俺たちの言うことならなんとか聞く。今やエボルトに次ぐペット枠だ。

 

「誰がペット枠だコラ」

「おっといけねぇ、本音が出ちまった」

「終いにゃブラックホールフィニッシュ顔面に叩き込むぞ?」

「そこは泣くんじゃないんかい」

「エボルトが泣く……なんだか違和感があるな」

「ルイネ、そのマジで引いてる顔やめろ」

 

  軽口を叩きながら、開けられたフィーラーの口の中に入る。そしてリモコンでマシンビルダーを操作し、舌に張り付いた。

 

  しっかりと固定したことを伝えると、フィーラーは唸り声を上げた後バックンと口を閉じる。次の瞬間、沼に潜ったのか揺れた。

 

「これでよし、あとはフィーラーがそれらしい所まで運んでくれるだろ」

「その間何してる?」

「そう言えば新作のつまみができてな、試食して欲しいのだ」

「おっ、いいねぇ〜「♪〜」ん?」

 

  ルイネの新しいつまみに興味を示していると、工場を連想するような音が鳴った。携帯を取り出すと、ハジメから着信だ。

 

「はいはいもしもし、こちら星を狩る会の受付です。ご用件は?明日の幹事の件ならエボルトに……」

『アホなこと言ってんじゃねえ。今どこにいんだよ』

「最後まで言い切る前にバッサリ切り捨てるのはどうかの思うの」

『どんだけお前のボケ聞いてきたと思ってんだ』

「ごもっともです、はい」

 

  とりあえずこちらの状況を説明する。事前に話しておいたとは言え、ミレディが生きていたことにハジメは驚いてた。

 

『ったく、また迷宮で離れ離れかよ。ほんとにお前厄介ごと好きだな』

「ほら、俺ってモテるから」

『厄介ごとにモテても嬉しくなさすぎるだろ……まあいい、俺たちは普通の方の迷宮を攻略する。どっかで合流できるだろうから、お前らも頑張れ』

「おーう、そっちもなー」

 

  それきり通話を終了する。ハジメたちは普通の迷宮に挑むのか。知識を見た感じ結構イライラする迷宮だったが、まあこっちよかマシだろ。

 

  そう自己完結した後、俺は暇つぶしのためルイネの新しいつまみ(キュウリをハムで包んだみたいなやつ)を片手に、三人で酒(自作です)を酌み交わして雑談を始めた。

 

「で、それがよー」

「へえ、そうなのか……」

「マスター、こちらのつまみはいるか?」

「おっサンキュー。ってこれは大好物のタコとワカメの酢の物ジャマイカ」

「げっ」

「さあエボルト、一緒に食べようか。大丈夫、死にはしないさ」

「誰が食うか!」

 

  ほれほれとエボルトに酢の物を食わせようとしていると、不意にフィーラーの体が大きく揺れた。どうやら停止したようだ。

 

  三人揃って前方を見ると、ゆっくりとフィーラーが口を開いていく。そして約1時間ぶりになる外の景色が見えた。

 

  外は、相変わらずあの緑色の液体で一色に染まっている。いや、ほとんど染まっているというべきか。目の前に石の道があったのだ。

 

  マシンビルダーを通常モードに戻すと、エボルトを体内にしまってルイネを後ろに乗せる。そうするとアクセルを吹かせ、一気に口内から飛び出した。

 

「よいしょっと。ありがとなフィーラー!また後で会おうぜ!」

 

 

 

 オォォオォォォォォォ…………

 

 

 

  どことなく嬉しそうな咆哮をあげたフィーラーは踵を返し、沼の中へと潜った。最後に棘だらけの尻尾がゆらゆらと揺れながら消えていく。

 

  それを見送ると、道の先へと視線を移した。するとそこには、荘厳な雰囲気を醸し出す神殿のようなものが鎮座している。

 

「どうやらあそこが本命みたいだな。はてさて、どんなやつが待っているやら」

「マスター、いこう」

『どんなのが来ても、俺たちなら楽勝さ』

 

  ルイネとエボルトにそれもそうだな、と笑い、俺はバイクのアクセルを踏むと神殿に向けて一直線に走っていく。

 

 

 

 

 

 

  こうして、俺のライセン大迷宮ver秘密のヘルハードコースの攻略は始まったのだった。




強酸性の緑色の液体……もうわかるな?(だからわからry
超眠い中書いたから適当感パナい……
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秘密の迷宮 その2

アクセス数を見ると涙しか出てこないんですがそれは()

シュウジ「よお、シュウジだ。前回はなぜかミレディに罰ゲームコースの迷宮に入れられたぜ」

雫「まあ扉を引き剥がしたのはともかく、あのホムンクルスを連れてきたのはいいと思うわ。聞いたところ結構な境遇のようだし」

シュウジ「さっすが雫、優しいねえ〜」

ミレディ「はいはーい、呼ばれて飛び出てミレディちゃんだよ!よろしくみんな!」

ハジメ「うわっウザいのが増えやがった」

シア「ふふふ、絶対殺してやるですぅ…」

エボルト「殺人鬼の目してんぞ?まあそれはともかく、今回は前回の続きだ。それじゃあせーの…」


六人「「「「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」」」」

ヴェノム公開早よ(^ω^)


 

  両側にある強酸性の沼に骨クッパ出てきそうとか思いながらバイクを走らせること数分、神殿のもとにたどり着いた。

 

  横も縦もでかい階段の前でバイクを止め、神殿を見上げる。凄まじく巨大な建築物であり、この世界の建築技術では考えられないような代物だ。

 

  バイクから降りながら見渡していると、ふと石像があることに気づく。それはポニーテールの若い女の像……ミレディの像だった。

 

「おお、無駄に精巧だな。自己主張の激しい解放者だ」

『つーかムカつくポーズしてんなオイ』

 

  この地獄に似つかわしくない舌出しピースを決めたミレディの像は片手に石板を持っており、そこに例のごとく文字が刻まれていた。

 

 

 〝ようこそ!目ん玉と心臓の飛び出るミレディちゃんお手製のホカホカ神殿へ!入場料はあなたの命です(^ ^)〟

 

 

「うっわーシャレにならないわこれ」

「常人が見れば発狂していただろうな」

『ハジメならとりまオルカンで吹き飛ばしてるまである』

 

  とりあえず適当にハイパァークリティカルスパァーキング!(銃撃です)で吹っ飛ばし、バイクを収納して階段を登り始めた。

 

  気の遠くなるような段数の階段を分離したエボルトとルイネと三人でマジカルバナナをしながら登り、中腹あたりにきたその時。

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴ……

 

 

 

  突如、空間全体が振動を始めた。それ自体は数分ほどで収まったが、その瞬間一際強く揺れが起こる。

 

「なんだなんだ、地殻変動か。それともハジメが何かしたのか?」

「いやシュウジ、それよりもっとやべえぞ」

「マスター、後ろだ!」

 

  二人の言葉に背後を振り返ってみれば……あら不思議。バイクで走ってきた石道が階段の一番下もろとも沼に沈みかけていた。

 

  どうやらここまで登ったことで、最初の仕掛けが発動したようだ。このままでは上昇する沼に飲み込まれてゲームオーバーだろう。

 

  俺たちは顔を見合わせると、俺とエボルトは瞬間移動で。ルイネは瞬歩でそれに追いつきながら階段の上を目指した。

 

「逃ーげるんだよぉォオオオ!」

「もっと、熱くなれよォオオオ!」

「言っている場合か!」

 

  ルイネに突っ込まれながら、目視できる限界の場所まで瞬間移動する。もう5回は瞬間移動したが、まだ終わりは見えない。

 

  さらに嫌味なことに、俺たちのスピードに合わせて沼の上昇速度は上がっていた。ほんっとミレディ性格悪いわ。

 

  え、お前が言えたことかって?いやほら、俺はちゃんと相手を選んでるからセーフ。例えば勇者(笑)とか勇者(爆)とか勇w者w()とか。

 

  あの勇者次会ったらぜってー全裸でズイズイ踊りさせてやると思っていると、ようやく階段の終わりが視界の端に映り込んだ。

 

「っしゃラストスパートォ!」

「おい待てあれ扉閉まりかけてるぞ!」

 

  たしかにエボルトの言う通り、神殿の入り口の重厚そうな扉が少しずつ閉まっていた。あれがタイムリミットってか!

 

「マスター、今の速度で間に合うのか!?」

「余裕のよっちゃん……といいたいところだけどあのミレディだから直前でバッタンとかありえる!だから奥の手使うわ!」

 

  異空間から小瓶を取り出す。エボルラビット印が入っており、中には怪しげな赤と黒2色の錠剤が詰まっていた。

 

  親指でフタを開けると、自分に一粒とルイネに一粒放る。エボルトは俺と効能がシンクロするから問題ない。

 

「テッテレ〜!スピードアップ剤!」

 

  ハジメの技能〝瞬光〟を付与した可食性の鉱石、そしてラビットエボルボトルの成分を調合した錠剤。

 

  こいつで数分間超スピードを得られるほか、移動系の技能の力を上昇させられる。まさにこの状況にうってつけのアイテムだ。

 

  躊躇なく錠剤を口の中に放り込むと、そのまま噛み潰した。その瞬間全身……特に脚に力がみなぎり、視界が灰色に染まった。

 

「行くぜルイネ!エボルト!」

「ああ!」

「おう!」

 

  二人の了承を得るのと同時に、一際強く脚を踏み込む。そしてこれまでとは比べ物にならない速度で瞬間移動をした。

 

  次の瞬間、ほんの一瞬でほぼ閉まっている扉の前に到着する。最初に俺が、次いでルイネが体を滑り込ませ、最後にエボルトが半スライム状態で中に入った。

 

  勢い余ってコケたが、すぐに後ろを振り向く。するとちょうど、扉が重々しい音を立てて完全に閉じるところだった。ふう、と安堵のため息を漏らす。

 

「あっぶねー、間一髪だったな」

「殺意マックスで大草原不可避」

「あのミレディという女、かなり容赦がないぞ……」

 

  口々に愚痴を言いながら、立ち上がって神殿の中を見渡した。奥に向かって長方形の廊下が伸びており、壁には壁画や石像が埋め込まれている。

 

  それを見ていると、ふっと一部の壁画に文字が浮かんできた。近づいて読んでみて、思わず苦笑してしまう。

 

 

 〝いやぁ〜危なかったねぇ〜 もしかして逃げ遅れたお仲間さんが沈んじゃったりしたかな? かな?〟

 

 

「人を煽るのに余念がねぇなぁ」

「反逆者うんたら以前に人類の敵認定されても文句言えねえぞこれ」

「まあ、この程度で死ぬのなら攻略など夢のまた夢、ということなのだろう」

 

  とりあえず何かが潜んでいそうなもの影を警戒しながら進んでいると、不意に壁に等間隔に取り付けられた器の中に炎が灯った。

 

  すぐさまネビュラスチームガンを取り出して構えれば、天井から音もなく正方形の石板が降りてくる。その上には、案の定人形が。

 

「やぁやぁ君たち、みんな大好きミレディさんだ」

「うっわ出たよ鬼畜人形」

「酷いっ!でも、よくぞここまでたどり着いたね。いやぁ、君たちなら無事に突破できると思っていたよ」

「溶かして殺す気満々だったけどな」

「仕方がないね、罰ゲームだから☆」

 

  キランッ☆と擬音が聞こえてきそうな動きをするミレディ人形。きっとハジメなら今頃散々蹴りつけた後に蜂の巣にするだろう。

 

「んで、なんでわざわざまた出てきたわけよ」

「いやぁ、ちょっとしたお礼を言い忘れてたと思ってね……フィーちゃんを外に連れ出してくれて、ありがとう」

 

  先ほどまでのウザいテンションは何処へやら、真剣な声音で言ってくるミレディ人形。その無機質な瞳には後悔の念が宿っている……ように見えた。

 

「あの子は、私たちでは扱えなかった。でも、あなたは手懐けた。あなたならあの子を、きっと良いことに使ってあげられる」

「……さて、どうだかね」

 

  解放者たちはフィーラーを封印はしたものの、全くの厄介払いをしたかったわけではない。その証拠に、殺すことなく生かし続けた。

 

  いくら強いとはいえ、女神様の知識にある解放者たちの神代魔法を全力で使えば、なんとか殺すことだってできたはずだ。

 

  それをしなかったのは、ひとえに愛情があったから。どれだけ醜くとも、制御できなくとも、彼女らにとって子供のようなものであることに変わりはなかった。

 

  だからこそ自由を奪うだけに留め、殺処分という最も冷酷な処理の仕方はしなかった。いや、できなかったと言った方が正しいか。

 

  もしかしたら、脱走して暴れる可能性があったかもしれない。それでもできなかったのだ……って知識にありました。

 

『台無しだよ』

 

  まあ普通にオスカーの手記に走り書きみたいに書いてあったとこから推測したのもあるけども。

 

 まったく人間らしい、暖かい愚かさである。

 

「わかんねえぜ?もしかしたら俺っちが世界征服を企んでて、そのために利用しようとしているという可能性も……」

「いや、それはないね。そんな嘘を言ってもわかるよ。君は、そこにいるお嬢ちゃんもそうだけど私たちと本質が同じだと確信している。私、人を見る目はあるからね」

「……そうか。なら大人しく任されときますかね」

「お願いね。あの子は使いどころを間違えるとかなり危険だから」

「おーい、俺は?」

「あんたはダメ。なんか色々とダメ」

「雑くない?」

 

  しょんぼりするエボルトにケラケラと笑う人形。相変わらず良い性格してんなぁ。

 

「じゃ、言いたいことはそれだけだから。今後もこの神殿を楽しんでいってね〜」

 

  バイバーイとでもいうように手を振りながら、石板ごと退散するミレディ人形。ルイネと顔を見合わせ、少し笑う。

 

  端っこの方で体育座りになって床にのの字を削って(描いているではなく、削っている)エボルトを呼ぼうとすると、不意に悪寒を感じた。

 

 

 バンッ!!!

 

 

  振り向きざまにネビュラスチームガンの引き金を引き、悪寒の元を撃ち殺す。確実に射殺したそれは地面に落ちた。

 

  警戒してもう一度撃ってから、それを見る。するとそれは乳白色色の体色をした、六本の足と長い尾、胴体に穴のある生物だった。

 

  要するに、フェイスハガーだ。某完全生物の幼体を人間に植え付ける超未来的なオシャレグッズである(大嘘)

 

「なんでこんなとこにこいつが?」

「なるほど、ここは儀式の場だったわけか(迷推理)」

「あながち間違いでもなさそうだなぁ」

 

  ふざけたことを言っていると、そこらじゅうから殺気を感じ取った。咄嗟に三人で背中を庇い、銃や金属糸を構える。

 

 

 

 キイィィィイイイイイ!

 

 

 

  次の瞬間、ありとあらゆる物陰からフェイスハガーが飛び出してきた。俺たちの顔めがけ、一直線に飛んでくる。

 

  すぐさま撃ち殺すが、すぐにまた新しいのが倍の数になって飛んできた。それも撃ち殺すが、また倍になって出てくる。

 

  ネズミ算式に増えていくフェイスハガーを、俺たちはひたすら殺していった。体液に触れるとヤヴァイので気をつけながら、一定の距離で処理する。

 

「ほいっと!」

「いやなんでわざわざレイザー・ディスク使ってんの?」

「なんか気分に浸りたくて」

「恋人といる時の雪って特別な気分に浸れて僕は好きですってか?」

「下手をしたら超強酸性の雨が降り注ぐがな!」

 

  突っ込みながら五匹まとめて金属糸で切り刻むルイネ。ルインエボルバーの不滅の概念をコピぺってるので、そうそう溶けたりしない。

 

  十分ほどかけて、ようやく全てのフェイスハガーを処理した。全部で二百匹以上はいたような気がする。もうレイザー・ディスクの刃はドロドロだ。

 

  レイザー・ディスクのメンテナンスをしながら、片手で念動力を使ってフェイスハガーの死骸を集める。そしてブラックホールで消し去った。

 

「うし、これで処理完了と」

「うっわ臭え、さしものブラックホールでも匂いまでは吸収できないか」

「マスターに修行の一環で色々な薬の匂いを嗅がされたが、これは中々に強烈だな」

 

  鼻をつまみながら道を進み、最奥までたどり着く。そこには台形型のアーチが存在しており、その奥に迷宮が続いていた。

 

  そして案の定、アーチの一部分が輝いて文章が浮かんでいる。あ、言い忘れてたけどこれ魔力込めると光るリン鉱石ってやつね。

 

 

 〝どうだったかな、フェイスハガーのフルコースは? あ、お礼は言わなくていいよ(^ ^)〟

 〝もし誰か寄生されちゃってたらご愁傷様 そう長くないうちに死んじゃうよん〟

 〝お疲れ様 プギャー(^ω^)〟

 

 

「この煽り毎回入るのかぁ」

「当時の仲間たちにもウザがられてたんじゃねえの?」

「ある意味精神攻撃だな」

 

  やれやれ、と肩をすくめながらアーチをくぐる。壁を隔てた向こう側には、これまただだっ広い部屋があった。

 

  ここでも何かあるんだろうなーと思っていると、しんがりのルイネが入った瞬間アーチの両端から金属の扉がスライドしてきて閉じてしまう。

 

「ぬっ」

「閉じ込められたか」

「ダメだな、完全に閉まりきっている」

 

  こうなったら出られないだろうと諦め、部屋の中央まで進んだ。するとカシュッと音を立てて部屋の壁に無数の小さな穴が空き、壁がせり出てきて高速で変動を始める。

 

 

 パシュッ!

 

 

「っと」

 

  変動する全方位の壁から、不規則に矢が射出された。一瞬で全て把握するとわずかに体をずらして全回避し、一本だけ掴み取る。

 

  槍の先端を見ると、黄緑色の液体が塗られていた。異空間からナイフを取り出して触れさせると、煙を上げて腐食する。

 

「おーい二人とも、気をつけろ。この矢あの沼と同じ液体が塗られてる」

 

  振り返って声をかけると、無事に回避していた二人は肩をすくめた。

 

「触れただけでアウトか……やはり難易度が高いな」

「まあ、その程度ならまだ平気だろ」

 

  言っているうちに第二射が始まった。俺はアクロバティックな動きでかわしながら撃ち、エボルトはオーラで消しとばし、ルイネは金属糸で絡め取ってやり過ごす。

 

  その調子で第六射、第七射と受け流していると、不意にピタリと壁の変動が止まる。代わりに一部が開き、中から巨大な筒が出現した。

 

 

 ドッ!!!

 

 

  そこから撃ち出されたのは、もう隠す気もないレベルで頭からケツまで黄緑色の槍。モン◯ンのバ◯スタを想像すればわかるだろう。

 

「よっと!」

 

  異空間からルインエボルバーを取り出すと、槍を真っ二つに切り裂く。それを気にする間も無く、二本目が飛んできた。

 

  最初はその一門だけだったものの、時間経過でどんどん増えていく。しまいには二十六本もの即死槍を相手する羽目になった。

 

  しかもまた壁が動き始め、矢まで飛んでくる。これで俺たちじゃなかったら今頃髪の毛一本残らず溶けきっていただろう。

 

「キリがねえなこれ!」

「いいやマスター、あそこの壁が薄いぞ!」

 

  それまで絡め取った矢をそこかしこの壁に叩きつけ、出口を探していたルイネが叫ぶ。指差す方向を見れば、ちょうど砲台の後ろの壁だった。

 

「出口がわかりゃさっさとオサラバだ!」

 

  異空間からライフルモードのネビュラスチームガンとフルボトル……ロケットフルボトルを取り出すと、スロットに装填。

 

 

《フルボトル!ファンキーアタック!フルボトル!》

 

 

  認識したのを確認すると、槍と矢を避けながら照準を構えて引き金を引いた。すると先端から紫色のロケット状のエネルギーが飛び出していく。

 

  螺旋を描きながら飛翔したそれは、今まさに槍を射出しようとした砲門の中に入っていき……そして爆発。中から大量の強酸性の液体が飛び散った。

 

  それは目論見通りに後ろの壁を溶かし、その奥に隠されていた空洞を露わにした。縦長の二メートルくらいの穴だ。ビンゴ!

 

「捕まれルイネ!」

「ああ!」

 

  ルイネの腰に手を回すと、エボルトに目配せしてから瞬間移動で穴の中に転がり込む。一拍遅れてエボルトも瞬間移動してきた。

 

  その瞬間、それまでやかましかった音が止まる。振り返って部屋の中を見れば、全てのトラップの動きが停止していた。

 

  ホッとしていると、近くの壁にリン鉱石の文章が浮かび上がる。もう慣れた心境でそれを読んだ。

 

 

 〝よくぞこの出口を見つけた!どんどんぱふぱふ〜!〟

 〝さーて、それじゃあお部屋の方で串焼きパーティを……って誰も食べないか(笑)〟

 

 

  よくもまあここまで人をイラつかせることに全力をかけられるものである。え、お前が言うなって?なんのことやら()

 

「シュウジ、どうやらこの道どっかに繋がってるらしいぞ」

 

  エボルトの声に振り返れば、たしかに穴は奥へと続いていた。出口と言っていたし、おそらくこの先にもトラップがわんさか待ち構えているのだろう。

 

「俺、この迷宮から帰ったら結婚するんだ」

「死亡フラグ立てんな」

「どうやらこの道にはトラップはないようだな」

 

  エボルトと軽いやりとりをしながら、ルイネを先頭に穴の中を歩いていく。薄暗い穴の中はそれだけで気が萎えそうだ。

 

  あのミレディのことだから俺たちですら気づかないトラップがあるかと警戒しながら進む。オスカーのとことは別の意味で面倒だ。

 

  しばらく歩いていると、なにやら分岐路に行き着いた。金属製の二枚の両開きの扉が鎮座していて、どちらともヤベーくらい悪寒を感じる。

 

  その真ん中に一枚の看板が立っており、右矢印の上に〝出口〟、左矢印の上に〝ミレディちゃんのペットのお部屋♡〟と書かれていた。

 

「なんじゃこりゃ」

「T◯ICKでこんなのなかったか?」

「とりあえず、出口のほうから確認してみよう」

 

  ルイネが右側の扉の取っ手に手をかけ、押しあける。するとその先にあったのは……

 

 

 

 キィキィキィキィキィ……

 

 

 

  一瞬見えた光景に、ルイネは即座に扉をそっ閉じした。そしてこちらを引きつった顔で振り返る。

 

「……マスター、エボルト。今私はとんでもない幻覚を見た気がするのだが」

「奇遇だな、俺も無数のフェイスハガーの幻覚が見えた」

「ああ、俺も見たぞ。〝出口だと思った?残念地獄でした!〟って看板の幻覚」

 

  三人でため息をつく。これくらいやるだろうと思ってはいたが、相手が相手なら一瞬見ただけでもトラウマものだ。

 

  とりあえずSAN値チェック待った無しの出口(地獄)は置いておいて、今度は左側の〝ミレディちゃんのペットのお部屋♡〟とやらを見る。

 

  ちょこっと扉を開けて隙間から中を見ると、こちらは出口()とは正反対になにもない殺風景な部屋があった。一応警戒しながら扉を開ける。

 

  中に入ってみると、やはり何もない部屋だ。これがマジでペットの部屋なら動物愛護団体からO☆HA☆NA☆SHIが来そうである。

 

 

 

 パンパカパーン!

 

 

 

  とりあえず適当に落書きでもしようかと思った瞬間、どこからかファンファーレのような音が鳴り響いた。ミレディの仕業だな(断言)

 

  二人とシンクロした動きで上を見上げると、ウィーンと言う間の抜けた音とともに石板が降りてくる。もう見慣れた人形も乗っていた。

 

「ブッブー!乙女の部屋に入るなんて悪い子だね!」

「いやあの部屋にどう入れと」

「そこはほら、根性で?」

「なるほど……エボルト行ってこい」

「なんでや!」

「なぜ顔をおっさんにした……」

 

  ぷんすか!とわざとらしく腕を組む人形。むしろあの部屋に入る奴っているんだろうか。

 

「ということで、罰ゲームターイム!君たちには私のペットたちと遊んでもらいます!」

 

 

 ガションッ!

 

 

  音を立て、正面の壁が5箇所ほど内側に凹む。そうすると横にスライドし、真っ暗な穴が露わになる。その奥に、〝何か〟がいた。

 

  全身を這い回る悪寒にネビュラスチームガンを構えると、ヒタヒタと〝何か〟が暗闇から姿を現した。それに思わず目を見開く。

 

  それは、真っ黒な体躯をしていた。湾曲した長細い頭部に目はなく、唾液の滴る銀色の歯が剥き出しになっている。

 

  大きく張り出した両肩に、鋭い鉤爪のついた両腕。細く節くれだった二本の両足の奥には、長い尻尾がゆらゆらと蠢いている。

 

  完全生物ゼノモーフ、あるいはエイリアン。そう呼ばれるその生物は、記憶にあるのと全く同じ姿で俺の前に姿を現した。

 

「おいおい、フェイスハガーが出た時点でいるとは思ってたが……」

「実物で見ると気持ち悪いことこの上ねえな」

「というか、あの沼はこれの体液だったのか」

 

  苦笑する俺の横に、エボルトとルイネが並ぶ。それに合わせるように、ゼノモーフの後ろからさらに数体のゼノモーフが出てきた……

 

 

 キシャァァア……

 

 

  ……かと思ったら、数体どろこか際限なくどんどん出てきた。あっという間に殺風景な部屋が黒一色で埋め尽くされる。

 

  唾液を垂らしながらひしめき合うその姿はさながら餌を待つ獣のようであり、事実奴らには俺たちを餌だと認識しているだろう。

 

「じゃっファイト!」

 

  それを引き起こしてくれた張本人形はというと、サムズアップするように腕をあげるとさっさと引き上げていった。

 

「……なあ、あいつ後でぶっ飛ばしていいか」

「お前割と沸点低いよな」

「下等生物の分際でぇ!」

「はいはいジーニアスに負けた時の声真似乙」

「二人とも、冗談を言っていられるのはここまでのようだぞ」

 

  今にも飛びかかってきそうな殺気全開のゼノモーフたちに、ルイネが警告を飛ばす。俺たちはふざけるのをやめ、武器を構えた。

 

  部屋の中に、張り詰めた空気が漂う。ネビュラスチームガンの銃口を向けながら、静かにゼノモーフたちが動くのを待った。

 

 そして、その数秒後。

 

 

 

 キシャァァアアアァアアッ!!!!!

 

 

 

  咆哮を上げて、ゼノモーフたちは一斉に飛びかかってきた。それに俺は、引き金に指をかけながら……

 

「さあ、ひと狩りいこうか」

 

 

 ドンッ!!!

 

 

  その言葉とともに、先頭のゼノモーフの一匹を撃ち殺す。それを皮切りに、俺たちとゼノモーフの戦いが幕を開けたのだった。




うーむ、やはりオリジナルだとすごく微妙に……
あ、俺〝たち〟のヒーローアカデミアというのを始めました。
お気に入りと感想をお願いします。


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秘密の迷宮 その3

どうも、ヴェノムが楽しみで仕方がない作者です。

シュウジ「よお、シュウジだ。前回は神殿に入って、まあなんか色々と相手したな」

雫「あらすじ見て驚いたわよ、エイリアンとかいるし」

シュウジ「いやぁ、雫最初にエイリアン見たときビビって俺の腕にしがみついてたよな〜」

雫「んなっ!?わ、忘れなさい!」

シュウジ「だが断る」

ハジメ「そういやその時の八重樫が可愛かったってすげえ力説されたな……で、今回は前回の続きだ。それじゃあせーの……」


三人「「「さてさてどうなる峡谷編!」」」


  俺たちが秘密の迷宮に(無理矢理)誘われてから、早くも一週間が経過していた。キングクリムゾン並みの時間跳躍である。

 

  俺たちはこの一週間、ひたすらミレディの陰湿な迷宮に苦しめられた。まさに語るも涙、聞くも涙の激闘を繰り広げたのだ。

 

  具体的に言うと、とんでもない数のトラップと毎回入る文章と本人入りの人形の入り混じった煽りの無限ループだった。それはそれはウザかった。

 

  例えば一歩進むごとに重力の向きが変わる部屋、例えば後ろからゼノモーフの体液付きのギザギザ巨大円盤が追ってくる通路、例えば壁の全面にミレディの自撮り写真の張られた部屋、エトセトラエトセトラ。

 

  正直、千年の時を生き無数のトラップを見てきた俺ですら舌を巻くほど、とんでもない代物ばっかだった。

 

  その上に豊富なボキャブラリーでの煽り。さしもの俺とてちょいとイラっとした。どれくらいかと言うと一瞬殺意が高まりすぎて回帰した。

 

  ちなみに近況報告がてら毎日定時にハジメたちに連絡を取っていたのだが、あっちもなかなか素敵()なコースのようだった。

 

  もうね、電話越しにハジメの殺気がビシバシ伝わってきた。ユエに聞いた出会った頃のハジメと酷似するくらい声が怒りに満ち満ちてた。

 

  そのユエはといえばハジメの後ろから新しい魔法の呪文が聞こえてくるし、シアさんは包丁を研ぐ音がしたし、ウサギに至ってはもはや唸り声しか聞こえんかった。

 

「いや本当平気だし殺すオスカーの迷宮に比べたら殺す全然殺す平気殺すあの時の辛さ殺すに比べりゃ殺すまだマシ殺すミレディ泣かすし殺す」

「〝吼えよ 叫べよ 狂乱の王 あまねく民よ 我を怖れよ 我は滅ぼすもの 我は終末を司るもの〟…………」

「…………………」シャリン……シャリン……シャリン……

「グルルルルルル……」

 

  数日前の会話をセリフに起こすと、こんな感じである。ね、ヤバイでしょ?

 

  とりあえず、ミレディは一発殴るということで全員の意見が一致した。普段寛大な俺も速攻賛成した。エボルトは毒注入するとか言ってるけど。

 

  それでもなんとか着実に迷宮を踏破していき、ついに俺たちは最下層へと到達した。こんなに時間がかかるとは思わんかった。

 

 そして、今は何をしているかと言うと………

 

 

 

 キシャァアアアァアアァアアアァアッ!!!

 

 

 

「「「ぬぉおおおおおおおおおっ!」」」

 

  全速力でゼノモーフの大群から逃げております。

 

  現在、迷宮最深部の最後の部屋へ繋がる通路。そこでは俺たち三人とゼノモーフの波の熾烈な鬼ごっこ……エイリアンごっこ?が繰り広げられていた。

 

  螺旋状になっている通路を、ひたすら逃げる。時折ゼノモーフの尻尾やら飛びかかりが来るので、それも避けながら足を動かし続ける。

 

  現在後ろにいるゼノモーフの総数は一千体ほど。気分はさながらモンスタートレイン中のタンク役のゲーマーである。規模はだいぶでかいが。

 

「おい、まだ着かねえのか!?」

「あと百メートルというところだ!」

「ったく、最後の最後でシンプルかつ凶悪なのやってきやがって!お兄さん激おこプンプン丸だぞ!」

 

  こいつら、俺たちがこの通路に入った瞬間壁のいたるところに穴が空き、そこからわんさか出てきたのだ。それも初っ端から五百体弱も。

 

  流石にこの狭い空間でこの数は骨が折れるということで逃げれば、通路の中を進むたびに増えていき、結果この有様である。マジでミレディ性格悪い。

 

「なあ、ミレディの野郎どう料理してやろうか!?」

「そうだな、まずは袋に入れて小麦粉を振りかけ、叩いて柔らかくしてからカラッと油で揚げて……」

「そっち!?ほんとに調理する方!?」

「煮込みハンバーグもいいな!」

「どこの実験体がやってるレストランだ!聞いとらんわ!」

 

  エボルトと言い争いしながら?走っていると、前方にひらけた場所が見えた。その奥には扉のようなものも見える。

 

  ようやくゴールか、そう思った瞬間目の前の天井が外れ、轟音を立てて地面に落ちた。そして、その上には三十匹ほどのゼノモーフ=サンたちが。

 

 

 キシャァァアアァアアアッ!

 

 

「ここにきて挟み撃ちかよ!」

「ゴール前でゲームオーバーは避けたいな!」

「お任せあれっ!」

 

  言いながら異空間から金属糸の腕輪を取り出し、両腕の手首に装着する。そうすると思いきり外側に両腕を振り切った。

 

 

 パシュシュシュシュシュッ!

 

 

  腕輪からそれぞれ十本ずつ、合計二十本の金属糸が飛び出し、俺の微細な手首の動きで変則的な動きをしながらゼノモーフたちに飛んでいく。

 

  予測不能な動きで煌めく金属糸はゼノモーフたちの間をすり抜けながら頭に巻き付いた。突撃する彼らはまだ気づく様子はない。

 

「ふんっ!」

 

  これ幸いと、俺は今度は内側に両腕を引いた。その瞬間、全てのゼノモーフの頭が金属糸で空高く舞い、黄緑色の血を吹き出しながら体が倒れた。

 

  付着した体液を弾き落としながら、金属糸が腕輪に戻る。すると横のエボルトとルイネが感嘆のため息を吐いた。

 

「ほぉ、見事なもんだな」

「相変わらず美しい軌跡だ」

「さすがだろ?」

 

  言うまでもないことだが、ルイネに操糸術を教えたのは俺である。無論、そのテクニックの高さは俺の方が上だ。どや、すごいやろ?

 

  無事にゼノモーフという障害のなくなった俺たちは同時に跳躍し、死骸を飛び越えてひとっ飛びで広間へと進入した。

 

  着地して足でブレーキをかけると、ゼノモーフの大群に振り返る。そして各々武器を取り出して構え、衝突に備えて……

 

「しゅーりょー!」

 

 

 

 ドンッ!!!!!

 

 

 

  が、その前にもはや聞き慣れた声が広間に響き、ほんの数秒前まで通っていた通路がゼノモーフごと両側から壁に押しつぶされた。

 

  沈黙する俺たちの前で、ドロリと壁の隙間から黄緑色の液体が染み出してくる。ゼノモーフたちの声はもうどこからも聞こえず、どうやら通路全体が閉じたようだ。

 

「ふう……」

「いやーお疲れ様!よく頑張ったねぇ!」

 

  安堵のため息を吐く俺たちの前に、床の一角がスライドしてこの一週間で100回以上は見たミレディ人形が出てきた。もはや顔見知りレベルだ。

 

「おお、ミレちゃんじゃない。元気?」

「はっはー、君この一週間で随分とフレンドリーになったねぇ。まあ結構絡んでたし仕方ないか。まーそれはとにかく、よくぞ最後の試練を突破した!この先で待ってるよ!」

 

  それだけ言ってさっさと引っ込むミレディ人形。苦笑いを見せ合うとどっかりと床に座り込み……っていうか大の字になって寝っ転がった。

 

「一旦休憩〜」

「同感だ。流石の俺でもほぼ丸一日トラップと格闘しっぱなしはこたえたぜ」

「しかし、警戒を怠るわけにもいかないぞ」

 

  油断しているところを狙う、なんてこともミレディならやりそうなので一旦起き上がると壁際に移動し、そこで休憩を取ることにした。

 

  右からルイネ、俺、エボルトという順で壁に背中を預ける。警戒は解かないまま、手に武器を装備した状態だ。

 

 

 ポスッ

 

 

  また何かトラップが発動しないか見張っていると、不意に右肩が重くなった。そちらを見れば、ルイネが頭を預けて寝ている。

 

  スゥ、スゥ、と小さな寝息を立てるルイネは普段の凛々しさは何処へやら、あどけない少女のような顔で眠っていた。見ていると心が温かくなる。

 

  ちょんと頬をつついたりムニムニとしたりてみるが、全く起きる気配はない。どうやらかなり深く眠っているようだ。

 

  思えば、ルイネには随分と負担をかけた。いくら俺の後継者だからといって、女である分俺やエボルトより体力は少ないはずである。

 

「ま、このあと多分ラスボス戦だしな。ゆっくり休ませときますか」

「んぅ……」

 

  言いながら顔にかかった赤髪をそっと耳にかけると、ふと何事かを囁いていることがわかった。少し顔を近づけて聞いてみる。

 

「マス、ター……大好き、だ……」

「……おいおい、そんなテンプレなこと言うのかよ」

「と言いつつ、嬉しそうな顔だな」

「ほっとけ。てかそれ何作ってんの?だいぶエグい色してるけど」

「ミレディに浴びせる毒液」

「うっわードストレート」

 

  星狩り時代を思わせる不気味な顔で毒の球体を生成しているエボルトを尻目に、ハジメたちのことを思う。あいつら大丈夫だろうか。

 

 

 ーーー

 

 

「くしゅっ」

「あれぇ〜、ハジメさんがくしゃみなんて珍しいですねぇ〜」

「ん、シュウジあたりが俺たちの噂でもしてんだろ」

「……よし、完成した。新しい魔法」

「……つかれた」

「ゲコッ」

 

 

 ーーー

 

 

 ま、多分元気にやってんだろ。

 

「だめだ……それは……」

「ん?」

 

  ぼけーっとしていると、不意にルイネがまた言葉を発した。

 

  今度は何だと思ってそちらを見て……思わず眉をしかめた。ルイネは、先ほどとは違い険しい顔をしていたからだ。

 

  俺の腕を強く握りしめ、まるでとても辛いことを決断する時のようなその顔は、前世でも滅多に見なかったもの。突然どうしたんだ?

 

「そ……は意味が……おま……りをぎ……す…には……」

「なんだ……?」

 

 様子がおかしい。一体なんの夢を見ている?

 

「ダ…だ……みと……いぞ()()()、…ま……って、私たち……ど……」

「……………マリスだって?」

 

  マリス、それは俺の一番目の弟子の名だ。何度も言っているようだが、幼少の頃から育てあげた本当の娘のような子。今この世界のどこかにいるはずの、大切な愛娘。

 

  ルイネは今、マリスの夢を見ているのか?いや、私たちという単語も聞こえたから、もしかしてネルファもいるのか?

 

  思考を回転させるが、わからない。三人の大体のことは把握していたつもりだが、このような顔をして話をしていた記憶などない。

 

「それじゃあ、一体なんで……」

「おーいシュウジ、考え込んでるとこ悪いがそろそろいかねえか?」

 

  エボルトの声にハッと我に帰る。携帯を確認してみれば、もう1時間ほど経過していた。こんなに時間が経ってたのか。

 

  ルイネの言葉が気がかりだが……今はそれよりも、迷宮を攻略しなくては。ハジメたちに遅れるわけにはいかん。

 

「おいルイネ、起きろ」

「ん……マスター?」

「ああ、俺だ。そろそろ出発するぞ」

「わかった」

 

  すぐに完全に目を開けたルイネは立ち上がり、可愛らしくあくびをかみ殺す。それに倣い、俺たちも立ち上がった。

 

  全員準備を整えると、扉の前に立つ。ミレディの紋章が刻まれた扉は無駄に重厚であり、加えてパズルらしきものが仕込まれていた。

 

  さて解こうと手を伸ばすと、その前にエボルトが手をかざしてオーラを放つ。するとひとりでにパズルが動き出し、解析されていく。

 

  数分もしないうちに、カチリという音がなった。そしてゴゴゴゴゴゴ……と扉が開く。完全に開け放たれると、不気味な闇が扉の向こうに広がっていた。

 

「おお、便利」

「さすが、と言うべきか?」

「ふん、こんなの簡単すぎてあくびが出るな」

 

  ちなみにこれがタコのパズルだった場合、エボルトは全然解けなくなる。なんで知ってるかって?昔やらせたから(外道)

 

  ドヤ顔で言ったエボルトを適当におだてて、扉の向こうに足を踏み入れる。かと思った次の瞬間、パッと視界が開けた。

 

  また長ったらしい道でも歩かせるのかと思っていたので、拍子抜けする。どうやらただの空間隔絶のようなものだったらしい。

 

  そんな気分もそこそこに、部屋の中を見渡す。まるで儀式を執り行う部屋のようであり、四つの階段のついた先に向けて細くなる円柱のステージの上には祭壇が乗っていた。

 

  薄暗い部屋の中で祭壇がよく見えずに暗視魔法を使おうとした瞬間、一斉に部屋の松明が燃え上がる。

 

  即座に身構えると、突如としてステージの上の祭壇が浮き上がった。そのまま上へ向かっていき、天井の暗闇の中に消えていく。

 

「はーはっはっはっはっ!」

 

  代わりにとでも言うように、ウザったらしい笑い声とともに石板が天井から降りてくる。その上には、一つの人影が。

 

  ステージまで降りてきた石板から、その人影が一歩前に歩み出た。そうすることでよくその姿が見えるようになる。

 

  それは、人間の女だった。ポニーテールにした金色の髪に勝気な笑みを浮かべる美しい顔、出るとこは出た華奢な体に胸を主張するように腕組みをしている。

 

 その女の名は……

 

「この体ではお初にお目にかかるよ!やっほー、みんな大好きミレディ・ライセンちゃんです。イェイ☆」

 

  ピースをする女改めミレディ・ライセン。あっ横でエボルトがイラっとした顔した。そりゃお前、タコみたいな魔物のプールに落とされたもんな。

 

「おお、こいつはご丁寧にどうも。オッス、オラシュウジ!武者修行の旅の途中で……」

「どこのサイヤ人だお前は」

「では私はブ◯リーでいこう」

「お前もかブルータス」

「あははは、賑やかだねぇ。そう言うテンション嫌いじゃないよ!」

「だろうな……で、あんたを倒せばクリアってことでオーケー?」

「オーケーオーケー。でも、その前に一つだけ聞かせてもらうよ」

 

  それまでのふざけた空気をかき消し、一旦目を閉じるミレディ。次に開けた時、彼女の目は世界を救わんとした〝解放者〟の目だった。

 

「君たちは、なぜ神代魔法を望む?なんのために力を欲する?」

 

  案の定の問いに、俺たちは同時に不敵な笑みを浮かべ。

 

「「「神を殺し、家族とともに元の世界へと帰り平穏を取り戻すため」」」

 

  そう、確固たる強い意志を込めた声音で答えた。ジッと俺たちの目を覗き込むミレディ。その言葉が真実か見極めんとしているようだ。

 

  この意志に、なんの偽りもない。ただ必要だから、変えるために神を殺す。かつて平和維持のため、無数の屍の山を築いたように。だからいくらでも見極めるがいい。

 

  しばし、睨み合いが続く。それは数分、あるいは数時間、もしかしたら数秒だったかもしれない。だが、俺たちには永遠のように思えた。

 

「……うん、合格。君たちならその資格がありそうだ」

 

  やがて、ミレディはそう言って真剣な顔を崩した。俺たちもやっとシリアスな雰囲気を収め、やれやれと肩から力を抜く。あー緊張したー(棒)。

 

「さて、それじゃあ早速始めるかい?」

「そーだねー。上の子たちも相手しなきゃだし、巻きでいっちゃおう!」

 

  その言葉とともに、バキバキと音を立ててミレディの体が変化していく。服が黒い外骨格へと変化し、尾てい骨から尻尾が伸びていった。

 

  たった数秒で、美しいミレディはゼノモーフのような手足と長い尻尾、外骨格を纏ったモンスターへと変貌を遂げる。そして俺たちを鋭い眼光で睨みつけた。

 

  その身から発せられる凄まじいプレッシャーに、さすがは〝解放者〟なだけはあると感心した。これは油断できないな。

 

「んじゃまあ、俺たちもいきますかね」

「おうよ」

「ああ!」

 

  エボルトとハイタッチして融合し、ルイネが隣に並ぶ。最初から出し惜しみなしでいかせてもらおうじゃないの。

 

『最初からクライマックスだ!的な?』

 

 的な。

 

  そうすると異空間から俺は既にトリガー付きのエボルドライバーを、ルイネも同様にトリガーのついたルインドライバーを出すと腹に押し当てた。

 

 

《エボルドライバー!》

 

 

《ルゥインドライヴァアー!》

 

 

  エボルトの声と、癖の強い男の声が響く。ルインドライバーは一旦返却してもらって改造した。声はエボルトの提供でお送りします。

 

  次いでコブラ、ライダーエボルボトルを取り出す。ルイネは胸の中心からグレートクローズドラゴン、ならびにコブラロストボトルを顕現させた。

 

 

《オーバー・ザ・エボリューション!》

 

 

《マックスハザードオン!》

 

 

  それぞれトリガーを起動、ボトルのキャップを合わせると逆さにしてドライバーに装填。ルイネはグレートクローズドラゴンを畳んでスロットに挿入する。

 

 

《コブラ! ライダーシステム! REVOLUTION!》

 

 

《グレートクローズドラゴンッ!》

 

 

  ドライバーが認識したのを確認すると、レバーを回転。俺の周りに銀色の円環と黒曜石のようなブロックが、ルイネの周りに赤黒い球体が三つ出現した。

 

 

《ARE YOU READY?》

 

 

《ガタガタゴットン!ズッダンズダン!ガタガタゴットン!ズッダンズダン! ARE YOU READY!?》

 

 

  二つのドライバーから、異なる音声が流れた。どちらとも不気味と言えるそれは、不思議と調和して更なる悍ましさを生み出していた。

 

  やがて、変身音が止まる。レバーから手を離し、俺は胸の前で両手をクロスし、ルイネは右手をあげると手の平を上へと向け……

 

「『変身』」

「変身」

 

  その言葉とともに、ゆっくりと両腕を広げ。あるいは、何かを支配するように強く拳を握りしめた。

 

 

 

《ブラックホール!ブラックホール!!ブラックホール!!! RE VO LU TI ON!》

《フッハハハハハハハ……》

 

 

《ウェイクアップブラッドッ!ゲッドディザスタードラゴン!ブラブラブラブラブラァ!〈ヤベーイ!〉》

 

 

  収束したブロックに包み込まれ、一旦消える俺。しかし次の瞬間、ブロックを盛大に弾き飛ばしながら再度出現した。

 

  あげていた腕をゆっくり下ろし、全身を見下ろす。おお、たしかにエボル ブラックホールフォームだ。一人称で見れる日が来ようとは。

 

『ふぅ……初めて変身したが、なかなか良い気分だ』

「そのようだな」

 

  聞き覚えのある声に隣を見れば、そこにはブラッドに変身したルイネがいた。正気に戻ったからライダー少女化をちょっと期待した俺ガイル。

 

『しょーもな』

 

 男の子だからね!しょうがないね!

 

『ま、別にいいけど。ゴホンッ……さあ、終末のカウントダウンを始めようか』

「この手で、世界を変革する……!」

「さあ、かかってきなよ!」

 

  大きく腕を広げたミレディに対し、俺とルイネは拳を握りながら走り寄っていきーー

 

 

 

 

 

 ドッゴォォォオォォオォォォオオォォンッ!!

 

 

 

 

 

 ーーそして、戦いは始まりを告げる。




もう自分の文才に涙しか出てこない…
お気に入りと感想をお願いします。


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最後の試練

どうも、転スラの作画に感動している作者です。

シュウジ「よーっす、シュウジだ。前回はついに最後の試練が始まったぜ」

ミレディ「いやぁ、一週間辛かったねぇ」

シュウジ「お前のせいだけどね」

ミレディ「そうだっけ?でもそんなの関係ねぇ!」

シュウジ「でもそんなの関係ねぇ!でもそんなの関係ねぇ!」

二人「「はいオッパッピー!」」

ハジメ「古い上にウゼえ……今回は最後の試練の話だ。それじゃあせーの…」

三人「「「さてさてどうなる峡谷編ラスト!」」」


『フッ!』

 

  瞬間移動でミレディ……エイリアンミレディとでも呼称しようか……の眼前まで一瞬で移動すると、まずは小手調べにと正拳突きを放つ。

 

  また、同様に変身したことで瞬間移動能力を獲得したルイネが背後に回り、鋭い上段蹴りを首筋めがけて振るった。

 

 

 

 ドッゴォォォオォォオォォォオオォォンッ!!

 

 

 

  しかし、それはミレディの右手と尻尾によって轟音とともに受け止められる。思わずほう、と仮面の下で呟いた。

 

  だが外に逃がされた衝撃波は消えることなく、部屋中に広がってステージに放射状にヒビが走った。まあそこそこ本気で打ち込んだからな。

 

『普通のゼノモーフはここで終わりだったんだがな』

「ふふん、伊達に何千年も生きてないよ。品種改良する時間はいくらでもあったのさ」

「ならば、私たちはそれを上回ろう!」

 

  ルイネの言葉を皮切りに、俺たちは動き出す。オーラの爪を形成したルイネが挟み込むように腕を振るうが、深くしゃがみ込んでミレディは躱した。

 

  その体制のままルイネに足払いをかけるがルイネはジャンプしてかわし、そこを俺が念動力を使って持ち上げ、吹き飛ばす。

 

  そのまま壁に叩きつけようとするも、その前にミレディの動きが緩やかになる。そして壁に足をつけ、片手で体を支えて着地した。

 

「やはりダメか」

『見たとこ、重力を操作する神代魔法か?』

「さーて、どうだろうね。その答えは……教えてあげないよっ!」

 

  俺をして黒い影と見紛うほどの速度で突進してきたミレディが、鋭い鉤爪を振ってくるのをすっと上半身を後ろに倒してかわし、前蹴りをかます。

 

  腕をクロスして防いだミレディは、横から膝蹴りをしようとしたルイネの足を尻尾で絡め取ると投げ飛ばした。

 

  ミレディ同様に壁に着地しようとしたルイネだったが、突然横に吹き飛ぶ。いや、まるで横に〝落ちた〟とでも言った方が良いか。

 

  かろうじて体の向きを変え、反対側の壁に着地するルイネ。推測するに、重力の方向を変えられたのだろう。

 

「少し、厄介だな」

「ふふん、残念だったねぇ〜」

『ほお、喋る暇があるのか?』

 

  重力のベクトル変更対策にスーツの力で重力の方向を固定すると、オーラでミレディを拘束しラッシュを全方位から叩き込む。

 

  ミレディは最初はいなすか防いで対応していたが、スーツの力でいつも以上に攻撃精度が上がっていくとやがて防げなくなった。

 

  そのまま畳み掛けるため、さらに多く拳を繰り出す。気分は某クレイジーなダイヤモンドのス◯ンドを背負った男である。

 

『ゼェ⤴︎クゥ⤴︎ト⤴︎の諸君!』

 

 不死身ワームニキやめろ。

 

「くっ、調子に乗らないでよねっ!」

 

  不気味に目を光らせるミレディ。とっさに身構えるが、何も起こらなかった。

 

「な、どうして……」

『もしかして重力の方向を変えようとしたのか?なら残念だったな、それは俺には効かん』

「うっそぉ!?それって反則じゃない!?」

『反則も眼福もあるか。今だルイネ!』

「はぁああっ!」

 

  部屋全体の重力を操作し、自由にしたルイネが頭上から襲いかかる。風をきって落ちる踵を、ミレディはなんとか回避した。

 

  そのまま地面に着地したルイネは、天井に向けて手をかざす。すると天井の暗がりから無数の石でできた剣がミレディめがけて落ちてきた。

 

「くっ、こなくそぉ!」

「させんっ!」

『逃すと思うのか?』

 

  形状も大きさもバラバラのそれをミレディは回避しようとするが、俺のオーラに加えて糸状にされたルイネのオーラに全身を拘束され、身動きが取れなくなった。

 

  ミレディはその身で全ての剣を受け止める。外骨格が弾くものもあったが、ほとんどが全身に突き刺さった。

 

  数十秒ほど続いて、剣の雨は止まる。濛々と煙の立ち込めるステージの上では、無数の剣で串刺しになったミレディがいた。

 

  貫通した傷口から、ビシャビシャと黄緑色の血がこぼれ落ちる。それはゼノモーフのものと同じようで、床をドロドロに溶かしていた。

 

『さすがに、それなりにダメージが入ったんじゃねえのか?』

 

 だといいがな。

 

『どうした?もうバテたか?』

「ぐふっ……たしかに……私の魔法が効かないのは……想定外…だったよ……でも……この程度では……終わらない!」

 

  ギンッ!と強い光がミレディの目に宿る。かつて神殺しをしようとしたものに相応しいその眼光に、思わず目を細める。

 

  尋常でないオーラを発するミレディは、地面に磔になった体を無理やり動かす。当然傷口が大きくなり、より多くの血がこぼれ落ちた。

 

『いや、違う。むしろそれを狙ったのか……!』

「ガァアアアァァアアアァアアアアァアアアッッッ!!!!!」

 

  獣のような咆哮をあげて、ミレディは大きく体を動かす。強酸性の血液により腐食した剣が木っ端微塵に砕け、彼女は解放された。

 

  思わず眼を見張る俺たちの前で、煙を上げてミレディの傷が修復されていく。十秒もする頃には、完全に傷が塞がっていた。

 

「……どうやら長年かけてバージョンアップしたというのは本当らしいぞ」

『みたいだな。こんな能力従来のエイリアンにはなかった』

「ふぅ、ほんのちょっと痛かった。さて、このままじゃあ勝てなさそうだから本気出させてもらうよ」

 

  またしてもバキバキという音を立てて、ミレディの体が変わっていく。ポニーテールが尻尾になり、より攻撃的なフォルムへと変化していった。

 

  最終的に、先ほどまでより一層怪物じみた姿になる。オーラの質も一段上になっており、決して油断できないだろう。

 

「さあ、いくよ」

『いくらでもかかってくるがいい。殺してやるよ』

「お前を、倒す」

 

  俺たちもまた、暗殺者として明確に殺すことを宣言する。それすなわち、ここからは()()()()()()()()()ではなく本気でいくということだ。

 

  異空間からルインエボルバーを取り出し、腰だめに構える。ルイネもオーラの糸を揺らめかせ、ミレディは体を深く沈めた。

 

  一瞬睨み合い……次の瞬間、ヒュッという音を残して突撃。次に部屋に響いたのは、ミレディの攻撃が俺たち二人の攻撃とぶつかり合う衝撃音。

 

「はぁあああぁああっ!」

『フッ!』

「ラァッ!」

 

 さあ、後半戦のスタートだ…!

 

 

 ●◯●

 

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!

 

 

  最初の衝突をはじめとして、超高速で移動を繰り返しながら部屋中を縦横無尽に駆け回り、何度も互いへ攻撃を仕掛ける。

 

「ふっ!」

「よっと!」

「ハッ!」

「そうはいかないよん!」

 

  振り下ろしたルインエボルバーをミレディは腕で受け流し、そこを狙って放たれたルイネのオーラを頭の触手で弾けさせた。

 

  取り回しの時間が惜しいと判断し、すぐさま異空間からスチームブレードと長めのナイフを装備。再度斬りかかっていく。

 

  先ほどの倍以上の手数で攻めるが、ミレディはそれすらも反応し防いできた。さすがは〝解放者〟の一人なだけはある。

 

  ならばと、近接攻撃はルイネに任せて瞬間移動で後退し、異空間からオレンジと黒、鉄色の銃……ホークガトリンガーを取り出す。

 

『何気に初登場だな』

 

 毎回メタいんだよお前。

 

 

《テン!トゥウェンティ!サーティ!フォーティ!フィフティ!シックスティ!セブンティ!エイティ!》

 

 

  オレンジ色のリボルバー……を回すたびにタカの頭部を模したパーツの目が輝き、エネルギーがチャージされていく。

 

《ナインティ!ハンドレッド!》

『こいつでもくらいな!』

《フルバレットォ!》

 

  上限までチャージが完了したホークガトリンガーの銃口をミレディに向け、引き金を引く。六門の銃口から無数のタカ型のエネルギーが吐き出された。

 

  それは不規則な軌道で飛翔し、ミレディの体に着弾する。ルイネは直前で飛び退いて回避していた。

 

  ドドドドドドッ!!という轟音を響かせて全身を貫くエネルギー弾に、しかしミレディは臆することなく大口を開けて超音波のような咆哮を上げて消し飛ばした。

 

『ヒュ〜、ナイスガッツだねぇ』

「その余裕の表情がいつまで続くかな!」

 

  一瞬で懐に潜り込んできたミレディのアッパーを躱し、異空間からホークガトリンガーをアザンチウム製の大鎌に持ち帰ると斬りつける。

 

  ミレディはそれを真剣白刃取りで受け止め、頭と臀部の尻尾で上下から挟み込むように持ち手を粉砕した。

 

『マジか!』

「ふんっ!」

 

  壊れた大鎌の刃を投げ捨て、両側から挟み込むように腕を振るおうとして……後ろから巻きついた赤い糸状のオーラに止められた。

 

  ミレディの背後にいるルイネが糸状のオーラを引くと、両腕が二の腕の半ばから斬り飛ばされる。俺は無防備な胴体に拳を叩きつけるため拳を握った。

 

「なぁめぇるぅなぁ!」

 

  しかし、ボコッ!という音ともに一瞬でミレディの両腕が一回り巨大になって再生した。さらに、カマキリのように湾曲した刃が付いている。

 

  ミレディはそれを、踵を返して俺ではなくルイネに振るった。鎌鼬さながらに飛んだ斬撃をルイネは跳んで回避するが、一瞬のうちに移動したミレディに叩き落とされた。

 

「がはっ!」

『ルイネ!』

「まずは一人!」

 

  地面にめり込んだルイネを蹴り飛ばしたミレディは叫ぶと、今度はこちらに襲いかかってくる。

 

  鋭く振るわれたカマを、異空間から取り出した大太刀で防いだ。ミレディは更にギリギリと押し込んできて、俺はそれを押し返す。

 

  最終的に俺が押し勝ち、超至近距離での打ち合いが始まった。流水のように振るう俺の大太刀を、ミレディは見事に打ち返す。

 

「多彩だねぇ……!」

『あいにくと、伊達に長生きしてなかったからな……!』

 

  俺の戦闘スタイルは、特にこれといって決まっていない。

 

  武器を使うときもあれば素手の時もあるし、あるいは人の体を武器にすることもある。

 

  無論、最初はそうではなかった。だが千年も生きてりゃ時代も進歩するもんで、既存の方法だけじゃ暗殺できないこともあったのだ。

 

  故に俺は、長い時間を有用に使って様々な武器や戦闘技術を吸収してきた。ルイネの操糸術もそのうちの一つである。

 

『ラァッ!』

「づっ……!」

 

  居合気味に放った一撃が、ミレディの体を捉える。すぐに再生するが、動きが止まった一瞬の隙に体を一回転させて一閃。足を切り落とした。

 

  一瞬遅れ、足がずれてこぼれ落ちる。地面に落ちるミレディの首を掴み、抵抗されないよう両腕も切り落とし、更に毒を注入した。

 

「ぐっ、これは……!」

『そろそろフィナーレといこうか!』

 

  ぐぐっと腕を引き絞ると、ミレディを上空に投げ飛ばす。そこに俺が相手しているうちに復活したルイネが跳躍した。

 

 

《ガタガタゴットン!ズッダンズダン!ガタガタゴットン!ズッダンズダン!》

 

 

  ミレディめがけて跳びながら、ルイネはドライバーのレバーを回す。俺もエボルドライバーのレバーを回し、飛び上がった。

 

 

《READY GO!》

 

 

《〈ハザードフィニッシュ!〉グレェートドラゴニック フィニーッシュ!》

 

 

《ブラックホールフィニーッシュ!》

 

 

『「はぁぁああああぁぁぁあっ!!!」』

 

  雄叫びをあげながら、ルイネが背中から。俺が正面からミレディめがけ、エネルギーが収束した足を叩き込む!

 

  虚無のエネルギーと破滅のエネルギーを纏った蹴りはそれぞれ胸、腹部を貫き、飛び上がった時とは反対の場所に着地する。

 

 

《ヤベーイ!》

 

 

Ciao(チャーオー)?》

 

 

「ぐ、ぁああああぁぁあああぁあっ!」

 

  ドライバーが言葉を吐き出すのと同時に、爆発。背後からの爆風がローブを激しく揺らす。

 

 

  そうして俺たちは、ミレディに勝利を収めた。

 

 

 ●◯●

 

 

  ドライバーからボトルを抜きながら振り返った。変身が解除され、視界が普段のものに戻る。

 

  ドライバーを異空間に放り込みながら、同様に変身を解除したルイネとともに落ちてきたミレディに近づく。

 

「ごふっ……」

 

  近づいて見たミレディは、見るも無残な姿になっていた。頭部以外のほとんどが真っ黒に炭化しており、瀕死だ。

 

「よおミレディ、調子はどうだ?」

「ごほっごほっ、最悪だよ。まったく、こーんな可愛いミレディちゃんに容赦なく殺人キックかますとか鬼畜だねぇ〜」

「お前にゃ言われたくないね」

『お前にもな』

 

 やかましいエボルト。

 

「でも……うん。これだけの強さを持つなら、私の神代魔法を託せる。信念も申し分ない。改めて、合格だよ」

「……そいつはありがとな」

 

  頷く俺に、力なく微笑むミレディ。どうやらもう、時間がないようだ。これほどの傷、いくらその体でも再生できないのだろう。

 

  そう思っていると、不意にミレディは笑みを消す。そして真剣な表情になって俺の目を見つめた。

 

「私からの最初で最後のお願い。聞いてもらってもいい?」

「おう、どんとこい………つっても、だいたい予想付いてるけど」

「だろうね…………………………神を、殺してくれ。このクソッタレな世界を作った、私から平和も家族も奪った神を………殺して」

 

  真剣な声音と強靭な信念の宿る瞳で、強く訴えかけてくるミレディ。そこからはかつて見た、先代の瞳に似たものを感じた。

 

  知識によれば、最初に〝解放者〟を名乗り他の世界各地の〝解放者〟たちを神殺しに誘ったのは、ミレディだという。

 

  彼女はほかの〝解放者〟たちより人一倍、世界を救わんとした者としての自負があるのだろう。でなければ、こんなに強い目はできない。

 

  それだけの感情をぶつけられたのだ。ならば俺たちもまた、本気でそれに取り合わなくてはならないだろう。

 

「……かつて、平和を守るために命を捧げた〝世界の殺意〟の名にかけて。確かにその願い、聞き受けよう」

「同じく、その後継者候補として」

「……そっか。最初に感じたシンパシーはそういうことか……………頼むよ、類友たち」

 

  その言葉を最後に、満足そうな顔でミレディは目を閉じた。それきり動く気配はない。おそらく、生き絶えたのだろう。

 

  部屋の中を、沈黙が支配する。エボルトも分離して、三人でじっとミレディの亡骸を見つめた。

 

  いくら見つめても、ミレディは二度と帰ってはこない。当たり前だ、俺たちがこの手で倒したのだから。

 

  しばしの後。俺はおもむろに口を開く。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、そろそろシリアスな雰囲気終わりでいい?」

「あ、やっぱバレてた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  パッチリと目を開くミレディ。数分前までの空気は何処へやら、ウザい煽りをしまくってきた時の雰囲気に戻ってる。

 

「うーん、こんなに早くバレるとはミレディちゃん予想外」

「ははっ、類友舐めんな。ウソ死になのはすぐにわかったぜ☆」

「たっはー、流石だねぇ。迷宮攻略中の様子見てわかりそうだなーとは思ってたけど」

「どうせそんなこったろうと思ったよ」

「やれやれ……」

 

  肩をすくめるエボルトと、腰に手を当てて苦笑するルイネ。そんな二人に対し、ケラケラと笑う俺とミレディ。

 

  とは言うものの、ちょっと考えりゃ誰だってわかることだ。ここで本当にミレディが死んじまえば、次の挑戦者はどうなるって話だからな。

 

「見たとこその体も、あの人形みたいに操作してるんだろ?」

「正解!この義体は本体のクローン品で、試練のために用意したものだよ。本当の私はもっと強いぞ〜?」

「おお、そりゃ怖えな」

 

  おどけて見せると、ミレディは楽しそうに笑う。うーん、やっぱシリアスなのよりこっちの方が気楽でいいわ。

 

「んで、この後どうすりゃいいの?」

「今ちょうど上での戦いも終わったから、本体の私に会いにきて。ああ、あと……」

 

  ミレディは頭を動かし、後ろを見る。すると今にも崩壊しそうなステージの上に、音もなく天井から祭壇が降りてきた。

 

  ヒビだらけのステージに着陸した祭壇は、パシュッと音を立てて展開する。そして中から何かがせり上がってきた。

 

  ルイネたちと目配せして、祭壇に近づいてその何かを見る。するとそれが、緑色の髪をした3〜5歳程度の幼女であることがわかった。

 

「その子が、私が作ったホムンクルス。今は休眠状態だけど、この部屋から出てしばらくすれば目を覚ますから。連れて行ってあげて。あ、あと名前もつけてあげて」

「りょーかいりょーかい。大事に預かりますよっ……と」

 

  背中と膝の裏に手を回すと、幼女を持ち上げる。見た目通りの軽さであり、まったくもって重くなかった。

 

  そうして幼女を持ち上げた途端、祭壇が元に戻って天井へと戻っていく。その代わりに何の変哲も無い石板が降りてきた。

 

  二人乗りだというのでエボルトを吸収し、ルイネと二人で乗り込む。そうすると動けないミレディの方に向き直った。

 

「そんじゃあ、ほんの少しのお別れだ」

「良い戦いだった。また後ほど会おう」

「私も君たちに会えてよかったよ。じゃ、後でね〜」

 

  ミレディが言い終えるのと同時に、石板が浮いて天井へと向かう。上を見上げれば、天井の中心には石板と同じ大きさの穴が空いていた。

 

  するりと穴を通り抜け、さらに上へと上がっていく。はてさて、ハジメたちの方はどんな感じだったのかねえ。

 

「しにても、長いなぁこれ」

『しりとりでもするか』

「もはや定番化してきたな」

「じゃあ最高に気分がハイってやつだ」

「だ、だ……ダンゴムシ」

 

  いつも通りしりとりを始める。今の俺はシリアスな空気で疲れてネタに飢えているのだ。いつもか。

 

  そうしてしりとりを続けることしばらく、ようやく上に光が見えてきた。到着に備え、ジョジョの奇妙な大冒険でしりとりを終わらせる。

 

  程なくして、石板が出口の穴を通り抜けて停止する。すると目の前に広がっていたのは……

 

「「「「…………………」」」」

「あっちょ無言はやめて!マジあの、お願いだから無表情でボコるのやめて!?」

 

  ハジメたちが本物のミレディをボコボコにしている光景だった。うんまあ、こうなることはわかっていたけども。

 

「あっシュウジくん!この子たち止めてくれないかな!?入ってきてからずっとこんな感じなんだけど!」

「エボルト、今日の晩飯なんだっけ」

「ちくわとキノコの炒め物」

「カロリー低っ」

「まさかのシカト!?」

 

  結局ハジメたちの気がすむまで、ミレディはボコられ続けた。えっさっき願いを聞いたのにその扱い?それはそれ、これはこれでござる。

 

「うう、酷い目にあった………」

「うるせぇ、自業自得だろ。わかったらさっさと神代魔法よこせ。じゃないとまたボコる」

「もうやだこの子、戦ってる時からほんと横暴……」

 

  よよよ……と嘘泣きをしながら、住居に案内してくれるミレディ。そこにあった巨大な魔法陣に誘われ、全員でそこに入る。

 

「おお、これオスカーのとこのと同じ感じだな」

「みたいだな。ていうかなんだその子供。攫ってきたのか?」

「ちょっとはじめん?その発言は流石に訴えるよ?訴えちゃうよ?」

「やってみろ。裁判所ごとぶっ潰す」

 

  一週間ぶりにいつものやりとりをしているうちに、ミレディが魔法陣を起動して脳に直接神代魔法が刻まれる。

 

  入り込んできた神代魔法は、やはりというべきか予報通り重力を操る魔法だった。言うなれば重力魔法か。

 

『安易だな』

 

 捻った名前考えるのメンドス。

 

『メントスみたいに言うな』

 

  そういや地球にいた時にメントスコーラしてもろに炭酸被ったハジメに殴られたな。

 

「はい、これで終わり〜。んー、白髪くんとバグウサギちゃんは適正ゼロだね。面白いくらいに」

「やかましい、そんなのわかっとるわ」

「ぜ、ゼロ……」

「キレウサギちゃんは、まあホムンクルスだからね。生成魔法以外は手に入れられないよ」

「ん、わかってる」

 

  イラッとした顔で言い返すハジメに、ガックリとうなだれるシアさん。まあ初めての神代魔法なのに使えないって言われたらねぇ。

 

「で、シュウジくんとルイネちゃんは適正バッチリ。ていうかシュウジくんはなんで私より適正高いの?」

「私が神だ」

「よろしいならば戦争だ」

「そのネタわかるんかい」

 

  イェーイとハイタッチする俺たち。この先もミレディとは仲良くやれそうである。

 

「金髪ちゃんも同じく適正バッチリだね。十全に修練すれば……って」

 

  ミレディが言葉を止める。ユエの方を見てみれば、無言で自分の胸に向かって重力魔法を使っていた。

 

「あの、胸周りの重力を重くしても大きくはならないよ?」

「…………………………」

「いや、そんな絶望したような顔で見られても」

 

  その後ユエがミレディのおっpゲフンゲフン、胸を引きちぎろうとするという事件があったが、まあ何事もなく終了した。

 

『何事もあるよね?思いっきりあるよね?』

 

 幻聴じゃないか?

 

「おら、終わったんならさっさと攻略の証よこせ。あと使えそうな鉱石とかアーティファクトも」

「本当に横暴極まりないなぁ!」

 

  ジト目をしながらも、言われた通りのものを出現させるミレディ。かなり大量であり、攻略報酬としては申し分ないだろう。

 

「他にもあんだろ、ジャンプしてみろよほら」

「んもー、これ以上は何もないわよー!」

 

  だが、そこで終わらせないのが我が幼馴染兼親友クオリティ。カツアゲのごとくミレディをジャンプさせる。

 

「そんなわけねえだろ。スカートの中にまだあるんじゃないのか?」

「きゃーセクハラー!」

「んもうハジメさん!こっちのスカートはいつでもウェルカムですのにぃ!」

「お前のスカートからは鉱石もアーティファクトも出てこないだろ!」

「あんた最低か!」

 

  そんなこんなで一悶着起こすハジメ。特に止める気もないので傍観していると、キレたミレディがブロックで空中に移動した。

 

「何逃げてんだコラ、さっさと降りてこい」

「はぁ、最初の攻略者がこんなのって……ついてないなぁ私。まあいいや、君たちには強制退去してもらいます!」

 

  ミレディが天井からぶら下がっていた紐を引くと、ガコンという嫌という程聞き慣れた音ともにトラップが発動する。

 

  次の瞬間、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は、瞬く間に部屋の中を激流で満たす……………俺とルイネを避けて。

 

  同時に、部屋の中央にある魔法陣を中心にアリジゴクのように床が沈み、中央にぽっかりと穴が空いた。激流はその穴に向かって一気に流れ込む。

 

「てめっ、これは……!」

「さよなら〜」

 

  便所で流される排泄物さながらの扱いに穴の端を掴むハジメが何やら叫ぶが、その前にミレディが手をかざして重力魔法を使い、ユエたちもろとも無理やり落とした。

 

  覚えてろよおぉぉぉ……とハジメたちの声が遠くなっていく中、水が新たに空いた穴から排出されていく。残ったのは俺たち二人とミレディ。

 

「いやあの、なんで俺たち残されたん?」

「だってその子寝てるのに流しちゃったら窒息死しちゃうじゃん」

「納得」

 

  攻略の証を受け取ると、代わりに用意された魔法陣の上にルイネと共に立つ。行き先はハジメたちが流されたのと同じ場所のようだ。

 

「ほんじゃ、またな。会う機会あるかわからないけど」

「重ね重ね感謝する。世話に……世話にはなっていないか」

『たしかに』

 

  最後に挨拶をする俺たち。思えばこの迷宮では色々あったものだ。トラップに煽り、トラップに煽りと煽り、トラップに煽りと煽りと煽り……八割煽りしか受けてなかったわ。

 

「うん、改めてその子をよろしくね。それじゃあ……君たちの未来が、自由な意思のもとにあらんことを」

 

  笑顔と共に放たれたその言葉を最後に、魔法陣が発動して俺たちはミレディの部屋から転移させられる。

 

 

 

 

 

  こうして、俺たちのライセン大迷宮攻略は終わりを迎えたのだった。




これにて二章は終わりです。
次回からまたクラスメイトサイドです。
三章…このアクセス数で書けるだろうか…
お気に入りと感想をお願いします。


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【幕間】
謎の怪物


どうも、ヴェノムが公開して見に行きたくて仕方がない作者です。

香織「みなさんこんにちは、白崎香織です。数話だけどよろしくお願いします」

美空「石動美空です。よろしく」

ヴェノム「呼ンダカ?」

愛子「ある意味あっているけど違いますよ。というか白崎さん、性別を選べとは言いませんが人のいないところでああいうことはしなさい」

香織「ひゅっ!?」

美空「?どうしたの香織」

香織「にゃ、にゃんでもない!にゃんでもないから今こっちみにゃいで!」

雫「なんでもないこともないでしょう。石動さんにキ…」

香織「わー!わー!わー!」

ヴェノム「騒ガシイモノダ…今回ハエボルトトヤラガ登場スルラシイゾ。デハ息ヲ合ワセテ……」


四人『さてさてどうなるクラスメイトサイド』


 

 

 

  シュウジたちがミレディのライセン大迷宮で楽しい楽しい試練を受けている頃。

 

 

 

  今、私こと白崎香織を含めた光輝くん率いる勇者パーティは、【宿場町ホルアド】にて一時の休息を取っていた。

 

  その理由は、いよいよオルクス大迷宮の七十階層を超えたからである。そこから魔物の質、量ともに凄まじく攻略が難しくなったのだ。

 

  そのため、既に私たちの戦闘についていけなくなったメルドさんたちのアドバイスもあり、二、三日休息をとることとなった。

 

  無論、明らかに余裕な龍太郎くんや一刻も早く南雲くんを見つけたい美空と私は不満な顔をしたが、メルドさんたちに無理をさせられないので仕方がなく街へと戻った。

 

  さて。そんな中、今私が何をしているかと言うと……

 

 

 グルルルッ!

 

 

  低いうなり声をあげ、剣呑な光を目に宿す小型の狼のような魔物……〝ディロス〟数匹と、私は真正面から向き合っていた。

 

  ここは町外れにある森。迷宮に比べて比較的弱い魔物が生息しており、ここで魔物を倒したり何かを採取したりして生計を立てる冒険者さんもいるらしい。

 

  そして今私がやっているのは、戦闘訓練。他には誰もおらず、私一人だけだ。雫ちゃんたちには内緒の特訓である。

 

  しっかりとディロスたちの目を睨み返しながら、油断なく腰だめに構えた長杖を握りしめる。そして静かに詠唱を始めた。

 

「フゥー………抑する光の聖痕、虚より来りて災禍を滅せよーー〝縛光刃(ばくこうじん)〟」

 

  体内の魔力を対価にして、光魔法の一つ〝縛光刃〟を使う。するとまるで剣のような、十字架型の光の刃が空中にいくつも出現した。

 

  これは本来、相手を地面に縫い付けることで拘束するための魔法だ。攻撃力は皆無で、傷つけることはできない。でも……

 

「災い滅する光の聖痕 今我が手に来りて刃となれ」

 

  続けて詠唱すると、〝縛光刃〟が一つに収束する。そして手に持った長杖の先端にまとわりつき、まるで光の槍のように変化した。

 

  これは〝縛光刃〟から私が編み出した技だ。縛光刃をくっつける長杖がないとできないが、正真正銘オリジナルの魔法である。

 

  縛光刃が長杖に固定されたのを確認すると、私はもう一度ディロスたちを見る。用意ができたとわかったのか、ディロスたちは襲いかかってきた。

 

「ハッ!」

 

 

 キャインッ!

 

 

  まず、トリッキーな動きで飛びかかってきた先頭にいたディロスを長杖改め、〝縛光槍〟で打ちはらう。

 

  刃の中に隠された長杖の先端はディロスの頬を捉え、吹き飛ばして近くの木に打ち付けた。立て続けにその後ろに隠れていた一匹に石突きで刺突。

 

  まとめて吹き飛ばされた二匹はすぐに立ち上がろうとするけど、足に力が入らないようで地面の上に転がっていた。

 

  これが縛光槍の効果である。長杖の物理的な攻撃と共に、当てた箇所の自由を奪うことができる。かなり苦労して作った甲斐あって、我ながら強力な技だ。

 

 

 グルァアッ!

 

 

「フッ!」

 

  左右に回り、連携して突進してきたディロスをジャンプして回避。着地と同時に槍で足を払い、回し蹴りを下顎に叩き込む。

 

  光輝くんをサンドバt……ゲフンゲフン練習台にして鍛えた蹴りは果たして効果があったようで、ディロスは簡単に吹っ飛んだ。

 

  そうして、私たちは最初の位置に戻る。油断できないとわかったのだろう、もがきながら立ち上がったディロスたちは警戒した目を向けてきた。

 

「さあ、どこからでもかかってくるといいよ」

 

  そんなディロスたちに対し、挑発するように槍の切っ先を向ける。怒り狂ったディロスたちは、再び襲いかかってきた。

 

  迫り来るいくつもの牙や爪を、縛光槍でいなす。あるいはかわしてカウンターを入れて逆にダメージを与えた。

 

 

 

  二人が奈落の底に消えてから、もう三ヶ月弱。その間、私は着実に実力を上げている。現在のハザードレベルは3.6だ。

 

  訓練相手は主に龍太郎くんで、次に槍術をメルドさんに。そして最後に光輝くんを実験d……オッホン練習した技の鍛錬に付き合ってもらっている。

 

  結果雫ちゃんよりは弱いものの、なんとか一人で戦闘をこなせるようになった。足りない部分は、回復魔法や光魔法で補っている。

 

  特に頑張ったのは今も使っている縛光刃などの補助魔法だろう。本来なんの攻撃性も持たないそれを攻撃転化するのは至難の技だった。

 

  そう、つまり今の私は白崎香織ではなくスーパー白崎香織なのだ。シュウジくんが見たらバーサークヒーラーとか言われそうだけども、スーパー香織ちゃんなのだ。

 

  そんな私だが、すでに訓練を始めてから数時間。いくらハザードシステムの恩恵で体力が底上げされているとはいえ、流石に疲れてきた。

 

「だから、そろそろ終わらせる!」

 

 

 ギャンッ!

 

 

  また飛びかかってきたディロスを縛光槍で殴り飛ばすと、途中から参加した烏のようなバハルという魔物の攻撃を転がってかわす。

 

  バハルの攻撃方法は硬化する羽をナイフのように飛ばすことであり、立ち上がった途端飛んできたのを槍を回転させて弾いた。

 

「〝縛煌鎖(ばくこうさ)〟!」

 

  そして羽が生えてくるまでの隙をつき、魔法を使う。すると空中に光の波紋が広がり、そこから鎖が出てきてバハルを拘束した。

 

  困惑するバハルに足に力を込め、跳躍。「はぁああああっ!」という雄叫びと共に、心臓に槍を突き刺した。

 

  縛光槍の刃は、触れたものの自由を奪う。つまり心臓の動きを止めれば当然、そこで死に至るのだ。

 

  ふっと脱力したバハルが落下していく。それと共に地面に降り立つと、そこですでに長杖でボコボコのディロスたちが四方から突撃してきた。

 

「守護の光は重なりて 意思ある限り蘇る 〝天絶(てんぜつ)〟!」

 

  詠唱とともに手をかざすと、手の平サイズに凝縮された何枚もの障壁が出現してディロスたちの突進を食い止めた。

 

  なおも押し込んでこようとするディロスたちに、私はわざと障壁を解除。バランスを崩すディロスたちに槍を振るう。

 

「ふっ!はっ!せいやっ!」

 

  吹き飛ばされ、お腹を晒すディロスたちに私は槍を突き出し、一匹一匹確実に心臓の動きを止めていった。

 

  地面に落ちる頃には、ディロスたちはもう絶命している。私は最後の一匹に槍を突き出した体制のまま、それを見守った。

 

  数秒待って、完全に倒したことを確認すると体制を元に戻す。槍から刃を消し、長杖に戻すとフゥと一息吐いた。

 

「よし、今日もいい感じだった!」

「なーにーがー、いい感じですって?」

 

  その声を聞いた途端、ビクゥッ!とその場で飛び跳ねた。ここにいるはずのないその人物の声に、だらだらと冷や汗が流れ出す。

 

  まるで錆びた蛇口みたいな動きで後ろを振り返れば………案の定、そこにいたのは雫ちゃんだった。木に寄りかかり、こわーい笑顔を浮かべている。

 

「え、えっと、な、なんでここにいるのかな?」

「それはこっちのセリフよ。こんな町外れで一体、何をしているのかしら?」

「あ、あははー……訓練、かな?」

「かな、じゃないわよこのお転婆娘!」

 

  雫ちゃんの雷が落ちた。ズカズカと歩み寄ってきた雫ちゃんは私の両頬を指でつまむと、ぐいーっと引っ張ってくる。

 

「い、いひゃい!いひゃいよひぎゅくひゃん!」

「黙りなさい!まったくいつも一人で無茶して!龍太郎のこと言えない脳筋娘が!」

「ご、ごめんなひゃい〜!」

「いーえ、今日という今日は許しません!そこに直りなさい!たっぷり説教してあげるわ!」

 

  お母さんモードになった雫ちゃんには、シュウジくんですら敵わない。当然私なんかが反抗できるわけもなく。

 

  結局地面に正座して、私は雫ちゃんの説教を受けることとなった。ガミガミと腰に手を当てて言う雫ちゃんは、本当にお母さんのようだった(遠い目)

 

「まったくあんたはいつもいつも!」

「うぅ……すみませぇん……」

「おーい、雫、香織ー」

 

  怒涛の剣幕にいよいよ涙目になっていると、雫ちゃんの背後から声が聞こえた。雫ちゃんと同時に振り返る。

 

  すると、龍太郎くんがこちらに手を振って向かってくるところだった。他にも美空、鈴ちゃん、光輝くんがいる。

 

「何よ、あなたたちも来たの」

「そりゃあんだけの大声で叱ってたらな。森の近くにいただけで聞こえてきたぞ」

「相変わらずお母さんだねシズシズ〜」

「香織、大丈夫?」

「足、痺れて痛いです……」

 

  近寄ってきた美空に手を貸してもらい、なんとか立ち上がる。雫ちゃんは「まあ、今日のところはここら辺で勘弁してあげましょう」と肩をすくめた。

 

「香織、あまり無茶はしないでくれ」

「光輝くん」

「何も一人でそんなに頑張ることはない、俺がまも『いやぁ、相変わらず仲が良いねぇ』っ!?」

 

  光輝くんが何か言っている途中で、どこからか声が聞こえてきた。その場にいた全員が弾かれたように声のした方を見る。

 

  するとそこには、宇宙服にも見える赤いスーツと装甲に身を包んだ人間……確か、ブラッドスタークがいた。あれは……!

 

「エボルト!」

『よぉカオリン、元気だったか?』

「う、うん、元気だったよ。それより、今までどこにいたの?もう何ヶ月も見てないから心配したんだよ?」

『ハハッ、ちょいと野暮用があってな』

 

  肩をすくめるエボルト。約三ヶ月ぶりに見たのに、どこか陽気な父親のようなその姿はまったく変わっていなかった。

 

  でも、どうしてだろう……前と、何かが違う気がする。掴み所のない雰囲気はそのままなんだけど……すごく、背筋がゾワッとする。

 

  まるで姿や仕草だけ一緒の別人を見ているような、そんな感覚。ヘルメットで顔が見えないのもあって、どこか悪寒を覚えた。

 

『ああそうだ、ところでカオリン。随分訓練に励んでるじゃねえか』

「えっ、見てたの?」

 

  拭えないその違和感に気持ち悪さを覚えていると、ポンと手を叩いてエボルトはそう言った。

 

「まさか見られてたなんて、まったく気がつかなかった」

『あいにくと、気配を消すのは得意なもんでな……………なあカオリン、今の訓練で満足してるか?』

「え?」

『ここいらの魔物じゃあ、そろそろ物足りなくなってるんじゃねえのか?迷宮の魔物とは比べ物にならないだろうしな』

「確かに、そうだけど」

 

  エボルトの言葉はもっともだった。私だってこれが練習にしかならず、実戦訓練には程遠いことは理解している。

 

  でもあまり無茶をしようものなら、雫ちゃんからお説教が来る。それはもうナマハゲが可愛く見えるくらいにひたすら怒られる。超怖い。

 

『そんなカオリンに、俺からプレゼントを送ろう。それは……こいつだ』

 

  パチン、とエボルトが指を弾く。それを不思議に思いながら見ているとーーゾッと全身に悪寒が走った。

 

「アァァ………」

 

  そんな私の悪寒に答えるように、森の暗闇の中から〝それ〟は姿をあらわす。直に〝それ〟を見た途端、更なる悪寒が体を駆け巡った。

 

  それは、一見すると小さい子の見るテレビ番組の怪人のようだった。帽子のように平べったく横に広がった頭に、翼のような前腕。ゴツゴツとした体。

 

  でも、テレビに出る作り物とは決定的に威圧感が違った。本能というものが囁いてくる、あれは相手にしてはいけない怪物だと。

 

『さあ、〝フライングスマッシュ〟。存分に戦え』

「アァアアア!」

 

  雄叫びをあげた〝フライングスマッシュ〟というらしい怪物は、驚異のスピードで飛んで接近してくる。龍太郎くんくらい速い!?

 

「香織!」

「キャッ!」

 

  恐怖心で棒立ちになっていると、雫ちゃんに押されて地面に倒れた。頭上をフライングスマッシュが通り過ぎ、豪風が吹き荒れる。

 

  バッと上を見上げると、空高く飛翔したフライングスマッシュが急降下してくるところだった。狙いは……鈴ちゃん!

 

「鈴ちゃん避けて!」

「谷口っ!」

「はわっ!?」

 

  しかし、ミサイルのように落ちてきたフライングスマッシュに鈴ちゃんが潰されることはなかった。直前に龍太郎くんが抱えて飛び退いたのだ。

 

  フライングスマッシュが地面とぶつかった時の爆風で龍太郎くんは地面を転がり、しかし木にぶつかる直前で体制を立て直す。

 

「無事か谷口!」

「あ、あわわわ」

「顔真っ赤だぞ大丈夫か!?」

「ち、近いよ!顔近づけないで龍っち!」

「助けたのに酷くねえか!?」

「アァアアァァァアアァ!」

 

  こんな状況なのにラブコメしてる二人に、フライングスマッシュがふざけんなやコラァ!と言わんばかりに襲いかかる。

 

  龍太郎くんはすぐに反応して立ち上がると、鈴ちゃんを抱えながら飛びかかってきたフライングスマッシュを避ける。

 

  そのままバックステップで後退すると、剣を構えていた雫ちゃんに真っ赤な鈴ちゃんを預けてフライングスマッシュに向き直った。

 

「アァァアァ……」

「お前に恨みはねえけど、倒させてもらうぜ」

《スクラァァアッシュドライヴァアー!》

 

  懐から取り出したスクラッシュドライバーを腰に巻いた龍太郎くんは、続けてロボットスクラッシュゼリーを取り出す。

 

  しかしそこでフライングスマッシュが突進。それを横に転がって交わした龍太郎くんは、ロボットスクラッシュゼリーをスクラッシュドライバーに装填する。

 

《ロボット・ゼリー!》

「変身!」

《潰れる!流れる!!溢れ出る!!!ロボットイィイングリスゥ!ブゥゥウラアッ!》

 

  ビーカーが地面から出現、一瞬で金色の液体に満たされると絞られる。そして中から変身した龍太郎くんが出てきた。

 

《ツインブレイカー!》

『心火を燃やしてぶっ潰す……!』

「アァアアア!」

「実況解説は白崎香織がお送りします」

「何言ってるの香織?」

 

  胸をツインブレイカーを握った拳で叩いた龍太郎くん改めグリスに、フライングスマッシュは大きな両手を広げて突撃した。

 

  大剣のような轟音を立てて振るわれた手をグリスは避け、ボディーを叩き込む。 でもガキンッ!という硬い音が鳴って防がれた。

 

『こいつ、硬え!』

「アァアア!」

 

  お返しと言わんばかりに、フライングスマッシュが頭突きをする。グリスはそれをツインブレイカーで受け止め、膝蹴りを胸に入れた。

 

  しかし、また硬質な音を立て攻撃は弾かれる。グリスになった龍太郎くんの攻撃が効かないなんて、なんて硬さなんだろう。

 

  その後もグリスは猛攻撃を繰り出すけれど、フライングスマッシュにはあまり効いていなかった。それどころか素早い動きで攻撃をかわされている。

 

『ちょこまかと、動くなぁ!』

《ディスチャージボトル!潰れな〜い!ディスチャージクラッシュ!》

 

  痺れを切らして叫んだグリスが、筒状のもの……時計のシンボルが描かれたフルボトルをドライバーに入れてレンチを下ろす。

 

  すると、片手に鈍色のオーラが纏われた。グリスはそれを地面に叩きつける。その瞬間、周囲一帯をオーラと同じ色の結界が包み込んだ。

 

「ア、アァア……!?」

 

  それまで縦横無尽に飛び回っていたフライングスマッシュの動きが、ものすごく遅くなる。時間を遅らせるボトルだったみたいだ。

 

《シングル!ツイン!》

『お仕置きだコラ!』

《ツインブレイク!》

 

  ゴリラの描かれたボトルとダイヤモンドの描かれたボトルをツインブレイカーに装填したグリスは飛び上がり、フライングスマッシュの鳩尾にそれを叩きつける。

 

  すると轟音を立てて、先ほどとは別の意味でフライングスマッシュが落ちてきた。吹き荒れる風に、思わず髪を押さえる。

 

「ガ、アァアアア……」

『オルァアッ!』

 

  苦しむフライングスマッシュに落ちてきたグリスが馬乗りになって、ツインブレイカーと拳でタコ殴りにする。

 

  マウントを取られたフライングスマッシュは逃げることもできず、グリスの猛攻にやられっぱなしだった。龍太郎くんまたハザードレベル上がったよねあれ。

 

「ギァア!」

 

  それでもなんとか抜け出したフライングスマッシュは空へ飛び、なんとか脱出を図ろうとする。

 

「させない!鈴ちゃん!」

「了解!」

「「守護の光は重なりて 意思ある限り蘇る 〝天絶(てんぜつ)!」

 

  私と鈴ちゃん、二人同時に結界を張る。逃げようとしていたフライングスマッシュはそれにぶつかり、三度目の落下をした。

 

  そして、その落下地点には……すでにドライバーのレンチに手をかけた、グリスが待ち構えていた。

 

『こいつで終いだ!』

《スクラップフィニッシュ!》

 

  ドライバーから音が鳴って、グリスの肩の装甲が九十度スライドする。そして白い噴射口から黒いゼリーのようなものが噴き出した。

 

  グリスはそれを推進剤に飛び上がり……フライングスマッシュめがけて、黄金のオーラが収束した足を叩き込む!

 

『オルァアァアアアアアアッ!!!』

「ガァアアアァアァアアア!」

 

  グリスの蹴りを受けたフライングスマッシュは、断末魔の叫び声をあげて爆発した。今日はよく強風で髪が揺れる日だなぁ。

 

  グリスが着地するのと同時に、ドサッと音を立てて煙を上げたフライングスマッシュが落ちてくる。動く様子はなく、完全に倒したようだ。

 

「以上、白崎香織の戦闘実況でした」

「だから何言ってるの香織?」

 

  隣の美空から突っ込まれながら見ていると、グリスがゼリーを抜いて龍太郎くんに戻るとフライングスマッシュの方を向いた。

 

  すると、フライングスマッシュの体が白い粒子になってどこかへ集まっていく。そちらを見れば、エボルトが透明のボトルを構えていた。

 

  粒子は空のボトルのキャップから中に入っていき、やがて全て納まるとボトルが蜘蛛の巣のような装飾のされた丸いものに変わる。

 

 後に残ったのは……

 

「えっ!?」

「に、人間!?」

「うそぉ!?」

 

  思わず驚きの声を上げる私と美空、鈴ちゃん。フライングスマッシュがいた場所には、白いシャツとズボンを着た男の人が気絶して倒れていたのだ。

 

『ふむ、こんなとこか』

「エボルト、どういうこと!?」

『さぁて、どういうことだかねぇ。とにかく、坂口とカオリン、谷口は合格。雫も警戒してたから一応合格。そこのアホは失格だ。お前ほんと勇者(笑)だな』

「なっ……」

 

  終始呆然としていた光輝くんを指差すエボルト。驚く光輝くんだけど、何もできなかったのは本当なので悔しそうに歯噛みした。

 

『まあいい、最初から毛ほども期待してないからな。それじゃあまた遊ぼうぜ、Ciao!』

「待ちやがれエボルト!」

 

  龍太郎くんが近づく前に、エボルトはヘルメットの煙突から吹き出した煙と共にどこかへと消えてしまった。

 

  場に、なんとも言えない雰囲気が満ちる。まさかあのエボルトが、人間が中にいる怪物をけしかけてくるなんて信じられなかった。

 

  ちらりと美空を見れば、今目の前で起こった光景が受け入れられないのか、スカートの裾を握りしめ辛そうな顔をしている。その表情にキュッと胸が締め付けられた。

 

「……とりあえず、この人を運びましょう」

「……そうだな」

 

  いち早く復活した雫ちゃんと光輝くんが、男の人を担いで運んでいく。遅れて我に返った私たちも、その後に続いて街の方に向かった。

 

「びっくりしたね、まさかあんな……」

「うん……エボルト、あんなこと今まで一度もしたことなかったのに」

 

  私より何年も長くエボルトを知っているだろう美空は、どこか沈鬱な表情をした。こういう時どうすればいいのかわからず、ワタワタとする。

 

 

 ギュッ

 

 

  結局私にできたのは、美空の手を握ることだけだった。美空が不思議そうな顔で自分の手を見て、次に私の顔を見る。

 

「……香織?」

「え、えっと、そんな顔しないで、ね?南雲くんが心配しちゃうよ?」

「……そうだよね。こんな顔してたら、シュウジにも笑われるし」

 

  そういった美空は、数回頭を振っていつもの笑顔を浮かべた。それに心臓がドキリと跳ねる。なんか最近私おかしくないだろうか。

 

  ドキドキと高鳴る自分の胸に変な気持ちになりながら、美空から目線を外して後ろを振り返る。

 

 

 

 エボルト……あなたは、何を考えてるの?

 

 

 

「谷口、サンキューな。お前らのおかげで逃さずにすんだ」

「そ、そんなことないよ〜。カオリンがいたおかげもあるし〜」

「そんなこと言うなって。やっぱお前、頼りがいあるな」ニッ

「〜〜〜っ!だからその顔反則ーーー!」

「何がだ!?」

 

  ちなみに隣で龍太郎くんたちがラブコメってたけど、シリアスな思考だった私には聞こえてませんでした。ホントだよ?

 




クラスメイトたちサイドは基本、四話でお送りします。
お気に入りと感想をお願いします。


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二人の出会い 前編

ヴェノム吹き替えと字幕で二回観ました。なんていうか、もうね……最高。
ぼでーがーどから恋愛相談まで乗ってくれるエディ大好きヴェノム可愛いし、なんだかんだヘタれながらも頑張るエディはほんわかするし。
ウチのヴェノムはあれの十倍くらい残虐になるけど、宿主思いなところもある……と思います。
あとライオット、性格はともかく見た目は良い。フィギュア出ないかしら。
評価について、何度も作為的な低評価をする人間がいると思われるので文字数設定しました。そこまでやってもまだアンチ活動をするのなら運営に相談しますので。

ヴェノム「作者トヤラも大変ダナ……アマリフザケタ事ヲスルナラ私ガ食ウゾ」

御堂「頭から丸かじり……いいですわね」

ヴェノム「相変ワラズワカッテイルナ」

愛子「こら、そこの二人意気投合しない。しかし、うちのと比べてかなりコミカルだったのは認めます。傍若無人さは変わりませんが」

美空「あはは、私もあんなのなら取り付いてほしいかも……最近ついてないし。彼氏落ちるし第二夫人できてるし第三夫人候補もできてるし」

龍太郎「それもうお祓いとか行ったほうがいいんじゃねえか?」

雫「ついでに貞操を狙っている子……もいるしね」

香織「」ビックゥ

愛子「何はともあれ、今回は幕間の二話目です。3話目と二部構成になっているそうですよ。それではせーの……」


七人『さてさてどうなる番外編。』


  深夜、王宮の近くにある修練場。そこで私、八重樫雫は一人剣を振るっていた。

 

「ふっ!」

 

  短く息を吐き出し、専用の鞘から抜きはなった機械じみた刀を振るう。それは空気を切り裂き、相手へと迫った。

 

  振り下ろしから始まり、袈裟斬り、逆袈裟、薙ぎ、突き、修練場の中を舞うように動き次々と技を重ねていく。

 

  目の前に想像する仮想の敵は、一人の男。この世で誰よりも愛しい、そして唯一私が一度も勝てなかった相手……シュー。

 

  想像のシューは私の斬撃をことごとく回避、あるいはいなして息をするようにカウンターを入れてくる。それを必死に避けながら攻撃をした。

 

  しかし、私の動きは完全に見切って……まあ想像だから当たり前なんだけど……いる相手はどんな攻撃も意に介さず、余裕の表情だ。

 

「シッ!」

 

  ならばと、八重樫流の独特な歩法である〝無拍子〟で一瞬で懐に潜り込み、鞘に収めていた刀で居合斬りを放つ。

 

  私の持つ技の中で最も鋭いそれさえも、シューはたやすく防いだ。もはやナイフを使うことすらせず、手の平で外に逸らす。

 

  だが、まだ終わりではない。流されるままに体自体を一回転させながら鞘に刀を戻し、もう一度居合を放った。

 

  またシューは防ごうとするが、回転による速度も乗った居合は防ぎようもなく、胴体を切り裂くことに成功した。

 

  一瞬動きの止まった男に、返す刀で袈裟斬りを入れようとして……スパンッと自分の頭が飛ぶ幻覚を見た。

 

  その幻覚の自分の視界に映るのは、首のない私の体。そしてその後ろに立ち、ナイフをジャグリングして不敵に笑うシュー。

 

  その腹には傷などなく、自分が斬ったのが残像であったと理解する。それを最後に、私の視界は暗闇に閉ざされ……

 

「……今回も、負けか」

 

  言葉を発すると同時に、半ば無我の境地に達していた自我が現実に戻ってくる。今回も負けたことに、思わずため息をこぼした。

 

  エボルトが私たちの前に再び現れてからすでに一週間。より一層鍛錬に励んでいるが、未だに幻覚のシューにすら勝てないでいる。

 

  あれからちらほらとあの時龍太郎が倒した〝スマッシュ〟とやらの目撃情報が相次いでおり、その時は決まって近くに赤い怪人がいるらしい。

 

  怪人はまるで実証実験のようにスマッシュを暴れさせ、一定の破壊発動を行うとどこかへと姿を消すのを繰り返しているとか。

 

  ……私はエボルトが何を考えているのか、何をしたいのかわからない。あの時見たエボルトは、あまりにも以前と豹変していた。

 

  シューから昔のエボルトのことは聞いたことがあるが、あの時のエボルトはその話にあるエボルトに似ていた。

 

  ともあれ、再び目の前に現れたその時は止めなくてはいけない。そのためにこうして、寝る間を惜しんで訓練しているのだから。

 

  刀を振り下ろしていた体制を元に戻し、鞘に納刀する。そのまま顎に人差し指と親指を添えて反省点を考え始めた。

 

「まず初動が0.2秒遅れた、そこですでに二回死んでる。左袈裟斬りの後の横薙ぎへの繋ぎにも無理があった。ならより最適な繋ぎは……」

「失礼、よろしくて?」

「っ!?」

 

  突如後ろから聞こえてきた声に、咄嗟に刀の柄に手をかけ居合を放つ。しかし、背後にいた人物を切り裂くことはなかった。

 

  なぜなら、その人物は私の刀の刀身を人差し指と中指、親指の三本でまるでピザでも取るように摘んでいたからだ。

 

  私にかけらも気配を感じさせず、なおかつ居合を止められる。そんな人物は、現時点ではほんの数人しかない。

 

「……何の用、御堂さん」

「あら、たまたま寄ったら見つけたクラスメイトに声をかけただけでしてよ」

「……そう、たまたまね」

 

  嘘だ、と思った。

 

  私のように訓練するのでもなければ、深夜にこんな場所に来るはずもない。おそらく私がいたから入ってきたのだろう。結構音立ててたし。

 

「それより、あなたの腕の筋肉のつき方からして後3ミリほど軌道を下げればもっと速くなりますわ」

「……アドバイスどうも」

 

  御堂さんがパッと指を離したので、再びため息を吐きながら鞘に収める。まったく、これでもシューに()()()()()を使わせる程度の実力はあるのだけど。

 

「それと、回し蹴りはあと少し角度をあげたほうがいいですわ。斬撃の合間に蹴りを入れるのは見事ですが、その後重心がズレていては意味がありませんもの」

「……いつから見てたの?」

「そうですわね……中盤あたりからでしょうか」

「つまり二十分は見てたわけね……はぁ、そんなに長い間気がつかないなんて」

 

  これはもっと修行が必要ね、と口の中で呟きながら近くの石段に座る。刀を立てかけ、乳酸の溜まった肩を揉んだ。

 

  重い肩をほぐしていると、不意に自分のとは別の手……というか御堂さんに揉まれた。思わずびくっとして、後ろを振り向く。

 

「御堂さん?あなた、何やって……」

「見ての通り、あなたの肩を揉んでいますわ。何か問題があって?」

 

  澄ました顔で言う御堂さん。見れば手は仄かに緑色に光っており、皇帝様の時にも使っていた回復魔法らしきものを使っているのがわかる。

 

「……何から何まで親切にどうも」

「これくらいなんともないですわ。貴方には期待していますもの」

「期待している、ね」

 

  この世界に来てからの彼女を見ていると、とてもではないが他人に期待をかけるとは思えない。むしろほとんど関心がなさそうだ。

 

  それなのに、私には期待しているという。それはあのおバカ(光輝)のパーティの一人だから、という理由ではないだろう。

 

  では他に、彼女が私に気をかける理由があるのだとするならば……

 

「それは、私がシューの女だからかしら」

 

  ピタリ、と御堂さんの手が止まる。しかしそれは一瞬で、すぐにまた私の肩を揉み始めた。

 

「さて、なんのことでしょう」

「とぼけなくてもいいわよ。貴方が私に気をかける理由なんて、それくらいしかないもの」

「わかりませんわよ。単にその強さや影響力に目をかけているだけかも」

「冗談も大概にしてちょうだい。あれだけの強さを持つ貴方が、今更自分より弱い人間に興味を持つ意味がないわ。そして影響力においても皇帝様の一件で貴方の方が強いから、取り入る必要もない」

「……………」

「あら、もう誤魔化さないのかしら。なら、単刀直入にいうわ」

 

  私はそこで言葉を切り、御堂さんの方に振り返る。そしてシューのように不敵な笑みを浮かべ、言葉を発した。

 

「貴方が私に期待をかける理由は、シューが私を選んだからでしょ?御堂さん……いいえ、()()()()()()()()()()()()?」

「……………はぁ。降参ですわ」

 

  パッと両手を挙げ、案外あっさりと認める御堂さん。それに私は表面上は普通の顔を装いながらも、心の中で勝利の笑みを浮かべた。

 

  やれやれ、とかぶりを振った御堂さんは私の隣に腰を下ろす。そして少し訝しげな目で私を見てきた。

 

「どうして、私がそうだとわかりましたの?」

 

  まるで試すように聞いてくる御堂さん。周囲に緊迫した空気が張り詰め、逃げる事はできない。まあ、する気は無いけど。

 

  その眼に映るのは疑問と、そして期待の色。そこからやはり、御堂さんが私のことを試そうとしているのがわかった。

 

  そもそも、彼女ならば適当にはぐらかすことも、意識を失わせることだってできた。それなのにこうもあっさりと認めた。

 

  おそらく御堂さんは、私に何かを望んでいる。それはおそらく、頭脳と肉体どちらとも優れた人間であること。

 

  剣のアドバイスもこの質問も、そのためのものだ。それがなんのためなのかはわからないが、今はその期待に応えるとしよう。

 

「そうね、まずその格好や性格かしら」

 

  その言葉を皮切りに、私は自分の考察を話し始めた。

 

  あからさまなお嬢様然とした口調に、完璧に着こなしている貴族のような服装。そして突然変化した他人への対応。

 

  前の世界にいた頃の御堂さんは、内気で物静かで、図書室によくいるのを見かけた。しかし聞き上手で友人も多く、クラスの輪にうまく馴染んでいた。

 

  それが今はプライドが高く、他人に興味を示さず、常に孤高であり続けている。これでは正反対もいいところだ。

 

「本性を隠していたというには、あまりに変わりすぎている。そして貴方はそれを隠す気がない」

「その通りですわ。強者たるもの、常に堂々とあれ。それが私の信念ですもの」

「そう、それよ。貴方のその強さ。それが二つめの理由」

 

  他の追随を許さない、御堂さんの圧倒的な実力。あれは一朝一夕で身につけられるような代物では決してない。

 

  何年も血の滲むような努力を重ね、死に物狂いでようやく手に入れられる力。皇帝様の時の洗礼された動きから、それがよくわかった。

 

  とても、この世界に来てからたった数ヶ月でここまでなったとは思えない。しかし前の世界での体育の授業を見る限り、元からの力でもない。

 

  それなら必然的に答えは絞られる。顔だけ同じの別人か、あるいは……シューと同じ前世の記憶を持ち、そこで培った力ということ。

 

  普通に考えれば前者だろうが、シューによって私は前世というものがあることを知った。そして何より……

 

「三つ目は……」

「……三つ目は?」

「単純に、シューに聞いたお弟子さんの一人と情報が合致するからよ」

「……なるほど、それは確かに何よりの情報源ですわね。彼の方は私のことをなんと?」

「そうね……確か高飛車でナルシストでサディストでツンデレでチョロインな女って言ってたかしら。家族想いとも言ってたけど」

「次会った時絶対一発ぶん殴りますわ」

 

  ニッコリと端正な顔で笑う御堂さん。しかし目の奥は全く笑ってない。次にシューのこと見たら本当に殴るわね、これ。

 

「それで、私をどうするつもりですの?」

「別にどうもしないわよ。というか、どうにもできないわよ」

 

  それなりの実力を有している自信はあるが、相手は今の龍太郎をして危険だと言わしめる人物。とてもじゃないが、私がどうこうできる存在じゃない。

 

「ただ、確かめたかっただけ。ちょっと聞きたいことがあったし」

「聞きたいこと?」

 

  こてんと首をかしげる御堂さん。絵になっているその姿にクスリと笑い、自分の望みを告げる。

 

「前世のシューのことを教えて欲しいの。シューったら貴方たちお弟子さんのこととか先代とか、そういう話はするのに自分自身のことについては、あまり話してくれなかったから」

 

  付き合い始めた時に、シューの前世のことについては聞いた。しかし、それは大体の概要だけで詳しい事は知らない。

 

  私に話したことだけでも十分忌避する内容なのに、もっと細かく話したらきっと嫌われてしまう。そうシューは言っていた。

 

  まあムカついたからたっぷり一晩かけて私の愛情を教えてあげたんだけど、結局吐かなかったので他に聞くしかない。

 

「なんだ、そんなことですの。それならいくらでも教えてあげますわ。貴方は彼の方の全てを知る権利がありますもの」

「感謝するわ。それじゃあ早速……」

「でも、一つ条件がありますわ」

 

  条件?と今度は私が首を傾げれば、御堂さんは頷く。

 

「貴方も彼の方のことを教えなさい。私は、今の彼の方のことをあまりにも知らなさすぎる」

「あなたなら私の頭を直接覗くこともできるんじゃないの?」

「そういう魔法はありますけれど、あいにくと使えませんわ」

「どうして?」

 

  簡単なことですわ、と御堂さんは肩をすくめる。妙に様になっているのが少し面白かった。

 

「貴方や南雲ハジメ、石動美空……つまり彼の方に近しい人間には一人の例外もなく、彼の方直々に防護魔法が付与されていますもの。それも何重にも。それで魔法が阻害されますの」

「そうなの?ていうか、それってそんなに強いの?」

「それこそ神クラスでもないと、引っかき傷も付けられないですわ」

 

  ……そういえば時々、真剣な顔で私や南雲くんの体に触れている時があったわね。あれはその防護魔法とやらを重ねがけしてたのかしら。

 

  過保護だな、と思いつつそれほど大切にされていると思うと、自然と笑みがこぼれてきた。全く、あのバカは。

 

「まあ、わざわざ話す理由はわかったわ。要約すると、私は貴方に今のシューのことを」

「ええ。そして私は昔の彼の方のことを話す……良い取引でしょう?」

「ええ、とっても」

 

  笑いあった私たちは握手を交わす。これでもっと、シューのことを知ることができる。

 

「じゃあ、早速教えてちょうだい。前世のシューは、どんな人間だったの?」

「……そうですわね」

 

  考える人のような姿勢をとる御堂さん。その体を形作る全てが美しい彼女がそれをすると、まるで世紀の巨匠が手がけた彫刻のようだ。

 

「一言で言うのなら誰よりも強い人、というところでしょうか。それは戦う力に限らず、その心もですわ」

「ああ、なんだか容易に想像できるわ」

 

  もう十一年もの長い付き合いになるが、シューの底は未だに見えない。生きていた年数が違うから、それは仕方のないことだ。

 

  いずれ全てを理解するつもりではあるけど、まだ私の知らないシューの強さがある。私はそれを知りたい。

 

「食い殺そうと襲いかかった私を容易く下し、あまつさえ弟子として迎え入れる。そんなことができる人間はそうそういませんわ」

「ちょっと待って、食い殺そうとした? 貴方、人を食べてたの?」

 

  それは流石にシューからも聞いてなかった。驚いてみれば、御堂さんは肩をすくめる。

 

「無論、食べても問題のない人間とそうでない人間の区別くらいはつけていましたわ。でも、そうしなければ生きられなかったんですもの」

「……なかなか壮絶な前世だったのね」

「いずれ貴方が心身ともに信頼に足ると判断した時には、私のこともお話ししますわ……彼の方は誰も信頼できず、人を食料としか見られなかった私に、根気よく向き合い、人の暖かさを教えてくれましたわ。そのおかげで、今の私があるんですの」

「へぇ……」

「さ、とりあえず私はここまでですわ」

「ええっ、短くない?」

「最初から多くを語ってしまっては面白味に欠けますわ。さあ、次はあなたの番でしてよ」

 

  さあ、と促してくる御堂さんにうーんと唸る。一体どこから話したものだろうか。

 

「とりあえず、最初に出会った時の話でいいかしら?」

「ええ、構いませんわ」

「それじゃあ遠慮なく」

 

  こほん、と一つ咳払いをして話を始める準備をする。表情を引き締め、真剣な瞳で御堂さんの目を見る。

 

  自然と御堂さんも姿勢を正し、話を聞く体制に入った。それを見て一度深呼吸すると、おもむろに話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「鼻塩塩、あれは今から十一年と二ヶ月二十一日前のことだったわ……」

「あ、あなたもそういうテンションですのね」

 




ヴェノムと寄生獣の二次創作書こうかな……(持病)
お気に入りと感想をお願いします。


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二人の出会い 後編

ハッピーバースデーィ!新たな私の誕生だ!

美空「作者どうしたの?なんか久しぶりに元気有り余ってるし」

雫「どうやら元カノさんと話し合って、親友というポジションに収まってスッキリしたそうよ。時間が経った今はもう完全に未練は消えたらしいわ」

愛子「良きかな良きかな。失恋、そして新しい関係の構築。実にめでたいです」

香織「愛ちゃん先生が先生っぽい…?」

愛子「失敬な、私はれっきとした教師です。少々サイズが小さいですが」

ヴェノム「私ト一ツニナッタ時ハ以前ト変ワラナイダラウ…今回ハ前回ノ続キダソウダ。ゼヒ楽シンデイクトヨイ。ソレデハ息ヲ合ワセテ」


五人『さてさてどうなるクラスメイトサイド』



【挿絵表示】

シュウジと雫のイラストです。


 あれは、私が6歳だった時のこと。

 

  その日、私は香織とその両親、兄と一緒にプールへと遊びに行っていた。少し遠いところにある、初めていくプールだった。

 

「かおりー!どこー!?」

 

  そして行き慣れていないところだったから、香織が迷子になってしまった。小さい頃の香織は今とは比べ物にならないレベルの天然だったの。

 

  どれくらい天然かっていうと、一緒にお風呂に入ろうとしたら服を着たまま湯船に浸かろうとするくらい。もうほんとに天然・オブ・天然だった。

 

  だから、小さい頃から私は香織の監視役をしていた。それはしばしば突っ走る光輝や脳筋で考えなしの龍太郎も同じことで、いつのまにか私がまとめ役になっていた。

 

  おかげで同級生にも先生にもお母さん見たいって言われるし……シューと未来の子供達以外にはお母さんって呼ばれたくないのに。

 

  あ、でも子供には最初はママって呼ばれたいわね。できれば男の子と女の子一人ずつがいいんだけど……え、早く続きを?鼻息が荒い?わかったわ。

 

  こほん……それで、私は香織の両親と手分けして香織のことを探していたの。

 

  でも夏休みだったからかなり人がいて、まだ幼くて体の小さい私では見つけ出すのは困難だった。

 

  見つけられないもどかしさと焦りが募り、私は周囲に気をつけることも忘れて、香織の名前を叫びながらプール内を駆け回った。

 

「かおりー、ど……きゃっ!」

 

  その途中、あまりに必死すぎて前が見えておらず、人にぶつかってしまった。そのまま倒れるかと思ったけど……

 

「おっと、大丈夫かい?」

 

  ぶつかった相手は、いつの間にか私の後ろに回って受け止めてくれた。一瞬前まで目の前にいたのに、その時は驚いたわ。

 

  驚きのままその人物を振り返って見て……顔を見た瞬間、全身にそれまで感じたことのない電撃が走った気がした。

 

  私がぶつかったのは、同世代くらいの男の子だった。それにしては当時から背が高くてスラっとしてて格好良くて髪はサラサラしてて目は切れ長で鼻は高くて唇は薄くて指はほっそりとしてて目は力強くて……え、そこまでで良い?目が怖い?失礼な。

 

  とにかく、その男の子はそれまで出会った中で一番格好良かった。光輝?ああ、なんていうか光輝は世話のかかる弟みたいな感じだから。

 

「? どしたん?俺の顔に何か付いてる?」

「っ!い、いえっ!ごめんなさい!」

 

  ぼーっとする私に、その男の子は心配そうな表情で顔を覗き込んできた。それにハッとして慌てて私は立ち上がった。

 

「おっと、ははっ、そんだけ元気があんなら心配いらナッシングだな」

「あの、本当にごめんなさい」

「いいっていいって。んで、なんであんなに必死になってたん?」

 

  え?と頭を下げていた私は顔を上げた。すると、男の子はニッと不敵な笑みを浮かべた。その顔に思わずドキッとした。

 

  ああ、今思えばあれが初めてシューの笑顔を見た瞬間だったわね。なんでその時の私カメラ持ってなかったのかしら。あの日だけで93913枚は撮れたのに。

 

「周りが見えなくなるほど必死なんて、家族でもはぐれたのか?」

「あ、その、友達が迷子になっちゃって……」

「あー、なるほど。なら手伝おうか?」

「え、いいの?」

 

  見ず知らずの私を手伝ってくれるという男の子に、私は困惑した。そんな私に男の子はピシッと親指で自分の顔を指差し。

 

「こう見えて人探しは得意でな。役に立つぜ?」

「……えっと」

 

  妙に説得力のある男の子の言葉に安心感を覚えた私は、それじゃあと恐る恐る助力を頼んだ。男の子はそれを快諾した。

 

「それで、その友達の名前と外見は?」

「えっと、名前は香織。髪が長くて、ぽわーっとしててふわふわとしてて危なそうで目が離せなくて……」

「あっはっはっ、つまり天然なわけね。それで格好は?」

「白い水着を着ているわ」

「どこではぐれた?」

「確か、最後に一緒にいたのは波のプールのあたりかしら。その後飲み物を買いに行って、それきり」

「ほほうほう、了解した。では早速さがし「おーい、シュウジー」ぬっ」

 

  いざ探し出そうというところで、私たち……というより男の子に同い年くらいの男の子と女の子が近寄ってきた。

 

  一人は優しそうな、でも気弱そうなどこにでもいそうな男の子。もう一人はハッとするほど綺麗な女の子。そう、南雲くんと石動さんだ。

 

  その時の南雲くんの言葉で初めて、私は男の子の名前を知った。そうよ、あなたももう分かっているでしょうけれど、それがシューよ。

 

「よーハジメ、美空」

「よーじゃないよ、置いてかないでよ」

「まったく、どこまで飲み物買いに行くのよ」

「俺じゃない、入り口のとこの自販機のココアが飲みたいと言ったエボルトが悪い」

「エボルト?」

「いや、なんでもない」

 

  当然だけど、この時私はエボルトの存在は知らなかった。だからこの時エボルトが『お前はおしるこ買うとか言ってたじゃねえか』と言ってたのも知らなかった。

 

  オロオロとする私にシューは南雲くんと石動さんを紹介してくれて、皆で手分けして香織を捜索することになった。

 

「ハジメと美空は迷子センターに親御さんが来てないか確認してきてくれ。俺はこの子と一緒にその子を見つけるから」

「わかった」

「あんまり私たちと同じテンションで絡まないようにね」

「心配するとこそこ?」

 

  苦笑した南雲くんと石動さんが迷子センターへと向かったのを見届けると、シューは私に笑いかけて背中を押した。

 

「さあ、探そうか」

「重ねがね、ありがとう。見ず知らずなのに助けてくれて」

「おおー、年齢の割にしっかりしてるなー。今何歳?」

「6歳よ」

「へえ、同い年なのか……あ、自己紹介遅れたけど俺はシュウジ。Wie heißt du(君の名は) ?」

「う、うぃ……?」

 

  ちなみにこの時エボルトは前◯前世歌ってたらしいわ。もちろんドイツ語なんて分からない私は理解できなかったけど。

 

「ジョーダンジョーダン、君の名前は?」

「……雫よ」

「そっか。じゃあ雫ちゃん、お兄さんと一緒にお友達を探そうか」

 

  あなたさっき同い年って自分で言ってたでしょ、と言いそうになったけれど、年上の男性のようなその落ち着いた声音に妙に安心感を覚え言えなかった。

 

  今思えば、それは当たり前だったんでしょう。その時でもすでにシューの中での生きている時間は一千と六年、考えてみるとすごい年の差よね。

 

  とにかく、自己紹介を終えた私たちは一緒にはぐれるまで香織と一緒にいた場所を辿りながら探し始めた。その間、終始私はシューの行動に驚かされた。

 

「雫ちゃんは、普段から香織ちゃんとやらの世話を焼いてるのかい?」

「ええ、そうね。いつもおっとりしているものだから、危なっかしくてちゃんと見てないと何かに巻き込まれそうで……」

「へえ、俺もその気持ちわかるぜ。この前もハジメと庭でジョ◯ョの無駄無駄オラオラごっこしてたら美空に説教されたからな」

「……それ叱られてる側じゃない」

 

  もし香織が見つからなかったらどうしよう、もし事件に巻き込まれていたら、そう不安になる私を元気付けるようにシューは一定の間隔で話しかけてくれた。

 

  もちろん、学校にも似たように話しかけてくる男の子はいたわ。でも自分のことばかりまくし立てるだけで、まったくこちらに御構い無し。

 

  それにはもちろん光輝や龍太郎も入ってた。光輝はいらないお節介を焼こうとするし、龍太郎は脳みそ筋肉だし。

 

  それが悪いこととは言わない。小学生なんだから、相手に気遣うなんてことができるのはごく一部の人間だけだ。

 

「ほー、そんなことがあったのか。俺もこの前なぁ」

「ふふっ、なにそれ。結局怒られてるじゃないの」

「それが俺たちクオリティだからな」

「あははっ」

 

  けど、シューは違った。私から話を聞き、それに相槌を打って、そこでようやく自分のことを面白おかしく話す。

 

  軽快ではあるけれど、軽薄ではない。見ていて楽しくなるような、居心地の良さを覚えるような、そんな風に思った。

 

  しかもシューは、最初に話しかけた時に私の機敏な心の動きを見定めたみたいで、ピンポイントで不安が強くなる時に話を振ってくれたのだ。

 

  これまで周りにいた子とは違う、思慮深くて安心感を覚える男の子。気がつけば私は心を許して、色々なことをシューに話してた。

 

  それだけでなく、また私が人にぶつからないように絶妙な位置で前に立ってくれたし、少し疲れたら休憩もしてくれた。

 

  光輝じゃこうはいかない。光輝の場合、自分が満足するまで振り回されて疲れるだけで終わることが多いのよ……御堂さん、すごい顔になってるわよ。

 

  んんっ、話を戻すわね。そうして気がつけばほとんど行った場所を回り終えて、最後に波のプールへと向かった。

 

「んー、見つからないなぁ。次が最後なんだろ?」

「ええ。もしかしてすれ違っちゃったのかしら……」

「安心しませい、閉園の時間になっても見つかるまで協力するぜ」

「ふふ。ありがとう」

 

  サムズアップするシューに頼もしさを覚えていると、波のプールが見えてきた。そしてそこに、母親と一緒にいる香織を見た。

 

「香織っ!」

 

  私は弾かれるように走っていき、え?という顔をしている香織に抱きついた。

 

「香織っ!どっかいったらダメでしょ!」

「ご、ごめんねしずくちゃん……」

「まったくもう……」

 

  しゅんとする香織の頭を撫でていると、どこか安心したような顔のシュー、そしてどうやら香織のお母さんたちと行動を共にしていたらしい南雲くんと石動さんが近づいてきた。

 

「お前らサンキュー、親御さん連れてきてくれたみたいだな」

「まったく、本当にシュウジは人使いが荒いんだから」

「ハジメ、せっかく頼られたんだから力になる!って張り切ってたくせに」

「そ、それは言わないでよ!」

 

  赤い顔をする南雲くんとからかうような顔の石動さんに笑った私は、シューに向き直った。

 

「よかったな、雫ちゃん」

「ええ、ありがとう。シュウジのお陰で不安にならずにちゃんと探せたわ」

「いや、結局俺は最後にしか見つけられなかったから礼を言わなくてもいいぜ。まっ、少しでも気持ちを和らげられたならよかったけどな」

 

  私が頭を下げれば、シューはケラケラと陽気にそういった。こちらを気負わせないための気楽な姿勢に、私は肩の力が抜けた思いだったわ。

 

  そのあと、香織を連れてきてくれたという目の濁った男の人とその連れの人たちに頭を下げて、香織の迷子事件は終わった。

 

「それじゃ、もう香織ちゃんがどこにもいかないように見張ってろよ」

「ええ、しっかり見ておくわ」

 

  がっしりと香織の手を掴んで見せつければ、シューはそれでいいと言わんばかりに頷いたの。

 

  そしてふと、どこか遠くを見るような目をして何かを呟いたわ。今ほど難しいことを考えられなかったけど、その目が寂しそうだったのをよく覚えている。

 

 

 

「それでいい……大切な人間は、絶対に手放しちゃダメだ。時にどんなに会いたくなっても、二度と会えなくなるからな」

 

 

 

  後から聞いた話だと、そう言っていたらしいわ。あれ、御堂さんどうしたの?顔赤くしてそっぽ向いてどうしたの?ほら、こっち見てみなさいよ。

 

  え、今はやめてくださいまし?わかったわ、じゃあ勝手に話を続けるわね。その顔を見た私は、不思議な感覚に襲われたの。

 

  ふとこれまで見てきたシューの表情や態度は、ほんの上澄みだけだった気がしたのだ。いや、それは初対面だから当たり前なんだけど。

 

  でも、なんだか()()って思った。これはこの人の本当の顔じゃないって、本能的にそう思ったのよ。

 

  だから私は背を向けるシューに向けて、こう言った。

 

「ね、ねえ!」

「ん?どした?」

「その……もし、次に会うことがあったら」

「おお、あったら?」

「………貴方の本当の顔、見せてね?」

 

  そう言った時、初めてシューの心底驚く顔を見たわね。ああ、もったいない。本当にあの時カメラを持ってなかったのがもったいないわ。

 

  まあ、それは驚くでしょうね。私よりもあなたの方がよっぽど知っているでしょうけど、シューの本性を見破ることは、普通なら不可能だから。

 

  それじゃあなぜわかったのかと言われても、私にもよくわからないわ。直感だったんですもの。あるいは神からの天啓かしら?

 

 

 

 

 

「とにかく、そうした経緯で私とシューは出会ったのよ」

「……そうですの」

 

  ようやく平時の顔に戻った御堂さんは、先ほどの赤面を誤魔化すように澄ました顔で言う。ちょっと悪戯心が湧いた。

 

「その時一番印象的だったのは、やっぱりシューが憂いた目をしたときのセリフで……」

「やめてくださいまし。やめてください。やめろ。やめてくださいお願いします」

「一周回ってやめてくださいに戻ったわね」

「あなた、Sですわね?」

「時々激しく攻めるとシューは可愛い顔するわよ」

「聞いてないですわ」

 

  はぁ、と赤くなった頬を振る御堂さん。そこで私も満足したので、からかうのをやめる。ちょっと楽しかった。

 

  あ、言っとくけど私がこうなったのはシューのせいであって、私が元からサドな訳じゃないわ。つまり私は悪くない。

 

  数分して完全復活した御堂さんはで、その後は?と目線で促してくる。それに答えて私は口を開いた。

 

「それで、その後たまたま帰り道に一緒になったの。その時、意外と家が近いことがわかったのよ。といっても、香織や光輝たちほどじゃないけど」

「へえ、まさに奇跡としか言いようがないですわね」

「ええ。私はそれがわかると、シューの家に何度も足を運んで、たくさんシューと接した。彼の本当の顔が見たくて、どんどん近づいた」

 

  そして知ったのは、とても不器用な優しさ。近しいものを不安にさせないため道化を演じ、愛するがゆえに自分を顧みずに強くあろうとする。

 

  深く知れば知るほど、私はシューを好きになってしまっていた。それこそ、もう一生抜け出せないほどに深く愛してしまったのだ。

 

  極め付けには小学校を卒業になるときにはもう、シューなしではダメになった。私をずっと支えてほしい、私がずっとそばにいたい。

 

  あの陽気な仮面の奥にある、優しくて不器用な北野シュウジという人間を、一生隣にいて見ていたい。そう強く願った。

 

  そして、シューはそれに答えてくれた。何度も誘わ……んんっ、何年もかけて仲を深めたお陰で、彼も私を見てくれたのだ。

 

「そして中学の頃から正式付き合いはじめて、今に至る。というわけよ」

「……なるほど。確かにあの人の優しさを一度知れば守られたくなる気持ちも、そばにいたくなる気持ちもわかりますわ」

「でしょ?」

 

  彼は誰よりも強くあろうとし、事実誰よりも強い。けれど誰よりも優しくて、誰よりも不器用で、誰よりも寂しがり屋だ。

 

  一人だったが故の強さ。独りだったが故の弱さ。その両方の性質を持つシューは、私にはとても魅力的に見えた。それは御堂さんや、他のお弟子さんも同じなのだろう。

 

「そういうわけだから、私はあの人のそばにいるの。今は物理的には無理だけれど、そのうち絶対にそうするわ」

「わかりました。ならば私……いえ私たちは、それをサポートしましょう」

「……いいの?」

 

  言っちゃ何だが、前世からシューを知ってる彼女達からすれば私はシューをかっさらった小娘以外の何者でもないだろう。

 

  それなのに協力してくれるのは、外見は同い年といえど精神年齢が私より高いからか、あるいは前世で共に暮らしていたというアドバンテージがあるからか。

 

「ええ。私たちにとって何より大切なのは、彼の方の幸せ。そのためならいくらでもお力添えいたしますわ」

「……ふふ、貴方ならシューのそばにいても良さそう。そしたらきっと、もっとシューは幸せになれる」

「……貴方、面と向かってよくそんなに小っ恥ずかしいこと言えますわね。羞恥心を前の世界に置いてきたのかしら?」

「失礼な。ちゃんとシューの前では恥ずかしがるわよ」

「限定的すぎて何も言えませんわ」

 

  やれやれ、とかぶりを振る御堂さん。でも口元にはうっすらと笑みが浮かんでおり、満更でもないのがわかる。

 

  私の理想。それは私がシューの隣にいて、その上でシューを慕ってくれる人全員が周りで笑いあっていること。その中には彼女もいる必要がある。

 

 だから、それを実現するために……

 

「これからよろしく、御堂さん」

「ええ、よろしくお願いしますわ。全ては……」

「シューの幸せのために、でしょ?」

「……あなた、やっぱり意地悪ですわ」

 

  呆れたように笑う御堂さんと私は、がっちりと握手を交わすのだった。

 

「あ、それで早速悪いんだけど、前世のシューのことについて教えてくれない?あと私の知らなそうな好物も」

「いいですわよ。まず彼の方はナスの炒め物が好きで、そこに醤油をかけるのが……」

 

 

  それから私たちは日が昇るまで、隣の宿でシューのことについて語り合ったのだった。どこからか《デンジャー……!》とか聞こえてきた気がした。




次回が終わったらついに三章!でも不安…
お気に入りと感想カモン!(無駄にハイテンション)


【挿絵表示】

シュウジと雫のイラストです(2回目)


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今更な人物紹介

今回は人物紹介です。
楽しんで?いただけると嬉しいです。


 北野シュウジ

 

 言わずと知れたこの作品の主人公。トラブルメイカー、何かあったら大体こいつのせい。

 基本徹頭徹尾ふざけた言動をしており、いっそ面白いくらいに人を煽る。特にどこぞの勇者(笑)は余計煽る。

 しかしそれはフェイクであり、本来は冷静沈着、敵に対して一切の慈悲を持たずに必ず殺す冷徹な性格である。

 その一方で近しいものには愛情が振り切っており、たとえどれだけのものを犠牲にしようと守ろうとする。

 最も愛しているのは、彼女である雫とのこと。自身の仮面を見破り、その上で寄り添ってくれる彼女のことを心の底から愛している。

 エボルトのことはペットだと思っている。

 前世にて〝世界の殺意〟と呼ばれ、一千年の時を生き数多くの悪を排除した影の守護者だった。

 そのため比類なき戦闘能力を持っており、現時点でどの人間も彼には太刀打ちできない。

 

 

 エボルト

 

 言わずと知れたペッt……地球外生命体。

 シュウジを転生させた女神によってトラウマになるほどの教育を施され、善性を持つ。

 基本はネタ枠であり、シュウジとひたすらふざけている。

 しかしその残虐性や狡猾さは失われたわけではなく、むしろ〝世界の殺意〟だったシュウジと出会ったことで時に昔以上の脅威となる。

 シュウジのことを何より大事に思っており、死ぬまで相棒であると思っている。また、シュウジの周りにいるものも同様に大切に思っている。

 現在は二体に分裂しており、それぞれ違う行動をとっているようだが……?

 

 

 八重樫雫

 シュウジの彼女にして嫁、エボルトに次ぐシュウジの最大の理解者。圧倒的母親、クールビューティ、イケメン女剣士、最高に可愛いヒロイン……言葉が止まらないのでここでやめておく。

 カリスマ性と同時にたぐいまれなる母性を持っており、他人の世話を焼くことが多くよくお姉様やオカンと呼ばれる。

 事実幼い頃から天然の香織や猪突猛進な光輝、今と違い考えなしの龍太郎の面倒を見ていた。

 家事万能、頭脳明晰、あのシュウジをも優しく包み込めるほどの器量の大きさも、彼女がオカンと呼ばれる所以である。こらそこ、ナナハさんにも似てるよねとか言わない。

 なお、本人はシュウジと未来の子供にしか母とは呼ばれたくないと思っている。加えて、彼女が家事能力などを極めたのはシュウジのため。

 鋭い洞察力でシュウジのおちゃらけた態度の裏に隠された本当のシュウジを見抜き、人としての強さと弱さ両方を併せ持つシュウジに心底惚れている。思考の半分は常にシュウジのことである。

 そのためシュウジの幸せを強く願っており、また他の誰よりも自分が彼を幸せにできると信じている。

 彼女の夢は、何度生まれ変わろうと必ずシュウジの隣に寄り添い、永遠に幸せにすること。ある意味ちょっとしたヤンデレである。

 幼い頃から家伝の剣術である八重樫流を修練しており、独特の歩法である無拍子を父である師範以上の完成度で使うなど、勇者(笑)のパーティの一員として数えられるほど戦闘能力は高い。

 最近、シュウジに近しい女性を集めて彼の将来を盤石にしようと画策している。

 

 南雲ハジメ

 

 原作主人公。ここでは魔王を通り越して魔神。

 シュウジや美空と生まれたときからの仲であり、以心伝心のいわゆる幼馴染。なおシュウジにツッコミを入れる係。

 シュウジの影響で元から好戦的な部分を持っており、また小さい頃から訓練していたことから変心前でもある程度の強さを持っていた。

 彼女である美空のことを溺愛しており、すでに将来設計を済ませて父親の会社で研鑽を積んでいる。

 また、訓練である程度の戦闘能力を持っていたのもいざという時彼女を守れるためである。

 奈落で友を食らったこと、片腕を失ったことにより精神が変容。その後紆余曲折あり、原作の何倍もの強さを持つに至った。

 シュウジらのことを心の底からもう一つの家族だと思っており、誰かを傷つけようものなら全力で叩き潰す。ついでに勇者()も叩き潰す。

 ウサギを食べたことによって食べるという行為に対して強い思いを持っており、食事をないがしろにするものには本気でキレる。

 

 

 石動美空

 

 おなじみビルドヒロイン。ここではシュウジとハジメの幼馴染兼ハジメの彼女。

 原典同様ネットアイドルをしており、自分の可愛さに自信を持っている。さらに家事万能、成績優秀スポーツ万能と非の打ち所のない存在である。

 シュウジのことは親友として、ハジメは将来の夫としてとても大事な存在であり、二人に何かあったら相手を刻む所存である。

 

 

 白崎香織

 ストーk……ウォッホン正統派?ヒロイン。別名腹黒崎。うわっ何をするやめr(ry

 シュウジ達のクラスメイトであり、誰にでも分け隔てなく優しさを振りまくことから学校で二大女神の一人(本人未公認)とされていた。

 ハジメのことが好きだが往生際悪く認めておらず、彼女の美空とはライバル兼親友

 例のごとくシュウジのおかげでやや武闘派になっており、一人である程度の魔物までならぶちのめすことも可能。

 最近美空への視線が怪しいとは、雫の談である。

 

 

 女神

 シュウジを転生させ、エボルトを更生させたあらゆる世界を管理、見守る女神。

 名前は未だ不明であり、女神の名に恥じぬ美貌と力を持つ。

 シュウジがトータスに行く際ドライバー一式や知識などを与え、送り出した。

 実は彼女には秘密があり…

 

 

 天之河光輝

 勇者(笑)。以上。

 

 

 檜山

 小物(矮小)。以上。

 

 

 イシュタル・ランゴスタ?ランゴバルド?なんでもいいや

 教会の最高司祭。怪しいクソジジイ。以上。

 

 

 中村恵里

 

 クラスメイトの一人。おとなししそうな眼鏡をかけた少女。

 前の世界にいた時はシュウジとそりが合わず、シュウジが唯一絡まなかった人物。

 

 

 坂上龍太郎

 シュウジたちのクラスメイトの一人。身長二メートルに届こうかという巨漢であり、トータスに行ってからひとまわりまたゴツくなった。

 ハジメに奈落で助けられて以降エボルトのもとで己を鍛え、仮面ライダーグリスとなった。

 性格は熱血かつ実直、まさに漢といった様相であり、以前と違い思慮深いところもあるので頼りになる。

 最近鈴とラブコメっている。

 

 

 谷口鈴

 シュウジたちのクラスメイトの一人。チミっ子で元気っ子、いつも元気ハツラツオロナ◯ンC。

 中身が一部おっさんのようであり、女子にセクハラを働くことが多い。が、最近は抑え気味になっている。

 その理由は龍太郎であり、変化した龍太郎に一目惚れし、彼の前では以前のような下品な行為をある程度謹んでいる。

 最近よく龍太郎とラブコメする。

 

 

 御堂英子/ネルファ

 シュウジたちのクラスメイトの一人。

 地球にいた頃はどこにでもいる内気な少女だったが、トータスに来てから豹変。圧倒的な戦闘力と高慢な態度を持った。

 その理由は彼女の前世にあり、今の彼女の正体はシュウジを追いかけてきた弟子のうちの一人である。

 現在はシュウジを探しながら元の世界に帰るため情報収集をしており、愛子とも繋がっている。

 人を食料として見る特異性を持っており、それ以外にもある力を持っている。

 前世にて料理人をしており、美空の看病をする香織に食事を作ったりした。

 

 

 畑山愛子/マリス

 シュウジたちのクラスの社会科教師。以前は生徒に可愛いと言われ、愛ちゃん先生と呼ばれ慕われていた。

 英子同様、トータスに来てしばらくしてから豹変。その理由はある生命体によって前世の記憶が蘇ったからである。

 現在は表面上は以前の畑山愛子を装いながら、その立場を使い情報収集に努める。

 前世で教師をしたことがあり、今の状況をわずかに楽しんでもいる。

 シュウジに対しては他の二人とは違うある意味特別な思いを抱いている。

 その一端として遠征に赴き、そして……

 

 

 ルイネ・ブラディア

 シュウジの前世の弟子の一人であり、紅の殲滅者の異名を持つ凄腕の暗殺者。

 紅の髪と翡翠色の瞳を持つ絶世の美女であり、頼り甲斐のある性格もあって姉貴分としてユエらに慕われる。

 シュウジのことを心から愛しており、初めてを奪った人物でもある。それは今も健在であり、シュウジの第二夫人に収まっている。

 戦闘は主に金属糸を用いたものであり、シュウジをして見失うほどの高速戦闘を可能とする。

 また、竜の血の力を持っており、それを迷宮のシステムに利用され仮面ライダーブラッドの力を得ている。

 

 ベルナージュ

 みなさんおなじみ火星の王妃。この作品ではトータスにある王国の第一王女。

 国の政務の半分をこなす鬼才であり、影の先導者とも呼ばれている。

 また戦闘能力も高く、並の軍隊なら一人で蹴散らすことも可能である。

 自分の宿っていたものとは違うとわかっていながらも同一人物の美空を気にかけており、香織がそれに無自覚に嫉妬しているのに気がついている。

 エボルトとは和解済み、シュウジともども死んだとは考えておらず何をしでかすか憂いている。

 

 

 メルド・ロギンス

 

 ハイリヒ王国騎士団長。トータスの人類の中では最高レベルの力を持つ。

 義理人情に厚い典型的な熱血漢タイプで、豪放磊落な性格。そのためシュウジたちに非常な言葉を言った貴族にも噛み付こうとした。

 シュウジたちの生存を信じる人物の一人であり、いつか元気に帰ってくることを願っている。

 見ての通りとても良い人なのだが、書類仕事が苦手なため副団長に必ず押し付ける。副団長の胃が心配である。

(少なくとも)この作品では平民からの叩き上げであり、セントレアとは年の離れた幼馴染である。

 

 

 セントレア・ラルリス

 

 ハイリヒ王国の二人の副団長のうちの一人。こと細剣ならばトータス内最強の腕前を持つ。

 騎士団の中では珍しい女騎士であり、真面目な性格をしている。そのため努力することに長けており、非常に優秀。が、時々ポンコツ化する。

 メルド同様にシュウジたちの生存、帰還を信じており、よく雫たちと接したりしている。

 また、小さい頃からメルドに好意を寄せているのだが気づいてもらえず悶々としていたり。

 

 

 ウサギ

 ハジメのヒロインの一人。可愛い、最強、もう最高。

 元々は奈落の魔物に解放者のオスカー・オルクスが作ったホムンクルスの魂が入ったものであり、ハジメと戦いその力を認めた。

 爪熊にハジメとともに襲われ、穴の中で過ごすうちにハジメに心惹かれ、そして生きる気力を失いかけていたハジメに己の身を犠牲にして生きる力を与えた。

 その後も最後の試練で一度は倒れたハジメの背中を押すなど、まさに真、いや神ヒロインである。

 現在は本来のホムンクルスとして復活しており、ハジメに愛でられ?愛され?ている。

 解放者たちの作ったホムンクルスの中で最も格闘能力に優れ、時と場合によってはシュウジでも手がつけられない。

 

 

 ユエ

 みなさんおなじみロリ吸血鬼ヒロイン。ハジメラブ。

 奈落の底で封印されていたところをハジメに救われ、行動を共にするうちに惹かれていき現在は恋人。なお、ウサギとは穏やかな()話し合いの末、第ニ夫人になった。

 あらゆる魔法を無詠唱で放てるというとんでもない存在であり、かつて最強の一角に数えられた。

 シュウジたちのことはハジメともども大事な家族と思っており、傷つけようものならそいつの故郷ごと消し炭にする。

 

 

 ガハルド・D・ヘルシャー

 帝国の皇帝様。雫に求婚してシュウジの察知で幻覚で殺されかけた。

 

 

 シア

 みなさんおなじみ残念ウサギ、そしてバグウサギ。

 まるで存在そのものがギャグのような少女であり、ハジメたちに危険なところを一族ともども救われた。

 故郷の亜人の国にて長老たちに正面から啖呵を切ったハジメに恋をし、ユエとウサギに頼んで訓練の末、化け物と呼ばれるほどの力を手に入れた。武器は主にハンマーを使う。

 現在、ハジメに振り向いてもらおうと奮闘中。ユエに若干認められつつある。ウサギには可愛がられている。

 

 

 カム・ハウリア

 シアの父親であり、兎人族のハウリア族族長。

 ハウリア族共通の能天気な優しさを持っており、当初は自分たちの生存のために武器を持つことすらためらった。

 が、しかし訓練モードのシュウジにハウリア族一同しごかれまくり、さらにケツからネビュラガスをぶち込まれたことにより大きく変化。

 現在は某ハンターな宇宙人に酷似した精神と肉体を持つモンスターラビット……アルティメットプレデター?……となり、新生ハウリア族を率いている。

 ハジメのことをボス、シュウジのことをセンセイと呼び、慕っており、いつかシュウジたちの力になれるよう現在も訓練中。

 

 

 フィーラー

 解放者たちが作ったホムンクルスの試作品。あまりに強大な力を持つため、オルクスの隠れ家に封印されていた。

 現在はシュウジの手によって外界へと出ており、彼のそばに付き従っている。

 実は無数の強力な魔物の遺伝子を持つためか非常に頭が良く、自分が封印された理由もわかった上であえて抵抗をしなかった。

 恨みはなけれども寂しさを感じていたところ、普通に接してくれたシュウジにとても懐いており、彼のためならばどんなものでも喰らい尽くす。

 

 

 ハウリア族

 プレデター。以上(目そらし)

 

 

 フェアベルゲン

 亜人の国。いくつかの亜人の長老たちが国の方針を決める。シュウジたちに敵対しないことを約束している。

 

 

 おばちゃん/キャサリン

 シュウジたちが補給に立ち寄ったブルックの街のギルド嬢……嬢?……。非常に優秀であり、シュウジにデートコースを描いた地図などもくれた。

 

 

 ゼノモーフ

 危険、黒い、キモいの三拍子揃ったおなじみのエイリアン。プレデター出すならこっちも出すよねっ☆という作者の軽い遊び心によって出された。

 

 

 ミレディ・ライセン

 ライセン大迷宮の創設者にして、解放者の一人。最初に神に反抗した人物である。

 ホムンクルスの技術を使って今もなお生きながらえており、シュウジたちの前にクローンを使い最後の試練として立ちはだかった。

 ゼノモーフを品種改良し続けて自分にそれを移植しており、非常に高い戦闘能力を持つ。また、ホムンクルスの優秀な脳を持つため、クローンと同時に巨大なゴーレムを操ることも可能。

 性格は非常に軽く、シュウジと同レベルに人を煽ることが得意。テンションが似通っているためシュウジとは仲が良い。

 おふざけだったとはいえ、シュウジとルイネに感じたシンパシーの理由を知り彼らに世界の未来を託している。

 

 

 ???

 ミレディがシュウジに託したホムンクルス。長い緑色の髪を持つ幼女の姿をしている。名前を募集します!




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こうしてみるとわりといるなぁ……今後二章ごとに人物紹介します。
さて、次回からはついに第3章。みなさん、あの言葉を言う準備をしましょう。

We are……


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【第3章】ウルの街
再びブルックへ


前回に雫の紹介文を加えました、申し訳ありませんでした。
今回から第3章です!
楽しんでいただけると嬉しいです。

シュウジ「よーっす、シュウジだ。今回から新しい章だぜ。粉骨砕身の思いで頑張るぞい!」

エボルト「右に同じく」

シア「エボルトさん、それ違います。エボルトさんが立ってるの右側です」

エボルト「うっわマジで?」

ユエ「…ダサい」

エボルト「うっそーん」

ハジメ「いやこれ、ダラダラグダグダの間違いじゃないのか?…まあいい、今回は地上に戻った後の話だ。それじゃあせーの…」


五人「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」


  視界を覆っていた光が収まり、周りの風景が見えるようになる。最初に見えたのは緑色の生い茂る草木だった。

 

  警戒しながら探知魔法で場所を調べてみると、どうやらブルックの街に向かう街道の側の森の中らしい。近くに泉がある。

 

「さてさて、ハジメたちが近くにいるはずだが……」

『水に流されてたから、泉のほうじゃねえか?』

 

  それっぽいな。探知魔法に四つ反応が引っかかってる。そのほかにも何人かいるが、馬車も一緒だからそっちは休憩中の通行人だろう。

 

  規則正しい寝息を立てている幼女を抱える腕を微調整し、ルイネを促して泉の方に向かう。つってもほとんど目と鼻の先だった。

 

  ほんの2分程度でそこにたどり着く。ルイネが茂みをかき分けると、視界が開けて泉が視界に飛び込んできた。

 

「もう一度溺れてこいこのエロウサギッ

 !!」

「きゃあああ!!」

 

  そして、ハジメがシアさんを綺麗なフォームで泉に投げ込むのが視界に飛び込んできた。うん、今度は一体何があったのかね。

 

  プロ野球選手さながらのスイングでシアさんを投げたハジメの近くには、ユエとウサギもいた。もともと両生類だからか、ウサギの腕の中のカエルも元気そうだ。

 

  バッシャーンと水柱が上がるのを見ながら、ゼェゼェと肩で息をしているハジメに近づく。足音ですぐに気づいてこちらを振り返った。

 

「よっハジメ、さっきぶり」

「ギルティ」

「なぜに!?」

「こちとら散々泳がされた挙句あのエロウサギの応急処置までしたんだよ。お前らだけ楽に出やがって」

 

  なるほど、だからさっきシアさん投げ飛ばしたのね。大方人工呼吸をキスと勘違いしてがっついたんだろう。南無三。

 

  悩ましげな顔をしているユエに聞いてみれば、俺の予想は当たっていた。なんか「ハジメにキス……でも頑張ったからご褒美……うぐぐ」とか唸ってる。

 

『お?お?これは認定きたか?』

 

 何その資格認定的なノリ。

 

『ハジメの嫁認定、みたいな』

 

 それで本部は美空なんですねわかります。

 

『不認定不可避』

 

 何その無理ゲー。

 

  あ、補足しておくと最初はユエが重力魔法で飲んだ水を外に出すという暴挙に出ようとしたらしい。流石に強化なしで受けたら死ぬということで、人工呼吸になったとか。

 

  デレデレとした顔で迫るシアさんをハジメがあしらい、それを不機嫌そうながらも見守っているユエと微笑んでいるウサギを見ていると、人が近寄ってきた。

 

  そちらに視線を向ければ、なんとブルックの街のマサカの宿の看板娘とルイネとのデートで立ち寄った店の店主さんだった。

 

  確か宿でソーナちゃんと呼ばれていた子はハジメとシアさんを見て頬を染め、店主(クリスタベルさん)はあら〜ユエちゃんたちじゃないと手を振ってくる。

 

  ちなみにこのクリスタベルさんだが、身長二メートル強の筋肉モリモリマッチョメンである。スカートを履き髪をリボンで結んだお方である。

 

『素直にオカマって言えよ』

 

  違うよ、クリスタベルさんはオカマなんじゃなくて漢女(おとめ) なんだよ(震え声)

 

  まあクリスタベルさんが男の肉体を持った乙女(意地でもオカマとは言わない)かは別として、手がける服のデザインは見事だ。

 

  実際俺も普段着を何着か買ったし、ルイネに至っては1時間に渡ってクリスタベルさん監修のファッションショーが開催された。

 

『ゲッツ!とか合掌してたりしたな』

 

  それどこのファッションセンス皆無おじさん?

 

  で、彼ら……彼女ら?に話を聞いたところ、この泉はブルックの街から数時間ほどのところにあるらしい。

 

  ハジメたちと相談した結果、一度ゆっくり休みたいということで馬車に乗せてもらい、ブルックの街に再び寄ることになった。

 

  ハジメたちが濡れた服を着替えるのを待ち……その間またシアさんがハジメにアタックしようとして一悶着あった……俺もデップースーツに着替えると、馬車へと移動する。

 

『またそれ着るのかよ』

 

 気に入ったからな。

 

「あら、その子は?」

 

  対岸の方に向かって歩いていると、クリスタベルさんが俺の腕の中の幼女に気づいた。俺は肩をすくめる。

 

「まあ、ちょっとな」

「へえ……あんまり目移りして、ルイネちゃんを泣かせちゃダメだからね♡」

 

  流石にホムンクルスとは言わずに曖昧に答えると、どうやら別の方向に勘違いしてくれたクリスタベルさんであった。

 

「俺がルイネを泣かせる?はは、ないない」

『この前の夜も散々泣かせて……』

 

  エボルト、それちゃう。泣かせるじゃなくて鳴かせるや。

 

『妙に細かスギィ』

 

  泣かせるじゃなくて鳴かせるや(大事なことなので以下略

 

  そんな風に会話しているうちに、馬車に着く。護衛……クリスタベルさんがいるのに護衛いるの?とか言っちゃいけない……の人たちに挨拶する。

 

「おっ、あんたらはこの前の」

「おお、門番の人か」

 

  するとそのうちの一人に見覚えがあった。最初にブルックの街に行った時に門番をやってた青年だ。やはり冒険者だったらしい。

 

  青年と少し話しているうちに休憩が終わり、全員が馬車に乗り込んでブルックの街に向けて出発する。飛び入りの俺たちは入り口の方だ。

 

  ガタガタと音を立てながら、街道を馬車が進んでいく。一週間迷宮にこもってたせいか、馬車の中に差し込む陽光がとても心地よい。

 

『Zzz』

 

  現にエボルトは、もう俺の中でいびきをかいていた。こいつ寝相もいいし歯ぎしりもしないけど、小さくいびきだけはするんだよな。

 

「ふふ、可愛いな……」

 

  ぼんやりと外を見ていると、腕の中の幼女の頭をルイネが撫でる。その顔にはとても優しげな微笑みが浮かんでおり、目は慈しみにあふれている。

 

  こいつは昔から子供好きだった。なんでもルイネの血筋である本家の他に分家がいくつもあったらしく、子供の面倒を見ることが多かったらしいのだ。

 

  ルイネに感化されたのか、ウサギやユエ、女の冒険者が恐る恐る手を伸ばし、頬をプニプニしたり髪を撫でたりする。そしてほっこりしていた。うむ、平和だ。

 

「んう………」

 

  そう穏やかな心境でいると、不意に幼女が声を漏らして体をよじった。流石にあれだけ触られてたら、嫌でも起きるか。

 

  幼女が、ゆっくりと目を開ける。ぼんやりとした顔で俺の腕を掴み、寝かせていた体を気だるげな動きで起こした。

 

  虚ろな目で掴んでいる俺の腕を見ると、そこから視線を上へ上へと上げていき、最後に俺の顔を見る。その状態でしばらく静止。

 

「パパ〜」

 

  やがて、完全に目が開くのと同時に満面の笑顔で告げられた言葉は、そんなものだった。両手を広げ、俺の体を抱きしめる。

 

  一瞬固まる俺。瞠目するルイネ、ユエ、ウサギに、こちらをギョッと振り返る先ほどまで乳繰り合っていたハジメとシアさん。

 

  その視線に我に返って周りを見れば、冒険者たちもこっちを見ていた。こちらは驚くというより、スリスリと頬を擦り付ける幼女に和んでいる。

 

  流石の俺でもどうすればいいのかわからずに困惑していると、ピタリと幼女が動きを止める。そして涙目で見上げてきた。

 

「パパ……?」

「おう、俺がパパだぞ」

 

  俺の行動は我ながら非常に速かった。気がついたら幼女の頭に手を乗せて撫でていた。えへへ〜と嬉しそうに笑う幼女。可愛い。

 

「これは……刷り込みか?」

 

  ポツリ、とルイネが呟く。刷り込みとは、卵から孵った鳥の雛が、最初に見たものを親として認識する現象だ。

 

  なるほど、確かにそれによく似ているかもしれない。この幼女は覚醒して一番最初に見た俺を父親だと判断したんだろう。

 

  思わぬところで父親になったなぁと考えていると、俺同様つぶやきに反応したのか幼女がルイネを見る。そして……

 

「ママ〜」

「なっ……」

 

  俺の膝から降りて自分に抱きついた幼女に、ルイネは衝撃を受けた顔をした。対して、あいも変わらず能天気な笑顔の幼女。

 

  しばらく固まっていたルイネだったが、ゆっくりと幼女の頭に手を置き、撫でる。途端に嬉しそうな顔をしてキャッキャとはしゃぐ幼女。

 

「はうっ……!」

 

  心臓を射抜かれたかのごとく胸を押さえるルイネ。しかし次の瞬間には瞳の中にハートマークが浮かんでおり、幼女を愛で始めた。

 

「きゃはは、ママ〜!」

「くぅっ、なんだこの可愛い生き物は……!」

 

  たまらないという顔をするルイネ。わかる、わかるぞその気持ち。俺もマリスに始めてパパと呼ばれた日は殴られるまで頭を撫でたもんだ。

 

「ふふっ、可愛いなぁ」

「くすぐったいよママ〜」

「……ルイネの顔、すごくとろけてる」

「……ハジメの次に可愛い」

「うぅ、私もナデナデしたいです……」

「お前らな……はぁ、ったく。お前はいつも驚かせてくれるな」

「カカッ、こいつは俺自身もびっくりだよ」

「八重樫がなんて言うかねぇ」

「ちょっとハジメ?不吉なこと言うのやめて?」

 

  ニヤニヤと意地の悪い顔をするハジメ。ふん、そういうことをする奴にはとっておきの仕返しをしてやろう。

 

「おーい、こっちおいでー」

「なぁにパパー?」

 

  トテトテと戻ってくる幼女。ルイネしゅんとした顔をする。この短時間で完全に籠絡されてやがる……!

 

  思わず写真に収めたいのをぐっとこらえ、幼女を抱き上げる。そしてハジメの方を指差して話し始めた。

 

「いいかい?この人はね、ハジメおじちゃんって言うんだ」

「ハジメおじちゃん?」

「なっ!」

 

  声を上げるハジメ。ふっふっふっ、俺をからかおうとした罰を受けるがいい!

 

「そう、ハジメおじちゃん。パパの大切な友達だから、挨拶しような」

「わかった!よろしくお願いします、ハジメおじちゃん!」

「ぐふっ!」

「ハジメさん!?」

 

  17歳でおじちゃんと呼ばれることに甚大なダメージを受けたハジメが、吐血して床に転がる。ふっ、これが俺の実力だ(ゲス顔)

 

「パパ、この人はー?」

 

  エボルト面(要するに悪人面)をしていると、幼女がユエを指差す。こわばるユエの表情。あなた300歳超えてますもんね、ユエおばちゃんなんて呼ばれたらシャレにならないですからね。

 

「こいつはユエ。それでこっちがウサギで、あれがシアさんだ」

「んー……」

 

  唇に小さな指を当て、悩む幼女。ソワソワと体を揺らしながら、冷や汗を流す三人。果たして幼女の出した答えは……

 

「ユエおねーちゃんとウサギおねーちゃん、シアおねーちゃん!」

「「っし!」」

「……よろしい」もふもふ

「ゲコッ」

 

  ガッツポーズをするユエとシアさんと、満足そうな顔で幼女の頭を撫でるウサギ。未だに撃沈中のハジメ。

 

  それに冒険者たちが笑い、和気藹々とした空気になる。それ以降のブルックまでの道のりは、幼女を中心にした俺たちと冒険者たちのバカ騒ぎで過ぎていった。

 

「着いたわよ」

 

  それから数時間、すっかり日が落ちた頃にようやく馬車が止まる。馬車を下りた俺たちは、約8時間ぶりに地面を踏みしめた。

 

  この前の青年同様門番をやっている冒険者にクリスタベルさんが手続きをし、一週間と数日ぶりにブルックの街へと足を踏み入れる。

 

  入って早々、冒険者たちはソーナちゃんから護衛以来に関するものだろう何かの書類を受け取るとギルドの方に歩き始めた。

 

「さて、俺たちはギルドに行って依頼完了の報告をしなくちゃな。それじゃあまたどっかで会おうぜ」

「おーう、元気でなー」

 

  帰りの馬車の中でそれなりに仲良くなった青年に手を振り、クリスタベルたちに乗せてくれたことの礼を言った俺たちは、これからの予定を決めることにする。

 

「これからどうする?とりあえずマサカの宿に行こうと思ってるが」

「オッケ。てことでソーナちゃん、今日大丈夫そう?」

「はい、しばらく隣町にいて離れてたのでわからないですけど、多分空いてます」

「そりゃ好都合だ。じゃあ厄介になるぜ」

「はい!……ぐふふ、今度こそアブノーマルなプレイを………」

 

  怪しい顔をしているソーナちゃんの先導で、マサカの宿に向かう。ちなみにクリスタベルさんには別れ際、明日店に行くことを言った。

 

「パパ、高い!」

「そうだろー?ほれ、高〜い高〜い!」

「きゃ〜!」

 

  理由はもちろん、俺たち一向に新たに加わったこの幼女の服を買うためである。当たり前だがオスカーの隠れ家に子供用の服なんてなかったし、ミレディもくれなかった。

 

  明日買うものを考えているうちに、マサカの宿に到着する。幸い、三人部屋が二つほど空いていたので俺たちとハジメたちで一つずつチェックインした。

 

  てっきりユエが反対するかと思ったが、どうやら道中聞いたところによると随分シアさんは頑張ったらしく、一度も弱音を吐かなかったとか。

 

  そのため多少は認めたのか、仕方なしと受け入れていた。シアさんは嬉しそうにユエに抱きついていた。うむ、良きかな良きかな。

 

  ていうかよく考えたらユエ三百年もぼっちだったわけだから、あんなに真っ直ぐ友愛を見せられたらいつかは折れるわな。この変化はある意味当然とも言える。

 

『九百年以上ぼっちだったお前がそれ言う?』

 

 それな。ていうか起きてたのかエボルト。

 

『ちょうど今な。寝てる間に色々と面白いことになってんじゃねえか』

 

  まさか二回も娘ができるとは思わなかったぜ。お前も後で紹介するわ。

 

『よろぴく☆』

 

 やっぱしない。

 

『ちょっ』

 

「風呂貸切にしたいんだけど、どれくらい空いてる?」

「今なら最大2時間まで使えますけど……どうします?」

「ハジメー、俺たちが1時間、そっちで1時間でいいか?」

「ああ、それでいい」

 

  そういうわけで、風呂に入ることにする。ハジメたちは後でいいというので、最初に俺たち三人が使わせてもらうことにした。

 

「ってことで、ウサギにカエルさんを返しなさい」

「なぬっ!?」

「ゲコッ」

 

  そんなごむたいな!という顔をする幼女。腕に抱え込まれたカエルがマイペースに鳴き声をあげる。

 

「うぅー、カエルさん……」

「……また後で、ね?」

「うん……わかったよウサギおねーちゃん……」

 

  名残惜しそうな幼女の頭を撫でると、手を引いてた風呂場に移動した。その間、他の宿泊客の微笑ましい目があったのはいうまでもない。

 

  風呂場に到着すると、貸切なのをいいことに三人一緒に服を脱いで……俺は真っ赤なコスチュームだけど……風呂に入る。

 

  その時、幼女の服を脱がせるのに苦労した。金色の装飾と秀逸な刺繍がいたるところに施された衣装が、結構面倒な造形をしていたのだ。

 

『これはミレディに抗議するしかないな』

 

 明日にでも行かないと(迷惑)

 

「わー!すごーい!」

 

  湯気に包まれた風呂場を見て、バンザイして飛び跳ねる幼女。緑色の髪と小さな体が上下する光景はなんとも可愛らしい。

 

  対するルイネは、やはりいつ見ても最高としか言いようのない美しい体をしている。くびれた腰、程よく筋肉のついたすらりと長い足と腕。そしてシアさんと同レベル、あるいはそれ以上の胸。

 

  風呂の中に立ち込める湯気でしっとりとしてきた髪をかきあげる仕草が、妙に艶かしい。いかんいかん、子供もいるんだからそういうのはアウトだ。

 

『常にギリギリな件について』

 

 ちょっと何言ってるかわからないですね。

 

  放っておくと風呂の中を走り回りそうな幼女を捕まえ、鏡の前に座らせると頭や体を洗っていく。マリスを育てていた経験があるので、力加減はお手の物だ。

 

『そいつ洗いながら自分の体も同時並行で洗ってるあたりすげえなお前』

 

 説明ご苦労さん。

 

「ほら、泡を流すぞー」

「パパ、あったかーい!」

「気持ちいいだろー?」

「マスター、背中を洗おう」

「おっ、サンキュ」

 

  俺が幼女を洗い、ルイネが俺の背中を洗う。側から見れば、完全に家族の光景だろう。実際そんなようなものだけど。

 

  そういえば、マリスも拾ってきた時こうやって風呂に入れたっけか。見ず知らずの俺に体に触れられているにも関わらず、全くの無抵抗だった。

 

  マリスと比べたら、こいつはかなり元気だな。頭についた泡を洗い流しながら、俺はそう思った。そのタイミングでちょうど、ルイネも俺の背中を洗い終える。

 

  体を綺麗にした俺たちは、お待ちかねの湯船に浸かった。思わず口からホッとした息が漏れる。ああ〜落ち着くんじゃあ〜。

 

「マスター、だらしのない顔になっているぞー」

「そういうルイネもなー」

 

  ふやけた顔をする俺たち。一度風呂の魅力に取り憑かれて仕舞えば、もう抜け出すことはできない……これ温泉旅館の広告に使われそう。

 

  そんな俺たちの前では、はじめての風呂にキャッキャとはしゃぐ幼女が泳ぎ回っていた。貸切だからこそできる芸当である。

 

『自由だな……』

「そうだなー……ん?」

 

 自由……自由か。

 

「おーい、こっちおいで」

「にゅ?」

 

  何?という顔で振り返った幼女が、こちらに泳いでくる。目の前まで来ると俺は幼女を抱き抱え、口を開いた。

 

「お前の名前は、今からリベルだ」

「リベル?」

「そう、リベルだ」

 

  復唱する俺。元ネタはローマ神話に登場する女神、リベルタスである。リーベルタースとも呼ばれる、自由を司る女神だ。

 

  こいつを作ったミレディや他の解放者たちは、神からの解放を、人々の自由を願っていた。ならばその願いの結晶であるこいつに、それに相応しい名前を。

 

「リベル……わたしリベル!」

「そう、よくできたな〜」

「えへへー、ママ!パパがほめてくれたよ!」

「ふふっ、よかったな」

 

  もう完全に母親の顔で答えるルイネ。こいつの中では既に幼女……いやリベルは、自分の娘として認識されているらしい。

 

  よっぽど名前をもらったのが嬉しかったのか、先ほどよりも早く風呂の中を泳ぎ回るリベル。それを微笑みながら見守る。

 

「なあ、マスター」

「んー?」

 

  心を開いてくれた頃のマリスを思い返していると、ルイネが声をあげた。そちらにゆったりとした動きで振り向く。

 

「私は、あの子の母親になろうと思う」

「というと?」

「まだたった数時間しか経っていないが……あの子の笑顔を守りたいと、そう思った」

 

  慈愛に溢れた声音と顔で、俺の目をまっすぐに見て言うルイネ。それに俺はゆっくりと肩をすくめる。

 

「そっか。なら覚悟しとけ、子育てについてみっちり教えてやるよ」

「ふふ、またマスターの指導が受けれるとは、感無量の思いだ」

 

  そうルイネと笑い合い、俺たちはリベルを見ながら時間いっぱい風呂を楽しんだのだった。




やべえ、また眠い中描いたから適当に…明日あたり修正するかもです。
次回、愛ちゃん先生たち登場。
お気に入りと感想をお願いします。


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道中

どうも、朝から電車が遅延しまくって大遅刻中の作者です。

シュウジ「よっ、シュウジだ。前回はまたブルックに行ったな」

リベル「私リベル!こんにちは!」

シュウジ「おお、来たのか。よく挨拶できたな、偉いぞー」

リベル「えへへー」

ルイネ「可愛い……」

雫「すごい顔になってるわよ…ていうか、なんで娘までできてるのよ。シューの初めての子供は私って決めてたのに」

シュウジ「ごめんごめん、それはおいおい…な?」

雫「もう……」

エボルト「ああ〜口の中が砂糖であふれて窒息しそうなんじゃあ〜。今回は愛ちゃん先生の話だぜ。それじゃあせーの…」

五人「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」


 ブルックの街から所変わって、とある街道。

 

「……………」

 

  私……今世では畑山愛子は、大型馬車の中で黄昏ていた。頬杖をつき、窓の外をぼんやりとした気持ちで見つめる。

 

  この世界に来てから数ヶ月、私はこうやって世界各地の農地巡りをハイリヒ王から言い渡されている。現在の目的地は、ウルの街という湖畔にある街だ。

 

  作農師という貴重な職業は、戦争中であるこの世界の食糧事情に多大な影響を及ぼすことができる。その影響力を使って、以前生徒たちの安全を確保したりもした。

 

『ソノ時ハ失敗シタ、トモ言ッテイタガナ』

 

  あれは記憶が戻ってから直後のことで、少々感情が高ぶっていたからです。もう二度はあのような醜態は晒しません。

 

  話を戻そう。この遠征は、私にとって案外好都合なものだ。この世界の情勢を自分の目で直に見て情報を集めることができる。

 

  生徒たちの様子を把握できないというデメリットは、ネルファによって解決した。彼女とは定期的に、通信魔法であちらの様子を報告してもらっている。

 

  故に以前にも増して、私はこの遠征に集中していた。仕事さえこなせば、あとは何も口出しはされない。思う存分動くことができる。

 

  それでも監視はつくが、あんなもの尾行のびの字にすら入らない。それ以前に魔法で作った偽物(デコイ) を尾けている時点でお察しだ。

 

  情報収集は概ね順調、なんの問題もない。このままいけば、いずれあの人の情報もつかめることだろう。

 

 唯一、何か問題があるとすれば……

 

「愛子、大丈夫か?疲れていないか?」

 

  ……教会から派遣された男ども(これら)の相手をしなければいけないことだろう。

 

「ええ、平気です。そんなに心配されなくても、先ほど休憩したばかりなのですから大丈夫ですよ」

 

  話しかけてきた隣に座る男……神殿騎士団専属護衛隊隊長のデビッドに、畑山愛子を装いにこやかに答える。内心はため息だ。

 

  以前の生徒たちの戦闘訓練についての件以降、私には護衛がつくようになった。それも外見が整っている男ばかりが、だ。

 

  少し考えれば誰でも思うが、私をハイリヒ王国につなぎとめるためにあの老害がけしかけたハニートラップである。前世で自分もやっていたから、すぐにわかった。

 

  素直に答えよう。面倒で仕方がない。あの人のもとでハニートラップに対する訓練をした私からすれば、彼らの薄い笑顔は滑稽にしか映らなかった。

 

『最初ハアマリニモ辟易シテ、食オウトシタナ』

 

  私が止めていなければ、あなた彼らが寝ている間に食い散らかしていたでしょう。

 

  ずっと見ていたらノイローゼにでもなりそうだったので、精一杯頑張る畑山愛子を演じて逆に利用させてもらうことにした。

 

  結果は見ての通り。ミイラ取りがミイラになり、彼を含めこの馬車に乗る四人の神殿騎士は私の仮面に惚れている。それを知った時の生徒たちの顔は少し面白かった。

 

 神殿騎士専属護衛隊隊長デビッド

「心配するな。愛子は俺が守る。傷一つ付けさせはしない。愛子は…俺の全てだ」

 神殿騎士同副隊長チェイス

「彼女のためなら、信仰すら捨てる所存です。愛子さんに全てを捧げる覚悟がある。これでも安心できませんか?」

 近衛騎士クリス

「愛子ちゃんと出会えたのは運命だよ。運命の相手を死なせると思うかい?」

 近衛騎士ジェイド

「……身命を賭すと誓う。近衛騎士としてではない。一人の男として」

 

  ちなみにこれが、この時の彼らの言葉だ。私を守ろうとしていた生徒たちのぽかんとした顔は今でも忘れない。

 

  さらに言うと、その生徒たちは今も馬車に一緒に乗っている。園部優香という女生徒をはじめとして数人ほど、遠征についてきていた。

 

  なんでも彼女ら曰く、私に下手なことをしないかどうか見張っている、らしい。別に何をされても、彼ら程度の力ではソレに食わせるしかないのだが。

 

『若イ人間ノ肉ハジューシーデ美味イ。早クソノ時ガ来ナイモノカ……』

 

  こら、我慢しなさい。まだ彼らには駒として動いてもらう必要があるのですから。面白いように教会のことも話してくれますしね。

 

「ふふ、隊長は愛子さんが心配で堪らないんですよ。ほんの少し前までは一日の移動だけでグッタリしていたのですから……かくいう私も貴方が心配です。ホント遠慮をしてはいけませんよ?」

「その節はご迷惑をお掛けしました。馬車での旅なんて初めてで……でも、もう大分慣れましたから本当に大丈夫です。心配して下さり有難うございます。チェイスさん」

 

  アレと話しながら、適当に騎士たちをあしらう。頬に手を当て、少し恥ずかしそうにする仕草も加えれば完璧だ。

 

『悪イ女ダナ』

 

  教えたのはあの人です。それに私の演技など、一千年の歳月の中で数百の顔を持っていたあの人に比べればなんてことない。

 

  それでも、少なくともあの人やネルファ、ルイネなどでなければ見破られるとは思っていない。ハニートラップと格闘。それが私の最も得意とするものなのだから。

 

  そもそもの話、バテていたのは記憶が蘇る前の話だ。外見こそ変わっていないものの、ネルファ同様〝中身〟は前世のものに変えてある。

 

  今なら一週間動き続けても問題ないだろう、と思っているとさりげなくさり気なくチェイスが手を取ろうとしてくる。

 

「ゴホンッ!」

 

  しかし、それは対面に座る少女の咳払いと鋭い眼光によって止められた。先ほど言った女生徒、園部優香である。

 

 補足しておくとこの馬車は八人乗りであり、外には一個小隊規模の騎士達が控えている。隊長と副隊長が揃って馬車の中にいていいのかと思うが。

 

『余程オ前ト離レタクナイノダロウ。クク、仮面ヲ被ッタオ前トナ』

 

 ……含みのある言い方ですね。

 

「おやおや、睨まれてしまいましたね。そんなに眉間に皺を寄せていては、せっかくの可愛い顔が台無しですよ?」

「はんっ、愛ちゃん先生の傍で、他の女に〝可愛い〟ですか? 愛ちゃん先生、この人、きっと女癖悪いですよ。気を付けて下さいね?」

 

  並みの女性ならそれだけで堕ちそうな顔で微笑むチェイスに、今にも唾を吐き捨てそうな顔で私に言う園田さん。その意見には賛成だ。

 

  ハニートラップということは、彼らは自分たちが容姿的に優れていると自負しているわけである。その上であの顔は気色悪いことこの上ない。

 

  ネルファあたりなら「自分の美しさを武器に使うのは素晴らしいことですわ」とでも言いそうだが、私はダメだ。普通にキモい。

 

「そ、園部さん。そんなに喧嘩腰にならないで」

 

  それでも本性を悟られるわけにはいかないので、アワアワと慌てた演技をして答える。教師として生徒を騙すのは、心苦しいが。

 

 

 

「そうそう、園部はんの言うとおりですわ。神殿騎士っちゅーのは随分と好色なんやなぁ?」

「いやぁ、怖いわぁ。ウチも狙われるんちゃいます?」

 

 

 

  そんな園部さんに同調する声が二つ。全員がそちらを見れば、ニコニコと笑顔を貼り付けた二人組がいた。

 

  一人は長い髪を縛った男、一人は斜めに髪を切りそろえた女。瓜二つの顔をした双子の兄妹はそれぞれ白黒と青黒のチェックのスカーフ、そして共通の黒と紫の軍服を着ている。

 

  兄のハクと妹のソウ。騎士団に最近入隊したこの二人組は、神殿騎士とともに遠征についてきていた。

 

  この世界に似つかわしくない軍服とエセ関西弁、異常なほどの戦闘力。そして……見覚えのある黄金の小さなボトル。神殿騎士すら話しかけるのをためらう、不気味な存在だ。

 

  彼らの正体は、なんとなく気がついている。おそらくあの人と一緒にいたあの怪人……エボルトとやらの差し金だろう。

 

  何を思ってこの二人に私を()()させているのかは知らないが、いざとなれば叩き潰せばいい。

 

  クスクスと笑う彼らから目線を外し、園部さんに向き直る。先ほどの彼女のセリフで、一つだけ本心から疑問がある。

 

「園部さん。せっかく〝先生〟と呼んでくれるようになったのに〝愛ちゃん〟は止めないんですね……普通に愛子先生で良くないですか?」

「ダメです。愛ちゃん先生は〝愛ちゃん〟なので、愛ちゃん先生でなければダメです。生徒の総意です」

 

  ……どうしよう、意味がわからない。しかも生徒達の共通認識?これが今の世代の思考なのか?助けてください先生。

 

『ソンナクダラナイ事デ頼ルナ……』

 

  生徒たちに頭を悩ませていると、不意に馬車が止まった。同時に、前方に何十もの気配を感じる。

 

  窓から顔をのぞかせれば、馬車の周りに騎士たちが固まり、臨戦態勢を取っていた。前を見ると、粗野な装備に身を包んだ集団が道を塞いでいる。

 

「……野盗ですか」

「あらあら、これは大変ですわぁ」

「ぎょーさんおりますねぇ兄様(あにさま)

 

  ぽつりと呟くと、同様に顔を出した兄妹がのんびりと会話する。そこに緊張は全くなく、脅威と認識していないのがわかる。

 

  まあ、それは私も同じことだ。あの程度なら神殿騎士たちが撃退してくれるだろう。既にデビッドたちは立ち上がっている。

 

「愛子はここにいてくれ、俺たちが戦う」

「はい、お願いしまーー」

 

『腹ガ減ッタ』

 

 ………なんですって?

 

『腹ガ減ッタト言ッタンダ。アノ野盗ヲ食ワセロ』

 

  あなた、朝もたくさん食べたでしょう。まだ足りないというのですか?

 

『フン、干し肉とスープ(あんなもの)食ッタ内ニ入ラン。死ニキッタ肉ダ』

 

  ……はぁ。あなたが一度そう言い始めると、私が動かざるを得なくなるのを知っているでしょう。

 

『アア、ダカラ動ケ。殺シテ食ワセロ』

 

 ………仕方ながないですね。今回だけですよ。

 

「〝沈黙(サイレンス)〟」

 

  小さく魔法を唱える。すると立ち上がっていたデビッドの目が虚ろになって椅子に座り、他の全員も同様になった。

 

「あら、寝てまいましたわ」

「不思議やなぁ」

 

  ……いや、若干二名ほど平気な人間がいた。ハクとソウはケロリとした様子で不思議そうに首を傾げている。思わずため息が出た。

 

「あなた達は生徒たちを守ってください。前の野盗は私が倒します」

「おお、わかりましたわ。ほんじゃいってら〜」

「なあなあ兄様、このムカつくイケメンどもに落書きしてやりましょか?」

「おっええこと思いつくなぁ」

 

  軽いノリの二人に若干の不安を覚えながらも、扉をあけて外に出る。すると騎士たちも表情の抜け落ちた顔をうつむかせていた。

 

  軟弱な騎士たちに何度目かもわからない溜息を吐きながら、野盗たちを見る。突然動かなくなった騎士たちに、野盗は困惑していた。

 

  スーツの前のボタンを外し、ゴキリと首を回しながら、野盗たちに歩み寄っていく。野盗は私を見て、女だとわかった途端ニヤニヤとし始めた。

 

「おーおー、こいつは可愛らしい嬢ちゃんじゃねえか。なんだ、命乞いにでもきたか?」

「二十……いや三十ですか。少しは腹の足しになりますか?」

『アア、充分ダ』

「あん?何言ってーー」

 

 

 ブチンッ

 

 

  首を傾げていた野盗のリーダーと思しき男の頭が、消えた。ぽかんとする野盗たち。

 

  数秒ほど固まった野盗たちは、ゆっくりと私を見る。私のからだのそばでは、ソレの悍ましい顔が体から出てきて男の頭だったものを咀嚼していた。

 

「お味はいかがでしょう」

「……ソコソコ。アノ騎士ドモヲ食エバヨカッタ」

「今更わがままを言わなでくださいよ、わざわざ魔法まで使ったんですから」

「な、なぁ……!?」

 

  会話する私たちに、戦慄の表情を浮かべる野盗たち。そんなことをしている間に、また一人頭を食い千切られる。

 

  流石に二人目ともなれば反応するようで、怒りの表情を浮かべた野盗たちは一斉に襲いかかってきた。それを冷めた目で見据える。

 

  まず最初に剣を振りかざした野盗を、手をソレで覆って適当に殴り砕く。破裂した内臓や骨が空中に飛び散った。

 

  それに固まる後陣にソレが蛇のような動きで接近し、三人まとめて頭を食い千切る。そのまま一周回転して円の中にいた野盗を捻り殺した。

 

「せいぜい十人程度にしておきなさい。あとは騎士たちが倒したことにします」

「了解」

 

  返答の言葉を返しながら、ソレはまた一人新たに頭を飲み込む。それを見ながら、私の方に襲いかかってきた野盗の両足を蹴り砕いた。

 

  私の指示通り、ソレは十人ほど頭をもぐと食べるのをやめた。後は簡単で、両足からソレをめいいっぱい野盗たちの足元に広げる。

 

  そして下から一気に串刺し、あるいは街道の両脇にある木で向きを変え、茂みのに隠れていた野盗もろとも頭を切りとばすことで皆殺しにした。

 

  馬車の外に出てからものの数分で、野盗だったものは全て頭のない骸と化した。ソレが血だまりの中に沈む〝食べ残し〟を齧る。

 

  肺、膵臓、肝臓、腸……ソレが一通り食って満足すると、体内に戻して馬車に戻った。おっと、服に付いた血を取っておかなくては。

 

  魔法で返り血を消すと馬車に乗り込み、「「おかえりなさいセンセイ〜」」と手を振る兄妹に答えると、もともと座っていた場所に腰を下ろす。

 

  そうするとパンッ、と合唱して魔法を解除した。途端に自我を取り戻し、顔を上げるデビッドたちや生徒たち。

 

「あ、あれ?私は一体何を……」

「ありがとうございます、デビッドさん。野盗を倒してくれて」

「え?あ、ああ。そうだったな。愛子を守るためなら当然さ」

 

  目を見て軽い暗示をかけると、あっさりかかってくれたデビッドはにこやかに頷く。それにまたケッと園部さんが悪態をついた。

 

 

 

  その後、彼女ら同様に元に戻った外の騎士たちが自分たちが倒した〝ことにした〟野盗の死骸を片付け、また馬車は進み始めるのだった。




うーん、冷徹さがちゃんと出ているだろうか。
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いざフューレンへ

どうも、ヴェノム三回観た作者です。何回見ても面白い!

シュウジ「こんにちは、愛と勇気がお友達(笑)のシュウジだ。前回はブルックにまた行ったぜ」

リベル「街ってにぎやかだね!」

ユエ「ん、はぐれないように手を繋ぐ。あそこのクレープ食べる?」

シア「あっずるいですよユエさん!リベルちゃん、お姉ちゃんとケーキ食べに行きましょう?」

ウサギ「…キャロットケーキ」

ハジメ「リベル、クッキーいるか?」

ルイネ「待て待て皆、リベルは私の娘だ。リベルの食事は私が作る」

エボルト「お前ら全員懐柔済みじゃねえか。で、今回はブルックを後にするときの話だ。それじゃあせーの…」


八人「「「「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」」」」


 ブルックの街の一角にある、とある場所。

 

「……………」

 

  その場所で俺は、無言で瞑目していた。腕を組み、仁王立ちをしながら体の中で闘気を高め、静かにその時を待っている。

 

  これから俺が相対するのは、この世界の中で最大に匹敵する脅威である。瞬間的とはいえ、その力はエヒトをも超えるだろう。

 

  いまだにその姿を見ていないはずなのに、既に心臓は早鐘を打ち、頭の中は緊張で満たされ、武者震いが全身を伝っていく。

 

  いや、むしろこの時点で既にそれとしのぎを削り合っている気さえした。イメージだけでこの俺にそう思わせるほど、相手は手強い。

 

  まるで世界の終末を迎えようという時に、未来をつかめるか否かの瀬戸際にいるような、極限の集中。

 

  ひたすらに精神統一をしながら、ただひたすらにその時を待って、待って、待って………そしてついに、その瞬間は訪れた。

 

  シュッ!という音ともに、前方にあるものが開く。それに俺はクワッ!と目を見開き、勢い良くうつむかせていた顔を上げ、カメラを取り出し……!

 

「パパー、これどーお?」

 

 

 パシャッ

 

 

  試着室から出てきたリベルを撮影した。一枚だけにとどまらず、何枚もパシャる。リベルは撮られるのが面白いのか、キャッキャとはしゃいだ。

 

「俺は写真撮影においても頂点に立つ男だ……!」

「またこのテンションかよ。前は一晩ちくわかはんぺんか悩んでなかったか?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

  分離しているエボルトの呆れたような声に俺は答える。そういえばオスカーの隠れ家でも似たようなことハジメとやってたな。

 

  改めて紹介しよう、ここは例のオカm……けぷこんけぷこん漢女であるクリスタベルさんの経営する服飾店である。

 

  周囲には服の積み重ねられた棚や服を着た木製のマネキン、帽子やちょっとしたアクセサリーなどが陳列されている。地球とそう変わらない。

 

  なぜここに俺とリベルがいるか。その理由は当然、服を買うためである。俺のではなく、主にリベルの服をだ。

 

  ブルックの街に滞在し始めてからはや一週間。どうやらリベルは服を着るのが好きらしく、二日に一回の頻度で足を運んでいた。

 

『まああのめんどいローブずっと着られても面倒だからな。この一週間で20着は買った気がするが』

 

  使う機会がほとんどなくて、冒険者稼業で稼いだ金は十分にあるしな。それに、もし手持ちが尽きたとしても()()()()()()()()()()

 

  とまあ、そんな俺の懐事情はともかく。この一週間でもう完全に俺とルイネの娘としてうちの一行の中で定着したリベルは、今日も今日とて可愛さが引き立っていた。

 

  リベルはあのローブのような重厚なものより軽い服が好きらしく、フリフリとしたドレスよりもノースリーブのシャツやホットパンツなどを好んでよく着る。

 

  今着ているのも、青地にピンクでドクロの描かれたシャツとホットパンツ、赤い宝石のあしらわれた茶色のサンダルといったコーデだ。うん、超可愛い。

 

  ちなみにこれ、8着目である。既に7セットほどコーディネートされた服がカゴに入っており、全部買う予定だった。

 

「親バカめ」

「俺が目を離してる隙に頻繁に買い食いさせてんの知ってんぞコラ」

「な、なんだってー!?」

「成長に悪いからあんまり食べ過ぎさせんなよー」

 

  ジト目で見ると、エボルトはヒューヒューと下手な口笛を吹いて顔ごと目をそらす。ひと昔前の子供か。

 

「いいよいいよ!もう少しバンザイして!」

「こーお?」

「Excellent!」

「無駄な発音の良さだな」

「まったくだ。見ようによっては事案だぞ?」

 

  写真を撮り続けていると、隣の試着室からエボルトの発言に同調する声が聞こえてきた。

 

  そちらを見ると、聞き覚えのある声の主はシャッとカーテンを開ける。カーテンの中から出てきたのは、リベル同様に可愛らしい服を着たルイネだった。

 

  ピンクのトップスに金色のベルト、ベージュの膝丈のスカートにリベルとお揃いのサンダル。頭にはいつも通り俺の作ったカチューシャをつけている。

 

「おお、似合ってるな」

「うむ、とってもBeautiful」

「なんでさっきからそんな滑舌いいんだ?」

「そ、そうか。ならよかった」

 

  耳のあたりの髪をいじりながら、少し頬を赤くするルイネ。これは照れた時のルイネの仕草だ。ちなみに極限まで照れるといじる速度が速くなる。

 

「ママ、お揃いだよ!」

「うむ、そうだな」

 

  見て見て!と自分のサンダルをアピールするリベルの頭を、慈愛のこもった微笑みを浮かべ撫でるルイネ。どこからどう見ても仲良し親子だ。

 

  これは永久保存不可避と写真を撮ると、それに気づいたルイネがリベルを抱き上げたのでまた一枚撮る。今度は肩車でパシャリ。

 

  それから何枚か写真を撮っていると、クリスタベルさんが奥から出てきた。そして自慢げな顔をする。

 

「どうかしら、私のコーディネートは♡ルイネちゃんの魅力を引き出してると思うのだけど♡」

「ああ、あんた最高だよ。もともと女神だったルイネがさらに完璧になっちまった。感謝してもしきれないね」

「な、なにをっ……!」

 

  赤面するルイネを尻目に、がっしりとクリスタベルさんと握手を交わす。太いその腕の見かけに違わず、非常に力強かった。

 

  そのまま離さないのではないかという力のこもった腕を、笑顔のまま振りほどく。すると、俺を野獣のごとき目で見ていたクリスタベルさんは驚いた顔をした。

 

『ヤ☆ラ☆ナ☆イ☆カ』

 

 やめなさいよ(戦兎風)

 

「ふふっ、強いわねぇ。強い男は好きよ♡」

「そりゃどうも。今後とも良い服、期待してるぜ?」

「ご期待には応えてみせるわん♡」

 

  クネクネと体をくねらせるクリスタベルさん。ふう、この人の相手をするのは骨が折れるぜ。服のセンスは抜群だけど。

 

  いつも通りのやりとりを終えた俺たちは、リベルにナデナデされているルイネが復活するのを待ってから会計をした。

 

  ルイネはいくつか選んだものの中から気に入ったものだけを買うタイプなので、今着ているワンセットとリベルの服を購入し、エボルトを吸収して店を後にする。

 

『なんで俺吸収された?』

 

 気分。

 

  店を出た俺たちは俺はリベルと右手を、ルイネは左手を繋いでおり、三人横一列に並んで歩いた。リベルはニコニコと上機嫌に俺たちの手を揺らしている。

 

「いやーいい買い物したな」

「したー!」

 

  俺の言葉を復唱するリベル。天使に相違ないその笑顔に、リベルを挟んで向こう側を歩いているルイネとほっこりとした顔をした。

 

 

 

 ザッ!

 

 

 

  そろそろリベル用のアルバムを作るべきだろうかと考えていると、突如前方に謎の集団が現れた。

 

 

 ●◯●

 

 

  どこからともなく姿を現したその集団は俺たちの前に立ちふさがり、道を塞ぐ。その目には剣呑な光をたたえて……こう言うと何かシリアスに聞こえるよね。

 

『お前のその発言で台無しだよ』

 

  集団は三分の二が男で構成されており、残りの三分の一ほどが女性という構成だ。男たちは皆一様に俺たち……というより、ルイネとリベルを見ている。逆に女性は俺を見ていた。

 

  鬼気迫る表情のその集団に、しかし俺たちはまったく焦っていなかった。なぜかって?このあと起こることをもう知ってるからさ。

 

  既にスタンバイ完了している俺たちの前で、集団の全員が一歩前に出る。そして……

 

「「「「「シュウジ様、私と付き合ってください!」」」」」

「「「「「ルイネさん、俺の奥さんになってください!」」」」」

「「「「「リベルちゃん、俺の娘になって!」」」」」」

 

  一糸乱れぬ動きで、腰を九十度に曲げて同時にそういった。まさに無駄に洗礼された無駄のない無駄でしかない統率具合だった。

 

『無駄無駄無駄無駄ァーーー!』

 

 いやそれは無駄の意味が違う。

 

  ブルックの街に来てからいくつか頭を悩ませていることがあるのだが、そのうちの一つがこれだ。謎の集団告白である。

 

  通称「ルイネさんをお嫁にし隊」と「リベルちゃんを娘にし隊」、そして「シュウジ様の彼女になり隊」という彼らは、この一週間同じようなことを繰り返し行ってきた。

 

  まあ、気持ちは分からなくもない。ルイネは女神だしリベルは天使だし、俺も主観的に見ても客観的に見ても相当容姿は整っている。

 

『さりげなくナルシスト発言頂きましたー』

 

 ご注文はう◯ぎですか的な?

 

  しかし、俺たちの答えは決まっているわけで。

 

「すまないが、パスだ」

「断る」

「やっ!」

「「「「「ぐふぅっ!」」」」」

 

  崩れ落ちる三隊の方々。もう一週間ともなればその光景も見慣れたもので、もはや苦笑すら湧いてこない。

 

  暴走して何か下手なことをしでかす前に、ルイネがパパッと予備の金属糸で全員を縛ると通行人の邪魔にならないよう、適当に道の隅に転がしておいた。

 

  最初の頃は放っておいたのだが、目に余る過激な行動をする輩も少々いたので、今はこうして動けないように処理してからやり過ごしている。

 

  荒波を立てぬようやんわりと対応していたのがまずかった。それに調子に乗った奴がルイネやリベルに手を出そうとしたので、一度本気の殺意をぶつけたのだ。

 

  そしてはっきり言った。俺は二人を誰にも渡す気はないと。今後また二人に危害を加えようとするのなら、死を覚悟してもらうと。

 

  それ以降は鳴りを潜めたが、用心を重ねて何かが起こる前に対処することにした。これがその結果である。

 

『そのせいで「シュウジ様に殺され隊」とかできてるけどな』

 

 自業自得って怖いよね☆

 

  あ、ちなみにユエたちにも似たようなのがいる。確か「ユエちゃんに踏まれ隊」、「シアちゃんの奴隷になり隊」、「ウサギちゃんの椅子になり隊」である。

 

『この街変態多スギィ』

 

  あと「カエルにビンタされ隊」ってのもあったな。あのカエル、大人しくしてればデフォルメされたカエルみたいで可愛いしな。

 

  で、一番問題なのが「お姉さまと姉妹になり隊」。これはハジメがユエたちに付き纏っている害虫と自己解釈した過激派集団で、ハジメを排除しようとしていた。

 

  んで、ナイフ持って突撃した女の子が服剥ぎ取られて亀甲縛りで一番高い建物に吊るされてた。「次は殺します」って張り紙付きで。それ以降大人しくなった。

 

『やり方教えたのお前だけどな』

 

  あれ、そうだっけ?あいつに教えたもの多すぎて覚えてねえわ。

 

「まったく、困った連中だ」

「わたしのパパはパパだけなの!」

「おごふっ」

 

  やべえ、リベルの発言に特大ダメージ受けた。これはもうスイーツ巡り確定ですね。

 

『お前さっき無駄な間食はさせないって』

 

 それはそれ、これはこれ、だ。

 

『うわぁ暴論』

 

  そんなことを話している間に、ハジメたちとの合流場所である冒険者ギルドが見えてくる。俺はデップースーツに早着替えした。

 

  冒険者ギルド前に着くと、そこにはもうすでにハジメたちがいた……足元に無数の気絶した男たちを転がしながら。

 

『どうやら今日も包囲されたみたいだな』

 

 懲りないねぇ。

 

「おーいハジメ、お待たせー」

「シュウジか。ったく、とんだ待ち時間だったぜ」

「……ん、変態撲滅」

「うう、面倒ですぅ」

「……しつこい」

「ゲコッ」

 

  ため息を吐くハジメ、硝煙を吹き消すように指先に息を吹きかけるユエ、ガックリとうなだれるシアさん、カエルを撫でるウサギ。皆お疲れのご様子だ。

 

「ハジメおじちゃん、だいじょぶ?」

「おじっ……ああ、大丈夫だ。ありがとな」

 

  おじちゃんって呼ばないでくれ、と言いかけたハジメはしゃがむと、以前のような柔和な笑顔でリベルの頭を撫でる。すっかり懐柔されてらっしゃる。

 

  まあそれは俺たち全員同じことなんだけどね。ユエとシアさんなんか、この前どっちがリベルを抱っこして寝るか争っていた。

 

『結局いつも通りお前ら三人で寝た件について』

 

 収集つかなそうだったからね!仕方ないね!

 

  例のごとく隅の方にどかすと、ギルドの中に入る。カランカランとドアに取り付けられた鐘がなり、俺たちの来訪を告げた。

 

  ギルド内のカフェにはいつも通り何人かの冒険者がおり、こちらに気付いて手を挙げて挨拶する者もいる。勿論、ルイネやユエたちに見惚れながら。

 

「おっ、〝スマッシュ・ラヴァーズ〟だ」

「よう〝スマッシュ・ラヴァーズ〟!」

「「……………」」

 

  挨拶ついでにハジメとユエが変なパーティ名で呼ばれていた。二人はもはや悟りを開いたような顔でシカトしている。

 

  ちなみに〝スマッシュ・ラヴァーズ〟とは、言い寄る男たちに股間スマッシュをするユエと、ユエやシアさんをかけて決闘しようとする男を〝け〟の字で撃つ決闘スマッシュのハジメから来ている(俺ペディア参照)

 

「おや、今日は全員で来たのかい?」

「ああ、ちょっと挨拶をと思ってな……ていうか、相変わらず認めた覚えのないパーティ名で呼ばれてるんだが」

「じゃあ正式なパーティ名をギルドで登録していきな」

 

  おばちゃん(キャサリンさんという)の言葉にそれもそうだな、とハジメは考える人のポーズをする。そして数秒ほど考えて。

 

「じゃあ〝ハジメと愉快な仲間たち〟で」

「うっわネーミングセンス」

「後ろの娘さんたちすごい顔してるよ」

「「「…………………」」」

 

  突っ込む俺とキャサリンさん。それじゃあ、とハジメはまた考える。

 

「じゃあ〝ああああ〟で」

「もうめんどくささを隠そうともしないね」

「「「…………………………」」」

 

  某ドラゴンなんちゃらのごときネーミングをしようとするハジメに、穴が空いたような目をするユエたち。是非もないよネ!

 

  結局面倒ってことで〝スマッシュ・ラヴァーズ〟のまま放置して、色々お世話になったキャサリンさんに挨拶する。明日には出発する予定だからな。

 

「そうかい、行っちまうのかい。寂しくなるねえ」

「まあ、世話になった」

「いいってことよ。それで、次はどこに向かうんだい?」

「フューレンだ」

 

  はいはいフューレンね、と何か依頼がないか探し始めるキャサリンさん。フューレンとは中央商業都市のことである。

 

  次に向かおうとしている大迷宮がグリューエン砂漠にある【グリューエン大火山】なのだが、その行き道にあるのでどうせならと寄ることになったのだ。

 

  調べてもらった結果、フューレンへの護衛依頼が一件あった。中規模の商隊らしく、十五、六人ほどの護衛を募集しているそうだ。

 

  ちょうど二人分空きがあるみたいで、冒険者登録をしている俺とハジメでピッタシ上限に達するらしい。

 

「馬車があるから移動にもいいと思うけど……受けるかい?」

「ふむ。乗り物があるから移動には困ってないが……どうする?」

 

  俺たちに視線をよこすハジメ。独断で決めないあたり、オスカーの迷宮にいた時よりずいぶん柔らかくなったなぁと思う今日この頃。

 

「モチのロン、オッケーだぜ」

「ああ。たまには悪くない」

「ばしゃー!」

「……急ぐ旅じゃない」

「他の冒険者さんたちと情報交換できるかもしれないですよ!」

「……のんびり旅」

「ゲコッ」

「そうか。じゃあ受けさせてもらおう」

「はいよ、それじゃあ依頼主には連絡しておくから、明日の朝正門に集合で遅れないようにね」

「重ね重ね、感謝する」

 

  ぱっぱと仕事を片付けていくキャサリン。優秀だなぁと思っていると、なにやら一通の便箋をハジメに渡した。

 

「これは?」

「あんたたちは色々厄介なものを抱えてそうだからね。町のもんが迷惑もかけたみたいだし、ギルドと揉めたらそれを見せな。おっと、詮索はなしだよ?いい女には秘密がつきものだからね」

「だから、あんた一体何者だよ……」

 

  ピシッとポーズを決めるキャサリンさんに引きつった笑顔を浮かべるハジメ。それに思わずケラケラと笑ってしまった。

 

  ともかく、そうして俺たちはフューレンへと向かう道すがら、護衛依頼を受けることとなったのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

 で、翌朝。

 

「まったく、この街はどうなってんだ」

「災難だったなぁ」

 

  肩を怒らせて正門に向かうハジメに、俺はケラケラと笑う。後ろを見れば、疲れたような顔をしたユエやシアさんたちがいた。

 

  昨日、ギルドで依頼を受けたあと一週間世話になった場所に挨拶回りに行ったのだが、そこで色々あったのだ。

 

『無駄に完成された隠密での覗きとか、クリスタベル強襲事件とかな』

 

 そうそう、それそれ。

 

  まず、昨日が最後の日と聞いて、マサカの宿のむっつりスケベ娘であるソーナちゃんが俺でさえ驚く隠密で風呂を覗きにきた。

 

  勿論すぐにゲンコツを落として宿の女将さんに引き渡したのだが、たった一週間で覗きのためにあれほどの隠密を身につけるのは、さしもの俺も驚いた。

 

『いるよな、エロいことに関してだけ異常にステータスが高くなるやつ』

 

  次にクリスタベルさん。これはハジメが断固として拒否したのだが、ハジメとウサギ以外の全員が利用していたので仕方なく挨拶しに行った。

 

  で、案の定ハジメに襲いかかった。それに恐怖したハジメが、ミレディのゴーレムを倒すときにも使ったらしいパイルバンカーで粉砕しようとしたのである。

 

  それをなんとか止めたのがユエとシアさん。二人が疲れた顔をしているのはそのためだ。お疲れ様です。

 

  俺?俺は殺気で牽制してた。いくら異世界特有の謎に強いオカマといえど、生きてきた年数が違うってもんだ。

 

『お父さんっていうよりお爺ちゃんと呼ばれても仕方がないな』

 

 やかましいわエボルトおじさん。

 

  そうこうしているうちに、正門にたどり着く。そこにはすでに馬車が数台集まっており、護衛の冒険者たちが俺たちの方を振り向いて驚いた。

 

「お、おい、まさか残りのやつらって〝スマ・ラヴ〟と〝マイティー・ファミリー〟なのか!?」

「マジかよ!嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」

「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」

「いや、それはお前がアル中だからだろ?」

 

 ユエたちの登場に喜びを表にする者、股間を両手で隠し涙目になる者、手の震えを俺たちのせいにして仲間にツッコミを入れられる者など様々な反応だ。

 

  あ、〝マイティー・ファミリー〟ってのは俺たち三人のことね。過激派を収めた時の俺の殺気と、ルイネの巧みな操糸術からそう呼ばれてる。

 

  リベル?リベルは可愛さが最強だってことさ。まあ普通に戦闘能力も高いんだけどね。

 

『二つ合わさってより最強に見える……』

 

 エボルト大正解。

 

  ハジメの嫌そうな顔にほれほれと煽りながら近寄ると、商隊のまとめ役らしき人物が近づいてきて声をかけてきた。そこそこ年配の男だ。

 

「君達が最後の護衛かね?」

「ああ、これが依頼書だ」

 

 ハジメが、懐から取り出した依頼書を見せる。それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。そちらの〝レコードホルダー〟ともども、道中の護衛は期待させてもらうよ」

「……もっとユンケル?商隊のリーダーって大変なんだな……」

「ハジメ、それちゃう」

 

  某栄養ドリンクのユン◯ルと間違えたハジメに、モットーさんは首を傾げながらも「まあ商人だからね」と答えた。

 

「まあ、期待は裏切らないさ」

「それは頼もしい……早速で悪いが、君に相談がある。その兎人族……売るつもりはないかね?」

 

  スッと商売人の目になって、シアさんとウサギを見るモットーさん。そこからは利益を求める人間特有の強かさがうかがえる。

 

  この男、なかなか良い目をしている。ウサギはもちろんのこと、シアさんも青みがかった白い髪に整った顔立ちと、非常に優れた容姿の持ち主だ。

 

  ウサギは違うが、シアさんの首輪を見てすぐに売買を持ちかけるあたり、この商人は目利きが良い。優秀と言っていいだろう。

 

 だが、俺たちの答えは決まっている。

 

「ウサ耳のおっさん」

「……は?」

「地獄のブートキャンプで身も心も逞しくなったウサ耳ウサ尻尾のおっさんが数十人その子を買うと必然的についてくるハッピーセット」

「いや、別にウサ耳のおっさんはいらな……」

「いらなくてもついてくる。一族総出でついてくる」

「えぇ……」

 

  真顔で淡々というハジメに困惑するモットーさん。笑いをかみ殺す俺たち。え、お前が育てたんだろ?何のことやら。

 

『こいつなかったことにしやがった……』

 

  プレデターハウリア?HAHA、そんなの知らない知らない。

 

「まあ、それは冗談としても、だ」

 

  仕切り直したハジメが、シアさんの肩を掴んでグッと見せつけるように引き寄せる。おぉ〜と冒険者たちが声をあげた。

 

「たとえどこぞの神が欲しがったとしても手放さない、って言ったらわかってもらえるか?」

 

  ざわり、と冒険者たちの空気が揺れる。ハジメの言葉は下手をすれば聖教教会にケンカを売るものだ。かなりギリギリの発言だろう。

 

  しかし、その分ハジメの気持ちの強さは伝わっていることだろう。実際、モットーさんは帽子で目元を隠しながら嘆息した。

 

「……ふむ。そこまで言われてしまっては仕方がない。ひとまず今は引き下がりましょう」

「ああ、そうしてくれ」

 

  話がひと段落ついたので、馬車に乗り込んで出発の用意をする。ハジメの大胆な発言に、馬車の中に入っていく冒険者たちは騒いでいた。

 

  かくいう俺たちもハジメに背中から抱きつきながらえへへぇ〜という顔をするシアさんにニヤニヤとしながら、馬車の一つに乗り込む。そこでエボルトが分離した。

 

  全員が乗ったのを確認すると、御者が馬に鞭を打って出発した。ガタゴトと音を立てて、整備された道を進み始める。

 

  俺たちは大所帯なので、馬車一つ丸ごと使わせてもらっている。故に特に気にすることもなく、のんびりとした気分だ。

 

「うふふ、えへへへへ〜」

「おい、いつまでくっついてんだよ。そういう意味じゃないからな?」

「わかってますよぉ〜」

 

  ふにゃーっとした顔をするシアさん。シアさんにとって、ハジメの言葉の意図などあまり意味がないのだろう。

 

  ただ好きな相手に神相手でも渡しはしない、そう言われたこと自体が嬉しいといった顔だ。とても幸せそうである。

 

「パパー、眠いよー……」

「おっと、リベルにゃまだ早起きはきつかったか」

 

  あぐらをかく俺の足の間に入り、うつらうつらとするリベル。いつもならあと2時間ほどは寝てるからな。仕方がない。

 

  そっと頭を撫でているうちに、眠気が限界に達したのか寝息を立て始めるリベル。そんなリベルにウサギの頭の上のカエルが飛んできて、お腹の上に乗った。

 

「うにゅ……」

「ゲコッ」

 

  カエルを抱きしめるリベル。あまりにも可愛らしいその姿に、俺を含め全員がため息を漏らした。

 

「我が娘の可愛さは世界一ィ!」

「どこの軍事大国だ」

 

  練習した重力魔法……まあもともと似たような魔法使えたけど……でリベルを浮かせ、異空間からお気に入りのクッションを取り出すと足の上に敷く。

 

  そうするとクッションの上にそっとリベルを下ろした。リベルは少しもぞもぞと動いたあと、満足そうに口元を緩める。

 

「Mission complete」

「お前昨日からやけに発音良くない?」

「ネタの時だけな」

「それな」

 

  そんな風にエボルトと会話をしていると、こてんと隣のルイネが肩に頭を預けてきた。そちらを見ると、目を閉じて眠っている。

 

  この一週間、ルイネはよく頑張っていた。俺の指導のもと、良い母親となれるよう努力しながらリベルと接してきたのだ。

 

  昨日もはしゃぎ疲れて眠るまでリベルに付き合っていたし、少し疲れているのだろう。異空間から毛布を出してかける。

 

「お疲れさん。二人とも、ゆっくり眠るといい」

「ん……」

「ん、私たちも寝る」

「昨日ハジメさんを止めた上に覗き撃退しましたからね。ということでお膝を借りま「誰が許すか」あふんっ」

 

  いつも通りシアさんをあしらって、今はシアさんを大切に思っているユエにメッ!と言われるハジメを見て俺はカラカラと笑う。

 

  非常に平和な滑り出しを見せて、俺たちの新しい旅は始まった。

 

 

 

 

 

  この時はまさか、あいつと再会することになるなんて、露ほどにも思わずに。

 





【挿絵表示】


シュウジ、ルイネ、リベルのイラストです。
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のんびり、時々お仕事な旅

どうも、元カノと新彼氏が仲良さそうで嬉しいといったら親に哀れな目で見られた作者です。

シュウジ「や、シュウジだ。前回はフューレンに向けて出発したな」

雫「そうね。私たちが会えるのも、そう遠くないわ」

ネルファ「待ち遠しい、と言う顔ですわね」

エボルト「この場だけじゃなくて本編で会えるとわかってウズウズしてんな」

雫「ああ、早くシューに抱きつきたい。匂いを嗅ぎたい体温を感じたいキスしたい押し倒したい×××したい……」

ハジメ「おい、放送禁止用語言ってるぞ」

ルイネ「生徒会役員共にハマった作者の影響か…」

リベル「雫ママ、変なのー!」

雫「っ!?い、今なんて!?」

ユエ「…今回は道中の話。私やウサギが戦う。それじゃあせーの……」

七人「「「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」」」

雫「もう一回雫ママって呼ばれたい……!」

前にも言いましたが、ツイッターにウサギやルイネなどヒロイン勢のカスタムキャストを投稿してたりしまーす。


【シュウジ SIDE】

 

  ブルックの街を後にしてから三日、俺たちは約六日であるフューレンへの道の半分ほどを踏破していた。

 

  日の出前に出発し、日が沈むと停止して野営の準備をする。そのルーティンを繰り返すこと三回、とても穏やかな旅を満喫している。

 

『昨日なんか馬車の上で昼寝してたしな』

 

  あれは気持ちよかった。一番後ろの方の馬車だから何かに邪魔されることもないし。あ、警戒は寝ながら探知魔法全開にしてるから問題ない。

 

  てっきりテンプレな盗賊とか現れるかなーとか思ってたけど、しっかりと安全の確保された道なのでそういうこともなかった。

 

『もう盗賊ネタは使ったしな』

 

 エボルト先輩メタいっす。

 

  まあそんなこんなで平和な旅路なわけだが、今日も何事もなく野営の準備を終え、食事を取っていた。

 

  この世界において、商人と冒険者の食事は別々らしい。周囲を警戒してピリピリしてる冒険者と一緒に食うと気が滅入るって話だ。

 

  しかも、その飯は冒険者たちは簡単なもので済ませる主義だ。荷物がかさばるから、すぐに動けるように極力簡易的なものにするとか。

 

  代わりに、護衛先の街で報酬を受け取ったらそれまでのフラストレーションを解消するため、腹一杯好きなものを食べるというのがセオリーとか。

 

『健康に悪りぃ食生活だよな。ちょっくら俺のコーヒーで心に安らぎを与えてやるかね』

 

  いやお前のコーヒー飲ませたら心じゃなくて命に永遠の安らぎを与えちゃうからー。

 

『そんなバナナ』

 

  とまあ、そんな話を俺たちは先輩冒険者たちに聞いたわけだ。俺&ハジメ特製の極上パンをルイネ、シアさんの料理上手コンビの作ったシチューにつけて食いながら。

 

「カッーー、うめぇ! ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃんにルイネ姉さん!もう俺の嫁にならない?」

「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、てめぇ、何抜け駆けしてやがる!シアちゃんは俺の嫁!」

「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ? 身の程を弁えろ。ところでルイネさん、町についたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」

「な、なら、俺はユエちゃんだ! ユエちゃん、俺と食事に!」

「ユエちゃんのスプーン……ハァハァ」

 

  感動二割、変態八割で提供する会話を交わしながら、冒険者たちがパンを頬張る。その顔は、携帯食料を食ってる時の死んだような顔とは真反対だった。

 

  さて、なぜこんなことになっているかというと、まあ俺とルイネ、シアさんの好意である。ほら、一時的とはいえ旅の仲間だしね。

 

「初日に今にも餓死しそうな猛獣的な顔で俺たちが飯食ってるの凝視してたのもあるけどな」

「それは言わないお約束」

 

  隣でシチューの皿片手に言うエボルトにペシッと突っ込む。あ、さっきまでは回想だったから念話で話してたぜ(メタい)

 

  知っての通り、俺たちは宝物庫があるから荷物がかさばるだなんだと悩む必要がない。そのため、普通に調理して飯を食っていた。

 

  で、その美味そうな匂いにつられて干し肉みたいな携帯食料を食っていた冒険者がすごい顔とよだれの滝で精神攻撃(違う)してきたので、お裾分けしたというわけだ。

 

  無論、ハジメもユエもウサギもそんな気はかけらもなかった。が、うちの食事係であるルイネとシアさんに反論すれば飯がなくなるのである。

 

  そのため、渋々暖かい食事を提供することを了承。今に至るというわけだ。ちなみに料理スキルの高さは上からルイネ、俺、シアさん、エボルト、ウサギ、カエル、ハジメ、ユエである。

 

「まだ子供のリベルはランキングに入らない模様」

「花嫁修行にはまだ早すぎるからな」

「ガチ勢じゃねえか」

 

  しかしまあ、三日目ともなると最初は殊勝にしてた冒険者たちも調子に乗ってきたな。食いながらうちの女性陣を口説き?始めた。

 

  ユエたちの方はハジメに任せるとして、ルイネはあかん。今は半ば冗談の口だけだからいいが、何かしたらそいつはミンチにする。

 

「そして調理され、人肉ハンバーグに……」

「ふー、ふー。どっかのモグラ怪人がハンバーガー食えなくなりそうだな。はいリベル、あーん」

「あーん!」

 

  息で覚ました特大の鶏肉が内包されたシチューを、膝の上にいるリベルに食べさせる。リベルは元気にパクッ!と食いついた。

 

  スプーンを引き抜くとモグモグと口を動かし、幸せそうな顔で咀嚼する。愛らしい姿に、俺を含め全員がため息を漏らした。

 

「可愛いは正義だ」

「お前かなりリベルのこと気に入ってるよね。ビルドの世界の美空育てた時の思い出でも蘇った?(小声)」

「まあな。あの頃は感情がなかったが、今思えば可愛かった……戦兎ども俺が消えた後変なことしてねえだろうな」

「はいはい親バカ親バカ」

 

  ちなみにウサギも結構リベルのことがお気に入りのようだ。普段は無表情なのに、3時間ごとに頭を撫でては口元を綻ばせる。ハジメの写真フォルダは多くなる一方だ。

 

「となり、失礼する」

 

  そのハジメに威圧をぶつけられて調子に乗った冒険者たちが年上なのに土下座するのを見ていると、シチューのおかわりに待機していたルイネが隣に腰を下ろした。

 

  すぐさまリベルが反応して、パッと笑顔で「ママ!」と手を伸ばす。ルイネはふっと笑い、リベルの頭を撫でた。

 

「いい子にしていたか?」

「うん!あのねあのね、パパに〝しちゅー〟食べさせてもらったの!」

「そうか、それは良かったな。明日は私が食べさせよう」

「わーい!」

「ルイネもすっかり母親が板についてきたなぁ。そろそろ母親検定初級は卒業か?」

「そうだと嬉しいがな」

 

  少し嬉しそうに笑い、華奢な指でリベルの頬をなぞるルイネはどこからどう見てもお母さんだった。母性が溢れ出てる。

 

「今思ったけど、雫然りルイネ然り、お前母性のある女が好きなんじゃないか?」

「否定はしない。そして肯定はする」

「要するにイエスな」

 

  でも微妙にベクトルが違う。雫はどっちかっていうとオカンで、ルイネはお母さんだ。これ、テストに出るよ。

 

  ひとしきりリベルを愛でたルイネが、髪を耳にかけてから持ってきたシチューをスプーンで掬う。そして口につけ、満足そうに頷いた。

 

  焚き火のオレンジ色の火に照らされ、まるで芸術品のような美しさを醸し出すルイネに皆見惚れる。そんな中、俺はふとあることに気づいた。

 

「ルイネ、シチューついてるぞ」

「ん、どこだ?」

 

  首をかしげるルイネに、俺は口の端についたシチューを指で拭き取る。そうするとそのままぺろりと舐めた。冒険者たちが羨ましそうな声をあげる。

 

  ルイネは少し目を見張った後、ありがとうと小さく礼を言って顔をそらした。照れ屋なとこも可愛い、俺の嫁最強とか思いながらシチューを食べる。

 

「……マスター、シチューが口についてるぞ」

「お、マジか」

「人に言っといてお前もか」

「うっせエボルト」

「取ってやろう」

 

  そう言ったルイネはスプーンを皿のへりに立てかけると、スッと手……ではなく、体ごと顔を近づけてきた。

 

  ん?なんかおかしくね?と思っていると……ぺろり、と下唇を撫でられる。思わず硬直していると、少し顔を引いたルイネは悪戯げに笑った。

 

「ほら、取ったぞ?」

「……ははぁ、こりゃあ一本取られたぜ」

「ハッハー、してやられてやんの」

「パパとママ、仲良いー!」

「うぐぐ、羨ましい……でも入り込めない!」

「あの圧倒的な夫婦感……くう、俺も結婚してぇ!いたずら好きの綺麗な奥さんと天真爛漫な娘が欲しい!」

「その前にまずその出っ張った腹なんとかしろ」

 

  コントじみたやり取りをする冒険者に、俺たちは笑う。向こうでは、ハジメがユエとシアさんに肉を交互に食べさせられたりしてる。

 

「んぐ、んぐ………ハジメ」

「ん?なんんぐっ!?」

「「「口移し、だとっ!?」

「はわわっ!う、ウサギさん!それは反則ですぅ!」

「……人にできないことをやってのける」

「おー、山犬の姫みたい」

「確かにそんなシーンあったけども」

 

  あれビーフジャーキーの三倍の硬さあるらしいね。そりゃ衰弱したアシタカさんじゃ食えんよ。

 

 

 

  そんな感じに、穏やかに俺たちの食事の時間は過ぎて行った。

 

 

 ●◯●

 

 

【ユエ SIDE】

 

 

  ブルックの街を発ってから五日目、馬車の中。

 

  変わらずフューレンへの道を順調に進む私たちは、今日も今日とて馬車に揺られていた。ルイネがリベルを抱きかかえながら眠り、エボルトがいびきをかいている。

 

「んじゃ、いくぜハジメ」

「ああ、いつでもかかってこい」

 

  そんな中、私の前で向かい合うハジメとシュウジの前には、乳白色の塊………パンの生地が入った銀色のボウルと金属板が置かれていた。

 

  ロングコートを脱ぎ、腕まくりをした二人はすでに臨戦態勢であり、不敵な笑みを浮かべている。そんな二人の顔を交互に見て、私はスッと息を吸って。

 

「……始めっ」

 

  小さく呟くのとともに、カチ、とシュウジの作ったアーティファクト、一分にセットされた〝ストップウォッチ〟のスイッチを押した。

 

  その瞬間、二人の腕がブレる。かと思えばまるで前に見せてもらった千手観音像のように無数に分裂するほどの速度で生地をこねた。

 

「ほらほらどうした、お前の力はそんなもんか!」

「舐めるな!今日こそ勝たせてもらう!」

 

  カチ、カチ、とストップウォッチが時を刻む中、楽しそうに笑う二人の金属板の上に丸くなった生地が置かれていく。互いに一歩も譲らない攻防だ。

 

  この二人、しょっちゅう競争してる。この前はブルックの街で焼き鳥早食い対決してた。前の世界にいた時から、そういうのが好きだったらしい。

 

  エボルト曰く、皿洗い対決、ゲーム攻略速度対決、ジェンガ、動物煽り対決、エトセトラエトセトラ……色んなことで競争してたみたいだ。

 

  勝負をしている時のハジメは、私とハジメだけだった時は見たことがないくらい楽しそうで。ああ、本当にシュウジのことが親友として好きなんだなとわかる。

 

  私が二人の友情に感心しているうちに、ストップウォッチが終わりを告げた。ピタリ、と示し合わせたように二人の手が止まる。

 

  二人の金属板を見ると、全く同じ数のパンの元が鎮座していた。引き分けか、そう思い副審判のウサギを見る。

 

「……勝者、ハジメ」

 

  ウサギは、右手に持っていた白い旗を揚げた。シュウジが「なぬっ」と驚き、ハジメが「よっしゃ!」と子供のように喜ぶ。

 

  判決の根拠は?とシュウジが目線で聞けば、ウサギはハジメのボウルに手を伸ばした。そしてそこから、八割がた完成している生地を取り出す。

 

「……これもカウントに含めると、僅差でハジメの勝ち」

「あっちゃー、そこも換算されてたのか。こりゃ参った」

 

  ペシッとおでこを叩くシュウジ。勝ち誇った顔でハジメがうんうんと頷いた。あ、ウサギの手の中のパンをカエルが食べた。

 

  モキュモキュとカエルが口を動かすのを見ていると、不意に馬車と外を仕切る布がずれて、ピョコンと上下反対のウサ耳が姿を現した。シアだ。

 

「シア、どうした?」

「敵襲です!森の中から大量の魔物が!」

 

  私が聞くと、シアは切羽詰まった様子でそう報告した。一瞬で緩んだ空気が引き締まり、敵襲と聞いてルイネとエボルトが目を覚ます。

 

「敵の数は?」

「目視したところ、三百以上はいるかと思いますハジメさん」

「大所帯だねぇ。確か通常は、二十〜四十匹程度と言ってたか?」

「とんでもない異常事態ってことだろ。まったく、人が寝てるの邪魔しやがって」

「ママー……」

「よしよし」

 

  耳を澄ましてみれば、私たち同様報告を聞いたのだろう、前方の馬車からも冒険者たちの慌ただしい声が聞こえてきた。

 

「さてさてハジメ、どうする?」

「ま、百かそこらなら俺たちが出る必要もないだろ。ユエ、行けるか?」

「……ん」

 

  ポン、と肩に手を置くハジメに、私は言外に楽勝と言いながら立ち上がる。するとウサギもカエルを置いて立ち上がった。

 

「私もいくよ」

「……私一人でもいける」

「ちょっと運動不足」

「なら仕方ない」

 

  ほかの冒険者たちがいるから、しばらくハジメと三人での運動(意味深)もできてない。そろそろストレスも溜まってるだろう。

 

  頷き合った私たちは、仕切りをくぐって外に出る。ハジメが引き返そうとする御者に、そのまま進むよう言うのが背後から聞こえた。

 

  シアと入れ替わりになって、私たちは馬車の上に立つ。すでに森の中から魔物の大群が出てきており、今にも衝突しそうだ。他の馬車から、冒険者たちが出てきている。

 

「私が梅雨払いする。シュウジ、馬車の方をお願い」

「オーケー」

 

  馬車の中から声が聞こえて、馬車に耐久力強化魔法がかけられる。それを確認し、ウサギが一歩前に出た。半身を引き、右の拳を腰だめに構える。

 

「……出力15%」

 

  小さく呟いたウサギが、引いた足を前に出した。そして腰の回転を加えて、引き絞った拳を突き出しーー

 

 

 

 

 

 ーーゴァァァアアアアァアアアアァアアッ!!!!!

 

 

 

 

 

  ーー暴風が、吹き荒れた。ウサギの拳から生じた拳圧が、無慈悲に大群の先頭の魔物をまとめて吹き飛ばす。

 

  たった一撃で、およそ百匹以上の魔物が木っ端微塵になるか、全身から血を吹き出して奇妙なオブジェとなった。魔物たちが困惑し、足を止める。

 

「な、なんだ今のは!?」

 

  耳に入ってきた声にそちらを振り向くと、止まった馬車から降りていたらしい護衛隊のリーダーの……ガリガリくん?ガーリック?忘れたけど、なんとかがポカンとしてた。

 

  それは他の冒険者や商人たちも同じで、私たちを見て唖然とした表情をしている。そんな中、ゆっくりとウサギが伸ばしきった腕を引いた。

 

「……スッキリ」

「ん、お疲れ。後は、私がやる」

「任せた」

 

  短いやり取りを終えると、ウサギはさっさと馬車の中に入ってしまった。その代わりとでも言うように、ニュッとシュウジが顔を出した。

 

「えー冒険者の皆さん、非常に危険なのでそこを動かないでください。繰り返します、死の危険がありますので、馬車から出ないでください」

 

  その注意喚起に、冒険者たちはザワザワとする。シュウジは私を見上げて、グッとサムズアップした。これで魔法を使っても大丈夫だろう。

 

  ピシッとサムズアップを返した私は、視線を魔物に移す。先ほどの攻撃の主が私たちとわかっているのか、魔物は怯えたように後ずさった。

 

「……さあ、ここからは私のステージ」

 

  小さく呟き、私は天に向けて人差し指を立てた。気分はシュウジに見せてもらった、天の道を行き、総てを司る男だ。

 

  スッと息を吸うと、一度目を閉じる。体内の魔力を動かして、魔法を構築する準備をする。十分に魔力が活性化したところで、目を見開いて詠唱を始めた。

 

「〝かの者 常闇に紅き光をもたらさん

 

 古の牢獄を打ち砕き 障碍の尽くを退けん

 

 最強の片割れたるこの力 彼の者と共にありて

 

 天すら呑み込む光となれ〟

 

 〝雷龍〟」

 

  詠唱が終わるのとともに、魔法が完成する。魔力により発生した暗雲から、その身を黄金の雷で形作った〝龍〟が現れた。

 

  突如現れたその龍を、冒険者も魔物も、皆が硬直し、黙して凝視する。集まる視線を気にせず、私は(タクト)を振るった。

 

  それに従い、雷龍は雄叫びをあげてアギトを開く。すると魔物が皆自ら口の中に飛び込んでいき、滅却されて消し炭と化した。

 

  どよめくギャラリーに、私はさらに指を一振り。雷龍は今度は取り囲むようにとぐろを巻き、逃げようとした魔物を滅する。

 

  それだけにとどまらず、また顎門を開いて魔物を飛び込ませ、容赦なく塵に還す。たったの三十秒で、また百匹の魔物が死んだ。

 

  三度指を振ろうとすると、突然ぴょんっ!と馬車の上に飛び乗る、私よりさらに小さい影が一つ。我が家の癒しの天使、リベルだった。

 

  なぜここに、とリベルの顔を見ると、リベルは可愛い顔をひどく不機嫌そうに歪めていた。そういえば、リベルは昼寝を邪魔されるとすごい怒るんだった。

 

「お昼寝の邪魔する悪い子は、メッ!」

 

  その言葉とともに、リベルがパンッ!と両手の手のひらを叩き合わせる。普通に見れば可愛らしいその仕草は、しかしもっと恐ろしいものだ。

 

  そう思った瞬間、ズンッ!!!と言う重々しい音とともに、残っていた魔物が両側から押しつぶされたようにミンチになった。

 

  リベルが手を離すと、不自然に宙に浮いていた魔物だったものが地面に落ちる。心なしか、モザイクがかかっている気がした。

 

「もう、お昼寝できなかった!」

「……ん、リベルすごい」

 

  雷龍を消した私は、ぷんぷんと怒るリベルの頭を撫でる。我に返った冒険者たちが何か騒いでるけど、どうでもいい。

 

  ひとしきりリベルが機嫌を直すまで撫で続けると、私たちは馬車の中に戻った。すると苦笑い気味のハジメたちが迎えてくれる。

 

「二人ともお疲れさん」

「ん、ちょっと威力過多だった」

「あれでちょっとかよ。ていうか、あんな魔法俺聞いてないんだが?」

「なんか、ユエさんのオリジナル魔法らしいですよ?ハジメさんたちから聞いた龍の話と、例の魔法を組み合わせたとかなんとか」

「なるほど……」

 

  興味深そうに頷くハジメ。雷龍は上級魔法の〝雷槌〟と重力魔法を合わせたもので、重力魔法で落ちる雷をコントロールしたものだ。

 

  おまけに口の中が重力場になっており、顎門を開くと対象を引き寄せることもできる。魔物が自分から飛び込んでいったように見えたのは、そのためだ。

 

「……綺麗だったよ」

「ウサギ、ありがとう」

「ゲコッ」

「こらっ、突然飛び出しちゃダメだろ?怪我したらどうするんだ?」

「そうだ、もしもの事がある。あまりこういった行動は、ママは認めないぞ」

「うぅ、ごめんなさいパパ、ママ……」

「いや、わかればいいんだ。リベルが無事ならそれでいいさ」

「ちゃんと謝れて偉いぞー、リベル」

 

  賞賛してくれたウサギにお礼を言う。隣ではリベルが叱られた後に、シュウジに頭を撫でられてえへへと笑っていた。可愛い。

 

  ちなみにリベルの攻撃の正体は、重力魔法だ。左右から絶大な重力をかけて空間ごと押しつぶす、ゴリ押しの超攻撃。まだ名前はない。

 

  リベルは、私たちの中で誰よりも……そう、あのシュウジよりも重力魔法の扱いに長けている。さすがは解放者製のホムンクルスといったところか。

 

「あんたたち、助かった。ユエちゃんのお陰で被害を出さずに済んだ」

 

  リベルの初魔物討伐記念を祝って宴会でもしようかと相談していると、護衛隊のリーダーの……ガーリックペッパー?が馬車に近づいてきた。

 

「今は仕事仲間だろ?礼なんて不要だ。な?」

「……ん、仕事しただけ」

「はは、そうか……で、だ。さっきのは何だ?」

 

 困惑した様子で、ガールズマンティスが雷龍のことを訪ねてくる。既存の中では存在しない魔法だから、気になるのは仕方がない。

 

「……オリジナル」

「オ、オリジナル?自分で創った魔法ってことか?上級、いや、もしかしたら最上級を?」

「……創ってない。複合魔法」

「複合魔法?だが、一体、何と何を組み合わせればあんな……」

「……それは秘密」

 

  流石にそうやすやすと、数日の付き合いの相手に自分の手の内は明かさない。そうでなくても、ハジメたち以外は信用していないけど。

 

「ッ……それは、まぁ、そうだろうな。切り札のタネを簡単に明かす冒険者などいないしな……」

 

  詮索されるのは嫌だとわかったんだろう、ガルガンチュアはおとなしく引き下がった。そのまま馬車から離れていく。

 

 

 

  それからほどなくして、馬車は再び動き始めた。フューレンまで、後一日だ。

 




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フューレン到着、早速揉め事

どうも、クローズの新予告を見てワクワクしている作者です。まさかのエボルト復活とは……
今日ファンタスティックビースト見てきました。ジョニーデップかっこいい、魔法生物可愛いら魔法良いと、見所満載の映画でした。

シュウジ「よー、シュウジだ。前回は道中ユエたちが無双したぜ」

ユエ「……ズーウー可愛い」

シア「あのちっちゃい子も可愛いですぅ」

カエル「ゲコッ」

リベル「カエルさんもかわいーよ!」

二人「「いや、リベル(ちゃん)が一番可愛い(ですぅ)」」

ハジメ「相変わらずだな……まあ確かにそうだけど。今回はフューレンに着いた話だ。それじゃあせーの……」

五人「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」

カエル「ゲコッ」


  魔物の大群の襲撃があった翌日。俺たちはついに、中央商業都市フューレンへとたどり着いた。

 

  今は、入り口のところで持ち込む積荷の確認をするための列に並んでいるところだ。馬車の陰で何やらモットーさんとハジメが話してる。

 

  いやーそれにしても、実に良い旅だった。冒険者たちから良いアドバイスも聞けたし、リベルは強くて可愛いし、杖折って忠誠誓ったし。

 

「前々から思ってたけど、わざわざそれするために杖作るのめんどくさくないか?」

「ふざけるのに努力を惜しまない男、スパイダーマッ!」

「うにゅ……」

 

  エボルトと会話をしながら、抱き抱えているリベルの頭を撫でる。数時間前まで元気だったのだが、ホムンクルスとはいえ子供なので、遊び疲れて眠っちまった。

 

  対するルイネは、旅の中で仲良くなった女の冒険者と話している。さすが我が弟子、人に信用されるのが上手い。まあ、元からの性格もあるだろうが。

 

  リベルもルイネも、今回の旅はなかなか楽しんでいた。彼女らの笑顔を見てるだけで俺はハッピー(アサヒ風)なので嬉スィー。

 

  それに、さっき言った通り俺自身も今回の旅は充実していた。時間は十分にあったので、〝切り札〟の一つを復活させることができたのだ。

 

  この切り札は、下手をすればまた一つ容易に血の海に変えてしまう力を持つ危険なものだ。前世でも使い方には気をつけていた。

 

「今のお前がコントロールできるのか?」

「余裕のよっちゃんイカ」

「おっさん臭え」

「好きなくせに」

「待たせたな」

 

  そういや妹も好きだったなーとか思っていると、ハジメが馬車の裏から戻ってきた。後から青い顔をしたモットーさんが出てくる。

 

「何があったん?」

「お前なら聞かなくてもわかるだろ?」

「そのとぉーり♪」

「何故にタケ◯トピアノ」

 

  大方、旅の中でも普通に使ってた〝宝物庫〟や異空間を付与したライターを売る気はないかと持ちかけられたのだろう。

 

  聞き耳は立てていなかったが、ピンポイントなハジメの殺気を感じたので、きっと脅すようなことを言って逆に叩き潰されたと見える。

 

  そうだろ?と目線で問うと、ハジメは右手を銃の形にし、トントンと人差し指でこめかみを叩いた。おやおや、やはり逆に釘を刺しといたようだ。

 

「だいぶ商魂逞しい男だ。多少回復したらすぐに〝今後ご入用の際は我が商会をご贔屓に〟だとよ」

「カカッ、いいねえ。そういう奴はいざという時、うまく生き残るぜ」

 

  そういや思い出したが、前世でもフューレンみたいな商業都市に行ったな。無論、悪辣な悪人を殺すための潜入だ。

 

  あの時はまだ〝世界の殺意〟七年目かそこらで、殺すのと同時に魔法でバレて息のかかった人間を皆殺しにすることになった。確か五千人かそこら。

 

  本当に優秀な商人は、たとえどれだけ利益を生み出してもそういうヤバイものには関わらない。うまく自分は被害を被らないようにするものだ。

 

「ていうか、早速商売してんな。ほれ」

「ん?」

 

  俺が指差し、ハジメがくるりと振り返る。するとモットーさんがユエやルイネなど、うちの女性陣に品物を見せていた。

 

  近づいてみれば、剣や薬品類、衣類など旅に使えそうなものもあれば恋人同士のアレやソレなどもあった。豊富な品揃えだなー。

 

  いろいろ見ていると、いつかの露店で見たTE◯GAがあった。他にもちらほらと。あの露店の仕入れ先ここかよ、とエボルトと顔を見合わせ苦笑する。

 

「ママ、なにこれー?ぶよぶよしてるよー」

「……リベル、それを置きなさい」

「はーい」

「ハジメ、この服欲しい」

「ゆ、ユエさん!そんなハレンチな!」

「お前の普段着の方が露出度高いだろうが」

「……なにこの液体?」

「ウサギ、今すぐそれを元の場所に戻せ」

「ゲコッ」

 

  ユンケル商会の商品を見てワイワイと騒いでいるうちに、列が動き出す。程なくして、俺たちは関門を通り抜けフューレンに足を踏み入れた。

 

  モットーさんに護衛依頼の証印をもらうと、別れを告げて歩き出す。すると、こちらを見る人間たちの視線が強くなった。

 

  大方は商人らしき人間であり、ユエ、シアさん、ウサギ、ルイネを見て何事かヒソヒソと話し合ってる。こりゃ警戒しといた方が良いな。悪質な輩がいるかもしれん。

 

  また、裏路地の方からリベルに危険な目線を注ぐ輩もいたので、そちらは記憶を調べて仲間もろとも〝臓器掌握(グラビング)の魔法で肺と腎臓を一つずつ潰した。

 

「容赦ねえな。ま、お前がやらなきゃ俺が念動力で捻り殺してたが」

「俺らはともかく、リベルは重力魔法以外攻撃手段がないからな。シアさんたちも気をつけとけよー」

「は、はいっ」

 

  いい意味でも悪い意味でも偏見の目がなかったブルックとは正反対に、値踏みするような視線に居心地悪そうにしていたシアさんは頷く。

 

  その次にさらわれる可能性が高そうなウサギは……まあ、いつも通り写真集を見てた。こっちは攫われても平気そうだな。

 

「さて、まずは冒険者ギルドへと向かおうか」

「さっきからずいぶん迷いのない足取りだが、場所わかるのか?」

「商隊の人に地図売ってもらってな。それと魔法を使って頭の中に完全な地図作った」

 

  さすがにキャサリンさんの作った地図ほど優秀ではなかったので、足りない細かい部分は魔法で補ったというわけだ。

 

  使ったのは〝空間網羅(サーチング)〟という魔法。魔力量に比例して一定空間内の物体を完全に把握する魔法だ。わりと凡庸性が高く、罠の位置もわかる。

 

「よって、ここからはシュウジの説明ターイム」

「どんどんぱふぱふー!」

「おっ、よく知ってるなリベル。誰に聞いたんだ?」

「エボルトおじさん!」

「いいぞー、ナイスタイミングだ」

「ふむ、リベル初めてのボケ……と」

「ルイネさん、なにメモしてるんですか」

 

  エボルトが頭を撫で、少し寝て元気いっぱいのリベルがわーい!と喜び、ルイネが写真とともに日記を書く。ここまでが最近のワンセット。

 

  とまあ、それはともかく。このフューレンは大まかに四つの区画に分かれている。それぞれ東西南北に中央区、観光区、職人区、商業区だ。

 

  それぞれの区画に中央区へ続く道があり、中央区に近ければ近いほど誠実かつ安全な店が多いという感じだ。まあ、外れの方の店で掘り出し物が……ってのもあるらしいが。

 

「ということで、買い物するなら中央区付近の方が良い。リベルは外に出る時は必ず俺かエボルト、ママと一緒に出かけること」

「はーい!」

「ま、面倒事は少ない方が良いしな……と、ついたな」

 

  そうこうしているうちに冒険者ギルドに到着する。中に入ると当然注目が集まる……すでにデップースーツ装着済み……が、無視して依頼完了の手続きを済ませる。

 

  その時手続きした職員は男だったのだが、冒険者同様ルイネたちに見とれながらもちゃんと仕事をこなすあたり、よく教育されてるなぁと思いました、まる。

 

  報酬を受け取り、ちょうど小腹が空いていたのでギルドで軽食を取ることにした。大所帯なので二つ机をくっつけて使うことになった。

 

「なに頼む?俺唐揚げ」

「俺ステーキ100g」

「……私はサンドイッチ」

「ニンジンの丸焼き」

「ゲコッ」

「じゃあケーキにしますぅ」

「ふむ、では鶏皮にしよう」

「まかろんっ!」

「じゃあ俺h「お前はタコ足な」嘘だ!僕を騙そうとしてる!」

 

  ちゃっちゃと注文を済ませるとお金を払う。怪しい笑顔でコーヒーを錬成しているエボルト?知らない知らない。報復とか知らない。

 

  頼んでから五分ほどで頼んだものがやってくる。「いただきます」と全員手を合わせ、食事を始めた。

 

  飯を食っている間も、冒険者たちや依頼に来ているだろう商人の視線が集まった。まあ、これはルイネたちが美しい以上は仕方のないことだ。

 

「お前にもいくつか視線集まってるぞ。主に女の冒険者」

「やだエッチ」

 

  案外うまい軽食をある程度腹に収めたところで、ごほんと咳払いする。全員がこちらを向いたところで、おもむろに話を始めた。

 

「で、宿はどうする?全員の意見を聞いた上で、要望に沿って決めようと思うが」

「美味しいご飯?」

「ゲコッ」

「……お風呂があればいい。混浴で、貸切可能の」

「パパとママとお風呂はいるのー!」

「ふふ、そうだな。私もユエと同じ意見だ」

「ベッドは大きい方がいいですぅ」

「そうだなぁ、昼寝するのにちょうどいい屋根のとこがいい」

 

  ウサギ、カエル、ユエ、リベル、ルイネ、シアさん、エボルトの順に答える。ふむ、とハジメは頷く。

 

  女性陣全員の混浴宣言に、周りの男の冒険者たちが射殺さんばかりの目で俺たちを睨みつけてきた。当然スルーである。

 

  俺同様そんなものカケラも気にしないキングオブ鬼畜マイペースなハジメら、お前は?と俺に目線で問いかけてきた。

 

「皆と大体同じだが、やっぱ責任の所在がはっきりしてるといいんじゃないか?」

「だな。いざという時、物理的解決ができる」

「厳重なとこもいいが、絶対じゃないならそっちの方が手っ取り早いしな」

 

  もしルイネたちを手に入れようとした何者かの襲撃があった時、こっちが完全被害者なのに宿の器物の弁償代でもふっかけられたらたまったもんじゃない。

 

  それなら最初から自分たちの拳で解決した方が楽ってもんだ。まあそうなったとしても俺が交渉すればどうとでもなるが、ぶっちゃけめんどい。

 

  それじゃあそういう宿を探しますか、と席を立とうとした時、不意に視線を感じた。周りの冒険者よりもはるかに粘着質な、気持ちの悪いものだ。

 

  ルイネやユエらに向けられるそれに視線の元へ目を向ければ、なんというか……一言で言うなら豚がいた。いや、豚みたいな人間?

 

  100キロは超えてそうな贅肉だらけの体に身なりの良い服を着た豚人間は、俺と対面のハジメが面倒だ、と言う顔をしたのと同時にこちらに歩いてきた。

 

  俺たちの目の前まで来たブ男(豚男の意)は、ジロジロと舐め回すような目でユエたちを見る。その瞳にあるのは濁った欲望だ。

 

『ヤミー生まれるんちゃう?』

 

 無欲の王様呼ばないと()

 

  散々うちの女性陣をキモい目で見てくれたブ男は、さもようやく俺たちに気がつきましたと言わんばかりにこちらを向き、なんとも気色の悪い顔をした。

 

「お、おい、ガキ共。ひゃ、百万ルタやる。この兎たちを、わ、渡せ。それとそっちの金髪と赤髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

  耳が腐れるような耳障りな声で言ったブ男が、ユエに手を伸ばす。きっとこいつの中ではもう、ユエたちは自分のものなんだろう。

 

 

 

 ゾッ!

 

 

 

  だが、それを許すハジメじゃない。モットーさんの時とは逆に周囲の冒険者もろとも、気絶しない程度の殺気を叩きつける。

 

  加減してなお、濃密なそれを受けた冒険者は半数以上がひっくり返り、ブ男も「ひ、ひぃっ!?」とか情けない声を出して尻餅をつく。股間から黄色い液体が漏れ出した。

 

「行くぞ」

「まあまあ、ちょい待ち」

 

  場所を変えようとするハジメの肩を叩く。なんだよ?と言う目をするハジメに、俺は任せろとウィンクした。

 

『なにする気だ?』

 

 いやなに、ちょっとした実験さ。

 

「よぉあんた、こいつらが欲しいんだって?」

 

  ハジメの肩から手を離した俺は、ブ男の前にしゃがみ込み、あえて笑顔でそう言う。するとガタガタ震えてたブ男は傲慢な光を目に宿した。

 

「そ、そうだ!さっさとわ、わたせ!」

「うーん、条件によっちゃあ考えるぜ」

 

  ざわり、と空気が揺れる。ハジメが何を、と一歩踏み出す音が聞こえたが、俺は手を上げてそれを制した。

 

「じょ、じょうけんだ、だと?」

「ああ。今から言う条件を飲めるなら、考えなくもない」

「な、なんだ、い、いって、みろ」

 

  怯えながらも命令口調で言うブ男に、俺はニッコリと笑い。

 

「じゃあまず、その目玉よこせ」

「………………は?」

「次に鼻。歯。歯茎。舌。声帯。頭髪。脳みそ。心臓。肺。胃。腎臓。副腎。肝臓。すい臓。大腸。小腸。皮膚。筋肉。爪。脊髄。頭蓋骨。背骨。肋骨。肩甲骨。指骨。腕骨。足骨。尾てい骨。腰骨………」

 

  言いながら、そっと手のひらをブ男の前に差し出す。するとドロリ、と無数の黒い筋の浮かんだ血のように赤い物体が、体内からにじみ出てきた。

 

  意思を持つようにそれはナイフの形をとり、ブ男の頬を撫でる。少し触れただけで薄皮を切り、血を流させるそれにブ男はマナーモードになった。

 

「お前の持てる全てを差し出せ。そうすれば見ることくらいなら許してやる。ただし0.0

 0001秒だ。それ以上見たら……………一欠片も残さず、喰っちまうぜ?」

 

  ゆっくりと、まるで子供に言い聞かせるように囁き、変形した物体を纏った手を肩に置く。そして直接殺気を送り込んだ。

 

  ハジメ同様に極限まで手加減したそれは内臓を竦みあがらせ、耐え難い苦痛をもたらす。る◯剣風に言うならば、心の一方というやつだ。

 

「……ぶひ………いぁ………」

 

  泡を吹き、白目を剥くブ男。沈黙はノーと受け取った俺は物体を体内に戻して立ち上がった。その瞬間ドシャリと崩れ落ちるブ男。

 

  くるりと踵を返し、ハジメたちの元に戻って親指を立てる。ハジメたちはやれやれ、と呆れたような笑いで肩をすくめた。

 

『うまく制御できてるみたいだな』

 

  暴走したら流石の俺でもそうそう止められんからな、これ。

 

  さて、今度こそ出て行こうと足を踏み出そうとしたその時、またしても立ちふさがる壁が現れた。今度は筋骨隆々の大男だった。

 

  さっきのブ男とは真反対の意味で100キロはありそうであり、腰には長剣を差している。まさに歴戦の戦士って感じだ。

 

「レ、レガニド!そ、そいつらを殺せ!わ、私を殺そうとしたのだ!」

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

「い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな!私のだぁ!」

「ったく、報酬は弾んで下さいよ」

 

  そいつが現れた途端、ほとんど気絶しかけていたブ男が後ろで騒ぎ立てる。雇われ護衛らしいレガニドという男はニヤリと笑った。珍しいことに女より金らしい。

 

  はい、レガニドとやらへの視線上にルイネたちが入ったのでアウト。あとで半殺しにしよう。とりあえず一つでも問題ない臓器は食うか。

 

『思ったよりブチギレてんな、お前』

 

  せっかく新たな街に来たのに、最初のイベントがこれじゃあなー。せめてもっと穏やかなのが良かったぜ。

 

「お、おい、レガニドって〝黒〟のレガニドか?」

「〝暴風〟のレガニド!? 何で、あんなヤツの護衛なんて……」

「金払いじゃないか?〝金好き〟のレガニドだろ?」

 

  周囲でざわめく人の声を聞くと、どうやらこのレガニド、冒険者ランクで上から三番目の〝黒〟のようだ。相当な実力者ということになる。

 

  とりあえずぶちのめすか、と拳を握ると、そっと隣から白い手が俺の手を包み込んだ。一目でルイネだと看破する。

 

  驚いてそちらを見れば、任せろと目が言っていた。その隣にやる気満々のユエ、シアさん、ウサギが並んでおり、すでに臨戦態勢だ。

 

「……私たちがやる」

「返り討ちにしてやりますぅ」

「……キャロットケーキもう一個」

「というわけだ。私たちが守られるだけの女ではないと証明しよう」

 

  自信の満ちた四人の顔に、俺は少し考えた後拳から力を抜いた。そしてひらひらと両手をぶらつかせる。

 

「カカッ、そりゃあいい。んじゃー、任せますかね」

「ああ、存分にぶちのめしてやれ」

「くくっ、良いショーが見れそうだな」

「がんばれー!」

「ゲコッ」

 

  俺とハジメ、エボルト、ウサギからカエルを預かったリベルがそういうと、頷いた四人はレガニドと相対する。

 

「おいおい、嬢ちゃんたちが相手かい?夜の相手でもして許してもらおうって「黙れ下郎」っ!?」

 

  油断しきっているレガニドが最後まで言い切る前に、ルイネの金属糸が神速でその両手を縛り上げていた。

 

  全く予想だにしていなかったのだろう、瞠目するレガニドだが、さすが黒の冒険者というべきかすぐに振りほどこうとする。

 

  が、不可能だ。あの金属糸はブラックホールフォームのローブを凝縮して糸状にしたもの。それこそルインエボルバーでもなければ、斬ることもままならない。

 

『こんな体、もうお嫁にいけない……』

 

 十枚くらい剥ぎ取ったからね。

 

  身動きの取れなくなったレガニドに、ユエがポキポキと拳を鳴らし、シアさんが大槌を取り出し、ウサギがハー…と手のひらに息を吹きかけた。

 

「じゃあ、いっきますよぉ!」

 

  最初の攻撃は、シアさんだった。一足でレガニドに肉薄し、腰だめに構えた戦鎚ドリュッケンを轟音とともに振るう。

 

  レガニドは火事場の馬鹿力が働いたのか、腕を強引に胸元に引いて防御の構えを取る。が、そんなものは超重量のドリュッケンには意味をなさない。

 

  ボキッ、という音を立ててレガニドの腕が粉砕した。痛みに顔をしかめるレガニド。後ろに飛ぼうとするが、それを許すルイネではない。

 

  強制的に踏ん張ることとなったレガニドの腕が、完全に砕けた。「カハッ……」と血を吐くレガニドに、ウサギが迫る。

 

「……1%ビンタ」

 

  ウサギのビンタが、レガニドの横っ面に炸裂した。レガニドの頭がかっ飛び、暴風がギルド内に吹き荒れる。

 

  先ほどよりさらに血を吐き、白目を剥くレガニド。もはや半ば意識のない哀れな男に、ユエの第二の追撃が襲いかかった。

 

「舞い散る花よ 風に抱かれて砕け散れ 〝風花〟」

 

  風の弾丸を放つ魔法と重力魔法の掛け合わせにより生まれた魔法が、レガニドを宙に舞わせる。

 

  タイミングよくルイネが金属糸を解いたので、レガニドは風の球を受けて高く飛んでは落ち、飛んでは落ちを延々と繰り返した。しかも股間を集中的に狙って。

 

  ぐしゃりと音を立てて地面に落ちる頃には、レガニドはもうボロ雑巾のようになっていた。ピクリとも動かない。

 

「ふむ。私がタマを蹴る前に気絶してしまったか。もったいない」

 

  半身を引いて構えていたルイネが、ため息を吐きながら姿勢を正す。ユエの攻撃でガタガタと股間を抑えていた男冒険者が、さらに顔を青ざめさせた。

 

  一仕事終えた四人は、踵を返して俺たちのところに戻ってくる。周りを取り囲んでいた奴らが一歩後ずさるのにちょっと笑った。

 

「……ハジメ、終わった」

「キャロットケーキを所望する」

「あっけなかったですぅ」

「おう、お疲れさん」

「存外、大したことのないものだな」

「ママかっこよかったー!」

「ククッ、なかなか面白かったぜ」

「そうだなー………さて」

 

  ぐるり、と振り返ってブ男を見る。レガニドがやられるとは思ってなかったのか、絶望したような顔でブ男は後ずさった。

 

「ひ、ひぃっ!く、来るなぁ!わ、私を誰だと思っている! プーム・ミンだぞ! ミン男爵家に逆らう気かぁ!」

「うん、まず全世界のゆるキャラに土下座しようか」

 

  某キャラの黒線入りの顔を思い浮かべながら、先ほどと同じようにブ男改めプーム……やっぱブ男でいいや。ブ男の前にしゃがむ。

 

「さてさて、さっき俺が言ったことを覚えてるか?」

「だ、だまれぇ!き、きさま、必ず痛い目に合わせて「黙って俺の話を聞け、サノバビッチ(クソ野郎)」んぎゃっ!?」

 

  空中でデコピンし、その風圧をブ男の額に当てて吹っ飛ばす。地面に倒れるブ男の顔を、俺は覗き込んだ。

 

「お前がルイネたちを見ていいって言ったの、0.00001秒つったよな?お前、さっきから何分見た?」

「な、なにをふ、ふざけたことをーー」

「黙れつってんのが、聞こえねえのか?」

 

  ほんの少し、本気の殺気を出す。それだけでブ男は舌を切り落とされたように声を失い、パクパクと口を動かした。

 

「お前は許されないことをした。よってーー」

 

  念動力でブ男の髪をつかみ、引き寄せる。そしてブ男だけに見えるように、赤い物体を顔に纏わせた。

 

「オ前ノ全テヲ喰ワセテモラオウ」

「ーーーーーっ!?!!?!!!??」

 

  俺の顔を見たブ男は、声にならない悲鳴をあげる。きっとこいつの目には今、俺の顔がとんでもない化け物に見えていることだろう。

 

  その1秒後、ブ男は白目を剥いてカクンッと頭を落とす。どうやら気絶したようだ。一ヶ月くらい悪夢を見続ける呪いをかけてから、オーラと物体を解除する。

 

「他にこいつの味方は?」

 

  周りを見渡すと、全員が千切れそうな速度で首を横にする。うし、これで悪党退治は終わりだな。いやースッキリ。

 

『よくもまあ、そこまで早く感情を切り替えられるもんだ』

 

  スッキリとした気分で伸びをするとハジメたちの元へ戻ろうとすると、慌ただしい足音が後ろから近づいてきた。

 

  そろそろ飽きたぞこんにゃろうと振り返れば、ギルド職員だった。若干引け腰ながらも、三人の職員が俺を取り囲む。残りはブ男とレガニドを見にいった。

 

「申し訳ありませんが、事情聴取にご協力願えますか」

「俺たち飯食ってた、そのブタがからんできた、護衛が危害を加えようとした、俺たちは正当防衛した、はい終了」

「ちょっ!」

 

  簡単に説明を済ませ、歩き出そうとすれば肩を掴まれる。なんだよもーそんなに熱烈に肩掴まれても俺ホモじゃねえよー。

 

『アーイワーズボーン』

 

  いやその人確かそうだけどもピンポイントだな。

 

「なに?今の説明で納得できないのん?」

「とは言いましても、当事者双方の話を聞く規則なので……冒険者の方なら従っていただかないと」

「当事者ねえ……」

 

  ちらりと後ろを見る。レガニドは今治癒師が治療しているとはいえあのダメージだし、ブ男は下手すりゃ悪夢で一ヶ月起きないぞ。

 

「あれが起きるまでこの街で待ってろって?おいおい、いくらなんでもそりゃ横暴ってもんじゃねえのか?俺たちは完全な被害者、この場にいる全員もそれを見てる。証拠人なら十分以上にいるから、わざわざ俺たちは必要ないと思うけど?」

 

  正論を言ってやれば、決まりなんだから仕方ないでしょって顔をする職員たち。これだから社畜は怖い。

 

  さて、どうするかと思っていると、階段を降りる気配が一つ。やけに落ち着いた足取りのその人物は、程なくしてこの場に現れた。

 

「何をしているのです? これは一体、何事ですか?」

 

 現れたのは、メガネを掛けた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男だった。厳しい目で俺やハジメ達を見てくる。

 

  なーんかあの人、身代わりにされて撃たれたりサイボーグになったり科学者なのに秘書やらされたりフェーズ3突破したりしそう。

 

『あぁ〜そうだった。お前はサイボーグだったな』

 

 声真似(本人)かよ。

 

「ドット秘書長!いいところに!これはですね……」

 

  助かったとでも言うような顔をした職員が、ドットとやらに説明を始める。どうやら、まだ終わらなさそうだ。

 




うーむ、原作に近すぎる。もっと離反させてなくては……
さて、シュウジが使う謎の物質はなんなのか……
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異世界は某リ◯さん並みにトラブルの種が舞い込んでくる説

どうも、今日から定期テストで朝から憂鬱な作者です。

エボルト「はろはろー、エボルトだ。俺の種族にはテストなんてなかったぜ。なんなら学校なんてなかったぜ」

シュウジ「スライム状の生物が並んで授業してたらシュールすぎんだろ。前回はフューレンに到着したんだったな」

ハジメ「ったく、いきなり変なのに絡まれるとかどうなってんだ」

ユエ「……仕方がない。テンプレだから」

愛子「それはそれとして、あと少しで会うことができますね……楽しみです」

シュウジ「おう、本編の俺が覚悟しとくぜ。で、今回はお偉いさんとのお話だ。それじゃあせーの……」

五人「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」


  この本によれば、普通の?高校生南雲ハジメには、魔王となる未来が待っていた。

 

  彼は大迷宮にてオスカー・オルクスとミレディ・ライセンの力を奪い、依頼を受けて中央商業都市フューレンへとたどり着く。

 

  そこでまた依頼を受けたハジメとその一行は、ウルの街を襲撃する魔物を殲滅し……おっと、先まで読みすぎましたね。

 

『ハジメはジオウか』

 

  FG◯するために色々世界線探ってたらたまたまヒットして観たんだよね。いやーまさかライダーの歴史が書き換えられるとは。

 

  まあ、それはどうでもいいとして。俺はギルド職員が内海さんらしき上司(違う)に状況を説明し終えるのを待っていた。エボルトと睨めっこしながら。

 

  今のところ戦績は5勝4敗6引き分け、互いに同じ顔をしている(というよりエボルトが俺に擬態してる)ので、余計に勝負は困難なものになっていた。

 

「にーらめっこしーましょー」

「わーらうーとまーけよー」

「「あっぷっぷ!」」

「ちょっとよろしいですか?」

 

  すぐ近くで聞こえた声に、エボルトと同時に振り返る。すると冷静沈着そうな面持ちのドット秘書長とやらは、ブフッと横を向いて吹き出した。

 

  俺は口元の筋肉をフル稼働させてひょっとこ顔をしており、エボルトは擬態という荒業を使って刃◯顔で変顔している。その威力は推して知るべし。

 

  事実、ハジメたちは全員もれなく腹を抱えながらプルプルしてた。リベルだけがわからずぽかんとしている。カエルは相変わらずゲコッてた。

 

  しばらくプルプルと震えていたものの、なんとか持ち直したドット秘書長は、クイッと中指でメガネをあげた。

 

「話を聞く限り、あなた達が被害者ということはわかりました。これだけ大勢の証人もいますしね。若干過剰防衛な気もしますが、まあ死んではいないのでよしとしましょう」

「ごっつぁんです!」

「ぶっ!」

 

  また顔の画風を変えたエボルトが答えると、ドット秘書長は口元を押さえた。特に笑ってたシアさんとユエもすでに瀕死だ。

 

  先ほどより早く復活したドット秘書長は、ブ男たちが目覚めるまでフューレンに滞在してもらうのでと、身分証明と連絡先を求めた。

 

  ほいさと尻ポケットからステータスプレートを取り出す。なんとか復活したハジメも近づいてきてステータスプレートを提出した。

 

「ふむ、〝黒〟に〝青〟ですか……その奇抜な赤い装束、もしやあなたが〝レコードホルダー〟ですか」

「正解だ!」

「ぶふぉっ!」

 

  どっかのオールなマイトさんの劇画調な顔真似をすれば、三度吹き出すドット秘書長。どうやらこの人、変顔に弱いらしい。話が進まない?知らない知らない。

 

「ママー、あれわたしもやりたい!」

「そうか。それじゃあ私たちとやっていよう」

「わーい!」

「こ、こほんっ。確認させていただきます」

 

  今度はさっきよりも遅く立ち直ったドット秘書長が、俺たちのステータスプレートを見る。そして問題ないとでも言うように頷いた。

 

「ああ、ちなみにこのハジメだが。俺たちの中では三番目に強いぜ」

「……ほう、〝青〟なのにですか。ということは最近登録されたのですね。それで、そちらの方々は?」

 

  ルイネたちにもステータスプレートを要求するドット秘書長。だが、あいにくと俺とハジメ以外ステータスプレートは持ってない。エボルトは合体してたし。

 

  さて、どうするかと思っていると、エボルトが俺の肩を叩いて一歩前に出た。奴の顔を見れば、不気味にニヤリと微笑む。

 

「なあ、ちょっといいか」

「はい?一体なんですか?」

 

  不思議そうな顔をするドット秘書長の耳元に、エボルトが顔を寄せる。そしてボソボソととても小さな声で、何かを呟いた。

 

  それを聞いた瞬間、ドット秘書長の目が最大まで見開かれ、ビクッ!と大きく肩が跳ねた。次の瞬間には冷や汗が頬を伝う。

 

「……そ、それは本当なのですか?」

「ああ。どうだ?連絡先の方は大丈夫だろ?身元も保証できる」

「は、はいっ。し、しかし、身元の確認は私一人では判断し難く……」

「なら上を呼べ。そいつならわかってるはずだ。それでももしダメなら……おーいハジメ、あの手紙貸してくれ」

「あ?……ああ、あれか」

 

  声を元の大きさに戻して振り返ったエボルトに、ハジメが懐からキャサリンさんにもらった手紙を出して投げる。

 

  手裏剣のように飛んで行ったそれをエボルトは人差し指と中指の間でキャッチし、少し怯えているドット秘書長の手に握らせた。

 

「こいつを見せろ。これなら危ない橋を渡る必要もない」

「わ、わかりましたっ」

 

  エボルトにコクコクと激しく頷いたドット秘書長は、俺たちに職員が案内する部屋で十分ほど待つように言い、慌ただしい足取りで階段を上がっていった。

 

  おそらく上の人間を呼びに行ったのだろうとそれを眺めていると、エボルトが「いやーいい仕事した」と言い伸びをしながら戻ってきた。

 

「とりあえず、こいつで安心だ」

「エボルトさん、一体何を言ったんですか?」

 

  あの冷静そうなドット秘書長をあそこまで慌てさせたエボルトに、シアさんが不思議そうに尋ねる。

 

「ん? そいつは……秘密さ」

 

  そんなシアさんにエボルトは、くつくつと得体の知れない笑みを浮かべて答えた。それを聞いて、シアさん同様不思議に思っていたハジメたちが拍子抜けした顔をする。

 

  そんな皆を横目に、俺はエボルトに直接テレパシーで問いかけた。なあエボルト、お前もしかしなくても〝アレ〟言った?

 

『まあな。まずかったか?』

 

  ま、大丈夫だろ。いざとなったらなんとかするだろうし。

 

  俺が肩をすくめると、エボルトはそうかと答えて面白そうに笑う。そこで職員が近づいてきて、俺たちを部屋へと案内した。

 

  ウサギにカエルを返したリベルを抱え、職員の後についていく。さて、出てくるのは蛇か鬼か。

 

  エボルトと二人、少し楽しみに思い笑いあいながら、俺たちは足を進めるのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

  職員に案内された部屋で待つこと、きっかり十分。

 

  コンコンと扉がノックされ、何者かの来訪を告げる。それに返事をすると、ガチャリとドアが開いて人が入ってきた。

 

  入ってきたのは、先ほどと変わらず若干こわばった顔のドット秘書長と、金髪をオールバックにした三十代ほどの男だ。

 

「はじめまして。冒険者ギルド、フューレン支部支部長のイルワ・チャングだ。シュウジ君、エボルト君、ハジメ君、ユエ君、シア君、ウサギ君、ルイネ君に……リベルちゃんでいいかな?」

 

  俺たちの顔を一人ずつ見渡し、最後に職員が出してくれたお菓子を幸せそうに頬張るリベルを見て、口元を綻ばせるイルワさん。

 

  ここの職員、なかなか優秀である。子供であるリベルが待ち時間を退屈するのを見越して、お菓子を持ってきてくれたのだ。花丸あげちゃう。

 

『誰得だよ』

 

「それで問題ないですよ。ていうかエボルト君とか草」

「お前だってシュウジ君なんてカオリンくらいにしか呼ばれねえだろ」

「それな」

 

  イルワさんの差し出した手を立ち上がって握り返しながら、エボルトといつも通りの応酬を交わした。

 

  自然体な俺たちにイルワさんは苦笑した後、探るような目をする。

 

「しかし、そうか。君たちがシュウジ君とエボルト君か……ふむ、確かに〝彼〟に聞いた通りだ」

「彼?誰のことだ?」

「いや、なんでもない」

 

  ハジメの質問に答えを濁しながらイルワさんは手を離し、ソファに座る。イルワさんに倣って俺たちも再び腰を下ろした。

 

「で、俺たちの名前は手紙に?」

「ああ、そうだ。先生の手紙に確かに全員の名前が書いてあったよ。将来有望、しかし全員もれなくトラブル体質だからできれば目をかけてやって欲しい、とね。それとシュウジ君とエボルト君の漫才は基本スルー、ルイネ君との仲は温かく見守ってくれと」

「キャサリンさん中々わかってるう」

 

  自分で言うのもなんだが、俺とエボルトの会話は基本放置するに限る。ハジメのように慣れてなきゃツッコミ疲れるからね。

 

  それだけでなく、俺とルイネの仲のことまで書いてあるとは。こんな気配りまでできるとかキャサリンさんマジいい人。

 

「しかし先生とは、やっぱキャサリンさんってすごい人?」

「おや、知らなかったのか。実は彼女はね……」

 

  そしてイルワさんから明かされたキャサリンさんの素性は、やはりというかすごいものだった。

 

  イルワさん曰く、キャサリンさんは王都のギルドででギルドマスターの秘書長をしてたらしい。んでその後、ギルド運営に関する教育係を請け負った。

 

  現在各町に派遣されている支部長のうち、五、六割は彼女の教え子だとか。イルワさんもその一人で、今も頭が上がらないとは本人の談。

 

「知っての通りだとは思うが、あの人柄の良さと若き頃の美しさから、当時は僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤してね。子供を育てるにも田舎の方がいいって。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」

「あーそういえば、そんな伝説聞いたなぁ」

 

  俺が最初に冒険者登録をしたのは、王都のギルドだ。そこでランクを上げがてら先輩冒険者たちの話を聞いてた時にそんなことを聞いた。

 

  曰く、王都冒険者ギルド最大の損失。曰く、王都最高の絶望の日。イルワさんと同世代くらいの冒険者は、口を揃えてアレはまさしく混沌だと語った。

 

「今じゃ、恰幅のいいおばちゃんだけどな」

「言うなよハジメ、アレはアレで肝っ玉母ちゃんじみてて良いじゃん」

「お前ほんと母性ある人好きな」

「そういう意味の良いじゃねえ」

「呼んだか?」

「いやルイネも確かにそうだけd……ハッ今どこからか「私は?」っていう雫の幻聴が!」

「だめだこいつ、早く何とかしないと」

「よんだかー!」

「……真似してて可愛い」

「わかるよユエ」

「ですですぅ」

「君たち本当に仲がいいね」

 

  鮮やかなスピードでボケに入る俺たちに、先ほど同様に苦笑するイルワさん。なお、ドットさんは緊張しっぱなしである。

 

  それからイルワさんにキャサリンさんのことを聞かれたので、俺たちが見たキャサリンさんのことを話しながら30分ほど雑談を交わした。

 

「とまあ、こんなとこですね」

「そうか、先生は元気か。ありがとう、話を聞かせてくれて」

「いえいえ。それじゃ身分証明もできたでしょうし、そろそろお暇します」

 

  ちらりとルイネの胸の中で眠るリベルを見る。重力魔法を抜けば年相応の頭であるリベルには、俺たちの長話は退屈だったようだ。

 

  途中で入ってきた職員が出した紅茶を飲み干すと、マスクの下半分をかぶり直して立ち上がる。冷めても美味いとはなかなかだ。

 

『俺のコーヒーとどっちが美味い?』

 

  こっちの紅茶に決まってんだろニーキック食らわすぞコラ。

 

「いや、少し待ってくれ」

 

  が、そこで待ったがかかった。まだ何かあるのか、と隣に座っていたハジメが剣呑な光を目に宿す。

 

「実は、君たちの腕を見込んで、一つ依頼がしたい」

「断る」

 

  俺が何か言う前に、ハジメがイルワさんの言葉を切って捨てた。十中八九、面倒ごとを請け負うことになると悟ったのだろう。

 

  立ち上がり、部屋から出ようとするハジメに同調してユエとウサギが立とうとする。しかしそこでイルワさんのスペルカードが発動。

 

「ふむ、とりあえず話だけでも聞いてくれないか?そうしたら、今回の件は不問にするんだが……」

 

  イルワさんの言葉に、ピタリとハジメが動きを止める。そしてやや面倒そうな顔でイルワさんを振り返った。

 

  イルワさんの言葉は、要するに話を聞かなければ今回のことをそのままにして、正規の手続きを踏んでもらうぞということだ。

 

  すでに被害者加害者が明確になっている以上、出来レースの長ったらしい手続きを受けるのは、さぞ面倒に違いない。

 

『ぶっちゃけ、俺たちが〝アレ〟を使えばもみ消すこともできるけどな』

 

  ま、それは最終手段ってことで。それに、今はまだ着実に力をつける時期だ。余計なことをするべきじゃない。

 

  それを理解しているだろうハジメは、イルワさんを睨む。が、依頼を受けるではなく話を聞くだけ、と言っていたので、ムスッとした顔で戻ってきた。

 

「ありがとう、聞いてくれる気になって」

「……いい性格してるな、あんた。さすがは大都市のギルド支部長ってか」

「君も大概だと思うよ。それで、シュウジ君はいいかい?」

「ま、内容によるってとこかね」

 

  肩をすくめながら、ソファに座りなおす。それを見届けたイルワさんは頷き、ドット秘書長を促す。

 

  時間が経ったからか、少しは最初の冷静そうな様子に戻ったドット秘書長が、一枚の依頼書を取り出して机に置いた。

 

  ソファの真ん中に座っている俺が書類を取り、後ろや横からハジメたちが依頼書を覗き込んだ。

 

  そして依頼の内容を読んで、少しばかり瞠目する。そんな俺たちに、某指揮官のポーズをとったイルワさんはおもむろに口を開いた。

 

「君たちに頼みたいのは………ある人物の捜索依頼だ」

 

 

 ●◯●

 

 

「ほう、人探しですか」

「ああ。先日、北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者の一行が期日を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が出した依頼だ」

 

  そこからのイルワさんの話を要約すると、おおよそこうなる。ここからはシアさんの話ダイジェストと同じ感じで行こう。

 

『メタさに定評のあるシュウジ=サン』

 

  やかましいわい。

 

 んんっ、では気を取り直して。

 

 

 ここ最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例がいくつかギルドに持ちこまれ、調査依頼がされた。

 

 

 ↓

 

 

  北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地で、地上の中では強力な魔物が出没するので、高ランクで手練れの冒険者が依頼を受注。

 

 

 ↓

 

 

  しかしここでイレギュラーな人物がやや強引に同行を申し込み、なんやかんやあって臨時の合同パーティーで出発。

 

 

 ↓

 

 

  そして今回俺たちに受けて欲しい依頼というのが、そのイレギュラーな冒険者だ。名をウィル・クデタ、クデタ伯爵家の三男に当たる人物である。

 

 

 ↓

 

 

  家出少年である冒険者志望のウィル君をクデタ家は秘密裏に監視していたのだが、今回の依頼で連絡員もろとも行方不明となった。

 

「そして行方のわからない子供に慌てた伯爵家は、冒険者ギルドに依頼を出した、と」

「そういうことだ。つい昨日のことでね。一応、伯爵家の方でも捜索隊を出すらしいのだが……」

「おい、ちょっと一つ聞かせろ。なんだこの絵は?」

 

  俺とイルワさんの会話に、ハジメが割って入る。険しい顔をしたハジメの手には、幼稚園生の似顔絵以下のウィル・クデタの絵が。

 

  かろうじて金髪の男だとわかる程度で、俺から見てもふざけて描いたとしか思えないクオリティだ。

 

  しかも日本語だとひらがなに該当する文字で、「たずねびと うぃるくん」って書いてある。これやる気あるのだろうか。いや、ない(反語)

 

「何、と言われても、ただの似顔絵だが……」

「探す気あんのか。ちょっと紙とペン持ってこい。俺が描き直してやる」

 

  クリエイター魂のスイッチが入ったハジメの有無を言わさぬ言葉に、イルワさんが目配せしてドット秘書長に取りに行かせた。

 

  程なくして持ってこられた紙とペンを受け取ったハジメは、イルワさんにウィル・クデタの特徴を聴きながら絵を描いていく。

 

「で、次は?」

「えっと、綺麗に切りそろえられた金髪で……っていうかめっちゃ絵上手くないか君!?」

「オタクエリートの息子舐めんな」

 

  ほんの五分程度で、さっきの落書きみたいな似顔絵とは雲泥の差の絵が出来上がった。イルワさんが「本物と変わりないぞ……」と驚いている。

 

「ま、ざっとこんなもんか。しばらく描いてなかったから腕落ちてんな」

「お前が全力で絵描くと、俺でもかなわんしなぁ」

「マスターでもか?それは凄まじいな……」

 

  そんなこんなで落書きがハジメの美麗イラストに差し替えられ、詳細説明が再開された。ウィル・クデタの身は安全かどうか。

 

  そういえば、マリスも一度家出したなぁ。過酷な訓練の繰り返しの生活に嫌気が差して、家を飛び出したのだ。

 

  その時たまたま家の近くに悪名高い貴族がおり、マリスは未熟な腕でこれを暗殺した。当然、すぐにバレて追われる羽目になったのだ。

 

  最終的に俺が追っ手を全員殺し、関係者の記憶を抹消することで事態は収束したものの、あの時ばかりは本気で叱りつけた。

 

  それ以降二度とそんな真似はしなくなったが、あれはなかなか衝撃的な思い出だ。今も昨日のことのように思い出せる。

 

『懐かしい思い出に浸ってるとこ悪いが、内容がかなり物騒だぞ』

 

  お前が物騒っていうと事実以上に物騒に聞こえるよな(偏見)

 

「どうしようかと困っていたところ、君たちがタイミングよく現れた。どうだろう、引き受けてくれないか?報酬は弾ませてもらうよ」

「とは言うが、高ランクの冒険者が行方不明になるような場所への依頼だろ?シュウジはともかく、俺は〝青〟だぞ?実力不足じゃないのか?」

「おや、これは奇妙なことを言う。〝黒〟のレガニドを瞬殺し、ライセン大峡谷やハルツィナ樹海を余裕で探索できるような冒険者が力不足とは、どんな冗談だい?」

 

  さらりと当然のように言われたイルワさんの言葉に、ハジメが目を見開く。樹海や峡谷のことは誰にも言っていないからだ。

 

  もしキャサリンさんの手紙に書いてあったとしても、彼女も何故知っているのかという話になる。

 

  つまり、俺たちの中に話した奴がいる。その人物は必然的に、よくキャサリンさんと会話していたものに限られるので……

 

「……オイ、シア」

 

  ハジメの低い声に、ビックゥとシアさんの肩が跳ねる。シアさんはややぎこちない動きで顔を上げた。

 

「お前、話したな?」

「い、いやー、つい話が弾んで?」

「弾んで?じゃねえよ。余計なことしてくれやがって。お前後でエボルトの新作コーヒー試飲な」

「とんでもない拷問じゃないですかそれっ!」

「おう残念ウサギ、それは一体どういう意味だ」

 

  ワタワタと慌てるシアさんは、不意にぴこんっ!と耳を立てる。そうするとユエとウサギを指差した。

 

「そ、そうだ!ユエさんとウサギさんもいました!」

「……!? シアの裏切り者……」

「……悪い子はこうだ」

「いだだだだだ!?う、ウサギさっ、頭ぐりぐりするのやめてくださあいたぁぁああああっ!!」

 

  頭から二つの煙を上げて床に沈んだシアさんを尻目に、話の内容を詰める。

 

「俺としては、善良な人間の人命がかかっているなら、その依頼を受けるのは吝かではない。ハジメはどう思う?」

「本音を言えば、ただ目的地への寄り道に通りがかっただけなのに北の山脈まで行けるか……ってとこだが、報酬によっては考えなくもない」

「ほう、何を望むのかね」

 

  尋ねるイルワさんに、ハジメはピッと指を二本立てる。

 

「一つ、ユエ、シア、ウサギ、ルイネ、リベルのステータスプレートの発行、ならびにその内容についての絶対的な他言無用だ。あとは……」

「何かあった時に、俺たちの手助けをすること。だろ?」

 

  ハジメの言葉を、エボルトが引き継いだ。呆れた顔で自分を見るハジメにエボルトはケラケラと笑い、話を代わる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()、俺たちは少々厄介な身の上でね。今後必ず教会と敵対することになる。その場合、どの街でも動きにくくなるんだ。だからいざという時に便宜を図れ」

「しかしそれは……」

「無論、責任ある立場故の依怙贔屓の危険さは理解してる。だが、こちとら死の危険がある場所で人探ししろって言われてんだ、そんくらいの見返りがないと釣り合わないってもんじゃねえのか?」

 

  エボルトの正論に、開きかけた口をつぐむイルワさんとドット秘書長。

 

  言わずもがな、俺たちの目的は神殺し。そして元の世界へと帰ること。それを大して隠してない以上、いずれ教会の人間の耳にも入ることだろう。

 

  ある程度のトラブルなら〝アレ〟を使えば俺たち自身でなんとかできるが、あいにくとまだ教会には〝アレ〟の根はそこまで回りきってない。

 

  教会の動きを押さえつけるだけの用意が整いきっていない状況で敵対すれば、相当面倒なことになる。最悪、安心して街にいることもできない。

 

  その時、大都市のギルドの支部長であるイルワさんの名前は使えるだろう。せいぜい〝アレ〟を使えるのは、()()裏で小さなことをもみ消すか操作する程度だ。

 

「……ふむ。そこまで言うほどの君たちの秘密というのも、個人的には気になるが……わかった。これは私にとって大事な依頼だ、なんとかしよう。ただし、あまりに倫理的に問題のあることは拒否させてもらう」

「そこまでは求めやしねえさ。できる範囲でいい。それに、そういうことは……こっちの専売特許だしなあ?」

 

  エボルトがかつてのエボルトを髣髴とさせる笑みを浮かべれば、イルワさんとドット秘書長は怯えたように少し身を引いた。

 

「ま、本当にヤバめの時に手助けしてくれりゃいいさ」

「それなら安心だ。では、詳細を詰めていこうか」

 

  その後の話し合いにより、いくつかのことを決めた。

 

  まず依頼達成の条件だが、ウィル・クデタの遺品、あるいは本人を連れ帰ること。まあ後者はほとんど確率がゼロに等しいが。

 

  達成した場合は従来の依頼通りの報酬と、今提示した二つの条件の実行を確約。なお、ステータスプレートは余計な混乱を避けるため依頼完了後に作成する。

 

  それらのことを細かく紙に書き起こし、契約書として保管してもらうことにした。あとでそんなこと言ってないと言われてもアレだしな。

 

「とまあ、こんなところか。そういえば大事な依頼って言ってたが、何かあるのか?」

「……実は、ウィルを依頼に同行させたのは私でね。ウィルは貴族が肌に合わないと冒険者を目指していたのだが、あいにくとその素質はなかった」

「だから難しい依頼を受けさせて、自分の才能の無さを悟らせようとしたところそのまま行方不明になった、と。せめてもの情けが仇になったんですね」

「その通りだ、シュウジ君。ウィルは友人の息子である以上に、私にだけは懐いていてくれたんだ」

 

  哀愁漂う表情で、悔しそうに言うイルワさん。あのキャサリンさんの教え子というだけあって、この人もなかなかの人情家だな。

 

「だから、なんとしてでも結末を知りたい。シュウジ君、エボルト君、ハジメ君、ユエ君、シア君、ウサギ君、ルイネ君……よろしく頼む」

 

  最初に来たように俺たちの顔をゆっくりと見渡し、真剣な顔で深く頭を下げるイルワさん。

 

 それに対する、俺たちの返答は……

 

「オケオケオッケー♪」

「別に助けてしまっても良いのだろう?」

「あいよ」

「……ん」

「……スケット団ver異世界、行くぞー」

「ゲコッ」

「はいっ!」

「ああ、任せてくれ」

 

  俺たちの了承の言葉に、イルワさんはホッとした様子で顔を上げる。どうやら相当ウィル・クデタとは仲が良かったらしい。

 

 

 

 

 

  それから俺たちは支度金と最寄の湖畔の街への紹介状、件の冒険者たちの受けた調査依頼の資料をもらい、部屋を後にしたのだった。




さあ、テスト頑張るぞっ(白目)
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リベルとエボルトの一日 午前中

どうも、明日のテスト返しに顔が引きつってる作者です。

シュウジ「一週間ぶりー、シュウジだぜ。前回は支部長の依頼を受けたぜ」

ハジメ「ったく、面倒なことになったな。これだから異世界は……」

美空「そんなこれだから田舎は…みたいな言い方しなくても」

ネルファ「割と住めば都ですわよ?幼少期の私の暮らしていた場所に比べればなんでもありませんわ」

愛子「あなたのは壮絶すぎるでしょう…今回はリベルという小娘とエボルトの続き物の話のようですね」

ハジメ「なんか刺々しくないか?」

愛子「うるさいです南雲くん、先生の言うことには口出ししないでください」

ハジメ「横暴な教師だな…まあいい、それじゃあせーの」

五人「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」


 

  こんにちは!リベルです!今日はわたしのことを話します!

 

「……ん」

 

  ふわふわって気持ち良く寝てると、なんだか眩しくて、わたしは目を開けた。

 

  するとさいしょに見えたのは、わたしみたいに寝てるパパの顔。さいしょっていうのは、いちばんはじめって意味らしい。

 

  パパはわたしのパパ。シュウジってお名前で、いつも楽しそうで、わたしに名前をくれて、たーくさんかわいがってくれるの。だからだいすき。

 

「ふみゅ……」

 

  目をこすりながら、ふかふかしたベッドから起き上がる。すると白い大きなおててがお腹から落ちた。

 

  おてての先を見てみると、そこにいるのはママ。お名前はルイネっていって、パパのおよめさんで、赤い髪が綺麗で、とっても優しい、だいすきなママ。

 

「んう……ますたぁ……」

 

  ママはもぞもぞして、パパのおててを枕にしてまた寝ちゃった。ママはパパのこと、ますたーって言うの。変だよねっ。

 

「んしょ、んしょ……」

 

  パパとママの間から這い出して、ふかふかから降りる。すると、お部屋の隅っこに誰かが座ってるのがわかった。

 

  小さなお本を読んでるその人は、パパとおんなじ顔をしてた。でも目はトマトみたいで、髪はお風呂のタオルみたい。

 

  わたしはトテトテとその人に走っていって、重力魔法で体を軽くしてお膝の上に飛び乗った。そして……

 

「エボルトおじさん!」

「ん? おお、リベルか。今日は早起きだなぁ」

 

  わたしに気づいたその人……エボルトおじさんは、笑ってわたしの頭をナデナデしてくれた。えへへーって思わず笑っちゃう。

 

  エボルトおじさんは、もう一人のパパ。パパとくっついたり、パパから出てきたり、パパとおあそびしたりする、面白いおじさん。

 

  パパもママもいないと、エボルトおじさんはわたしと遊んでくれるの。おさんぽしたり、おいしいもの食べたり、色んなとこに連れてってくれる、面白くてだいすきなおじさん。

 

「ねえねえ、なんの絵本読んでるのー?」

「いーや、こいつは絵本じゃなくてライトノベルっていうんだ」

「らいとーのーべる?」

「ハハッ、すげえもの授与しちまってんな。いいか、ライトノベルっつーのはちょっと難しい絵本みたいなもんだ。こいつは俺が完全に記憶してるのを転写したやつだな」

「えほんっ!よんでよんで!」

「ククッ、リベルにはまだちょいと難しいんじゃねえか?」

「むー!そんなことないもん!」

 

  リベルは賢い子なのです!だから絵本ならちょっと難しくても読めるのです!

 

「昨日だって、星のジョ◯ョ様ひとりで読めたもんっ!」

「お、そいつはすげえな。ならご褒美に俺が北◯姫読んでやる」

「◯斗姫?」

「ああ、面白いぜ?昔々あるところに、ヒャッハーのモヒカンを取っているお爺さんがおりました」

 

  穴から絵本を出して、読んでくれるエボルトおじさん。わたしはエボルトおじさんのお腹に背中をくっつけて、それを聞いた。

 

  って、ハッ!お腹と背中をくっつけちゃダメだ!くっついたらお腹が空いちゃうってパパが言ってた!

 

  わたしはしたがなく?(※仕方がなく)、ダチョウの思いで(※断腸の思いで)エボルトおじさんの肩に乗ってお話を聞いた。むふー、わたしてんさい!

 

「んんっ……」

 

  胸に七つの傷を持った北◯姫がヒャッハーにけっこん?を申し込まれるのを聞いてると、ママの声がした。

 

  ママ!と言おうとすると、エボルトおじさんにお口をおててで押さえられる。むーむー、息ができないー!

 

「リベル、ステイだ」

 

  エボルトおじさんを見下ろすと、おくちにお指を当ててしーってやった。これ知ってる、パパが静かにするときに使うやつだ!

 

  エボルトおじさんのおてての上からおててでバッテンすると、エボルトおじさんは笑ってお指をパチンした。

 

  エボルトおじさんがパチンすると、穴ができてわたしとエボルトおじさんが食べられちゃった。

 

「あれ!?たべられちゃった!?」

「安心しろ、隠れただけだ。ほれリベル、あれを見てみろ」

 

  エボルトおじさんのおゆびがむいた方を見ると、裸のママが起き上がってた。ふぁってあくびして、んーってしてる。

 

「………相変わらずデケェな……」

「?なにがー?」

「いや、なんでもねえ」

 

  なにがおっきいんだろ?もしかしてママのおっ◯いかな?前にパパがもみもみするの見たことある。ママは喜んでた。

 

「……ふふ、マスター」

 

  ママを見てると、ふにゃって笑ったママは寝てるパパにちゅーをした。

 

「きゃー!」

「ククク、寝起きで意識がハッキリしてなきゃこんな近くで見れねえぜ」

 

  おててでおめめを隠してると、エボルトおじさんがパシャッてした。パシャッてすると、見たものが残るの。ふしぎだねー。

 

  ちなみに、パパとママのパシャッにはわたしがたくさん入ってるの。二人で見てにへーってしてると、わたしもにへーってする。

 

  おゆびの間から見てると、ちゅーをやめたママはパパのからだをゆらゆらした。今度はパパがうーんって言っておめめをあける。

 

「起きろマスター、朝だ」

「んー、あともうちょい……ヒャッハーが蔓延るまで……」

「世紀末まで寝ているつもりか」

「おー……我が愛しの弟子ではないかー。おはようさんー……」

「全く寝ぼけているな。弟子ではなく、妻だろう?間違えているぞ」

「いや突っ込むのそこかよ………って、あ」

 

  エボルトおじさんが穴から出て、ママにおててをピシッてする。ママがばってこっちを見た。パパも起きてばってこっちを見た。

 

  お部屋のなかがしずかになる。賢いわたしは知っている、こういうのをてんまくというのだ(※沈黙です)

 

  ジーってわたしとエボルトおじさんを見てたママは、急に顔を落とした。どうしたのかな、どこか痛いのかな?

 

「…………………エボルト」

「え、えーっと、グッモーニンルイネ?今日の調子はどうd」

「どこから見ていた?」

「いやそr」

「ど こ か ら 見 て い た ?」

「最初からっすハイ」

「ぴえっ」

 

  ママは、とってもこわーく笑ってた。さっきのふにゃっじゃなくて、ぴきぴきって感じ。変なこえだしちゃった。

 

「ほう、そうか……………リベル、こっちに来なさい」

「は、はい……」

 

  うふふふふふふふってはいけーに見えるママに、わたしはエボルトおじさんの肩からジャンプしてママのとこにいった。

 

  わたしを両方のおててで受け止めたママは、そのままベッドから降りてわたしをお部屋の外に出した。そして、

 

「リベル、今から五分間、部屋に入ってはいけないぞ?いいな?」

「は、はいっ!」

 

  うふふふふふふふからフフフフフフフフフフにえぼりゅーしょん?したママに、わたしは思わずけいれーしてしまった。

 

  「いい子だ」とママが言って、パタム、とドアが閉まる。わたしは思わずほっとした。ママ、ときどきとってもこわい。

 

「さてエボルト、辞世の句を聞こうか」

「俺は無実d」

「絶望が、お前のゴールだ」

「ちょっシュウジまっ……アッーーーーーーーーーーー!」

 

  ドアの向こうから、エボルトおじさんの声が聞こえた。こういう時、なんていうんだっけ?

 

「そうだ、ご消臭さまだっ!」

 

  エボルトおじさんに向かって、私はドア越しに手を合わせた。

 

「リベル、もういいぞ」

 

  お椅子に座って北◯姫を読んでると、ママの声がした。お椅子から飛び降りて、おそるるおそるる(※恐る恐る)扉を開ける。

 

  お部屋には、きれーな剣を持ったパパとお洋服を着たママ、煙を上げてるエボルトおじさんがいた。

 

「まったく、リベルまで巻き込むとは悪趣味な……」

「いやー、いつか見られるとは思ったがなぁ」

「……いくら……再生する……からって……朝から……スタバ打ち込むか……普通……」

「エボルトおじさん、よしよし」

 

  げきちんしてるエボルトおじさんの頭をなでなでする。こうするとパパもママも、ハジメおじちゃんたちも喜ぶのー。

 

  エボルトおじさんをこんてにゆー?するまでやぶさめ(※慰めです)ると、みんなで下のおっきなお部屋にいった。

 

「かっいだん、かっいだん♪」

「こらリベル、気をつけろ」

「だいじよーぶだよ、ママふみゃっ!?」

 

  後ろを向いたら、ママのおひざにおでこをごっちんしちゃった。うー、痛いよぉ!

 

「ほら、言わんこっちゃない。リベル、パパのところに行きなさい」

「はぁい……」

「ヘイリベル、俺の胸の中にカモン!」

「朝からハイテンションだな……」

 

  パパに抱っこしてもらって階段を降りると、しょくどーにハジメおじちゃんたちがいた。

 

「ハジメおじちゃーん!」

「誰がおじちゃんだコラ……って、リベルか」

 

  ハジメおじちゃんを呼ぶと、おじちゃんはちょっとさっきのママみたいな顔だったけど、すぐにふにゃって顔になった。

 

  ハジメおじちゃんは、パパのまぶ…まぶ……マーブルダーツ?(※マブダチです)で、いつもパパにツッコミしてるの。頭ナデナデしてくれるからすきなの。

 

「おはようハジメ、今日の調子はどう?絶好調?ハハ、そりゃよかった」

「まだ何も言ってないわドアホ。まあ、いつも通りそこそこだ。ルイネもおはよう」

「ああ、おはようハジメ殿。ユエたちは?」

「まだ寝こけてるよ。エボルトは……ザマァ」

「おほっほう、朝っぱらから酷い扱いだぜ」

「おほっほう?」

 

  おほっほうってなんだろー。何かの鳴き声かなー?

 

「ハジメおじちゃん、あやとり教えて!」

「おお、昨日の続きか。いいぞ、それじゃあ最初は祟り神からいこうか」

「最初からレベルたっかいなおい」

「レッツチャレンジ!」

「ちゃれんじ!」

「プッ、今のハジメがレッツチャレンジとか笑えあっちょっやめて無言で首締めないで痛い痛い痛い!」

 

  ハジメおじちゃんのこぶらついすと?で、パパのお顔はまっさおになっていく。あっエボルトおじさんなんでおめめかくすの?

 

  パパがけーおー?されたら、ハジメおじちゃんはあやとりを教えてくれた。はじめはいのししさんから!

 

  ママにおてつだいしてもらってエボルトおじさんのお顔を作ってると、トントンって聞こえた。そっちをみると、ユエおねーちゃんたちだった。

 

「ふぁ〜……おはようごじゃいますぅ……」

「……ん……」

「……おはよう」

「ゲコッ」

「おうお前ら、重役出勤だな」

「おはよーさん」

「おはよう、四人とも。ほらマスター、ユエたちが起きたぞ」

「I'll be back……」

「それは起き抜けの挨拶ではなく別れの挨拶だ」

 

  ふわーってお口を開けたユエおねーちゃんたちが、イスに座る。わたしはおててを背中にかくれんぼして、シアおねーちゃんに近寄った。

 

「あ、リベルちゃんおはようございますぅ」

「おはよっ!ねえ、みてみてシアおねーちゃん、エボルトおじさん!」

「わぁ、すごいですぅ!さすがはリベルちゃんですぅ!」

 

  ふふっ、シアおねーちゃん褒めてくれた。シアおねーちゃんはハジメおじちゃんのだいよんふじんこーほ?で、ユエおねーちゃんと仲良いの。

 

  いっつもハジメおじちゃんにツッコまれてて、でもとっても強いの。わたしの遊び相手になってくれるからすきー。

 

「ん……リベル、ハジメ」

「わっ、ユエおねーちゃんすごーい!」

「どれどれ……って本当にハジメさんの顔あやとりで作ってますぅ!?どんな凄技ですか!?」

「ならば私は、これだ」

「ウサギは昔のハジメか。どっちもすげえ高レベルだな」

 

  ユエおねーちゃんもウサギおねーちゃんもすごいの。わたしもいつか、パパとかママをつくれるようになる。しょうじんだー!

 

  あ、ユエおねーちゃんはちっちゃいけどハジメおじちゃんのこと大好きで、いっつもくっついてるの。すごーい魔法使いなんだよ。

 

  ウサギおねーちゃんはしずかで、でもやっぱりハジメおじちゃんのこと大好きなの。それで、とっても強いんだ。てっけんせいさいなの。

 

  わたしにお菓子作ってくれたり、ときどき一緒に寝てくれるから、二人ともすき。わたしはパパたちみんなだいすきなの。

 

「おいお前ら、恥ずかしいからやめろ」

「ふっ、私のマスターには敵うまい」

「お前はお前で何で俺の全身像を作ってるんじゃい」

 

  みんなであやとりを見せあいっこして、わたしはまだまだなことを知った。一番強いのは、ママだ。

 

  ママにたいこーするためにハジメおじちゃんにあべさん?のやり方を教えてもらってから、わたしはご飯を食べた。おこさまぷれーとというやつだ。

 

「どうだ、うまいかリベル?」

「うんっ!おいしーよ!」

「ほらリベル、ほっぺたにソースがついているぞ」

「ありがとママっ!」

「ハジメさん、あーんですぅ」

「……ハジメ、私も」

ふぁふぃふぇ(ハジメ)

「お前ら、同時にスプーンを二つ口に入れるのは無理があるからな?あとウサギ、口移しは流石に恥ずか死ぬからやめてくれ」

 

  ハジメおじちゃんがユエおねーちゃんとシアおねーちゃんとウサギおねーちゃんに押しつぶされてる。まるでエサに群がる魚みたい。

 

  わたしは、ごはんがだいすき。だってパパたちみんないて、わいわいしてて、とっても楽しいから。リベルランキングなんばーわんなのです!

 

「ほれリベル、ソーセージいるか?」

「おうエボルト、テメェうちの娘に何食わそうとしてんだ」

「うん、そう言われそうだったから〝俺の〟はつけなかったんだけどな?」

「卑猥だぞエロルト」

「エロルトはやめろ!……で、食うか?」

「たべたい……でもけろりーが!」

「カロリーな。何でなまった感じなんだよ。つかその年で何を気にしてんだ、いいから食え」

 

  エボルトおじさんに、ソーセージを口に入れられた。私のお口よりおっきいから、先っぽからもぐもぐする。ちょっと熱い。

 

  エボルトおじさんのソーセージをがんばって食べると、ユエおねーちゃんたちもごはんをくれた。うー、けろりーが!けろりーがぁ!

 

「ほい、ごちそうさまでした」

『ごちそうさまでした』

「ごちそーさまでした!」

 

  ごはんを食べ終わったら、おててとおててを合わせてごちそーさまでしたって言う。食べ物さんに感謝するんだって。

 

「さて、今日はどうする?明日依頼の目的地に向かうわけだが」

 

  ハジメおじちゃんがぼうしれいのぽーず?をして、おはなしをはじめる。パパはひとのおはなしはちゃんと聞きなさいって言ってたから、ママのお膝の上で正座です。

 

「俺はユエと二人で出かけようと思ってるが……」

「……ん」

「うう、ユエさん羨ましいです……」

「どやっ」

「むきー!これ見よがしにドヤ顔しないでくださいよぉ!」

「私はカジノに行ってくる。シアと」

「ええ!?またですかぁ!?昨日の夜も散々大暴れしたじゃないですかぁ!」

「昨日は昨日、今日は今日」

「それはそれ、これはこれみたいに言われても……」

 

  おはなしはよくわからないけど、シアおねーちゃんが怒ったり、しょんぼりしたりするのは面白かった。確かゆりめんそー?だっけ。

 

「俺もルイネとデートかね。せっかくの商業都市だ、色々あるだろうしな」

「ああ、そうしたい。だから……エボルト。悪いが、リベルの世話を頼めるか?」

「あいよ、任しときな。つーわけでリベル、今日は俺と遊ぼうか」

「りょーかいでありますっ!」

 

  ぴしっ!けいれーする。パパとママが「ごめんな」って頭をなでなでしてくれた。リベルは我慢できる子だから、だいじょーぶなのです。

 

  そんなわけで、今日はエボルトおじさんと二人でおるすばんになった。パパたちを出入り口でおみおくりする。

 

「さて、リベル。今日は一日俺とお留守番だ。何がしたい?」

「おばばだけぬき!」

「それおばあちゃん可哀想じゃね?」

 

  昨日、わたしはエボルトおじさんとパパとママにこてんぱんにやられたのだ。今日はめーよばんかいしてやるっ!

 

  やる気チャージをしてると、エボルトおじさんはニヤッとしてトランプを穴から出した。金色の頭の太ったおじさんが描かれてるやつ。

 

「いいだろう。この俺に勝負を挑んだことを後悔させてやる」

「うけてたつっ!」

 

  お椅子に座って、エボルトおじさんがカードをしゅっしゅってする。そしたらカードを半分こして、いっしょのをぽいするの。

 

「えっと……エボルトおじさん、これいっしょ?」

「ん?ああ、捨てていいぞ」

「はーい」

 

  ブゥハハハハ!って笑ってるおじさんのカードをぽいする。あれ、なんか「神に何をするぅぅぅううう!」って聞こえた。かみってなんだろ?

 

  5回くらいぽいしたら、いっしょのカードがなくなっちゃった。ここからスタートだ。ふふん、めにものいれてやる!(※目にもの見せてやるです)

 

「でゅえるすたんばい!」

「リベル、それは別のカードゲームだ」

「え?でもパパとハジメおじちゃんがやるときはこーしてたよ?」

「あいつらは……ほれ、じゃーんけーん」

「ぽんっ!」

 

  わたしはちょきを出した。エボルトおじさんはぱーだ。

 

「やったー!」

「おっと、俺の負けか。じゃあリベルから引け」

「うむむ……」

 

  わたしはエボルトおじさんのカードを見る。最後に赤いニーサンを持ってたら負けだから、しんちょーにいかなくては。

 

  なやみになやんだわたしは、一番端っこのカードを引いた。そしたら◯ジータさんのJだった。わたしも一枚持ってる。

 

「やたっ!」

 

  おんなじになったので、カードをぽいする。ふふーん、これはわたしに勝機があるのですっ!

 

「エボルトおじさん、引いて引いて!」

「やる気だねえ。この俺に勝てるかな?」

「今日のわたしはみつあじちがうのです!」

「3回も味変わったらもう原型ねえな」

 

  つっこみながら、エボルトおじさんはわたしのカードに手を伸ばす。とったのはせんとーりょくがごじゅーさんまんのひと。

 

「ふむ、キングか……ふっ。所詮こいつも、使い捨てか」

「それいつも言うねー?」

「いいかリベル、これもネタだ」

「へー、そうなんだ!」

 

  それからじゅんばんこに引いてって、赤いニーサンはエボルトおじさんが持ってた。つまりわたしが勝った。

 

「やったー!」

「あらら、負けちまったな。じゃあもう一回やるか」

「ふふーん、かかってこい!」

 

  またエボルトおじさんがカードをしゅっしゅってして、だいにかいせんがスタートする。じゃんけんもまたわたしの勝ち。

 

  ふっふっふっ……さあエボルトおじさん、わたしにかんぷなきまでにやられるがいい!

 

 

 

 で、三時間後。

 

 

 

「ほい、俺の勝ち」

「ま、また負けた………」

 

  床におててをついて、わたしはがっくりとうなだれる。

 

  わたしは、エボルトおじさんにぼろ負けしていた。最初は勝ってたのに、4回目で負けて、5回目でちょー負けて、10回目で手も足も舌も出なくなった。

 

  赤いニーサンをエボルトおじさんが持ってったと思ったら、すぐに赤いニーサンが返ってきた。わたしの頭は赤いニーサンでいっぱいだ。

 

  今、エボルトおじさんにちょーちょー負けたわたしの目の前には、赤いニーサンが「だが無意味だ」って笑ってる。

 

「くっ、なぜだ!今日は勝てるはずだったのに!」

「ククク、だから言ったろ?この俺に勝てるかなってな」

「うー!」

 

(ていうか、色々と分かりやすいんだよなぁ。ババ引こうとすると得意げに笑うし、これ引いたらスイーツ買ってやるって言ったらババ引くし。ここら辺はまだ子供か……美空が小さい頃もこんなだったっけ。いやぁ、俺もまだまだ父親いけるねぇ)

 

  くやしくて、ケラケラ笑うエボルトおじさんのお膝をぺしぺしする。明日こそは絶対勝ってやるー!

 

「さて、それじゃあ次は何をする?」

「うーんと……しょーゆ!」

「醤油じゃなくて将棋な。リベルは対戦ゲームが好きだな」

「?たいせん?」

「対戦っつーのは、誰かと戦うってことだよ。ほれ、こう書くんだ」

「たいせん、対戦……わたし、対戦ゲームすき!」

 

  対戦ゲームは、勝つととってもワクワクして、もう一回やりたくなる。はっ、だからパパとハジメおじちゃんもいつも対戦してるんだ!

 

「よ、ほ、っと。うし、並べたぞ。それじゃあ、最初はぐー」

「じゃーんけーん、ぽんっ!」

 

  じゃんけんをして、しょーゆ……じゃなかった、しょーぎをやる。しょーぎはおばばだけぬきよりうーんってしなくちゃいけないから、むずかしいのです。

 

「えっと、ぽーんをまえへ!」

「リベル、それはチェスだ」

「? じゃあくりーちゃー?」

「それはデュ◯マだ」

「うーん、わからないからターンエンド!」

「もう完全にトレーディングカードゲームになってんな」

 

  ぱちぱちって、コマを前に進める。あれ、ひしゃとかくぎょーってどっちがたてよこでどっちがななめだっけ?

 

 

 ぐ〜

 

 

  3回くらいしょーぎをしたら、お腹がなった。

 

「なんだリベル、腹が減ったのか」

「おかしいなー、お腹と背中くっつけてないのになー」

「朝は言わなかったけど、それ逆だからな」

「そんなばななっ!?」

 

  だってパパはそう言って……はっ!まさかこれはエボルトおじさんのいんぼーなのか!?わたしはだまされないぞ!

 

「表情で何考えてんのか丸わかりだが………ちょうど昼飯時だ、ちょっくら外に出るか?」

「でも、ママがおるすばんって……」

「俺と一緒なら別に外に行っても平気だよ。どうだ?スイーツ食べたくないか?」

「すいーつ……!」

 

  エボルトおじさんがあくまのささやきをする。エボルトおじさんはわるいひとだ。

 

「うぬぬぬ、ママとすいーつは三時に一回って約束してるのに……」

「リベル、こういう言葉がある……バレなきゃ犯罪じゃないんですよぉ」

 

  エボルトおじさんの言葉に、わたしははっとした。そうだ、ばれなきゃはんざいじゃないのだっ!

 

「おそといくっ!」

「よしわかった……が、その前に」

 

  エボルトおじさんがおゆびをパチンする。そしたらわたしのパジャマがお洋服にかわった。

 

「わぁ!エボルトおじさんすごい!」

「だろ?さっ、外に行くときは……」

「おててをつなぐ!」

 

  エボルトおじさんのおっきなおててとわたしのおててをつなぐ。エボルトおじさんはよしって言って、出入り口に歩いていった。

 

  エボルトおじさんが扉をあけて、外に出た。うっ、ちょっとおひさまがまぶしい。でもわたしはまけない。

 

「出発だー!」

「おー」

 

  そしてわたしは、すいーつを食べるためにおそとにでた。




子供口調難しすぎる……!

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リベルとエボルトの一日 午後中

どうも、今日から俺は!を家族で見て大爆笑していた作者です。更新途切れてすみません、三橋好きです。

エボルト「よお、みなさん久しぶり。エボルトだぜ。前回はリベルが宿で俺と過ごしていたな。いやぁ可愛かった」

ハジメ「子供視点なんて書いたことないから、だいぶ難産だったらしいぞ。まあ、可愛いのは全面的に認めるが」

ユエ「ん……で、シュウジはあっちで何してる?」

シュウジ「尊い……尊いぜ佐藤&轟ペア……」

ハジメ「なんでも更新してない間作者とworking見てて、そのうちのひとカップルにハマったとかなんとか。まあそのうち戻ってくんだろ」

シア「目がキラキラしててうざいですぅ…今回は前回の続きで後半です。それじゃあせーの……」

五人「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」


  よう、エボルトだ。俺の視点は久しぶりだな。確か2回目だったか?まあいい。

 

「ふんふふ〜ん♪」

 

  今、フューレンの街中を歩いている俺の足元では小さな少女……リベルが上機嫌にアイスを頬張っていた。

 

  緑色の長髪を揺らし、テクテクと小さな足で歩くその姿は実に微笑ましい。俺の指はさっきからカメラのボタンを押しっぱなしだ。

 

  説明しよう!シュウジ特製のこの携帯はシャッター音をオミットしており、周囲に迷惑がかかることなく連写できるのだ!

 

  飯を食いがてら散策に街に出たわけだが、店に入って食うよりも、買い食いして少しずつ食べさせた方が飽きないと思い、食べ歩きをしている。

 

  この世界は中世程度の文明レベルに対して、意外と食事が美味い。こういった地球のものに酷似した菓子もあり、リベルも満足そうだ。

 

  まあ、味のレパートリーは少ないがな。えーと、さっきの店はバニラ、ビレア(バナナ)、ドラゴンの尻尾味の三つだったか。三つ目はアイスじゃなくて肉だろ普通。

 

「美味いかリベル?」

「うん!エボルトおじさん、ひとくちたべる?」

「おう、じゃあもらおうかな」

「はい!」

 

  立ち止まって腕をめいいっぱいあげ、木の容器に入ったアイスを差し出しだしてくるリベル。

 

  シュウジに擬態している以上、当然身長的にそのままでは食べれないので、かがんで小さく一口齧る。

 

「むぐむぐ……」

「エボルトおじさん、どーお?」

「うーん、なかなか美味いな」

 

  地球のものに比べれば劣るものの、それなりのクオリティだ。まあ、科学文明が発達した地球と同レベルのを作れってのも酷な話だしな。

 

  そのわりには黄金の果実味やらゴリラの胸筋味やらアベ=サンの上腕二頭筋味やら珍妙な味が多かったが。最後のは絶対食わねえ。

 

「でしょっ!」

 

  ふふーん!と、まるで自分のことのように喜ぶリベル。体の内から湧き上がる癒しにリベルの頭を撫でた。

 

「えへへー、エボルトおじさんのなでなで好きー」

「でも三番目なんだろ?」

「んー、一番はパパでー、二番はママなのー」

 

  気持ちよさそうに頬を緩めるリベルに、俺は苦笑する。懐かしいなあ、こうやって幼い頃の美空の頭を撫でたっけな。

 

  あの時は何も感じなかったが、今は違う。目的のための道具ではなく、大切な姪だと思ってこの手を動かしている。

 

  桐生戦兎に感情を植え付けられ、女神に拷も……調きょ……教育され、そしてシュウジと共に生きてきた。その時間は、俺を変えた。

 

  昔の俺が見れば、惰弱な存在に成り下がったなと鼻で笑うだろう。だが、今の俺はそうは思わない。

 

「? エボルトおじさん、どうしたの?」

「ん? いや、ちょっとした考え事さ」

 

  むしろそれを笑い返して言おう。今この時間は、なかなか悪くないものだ、と。

 

「それより、あっちからいい匂いがするぜ。いってみようか」

「らだー!」

「らだーじゃなくてラジャーな」

 

  ふっと笑い、頭から手を離してリベルの小さな手を取って屋台へ向かう。リベルがアイスを食い終えるために、ゆっくりとした速度だ。

 

  綿密に計算したタイミングでリベルがアイスを完食し、屋台の前に立つ。そこではクレープもどきが売られていた。

 

「すまん店主、クレープを二つもらえるか?」

「へいらっしゃい、何味にする?」

 

  クレープの生地を焼いていた店主が、俺の声に顔を上げる。その店主の顔は、なんだか裸でケツ晒して河川敷で死んでそうな感じだった。

 

  見覚えのありすぎるそれに一瞬驚きながら、リベルを抱え上げて店主の出したメニュー表を見せる。リベルは「んー」と少し悩んだ後、一つを指差した。

 

「これ!」

「雷電斬震味な。そっちの兄ちゃんは?」

「あー、じゃあこの雷電激震味で」

「ほお……そいつを頼むとは見所がある」

 

 なんの見所だ。鬼か、鬼になる見所か?

 

「雷電斬震と雷電激震、師弟ペア味で二百ルタ割引……六百ルタだ」

「はいよ」

 

  財布(奈落の魔物の革製)から硬貨を取り出し、店主に渡す。受け取った店主は両手に道具を持つと、キラリと目を光らせた。

 

  次の瞬間、店主の両手が消える。するとまるで手品のように、手がきらめくたびに薄く広がっていた円形の生地がクレープの形を成していった。

 

  電光石火の勢いに感心していると、完成したクレープが出てくる。濃い緑色の生地に、それぞれ茶色いチョコレートクリームと銀色っぽい白いクリームの使われたものだ。

 

「はいよ、お待ちどうさん」

「おじちゃんすごーい!」

「そうだろ?」

 

  少し自慢げにいう店主に一言礼を言って店を後にすると、早く早く!と手を伸ばすリベルに雷電斬震の方を渡す。

 

「さて、それじゃあお手並み拝見といくかね」

「いただきます!」

 

  リベルと一緒に、クレープを齧る。そして咀嚼した瞬間、全身に電撃が走ったような感覚を覚えた。なんだ、この表現し難い美味さは。

 

  まだ戦兎たちの世界にいた頃、ファウストの金をちょいとちょろまかして色々美味いもん食ってたが、これは初めての味だ。あの鬼……間違えた店主やるな。

 

  ちなみに、この食事についてもその時とは認識が違っている。昔はこの程度か、と思っていたが、今は心から食事を楽しんでいる。

 

  思えば俺、星のエネルギーを吸収することで生きてたから地球に来るまで飯なんかほとんど食ったことなかったなぁ。豊富な料理に驚いたもんだ。

 

  ……豊富なタコの種類と料理の数にも驚いたもんだ。別の意味で。シュウジの野郎いつか絶対シバき倒してやる。

 

「おいしー!」

「そうだな」

 

  どうやらリベルもご満悦のようだな。ルイネも喜ぶだろうし、念話でシュウジにも教えてやろう。有能な俺、恐ろしい子っ!

 

「そこの君たち」

 

  さて、次は何をリベルに食わせようかと周囲に目を巡らせていると、不意に右隣の方向から声をかけられた。

 

  そちらを見れば、三十代くらいの女が大きな風呂敷を敷いて地面に座っていた。これまたどっかで見覚えのある顔だ。

 

「何か用か?」

「ここでちょっとした体験をしていかないか?三十分程度で終わるものだ」

 

  ふむ、と思いちらりと風呂敷の上を見てみれば、いくつもの瓶と数多くの種類の花が綺麗に並べられている。傍らには硬貨の入った壺も鎮座していた。

 

  この散策の主役たるリベルを見てみれば、すでにしゃがみこんで花を手に取り、キャッキャとはしゃいでいた。すかさず撮影。

 

「で、どんな体験だ?」

「簡単だ。花と瓶を使って置物……生け花を作る。1回千ルタだが、どうだ?」

「ほぉ……」

 

  概ね予想通りの代物だな。昔の鎧盗んだり弟子の弟子のアイテム奪って変身したり花に包まれて死んだりしてそうな顔で大体察してたが。

 

「どうだリベル、やってみるか?」

「うんっ!」

 

  リベルが元気よく頷いたので、財布から千ルタ硬貨を取り出すと指で弾く。クルクルと宙を舞う硬貨は、チャリンと音を立てて壺に落ちた。

 

「ありがとう。ではリベル、私の指示に従って、気をつけてやりなさい」

「はーい!」

 

  手を挙げて答えるリベルに女はフッと笑い、まず最初に使う瓶を選ばせる。リベルが選んだのは、子供らしいこじんまりしたものだった。

 

  それを確認した女は瓶の大きさに対して使える花を選別し、さらにそこからリベルがこれがいいというものを選ばせる。

 

「んー、これとこれ!それとこれとー……」

 

  リベルは楽しそうな顔で、次々と花を選ぶ。白い花に黒い花、赤い花、緑の花、赤黒い花、金に近い黄色の花、淡い青い花、ピンクの花……

 

「ん?」

 

  俺は思わず声を漏らす。リベルが選んだのは、一見してなんの統一性もない色の花々。自由奔放な子どもらしいといえばそれまでだが、これはもしや……

 

「ははっ、こいつは傑作だ」

「?エボルトおじさん、どーしたの?」

「いや、なんでもない。刃物には気をつけろよ」

「うん!たのしみにまっているがいい!」

「おー、すげえ楽しみにしとくわ」

 

  思わず微笑みを浮かべながら、リベルを促す。リベルはまたハリのある明るい声で答え、選んだ花を女の指導のもと花瓶に入れていった。

 

  さすがと言うべきか、女の指導は見事なものだ。全く関係性のない色とりどりの花を、装飾を足しながら少しずつ調和させていく。

 

  二十分も経つ頃には、最初はまとまりのなかったただ花瓶に花を突っ込んだだけのオブジェが、一端の美しい芸術品となっていた。

 

「できたー!」

「よく頑張ったな。素晴らしい出来だぞ」

「エボルトおじさん、見て見て!」

 

  花瓶を持ち上げ、完成した生け花を見せつけてくるリベル。その顔には満足げな表情が浮かんでおり、非常に楽しんでいたのがわかる。

 

「くく、いい出来じゃねえか。さすがだな」

「やったー!エボルトおじさんに褒められたー!」

「おっと、そんなに振り回すとせっかくの形が崩れちまうぜ」

「あっ、あぶない!」

 

  慌てて持ち上げた花瓶を下ろすリベル。俺と女は思わずクスリと笑ってしまう。リベルはニヘーと笑った。撮影。

 

  女に礼を言い、リベルの手を引いてその場を後にする。そのまま道なりに町の中央広場に足を進めた。

 

「〜♪」

 

  リベルはご機嫌な様子であり、自分の作った生け花を見てはむふふと笑っている。時間が経つごとに写真が増えていくな……

 

「リベル、それを少し貸してくれるか?」

「やっ!」

「なん……だと……!?」

 

  異空間に入れておこうと思ったのだが、まさか拒否されるとは……フッ、これはシュウジとルイネと共有のメモに書かなくては。

 

  リベル、初めての反抗……と。くっ、なぜだ。この俺が涙を流すとは。いや、これは涙ではなくただの海水だ(錯乱)

 

「いいのか?異空間に入れておけば形も崩れないぞ?」

「いーの!これはわたしがもって帰るの!」

「そうか……成長したなぁ」

 

  気づかぬうちにこんなに精神的に成長して(再び錯乱)

 

  目から溢れる水滴(頑なに涙とは言わない)をぬぐいながらこっそりオーラで花の位置を固定していると、視界がひらけた。

 

  屋台の立ち並ぶ雑多な街道から、見事な噴水の鎮座する広場へと。そこでは少なからず露店が開かれ、キャッキャと黄色い声をあげて子供たちが走り回っている。

 

  平和だねぇ。つい壊したくなる……と、昔なら思ったな。もちろん今は思わない。うん、本当に思わないぞ。ほんの0.00001%程度くらいにしか思ってない。

 

「……………」

「ん?どうしたリベル?」

「あ、なんでもないよ!」

 

  ぼーっとしていたリベルは、慌ててそう答える。俺は不思議に思い、リベルの見ていた方向を見やった。

 

  するとそこには、楽しそうに遊ぶリベルと同年代くらいのガキどもの姿がある。何も知らない純真な笑顔を浮かべ、仲睦まじくしていた。 。

 

  もう一度ちらりとリベルを見れば、俺の視線に気づいてないのか、またガキどもをじっと見ている。その瞳には、少し羨ましげなものもあった。

 

「……ふむ」

 

  思えば、リベルはライセンの迷宮から出て目覚めてからずっと、俺たちと旅をしていた。無論、同世代の友達ができる確率はかなり低いと言えるだろう。

 

  確かに俺たちは有り余るほど愛情を注いではいるが、それだけでは子育ては成功しないことを俺も、そしてシュウジもよくわかっている。

 

 つまり、今リベルに必要なのは……

 

「リベル、あのガキどもと遊んでこい」

「えっ?」

 

  驚いた声を上げて、俺を見上げるリベル。見開かれた目には、今度は十分以上の期待の光が爛々と輝いていた。思わず苦笑する。

 

「同い年くらいのやつと遊んでみたいんだろ?生け花は俺が預かっておいてやるから、混ざってこい」

「あっ」

 

  ひょいとリベルの手から花瓶を掠め取り、ほれと背中を押す。躓きそうになり、なんとかバランスを取ると、こちらを見るリベル。

 

「……うん!」

 

  そして、満面の笑みを浮かべるとガキどものところへと走っていった。ガキどもはすぐにリベルに気づき、振り返る。

 

  近寄ってきたリベルと一言二言話し、すぐに笑顔を浮かべるとリベルを加えて遊び始めた。どうやらうまくいったようだな。

 

「さて……と」

 

  ベンチに腰掛けた俺は、そっと花瓶を隣に置く。そしてスッと近くの物陰にいる、ずっと俺たちを付け回していた監視者を見やった。

 

「せっかくの姪っ子とのお出かけを邪魔する無粋な輩を、消すとするかな」

 

  [+増殖分裂]の技能を使ってストックしていた分身と入れ替わると、瞬間移動で監視者の男を攫う。そのまま近くの廃墟まで運んでいった。

 

  廃墟に到着すると、そこには待ち構えていたであろう男の仲間たちが大勢いた。そんな奴らに男を放り投げる。

 

「ぐぎゃっ!」

「!? アドラ、どうしてここに!?」

「熱い視線で見られてたもんでね、お運びした次第さ」

 

  声をかけてようやく、奴らは俺の存在に気がついた。信じられないとでもいうように瞠目し、動揺して後ずさる。

 

  奴らの会話を盗み聞きすれば、どうやらアドラだかアドルフヒトラーだかいう男は隠密の技能を持っていたらしい。ま、俺には効かないな。

 

  ざわめく奴らを嘲笑交じりに見ていると、奥からのっしのっしと大きな影が姿を現した。自然と左右に割れる奴ら。

 

  出てきたのは、いかにも悪党の親玉と言わんばかりの大男だった。卑しく歪んだ口元に脂ぎった禿頭、筋肉の鎧に包まれた体。

 

「よお、てめえが俺の可愛い部下をやってくれたやつか」

「部下?」

 

  はて、こんなモブに手を出した覚えはないが……ああ、もしかしてフューレンに来て初日に、シュウジが内臓を潰した奴か。

 

  お礼参りとは日本のヤクザみたいだなと思っていると、何やら男は首を傾げた。そして近くにいた男に何やら聞いている。

 

「おい、本当にこいつなのか?報告じゃ黒と白の髪に黒目だって聞いたが」

「へ、へい、そのはずですが……」

「あー、あいつと勘違いしてんのか」

 

  まあ白髪赤眼を除けば顔は同じだしな。一応区別をつけるために髪型とか服装は全くの別物にしてるんだが。

 

  ま、この際狙われてんのが俺だろうがシュウジだろうがどっちでもいい。さっさと終わらせてリベルのとこに帰らなきゃ、後で話した時にルイネに吊るされちまう。

 

「で、俺をぶちのめしに来たってことでいいのか?」

「そういうこった。お前がどんな方法を使ったのか知らねえけどな、この人数相手じゃ何しても無意味ってもんだ」

 

  大男の言葉に同調するように、男どもがニヤニヤ笑いながら各々の武器を手に持ち始める。ナイフ、棍棒、ナックル……選り取り見取りだな。

 

「ケヒャヒャ、あのガキは高く売り飛ばしてやるよ」

「テメェはせいぜい、自分の身の心配をしなぁ!」

「ハァ……全く愚かだな」

 

  おきまりのようなセリフを吐く三下どもをを見て、俺は深くため息をついた。よもや、この俺がこんなテンプレに巻き込まれるとは。

 

「何だと?」

「お前らは変身するまでもないな。片手で十分だ」

「何言ってーーガッ!?」

 

  大男のみぞおちに、握った右拳を叩き込む。そのたった一発で背中が内側から弾け、次いで流し込んだ猛毒で声すらあげずに消滅した。

 

  ざわりと悪党どもの空気が揺れる。リーダーが瞬殺されたことが、よっぽどショッキングだったようだ。ふん、小物だな。

 

「二十……いや二十五か? まあいい。ほらどうした? さっさとかかってこい」

「ば、化け物っ……」

「おいおい、()()()()()()()()()()()()何ビビってんだ? もう少し悪役として歯ごたえがあって欲しいもんだぜ」

 

  やれやれと思いながら、大男を殺した手をあげる。それだけで悪党どもは一歩後退した。なんだ、腑抜けな奴らだな。

 

  そのままかかってこいと指を曲げれば、逃げられないと悟ったのだろう。蛮勇を振り絞り、震えた雄叫びをあげて突撃してきた。

 

  まず最初に一番近くに来たやつを、頭を鷲掴みにする。指で頭蓋骨に圧をかけると、武器を手放して絶叫した。

 

「ぎゃぁあああああ!?」

「ほうら、そんなに大口を開けてると……」

 

  手のひらから精製した少しずつ侵食する毒を放出し、頭を手放す。全身の血管が紫色に浮き出た男はビクンビクンと地面の上でのたうち回った。

 

  泡を吹く男を見て、一瞬勢いを削がれる男たち。その間に地面を這う蛇のように懐に潜り込み、一気に九人に同じ毒を原液で口に叩き込む。

 

  瞬く間に、最初は二十五人いた悪党どもは十五人まで数を減らした。惨憺たる形相で地面を転がり回る仲間たちを見て、喉を鳴らして足を止める。

 

「止まっていていいのか?」

「しまっ」

 

  そのうちの一人に肉薄し、心臓に緩く握った拳を当てると〝二重の極み〟を打ち込む。心臓が弾ける感触とともに、男が崩れ落ちた。

 

「なぁっ!?」

「一度やってみたかったんだよなぁ、これ」

「く、くそがぁあああっ!」

 

  完全に錯乱した様子で、めちゃくちゃにナイフを振り回しながら突撃してくる男。まるで狙ってくれと言わんばかりに突き出した頭を〝二重の極み〟で粉砕する。

 

  その男に感化されたのか、はたまた狂気に呑まれたのか襲いかかってくる男たちを、俺は的確に処分していく。殺すに値しない相手には処分で十分だ。

 

  ただひたすらに処分をする間、俺の中には冷たい歓喜が沸き起こっていた。懐かしいこの感覚、これもまた俺らしい。

 

「ほら、こいつで終わりだ」

「ガッ!」

 

  最後の一人に、手刀で縦に一閃する。体の中心線に赤い切れ込みが入り、左右に分かれて地面に崩れ落ちた。結局片手で事足りたな。

 

「おお、そういえばお前らもいたな」

 

  未だ毒に苦しんでいる男たちに右手をかざし、体内の毒を強めて消滅させる。前はこんな芸当不可能だったが、シュウジと融合していた影響かできるようになった。

 

  死体はあえて残すことにする。こいつらにはせいぜい、今後ここに来た時同じような輩に絡まれないための、宣伝塔となってもらおう。

 

「いやぁ、働いた働いた」

 

  伸びをしながら瞬間移動して、広場へと戻る。それと同時に分身体と融合し、元の通りにベンチに収まった。

 

  リベルを探してみるが、姿が見当たらない。子供達の姿もなく、もしやと少しの情報を感じながら気配を探った。

 

  すると、屋台の間の隙間にいた。ほっと安堵の息を吐いて花瓶を持ち、ベンチから立ち上がってリベルのところへと行った。

 

「おじさん、どーしたの?」

「……僕は…」

 

  後一歩で暗い隙間に入る、その所でリベルの他に誰かがいることに気づいた。背中を向けるリベルの向こうに、座り込む男がいる。

 

  暗がりと長い髪で顔の伺えないその男は、無気力な視線でリベルを見ていた。とりあえず気配を消して様子を見ることにしようか。

 

「僕は……なぜここにいるんだろう……」

「?まいごなの?」

「僕は……死んだはずなんだ……本当の僕に世界を頼んで……それなのに、なぜ……」

 

  ふむ……すでに死んだはずの人間、か。それにこの声、どっかで聞き覚えあるな。もしかしてまた死んだライダーだったりすんのか?

 

  そういやホルアドにいた時もやたら頂点に立ちたがる男とかいたし、〝あれ〟に言って一応情報を集めとくか。念のために。

 

「僕は、人間じゃない……それに守るものももう……それなのに今更、生きてる意味なんて……」

「んーと……よくわかんない」

 

  リベルの無情な言葉に思わず吹き出しそうになった。まあそりゃ、五歳児程度の知能のリベルに死んだだなんだなんかわかるはずもねえか。

 

  なんとか笑いを収めながら、今一度隙間を覗き込む。すると、男の頭をリベルが撫でていた。男の肩が震え、少し頭を上げた。

 

「まもるとか、にんげんじゃないとか、よくわかんない」

「そう、だよね……僕は……」

「でも、わたしからひとつ、あどばいすするね」

「……え?」

「パパが言ってたの。〝じんせい、ほどほどにわらっていきて、ときどきやるときはまじめになればたのしくなる〟って」

「笑って、生きる……」

「うん、だからおじさんもがんば!」

 

  再びうつむいて何事か考え始めた男に、リベルはグッと親指を立てる。俺は思わず感心した。小さいのによくやるな。

 

  どうやらそれで満足したのか、リベルは立ち上がると踵を返し、隙間から出てくる。そしてすぐに屋台の柱に寄りかかっていた俺に気がついた。

 

「あ、エボルトおじさん!」

「よおリベル、そんなとこでかくれんぼか?」

「んーん、いーことしてた!」

「そうかそうか、リベルはいい子だな」

「えへ〜」

 

  一部始終見ていたが、まあ黙っておいて頭を撫でる。リベルは相変わらずふやけたような顔で口元を緩ませた。

 

「さあ、そろそろ帰ろうか。ほれ生け花」

「うん!」

 

  リベルに花瓶を返すと、手を繋いで広場から出ていく。そのまま宿への道を一直線に歩いていった。

 

  しばらく歩いていると、見覚えのある後ろ姿が見えた。青みがかった銀の長髪と、ピンク色のボブカット。どちらともにウサ耳がついている。

 

「よお、ウサギたちじゃねえか」

「あぁ……エボルトさんとリベルちゃんじゃないですか……」

 

  声をかけると、二人とも立ち止まり俺たちの方を振り返る。俺に言葉を返したシアは、やけに疲れきったような顔をしていた。

 

「ウサギおねーちゃん、カエルさん貸して!」

「ん、いいよ」

「ゲコッ」

「はぁあああ……」

「どうした、何かあったのか?」

「ええ、まあ色々ありましたよ……それはもう色々と……」

「……わたしは無実だ」

「何言ってるんですかぁ!カジノ行って大暴れしたくせに!」

「……記憶にございません」

「嘘つかないでくださいよぉ〜!お金ぼったくろうとした店員ぶっ飛ばして靴とったり食堂荒らしたりルーレットぶっ壊したりトイレの像壊したり、色々やったじゃないですかぁ!衛兵さんと必死に話しした私の気にもなってくださいよぉ!」

「……なんのことやら」

「むきー!」

「ゲコッ」

 

  あくまでしらばっくれるウサギに、シアがぎゃーぎゃーとキレる。どうやらなかなか面白いことになっていたようだ。後でじっくり聞こう。

 

  リベルがどうどうとシアをなだめ、お供(違う)二人を加えて賑やかに四人で宿に戻った。いやぁ、色々あった散策だったな。

 

「うーす」

「今帰ったぞ」

「ただいまっと」

「……ただいま」

 

  四人で雑談をしていると、程なくしてシュウジたちも帰ってくる。時間も夕暮れ時だったので、帰ってきて早々夕食を済ませることになった。

 

「あのね、パパ、ママ。今日ね、すごいもの作ったんだよ!」

 

  料理が来るまで雑談を続けていると、不意にリベルが声を上げた。全員がピタリと声を止め、リベルを見る。無論俺もだ。

 

  リベルは一旦椅子から降りると、椅子の下に隠していた花瓶をうんしょ、うんしょと引っ張り上げる。俺はそれを手助けした。

 

  机の上に置かれた色とりどりの花で飾られた花瓶に、その場に座る全員がおおと声を出す。カエルは食おうとしてたので口を掴んだ。

 

「すごいな、これリベル一人で作ったのか?」

「うん、そうだよ!」

「嘘つけ、手伝ってもらってたろ」

「あっ、エボルトおじさんそれはないしょ!」

 

  しーっと人差し指を唇に当てるリベル。ハハハ、と穏やかな笑いが起きた。まったく、嘘つきは俺の始まりだぜ。って誰が詐欺師だ(セルフボケツッコミ)。

 

「それで、この花たちはなんの意味があるんだ?」

「んーとね、これがパパなの」

 

  黒い花を指差して、リベルがそう言う。流石に予想していなかったのか、シュウジは目を瞬かせた。面白かったので録画しといてやろう(ゲス顔)

 

「それで赤いのがママで、白いのがエボルトおじさんで、ちょっぴり黒い赤いのがハジメおじちゃんで、黄色いのがユエおねーちゃんで、青いのがシアおねーちゃんで、ピンクがウサギおねーちゃんで、緑がわたしとカエルさん!」

「リベル、お前……」

「……これは涙じゃない、そうただの汗」

「うぅ〜、リベルちゃんいい子すぎますぅ〜、もっと好きになっちゃいますよぉ〜」

「……リベル、ほんといいこ」

「ゲコッ」

 

  天使のような笑顔でそれぞれの花を意味するものを説明するリベルに、全員目頭を押さえていた。俺?ハハ、別にハンカチなんて持ってねえよ。

 

  普段は何か食うか鳴いてるしかしてねえカエルも、机に飛び乗ってリベルの頬を舐めている。リベルはちょっとくすぐったそうにしていた。

 

  そんな俺たちはまだ優しいもんで、初めての娘からのプレゼントとも言えるものに、シュウジはそっぽを向いて涙をこらえ、ルイネに至っては胸を押さえてうつむいている。

 

「別に、泣いてなんかないし?うん、ほんとほんと。ほらあれだし、ちょっとあっちに気になるものがあるだけだし」

「くっ……このこらえようのないほどの喜びを、私などが感じて良いのか……!?」

「何を自問自答してんだ、素直に喜べよ」

 

  ルイネにハンカチを差し出す。おっとそこの紳士諸君、もちろん新品だぜ?かっこいい悪役は、使用済みのハンカチなんて使わせねえのさ。

 

「ああ、すまないエボルト……リベル。ありがとう。私は、私たちは、本当に嬉しい」

「えへへー、がんばったかいがありますなぁ」

 

  ルイネの言葉に涙をぬぐい、うんうんと同調する一同に、リベルは照れたように後頭部をかく。思わず頬をプニプニ突いた。柔ら可愛い。

 

「リベル。お前は私の………いや、私たち全員の、誇りの娘だ。その素晴らしい心を、どうかこれからも忘れないでくれ」

「りょーかいでありますっ!」

「お待たせしましたー」

 

  リベルが小さな手で敬礼したところで、タイミング良く料理が運ばれてくる。感動的なイベントもあったということで、俺たちは上機嫌に夕食を食べるのであった。

 

 

 

 

 

  こうして、フューレンでの一日は終わりを告げ……そして、衝撃的な出会いのある、ウルの街へと俺たちは出発した。




無駄に文字数多い……


【挿絵表示】


冬だなぁ、ということで描いたシュウジとハジメの絡み。

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再会

どうも、なんか前前話のUA見て、二週間弱でこの程度かと鼻で笑ってしまった作者です。

シュウジ「呼ばれて飛び出てなんとやら、シュウジだ。前回はお出かけの後半だったな。うう、思わず泣いちまったぜ」

ハジメ「まさか今の俺が、感動で泣く日がくるとはな……これも叔父の定めか」

シア「もう完全に自分で叔父って言っちゃってますう」

エボルト「叔父って言えば、ゴブスレの牛飼娘の叔父さんいい奴だよな。嫌厭しながらも、それなりにゴブリンスレイヤーのことも気にかけてるし」

ユエ「…ん。あの日は私たちの宝物。一生覚えておく」

エボルト「スルーかい」

ウサギ「今回は、愛子視点のお話。それじゃあせーの……」


六人「「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」」


「おじちゃん、本当に知らないの……?」

「ああ、知らないな。へへ、すまねえな嬢ちゃん」

 

  潤んだ瞳で、粗野な格好の男の服の裾を掴む。私の演技に騙された男は、鼻の下を伸ばして答えた。

 

  ここはとある町の路地裏。この男はいわゆる汚れた人間であり、現在とある情報を持っていないか調べているところである。

 

「そうですか……ならもう用済みです」

「は?」

 

  が、欲しい情報は得られないとわかったので、早々に演技をやめて踵を返した。あまりの態度の変わりように、男がぽかんとしているのがわかる。

 

  そんなだんだん男から離れていく私とは対照的に、背中から黒い粘着質な物体……ヴェノムが滲み出る。男の悲鳴が耳に響いた。

 

「なななな、なんだこいつはっ!?」

「半日ブリノ新鮮ナ肉ダ」

「え?」

 

  グシュリ、という肉に齧り付き、喰らう音が背中の向こうから聞こえる。次いで肉や骨を噛み砕く音と、血の滴る冷たい音が聞こえた。

 

  ヴェノムが食事を終えるのを待って、体内に戻すと裏路地から出る。その間ももしもの時のために気配は完全に遮断だ。

 

  やがて、表通りへと出る。すでに時刻は夕暮れ時であり、近くの民家からは美味しそうな匂いが漂ってきていた。

 

「……今回も収穫はなし、ですか」

『ママナラヌモノダナ』

 

  ヴェノムの言葉に、私は肩をすくめた。何事も自分の思い通りにいくことは中々ないものだ。それはこの世界でも同様である。

 

  今から二週間と数日前。付いてきた生徒の一人、清水幸利が失踪した。部屋に荒らされた形跡はなく、また書き置きなどもない。

 

  湖の湖畔の街ウルの街中の他にも、近隣の町村に残していたヴェノムの分体が寄生した鼠に探させているが、一向に見つかる気配はなかった。

 

  私の見立てとしては、何かに巻き込まれた可能席は低いと見ている。なぜなら彼は〝闇術師〟という、闇系統魔法に強い適性がある天職だからだ。

 

  加えて上に他の魔法への適性もそれなりにあり、高い戦闘力がある。よって自発的に消えたと考える方が妥当になる。

 

  元よりそう目立つタイプではなく、今回の遠征に参加したのも意外だった。だからもしや何か企みがあるのかと、裏の人間から情報を集めていたのだ。

 

『ム、新シイ情報ダ。北ノ山デ生息域ノ違ウ魔物ノ群レノ目撃情報ガアル』

「……そうですか、ありがとうございます」

 

  ……このタイミングで魔物の群れ、ですか。確か闇系統の魔法には魔物を操る精神操作系のものもあった。もしや………

 

「あ、いたいた。おーい、愛ちゃんせんせーい!」

 

  結論を出す前に、自分を呼ぶ声がした。相変わらずの愛称に苦笑しながら、一旦考えるのをやめて〝畑山愛子〟になる。

 

『器用ナモノダ』

 

「みなさーん、お待たせしましたー!」

「いや、そんなに待ってないからいいよ。それより、何か情報あった?」

 

  走り寄っていけば、園部さんがそう聞いてくる。私はいかにも辛そうな顔作り、胸元で手を握って首を横に振った。

 

  私の反応に、そっかと答える園部さん。他のクラスメイトや騎士たちも、表立った情報収集に協力してくれているが、聞くとどうやらダメだったようだ。

 

「皆さんすみません、付き合わせてしまって……」

「いいっていいって、一応クラスメイトだし、それに愛ちゃん先生が辛そうなの見てられないし」

「そうだぞ。愛子、落ち込んではいけない。教師である君が無事を信じなくてどうする。それにあと二、三日で捜索隊も来る、気を落とすな」

 

  そう。あの人と南雲くんと違って、清水幸利はそれなりの戦力となる。国の上層部も流石に黙っていられず捜索隊をこちらに向かわせていた。

 

  客観的な情報から見てそれは仕方のないことだとわかっていても、少し憤りを覚える。あの人はあのような迷宮ごときでは死なない。

 

「……はい。お二人とも、ありがとうございます」

 

  もし自分の仮説があっていた場合、無事だとしても少し痛い目を見させるという本音を隠し、嘘の涙を拭って笑顔を作る。

 

  それに一同は安心したようにほっと息を吐き、聞き込みで減った腹を満たし、沈鬱な気分をはらすという目的で食事をするために移動し始めた。

 

 

 カランッカランッ

 

 

  十数分ほど歩いた後、到着した宿の扉を開ける。軽快な音を立てて釣鐘がなり、〝水妖精の宿〟への私たちの帰還を知らせた。

 

  この宿の名前の由来は、この町の近郊にあるウルディア湖という大陸最大の湖から現れた妖精を1組の夫婦が泊めたことが由来とか。

 

  この宿は町の中でも最高級の宿であり、非常に落ち着きのある内装となっている。1階はレストランで、バーカウンターなどもあった。

 

「……じゅるり」

「あれ、愛ちゃん先生どうしたの?」

「あ、いや、えっと、なんでもないです園部さん。ただ、ご飯が楽しみで……」

「あはは、そうだねー。なんてったってお米料理だもんねー」

 

  そう。このレストランには、この町の特徴である米料理が多く揃えられている。あの米だ。畑山愛子としてもマリスとしても欲して止まなかった、あの米だ。

 

  近くに湖があるためか、この町の近くには稲作地帯が広がっている。それを知った時は、年甲斐もなくはしゃいでしまった。

 

『サッキアレダケ食ッテ、マダ食エルノカ?』

 

  それはあなたの話でしょう。あなたが食べたものは私のエネルギーにはならないのに、私が食べればあなたは半分取って行ってしまう。私は空腹なのです。

 

  すでに半ば専用と化している一番奥のVIPルームに入り、席に着いて早々注文をする。程なくして運ばれてきた料理に全員が舌鼓を打った。

 

「ああ、やっぱりお米は美味です……」

『オ前ガ食ッテイルノヲ見テタラ俺モマタ腹ガ減ッテキタナ。悪人ヲ食イニイコウ』

 

  ダメです。もう今日はさっきので終わりですよ。いくら生きる価値のない悪人とはいえ、そう多く殺しては不自然になる。

 

  ヴェノムを嗜めながら食事をしていると、口ひげを蓄えた60代ほどの男が近づいてきた。オーナーのフォス・セルオだ。

 

「皆様、今日のお食事はいかがでしょうか?何かありましたら、どうぞ遠慮なくお申し付けください」

「いえ、とても美味しいですよ。文句のつけようもありません」

「〝豊穣の女神〟様にそう言っていただけるとは、恐悦至極でございます」

 

  ゆるりと優雅にお辞儀をするオーナー。〝豊穣の女神〟の二つ名のおかげで、色々と優遇があるので助かる。この宿もそうだ。

 

  そういえば記憶が戻る前にあの人に〝豊穣の女神〟と言われたなと思い返していると、オーナーが不意に申し訳なさそうな、沈鬱な表情を浮かべた。

 

「どうかしましたか?」

「実は……今日限りで香辛料を使った料理は出せなくなるのです」

 

 ……なんですって?

 

「ええっ、じゃあこのニルシッシル(異世界カレー)食べれないんですか!?」

「はい、申し訳ありません」

 

  カレー好きだと前に教えてくれた園部さんが、悲鳴に近い声を上げる。普段の穏やかな顔は何処へやら、悲しげな顔をするオーナー。

 

  他の生徒たちも不満を垂らす中、私の中では黒いものが燻っていた。無論、ヴェノムとは別の、しかしある意味同じようなものだ。

 

  それは怒り。私の魂の食材を奪おうという料理が出なくなる原因への憤怒だ。私から米を奪うとは許しがたい。

 

「それは、どういう理由でですか?」

 

  なるべく怒りを抑えながら、オーナーに聞く。内容によってはヴェノムを全力で使って原因の排除に当たる所存だ。

 

『イツニナク怒ッテイルナ』

 

  当たり前です。私は教師である前に暗殺者、そして暗殺者である前に日本人。日本人から米を取り上げたら、神よりも怖いのです。

 

  それからオーナーの説明を聞くと、どうやら北の山脈地帯に山の向こうにいるはずの強力な魔物がうろついているらしく、材料を取りに行けないのだとか。

 

『ドコカデ聞イタ話ダナ』

 

 そうですね。

 

  ここ一ヶ月ほど採取に行くものが激減した上、そこに拍車をかけるように先日調査に来た高ランク冒険者が行方知れず。いよいよ原材料を取りに行くものはゼロになった。

 

  なるほど……つまりたかが魔物ごときが、私の数少ない楽しみの邪魔をしていると。ふふふ……いいでしょう。一匹残らず殲滅してあげます。

 

「オーナー、私ーー」

「ですが、その異変ももうすぐ収まりそうなのですよ」

 

  私が原因を取り除きます、そう言おうとした瞬間言葉がかぶせられる。思わず拍子抜けしてしまった。なんだ、解決のアテがあるのか。

 

  どういうことかと聞けば、どうやらまた新たな冒険者が派遣されたらしく、北の山脈へと行くのだそうだ。それもかなり強力な冒険者とか。

 

「あのフューレンの支部長様直接のご依頼の方々のようで、とても期待しております」

「ほう、あのフューレンの」

 

  騎士団長のデビッドが声を上げる。確か、フューレンのギルド支部長といえば冒険者ギルド内でも最上級の幹部の一人だったか。

 

  そのような大物が直々に遣わした冒険者ならば、私の出る幕はないだろう。私の手で滅せないのは残念だが、仕方ない。

 

  浮かせていた腰を下ろしていると、外の通路から話し声が聞こえてきた。それにオーナーが反応し、件の冒険者一行だと言う。

 

「日の入り位にこの宿に泊まっていただいたのです。騎士様、明日の朝には出るそうですからお話ししてはいかがでしょう?」

「ああ……だが、金ランクにこんな若い声の冒険者たちがいたか?」

 

  どうやら最高ランクの冒険者たちを思い浮かべていたらしいデビッドが、不思議そうに言う。私は構わずカレーを救ったスプーンを口元に寄せた。

 

 

 

「いやぁ、ついに米が食えるのか。こいつぁワクワクすっぞ!」

 

 

 

  そして、その声を聞いてスプーンを取り落としかけた。

 

  指の間から、スプーンがこぼれ落ちていく。テーブルにこぼれ落ちる寸前で、ようやく我に返って慌てて握り直した。

 

『平気カ?』

 

  え、ええ……いえ、平気ではないかもしれません。

 

  心臓が、うるさいくらいに鼓動を早めている。全身が小刻みに震える。部屋と通路を隔てるカーテンの向こうから聞こえてきた声に、私は動揺した。

 

  それはどうやら、生徒たちも同じようで。なんとかポーカーフェイスを繕い直した私とは正反対に、わかりやすいほど驚愕を顔に張り付けている。

 

  そんな生徒たちをちらりと見ながら、私はなんとか揺れ動く精神を固く引き締めた。そしてもう一度その者達の声に耳を傾ける。

 

「おい、通路の中で両腕を広げんなよ。お前の腕無駄に長いんだよ」

「まーまーそう言いなさんな〝ハジメ〟。お主とてニヤつくのを我慢しているだろう?」

「……何のことかわからねえな」

「カカッ、そう意地を張ることもないぜ。かくいう俺も米は楽しみだけどなぁ」

「……ん、〝ハジメ〟も〝シュウジ〟も〝エボルト〟も、三人とも嬉しそう」

「そうですねぇユエさん。あ、ウサギさんはどうですか?」

「……全て喰らい尽くす」

「ゲコッ」

「全部はダメですよぉ〜!」

「ママ、おこめってなぁに?」

「パパやママ、おじさんたちの故郷にもある食べ物だ。きっとリベルも気にいるぞ」

「お、やっぱ〝ルイネ〟も楽しみな感じ?いやー、隠れ家にいた時何とか作れないかと思って色々魔法作ってたもんなー」

「パパ、わたしおこめたべたい!」

「そうだな、一緒に食べようなー」

 

  そこまで聞けばもう十分だった。カーテン越しに聞こえる騒がしい声と、私の頭の中にいる三人の人物像が完全に結びついた。

 

  もう一度生徒たちを見れば、私と同じようにそれを確信したのだろう。あるものはあり得ないという顔を、あるものは顔を青ざめさせている。

 

  そんな私たちを見て一体なんだという顔をする騎士たちをよそに、私は全員の気持ちを代弁するように立ち上がり、勢いよくカーテンを開いた。

 

 

 シャッ!

 

 

 そして、その向こう側にいたのは……

 

「…………………あれ?先生?」

 

  キョトンとした顔をした、北野シュウジ(あの人)だった。

 

  その顔を見てようやく、私はそこにその人がいることを実感できた。体の奥底からとてつもない歓喜が沸き起こり、今にも抱きつきそうになる。

 

  だが、あの人の腕に自分のそれを絡めている長い赤髪の女……我が友にして家族たるルイネ・ブラディアを見た途端、スッと冷静になった。

 

  急激に冷えた思考で、改めて彼らを見る。今の私は記憶を取り戻してから一番凍てついた心象かも知れない。

 

  彼らは非常に大所帯で、ルイネの他にも南雲くんと思われる白髪隻眼の男、ビスクドールのような金髪の美少女に青みがかった銀髪の兎人族とカエル型の魔物を抱えたピンク色の髪の兎人族がいる。

 

  そして何より……あの人の腕に抱かれる、緑色の髪の幼女。あの人の着るジャケットの裾を掴むその娘は、どこからどう見てもあの人の……

 

『ウオッ!ナンダ、イキナリ感情ヲ激シク高ブラセテ。驚イタゾ』

 

 ヴェノム、今は黙っていてください。

 

『……何ヲ怒ッテイル?』

 

  別に、怒ってなんかないです。ええ、怒ってなんかないですとも。

 

「……やっぱり、あなただったんですね。北野くん」

「…………あちゃー。いつか誰かと遭遇するとは思ってたが、まさか先生とはなー。ん?いや、よく見りゃ他のやつもいるじゃねえか。おい玉井、あの子に告白できたん?ねえできたん?」

「ままままま、まだに決まってんだろーが!」

 

  畑山愛子の記憶にある通りのテンションで、生徒の一人に絡む北野くん。それに思わず反応した玉井くんは、はっと口を押さえた。

 

「かかっ、相変わらず元気そうで何より。なあハジメ?」

「……はぁ。ったく、返事すんじゃねえよ。逃げられなくなっちまったじゃねえか」

「いやー、最近油断してデップーマスク被ってなかったし、なんかもういいかなって」

「何がだよこのアホ……」

「……ふむ、そうか。あなたがいつもマスターとハジメ殿の言っていた先生か。私はルイネ、このマスター……シュウジの第二夫人をしている。不束者だが、今後ともよろしく頼む」

 

  やれやれ、とかぶりを振る南雲くん。見た目といい口調といい、どうやら彼は畑山愛子として知る彼とは随分変わってしまったようだ。

 

  ルイネの方は御堂さんと違い、あまりにも私の容姿が前世とかけ離れているからか、丁寧に挨拶してきた。とりあえず会釈する。

 

  だが。それよりも。南雲くんの変貌よりも、後ろにいる知らない三人の美しい少女たちよりも、指輪をしているルイネよりも、私には大切なことがある。そう、あの小娘だ。

 

  あの人の、胸に抱かれている、あの小さな小娘は、一体なんだ?なぜお前がそこにいる?そこは、()()()()の胸は私の場所だ。

 

「パパ、この人だあれ?」

 

  ふつふつと再びにじみ出てきた黒いものをオーラに変える私の前で、小娘はあの人の顔を見てそう言った。ビキッと額に青筋が立つのがわかる。

 

『オオ、コノ途轍モナク激シイ感情ノ高ブリ。記憶ヲ取リ戻シタ時以来ダナ』

 

  まるで歓喜するようなヴェノムのその声に、私は少し冷静さを取り戻した。そうするとにっこりとあの人に笑いかける。少しあの人の顔が引きつった。

 

「さて、とりあえず色々と、い、ろ、い、ろ、と、聞きたいことはありますが………まず、これだけは言わせてください」

「な、なんだ?」

 

  そこで私は一拍貯める。そしてあの人……というよりは、胸の中にいる小娘に向けて……

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、先生………いえ? ()()()()?」

 

 

 

 

 

  それを聞いた瞬間、あの人の目は最大まで見開かれる。それはルイネも同じで、私のことを聞いているのか、南雲くん達も少し驚いていた。

 

 そして、あの娘は……

 

 

 

「…………………………ふーん?」

 

 

 

  ようやく、私を自分の敵と認識したようだった。




次回、愛子vsリベル!デュエルスタンバイ!

そろそろダンまちの方も更新しよっと…

お気に入りと感想をお願いします。


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混沌とした話し合い

よっしゃ、お気に入り500件突破ァ!
どうも、ペンタブ届いて超楽しんでる作者です。

シュウジ「よう、シュウジだ。なんか俺と雫のイラストも描いてるらしいな。ほらあの、一章の話の時のやつ」

雫「ああ、あれね。あの時のペンダントちゃんと持ってるわ。ほれで、前回はウルの街で先生と再会したのよね」

エボルト「そうだな。さぁて、どうなるか楽しみだぜ。リベル的に」

シュウジ「怖いこと言うなよ……んで、今回は話し合いだ。それじゃあせーの……」


三人「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」


  さて、一つ皆に質問がある。え、そういうメタいのはシュウジじゃないのかって?やかましい、そういう気分の時もあるんだよ。

 

  もしすげえ強くて、すげえカッコいい、でもいつもふざけまくってていつか痛い目に合わせてやりたい、そんな親友がいたとする。

 

  で、その親友が目の前で、互いを睨み合う今と昔の二人の女……まあ説明するとややこしくなるんだが……の板挟みになっている。

 

  ただならぬ雰囲気を醸し出して、お互いを膝の上に座らせまいと笑顔で牽制しあってる二人に、親友はだらだら冷や汗をかいてた。

 

  さて。こういう時、どんな反応をする?明らかに困っている、背中を預ける相棒がそんなことになってたとしたら。

 

 その答えは……

 

 

 

 〝ハッハァ!笑える状況だなぁ!〟

 〝ハジメ貴様ァ……!〟

 

 

 

 全力でバカにする。

 

 〝ねえどんな気持ち?今世の娘と前世で育てた娘みたいな女に囲まれてどんな気持ち?〟

 〝ここがこの世のパラダイス……なワケワカメじゃ!心臓止まりそうだわ!〟

 〝案外余裕あるじゃねえか。ならもうしばらく平気そうだな〟

 〝アハッハァーン!流石の俺でもこいつぁ初体験だよ!今にも意識の外にレッツゴーオンしたいッ!〟

 

  念話しながらできうる限りの最大の顔で煽ってやると、対面に座っているシュウジはいつものおちゃらけた様子は何処へやら、頬をひきつらせる。

 

  今、俺たちは愛子先生にVIPルームに(射殺さんばかりの眼力で)招待され、米料理を堪能しながらシュウジの修羅場を見て楽しんでいた。

 

  この世界に来て最大に縮こまっているシュウジの両隣にはそれぞれ、俺をしてヤバイと感じる殺気を発する愛子先生と、それに対抗するように重圧を伴うリベルがいる。

 

  小柄な二人が笑顔を向けあっているのは一見微笑ましいが、現実はそれどころではない。女……いや、娘の戦いが繰り広げられていた。

 

「うふふふふふ、ちょっと近すぎじゃありませんか?」

「リベルはパパのむすめだからいーの。おねーちゃんこそ、もっとはなれたら?」

「あら、私はこの人の()()()()娘であり、そして今は教師です。ずっと行方不明になっていた生徒の身を案じて、近くにいるだけですよ」

 

 先生、流石にそれは無理がある。

 

「リベルしってるよ。きょーしってせーとに、あんまりぼでーたっちしちゃだめなの。リベルはパパのかぞくだからいーの」

「それは私も同じことですよ。たとえ血は繋がっていなくても、前世の記憶という確かな絆で繋がっています。つまりこれは教師としての心配とともに、娘としての心配でもあるのです」

「……ちみっこ」

「…………ほう。五歳児のあなたが私をちみっこと言いますか。ですが容姿が幼いゆえに、周りから見てもそう問題があるようには見えませんよ」

 

  いや問題あるわ。むしろ〝豊穣の女神〟って呼ばれてるらしいあんたに、特殊性癖の彼氏がいると思って店内にいる客全員殺気立ってるわ。

 

  ほら、例えばそこの協会の騎士らしき方々とか。名前は誰一人として覚えてないが、全員愛子先生が好きなのかさっきからプルプルしてんぞ。

 

「むぅ……ちんちくりん」

「……小娘」

「おかっぱ」

「キャベツ頭」

「ぺったんこ」

「それはあなたもでしょう」

「じゃあおばちゃん」

「言ってはならないことを言いましたね!今世の私はまだ25歳ですよ!」

「かかってくるがいい!」

 

  子供の喧嘩のような言い争いから、いよいよ取っ組み合いに発展した。ブラックアウトしそうなシュウジを挟んで、両手でせめぎあっている。

 

  真っ白なシュウジとバチバチと火花を散らす二人に、エボルトは面白そうに動画を撮っていた。あとで俺のやつに送ってもらおう。

 

  反対に、ルイネはなにやら後ろめたい思いがあるのか、黙々と料理を食っている。こんなに現実逃避してんの初めて見た。

 

「見てみぃ、あの愛子はんがあーんな取り乱してるわ」

「ホンマや、珍しいこともあるもんやなぁ」

 

  そんな俺たち側の席では、謎の兄妹がケラケラ笑ってる。エセ関西弁とか軍服とか色々突っ込みどころはあるが、こいつら割と強いな。一応警戒しとくか。

 

「南雲くん、橋から落ちた後一体どうしてたの?」

「超頑張った」

「なんで白髪なんだ?」

「超頑張った結果」

「が、眼帯つけてるけど、片目はどうしたんだ?」

「超超頑張った結果」

「なんですぐに戻らなかったの?北野君と一緒だったんならできたと思うんだけど……」

「戻る理由がほとんどない」

 

  俺はといえば、異世界カレーに舌鼓をうちながら適当にクラスメイトたちの質問を躱していた。結構地球のに味が近くて美味い。

 

  それはユエたち三人も同様のようで、笑い合って感想を言いながら食べている。時折こちらにも振ってくるので、適当に相槌を打っておいた。

 

「おいお前、いい加減にしろ!いつまで愛子とくっついている!?」

 

  それにしても、愛子先生が話に聞いていたシュウジの一番弟子だったとは驚いたなぁと思っていると、騎士の一人が声を荒げた。

 

  他のやつより多少豪華な鎧を纏っていることから、隊長と思しきその男は立ち上がると、机に拳を叩きつけようとする。なのでスッと間に手を挟んだ。

 

  まさか受け止められるとは思っていなかったのか、男は驚いたような顔をする。それに俺は、多少威圧を込めた声で答えた。

 

「静かにしろ、食事中だろ。騎士のくせに行儀悪いな」

「なっ、貴様……」

「だいたい、そんなことして皿がひっくり返りでもしたらどうする。ユエたちも気分が悪くなるだろうが」

 

  な?とユエたちを見れば、案の定せっかく楽しんでいたのに水を差されて、少し不快そうな顔をしていた。ウサギは全く聞いてなさそうだが。

 

  ほんの少しの威圧で固まった男に、さっさと手を離してまた食事を始める。本当に美味いなこれ、せっかくだからお代わりしようか。

 

  再びシュウジの修羅場を見ていると、我に帰った男がなにやらギャーギャー喚き立て始めた。反応してやる義理はないので、シカトしとく。

 

「おっ鶏肉みっけ」

「き、貴様、この俺をここまで愚弄して………ふん、先ほど行儀と言っていたが、それがなっていないのは貴様の方のようだな。そんな薄汚い獣風情を同じ食卓につかせるとは」

 

  俺が取り合わないとわかって、今度はシアとウサギに標的を変える男。こいつ絡めればなんでもいい一昔前のツッパリかよ。

 

  やれ耳を切り落とせば少しは人間らしくなるだの獣臭いだの、ゴチャゴチャと言って二人を蔑むような目で見下す男。

 

  ちらりと他の騎士も見てみれば、やはり教会の教育を受けた人間と言うべきか、同じ侮蔑の目で見ている。

 

「薄汚い………」

「美味しい?」

「ゲコッ」

「うぅ……」

 

  うざったらしい目を向ける騎士たちにシアはシュンと、ウサギは全く気にせずカエルにチャーハン食わせてた。

 

  と、そんなふうに落ち込んでるシアの頭を、ユエが撫でた。そして男に絶対零度の視線を向ける。その美貌も相まってか、怯む男。

 

  が、またしても顔を真っ赤にしてギャースカ騒ぐ。こいつほんと器小せえなぁ。あっちょうどユエに小さい男って言われた。

 

  それだけ言ってさっさと視線をシアに戻したユエに、男はプルプルと震えた後、こっちを見た。おい、戻ってくんな。

 

「だいたい、貴様もなんだ。そんな薄汚れた、貧相な首巻きなどまきおって」

「「「「「あっ」」」」」

「………………………………………あ?」

 

 

 

 ドパンッ!

 

 

 

  気がつけば、俺はドンナーをホルスターから引き抜いて、引き金を引いていた。男の頭が後ろにかっ飛び、そのまま床に倒れる。

 

  ピクピクと痙攣する男の額から、非殺傷用のゴム弾が地面に転がる。俺は立ち上がって男の顔を踏みつけると、股間に向かって狙いを定めた。

 

「てめぇ、誰の、マフラーが、貧相だって、 あぁん!?」

 

 

 ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!

 

 

  顔をぐりぐりと踏みにじりながら、容赦無く引き金を引いて制裁を加えていく。ウサギの毛皮で作ったマフラーをバカにするとはいい度胸だ、このまま女にしてやる。

 

  それから20回くらい棒と玉を撃ったところで、ようやく気が収まってドンナーと足を引っ込める。男は白目を剥いて泡を吹いてた。

 

「ケッ、ざまあみやがれ」

 

  見苦しいオブジェを廊下に蹴り出すと、ドンナーを机に放って椅子に座る。その拍子にクラスメイトどもがビクってしたが、知ったこっちゃない。

 

「さて、気分も収まったところで食事再開といきますかね」

 

  三分の一ほど残っているカレーをスプーンですくい、食べ始める。うん、多少冷めてきたがまだイケるな。二杯目は少し辛口にするか。

 

「秘技、笑いのツボ!」

「やらせるかぁ!」

 

  そうしてメシを食う俺の対面では、未だにリベルと愛子先生のバトルが続いていた。

 

  それから数分後。ようやく愛子先生とリベルの戦い?は終わりを告げ、俺は二杯目のカレーを堪能している。

 

「ふぅ、ふぅ……中々やりますね」

「……そっちこそ」

「今日のところは、これくらいで勘弁してあげましょう」

「しょーぶは、つぎにとっといてあげる」

 

  どうやら引き分けで終わったようだ。シュウジがようやく終わったとホッとした顔をしている。もう少し続いても良かったのだが。

 

  解放されたシュウジは、未だに先生を見据えるリベルを抱えながら俺の隣に座った。珍しく憔悴しきった表情をしており、少し面白かった。

 

  そんな俺の心境を悟ったのか、普段と違いジロリとガチめのジト目を向けてくる。そんな目を向けてもこのカレーは渡さんぞ(見当違い)

 

「こほん」

 

  ゲシゲシとすねを蹴ってくるシュウジの脇腹を肘でつついていると、先生が咳払いをした。自然と俺たちの視線がそちらに向かう。

 

「改めて……二人とも、お久しぶりです。生還を願っていましたが、無事で本当に良かったです」

 

  先ほどまでの様子は何処へやら、先生は〝畑山愛子〟として俺たちに接してきた。どうやらさっきまでのはなかったことにするらしい。

 

  それでいいのか、というか色々ぶちまけてたけど平気なのかとちらりとクラスメイトどもを見れば、何か魔法でも使ったのか虚ろな目をしている。

 

 〝おいシュウジ、これなんだかわかるか?〟

 〝あー、これは〝記憶操作(メモリコントロール)〟の魔法だな。短期的な記憶をある程度好きなように操作できる。一般人に見られた時用に教えた魔法だな〟

 〝ふーん、そんな便利な魔法があるのか〟

 〝まあ自分より精神力の強い相手とか、ランダみたいな亜神クラスには効かないけどね〟

 

  シュウジに聞いているうちに、クラスメイトたちの目に光が戻る。一見して何も変わってないように見えるが、どうやら記憶の操作は終わったようだ。

 

  ならばと、俺はこの世界の人間に対するのと同じ……つまり興味のない対象への反応として適当に肩をすくめておいた。

 

  先生のほうもそれで満足したのだろう、小さく頷いてシュウジを見る。シュウジもいつもの陽気な笑顔で「はろはろ〜」と手を振った。切り替えはええな。

 

「色々と聞きたいことはありますが……まず、そちらの方々は?」

「ん、ユエ。ハジメの女」

「……ウサギだよ。右に同じく」

 

  ユエとウサギが答えれば、クラスメイトども……特に男どもが騒がしくなる。俺とユエたちを何度も交互に見比べていた。鬱陶しい。

 

  しかし、こういう時いの一番に騒がしくしそうな残念ウサギはどうしたとユエの隣を見れば、シアはまだ落ち込んでやがった。

 

「おい、いつまで気にしてんだ。これが外での普通なんだ、慣れなきゃこの先やってけねえぞ」

「は、はい。わかってるんですけど……やっぱり、人間の方々には私の耳は気持ち悪いんでしょうか」

 

  なおもシュンとしたままのシア。おそらく、最初に行ったブルックの奴らがいい意味でも悪い意味でも好印象だったから、余計にショックなんだろう。

 

  めんどくせえと思いながらも、いつも喧しいこいつが落ち込んでるとイライラするので少し立ち上がり、ギュッとウサミミを握った。

 

「わっ、ハジメさん!?」

「いつまでもウダウダしてんじゃねえ、うざったい。いいか、兎人族は愛玩奴隷としての価値が高い。つまり一般的には気持ち悪いとは思われてないってことだ。こいつらは教会の人間だからここまでの反応なだけだから気にすんな」

「……そう、でしょうか」

「ああ、そうだ」

「その……ちなみにハジメさんは……どう、思いますか?」

 

  その言葉に、ミョンミョンとウサミミを引っ張っていた手を止める。そして耳から手を離すと、頬を書いてそっぽを向いた。

 

「……別にどうとm「えー、俺の魔法使ってマフラーの留め具作ったくせにー?」な、おまっ!」

「え?どういうことですか?」

「ん。あのマフラーを固定してる毛玉、シアが寝てる間にシュウジの魔法でウサミミの毛を伸ばして作った」

「ユエ!?」

「それに、毎晩私とシアの耳モフモフしてるんだよ。ハジメ、お気に入りなの」

「ウサギ!?」

 

  言わない約束のはずのことを盛大にバラしてくれた三人に、シアが限界まで瞠目する。しかし次の瞬間にはふにゃりとなり、俺に飛びついてきた。

 

「えへへー、ハジメさぁん」

「ちょ、ひっつくなアホウサギ!暑苦しいわ!」

「いやですぅ、この溢れ出る思いは止められませぇん」

「ぬがぁ!シュウジてめえ余計なことしやがって!」

「はっはっは、よいではないかよいではないか」

「エボルトなに録画してんだ!その携帯貸しやがれ、ぶっ壊してやる!」

「いやぁ、青春だねえ」

 

  可笑しそうに笑うシュウジとエボルト。くそ、シュウジのやり返してやったぜっていう顔がすげえムカつく!

 

「……なあ、なんか南雲に殺意湧いてきたんだけど」

「奇遇だな昇、俺もだ」

「つか、三人ともヤバいくらい可愛くね?ここが天国なのか?」

 

  クラスメイトの男衆が何か言っているが、今は無視だ。その前にこのヘニャヘニャウサギを引き剝がさなきゃ話もできん!

 

「……賑やかそうで何よりです。孤独そうじゃなくて、先生は安心しました」

「まあそうだな、退屈はしてねえ……おい、いい加減離れろや」

「ぶうー、もうちょっといいじゃないですかぁ」

 

  渋々といった様子で、ようやくシアが離れる。俺はコートの裾を叩きながら、ようやく腰を下ろした。まったく騒がしい。

 

「そうですね、一つ言うことがあるとすれば……石動さんに会った時、ちゃんと刻まれないようにする(説明する)ことですね」

「うっ」

 

  先生の言葉に、思わず息を詰まらせる。なぜならば、先生が言ったことはいずれ向き合わなければいけないことだからだ。

 

  ただでさえ、あっちにいた頃シュウジの妹とかが近くにいただけで嫉妬した美空だ。知らんうちに二人も女作ってたとか知ったら、もう刻まれる未来しか見えない。

 

  しかし、だからと言って逃げることもできん。ユエとウサギへの気持ちは正真正銘本気だし、シアもまあ……大事な仲間くらいには思ってる。

 

「……まあ、なんとか頑張るわ」

「そうしてください。それで、北野くんの方は……」

「おう、みなさんおなじみエボルトだ。久しぶりだな、先生?」

「ええ、お久しぶりですエボルトさん。あなたも元気そうですね」

「少なくとも、頭潰されてない時のアンパ◯マン程度にはな。んでこっちが……」

「……………ルイネだ」

 

  すげえ間があった後、一瞬先生と目を合わせたルイネはすぐに食事に戻ってしまった。首筋にはやばいくらい冷や汗が伝っている。

 

  というか、クラスメイトたちが驚くようなペースで異世界カレーを注文しては平らげていた。すでに六杯目だ。

 

  まあ、色々あるんだろうとそっとしておき、ある意味一番重要なリベルに皆の視線が集まる。

 

「リベルだよ。パパとママのむすめ。よろしくっ!」

 

  イェイ☆という擬音がつきそうなピースサインをするリベルに、女子が黄色い声を上げた。どうやらリベルの可愛さは万人に通じるらしい。

 

「……北野君の方も賑やかですね」

「おー、おかげで毎日ハッピーだぜ」

「それは良かったですね。北野君のほうも、八重樫さんへの説明頑張ってください」

「あたぼーよ。絶対にうまくやってみせるぜ」

 

  自信ありげに親指を立てるシュウジに、深く頷く先生。そしてもう一度こちらに目を向けてくる。

 

「それで、これまでいったいどこで、どうしていたのですか?」

「悪いが、あんたらに何かを話す気は全く無い。それにこれから関わる気もな。ここには仕事に来ただけで、それが終わればまた旅に戻る。だから不干渉でいこう。俺からいうことは一つ、俺たちの邪魔をするな。でなけりゃ……」

 

  トントン、と机の上に置いたままのドンナーを叩いて、な?とクラスメイト、そしてドンナーのことを聞こうとしていた騎士たちに目で威圧をかける。

 

  俺との力の差を感じ取ったのだろう、騎士たちは渋々と、クラスメイトどもは青い顔をして首を高速で縦に振った。

 

  言質が取れたので、ドンナーをホルスターにしまう。クラスメイトどもが安堵のため息を漏らした。

 

「……そうですか。それなら無理強いはしません。けれど、いつでも私たちの元に来てもいいのですからね?」

「……ま、頭の片隅に置いとくよ」

「それと、もう一つ……石動さんが悲しむようなことは、しないでください。こちらにいる人間であなたを誰よりも心配しているのは、彼女でしょうから」

「……あいつは、元気にやってるのか?」

 

  静かに、されど力強い声で語る先生に、ふとそんな言葉が口に出た。先生は少し目を見開いた後、微笑みをたたえて頷く。そうか、と俺は肩をすくめた。

 

「北野君も、同じ意見ですか?」

「まー、概ね間違っちゃいねえな。俺たちの旅に先生たちを介入させる気はナッシング。つか下手についてこようとしたら死ぬよ?主に君たち」

 

  この中で最も弱いであろう、クラスメイトどもを指差すシュウジ。あのベヒモスの戦いでの立ち回りを見ているクラスメイトたちは苦い顔をした。

 

「つーわけで先生、ちゃんと監督しといてね」

「わかっています。私は〝先生〟ですから。生徒を危険に晒すような真似はしません」

「なら良かった……んじゃー、そろそろ行くかね」

「ああ、そうするか」

 

  シュウジが席を立つのを皮切りに、俺たちも立ち上がる。ずっとだんまりだったルイネも、女子どもに愛でられていたリベルを回収すると立った。

 

「それじゃあな、先生」

「先生バイビー」

「二人とも、またいつか会いましょう」

 

  そう先生に一言挨拶すると、俺たちはVIPルームを出て食堂を後にするのだった。

 





【挿絵表示】


雫とシュウジのイラストです。使い始めて三日目……一昨日のやつなので色々違和感あるんですよねぇ。
あ、今日もう一話出します。
お気に入りと感想をお願いします。


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密会

どうも、本日二話目の投稿の作者です。

エボルト「よお、本日二度目の登場のエボルトだ。前回…つってもついさっき更新されたばっかだが、ちょっとした話し合いがあったな」

リベル「ふん、まだみとめてないの」

愛子「それはこちらのセリフです。いつまでも独占できると思わないでください」

二人「ぐぬぬぬぬ」

雫「…ねえ、これ怒った方がいいのかしら?」

ハジメ「さあな。今回は先生とシュウジの話らしいぜ。それじゃあせーの……」


五人「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」


 

  シュウジたちと愛子たちのわずかな邂逅から時間は過ぎ、深夜。皆が寝静まるこの頃、水精霊の宿もまた夜の闇に包まれていた。

 

  そんな宿の一室、宿泊客の中でも特別な人物のみが泊まる最高級の部屋では、愛子が未だに小さな明かりを灯していた。

 

  値段のランクに反してそう広くない部屋の中には、猫脚のベッドとテーブルセット、そして小さな暖炉と革張りのソファがあるのみ。

 

  薪をくべ、煌々と赤い光を放つ暖炉の前で、愛子は一人いつものように日記をつけている。そこに書かれるのは、今日の短い再会のことだ。

 

  畑山愛子としてではなく、マリスとして書く文章は、他の誰にも見られてはいけない。部屋には魔法で鍵をかけ、唯一見るのは外に出ているヴェノムのみ。

 

  いつもは淡々と書いているはずのそれは、今はわずかな口元の緩みを伴って紡がれていた。ヴェノムがそれを興味深げに見つめる。

 

 

 

 ヒュウゥ……

 

 

 

  そんな一人と一体の部屋の中に、一筋の風が吹いた。それは魔法で密室であるはずのこの部屋には、本来は入らないはずのもの。

 

「……そろそろ、来る頃だと思っていました」

 

  しかし、特段愛子が驚くことはなく。ヴェノムが体内に引っ込むのと同時に手を止めると、締め切っていた窓のほうを振り向く。

 

「お、なんだ。わざわざ待っててくれるとは気前がいいねえ、先生」

 

  愛子の言葉に、窓際に片膝を立てて座るシュウジは面白そうに答える。その手にはワインボトルと二つのグラス、そして小さな包みが引っ掛けられていた。

 

  よっ、と窓際から降り部屋に入ってきたシュウジは、テーブルセットについている椅子を引いてくると、ソファの前にある長机にボトルとグラスを置く。

 

  そうすると親指で栓を開け、グラスに濃い色のワインを注ぎ込んだ。それを終えると、つまみの入った包みを開く。

 

「うし、これで準備完了。ってわけで愛子先生、一杯どうだ?」

「……先生としては、今のあなたは未成年だから飲酒はダメですよ、と答えたほうがいいのでしょうか?」

「まーまー、そう固いこと言うなって。ちょっとくらい付き合ってくれても、ええんやで?」

「それなら、呼び方を改めてもらわなければいけませんね」

 

  目を瞬かせるシュウジに、そうでしょう?と目で問いかける愛子。シュウジは「それもそうだな」と笑いながら肩をすくめる。

 

「じゃあ改めて……久しぶりに一杯どうだ、マリス?」

「ええ、喜んで。先生?」

 

  夕方とはまた違った呼び方で答える愛子……いや、マリス。シュウジはそれにまた少し笑い、グラスを差し出す。

 

  マリスはそれを受け取って、二人は「この予期せぬ驚くべき再会に乾杯」と言うと、グラスを小さくぶつけあった。

 

「ここには一人で?」

「ああ。俺とお前、二人だけだ。おっと、ちゃんとルイネには許可とったぜ?」

「あら、八重樫さんには取りましたか?」

「おいおーい、そいつは不可能だろ?ここからどうやって王都に連絡するってんだい。あ、伝書鳩送るとか?」

「さて、どうだか」

 

  うっすらと笑いながら、ワインに口をつけるマリス。そしてその深い味わいに軽く驚いて息を飲んだ。

 

  この世界に来てから有数の上等なワインに、シュウジにこれは?と目線で問いかける。シュウジは楽しそうに肩を揺らした。

 

「ちょっと伝手があってね。あ、つまみはルイネ特性だぜ」

「それは楽しみですね。それで、何を話しに?」

「色々さ」

「色々、ですか」

「うむ。けど昼間も言った通り、畑山愛子に対して話すことはない。それなりにお世話になってたし、生徒たちのお守りでいっぱいいっぱいだろうからなー」

「では、マリスとしての私に話をしにきたと?」

「そういうことになる。そうさな、まずはこれまでの旅のことでも話そうかね。ルイネのこととか、気になるだろ?」

「…………ええ、まあ」

 

  やや間があったあと、呟くように肯定するマリス。確かにシュウジのいう通り、彼女はルイネの事が気になっていた。

 

  シュウジを追いかけて、面倒な手法で転生してきたマリスら三人の弟子たち。その中で最も早くルイネはシュウジと一緒になっている。

 

  そして先ほどの様子からして、師弟以上に親密になっている様子。一番弟子として、そして娘として気になっていないといえば嘘になる。

 

  無論、畑山愛子としてはハジメのことなども気にかかるのだが、しかし今マリスとして一番気になっているのはそこであった。

 

「了解。そんじゃあ、まずは奈落でのことから話すかね」

 

  そしてシュウジは、これまでのことを話し始めた。奈落の底での再会から始まり、共に戦ったこと、そして一度は敵対することになったこと。

 

  互いを大切に思う気持ちを確かめ合い、夫婦になったこと。それからハジメらを含め共に旅をし、二つ目の大迷宮でリベルを娘として迎え入れたこと。

 

  おおよそ五ヶ月間の旅路を、限られた時間の中で理解しやすいよう巧みに話していくシュウジ。まるで吟遊詩人のような語りに、マリスは適度にワインを飲みながら聞き入った。

 

  そうしてこの町に来たことまで話し終える頃には、ボトルの中のワインは半分ほどになっていた。グラスの中のワインがなくなるのと共に、シュウジの話も終わる。

 

「まあ、こんなところだな。楽しくやってるよ」

「そうですか……一つ、いいですか?」

「ん、なんじゃらほい?」

「最初にルイネが言ったことについてです。私たちの記憶を消した件について」

「うっ」

 

  愛子の言葉に息を詰まらせるシュウジ。それに愛子は溜息を吐き、グラスを置くとシュウジの顔をまっすぐと見る。

 

「私たちがされたことは、いわば今の先生が南雲くんや八重樫さんのことを綺麗さっぱり忘れるということです。そんなことをされたら、死ぬほど悲しくなるでしょう?」

 

  ゆっくりと、されど強い口調で言う愛子に、シュウジは気まずそうにぽりぽりと頬をかく。彼女の言うことは最もなのだから。

 

  マリスは、推定4歳の時に路地裏で拾われ、そして育てられた。故に他の二人より長い時を共に生きており、より一層深い悲しみを感じてるのだ。

 

  その悲しみをルイネの慟哭で理解しているシュウジは、マリスのほうを真面目な顔で見る。そして深く頭を下げた。

 

「改めて言われると、結構なことだよな。言い訳をするつもりもないが、あの時はあれが正しいと思った。だけどそれで傷ついたんだから、心から謝るよ。すまなかった」

 

  顔を上げ、思えばそこらへん、俺って天之河と同じとこあるよなと苦い顔をするシュウジに、マリスはワインを一口飲むと首を振った。

 

「もう終わったことです、その一言が聞ければ満足ですよ。それにそうして反省できるのですから、彼とは違います。まあ、経験の差でしょうけど」

「はい、肝に命じます。というか今の、先生っぽいな」

「そうでしょう?」

 

  ふふん、と胸を張るマリス。前世からの夢であった教師という立場にいることに彼女は非常に満足しており、楽しんでいるのだ。

 

「あ、でもネルファは気をつけてくださね。彼女、しつこいですから」

「うん、そっちも覚悟しとくわ……さて、楽しい話もそこそこにしといて。この世界のことについて話そうか」

 

  真剣な顔をするシュウジに、 マリスも微笑みを消して話を聞く体制に入る。

 

「話すのは神エヒトについてだ。お前も薄々気づいているとは思うけどな」

「……わかりました、聞きましょう」

 

  そして、愛子はシュウジからこの世界の真実を聞いた。人々を操る神エヒトと、混沌の時代を終わらせんと戦った解放者たち……シュウジが女神より授かった神代の全てを。

 

  シュウジが語る壮絶な真の歴史に、マリスはやはりそうか、と思った。シュウジが前置きした通り、彼女はこの真実に薄々気づいていたのだ。

 

  そしてシュウジの話を聞いて、その違和感が確信へと変わった。すなわち、この世界の争いは神エヒトが裏で糸を引くものであり、遊戯であると。

 

  それは、彼女が前世において同じような人間の上位存在を暗殺したことにも関係する。〝世界の殺意〟の弟子として、彼女もそれなりに壮絶な経験をしているのだから。

 

「……というわけだ。どうだ、驚いたか?」

「……そうですね。驚いたといえば驚いた、というところでしょうか。やはり神については不審な点が多かったですから」

「やっぱりそういう感じね……んで、俺たちはその神を殺すことにした」

「それは、〝世界の殺意〟としてですか?」

 

  マリスの問いに、シュウジはうーんと首をひねった。北野シュウジより〝世界の殺意〟としての印象の方が強いマリスは、不思議そうに首をかしげる。

 

「その反応、違うみたいですね?」

「ま、ぶっちゃけ違うね。俺はもう世界のためには戦わない。そんなのは一千年もやってりゃ十分だ」

「なるほど。それでは、別の理由で戦うというわけですか」

「そゆこと。この世界の人間を、一部を除いて守るつもりはない。俺は俺のため、そして俺が家族だと思う奴らのために戦う。つまるところ、元の世界に帰る為の最大の障害になるから倒すってとこだな」

 

  トントン、と首筋を叩くシュウジに、ふむと思考するマリス。彼女はクラスメイトたちの側でどう彼と仲間たちのサポートができるかを考えていた。

 

「……それなら、私はあなたが言った通り、生徒たちの監督をします。畑山愛子としては、下手に関わって死なせたくはありませんから」

「そうしてくれると助かる。〝先生〟の言うことなら聞きそうだしな」

 

  シュウジがこの話をマリスにしたのは、神エヒトとの敵対に備えて協力体制を敷いておこうという思惑がある。

 

  しかしそれとは他に、彼女の〝教師〟という立場からクラスメイトたちに与える影響にも目をつけていた。

 

  すなわち、彼女なら生徒たちの動きを操れる。〝皆に慕われる先生〟の言葉なら彼らの行動を抑制することも可能だ。

 

  また、この話をして神への不信感を植え付けることも狙いである。かつてのこの世界の人間たちのように、神に煽られて敵になるリスクはなくしておきたいのだ。

 

「特に天之河をよく見といてくれ。いずれ来るだろう神との戦いの時、変なふうに暴走でもされたからめんどっちいから。あの手のタイプは事実より自分の理想を信じたがるからな」

「わかりました、よく見ておきます。話はそれだけですか?」

「そうだな、あと言えることは……ああそうだ、ネルファが雫たちと一緒にいて連絡を取り合ってるなら、何人か注意させときたい奴がいる」

「聞きましょう」

 

  シュウジのいう人物の名前を、紙に書き記していくマリス。その中には無論、ハジメを襲った檜山の名前もあった。

 

「……はい、この生徒たちですね。わかりました、ネルファに言っておきます」

「サンキュー。そいじゃ、そろそろお暇するぜ」

 

  異空間にグラスや包みをしまうと立ち上がり、窓に向かっていくシュウジ。その背中に、マリスが声をかける。

 

「先生、最後に聞きたいことが」

「ん?なんじゃらほーー」

 

  シュウジが最後まで言い終える前に、マリスは肉薄してわき腹に腕を回していた。流石のシュウジもピシッと固まる。

 

  それをいいことに、マリスは顔をジャケットに埋めた。前世のものとは全く違う、しかし安心するような匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「……えっと、マリス?こいつはいったいどういう」

「………これは、酔った女の戯言だと思って聞いてください」

 

  困惑するシュウジに、マリスは小さく言葉を発した。それにシュウジは押し黙り、続きの言葉に耳を傾ける。

 

「私は……………あなたが思う家族の中に、入っていますか?」

「………!」

 

  その言葉に、限界まで瞠目するシュウジ。それを気配で悟ったマリスは、酔いで赤くなった頬が熱くなるのを感じる。

 

  けれども、大切なこの問いかけを恥ずかしさでやめるわけにはいかない。それにこれはただの戯言だ、答えがもらえなくても、それでいい。

 

「ねえ、先生……ううん、〝お父さん〟。私は、今でもあなたをたった一人の父親だって、そう思ってるよ。お父さんは、どうかな?私を娘だと思ってくれてる?」

「当たり前だろ」

 

  だから、すぐに答えが返ってきたことにパッと顔を上げた。シュウジは振り返ることなく、マリスの腕に自分の手を重ねる。

 

「今も昔も、お前は俺の娘だ。たとえ外見が変わっても、年齢が逆転しても、それでも俺の娘だ」

「……そう、なんだ」

「ああそうだ。嫌か?」

「まさか………ありがとう、お父さん」

「おうともよ」

 

  満足のいく答えを得られたマリスは、ゆっくりと体を離す。そこでようやくシュウジは顔だけ振り返り、小さく笑うと瞬間移動で姿を消した。

 

  また誰もいなくなった部屋の中を、瞬間移動の際に起きたわずかな風が通り過ぎる。それに反応したようにヴェノムが出てきた。

 

「随分ト嬉シソウナ顔ダナ」

「そうですか?」

 

  自分の顔を覗き込んで言うヴェノムに、マリスはいつものように平坦な声で答えるとソファへ戻った。

 

  そして、書き終えたはずの日記をもう一度開いて、紙の上に羽根ペンを走らせる。どうやら、書くことが増えたようだ。

 

  ヴェノムがまたそれを興味深そうに覗き込み、パチパチと暖炉の火が音を立てる。先ほどと同じ、しかし少し違う光景がそこにあった。

 

「ふふ……また会いましょうね、お父さん」

 

  羽根ペンを動かしながら、マリスはそう呟くのであった。




次回はついに山脈地帯に入ります。さて、あの変態ドラゴンの準備をしなくては…
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旅は道連れというわけです

どうも、二週間以上咳が止まらなくて、医者に行ったら百日咳かマイコプラズマ肺炎と言われた作者です。
それはともかく、新年です。皆さんこれからもどうか、この作品をよろしくお願いします。

エボルト「エボルトだ。前回はシュウジとマリスの語らいだったな。最後のやりとりには少しくるものがあったぜ」

シュウジ「やっはろー、シュウジだ。俺体調崩したことないんだよなぁ。雫に看病してもらうのとかちょっと憧れてる。ちなみに雫の看病はしたことある」

美空「みんなでお見舞いに行ったよね。雫さんのお家広かったなぁ」

ハジメ「シュウジにものすごいベッタリだった記憶があるな」

雫「ちょ、ちょっと南雲くん!」

エボルト「ほい、シュウジ視点での八重樫の映像」

三人「「「おーデレデレ」」」

雫「ちょ!」

マリス「何を見ているのですか……今回は山脈地帯に行くまでの道中の話です。それではせーの……」


六人「「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」」


 翌日。

 

  俺たちは北の山脈地帯へと向かうため、早朝に宿を出た。まだあたりにはうっすらと霧が立ち込め、朝焼けが顔を出したばかりだ。

 

  右隣を歩くルイネの腕に抱かれるリベルは絶賛熟睡中で、ウサギの頭の上のカエルも鼻提灯を膨らませている。カエルって鼻提灯出るのな。

 

  そんな街中を、握り飯片手に山脈地帯への一本道へつながる北門へと向かう。ちなみにこの握り飯、フォスさんが作ってくれたやつだ。

 

  あの人もなかなかの仕事人で、こんな時間帯なのにわざわざ作ってくれたのだ。ああいう人は信用できる。あ、握り飯の味はカレー味な。

 

『そういやお前、地球にいた頃タコカレーとか悪魔の料理作りやがったな……』

 

  ああ、お前以外には好評だったやつね。見た目はともかく味は結構いい線いってたので、両親にも妹にも大絶賛だった。

 

  ちなみにそのあと、エボルトと交代してタコカレー食べさせたのは言うまでもない。妹が便乗して更に食わせてたのも言うまでもない。

 

『あのあと何食っても丸一日カレーとタコの味がしたぞ……』

 

  三人前くらい食べさせたからね。俺は悪くない、あんなうまいものを生み出してしまったこの腕前が悪い。

 

『フジャケルナ!』

 

「やけに機嫌がいいな。なんかあったのか?」

 

  エボルトと会話していると、隣を歩いていたハジメがそう聞いてくる。確かに今日はいつもより気分がいいかもしれない。

 

  それは言わずもがな、マリスにまだ父親だと思ってもらえていたと知れたからだろう。この世界にきて有数の良い思い出だ。

 

  もしグレてて、クソジジイとか言われたらどうしようかと思った。あるいは冷めた目で毒吐かれるとか。雫とかルイネのジト目なら大歓迎だが。

 

『心配するとこそこかよ』

 

  お前だってビルドの世界の美空にジジイとか言われたら立ち直れないでしょうに。

 

『貴様、何故それを……!』

 

  ふっ、ハードボイルドな探偵には何でもお見通しなのさ。

 

『何行ってんだ半熟野郎』

 

 誰がカルボナーラだ。

 

『言ってねえよ』

 

  まあエボルトとのコントはさておき、ハジメには肩をすくめて答えておく。それで何となく察したんだろう、ハジメは「そうか」と頷いた。

 

  そんなこんなで進んでいるうちに、北門にたどり着いた。しかしそこで、門に寄りかかっている人物がいるのに気がつく。

 

  朝焼けで顔が見えない、やや小柄なその人物は俺たちが来たことに気がつくと、スタスタとこちらに近づいてきた。

 

  ハジメがドンナーに手を伸ばし、ユエたちも構えるが、俺はそっと手で制す。皆が怪訝な顔を俺に向けている間に、その人物は俺の前まで来た。

 

  その人物は、黒いコートを着ていた。すっぽりとフードで頭を覆い、顔はうかがえない。しかし、それが誰だか俺にはすぐわかった。

 

「随分と早いっすね、先生?」

「そういうあなたたちこそ、随分と早い出立ですね」

 

  俺の言葉に答えながらフードを取る人物。その中から出てきたのは紛れもなく、昨夜密会した畑山愛子その人であった。

 

  先生は俺たちの顔をぐるりと見渡し、一瞬リベルに目を止めると眠っているのを理解して、最終的に隣のハジメに視線を向けた。

 

「南雲くんも、おはようございます」

「……ああ、おはよう先生。いや、マリスって呼んだ方がいいのか?」

「呼びやすい方で構いませんよ。気楽な方がいいでしょうから」

「俺は?」

「先生はマリス固定で」

「ほいほい」

「なら先生って呼ばせてもらう。それで、何でここに?」

「あら、聞かずともわかっているのではありませんか?」

 

  マリスの言葉にまあな、とため息を吐くハジメ。どうやら俺を含め、他のメンバーも彼女がここにいる理由をわかっているようだ。

 

  マリスがここにいる理由は、俺たちのウィル・クデタの捜索依頼についてくるということだろう。昨日会った時に言ったしな。

 

  クラスメイトたちは?と聞けば、騎士たちもろとも魔法で暗示をかけてきたので、明日の夜程度まではいなくても問題ないようだ。

 

「ただ、あの兄妹には魔法が効かなかったので、生徒たちの護衛を頼んできました」

「へえ、お前の魔法が効かないなんて相当の実力があんのか。もしやのもしや……」

「おそらく、先生の考えている通りかと」

 

  神妙な顔で頷くマリス。もうそこまで成長してるのか。順調そうで良かった。

 

「そうか……んでハジメ、マリスを連れてくことに異論は?」

「却下………と言いたいところだが、それは先生が俺の知ってる先生だったらの話だ。お前の元弟子なら問題ないだろ」

「もしそうでなくても、畑山愛子として大切な生徒がどうしていたか、これまでの話を聞くために付き纏うでしょう。私の中から畑山愛子が消えたわけではないですから」

「そうかい、先生」

 

  肩をすくめるハジメ。 確かに本人の言う通り、たとえマリスでなくても先生はついてきそうだ。暇な時間だけでいいから話を聞かせてくれとか言って。

 

「他の皆もいいかね?」

『別にいいんじゃねえか?』

「……ん」

「別にいいよ」

「ゲコッ」

「はいですぅ」

「………ああ」

「んにゅ……」

 

  他のメンバーにも確認を取れば、どうやら問題なさそうだ。彼女らからすれば、邪魔にならなけりゃいいんだろう。若干、ルイネが硬い声だったけど。

 

  そんなわけで、飛び入り参加でマリスも参加することになった。人数が多いということで、乗り物をバイクから別のものへと変える。

 

  門の外まで出ると、ハジメが宝物庫を開いて、そこから魔力駆動四輪……魔力式の自動車を取り出した。見た目はハマーH2に似ている。俺とハジメの趣味だ。

 

「運転どうする?」

「さーいしょはぐー」

「じゃーんけーんチョキ!」

「目潰しだとぅ!?」

「フハハハハ、油断したなシュウジ!」

「くっまずい……と見せかけてグー!」

「ぐふっ……」

 

  俺のボディーがハジメの脇腹に決まり、地面に崩れ落ちる。これぞ古来より伝わる聖なる戦い、じゃんけん(物理)である。

 

  というわけで俺が運転席に乗り込んだ。この車はベンチシートであり、前の座席に二人、後ろの座席に向かい合わせに六人座れるようになっている。

 

  復活したハジメを筆頭にみんな乗り込み、なにやら小声で話し合った後にマリスが俺の隣に、ルイネとリベルが後ろに乗った。

 

「シートベルトは締めたな?」

「はい(おう、んっ、いえす、ゲコッ、締めました、締めたぞ)」

 

  全員の返答が帰ってきたのを確認し、俺はバスの車掌のような服に魔法で早着替えすると、高々と口上を述べた。

 

「オッケーオッケー。それでは皆様、本日はご乗車ありがとうございます。目的地は北の山脈地帯、ドライバーは北野シュウジが担当いたします。それでは短い時間でございますが、どうぞ車での旅をお楽しみください」

 

  言い終えるとともに魔力を流し込み、アクセルを踏んで魔力駆動四輪を発車させる。その瞬間、あっという間に門が見えなくなった。

 

  北の山脈地帯への道を、魔力駆動四輪で一直線に突っ走る。窓の外に映る景色は瞬く間に流れていき、昇りかけの太陽の光が窓ガラスに反射した。

 

  爆走と呼んで差し支えないスピードとは裏腹に、サスペンションとハジメの付与した錬成により悪路は整備されているので揺れはない。

 

  そんな魔力駆動四輪の車内では、俺やエボルトの記憶からコピーしたクラシックが緩やかに流れ、優雅な雰囲気であった。

 

「なるほど。つまり清水を探しに行く目的もあるわけか」

「はい。ヴェノムの分体に情報収集をさせているのですが、ここについてはノーマークに近いので」

 

  〝ハレルヤ〟のテンポに合わせてハンドルを指で叩きながら、マリスの言葉に耳を傾ける。どうやらクラスメイトが一人、行方不明らしい。

 

  清水幸利。第一印象としてはどこにでもいる大人しめのやつだったが、人脈作りの一環として話した時には若干の自己顕示欲も見て取れた。

 

  そんな清水が行方不明、そして今回の依頼にある強力な魔物……どうやら繋がりがありそうだ。ネクタイを締める準備をしなくては。

 

『脳細胞がトップギアだぜ』

 

 お前がかい。

 

「で、俺たちの依頼先にいる、本来いないはずの魔物にもしかしたらってわけか」

「ええ、闇系統の魔法には魔物を操るものもありましたから。少なくとも無関係ではないかと」

「なるほどねぇ……ま、気に留めときますか」

「それに先生たちの仕事にしても、善良な人間の命が関わっているのなら放っておけませんから」

「さすが、それでこそ俺の弟子だ」

「それと……先生と、仕事をしたかったのもあります」

「おっ、嬉しいこと言ってくれるね」

 

  娘に一緒に仕事をしたいと言われるとか、育ての父親としては結構嬉しい言葉だ。ほらあれだ、料理店の店主が子供に店を継いでほしい的な。

 

  まあ俺が継がせようとしてたのは一千年に渡る悪人の暗殺だから、もっとぶっ飛んでるけど。家業を継ぐって意味じゃ同じだよな(過激)

 

  しかし懐かしいな。まだマリスが一人前になる前は、潜入活動の一環として一緒に教師をやったりした。思えばあれがこいつの夢の原点か?

 

『普通とは言い難い思い出だな』

 

 特別な思い出だね()

 

「ほら、フルハウス」

「……ストレートフラッシュ」

「二人とも強いですぅ、私ツーペアですぅ」

「はい、ロイヤルストレートフラッシュ」

「「「ウサギ強っ!?」」」

「ウサギおねーちゃんすごい!」

「ゲコッ」

 

  一方、後部座席ではハジメたちがポーカーをやっていた。しかしワイワイと騒がしい中、ルイネの声だけが聞こえない。

 

  向かい合わせになっている後部座席のこちら側の左端……つまりマリスの真後ろに座っているルイネは、乗ってから一言も話していなかった。

 

「はぁ……ルイネ」

 

  まだ緊張しているのかと思っていると、ため息をついたマリスが名前を呼んだ。ピクリと肩を震わせ、ルイネがこちらを振り向く。

 

  ルイネの顔はやや強張り気味で、まるで怒られるのを待つ子供のようだ。そんなルイネの両頬を、不意にマリスが引っ張った。

 

「な、なにふぉふりゅ?(訳:な、何をする?)」

「そう畏まらなくても、先生とのことなら別に怒っていませんよ」

 

  マリスの言葉に瞠目するルイネ。マリスはパッと指を離すと、狐につままれたような顔のルイネに微笑みながら語り始めた。

 

「あなたの先生への思いは前の世界から知ってますし、私に師匠への尊敬や父への愛はあっても、異性としての想いはありません」

「あ、そうだったんだ。いやー、昔はお父さんと結婚するーって言ってたのになー」

「無論、恋仲になる相手は先生以上の人でないと嫌ですよ」

「アッハイ」

 

  強い意志を込めた言葉に、思わず頷いてしまった。うーむ、スペック的にはともかく、精神的には俺よりいい男なんぞごまんといると思うが。

 

  そう思ってたらマリスにルイネ、挙げ句の果てにはハジメにまでジトリとした目で見られてしまった。あっるぇー、思ったより俺の評価高くね?

 

『ま、普段の言動はともかく、お前はいい奴だよ。愛情や友情に溢れ、必要ならば自分が汚れることも厭わない。普段の言動はともかく』

 

 最後の繰り返す必要あった?

 

『大事なことだから二回言いました』

 

 まあ直す気ないけどにゃー。

 

「ルイネ。確かに一番弟子として、娘として最初に会えなかったのは悲しいです。でも、そんな些細なことは先生に再会できた時に忘れました」

「いや、しかしだな……」

「だいたい、せっかく再会できたのに悲しいじゃないですか。先生はもちろんですが、あなただって……私の大切な、家族なんですから」

「マリス……」

「それが理解できたのなら、いつも通りでお願いします。その方が私もスッキリできるので」

 

  そう言うマリスに、ルイネは少し悩むような顔をした後、一度頷くとまっすぐマリスの目を見返した。

 

「……わかった。それならいつも通りにさせてもらおう」

「ええ、それでいいです」

「すまなかったな、おかしな態度を取ってしまって」

「いいえ、別にいいですよ。最初にあのような態度を取った私にも多少の非はあります」

 

  謝りあった二人は、互いの顔を見て柔らかい微笑みを浮かべ合う。どうやら仲直りできたようだ。うむ、良きかな良きかな。

 

  それからの二人は、穏やかな声音で談笑をしていた。前世において見ていた、懐かしい光景だ。前世で唯一大切だった、俺の宝物。

 

  それがもう一度見れたことに、内心感無量の思いだ。思いなん、だが………

 

「それで、その時マスターがだな……」

「へえ、恋人が相手だとそのようなことを言うのですね……」

 

  俺が普段どうしてるのかを語り合うの、やめてくれませんかねぇ。なにこれ、娘に恋人との思い出を聞かれるとか何かの拷問なの?

 

  そんな俺の羞恥心を以心伝心で悟ったか、ハジメから飛んでくる野次馬的視線が鬱陶しい。後で昼飯のスープにトマト入れてやる。

 

『嫌いなもの入れるとか子供かよ』

 

 うるせいやい、俺はまだピチピチの17歳だ。

 

『なお、精神の方は……』

 

 君のような勘のいい地球外生命体は嫌いだよ。

 

  そんなこんなで恥ずかしい思いをしながら運転をすること二時間ほど、マリスがあくびをして寄りかかってきた。おや、と思いちらりと視線をそちらによこす。

 

「疲れたのか?」

「ええ、少し。昨日の夜、少し夜更かしをしてしまって……」

「肉体改変は?前と同じ体にしているなら七日くらいは不眠で平気だろ?」

「してはいますが、相当興奮しながら書いてましたので……」

「そっか。ならまだもう少しかかるから、着くまで寝てていいぞい」

「ええ、ありがとうございます」

 

  返事をしたマリスは、そのまま目を閉じると数秒で眠った。どうやらすぐに睡眠に入る術も使えるようだ。別名の◯太くん式睡眠方。

 

「むぅ……」

 

  静かに寝息を立てるマリスに少し微笑んでいると、シートの向こうから小さな不満の視線を感じた。リベルが頬を膨らませている。

 

「帰りはリベルな」

 

  そう言うとすぐにパァ!と顔を輝かせ、上機嫌に「うん!」と答えるリベル。まったく、モテるパパは大変だぜ。

 

『調子乗んな』

 

 辛辣ゥ!

 

「なあシュウジ、今からしりとりするけどお前も参加する?」

「んー、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲」

「初っ端からなげえよ」

 

  とまあ、そんな感じで穏やかに、かつ少し騒がしく、俺たちは北の山脈地帯へと進むのであった。

 




次回はついに奴の登場でございます。プラスアルファ要素もあります。
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探索、北の山脈地帯

どうも、病院でずっと薬の受付を待ってて腹が減ってる作者です。

シュウジ「こんちわー、シュウジだ。前回は北の山脈地帯に向かったところだったな」

ハジメ「そういやお前、前の世界で朝起こしに来る時必ずハレルヤ歌いやがったな…朝から無駄にいい声で」

シュウジ「勢いがあって起こすのにちょうどいいかと。てへぺろ」

ハジメ「よっしお前後で屋上な」

マリス「私は好きですけどね、あの曲」

エボルト「対魔導なんちゃらってアニメにハレルヤって叫びながら出てくるやついなかったか?まあいい。今回は北の山脈地帯に入るぜ。それじゃあせーの……」


四人「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」


 

  ウルの街を出発してから五時間。俺たちはついに北の山脈地帯へと到着した。

 

  山の麓で魔力駆動四輪を停車させ、マリスを起こすと車を降りる。そして山を見上げれば、見事な紅葉が視界に飛び込んできた。

 

  地球でも滅多に見られない真っ赤な山に、降りてきたユエやシアさん、あのハジメでさえも見惚れる。分離したエボルトが写真を撮っていた。

 

「美しいですね」

「だな。確かこの北の山脈地帯は、一山超えるごとに環境が変わるんだっけか」

「ああ。確認されてるのは四合目まで、五合目からは普通の冒険者じゃ倒せないような強力な魔物がいるから未知の領域って話だ」

 

  隣に来たハジメが俺の言葉に補足をすると、魔力駆動四輪を〝宝物庫〟に収納して、代わりにカラスのような鳥型アーティファクトを四つ、それと指輪を一つ出した。

 

「それは?」

「無人偵察機」

 

  マリスの問いかけに端的に答えると、指輪をはめたハジメがアーティファクトを放る。するとアーティファクトは地面に落ちる前に浮き上がり、山に向けて飛んでいった。

 

  重力制御式無人偵察機、オルニス。生成魔法で重力を中和する〝重力石〟を作り、そこになにやら正規の迷宮にいたらしいゴーレム騎士を遠隔操作していた〝感応石〟を組み合わせて作った代物だ。

 

  ハジメのつける指輪と連動して動き、〝魔眼石〟とリンクして取り付けられた遠透石が映像を送る仕組みになっている。ロマンだな。

 

  ちなみにサンプルを一体、瞬間移動できる俺が手紙つきでミレディに届けさせられた。ミレディめっちゃキレてた。

 

『そりゃ、あんな強盗まがいのことしたのに〝おかげさまでとても良いものを作ることができました〟だからなぁ。怒って当然だろ』

 

 煽り攻撃がうまいハジメ=サンであった。

 

「んじゃ俺も」

 

  俺も異空間を開いて、そこからいくつもの錠前と鎖でがんじがらめにされた紫色の箱を取り出す。それを見た瞬間、マリスとリベル以外の女性陣が嫌な顔をした。

 

  事情を知らないマリスがルイネらの反応に不思議そうに首をかしげる中、鍵を取り出すと全て錠前を開けて鎖を外し、重厚な蓋を開く。

 

  すると、異空間化された真っ暗な中から紫色の眼を持つ、特徴的な形の鎌足の10cmくらいの小さな黒いカマキリが這い出てきた。

 

  黒いカマキリたちは俺の腕を伝い、地面に落ちると皆一様に山に向かっていく。それをなんとも言えない顔で見る女性陣。

 

  出てきた数が百匹を超えたところで、蓋を閉めて錠前を全て施錠した。その上からしっかりと鎖を巻きつけ、異空間に戻す。

 

「うし、あんだけいりゃ平気だろ」

「先生、今のは?」

「ん?ちょっと品種改良した偵察用の魔物」

 

  ニッと得意げに笑いながら答える。アレは元は樹海にいた魔物であり、偶然見つけたものを俺が魔法で色々と改造したものだ。

 

  〝透明化〟と〝気配遮断〟、〝生体感知〟の技能で隠密行動と捜索能力に優れ、〝共鳴〟の技能で見たものを全ての個体に共有することができる。

 

  加えて戦闘能力も高く、十匹で大体プレデターハウリア一人に相当する。それが()の中に何千、何万と巣食っていた。

 

  しかし、本体はもっとデカくて強い。樹海の奥地のさらに奥にいた、亜人族の建築物で城を作り、そして人の武器を操る魔物だ。

 

  そいつも異空間の中におり、餌と失敗した武器のサンプルを渡す代わりに、一日三十匹ずつクローンを作らせてもらっている。我が家のペット二号だ。

 

「おい、なんで今俺を見た」

「一応全員に何かあったときのために、一匹ずつつけてんのよ」

「ああ、それは女性にはきついかもしれませんね……」

「無視すんなコラ」

 

  俺の言葉に答えるように、ハジメの義手の一部が空いて黒カマキリが顔を出した。そして挨拶するように鎌の片方を上げる。

 

  更にユエのコートのポケットから、シアさんのリボンから、ウサギのパーカーのフードから、ルイネとリベルのカチューシャから、そして俺のコートの装飾から出てきた。

 

  俺のやつは体の所々に白い模様があり、司令塔の役割を担っている。〝共鳴〟の派生技能、[+特定共鳴]で俺に集めた情報を送るのが役割だ。

 

「お風呂に入ろうとして、リボンを外して出てきた時は心臓が飛び跳ねたですぅ……」

「ん……一瞬目を離した隙に出てきてパンをかじってた……すごくびっくりした……」

「朝起きたら肩に乗ってた」

「夜にトイレに行ったとき、ひとりでに扉が閉まったときは本当に驚いたぞ……」

「かまきりさん!」

 

  げんなりした顔をする女性陣。リベルだけが両手で持って頬を擦り付けてる。心なしかカマキリは嬉しそうだ。

 

  相変わらず女性陣にはお気に召さないらしい。フォルム的には男心をくすぐるので、ハジメとエボルトには好評だったのだが……

 

「俺は別に嫌いじゃないが、色がアレに似てるからな……」

「えー、優秀なのに」

「そうじゃなかったら速攻異空間にぶち込んどるわ」

「ちょっエボルト酷い」

 

  軽口を叩きあいながら、山道に向けて歩き出す。それに続いて、他の面々も表情を引き締めると移動を開始した。

 

 

 ●◯●

 

 

  俺たちが目指すのはウィル・クデタ及び、前任の冒険者たちが探索を行った六合目から七合目。山の高さからして、俺たちの足なら一時間ってとこだろう。

 

  その俺の予想は外れることなく、全員が健脚どころか豪脚の持ち主なこともあって一時間たらずで六合目にたどり着いた。

 

  これでもしクラスメイトたちもいればもう少し時間がかかったかもしれないが、ちゃんとお守り付きで置いてきたので心配ないだろう。

 

  そうして進んでいるうちに、カマキリの一匹が川を見つけたと司令塔から情報を得る。ふむ、要チェックポイントだな。

 

「皆、近くに川があるってよ。捜索対象もそこで休憩したかもしれないから行ってみようか」

「ああ、そろそろリベルも休憩させたい」

 

  さっきまで初めての山ではしゃいでいたリベルは、車とここまでの道のりで元気を使い切ったのか若干船を漕いでいた。

 

  他の皆を見れば問題ないと頷いたので、川に足の向きを帰る。先んじて探索魔法で川の近くに魔物がいないか確認しとこう。

 

  五分ほど歩いてたどり着いた川は、小川というには大きく、かといって大きいかといわれると小さい、中規模の川だった。

 

  川岸に行けば、大きめの岩の上でカマキリが鎌を振っている。そいつを回収し、司令官を通してより細かい情報を共有してもらった。

 

「ふむ、この付近には特に何もなし、か。ハジメ、そっちは何か見つかったか?」

「いや、今中流のあたりだがまだ何もない。上流に向かわせてみる」

「オッケー、俺は下流に向かわせてみる。リベル、少し休もうか」

「うん……」

 

  目をこするリベルをルイネから受け取り、靴と靴下を脱がせて、川を解析魔法で調査して問題ないことを確認すると、ちょんと指先を川につけた。

 

「わわっ!つめたっ!」

「どうだ、目が覚めたか?」

「うん!」

 

  バタバタと手を振り回してはしゃぐリベルを下ろすと、少し川で遊ばせることにする。見ればユエたちも靴を脱いで水に足をつけ、くつろいでいる様子だった。

 

  ハジメは岩に背中を預けて一旦休憩し、エボルトはこっちに参戦。カエルは……なんか超高速で川に舌を伸ばして魚食ってた。

 

「ほれリベル、大波が行くぞー」

「きゃー!エボルトおじさんつめたーい!」

「はっはっはっ、こっちからもいくぞー!」

「もうっ、パパもエボルトおじさんも!おかえしだー!」

 

  リベルが両手を上げると、川から大きな水球がいくつも浮かび上がる。重力を操作しているのだろう、いつの間にか相当な精度になってるな。

 

  リベルの飛ばす水球をかわしたりわざと当たったりしてると、ハジメから声がかかった。リベルを抱えて川から上がる。

 

「〝乾燥(ドライ)〟。ハジメ、何か見つかったか?」

「ああ、ビンゴだ。上流に向かうぞ」

「オッケー。おーい、女性の方々!そろそろ行くぞー!」

 

  俺の声に一斉に答えた女性陣は川から上がり、マリスの魔法で足を乾かす。そして全員靴を履いて上流へと移動した。

 

  そしてたどり着いた現場にはひしゃげた小型のラウンドシールド、半ばで紐が千切れた鞄など、様々なものが散乱していた。

 

  しゃがんで追憶魔法を使ってみると、どうやらこれが壊れたのはつい数日前のことらしい。件の冒険者一行のものの可能性が高いな。

 

「おいシュウジ、これ」

「ん?」

 

  より詳しく探ろうとすると、ハジメに肩を突かれる。振り返って指差す方を見ると、近くの木の皮が禿げているのがわかった。

 

「何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、って感じだな」

「ああ。高さからして人間じゃないだろうな」

「む……?」

 

  ハジメと話し合っていると、不意にルイネが声を上げた。二人揃ってそちらを見れば、なにやら険しい顔で匂いを嗅いでいる。

 

  一体どうしたのかと尋ねようとすると、手で制された。なのでおとなしく見守っていると、ルイネの耳が音を立てて変形していった。

 

  まるでコウモリのそれのように鋭い形になった耳は紅蓮色の鱗に覆われており、幅広で音を拾いやすそうだ。ルイネは集中した様子で音を探っている。

 

「……どうやら、この山脈のどこかに同族がいるようだ」

「同族っつーと、竜か?」

「ああ、間違いない。竜の翼特有の羽ばたきが聞こえた」

 

  確信した様子で言うルイネ。彼女には龍の一族の血が流れており、同族の気配や匂い、立てる音に対して敏感だ。おそらく間違いないだろう。

 

  しかし、前情報にこの山にドラゴンが住み着いてるなんて話はなかった。おそらく、例の謎の魔物同様他所から来たのだろう。

 

  ハジメを見ると、ちょっと楽しみそうな目をしながら頷く。うんまあ、ファンタジーって言ったらドラゴンは必須だもんね。仕方ない仕方ない。

 

『お前はやけに落ち着いてんな。やっぱルイネがいるからか?』

 

  それもあるけど、俺の前世の世界のドラゴンはそういいものじゃなかったんだよなぁ。車のボンネットにフン落とすし、勝手に残飯食い漁るし。

 

『カラスかよ』

 

  まあそれは野良の話で、ルイネの国にいた龍とかは、逆に並の人間以上にルールに厳格だったけどな。むしろ下手したら殺されるレベル。

 

『厳しすぎだろ』

 

  ルイネがきっちりしてるのもそのおかげだな。

 

  俺とルイネ、シアさん、ウサギを筆頭に索敵をしながら、用心深く禿げた木の奥に向かう。すると、道中戦闘の後がいくつも見て取れた。

 

  血の飛び散った跡や折れた剣の残骸、挙げ句の果てには破壊された血まみれの防具まで。とりま遺品になりそうなものは回収する。

 

「ハジメさんシュウジさん、あれ……」

 

  ひしゃげた兜を異空間に放り込んでいると、シアさんが前方を指差した。見れば、なにやら光るものが落ちている。

 

  近づいて拾ってみれば、それはロケット型のペンダントだった。まだ新しく、つい最近落とされたものだとわかる。

 

  留め金を指で弾いて開いてみれば、中には女性の写真が。おそらく、冒険者…あるいはウィル・クデタの持ち物だろう。異空間に入れとこ。

 

  それからも探索を続けたが、特にめぼしいものはなかった。一旦立ち止まり、ハジメたちと今後のことを相談し合う。

 

「かなり日が傾いてきてるし、そろそろ野営の準備をするか?」

「ん、そうした方がいい。リベルが限界そう」

「ママ、ねむぅぃ……」

「すまないなリベル、もう少しの辛抱だ」

「でも、もう少し探した方がいいんじゃ……」

「シアさん、焦って探しても見つかるものではありません。急ぐに越したことはないですが、それで大切なものを見落としてはおしまいです」

「マリスさん……」

「でも、早く見つけなきゃ危険なのも事実。ここは山の八合目と九合目の中間くらい。最初の位置から奥にいきすぎてる」

「ゲコッ」

「ふぅむ……」

 

  皆の意見を聞いて考えていると、不意に司令官のカマキリがキィキィと大きめの声を上げた。思わず驚いて全員俺の肩を見る。

 

  一体どうしたのかと〝異種念話〟を使って聞いてみれば、〝ビンゴ〟と端的な答えと共有した記憶が司令官から帰ってきたのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

  司令官から送られた映像と言葉の意味に、俺は少しの間黙考する。すると、ハジメが声をかけてきた。

 

「おい、なんだって?」

「ビンゴ、だってよ。それに、この大きな滝の記憶は……」

「……もしかして、ウィル・クデタのいる場所を見つけたのか?」

「どうやら、そういうことらしい」

 

  俺が頷けば、皆神妙な顔をして互いの顔を見る。そしてうなずきあうと、司令官に先導してもらいながら現場に移動を開始した。

 

  司令官が案内したのは、俺たちがいた場所から東に三百メートルほどの大きな川だ。そんな距離でもないので、走って向かう。

 

  そして川に近づいていくにつれ、ふと隣を走るルイネの顔がこわばっていくのに気がついた。思わず気になって声をかける。

 

「ルイネ、どうした?」

「……気配が近づいている。これから向かう場所の近くに、竜がいるぞ」

「おっと、そりゃすごい偶然……いや必然か?」

 

  ウィル・クデタと思しき人物の近くに、この山に生息するはずのない竜……なにかしらの関係があると思うのが普通だ。

 

「とにかく、急ごう。それなりに強力な竜のようだ。それも一匹ではない」

「ああ、そうだな。おーい皆、スピードアップするぞー」

 

  了承の声が聞こえたのを確認すると、一気にスピードを倍ほどにあげる。さすがは俺の仲間たちというべきか、難なくついてきた。

 

  五分ほど走り続けると、ようやくその場所に到着する。そして視界に移った川は、見るも無残な状態であった。

 

  本来一つであろう川はふたつに分かたれ、近くの木や地面が黒く焼け焦げている。まるでレーザーか何かで横からえぐり飛ばされたようだ。

 

  なにやら気づいた様子のルイネが川のえぐれた後に行き、俺たちは川辺を調べる。すると、三十センチほどの足跡が残っていた。

 

「こいつは……ブルタールか?ほらあの、オーガとかオーク的なアレ」

「人に酷似した足跡にこの大きさ、二足歩行の魔物って言ったらそれくらいだろうな。二つ先の山脈の魔物だったっけか」

 

  ハジメと二人で見聞する。やや荒々しいその足跡は、ここで大規模な戦闘が行われていたことを如実に表していた。

 

  しかし、ブルタールって川を両断するような攻撃手段はなかったよなと話し合っていると、深刻そうな顔をしたルイネが戻ってきた。

 

「どうだった?」

「間違いない。あれは竜の仕業だ。ほんの僅かに、魔力の残滓が残っていた。まだこの付近にいる可能性が高い」

「そうか。ならちゃっちゃと回収しちゃいますかね」

 

  調査を終わらせ、今度は司令官が指し示す下流へと向かう。川辺を伝って降りていくと、やがて共有された記憶にあった大滝が姿を現した。

 

  大瀑布といって差し支えないその大滝の滝壺を囲む大岩の一つの上で、カマキリが待っている。その鎌足は滝を指していた。

 

  そちらに意識を向けてみると、滝の奥にある空洞に気配が一つあった。ハジメに目配せすれば、あちらも気配感知に引っかかったようだ。

 

「ユエ、頼む」

「ん。〝波城〟、〝風壁〟」

 

  ユエが魔法を使用し、滝をモーセのごとく真ん中で割る。それを固定しているうちに全員滝の奥へと入った。

 

  それなりに広い空洞は上から水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、きっと奥へと続いているのだろう。

 

  薄暗い空洞を見渡すと、奥の方に人が横倒れになっているのが見える。近寄って顔を見てみると、それが若い青年であるとわかった。

 

  それなりに整った顔立ちの青年はまるで胎児のように丸まって寝ており、顔は青ざめている。どうやらギリギリ生きているようだ。

 

「ハジメ、あの似顔絵は?」

「持ってきてる」

 

  ハジメに手渡された似顔絵と、青年の顔を見比べる。すると寸分の違いなく同じだった。こいつがウィル・クデタで間違いなさそうだな。

 

  ハジメに似顔絵を返し、やや強めにペチペチと青年の頬を叩く。が、呻いてなかなか起きないので結構強めにビンタした。

 

『最初からそうしろよ』

 

 いやほら、一応ね? 最初はソフトにね?

 

  スパーンと小気味良い音を立てて青年の頬を張り飛ばすと、ようやく涙目で飛び起きた。そして自分が大人数の人間に囲まれていることに目を白黒させる。

 

「乱暴な起こし方してソーリーソーリーヒゲソーリー、俺たちは救助の冒険者だ。あんたはウィル・クデタであってる?」

「……………」

「あっるぇー無視?おーい、クデタ家三男のウィル・クデタさんだよなー?」

「えっと、ママから知らない人に話しかけられても返事しちゃいけませんって言われてるので……」

「まさかのマザコンかい」

 

  異世界にもマザコンいるんだと思ってると、ツカツカと歩み寄ってきたハジメがおもむろに義手の方でウィル・クデタにデコピンした。

 

  バチコンッ!と良い音を立ててウィル・クデタの頭が後ろに吹っ飛び、その隙にハジメは襟首を掴むと強制的にウィル・クデタの視線を自分に向ける。

 

「おい、聞いてんだから返事しろ。二度とママに会えなくするぞコラ」

「きゃーハジメさんかっくいー」

「黙っとれ。で、あんたがウィル・クデタ

 でいいんだな?二秒以内に返事しなきゃもう一回デコピン食らわす」

 

  スッと指を構えるハジメに、ウィル君はブンブンと首を縦に振った。よし、とハジメが手を離した。ここまでの流れ、完全にヤクザである。

 

  ハジメと入れ替わり、各人の紹介をすると改めてフューレンのギルド支部長イルワさんの依頼で探しにきたと告げる。すると露骨に目を輝かせた。

 

「そうか、あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、ありがとうございます。あの人から直接依頼を受けるなんて、あなたがたは凄腕なんですね」

「おう、しっかり街に送り届けるから安心していいぜ。で、何があったんだ?」

「それが……」

 

 そしてウィル君は、これまでのことをおもむろに話し始めた。

 

 

 ●◯●

 

 

  それからのウィル君の話を要約すると、こうだ。

 

  ウィル及び冒険者一行は五日前、ハジメ達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタールと遭遇したらしい。

 

  あまりの数にウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いているうちに更に数が増えていき、気がつけば六合目の例の川にいた。

 

  そこでブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために、盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。

 

「それから追い立てられながら大きな川に出たところで、前方にアレが現れたんです」

「アレって?」

「二匹の、黒い竜でした。最初に来た一匹は黒い竜で、後から来たのは……」

 

  そこまで言って、ガクガクとバイブレーションになるウィル君。後から来た方の竜を思い出してるのか、今にも発狂しそうな顔だ。

 

  とりあえずその竜のことは聞かないことにして、精神沈静化の魔法を使って先を促す。ウィル君は深く息を吐いた後、話を続けた。

 

  それから竜らはウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。

 

  川の本流に流されながら見た限りでは、ブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜らに挟撃されていたという。

 

 ウィルは、流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。

 

『なーんか、誰かさんの境遇に似ている気がするねぇ』

 

  エボルトの言葉にチラッとハジメを見れば、本人も少し思ったのだろう。溜息を吐きながら肩をすくめた。

 

  ウィル君に視線を戻すと、話しているうちに感情が高ぶってきたのだろう、すすり泣きを始めてしまった。思い出したら耐えられなくなったんだろう。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

「そうだなぁ、ウィル君のせいだなぁ」

 

  ウィル君の言葉を肯定すれば、ウィル君は少し目を見開いた後、他者から肯定されたことでよりそのことを認識したのか、顔を歪めた。

 

「見てないから知らないが、おそらくあんたは役立たずだったんだろう。あんたを守ることにも思考を割いて、冒険者たちはブルタールに全力を注げなかったんだろう」

「ちょっとシュウジさん、そんな言い方……」

「でもな、それで自分の生を否定するのは違う」

 

  はっきりと、そして大きな声でそれを告げる。口を出しかけていたシアさんは言葉を止め、隣にいるハジメがスッと目を細めた。

 

  俺は一度咳払いをすると、〝回帰〟を使って〝私〟になる。そしてウィル・クデタの目をまっすぐ見つめた。

 

「確かに君は弱い。それでいて惨めです。自分の命すら守れない、ただの弱者だ。しかし、だからと言って死んでいい理由にはならない」

「で、でもっ!あんな親切にしてくれたみんなが死んで、それなのに私は!」

「自分の生を喜んで何が悪いのです?それは人として当たり前の感情。それを否定することは、あなたを守ろうとした人間たちへの冒涜に他ならない」

 

  ヒュッ、と口をつぐむ少年。私は淡々と言葉を続ける。

 

「今あなたがすべきことは、過去を後悔することではありません。過去はすでに過ぎた時間、消えもしなければやり直しもできない。それはもう確定した事実でしかないのですから」

「でも、だったら僕は、どうすれば……」

 

  迷う少年。仕方のないことだ、人は過去を振り返る生き物なのだから。現在、そして未来を守るため悪を殺し続けた私ですら、過去に囚われている。

 

  いや、違う。この私こそが過去そのものなのだ。すでにいるはずのない、仮初めの力で蘇った過去の存在。それが私という存在。

 

  過去は戻らない。いくら見つめても変わることはない。けれど、過去を見たその先に、未来を見ることはできる。

 

「明日を見なさい。力を持たぬ、命を失う重さを知った少年よ。今日この日、あなたが生きている意味を考え、次に進むのです。たった一人生き残ったあなたができることは何ですか?」

「生きている、意味。私が、できること……」

「それは、生き続けることです。過去から後悔を知り、その後悔を背負って歩きなさい。それがどれだけ辛くても、あなたには彼らの分まで生きる、義務があるのですから」

「生き続ける、義務……」

「そうです。必死に歩き続けて、いつか強くなって、そして死した時。彼らに言うのです。自分は、精一杯生きたと」

 

  私の言葉をかみ締めるような表情で、自分の胸に手を置き考える少年。やがて、強い意志を宿した目で私を見る。

 

「……わかりました。私は、生きます。生きて、絶対に強くなって、いつか彼らと向き合えるような男になってみせます!」

「そう、それでいい。頑張りなさい、未来ある命よ」

 

  そこで、〝回帰〟の効果が切れた。〝私〟は消えて、〝俺〟が戻ってくる。そうすると顔を上げ、ニッと微笑んだ。

 

「ま、そういうわけだ。お前が進む明日のためにも、こっから帰ろうぜ?」

「はい!」

 

  手を差し出し、ウィル君を立たせる。そして振り返れば、ハジメたちがなんともいえない、微笑ましいような目で俺を見ていた。

 

「ちょ、なんだいその目は。俺、結構いいこと言ったはずだけど?」

「いや、別になんでもねえさ。ただ……」

「ん。シュウジの明日には、私たちがいる。ずっと一緒に、どこまでも」

 

  その言葉に、俺は瞠目した。いつしか最愛の少女に言われた言葉と酷似したその言葉は、俺の胸に大きな杭のように突き刺さる。

 

「あなたは、私たちの大切な家族。家族は、一緒に歩くものだから」

「ウサギ……」

「まあ色々ありましたし、言いたいこともあるけど……シュウジさんは大切な人です。絶対一人にしないです!」

「シアさん……」

「ああ、そうだ。あなたの行く末にどこまでも寄り添おう。それが一度はあなたに置いていかれた私にできることだ」

「ずっといっしょー!」

「ルイネ、リベル……」

 

  皆、温かい言葉を向けてくれる。それがなんだかこそばゆくて、頬をかきながら視線を外すと、ちょうど微笑むマリスが映った。

 

「皆、あなたが前を見る時必ずそこで待っています。過去も今も共に背負って、支えます。それが家族ですから」

「マリス……」

「だから………もう一人にならないでね、お父さん」

 

  そのマリスの言葉に、俺の中のどこかが壊れた音がした。皆を家族だと思い始めた後もずっと心のどこかにあった、一人強くあらねばという、何かが。

 

『こいつらの言う通りさ。お前が嫌っていうその日まで、一緒にいてやるさ』

 

 ……そりゃ、ずっと来なさそうだな。

 

『だったら永遠に一緒だな』

 

 そう、だな。

 

「……まあなんつーか、サンキューみんな。俺なんかにそんなこと言ってくれて」

「当たり前だな」

「んっ!」

「うんうん」

「ですぅ!」

「ああ」

「ええ」

「うん!」

 

  笑顔で頷くハジメたちになんだか無性に恥ずかしくなり、俺は生暖かい目をしているウィル君を急かして外に向かった。

 

  そしてユエの魔法で再度滝をモーセして(動詞)外に出ると……そこで、それまであった温かい雰囲気が一気に冷めた。

 

 なぜなら……

 

 

 

「グルルルル……」

 

 

 

  そこには黄金の目で俺たちを睥睨する……漆黒の竜がいたのだから。




次回、ついにあいつが登場!そしてもう一匹のドラゴンとは……(新タグ見ながら)
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終わりを告げる黒き竜

どうも、fgoにハマりまくってる作者です。邪 ン ヌ が 欲 し い !

シュウジ「よーっす、シュウジだ。前回は北の山脈地帯に入ったぜ」

雫「聞いたわよ、カマキリの話。もう少しなんとかならなかったの?ほら、蝶とか」

シュウジ「んー、そう思って作ったら何故かゴ◯ラができた」

雫「ほんとになんで?」

ハジメ「俺は◯モラ好きだけどな」

エボルト「俺も」

雫「こら、そこの相棒二人甘やかさない。すぐに調子乗るんだから」

二人「「はーい」」

美空「八重樫さん、もう完全にオカンだ……」

香織「あはは、相変わらずだね。今回はドラゴンと戦うらしいよ。それじゃあせーの……」


六人「「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」」


  突如現れた黒竜は、いかにも空の王者といった風格を醸し出していた。まるでどこぞの下位クエにも出てくる空の王者()のようである。

 

『やめてやれよ、あれでもG級のはそこそこ強いんだから』

 

  俺とハジメにかかれば即フルボッコで徹夜で百周とかいけるけどな。

 

  体長は七メートルほど、長い前足には五本の爪が生え、漆黒の鱗に覆われた全身には濃密な魔力が流れている。特に体を浮かしている翼はうっすらと可視化するほどだ。

 

  何より印象的なのは、その絶対王者にふさわしい黄金の瞳。満月よりも美しいそれは爬虫類のように瞳孔が細まり、俺たちを睥睨している。

 

  見たとこ、上の下ってとこだな。ハジメの記憶にあったヒュドラやあのクルォォズマグマァ!的なドラゴンほどではないが、相当強力な個体だ。

 

 〝マスター、この個体はおそらくこの種の姫か何かだ。だが、今は洗脳されているようだ〟

 

  さて、どう動くかと思っていると、ルイネから念話が入った。そういや、俺の教えた魔法で血や魂の純粋さが測れるんだったか。

 

  試しに俺も使ってみれば、なるほど確かに前世で見たような野良ドラゴンの格の低い魂ではなく、相当強い魂の持ち主だった。

 

  このレベルの魂の持ち主がそうそう洗脳されるとは思わんが……ま、種族的に俺より詳しいルイネが言うなら間違いないっしょ。

 

『ちなみに黒竜の確認から魂の解析まで、わずか0.2秒のことである』

 

  フッ、その通り。前にも言ったが俺は五つ並列思考ができる。この処理能力は訓練もあるが、ちょいとばかし脳の構造をいじった。

 

  そんなことを考えている間に、黒竜とエンカウントして一秒がたった。その時、黒竜の目線が俺の後ろにいるウィル君に定まる。

 

  俺がまずい、と思い異空間を開くのと、黒竜が大きな口を開き、そこに音を立てて魔力を収束していくのは同時だった。

 

「下がれ!」

 

  俺の叫びにハッと我に返ったハジメたちが後ろに飛びのく。俺はウィル君をハジメたちの方に突き飛ばし、黒竜の攻撃に備えた。

 

  恐怖に硬直していたウィル君が驚いたよう顔をした瞬間、甲高い音を立てて黒竜が漆黒のブレスを吐く。熱を肌が感じ取った。

 

 

 ガィインッ!

 

 

  しかし届いたのは僅かな熱だけであり、ブレスが俺を消し飛ばすことも、後ろのハジメたちに当たることもなかった。

 

  〝それ〟は、長大な黒い鎖だった。表面に紫色の呪文の浮き出たそれは俺の体の周りをぐるりと囲み、まるで結界のように守っている。

 

  鎖は密集してブレスを受け止め、呪文から自分の中に取り込んでいる。みるみるうちにブレスの魔力が吸い取られ、やがて消えた。

 

「〝擯斥の黒鎖(リフューザル)〟。なかなか良いだろ?」

 

  自分のブレスを飲み込まれたことに驚く雰囲気を醸し出す黒竜に、ニッと不敵に笑う。それに反応するように黒鎖が揺れた。

 

  〝擯斥の黒鎖(リフューザル)〟。ミラーリフレクターやプレデーションシールド同様、〝鏡界石〟と重力魔法を使って作ったアーティファクトだ。

 

  吸収をするほうの〝鏡界石〟を凝縮し、適当に狩った奈落の魔物の魂を改造して中に入れることで自動的に攻撃を防御・吸収する。

 

  さらに呪文の形に練り込まれた〝重力石〟で重力を中和することで、こうして浮遊している。自慢の逸品の一つだ。

 

「んじゃあ、やられた分はお返しするとしまーーッ!?」

 

  〝擯斥の黒鎖(リフューザル)〟と対になるアーティファクトを使おうとした瞬間、研ぎ澄まされた本能が殺気を感じとった。

 

  遠く離れていてもわかるほどの濃密なその殺気に、俺の生命反応が告げる。この殺気の主を全力で排除しろと。

 

  即座にアーティファクトの使用対象を、黒竜からその殺気の主へと変えた。黒鎖の内側に隠れていた白い鎖が、眩い光を放つ。

 

 

 キュィィィンッ!!!

 

 

  〝解放の白鎖(ベフライウング)〟という名を持つアーティファクトは、黒鎖が吸収した魔力をそっくりそのまま楔のついた先端から放出した。

 

  虚空を切り裂いて飛んでいった白亜の光線に対する殺意の主の返答は……俺でさえ全身に悪寒が走るほどの、ドス黒い極光だった。

 

  空の彼方から飛来した極光はいとも容易く光線を飲み込み、まっすぐ俺に向かって落ちてくる。このままでは全員消し炭だろう。

 

『おい、まずいぞ!』

「わかってらぁ!」

 

  さっさと鎖を異空間に引っ込め、手をかざしてブラックホールを形成する。それはまるで針の穴に糸を通すように極光を取り込んだ。

 

  二十秒程して、ようやく極光が途切れたのでブラックホールを閉じ、荒い息を吐く。前世ではなかった力だ、流石に長時間使うのは体力を消耗する。

 

「おいシュウジ、平気か!?」

「警戒しろ! 超ド級のとんでもねえ奴が来るぞ!」

 

  珍しく切羽詰まった俺の声に、全員の顔に緊張が走る。すぐさま各々の武器を構え、ルイネとマリスがウィル君やリベルの護衛に回った。

 

  程なくして、それは空の彼方から会われた。警戒して唸り声を上げる黒竜よりさらにふた回りも巨大な、黒より黒い漆黒の竜。

 

  筋肉の鎧で覆われた体には不気味な模様が浮かび、瞳のない丸い目にはこちらへの明確な殺意が滾っている。

 

「こいつは、とんでもないのが現れたな……」

「う、うわぁああああああああああっ!?」

 

  ウィル君の裏返った悲鳴が聞こえた。おそらく、あの竜こそがウィル君の怯えていた竜なのだろう。そしてそれは当然だ。

 

  かつて、神代と呼ばれた時代。限りなく神に近づいた竜がいた。そしてその竜は、全身に不気味な模様を持つ漆黒の竜だ。

 

  女神様からもらった知識にあるその竜は、まさに破壊の権化と呼ぶにふさわしい残忍な竜だった。全てを滅ぼし、神すら滅ぼそうとした。

 

  その竜の名は……

 

「闇の翼、〝アクノロギア〟。まさかのまさか、まだ生きてたとはねぇ」

 

 

 ゴアァアアアァァアアアアッ!

 

 

  俺の言葉に答えるように、漆黒の竜……アクノロギアは大口を開けて咆哮した。ビリビリと、その場にあるもの全てが激しく震える。

 

  真の王者と言うにふさわしいアクノロギアは俺たちをゆっくりと睥睨し、そして一瞬黒竜とウィル君に目線を止める。

 

  黒竜が威嚇するように吠え、ウィル君が尻餅をつくが、アクノロギアはフッと興味を無くしたように視線を外して再び俺たちを見渡した。

 

  そして、俺に目を止める。そのまましばし見つめ合い、互いの殺気をぶつけ合って牽制しあった。ギシギシと空気の軋む音がする。

 

 

 

 ゴアァアァァァアアァアァアアアッ!!!

 

 

 

  やがて、アクノロギアは満足したように俺()()に向かって吠えると、身を翻して百メートルほど飛んでいき、降下すると森の中に姿を消した。

 

  間髪入れずして、もう一度大きな咆哮が聞こえる。おそらく、俺を戦う相手と見定めたのだろう。こいつは決闘のお誘いだ。

 

『行くんだろ?』

「ああ。こっちとしちゃあ、ハジメたちから遠ざけられるのは願ったり叶ったりだぜ」

 

  エボルトに返答しながら黒竜を見て、まだ動き出しそうにないことを確認するとハジメたちに瞬間移動で近づく。

 

  ハジメたちはすぐに気がつき、アクノロギアのヤバさをわかっているのだろう、強張った顔つきで目で指示を求めてきた。

 

「ハジメ。俺はあのとんでもないやつをぶっ飛ばしてくる。お前らはあの黒竜を倒してくれ」

「……一人で平気か?」

 

  少しの不安のこもった声で聞いてくるハジメに、俺はコートの袖を広げて〝安心してください、殺ってますよ!〟というシャツを見せつける。

 

「あったりまえよ。俺を誰だと思っとる?」

「バカ」

「ストレートに酷くね?」

「冗談だ。さっさとぶっ飛ばしてこい」

 

  不敵な笑みを浮かべたハジメは、ドンと握りこぶしで俺の胸を叩いた。そうするとユエらに目配せして戦闘準備を始める。

 

「あ、でも殺すのはダメよ〜ダメダメ。洗脳されてるみたいだから、ガツンと一発かまして目を覚ます感じで。洗脳した相手の情報持ってるかもしれないし」

「了解。こっちは受け持つから、あっちは頼むぞ」

 

  俺のギャグを軽やかにスルーしたハジメはこちらを振り返りもせずに答えると、再び臨戦態勢に入り始めた黒竜に殺気を向け始める。

 

  その背中に頷くと、ルイネとマリスに目配せしてウィル君を退避させる。すべての懸念がなくなったところで、瞬間移動をした。

 

  視界が切り替わり、次に見えたのは真っ黒な焼け野原。森の中が半径二十メートルほど円形に黒焦げになっていた。

 

 

 グルルルルル………

 

 

  そして、その中央に悠然と佇むのはアクノロギア。まるで闘技場で挑戦者を迎え撃つ絶対王者のような風格である。

 

「なるほど、わざわざリングまで作ってくれたわけね。いやー気がきくねえ」

『で、どう相手する?』

 

  こいつは女神様の知識によると、魔法を食らう固有魔法を持ってる。だから魔法を使った暗殺手段は全部なしだな。

 

『それだと三分の一くらい削られね?』

 

  そうなんだよなー。俺の持ってる暗殺方法は30%以上が魔法を使ったもんだから、この手の力を持った奴にゃ物理縛りプレイを強制される。

 

  しかもこのアクノロギア、神竜に属するタイプのドラゴンだからさらに一段厄介。神竜の強さは単純明快、バカ(ぢから)でバカ速くてバカ硬い。

 

「ま、だからと言って負ける気はしないけどねん」

 

  異空間からエボルトリガーに似た柄のナイフを二本……エボルトの装甲剥ぎ取って作った……取り出し、アクノロギアに構える。

 

  俺の殺気を感じとったアクノロギアは楽しそうに唸り声を漏らすと、翼を広げて姿勢を低くした。緊迫した空気が焼け野原を包む。

 

「そんじゃあ……ひと狩りいこうか!」

『プ〜プ〜⤴︎』

「おい誰だ今あの笛を吹いたやつ」

 

 

 ゴアアァアアァァアアアアッ!

 

 

  ボケる暇もなく、アクノロギアが翼で空気を切り裂きながら真正面から突っ込んでくる。すぐさま意識を戦闘に切り替えた。

 

  体をほぼ地面すれすれまで落とし、当たったら即お陀仏な速度で襲いかかってきたアクノロギアの突撃を交わす。

 

  そして一瞬の交錯の瞬間、体の下をナイフで無数に切り裂いた。が、三回以上同じ場所を切った場所以外は全て弾かれる。

 

「ヒュ〜、なかなか硬いね」

 

 

 ゴアアァッ!

 

 

  自分が傷つけられたことに怒りを覚えたのか、ふざけるなと言わんばかりに尻尾を振り下ろしてくるアクノロギア。

 

  それを受け止めようとするが、長年の訓練と測定不能なハザードレベルで相当なものになっているはずの膂力でも、アクノロギアの力は支えきれなかった。

 

  仕方がなく、ナイフの角度を変えて外にずらす。体長の半分を占める尻尾を揺らされたことでわずかにアクノロギアの動きがぶれた。

 

  その隙を逃さず、袖に隠していたリングから糸を射出し、後ろ足を二本とも絡め取る。しかし、アクノロギアは翼を強くはためかせる。

 

  次の瞬間ブチン、という音とともに、糸がたやすく引きちぎれた。アクノロギアは空高く舞い上がり、所在なさげに糸が地面に落ちる。

 

「おいおい、すげえパワーだな」

『完成品がちぎれたのは初めてじゃないか?』

「こりゃ、まだ要改良だな」

 

  リングを外して異空間に放り込み、ナイフを握り直す。するとタイミングを見計らったようにアクノロギアが大口を開け、極光を吐き出した。

 

「同じ手は二度は食わねえよ」

 

  〝擯斥の黒鎖(リフューザル)〟を3本ほど取り出し、極光を受け止める。そしてすぐに〝解放の白鎖(ベフライウング)〟で解放した。

 

  三本の楔から飛び出る光線をアクノロギアはひらりとかわし、まるでミサイルのように急降下してくる。即座に後ろに飛び退いた。

 

  轟音とえぐれた地面が飛び散り、土煙が濛々と立ち込める。そんな中、俺の感覚は鋭角な殺意をしっかりと感じ取っていた。

 

 

 グルァアアアアアァアアッ!!!

 

 

  一歩足を前に出した瞬間、アクノロギアが土煙を突き破って現れる。そして音速を超えたスピードで鉤爪を振るってきた。

 

  距離的に避けようのない爪撃をマトリックスムーブで回避して、袖口の装飾に隠した刃を展開すると爪を根本から切り落とす。

 

  俺を通り越して着地したアクノロギアは、自分のなくなった爪を見て唸り声を上げる。俺はひらひらとキャッチした爪を揺らした。

 

「シュタル鉱石製刃、なかなかの切れ味だろ?」

 

  そういう俺に、しかしアクノロギアは余裕のある顔で上を見上げ、空に向けて極光を放つ。そして落ちてきた極光を食らった。

 

  すると、失った爪が音を立てて新たに生え変わる。アクノロギアは力を確かめるように新たな鉤爪を握り、大きく咆哮した。

 

『なるほど、魔法を食らう竜、ね……自己回復とは、厄介な力だぜ』

「オートリジェネならぬセルフリジェネってか。〝暗器創造〟」

 

  魔法で爪をナイフに変えると、エボルトに生成させた毒を指から出して刃に纏わせてアクノロギアに投擲。

 

  アクノロギアは片翼をはためかせて、風圧でナイフを吹き飛ばす。その一瞬意識がそれた隙に懐に潜り込み、鳩尾に拳を一発お見舞いした。

 

  衝撃を貫通に特化させた一撃はアクノロギアの装甲を突き抜け、背中の翼の間にある鱗が吹き飛ぶ。

 

 

 ゴッ……!?

 

 

「暗殺者だからって、非力なわけじゃないぜ?」

 

 

 グ……ルァァアアアァアアッ !!!

 

 

  ふざけるな、と言わんばかりに大きく一回転して尻尾を叩きつけてくるアクノロギア。それをバク宙して回避し、尻尾の先端に乗った。

 

  異空間からルインエボルバーを取り出して、そのまま背中まで駆け抜ける。そして先程の一撃で鱗の削れた場所に深く突き刺した。

 

 

 ガァアアアァアアァアアッ!?

 

 

  大きく絶叫し、なんとか俺を振り落とそうと暴れるアクノロギア。しかし、翼に金色の糸で体を固定しているので落ちはしない。

 

  この糸は、先程物の見事に破壊された糸と違って千切れることはない。例の魔物からもらった糸で作った、特別中の特別製だ。

 

『俺のローブ散々剥ぎ取ったくせによぉ、浮気しやがってよお』

 

  おっそれはつまりもっと剥ぎ取っていいってことだな(乗り気)

 

『やめてくださいしんでしまいます』

 

 とまあ、それはともかく。

 

「さらにここに……!」

 

  腰のホルダーから、青い瞳を持つ骸骨のレリーフのついた、紫色のエボルボトル……〝アサシンエボルボトル〟を取り外す。

 

  アサシンエボルボトルをルインエボルバーの円環に差し込むと、マークが浮かんで刀身が漆黒に染まった。

 

 

《エボルブレイク! Ciao!》

 

 

  そこでグリップのスイッチを押し込むと、軽快な声とともにアクノロギアの全身に紫電が駆け巡った。

 

 

 ガギガアアァアアアアァアア!?!!?

 

 

  これまでにないほどの絶叫を上げるアクノロギア。紫電は時間経過でどんどん激しくなっていき、自滅する前にルインエボルバーを抜いて退避した。

 

  着地してから数秒後、紫電がフッと消える。アクノロギアは全身から煙を上げ、どうと地面に倒れ伏した。

 

「どうだ、俺オリジナルのボトルの味は?」

 

  ルインエボルバーを肩に担ぎながら問いかける。アクノロギアはなんとか立ち上がろうとしながら、激しい怒りの目を向けてきた。

 

  アクノロギアは、この世界に存在するありとあらゆる魔法、技能に対しては意識内外どちらでも完全な体制を持つ。

 

  だがその反面、トータスに本来なら存在しない力にはすこぶる弱い。つまりエボルボトルにも弱いってわけだ。

 

「しっかしこのボトル、とんでもない威力だな」

『そりゃ、俺とお前が三日三晩かけて作り出した最強のエボルボトルだからな』

 

  ルインエボルバーにはまっているアサシンエボルボトルを見ながら、二人で話す。こいつを作るのにはめちゃくちゃ苦労した。

 

  俺の遺伝子とエボルトの遺伝子を掛け合わせ、コンマ一つのズレすらなく調和させる。それは前世で肉体改造しまくってた俺でさえ困難だった。

 

  しかし結果は上々。この世界の魔物の中で最強クラスに入る、あのアクノロギアにでさえ大ダメージを与えられた。

 

「変身したらどうなると思う?」

『そうだな、フェーズ5……いやネオフェーズってとこか?俺にも未知数だからわからん』

「ほー、そいつは次の大迷宮が楽しみだ」

 

  物語の展開的にもそういうとこで初変身したいしね(超メタい)

 

 

 グ、ルガアァアアアァアアアァアア……!

 

 

  そんなことを話し合ってるうちに、アクノロギアがようやく立ち上がった。そうすると全身から黒いオーラを吹き出し始める。

 

  そのオーラに合わせるように、アクノロギアの力が増していった。全身の鱗や翼はより鋭利な形になり、攻撃的なフォルムになっていく。

 

 

 グオォオォォォォォォォンッ!!!

 

 

  本気モードみたくなったアクノロギアは、大きく翼を広げ天に向かって吠えた。さっきまでよりさらにとんでもない衝撃が肌を打つ。

 

「へえ、あと二段階くらい変形残してそうだな」

『どこのラスボスだよ』

 

  エボルトと馬鹿な言い合いをしながら、ルインエボルバーを某牙な突の形に構える。視線をこちらに戻したアクノロギアも前項姿勢になった。

 

  次の瞬間、互いに向かって肉薄。踏み込んだ地面がめくれ上がり、凄まじい轟音を立てて爪とルインエボルバーを打ち合わせた。

 

  またさらに一回り強くなった膂力で爪を押し込んでくるアクノロギアに、俺はまた力の流れを外に逃がすと返す刀で腕を斬りつけた。

 

  アクノロギアは気にした様子はなく、もう一方の鉤爪で切り刻もうとしてくる。それをさらに避け、関節部分を切り裂く。

 

  それすらも、アクノロギアはものともせずに噛み付いてきた。すごいガッツがあることに少し笑いながら、ルインエボルバーで受け流す。

 

  それから十度、俺とアクノロギアは攻撃して、反撃してを繰り返した。その度にアクノロギアの傷は増えていき、ルインエボルバーに紫色の血が染み付いていく。

 

 

 グルゥ………!

 

 

  このままではジリ貧だと理解したのか、アクノロギアが飛び退る。そうすると両腕に力を込めるような動作をし、鉤爪を伸ばした。

 

「おお、やっぱまだ変形した」

 

 

 ガァアアアァアアァアアッ!!!

 

 

  より太く、より鋭利に、そしてより長くなった鉤爪に黒いオーラを纏ったアクノロギアが、鼓膜が破れそうな声を上げ、後ろ足に力を込めた。

 

「よかろう、かかってこい……といいたいとこだが、ここら辺で終わりだ」

 

  構えを解いて、指をパチンと鳴らす。すると四本の足と首、尻尾、そして大きな翼のすべてに禍々しい輪が出現した。

 

  輪はそれぞれ赤、青、緑、黄、白、黒の鎖で繋がっており、それがひときわ強く輝いた瞬間、アクノロギアはまるで脱力したように地面に倒れる。

 

  全く動けない様子のアクノロギアに、俺はスタスタと歩み寄った。そしてしゃがみこむとアクノロギアと視線を合わせる。

 

「何も伊達に、お前と真正面から打ち合ってたわけじゃないんだよ。こいつをつけるために接近してた」

 

  発光する鎖を叩けば、アクノロギアはなんだと?とでもいいたげな声を牙の間から漏らした。

 

  このアーティファクトの名は〝ルベシャト〟。対象の技能を反転させる力を持っており、相手によっては容易に自滅させることが可能だ。

 

  今回はアクノロギアの魔法を無効化する技能を反転し、〝すべての魔法に対して極度に弱体化する技能〟に書き換えた。

 

  そしてこれらの鎖にはユエに込めてもらったそれぞれの属性の最強の魔法が付与されており、今のアクノロギアには効果覿面である。

 

「お前みたいなやつを相手にした時……というより、女神様の知識にあったお前を基準に作ったアーティファクトだ。いやー効いてよかったよ」

『攻略本見てボス倒してるような感じだけどな』

「しっ、それは言わないお約束」

 

  疲れた疲れたとでもいうように肩をすくめていると、首輪の内側から司令官のカマキリが出てきて俺の方に飛び乗った。

 

「お前もお疲れさん。よく長時間ルベシャトを透明化してくれたな」

「キシッ」

 

  楽勝よ、とでもいうように器用に前足をすくめる司令官。人間っぽい動きに思わず笑いながら、アクノロギアを見た。

 

  アクノロギアは、じっと瞳のない目で俺をみている。その目からは屈辱と、わずかな賞賛も感じられるような気がした。

 

  最強の竜としての誇り高さを感じるその姿勢に、俺は終わらせるためにルインエボルバーを振り降ろしてーー

 

 

 

 ゴガァァアアアアアァアアアアァアアッ!!!!!

 

 

 

「何っ!?」

 

  これまでにないほどの咆哮を上げたアクノロギアは、全身の筋肉を三倍ほどに膨張させると、なんと強引にルベシャトを引きちぎってしまった。

 

  流石の俺も驚愕と、アクノロギアが飛び上がった際の風圧で身動きが取れなくなる。それでもなんとかルインエボルバーを振り、アクノロギアの片腕を切り落とした。

 

  空へ戻ったアクノロギアは、血の流れ出る自分の右腕を見ると、おもむろに傷口を左手で握りつぶし、無理矢理止血する。

 

  そして俺を見下ろしてきた。そこには先ほどまでの殺意はなく、まるで相手を見定めるような雰囲気を感じる。

 

「ははっ、さすがは最強の竜。あの状態から抜け出すとはねぇ」

『どうする? もう敵意は薄れているが……』

 

 

〝……我の右腕、預けておこう。矮小なる人の子よ〟

 

 

  エボルトと相談をしようとすると、脳内にエボルトとは別の声が響いた。アクノロギアが発したと思われる、低い男のような声だ。

 

  それだけ言うと、アクノロギアは踵を返してどこかへ飛んでいった。後に残ったのは、破壊されたルベシャトとアクノロギアの右腕だけ。

 

「やれやれ、とんでもない相手にライバル認定されたぜ」

『ま、右腕一本持ってったんだ。そうそう手は出して来ないだろ』

「そうだといいですけどね、っと」

 

  ルインエボルバーとバラバラのルベシャトを異空間に放り込むと、アクノロギアの右腕に触れる。そして〝暗器創造〟を使った。

 

  巨大なアクノロギアの右腕は黒い光に包まれ、輪郭を崩していく。やがて俺の手元に凝縮していき、一振りの刃物となった。

 

  アクノロギアの右腕からできた武器は、シンプルな作りの美しい漆黒のナイフだった、荒々しい模様の浮かんだ刀身と、丸っこい柄頭。

 

  鍔の部分にはアクノロギアの目元にあった模様が浮き彫りになっており、非常に格好良い。何より、異様な何かが潜んでいる。

 

「すげえなこれ。ナイフになった途端、魔力が一つの意思に変わりやがった」

『つまり、意思ある武器ってわけか』

「ああ。まるで〝生霊武装〟みたいだ」

 

  感心しながらナイフを眺める。ちなみに〝生霊武装〟ってのは、暗器創造の上位互換にあたる禁術中の禁術だ。

 

  生物を生きたまま武器に変え、元となった生物の特性を武器の能力に変換する。非常に扱いが難しく、怒らせたり嫌われたりすれば逆に殺されることもあったりする。

 

  まあ、俺は前世で結構な回数使ってたけど。ていうか怒った時の雫の方が億倍扱い難い。というかぶっちゃけ手ぇつけられない。

 

『アクノロギアは神竜クラスの魔物だ、たとえ右腕だけでも相当強力だろうよ』

「だろうな……ま、使いこなしてみせるさ」

 

  強大な意思を内包したナイフをジャグリングしてキャッチすると、異空間から手頃な鞘を取り出して後ろ腰につける。

 

「うん、いい感じだ。そんじゃあハジメたちんとこに……」

 

 

 

 

 

 〝アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!〟

 

 

 

 

 

  さてハジメたちのところへ向かおう、そう思って踵を返そうとした瞬間、脳内に悲痛な女性の悲鳴が響き渡った。

 

  思わずその場で立ち止まり、警戒して周囲を見渡して探索魔法を使うが、怪しい反応はない。どうやらこの近くから聞こえたわけじゃなさそうだ。

 

「とすると、もしかして……」

『ハジメたちのほうじゃねえか?』

「かもしれん。一体何があったんだか……」

 

  なんかやらかしてそうだなーと思いながら、瞬間移動する。そうして元の川に戻った時、俺の視界に移ったのは……

 

 

 〝お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~〟

 

 

  でっかいパイルバンカーの杭がケツの穴に刺さった全身ボドボドの黒竜が悶えているのと、その周りで困惑しているハジメたちだった。




そう、タグの正体は……FAILY TALEだったのさっ。


【挿絵表示】


これは、今より少し先の未来の姿……

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ハジメたちのドラゴンハンター……あ、ドラ◯エとモ◯ハン混ざった。

どうも、クローズマグマが届いて興奮している作者です。やっぱ超カッコいい!

ハジメ「うす、ハジメだ。俺から始まるのは初めてか?まあいいや。前回はシュウジがアクノロギアと戦ったんだったな。最強の竜の割に案外あっさり倒されてた気がするが」

シュウジ「いやほら、それは俺の華麗な手腕がモノを言ったのさ」ドヤッ

エボルト「そのドヤ顔は心底ムカつくが、お前戦闘能力だけは誰もが認めるものだもんな……」

シュウジ「オウコラこのスライムエイリアン、〝は〟ってなんだ〝は〟って」

ウサギ「ん。それに作者の頭の中では、アクノロギアとフィーラーの強さは互角らしいよ。だからシュウジが強すぎただけっていうのはほんと」

ハジメ「解説ありがとなーウサギ」

ウサギ「えへへ」

シア「むぅ〜羨ましいですぅ。今回は私たちの戦いですぅ。それじゃあせーの……」


五人「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」




  時間はシュウジがアクノロギアを倒しに行った時まで戻る。

 

「さて、こっちも気合い入れるか」

 

  背後にいたシュウジが瞬間移動を使い、気配が遠ざかっていくのを感じた俺は、こちらを睥睨する黒竜を真っ直ぐ睨み返す。

 

  アクノロギアとやらに若干萎縮していた黒竜は、最大の脅威がいなくなったことで元の風格を纏い、俺……というより後ろの茂みにいるウィルを睨んだ。

 

  どうやら、洗脳されているというのは本当らしい。これほどの殺気を向けているというのに全くの無反応なのは、生物として不自然すぎる。

 

  この様子だと、こいつはウィルだけを狙うだろう。ルイネと先生が守ってるからそっちの心配はないが、他の心配はある。

 

「殺さず洗脳を解く、か……ったく、シュウジの野郎。難しいことを注文しやがって」

 

  盲目的にウィルに濃密な殺意を向ける黒竜に、思わず愚痴をこぼす。このレベルの相手に殺さないように戦うってのは相当面倒くさい。

 

  ただ殺すだけならいい。全力を以って殲滅すればいいのだから。だが命を奪うことなく正気に戻すというのは、絶妙な力加減が必要になる。

 

  だが、ルイネの話じゃこの黒竜はこの種の王族らしいし、殺して一族全てにでも襲いかかられた日にゃ、面倒なことこの上ない。それよりかはマシだろう。

 

  それに……あいつに何かを任せられるっていうのは、悪い気はしない。

 

「ユエたちは……所定の位置についたな」

 

  〝気配感知〟で三人がそれぞれ配置についたことを確認すると、ドンナーをホルスターから抜いて黒竜に全力の〝威圧〟をかける。

 

  これだけすれば流石に無視できなかったのだろう、黒竜の目線が後ろの茂みから俺に移った。これ幸いと、俺は不敵な笑みを黒竜に向ける。

 

  それを見て敵と認識したか、黒竜はおもむろに口を開けるとあの黒いブレスを吐いてきた。しかしそれは、すでに一度見た攻撃だ。

 

  左腕を突き出し、義手に魔力を送る。すると内蔵されたギミックが発動し、手首のパーツが展開すると手のひらから光の障壁が出現した。

 

 

 ガァンッ!

 

 

  光の盾……ユエの協力を得て〝聖絶〟を10枚分凝縮・固定したアーティファクト〝リヒト〟は、黒竜のブレスを悠々と受け止める。

 

「どうした、そんなものか?」

 

  挑発するようにいえば、黒竜はブレスの威力を一段階上げた。それすらもリヒトは防ぐ。さすがは自慢の一品だ。

 

  ちなみに俺とシュウジのアーティファクトだが、俺たちは本当に必要なもの以外……例えば回復系など以外は、互いのアーティファクトを共有しないことにしている。

 

  それは俺たちのいつもの競争であり、俺としてはある種の自立でもあった。いつもシュウジに助けられてばかりだった、俺からの自立だ。

 

  おそらくシュウジは、頼めばいくらでもアーティファクトを作ってくれるだろう。あいつは身内には、訓練以外では甘い。だが、それではダメなのだ。

 

  いつまでももらってばかりではいられない。シュウジに〝助けられる〟のではなく、シュウジと〝助け合う〟存在に、俺はなりたい。

 

  そんなことを考えているうちに、ブレスがだんだん弱まってきた。俺はブレスが消滅するタイミングを計算し、その瞬間を待つ。

 

「3、2、1……今だ、ユエ!」

「ん」

 

  十秒ほど続いたブレスが消えた瞬間、リヒトを消して指示を出す。それにカマキリの力で透明化していたユエが姿を現し、攻撃を開始した。

 

「〝禍天〟」

 

  ユエが魔法の名を呟いた瞬間、黒竜の上に四メートルほどの黒い球体が出現する。それは黒竜の背中に落下し、押しつぶすように地面に縛り付けた。

 

 

 グルアァアアアアァア!?

 

 

  悲鳴をあげる黒竜。なんとか球体の下から脱出しようともがいているが、球体はまるで杭のように黒竜を捉えて離さない。

 

  〝禍天〟。ユエの使う重力魔法であり、魔力消費に比例した超重力で対象を潰す強力無比なものだ。重力方向の変化にも使える。

 

  とはいえまだユエも万全に重力魔法を使いこなしているわけではなく、発動するのに十秒の時間を必要とする。さっきのはそれの時間稼ぎだ。

 

  ついでに言うと、重力魔法の教師は案の定安定のシュウジと、なんと驚くべきことにリベルである。

 

  ミレディに作られたホムンクルスであるリベルは本能的に重力魔法の扱いに長けており、シュウジでさえ驚くほど扱いが上手い。

 

「と、そんなこと考えてる場合じゃねえな……シア!」

 

  ユエに続けて名前を呼べば、同様にカマキリの透明化で隠れていたシアが技能を解除。黒竜に向けて戦鎚を構え跳躍する。

 

「トドメですぅ!」

 

 

 ドォガァアアッ!!!

 

 

  大上段から振り下ろされたドリュッケンは凄まじい轟音ととともに放射状に地面を砕き、まるで隕石が落下したようにクレーターを作った。

 

  今のドリュッケンのアザンチウムには重力魔法が付与されており、魔力を注ぎ込むとその量に応じて重量を増していく。つまりメ◯トンハンマーだ。

 

  これほどの衝撃を受ければ、どんな相手でも大ダメージは免れない。俺でも昏倒は必須だが……

 

 

 グルアァア!

 

 

  黒竜は、シアの一撃をギリギリのところで躱していた。インパクトの直前、あの巨体を支える膂力で首をひねったらしい。

 

  そのまま黒竜は上を向き、〝禍天〟を維持しているユエに口を開ける。そして何かしらの攻撃を加えようとする。

 

「……よけるな」

 

  しかし、その前に懐に現れたウサギの拳によって下顎をかち上げられた。強制的に閉口させられ、血を吐く黒竜。

 

  黒竜の動きが止まった隙にシアとウサギが後退し、ユエも魔法を中断して俺のそばに戻ってきた。シアは悔しそうな顔であり、ドリュッケンを強く握り占めている。

 

「うう、外しちゃいました……」

「気にすんな、あいつのパワーが予想より上だっただけだ」

「……それに、けっこーかたいよ」

 

  ウサギの言葉にその手を見れば、殴った拳の皮がめくれ、僅かに出血していた。ウサギが怪我をするのを見たのは初めてだ。

 

  ウサギが小さく声を上げて力むと、パーカーの随所に走ったラインが淡く緑色に光る。するとほんの一瞬で傷が治癒された。

 

「うん、これで平気」

「そうか……で、ユエ。残りの魔力は?」

「ん、あと6割。まだコントロールが完璧じゃないのもあるけど、思ったより抵抗が強かった」

「ふむ……」

 

  三人の報告を聞いて、頭の中で手早く作戦をまとめていく。ウサギが怪我をするほどの堅牢さなら、生半可な攻撃では通用しないな。

 

  シアの攻撃も一度躱された以上、真正面からはもう当たらないだろう。ユエの重力魔法は動きを止める程度にしかならないし、いや待て、確か竜の弱点は……

 

 

 ガァァアアアア!

 

 

  ちょうど打開策を思いついた瞬間、軽く昏倒していた黒竜が起き上がって咆哮した。どうやらここまでらしい。

 

  三人に〝念話〟で作戦を伝えると、散開して黒竜と再び戦い始める。黒竜は俺……ではなく、また茂みのウィルめがけて火球を吐き出した。

 

  火球をドンナーで相殺すると、シュラークを三度発砲する。赤い雷とともに飛翔した弾丸は黒竜のみぞおちと翼の付け根を捉えた。

 

  怯みと怒りの入り混じった唸り声を上げる黒竜は俺の銃撃を無視し、立て続けに火球を茂みに吐く。徹底的にウィルの抹殺が目的らしい。

 

「それなら、こいつはどうだ?」

《ゴリラ!ハリネズミ!》

 

  スピンして空中リロードしたドンナー&シュラークゴリラフルボトルとハリネズミフルボトルを装填し、黒竜に向けて全弾撃つ。

 

  まずシュラークの棘型のエネルギーを纏った弾丸が黒竜の腹に突き刺さり、同じ軌道で飛んでいったドンナーの茶色の拳型のエネルギーで覆われた弾丸がぶつかった。

 

  それによって鱗を大きくひび割れさせたエネルギーに動きを止め、苦悶の声を上げる黒竜の尻尾を、背後に回り込んだウサギがむんずと掴む。

 

「……えい」

 

 

 グオォオッ!?

 

 

  そして、そのまま()()()()()()()()()。持ち前の超パワーをもって、ジャイアントスイングの要領で黒竜をブンブン回転させたのだ。

 

  10回転くらいしたところで、ウサギは滝に黒竜を叩きつける。黒竜は周囲の岩壁ごと粉砕しながら、水のカーテンの中に沈んだ。

 

「〝水獄〟」

 

  そこに、さらにユエが追い打ちをかける。滝の水がまるで大蛇のようにうねりだし、黒竜の全身に絡みつくと動きを封じたのだ。

 

  抜け出そうともがく黒竜だが、さっきのウサギのジャイアントスイングで脳か、あるいは三半規管が揺れたのか、動きが非常に緩慢だ。

 

  その姿は無防備に等しい。大きな一撃を入れるなら、今だろう。だから俺はそいつに声を張り上げる。

 

「シア、もう一発かませ!」

「リベンジですぅ!」

 

  黒竜の意識が乱れるのを待っていたシアが、隠れていた岩陰から跳躍。俺はドンナーからゴリラフルボトルを抜き、シアに向けて投げる。

 

  シアはしっかりとそれをキャッチし、ドリュッケンに増設されたスロットに入れた。すると、ドリュッケンのパーツの隙間から光が漏れ出る。

 

 

《ボトルセット!オォバアチャアージッ!》

 

 

「ぶちこむですぅ!」

 

 

 ドガンッ!!!

 

  甲高い音を立ててパーツが回転するドリュッケンが、鈍い音を立てて黒竜の脳天に叩き込まれた。その衝撃は地面まで突き抜け、滝壺の水が全て空中に舞い上がる。

 

  これはさしもの黒竜も効いたのか、朦朧とした様子でよろけた。それでも両足を踏ん張って立っているあたり、さすがはファンタジーの代名詞と言うべきか。

 

「……ダメ押し、いく」

 

  打撃系の技が出るフルボトルを出そうとしていると、ウサギがゆらゆらと揺れる黒竜に飛び上がった。

 

  大きく後ろに引いた右腕が、ザワザワと音を立てて変化していく。まるでウサギの心のように純白な毛に包まれ、指の先端に爪が生えた。

 

「……25%、ラビットスマッシュ」

 

 

 

 ーードッゴオォオオオッ!!!!!

 

 

 

  これまで外界の敵に対しては最大の力で、ウサギが黒竜の鳩尾に拳を叩き込む。その余波だけで後ろの滝が根こそぎ吹き飛んだ。

 

  その打撃はシアの一撃以上の威力であり、黒竜の背中まで突き抜けて翼の皮膜を破裂させる。血を吐いて、体をくの字に折る黒竜。

 

 

  ガ、ァ………

 

 

  小さく声を漏らした黒竜が、ゆっくりと地面に倒れた。またしても水しぶきが上がり、着地したウサギがそれを背に立ち上がる。それはさながら一枚の絵画のようだった。

 

「ん、クリーンヒット」

「ウサギ、いい一撃だった」

「うん、ありがとうハジメ」

 

  近寄ってきてふにゃりと笑うウサギの頭を撫でる。するとさらに柔らかい笑顔になるウサギ。義眼に小型カメラ仕込んどいてよかった。

 

  ひとしきり撫でると、ウサギの頭から手をどかして黒竜の方を見る。完全に伸びており、今なら何をしても反撃はないだろう。

 

「さて、それじゃあそろそろ目を覚ましてーー」

 

 

 ーーゾッ

 

 

  黒竜に向けて一歩前に出た瞬間、これまでにないほどの悪寒を感じた。即座に緩んだ意識を引き締め、ドンナーの銃口を黒竜に向ける。

 

  ユエたちも警戒する中、ズ……と黒竜の体から黒い何かが浮き出てきた。悪寒の発生源であるそれに目を鋭くし、何なのか確かめる。

 

  そして、それが何なのかわかった時思わずぽかんと口を開けた。なぜならそれは、黒竜の体から出てくるはずのないものだったからだ。

 

「フルボトル……!?」

 

  そう、黒竜から出てきた黒い塊の中に浮かんでいたのは、禍々しい紫色のフルボトルだった。銀色のコウモリのレリーフが浮き彫りになっている。

 

  あまりに予想外のものに動きを止めているうちに、ボトルはひとりでにキャップが開き、再び黒竜の体に入ってしまった。

 

  そして次の瞬間、閉じられていた黒竜の目が開かれる。そこには先ほどまでの美しい黄金の瞳はなく、不気味な紫色に染まっていた。

 

  ふわり、と黒竜の体が浮き上がり、ボトルの入った箇所から紫色の煙に包まれていく。それは俺の体にも入っているネビュラガスによく似ていた。

 

  程なくして、煙が消える。その時そこにいたのは……黒竜の面影を残した、全く別の魔物。蝙蝠のような尖った耳と翼を持つ竜だった。

 

 

 

 

 

 グギェアァアァアアアァァアアッ!!!!!

 

 

 

 

 

  大口を開けた黒竜だったものは、可視化するほどすさまじい甲高い声で咆哮した。鼓膜が破れかねない音に、思わず両耳を塞ぐ。

 

  十秒にも渡る咆哮が終わった時、俺の後ろにいたウサギと、ユエの横にいたシアがどちらとも倒れた。即座にしゃがみこみ、ウサギを揺する。

 

「おい、ウサギ!しっかりしろ!」

「い、たい……みみ、が……」

 

  苦痛に顔を歪めたウサギの耳は、まるで恐怖に震えるように激しく震えていた。蹴りウサギをベースにしたウサギには、あの音の効果は絶大だったようだ。

 

  次いでシアを見れば、本物の兎人族でより効果が大きかったのか、ユエが揺すっても全く目を覚ます気配がない。気絶したのか?

 

「チッ、なんだってこんなとこにボトルが……」

 

  そもそも、フルボトルって魔物にも使えたのかよと思いつつ黒竜を見ると、どうやら意識がはっきりしていないのか、全く動く気配がない。

 

  これ幸いと、早急にウサギを抱き上げると茂みの中に運んだ。すると、隠れていたウィルたちが驚いたような顔をして出迎える。

 

「い、一体どうなさったのですか!?」

「さっきのでウサギとシアがやられた。まさかあんなのになるとは……」

「んん〜っ」

 

  〝宝物庫〟から毛布を出して上にウサギを寝かせていると、ユエもシアとドリュッケンを引きずって茂みに入ってきた。

 

  ユエは青白い顔をしたシアをウサギの横に転がすと、重たげにドリュッケンを手放す。そしてゼェゼェと荒い息を吐いた。

 

「なに、あれ……」

「俺にもわからん。シュウジたちの仕業なわけはねえし……」

「……これは、酷いな」

 

  変化した黒竜について話し合っていると、ルイネがポツリと何事か呟いた。

 

  そちらを見ると、耳を変形させたルイネが険しい顔をしている。不思議に思っていると、代表して先生がルイネに尋ねた。

 

「ルイネ、何かわかったのですか?」

「……今の彼女は、あのボトルの力に意識を支配されかけている。だが、飲み込まれる瀬戸際のところで踏ん張っているようだ。こんな悲痛な声は聞いたことがない」

 

  同じ竜として何か感じるものがあるのか、怒りに眉をひそめるルイネ。ていうか〝彼女〟って、あのドラゴンメスだったのかよ。

 

「だが、朗報だ。アレのおかげと言っていいかはわからないが、あの力に飲まれて洗脳はほとんど解けた。おそらく、負けた時に最後に暴れまわるための保険として、体内に埋め込まれていたのだろう」

「なるほど……つまり単純に倒しちまえば解決ってわけだな?」

「ああ、そういうことになる」

「でも、どうするの?多分、もう普通の攻撃じゃ効かない」

 

  ユエの言葉はもっともだった。ボトル二本を使った攻撃でも鱗を砕くだけで、内側の肉には届かなかったほどの堅牢さは厄介極まりない。

 

  シアやユエが動きを封じて無防備な状態になって、ウサギの一撃でようやくダメージを与えられたのだ。今はもっと硬くなっていると見ていいだろう。

 

  ボトルの力を使っている相手にはボトルでの攻撃が効果抜群だが、それにしたってもう並みのボトルじゃあ受け付けそうにない。

 

「……ん?並みのボトル?」

 

  打開策を考えていると、ふとあるものが頭に浮かんできた。

 

  〝宝物庫〟を開いて、アザンチウム製の小さな箱を取り出す。やや慎重な手つきで蓋を開けると、中には一本のフルボトル……ムーンハーゼボトルが収まっていた。

 

  このボトルは、ウサギの力が込められた特別なボトルだ。一時的とはいえ、たった一本で変身を可能とするほどのエネルギーを秘めている。

 

「これなら、いけるか……?」

 

 

 ギァアアアァァァアアッ!!

 

 

 

  一筋の光明を見出していると、黒竜の狂った叫び声が聞こえた。どうやら黒竜の意識はボトルの力に負けたらしい。

 

  舌打ちしながら立ち上がり、ユエを見る。するとユエもこちらを見ており、これから俺が言うことをすでに理解しているようだ。

 

「ユエ、囮を頼めるか?」

「ん、任せて」

 

  ユエは即答した。自分の力と、そして俺への信頼のこもった赤い瞳に俺も頷き、ルイネたちにウサギらを任せると茂みから出ようとする。

 

「南雲くん、待ってください」

 

  そこで先生から待ったがかかった。一体なんだと振り返ると、先生は俺の義手に手を触れさせる。そして何か黒い物体を入れた。

 

「おい、何して……」

「無機物に寄生する以上、数分しか生きていないでしょうが……先生からの助力です。短時間ですがパワーが上がるでしょう」

 

  その言葉に義手に意識を向けていれば、確かにいつもより魔力の通りが良い。と言うよりも、義手自体が生きているように力に満ちている。

 

「畑山愛子としては、大切な生徒にあのような魔物の相手をさせるのは心苦しいですが……代わりにウィル・クデタくんのことは心配しないでください。ここで必ず守っておきます」

 

  先生の目をじっと見る。そこには言葉通り、確かに畑山愛子としての心配の色と、シュウジの弟子のマリスとしての力強い色があった。

 

「……まあ、そういうことならありがたくもらっておくわ」

「はい。怪我をしないようにしてくださいね」

 

  本当に以前の先生みたいなその言葉に、思わず苦笑してしまう。本人の言う通り、この人の中から畑山愛子が消えたわけじゃないらしい。

 

  先生に背を向けるとユエの肩を叩き、今度こそ茂みから出る。すぐに黒竜は俺たちの存在に気がつき、底冷えするような殺意を向けてきた。

 

「いいかユエ、なるべく短期決戦で終わらせる。残りの魔力をギリギリまで使って気を引いてくれ」

「ん、任せて」

 

  自信のある声音で答えたユエは、重力魔法を使って中に浮かび、黒竜に向かって魔法を打ち出し始めた。黒竜もすぐに応戦する。

 

  ユエが魔法で気を引いているうちに、こちらも急いで用意を始めた。ボトルの使用は負担が大きい上にアレだけフルボッコにしたから、黒竜のためにも早めにケリをつけた方がいいだろう。

 

  〝宝物庫〟を開いて取り出したのは、義手と同じ黒色のアーティファクト。それを義手の一部分に取り付けて魔力を流し込む。

 

  すると低い駆動音を立てて、アーティファクトがガシュガシュと音を立てて展開・義手を覆っていった。それはまさしくロボットアニメのような光景。

 

  程なくして、元の義手の三回りは大きな手甲(ガントレット) が完成する。対大型魔物用アタッチメント〝エニグマ〟だ。命名はシュウジ、なぜかエボルトが吹き出してた。

 

  問題なく魔力が通っているのを確認すると、〝豪腕〟の技能と義手の機能を起動し、ライセン大迷宮でも使った〝振動粉砕〟の準備を整える。

 

  さらに、甲高い音を立て始めた手甲(ガントレット)のスロットにムーンハーゼボトルを装填。手甲(ガントレット)がボトルを認識してひときわ強く震えた。

 

「くっ、〝砲皇〟!」

 

 

 ギガァアァアアアァァァアアッ!

 

 

  黒竜の方に視線を戻すと、ユエはなんとか魔法で黒竜を引きつけているものの、あの超音波のような咆哮で全てをかき消されている様子だった。

 

  あれでは、飛び込んだとしてもすぐに気づかれてしまうだろう。なにか、決定的に黒竜の隙ができるような攻撃があれば……

 

「こ・な・く・そぉ〜!」

 

  そう思った瞬間、茂みから何かが飛び出した。驚いて上を見上げれば、頭上を黒い影が黒竜めがけて高速で飛び出していく。

 

  飛び出した影の正体は……なんとシアだった。黒竜の咆哮で気絶したはずの残念ウサギは、ドリュッケンを片手に黒竜に跳んでいく。

 

「シア!?」

「っ、シア!?」

「ハジメさん家のウサギのド根性ぉ〜〜〜っ!!」

 

 

 ゴッガァアアン!!

 

 

  裂帛の叫び声をあげながら、シアは呆気にとられている黒竜の横っ面を思いっきり殴り飛ばした。真横にかっ飛ぶ黒竜の頭。

 

  しかしそれが最後の力だったのか、シアは空中で気を失って地面に落ちていく。俺より先にユエがハッと我に返り、慌ててシアを受け止めた。

 

「ハジメ、今っ!」

「っ!」

 

  ユエの声に我に返った俺は、魔力の半分を注ぎ込んでエニグマの第二の機能を起動させる。すると、尻の部分のブースターから赤い魔力が炎のように吹き出した。

 

  ロケットのごとく前へと爆進するエニグマに体を任せ、さらに〝瞬光〟と〝迅撃〟を発動してスピードアップ。音速を超えたスピードで、黒竜の懐に飛び込む。

 

 

 ッ!?

 

 

  直前で黒竜が俺の存在に気がついたが、もう後の祭りだ。魔力推進にムーンハーゼボトル、そしていくつもの技能を重ねがけした一撃を、黒竜の腹に叩き込む!

 

「セアァァァアァアッ!!!」

 

 

 ガアァアアアァアアアァァァアアァァアアアアッッッ!?!!?

 

 

  ズンッ!と重い音を立てて、握ったエニグマの拳が黒竜の腹にめり込む。鱗をことごとく粉砕し、筋肉を貫いて黒竜の内臓にまでダメージを与える感触が腕に伝わる。

 

  エニグマの勢いはそこで止まることなく、込めた魔力を全て全開にしてさらに前へと進んだ。俺は大きく足を前に出してエニグマについていく。

 

  結局、エニグマは黒竜を滝ごと岩壁に叩きつけるまで止まることはなかった。美しかった滝はものの見事に完全に粉砕され、岩や木が周囲に降り注ぐ。

 

「ハァ、ハァ、どうだ……!」

 

 

 グ、ゴガァ………

 

 

  大幅に魔力を削り、荒い息を吐きながら黒竜を見上げると、ちょうど赤黒い血とともに黒い塊……謎のフルボトルを吐き出すところだった。

 

  そのまま池に落ちるかと思われたフルボトルだったが、虚空で静止するとしばらくその場にとどまり、やがて黒いオーラごとどこかへと飛んでいった。

 

「一体なんだったんだ……」

 

 

 ……グラリ

 

 

  わけのわからないボトルに悪態をついていると、黒竜の体がこちらに倒れこんできた。思わず「うおっ!?」と声を上げて退避する。

 

  ズシン、と重々しい音を立てて、黒竜が再び地に伏した。まだ構えは解かずに警戒して睨みつけるが、数秒経っても起き上がる様子はない。

 

「……今度こそ倒した、か」

「ハジメ」

 

  安堵のため息を吐きながらエニグマを地面に下ろしていると、シアを抱えたユエが降りてくる。

 

  辛くも勝利したことにユエとハイタッチしながら、今回のMVPとも言えるシアを見る。シアは精根尽き果てた様子で、スヤスヤと眠っていた。

 

「……起きたら褒めてやるか」

「……ハジメ、最近ちょっとシアにデレてきた」

「ばっか、別にそんなんじゃねえって」

「わかってる、ハジメはツンデレだから、ね?」

 

  大丈夫、私はわかってるからというまるで母親のような顔で微笑むユエにそっぽを向きながら、俺はぽりぽりと頬をかく。

 

  そんな空気もそこそこに、とんでもない熱を放出するエニグマを〝宝物庫〟に戻すと、沈黙している黒竜へと歩み寄っていった。

 

  黒竜は、今度こそ完全にノックダウンされたようで一向に眼を覚ます気配がない。いつのまにか姿形も元に戻っており、さっきまでのが幻のようだ。

 

  その全身は俺たちがつけた傷だらけであり、傷に関してはさっきまでの状態も引き継いでいるようで、鱗はボロボロ。それでも完全に砕けてないあたり、本当に驚きだ。

 

「さて、それじゃあ起こすか」

 

  そんな黒竜を前に、俺はサラッとそう言った。この場にシュウジがいたら「さすが鬼畜主人公、どんな時でもブレないっ!」とか言われそうだ。

 

  黒竜の背後に回ると、〝宝物庫〟からパイルバンカー用の大杭を取り出す。ミレディゴーレムを倒すときにも使った、重さ4トンのタウル鉱石の塊だ。

 

  その矛先を、黒竜の尻の穴に向けた。それで俺がやろうとしていることを察したのだろう、後ろにいるユエが若干引いた気がした。

 

  この世界の商人の間では、〝竜の尻を蹴る〟ということわざがある。これは地球で言うところの〝虎の尻尾を踏む〟の意だ。

 

  これまでの戦闘で見ての通り、この世界の竜というのは非常に硬い。そのため一度眠ると、どんな攻撃を受けても起きないと言われている。

 

  だが、そんな竜にも一つ、弱点があった。それは鱗の生えていない、尻の部分だ。そこを蹴られると竜は怒り狂って飛び起きるという。

 

  さて。ここまで言えば、誰が聞いてもわかるだろう。俺がこれから、何をしようとしているのか。

 

「さっさと目ぇ覚ましやがれ……この駄竜!」

 

  そして、俺の大杭が竜の〝ピッーー〟に突き刺さったその瞬間。

 

 

 

 

 

 〝アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!〟

 

 

 

 

 

 頭の中に、女の悲鳴が木霊した。




さてさて、この章もいよいよ終盤に差し掛かってきました。
ところで皆さんに折り入ってお願いがあるのですが、これまでの話の中でイラストを見たいな、という話はありましたでしょうか。デジタル絵の技術向上のため、もし印象に残った話があったら描きたいと思っています。
そんなん知るかボケ、テメエの作品なんざどうでもいいわと思っているかもしれませんが、どうかご意見よろしくお願いします。
お気に入りと感想をお願いします。


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意外!それは変態ドラゴン!

どうも、宇宙船読んではよオーマジオウのアーツ出ろやと思ってる作者です。

シュウジ「ども、シュウジだ。前回はハジメと黒竜の戦いだったぜ」

エボルト「ぶははは!ケツに杭って、ケツに杭って!」

ハジメ「エボルト大爆笑してんな。仕方ねえだろ、あれが一番てっとり早かったんだよ」

ユエ「ん、仕方ない…そういえばエボルトっていえば、クローズの映画?がついに上映開始するみたい」

シア「へえ!あれ、そういえば作者さんの脳内にクローズエボルの登場プロットがあった気が…」

ウサギ「シア、それはまだ秘密。情報漏洩は禁止だよ」

シア「あ、はいですぅ」

シュウジ「まさか、あいつがなぁ……」

ハジメ「ネタバレ禁止つってんだろうが…今回は黒竜との話し合いだ。それじゃあせーの」


六人「「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」」


 

「というわけだ」

「うーん、思ったより過激」

 

  コンコン、と黒竜のケツにぶっ刺さったパイルバンカーを叩くハジメに、俺は笑いそうになるのを必死にこらえた。

 

  いやまあ、目を覚ましといてとは頼みましたよ、ええ。どうせなら一発強いのガツンと入れてしまえと煽りましたよ、ええ。

 

  でもいくら我らが鬼畜主人公のハジメさんといえど、YA☆RA☆NA☆I☆KA(物理)からのアッーー♂は予想外すぎて笑うわ。

 

『何故わざわざそれをチョイスしたのか』

 

 一番表現が楽だったからさ(イケボ)

 

〝あ、ちょ、叩くのはやめて!振動が響いてきついのじゃ!というか、このままだと妾のお尻大変なことに……〟

 

  その件の黒竜はといえば、涙目になりながら泣き言を言ってる。どうやら広域版の〝念話〟を使って話しているらしく、脳内に響くような感じだ。

 

『こいつ、直接脳内に……!?』

 

 それ最初に思い浮かべたわ。

 

  しかしまあ、随分と派手に戦ったもんだ。モジモジしてる黒竜のいる滝壺の周りは、無残というほかないほどに破壊されてる。

 

  滝自体も通り道が滅茶苦茶になったせいで、一直線に落ちていた美しい面影はどこへやら、チョロチョロと流れ落ちている有様だ。

 

  ちなみに、ルイネたちはまだ茂みの中にいてもらっている。万が一黒竜にウィル君の近くで暴れられでもしたら事だからだ。

 

「随分派手に戦闘したな」

「ああ、こいつ無駄に硬かったからな。おかげさまでそっちの残念ウサギはダウンだ」

 

  ハジメが指差す方を見れば、比較的破壊がマシな場所で、シアさんが聖母のように微笑むユエに膝枕されて頭を撫でられている。

 

  その隣ではウサギが違和感があるのか、しきりに耳をいじってた。なんでも、黒竜の咆哮で聴覚が一時的に狂ってしまったとか。

 

「うにゅ……」

「シア、いい子いい子」

「うーん……」

「ゲコッ」

 

  どことなく幸せそうな顔のシアさんに、ハジメはまったくとため息を吐いている。最初の頃に比べりゃ、随分と丸い対応になったなー。

 

  んで。ハジメの話によると、この黒竜一度倒したと思ったら、体内から現れた不気味なボトルの力で復活したらしい。

 

  詳細を聞く限り、そのボトルはおそらくバットロストボトルだ。あのナイトなローグでホテルでデンジャー……!な人が使ってたやつ。

 

  当然俺が黒竜に埋め込んだわけではなく、別の誰かの仕業ということになるが……

 

『ちょっと確認とっとくわ』

 

 頼む。

 

「何はともあれ、無事に洗脳は解けたようでよかったわ」

「無事……うん、そうだね。ノープロブレムだね」

 

  ハジメが杭を突くたびにビクンビクンと震える黒竜から目をそらす。さっきまでは涙目なだけだったのだが、今は若干息が荒いように見えた。

 

  これはのちのちハジメが面倒なことになる予感。今のうちから煽る準備をしなくてはちけない。えっゲス?ハハハ、今更なにを()

 

「んで、お前の方は……」

「モチのロン、撃退したぜ」

 

  アクノロギアの腕から作ったナイフをヒラヒラとちらつかせる。すると、ハジメは意外なものでも見たような顔で目を瞬かせた。

 

「珍しいな。お前が一度戦った相手を殺さないなんて」

「ルベシャトぶっ壊されたしなぁ。最後には敵意なくなってたし、それなら腕一本取っただけいいかなーって」

「あのルベシャトを壊した?流石は伝説の竜ってとこか……」

〝あ、あのぅ……〟

 

  ルベシャトのかけらを異空間から出してハジメに見せていると、不意にまた黒竜が声を出した。二人揃ってそちらを振り向く。

 

〝楽しげに話してるとこ悪いんじゃが、そろそろこれ抜いてくれんか?魔力が切れかかってて、そろそろヤバい……〟

 

「ほい、魔力譲渡(マナ・トランスファー)

 

  ポンと黒竜の体に触れて、魔力を譲渡する。これでしばらくは保つだろう。もし杭を抜いて、襲い掛かれでもしたらたまらない。

 

『で、本音は?』

 

  このままいけば多分ハジメが大変になるところ見られるから(クズ)

 

  とまあ、そんな俺の楽しみは置いておいて、この黒竜のことだ。人間の言葉を話す竜種は、俺のトータスについての知識には一つしか該当しない。

 

「あんた、竜人族の生き残りでいいか?」

〝む?確かにそうじゃ。妾は誇り高き竜人族の最後の生き残り、クラルス族の末裔である。凄いんじゃぞ?偉いんじゃぞ?じゃからこれ抜いて……〟

「だ が 断 る !」

 〝なんじゃと!?〟

 

  驚愕する黒竜改めクラルスさん。俺はかつて世界の意思を背負ったもの、たとえ相手が五百年以上前にほぼ絶滅した伝説の存在だろうと遠慮はしない!

 

  それにほら、精神年齢的には俺の方が500歳近く年上だし。えっそのくせに嫌がらせが子供っぽいって?そっちの方が効きやすいんだよ。

 

『かっこよく言ってるけどただのクズだからな。ていうかそれ、自分で言ってて悲しくねえか?』

 

  どうも、「パパって実はおじいちゃんなんだね!」とか言われたら精神的に立ち直れないので、娘に前世のこと言ってない男です。

 

『パパっておじいちゃんなんだね!』

 

 声マネて言うのヤメロォ!

 

「平気平気、あと十分くらいは保つから」

〝それが経ったら妾多分死ぬんじゃが!?〟

「大丈夫だ、問題ない」

〝大ありじゃ!〟

「んもークラルスさんったら欲張りー」

〝妾杭を抜いてくれとしか言っとらんよな!?〟

「いい加減にしろ馬鹿ども、話が進まねえだろうが」

 

  クラルスさんをいじっていると、ハジメが俺の脇腹に肘鉄をかました。おうっ結構いいとこ入った。日に日にハジメの技術が上がっておる。

 

  俺を押しのけたハジメはクラルスさんの尻に今もなおぶっ刺さり中の杭に手を置くと、グリグリとひねる。悲鳴とも嬌声ともつかぬ声を出すクラルスさん。

 

「おら、どこの誰に、どう言った経緯で操られてたのかさっさと話せ。さもないともっと深く刺すぞ」

〝それはそれで良さそ……んんっ、や、やめてほしいのじゃ!話すから勘弁してたもう!〟

 

  若干怪しげな発言を最初にしたクラルスさんは、魔力を気にしてか若干焦り気味に、されどどこか艶のある声でことの経緯を話す。

 

  クラルスさんは、竜人族の集落から異世界からの来訪者……要するに俺たちが来たことを知り、調査のために出てきたらしい。

 

  本来なら竜人族は表舞台には出てこないらしいが、流石に未知の相手に無知は危険だと判断し、議論の結果調査することになった。

 

  そしてこの山まで来て、町に降りる前にしっかり英気を養っておこうと休憩を取っていたとか。

 

〝人里に降りた際は人の姿となり、情報収集をするつもりだったのじゃが……数日前、ふらりと妾の前に一人の男が現れた〟

「男?」

 〝うむ。黒いフードで顔を隠したそやつは、洗脳や暗示などの闇系魔法で妾を僕にした。恐ろしいやつじゃった。闇系魔法に関しては天才と言わざるをえんな〟

 

  その男の闇系魔法は、これまで見たことがないくらいに強力だったらしい。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  そしてクラルスさんは一日かけて(フード男の愚痴という名の自己申告より)洗脳を施され、そのあとは奥の山脈で魔物の洗脳を手伝わされていた。

 

「ていうか、一日中かけられてたって、幾ら何でも寝すぎじゃね?」

〝いやほら、それはその……のう?〟

「のう?じゃねえよ。あのことわざ通り尻でも蹴られなきゃ起きねえってか。この駄竜が」

 

  おかげでこっちは散々だ、と言いながらハジメが杭を叩く。〝あふん!〟とクラルスさんが黄色い声を上げた。おや、これは順調に調教が……

 

「で、ウィル君と冒険者たちの件だが」

〝ああ、実は……〟

 

  ブルタールの群れを一つ目の山脈に移動させてたところをたまたま遭遇し、目撃者抹殺のため万全を期してクラルスさんが向かわされた。

 

  が、気がつけばフルボッコにされてるわ変な力に呑まれるわ、挙げ句の果てにゃケツに杭ぶち込まれて、完全に洗脳が吹っ飛んで覚醒した。

 

〝そして今に至る、というわけじゃ〟

「なるほどなぁ……」

 

 

「ふざけるな!」

 

 

 

  事情を聴き終えて頷いていると、不意に後ろから叫び声が聞こえた。そちらを振り向くと、茂みから出たウィル君が体を震わせている。

 

  遅れて茂みから出てきたルイネとマリスの制止も聞かず、ウィル君はズンズンとこちらに近寄ってくると、至近距離でクラルスさんを睨み上げた。

 

「それだから……それだから、ゲイルさんたちを殺したのは仕方ないとでもいうつもりか!?」

〝………〟

 

  何も反論しないクラルスさん。彼女だってわかっているのだろう、たとえ操られていたといえど、自分が人を殺したことを。

 

『これで完全に意識がないのならまだしも、意識も記憶も残ってるってんだからなぁ』

 

 ちょっと楽しそうな声出すな元外道異星人。

 

「だいたい、今の話だって苦し紛れの嘘に決まって……」

「ああ、それについては心配ないぜ」

 

  キッ!こちらを振り返るウィル君。どうやら相当ご立腹らしい。そんな彼に、俺はコートのポケットから手のひら大の宝石を取り出す。

 

「嘘をつく時ってのは、魂の炎が陰る。この〝愚者の偽石〟はそれを感知して変色するアーティファクトだ」

 

  魂の陰りを感知すれば真紅に染まる〝愚者の偽石〟は、平常と同じ澄んだ青色のままだ。つまり、クラルスさんは嘘をついてない。

 

  アクノロギアの攻撃を防いだこともあってか、俺の言葉を信じたのだろうウィル君は悔しげに歯噛みし、強く拳を握る。

 

「それにな……嘘ついてるやつは、こんな綺麗な目はしねえな」

 

  前世で一千年もの間、様々な悪人を殺してきた。だから俺は、どんなに外面を取り繕ったって、その裏にある悪辣な感情が手に取るようにわかる。

 

  それはクラスメイトの魔法にやられたハジメや、三百年前吸血鬼の王として、邪念渦巻く支配者たちのトップにいただろうユエだって同じだ。

 

  この場の全員が、嘘つきというのがどういうやつか知っている。それを感じ取ったのか、ウィル君はなんともいえない顔をした。

 

「でも、ゲイルさんはこの依頼が終わったら結婚するんだって、あんなに幸せそうな顔で言ってたのに……」

「そりゃまた、これ以上ないほどにベタだな……」

 

  やれやれ、といった顔のハジメの隣で、俺は必死に笑いをこらえた。俺はそのゲイルさんという人のことについて知ってたりするので。

 

  そう、ハジメたちは知らなくていい。ウルの街でゲイル・ホモルカを健気に待っていた、フレデュ・マキュリスとかいうおっさんがいることなんて。

 

『酒の席って時々、とんでもないことも聞くよな』

 

  マリスのとこ行く前に冒険者ギルドで情報収集なんかするんじゃなかった(白目)

 

「あ、そういや思い出したけど。これもしかしてウィル君の?」

「あ!それ僕のじゃないですか!拾ってくれたんですか?」

「まあにゃー」

 

  異空間からロケットペンダントを取り出して差し出すと、嬉々として受け取るウィル君。そして中の写真を見て嬉しそうにする。

 

「ちなみにその女性、彼女だったり……」

「? いえ、ママですけど」

「デスヨネー。そんな気がしてたよ異世界マザコンめ、はっはっはっ」

 

  そんなこんなで、いくらか冷静になった様子のウィル君。だが怒りは消えたはずもなく、やはり危険だからクラルスさんを殺そうと言う。

 

  が、その目の色を見る限り、明らかに本音は復讐だ。せっかくハジメに殺さない方向で頼んだのに、はいそうですかと殺しちゃあ意味がなくなっちまう。

 

「おっきなとかげさん!」

〝おお、これは可愛らしい女子じゃの。妾はな、トカゲではなく竜というんじゃ〟

「りゅう?」

〝うむ、そうじゃ。とかげよりももっと強くてかっこいいのじゃぞ〟

「あはは、りゅうさんの顔かたーい!」

〝あっ、こら、鼻先をペシペシするでない!今の状態だとそういうところを刺激されると……〟

 

  ルイネに抱えられてるリベルがクラルスさんと戯れてるのを見ながらどうしようかと考えていると、ふとあることが引っかかった。

 

「そういやクラルスさん」

「あはは、かたいかたい!」

〝だ、だから鼻先を叩くなと……むう。それで、なんじゃ?〟

「その男、魔物の群れを支配していってるって言ってたよな。何を目的にしてるとか、そういう情報は落としてなかったか?」

〝ああ、それなんじゃが……あの男、魔物の大群を作り、それで街を襲撃するつもりらしい。妾が把握しているだけでも、すでに四〜六千の魔物がおる〟

「なんだって!?」

「おお、こりゃまた超重要な情報を」

 

  そいつ、うまくいくとすぐに調子に乗るタイプの人間だな。これなら他にも何か言っている可能性が高い。

 

〝その他にも、「これで俺は勇者より上だ」などとも宣言しておったな。どうやら勇者に因縁のあるもののようじゃ〟

「……勇者、ね」

 

  今度は、マリスが小さく呟いた。そちらを見れば、冷静沈着な彼女の目には予想通りという色と、どこか悲しげな色が浮かんでいる。

 

  その反応にちょっとクラルスさんに詳しく聞いてみると、どうやらその男は黒髪黒目の、まだ二十もいかない人間の少年だったらしい。

 

『これは、ビンゴじゃねえか?』

「だな。クラルスさんよ、これ見てくれるか」

〝む?〟

 

  携帯の写真アプリを開き、ある写真を拡大する。それは去年……つまりまだ地球にいた頃の写真であり、一年の文化祭の時の集合写真だ。

 

  先頭で俺がハジメと肩を組んでる中、端っこのほうに佇む一人の男にさらに拡大。クラルスさんに見せる。すると、クラルスさんは唸り声を上げた。

 

〝おお、こやつじゃ!こやつが妾を操り、魔物たちを集めている男じゃ!〟

「確定、か」

「先生、それは?」

 

  覗きこもとするマリスに、クラルスさんの視線に合わせていた腕を下げて写真を見せる。すると先生も瞠目して、悲しげに目を伏せた。

 

  俺が二人に見せた写真の男。それは、今年もたまたま一緒のクラスであり、ともに異世界に来たクラスメイトの一人……清水幸利のものだった。

 

『勇者(笑)より上だって時点で気がついてたが、まさか本当に予想通りとはな』

 

 そっちでも情報掴んでたろ?

 

『まあな。()()()()()()()()()()()()()。とはいえ、間接的にらしいが』

 

 ふーん、そうか。

 

「ハジメ。その男だが……」

「ああ、わかってる。清水だろ。お前らの会話聞いてたらなんとなくわかったよ」

 

 さっすがハジメ。理解が早くて助かる。

 

〝む、なんじゃ。その男と知り合いなのか?〟

「まあ、ちょっとな……さて、ウィル君」

 

  うまいタネを入手した俺は、街が魔物の大群に襲われるかもしれないと聞いて青ざめているウィル君に向き直る。

 

「いいかウィル君、よく考えてみろ。たしかに冒険者たちを殺したのはこのクラルスさんだ。でもクラルスさんは操られてた。ここまでは理解できてるな?」

「……はい」

「で、だ。今の話を聞いてたらわかると思うが、そいつはこのままだとウルの街を蹂躙する。そしていずれは……イルワさんのいるフューレンや、お前のママのいる街も滅ぼすかもしれない」

「ッ!」

 

  その言葉を聞いたウィル君の、表情の変化はまさに激的だった。まず衝撃を受けたようになって、次に絶望に染まり、最後に怒りで満ちる。

 

  ちなみに俺がママと言ったことについて、隣でハジメが気持ち悪そうな顔してたが、シリアスな雰囲気なのでスルーだ。ただ足は引っ掛ける。

 

「そ、そんなの許せない!」

「そうだろ?その男を野放しにすれば、クラルスさんに殺された冒険者たちと同じ、あるいはそれ以上に大切な人間たちが蹂躙される。そこで、だ……」

 

  ウィル君の肩を抱き、俺の話に意識の全てを傾けさせるために声音を調整する。声の音一つでも、精神掌握の武器になり得るのだ。

 

「クラルスさんに……そいつを倒させないか?」

「……その、黒竜に?」

「そうさ。そもそもの話、直接手を下したのはクラルスさんでも、それを命令したのはそいつだ。なら、本当にウィル君が止めなきゃいけないやつは誰だ?」

「……それは」

 

  悩むウィル君。俺は駄目押しをするために、ウィル君に見えるように〝愚者の偽石〟をかざしながらクラルスさんに問いかけた。

 

「クラルスさん、冒険者たちを殺したことについての責任は取るつもりあるか?」

〝……無論じゃ。竜人族の誇りに誓って、裁きを受けよう。ただし、あの男を止めてからな〟

「だ、そうだ。見ての通り、クラルスさんは嘘をついてない。それなら償いとして、その男を倒させてしまえばいい。そう思わないか?」

「……確かに、そうかもしれません。それでも、怒りが収まらない……!」

 

 まだダメか。それなら……

 

「なら今この瞬間が、君が強くなるチャンスだな」

「……どういうことですか?」

「今ここでクラルスさんを殺すとしよう。だが、それをするのは誰だ?」

 

  知っての通り、隠れて怯えることしかできていなかったウィル君にクラルスさんをどうこうするような力はない。つまり……

 

「そう、あんたじゃなくて俺たちだ。それは、あんたが仕返しをしたことになるのか?」

「っ!」

「それなら今この場は我慢して、クラルスさんにも対抗できるくらいに強くなったら一発かましてやればいい。その方がスッキリすると思うけどなぁ?」

 

  一理ある、という顔で黙り込むウィル君。怒りと先ほどの洞窟の中での決意がせめぎ合っているのか、非常に葛藤した様子で考えていた。

 

  これで諦められなかったら、気絶させて異空間の中に入れていこう。例のカマキリで知っての通り、今の異空間は生き物も入れられる。

 

  ポッ、ポッ、ポッ、ピーンとかどっかの閃きそうな怪人の口癖を思い浮かべながら待つ。あ、そういやもう少しでクラルスさんに魔力渡してから10分経つな。

 

「……わかりました、そうします」

 

  1分ほどかけて塾考していたウィル君が、結論を出した。賢明な判断をしてくれたことに賞賛の拍手を送り、クラルスさんに向き直る。

 

「というわけだ。協力してもらうぜ?」

〝ああ。この件には妾にも責任の一端があるからの……けど、あの、そろそろ……〟

「ほいほい。おいハジメ、そろそろ〝竜化〟の限界でクラルスさんの下半身がパッカーンするから抜いてくれ」

「わかった」

 

  おもむろに杭を両手で掴んだハジメは、クラルスさんの尻から抜き始めた。半分近く突っ込んだせいか、かなり手間取っている。

 

〝はぁあん! ゆ、ゆっくり頼むのじゃ。まだ慣れておらっあふぅうん。やっ、激しいのじゃ! こんな、ああんっ! きちゃうう、何かきちゃうのじゃ~〟

 

「これは教育上非常によろしくないねぇ」

「あっママ、なんでお目目隠すの?りゅうさんのこえもきこえないよ?」

「リベル、お前にはまだ早い」

「……今回ばかりはフォローします」

 

  俺がいうまでもなく、ルイネがリベルの目を隠し、マリスが黒い物体で念話の魔力ごと耳を塞いだ。さすが俺の弟子、手際が良い。

 

「うるせえ、変な声出すな。あと少しで……オラァッ!」

 

 

 ズボッ!!

 

 

  捻ったりちょっと戻したりして、ついにハジメが杭を引き抜いた。それはまるで昔話の、大きなカブのようであった(ただしソロ)

 

〝あひぃいーーー!! す、すごいのじゃ……優しくってお願いしたのに、容赦のかけらもなかったのじゃ……こんなの初めて……〟

 

  やや艶かしい声で言ったクラルスさんが、その体を黒色の魔力で繭のように覆うと人一人入る大きさまで縮小していく。

 

  そして魔力が霧散すると、そこにはちょっと色々な意味でヤバい格好で地面にへたり込んでいる、黒髪金眼の美女がいた。

 

 見た目は二十代前半ほど、身長は百七十センチ前後。黄金比のような体型をしており、はだけた服の裾からでかい桃……いやスイカが

 

『ルイネとマリスが見てるぞ』

 

  はっはっはっ、別に胸なんか見てないぞ。いやほんとにマジで。レアリー。

 

「ハァハァ、ギリギリだったのじゃ……まだお尻に違和感があるが……それより全身あちこち痛いのじゃ……ハァハァ……痛みというものがここまで甘美なものとは……」

 

 クラルスさんはアレ発言をしながらも、姿勢を正し、凛として雰囲気でこちらを見る。なお、息が荒いのでかなり台無しである。

 

「色々と面倒をかけたな。改めて、妾の名はティオ・クラルス。以後よしなに」

「おう、俺はシュウジ。んでこっちの鬼畜大魔神が……」

「誰が鬼畜大魔神だこのおふざけ暗殺者……ハジメだ」

「うむ、よろしく頼む。シュウジ殿にご主じ……ハジメ殿」

 

  なにやら不穏な呼び方にハジメが眉をひそめる中、クラルスさんは他のメンバーと自己紹介をする。

 

  そのうちに、件の魔物の大群を調べることにした。ハジメがオルニスで上空から、俺がフィーラーで地中から広範囲を探す。

 

  程なくして、フィーラーにつけたカマキリから司令官に記憶が共有され、さらに司令官から俺に共有された。それを見た俺は……

 

『おー、これはまたすげえ数だな。六万は超えてんだろ』

 

  こりゃあ、ほっといたら跡形もなく蹂躙されんな。

 

「ハジメ、そっちは……」

「クソッ、チラチラとミレディの映像が混線して流れてきやがる!泡風呂とか優雅か!」

 

  どうやらダメみたいだ。ていうかわざわざ風呂場に置いてあるあたり、絶対わざとだろう。ミレディさん仕返しぱねぇっす。

 

「因果応報ザマァ」

「チッ、個体識別機能でもつけとくか。まあいい、さっさと行くぞ」

 

  麓の方向に踵を返すハジメ。ハジメが森の中に歩いていくのを見て、他のメンバーも移動を始める。シアさんは俺が背負った。

 

「珍しいな。てっきりウィル君を連れて帰るのが仕事で、魔物の襲撃なんて知らんとかいうと思った」

「ハァ?何言ってんだ。その通りに決まってんだろ」

「あっやっぱ本音はその通りなのね」

 

  じゃあなんでなん?と聞けば、ハジメは深いため息を吐いた。そして俺に呆れたような目を向けてくる。

 

「なんだ、俺はそこのクラルスさんと同じ趣味じゃねえぞ」

「訳わかんないこと言ってんじゃねえ……お前のために決まってんだろうが」

「俺?」

 

  はて、なんで俺なんだろうか。ハッ今更俺への想いに気づいて……

 

『キモいわ』

 

 単純な罵倒いただきましたー。

 

「お前さ、怒ってる時左目の目元がピクッてしてんだよ」

「えっそんなの気づいてたの?」

「何年幼馴染やってると思ってんだ。どうせこのままじゃ罪なき人間たちの命が、とか思ってんだろ?」

「………」

 

  たしかにハジメの言う通りだった。このまま魔物の大群を放置すれば、ウルの街に住む善良な人間が大勢死ぬ。それは〝世界の殺意〟としては見過ごせない。

 

  別に、俺はどっかのバカ勇者みたいに全てを守ろうなどと傲慢で不可能で無理無謀なことは思っちゃいない。

 

  それでも、知ったのなら必ず助けたいとは思う。思ってしまう。それが俺という人間のアイデンティティなのだから。

 

『ある意味、お前の魂に刻まれた呪いだな。一度剣を抜きでもしない限り、善良な人間を守ってしまう。守らなくては、お前という存在が崩れてしまうからな』

 

  その通りだ。そして俺は、この呪いを手放すつもりはない。ハジメたちに迷惑がかからない範囲で、死ぬまで通させてもらう。

 

「最悪、お前らを瞬間移動でフューレンまで送って、俺は残ろっかなーって」

「バカかお前」

「ひっど」

 

  コツン、と軽く俺の側頭部を叩いたハジメは、仕方がないような、ちょっと呆れたような笑いを浮かべて。

 

「俺はお前の親友だ。親友ってのは、大変な時には一緒にいるもんだろ?だから一緒に戦ってやるよ」

 

 そして、いつもの不敵な笑みを浮かべた。

 

「……やだ、ハジメかっこいい。惚れちゃいそう」

「茶化すなよ。せっかく似合わねえセリフ言ったんだから」

「メンゴメンゴ、ちょっと恥ずかしくてさ」

 

  言いながらハジメから顔を背ける。まったく、今世は本当に人の縁に恵まれてるねえ。思わず涙が出そうになったぜ。

 

『やーいやーい、泣き顔隠してやんの〜』

 

 子供かっ!

 

 

 

  ハジメからの厚い友情を感じながら、俺たちはウルの街へと帰還するため、山を下っていくのだった。




もうすぐあのタグが本領を発揮します。
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マリスからの教え

どうも、クローズ二回目見てきた作者です。全体的に完成度が高く、とても満足です!

ミレディ「やあやあ、みんな大好き可愛いミレディさんだよ!前回はあの変態ドラゴンとのお話だったね。いやー感動した……え、なんでいるかって?いやほら、本編でしばらく出番ないし、押しかけてきたゼ☆」

シア「ゲッ、ウザいのがきてるですぅ」

ハジメ「てめぇ、オルニス風呂場に置きやがって……」

雫「いや、あれは因果応報のような…」

シア「ウゼェやつに同情なし、ですぅ」

ユエ「ん。今回は街に戻って、マリスからハジメへのお話の話。それじゃあせーの……」


五人「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」



 

 

  あの後、速やかに下山をした俺たちはウルの街に向け、全速力で魔力駆動四輪を走らせていた。

 

  ちなみに瞬間移動を使わなかったのは、背負ったシアさんが吐きながら目を覚ましそうだからである。あれわりと体に負担あるのよね。

 

  ウサギから格闘術を学んでるらしく、最近ふとしたときのツッコミ(パンチ) が結構強い。俺の防御貫通してくるとか尋常なパワーじゃない。

 

『それなのに知らないうちに吐いてて……なんてなったら、お前マジで殺されかねねえな』

 

  殺されるっていえばお前、キルバスの兄貴に一回殺されてたよな(時期ネタ)

 

『あれは覚醒した直後だったからだよ!』

 

  そのあともボロ負けしてたけどな……もしかしてこっちの世界にキルバス転生してたりして。

 

『おい、宇宙一恐ろしいことを言うな。奴の相手なんざ二度とごめんだ』

 

 はいはい(適当)

 

「あの、シュウジさん……」

 

  キルバスってキャラ超濃いよなぁと思ってると、さっきまで会話のタネだった、数分前に目覚めたシアさんが後部座席から話しかけてきた。

 

「ん、どうした?」

「いやあの、あれが……」

 

  ちらりと後ろを振り返ると、シアさんがなんとも言えないような顔をして、後ろの窓を指差している。なんだ、何かあるのか。

 

  荷台でガンガンいろんなとこにぶつかりまくってるクラルスさんがいた。その顔は恍惚としており、興奮してるのがわかる。

 

  席が足りなくて荷台に乗せたんだが、どうやら全速力で走ってるせいでタイヤの整地機能が追いついてないらしい。

 

「ハァ、ハァ、悪路の中、傷だらけの体に染み渡るこの痛み……快☆感ッ!」

「ルイネー、マリスー」

「「了解」」

 

  ルイネが窓を開けると、そこから金属糸を射出。指で糸を巧みに操ってクラルスさんを簀巻きにした。そのまま荷台に固定する。

 

  そこにマリスが消音魔法をかけ、窓を閉めて処置完了。身動きが取れなくなったことにまたなにやら言っているようだが、こちらには聞こえま10。

 

「臭いものならぬ、ヤバいモノには蓋をしろってな」

「あの、今度は頬を染めてよだれ垂らしてるんですが」

「ハジメどん、シャッター閉めといてくだせえ」

「わかった……つーかなんだその口調」

 

  シャッとタウル鉱石製のシャッターを閉めるハジメ。うむ、これでリベルの情操教育を妨害する要素は消えた。リベル今寝てるけど。

 

  窓から視線を外して、そんな危険物指定まっしぐらなクラルスさんとは正反対におとなしくしているウィル君を見る。

 

  正確には、今まで見たことのない乗り物に圧倒され、次いで男のロマンが刺激されたのか楽しそうにしていた。

 

  しかしそれは、不安を誤魔化しているようにも見える。ま、この世界の人間からしたら魔物の大群の襲撃なんて気が気じゃないか。

 

「安心しませいウィル君、あと20分くらいで着くから」

「あっ、は、はい」

 

  見抜かれてたことに少し頬を赤くしながら、慌てて居住まいを正すウィル君。うーん、純粋。まるで昔のハジメのようだ。

 

「俺が好戦的になったのは半ばお前のせいだけどな」

「お前に色々教え始めたの何歳だっけ?5歳くらい?」

「6歳の一月だよ。お年玉代わりにとか言って格闘技叩き込んだろ」

「あーそうだった。いやぁ、あのキラキラした目が懐かしい。それに比べて、今の鷹のような鋭い目ときたら……」

「キラキラした目、やってやろうか?」

「寒気しそうだからノーサンキューだ」

 

  そんな風に話してると、ふとハジメの隣に座るユエが大人しいことに気づいた。

 

  いや、普段から大人しいんだけど、それの倍くらい静かだ。ハジメ賛歌でも書いてるのかと手元を見るが、何もない。

 

「おーいユエさん、どした?」

「あれが……竜人族……あのド変態が」

「あっ(察し」

 

  ユエは三百年前に滅びた種族で、クラルスさん……なんかさんつける必要もない気がするけど……五百年前に滅んだ種族だ。

 

  つまり、俺たちよりも〝高潔で誇り高い種族〟の竜人族の伝説に近しく、その分クラルスさんで実態を目の当たりにしてショックを受けたんだろう。

 

  まあ女神様の知識によればユエの思う通りの竜人族で、クラルスさんに関してはハジメのせいだけどNE!(ザ・他人事)

 

『おっそうだな(棒読み)』

 

「まあ、現実なんてそんなもんだ。気にすんなよユエ」

「うん……ありがとハジ「そんなユエさんに耳寄り情報、今の竜人族の生活がこちら」」

 

  ポチッとな、と手元のボタンを押すと、後部座席の床からウィーンと小型のテレビほどのスクリーンがせり上がってくる。そこに俺はあるグラフを出した。

 

  現在の竜人族の生活ルーチンを円形グラフにしたそれは、7割が寝る、あとは食事、イカ、食事、カルデアというなんとも悲惨なもので。

 

『有り体に言ってニートである()』

 

「そん、な……」ガクッ

「力尽きました 報酬が3000z減りました ベースキャンプに戻ります(裏声)」

「……おいシュウジ、いつスクリーンなんて取り付けた」

「ハッハッハッ」

 

  ハジメの問いかけを笑って誤魔化しているうちに、やがてウルの街の北門が見えてきた。つい今朝方出てきたばかりだが、割と懐かしく感じる。

 

  門番たちに見えるか見えないかのところで全員降車すると、魔力駆動四輪を〝宝物庫〟にしまって、残りの道は歩く。あっ荷台からクラルスさん下ろすの忘れた。

 

  〝宝物庫〟から出てきた、ちょっと危ない感じの顔をしてるクラルスさんをハジメが引きずっていき、やがて門まで数メートルというところでマリスがつぶやく。

 

「私とクデタ君が先に町の集会所へ行き、町長たちに襲撃のことを知らせます。先生たちは少し遅れてきてください」

「おけおけおっけー」

「クデタ君、行きますよ」

「は、はいっ」

 

  俺の答えに頷いたマリスは、ウィル君を伴うと〝畑山愛子〟らしい表情を纏い、慌てた様子を演出しながら門の方へと駆けていった。

 

  〝豊穣の女神〟と呼ばれるマリスと貴族であるウィルの姿に、門番たちは慌てて門を開く。二人はペコペコと頭を下げると、町の中に走りこんだ。

 

「……いつ見てもすげえ演技力だな。前の先生にしか見えねえ」

「ふふん、さすが俺の弟子」ドヤリ

 

  マリスに遅れて、俺たちも普通にステータスプレートを出して町に入る。そういや報酬の一つにルイネたちのプレート頼んでたな。楽しみじゃ。

 

  ちなみに門をくぐった瞬間、引きずられて興奮してたクラルスさん……もうクラルスでいっか……は正常な人間っぽくなった。

 

『ただし表面上は、が文頭につくけどな』

 

 それは言わないお約束。

 

  町の中は活気で満ち溢れており、危機感などどこにも見受けられない。魔物の大群の襲撃なんか知らんから当たり前だけど。

 

「ルイネたちは先に宿に戻っててくれ。俺とハジメが行ってくるから」

「わかった。ほらリベル、パパに挨拶だ」

「パパ、おしごとがんばってね!わたし、いい子でお留守番してる!」

「おう、チャチャっと終わらせてくるから、ユエたちに遊んでもらいな」

 

  そういうわけで入口のところでマリスたちとは別れ、ハジメと二人で役場に向かう。ハジメと二人きりとか結構久々だ。

 

「で、どうする?」

「んー、マリスが魔物の情報をお偉いさんがたにリークして、ある程度混乱して話に割り込みやすくなった後に行くってのは?」

「賛成だ」

 

  というわけで、買い食いしながら移動することにした。さすが観光街というべきか、フューレンにも劣らない様々な料理がある。

 

  厚切りベーコンっぽいもの、唐揚げっぽいもの、ドラゴンの翼の付け根味とかいうスナック……最後のはクラルスが知ったら喜びそう()

 

「シュウジ、それ一つくれ」

「供物を捧げよ。さすれば恵みは与えられよう」

「はいはい、交換な……こうしてると、学校帰りの買い食い思い出すな」

「ほぼ毎日行ってたから、商店街の人に覚えられてたよなー」

 

  あのラーメン屋の常連のおっさん元気だろうか。元気だろうな。だって東の方の負けなしの流派のマスターなアジアみたいなおっさんだし。

 

  ゆったりと屋台巡りを楽しみながら歩くこと10分、役場に到着する。中に入れば、そこはもう阿鼻叫喚としか言いようのない混乱ぶりだった。

 

『荒れてるねぇ』

「そりゃ、街が滅ぶって言われたらなぁ」

 

  役場の中を見渡すと、町長やギルド長、教会の司祭たちなどに掴みかからん勢いで詰め寄られているマリスとウィル君を見つける。

 

  耳をすませば、混乱している演技をするマリスと本当の意味で困惑しているウィル君に、権力者たちは矢継ぎ早に質問を繰り出していた。

 

  どうしようと周りを見渡したウィル君が、ふとこちらを向いて俺たちを見つける。そして救いが来た!と言わんばかりに顔を輝かせた。

 

「あら、見つかっちった」

「行くか」

 

  弱めの〝威圧〟で人の波をかき分け、二人に近づいていく。すると程なくして、この町の権力者たちも俺たちに気がついた。

 

「やっほ、先生」

「北野君!よかった、あなたに頼みたいことが……」

 

  畑山愛子を装い、愛ちゃん先生らしい弱気な表情と潤んだ瞳で俺を見上げるマリス。それに俺はニッと笑い、その肩に手を置いた。

 

「みなまで言わなくていいぜ先生……おう町長さん、話は聞いたか?」

「だ、誰だお前は!」

 

  〝豊穣の女神〟たるマリスの肩に触れてる俺の手を疑わしげに睨む、ちょい小太りの男にステータスプレートを見せる。

 

「俺は〝黒〟の冒険者、レコードホルダーだ」

「レコードホルダー!?お前があの、最速で黒ランクまで上り詰めた…」

 

  今度はギルド長が驚く。いやぁ、このテンプレ感いいわー。ハジメがちょい羨ましげな顔をしてるのでドヤ顔してたら、足踏まれた。

 

  グリグリと突き刺さる踵をスルーして、町長たちに魔物の大群を俺たちが相手する旨を伝える。するとザワリと空気が揺れた。

 

  まあ、普通は四万〜六万の魔物の群れを数人で相手するなど正気を疑われる。それこそどっかの勇者()でも軍勢を率いないと無理だろう。

 

  しかし俺は最速で黒ランクまで駆け上がったレコードホルダー、もしかしたら、いやしかし……という感じでヒソヒソと話し合ってる。

 

「皆さん、大丈夫です。北野君は、私が信頼を置いている生徒ですから」

 

  そこにマリスがダメ押しをした。またしてもザワザワと喧騒が起こり、町長ら数人のヒソヒソ話は加速する。まだ押し足りないか。

 

『なら……』

 

 あれを使うっきゃないねぇ。

 

「ヘイおっさんども、ちょっと俺も混ぜてくれよ」

 

  円陣を組んでる町長たちの中に割り込み、突然割り込んだことに苛立たしげな顔をするおっさんどもの顔を引き寄せる。

 

  そして、ボソリとある言葉を呟いた瞬間、全員の顔が強張った。やはり、この町は良い活動拠点になると考えて、根回しが済んでいたようだ。

 

「な? 俺たちがやるから、あんたらは町の人間を外に出ないようにするだけでいい。できるだろ?」

「む、むぅ……」

「……仕方あるまいか」

「ありがとさん」

 

  礼を言って離れると、町長たちは先ほどまでの様子は何処へやら、俺とハジメたちを指差して、俺たちが魔物を倒すと宣言した。

 

  これまでより一層激しく職員たちの空気が揺れたが、町の最高権力者の言うことには従うことにしたようだ。案外手っ取り早く終わったな。

 

「それじゃ、俺たちは襲撃に備えて帰らせてもらうぜ。チャオ〜♪」

 

  ヒラヒラと手を振って踵を返し、ハジメとマリスを伴って役場を後にする。ウィル君は一応貴族なので、カマキリをつけて役場の方で預かってもらった。

 

  スムーズにことが運んだことにマリスと不敵な笑みを向けあって、三人で宿への道を歩いていく。さあ、可愛い奥さんと愛娘の元へ帰ろうではないか。

 

「南雲君。一つ、いいですか」

 

  帰ったらリベルにどの絵本を読んであげるか考えていると、不意にマリスが声を上げた。呼ばれたハジメが俺を挟んで、マリスを見る。

 

「なんだ?先生」

「一つだけ、〝畑山愛子〟としてあなたに聞きたいことがあるのです……もし、先生にこの町を守る意思がなかったら。あなたは、どうしていましたか?」

 

  その問いは、とても大切なものであった。俺も流石におふざけを自重し、口を噤んでハジメの回答に耳を傾ける。

 

「……まあ、見捨ててただろうな。このお人好しがいなきゃ、ウィルをフューレンに送り届けるためにそのまま町を出てた」

「そうですか……南雲君。人生の先輩から、一つ助言を。どうか、あなたの元の優しさを忘れないでください」

 

  その言葉に、わずかにハジメは瞠目した。そしてマリスの言葉の意味を探ろうとするが、考えるより聞いた方が手っ取り早いと思ったのか聞き返す。

 

「……どういうことだ?」

「あなたはこれからも先生と共に戦い、いずれ神を殺して地球へ帰るでしょう。その時、その生き方ではとても生きづらいと思うのです」

「………」

「勘違いしないで欲しいのは、私はあなたのその非情さを否定する気はさらさらありません。それは片腕を失い、心が変容し、それでも今こうして生きているあなたへの侮辱に他ならないですから」

「じゃあ、何が言いたいんだ?」

 

  それまで前を見ながら話していたマリスは、ハジメの方を見た。そしてその瞳で、まっすぐとハジメの隻眼を見つめる。

 

「ただ、いつも非情でいないでください。常に力を振るってなにかを解決しないでください。それはあなたやあなたの周りにいる人に悲しみを与え……いつか孤独になるでしょう」

 

  マリスの言葉は、俺の心にもよく刺さった。なぜなら俺もまた世界の道具として、ひたすら孤独に力を振るう生き方であったから。

 

  そこに感情はなく、世界の意思から与えられた使命のために九百五十余年の時を生き、幾千幾万の屍の山を築き上げた。

 

  その時の俺はきっと……いや、確実に孤独だったのだろう。周りには誰もおらず、誰も要らず。空虚な無限回廊にいる気分であった。

 

「あなたが何かを見捨てることで、あなたのために悲しむ人がいる。誰かに想ってもらえるというのは、どんなものより尊い、大切なことです……私が先生に拾われて、親子として生きたように」

 

  マリスの言う通りだ。あの時こいつを路地裏で拾い、後継者としての傍ら、父と娘として育てて……俺は確かに救われた。

 

  それからネルファやルイネを迎え、共に暮らして……誰かを想ってもいいと、想ってもらっていいと思えた。初めて、空っぽな心に暖かさが宿った。

 

「あなたは、ユエさんたちの幸せを願っていますか?」

「……当たり前だ。俺があいつらを絶対に幸せにしたいと思ってる」

「だったら尚更です。あなたが彼女らを幸せにしたいように、彼女らもあなたの幸せを願っている。だから……少しでいいです。あなたの持つ優しさを、彼女ら以外にも向けてください」

 

  その言葉に、ハジメはしばし沈黙した。やがておもむろに、確かめるように言葉を紡ぐ。

 

「……それで、あいつらが幸せになるのか?」

「ええ。いつかあなたが誰かを救って良かったと思ったその時……きっと、彼女らも嬉しさを覚えるでしょう」

「もし違ったら?」

「それなら無理に続ける必要はありません。もとより私に、あなたの生き方を強制する義務も意思もありませんから」

「………」

「畑山愛子としての私がするのはただ、あなたたち生徒がより良い未来に行けるために寄り添い、アドバイスすること。教師とはそれ以上でもそれ以下でもない。それに……」

「……それに?」

 

  そこで一旦言葉を切ったマリスは、真剣な表情から一転してクスリと笑い。

 

「今のあなたを見たら、きっと石動さんは泣いて、そして怒るでしょうから」

「……それを言うかよ、先生」

 

  やれやれ、と肩をすくめるハジメ。それにマリスはまたくすくすと笑い、「では、これで説教は終了です」と前を見る。つられて前を見れば、そこには宿があった。

 

  タイミングが良い……いや、マリスのことだ。話す速度やハジメの返答にかかる時間なども考えて話してたんだろう。

 

  それではお先に、と扉を開け、宿に入るマリス。後には俺とハジメが残り、ハジメはジッとマリスの消えた扉を見つめていた。

 

「……なあ、シュウジ」

「んー、なんだ?」

「俺は、先生の言う通りもう少し優しさを持つべきか?」

「そうだにゃー、もう少しマイルドにならないと鬼畜キングの称号がそのうちつくかもな」

「お前な……」

 

  呆れたため息をつくハジメにケラケラと笑い、俺は宿のドアに手をかける。そこで顔だけ振り返り、ハジメに言葉を投げかけた。

 

「少なくとも、〝北野シュウジ〟としての俺を作ったのは紛れもなく、お前のあの優しさだろうよ」

「!」

「ほれ、はよ中入ろうぜ」

「……おう」

 

  なんか口元をもにゅもにゅさせてるハジメを促して、俺は宿へと入る。遅れて、気恥ずかしさを押さえ込んだハジメが入ってきた。

 

  それから俺たちはルイネたちと合流して晩飯を食い、リベルと遊び、風呂に入り、リベルと遊び、コマネチして。

 

 

  そして計算があってれば明日には来るであろう襲撃に備え、寝るのであった。

 

 




Huluで何回もうしおととらの最終回観て泣いてるんですけど、白面自分が知る中でトップクラスに救われない最強の悪役です。
次回ーーついに大虐殺の時来たれり。
お気に入りと感想をお願いします。


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始まりの狼煙

どうも、現在進行形で超頭痛い作者です。

シュウジ「よっ、シュウジだ。前回は街に戻って魔物の襲撃を報告して、ちょっくらマリスの説教があったぜ」

マリス「やめてください。私のようなものが説教などと……」

ハジメ「いや、あんたはちゃんと先生だよ。俺がたった一人認める、な」

ユエ「……ん。ハジメが大人を尊敬してる。珍しい」

ハジメ「俺だって人を尊敬することくらいあるよ」

シュウジ「俺は俺は?」

ハジメ「は?(本気でわからない顔)」

エボルト「大w草w原w不w可w避w」

シュウジ「よーしエボルト、今からタコ専門店に行こうか」

エボルト「ちょ、やめっ、アッーーーーー!」

ヴェノム「……騒ガシイナ。今回ハ戦イノ導入部ダ。クク、ヨウヤク存分ニ暴レラレル。デハ、イッセーノ」


六人「「「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」」」


  ウルの街に帰ってきた翌日。俺たちは街の周りを取り囲む、見事な城壁の上にいた。

 

  この城壁はハジメが街の周りをバイクで走りながら〝錬成〟したものを、俺が魔法でより強固に、より美しい外観にしたものである。

 

  最初はもし俺たちが突破された時の万が一の壁として作ったのだが、遊び心とか色々マザルアップした結果、見世物として申し分ないものに仕上がった。

 

  四方には展望台も付いており、ここからだとウルの街の最大の見ものであるウルディア湖がよく見える。

 

『展望台の使用料金について、町長と話つけといたぜ。取り分は〝あれ〟の活動資金に回すことにしといた』

 

  太陽の光を反射してきらめく湖を見てると、エボルトから連絡が入った。サンキューエボルト、あとはリベルのお守り頼むわ。

 

『おう、このエボルトおじさんに任せとけ』

 

 変なことするなよ(意味深)

 

『ゲッヘッヘ、お嬢ちゃん可愛いねぇ(便乗)』

 

  エボルトお前魔物の殲滅終わったらタコパな。

 

『理不尽ッ!』

 

 お前が相手に限って理不尽ではない(暴論)

 

「ん〜、絶好の殲滅日和だねぇ」

「殲滅日和ってなんだ。物騒だな」

「まあまあ、そこは適当ってことで」

 

  隣に腰掛けて、山脈の方を見ていたハジメにそう答える。ハジメはまったくいつも適当だな、と呆れたように笑った。

 

  そんなハジメの両隣には当然のごとくユエとウサギがおり、腕に寄りかかったり膝の間に座ったりしている。頭を撫でられてるウサギは嬉しそうだ。

 

  さらに背中にはシアさんが張り付いてる頭の上で揺れるおっpゲフンゲフン胸に、ハジメが時折鬱陶しそうな顔をしてた。

 

  しかしオルニスで魔物の追跡に集中してるので、特に文句は言わない。それにさらにシアさんが機嫌をよくしてくっつくというルーティンが完成しておる。

 

「ふふーん、こんなに近くにいても怒らないなんて、いよいよハジメさんもデレてきましたねぇ」

「いやぁ、これは完全にデレるのも時間の問題ですねぇ」

「お前ら二人まとめて城壁の外に投げ飛ばしてやろうか?」

「「えぇ〜酷いですぅ〜」」

「うぜぇ……」

 

  上機嫌にハジメの首に手を回しているシアさんに便乗してハジメをからかっていると、スタッと背後に誰かが着地する音が二つした。

 

  振り返ると、そこにいたのは我が二人の愛弟子。それぞれ城壁の外側と内側からルイネとマリスは、俺を見てこくりと頷いた。

 

  それに俺も頷き返し、街の方を向くと両手をかざす。そうするとマリスが街の随所に設置した要の魔法陣と、体内で構築した魔法を連結させた。

 

「〝呪縛の牢獄〟」

 

  充分に魔力が行き渡ったのを確認し、魔法の名をつぶやく。その瞬間魔法陣が連鎖的に起動して、ウルの街を禍々しい紫色の結界が包んだ。

 

「うし、こいつで突発的な恐怖に駆られて街の外に出る、みたいな人間はゼロだ」

 

  〝呪縛の牢獄〟。対象を小型の結界に拘束し、あらゆる力を封じて身体の自由さえも奪い、尋問するための魔法だ。

 

  相手が一人なら、たとえ亜神クラスでも拘束できる代物だが、これはそれを弱くして、街の人間を街の中から動けなくしたものだ。

 

「お疲れさんシュウジ。戦闘中にいきなり誰かが街から飛び出して、みたいなのは面倒だからな」

「すごいでしょ、最高でしょ、天才でしょ」

「はいはい」

 

  まあ、もとより避難する人間は昨日のうちに街を離れて、街を思って残った人間には外出禁止命令が出されてるから、これは保険だ。

 

  昨日はもうそりゃすごかった。魔物の大群が来ると知った街の人間は阿鼻叫喚し、街の権力者たちを押しつぶさんばかりに糾弾したのだ。

 

  〝豊穣の女神〟であるマリスと、魔法を解いて正気に戻した神殿騎士たちが説得しなければ、暴動でも起こりそうな勢いだった。

 

  あ、俺も精神沈静化の魔法で一役買いました。(さらっと自分の功績も主張するスタイル)

 

「マリスも協力サンキュー。流石にあの数の魔法陣を設置すんのは時間かかった」

「……嘘を言わないでください」

 

  てっきり「いえ、それほどでも」とか答えると思ったら、マリスは俺の言葉を否定した。ジトーッとした目で俺を見る。

 

「先生なら一人でも、10分もあればできるでしょう?わざわざ手伝わせたのは、〝畑山愛子〟としての私の、街のために何かできないか、という感情を満たさせるため……違いますか?」

「あっちゃあ、見抜かれてたか。さすが俺の娘、俺の思考なんてお見通しか」

 

  ペシッ!と額を叩く。やや大げさなリアクションにマリスは呆れたため息をついた後、フードで顔を隠して何事かつぶやく。

 

「はぁ………当たり前です。私が何年あなたの娘だと思ってるんですか

「ん?」

「……なんでもありません。それよりルイネ、あなたのほうも準備は終わったのですか?」

「ああ、完璧だ。すでに〝罠〟は仕掛け終えた」

 

  少し得意げに胸を張るルイネ。戦いの場となる平原を見てみれば、なるほどたしかにいたるところに罠が仕掛けられている。その数は万にも届くだろう。

 

  ちなみにその平原は、先程から数分おきに小刻みに揺れている。戻ってきたフィーラーが地中を旋回し、今か今かと魔物の大群(ごちそう) を待ち構えているのだ。

 

  そしてそれは、俺の魂の中に潜んでいる〝あるもの〟も同じだった。まるでせっつくように、朝から俺に断続的に空腹を訴えかけてくる。

 

「先生、一つお願いが」

 

  今にも飛び出しそうなそれを軽くあしらっていると、不意にマリスがそう言った。

 

「ん、なんだ?清水のことか?」

「……先生こそ、お見通しではないですか。まあいいです。それで、清水幸利のことなのですが」

「できれば殺さず捕らえてほしい、か?」

 

  その言葉の先をいった俺に、マリスは苦笑い気味に頷いた。まあ、〝畑山愛子〟としてのこいつがいる時点でそれは予測してたからな。

 

  俺の知る畑山愛子は、生徒を第一に優先する人間だ。それがたとえこの世界の人間を見捨てるようなことでも、生徒が無事なら何でもするだろう。

 

  それほど生徒を想っているのだから、必ず清水と話をしようとするはず。その俺の予想は、やはり間違ってはいなかった。

 

「やはり、ダメでしょうか?」

「……そうだな。まあ俺としては生かしとく必要はないなぁ」

 

 裏にある情報は全部持ってるし。

 

「そう、ですよね……」

「けどまぁ、いいんじゃねえの?」

「……!」

 

  一瞬沈んだ表情を見せたマリスは、俺の言葉にパッと顔を上げた。

 

「今のお前は〝先生〟なんだろ?だったら道を誤った生徒は更生させなきゃいかんなー」

「……ふふっ。ええ、そうですね」

 

  少し可笑しそうに、しかしどこか嬉しそうに笑うマリス。まったく、我ながら前世の俺からしたら甘すぎてヘドが出るような対応だ。

 

  だが、今の俺は〝世界の殺意〟ではなく北野シュウジ。悪人の即時抹殺よりも、娘がやりたいことをサポートする方を優先したいのであーる。

 

「ありがとうございます……お父さん」

「おうよ」

 

  マリスと話し合っていると、ふと城壁の内側からこちらに移動してくる気配を察知した。おろ、この結界内、相当な力の持ち主じゃないと動けないんだが。

 

  そう思って近くのはしごを見ると、城壁の上に上がってきたのはあのマリスと一緒にいた軍服の兄妹と……あと、なんだっけ。

 

  ほらあれだよ、あの変態。よくお弁当に入ってるやつ。みんなだいたい嫌いだけど結局残せずに、いやいや食べるしかないやつ。

 

『ティオ・クラルスだろ。トマトと間違えんな(※ちなみに作者はトマトが大の苦手です)』

 

  あーそうそう、クラルス!いやぁ、前回まったくセリフなかったから忘れてたわ(定期的にメタさを増していくスタイル)

 

  三人は一度ぐるりと城壁の上を見渡し、俺たちを見つけると近寄ってくる。そしてクラルスがハジメたちの方に、兄妹がこちらを見る。

 

「やあやあ、ご無沙汰しとります」

「こんにちは〜」

「うぃーっす。どう、元気でやってる?」

「ええ、()()()()()()()

「ほんま、助かりましたわー」

 

  恭しく頭を下げる兄と、愉快そうに同じく頭を下げる妹。確か、兄貴のほうがハクで、妹ちゃんのほうがソウだっけか。

 

「で、君らも?」

「そや。できる限りあなた達のサポートをするよう言われてるさかい。それに、データも集めなあかんし」

「不束者だけど、よろしゅうな〜」

「オッケー。戦力は多いに越したことはないからな」

 

  頷いた二人は、「そんじゃ城壁の上散歩してきます〜」と言うと、そのまま踵を返して歩いていった。うーん、マイペースな兄妹だ。

 

『世界中の人間が、お前にだけはマイペースとは言われたくないだろうな』

 

 それはそれ、これはこれだ。

 

  二人の背中を見送り、ハジメ達の方に向き直る。クラルスはどうやらこっちの話が終わるのも待ってたようで、俺が向き直ると話し始めた。

 

「皆の者、昨日ぶりじゃな」

「あ?………………………………………ティオか」

 

  気だるげに振り返ったハジメが、クラルスの顔を10秒ほど見て呟く。ナチュラルにクラルスの存在を忘れてたらしい。まったくハジメは(ブーメラン)

 

「おふっ、ナチュラルに妾の存在を忘れとったな……ハァハァ、だが、これも良い」

「……きめぇ。で、何の用だ。戦うのならまだ来てないぞ」

「うむ、実はじゃな。お主に折り入って頼みがあるのじゃ」

 

  頼み?と首をかしげるハジメ。それにクラルスはうむ、と頷くと豊満な胸を張り、自信満々な様子で宣言する。

 

「ウィル坊を送り届けたら、お主らは旅に戻るのじゃろう?」

「そうだが?」

「そこでじゃ。その旅に妾も同行させて「却下」あふんっ!」

 

  即答するハジメ。それにクラルスが仰け反り、赤い顔で鼻息を荒くした。うーん、やっぱりさん付けは戻さなくていいや。

 

「こ、この清々しいほどの即答ぶり……良い、実に良い」

『…………………』

「ご、ごほんっ!何もタダでとは言わん。ハジメ殿を〝ご主人様〟と呼び、妾の全てを捧げよう、身も心も全て「それならさっさと土に還れ」あふぅっ!」

 

  三度仰け反るクラルス。もはやユエたちハジメハーレム組の三人の目は氷点下以下になっており、こっちの二人は完全に興味を無くしてる。

 

  ハジメに至っては汚物でも見るかのような目をしており、話したくもなさそうだったので、ビクビクしてるクラルスに俺が聞くことにする。

 

「えー、クラルス容疑者。発言の意味を聞いてもよろしいでしょうか」

「うむ。実はじゃな……」

 

  クラルスの話をまとめるとこうだ。つらつら書くと読者も読み飽きると思うので、いつもの簡単まとめるくん方式でいく。え、そんなのないって?

 

『黙れ、俺がルールだ(某慢心王風)』

 

 実際お前も半分そんなもんだろ。

 

 んんっ、それでは気を取り直して。

 

 

  まず、クラルスは一族の中でもダントツに強く、一、二を争うほどの実力者。特に耐久力はハジメも知っての通り一級品。

 

 

 ↓

 

 

  そのため今まで傷つけられることがなく、痛みを感じたことがなかった。が、ハジメたちにフルボッコにされ、強烈な痛みを感じた。

 

 

 ↓

 

 

  急所ばっかを狙った嫌な攻撃の上に、最後にはエニグマの出力全開の一撃。もう全身が痛みに支配されてライトアップザニューワールド。

 

 

 ↓

 

 

  これはもう一生ついていくしかないと決め(ここでハジメの顔が引きつった)、今回の奴隷同等の宣言に至った。

 

 

『相変わらず便利だな、これ』

 

 だろ?

 

「それに……妾の初めてを奪った責任、取ってもらいたいし」

「……はぁ?」

 

  さらにここで駄目押し、クラルスが豊満な自分の尻を掴んでそう言えば、ハジメが冷徹な声で何いってんだこいつ的な顔。そしてまたクラルスが興ふ(ry

 

  ケツにパイルバンカーの杭を思い出したのか、あれはなぁ……的な目をハジメに向けるユエとシアさん。ウサギは我関せずらしい。

 

「いや、そもそもお前、調査とやらはどうしたんだよ?俺たちについてきたら、そっちはどうなる?」

「いや、それこそお主らについてったほうが多分、効率的じゃ。あれほどの力を持っているなら、いずれ異世界からの来訪者とも出会うじゃろうし」

 

『俺たちがその異世界人だと知ったら、こいつどんな顔するだろうな』

 

 お前はそれ以前に地球外生命体だろうが(辛辣)

 

 

 

 オオォオオォォオオオオォオ…………………

 

 

 

  さあどうなる、とワクワクして(クズ)見守っていると、不意にフィーラーの鳴き声が遠く響いた。同時に、全員が山脈の方を振り向く。

 

  〝千里眼〟の魔法を使ってみると、山脈の麓から大地を埋め尽くす魔物の群れがこちらに向かってきていた。その数は、目視だけでも五万にも上るだろう。

 

「……ついにきましたか」

「ああ、いよいよだな。ルイネ、トラップは?」

「もう展開済みだ」

 

  ルイネがすべての指に加え、背中に生やした翼の鉤爪までをも使って、トラップに繋がっているだろう金属糸を細かく調整していた。

 

  それを見てハジメたちも立ち上がり、それぞれ戦闘準備を始める。俺もフィーラーに臨戦準備を指示すると、ずっと抑えていたものの枷を外し始めた。

 

「お、ちょうど一周や」

「ほんまや、タイミングええなぁ」

 

  そこで、ちょうど軍服兄妹も戻ってきた。役者が全員出揃ったところで、城壁から飛び降りて平原に移動し、疾走する魔物たちを見据える。

 

「そういやクラルスよ」

「む?そんな堅苦しい呼び方をせずとも良い。ティオと呼んでくれ」

「ホイホイ、んじゃーティオ。ウィル君とは話ついたん?」

「まあ、とりあえずはな。あの時の話通り、今回の件を尽力して乗り切ったら、冒険者たちの件は許してくれるそうじゃ」

 

  妾、竜化しなくても炎と風の魔法はなかなかのものじゃぞ?と胸を張るティオ。

 

  その時揺れた胸に、ユエとマリスの舌打ちが聞こえた。我が娘よ、やはり思うところがあるのだな。

 

「おい変態ドラゴン、これをやる」

「む?」

 

  さて、後何秒で完全に解放するかなーと考えていると、ハジメがティオに指輪を投げ渡す。神結晶製の魔力タンクだ。

 

「魔力の補充に使え」

「うむ、感謝する……ハッこれはもしや遠回しなプロポーズ「なわけあるか。ぶん殴るぞ」ぐふっ、辛辣」

 

  クネクネしてるティオに、いよいよユエが気色悪そうな顔をする。最初の尊敬は何処へやら、完全にドン引きである。

 

「あー、いいなぁ。私もハジメさんから指輪欲しいですぅ」

「貸してるだけだからな?」

「いや、妾としてはその首輪もめっちゃ羨ましいぞ」

「えー、でもティオちゃんの指輪も素敵っていうかー」

「そーおー?シアちゃんの首輪マジ新しい愛の形って感じでー」

「ちょっと女子ぃー、戦闘準備早くしてぇー」

 

  グダグダとやってるうちに、いよいよ大群の先頭が肉眼で捉えられるほどになってきた。あと数分で開戦だろう。

 

  流石にふざけた雰囲気はなくなり、全員が各々の武器を構える。ハジメはいつもと違い、機関銃の〝メツェライ〟を、シアさんも戦鎚ではなく〝オルカン〟を担いでいる。

 

「よし、じゃあ開戦の狼煙をあげますかね」

 

  そんな中、ハジメの隣に立っていた俺は一歩前へ踏み出した。そのままスタスタと歩いていき、ギャアギャアと喚く魔物たちの上空を見る。

 

  未だ発動している〝千里眼〟には、プテラノドンもどきの上に乗る黒ローブの男……清水幸利が俺を見て驚愕の表情を浮かべているのがくっきり見えていた。

 

「その顔、もっと驚かせちゃうぜ?」

 

  ゆっくりと、右腕を持ち上げて後ろに引く。すると枷を外したそれが体内から滲み出し、俺の腕を包んで黒い亀裂の走る赤い鎌を作り出した。

 

  後ろのハジメたちが息を飲む音が聞こえる中、ついに目と鼻の先まで地響きを起こして走る多種多様な魔物たちが迫る。

 

  そんな魔物たちに、俺は大鎌と化した右腕を振りーー

 

 

 

 

 

 ザンッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

  たった一振りで、二千以上の魔物を真っ二つにした。

 

  先頭にいた魔物がことごとく上半身を地面にこぼし、血の海を作る。洗脳されてるとはいえ生存本能が働いたのか、大群はそれを前に立ち止まった。

 

  ザワザワと魔物たちがざわめく中、右腕だけを覆っていたそれが全身から溢れ出て侵食し、音を立てて俺を別のものへと変貌させていく。

 

  全力で制御してもなお、半ば混濁していく意識の中、俺は今一度慌てふためいている清水を見上げ。

 

 

 

 

 

「さアーーー食事ヲ始メよウカ(蹂躙を始めようか)

 

 

 

 

 

 その言葉とともに、もう一度鎌を振るった。




嫌だなぁ……この後の展開、賛否両論分かれそうで。
お気に入りと感想をお願いします。

次回、大虐殺。


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大虐殺

どうも、明日の漢検が面倒な作者です。

エボルト「よお、エボルトだ。前回はついに防衛線が始まったぜ」

ハジメ「防衛戦っていうより殲滅戦だけどな……面倒だが、やるしかねえか」

マリス「うんうん、その面倒臭くてもやる、という気持ちが大事なんですよ、南雲君」

ハジメ「……そうかい先生」

シュウジ「おー、あのハジメがちゃんと言うこと聞いてる。明日は人理焼却だな」

エボルト「おい作者、FGOやりすぎてこっちのネタまで侵食してんぞ」

作者:すんません(プラカード

エボルト「まあいいか……どうせ後でその要素入るし。さて、今回は殲滅戦の様子を描いてるぜ。それじゃあせーの…」


四人「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編!」」」」


 ふた振り目で、さらに一千以上の魔物が絶命した。十メートルにもなる大鎌からは、ポタポタと鮮血が滴り落ちている。

 

 それを後ろから見ていたハジメたちは、シュウジの規格外さを常日頃から知っているとはいえ、初めて見た新たな力の強力さに少し瞠目した。

 

 ティオやハクとソウの兄妹も、流石にこれは予想外だったのか唖然としている。だが、一番驚いているのは魔物たちと……それを操る男だろう。

 

「さア──ー食事を始メよウカ」

 

 静かに、されど戦場全体に響き渡るような声で呟いたシュウジの背中が、完全に赤黒い物体に覆い尽くされる。

 

 全身を覆う不定形な物体は少しずつ形を成していき、やがて彫像のように美しい、血の如く真紅の肌に黒い血管が浮き出た肉体を作り上げる。

 

 

 ボコッ!!!

 

 

 シュウジの変化に全員がたじろぐ中、言いようのない不気味さを醸し出すその背中が突如変形して無数の刃と化し、射出されると手当たり次第に魔物の頭を貫いた。

 

 知覚する暇すらなかった魔物は、体から無数の赤い針が鮮血とともに飛び出てようやく、自分が絶命したことを悟る。

 

「「──ーオれハ、カーネイジ。鮮血啜り、命奪イし大虐殺の徒」」

 

 シュウジ──否、魂に住み着く殺意の化け物を纏った大虐殺者(カーネイジ) は、二つの声が重複したような声音で自分の名を告げる。

 

 ここで中二病全開の言い回しに普段のハジメなら吹き出すのだが、あまりにもその雰囲気が異様すぎて、いつもの余裕がいくらか失われていた。

 

「「サあお前ラ──オれにもット血を見せロ」」

 

 ハジメたちからは見えないが、つり上がった白い目と黒い牙の並ぶ口をさらにつり上げ、カーネイジは雄叫びをあげて魔物の群れに飛びかかる。

 

 絶大な殺意を向けられ、ようやく魔物たちの防衛本能が働くが……その時にはすでに遅い。カーネイジの全身から飛び出たナイフによって、微塵切りにされているのだから。

 

 バラバラになった仲間を振り返り、怯えた目を向ける魔物たち。そして恐怖を感じた魔物を優先して、カーネイジは一瞬でその命を刈り取っていった。

 

 全身から伸ばすナイフを鞭のごとく使い、ほんの数秒で200体以上の魔物を惨殺する。毎秒ごとに、血の海が領域を広げていった。

 

 それはまるで、侵攻するように。否、これはまさに侵攻、そして侵食である。純粋なる殺意という一つの暴力による、理不尽なまでの蹂躙。

 

「「モっトだ!モッとオレに血を見セろッ!傷口かラ噴き出ル鮮血ヲ!!恐怖が作リ出ス冷血を!屍かラ溢れル腐血を!!!おレの全身を、その血デ染メ上げロッッッ!!!!!!!」」

 

 興奮、歓喜、狂気、そして殺意。その全てが混じり合った不可解な咆哮をあげながら、カーネイジが命を食い散らかす。

 

 それに追随するように、ずっと待っていたフィーラーがずるいと言わんばかりに地中から現れ、一度に魔物を数百以上も飲み込んだ。

 

「……こりゃまた、とんでもないもん隠してやがったな」

「……ん。ほんと、いつでも規格外」

「なんですかあの凶悪フェイス、悪魔か何かですか!?」

「……かっこいい」

「ゲコッ」

 

 目に移った側から、変形させたナイフで貫いて殺す、肥大化した手で三枚におろして殺す、両手で持って真っ二つに引きちぎって殺す、酷い時は頭を食い千切って殺す。

 

 そんなカーネイジを、ドン引き半分呆れ半分で見るハジメら。若干一名、いつもは無表情な顔をキラキラと輝かせている兎がいたが。

 

 対して、最初の一撃ですら度肝を抜かれたティオは、もう開いた口が塞がらないといった様子だった。()()()()()()()()()()冷や汗を流してカーネイジを凝視する。

 

「……相変わらず強力だな、マスターのは」

「前世では一度も勝てませんでした。いえ、そもそもスペックが違いすぎるのですけど」

「グルオォオオオッ!!!」

 

 ルイネとマリスが会話を交わしていると、カーネイジから逃げてきた魔物が何を勘違いしたのか、雄叫びをあげて飛びかかってくる。

 

 女なら殺せると思っているのだろう魔物に、マリスが深い溜息を吐きながら一歩前に出た。そしてヴェノムを腕にまとい、一撃で魔物を粉砕する。

 

「まったく……これだから低俗な獣は」

『私タチモ行クゾ。食イ扶持ヲ全部掻ッ攫ワレル』

「ええ、わかってますよ」

 

 マリスが答えるのとともに、まるでカーネイジと同じようにその体を〝黒〟が覆い隠していく。

 

 マリスを取り込んだ〝黒〟はみるみるうちに巨大化し、瞬く間に二メートルを超えた。そして筋肉質な体を形成し、最後にいつもと同じ顔を作り上げる。

 

『「……俺たちは、ヴェノム。さあ、暴れようか」』

 

 名乗りを上げたヴェノムは、その巨体に似合わないスピードで魔物の群れに突っ込んでいき、凄まじい破壊力で暴れ始めた。

 

 牙を剥いて襲いかかってきた魔物の頭を握りつぶし、その死骸を棍棒のように振り回して他の魔物を吹き飛ばす。宙に浮いた魔物を、肩から飛び出た口が丸呑みにした。

 

 死骸がボロボロになって使えなくなれば投げ捨て、群がってくる魔物を千切っては投げ、千切っては投げ。恐怖に這いつくばった魔物を踏み潰して前進する。

 

 腕を伸縮させて一度に十数匹の魔物を打ち殺し、立ち止まる魔物を中のマリスが魔法を行使して地面ごとひっくり返した。見事なコンビネーションである。

 

 それでもなお左右から飛びかかってきた魔物の頭を鷲掴みにし、ぶつけ合って卵のように割る。そして顔に付着した脳漿を舐め、高笑いを上げた。

 

「ははっ、こりゃ聞いてた以上の凄さやなぁ」

「早よせんと、データを集める機会がなくなってしまうで。兄様、いこうや」

「おう、そうしよか」

 

 次に前に進み出たのは、軍服兄妹だった。

 

 二人はそれぞれ片腕のホルダーに手を伸ばし、ハクは白の歯車のついたボトルを、ソウは青の歯車のついたボトルを取り外す。

 

 黄金に輝くそれを手に取ったハクは、どこからともなく()()()()()()()()()()を取り出すと〝ギアエンジン〟をスロットにセットした。

 

 

《ギアエンジン!》

 

 

 ネビュラスチームガンから音が発せられ、まるでエンジンを蒸すような音が鳴り響く。ハクは銃口を上に向け、引き金を引いた。

 

 

《ファンキー!》

 

 

「ほい、ソウ」

「ほいきた、兄様」

 

 ギアエンジンを抜いたハクがソウにネビュラスチームガンを渡し、今度はソウが〝ギアリモコン〟をスロットに入れる。

 

 

《ギアリモコン!》

 

 

 再び音がなり、無機質な電子音がエンジン音に重なる。ソウはニヤリと笑い、銃口を前に向けると引き金を引いた。

 

 

《ファンキー!》

 

 

 先ほどと同じ音声とともに、ハクが引き金を引いて上空に出現させた靄と同じように前面に靄が発生する。その中で二人は、同時にある言葉を呟いた。

 

「「〝潤動〟」」

 

 その言葉を認識したネビュラスチームガンが、靄に命令を送り鎧を形成する。靄が二人の体に凝縮していき、火花とともに弾けた。

 

《Remote Control Gear》

《Engine Running Gear》

 

 靄が弾けた時、そこにいたのは二つの兵器。それぞれ右半身に白の、左半身に水色の歯車のような装甲を纏った、かつて星狩りに滅ぼされしもの。

 

『っしゃあ〜、いくでソウ』

『任しとき、兄様』

 

 それぞれネビュラスチームガンとスチームブレードを構えた二人……エンジンブロス・リモコンブロスは、カーネイジたちを追いかけて魔物の群れに突撃した。

 

「……はっ!?い、色々見すぎて意識が飛んでたのじゃ!?」

 

 的確な銃撃と最低限の斬撃で魔物を処理していく兄妹(ブロス) に目が釘付けになっていたティオが、しばらくして正気を取り戻す。

 

 それはハジメたちも同じ気持ちであった。特に〝ギアエンジン〟という単語に聞き覚えのあるハジメは、ジトッとした目で暴れ回るカーネイジを見る。

 

「……あいつ、裏でどんだけの数のことやってんだ?」

「ま、今気にしても仕方ねえだろ?」

「エボルト!?」

 

 いつの間にやら隣にいて肩を叩くエボルトに、ハジメが驚いて振り返る。それにすでにエボルドライバーを巻いたエボルトは怪しげに笑った。

 

「お前、どうしてここに?」

「カーネイジになった時に弾き出されてな……さ、早くしないと出遅れるぜ。こんだけの〝敵〟を前に、お前は見てるだけか?」

 

 エボルトの安い挑発に、ハジメは少し苦笑した後、魔物たちに向き直って獰猛に笑んだ。

 

「まさか。ユエ、シア、ウサギ。いくぞ」

「んっ!」

「れっつごー」

「シュウジさんたちだけにいいかっこさせないですぅ!」

「ハッ、それでこそだ。さあ……それじゃあ俺もいくかね」

 

 

《ARE YOU READY ?》

 

 

 銃器を構えるハジメたちとは対照的に、エボルトがシュウジのものを色を反転させたコートの裾を翻して歩いていく。

 

「変身」

《ブラックホール! ブラックホール!! ブラックホール!!! RE VO LU TI ON!》

《フッハハハハハハハ……》

 

 黒いキューブが凝縮・四散し、エボルトはブラックホールフォームへと変身を果たした。交差していた手を下ろすと、おもむろに手をかざす。

 

 

 

 ドッガァァアアアアアン!!!!!

 

 

 

 その瞬間、魔物の一部が地面ごと盛大に爆発した。魔物たちは断末魔の叫び声すらあげることもできず、消し炭となって土に還る。

 

 その後に続いていた魔物たちは立ち往生し、そこにシアが担ぐ〝オルカン〟から発射された小型ミサイルが降り注いで一切合切灰燼に帰した。

 

 全身が吹き飛ぶか、あるいは内臓を著しく損傷して地面の上でのたうちまわる魔物に、ハジメの〝メツェライ〟から毎分一万二千発の弾丸の雨が降り注ぐ。

 

 

 ギ、ギャァォオォオォオオオオ!?

 

 

 たった数分で一千以上の仲間が死んだことに、リーダー各と違って洗脳されていない魔物たちは踵を返し、慌てて逃げようとした。

 

「〝死糸粉陣(ししふんじん) 〟」

 

 だが、そうは問屋が卸さない。ルイネがその言葉とともに、全ての糸を強く引いた。次の瞬間、糸の先につながった罠が、逃げる臆病者たちに牙を剥く。

 

 

 スパパパパパパパッ!!!!!!!

 

 

 周囲の木や地面……果ては空中に魔力で固定された糸が一気に締まり、魔物たちの頭が一斉に落ちた。その数、凡そ三千以上。

 

 〝死糸粉陣〟。

 

 ルイネの操糸術の奥義の一つであり、かつて己の家族と国を脅かそうとした大国を七日七晩の準備の末、大地ごと細切れにした死の結界である。

 

 しかし、魔物たちもやられっぱなしではない。首のなくなった無数の亡骸を踏み潰し、二千以上のトリケラトプスのような魔物がウルの街に向けて突進する。

 

「ハッ!」

「……えいやっ」

 

 しかし、それをティオがかざした手から照射された黒い極光と、両腕に純白の〝エニグマ〟を装備したウサギのスマッシュが粉砕した。

 

 ウサギは50%まで力を解放しており、さらにそのパワーをシュウジが特殊な加工を施し、100回分までの魔力を充填したエニグマで増幅されている。

 

 それはまさしく、圧倒的な破壊。その上毎秒ごとに治癒魔法が発動しているので、ウサギの被害はほとんどゼロだ。破壊の権化としか言えまい。

 

 そのため、クラルス族一の強者とは言え、あくまでこの世界の常識に収まる強さであるティオはとにかくエニグマを振り回すウサギのサポートに徹していた。

 

 魔力がなくなれば指輪にキスして回復し、絶えず魔法を打ち続ける。なお、内心ではあのエニグマで殴られたらどうなるだろうと興奮してたりする()

 

「〝我が手に紅蓮を、我が前に煉獄を。この炎遍く焼き尽くす理なれば、意に従えし我こそはその化身なりて。さあ、さあ、踊れ、狂え、そして絶えよ。それこそが汝の定めである〟──〝煉華(れんか)〟」

 

 その二人を蹂躙しようとする二人を守るのは、ユエの魔法。シュウジから教わった別世界の最上級魔法を行使し、炎の柱で魔物を消し炭にする。

 

 さらに立て続けに、炎系魔法と風系魔法の複合魔法〝嵐焔風塵〟を発動し、炎柱に及び腰になっている魔物を炎の竜巻で強制的に獄炎の中へと招待した。

 

「「グルァアアァアアアアアァア!!!」」

 

 一方、あいも変わらず大群の中心で暴れているカーネイジは、ゴリラ型の魔物を左右に引き裂いてその血を浴び、狂おしいほどの喜びに満ちた咆哮をあげていた。

 

 それに一歩下がった同型の魔物にぐるりと振り返り、片腕を禍々しい槍の形にすると、そこに呪いをかけて撃ち出す。

 

 擬似的な呪槍は一匹にとどまらず、その後ろにいた魔物を百メートル先まで貫いた。さらに槍を左右に開き、途中で刃に変形させて魔物を切り裂く。

 

「「モッとだ!もッとモッとモット、俺ニ血ヲ寄越セ!」」

 

 縮小して戻した腕を長い舌で舐めたカーネイジは、両手を地面に叩きつけると高速で自分を侵食させていき、下から魔物を貫いた。

 

 あのシュウジが五つの並列思考のうち、三つを使って制御してなお手綱を握るのが精一杯な怪物は、次から次へと悍ましいオブジェを作り上げていく。

 

『「ガァアアアァア!!!」』

 

 カーネイジが真紅の剣山を築き上げているすぐそばで、ヴェノムたちもまた暴れていた。

 

 眼に映るものすべてをひっ掴み、頭を食いちぎっていく。逆らう者は先に四肢を潰し、首を締めながらゆっくりと鼻先から食っていた。

 

 今も蛇型の魔物を引き裂くヴェノムの背後から、キツツキを禍々しくしたような魔物が高速で接近し、その鋭い嘴で貫かんとする。

 

『フンッ!』

 

 しかし、魔物がヴェノムに到達する前に瞬間移動で現れたエボルが尻尾を鷲掴みにし、地面に叩きつけて破裂させた。絶命する魔物。

 

『「……余計なことをするな。食い物が減る」』

『こんな極悪フェイスの魔物まで食おうとするとは、悪食だねぇ』

 

 三日月のような目を細めるヴェノムに、エボルトはおどけた仕草をした。ヴェノムはフン、と鼻を鳴らすと、エボルトの背後から来ていた猿型の魔物を叩き落とす。

 

『おっと、こいつはどう……も!』

 

 エボルトが手をかざすと、ヴェノムの背後で破裂音が響く。

 

 振り返ってみると、腕を振り上げていたブルタールが倒れるところだった。その体からは肉が全て無くなっており、内臓と骨が丸見えだ。

 

『「……礼は言わんぞ」』

『まーまー、同じ寄生してるもの同士、仲良くしようぜ?』

 

 軽口を叩きながら、エボルトはヴェノムに背を向けた。そして両手をかざすと、衝撃波で新たな魔物の群れをまとめて吹き飛ばす。

 

 意図を悟ったヴェノムはまた不機嫌そうに鼻を鳴らし、同じように背を翻して背中合わせになると、腕を肥大化させて狼型の魔物を破壊した。

 

『さあ、ド畜生ども。終末のカウントダウンを始めようか?』

『「喰われたいやつから前に出ろ!内臓を引きずり出して、首を並べてやる!」』

 

 その言葉とともに振るわれた二人の腕は、魔物たちを木っ端微塵に粉砕した。

 

「も、もう無理じゃ……魔力がすっからかんになってしもうた」

 

 場所は戻り、ウルの街の城壁前。

 

 ユエが重力魔法の〝壊却(えこう) 〟で一気に二万ほどの魔物を押しつぶしたところで、指輪にあった魔力が枯渇したティオが倒れた。

 

 それを察知したウサギは飛びかかってきた虎のような魔物を殴り殺し、脇に抱えると飛び退いてハジメの背後へと着地する。そしてティオを地面に寝かせた。

 

「……ハジメ、ティオがダウン」

「ん、そうか」

 

 ウサギから報告を受けた(ウサギはその変態性はともかく、実力は確かなのでティオを名前呼びしている)ハジメが、〝遠望〟で戦況を見る。

 

 戦闘開始からおおよそ二十分。たったそれだけの時間で、すでに五万以上の魔物を殺している。これならティオが抜けたところで、さして問題はない。

 

「わかった、もう十分だから休んでろ。つーかそのままずっと寝てろ」

「あ、飴と鞭を同時に……なんという快感。じゃが、寝るのは勘弁じゃ。爆睡して操られたトラウマが……」

「……冒険者を三人惨殺、俺たちに高熱ブレス」

「ご主人様それ言わんといて!」

「すまない、仕掛けていた罠が切れた」

 

 ティオとハジメがギャグをやっているうちに、全ての罠を発動して手の空いたルイネが、積み上げていた弾倉がなくなったシアに声をかける。

 

「シア、この数ならば前に出てもいいだろう。奥にいる群れのリーダーたちを叩いてくれ」

「すでに逃げ腰の魔物たちをさらに混乱させるんですね、わかったですう!」

「その通りだ」

 

 元気よく答えたシアはハジメにオルカンを返却すると、背中からドリュッケンを引き抜いた。

 

「私が魔法で動きを止めるから、上から奇襲しろ。ウサギがシアを運んでくれ」

「わかった」

「あ、あの、ウサギさん、お手柔らかにお願いしますね?」

 

 やや不安げにいうシアに、ウサギは無言で親指を立てた。なんだか嫌な予感がしつつ、シアは魔力を全身に流して身体能力を限界まで強化する。

 

 それを確認したウサギは、おもむろにシアの胴体をむんずと掴むと、その手を後ろに引いて引きしぼった。それにあることを察知するシア。

 

「やっぱりこういうやり方(投げ飛ばすん) ですぅ!?」

「……出力30%、ラビットミサイル」

「ああもう、いっくですぅ!!!」

 

 高速で飛んでいくシア。それに合わせてルイネが翼を使って空高く飛び上がると、大群の後方に控えている、魔物のリーダー格たちを見据える。

 

 まるで操られていたティオの時のように虚ろな雰囲気で佇む魔物たちに、ルイネはほっそりと人差し指を向けた。そして、詠唱を始める。

 

「〝この手に凍土を、我が前に氷海を。この嵐遍く命を奪う理なれば、意に従えし我こそ選定者なり。氷よ、白よ、染め上げよ、染め上げよ、染め上げよ〟」

 

 戦場に響き渡る、凛とした美しい声。その詠唱の長さと尋常でない魔力に、魔法のエキスパートたるユエは驚愕の表情でルイネを見上げた。

 

「あれは…………もしかして禁呪クラス!?」

 

 最上級魔法すら超える、この世界のものではないその魔法にユエは思わず叫んだ。これほどユエが驚いたのは珍しく、ハジメは振り返って目を見張る。

 

「生命はいらぬ。熱は要らぬ。我求むはただ全ての死、従わぬは不敬なり。

 

 頭を垂れよ、地にひれ伏せ、歓喜に咽び泣け。

 

 これなるは寵愛なり。

 

 これなるは裁きなり。

 

 これなるは救いなり。

 

 遍く命よ、我が手で原初へ帰還せよ〟」

 

 詠唱が、終わった。

 

 その瞬間、それまでとは比較にならないほどに魔力が膨れ上がる。戦場一帯を飲み込むほどの魔力に、全員が空を見上げた。

 

「〝永久氷界(コキュートス) 〟」

 

 ルイネは冷たい眼差しで、最後のトリガーを引く。決壊した力は魔力を氷の巨龍と成して、呆然とするリーダー各の魔物たちに降り注いだ。

 

 それはまるで、かつてノアの箱舟に乗り込んだ生物以外の全てを飲み込み、世界を洗い流した津波のように全てを、全ての命を凍らせていく。

 

 ものの十秒で、リーダー格の魔物たちは周囲の自然ごと、氷像となって動きを止めた。そこに、シアがドリュッケンを構えて落下する。

 

「どぉりゃぁああぁぁあああっ!!!!!」

 

 雄叫びをあげたシアが振り下ろしたドリュッケンが、氷の花園となった世界に叩きつけられた瞬間。

 

 

 

 ドッパァアァァアアアアンッ!!!!!!!

 

 

 

 全てが、砕け散った。

 

 魔物も、大地も、草木も、その全てが粉々になる。まるでそれが当然だと言わんばかりに、それまで命だったものはあっけなく無に帰した。

 

 空中に大量の氷の結晶が舞い散り、その中心で立ち上がるシアは──奇しくも、ティオを倒した時のウサギと同じように美しかった。

 

「「ガルァァアアアア!!!」」

 

 リーダー格の魔物たちが消えたことを感じとったカーネイジが、大口を開けて咆哮する。

 

 すると、もともとほとんど逃げの姿勢だった魔物たちの統率は決壊し、大半の魔物は我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げていったのだった。

 

「ふぅ、やってやったですぅ」

『兎さん、背中に注意やで』

 

 ドリュッケンを肩に担いでふんす!と胸を張っていたシアの耳に、つかみどころのなさそうな飄々とした男の声と銃声が響く。

 

 パッと振り返れば、今にもシアに飛びかからんとしていた赤い四つ目の狼型の魔物が、頭から血を吹き出しているところだった。

 

 唖然と見上げるシアの前で、さらに視界の端から曲芸師のように回転する青い影が四つ目狼に踊りかかり、四つ目狼の首を切り落とす。

 

『いっちょあがりや♪』

 

 着地した青い影……リモコンブロスは血の滴るスチームブレードを血振りして、地面に転がった四つ目狼の頭を蹴り飛ばした。

 

 転がっていく四つ目狼の頭をシアが目で追っていくと、黒いブーツが踏んで止める。驚いてブーツの主を見れば、頭を踏みつけているのはエンジンブロスだった。

 

『兎さん、気ぃつけや。完全に全ての敵を倒すまでは気い抜いたらあかんで』

「あ、はい、ありがとうございます」

『ええてええて、この厄介な犬っころはこれが最後の一匹やったしな……それより構えや。厄介なのがくるで』

 

 エンジンブロスはそういうと、ネビュラスチームガンでシアの背後……山脈の方を指し示す。リモコンブロスも警戒するようにブレードを構えていた。

 

 魔物は全て逃げたはずなのに臨戦態勢の兄妹を見て、シアは不思議に思って振り返る。そして自分の視界に映ったものに瞠目した。

 

 

 

 オオオォォォ………………

 

 

 

 なぜならそこにいたのは……大量の人型の怪物の軍勢だったのだから。

 

 シアたちの前に現れた謎の軍勢は、今まで見たことない魔物だった。いや、魔物と呼称していいのかすら不明だ。

 

 色は濃い緑と銀色で、非常に重厚な装甲をしている。右腕はメツェライのような機関銃、左腕はロボットアームになっており、足音は重い。

 

 一糸乱れぬその動きはまさしくマシーンであり、一切の意思が感じられない。しかしそれが重圧となっていた。総数は五百を超えるだろう。

 

「あれは、一体……?」

『ハードガーディアン。敵の殲滅のみを目的とした人形や』

『試作は終わったって聞いとったけど、もう実戦投入されとるんか。早いなぁ』

 

 警戒する姿勢とは裏腹に、のんびりとした口調で話す兄妹にシアは内心首をかしげる。どうやら彼らは、あれについて何か知っているらしい。

 

 何にせよ、ハードガーディアンの纏う異様な雰囲気に油断はできないと、シアはドリュッケンに加えて異空間からディオステイルを取り出す。

 

 道の敵に臆することなく戦おうとするシアに、兄妹(ブロス) は一瞬驚いた後、仮面の下で面白そうに笑い隣に並んだ。

 

 〝おいシア、聞こえるか?〟

 

「あ、ハジメさん?」

 

 まだ攻撃の意思を見せていないハードガーディアンに突撃しようとすると、ハジメから〝念話〟が入った。慌てて足を止めるシア。

 

 〝今お前の前にいるやつが、こっちにも出てきた。どうやら透明か何かになって隠れてたらしい。左右と正面合わせて千五百くらいだ〟

 〝こっちも同じ感じですぅ〟

 〝そうか……シア。お前がそいつらを全部倒せ〟

 〝ええっ!?〟

 

 驚くシア。無理もない、ハジメは目の前のハードガーディアンを一体残らず倒せと言った。それはハードガーディアンの装備から見るに相当困難だ。

 

 これまでハジメたちと旅をして、かなり肝が座っているシアだが、流石にあのメツェライのような武器が無数に自分に向けられると思うと逡巡する。

 

 〝大丈夫だ、お前ならできる。任せたぞ〟

 

 だが、その躊躇はハジメの言葉で一気に吹っ飛んだ。シアは目を見開き、しかしすぐに口元を緩ませるといつも絡んでいる時のような顔になる。

 

 〝えへへぇ〜、了解ですぅ〜〟

 〝おう。俺たちもさっさと片付けてすぐに向かう。頼んだぞ〟

 〝はいっ!〟

 

 シアの返事を聞いたハジメは、〝念話〟を切った。ハジメに頼られたことにデレデレになっているシアは、やる気満々に戦鎚をハードガーディアンに向けた。

 

「さあ、一体も残さずぶっ飛ばしてやるですぅ!」

『おおっ、急にやる気になりよった。なんかあったんかいな』

『ええでええで、これぞ恋する乙女のパワーや。助太刀するで兎さん』

「はいですぅ!」

 

 なぜか上機嫌な様子のエンジンブロスがシアの隣に並び、リモコンブロスもやれやれと言った様子でネビュラスチームガンの銃口を向けた。

 

 そこでタイミングを見計らったかのように、ハードガーディアンが一斉に立ち止まる。そして電子音を響かせながらシアたちを捕捉し、機関銃を構えた。

 

 

 ドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!!

 

 

 次の瞬間、死の弾幕がシアたちに襲いかかる。同時にシアとエンジンブロスは駆け出し、無数の弾丸をはじき返しながら接近する。

 

『ふっ、はっ、セイヤッ!』

 

 エンジンブロスは神速の斬撃で最低限の弾丸だけを切り裂いて、あとは一定以下の攻撃には無敵の防御力をもってして一直線に突き進んでいく。

 

「せあぁぁあっ!」

 

 一方シアは、急所に身体能力強化の魔力を集中させて防御力を上げ、残りは重力魔法で十分の一以下の重量になった戦鎚を振り回してはたき落とす。

 

 ちなみにこの魔力の集中とふた振りの戦鎚を巧みに扱う技術は、シュウジから習ったものである。

 

 プレデターハウリアたちのことはともかく、シアは戦士としてシュウジのことは尊敬していた。なので積極的に師事し、いくつかのスキルを身につけている。

 

 〈敵性個体の反撃を確認。現在使用している武装での撃破は困難と判断。よって進軍を開始〉

 

 マシンガンの乱射だけではシアたちを倒すのは不可能と判断したハードガーディアンは、先頭を左右に割って後方の舞台が侵攻を開始した。

 

 左腕をロボットアームから巨大なナックルに変更したハードガーディアンたちは、腕を構えるとそのままナックルを()()()()。いわゆるロケットパンチである。

 

「しゃらくせえですぅ!」

 

 爆風を伴いながら飛ぶナックルを、シアはやすやすと回避する。ナックルを斬っていたエンジンブロスはそれを見てとっさに叫んだ。

 

『あかん、兎さんそれ追尾式や!』

「えっ!?」

 

 慌てて後ろを振り返るシア。するとエンジンブロスの言う通り、ナックルは軌道を百八十度変更してシアの背中を狙っていた。

 

 慌てて足を止め、振り向きざまにディオステイルを振るってナックルを破壊する。しかしすぐに第二陣が正面から迫り来る。

 

 

 ドドドドドッ!

 

 

 シアが振り返った瞬間、ナックルが全て爆散した。リモコンブロスが正確無比な銃撃で全て撃ち抜いたのだ。だが喜ぶ暇も無く第三陣が飛んできた。

 

 今度はドリュッケンを使ってナックルを叩き落とし、その際の遠心力を利用してディオステイルをハードガーディアンめがけて投げる。

 

 従来の十倍の重量にしたディオステイルは轟音を立てて飛んでいき、ハードガーディアンの一体の頭に激突した。そのまま数体巻き込みながら地面に落ちる。

 

「さらに!」

 

 ドリュッケンを砲撃モードに変更したシアは、ディオステイルめがけてミサイルをぶっ放した。

 

 

 ドッゴォォオン!!!

 

 

 弧を描いて飛んでいったミサイルは、壊れたガーディアンに付着したディオステイルの粘菌に着弾し、大爆発を引き起こす。

 

 飛び散った爆炎がほかのガーディアンの駆動系に入り、そこからさらに爆発が連鎖的に広がっていった。最終的には、50体以上のガーディアンが木っ端微塵になる。

 

 それによってできた〝穴〟に、すかさずエンジンブロスが飛び込む。そしてガーディアンがまだ認識できていないうちに手あたり次第になます切りにした。

 

『ほらほら、さっさとかかってこんかい!』

「私も!」

 

 遅れてガーディアンたちの中に入ったシアはディオステイルを地面から引き抜き、どんどんガーディアンたちを撃破していった。その様はまるで豪風のようだ。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴ……

 

 

 リモコンブロスが動きを止め、エンジンブロスが関節を破壊し、シアがガーディアンの上半身を三体まとめて吹っ飛ばしていると、地鳴りのような音が聞こえる。

 

 振り返ると、三人の目に驚愕の光景が写り込んだ。平原の上空に巨大なブラックホールと赤い雲のようなもの……そして五色の龍が出現しているのだ。

 

 ブラックホールはガーディアンたちを大地ごと根こそぎ吸い込み、赤い雲から落ちる赤い死の雨は瞬く間にガーディアンを鉄くずに変え、龍は炎や雷、水のレーザーなどを吐いている。

 

『フッハッハッハッハッハッハ!』

「「壊れヨ!消エよ!血通わヌ心無Ki人形ドも!恐怖なkIもノ、我gA前ニ立Tuニ能WAズ!」」

「〝唸れ、猛れ、破壊の王よ。 怒れ、憎め、死をもたらす災厄よ。 汝は万物を呪うもの。 汝は死を司るもの。 我が名はユエ、吸血姫にして魔の神の寵愛を受けし神子なりて。 故に望まん、わが親愛なる破滅の主よ。 一切合切破壊せよ、我が目に映る全ての不敬なものどもを〟」

 

 それぞれの破壊を引き起こしているであろうものたちの声が、戦場に響き渡る。それは瞬く間にガーディアンたちを蹂躙していった。

 

「私も負けてられないですぅ!」

『その意気やで、兎さん!』

 

 俄然やる気を出したシアは、兄妹(ブロス) らと協力してガーディアンを倒していく。ひたすら戦鎚を振り回し、一体一体確実に叩き潰した。

 

 エンジンブロスはその背中を守るようにガーディアンの腕を切り飛ばし、武器を失ったガーディアンをすぐさまリモコンブロスが撃ち壊す。

 

「こいつで、ラストぉ!」

 

 そうしてがむしゃらに戦うこと、おおよそ15分。ついにシアは、最後の一体のガーディアンめがけて、ディオステイルを振り下ろした。

 

 最後までマシンガンを打ち続けていたガーディアンは地面と戦鎚の板挟みになり、あっさりと潰れる。数秒電子音を発した後、完全に動きを止めた。

 

 沈黙したことを確認したシアは、ディオステイルを手放す。そうすると荒い息を吐き、ドリュッケンで倒れそうになる体を支えた。

 

「はぁっ、はぁっ……」

『お疲れさん。兎さん、よう頑張ったやん』

 

 息も絶え絶えなシアに、未だ余裕そうなエンジンブロスが近づいてポンと肩に手を置いた。なんとか顔を上げて笑うシア。

 

「あ、あはは、そうですかね……」

『そやそや。あのこわーい兄ちゃんも喜ぶで?』

 

 エンジンブロスに続いて近寄ってきたリモコンブロスがそう言えば、シアの顔はにへらと緩んだ。そしてドサッと大の字に倒れる。

 

 その姿勢のまま後ろを見てみれば、いつの間にやらブラックホールや血の雨は消えており、残っているのは見るも無残な状態の平原だけである。

 

「終わった……んですよね」

『そーやなぁ。もう近くに反応ないし、終わりでええやろ』

『せやな』

 

 兄妹(ブロス)がそういうのを聞き、シアは安堵のため息を吐いた。そしてハジメの顔を想像し、また頬を緩ませる。

 

「ハジメさん……私、頑張りましたよぉ」

 

 嬉しそうにつぶやくシアに、エンジンブロスが何かをわかっているかのようにうんうんと頷く。対するリモコンブロスは首を傾げた。

 

 

 

 こうして、シュウジたちの奮闘……否、一方的な蹂躙により、ウルの街は守られたのだった。




魔法は聖剣使いの禁呪詠唱から借りました。フールーで見返したら面白かったので。
怖いなぁ……この次の話、人によっては賛否両論分かれるしなぁ。
とはいえ、やると決めたらやらなくては。
お気に入りと感想をお願いします。


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私はあなたの先生ですから

どうも、最近FGOのガチャの引き運が良い作者です。式部さん可愛い()
前回、なんか中途半端だったので戦いの終わりまで加筆しました。読んでいただけると嬉しいです。

シュウジ「やっはろー、シュウジだ。前回は大規模戦闘だったぜ。いやー暴れた暴れた」

エボルト「すげえ暴れっぷりだったな。ほんとに制御できてんのかあれ?」

シュウジ「まあ、意思はないからな。いうなれば破壊衝動の塊?ほらお前の兄貴的な」

エボルト「最悪にタチ悪ぃな……」

ユエ「ん。私も最後の魔法は疲れた。アクセサリーの中にあった魔力すっからかん」

ハジメ「お前ら全員すごかったよ。さて、今回は先生が清水のやつを説得するらしいぞ。作者的にはかけらもできに自信がないそうだが、まあ優しく読んでやってくれ。それじゃあせーの……」


四人「「「「さてさてどうなる襲撃と再会編ラスト!」」」」


 ハジメ SIDE

 

 

 戦闘終了から数分後。

 

  ほんの少し前まで蹂躙劇が繰り広げられていた平原は、元の静けさを取り戻していた。ただし夥しい数の死骸と鉄クズに塗れているが。

 

  そんな中、俺とシュウジはバイクでシアたちの元に向かっている。ウサギがかなり奥まで投げ飛ばしたから、徒歩だと移動が面倒だったのだ。

 

  サイドカーの中では、ユエとウサギがうつらうつらとしている。さしものこいつらといえど、あれだけの戦闘をすると疲労が溜まっているようだ。

 

  え?サイドカーの車輪にくくりつけられてるボロボロで息を荒くして恍惚の表情を浮かべているティオ?知らない知らない見えない見えない。

 

「何もかも最上 好きすぎるI know♪」

 

  シュウジはといえば、なぜか安◯奈美◯のやつ歌ってた。男のはずなのに無駄に上手いのがなんかイラっとする。ていうかそれ母さんたちが見てたやつじゃん。

 

  そんなシュウジのサイドカーに乗る先生は、進行方向をまっすぐ見ながら、なにやら決意を固めるような顔をしている。

 

「……清水くん」

 

  まるで何かに思いをはせるようなその表情が少し気になっていると、ポツリと先生の口から言葉がこぼれた。なるほど、清水か。

 

  俺は、これから向かう先で清水をすぐに殺すつもりはない。もちろん後で変に出てこられても面倒なので殺したいのは山々だが、シュウジたちの会話を聞いて気が変わった。

 

  もし、先生が清水を説得できるのなら、奴を殺すのは見送ろう。ただしできなかったら即座に射殺する。後顧の憂いは早めに断つべきだ。

 

「けどまあ……先生の中の〝先生〟を信じてみたい気もするけどな」

 

  そんなことを呟いているうちに、シアたちが見えてくる。シアは変身を解除したエンジンブロス……たしかソウだっけか?に背中を揉まれていた。

 

「ほれほれ、ここがええんやろ?ええんやろ?」

「あ〜、そこツボですぅ……」

「……何やってんだ」

「あ、ハジメさ〜ん」

 

  すぐ目の前でバイクを静止させて話しかければ、シアはフニャっとした顔で俺を見上げる。戦場のど真ん中でこの顔、図太くなったもんだ。いや元からだけど。

 

「すごいんですよー、ソウさんマッサージ上手いんですぅ」

「だろうな。そのスライムみたいな顔見たらわかるわ」

 

  そのあと待つこと数秒、マッサージを終えたシアは立ち上がり、ブンブンと両肩を回す。どうやらかなりの乱戦だったらしい。

 

「いやぁ、ハンマー二つも振り回すのは流石にきつかったですぅ」

「それでも全部倒したんだ。まあ、頑張ったんじゃねえのか?」

 

  ぶっきらぼうにそう言えば、ピシッと俺以外の全員が固まった。そして俺を驚いたような目で見る。シュウジに至ってはこの世の終わり的な顔してた。

 

「あ、あのハジメさんが、褒めてくれた……?あのクリーチャーレベルに鬼畜なハジメさんが?」

「ああ、今あの鬼畜残虐無慈悲冷酷なハジメがシアさんを褒めたぞ。こいつはもう一回魔物の大群が来るか?」

「おい」

 

  ふざけたことをのたまうアホどもにゴム弾を撃つ。相棒(バカ)にはかわされたが、残念ウサギにはスコーンといい音を立てて額に当たった。

 

  「はきゅ!?」と残念ウサギが声を上げて沈み、ケタケタと笑う相棒(バカ)にはもう何発か撃つ。全部華麗にかわされた。ムカつく。

 

「うぅ、痛いですぅ……」

「おーよしよし、災難やったなあ」

「お前どんだけ甘やかすねん……」

 

  なにやら残念ウサギを気に入ったのか頭を撫でるソウに兄貴同様呆れながら、周囲を〝気配感知〟で探る。

 

  特に魔物の気配は引っかからなかった。が、俺が探しているのはそれじゃない。この騒動の元凶……つまり清水の気配を探しているのだ。

 

  が、いくら探せども清水の気配はなかった。シアの攻撃で生まれたクレーターや近くの茂みを念入りにチェックするが、全く見当たらない。

 

「おやおやハジメ君、何かお探しかい?」

 

  もしや〝気配感知〟の範囲外まで逃げられたかと思っていると、唐突にシュウジがそう聞いてきた。振り返ると、陽気な笑顔を浮かべている。

 

「ああ、清水をな」

「なるほどね。それなら……あっちだ」

 

  シュウジが上を指差す。釣られて上を向けば……なにやら赤い物体が空にあるのが見えた。〝遠望〟の技能を発動して物体を注視する。

 

  するとそれが、さっきまでシュウジが使っていたカーネイジの一部だとわかった。巨大な卵型に蝙蝠のような翼が生えていて、それで滞空しているのだ。

 

  そしてその卵の一部からは……清水の顔が覗いていた。なにやらぐったりとした様子で、こちらを恐怖の入り混じった目で見下ろしている。

 

「最初の攻撃の時、避難させといてね。ついでに俺たちの戦いを見てもらおうと特等席に招待したのさ」

「……あの高さ、普通のやつなら発狂するぞ」

「それは今からだな」

 

  くいっとシュウジが指を下に向ける。すると、物体が翼を止めて落ちてくる。その落下する地点は……起きたウサギとソウが交互に愛でてるシアの上。

 

「おいシア、避けろ」

「ふぇ?」

 

  またスライム顔になっていた残念ウサギは上を見上げ、赤い巨大卵が落ちてくるのを見て目を剥くと慌てて飛び退いた。

 

「うわぁあああああああああっ!?!!?」

 

  シアが回避した数秒後、悲鳴とともに卵が地面に落ちてくる。着地の瞬間卵から4本足が出てきて、ほとんど音はしなかった。

 

  全員が見つめる中、卵はシュルシュルと形を崩していき、先ほど以上にぐったりとした顔の清水が手足を縛られた状態で転がり出てくる。

 

  そのままドロドロの塊になった物体は、かざしたシュウジの手に飛んでいき、体内に入っていった。

 

「とうちゃーく。ご利用ありがとうございました。またのお楽しみを、なんつってな」

「お、おおおおおま、ここここ殺す気か!」

「どう?某ネズミ王国のタ◯ー◯ブテ◯ーをアレンジしてみたけど」

「どこがアレンジだ!魔改造の間違いだろうが!」

 

  笑うシュウジに数秒前の様子は何処へやら、ツッコミを入れる清水。この時ばかりは清水に同意した。タ◯テラはアンリミテッドでもあそこまでじゃねえ。

 

「まあ、そりゃともかく……出番だぜ」

「……はい」

 

  それまで静観していた先生が、シュウジのバイクから降りる。そしてゆっくりとした歩調で、清水の前まで歩いていった。

 

  清水は先生に気がつくと、悔しそうな顔をする。そんな清水をじっと見つめながら、先生は話し始めた。

 

 

 さて、先生……お手並み拝見といこうか。

 

 

 ●◯●

 

 

 マリス SIDE

 

 

「……久しぶり、といっていいのでしょうか。清水くん」

 

  私は目の前にいる清水幸利に向けて、静かな声で語りかけた。それに清水幸利は言葉を返してくれることはなく、ただ舌打ちする。

 

  その濁った目からは好意的な感情は感じられず、ドロドロとした欲望に沈んでいるように見える。いや、ようにではなく、事実そうなのだろう。

 

  後ろから、先生たちの視線を感じる。ここで清水幸利をなんとか説得できなければ、おそらく南雲くんが射殺するだろう。教師としての私の腕の見せ所だ。

 

「ありきたりな質問ですが……なぜこのようなことを?」

「はっ、そんなこともわかんないのかよ……どいつもこいつも無能だ。それなのに俺のことバカにしやがって……勇者勇者うるさいんだよ……俺の方がうまく出来るのに……だから、価値を示して、見返してやるんだよ……」

 

  私の質問に対してでの答えではなく、まるで独り言のようにブツブツと言う清水幸利。なるほど、彼の中にあるのは劣等感から生じる苛立ちか。

 

  その後の言葉から推測される今回の騒動の要因は……何者かへの力の顕示?しかし街を滅ぼそうとした以上、それは私たち地球から来たものや、王国の者たちへではない。

 

  ならば、彼が自分の力を見せようとしていたのは……

 

「……なるほど、魔人族ですか」

「っ!?」

 

  バッとうつむかせていた顔を上げ、なぜそれをという表情をする清水幸利。そんな彼に私は自分の推測を話す。

 

「あなたが価値を示したい相手がいるのはわかりました。その上で今回の街への襲撃。これでは人間に対しては自分の〝価値〟は示せず、ただの虐殺者、罪人としか捉えられない。なら残るのは……人と敵対し、人を多く殺すことで利益のある存在。すなわち、魔人族」

「……ケッ。ああ、その通りだよ。俺は魔人族と契約したんだ」

 

  自分でそれを明かしたかったのか、不貞腐れたような口調で吐き捨てる清水幸利。しかしすぐに自分が魔人族に組した経緯を話し出す。

 

  曰く、魔物を捕まえに山に行った際、一人の魔人族に出会った。当初は警戒したものの、その魔人族は戦いではなく対話を望んだらしい。

 

  その結果、自分の〝価値〟をわかってくれると思った彼は魔人族と取引をした。そして今回の襲撃に及んだらしい。それを話す清水幸利の表情は得意げだ。

 

「俺は契約したんだ……あんたを殺すってな、畑山先生」

「……なるほど」

 

  それを聞いて、さほど私は驚かなかった。〝畑山愛子〟としての私の希少価値を考えれば、むしろそれは真っ先に思い浮かぶことだからだ。

 

  戦争において最も重要なのは、優れた指揮官でも、強い力を持つ個人でもない。食糧だ。食糧がなくては両者とも飢え死ぬし、士気は下がる。

 

  そして〝畑山愛子〟は〝豊穣の女神〟と謳われるまでに、この世界の食糧事情を一変させた存在。魔人族たちからすれば真っ先に殺したい相手のはずだ。

 

「あんたを町の住人ごと殺せば、俺は、魔人族側の〝勇者〟として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。勇者の下で燻っているのは勿体無いってさ。やっぱり、分かるやつには分かるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、それで、想像以上の軍勢も作れたし……だから、だから絶対、あんたを殺せると思ったのに! 何だよ! 何なんだよっ! 何で、六万の軍勢が負けるんだよ! 何で異世界にあんな兵器があるんだよっ! なんでお前が生きてんだよっ!」

「そりゃあ、あの程度の窮地で死んでたらいくら残機があっても足りんしなぁ」

 

  憎しみのこもった目で自分を睨め上げる清水幸利に、先生は肩をすくめて答える。ふざけたその態度に、清水幸利はギリギリと歯を鳴らした。

 

  妬みや苛立ち、憎悪……様々な負の感情がないまぜになって狂気を宿すその目に、私はかつての自分を見ている気がした。まだ幼く、先生に拾われたばかりの私を。

 

 だから……

 

「ーーえ?」

「……辛かったですね、清水くん」

 

  私は、清水幸利をそっと抱きしめた。背後で南雲くんたちが驚き、そして私のやり方を知っている先生たちが面白そうに笑うのがわかる。

 

「お、おいっ、何やってんだよ!?離せよ!?」

「いいえ、離しません。傷ついた生徒を離せるものですか」

 

  さらに強く抱きしめれば、ビクッと清水幸利は震え、その後徐々に落ち着きを取り戻して大人しくなっていく。私はそのまま話し始めた。

 

「あなたには多くの不満があったのでしょう。誰にも認められない苛立ち、皆に賛美される勇者への妬み、思う通りにいかない怒り……私はその全てを肯定します。それは人として当たり前の感情だ。あなたは間違っていない」

 

  自分の行動を肯定されたことに、清水幸利が息を飲むのが聞こえた。続けて耳元で囁く。

 

「憧れ、妬み、恐れ、憎んで、そして超えようとした。その欲望はあって当たり前のこと。だってそれが、心のある人間の(さが) なのですから」

「な、なんだよ……わかったようなこと言うんじゃねえよ……どうせ、俺の気持ちなんかわからねえくせに……」

「いいえ、わかります。私にはその気持ちがよくわかる」

 

  はっきりとした声で告げる。その意思の強さが伝わったのか、清水幸利は押し黙った。

 

「………清水くん。今の先生には、前世の記憶があります」

「……は?」

 

  今度は、呆然とした声を上げる清水幸利。それは背後にいる先生たちも同じであり、先生は「ヒュゥ、そこまで言っちゃうか」と楽しげに言った。

 

「そして私の振るう力は、前世において生まれたもの。私の嫉妬や怒り、憎悪が生み出したものなのです」

 

  そう。もとよりこれは負の感情を具現化する闇の呪法であり、それが意思を持ち、一個の存在として形を成したのがヴェノムの正体だ。

 

  まだ、先生に拾われて間もない頃。理性など曖昧で、感情で物事を考えてしまう幼子だった時、これは私の中から生まれ落ちた。

 

  その頃の私の中には、強い負の感情が渦巻いていたのだ。もし先生に拾われていなかったら、狂人になっていたと確信できるほどに。

 

「私を捨てた両親、みすぼらしい私を見て嗤い、時に痛めつける者たち、そんなことなど何一つ知らずに、陽の下で幸せそうに暮らす人々。私はその全てに暗い感情を抱いていた」

 

  羨望は悲観になり、悲観は憤怒へと塗り変わって、いつしか憎悪となった。そして闇の呪法は、そんな私の黒い心から悪意の化身(ヴェノム) を作った。

 

「他の誰もが幸せそうに暮らしているというのに、なぜ私ばかりが苦しまなくてはいけないのか。なぜ私ばかりが孤独でなくてはいけないのか。私はいつもそう考えていました」

「……………そう、なのか?」

「ええ……ですから私にはわかります。あなたの中にある全ての負の感情が、誰よりも理解できる。故に言いましょう。やり方は間違えど、その心は理不尽に否定される理由はないと」

 

  ゆっくりとした口調で、優し手つきで、甘い声音で、清水幸利の心に入り込んでいく。それはまるで、気がついたら命を貪っている毒のように。

 

「だからこそ、私には今のあなたに必要なものもわかる」

「……え?」

 

  一旦言葉を止め、一拍置いてから、私はそれを告げた。

 

「それは、あなたを理解してくれる人です」

 

 

 ●◯●

 

 

「…………………俺を理解してくれるやつ?はっ、そんなのいらねえ「では、何故〝見返してやる〟などと言ったのですか?」……え?」

「あなたは自分で言っていましたよ、〝見返してやる〟と。それは〝誰かに自分の存在を見せつけたい〟という欲求に他ならない」

「っ!?」

 

  清水幸利が瞠目した。しかしすぐにまくしたてる。

 

「だ、だから魔物の大群を作って、あんたを殺して魔人族に俺の力を見せようと……」

「ええ、そうでしょうね。でも、彼らは本当に〝あなた〟を見てくれるのでしょうか?」

「……どういうことだよ?」

 

  まるで何かを焦るような声音の清水幸利に、私は言う。

 

「彼らが目当てにしてるのはあなたの〝力〟であって、〝清水幸利〟ではない、ということですよ。つまり彼らにとって、あなたはただの強い()()でしかない」

「そ、そんなはずない!だってあいつは、俺を魔人族側の〝勇者〟として讃えるって……」

「それはあなたの気をよくするために言った方便に過ぎない。〝勇者〟として祭り上げても所詮、 彼らの都合のいい操り人形……つまり、使えなくなればそのうち捨てられる〝奴隷〟になるだけです。あなたはそれでいいんですか?」

 

 そこに、あなたの求めた栄光はない。

 

  そう事実を突きつければ、ふっと清水幸利の体から力が抜けた。そうするとブツブツと何事か呟く。

 

  それを聞こうとして……不意に殺気を感じて、清水幸利を守るようにヴェノムを展開した。次の瞬間、青い水のレーザーがヴェノムにぶつかる。

 

  数秒間それを防ぎきり、ヴェノムを解除すると攻撃をしてきた相手を見る。すると、遠い場所で耳の尖った男が魔物に乗り込み、飛び立とうとするところだった。

 

「任せておけ」

 

  私が何かをする前に、ルイネが龍の翼を広げると飛んで逃げようとする魔人族と思しき男を追いかけていった。

 

  ルイネに任せておけば問題ないだろうと、私は清水幸利に向き直る。すると案の定、清水幸利は信じられないものでも見るような顔をしていた。

 

「ほら、これでわかったでしょう?あなたは彼らにとっては使い捨ての駒でしかない」

「くそ、あいつら舐めやがって……俺を殺そうとしやがった……俺は、俺は特別なんだ、それなのに……」

「いいえ、清水くん。この世界の誰も特別などではない。あなたも私も、ただの人間の一人です」

 

 そう言うと、清水幸利は鼻で笑う。

 

「……ふざけたこと言ってんじゃねえぞ。あんな強い力持ってて、なに言ってんだよ」

「ですが、それは負の感情から生まれたもの。あなたが私を殺すため、魔物の群勢を作ったように。ほら、唯一の特別なものではないでしょう?」

「………それは」

「つまり、私もあなたも同じなのです。同じように弱い、ただの人。それは天之河くんや彼らだって同じこと」

 

  少し体を離し、振り返って先生たちを見る。先生たちは私の言葉を肯定するように、笑いながら、あるいはやれやれと肩をすくめた。

 

「〝特別〟とは、力の優劣で決められるのではない。その力を振るう〝心〟が、人を特別にするんです」

「……心だぁ?そんなんが、何になるってんだよ」

 

 疑うような口調で言う清水幸利。それに私は昔を思い返しながら話す。

 

「……私がこの力を破壊のためだけに使わない心を持てたのは、そばにいてくれる人がいたからです。その人がいたから、私は間違えても進んでいけた」

 

  かつて(ヴェノム) を手に入れた私は、私を傷つけた人間たちを心の赴くままに傷つけた。そして彼らを殺す寸前になってようやく、自分が何をしたのか自覚した。

 

  人を殺そうとした自分があまりに恐ろしくて、壊れかけた時……先生が抱きしめてくれた。その温もりがあったから、私は壊れなかった。

 

「誰かに理解してもらい、支えてもらう。それはとても大切なことです。その誰かがいれば、たとえやり方を間違えてもやり直せる。そうしてやり直し続けて、初めて人は〝特別〟になれる」

「……でも、どうしろってんだよ。俺にはもう、魔人族しか………」

「私がいます」

 

  断言する。清水幸利の顔が、今日何度目かになる驚きに満ちたのがわかった。

 

「本当の意味であなたを誰も見ないというのなら、私が見ましょう。私が支えましょう。私があなたを、〝特別〟にする」

「そ、そんな口からでまかせ言ったって信じねえぞ!」

「いいえ、でまかせではない。望むなら、あなたを天之河くんより活躍させるようにしてもいいです」

 

  強く、有無を言わせぬ口調で断言する。口をつぐむ清水幸利。

 

  私には、正しさを説く資格はない。いかな悪人とはいえ、多くを守るために人を殺し続けた私に、はっきりとこれが正しいなどというものはわからない。

 

  それならせめて、寄り添いたい。たとえ導くことはできなくとも、寄り添い、共に歩んでいくこと。それなら、私にだってできる。

 

「……俺を、あいつより?」

「ええ、あなたが心からしたいことなら。そのためなら私は……〝先生〟は、力の限りあなたをサポートします。あなたを誰より認めますし、信じます。だから……私を信じてくれませんか?」

 

  もう一度抱きしめて、細かく声音を調整しながらそう訴える。それはまるで、前世で籠絡してきた数多の暗殺対象のように心に響くような声で。

 

  そうすることしばらく。小刻みに清水幸利の体が震え始めた。変わらず抱きしめ続けると、清水幸利が声を漏らす。

 

「……あんた、あんたバカだろ……俺は、あんたを殺そうとしたんだぞ……? 俺が勇者になるために……それなのに、なんでそんなこと言えんだよ……」

「決まっています」

 

  私が前世の話をしてまで、そしてそこで培った技術まで使って、あなたに訴えかけるのは……

 

「私は、あなたの先生ですから」

「……!」

「教師というのは、力の限り生徒に寄り添う存在です。間違えた時は慰め、ともに進む存在です。少なくとも、私はそう思っています」

 

  だからあなたが、私の生徒である限り。私はあなたを助けよう。かつて間違いを犯した私が、先生に許されたように。同じ間違いを犯したあなたを、私が許そう。

 

  その想いとともに、彼の返答を待つ。たとえ日が暮れても待ち続けよう。彼が答えを出せるまで、いくらでも寄り添ってやる。

 

「……ちくしょう………んだよ、これ……こんな話、どうでもいいはずなのに……」

「……………」

「んな、信じるなんて言われたら……こんな抱きしめられたら……信じてみたくなるじゃねえかよ……」

 

  その言葉に、思わず私はホッとした。そして手の中でそっと、服の中から抜き取っていた、彼が隠し持っていた毒針を握りつぶす。

 

  肌を介して清水幸利の感情を読み取るが、もう攻撃の意思はない。これならもう心配はいらないだろうと、私は清水幸利の頭を撫でながら後ろを見た。

 

〝どうですか、南雲くん。これが私の〝先生〟です〟

〝……負けたよ。あんたは本物の先生だ。絶対改心なんかしないと思ってたんだけどな〟

 

  やれやれ、と肩をすくめる南雲くん。

 

  確かに彼のいう通り、改心させたわけではないだろう。どちらかというとこれは、前世のスキルで陥落させたと言った方が正しい。

 

  今はそれでもいい。これから私は〝畑山愛子〟として……そして〝マリス〟として、彼と向き合っていく。いつか夢に見た、〝先生〟になるために。

 

  その意思が伝わったのか、少し以前の彼のように微笑んだ南雲くんは〝宝物庫〟から魔力駆動四輪を取り出した。

 

  そこで、タイミングよくルイネが戻ってきた。その表情は申し訳なさそうだ。

 

「すまない、逃げられた」

「まっ、逃しちゃったもんはしょうがないっしょ。ほら、乗った乗った」

 

  先生に促されたルイネは、少し悔しそうな目をしながらも翼をしまい、車に乗る。続いて他の者たちも乗り込み始めた。

 

  全員が乗り込み、瞬間移動してきた小娘を抱え、ウィル・クデタを肩に担いだエボルトが乗ると、最後に先生がステップに足をかける。

 

 私はすかさず〝念話〟をした。

 

〝行ってしまうのですか?〟

 〝おう、俺たちは面倒なことになる前にトンズラするぜ。もう心配はいらねーみたいだし〟

 

  顔だけ振り返った先生は、ちらりと私の腕の中でおとなしくしている清水幸利を見る。私はふっと微笑んで頷いた。

 

〝ええ、後のことは任せてください。きっと彼を良い人間にします〟

〝そうかそうか。いやー、俺は娘が立派な教師になって嬉しいぜ………それじゃあ、またいつか会おうぜ〟

 

  ピッとジェスチャーをした先生は運転席に乗り込み、ドアを閉めると発進させる。そしてまっすぐフューレンの方に走っていった。

 

  私はそれを、見えなくなるまで見続けた。やがて音すら聞こえなくなると、清水幸利を促しながら立ち上がる。

 

「さあ、帰りましょう清水くん。皆が待ってますよ」

「お、おう」

「いやー、いいもの見せてもらいましたわ」

「すごかったなー」

 

  清水幸利ににこりと笑いかけ、その手を引いて街の方に歩き出す。 後ろから静かに静観していた兄妹が付いてきた。

 

  さて、これから色々と大変だ。清水幸利がここにいる言い訳や、先生たちのこと……はおそらく、あのエボルトが何かしているだろう。

 

  まあ、なんにせよ……今は一人生徒を殺さないで済んだことの満足感に、少し浸りながら歩こうか。私が初めて子供に〝教えた〟日だ。

 

「……待っててください、お父さん。また次に会うときには、もっとすごい〝先生〟になってみせますから」

 

  そう呟きながら、私は街に向かうのだったーー。

 

 

 

 

 




はい、清水は生存させました。とりあえず終盤までは生き残らせます。
なぜ彼を生存させたかといえば……まあ自分と重なる点がいくつかあったからですね。小、中、高と明確ないじめとまではいかずも、色々とあって、彼と同じ状況に置かれたら多分同じようなことを思うかもしれないな、と思うとなんだかそのまま殺すのはなんだかなと思ったので。
それはともかく、これで第3章は終わりです。さてさて、次の番外編は……どうしよう、美空と香織の百合でも描くか?()
お気に入りと感想をお願いします。


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【幕間】
騎士の休日 前編


期末テストバルスッッッ!!!
どうも、ビルドライダーを表すとするなら戦兎は「戦う学者」、万丈は「猪突猛進な戦士」、カズミンは「カシラな傭兵」、幻徳は「誇り高い騎士」と考えている作者です。

今回の番外編第一弾は、メルドさんとセントレアの話です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

「……むう」

 

  王宮に隣接した騎士団本部。その執務室で、メルドは難しい顔で唸り声を漏らしていた。

 

  彼の前にあるのは、机を埋め尽くすほどの便箋の山。その全てがこの世界では高価な上質な紙に、美しい模様が描かれたものだ。

 

  メルドはその一つ一つを手に取り、中身を読むたびに眉をひそめる。そして最後まで読み終えると、返答の手紙を書き、次のものに移った。

 

  これらは全て、メルドへの求婚の書状である。便箋の豪華さから分かるように、主に下流〜中流の貴族の令嬢からであり、数は百を超える。

 

  言うまでもないことだが、メルドはこのトータスにおいては最強クラスの戦士だ。その武勇は国中に轟いており、一部の人間は崇拝すらしている。

 

  平民でありながら叩き上げで騎士団長まで上り詰め、加えてこのカリスマ性と人好きのする性格。そんなメルドには常に求婚の書状が来ていた。

 

  しかし以前は4〜5通、多くて10といったものだった。ではなぜ今、それのおおよそ十倍以上の数の求婚の書状が来ているのか。

 

「まさか光輝たちがいることで、こんなことになるとはな……」

 

  そう、それは紛れもなく、異世界からの勇者たちの存在が原因である。

 

  知っての通り、メルドは光輝……つまり勇者()の師匠のようなものである。剣技を教え、時にメルド自身が光輝と戦うことによって鍛えてきた。

 

  〝勇者の師匠〟。この光輝たち異世界人と同等のブランドは、競争の激しい二流、三流の貴族たちにはまさに最高級の装飾品のようなもの。

 

  さらに騎士団長という立場以外権力のない平民かつ、三十を超えて未だ独身。これを狙わない手はなく、多くの令嬢が言いよっていた。

 

  しかも光輝にステータスで大きく負けているが、未だ一度も敗北はしていない。その強さがより拍車をかけ、現状に至っている。

 

「俺自身に来ている以上、副団長のやつにも押し付けられんしな……」

 

  いつも大抵の書類仕事を副団長の男に押し付けているメルドだが、こればかりはどうあろうと避けられない。

 

  いくら騎士団長とはいえ、メルドの身分は平民。下手に無視などして、同じ平民の多い部下たちにちょっかいでもかけられては面倒だ。

 

  だから苦手な敬語文を使い、せかせかと手紙を書いていた。朝から始めて、かれこれ三時間が経過しようとしている。

 

「まったく、貴族の方々は。このような時世に権力争いなんざやってる場合か……」

 

  この求婚には、今ある地位の他にももう一つ目的がある。それは魔人族との戦いが終わった後の、令嬢たちのパワーバランスだ。

 

  メルドはトータスの人間の中で最強の戦士の一人、そのためいずれ来たる魔人族との戦争においても大きな武勲を立てるだろう。

 

  その時、メルドの妻となっている令嬢は大いに権力を持つ。つまりこれは、令嬢間のカースト争いでもあるのだ。メルドとしては大迷惑である。

 

  ブツブツと愚痴を言いながらも、メルドの手は止まらない。なんとしてもあと二時間……正午までには終わらせなくてはいけないのだ。

 

  手紙を読んで大体の概要をつかみ、家名を見て言葉を少しずつ変えて返事を書き、を繰り返すこと二時間。

 

「お、終わった……」

 

  そう言いながら、メルドはリクライニングチェア(シュウジ作)に背中を預けた。机の上には、手紙と同じ数の返事の便箋が並んでいる。

 

  メルドは机に羽根ペンを置き、脱力した姿勢になると普段は戦闘以外に使わない頭のジンジンとした痛みとともに深く息を吐き出した。

 

「時間は……なんとか間に合ったか」

 

  机の端に置いてある時計(シュウジ作)を見て、メルドは呟く。その時計の隣には、今日の日付に大きく丸がされた暦が鎮座していた。

 

  10分ほどして、頭痛が治るとメルドは立ち上がり、ラフな部屋着から予め用意してあった服に着替える。普段のメルドなら着ないようなものだ。

 

  着慣れない上質なジャケットにメルドは「むぅ…」と唸りながらも、護身用の短剣を持つと部屋を出る。そのまま外へと向かった。

 

  建物の外に出れば、青く澄んだ空が広がっている。メルドは戦闘中でもなければさして天気を気にするわけではないが、今日ばかりは良かったと思った。

 

「さて……」

 

  メルドは視線を、空から門へと移す。王宮に隣接しているだけあって、それなりに立派な造形の大きな門だ。

 

  その門のところに、門番以外に一人の人物が立っていた。メルドはその人物に近づいていき、カチコチに固まっている背中に声をかける。

 

「すまん、待たせた」

「ひゃうっ!?」

 

  メルドの声に飛び上がったその人物は、奇妙な声を発した。恐る恐ると言った様子でメルドの方を振り返り、元から赤かった顔をさらに赤くさせる。

 

「め、メルド!いや、待ってなんかないぞ!」

「そうか……」

 

  あわあわと慌てるその人物……セントレアに、メルドは答えながら門番に目配せする。すると門番は一時間前からいましたよ、とアイコンタクトした。

 

  やっぱりか、と思いつつ、待たせてしまったことに少し罪悪感を覚えながらも、メルドはどことなく嬉しそうな微笑みを微かに浮かべる。

 

  今日は、メルドの休日である。いかな魔人族との戦いの最中、最強の騎士団長といえど、人間である以上休みは必要だ。

 

  そして休日は、月に二度ほど恒例のセントレアとのデー………ではなく、お出かけの日であった。急いで手紙を片付けたのはそのためだ。

 

  今一度、セントレアの格好を見るメルド。セントレアはいつもの鎧姿とは打って変わって、年頃の女性らしい服に身を包んでいた。

 

  淡い桃色のキャミワンピースに白いカーディガン、しなやかな足を包むのはベージュ色のロングブーツ。右肩には白いポーチをかけている。

 

  ストレートに降ろした髪に、花をあしらった髪飾り。首には小さなペンダントが光っていて、大きなおっ…胸に隠れかけている。うわっやめろなにをす(ry

 

  知らないものか見れば、どこぞの令嬢かと見紛うほどの可憐さ。そのコーディネートは、セントレアの美しさを一段階引き上げていた。

 

  そんなセントレアを見た、メルドの感想は……

 

(ふむ……有り体に言って、最高だな。昔から可愛いとは思っていたが……)

(ど、どうだろう?雫や女性団員たちに手伝ってもらい、精一杯着飾ったが……可愛いとか思ってもらえてるだろうか?)

 

  至極真面目な顔で、そう考えるメルド(※付き合ってません)。対するセントレアは、ソワソワとしながらメルドの反応を待っていた。

 

(可愛いぞ、くらい言ってやりたいが……まあいくら幼馴染とはいえ、7つも年上の男に言われても嬉しくないだろう)

 

「セントレア、似合ってるぞ」

 

  だが、そこは変な遠慮をするメルド。普段の豪放磊落な性分はどこへ行ったか、〝可愛い〟ではなく〝似合っている〟という言葉で誤魔化した。

 

  だがしかし、たとえ〝可愛い〟でなくとも十分セントレアには有効であったようで、さっと顔を逸らすとニヤニヤする口元を隠す。

 

(似合ってるって!似合ってるって!それはつまり、可愛いと言っているのと同じだよな!ありがとうみんな!)

 

  内心で雫や女騎士(彼氏いる勢)に感謝するセントレア。この日のために3日前から準備を重ねていただけあって、嬉しさも大きかった。ちなみにいつもは一週間かかっている。

 

「そ、その、なんだ……お前も似合ってるぞ、メルド」

「む、そ、そうか」

 

  なんとか顔を元に戻したセントレアも、メルドを褒める。メルドが着ているのはカッターシャツに上品な藍色のジャケットとズボンである。

 

  シンプルな組み合わせだが、セントレアの目にはこの世で最も男らしいオーラを纏っているように見えていた(フィルターがかかっております)。

 

「それじゃあ、行くか」

「あ……う、うむ!」

 

  メルドが腕を差し出し、セントレアがそれにポーチを持っていない方の腕を絡める。そうすると二人は、城下町の方に向けて歩き出した。

 

「今日はいつもより遅くてすまんな」

「いや、別にどうということもない。先ほども言った通り、そう長く待ってないからな」

 

  セントレアに歩幅を合わせながら、メルドは謝る。メルドのたくましい腕の感触にドキドキしながらも、セントレアは表面上は平静を装って返答した。

 

「いつもより、貴族の方々からの手紙が多くてなぁ」

「……む、そうか」

 

  一瞬前の表情は何処へやら、少し不満げに小さく頬を膨らませるセントレア。

 

  幼い頃から想いを寄せている彼女としては、その話はあまり面白くない。仕方のないことだとわかっていても、嫌な気持ちは誤魔化せないのである。

 

  そんなことに全く気がつかないメルドは、セントレアの顔を見て、長く待たせたせいで疲れさせてしまったか、などと見当違いなことを考える。

 

(ふむ……ちょうど俺も腹が減っているし……そうだ)

 

「なあセントレア、まずはどこかで昼飯を食わないか?ほら、最近良さそうな店を見つけたとか言ってただろう?」

 

  二人の休日の過ごし方は、だいたいどちらかの話の中で気になった所か、巡回中に見かけて良さげだと思った場所へ行くというものだ。

 

  そしてメルドは、数日前セントレアが訓練の休憩の際話していた、最近王都にできたという店のことを思い返していた。

 

「へ……あっ、そうだな!昼時だものな!」

「よし、それじゃあ行くか」

 

  同様にその時のことを思い出したセントレアは、ふくれっ面から一転、顔を輝かせると元気良い声で答える。

 

わ、私との話を覚えててくれた……ふふっ♪

(この表情、やはり疲れていたのか。いくら騎士とはいえ、こいつも女だものな)

 

  上機嫌につぶやくセントレア。また頓珍漢な考えを巡らすメルドは、思わぬところでセントレアの機嫌を直すことに成功していた。

 

  セントレアの案内のもと、二人はその店へと向かう。店は大通りから少し外れたレストラン街にあり、物静かな雰囲気が漂っている。

 

「ここか?」

「ああ。なんだかふと気になってな」

 

  ワクワクしているセントレアに、メルドはその店を見る。赤い壁にカラフルな看板、そこに書かれている店の名前は……〝nasubi(ナスビ) 〟。

 

  セントレアに促され、メルドは扉を開ける。すると、魔法か何かでゆったりとした音楽が流れる、シックな装いの店内があらわになった。

 

「いらっしゃい。席ならカウンターが空いてるよ」

 

  ちらほらと客が見える中、店主と思しき男がメルドたちを見てそう言った。言われるがまま、二人はカウンターの席に腰を下ろす。

 

  見慣れない内装に二人が店内を見渡していると、パタパタと音を立てて店員が注文を取りに来た。二人はそちらを振り返り……瞠目する。

 

「ご注文はお決まりですか〜?」

「み、美空!?」

「なぜここに……」

 

  給仕服の少女……美空に、二人は驚きをあらわにする。それに美空は「バイト♪」と悪戯っぽく笑った。

 

「ベルナージュ様の口利きでね、王都にいる間だけやらせてもらってるの」

 

  現在メルドら引率の報告書を含め、美空たちは一度王都に戻っていた。理由はある一定の階層以下の魔物が急激に強くなり、休養をとるため。

 

  そしてもう一つは……以前ホルアドでのブラッドスターク、そしてスタークが連れる謎の怪物、〝スマッシュ〟の襲撃に対する警戒だった。

 

「な、なるほど……だが、平気なのか?美空は美しいし、勇者一行の仲間だ。変な事件に巻き込まれたりしたら……」

「そうだ。なんなら護衛でも……」

「心配してくれてありがと。でも訓練以外の時間、何もしないのも落ち着かないし……それに」

 

  美空はテーブルに指を添えて、ふっと懐かしむような微笑みを浮かべる。

 

「ここにいると、お父さんのお店をお手伝いをしてるの、思い出せるから」

「……そうか」

「なら、文句は言えんな……」

 

  苦い顔をする二人。二人は国に仕えるものとして一応エヒト神の信仰をしてはいるが、妄信的な教会の人間と違い特に深く思い入れがあるわけではない。

 

  故に、元の生活を奪って戦いの道具にしていることに、心苦しさを感じている。だからその発言を聞いて、まっとうな人として駄目とは言えなかった。

 

「そ、ん、な、こ、と、よ、り。二人はそーんなおしゃれな格好してどうしたの?デート?デートだよね?」

「む」

「んなっ!」

 

  物憂げな表情から一転、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、美空はメルドとセントレアの顔を交互に見やる。恋バナ好きなJKとしては見過ごせなかった。

 

  デートと言われた二人は、メルドは少し恥ずかしそうに後頭部をぽりぽりとかき、セントレアはあからさまに赤い顔であたふたとする。

 

「なるほど、セントレアさんの方がデートって意識が強いわけね。んふふ、乙女だし」

「ち、ちちち違うぞ!だ、断じて私はで、デートにゃどとっ!」

「はいはいごちそうさま。それで、何にする?」

 

  ニマニマと笑いながら、本来の目的を果たす美空。変わり身の早さは、普段の彼女とネットアイドルの時のテンションの違いレベルに早かった。

 

  石動美空17歳、他人の恋路が気になるお年頃である。

 

「私のオススメはパスタだけど」

「じゃあ、それをもらおうか」

「ああ、私もそれでいい」

「おっけー。パスタ二つ入りまーす」

 

  楽しそうに軽い足取りで厨房に向かう美空に、二人は互いの顔を見合わせクスリと笑った。

 

  それから程なくして運ばれてきたパスタは、美空がお勧めというだけあってとても美味だった。あっさりした味付けで重くなく、昼食としてはぴったりだ。

 

「上手いな、これ」

「ああ。やはり私の目に狂いはなかった」

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいな」

 

  カウンターに肘をついて笑う美空。その発言から、このパスタは彼女が作ったことを二人は悟る。

 

「二人は幼馴染なんだっけ?」

「ああ。といっても、7つも離れてるから兄妹みたいなものだ」

「ムグムグ、まあ、そんなところだ」

「そっか。いいよね幼馴染って。互いのことをよく知っててさ」

 

  二人の顔を交互に見ながら美空は言う。彼女の脳裏には、いつもふざけてばかりの男と、普段は気弱だか自分のことを第一に考えてくれる愛しい少年の顔が浮かんでいた。

 

「……そういえば、シュウジ殿とハジメ殿は、美空殿の」

「あー、そう言う暗い雰囲気にならなくていいよ。あの二人が死ぬわけないし。っていうかシュウジがあれば大体なんとかなるし」

「そこはあるではなくいるではないのか?」

 

  今もハジメに突っ込まれながら適当に楽しくやってるんだろうなー、と言う美空。そこに全く悲壮感はなく、言葉通り生存を信じきっている。

 

  そしてそれは、二人も同じことであった。この世界に来て初日のエボルトとのパフォーマンスや戦闘技術。たとえ明日魔族が攻めてきても余裕で倒しそうだ。

 

  それから二人が食べ終わるまで三人は幼馴染談義をし、店に来てから30分ほど経過したところで会計するのに席を立った。

 

「お会計は二千ルタです」

「うむ」

「ああ」

 

  二人はポケットとポーチから財布を取り出す。そしてふと互いの財布を見て、全く同じ形、同じデザインのものであることに気がついた。

 

「メルド、お前もそれを使っているのか」

「ああ。流石にボロくなってきて、買い換えた」

「そうか、私もだ………ふふ」

 

  急に笑ったセントレアに、メルドと美空は首をかしげる。

 

「どうした?」

「いや……お揃いだと思ってな」

 

  見るものが見ればお金さえ取れそうな笑顔で、メルドを見上げるセントレア。あまりに綺麗なその顔に、メルドは今日三度目になる照れ隠しをした。

 

(ふーん、こっちも意識はしてると。これはニヤニヤ案件〜)

 

  キュピーンと目を光らせる美空。石動美空17歳、他人の恋路がとても気になるお年頃である。

 

  そんな美空の視線はつゆ知らず、二人は会計をすませると店を後にした。側から見るとカップルにしか見えない二人の背中を見送り、美空は仕事に戻る。

 

「それで、次はどこへ行く?」

「実は俺も、少し気になるところがあってな」

 

  今度はメルドがセントレアの手を引いて、ある場所に向かっていく。

 

  向かう先はレストラン街の反対に位置する、大通りよりさらに喧騒の大きい歓楽街。その道の一番奥に建造された、ひときわ大きい建物。

 

  その建物の周りでは無数の屋台が立ち並び、建物……舞台劇場に入っていく人々に呼びかけて、酒や間食などを売っている。

 

  そして、劇場の外壁には大きな垂れ幕が下がっており、新しい劇を公演していることが大きく描かれていた。下には公演の時間も書いてある。

 

「次の時間は……あと10分後だな。席は取ってあるし、先にあっちにいくか」

 

  メルドは引き続きセントレアの手を引いて、とある場所へ向かう。ちなみに人混みの間を通り抜ける間、周囲から微笑ましい視線が向けられていた。

 

  食べ物を扱う露店から外れ、自作の服やアクセサリーなどを売っている区画に入る。その中でメルドが目指すのは、それなりに大きな露店。

 

  その露店では、帽子を売っていた。様々な種類の帽子が積み重ねられ、その中心で艶のある濃紺の長髪の女が帽子を縫っている。

 

「おう」

「あら、騎士団長様、じゃない」

 

  メルドが声をかけると、帽子を縫っていた店主の女はゆったりとした動きで顔を上げた。その拍子に見えた美貌にセントレアは息を飲む。

 

「今日は、可愛い彼女さんを連れて、どんなご用かしら」

「彼女じゃない、幼馴染で同僚なだけだ」

「あら、そうなの。ねえ、そうなの女騎士さん?」

 

  退廃的な雰囲気を持つ女性は、のんびりとした口調でセントレアに問いかける。セントレアは真っ赤な顔でブンブンと頭を横に振った。

 

「あら、残念。お似合いなのに」

「にゃ、にゃにをっ!」

「からかうなよ。それより、アレまだあるか?」

「ええ、あるわよ。騎士団長様が、熱心に眺めてたから、残しておいたわ」

 

  マイペースな動きで縫いかけの帽子を置くと、女は一つの帽子を取り出して差し出す。ピンク色のリボンがついている、幅広の白い帽子だ。

 

「四千ルタ、ね」

「わかった」

 

  メルドは帽子を受け取ると女に金を払い、おもむろにセントレアに差し出す。いきなり帽子を差し出されたセントレアは目を瞬かせた。

 

「これ、被ってみろ」

「い、いや、だが私は……」

「いいから、ほら」

 

  遠慮するセントレアに、メルドは無理やり帽子をかぶせた。「わっ!?」と声を上げるセントレア。

 

  しばらくあたふたとして、少し落ち着くとセントレアは恐る恐る帽子に触れた。そして微妙に調整し、違和感のない位置に被り直す。

 

「……ど、どうだ?」

「わ。とっても、良い」

「やっぱりな。一目見た時からお前に似合うと思ってたんだ」

「……そうか」

 

  褒められた恥ずかしさから、セントレアは帽子のつばで顔を隠す。年頃の少女のようなその仕草に、メルドは思わずキュンとし女は笑った。

 

「さて、そろそろ公演の時間だ。劇場にいくか」

「ああ」

「また、ね。騎士団長様と、可愛らしい女騎士さん。帽子を買うときは、ご贔屓に」

 

  手を振る女に挨拶し、二人は劇場の前まで戻る。心なしか、セントレアがメルドに近づいていた。

 

「その、メルド」

 

  しばらく歩いていると、ふとセントレアが声を出す。目線をそちらにむけるメルド。

 

「ん? なんだ」

「……ありがとう」

「帽子のことか?」

「ああ。私にはこういうもの、あまり似合わないからな」

 

  少し残念そうに言うセントレア。騎士として忠誠を国に捧げた彼女ではあるが、当然普通の女性らしい心もある。

 

  だが正義感と責任感の強さからどうしても騎士としての職務や鍛錬を優先してしまい、いつしか私に女の子らしいものは似合わない、と思うようになった。

 

  そのため他の女騎士と違って普段はこのように着飾ることもない。だからメルドにこの帽子が似合っていると言われたのは嬉しかった。

 

  ちなみに、彼女が女の子らしい服を着ない理由の半分以上は腹筋が割れてるかr(ピチュン

 

「何を言ってる。お前は立派な女だろう」

 

  それに対して、メルドは少し呆れ気味にそう即答した。内心ではむしろこいつが女でなかったら他の奴らなど女ではない、などと考える。

 

  メルドの言葉に、セントレアの方がぴくりと震えた。そうすると帽子の陰から、メルドの横顔を見上げる。

 

「……本当にそう思うか?」

「ああ。幼馴染の俺が断言する」

 

(本当は一人の男として、と言いたいところだが……まあ、これくらいがちょうど良いだろう。こいつも若いし、幼馴染とはいえ俺みたいなおっさんにあんま褒められるのもあれだろうし)

 

  またも内心遠慮して答えるメルド。セントレアは数秒ジッとメルドの顔を見ると、目線を落として呟いた。

 

「……幼馴染、か。今は、それで良いか」

「?なんだって?よく聞こえんかったぞ?」

「なんでもない。早く行こう、始まってしまうのだろう?」

 

  セントレアが少し早足になる。メルドは一体なんだ?と首を傾げながら、彼女の隣に追いついて歩くのだった。




後編に続きます。
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騎士の休日 後編

すみません、テストとか色々あって長らく更新が途切れました。
かぐや様は告らせたい、めっちゃ面白いです。特に今回の9話はサービス?回もあってか、いつも高い作画レベルが特に高かった気がします。
それはさておき、今回は前回の後半です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

「いやぁ、面白かったな!」

「うむ、そうだな」

 

  三時間に渡る劇を見終え、会場から出てきたメルドの第一声はそれだった。

 

  メルドの顔には普段の活発さとは違った、ワクワクとした笑顔が浮かんでいる。目はまるで年頃の少年のようにキラキラとしていた。

 

  それはメルドたち同様、公演を見た他の男性客も同じである。中には涙ぐんでいるものもおり、さすがは公開から二週間足らずで満席となるほどというところか。

 

「1,500年に渡る旅の末、主君に聖剣を還した騎士。これほまさに忠義!やはり俺の目に狂いはなかった」

「友だった弓使いの騎士との戦いは、辛いものがあったな」

 

  良い酒を飲んでいる時か、強い相手と模擬戦をしている時以上に楽しそうに話すメルドに、セントレアは相槌を打ちながら微笑んだ。

 

  ちなみにこの劇は続きものであり、これまで五つの物語があって、メルドは公開されるたびに見ていたりする。その中でも今回は屈指のものであった。

 

  また、この劇は、セントレアも楽しめた。特にセントレアが見入ったのは、誰にも触れられない毒の体を持つ少女が世界を救う旅をする少年を密かに慕うところだ。

 

「む、いかん」

「?どうした?」

 

  劇の感想を交わしていると、不意にメルドが険しい顔をした。首をかしげるセントレア。

 

「どうやら、財布を落としたらしい」

「そ、それは大変だ!私も探そう!」

「いや、お前は入り口で待っててくれ。すぐに見つけてくる」

 

  一言断ったメルドは、踵を返すと会場の中に戻る。そして自分の座っていた場所にいき、財布を探し始めた。

 

「お、あったあった」

 

  幸い、すぐに財布は見つかる。財布を拾い上げ、表面をパンパンと叩くとポケットに入れた。そうすると会場を後にする。

 

  そのまま外まで出て、セントレアを探す。するとすぐに見つかった。すぐにメルドは近づこうとして……あることに気づいてピタリと立ち止まった。

 

「なあお姉さん、いいだろ?」

「いや、結構だ」

 

  セントレアは、一人の青年に声をかけられていたのだ。

 

  明らかに軽薄そうな青年は、視線を8割がたセントレアの胸に向けながら話しかけている。対する彼女は迷惑そうな顔であしらっていた。

 

  要するに、ナンパである。格好からして新米の冒険者であり、おそらく最近どこかの村から出てきたのだろう。普通なら〝天閃の白騎士〟をナンパなどしない。

 

「そう言わずにさ、俺これでも紫ランクなんだぜ?結構高いだろ?」

「興味ないな」

「つれないなぁ。別にちょーっと付き合ってくれるだけでいいんだぜ?そう、ほんの一日だけ……」

「あいにくと、先約があってな。さっさと何処かへ行ってくれ」

 

  その光景を見て、メルドの胸に、 ムカムカとした感情が湧いてきた。あのような男が彼女の前に立っていると思うと、非常に腹立たしくなる。

 

 要するに、独占欲である。

 

「俺のツレに何か用か?」

 

  それに従い、メルドはズンズンと荒い足取りで近づいていくと、後ろからセントレアの腰に手を回して引き寄せた。驚いて顔を上げるセントレア。

 

「あん?なんだよおっさん、俺は今……ってメルド・ロギンス王国騎士団長!?」

 

  悪態を築こうとした青年は、自分の目の前に立っているのが〝あの〟メルドだと気づくと途端に狼狽えはじめた。

 

  冷や汗をかいて動揺する青年を、メルドはやや鋭い瞳で見下ろす。民を守る騎士としては間違っているのだろうが、男として譲れないものがあった。

 

  青年はすぐにその視線に負け、へらへらとした笑みを浮かべると、「いや、別になんでも」と言って去っていった。フンと鼻を鳴らすメルド。

 

「セントレア、平気だったか?」

「…………」

「セントレア?」

 

  メルドが二度名前を呼ぶが、俯くセントレアからの返答は返ってこない。首をかしげるメルド。

 

(やばいやばいメルドに触られてる顔が熱い恥ずかしいでも守ってくれて嬉しいいや待て腹に触れてるということは私の腹筋がいやその前にこの前他の女騎士たちと結構ケーキ食べてもし脂肪がついてたらうわああああああああああああああああ!!!)

 

  ちなみに、セントレアの心境はこんな感じであった。激しく心臓を高鳴らせ、今にも湯気が出そうな赤い顔を見せまいとする。

 

  無論、戦闘中にピンチになって引き寄せられたことは何度かある。しかし、これはそれとは別だ。今にも心臓が破裂しそうであった。

 

  結局、セントレアがなんとか普通の状態に戻ったのは10分後だった。またナンパでもされては面倒なので、劇場の側から離れる二人。

 

「本当に平気か?」

「あ、ああ」

(大丈夫だから、あまり顔を近づけないでくれ。恥ずかしいからぁ……)

 

  心配そうに覗き込んでくるメルドに、ギリギリポーカーフェイスを維持するセントレア。そろそろキャパオーバーしそうである。(※まだ付き合ってません)

 

  歓楽街を抜けた二人は、中央広場に行くとそこで休憩することにした。劇は完成度が高く、その分頭を働かせたので少々疲れたのだ。

 

「ふぅ、ここは涼しいな」

「うむ」

 

  噴水のへりに腰かけた二人は、のんびりとした口調でそう言い合う。そのまま会話をせず、ほわほわとした雰囲気で心身を休ませた。

 

「あっ!メルドさんとセントレア姉ちゃんだ!」

 

  しかし、早々に休憩は終わりを告げた。

 

  セントレアを指差している少年を筆頭に、数人の少年少女が広場の入り口から駆け寄ってくる。そして二人の前にわらわらと集まった。

 

「おお、お前ら。今は散歩の時間か?」

「うん!二人は何してんだ?」

「まあ、俺たちもお出かけだ」

「へー!」

 

  活発そうな少年の頭を、メルドは優しく微笑みながら撫でる。慈しみ溢れるその表情に、デートだと少女達に絡まれているセントレアは横目に見てふっと笑った。

 

  この子供達は、王都にある教会で保護されている孤児である。止むを得ず教会の前に捨てられていたものや、あるいは親を亡くしたものだ。

 

  ちなみに、セントレアもそのうちの一人である。親を失い、塞ぎ込みがちだったセントレアを、メルドはよく連れ出していた。

 

  その後、遊びたがる子供達にセントレアは連れていかれてしまった。慌てながらも相手するセントレアを、メルドはぼうっと眺める。

 

「失礼」

「うん?」

 

  すると、不意にすぐ近くから声がした。

 

 

 ●◯●

 

 

  そちらを見ると、人一人分空いた場所に帽子を被った中年の男が座っている。鋭い眼光にアロハシャツ、ハーフパンツと、独特な風体の男だ。

 

「俺に何か用か?」

「騎士団長様がいたから、つい声をかけたくなってね。今は白騎士様とのデートかな?」

 

  陽気な口調で話す男。また先ほどの男と同じタイプかと一瞬思ったメルドだが、男の纏う雰囲気はあれとは全くの別物に感じた。

 

  ちらりとセントレアを見た男が、面白そうな声音で尋ねたことにメルドは答えようとするが、セントレアに聞かれていないので答えなかった。

 

「いいねぇ、その表情。良いものを見せてくれた例に、ちょっとした占いをしよう」

「占いだと?」

 

  不思議に思うメルドに、男はぴっとどこからともなく長細いカードを取り出す。そこに描かれているものを見て、男は頷く。

 

「ふむ、運命の正位置か……騎士団長さん。これから先、あんたには大きな変化が訪れるだろう」

「変化?」

「ああ。そしてそれは、人生を変える変革だ。ゆめゆめ、流されないよう気をつけることだな」

「人生を、変える……」

「ま、しがない占い師の戯言だ。心持ち程度に覚えといてくれ」

 

  「それじゃあ、チャオ」と言い残し、男は立ち上がると広場を去っていった。最後まで不可思議だった男の背を、メルドは見送る。

 

「セントレア姉ちゃん、また遊ぼーな!」

「ああ。帰り道には気をつけるのだぞ」

「「「はーい」」」

 

  男の言葉の意味を考えているうちに、セントレアが子供達と別れて戻ってきた。

 

「すまない、せっかくの日なのに」

「………」

「……? メルド?」

 

  何やら考え込んでいるメルドに、セントレアは首をかしげる。試しに手を振ってみるが、反応はない。ますます変に思うセントレア。

 

「おい、メルド。聞いているのか?」

「ん? うおっ!?」

 

  肩を揺すられて我に返ったメルドは、超至近距離にある少し不満そうなセントレアの顔に驚き、バランスを崩して後ろに倒れた。

 

  慌ててセントレアが手を掴み、なんとか噴水に落ちることは回避する。両者ともに、ほっと安堵の息を吐いた。

 

「すまん、助かった」

「いや……それより、どうかしたのか?あんなに呆けているのは珍しいではないか」

「少し、な」

 

  曖昧な言葉にセントレアは不思議に思いながらも、隣に座りなおす。メルドも一旦、占いのことについて考えるのをやめた。

 

「しかし、子供というのは元気なものだな。こと体力なら、私たち騎士と変わりないような気さえする」

「ああ。まったく羨ましいことだ、こちとらおっさんで大変だというのにな」

「そんなことはないぞ。メルドは渋くてカッコい……」

 

  そこでハッと我に返って、慌てて言葉を止めるセントレア。が、既に9割五分言ってしまったので意味もなく、メルドは照れ臭そうに頬をかいた。

 

(あああああ私としたことがやってしまったぁ!今日は失言が多すぎる!いくらだ……大好きなメルドとので、ででででデートとはいえ、浮かれすぎてはいかん!)

 

  既に十分浮かれていることを、彼女は自覚していない。

 

  あぅあぅと顔を赤くするセントレアと、むず痒い気持ちで体を揺らすメルド。二人を中心に、広場の中へ桃色の空気が広がっていく。

 

「なあそこの兄ちゃん。俺に壁を売ってくれよ………」

「ほう。この僕を殴り用壁専門の売人と見破るとは。貴方……同士(非リア)ですね?」

「ふっ、よくわかってるじゃねえか。で、10枚でいくらだ?」

「いえ、新たな同士に会えた感謝の印に、今回はタダでいいです」

「おお、ありがとよ兄ちゃん」

 

  ちなみにそんなやりとりをする二人組がいたとかいないとか。

 

  二人は30分ほど休憩(互いに照れまくっていてできたかは甚だ疑問だが)すると、広場から出て今度はセントレアの望む場所へと向かう。

 

「どこに行くんだ?」

「実は、これから向かうところは、本当は一人で行こうと思ってたんだ。でも……」

 

  そこで言葉を止めるセントレア。そして、ちらりと帽子の陰からメルドの顔を伺った。

 

「なあ、メルド。この帽子、似合っているか?」

「ん?なんだ急に。買った時も言ったが似合ってるぞ」

「じゃ、じゃあ……可愛いか?」

 

  んぐっと喉を詰まらせるメルド。似合っているという言葉ならさほどそれっぽくもないので平気だが、いざそういう単語になると別だ。

 

  無論、可愛くないと思っているわけではない。むしろ心の片隅では可愛いと常に叫ぶメルド(小)がいる。しかし羞恥心がそれ邪魔していた。

 

「ま、まあ……そうなんじゃないか?」

「そうか……なら、よしっ」

 

  メルドの返答に、あることを覚悟するセントレア。そんな内心を知るよしもないメルドは、なにやら気合を入れている彼女に首をかしげる。

 

  それから歩くこと数分、セントレアはとある場所の前で立ち止まった。つられて足を止めたメルドは、その場所を見て目を見開く。

 

「ここは……」

「ほらメルド、入るぞ」

 

  メルドの手を引き、セントレアはその店……〝ドレス専門洋服店〟に足を踏み入れた。

 

  店の中には、様々なドレスが所狭しと並べられていた。シンプルなデザインのものもあれば、一流貴族の令嬢が着るような煌びやかなものもある。

 

  王宮でのパーティー以外では見慣れないそれらにメルドが圧倒されているうちに、セントレアは店員の一人に話しかけ、あることを頼んだ。

 

「メルド、こっちに来い」

「あ、ああ」

「ここで待っていろ、いいな?」

 

  セントレアはメルドの背を押して、椅子に座らせる。そうすると店員とともに、目の前にある試着室へと入っていった。

 

  ぽつん、と残されたメルドは、閉められたカーテンを見つめる。頭の中にははてなマークが乱立しており、居心地の悪さにもぞもぞとした。

 

  当たり前だが、メルドは普段女性物の服が売っている店になど行かない。ましてやドレスなど、戦場と訓練場がホームのメルドには無縁もいいところ。

 

(お、俺は本当にここにいていいのか!?そもそも、なんでセントレアはこんなところに……)

 

  無論、ドレスを売っている店に来て女性がすることなど一つなのだが、動揺しまくっているメルドにはわからない。

 

  キョロキョロと周囲を見回し、他の女性客の目線を気にする。頭の中ではいるだけで殺されるのではないか、などと見当外れなことを考えていた。

 

「ねえ、あれってメルド様だよね?」

「はい、そうですお嬢様」

「わぁ、かっこいい……!」

「あら、かっこいいおじさまだわ」

 

  なお、現実は件の〝勇者の師匠にして騎士団長〟のメルドがいることに、客の令嬢や少し裕福な若奥様などがひそひそと囁き合っていた。

 

  それを奇異の目と勘違いするメルドが地獄の思いでいると、シャー……と音を立ててカーテンが開く。瞬時にそれを聞き、メルドは顔を上げた。

 

 そして、メルドの目に映ったものはーー

 

 

 

「ど、どうだ?」

 

 

 

 ーー純白のドレスに身を包んだ、セントレアだった。

 

 

 ●◯●

 

 

  質素ながらもところどころに見事な刺繍のされたそのドレスは、上等な職人が作ったと感じさせる。ただそれだけでため息が漏れるような出来だ。

 

  だが、真に注目すべきはそれを着るセントレア。美しい真っ白なそれは、セントレアをいつもとは一味違う別の存在へと変わらせている。

 

  髪をセットし、少し恥ずかしそうに微笑むセントレアは、まさしく天使のごとき可憐さであった。

 

「ーーー。」

 

  絶句するメルドの内心を表すとするならば、圧巻。この世で最も美しく、尊いものを見たかのような圧倒と、思わず気絶さえしてしまいそうな感動。

 

  脳裏に鐘の音と聖堂が浮かび、花束を持って微笑むセントレアがいる。そんな妄想をしてしまうほど、セントレアはとても美しかった。

 

「メルド? その、あまり見つめられると恥ずかしいのだが……」

「っ!?」

 

  頬を赤くするセントレアに、メルドは我を取り戻す。バッと横を向くと、ニヤニヤとしそうになる口元を手で隠した。

 

(なんだ!?なんだこの胸の高鳴りは!今までこんなもの、一度も感じたことがなかった!確かにセントレアは俺個人の意見としては世界一美しいが、これはあまりにもーー)

 

「メルド?どうした?」

 

  高鳴る心臓と熱い顔をどうにかしようとしていると、セントレアが下から覗き込んできた。不意な上目遣いにズッキューンとくるメルド。

 

「な、なななんでもない。そそそれより、その姿勢でいると髪が崩れるのではないか?」

 

  嘘である。この男、セントレアの上目遣いをこのまま10分ほど堪能したいと思っている。

 

「む、それもそうだな。それで、どうだこれは。どう思うのか感想を聞きたいのだが」

 

  嘘である。この女、メルドの真っ赤な顔からどう思っているかは分かっているが、本人の口から聞きたいだけだ。

 

「ま、まあそうだな、よく似合ってるんじゃないか?はは、俺なんかが触れてしまえば壊してしまいそうだ」

 

  嘘である。この男、もし付き合っていればこの場で抱きしめたいほどセントレアのドレス姿にキュンキュンしていた。

 

「ふふ、そんなことないさ。ただ触られただけでどうにかなる私ではないぞ?」

 

  嘘である。この女、実は嬉しさと恥ずかしさで割といっぱいいっぱいであり、手の一つでも握られようものなら即座に死ぬ(比喩)。

 

「しかし……どうして急にドレスを?」

「……私だって、可愛いものに興味はある。だが帽子の時も言った通り、私は女らしくないところが多々あるのでな。普段は遠慮している」

「そういえばお前、ガキのころはお嫁さんになるのが夢、なんて言ってたしな」

「な、なぜそんなことを覚えているのだ」

 

(それに、私がなりたいのはお嫁さんじゃなくて、メルドの……っと、今はそうではない)

 

「だからたまたまこのドレスを見かけた時、着てみたいとは思いつつ、諦めていた。だが……」

「だが……?」

 

  オウム返しに聞き返すメルドに、セントレアはふっと笑う。それだけでメルドのハートに1000ほどダメージが入った。

 

「メルドが、女らしいものを似合っていると言ってくれた」

「!」

「だから、勇気を出して着てみようと、そう思ったんだ」

「…………………………そうか」

 

(うっそぉぉぉぉぉ!?)

 

  叫ぶメルド(心)。表面上は真面目な顔をしつつ、心臓の鼓動のスピードがマッハの域に達しようとしていた。

 

(俺が帽子を似合っていると言ったから、このドレスを着ただと!?そ、それはつまり、俺のために着てくれたと言っても過言ではないのではないか!?)

 

  普通ならまごうこと無き過言だが、実際セントレアはメルドに見せたいがために勇気を出したので過言ではない。

 

(くっ、自意識過剰だとはわかっているが、年甲斐もなくもしやと思ってしまう!いや待て、勘違いするなメルド・ロギンス!セントレアとは七つも離れているんだぞ!こんなおっさんのためにそんなことするはずがない!)

(メルドが急に押し黙ってしまった。もしかして、やっぱり似合ってないのではないか……?いやでも、それならあんな顔はしないし……うぅ、心配だ。すごく心配だ)

(うわー、この二人身振り手振りで考えてること丸わかりだよ。可愛いなー)

 

  かたや勘違いするなと自分に言い聞かせ、かたや自分の魅力に不安を感じる。ピュアな二人に、セントレアを着付けた店員は生暖かい目をした。

 

  それからセントレアはいくつかポーズなどをとって楽しみ(その度に内心メルドが悶絶していた)、満足するとドレスを返して店から出る。

 

「ふぅ、楽しかった」

「それは良かったな。もう少しいても良かったんじゃないか?」

 

(と、口では言うものの……あと五分あの場所にいたら耐えきれず死ぬ(比喩)ところだったな)

 

「いや、いいんだ。もう当分着ないだろう」

「……そうか」

 

  ちょっとメルドが残念に思っていると、「そうだな……」とセントレアがおもむろに言葉を続ける。

 

「次に着るのは……多分、〝結婚〟する時だろうな。誰ととは言わないが」

「ブフッ」

 

  結婚というキーワードに、メルドが小さく吹き出す。そんなメルドを、セントレアは熱のこもった目で見た(※まだ付き合ってません)。

 

「まあ、それはさておき。さあ、次の場所へ行こう」

 

  ふっと微笑んだセントレアは、固まるメルドの手を引いて歩くのだった。

 

  その後いくつかの場所を回ったが、メルドの頭にはセントレアのドレス姿と結婚という単語が焼き付いており、記憶が曖昧だった。

 

  カップル限定スイーツを食べている時も(※付き合ってません)、再び子供と遭遇し、両親役でおままごとに付き合ってる時も(※付き合ってません)、常にドレス姿が脳裏にあった。

 

  数時間も経つと日が暮れ始め、店主は露店をたたみ、町民たちは各々の家へと帰っていく。二人もお出かけを切り上げ、騎士団本部に戻ることにした。

 

「今日は楽しかったな」

「そうだな、いつも通り楽しかった」

 

(途中、ドレス姿を見たときはどうなることかと思ったが……まあ、なんとか最後まで耐えきれた)

 

  内心安堵しつつ、それとは別に今回のお出かけも楽しかった、とメルドは思う。気心の知れた相手と過ごす休日は、とても充実していた。

 

「……でも、もうすぐこんなこともできなくなってしまう」

「……うむ」

 

  いずれ、この平穏には終わりが来る。魔人族との本格的な戦いが始まれば、このような時間は過ごせなくなってしまうのは確実だ。

 

「そのためにも、必ず戦争には勝たなくてはな」

「当然だ。民を守るためにも、絶対に勝つ」

 

  ぐっと拳を握るメルドに、セントレアも頷きながら右の拳を重ねた。

 

  雑談しながら歩いているうちに、門の前にたどり着く。夕暮れの日に照らされた門はオレンジ色の光を反射し、また違った趣を見せている。

 

  二人の帰還に気づいた門番が声を上げ、あちら側にいるものが門を開けた。メルドは門番にありがとうと頷きながら、門をくぐる。

 

「明日の訓練は早い、すぐに寝るか」

「……………」

「……? セントレア?」

 

  メルドが立ち止まって振り返ると、セントレアは門の前から動いていなかった。一体どうしたのかと思い、歩み寄るメルド。

 

  近くで見ると、セントレアは何かを思い詰めるような表情をしていた。キュッと胸のところで手を握り、青い瞳で地面を見つめる。

 

「いったいどうしたんだ?」

「………メルド。さっき言ったよな、もうすぐこんなこともできなくなるかもしれないと」

「あ、ああ」

「…もし、魔人族との戦争で、私かお前に何かあれば。二度とこのような機会はないかもしれない」

「……それは」

 

  確かにそうだった。いくらトータス内では最強クラスの二人といえど、この戦いはいつもと違う。何千、何万という魔物が魔人族とともに襲い来るのだ。

 

  もし、命を落としたら。その心配は戦場においては常にあるが、今回に至っては何もかもが未知数。光輝たちがいるとはいえ、死ぬ確率は非常に高い。

 

「もし、これが最後になったら。そう思うと私は、とても怖い」

「……………」

「だから、私は………」

「セントーー」

 

  メルドが、最後までセントレアの名前を呼ぶことはなかった。なぜなら……

 

「ん……」

「ーーっ!?」

「忘れないでくれ。私はいつも、お前の身を思っていると」

 

  それだけ言って、セントレアはそそくさと建物へと走っていった。後に残ったのは、石像のごとく硬直しているメルド。

 

  そのまま五分ほど固まっていたメルドは、緩慢な動きで自分の頬を触った。そこに僅かに残る柔らかい唇の感触が、心に強く染み込んでいく。

 

「…………………寝よう」

 

  さっと踵を返したメルドは、もはや四倍速くらいになってる鼓動を誤魔化すように、足早に……ほとんど走っているが……建物の中へ入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ーーそして、この日から一週間。メルドは忽然と姿を消した。




次回は…うーん、女子会にでもしようか。
お気に入りと感想をお願いします。


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雫の一日 前編

お、お気に入り減った…
どうも、今週のかぐや様見てさっさとくっつけよコラァ!と叫んだ作者です。
キャプテン・マーベル観に行ったんですけど、あれ超面白いですね。記憶を辿るうちに明らかになる真実、圧倒的な戦闘シーン。個人的にはかなり見応えがありました。
今回と次回は雫の話です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「ふんふふーん♪」

 

 

 

  その日雫は、城下町で一人で過ごしていた。

 

  周りには勇者(笑)や、元脳筋(ドルオタ)や、天然幼馴染(最近ちょっと危険。花的な意味で)もいない。正真正銘、一人だ。

 

  そのため足取りは軽く、鼻歌を歌うほどに上機嫌。それは、少なくとも今日は余計な心配ごとをしなくて良いために他ならない。

 

  光輝は騎士団に預けてきたし、龍太郎は鈴と最近恒例の漫才(?)。香織は美空とセントレアと三人で、一日茶会だ。

 

「ああ、ビバ自由……!」

 

  そのため、両手を小さく広げてそんなことを言っちゃうくらい雫は気分が良かった。素晴らしきかな無責任、麗しき一人の時間。

 

  普段の彼女は非常に多忙である。鍛錬に幼馴染トリオ(こども) の世話、女子の恋愛相談に、シュウジの写真を堪能……おっと、言い過ぎました(ウォズ並感)

 

  雫とて、いつもオカンなわけではないのだ。たまには一人になって羽を伸ばすこともある。いや、そもそもオカンではないのだが。

 

「しかしまあ、最近は楽よね。おバカの一人がもうおバカじゃないから」

 

  拳と脳が直結しているような脳筋ゴリラ(龍太郎) がものを考えて行動するようになったので、その分負担が減りオカンは喜んでいた。

 

  代わりに最近鈴と何やら騒がしくやっているが、そこは本人に何とかしてもらう他ない。というかオカン的にはさっさとくっついてほしい。

 

「ま、本人たち次第よね」

 

 雫にできるのはせいぜい、自分がシュウジを落とすのに使った方法のうち、できそうなやつを鈴にそれとなく教えるだけである。

 

  ちなみに、幼馴染トリオ(こども)の世話の次に面倒な案件は、女子からの恋愛相談だったりする。その理由は、やはりシュウジだ。

 

  言動がやや奇怪ではあるものの、あのルックスに加え超万能。ふざけてなければ、本当にふざけてなければあれほど頼りになる男もいない。

 

  そんなシュウジとイチャイチャしまくってた雫には、クラスメイトのみならず、誰かに想いを馳せるメイドや女騎士も相談しに来ていた。

 

「さて、どこに行きましょうか」

 

  そんな日々の重圧(まだ17歳です)から解放された雫は、冷静沈着な彼女らしからぬワクワクとした声音で周囲を見渡す。

 

 最初に目をつけたのは、ガラス細工の店。まるで地球の店のように外にアクセサリーを飾っている(ただし見張りつき)ので気がついた。

 

「ねえシュー、あそこに行ってみた……」

 

 言いながら隣を振り返って、そこに誰もいないことに気づいてハッとする。今、いつも自分の隣にいたあの騒がしい恋人はいないのだ。

 

 若干苦々しげな顔をした後、雫は店に近づいていく。そして店頭に飾られている商品を手にとって眺めた。

 

 美しい猫の彫刻だ。地球のものほどではないが、かなり透き通っている。魔法を使って加工しているのだろうか。

 

「へえ……」

「………」

 

 熱心に見つめる雫に見張りが一瞬ちらりと見やるものの、すぐに興味なさそうに前を向いた。

 

 これは雫が来ているパーカーの効果である。これを着ている間、雫は雫と認識されない。幻覚魔法を使ったマジックアイテム。

 

 時折新聞にも載るほどの有名人である雫は、地球にいた頃から何かと話しかけられた。シュウジとのデート中であっても、だ。

 

 愛する少女が尊敬されるのは良いとしても、デートの邪魔をされるのは……と、シュウジが作った。さらっと地球にファンタジー要素を持ち込む男である。

 

 そしていまや、雫は勇者パーティの一人。外に出るときは非常に重宝していた。

 

「シュー様様ね……っと。他には何があるのかしら」  

 

 持っていたものを戻して、その隣にあった……色違いの猫の像を取る雫。また丹念に見つめて、戻してさらに隣の赤い猫の像を取る。

 

 他にも猫型のネックレスや猫の模様が入ったブレスレット、猫の頭の形をした手鏡などなど、様々なものを見る雫。目は猫のように爛々としていた。

 

  一通り見終えて満足すると、一番気に入った手鏡を購入。店を後にする。

 

「えへへ、いいもの買っちゃった」

 

  歩きながら、普段の凛とした微笑みとは違う、少女らしい笑顔で手鏡を見る雫。彼女は無類の猫好きである。

 

  ついでに言うとシュウジの家には飼い猫がおり、彼女が彼の家に通っていた理由の三割だったりする。残りの七割は無論シュウジだ。

 

「ムタ、元気かなぁ。またお魚食べ過ぎてないといいけど」

 

  むすっとした北野家のまんまる猫を思い出し、頬を緩める雫。格好いい彼女しか知らないものから見れば、かなり驚くだろう。

 

「まあ、度を超えてたらバロンが諌めてるか。早く帰らなくちゃ。シュウジとの結婚的な意味でも」

 

  式場の予約っていつまで有効だっけ、などと呟きながら歩く雫。

 

  しばらく歩いていると、また気にかかるものを見つけた。まるで吸い寄せられるように、その場所に近づく雫。

 

 猫の形に掘り抜かれた看板に、トータス語で〝かわいい子いっぱい!〟という触れ込み。そして極め付けに〝猫の喫茶店〟の表札のついたその建物。

 

「これは……行くしかない!」

 

 瞳をハート型にした雫は、店の扉を開ける。するとカラカラと扉につけられていた鈴が鳴り、来店を知らせた。

 

 そして扉の向こうにあったのはーー猫の楽園。いたるところに猫が闊歩し、音に反応して雫をクリクリっとした目で見てきた。

 

「ふわぁ…!」

 

 いつもの彼女からは考えられないような感嘆のため息を漏らし、キラキラと目を輝かせる。見れば、とろけた顔の同年代か妙齢の女性が店内にいる。

 

 鈴の音によって近づいてきた店員に案内され、雫は入り口に近い席に座った。適当に飲み物と軽食を頼むと、早速(獲物)の選別に移る。

 

「ふふ、誰から可愛がりましょうか……」

「ニャー(おうアンタ、見ねえ顔だな。新参者か?)」

「あら、最初はあなたね」

 

 近づいてきた黒猫を抱き上げ、スリスリと顔を擦り付ける。柔らかな毛並みが頬を撫で、雫は「ふヘヘへ」と、ちょっと人にお見せできない顔をした。

 

 ひとしきり顔で猫を堪能すると、今度は膝に乗せて背中を撫でる。爪を立てないよう、ゆっくりと、かつ繊細にツボを押した。

 

 熟練と言って差し支えない雫の絶技に、黒猫は「ニャーン」と甘えた声を出して、足に顎をこすりつけた。思わず微笑む雫。

 

「ふふ、可愛いわね。そういえば、最近バロンと仲よかった猫ちゃんは……」

 

 またハッとする雫。正面の椅子を見るが、そこに優しい顔で雫の話に相槌を打つシュウジはいない。

 

 どうやら先ほどの店でのことしかり、あまりにもシュウジがいることが日常化していたせいで、無意識に話しかけてしまうようだ。

 

 そう認識した瞬間、急に心寂しくなってくる。猫を撫でていた手も止まり、まどろんでいた猫は目を開けて雫を見た。

 

「前は、こんなことはなかったんだけどなぁ……」

 

 一緒にいなくても、世界の何処かに必ずいるとわかっていた。しかし今は、絶対にシュウジがいるという証明はどこにもない。

 

 生存を信じている。むしろ死ぬなどあり得ない。そう絶対的に思っていても、やはり心の隅には寂寥感が募っていたのだろう。

 

「ニャ〜(元気だしニャ、嬢ちゃん)」

「あら、慰めてくれるの?」

「ニャッ(おうよ。ハードボイルドな男は寂しがってる女の子を放っては置かニャいぜ)」

「ふふ、ありがと」

 

 テシテシと肉球で頬を叩いてくる黒猫に、雫は少し可笑しそうに笑った。頭を撫でながら、動物は感情の機微に敏感だなぁと思う。

 

「うん、いま考えてもどうにもならないことで悩んでもしょうがないものね。全く、我ながら女々しいわ」

「ニャンッ!(お、いい面になったじゃニャいか。それでこそだぜ)」

「だから今は……めいいっぱいあなたを可愛がるわ〜!」

「ニャニャン!?(あっちょ、耳はらめぇ!)」

 

 ウリウリ〜と猫の頭を撫でる。肉球をプニプニしたり、尻尾をいじっているうちに、少しずつ寂しさは癒えていった。

 

 10分ほどして、注文したサンドイッチとコーヒーもどきがくる。ふにゃーんとなった黒猫を膝位におろし、雫は食事を始めた。

 

「ニャ、ニャァ……(気をつけろ、ニャろうども……この嬢ちゃん、強い、ニャ……ガクッ)」

「「「ニャ、ニャアーーーー!(か、カシラーーーーーッ!!?)」」」

「あら、これおいしい」

 

  案外美味しいコーヒーもどきとサンドイッチを堪能する雫。てっきりそれほどでもないと思っていたが、割とプロ意識が高いようだ。

 

  食べ終えると、そのまま眠ってしまった黒猫を下ろし、なぜか震えている他の猫たちを見る雫。その目は狩人のごとく。

 

「ふっふっふっ、さあ、次はどの子かしら」

「「「ニャ、ニャニャ………」」」

「みんな可愛がってあげるわ……うふ、うふふふふ」

「「「(こっわ!?このネーチャンこっわ!?)」」」

 

  一匹一匹捕まえていき、どんどん骨抜きにする雫。それはさながら、一人一人確実にヘッドショットしていく殺し屋のようだった。

 

  30分もする頃には、雫の周りにいた三匹の赤いツンツンヘアーの猫、黄色い可愛らしい猫、小柄な青い猫も黒猫と同じようになっていた。

 

「ふっ……良いモフモフだった」

「何やってるんですの」

「ひゃっ!?」

 

  突然後ろから声をかけられ、ぴょんと飛び上がる雫。いつもなら絶対にあげない可愛らしい悲鳴が漏れた。

 

  恐る恐る後ろを振り向けば、呆れた顔のネルファが立っている。変な声を聞かれたことに、さっと雫の頬が赤くなった。

 

「み、御堂さん……」

「ごきげんよう、雫さん。それで……」

 

  カーテシーに似た挨拶をしたネルファは、床に腹を見せて転がっている猫たちを見やる。完全にフニャっていた。

 

「これは?」

「あ、あはは……」

「まったく……猫好きとは聞いてましたが、ちょっとやりすぎてしてよ」

 

  店員にカードらしきものを見せて、寝転がっている猫を回収し雫の座っていた席に座るネルファ。雫も座り直した。

 

「御堂さんもここへ?」

「ええ。私も猫、好きなんですの」

「へえ、それは聞いてなかったわ」

 

  主にシュウジのことでよく話すようになった二人ではあるが、それなりに自分のことも話している。といっても八割シュウジのことだが。

 

 その中にはまだ、猫好きの話はなかった。

 

「ああ、そういえばまだ言ってませんでしたわね……猫は好きですわ。まだ彼の方に出会う前、荒んでいた私の心の癒しでしたの」

「ああ、そういう……けど、よく食べなかったわね?」

「前に言いましたけど、食べるものと食べないものの区別はつけてましたわ。こんな可愛らしいものを食べるなんて、とんでもない」

 

  「にゃー」と持ち上げた猫を見ながら言うネルファ。普通に女の子らしい仕草に、雫は若干ほっこりする。

 

「ふぅん……それじゃあ犬は?」

「犬は嫌いですわ。食い殺そうと襲ってきたので。逆に喰ってやりましたわ」

「あ、そう」

「私たちの世界の犬といえば、人でも同族でも食べる害獣でしたわ。駆除されなかったのは愛玩用に開発された種か、番犬程度でしょう」

「割とシビアだったのね……」

 

  「時々、凶暴化した犬の群れの駆除とかやってましたわ」と嬉々とした顔で言うネルファ。よっぽど犬が嫌いらしい。

 

  それを聞いて、そういえば昔ハジメと美空と遊んでいた時、野良のドーベルマンに襲われてシュウジに助けられたことがあったなと思い返す雫。

 

  二人を守ろうとドーベルマンの前に立ったものの、流石に若干怯える雫の前に颯爽と現れ、霧子キックで華麗に撃退して助けられた。

 

(あの時のシュウジも格好良かったな。あの後、崩れ落ちた私を家までおぶってくれたっけ)

 

「雫さん?雫さん、聞いてますか?」

「ん?ええ、聞いてるわよ。チワワに触れようとチャレンジしたんでしょ?」

「ならいいですわ……………そういえば、あの男。ブラッドスタークが王都の近くに出たらしいですわ」

「……詳しく聞かせて」

 

  真剣な表情になり、顔を寄せる雫。ネルファも一旦猫を下ろし、自分たちの周りに音を遮断する魔法をかけると話し出した。

 

「ブラッドスタークはいつも通りスマッシュを引き連れて街を襲撃。ある程度の破壊行為を行うと消えたそうです」

「そう……これで二十件目だっけ」

「ええ、あるいは確認できてないだけで、小さな村も襲われてるかもしれませんね……そして、ここからが本題。あらすじからの情報によれば、ブラッドスタークは謎の人型兵器も連れていたとか」

「それって、あのウルの街にも出た?」

 

  数日前王城に送られてきた情報を思い返す雫。確か報告には、〝謎の鉄の筒と鋼鉄の体を持つアーティファクト〟と書かれていた。

 

「おそらくそれと同一のものかと。それと、スマッシュがいつものものと桁違いに強く、漆黒になっていたとも」

「何それ、改良されたってこと?」

「元とはいえ、曲がりなりにも彼の方の半身だった存在。いつどこで遭遇するかわかりませんわ。雫さんもお気をつけて」

「ご忠告ありがとう。貴方もね」

「ご心配には及びませんわ。来たら潰すので」

 

  そこで真剣な話は終わり、ネルファは魔法を解除する。雫は背もたれに背中を預け、息を吐きながらぼーっと天井を見上げた。

 

  あの最初の遭遇から、もうしばらく経つ。雫には相変わらずブラッドスターク……エボルトの目的がわからないでいた。

 

  確かに今のエボルトは以前とは違うのだろう。実際にこうしてテロ行為のようなこともしているし、あの時スマッシュで自分たちを襲った。

 

  だが、雫にはどうしてもエボルトが見たままの悪人に戻ったとは思えなかった。何も確証はなく、ただの勘であるが。

 

「……ま、それも今考えてもしょうがないか」

「でしょうね。それより猫といえば、彼の方は猫を飼っていると言っていましたわね」

「あ、そうなのよ。ムタとバロンって言うんだけどね?片方はまんまるであったかくて、もう片方はシュッとしててカッコ可愛くて……」

 

  それからしばらく雑談を交わし、雫は会計すると店を出た。

 

  シュウジ特性スマホを見れば、どうやら二時間ほど店にいたらしい。雫はポケットに携帯を戻し、よしと言って前を向く。

 

「さて、次はどこに行きましょうか」

 

 

 

  まだまだ、雫の一日は終わらない。




ア ラ フ ィ フ 欲 し い 。
お気に入りと感想をお願いします。


【挿絵表示】


夏のシュウジと雫。夏は髪を短くしたり。












……実はネッ友とアリシゼーションの二次創作考えてたり(ボソッ


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雫の一日 後編

うーん、アクセス数が……まあ読んでもらえてるだけ非常にありがたいです。
今回は後編です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


  それから雫は、色々なところに行った。

 

  買い食いをしたり、曲芸を見たり。なんだかどこかで見たことのあるような演劇も見たりした。

 

  他にも不思議な雰囲気の帽子屋の女性から猫の刺繍がされた帽子を買ったりなどなど、めいいっぱい休日を楽しんだ。

 

  そして最後に行ったのは、国立の図書館である。

 

「へえ、結構たくさんあるのね……」

 

  以前シュウジとともに行った大型図書館もびっくりの蔵書量に舌を巻きながら、静かな本の森の中を歩いていく。

 

  本棚はジャンルごとに区分けされており、そのうち雫が向かったのは魔法の区画。中でも相当古い文献のまとめられた本棚を見る。

 

「あ、い、う、え、お、か、き……あった」

 

  指で指し示しながら探していると、目当ての本を見つける。指を引っ掛けて本と本の間から引っ張り出すと、本からパラパラと屑が落ちた。

 

  周りの本と比べても相当古いそれの表紙を軽く払い、タイトルを見る。革張りの表紙には、〝失われた魔法〟という文字が刻まれていた。

 

  ページを開き、目次からキーワードを探す。雫が指を止めたのは、〝神代〟の項目の一つだった。

 

「『〝虚無〟。この魔法は神代において失われた属性である。現在においてはその名前のみ知られており』……」

 

  その項目の場所を開いて、内容を小声で読む。雫が探していたのは、シュウジの持つ〝虚無〟なる謎の魔法に関するものだった。

 

  王城の図書室を探してもほとんど文献のない謎に包まれたこの属性が、雫はどうしても気がかりだったのだ。

 

  そのため暇を見つけてはこれについて探っており、ここが数少ない資料の中で一番多く貯蔵されていると知ってやってきた。

 

「『〝神代にのみ行使するものがいたとされる〝虚無〟の魔法は、存在のどこかに虚ろさを持つもののみが適正を発現し……』」

 

  その本には、まだ雫の知らない〝虚無〟についてのことが非常に詳しく書かれていた。ここにきて正解だったようだ。

 

  曰く、その力は強大な七大迷宮の魔物すら灰燼に帰すほどの力を持つものである。それ故に人が扱うには過ぎた力であり、耐えられない。

 

  そのため、麗しき創世神エヒトが人を作った時に神代とともにこの力は永久に失われ、伝説にのみ名を記す。力の詳細は全くの不明。

 

  読み進めていくと様々なことが書いてあったが、後半はやはりというべきかエヒトへの賛辞が七割だったのであまり役に立たなかった。

 

  パラパラと適当に流し見をしていると、最後のページに気になる一文があって手を止める。注意深くそれを読む雫。

 

「『もし、人の身でこれを持つ者がいるならば。それは魂の根元から他者に作られた偽りの存在である』……?」

「失礼、お嬢さん」

 

  不意に、背後から声をかけられる。

 

  本を閉じて振り返れば、そこには柔和な笑みを浮かべる老人がいた。

 

「本を取ってもいいかな?」

「………どうぞ」

 

  少し横にずれる雫。老人は「ありがとう」とお礼を言い、本を取ってその場で開いて読み始めた。雫も音読をやめ、〝虚無〟の魔法について読み進める。

 

  しばし、ページを繰る音だけがその場にこだました。紙と紙の擦れる乾いた音色が、雫の鼓膜を囁くように震わせる。

 

「……で、何の用?」

 

  十分ほどした頃だろうか。不意に、雫がそう言った。

 

  要領を得ない言葉に老人のページをめくる手が一瞬止まり、すぐに何事もなかったかのようにめくる。

 

「あら、シカトってわけ。それなら貴方の正体を大声で叫ぶわよ」

「………くくっ、相変わらずおっかないねえ」

 

  老人の声が、渋みのある中年の男のようなものに変わる。それは何年も嫌という程聞いた、とても馴染みのあるもの。

 

  ちらりと横目に老人を見れば、黒かった瞳は鮮烈な赤に変わっていた。まるで、自分の存在を証明するように。

 

「それを言うなら今の貴方の方がおっかないでしょ」

「違いない………で、なぜ気づいた?」

「簡単よ。貴方、()()()()って言ったじゃない」

 

  このパーカーを着ている間、雫は幻覚魔法で姿を変える。そう変わるのだ、()()()()()()()()()姿()()

 

  ゆえにお嬢さんなどと呼ばれれば、幻覚魔法を見破って雫が女だと認識していることになる。老人(?)はククッと笑った。

 

「そいつはしくじった。そういえばそのパーカー、シュウジの作ったやつだったな」

「そういうこと。それで、今日はなんで会いにきたの?()()()()

 

  老人……否、エボルトは口元に弧を描き、言葉なく自分の正体を認める。そうすると本から目線を外さないまま話し始めた。

 

「いやなに、悪役もちょいと休もうと思ってね。顔なじみと世間話でもしにきたってわけさ」

「……そう。けどまた今度にして。今は忙しいから」

「つれないねえ。そんなんじゃ()()()()()()()()()〝あいつ〟がへそ曲げるぜ?」

 

  先ほどとは比べものにならないスピードで、雫はエボルトの方に振り向いた。エボルトはくつくつと笑い、雫の反応に喜ぶ。

 

「……シューがどこにいるか、知ってるの?」

「そこは〝生きてるの?〟って言って欲しかったが……まあいい。ああ、割とすぐ近くにいるぜ」

「………そう。そうなのね」

 

  「そう、シューがね……」と呟きながら、本に目を落とす雫。思ったより冷静な様子におや、とエボルトは横目で見た。

 

  しかし、すぐにエボルトはまたくつくつと笑った。なぜなら雫の目は全く文章を追っておらず、口元は抑えきれない笑いが浮かんでいたからだ。

 

  当たり前である。どれほど生存を信じようと、やはり確たる証拠がなければ完全に信じることはできない。

 

  そこにエボルトの言葉だ。愛する男が生きていたと知れて、喜ばない雫ではなかった。

 

「……ふふ、抱きしめる準備をしておかなくちゃ」

「おーおー、多少離れても全く熱は冷めてないか。いいねぇ。その表情だけでも来た甲斐がある」

「……悪趣味エイリアン」

「そうとも、俺は野暮な地球外生命体だ。だからあえて大事なこともぽろっと言っちゃうかもしれないぜ」

 

  ピクッと反応する雫。先ほどと同様本に視線を投じつつ、エボルトの言葉を一つも聞きこぼさないよう意識を集中させる。

 

  そんな雫にエボルトは不敵に笑い、おもむろに話し始めた。

 

「近々、でかいことをやる。せいぜい迷宮で背中を気にしときな」

「……迷宮?私たちを襲撃でもするの?」

「おっと、もうこんな時間だ。12時を過ぎたらもと(悪役)に戻るのが決まりだ」

 

  わざとらしくパタン、と手に持っていた本を閉じたエボルトは棚に戻し、「それじゃあ、チャオ」と言って瞬間移動で消えた。

 

  一瞬前までエボルトがいた場所をじっと見つめ、雫は言葉の意味を考える。いったい迷宮で、なにが起こるというのか。

 

「……一応、気に留めときましょう」

 

  頭を悩ませているうちになんだか本を読む気が削がれたので、雫も本を棚に戻して図書館を出た。

 

  外に出れば、すでに夕焼けが街をオレンジ色に染め上げている。イシュタルが日が暮れる前に王城に戻るよう異世界人全員に言っていた。

 

  王城に向けて歩きつつ、エボルトの言葉を思い返す雫。エボルトの言葉は果たして、どのようなことを暗示しているのか。

 

  今のエボルトは非常に危険であり、そんなエボルトがでかいと言えばそれは相当危険なことだと予想できる。

 

  いや、そもそも今のエボルトの言葉を信用していいものか。そうやって考え込んでいると、不意に下腹部に軽い衝撃を受けた。

 

「っと、あら?」

「……………」

 

  下を見下ろせば、腹部に少女が顔を埋めている。慌てて数歩ぶん体を引き、雫はしゃがんで少女と目線を合わせた。

 

  少女は、とても綺麗なコバルトブルーの瞳を持っていた。小さな唇は引き締まり、寡黙さを感じさせる色のない表情をしている。

 

  吸い込まれそうな少女の両目に小さく息を呑みつつ、雫は怖がらせないように柔和な声で語りかける。

 

「ごめんなさい、ぶつかってしまったわ」

「気をつけなさい、八重樫雫」

「え?」

 

  少女の口から、幼い子供とは思えない威厳のある女性の声が発せられた。それだけでなく、その小さな身に釣り合わない威圧感を纏う。

 

  少女は呆然とする雫の目をまっすぐ見ると、言葉を続けた。面食らったまま、雫はただその言葉を聞く。

 

「神エヒトは、《七罪の獣》をすでに目覚めさせた。仲間たちにも呼びかけなさい」

「あなた、何を言ってーー?」

「……? おにいちゃん、だあれ?」

 

  険しい顔で肩を掴む雫だったが、次に目を合わせた時、少女の瞳は緑色になっていた。激しく困惑する雫。

 

「……い、いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね」

「……?うん」

 

  首をかしげる少女は、とててっと雫の横を通り抜けていく。その背中を眺めながら、雫はさっきの少女のことを考える。

 

  先ほどのあれは、あの少女とは別の存在に感じた。まるで少女の体を使って、他の誰かに語りかけられていたような……

 

「……ダメだわ、全くわけがわからない。疲れてるのかしら、私」

 

  かぶりを振った雫は、こんがらがった頭で何を考えても仕方がないと、帰宅の足を早めて王城に向かった。

 

  考え事をしないでひたすら歩いたためか、30分もしないうちに王城に到着する。あらかじめパーカーを脱いで幻覚魔法を切っておく。

 

  門番に証を見せ、何度通っても慣れない豪華な門を潜った。

 

「ーーー!」

「ーーー!?」

「ん?」

 

  自分の部屋に一直線に向かっていると、大食堂の前を通りがかったところで、中から声が聞こえて立ち止まる。

 

  少し扉が開いていたので中を除けば、なにやら龍太郎と鈴が言い争っていた。ケーキの乗った皿を片手ずつ持ちながら。

 

「いいから食えよ!」

「龍っちが食べればいいじゃん!」

「俺はいらねえって言ってんだろ!つーかお前、先週ケーキ食べたいけど我慢してるとか言ってたじゃねえか!我慢するくらいなら食え!」

「にゃっ!? ななななんでそんなこと覚えてんの!?龍っちキモい!」

「酷えなオイ!?」

「うっさい!そーいう龍っちだって、3日前の夜ご飯の時実は甘党だとか言ってたじゃん!甘いもの好きなんだから食べなって!」

「なんでそんなこと覚えてんだよ!」

「い、い、か、ら、食べてーっ!」

 

  二人はなにやら、とんでもなく平和な言い争いをしていた。

 

「…………………ほっときましょう」

 

  とても微笑ましい喧嘩をしているカップルもどきに、雫はそっと扉を閉じた。その顔に浮かぶのは慈愛の微笑である。

 

  バカと威圧的な図体を抜けばそこそこモテた幼馴染の春到来に、ちょっと喜ぶ雫。こういうところが雫がオカンと言われる所以だ。

 

  ちょっと気分が良くなっていると、廊下の向こうから足音がした。そちらを向くと、こちらに向かって歩いてくるのは見慣れた女騎士。

 

「あら、セントレアさん」

「や、やあ、雫殿」

 

  声をかけるとこちらに気がついて、ぎこちない動きで手をあげるセントレア。まるで何かに緊張しているような様子に雫は苦笑した。

 

「明日、メルド団長とお出かけですっけ?」

「うむ……」

「ほら、そんなに気を張ってちゃ明日失敗しますよ。リラックスしてください」

「あ、ああ。ありがとう雫殿」

 

  肩に手を置いて、セントレアに深呼吸させる雫。何回か深呼吸するとセントレアも緊張が若干ほぐれたのか、柔らかく笑う。

 

「雫殿は今帰ってきたところか?」

「まあ。結構楽しかったです」

「それは良かった。無茶なことを頼んでいるのだ、暇なときくらいゆっくりしてくれ」

「ありがとうございます。あ、明日はコーディネート、私も手伝いますから」

「重ね重ね、ありがとう。では、私はこれで」

 

  まだ若干ギクシャクとしてはいるものの、数分前よりは幾分か落ち着いたセントレアの背中を見送り、雫は今度こそ自室に向かった。

 

  雫の部屋は、香織との二人部屋である。他のクラスメイトたちも大体が仲の良いもの同士で同室にしており、例えば光輝と龍太郎などだ。

 

  重厚かつ華美な装飾がされた扉のノブを握り、中に入るとーー

 

 

 

 

 

 

「あんっ、だ、だめだよ香織、こんなことしちゃ……っ」

「はぁ、はぁ、大丈夫だよ、私に任せて……」

 

 

 

 

 

  ーー香織と美空が、くんずほぐれつしていた。

 

 

 

  何を言ってるかわからないって?ならばもう一度はっきりと、具体的な言葉を用いて言おう。

 

  幼馴染の少女と、彼氏の親友の少女が、あはーんでうふーんな感じのポジションでベッドの上で絡み合っていた。

 

  息は荒く、頬は上気し、服は乱れ、色々と見えてはいけないところが見えている。美空に覆いかぶさっている香織の手は18禁がかかる場所に伸びており……

 

  あまりに衝撃的な光景に、その場で石像のように固まる雫。その拍子に手からドアノブが離れ、動いた扉がキィ……と甲高い音を立てた。

 

「……? ッ!? し、雫ちゃん!?」

「えっ!?」

 

  その音によってまず最初に香織が気づき、固まっている雫を見て目を見開く。続いて美空も若干起き上がり、雫を視認すると同じ顔をした。

 

「香織が石動さんを押し倒してる香織が石動さんを押し倒してる香織が石動さんを押し倒してる香織が石動さんを押し倒してる香織が石動さんを押し倒してる………………」

「あの、えっと、これは違うの!美空があまりに可愛いから襲いかかったとか、別にそんなんじゃ……」

「香織が石動さんを押し倒し………………………………………」

「し、雫ちゃん……?」

 

  恐る恐る名前を呼ぶ香織に、雫は糸が切れたように顔を俯かせる。嫌な予感がして、香織はつぅー……と冷や汗が頬を伝うのを感じた。

 

  そしてその予感は的中することとなる。雫がパッと顔を上げ、とても綺麗な笑顔で香織のことを見たからだ。

 

「香織」

「えと、あの、雫ちゃん……?」

「おめでとう。皆に報告してくるわ」

「ッ!?!!? ちょ、待って雫ちゃーー」

「ごゆっくりどうぞっ!!!」

 

  さっと顔を青ざめさせて手を伸ばす香織に、雫はドッパァン!と轟音を立てて扉を閉め。そして来た道を全力疾走で逆戻りした。

 

  エボルトとの会話に加え、少女を使った謎の存在からの警告。そこに香織と美空の情事を見て、雫のキャパシティは限界を迎えた。

 

  故に、ただ走る。色々考えすぎてショートを起こした思考を放棄し、本能の赴くままに、雫は廊下を走り抜けた。

 

 

 

「もういい加減休ませてぇぇえええええええええてえ!!!!!」

 

 

 

  心からの叫びとともに、オカンの一日は幕を閉じたのであったーー

 




次回からは第4章。
ふふ、ついに修ぅ羅ぁ場(若本ボイス)が……!
お気に入りと感想をお願いいたします。


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【第4章】再会
バックトゥザフューレン


どうも、何度引いてもアラフィフが来ない作者です。
前回の少女の正体について、二話に加筆をしました。確かめていただけると嬉しいです。

シュウジ「うぃーっす、シュウジだ。いよいよこの章になったか。早く雫に会いたいぜ」

雫「すぐに会えるわよ。後少しの我慢よ……私」

エボルト「自分に言ってたのかよ。ていうか手プルプル震えてんぞ」

雫「ああ、早くシューに抱きつきたい…!」

ハジメ「末期だな……」

美空「ハ〜ジ〜メ〜?」

ハジメ「こ、今回はフューレンに着いた時の話だ!それじゃあせーの!」

五人「「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」」


 古い夢を見た。

 

  もう覚えてないほどに遠い昔の、古い古い記憶の再生。本当になんでもないような無数の日々の、とある日の出来事。

 

  俺はランダと二人で、酒を飲んでいた。確か〝世界の殺意〟になってから五……いや、六百年経った頃のことだったか。

 

  五百〜七百年目のときの俺はよく、ランダのところに行くことが多かった。なにせ、前世の世界で唯一と言っていいダチだったからな。

 

  〝世界の殺意〟を継承したものは、その時点であらゆる人間の記憶の中から完全に消える。某椎茸嫌いな男も真っ青なシステムだ。

 

  そんな俺を覚えていられるのは次の候補者……マリスたちや、あるいはランダのような世界意思の抑制から外れた超越存在のみ。

 

  そのため友達は非常に少なかった。ていうか片手で数えられるくらいしかいなかった。その中でも一際つるんでたのがランダだ。

 

「君も暇だねぇ。一週間前も来たじゃない」

「仕方がないでしょう。私の仕事は、そう多いわけではない」

 

  呆れるように笑うランダに、微笑みながらワインを飲む私。吸血鬼の国に行った時に入手した、五百年ものとかいう超超レア物だ。

 

  〝世界の殺意〟の仕事は、生命のバランスに致命的なダメージを与える存在を排除すること。そしてその機会は数十年に一度という頻度。

 

  さらにそれが不定期なこともあって、かなり暇だったのだ。だからいくつか設けられてる制約に引っかからないなら、何をしてもよかった。

 

  歴代の継承者の中には、有り余る時間を使って徒歩で世界一周した人もいたし、いくつも国を作った人もいたとか。

 

「それで〜、今回はどこの国のわるーい奴を殺したのさ?」

「ドワーフの国にて、国民を使って生体兵器を作り国家転覆を狙っていた大臣を。断末魔の叫びごと首を刎ねました」

 

  俺はもっぱら、世界中に潜ませた〝目〟を使い、さまざまな場所に行って悪人を暗殺していた。

 

  そして実は、そんなことをしてたのは、歴代の中でも俺だけだった。なぜならどれだけ悪人を狩ろうとも、それは無意味なことだから。

 

  人がいる限り善があり、悪がある。どれだけ引き抜いても際限なく生えてくる雑草のように、いくら殺しても悪人はいなくならない。

 

  それでも俺は殺した。たとえ世界の流れがコンマ一ミリも変わらないとしても、歴史書の一文が書き換わるか書き換わらないかの些事でも殺した。

 

  それを正義だとは思わない。それでも一人でも多くの善良な人間を救えるのならと、無情の刃を振るっていたのだ。

 

  そして決まって、悪人を粛清した後はランダのところへ酒を飲みに来た。

 

「勤勉だね〜。君の先代でさえ、仕方のないことだと静観するだけだったのに」

「……別に、ただの自己満足ですよ。生きるべき人間が、死んで然るべき人間の欲望の餌食になるのを見ることが嫌なだけです」

「理想家だねぇ〜」

 

  理想と、ランダは言った。なるほど確かに夢物語だ。たった一人で全ての善良な人間を救おうなどと、子供の絵空事でしかない。

 

  それをわかっていてなお、俺は刃を振り下ろす手を止めなかった。たとえ全てを救えないとしても、せめて眼に映る誰かを助けられるならと。

 

  そんな夢想を続けて一千年。思えば我ながら頑固なもんだ。多分今のハジメに話したら「お前馬鹿だろ」とか言われそう。

 

「やめちゃおう、とか思ったことないわけ〜?」

「……〝世界の殺意〟としての生を得てから、六百以上の月日が巡るのを見ました。それだけ経ってもまだ、私はそうすることでしか自分の存在を見出せない」

 

  殺すことでしか、自分の存在意義を確かめられない。俺はそういう人間だった。いや、人間とすら呼べないのかもしれない。

 

  自我が芽生える前に殺すことを命じられ、殺すために育てられた殺戮兵器の成れの果て。それが俺を表現するのに一番適切な言葉だろう。

 

  止めなかったのではない。止められなかったのだ。だって殺すことが、■■■としての俺の根底だったのだから。

 

「だから私は、役目を終えて消えるその日までこの薄汚れた手を下ろすことはないでしょう」

「そんなに深く悩むこともないと思うけどな〜」

「それは、元より時の概念がなく永遠を生きられる貴女だからこその思考です。人より長いとはいえ、限られた時間しかない私はこれを張るしかない」

 

  それもそうだね〜、と呑気に笑うランダ。この時は一つの思考に縛られるという概念がないことに、羨ましいと思ったものだ。

 

  しかしきっと、俺がこの生き方に縛られたのは生い立ちの他にも、〝あれ〟があったからだろう。俺たちを象徴する、最強の武器が。

 

  そんなことを考えながらグラスを傾けていると、ふとあることに思い至った。俺はランダの方を向き、真剣な顔で語りかける。

 

「ランダ。貴女に頼みがあります」

「なにかな〜? 親友の頼みなら、無理なことじゃなきゃ聞くよ〜」

 

  のほほんとしたランダに、これ幸いと俺はあることを頼んだ。

 

「もし、私のーー」

 

 

 ●◯●

 

 

 ガタンッ!

 

 

「……んごっ」

 

  大きな振動で顎から手が外れ、ガクンと頭が落ちる。その拍子にダッシュボードに思いっきりおでこを打ち付けて目を覚ました。

 

「ってー」

「おう、目ぇ覚ましたか」

 

  若干ヒリヒリする額をかきながら隣を見れば、運転席に座るエボルトがいる。エボルトは車内に流れる音楽に合わせて、指でハンドルを叩いていた。

 

  そこでようやく、俺は車に乗ってることを思い出す。そういや30分前運転めんどくなってエボルトに押し付けて昼寝したんだったわ。

 

  現在、俺たちはフューレンに向かっている。あの時マリスと別れて、ウルの街を去ってからすでに一週間弱ってとこだ。後ちょっとでフューレンに着くだろう。

 

「お前にしちゃ珍しく熟睡してたな。いい夢でも見たか?」

「んー懐かしい夢見た」

「なるほど悪夢か」

「俺の過去全部ダークにするのやめない?」

「えっ違うの?」

「はっはっはっ、何言ってんだそうに決まってんだろいい加減にしないと鼻の穴にピクルス詰めるぞ」

「鮮やかな手のひら返しアザーッス」

 

  いつも通りのコントをしたところで、ところでハジメはんたちはどないしてるんやと振り返って後部座席を確認する。

 

  すると何やら、ハジメの腕にシアさんが抱きついて幸せそうな顔をしていた。反対には仕方がないかという顔のユエとシアを撮ってるウサギ。

 

「おろ、俺がグッドスリープしてる間に何かあったん?」

「なんだ、起きたのか」

 

  そのまま永遠に寝てりゃいいのにとか思ってそうな顔をするハジメ。うーん最近親友からの反応がどんどん雑になってると思う今日この頃。

 

「まあ、あったといえばあったな」

「聞いてくださいよシュウジさーん、ハジメさんがデートしてくれるんです!」

「なん……だと……!?」

 

  あのハジメが、シアさんとデート?あの超絶鬼畜無双大好き問答無用で発砲大魔王どころか大魔神なハジメが、シアさんとデートだと?

 

「明日はモーセが石版を投げつけるのか……!?」

「誰が地を割るって?別にデートじゃねえよ。ただ一日付き合うってだけだ」

「人はそれをデートというby誰でもない」

「懐かしいなそれ」

 

  あのドラマ面白かったよね。主に緊縛が。おっとそこの君、特殊性癖とか言わない。別に俺が縄縛りが好きなわけじゃないんだからねっ。

 

  で、詳しい話を聞いたところ、今回の襲撃……蹂躙劇?でのシアさんの奮闘はめざましく、そのご褒美として一日中二人きりで一緒にいるとか。

 

  よくこいつが許可したなとか思ってると、「まあ、こいつも今は大事な仲間だしな」という返答が返ってきた。やはりこれは天変地異の(ry

 

「まあ、よかったなーシアさん。そのままハジメを落としても、ええんやで?」

「頑張りますぅ!」

「頑張らんでいいわ」

「マスター。そろそろ私にも構ってもらっていいか?」

 

  ハジメをからかって遊んでいると、そんな言葉が聞こえてきた。そちらを見れば、少し不満そうな顔のルイネがいる。

 

「おお、メンゴメンゴ……って、おろ?リベルは?」

「あちらだ」

 

  隣を指差すルイネ。そこにはカエルを抱えて寝るリベルを膝に乗せるウィル君がいた。この一週間弱でかなり仲良くなったんだよなー。

 

  だが、嫁にはやらん(違う)。まだまだリベルが出ていくのは早い。というか一生うちにいてもいいのよ(圧倒的な親バカ)

 

  え?あの変態ドラゴンはどうしたかって?……さあ、どこにいるんだろうねー(閉まっている後部座席のシャッターから目を逸らす)

 

「ハジメ殿たちばかりと話していると、拗ねてしまうぞ……なんてな」

「おおっと、奥さんに拗ねられちゃあ一大事だな」

「ふふ、そうだな」

 

  楽しそうに笑うルイネ。最近、ルイネはこういったことをよく言うようになった。果たしてその理由は……CMのあとで!

 

  なーんてことはなく、なんかマリスに意識を持ってかれてないかと心配らしい。別にそんなこと思わなくても、マリスは娘だからありえないんだけどネ。

 

『ケッ。イチャつきやがって。いきなりブレーキ踏んでやろうか』

 

 新章開幕最初の念話がそれかよ(メタメタ)

 

  ルイネと雑談したりハジメをからかったり窓の外に見えたデンジャラスゾンビ阿部さんを狙撃したりして過ごすこと、二時間ちょっと。

 

「お、フューレンが見えてきたな」

 

  窓の向こうに、フューレンの外壁が見えてくる。一週間ぶりに見るが、別にバイオテロが起きてゾンビが群がってたりはしなかった。

 

  数分前に起きていたウィル君は、それを聞くや否や座席の間から笑顔を出す。やっぱり知った場所に着くとなると安心するらしい。

 

「いやー、6日と半日。長かったですね」

「そうだにゃー。ところでウィル君、どっかに捕まってたほうがいいよ」

「えっ?」

「ご乗車の皆様、これから華麗に停止いたしますので、シートベルトをお締めください」

 

  エボルトはそういうと、アクセルを踏んで速度を上げる。全く踏ん張ってなかったウィル君は後部座席に強制退去した。

 

  車はぐんぐんスピードアップし、瞬く間に町との距離を詰めていく。程なくして、町に入る長ーい人の列の最後尾が見えてきた。

 

  それが見えるや否や、エボルトはブレーキを踏む。同時にハンドルを横に切り、キキィィイイイイイイイイイ!と甲高い音を立ててドリフト停車した。

 

「し、死ぬかと思った……」

「ご利用ありがとうございます、ってな」

「んにゅ……?ついたの……?」

「おーリベル、起きたか」

「んー」

 

  ぽろっとカエルを手放してこっちに手を伸ばすリベルを抱き抱え、車を降りる。続いて後部座席の皆も外に出た。

 

 外に出ると、列に並んでいた全員が車を凝視していた。こっちの世界には自動車なんてないからね、しょうがないね。

 

「あ、あのう、妾も下ろしてくれるとありがたいのじゃが」

「あ、忘れてた」

 

 ウィル君が呆然としている人たちに頭を下げているのを眺めてると、荷台にくくりつけといたティオから声がかかった。完全忘れてたわ。

 

『むしろ存在を抹消されて喜んでるけどな』

 

 よーしさっさと下ろして人目のつかない所にポイしとこーっと()

 

 ティオをポイしてボンネットを見れば、そこに座ったハジメが列を見てあと一時間くらいかかりそうと呟いた。

 

「はーい、ババ抜きする人この指とまれ」

 

 どうせ時間がかかるならレッツ暇つぶし、ということで異空間からトランプを取り出して人差し指を出す。豆腐食べたくなってきた。

 

『どこの天の道をゆく男ですかねぇ』

 

  中学の時講習受けて調理師免許持ってます(誰も聞いてねえよ)

 

 全員がこの指に留まったのでリモコンでボンネットを操作してテーブルを出した。ハジメにじとっとした目で見られる。

 

「また知らんうちに改造しやがったな」

「てへっ☆」

「よしそこを動くな、そのふざけた面に弾ぶち込んでやる」

「きゃー暴力反対(棒)」

 

 いつものやり取りをしつつ、トランプを全員に配る。実はウィル君が地味に強かったりするのだ。ちなみに先生はエボルト。

 

「はい、次ユエ」

「…ん。私のターン。ドロー」

「ユエ、それは違うゲームだ」

「あっ」

「……シア、ババ引いた?」

「な、なんのことでせう」

「あはは、シアおねーちゃんバレバレ!」

 

 呑気にババ抜きする俺たちをヒソヒソと人が見ているが、基本スルー。というかウルの街で大暴れしたので今更コソコソしても意味がない。

 

 もし国とか教会に接触されてもマリスとかが味方してくれるし、最悪ハジメさん方式(物理的解決)すればいい。

 

『それでもダメな時は〝あれ〟を使えばいいしな』

 

 それはマジで最後ね。

 

「はい、シアさん」

「うぬぬぬ……はっ!はうぁ!」

「まーた引いたよこいつ」

「うう……はい、シュウジさん」

「あらよっと。お、キングで上がり。あ、そういやもうシアさんの首輪とっていいんじゃね?」

「そういやそうだな」

 

 シアさんの力も証明された以上、もう庇護対象を振舞う必要はない。ハジメが外すか?とシアさんに問いかける。

 

 しかし予想に反して、シアさんは首を横に振った。若干頬を染めながら、自分に首にはまっている首輪を撫でる。

 

「いえ、このままでいいです。首輪とはいえ、初めてハジメさんに頂いたものですし。それに、ハジメさんのものって感じがして、割と気に入ってて……」

「そういうことなら、俺はもう口を閉じますかね」

「できればそのままずっと閉じててください」

「辛辣ゥ!」

「ふむ……」

 

 うさ耳をぴこぴこさせてちょっと恥ずかしそうにするシアさんに、ハジメが手を伸ばす。そして顎に指を添えると顔を上げさせた。

 

 いきなりの行動にシアさんの頬と凝視している周りの男の足元が赤くなる中、ハジメは宝物庫から宝石を取り出すと首輪を錬成し始める。

 

「あ、あの、ハジメさん」

「じっとしてろ」

 

 柔らかい声音で言ったハジメは、無骨な首輪を新たしいものにしていく。最初の頃に比べりゃ随分な対応の変化だ。

 

 錬成の結果、シアさんの首輪は地球で売ってそうなファッション的なデザインのチョーカーに変わった。店で売ってても不思議じゃない。

 

「よし、こっちの方がいいだろ」

「前から思ってたけど、ハジメさんセンスいいっすよね」

「そうか?」

「あの、ハジメさん。ありがとうございます。大切にしますね」

「おう。せいぜい大切にしろ」

 

 ぶっきらぼうにいうハジメに、にヘラと相貌を崩したシアさんが抱きつく。一瞬で場の空気が桃色に染色された。

 

  これはもうあれですね、後ちょっとで結局くっついちゃいました的な展開になるね。今から撮っておかなくちゃ(美空に見せる用)

 

『軽くゲスで草』

 

「いやー、仲良いことですな」

「私たちも、だろう?」

 

  ぴったりと密着してくるルイネ。いつものクールなルイネも愛しているが、ここ最近の甘えたルイネもいいと僕は思います。

 

 さてさて、どれくらいで街に入れるかな。

 

 

 ●◯●

 

 

 それからルイネとイチャついたり女性陣目当てで近づいてきたチャラ男を阿部さんの巣にとばしたりしてるうちに列が動いた。

 

  ハジメの予想通り一時間もする頃には、いよいよ検問に差し掛かった。あ、車はもう異空間に仕舞いました。

 

「ステータスプレートを見せてくれ」

「はいどーぞ」

 

  代表して俺が見せると、どっかのマダオみたいな顔の衛兵さんはん?と眉をひそめる。おろ、ステータスは隠蔽してあるが。

 

『あれじゃね?天職の欄に夢の国の使者って入れたから』

 

 おいやめろネズミの執行者が来るぞ()

 

「シュウジ?ということは、そっちはハジメ、ユエ、シア、などといった名前か?」

「そうだが。なんか問題でもあるのか?」

「いや、そうではない。支部長からの依頼の帰りなら、すぐに通せと言われてるのでな」

「あ、そゆこと。ならこれ、依頼状」

 

  衛兵さんにイルワさんの署名入りの依頼状を渡すと、衛兵さんは注意深い目つきで読み込み、よしと頷くと通してくれた。

 

「さて、とりあえずウィル君を送り届けますか」

「そうだな」

 

  ということで冒険者ギルドに直行。十分ほどで到着し、受付で依頼状を見せるとこの前と同じ応接室に通され、待つように言われた。

 

  用意された高そうなお菓子をバリバリモッシャモッシャムッシュマシュマロキングしていると、勢いよくた扉が開いてイルワさんが駆け込んでくる。

 

「ウィル、大丈夫かい!?怪我とかしてないか!?」

「お、落ち着いてくださいイルワさん。私なら平気ですから」

「そ、そうか。それは良かった……」

 

  心底安心した様子で、どっかりと座り込むイルワさん。本当に心配していたようだ。それだけウィル君が大切な存在なのだろう。BL的な意味じゃなくて。

 

「イルワさん、すみませんでした。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を……」

「なにを言うんだ。私の方こそ、いくら荒療治とはいえ危険な依頼を紹介してしまった……ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだったよ」

「ご心配をおかけして、本当にすみません」

「いや、もう過ぎたことだ。二人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

「父上とママが……わかりました。直ぐに会いに行きます」

 

  イルワさんに両親のいる場所を聞いたウィル君は、もう一度お詫びとともにイルワさんに頭を下げ、次いで俺たちにも感謝する。

 

  最後に後日改めて礼を言いに来ると言って、部屋を出て行った。後に残った俺たちはイルワさんに向き直り、柔和な笑顔を浮かべる。

 

「いや、本当に助かった。ウィルを連れて帰ってきてくれてありがとう。てっきり、もうダメかと……」

「まー運が良かったのもありますけど、本人の意地の勝利っすかねー。なんにせよ、助けられて良かったです」

 

  そういうとイルワさんはにこやかに微笑んだ。ちなみにこれは全部本音だ。ウィル君の生きる意志こそが、今回の結果の一番の要因だ。

 

「加えて、数万もの魔物の軍勢から街も救ってくれるとは…感謝しても仕切れないね」

「おや、情報がお早い。監視でもついてました?」

「まあ、君だったら気づいてそうだったけどね。そうだ、私の部下を密かに追走させていた。まあ、あのアーティファクトのおかげで半泣きだったけどね」

 

  そりゃどんなに早くても車にゃ追いつけないわな。ハジメは逃げる車のトランク鷲掴みにして「どこに行くんや」とか凶悪な顔で言いそうだけど。

 

「おい、今変なこと考えたな」

「さって、説明でもします?」

「スルーすんな」

「ああ、そうしてくれると助かる」

 

  ハジメにヘッドロックかけられながら説明しようとして、あることを思い出した。

 

「説明を始める前に……ステータスプレート、お願いできますかね?それもあったほうが説明しやすいんで」

「ああ、わかった……ところでそれ大丈夫なのか?なんかミシミシ言ってるが……」

「ヘーキヘーキ、モーマンタイです」

 

 あっ頭蓋骨にヒビはいった。超速再生ですぐに治るからいいけど。

 

 俺が解放される頃には、人数分の(ティオも希望しました)ステータスプレートが職員さんによって用意された。

 

 全員が受け取り、俺たちもやった手法で確認した結果、皆のステータスはこのような感じだった。

 

 

 ====================================

 ユエ 323歳 女 レベル:75

 天職:神子

 筋力:120

 体力:300

 耐性:60

 敏捷:120

 魔力:6980

 魔耐:7120

 技能:自動再生[+痛覚操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法・重力魔法

 ====================================

 

 

 ====================================

 シア・ハウリア 16歳 女 レベル:35

 天職:占術師

 筋力:60 [+最大9700]

 体力:80 [+最大9720]

 耐性:60 [+最大9700]

 敏捷:85 [+最大9725]

 魔力:3020

 魔耐:3180

 技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅱ] [+集中強化]・闘術・重力魔法

 ====================================

 

 

 ====================================

 ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89

 天職:守護者

 筋力:770  [+竜化状態4620]

 体力:1100  [+竜化状態6600]

 耐性:1100  [+竜化状態6600]

 敏捷:580  [+竜化状態3480]

 魔力:4590

 魔耐:4220

 技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏][+痛覚変換]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法

 ====================================

 

 

 ====================================

 ウサギ ???歳 女 レベル:ーーー

 天職:バーサーカー、魔神の妃

 筋力:25000

 体力:25000

 耐性:25000

 敏捷:30000

 魔力:2000

 魔耐:5000

 技能:超強化[+感覚強化]・獣化[+部分変化][+全身獣化][+完全獣化]・獣闘術[+一切粉砕][+一切鏖殺]・魔神寵愛[瞬間強化]・奪力・生成魔法・変化

 ====================================

 

 

 ====================================

 ルイネ・ブラディア 24歳 女 レベル:100

 天職:龍姫、紅の殲滅者

 筋力:20000

 体力:40000

 耐性:40000

 敏捷:50000

 魔力:10000

 魔耐:40000

 技能:操糸術・完全耐性・龍力・龍刃錬成・龍鎧精製・隠密・変装・諜報・暗殺術・超忍耐・闘術[+獣術][+鬼術][+魔術]・生成魔法・重力魔法・変身

 ====================================

 

 

 ====================================

 リベル・北野・ブラディア 3歳 女 レベル:10

 天職:重術師

 筋力:700

 体力:1000

 耐性:5000

 敏捷:1000

 魔力:5000

 魔耐:6500

 技能:重力魔法・■■

 ====================================

 

 

  流石というべきか、全員ぶっ飛んだステータスだ。リベルも俺たちからすれば文字通り子供レベルだが、ホムンクルスだからかこの世界の人間よりは何倍も強い。

 

  え?エボルトのステータス?俺のと共有してるから特に新情報はないよ。天職のところに怪しいエイリアンってあるくらいじゃね?

 

『そこは怪しい悪役って言えよ』

 

「どいつもこいつも化け物だな」

「魔神の妃、つまりハジメのお嫁さん……えへへ」

「むう……なんで私のにはついてない」

「いいなぁ〜ウサギさん。私もその天職がよかったですぅ」

「ルイネは、流石俺の弟子って感じだな。頼もしいぜ」

「ああ。ぜひ頼りにしてくれ」

「パパ、ママ、わたしのも見てー!」

 

  わいわいとはしゃぐ俺たち。その横で常識外のステータスに唖然としてるイルワさんがいた。

 

「いや、何かあるとは思ってたが……まさかこれほどとはな」

「そーいうことでさぁ。それじゃあ早速ウルの街でのことでも話しますかね」

 

  最初の会話の通りに、魔物の大群のことを話す。清水のことについては、マリスがなんとかすると思うので伏せといた。

 

  俺たちの話を聞いたイルワさんは、深くため息を吐いてソファの背もたれに体を預ける。あまりに突飛な話に衝撃を受けたんだろう。

 

『まあ普通ならホラで終わるような話だしなぁ。ステータスを見た以上、信じるしかないだろうが』

 

「どうりでキャサリン先生が目をつけるわけだよ……ハジメ君とシュウジ君が異世界人というのは予想してたが……実際はその斜め上たったね」

「で、あんたはどうするんだ?俺たちを危険因子として教会にでも報告するか?」

「まさか、冗談にもならない。君たちを敵に回したら、その日のうちに街も私も破滅だよ。それに、君たちは恩人だ。恩を仇で返すほど、私は愚かじゃない」

「そいつはよかった」

 

  余計な敵が増えるのは面倒だからな、と言うハジメ。イルワさんはホッとしたように息を吐き、居住まいを正して真剣な顔をした。

 

「私としては、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね」

「そりゃ助かる。サンキューイルワさん」

「いや……まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は、上の方も議論が紛糾して君達に下手なことはしないと思うよ。一応、後ろ盾になりやすいように、君達の冒険者ランクを全員〝金〟にしておく。普通は、〝金〟を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど……事後承諾でも何とかなるよ。キャサリン先生と僕の推薦、それに………ね」

 

  俺の方を見てウィンクするイルワさん。〝あれ〟のことだと察した俺と体内のエボルトは不敵に微笑んだ。

 

 その後、フューレンにいる間はギルド直営の宿のVIPルームの使用権やイルワさんの家紋入りの手紙などなど、大盤振る舞いの報酬を受け取る。

 

『今後も仲良くしてくれ、ってことだろうな』

 

  まあ、その気になればフューレンくらいならカーネイジ使えば一瞬で真っ二つにできるしな。

 

 お礼を言って退室すると、俺たちは早速フューレンの中央区にあるギルド直営の宿のVIPルームに向かった。

 

 途中、ウィル君の両親とかにも会った。

 

「この度は息子を助けていただき、誠に感謝しております」

「本当に、本当にありがとうございます……!」

「いえいえ、依頼でしたから」

 

  王都のパンドラボックスの光の影響下にあったヒゲみたいな貴族達と違って、ウィル君の両親は筋の通った人間だった。こう言う貴族は信用できる。

 

 グレイル伯爵は、しきりに礼をしたいと家への招待や金品の支払いを提案したが、結局有事の際に頼りにするということで退散してもらい。

 

  そしてVIPルームに行き、だらけながら明日以降の予定を相談したり、リベルと遊んだりして、その日は休んだのだった。

 

 




うっわ長すぎ……
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魔神ミーツラビットアンド幼女 その1

どうも、fgo二部の内容がめっちゃ心苦しい作者です。

シュウジ「うぃーっす、シュウジだ。前回はフューレンに帰ってきたぜ。いやーみんなすげえステータスだったなー」

ハジメ「オールエラー起こしてるお前が言うと嫌味みたいに聞こえるな」

シュウジ「ひどいっ、これが風評被害!あ、ところで雫はどんな感じなの?」

雫「はい」

シュウジ「ふむふむ……む、この天職欄の〝抑止力の寵愛を受けし者〟とはなんぞや」

エボルト「字面的にお前のことじゃね?」

雫「……そう」///

シュウジ「俺の嫁可愛い(確信)」

エボルト「はいはいイチャついてろ。今回はハジメとシアの話だ。それじゃあせーの……」

四人「「「「さてさてどうなる再開編!」」」」


  再びフューレンに来た翌日。

 

「天気は快晴!体調はバッチリ!絶好のデート日和ですね!」

 

  隣で鼻歌を歌いながら、スキップせんばかりの上機嫌でシアがそう言う。デートじゃねえけどな、と言いつつ俺は良い天気なことには同意した。

 

  さて。今日は早速、シアへのご褒美の日である。現在ガヤガヤと賑わっているフューレンの表通りを二人だけで歩いているところだ。

 

  服装もいつもの黒一色ではない。というか最初それでいこうとしたらシュウジとエボルト(バカコンビ) にドナられてコーディネートされた。

 

  結果、紺色の上着にズボン、白いシャツ。一応錬成式スパイクを仕込んだ靴。義手も外してエボルトの一部を擬態させている。

 

  対するシアの格好は乳白色のワンピース。肩紐が狭く、胸元が開いている上にベルトで腰のくびれが強調されてるせいで、男どもの視線が釘付けになっていた。

 

「つうか、そんなにはしゃいでると転ぶぞ」

「いやいやー、いくら浮かれてるからってそんなベタなことしませっ!?」

 

  言って早々、石畳の隙間につま先を引っ掛けてバランスを崩す残念ウサギ。思わずため息をつきながら、腰に手を回して体を支えた。

 

  そのまま倒れていたら、短いスカートの中身が衆目を集めていたことだろう。特に鼻息荒いそこの男どもの。お前ら亜人差別どこいった。

 

「あ、ありがとうございます」

「ったく、気をつけろ残念ウサギ」

「うっ、言い返せない……」

 

  若干赤い顔をしつつ、歩幅を小さくするシア。学習するだけ立派なので、それ以上は何も言わないでおいた。どっかのバカだとわざと笑いとりにくるしな。

 

  ちなみに赤い顔のシアを見た男どもがノックアウトされてたが、基本スルーの方向で。というかそこのやつ、彼女いるならそっち見ろ。

 

「で、どこに行きたいんだ?今日一日はお前に付き合うって言ったんだ、好きなところを言ってみろ」

「うーん、そうですね……あっ」

 

  思いついた!という顔をするシア。なんか嫌な予感がしつつ、先を促す。

 

「不動産とか見に行きたいです。家の使用は街を知る大事な材料ですからねぇ」

「ほーん、珍しいもの見たがるんだな」

「それに保育園!小さい子とか沢山いると可愛いです!」

「……ほぉ」

「あ、それと結婚式場も!やっぱりプレd……ハウリア族全員が入れる大きさがないと」

「オーケーそこでストップ。さらっと俺との結婚生活の外堀埋めようとしてんじゃねえぞ」

「あ、バレました?」

 

  てへっ☆と舌を出すアホウサギに軽くげんこつを入れつつ、真剣にどこに行くか考えた。こいつに任せてたらマジで不動産に行きそうだ。

 

  思考を回転させていると、そういやシュウジに水族館の無料券みたいなのもらったなと思い出す。なんでそんなもの持ってたのかは謎だが。

 

  地球にいた頃からそうだ。なぜか遊園地の特別フリーパスとか、人気で行列のできるカフェの隠しメニューのチケットとか持ってた。

 

  本人曰く、気の向くままに人生楽しんでたらいつの間にやら色々手に入れてるとか言ってた。一番ヤバい時はヤのつく人に名刺もらってたな。

 

「水族館とかどうだ?」

「あっいいですね!行きましょう行きましょう!」

 

  とりあえず真っ先に浮かんだので提案してみれば、シアは思いのほか食いついてきた。キラキラと目が輝いており、本当に行きたいらしい。

 

  ということで行き先は水族館【メアシュタット】に決まり、観光区へと入った。そこに入った瞬間、さらに一段と賑わいが増す。

 

  この観光区は様々なものがあり、劇場やサーカス、音楽ホール、闘技場、果ては展望台などなど、豊富な娯楽施設が揃っている。

 

  水族館もここにあった。どうやらかなり有名らしく、シュウジに「これ結構レア物だから。感謝していいぜ?」とドヤ顔で言われた。

 

「私、一度も海の魚って見たことないんですよねー」

「そりゃ樹海の中に住んでたらそうだろうな。でも淡水魚はいただろ?」

「いましたけど、同じ魚でも違うんですぅ!」

 

  ぶっちゃけ魚の違いなんて料理に出るものくらいしか知らないが、まあ今日は変に突っ込むのもアレだと思ったので無難に返しとく。

 

  しかしまあ、内陸なのに水族館とは大変そうだ。地球のようにトラックがあるわけでもないのに、管理とか維持とか色々手間がかかってそうだ。

 

「あ、見てくださいハジメさん!あれすごいですよ!」

「ん?」

 

  途中、シアの声につられて指差す方を見れば、通りで人間離れしたアクロバティックな動きをしている大道芸人がいた。

 

  他にも道を進むごとに魔法を使っていると思しきマジックや、怪しい占い師など、色々なものが出てくる。まるでテーマパークだ。

 

「あはは、面白いですぅ」

「楽しそうだな」

「当たり前ですぅ!やっとハジメさんといちやいちゃしてるんですから!」

 

  いや、イチャイチャしてるかは疑問だが……まあ楽しそうだしいいか。

 

(ふっふっふっ、ハジメさんはご褒美ということで対応がいつもよりさらに柔らかい。今日はお淑やかに振舞って、ハジメさんをメロメロにしてやりますぅ!)

 

  ニコニコ笑いながらも、先ほど転びかけたのもあってかしゃなりしゃなりと歩くシア。こうして見ると、こいつも可愛いんだけどなぁ。

 

 

 ドゴスッ!

 

「あふんっ!?」

「なぜかいきなりはぐれ魔物が街に侵入してきたぞ!」

 

  そう思った瞬間、いきなりイノシシみたいな魔物にシアが引かれた。流石に反応のしようがなく固まる。

 

  恐る恐るシアをみれば、とっさに身体能力強化をしたのかシアは比較的軽傷だった。せいぜいが口の端から血を流している程度だ。

 

「おい、シア……」

「…………………………コロス

 

  何か小さく呟いたシアはスタスタと歩いていき、なぜか逃げることもなくたむろしていた魔物の足を掴み、ズルズルと路地裏に引きずり込む。

 

  それからしばらくして、スッキリした顔で路地裏から出てきた返り血まみれのシアを、俺は見ないことにした(白目)

 

  そんなこともありつつ、さらに歩くこと10分。たどり着いたメアシュタットは、海をイメージしてか青い外観の建物だった。

 

  ふと隣を見てみれば、シア(シュウジからもらったアーティファクトで清潔にしました)は先ほど以上に期待のこもった目で建物を見ている。

 

「ついにきましたよぉ!」

「おう。だが結構並んでるな……」

「大人気ですねぇ」

 

  ぐるりと建物を見回してみると、一般の入場口の受付の隣に、特待用と看板の貼り付けられた受付があった。もしやと思い、そちらに向かう。

 

  受付の女性にシュウジの無料券を見せると、案の定すぐに受理されて通された。列に並ばなくてちょっと得した気分だ。シュウジ様様だ。

 

「なんであんなの持ってたんでしょうねぇ」

「さあな。まああいつに疑問持っても仕方ねえだろ」

「激しく同意です」

 

  どう?流石俺でしょ?とかドヤ顔でウィンクするシュウジを想像し、シアと二人で苦笑する。あいつは何年一緒にいても底が知れん。

 

  まあ、それはともかく。水族館の内装は、かなり地球のものに酷似していた。ただ、水圧に耐えられないのかガラスを格子で補強してる。

 

  多少見にくいが、格子の向こうでは色とりどりの魚が泳いでいた。早速シアが走り寄り、キャーキャーと黄色い声を上げる。

 

「ハジメさんハジメさん、この子可愛いですよ!」

「おう、そうだn……」

 

  シアの見ているものを見て、固まる。水の中をスイスイと泳いでいるのは、なんか全身に目のような模様があるタコだった。

 

  人の趣味はそれぞれだよな、と思いつつシアを見守る。しきりにこちらを振り向いては魚を指差す姿は、初めて水族館ににきた子供だ。

 

  実際、すぐ隣にいる家族連れの、父親に笑顔を向けている幼女が同じ動きをしている。それを見た途端、なんだか恥ずかしくなってきた。

 

「おい、シア」

「えっ? あっ」

 

  あんまりはしゃいで注目されるのもあれなので、シアの手を引いてそこから離れる。シアが赤い顔をしてるが、今はスルー。

 

  とりあえず手を持っておけば恥ずかしがって大人しいので、そのまま館内を回ることにした。これじゃ本当にデートみたいだ。

 

  色々な場所を見て回るうちに、シアも多少慣れてきたのか、落ち着いた様子で魚を鑑賞し感想を言い始めた。

 

  嬉々として眼に映る全てを楽しむ姿は、初めて美空と水族館に行った時を思い出す。あいつもめちゃくちゃはしゃいでたなぁ。

 

  ……今この光景を見られたら刻まれそうとかいう思考がよぎったが、まあ気のせいだろう。というか気のせいと思いたい()

 

「ちょっと、ハジメさん。ハジメさんってば」

「ん、おお」

 

  シアにブンブン手を揺すられて我に帰る。危ない危ない、ハサミを持った美空に地の果てまで追いかけられる想像をしてた。

 

「今、別の女の人のこと考えてたでしょ」

「別の女っていうか、ユエを除けば本命だな」

「あ、美空さんって人のことですね」

「ああ。前に美空と水族館に来た時のこと思い出してな」

 

  そう言うと、シアはむぅと頬を膨らませて、それきり黙った。いかにも怒ってます!という空気を出している。

 

  プクプクと膨れている頬を見てると、なんとなく指でつつく。するとプゥ、と間の抜けた音とともに空気が抜けた。ちょっと面白かった。

 

「ちょっと、何するんですかぁ!」

「いや、なんとなく」

「もう!いくら彼女さんとはいえ、他の人のこと考えてたから怒ってたのに!今は私とデートしてるんですよ!」

「いや、デートじゃないけどな」

 

  まったくもう!と言うシアに、そういえば前に美空に、目の前にいる相手をおろそかにしないこと、と言われたことを思い出す。

 

  シアは恋愛対象ではないが、今は大切な旅の仲間だ。こちらにその気がないといえど、あまりおざなりな反応をするのもアレか。

 

「わかったよ。俺が悪かった」

「わかればいいんです!さ、次の子を見にいきましょう!」

 

  不機嫌から一転、パッと笑うシアは俺の手を引いて次の水槽に向かっていく。切り替え早いなと苦笑してしまった。

 

  そんなこんなでシアと水族館を回ること、一時間ほど。3分の2くらい見終わったところで、不意にシアがある水槽をギョッと見た。

 

  つられてそちらを見ると……そこにはシー◯ンがいた。な、何を言ってるかわからねーと思うが(ry

 

「なんで異世界にシーマ◯がいんだよ……」

「な、なぜここに……」

 

  なんか戦慄しているシアをよそに、説明板を見ている。こいつは水棲系の魔物らしく、〝念話〟の固有魔法を使えるらしい。

 

  確認されている中で唯一と言っていい会話可能な魔物であるが、非常に気だるげなため話してると気が抜けるとか。

 

〝お前さん、念話が使えるんだって?俺の言ってることがわかるか?〟

 

  ちょっと興味が湧いて、念話を使って話しかけてみる。普通に話しかけても滅多に答えてくれないって書いてあったからな。

 

  シアと見つめ合ってた◯ーマンはピクッと反応し、こちらを見る。そうするとチッと舌打ちした。いきなりなんだ。

 

〝初対面だろうが。まず名乗れよ、礼儀のなってねえ……これだから最近の若者は……〟

 

  ……なんか説教された。説明板に説教くさいとも書いてあったな。酒を飲ませるともっと愚痴っぽくなるとか。うちの親父か。

 

〝……すまん。俺はハジメだ。あんたは?〟

〝名前はねえよ。あえて言うなら種族名がリーマンだ。それ以上でもそれ以下でもねえ〟

 

  やだ、このシ◯マンなんかカッコいい。あと地味にイケボ。

 

〝本当に会話できるんだな。面白い〟

〝面白くもねえだろ。ただ喋れる魔物だった。それだけだ〟

〝そ、そうか〟

〝ところでお前、なんで念話が使えるんだ?まるで俺みたいじゃねえか〟

 

  なるほど、その疑問はもっともだ。普通この世界の人間は〝念話〟は使えないからな。滅多に話さないのに応えてくれた要因もこれか。

 

  しかし、シーマ◯と同じと言われるのはちょっと複雑な気持ちになるな……まあいいか。とりあえず答えよう。

 

〝魔物を食ったら使えるようになってな〟

〝そうか……お前さん、若いのに苦労してんな〟

 

  今度は同情したような顔で言われた。これアレだ、多分魔物を食わなきゃいけないくらい貧乏なんだな……とか思われてるわ。

 

  俺の服を見て頑張ったんだな……とかヒレで涙を拭いてるシーマ……リーマンでいいや。リーマンは、自分にわかることがあるなら聞けと言ってくる。

 

  またとない魔物に質問をできるチャンスだ、これ幸いといろいろなことを聞いてみる。リーマンは真摯に応えてくれた。

 

〝魔物に意思ってあるのか?〟

〝普通はねえな、基本的に本能で生きてる。俺の種族の他には見たことがない〟

〝ふーん、そうなのか〟

 

  つまり、ウサギはかなりのイレギュラーだったのだろう。体から流れた魂が似た性質の蹴りウサギの体に憑依したって話だし。

 

  他にも色々と聞いてみる。例えば魔物はどうやって生まれるのかとか、きのこ派かたけのこ派かとか、ワンピースの最終回とか。

 

  聞いた結果、魔物が生まれる方法はわからないらしく、パイの実派で、ワンピースの最終回は知らないとか。

 

「ちょっと、ハジメさん……」

 

  話してるうちにだんだん面白くなってきて会話を弾ませていると、シアに袖を引かれた。一度会話を切り上げる。

 

  そしてなんだとシアを見れば、周りを気にするような仕草をした。そこでようやく、自分がおっさん顔の魚と見つめ合ってたと気づく。

 

「……俺も変な目で見られてたか」

「ちょっと……」

 

  こいつはやっちまった。ていうか、またシアを蔑ろにした。これでは美空にも、「楽しんできて」と言ってくれたユエにも怒られる。

 

 なので、ここらで移動することにした。

 

〝すまんリーさん、そろそろ行くわ〟

〝ん?ああ、デート中か。すまんな引き止めて。ついハー坊との会話が楽しくてよ〟

〝俺もだよリーさん〟

 

  短時間で仲良くなったリーさんは、それじゃあデート楽しんでな、とウィンクした。言動が終始イケメンすぎる。

 

〝そうだ、最後に気になることがあるんだが。リーさんはなんでここにいるんだ?〟

〝ん?ああ、それはな……〟

 

  で、リーさんがここにいる理由はこうだった。

 

  地下水流を優雅に泳いでいたところ、突然急流に飲み込まれ、打ち上げられるように泉から飛び出して草むらに落ちてしまったらしい。

 

  地上でも呼吸できるリーさんだったが、動くことはできずに念話で助けを呼んでいたところ、あれよあれよという間にここに連れてこられた。

 

〝で、まんまと見世物ってわけよ〟

〝………なるほど〟

 

  それ、ミレディ・ライセンの迷宮から強制退去させられた時のアレじゃね?

 

  思えば、あんとき変なトラップないか発動してた〝気配感知〟に引っかかってた気がする。あれがリーさんだったのかもな。

 

  となると、リーさんがここにいるのは俺たちにも責任の一端があるわけだ。もし解放を望むなら、なんとかする必要があるが……

 

〝なあ、リーさん。ここから出たいか?〟

〝ああ、そりゃあな。俺には安全なカゴの中より、行くあてもなく旅をする方が性に合ってるからな〟

〝そうか……なら安心しな。俺が出してやる〟

〝そんなことできるのか?〟

〝俺は『囚われのお姫様』を助け出すことに関してはプロだからな!〟

 

 主にユエとかユエとかユエとか。

 

〝ハー坊……〟

〝あと出迎えをよこす。待っててくれ〟

〝……お前がそういうなら、信じて待ってるよ。テメェを助けようとするやつの言葉ならまず信じろってな〟

〝おう〟

 

  ということで、サムズアップしてリーさんに挨拶すると今度こそ会話を終えた。

 

  そうするとなぜか引きつった顔をしてるシアを伴い、その場を後にする。すぐあとにシアが何やら念話でリーさんと話してたが、内容は知らない。

 

  それからまたしばらくメアシュタットの中を観光して、ちょうど昼飯時になるところで一周して退場したのだった。

 

  ちなみにリーさんはアーティファクトを使って救出、近くの川に放流しておいた。




大奥イベ、新鯖実装来ますかね。
あ、活動報告を見ていただけると嬉しいです。
感想をお願いします。


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魔神ミーツラビットアンド幼女 その2

どうも、ロバートダウニーJr.のシャーロックホームズ見て、一作目の教授の声アラフィフじゃん!と思った作者です。

シュウジ「ニーハオ、シュウジだ。前回はハジメとシアさんのデート前編だったなー。いやー、仲良きことは美しきかな」

シア「えへへ、絶対もっと親密になります!」

エボルト「今回で物騒になるけどな」

シュウジ「シッ、それは言わないお約束」

美空「そうだねぇハジメ、私がいない間にもーっとシアさんと親密にな る ん だ も の ね ?」

ハジメ「い、いや違うぞ美空、一旦そのハサミを置け、話をしよう」

美空「問答無用!」

ワーワー

香織「ちょっと美空、落ち着いて…」

雫「あーら、最近石動さんと仲睦まじい香織じゃない。この前お風呂で〝洗いっこ〟してたけど、気持ちよかった?」

香織「ひうっ」///

シュウジ「えっなにそれどゆこと」wktk

エボルト「はいはいクズクズ。今回は中編だ、それじゃあせーの」


七人「「「「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」」」」


「あむ……あむ……えへへ、美味しいです」

「良かったな。というか、もう少しゆっくり食え」

 

  メアシュタットから出た後、適当なところを見繕って昼食を取っていた。天気がいいので屋外の席に座っており、他の席にも客がいる。

 

  その客の三分の二が男で、テーブルに並べられた料理を美味そうに食うシアに視線が釘付けになっている。うち半分は彼女、あるいは奥さんにビンタされてた。

 

  しかしまあ、さすが中央商業都市というべきか。適当に選んだ店でも、かなり美味い。ウルの街で食ったカレーもどきも美味かっけどな。

 

「この世界、食事に関してはわりとハイクオリティなんだよな…」

「? ハジメさん、食べないんですか?なら、えいっ」

「あっ、おい」

 

 独り言をつぶやていると、シアが俺の皿からサンドイッチを一つかすめ取っていった。そのまま口元に持っていって食べようとする。

 

 

 ピシュッ

 

 

 が、口に入る寸前にシアの手の中からサンドイッチは消えた。大口を開けていたシアは空気を食い、あれ?と首をかしげる。

 

 二人揃ってテーブルのすぐそばの地面をみれば……そこにはもぐもぐと口を動かしてるカエルがいた。こいつが食ったのか。

 

「ゲコッ」

「なんだカエル、散歩してるのか」

「ゲコッ、ゲコッ」

「ちょっとぉ〜!なんでいっつも食べちゃうんですかぁ!」

「いや、俺のだけどな?」

 

 プンスカ!と憤慨するシアに苦笑する。まあ人のものとった因果応報だな。

 

「ゲコッ」ピシュッ

「くっ、この!」

「ゲコッ」ピシュッ

「なんの!」

「ゲコッ」ピシュ!

「ぬぅぁ!」

 

 その後も、シアが何か食べようとするたびにカエルがかすめ取って、最終的に半分以上皿ごとたいらげてしまった。

 

 結局食べ足りないということで、買い食いをしつつ移動。十分後には、シアの両手が露店で買った食い物の包みでいっぱいになっていた。

 

「ん〜、美味しいです」

「あんま食うと太るぞ」

「……ハジメさん、それ禁句です」

 

 「明日から運動するし……」とぶつくさいうシア。美空もおんなじこと言ってたな。ちなみに翌日からちゃんと有言実行していた。

 

 カエルは気に入ったのか、俺の頭の上に陣取ってる。その舌が包みの中に何度も伸びているのは、あえて見ないふりした(一番美味そうなの受け取りながら)

 

 シアの手が空の包みに項垂れるのを横目に、庭園やサーカスなどに行く。特にサーカスは良く、団長と思われる男の歌声は圧巻の一言だ。

 

「大胆でしたね、〝世界で一番のショー〟なんて」

「そう言うだけのパフォーマンス性は十分にあったな」

 

  あまりにすごかったんで、思わず録画してしまった。多分シュウジに加工頼んだら映画のような映像にしてくれるだろう。

 

  そうしたらユエにも見せようか。いや、あいつは吸血鬼の王だったし、ああいうのは見飽きてるか?今と昔じゃ色々違うだろうけど。

 

「はい……というか、せっかく買ったミールン(ポップコーモンもどき)ほとんど食べられたんですけど」

「ゲコッ」

 

  ごっつぁんです、と言わんばかりに鳴くカエル。シアがすっからかんの包みの山を見てシクシク泣いてたのは30分前の話だ。

 

  サーカスの周りにある露店を見て、次こそは全部食べる!と謎の熱意を見せるシアに苦笑していると、不意にカエルが飛び降りた。

 

「ゲコッ」

「一体どうした?」

「ゲコッ、ゲコッ」

 

  ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねるカエル。まるで何かを伝えようとでもしているかのような動きに、首をかしげる。

 

  そうしていると、ふと気配感知に人の気配が引っかかった。それは周りにごまんといる人間だけではなく……足元、つまり地面の下から。

 

「もしかして、これのことを言ってるのか?」

「ゲコッ」

「……ふむ」

「どうしたんですかハジメさん。カエルさんと見つめ合ったりして」

「ああいや、地下に気配があってな。この大きさからして……多分子供だな。しかも弱ってる」

「た、大変じゃないですか!」

 

  何か買いに行こうと取り出していた財布を放り投げ、さっと顔色を変えるシア。擬態腕を伸張させて財布を取り、シアを落ち着かせる。

 

  そうすると、もう一度よく考えた。地下の下水道にいる子供。ただ落ちただけの確率が高いが……なんだか、面倒事の予感がする。

 

  だが、だからといって見捨てたら……こいつは、ユエたちはどう思うだろうか。少なくとも、今にも走り出しそうなこいつは悲しむだろう。

 

  きっと、全員俺の判断を許すだろう。だが、同時に少しは悲しそうにするかもしれない。そんな顔は、見たくない。

 

 だから、まあ……

 

「急ぐぞ。せっかく助けたのに死んでましたじゃ話にならん」

「! はい!」

 

  最初にあった時に自分をバッサリ切り捨てたのを思い出したのか、感慨深げな満面の笑みでシアは頷いた。とりあえず、正解か。

 

  カエルを抱えると、シアを伴い流れていく気配を追いかける。すぐに追い抜き、十分な距離が開いたところで、地面を〝錬成〟。

 

  地下水道まで円形に穴を開けると、そこに飛び込んだ。酷い匂いを放つ下水に落ちる直前、シアを抱えて〝空力〟で脇の道に跳躍・着地する。

 

「ハジメさん、私にも気配を捉えられました!下水に飛び込んで助けます!」

「いや待て、そんなことしなくても錬成すれば……」

「ゲコッ」

 

  汚れるのもお構い無しに飛び込もうとするシアを止めているうちに、カエルが長い舌を伸ばした。

 

  舌は気配に向かって飛んでいき、掴むと一気にこちらに引き戻す。暗がりの向こうから、舌が巻きついた白い塊が飛んでくるのが見えた。

 

「くっ!」

 

  カエルが舌を離すのと同時に、衝撃を殺しながら白い塊を受け止める。

 

  ふぅ、と息を吐きながら腕の中を見ると、そこには幼女がいた。呼吸が浅く、目元が険しい。どうやら気絶しているようだ。

 

「この子は……」

「ああ。だがまずはここを離れよう。匂いが酷い。カエル、よくやった」

「ゲコッ」

 

  これくらい楽勝、と鳴くカエルを頭に乗せ、宝物庫から保温機能付きブランケットを取り出して幼女を包むと壁に〝錬成〟した。

 

  途中で入ってきた時に使った穴を塞ぎつつ、頭に地上の建物の配置を思い出しながら〝錬成〟を使用して手頃な路地裏に出る。

 

  周囲を確認して一息つくと、もう一度幼女を見た。見た目からして3、4歳といったところか。幼くも美しい顔立ちで、エメラルドグリーンの髪をしている。

 

 だが、何より特徴的なのは……

 

「この子、海人族の子ですよね?」

「この耳と手を見る限り、確実だな」

 

  人間の耳の代わりについている扇状のヒレと、指の間にある水かきを見て頷く。やはり、この子は何かありそうだ。

 

  というのも、海人族はその種族特性を活かして大陸の八割の海産物を輸出しているため、亜人族で唯一国から保護されている。

 

  つまり、こんな幼い海人族の子供が、あんなところにいてこんなに弱っているとなれば、もうきな臭さしかない。

 

「とりあえずこのままだと衰弱死するし、なんとかするか」

 

  錬成で簡易的な浴槽を作りつつ、回復用のアーティファクトで多少飲んでしまっただろう下水や傷口を浄化。

 

  その傍らでシアにせっせと風呂の準備をさせながら石鹸などを取り出していると、ピクリと幼女の瞼が動いた。

 

「ん……」

 

  数秒して、ゆっくり目を開ける幼女。髪と同じ色の瞳が露わになり、大きくまん丸なそれで俺の顔をじーっと覗き込む。

 

  何だか居心地が悪くて目をそらすと、幼女はピクピクと鼻を動かした。次いでお腹からクゥ、と可愛らしい音がする。

 

「ゲコッ」

「あ、ちょっ!」

 

  それに反応したのか、カエルがシアの腰に舌を伸ばして隠し持っていた包みを取った。そのまま幼女に持っていこうとする。

 

  俺はそれを手で制した。カエルは舌を止め、包みは空中で静止する。前から思ってたが、こいつの知能は相当なものだ。

 

「お前の名前は?」

 

  リーさん以外で初の知能のある魔物じゃないか?と思いつつ、幼女に向き直り話しかける。

 

  包みを見ている幼女はモゴモゴと口を動かして、少し言いにくそうにしていたものの、敵ではないとわかったのか小さな声で答えた。

 

「……ミュウ」

「そうか。それじゃあミュウ、あの包みの中が欲しかったらまず、綺麗になろうか」

 

  リベルと話す時の柔らかめの声を意識しながら、浴槽の中に入れる。体が浸かった瞬間、ビクッ!とミュウは震えた。

 

  しかしすぐに害のあるものではないと認識したのだろう、温かいお湯にみるみるうちに表情を緩めていく。

 

「ミュウ、ゆっくりでいい。事情を聞かせてくれるか?」

 

  ある程度落ち着くのを待って、俺は話を切り出した。ミュウは品定めするように俺の顔を見つめ、やがてポツポツと語りだす。

 

 

  ミュウの話を要約すると、こうだ。

 

 

  まず、ミュウは海人族の暮らしている【エリセン】にいた。しかし母親とはぐれ、海の真ん中で途方に暮れていたところ船が通りかかる。

 

  それをみているうちに小舟で降りてきた男たちに捕まり、あれよあれよと言う間にここまで連れてこられて地下牢に幽閉されていた。

 

  そこには他にも数人の子供がおり、彼らのリーダー格の少年から自分たちがそのうち見世物になって売られることを聞く。

 

  日が経つごとに他の子供たちがいなくなる中、いよいよ自分の番になった時、見張りの目が緩んだ隙に下水につながる穴から逃げたようだ。

 

  それから必死にそこから離れようとしたのだが、劣悪な環境で衰弱しきった体ではそう長く保たず、泳いでいる途中で気絶。

 

「それで、目が覚めたらお兄ちゃんたちがいて………」

「なるほど……」

 

  ミュウの話を聞いて、俺は思考を巡らす。やはり厄介な事情を持っていたか。

 

  話からしておそらく、ミュウは裏オークションの商品として拐われたのだろう。先に連れ出されていなくなった子供たちは、もう売られたか。

 

  ちらりと横を見てみれば、シアが今にも壁に殴りかかりそうな顔をしていた。奴隷にされかけた自分と、境遇を重ねているのだろう。

 

  視線を戻し、ミュウを見る。ミュウは地下牢にいた時のことを思い出したのか、ふるふると小刻みに震えていた。

 

「安心しろ、少なくとも今は安全だ」

「あ……………うん」

 

  それを見て、とっさに頭を撫でて言う。ミュウはびっくりして目を見開いた後、シュンと下を向いた。震えは多少治っている。

 

「シア、頼んだ。俺は服を買ってくる。カエル、遊んでやってくれ」

「ふぅ……はい、わかりました」

「ゲコッ」

 

  怒りを抑えたシアに石鹸やタオルなどを渡すと後を任せ、俺は裏路地を出た。

 

「さて、一体どうなるやら……」

 

  服屋に向かって歩きながら、そう呟く。助けた以上最低限の面倒は見るが、せいぜい保安署に預けるまでが限界だろう。

 

  戻って事情を聞いて、それを保安署で話せばあとは解決してくれるはずだ。シアが連れて行きたい、とか言いそうだが、迷宮攻略に連れてくわけにもいかない。

 

  いや、それでもまだ少し心配だな。なにせ、裏とはいえ海人族を取引できるレベルの相手だ。一応、色々知ってそうなシュウジに相談しておくか。

 

「……心配、か。前ならこんなこと思わなかっただろうな」

 

  頭を撫でた手を見てひとりごちる。オルクスから出てきてすぐの頃だったら、最初に気づいた時点で関係ないと切り捨てていた。

 

  ここまで気にかけるのは果たして、先生の説教が心の中に強く残ってるからか、あるいは普段リベルを見てて小さい子供に甘くなったか。

 

「どっちもな気がするな」

「だーれだ?」

 

  ふっと笑みをこぼし、まずはシュウジと連絡を……と思った瞬間、視界が真っ暗になった。誰かに後ろから目を塞がれている。

 

「制限時間は3秒、それ以内に答えなかった場合脇腹が死ぬことになる」

「はいはい、シュウジ」

「正解!」

 

  名前を言った途端、視界が開けた。そして後ろを振り返ると、案の定そこにはシュウジがからかうような笑顔で立っている。

 

  だが、装いが普段と違った。いつもの格好ではなく、全体的に紫色を基調とした服に変わっている。

 

  要所に金属の装飾と炎の衣装が入ったジャケットに濃紺のラインの走るズボン、幾何学的なデザインのロングブーツ。ベルトのバックルはスタークのマスクみたいなデザインだ。

 

  ライトパープルのシャツには筆記体で〝I am Gentle Man〟、頭には小さな三日月の飾り物がついたチロルハット。極め付けに、手には上品なデザインのステッキ。

 

「どう?似合ってるだろこれ」

「ああ。どうしたんだそれ?」

「実は仕込み武器になりそうなステッキないかなーって探しててさ。いい感じのが見つかったから、衣装もアップグレードってわけ」

 

  いいだろ?とウィンクして帽子を器用に回転させるシュウジ。たしかにすごく似合っていた。黙ってりゃイケメンだからなこいつ。

 

「あ、いま黙ってたらイケメンとか思ったべ」

「思考を読むな。それより、ちょうどよかった。相談したいことがある」

「………ほう、聞こうじゃないか」

 

  真剣な表情で言う俺にシュウジも目の色を変える。一度頷き、少し移動すると俺はミュウのことについて一部始終話した。

 

  下水道で助けたこと、誘拐されたこと、危うく裏オークションで売られそうになっていたところを逃げおおせたこと。

 

  話が進むごとに、シュウジの目が鋭くなる。話を聞き終える頃には、〝回帰〟している時を思わせる冷徹な目になった。

 

「……というわけだ。どうしたらいいと思う?俺は保安署に任せようと思うんだが」

「ふむ……」

 

  帽子を傾け、目元を隠して黙考するシュウジ。それから3分間、そのままの姿勢で停止していた。

 

「……よし、わかった。まず保安署に預けるのはナシだな」

「何故だ?」

「理由その1、敵さんは目的のためなら少々過激なことをするのも厭わない組織だ。つまり保安署に預けようものなら襲撃される」

 

  いつもの飄々とした表情で、しかし淡々とした声で言うシュウジ。そのギャップに思わずゾッとしながら、次を促す。

 

「その2、保安署の上……まあつまり町の警備のお偉いさんの一人が組織と癒着してる。裏オークションを開ける規模の話だ、そいつの耳に入ったらどうなると思う?」

「確実にもみ消されるな」

イグザクトリー(その通り)。おそらくミュウちゃんとやらはうまいこと回収されて組織に引き渡されるだろう」

 

  ついでに言えば、お前たちが保護して連れてきたと聞いたらシアさんあたりが狙われる可能性も、ネ?と付け加えるシュウジ。

 

  つまり、他人に任せることはできないってことになる。最初に助けた時に覚悟はしてたが……どうやらゆっくり観光はできないみたいだ。

 

「つまり答えは一つ。俺たちでエリセンまで届けるのが最も安全かつ、効率的な方法だ」

「……そうかい。まあ、そうなるだろうと思ってなかったといや嘘になるけどよ」

「まー心配しなさんな、組織の方は俺がなんとかする」

 

  お兄さんに任せなさい、なんて胸を張るシュウジ。こいつが一旦心配するなと言ったら、もう心配の必要はないと過去の経験で確信する。

 

「だが、エリセンまで保護するとしてどうする?迷宮には連れて行けないぞ」

「そこはまあ、臨機応変に?いかな俺とて、未来まで知ってるわけじゃない」

「それしかないか」

 

  とりあえず当初の予定通りミュウの服を買いに、と思った瞬間、壁の向こうに気配感知が引っかかった。

 

  俺が振り向くのと同時に、シュウジが腕からカーネイジを射出。逃げる暇もなく、壁ごと気配を貫いて一瞬で刺し殺した。

 

  そうするともう一方の手で壁を切り裂き、気配の主を引き寄せる。血を吐いて絶命している男は、手に何かのアーティファクトを持っていた。

 

「こいつは……もしかして連絡ができるアーティファクトか?」

「ヒュー、こいつはやられた。俺としたことが殺意を高ぶらせすぎて気配に気づかないとは」

 

  男の頭を乱暴に踏み砕き、苛立たしげな声音で毒づくシュウジ。こいつが露骨に怒っているのを見るのは、勇者(アホ) を殴り飛ばした時以来だ。

 

  多分、リベルや先生などがいるからこれほどまでに怒りをあらわにしているのだろう。でなければこいつが笑みを崩すはずがない。

 

  それに、前に聞いたことがある。シュウジにとって子供とは〝最も善良な人間〟。だからこそ、それを穢すことは絶対に許さない。

 

「まずいぞハジメ、急いでシアさんに連絡を」

 〝ハジメさん、大変です!〟

 

  噂をすれば、シアから念話が入った。シュウジの言葉を手で制し、ジェスチャーして念話がきたことを伝える。

 

 〝どうしたシア〟

 〝それが、いきなり黒づくめの集団が現れて、半分を相手してる時にミュウちゃんを奪われちゃっ……〟

 〝そうか……お前は無事か?〟

 〝はい、隙あらば捕まえようとしてきたので全員ぶちのめしました。でもミュウちゃんが!〟

 〝一旦落ち着け、焦ってもどうにもならないだろ〟

 〝……そう、ですね〟

 

  罪悪感にまみれた声を送ってくるシア。一緒にいて、守れなかったことが悔しくて仕方がないに違いない。

 

  シアが落ち着くのを待ちながら、シュウジにアイコンタクトでミュウを再び拐われたことを伝える。ダンッ!とシュウジは壁を殴った。

 

「どう動く?」

「……まず、シアさんにルイネたちと合流するように」

「わかった」

 

  言われた通りシアに念話で伝えると、次の指示を仰ぐ。シュウジは再び黙して考え、どう動くか作戦を話していった。

 

「……って感じだ。いいか?」

「ああ。早速行こう」

 

  シュウジとうなずき合い、路地から出て走り出す。向かう先は裏オークション会場だ。

 

  連れて行くと決めて早々、どこの誰とも知れぬ奴に売られましたでは話にならない。速やかに敵を全て倒してミュウを助け出す。

 

「シアも……俺の〝大切〟にも手を出そうとした以上、一人も生き残れると思うなよ」

「ああ、完膚なきまでに潰す。全員、残らずな」

 

  隣で〝回帰〟している時以上に冷酷な顔でいるシュウジを横目に、俺は走り続けた。




はい、今回で以前描いたイラストの格好になりました。
今後はこの服装でいきます。
感想をくれてもええんやで?


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魔神ミーツラビットアンド幼女 その3

どうも、プレステ4のダークソウルやってみたい作者です。

シュウジ「オッス、オラシュウジ。前回はミュウちゃんがさらわれちゃったぜ」

シア「とりあえずあの黒づくめたちは全員潰しますぅ」

エボルト「殺る気満々だな…ていうか今回ラビット要素なくね」

ユエ「エボルト、ネタバレしない」

雫「それはともかく、いよいよ再会の時が迫ってきたわね……今回はミュウちゃん?を助け出す話よ。それじゃあせーの」


五人「「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」」


 三人称 SIDE

 

 

  フューレンのどこかにある、裏オークション会場。

 

  会場には、百人以上の人間が素顔を奇妙な仮面で覆い、珍物を手に入れんと集まっていた。

 

  商品の紹介をした司会が開始金額を提示し、それに目をつけたものが無言で番号札を上げる。その繰り返し。

 

  実に静謐にして不気味。たとえ商品が生き物や、いたいけな子供でも眉ひとつ動かさず金を払う。彼らにとっては、ただの物であるが故に。

 

「番号札49番の方、お買い上げありがとうございます。それでは皆さん、本日のメイン商品をご紹介しましょう!」

 

  だが、司会の高らかな宣言とともにステージの上に持ってこられたものには、全ての客が驚きにあっと声をあげた。

 

  アーティファクトのスポットライトに照らされるのは、2メートル四方の水槽。そしてその隅に縮こまっているのは……ミュウである。

 

  両手両足を無骨な枷で拘束され、海人族と証明するために張られた水の中で自分を見る無数の視線に怯えていた。

 

  シアがとりあえずで着せていたサイズ調整機能付きの服を剥がれ、持っているのは抱きしめている、迷彩能力で水と同化状態のカエルのみ。

 

  そんなミュウをよそに、どんどん札が挙げられていき、値段が爆発的に釣りあがっていく。海人族を買うリスクより、欲望が優っているのだ。

 

「うぅ………」

 

  あまりに悪質な人間の欲望の視線を全身に叩きつけられ、今にも泣きそうなミュウ。三歳の少女に、これはあまりにも過酷な状況だ。

 

  そんなミュウの心情を察して、カエルが何度目かの小さい励ましの鳴き声をあげる。そうすると目尻に溜まった涙を舌で舐めとった。

 

「ゲコッ」

「うん、ありがとう……」

 

  カエルの存在を悟られないため、水に耳をつけでもしなければ聞こえない声で感謝するミュウ。今のミュウの心の支えはカエルだ。

 

  彷徨い、最愛の母と引き離され、拐われて、ひどい環境に閉じ込められた。そこから汚水の中を逃げて、次に目が覚めた時……ハジメたちがいた。

 

  こちらが警戒しているのをわかっていながら、体を綺麗にしてくれて、優しく頭を撫でてくれた。まるで物心つく前に死んだ父のような温もりだった。

 

  カエルを抱きしめると、思い出すのだ。母がいなくなった今、唯一ミュウが感じた暖かい気持ちを。

 

  鋭く、しかし優しい目を持つ少年と、カエルと喧嘩しながらも、自分に何度も大丈夫と笑いかけ、抱きしめてくれた兎の少女の顔を。

 

「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」

 

  もう一度、会えるだろうか。あのとても優しいかもしれない人たちに。そしてまた、頭を撫でてもらえるだろうか。

 

  そんなわずかな希望が、決壊しかけているミュウの涙を止まらせる。もしかしたら自分を助けてくれるかもしれないと、そう信じ続けていた。

 

 

 ドンッ!!

 

 

「ひぅっ!?」

 

  そんなミュウの幼くも強い決意を揺らがせるように、水槽に衝撃が走った。悲鳴を上げ、飛び上がるミュウ。

 

  恐る恐る水槽の外を見ると、タキシードと仮面、シルクハットを被った男が水槽を叩いて何かを叫んでいた。動けと言っているのだろうか。

 

  見れば、客の視線が少々懐疑的なものになっている。弱っていると思われて、司会の男は値段が下がるのを恐れたのだ。

 

 

 

 〝安心しな、お嬢ちゃん。あとちょっとで助けが来るぜ〟

 

 

 

「ふぇっ!?」

 

  突然、脳内に知らない男の声が響く。未体験の現象に恐怖の涙を浮かべながら、ミュウはキョロキョロと水槽の中を見回す。

 

「ゲコッ」

 

  そんなミュウに教えるように、カエルが舌でガラスを叩いた。条件反射でミュウがそちらを振り向くと、そこには仮面の男がいる。

 

  だが、すぐにあれ?とミュウは思った。先程のヒステリックに騒いでいた様子は何処へやら、男の雰囲気が変わっていたのだ。

 

 

 〝あとちょっとの辛抱だ。我慢できるか?〟

 

 

  また、声が届いた。もしかして、と直感したミュウは男を見る。ニヤリ、と笑ってわずかに首肯する男。

 

  何かを言おうとするミュウに男はしー、と人差し指を唇に当てる。ミュウはパッと片手で自分の口を押さえた。

 

 

 〝いい子だ〟

 

 

  『赤い目』を優しく歪めた男は、司会の男に呼ばれると一瞬前の雰囲気に戻って離れていった。ぽつん、と残されるミュウ。

 

  しかし、すぐに脚立が持ってこられて、司会の男が棒を手に水槽の上に現れた。すぐさまミュウは元の通りに隅に縮こまる。

 

  司会の男はざわつく客たちに焦りの表情を浮かべており、一向に動こうとしないミュウに苛立った口調で罵声を投げかけた。

 

「まったく、この半端者の能無し風情が。人間様の手を煩わせるんじゃ有りませんよ!」

 

  その言葉とともに、ミュウに向かって棒が突きおろされる。ミュウはカエルをギュッと抱きしめ、目を瞑って痛みに耐え……

 

 

 

 

 

 ヒュルルルル……………ストンッ!

 

 

 

 

 

  だが、痛みの代わりにミュウに届いたのは、空気を切り裂く音と、何かが何かに突き刺さった音だった。

 

  恐る恐る、目を開けて上を見上げるミュウ。すると、驚きの光景が目に飛び込んできた。

 

  司会の喉を、赤い何かが貫いているのだ。呼吸ができなくなった男は痙攣し、口の端から泡をこぼす。

 

「か……は……っ!?」

 

  棒を手放し、よろけて脚立から転げ落ちる男。ビクンッビクンッとしばらく震えていたが、やがて糸が切れたように動かなくなった。

 

  突然司会が死んだことに、客席からちらほらと悲鳴が上がった。対するミュウは何が起こっているのかわからず、困惑した表情で水槽の外を見る。

 

 

 

 パチ、パチ、パチ、パチ。

 

 

 

  そんな時聞こえてきたのは、乾いた拍手の音。

 

  こんな状況でそんなことをしているのは誰だと客たちが動揺する中、壇上に誰かが上がってくる。

 

  それは、紫の衣装に身を包んだ謎の男だった。帽子を深く被り、目元は影に隠れて見えない。

 

「実に良い反応だ。その恐怖の表情、ナイスリアクション」

 

  コツ、コツとステッキを突きながら、男は静かな声で言う。不思議とそれは会場全体に響き、客をさらに不安にさせた。

 

「さて、欲望にかられて倫理を忘れた豚どもよ。お前たちはこう思っているだろう、いきなり現れた、自分たちとは比べ物にならないほどカッコいいこの男は誰だ?と」

 

  ステージの中央で立ち止まった男は両手を大きく広げ、大げさに声を張り上げて盛大に侮辱する。不安から一転、怒りを覚える客たち。

 

  無数の憤怒の視線をものともせず笑うその姿は、まるで劇の主人公、あるいは一世一代の大計画を高らかに宣言する悪役(ヴィラン) のごとく。

 

「ならば、まずは自己紹介を。Ladies and Gentleman!ようこそ絶望の宴へ!今日この日、お前たちの悲鳴を聞けることに心からの感謝を贈ろう!」

 

  口上が始まると同時に、自動でスポットライトが全て男に向けられる。

 

  光の中、ダン!と男は強くステッキの底を床に叩きつけ、己の名を明かした。

 

「俺はシュウジ、北野シュウジ。悪を憎み、悪を行使するエンターテイナー。さあ、一緒に楽しもうぜ道化ども(クラウンズ) ?」

 

  闇の市に、最悪の悪役(ヒーロー) が登場した瞬間だった。

 

 

 ●◯●

 

 

 シュウジ SIDE

 

 

  俺の自己紹介に、ざわざわと会場の人間たちは揺れる。いいねいいね、この困惑した雰囲気。実に芝居のしがいがある。

 

  さて、レッツパーリィする前に……ちらりと後ろを見る。そこにはミュウちゃんと思しき、海人族の子が水槽に入れられていた。

 

  魔力を目に込めて、魔法で枷を外す。ミュウちゃんは軽くなった自分の手足を見てから、不思議そうな顔で水の中から俺の方を向いた。

 

「ハロー、可愛らしいプリンセス。ここからはちょいと怖いから、目を瞑ってくれるとお兄さん嬉しいぞい」

「……えっと、誰?」

「俺はハジメとシアさんの仲間だ。助けに来たぜ」

 

  ハジメたちの名前を聞いて、ぱあぁっ!と顔を輝かせるミュウちゃん。うん、可愛い。これはより一層しっかり守らなくては。

 

  そう考えているうちにミュウちゃんが目を瞑ったので、客席に向き直る。仮面をつけたクズどもは、今にも席を立って怒鳴り込んできそうだ。

 

「さあ、長らくお待たせした。そろそろ幕上げといこうか」

 

 

 ……ズルリ

 

 

  その言葉とともに、影からカーネイジが立ち上る。カーネイジは赤く、まるで心臓のように脈動しながら大きくなっていった。

 

「これより始まるは楽しい楽しい殺戮劇、血を飲み心臓を喰らう極上の見世物!お前たちの人生というサーカスの最後の演目!」

 

  カーネイジは俺の口上が進むにつれ、より巨大に膨れ上がっていく。そして纏っている時と同じ形を成し、クズどもを見て舌なめずりした。

 

  クズどもは正体不明の何かに怒りからまた一転して、恐怖に悲鳴を上げ我先にと外に出ようとした。

 

  しかし、一向に足が進まない。先ほど以上の怒号が飛び交い、情けない悲鳴がそれを彩る。

 

「おいおい困るぜ、主役が逃げちゃあつまらないだろ?」

 

  まあ、なんてことないトリックだ。魔法により影を操って、全員の足を縛り付けて拘束してるだけ。魔法って便利だね(殺意)

 

  というわけで、カーネイジを指を鳴らして解き放った。歓喜の声をあげ、俺の影から分離してクズどもに襲いかかるカーネイジ。

 

「う、うわあああああ!!?!!?」

「ひぃぃいいいいい、い、生きながら食われ、ギャァアアアッ!?」

「痛い痛い痛い痛い痛いイタいいタイイたイ!!!」

 

  目についた端から喰い散らかし、不味そうだったら殺す。映画とかだったら心の弱い方は速やかにご退場くださいとか出る光景だ。

 

  ちなみに食われる際の汚い断末魔の声は、水槽に防音魔法をかけているのでミュウちゃんには届かない。

 

「子供の教育にまで心を砕く俺、素敵っ!(ナルシスト)」

「おい、いたぞ!」

 

  それを眺めていると、わらわらと黒服の集団がやってきて取り囲まれる。全員武器を持っており、俺に対して殺意剥き出しだ。

 

  数は……ひー、ふー、みー、んー。全部で二十人か。男が十二、女が五、あと三人はニューエイジ?ニューハーフ?どっちでもいいや。

 

「クソガキ、よくもやってくれたな。俺たちフリートホーフに手を出すだけじゃなく、客まで殺しやがって」

「おろろ、そんなに青筋立ててると血糖値が上がるぞ?」

 

  俺の挑発に、バナナ取った時のゴリラみたいな顔になっていくリーダー格の男。これだけでロケットに点火しそう()

 

「てめえら、やっちまえ!後ろの商品には気をつけろ!ガキは殺せ!」

 

  その号令とともに、全員が武器を振り上げて襲いかかってきた。俺は迎撃体制をとることなく、不敵に笑んで待ち構える。

 

  そしていよいよ、あと二メートルまで近づいたところで……ステッキの上部分を回転。魔力を流してアーティファクト〝エ・リヒト〟を起動した。

 

  その瞬間、ステッキから魔力が放出。それぞれ俺とミュウちゃんを中心に半径1メートル半の空間に半透明の結界が出現する。

 

「なっ、なんだこの結界は!?〝聖絶〟か!?」

「なんでこんなガキが!」

 

  ギャーギャーと騒ぎながら、ガンガンと結界を叩くフリートホーフの構成員。〝リヒト〟の十倍の硬さを持つこれは早々破れん。

 

  〝エ・リヒト〟。ハジメの〝リヒト〟を俺流に改造したアーティファクト。視界内の場所に結界を張ることができる優れものだ。

 

  形だけ買った時のままで中身を改造しまくったこのステッキには、〝エ・リヒト〟の他にも色々仕込んである。

 

  え?それなら最初からお前が作れよって?お前それサバンナでも同じこと言えんの?(意味不明)

 

「くっ、早くそれを壊せ!そいつが操ってるあの化け物をとめなきゃまずい!」

「おー、焦ってるねえ。まあ仕方がないか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  なぜそれを、という顔をする男。そう、こいつらフリートホーフは今結構ヤバい。

 

  以前フューレンに来た時、リベルに怪しい視線を向けてたので俺が痛めつけた奴らを、エボルトが見せしめで組織ごと潰した。

 

  それによってフューレン中の裏組織がしばらく鳴りを潜めることに。そんな中大組織のフリートホーフは未だ動いていたのだ。

 

「傘下の組織からの上納金も、同盟関係からの援助もない。だからこの裏オークションは大切な生命線。つまり、客を殺されたらお前らは終わりってことだ」

「てめぇ、まさか警告が出てた……!」

「そーいうこと。いやー運が悪かったねえ」

 

  ギリギリと怒り心頭といった様子で顔を真っ赤にする男。ミュウちゃんがハジメたちと知り合った時点で詰みだったんだよなぁ。

 

 〝おいシュウジ、拐われてた子供たちは全員救出できたぞ〟

 

  さーて、次はどう煽ろうかなーと思っているとハジメから念話が入る。どうやら時間稼ぎはここら辺で終わりのようだ。

 

 〝てんきゅー。フリートホーフの重要拠点は?〟

 〝ユエたちからさっき連絡が入った。なるべく被害を最小限に抑えて潰したってよ〟

 〝オーケー。で、こっちにはどんくらいで着く?〟

 

 

 ドゴォンッ!!!

 

 

「すぐに、だ」

 

  近くの壁を十字架のアーティファクトがぶち破って、ハジメが姿を現した。思わず「ヒュー♪」と口笛を吹く。

 

  フリートホーフの奴らは、突如現れたハジメに困惑して動きを止めていた。その隙にハジメが二人撃ち殺し、跳躍して結界の前に降り立つ。

 

  いきなり背後に現れたハジメに黒服たちは驚き、数歩分飛び退いた。武器を構え、警戒するように残った全員で俺たちを囲む。

 

「ナイスタイミング」

「おう。で、こいつらをやったら終わりか?」

「何も知らない警備員と、隠れてた潜入捜査官以外は全部片付けた」

 

  ハジメの問いかけに答えるのと同時に、カーネイジが戻ってきてミュウちゃんの方に群がっていた奴らを轢き殺すと体内に入る。

 

  それをみて、慌てて後ろを振り返るフリートホーフの奴ら。そこにはすでに、徹底的に破壊された客席と血の海、あと肉片しかない。

 

「時間切れ〜。残念だったにゃー」

「貴様ぁ……!」

「つーわけで、次はお前らの番だ」

 

  ハジメがドンナーを構えると、どよめきが広がり一歩後ずさる。めっちゃ怯えとるやんけ(謎の関西弁)

 

  当然そんなふうに止まってりゃ、うちの容赦ゼロの魔神様に全員頭を撃ち抜かれる。二十個の首無しオブジェができるまで十秒もかからなかった。

 

「ふん、弱かったな」

「お疲れちゃーん。後片付けは任しとき」

 

  さっさか影を通して死体をフィーラーに直送して、結界を解除する。するとハジメが水槽に近づいた。

 

「おい、ミュウ」

「……お兄ちゃん?」

 

  恐る恐る目から手を外すミュウちゃん。律儀に最後まで見ないようにしてたみたいだ。素直でよろしい。

 

  ハジメを見た途端、パッとミュウちゃんの顔が明るくなる。そこにハジメがふっと優しく微笑むと、えへへと笑った。可愛い。

 

「おう、俺だ。ずいぶん帰りが遅くなって悪かったな」

「ううん…ミュウ、へいきだったよ」

「そうか……そこでじっとしてろよ」

 

  拳を握り、水槽に叩きつけるハジメ。ただのガラスはあっけなく割れ、水が吹き飛んでミュウちゃんだけが残された。

 

  よろよろと立ち上がったミュウちゃんは、小走りに駆けて行ってハジメに抱きつく。ハジメはちょっと困ったような顔をした。

 

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……!」

「……そうだな、一人で怖かったよな」

 

  震えるミュウちゃんの後頭部をそっと撫でるハジメ。うーん、何度目かわからないけど随分と丸くなったねぇ。

 

  二人の再会を眺めていると、ハジメとミュウちゃんの間から何かが飛び出してきた。緑色のそいつは目の前に着地すると、俺を見上げる。

 

「ゲコッ」

「おーカエル、お前ミュウちゃんと一緒にいたのか」

「ゲコッ」

「そうか、ボディーガードご苦労さん」

「ゲコッ」

 

  一度鳴くと、カエルは肩の上に飛び乗ってきた。頬をくすぐると指を食われかけた。優しいのか辛辣なのかよくわからん。

 

  それからハジメたちを促して外に出る。すると入り口のところでエボルトが壁に背を預けて待っていた。

 

「よう、うまくいったみたいだな」

「あ、さっきのおじちゃん!」

「おお、嬢ちゃん。俺はエボルトっていうんだ。よろしくな」

 

  頭を撫でるエボルトに、ふみゅと相貌を崩すミュウちゃん。こいつパパみあるよなぁ。

 

  その後、ルイネたちと連絡を取ってギルドで集合することを相談し、その場を後にしたのであった。

 

 

 ●◯●

 

 

 んで、一時間後のギルド応接室。

 

「で、何か言うことはあるかな?」

「ミュウちゃん、あーん」

「あむ、おいしいの」

「えへへ、じゃあもう一個」

「そうですね、うちの娘はマジで大天使です(ちょっとでかいショーをやりました)」

 

『おい、心の中とフェイクが逆になってんぞ』

 

 おっと、こいつはしくった。

 

  つい、目の前でニコニコとミュウにお菓子をアーンしてあげるリベルに視線が固定されてて思考が麻痺していた。

 

  改めて。 現在ここにいるのは、俺とハジメにエボルト、ミュウちゃん、その遊び相手に連れてきたリベル、そしてイルワさんと内m…秘書長だ。

 

  とりあえず二人の天使の記録はさっきから指の連打が止まっていないエボルトに撮影は任せておいて、イルワさんに向き直る。

 

  一昨日ぶりくらいに見たイルワさんは、なんか老けて見えた。こう、あまりに過労で実年齢より十年くらい年食ったような感じだ。

 

『こんだけの大騒動だ、仕方ねえだろうな』

 

  ほら、代わりに〝あれ〟のお陰で他の二つの大きな組織については気を回さなくて済むし、セーフじゃね。

 

  とまあ、それは置いといて。今回の裏オークションの件は、色々とイルワさんも仕事が増えたらしい。主に被害報告とか、残党とか。

 

「で、なんですっけ?今日のおすすめスイーツの話ですっけ?」

「そんな可愛らしい話題なら良かったんだけどね……見てくれ」

 

  差し出された書類を手に取り、中身を見る。ふむふむ、フリートホーフの負傷者と損壊した建物の数値ね。

 

  フリートホーフのメンバーは役四分の一が死亡、あとの四分の一は重軽度の負傷。残りの半分は〝あれ〟の人員増加と実験体に回した。

 

  で、建物は……なんかシアさんたちがかなり暴れまわったらしく、80くらいの建物が吹っ飛んでるか半壊してた。必要な犠牲だよネ。

 

『最初からフルスロットルでやってたらしいからなぁ』

 

  自分の境遇と重ね合わせたんだろうねー。そのせいで今やりすぎて宿屋でグロッキー状態なのはなんとも言えないけど。

 

  ちらりとイルワさんの顔を見れば、すごく胃が痛そうだった。そういや〝あれ〟の活動資金調達の店に胃薬屋あったな。連絡しとこ。

 

『やっとくわ』

 

「それを見てどう思うかな?」

「いやー、派手ですね!」

「そうだね、派手に私の仕事と頭痛が増したね……」

 

 おっと頭痛薬も追加だ。

 

「それは置いておいて、フリートホーフの件はある意味助かった。なにせ長い間追ってきたはいいものの、まったく捕まえられなくてね」

「切れる尻尾はいくらでもあったでしょうね」

 

  それが大きな組織のタチの悪いところだ。いくら現場を検挙しようとも切り捨てて仕舞えば本体はいくらでも逃げられる。

 

  だが、今回の件はある意味フリートホーフの自滅だな。最初から切る尻尾がなくて、焦って本体が出てきたのが運の尽きだ。

 

「後処理とか大変なんじゃないか?」

「まあ確かに、壊れた建物の補填とか構成員の尋問はあるけど、それくらいだね」

「へぇ……てっきり他の組織とかが抗争を始めるとかありそうと思ってたけどな」

「それは……ね」

 

  ちらりとこちらを見てくる。俺はただニヤリとだけ笑った。

 

  あいつがヘマしない限り、抗争は抑えられる。もはやこの世界の裏組織を牛耳るのは残る二大組織ではない。トップは決まっているようなものだ。

 

『しないけどな』

 

 ごもっとも。

 

「もし何かあった時は、俺たちの名前使っちゃってくれていいですから。ほら、支部長お抱えの〝金〟!みたいな」

「それは助かるけど……ハジメ君はいいのかい?」

「まあ、流石にその結果一般人が怪我しましたとかは気分悪いからな。適当にやってくれ」

 

  そのハジメの言葉に、イルワさんは目を瞬かせた。まるで信じられないものを見たような表情だ。

 

「ハジメ君、少し変わったかい?以前なら仲間以外はどうでもいいとか言いそうだったけど……ウルの街で何かあった?」

「……そんなとこだ」

 

  少し遠い目をしながら答えるハジメ。うむうむ、マリスの話はちゃんとハジメの心に届いていたようだ。

 

  そういうことなら、とイルワさんは顔は普通だけど嬉々とした目で俺たちを裏世界への牽制に使うことにした。

 

『実質意味ない()』

 

 それ(ry

 

  その他諸々相談した後……いよいよ話はミュウちゃんのことになった。

 

「それで、どうする?私たちで預かってエリセンまで届けるか、あるいは君達が連れて行くかだが……」

「それについてはもう決めてる」

「みゅ?」

 

  リベルに髪をいじられてたミュウちゃんは、自分のことだと察したのかハジメの方を見る。ちょっぴり不安そうな顔だ。

 

「あー、なんだ。お前のことはちゃんと、ママのところに送り届けるからな」

「……! うん!」

「え、ミュウちゃん一緒に来るの!やたっ!」

 

  はにかむミュウちゃんと、喜んではしゃぐリベル。うん、どっちもキュートだね。

 

「で、だ。その呼び方だが……お兄ちゃんじゃなくて別のにしないか?」

「……? なんで?」

「いや、気恥ずかしいっつーかなんというか。できれば変えて欲しいんだが」

 

  わかる、わかるぞハジメ。元オタクとしては、お兄ちゃん呼びは異世界のテンプレでなんだかくすぐったいんだな。お父さんわかってるぞ(違う)

 

  ハジメに言われたミュウちゃんは、「んー……」と考え込む。その頬をプニプニ突いてるリベルマジで可愛い(親バカ)。

 

「……じゃあ、パパ!」

「………は?」

「ブッハ!」

 

  数分の思考の末、出た答えはそれだった。あんまりにも予想外すぎる答えに思わず吹き出してしまう。

 

「いや、なんでだよ。普通にハジメとかでいいだろ」

「パパ」

「おい、頼むからそれはやめてくれ。俺はまだ17歳だ」

「やっ、パパがいいの!」

「ぷ、くく……!」

「おいこら、笑ってんじゃねえ」

 

  いや、無理無理。リベルにおじさん呼びされてる上に他の小さい子にはお父さんって、これはもう笑うしかない。

 

  俺が腹を抱えているうちにハジメはあの手この手でなんとか撤回させようとしたが、結局ミュウちゃんの頑固さが勝ってお父さんになった。

 

  というわけで、今回のフューレンでは厄介な依頼ではなく、可愛らしいお仲間が一人加わることになったのだった。

 

「ハジメ君、ファイト」

「あんたもな……主に胃痛とか」

「それじゃあそれじゃあ、私はお姉ちゃんね!」

「……リベルおねえちゃん?」

「きゃー!ミュウちゃーん!」

「わわっ」

 

  とりあえずお姉ちゃん呼びさせるリベルが可愛かったです。

 

『最後まで親バカか』




今SAOアリシゼーションの二次創作やってます、読んでいただけると嬉しいです。
感想をお願いします。


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イレギュラーな事態

どうも、ダークソウル買ったはいいものの操作が慣れてなくて最初のボスで死にまくってる作者です。

エボルト「グーテンモルゲン、エボルトだ。前回はミュウを救い出して………げっ!?」

シュウジ「ん?どうしたエボルト。そんな予想外の最悪なものを見た的なリアクションは」

エボルト「いや、なんでもねえ……嘘だろオイ、次回あいつ出んのかよ。作者ふざけんな」

雫「? まあエボルトは放っておいて、いよいよ再会も秒読みになってきたわね……シュー」

シュウジ「なんじゃらほい?」

雫「私、あなたと会ったら……まず、キスするわ。これまでずっとできなかった分、沢山」

シュウジ「……そりゃあ、すげえ楽しみだな。さっ、そんな未来を楽しみにしつつ、今回は雫たちの話だ。それじゃあせーの……」


三人「「「さてさてどうなる再会編!」」」



  緑光石で僅かに照らされた洞窟の中に、激しい戦闘の音が反響する。

 

  もとよりあった静寂はもはやなく、あるのは魔法が飛び交う音、あるいは剣戟。はたまた、仲間同士の怒号と合図か。

 

「シッ!」

 

  抜刀からの一閃で、無数に群がってくる蟻型の魔物をまとめて切り裂く。加えて刀身から斬撃波が飛び、第二陣にもダメージを与えた。

 

  動きの止まった魔物の懐に飛び込んで、下からの斬り上げで三匹を斬殺。そこで後ろから来た噛み付きを跳躍して躱し、攻撃してきた蟻の頭を踏み潰す。

 

  そうすると、部屋の中を見渡して戦況を確認した。残りは蝙蝠型が五十、イソギンチャクもどきが三十、蟻は百と言ったところか。

 

  ここは【オルクス大迷宮】八十九層。この世界の人間においては前人未到の深層にて、私たちは魔物と戦っていた。

 

「やぁっ!」

「ギッ………」

「キキキキキ!」

「香織、頭を下げて!」

 

  光の刃を持つ錫杖を手に、一番近くで戦っていた香織に走り寄り横から飛びかかっていたイソギンチャクもどきを斬り殺す。

 

「ありがとう雫ちゃん!」

「ええ、それより前衛組の回復を!」

「うん!」

 

  香織が槍を振りながら詠唱を始めたのを見届け、次に光輝を見た。ちょうど魔法と聖剣を併用して蝙蝠型を殲滅しているところだった。

 

  あちらは問題なさそうなので、自分の持ち場に戻る。少し目を離した隙に、部屋に空いた穴から新たな蟻が出てきていた。

 

「前衛、カウント十!」

 

  斬れども斬れども減らない蟻に辟易しながら戦っていると、後衛組から魔法の一斉掃射の合図が来た。

 

  私を含め光輝、香織、永山君、檜山君、近藤くんの前衛組全員が「了解!」と答える。後衛に近づけさせまいと、再度刀を強く握った。

 

  これまでより一層ギアを上げて、鍛えあげた技をもってどんどん魔物を減らしていく。全力の攻撃に、魔物の勢いも弱まっていった。

 

「このまま押し切って……」

「■■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!」

 

  と、そこで穴から特大の蝙蝠型の魔物が出てきた。そいつは他の蝙蝠型を率いて、後衛組を殲滅しようと襲いかかる。

 

  だが、それが成功することはなかった。魔物の群れの中心から黄金の鎖が飛翔し、巨大蝙蝠の首に巻きついたからだ。

 

 

《スクラップフィニッシュ!》

 

 

『オルァアアアッ!!!』

 

  まるで爆発したかのように魔物を吹き飛ばして、黄金の閃光ーーグリスに変身した龍太郎の蹴りが巨大蝙蝠の胸に風穴を開けた。

 

  それだけにとどまらず、前衛組の頭上に落ちる巨大蝙蝠を蹴り飛ばすグリス。一瞬で屠られた巨大蝙蝠は壁のシミに変わった。

 

  グリスは着地するのと同時にツインブレイカーから伸びた鎖を振り回し、私に群がっていた蟻をまとめて絡め取る。

 

  それを雄叫びとともに、後衛組に向かっていた蝙蝠に叩きつけた。約半数の蝙蝠が蟻の塊と衝突し、体液を迸らせて絶命する。

 

  それを見て残りの蝙蝠たちは一瞬躊躇するものの、後衛の魔法がまずいとわかっているのか奇声をあげて再度突撃していった。

 

『谷口!』

「了解!〝刹那の嵐よ 見えざる盾よ 荒れ狂え 吹き抜けろ 渦巻いて 全てを阻め〟。 〝爆嵐壁〟!」

 

  龍太郎が名前を呼ぶと、鈴が前に歩み出て魔法を発動した。これで心配ないと、残った蟻たちの数減らしに意識を戻す。

 

  蟻の動きを観察し、行動を予測して、必要なだけの軌跡を導き出して斬る。一刀振るうごとにさらにそれを少なくし、効率を高めていく。

 

  戦いの中で己の技を練磨する。シューに教わったこの極意は、この世界に来た頃よりずっと私の戦闘能力を引き上げていた。

 

「後退!」

 

  刹那の思考・調整を繰り返すこと、十秒。後衛から告げられたタイムリミットとともに、光輝が前衛全員に指示を叫んだ。

 

  最後に噛み付いてきた蟻を殺して、〝無拍子〟の応用で後ろに下がる。次の瞬間、魔法の雨が魔物に降り注いだ。

 

  巨大な火球が、風の刃の嵐が、石の棘が、水柱が魔物の命を奪っていく。その様を、私はある種呆然とした思いで眺めた。

 

  時間にして一分ほどの総攻撃が終わる頃には、もうほとんどの魔物が息絶えていた。残っているのは数えられるほどの数だ。

 

  速やかに前衛組が前に出て、魔物を掃討。約二時間にもわたる戦闘は終わったのだった。

 

「みんな、お疲れ様!一度休憩するぞ!」

 

  周囲の警戒をすると、光輝が振り返って皆に言う。それに空気が弛緩し、前衛組は声をあげて地面に座り込んだ。

 

  後衛組は魔力回復を始め、〝治癒師〟の香織と石動さんが怪我人の治療をする。もう何十度目なので、皆手慣れた様子だ。

 

「……とりあえず平気かしら」

 

  入念に周囲に新たな敵影がないのを確認して、私も息を吐きながら納刀する。ああ、肩が凝った。

 

  両腕を挙げ、んーっと伸びをする。肩から手首にかけて乳酸が溜まっており、気を抜けば刀を手放してしまいそうだ。

 

  この胸がなかったら、もう少し楽だったんだろうか。一応さらしを巻いてるけど、抑えて効果があるのはDまでって聞いたし。

 

「これはスる時散々人の胸を揉みしだくどっかのおバカさんを恨まなきゃね……」

 

  愛しい恋人を思いながら、私もかすり傷を治療してもらうべく香織のところへ行く。

 

  すると、所々に傷を負っている香織を石動さんが治療しているところだった。というか、なんかすごく密着してた。

 

「もう、こんなに怪我して……香織は治癒師なんだから、別に前に出なくてもいいと思うんだけど」

「あはは、ごめんね心配かけて……」

「まったく香織は、しょうがないんだから……」

 

  石動さんに寄りかかって……っていうか膝枕されてる香織が気まずそうに謝る。そんな香織の頬を呆れた顔でそっと撫でる石動さん。

 

  まるで恋人のようなその光景に、誰も突っ込まない。いえ、どっちかっていうと突っ込めないって言った方がいいかしら。

 

  光輝を筆頭に男どもは立てなくなってるし、女子は……なんか「はわわ……」とか言って美しいものでも見るように二人を見てた。まあ可愛いのはそうだけど。

 

「でもさ、ただ後ろにいるのはなんかモヤモヤするし……それに………」

「? それに?」

「み、美空を、守れる、し……?」

「〜〜っ!も、もうっ、香織のバカ!」

「えへへ………」

 

  照れる石動さんと香織。ブフッと男子どもが鼻血を吹き出す音がした。女子はキャーキャー言ってる。

 

  ああ……どうして私の幼馴染は、あんなになってしまったのかしら。いや、前にそういう風になっても変わらず親友とは言ったけど。

 

  前に私に見られて以降、まるで吹っ切れたように香織と石動さんの距離はすごーく近いのよね。

 

  夜トイレに行こうとして石動さんの部屋の前を通りがかった時に変な声がしたり、食事中机の下で手を握りあってたりとか。

 

「これ、南雲くんが見たらなんて思うのかしら……」

 

  彼、わりとシューに毒されてるから鼻血出しながら親指とか立てそうね。

 

  とはいえ、これは当人たちの問題なので私は口出しできない。というか心労が増えるのでそこらへんは任せる。

 

「お疲れ谷口。よく俺の考えてることわかったな?」

「へっへーん、すごいでしょ」

「おう、すごいすごい」

「あ………えへへ」

 

  皺とかないわよね?と手鏡を取り出して眉間を見ていると、そんな声が聞こえてきた。

 

  そちらを見れば、変身を解除した龍太郎が鈴の頭を撫でている。鈴の顔はほんのりと赤くなっており、恋する乙女そのものだ。

 

  この二人の最近の連携っぷりは眼を見張るものがある。龍太郎が最前線で暴れまわり、鈴がどんな相手でも確実に背後を守っているのだ。

 

  ……なんていうか、なんでこれで付き合ってないの?って見るたび思う。鈴の方は好感度マックス寸前だけど、龍太郎が鈍感すぎて…

 

「これはもう少し仕込む必要がありそうね……」

 

  そんなことをぼやいているうちに、イチャつき?終わった龍太郎がこちらを振り向き、歩み寄ってくる。

 

「よう雫、平気か?」

「見ての通り、ピンピンしてるわ。ほんのかすり傷程度よ」

「つってもチリも積もればなんとやらだからな。一応治してもらったほうがいいんじゃねえか?」

「そうは言っても……ねえ?」

 

  うふふふと笑い合ってる香織たちを見て言えば、龍太郎もあーという顔をした。やはり元脳筋の龍太郎から見てもあからさまらしい。

 

  しかし、なぜあれは察するのに、同レベルに露骨な鈴の気持ちには気づかないのか。そこのところ不思議でならない。

 

「しかし、南雲が帰ってきた時どうなるんだあれ?」

「さてね」

 

  実際、前にそれとなく南雲くんが好きなのか?と聞いてみたところ……赤い顔で横に座る石動さんをチラ見したのでよくわからない。

 

  南雲くんが好きだけど石動さんを気にかけてるのか、あるいは今は石動さんが好きなのか……はたまたその両方か。

 

  まあなんにせよ、シューたちと再会した時には色々とややこしいことになるのは間違いない。覚悟しなくては。

 

「それはそれとして……いよいよ次は九十層、最後の十層に入る。用心しなきゃならねえ」

「光輝があれだものね」

 

  光輝は順調に攻略できていることが嬉しいのか、自信満々の顔でいる。まだ完全踏破したわけでもないのに気が緩んでいるわね、アレ。

 

  そういう慢心が、突如として起こる事態に最悪の結果を引き寄せる。龍太郎と私たちがフォローしなくては、と頷きあった。

 

「少し前なら、メルドさんがいたから多少はマシだったんだけどね……」

「ついてこれねえ以上、仕方がねえさ」

 

  メルド騎士団長を筆頭とする王国の騎士たちは、七十層を超えた時点で能力的に私たちに追随することができなくなってしまった。

 

  たった四ヶ月でよくここまで強くなったな、と苦笑いする騎士団長とセントレアさんは記憶に新しい。今は七十層で待機中だ。

 

  ふとステータスプレートを取り出して、今の自分の力を見る。私に倣って龍太郎も自分の能力を確認していた。

 

 

 ====================================

 坂上龍太郎 17歳 男 レベル:50 ハザードレベル:4.6

 天職:拳士・仮面ライダー

 筋力:6000

 体力:6500

 耐性:5500

 敏捷:6500

 魔力:1000

 魔耐:3500

 技能:格闘術[+身体強化][+部分強化][+集中強化][+浸透破壊]・縮地・毒物耐性・物理耐性[+金剛]・全属性耐性・言語理解・変身

 ====================================

 

 

 

 ====================================

 八重樫雫 17歳 女 レベル:56 ハザードレベル:3.9

 天職:剣士・抑止力の寵愛を受けし者

 筋力:3600

 体力:4580

 耐性:3700

 敏捷:5000

 魔力:1200

 魔耐:2500

 技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇]・縮地[+重縮地][+震脚][+無拍子]・先読・気配感知・隠業[+幻撃]・言語理解・■■

 ====================================

 

 

  龍太郎と能力を確認しておく。今この場においての最大戦力は龍太郎、そして元からの武術者である私だ。互いの力は把握しておかなければ。

 

  そんなこんなで話し込んでいるうちに休憩時間は終わり、やっと百合世界から戻ってきた香織に一応治してもらって準備を整える。

 

  それから出発して、八十九階層の中を探索……といっても九割がた終わってるから、十分ほどで下層への階段を発見した。

 

「ここから先が、九十層……」

「いよいよ終盤、だよね……」

 

  階段の前で、香織と石動さんがそう呟く。二人の表情にはどこか憂いがあり、不安そうに互いの手を握っていた。

 

  仕方がないだろう。もう最後の方まで来ているというのに、一向に南雲くんの痕跡は一向に見つからない。

 

  信じる心は、支えと同時に重りなのだろう。私だって、エボルトから確信的な言葉を聞くまでそうだった。

 

  ちなみにあの日のことは、御堂さんを除いて誰にも話していない。御堂さんは何かあった時確実に戦力になるから、保険としてだ。

 

 

 

『せいぜい、迷宮で背中を気にしとくんだな……』

 

 

 

  ……エボルトが一体何を企んでるのか知らないけど、いざという時は私が身を呈してでも皆を守らなくては。

 

  とはいえ、そんな気持ちは今は関係ない。二人に背後から近づいて、励ましの言葉を投げかける。

 

「二人とも、そんな顔しなくても平気よ。きっと今頃、南雲くんはシューにツッコミ入れてるわ」

「雫ちゃん……」

「……うん、そうだよね」

 

  激励の意味を込めて背中を叩けば、二人は不安を瞳から消して迷いのない表情になった。よし、と頷く。

 

  二人の覚悟も決まったところで、九十層に降りる。階段は螺旋状になっており、私と龍太郎をしんがりにトラップを警戒しつつ降りていった。

 

  螺旋階段の長さは、体感からして10メートルほどか。仄かな光とともに現れた九十層は、特に八十九層と変わりなかった。

 

  何かあるのでは、と思っていたのに拍子抜けしつつ、マッピングを開始する。南雲くんが仕込んだのか、描くのは石動さんだ。

 

 

 

  そうして九十層に入って、三時間も経った頃だろうか。

 

 

 

「……なあ、雫」

「……ええ」

 

  答えながら、龍太郎の顔を見る。その顔には懐疑的な色が浮かんでおり、どうやら考えていることは同じようだ。

 

  同時に、前にいる光輝から「なんで一匹もいないんだ……?」という声が聞こえてきた。それは私たち三人だけでなく、この場にいる全員が感じている違和感。

 

  かなり奥まで来たが、これまでの道中魔物に遭遇してないのだ。これまでなら入って早々襲いかかってきたのに、全然気配も感じない。

 

「そういう階層……ってのはなさそうだな」

「それにしては、あまりにもこの雰囲気は異質すぎますわね」

「「っ!?」」

 

  私がいう前に、隣から龍太郎に返答が返される。揃ってそちらを見れば、そこにはいつも通り澄ました顔の御堂さんがいた。

 

  全く気配を感じなかった。以前修練場での件から、自分なりにさらに感覚を研ぎ澄ませていたと思ってたのに……!

 

「あなた、いつの間に……!?」

「あら、あなた方の中に気づかれぬよう紛れ込むなど容易いものでしてよ」

 

  案に絶対に気づかれないほどの実力差があると言われ、苦笑がこぼれる。いったい前世のシューはどんな育て方したのよ。

 

「それより、警戒なさい。近くに何かがいますわ」

「わかってるわ。何か、嫌な予感がするもの」

「俺の第六感もヤバイって言ってるぜ」

 

  万が一何かあった時にすぐに動けるよう、私は柄に手を添え、龍太郎はゼリーをポケットから取り出す。

 

  そんな私達を見ていた御堂さんが、不意に眉間にしわを寄せどこかを見た。それと同時に、クラスメイトの一人が声を上げる。

 

  全員でそちらに行けば、うっすらと光る壁にシミのようなものが付いていた。ツンとした鉄臭い匂いがする。

 

「もしかして、血……?」

「これ、結構な量じゃないか……!?」

 

  顔を青ざめさせるクラスメイトたちの中、御堂さんが音もなく壁の前に移動し、壁についた血に触れた。

 

  先ほどの私たちのように皆驚くが、彼女はいつもどこかに姿をくらまし、かと思えばいつの間にかいるのでさほどでもない。

 

「……まだ新鮮ですわね。固形化具合からして、十数分の間でしょう」

「ってことは、すぐ最近のものってこと?」

「ええ、そしてこれまでの部屋の中で、唯一の痕跡ですわ」

 

  それを聞いて私を含め、皆ハッとする。最大限まで心の中の警鐘がけたたましく危険を訴え始めた。

 

  魔物が一匹もいない階層、これ見よがしに残された痕跡、そこから導き出される展開は…………

 

「そこのあなた。そろそろ姿を現したらどうかしら?」

「……くく、気づかれたか」

 

  私たちのものでない、ハスキーな声が部屋の中にこだまする。全員が各々の武器に手をかけて、部屋の奥の暗がりに鋭い視線を飛ばした。

 

  私たちの視線に答えるように、コツコツと靴を鳴らし、燃えるような赤い髪を揺らして〝そいつ〟は現れた。

 

  〝そいつ〟は、一見して人間の女のようであった。だが浅黒い肌はまだしも、通常の人間ならばありえない尖った耳をしている。

 

  そして、その身体的特徴を持つ種族を私たちは一つしか知らない。

 

 それは………

 

「いつかは現れるとは思っていましたが……ここに来て動き始めましたか」

「………魔人族」

 

  私たちの呟きに、魔人族の女は怪しげに笑うのだった。




さて、次回は……まあお楽しみに。
感想をお願いします。


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魔人族の女

どうも、やっとダークソウル進んだ作者です。

エボルト「よーみんな、元気?俺は全然元気じゃない。てことでローテンションヴィラン代表、エボルトだよー」

雫「いつになく壊れてるわね」

シュウジ「なにせ、今回はなぁ……」

エボルト「やめろ、それ以上言うな。これ以上俺を痛めつけると言うのなら、こっちにも考えがあるぞ?」

シュウジ「おおう、めっちゃキレてんな。ま、仕方ないよねー。ということで、前回は雫たちのサイドだったぜ。いやー、まさかカオリンと美空がねえ」

雫「ごめんなさい南雲くん、私が至らないばかりに……」

ハジメ「いや、別に八重樫のせいじゃねえし……あれはあれでありだし」

雫「えぇ……」

シュウジ「まーそんなことも気にかかりつつ、今回は魔人族の女との戦いの始まりだぜ。それじゃあせーの……」

四人「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」


  突如現れた魔人族の女は、まるで観察するように鋭い目で私達を見つめてくる。冷たい瞳は見ているだけで凍えそうだ。

 

  いつでも抜けるように腰だめに刀を構えつつ、黒いライダースーツのようなものに覆われた女の全身をくまなく観察する。

 

  見た所、目立った武器は持っていない。あの豊満な胸の間から……なんてお決まりのでもなければ、直接攻撃はないはずだ。

 

「ふむ……あの女、なかなか良いですわね。自分の美をわかっておりますわ」

 

  ……隣で真剣な顔でなんか言ってる御堂さんは置いといて。

 

  武器がないとはいえ、魔法という概念がある以上油断はできない。それは龍太郎も同じようで、既にドライバーを巻いている。

 

「で、そこにいるあんたが勇者でいいのかい?見た所別格のようだけど」

「あら、なかなかの観察眼ですわね。けれど、答えはノーですわ」

「ほう?ならどいつだい?そこの剣を構えてる女か?それとも()()()()()をつけてる大男さん?」

 

  龍太郎が息をのむ音が聞こえた。かくいう私も表情には出さないものの、内心少し動揺してしまう。

 

  なぜ、あの女はドライバーのことを?あれは所有者の龍太郎や、エボルドライバー?を持っていたシュー以外、名称すら知らないはず……

 

 

 

『せいぜい、迷宮で背中に気をつけとくんだな………』

 

 

 

 ……………もしかして、エボルト?

 

「残念ですが、それもノーですわね」

「じゃあまさかとは思うけど……そこのアホっぽい無駄にピカピカしてる鎧のやつかい?」

「あ、アホっぽ……」

 

  疑わしげな目で指を指された光輝がショックを受ける。それに不意をつかれたといった様子で御堂さんが小さく笑った。

 

  まあ、仕方ないわよね。誰だってアホと言われれば傷付くわ……嬉々としてふざけ始めるウチのバカ(シュー) 以外。

 

  そういや南雲くんと町内で有名なドカ盛りキングゴールデンジャンボカツカレーとかで競争してアホなことになってたわね、なんてくだらないことを思い出す。

 

「人間側も苦労してるね……」

「う、うるさい!魔人族にアホなんて言われる筋合いなんてないぞ!というか、なんでここにいる!?」

 

  やや自棄気味に光輝が、女に聖剣の切っ先を向ける。得体の知れない相手への挑発的な態度に、隣で御堂さんがため息をついた。

 

  それは魔人族も同じで、心底面倒臭そうに肩をすくめる。二人して酷い反応に光輝が若干顔を赤くしてプルプルした。

 

「こんなの絶対役に立たないだろうに……はぁ、まあ上の命令なら仕方ないか」

「何をごちゃごちゃ言ってる!」

「あーうるさいうるさい。というかもう手短に済ますよ。あんた、魔人族側に来るつもりはないかい?もし来るなら色々優遇するけど」

 

  今度はクラスメイト全員が驚きの声を漏らした。まさか光輝を勧誘するとは……役に立たないとか言われちゃってるけど。

 

  光輝自身も予想外だったのか、ぽかんと隙だらけで突っ立っている。予想していたのか平然としていた御堂さんがまた嘆息した。

 

  数秒たつと何を言われたのか理解できたのか、光輝の顔にみるみるうちに怒りの感情が浮かんでくる。

 

「断る!人間族を……仲間達を……王国の人達を……裏切れなんて、よくもそんなことが言えたな! やはり、お前達魔人族は聞いていた通り邪悪な存在だ!」

 

  耳鳴りがしそうな大声で断る光輝。自然と固唾を飲んでいたクラスメイトたちはホッとした表情を見せる。

 

  私は、特に驚いてはいない。やや暴走することが多いが、光輝の正義感は並大抵のものではないのでこの答えは予測できた。

 

  そのため、欠片も心配していなかった。試しに龍太郎を見ると、光輝を見てやれやれ、と笑っている。流石幼馴染、考えることは同じだ。

 

  ただ、これで一旦なびいたふりをして相手の腹を探ることはできなくなってしまった。密かに臨戦態勢を整えはじめる。

 

「仲間と一緒でもいいって言われてるけど、それでも?」

「何度でも言う、絶対に断る!」

「……………この猪突猛進の短慮野郎が」

 

  はっきりと断言する光輝に、御堂さんが小さな、かつ酷い暴言とともにこめかみを抑える。暗殺者の彼女としては、探りを入れたかったのだろうか。

 

  一方、耳を指で塞いでいた魔人族は冷めた様子で「あっそ」と言った。もしかして、光輝は何か他にある目的のおまけなのかしら?

 

「じゃあ、交渉決裂ってことで。別に最優先事項ってわけじゃないから、最初からどっちでもよかったけどね」

 

  なんにせよ、油断はできないと魔人族の一挙一動に目を光らせる。なにせどんな力を持っているかわからない。

 

  普通に考えてみよう。いくら魔法が得意な魔人族とはいえ、勇者に加えてこの人数を前に自分の身一つで余裕でいられるだろうか。

 

  答えはノーだ。それにこの深い階層で無傷でいることや、龍太郎のドライバーのことを知っているのもきになる。

 

  きっと、私たち全員を相手にしても平気な〝何か〟があるのだ。だからあんな態度でいられる。

 

  それは私たち同様に警戒していた、普段から慎重な永山くんや意外と目ざとい鈴などもわかっているようで。

 

「もう用はないから……さっさと死にな。ルトス、ハベル、エンキ、餌の時間だよ!」

 

  そして私の予想は、見事に的中することとなった。

 

  不意に、殺気を感じる。咄嗟に後方に跳躍しながら刀を抜いて防御の構えをとった。刹那の瞬間、目の前に空気の揺らめきとともに強い衝撃。

 

「ぐっ……!?」

 

  最大限に軽減してなお鈴があらかじめ展開していた結界をたやすく破壊し、謎の相手は私にダメージを与えんとする。

 

  なので、着地と同時にわざと態勢を崩す。そうすることで衝撃を逃し、あとはハザードシステムの恩恵による怪力で強引にいなした。

 

  果たしてそれは成功を見せ、なんとか腕が痺れる程度にとどまった。すぐさま態勢を立て直し、戦況を確認する。

 

  永山くんは私のとは別の敵による攻撃で両腕に負傷ならびに転倒、鈴は結界の破壊による衝撃波でダウン。

 

  そして……クラスメイトたちを襲おうとしている、3体目のゆらぎ。

 

「あぶな……」

「笑止」

 

  棒立ちになっているクラスメイトたちに 〝無拍子〟で近づこうとした瞬間、凛とした声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 パァンッ!!!!!

 

 

 

 

 

  風船が破裂するような音が部屋の中に響く。数秒遅れてドサリと何かがクラスメイトたちの前に落下した。

 

  それは、一言で言うならばキメラ。ライオンのような頭に龍のような手足、蛇の尻尾を持っている架空上の怪物によく似た魔物。

 

  その頭部の上半分は弾け飛んでおり、ビクビクと痙攣する胴体の上では御堂さんが髪をかきあげている。

 

「………速い」

 

  いつ動いたのかすら分からなかった。気がつけば魔物が死んでいて、御堂さんがその上に立っていた。

 

  これが、最強の暗殺者だったシューの弟子の力。帝国の皇帝様の時は、あれでもかなり加減していたのだと今更に悟る。

 

「へえ……ハベルを一撃とは。強いねあんた。そこの勇者よりよっぽど欲しくなったよ」

「あいにく、このような下賎な獣を使うものの下につく気はありませんわ」

「そう、それは残念……」

「テメェエエェッ!!」

 

  突然、龍太郎が吠えた。

 

  驚いてそちらを見ると、今にも血管が切れそうなほど、凄まじい憤怒の表情で魔人族を睨みつけていた。

 

  ギリギリとここからでも聞こえそうなほど歯を食いしばっており、手の中にあるスクラッシュゼリーは今にも潰れて中身がでそうだ。

 

「よくも、よくも……谷口に怪我させやがったな!」

「へ?」

 

  キメラの追撃をいなしていたのに、思わず間の抜けた声を出してしまう。あの龍太郎が、鈴のことでキレた?

 

  あまりに予想外な反応に、思わず鈴の方を見る。石動さんに治癒してもらっていたらしい鈴は、不意をつかれたのか真っ赤な顔をしていた。

 

「……へえ?ひょっとしてあんたの女だったのかい?」

「うるせえ!テメェは、テメェだけは許さねえ!」

《ロボット・ゼリー!》

 

  怒りの雄叫びとともに、龍太郎はゼリーをドライバーに叩きつけるように装填。荒々しくレンチを下ろすと魔人族に向かって走り出した。

 

《ロボットイィイングリスゥ!ブゥウウラァッ!》

『そこを動くなぁああッ!』

 

  変身しグリスになった龍太郎は、まっすぐ魔人族の女に突撃していく。まずい、怒りで我を忘れてる!

 

  そう危惧したが時すでに遅し、凄まじい速度で肉薄したグリスは、固く握り締めた拳を魔人族の女に向かって放ち……

 

「アァアア!」

『何っ!?』

 

  しかし、直前に割り込んだ何者かによってその一撃は防がれた。

 

  その何者かは反撃を加えようとし、とっさにグリスは飛び退く。何者かはゆっくりと大きな腕を下ろし、グリスを見た。

 

「アァア……」

『スマッシュ!?しかも強化体かよ!』

 

  まるでテレビ番組の怪人のような人型の怪物……以前スタークと一緒に現れたものと酷似したスマッシュにグリスが叫ぶ。

 

  グリスが強化体と言ったスマッシュは、以前と違い漆黒に染まっていた。あれは御堂さんの言っていた、新しいスマッシュ?

 

「ほう、やっぱりこれも知ってるんだね。そう、こいつは上が懇意にしてるお得意様から借りた助っ人さ。さらに……」

「ウゥウウ……」

「オォォ……」

 

  暗がりの中から、新たなスマッシュが姿をあらわす。ゴーレムのようなゴツゴツとしたやつと、タコのような頭のやつ。

 

『嘘だろオイ!?』

「ライダーは強いって聞いてるからね。あんたにはこいつらの相手をしてもらうよ」

「まずい、いくら今の龍太郎でも流石に三体同時は……」

「ガァア!!」

「くっ、この!」

 

  しつこく攻撃してくるキメラに刀を一閃する。グリスの方を加勢をしようにも、まずはこいつをなんとかしなくては。

 

  光輝たちはもう一体のキメラに加え、新たに現れた筋肉質なブルタールや六足亀の相手で手一杯だし、御堂さんは動く気配がない。

 

  幸い香織の機転でキメラの姿は見えているが、その香織がいるあちらが崩れれば終わりだ。早急に倒す必要がある。

 

「上等よ、やってやろうじゃないの!」

「ガァアアァアア!!」

 

  雄叫びをあげるキメラの一撃を避けて、一旦〝無拍子〟で距離を取る。

 

  私と同時にキメラは着地すると、こちらを向いて再度攻撃の姿勢をとった。それを見ながら、刀を鞘に収める。

 

「ふぅ………」

 

  深く息を吐いて、姿勢を下げる。目を閉じて意識を極限まで研ぎ澄ませ、無我の境地へと己を高めていく。

 

  止まった私をキメラは隙があると見たか、唸り声をあげて突撃してくるのを感じた。私は微動だにせず、ただその時を待つ。

 

  そしてキメラが、刀の間合いに入るか入らないかの場所に来た瞬間ーー

 

「シッ!」

 

  開眼。同時に〝無拍子〟を用いて一瞬でキメラの懐に飛び込み、逆手に握った刀を抜刀し一閃。

 

  私が刀を振り切る頃には、キメラは背後に着地しており……そして、ズルッという音とともに二つ物が落ちた音がした。

 

  振り返ると、そこには真っ二つに分かたれたキメラの死体。臓物がこぼれ落ち、血生臭い匂いが漂っている。

 

「ーー八重樫流〝亜流〟奥義、《音断(オトタチ) 》。実戦では初成功ね」

 

  シューとの鍛錬の最中編み出した、斬撃に斬撃波を重ねることで超絶的な切れ味を獲得する抜刀術。八重樫流にはない、私の技だ。

 

  自分の技の完成度に満足しつつ、周りを見る。龍太郎は何とか持ちこたえているが、光輝は香織たち回復組がやられた途端一気に崩れそうだ。

 

「エクセレント。やはり貴方には期待して正解でしたわ」

 

  動きに慣れてきた魔物たちを前に劣勢になりつつある光輝たちの元へ向かおうとすると、拍手の音が聞こえた。

 

  そちらを見れば、キメラを魔法で椅子にして座っている御堂さん。口元には普段と違う淡い笑みを浮かべている。

 

「シューと肩を並べるには、これくらいはね」

「その意気ですわ。今はまだその一撃のみでしょうが、いずれ私たちと同じ場所にたどり着くでしょう」

「それはどうも」

 

  別に奢るつもりはないが、シューのお弟子さんにそう言われるとなんだか嬉しくなる。いや、そんな状況じゃないけど。

 

「おい、御堂さん!君も見てないで手伝ってくれ!」

「え、嫌ですわ」

 

  そんな風に話していると、光輝が苛立たしげに叫ぶのが聞こえた。対する御堂さんは即座に拒否。

 

「はぁ!?」

「別にあなた方が死のうと私にはどうでもいいですし。そもそもこの程度の窮地を脱せないようでは、とても戦争で生き残るなんて無理ですしね……あ、でも隠れ蓑がなくなるのは困るかも」

 

  隠れ蓑という言葉に苦笑しつつ、確かに一部は正論だと思う。

 

  彼女が魔人族の中でどのくらいの立ち位置なのか知らないけど、少なくとも魔人族の中にはこんな強力な魔物を使役できる相手がいるということ。

 

  それがどれくらいの人数かわからないが、間違いなく本格的な戦争ではこの何倍、何十倍という数を相手にしなくてはいけないのだから。

 

「おい、御堂お前!わかってんのか!?戦わなきゃお前も死ぬんだぞ!?」

 

  今度はクラスメイトの一人の野村くんが言った。御堂さんを見れば、ああ、そんなこととでもいうような顔をしている。

 

「私、転移魔法が使えますの。いざとなれば八重樫さんと他何名かを連れて地上に帰りますわ」

「ハァ!?ふざけんなよおい!そんなことができんなら今すぐ全員ここから逃がせよ!」

「そういうことは助ける価値があると思わせてから言ってくださいます?というか、こんな獣畜生どもの相手をするのなんてお断りですわ。獣臭さが移るので」

 

  ……もはや反応するのにも飽きてるわよね、あれ。髪の毛いじってるし、超興味なさそうな顔だし、絶っ対飽きてるわよね?

 

 

 

 

 

 

 

 ーーゾッ

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!?」

 

  あまりに無関心な姿勢にそんなことを思っていると、不意に凄まじい悪寒を感じた。とっさに転がってその場から退避する。

 

  その行動は正しかったようで、一瞬前まで私がいた場所を通過してオーラのようなものが御堂さんに直撃した。

 

「御堂さん!?」

「……平気ですわ」

 

  爆発したオーラから生じた煙の中から、平然と座る御堂さんが現れる。無傷なことにほっと胸をなでおろした。

 

  安心もそこそこに、オーラの飛んできた方向……魔人族の女の方に警戒を向ける。だが、すぐにおかしいことに気づいた。

 

  魔人族の女が、驚いた様子で自分の背後を見ているのだ。もしかして、今のはあの魔人族の女がやったんじゃない?

 

 

 

「ーーだったら俺と遊んでくれよ、お嬢さぁん?」

 

 

 

  魔人族の女の反応に疑問を抱いていると、ねっとりとした声が聞こえてきた。その瞬間全身に寒気が走る。

 

 

 

 コツ、コツ、コツ……

 

 

 

  音を立てて、暗闇の中から〝そいつ〟は現れた。

 

  〝そいつ〟は、一見して人間のようだった。艶のある黒い髪、この世界には似つかわしくない真っ赤な衣装に、整った顔に浮かぶ不敵な笑み。

 

  〝そいつ〟を見た瞬間、カタカタと体が震え始める。本能が、〝そいつ〟を直視することを拒絶していた。

 

「なによ、あれ……」

 

 

 

 勝てない。

 

 

 

  一目見ただけでそう思った。あれは、あんな化け物には、人間ごときがどう逆立ちしたって敵うわけがない。

 

  だというのに、御堂さんは〝そいつ〟を見て眉をひそめるだけ。なんで、どうして彼女は平気でいられるの?

 

「……あなたは?」

「俺が誰か?ハッハァ!知らないのか!いや、知っているはずがないよなァ!」

 

  何が楽しいのか、大仰な身振り手振りで笑う〝そいつ〟。ああ、やめてちょうだい。私の前で、そんなおぞましい笑いを浮かべないで。

 

「まァいい、どうせ後で知る。そんなことより……俺と遊ぼうぜ?目覚めたばっかで、訛ってるんだ」

「遊ぶ?あなたのような下品な輩と?冗談はやめてくださいまし。それに今謝るなら、先ほどの不躾な攻撃は不問にしてよ?」

「ハハハハハ!いいねェ!強気な女は嫌いじゃアない!だが……どうするのか決めるのは俺だ」

 

  そう言って、〝そいつ〟はどこからともなくそれを取り出した。黒いボディに赤いレバーのついた物体……龍太郎のものとはまた違った、ドライバー。

 

  まさか。そう思う私の前で〝そいつ〟はドライバーを装着し、再びどこからか赤い蜘蛛のような機械を取り出す。

 

  そしてもう一方の手に赤いボトルを持ち、何回か振ると機械のスロットに装填。機械にマークが浮かび、〝そいつ〟は機械の足を折りたたむ。

 

 そうすると両手で持ち、頭上に掲げて……

 

「フン!」

 

 

《KILL BA SPIDER!》

 

 

  機械が、ドライバーのスロットにはまった。〝そいつ〟はレバーに手をかけて、ゆっくりと回していく。

 

  軽快な音とともにドライバーから赤い蜘蛛の巣が〝そいつ〟の体の周りに展開されていき、そして音が止まった時。

 

 

《ARE YOU READY!?》

 

 

変、身(ヘェン シィン)

 

 〝そいつ〟は、最悪の言葉をつぶやいた。

 

 

《スパイダー! スパイダー!! キルバススパイダー!!!》

 

 

  エボルトによく似た声とともに、蜘蛛の巣が閉じる。まるで渦のように〝そいつ〟を取り込み、蜘蛛の巣は形を変えていった。

 

  やがて、渦が消えて〝そいつ〟が姿をあらわす。〝そいつ〟は龍太郎と似て非なる、世にも恐ろしい姿に変貌していた。

 

  赤と黒で彩られた、毒々しい姿。蜘蛛を模したその鎧はどこまでも恐怖を覚えさせ、私の体を石のように動かなくさせる。

 

 

 

 

 

 

 

『俺はキルバス!かつてブラッド族を滅ぼした者!さあ女、存分に殺し合おうぜ!』

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……また、面倒な輩が現れましたわね」

 

  聞いているだけで心がすくむ声で言う〝そいつ〟に……御堂さんは心底面倒臭そうにそう呟いたのだった。




うーん、全然うまくまとまらない。
こんな稚拙な文章でもよろしければ、感想をお願いします。


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赤い災厄

どうも、操作ミスって火防女に攻撃しちゃって超焦った作者です。

シュウジ「うーす、シュウジだ。前回は魔人族が出てきたな……ついでにどっかのクレイジー兄貴も」

エボルト「よし、ここをこうすれば即死性の対ブラッド族毒薬が……」

ハジメ「目がマジだ……ていうかシュウジは何作ってんだ?」

シュウジ「え?アンリのトゥルーエンドルートの追加データ」

ハジメ「ああ、あれな……流石に頭に剣ぶっ刺すのは狂気過ぎてやった時二人で引いてたよな」

シュウジ「なのでうまい感じのエンドのデータ作ってる。まあ俺しか使わないけど。とまあそいつはともかく、今回はキルバスとネルファの戦いだ。それじゃあせーの……」


三人「「「さてさてどうなる再会編!」」」


  目の前にいる、キルバスと名乗った男を私は冷めた目で見る。

 

  まったく、変な輩が現れたものですわ。今回はただ、八重樫雫の成長を見について来ただけだというのに。

 

  別に無視して転移魔法で帰ってもいいが……そうなるとおそらく坂上龍太郎やあの間抜けな勇者たちを標的にするだろう。

 

  別に私はそれでもいいが……

 

「あ………あ………」

 

  ちらりと八重樫雫を見る。キルバスとやらのオーラに飲まれた彼女は、恐怖に身を震わせていた。

 

  今の状態だと、ここで他の者たちを切り捨てて彼女だけ連れて帰っても、高確率で折れる。それは私としても少々困るのだ。

 

  それに、あの男からわずかにだが、神気が感じられるのも気にかかる。神エヒトに連なるものかもしれないから、力を確認しておく必要もある。

 

「はぁ……仕方ありませんわね」

 

  溜息を吐き、椅子から立ち上がる。そうするとキルバスが面白そうに仮面の下で笑った気がした。

 

「八重樫さん、あなたは坂上龍太郎の援護に行きなさい」

「あ……え、ええ」

 

  かろうじて私の言葉に反応した八重樫雫は、半ば逃げるように後退する。これで巻き込む心配はなくなった。

 

  キルバスに向き直る。いつの間にやらキルバスは両手に、赤い装飾のついた蜘蛛の足のような細い双剣を携えていた。

 

  私はおもむろに手を上げ、指を鳴らす。その瞬間地面と天井の土が動き出し、壁となって私たちと八重樫雫たちを分断した。

 

「さあ、舞台は整えましたわよ」

『やる気を出してくれて嬉しいねぇ!』

「かかってきなさい。優雅に………踏み潰してあげますわ」

『ハハハハハ!やってみろぉ!』

 

  笑い声をあげながら、キルバスは突撃してくる。私は両手を腰の後ろで組みつつ、静かにキルバスを見据えた。

 

  双剣の間合いまで肉薄してきたキルバスは、まず右の剣を振るってくる。それを体を横にずらして避けた。

 

  赤黒いオーラをまとった一撃は空を切り、しかしキルバスは慌てることなく旋回して左の剣を横薙ぎに斬りつけてきた。それも避ける。

 

  空を切った斬撃は、私の代わりに遥か向こうの壁に大きな切り傷をつけた。わずかに眉をひそめる。

 

『いい動きだ!ならば!』

 

  最初の二撃は小手調べだったのだろう、楽しそうに肩を揺らしたキルバスは連続攻撃を繰り出してきた。

 

  その速度は先ほどの比ではなく、まさに神速。程なくして視界を斬撃の嵐が埋め尽くした。

 

  一つ一つを刹那の瞬間で慎重に見定め、数ミリのところで躱す。肌のすぐ近くを通る刃からは、チリチリと嫌な力を感じた。

 

  なので、ブーツに崩壊の呪詛を付与する。そして最後に飛んできた突きに合わせて足を振り上げ、一撃で剣を破壊……

 

 

 

 ガキンッ!

 

 

 

「………何?」

『隙ありィ!』

 

  一瞬動きを止めた私に、キルバスが逆袈裟斬りを放つ。即座に手を引いて足に力を込め、後ろにバク宙して回避。

 

  そのままトン、と椅子の背もたれの上に着地する。キルバスを見れば、悠然とした姿勢でこちらに無傷の剣の切っ先を向けている。

 

『なかなかの動きだ。だが次は逃さん』

「……それ、神造兵器ですわね」

『ほお、わかるのか』

 

  やはりか。どうりで私の呪詛が効果を発揮しないわけだ。

 

  神造兵器とは文字通り、神の作った兵器。いわゆる神器といわれる類のものであり、それ一つで地形を大幅に変えるほどの力を持つ。

 

  古いものなら神気が薄れているので破壊できるが、見たところあれは新品。おそらくはキルバスのバックにいる神が与えたものか。

 

『こいつは()()()()()()やつからの貰い物でなァ。どんな相手でも真っ二つだ』

「でしょうね。まったく、厄介なものをお持ちですこと」

 

  しかし、そうなると少し事情が変わってくる。軽くあしらうつもりでいたが、多少は本気を出さなくては。

 

  私にとって神の祝福を受けた武器というのは、ある意味()()だ。当たれば少し、いやかなり面倒な事態になる。

 

「こんなところで神器持ちと戦うことになるとは、私も災難ですわね……」

『さあ、いくぜェエエ!』

 

  半ば狂乱したような高揚した声をあげて、キルバスは一瞬で肉迫してきた。即座に椅子の背もたれから飛び退く。

 

  次の瞬間、赤黒い軌跡が椅子を細切れにした。そのまま接近してくるキルバスに、着地と同時に回し蹴りを叩き込む。

 

  返ってきたのは、ブーツと胴体の鎧がぶつかり合うけたたましい音。粉砕するつもりだったのだが、思うより頑丈ならしい。

 

  ならばと〝魔眼〟を発動し、その力でキルバスを投げ飛ばす。飛んで行ったキルバスは、しかし天井に両足をつくと弾丸のように飛んできた。

 

『オラァ!』

「あら、危ない」

 

  隕石のごとき一撃をすらりとかわす。そうすると地面に突き刺さっている剣を踏みつけて封じた。

 

「女性には刃物を向けてはいけないと教わりませんでした?」

『あいにくと、俺は男女平等主義でなぁ!』

 

  剣を手放し、手にオーラを纏って殴りかかってくるキルバス。足を上げて膝を腕にぶつけ、軌道をずらす。

 

  私の胸を捉えていた拳は顔の横を通過していき、一瞬無防備になる。私はそっと、キルバスの腹部に手を添えた。

 

「では、ごきげんよう」

 

 

 パァンッ!!!

 

 

  手から衝撃を発し、キルバスを後ろに向けて音速で吹き飛ばした。壁にぶつかる轟音とともに、部屋が揺れる。

 

  濛々と土煙が立ち込め、一瞬の静寂が訪れた。私は土煙の向こうに目を凝らし……そして思わず、チッと舌打ちする。

 

『ハハハハハ!!!お前、やるなァ!!』

 

  土煙の向こうから、無傷のキルバスが出てきた。内臓を破壊したはずだが………

 

『以前の俺ならばダメージを受けていたかもしれないなァ!』

「完全に殺すつもりで放ったのですが。随分とお堅いようで」

『いいぜいいぜ、これくらいでないと、戦いがいがないってもんだ!』

 

  話を聞いているのかいないのか、キルバスは笑いながら背中から巨大な二本の爪のようなものを出現させる。

 

  血のように真っ赤なそれを、私めがけて振り下ろしてきた。跳躍してあっさりとかわすと、爪の上に乗る。

 

「この程度ですか?」

『やるねえ、それならこれでどうだ!』

 

  すると、さらにもう二本キルバスの背中から足が生えてきた。それを使い左右から挟み撃ちにしてこようとする。

 

  しかし、いくつになったところで同じことだ。結界の魔方陣を無詠唱で出現させて防ぎ、爪の上から降りて元の位置に着地する。

 

『まだまだァ!』

 

  キルバスは4本の爪を器用に操り、私を押し潰そうとしてきた。それを避けるたびに紙面がえぐれ、壁に穴が空き、まるで爆心地のようになる。

 

  しばらくすると避けるのも飽きてきたので、破壊の呪詛をブーツに付けて4本とも粉砕した。その際、わずかに神気を感じる。

 

  まあ、気にしても仕方がないと接近してきたキルバスの斬撃を踊るようにかわした。一撃でも当たれば、あのグズ勇者なら即死だ。

 

  やがて、攻撃の間にわずかなタメを見つける。そこを見計らって前蹴りを入れると、キルバスはわざと後ろに飛んで衝撃を殺した。

 

  そうすると再び爪を生やして、蜘蛛のように天井にぶら下がると私を見下ろす。

 

『クク、ここまでやって死なないでいられた奴は久しぶりだ』

「あら、人を見下ろして話すなんてマナーがなってないですわね」

『あいにく、俺は元はブラッド族の王でな。見下す方が慣れてるんだよ』

 

  こんなのを王にするとか、ちょっとその一族イかれてるとしか思えませんわ。いえ、私の国の王族の方がイかれていたかしら?

 

  他国侵略のために、人喰いの悪魔とその眷属なんぞを召喚してくれた下郎どもの顔を思い出す。ああ、思い出すだけでも忌々しい。

 

『フゥ、ようやく温まってきたぞ』

 

  唾棄すべき屑どもを記憶の隅に追いやっているうちに、キルバスが降りてくる。肩を回し、まるで準備運動を終えたとでも言いたげだ。

 

 

 ポゥ……

 

 

  すると、キルバスの体に薄い光が灯った。儚げで、今にも消えてしまいそうに見えるそれは、しかし私の本能に警鐘を鳴らせる。

 

「……それは〝神の加護〟?」

『ようやく体に馴染んできたようだ。さあ、ここからは本気だ。死ぬ覚悟をしろ』

「あいにくと、とっくの昔にできていますわ」

 

  そう。()()()()()()()()()()()()から、死ぬ覚悟などもうできている。

 

「ですが、今ここでそんなものを確認する必要は感じません」

『そうか……なら、まずはこれだ!』

 

  キルバスが胸の前で双剣を交差する。すると加護の一部が双剣にうつり、かと思えば刀身が毒々しい青色に染まった。

 

  〝不味い〟。本能の発したその警鐘に従って、とっさに頭を下げる。キルバスが双剣を振り切ったのは、それと同時だった。

 

 

 

 ズバァンッ!!!

 

 

 

  大きな音を立てて、部屋を二つに分かつ壁が切り裂かれる。分厚い壁はいとも容易く斬り裂かれ、あちら側が見えるようになってしまった。

 

『ハハハァ!いくぞォ!』

「チッ!」

 

  驚く暇もなく、キルバスは爪を使い跳躍して攻撃を再開した。小さく舌打ちしながら、最初の一撃を避ける。

 

  本気というだけあって、キルバスの猛攻は凄まじいものだった。それこそ、私がそれなりに本気で回避をしなくてはいけないほどに。

 

  剣を振るだけで風を巻き起こし、刀身に触れた服の裾は溶けていく。対してこちらのカウンターはあまり効いていない様子だ。

 

「く……!」

『いつまで逃げ切れるかなァ!』

 

  ああ、最悪ですわ。よりによって唯一の天敵にこんなところで会うとは。それに、この余裕の態度も苛立ちを覚える。

 

「あまり……調子に乗らないでくださいまし!」

 

  手のひらに呪力を集中させ、特殊能力を貫通する技を胸に入れる。数歩分後ろに吹き飛ぶキルバスだが、そこで止まった。

 

「加護は完全には無視できませんか……」

『いい気概だ。それなら……こいつはどうだァ!』

 

  そういうと、キルバスは私……ではなく、後ろで坂上龍太郎とともにスマッシュと戦っている八重樫雫に向かって飛んでいった。

 

  その速度は非常に速く、今から走って追いかけても間に合わないだろう。

 

 ならば……

 

『死ねぇ!』

「なっ……」

「させるとお思いで?」

 

 

 ドッ!

 

 

  短距離転移魔法で近づいた私は、八重樫雫の背中に向けて振り下ろされた剣を手のひらで受け止めた。

 

  神器は一応張った結界を容易く食い破り、肌が切り裂かれてて血が流れる。痛みと一緒に流れ込んでくる毒に、思わず顔をしかめた。

 

「御堂さん!」

『かかったなァ!』

 

  喜びとも勝利の雄叫びともつかぬ声をあげ、もう一方の剣を振り下ろすキルバス。だが。

 

「あら。自分の話をするのがお好きなんですね」

 

 

 ドガンッ!!!

 

 

  腰から伸びた鮮やかな紫色の触手……()()で思い切り殴り飛ばす。視界の中からキルバスが消え、同時に手の重圧も消えた。

 

「御堂さん、平気!?」

「ええ。手で受けたのは下策でしたわね」

 

  感覚の鈍い左手を見る。血管の中に入り込んだ毒はすでに肘のところまで上がってきており、あと三十秒もすれば使い物にならないだろう。

 

  別に毒ごときで死ぬことはないが、後で再生するときに面倒なので、赫子で二の腕から先を切り落として止血する。八重樫雫がギョッとした。

 

「御堂さん!? あなた……」

「あとで生やせますわ。それより平気ですの?私の血を飲んだりしていませんこと?」

「え? いや、別に飲んでないけど……」

「それなら良かったですわ」

 

  生まれ変わって別物になったとはいえ、肉体を変質させた以上血を飲んでしまえば()()してしまうかもしれない。

 

  今こうして話している間も、神気を受けたことにより怒りとともに食人衝動が出てきている。だから受けたくなかったのだ。

 

「それより、その目と触手?は……」

 

  黒く染まっている私の片目と、ゆらゆらと揺れ動く赫子を見る八重樫雫。その表情は普通ではないとでも言いたげだ。

 

「美しいでしょう?まあ、私はあまり好ましくないのですが」

「優雅じゃないから、かしら?」

「あら、あなたもわかってきましたわね」

 

  そう。これは美しくはあっても優雅ではない。私の特性を何より象徴するものの一つだが、淑女としてはナンセンスだ。

 

『嬉しいねえ!まだそんな力を持っていたとは!』

 

  そんなことを話していると、キルバスが復活した。即座に赫子をもう二本増やし、三本の赫子で牽制する。

 

  キルバスを足止めしつつ、戦況を確認する。どうやらキルバスと戦っているうちに、だいぶ悪くなっていたようだ。

 

  新たに増えた魔物と、それを操る魔人族の女によって半ば壊滅状態。中には魔人族の女の魔法か、体の一部が石化しているものもいる。

 

『オルァアア!』

「オォオオオオ!」

 

  坂上龍太郎はといえば、最後のスマッシュの一体と殴り合いをしていた。暑苦しさがこちらまで届きそうな気迫だ。

 

「ふむ……」

 

  それらを見て、考えをまとめていく。といってもそう多くをとらえる必要はなく、ほんの十秒程度で終わった。

 

「八重樫さん」

「何かしら?」

「坂上龍太郎がスマッシュを倒すのと同時に、全員を連れて上へ逃げなさい。私が足止めをします」

「それは……」

 

  そんなことはできない、という顔をする八重樫雫。だが言葉に出さない以上、それは戦場において無用の甘さだとわかっているのだろう。

 

  そして聡明な彼女は、これが自分のための提案だというのも理解している。なぜなら私にとって、彼女以外を逃がす理由はないのだから。

 

「………わかった、お願いするわ」

 

  しばらく険しい顔で考えていたものの、彼女は賢明な判断を下した。それでこそ彼の方に愛された女だ。

 

「ええ、任せてくださいまし」

「絶対に、死ぬんじゃないわよ」

「あなたに心配されずとも、彼の方に会うまで死ぬつもりはありませんわ」

 

  私の言葉に強く頷き、坂上龍太郎の援護に戻る八重樫雫。それを見送り、徐々に近づいてるキルバスに視線を戻した。

 

「あなたには、もう少しそこにいてもらいますわ」

 

  指で宙に魔力の円を描き、キルバスの頭上に飛ばす。円環は瞬く間に大きくなっていき、キルバスの真上に辿り着いた瞬間……

 

 

 

 ドガァンッ!!

 

 

 

  円環の中から巨大な足が現れ、キルバスを反応する前に踏み潰した。ズズン、と地面が揺れ、天井から土が落ちてくる。

 

「言ったでしょう?踏み潰してあげると」

 

  赫子を戻して、魔方陣の維持に魔力を回す。わずかに揺れ動いていた足は、その強さを増して下にいるキルバスを押さえつけた。

 

  これで数分は問題ないと、今度は魔人族の女の方を向く。魔物たちを使って、撤退の気配を見せる八重樫雫たちを仕留めようとしている。

 

「〝イル・イルラ・イルラリア 望むは雨 終わりなき苦しみ 招くは狂気 49の黒き槍 我が声に応えて呪いと憎しみを撒き散らせ 《狂憎の黒雨(オル・イファラ)》〟」

 

  手の内に出現した黒い魔方陣より、異界から異形の槍が召喚される。呪いを纏うそれを、魔人族の女とその魔物に向けて放った。

 

  降り注ぐ死の雨は魔物たちを串刺しにし、絶命させる。女がこちらを驚愕の表情で振り返った。

 

  予想外という顔にニコリと微笑み返しながら、続けて槍を召喚して撃つ。といっても元が少ない魔法だ。すぐに残りわずかになった。

 

  5本、4本、3本……そして最後の2本の一つを射出した時。

 

『こいつで……終いだぁああああ!』

《シングル!ツイン!ツインブレイク!》

「ガァアアアア!?」

 

  坂上龍太郎が、最後のスマッシュを倒した。私は勇者たちとともにいる、八重樫雫を探す。

 

  案外、すぐに見つかった。あちらも私を見ていたからだ。張り詰めた面持ちの彼女に、コクリと頷く。

 

「っ……撤退するわよ!」

 

  八重樫雫は最後に一瞬後悔の表情を浮かべたが、すぐに撤退宣言を下して全員を部屋から避難させ始めた。

 

  当然邪魔しようとする魔人族の女だが、そんなことは許さない。短い詠唱で追加の槍を召喚すると、目の前に射出して妨害する。

 

「坂上龍太郎、あなたもいきなさい」

『すまねぇ!恩にきる!』

 

  スマッシュとの連戦で動きを止めていた坂上龍太郎も、私が完成して動けない女と魔物たちの横を走り去って部屋を後にした。

 

  残ったのは、忌々しげな顔で私を睨む魔人族の女。それと……

 

『ハァッ!』

 

  足に無数の切れ込みが入り、分解されてキルバスが姿を現した。

 

『女ァ!よくも、この俺を足蹴にしてくれたなァ!』

「あら、お似合いでしたわよ?」

「あんた一人で、私たち二人を相手にする気かい?」

 

  魔物を従えて、魔人族の女が近づいてくる。私は不敵な笑みを浮かべた。

 

「何か問題がありまして?」

「その状態じゃ、満足には戦えないと思うけどね」

 

  圧倒的優位と思っているのか余裕の笑みを浮かべる女に、私はクスクスと笑ってしまった。怪訝な顔をする女。

 

「まさかこの程度で私に勝てると思うなんて、滑稽ですわね」

「負ける前に強がりかい?」

「どうやら勘違いしているようなので言っておきますが……………暗殺者をなめるな、小娘」

 

  少しだけ、本気の殺意を向ける。女は一歩後ずさり、私を畏怖のこもった目で見た。

 

「暗殺者は一度殺すと決めたら、たとえ四肢がもげようと、正気を失おうと、そんなことは関係ない。絶対に、徹底的に殺す」

「………!」

「片腕がない?だからどうしたというのですか。せいぜい、武器が一つなくなった程度のこと。それなのに勝った気でいるなんて……随分と生温い生き方をしてきましたのね?」

「っ………だ、だが、不利なのは事実だろう?なにせ数が違う」

「なるほど、多勢に無勢と? ますますわかっていませんね……ですがそうですね、そう言うのならば」

 

  左腕の傷口から血を掬い、地面に向けて一滴落とす。地面に触れた途端、血は魔法陣を描いて怪しく光り輝いた。

 

「〝ベルラ・ベルエル・ベルェリィ 我が命に応え目覚めよ獣 百の戦 千の勝利を繰り返し 魔に己を捧げた愚かなる王 汝は無窮を求めしもの 極みに至らんが為 民と心を捨てし罪人なり 今ひと時のみその胸に火を灯し 十六の罪の鎖破りて灰の中より立ち上がれ 《召喚(サモン)》〟」

 

  呪文を唱え、命令を下す。黒く染まった魔方陣は速やかにそれを受理し、私の中の〝闇〟からそれを引きずり上げた。

 

  魔方陣の中から現れたのは、三メートルに届こうかという巨人。擦り切れたマントと壊れかけた鎧……そして爛れた体を持つ死せる王。

 

「さあ、〝無顔の愚王レシュト〟。遊んであげなさいな」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーッ!!!!!!」

「くっ!」

 

  腐れ落ちた喉から声にならない咆哮を上げ、レシュトは巨大な剣を振り上げ襲いかかる。唖然としていた女は魔物に攻撃を命じる。

 

  レシュトと戦う女をよそに、キルバスに向き直った。静かに待っていたキルバスは、やはり楽しそうに肩を揺らしている。

 

「さて。私たちも始めましょうか」

『面白い!お前の絶望の表情を見るのが楽しみだ!』

 

  そう叫びながら、キルバスはこちらに走り出した。私は赫子を出し、優雅に微笑みながら。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、私とワルツを踊りましょう?」




あークッソ、本当にまとまらない。
赫子のイメージは実写の金木くんの感じです。
感想をお願いします。


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この身は影にして闇なりて

どうも。嫌なことがあって人生で初めて保健室で授業を休んだ作者です。

シュウジ「うっす、シュウジだ。いやー前回はネルファが奮闘してたな。うん、流石俺の弟子」

エボルト「まさかグールとはな……あれ、でも確かあの腕輪って」

シュウジ「おっとネタバレは禁止だ。というか前に冗談でキルバス転生してんじゃねとか言ってたけど本当になったな。気分はいかが?」

エボルト「おう、今だったらトータスまるごとブラックホールに飲み込めるぜ!」

ハジメ「こいつのこんなにいい笑顔初めて見た……」

ユエ「……兄弟、仲悪い?」

シュウジ「まー色々あったからねー。と、今回は遠藤の回だ。って、んん?こりゃどういうことだ?」

ハジメ「どうしたシュウジ?そんな顔するなんて珍しいな」

シュウジ「いや、なんか俺の知らないことが……まあいいか。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」


 

 雫 SIDE

 

「まだ追っては……きてないみたいね」

 

  壁から耳を離して、そう呟く。今のところ、それらしき足音や気配は近くにない。

 

  少し安堵の溜息を吐きつつ、私は部屋の中へと戻る。そこでは傷だらけのクラスメイトたちが思い思いに休息をしていた。

 

  ここは八十九層の深奥……つまり九十層から登ってきてすぐの部屋にある、10畳ほどの広さのあるちょっとした隠れ部屋。

 

  私たちは無我夢中で走り続け、なんとかここまで逃げてきた。いや、正確にいえばここまでしか逃げられなかったと言うべきか。

 

「う、うぅ……」

「谷口、大丈夫だから。俺がついてるからな」

「うん……ありがと、龍っち」

 

  いつもの元気さは何処へやら、青白い顔の鈴が手を握る龍太郎に微笑みかける。それに少し安堵している龍太郎。

 

  戦闘中に足を貫かれ、大量失血の上に女の魔法で下半身が石化していた鈴は、一度止まって治療しないと危険な状態だったのだ。

 

  幸い香織と石動さん、二人も治癒師がいたのでかろうじて一命はとりとめたが、血が戻る訳でもなくとても動ける状態ではない。

 

  それでも意識があるのは、龍太郎の持っていたドクターフルボトルとやらが造血を促進しているからだ。ボトルって便利よね。

 

  そして動けないのは、石像のように全身が石化している斎藤君と近藤君も同じだ。今香織が解呪を試みているが、しばらく時間がかかりそうね。

 

 だから現状、ここから私たちは出られない。

 

「みんな沈んでるわね……」

 

  空気は非常に重い。いつもならそのカリスマで士気を上げる光輝も、〝限界突破〟という技能を使った疲労で半ば眠っている。

 

  石動さんが歩き回って外傷は癒しているが、本気の悪意と死を感じたせいか誰一人として顔色が優れない。沈鬱、と言って良いか。

 

  それは私も同じことであった。脳裏に浮かぶのは、不敵な笑みを浮かべた御堂さんの、どこか儚い後ろ姿。

 

「御堂さん、無事かしら……」

 

  あの時見た御堂さんの背中は……いつの日か南雲君を助けに走り出し、奈落に落ちていったシューと重なった。

 

  心の中に、不安と喪失感が広がる。どうやら自分で思っていたより、御堂さんは私にとって大切な友人になっていたらしい。

 

「生きて、帰ってくるといいけど」

 

  あなたに心配されずとも平気ですわ、と涼しげな顔で答える御堂さんを想像しつつ、私も龍太郎たちの近くに腰を下ろす。

 

  私も少し、疲れた。あの時キルバスと相対した時の恐れがまだ、体の奥に残っている。それが疲労を増長させていた。

 

  本来なら、光輝の代わりに皆を元気付けなければいけないが……少しだけ、座るのを許して欲しい。

 

「……ねえ、龍っち」

「どうした谷口?何か欲しいものがあるのか?あっそうだ、まだ俺の携帯食料が残ってる。ちゃんと食って体力を取り戻して……」

「違うよ。もう、慌てすぎだよ龍っち」

 

  気力の回復に努めていると、そんな話し声が聞こえてきた。珍しい龍太郎の焦りの声に、ふと耳を傾ける。

 

「なんでさ、あの時あんなに怒ってくれたの?」

「なんでって……そりゃ、どういう意味だ?」

「なんか、知りたいなーってさ」

 

  しばし黙りこくる龍太郎。ちらりと横目で見れば、真剣に考える龍太郎の横顔を鈴がどこか期待したような目で見つめていて。

 

「……俺にもよく、わかんねえ」

「………」

「でもなんか、すげえ許せなかったんだ。お前が苦しそうな顔をしてるのを見た途端……頭んなかで、何かが弾け飛んだ。で、気がついたらあの野郎に向かって突っ走ってた」

「……………そっか。そう、なんだ」

 

  龍太郎の答えに、少なからず驚く。

 

  龍太郎は昔から、友達が泣かされていたりするとすぐにカッとなった。相手に殴りかかって、酷くなる前に止めるのが私の仕事だった。

 

  けど……その時の龍太郎の顔と、今の龍太郎の顔は違った。もっと大切な……それこそ大事な女の子を傷つけられたみたいな、そんな顔。

 

  幼馴染として長年面倒を見てきたが、一度もそのような顔は見たことない。つまり龍太郎は、鈴のことが……

 

「……何よ、ちゃんと意識してるじゃないの」

 

  いざという時は手助けしようなんて考えてたけど、杞憂に終わったみたいね。もう完全に龍太郎は独り立ちかしら。

 

  そう思い、思わず笑みをこぼしてしまう。我ながら、こういうところがオカンとか呼ばれる理由なのかしら。

 

「ふふっ……」

「なんだよ谷口、いきなり笑って……も、もしかしてどっか痛いの我慢してんのか!?遠慮すんな、すぐに香織とみーたん呼んで……」

「だから、慌てすぎだってば………ね、龍っち。もっと手、強く握って?」

「お、おう。そんなことでいいなら」

 

  キュッと鈴の小さな手を握りしめる龍太郎。それに鈴は、とても幸せそうな顔をした。見てたら口の中がザラザラしてきたわ。

 

「ふぅ、何とか上手くカモフラージュ出来たと思う。流石に、あんな繊細な魔法行使なんてしたことないから疲れたよ……もう限界」

「壁を違和感なく変形させるなんて領分違いだものね……一から魔法陣を構築してやったんだから無理もないよ。お疲れ様」

「そっちこそ、石化を完全に解くのは骨が折れたろ? お疲れ」

 

  二人の周りに広がるピンク色のオーラに辛いものが食べなくなっていると、入り口を隠していた野村君と辻さんが即席通路から出てきた。

 

  この部屋は〝土術師〟である野村君が作ったものだ。完全に領外にも関わらず、野村君は頑張って皆を隠してくれた。

 

  一緒に帰ってきた辻さんは、鈴たち同様体の一部が石化していた野村君を解呪していたのだろう。立ち上がって労いに行く。

 

「二人とも、ありがとう。これで少しは時間を稼げるわ」

「だといいけどな……ここまでくればもう、皆が回復するのを待つしかないな。特に谷口とかひど……」

 

  言いつつ鈴たちの方に振り返って、そこに広がる桃色空間にぽかんとする野村君。前からキャーキャー言ってた辻さんは苦笑気味だ。

 

「こんな状況だから、そっとしておいてあげて」

「お、おう……浩介の方は平気かな」

「……大丈夫だ。あいつは影の薄さなら誰にも負けない」

「いや重吾、それ悲しくなるから言ってやるなよ……」

 

  近くにいた永山君が、ぼそりと呟く。ここにはいないクラスメイトの地味なディスりに、私たちは全員苦笑いになってしまった。

 

  実は、ここにくる途中でクラスメイトの一人……〝暗殺者〟の天職をもつ遠藤浩介君は別行動して上に向かってもらっている。

 

  遠藤は……なんというか、陰が薄い。クラスで接した時は気さくでいい人だと思ったけれど、いかんせんとても存在感がないのだ。

 

  その存在感のなさを活かして、彼には八十層台を突破してメルド騎士団長たちにこの状況を伝えに言ってもらっている。

 

  クラスではよく、隣にいるのに気づかれなかったなんてことがあったくらいだ。本人は不本意らしく、お前の影の薄さならいける!と言われて涙目だった。

 

  ちなみにシューは存在感の有無も関係なくちゃんと認識していたようで、時々神を見るような目で遠藤君が話していたのを見た。

 

  まあ、それはともかく。

 

  彼に任せたのは救援ではない、あの女の情報を伝えることだ。数で優っていただけの魔物が、情報よりはるかに強力だったと。

 

「私、白崎さんたちの手伝いしてくるね」

「おう」

 

  香織たちの助力に向かう辻さんの後ろ姿を、複雑な顔で見る野村君。あれ、もしかして彼って……

 

「……こんな状況だ。伝えたい事があるなら伝えておけ」

「……うっせぇよ」

 

  そんな永山君と野村君の会話を横に、私は皆の帰還を信じるのであった。

 

 

 ●◯●

 

 

 三人称 SIDE

 

 一方その頃。

 

「…………」

 

  その男……遠藤浩介は、目にも留まらぬスピードで迷宮の中を駆けていた。

 

  黒装束に包まれたその身はまるで影法師のようであり、暗殺者のスキルを全開にした今はまさしく現世から外れた闇のもの。

 

  表情に焦りはなく、仲間たちに陰が薄いと言われた時のちょっと寂しそうな表情もなく。ただ、魔物たちの間を気づかれぬうちに駆け抜ける。

 

(今は……七十六層か。あと三十分で到着できるな)

 

  自分の走行速度と脳内に叩き込んだマップを照らし合わせ、冷静に残りの距離を判断する。とても切羽詰まったようには見えない。

 

  そしてそれは事実であった。今の浩介は完全なる無感情。仲間の安否を思う心も水面下に沈め、ただ己のなすべきことをするため走る。

 

「……確かにこれ被ってるけど、技能なきゃ見つけられないとかどんだけだよ」

 

 訂正、若干本音が漏れていた。

 

  そんな浩介の顔を見るものは、誰もいない。なぜなら浩介の顔は……アーティファクトである漆黒の仮面に覆われているから。

 

 

 

 ギシャァアアア!

 

 

「チッ、気づかれたか」

 

  技能看破系の固有魔法を持つ魔物たちが浩介のいくつかの技能を見透かし、獲物を見つけたと咆哮を上げる。ちょっと嬉しくなる浩介。

 

 

 フワ……

 

 

  殺意と食欲のまま、魔物たちは浩介に襲いかかろうとしてーーその瞬間、魔物たちの全身を柔らかな風が撫でた。

 

  一拍遅れて、プシュッと魔物の全身に切れ込みが入りバラバラになる。浩介は〝ブラックホールを彷彿とさせる意匠のあるナイフ〟を鞘にしまい、走り続けた。

 

 

 グォォオオ!

 

 

「邪魔……だっ!」

 

  その後も一、二度魔物に絡まれたが、その一切を浩介は一刀のもとに切り伏せた。その短剣術は凄まじいの一言に尽きる。

 

  ちなみに、襲いかかってきた魔物はすべて複数同時に相手をすれば、光輝や他の前衛組でも倒すのに時間を要する相手だ。

 

  それをまるで当たり前のように、雑魚のように蹴散らしていく。いよいよ勇者(失笑)の存在意義がなくなってきた。

 

「……ようやく、七十!」

 

  無心で走っていると、浩介の予想通り三十分ほどで七十層にたどり着いた。されど足を止めることはなく、メルドたちの元へ走る。

 

  幾度か角を曲がっているうちに、技能に六人分の気配が引っかかった。浩介はさらに走る速度を上げて、一気に部屋を目指す。

 

  五分もかからずに到着したルームでは、上の階へとつながる転移の魔方陣を守るように六人の騎士たちが休息を取っていた。

 

  そのうちの一人ーー黒いコートを紫色の鎧の上から纏った男に、浩介は〝気配断絶〟を付与する仮面を外して近寄る。

 

「メルド団長」

「………浩介か」

 

  厳かな声で、男……メルドは答えた。振り返った顔にかつての快活さはなく、まるで石でできた彫像のように固まっている。

 

  それは、この場にいる他の五人の騎士たちも同様であった。糸が切れた人形のように虚無の表情で座っているのだ。

 

  それを浩介が疑問に思うことはない。なぜなら彼らがそうである理由を()()()()()()()()()

 

「魔人族の女が現れました」

「そうか、()()()()()()()()()()

 

  浩介の言葉に、メルドは特段驚くことなく返した。深い青色の目にはすべてわかっているとでもいうような色が映りこんでいる。

 

「光輝たちは?」

「八十九層で休息を取っています。御堂英子が魔人族の女ともう一人……謎の存在を抑えていますが、ここにくるのも時間の問題です」

「ふむ……グリスの方は?」

「坂上ですか?ハザードスマッシュを三体撃破。順調な成長かと」

 

  淡々と、まるで仕事の報告のようにやり取りを交わす二人。これがあのメルド・ロギンスと遠藤浩介とは誰も思うまい。

 

  それもそのはず、クラスメイトも王国も、誰もこのことは知らない。もし彼らの話の内容がわかるとすれば、それは〝その組織〟の一員に他ならない。

 

  その証拠に……メルドの纏うコートにも、浩介の持つナイフの柄頭にも……ある一部の者にしかわからないエンブレムが刻まれていた。

 

「では、魔人族の女がこちらに来たら私たちが応戦。お前は予定通りに上へ行け」

 

  そのあといくつかの情報を交換すると、メルドはそう浩介に命じた。しかしそれまで機械的に頷いていた浩介は、ふと問いかける。

 

「……メルドさん。俺たちのやってることは、本当に正しいんでしょうか」

「……それは命令への反逆か?」

「いいえ、そうじゃなくて……」

「では、なんだ」

 

  普段の温かい雰囲気はどこへやら、追求するような声で問うメルドに浩介はためらいながら答える。

 

「……不安なんです。もしヘマをして、あいつらの誰か一人でも死んだらって」

「………それは、そうだろうな」

「分かってます、これが必要なことだって。()()()()ためなら、この状況は皆が成長するために必要だって。でも、仲間やダチをわざと危険に晒すなんて……」

 

  それまでの別人のような浩介ではなく、本当の表情で葛藤する内心を吐露する浩介。それにメルドはわずかに目元を緩めた。

 

  浩介が〝こちら側〟に来たのは3週間と少し前。目をつけた〝蛇〟からこの世界の真実を聞いて、共に戦うことを決めた。

 

  しかし大人であり、すぐに覚悟を決められたメルドと違って、浩介にはまだ迷いがある。仕方のないことだ、まだ十七の子供なのだから。

 

「……案ずるな。うまくいけば、誰一人死なずに済む」

「………はい」

 

  だからメルドは、気休めにしかならない言葉とともに浩介の頭を撫でた。それが今のメルドにできる、精一杯のことだった。

 

「……っ!」

 

  刹那の瞬間、メルドは何かを察知して手に持っていた紫色の銃……ネビュラスチームガンを浩介の背後に撃つ。

 

  飛んでいった光弾は空中で何かにあたり、血が噴き出すのに一秒遅れて迷彩の解けたキメラが地面に落ちた。

 

「チッ、いい反応速度だね」

 

  そう言いながら階段を上がってきたのは、魔物を引き連れる魔人族の女。所々に怪我を負っており、激戦の後なのがうかがえる。

 

「……浩介、いけ。大義のために務めを果たせ」

「はい」

 

  それでも闘志を絶やさない女の目に、メルドは静かに命令した。浩介は速やかに顔を引き締めると仮面をかぶって消滅する。

 

  驚く女を置いて、浩介は転移魔法陣を起動して上へと上がっていった。当然邪魔しようとしたが、すんでの所でメルドが立ちはだかる。

 

「ここから先は通さん」

「へえ……そのエンブレム、あんたは〝蛇〟の手の者かい?全く、人間も落ちたね」

「貴様に何かを言われる筋合いはない。私は私の大義のため、騎士の誓いを破りあいつの軍門に下った」

 

  冷徹な、しかし巌のような意志を感じさせる声で答えるメルド。人とは思えぬ気迫に、魔人族の女はたじろぐ。

 

「そうかい……でも、それならあたしたちが戦う理由はないと思うけど?」

「あいにく、受けた命令が違うのでな。足止めさせてもらう」

「ふぅん……なら、容赦しないよ」

「望むところだ」

 

  メルドが足を踏み鳴らすと、それまで動かなかった騎士たちが一斉に立ち上がった。そうするとどこからともなく()()()()()を取り出す。

 

  そしてそれを、躊躇なく自分の首や手に押し当てた。瞬く間に紫色の煙に包まれ、五人の騎士は()()()()()に変わる。

 

「さあ、やっておしまい!」

「大義のための……犠牲となれ」

 

 

 ドンッ!

 

 

  メルドが引き金を引くのと同時に、魔人族の女の魔物とスマッシュが飛び出して戦闘が始まった。

 

 

 ●◯●

 

 

 浩介 SIDE

 

  転移して最初に目に移ったのは、転移陣を警護している騎士の人たちだった。

 

  魔法陣が起動したのでこちらを見るが、目の前にいるというのに首を傾げている。ちくしょう、自分の影の薄さが恨めしい。

 

  ……だがそれ以上に恨めしいのは、大人しく命令に従うしかない現状だ。

 

「……くそ、なんで俺が」

 

  あの〝蛇〟に目をつけられた日から、全てが変わっちまった。

 

  皮肉な話だ。皆をこの世界から救い出すために皆を人質に取られ、体を変なガスで改造されて、化け物になってコソコソしてる。

 

  それを打ち明けられない弱気な自分も、大きな視点で見て未来への布石として必要だと冷静に言う自分も、全部全部気にくわない。

 

  それでも俺はもう、闇に堕ちた。ならせめて、最後まで皆のために歯を食いしばって戦ってやる。

 

 

 ヴン……

 

 

「っ!?」

 

  そんな風に物思いにふけっていると、不意に転移陣が輝きだした。とっさに飛び退いてナイフを構える。

 

 

「ガァアアアア!」

 

 

  一際魔法陣が強く輝いたかと思うと、あの半透明のキメラがてできた。どうやらメルド団長は一匹取り逃がしたらしい。

 

「な、なんだこの魔物は!?」

「囲め囲め!何かする前に倒すんだ!」

 

  いきなりあられた空間の揺らぎに、狼狽えながらも攻撃しようとする騎士たち。思わずちっと舌打ちしてしまった。

 

  案の定、俺が動く前に最初に剣で斬りかかった二人がキメラの爪撃で三枚おろしにされた。とてもじゃないが相手にならない。

 

「くっ、なんだこいつ!?姿が見えない上に速いぞ!」

「狼狽えるな!魔法を使って姿を捉えろ!私が前に出る!」

 

  狼狽する騎士たちを指揮するのは、セントレア騎士団長補佐。有事の際にとメルドさんがこちらに残した騎士団の最高戦力の一人。

 

  けれど俺は知っている。なぜメルドさんが、あの階層にこの人を一緒に連れて行かなかったのか。メルドさんは、この人のために……

 

  ……まあ、今は関係ねえか。それよりこいつを倒さなくては。〝蛇〟から来る日のためになるべく()は減らさないよう言われてる。

 

「シッ!」

「ガァッ!?」

 

  仮面に付与された副次的な力でキメラの姿を捉え、背後に回るとまずその厄介な蛇頭を切り落とす。

 

  そこでようやく攻撃されたことに気づいたキメラは、殺気を発してこちらを見て……首を傾げた。思わずひくっと口元が引き攣る。

 

  これは仮面の力だと自分に言い聞かせて、見えないのならこれ幸いと両目をナイフで一閃した。鮮血が弾け飛び、キメラが悶える。

 

  流石に二回もやれば勘付いたのだろう、半ば適当ながらもこちらを捉えた動きで前足を振るってきた。それを跳躍して回避、背中に飛び乗る。

 

「ガァアアアア!!!」

「な、なんだ!?何と戦ってる!?」

「もしかして、もう一体何かいるのか!?」

「油断するな!的かも知れん!」

 

  あんたらの目の前にいるよ!別に透明にとかなってねえよ!つーか敵じゃねえ!

 

  内心本気で仮面を投げ捨てたくなりつつも、ナイフをキメラの翼の根元に突き立て、切れ込みを入れるとそのまま素手で引きちぎる。

 

「ガァッ!?」

「っと!」

 

  激痛に身をよじったキメラに、バランスを崩しかけて即座に背中から飛び降りた。危ない、転げ落ちるところだった。

 

 

 カチ、カチ、カチ………

 

 

  懐から懐中時計を取り出す。まずい、予定の時刻まであまり時間がない。

 

  小刻みに音を奏でる長針は、あと十五秒で次の時刻を表そうとしていた。それに俺は決着をつけることを考える。

 

「………狂人憑依:《切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)》」

 

  奥の手の技能の一つ、狂人憑依を使う。その瞬間五感がより鋭くなり、二本のナイフに赤黒いオーラが纏われた。

 

  同時に、どこからともなく霧が漂い始める。騎士たちの困惑した声と、キメラの警戒する唸り声が耳に響いた。

 

「フッ!」

 

  俺だけが動ける霧の結界の中、キメラに向かって一直線に走り出す。普段と違い、意識的にどこまでも、どこまでも気配を消し忍び寄る。

 

  手に握るは凶刃、振るうは本当の俺とこの数週間で生まれた冷たい俺、二人の〝俺たち〟。

 

  此よりは地獄、〝俺たち〟は炎、雨、力ーー殺戮をここに。

 

「ーー己が知るまでもなく、ただ霧の中に消えるがいい」

 

  一瞬だった。走りだして次の瞬間には俺はキメラの背後におり、冷たく鈍い光を放つナイフを鞘に収める。

 

  すると同時に、背後でドサドサと物が落ちる音がした。振り返れば、そこにはいくつかのブロックに分断されたキメラの死骸が。

 

「なっ……いきなり魔物が死んだ!?」

「一体何が起こってんだ!?」

「警戒を解くな!まだこれを殺した相手がいるはずだ!」

 

  驚く騎士たちと注意を呼びかけるセントレアさんに悲しくなった。意図的にしたとはいえ、もう完全に存在を消されてる。

 

  色々と卑屈になりながらも、そんなことを思っている場合ではないと冷たい俺が指摘する。

 

  俺はやるせなさにこぼれ落ちそうになる涙をこらえ、ナイフを鞘にしまうと上……地上に向かって疾走した。

 

  目指すはホルアドの冒険者ギルド。そこで俺はーー己に課せられた任務を完遂する。

 

「……大義のために、この身を闇へ」

 

  最近口癖になりつつある言葉を呟きながら、俺は階段を駆け上がるのだった。

 




さて、あと少しで……
感想をたくさんくれると嬉しいゾ!


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久しぶりのホルアド

どうも、やっとダクソの二面のボス倒した作者です。

シュウジ「オスオス、シュウジだ。最近作者がダクソ3にハマってるせいで異空間の中にソウル武器が増えてきたぜ。で、前回はなんか色々と謎だったな」

エボルト「神のみぞ知るならぬ、俺のみぞ知るところだぜ。それよか、あのクソ兄貴とやって大丈夫なのかお前の弟子。なんか変な過去も受けてるしよ」

シュウジ「ん?まー平気でしょ。少なくとも絶対完全に死にはしないし」

エボルト「ま、そこはおいおいだな。で、今回は数話ぶりの俺たちサイドだ。まあ俺セリフないけど。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる再会編!」」


 

「ヒャッハー!」

 

  とある街道、太陽を背に右には草原、左にはライセン大峡谷という対局の景色の中、俺の運転する魔力駆動四輪は走っていた。

 

  そしてその横では、某世紀末のモヒカンさながらに奇声をあげながらシアが魔力駆動二輪で爆走している。

 

  草原から峡谷側まで、行ったり来たりしながらドリフトしたり回転したり。もうやりたい放題で走り回っていた。

 

「……ご機嫌だな、あいつ」

「むぅ……少しやってみたいかも」

「ちょっと……楽しそう?」

「やるなよ?」

 

  ワクワクした表情のユエとウサギに釘を刺しつつ、シアを呆れた目で見る。

 

  なんでも魔力駆動二輪の爽快さが好きならしく、車での移動はいささか不満だったらしい。で、実際に貸したらあの有様だ。

 

  ぶっちゃけ開発者の俺よりドライビングテクニックがあるため、ちょっと教えたらその道のプロかというレベルの乗りこなしを見せた。

 

  ちなみに調子に乗りすぎてぶつかるなよと言ったら、未来視を使うとか抜かしやがったので一発拳骨入れて説教した。

 

「そぅれ、二人ともせーので!」

「「にゃっはー!」」

 

  そのすぐそばではシュウジとリベル、そしてわが娘?であるミュウが諸手を挙げて可愛らしく叫んでいる。

 

「ブルルルルッ!」

 

  三人が乗ってるのは、機械仕掛けの金色の闘牛。〝コルキスの闘牛〟という大層な名前のそいつは、シュウジの召喚した神造兵器だ。

 

  魔力駆動四輪より大きなそいつの上で、チャイルドシートに乗った幼女二人は満面の笑みでいる。それをシュウジが楽しそうに見ていた。

 

「……楽しそうだなぁ」

「……ハジメ、シュウジにジェラシー?」

「まあ、ちょっと」

 

  事の発端は、シアを見たミュウがあれをやりたいと言い始めたことにある。

 

  当然ダメだと言い聞かせたが、やりたいやりたいとひたすら駄々をこねた。ユエたちも諌めたのだがあまり効果はなかった。

 

  さてどうするか、なんなら俺が後で乗せてやるかと頭を悩ませていたところ、見かねたシュウジがあれを召喚してくれたのだ。

 

  そして今に至る。見ての通り二人とも大満足であり、対応としては完璧だろう。さすがは前世で育児経験があるだけのことはある。

 

  別にシュウジが知る限りの防護魔法を使っているので、怪我をする心配はない。ならなぜ嫉妬しているかというと……

 

「……俺のは泣かれたのに、なんであれが平気なんだ」

「「「「いや、当然(じゃろ、だろう)」」」」

 

  女性陣全員に突っ込まれた。あまつさえ変態にまで真顔で言われた。いいと思うんだけどな、魚くん一号(マグロに手足とハンドル付き)

 

「パパー!」

「ハジメおじちゃーん!」

 

  タバコ(シュウジ印の完全無害)をふかして黄昏ていると、ミュウたちが手を振ってきた。なので微笑んで手を振り返す。

 

「ハジメ、もうパパ呼びは慣れた?」

「そうだな、どっちかっていうと諦めたって言った方がいいか」

 

  当初はあの手この手で矯正しようとしたのだが、あえなく失敗。リベルの叔父ちゃん呼びで慣れてたのもあって割と早く割り切った。

 

  いやだって、「……め、なの?」とか涙目&上目遣いで言われたら何も言えねえだろ。しかもリベルも「おじちゃん、お願い!」とか言うんだぜ?

 

  流石に、小さい子供の懇願をバッサリするほど人間は捨ててない。羞恥心で言えばお兄ちゃん呼びよりかはまだマシだ。

 

「秘技、ジョ◯ョ立ち!」

「なんの、リベル、ミュウちゃん、こっちも対抗だ!」

「おーけー!」

「シュウジおじさん、早く早く!」

「さあ見るがいい、必殺ケルベロス!」

「ぶはっ!ちょっそれ反則です!」

 

  直接操作がいらないのをいいことに変なポーズ対決をしてるミュウたちを見つつ、俺は次の街ーーホルアドへ向けて、アクセルを踏み込むのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

「さて、ホルアドである」

「誰に言ってんだ」

 

  仁王立ちかつドヤ顔で言うシュウジの後頭部をはたきながら、俺も約五ヶ月ぶりになる街並みを眺めた。

 

  離れて久しいホルアドは、もはや朧げな記憶と全く変わっていなかった。全くと言っていいほど良い思いではないが、どこか感慨深くなる。

 

「パパ、どうしたの?」

「ん、いや……ちょっと懐かしくてな」

「うれしい?」

「いや、それはどうだろうな」

 

  頭の上から聞こえるミュウの声に応える。別段、嬉しくはない。あの支部長の頼みごとがなきゃ寄りもしなかっただろう。

 

  さっさとギルドに行って用事を済ませて、人数が増えたのに比例して消費された物資を調達するかと思っていると、不意に両手を引かれた。

 

  左右を見れば右にはユエが、左にはウサギが。どちらも俺を心配するような目つきで見つめている。

 

「……大丈夫?辛くない?」

「もしそうなら、私たちに言って。ハジメが辛そうなのは、見たくないから」

「お前ら……」

 

  二人の言葉に、どこか寂れた心に温もりが宿る。

 

  そうだ。確かにあの日、俺は奈落の底に落ちた。そしていろんなものを失って、壊れて……新しい俺に生まれ変わった。

 

  けど、その代わりに手に入れたものもある。それはもう一つの家族のようなもので、今の俺にとって最も大切なもの。

 

「……いや、辛くはない。ただ思い出してただけだ。ありがとな」

「んにゅ……」

「……それなら、いいけど」

 

  二人の頭を撫でれば、ちょっと複雑そうながらもふにゃりとした表情になった。ああ、こっちの方がいい。

 

「パパ、ミュウも!」

「はいはい」

 

  ペシペシと頬を叩く小さなお姫様の頭をついでに撫でる。

 

  すると、スリスリと後頭部に頬を擦り付ける感触と「えへへ」という嬉しそうな声が聞こえた。少し可愛いと思ってしまう。

 

  なんだ、本当に今更何かを思う必要なんてないじゃねえか。あれはもう過去のことで、今ここにあることの方が大事だろう。

 

「ふむ……ご主人様は、やり直したいとは思わんのか?」

「どういう意味だ変態?」

「おふっ……こ、公衆の面前で変態と断言……これはこれで、でゅふふ」

 

 きめぇ。

 

  綺麗所を大勢連れてるためか、周りにできていた人だかりもドン引きといった様子で一歩後ずさる。

 

  今更だが、ここはメインストリートの入り口だ。迷宮があるため非常に人が多く、入った瞬間から注目を浴びていた。

 

「で、なんだ?」

「いやその、何も辛いことばかりではなかったのだろう?一人や二人、大切な誰かがいたのではないか?」

「それは……」

 

  随分と突っ込んだ質問をする変態だ。だがその真剣な眼差しには興味本位ではなく、こちらを理解しようという考えが見て取れる。

 

  なんだかんだ言ってこいつをふんじばってどっかに置いてかないのは、こういう所があるからだ。

 

  相手を理解し、歩み寄ろうとする。それは俺にはいささか欠如しているもので、だからこそ本気で追い出そうとは思わない。

 

  そんなこいつには、真摯に答えよう。それがこいつの歩み寄りに対する俺の譲歩だ。

 

「まあ、考えたことがないと言えば嘘になるが……実際にやり直したいとは思わんな」

「ほう、なぜじゃ?」

「単純にたらればなんて思い返しても無駄だし、それに……こいつらにも出会えないしな」

 

  言いながらユエとウサギの頭に手を置く。二人はくすぐったそうな、しかし嬉しそうな顔をしてくれた。

 

「………」

「ん、どうしたマスター」

「?パパ、どうしたの?」

「……いや、ちょいとな」

 

  俺の言葉を聞いたた途端何やらブツブツと延々言ってるシアの呟きを聞き流していると、ふとそんな声が聞こえてきた。

 

  そちらを見てみれば、シュウジが柄にもなく黄昏た顔と遠い目でどこかを見ていた。あの方角は……あの時泊まっていた宿の方か?

 

「……正妻殿のことが気がかりか?」

「おろ、わかっちゃうかー。さすがルイネ、ポイント百!」

「ぽいんとひゃく!」

「リベル、よく言えました!賢い子にはアイスキャンデーをあげよう」

「やたっ!パパ大好き!」

 

  何処か貼り付けたようにリベルに微笑みかけるシュウジに、ルイネがふっと笑う。きっと俺も同じ顔だろう。

 

  あいつがどれだけ八重樫さんを大切にしていたかは、幼馴染の俺が一番知ってる。全員寝静まった後、一人外で写真を眺めてるのも。

 

  〝理解されなくてもいい、ただ今この幸せを守れれば。あいつに出会うまで、ずっとそう思って生きてきた〟……いつかあいつから聞いた言葉だ。

 

  八重樫さんは、そんなあいつに理解してほしいと思わせた人だ。そういう意味では、俺が数少ない尊敬する人物でもある。

 

「……ようやく、会えるんだな」

 

  そんなシュウジの小さな、とても小さなつぶやきを頭の奥にしまいつつ、俺はホルアドのギルドに向けて足を踏み出した。

 

 

 ●◯●

 

 

  道中の煩わしい嫉妬やら殺意やらの視線を無視しつつ進んで十分。俺たちはホルアドのギルドにたどり着いた。

 

  幸い、ギルドはメインストリートをまっすぐ進んだ所だった。数多くの冒険者の集まる迷宮都市だからか、わかりやすいところで助かる。

 

「さあ、深淵を覗く覚悟はいいか」

「お前なんかいつにも増してテンションおかしくないか?」

 

  某深淵狩りのコスプレ……もはやコスプレと言っていいクオリティかはさておいて……に身を包んだシュウジに突っ込む。

 

  八重樫さんがすぐ近くにいるせいか、なんかここ数日色々とおかしい。昨日はあれだ、某深みの聖者の格好してた。ミュウが泣いたから撃った。

 

  ちなみに魔力駆動四輪に地球につなげたテレビがあり、暇な時に二人で闇の魂やってたりする。なんで繋がってんのかは謎だ。

 

  前にこれ応用してあっちの世界に行けんじゃねえの?と聞いたら俺の魂全耗したらギリいけると言われたので速攻で諦めた。

 

「ま、おふざけはここまでにしといて……いざご開帳」

 

  いつもの紫衣装に着替えたシュウジが、扉を押し開ける。

 

  ギィ、と軋んだ音を立てて露わになったギルドは……なんというか、あまり綺麗ではなかった。

 

  所々壊れた場所はやや雑に補修され、床や壁にはシミがついている。何気に綺麗好きの美空が見たらふざけるなし!とか言いそうだ。

 

  構造自体は他と変わりなく、一つ違うのは食事処から酒の匂いが漂っていることだ。どうやらここでは酒を出しているらしい。

 

  一階と二階のある食事処は、上は下と比べてそれなりに強い気配が集まっている。そういう決まりでもあるんだろう。

 

「「「……………」」」

 

  で、まあ案の定というか。ここまでの道中の男ども同様に嫉妬と殺意を多分に含んだ視線をひしひしと感じる。

 

  だが、どうしてかそこまで強くはなかった。むしろそういう視線は全体を見て少なく、代わりに懐かしげな視線が多い。

 

「諸君。我が同胞にして、危機と酒を愛する諸君」

 

  どういうことだ?と首を捻っていると、いきなりシュウジがかしこまった口調で冒険者たちに語りかけた。

 

「汝らに問おうーー頭ナデナデは好きか」

『!?』

 

  子供組を覗く全員が絶句した。こいつ、いきなり何を言い出してんだ?

 

「重ねて問おうーー膝枕は好きか」

『!!?』

「あーんは?耳掃除は?ハグは?お弁当は?背中ぽんぽんは?どうだ諸君?」

 

  どんどん重ねられていく意味不明な言葉に混乱する俺たち。対極に、どこか異様な熱気を纏っていく冒険者たち。

 

  まさにカオスと言っていい空気の中、シュウジはどんどん演説?を続ける。両手を後ろに組み、堂々とした後ろ姿は実に楽しそうだ。

 

「どうだ諸君、同じものに恋い焦がれる諸君。汝らはこれまで述べたものに心動かされるだろうか。脳が震え、甘美に酔いしれるだろうか」

「おおっ!」

 

  シュウジの言葉に、誰かが声を上げて立ち上がった。そいつを皮切りに、ジョッキをテーブルに叩きつけて次々と冒険者たちが立っていく。

 

  それはシュウジが同じ質問を繰り返すたびに三人になり、五人になり、二十人になりーーそしてほとんどの男が揃いも揃って起立する。

 

  いよいよもって頭の中のはてなマークが溢れ出そうになろうかという瞬間ーーシュウジが新たな言葉を放った。

 

「私は言おうーーこれまで述べた全てが好きであると!」

「「「おおっ!」」」

「全ての男が追い求め!そして手に入れることに躍起になるそれを、私は心の底から好きであると叫ぼう!」

「「「「「おおおっ!」」」」」

「さあ諸君、叫びたまえよ諸君!拳を振り上げ、ともに叫ぼうではないかーー」

 

  シン、とそれまで騒いでいた冒険者が静まり返る。シュウジは一拍おいて、顔を上げて冒険者たちの顔を見渡して。

 

「我々はーー母性(ママみ)を愛していると」

「「「………っ!」」」

 

  息を飲む冒険者たちに、シュウジは大仰な仕草で両手を広げて。

 

 

 

 

 

「諸君ーー私は帰ってきた」

 

 

 

 

 

『おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!』

 

  自信たっぷりにそう言い放った途端ーー全員が雄叫びをあげた。とっさに耳をふさいでシャットアウトする。

 

  その叫びはまるで共鳴するように響き渡り、ビリビリとギルドの壁を、床を震わせた。まるで声の大雨のようだ。

 

  声は絶えることなく、男たちは狂ったように同意の雄叫びをあげる。化学兵器もかくやという大合唱に顔をしかめる。

 

「ほいほいみんな、今のうちね」

 

  もうワケワカメとか思っていると、元凶(シュウジ)がちょいちょいと手招きした。とりあえず全員それについていく。

 

  叫ぶ男たちの間をくぐり抜け、カウンターの前まで来た。そこでシュウジが男たちにサムズアップした途端声が止み、あちらもサムズアップする。

 

  それが終わると、まるで波が引くように男たちはテーブルに戻って元の喧騒を取り戻した。まるでさっきまでのが幻のようだ。

 

「いやー楽しかった」

「いやいや、俺たちは訳がわからなかったんだが……」

「まっ、母性は全てを解決するということさ。おかげで変に絡まれなかったろ?」

「かけらも理解できないが助かったのは確かだな……」

 

  あのままだと、ミュウとかが怯える可能性があった。その場合全力で〝威圧〟するつもりだったのだが……

 

  奇しくも、あの馬鹿騒ぎのお陰でことなきを得たといったところか。とりあえず自慢げに胸を張ってるアホにはボディーを入れておこう。

 

「おっふ、痛いよハジメさん」

「ったく、ああいうことするなら先に言えよ」

「いやー驚く顔が見たくて」

「パパ、すごかったねー」

「いいやリベル、あのパパはダメだ。真似してはいけないぞ」

「そうなの?ママ」

「ああそうだ」

「お前もだぞ、ミュウ」

「んー、わかったの」

 

  子供達に言い聞かせつつ、カウンターに向き直る。そこに座る同世代くらいの少女は苦笑気味だ。

 

「おっす、久しぶりマリーちゃん」

「はい、お久しぶりです北野さん。それで、本日はどのようなご用件で?」

「すまない、支部長はいるか?フューレンの支部長から手紙を預かってる。本人に直接渡せと言われてるんだが……」

「フューレンのイルワ支部長、ですか?はい、お預かりします」

 

  俺とシュウジがプレートを差し出せば、丁寧な手つきで受け取る受付嬢。そうして色を見て……驚くことなく苦笑いを浮かべた。

 

「やっぱりすごいですね、北野さん。いつか〝金〟になると思ってました」

「レコードホルダーの面目躍如っとこだねん。ま、まだ仮免みたいなもんだけど」

「ご謙遜なさらずとも……あ、あなたもすごいですね。さすがは北野さんのお連れさんです」

「ん、まあな」

「では、確認を取ってくるので少々お待ちください」

 

  一礼するとカウンターの奥に消える受付嬢。面倒な反応をされなかったことにホッとする。

 

  もう色々とやらかしてる以上あまり身分を隠しても意味がないとは思ってるけど、なるべく面倒なことは避けたい。あの受付嬢でよかった。

 

「というか、俺がついでみたいなのかちょっと気にくわないんだが」

「まっ、そこは俺の方が馴染みだからだろ。あ、マリーちゃんの好きなスイーツ知りたい?」

「どうでもいいわ」

 

  そんなくだらんことを話し合ってると、ズダダダダ!という音がカウンターの奥の方から聞こえてきた。

 

  今度はなんだと顔を上げると、カウンター横の通路から黒い塊が飛び出してくる。そしてズシャッ!とこけた。

 

  が、それを気にすることなく黒い塊は立ち上がる。そうすると誰かを探すようにキョロキョロとし始めた。

 

  そいつには、見覚えがあった。全身を包む黒装束に幸薄そうな顔、なによりその希薄な存在感。

 

 そいつは……

 

「………遠藤?」




はい、次回からシュウジがブッチします(ネタバレ)
感想くれると嬉しいゾ!


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ルイネの心

どうも、今日のアベンジャーズAOUのあまりの手抜き編集に怒りがふつふつと湧いている作者です。とりあえず編集したやつとオーケー出したやつは絶版だ。

シュウジ「オーララ、シュウジだ。前回はホルアドに戻ってきたぜ。いやー懐かしいな」

エボルト「あ、あん時飲み比べした居酒屋なくなってやがる…チッ、あの頂点に立つ男め」

ハジメ「たいしていい思い出はない街だが、まあ懐かしいのは確かだな。で、なんでお前そんなにナイフ研いでんの?」

シュウジ「なぁに、今回を見ればわかるさ。今回はルイネ視点での話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる再会編!」」」


「……遠藤?」

 

 思わず、といった様子でつぶやいたハジメ殿。

 

 その視線の先にいる黒装束の少年は、この世界ではなくマスターたち寄り……つまり、日本人の顔立ちだ。

 

 名前からしても、おそらくマスターたちの同郷であろうと推測していると、ハジメ殿の声に反応した少年はこちらを振り向く。

 

「南雲、もしかしてお前か! ここにいるのか南雲! いるんなら返事してくれ! 南雲ぉ――ー!」

 

 必死、といった様子で遠藤という少年は叫ぶ。ギルド全体に響くほどの絶叫に、私とハジメ殿はとっさに音に敏感な子供達の耳を塞いだ。

 

「にゅ? どうしたのママ?」

「何でもないよ。ちょっとしたお遊びだ」

「あ、わかった! 我慢するゲームだ! それじゃあさんじゅうびょー数えるね!」

 

 キャッキャとはしゃぐ愛しい我が娘に微笑みかけながら、今一度少年を見やる。

 

「くそっ、声は確かにしたのに! もしかして幽霊か!? 俺には見えないってのか!」

 

 遠藤少年は今もなお絶叫しており、マスターたちに気づいていなかった。特に以前とは姿が全く異なるというハジメ殿は複雑そうた。

 

 そんなハジメ殿の顔はいざ知らず、遠藤少年は何かを焦るような顔で声を張り上げていた。しかしなぜか、その叫びは空虚に聞こえる。

 

 そう……まるで私たちが()()()()()()()()()()()()時のような声、と言ったらいいか。

 

「おーおー遠藤、存在感とは正反対に声はでかいねえ」

「だな。というか遠藤、ここにいるからそんなに叫ばなくてもいいぞ」

「その声は南雲と北野か!?」

 

 再び振り返る遠藤少年。だがなおも気づかないのか……あるいはそういうふりをしているか、首をかしげる。

 

「やっぱりいねえ……くそ、どうなってんだ!」

「いや、目の前にいんだろド阿呆。ていうか落ち着け影の薄さワールドランキングNo. 1」

「だれがこの世全ての影の薄さを極めし男だ! コンビニのドアだって五回に二回は反応するわ!」

「それでも三回は反応なしかよ……」

「いやー、俺が前にやったストラップの力で存在感ちょっと上がってるんだけどにゃー」

 

 そこまで会話して、ようやく分かったのだろう。三度遠藤少年はハジメ殿たちを見て、唖然とした表情を浮かべた。

 

 よっ、とジェスチャーするマスターを見て驚き、次にハジメ殿を上から下まで見回す。ハジメ殿は嫌そうな顔で身じろぎした。

 

「お、おま……もしかして、南雲……なのか?」

「正解! この鷹のような鋭い目の子が南雲ハジメです! すごいイメチェンしたっしょ?」

「なんでお前が答えてんだ」

 

 ハジメ殿がマスターの頭を叩く。それで確信したのか、遠藤少年はあんぐりと口を開けた。

 

「お前ら、生きてたのか……」

「ま、なんとかな」

「いやー聞いてくれよ、聞くも涙、語るも涙の旅路でさー」

「お前七割がたふざけてたろ。最後にシリアスだったのいつだよ」

「んー、おかずをダークマターにするかキュケオーンにするか悩んだ時?」

「昨日の晩飯じゃん。あと言っとくが、それは絶対に食いもんじゃねえ」

「はは……久しぶりなのに変わってねえのな、そのやり取り」

 

 どこか懐かしいような、しかし複雑そうな顔で言う遠藤少年。

 

 聞けば彼は、マスターの立ち回りによってクラスメイトたちの中ではそれなりに友好的だった人物の一人であるようだ。

 

 顔見知りが生きていたことへの安堵、そして変化していることへの戸惑い……といったところか。

 

 少し怪しいが、今の所はそこまできにする必要はないだろう。ただ、念のため魔力の糸をつけておくか……

 

「……っ?」

 

 ……今、反応した? いくらなんでも、元一般市民に気づかれる腕ではないのだが。

 

 いや、そういう天職を持っているのか。装いや持っている武器からして、暗殺者なのだろう。ならば少しでも気づく可能性が……

 

「というか、お前らが〝金〟ランクって聞いたんだけど……」

「はっはっはっ、音にも聞け、刮目せよ。俺たちが、金ランクだっ!」

「そんな俺たちが、ガン◯だっ! みたいに……そうだな、一応〝金〟だ」

「つまりめちゃくちゃ強くて、迷宮に潜っても生還できるくらいってことだよな?」

「そりゃ余裕のよっちゃんだが……どしたん?」

 

 マスターが答えた瞬間、遠藤少年の目の色が変わった。そして二人の手をにすがりつくように掴む。

 

「なら頼む、一緒に迷宮に来てくれ! 今は一人でも多く人手がいるんだ! 早くしないとみんなが……死んじまう!」

「……なに?」

「……………………………………は?」

 

 マスターとハジメ殿の空気が、変わった。

 

 それまでの緩い空気が消え去り、戦っている時のような……いや、それ以上に鋭く冷たい雰囲気を纏う。

 

 マスターがカツカツと足早に遠藤少年に歩み寄る。するとなんと、襟首をつかんで持ち上げてしまった。

 

「ぐっ……!?」

「なっ、マスター?」

「おい、遠藤」

 

 害をなす相手ならいざ知らず、初めて見る一般人への乱暴な行動に驚いてしまう。

 

 しかしそんな私の声は聞こえていないのか、マスターはぐっと遠藤少年に顔を近づける。見れば、そこには焦燥が浮かんでいた。

 

「今のは、どういうことだ。説明してみろ、あいつらが……雫がどうしたって!?」

「く、苦し……」

「なんとか言えよ! 雫がなんだってんだ!」

 

 苦しむ遠藤少年に構わず、声を荒げるマスター。その声は、この世界に来てから初めて聞くほどにあまりにも怒りに満ちていた。

 

「……おい、シュウジ」

 

 もはや首を持っているのと変わらないまでに遠藤少年を絞め上げるマスターの肩に、ハジメ殿が手を置いた。

 

 ぐるりと犬歯を剥き出しに振り返ったマスターを、ハジメ殿が首を横に振って諌める。そこでようやくマスターはハッとした。

 

 恐る恐るといった様子で、遠藤少年から手を離す。尻餅をついた遠藤少年は涙目で激しく咳き込んだ。

 

「……遠藤、すまん。取り乱した」

「げほっ、げほっ……い、いや、別にいいけどよ……お前がそんなに怒るの、初めて見たわ」

「まったくだ。いやぁ、俺らしくねえなぁ」

「……マスター」

 

 へら、といつも通りに笑うマスター。ああ…………その顔は、必死に激情を隠しているようにしか見えないよ。

 

 それだけじゃない、不安、悲しみ、恐怖……数えきれないほどの負の感情が、次々と浮かんでは消えていく。

 

 そう思ったのは、皆の顔を見る限り私だけではないのだろう。けれど、どう話しかけていいか分からずに動かないでいる。

 

「ウサギ」

「……ん」

「どうしたの、ママ?」

「少し待っていてくれ」

「? うん、いいよ」

「いい子だ」

 

 ウサギにリベルを預けて、マスターに歩み寄る。

 

 手を伸ばして、マスターの小刻みに震える握り拳をそっと包み込んだ。ピクリと肩が震え、ゆっくりとこちらを振り返った。

 

「ルイネ……」

「マスター」

 

 所在なさげに揺れる目をじっと見つめる。すると、マスターは見られるのを恥じるように俯いた。

 

「…………すまん」

「ん、気にするな」

 

 微笑みかけると拳から力が抜けて、それに乗じて手を繋ぐ。すぐにマスターは強く握ってきた。

 

 なお震える手に、女として複雑な思いがないわけではない。胸の中にチクリとわずかな痛みが走った。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。今は少しでも、その不安を取り除けるように。

 

「えっと……これ、どうなってるんだ? 北野がすっげぇ美人と手を繋いで……」

「遠藤」

 

 正妻殿との関係を知っているのか、困惑している遠藤少年にハジメ殿が話しかける。

 

「な、なんだ南雲?」

「すまないが、知ってることを全部話してくれるか?」

「ああ。実は……」

「おっと、話をするならここでは控えてもらおうか」

 

 新しい声が二人の会話を遮った。

 

 振り返れば、そこには老齢の偉丈夫が立っている。深みを感じる隻眼は、それだけで彼の歩んできた人生を想起させた。

 

 背後に先ほどの受付嬢が控えていることから察するに、ここのギルドマスターか。

 

「あんたは……」

「おそらく貴様の考えている通りの人物じゃ。それよりほれ、こっちに来い。もとよりお前らはワシの客だろう?」

 

 ギルドマスターの言葉にちらり、とこちらを見やるハジメ殿。マスターが答えられないので、私が頷いた。

 

 ハジメ殿はわずかに首肯して、続けてユエらにいいか? とアイコンタクトをする。彼女らも肯定を返し、不穏な空気の流れるそこから移動した。

 

 通されたのは、ギルドマスターの執務室。ソファーにギルドマスターと遠藤少年が座り、こちらに手招きした。

 

 とりあえずハジメ殿とマスター、その隣に私が座る。他は壁に寄りかかったり、ソファーの背もたれに腰かけたりと好きなようにした。

 

「さて。改めてこのホルアド冒険者ギルド支部長、ロア・バワビスだ」

「俺は南雲ハジメ、こっちはシュウジ。で、こいつら俺たちの連れだ」

 

 各々挨拶もそこそこに、ぐったりとしているように見える遠藤少年に目を向ける。

 

「で、遠藤。何がどうしたって? なるべく簡潔に、わかりやすく教えてくれ。 俺も……あんまり穏やかじゃない」

 

 腕を組み、険しい顔のハジメ殿。マスターほど深刻ではないが、彼もまた石動美空という少女の身を案じているのだ。

 

 それを察したのだろう、遠藤少年は慌てながらも努力して無駄な部分を省き、要点をまとめて事の次第を話していった。

 

「……っていうことなんだ」

 

 それから、十分ほどか。話し終えた遠藤少年は気が抜けたように背もたれに身を預けて、深い息を吐く。

 

「……なるほど。魔人族、ね」

 

 聴き終えたハジメ殿の第一声は、それであった。先までの2倍増しの難しい顔で、顎に指を添える。

 

 かくいう私もそうだ。魔人族の襲撃、マスターたちのクラスメイト……何より正妻殿の窮地と……ドライバーを使う謎の赤い男。随分と複雑な状況だな。

 

 ちらりとマスターを見てみれば、今にも部屋を飛び出して迷宮に行きそうな表情をしている。手を握る力を少し強めた。

 

『キルバスが復活しているだと? なんであいつがこの世界に……』

 

 ん、今のテレパシーはエボルトか? 普段はマスターにしか聞こえていないはずだが……無意識に出たのだろうか? 

 

 まあ、今はいい。それよりも私にも一つ、気にかかることがある。

 

「遠藤少年。謎の男と戦っていたのは、金髪で独特の口調な女でいいのだな?」

「あ、えっと、はい」

 

 しどろもどろになりながらも答える遠藤少年。ふむ、と私は考え込む。

 

 確か御堂、といったか。おそらく正体はマスターの弟子の最後の一人にして、もっとも異形なるモノ……ネルファだろう。

 

 この世界のどこかにいるのはわかっていたが、まさかマスターのクラスメイトの一人に転生していたとはな。

 

「好都合、といったところか。あいつがいなければ、その男の手によって全滅もありえたな」

「……だな。ネルファに感謝だ」

 

 マスターがやや自嘲気味に呟く。おそらく自分がそこにいて守れたら、とでも思っているのだろう。まったく身内には甘い人だ。

 

 聞けばネルファと思しき女は、謎の男と凄まじい戦闘を繰り広げ、その上魔法で巨人を喚び出して彼らの逃げる時間を稼ぐために一人で残ったらしい。

 

「あいつがそんな真似をするようには思えないが……むしろ淡々と眺めていそうなものを」

「多分、雫のことを気に入ったんじゃねえか? いかにもあいつが好みそうな性格してるしな」

「それが一番有力か」

 

 我々全員に共通することだが、一度気にかけた人間にはそれなりの敬意と、そして庇護意識を持ってしまう。

 

 ネルファは芯のある人間が好きだ。いや、捕食対象から外れるというべきか。本人曰く、「いい意味で食欲がわかない相手」。

 

 だから、きっと正妻殿を気に入ったから囮役をしたのだろう。そうでなければわざわざそのような自己犠牲をする女ではない。

 

 むしろ催眠をかけて人間同士で殺し合わせ、それを肴に楽しみながらワインを楽しむような素敵な性格をしている。

 

 それでマスターの後継者候補なのかと言われると、なんとも言えない。あいつも善人ならば守る気はあるのだが……

 

「しかし、その謎の男とやらは〝無顔の愚王〟を出すほどに強い相手だったというわけか……」

 

 ネルファが自分の〝闇〟の中に飼う、十三の使い魔。その中で三番目に力を持つのが〝無顔の愚王レシュト〟である。

 

 あいつの性格上よほど享楽に浸りたい時か、あるいは自分一人では不安のある相手にしかレシュトは出さない。

 

『当然だな。なんせそいつは、俺が知る中でシュウジの次に最も外道かつ残忍、そして強いやつだ』

 

 今度は直接エボルトからテレパシーが伝わってきた。どうやらその謎の男の正体を知っているらしい。

 

『ま、そのうち全員に教えるよ。今はちょっと、俺もそいつへの憎しみであんまり話したくないんでね』

 

 なるほど、よほど因縁深い相手なのか……ならば、落ち着いたら話してくれ。

 

『了解。それよか、シュウジを何とかしてやってくれ。こいつ、今にも爆発しそうでろくに俺の声も聞き入れねえ』

 

 わかっている。ずっと手を握ったり背中をさすったりしているのだが……

 

「…………………」

 

 マスターは、時間が経つごとに酷くなっていた。今も尋常でない殺気を放ち、ステッキを握りつぶすほどに力をこめて必死に自分を抑えようとしている。

 

 それはあまりにも痛々しく……同時に、年相応の姿だった。目の前のことにどうすることもできない気持ちを抱え、悩む少年を彷彿とさせる。

 

 おそらく私では引き出せないだろう……マスターではなくて、〝北野シュウジ〟としての、この人の姿。

 

「なあ、頼むよ南雲! 皆を助けてくれ! それにほら、石動さんたちのこともあるしさ!」

 

 色々と考え込んでいるうちに話が進んだのか、遠藤少年が再びハジメ殿に懇願している。

 

「ユエ、どういった状況だ?」

「ん、ウルの街とかフューレンのことをギルドマスターが言って、クラスメイト? がハジメたちのことを迷宮に行かせようとしている」

 

 後ろにいるユエに聞いたところ、やはりそういうことになっていたようだ。詳しく聞けば、ギルドマスターからも救出依頼が出たらしい。

 

 ハジメ殿はそれまで黙って話を聞いていたものの、石動美空の名を聞くと少し肩を揺らす。

 

「……美空は、元気にやってるか?」

「へ? あ、ああ」

 

 やがて、おもむろに投げかけられた問いに遠藤少年は答える。すぐにハッとしてまくしたて始めた。

 

「そうだ、石動さんは元気にやってたよ! 白崎さんと一緒にお前らが生きてるって信じて、ずっと頑張ってたんだ! もうこっちが心配になるくらいでさ。あ、最近は二人でベタベタイチャイチャしてて……」

「おい待て、最後になんか聞き捨てならないことを聞いたぞ」

 

 ため息を吐きながら、ハジメ殿は瞑目して考え込む。助けに行くメリットとデメリットを考えているのだろう。

 

 私も考える。無論、最初から答えはイエスだ。マスターの後継者候補を名乗る以上、見捨てるなどという選択肢はない。

 

 では何を考えるのか……それは、私が行くべきか否か。

 

「…………」

 

 今のマスターを見ると、とても冷静ではないのは一目瞭然だ。そばにいて精神的に支える必要があるのは明白。

 

 だが……正妻殿を助けにいくのに、私が一緒に行ってもいいのだろうか? 

 

 マスターはどちらも同等に愛していると言ってくれているが……常識的に考えて、私は知らぬ間にすり寄った泥棒猫だ。

 

 なのに、どのような権利で助けに行こうなどと…………いや、違うな。これはただの言い訳だ。

 

 

 

 私はただ……今マスターの心の中に、私がいないことが寂しいだけだ。

 

 

 

 そんな子供じみた醜い感情で、悩む必要もないことで悩んでいるだけ。我ながらなんと女々しいことか。

 

「ゲコッ」

 

 しかめっ面をしていると、カエルに頬を舐められた。

 

「なんだ、励ましてくれるのか。ありがとう」

「ゲコッ」

「……まあ、色々気になる点はあるが。美空がいるなら助けに行かないわけにもかないしな」

 

 私がうじうじと悩んでいるうちに、ハジメ殿は結論を出した。

 

「で、お前は……聞くまでもないか」

「当たり前だ。さっさと行って雫を助けるぞ。今すぐにだ」

 

 それまでの様子が嘘のように機敏な動きで立ち上がったマスターを、一旦全員でなだめる。

 

「待て待て、まだろくに話してないだろうが……それで、お前らはいいか?」

「ん。私はただ、ハジメの行くところについていく。それだけ」

「右に同じ、だよ」

「わ、私もですぅ!」

「当然妾もじゃ、ご主人様」

「なになに、何処かに行くの? ならわたしも!」

「ふぇ? え、えっと、ミュウも!」

 

 次々と答えていく仲間たち。そして最後に、私に視線が向けられる。

 

「ルイネは?」

「私は……」

 

 一瞬、言葉が止まる。頭の中で迷いが生まれる。ここで待っていればいいと、誰かが囁く。

 

「……私も、行こう。会いたい者もいるしな」

 

 その言葉を振り切って、私は答えた。よし、とハジメ殿が頷いて子供達と残るものを決めていく。

 

 その傍らで、マスターの顔を見た。そこには……正妻殿を案ずる気持ちと、魔人族への怒りが浮かんでいる。

 

 盲目的なその瞳に、胸にまた一瞬さみしさが通り抜けて。

 

「……私は、とんだ臆病者だな」

 

 そう呟きながら、私は出発するマスターたちの後をついていくのであった。

 

 




さて、次回は勇者を絶版だ()
感想おなしゃす!
あ、オリジナル設定ありのダクソ3×FGOとか考えてるんですけどどう思います?


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敗北 前編

どうも、メル◯リで買った模造刀を持ってニヤニヤしてた作者です。

シュウジ「オスオス、シュウジだ。前回は雫たちを助けるために出発したぜ。いやーハラワタが煮え繰り返るな!」

ハジメ「こいつ、笑顔なのに目がマジ中のマジだ…」

エボルト「前に愛情メーターって作ったんだけど、こいつ十個壊したからな」

ユエ「なにそれ詳しく」ズイッ

シア「同じく!」

エボルト「はいはい後でな。で、今回はまた雫たちの側だな。それじゃあせーの、」


五人「「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」」


「必ずなんとかする! 信じてくれ!」

「もう、お前の言葉なんか信じられるかよ!」

「なっ……」

 

 薄暗い空間の中、怒号とあっけにとられたような声が響き渡る。

 

 隠し部屋は今、異様な雰囲気に包まれていた。ほんの少し前までの沈鬱な空気ともまた異なっている。

 

 その発生源は、向かい合う近藤君たちと光輝。険しい顔で睨みつける近藤君とその後ろにいる斎藤君に、光輝がたじろいでいた。

 

「……こんな時に、どうしてこうなったのかしら」

 

 事の発端は、ある程度調子を取り戻した鈴がいつも通り空気を明るくしようとしたことから始まった。

 

 鈴が必死に何かを話そうとしていると、我慢の限界に来ていたのだろう。近藤君が爆発して食ってかかったのだ。

 

 当然のごとく龍太郎がキレて、それを光輝が宥めようとしたところに今度はそちらに飛び火。光輝が負けなければ、と言い始めた。

 

 奇しくもそれは正しかった。〝勇者〟である光輝が魔人族に勝てずに背を向けた。その事実が不信感を植え付けたのだ。

 

 次は負けない、と反論した光輝だが今更信じられないと叫ぶ近藤君に逆に気圧されている。

 

 そして私は、もし手を出されたらたまらないので鈴の側にいつつ、この光景を見てどうしたものかと悩んでいるのが現状だ。

 

「他のメンバーもちょっと疑わしそうになってるし、困ったわね……」

「ど、どうしよう……」

 

 自分が変なことをしなければと思っているのだろう、鈴は青い顔をしていた。落ち着かせるために肩を撫でる。

 

「何が勇者だ! 諦めて逃げやがって!」

「じゃあテメェはあの状況をなんとかできたのか!? アァ!?」

「うるせえ! お前は黙って谷口のお守りでもしてろ!」

「んだと!? やんのかコラァ!」

 

 悩んでいる間にも、どんどん口論はヒートアップしていた。側から見れば、もはやヤクザ同士の喧嘩にしか見えない。

 

 香織たち治癒師コンビ……カップル? ……も精神沈静化の魔法をかけようとしてるけど、怒号が大きすぎてうまく集中できないみたい。

 

 気づけば先に止めに入ろうとした野村君たちも巻き込まれて、どんどん険悪なムードになっている。不味いわよね、これ。

 

「構えろ近藤! 一発殴ってやらァ!」

「上等だ! 前から一回ぶちのめしたかったんだよ! いっつも暑苦しく騒ぎやがって!」

 

 そうこうしているうちに、いよいよ二人とも武器を出し始めた。どうやら、ここら辺が限界らしい。

 

「仕方がないわね……こうなったら全員に一発入れて落ち着かせるしか……」

 

 鞘に閉まったままの刀を持ち、立ち上がる。全員脳天に軽く入れたら、多少は落ち着くでしょう。

 

「グルルルルル……」

『っ!?』

 

 そんな私の気を削ぐように、壁の向こうからあのキメラの唸り声が聞こえてきた。

 

 それまでの騒々しさは何処へやら、全員ピタリと彫像のように動きを止める。顔が強張り、キメラの足音にじっと耳をすませた。

 

 

 ザリッ……ザリッ……

 

 

 壁を引っ掻く音が、いやに大きく聞こえる。柄を握る手に冷や汗が伝い、誰かがゴクリと唾を飲んだ。

 

 匂いや足跡などの痕跡は、野村君が消してくれたはずだ。しかしもしかしたら……そんな思考が頭をよぎった。

 

 その考えは同じなのか、男子たちは指一本も動かず青い顔で耐え、女子たちは嗚咽を漏らさないよう、涙目で口を押さえる。

 

 はたして五分か、十分か……あるいはそれ以上か。皆が皆極限の中、やがて諦めたように足音が去っていった。

 

「っはぁ……!」

 

 大きく息を吐いて、地面に座り込んだ。まるで全力で走った後みたいに、心臓がばくばくと高鳴っている。

 

「危なかったわね……貴方たち、あと少しで見つかってたわよ? 状況を考えて、大人しくしてて」

「あ、ああ……」

「すまねえ……つい、カッとなって……」

 

 龍太郎が拳を、近藤君が槍を下ろす。それに他のメンバーはほっと安堵の息を吐いた。とりあえず、止まったか。

 

 本当に、ギリギリだった。もし誰か一人でも泣こうものなら、今頃全員血の海に沈んでいたかもしれない。

 

「首の皮一枚、ってとこね……」

「また、怒ってくれた……えへへ」

「こーら、何言ってんの」

「あうっ」

 

 こんな状況なのにアホなことを言ってる鈴にデコピンをかます。まったく、いつからこんな恋愛脳になったんだか。

 

 

 フゥウゥウウウ…………

 

 

 そんな私たちに冷や水を浴びせかけるように、深い息遣いが壁の向こうから聞こえてきた。

 

 弛緩しかけた空気が、再び凍る。もしかしてもう戻ってきたのか。いや、それにしては聞いたことのない声のような……

 

 全員がそんな顔をする中、断続的に何者かの声は心を恐怖で侵した。壁一枚を隔ててなお感じ取れるほどの、凄まじい圧を感じる。

 

「し、雫っち……」

「しっ」

 

 鈴の口を塞いで、龍太郎に目配せする。龍太郎はわずかに頷き、ドライバーを無音で取り出した。

 

 

 フゥウゥウウウ……フゥウゥウウウ……

 

 

 永遠にも思える時間の中、ひたすらに絶望が通り過ぎるのを待つ。

 

 その願いが功を奏したのか、しばらくしていた重々しい足音がだんだん遠ざかっていった。私たちは再びほっとして──

 

 

 カラン、カラン。

 

 

「ぁ…………」

 

 音が、した。

 

 まるでブリキのおもちゃのように鈍い動作で、全員がそちらを振り返る。すると、女子の一人がナイフを取り落としていた。

 

 気が緩んだんだろう、やってしまったというその顔は真っ白であり、今にも気絶せんばかり。

 

 そしてそれは……おそらく私たちも全員だ。

 

「オオォオオオォオォオオオオ!!!!!」

 

 そんな私たちを正気に戻したのは、激しい衝撃とともに隠し壁を粉砕した巨大な赤熱した剣だった。

 

「うわぁっ!?」

「きゃぁっ!」

 

 吹き飛んだ瓦礫の直線上にいた近藤君と吉野さんが、悲鳴をあげて体勢を崩す。その隙を狙うように、空気の揺らめきが砂塵の中から現れた。

 

「戦闘体勢!」

 

 光輝が聖剣を抜いて声を張り上げる。即座に全員が反応し、前衛組は前へ、後衛はその背後に陣取る形に移動を始めた。

 

 しかしそれを待ってくれるキメラではない。空気の揺らめきは動けない近藤君たちに殺気を向けるのがわかった。

 

「ルゥガァァアア!」

「オルァ!」

 

 尻餅をついた二人に襲いかかったキメラを、一番近くにいた龍太郎が殴る。キメラは怯み、その隙に私も接近して斬りつけた。

 

「ガァッ!?」

「オラッ!」

「グゥ……!」

「シィッ!」

「ガァア!?」

 

 龍太郎の鋼のごとき拳の嵐が一切の動きを止め、その間に私が最速、最適の斬撃で四肢を切り飛ばす。

 

 さすがにネビュラガスで強化された私たち二人には不利だったのか、眉間を貫くまでにそう時間はかからなかった。

 

「っしゃあ!」

「龍太郎、後ろ!」

「オォォオ!」

 

 キメラを仕留めて一瞬動きを止めた龍太郎を、後ろから筋骨隆々のブルタールモドキが組み敷こうとする。

 

「かかるか!」

「オゴッ!?」

「来るなら黙って来いや!」

 

 裏拳で顎を打ち抜き、蹴りで壁にブルタールモドキを叩きつける。流石、私が心配するまでもなかったわね。

 

 けど、それは悪手でもあった。龍太郎がブルタールモドキに気を取られた一瞬で、触手を生やした黒猫たちが部屋に侵入してきたのだ。

 

 黒猫たちは入るやいなや、即座に触手を射出してくる。まるで壁のような大量のそれにあわや貫かれるかと身構えて……

 

 

 

「──〝聞け、我は王なり。王が前に敵はなく、敵が前には絶対の城壁を。《覇壁(はへき)》〟」

 

 

 

 ガァンッ!!!!! 

 

 

 

 しかしそれは、突如現れた黄金の光の壁によって防がれた。

 

 圧倒的質量を平然と受け止める光の壁に、思わず息を飲む。いったい誰がこのような結界を張ったのか。

 

 そう思って振り返ると……そこには汗を流して両手を掲げる、石動さんの姿があった。傍では絶えず香織が治癒魔法をかけている。

 

「みんな、はやく、やって……! あんまり長くは、もたない……っ!」

「っ、各自戦闘体勢! 黒猫を一匹でも多く倒すんだ!」

『了解!』

 

 石動さんの姿に影響されたのか、気合の入った返しとともに皆が戦い始めた。絶えず雄叫びをあげ、自分を鼓舞して武器を振るい黒猫を倒す。

 

 石動さんの魔法は圧倒的であり、どれだけ黒猫が攻撃してもビクともしなかった。代わりにこちらの攻撃は届くという都合の良い仕様だ。

 

「くふっ……」

「美空!」

「いいから!」

「っ……!」

 

 ……どうやら、ノーリスクってわけではなさそうね。

 

「光輝! お前は外へ行け! 今度こそ魔人族を倒して来い!」

「っ……わかった!」

 

 黒猫を斬り伏せていると、〝限界突破〟の魔力をまとった光輝が横を通り抜けて、部屋の外に走っていった。

 

 龍太郎を見る。するとあちらも見ていて、無言で頷いてきた。ここは自分に任せて、私も行けということだろう。

 

「……死ぬんじゃないわよ!」

「ったりめぇだ! 変身!」

《ロボットイィイングリスゥ! ブゥゥラァッ!》

 

 グリスに変身した龍太郎は、私に背を向けるとツインブレイカーを手に黒猫の群れに飛びかかっていった。

 

 それを見送り、目の前にいた黒猫を斬って光輝の後を追いかける。最初に壁を壊したあの剣。あれがどうしても気にかかった。

 

 

 ■■■■■■■■■■■ッ!!! 

 

 

「……っ!?」

 

 部屋の外まであと一歩というところで、聞き覚えのある咆哮がした。まさか、と嫌な予感が頭の隅をよぎる。

 

 そしてその予感は、八角形の部屋の中に入った瞬間的中した。

 

「くっ……!」

「どうした? 来ないのかい?」

 

 部屋の中は魔物で満たされており、その奥にはあの魔人族の女が、回復のできる白鳩の魔物を肩に乗せて佇んでいる。

 

 みたところ、あのキルバスという化け物はいない。とりあえず生存の確率がゼロでないことにホッとする。

 

 

「フゥウゥ……」

 

 

 代わりに、その傍には……3m近い巨躯の巨人がいた。

 

 爛れた皮膚の上から壊れかけた鎧と擦り切れたマントを纏い、四本の腕に一本ずつ剣を携えている。先ほど壁を壊した剣だ。

 

「あれは……御堂さんの?」

 

 忘れもしない。龍太郎が来るギリギリまで待っていた私は、御堂さんがあの巨人を召喚するのを見ていた。

 

 それがなぜ、魔人族の女と一緒に? 

 

「光輝!」

「雫!? 何してるんだ! はやく戻れ!」

「いつ〝限界突破〟が切れるかもわからないのに、一人にはできないでしょ。それに……あれも気になるしね」

 

 巨人に警戒を払いながら、魔人族の女を睨む。魔人族の女は余裕といった様子で不敵に笑った。

 

「へえ、あんたも来たのかい」

「このおバカを一人で放っておかないからね。それで…………御堂さんをいったいどうしたの?」

 

 魔人族の女は、私の質問に答えなかった。

 

 代わりに、黒猫の一匹に何かを渡してこちらまで持って来させる。私の前まで来た黒猫は、咥えていたものを放った。

 

「……御堂……さん」

 

 崩れ落ちそうになりながら、呆然と呟く。それは、御堂さんの生首だった。

 

 口や額から血を流し、虚無の表情、光のない瞳。それでもなお、どこか美しいと感じてしまうのは彼女の気品ゆえか。

 

「まったく、面倒な相手だったよ。キルバス様がこいつを乗っ取ってくれなきゃ、死んでたのはこっちだったかもね」

「くっ、卑劣な……!」

 

 魔人族の女と光輝の言葉を聞き流して、頭をそっと拾い上げる。

 

 その途端腕にかかる重さが、冷たい血の感触が、彼女の死を私により明確に実感させた。

 

 脳裏に、まだ地球にいた頃に話した思い出から、この世界にきてからのことまで、走馬灯のように御堂さんとの思い出がよぎる。

 

 

 〝あ、八重樫さん。うん、これ面白いんだよ。読んでみない? 〟

 

 

 静かなところで本を読むのが好きだった。聞き上手で、女子の皆で遊びに行くとき私たちの話を聞いて楽しそうに微笑んでいた。

 

 

 〝常に優雅たれ。私の決して変わることのないポリシーですわ〟

 

 

 この世界にきて豹変して、堂々かつ優雅だった。でも変わらず静かなところが好きで、紅茶を飲むのを楽しんでいた。

 

 

 〝ふふ、可愛いですわね……〟

 

 

 猫が好きで、たまに一緒に猫喫茶に行った。前世のシューの思い出を懐かしそうに、でもとても大切そうに話していた。

 

 全て、かけがえのない記憶だ。大事な友達との、大事な記憶。

 

「……? なんだい、心折れちまったのかい? 強いかと思ったが、あっけないね。でもそれなら、早めに終わらせてあげるよ」

 

 黒く塗り潰されていく意思に動かないでいると、魔人族の女が何かを言った。

 

 光輝が隣で何か叫んでいるが、聞こえない。少しずつ近寄ってくる魔物たちのことも、どうでもいい。

 

「……さ……い」

「……雫?」

 

 私は、ただ──

 

 

 

 

 

「──ー絶対に、許さない」

 

 

 

 

 

 斬ッ!!! 

 

 自然と手が動き、斬撃波で魔物たちを切り刻む。一拍遅れて魔物たちがバラバラになり、返り血が頬に飛んできた。

 

「なっ……!?」

 

 魔人族の女の驚く声が聞こえる。魔物たちの向こう側にいるだろう奴を睨みつけ、私は立ち上がった。

 

 全身を、黒い感情が駆け巡っている。こらえきれない激情を刀を強く握り締めることで押さえて、前を見据えた。

 

 ベルトを外して、御堂さんの首を背中にくくりつける。離さないように、魔物たちに踏み潰されないように、きつく。

 

「し、雫……?」

「構えなさい、光輝」

 

 何かに怯えている光輝に目も合わせず言い、私は刀の切っ先を魔物たちに向ける。

 

 これから私は皆を生還させるために。何より御堂さんの仇を取るために。

 

 

 

 

 

「あの女を……ぶった斬りにいくわよ!」

 

 

 

 

 

 そして、冷たい怒りとともに駆け出した。




FGO×ダークソウル3の二次創作始めました、よろしくお願いします!
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敗北 後編

えー、作者です。すみません、ダクソ3とFGOの二次創作にふけっててめっちゃ開きました。お詫び申し上げます。

シュウジ「よーっす、シュウジだ。作者やっとファラン装備手に入れてカーサスまで進んだらしいな。俺は現在迷宮を下へまいりまーすしてるけど」

ハジメ「地味にネタバレしてんじゃねえ。というか骨にやられまくってんな作者。盾使えよ盾」

シュウジ「作者基本、防御力と体力そこそこあげてあとは回避で振り回してっからなー。あ、ちなみに俺は防御力紙です。暗殺者に防御力とかいらないしネ!」

ハジメ「の割に以外と真正面から殺るじゃんお前。で、前回は色々とやられてたな。つうか天之河、勇者のくせにほんと役に立たねえ」

エボルト「今更感」

シュウジ「言ってやるなよ、あいつだってあいつなりに頑張って………たけど別にどうでもいいや。つか負けてるから意味ねえし」

ユエ「ん、フォローする気ゼロ」

ウサギ「みんな、勇者嫌い?」

エボルト「というよりあいつが嫌いだな。現実見ねえし。ナルシストだし。キラキラオーラうざいし。ていうか押し付けがましいし。で、今回は後編だ。それじゃあせーの…」

五人「「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」」


「シッ!」

「ギニャッ……」

 

 触手を伸ばして攻撃きてきた黒猫を、袈裟斬りで斬り捨てる。

 

 その後に続く二匹目、三匹目も触手を冷静に目で捉えて躱し、まとめて胴体を二つに両断した。

 

 しかし、たかが三匹倒したところで到底魔物の群れは減らない。だがそれがどうした、全部切り捨てるまでのことだ。

 

「邪魔、よっ!」

 

 棍棒を振り上げたブルタールの首を飛ばし、それをサッカーボールのように全力で蹴ってキメラの顔面を吹っ飛ばす。

 

 動きの止まったキメラに接近して、刀を逆手に持ち変えると頭部を下から切断。そのまま刀を振り、背後から来た黒猫を潰す。

 

「ガァアアアァ!」

「はぁあっ!」

「グガッ!?」

 

 その場で旋回してブルタールモドキの腕を落とし、股間を蹴って動きを止め頭頂部から股下にかけて刀を振り下ろした。

 

「これで、十匹……!」

 

 まだ足りない。あの女の下まで、無限にも等しい距離がある。

 

 視界をせばめようとするドス黒い怒りを頬についた返り血とともに拭い、私はあの女を目指し前へ駆け出した。

 

 心の中には、抑えようがないほどの激怒が溢れている。明鏡止水の心得がなければ、今にも叫びをあげそうだ。

 

「フッ、ハッ……!」

 

 御堂さんは、本当に大切な友人だった。元はクラスメイトの一人だったけど、いつのまにか香織たちと同じくらい大事に思っていた。

 

 だから。御堂さんを無残に殺したあの女だけは……

 

「この手で制裁を与える……!」

「お前たち、あの女を止めな!」

 

 女の指示を受けた魔物が、一斉に飛びかかってくる。

 

 通常の斬撃では処理が間に合わないと判断し、後ろ腰のホルダーからアーティファクトを外して鞘に取り付けた。

 

 引き金(トリガー)と弾倉が合体したようなアーティファクトがピピ、と電子音を立てて固定されたところで、刀を納刀する。

 

「ふぅ……」

 

 刹那の瞬間、無我の境地へと至った。

 

 そうすると自分へ向けられる無数の殺意を感じ取り、引き金に指をかけ……

 

 

 バシュンッ!!!

 

 

「はぁっ!」

 

 トリガーを引くのと同時に、弾丸のごとき速度で鞘から弾き出された刀を握って斬撃波を飛ばした。

 

 音速を超え、通常の数倍の速度で飛翔した斬撃波は第一陣の魔物を見事に切り裂き、余波で第二陣の動きをも押しとどめる。

 

 すぐさま刀を鞘に戻して、空になった薬莢を排出。再びトリガーを引いて抜刀術で止まっている魔物たちを両断した。

 

 ものの数秒で、目の前に血の海が広がる。

 

「グ、グァ……」

「ガァ……」

 

 一歩踏み出せば同じになると分かっているのか、ブルタールモドキたちが立ち往生した。

 

「さあ、かかってきなさい。いくらでも相手してあげる」

 

 三度トリガーに指をかけて、私は魔物たちに挑発的に言った。

 

 それに乗ったか、あるいは後ろの魔人族の女が怖いか。魔物たちは再び目に殺意を灯して攻撃を始めた。

 

 この身を引き裂かんと迫る魔物たちの手や触手に、私はそれ以上の鋭い剣閃をもって命を断ち切る。

 

 

 

 一回目。九振りで三体の魔物を斬った。一撃が弱い。

 

 

 

 三回目。五振りで十体斬った。鈍い。

 

 

 

 五回目。三振りで十五体斬った。遅い。

 

 

「もっと強く、鋭く、速く……」

 

 一撃繰り出すごとに、自分の技を修正していく。完成したと思っていた剣技を昇華させ、研ぎ澄ましていく。

 

 一体一撃などでは到底足りない。そんな()()()()()()()()()()()やり方ではあの女まで到達することなど夢だ。

 

 眼に映るものはあまねく死を招くもの、ならばこそ私もまた人をやめ、いかなる敵をも一撃のもと無へと還す修羅へ。

 

「ハザードレベル4.1、4.2……まさか!?」

「はぁあああああああああああっ!!!」

 

 喉の奥から声を張り上げ、空になった弾倉を投げつけてキメラの視界を潰し、鞘の先端で目玉ごと頭蓋の中を貫く。

 

 そして技の研磨を始めた瞬間から燃え上がるように溢れ出る力に任せ、ブルタールモドキの群れに投げるとまとめて一撃で斬った。

 

 予備の弾倉を装填し、再度剣を鞘へ。残る敵は最初の半分程度、これならばあの女に到達できる!

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 一種のトランス状態に入っていた私に冷や水を浴びせるように、あの巨人が咆哮した。

 

 すると、それまで押していた魔物たちの身体に刻印が浮かび、目が漆黒に染まる。嫌な予感が脳裏によぎった。

 

「グルォォォォオオ!!!」

「くっ……!?」

 

 ブルタールモドキの拳を、鞘でいなす。しかしそのパワーは先ほどの数倍に跳ね上がっており、受け損ねた。

 

 腕から嫌な痛みが発せられて、咄嗟にその場で1回転すると腕の下に潜り込む。刀を切り上げて腕を飛ばして……

 

 

 グンッ!

 

 

「硬……!?」

「ガァアアアァ!」

「づぁっ……!?」

 

 本能的に頭をそらすと、頬に鋭い痛みを覚えた。思わず顔をしかめて、〝無拍子〟で後退する。

 

「くっ……」

 

 頬を指でなぞれば、べったりと赤い血が付いていた。どうやらかなり深く切られたらしい。

 

 最後の回復薬を飲み、瓶を投げ捨てて立ち上がる。魔物たちは先ほどまでの様子はどこへやら、黒い瞳で私を睨みつけてきた。

 

 巨人を見れば、黒いオーラを放ちそれは魔物たちへ繋がっている。あれがパワーアップの原因か。

 

「さしずめ強化魔法ってとこね……面倒なことしてくれるじゃない」

「あんたこそ、凄いスピードだね。どうだい、その重い荷物を降ろしたらもっと速くなるんじゃないか?」

 

 巨人の肩に乗った魔人族の女は、余裕綽々の笑みでそう言った。

 

 荷物……言わずもがな、御堂さんの首のことだろう。たしかに私はスピードアタッカーだ、身軽であればあるほど都合が良い。

 

「冗談」

 

 けど、手放さない。絶対に持ち帰って、私が丁寧に埋葬する。

 

「そんなことより、いいのかしら?あなたの魔物随分と減ってるけど」

「別に後で補充できるし、何よりこいつがいる限りもう負けない。それに……」

 

 魔人族の女が、ちらりと横に視線をよこす。警戒しながらそちらを見れば、そこには別の魔物がいた。

 

 牛の頭に四本の腕、筋骨隆々の肉体。 明らかに他の魔物とは違うそいつの腕の中には……ぐったりとした光輝がいた。

 

「光輝!」

 

 それを見た瞬間、すっと高ぶっていた気持ちが収まり、ようやくいつもの私に戻る。

 

 しまった、私としたことが柄にもなく頭に血が上って、光輝のことをすっかり忘れていた。致命的な判断ミスだ。

 

 見たところ、〝限界突破〟の魔力が消えている。おそらく効果が切れたところを、あの魔物にやられたのだろう。

 

「すま、ない、雫……」

「大事な勇者様は預からせてもらったよ」

「くっ……!」

 

 まずい。この多数の魔物に囲まれている状況で、相手に人質を取られた。

 

 下手に動けば、光輝を殺される。それは人類側の敗北を意味するものだ。迂闊な動きをすることはできない。

 

「まったく、簡単に引っかかったもんさ。これを見せるだけで動きを止めたんだから。まあ、この一人しか捕まえられなかったけど」

 

 光輝を捕らえる魔物のさらに隣には、ブルタールモドキが見覚えのある兵士を持っていた。アランさんだ。

 

 ……察するに、女は先の戦いで光輝の直情的な性格を把握し、顔見知りを見せることで油断を誘ったのだろう。

 

 そこに技能の消失が重なり、いともたやすく捕まったわけだ。すべて、私が冷静でなかったせいで。

 

「光輝!雫!」

 

 どうすればいいのかわからずににらみ合いをしていると、背後から大勢の足音が聞こえてくる。

 

 ちらりと見れば、隠し部屋の中の魔物を倒し切った龍太郎たちが部屋に入ってきた。やる気満々な彼らを手で制した。

 

 なぜ、という顔をした龍太郎たちは前を見て……そして、囚われた光輝を見て驚愕と絶望に顔を染める。

 

「光輝!」

「そんな、嘘だろ……」

「天之河が、負けた……?」

 

 立ち尽くすもの、武器を取り落すもの。反応は様々だが、勇者である光輝が負けたことに戦意を喪失するクラスメイトたち。

 

「ようやく役者も集まってきたね」

「……!」

 

 魔人族の女の言葉に、私はこの状況が仕組まれたものだとようやく気がついた。あいつは、全員揃うのを待っていたのだ。

 

 誰もが動けない中、私は比較的無事な龍太郎に目配せすると一歩前に出る。気がついた女がこちらに目を向けた。

 

「……何が望みなの?わざわざ全員集まるまで待ったんだから、何かあるんでしょう?」

「ほお、強い上に頭も切れるときた。そう、その通りさ。まずはそこのあんた、ドライバーをこっちに手放しな。勇者君の命が惜しいならね」

 

 これ見よがしに光輝を魔物に掲げさせる女。龍太郎は眉を釣り上げ、怒気を発した。

 

 だが、ここで激昂しても良いことにはならない。それをわかっているのだろう、ドライバーとスクラッシュゼリーを投げ捨てる。

 

「よし。さて、本題だが……どうせだから、もう一度勧誘しとこうと思ってね。ほら、さっきは取りつく島もなかったろう?」

 

 たしかに、光輝が相談する暇もなく即座に拒否したので話すも何もなかった。

 

 だからこうして、自分が圧倒的優位に立つことで私たちが話を聞くしかない状況を作ったのね。

 

「……光輝はどうするつもり?」

「もちろん、こいつはここで処分する。引き入れることもできないだろうし、こんな全て自己完結で動くような危険人物は生かしておけない」

「俺たちはおとなしくしてるとでも?」

「無論、思わないね。だから首輪でもつけさせてもらうよ。まあ人形になられても困るから、あくまで反逆しないために最低限だけど」

 

 迎合するふりをして、あとで裏切るのも予想済み……か。これは困ったわね。

 

 皆の様子を確認すれば、光輝という最も重要な人質がとられているため半ば諦観した雰囲気でヒソヒソと話し合っている。

 

 耳をすませば、魔人族の提案に乗ろうという意見が大半だった。それをダメだとは言えない、生きるには賢明な判断だ。

 

「わ、私は提案に乗るべきだと思う!」

 

 最初に声をあげたのは、なんと恵里だった。

 

 隣にいた鈴が理解できない、という顔で恵里を見上げていた。それはクラスメイトたちも同じで、まじまじと彼女を見る。

 

「……理由を聞こうじゃねえか」

「ひっ!?」

「龍太郎、抑えて」

 

 ドスの効いた声を出した龍太郎を、一旦なだめる。怯えた恵里をひと睨みして、龍太郎はチッと舌打ちして目線を外した。

 

「恵里、どうしてそう思ったの?」

「わ、私は、ただ……みんなに死んで欲しくなくて……光輝君のことは、私には……どうしたらいいか……うぅ、ぐすっ……」

 

 ポロポロと涙を零しながらも一生懸命言葉を紡ぐ恵里。それにほかのものたちの顔に迷いが生まれる。

 

「俺も、中村と同意見だ。もう、俺達の負けは決まったんだ。全滅するか、生き残るか。迷うこともないだろう?」

 

 それを助長するように、さらに檜山くんが賛同の声をあげた。

 

「檜山、てめぇ……」

「なんだよ、それじゃあお前のあのとんでもない力で今すぐ天之河を助けられるってのか?失敗したら俺たち全員死ぬのに?」

「くっ……!」

 

 流石に一瞬で光輝を助け出す自信はないのだろう、龍太郎は悔しげに歯噛みする。

 

 檜山くんの発言で、更に誘いに乗るべきだという雰囲気になった。事実、提案を飲まなければ待つのは死だ。

 

 しかし、光輝を差し出すようにして自分たちは生き残って良いのか。人間として当然の思考が、一歩足踏みさせる。

 

 そうしている間にも私は高いの策を考えるが、どうにもうまく思いつかない。こんなとき、シューがいてくれれば……

 

「ふむ、勇者君のことだけが気がかりというなら……生かしてあげようか? 

 

 そんなときだ、絶妙なタイミングで魔人族の女から提案がなされたのは。

 

「もちろん、あんた達のよりはるかに強力な首輪を付けさせてもらうけどね。その代わり、全員魔人族側についてもらうけど」

 

 ……ああ、ようやくわかった。これが最初から、この女の狙いだったのか。

 

 殺すと言いつつ光輝を未だ生かし、従えば殺さないという餌を与え、食いつくのを迷う所にさらに特上の餌を出す。

 

 そうすることで思考をさらに狭めて、〝それならいいか〟と思わせるのだ。最初に光輝を奪われた時点で、詰みだったわけね。

 

 

 

「み、みんな……ダメだ……従うな……」

 

 

 

 そう私も諦めかけたとき……小さく苦しげな声が聞こえてた。

 

「光輝……?」

「光輝!」

「光輝くん!」

「……騙されてる……アランさん達を……こんなにしたんだぞ……信用……するな……人間と戦わされる……奴隷にされるぞ……逃げるんだ……俺はいい……から……一人でも多く……逃げ……」

 

 息も絶え絶えに、逃走を訴える光輝。それにまたクラスメイトたちがざわざわと揺れ、私は無力感に唇をかんだ。

 

「……こんな状況で、一体何人が生き残れると思ってんだ?いい加減現実をみろよ! 俺達は、もう負けたんだ!騎士達のことは……殺し合いなんだ!仕方ないだろ!一人でも多く生き残りたいなら、従うしかないだろうが!」

 

 檜山くんの怒声が響く。この期に及んで、まだ引こうとしない光輝に怒りを含んだ眼差しを向けていた。

 

「……た……とは……」

 

 いよいよ魔人族に従うかというとき……また、別の声が聞こえてくる。

 

「……私たちのことは……気にするな……君たちは……逃げるんだ……」

「アランさん!」

「巻き込んで……すまなかった……君たちにはなんの関係もないのに……これは我々の、この世界の問題だ……だから……逃げろ……逃げて、生きて故郷に帰れ……団長もそう言っていた……」

 

 メルド騎士団長が……?

 

「ふん、死に体のくせにそこまで喋るか。そもそも、()()()()()までつけられてるのかい?」

「黙れ……私は、私の責務を全うするのみ……!」

 

 いうや否や、突然光りだしたアランさんは強引にブルタールモドキの腕を振り払うと魔人族の女に抱きついた。

 

「へえ、〝最後の忠誠〟かい?ご立派じゃないか」

「我が命……創造主の御心のままに……!」

 

 女の言葉に瞠目する。確か〝最後の忠誠〟って、どうしようもない状況の時に自爆するためのアーティファクトじゃ……!

 

 アランさんの輝きはどんどん増していき、いよいよ最高潮に達して魔人族の女もろとも吹き飛ぶ──

 

 

 

「■■■■■!」

 

 

 

 ──ことは、なかった。

 

 巨人が軽く叫ぶと、パンッと乾いた音とともに光が霧散する。何が起きたのかわからず、呆然とした。

 

「な……」

「邪魔だよ!」

 

 驚愕するアランさんの背中から、砂の刃が生えた。魔人族の女は腕を振り、アランさんを地面に放り投げる。

 

 無残に地面に叩きつけられたアランさんを、剣を地面に突き立てた巨人はむんずと掴み上げた。

 

「ま、まて……やめ……」

「■■■■■」

 

 そうすると、ペキンッという乾いた……まるでシャーペンの芯を折るような音で、アランさんの首をへし折る。

 

 だらり、とアランさんの体から力が抜けた。それを確認した巨人は、他の腕で自分の顔にかけられた布を持ち上げる。

 

「ひっ……!?」

 

 悲鳴をあげたのは香織か、鈴か……あるいは私か。

 

 巨人の顔は、とても顔とは呼べないものだった。四つに分かれた口膣と、無数に入った亀裂からこぼれ落ちる腐臭の漂う液体。

 

 バケモノ。そう呼んで差し支えない巨人は異形の口を開け、アランさんを頭から放り込んで……そのまま食べ始めた。

 

 

 

 ベキョッ、ゴリッ、グチャ、グチャ…………

 

 

 

 まだ神経が生きているのか、ビクンビクンと口に収まりきらない足が痙攣する。地面に体液が滴り落ち、いやに大きな音を立てた。

 

「ふん、あっけないね。それにしてもいい拾い物をしたよ、アブソドを使う手間が省けた」

「な、あ……」

「さて、どうする?あんたらも、こうなりたいかい?」

 

 未だにわずかに震えるアランさんの足を見て、皆もう精神的に限界なのか完全に従おうという雰囲気になった。

 

 私も、あのようなバケモノには勝てない。どこかで生きてるシューの顔も見ないままあんな無残な殺され方をするなんて、嫌だ。

 

 私たちの気持ちを代弁するように、檜山くんが一歩前に出る。

 

 ごめんなさいシュー。私にはもう、どうにもできない……

 

「…………るな」

 

 そんな時、光輝の声がかすかに聞こえた。

 

「ふ……ざ……な……」

「あん?なんだって死に損ない」

 

 女の問いかけに、光輝はゆっくりと顔を上げ──そして、白銀に輝く目で女を睨みつける。

 

「っ!アハトド、やれ!」

「ルゥオオオ!」

 

 

 女が馬頭の魔物に命令を発し──

 

 

 

「──ふざけるなぁっ!」

 

 

 

 ──光が弾けた。

 

 光輝が激しく全身を白銀の魔力で輝かせ、アハトドと呼ばれた魔物の腕の中から力づくで脱走する。

 

 すぐに捕まえようとするアハトドだが、光輝が拳を一振りすると両腕が砕けた。規格外の力に思わず息を呑む。

 

 動きの止まったアハトドを光輝は蹴り飛ばし、足元に落ちていた聖剣を手に取ると魔人族の女向けて突撃した。

 

「お前、よくもぉ────!」

「チィッ!」

 

 魔人族の女は手をかざすが、アランさんを食べることに夢中な巨人は気がつかない。

 

 その隙に光輝は立ちふさがる魔物たちをことごとく斬り伏せ、瞬く間に巨人の前に突き進んでいく。

 

「変身!」

《ロボットイィイングリスゥ!ブゥウウラァッ!》

 

 光輝が抜け出すのと同時にドライバーを取った龍太郎がグリスに変身し、ツインブレイカーを女に向けた。

 

 咄嗟に私は刀の柄を握り、ツインブレイカーからビームが射出されるのと同時に斬撃波をお見舞いする。

 

「っ!?」

 

 光輝を注視していた魔人族の女は、直前で気付いて身をよじったが、攻撃の余波で巨人の肩から転がり落ちた。

 

「よし!」

『今だ光輝、いけぇっ!』

「うぉおおおおお!」

 

 魔物を全て斬り伏せて、光の奔流を纏った光輝は魔人族の女へ一閃する。

 

 砂塵の盾で防ぐ魔人族の女。だがそれすらも光輝の一撃は切り裂き、パッと空中に魔人族の女の血が舞った。

 

 そのまま魔人族の女は壁まで吹き飛んでいき、背中をしたたかに打ち付ける。

 

「かはっ……くっ、まさか土壇場で逆転とは……とんだ三文芝居だよ……」

「終わりだ!」

 

 光輝は止まることなく、魔人族の女にとどめを刺すべく聖剣を振り上げた。

 

 全ての魔物たちが慌てて魔人族の女のもとへ行こうとするが、もう遅い。私は光輝が魔人族の女を切るのを見届けて──

 

 

 

「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

 

 

 

 ──けれど、その言葉にピタリと光輝の動きが止まった。

 

 光輝は目を見開いたまま、魔人族の女を見下ろしている。それは知らなかった衝撃の事実を知った時のようで。

 

 やはり、光輝は……

 

「……呆れたね……まさか、今になって漸く気がついたのかい?〝人〟を殺そうとしていることに」

「ッ!?」

 

 私の予想を肯定するように、魔人族の女は光輝に向けてそういった。光輝の顔に、明らかな動揺が浮かぶ。

 

 そう。私が懸念していたのは、事ここに至ってまだ光輝が、()()()()()()()()()()()()()という自覚がないということ。

 

 それはどうやら、見事に的中してしまったようで。

 

「まさか、あたし達を〝人〟とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」

「ち、ちが……俺は、知らなくて……」

「ハッ、“知ろうとしなかった”の間違いだろ?」

「お、俺は……」

「ほら? どうした? 所詮は戦いですらなく唯の“狩り”なのだろ? 目の前に死に体の()()がいるぞ? さっさと狩ったらどうだい?おまえが今までそうしてきたように……」

「……は、話し合おう……は、話せば、きっと……」

 

 この状況において、まだそんなことを言い聖剣を下ろす光輝。

 

 それはあまりに愚かな行いだ。全員の命がかかっている中で、敵の目の前で武器を下ろすなど自殺行為でしかない。

 

 流石に、心の中に呆れを通り越して失望が浮かんだ。同時にこれまでで最大の警鐘が頭の中で響く。

 

「全隊攻撃!アハトド、剣士の女を狙え!」

 

 その予想もまた、当たってしまった。

 

 アハトドが猛突進してきて、まずいと構えた時にはすでに二本の腕がふりかぶられていた。

 

 なんとか間に刀を滑り込ませたが、暖簾に腕押しというように容易く衝撃が体を打ち地面に叩きつけられる。

 

「うぁ……!?」

「ルォオオオオオ!」

『雫!』

 

 あわやそのままとどめを刺されるかと思ったが、グリスがアハトドの拳を受け止めてなんとか事なきを得た。

 

『こいつは俺が受け持つ!お前は光輝を!』

「っ、ええ!」

「ルァアアアア!」

『テメェは俺とタイマンだコラ!』

 

 グリスがアハトドを連れて行き、視界が開ける。すぐさま立ち上がって、光輝の方を確認した。

 

 すると、今まさに光の奔流が消えて光輝が崩れ落ちるところだった。どうやらあの力の限界を迎えたらしい。

 

 そこにようやくアランさんを食べ終えた巨人が、魔人族の女の命令を受けて地面に突き刺さっていた剣を引き抜いて振り上げた。

 

「まずい!」

 

 〝無拍子〟で魔物の間を駆け抜け、巨人の剣で叩き潰されようとしていた光輝をすんでのところで確保した。

 

「雫……」

「光輝、投げるわよ!」

「え、ちょ……」

 

 体を一回転させて、遠心力をつけて光輝を投げ飛ばす。魔物たちの頭上を抜け、狙い通りクラスメイトたちの方に落ちた。

 

 ひとまず光輝の安全も確認できたところで、改めて魔人族の女に向き直る。手を刀の柄にかけ、目に殺意を宿らせた。

 

「へえ……さっきから思ってたけど、あんたは〝殺す〟ことがわかっているみたいだね」

「あいにくと、師匠が厳しくてね」

 

 この世界に来てから最初の頃、シューに訓練をしてもらっていたときのことを思い返す。

 

 シューは私たちを鍛えるにあたって、まず最初にあることをやらせた。

 

 

 

『さてさて、それじゃあお前ら…………一人一回ずつ俺を殺せ』

 

 

 

 それは、自分を殺させること。そうすることで〝命を奪う〟ことがいかに重いかを私たちに自覚させたのだ。

 

 いくら再生できるとはいえ、あの時シューの心臓を貫いた時の感触は、未だ手に残っている。

 

 もとより剣術を習うにあたって、師範である父から教わってはいたが……シューの訓練は、より私にその恐ろしさを教えてくれた。

 

「それに、光輝の自覚が足りなかったのは私たちのせいでもあるわ」

「へえ、義理堅いことで」

 

 あの時エボルトがクラス全員に対していったことを、光輝は何一つ理解していなかった。

 

 それどころか、後で私にやれあんな危険な奴は放っておけないだの、魔人族に寝返るかもしれないだの散々言ってきた。

 

「だから、そのツケを今ここで私が払う」

「そういうあんたも、少し手が震えているようだけどね?」

「……私だって何も思わないわけじゃない。けど……皆を助けるために、あなたを殺す」

「……く、くくっ。いいね、それくらいの覚悟があってこそだ。あんたの方が勇者に向いてるんじゃない?」

「言ってなさい!」

 

 トリガーを引いて、女めかげて〝無拍子〟で強襲をしかける。

 

 巨人が機敏に反応し、大声をあげて剣を振り下ろしてきた。ギリギリでかわして、女に接近を試みる。

 

 だが巨人は巧みに4本の巨剣を操り、魔人族の女まで後一歩のところでことごとく邪魔してきた。

 

 巨体に似合わぬスピードで暴れまわる巨剣は、さながら動く壁のよう。おまけに赤熱しているため、体のそばを通るたびにヒヤリとする。

 

 それでもなんとか間をかいくぐって、少しずつ近づいていたのだが……連戦に次ぐ連戦で、いよいよ持って体力が底をついた。

 

「■■■!」

「くっ!?」

 

 両側から挟み込むようななぎ払いをかわし、さらに真上からの振り下ろしをいなして……そこで一瞬、足から力が抜けた。

 

 しまった、そう思った時にはもう視界いっぱいに巨人の握られた拳が映り込んでいた。反射的に鞘を差し込む。

 

 

 ズドンッ!!!

 

 

 だが、そんなものは意味がなかった。

 

「あ、が……!?」

 

 容易く粉砕した鞘を越えて、クロスした腕に拳が当たる。ほんの一瞬で、ネビュラガスで強化されたはずの私の両腕は砕け散った。

 

 アハトドの時の繰り返しのごとく、まっすぐ後ろに飛んで行った私が次に感じたのは激しい痛みだった。

 

「ごはッ…………!」

 

 無気力に地面に落ちる。御堂さんを潰さないように身をよじったのが災いして、右腕が肩から指先まで盛大に砕けていた。

 

 口の中に溜まった血を吐き出し、二の腕に突き刺さった石の破片を引き抜いて、なんとか刀を支えに立ち上がる。

 

「まだ、まだよ……!」

 

 香織や龍太郎が、私を呼ぶ声が聞こえる。みんなまだ戦っている。

 

 私一人、ここで諦めるわけには……

 

 

 

 パキンッ ……

 

 

「あ……」

 

 刀が、砕けた。

 

 支えを失い、半ばから折れた刀を片手に倒れる。すでに限界を超えた体はうんともすんとも言わず、足に力が入らない。

 

 そんな無様な私を、魔物たちが見逃そうはずもなかった。無数の殺気を、解けた髪の向こうに感じる。

 

「《覇壁》!」

 

 しかし、私が魔物たちの餌食なることはなかった。聞き覚えのある声とともに、激しい衝突音が聞こえる。

 

「くっ、いかせる、ものかぁ……!」

「いす、るぎ、さん……?」

「雫ちゃん!」

 

 緩慢な動きで顔を上げれば、そこには壁を張っている石動さんと、泣きはらした香織がいる。

 

 香織の手によって壁に背中を預け、治癒魔法をかけられる。ほとんど傷が治った感覚はなく、代わりに少し意識がはっきりした。

 

「雫ちゃん、雫ちゃん!」

「……聞こえてる、わよ」

「雫ちゃん!よかった……ごめんね、もうほとんど魔力が残ってないの」

「いいのよ……それより二人とも……はやくみんなのところに戻って……」

「何馬鹿なこと言ってんの、雫」

 

 石動さんに名前を呼ばれる。ゆっくりとそちらを見たら……今にも泣きそうな顔で、石動さんは笑っていた。

 

「大事な友達が死にかけてんのに、ほっとけるわけないでしょ。まだダブルデートした時のボウリングの勝負、ついてないし」

「石動さん……」

「もう、どこにいても一緒なら……私たちは、雫ちゃんのそばに居たい」

 

 ああ、まったく……なんで馬鹿な友人達。

 

 でも、ちょっぴり嬉しいわ。

 

「……ごめんなさい、何もできなかった」

 

 二人と、御堂さんに謝る。剣とともに、心が折れた。あの女に一太刀も浴びせてやることができなかった。

 

「ルァアアアア!」

『雫!香織!みーたん!くそ、てめえらどきやがれ!』

 

 グリスの攻撃から抜け出してきたアハトドが、石動さんの張った結界に拳を叩き込む。ピシリ、と嫌な音を立ててひびが入った。

 

 険しい顔で石動さんが手を振りかざし、結界を修復する。アハトドはなおも拳を振り続け、石動さんの結界を破壊していった。

 

 それをなんだかぼんやりした気分で見ながら、頭の中に浮かぶ無数の記憶を追いかける。ああ、これが走馬灯ってやつね。

 

 浮かぶのはどれも、シューとの記憶ばかり。楽しくて、愛おしくて……もう二度と手に入らないもの。

 

「■■■■■!」

「きゃああああっ!?」

「美空ッ!」

 

 飛んできた巨剣が、限界寸前だった結界にとどめを刺した。目の前に巨剣が突き刺さり、石動さんが転倒する。

 

 香織が駆け寄るのを見て、私はふと震えは手を胸元に伸ばした。そして、あのネックレスを取り出す。

 

 あの日からずっと肌身離さずつけていたネックレスには……大きな亀裂が入っていた。まるで今の私みたいに。

 

「ごめんなさい、シュー」

 

 あの夜、ずっとそばにいると誓ったのに。こんなところで死んでしまって、本当にごめんなさい。

 

 でもね。私、頑張ったのよ。

 

 あなたは、褒めてくれるかしら。きっと、いつもみたいに笑って頭を撫でてくれるわよね。

 

 だってあなたは……どんな時だって私を守ってくれた、私のたった一人の王子様なのだから。

 

「ルゥウウアアアア!」

 

 目の前に迫ったアハトドが、拳を振り下ろしてくる。その後ろでは、香織たちが泣いて手を伸ばしていた。

 

 

 

 

「…………さようなら」

 

 

 

 

 そして私は……そっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっと、お嬢さん?お眠りになるには、ちょいとここは殺風景じゃないかい?」

 

 ──その暗闇が、紫色の閃光によって切り裂かれるとも知らずに。




うん、無駄に長い。
感想をお願いしまっす。


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怒り

どうも、テストわりと散々だった作者です

エボルト「エボルトだ。先に言っておく、今回俺のセリフはない」

ハジメ「わりかし気にしてんのなお前。てか自分で言ってて悲しくならねえ?」

シュウジ「ま、どっちにしろお留守番だから関係ないけどにゃ」

エボルト「いいもーん、リベルとミュウとイチャイチャするもーん」

ハジメ「おまわりさんこっちです」

ウサギ「承った」

エボルト「くっ、もう来やがった!今回は前回からの逆転だ、それじゃあせーの!」


四人「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」


「グガァアアアァアアア!?」

 

 

 

 自分の頭が潰れる感触の代わりに聞こえたのは、アハトドが絶叫する声だった。

 

 〝死〟を意識させていた重圧が消え、前髪をやわらかい風が揺らす。

 

「……?」

 

 恐る恐る、目を開ける。

 

 そこにはもうアハトドの大きな拳はなく、自分の命が繋がったことを知った。

 

「こんな麗しいレディを汚い地面に寝かせるとは、まったくナンセンスだ。淑女の扱いがなってねえな」

 

 代わりにそこにあったのは──とても見慣れた、心強い背中。

 

「あ……」

 

 喉の奥から、声が漏れる。自然と涙が頬を伝う。

 

 どれだけ、その姿を見たいと願ったか。

 

 あなたは、いつだって私が困った時に来てくれる。まるでおとぎ話のヒーローのように、軽口を叩きながら颯爽と。

 

「まあ、獣にそんなことを求めても仕方がないか。てか、俺以外に触れさせないし」

 

 いたずらげに笑って、心を緩めるような声音で、決して不安にさせないように。

 

 

 だから、私は──

 

 

 

「とまあ、それはさておき……迎えに来たぜ、雫?」

 

 

 

 ──あなたのことが、誰よりも愛しいの。

 

「……遅いわよ……バカ」

「いいタイミングだろ? 悪役(ヴィラン)は一番盛り上がる時に現れるってね」

 

 不敵な笑みを見せるシューに、そこはヒーローじゃないのね、なんていつも通りのツッコミをこぼす。

 

 唖然としてる美空たちも、両腕を失ってもがくアハトドも……周りを取り囲む魔物だっているのに、不思議ともう安心していた。

 

「ほれ、これ飲め。いい気分になれるぞー」

「変な言い方しないでよ……ん」

 

 そんな私の前にしゃがんで、シューは黒い穴から回復薬と思しきものを取り出すと飲ませてくれる。

 

 瞬く間に全身の傷が治っていき、倦怠感がさっぱりと消えた。正直意識を手放す寸前だったから、ほっと安堵の息を吐く。

 

「どうだ?」

「ええ、おかげさまで」

「そいつは良かった。雫にゃ笑顔の方が似合うからな」

「もう、またそんなこと……」

「うむ、照れ顔もいいねぇ」

 

 赤面している間に腰に手を回され、シューの腕の中へ誘われる。

 

 ぽすんと軽い音を立てて寄りかかった胸の中は、とても心地よかった。思わず頬を擦りつけてしまいたくなる。

 

「シューくん、相変わらずだね……」

「ったく、砂糖吐きそうなこっちの身にもなってほしいし」

「お、二人とも元気だな。話にゃ聞いてだけど……ふむふむ、ほほうほう」

「あっ……」

「ちょ、何見てんのよ変態!」

「久しぶりの再会なのにドイヒー」

 

 全然気にしてなさそうな顔でケラケラと笑うシュー。

 

 さっきまでの空気は何処へやら、シューを中心に数メートルの範囲内の空気が緩くなっていた。

 

「ガァアアアア!」

 

 そんな空気を、怒りの叫びとともに立ち上がったアハトドが打ち砕く。

 

 ふわふわとした気分が現実に引き戻され、私は顔を強張らせた。そうだ、シューに甘えてる場合じゃない!

 

「フゥー、フゥー……!」

 

 4本の腕のうち、二本が半ばから綺麗に切り飛ばされているアハトドは絶大な殺気をシューに向けていた。あまりに濃密なそれにゾッとする。

 

「おっと、オスにそんな熱視線で見られて喜ぶ趣味はないよん。それともそっち系の方?」

「ルァアアアアッッッ!!!!!」

 

 侮辱されているとわかったのだろう、アハトドは残った二本の拳を握ってこちらに突撃してきた。

 

「あ、そういや知ってるか雫?今日って曇りのち雨なんだぜ?」

「え?」

 

 もともと硬直していた体に加えて、思考までカチンと固まってしまう。今にもアハトドに殺されそうなのに、どうして天気の話?

 

 シューは面白そうに笑い、手に持っていたステッキの上方をひねると逆さに持った。すると先端から黒い魔力が傘の形に広がる。

 

「ルオァアアア!」

 

 そうしている間に、アハトドは拳を振りかぶって私たちを殺さんと迫り──

 

 

 

 

 

 ドッガァアアアン!!!!!

 

 

 

 

 

 ──しかし、黒い何かが上から降ってきた。

 

 気がついたら目の前にあったのは、黒い鉄杭。凡そただの杭と思えないそれは私の背丈以上で、地面に突き刺さっている。

 

 煙をあげる杭を唖然とした気分で見ていると、ポタポタという音がする。

 

 視線を下に落とせば、アハトドと思われるものが無残なミンチに変わっていた。

 

 そんな、あの化け物が一撃で?

 

「ただし、死の雨だけどな」

「──おいシュウジ、いきなり瞬間移動するんじゃねえ」

 

 呆然としていると、新たな声が聞こえた。

 

 つられて上を見ると、鉄杭が開けたであろう大穴から誰かが飛び降りてくる。

 

「お前ならいいタイミングで来てくれるかな、って思ってさー」

「嘘こけ、八重樫の座標捉えた途端何も言わずに移動しただろ」

「あ、ネタバレしちゃう?通じ合ってるバディ感出したかったんだけど」

「今更何言ってんだ。まあ読めてたから良かったけどな」

 

 傘についた肉片を払うシューと軽やかなテンポで語り合うのは、白髪眼帯、黒コートといった出で立ちの男。

 

 男は陽気に笑うシューに腰に手を当て、呆れた目を向けてしょうがないとため息を吐く。

 

 その姿に、ひどく既視感を覚えた。話のテンポにも覚えがある。毎日シューの側にいるのを見ていたのだ、知っているに決まってる。

 

「あなた、もしかしてなぐ……」

「ハジメっ!!!」

「南雲くんっ!!!」

「おわっ!?」

 

 私が言う前に、香織と石動さんが名前を叫んで彼に……南雲くん(多分)に、勢いよく抱きついた。

 

 南雲くん(多分)は一瞬よろけたが二人を受け止め、軽く目を見開く。だがそれも一瞬で、すぐにふっと隻眼の目元を緩めた。

 

「おう、息ぴったりだなお前ら。ったく、あの話は本当だってわけか」

「ハジメ、ハジメ、ハジメぇ…………っ!」

「南雲くぅん……!」

 

 泣きじゃくりながら、南雲くんを抱きしめる二人。南雲くんは馴染みのある柔らかい声で、背中をさすっていた。

 

「……随分と様変わりしたわね、彼」

「色々あったのさ」

 

 あれ、色々で済ませていいのかしら。口調から雰囲気から、色々変わっているのだけど。

 

 なんとも言えない顔で見ていれば、ふと南雲くんは何かに気づいてそっと二人の拘束を外し、両手を下に構えた。

 

 次の瞬間、大穴から人影が二つ落ちてくる。

 

「んっ」

「ひぁうぃーごー」

「おっと」

 

 南雲くんが危なげなくキャッチしたのは、金髪の美幼女と、兎耳の美少女だった。

 

 謎の美少女たちの、ビスクドールのような容姿に瞠目してしまう。こんなに可愛い女の子はそういない。

 

 続けて別の兎耳の美少女が降りてきて、更に燃えるような赤髪の美女が自ら着地した。

 

「マスター、正妻殿は?」

「おう、見ての通りだ」

「そうか……よかった」

 

 美女はシューのそばに寄ってきて、私を見てホッと豊かな胸をなでおろす。な、なにあれ、私よりちょっと大きい……

 

「おい南雲!いきなり地面ぶち抜くとか何してくれてんだ!余波で吹っ飛んだだろ!」

「「浩介!」」

「おうお前ら、助けを呼んで来たぜ……ってうわっ、何この状況!?」

 

 最後に、地上に向かったはずの遠藤くんが来た。彼と仲の良い二人にサムズアップして、すぐに周りの魔物を見て怯む。

 

「おら遠藤、お前はあっち行ってろ。ユエ、ウサギ、シア。あそこで固まってる奴らの守りを頼む」

「ん」

「りょーかい」

「はいなのですぅ!」

「ってえ!?おい、いきなり背中張り飛ばすことねえだろ!」

「うるせえ、はよ行け」

「お、横暴だなぁ……マジでなんであの南雲がこんなんなるんだよ……」

「ルイネ、お前も頼む」

「了解した」

 

 ぶつくさ文句を言いつつ、遠藤くんは永山くんたちのところへシューたちの連れの美少女軍団とともに行った。

 

 南雲くんも香織と石動さんをそれぞれ肩に担ぎ上げて、「じゃ、頑張れよ」とその場を立ち去る。

 

 後に残ったのは私とシュー。魔人族の女を見てみると、訝しげに眉を潜めていた。

 

「■、■■■■■■■■■■■■!!!!!」

「なっ!?」

 

 すると突然、女の隣にいた巨人が怯えるような声音で叫んで跳躍した。思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

 その巨体に似合わぬ軽やかさで魔物たちの頭上を越え、私たちの目の前に着地するとシューに向けて剣を振り下ろす。

 

「シュー!危ない!」

「ああ、ダイジョブダイジョブ……………………おい」

 

 ドスの効いた声にピタリ、と剣が止まる。

 

 あと数センチ下ろせば、シューの頭が帽子ごと真っ二つになりそうだ。

 

 けど、そんなものよりもっと恐ろしいのは……能面のようなシューの横顔と、その体から発せられる鋭い殺気。

 

 直接向けられているわけでもないのに、全身に剣の切っ先を向けられている気分だ。

 

「何を寝ぼけている。造り主の顔すら忘れたか?」

「■■、■■■■■■■……」

 

 巨人が、剣を全て取り落とした。

 

「■■■■■■」

 

 そして巨躯を折り曲げ、シューに跪く。

 

 南雲くんたちを除いて私を含む全員が、その光景に息を呑んだ。あの化け物が、たった一人の人間に跪いたのだ。

 

 小刻みに体を震わせる巨人をシューは虚ろな目で眺め、おもむろに右手を振る。

 

 

 ゴト……

 

 

 一瞬の後、巨人の首が落ちた。

 

 数秒すると体も崩れ落ちて、地面が揺れる。あまりにあっけない終わり方に、開いた口が塞がらない。

 

「しばらく死の淵で反省してろ……さて」

 

 血のついたステッキを振りながら、シューは私の後ろに目線を向ける。

 

「いつまで寝てんだ、いい加減起きろ」

「えっ?」

 

 振り返れば、そこにあるのは御堂さんの首。どうやら、先ほどの杭の衝撃で落ちたらしい。

 

「あの、シュー。その、御堂さんは私たちを逃して死んで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──フフフ。もう少し微睡んでいたかったのですけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………は?」

 

 御堂さんの首が、喋った?

 

 錆びた蛇口のような動きで見ると、御堂さんの首のそれまで虚ろだった瞳に光が戻り、ほんの少し前まで見ていた微笑みを浮かべる。

 

「ですが、そうおっしゃるのなら目覚めましょう」

 

 ホラー映画さながらの光景は、それで終わらなかった。御堂さんの首はひとりでに浮き上がって巨人の死体に飛んでいく。

 

 無くなった首から広がる血の池の上まで飛んでいくと、そのまま落ちた。

 

 

 ボコッ……

 

 

 暫しの後に、血溜まりに気泡が浮かぶ。

 

 

 ボコッ、ボココッ、ボコココココッ!

 

 

 まるで沸騰した熱湯のように、次々と気泡が浮かんでは消えていき……

 

 

 

 バッシャァアン!!!!

 

 

 

 最後には、弾けた。

 

 血溜まりから4本の触手が飛び出して、地面に突き刺さる。うち一本は光輝の股の間に刺さって悲鳴が聞こえた。

 

 共に、ズルリと何かが浮き上がる。赤子のようにうずくまるそれは、まるで人のような……

 

「ぁぁ…………」

 

 ぴくり、と震えたそれは、少しずつ身を起こす。動きに伴ってまとわりついた血が流れ落ちていき、おぞましい赤の中から輝くような白が徐々に姿を現して……

 

「ああ……良い眠りでした」

 

 やがて完全に立ち上がった時──そこにはこの世全ての美を集合したような、完璧な〝人に似た何か〟がいた。

 

「ですが、いつか夢は覚めるもの。そして目覚める時こそが、最も甘美な瞬間」

 

 裸にあるのにも関わらず、〝彼女〟は恥じるでもなく両手を天に向けて広げる。

 

 興奮しているようにほんのりと赤い頬が、瞳が、淫靡な唇から溢れる声が、その全てが、見るもの全てを魅了した。

 

 金色の髪に、流れるような曲線を描く成熟した肢体。腰から伸びる触手は、彼女を眉から解き放つ翅のようで。

 

「ああ、いいですその蕩けた表情……食べてしまいたくなりそう」

 

 

 

 そう、なにもかもより美しく生まれ変わった御堂さんは……心底楽しそうに笑った。

 

 

 

「その食欲は変わらず健在、か」

「あら、誰かと思えば我が師ではないですか。私の美に唯一平然とした、つれない御方」

 

 ゆらゆらと触手を揺らし、御堂さんはこちらに歩み寄ってくるとシューの頬に指を這わせる。

 

 シューはそれを優雅な動きで取ると、軽く腰を落として手の甲に軽く口づけした。クスリ、と笑う御堂さん。

 

「これでいいかい、お寝坊な我が弟子?」

「ええ、その敬意に免じて突然いなくなったことへの罰はなしとしましょう。ところで雫さん、ごきげんよう」

「え、あ、ええ」

 

 いきなり話しかけられて、変な声が出る。その顔がこちらに向けられただけで胸が高鳴った。

 

 そして悟る。人は本当に美しいものを見たとき、同性でも異性でも関係なく胸が高鳴ってしまうのだと。

 

「って、雫さん?」

「あら、お嫌?私を最後まで手放さなかったので、感謝を込めてお呼びしたのですけれど」

「別にそれはいいけど、その……」

 

 彼女の顔から下を見下ろして、思わず口ごもる。色々と見えてはいけないところまで見えているのだけど……

 

 チラッと見てみれば、男女問わず赤い顔で股間のあたりをモジモジとさせている。特に男子は全力で下半身を隠していた。

 

「ふふ。私に見惚れてしまいました?」

「あ、えっと……」

「こらこら、ひとの彼女をからかわない。それにお父さんそんな破廉恥な格好許しませんよ」

「では、少し趣向を変えましょう」

 

 ゆるりとお辞儀した御堂さんの全身に巨人の死体から大量の血が飛んできて、真っ赤なドレスを形作る。

 

 触手をベルトのように巻き、髪型を整え、貴婦人といった風体になった御堂さんはニコリと微笑む。

 

「これでよろしくて?」

「ああ。んじゃ、雫のこと頼むわ」

「我が師の御心のままに」

 

 シューが私の腰から手を放し、離れていく。

 

 途端に不安になって手を伸ばすと、御堂さんがするりと自分の手を這わせてきた。

 

「っ!」

「一人前の淑女は、愛する男をそっと見守るものでしてよ?」

「あ……」

 

 なんだかその言葉に妙な説得力を感じてしまい、手を下ろす。よろしい、と御堂さんは微笑んだ。

 

「まずは……」

 

 シューが鉄杭の下にあるミンチに手を向ける。手のひらに黒い魔法陣が浮かび、ミンチに魔力が放射された。

 

「《反転(リバース)》、《循環(ループ)》」

 

 魔法と思われる言葉を呟いた瞬間──いつのまにか、無傷のアハトドがそこに立っていた。

 

 なぜ復活させたのか、シューの行動に困惑する。アハトド自身もどうして生きているのかわからないのか、オロオロとしていた。

 

「カーネイジ、食え」

「ギュリァアァァァアアァァァァアアァァァァアアァァァァアアッ!!!」

「ルォ!?」

 

 突如シューの体から赤黒い塊が飛び出して、棒立ちになっていたアハトドに食らいつく。

 

 暴れるアハトドだが、つり上がった目と黒い牙を持つ赤黒い塊はたやすくアハトドの腕を引き抜いて食らう。

 

 その次はアハトドの腹を裂いて、顔を突っ込んで直接臓物を食べ始めた。

 

「死ぬたびに延々反転して生き返る魔法をかけた。そこでずっと喰われてろ」

「あんた……」

「待たせたな」

「……色々とぶっ飛んだものを見せてくれたね。もう頭がパンク寸前だよ」

 

 妙に冷たい声のシューに、魔人族の女が答える。アハトドをやられ、巨人もとられて、顔には焦りが浮かんでいた。

 

「へえ、そのまま弾け飛べば一端の見世物になったのにな」

 

 対するシューは……とても冷たい空気を纏っている。これまで一度だって見たことない、酷く凍えるような殺意を。

 

「……そういえば」

 

 その殺気にふと、先ほどまで自分を殺そうとしていた魔物たちが静かなことに気づいた。

 

 気になって、一番近くの魔物を見ると……

 

「……死んでる?」

 

 固有魔法が解除されたキメラは、穴という穴から汚物を出して立ったまま絶命していた。

 

 その一匹だけではない。近くにいた魔物は全部同じように死んでいる。

 

 もしかして、殺気だけで死んだの?

 

 だとしたら私や香織たちが無事なのは……殺意が向けられていないから?意図的に魔物たちに向けていた?

 

「お前にゃかなり言いたいことあるけどよ……一言で済ませるわ」

 

 

 ガ、ガガガガ……

 

 

 シューの周りの空中に、無数の黒い穴が空いた。その瞬間、ぞわりと首筋に悪寒が走る。

 

 穴から出てきたのは、浮遊しながら回転する目のついたナイフの輪。何十とあるそれは、変色した血で汚れていた。

 

 続けて毒々しい色のカマキリや蜘蛛、ケタケタと笑う口の裂けた瓜二つの日本人形、腐った頭だけの番犬……

 

 これでもかというほどに不気味な者たちが、次々と穴から現れる。どれも巨人と同じか、それ以上の力を感じた。

 

 一つだけわかるのは……あれは決して、この世に存在してはいけない化け物ということだ。

 

 

 

「カシャカシャカシャ……」

 

 

 

 

「キィキィキィキィ……」

 

 

 

 

「グルルルルルルル……」

 

 

 

 

「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 

 

 

「「遊戯(殺し)だ♪遊戯(殺し)だ♪楽しいおままごと(虐殺)の時間だ♪」」

 

 

 

 

「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!」

 

 

 

 

 最終的に、何十もの種類の異形が洞窟の中を埋め尽くし、魔人族の女と配下の魔物たちを睥睨した。

 

「な、なんだそいつらは……!」

「お前は雫を傷つけた。美空や、ネルファのことも。その罪は万死に値する」

 

 たじろぐ魔人族の女。あまりに異常な怪物の大群に未だ生きている魔物たちも恐れをなし、すぐにでも逃げ出しそうで。

 

 それを見ていたシューが、おもむろに手を挙げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「故に──死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてシューが手を振り下ろした瞬間──全ての異形が歓喜の声をあげて魔物たちに襲いかかった。

 

「グゥゥアアアアアア!?」

「「「「バウッ!バウッ!」」」」

「グギャァアアアァアア!?」

「「みてみて、お目目だよ、お目目だよ!あはは、綺麗だね♪」」

 

 腐れ犬頭がキメラの全身を喰いちぎり、遊戯だ遊戯だと姉妹人形がブルタールモドキの目を手でえぐって脳みそを引きずり出す。

 

「キャハハハハハハハハハハ!くルみだ、クるミダ!」

「二"ャッ!?」

 

 狂った笑いをあげて走り回るボロボロのくるみ割り人形たちが、逃げる黒猫に追いつくと頭を丸ごと齧って食い千切る。

 

 

 スパンッ! スパンッ!

 

 

「ヴォォオオオオオオッ!!?」

「IHVAJJAAaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 

 ナイフの輪が魔力を吸収する六足亀を指の先から少しずつ切り刻んでいき、全身に目玉のついた灰色の人型が頭を引っこ抜いて甲羅の中身をぶちまける。

 

「ヂュー!」

「キリキリキリキリ!」

「グ、グガァアアア!」

 

 悲鳴を上げて逃げ回るキメラに紫緑色の体液を散らばして顔に穴の空いたネズミが群がり、カマキリたちが歯を一本一本抜いていく。

 

「「「キャンディー、キャンディー!」」」

「キャンッ!キャヴンッ!」

 

 下半身が全て手の化け物が四つ目狼を捕まえて、ボールのように固まったいくつもの顔で舐め回して溶かしていく。

 

「……何よこれ」

 

 あまりに一方的な虐殺。形容できない阿鼻叫喚の地獄絵図。

 

 見ていてこちらが可哀想になるほどに、異形たちは魔物をそれはそれは楽しそうに殺していた。

 

 一切容赦のない蹂躙は、シューが指揮者のごとく指を振ることで終わりなく続けられる。

 

「すごいって言っていいのか……それともひどいっていうべきなのかしら」

「ああ、なんておいたわしい。あれほどまでお怒りになさるのはいつぶりかしら」

「……怒ってる?」

 

 あれが、ただ怒っているからやっているというの?

 

 どこか遠い気分で蹂躙を眺めていると、やれやれと視界の端で御堂さんがかぶりを振る。

 

「何を他人事のように惚けていらっしゃるの?あれはあなたのためにお怒りになっているのよ」

「……私?」

 

 私のために、怒ってるってこと……?

 

「そう。先ほどは私たちの名も口にしていたけど……紛れもなく、他の誰でもなく。あの御方が誰より愛しなさる貴方を傷つけたからこそ、心の底から怒りに染まっている」

「……本当に?」

「あら、私が嘘をつくと?」

 

 その言葉に、もう一度シューを見る。

 

 異形たちを操るシューの横顔は──なるほど、たしかに怒っている時とそっくりだ。

 

 でも、私が知ってるよりもっと怖くて、冷徹で。

 

「殺せ。徹底的に殺し尽くせ。血肉の一欠片も残さず食い尽くしてしまえ」

 

 なにより、悲しそうだった。

 

 

 ドクン。

 

 

 あれが全て、私のため?

 

 

 ドクン、ドクン。

 

 

 私が傷つけられたから、怒ってくれている?

 

 

 ドクン、ドクン、ドクン。

 

 

 なら。それなら、私は──

 

「嬉しい、と思ったでしょう」

「っ!」

「でも同時に狂っているとも思った。違って?」

「…………」

 

 正直なところ、その通りだ。

 

 私はこの光景を見て……恐ろしさ以上に、大きな喜びを感じていた。

 

 嬉しい。こんなに、私はシューに愛されてるんだって。

 

 その感覚は狂っているかもしれない。いいや、おそらく香織や光輝に聞けば間違いなく狂っていると言われるだろう。

 

 でもこれほどまでに強く愛されて、胸の奥が熱く疼いてしまったのだ。

 

 自分では、どうしようもないほどに。

 

「貴方はこれを見て、あの御方を恐れなさる?」

「……まさか」

 

 私があの人を恐れる?

 

()()()()()()()()

 

 そんなの──

 

「──ありえない。私はシューを愛してる」

 

 だからどんなに強大な力を持ってても、異形の怪物を操っても……そこに誰かへの思いがある限り、恐れるはずがない。

 

「あらあら……本当に罪な方、いたいけな少女をこんなに壊すなんて」

「上等よ」

 

 それでシューのそばに居られるのなら、あの背中に寄り添えるのなら、多少は狂っていても良い。

 

「こいつで最後だ」

 

 そんなことを考えている間に、時折抜けてきた魔物の最後の一体がシューが指を鳴らした途端破裂した。

 

 気がつけば、魔物はもう一匹も残っていなかった。あるのは肉片と、血の海と、死の気配の残滓だけ。

 

 各々の戦果を手に異形たちは黒い穴の中へ消えていき、膝をついた魔人族の女だけがポツンと残った。

 

「そんな……あの魔物の集団が一瞬で…………」

「すげえ……」

 

 クラスメイトたちの呟く声が聞こえる。それはそうだ、本人が手を下すまでもなく全て終わったんだから。

 

「ここまでやるとはな」

「南雲くん」

 

 両手に銃器を持った南雲くんが、シューを見て肩をすくめた。

 

 彼の周りには某ファ◯ネルみたいな十字架が浮かんでおり、銃口からはわずかに硝煙の匂いがする。

 

 ふとクラスメイトたちの方を見ると、皆の一歩手前でことごとく殺されていた。どうやら南雲くんや、連れの子達がやってくれたらしい。

 

「ったく、相当キレてんのはわかってたがあそこまでか」

「南雲くんも予想外だったの?」

「ああ、ありゃ〝百鬼夜行シリーズ〟っていうシュウジが作った魔物なんだが……俺の知らないやつ半分くらいいたぞ。派手好きで見せたがりのあいつが、未公開のやつを出すなんて珍しい」

 

 どうやらあれは、シューが作ったみたい。いよいよもって恋人の規格外さに苦笑いが溢れる。

 

「呆気ないなぁ。もう少し食わせてやりたかったのに」

「っ……この、化け物め……!」

「化け物ですけどなにか?」

 

 シューはスタスタと魔人族の女に歩み寄っていく。目の前まで来ると、首を掴んで宙に釣り上げた。

 

「が、ぁ……」

「お前には死んでもらう」

 

 ……やっぱり殺すのね。暗殺者だったシューが、敵対した相手を殺さない理由はないもの。

 

「だが、タダでは殺さん」

「な、なに……?」

「言ったろ? 万死に値するって」

 

 その言葉に、今も赤黒い塊に食べられているアハトドのことが思い浮かんだ。

 

 まさかと思うと、その予想は当たっているみたいで。

 

「も、もしかして、あんた……」

「そう、お前には()()()死んでもらう。喜べ、こんな大盤振る舞いはそうないぜ?」

「ま、まて──」

 

 女が制止をかけるが──すでに遅かった。

 

「1回目」

 

 

 グキッ。

 

 

 魔人族の女の首があらぬ方向へ曲がる。だらん、とシューの手を解こうとしていた両手が落ちた。

 

「はいはい、寝てないで起きようなー」

「──っ!?」

 

 しかし、アハトドに使っていたのと同じ魔法ですぐに息を吹き返した。そうするとシューを恐怖のこもった目で見る。

 

「さて、次はどうする?首を捻る?それとも心臓を抉り出す?あ、カーネイジに体の中から食わせんのもいいな」

「あ、あ……」

「さあ、選べよ。好きなのからやってやる」

「も、もう許し──」

 

 

 

 

 

「許すわけねぇだろッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 首から手を離された魔人族の女に大槌が振り下ろされ、潰れて死んだ。血が槌の下から広がる。

 

 その際の怒りに満ちた声に、クラスメイト全員が身をすくませた。私ですら聞いたことのないそれは、あまりに異様だったのだ。

 

「──っ!? わ、私は死んだはずじゃ」

 

 槌を持ち上げた瞬間、女は復活する。すでに目は恐怖一色に染まっていて、二回も死んだのだから当たり前だった。

 

「そうさ、〝僕〟は化け物だ。どこにも居場所のなかった、殺すことしかできない怪物だ」

 

 錯乱する女に、シューが冷たい声音で語りかける。

 

「だがそんな〝ワシ〟から、お前は唯一の拠り所を奪おうとした」

「な、なにを……」

「だから〝私〟たちは貴方を許さない。貴方の魂が摩耗しきるまで何度でも殺します。それが〝俺〟の望みだから」

「……?」

 

 なんだか、様子がおかしい。シューの言葉に違和感を感じる。

 

 けどその疑問を確かめる前に、魔人族の女は魔法で炎に焼かれて消し炭になった。

 

「ほら、たったの3回だ。まだまだ終わらないぞ」

 

 それから目にも留まらぬスピードで、女は何度も殺されて、復活してを繰り返した。

 

 あるときは心臓を手刀で貫かれ、またある時は魔法で圧死し、そしてある時は全身磔にされる。

 

 考え付く限りの拷問が、ほとんど見えない速度で何度も何度も繰り返された。

 

 最初は聞こえていた女の悲鳴も懇願も、やがて小さくなって消えていく。まるでロウソクの火が消えていくみたいに。

 

「九千九百九十九回……と」

 

 始まってから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 

 女の首から鎖が外され、死骸が地面に倒れる。

 

 それも数秒で、またビクンッと痙攣して覚醒した。

 

「くっ、かは……!

「どうだ?心が死んだか?」

「き、貴様……」

「おー、所々で再生させてるとはいえよくもつな。こんだけの回数死んだら普通壊れるんだけど」

 

 シューはしゃがんで魔人族の女の胸元を掴み上げると、右手の指を空中で何かをつかむように曲げる。

 

 

 パキ、パキ……

 

 

 どこからともなく光が収束して、輝くような純白のナイフが現れた。

 

 無骨な作りの、柄頭に濁った宝石の嵌ったもの。一見なんの変哲も無い、少し珍しいだけのナイフだ。

 

 けれどそれを見た途端──これまで見たどんなものよりも、心の底から恐怖を感じた。

 

「あれはまさか……?」

「御堂さん?」

 

 それまで平然とシューを見ていた御堂さんが、何か呟いた。名前を呼ぶが、返事がない。

 

「んじゃ、これで最後だ……永遠に消えてなくなれ」

「……いつか。私の恋人が、あんたを殺すよ」

「そうか。ならそいつも殺してそっちに送ってやる」

 

 それだけ言って、シューは目を閉じた魔人族の女に向けてナイフを構えて。

 

「死ね」

 

 なんの躊躇もなく、女の首めがけて振った。

 

 

 

 ──だめ。あれをシューに使わせちゃいけない!

 

 

 

「シュー、ダメッ!」

「──っ」

 

 無意識に叫んだ。それに反応して、シューは動きを止める。

 

 こちらを向いて、空っぽの瞳で私を見てきた。震える足をぐっと押さえて、真正面から見つめ返す。

 

 数秒間見つめ合っていると、徐々にシューの目に光が戻った。そうすると自分の手の中を見て、白いナイフに目を見張る。

 

「そ、そうだ北野!もうやめろ!これ以上殺す必要はない!」

 

 動きが止まったのを好機と見たか、多少回復して立ち上がった光輝が抗議を始めた。自然と皆が光輝を見る。

 

「捕虜、そうだ、捕虜にしよう。無抵抗の人を殺すなんてダメだ。俺は勇者だ、そんなことは許せない。北野も仲間なんだ、俺に免じて引いてくれ」

「バカじゃありませんの、あのグズ勇者」

 

 隣で容赦ない言葉を吐く御堂さん。これには私も同意せざるを得なかった。あまりにツッコミどころが多すぎる。

 

「……そうだな」

「わかってくれたか!ならっ!」

 

 その時。

 

 私はシューの左手に、黒いナイフが握られるのをはっきりと見た。

 

「抵抗しないうちに、敵は殺さなくちゃな」

 

 

 スパッ。

 

 

 乾いた音が洞窟に響く。

 

 魔人族の女の首が宙を舞い、弧を描いてやけに重々しい音を伴って落ちた。

 

 体から噴水のように血が吹き出て、力を失って倒れる。今度は復活することなく、血だまりが広がる。

 

 そして返り血を浴びたシューは……黒ナイフを握る左手を、最後まで振り切っていた。

 

「な、なぜ……もう戦意を喪失していたのに……なぜ殺したんだ……」

 

 シン、と静寂が場を支配した。光輝は崩れ落ち、クラスメイトたちは初めて見た人殺しに吐いたり気絶したりする。

 

「…………………………」

 

 その一切を気にすることなく、シューはゆっくりと手を下ろすと魔人族の女の死体を見つめた。

 

 シューの無の表情からは何も読み取れない。初めて何を考えてるのかわからなくなって、私は足踏みした。

 

 でも、そのままにはしておけない気がして……

 

「行ってらっしゃいな」

「あっ」

 

 背中を押されて、私は一歩踏み出した。

 

 振り返ると、御堂さんは鷹揚に頷く。

 

 頷き返して、私はシューをまっすぐ見据えた。

 

 

「シュー!」

 

 名前を呼ぶ。緩慢な動きで彼はこちらを見て、私は同時に走り出し──

 

 

 

 

 

「しずっ──!?」

「ん──」

 

 

 

 

 

 ──すっかり冷たくなった、シューの唇にキスをした。

 

 シューが目を見開く。背後からも驚く雰囲気が伝わってくるが、どうでもいい。

 

 ただ今は、お願い。

 

 少しでも、私の熱を分けてあげたい。

 

 この冷え切った体に、またあの熱を灯してあげたい。

 

 強く、強くそう願う。

 

 

「……ん」

「……!」

 

 そんな私の思いが、功を奏したのだろうか。シューの片手が腰に回る感覚がした。

 

 それが嬉しくて、もっと強く唇を押し付ける。すると彼は私の頬に手を添えて、とても強く抱きしめてくれた。

 

 それが決して離さないと、そう言ってくれているみたいで。

 

 

 

 

 私は……ずっと、ずっとキスをし続けた。

 

 

 




うん、また長い上にできが心配すぎる。
御堂さんの外観は十代→二十代前半くらいに変わりました。
感想おなしゃす!


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色々と

流石に放置しすぎました。

シュウジ「半月以上ぶりだな。シュウジだ、前回は雫たちを助けたぜ」

シア「ものすごい剣幕だったですぅ、うさ耳がブルブル震えたですぅ」

ルイネ「あれほどの怒りを見るのはほとんど初めてだ…やはり、私では一歩足りないのか」

御堂「何をくだらないことで悩んでるんですの。さ、今回は前回の後の話ですわ。それではせーの」


四人「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」


 始めてから、五分くらい経っただろうか。

 

 シュウジが八重樫の肩に手を置いて、ゆっくりと離れる。八重樫は閉じていた目を開けて、シュウジを見上げた。

 

 そして公衆の面前でキスをしたことをようやく自覚したのだろう。みるみるうちに頬が赤くなっていき、シュウジの胸に埋める。

 

「ありがとな、雫。お陰で正気に戻れた」

「うぅ……!」

 

 お礼を言うシュウジに、ポカポカと子供みたいに握りこぶしで胸を叩く八重樫。シュウジは優しく微笑んで頭を撫でた。

 

 その光景に、さっきまで悲惨だった空気が甘くなっていく。周囲は血みどろの死体だらけだというのに、あそこだけピンクになってた。

 

 いかん、ついさっきまでシリアスな雰囲気だったのに砂糖を吐きそうだ。それもこれも切り替え早いあいつが悪い(暴論)

 

「…………」ジー

「………………やらないからな」

「へぇ……久しぶりの再会なのにハジメはしてくれないんだ。久しぶりの再会なのに」

 

 なんで二回言うんですかね美空さん。あれか、大事なことだから二回言いましたってか。まあそうだけど。

 

 というか、美空の顔を見るのが怖くて振り返れない。こう、振り返った瞬間無限の果物ナイフが飛んでくる気がする。

 

「ちょっと、なんでこっち見ないし。彼女の顔見たくない理由でもあんの?」

「いや、それはだな……」

「ほら、言ってみなさいよ。ほら、ほらほら」

「痛い、痛いです美空さん」

 

 グリグリと頬に突き刺さる鋭い爪。ヒュドラなんか目じゃないおっそろしいオーラを醸し出す美空に、思わず昔の口調が出てしまった。

 

 というか白崎、なんだそのちょっと羨ましいなーみたいな顔は。それは美空が俺に絡んでるからか? それとも……いや、こっちはねえな。

 

 とりあえず助けてくれと仲間たちを見るが、全員ことごとくダメだった。

 

「あれが美空……あっさりとハジメを劣勢に……やっぱり侮れない」

「むぅ……あのハジメさんがあんな態度を取るなんて。少しジェラシーですぅ」

「ん、これはミュウと三人で撮ったやつ。うん、良い」

「マスター…………」

 

 ユエは何かに戦慄してるし、シアはちょっと頬を膨らませてるし、ウサギはすでにアルバム鑑賞に入ってる。

 

 こういうとき頼りになるルイネは、思うところがあるのだろう。シュウジの方をなんとも言えない目で見ていた。

 

 あ、ちなみに余談だが、シュウジが作ってるあの分厚いアルバムは最近は俺の写真……言ってて恥ずかしいなこれ……だけじゃない。

 

 皆で一緒に撮った写真とか、リベルと二人で街を散策した時の写真とか、そういうのが増えていた。思わずほっこりしたのは内緒だ。

 

「ハジメ? 私質問してるんですけど。何か答えて欲しいんですけどぉ?」

 

 俺の方は全然ほっこりじゃないけど。どんどん指圧が増している。ついでにプレッシャーも増している。

 

「だぁーもう!」

 

 流石にいつまでも無視するわけにもいかないので、やけくそになって美空の指を手ごと取った。

 

 そのままこちらに引っ張って、ええいままよと胸の中に入れる。そうすると一瞬だけ抱きしめてすぐに放した。

 

「……ふぇ?」

「すまんが、俺にはこれが限界だ。あんなクソ甘いのは期待すんな」

 

 美空はしばらくぽかんとしていたが、やがて「……ヘタレだし」と言いながらそっぽを向いた。全くもってその通りです、はい。

 

 だがその行動が功を奏して、凄まじいプレッシャーは緩んだ。代わりに背後からシアの羨ましそうな視線が追加されたがスルー。

 

 え? さっきまで履いてたりビビったりしてたのにこっちを砂糖吐きそうな目で見てるクラスメイトたち? 見えない聞こえない。

 

 そうこうしているうちに、シュウジたちがこちらに戻ってくる。八重樫は今だに顔を赤くしたままシュウジの腕にひっついていた。

 

「シュウジ、ド派手にやったな」

「おうハジメ、そっちもお疲れさん。主に美空の相手」

「見えてたんかい」

「いやー、いいツンデレっぷりでしたなぁ」

「テメェはイチャつきすぎだ」

「っ!」

 

 そう言うと、八重樫がさらに赤面してシュウジの腕に顔を埋めてしまった。やべえミスった、そっちにダメージがいったか。

 

「おい、南雲!」

「ん?」

 

 不意に名前を呼ばれ、そちらを見る。すると黄金色のライダーに変身してた坂上が近づいてくるところだった。

 

 ズンズンとこちらに歩み寄る坂上の後ろで谷口がアワアワしてんのを首を傾げつつ、目の前まで来た坂上を見上げた。

 

「…………」

 

 俺を見下ろす坂上の目には、様々な感情が浮かんでいるように見えた。

 

 それは喜びだったり、かと思えば後ろめたそうだったり……いや、別に男にこんな目で見られても嬉しくないんだが。

 

「おい、なんか用があるなら早く言えよ」

「っ、あ、ああ。南雲、あん時は助けてくれて……その、なんだ。サンキューな」

「なんだ、そんなことかよ。別に今更礼なんて言われても……」

「いや、言わせてくれ。お前が助けておかげで、俺は今ここにいる。本当に、ありがとう。そして助けられなくてすまねぇ!」

 

 いいと言ってるのに、坂上は暑苦しく熱弁すると勢いよく頭を下げてきた。流石に面食らってしまう。

 

 坂上の声には、深い後悔と自責の念が混じっていた。よほど俺に助けられ、そして見殺しにしたことが気になるのか。

 

 以前のこいつなら、俺に頭下げるなんて死んでもしなかっただろう。ライダーになってることといい、いろいろと経験したのか? 

 

 まあそれはともかく……〝やめろ、どうでもいい〟。そんな言葉が真っ先に頭の中に浮かんできた。

 

「本当に、すまなかった……」

 

 が……坂上の握られた拳を見て、なんだかその気は失せてしまった。

 

「……ま、なんだ。おかげでいろいろ手に入れるもんもあったし、いつまでも気に病むな。むしろ迷惑だ」

「でも俺はっ!」

「あーうるせえ、至近距離で叫ぶな。そんなことより、せっかく生き残ったんだ。どうせなら地球に帰るまでは生き抜けよ」

「南雲、お前……」

 

 おい、なんだそのキラキラした目は。当たり前のこと言っただけなのになんでこんな鬱陶しい目をされなきゃいかん。

 

「ったく、この街に来てから美空の顔見たくらいで一つもいいことねえな……」

「尊敬されてるねぇ」

「じゃかあしいこの砂糖製造機」

「誰がリアル鬼ごっこの優勝者だ」

「それは佐藤さんな」

「ふふっ」

 

 突然白崎が笑う。

 

 シュウジと二人で振り返ると、美空と手を繋いで……いや今更だけど何堂々と繋いでんだ……いる白崎は慌てて首を振る。

 

「その、ごめんね? なんていうか、やっぱり変わらないなぁって、そう思っちゃって」

「こいつらがちょっとやそっとで変わるわけないでしょ。バカは死んでも治らないんだから」

「美空さん酷くないっすかね」

「バカはバカでも(以下略」

 

 どうだか、とそっぽを向く美空にため息を吐く俺、ケラケラと笑うシュウジにひっついてる八重樫、微笑む白崎。

 

 そのやり取りに、なぜかいつもの教室での光景を思い出した。これと少し違った、しかしとても似通った遠い過去のそれを。

 

 

 

「北野!」

 

 

 

 で、似てるもんなら、この感慨を邪魔をする奴も同じってわけで。

 

 さっきまで崩れ落ちてたのに、何やら怒気を纏った天之河が坂上よりさらに荒い足取りでシュウジの背後から近寄った。

 

「なぜ、彼女を殺したんだ! もう戦う意思は──」

「そういやメルさんのこと言ってなかったわ。道中で負傷してたのを見つけたから、適当に回復させて地上に返しといたよん」

「あ、本当? 良かった……シュー君、ありがとう」

「いやいや、お安い御用よ。エボルトが飲み仲間減るって悲しみそうだし」

 

 案の定、軽やかにスルーするシュウジ。ガン無視された天之河は顔を赤くして、シュウジに向かってぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。

 

 しかしその背後から、紫色の触手が伸びてきて天之河の両手と両足を絡め取った。驚いて後ろを見る天之河。

 

「無粋な真似はよしなさい、愚種。あまり騒ぎ立てると埋めますわよ」

「俺はただ、北野に話が──」

「意見は求めてないですわ」

 

 問答無用で回収される天之河。そのままペイっと適当な感じに捨てられた。今更だけど扱い雑だな。

 

 というか、改めて見ると御堂のやつすげえ変わりようだ。人のこと言えないが、全くと言っていいほど面影がない。

 

 シュウジからそうかもしれないとは聞いていたが、こうして直に見るとなんとも言えない気分だ。側から見たら俺もそう見えるのか……? 

 

「さ、続きをどうぞ」

「んな強引な……」

「まあ、別にいいんじゃない」

「……美空?」

 

 突然の肯定に、美空の方を向く。するとこれまでにないほど、真剣な目で俺のことを見上げていた。自然と気が引き締まる。

 

「ホントはさ、もっと色々言おうと思ってたんだ。なに勝手にいなくなってんのとか、女作って帰ってくるとかいい度胸じゃんとか」

「ぬぐっ」

 

 思わず息を詰まらせる。確かにあっちの常識で言えば、俺は行方不明になったかと思ったら別の女作ってたクソ野郎だ。

 

 いや別にユエたちへの気持ちをごまかす気はないけど、また修羅が再誕するかと身構えるが……しかし、そうはならなかった。

 

「でもさ……やっぱ、ハジメの顔見たら全部どうでもよくなった」

「美空……」

「それにほら、私も香織と……まあちょっとそういう関係だし? そんなに言えない立場っていうか、おあいこっていうか」

「み、美空っ!」

 

 赤面する白崎。改めて本人の口から聞かされて、マジでそういうことになってたのだと分かって微妙な心境になった。

 

 その片隅で「百合……いいっすね!」とサムズアップする小さな俺を叩き潰して、まだ話を続ける雰囲気の美空に意識を戻す。

 

「だから、要するになにが言いたいかっていうと……」

 

 白崎の手を離した美空は、こちらに歩み寄ってきて……ポスッ、と軽い音を立てて胸の中に収まった。

 

「生きててくれて、ありがと。ずっと会いたかった」

 

 そう言う美空の手は、小刻みに震えていた。それととともに顔を押し付けられている部分が濡れていく感触。

 

 ずっと、心配していてくれたのだろう。改めて、自分がこれほど愛してくれる相手を放ったらかしていたことを自覚した。

 

 ……あー、これに関しちゃ完全に俺がバカだ。地球にいた頃は、こいつと一緒にいるため、悲しい思いをさせないため頑張ってたのに。

 

「……ああ、俺もだ」

 

 だから今度こそ恥ずかしがることなく、ちゃんと抱きしめる。美空は一瞬震えて、すぐに抱きかえしてきた。

 

「うぐっ、ぇぐっ、ハジメ、ハジ、メぇ……!」

「随分待たせたな」

 

 嗚咽を漏らす美空の頭を、右手で撫でる。するとさらに美空は泣いた。俺はテンパった。

 

「むー、羨ましい」

「……どっちの意味だ」

「えっと、どっちも?」

「なんだそりゃ……あんだけいがみ合ってたのに、随分だな白崎」

「将を射んと欲すればまず馬を射よ?」

「美空は馬かよ」

 

 ていうかそれだと俺も射られる予定なんだが。まさかそっちはあるまいな? 

 

「でも……私からも、ありがとう。あの時は守れ、なくて、ごめん、ねっ……!」

 

 今度は白崎も泣き出して、美空にかぶさる形で抱きついてきた。流石にこっちはどうしようもないので、引き続き美空を撫でる。

 

 途中から「うぇへへ、南雲くんと美空と同時にハグ……」とか言い出した白崎に苦笑しながら撫でることしばらく、美空が自分から離れる。

 

「ん、もう平気。情けないとこ見せてごめんね」

「いや、俺が全面的に悪いしな」

「ほんとだしっ、もう二度としないでよね! したら……刻むよ?」

「イエスマム」

 

 無意識に敬礼する。ああ、クラスメイトたちの生暖かい目線がうざい。つーか坂上はなんで泣いてんだ。お前変わりすぎだろ。

 

 それにあれだ、ユエたちからの視線もチクチクと痛い。最初から美空のことは折り合いがついてるので悪いことはしてないはずだけど……

 

 ともかく、居心地が悪い。シュウジは八重樫とイチャついてて話にならんし、誰かこの空気を変えて……

 

「……ふぅ、香織も雫も本当に優しいな。クラスメイトが生きていた事を泣いて喜ぶなんて……でも、北野は無抵抗の人を殺したんだ。話し合う必要がある。雫もいくら恋人でも、それくらいにして、北野から離れた方がいい」

 

 お前じゃないんだよなぁ(諦め)

 

「いや、何言ってんのお前? お前の出る幕ねえだろ」

 

 明らかにズレた発言に、思わず突っ込んでしまう。あんだけ当たりが強かったクラスメイトたちでさえウンウンと頷いた。

 

「南雲は黙っててくれ。俺は北野と話がしたいんだ」

「いや、それ以前に助けてもらって礼の言葉もなしかよ。今の俺でもそのくらいは常識わきまえてるぞ?」

「た、確かにそれは助かった。でも北野は無抵抗の人間を殺したんだ、許されることじゃない!」

「そもそもなんでお前が許す許さない決めてんだ。そんなの本人の倫理の問題だろうが」

 

 ド正論を言ったはずなのに、天之河はまるでわかってない、みたいにため息を吐いて肩をすくめた。こいつぶん殴ってやろうか。

 

「そんなの、南雲たちが俺の仲間だからに決まってるだろ?」

「…………………………はっ?」

 

 ……やべえ、こいつの言葉を理解するのに[+瞬光]が発動しかけた。もしかしなくても今の俺はあっけにとられてるだろう。

 

 仲間? 俺と天之河たちが? 頭沸いてんじゃねえのかこいつ。どこをどう見たら俺たちが仲間なんて発想が出てくんだ。

 

「おー、いつもキリッとしてるハジメの頬がぷにぷに」

 

 あんまりにもアレな発言に言葉が出ないでいると、いつの間にやらウサギがそばに来て頬を突いてきた。

 

 それでようやく我にかえると、全員こっちにきている。三人ともまるで天之河から俺を守るように囲っていた。

 

「な、なんだ君達は。今真剣な話をしているから、少しあっちに」

「……くだらない男。ハジメ、もう行こう?」

「あー、そうだな。美空もいいか?」

「うん。ここ怖いし」

「あっ、待って美空。南雲くん」

 

 バッサリと切り捨てたユエに同意して、俺は美空と仲間たちを促し早々に帰る準備を始めた。もうここにいる意味はねえしな。

 

 さて、それじゃあパイルバンカーの杭を回収しに……

 

「待ってくれ。こっちの話は終わっていない。南雲たちの本音を聞かないと仲間として認められない。それに、君は誰なんだ? 助けてくれた事には感謝するけど、初対面の相手にくだらないんて……失礼だろ? 一体、何がくだらないって言うんだい?」

 

 本当しつけえなこいつ! 

 

 つーか失礼だのなんだの言うなら、まず自分の胸に手を置いて考えろや。お前散々俺らに失礼な態度とってるぞ。

 

 ……とは思うものの、突っ込んでもまた変な正論じみた屁理屈言われそうだからな。ほら、ユエとかもう興味0の顔してる。

 

「おーいおい、ハジメ?」

 

 さてどうしたものかと思っていると、ふとシュウジに名前を呼ばれた。

 

「あん? どうしたシュウジ──」

「さっきから話してるけど──そこに誰かいるのか?」

「……は?」

 

 こいつ、何言ってんだ? 確かに天之河のことは毛嫌いしてるけど、今のは本当に見えてないみたいな口調で……

 

 そこまで考えて、あることに気がついた。もしかしてと思い、いつも通り陽気に笑うシュウジを見る。

 

「ん、どした? 俺の顔になんかついてる? あ、昼に食ったホットケーキの食べカスとか?」

「お前……」

 

 

 

 目の焦点が、合ってない。

 

 

 

 こっちを見ているようで、その目は全くまともではない。おそらく本当に、今のこいつには天之河が認識できてないんだろう。

 

 他の皆も気がついたのか、訝しげな顔をシュウジに向ける。ついさっきまで何か思いつめていたルイネまでもがだ。

 

 特に八重樫などは青い顔をして見上げるが、本人は首をかしげるばかりだ。

 

「ねえハジメ、これって……」

「ああ……おいシュウジ。とりあえず、地上に戻るぞ」

 

 今はとにかく、こいつをこの場から遠ざけないと。

 

「そう? なら雫、行こうか」

「え、ええ……」

 

 にこりといつもの様に……いっそ不気味なくらいに自然に笑ったシュウジは、八重樫の手を引いて上へ向かい歩き出した。

 

 俺たちも動き出すと、ここに残されてはたまらないとクラスメイトたちも移動を始める。

 

 そんな中、天之河はまだ諦めてなかった。

 

「お、おい待て! まだ質問に──」

「天之河。色々言うと面倒臭いことになりそうだから、お前に一つだけ言ってやる」

 

 振り返り、[威圧]を軽めに発動して有無を言わさぬ口調で天之河に話しかける。

 

「誤魔化してんじゃねえぞ」

「ご、誤魔化す? 俺が一体何を誤魔化してるっていうんだ!」

 

 なんだこいつ、また気づいてないのか。

 

「お前は人殺しを咎めたいんじゃない。人死にが見たくなくて、だが殺されかけた以上下手なことは言えない。だから()()()()()()()()()()と論点をずらしたんだろ?」

「なっ!」

 

 こいつは俺たちに話しかけるとき、枕詞に必ず「無抵抗の」と置いていた。まるで自分に言い聞かせるみたいに。

 

 クラスメイトどもなら天之河のカリスマ(笑)に当てられて見逃しそうなもんだが、あいにくとそこまで馬鹿じゃない。

 

「殺しは見たくない、でも助けられた以上は何も言えない。だから見たくないものを見せられた、戦意を喪失したのに殺したと話をすり替えた。さも正しいことを言ってますって顔でな。まったくすげえよ、その自覚なしの息を吐くようにご都合解釈する癖」

「ち、違う! わかったようなことを言うな! それに、北野が人を殺したのは事実だろうが!」

「それがどうした?」

「はっ!?」

 

 間の抜けた声を上げる天之河。こいつ、いつまで自分が平和な地球でヒーロー気取ってられると誤解してやがんだ? 

 

 ことここにきて、まだ地球の常識が通じると思ってるあたり大した勇者様(笑)だ。情けなさで涙が出てくる。

 

「ひ、人殺しは悪いことだろ! それがどうしたって、おかしいぞお前!」

「おかしいのはお前だボンクラ……あーもう、お前と話すの疲れるからこれで終わりな?」

「なんだと!?」

 

 だからそのいちいちオーバーリアクションするのが面倒くさいんだって。

 

「いいか、俺たちは敵とみなした場合、俺たちに害が及ぶと認識した時点で──容赦なく殺す。そうすることで俺たちが生き残るからな。この世界は弱肉強食、甘さを見せた奴から死んでくんだよ」

「なぁ……!?」

 

 そもそも、だ。こいつは魔人族を捕虜にしたとして、どうするつもりだったんだ? 

 

 あの様子じゃ絶対何も吐かなかっただろうし、途中で逃げ出そうとするのがオチだ。なんなら寝首をかかれる可能性が高い。

 

 よしんば王都まで連れてったとして、そこで拷問を受けるのは確定。その時に受ける屈辱を、苦しみを、こいつは理解してるのだろうか。

 

 いいや、してるはずがない。敗者には残酷な未来しか待っていないとわかっているのなら、無意味に捕虜にするなんて繰り返さない。

 

「別にこれは俺たちの価値観だ、押し付けるつもりは毛頭ない。だからお前の価値観も押し付けるな。それができないのなら……」

 

 一瞬でホルスターからドンナーを取り出し、威嚇用のゴム弾を撃つ。それは天之河の頬をかすめ、後ろの壁に当たった。

 

「俺たちはお前を敵とみなし、殺す。たとえ顔見知りでも、明確な理由がない限りな」

「お、おま……」

「それ以前に、ここには美空と八重樫を迎えにきただけだ。あとは、白崎に義理を返しにな。仲間だなんだ寝言言ってる前に、それをそのネジの外れた頭で理解しとけ」

 

 それだけ言ってドンナーを戻し、美空たちの方に振り返る。すると、白崎が複雑そうな目で俺を見ていた。

 

 ま、それが普通の反応だろうな。俺だってこれが物騒な考えだってのは自覚してるが、曲げたいとは思わない。

 

 さて。肝心なのは美空の反応だが……

 

「ん、話終わった? じゃあ行くよ」

「……あっけらかんとしてんな、お前」

「別に当然のこと言っただけだし。そもそも初日のエボルトの話でそれくらいの覚悟はしてたしね」

 

 我が彼女はとても強かった。こんないい女、ユエたちを除けば地球にはいねえな。大切にしよう……刻まれないためにも。

 

 そんなことを考えつつ、呆然としている天之河を放置して俺たちはホルアドの街へと帰るのだった。




感想をくれると嬉しいゼ!


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その心の内には

どうも、蒸し暑くて内心だらーんとしてる作者です。

ハジメ「よう、ハジメだ。前回はあの勇者(笑)に色々言ったな。多分聞いてないけど」

エボルト「むしろ、あれで聞いてたら驚きだろ。どうせご都合解釈に走ってるんだろうけどよ」

雫「こら、二人とも。たしかに光輝は考えが足りないところはあるけど…まあ、うん。いいところはあるわよ」

香織「そこはちゃんと最後まで擁護しようよ!いや、私も今回の光輝くんはちょっと違うなと思ったけど……」

ウサギ「二人とも、自信ない」

二人「「うっ…」」

エボルト「ま、その辺にしとけ。今回は…こりゃまた大変だな。んじゃ、せーの」


五人「「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」」


 ハジメ side

 

 

 邪魔な魔物を殺しながら移動すること、数時間。

 

 俺たちはあと一階層で地上というところまで登ってきていた。まったく、ここまで面倒な雑魚処理ばっかで飽きた。

 

 その光景にクラスメイトたちがすげえだのなんだの言ってたけど、お前らこんくらいですげえって言ってたら真の迷宮とか無理だぞ。

 

 というか男ども、お前らそれ以上ユエたちに近づいたらまたヤクザキック入れるかタマ撃つからな。この変態どもが。

 

 思えば、あの魔人族の女の目的も真のオルクス大迷宮だったんだろう。今となっちゃ魔物の餌になってるだろうからわからんが。

 

 

 

 それはいいとして、だ。

 

 

 

 いつもなら、こんなことせずともシュウジがカーネイジに先行させて露払いをしたりするので、無駄な手間が省けるのだが……

 

「いやー、帰ったらまず風呂だなぁ」

「……そうね」

 

 空虚な笑みで言うシュウジに、八重樫が悲しそうな顔で返す。それは見ていてとても痛々しい光景だった。

 

 あいつはずっとあんな感じで、自然な様子を装っている。まるで同じことを何度も繰り返す、壊れかけたラジオのように。

 

「シュウジ、大丈夫かな」

 

 ユエたちに俺のことを根掘り葉掘り聞いてくれやがっていた美空が近寄ってきて、小声で言ってくる。

 

「……まあ、あいつなら自分で折り合いつけると思うが。それでも目を話すことはできねえな」

「うん……ところでハジメ、死にかけてユエさんにキスされたって話だけど説明してくれる?」

「げっ」

 

 またか。さっきから定期的にこれまであったことを聞いちゃ詰問してくる。そろそろ胃が痛くなってきたな、うん。

 

 とはいえ、嫉妬&怒り半分心配&悲しさ半分で聞いてくるので、無碍にもできない。ああー早くミュウに会いたいなぁ(現実逃避)

 

「ん? おっ、着いたな」

「チッ」

「怖い、怖いです美空さん」

 

 そんなこんなで歩いてるうち、迷宮の出入り口が見えてくる。やれやれ、ここまで長かった。

 

 さっさか残りの階段を上って、入場ゲートから外に出る。途端に日差しが照りつけて、後ろのやつらがほっと安堵の息を吐いた。

 

「パパぁ────────!」

「むっ、ミュウか!」

 

 間髪入れず、周囲の喧騒に負けない大声で呼ぶその声に即座に反応。気配のする方に振り向いて腰を落とした。

 

 程なくして、腹部に衝撃。転げるなんてテンプレなことはせず、うまくダメージを外に逃がすと一回転して腕の中に収めた。

 

「おかえりなの!」

「おう、今帰ったぞ!いい子にしてたか?」

「うん!」

 

 屈託ないひまわりみたいな笑顔で頷くミュウ。ああ、やっぱうちの娘は可愛い。

 

「美空さん白崎さん、あれがさっき言ったミュウちゃんですよ。可愛いでしょ?」

「確かに可愛いねぇ」

「えっなにあの子超可愛いんですけど?今すぐ抱きしめて頬スリスリしたいんですけど?ていうか色々可愛い服着せて髪セットしてアクセサリーつけてあげて……」

「あ、あれ?美空さん?」

「あー、美空のアイドル癖が始まった。シアさん、こうなるとしばらく戻らないから私に任せて」

「あ、はいですぅ」

 

 後ろでクラスメイトたちがギャアギャアなんか言ってるし美空たちがなんか話してるが、今俺の目にはミュウしか見えてない。

 

 頬を指でくすぐると気持ち良さげに目を細めて、えへへーと笑った。よし義眼の超小型消音カメラ起動、携帯に移動して永久保存。

 

「んー、パパの手気持ちいいのー」

「エボルトとティオはどうした?一緒じゃないのか?」

 

 あいつらミュウから目を話すとか、ちょっとお仕置きしたほうがいいのでは……いやそれティオ悦ぶわ。俺に損しかないわ。

 

「俺たちならここだぜ」

 

 手っ取り早く気配感知を使おうとすると、人混みをかき分けて二人の人物が現れる。リベルを抱えるエボルトとティオだ。

 

 リベルはいつも通り元気いっぱいのミュウの相手をして疲れたのだろう、うつらうつらとしていたが、シュウジを見つけてパッと目を開いた。

 

 が、何か()()と悟ったのか。怪訝な顔をした後、エボルトの胸に体を寄せる。正直、その方がこちらと助かる。

 

 今のシュウジは、何をするかわからない。

 

「ティオ、あんまり離れんなよ」

「少々不埒な輩がいてな。ミュウたちに手を出そうとしたから……の?」

「……なるほど。で、どこのどいつだその殺されたい自殺願望者は」

 

 愛らしい容姿からトラブルを避けるため、フードをかぶせていたのが裏目に出たのか。とりあえず探し出してシメよう。

 

 うちのミュウとリベルに手を出す?即射殺案件だ。今はまともな状態じゃないシュウジに変わって俺が全員ぶっ殺す。

 

 股間を50回くらい撃ってからヤクザキックかと怪しく笑っていると、すでにティオが痛めつけた上にエボルトが処理済みだという。

 

「もう絡まれることはねえよ、()()()()

「そうか……チッ」

 

 せめて一人くらいどタマブチ抜けると思ったのだが。

 

「……ほんとに子離れできるのかの?」

「? なんの話なの?」

「いや、なんでもないよミュウ。それよりご主人様、後ろのそやつらは……」

 

 ティオのご主人様呼びに、また男どもが騒ぐのが聞こえた。多分俺も同じ立場なら同じ反応するけど、いい加減にウゼえ。

 

「昔の知り合いだ、ここまで連れて来たらもう用はない。若干三名以外はな」

「ほう……」

 

 ユエたちと一緒にいる美空たちを見やり、次いでおかしいシュウジを心配そうに見る八重樫に視線を移してふむ、と頷くティオ。

 

 エボルトは……シュウジと直接繋がっているから、俺よりも今のあいつがどうなっているのかわかるのだろう。険しい顔をしていた。

 

「……ハジメ」

「わかってる。あいつをさっさとこの街から出した方がいい」

「ああ。ったく、面倒なことになったな」

「理由はわかるのか?」

「それについては、あとで教えてやる。とりあえず報告をしに行くぞ」

 

 そうだ、美空に色々聞かれて忘れかけてたけど、これ一応ギルド支部長からの指名依頼の形になってたな。

 

 ユエたちに手招きすると、こちらに来る。八重樫にもアイコンタクトを取り、刺激しないようシュウジを引っ張ってきてもらった。

 

 道中御堂と話していたルイネも合流して、全員揃ったところでギルドに向かおうとする。が、待ったがかかった。

 

「お、おい待て南雲!いったいどこにいくつもりだ!」

「はぁ?見てわからねえのか?ギルドに報告しに行くんだよ。メルドさんたちなら宿に帰しといたからそっち行ったらどうだ?」

 

 そう言えば、天之河は何か言おうとするが先ほどの俺の言ったことを覚えているのだろう、押し黙る。

 

 これでいいか、と思った瞬間──なんと天之河はキッと一番あちらの近くにいたシュウジを睨むと近づいていった。あっこいつまだ諦めてねえ!

 

「おい、北野!俺と話をしろ!」

「そういや、うまい店見つけてさー」

 

 あいも変わらず何も反応せずに、八重樫に話しかけるシュウジ。

 

 それに天之河はイライラとした表情をして、俺が割って入る前にその言葉を言い放った。

 

「いい加減にしろ!なんであんな必要ないことをしたのか俺に説明しろよ!」

………………………………………………………………………………………………あ?

 

 

 

 パァンッ!

 

 

 

 あっ、と八重樫が声を上げるのと、シュウジの手がブレて天之河が宙を舞ったのは同時だった。

 

 

 ●◯●

 

 

 シュウジ side

 

 

 自分のふるった拳によって、誰かが宙を舞う。その様を、俺は無情に見つめた。

 

 ほどなくして、どさりと音を立ててそいつは地面に落ちる。そうすると上半身をもたげ、困惑した表情を浮かべた。

 

 まるで何故自分が殴られたのかわからないという顔に、つい数秒前まで分散していた心にどす黒いものが広がる。

 

「雫、これ持っててくれ」

「え、わっ」

 

 雫に帽子を預けて、俺は名前すら思い出す価値のないそいつに荒い足取りで歩み寄ると胸倉を掴みあげた。

 

 無駄に豪華な鎧に包まれた体はたやすく浮き、苦しげに顔を歪めてそいつは俺の腕を解こうとする。

 

「お、おい、いきなり何を……」

「もう一回言ってみろ」

「えっ?」

 

 何を?と間抜けな声を上げるそいつ。それにさらに忿怒が加速して、俺は叫んだ。

 

何が必要なかったのか、言ってみろって言ってんだッ!!!!!

 

 びくり、と体を震わせるそいつ。それがあまりに滑稽で、何より腹立たしかった。

 

「殺す必要がないだと?寝言を言うのも大概にしろよこの妄想野郎。俺が殺さなかったら誰があいつらを助けた?え?もしかしてお前か?」

「で、でも何も命まで奪う必要は」

「テメェの脳みそは空っぽなのか?死にかけてもバカは治らないってのは本当だな」

 

 なぜ自分や周りの人間の命が脅かされておいて、こんな世迷言をほざけるのか。俺にはこいつの思考が信じられない。

 

 こいつはいつまで主人公気分でいる?目の前で本気の殺気をぶつけられたのに、こんなバカのような顔をしてられる?

 

「いいか、よく聞け小僧。命ってのはな、一つしかないんだ。失ったら二度と手に入ることはない。だから俺は殺した。一人の命を刈り取ることで雫たちを含め、二つと無い多数の命が救えたからな」

 

 それが俺に選べた最適解だ。それを、何をぼさっと見てただけの奴が上から意見しようとしている。そんなことは許さない。

 

「なのにお前は、何を天秤にかけた?その甘さで、お前の一時の甘い感情でたった一人の敵と、ここにいる数十人の命をかけたんだよ!」

「っ!」

 

 驚愕。そんなこと知らなかったと言わんばかりに、そいつは目を見開く。

 

 心の底から軽蔑と嫌悪が湧いてきた。こいつ、そんなガキでも知ってる当たり前のことすらわかってなかったのか。

 

 この世は等価交換だ。何かを手に入れれば何かを失い、また何かを救えば何かが壊れる。そういう風にできてしまっている。

 

 それは誰にも変えられない絶対の法則。それこそ世界そのものでも変えなけりゃ、不可能に等しい。

 

「その責任の重さを自覚してんのか?お前の迂闊な判断のせいで死んだ多数の人間の無念を背負うだけの覚悟はあるのか?」

「そ、そんなことさせない!俺が、俺が全部守って!」

「その力もねえ奴が夢物語を語るなッ!!!」

 

 気づけば、また殴り飛ばしていた。手加減はしたが、先ほどよりも強い拳打はそいつを地面に打ち付ける。

 

「ぐぅ……!?」

「光輝くんっ!」

 

 クラスメイトの中から、中里が出てこようとする。それを進行上に突き刺さった紫の触手が阻んだ。

 

「じっとしていなさいな。怪我をしたくないなら、ですがね?」

「っ……」

 

 心の中でネルファに感謝しつつ、再びそいつの目の前に立つ。そうすると首を掴んで顔を上げさせ、目線を合わせた。

 

「ぐっ……!?」

「絵空事言う前に、まず自分を見てみろ。弱さを見せ、敗北し、あまつさえ俺に八つ当たりする始末。いったいお前のどこに何かを守る力が、正当性があるというんだ?」

「お、俺はこの世界の人々のために努力を重ねてきた!この先も魔人族を退け、必ず皆を救ってみせる!」

 

 答えになってねえよ。頑張ってるから何言っても自分が正しいってか?マジで頭沸いてんのかこいつ。

 

「へえ、どうやって?その貧弱な志でか?()()()()()()()()()()()()ずいぶんご大層なことだな」

「──っ!?」

 

 また予想外のことを言われたと言う表情を見せるそいつ。

 

 今世の俺の父は有り体に言えば不動産屋だ。その関係で貸している事務所に所属するこいつの祖父に会ったことがある。

 

 敏腕弁護士だった彼の目は、正しさと理不尽さ、その両方を知っているものだった。前世で俺が守ろうとした、尊敬すべき当たり前の人間だ。

 

 そんな彼の唯一の失敗は、こいつに正義しか教えなかったことだろう。俺の異常性に勘付いていた彼は、死の間際俺にその悔いを告げた。

 

 そう、こいつには自分の正義なんてない。ただ自分の祖父から聞いた正義がかっこよかったから、それを真似ようとしているだけ。

 

「聞かされたものに従ってるだけで物事の本質を見る目がなく、自分の身を十分に守る力すらない。そんなお前に何が守れる?」 

「う、うるさい!わかったようなことを言うな!お前に俺の何がわかる!この人殺しめ!」

 

 おーおー、無意識にも自覚してたことを言われて逆ギレか。こりゃエボルトが人間を面白がるのも無理はない。

 

「何も?知りたいとすら思わない。ただこれだけはわかる──お前はただ、自分に酔ってただけだ」

 

 自分の都合のいいように物事を解釈し、正義という名のエゴを満たすことで満足する。

 

 正義のヒーローごっこはさぞ楽しかっただろう。普通は途中で挫折して現実を知るが、こいつは平均的な人より性能が良かった。

 

「な、ふざけるな!俺はちゃんと、困ってる人を救ってきた!自己満足だなんていうことは許さないぞ!撤回しろ!」

「ほお、なら教えてくれよ。お前は一度として、お前がいう〝救い〟を実行した相手を最後まで見たか?」 

 

 だからこそ──気づかない。自分の価値観を押し付けていることに。その行動が満足すればすぐに終わるものだということに。

 

「な、なんだと?」

「救うってのは最後まで面倒を見るってことだ。自分じゃなくて、相手が救われたと思うまで支えることだ。お前はそれをしたか?パッと見て悩んでいるからと強引にそれを解決して、終わった気になっていなかったか?」

 

 中途半端に関わったせいで別の問題や、あるいは悪人が生まれる可能性だってある。それを防ぐためにも、最後まで責任を持たなくちゃならない。

 

 また口を開くそいつ。きっと否定したかったのだろう、俺は最後までやり遂げてきたと言いたいのだろう。

 

 だが、結局言葉は出なかった。それが何よりの証拠であり、その正義に見せかけたエゴの限界だ。

 

「そんなものなんだよ、お前は。最後まで責任を負う気概もない奴が、むやみやたらと守るなんて口にするな。愉悦に浸りたいなら街の中で何でも屋でもやっとけ」

「……え…………ど…………んだ」

 

 うつむいたまま、そいつは何かを呟く。

 

 一体なんだ?と思うと、次の瞬間勢いよく頭を上げたそいつは怒りの目を俺に向けてきた。

 

「お前はどうなんだ!あんなふうに惨たらしく人を殺して、なんとも思わないのか!相手を救おうとは考えなかったのか!この心のない怪物め!」

 

 ……は? 今更何言ってんのこいつ。

 

()()()()()()()()()()()()()()

「……は?」

 

 意表を突かれたか、これまでで最大に間抜けな面を晒した。

 

 ああそうか、こいつは俺が人を殺してもなんとも思わないやつと思ってるんだったな。

 

「きっと彼女にも待っている幸せがあったんだろうな。未練も、後悔も、様々な思いがあっただろう」

「な、ならなんでなおさら!」

「一千年だ」

「へ?」

 

 そいつの言葉を遮って、俺は言う。 

 

「一千年、俺は人を殺し続けた。そうすることで多くの命が助かるから、誰かを殺した。その心を踏みにじってな」

 

 ふと、思うことがある。前世において、俺はこの手で誰かを救うことができたんだろうか?

 

 

 

 

 

 その答えはいつも同じだ。()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 俺は小を切り捨て、客観的に見て()()()()()()大をとってきただけ。そこに救いなんてものは存在しない。

 

 当たり前だ、だってこれは自己満足に他ならないのだから。救っただなんて、口が裂けても言えるはずがない。

 

「救おうと思わなかったのかって?ああ救いたかったよ、できるならな。でもな、救えないんだ。全てを救うなんて、無理なんだよ」

 

 俺に人は救えない。常に二択を選択することしかできず、そしてそれこそが真理だ。

 

 彼女は雫たちを殺そうとした。だから殺した。彼女の命と引き換えに、雫たちの命を助けた。まあ、感情的にはなってたが。

 

 その選択に後悔はない。雫たちは何より大事な存在だ。でも、俺が殺した彼女だってきっと誰かの大事だった。

 

 この世は等価交換だ。何かを手に入れれば何かを失い、また何かを救えば何かが壊れる。そういう風にできてしまっている。

 

「だから決めた。俺が絶対悪になろうってな」

 

 選択することをやめられないというのなら、このやり方変えられないというのなら。むしろ、最後まで貫こう。

 

 だから俺は選択した。一方のため一方を殺すことを、残虐であることを。

 

 そしてかつて忌み嫌った悪辣な悪のように、全てを操ることを。そうすることで選択する機会を少なくするために。この手中で知っているために。

 

 その過程で殺した人たちの怒りも悲しみも、恨みも、憎しみも、悔しさも、全部受け入れる。それがせめてもの誠意ってやつだ。

 

 そしてその一人であるあの魔人族の女のことも、覚えていよう。まあ、俺に覚えられても嬉しくないだろうが。

 

「お前の言う通り何かを思うとするなら、俺は彼女の命を奪うという選択をした事実をこそ受け止める。それが俺の〝責任〟だ。それで俺一人が苦しむなら、喜んで受け入れよう」

「…………………………」

「なあ、聞かせろよ正義のヒーローくん。お前に、俺の結論を覆せるだけの力はあるのか?全てを救う方法を知っているなら、教えてくれよ」

「シュー……」

 

 ああ、なんだこの頬を伝うものは。これは、涙を流しているのか。何に?決まってる、自分の至らなさにだ。

 

 自分で聞いておいて世にも滑稽な質問だ。そんな方法あるんだったらとっくにやってる。それができないから俺は選択する。

 

「……………………それは」

 

 そいつは何か答えようとする。でも途中で口を噤んで、何も言わなかった。

 

 言えるはずがないよな。だってこいつの正義は明確な理論ではなく、力ありきのもの。こいつの力が通用する範囲でしか振り翳せない。

 

 そしてこいつは、魔人族の女に負けた。その時点で、こいつの正義は正義ではない。ただの理想論、腑抜けた戯れ言だ。

 

「だから俺は、お前が嫌いだよ。明確な方法を持たずに根性論で物を言い、現実を自分の都合のいいように見るお前が」

「っ…………」

 

 最早何も言わなくなったそいつから、手を離す。そいつは地面に座り込んで、悔しげな顔で地面を見た。

 

 立ち上がってそれを見下ろしながら、俺は最後にそいつに言葉を投げかけた。同族嫌悪丸出しの醜い決意を。

 

「俺は悪を張り続ける。その選択で救えるものが、一方でもあるのならな」

 

 いつかこの自己矛盾に食い尽くされる、その日まで。

 

「これはただの事実証明だ。お前に俺の価値観をわかれなんて言わない。そのままでいたいならいればいい。ただ……もう二度と、俺の前に現れるな」

 

 じゃないとあまりに歪みすぎてて、殺したくなる。

 

 用が済んだので踵を返し、さっさとその場から離れた。そして雫に預けていた帽子を被り、ハジメたちの横を通り過ぎる。

 

「おい、シュウジ!」

「マスター!」

「シュー!」

 

 後ろから、ハジメたちが俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……すまん。今は、お前たちの顔を見ることができない。




こういう話書くたびに思う。理論めちゃくちゃになってないかと。
深夜にもう1話投稿するかもです。
感想をお願いしまっす。


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出発

どうも、踊り子にすごく苦戦してやっと倒せた作者です。双魔剣記念に作ったけど弱い…

ハジメ「おう、前回に引き続きハジメだ。前回は……なんていうか、ひどかったな」

ユエ「ん、あんな風に思ってたなんて知らなかった。てっきりとっくの昔に完結してるものかと」

シア「あの人も悩んでたんですねぇ…」

エボルト「………あいつも人間ってことだ」

ハジメ「まあ、あいつに任せよう。今回で街からは出発だ。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」


 ……あれから、しばらく経って。

 

 南雲くんたちは、とりあえずギルドに向かった。なんでも、支部長から受けた私たちの救助依頼の報告に行くらしい。

 

 それに香織と石動さんがついて行ったのもあって、クラスメイトたちはカルガモの親子みたいにくっついて行った。

 

 ただ、光輝だけは先に宿に返した。シューに色々言われて困惑していたし、メルドさんたちと一緒に休ませておいたほうがいいだろう。

 

 そして、私は……

 

「っと……見つけた」

 

 町の外れにある、小高い丘。以前ホルアドにいた時、よくピクニックに来た場所だ。

 

 そこに生えている一本の木の根元で、シューは座り込んでいた。その背中からは、負のオーラが滲み出ている。

 

「シ……」

 

 近づいて声をかけようとした時……不意に、シューの後ろ姿がぶれた。そして次々と別の姿に変わる。

 

 

 

 

 

 白い髪の男、大きな金色の獣、薄汚れたローブを纏う男……そして、茶色いトレンチコートを着た、男の人。

 

 

 

 

 

 それが全て重なって、シューのいる場所に座っている。思わず目をこすり。次に目を開けた時には消えていた。

 

 ……なに、今の。幻覚かしら?

 

「ここにいたのね」

 

 不思議に思いつつも、シューに声を掛ける。

 

 ゆっくりと振り返るシュー。そうして見えた顔は、はっきり言ってとてもひどかった。

 

 いつも通りに笑っているけれど、さっき以上に崩れかかってる。もし下手なことをすれば、その場で壊れて消えてしまいそう。

 

「おー、見つかっちまったか」

「まあね。雫センサーをなめないで頂戴」

 

 なんだそりゃ、と笑うシューの横に腰掛ける。いつかの夜みたいに、ぴったりと肩を密着させて。

 

「南雲くんたちが、あと一時間もしたら出発と言っていたわよ。その間に機嫌直さなきゃ置いてくって」

「ワーオ、ひでえ扱い。全く厳しいねぇ」

 

 ははは、と笑うシュー。それすら取り繕ったものに見えて、私は思わず顔を歪める。

 

 私はここに、シューを連れ戻しに来た。同時に励ましにも。南雲くんたちに頼まれたというのもあるが、私自身がそうしたいからだ。

 

『貴方が行ってくれ。弟子から始まった私よりも……きっと、恋人の貴方の方が良いだろうから』

 

 あの赤髪の女性にもそう頼まれたわ。

 

 その時の彼女の顔は、どこか複雑で何かを無理に飲み込むようだった。彼女とは話す機会がありそう。

 

 

 

「「…………………………」」

 

 

 

 で、ここに来たわけだけど……正直、かける言葉が見つからない。いつも話しているのは、わけが違う。

 

 シューの根幹に関わる問題、一番デリケートな部分。そこが今揺れていて、中途半端に何かを言えばヒビを入れてしまう。

 

 愛しているからこそ、私にシューは傷つけられない。

 

「……あいつらにゃ、迷惑かけちまったな」

 

 さて、どうしましょうかと考えているとシューから言葉を発した。

 

「俺が癇癪起こしたせいで、空気最悪ーって感じだ。ハジメたちに合わせる顔がねえ」

「…………そう」

 

 確かにあの後、雰囲気はまさしくお通夜状態だった。皆沈黙して、シューの言葉に衝撃を受けていた。

 

 それはきっと、あそこまでシューが怒るのを見たことがないのもあるんだろう。この人は、そういう風に演じてきたから。

 

 それを、盛大に崩した。原因は光輝とはいえ、流石にあれほど派手にやったら流石のシューも……

 

「きっと失望させた、よな。ハジメたちのこと」

「…………はい?」

 

 素っ頓狂な言葉が聞こえて、思わず振り返る。

 

 するとシューは、とても悲しげな顔をしていた。まるで全てに憂いたとでも言わんばかりの顔だ。

 

「こんな迷ってばっかで、ろくに自分の葛藤もなくせねえやつだ。流石のあいつらも俺のこと見限る可能性だって……」

「………………はあ」

 

 何だかとんでもない勘違いをしているおバカな恋人に、ため息が出てしまった。この人、何言ってるのかしら。

 

 てっきりやり過ぎたことを反省してるのかと思ったけど……これ違うわね。見当違いの方向に落ち込んでるだけだわ。

 

 さっき愛しているから傷つけたくないって言ったけど、一時撤回。ちょっとお灸をすえる必要ありと見た。

 

「シュー、こっち向きなさい」

「……なん「ほいっと」あべしっ!?」

 

 なので、かるーくビンタをお見舞いした。スパーンと小気味良い音が鳴って、シューが倒れる。

 

 そのままゴロゴロと丘から転がり落ちていった。そして麓で止まって、グデーンと伸びているのに近づていく。

 

「思ったより威力でたわね。ハザードレベル上がったかしら」

「いやいや雫さんホワイ!?何故にビンタ!?」

 

 がばっと起き上がったシューは、さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやらそうまくし立てる。

 

「よいしょっと」

「ゴールデンスパークっ!?」

 

 なので、丁寧に帽子を取って直接脳天にチョップを入れた。頭を抑えてゴロゴロ転がり回るシュー。

 

「どう? 私の心境わかった?」

「で、できれば詳しく説明プリーズ……」

「そう、わからないのね。なら追加よ」

「モアイ像っ!?」

 

 立ち上がりかけたので、どすんっとお腹の上に乗ってやる。あ、これ案外いいわね。ちょっとくせになりそう。

 

「ぐぬぬ……何故こんな仕打ちを。いやご褒美か?」

「あら、ちょーっと顔の方に動きたくなったわね」

「やめろください窒息死しますっていうかそろそろ本当に理由教えて」

「仕方がないわね、勘弁してあげるわ」

 

 お腹の上から退いてあげると、シューは勢いよく起き上がってふぅ、と息を吐く。

 

 そしてこちらにジト目を向けてきた。それを受ける私はどこ吹く風、全く怖くない。

 

「で、何故に俺はビンタされたり金縛りもどき受けたの?」

「頓珍漢なこと言ってるからでしょ。誰も失望なんかしてないのに」

「……………………え? マジで?」

 

 本当にそうなると思ってたのね……これはもう1発くらい入れてもいいんではないかしら。

 

「いやあの、すいません雫さん。謝るんでその振り上げた壊れかけの刀の柄頭下ろしていただけると」

「まったく、何が見限るよ。南雲くんたちに限ってそんなことするはずがないでしょう」

「痛い、痛いっす。わかったから止めて、脳天にクリーンヒットしてるから。超速再生発動しちゃってるから」

 

 すぐに治せるのをいいことに、ポカポカと殴る。こうしているとゲームセンターでモグラ叩きしてるのを思い出した。

 

 しばらくやって満足すると、また隣に座る。そしてシューの腕にぎゅーっと強く抱きついた。

 

「えぇー何この怒りと甘えの切り替えの早さ……」

「いいから、じっとしてなさい」

 

 数十分ぶりのシューの腕を堪能する。うん、この細いながらもちゃんと筋肉がついててがっしりしている感触、良いわね。

 

 先ほど同様、しばらく沈黙が空間を支配した。でも先ほどより断然軽いもので、まあその原因は私なわけだけど。

 

 風が吹き抜け、雲が動き、空は青く澄み渡る。その下でただ、シューの熱を堪能する。ようやく戻った、その熱を。

 

「………………」

「雫?」

「南雲くんたち、呆れてたわ。でもそれは、あなたが一人で悩んでたから。決して失望なんてしてなかった」

 

 シューが息を飲むのが聞こえた。それほどに衝撃だったのだろう、自分が見捨てられていなことに。

 

 まったく、本当に自分に自信がないんだから。その自己評価の低さの戒めとして、シューの足に私の足を絡ませてやるわ。

 

「普通、あんなの聞いたらなんだこいつ?ってなりそうなもんじゃねえかい?」

「じゃあ普通じゃないんでしょう。そもそも、あなたに関わった時点で普通じゃないわよ」

「酷いっ!酷いわ雫ちゃん!」

 

 ふざけた答えを返すシュー。それが先ほどよりも、いつもに近くて。私は少し微笑んでしまう。

 

「ねえ。前に言ったわよね、一人で全部抱え込まないでって」

「ああ、そうだな」

「その時、私はこうも言ったわ。私がずっと一緒にいるって。その気持ちは、今も変わってないわ」

 

 あの日、月の光の下で私は言った。あなたが全ての苦しみを、責任を背負う必要はないと。

 

 確かに私たちは、この人に守られる側なのかもしれない。でもせめて、その重荷だけは一緒に背負いたいと願っている。

 

「…………怖くないのか?こんな俺のそばにいて」

 

 人殺し、化け物。光輝にそう言われたのが効いてるのか、シューは泣きそうな目で聞いてくる。

 

 それはまるで怒られるのを恐れる子供のようで、私はそっと手足を解くとシューの後ろに回り、肩を引いて膝の中に倒す。

 

 そして頭を撫でる。あの日と同じように、優しく。

 

「……俺にこんなことしちゃっていいのかよ」

「確かに、人殺しは良くないことだと思うわ。私だって何も思わないで人を殺すシリアルキラーなんて願い下げよ」

「……そりゃそうだな」

 

 流石に殺人鬼と嬉々として一緒にいる趣味はない。いつ自分が殺されるのかわかったもんじゃないわ。

 

「でも、あなたは違う」

 

 けれど、シューはそうじゃない。

 

「殺してしまったことに、切り捨ててしまったことに苦しめる人。そしてその後悔を飲み込んで、相手の分まで私たちを守ってくれる人」

 

 この人は、どれだけ強くても救えないものがあるのがわかっていて。

 

 救えないならせめて、自分の手にあるものだけは守ろうと、そう思い生きている。何度も悩んで、悩み続けながら。

 

「そんな貴方だから。自分の弱さから逃げないで向き合える貴方だから私は、誰より人間らしいと思うの」

「……俺が人間らしいねぇ」

 

 鸚鵡返しに言うシュー。それから何度も反芻して、でもしっくりこないのか渋い顔をする。

 

「納得できない?」

「……そう思うには、俺はあまりに機械的に殺しすぎた。 この後悔は、本当なら持つ資格すら「はいギルティ」お星様ッ!」

 

 思い切りデコピンしてやると、シューは額を抑えて悶えた。

 

「ぐぉぉ……」

「んっ」

「んぐむっ」

 

 その手をどかして、邪魔できないように掴んでおくとキスをする。

 

「ん……ふ。なあ、さっきからデレとの緩急が激しくないですかね」

「貴方がネガティブなこと言うからよ……ねえ、シュー。悩まない人なんていないのよ。何にも怯えない、苦しまない人なんていない。それはきっと、人じゃない」

 

 機械的と言うけれど、機械はあんな風に涙を流さない。本当に心ない化け物なら、悩むことすらできない。

 

 それでもきっと、この人は否定するのだろう。後悔ばかりして、前を見るのが怖くて、下を向き続けるんだろう。

 

 だったら、私が肯定する。他の誰がシューを罵ったって、私は人間だと言ってみせる。

 

「もう一回、はっきり言うわよ。一人にならないで。きっと、支えるから」

 

 たとえどんなにこの人が傷ついても、血に染まっても。そこに心がある限り、私は絶対離れない。

 

 シューが悩める人である限り、私はずっと愛してる。だから一緒にいるわ、この人生でも、次の人生でも。

 

 それが私の、八重樫雫の唯一の在り方だから。

 

「……頑固だなぁ」

「貴方には言われたくないわ」

「だな………………ありがとう」

「どういたしまして」

 

 私が笑うと、シューも笑う。これでいつも通り。フリじゃなくて本気の落ち込みなんて、この人に似合わないもの。

 

 それからしばらく、無言が続いた。私はシューの頭を撫でて、シューはおとなしくなすがままになっている。

 

 思えば、こうして一緒にのんびりするのも半年くらいぶり。散々苦労してきたんだもの、これくらいのご褒美がないと、ね。

 

『〜♪』

「あ、電話だわ」

 

 ポケットの中で震える携帯を取り出して画面を見ると、南雲くんだった。時計を見ると、もう一時間たっている。

 

「もしもし?」

『おう、八重樫か。こっちの準備は整ったが、あのバカはどうだ?』

「紫色の不機嫌な猫さんなら、私の膝の上でのんびりしてるわよ」

「にゃーん、なんつって」

 

 手首の曲がったゆるい握りこぶしを優しく包んで、もう行くことを南雲くんに伝える。

 

 どこか安堵したような声音で南雲くんは通話を切って、それと同時にシューが立ち上がった。

 

「うし、行くか」

「もういいの?」

「おかげさんでな……なあ、雫。一緒に来てくれるか?」

「うーん、そうしたいところだけどね……」

 

 面倒なことだが、あの状態の光輝を放っておけない。そろそろ自分で整理つけられるくらいになってほしいんだけど……

 

「まっ、そこはあっち行ってから考えるかな、っと」

「わっ」

 

 いとも容易く持ち上げられる体。驚いてシューを見れば、いたずらげにウィンクした。

 

 さっきのお返しに苦笑している間に、シューの瞬間移動で一瞬に景色が切り替わる。見覚えのある場所だ。

 

「ここは……街の入り口?」

「おーっす、お待たせー」

「ん、おう。馬鹿か」

「開口一番にそれとはひどくねえですかい?」

 

 腕組みして立っていた南雲くんに、私を下ろしながらシューがすっかりいつもの調子で答える。

 

「パパ!」

「おーリベル、我が愛娘よー!」

 

 そんなシューに、旅の途中でできたという娘さんが走り寄った。シューは笑顔でしゃがんでリベルちゃんを抱き上げる。

 

「パパ、もう平気なの……?」

「心配してくれてたのか?パパは平気も平気、元気マックスだぜー!」

「ふみゃー♪」

 

 ウリウリとリベルちゃんの頬に自分の頬を擦り付ける姿は、まさしく父親だった。むう、私との子供が最初が良かったわ。

 

「それにしても可愛いわね、あの子……」

「だろう? 自慢の娘だ」

 

 隣から聞こえた声にそちらを見る。そこにはシューのことをマスターと呼んでいた美女がいた。

 

「あなたは……確か、ルイネさん?」

「ネルファから聞いたか。ああ、私はルイネ・ブラディアだ。以後お見知り置きを、正妻殿」

「正妻殿、ね」

 

 聞いたところによると、この人は前世のシューに唯一女として愛されていたらしいけれど……

 

「あなたとは一度、しっかりと話をしてみたいわ」

「ああ、私もだ」

 

 微笑みあって、軽く握手する。普通なら険悪になるのでしょうけど、シューが幸せになるなら彼女の存在はむしろ喜ばしい。

 

 シューを一個人として愛して、肯定してくれる人は一人でも多い方がいいもの。

 

「ったく、心配する必要もなかったか」

 

 つぶやきが聞こえてふと見ると、薄く笑う南雲くんの近くには……こう、スルーしたい雰囲気の香織とユエさんが睨み合っていた。

 

「ふふふふふふふ……」

「あははははははは♪」

 

 ガスガスと杖の石突をユエさんの足に振り下ろす香織に、ユエさんはドスドスとボディーブローを入れている。

 

 香織にがっちり腕をホールドされている石動さんは呆れ顔で、ユエさんの袖を引っ張るシアさんは涙目だった。

 

 極め付けに、相変わらずお通夜状態のクラスメイトたちに青い顔で南雲くんを睨む檜山くん、面倒臭げな顔の御堂さん。

 

「えーと……これ、どういう状況?」

「ちょっと一悶着あってな」

「あ、雫ちゃん。私と美空、ハジメくんについていくことにしたから」

「あ、そう」

 

 それはなんとなく予想できていたから、別に驚かなかった。むしろようやくかと安堵する。ユエさんとの関係がちょっと心配だけど……

 

「で、そこのバカはくっだらねえ悩み事は終わったか」

「んー……なあ。お前らさ、俺のこと」

 

 

 

「悪いが」

 

 

 

 まだ立ち直りきれていないのか、あのことを聞こうとするシューに、南雲くんがゾッとするような鋭い目を向けた。

 

「その質問は、たとえお前でも一発殴らせてもらう。本気でな」

「……りょーかい。ハジメのゲンコツは雫のデコピンの次に痛いからな」

 

 おどけるシュー。ならいい、と南雲くんは笑った。励ました側として、ほっと胸をなでおろす。

 

「なになに?パパとおじさん喧嘩?」

「パパ、ケンカはダメなの」

「いや、別にしてないからな。で、この話は終わりとして、八重樫もついてくるのか?お前もある程度戦えるし、シュウジが守るだろうから心配いらんと思うが」

「それは……」

 

 ちらり、と宿のある方向に目を向ける。

 

 光輝さえなんとかなれば……そう悩んでいると、誰かに肩を叩かれた。

 

「……?」

 

 視線を下ろすと、そこにいるのは御堂さん。赤いドレスからいつもの装いになった彼女は、私に微笑む。

 

「行きなさいな。あの愚種と彼らの世話はこちらで承ります」

「……平気?」

 

 主に光輝が死んでしまわないかという意味で。

 

「まあ、知っていて素知らぬふりをしていた私にも責任の一端の一端はあります。せいぜい調教しておきましょう」

「ほ、ほどほどにね?」

 

 にこりと笑う御堂さん。どうしましょう、全く信用できないわ。

 

 ま、まあ、それはともかく……これで最大の懸念は消えたわけだけど。それでも生来の責任感が邪魔をする。

 

 本当に、このままついていっていいのか。御堂さんに皆を任せて大丈夫か(性癖的に)、鈴がおっさん化しないか、etcetc……

 

「いってこいよ、雫」

「龍太郎……」

「ずっと待ってたんだろ?こっちは俺が頑張るからよ、北野と一緒に行け」

「ほら、この金色ゴリラもそういってますわ」

「おうこら御堂喧嘩売ってんのか?売ってんなら買うぞ?」

「ちょ、龍っち!御堂さんにそれはまずいって!」

 

 鈴に押さえ込まれる龍太郎に苦笑しながらも、まだ踏ん切りがつかない。理性と欲望が私の中でせめぎ合っている。

 

「でも……」

「ああもう、頑固ですわね。ほら!」

「わわっ」

 

 こちらを見ている野次馬に見られない角度でお腹に触手が回されて、軽く後ろに投げられた。

 

「おかえりさん」

「あ、シュー……」

 

 気が付いた時には、シューの腕の中だった。陽気な笑みを向けられ、微笑み返す。

 

 でもそれは一瞬で、すぐに真剣な顔になった。あまりの変わりように、どきりと胸が高鳴る。

 

「雫、俺からも頼む。一緒に来てくれ」

「……もう、ずるいわ。そんな顔で言われたら、断れないじゃない」

「なら決まりだな」

 

 とても嬉しそうに笑うシュー。全く、ここまで喜ばれると彼女冥利につきるわ。

 

「それじゃあ……お願いね、御堂さん」

「ええ、お任せを」

「北野、雫を頼んだぜ!」

「おーう、お前も谷口と仲良くしろよ」

「? 何言ってんだ、谷口とはもう以心伝心だぜ?」

「ふみゃっ!?」

 

 御堂さんに加えて、龍太郎もサムズアップする。今の龍太郎になら任せられるでしょう。

 

 あと鈴、からかわれたからって真っ赤な顔を龍太郎のお腹に埋めるのはやめなさい。それだとバレバレよ。

 

 南雲くんが何か言ったのか、クラスメイトたちからは特に反対意見が出ることなく、そのまま出発することになった。  

 

 街の外に出て、南雲くんがハマーみたいな黒い車をどこからか出す。

 

「一気に三人も増えたからな。あれ使うか」

 

 リモコンみたいなのを取り出して、南雲くんは車に向けてボタンを押す。すると、音を立てて車が変形して、ひとまわり大きくなった。

 

「もうそろそろ寝れてきたけど……前に一緒に観た映画の乗り物みたいね」

「あー、あのM◯Bのやつね」

「ハンドルはコントローラーじゃねえぞ」

 

 軽口を叩いて、運転席に乗り込む南雲くん。香織といがみ合っていたユエさんをはじめとして他の人も乗った。

 

「お先にどうぞ、お嬢様方」

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 扉を開け、慇懃無礼にお辞儀をするシューにお礼を言って車に乗る。

 

 車内は、地球にある車と何も変わりがなかった。改めて考えると、なんで異世界なのに車に乗ってるのかしら……

 

「全員乗ったな?それじゃあ出発だ」

 

 その言葉とともに、南雲くんは車を発進させた。半年ぶりの感覚にちょっと驚き、シューの腕を掴む。

 

「どこに向かうの?」

「スタッフー」

「誰が観光ガイドだ……【グリューエン大砂漠】の火山だよ。そこに大迷宮の一つがある」

「「「大迷宮?」」」

 

 首をかしげる私と香織、美空に南雲くんは旅の目的を説明してくれる。この世界からの帰還方法を探すという、壮大な目的を。

 

「なるほど……長い旅になりそうね」

「ま、のんびり行こうや。必ず守るからよ」

「ふふ、お願いね」

 

 自信ありげに笑うシューに、私も笑い返す。

 

 

 

 

 

 そうして、私たちは長い間お世話になったホルアドを後にして、シューたちの旅についていくこととなった。




あと数話続きます。本当なら前回で終わるはずだったので、幕間はなしで。
感想をいただけると嬉しいです。


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嫉妬と企み

いや、すみません。ほんとすみません。受験のこととか学校のテストとかサバフェスとか、いろいろ忙しくて一ヶ月近く経ってますた。

ハジメ「うす、ハジメだ。前回はバカがおかんに慰められたな」

シュウジ「えー、そんなにバカかなぁ」(首から「私はバカです」のプラカードを下げて正座中)

ユエ「ん。ほんとアホ。見捨てるならとっくに見捨てててる」

シア「ですですっ!というかいい機会なんで一発殴ります」

シュウジ「ちょっシアさん暴力反対!最近ハジメに似てきたよね君ィ!」

シア「そ、そんなこと言ったってうやむやにしないですぅ!」

雫「はい、押さえてるからやっちゃって」

シュウジ「なん……だと………!?」

エボルト「裏切られてやんのwww」

ルイネ「全く、騒がしいな」

リベル「なー」

ティオ「今回は勇者?たちの話じゃ。それじゃあせーの、」


「「「「「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」」」」」


ティオ「……一回これやってみたかったのじゃ」


 

 

 

「くそっ! くそっ! 何なんだよ! ふざけやがって!」

 

 

 

 

 

 深夜、宿場町ホルアドの町外れにある公園。

 

 その一面に植えられている木々の一本に拳を叩きつけながら、檜山大介は誰に聞けせでもなく悪態をついていた。

 

 その眼に浮かぶのは憎しみ、怒り、動揺、はたまた焦燥か。一つとして明るいものはなく、また正常なものもない。

 

「なんで、あいつらが、生きてんだ!」

 

 

 

 檜山がこのような状態になっている理由の根底には、全く見当違いな恨みがある。

 

 

 

 雫がシュウジに説教をしている時、檜山は街の入り口でハジメについていくという美空と香織を止めるクラスメイトの中にいた。

 

 香織に仄暗い恋情を抱いている檜山は当然激しく止めたが、その時ハジメに言われたのだ。「火属性魔法の腕は上がったか?」と。

 

 それは、檜山の最大の秘密であった。それを見透かされた上、自分見とってお前たちに微塵も価値はないと断言された。

 

 死んでいると思い込んでいた、散々見下していた相手にそんなことを言われ香織を連れてかれ。

 

 その事実に檜山は、屈辱感でいっぱいなのである。

 

『おー、荒れてんなぁ。そんなに悔しかったか?』

「っ!?」

 

 突如、頭上から声。

 

 バッと見上げれば、そこにはぷらぷらと足を揺らす赤い怪人──ブラッドスタークがだらしない体制で木の幹に座っていた。

 

 いつも通りの神出鬼没なスタークにうろたえる檜山の耳に、サクサクと草を踏み近づく足音が背中のむこうから聞こえる。

 

「まあ、無理もないんじゃない?愛しい愛しい香織姫が目の前で他の男に攫われたんだからさ?」

 

 嘲りを多分に含んだ声に振り返れば、そこにいたのは案の定もう一人の協力者。今日の密会の相手の一人である。

 

 

 あるいは、その黒いローブに刻まれた紋章の組織……()()()()()()()()、とも言うことができるだろうか。

 

 

 何はともあれ、その人物であるとわかると一瞬ホッとした表情を浮かべ、次いで拳を握り締めながら獣のごとき唸り声を上げる。

 

「黙れ! くそっ! こんな……こんなはずじゃなかったんだ! 何で、あいつらが生きてんだよ! 何のためにあんなことしたと思って……」

『ハッハッハ、随分とご乱心のようだ。簡単に感情が乱れるのは人間の滑稽なところだな』

「いやいや、一人で錯乱してないで私たちと会話して欲しいのだけど? 密会中のところを見られたら言い訳が大変だからね」

 

 木からむしりとった木の葉をいじるスタークと、さも困っていますと言うように肩を竦める黒ローブの人物。

 

 どこまでもバカにしたようなその態度に、檜山は先ほど以上に威嚇するような低い声を歯の間から漏らして睨め付ける。

 

「……もう、お前らに従う理由なんてないぞ……俺の香織はもう……」

 

 まるで逃げ道を塞ぐように前後に立つ二人に、檜山は傍らの木に拳を打ち付けながら苦々しい表情で言う。

 

 檜山がファウストに入り、彼らに協力していたのは、香織を自分だけのものに出来ると聞いたからだ。

 

 件の香織が美空とともに行ってしまった以上、もう恐ろしい怪物と、不気味なその人物の使いっ走りをする義務はない。

 

 そもそもの話、殺そうとした本人が確信しているのだ。香織本人に言う可能せだってあるのに、今更……

 

『いいや、まだ手はあるぜ』

 

 ──そんな檜山に対して、スタークはぶっきらぼうかつ、冷たさを持った声でそう投げかけた。

 

 顔を上げる檜山。この怪物は今、まだ手はあると言ったのか。これまで全ての思惑を思うがままに進め、ファウストを強大にしてきた男は。

 

「ほ、本当か!?一体なんだよ、その手ってのは!?」

『なぁに、簡単な話さ……っと』

 

 木の葉を指の間ですりつぶし、幹から飛び降りたスタークはゆっくりと檜山に歩み寄る。

 

 思わず恐怖に顔を引きつらせる檜山の眼前まで歩み寄り、スタークはそっと片方の腕を手のひらを上にあげて顔の前に持ち上げた。

 

()()()()()()()()()()()()()。そうすりゃハジメたちはともかく、白崎や美空は必ず食いつく』

「……っ!?」

 

 まるで手のひらの中で踊る人形を弄ぶように指を動かし言うスタークに、檜山は息をつまらせる。

 

 同時に、その手があったかとも思った。確かに、クラスメイトたちはこの怪物の手中、やろうと思えばいつでもできる。

 

「あーあ、言われちゃった。せっかく考えてきたのに」

『おお、お前も同じこと考えてたのか。俺たち気があうようだな』

「やめてくれよ、気持ちが悪い」

 

 その人物は公園のベンチに浅く腰掛け、スタークにひらひらと拒絶の手を振ってから三日月のような笑みを浮かべ、檜山を見る。

 

「自分の気持ちを優先して仲間から離れたとしても……果たして彼女は友人や幼馴染達を放って置けるかな? 」

「お前……」

『そう、簡単なことだ。それともなんだ?それができないほどお前にとって白崎香織は執着する相手じゃないか?』

「それは……」

 

 そんなわけがない。香織を手に入れるためならなんだってやると、最初に決めたのだから。たとえ、この怪物たちのいいなりになっても。

 

 しかし同時に、計画のためならばクラスメイトたちを使()()ことにためらいのないスタークたちに今更より一層の恐怖を覚える。

 

(恐ろしいやつらだ……だが、俺ももう後戻りは出来ない……()()香織を取り戻すためには、やるしかないんだ。そうだ。迷う必要はない。これは香織のためなんだ。俺は間違っていない)

 

 檜山は自分の思考が、支離滅裂に破綻していることに気がついていない。当たり前だ、檜山大介というのは、そういう男なのだから。

 

 都合の悪いことは全て誰かのせい、自分のすることは全部香織のため。そう自分を正当化してきた、醜悪きわまる人間だ。

 

「それにしても君、いいのかい?大事な北野は生きていたわけだけど」

 

 檜山がぐるぐると腐った思考で考えている間に、不意にその人物が答えを待っていたスタークに問いかける。

 

『ああ、それが?それとこれとは別問題だ。あいつを奪ったことには変わりない。だから俺はこの世界を破壊する。あいつの意思に関係なく、な』

「ふーん、そう……まあ、ファウストの首魁である君に降りられても、こっちが困るから好都合だけど」

 

 

 

(それに、色々と好き勝手言ってくれた北野には一度苦しんでもらわないと、ね)

 

 

 

『せいぜい、最後まで持ちつ持たれつといこうじゃねえか』

「ふふ、ふふふふふふふ」

『クククククク』

 

 仄暗い、狂った哄笑をこぼす二人。そうしているうちに、檜山の答えが出る。

 

「……わかった。今まで通り、協力する。だが……」

「ああ、わかってるよ。僕たちはそれぞれの欲しいものを手に入れる。ギブアンドテイク、いい言葉だよね? これからが正念場なんだ。王都でも、宜しく頼むよ?」

『良かった、これでまた一丸となったな。さあ、俺たちの野望のため頑張ろうじゃねえか』

 

 大仰に手を振り上げるスタークに黒フードの人物はくすくすと笑い、檜山は汚泥のような濁った目で醜く笑う。

 

 

 

 それから今後の方針を少し話し合い、黒フードは街の闇の中へ、スタークは木々の向こうの暗闇に、そして檜山は一人その場に残るのであった。

 

 

 

 ●◯●

 

 

 ところ変わって、街の中。

 

「………………」

 

 数多くある水路の上の小さなアーチを描く橋の上で、その少年──我らが勇者(爆笑)、天之河光輝は水面を見つめる。

 

 月光が反射して写り出す整った光輝の顔には、檜山とはまた異なる、しかしどこかに通った色が映り出していた。

 

(……俺は)

 

 光輝の脳裏には、ずっと昼間のことがぐるぐると思い浮かんでいた。あの時シュウジの頬を伝った、細い一筋の涙が。

 

 シュウジの言葉は、案外光輝の心に深く突き刺さっていた。光輝の()()を否定し、そして自分自身を嘆いた、その言葉が。

 

 それはまるで錨のように心の奥に根を下ろし、光輝に初めて「自分の行動について考える」という行為をさせていた。

 

(俺は、あんな強い悲しみを見たことなんてない)

 

 あの瞬間、光輝が何も言えなかったのは自分を否定されたからだけではない。到底人が浮かべられない、深い悲しみを感じたからだ。

 

 これまで様々な人間を見てきた()が、光輝の記憶の中であんな人間は見たことがなかった。そしてそれは、当然と言える。

 

 だって光輝は、大抵なんでもできた。自分が()()()と思えば、その強引さと無駄な高性能でどうにかできた。

 

 結果として周りいるのはその高スペックに惹かれた人間と、時折諌める雫たちだけ。悠久の時を苦しみ続けた人間などいようはずもない。

 

「わからない、あいつが」

 

 だから、そう。光輝は否定された怒り以上に、シュウジが言っていた通り、理解ができないのだ。その悲しみが、その信念が。

 

 今までだったらなんとかできたものが、唐突に無力になって何もできなくなる。人はそれを、壁にぶち当たるという。

 

 もどかしくて、苦しくて、苛立つ。そんな光輝に話しかけるものは、誰もいない。

 

 龍太郎は過剰なほど鈴のことを心配して宿で看病しており、こんな時頼りになる雫と──そして香織は、シュウジたちについていった。

 

「っ……」

 

 後から聞いたその事実に、さらに表情は歪む。そしてシュウジのこととは別の黒い感情が湧き上がってきて──

 

 

 

 

 

「──あら、良い表情だこと。実にお似合いですわ」

 

 

 

 

 

 ふと、美しい声が聞こえた。

 

 深く、艶やかなその声に光輝は顔を上げ、声のした路地の間に広がる闇を見据える。

 

 コツ、コツとヒールを鳴らして闇の中から現れたのは──絶世の美女。この世のものとは思えない、完成された女。

 

 その美貌にグッと息を詰まらせ、しかしすぐにシュウジの知り合いであると思い出してそのクラスメイトから目をそらす。

 

「……何の用だ、御堂」

「あら、つれない。せっかく一番似合う表情を褒めて差し上げたのに」

 

 小馬鹿にしたようにくすくす笑う女……ネルファに、光輝はいつものイケメンwスマイルは何処へやら恨めしげな目を向ける。

 

 そこには彼女が復活した際、危うく男の象徴を貫かれそうになったことへの恨みも少々混じっていた。もげればよかったものを(小声)

 

「わざわざ俺を笑いにきたのか?」

「ええ。私、貴方のような見栄えの良いものがそういう顔をするのが大好きですもの」

 

 若干恍惚の入った顔で言うネルファにドンびく光輝。どうやらさしもの勇者(笑)も彼女はアレらしい。

 

「自分が信じてきたものを切り捨てられ、悩みに沈むその表情。ああ、切り取って飾っておきたいわ」

「……やっぱりお前も、北野の仲間なんだな」

「……自分が被害者のような口ぶりですが、悪いのは紛れもなくあなたでしてよ?全く人を自分の都合の良い悪者に仕立て上げるのがお好きなこと」

「なっ、ちがっ、俺は……」

 

 違う、とは言えなかった。

 

 最初にしつこく迫ったのは光輝であるし、そうしなければシュウジは激昂することもなかっただろう。

 

 いつもなら雫に言われてちょっとだけ考えるそのことが、幾分か沈んだ心境のおかげでするりと出てきてうつむく。

 

 それに怪訝な顔をするのは、当然ネルファだ。てっきりまたズレた反論をしてくるものとばかり思っていたのに。

 

(……私が思っているより、あの御方の言葉が耳に入ったのかしら?いいえ、それができないのなら紛れもない愚種ですけれど)

 

 顎に指を添え、誰かに魔法でもかけられたかと思案するネルファをちらりと盗み見る光輝。

 

「何か聞きたいことがあって?」

 

 当然、見逃されるはずもなくネルファはそう問いかける。光輝は慌ててごまかそうとして、しかし意味はないと気づいた。

 

 ゆえにまた、うつむいて水面を見つめる。凝り固まった頭の中ではぐるぐると様々なことが思い浮かんでは消えていた。

 

 なぜそのような変貌をしたのか、あの力はなんなのか、と次々と質問を考えて。けれどどの質問も陳腐に思えた。

 

 やがて、ある一つの問いが頭に残る。

 

「……なあ、御堂」

「なんでして?気分が良いから、今宵は一つだけ愚種の質問に答えてあげますわ」

 

 感謝なさい、と言わんばかりに月光の中で微笑むネルファにまた口元を引きつらせて、一旦咳払いをするとまっすぐ見上げた。

 

 そこに宿る強い色に、ネルファは柳眉をひそめる。初めて、真剣に取り合うに値すると一瞬だけ思った。

 

「お前にとって、あいつはなんなんだ?」

 

 要領を得ない質問。普段の彼女ならば、明確な質問もできないほど愚か極まるのかと、嘲笑とともに一蹴する所だ。

 

 だが……万が一、億が一の偶然なる確率で。彼女は今最高に機嫌が良く、また話の内容が敬愛する師のことと理解しわずかに笑う。

 

 故に、ほんの気まぐれで。彼女は本心からの考えを、光輝の質問への返答とした。

 

「あの御方は私にとって救い主であり、同時に絶対なる方ですわ」

「なぜ、そう思うんだ……?」

 

 質問を終わらせず、さらに問いかける光輝。その目には、シュウジを理解したいという感情が浮かんでいる。

 

 ネルファは今度こそ、驚愕して密かに息を飲んだ。よもやここまで聞いてくるとは思っていなかったのだ。

 

(人間は、理解できない人間を自分の価値観で枠に当てはめ、拒絶する生物。この男は特にそれが酷いはず。なのになぜ……)

 

「どうして、それを知りたいんですの?別にわかる必要などないと御方はおっしゃっていました」

「……ああ、そうかもな。俺はあいつのことがこれっぽっちもわからないし、多分絶対にわからない」

 

 でも、と光輝は拳を握る。

 

()()()()()()()()()()()

 

 依然として、シュウジは無惨に必要のない人殺しを行なった悪人という認識は強く光輝の中にある。

 

 だが。あんな目を、涙を見れば。さしもの頑固と傲慢という言葉を煮詰めて圧縮して高密度にして煮まくった光輝でも違うと思った。

 

 だから天之河光輝は欲する。北野シュウジがどのような男なのか、その情報を。その思いをまっすぐ瞳にのせる。

 

 それを受けたネルファは──

 

「………………あなた誰ですの?愚種の皮を被った別人でなくて?」

「酷いなおい!?」

 

 鳥肌が立つと言わんばかりに顔を青ざめさせ、腕をこすって後ずさるネルファ。彼女の心境は珍生物を初めて見たときに近かった。

 

 なにせ彼女の知る光輝は頑固で中途半端な力を振りかざして威張る子供そのもの。なのに今の光輝は物分りが良すぎて誰こいつ状態である。

 

 しばらく疑わしい目で見ていたが、光輝の目が変わらないことを理解すると、はぁと深いため息を吐く。

 

 そうすると、トンと軽く飛んで水面に着地した。てっきり落ちると思っていた光輝は半端に手を伸ばして固まる。

 

 おかしな姿勢にクスリと笑い、ネルファは月光の中で踊るように手を広げて。

 

 

 

「あなたに特別に教えて差し上げましょう。一人の救われぬ、異端なる少女の話を」

 

 

 

 そして彼女は、語り出した。




次回はネルファのことについてです。
感想、カモン!


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ネルファのルーツ

どうも、ダクソついに100レベにいった作者です。

そして祝!100話達成!これも毎回暖かいコメントをくださる皆様のおかげです!これからもよろしくお願いします!


ネルファ「ネルファですわ。前回は愚種が悩んでいるところに話しかけましたわね」

シュウジ「おう、せいぜい叱ってやれ。ていうか檜山相変わらず気持ち悪いな」

ハジメ「じゃなきゃあんなことはしねえだろ。俺も割と自分勝手な自覚はあるが、あれはベクトルが違う」

エボルト「単純にキショいってやつだな。ま、せいぜい利用してやるさ……さて、今回はネルファの話だ。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」


「その少女は、とある国の貴族の娘として生まれましたわ」

 

 

 

 両親は王国の中でもひときわ有名なおしどり夫婦、加えて貴族の中では珍しい大恋愛をした後の結婚をした公爵家の主人とその妻。

 

 生まれた瞬間から幸福にして優雅なる生活を約束された少女は、見目麗しい父と母の遺伝子を受け継ぎ、赤子ながらにとても美しく。

 

 さらには多くの才能を持っていることが魔法使いの従者によってわかり、心優しき公爵と夫人は可能な限りの教育をしようと思った。

 

 そこに手を貸したのはその国の王。国を愛し、民を愛す王は旧友たる公爵の娘を己の娘と同じように愛し、様々なものを与えた。

 

 あらん限りの英才教育を受け、彼女は育っていく。その凄まじい才気を遺憾なく発揮し、誰より聡明に、そして力強く。

 

 与えられるもの全てを難なく吸収し、何より彼女自身が向上心の塊であったが故にあらゆる期待に応え続け、成長していった。

 

 

 己を高める最中、いつしか彼女は自分に定める。〝常に優雅たれ〟、と。

 

 

 与えられた以上に優秀に。他の誰より美しく。何者にもくじけぬ気高さを。心技体全てにおいて最高になり、己という存在を証明する。

 

 その姿勢を人々は褒め称えた。両親は誇りとし、国王や他の貴族でさえも、幼い彼女に国の未来を見るほどであった。

 

 

 

 その裏にある、()()()()()()など露知らず。

 

 

 

「少女は生まれつき、人を人として見れなかったのです。それは、才能の格差などという可愛い言葉では収まらないもの」

 

 少女の目には、全ての人間が彼らの食べる動物と同じに見えたのだ。あるいは、それらより遥かに美味しそうに。

 

 

 

 パンを皿に置くメイドの腕を見ると、大口を開けてかぶりつきたくなった。

 

 

 

 社交パーティーでダンスを踊ると、相手の首筋を喰い千切りたくなった。

 

 

 

 この才能に嫉妬して泣き叫ぶ人間を見ると、眼球をえぐり出して噛み砕きたくなった。

 

 

 

 両親も、王も、一番の友人である姫殿下でさえも、あらゆる人間が食糧にしか見えない。それも特上のご馳走に。

 

 当然、自分が人とはかけ離れた感性の持ち主であると理解し、それを心の奥深くに隠した。自分は人間であると、そう言い聞かせて。

 

「天より遍くを授けられたわたくし(少女)は、しかし最悪の呪いを持って生まれた。まるで帳尻を合わせるかのように!ああ、なんて嘆かわしい!」

 

 舞台で踊る女優が如く、大仰な身振り手振りで水面の上を歩き、手を胸に添える。

 

 白い月光がスポットライトのように照らす中、実に様になる光景に光輝はいつの間にか見惚れつつ、彼女の話に引き続き耳を傾ける。

 

「そうしてひた隠しにしてきたその秘密は、10歳の時に牙を剥きましたわ」

 

 始まりは軍事国家である隣国が、賊に見せかけて秘密部隊に彼女を拉致させようとした事件。

 

 山道で襲われたが、彼女の護衛についていた者たちの立つ瀬がないほど瞬く間に少女は秘密部隊を蹴散らした。

 

 しかし隊長の抵抗が激しく、本来生きたまま捕縛するはずが、勢い余って半殺しのところをそのまま殺してしまった。

 

 そして、彼女は死体からこぼれ落ちる鮮血を見た瞬間──その衝動が、突然爆発した。

 

「その血を飲んだ瞬間、わたくし(少女)はこう思ったのです──ああ、なんて甘美なのだろうと」

 

 それはどんな果実よりも甘くて、お気にりのスープよりも味わい深く。これまで我慢していたのがバカらしくなるほどに、美味だった。

 

 心の壁は一気に崩壊した。一瞬のうちに快楽に囚われた少女は、護衛たちの目もはばからず男の四肢をもぎ、臓物を食い荒らした。

 

 それらを恍惚の表情で語るネルファに光輝はこれまでにない恐怖と、同時にわずかな胸の高鳴りを覚えつつ話に没頭していく。

 

「私兵たちに連れ帰られ、様々な者たちによって調べられた結果わかったのは──少女が、《悪魔返り》であること」

 

 《悪魔返り》。それは、人と悪魔族の戦争時代王国に数多く跋扈し、封印された悪魔たちの血をごく稀に色濃く発現させる人間のこと。

 

 生まれつき通常の人間とはかけ離れた思考を持ち、強大な力を持つ危険な存在であることから捕縛、あるいは討伐令が出されている。

 

 しかし時代が進むにつれその血は薄れ、今では数十年に一度現れるかどうかという、もはや伝説の中の存在になっていたのだが……

 

 両親は絶望した。まさか、自分たちの子供が《悪魔返り》だとは夢にも思わなかったのだ。そして本人は悪くない故に嘆いた。

 

 《悪魔返り》は、本当に超低確率で偶然に起こる現象なのだ。言うなれば天災と同じ、人の手でどうやっても操れないもの。

 

 それは彼らだけではない。王は自分の死後、国の行く末を担っていくと期待していた子供が()()だとは夢にも思わなかった。

 

 三日三晩、議論が続いた。人情家ゆえに娘を擁護する両親と、王として責務を果たさねばならない国王は特にぶつかり合った。

 

「その間少女は城の一番深い場所に軟禁され、徹底的に身動きを取れなくされました。誰かと接することも、話せることもなく」

「……それで、最後はどうなったんだ?」

「結局彼らは、その事実を隠蔽しましたわ。《悪魔返り》とはいえ、この逸材を失うのは惜しいと思ったのでしょう──それが最大の間違いであると気付かずに」

 

 ほどなくして、彼女は元の生活に戻った。けれど、それはただ生活環境が戻っただけだった。

 

 屋敷の誰もが、恐れを宿す目で少女を見た。両親は優しすぎて、逆に腫れ物に触るような接し方をするようになった。

 

 王は一切の優しい顔を捨て、彼女に厳しく接し、身の安全のために姫とは決して会うことができないようにされた。

 

 それはこれまで華やかな人生を送り、欲しいものは手に入るか、自分の手でつかんできた彼女にとって、初めての喪失。

 

「誰もが恐れ、離れていく。成功を続け、色々なものを手に入れすぎた少女は突然何もかもを失った。まるで黒一色に染まったような世界の中で絶望し、恐怖に震え、怯えて……そう、まるで痛い目を見て現実を突きつけられた誰かさんのように、ね」

「…………」

 

 痛いところを突かれて苦い顔をする光輝。女魔族にコテンパンにやられ、あまつさえ逡巡して殺されかけた事実は変わらない。

 

「投げかけられる恐怖と差別の視線に、少しずつ少女は狂っていき……最後に、してはいけない行いをした」

 

 周囲の視線と孤独感に耐えきれなくなった少女は、あの時感じた最高の快楽に逃げることにしたのだ。そう、人喰いに。

 

 それはいけないと自分を抑えようとすればするほど、記憶に強くこびりついた血の味が、肉の柔らかさが理性を溶かした。

 

 ついにある日、少女はこっそり王都の屋敷を抜け出した。そうすると治安の悪い地区に行って〝獲物〟を探し求める。

 

 幸か不幸か、それはすぐに向こうからやってきた。身代金目的か、あるいは異常な趣味を持つ下衆たちが。

 

 

 

 少女は歓喜した。()()()()()()()()()()()()と。

 

 

 

 だからその本能の赴くままに、蹂躙し、命乞いを踏みにじり、狂笑をあげながら彼らを貪り、喰らい尽くした。

 

「一口食べるごとに、体を駆け巡る幸福感。これほどの享楽がこの世にあったのかと叫び、謳い、やがて止め処を失った少女は食べ続けた。彼女は自らの手で、わずかに残った居場所を破壊したのです。原型をとどめないほど木っ端微塵に、ね」

「……それからみど………………その子の人生は、一気に転落を始めた、ってことか……?」

「あら、なかなか理解が早いですわね。それと今更言い直さなくても、これは私の話ですから問題なくってよ」

「そ、そうか」

 

「それでこそ話し甲斐があります」と不敵に笑んだネルファは、魔法で水から椅子を作り出して腰掛け話しを続ける。

 

「満腹になって動けなくなったところで、私は脱走に気づいた屋敷の者に見つかってしまった。全身血と肉片まみれの姿を見たときの私兵の顔は、さぞ滑稽だったことでしょう」

 

 念の為と連れてきていた魔法使いの魔法で拘束され……満腹感に酔っていた彼女は抵抗しなかった……屋敷に連れて行かれ。

 

「そして、次に目が覚めたときにはどこかの路地にいた」

 

 周りには誰もいなかった。あるのは腐りかけの人の死体と、鼻が曲がるような悪臭、そして叩きつけるような雨だけ。

 

「そのとき理解したのです。自分は捨てられたのだ、と」

 

 持っていたものの一切を失った少女は狂ったように笑い、絶望し、破綻した。

 

 全てを失った彼女に待っていたのは、見るも無残な生活。ゴミだめの中で眠り、人を喰い殺し、逃げることの繰り返し。

 

 いつの日か己に課した優雅さなどもはやない。文字降り悪魔と同じように本能の赴くままに人を殺して、喰って、狂気に酔った。

 

「人食いを続けるうちに、この体はどんどん人間からかけ離れていきました。尋常ではない再生能力に食欲……さらに、このようなものまで」

 

 その言葉とともに片目が赤く染まり、さらにするりと尾骶骨の辺りから出てきたのは、昼間も見た鮮やかな紫の触手。おおよそ人の体にはないもの。

 

 変化する体にいよいよ自分でも自分が何者なのかわからなくなっていき、何も信じられなくなり……最後には理性を失った。

 

「悍ましく、醜い、矮小な獣。それがそのときの私を表現するのにふさわしい言葉でしょう。堕ちきった怪物にはふさわしい末路ですわ」

「そんな……!」

 

 そんなことない、君は悪くないじゃないか。いつものようにそんなことを言おうとして、寸前で思いとどまった。

 

(忘れたのか。その結果聞いた、あの苦しみを)

 

 何も知らないくせに、勝手にわかった気になって、強引に当てはめて、それを相手に押し付ける。今日それで痛い目を見たばかりだ。

 

 浮きかけた腰を元の位置に戻す光輝を見て、ネルファは薄く笑う。思ったより、師の言葉はこの愚かな若者に効いたようである。

 

「ああ、けれど。私はまだ完全に天に見放されたわけではありませんでしたわ」

 

 獣となって一年か、二年か。故郷を離れ別の国にいた彼女は、いつものように路地で殺した獲物を食らっていた。

 

 

 

 

 

そんなに美味しいですか?

 

 

 

 

 

 そこに、一人の男が現れた。

 

 まるで最初からそこにいたようにいつの間に佇んでいた男は、冷たい、けれどどこか慈愛を含んだ目で獣を見下ろす。

 

 即座に察知した少女は、とっくの昔に忘れた言葉を交わすこともなく、殺すために襲い掛かったが……

 

「一蹴でしたわ。何もすることができず押さえつけられました」

 

 男は一見して、強そうには見えなかった。古びた黒いローブに革のブーツとズボン、冴えない顔と……眼鏡の奥に隠れた、怜悧な瞳。

 

 だがいくら暴れてもその腕は微動だにせず、わずかに残っていた知性で放った魔法もあっさりと無効化された。

 

 まさに圧倒的。かつて誰より優秀だった獣が、それまで一度も出会ったことがないような絶対強者。

 

「その男こそがあの御方──あなた方が北野シュウジと呼ぶ、世界最強の暗殺者」

「世界、最強の……」

「決して勝てないことを本能で悟った獣は、死を覚悟しました。ですが……」

 

 予想に反して、男は獣を殺さなかった。それどころか連れ帰って介抱し、小綺麗な服を与え、食事をさせた。

 

 それは人を忘れた獣にとって、新しい恐怖だった。なぜこのようなことをするのか、目的がわからない。

 

 しかし良い匂いのする料理に手をつけた瞬間……自然と、涙がこぼれた。

 

「久しく口にしたまともな料理は、獣を少女に戻しましたわ。人に劣ると思っていたそれは、血たった一口で視界がひらけたような感覚がするほどにとても美味しかった」

 

 人間性を取り戻した少女に、男は優しく微笑んだ。

 

 それはかつての母のように柔らかいもので、少女は何かが決壊したように泣き続けた。

 

「それから、あの方は私を自分のもとに置きましたわ。信じられる?いつ襲いかかるとも知れぬ人喰いの怪物を、あろうことか側にいさせたんですのよ」

「それは……可哀想だと思ったんじゃないのか?」

「ええ、あるいは憐憫からの行動だったのかもしれません。ただ、それによって私の心が戻っていったのは事実ですわ」

 

 男と、男の娘のような幼い子供。彼らは家族のように少女に接し、その結果彼女は人としての自分を思い出していった。

 

「やがて、心を開いた頃。男は自分の正体を明かしましたわ。世界の意思に選ばれ、千年に渡って秩序を崩壊させる存在を抹殺する〝世界の殺意〟だと」

「千年……」

 

 そこでようやく、光輝はシュウジの言葉の意味を正しく理解する。シュウジは前世のことを話していたのだ。

 

「そしてその対象の一つには──私の母国も入っていましたわ」

「……どういうことだ?」

「悪魔です。この身に流れる血に引き寄せられた悪魔によって、国は支配されていました」

 

 悪魔は悪魔を呼び寄せる。ネルファたちの世界で古くから言われている言葉だ。それが、実現してしまった。

 

 最初に悪魔に呑まれたのは、ネルファを捨てたことで心が壊れた公爵夫妻だった。あっさりと心の闇に付け込まれ、魂を売った。

 

 次に毒牙にかかったのは国王。国を誰より案じる賢王は、公爵の皮を被った悪魔に言葉巧みに誘導され、まんまと食われた。

 

 それから瞬く間に悪魔は魔の手を伸ばしていき、最後には王都に住まうすべての人間の魂を代償として魔界より己を召喚させた。

 

「もはや悪魔の傀儡と化したかつての賢王は、狂った思考の中でこうそそのかされました。〝すべての国を支配すれば永遠の平和が訪れる〟、とね。その言葉に従い、王は隣国と戦争を始めた」

「なっ、そんなの嘘に決まってる!ただの侵略じゃないか!」

「あら、それはあなた方も同じでしてよ?人間族が勝利した時、魔族達の土地の略奪の側面がないとでも?」

「そ、それは……」

「まあ、それは今はいいですわ……あの方は世界意思からの命と傲慢なる私の願いを聞き、世界を脅かす悪魔を討伐しました。悪魔の操る100万を超える民の傀儡もろとも、一夜のうちに」

 

 光輝は目を剥いた。いくら頑固という言葉が染み付いた頭でも、それがどれだけぶっ飛んだ話かくらいはわかる。

 

 国一つ支配するほどの強大な力を持つ悪魔と、100万の人間の軍勢。とてもじゃないが一人では……いや、何人いようと倒せない。

 

 それをたった一晩でやってのけた前世のシュウジに、自分が喧嘩を売ろうとしたことがどれだけ無謀か自覚して乾いた笑いを浮かべる。

 

「あの夜、御方は私を傷つけないために連れてゆきませんでした」

 

 不器用な殺戮兵器は、傷だらけの少女をこれ以上壊すまいと置いていった。だが彼女はその聡明さゆえにそれを察知し、追いかけ……そして、見た。

 

「ああ、その様はまるで悪魔よりも悪魔のよう! 瞬く間に切り裂かれる無数の傀儡!一撃のもとに葬り去られた悪魔! なんと力強いことでしょう!無慈悲なことでしょう! 私はあの夜、まさしく伝説を目にしたのです!」  

「そ、そんなにすごかったんだな……」

「ええ、ええ!そうですとも!………………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 子供のように目を輝かせる様子から一転、自分の言葉をバッサリと切り捨てたネルファに困惑する。

 

 その反応は予定調和だと言わんばかりに口元を三日月に歪めたネルファは、突然手を組むと水面の上で片膝をついた。

 

 まるで黙祷する聖女のように月光の下で俯くその姿は、まさしく名画のよう。まあ、内面は真逆であるが。

 

「私があの方の本当の慈悲を知ったのは、そのあとのこと。夜が明け、あらゆる命の消えた都の中で…………あの方は墓を作り始めたのです」

「墓を…………?」

「ええ、それも普通にではありません。ひとりひとり丁寧に死体を処理し、墓石を削り、祈りを捧げる。それを、殺した数だけ繰り返しました。一人きりで、最後まで」

「ッ!!?」

 

 今度は全身を打ち付けたような衝撃に見舞われる光輝。先ほど彼女は、傀儡の数は100万を超えると言っていなかっただろうか。

 

 そんな気の遠くなるような、もはや想像することすらバカらしいほどの数の人を弔ったと、そう言うのか。

 

「そんなこと、できるものなのか……?」

「事実、あの方はそれを成し遂げました。それどころか全ての人間を埋葬した後に、彼らの墓の前で懺悔し続けたのです」

 

 

 

 救えなくてすまなかった。

 

 

 

 気付けなくてすまなかった。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、すまなかった。

 

 

 

 

 

 声がかすれ、涙が枯れ果ててもなお、繰り返し繰り返しそう言っていた。

 

「謝り続けていたのです、五日間も。あの方は、何も悪くないというのに」

「…………………………」

「それを見たとき、私は確信しました──ああ、この方こそがたった一人の救い主であると」

 

 立ち尽くして、歓喜に震えた。これほどまでに強い敬愛を抱いたのは、生まれて初めてといっても良かった。

 

 その背中に、強さを感じたから。苦しみながらその刃を握ることができる強さ。責任から逃げずに向き合う強さを。

 

 そのどちらも、口にするのは誰にでもできて。だが実際に持つことは、決して誰にでもできることではない。

 

「……………………そっか。そういう、ことだったのか」

 

 相手を救いたいと思うに決まっている。

 

 シュウジが返してきたその言葉を、実のところ光輝は今の今まで信じていなかったのだ。

 

 どうせ自分を貶めるために嘘をついたのだ、と。いつもの都合の良い解釈で決めつけて、自己完結していた。

 

 それこそが、思い込みでしかなかった。これまで見たことがないようなネルファの優しげな微笑みに、それをすぐに理解した。

 

「勝てないな」

 

 ふ、と息が漏れる。実力でも、心でも、自分は遠くあの憎たらしい男に及ばないようだ。

 

 それを悟って、光輝は月を見上げて自嘲気味に笑った。そして自分は本当にバカだったと一度も考えたことのない思考がよぎる。

 

「でも、悲しきかな。その行いは誰にも賞賛されないのです」

「……っ!?」

 

 だが、まだネルファの話は終わっていなかった。

 

「そんなのおかしいだろ!だって、そんなに頑張って、それなのに……!」

「そう、頑張りました。苦しみました。でも誰の記憶にも残りもしなければ、その事実すら世界の修正力でなかったことになる。そういう存在だったのです、〝世界の殺意(あの方)〟は」

「っ!ふざけるなっ!」

 

 ガンッ!と橋に拳を打ち付ける光輝。その顔には怒りが浮かんでいた。

 

「全部なかったことになるっていうのか!死んだ人たちのことも、それを背負ったあいつの心も、全部!」

「あら、ようやく理解しましたね?あの方が()()()()()()ということに」

 

 光輝はハッとして口元を押さえた。自分口から無意識に出た言葉に今日何度目かもわからない驚愕で顔を染める。

 

 いつの間にか、自分は少しだけ知れていたのだ。今日1日ずっと追い求めていた、シュウジの強さの……決意の真実に。

 

 そうして改めて、シュウジの言葉が心の隅々まで広がっていく。するとどうだろう、今度は悲しみが浮かんできた。

 

「誰も覚えていない、だから一人で背負うしかない。痛みを共有することもできなければ、忘れることもできない」

「それは……」

 

 それは、なんという苦行なのだろう。いったいどれほどの重荷なのだろう。

 

 そこらの人間では到底、耐えられない。そんなことを何十回も繰り返すなんて、後悔に押しつぶされて壊れてしまう。

 

「それだけではありません。他にもあの方は、対象でないものも殺していました」

「……それは、どうしてだ?」

 

 もはや、むやみにシュウジの存在を否定することはなくなった。

 

 なぜなら今はもう、そこには理由が……苦しみがあると、知っているから。

 

「世界の脅威とはならずとも、放っておけば人々を不幸にするために」

「…………なるほど」

「たとえ本当は善人でも、どんな事情があっても殺しました。そうすれば大勢が助かるからと、自分の心を押し込んで。だって全ての悪をなくすには、()()()にでもなるしかないでしょう?」

「大をとって小を切る、か」

 

 きっとそれをするには、途方も無い葛藤があったのだろう。あの時、「救えるのなら救いたかった」と言っていたのを思い出す。

 

 

 

(ああ、甘かった。俺は本当に、甘かったんだな)

 

 

 

 光輝は、今更自分が滑稽に思えてきた。たった十数年しか生きていない小僧が、それほど苦しみ抜いた男に何を粋がっていたのか。

 

 きっと、同じだったのだ。自分がご大層に掲げていた妄想と、あの男が追い求め続けた叶わぬ願いは。それを認めない自分にあんなに怒った。

 

 最も、それをこの場でネルファに言えば間違いなく殺されるだろうし、本人に言えばもっとひどいことになるだろうが……

 

「だから私はあの方の弟子になりました。その尊き意思を受け継ぎたいと、そう願いました。命を、悪魔に呑まれた皆の矜持を守ってくれたこの方のために、今一度優雅であろうと」

 

 何よりも、とネルファは一度言葉を切り……

 

「〝世界の殺意〟を継ぐもの、その候補の一人ならばあの方を覚えていられるから。その悲しみを、少しでも分かち合えるから」

「……すごいな、御堂は」

 

 きっとそれすら、自分にはできるかどうか怪しいところだ。何よりそれができるほどの強さは光輝にはない。

 

 そうやって先ほどとは別の意味で俯く光輝にネルファは微笑んで立ち上がり、水面から飛び立った。

 

 そうすると橋の上に着地して、現れた時と同じように光輝を見下ろす。

 

「さ、これで話はおしまい。私のあの方への想いはわかったかしら?」

「ああ、わかったよ。痛いほどにな」

 

 どれだけ自分が自分自身に盲目的であったかを理解して、光輝は笑った。そこには無駄なキラキラや自信はない。

 

 それを見て、ネルファは──ほんの少しの少しの、さらに少し。心の中で、この救いようがないと思っていた人間の評価を上方修正した。

 

「そ。ならあとは簡単ですわね、()()()()()

「………………え? 今、名前……」

「あなたは理解した、たとえ一片のさらに切れ端だとしても、あの方のことを。ならばあとはひたすらに考え抜いて見極めるといいわ。自分にとっての譲れない思いを」

「俺にとっての、譲れない思い……」

「せいぜい悩むといいですわ。私の話が無駄にならないように、ね」

 

 それでは御機嫌よう。

 

 そう言い残してネルファは視界から消えた。目にも留まらぬ速さに、光輝は思わず苦笑する。

 

「譲れない想い、譲れない想い、ね……」

 

 以前なら全ての人間を助けると、そう変わらずに言っていただろう。

 

 それはできないと知った。強引なまでに思い知らされた。だからこそ、別の答えが必要なのだ。

 

 あの男は答えを出した、その結果があの殺意だ。なら自分は、天之河光輝はどうする?一体何を求める?

 

 

 

「難しいな、人生ってのは」

 

 

 

 これからどのような答えを出して、どう歩んでいくのか。

 

 

 

 

 

 それは、光輝のみぞ知るところだ。




次回はシュウジサイドです。
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禁忌の力

どうも、ジオウの映画見てきました。
とりあえず一言だけ……平成ありがとう!

光輝「こ、こんにちは?光輝だ。なんか、いきなり連れてこられたんだけど……」

ハジメ「おうナル之河、テメェ随分と前回主人公ムーブしてたじゃねえか」肩に手を回す

光輝「南雲!?いや、流石に俺も反省したっていうか……」

シュウジ「おうコラ勇者(笑)くん、お前どのツラ下げてきやがった。ここが前書きのメタ部屋じゃなかったらブッ殺してるとこだぜ☆」肩に手を回す

光輝「わ、悪かったって!?謝るから笑顔でナイフ首に当てるのやめて!?」

ハジメ「おうおう?」

シュウジ「おうおうおうおう?」

光輝「ちょっ、たす、たすけ、ぎゃー!」

ネルファ「うふふふ、これが見たかったんですわ」

ルイネ「相変わらず悪趣味だな……今回はこの章最後の話だ。楽しんでいただけると助かる。それではせーの、」


四人「「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」」

光輝「ギャー!」


 

 

 

 

 

ギシ……

 

 

 

 

 

 ふと、何か聞こえた。

 

「…………?」

 

 久し振りに深い眠りに沈んでいた意識がゆっくりと浮上していき、やけに重たい瞼を気怠く感じながら開ける。

 

 すると、薄暗い暗闇に包まれた寝室が視界に映り込んだ。一番近い真っ白なシーツは、ほのかに輝いているように見える。

 

「ん〜……」

 

 まだ深夜であることを察して、もう一度眠りにつこうと抱き枕にしていたシューの腕を取ろうと……

 

 

 

「………あれ?」

 

 

 

 回そうとした両手は空を切り、ぽすんと間抜けな音を立ててベッドに落ちた。

 

 

そこでようやく、愛しの彼がいないことを知る。

 

 

 一体どういうことかともう一度めを見開くと、白いシーツが目に移った。そう、私以外誰もいないベッドに被せられたシーツが。

 

 数秒見つめて、勢いよく体を起こす。一糸まとわぬ体からはらりとブランケットが滑り落ちた。

 

 そんなことも気にせず、はっきりした両目で部屋の中を探すが……

 

「いない?」

 

 シューの姿が、どこにもなかった。 

 

 おかしい、眠るまではしっかりとあの熱を感じていたのに。

 

 

 

 ここはシューの作ったコテージの、寝室の一つ。異空間があるからと野宿用に作ったものらしく、最初に見たときは驚いた。

 

 それはともかく、久し振りの再会ということで、今夜はルイネさんは気を利かせてシューと二人きりにしてもらった。

 

 そして愛を確かめて、そのまま寝たの……だが。

 

「あら?」

 

 しばらく室内を見渡していると、わずかにドアが開いていることがわかった。見えづらくて気付くのが遅れたのね。

 

 ベッドの周りに散乱している服を着なおして、部屋の外に出る。

 

 それと同時にがちゃん、という音が聞こえた。一階だ。

 

「外に出たのかしら」

 

 他の部屋の人たちを起こさないよう……南雲くんの部屋の前を通った時のユエさんたちのアレな声はスルーした……忍び足で廊下を進む。

 

 軽く無拍子を使って階段を降りて、広々とした玄関に出る。今更だけど、これじゃコテージっていうよりちょっとした屋敷よ。

 

「また開いてる……」

 

 ちょっとだけ開いていた寝室のドアに対して、玄関のドアは半分以上開いていた。風で不気味な軋み音を立てている。

 

 あのシューがドアを閉め忘れるなんて、私たちもいるのにありえない。とすると、何かあってドアを閉めるのを忘れたか。

 

 心に一抹の不安がよぎって、外に出る。森の中に設置されたため、うっすらと黒みがかった緑の海が視界に飛び込んできた。

 

 

 ガサッ……

 

 

「っ!」

 

 ネビュラガスで強化された聴覚が、茂みの向こうの微かな音をキャッチした。

 

 

 

「こんな深夜に散歩か?」

 

 

 

 音のした方に進もうとして、耳元で囁かれた声にとっさに手刀を背後にいるものめがけて放った。

 

 が、あっさりときめ細やかな感触の手のひらで受け止められた。手の主であるルイネさんはふ、と面白そうに笑う。

 

「いい反応だ」

「貴女こそ……聞いた?」

「ああ」

 

 端的な質問に、小声で答えるルイネさん。どうやら彼女も、シューが出て行ったのを知っているようだ。

 

 小さく頷きあうと、気配を遮断した上でルイネさんの魔法によって足音や匂いを消し、シューと思われる誰かを追跡する。

 

 ルイネさんの魔法で足跡をたどり……その際眉をひそめていた……小走りで森の中を駆けた。

 

 

 

 夜の森はかなり暗くて不気味で、ルイネさんの先導がなければ迷ってしまいそう。そこかしこから見られているような気さえする。

 

 

 

 けれど長年鍛えた健脚には、この程度なんでもない。二人とも速度を落とすことなく、ただ前だけを見る。

 

 おまけにシューは随分早いスピードで移動したみたいで、軽く追いかけただけでかなり森の奥まで入っていった。

 

 ちらりと少し先を走るルイネさんを見る。相変わらず綺麗な横顔には、どこか硬さがあるように思えた。

 

「……ねえ、なんでさっきあんな顔したの?」

 

 無意識に疑問が口から出る。彼女は一瞬こちらに目を向けて、すぐに前に戻した。

 

「あの人がたとえ敵がいなくても、足跡を残すなど前代未聞だ。それに……」

 

 立ち止まって、木の一つを見やるルイネ。私も一旦止まり、彼女の視線の先に意識を向ける。

 

 

 

 すると、木の幹に大きな爪痕がついてるのがわかった。

 

 

 

 近づいて見てみると、凡そ動物の仕業とは思えない太さと深さだ。

 

「これって……」

「カーネイジ、だろうな」

 

 また、顔を見合わせる。

 

 深刻そうな顔のルイネさんの真紅の目には、きっと同じ顔の私が写っていることだろう。

 

 一体、何があったのか。不安はより大きなものとなって、ほぼ同時にさらに森の奥へと走り込んだ。

 

 引き続きルイネさんについていくと、だんだんその道筋が左右にブレていく。しまいにはあらぬ方向へ曲がってしまった。

 

「……っ! 止まれ」

 

 15分ほど走った時だろうか。鋭く飛んだ声にブレーキをかけ、一番近くにあった木の陰に隠れる。

 

 すぐ近くの木に隠れたルイネさんが、口に人差し指を当てる。目で頷くと彼女も首肯し、そのまま指を木の向こう側に向けた。

 

 

 

 

 

「ぐ……ぅ…………」

 

 

 

 

 

 それに従い、半分だけ顔を木陰から覗かせると──少し開けた木々の間、月光が照らす中でシューがうずくまっていた。

 

「……!」

「………………」

 

 目を見開き、思わず飛び出そうとするとルイネさんに強い目線で止められる。ハッとして出しかけた足を引っ込めた。

 

 止められたことに安堵の息を吐きつつ、もう一回覗く。

 

「が……ぁ……」

 

 小さくうめき声を漏らすシューの後ろ姿は、とても苦しそうだ。おまけに断続的に痙攣していて、尋常な様子ではない。

 

 やっぱり飛び出そうか、と思ったその瞬間──不意にシューが顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガァアアアァァアァァアアアァァアァァアアアァァァァア────────────────ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

「っ!?」

 

 それはまるで、獣のような咆哮。月に向かって吠える様は、満月の夜に吠える狼人間のようだ。

 

 いや、それよりも──まただ。また、シューの姿がブレる。知らない何人もの誰かが、シューに重なって月に吠える。

 

 

 赤い外套を纏った褐色の男。

 

 

 頭頂部が黒い灰髪の男。

 

 

 

 金色の獣。

 

 

 

 茶色いトレンチコートの男。

 

 

 

 そして、汚れた……黒いローブの男。

 

 

 

 以前より一人、増えている。いいや違う、まるで見えていなかっただけで、元からいたかのような──

 

「が、ぁあッ、っ、ぎ、あがっ、ぐぅ…………!」

 

 怪奇的な光景に見入っているうちに、シューは咆哮をやめた。顔には滝のような汗を流し、胸を押さえて苦しむ。

 

 胸が激しく締め付けられる。今すぐ走り寄って抱きしめてあげたい。

 

 でもルイネさんがかぶりを振って、唇を噛んで見ていることしかできなかった。

 

「ち……しょ……や……な…………」

 

 何かをつぶやいているが……小さすぎて聞こえない。強化された聴覚でも聞き取れないとは、かなり小さい声で呟いてるみたいね。

 

 さてどうしようかと思っていると、不意に耳に違和感を感じた。触ってみると、何かに覆われている気がする。

 

『今、私の耳とリンクした。龍の耳ならば聞き取れるだろう』

 

 頭の中に、ルイネさんの声が響く。彼女を見ると、鋭くなった耳をトントンと叩いていた。

 

 こくりと頷いて、これ幸いとシューに意識を向けてつぶやきを聴く。シューは一体、なんで苦しんで……

 

 

 

 

 

「──このままじゃ、いつか食い殺されかねんな

 

 

 

 

 

 ……………………………………え?

 

 

 

 

 

 どういう、こと? 何かが、シューを食べようとしている?

 

 もしかして、あの時の赤黒い塊?いや、でもあれはコントロールしているように見えたし、ならもっと別のもの?

 

 冷静に努めようとすればするほど、混乱した思考はさらにこんがらがり、複雑さを増していく。より現実がわからなくなる。

 

 

 

 ぐるぐると回る思考が、いよいよ限界に達しかけた時。

 

 シューの体から赤い塊が分離して、木の一本に背中を預けるエボルトになった。

 

「…………平気か?」

「これが平気に見えんなら眼科に行けい…………あ、でも宇宙人専門の眼科とかあんのかね?」

「冗談言えんなら平気だな、って感じでもねえか。せいぜいやせ我慢がいいとこか?」

「よくおわかりで」

 

 奥歯を噛み締めて、無理やり笑うシュー。痛いほどに締め付けられる胸に手を添えて、涙をこらえる。

 

「そんなに強いのか、それは」

「……生半可なもんじゃねえよ。なにせ()()()()()()()()()()()

「……!?」

 

 世界を創造した力の片割れ? それって一体どういう……

 

 私の疑問に答えるように、シューはステータスプレートを取り出す。淡く輝いたプレートに指を当て、シューは何かを表示した。

 

 ここからでは見えない、と思った瞬間目にまで違和感が走る。どうやらまたルイネさんがリンクしてくれたみたいだ。

 

『普段目を凝らすような感覚で、見たいものを注視してくれ。龍の目は特別性だ』

『わかったわ』

 

 言われた通り、目に力を込める。するとゲームで視点をズームするように、シューのプレートの内容が見えた。

 

 

 

 

 

抹消

 

 システムβ。創始であるαに対する破壊プログラムにして生命の原初、その一つ。

 輪廻を妨げるものを排除し、世界構成機構の記憶領域から一切を無情報を削除する。

 輪廻の輪を乱す生命体は運営システムのバグの集合であり、〝世界の殺意〟はこれを抹殺する使命および権限を持つ。

 

 

 

 

 

 ……なによ、これ?

 

「そいつがお前がひた隠しにする、最大の秘密ってわけか」

「ああ。ったく、昔の自分に戻るどころか厄介なもんまで復活しやがった」

 

 呆然としていると、シューは右手の手のひらを表す。するとそこには、見たことのない紋章が浮かんでいた。

 

 見ているだけで心臓が早鐘を打つそれが光ると、どこからともなく白い光が集まり──あの時使おうとしていたナイフが現れる。

 

「それは……」

「俺たちを狩人たらしめる牙にして、最強の暗殺者たることの証明であり……世界の道具になることの、契約印さ」

 

 維持しているのも体力を使うのか、ふっと歪んでいた指から力が抜けた途端霧散するナイフ。紋章からも光が消える。

 

 そうするとまた、苦しそうな顔に戻る。

 

 龍の目でよく見てみれば、紋章からヒビのような線が腕に向かって広がっていた。

 

 まるで侵食しているようなそれが、シューの状態の理由だと悟る。同時に、あのシューがどうしようもないほどの力だと。

 

「制御できるのか?」

「これは、そういう次元の力じゃ、ない。人の手に余る、世界のシステムの一部である、〝世界の殺意〟を継承して、初めて耐えられる、力だ……!」

 

 もはや、話すことすら辛いのか。

 

 エボルトも真剣な顔で、そんなシューに目を細めてわずかに口元を歪める。

 

 

 

 私は、どんどん肝が冷えていく感覚がした。

 

 

 

 見れば、ルイネさんも口元を手で覆って険しい表情をしているように見える。

 

 そんな力を抱えて、シューはどうなってしまうの……?

 

 そんな不安を抱きながら、私は二人の会話に耳を傾けた。

 

「覚えてる限り、使いこなしたのは歴代ん中でも相性が最高だった先代だけだ」

「そうか……で、今はそれに馴染もうとしてるのか?」

「それが間に合ってないからこのザマだ。どっちにしろご遠慮願いたいが……ま、そのうち()()()だろうな」

 

 負ける。

 

 その言葉の意味を、混乱しきった頭はなぜかすぐに理解した。してしまった。

 

「俺の再生能力があってもか?」

「ああ、こいつは汚れた魂を食らうからな。世界意思の庇護がない今、俺の魂なんざ大好物のご馳走にめいいっぱいのトッピングとデザードぶっかけた特上品だ」

「つまり食われないためには他を食わせるしかない、か」

「ああ……だから、これからも殺さないと」

「っ…………!」

 

 紋章の刻まれた手を抑えながら、決意を目に宿すシュー。

 

 それがとても辛くって、喉から嗚咽が漏れそうになる。

 

 必死に口を押さえている間にも、木の向こう側でシューとエボルトの会話は続く。

 

 

侵食を止めるには、誰か悪人を殺すしかないと。

 

 

 

 しばらくして、ようやく痛みが治まったのか。表情を楽にしたシューは立ち上がって、エボルトに向かい合う。

 

「ふー……こっちに来てから相当殺したが、もう半分以上食われちまった。早く《計画》を進めないとな」

「予定を見直す必要があるか。ったく、とんだイレギュラーだ」

「嘘こけ、俺の記憶見てもしもの時にって色々やってんだろ。遠藤のこと、知らなかったぞ」

「おっと、報告してなかったな」

「うっわー白々しぃー」

 

 遠藤くん……? 遠藤くんがどうかしたのかしら。いえ、それより計画って、もしかしてシューはエボルトのことを知って…………?

 

 新しい情報に思考が動き出そうとするが、それをとどめて会話を聞くのに集中する。すると、ちょうどシューが真剣な顔になっていた。

 

「エボルト、この事は誰にも言うな。力のことも、俺の体のことも」

「……ハジメたちにもか? バレたときにゃ殺されるぞ」

 

 挑発するように言うエボルトに、シューはカラカラと乾いた笑いを上げる。

 

「いいんだよ。これは今回雫に慰められたのとはわけが違う……………あいつらに、知られるわけにはいかねぇ。絶対にな」

 

 その言葉とともに見えたシューの空虚な瞳に、私は目を背けた。

 

 

 

 

 

これ以上は、耐えられない。

 

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

 それからすぐ、二人は気分転換に散歩といって森の奥に消えていった。それは、今の私にとって幸いだった。

 

 

 

 足音が完全に消えたところで、その場で崩れ落ちる。

 

 が、ルイネさんに支えられた。

 

「っと、大丈夫か?」

「ルイネ、さん……」

 

 見上げると、彼女はさっと目をそらした。よっぽど私の顔はひどいことになっているんだろう。

 

「……帰ろう」

「……ええ」

 

 支えられながら立ち上がり、行きに比べてひどく重い足取りで歩き出す。

 

 

 

 帰りの道、会話はなかった。

 

 

 

 どちらとも話す気になんてなれなくて、重苦しい雰囲気の中木々の間をただひたすらに足を動かす。

 

 こんな気分なのに……いや、こんな気分だからか、やけに時間が進むのは遅く感じて、結局コテージについたのは体感で一時間後くらい。

 

 玄関のドアを開けて、変わらず重い足で階段を上がり、部屋の前でお礼を言って肩に回していた手を外す。

 

 

 

「「……………………………………………………」」

 

 

 

 また、沈黙が舞い降りた。

 

 何を話していいのか、わからない。決して聞いてはいけないことを聞いて、心がこんがらがってる。

 

 不安、悲しみ、色々な暗い気持ちが糸のように絡まって、喉を締め付けられるような感覚に襲われていた。

 

「…………このことは、私達だけの秘密にしよう」

 

 だから彼女がその言葉を言ったとき、私は救われたような気持ちになってしまった。

 

「……そう、ね。それがいいと思うわ」

「ああ。ではまた明日、な」

 

 踵を返して、ルイネさんはリベルちゃんの待つ自室へと入っていった。

 

 金縛りにあったように、彼女が扉を閉めるまで見送る。そうすると私も、誰もいない寝室に戻った。

 

 ふらふらとした足取りでベッドに近づき、やけに邪魔に感じる服を脱ぎ捨てて、最初に起きた時の状態で寝転がる。

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 一人で天井を見つめていると、先ほどまでなんとか抑えていた色々な思考が蘇ってきてしまった。

 

 聞いてしまった秘密、シューの苦しみ、それを隠されたことへの悲しさ。

 

「……私は、どうしたらいいのかしら」

 

 わからない。

 

 これまでならどんな悩みでも寄り添ってきたし、これからもそのつもりでいたけれど。

 

 これは、シュー自身が言っていたようにこれだけは違う。あんなこと、とても怖くて口にできない。

 

 だって、もし口にしてしまえば──シューがどこかに、消えてなくなってしまいそうだから。

 

「せっかく、また会えたのに……!」

 

 怖い。

 

 家族と同じか……いや、それ以上に愛する人が、シューがいなくなることなんて、到底耐えられない。

 

 そして何もできない自分が、どうしようもなく恨めしい。恐怖と悲しさがごちゃまぜになって、わけがわからなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、それから眠りにつくまで……この胸がすっきりとすることは、なかった。

 

 

 

 




かなり重要な回ですが、我ながら厨二がすぎる……
登場人物紹介やって、次の章です。
感想カモーン!


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人物紹介 パート2

 

 リベル

 

 天使1号。可愛い。最強。娘万歳(シュウジ談)

 ウサギと同じミレディの作り出したホムンクルスであり、迷宮の攻略報酬としてシュウジが引き取った。名前は自由を司る女神から。

 目覚めて最初に見たシュウジを父、ルイネを母と認識し以降二人の娘として旅に同行する。

 順応性が高く、シュウジ達を見てよく無意識にボケを放つ。その度に写真集と日記が厚くなる。

 見ず知らずの他人でも励ますなど、子供特有の無邪気な優しさを持っており、それでシュウジが内心助けられたこともしばしば。

 ホムンクルスだけあってこの世界の人間では群を抜いた強さを持っており、重力魔法の扱いに長ける。

 

 

 クリスタベル

 

 オカマ。つょい。以上。

 

 

 ソーナ

 

 マサカの宿の娘。年頃のためそういうことに興味津々で、シュウジも驚くレベルの隠密を身につけた。

 現在適度に絞られながら元気に働いている。

 

 

 町の皆様

 

 九割変態。それぞれ謎の集団になってシュウジたちを崇めている。

 

 

 プーム・ミン。

 

 汚らわしい豚。ゆるキャラに謝りなさい。以上。

 

 

 レガニド

 

 雇われた黒ランクの冒険者。金好きでプームに雇われていたが、案の定ボッコボコにされた。

 その後は自分の度を超えた雇われはしなくなり、報酬がいくら高額でも命大事にをモットーにしている。

 

 

 イルワ・チャング

 

 原作からおなじみ、フューレン支部のギルド長。かなり有能な男で、ギルド長の中でも一目置かれている。

 が、シュウジたちによりストレスが加速。最近はとある筋から紹介された薬屋の胃腸薬を重宝している。

 

 

 秘書長

 

 内◯さんみたいな秘書。ほとんど出番はなかったが、イルワとともにとある組織とつながっている。

 

 

 花道屋の女

 

 フューレンでリベルがエボルトと散策していた時に出会った女。どっかの元鬼に似ている。

 

 

 クレープ屋の男

 

 同じくリベルとエボルトの散歩の中で立ち寄ったクレープ屋の店長。どっかの朝から全裸ケツを晒した弟子想いの鬼に似ている。

 

 

 愛子親衛隊

 

 教会からつけられた愛子の護衛の騎士たち。ハニートラップにかけるつもりがマリスとなった愛子にむしろ籠絡された。

 隊長はシアたちをバカにするわハジメの宝物のマフラーをバカにするわでボコボコにされ、他のメンバーも特にいいところなしの騎士(笑)たち。

 

 

 ウィル・クデタ

 

 マザコンで貴族の息子。年頃の少年らしく夢に燃え、冒険者を志した。

 が、あえなく以来の途中にティオに襲われ洞窟の中に身を潜めていたところをシュウジたちに発見される。

 仲間たちが死んでいったことに責任を感じたが、シュウジの言葉で彼らのために強く生きていくことを決意した。

 

 

 

 ティオ・クラルス

 

 原作おなじみドMドラゴン。暴れていたところをハジメたちにフルボッコにされて正気に戻り、魔物の大群の一件以降旅についてきている。

 暴走していた際、ロストボトルと思しきものが体内に埋め込まれていたようだが……?

 

 

 ハク/ソウ

 

 愛子と同行し、監視する謎の兄妹。常に飄々としていて、掴み所がない。

 この世界にはないはずの関西弁しかり軍服しかり、得体の知れないところがある。ネビュラスチームガンやスチームブレード、ブロスのシステムを使う。

 戦闘能力は高く、ウルの町の攻防戦では一騎当千の力を見せた。以降も愛子に同行を続けている。

 

 

 カーネイジ

 

 シュウジが復活させたモンスター。血肉を好み、シュウジの中に潜む。

 明確な意思は存在しておらず、破壊衝動の塊。そのため扱いが難しく、シュウジの手を離れた途端制御不能になる。

 無限とも呼べるほど増殖を続けており、無制限の領域を持つ異空間につなげてストックされている。

 

 

 清水幸利

 

 元クラスメイトの少年。

 魔人族にそそのかされ、ウルの町を洗脳した魔物の大群で襲った。が、あっさりとシュウジたちに殲滅させられ拘束。

 あわや原作通りにハジメに撃ち殺されるかと思われたが、マリスの全力の説得により改心。生きたまま元に戻った。

 現在では他にマリスについてきたクラスメイトたちとも和解し、彼女の元で魔法の腕を鍛えている。

 

 

 門番

 

 騎士団在中署の門番二人。門番専門という珍しい兵士たちであり、実は実力は高い。

 よくセントレアがメルドにアタックできたかどうかで賭けている。

 

 

 帽子屋

 

 王都の市場にいる退廃的な美女。

 常に帽子を作っており、そのクオリティと種類の多さ、そしてミステリアスな雰囲気から密かに有名人。

 口癖は「平和の中でこそ帽子は際立つ」、人々のなんでもない日常を見ることを何よりも愛する。

 彼女の正体は……

 

 

 遠藤浩介

 

 クラスメイトの一人。影薄ランキング世界1位もかくやというほど存在感のない男。

 地球にいた頃からわりとシュウジたちとは仲が良く、特に存在をちゃんと認識してくれることから神のように崇めていた。

 天職は暗殺者であり、シュウジに少し手ほどきを受けていた模様。現在はある組織の一員として裏で暗躍する。

 その胸に、一つの決意を秘めて。

 

 

 ミュウ

 

 原作おなじみ、ハジメの義理の娘の海人族。リベルに次ぐ癒しであり、そのリベル曰く妹分。

 闇社会の人間たちから逃げ出していたところをハジメとシアに拾われ、また攫われてから再びハジメたちに助けられて以降、ハジメをパパと慕いついてくる。

 よくリベルと一緒に遊んでおり、現在母親と離れ離れなこともあってリベルの母であるルイネにハジメの次に懐いている。

 

 

 魔人族の女

 

 真のオルクス大迷宮を探すために派遣された、魔人族の女。強力な魔物とスマッシュを従え、雫たちを危機に追いやった。

 魔法使いとしての腕前も高かったが、雫たちを傷つけたためにシュウジの逆鱗に触れ、一万回の死を繰り返しこの世を去った。

 彼女を殺した記憶は、その怒りから蘇ったモノによりシュウジにとって特別なものとなる。

 

 

 キルバス

 

 ビルド見てる人なら知ってる、エボルトの兄貴にして破滅願望者、ブラッド星を滅ぼした王。

 新世界にて手を組んだ万丈とエボルトの手によって倒されたはずだが、どういうことか復活してトータスに現れた。

 相変わらずその強さは健在であり、シュウジの弟子であるネルファを追い詰めるだけでなく一度殺すなど、強力無比な実力の持ち主。

 今回は姿を消したが、いつか再び現れるだろう。

 

 




次回から5章、お楽しみに。


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【第5章】真実
不穏な影


どうも、双王子前までたどり着いた作者です。いよいよ終わりが見えてきました。

シュウジ「うーっす、シュウジだ。前の章は色々残して終わったな」

雫「ねえ、その……大丈夫、なの?」

ルイネ「マスター、私たちはあなたの身が心配だ」

シュウジ「……ま、心配しなさんな。悪いことにゃならねえよ。なっ、作者?」


作者(全力で目そらし


シュウジ「おうこらこっち向けや」

ハジメ「今半したってどうにもならんだろ、ネタバレ的意味で。それより今回からは火山編
だ、それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる真実編!」」」」


 

 

 

 

 

 

 

 空を、見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男はたった一人(独り)で、ただ夜空に静謐とともに輝く月を、見ていた。

 

 赤く染まったその瞳に浮かぶのは、哀愁か、それとも懐古か。あるいはもっと別の何かだったのかもしれない。

 

 一つ確かなのは、男にとって月がとても美しいものだということ。何より大切なものとそっくりなそれは、男にとっての特別なのか。

 

 答えを知る者は、誰もいない。深夜11時を超え、さらに半分の刻を超えた今、広々とした公園には人がいようはずもないの。

 

 だから男のこれまで歩んできた人生を想起させる皺の刻まれた顔も、その口元に浮かぶ淡い微笑みも……

 

 ……時折思い出したように撫でる、膝に置いた古ぼけた帽子だって、知らないのだ。

 

 

 

 ──カチ、カチ、カチ、カチ。

 

 

 

「……そろそろ時間か」

 

 懐から懐中時計を取り出し、蓋を開く。掠れた、今にも途切れそうな音を鳴らすそれは11時35分を示していた。

 

 男は名残惜しいような、待ち遠しかったような、そんな矛盾めいた色を持つため息をこぼすと立ち上がる。

 

 時計を止めると無数の傷の入った手で帽子を掴んで、ベンチからゆっくりとした動きで立ち上がる。

 

 そうするとおもむろに、目の前に広がる静かな野原に向けて手をかざした。

 

 

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………………!

 

 

 

 

 

 

 

 静寂を破り、凄まじい轟音を立てて公園全体が振動に包まれる。それは時間を追うごとに、どんどん激しさを増していく。

 

 やがて、男の視界の端に地面の内側から何かの突起が突き出てくるのが見えた。一つではなく、規則的な間隔でいくつもだ。

 

 近くで見れば見上げるようなそれは、しかし〝それ〟の一端でしかない。それは数秒置いて現れたものが表してくれた。

 

 

 

 

 

ドガンッ!!!

 

 

 

 

 

 まるで砲弾が着弾したような音を立て、突起が全容を表す。それは黄金の旗を掲げる、巨大な尖塔だったのだ。

 

 全部で二十の尖塔に続いて、地面の全てを盛大に吹き飛ばして本体が姿を表す。あらん限りの装飾を施された、超巨大な城が。

 

 二、三分ほどで城は完全に地上にせり上がった。ほんの半日前まで人々が朗らかに笑っていた公園はもはやない。

 

「……少し、大きくしすぎたか?」

 

 月を覆い隠さんばかりの黒と金、そして燃えるような赤で彩られている巨大城に、男は自嘲気味にこぼす。

 

 苦笑もそこそこに、男は丘を降りて齢七十へ届こうかという年齢を感じさせない、力強い足取りで城へ歩いていく。

 

 伸びた背筋に皺一つないシャツ、ワインレッドのベスト、黒いズボンとブーツ、紫色に縁取られたコート。

 

 全てが一級品といって差し支えない衣服を着こなす彼を人が見れば、まさしく王者の風格だと言うかもしれない。

 

 あるいは、()()()()()()()()と。

 

 

 

 

 

 ……閑話休題。

 

 

 

 

 

 その巨大さゆえに、丘と城の距離はさほど離れていなかった。男が近づくと地鳴りのような音を立て、絶壁のごとき城門が開く。

 

 たとえ巨人が通ってもそう問題ない大きさの門をくぐり、男はすぐにでた階段を上っていった。一段一段、しっかりと。

 

 段数を登り終えた時、そこにあったのは──ポツンと置かれた、一つの玉座だった。それ以外は何もない。

 

 やはり大仰すぎたか、と思いつつコートの裏ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する男。

 

「……時間がないな」

 

 11時45分を示す懐中時計をしまう。次に、中指にはまった鈍い光を放つ指輪に意識を向けた。

 

 指輪は主人の意思を察知して、望みのものを己の中から取り出す。程なくして、それは目の前に現れた。

 

 全てが黄金色の、豪奢なベルト。左右対称の形をしている飾りには小さな赤い宝玉がはめ込まれ、中央の窪みは沈黙している。

 

 男はそれを手に取ると、躊躇なく自分の腰に押し当てる。

 

 

オウマドライバー!

 

 

 男と同じ声で自分の存在を叫び、ドライバーはベルトを伸ばして男と一つになる。すぐに、時計が音を奏で始めた。

 

 

 

カチ、カチ、カチ……

 

 

 

ゴーン…………ゴーン…………ゴーン…………

 

 

 

チッ、チッ、チッ、チッ

 

 

 

 全てに独特な紋章の刻まれた、形も大きさも何もかも違う二十の時計が男の周りを囲い、その時を待つ。

 

 まるで目覚めを待っているかのようなその音色に、男は一度目を閉じた。全身から力を抜き、自然体になる。

 

 三十秒か、あるいはもっと長い間か。最後の覚悟を決めた男は、開口するとその言葉をはっきりと、されど儚く口にした。

 

 

 

「──変身」

 

 

 

 そして、時は動き出す。

 

 

 

 

 

TWILIGHT TIME !

 

 

 

 

 

 一人でにベルトが周り、時計が出現してから不気味に赤く輝いていた窪み……否、文字盤に声と同じ言葉が並ぶ。

 

 同時に、時計が全て止まった。かと思えば浮かび上がっていた紋章に飲み込まれ、男の体の周りに円環が現れて。

 

 

 

 

キングオブライダーズ! 祝え! 仮面ライダー! オーマジオウ!

 

 

 

 

 紋章は円環に飲み込まれ、そして円環は男の体に黒頭巾に輝く鎧を纏わせていく。

 

 鎧が実態と化した瞬間、円環は勢いよく弾け飛ぶ。そのまま一つの黄金のベルトとなって、鎧の左肩に収まった。

 

 最後にベルトから飛び出した文字が顔の空虚に収まって、完了。ライダーの文字は真紅に輝く。

 

「……ふぅ。さて」

 

 王の装束をまとった男は、腕を勢いよく振り上げる。すると城に見立てた()()()()()()は起動を始めた。

 

 使役者の存在を認証。時の力を確認。全システムオールグリーン。これよりエネルギー供給を開始する。

 

 全ての機構が、装置が、力が次々と目覚めていき、準備を始める。それを感じながら、男は玉座に座った。

 

 

 

 

 

「……ここまで、長かった」

 

 

 

 

 

 また、誰に聞かせるでもなく男は呟く。二重に聞こえるその声は、さらに重厚さを増していた。

 

 ずっと、耐えてきた。この胸にくすぶる後悔に、悲しみに、怒りに、屈辱に、ありとあらゆる苦しみに耐え抜いた。

 

「だが、それも今日までの話だ」

 

 これから始めるのは全てを取り戻し、同時に世界(いま)を破壊するための遥かな旅。決して許されない究極の大罪。

 

 それがどうした、と男は魔王の仮面の下で笑う。今更その程度のことをしたって、誰も自分を止めやしない。

 

 何より、そんなことは俺自身が許さない。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これまでずっと、そうしてきたように。

 

 

 

 キィィイィィィィィイイイイイイイ!

 

 

 

 そんなことを考えているうちに、どうやら終わったようだ。

 

 男は表情を引き締めて、最後の許しを呼びかける城に命令を下す。受け取った城は速やかに職務を全うした。

 

 根こそぎ吸い上げて貯めたエネルギーを使い、扉を開く。たったそれだけのために作られた自分の存在意義を、全力で証明する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ──反撃を始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよトリガーが光れたその瞬間──男の小さな言葉とともに、城は消え失せた。

 

 この日、この瞬間。世界中のエネルギー機関が動きを止め、全ての人間が闇の中に囚われた。

 

 次の日には全て元どおりになったが、この事件は地球最大の不可思議現象として()()歴史に残り続けることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その真実を知るものは、もういない。

 

 

 ●◯●

 

 

 マリス SIDE

 

 

 ウルの街の騒動から、しばらくして。

 

「それで、先生に会ったそうですね」

「ええ」

 

 私──マリスであり畑山愛子である女は、王宮の一室でネルファと対面していた。

 

 現在私は一度地方での農耕活動を切り上げ、王都へと帰還している。理由は主にクラスメイトたちの休息と報告だ。

 

 畑山愛子の責務として定期的にやっていることではあるが、今回は偶然にも迷宮攻略をしていた生徒たちの帰還と重なった。

 

 意気消沈といった様子で帰ってきたら彼らから聞いたのは、魔人族の強襲。まあ予想できたことではある。

 

 そして、偶然ホルアドに居合わせた先生たちによる救出劇。一連の事件を聞き、ネルファにコンタクトをとった。

 

「全くグズばかりで困りますわ。あれでは、一部を除いて戦争が始まった途端即死もいいとこですわよ」

 

 どうしようもない、という様子で首を振る別のベクトルでどうしようもない妹分に苦笑する。

 

 どうやら彼女は色々と会ったようで、肉体を成熟した状態にしている。まったく、いつかやるとは思っていたが本当にやるとは。

 

 あちらに帰った時のことを考えなかったのですか、なんて畑山愛子の部分が言おうとするのをとどめて話を続ける。

 

「それで、全員で助けに来たと?」

「ええ、南雲ハジメたちもいましたわ」

「……そう、ですか」

 

 聞けば南雲くんは、相当暴れたらしい先生の代わりにクラスメイトたちを守っていたという。幼い子供を保護しているとも。

 

 少し、嬉しくなった。教師として、あの少年に少しでも影響を与えられて。できればこのまま柔軟になってくれるといいのだが……

 

「しかし、心配なのはあの御方ですわ」

「そうですね」

 

 怒りに任せて、魔人族を徹底的に殺戮。必要以上の苦しみを与えない先生にしては、驚くべき話だ。

 

 弟子として諌めるべきか、あるいは〝北野シュウジ〟という個人として怒れるようになったことを喜ぶべきか。

 

 ……まあ、そのことは今はいい。問題なのは、天之河光輝に対してこれまでにないほどの怒りを見せたこと。

 

 話を聞けば、それは然るべき怒りだった。同時に未だに苦しみの中にいることに沈鬱な気持ちになる。

 

「変わらないですね、先生は」

「不器用な方。いっそ全て割り切ってしまえばいいのに」

「それができないから先生は先生なのですよ。あなたもよく知っているでしょう?目の前で絶望を打ち砕かれ、死した者たちに涙を流す姿を見たあなたなら」

 

 そう言うと、ネルファは口をつぐむ。それから視線を数ミリ右往左往させて、最後に面白くなさそうに毛先をいじった。

 

 その性格ゆえに皮肉めいた言い方をする、素直ではない家族にクスリと笑う。まったく私たちは皆不器用ばかりだ。

 

「……はぁ。まあ、あの方の悪癖は置いておくとして。アレのお陰でグズたちがやる気になったのは重畳ですわ」

「今までも彼らなりに頑張っていたでしょうけどね」

「死なない程度の鍛錬など、所詮怠慢を肥やすための間食にすぎませんわ」

 

 厳しい意見だ、と畑山愛子(わたし)は思った。でもマリス()としてはその通りだ、と思った。

 

 王都に帰ってきてから、天之河光輝を筆頭に騎士団主導のもと熱心に対人訓練を行っているという。

 

 

 

 今更か、と思った。

 

 

 

 戦争のために喚ばれたというのなら、それは最初にすべきだったことだ。まあ、畑山愛子としてはしてほしくないが。

 

 人は命の危機に直面してようやく、己の理想と現実の差を実感する。彼らは痛感し、ようやく自分たちが力不足だと気づいたのだ。

 

 悪いとは言わない。本来彼らにはいらない覚悟だし、私たちが理不尽なほどに早かったからそう思うだけ。

 

「彼らには今回がそのチャンスだったということです」

「ぬるま湯から引き上げられた子豚たちは、さてどうなるのかしら」

「所詮遅いか早いかの違いです、ぜひ頑張って欲しいです……それにしても」

 

 一つ、彼女から聞いたことで予想の範疇を超えたものがあった。あの天之河くんが、一番精力的だというのだ。

 

 死にかけたのだから当然、という話ではない。今の彼はきっと、もっと迷ってからようやく剣をとると思っていたのだ。

 

 予想に反して彼のやる気は凄まじいもので、まるで何かを探し求めているようだとネルファは言っていた。

 

「是の故に聖は益々聖に、愚は益々愚なり」

「師の説ですか」

「彼は、愚者ではなかったということです」

 

 きっと今、彼は答えを探しているのだろう。自分の中にある、自分にしかわからない答えを。

 

「どうだか。天之河光輝がバカなのは明白ですわ」

「そう言いつつ、名前を呼ぶのは何故かしら?」

 

 また沈黙するネルファ。今度は毛先をいじるどころかぷいとそっぽを向いてしまう。ああ、本当に素直じゃない子。

 

「彼だけでなく、他の皆にもちゃんと考えて進んでほしいです」

「それを導くのがあなたの仕事でなくて?」

「そうですね、今からやる気十分です」

 

 魔人族が迷宮にいた以上、もはや戦争の幕開けは秒読みだ。今更彼らを戦わせないことはできない。

 

 だからせめて、寄り添おう。血で血を洗い、狂気で正気を保つ地獄の中で、あちらに帰っても暮らせるように。

 

「……で。一番の問題は、教会の傀儡になっているこの間抜けの園の判断ですわね」

「まさか、こうもあっさり異端認定をするとは……」

 

 私が戻ってほどなく、先生たちは異端認定を受けた。これで教会が神敵と定め、いつでも討伐の命令を下せる。

 

 浅慮だ。愚鈍だ。弟子や娘というそれ以前の問題で、ろくに実力の差を認識できていないこの世界の人間たちに呆れを覚えた。

 

 遠回しに取り消すように促したのだが、いっそ強引なまでに取り合わなかった。まるでそうだと誰かに信じ込まされてるように。

 

「そしてその尖兵となるのは、あのグズども。まるで誰かが面白がって駒を手で弄んでいるよう」

「十中八九、神エヒトが絡んでいるのでしょうね」

 

 説得の際その場にいた国王やその家臣たちには、神気の気配をわずかに感じた。一種の洗脳がされていたのだろう。

 

 ちなみに、話を始める際すでに先生に聞いた話はネルファに伝えてある。案の定、「あらそう」で終わったが。

 

「加えて、神の使徒と思われる男ですか……」

「認めたくありませんが、アレは強いですわ。いくら雫さんをかばった上に未成熟な私とはいえ、一度殺したんですもの」

 

 

 

(それに、雫さんから聞いた謎の存在の警告……そして奴が戦闘中こぼしていた《強欲の獣》という言葉。どうやら一筋縄ではいかなそうですわ)

 

 

 

「ふむ……」

 

 神の思惑から生徒たちを守り、情報を集めながらあのネルファをも殺した存在に用心する……やることは多いですね。

 

 先生たちについていった雫さんたちのことについては、心配いらないだろう。私は私にできることをしなくては。

 

「まあ、やることは変わりません。全力を尽くし、目的を果たすだけ」

「ええ。全ては……」

「あの人のために」

 

 この戦いの先に、私たちの……何よりお父さんの、平穏があると信じて。

 

 

 ●◯●

 

 

 それからしばらく話して、解散した後。

 

「すっかり遅くなってしまいましたね」

 

 気がつけば時は夕刻、規則的にガラスのはめ込まれた窓から、廊下に夕暮れ色の光が差し込んで濃い影を作る。

 

 今日はこれから、生徒たちと夕食を食べることになっている。久しぶりの教え子たちとの交流に、少し心が踊っていた。

 

『腹ガ減ッタゾ、早ク飯ヲ食イニイコウ』

 

 早速空腹を訴えかけてくるヴェノムにいつも通りに応じようとして──立ち止まった。

 

 

 

「……何かご用ですか?」

 

 

 

 廊下の先、窓がない暗がりの場所にまるで亡霊か何かのごとく美しい姿勢で佇む女にそう問いかける。

 

 修道服からして、聖教教会のシスターか。しかし今まで見た修道女たちとは違う異様な雰囲気に、ヴェノムを使うため身構えた。

 

「はじめまして、畑山愛子。あなたを迎えに来ました」

「あいにく、エスコートは求めていません。一人で食事にくらい行けますよ」

「それは困ります。あなたの行き先は本山なのですから」

 

 一歩前に進み出て、薄い闇から姿を表す修道女。あらわになったその姿に、少しだけ目を細める。

 

 女は、とても美しい容姿をしていた。透き通る銀髪に大きな碧眼、幼くも大人びても見える顔立ち。白磁の肌に、均整のとれた体。

 

 さらに無の表情に至るまで、いっそ精巧な人形と言えるほどに、全てが完璧に整った女。

 

 でも私は、すぐに()()だと思った。あの妹分に比べれば、あまりにも人形じみている。全身から作られた感が満載だ。

 

「主はあなたの存在を危険に感じています。あなたの生徒の方が面白そうだとも。そのため、一度舞台から降りてもらいます」

「あら、人形に登山デートに誘われるのは初めてです」

 

 ゆっくりとこちらに歩み寄っていた女は、ピタリと立ち止まる。そうすると翡翠の瞳でまっすぐこちらを射抜いてきた。

 

 瞬間、瞳が輝く。魅了魔法の気配に即座に拒絶(レジスト)して、女の数センチ前に向かって刃と化したヴェノムを振るう。

 

 

ズパンッ!

 

 

「……これも弾きますか」

「私にその類は効きませんよ。それ以上は近づかないことをお勧めします」

 

 次はその首を落とす。殺意と喜びの入り混じった声音をあげるヴェノムをくゆらせ、女を牽制する。

 

 

 

 

 

「………………一つ、あなたたちの世界の言葉で気になるものがあります」

 

 

 

 

 

 不意に、人形はそんなことを言った。

 

 突然の言葉に一瞬面食らい、すぐに警戒を張り巡らせる。その間にも女は淡々と言葉を続けていた。

 

「目には目を。歯には歯を。実に良い言葉だと思いませんか?」

「……ええ、ですがそれが何か?」

 

 そう聞けば、女は一度口をつぐみ。

 

 

「こういウコトデス」

 

 

 そして次の瞬間、限界まで口角を上げて嗤った。

 

『下ダッ!!』

「っ!!!」

 

 

 ドォッ!!!

 

 

 即座に全身にヴェノムを纏い、その場から飛びのく。すると勢いよく床から鈍色の暴流が飛び出してきた!

 

 着地と同時に追いかけてきた鈍色の物体を衝撃を伝える技で粉砕し、十分な距離をとってから女の方を見る。

 

「オヤ、今ノデ沈ンデクレレバヨカッタモノヲ」

 

 あいも変わらず口が裂けた……いや、体の内側から出てきた何かの口は、不規則に並んだ歯の間から耳障りな声をだす。

 

 

グチュ……グリュ……バキョッ……!

 

 

 おぞましい音を立てて、私たちの目の前で女の全身から染み出すように鈍色の物体が出現し、体を覆っていく。

 

 不定形だったそれはやがて形を成していき、程なくして元の女の面影が全くない巨大な鈍色の怪物へと変貌した。

 

『「貴様ハ……!?」』

『俺ハ、ライオット』

 

 ライオット、ですって!?

 

 その名前は、いつか先生に聞いたことがある。かの世界の殺意、その中で最も《抹消》を自在に操ったという男の……!

 

『サア、来テモラオウカ』

『「断ルッ!」』

 

 両手の爪を大きく広げ、臨戦態勢をとる。すると、ライオットは待っていましたと言わんばかりに裂けた口角をさらに上げた。

 

『ナラバ……ココデ死ネ!』

 

 両手を変形し、勢いよく床に叩きつけるライオット。床を這うようにして剣山が廊下全体に広がり、串刺しにせんと迫ってきた。

 

 そのことごとくを魔法でヴェノムを強化して撃ち払い、ライオットに向けて爆進する。たった数秒で肉薄し、ストレートを放った。

 

 が、避けるでもなく胸で受け止められる。それどころか首に変形した腕を巻きつけられ、床に叩きつけられて盛大に石畳を粉砕した。

 

『「ガッ!!?」』

『オ前ノ拳ナド効カンワ!』

 

 拘束から逃れようと身をよじるが、逆に全身に腕が巻きついて身動きを封じられ、壁に柱にと様々な場所にぶつけられる。

 

 その度に全身に衝撃が走り、ヴェノムに緩和されているはずの痛みが臓腑の間を突き抜けて口から血を吐いた。

 

 おか、しい……魔法が、使えなくなっていく……ヴェノムとの結合も、不安定に……

 

『フンッ!!!』

『「カハッ……」』

 

 もはや抵抗する気も受けたところで腹部に強烈な蹴りをくらい、不様に見るも無残な有様になった床を転がっていく。

 

 ライオットによって砕かれた柱の残骸に当たったところで、限界がきて私たちの意思に関係なく結合が解けた。

 

「けほっ、こほっ、こほっ……」

 

 口内に溜まった血を吐き出して呼吸を確保し、残骸に手をかけて何とか体を起こすと前方に目をやる。

 

 あっさりと私たちをのしたライオットは、まるで見せつけるように堂々とした足取りでこちらに近づいてきていた。

 

 ……ヴェノム、聞こえますか。

 

『……アア。ドウスル、一度撤退スルカ?』

 

 そう、ですね。見たところ廊下に張り巡らされたライオットの一部から発せられる力のせいで、ろくに魔法も使えません。

 

 ここは一度撤退するのが良策でしょう。でも、貴方だけで行って。そして誰かに……先生に、このことを伝えて。

 

『………………ワカッタ。必ズ伝エヨウ』

 

 しぶしぶと行った様子で答えたヴェノムは、私の手を隠れ蓑にして体から出ると、床にあいた穴の中に消えていった。

 

「……お願いね」

『最後ノ祈リハ終ワッタカ?』

「ぐっ……!」

 

 胸倉を掴み上げられ、宙吊りにされる。もはや満身創痍な私は、その巨大な手を握って睨むことしかできなかった。

 

『ナニ、コイツノ命令二従ッテ今スグニ殺シハシナイ。セイゼイ大人シクシテイルンダナ』

 

 いうや否や、ライオットは胸の部分を変形させると、そこから自分の体内に私を取り込み始めた。

 

 ドロドロとヴェノムと似て非なる鈍色の海に沈み、全身から力が抜けていく。まるで眠りに落ちるような中で、私は最後に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい、お父さん」

 

 そこでプツリと、私の記憶は途切れた。

 

 

 ●◯●

 

 

 マリスを取り込んだライオットは、その後すぐに女の姿に戻ると空気に解けるように消えていった。

 

 廊下には元の静寂が戻り、いっそ不気味なまでに無音となる。

 

「……もういいぞ」

「プハッ!!!」

 

 が、長くは続かなかった。廊下の先にあった客室のドアが開いて、二人の少年が勢いよく転がり出てきたのだ。

 

 両手をついて荒く息を吐いていた黒いローブの少年は、今一度徹底的に破壊された廊下を見て顔を青ざめさせる。

 

 そんなクラスメイトの様子に、さっきまで彼の口を塞いでいた少年は黒い仮面を外して悔しげに歯噛みした。

 

「先生っ……な、なあ!すぐに誰かに知らせないと!」

「……ああ。メルドさんのところへ行こう」

 

 言葉を交わした少年達は、踵を返して騎士団の建物の方へと走っていく。

 

 

 シュッ!

 

 

 その一方の背中に飛び込んで消えた、黒い塊に気づくことなく。




オーマジオウの変身音はオリジナルです。お気に召さない場合消しますので。
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砂漠は超暑い

どうも、配布石で朝一番に引いたらワンワンがきた作者です。ようやくまともなエクストラクラスきた。
あ、言い忘れてましたがこの世界の作風は漫画版ですので。

ハジメ「よう、ハジメだ。前回はプロローグだったな」

シュウジ「なんで師匠のシンビオートが……まーそのうちわかるか。とりあえず作者は締める」

作者 (びくっという顔文字


エボルト「ていうか前回大した反応されなくて作者地味に凹んでたな。ワロタ」

雫「ああっ、作者が瀕死に!」

ハジメ「ほっとけほっとけ。で、今回は俺たちに視点が戻る。それじゃあせーの、」


「「「「さてさてどうなる真実編!」」」」


【グリューエン大砂漠】は、まさしく灼熱の世界だった。

 

 

 

 燦然と輝きを放ち、地上を照りつける太陽。その熱を十全に受け止めてさらに強くする砂原には蜃気楼が見える。

 

 大小様々な小丘を作る赤銅色の砂はとても細かく、風が吹くたびに舞い上がって360度全て同じ色に世界を染め上げていた。

 

 そんな中を爆走するのは、もちろん俺の操る魔力駆動四輪。時折方位磁石を見ながらハンドルを握る。

 

「外凄いですねぇ……普通の馬車とかじゃなくてよかったです」

「妾たちはともあれ、子供たちは少し危なかったの」

 

 シアとティオの会話に、ちらりとミラーで後部座席を見る。ちなみに拡大化した四輪だが運転しづらいので異空間で中身だけ広くした。

 

「最初はグー?」

「あ、じゃあ私はパー!」

「あはは、そういうことじゃないかなー?」

 

 苦笑しながら頭を撫でる八重樫に、ルイネの膝の上でリベルはきゃっきゃとはしゃぐ。もうすっかり仲良くなってんな。

 

 最初はルイネと揉めるかとでも思ってんだが、どうも似通った性格してるせいか仲が良い。今じゃ二人でリベルを世話してる。

 

「にへへ」

「ふふ、じゃあもう一回やろうか」

「うん!あ、ママも一緒にやろ!」

「ああ、いいぞ」

 

 見ての通り、リベルの方も八重樫に懐いてる。一日置きに一緒に寝てるらしい。

 

 地球の常識で見ると何んとも奇妙な固形だが、同行者の仲が険悪でもこっちも参るから俺としては大歓迎だ。

 

「香織は引っ込んでて」

「えー、何でかなぁ?」

 

 ……大歓迎だ。

 

「ふ、ふふふふふふ」

「あはははははは」

 

 異空間化しているため、中央になった運転席の両隣。俺を挟んで笑いあってるユエと香織……本人に呼べと言われた……で胃が痛い。

 

「ミュウ、水いる?」

「ん、いるの!ありがとなのウサギお姉ちゃん!」

「ほら、これも食べときな。塩分は大事だよ?」

「美空お姉ちゃんもありがと!」

 

 ああ、今すぐ後ろに行きたい。そんで微笑んでるウサギと美空とミュウと一緒に戯れたい。

 

「今更香織がなにをしたところでもう遅い。ご両親に紹介してもらうのも約束済み」

「なっ! ど、どういうことかなハジメくん?」

「いや、聞いたまんまだよ」

「それに、明るい家族計画も……ね?」

 

 下腹部のあたりを撫でながらいうユエに、香織が真っ赤な子でプルプル震える。ていうか俺もそろそろ胃がアレなんでやめない?

 

 ……ご覧の通り、こいつらは非常に仲が悪い。原因はホルアドで告白されて以降、アプローチしてくる香織だ。

 

 そんな気は無いと言っているのだが、一向に諦める気配がない。それに対抗してか、ユエが香織をよく煽る。

 

 で、香織が返して、あとは見ての通りのやりとりを始めるのだ。八重樫たちは苦笑してるし、シアたちは助けてくれない。薄情だ。

 

「パパすごいの!いっつもお水が冷たいの!」「ん、冷蔵庫最強。ハジメは何でもできる」

 

 いやーそれにしてもミュウは可愛いなぁ。最初はどうかと思ったけど最近パパって呼ばれると頬緩むしなー(現実逃避)

 

 ……まあ、ユエも真正面から言い合える相手ができたから、きっと嬉しいんだろう。本気で敵視していたら、容赦無く魔法を使う。

 

 シアは今は妹分だし、ルイネやウサギはともに迷宮攻略したから最初から仲がいい。ティオは論外。

 

 一番起こりそうな美空は、まあ一番思い出があるからか特に何も言わない。時々拗ねたような目を向けてくるけど。

 

「はぁ、はぁ、今変態扱いされた気がするのじゃ。口に出さずとも罵るとはさすがご主人様……!」

「次に似たようなことを言ったら簀巻きにしてボンネットに縛り付けるぞ」

「んっ!」

「………………」

 

 声を上げつつ、一応口をつぐむ変態。美空からのしらーっとした目が目を感じるが、これが一番マシな対処法だ。

 

「へーハジメそんな趣味があったんだ。ふーん。へー、ほー」

「………………」

 

 こ、これが一番マシだ(震え声

 

 まあ、それはともかく。そんな最中にできた喧嘩相手。昔は気の許せる人間が周りにいなかったこともあり、つい挑発するのだろう。

 

 だいたい俺の話なのでこっちがダメージ食うのは大概にしてほしいがな!

 

「あれ、そういえばこんな暑いなかシュウジさんはどこいったんですか?」

 

 乾燥してるからか、耳をいじっていたシアが聞いてくる。

 

 俺は無言で後部座席のミラーを下げて、代わりに砂が入らないようにシュウジの設置した装置で風の膜を張った。

 

 外は相変わらず砂塵一面の世界。とても対策なしではいられない灼熱地獄の真っ只中、俺たちの視界には……

 

 

 

 

 

「ふっ、別に堂々と出てしまってもいいのだろう?」

 

 

 

 

 

 見るからにアロハーなシャツを着てフィーラーの鼻先で腕組みする、サングラスをしたバカ(シュウジ)がいた。

 

「…………なにしてるんですかあの人」

「乗るしかない、このビッグウェーブに!だとよ」

「いつものことだから気にしなくていいよシアさん」

「は、はぁ」

 

 あいつ砂を避けれるのをいいことに、全力でこの暑さを楽しんでるらしい。うん、ちょっとよくわからん。

 

 そんなシュウジの乗ってるフィーラーは、ああの図体なので悠々自適に泳げる場所なのが嬉しいのか、頻繁に嬉しそうに鳴いている。

 

「だがまあ……いつも通りでよかったわ」

「確かに、変にへこんでられるよりマシだし」

 

 美空の言葉に、先ほどまで言い争っていたユエと悶えていたティオを含めた全員が神妙な顔で頷く。

 

 アレからすぐ、シュウジは元に戻った。その日は多少表情に影があったものの、翌日にはすっかりいつものテンションである。

 

「ったく、心配しがいのねえやつだよ」

「するだけ無駄とも言えるし」

「だな」

 

 あるいは、あんな気持ちで一千年も暗殺者なんてやってたら……そういう切り替えは早くなったのかもしれない。

 

 俺は別に、あいつの悩みに対してどうこう思っちゃいない。アレはあいつ自身の悩みだし、その答えが出せるのもあいつだけだ。

 

 むしろルイネや、先生の中にいるマリスとかが惚れている理由が改めてわかった。

 

 

 苦しみながら悪の刃であり続けた在り方。嘆き悲しみながら、それでも擦り切れてしまうまで歩き続けた強さ。

 

 

 本人には絶対に言うつもりは毛頭ないが、あいつは俺の自慢の親友だ。だが……

 

「……ハジメ、美空、もしかして少し寂しい?」

「「別にー? これっぽっちもそんなことないし」」

 

 べっつに?そんなにへこんでんなら柄にもなく励まそうとか、ゆっくり話聞こうとか思ったりしてませんけど?

 

 あんなになる前に俺たちに言えよとか、それが言えないくらい頼りないのかよとか、全然思ってねえし!

 

「ふふっ、二人とも拗ねてます」

「だから違うつってんだろ残念ウサギ」

「いや、その顔は絶対拗ねてるの」

「るっさい変態」

「今のご主人様の罵倒は効かんのう」

「そんなことないしー。あのアホのことなんかどうでもいいしー」

「ふふ、美空がそういう時って一番心配してる時だよ?」

「……香織」

 

 チッ、こういう時だけまともになりやがって。あとナチュラル百合百合しないでくれませんかね?オカンが嘆息してるし。

 

「ふふ、あれは拗ねているな」

「あはは、おじちゃん拗ねてるー!」

「みゅ?パパ拗ねてるの?」

「いや、だからだな……」

「それにしても……もしやユエではなくシューくんがラスボス……!?」

「お前は劇画顔で何を言っているんだ」

「っ!?」

「ユエさんや、なんでそんな盲点だった!みたいな顔すんの?違うからな?」

 

 ええい、どいつもこいつも俺が拗ねてるなんて根も葉もないこと言いやがって。後でティオをトランクに詰め込んでやる(八つ当たり)

 

 そんな風にニヤニヤとしているやつらの視線と言葉をシャットダウンし、車を走らせていると、不意にティオが黙る。

 

「どうした?」

「何やら、三時の方向で騒ぎが起きておる」

 

 言われた方向を見てみると、確かに右手の大きな砂丘の向こう側にサンドワームという魔物が数匹見えた。

 

 平均20、でかくて100メートルにもなるそいつらは、普段地中にいて虎視眈々と通行者を待ち構えてる。

 

 で、獲物が来ると奇襲してその馬鹿でかい口で食うんだが……

 

「なんであいつらぐるぐる回ってんだ?」

 

 サンドワームたちは一定の範囲を回っては、その中央に三重構造の口を向けている。まるで何かを迷っているように見えた。

 

「食べるか、食べないか迷ってる?」

「言い得て妙じゃな、ウサギ」

「そんなことあるもんなのか?」

「いや、奴等は悪食じゃからの、獲物を前にして躊躇うということはないはずじゃが……」

「つまりは異常事態ってことだな」

 

 変態な部分を除けば、こいつは200歳年上な上封印されてたユエより博識だ。そいつが知らないというのならイレギュラーなんだろう。

 

 てことで、こういう事態に強そうな奴に念話を繋げる。まあ外にいるんだし、俺たちより早くあれを見てるだろ。

 

〝おいシュウジ、ちょっといいか〟

〝おーハジメっち、ちょうどいいタイミングで。俺あそこにいる奴助けてくるから〟

 

 やつ、っていうことは襲われてんのは人間か。あいつが助けに行くあたり、悪人ではないと推測できる。

 

〝わかった。で、どうすりゃいい? こっちに乗っけるか?〟

〝そうだなー。見たとこ衰弱してるっぽいし、外に出しとくわけにもいかん。とりま白っちゃんに治療してもら……ハジメ、避けろ!〟

 

「っ!!!」

 

 脳内に響くシュウジの叫びと同時に、気配感知に反応が引っかかる。場所は……車体のすぐ下か!

 

「全員捕まってろ!」

 

 いうや否や、全力でアクセルを踏んでありったけの魔力を注ぎ込む。四輪はすぐさまそれを受理してタイヤを回転させた。

 

 一気に最高速度まで行った四輪は凄まじい速さで前へ進む。そしてコンマ数秒の差で、車体が浮く感覚を覚えた。

 

 

 

オォォオオオオオオオオオオオオオ!

 

 

 

 ミラーに移る後部ガラスに素早く目線を走らせば、ほんの一瞬前までいた場所からサンドワームが飛び出していた。

 

「っぶねえな!」

「うわわっ!」

「あ、ミュウちゃん!」

 

 美空の焦るような声。どうやらいきなり飛ばしたことでミュウが飛んじまったらしい。

 

「えいっ!」

「……あれ? なんでミュウ浮いてるの?」

「ふー、かんいっぱい!」

「それをいうなら、間一髪?」

「ウサギさん今突っ込んでる場合じゃないわ!それよりよくやったわねリベルちゃん!」

「ふふん、リベルはやればできる子なのです」

「全員シートベルトを締めろ!まだまだくるぞ!」

 

 ルイネの叫び通り、進行方向に出現した返納にハンドルを右に切る。フレームを削るようにして二匹目の口が勢いよく砂中から突き出た。

 

 奴らの猛攻はそこで終わらない。立て続けに二匹、三匹と出現して、その度にハンドルを左右へ回して回避する。

 

 なんとか総勢四匹のサンドワームの奇襲をいなし、車を一旦停止する。フロントガラスにはこちらを睥睨する奴らの姿が。

 

「危なかったな……で、お前ら。俺から離れろ」

「う、うん」

「むぅ」

 

 どさくさに紛れて腰のあたりに抱きついていた香織とユエを離れさせる。その位置は非常によろしくないからな。

 

「浮気者」

「ここぞと言ってくるな……っと、無駄なこと考えてる今はねぇな」

 

 今にもこちらを飲み込まんと上から迫ってくるサンドワームに、俺は手元のセンターコンソールのボタンを一つ押す。

 

 

《mode:Launcher》

 

 

 機械的な音声とともに、ボンネットの一部がスライドしてひらく。そこから立ち上がるのはメツェライと同型のランチャー砲。

 

 フロントガラスにホログラムが浮かび、照準が四体のサンドワームに定められた。ここまで全部メイドインシュウジ工房だ。

 

 セレクトレバーに当たるレバーを握り、一番上のボタンを人差し指で押し込む。刹那の瞬間にミサイルがランチャーから飛び出した。

 

 全部で八つのミサイルはオレンジ色の尾を引いて飛んでいき、大口を開けるサンドワームのまさにその口に入って……

 

 

 

 

 

ドォォオオンッ!!!

 

 

 

 

 

 大爆発。

 

 当然、大量の肉片と血が降り注いだ。傘のモチーフが描かれたボタンを押して、屋根から装置を展開すると魔力の傘で防ぐ。

 

 こちらに倒れてくるサンドワームの死体をバックして退避することでかわした。地響きを立てて倒れた死体からは、血の海が広がる。

 

「うへぇ……子供達の目塞いどいてくれ」

「もうしている」

 

 その言葉に後ろを見れば、ルイネが縮小化した翼でリベルの目を、怖がりなミュウはティオが袖で耳も塞いでいた。

 

 よし、と頷いてそのまま車体を180度回転させる。そして先ほどのサンドワームたちのいた手前の丘まで移動した。

 

 

 

ガァァァア!!!!!

 

 

 

 そこで見たのは、怪獣大決戦さながらに口からビームを吐いてサンドワームをチリにしているフィーラー。

 

 頭部だけで平均的なサンドワームと同じでかさのフィーラーは、《百魔の獣王》(※解放者命名)の名に恥じぬ力強さだった。

 

「見たとこ、シュウジはちゃんと襲われてたやつを回収してるな……さて、お怒りな奴さんらがきたぜ」

「ん、じゃんじゃん」

「うわっ、すごい数……!」

 

 前方に視線を戻せば、いるわいるわ地上と砂中のすれすれを移動する何匹ものサンドワーム。

 

 仲間をやられたことに怒っているか、はたまた単にミサイルで俺たちに気づいたか。隠密性無視で高速接近してくる。

 

「もういっちょかまして、全員木っ端微塵に……」

「いんや、その必要はないぜ」

 

 驚いて右側を見る。するといつの間にやら開いていたガラスの向こうに憎たらしい相棒の笑みがあった。

 

「シュウジ!?」

「おう、あっちは片付いたから来ちった。さあ、とくと見たまえ!」

 

 ジャンプしてボンネットに着地したシュウジは、アロハシャツの裾をはためかせて右手を掲げる。

 

 

 オォォォオオオオオ……

 

 

 突然、四輪が巨大な影に飲まれた。

 

 窓から顔を出して見上げると、フィーラーが50メートルに迫る半身を露出させている。

 

 筋骨隆々の極太の両腕で体を支え、触手のような器官を地面に深く突き刺す。そして大きく口を開け。

 

 

 

オォォォオオオオオオオォオォォォォオォォォォォォォオオォオオン!!

 

 

 

 全身ははじけ飛ぶのではないかという、絶大な咆哮。それは砂嵐を吹き飛ばし、大地をえぐり、サンドワームたちを吹き飛ばす。

 

 ◯ジラ顔負けのそれは、終わる頃にはものの三十秒で砂漠を、広範囲にわたって深くえぐりとっていた。

 

「うっし、よくやった!サンドワームは食っていいぞ!」

 

 歓喜のような声をあげ、フィーラーは絶命して転がってるサンドワームたちに向かっていく。きっとご馳走だろう。

 

 さすがに腹一杯になんじゃねえのと思いつつ、魔力操作で後部座席のドアを開ける。タイミング良くシュウジが乗り込んだ。

 

「さんきゅ♪」

「いや。で、そいつの容態は?」

「結構衰弱してるねん」

 

 刺激しないように、そっと寝かせられるそいつ。見たとこ若い青年で、白い衣服に身を包んでいる。

 

 とりあえず冷房を全開にしつつ、一旦魔力供給を切って結界のボタンを押す。それから座席をパーティーモードにして広くした。

 

「これって……」

「毒による体内の魔力暴走、かな」

「イグザクトリー。おおよそ変なもんでも食ったか、あるいは飲んだか」

 

 床に沈んでいった運転席から目を外して、男を診察している香織と美空、エボルト状態のシュウジに近づく。

 

 近くで見ると、男はまともな状態じゃなかった。呼吸は荒く、大量の発汗に浮き出た全身の血管。触れれば相当な高熱だ。

 

「感染の可能性は?」

「いや、ない。これは病原体を直接取り込んだ時のみ発症するタイプだ」

「さすがは毒のスペシャリストだな。ティオ、一応子供達を遠ざけてくれ」

「承った」

「それで香織、その人の症状は?」

「ちょっと待ってね美空……出た」

 

 魔法で香織のステータスプレートに表示された情報を覗き込む。

 

 

 ====================================

 状態:魔力の過剰活性 体外への排出不可

 症状:発熱 意識混濁 全身の疼痛 毛細血管の破裂とそれに伴う出血

 原因:体内の水分に異常あり 

 ====================================

 

 

「こりゃまた重症だな……エボルト、解毒できるか?」

「するにしても、体が弱りすぎてて現段階じゃ無理だ。いったん暴れまわってる魔力をどうにかしなきゃ話にならん」

「それじゃあ……美空」

「うん」

 

 

 

「「〝光の恩寵を以って宣言する ここは聖域にして我が領域 全ての魔は我が意に降れ 《廻聖》〟」」

 

 

 

 美空と香織が、魔力を他人に譲渡する魔法を使う。それを応用し、体内を圧迫する魔力を放出しているのか。

 

 蛍火のような淡い光とともに、男の体から魔力が抜けていく。何ああってはいけないので、エボルトが引き寄せて消滅させた。

 

「ふぅ、これで一応、大丈夫なはず。でも下手なことをしたらまた暴走しちゃいそう」

「こりゃまた厄介な毒だ。チョチョイとやりたいとこだが、多少集中できる場所じゃないとあれだな」

 

 参ったねえなんて言いながら手をひらひらさせるエボルトに、香織はシュンと項垂れた。どうやだ自分の力不足だと感じたらしい。

 

「う、ぉ……」

 

 何か励まそうかとちょっとだけ思った瞬間、うめき声をあげて男が目を覚ました。

 

「ここ、は……?」

「あの、平気ですか?」

「あなたは……女神?」

「えっ」

「そうか、ここはあの世か……」

 

 どうやら熱で頭がやられてるらしい。香織に手を伸ばす男にそろそろ面倒臭くなって、適当な力で踏みつける。

 

「おうふっ!?」

「ハジメくん!?」

「ハジメ!?」

「おう起きたか?起きたな。じゃあさっさと事情を説明しろ。じゃなきゃ外にほっぽり出す」

 

 暑さでイラついてるのもあって、少し威圧を込めていうと男は慌てて姿勢を正して話し始めた。

 

 それを聞きつつ、俺はまた面倒ごとかと内心ため息をついたのだった。




この章は書いてるだけで辛い……理由は章のタイトルから推測してください。
読んでいただきありがとうございます。
感想よろしくぅ!


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アンカジ……なるほど、だいたいわかった。

どうも、ありふれたの5話を見てこの回完全に無駄じゃねえ?と思った作者です。

シュウジ「うす、シュウジだ。前回は砂漠で迷子の兄ちゃんを助けたな」

ハジメ「猫みたいにいうなよ……てかフィーラー完全ゴ◯ラとかそんな感じの生物だな」

ユエ「でも、読者さんからの印象、薄い」

ウサギ「作者の文章力不足。アクセス数的にも」


作者:グフっ(グサリ


香織「そ、そんなこと言っちゃダメだよウサギちゃん!」

美空「事実だしいいでしょ。で、今回はアンカジとやらに向かうみたい、それじゃあせーの!」


「「「「「「さてさてどうなる真実編!」」」」」」


「なるほど……話はだいたいわかった」

「はい……」

 

 腕組みをしていうハジメに、褐色肌の兄ちゃん……【アンカジ公国】王子ビィズ・フォウワード・ゼンゲン君はうなだれる。

 

 ん?説明飛ばしただろって?しょうがないなぁ。ここはお兄さんがみんなのために説明してしんぜよう!どう?嬉しい?

 

『ウゼェ』

 

 辛辣ゥ!……こほん、ではでは。

 

 ランズィっていう領主のおっさん……つまりビィズ君の親父さんが治めるアンカジ公国は海産物の運搬の要所で重要な場所である。

 

 んでもってハイリヒ王国の中でも信頼の高い大貴族なわけだが、そんな公国で四日前、謎の高熱で多くの人が倒れた。

 

 原因は不明、医療関係の人間が総出をあげて治療・究明に当たったが結果は芳しくなく。せいぜい症状を遅らせるのが精一杯。

 

 さらにはそいつらの中からも発症者が出た。治癒の魔法を使えるやつも手が足りず、混乱の中……いよいよ死者が出た。

 

 治療を受けなきゃたった二日で死ぬという事実にさらに大混乱。そんな折に一人の薬師がふと水を鑑定してみたら、毒が検出された。

 

 すぐさま調査をしたところ、なんと水源のオアシスが汚染されていたのだ。砂漠にある国としては、当然大打撃である。

 

「で、魔力の暴走を鎮める〝静因石〟と飲める水の調達に護衛隊を連れて領主代理として国を出たは良いものの、あんたも病気にかかってて行き倒れた、と」

「ああ……両親も妹も病に倒れ、民たちが苦しんでいる中情けない……!」

 

 ありゃりゃ、こりゃ随分と気に病んでるみたいだねぇ。ま、見るからに責任感強そうだしそうもなるか。

 

 でもそのおかげであっさり飲み込まれちゃった護衛隊と違ってサンドワームのスイーツにならなかったんだから良いのか悪いのか。

 

『いや悪いだろ』

 

 でぇすよねぇ。

 

「君たちに、いや貴殿達にアンカジ公国領主代理として依頼したい。どうか、私に力を貸してはくれないだろうか」

 

 深く頭を下げるビィズ君。領国とはいえ一国の王子みたいな存在が頭を下げるのは、それだけで重要な意味だ。

 

 しばし、車内が沈黙に包まれる。ああいや訂正、おもり役のウサギと天使二人が戯れる声は聞こえてる。

 

「さてさてみなさん、どーするよ?」

 

 そう聞けば、我が仲間達は俺を除いて二つの反応に別れた。明らか助けたそうな顔をするやつか、それとも無表情か。

 

 前者はとーぜん美空やシアさんをはじめとした優しい奴らで、後者はハジメやユエ、足プラプラさせてるエボルトなどなど。

 

 とりあえずエボルトの座ってるとこに摩擦度を下げる魔法かけてすっ転ばせながら、答えを聞く。

 

『テメェ後で覚えとけよ……!』

 

 あらやだ怖い(棒読み)

 

「私は、助けたい。それが治癒師(わたし)の仕事だし」

「わ、私も!」

「できれば助けてほしいですぅ」

「だとよ色男さん?」

 

 優しいトリオ……性格ゆえかシアさんは二人とすぐ仲良くなった……が視線を向けるハジメにからかうような口調で問う。

 

 口を真一文字に結んだハジメは、隣にいるユエを見下ろす。ユエは何も言わず頷くだけ、いつも通りハジメに委ねるスタンス。

 

 次いでウサギ達をみると、チビたちを抱きしめてむふーっとしてたウサギはサムズアップした。隣のティオも頷く。

 

「パパ、助けてあげないの?」

「…………」

 

 おおっとここでミュウ選手から無邪気な質問だァ!これにはハジメパパの無表情も苦笑いに《ドパンッ!!》うわっ銃使った。

 

「な、なんだ今のは……!?」

「突然実弾を発砲とかひどない?」

「変なこと考えるお前が悪い、ていうか避けられるから問題ないだろ……まあ、仕方がねえな。俺は良いよ」

 

 やれやれって感じで頭をかくハジメ。三人の顔がパッと明るくなり、わーっと抱きついた。また苦笑して受け止めるハジメ。

 

 うーむ、ハジメもだいぶ柔らかくなってきたな。美空はともかく、他二人も受け止めるとは。私はとても嬉しいです。

 

『お前はどのポジだ』

 

「そういうお前はどうなんだよ」

「俺ちゃん?」

 

 そりゃあ、最初から決まってる。もちろん俺は、アンカジ公国の人間たちを……

 

「……シュー」

「雫?」

 

 不意に、雫がアロハシャツの裾を握ってきた。その消え入りそうな声に、少し驚いて彼女を見る。

 

 雫は、なぜかとても悲痛そうな目をしていた。わずかながら指は震えており、まるで何かを恐れているようだ。

 

 こいつどうしたんだ?とルイネにアイコンタクトをとるも、ルイネもルイネで神妙な顔で目を伏せる。

 

「お前らどうしたんだ?」

「……助ける…………よね?」

「あ、ああ。今そう言おうとしていたが」

 

 今更なんでそんなことを? そう思いつつ答えると、雫はホッとした顔をした。ルイネもふっ、と小さく息を吐くのが聞こえる。

 

 ……わからん。こいつらのことなら大抵わかるつもりだが、どうしてこんな反応をされてんのか検討がつかねぇ。

 

『ホルアドのでビビってるんじゃね?』

 

 いや二人とも俺の本性知ってるんだから今更ないだろ……まあ、わからんこと考えても仕方がないか。今はアンカジのことだな。

 

「で、依頼の内容はあんたをアンカジまで帰すこと、静因石を取ってくること、それと使える水の確保だな?」

「あ、ああ」

 

 聞けば静因石は【グリューエン大火山】で採取できるらしい。それを取りに行ける国の冒険者は絶賛病気でおねんね中だ。

 

 アンカジ公国の人口は27万人超、相当量が水と一緒に必要になるが……大魔法使いのユエさんや異空間がある俺たちにゃ関係ない。

 

 まっ、ちょーど【グリューエン大火山】の大迷宮を攻略しにいくとこだし、元々リベルたちはアンカジで留守番させようと思ってた。

 

「タイミングとしちゃ渡りに船ってとこだねぇ」

「だな。おい、出発するから全員席につけ」

「ま、待て!王国に行くんじゃないのか!?」

 

 はーいと返事をして座り始める皆に、ビィズ君が慌ててハジメの肩を掴んで叫ぶ。

 

「あ? なんで」

「なんでって……先ほど〝金〟のプレートを見せてもらったから冒険者は貴殿達でいいとして、水が必要だろう!」

「ああ、心配すんな。アテはある。だからさっさと座れ。じゃないと後部ガラスに張り付く羽目になるぞ」

 

 有無を言わさぬ口調でいうハジメに、ビィズ君は困惑しながらも機嫌を損ねるのは良くないと判断したのだろう。大人しく座る。

 

 それを確認して、ハジメが魔力操作でシートを通常モードに戻すとハジメが運転席に、俺が助手席に乗り込み発進した。

 

 急発進によって突然正面からGがかかったビィズ君が「うわぁ!?」と転げる音がした。エボルト回収しといてー。

 

『おーう、ついでに着くまでの間にこいつの解毒しとくわ。いざって時話せる奴いねえと困るし』

 

 サンキュー相棒……さて。

 

「なんでさっきからそんなジト目向けてくるのん?」

「お前、また八重樫に心配かけるようなことしたろ」

「ええ……(困惑)」

 

 まさかの決めつけられたでござる。えっ問答無用で俺が悪いの?

 

 とりあえずルイネの龍の耳で聞こえちゃうので後部座席と前を隔てる壁をポチッとなしてから話しをはじめる。

 

「そりゃ確かに普段から色々ふざけちゃいるが、あんな顔させるようなことは絶対にしない。それは約束できる」

「んなことはわかってんだよ、親友歴十七年だぞ。それを踏まえた上で、何かやらかしたんじゃないのかっつってんだよ」

「うーん……」

 

 首をひねるが、心当たりはない。まるで目の前に広がる砂嵐に包まれた砂漠のごとく理由は不明瞭だ。

 

 強いていうならば、この前のこと。でもそれはあの時説教されたことで一応は決着ついたし、雫も普通そうだった。

 

「それ以外となるとわからんなぁ」

「そうか…………まあ、なんだ。マジで困ってたら相談くらい乗ってやるよ」

「……ハジメ」

 

 やだなにこのイケメン。ちょっと照れてんのか頬が赤いが、やけにその横顔がキリッとして見える。

 

 普段はヒドゥイ扱いされてるが、昔から悩んでる時には真っ先にこう言ってくれる。やっぱ、そこは変わってねえんだな。

 

 ……まったく。今世の俺は、この身に余る奴らばっか近くにいるねぇ。

 

「へへっ、そんじゃあ晩飯一回でどうよ」

「別にそういうのは……ってのは野暮だな。乗った」

 

 パシン、と軽くハイタッチしながら、俺たちはアンカジ公国を目指すのであった。

 

 

 ●◯●

 

 

 アンカジに到着したのは、二時間くらい経ってからだった。一応緊急ってことでハジメが結構飛ばした。

 

「おー、白い。いかにもアラビアン」

「正確には乳白色って感じか」

 

 フューレン以上の外壁も、その奥に見える建築物も軒並み乳白色。あれでタージマハルとかあったら面白い()

 

『完全インドじゃん』

 

 踊ってるインド人ってどんな歌で動画作ってもだいたいあってるよね。

 

 タージなマハルはないとして、外壁から伸びる光柱が砂を防いでいるようだ。遠目から見ても結構な出来の結界だな。

 

 入場門にも設置されており、完璧に砂を入らないようにしてるのがわかる。あ、門番は事態があれだからか投げやりでした。

 

 入ってすぐ、狭い通路を車で移動するのは面倒なので降りる。そしてその際、高台にあったので国を一望できた。

 

「はい、足下気をつけてなー」

「うん……わっ、すごーい!」

 

 ミュウが寝てしまったので助手席に潜り込んでいたリベルが、一緒に車を出た途端声をあげて手すりに走り寄る。

 

 バビュンとか擬音つきそうと思いつつ写真撮って追いかけてみれば、そこからはアンカジという国の全てが見渡せた。

 

「おー、こりゃあ絶景絶景」

 

 東には巨大なオアシス、そこから国中に伸びる無数の水路。北には広大な農業地帯があり、西側は領主館ってとこか。

 

 知ってはいるが、砂漠の中の水の国って感じだ。女神様からの知識としては持ってるが、やっぱり直に見ると違うねえ。

 

「美しいが、人気はないか」

「そりゃあね」

 

 見てくれは美しいものの、ハジメのいう通り全体的に陰気な空気に包まれていた。こっから見てもほとんど外に人がいない。

 

 観光地でもあるのこれなんだから、どれだけ切迫した状況下にあるのかよくわかる。さっさとやることやって助けないとな。

 

「……すまない、できれば活気ある我が国をお見せしたかった。この事態が解決したら是非案内させてくれ」

「お、ビィズくん。もう大丈夫?」

「ああ、エボルト殿や、使徒様のおかげだ」

「ぶいぶい」

 

 車から出てきたエボルトがピースサインをする。どうやら解毒はうまくいったようだな。

 

 血色もいいから、回復魔法も使ったか。そのエキスパートである治癒師コンビ……カップル?……を見ると、こっちも笑顔で頷いた。

 

『ところで最近変な声夜に聞こえない?』

 

 おいバカやめろ消されるぞ。

 

「さて、時間がない。父のもとへ行こう、あの宮殿だ」

「りょーかい。ってことでリベル、さあこい!」

「がってんしょーち!」

 

 重力魔法を使って、リベルは俺の肩の上にひらりと乗った。最近ノリがわかってきた我が娘である。

 

 全員車を出たところでハジメが宝物庫にしまい、高台から繋がってる橋を使って宮殿に向かった。

 

 歩く順番は俺onリベルとハジメ、その後ろにビィズ君、美空に白っちゃん、雫とルイネ、ユエとシア、ウサギとミュウ、最後にティオ。

 

 うむ、改めて見ると随分と同行者が増えたもんだ。エボルト?すでに吸収済みですが何か。

 

『一緒の外見してるから傍目からだと混乱するしな』

 

 そろそろオリジナルの外見でも考えたら?こう、どっかの胡散臭いアラフィフ数学教授みたいな。

 

『どこのジェームズ・モリアーちゃらさんだ、ピンポイントな』

 

 ほとんど言ってんじゃん。

 

「しかし、やっぱ特産品はカレーかね?」

「どんだけインド思考してんだ。そこはココナッツだろ」

「ハジメもインドじゃん」

「久しぶりに飲みたくなったんだよ」

「割と美味しいよねーあれ」

「じゃあ私はね、ばーなな!」

「バナナな。ていうか結局インドかい」

「な、なあ」

 

 ハジメとリベルで三人、たわいもない会話をしているとビィズくんが遠慮がちに話しかけてきた。

 

「どしたビィズ君?」

「わ、私はこのままでいいんだろうか?」

 

 ビィズ君は現在、中型サイズのカマキリに乗っていた。原因は排除できても、衰弱した体力までは戻らないから配慮した。

 

 最初は魔物だとビビってたものの、車を先に見たからか、はたまたおとなしいのがわかったからか静かに乗ってたんだが……

 

「何か文句あんのか?」

「いや、そうではなく。子供もいる中、私だけ楽をしていてもいいものかと……」

「病人なんだから気にしなーい気にしなーい。俺なんて運転飽きてエボルトに押し付けて寝るとかザラだし」

 

『それは気にしろ』

 

 ちょっと何言ってるのかわかんない。

 

「そ、そうなのか?いやしかし……」

 

 ブツブツと言いながら悩んでたが、無意識に少しでも足を休めたかったのか、ビィズ君は宮殿に着くまで乗りっぱなしだった。

 

 門はビィズ君がいるので顔パスで通過、親父さんは執務室にいるとのことで子供達をティオをつけて庭に案内してもらってから向かった。

 

「父上、失礼します」

「ビィズ!? お前なん……いや待てなんだそいつは!」

 

 執務室に来て早々、親父さん突っ込む。自分の息子が巨大カマキリに乗ってきたらそりゃ驚くよね。

 

 とりあえずビィズ君はソファに座ってもらって、カマキリはおやつに鋼材あげて異空間に戻した。

 

 親父さんはしばらく混乱してたものの、息子が無事ということでとりあえず会話の席に。さすがは観光地の領主といったところだ。

 

 割とトントン拍子に話は進んでいった。息子が連れてきたということもあって一定の信頼が置かれたのが大きいかにゃ。

 

「俺がオアシス調査。ハジメたちが水の確保で、美空たちが患者さんたちの対処って感じでおk?」

 

 全員頷いたところで、各々に指示を出していく。結果こういうグループになった。

 

 俺と雫がオアシスに。ハジメ、ユエ、ウサギ、ルイネが水の確保に農業地帯で作業。美空、白っちゃん、シアさん、エボルトが医療院。

 

 ティオは念話で伝えたが、引き続き子供のお守りだ。変態なのに子守り上手いんだよね、あのドMドラゴン。

 

「んじゃ解散ー。また後でここで落ち合おうぜ」

『了解』

 

 頷いて、ハジメたちは部屋を出てそれぞれの持ち場へと向かっていく。俺も立ち、隣に座ってる雫に手を差し出した。

 

「さ、行こうかマイプリンセス?」

「もう、人前で恥ずかしいこと言わないの」

 

 そう言いつつちょっとにやけてるのが、これまた可愛いポイントである。普段かっこいいとか凛々しいとか言われてるからね。

 

 ビィズ君と親父さんの生暖かい視線を受けつつ、雫の手を握り瞬間移動でオアシスに行く。さっき見たとき座標はつけといた。

 

「はい到着」

「っと、いつも思うけどこの技能反則よね」

「超便利だけどな」

 

 軽く言葉をかわしつつ、オアシスを見る。キラキラと輝く水面は、全く毒があるようには見えない。

 

 が、看破魔法を使えばかなり紫色に見えた。おおう、こりゃダメだ。下手して大量に飲めば一日で死ぬぞ。

 

「さあて、お仕事といきますかね」

 

 

 ●◯●

 

 

「さてさて、アーティファクトでここの水は綺麗に管理されてるって話だが」

「確か、領主さんの話だと〝真意の裁断〟っていうんでしたっけ?」

「その通り」

 

 街を砂嵐から守っているあの光の正体であり、設定者の隙に入れるものを選べる結界型のアーティファクト。便利だね。

 

 さらにこのアーティファクト、探知機能もあるらしく、オアシスを害意を持って穢そうとすればすぐさま領主んとこに連絡が行くんだと。

 

 そんななかなか郵趣なアーティファクト君な訳ですが……

 

「これ、見事に中にいるわ」

「いる? 毒物が投げ込まれたとかじゃなくて?」

「うん、いる。これ魔物だわ」

 

 先ほど使った看破魔法は本来は罠を感知するための魔法だ。それに〝害〟としてくっきりと何かのシルエットが見えた。

 

「とりあえず引っ張りだすか。雫、迎撃用に刀出しといて」

「わかったわ」

 

 とはいえ、観光用のためか、桟橋とか色々あるし、淡水魚とかもまだ毒が浸透してないとこに生息してる。

 

 ならばここは技能の出番だ。念の為雫に数歩下がらせて、オアシスに手をかざすと〝念動力[+吸引]〟を発動させた。

 

「っし、釣れた!」

 

 念動力は見事にそいつを捉え、手の方へと強制的に引き込む。

 

 当然逃れようと水中で暴れるそいつだが、莫大な魔力で押さえつけると水面に向かってどんどん引き上げていった。

 

 

 シュバ!

 

 

 と、ただ身を引くのでは不十分と判断したか、無数の触手が飛び出してきて俺めがけて飛んでくる。

 

「ところがどっこい、こっちにゃ頼りになる剣姫がいるんだな」

「フッ!」

 

 瞬間、抜刀の構えに入っていた雫の剣閃が煌めく。縦横無尽に斬撃が飛び、触手を一本も残さず一刀両断した。

 

 やられた驚きのためか、そいつの動きが一瞬止まった。モチのロン見逃すはずがなく、指を折り曲げて大きく腕を引いた。

 

「これが異世界の一本釣り……なんてなぁ!」

 

 叫ぶのと同時に、水面が下から弾けた。そして紫のオーラに包まれて、十メートルほどの超巨大な影が宙を舞う。

 

 まるで水の塊みたいな濁った色をしたそいつは、一言で言やぁスライム。こっちの世界の名称だとバチェラムっつー魔物。

 

 が、通常の十倍のサイズだ。こいつは大物も大物が釣れやがったな。

 

「雫さん、やっておしまい!」

「当然!」

 

 帽子を脱ぎ、天高く放り投げる。

 

 すでに納刀を済ませた雫が跳躍し、ある程度の高さで空中で静止した帽子を踏み台に、さらに高く飛んだ。

 

 それはまさしく、天を舞う天使の如く。いや違うわ、女神だったわ。それくらいじゃないと足りないわ。

 

 とにかく雫は一瞬のうちにバチェラムに肉薄し──

 

 

 

「八重樫流〝亜流〟奥義──《音断》」

 

 

 

 文字通り、その場の音ごとバチェラムの赤く輝く魔石を一刀両断した。

 

「はっ!」

 

 パンっと弾けるバチェラムの体、その残骸がオアシスに落ちないようブラックホールを出現させて回収する。

 

「っと、おかえり」

「はい、ただいま」

 

 その間に落ちてきた雫をキャッチして、終わりだ。うむ、予定通りすぐに片付いたな。

 

「どうせだから汚れた水も回収しとくか」

 

 ブラックホールを消さずに大きさだけ調整して、看破魔法を使いながら汚染された水を虚無に還していく。

 

 それが終わると、最後に三分の一まで減ったところに[+吸引]で地下水脈から水を引っ張ってきて補充した。

 

「よし、これでいい」

「お疲れさま」

「雫もな」

 

 地面に雫を下ろして、回転しながら飛んできた帽子を受け止めて被り直す。いやー砂漠だけあって水場でも帽子ないと暑いわ。

 

「で、なんだと思う?」

「魔人族……でしょうね」

 

 この前のことがあるからか、やや遠慮がちにいう雫。笑って大丈夫だと俯いた頭を撫でつつ、その意見に同意した。

 

 あのバチェラムは、女神様からの知識にある神代魔法の一つで作られたんだろう。おおよそ毒素生成の固有魔法ってとこか。

 

「戦争前にこっちにダメージ与えちゃるって魂胆だろうな」

「そうね、愛子先生を狙ったウルの街での襲撃にこの前のこと、そしてきた大陸の要所であるこの国を狙った今回……状況は整いつつあるってことかしら」

「嫌だねぇ陰湿で………………ん?」

 

 ふとした拍子にオアシスを見ると、何かキラキラと光るものが浮いているのが見えた。

 

 異空間から鋼糸を取り出して釣り糸を投げるみたいに飛ばし、その何かに巻きつかせて手元に引き寄せる。

 

「ほいキャッチ、と」

「おおー」パチパチ

「拍手どうも。さて、こいつはいっ、た、い…………」

 

 糸を外して手の中に収めると、それがなんなのか見て………………絶句した。

 

「なにこれ、牙? さっきのスライムのかしら」

「………………………………………………」

「……シュー?」

「っ!」

 

 顔を覗き込まれて、はっと我を取り戻す。すると目の前には不思議そうな目をした雫の顔があった。

 

「どうしたの?」

「あ…………いや、なんでもない。そうだな、バチェラムの一部だ」

「そう。なら一応回収しておきましょうか、毒があるかもしれないし」

「……そう、だな」

「それじゃあ帰りましょう。あ、帰りは歩いていかない?」

「ああ、それもいいな」

 

 よかった、と微笑む雫は先に歩き始める。その後ろ姿はさっきまでバチェラムを細切れにしてたとは思えないほど軽やかだ。

 

 俺ももう一度自分の手の中にある牙を見つめて……しかし頭を振って浮かんだ考えを消すと後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 牙を…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、異空間に放り込んで。

 




感想……お願いします……


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次は火山へ

どうも、ダクソ無印買った作者です。人間性足りねえ……

シュウジ「よ、シュウジだ。前回はオアシスを浄化したな」

ウサギ「ねえ、あの牙ってなんなの?」

エボルト「そいつぁ作者のみぞ知るってとこだな。具体的にいうとネタバレになるから質問厳禁」

ハジメ「メタいな」

ユエ「……今更感?」

シュウジ「なんにせよ、まだ明かさないってこった。んで、今回はハジメたちのほうだ。それじゃあせーの、」


五人「「「「「さてさてどうなる真実編!」」」」」


 

 場所は変わり、北部の農業地帯。

 

 そこに水の確保に来ていた俺たちは現在、ルイネの様子を見守っていた。

 

 

 

「……はっ!」

 

 

 

 瞑目していたルイネが、突如として目を見開く。するとかざした右手から赤い波動が飛び、広大な農地に広がった。

 

 数秒静寂が訪れ、やがて地響きがどこからともなく始まる。ざわめくアンカジの兵士たちに構わず、ルイネは手を動かす。

 

 

ズッ………………!

 

 

 そして、轟音とともに地面の中から大量の黒い物体が現れた。地中にあった小さな金属の集合体だ。

 

 渦を巻くそれを頭上に集めていき、ルイネは一度深く息を吐く。

 

「ふぅ……よし」

 

 もう一方の手も金属の黒雲に向け、ルイネは両腕を踊るようにしならせた。その力に従って、金属たちが変形していく。

 

 不定形に蠢いていたものがピタリと動きを止めて、かと思えば集合・圧縮され下の部分から形を成していった。

 

 数分もすると、半分ほど完成してなんなのかわかるようになる。球状の貯水タンクだ。それも通常より10倍も巨大な。

 

「いつみても、すごい」

「ん、今の私が重力魔法を使ってもあんなことはできない」

「あいつ自身の固有能力だったっけな」

 

 ルイネが使うのは、〝鎧を作り出す力〟。普段は燃費が良くないとのことであまり使っていないが、その力の幅はすさまじい。

 

 コテージの鉄骨もそうだが、〝自分の身を守る〟という定義に当てはめるのなら、こんな芸当までできてしまうのだから。

 

「これで……最後だ」

 

 そんなことを話しているうちに、貯水タンクが完成する。残っていた金属を支えに整形して、仕上げも完了した。

 

「ふ……やはりこれは疲れるな」

 

 深く息を吐くルイネ。別世界の竜人族であり、シュウジに鍛えられて無尽蔵の体力を持っていてなお疲労はあるらしい。

 

「ゲコッ、ゲコッ」

 

 そんなルイネとは裏腹に、金属を掘り起こした時に地中の虫が大量に出てきてカエルが飛び回ってた。

 

「お疲れさん」

「お疲れ」

「ああ……ユエ、あとは頼む」

「ん、わかった」

 

 カエルは放っておいて、歩み寄って労いの言葉をかければルイネは言い、ユエはコクリと頷いて了承した。

 

 先ほどまでルイネが立っていた場所に移動して、天に向かって手を掲げる。そして、魔法を行使した。

 

「〝虚波〟」

 

 水属性上級魔法によって、虚空に目測で幅50メートル、高さ100メートルほどの津波が出現。タンクに入っていく。

 

 二度、三度。魔力が不足すれば俺の首筋にかぶりつき、容赦無く血を吸ってまたタンクに水を貯めるの繰り返し。

 

 高密度に作られたタンクは数トン分の水を全て受け止め、魔法が止むとひとりでに上部の蓋が閉まった。

 

「ようやく終わった……疲れた」

「お疲れさん。ありがとな」

「ハジメ、おんぶ」

「はいはい」

 

 まったく、甘えん坊な吸血姫だ。まあ特に文句もないので普通に背負った俺も俺だが。兵士たちの視線?知らん。

 

「これで数週間は平気なはずだ」

「か、感謝する。良かった、これでなんとか……」

「まったくだ。ルイネ様様だな」

「よせハジメ殿、私は当然のことをしたまでだ」

 

 いや、こいつはすごい。

 

 領主からアンカジの総人口を聞き、さらに病気にかかっているそれぞれの年齢層の各人数を詳しく知って把握。

 

 そこから治療や生活に使う水を正確に割り出し、そこに念のための量を足すとユエに指示してこのタンクを作り上げた。

 

 きっと俺たちだけならば、適当に大量に出しとくだけだっただろう。聞けばシュウジの三人の弟子の中でブレインだったという。

 

「早速、領主様にご報告しなくては」

「ハジメ殿、お連れの方々。そういうわけで私たちはこれで失礼する。本当に、本当にありがとう」

「ああ、お前らちょっと待て」

 

 領主館の方へ踵を返そうとする兵士たちを呼び止める。すぐに止まり、振り返った兵士たちはなんだ?という顔をした。

 

 ユエたちも不思議そうに首をかしげる。まあ、これは単なる俺の気がかりだから事前に言ってないから当たり前か。

 

「聞きたいことがあるんだが、()()()()()()()()()()()()()()()?」

「へ?領主様?」

「ああ。先に聞いた話だと領主もその病気にかかったって話だが、やけに具合が良さそうだと思ってな」

「なるほど、そういうことか」

 

 そこまで言って合点がいったのだろう。納得した顔で兵士は答えた。

 

「実は昨日、領主館にふらりと変な男……女?が現れてな。あっという間に領主様を治してしまったんだ」

「謎の人物、ね……」

「得体がしれない奴だったが、おかげでなんとかこの国は回っている。ぜひもう一度会って礼を言いたいね」

「そうか。引き止めて悪かったな、もう行ってくれ」

 

 では遠慮なく、といった感じで兵士たちは農地を後にしていった。一刻も早く水が手に入ったことを伝えたいんだろう。

 

 その後ろ姿を見つめていると、脳内にシュウジの声が響いた。ん、どうやらあっちも無事に終わったようだ。

 

「シュウジたちも終わったらしい、医療院で美空たちと合流して戻るぞ」

「ん」

「ああ」

「わかった。カエル、おいで」

「ゲコッ」

 

 俺たちの方にも、これ以上ここには何も用がない。

 

 なので、飛び回ってるカエルを回収してから兵士たちの後を追うように、領主館方面に歩き出した。

 

 結界に守られている上に北部にあるためか、ここの風は少し気持ちが良かった。砂漠の乾いた風にイライラしてたので丁度いい。

 

「ハジメ」

「ん?」

「なんであんなこと聞いた?」

 

 もうすぐ農地を出るというところで、背中にいるユエが聞いてきた。その時吐息が首筋にかかってゲフンゲフン。

 

 見れば、ルイネやウサギも理由を知りたいといった顔をしている。ルイネは気づいている上で、って感じだけど。

 

「おかしい、と思ってな」

「おかしいって?」

「ゲコッ?」

 

 コテンと首をかしげるウサギとカエルに小型カメラを使いつつ、説明を始めた。

 

「実はさっき、こっそりエボルトから念話で教えてもらったんだが。領主の体から毒素が綺麗さっぱり消えてたらしい」

「それは……残っていた静因石で治した?」

「いや、あれは魔力を鎮めるだけで根本的な毒素を完全に消す力はないようだ。なのに領主が病を治している。少しおかしいと思わないか?」

「……たしかに」

 

 まるで狙ったかのようなタイミング。国のトップを回復させることで、ギリギリの状態を保っている。

 

 そして実際に聞いてみれば、予想通り領主を直した誰かがいた。これはもう、何かの陰謀が絡んでいると見ていいだろう。

 

「少しきな臭いな、今回の話」

「もしかすると、大迷宮でも何かあるかもしれないな。警戒を怠らないようにしよう」

「ん、ルイネの言う通り。他の皆にも言う?」

「あとで火山に向かう車内でな。流石にこの状況でさらに不安にさせるようなことを言うのはアレだ」

「……ふふ。ハジメ、昔みたいに優しくなってきてる」

「……………………」

 

 こいつは、昔の〝(ぼく)〟を知っている。最後にかつての俺を見て……そして誰より最初に、今の俺の誕生を見ていた。

 

 ある意味では、こいつが〝俺〟を生んだもいっても過言ではない。辛い記憶なのであんまり思い出したくはないけどな。

 

「……さあな」

「ふふふ」

 

 嬉しそうに笑うウサギ。

 

 それは天使と見紛うような……いや俺としては天使オブ天使だけどな!……神々しさを持っていた。

 

 それからのんびりと歩くこと、しばらく。前方に医療院が見えていた。遠くからでもわかるほどに騒がしい。

 

「どうやら、あちらも奮闘中のようだ」

「ああ。ユエ、そろそろ降りろ」

「………………もうちょっとダメ?」

「美空が怖いからダメ」

「……ん」

 

 めちゃくちゃ名残惜しそうにするユエを下ろして恋人繋ぎをしつつ、医療院に行く。

 

「シアさん、急患三人!奥のスペース開けたから連れてって!」

「はいですぅ!」

「B班の方、お願いします!」

「「「了解です美空様!」」」

「〝廻聖〟……エボルト!そのグループの解毒あとどれくらいで終わりそう!?」

「三分ってとこだ。白っちゃんは構わず治療続けてな」

「うん、ありがと!」

 

 扉を開けた先は……はっきり言って阿鼻叫喚だった。

 

 いつ作ったのか〝臨時医療班長〟のハチマキをつけた美空がボード片手に指示を出し、それに皆が従っている。

 

 シアが剛力で患者を運び、香織が主になって医師たちが魔法で症状を遅延・回復させ、最後にエボルトが解毒を行う。

 

 リーダーシップのある美空によって一つのルーティンができ上がった医療院は、まさしく戦場そのものだった。

 

「よう、大変そうだな」

「ハジメ!もう直ぐ終わるからちょっと待ってて!」

 

 こちらに気づいた美空は手早く指示を出すと、大量の紙が挟まったボードを近くの医師に渡すとこちらに近づいてきた。

 

 それと入れ替わりで、ルイネがシアのサポートに入る。さっきあんな大仕事したのに、律儀なやつだな。

 

「様子はどうだ?」

「見ての通り、なんとか回ってる感じ。そっちはなんとかなったみたいね」

「ああ、シュウジたちも終わったらしい。今から合流しようとしてたんだが……この様子だと無理か?」

 

 神妙な顔で頷く美空。どうやらチート級の力の持ち主である美空と香織がいて、どうにかなっているレベルらしい。

 

 聞けば先ほど伝達が来て、オアシスの浄化と俺たちのタンクのことが知らされて、それによって医師たちに心理的余裕ができた。

 

 それによって治療の効率が早くなり、なんとかここまでこぎつけた。責任感が強い美空のことだ、大奮闘だったのだろう。

 

「今のペースでどれくらい持つ?」

「……私たちがつきっきりになって二日、かな。エボルトの解毒も同時にできるのは最大五人くらいで、かなり疲れるみたいだから」

「思ったより短いな」

 

 事前に聞いた情報から、それなりに予想はしてたが……こいつらがいてもそれだけ時間が限られているか。

 

「グリューエン大火山には、俺たちだけで行くことになりそうか」

「ごめんね、できることならサポートしたいけど。それに関心ないのに、大量の静因石まで……」

 

 美空たちにはたびに同行する時点で、俺が知る事を話してある。今更そんな事という反応だったけど。

 

 香織はそこで怖気付くと思ったが、こうしてついてきた。八重樫は言わずもがな、シュウジといれるならどこだろうと。

 

「ま、どうせ大迷宮の深部に行くんだ。ついでに依頼が一つ増えたところで変わりない」

「……気をつけてね。ちゃんと、帰ってきて」

 

 コートの裾を握って、美空は懇願するように見上げてくる。そこにこもっているのは不安か、あるいは恐怖か。

 

 こいつにそんな顔で言われたら、頷くしかなくなる。もう二度と、あんな別れを繰り返したくもない。

 

「当たり前だ。それじゃ、ここは頼んだぞ」

「うん。シアさん、もういいよ!ハジメたちと行って!」

「あ、はいですぅ!」

 

 ご自慢のウサミミで美空の声を聞きつけたシアは、手に持っていた患者をベッドに転がすとこっちにきた。

 

「すまない、待たせた」

「いや……美空、また後でな」

「うん、行ってらっしゃい!」

 

 程なくしてルイネも戻ってきて、最後にもう一度美空と別れの言葉を交わして医療院を出ていく。

 

 また歩くのも面倒なので、サイドカーを付けて魔力駆動二輪で領主館前までかっ飛ばした。門番の驚いた顔面白かったな。

 

 すでに一度来ているので顔パスで通されて、執務室に案内される。そこにはすでにシュウジたちが待っていた。

 

「おー、お疲れさん。手早く終わったみたいだな」

「ルイネのおかげでな」

 

 ぱしんとハイタッチして、シュウジの隣に座る。

 

「お前こそ一番乗りってことは、手際よく終わらせたんだろ?」

「……そう、だな」

「……?」

 

 なんか含みのある表情だな。オアシスでなんかあったのか?

 

 長年の付き合いがないとわからない、わずかな曇りのある顔に不思議に思う。するとコトと目の前に湯気立つティーカップが置かれた。

 

「南雲くん、お疲れ様」

「八重樫か。これ、お前が淹れたのか?」

「ええ。他のみんなもどうぞ」

「ん、ありがたく飲ませてもらう」

「ありがと雫」

「わーい、雫さんのお茶ですう」

「ありがとう、正妻殿」

「はい、あなたのも」

「ゲコッ」

 

 カップを持ち、一口すする。口の中にふわりと爽やかな味が広がり、心をリラックスさせた。

 

 飲んだことのない茶葉だが、いつも淹れているのと同じクオリティだ。地球ならこの一杯で金がとれる。

 

「相変わらず美味いな」

「誰かさんが好きだから、上手になったのよ」

「イェーイ」

「んんっ!そろそろ話に入ってもよろしいかな?」

 

 ずっと向かい合わせに座っていた領主が咳払いする。一旦会話を切り上げて、そちらに意識を向けた。

 

「話は部下から聞いた。オアシスを浄化し、水を確保し、患者たちの治療をしてくれていると」

「ああ、その事だがな。俺たちが大火山に行く間、美空たちは残るそうだ」

「そうか!あのお二人が残ってくださるのか!よかった、これで民が死ぬことはない……」

 

 心の底からホッとしたという顔をする。しかし次の瞬間には凛々しく引き締め、こちらの目をまっすぐと見つめてきた。

 

「貴殿たちにはいくら感謝してもしたりない。このアンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、国を代表して礼を言う」

 

 ランズィはそういって、深々と頭を下げた。そうやすやすと領主が頭を下げても良くないだろうに。

 

 それくらい愛国心が強い、ってことなんだろうな。ロクでもない世界だが、まだまともな人間もいるもんだ。

 

「おう、せいぜい感謝してくれ。美空たちの分も含めて、この音は絶対忘れるなよ」

「あ、ああ。もちろん末代まで忘れないとも。それで、静因石の件だが……」

「心配しなさんな領主さん。俺たちがサクッと取ってきてやるよ」

 

 いつも通り、飄々とした笑みを浮かべてシュウジが答える。領主はまたホッとした顔をしてもう一度強く頼みこんできた。

 

 それからミュウたちのことを帰ってくるまでちゃんと任せることを念押しして、そのまま館から出ていった。

 

 さらに城門まで移動すると、魔力駆動四輪を取り出す。そして全員乗り込むと、火山の方面にアクセルを踏んだ。

 

「さてさて、期限は二日。急ぎのミッションだねえ」

「オルクスの時とは違うんだ、今ならやればできんだろ」

 

 そうだな、と助手席にいるシュウジは笑う。その声はいつもより、ほんの少しだけ元気がないように思えた。

 

「何かあったか?」

「……少し、気になることがな」

「そうか。実は俺も一つ、気がかりな情報を手に入れた」

「へえ?」

 

 ハンドルを切りつつ、兵士から聞いた情報をシュウジに伝える。

 

 シュウジは謎の人物の存在に、少しだけ目を見開いた。そして「……そっか」と低い声でつぶやいて、それきり黙る。

 

 咄嗟に名前を呼ぼうとするが、その横顔を見て口をつぐんだ。この顔は、いっても耳に入ってない時の顔だ。

 

 それに嫌な予感がよぎるものの、そう大事にはならないだろうと思い直して、俺は再びアクセルを踏むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あんなことになるなんて、露ほども思わずに。




次回から迷宮攻略。感想とアクセス数を鑑みて、ちゃんと定期更新しようと思います。
感想お願いします。


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???


エボルト「よーっす、エボルトだ。前回はハジメたちサイドだったな。いろいろ不穏だぜ」

ハジメ「この章自体がなぁ……」

ユエ「……マジ?」(今後の予定表を見た

ルイネ「すまない、少し作者をシめてくる」


<ギャー!


ウサギ「あ、作者死んだ」

エボルト「ほっとけ。さあ、今回は謎の人物の話だ。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる真実編!」」」」


 

 

 宿場町ホルアド、郊外。

 

 

 

 

 

 

 

 そこは豊かな自然に囲まれ、涼やかな風が駆け抜ける平原──()()()

 

 

 

 

 

ドォンッ!!!!!

 

 

 

 

 

 突如として空間に黄金の亀裂が入った瞬間──轟音を響かせ、平原は跡形もなく吹き飛んだ。

 

 巨大な〝何か〟がどこからともなく現れて、草も、木も、地面も、その下にいた動物をもろとも破壊し尽くす。

 

 めくれ上がった石や死骸が落ちる中、立ち込めていた濃密な土煙が風に流れて晴れた。そして──黄金の城が姿をあらわす。

 

 無数の魔術式から吸い上げたエネルギーの余剰分が放電となって空間に伝播し、パチパチと音を立てた。

 

 

 

 

 

「……ようやくついたか」

 

 

 

 

 

 平原を丸裸の上黒焦げた荒野へと変えたそれ……巨大な城方のタイムマシンより、オーマジオウが出てきた。

 

 ゆっくりとした足取りでオーマジオウは階段を降りていき、そして荒野に降り立った瞬間──ビリッ、と音がする。

 

「む……」

 

 それは腰につけたオウマドライバーから。雷光にも似た赤黒い放電が全身に走り、男は仮面の下で目を細める。

 

 限界だと感じた男は黄金の装飾……オーマクリエイザーに手を伸ばし、念じた。すると鎧が黄金の粒子となり、霧散。

 

 次いでベルトが消えたドライバーは、盤面が点滅して機能を停止した。男はドライバーを持ち上げ、ため息を吐く。

 

「一度時間跳躍をしたらダメになるとは思ってたが、予想通りというのも怖いものだ」

 

 これを用意するのには20年もかかったというのに、と嘆息する。時間をかけた分、あっけなく壊れて少し残念だ。

 

 まあ、どうせこれは形だけ似せた紛い物。かつてその力を真似るために見た、()()()()()には遠く及ばない。

 

 やれやれとシワのある顔に苦笑を浮かべた男は、赤い光にオウマドライバーを放り込んで後ろを振り返った。

 

「これも、もう使えないな」

 

 そこには鎮座する己が王城。ドライバーと同じく、すでに役目を終えた置物同然だ。そもそも使うためのエネルギーがない。

 

 左腕をひと振りすれば、王城は元から存在しないようにかき消える。残る荒野を見て、ふむと男は声を漏らした。

 

「これでは見栄えが悪いな……」

 

 男にとっては過去の時間に行くのだ、どんな場所に出るのかは予想できない。だが、このままというのも後味が悪い。

 

 昔の彼なら、そうは思わなかっただろう。しかし、必要以上に過去の時間を別物にするのは時空が乱れて、最悪壊れてしまう。

 

 男はそれを望まない。たとえ変えることを目的としているとしても、それがなくなってしまっては意味がないのだから。

 

 

 

「《概念特化:再生》」

 

 

 

 振りかざした手はそのままに、男は力を使う。右目が鮮烈に輝き、露出した左手に赤いラインが走った。

 

 

 

 ポゥ…………

 

 

 

 瞬間、大量の赤い燐光が男から溢れ出す。それは荒野に降り注ぎ、かと思えば凄まじい変化が起こった。

 

 まるで時間が巻き戻るように、壊れた平原が元どおりになっていくのだ。えぐれた地面が戻り、死んだ生き物が復活し、緑が生い茂る。

 

 ものの数分で、荒野は元ののどかな平原に戻った。〝力〟を止め、腕を下げた男は……

 

「ぐ……」

 

 不意に、顔を歪めて膝をついた。胸を押さえる手には力がこもり、頬に一筋の汗が流れる。

 

「……あまり、使うのは良くないか……」

 

 いかに人として極限に近い力を持つ男とはいえ、この力は非常に負担が大きい。一度使うだけでもかなり消耗する。

 

 能力としては若い頃よりはるかに強くなっているが、肉体の衰えはやはりあった。もっと早く準備できれば、と何度か悔やんだか。

 

「だが、この程度で…………!」

 

 己の目的を思い出し、男は先ほどよりはるかに軽度の〝力〟で胸の痛みを和らげると立ち上がった。

 

 少し待てば、体から嘘のように痛みが引いていく。特化させなければ、その才能がない男でもそうリスクはない。

 

「ふぅ……さて、と」

 

 視線が向かう先はホルアド。帽子をかぶりなおし、数秒前の様子は微塵も感じさせない足取りで向かう。

 

 時刻は昼時、ぼんやりと警備をしている門番の横を気配を消して堂々と通り抜け、容易に街へ潜入した。

 

「たしか、こっちだったか」

 

 そのままとある場所まで、迷いのない動きで足を進める。その姿は()()()()()()()()()()かのようだ。

 

 街の中は、とても賑わっていた。快晴なこともあってストリートにはとても人が多く、そこかしこから音がする。

 

「……変わらんな、この街も。いや、()()()()なんだから当たり前か」

 

 ぽつりと、誰に聞かせるでもない男のその声は店の呼び込みや通行人の話し声が重なった大きな雑音の中へ消えていった。

 

 鈍い錆色の目に宿る懐かしげな光を帽子で隠して、男は歩き続ける。自分の目的を果たすために。

 

 やがて、前方に大きな建物……冒険者ギルド見えてくる。

 

「……ここも変わらない、か」

 

 少し笑いつつ、扉を押し開ける男。

 

 すると外の活気に負けない、ギルド内の騒々しい音が解放される。同時に、扉の開く音に中にいたものたちは男の方を見た。

 

 まだ昼だというのに、ギルドの中には人がいた。酒を飲むものや単に昼食をとるもの、受付嬢をナンパするようなものもいる。

 

『………………』

 

 が、半数以上が昼間から出来上がっているためすぐに興味をなくして酒を飲むのに戻る。好都合だ。

 

 そこに立ったまま、耳を澄まして冒険者たちの会話を聞く。

 

「──────」

「────?」

「──っ!」

「……………………」

 

 若い頃より衰えない耳で複数の会話を同時に聞きつつ探すことしばらく、ある一つの話題を見つける。

 

 ビンゴと内心言いつつ、男は入り口から中に足を踏み入れると、一直線にそのものたちのもとに向かった。

 

「ちょっといいか」

「ははっ……あん?」

「なに、あなた?」

 

 近づいて話しかけたのは、男と女のペア。どちらもジョッキを片手に、赤い顔で胡乱げに男を見上げる。

 

 おそらくカップルだろう二人は武器を除き、同じ装備を着ていた。しっかりと手入れがされている辺り、歴戦の冒険者だろう。

 

「爺さん、俺たちになんか用か?」

「実は、今しがたこの街に来てな。情報収集でもしようとここに来たんだが、面白そうな話をしてるのが聞こえたから声をかけた」

 

 男の言葉に二人は顔を見合わせ、向き直ったかと思うとニヤニヤと酔っ払い特有の笑みを浮かべる。

 

「へえ……でも、人に話を聞くのにタダっていうのもアレじゃない?」

「そうそう、なんか誠意ってのを見せてもらわねえとな」

 

 頬杖をついて言う女冒険者。女といえど、こういうところは冒険者らしい。

 

「ほら、これでいいか?」

 

 また他に探すのも面倒だし、揉め事も時間の無駄だと、男はどこからともなく銀色の硬貨……()()()()()()を取り出した。

 

 それを数枚テーブルに放る。二人は目を瞬かせ、しかしすぐにニヤリと笑うと近くにいたウェイターに追加の酒を頼んだ。

 

「へへ、わかってんじゃん爺さん」

「なに、これで聞けるなら安いものだ……で、聞かせてもらおうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 椅子に座り、テーブルに脱いだ帽子を置いて男はおもむろに聞く。酒代をもらった二人は笑顔で頷いた。

 

「おう、いいぜ。あれはちょっと前のことだったんだがな、迷宮で魔人族にコテンパンにされた勇者たちを助けた奴らがいてよ」

 

 その日、彼らは稼ぐべくたまたま迷宮の入り口に行っていたという。そしてそこで、あるものを見た。

 

 それは満身創痍な勇者とその仲間たちと、彼らを助けたと思われる、少し前にギルドに来た冒険者一行。

 

 なんだなんだと野次馬が集まり、そこに二人も迎合していると──なんと、紫調の服を着た男に勇者が殴り飛ばされた。

 

「あの時は驚いたわよねえ。迷宮の入り口に行ったらあの勇者様がボロボロで、しかもいきなりぶん殴られてんだからさ」

「凄かったんだぜ爺さん、あのいかにも敵なしですっ!って自信満々の顔して迷宮に入ってた勇者が面白いくらい吹っ飛んでたんだぜ?」

「ほう。それで?」

「そんでよ……」

「ああ、それは……」

 

 最初に男が切り出し、女がそれに相槌を打つ形で男に話をという流れで、一週間と少し前の事件の話は進んでいく。

 

 敗れた勇者たち、どこからか現れた若き凄腕の冒険者、そして……勇者を殴り飛ばし、全ての言葉を粉砕していった一人の男。

 

 酔っているためかその語り口はとても饒舌で、男は少し楽しみながら最後まで話に聞き入っていた。

 

「……とまあ、こんなわけだ。っかー、あの時はすっきりしたね!」

「ちょっと、酔いすぎ……でも、ふふ。あの男はかっこよかったわよねえ」

「おいおい、俺の前でそんなこと言うか?」

「冗談よ。嫉妬?」

「へん」

 

 ニヤニヤとからかう女に、口をとがらせ酒を煽る男。そこには長年連れ添ったもの特有の気軽さがある。

 

 

 

『ねえ■■■、早くおいでよ!』

 

 

 

 その光景に、ふと男の脳裏にある女の顔がよぎった。ずっと昔から共にいて、彼にとって何より大切だった人。

 

 今は隣にいないその彼女は……もう二度と、会うことはできないだろう。それを選んだのは他でもない、彼なのだから。

 

「あーあと、なんか勇者の仲間の奴ら、()()()()()を見るとビビってたな」

「……なに?」

 

 男のぼやきに、眉根をひそめる。それまでのどこか穏やかな様子から一変して、険しい表情になった。

 

「その話、詳しく聞かせてくれ」

「あ? 別にいいけど……迷宮の中でなーんかあったのか、白いナイフとか見るとビビってたんだよ。なんでだろうな?」

「さあ? あ、あの勇者様をぶっ飛ばした男が使ってたとか?」

「…………」

 

 二人の言葉で男の脳裏に、もしやとある可能性が浮かんできた。そして考え込む。

 

(本来ならもっと後のはずだが……いや、これが()()()か?)

 

 男は本来、この時間には存在しない。もしその矛盾が時間軸に変化をもたらしたのだとすれば合点が行く。

 

 五十年もの時間を飛び越えてやってきたのだ、こういうことがあってもおかしくはない。

 

が、予想していないといえば嘘になる。

 

「相変わらず悪い予想ばかりは当たる、か」

 

 つくづく、自分という男はそこら辺の運が悪いらしい。そうでなければあの日、()()()()()には……

 

「……? 爺さん、なにぶつぶつ言ってんだ?」

「……いや、なんでもない。それよりもありがとう。俺はここらで失礼するよ」

「お、そうか。今度この街に来た時は俺たちが奢るからよ、元気でな」

「ああ……お前たちも、達者でな」

 

 たとえこの先の未来に、何が起こるとしても。口の中で続きを噛み砕いて、帽子をかぶって立ち上がる。

 

 手を振る二人に軽く会釈し、男はギルドを後にした。その足を止めることなく、入った時と同じように街をでる。

 

「っと、ここら辺ならもう平気か」

 

 それからしばらく歩いて、町からだいぶ離れたところで止まった。そうすると大きなため息をひとつこぼす。

 

「やれやれ、こいつは参った。よもやこの時点でズレが生じるとはな」

 

 あまりに早すぎる。彼の知っている時間軸では、〝それ〟が発現するのはもっと後のはずなのだ。

 

 そしてそれが起こるということは、男が変えようとしているもののタイミングもまた早くなるということ。

 

「予定を変更せざるを得ないな。そうしなければ、目的を果たせなくなる」

 

 もはや元の時代に戻って準備をし直すということもできない以上、全速力で向かう他にない。

 

 先ほどのように手をかざすと、地面に赤い光が発生し、そこから()()()()()()()()()()()()()()()()が出現する。

 

 男はそれに乗り込み、魔力を流してエンジンをつけた。ブルン、とエンジン音をふかしてそれに答えるバイク。

 

「よし…………」

 

 YAMAHA V−MAXによく似たそれの、使い古されたハンドルを握りしめる。魔力の通りは良好、きちんと整備をしていた甲斐があった。

 

「この時期だと……()()()()()()()()()の方か。老骨に鞭打って、急ぐとするかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブルン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決意を目に宿し、アクセルを握った男は街を後にした。

 

 




すみません、次回から火山になります。
感想をお願いします。


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レッツ火山攻略

どうも、作者です。ダクソリマスター楽しい。

エボルト「うーっす、エボルトだ。前回は謎の人物の話だったな」

ハジメ「あのバイク、作者の趣味だろ。主にゴーストライダー2の」

シュウジ「あの作品作者にはドンピシャらしいからな。んで、今回は火山攻略の様子だ。都合上巻きでいってるが、まあ楽しんでくれ。それじゃあせーの…」


三人「「「さてさてどうなる真実編!」」」


 シュウジ SIDE

 

 

 

 グリューエン大火山。

 

 

 

 そこはとてつもない高気温と地面や宙を流れるマグマ、そしてその中に潜んだ魔物が襲い来る恐怖の迷宮。

 

 暑さに集中力を奪われ、だんだんと余裕を失う危険な、そんな大火山の迷宮に俺たちはいた。そして……

 

 

 

 

 

「夜は焼肉っしょー!Foo!」

『イェーイ!』

 

 

 

 

 

 BBQしてます☆

 

「ほい、いただきー」

「あぁっ私の人参!ちょっとシュウジさん返してくださいよ!」

「ところがどっこい返さない。あ、マシュマロいる?」

「もらいますけど許しません!」

「お前ら、取り合わないで普通に食えよ」

「そう言ってるハジメ殿は目線が網から一ミリも動いていないが?」

「ふむ、肉を自分で焼いて食べるというのもオツなものじゃのう」

「はふっはふっ、ホタテおいひい」

「雫、いる?」

「ありがとうウサギさん」

 

 周囲の暑さなどなんのその、悠々とマグマの中を泳ぐフィーラーの背中の上で、俺たちは存分に騒いでいた。

 

 目の前には下から採取したマグマを火の代わりにした焼肉用の壺(オルクスでのドラゴンの甲殻製)、そこで音を立てる肉。

 

 この前の悩み?んなもん四六時中表に出して考え込んでられるか。そんなことより今はロースを取るのが先じゃい。

 

「しかしまあ、反則だよなぁ。本当ならもっと苦労しながら進みそうなもんだが」

「フィーラー様々だねえ。あ、焼肉のたれいる?」

「おう……ってこれ醤油じゃねえか」

 

 ペシッとはたかれた手を引っ込めてケラケラ笑う。ハジメもつられて笑い、非常に和やかな雰囲気が流れていた。

 

 いやー、ほんと助かってる。フィーラーがいたおかげで、たった半日で現在四十層くらいまで難なく迷宮内を進んでこれた。

 

 まずはじめに、火山を囲っていた砂嵐をぶち破って、出待ちしてたワームを三匹丸呑み。そのまま火山に突撃。

 

 一度降りて頂上の入り口から中に入り、しばらくは徒歩で進んだ。で、マグマが多くなってきたところでもう一回ライドオン。

 

 

 

「「「「ハハッ、どこぞのファッキン迷宮に比べたらたかが熱い程度」」」」

 

 

 

 ちなみに、歩いている最中のハジメたちの言葉がこれである。これはミレディも満面の笑みでピースサインだろう。

 

 それからのんびりと進んでる。道中で襲ってきた魔物たちを餌にしつつ、甲殻から冷気を出してくれるフィーラーはいい子。

 

 

 ヴィィイイイィィィ……

 

 

「ん、戻ってきたみたいだな」

「っし、ゲット」

 

 ハジメと塩タンを奪い合ってると、どこからかプロペラが回転するような音がこちらに近づいてきた。

 

 音の方を見ると、重力とかなにそれ美味しいの?で空中を流れるマグマの間を通り抜け、竜の意匠が施されたドローンが来る。

 

 全六基のドローンはフィーラーの背中に固定した足場まで来ると、静かに着地した。全員それに近寄る。

 

「ポチッとな、と」

 

 ボタン操作で上部の蓋を開ければ、中に詰まっているのは淡く光る鉱石。例の魔力を鎮める鉱石、〝静因石〟だ。

 

「うし、随分と集まったな。あとどれくらい必要だっけ?」

「既に取ってきた量に加えると……もう十分のはずだ、マスター」

「オッケーオッケー、さすがはハジメのアーティファクト。いい仕事するねえ」

「よせよ、半分はお前が作ったろ?」

「まあな」

 

 鉱石採掘用飛行型アーティファクト、〝ビーズ〟。今回の依頼の件を聞いてハジメと協力して作成したアーティファクトだ。

 

 オルニスと同じく、重力石と感応石を中心に、ハジメの十八番である錬成と派生技能、[+鉱物系鑑定]と[+鉱物系探査]を追加。

 

 あとは俺が異空間を付与したりプデザインやらなんやらして、あっという間に静因石を取ってきてくれるドローンの完成。

 

「ともかく、これで依頼分は完了。異空間にまとめとくわ」

「頼む。俺だと指輪な以上、万が一の可能性があるからな」

 

 本当なら某ゲーム的にマグマポチャでもしたらたまんないので瞬間移動で美空たちに届けたいが、それは無理だ。

 

 いやー、迷宮の一番厄介なとこは瞬間移動が使えないとこだわ。無くさないようしっかりと保管しとかないとネ。

 

「む。前方から何かくるな」

 

 ドローンから取り出した静因石を異空間に入れてると、気配感知に引っかかったのかハジメが言う。

 

 前方を見れば、なるほど確かにマグマの向こうからこちらに接近する気配を感じる。ほどなくして、そいつらは現れた。

 

 

 

 ブモォオオオオ!

 

 

 

 キシキシキシキシ!

 

 

 

「大量大量。まるで一匹でたら百匹いると思えなあいつらみたい」

 

 やってきたのはマグマを纏った10頭くらいの雄牛の群れ、その上には同じくマグマコウモリの群れ。こっちは三十匹くらいか。

 

 階層が深くなるたびにオルクスのようにバリエーションが増えているが、今回は結構少ない方だ。

 

「てことでフィーラー、食べちゃってー」

 

 

 

 オォオオオオ………………

 

 

 

 俺の言葉を受理したフィーラーが、溶岩の中に沈めていた首をもたげる。

 

 広場が傾かない程度に顔を出したフィーラーは、こちらに走り寄ってくる魔物たちにその大口を開け、舌を触手に変えて放った。

 

 素早い動きで飛んだ職種は魔物たちを絡めとり、その身を覆うマグマなど知らんと言わんばかりに丸呑みにする。

 

 悲鳴とともに、魔物たちは口膣の中へと消えていった。フィーラーは満足げに唸り声を口の隙間から漏らして頭を沈める。

 

「よく食べますねえ」

「……シア、何でツインテール?」

「シュウジさんから人参取り返そうとしたらやられましたぁ……」

「しかし、これでは迷宮のコンセプトが形無しじゃのう」

「今更感」

 

 こいつは女神様ペディアで知ったことだが、解放者たちが残した迷宮にはそれぞれコンセプトというものがある。

 

 たとえば、オルクスは多種多様な能力を持つ魔物と戦うことで経験を。ミレディちゃんのドキドキ☆迷宮では魔法抜きの対応力を。

 

 んでもって、このグリューエン大火山はさしずめ、灼熱と繰り返す魔物の急襲の中でどれだけ精神的余裕を持てるかってとこかね。

 

「あっちの望み通りにしてやる理由なんてどこにもない。スムーズに進めるならそれに越したことはないだろ」

「ハジメの言う通りだな。さて、焼肉の続きといきますか」

 

 順調な迷宮攻略に満足しつつ、俺はハジメとのチョリソー争奪戦に臨むのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

 ルイネ SIDE

 

「──?」

「──、──」

 

 広場の端で、マスターと正妻殿が話している。

 

 笑顔で言葉を交わすその様子はとても楽しそうで、ここが溶岩に囲まれた魔境であることさえ忘れてしまいそうになる。

 

「ルイネ」

「ユエか」

 

 ぼうっと二人を眺めていると、隣にユエが座った。そうして、止まっていた私の手から洗いかけの皿をとる。

 

 そして簡易キッチンにもう一つあったスポンジに遷座をつけて、手伝いを始めた。ありがとう、と言って私も作業を再開する。

 

「他の皆は?」

「あっちではしゃぎ疲れて寝てる。ハジメはドローンの整備」

「そうか」

 

 そこで会話は途切れて、しばらく皿洗いに没頭した。ただ周囲のマグマと皿にスポンジを擦り付ける音が響く。

 

 黙々と手を動かし続け、綺麗にした皿を水で流して積み重ねていき……そうして、ふとまた二人を見てしまう。

 

「……ジェラシー?」

 

 その言葉に、彼女を見下ろす。いつも通り無表情で首をかしげるユエはまっすぐこちらを見ていた。

 

「いや、そういうわけではないさ。ただ……つい、魅入ってしまうものでな」

「それは、なぜ?」

「なぜ、か」

 

 そう聞くのはおかしなことではない。普通ならば、愛している男が他の女と睦まじくしていれば快くは思わないだろう。

 

 けれど私には、あれがどのような名画や絶景よりも美しいものに見えるのだ。なんの変哲もないが、だからこそ何より尊い。

 

「なあ、ユエ。君にはあの人がどう見える?」

「ノリで生きてるめちゃくちゃな実力の男?」

「ふふっ、やはりそう見えるか」

 

 ある意味予想通りの認識に笑いをこぼすと、ユエは少し考えるような仕草をしてから言葉を続けた。

 

「でも、ずっと誰かのことを考えて私たちや、関係ない人たちのために必死で生きてる。そんな気がする」

「……そうか」

 

 この前の一件で、そこまで理解されたのか。これは嬉しいな。

 

「でも、いきなりどうして?」

「……あの人はな。笑ったことがないんだよ。ただの一度も」

「……? いつも笑ってる。鬱陶しいくらい」

「すまない、言葉が足りなかったな。前世ではの話だ」

「ん、そうなの?」

 

 頷いて肯定する。すると詳しく聞きたそうな目をしたので、皿を拭きながら話を続けた。

 

「かつて、まだ今は忘れられた名前の暗殺者であった頃。マスターはいつも鉄面皮で、決して表情を変えることがなかった」

 

 暗殺の中で、そういう風に演じるための偽の笑顔ならば見たことはある。だが、感情のこもったそれはついぞ見れなかったのだ。

 

 ひたすらに、無。唯一表情を変えるのは、世界意志からの命令ではないもの……大のため小を殺した時に懺悔するときだけ。

 

「表情というのは、明確に人間の心情を表す。楽しさも、嬉しさも、様々な彩りを人間に与えることができる」

「ん。私も、ハジメと出会っていろんな感情を知った」

 

 微笑む彼女は、暗闇にいた時よりもずっと豊かな感情を持っているのだろう。普段のハジメ殿との様子を見ればわかる。

 

 それを私は、前世であの人にしてあげられなかった。彼にたくさんの顔をあげたかったのに、変えられなかった。

 

「あの人には悲しみ以外、浮かべられる顔がなかったんだ。他者のために悲しむときだけ、あの人は普通の人らしく表情を変える」

 

 それ以外は、何もない。不器用に私たちと家族として接するときも、暗殺者として厳しく鍛える時も、無が有になることはなかった。

 

 まるで、そうすることが自分の宿命であるかのように。決して人のようであってはいけないと、戒めるように。

 

「それは……とても、悲しい?」

「ああ。単なる私のわがままであることは、分かっていた。でも……」

「でも?」

「おかしいじゃないか、あの人だけが笑えないなんて」

 

 家族とは到底呼べぬ卑劣なものたちに都合の良い操り人形として育てられ、誰より人を憎んでいいはずなのに。

 

 なのに他人のことばかり気にして、誰かが笑顔でいる明日をひたすら願って、それを守るために必要な苦痛を、全部背負いこんで。

 

 どれだけ苦しんでも、絶対に後ろを振り向かない。フラフラで崩れ落ちそうでも、何でもないような顔をして歩き続けてた。

 

「そんな優しい人が笑えないなんて、絶対に間違っている。だから私は、この肌の下に流れる龍の血で少しでも解きほぐせたらと……」

「それが馴れ初め?」

「……こほん」

 

 途端にニヤリとするユエ。しまった、と自分の発言を後悔して、熱くなる頬を誤魔化すように咳払いして話を続ける。

 

「だから嬉しかったんだ。転生したあの人が、普通の人間と同じように笑っていたことが。それも、自分の感情で」

「普通……」

 

 この世界に来て、あの迷宮で最初に再会した時はあまりの変わりように驚いた。だが、その十倍の嬉しさがこみ上げてきて。

 

 そして、その理由がハジメ殿や、ユエたちや……八重樫雫という少女だと知った時。語りつくせないほどの感謝が溢れ出た。

 

「私では引き出せなかった、心からの笑顔がこうして見れる。その理由の一人であるユエにもありがとうと、心の底から言いたい」

「……ん、ちょっとむず痒い」

「はは、それはすまないな」

「ん、許してしんぜよう」

「ああ、ありがとう……私は、あの人にずっと笑っていてほしい。もう二度と、あんな今にも砕けてしまいそうな顔は見たくない」

 

 願わくば人々を弄ぶ神を倒して、平穏な生活に。あの人が刃を握る必要がない、そんな世界に帰ってほしい。

 

 その断片であるあの光景は、たまらなく眩しい。ほんの少し、私の女としての部分が羨ましいと思ってしまうほどに。

 

「……その顔、やっぱり思うところがある?」

「本音を言えば、少しな。ああ、だが……」

「?」

 

 そこで一旦、言葉を切る。

 

 ユエは不思議そうに首を傾げ、私は悪戯げに笑って。

 

「たとえあの人を初めて理解したのが彼女だとしても……最初のキスも、逢瀬も、私のものだ」

「……ふふ、ルイネも結構独占欲強い」

「それは君もだろう?」

「ん、当然」

 

 だから羨ましくは思っても、嫉妬など微塵も感じない。私にとって何より大事なのは、彼が笑ってくれることだから。

 

 それにここしばらくの旅の中で、雫殿が加わっても変わらず愛してくれていることはちゃんと分かっているからな。

 

「だからユエ。できればこれからも、マスターを頼むよ」

「……私も?」

「ああ、あの人の頑固さは筋金入りだからな。近くにいる人間は多ければ多いほどいい」

 

 あの人は、私が一人手を引いたところで俯いたその顔を上げてはくれない。だが、一人でダメならもっと多くの人間でやればいい。

 

 そこが雫殿と私の間に、普通ならあり得ぬ形の女の友情がある所以でもある。皆で明るい場所まで引きずるのだ、彼を。

 

「ん、当然。シュウジのお陰でいつも楽しいし……それに、仲間だから」

「仲間、か。いい響きだ」

 

 我々暗殺者にとって、何より縁遠いものが確かにここにある。それがあの人を、良い方向に変えてくれたのだ。

 

 この迷宮攻略もこの調子で無事に終わってくれるように願いつつ、私は拭いた皿を棚に置いた。

 

 

 ●◯●

 

 

 ハジメ SIDE

 

 BBQからしばらく経って。

 

 かなり下まで降り、おそらく50階層近い場所に来た頃。シュウジの隣に来て話しかける。

 

「そろそろ麓じゃねえか?」

「女神様ぺディアによれば、そろそろ最終試練の部屋に近いとこだねん」

「そうか……と、ちょうどトンネルが見えてきたな」

「おっ、あれあれ。フィーラー、直進な」

 

 

 

 オォオオオオ

 

 

 

 前方の壁に空いた大穴に、フィーラーはまっすぐ向かっていく。目をこらせば、マグマに照らされて中の様子が見えた。

 

 どうやらかなりの下り坂になっているようだ。これまでにも何度か同じことがあったが、ショートカットになっていた。

 

 シュウジの言葉から推測するに、あれが最後だろう。そう思っているうちにトンネルの中に進入する。

 

 洞窟内は、そこそこ広かった。その中心に蛇のようにくねりながら続いている、マグマの道を泳いで進んでいく。

 

「そろそろこの光景にも飽きてきたわ」

「それな。しばらくマグマは見たくな…………っ!」

 

 不意に、気配感知に反応が引っかかった。距離はかなり離れているが、それでも相当な数を感じられる。

 

「……シュウジ」

「どうやら、これまでの奴らとは違うみたいだな」

 

 100はくだらない数と感じる気配の濃さに、ハンドサインでくつろいでいたユエたちを招集する。

 

 すぐに集まってきた仲間たちに、前方の敵の存在を伝えて各々戦闘準備を整えるように指示を出した。

 

 それぞれの武器を手に構えて、同じように気配を感じて洞窟に唸り声を響かせるフィーラーの上で待つ。

 

「接敵まで三、二、一……」

 

 シュウジのゼロ、というカウントダウンと同時に、マグマロードの角を曲がった瞬間。

 

 

 

 ガァアアアァア!!!

 

 

 

 暗闇の中から、咆哮を上げて何かが現れた。

 

 

 ドパンッ!

 

 

 凄まじい速度で接近してきたそいつをヘッドショットで仕留める。弾丸は寸分の違いもなく頭部を貫通し、脱力して落ちてきた。

 

 ドスン、と音を立てて広場に転がったのは、人型の化け物だった。三メートルほどの体は黒く、まるで獣のようだ。

 

 ところどころに牙が生えており、顔にはバイザー状のものをつけている。おおよそ普通の魔物とは思えない。

 

「こいつは……」

「まだまだ来るぞ!」

 

 シュウジの飛ばした警戒に、すぐに目線を前方に戻す。すると同型の化け物が視界を埋め尽くすほど迫っていた。

 

 それだけではない、気がつけば左右の壁を突き破り、さらには後ろのマグマの中からも黒い獣が溢れ出す。

 

「くっ、気配を感じなかった……!」

「大方マグマと同化してたか、俺でも気づけないとはねぇ」

「な、何匹いるんですかぁ!?」

「ん、落ち着いてやれば問題ないほらシア、肩の力抜いて」

「は、はい、ありがとうございますウサギさん」

「ティオ殿、私が糸で動きを止める。ユエ殿とともに魔法で落としてくれ」

「んっ!」

「承知した!」

 

 ぐるりと円を作るように互いの背中を預け、獣の迎撃を開始する。

 

 

 

「「「「「ガァアアアァア!!!」」」」」

 

 

 

 

 ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!

 

 迫る怪異たちのバイザーに狙いを定め、一秒に五発、二丁で十発のペースで的確に撃ち抜いていく。

 

 最初の三十体くらいはそれで倒せたが、奴ら知能があるのか銃口の向きから弾道を予測して避け始めた。

 

 ならばとオルカンで追尾式ミサイルを撃つが、なんと数体が集まって黒い雷を発して到達する前に爆発してしまう。

 

「チッ、気配を消す他にも固有魔法持ちか」

 

 それならそれでやりようはある。オルカンをシュラークに持ち直して、獣ではなく近くの壁に狙いを定めた。

 

 

 ドパンッ!

 

 

 音を立てて射出された弾たちは壁に向かって飛んでいき……跳弾して俺をあざ笑っていた獣の後頭部を貫いた。

 

「ガ、ガァ!?」

「あらよっと!」

 

 驚いて動きを止めた獣たちに、シュウジの投げたカーネイジ製の赤いナイフが襲いかかる。その数、全部で十。

 

 それ自体が意思を持つナイフは空間を縦横無尽に駆け巡り、知覚不能な速度で次々と獣の首を切り落としていく。

 

 それだけにとどまらず、異空間からのっぺらぼうの頭……〝百鬼夜行〟の一鬼〝サロメの飾り頭〟が落ちる獣の骸に殺到した。

 

「お前らの体、再利用させてもらうぜ?」

 

 飾り頭は首のない骸に取り付くと、まるで元から持ち主であるかのように操って獣たちを蹂躙していった。

 

 獣たちは数の暴力で押し潰そうとする。しかし痛覚のない骸は片腕がもげても、下半身が獣の吐く炎で炭にされようと止まらない。

 

 さらにそこに俺のメツェライでの広範囲攻撃、さらにシュウジの振るうカーネイジの鎌で獣を刈っていく。

 

 

 ガァア!

 

 

「ち、後ろか!」

「出力10%……ラビットスタンプ」

 

 背後からの強襲にドンナーを抜こうとした瞬間、飛んできたウサギのドロップキックが決まって獣は粉砕された。

 

 ウサギは、両手両足に装着した某星人キラーのスーツみたいな黒い装備についた返り血を腕を振って払う。

 

「サンキュー」

「うん。こっちは任せて」

「おう」

 

 ウサギは跳躍して、獣を狩りにもどる。その拍子にちらりと後ろを見ると、あちらも善戦しているようだった。

 

「ふっ……今だ」

「うむ!」

「……〝嵐龍〟」

 

 ルイネが縛って動きを封じた獣たちを、ユエの重力魔法と風属性魔法を複合した龍が、ティオの黒い極光がミンチにしている。

 

「うー、りゃあ!」

「出力15%、ラビットバンカー」

 

 魔法組二人に近づこうとする後方の獣たちは、シアの鉄槌とウサギの超攻撃力で一瞬で肉塊へと変貌。

 

 シアの鉄槌からは、その打撃面以上の範囲で衝撃が広がっていた。それを巧みに使いこなし、獣を一気に倒している。

 

 シアのやつ、あのシュウジがエグいことしてた魔物の固有技能……衝撃変換を付与した鉄槌をうまく使えてるみたいだな。

 

「うし、そろそろ行き止まりだから決着つけようか」

 

 それから十分ほど戦い続けて、無限に湧いてくるかと思った獣の数が減り始めた頃。獣の首を折って殺したシュウジがそう言った。

 

「そろそろこいつらの相手も飽きてきたところだしな。最終試練の時までつきまとわれちゃあ面倒だ」

「そいつはまっぴらごめんだ……おい、全員どっかに掴まれ!」

 

 俺の叫びに機敏に反応し、ユエたちは襲いかかってきた獣を殺すとそれぞれの方法で体を固定した。

 

 それを確認し、前を見る。すると、なるほど行き止まりと言っても過言ではない。まるで滝のようにマグマが途切れている。

 

 その地点まで目算であと十メートル、以前勢い衰えずやってくる獣を撃ち殺して待つ。

 

 

 ドパンッ!

 

 

 あと八メートル。

 

 

 

 ドパンッ!

 

 

 

 五メートル。

 

 

 

 ドパンッ!

 

 

 

 三メートル。

 

 

 

 ドパンッ!

 

 

 

 そして……

 

「これで、ゼロだ!」

「フィーラー、飛べ!」

 

 

 

オオォォオオオオオオオオオオ!!!!!

 

 

 

 一気に前進したフィーラーは、地響きを立てて途切れたマグマから飛び出した。

 

 空虚な空間に飛び出したその巨躯は、あわや下の暗闇へ落ちていくかと思ったが……しかし、背中の甲殻が蠢いて翼が現れる。

 

 それを使い、剛風を巻き上げて滞空したフィーラーはぐるりと一回転すると、一塊になって飛んでくる獣たちに口を開けた。

 

 

 

 ゴオォオオオオオオ!

 

 

 

 そこからあふれ出したのは、ティオの極光を何千も束ねたような漆黒の本流。それは獣を一匹残らずとらえ、焼き尽くした。

 

 三十秒ほど続いて、徐々に本流は途切れる。バクン、と口を閉じたフィーラーは、天井に向かって大きく吼えた。

 

 

 

オオォォオオオオオオオ!!!!!

 

 

 

「勝鬨、って感じだな」

「ああ」

 

 獣をしまい、少し返り血のついた帽子をくるりと回転させているシュウジとハイタッチを交わす。

 

 程なくしてユエたちも近寄ってきて、皆で健闘を称えあった。こんな量の魔物を倒したのは、ウルの街以来だ。

 

「それにしても、なんだったんだこいつは?」

 

 広場に散乱している獣の残骸の一つを、全員で覗き込む。比較的形が残っているそいつは、今一度見ても気持ち悪い。

 

「ティオ、なんか知ってるか?」

「はて、このような魔物は見たことがないのう」

「シュー、貴方は?」

「はてさて、さっぱり見当が付かん。女神様の知識の中にもこんなのが火山にいるなんて情報はねえし……」

 

 こいつでもわからないとなると、おそらくごく最近生まれた魔物か。あるいは……誰かが作った魔物か。

 

 どちらかはわからないが、とりあえずサンプルとして使えそうな死骸を選別して宝物こと異空間に入れておく。

 

「っし、あとはこの広場を洗えば終わりだな」

「そいつはまた今度だ。それよりもさっさと攻略しちまおう」

「その方が賢明そうだ。てことでフィーラー、下に向かってくれ」

 

 

 

 オオォォオオオオオ………………

 

 

 

 シュウジの命令に従い、フィーラーは滝の下へと向かい降下していく。穴はかなり深いようで、少し降りても下が見えなかった。

 

 そんな底なしのような暗闇を見て、俺はいつも通り気負うことなく、冷静に戦うことを確認する。

 

 そうすると、もう一度穴を見て不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、この先にある大迷宮の最終試練に挑むとするか。




読んでいただき、ありがとうございます。
次回かもう一つ次の回、めちゃくちゃ重要です。
感想をお願いしまっす!


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現れた刺客

どうも、英検行ってきた作者です。

ハジメ「よっ、ハジメだ。前回はなんか色々フラグ立ててたな」

シュウジ「なにせ、次回がねぇ」

エボルト「作者、漫画だったらとっくに血反吐吐きながら書いてるってよ」

ルイネ「マスターをあんなにしたのだ、存分に吐くがいい」

シュウジ「辛辣ぅ」

シア「仕方がないですぅ。さあ、今回はなんだか出てくるみたいですよ。それじゃあせーの!」


五人「「「「「さてさてどうなる真実編!」」」」」


 ズン、と音を立てて、フィーラーがマグマの中に着陸……陸じゃないとかいうツッコミは聞かない……する。

 

「到着〜。皆様、ご利用ありがとうございました」

「タクシーかよ」

「どっちかっていうとメガジャンボジェット?」

 

 ハジメの言葉に返しつつ、翼を体内にしまって息を吐き出すフィーラーの頭を撫でて周囲を見渡した。

 

 グリューエン大火山の大迷宮の最奥部は、まさしくマグマの地底湖って感じだ。オルクスやライセンみたいに整備されてない。

 

 代わりにほぼ地面全てを覆うマグマに、変わらず上空を流れて下のマグマの海に落ちる溶岩。おまけにフレアまで吹いている。

 

「うぇ、さっきのところより熱いですぅ」

「これは、少しきつい」

「……カエル、熱いし重いからフードから出て」

「ゲコッ」

「嫌って……むぅ」

「かなり蒸れるのぅ」

 

 灼熱地獄に、お嬢様方はご不満のようだ。そこでルイネがあるものを指輪の異空間から取り出して、配っていく。

 

「皆、これを。持っていると熱気をある程度遮断できる」

「これって……鱗かしら?」

「ああ、そうだ正妻殿。龍王の一族の鱗は様々な自然現象に耐えうる鱗を持っている」

 

 へえ、なんて関心の声をあげて、皆一枚ずつ受け取る。そしてすぐに効果が出て楽そうな表情になった。

 

 無論、俺も持ってる。帽子の飾りに加工してるけどネ。あ、ついでだからハジメにも予備のやつ渡しとくか。

 

「ほい、プレゼント」

「サンキュ。気が向いたら帽子もかぶる……にしても、地獄の釜って感じだな」

「ああ。んで、その中心にはお宝が眠ってるって寸法らしい」

 

 言いながら、前方を指差す。釣られてハジメはそちらを見て、聞こえてたのか女性陣も寄ってきてその方を見た。

 

 ここから結構行った場所……マグマの海の中心に孤島がある。そいつはマグマのドームで覆われてて、いかにも重要そうだ。

 

 あれだ、攻撃一発で壊せる超絶脆いエネルギーの要みたいなのがあるんだ(フロム並感

 

「……あそこが住居?」

「いかにも、って感じ」

 

 ユエとウサギが近づいてきて、

 

「最深部だし、そう考えるのが妥当だろうな……しかしそうなると」

「フィーラー、ちょっと進んでみてくれ」

 

 命令を出して、フィーラーを孤島に向かって泳がせる。

 

 相変わらず巨体に反して滑らかな動きでフィーラーは進んでいき、そしてある一定の距離まで近づいた、その瞬間。

 

 

 

 ドドドドドドドドドド!

 

 

 

 突如、上のマグマから炎塊がマシンガンのごとく落ちてきた。こいつはまた大粒な雨が降ったもんだ。

 

「ま、想定内だけどね」

 

 すぐさまステッキと足場を魔力で接続、杖の底で叩くとエ・リヒトが足場を覆うような形で形成される。

 

 難なく炎塊をいなし、変わることなく孤島を目指す。そうしてまた近寄ると、今度は下から嫌な気配を感じた。

 

 

 ゴォアアアアア!!!

 

 

 んでもってそれは当たるもんで、まるで孤島を守るようにマグマでできた大蛇が何匹も鎌首をもたげる。

 

 全員すぐさま戦闘態勢に入り、ハジメはドンナーの銃口をマグマ蛇に向けて目を鋭くした。これが本当の鷹の目、なんつって。

 

「こいつらがガーディアンってわけか」

「イグザクトリィ。全部で百匹も出てくるよん」

「マジか……なら短期決戦でいくぞ、全員それでいいな」

『了解』

 

 先ほどの謎の野獣先輩(違う)の時みたく、足場の上で円陣を組んでフィーラーを取り囲む大蛇に狙いを定める。

 

 俺もアローハーオエーなアロハ服からいつもの紫衣装にチェンジして、ステッキの先端を向けハジメと背中合わせになる。

 

「ケツは任せとくぞ、相棒」

「おうさ……んじゃ、蛇退治といこうぜ」

 

 さっきの襲撃で肩慣らしは十分、女性陣の精神衛生上よろしくもないし、この最終試練サクッとクリアしちゃいますか。

 

 

 ゴァァア!

 

 

 俺たちの戦意を感じ取ったか、襲いかかってくる総勢二十匹のマグマ蛇。まずは最初の一体に狙いを定める。

 

 先端から超小型魔力誘引弾が射出され、マグマ蛇を構成している魔石にヒット。そのまま貫いて粉砕した。

 

「ます一匹もらい。あ、一番ビリが今日の晩飯おごりな」

「面白い、やってやろうじゃねえか!」

「ん、シア。ごちになります」

「なんで私がビリで決まってるんですかぁ!」

 

 軽口を叩きながらも、俺の挑発にあえて乗ったハジメたちはそれぞれ積極的にマグマ蛇を倒し始めた。

 

「しゃらくせえ!」

 

 

 ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 

 

 ハジメは魔眼石で正確に位置を捉えて撃ち抜き、常に動く魔石を確実に一匹一匹仕留めていく。

 

「〝炎龍〟」

 

 

 ゴォアアアアア!

 

 

 ユエは周囲のマグマを利用し、重力魔法と複合した龍で魔石を引き寄せ喰い殺す。魔法使いの本領発揮って感じだ。

 

「出力20%、ラビットエイク……!」

「ちぇすとぉ!」

 

 ウサギが跳躍し、空間を掌底による衝撃波で揺らしてマグマをひっぺがすことで魔石をむき出しにする。

 

 そこにシアさんが重力魔法の付与された円盤に乗り、接近してドリュッケンで破壊。マグマを避けるのヒット&アウェイ戦法。

 

「はっ!」

「ふっ!」

「受けてみるのじゃ!」

 

 ルイネと雫の斬撃が煌めく度に切り刻まれて、動きの止まった魔石をティオの極光が消しとばす。

 

 互いに連携したり、弾幕を張ったり、インドダンスしながらナイフ投げたりして、あっという間に最初の二十匹を片付けた。

 

 すると天井にある鉱石……カウンターみたいなやつに20個ぶん光がついて、マグマの中から新たに二十匹が補充される。

 

 変わらずそれぞれの最も効率的な方法で殲滅していき、すぐさま追加の二十匹も殲滅完了。さらに第3ウェーブが現れる。

 

「そうだ。ちょうど半分に達したことだし、もう一つ勝負をしないか?」

 

 光が五十に達し、マグマ蛇を半分倒したとき。不意にルイネが思いついたように言った。

 

「へえ、何をやるんだ?」

「簡単だよマスター、最も多く倒したものは、この中の自由な相手に、好きなことを要求できる」

「……へえ。面白そう」

 

 最初にニヤリと笑ったのはウサギ。

 

 それまでマグマを剥がすのに徹していたのを、ちょうど戻ってきたシアさんと入れ替わるように跳躍する。

 

 マグマ蛇の一匹に接近し、手を手刀の形に構えた。すると手甲の機能が作動し、魔力で構築されたエネルギー刃が出現。

 

 

 

「出力35%──ラビットスラッシュ」

 

 

 

 ウサギが刃を振るい──スパン、と空気ごと五匹のマグマ蛇の全身が細切れになった。

 

 当然、中にあった魔石も微塵切りに。洞窟の中にキラキラと破片が輝きながら、マグマの中に消える。

 

「それじゃあ。ハジメに、新しい写真集のためにたくさん写真撮ってもらう」

「あーっ!ウサギさん、抜け駆けはずるいですよう!」

 

 新しい勝負のことを聞き、シアさんが円盤で飛んでウサギの横を通り抜けてマグマ蛇の群れに向かっていく。

 

 円盤を巧みに操作して噛みつきを回避すると、体を伸ばしたマグマ蛇たちに変形させたハンマーの銃口を定めた。

 

 引き金を引いたのか、スラッグ弾が発射。ハジメ特製のそれはマグマ蛇たちの体に侵入し、大きな音を立てて破裂させたのだった。

 

「私も、今回こそハジメさんの一晩をもらうんですからぁ!」

「……負けてられない」

 

 早速勝負を始めた二人に、ユエが炎龍をもう一匹増やしてマグマ蛇たちをさらに飲み込み、殲滅度を上げた。

 

 そして4回目の補充、現れたマグマ蛇を倒そうとして──炎龍よりも早く飛んだ斬撃波が真っ二つに切り裂く。

 

「な……」

「ふふ、なら私は久しぶりにシュウジと二人でデートでも申し込みましょうか」

「……いい度胸」

「うむ、これは妾もいくしかないな!ご褒美(お仕置き)のために!」

「おっと、言い出した私が遅れるわけにもいくまい」

 

 雫にティオ、んでもって提案者のルイネも加わって、やる気レェベェルマァーックスな女性陣たちであった。

 

「いやはや、こいつは後が怖いねえ。なあハジ──」

「うし、七匹完了」

「ウッソ早くない?」

 

 いつの間にやらメツェライを装備して、まとめてマグマ蛇を屠ったハジメは振り返ってニヤリと笑う。

 

「自由な相手に好きなことを要求できんだろ?なら、久しぶりに男二人で遊びにいくのもいいかと思ってな」

「そういうこと言ってるとホモ扱いされちゃったりして」

「あいにくと、俺は某世界的歌手じゃねえ!」

 

 メツェライを片手で撃ちながら、オルカンも持ち出して本気の本気なハジメ。どうやらマジらしい。

 

「なら俺もやるっきゃないねえ。その友情に答えて、俺から誘ってやろう!」

「上等!」

 

 俺も本気ってことで、両手にカーネイジを纏ってマグマ蛇の魔石を叩き斬る。レンジなら俺は無限大だ。

 

 そうして、結果的に勝負しながらも超効率でマグマ蛇を順調に倒していき、残りは最後の八匹になった。

 

 

「シッ!」

 

 

 

 雫が切り裂き、七匹。

 

 

 

「ふんっ!」

 

 

 

 ウサギが殴り砕き、六匹。

 

 

 

「行って……!」

 

 

 

 ユエのダブル炎龍に喰らい尽くされ、五匹。

 

 

 

「おぉりゃぁああっ!」

 

 

 

 シアさんが粉砕、四匹。

 

 

 

「受けやがれ!」

 

 

 

 ハジメが撃ち抜いて、三匹。

 

 

 

「ふっ!」

 

 

 

 ルイネが刻み、二匹。

 

 

 

「リーチじゃ!」

 

 

 

 ティオが極光で消し飛ばす。ラスト。

 

 

 

「こいつで……フィナーレだ」

 

 

 

 そして俺が、最後の一匹を刈り取って終了……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

「ガァァア!!!」

「ぐぅっ!?」

 

 突如、どこからか現れた何かが神速で突撃してくる。

 

 とっさにステッキに魔力を通して傘にし、そいつと体の間に差し込んで防いだ。しかし、何かの突進は止まらない。

 

 全力で踏ん張っているにも関わらず、易々と俺の膂力を上回るそいつは俺の足を足場から引き離し、宙に浮かせた。

 

「こいつ……!?」

「「「シュウジ!?」」」

「マスター!」

「シュウジ殿!」

「シュウジさん!」

 

 ハジメたちの声を遠くに、俺は壁に叩きつけられる。なおもそいつの足は留まることを知らず、壁を破壊して突き進んでいった。

 

 なんとか背中側にエ・リヒトを展開して溢れ出すマグマを防ぎ、そいつの力が緩む瞬間まで耐え続ける。

 

 

 

 ドガンッ!

 

 

 

 しばらく突然のランデブーに付き合っていると、壁を破ってある程度広い空間に出た。おそらく空気の溜まり場か。

 

 そこで、ようやく何かの足の力が緩んだ。どうやら、この空間に連れてくるのが目的だったらしい。

 

「あらよ、っと!」

 

 ステッキの傘を消し、特殊な歩法でそいつの後ろに回りカーネイジで形作った鎌を振り下ろす。

 

 されどそれは捉えられず、一瞬で加速して鎌の範囲外へと逃げる。そしてトン、と少し離れた場所に着地した。

 

 

 

 

 

「グルルルルル…………」

 

 

 

 

 

「お前、は……」

 

 そいつを見たとき、全身に感じたことがない強い衝撃が走った。

 

 ようやく明確に姿を見れたそいつは、見覚えのあるやつだった。きっとこのトータスで、誰よりも俺が知っている。

 

 そして……もしかしたら、この迷宮にいるかもしれないなんて、我ながら最悪な予想も、どこかしていた。

 

 

 

 

 

 …………ああ、でも。

 

 

 

 

 

 お前が、お前が本当に、この場所にいるのだけは、絶対に見たくなかった。

 

 なのになんで、悪い予想ってのはいつも当たっちまうんだ。

 

「なあ、教えてくれよ…………」

「……………………」

 

 巨大な獣──仮面のような顔をした奇獣のうめき声が、止まった。

 

 

 

 パキ、バキバキ……

 

 

 

 次の瞬間にはその体を蕩けさせ、形を変えていく。毛皮は服へ、毛に包まれた4本の足は白い皮膚へと。

 

 やがて、獣は獣でなくなった。代わりにそこに立っているのは……見慣れない、金縁の白いローブを纏う人間。

 

「………………」

 

 仮面を外して、出てきたのは女とも、男とも取れぬ中性的な顔。そこまで見て、わずかに残っていた可能性を失う。

 

 そこにいたのは、紛れもなく。俺の、前世で誰よりも友と呼んだ、神喰らいの奇獣……フェアベルゲンで会った、ランダだった。

 

「……なんで、ここにいるんだ」

「………………」

「だんまり、か。俺と話すことは、何もないってことか?」

 

 無表情にこちらを見るランダ。その赤い瞳にはどこか、悲しさのような、憐憫のようなものが浮かんでいた。

 

 そんなランダを、気を抜けばショックから脱力してしまいそうになりながら見ていると、うっすらと口を開く。

 

「……君が、その力に目覚めなければ」

「力……?」

「ずっと、その時が来ないで欲しかった。君と出会って、いつか来ると、やらなければならないと、わかっていたのに。それでも、私は」

「何を……」

 

 

 

 

 

「なぁにブツブツと抜かしてやがんだ?」

 

 

 

 

 

 新たに第三の声が降り注ぐ。

 

 バッと天井を見上げると、暗がりの中からゆっくりと巨大な獣が降りてくる。そいつはどこか、さっきのやつらに似ていた。

 

 同じローブを纏う黒い体躯に赤い髪。うっすらと光る紫色の模様と、獅子のような顔に刺さった、3本の刀。

 

 感じる力が、さっきの獣たちとは蟻と象ほどに違う。腕組みをして邪悪に笑う姿は、見ているだけで怖気を感じた。

 

「……紅煉(ぐれん)

「オオゥ、怖え怖え。そんなに睨むなよぉ、疼いちまうだろ?」

「君と戦う気は無い」

「わかってンだよんなことたぁ。それより、さっさとこいつを殺っちまおうぜぃ?それがエヒトの命令だ」

「……なんだと?」

 

 こいつら、エヒトの眷属か。よく見りゃあのローブ、ランゴスタの着てた法衣にもどことなく似てる。

 

 ……だが、それなら尚更わからん。ランダは悪神を食う亜神、俺の知る中でも一度たりとてそれが変わったことはない。

 

「……そうだね。そう考えた方が、私も楽だ」

「そうか。まぁ俺ぁどうでもいいがな」

 

 ランダと、紅煉と呼ばれた獣はこちらを見る。その体から絶大な殺気が立ち上り、こちらを殺す気であることがわかる。

 

 ……いつまでも動揺している場合じゃない。あちらはこっちを殺す気であるようだし、とりあえずこの場を切り抜けなきゃいかん。

 

「ハジメたちも心配だし……やるしかねえな」

 

 ふ、とため息とともに動揺を吐き出し──心を氷に戻して、ステッキを構える。

 

 あちらもやる気であるのがわかったのだろう、紅煉がローブを脱ぎ捨て、ランダが構えをとった。

 

 

 

 

 

「《七罪の獣》第三席、〝嫉妬の獣〟ランダ……()()()()との約束を果たすために、君を殺す」

 

 

 

 

 

「《七罪の獣》第五席、〝暴食の獣〟紅煉。テメェはどんな味だろうなぁ?」

 

 

 

 

 

 名乗りを上げ、疾走する二柱の獣に俺も同時に飛び出して──

 

 

 

 

 

ドガァンッ!!!

 

 

 

 

 

 戦いが、始まった。




さって、次回が大変だぞう
あ、ローブはホロスコープスのキャンサーゾディアーツが着てたのをイメージしてください。


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暴かれて、壊れて、狂って

楽しんでいただけると嬉しいです。


「オラァッ!」

 

 まず最初に、猛進してきた紅煉の爪が迫る。

 

 鈍く光るそれは、まともに当たれば紙装甲な俺じゃあ一撃で切り刻まれそうだ。

 

「フッ!」

 

 魔力を纏わせたステッキを使って外側にいなし、同時に左手にナイフを4本カーネイジで作って脇腹に突き刺す。

 

 が、紅煉は不自然な軌道できりもみ回転して回避すると首めがけて旋風を伴う回し蹴りを放ってきた。

 

 帽子を抑えながら膝を下り、ステッキを三又の鞭に変えて紅煉を打ち据える。しかしこれも両手でガードされた。

 

「ハッハァ!効かねえなぁ!」

「まだ終わりじゃないぜ?」

 

 発勁で空気を叩く。それは衝撃波となって紅煉を襲い、その動きを止める。

 

 コンマ数秒、しかし暗殺者にはそれで十分。特殊な歩法を使い、懐に潜り込んで──

 

「私がいることを忘れていないかい?」

「ぐっ!?」

 

 が、失敗。元からそこにいたように割り込んだランダの掌底に突き出したナイフは木っ端微塵に。

 

 すぐさま手を引っ込めたのが功を奏し、一拍遅れて体を襲った真空波から手首チョンパを免れた。

 

 その力に任せて後ろに飛び、着地。けれど瞬きをした目が開いた時には、すでにランダがそこにいた。

 

「覇ッ!!!」

 

 まずい、そう本能が警告して半身を斜めに向けると、左胸のあった場所を拳が通過していった。

 

 

 

 バカァンッ!!! 

 

 

 

 拳はそのまま地面に向かい、岩盤を粉砕。十数メートルに渡って放射状にヒビが入り、マグマが飛び散った。

 

「フッ!ハッ!セイッ!」

「チィッ!」

 

 目を剥く暇もなく、ランダの猛攻が始まる。どれもが一撃必殺、一度当たりゃあその時点でゲームオーバーだ。

 

 八割回避、後のどうしても友人である以上、避ける軌道を読まれている部分はステッキでそらす。

 

 ブラックホールフォームの装甲で作ったといえど、亜神のランダの猛攻にステッキは呆気なく歪んでいった。

 

「くっ、こいつは、少し、やりすぎじゃ、ねえの!?」

「言ったはずだ、君を殺すと!」

 

 叫び、固く握った拳によってステッキがものの見事に粉砕される。

 

 やばいと思った瞬間、目にも留まらぬスピードで姿勢を低くしたランダの手刀が腹部に迫った。

 

「〝チェンジ〟!」

 

 念の為、最初に飛び出した地点に潜ませておいた魔力の人形と自分の位置を魔法で入れ替える。

 

 変わった視界の先で、人形の背中にランダの手が貫通して爆発四散した。あれにはやられた時、暴発する仕掛けにしといたが……

 

「まあ、そう上手くはいかないよな」

 

 煙が晴れた時、そこには無傷で佇むランダがいた。効き目は涙が出るほどなし、か。

 

 以前、ランダは俺を相手にしたら秒で刻まれる、なんて言ってた。けどそいつは無防備ならの話だ。

 

 あいつが本気の時は、どんな攻撃も効かない。常に意識のうちにある限り、どれだけ殺そうが決して死にはしない。

 

 つまり、ほぼゼロの確率だが意識外からの攻撃か……あるいは、全てを消す〝抹消〟でもないと、ランダは絶対に倒せない。

 

「………………」

 

 ちらりと、自分の掌を見る。

 

 そこには普段は魔法で隠している、〝抹消〟の刻印が黒々と浮かんでいる。今も俺を蝕む力が、そこに。

 

 ……たとえ敵になったとしても、これだけは絶対に使いたくはない。この力を使うのは、悪辣な悪にだけだ。

 

「……使わないんだね」

「おっと、視線でバレたか?」

「いいや、見なくてもわかるよ……だって君は、〝彼〟なんだから」

「……?」

 

 さっきから、こいつの言葉の意味がわからない。意味を考えようとすると、頭の中に靄がかかったみたいになる。

 

 でもその辛そうに伏せる目から、きっといい事じゃないんだろう。そもそもこの状況がワーストオブワーストなんだが。

 

「っかー、見つめあって気持ち悪ぃ。てめぇ何やってんだ?」

「紅煉」

 

 その傍に、初撃以降完全に徹していた紅煉が舞い降りる。

 

「キレてるねぇ。そんなにてめぇがあいつを殺りてえってか?」

「……黙れ。君の声は虫唾が走る」

「そいつぁ失礼。だがこいつはエヒトからの命令だ、俺も一つ手助けしてやらぁ」

「勝手にしたらいい」

 

 無常の顔ながらも、不機嫌そうな声音で言うランダに紅煉は裂けた口をさらに歪めた。口裂け女ならぬ口裂け獅子ってとこか? 

 

 紅煉が、パチンと指を鳴らす。すると近くの暗がりから、先ほど襲撃してきた黒い獣がわんさか出てきた。

 

「いきなりどっから出てきたかと思えば、そいつらお前のペットか」

「おう、〝黒炎〟ってえんだ……さあ、殺っちまいな」

「「「ガァアアアァア!」」」

 

 紅煉の命令を聞き、一斉に殺到してくる黒い獣改め、黒炎。さらにランダも殺気を鋭くして走り出した。

 

「おいおい、毎回迷宮は俺だけハードモードだな!」

 

 生存率ルナティックじゃんと思いつつ、アクノロギアのナイフとカーネイジで作ったナイフを両手に携えた。

 

 最初に飛んできた三体の黒炎を、まとめて伸びるカーネイジナイフで両断する。すると、その切断面から光が見えた。

 

 

 ピュン! 

 

 

 それは後ろにいた黒炎のバイザーから。甲高い音を立て、赤いレーザーが胸めがけて飛んでくる。

 

 瞬時に異空間からコブラボトルが装填済みのトランスチームガンを装備、ビームに向けて引き金を引く。

 

 

《STEAM BREAK! COBRA!》

 

 

 紫色のエネルギー蛇はビームを相殺し、黒鉛のバイザーを脳みそごと食いちぎって爆散した。

 

 爆死した仲間を踏み潰し、黒炎はなおも群がってくる。どうやら仲間意識なんてのナッシングみたいだ。

 

「チッ、この数じゃあチマチマやってもジリ貧か!」

 

 トランスチームガンとカーネイジナイフを放り投げる。そして胸の前で腕を組み、力を溜めた。

 

 

「「「ガァアアアァアァアアア!!!」」」

 

 

 そして、全ての黒炎が射程に入った瞬間──全方位に向けて、体内からカーネイジを放出した。

 

 先端の尖った矢尻のごときカーネイジの破片は、黒炎をまとめて屠っていく。結果、一回で半分以上を落とせた。

 

「セーフ、なんてな」

「本当にそう思うかい?」

「まさかまさか!」

 

 落ちる黒炎らの隙間を縫うようにして、傍に現れたランダの掌底をルインエボルバーで受け止める。

 

 絶対不壊の概念をかけられた女神の剣は、ステッキと違い確かに拳を受け止めた。至近距離で睨み合う俺たち。

 

「ちょうどいい、なんで神の使徒なんぞになったのか聞こうか?」

「それを聞く前に、君は死ぬよ。私に殺されてね」

「へえ、ならやってみてくれよ!」

 

 ルインエボルバーの切っ先を足でかち上げる。頸動脈を狙い突きを繰り出すが、剣の腹を肘で弾かれた。

 

 手の中から飛んでいくルインエボルバー、残るのは痺れる右手。構わずランダの回し蹴りが迫る。

 

 足のブーツに魔力を回して超硬化させ、ハイキックを繰り出して打ち払った。でも、一度で諦めるランダじゃない。

 

「シィィイー一!」

 

 

 ドンッ! 

 

 

 一回転して地に着いた右足が踏み込まれる。その衝撃でまた地面が大きく陥没し、部屋全体が揺れた。

 

 震脚の如き踏み込みから繋がるのは、怒涛の拳の乱舞。超速で繰り出されるそれは、まるで壁だ。

 

 瞬間移動で近づいてくるランダに同じ瞬間移動で逃げつつ、手首から力を抜いて、流水のような動きでそれを捌いていく。

 

 

 

 ゴッ! ガッ! ドゴァッ! 

 

 

 

「セァッ!」

「っ……!」

 

 でも残念なことに、いくら前世と同じ鍛え方にネビュラガスの力があれど、俺の紙耐久じゃいつまでもは持たない。

 

 なんとか自己再生で耐えてるものの、この数秒の攻防だけで6回くらい肘から先が粉砕骨折してる。

 

 反撃なんてできやしない。蹴りを出る前に払うのがせいぜい、つか黒炎の殲滅に使う百鬼夜行の制御でそれどころじゃねえし! 

 

「「キャハハハ! 殺戮(お遊戯)だ♪ 殺戮(お遊戯)だ♪」」

 

 黒炎たちを狩るのは双子姉妹。小さな身に釣り合わない巨大な包丁でどんどんバラバラにしていく。

 

 ほとんどの黒炎がそれで止められるが、いかんせん数が違いすぎるので何体かはこっちに抜けてきた。

 

「「「 ガァアアアァア!」」」

「邪魔だ!」

 

 カーネイジを鎌にして靴裏に装備し、バレリーナのように一回転する。

 

 それは黒炎の放つ電撃をそらし、ついでにランダの肩口に振り下ろした。が、あっさりと素手で掴まれる。

 

「捕まえたよ」

「そいつはどうかな?」

「……なに?」

 

 掴まれていた鎌が、グニャリと軟化する。次の瞬間、針の筵となってランダの手を貫いた。

 

「ぐ……!」

「捕まえたぜ?」

 

 体の向きを変えて取り付き、首に両足を絡めて異空間から出した鋼糸で両腕を動かない形に縛る。

 

「吹き飛びな!」

 

 鋼糸を握る手を大きく振り、全身運動でランダを遥か遠くに投げ飛ばす! 

 

 

 

ズドォンッ!!! 

 

 

 

「擬似ブラックホールフィニッシュ、なんつって……ま、どうせ効かないんだろうがな」

 

 着地して、足先に発生させた小型のブラックホールを消滅させてからランダを投げ飛ばした方を見る。

 

 

 ゴゴゴゴ……

 

 

 瓦礫とマグマ、そしてそのマグマから吹き出る蒸気で、よく見えない。一体あいつはどうなって──

 

 

 

 

 

 

 

 ──ゾッ。

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 突如、背中に悪寒。

 

 ほぼ反射的に体を捩った瞬間、ズドン! と衝撃が走った。

 

「がっ!?」

「残念。もう少しで心臓を潰せたのに」

 

 聞き覚えのある声に、自分の胸を見る。すると、血の滴り落ちる美しい手が剥き出しの肺を握りしめていた。

 

「ぐ、う、らぁっ!」

「っと」

 

 アクノロギアのナイフを振るうと、ランダはきっちり俺の片肺を潰してから一瞬で姿を消した。

 

 そしてすぐ目の前に空気から滲み出すように現れて、腰の後ろで手を組んで膝をついた俺を見下ろす。

 

「はぁっ、はぁっ……」

「どうだい? 私の毒は」

「ケッ、相変わらず、厄介だ、な……」

 

 まずい。欠損した肺と傷は治ったが、さっき爪先から毒を盛られた。全身を内側から蝕まれてるみたいだ。

 

 治癒魔法は効かない。こいつのは全ての毒の中で最上位のもの、それこそ()()()()()()()()治せない。

 

 ……わからなかった。並大抵の気配遮断なんてすぐに看破できるが、さっきのは本当に存在が消えたみたいだった。

 

「〝希釈〟。周囲の空間にある魔力に自分の魔力を浸透させることで存在を薄めさせる……私が使徒になった時、手に入れた力だよ」

「おいおい、教えちまっていいのか?」

「いいさ。どうせ君は、ここで殺すから」

 

 二度敵対する必要が、ないように。長く友人であったためか、言葉の裏に言外の意図を感じた。

 

 戦いを望んでるわけじゃない、か。なら何故……と言いたいところだが、そんなことを聞いて答えるほどこいつはバカじゃない。

 

「それじゃあ、終わりだ」

 

 血濡れた手が、振り上げられる。それは俺の首を狙う角度で、一撃で刈り取ろうとしているのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

「何も知らぬまま……安らかに死ぬといい」

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉とともに、ランダは手を振り下ろした。

 

「そいつは困ったな……まだショーは終わってないってのに」

 

 パチン。

 

 

 

 

 

 バギャッ!! 

 

 

 

 

 

「……なんだと?」

「おや、どうかしたか?」

 

 顔を上げ、凄まじい音を立てて滅茶苦茶に折れ曲がった自分の手に眉をひそめるランダに笑いかける。

 

 ランダがこちらを見て何かを言おうとした瞬間、地面を突き破って腐りかけの腕が咲き乱れ、足を掴んで動きを封じた。

 

「これは……!」

「さあ、ショータイムといこうか」

 

 パチン、と再び指を鳴らす。

 

 今度はもう片方の手が膨れ上がり、内側から破裂した。これにはランダも苦悶の声を漏らす。

 

 動きを止めた一瞬をついて、トランスチームガンを乱射。ランダは残った腕で弾をはじき返し、腕を引きちぎって飛び退いた。

 

「おっと、降りる場所には気をつけたほうがいいぜ?」

 

 ランダが着地したその時、重さを感じたマグマ爆弾が起動して地面ごと吹っ飛ばす。よろけてたたらを踏むランダ。

 

 だが、そこにも爆弾はある。呪いのこもった俺の血が内蔵された散弾が、ランダの白い肌を切り裂いた。

 

「くっ!」

「ほら、まだまだ行くぞ」

 

 両手で指を鳴らして、爆弾を危惧したランダが跳躍した空中に置いた重力の渦が落下。地面に叩きつけた。

 

 接触の瞬間に、腕を挟んで直撃を避けたランダ。が、落ちた地面が陥没したのと同時に極太の極光が天井に向けて吹き出した。

 

「ぐぁ……!?」

「巻き巻きしましょうねー」

 

 立とうとするランダを、鎖、鋼糸、魔物の皮を数種類合成して作った帯、計十個ほどの拘束具で動きを封じる。

 

 膝をあげて、重力球を支えるランダ歩み寄った。俺が見下ろし、ランダが見上げる。先程と反対だ。

 

「俺の手品はお気に召したかな?」

「……嫌という程、ね」

「いやー悪いね、この場所どこもかしこも罠だらけなんだわ。具体的にはあと20個くらい」

 

 話しながらも、拘束具や未だ見せぬ罠の制御は怠らない。油断すれば一瞬で脱出される。

 

「流石、だよ。戦いながら、ずっと準備、していたのか」

「俺の十八番は卑怯不意打ちだまし討ち、ってね」

「その様子だと、毒も、効いてないみたい、だね」

「この世界に来てから、もうちっと毒に詳しくなったんだよ」

 

 エボルト様々だ。あいつのおかげで獲得した技能で、ランダの毒の効果も話してる間に消すことができた。

 

 最初は動揺してたが、それで戦闘中にいつもの冷静なパフォーマンスができないかと言われたら否だ。

 

「……私とした、ことが、少し、手を抜きすぎた、かな。情け、なんて、一番ひどい、のに」

「あーっはっはっは!してやられたなぁランダ!」

 

 笑う声に、そちらを見る。

 

 ずっと観戦に徹していた紅煉は、大口を開けて爆笑していた。いかにもおかしいといった感じだねぇ。

 

「うるさい」

「まあ、手ェ抜いたおめぇのせいだ。だがいーい見世物だったぜぇ?」

「おろ、見てるだけか?」

 

 わかりやっすい挑発的に言う。すると紅煉は、もともと笑っていた口をさらに笑わせた。

 

「いいぜ、ちょうど気分が高まってきたとこだ」

「こちとらさっさとあいつらのとこ帰りたいんでね、早くしてくれると助かる」

「ハッハァ! 言うじゃねえか!」

 

 一気に接近し、最初と同じように腕を振るう。俺もまた、アクノロギアのナイフでその鋭い爪を受けた。

 

 そのまま、互いに獲物を押し込み合う。ランダとほぼ同等のパワー、カーネイジのパワーアシストがあってようやく同等か。

 

「俺のパワーに耐えるとは、やるじゃぁねえか!」

「鍛えてるんでね。退屈はさせないぜ?」

「面白え! 魂の方もさぞ喰い甲斐が──」

 

 そこで、紅煉が言葉を止めた。

 

 表情を狂笑で染めたまま、俺の顔を見下ろして赤い眼を見開いている。

 

「おいおい、いきなりだんまりとは感心しないな」

「……く、クククク、アーッハッハッハッハッハッハッハッ!」

 

 また、笑い出した。それどころか爪を引き、自分の目元を追おうと天井を仰いで笑い声をあげる。

 

 あまりにおかしいのか、笑いながら数歩分後ろによろけた。流石にこれには困惑しながらも、ナイフを構えて警戒する。

 

「何がそんなにおかしいってんだ?」

「何が? まさかテメェ、自分で気づいてねえのか? くっはははははは! こいつは傑作だぜぇ!」

「……気づいてない?」

 

 俺が一体何に気づいていないというんだ? 

 

 

 

 

 

 ドクン、ドクン、ドクン…………

 

 

 

 

 

 そう思いながらも、何故か鼓動が早まり始めた。これ以上、こいつの言葉を聞いてはいけない気がする。

 

 なのに、目を離せない。どうしてか今すぐ耳を塞いでしまいたいのに、笑い狂う紅煉声が意識を捉えて離さない。

 

「まあいい、気づいてねえなら俺が教えてやる」

「紅煉ッ!」

 

 ランダが叫ぶ。けれど紅煉は気にした様子もなく、その声を無視して顔を近づけてきた。

 

 その時、ふとランダの言葉が脳裏によぎった。目覚めた力、本当の君、何も知らないまま──

 

 ──まさか。いや、そんなはずはないと、無意識にその浮かんだ記憶を、可能性を消す。

 

「一体何を教えるって──」

「お前は、人間じゃねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………………………は? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、けれど。その予感は、悪くも当たってしまうのだ。

 

「何を、言っ、て…………」

 

 カランと、ナイフが手からこぼれ落ちる音が、やけに明瞭に聞こえた。俺は呆けて、紅煉を見る。

 

「お前は色んな存在(モン)練り固めて作った、ただの人形だ。さしずめ、どっかの神にでも作られたか? こんなおかしな魂は初めて見たぜ」

 

 こいつは、今、なんて言った。

 

 俺が、人形? 

 

 誰かに作られた、ただの人形って、言ったのか? 

 

 そんなはず、ない。俺は、あの女神様に転生させられた、かつて世界の殺意と呼ばれた──

 

 

 

 

 

 

 

ビキッ!!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

「ガッ!?」

 

 頭が、割れるように痛い。自重を支える感覚が一瞬遠のいて、よろけてなんとか踏みとどまる。

 

 痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

 なんだこれは、まるで、頭の中にあった、何かを塞きとめるものが壊れたみたいな……! 

 

 

 

 

 

 

 

 

『救えるのなら、苦しむ人々全てを助けられないのかと……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 誰かの声が、頭の中に響いた。

 

 視界が一瞬、荒野に染まる。そこで一人、鉄を打つ男が……

 

 これ、は、まるで、誰かの記憶が、流れ込んで──

 

 

 

 

 

 

 

『僕を、消さないで』

 

 

 

 

 

 

 

『この憎悪は止まらない!』

 

 

 

 

 

 

 

『俺は俺のやり方で、葛城拓海を超える!』

 

 

 

 

 

 

 

『憎い、憎いぞォ……!』

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ、ああ、ああああ」

 

 溢れて、溢れて、溢れ出して。

 

 そしてそれを()()()()()、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コワレタ




読んでいただき、ありがとうございます。
次回から火曜日、木曜日、日曜日の昼か夜の12時に投稿するようにします。
……さすがにこの回反応ないと心折れる。


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襲来せし魔人族

二週間ぶりくらい?です。
今回はすぐに、次の話は前回の通り12時に投稿されます。二本立てです。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「一体今のはなんだ!?」

 

 シュウジの消えていった穴を見て、狼狽した声を上げるハジメ。

 

「……何かが、いた?」

「な、何かって?」

「わからない。私でも、見えなかった」

「獣の咆哮のようなものが聞こえたのう」

「そんなことより、シューが!」

 

 ユエ達も困惑して、互いの顔を見合わせる。ハジメを含め、誰も敵の姿が見えなかったのだ。

 

 気がつけばシュウジが消え、壁に穴が空いた。あまりに意味不明な事態に、流石に動揺を隠しきれていない。

 

「私の龍の目でも捉えられない速さだと……いや、まさかそんな……」

 

 一方、心当たりのあるルイネは口元を隠して、誰にも聞こえない声で呟く。

 

 シュウジにすら事前に気配を悟らせなかった技量、凄まじい神速に受け止めきれないほどの力……頭の中に一人の顔が浮かぶ。

 

 まさか、あり得るはずがない。そう思うも、あらゆるものを疑う暗殺者としての思考が頭の隅にとどめておく。

 

「……とにかく、早くあいつのところに行こう」

 

 感知系の技能を発生させながら、周囲を見渡す。

 

 マグマ蛇は……出てこない。天井を見ると、全ての鉱石が残らず輝いている。試練クリアの証拠だ。

 

 どうやら、何かに連れ去られる寸前にきっちり倒していたらしい。相変わらず抜け目がない、と笑った。

 

「試練は終わってるな。解放者の住処は後回しにして、シュウジを──」

 

 シュウジを追いかけるために、フィーラーに頼もうとした──瞬間。

 

 

 

 

 

 ズドォオオオオオオオオ!!!!

 

 

 

 

 

 突如、頭上より極光が降り注いだ。

 

「チィッ!」

「くっ!」

 

 いち早く気づいたルイネとハジメ。ルイネが両手を広げ、背から竜の翼を広げるとユエたちを守るように包み込む。

 

 刹那の瞬間にそれを見たハジメは、シアが使っていた重力盤と同じものを宝物庫から取り出して極光に飛ぶ。

 

 そして、極光に向けて義手を掲げてエ・リヒトを展開した。

 

「ぐ、おおぉおおおおおおおお!!!」

 

 自分を飲み込まんとする極光に、背後にいるユエたちを守るため全力で魔力を回してエ・リヒトを展開し続ける。

 

「ハジメ殿!」

 

 そこにルイネが生成した溶岩の剣が加わり、なんとか持ちこたえていたが……長くは続かなかった。

 

 

 バキッ!

 

 

 流れ込む魔力量が多すぎて、エ・リヒトの内臓パーツが音を立てて破砕したのだ。思わず目を見開くハジメ。

 

「しまっ──!」

 

 その言葉を最後に、溶岩の剣を消し去った極光にハジメは飲み込まれた。

 

「は、ハジメェッ!!!」

「ユエさん、ダメ!」

 

 ユエが叫び、手を伸ばす。ハジメに向かって魔法で飛ぼうとして、雫が直前で抑えた。

 

 これまでの旅の中で初めてと言っていいほどの絶叫にシアたちは驚いた。極光はそんなことおかまいなしに、こちらに直進する。

 

 

 

 

 

ゴァアアアアアアアア!!!!!

 

 

 

 

 

 だが、みすみす主人の仲間を殺させるようなフィーラーではない。

 

 雄叫びをあげ、首をもたげる。マグマの中より現れるのは、尖った頭と大きく見開かれた10対の赤い瞳。

 

 

 カッ!!!

 

 

 フィーラーは大きく口を開くと、暗黒の奔流を解き放った。それは極光と相反する、全てを塗り潰す闇。

 

 奔流は拮抗し、白と黒の光が激しくぶつかり合う。フィーラーは体内にあるエネルギー生成器官をフル稼働させた。

 

 

 

 シュゥウウ…………

 

 

 

 やがて、極光と奔流は相殺しあって消滅した。その中間ほどから、黒い人影がフィーラーめがけて落ちてくる。

 

 その人影の正体は、ハジメ。どうやら気絶しているようで、自ら体を支えることなく重力のままに落下する。

 

「〝来翔〟!」

 

 ユエが魔法を行使して、背中から落ちるハジメを支えた。瞬時にフィーラーが鱗を開いて、触手を飛ばす。

 

 追撃が来る前に触手はハジメを回収し、広場にそっと寝かせた。ユエたちがハジメに走り寄る。

 

「ハジメ!ハジメ!」

「ハジメ……!」

「ハジメさん!しっかりしてください!」

「落ち着け!あまり揺らすと患部に障る!」

 

 必死に体を揺らす三人を押しのけ、ハジメの状態を分析するルイネ。

 

 全身に重度の火傷、頭部に裂傷、義手は大幅に破損。特別製の服は焼け焦げ、特にエ・リヒトに近い左半身が酷い。

 

「まずいな。正妻殿、手伝ってくれ」

「ええ」

 

 ルイネはすぐに生命力を活性化させる龍の血を調合した回復薬を取り出すと、雫がそっと頭を上げて飲ませる。

 

「んぐ…………ごく」

「よし、飲んだな。ユエ、〝神水〟をくれ」

「んっ!」

 

 既に取り出していた神水を突き出すユエ、受け取ったルイネはハジメに飲ませる。が、回復は遅い。

 

「毒素か、それも特殊な……!」

「っ! 上じゃ!」

 

 歯噛みするルイネを見ていたティオは、ふと上空に寒気を感じて警戒を飛ばす。

 

 全員が同時に見上げると、先ほどの縮小版のような極光が無数に降り注ぐ様がありありと視界に浮かび上がった。

 

 追い打ちを予想してルイネが張っておいた簡易結界は虚しくも消し飛ばされ、流星のごとく極光が降り注ぐ。

 

 

 

 ゴァアアアア!!!!!

 

 

 

 二度、フィーラーが吼える。

 

 雄叫びとともに全身から立ち上った魔力は、予め使用を許されていた広場の結界を起動させた。

 

 フィーラーの力で作られた結界が、極光の雨を受け止める。強大な魔力はしっかりとユエたちを守った。

 

 誰もが固唾を呑んで見守る中──ウサギが前に出た。

 

「ありがと、フィーちゃん──後は私がやる」

 

 

 

 バチッ!

 

 

 

 ウサギの体に、桃色の雷が走る。

 

 雷は瞬く間にウサギの全身に伝播し、次いで肌の内側から血管のように回路が現れた。

 

 光の筋は、胸の中心に収束していき──月の紋章が浮かび上がる。その瞬間、さらに強く輝いた。

 

月の小函(ムーンセル)起動、出力限界:第一段階解放」

 

 桃源の月は輝き、ストッパーがかけられていたウサギの身体能力のリミッターを一つ解除する。

 

 右腕のガントレットが弾け、荒れ狂う桃色の雷を握りしめたウサギは、半身を引いて深く、深く息を吐き出した。

 

 

 

 

 

「出力65%──《兎貫(とっかん)》」

 

 

 

 

 

 〝それ〟を使うことを察知して、フィーラーが結界を消した瞬間──ヒュ、と正拳突きを繰り出す。

 

 

 

 

 

パァン!!!

 

 

 

 

 

 まっすぐに飛翔した雷が、極光を全て搔き消す。余波で激しく剛風が吹き、マグマの海がゴウゴウと荒れ狂った。

 

 それだけではない。唖然として、ユエたちが天井を見上げると──そこには、どこまで続くともわからない、大穴が空いている。

 

「ふ…………疲れた」

 

 後ろで見ていた全員が唖然とする中、膝をつくウサギの体から光が霧散した。

 

「す、すごいです!」

「この世界に来てからいろんなもの見たけど、驚かない時がないわ……」

「これが、月の小函(ムーンセル)の力か……」

 

 

 月の小函(ムーンセル)

 

 

 それは満月の夜、魔力の凝縮体である〝神結晶〟が突然変異したものであり、自発的に魔力を生成し続ける奇跡の石。

 

 そこから生み出される無限の魔力を力に変えて、生成魔法で自分に()()()()。それが、ウサギの能力だ。

 

「我が竜のブレスを受けて消滅しないあの男にばかり注目していたが、なんという力だ。貴様も危険だな」

 

 危機を脱したと少し安堵するユエたちに、頭上からこわばった男の声がかけられる。

 

「やはり待ち伏せしていて正解だったか……よもや灰竜のブレスの掃射を消し飛ばそうとはな」

 

 その男は、魔人族だった。浅黒い肌に黒い鎧、対照的に十メートルほどの白い竜の背にまたがっている。

 

 周りには同じようなフォルムの灰色の竜が夥しい数付き従い、あれから極光が放たれたと悟った。

 

「貴様ら、一体何者だ?特にそこの兎人族の女、貴様はどのような神代魔法を習得している?」

「おいおい、うちのウサギに名乗りもせず質問の嵐とは……随分と舐めた真似してくれるな」

 

 その声に、男の黄金の眼が見開かれる。ユエたちが振り返ると……そこには上半身をもたげたハジメの姿があった。

 

「ハジメ!」

「ご主人様!」

「ハジメ……う」

「ウサギさん、そんなにすぐ動いたら!」

「……ごめん、シア」

 

 ユエとティオが駆け寄り、ウサギに肩を貸してシアが後を追いかける。残ったルイネは男を睨みあげた。

 

「貴様……凄まじい生命力だ。報告通り、看過できない実力と見える」

「マスターの親友の名は伊達では無いということだ……それよりも。私としても、貴様の名は知りたいところだ」

 

 溶岩に向けて手の平をかざし、剣を形作って男に切っ先を向ける。しかし、男は鼻を鳴らすのみ。

 

「これから死にゆく者に名乗る必要があるとは思えないが?」

「辛辣なことだ……それよりも、仲間は元気か?」

 

 ピクリ、と眉を動かす男。ルイネは未だ動けないハジメをかばうように前に出て、不敵に笑った。

 

 仲間とは、ウルの街にて清水を殺そうとした魔人である。あの時ルイネは逃したが、それだけではない。

 

 咄嗟に逃走防止用の罠を使い、片腕と片足を切り飛ばした。そのことをルイネは男に言ったのだ。

 

 男の言葉や今の反応から、仲間なのは間違いないようである。

 

「……やはり気が変わった、貴様らには私の名を教えてやろう。我が名はフリード・バグアー、異教徒どもに神罰を下す忠実なる神の使徒。この名を心に刻め」

「神の使徒、ね……随分ご立派な肩書きだ」

 

 ルイネが何かを返そうとした時、ハジメがユエとティオに支えられて隣に並んだ。

 

「ハジメ殿、平気なのか?」

「ああ、ちと痛むがな……で、フリードって言ったっけか。お前がそう名乗るのは神代魔法を持ってるからか?」

「いかにも。神代の力を手に入れた私に〝アルヴ様〟は直接語りかけて下さった、〝我が使徒〟と。故に、私は、己の全てを賭けて主の望みを叶える。その障碍と成りうる貴様等の存在を、私は全力で否定する」

 

 自慢げに話すフリードは、〝アルヴ〟とやらに選ばれたことがよほど誇りらしい。ルイネはしっかりとその名を記憶しておく。

 

 その横で〝魔力変換〟の派生技能〝治癒力〟で回復に努めていたハジメは、フリードの言葉に歯を剥いて笑った。

 

「なら、俺もお前を否定しよう。俺の前に立つならばお前は敵だ、つまり……殺す!」

 

 

 ドパンッ!

 

 

 負傷などなんのそのと、いつもと変わらぬ勢いでドンナーから放たれた一条の赤い光。

 

 

 ガンッ!

 

 

 弾丸は、フリードに迫る途中で、割り込んだ灰竜の纏う結界に妨げられた。

 

「馬鹿め、その魔物の結界はそうやすやすと──っ!?」

「そいつはどうかな?」

 

 弾かれるかと思われた弾丸は、しかしフリードの野草を裏切り灰竜に張り付いた亀を貫き、絶命させる。

 

 こういうこともあろうかと、事前に貫通力を高めるタカフルボトルを装填して威力を上げておいたのだ。

 

「まさか結界を粉砕するとは……ますます油断ならぬ男、私ももう一つの大いなる力を使うとしよう!」

 

 どこからか複雑な魔法陣の描かれた大きな布を取り出し、詠唱を始めるフリード。それを守るように灰竜が集まって結界を張った。

 

「チッ、神代魔法を使う気か」

「私が仕掛けよう。皆はハジメ殿とともに援護してくれ」

「……わかった。任せる」

 

 まだ半分ほど傷が治っていないハジメは自分とルイネとの今の戦闘力を鑑みて頷き、次いでユエたちも首肯する。

 

 それを確認して、ハザードトリガーのボタンを押し、ボトルをドラゴンに挿入するとドライバーに差し込むルイネ。

 

 

《グレートクローズドラゴンッ!》

 

 

「変身」

 

 

《ウェィクアップブラッドッ! ゲットディザスタードラゴン! ブラブラブラブラブラァ!〈ヤベーイ!〉》

 

 

 ブラッドに変身したルイネは、そのまま念動力で灰竜……そしてその後ろのフリードに飛翔していった。

 

 ハジメがその後ろから銃器を、雫が刀を、ユエとティオは魔法を、シアとウサギはそれぞれドリュッケンと拳を構える。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、激しい戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟という限られた空間の中で、上空と地上、その両方から凄まじい攻撃の応酬が互いに向けて放たれる。

 

 先ほどの試練がまるで児戯だったかのような争いは溶岩の海を揺らし、岩壁を粉砕し、空気を震わせた。

 

「ハァッ!」

 

 ブラッドの放った糸状のエネルギーが空間を走り、灰竜の前に展開された結界の隙間を通り抜ける。

 

 三角形が組み合わさったような形の結界は、その間のごく微細な穴を通ることを許し糸が亀に絡みついた。

 

「ふっ!」

 

 捉えたならば、あとは引き剥がすのみ。指を引き、灰竜から亀が強制的に離された。

 

 

 ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 

 

 宙を舞う亀たちを襲うのは、天へと昇る赤い流星群。それは堅牢な甲羅を食い破り、命を貪る。

 

 一度で終わらず、絶え間なく赤い光……弾丸を、放つのはフィーラーをデフォルメした分体が飛ばす、空中の広場に立つハジメだ。

 

 

 

オォオオオ!

 

 

 

 フィーラーとて、ただ見ているだけではない。全身各所の鱗を開き、内側から伸びる触手からビームを放って灰竜を殺している。

 

「一気に……叩くですぅ!」

「シッ……!」

 

 無防備になった灰竜に、馬鹿げた身体能力で壁を蹴り、弾丸のごとく跳んだ二人の兎の一撃が叩き込まれた。

 

 魔力を衝撃に変換したドリュッケンの広範囲攻撃で灰竜の鱗を軒並み破壊し、ウサギの手刀が左右に両断する。

 

「〝風刃〟!」

「〝雷龍〟!」

 

 三人の連携によって開いた穴に放たれるは、ユエとティオの魔法。

 

 龍シリーズでも速度の速い〝雷龍〟と、ブーメラン状にした〝風刃〟が内側から灰竜たちを切り裂き、食い破っていく。

 

「グルァアアア!」

「させないわ」

 

 魔法組二人を狙う灰竜に、流麗な声がかけられた。

 

 極光を吐き出そうとしていた灰竜たちが口を閉じて見上げると──そこには空中で構えをとった、剣の乙女が。

 

 

 

 

 

「八重樫流〝亜流〟奥義──《音断(オトタチ)》」

 

 

 

 

 

 解き放たれる一閃。世界そのものがズレたと錯覚するほどの一撃が、灰竜たちの首をまとめて切り捨てた。

 

 一拍遅れて、竜らの首が落ちる。残る体もマグマの海に墜落していき、それを見て雫は重力盤を操り次の獲物に向かった。

 

 そうして熟達されたチームワークで灰竜たちは瞬く間に数を減らしていき、ほとんどの結界がなくなった時。

 

「〝界穿〟!」

 

 いよいよ、フリードの魔法が発動した。

 

 フリードのそばに光り輝く膜のようなものが出現し、フリードは白竜とともにそれに飛び込む。

 

「っ!ハジメさん!後ろです!」

 

 〝未来視〟でフリードの行方を知ったシアは、灰竜の頭を粉砕しながらハジメに向けて叫んだ。

 

 ハジメが振り返った時、言葉通りそこにはフリードがいた。そして、開かれた白竜の口には極光が集まっている。

 

「放て!」

 

 フリードの命令を受け、白竜は臨界に達したブレスを解き放った──!

 

「二度も受けると思うか?」

 

 ──が、そんなフリードと白竜に向けられたのは、ほとんど外傷の治ったハジメの不敵な笑み。

 

 フリードの見開かれた目に、いつの間にか義手と付け替えられた赤と黒で彩られた異形の左腕が映る。

 

 広げられた掌には超小型のブラックホールが開いており、そこに白竜の極光が残らず飲み込まれていった。

 

「しまっ!」

「そっくりお返しするぜ!」

 

 極光を飲み込んだブラックホールが閉じ、勢いよく握り込まれた異形の拳にドス黒いオーラが宿る。

 

「オラァァアッ!」

「ゴハァッ!?」

 

 極光のエネルギーを変換した一撃が、フリードの横っ面に突き刺さった。ハジメは腕を振りぬき、白竜の上から吹っ飛ばす。

 

 

 ゴァ!?

 

 

「よそ見をしていていいのか?」

 

 

《READY GO!》

 

 

 消えた主人に驚く白竜。そんな彼に、背後に瞬間移動したブラッドの赤いエネルギーが凝縮した右足が迫る。

 

 

 ガァ!?

 

 

「遅い!」

 

 

《〈ハザードフィニッシュ!〉グレェートドラゴニック フィニーッシュ!》

 

 

 まるでフリードの焼き直しをするように、振り返った白竜の顔面にブラッドの回し蹴りが叩き込まれた。

 

 かつてミレディをも屠った蹴撃は、白竜をフリードが飛んで行ったのと同じ方向に飛ばし、大爆発を引き起こす。

 

 

 

 ドッガァアアアアアン!

 

 

 

「へっ、どんな、もんだ……ぐっ」

「ハジメ殿!」

 

 左腕を抑えて膝をつくハジメ。ブラッドが歩み寄って袖をまくると、生身との接合部が焼け焦げていた。

 

「チッ、負傷した状態でこれはまずかったか」

「無茶をする。だがいい一撃だった……っ!」

 

 言葉の途中で、何かに気づいてフリードたちを飛ばした方を見るブラッド。

 

 その瞬間、爆炎の中から白竜が飛び立った。そして天井近くまで飛翔し、最初のようにハジメたちを見下ろす。

 

「……まさか、読まれていたとはな。これで最初の不意打ちがなかったら、そのまま殺されていたのは私だったか」

 

 

 グルルル……

 

 

 魔の名を持つ主従は、どちらも深い傷を負っていた。

 

 頬に大きな傷のついたフリードは口の端から血を流し、白竜はブラッドの必殺技で首の付け根まで裂傷が走っている。

 

「これで……ラスト!」

「出力10%!」

「〝壊劫〟!」

「ふんっ!」

 

 

 ゴァアアアアアァアアアアア!!!

 

 

 二対の黄金の眼が鋭くハジメとブラッドを見下ろしていると、ユエたちがいよいよ灰竜を殲滅した。

 

 そうするとハジメたちの元に戻り、さらにフィーラーまでもがマグマより飛び上がって合流する。

 

「どうする?まだ俺たちはやれるぞ」

「凄まじい戦闘意欲。いや、生き延びる意思、か……仕方があるまい、ここは──!」

 

 そして、フリードが何かをしようと手元に何かを構える。

 

 

 

 

 

 

 

ドッガァアァアアァン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 その時、突然ある場所の壁が内側から吹き飛んだ。

 

 驚いて全員がそちらを振り向くと、先ほどシュウジが連れ去られた穴のすぐそばに、その5倍はある大穴が開いていた。

 

 

 

「くっ!」

「チィッ!」

 

 

 

 穴から跳ぶように出てきたのは、二人の獣。一人は人型、もう一つはその名の通り、大きな獣の姿をしたもの。

 

 ランダと、紅煉だった。突如洞窟に現れた二人を見て、ハジメたちもフリードも驚いて息を飲む。

 

「あの方々は、キルバス様と同じ!」

「キルバス……?それって、あの時オルクスで襲ってきた……」

 

 聞き覚えのある名前に、雫が言葉をこぼす。やはり、魔人族はあの恐ろしい怪物と繋がっているようだ。

 

 あの時一度ネルファを殺した人、の姿をした人ならざるもの。その狂笑を幻視して、思わず身震いする。

 

「あいつ、確か樹海で見た……」

「ランダ様……くっ、やはりか……」

 

 一方、ハジメは見覚えのあるランダに眉をひそめて……どこか予想していたルイネは、仮面の下で歯噛みする。

 

 皆それぞれが違う思いを秘めて見つめるが……ランダと紅煉は、微動だにせず自分たちの出てきた穴を見ていた。

 

「なんだ、様子がおかしいぞ」

「まるで、何かを警戒しているような……」

 

 その様子に、三人は首をかしげる。最初は驚いていたユエたちも顔を見合わせると不思議そうにした。

 

 両者の間に奇妙な静寂が広がっていると、穴の向こうから足音が響く。その足取りはこちらに向いていた。

 

 新手かと、警戒して穴を見て……そこから出てきたものに、目を見開く。

 

 

 

「……………………」

「……シュウジ?」

 

 

 

 左右によろけながら、穴の中から姿を現したのは……シュウジだった。




前書きのいつものは、しばらくないかもです。
感想をいただけると励みになります。


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謎の男

引き続きの投稿です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

「シュー!」

 

 ようやく無事が確認できた恋人に、雫が真っ先に反応して身を乗り出した。

 

「待て、何かがおかしい」

「え?」

 

 それを制したのはハジメ。半ば蕩けた左腕を飛び出そうとした雫の前に差し込んで、進行を阻む。

 

 まるで敵を見るときと同じように、鋭い隻眼でシュウジを睨みつけるハジメを見て、雫はもう一度様子を見た。

 

「………………」

 

 シュウジは、無言で穴の出口に佇んでいる。両腕は垂れ下がり、帽子と前髪に隠れて目は見えない。

 

 纏う雰囲気は異常なほどに静かで……まるで、無機質な()()だ。あんな様子はオルクスでの一件以来である。

 

「シュー……?」

「………………ぁ」

 

 雫の呟くような呼び声に、シュウジがピクリと、体を揺らした。

 

 そして、それまでうつむかせていた顔を上げて──ようやく露わになった目に、ハジメたちは息を呑む。

 

「あいつ、目が……っ!?」

「何、あれ……!?」

 

 シュウジの瞳には、無数の亀裂が入っていた。そこにステンドグラスのごとく、様々な色が同居している。

 

 錆色、金色、赤色、黒、白、灰色……不気味に、されど鮮烈に輝く七色の目を歪めて、シュウジはハジメたちに手を伸ばした。

 

「し…………ズく……………………ハじ……メ………………」

「……っ!」

「シュー!」

「ダメだ!今彼に近づいてはいけない!」

 

 あまりに悲痛な声に、一瞬体の痛みを忘れたハジメと、無意識に刀を取り落とした雫が一歩踏み出した。

 

 思わずといった様子の少年と少女に、それまでずっとシュウジから目線を離さなかったランダが叫んだ──その時。

 

「がっ!?」

 

 先ほどより強く、シュウジが激しく体を震わせた。一歩後ろに後退し、その場で崩れ落ちて膝をつく。

 

 そうすると伸ばしていた手と、もう一方の手で頭を抱えた。頭が痛むのか、低く唸り声を漏らし始める。

 

「シュー!?どうしたの、シュー!」

「おい、お前ら!シュウジに何をしたッ!」

 

 金切り声をあげる雫に、ハジメが怒りと殺意が混ざった目をランダたちに向ける。

 

 その疑問にランダが答える前に──シュウジが、決壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カッ!!!

 

 

 天に向けて吼えた瞬間、シュウジの額が光り輝く。そこから青白い雷光が発生し、洞窟中に解き放たれた。

 

 それは絶大な力を持って壁にや天井に大きな穴を開け、本来それ以上の力を持つマグマをも焼き焦がしていく。

 

「くっ!一体なんだというのだ!」

「チッ、また……!」

「こいつは敵わねえ!」

 

 全てを破壊せんと駆け巡る雷光にフリードは白竜に命じて旋回し、獣たちは岩から飛び退って避ける。

 

 無論、ハジメたちも例外ではない。雷光の一筋が結界維持装置に当たって破壊し、広場の上に遠慮なく降り注いだ。

 

「これっ、私の雷龍以上の……!」

「ぬう……!?」

 

 ユエが〝リヒト〟を、ティオが風の壁を作るもまったく効果はない。全力で魔力を使い、何度も結界を張り直す。

 

「きゃぁああぁあ!」

「シア!」

 

 特大の雷光が眼前に落ち、広場から吹き飛びかけたシアの足をウサギが掴んで引き戻す。あと少し遅かったら死んでいただろう。

 

「あ…………」

「雫っ!」

 

 ショックで動けない雫の前に雷光の一本が迫り、ルイネが瞬間移動して前に立った。そしてその身を呈して庇う。

 

 背中に直撃した雷光は、マントを一瞬で焼き焦がし、ブラッドの装甲などお構い無しにルイネの全身を痛めつけた。

 

「ぐぁあああぁあああああっ!!???」

 

 悲鳴をあげるルイネ。やがて雷光が消え、限界を超えたダメージが蓄積されたため自動的に変身が解除される。

 

 装甲が粒子化し、全身にやけどを負ったルイネは倒れた。そこでやっと我を取り戻して、雫が受け止める。

 

「かはっ……まさか、私ですら耐えられないほどの、力……げぼっ……!」

「ルイネさん!」

 

 悲鳴に近い声をあげる雫は、なるべく傷を刺激しないようにルイネを寝かせる。

 

「ルイネさん!しっかりして!」

「こふっ……無事か…………雫殿…………」

「ごめんなさいっ、私が、私がしっかりしてないから!」

「いいさ…………同じ人を愛する仲だ…………守るのは……とう……ぜん…………………………」

「……ルイネ、さん? ルイネさん、ルイネさんっ!」

 

 そこで、ルイネの意識は途切れた。雫は目を見開いて何度も呼びかけるが、ルイネが意識を取り戻す気配はない。

 

 その様を見て、必死にローリングして雷光をかわしていたハジメは盛大に舌打ちすると、シュウジの方を振り向く。

 

「ちくしょう、なにがどうなってんだよ、シュウジぃ!」

「あぁああああああああああぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」

 

 ハジメの疑問に、シュウジは答えない。ただ絶叫して、雷光を敵味方問わず無差別に放つだけだ。

 

「紅煉、ここは一旦引くよ!」

「そいつぁ良い案だ!」

「あっ、おい、待ちやがれ!」

 

 地獄といって差し支えない状況の中、元凶と思しきランダと紅煉は虚空に開いた歪みのようなものに飛び込んでいった。

 

 ハジメがドンナーを撃つが、コンマ数秒の差で歪みは閉じてしまった。そのまま飛ぶ弾丸は雷光に当たって消し炭になる。

 

 もう一度大きく舌打ちをしたハジメはドンナーをホルスターに叩きつけるように入れ、なんとか雫たちに近づく。

 

「ルイネさん!ルイネさん!」

「八重樫、どけ!」

 

 縋り付くように泣き腫らす雫を押しのけて、ルイネの頭を傾けて残り少ない神水を飲ませる。

 

 さすがは龍人と言うべきか、気絶してなおルイネはしっかりと薬を飲んだ。すぐに効果が発揮され、みるみるうちに傷が癒える。

 

「これでなんとか大丈夫なはずだ」

「よ、よかった……」

「ええい、鬱陶しい!」

 

 二人がホッとしたのも束の間、いまいましげなフリードの声が響く。

 

 上空を見ると、必死に雷光から逃げていたフリードがシュウジを睨み下ろして殺気を発していた。

 

「何やら様子がおかしいようだが、ここで最重要人物の一人を始末するチャンス!やれ!」

 

 

 オオォオン!

 

 

 フリードの命令に従い、白竜が雷光を避けながら口元にエネルギーを貯め始めた。あの極光を吐くつもりだ。

 

 不味いとハジメがシュウジの方に重力盤で向かおうとするが、宝物庫から取り出した瞬間タイミング悪く雷光が直撃した。

 

「ぐわっ!?」

「南雲くん!」

「平気だ!」

 

 叫びかえしながら、何もできない自分を恨めしく思うハジメ。上空を飛び回るフリードに視線を戻し、突破口がないか探る。

 

 しかし、ハジメが何かを思いつく前に白竜の準備が終わった。白竜はシュウジに急接近し、極光を解き放とうとする。

 

「消えるがいい!」

 

 いよいよ、白竜の顎門からシュウジに向けて極光が吐き出され……

 

 

 ズガンッ!!!

 

 

 しかし、寸前でそれを止めたのはシュウジの後ろ腰から生えてきた、紫色の百足のような触手だった。

 

 触手は白竜の頭に絡みつき、脈動しながら先ほどのハジメがそうしたように極光を瞬く間に喰らい尽くしてしまう。

 

「何ィ!?」

「あああああぁあぁああああああああああああああああぁっ!!!」

 

 ネルファの赫子にも似たそれは、シュウジの叫びに呼応するように白竜の頭を掴んで地面に叩きつけた。

 

 尋常でない力を持つ百足触手は何度も何度も白竜とフリードをそこら中に叩きつけると、遥か遠くに投げ飛ばした。

 

「ぐわぁあああああああ!」

 

 

 オォオオオン!?

 

 

 悲鳴を木霊させながら飛んでいったフリードたちは、遠くの壁にぶつかる粉砕音を最後に沈黙したのだった。

 

「何がしたかったんだあいつ……って、今はそれどころじゃねえ!おいシュウジ!やめろ!」

「シュー!私たちがわからないの!?」

「シュウジ!」

「シュウジさん!」

 

 皆で呼びかけるが、シュウジは叫ぶのみ。タガが外れたように雷光を降らせ、さらに触手までも癇癪を起こしたように暴れさせた。

 

 既にフリードとの戦闘で相当なダメージを受けているハジメたちは、シュウジの謎の力に防御体制を取るしかない。

 

 

 オォオオオオオオオ……

 

 

 唯一無傷のフィーラーも、暴走しているとはいえ主人に手を出すこともできず、溶岩の中で悲しげに鳴くだけだった。

 

「……っ! ハジメ、まずい!」

 

 シュウジの暴走を耐えることしばらく、不意にあることに気づいてウサギが叫ぶ。

 

「どうしたウサギ!」

「今の雷光で、要石が!」

 

 要石と聞いて、まさかとハジメは顔を強張らせた。

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!! ゴバッ!!! ズドォン!!

 

 

 

 突如として、マグマの海が荒れ始めた。嵐の海のようにそこら中に大波が立ち、マグマの柱が吹き上がる。

 

 このグリューエン大火山のマグマは、解放者の設置した要石で流れを操っていた。それが雷光の一つで壊れたのだ。

 

 体内にムーンセルという超エネルギー機関を抱えるウサギは、いち早くマグマエネルギーの変動に気がついた。

 

「南雲くん、このままじゃマグマの海に沈むことになるわよ!」

「わかってる!ちくしょう、絶体絶命か!」

 

 最悪フィーラーの口の中に入れば助かるが、あそこで暴走しているシュウジを置いていくわけにもいかない。

 

 こんなとき頼りになるルイネは倒れ、ユエとティオの魔力もゴリゴリと削れていく中、ハジメはこれまでにないほど焦った。

 

「おのれ、この私にここまでの屈辱を味あわせるとは!」

 

 危険極まっている状況の中、三度フリードと白竜が現れた。色々と勘弁してほしいと思いながら、ハジメたちは見上げる。

 

「南雲ハジメ、そしてその仲間たち!今日のところは撤退させてもらう!もしこの地獄から生き延びられれば、再び相見えることもあるだろう!」

 

 そう言うと、フリードは首に下げたペンダントを天井に掲げた。すると天井に亀裂が走り、左右に開き始める。

 

 数秒ほどして頂上までいくつかの扉が開いて、攻略の証を用いたショートカットが開通した。

 

 フリードは最後にもう一度、ハジメ達を睥睨すると、踵を返して白竜と共に天井の通路へと消えていった。

 

「言いたいことだけ言って帰りやがったな、フリードのやつ……」

「あぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁあああぁあああぁぁぁぁああああああああああああああああッ!!!!!」

 

 

 ブォオン!

 

 

「くっ!」

 

 

 突然降ってきた触手を避け、ハジメは一旦フリードのことを忘れて現状の打開に思考を戻そうとする。

 

 

 

 

 

ヴヴゥゥウゥゥ…………

 

 

 

 

 

 そんな時だった。後方から、奇妙な音が聞こえてきたのは。

 

「……なんだ?」

「これ、どこかで……」

 

 ハジメが、他のメンバーもその音に後ろを振り返る。そこにはここに入ってくる時に使った縦穴がある。

 

 全員が注視する中、縦穴の中からと思しき音は大きくなっていき……やがて、上方から一筋の光がマグマに落ちた。

 

「今度はどんな厄介ごとだ!?これ以上は無理だぞ!」

「南雲くん、私の後ろに!」

 

 かなり限界がきているハジメの前に刀を拾った雫が立ち、構えをとって謎の光に混乱した心を尖らせる。

 

 

 ヴゥヴヴヴヴヴ!

 

 

 どんどん音と光は強くなっていき、ついに〝それ〟は縦穴を下りきり──ハジメたちの前に、姿を現した。

 

「…………はっ?」

「…………え?」

 

 その時のハジメたちのリアクションは、唖然と言うしかないだろう。ぽかんと口をあけ、〝それ〟を凝視する。

 

「ね、ねえ、南雲くん、私の見間違いじゃなければ、あれ、あれって」

 

 狼狽して肩を揺する雫に、ハジメは止まりかけていた息を吸って、それから叫んだ。

 

「バイク、だとッ!?」

 

 そう。

 

 豪快にエンジン音を立てて、溶岩の上をこちらに向けて突っ走ってくるのは──バイクだった。

 

「ええぇぇえっ!?ちょ、なんですかあれぇ!?」

「バイクが、マグマの上を走ってる……!?」

「ユエ!冗談言っとらんでちゃんと結界を張ってくれ!シュウジ殿の雷光が強まってきた!」

「冗談、じゃない!見て!」

「うごっ!?ちょ、ウサギ、いきなり首捻るのはってなんじゃあれはっ!?」

 

 あまりにも意外すぎる登場物に騒いでいるうちに、バイクは岩を使ってドリフト。足場に向けて跳躍した。

 

 そのままドスン!と音を立てながら着地して、尚も勢いはとどまることを知らず、数周してから停止する。

 

 

 

「ふぅ……老いぼれには、火山でのツーリングは堪えるな」

 

 

 

 呆然とするハジメたちの目の前で、バイクの上にいた男がそうひとりごちる。

 

「よっこらせ、と」

 

 ハンドルを回転させてエンジンを切ると、スタンドを立ててバイクを停め、座席から降りた。

 

 そして振り返る。そうすると順に帽子の下に光る鋭い赤眼でハジメたちの顔を見て、最後に叫ぶシュウジに目線を向ける。

 

「あぁあああああああああああああああぁぁああああああっ!」

「…………やはり、こうなったか」

 

 暴走するシュウジに、男は呟く。そこには深い後悔と、やるせなさが込もっていた。

 

「待ってろ。今、楽にしてやる」

 

 男がそういった瞬間、全員の視界の中で彼の姿がぶれた。それが収まった時、男の手には銃が一丁。

 

 漆黒のボディに紫色のラインがあしらわれ、銃身の下部に赤い片刃の刃が装着されたそれは、デザートイーグルに酷似した拳銃。

 

 最強の銃の名を冠するそれを叫ぶシュウジに向け、ガチャリとハンマーを下ろす。そして帽子を片手で抑え……

 

「……許せ、友よ」

 

 

 

パァンッ!

 

 

 

 漆黒の拳銃より、紫がかった赤い閃光が飛び出す。

 

 それは真っ直ぐシュウジに向かって飛んでいき──心臓を貫いた。

 

「ああぁぁあああああああああ、ぁあ…………」

 

 その瞬間、雷光が消える。次いで百足触手も空気に解けていき、シュウジはふらりと後ろ向きに倒れた。

 

 また、男の姿がぶれる。先ほどの焼き直しのように男が現れた時には、シュウジを腕の中に抱えている。

 

「よし、なんとか沈静化できたか」

「「「シュウジッ!」」」

「シュー!」

「シュウジさん!」

「シュウジ殿!」

「おっとと」

 

 そっと広場に下すと、ハジメたちはハッと我に返ってシュウジに駆け寄った。その勢いに後ずさる男。

 

 魔法のエキスパートであるユエとティオが魔力の流れを確認し、知識を持たないシアとウサギはそれを見てハラハラとする。

 

 ハジメと雫は穴が開いたシャツをあげ、真っ先に撃たれた箇所を確かめると……そこには小さな赤い装置が付いていた。

 

「なんだこれ、アーティファクトか?」

「安心しな。殺しちゃいねえよ」

 

 男の言葉に、目線も鋭く顔を上げる二人。そんな彼らに見せつけるように、男は銃から弾を抜く。

 

「〝封力弾〟。こいつはどんな力でも一定時間抑えることができる。主に鎮圧用だ」

 

 ピン、と弾かれ宙を舞う弾丸は、確かに先端が丸まっていた。まるでハジメがいつも使うゴム弾のようだ。

 

「んだよ、驚かせやがって……」

「良かった……!」

 

 どっと安堵が押し寄せて、ハジメはその場に座り込んだ。雫は涙を流して、眠るシュウジに抱きつく。

 

 そこでようやく、魔法使い組の方も安全を確認できた。シュウジの腕をそっと起き、二人はハジメに報告する。

 

「……ん、魔力の流れも正常。ちゃんと生きてる」

「これならば、平気じゃろう。全くなんだったのじゃ……」

「そうか…………で、だ」

 

 緩みかけた気を引き締め直し、ハジメは男を見上げる。その目は鋭く細められ、男を警戒しているのは一目瞭然だ。

 

「あんた、いったい何者だ。どうしてここにきた?目的は神代魔法か?あのバイクと銃は?なんでこいつを助けてくれた?」

「待て待て、そんな矢継ぎ早に質問するな。若いお前らと違ってこちとらジジイなんだ、ゆっくりじゃないと答えられんこともある」

 

 詰問を手で制する男。口調は穏やかながら、身に纏うえもいわれぬ雰囲気にハジメは口をつぐむ。

 

 それを見て男は満足そうにニヒルな笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りでバイクに近づいて軽く腰かけた。

 

 

 

 

 

「さて。色々と質問があるだろうが……まずは、ここを脱出する方法について話し合いでもしようか?」

 

 

 

 

 

 




さて、男の正体は。


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事の顛末

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

アンカジ公国、監視塔。そこは今騒然となっていた。

 

「急げ!もうすぐ着くぞ!」

 

 隊長兼監視塔の責任者である男が、槍や魔法の触媒の準備を部下に急がせる。その顔は焦燥に駆られていた。

 

 今から十分前、このアンカジに未知の魔物が接近していることがわかった。それは空を飛び、高速で近づいてきている。

 

 それに気づいた監視塔はすぐさま警戒態勢を敷き、その魔物との戦闘、撃退に備えようと駆け回っているのである。

 

「隊長!もう既に目視できる距離まで接近しています!」

「チィ!」

 

 隣の部下から遠眼鏡をひったくり、前方の蜃気楼、その向こうに揺らめく小さな黒い点を覗き込んだ。

 

 それは、()()()だった。傷ついているのか、時折左右にブレながらも、真っ直ぐにアンカジを目指して飛んでいる。

 

 今病で混乱中のこの国に、魔物の……それも伝説のドラゴンの襲撃などあってはたまったものではない。

 

「くっ、なぜこんな時に!」

「た、隊長!」

「今度はどうした!もう一匹ドラゴンでも出たか!?」

「いえ、黒竜が旋回……入場門の方へ回りました!」

「なにぃ!」

 

 部下の報告に慌てて遠眼鏡を構え直す隊長。すると言ったとおり、黒竜は進路を変えて入場門の方へ向かった。

 

 まるで知性があるような動きに困惑しつつも、隊長はすぐに部下へ新たな命令を伝え、伝達させる。

 

 2分後には全ての兵士が入場門の前に集まり、黒竜の襲来を待ち構えていた。流石に優秀だ。

 

「来たぞ……!」

 

 いよいよ、あと数十メートルのところまで黒竜が迫ってきた。隊長……否、その場にいる全員の額に一筋の汗が流れる。

 

 兵士たちの視線が真っ直ぐに見据える黒竜は、いよいよ入場門に近づいてきて……しかし、途中で降下を始めた。

 

 

 

 ズドォオオオオン!

 

 

 

 そのまま少し離れた場所に墜落し、地響きを起こして兵士たちは危うく転げかけてなんとか踏みとどまる。

 

 黒竜の落ちた場所にはもうもうと土煙が立ち込め、姿が見えない。隊長は兵士たちに目配せし、隊列を組んで黒竜に近づいていく。

 

 城壁から弩や魔法部隊も構える中、槍や剣を構えながら徐々に進行していき……ついに土煙の目前まで来た。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 やがて風にさらわれ、砂埃が消えた時……そこにいたのは黒竜ではなく、何やら疲弊した様子の黒髪金眼の美女。

 

 おまけに、背中に怪我人と思しき誰かを背負っている。先ほど以上の困惑が、兵士たちの間に広がった。

 

「すみません、ちょっと通してください!」

 

 互いの顔を見合わせる兵士たちの間をくぐり抜け、一人の少女が美女の前までやってくる。香織だ。

 

「ティオ! 平気!?」

「おお、香織か。案外、の」

 

 兵士が怪我をした時のために呼ばれていた香織は、全身傷だらけの美女……ティオに走り寄って検診をする。

 

 確認してみたところ、どうやら魔力の激しい損耗と外傷のみのようだ。ひとまずホッとし、魔法で治療を開始した。

 

 しかし、回復魔法の光が降り注ぐ香織の手を取ってティオは首を横に降る。不思議そうに首をかしげる香織。

 

「ティオ?一体どうしたの?」

「妾は良い、じき回復する。それよりもこやつを、一刻も早く治してくれ」

 

 言いながら、ティオが背負っている人物に目線を促す。

 

 香織は言われた通りにそちらを見て……彼女が背負っていた人物が誰か認識して目を見開いた。

 

「ルイネさん!?」

 

 彼女の背でぐったりとしていたのは、ルイネだった。目は固く閉ざされ、くすんだ赤髪が、軽く火傷を負った頬に張り付いている。

 

 明らかに重症、これまで一度も見たことのない弱った姿に驚くも、香織は連れてきた医療班に叫ぶように指示を出す。

 

「誰か、担架を!重傷人です!」

「は、はい!」

 

 香織の切羽詰まった声に、医療班は慌てて念のため幾つか持ってきた担架を組み立てて持っていった。

 

 医療班も手伝い、刺激しないよう全員でルイネを担架に寝かせる。すぐに運び出そうとした、その時。

 

「ゲコッ、ゲコッ」

「ぬわっ!」

「な、なんだこのカエルは!?」

「ぐおおっ?」

 

 兵士たちの兜を足場にぴょんぴょんと飛び、カエルが現れた。

 

「ゲコッ、ゲコッ」

 

 カエルは担架の周りを飛び回って、ルイネに呼びかける。しかし目を覚まさない。

 

 高い知能を持つカエルは危険と判断し、舌を伸ばすと担架ごとルイネを飲み込んでしまった。ひっ、と誰かが息を飲む。

 

「カエル、手伝ってくれるの?」

「ゲコッ!」

「ありがとう。それじゃあ、医療院までお願い。そこに美空がいるから」

「ゲコッ、ゲコッ!」

 

 任せろ、とでも言うように鳴いたカエルは踵を返し、医療班の方へ飛んで行った。それを医療班が追いかけていく。

 

 残ったのは立て続けに奇妙なものを見て困惑する兵士たちと、ホッとするティオ、そんな彼女に手を差し伸べる香織。

 

「ほら、捕まって」

「かたじけない。妾としたことが、もうすっからかんじゃ」

「仕方ないよ。でも、どうしてルイネさんがあんなことに?火山が噴火するし、それにハジメくん達は……」

「後で全て説明する。それより、今はこの状況をなんとかしてくれると助かるのじゃが」

 

 未だに警戒する様子の兵士たちに、苦笑気味にティオはそう言う。流石に今は興奮するような状況ではない。

 

 香織は兵士たちに危険がないことを伝え、武装状態の解除を頼んだ。香織の頼みなら、と武器を下ろす兵士たち。

 

「ありがとうございます……さあ、行こうティオ」

「うむ」

 

 監視塔に戻っていく兵士たちを見送り、二人は程なくして駆けつけてきた領主やビィズとともに場所を移す。

 

 領主館まで移動し、そこにある一室に通されたティオは、香織の治療を受けながらしばらくその場で待った。

 

「悪い、遅れたわ。ちょっと患者のケツにネギ刺してネギ畑作ってた」

「こら、そう言う冗談言わない……いや、本当にやってたけど」

 

 やがて、伝令の兵士から知らせを受けた美空とエボルトがやってくる。

 

「お疲れ様、美空、エボルト。ルイネさんの様子は?」

「……なんとか持ち直したよ。でも、油断はできない」

 

 そう、と声を暗くする香織。美空は神妙な顔をして頷く。

 

 あれからカエルの手……舌?で医療院に運び込まれたルイネは、すぐに美空とエボルトの治療を受けた。

 

 幸い、先んじてハジメが神水を飲ませておいたおかげで全身の怪我と臓器へのダメージ回復だけで済んだのだが……

 

「ありゃ人外や魔物を滅ぼす力を秘めた何かを受けたな。一体何があった?」

 

 問いかけるエボルトに、美空と香織はティオを見る。ずっと暗い表情だったティオは顔を上げ、三人を見た。

 

「……わかった。一から話そう」

 

 ティオは男が現れた時のことを思い返しながら、迷宮であったことを最初から話し出した。

 

 

 ●◯●

 

 

「脱出する方法、だと?」

「ああ、そうさ」

 

 懐疑的な顔をするハジメに、男は鷹揚に頷く。

 

「こんなところで全員お陀仏は勘弁だろう?」

「それはそうだが……」

「なら、ちんたら質問してるか、すぐにでもここを出るか。どっちが賢明だ?」

 

 からかうように聞く男に口をつぐむハジメ。ユエたちと顔を見合わせ、彼の言うことはもっともだと頷きあう。

 

 実際、一分一秒を争う状況だ。マグマの水位は相当高く、数分もしないうちにこの空間がマグマに沈むのは確実。

 

 それに……

 

「シュー、ルイネさん……」

 

 雫が、寝かされた二人を心配そうに見つめる。ユエたちも顔を伏し、男も帽子を少し下げて目元を隠す。

 

 そんな様子を見て、ハジメは頭の中で男の提案を受け入れるメリットとデメリットについて思考を巡らせた。

 

 ルイネは昏倒、シュウジは男の手で沈静化されたが謎の暴走。ハジメは大ダメージを受け、ユエたちも消耗している。

 

 こんな状態で、マグマの上をバイクで走ったり、弾丸一発でシュウジの暴走を止めるような相手とは戦えない。

 

(何より、こいつは……)

 

 男は、シュウジの命を助けた。ただ暴走を止めるなら撃ち殺せばいいのに、わざわざ力を封じたのだ。

 

 どのような思惑があるにせよ、今の所敵意はないと見ていいだろう。先ほどかすかに聞こえた、友という言葉も気にかかる。

 

 それに、何故だろうか。ハジメは目の前の男が、他人でないように思えてならない。

 

「……疑ってる場合じゃない、か」

 

 色々と疑問は尽きないが、猫の手も借りたい状況だ。今はこの正体不明の男の言葉を信じるしかないのだろう。

 

 覚悟を決めたハジメは、ユエたちの方に振り返る。そして、端的にこう彼女たちに問いかけた。

 

「お前ら、いいか?」

 

 それは、相談の内容のない質問。

 

 このもう一つの家族になら通じると、ハジメはユエたちの目をじっと見つめる。

 

「んっ!」

「……一刻を争う状況、仕方ない」

「はいですぅ」

「うむ」

「……ええ」

 

 その信頼に、いつも通りユエたちは答えた。よし、とハジメは不敵に笑う。

 

「てわけだ。手を貸すなら貸しやがれ」

「……上等。それくらいでないと張り合いがない」

 

 いつも通り傲岸不遜な態度で、遠慮ない言葉で、ハジメは言い放った。男のコートの裾に、淡い笑みが見え隠れする。

 

 

 ドッガァアアアアアン!

 

 

 そしてハジメが男と話をしようとした瞬間、一際大きい火柱がマグマの底から吹き上がり、フィーラーの腹に直撃した。

 

 

 オォオオオオオオオ!?

 

 

 いかにフィーラーとはいえ、突然腹部に衝撃を受け、大きく体を揺らす。突然上にいる人間たちはバランスを崩した。

 

「うぉっ!?」

「っとと。やれやれ、いいとこなのに空気が読めないな」

 

 男が、左手を振りかざす。右目が鮮烈に輝き、ほんの一瞬左手に幾何学的な赤いラインが走った。

 

 

 

 

 

カチッ。

 

 

 

 

 

 その瞬間──〝波〟が洞窟全体に広がった。それは上昇するマグマを、崩れかける壁を、全てを〝停止〟させる。

 

 唯一〝波〟の対象外にいるフィーラーの上で、全てが押さえつけられた洞窟を見渡してハジメたちは驚いた。

 

「これは、時間が止まってる……!?」

「いいか、よく聞け小僧ども。時間がないから手短に済ませるぞ」

 

 雫の声を遮り、わずかに眉を潜めている男は淡々と脱出の段取りを話し始める。

 

「まず、着物の嬢ちゃん」

「妾か?」

「ああ。お前は……」

 

 右手をシュウジに向ける男。するとシュウジのすぐ側に黒い穴……異空間が開き、そこから静因石入りの袋が出てきた。

 

 男は謎の力で袋を浮かせたまま、懐から赤い宝石の嵌った指輪を出して袋に投げる。すると一瞬で袋が消えた。

 

 戻ってきた指輪を男はキャッチし、すぐにティオに放る。慌てて手を伸ばし指輪を受け取るティオ。

 

「そいつを持ってアンカジに戻れ。ああ、ついでにそこの美人さんも連れてきな。早めに治療しないとやばいぜ」

「……何故それを妾に?」

「なに、()()()()()()()()()()()()?」

 

 当たり前のように何気なく男が放った言葉に、全員に衝撃が走った。

 

 この男は、ティオが竜人族であることを知っている。それは現状、ハジメたちとマリス達しか知らないはずだ。

 

 ますます男の正体に謎が深まる。シュウジのことも知っている様子であったが、いよいよ怪しさが増した。

 

「ん、なんだそんな顔して。間違っていたか?」

「……いや、なんでもない。ティオ、頼めるか?」

「それは良いが……ご主人様達は平気なのかの?」

 

 自分とルイネだけ先に脱出して、ハジメ達をここに置いていくことに後ろめたさを感じるティオ。

 

 そこには、特にハジメの身を案じる色も含まれていた。ハジメが傷つくを見て、ティオの中のある感情が刺激されたのだ。

 

「ったく、何いらん心配してんだこの駄竜は」

「あいたっ」

 

 そんなティオにデコピンして笑ったハジメは、そのまま言葉を続ける。

 

「いいか、俺は生きるのを諦めるつもりはない。ここの神代魔法も、アンカジのことも、フリードにまた一発くれてやるのも、あのランダとやらに話を聞くのもな」

「ご主人様……」

「だが、それを全部やるには一人じゃ無理だ。だから、今この状況で誰より頼りになるお前に頼りたい。いいか?」

「……っ!」

 

 主人と慕う男にそこまで言われて迷うようでは、女が廃る。

 

「うむ!任された!」

 

 ティオは頬を紅潮させながら、大きく頷いた。よし、とハジメは笑う。

 

「本格的にライバルに……?」

「ええっ、本当ですかぁ?」

「……てっきり取るに足らない変態かと」

「あなた達ね……」

 

 ヒソヒソとするユエたちはともかく、これでティオの役目は決まった。

 

 ティオは残り少ない魔力で竜化するとルイネを背に乗せ、ハジメに向き直る。そして鼻先を頬に擦り付けた。

 

 ハジメも珍しく優しい表情で、ティオの顔を撫でる。ちょっといい雰囲気に、さらにユエたちの懐疑的な目が強まる。

 

「頼むぞ、ティオ」

 〝任せよ!〟

「……む、そろそろ限界か」

 

 そこで、男の瞳から赤い輝きが消える。途端にノイズのように世界を静止させていた〝波〟が消え、また動き出した。

 

「やれやれ、〝タイムジャック〟は長時間の使用ができないのが難点だな」

 

 シュウジの体に手を回し、軽々と片手で担ぎ上げる男。そうするとバイクに乗り、エンジンをかけた。

 

「待て、シュウジをどこに連れてくつもりだ」

「俺はこのまま竜の嬢ちゃんと脱出して、湖畔の街エリセンに向かう。そこにいる海人族の娘っ子の母親んとこに預けとくから、迎えに来い」

 

 この男、どうやらミュウのことまで知っているようだ。一体どこまで、ハジメたちのことを知っているのだろう。

 

「私たちはどうすれば?」

「この迷宮を作った解放者の住処は、こういう状況を想定して作られてる。そこに行って神代魔法を獲得して、あとはこのデカブツで脱出しろ」

「……わかった。エリセンでは色々と聞かせてもらうぞ」

「さて、お前らが着くまで俺がいるといいがな」

 

 答える気があるのかないのか、カラカラと陽気に笑った男はハンドルを回してバイクを走らせた。

 

「adiós!また会おう、未来を勝ち取るため戦う若者たちよ!」

 

 ハイスピードに発進したバイクはフィーラーの凸凹とした鱗を利用して飛び上がり、壁を走って穴の中へと消えていった。

 

 最後の最後まで謎めいた男だった。もしもエリセンにいるのなら、絶対絞ってやろうとハジメは密かに決意する。

 

 〝では、また会おう……一人も死ぬなよ〟

「当たり前だ」

「ん、任せて」

「ティオさんもお気をつけて!」

「ルイネさんを、お願いね」

 

 確固たる生への執着のこもった目で見上げてくるハジメたちに頷き、ティオは上を見上げて飛び立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして強く、強く翼をはためかせ、地上に向けて穴の中を飛翔していくのだった。

 

 

 ●◯●

 

 

「……これが顛末じゃ」

 

 全てを話し終えたティオは、やや遠慮がちに美空たちを見る。

 

 二人とも、話を聞いて顔をうつむかせていた。やはり、恋人が危険だと知ってショックを……

 

「へえ。魔人族風情がまた私たちからハジメを引き離そうってんだ。いい度胸だし」

「……美空?」

「それはどこのどいつかなティオさん?あっやっぱりいいよ、個人情報集めるのは得意だから」

「か、香織……」

 

 訂正。落ち込むどころか全力でブチ切れていた。二人の背後にそれぞれ黄金と青白い般若が見えて、ティオは頬をひきつらせる。

 

 しばらくして二人が落ち着き、般若……スタンド?怒りの化身?……が消えたところで、話を再開する。

 

「話はわかったよティオ。伝えてくれてありがとう」

「私も。ありがとうティオ」

「……二人とも、落ち込んだりせんのか?」

 

 ティオの言葉に二人は顔を見合わせ、微笑みを浮かべながら首を横に振った。

 

「まさか。だってハジメ、諦めないって言ったんでしょ?なら平気。だってハジメ、諦め悪いもん」

「私たちは、私たちの知ってるハジメくんを信じて待つ。それだけだよ」

 

 美空は知っている。これだけはと思ったことは、変貌する前……ずっと幼い頃から、絶対に諦めなかったハジメを。

 

 香織は知っている。あの日あの場所で、他の誰よりベヒモスに挑み、生き延びるのを諦めなかったハジメを。

 

 故に。この程度のことで悩んではいられない。ハジメを愛しているというのなら、信じなくてどうするのだ。

 

 それに、と内心美空は思う。今ハジメの側には、ユエたちが付いている。自分が知らないうちにいた、ハジメを愛する者たちが。

 

(ユエたちと一緒なら、きっとハジメは平気。だってハジメは、ちゃんと大切な女の子を守る私の誇りの彼氏だし)

 

「……そうか。いらぬ心配であったな」

「ふふ、そうだね」

「さっ、辛気臭い話はここでおしまい!私たちはやるべきことをやって、そのエリセン?でハジメ達と合流……って、エボルト?」

 

 立ち上がりかけて、美空はずっと黙しているエボルトを見る。こういう時、真っ先に冗談の一つでも言うのだが。

 

「………………」

「エボルト? ねえ、エボルトってば。一体どうしたの?」

「……いや、なんでもない」

 

 ようやく、彫像のようだった顔を動かして答えるエボルト。けれどすぐに元の表情になってしまう。

 

 そこからはなんの感情もうかがえない。シュウジの暴走の話を聞いてからというもの、ずっとこの調子だった。

 

「た、大変です!」

 

 美空が香織たちに肩をすくめていると、男が叫びながら扉を蹴破る勢いで入ってきた。

 

 医療班の一人であるその男は、汗だくで荒い息を吐き、壁に手をつきながら美空たちを見る。

 

「どうしたの?静因石は先に届けたはずだけど」

「まさか、患者さんの誰かの様子が急変して……!」

「い、いえ、それが違うんです!」

 

 要領を得ない言葉に首をかしげる三人。そんな彼女たちに、男は叫ぶ。

 

「さ、先ほど運ばれてきた香織様たちのお仲間が、暴れているのです!」

「「「!?」」」

 

 その言葉に、三人が男を見ながら瞠目するのは必然だった。

 

 そんなことはありえないからだ。知っての通り、彼女はシュウジの暴走の余波を受けて昏睡状態のはずなのだから。

 

「な、なんでそんなことに!」

「エボルト、瞬間移動で私と美空を運べる!?」

「……わかった」

 

 俺はタクシーかよ、と茶化すわけでもなく、エボルトは立って二人の手を掴む。そこにティオがエボルトの腕に触れた。

 

「待て、妾も……ぐっ」

「まだ回復しきってないでしょ。いざとなれば、エボルトがいるから」

「あの、ティオをお願いします」

「しょ、承知しました」

 

 ダメージの抜け切らないティオと何故か敬礼する男を残して、エボルトは無言で瞬間移動する。

 

 次に二人の目に映ったのは、医療院の玄関扉だった。すると、すぐに中から騒がしい音が聞こえてくる。

 

 二人の間に緊張が走り、先ほどの男のように勢いよく扉を開けると中に飛び込んだ。そしてルイネを寝かせた場所に走る。

 

 

 

 

 

 

 

「離せッ!私はマスターの元へ行くのだ!」

 

 

 

 

 

 

 そこでは、10名以上の医療スタッフたちにおさえられ、なおも前に進もうとするルイネの姿があった。

 

 半ば露わになっている全身には包帯と薬を染み込ませた布を貼っており、特に直撃した背中には色濃く血が滲んでいる。

 

「ちょっと、何やってんのっ!」

「ルイネさん、安静にしてなきゃ!」

「うるさい!私は、私はマスターを!」

 

 極度のダメージによる混乱と、雷光に含まれていた毒素で錯乱状態のルイネは、二人の制止も聞かずに飛び出そうとする。

 

 なんとか抑えようとするも、腕を振り回すルイネに二人がオロオロとしていると……おもむろにエボルトが手をかざす。

 

 

 

「──ぐっ!?」

 

 

 

 それまで暴れに暴れていたルイネが、突然胸を押さえた。

 

 スタッフたちは、恐る恐る離れる。その瞬間、支えを失ってルイネは倒れた。

 

「ルイネさん!」

「エボルト、何をしたの!」

「……少し、体内の毒素を刺激した。安静にしてれば問題ない。治療してやれ」

 

 淡々と答えたエボルトに美空は一瞬顔をしかめるが、今はルイネが先決だとスタッフ達を手伝いはじめた。

 

 血のように赤い瞳で無関心にその様子を眺めながら、エボルトは近くの手頃な柱に背を預け、腕を組む。

 

 その表情は冷徹そのもの。感情という色を失ったようなエボルトの目には、誰も気づかないほど小さな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よくも()()()()を引っ掻き回してくれたな、〝獣〟ども。この代償はたっぷりと利子付きで返してもらうぜ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……明確な、殺意が宿っていた。




読んでいただき、ありがとうございます。


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エリセンの街

どうも、作者です。AO入試落ちました。
またネタを増やしていこうかなと思案中。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 見渡す限りの、澄み渡るような青。

 

 

 

 空は地平の彼方まで晴れ渡り、太陽の光が燦々と降り注ぐ。だが決して暑すぎず、穏やかで過ごしやすい。

 

 時折、優しく吹くそよ風が何とも心地いい。ただ、どれだけ見渡しても、何一つ〝物〟がないのは少々寂しいか。

 

 右を見ても左を見ても、上も下も全部青……まあ、それも当然か。なぜなら俺たちが今いるのは──海の上なのだから。

 

「ング、中々美味いな」

「ハジメ、お塩いる?」

「ん、サンキューウサギ」

 

 ウサギから瓶を受け取り、食べていた焼き魚に振りかけてかぶりつく。うん、結構いい感じだ。

 

「しかしまあ、こんな真っ青な景色でも飯はうまいもんだな」

「……ちょっと骨が面倒臭い?」

「はは、それは仕方がない」

 

 見渡す限りの大海原。四方を水で囲まれた中、俺とウサギはフィーラーの上でのんびりと魚を楽しんでいる。

 

 

 

 

 

 あの後、俺たちはなんとか迷宮を脱出した。

 

 

 

 

 

 男の言う通り、マグマを防ぐ住処で神代魔法……〝空間魔法〟を手に入れ、ユエに結界を張ってもらいこいつの口内に入って脱出。

 

 あとは任せて、しばらくして海底火山を潜って地上……海上?に帰ってきた。まったくフィーラー様々だ。

 

 で、今はエリセンを目指してのんびり海の旅を楽しんでる。すでに三日、水は魔法で確保、飯は海から魚を釣って色々料理してた。

 

 

 ギシャァアア!

 

 

 薪の火に炙られた魚をとって頬張っていると、突然海の中からサメみたいな魔物が飛び出てきた。

 

「あ、来た」

「問題ないだろ」

 

 緊張感なくサメを眺めていると、海中からフィーラーの触手が現れてサメを拘束。そのまま海の中に引きずり込んだ。

 

 それから少し振動を感じ、フィーラーが口を動かしているのがわかる。 今捕まえたサメを食べてるんだろう。

 

 こんな感じで、海の魔物もフィーラーの餌になってた。俺たちはのんびりしてればいいので、これまでで一番楽な旅かもしれん。

 

「づっ……」

 

 そんなふうに考えていると、左腕の関節が燃えるように痛んだ。危うく魚を落としかけて、ウサギがキャッチする。

 

「……平気?」

「まあ、最初よりは全然な」

 

 ボロくなったローブの裾をまくれば、そこにあるのは元に戻した義手……ではなく、エボルトの異形の腕。

 

 どうやら無茶な使い方をしたせいか、癒着してしまったようなのだ。幸い普通の腕のように使えるので、あまり困っちゃいない。

 

「エボルト本人に直接外してもらうしかない以上、ちょっとした痛みくらいなら耐えるさ」

「……ん、もしまた痛んだら言ってね。いい子いい子するから」

 

 そう言って微笑むウサギは、マジで天使に見えた。なんなら痛くなくてもいい子いい子はしてもらいた(ry

 

「私を抜いてイチャイチャするとは、羨ましい」

「うおっ」

「あ、ユエ」

 

 どこからともなくユエが現れ、膝の間に座り込んでくる。そしてむすっとした顔でグリグリと後頭部を擦り付けてきた。

 

 ちょっとした嫉妬をする吸血姫に苦笑しつつ、頭を撫でる。途端にユエの顔はフニャリとなって、ウサギと顔を見合わせて笑った。

 

「シアは?」

「寝てる。結構頑張ったから」

「じゃあ、しばらくは起きないね」

「まあ、せっかくの機会だ。寝かせとくか」

 

 後ろを見ると、広場の中心には簡易的な建物が建っていた。おなじみ、シュウジ製簡易拠点である。

 

 その中で泳いで魚を乱獲……マッチョ状態だった?そんなの見てないし覚えてない……シアを想像し、心の中で労った。

 

「八重樫の方は?」

「……あんまり、良くないかも」

「そう、か」

 

 シュウジがああなってから、八重樫は沈み込んでる。時折、眠っている時にすすり泣きもしていた。

 

 あの暴走の理由がわからない以上下手なことは言えない。もし、同じあいつの恋人のルイネがいたら変わるんだろうが……

 

 ちなみに、そのルイネはなんとか持ち直したそうだ。携帯で連絡を取り合って、アンカジ組とはエリセンで合流する予定にしてる。

 

「最初に聞いた時はびっくりしたよな、たった数時間で目が覚めて暴れたってんだから」

「ん、さすがはシュウジの恋人」

「エボルトがいなかったら傷が悪化してたから、褒められたことでもないけどな」

 

 いずれにせよ、ボロボロと言っていいだろう。これでシュウジに何かあったら、いよいよ酷いぞ。

 

 ……まあ、俺も親友がどうにかなるのなんて見たくはない。

 

 

 

 

 

 なんだかんだで、あいつは一番大事なダチなのだから。

 

 

 ●◯●

 

 

「……ん?」

 

 それからしばらく三人でのんびりやってると、ふと海中に気配感知が引っかかる。魚よりもっと大きなものだ。

 

「ハジメ、どうかした?」

「……まだあーんしてない?」

「いや、そうじゃない」

 

 その正体はすぐにわかった。ザパンと音を立てて、二十人ほどの三又槍を持った奴らかが出てきたのだ。

 

 エメラルドグリーンの髪に扇状のヒレのような耳。どう見ても海人族の集団は、なんでか大半がビビっていた。

 

「……あなたたち、何?」

「お、お前たちこそ、こんな化け物に乗って何者だ?」

「あ?……ああ」

 

 そうか、海の中泳いできたんならフィーラーのことを見てるか。そりゃこんな怯えた顔してるわけだ。

 

 同時に、何やらものすごい殺気立っていた。下手な動きをすれば、すぐにでもその槍を突き出してきそうな雰囲気を出してる。

 

「とりあえず、こいつは下手なことしなきゃ危害は加えない。だから変な気を……」

「うわぁああああああっ!?」

 

 言ってるそばから、向こう側から声が聞こえてきた。振り返ると、海人族の男が宙を舞っている。

 

 フィーラーの触手が海中から覗いてるあたり、おそらく肌を突っつきでもしたんだろう。アホである。

 

 悲鳴をあげて落下した男は海に落ちる直前でもう一本出てきた触手に捕まり、そっと海に降ろされた。

 

「……というわけだ。無闇矢鱈と刺激しないように」

 

 ガクブルして浮いてる男を見て、仲間たちは激しく首を縦に振った。よし、これで話し合えるな。

 

「えっとな、俺たちは遭難者だ」

「遭難者だと?」

「ああ、少しヘマやらかしてな。で、今はエリセンに向かってるわけなんだが……」

 

 時間が経って恐怖が薄れて、また殺気立たれても面倒なので簡潔にこっちの事情を説明していく。

 

 シュウジ……仲間がエリセンにいる事、そいつを迎えにいくこと。あ、ついでにミュウの護衛依頼の書類とプレートも見せた。

 

 すると男達は驚いて、しばらく仲間内だけで話し合った後、リーダーと思しき男が一番前に来て話し出す。

 

「すまないが、名前を聞かせてくれるか?」

「あ? ハジメだけど」

「やはりそうか……仲間から話は聞いている。エリセンまで我々が案内しよう」

「仲間?」

 

 仲間と聞いて美空達のことが思い浮かぶが、今朝連絡を取った時にはちょうどアンカジを出たと言っていた。

 

 シュウジはあの様子ではしばらく目を覚まさないだろうし、愛子先生達とも考えにくい。とすると……

 

「……あいつか」

 

 残りはあいつしかない。あの、老人というにはいささか力量が読めなさすぎる飄々とした笑顔が浮かぶ。

 

「もしかして、これを見越してた?」

「かもな。ったく、食えない野郎だ」

「……? どうかしたか?」

「いや、なんでもない。案内してくれるってんなら願ったり叶ったりだ」

「そうか。では早速……」

「でも、お前らについてくんじゃ遅いな」

「……なに?」

 

 ザパン、とフィーラーの触手が海中から姿を表す。その数、約20本。

 

 漆黒の触手は瞬く間に男達を捕まえていき、広場の上に転がした。終始男達は驚いたまm固まってた。

 

「よし。おい、エリセンはどっちだ」

「あ、ああ、あっちだ」

 

 最初のやつみたいにガクガク震えながら、リーダーが南の方を指差す。そっちはちょうど進んでいた方向だ。

 

「どうやらたまたま会ってたらしいな……フィーラー、頼む」

 

 

 

 オオォォォオオオオオ……

 

 

 

 海の中より答え、フィーラーはそれまでのゆっくりとした速度から一転、凄まじい速度でエリセンの方向に泳ぎ始めた。

 

 「うわぁぁああああ!?」と悲鳴をあげてしがみつく海人族たち。一方俺たちは風で消えた薪の後を片付ける。

 

 しばらくして、速度に慣れてきたのかへたり込んだ男達に時折道を聞きながら海の中を進んでいく。

 

「お茶、どうぞ」

「あ、ありがとう?」

「ちょっと! 一体何事!?」

「ハジメさん!」

 

 ウサギが淹れたお茶を男達に配っているのを眺めていると、異変に気付いたのか八重樫が建物から出てくる。

 

 傍らにはシアもおり、走り寄ってきた二人は床に座り込む海人族達をみてギョッとした……ダジャレじゃねえぞ。

 

「えっと、南雲くん?この人たちは?」

「いきなり出てきて、道案内してくれるっていうんでな」

「はぁ……」

 

 首を傾げつつも納得する二人。それから二時間くらい男たちの案内を聞きながら、エリセンを目指した。

 

「あっ、ハジメさん! 見えてきましたよ、町ですぅ!」

「おぉ、ほんとに海のド真ん中にあるんだなぁ」

 

 シアが瞳を輝かせながら指で【エリセン】と思しき、海上に浮かぶ大きな都市を指す。どうやらついたようだ。

 

 フィーラーに頼んで限界まで姿を隠してもらい、建物を広場の床下に解体・収納してから桟橋と思しき場所に止まる。

 

 ざわざわと桟橋にいた海人族が騒ぐ中、先に海人族たちを下ろして俺たちも降りた。すぐにフィーラーは海中に潜っていく。

 

 全員降りたところで、警備と思しき海人族と人間の兵士たちが人垣を押しのけて狭い桟橋の上にやってきた。

 

 海人族に目で促し、事情を説明させる。兵士のリーダーらしき男は一言二言質問をして、こちらに来る。

 

「あんたは?」

「私はこのエリセンの守護を任されている兵団の長を務めているものだ。貴殿が南雲ハジメか?」

 

 男の声は、どこか抑揚がなかった。表情は虚ろで、まるで何かに操られているようにも見える。

 

 男は依頼書とステータスプレートの開示を要求してくる。ミュウの故郷で面倒事起こすのもアレなので、大人しく渡す。

 

 差し出したものを受け取り、男はそれをよく見て確認すると「よし、いいぞ」とあっさり返してきた。

 

「先ほど話は聞いた。この街を楽しんでくれ」

 

 それだけ言って、男は踵を返す。そのまま衛兵達と一緒にどこかにいってしまった。

 

「なんだか、やけにあっさりとしてますねぇ」

「ええ、てっきりもっと詰問されるかと思ったわ」

「案外、八重樫がいたからだったりしてな」

 

 なんにせよ、シュウジの様子がわからない今長時間こんなとこで拘束されるのは嫌だったので助かった。

 

 依頼書とプレートをしまい、さあ海人族の男にミュウの母親の家に案内してもらおうと思った瞬間。

 

 

 

 

 

「パパ──────!」

 

 

 

 

 

 

 突然、上から声が聞こえてきた。

 

 

 ●◯●

 

 

「「「「「!!?」」」」」

 

 聞き覚えのある声に、全員で上を見上げる。

 

 そこには太陽を覆い隠す、漆黒の影が。その陰から小さな影が分離して、こちらに向かって落ちてきた。

 

 少しして、それが空飛ぶクルーザーのようなものだとわかる。それに乗るのは、二人の幼い少女だ。

 

「まさか、あれは……」

「リベルちゃんと、ミュウちゃん!」

「にゃっはー!」

「パパ────!」

 

 八重樫の叫んだ通り、乗ってるのは運転席にリベルと、その後ろにミュウ。我が家のちびっこ二人組だった。

 

 先ほど以上に周りがざわつく中、俺たちの頭上付近まで降りてきたクルーザーからミュウが飛び降りてくる。

 

「っと、ミュウ。良いタイミングで来たな」

 

 危なげなくキャッチして、そういう。ミュウはもともと笑っていた顔をさらに明るくした。

 

「えへへ、早くパパに会いたかったの!」

「……うちの娘天使か」

『パパ、だと……ッ!?』

 

 なんか後ろで外野が阿鼻叫喚になってるが、この最高に愛らしく笑うミュウに比べたら知ったことじゃない。

 

「ふう、ごりよーありがとうございました!」

「ん、リベル。それ、重力魔法で操作してる?」

「あ、ユエおねーちゃんだ。うん、すごいでしょ、えっへん!」

 

 胸を張るリベルに、ユエがふっと微笑んで頭を撫でる。ここにシュウジがいたらシャッター音の乱舞だろう。

 

 そんなふうに思っていると、遅れて黒竜……ティオの背中から、美空と香織、二人に支えられてルイネが降りてくる。

 

「ルイネさん、大丈夫?」

「ああ、すまない、手間をかけさせる」

「ふぅ、疲れたのじゃ」

「よう、案外早かったな」

 

 ルイネを手頃な樽に座らせたところで近づいて、人状態に戻ったティオを含めた四人に話しかける。

 

 その瞬間、首が百八十度回転しているのではないかと思う速度で美空と香織が振り返り、一瞬で抱きついてきた。

 

「ハジメ!」

「ハジメくん!」

「うおっと。すまん、また心配かけた」

「もう、本当だよ。何度気を揉ませる気だし」

「うぅ、良かったよぉ〜……」

 

 弱々しい声音だが怒ってくる美空に、泣きじゃくる香織。流石に弱ってしまい、なされるがままになる。

 

 すると、背後にもう一人分重さがかかるのを感じた。見ると、ティオがなぜか抱きついてきている。

 

「……ご主人様」

「なんだ、お前まで。蹴ってほしいのか?」

「いや、それも大変魅力的な提案じゃが……今しばらく、こうさせておくれ」

「……まあ、無茶な役目任せたしな。好きにしろよ」

 

 それからしばしの間三人はくっついたままで、全男の海人族からさっきの集中砲火を浴びせられることになった。

 

 全員離れてユエ達の方に行ったところで、ルイネを見やる。どうやら完治していないようで、服の下に包帯が見え隠れしていた。

 

「お前、大丈夫なのか?」

「なに、雫殿を守れたのなら安いものさ。とはいえ、しばらく戦いは控えたいがな」

 

 冗談めかして言っているが、電話で聞いた話じゃかなり危なかったらしい。なのにここまでタフなのは、さすがシュウジか。

 

 とはいえ、見るからに戦える状態じゃないしな……それをあいつがやったと思うと、少し複雑な気分だが。

 

「まあ、治るまでは休んでろ」

「心遣い、感謝する」

「そういやエボルトは?」

「はて、先程から姿が見えないが……」

「……ルイネさん」

 

 そこで、八重樫がおずおずと行った様子でこちらにきた。そしてルイネをの前にやってきて、気まずそうにする。

 

「その、改めてごめんなさい。私が不注意なばかりに、あなたに大怪我を……」

「今ハジメ殿にも言ったが、気にすることはない。私がやったことだ」

「でも……」

「そう暗い顔をするな。マスターが悲しむぞ?」

 

 八重樫はハッとして、少し恨めしげな目でルイネを睨む。しかし全く圧はなく、ルイネは微笑んでいた。

 

「その言い方は意地悪ね」

「あいにくと、マスターの弟子なのでな」

「ねえ、ママ!早くパパに会いにいこ!」

「パパ、早くママのところに行くの!」

 

 今度はリベルが乱入してきた。シュウジに会えると思っているからか、その目はキラキラしている。

 

 ミュウも全く同じ目をしており、それはやはり数ヶ月ぶりに実の母親と再会できるからか。なんにせよ、油を売るのもここまでだろう。

 

「おい、ミュウの母親の家まで案内してくれるか?」

「は、はい」

 

 先ほどそうしたように、リーダーの男の先導……あとは多くて邪魔だからどっか行かせた……エリセンの居住区画へと向かう。

 

 その道すがら、そういえばとなぜあの時あんなに殺気立っていたのか聞くと、どうやらミュウとその母親が原因らしい。

 

 知っての通り、ミュウはフリートホーフに攫われた。そして母親が探していた時、その仲間が海岸で足跡を消そうとしていた。

 

 怪しいと思い近づいたところ、案の定証拠隠滅のためそいつらに魔法で殺されかけ、何とか生き延びたらしい。

 

 結果、下半身を大きく痛め、泳ぐことはおろか歩くこともままならない。そのことがあの殺意の理由だ。

 

「亜人族は仲間意識が強いから、当然といえば当然か」

「ああ、まあな……と、着いたぞ。ここだ」

 

 そうこうしているうちに、ミュウの実家にたどり着いたようだった。

 

 

 

 ──

 

 

 オマケその1

 

 エリセンに向かう道中で

 

 海人族の男「そ、そういえば」

 ハジメ「あん?」

 海人族の男「海にこんなものを流したのはお前たちか?」

 

 ハジメ賛歌の詰まったボトル

 

 

 ハジメ「……おい」

 ユエ&ウサギ&シア「(全力で目をそらす)」

 

 

 とりあえず全部回収して宝物庫に入れときました




読んでいただき、ありがとうございます。
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それは残酷な

どうも、作者です。
最初から読みかえして諸々考えた結果、一つの結論に達しました。
すなわち、ギャグが足りないと。
何が何でもギャグに張り切っていたあの頃に対して、あまりに真面目だと。ですのではい、この章が終わったらはっちゃけます。
ですのでどうかお付き合いいただけますよう、よろしくお願いします。



 ミュウの生家は、特にこれといって変わったところはなかった。周りの家と変わらない、普通の民家だ。

 

「パパ、あそこなの! あそこがミュウのお家なの!」

「わかってる、もう少しで母親に会えるぞ」

「良かったね、ミュウちゃん!」

「うんなの、リベルちゃん!」

 

 肩の上でワクワクして体を揺らすミュウと自分のことのように喜ぶリベルに、姉妹みたいだなと微笑む。

 

 そして前に視線を戻して……ミュウの家の玄関先に、見覚えのあるやつがいるのに気がついた。

 

「あれは……」

 

 玄関先の壁に背を預けているのは、エボルトだった。いないと思ったら、どうやら先回りしていたらしい。

 

 ほどなくしてエボルトは足音で俺たちの接近に気がつくと、壁から離れてこちらに近づいてくる。

 

「ようお前ら。待ちくたびれたぜ?」

「そういうお前こそ、先回りしてるとはな」

「ハハッ、ちょいと驚かせようと思ってね」

「…………」

 

 ……妙だ。笑う顔とは裏腹に、エボルトは何やら得体の知れない、気味の悪い雰囲気を醸し出している。

 

 美空にアイコンタクトを取るが、肩をすくめられた。香織とルイネにも確認してみるが、同じ反応だ。

 

「なんだ、お前たちの仲間か」

「まあな。案内ご苦労、もう行っていいぞ」

「あ、ああ。くれぐれもレミアには変なことをするなよ」

「誰がするか。俺は別にスケコマシじゃねえ」

 

 ならいいが……と疑わしそうな顔でユエたちを見てから、ミュウの母親の名を言った男は踵を返して去っていった。

 

 その視線を受けた八重樫とルイネを除く女性陣に、シラーっとした目で見られる。スルーして家の戸を叩いた。

 

「モテる男は辛いねぇ」

「うるせえエボルト」

 

 からかってくるエボルトの脇腹に肘鉄を入れていると、少し軋んだ音を立てながら扉が内側から開かれる。

 

 

 

 

「おや、珍しい客ですね」

 

 

 

 そして出てきた人物に──俺は思わず、肩車しているミュウの足を両方とも手放しそうになった。

 

 「わわっ!?」というミュウの声に慌てて足を掴み、頭から地面に落とすという大惨事をなんとか防ぐ。

 

「いえ、必然ともいうべき来客でしょうか」

「シュウ、ジ?」

 

 俺たちを出迎えたのはミュウの母親ではなく……シュウジだった。後ろからも、唖然とした空気を感じる。

 

 まだ昏睡状態かと思っていたのに、もう目覚めたのか。そう認識しようとして、直前で待ったをかけた。

 

 もう一度、よく見てみる。今度は頭のてっぺんからつま先までよく観察して、最後にメガネをかけた顔に戻る。

 

「……お前。シュウジじゃないな?」

 

 〝回帰〟の状態によく似ているが、違う。

 

 具体的にどうというわけではないが、長年一緒にいたせいかこいつは別人だとわかった。

 

「ご明察。さすがは〝彼〟の相棒ですね」

「貴方、誰なの……?」

「確か貴女は……八重樫雫と言いましたか」

 

 まるで他人のような口ぶり。シュウジの顔で、声で、しかし凍てついた彫像のような能面で話すそいつ。

 

 何がどうなっているのかわからずに困惑していると、雫をそっと押しのけてルイネが前に出てきた。

 

 シュウジのような男がルイネに視線を移す。ルイネは男をじっと見て、やがてハッと息を飲んだ。

 

「あな、たは……」

「ええ、そうです」

「そんな、でも、それじゃあ……!」

 

 ルイネはどうやら、こいつが誰なのかに心当たりがあるらしい。それにしてはかなり予想外という顔だが……

 

「パパ!」

「なんでしょうか?」

「パパ、私たちのこと忘れちゃったの……?」

 

 いつのまにか足元にいたリベルが、今にも泣きそうな顔でシュウジらしき男のズボンを引いた。

 

 男は相変わらず冷たい目でリベルを見下ろす。そこで〝違う〟と思ったのだろう、ルイネに身を寄せた。

 

「説明の前に、皆さん中へ。ここで立ち話もなんですので」

 

 家へ入ることを勧めてくる男。ユエたちと顔を見合わせ困惑しつつも、ミュウを母親に合わせるためにも中に入る。

 

 そのまま男にリビングらしき場所に案内される。するとソファーに、二十代半ばほどの女性が座っていた。

 

「レミアさん、お客様です」

「あら? いったい誰かし……ッ!?」

 

 ミュウによく似た端正な顔立ちの海人族の女性……レミアさんはこちらを向いて、目を見開く。

 

「ミュウ…………ミュウなの……?」

「ママ……?」

 

 ママと呼ばれて確信したのだろう、レミアさんは口に手を当て、見開いた目に涙を滲ませた。

 

 ミュウの方もバタバタと足を暴れさせたので、肩から降ろす。その瞬間真っ直ぐレミアさんのところにすっ飛んでいった。

 

「ママ────────っ!」

「ミュウ……っ!良かった、本当に良かった……!」

 

 もう二度と離さないというように、固く抱き合う母娘。涙を流しながら再会と、互いが無事だったことを心から喜ぶ。

 

 これには心にくるものがあり、温かい目で見守る。後ろからは、美空やシアたちと思われる鼻をすする音が聞こえた。

 

 しばらく再会を喜びあって落ち着いたところで、レミアさんに近づく。こちらに気がついた彼女は、突然頭を下げた。

 

「彼からお話は伺っています。娘を保護してくれて、本当に、本当にありがとうございました。もうなんとお礼を申し上げたら良いか……」

 

 彼、と聞いて男を見る。しかし奴は何もいうことなく、ただメガネの位置を直すだけだった。

 

 ……とりあえず、今はレミアさんの方が先だ。こんな深々と頭を下げられては居心地が悪い。

 

「顔を上げてくれ。別に普通のことしたっていうか、成り行き上仕方がなかったというか……」

「いいえ、そのおかげで私はまた娘と会うことができました。私にできることなら、一生をかけて恩をお返しします」

 

 参ったなこりゃ。少なからず感謝はされると思ってたが、まさかここまで言われるとは予想外だ。

 

 いや、亜人族の同族に対しての絆を鑑みると実の娘なら当然とも言えるのか。一族総出で故郷を飛び出したカム達の例もある。

 

「とりあえず、ミュウは無事に連れて帰ってきた。今はそれだけにしてくれ」

「うん!パパね、ミュウのことたくさん可愛がってくれたんだよ!それにリベルちゃんはお姉ちゃんみたいだったし、ユエおねーちゃん達も優しくしてくれ……」

「あらあら、皆さんによくしてもらったのね。それに……さすが、彼のいう通りの〝パパ〟ですわ」

 

 うふふ、と何故かちょっと赤い頬に手を当て、こちらに微笑んでくるレミアさん。あ、ヤバイ。背後が冷たい。

 

 いったいこの人に何を教えたと男を睨むが、いつの間にか跡形もなくいなくなっていた。

 

 あいつ、本当なんなんだ……?

 

「ママ!あし!どうしたの!けがしたの!?いたいの!?」

 

 そんなふうに疑問を抱いていると、ミュウの金切り声が聞こえる。

 

 そちらを向くと、レミアさんの包帯でぐるぐる巻きにされた両足を見てミュウが涙を浮かべていた。

 

 これが海人族たちの言ってたやつか。足全体となると、本当に下半身に酷い怪我を負っているらしい。

 

「ミュウ、大丈夫よ?カインさんを連れてきた方に頂いた……その……補助器具で歩くことは……」

 

 一瞬部屋の隅をちらりと見て、すぐ目をそらすレミアさん。頭にはてなマークを浮かべたミュウがそっちを見る。

 

 つられて見ると、そこには4本足の魚型アーティファクトが。じっと無機質な目でこっちを見つめている。

 

「……あれ、ハジメの魚くん一号?」

「……ハジメ、あれはないし……」

「いやいや、違うから。え、なに、あいつこれ置いてったの?」

「え、ええ……」

 

 やや引きつった笑顔で頷くレミアさん。聞けば割と高性能のようで、フォルムだけになんともいえないとか。

 

「パパぁ!ママを助けて!ママの足が痛いの!」

 

 どうやらミュウも見てないことにしたようで、こっちに叫んでくる。うん、そりゃ母親があんなの使ってたらな。

 

「美空、香織、頼めるか?」

「あはは……」

「さすがにあれは、ねえ……」

 

 苦笑気味に治癒師二人組がレミアさんの前に跪き、断りを入れてから足に触れて魔法で診察・治療する。

 

「二人とも、どうだ?」

「……ん、特に致命的なことはないよ。でもデリケートな場所だから、後遺症なく治療するには時間がかかるかも」

「少しずつ癒していくのがいいと思います。それまで、不便だと思いますけど、必ず治しますから安心して下さいね」

「あらあら、何から何までありがとうございます」

 

 とりあえず、治せるらしい。ミュウの顔がパァっと輝く。本当なら写真を撮りたいが、あまりそういう気分でもない。

 

 それから適当に宿を取ろうと出ていこうとしたところ、今回の恩返しとして泊まらせてもらうことになった。

 

 最初は遠慮したが、ミュウの「パパ、どこか行くの?」というここにいるのが当然という疑問の顔に敗北。

 

 そして、ミュウとレミアさんは久々の親子水入らずで話がしたいと別室に行ったわけだが……

 

「それで、だ」

 

 リベルの子守を任せたティオ……案外上手い……を除き、リビングに残った俺たちはそいつらを見る。

 

 一人はシュウジが〝回帰〟を使った時のようにメガネをかけた男。不穏な動きをしないかよく監視する。

 

「剣呑な雰囲気だねぇ」

「妥当、というところでしょう。我々はあまりに不可解な点が多い」

 

 その隣にいるもう一人は、エボルト。

 

 エボルトはこいつを見ても何も言わなかった。一番シュウジの近くにいて、いの一番に反応しそうなのに、だ。

 

 つまりこいつは、この男のことを知っている可能性がある。いいや、今こうして笑いながら隣にいること自体がその証拠だ。

 

 ちなみにさっきいなくなった男だが、昼食の準備をしていた。ここ数日はあまり動けない家主に代わって家事をしているとか。

 

「お前が誰なのか、そろそろ教えてもらおうか」

「そうですね。ではまず、自己紹介から始めましょうか」

 

 そこそこ広いリビングの中、半円状に座っている俺たちの前でそいつは立ち上がり、名乗りをあげる。

 

 

 

「我が名は〝カイン〟。かつて〝世界の殺意〟の名を受け継ぎ、秩序のため人を殺し続けた殺戮兵器。以後お見知り置きを」

 

 

 

 優雅に礼をする男。そうか、こいつはカインっていうのか……って、待て。

 

「お前今、〝世界の殺意〟って言ったか?そいつはどういうことだ。それはシュウジが前世で持っていた称号のはずだが」

「ええ、その通り。そして私が〝北野シュウジ〟です」

「なに……?」

 

 一体どういうことだ。シュウジの称号を名乗ったかと思ったら、今度は自分がシュウジ本人だと?

 

 もしかして、意識は別物だが体はシュウジってことなのか?いや、それにしては何かが違うような気が……

 

「……本当だ、ハジメ殿」

 

 男の言葉を肯定したのは、他ならないルイネだった。

 

「ルイネさん、どういうこと?」

「この人はそっくりな別人ではなく、まぎれもなくマスターということだよ。なぜなら前世のマスターの名は……〝カイン〟なのだから」

 

 やや重苦しい表情で告げられた事実に、全員息を呑む。じゃあこいつが本当に、シュウジだっていうのか?

 

 そうなると、更に謎は深まる。仮にこのカインを名乗る男がシュウジだったとして、ならなんでルイネはこんな顔をしている。

 

 苦しげに瞑目するルイネの表情はまるで、知りたくないことを知ったかのような顔だ。

 

「じゃあ何か?シュウジは二重人格だったってことか?」

「そういうわけではない。私はあくまで残滓、ただ一時的に拝借しているに過ぎない」

 

 ますます首をかしげる俺たち。そんな俺たちに例えば、と男は異空間から手の中にミニチュアの車を出す。

 

「いつも使っている車が故障したとします。しっかりと直るまでは、使うことはできません」

 

 ミニチュアカーを握り潰してバラバラにする男。するとまた異空間を開いて、真新しい別のミニチュアカーを出した。

 

「ではどうするか。簡単です、修理されるまで別のものを使う他にない」

「……つまりお前は、シュウジが直るまでの代理品ってことか?」

「ご名答。私は北野シュウジですが、しかし北野シュウジではない。同じ〝カイン〟の記憶を持った、より〝カイン〟に近いもの、というところでしょうか」

 

 シュウジよりさらに、前世のシュウジに近い存在。そう聞いて、俺の頭に浮かぶのは一つの技能。

 

 派生技能[+回帰]。シュウジが時折使う、人格を前世に近い状態にして短時間戦闘に特化する技能だ。

 

「それなら、シューは今どうなっているの!?一体どこにいるの!?」

「八重樫……」

 

 立ち上がり、八重樫がカインに詰め寄って両肩を掴んだ。これまでの不安が爆発したのか、声に余裕がない。

 

「八重樫、やめとけ」

「南雲くん……でも」

「今そいつに何かしたって、あいつがすぐに戻ってくるわけじゃない。そうだろ?」

「ええ」

 

 頷くカイン。八重樫は下唇を噛み、キッとカインをにらんでから元の場所に戻った。

 

「賢明な判断、感謝します」

「そうしなきゃ話が進まないからな。だが八重樫の言うことも最もだ。お前はどこから出てきた?シュウジはどうして傷ついている?」

 

 先ほどの例え話からして、シュウジはおそらくあの暴走で何かしらのダメージを負ったんだろう。

 

 その代わりに、こいつがどこからか出てきてシュウジの体を使っている。おそらくは[+回帰]が関係してるんだろうが……

 

「それを説明するには、私では相応しくありません。彼に聞いた方がよろしいでしょう」

 

 澄ました顔でカインが指差したのはエボルト。いつものようにだらけた体制でいたエボルトは俺?という顔をする。

 

「丸投げとは、やってくれるなぁ」

「私などの言葉よりも、貴方の言葉の方が信憑性が高いと判断しました」

「それもそうか」

「やっぱりお前、あいつの暴走について何か知ってるのか」

「まあな……仕方がねえ、話してやるとするか」

 

 笑いながら立ち上がり、ぐっと伸びをするエボルト。

 

 それからこちらを見て、すっと表情を消した。あまりに鮮やかな代わりように、少し肝が冷える。

 

「お前らに教えてやろう。北野シュウジという男の、真実をな」

 

 それを聞いて、後悔する結果になるとも知らずに。




いくらなんでも投稿時間が遅すぎるので変更しました。
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ただ一つの

ふぅ、ギリギリ間に合った。
どうも、作者です。定期更新と対峙更新を続ければ、いずれ読者の方も戻ってくると信じて今日も頑張ります。
あ、この話から数話とんでもない厨二が続くので悪しからず。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「事は、こいつが自分の命を絶ったことから始まる」

 

 クッションに腰かけ、楽な体勢でエボルトは語りだす。いつも通りの姿勢であるのに、ハジメたちは緊張を覚える。

 

「だいたい950年ってとこか?その時、こいつのいる世界に異変が起こり始めた。カイン、頼めるか?」

「ええ」

 

 カインがメガネのアンダーリムをなぞる。するとリビングに紫色の光が広がり、その姿を変えていった。

 

 やがて完成したのは、カインの記憶を再現した幻覚。激しく雨が降りしきる荒野の中、大きな影と小さな影がそれぞれ一つ。

 

「この年、ちょうどカインは世界意思の命を受けて対象を暗殺していた」

 

 地面に横たわる影は、グロテスクな化け物。おそらくこの場に子供達がいたなら泣き出しただろう姿をしている。

 

 その上で巨大な異形の心臓がついたねじれた白い槍を持つ影は、一人の人間。薄汚れたローブを纏う、男だった。

 

「……マスター」

 

 この場の誰より見覚えのある後ろ姿に、ルイネは呟く。それにハジメたちは反応し、男を注視した。

 

 フードの裾から見える顔は、今のシュウジに比べると平凡な顔立ち。中の上、といったところだろうか。

 

 だがその冷徹な青い瞳には怜悧な冷たさが宿っており、ただの幻覚のはずなのに思わず全員身震いした。

 

「その手際はまさにお見事、最強の暗殺者の名にふさわしい……とまあ、そいつは置いといて。それから8年後、また新たな命が下った」

 

 紫の光が上書きされるように塗りつぶされ、幻覚が切り替わる。目の前に現れたのは、三十メートルはあろうかという巨人。

 

 

 

 

 

 ヴオオオオオオオオオオオ!!!!!

 

 

 

 

 

 それは唸り声をあげながら、ハジメたち……いや、そのすぐ前に立つ黒ローブの男めがけて大きな拳を繰り出す。

 

「きゃっ!?」

 

 幻覚とわかっていても、シアが驚いて悲鳴を上げる中──巨人の腕は細切れにされた。

 

「……え?」

「シア、落ち着いて。これはただの幻」

 

 次いで両足が消え失せたように細切れにされ、どうと倒れた巨人は地面からせり上がった磔台に拘束された。

 

 暴れる巨人の胸の上に、男が現れる。そうすると白いナイフを持った手を後ろに引き、一瞬で消えた。

 

 次に現れたのは、磔台の下。ナイフを血振りした瞬間、巨人の首が落ちて振り回していた片腕が脱力する。

 

「すげえな……」

「これが、前世のシュー……」

「……?」

 

 どうやらあの強さは前世でも十二分だったようだと感心するハジメと雫。それは二人のみならず、ユエたちも同感だ。

 

 そんな中、ルイネはあることに眉根を寄せる。その表情をちらりと見て、エボルトは怪しげに笑った。

 

「この時もこれまでと変わりなく、カインは対象を抹殺……そして7年後。また命令は下された」

 

 三度、幻覚はその形を変える。

 

 今度現れたのは、百を超える騎士の亡骸。一人残らず地面から突き出た大きな白い串によって絶命している。

 

 血の海の前で佇むのはやはり、ローブの男。手に持つ白いナイフからはポタリ、ポタリ、と血が流れ落ちる。

 

「待て、それはおかしいぞ!」

 

 そこでルイネが声を荒げた。

 

「ダメだよルイネさん!まだ傷が塞がってない!」

「激しく動いちゃダメです!」

「今はそんなことはいい!」

 

 ソファーから立ち上がり、美空たちの制止も聞かずにエボルトに歩み寄る。

 

「まあまあ、落ち着け。話は最後まで聞こうぜ?」

「そんな間隔で世界が命令を下すはずがない!そもそも私は、マスターからそんな話は聞いたことがないぞ!」

「だが実際、こうして命令が下され、こいつらは消された。それが証拠だ」

 

 しかし、エボルトは手で厳格に視線を促すのみ。その言葉の正当さにルイネはく、と唸る。

 

 しかし、シュウジがあまり話したがらないこともあり詳しく〝世界の殺意〟について知らないハジメたちは首をかしげた。

 

「なあ、この化け物どもが現れるのはそんなにヤバいことなのか?」

 

 全員の相違を代表して問いかけるハジメに、ルイネは険しい表情で振り向く。

 

「……これらは皆、たった一体で、あるいは一集団だけで世界を滅ぼしうる力を持つものたちだ」

「…………マジで?」

 

 あまりに大それた答えに目を見開くハジメたち。

 

 もう一度幻覚を見て、カインの手によって串刺しにされ、殺された騎士たちをまじまじと見る。

 

 これが、世界を滅ぼす力を持った存在。あまりに圧倒的なカインの力で、そうは見えなかった。

 

「例えば、最初のあの怪物は元は人だったんだとよ。だが魔法の耐性が非常に高かったために魔女たちにモルモットにされ、結局魔力を吸い続けて無限に成長する化け物になったらしい」

 

 そんなハジメたちに、カインは淡々とした口調で幻で出来た怪物の説明をする。

 

「その時の対象は魔女たちと、そしてこいつ自身。放置してそのまま成長すれば、世界中の魔素エネルギーを吸い尽くしたでしょう。他にも……」

 

 あの巨人は世界中の魔物が突如激減、余剰した魔力が凝縮して生まれた本来ありえない怪物。

 

 たった一体で百万体分の魔物の力を持つ巨人は、 放置していれば他の魔物も食らってさらに成長しただろう。

 

 あの騎士団は人を超える力を求め、龍を嬲り殺しにした挙句死の間際に龍が放った呪いを受け、亡者と化した。

 

 魂を求めて彷徨い、朽ちた身体から死を撒き散らす。あらゆる魂を貪り尽くすまで、その進行は止まらない。

 

「以上です。危険性をご理解いただけましたか?」

「ひえぇ……すんごく怖いですぅ……!?」

「なんて、殺伐とした世界……」

 

 シアが全身をブルブルと震わせて青い顔をしているユエに抱きつき、そんなユエをウサギが撫でる。

 

「そんなもんが出るのかよ、あいつの世界……」

「ああそうだ、()()()()()()()()()

 

 戦慄していたハジメたちは、ルイネの言葉の意味を図りかねた。彼女はエボルトを見下ろし、目で続きを訴える。

 

 エボルトは面白そうに笑い、手でジェスチャーした。カインが再び幻覚を作り直し、新たなものを見せる。

 

「さらにその5年後だ。また命令が下された」

 

 幻覚で形作られたのは、どこかの都市。燃え上がる街の中央に、人の顔が無数に張り付いた巨大な樹が生えている。

 

「それがこいつだ」

 

 毒々しい鱗粉を紫色の葉から降らせる巨大樹は、しかし次の瞬間どこからともなく迸った白い閃光に飲まれる。

 

 一拍おいて、太く決して折れなさそうな幹が半ばから斜めにズレた。そのまま地響きを立てながら滑り落ちる。

 

 唖然とするハジメたちの前に、黒いローブの男が着地した。その手にはやはり、白く長大なナイフが。

 

「あれは、一体なんだったの?」

「より精神的な調和を取ろうなんて言って、儀式まがいのことをして地下に眠ってた悪魔を呼び起こした愚かで浅ましい人間どもの末路さ。国一つ飲み込まれて見事に全員お陀仏だ」

 

 ではあの幻覚は、飲み込まれた人間たちの末路であるというのか。もしあれが他に広がっていたら、と考えてゾッとする雫。

 

 ここで、ハジメは目の前の幻覚、エボルトの解説、最後にルイネの言葉からあることを疑問に思った。

 

「待て、国滅ぼしができるような奴がそんな頻繁にポンポンでてきたら大惨事だろ」

「そう、それだよハジメ殿」

 

 ハジメの言葉はまさに、ルイネにとって的を射たものだった。

 

「そんなことになってしまっては、生命のバランスがおかしくなってしまう。それこそ、()()()()()()()()()ほどにな」

 

 本来〝世界の殺意〟の抹殺対象となるような存在は、それこそ100年に一度の出現でもおかしくはない。

 

 だからこそ〝世界の殺意〟には千年もの時間が与えられ、その中で現れる何体か、多い時でも十数の対象を狩るのだ。

 

「しかし、マスターが命令を遂行したのは今のこの幻を見ても四回。歴代の〝世界の殺意〟の中で最も少ない代では、5回しか命令は下されなかったという」

「……つまり、異常事態ってことだな?」

 

 あまり事情に詳しくはないハジメだが、これまで数々の迷宮で生き抜いてきた経験はこれは危険だと訴える。

 

 奇しくも、それは正しかった。その証拠に、ルイネはやや重苦しい面持ちではっきりと頷く。

 

「その通りです」

 

 カインもハジメの言葉を肯定し、メガネをあげて自らの作った幻覚を見る。

 

「この時点で、世界の崩壊は始まっていた」

「世界の……崩壊?」

 

 地球においては滅多に聞くことのない言葉に、あまりピンとこない雫。それはハジメや美空なども同じだ。

 

 そんな彼女たちに見せつけるように、カインの手によってどんどん幻覚は移ろい、過去の記憶をたどっていく。

 

 屍肉が寄り集まった死の赤子、世界中に致死性のウィルスを撒こうとした男、悪魔を食った元人間。

 

 頭部が腹部に、手足が逆についた怪物の群れ、異形の怪物と化した王、龍と人の複合魔獣、エトセトラエトセトラ。

 

「これは……」

「嘘、こんなに……?」

「たくさんの、怪物……!?」

「なんなんですかもう!どれだけいるんですかぁ!」

「すごい……」

「み、美空……」

「ちょ、怖いからってそんな抱きつかなくても……」

 

 次々と現れる強大な怪物たち。幻で再現されたそれは人外も多いが、殆どが元は人間……あるいは未だ人間であるものも。

 

 全てをカインが殺し、容赦なく存在を消していく。正確に再現された幻覚は、その様子を忠実に再現した。

 

「4年、2年、1年……どんどん命令の間隔は短くなり、やがて世界中に超短期間で抹殺対象たちは出現するようになりました」

「シュー……」

 

 その後ろ姿は、あの時迷宮でたった一人で魔人族の女とその配下の魔物たちを蹂躙した背中にとても似ていて。

 

 やがて、幻が止まった時──カインの足元には骸の山が出来上がっていた。今にもむせ返るような血臭が漂ってきそうだ。

 

「950年目以降の40年で抹殺した対象は21。その数だけ人が死に、国が滅びました」

「それだけのことが起こっても、誰も覚えていない。全く世界の修正力ってのは恐ろしいねぇ」

 

 化け物たちの山の幻覚に、数え切れないほどの人の死骸が重なる。それに比例するように、男はより濃く血に濡れた。

 

「ヒュ〜♪ いつ見ても迫力満点だ」

 

 口笛を吹くエボルトに、ハジメは山の頂上……そこでたった一人で腰掛けるカインを見上げた。

 

「……ああ、確かにな」

 

 いつか、ハジメはシュウジに聞いた。

 

 その人生は空っぽで、偽物で、汚れていて、歪んでいて、最低最悪で穢らわしい、真っ赤な道だったと。

 

 感情が空っぽな顔も、空虚な目も、返り血で染まったローブも、見た目は美しいが血に濡れたナイフも。

 

 全くすべて、その通りではないか。

 

(あいつは、こんなことをずっとやってきたのか。一人で、千年も……)

 

 知らぬ血濡れの姿に、ハジメは改めて自分の親友がどういう人生を送ってきた男なのかを認識する。

 

 迷宮で変化する以前から、どこかで自分たちと違うとは思っていた。それは腕の強さが主だったが……

 

(シュー。貴方はその手で、どれほどの人を……)

 

 それは雫も同じだ。

 

 自分が寄り添うと決めた孤独と恐怖、その根底にある凄惨な過去に胸が締め付けられる。

 

 虚ろに俯く表情に、脳裏にホルアドで見たシュウジの壊れそうな笑顔がよぎって雫は目を伏せた。

 

「世界意思にコンタクトを試みましたが、返答は皆無。変わらず命令が下されるだけでした」

 

 ですが、と一度言葉を切って。カインはメガネの位置を直す。

 

「大方、予想はできたのです」

「……その予想ってのは?」

「寿命だよ。世界のな」

 

 ハジメの疑問に、エボルトが答える。その答えは聞いたもの全員に新たな疑問を持たせた。

 

 世界の寿命。その言葉はあまりに曖昧で、ハジメにはよく理解できない。

 

「お前らは輪廻転生についてどう思う?」

 

 悩ましげな顔のハジメたちに、よっと立ち上がったエボルトは新たに語りだす。それに伴い、幻覚が変化した。

 

 殺戮の記憶から、どこまでも白い平原に。その中心で、白い無数の光の中心で輝く黄金の光と、周りをめぐる円環。

 

 先ほどまでの光景から一転して美しいそれに、女性陣は思わず見惚れてしまう。

 

「そうだな……美空。お前はどう思う?」

「えっ?えっと……別の人に生まれ変わる?」

「正解。じゃあユエ、お前は?」

「……記憶を失う?」

「それも正解だ……じゃ、ルイネ。お前は?」

 

 答えのわかりきった質問をするエボルトにルイネは短く嘆息し、答えた。

 

「それまでの記憶とともに、生前行った罪を清算する行為だ」

「大正解だ!」

 

 大仰に手を広げ、エボルトは叫ぶ。

 

「そう、人は生まれ変わる時悪行を置いていく。ではそれはどこにいくと思う?」

 

 簡単だ、とエボルトは自ら答えを言った。

 

「人間が生まれ変わる時、そこで清算された罪は輪廻転生のシステムの中に蓄積される。まるでいらないデータを集めておくようにな」

 

 世界というのは、言うなれば一つのデータバンクである。大地を、海を、空を作り、そこに生きる生命を管理する。

 

 ではそこに、有害なデータが長い間保管されていたら。当然、蓄積すればするほどシステムを汚染し、エラーを引き起こす。

 

「それこそが〝世界の殺意〟の抹殺対象。人々の残した罪が引き起こした、世界のバグ。本来存在することすら許されないものってわけだ」

 

 バグは本来の生命の流れを狂わせ、人を救いようのない悪意に陥れ、生まれるべきでない悪辣な命を生み出す。

 

 結果、世界は混乱し、動乱し、破滅する。正常に命のバランスが保たれていれば、絶対にありえることのない殺戮で。

 

「それを消すために使われるのが、この権能」

 

 カインが右手を掲げ、その掌の幻覚を解くと刻印から白いナイフを喚び出した。

 

 幻覚の中で幾度も使われた白い武具によく似たそれを、全員が注視する。

 

「世界意思から与えられた削除権限。いてはならぬ存在を消せる、唯一のプログラム」

「……〝抹消〟」

 

 シュウジを苦しめていた元凶を見て、雫は思わずそう零してしまった。当然、ハジメたちの目がそちらに向く。

 

 雫と、ついでにルイネがしまったという顔をするが、もう遅い。カインも彼女に冷たい目を向けている。

 

「どうやら彼女は知っているようですね。ルイネ、貴方が教えたのですか?」

「……いいや」

「そうですか……話を戻しましょう。我々〝世界の殺意〟とは、つまるところバグを取り除くエンジニアです」

 

 世界意思が排出した、人が転生を繰り返すたびに積み重なる、簡潔に言えば〝悪意〟の集合体を狩ること。

 

 それこそが〝世界の殺意〟の本懐。そうすることで正常に命の流れを保ち、世界の輪廻を守るのだ。

 

「しかし晩年、そのバグが異常発生した。これまでどの〝世界の殺意〟でも直面したことのない危機が世界に訪れたのです」

「……何故?前世のシュウジ……カインは、ちゃんとバグを消してた」

 

 不思議そうにいうユエにええ、と肯定して。しかしカインは、どこかくらい面持ちでメガネの位置を直した。

 

 

 

「確かに私は、一度も欠かさず命令を遂行しました。ですが同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()

「……え?」

 

 

 

 それは、誰の声だったか。

 

 これまで世界の秩序を保ってきたと言っていたカインが、世界の破滅に手を貸していた。

 

 まるで真逆の言葉に、不気味に笑うエボルトを除いて誰もが唖然とする。カインはその中の一人に目を向けた。

 

「ルイネ。貴方は私が何をしていたか知っているはずです」

「………………貴方は、対象とされたものたち以外にも、大勢の命を脅かす存在となる人間を殺して」

 

 そこまで言えば、十分だった。ルイネは自分の言葉が孕む意味に気がついて、大きく目を見開く。

 

 それを受け止めるカインは、どこまでも冷徹な顔だ。だって当然だろう、それを誰より知っているのは、彼だ。

 

「先ほど、彼が言いましたね。世界は一つのデータバンクのようなものだと」

 

 では、たとえバグが消えたとして。そこにさらに命の数を減らす存在を殺したとしたら、どうなるだろう。

 

 答えは唯一つ。命は消えることなく()()()()()。魂というデータが増えれば増えるほど、バンクは圧迫される。

 

 バグがなくなったとしても、それと同じ量だけのデータが蓄積されていけば……いずれ致命的なエラーが起こる。

 

 それが約1000年続いたとしたらどうか。地球で言えば、軽く十数の文明が滅び、新たに生まれるのに十分な年月増え続けたら。

 

「そ、んな、あな、たは──」

 

 ルイネの声は、絶望に満ちていた。

 

 ああ、そんな残酷な話はないだろう。

 

 誰かのためと殺し、人を救ったその在り方が……

 

「ええ、そうです」

 

 そこで初めて、カインは悲しげに目尻を下げて。

 

 

 

 

 

 

 

「私の殺戮(救済)が、世界を滅ぼした」

 

 




はい、見事なまでの厨二。我ながらカオスすぎます。
感想をもらえると励みになりマッスル。


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救いなき

キングスマン最高。どうも、作者です。
この章はルイネのヒロイン力が高いでぇ
楽しんでいただけると嬉しいです。


「なん……だって……?」

 

 唖然としてんな。まっ、無理もないか。

 

 愛する男が世界の秩序を守るどころか、反対にそのバランスを崩していたとなっちゃあ絶望もするだろう。

 

 それでもまだ膝をつかないあたり、いい精神力をしている。流石はカインが人生で一人だけ愛した女だ。

 

「いくらバグを消したって、その分魂が増えてりゃ意味がない。人間ってのは破壊と創造を繰り返して発展する生物だ」

 

 より力の強いもの、あるいは傲慢ゆえの自滅か。どちらにせよ、文明はいずれ崩壊し、新たなものが生まれる。

 

 壊れ、生まれ、また壊れる。それを繰り返して世界は回る。ひたすら壊してた側の俺がいうのもなんだがな。

 

 しかしこいつは、あまりにも人を守りすぎた。その結果が命は守れても世界の均衡が崩壊した未来だ。

 

「まったく、皮肉な話だねぇ」

「それじゃあ、全部無駄だったってことかよ……」

「そんな、酷い……!」

 

 ハジメたちもいい具合に動揺している……っと、いつまでもオーディエンスのリアクションを楽しんでもいられねえな。

 

「その仮説を立ててから一年後。こいつはとうとう出会った。あいつにな」

「あいつ……?」

 

 カインが幻覚を変える。今度はそこそこ広い裏路地の中、人間の身体と四肢を無理やり繋げたようなバカでかい百足とやっていた。

 

 目玉の位置には人間の頭がついており、触覚の代わりに腸がゆらゆらと揺れている。SAN値チェック待った無しだ。

 

「生命バランスの維持が取れなくなり、増え続けた魂の分だけバグも増えた。つまり、溢れる悪意が強くなった」

 

 結果こんな狂気の産物が生まれたんだが……まあ、カインがナイフを一閃するだけで細切れになって終わった。

 

 だが、それで今回は終わりじゃない。〝抹消〟のナイフを消し、踵を返してカインは路地の中へ消えていく。

 

 その道の最中、ふと足を止めた。右下に目を向けると、そこには自分を死んだ目で見上げるガキがいる。

 

「これは……マリス?」

「正解だ。そしてこいつこそが、世界の崩壊を確信させる何よりの証明だった」

「どういう……ことなの?」

 

 これ以上のことがあるのかとでもいうように、雫が聞く。俺はあえて明るく笑い、その質問に答えた。

 

「〝世界の殺意〟は、次代の後継者となる最強の暗殺者にしかその存在を認識されない。そういう風になってるからな」

 

 ありえないバグをなかったことにする世界の修正力、その力の一端は〝世界の殺意〟の存在の抹消。

 

 どのような人間の記憶にも、記録にも残らない。それは暗殺者にとって最大のアドバンテージだ。

 

「だがこいつは、その〝世界の殺意〟であるカインを見ることができた。これは何を意味する?」

「もしかして……」

「そう。〝世界の殺意〟の存在抹消にまで手が届かなくなった証拠だよ」

「……見えないはずのものが見える、ってわけか」

 

 システム内のいたるところに起きるエラーの処理が最優先となり、〝世界の殺意〟への恩恵が弱まった。

 

 そのせいで、なんの変哲も無い子供とこいつは出会った……まあ、()()()()()()()()()()()()()

 

「長い生の中で数度と言っていい驚愕をするこいつに、さらに世界から命令が下ったのさ」

「〝その子供を含め、これよりお前を認識するものを弟子とし、次の継承者に育てろ〟と」

 

 一言一句違えることなく、カインがかつて自分に下された命令を復唱する。それは何を意味するのか。

 

 通常、〝世界の殺意〟の生が最後に近くなった時、世界から次の後継者となる暗殺者が選ばれ、伝えられる。

 

 しかし、崩壊が進む中で世界の秩序を一人で背負えるほどの強さを持つ暗殺者はおらず、世界意思は最終手段に出た。

 

「これまでたった一人に受け継がれてきた苦行、孤独の地獄を、それを否応なしにさせる絶対の権能を、()()()()()()()()

「なっ、では私たちは!」

「ようやく気づいたか……ああ、三人の中から選ぶんじゃない。お前ら全員、次の〝世界の殺意〟だった」

 

 そうしなければならないほど、世界の危機は迫っていた。一人ではもう、次の千年は維持できなかった。

 

 全てはたった一人の、一人でも多くの救済を望んだ男のせいでな。

 

「その素質ありと世界に運命を決められ、次々と後継者は選ばれていった。この女……マリスとその三年後に見つけた二人目。そして……」

 

 一方向に見せていた幻覚が、ぐるりと周りを取り囲むように現れる。そこに映るのは、二人の子供。

 

 一方は全身血と肉片に塗れた、獣というほかない少女。そう、クラスメイトどもと一緒にいたネルファだ。

 

(これが御堂さん……いいえ、ネルファさんの……ごめんなさい。勝手に見てしまったわ)

 

 そしてもう一方は……土砂降りの中、血に伏しながらもカインのズボンの裾を握る泥と傷に塗れた少女。

 

「990年目、ついに最後の後継者とカインが出会った」

「私、か……」

 

 三人の後継者が揃い、十年間絶えずカインの頭の中に響いていた命令は消えた。それで準備は整った。

 

 あとは全員を育て上げ、バグに対する抑止力を3倍にすることで世界の崩壊を抑える。それで万事解決だ。

 

「めでたしめでたし……なはずだった」

「はずだった?」

「もう一つあったんだよ、方法がな」

 

 俺はカインに視線をよこし、答えを促す。頷いたあいつは話し始めた。

 

「一つだけ、彼女たちが〝世界の殺意〟と抹消を継がずに世界を正常に戻す手段があったのです」

 

 その手段は……

 

「私という存在を、なかったことにする」

 

 その言葉に、ハジメたちは全員瞠目した。さて、今日このリアクションを見るのも何回目かねぇ。

 

「そうか、貴方は……!」

「ええ。世界の記憶から完全に抹消されてしまえば、私の守り、そして破壊した千年はなかったことになり、新たな千年が生まれる」

 

 そうすれば元からバグである〝世界の殺意〟の抹殺対象は復活せず、力を使わずにカインが〝殺した〟事実はリセット。

 

 まるで桐生戦兎とその仲間たちが、かつて白いパンドラパネルと俺を使って新世界を作ったように、こいつは新しい歴史を作った。

 

「複数の継承者?世界の破滅を押し付ける?ふざけるな。そんなことは世界が判断しようと私自身が許さない。これは私の責任だ、私が清算すべき大罪だ。誰だろうと、私以外にこの行いの始末はつけさせない」

「おっ、初めて感情的になったねえ」

「………………失礼」

 

 これまでは単なる事実確認をしてたって感じだが、流石にこれに関しては怒りを禁じざるを得ないらしい。

 

 その言葉にあるやつは衝撃を受け、またあるやつはホルアドでのシュウジの独白からやはりかという顔をする。

 

 だが、こいつらは単に話を聞くだけの案山子でいるほど鈍くはないだろうな。おっ、早速何か聞き出そうな顔のやつが……

 

「疑問って顔だな。ハジメ」

「……仮にカインが消えたとしてだ。そうしたら破滅は免れるかもしれないが、代わりに救った人間が消えた影響も出るんじゃないか?」

「貴方のおっしゃる通り。そのままでは大きすぎる矛盾で、どちらにしろ世界は滅んでいました」

 

 歴史を書き換えカインをなかったことにするということは、それで救われた人間と、そいつらが生んだ人間も消すということだ。

 

 増え過ぎても問題だが、それだけの数が一気に消えて世界の記憶を書き換えるってのも大きな負荷がかかるんだろうな。

 

「そらを回避するために〝世界の殺意〟に与えられる報酬を使いました」

「報酬?」

「〝世界の殺意〟がその任務を完遂した時、世界意思は一つだけ報酬を与える。それは千年に渡る、幸福な人生の確約だ」

「そもそも、世界意思とは何か。これまで話に何度も出しましたが、そこを説明していませんでしたね」

 

 

 

 

 

 世界意思。

 

 

 

 

 

 輪廻転生を司り、世界の巡りを管理するその存在の正体は……抹消に対するシステムα。世界創造の力。

 

 あまねくを生み出せる膨大な力の集合体、それが世界意思だ。その対極にして破壊の力こそが、〝抹消〟。

 

「そりゃまた……なんともすごい存在だな」

「世界意思は公正だ。存在を消してまで使役する我々に、その見返りとして良き未来の可能性を創造して与える」

「だからこいつは、それを逆手に取ったのさ」

「──ッ! そうか、それが私たちの記憶の真実か!」

 

 おっと、ルイネが反応したか。まあ好きに言わせておこう。長々説明するのも飽きてきたし。

 

「貴方は歴史が大きく書き換わる負荷を、自分の未来を捧げることで補完した!その反動で、貴方の記憶を誰より多く持つ私たちは貴方を忘れてしまった!」

「正解です。さすがはルイネ、頭の回転が昔から早い」

「だがあと一歩足りねえな」

 

 どういうことだって顔で睨んでくるルイネ。怒りと悲しみがないまぜになったひでえ顔してやがる。

 

「それでもまだ不安だったこいつは、世界意思と交渉して自分をシステムの一部に組み込んだんだよ」

「排出されたものを処理するのが間に合わないなら、内側から消してしまえばいい。実に簡単なロジックです」

「そんな……じゃあ貴方は、最初からそのつもりで……」

 

 これまでで最大のショックを受けた様子のルイネ。雫が悲しげに目を伏せてるが……()()()()

 

 今度こそ今にも膝をつきそうなルイネを、カインは見る。するとどうだ、片手をルイネの頬に添えたじゃねえか。

 

「貴方たちを育てる中、心の中で常に苦悩していました。私の行いが招いた悲劇を、貴方たちに押し付けていいのか」

「マス、ター……」

 

 一方であれ救いたいという願いは世界を蝕む呪いに変わり、秩序を正す刃は己の業を斬るエゴになった。

 

 そのせいで三人の少女に、本来背負わせるべきでない重すぎる責任を課すはめになる。ああ、全く人間らしい失敗だ。

 

「兵器と言っておきながら、私は自分の理想に走りすぎた。ただ一人、私だけが血に塗れればいいと願ったが……それは救いようのない間違いだったのです」

 

 世界を守りたいのならば、下された命令にだけ従っていればよかった。人間同士の争いなど放っておけばよかったのだ。

 

 だが、悪意あるものたちに善意あるものを守る兵器として作られたこいつは……それがどうしてもできなかった。

 

 見て見ぬ振りで未来の繁栄を待つより、今殺せるものを殺して目に見える人間たちを守るのを優先した、報いだ。

 

「まあ、当たり前だよなぁ。それしか解決方法なんてなかったんだからよ」

「……っ、私は!」

 

 自分の頬に添えられていた手を、ルイネが掴む。そして震える両手で包み込み、絞り出すように声を漏らす。

 

「私は、それでもよかった!貴方の残したものなら、どれだけの重荷でも受け入れた!」

「ルイネ、貴方は……」

「たとえ結末が残酷でも!それでも貴方は人を救おうとしたじゃないか!私たちを救ってくれたじゃないか!それは絶対に嘘じゃない!」

 

 それもまた、事実だ。やりすぎたとはいえ、こいつが数億以上の人間を救ってきたことに変わりはない。

 

 もしかしたら、ルイネとネルファの過去は、世界のバグのせいかもしれないが……しかしこいつは、確かに絶望から救ったのだ。

 

「だからっ、私は貴方を、貴方の理想が、間違っていたとはどうしても思えない!」

「……ありがとう。貴方はいつも私の味方をしてくれる。こんな罪深い私を」

 

 そう言って、カインはルイネの手の上からもう一方の手を重ねた。ルイネは目を見開き、崩れ落ちる。

 

 かなり激しかったので、慌てて美空たちが魔法で治療する。そんな中、またルイネはカインを見上げた。

 

「……なあ、教えてくれマスター。貴方の心にあった私たちへの想いは、後悔だけなのか……?」

「ルイネさん……」

「………………」

 

 カインは答えない。だがルイネは懲りもせず問い続ける。

 

「私たちは確かに、貴方を愛していた。形に違いはあれ、けれど確かに貴方を慕っていた」

「…………」

「なのに貴方は、それだけなのか? あの優しさは、全て悔いの裏返しに過ぎなかったのか? 」

 

 

 

 ただの、自分の行いを償うための偽物だったのか?

 

 

 

 ルイネの言葉が、幻覚の消えたリビングに木霊した。

 

 誰も、その悲痛な姿に声をかけられない。ハジメも、雫も、ユエたちも。流石に俺もダンマリだ。

 

「……そうではないからこそ、私は自らの消滅を決意したのだ」

「え?」

 

 果たして数秒か、それとももっと長い時間か。静寂に包まれた中に、それまでにない〝熱〟を持つ言葉が響く。

 

 呆然とするルイネの前に膝をつき、目線を合わせるカイン。先ほどのように頬に手を添えると……微笑んだ。

 

「確かに、後悔の十年でした。でもそれとは比べ物にならないほどに、幸福な時間だった」

「……本当なのか?」

「はい。貴女たちの……貴女との時間は、なによりも私にとって大事なものだった。到底世界などに捧げるには惜しいほどに」

 

 だからこいつは、自分の責任を全うする意味以上に、ルイネたちを己という枷で縛らないために自分を消した。

 

「今ならば言えます……ルイネ。私は君を愛している」

「マスター……」

「ありがとう、私を愛してくれて。私に愛を教えてくれて。君からはたくさんのものをもらった」

 

 そんな相手だからこそ、こいつは自分を覚えていて欲しくなかったんだろう。絶対にその責任を共に背負おうとするから。

 

 これは殺戮兵器にたった一つだけ灯った、人間らしいプライド。以前の俺なら到底理解できない、譲れない思いってやつだ。

 

「っ……言うのが……遅すぎるぞ……」

「申し訳ありません。ですが言ってしまえば、未練が残ると思いました」

「この、馬鹿者っ……!」

「その通り、私は大馬鹿だ。そんな大馬鹿を愛してくれたこと、とても感謝します」

「う……あぁ……うわぁああああああああああああああああああああああ!!!」

「おっと……」

 

 とうとう泣き出しちまったな。絶対に離さないと言わんばかりにカインに抱きついてやがる。

 

 それまで沈鬱だったリビング内の雰囲気が、こいつらの愛の告白で少し生暖かいものに変わった。

 

 だが、残念だったな。

 

 

 

「まっ、それで終わってりゃ美談で済んだよなぁ」

 

 

 

 そこで綺麗に終われるほど、この話は美しくはない。

 

 

 




思ったより長引いてんな……感想書きたくなるような面白い文章ってどうやって書くんだろ。
次回、いよいよ核心へ。あ、違いますコアじゃないです(古い
思ったことをコメントしていただけたらなと。


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真実 前編

うん、はい。もうなんていうか、膨らみすぎました。
んでもってごめんなさい!午前中外に出てて全く書く時間がなくて遅れました!
とりあえず楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

「エボルト、どういうこと?」

「これ以上ルイネさんを苦しめる必要、ないと思うけど」

 

 ルイネの両肩をさすっていた美空と香織に睨まれる。おお、と態とらしくおどけてみせる。

 

「おいおい忘れてねえか? 俺は()()()()()()()()()()()()()って言ったんだ」

 

 これで終わりじゃ、前座で閉幕になる。メインをやらずにおしまいなショーなど、面白くもなんともない。

 

 そう言えば、と二人は怪訝な顔をする。そう、これまでのは長い前置き。俺の話はここからが本番だ。

 

 カインに幻覚を頼むと目配せをすれば、奴は頷く。

 

「ルイネ。まだ話を聞いてくれますか?」

「ぐすっ……ああ」

「お二人共、彼女を頼みます」

「うん」

「わかった」

 

 目尻に涙を残すルイネと離れ、美空たちに預けた。二人は傷を刺激しないよう、ルイネをソファに連れて行く。

 

 全員元の位置に戻ったところで、再び幻覚が展開されていく。今度はどことも知れない丘の上、そこに立つのはカイン一人。

 

 そして……先ほどの幻覚に現れた、黄金の光と円環。しかし光はくすみ、本来の色を損なっている。

 

「あれは……さっきの……」

「あれが世界意思だ。これはカインの最後の記憶さ」

 

 世界意思と一言、二言何か言葉を交わしたカインは、右手に〝抹消〟を出現させて切っ先を自分の首に向ける。

 

 それから一瞬、戸惑うように手を震わせた後……

 

「あ……!」

「ちょっと、ルイネさん」

 

 自分首を、刎ねた。

 

 ルイネが声をあげ、また立ち上がろうとして美空に止められた。

 

 わずかに震え、糸が切れたように崩れ落ちる。そのまま肉体は黒い粒子になり、世界意思に吸い込まれた。

 

 

 

 途端に世界意思の中核たる光は鮮烈に輝きを取り戻し、白い波動が丘に……世界中に広がった。

 

 それは世界を修正する力そのものだ。

 

「これが奴の最後だ……最後になる、はずだった」

「終わりじゃなかったのか?」

「ああ」

 

 だからカインと俺はここにいる。何よりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全ては、続いてはいけない……世界にもう存在してはいけないものを呼び覚まそうとした、一人の女の手によって。

 

「最初に言った通り、話の根本はカインが命を絶ったことだ。その後から、全ては始まった」

 

 未来も、自分の存在さえ全てをかけた罪の清算はうまくいき、壊れかけた世界の流れは別の道を辿った。

 

 その歴史には〝世界の殺意〟も、殺す対象も存在しない。文字通りカインは、最後の継承者となる。

 

「カインがシステムの一部になることでバグを排出することなく、輪廻転生のシステムを運行することができるようになった。代わりにカインの自我は消えたけどな」

 

 何億もの魂が持つ穢れを全て受け止め、処理するのだ。どれだけ強靭な意志を持っていても耐えられはしない。

 

 代わりに作られたのは平和な世界。人間同士の小競り合いはあれど、終末は訪れない時間が止まったような平穏。

 

「……だが、その結果に納得しないものもいた」

 

 誰も知らないはずだった。

 

 世界の崩壊も、それを引き起こして自分で犠牲になった男のことなんざ覚えてなかった。

 

 だが、人間が自覚する以上に人間の執念というものはどこまでも恐ろしく、そして際限のないものだ。

 

「なあルイネ。お前達の中で、誰が初めにカインのことを思い出した?」

「……なに?」

 

 訝しげに眉をひそめるルイネ。さっき質問はするなと言外に言ったが、俺からしないとも言ってない。

 

 ルイネはしばらく考え込む。それなりに古い記憶だろうが、さすがの記憶力といったところかすぐに思い出した。

 

「確か、マリスだ」

「そう、奴だ。あの女が最初に、思い出せないはずの記憶を取り戻した」

 

 

 

 〝黒の破壊者〟マリス。

 

 

 

 三人の弟子の中で、最初にカインが次代の候補者として出会った女。一番弟子にしてカインの愛娘。

 

 新しい歴史では教師となった奴は、修正の反動でその事実さえ消えた世界でカインのことを思い出した。

 

「だが……」

「どうやって、だろ? 抜け道があったんだよ、あいつにしか使えないな」

 

 これまでに話した通り、カインという存在は消えた。歴史にも、人の記憶にも、もちろん書物にさえ残らない。

 

 だが、マリスはたった一つ元の歴史の記憶を残しておく手段を持っていた。それが全ての元凶だ。

 

「でも、一体何なんでしょう?」

「ウルの街で見ただろ?  闇の呪法、悪意より生まれた怪物さ」

「……そうか、あのとき先生が使ってたヘドロみたいな怪物か」

「Exactly!」

 

 カインは生きとし生ける者全ての記憶という記憶から抹消されたが、ヴェノムは生き物ではなく魔法。

 

 そこに世界意思の見落としがあった。マリスはもしもの時の為、自分の記憶を複製して魔法の中に残しておいたのだ。

 

「〝追憶(リコレクション)〟。私が彼女たちに教えた記憶操作の魔法で最上級の魔法です。一定期間の間に意図的に消された記憶を復元できる」

「……ん、全然知らない異世界の魔法。すごい」

「ハジメさん達からしたら、私たちの住むこの世界も異世界ですけどねぇ」

 

 本来なら魔法で隠蔽された記憶から痕跡を探る魔法を、奴は記憶が失われた時の保険に自分に施していた。

 

 新しい歴史が作られてから、三年後。魂に残っていた魔法が発動し、 ついにその時がやってきた。

 

「なるほどな……さすがはマリスだ」

「じゃあ次の質問だ。お前とネルファはなぜ記憶を取り戻した?」

「突然会いに来たマリスが、私とネルファに自分の記憶を魔法で共鳴させた。そのショックで思い出したのさ」

「へえ。じゃああいつを追いかけていこうなんて提案したのは?」

「ああ、それもマリ……ス…………」

 

 微笑むような顔が、一瞬で彫像のように固まった。自分の言っていることの矛盾に気がついたように。

 

 

 

 ああ、ようやく気付いたか。そうだよ、その顔だよ。

 

 俺はその反応をするのを期待していたんだ。

 

「じゃあ、最後の質問をしよう──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と教えたのは、誰だ」

 

 この質問をする俺は今、どんな顔をしているかな。気遣うような顔?それとも申し訳なさそうな顔かねぇ。

 

 いや、断じてそのようなことはありえない。なぜなら俺が今、この胸に感じている冷たい感情は──

 

 

 

 

 

「────マリ、ス」

 

 

 

 

 

 ──これ以上ないほどの、愉しさなのだから。

 

「まさ、か。そんなはず、は……」

「ルイネさん……? 」

「ちょっとルイネさん、しっかりして!」

 

 茫然自失とするルイネを美空と香織が必死に揺さぶる。だがあまりにショックなのか、全く反応しない。

 

 壊れた人形のように「そんなはずはない、そんなはずはない……」と繰り返すルイネに、美空が俺を睨みあげた。

 

「エボルト、どういうことッ!」

「俺は質問をしただけだぜ?話をちゃんと聞いてなかったのか?」

「またそうやって、おちょくるような……っ!」

「おっと」

 

 ここまで来てあくまでふざけた姿勢でいる俺に頭が来たのか、美空が詰め寄って襟首を掴んでくる。

 

「ルイネと御堂は、先生に嘘を教えられた」

 

 それを制するように声をあげたのはハジメだった。

 

 美空が振り返る中、壁にもたれかかって腕組みをしたハジメは俺を見る。

 

「事実と言ってることが矛盾してる。そうだろ?」

「……ああ、そうさ。お前の言う通りだよハジメ」

 

 カインは消えたのではなく、自分達の夢を実現させるために報酬を譲渡して転生した。

 

 奴は記憶の蘇ったルイネたちに世界の崩壊と修正という真実ではなく、ありもしない嘘を与えた。

 

「いやはや、ハジメは頭の回転が早くて助かるぜ」

「どうして、そんな嘘を……?」

 

 困惑から頭が冷めたのか、美空は手を離して数歩ほど後ずさる。   

 

 襟首を直し、俺は咳払いして話を再開した。

 

「真実に嘆き、怒り、奴は狂っちまったのさ」

 

 数え切れないほどの人々を救い、私や姉妹たちを教え導いてくれた愛しい愛しい父親の末路がそれ。

 

 そんな結果を、他人への嫉妬に狂い闇の呪法なんてものを覚醒させた女が果たして許容できるだろうか?

 

 

 

 無論、ノーだ。

 

 

 奴は全てを憎んだ。仮初めの幸せに浸っていた自分も、のうのうと生きている人間たちも。

 

「だから欲しがった」

 

 仮初めの平穏などいらない。父のいないような世界なら──

 

「自分の思う通りに、全部をやり直す(ぶち壊す)ための力をな」

 

 ──全部、壊しちまえってな。

 

「だから嘘で巧みに操って奪い取ったんだ、ルイネたちからあるものを」

 

 人間が嘘をつく理由など二択だ。何かを騙して奪い取るためか、相手を傷つけないためなんて自己満足か。

 

 奴は前者だった。自分の目的のためにルイネたちのあるものを欲し、お得意の外面と嘘で丸め込んだ。

 

「まさかお前らも、姉弟子が自分たちを騙すなんて思いもよらなかったよなぁ?」

「嘘だ……嘘だ、そんなのは嘘だ! だってマリスは、私たちにまだ希望があると教えてくれたんだぞ!」

 

 これだけ言ってもまだ信じる、か……前から思ってたが、暗殺者のわりに情に厚すぎる節があるんだよな。

 

 あのネルファや……あるいは奴くらい割り切っていれば、この事実の捉え方も違うのかねぇ。

 

「なら、これを見てもまだそう言えるか?」

 

 カインが幻覚を使い、ビジョンを映し出す。

 

 

 

 自分の記憶ではなく、意識の共有で繋がっている俺の記憶だ。

 

 

 

 赤い靄がかかり、幻覚が写したのはどこかの研究所のような施設、複雑な形状の装置が多くある一室だった。

 

「これは、私たちが転生した時の……」

 

 そこにたのは今と変わらない外見のルイネと、転生した今の容姿ですら雲泥の差がある絶世の美女……ネルファだ。

 

 そして、肌に張り付くような専用のスーツを着たルイネたちの他にもう一人。眼鏡をかけたショートカットの女がいる。

 

「アレがマリスだ。今とは全然違うだろ?」

「ああ、たしかにちびっ子じゃねえな。でも……」

「ハハッ、言いたいことはわかるぜ?」

 

 何よりの違和感は、顔に張り付く笑顔。 

 

 一見親しみやすいが、これほど不気味な表情も中々ない。

 

『それじゃあ、頼んだぞ』

『御方と共に待っていますわ』

『ええ、すぐに追いかけていきますよ』

 

 決意を宿す目で言うルイネたちに、にこりと奴は笑う。ハッ、いつ見ても寒気がしやがる顔だ。

 

 最後の会話を交わして、装置を操作するマリスを除いて二人は装置に入った。蓋が閉まり、マリスが装置を操作する。

 

 複雑な音を立てて次々と棺桶に繋がる装置が作動していき、やがて一つの機能を始動させて激しく稼働し始める。

 

 そして振動と各装置の点滅、棺桶から放たれる光がいよいよ最高潮に達し、ルイネたちの入っている転生装置……いいや?

 

 

 

()()()()()()がその機能を解放した。

 

 

 

『……っ! 今っ!』

 

 奴が装置を止める。

 

 激しく震えていた棺桶が急激にブレイクダウンし、音を響かせ、激しく火花を散らしながら停止した。

 

 濛々と煙が立ち込める中、奴は恐る恐る棺桶に近づいていく。そして、設置された透明なケースの中身を覗いた。

 

 そこにあるのは力強く脈動する赤い光の玉と、金色の光に縁取られた仄暗い緑色の、異形の光の玉。

 

 ルイネとネルファの、魂だ。

 

『……………………あは』

 

 それを見て、奴は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あは、あははははは、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とても可笑しそうに、嗤った。

 

『ああ、ありがとう愛する姉妹たち!私のために大事なものをくれて!これで私は、お父さんに会いに行ける!』

 

 大事そうに、愛おしそうに。

 

 本当に嬉しそうな顔で、奴はかつて自分が妹や家族と呼んだルイネ達の魂を見つめる。

 

 ひとしきり嗤った後、奴は装置からケースを外して、文字通りの棺桶を置いたまま部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

ドッガァアアアアアン!

 

 

 

 

 

 その5秒後だ。棺桶が爆発し、幻覚の爆炎が視界を覆い尽くしたのは。

 

「な? これでわかっただろ? あいつはお前らの魂が欲しかった、だから利用した。それだけの話だ」

「そ、んな……」

 

 絶望した顔をするルイネ。他の奴らも目を伏せるか、呆然とするか、口に手を当てて悲鳴を抑えるか。

 

 下衆な愉悦、次に同じかそれ以上の罪悪感。

 

 元からある負の感情と、植えつけられた善性が同時に沸き起こった。

 

「話を続けよう……ルイネたちの魂を手に入れた奴は、世界意思に会いに行った」

 

 幻覚が映すのはいつかの丘、カインが自刎した場所。そこには円環が激しいスピードで回る世界意思がいた。

 

 まるで激しく焦っている人間のような動きだ。実際、内部ではいたるところにエラーが出てんだけどな。

 

「奴やルイネ達に記憶が戻ったことにより歴史に矛盾が生じ、消えたはずのバグが一気に溢れ、大混乱中の世界意思に奴は提案した」

 

 

 

 

 

『私がエラーを正しましょう。だから、その力をくださいな?』

 

 

 

 

 

「もはや正常な判断ができないほどに混乱していた世界意思は、奴に渡したのさ。世界で最凶の武器をな」

 

 奴はルイネ達の魂を自分に取り込み、魂の格を上げて元からルイネとネルファの三人で受け継ぐはずだった〝抹消〟を手に入れた。

 

 世界意思から白い粒子が降り注ぎ、奴の右手に刻印が刻まれる。そこからカインと同じナイフが生まれた。

 

『ありがとうございます。それでは──消えてください。私からお父さんを奪った報いとして』

 

 それを、世界意思に投げ打った。

 

 

 

 パリィィイインッ!!!

 

 

 

 〝抹消〟は寸分違わず中核を貫き……世界意思は木っ端微塵に砕け散ってしまった。

 

「なっ!!?」

 

 ルイネが絶句する。ハジメたちも全く同じ表情だ。

 

 そう、奴は世界意思を消した。たった一瞬、無防備に等しかったその瞬間を狙って。

 

 そして白い世界意思の残骸が降り注ぎ、手に入れた。世界すら創造できうる力と……かろうじて残っていたカインの残骸を。

 

『お父さん!やったよ!私やったよ!ねえ、褒めてよお父さん!』

 

 陶器のようにひび割れたカインの生首に、それは嬉しそうに笑いかける奴。

 

 その目にはもう、正気は一片もない。

 

「そんな、マリス……嘘……だろう……?」

「残念ながら本当だ。奴はカインが全てをかけて守ったものを、カインのためにバラバラにしたんだよ」

 

 父のために世界も、家族ですら道具にした悲しみと愛に狂った女。ある意味じゃあ人間らしい姿だ。

 

 それからずっと話しかけていたが、しばらくしてカインの自我がないことに気づいたのかピタリと動きを止める。

 

『……そっか。もうお父さんの意識、ないんですね』

 

 いつのまにか元の冷徹な顔に戻って、奴は立ち上がる。

 

 すると、奴の姿が変わっていった。白衣は純白のドレスへ、短かった髪は伸びて黄金に。

 

 最後に、眼鏡を外して露わになった瞳は……()()()()()()()に輝いていた。

 

 

 

『待っててね、お父さん。私がすぐに──作ってあげるから(生き返らせてあげるから)

 

 

 

 その言葉を最後に、奴は忽然と姿を消した。そこで一旦カインにアイコンタクトをして幻覚を消す。

 

「……おい、今のって」

 

 ハジメが、酷く強張った顔で声を漏らす。ああ、そういやこいつはシュウジから聞いたんだったな。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ。マリスの正体は──シュウジを転生させた女神だ」

 

 

 

 

 

 

 




楽しんでもらいたいと思うほどカオスになる。うん、わけわかんねえなこれ。
とりあえず次回も頑張ります……もう月さんとか楓さんとか読んでないのかしらん。


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真実 後編

6時に定時更新すると言った。だが誰も朝の6時にしないとは言ってない。
ということで、早めに出来上がったので投稿です。
楽しんでいただけると嬉しい、ZE!


 

 

 

 そう。奴こそが全ての黒幕。

 

 

 

 俺をシュウジに憑依させ、そしてシュウジ自身を転生……いや、()()()張本人に他ならない。

 

 奴は世界意志を破壊したことで創造の力も手に入れ、神に等しい存在になった。いいや、神そのものか。

 

 普通はそんなことをすれば、大きすぎる力に耐えきれないだろうが……しかし奴は先んじて〝世界の殺意〟の力を手に入れた。

 

 世界意思が創造する、千年限定の不老不死。

 

 それを手にすることで、創造の力への適応性を獲得していたのだ。

 

 世界を作る力と、世界を破壊しうる力。その両方を取り込み、世界意思が消滅した世界にマリスは君臨した。

 

 

 

 

 

 それから、奴は一切の躊躇なく世界を滅ぼした。

 

 

 

 

 

 いや、この言い方は語弊があるな。正確には()()()()()()()()()()

 

 命を尊ぶ、なんて父に教えられた綺麗事は、人間的な思考の消滅とともに奴の中から消えた。

 

 奴に残っていたのは、友を、世界を切り捨ててでも成就したいたった一つの目的だけ。

 

 カインを蘇らせる。そのために奴は世界意思から簒奪した力を使い、世にもおぞましい実験を始めた。

 

 回収した無数の魂。奴は、その魂を使って()()()()()()を目論んだ。

 

 システムの一部になったことにより激しく破損したカインの魂は、もうほとんど復元不可能だった。

 

 だが、取り込んだ世界意思の記録に欠損した部分が残っていたため、それを漂白した魂に入れてカインの魂に継ぎ足した。

 

 千年分の、それも常人より遥かに濃い記憶だ。完全に復元されるまでに何万、何十万人もの魂を使っただろうなぁ。

 

 

 

 だが、そんなものはほんの序の口だ。

 

 

 

「100万以上の命を使ってカインの魂を修復した奴は、さらに十数億という膨大な魂のエネルギーを使ってカインを目覚めさせた」

「その時の記憶をお見せしましょう」

 

 カインの幻覚魔法が展開し、真っ白な空間が投影される。

 

 そこにいたのは神格化したマリスと、初めて混乱した顔を見せるカインの姿。

 

『これは……私は、何故』

 

 そんな言葉を呟くカイン。

 

 無理もない。世界を崩壊に導いた罪を贖うために自殺したのに、意識が覚醒したんだからな。

 

 状況を理解できないカインに女神マリスは歩み寄り、人間の時にそうしていたように笑顔の仮面をかぶる。

 

『おはよう、お父さん。やっと……やっと会えたね』

『マリス……あなたが私を』

『うん、そうだよ。どうしてもお父さんに会いたくて蘇らせたの』

 

 照れ臭そうに、実に人間臭い表情で奴はカインのことを見下ろす。

 

 いやはや。俺も戦兎たちの世界で色々な人間に化けたが、奴の演技力には脱帽をせざるを得ないな。

 

『そう、ですか……ですが私は自らの罪を清算するために死を選んだのです。そうしなければ、世界は壊れてしまうから……』

『何も心配いらないよ、お父さん。もうお父さんが一人で戦う必要も、誰かが犠牲になる必要もないの』

 

 甘い言葉を口にして、マリスはカインに片手を差し出した。

 

 現状を知ることもままならないカインは、すっかり愛娘の笑顔に騙され、その手をとって立ち上がる。

 

「この時の私は愚かでした。ここで彼女の異変に気が付いてれば、もう少し違う結果になったかもしれないのに」

「どういう意味だ?」

 

 ハジメの質問に、カインは答えなかった。その代わりに無言でひたすらに自分の幻覚を見つめている。

 

 自分がわざわざ口に出さずとも、この光景を見ていれば自ずと答えはわかるとでも言いたげに。

 

『マリス。それはどういう意味ですか? 真に我々を必要としない世界が来たと?』

『そう。私がそうしたの。だからお父さんは、もう苦しまなくていいんだよ! だって──』

 

 奴は、まだ繋いでいたカインの手を自分の頬に添えた。

 

 もしかしたら、カインもこの時点まで来れば何か違和感を感じていたかもしれないな。

 

 

 

 

『もう誰も、この世界にはいないんだもの』

 

 

 

 だがもう、全ては──終わった後だった。

 

『な、にを……』

『私ね、考えたんだ。お父さんが憎む悪も、世界のバグも生まれない為にはどうしたらいいのかって』

 

 絶句するカインの手を自らの頬に擦り付け、無邪気で、まるでか弱い小娘のような口調で語り出す。

 

 それはまるで、親に隠れて準備していたとっておきのサプライズを明かした子供のようにあどけない顔で。

 

『そしてわかったんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って』

『──ッ!!』

『どっちにしろお父さんを蘇らせるには、膨大な量の魂が必要だった。だから一石二鳥だったんだ』

『マ、リス。貴方は、なんと、いうこと、を……』

『私、頑張ったの。この力を手に入れる為にルイネとネルファの魂を貰ったのは()()()()悪かったけど、でもお父さんの理想の世界を作ったんだよ』

 

 だからね、と奴は言って。

 

 

 

『お父さん、褒めて?』

 

 

 

 この時のカインが抱いていた感情は、幻覚であってもその表情からありありと伝わってきた。

 

 自分の教え子が世界を滅ぼした恐怖。守ろうとした人々がたかが自分などを蘇らせる為に消えた絶望。

 

 そして何より──こいつが直接愛する愛娘が、最も憎む悪辣な悪になってしまったことへの失望。

 

 

 それらすべてを感じ取ったのだろう、ユエたちの顔が青白いものになった。ハジメでさえも怒りに顔を歪めている。

 

『…………マリス』

『なぁに、お父さん?』

 

 そんな俺たちの前で、カインの幻覚……悪夢の記憶は進んでいった。

 

 顔を俯かせたカインが名前を飛べば、猫撫で声で奴は答える。

 

 あまりに悍ましく、あまりに子供らしいその姿は、純粋に父親からの賞賛を求める娘そのものだ。

 

 だが。そんな奴に、顔を上げたカインは──どこまでも光を失った冷たい目を向けた。

 

『私を、今すぐ消せ』

『………………何を、言ってるの、お父さん』

『お前は取り返しのつかない間違いを犯した。私は教えたはずだ、少数のために多数を犠牲にするのは悪だと』

 

 憤っているような、悲しんでいるような。様々な感情を内包した声で、カインは絞り出すように言う。

 

 それを聞くマリスの顔は──ああ、くくっ。思わず笑いが漏れちまうほどに、無表情だったよ。

 

『大罪人たる私などを生き返らせるために世界を滅ぼすなど……あり得ざる間違いだ』

『…………う』

『間違いは正さなくてはいけない。この世界に私は存在してはいけない。世界を守ることが我々の責務だ』

『…………がう』

『マリス。貴方にまだ人として、私の娘としての心が残っているのなら。私を──』

 

 

 

『違う』

 

 

 

 言葉を遮り、奴は大きな声で断言する。

 

 その威圧感に、幻覚のカインは口を噤んだ。否、噤むしかなかったのだ。

 

 何故ならば。

 

『その回答は、正解ではない』

『な……』

 

 もとより空っぽだった奴の目が──もはや機械と何も変わらない程に、虚無に満ちていたのだから。

 

『貴方は私の求めるお父さんではない。これは()が下した決定だ。覆ることは絶対にない』

『マリス、お前は何を……!』

『私こそが理。私こそが摂理。私こそがこの世界の審判者。故に──お前はそれに反している』

 

 そこで、奴はカインに向けて手をかざし……唐突に幻覚が静止する。

 

「私の記憶は一度、ここで途切れました。そして次に目覚めた時……もう全てが手遅れになっていた」

 

 次の瞬間、まるでチャンネルを変えたようにまったく別の記憶が映し出された。

 

 それは、先ほど全く同じ、機械的な目をした奴が黒い魂……カインの魂に何かをしている場面。

 

「奴は自分を否定したカインを求めたものではないと判断した。自分を肯定し、自分を敬い、自分を愛する者こそが父親だと」

「おい、まさか……」

「そのまさかです、南雲ハジメ」

 

 カインは自らに覚悟を決めさせるように一拍置いて。

 

 それから、閉じた目を開いて自らの幻覚を苦々しげな表情で見た。

 

「我が娘は作ることにしたのです。()()()()()を」

「な……!」

「カインという人格でなくてもいい、と考えたのさ。ただカインの記憶さえ保持していればよかった。だから──新しい人格が作られた」

 

 記憶という中身を起動するためには、人格という入れ物が必要になる。

 

 カインは自分を否定した。だから全く新しい、完全にまっさらな……好きに弄れる人格を作成した。

 

 しかし、記憶の欠損の修復と起動にすでに相当量の魂を使った。実験や研究をする余裕がないくらいにな。

 

 だから補助となるものを必要とした。いわゆる教科書、記憶のない人格を作るためのモデルを。

 

 奴は、別の世界を覗いてそういう人間を探すことにした。そこから情報をコピーして参考にするためにさ。

 

 案外順調にいったよ、そのサンプル探しは。

 

 実に手際よく、奴はいくつかのサンプルを集めた。

 

 

 

 

 

 ある人間は、皆を守る力と引き換えに守護者となり、自分の理想にすり潰され記憶を擦り切らせた男だった。

 

 

 

 

 

 ある人喰らいの怪物は人間に負け、捕らえられ、その果てに仮初めの人格を得た男だった。

 

 

 

 

 

 ある人形は、理不尽に処刑された聖女の死を嘆き、狂った男に作られた記憶のない憎悪の化身たる女だった。

 

 

 

 

 

 ある人間は生まれた時から全てを憎み、その身で育てた大妖に大切なもの全てを破壊され、復讐のために獣になった男だった。

 

 

 

 

 

 そして、ある人間は。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、偽りのヒーローだった。

 

 

 

 

 

 そうだ。俺が最後のサンプルだ。

 

 

 

 

 

 桐生戦兎を作り出した俺こそが、奴が新たな人格を作るための研究資料の一つだったのさ。

 

 

 

 

 

 奴は集めたサンプルたちからそ在り方を学習し、残った魂の全てを使って人格を作った。

 

 そして、成功した。世界を滅ぼし、父を滅ぼし、狂い果てた奴の念願はついに成就した。

 

 そして出来上がった人格に都合の悪い部分を改変した記憶を入れ込み、サンプルにした者達の情報で補強した。

 

 全ての作業を終えた後、一つの人として起動した。

 

 それが、それこそが──

 

 

 

 

 

『おはようございます、北野シュウジさん(お父さん)?』

 

 

 

 

 

 

「北野シュウジ。女神の執念と狂気の果てに生み出された、カインの記憶を持つ新しい人格さ」

 

 幻覚の中で歪に笑う女神に、俺はそう締めくくった。

 

 ハジメ達は、絶句という様子だった。表情に差はあれど、一人残らず目を見開いているのは同じだ。

 

 ああ、そんな顔もするだろうさ。ほんの数日前まであんな能天気に笑ってたやつの正体が、狂気の結晶なんだからよ。

 

「シューは、本来は存在しない人格……?」

 

 雫が、この世の終わりのような顔でつぶやく。だからさっき思ったのだ、悲劇の絶好調には早いってな。

 

 そのつぶやきを最後に、ショックで脳の情報処理の限界を超えちまったのかふらりと脱力し、倒れ込む。

 

「雫ちゃん!」

 

 咄嗟に白っちゃんが支え、床に倒れることは防いだ。

 

「雫ちゃん!しっかりして!」

 

 名前を呼んで揺さぶるが、気を失った雫は答えない。

 

 とりあえず、同じように放心状態になっているルイネの隣に寝かせとけと言った。白っちゃんは黙ってそれに従う。

 

「…………そっか。だからなんだ」

 

 雫をソファに横たわらせたところで、ずっと黙って何かを考えていたウサギがポツリとつぶやいた。

 

 俺はもちろんのこと、ハジメたちもウサギを見る。あいつは顔を上げると、おもむろに話し出した。

 

「オルクスで、私が魂だけでハジメたちと一緒にいた頃。シュウジは、私の姿が見えていた」

「……それは、あいつが、その……作られたものだからか?」

 

 ハジメの質問にこくり、と頷くウサギ。

 

「私たちホムンクルスの魂には、神に奪われないよう強いプロテクトがかけてある。もしそれが見えるとしたら、守りを上回る存在か、それとも……」

「同じように作られたものか、ってことだな」

 

 まさしくシュウジにうってつけの条件だ。あの時あいつにだけウサギの魂が見えてたのはそれが理由か。

 

 何せ世界一つ滅ぼした女神の作った人形だ、共鳴してそんなミラクルが起きたとしてもなんらおかしくはねえ。

 

「じゃあ、あいつが転生してきたってのは」

「真っ赤な嘘だ。奴はシュウジを起動させるにあたって、いくつかの刷り込みをした」

 

 自分は作られた人形ではなく、カインの生まれ変わりである。自分はたまたまそれを見つけた女神である。

 

 他にもエトセトラエトセトラ、父親に習ったハニートラップの技と精神的干渉で、シュウジに自分がカインだと思い込ませた。

 

「他にも桐生戦兎の記憶をテレビで見た番組の内容だとと改ざんしたり、とかな」

「なるほどな……じゃあ先生は?」

「大方、監視用に生まれさせた端末だろう」

 

 で、ヴェノムに取り戻した後のことを省いた記憶を持たせて操ってるってとこか。どこまでも抜け目のない女だ。

 

「いやはや。色んな人間を見た記憶があるが、あそこまで純粋に狂った奴は見たことなかったよ──この俺が恐れるくらいにな」

 

 奴がシュウジの肉体を作る間、俺は極限まで動きを封じられてひたすら奴が作業するのを見せつけられていた。

 

 なんでそんなことをしたのかは知らねえし、知りたくもねえ。

 

 あるいは、自分のために数々の星を滅ぼしてきた俺に共感したか。

 

 純粋に、そして冷徹に命を使う様子に、かつて戦兎に植え付けられた感情で感じたのは……恐怖だった。

 

「十年戦兎たちの世界で人間どもを使ってたが、そんなみみっちいことしてた俺とは根本的にスケールが違ってたのさ。こいつには絶対に勝てない、そう思ったね」

「だから女神に取り入った、か?」

「……ほう?」

 

 少し、驚いた。まさか今の混乱した状態でそんな的を射た質問をしてくるとはな。

 

「どうしてそう思う」

「今の話じゃ、先生……女神はサンプルを全部使ったんだろ?ならなんでお前だけは残ってるってことになる。そう考えれば答えは一つだ」

「く、くくくくく。ははははははははははは!その通りだ!お前は本当に鋭いなぁ!」

 

 そう、俺は奴に取り入った。いずれ自分も補強の材料にされることは目に見えてたからな、そうなる前に助かろうとした。

 

 そしてシュウジを作るのに没頭してたあいつにどうにか話をつけ、監視役という名目で完成した後に取り憑くことに成功した。

 

「なんとか生き延びて力をつけた後は、俺をサンプルなんぞに使ってくれたあいつに復讐するつもりだった。せいぜいシュウジを破滅させて、あいつの計画をおじゃんにしてやろうってな」

()()()、ってことは途中で変わったのか。シュウジは今まで生きてるんだからな」

「お前は本当に目の付け所がいいなぁ」

 

 そうだ。俺が感じた屈辱を返してやろうという目論見は、そのまま遂行されることはなかった。

 

 なぜならその前に、俺に干渉してきた奴がいたからな。そいつの影響で、今の俺の人格は出来上がった。

 

「それは、こいつだ」

「……カインが?」

「ええ」

 

 再びカインが一歩前に出る。眼鏡の位置を直すと、俺の説明を引き継いだ。

 

「どういうわけか、辛うじて私の人格は残った。しかしもう、私にはなにもできなかったのです」

「今にも消えそうな弱い人格に成り下がったこいつは、俺に接触してきた」

「今更私の言葉が彼女に届くとも思えなかった。だから私は、彼に望みをかけたのです」

「そしてこいつは、ある取引を持ちかけてきた」

 

 それは、シュウジを守ること。

 

 暴走した弟子によって最悪の殺戮兵器の記憶を引き継いだあいつをサポートしてくれと、そう頼んできた。

 

 もちろん最初は断ったさ、なんで俺がそんなことをしてやる必要がある、ってな。

 

 すると今度はこう言ってきた。

 

「『ただ単に壊すよりも、奴の予想外の生き方をさせた方が意趣返しになるのでは』、なんてな」

「マリスは彼を新たな私にしようとしていた。自分を愛し、そして()()()()人々を守る人格を育てたかったのです」

「カインが英雄視され、人々が平伏する姿も見たがってたのさ。もしもこの世界に召喚されていなければ、そのうち女神の用意した脅威が地球に現れて英雄に仕立て上げられていたかもな」

「そのために、色々と魂も調整もしていたようです」

「……! じゃあ、ミレディよりも重力魔法へお適性が高かったのも」

 

 魔法のエキスパートであるユエが、一つの真実にたどり着いた。こいつら揃いも揃って直感が鋭いな。

 

「ええ、おそらくその影響でしょう。言うなればマリスは、〝彼女にとって最高の父〟を作ろうとしていた」

「だから俺はこいつの案に乗って、色々なことをした」

 

 地球では必要以上に大きなことに巻き込まれないように裏で暗躍し、極力平和な人生を歩めるようプロデュースした。

 

 そうすることで、奴が作ろうとしていた〝父親〟を木っ端微塵に砕こうとした。

 

 そのほうが面白そうだったからな。

 

「結局、自分のためだったんだね」

「この場で外道とでも罵るか?……しっかしまあ、俺もそこで誤算を起こしたわけだ」

「……まだ、何かあるの?」

「おいおい、その目は旧世界を思い出すからやめてくれよ」

 

 美空はもう完全に俺に敵意に等しい目を向けていた。

 

 はいプリティーな笑顔なんて言ったらこの場で解体されそうな剣幕だったので、引き続き話をする。

 

「カインに埋め込まれたんだよ。こいつが持ってる感情の全てを」

「ルイネへの愛情を除いて、ですがね」

 

 戦兎によって植え付けられた感情のうち、俺の中では元からの狡猾さや残虐性、一般的には負の感情がより強くなっていた。

 

 そこにこいつが持っていた正の感情……愛情や友情、その他諸々を植え付けられた。

 

「その結果、シュウジやお前たちと過ごすうちに……まあ、なんつーの?大事になっちまったっていうかよ」

 

 最初は奴に一泡吹かせてやる、ついでにまた滅亡のゲームでもするか、などと画策していた。

 

 だが、新しく獲得した感情で過ごすうちに……どうやら俺は、忌々しいことに人間に近くなってしまったようだ。

 

 

 

 目的以上に、あいつのために。

 

 

 

 復讐よりもあの生温い、ほどほどに心地の良い平和の中に。

 

 

 

 そんなことを考えるようになった。

 

「最後にゃ完全に入れ込んじまってな、はっはっは!」

「いや、はっはっはてお前……」

「そんな笑われても……」

 

 それまでずっとシリアスだったせいか、拍子抜けしたような顔をするハジメ達。

 

 うん、こっちの方が性に合ってるわ。

 

 いやー、当初は我ながらこんなネタキャラムーブするとは思わなかったわ。

 

「まあ、そんなわけだ。だからこいつには最後までその事実を知って欲しくなかったんだが……変な奴らのおかげで、この有様だ」

「真実を知って、魂を補強してた力が暴走した、というところでしょう」

「……あの辺な法衣着てた二人か」

 

 ティオが話した、シュウジに真実を話しただろう奴ら。想像するだけで殺意が湧いてきやがる。

 

「奴らは絶対に許さない。俺の計画を、安息を邪魔したエヒトもろとも必ず消す」

「……同感だ。今の話を聞いたら、ますますこいつが放っておけなくなった」

 

 ほお、自分たちとは根本的に違うと知ってなお、そんな顔をするか。やはりこいつらを選んで正解だったな。

 

 さりげなく、シュウジですらわからねえように近くにいる人間も操作してたが……結果は成功ってとこかね。

 

「そういえば、なんでカインさんも残ってるんですか?」

「ああ、それは彼だけでは不安だったので、もしものために保険を残しておいたのですよ」

「万が一シュウジが自分のことについて知った時のために、俺にくっついてシュウジの人格の裏側に潜んでたんだよ」

 

 どこまでも用心深いのは、さすがは世界を守り、また破壊した男といったところか。

 

「俺も狡猾さは負けてないつもりなんだがねぇ」

「とはいえ、私は消えた存在。おそらくはこれで最後──────グッ!?」

 

 その時だった。突然、カインが苦しみだしたのは。

 

 

 




やっとだ!心労に耐えながらここまで来るのに3話もかけた……!
いやー、かなり力入れました。これは読んでもらえる…はず
次回、ハジメとシュウジの一世一代の大ゲンカ。見逃すな!


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全力で

どうも、ソフトウェアアップデードで最高にイライラしている作者です。
さて、前回の最後を少し修正しました。そしてまたまた長くなったので前後編にわけました。
楽しんでいただけると嬉しいです。


【挿絵表示】


前に載せたかな?カインの容姿です。下手ですけど。


 

 

「あ? おい、いきなりなんだ」

 

 突然苦しみだしたカインに、エボルトが困惑した声を上げる。この期に及んで、またなにかあるのか?

 

 もう色々と聞きすぎて頭がパンク寸前の俺たちはどうすることもできず、ただカインのことを見ることしかできない。

 

「えっ、わ、私何か聞いちゃいけないこと聞きましたか!?」

「いえっ、これ、っは……!」

「お、おいおい、一体なんだってんだ。そんなの予定になかったろ」

「申し訳ありま、せん、エボ、ルト」

 

 エボルトでさえ原因不明の苦痛に胸を押さえて、カインは絞り出すように言った。

 

「彼に、全て、聞かれ、ました……!」

「なっ……!」

 

 驚愕し、目を見開くエボルト。それは俺たちだって同じだ。

 

 あいつがこれまでの話を聞いてただと!?

 

「たった今暴走したら人格を入れ替えることになってるって言ってたじゃねえか!」

「どうやら、眠った、フリをして、あえて話を、グッ……!」

「くそっ、よりによってこんなとこで!」

 

 もしまた、こんなところで迷宮の時みたいに暴走されたら、間違いなく家が──いや、エリセンそのものが沈む。

 

 比喩ではなく、あれを見たかぎりだと間違いなくそうなるだろう。しかし、人格をまた眠らせる方法なんか知らない。

 

 とりあえず放心状態の八重樫たちをウサギとシアに守ってもらい、全員でカインを包囲する形を取る。

 

「もう、私では、止められない……!」

「チッ、どうすることも……!」

 

 ここは迷宮より遥かに狭いし人も多い、やるにしてもあまりにも不利すぎる!

 

「南雲、ハジメ……!」

 

 突然、名前を呼ばれた。

 

 こちらを見たカインは、ふらついた足取りで近づいてくると両肩を掴んでくる。

 

 間近で見たカインの目は、それまでの闇のような黒一色が七色に染まっていた。

 

 これは、迷宮で暴走した時の……!

 

「君が、彼を止めてくれ……!」

「俺が……?」

「私はもう、消えてしまう……!もとより私は、残留意識を技能として残していたにすぎない……!」

 

 技能……残留意識を……やっぱり、シュウジの持っていた[+回帰]が関係、いやカインそのものだったのか。

 

 それだけ、こいつはシュウジのことを気にかけていた。

 

「お前、残っていた自分の存在を賭けてでも、あいつのことを……」

「頼む……!死者である、兵器である私に彼は救えない……でも、君なら……!」

「どうしてそこまで……」

「私は間違えた……!走ることしかできず、止まることも、誰も止めてくれる者もなかった……!」

 

 行きすぎた一殺多生の理想、その果ての世界の破滅。

 

 これまでの話で嫌というほどに理解してきた、その後悔と苦悩。

 

 それを、俺の肩を掴む震えるその手から強く感じる。先ほど話していた時よりも比べ物にならないほどに。

 

「でも、彼には君が、君たちがいる!」

「……!」

「私や、元よりいたエボルトでは不可能なんだ。彼と人として、共に生きてきた君たちこそが……!」

「……俺で、いいのか?」

 

 あの時何もできず、言葉を届けてやることもできなかった俺がやっても。

 

 逡巡する間にも、カインの表情は苦悶に歪んでいく。きっと相当な精神力を使っているんだろう。

 

「だから頼む、彼を一人には……ぐぅうっ!?」

「お、おい!」

 

 最後まで言い終える前に、カインはまた胸を押さえて何歩か後退りした。チッ、もう時間がないってことか!

 

 

 

 

 

「…………お願い」

 

 

 

 

 

 どうすればいいのか迷っていると、どこからか聞きこぼしてしまいそうになるほどか細い声が聞こえてきた。

 

 それでもはっきりと聞こえたその言葉に振り返ると、発生源はウサギたちが背後に守っている八重樫だった。

 

 いつの間にか目覚めていた八重樫は、頬に一筋の涙を流して言葉を続ける。

 

「お願い……南雲君……シューを……シューを助けて……」

「……八重樫」

「あの時……私が呼んでも、届かなかった……止められなかった……」

「………………」

 

 それは俺だって同じだ。シュウジが暴走した時、止めることはおろかろくに近づくことさえできなかった。

 

 俺ではあいつを、助けてやれないかもしれない。いつだってあいつに守られていた俺では、どうすることも……

 

「おいおい、何迷ってんだ?」

 

 その時だった。エボルトが小馬鹿にしたような声で、そう言ってきたのは。

 

「そこは助ける、って断言しろよ」

「……俺には、その力がないかもしれない」

「ハッ、そいつはおかしいなぁ!」

 

 俺の言葉を、心底おかしいと言う様子で笑うエボルト。

 

「何がおかしい?」

「お前はその程度で諦めるタマだったか?力が足りないから目的を諦めるような軟弱男が、こいつの親友ねえ」

「……っ!」

 

 聞き捨てならない言葉に、そんなことをしている場合ではないとわかっていてもエボルトの襟首を掴み上げる。

 

 そして睨みあげるが……エボルト怯むことなく、より一層楽しそうに笑うだけだ。

 

「そう、その目だハジメ。それでこそお前だ」

「何……?」

「お前はこの世界で、どうやって生きてきた。どうやって目の前の困難を打ち砕いてきた。それを思い出してみろ」

「──!」

 

 エボルトの言葉に、生まれ変わった時……オルクスの奈落での記憶が走馬灯のように流れてきた。

 

 

 

 最初に、おそらくは檜山の魔法によって奈落に落ちた時。

 

 

 

 爪熊にやられ、片腕を失った時。

 

 

 

 瀕死になったヒュドラの時。

 

 

 

 俺はその時、一度たりとて諦めたか? たとて一度折れたとしても、そこから絶望に抗うことを放棄したか?

 

 否、断じて否だ。

 

 たとえ絶望しようが、相手の実力が上だろうが、生きるために食らいついた。

 

「俺は、何を恐れて……」

「ようやく思い出したか。そう、何者も恐れず自分の目的のために打ち破る、それが南雲ハジメだ。今のお前はただ、ひよってるだけなんだよ」

 

 ……ああ、なるほど。確かにこいつの言う通り、俺はひよってた。

 

 シュウジがあんなんなっちまって、その真実を聞いて……尻込みしたのだ。これまで散々、守られてきたから。

 

 だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな心底ふざけた、クソッタレな諦観で決めつけた!

 

「……そんなの、許さねえ」

「だったらどうする?逃げるか?それとも立ち向かうか?」

 

 そんなもの、最初から決まっている。ただ少し動揺してわからくなっただけだ。

 

 俺の邪魔をするものは、たとえそれが俺自身の恐怖であったとしても……

 

 

 

「全部、ぶっ壊す」

 

 

 

 全て排除し、望むものを掴み取る。

 

「なら、やってみろ」

「上等」

 

 不適に笑い、襟首から手を離す。ジャケットの位置を直したエボルトはニヒルに笑うと、手を床にかざした。

 

 すると、床に黒い穴……ワームホールが広がる。それは俺と、苦しんでいるカインだけを捉えていた。

 

「ハジメ!? 何する気なの!?」

「ちょっくら、あいつと二人で話をつけてくる」

「だったら私たちも──!」

 

 ワームホールに踏み込もうとする美空を、手で制する。その後ろに続こうとしていたユエたちもだ。

 

 そして、ただ目で訴えた。

 

 それだけで俺の覚悟とのほどはわかったのだろう、皆出しかけていた足を引いた。

 

「……無理、しないでね」

「心配すんな、ちゃんと帰ってくるさ……」

 

 勿論、あのバカ野郎と二人でな。

 

「行ってこい。俺の十七年の苦労、無駄にすんなよ?」

 

 心配そうに見守る美空たちを最後に、俺はカインと共にエボルトに瞬間移動させられた。

 

 目の前が漆黒に染まり、体がなんとも言えない浮遊感に包まれる。何度か経験している転移系の魔法に似ていた。

 

 それも刹那の瞬間の出来事、気がつけば視界は元通り……ではなく、全く別の景色を映し出している。

 

「ここは……オスカーの隠れ家か」

 

 転移させられたのは、今の俺の原点とも呼べるオルクス大迷宮の最奥。数ヶ月ぶりだが変わりはない。

 

 ここなら、多少暴れたって問題はない。エボルトのやつ、いいところに瞬間移動の座標を残しておいたな。

 

「さて、あいつは……」

 

 周囲を見渡し、視界のうちには見当たらないことを確認すると滝の落ちる轟音がする背後に振り向く。

 

 

 

 

 

「…………………………………………」

 

 

 

 

 

 そこに、あいつはいた。

 

 俺の真後ろ、滝の水が流れ込む貯水池の縁に佇むあいつは俯いていた。そのため、顔が窺えない。

 

 カインか、それともあいつか。一見して分からないが……長年一緒にいたせいか。自然と、どっちかわかった。

 

「シュウジ、か?」

「…………ハジメ」

 

 ゆっくりと顔をあげる。そして見えた瞳は──ひび割れた、七色。

 

 表情も、立ち姿も、雰囲気も……紛れもなく、俺が長年間近で見てきたあいつのものだった。

 

 北野シュウジが、帰ってきたのだ。

 

「……聞いてたんだな」

「…………結構早く、目が覚めてな」

 

 最初の会話はそれ。カインが言っていた通り、俺たちが話していた時にはもう目覚めいていたらしい。

 

「は、はは。はははははははははははははははははははははははは!」

 

 どう言葉をかけようかと思っていれば、突然笑い出した。目元を手で覆い隠し、空虚な音を響かせる。

 

 ……何笑ってるんだ、なんて言えなかった。誰だって自分のあんな話を聞いたら、嗤いたくもなっちまう。

 

「全部、全部嘘だった!俺が抱えてきたもの!志していた理想も、何もかも借り物だった!」

「………………」

「先代に学んだ心も!マリスとの親子の思い出も!ネルファとの出会いも、ルイネへの愛だって!全部全部全部全部全部!」

 

 頭を抱えて叫ぶシュウジに、何も言えない。何かを言おうとしても、頭の中に何も浮かんでこない。

 

 その経験をしていない人間に、他者の苦しみはわからない。せいぜいできるのは同情くらいで、それは今何よりも許されない。

 

「俺が女神に都合よく作られた人格だって!?なら今までの俺の苦悩は、苦しみはなんだったんだ!それでも貫こうとした意思はなんだったんだ!」

 

 こいつの持つカインの記憶は、先生……女神が植え付けたもの。()()()()()()()()()ではない。

 

 だからきっと、天之河に叫んだあの決意もカインのものなんだろう。

 

 こいつの、シュウジの思いじゃあ……ない。

 

「こんな、こんな俺に何ができる!何もかもが借り物で偽物の俺が何を守れるって言うんだよ!」

「………………っ!」

 

 偽物と言った瞬間。シュウジの姿がブレて、何人かの誰かの幻影が重なった。

 

 幻覚で見たカイン、赤い外套の褐色肌の男、黒い鎧の女、金色の獣、頭頂部が色の濃い灰色の髪の男。

 

 恐らくはシュウジの原型になっただろう誰かたち。

 

 いつくも苦しむ顔が重なる姿は、ひどく不気味だった。

 

「くそ、くそ、くそぉ……!」

 

 それとは反対に、湖面に映ったシュウジの姿は………………のっぺらぼうの、機械じみた白い人形だった。

 

 それを見て、嫌と言うほど自覚する。

 

 あれが全て本当の話だったと、シュウジがそうであると、わかってしまう。

 

 こいつは、本当に。誰かによって作られた人形だったんだ。

 

「俺には何もない!最初からこの手には、何も持ってない!何もかもあいつや、他の誰かから奪ったものだ!」

「……シュウジ」

「こんな俺じゃあ、本当に生きてきたお前たちのそばにだって……!」

 

 そう言ったシュウジが突然、右手を掲げる。そこに浮かんだ刻印から現れるのは、今日何度も見た白いナイフ。

 

 あらゆるものを世界から〝抹消〟できる、究極の力。取り出された刃に、ジワリと嫌な予感が胸に広がる。

 

「こんな、こんな俺なんか……!」

 

 俺の予想は、いつだって悪い方向に当たってしまう。シュウジがナイフを逆手に回転させ、両手で握ったのだ。

 

 そこまで見れば、何をしようとしているのかなんて馬鹿でもわかる。俺は即座にドンナーをホルスターから抜いた。

 

「うわああああああああああああっ!!!」

「っ!」

 

 

 ドパンッ!

 

 

 コンマ一秒差。ラビットエボルボトルと魔力を全力で突っ込み、技能で電磁加速させた弾がナイフを弾く。

 

 危うくシュウジの胸を貫くところだったそれは震えていた手を離れ、くるくると宙を舞い、解けるように消えた。

 

 シュウジは呆然として、自分の手の中を見る。そこにすでにナイフはなく、あいつはその場で膝をついた。

 

「は、はは。消えることさえ、できないのか」

「………………」

「なんでだよ、ハジメ。なんで、邪魔するんだ」

「……当たり前だろ」

「っ……そう、だよな。生かしておけば、戦力として、使えるもんな」

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………………………………………………………こいつ、今なんて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 生かしておけば戦力として使えるなんて、そんなふざけたことを、言いやがったのか?

 

 

 ガシャン!

 

 

 ドンナーを乱雑に投げ捨てる。それだけじゃない、まだシュラークの収まっているホルスターごと外してそこらに投げた。

 

 コートも脱ぎ捨て、ネクタイを引きちぎるように外す。

 

 そうすると袖をまくり、動きやすいようにした。

 

 半身を引き、腰を落とす。前に置いた足に体重をこめ、異形の左手を力一杯握りしめて。

 

 そして言った。

 

「シュウジ……歯ァ食いしばれ」

「……え?」

 

 呆けた顔で俺の方を見たシュウジに、その瞬間全力で踏み込む。

 

 たった数メートルの距離を、一瞬で詰めて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんの、馬っ鹿野郎がぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全力で、横っ面を殴り飛ばした。

 




誰がやると思う?万丈だ(違う
ということで、エボルトが戦兎を励ますあのシーンに少し寄せました。
次回、本音と本音のぶつかり合い!
今更だけど原作乖離しすぎてんな……


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俺がお前を支えてやる

んー、嵐がすごい。
おはようございます、作者です。
さて、多分今回は今までで一番熱い回だと思います。友人のお墨付きなのでちょっとだけ自信あり
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 咆哮とともに全力で繰り出した拳は、確かにシュウジの頬を捉えた。

 

「オラァッ!」

「ぐは…………っ!?」

 

 そのまま思い切り振り抜けば、突然のことで反応できなかったあいつは簡単に吹き飛んでいった。

 

 三メートルほど宙に浮き、池の中に落ちる。すぐに水しぶきを上げながら上体をもたげ、俺を驚愕の目で見た。

 

 右頬にアザのついた呆然とした顔を見て、俺は荒々しい足取りで近づいていくと襟首を掴み上げる。

 

「は、ハジメ、おま、なにを……」

 

 珍しく、困惑した顔で狼狽るシュウジ。生まれてこの方、こんな顔一度だって見たことはなかった。

 

 いつだってヘラヘラ笑って、何もかも何でもないような顔をして、いつも本当の顔なんざ絶対に見せない。

 

 それがいつも悔しくて、イラついて……それなのに、やっと見せた心があんなくだらないことだと? 

 

「…………もういっぺん言ってみろ」

「……え?」

「もういっぺん同じこと言ってみろって言ってんだ、このバカがっ!」

 

 無抵抗のシュウジに、至近距離で叫ぶ。しかし意味がわからないという顔をするだけで返事はしない。

 

 なんだよ、そのなんで怒ってるんだって顔は。自分がどんなことを言ったのかすらわかってねえのか? 

 

 ……いいや、その通りなんだろう。今のこいつは本気で、自分にその価値しかないと思ってるんだ。

 

「……俺が。俺たちが、お前が作られた人格だからって、ただの戦う駒にするって、そういう風に扱うって、そう思ったのか」

「っ、だって俺は、女神にとって都合がいいだけの人形で……」

「だから、心も存在する意味はないって?」

 

 口をつぐむシュウジ。図星ですという顔に、怒りのケージが限界を超えた。

 

「ふざけんなァッ!」

 

 力や記憶が他の誰かから受け継いだものだからって、心まで作り物だと!? そんなふざけた話があってたまるか! 

 

「与えられた記憶? 借り物の力? そんなこと知るか! お前はお前だろうが! 今ここにいるのは、紛れもなく北野シュウジだろ!」

「──っ!?」

「前世の記憶だと思ってたものが、改変されて植え付けられた記憶だからって、それがどうした! それでお前という、今ここにいる人間の心まで偽物だなんて、違うだろ!」

 

 確かに始まりは先生……女神によるものだったのだろう。それは今更、覆しようのない真実でしかない。

 

 真実を否定するほど楽観的な経験はしてねえから、今更それを否定しようなんて気はさらさらない。

 

 だとしても! 

 

「過去が偽物で、他の誰かものだとしても! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

「俺、の、時間……」

「俺は許さない。たとえお前自身がどれだけ自分を貶めたって、この十七年まで嘘だったなんて俺が言わせない!」

 

 前世がなんだ、真実がなんだ。それが俺たちが一緒に生きてきた時間まで否定する権利があるのか! 

 

 違う、絶対に違うっ! こいつを作った女神にだろうが、こいつ自身にだろうが、誰にだろうとそんなことは言わせない! 

 

「なあ、そうだろ!? ずっと一緒に生きてきたじゃねえか!」

 

 楽しかった時も、嬉しかった時も、辛かった時も、これまで俺の隣にはいつもこいつがいた。

 

 だから、知っている。決して誰かに作られたものじゃない、こいつ自身の心を。

 

「少なくとも、それは嘘じゃない! 俺とお前が刻んだ時間だ! だから!」

 

 俺がこいつと確かに生きてきた時間は、確かに本物なんだ。

 

 それをこいつもわかっているはずだ! 

 

「……それだって。カインの記憶や力があったからできたことだ。それがなければ、俺はお前の隣にいなかったかもしれない」

 

 そう叫んで、訴えても……けれど、シュウジは否定した。

 

「なっ……」

「それに……俺のカインの記憶は改竄されていて……もう元のものじゃないんだ」

 

 先ほど聞いた話が頭をよぎる。

 

 女神は自分を否定した父を拒絶し、新たな人格を作り出した。

 

 一番大事な記憶まで改竄したそれはもう、別物だ。

 

「じゃあ、俺はなんだ、俺は誰だ……いいや、誰でもない」

 

 自虐的に笑い、自分を嘲るその顔は、見ているだけで心が冷えそうだった。

 

「俺自身には──何も、ないんだよ」

「それ、は……」

 

 また、言葉が詰まった。その間にもシュウジは言葉を募らせていく。

 

「そんな俺がいて、なんになる。お前たちと、どう接しろっていうんだよ」

「お前、何を…………っ!」

 

 

 

 ………………ああ、そうか。

 

 

 

 こいつは今、自分という存在を確かめるのが()()んだ。

 

 自分の全てが借り物だったと知って、これまでの自分を思い返して怯えているのだろう。

 

 まるで、インプットされたものを自分のものと信じ込んだロボットのようだと。

 

「もう、無理なんだ……何者でもない俺が、これ以上どうやって生きたらいいのか……何もかも、全然わからない」

 

 苦しげなその顔に、ホルアドでの言葉を思い出す。

 

 あのときこいつは、自分が救えず殺してしまった者たちへの責任を負うと言っていた。

 

 その覚悟の根底を支えていたのは、カインの記憶。無敵の殺戮兵器としての自負が、命を奪った事実を受け止めていた。

 

 でも、違った。北野シュウジはカインじゃなくて、カインを模して作られた何かだった。

 

 それは責任に対する心の強さを失わせるのと同時に、シュウジの中にあったアイデンティティを失わせたのだろう。

 

「……だったらっ!」

「………………?」

 

 こいつが一人で受け止められないって、どうしても生きていいのかわからないっていうなら……! 

 

 

 

 

 

「俺がお前を支えてやる!」

 

 

 

 

 

「……………………え?」

 

 シュウジが、初めて自分から顔を上げた。

 

 その顔にはこれまでにないほどの驚愕が浮かび上がっている。

 

 緩みかけていた手をもう一度握りしめ、襟首を掴みなおして、シュウジの目を見てはっきりと伝えた。

 

「お前が自分を認められないっていうなら、俺が認めてやる! 前を向くのが怖いっていうなら、一緒に見てやる! お前が、これまで俺にそうしてくれたみたいに!」

「ハジメ、お前…………」

 

 シュウジは、目を見開いて。

 

「……どうにてそこまでしてくれるんだ。俺は、ただの人形なのに」

 

 しかしすぐに俯いて、小さな声で呟く。

 

 それに俺は、ふと少しだけ離れておもむろに口を開く。

 

「…………なあ、シュウジ。覚えてるか? お前はいつもいつも、俺を励ましてくれたよな」

 

 もうずっと昔、記憶も朧げなほど幼い頃から、こいつはいつも俺を支えてくれていた。

 

 いじめっ子に泣かされた時、趣味で行き詰まった時、美空への告白に悩んだ時。いつだって一番最初に気づいてくれた。

 

 なかなか言い出せないでいる俺が苦しんでいた時、誰より最初に受け止めてくれたのは……他の誰でもない、こいつなんだ。

 

「軽く肩を叩いて、いつもよりもっと明るく笑って、あの公園に連れてって青空を見せてくれた。それがどんなに救いになったか、わかるか?」

「……!」

 

 ピクリと、肩が震える。俺は畳み掛けるように声を大きくした。

 

「あのどこまでも広がる青空に比べたら、自分の悩みなんてクソくらえって思えた! やってやるって思えた! 全部、お前のおかげなんだよ!」

 

 あの時の気持ちを、今も忘れちゃいない。いいや、一日だって忘れたことはなかった。

 

 一人で悩んでいるとひどく辛くて、泣きそうになって……そんな時に誰かがそばにいてくれることが、手を差し伸べてくれる奴がいて。

 

 それが、すごく嬉しかった。

 

「その時、お前はカインの力とやらを使ったか?」

「それは、使って、ねえけど……」

「そうだろ!? 超常の力なんてなかった! お前はただ心から励まして、力付けてくれた! たったそれだけのことなんだよ!」

 

 そうだ、それまでカインの力のおかげなはずはない。紛れもなくシュウジの心だ。

 

 こいつが俺を見て、こいつが俺を励ましてくれた。そこに他の何かが介在する余地なんてありはしない! 

 

「力なんていらない! 前世の記憶なんぞどうでもいい! そんなもんクソ食らえだ!」

「ハジ、メ…………」

「いいか、何度でも言ってやる! これまで俺が一緒に生きてきたのはカインのレプリカでも、その他の誰でもない! 北野シュウジだっ!!!」

「────ッ!!!!!」

 

 シュウジは、衝撃を受けた顔をする。

 

 俺は休むことなく、胸から溢れ出す気持ちを言葉に変えた。

 

「だから、今度は俺の番だ! お前がしてくれたみたいに、俺がお前を立ち上がらせてやる! 上を向かせてやる!」

 

 崩れ落ちてしまいそうになるなら、受け止めてやる。倒れてしまいそうになるなら、背中を支えてやる。

 

 何より辛い時に肩を組んで立ち上がらせてくれる奴がいることがどんなに大事か、よく知っているんだから。

 

「俺はお前のそういう奴にはなれないのか!? いいや、絶対になれるはずだ! 」

 

 なれるに決まってる。

 

 だって──

 

「俺たち、親友じゃねえか!」

「────っ!!!」

 

 辛い時には、悩んだ時には支え合う。それが親友だ。

 

 だからこそ、俺はこいつを親友と呼んできた。

 

 無比な強さでも、冷徹な殺戮への覚悟でもなく。

 

 俺が何より頼もしいと憧れたのは、その優しさだったんだ。

 

「俺だけで足りないなら、美空や、八重樫たちだっている! だからもう、自分が存在する価値がないなんて──」

「うわあああああああああああ!!!」

「がっ!」

 

 初めて、シュウジが抵抗を見せた。

 

 弱々しい姿とは比べものにならない力で胸を押され、尻餅をつく。

 

 顔をあげれば、シュウジが立ち上がっていた。両手で髪をかきむしり、苦しげに頭を抱えている。

 

「俺は……俺は……っ!」

「シュウジッ……!」

「う……ぐ…………うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 

 

エボルドライバー! 

 

 

 

 錯乱しているのか、エボルドライバーを装着するシュウジ。そしてボトルを荒々しくスロットに叩き込んだ。

 

 

 

コブラ!  ライダーシステム! エボリューション! 

 

 

 

「変"身"ッ"!」

《エボルコブラ! フッハッハッハッハッ!》

 

 ドライバーから構築されたパイプから生成された靄と輪を纏い、次の瞬間には吹き飛ばしてエボルに変身する。

 

『ああああああああっ!』

「くっ!」

 

 走り寄って放たれた大振りのストレートを回避して、そのまま[+瞬光]でドンナーを投げ捨てたところに戻った。

 

 幸い、最初に立っていた場所からそこまで離れていない場所に愛銃は転がっていた。

 

 ドンナーを探り、ムーンハーゼボトルを出す。

 

「……何?」

 

 すると、何故かムーンハーゼボトルが白いラビットエボルボトルになっていた。

 

 まるで、最初にウサギを食べた時のような……

 

 

 ドンッ! 

 

 

「くっ!?」

 

 不思議に思っていると、背後から寒気を感じて転がる。すると頭上を赤いエネルギー弾が通過していった。

 

『フゥ……フゥ……!』

 

 明らかに暴走した様子のエボルが、トランスチームガンを構えている。あれで撃ってきたのか! 

 

 とにかく、やるしかないと思った時……ふと、ズボンのポケットに何かが入っていることに気がついた。

 

 エボルから視線を外すことなく取り出すと、それはライダーシステムのエボルボトルだ。

 

「こんなもの、いつの間に……?」

 

 考えられるとしたら……エボルトか? 

 

 どうやら、知らないうちに入れられていたらしい。あいつはこうなることを予想してたのだろうか。

 

 ……とにかぬ、これならオルクス以降俺が預かってたエボルドライバーを使える。

 

 早速宝物庫から取り出して、腰に巻いた。

 

『フゥ、フゥ……!』

「待ってろシュウジ、すぐに目を覚ましてやる……!」

 

 両手にボトルを持ち、キャップを正面にセット。

 

 一瞬躊躇った後、エボルドライバーのスロットにどちらとも差し込む。

 

 

 

《ハーゼ! ライダーシステム!》

 

 

 

《エボリューション!》

 

 

 

 いけるかどうか賭けだったが、ドライバーは無事にボトルを認識した。これ幸いとレバーを素早く回していく。

 

 お馴染みの荘厳な待機音が響き、ドライバーからコンテナ上にランナーが展開。前に白、後ろに黒の靄が形成された。

 

 

 

《ARE YOU READY?》

 

 

 

「変身!」

 

 両手を手首のところでクロスし、胸に叩きつける。

 

 認証した靄が前と後ろから迫って、俺の体を包み込んだ。

 

 

 

《ハーゼ! ハーゼ! エボルハーゼ! フッハッハッハッハッ!》

 

 

 

 靄が弾け、変身を完了する。

 

 手を見ると、エボルによく似た装甲が映り込んだ。だが、全体的に白と赤を基調にしている。

 

 感触は……悪くない。あの時ウサギの力を借りて変身した時よりは弱いが、今のあいつを相手するには十分だ。

 

『さあ、行くぞ……っ!』

『オォオオァアアッ!』

 

 俺の言葉に反応しているのか、シュウジはトランスチームガンを乱暴に投げ捨てて雄叫びと共に突進してきた。

 

 俺もまた、同じようにまっすぐ走り寄っていき……激突。

 

 互いに繰り出した拳がぶつかり合い、衝撃波を生み出す。

 

『はぁああああッ!』

『ウルァアアアア!』

 

 そして、戦いが始まった。 

 

 

 

 殴れば、殴られる。

 

 

 

 蹴れば、蹴られる。

 

 

 

 一発入れられれば、それ以上の力でやり返す。

 

 

 

 まさしく泥仕合、おおよそ俺たちには似つかわしくないよつな暑苦しいやり方。

 

 戦いなどと呼べたものではない。戦闘技術も駆け引きも何もない、ガキの喧嘩のような純粋な殴り合いだ。

 

 だが、今はそれが一番効果的だ! 

 

『俺は絶対、お前を取り戻すッ!』

『ガァアアアァア!!』

『グゥッ!?』

 

 シュウジの裂帛のストレートが、胸の装甲に叩き込まれた。火花が散り、大きく吹き飛ぶ。

 

 だが、俺もやられっぱなしではない。

 

『グルァアアアッ!』

 

 背後から迫るエボルに、着地した瞬間レバーを掴むと引きちぎらんばかりに力強く回した。

 

 

《Ready Go!》

 

 

 曲が止まり、離した右手に赤いエネルギー炎が宿る。

 

 

《Mutenick Finish! フッハッハッハッハッ!》

 

 

『ゼァァアッ!』

『ガ、ギィ……ッ!』

 

 それを、振り向きざまに思い切りエボルの胸元に叩きつけた。

 

 火花が散り、炎が爆ぜる。腕の骨が折れんばかりの一撃は、確かにクリーンヒットした。

 

『どうだ!?』

『ガ、ァァアアアアアア!』

 

 しかし、さすがは惑星を滅ぼす異星人の鎧。

 

 俺の一撃を受け止めてなお咆哮を上げ、エボルは荒々しくレバーを取って激しく回した。

 

 

《Ready Go!》

 

 

『しまっ──!』

『ウガァァアアアアッ!』

 

 身を引くも、時すでに遅し。鮮やかな軌道で脇腹にエネルギーを纏った足がめり込む。

 

 

《Evoltich Finish! Ciao〜♪》

 

 

『グッ……ラァッ!』

『ガッ!?』

 

 エボルの一撃によって、両者ともに後方に吹き飛んだ。

 

 俺はダメージの蓄積値を超えて、エボルは吹き飛びざまにお見舞いした俺のキックでドライバーが外れて変身が解ける。

 

 もう何度目か分からないほど、水中に叩きつけられる。だが、完全に終わるまでは休むことは許さない。

 

「ふ、ぐぉおおおお…………!」

「あ、あああああぁあ…………!」

 

 なんとか、両方の足で立ち上がった。あいつを見れば、全身ボロボロ、顔は青タンとアザだらけだ。

 

 それは多分、俺もなんだろう。実際拳を叩き込まれた左胸は骨が折れてるし、視界の端に映る服は全身ちぎれ放題になってる。

 

 

 

 

 

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」

 

 

 

 

 それでも、まだ終わらない! 

 

「オラァッ!」

「グルァッ!」

 

 走り寄って、どちらとも頬を殴り付ける。

 

 1回のみならず、拳を振り切った瞬間次の一撃を繰り出して、どっちかが倒れるまでひたすらに殴って殴って殴り続けた。

 

 

 

「うらぁっ!」

「がっ!?」

 

 

 バキィッ! 

 

 

「んのっ、お返しだッ!」

「ごはっ!」

 

 

 ボカァッ! 

 

 

「なんの、これしきぃっ!」

「ぎっ……!」

 

 

 ドゴォッ! 

 

 

「るああっ!」

「ゲフッ!」

 

 

 ゴギャッ! 

 

 

 

 血と汗が飛び散り、拳打の音が鳴り響く。互いの踏み込む足が湖面を揺らして、歯を食いしばって拳を繰り出した。

 

 そうやって殴って、殴られて、もうなんで喧嘩してんのかさえわかんなくなるくらい殴り合った、その時。

 

 ふらりと、一瞬あいつの体が後ろに倒れた。

 

 その隙を見逃さず、襟首を思い切り掴む。

 

「!?」

「くらい……やがれっ!」

 

 そして、思いっきりヘッドバットを喰らわせた。

 

「がぁっ!!?」

「こいつで……終わりだああああああっ!」

 

 そして、最後の一発。

 

 それはこれまでのどの一撃よりも重く、鋭く……思いを込めた、我ながら鮮やかなストレートだった。

 

 渾身の一撃は、シュウジの右頬をたしかに捉え。

 

「う、ぁ…………」

 

 あいつは数歩後ずさった後、ゆっくりと倒れ込んだ。

 

「ぜぇ…………っ、ぜぇっ…………!」

 

 全身を襲う痛みと倦怠感に、俺も倒れそうになってしまう。それを必死に堪えて、シュウジを水の中から引っ張り上げた。

 

 重い脚を引きずって陸まで上がり、そこでシュウジの襟首をから手を離して寝っ転がる。

 

 あーくそっ、もう無理だ……

 

「はっ……はっ…………でも、俺の……勝ちだ……!」

 

 やっとだ。

 

 生まれて初めて、やっと俺の拳を届かせることができた。

 

「おい……」

 

 ふと、隣に向けて話しかける。

 

「…………正気に、戻ったかよ…………」

 

 答えは返ってこない。

 

 まさかと思い、鉛のような頭を振って横を見ると──

 

「……か、ははっ」

 

 かすれた笑い声が、耳の奥に響いた。

 

「誰かさんの……おかげで、なんとか、な……」

 

 目を覚ましたシュウジは、どこか辛い声音でそう言った。

 

 それになんだか胸に想いがこみ上げてきて、口の端が弧を描く。

 

「そうか……そいつは良かった、な」

「おうよ…………」

 

 一瞬、無言の時が流れた。

 

 それから……

 

「は、はははは」

「くっ、はははははははは」

 

 

 

 

 

「「あはははははははははははははははははははははははは!!!」」

 

 

 

 

 

 気がついたら、どっちからか分からないけど笑ってた。

 

 何がおかしいのかなんてわかんないけど、とにかく笑った。

 

 笑って、笑って、さっきまで胸の中に溜まってたもん、まとめて外に吐き出した。

 

 ああ、これまでにないくらい清々しい気分だ。ようやくこいつと真正面から向き合えるようになったんだって、そんな気がしやがる。

 

「ははは…………なあ、シュウジ」

「……なんだ?」

 

 ひとしきり笑って、声が枯れてきた頃。

 

「これからはさ……頼ってくれよ」

 

 ああ……言えた。

 

 ずっと……ガキの頃からずっと言いたかったこの言葉を、やっと言えた。

 

「辛い時には絶対、絶対支えるから。これまではできなかったけど……でも俺はもう、強いから」

 

 そう言って、笑った。なんでか分からないけど溢れ出る涙なんか気にならないくらい、精一杯に。

 

 そうすれば、シュウジは傷だらけの顔で驚いて。

 

 しかしすぐに、いつもみたいにへらりと笑いを浮かべる。

 

「そうだなー、俺もう負けちまったしなー」

「ああ、そうだ。俺の勝ちだ」

「こーんな弱い俺じゃあ、これから先一人でどうにか生きてくのも難しいかもなぁ」

「…………っ!」

 

 それが、こいつの答えだと自然と分かった。

 

 横を見ると、シュウジは上体をもたげて悪戯げに笑う。

 

 俺も涙を拭い、両手を使ってなんとか体を起こして頷いた。シュウジは笑みをニヒルなものに変える。

 

 俺もまた不敵に笑い、どちらからともなく拳を差し出して。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからよ。これから頼むぜ、親友」

「ああ、任せとけ。俺の無駄にカッコつけで、なんでもかんでも背負う大馬鹿な──親友」

 

 

 

 

 

 

 

 それを、軽くぶつけ合った。

 




ハジメの性格が原作と比べて熱すぎる?そこはほら、親友補正ってことで。
次回が終われば作者としてはストーリー的にも読者様の反応的にも一番辛かった章が終わり、そして我らがネタシュウジが帰ってきます
もうちょっとだけ付き合ってネ!


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だからまた、皆で

さぁて、長く辛い(反応が)真実編最後の話です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 澄み渡る青空、どこまでも広がる海。それを撫でるのは、どこにだろうと向かっていく涼やかな風。

 

 エリセンから少し離れた海上、そこに呼び出したフィーラーの背中の上に設置された広場。ユエたちは今、そこにいた。

 

 

 

「それじゃあ、やるぞ」

 

 

 

 エボルトがいつになく、真剣な表情でユエたちに問いかける。すでに戦闘態勢を整えた彼女たちは神妙な面持ちで頷いた。

 

 何故、彼女たちはこのような場所にいるのか。それはシュウジの暴走の被害を最小限に留めるためである。

 

 あの後、二人を呼び戻した時にもしも暴走をしているとエリセンが危険だと、レミア達の家から移動したのだ。

 

 雫とルイネはショックで動けなかったのでリベルの面倒を見ていたティオに頼み、残ったメンバーで帰還に備えることに。

 

 そして今、ハジメに念話で確認をとったエボルトが二人を呼び戻そうとしているのだった。

 

「ハジメさん、大丈夫でしょうか……?」

 

 心配そうにするシア。あの時シュウジの暴走で、危うくマグマに落ちるところだったのだ、不安に思うのも仕方があるまい。

 

「ん、きっと大丈夫」

「ハジメなら、シュウジを止められるよ」

 

 そんなシアを、ユエとウサギが励ます。その目には絶対的な確信の色があり、二人が帰ってくることを信じていた。

 

 そんな二人を見て、シアも表情を引き締めるとドリュッケンの持ち手を堅く握りなおした。

 

「…………」

「……美空、顔が怖いよ?」

「え? あ、ごめん」

 

 そんなシア達のすぐ側には、美空達もいた。心配そうに覗き込む香織に、美空は強張った顔を元に戻す。

 

「ハジメくん達のことが心配?」

「……まあ、ね。これまでのとは、ワケが違うし」

 

 知っての通り、美空はハジメたちと幼い頃から一緒にいた。そのため、ハジメがああいう顔をするときはどうなるか知っている。

 

 きっとハジメは、シュウジと全力でぶつかり合うだろう。子供の頃の喧嘩とは違う、命さえかけた対話を。

 

「きっと二人とも、傷ついて帰ってくる。だから……」

「うん。そのときは、2人で治そうね」

 

 そう言って、香織は震える彼女の手を握った。美空は少し驚いたものの、ふっと微笑む。

 

「あんがとね、香織」

「ううん……ふふ、すごいよね。教室で喧嘩してたのが遠い昔に思えるよ」

「それは香織がハジメにちょっかいかけるからでしょ。ついには私にまで手ぇ出したし」

「そ、それはちょっと言わないでもらえると……」

 

 もしかしたら、戦うことになるかもしれない状況だというのに顔を赤くして恥ずかしがる香織。それに美空の悪戯心がうずく。

 

 美空はするりと一度繋いだ手を解くと、香織の指に自分の指を絡めて握り直した。ぽんっと香りの頭から湯気が出る。

 

「あぅ、美空……」

「ん?どうしたの香織。ただ手を繋いでるだけだよ?」

「うう、美空のいじわるぅ……」

「……百合百合してますね」

「ん、花が咲いてる」

「これは、ハジメも鼻血案件?」

「和気藹々してるとこ悪いが、来るぞ!」

 

 少し和やかな雰囲気になっていた美空たちに、ワームホールから目を離さずにエボルトが叫ぶ。

 

 流石というべきか、全員が一瞬で警戒を敷いた。そして広場の上に開いたワームホールをじっと見つめる。

 

 全員が見る中、ワームホールの奥にうっすらと蠢く影が見えた。ゆらゆらと左右に揺れながら、こちらに近づいてくる。

 

「来た……!」

 

 呟いたユエが魔法を放てるように両手を、シアがドリュッケンを腰だめに、ウサギが拳を、その後ろで美空と香織が杖を構えた。

 

 そうしているうちに、影がワームホールの入り口までたどり着く。闇を突き破り、広場に出てきたのは──

 

 

 

 

 

「っと……ここは、海の上か?」

「あいたたた、陽の光が傷に染みるねえ」

 

 

 

 

 

 肩を組み合い、互いを支えるハジメとシュウジであった。

 

 どちらも全身傷だらけで、とても無事と呼べる状態ではないが……それでも、二人でちゃんと帰ってきた。

 

「「「ハジメ!」」」

「ハジメさん!」

「ハジメくん!」

「うぉっ!?」

 

 警戒態勢を解き、ユエたちが一気にハジメに飛びつく。そして全身各所に抱きつくとそのまま押し倒してしまった。

 

「ハジメ、ハジメハジメハジメぇ……!」

「うぅっ、よがっだ、よがっだよぉ!」

「ハジメ、良かった……!」

「いや、お前ら全員泣きすぎだろ……別にそんな心配しなくても平気だから」

「どこがよ、このばかっ……!」

「ハジメくぅん……!」

 

 信じていても、やはり心配はあるもので。泣きはらす少女たちにハジメは居心地悪そうに頬を掻いた後、とりあえず頭を撫でた。

 

 一方シュウジはハジメという支えを失い、ダメージが深いこともあって「おっとっと」と後ろによろけて尻餅をついてしまう。

 

「って〜。いやー、この扱いの差よ」

「そりゃまあ、心配度合いで言えばあっちの方がな」

 

 アメリカンな感じで肩を竦めるシュウジに、ワームホールを閉じたエボルトが腰に手を当てながら歩み寄った。

 

 シュウジは顔を上げ、エボルトの顔を見る。紫がかった黒目と、鮮烈な光を宿す赤目が交差した。

 

 数秒ほど、見つめ合う。それからどちらからともなく不適に笑い、差し出された手でシュウジは立ち上がる。

 

「どうやら、マトモなみたいだな」

「どっかの大親友のおかげでな。いや参ったよ、ボコボコにされちゃってんの」

「ハン、この俺にまで世話かけたんだ。しばらく痛みに悶えとけ」

「あっれーエボルトさん戻って早々辛辣じゃないっすかね」

「別に、いつも通りなんだろ?ならいいじゃねえか」

「……まっ、それもそうかねぇ」

 

 案外素直ではない自分のもう一人の相棒に、シュウジは笑って拳を差し出した。エボルトは鼻で笑ってから自分の拳をぶつける。

 

 言葉はそれ以上必要なかった。その関係の真実が多少歪んだものだろうが、生まれた時からの仲なのは変わりがないのだから。

 

「あっそういや俺の記憶の元の一人桐生戦兎だったな。せっかくだからやり返しとこ」

「痛い痛い痛い!この野郎脇腹つねりとはやってくれるじゃねえか!」

「おぶっ、テメェこそ肘打ちとは随分だなコラ!」

「やんのかコラ!」

「テメェこそ覚悟しろコラ!」

 

 訂正、少しだけはっちゃけていた。肩を組んでいるのをいいことに、至近距離でゲシゲシとどつき合う。

 

「…………ぷっ」

「ふ、ふふふっ……!」

「あははははははははははは!」

 

 

 

 そんな2人のやりとりを見て、なんだかシリアスな反応をしていたことがバカらしくなってユエたちは大声で笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 それからしばらくして。

 

 

「──ってわけで、無事に解決だよ」

 

 エボルトの指示でエリセンに戻るために泳ぐフィーラーの背中の上で、ハジメはことの顛末を話し終えて息を吐いた。

 

 あの時話したこと、ぶつけた思い、そして人生最大の大喧嘩の決着。全部話して、ハジメはすっきりとした顔をする。

 

 なお、その顔には無数の絆創膏とガーゼが貼られていた。ロングコートを羽織っただけの上半身の各所にも包帯が巻かれている。

 

 香織と美空が治そうとしたのだが、ハジメはそれを拒否した。これは自分の勲章であると譲らなかったのだ。

 

 そして……

 

「へぇ……」

「ほぉ〜」

「ふぅん……」

「はぁ……」

「むぅ……」

「…………………………………………」ダラダラ

 

 話を聞いた女性陣に包囲され、夥しい量の冷や汗をかいているシュウジもである。

 

 よりダメージがあるシュウジはハジメ以上に処置を施されているが、きっと今最も痛いのは胃のほうだろう。

 

 姿勢は正座、円形に取り囲むかごめかごめもビックリな威圧感を纏うユエたち。並の男なら既に心がGAME OVERな状態だ。

 

「へえ、そうなんだ」

「」ビクッ

「へ〜、私たちが、シュウジをそんなふうに扱うって思ったんだ。へえ〜、へぇ〜〜〜」

「…………あの、ユエさ「誰が喋っていいって、言った?」イエナンデモゴジイマセン女王様」

 

 こんな時ばかり王族としてのオーラを纏うユエに、シュウジは速攻口をつぐむ。一言でも喋れば雷龍でケツバットである。

 

「うふふ〜、そうなんですかぁ〜、シュウジさんは私がそんな非情なウサギだと思ったんですねぇ〜」

「」ビクゥ

「……処す?処しちゃう?」

「」ビクビクゥ

「あーあー!悲しいし!長年一緒に過ごしてきた幼馴染にそんなふうに思われてたんだ!あーあー!」

「」ビクビクビクゥ

「ねえ、シューくん。私ね、最近新しい魔法覚えたの。怪我をした時の痛みを再現しながら治すんだよ。それで同じことをしないようにするの。うふふ」

「」アババババババ

 

 それだけでは終わらずにシア、ウサギ、美空、香織と畳みかける。弁明しようとするとユエから鋭い殺気が飛んだ。

 

 結果、どうすることもできないシュウジは見事に胃の中がマックシェイクでハッピーセットなことになっていた。

 

 それから十分、極道とヤクザとマフィアをマザルアップしたような怒りという名の険悪な結界の中で耐え続けることになった。

 

「ほら、わかったろ? お前の正体がなんであれ、戦うための人形だとか、そんな風に態度を変える奴は一人もいねえよ」

「肝に銘じますた、はい…………」

 

 美少女五人から本気でメンチを切られるという素晴らしいご褒美をいただいたシュウジは、ガクガクとハジメに頷く。

 

 ユエたちはつーんとそっぽを向いていた。エボルト?囲まれてる時から爆笑しすぎて過呼吸になっている。

 

 やっちまったぜ⭐︎という顔をしているシュウジの尻を、ハジメがユエたちの前に蹴り飛ばした。いつも通り、雑である。

 

「ちょっハジメさんどゆこと!?」

「もう一回絞られてこい」

「そんなバナナ」

 

 恐る恐る、ユエたちを見上げるシュウジ。その目にはビビりと恐怖と……そして、申し訳なさが混ざり合っている。

 

 それをチラリと横目で見た五人は、見事にシンクロしたため息を吐く。そうすると優しく微笑んで話し出した。

 

「赤の他人ならともかく、シュウジは家族。絶対にそんなことは思わない」

「ユエ……」

「そうですっ!確かに父様たちのことは今でもぶん殴りたいくらいハラワタが煮えくりかえりますが、それ以上に理不尽に抗う力をくれたことに感謝してるんです!」

「シアさん……」

「……シュウジが鍛えたから、ハジメは私に勝った。だからこうして今、私はここにいる。だから、ありがとうって思ってた」

「ウサギ……」

「シュウジ、あんた心配させたのと、バカなこと考えてた分、帰ったら店の手伝い半年ね」

「美空……」

「シューくんは地球にいた頃から、ハジメくんのことでたくさん相談乗ってくれたりしたよね。だから優しくないなんて、ただの人形だなんて思わないよ」

「白っちゃん……」

 

 シュウジの目には、今の美空たちが天使に見えていた。だから自分も優しく微笑んで……

 

「「「「「ただ、それとは別にイラッときたから一発殴らせて?」」」」

「うーんわかってたよー俺の扱いこんな感じギャ────!」

 

 綺麗な終わり方などありはしない。そんなものは夢の中で見る夢である。感動的だな、だが無意味(ry

 

「ふぅ、すっきり」

「心がすっとしました!」

「やっぱり、拳に限る」

「ふんっ!」

「あはは、ごめんねシューくん?」

「ぐふ…………」

 

 全員にきっかり一発ずつ鉄拳を頂戴し、最初に帰ってきたときと同じくらいボコボコにされたシュウジをハジメが覗き込む。

 

「俺たちの気持ち、わかったか?」

「い、痛いほどにな……ガクッ」

「口で言ってるあたり、まだ平気そうだな」

 

 そう言うハジメに、またユエたちがおかしそうに笑う。

 

 すっかりいつも通りの扱い、いつも通りの雰囲気であった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 そんなこんなで騒いでいるうちに、エリセンに到着する。既に一度見ていた住民達はさほど驚かなかった。

 

 フィーラーを海の中へ行かせて、移動の間に回復したハジメが移動中ボコられていたシュウジに肩を貸してレミアの家に向かう。

 

 道中、ちらほらといる通行人はボロボロの2人を見て一体何があったのかと囁いていたが、喧嘩で疲れているため無視して進んだ。

 

「おーい、俺たちだ。開けてくれ」

 

 今回は最初から道が分かっているため、家にはすぐに到着した。少し日が傾いているためか、また違った趣きがある。

 

 エボルトがドアを数回叩くと、中から慌ただしく、また小さな足音が近づいてきて内側から木戸が開けられた。

 

「あっ、エボルトおじちゃんだ!」

「よう、リベルか。今帰ったぜ」

「うん、お帰り!……あ、パパ!」

 

 ドアを開けたリベルは、エボルトの脇の間からシュウジを見つけてぱぁ!と顔を輝かせた。

 

 しかし、すぐにカインのことを思い出して飛び出すのを躊躇する。それを見て、シュウジはハジメの肩から手をどかした。

 

 おぼつかない足取りで数歩前に出ると、大きく両手を広げる。意図を察したエボルトは体を横にずらす。

 

「さあリベル!パパの胸に飛び込んでこい!」

「っ! パパぁ!」

 

 今度こそ自分の父だとわかって、リベルは重力魔法で体重をほとんどゼロにすると思い切り飛んだ。

 

 普通の幼子にはありえない跳躍力でシュウジの胸に飛び込み、ひしと抱きつくと力いっぱい抱き締めた。

 

「パパぁ……!さみしかったよぉ……!」

「ごめんな、ほったらかしにして」

「うぅぅうううっ!」

 

 これまでの旅で一度も泣かなかったリベルが、泣きじゃくっている。シュウジは後悔と共に、娘の頭を撫でた。

 

 それを温かい目で見守っていると、ふとハジメはもう一つの足音が玄関に向かってくるのを聞き取った。

 

「ちょっとリベルちゃん、不用心、よ…………」

 

 現れたのは、雫だった。エボルトの声ですっ飛んでいったリベルを追いかけてきたのだ。

 

 そのリベル……しかも泣いている……を抱いているシュウジを見て、動きを止める。そこでシュウジも気付いて、雫を見た。

 

「……雫」

「………………………………シュー、なの?」

「ああ。なんていうか、その……」

「シューッ!」

 

 それは必然だった。リベルと同じか、それ以上の速度でシュウジに近づくと首に手を回し、全身を押し付ける。

 

「っと、随分と熱い抱擁だな」

「心配、したんだからっ……!」

「……ごめん。お前には、いつも心配かけてばっかりで」

「馬鹿、何謝ってるのよ。いいのよ、こうして帰ってきてくれたんだから……!」

 

 それが雫の本心だった。真実がどうであろうと、愛した男が帰ってきた。それだけで十分だったのだから。

 

 その深い愛情を、シュウジは自分を強く抱きしめる細腕からひしひしと感じた。そうして改めて自分の愚かさを思い知る。

 

 ああ、自分は何て馬鹿なことをしようとしていたのか。仲間のみならず、こんなに愛してくれる人を置いて死のうとしていたのだ。

 

「……そう、か。なら、言うべき言葉は違うよな」

 

 だから、せめてもと体を離し、傷だらけの顔にいつも通りの笑顔を浮かべて。

 

「ただいま、雫」

「ぐすっ……ええ、お帰り。シュー」

 

 今、何よりも聞きたかった言葉。雫は涙を拭い、シュウジの帰還に心からの花が咲くような笑顔を見せた。

 

 いつまでも玄関にいるわけにもいかないので、リビングに移動する。するとそこにはティオもいた。

 

「おお、リベル。全く、いきなり飛び出していったから何事かと思ったぞ」

「うん、ごめんなさいティオお姉ちゃん」

「良い良い。して……」

 

 雫とハジメに肩を貸されているシュウジに目線を移すティオ。シュウジはよっ、とジェスチャーした。

 

 それにティオも元通りになったのだろうだと悟り、鷹揚に頷くとハジメとシュウジをソファに座らせるのに手を貸した。

 

「さて。今回のことだが……」

 

 全員が揃ったところで、ハジメがもう一度ユエ達にもした説明をした。

 

 結果……

 

 

 

 

 

 パァンッ!

 

 

 

 

 

 リビングに、乾いた音が木霊する。

 

 その発生源は手を振り切った雫と、赤い頬を張り飛ばされたシュウジから。誰もが沈黙する中、その音はやけに大きく響く。

 

 全身から怒気を発する雫にハジメ達は息を呑み、ティオは衝撃的な光景に直前にリベルの目と耳を塞いだ。

 

「馬鹿っ!そんなことをしようとしたなんて、一体何を考えてるの!?」

「…………すまん」

「私は何回も言ったわ!一人で背追い込まないでって、何があっても支えるって……それなのに、貴方は!」

 

 もう一度手を振り上げる雫。

 

 シュウジは真っ直ぐ、その手を見た。逃げも隠れもするつもりはない。これは受けて然るべき罰なのだから。

 

 だから、誰より愛する少女の怒りを甘んじて受け止めよう。それで少しでも、自分の愚行の償いになるのなら。

 

「っ…………!」

 

 けれど、雫は叩かなかった。代わりにその手をそっと伸ばして、シュウジの頬に添える。

 

「……私じゃ、足りないの?貴方の居場所には、なれないの?」

「……そんなことはない。お前は誰よりも俺の心の拠り所だ」

「なら、私も頼って……? 南雲くんほど強くはないけど、頑張るから。だから、お願い……」

 

 頬に一筋の涙が伝う。雫はそれを隠すように、もう一方の手も伸ばしてシュウジの首に絡め、もう一度抱きついた。

 

 その温もりに、優しさに、愛情に、シュウジは何度でも後悔を繰り返す。そしてまた、精一杯抱きしめ返した。

 

「ありがとう雫。お前は俺の光だ」

「っ、う、うぅ……!」

 

 今度は雫が涙を流す番だった。静かに嗚咽を漏らす愛する人の頭を、シュウジは愛おしげに撫でる。

 

 それを続けながら、シュウジはハジメ達を見た。そして一人一人の顔を見渡してから、口を開く。

 

「お前らに、頼みたいことがある」

「今度は一体なんだよ」

 

 聞き返すハジメに、シュウジは一拍置いて。

 

「俺を、支えてくれ」

『……!』

「俺はどうやら、誰かを踏みにじって作られた人格らしい。でも俺は、俺として生きてみたい。そう思うようになった」

「シュウジ…………」

 

 驚くハジメにシュウジは悪戯げにウィンクし、真面目な顔に戻ると続きを言う。

 

「だから頼む、それを手伝ってくれないか?」

 

 真剣に、本気でシュウジは頼み込む。ハジメに言われたように、誰かのレプリカではなく、自分自身の時間を生きるために。

 

 大真面目な表情でそんなことを頼むシュウジに、ハジメたちは顔を見合わせる。そうすると頷き合い、全員笑って。

 

 

 

「当たり前だ。なんせ、親友だからな」

 

 

 

「んっ!」

 

 

 

「はいですぅ!」

 

 

 

「家族は助け合うもの。そうだよね」

 

 

 

「まあ、今更だし。付き合うよ」

 

 

 

「うん!これまで色々なことをしてくれた恩返しだよ!」

 

 

 

「うむ、任せるのじゃ」

 

 

 

応えてくれる仲間たち。

 

「……ああ」

 

 なんて、温かいんだろう。シュウジの心の中に、これまでにないほど強い熱が満たされていく。

 

 自分は、存在すらしてはいけない人形だ。記憶も、力も、誰かの借り物なのだから。

 

 ああ、けれど。この心は、彼らと共に歩む時間の中で生きてきたこの心だけは、誰が否定しようと本物なのだ。

 

 もしも、自分が生きてもいい理由があったのだとしたら。それはきっと、この優しい人間達と共に歩むために。

 

 故に、いつか一人の少年に慟哭したときに流した冷たい涙とは裏腹な、どこまでも暖かい涙とともに言うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。これからまた……よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 ここから、北野シュウジの本当の人生が始まった。

 




ちょっとまとめ方雑か?いやでもちょっとはギャグ戻さないと……
さてさて、ネタの準備に移ろうか。
次回は、そうだな……龍太郎と鈴の絡みでもやるか。
感想をいただけると嬉しいゼ。


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【幕間】
世界を渡る男


すみません、火曜日から風邪ひいて寝込んでました。まだ喉と鼻が治らない……
というわけで大幅に遅れましたが、更新です。
あの男が登場。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 エリセンの一角、とある喫茶店のテラス席。

 

 そこで静かに、ティータイムを楽しむ男が一人。知らぬものからすれば、どこぞの貴族かという上質な服に身を包んでいる。

 

 紫色に縁取られた黒のロングコートとズボン、金縁の赤いベストに上等な革製の靴……そして膝の上に乗せた、少し古びた中折れ帽。

 

 そこにいたのは、シュウジをこのエリセンに連れてきた男だった。

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとう。これからまた……よろしく』

 

 

 

 

 

 

 

「……ふ。これでまずは一歩、か」

 

 ひと口コーヒーを啜った男はそう呟き、淡い笑みを浮かべる。それは自らの目的の第一段階が達成された喜びから。

 

 続けて騒がしい声が聞こえてくる、耳につけていたもの……補聴器のような形状をしたアーティファクトを取り外して机に置いた。

 

 そして、アーティファクトを置いたその瞬間だった。不意に男の手が二重にブレたかと思うと、ノイズがかかって揺れ始める。

 

「……来たか」

 

 男は自分の手を注視する。まるでずっと前からそれを待ち望んでいたかのように、熱心に見つめた。

 

 

 

 ジ、ジジ…………

 

 

 

 最初は激しかった揺らぎは、しかし小さくなっていき、やがて完全に消えてしまう。ふっ、とため息を漏らす男。

 

「期待外れ、ってとこか?」

 

 そんな時だった。

 

 頭上から透き通るような、どこか色気のある男特有の低い声が響く。それはこの世界において、男が数少ない聞き覚えのある声。

 

 続けて、下げた視界に派手なワインレッドのシャツとジャケットが映り込む。わざわざ顔を見なくとも、誰か分かった。

 

「よう。せっかくだから一杯奢るぞ」

「なら、そうさせてもらおうか」

 

 その言葉の通り、男がそう言った途端にその人物は対面の椅子を弾き、そこにどかりと無遠慮に座り込んだ。

 

 またひと口コーヒーを飲んで、ソーサーに置く。そこでようやく、男は顔を上げその人物をしっかりと見る。

 

 ひと目見てわかる端正な顔つき。切れ長の目には己への自信が、口元には不敵な笑みが浮かび、鼻筋は通っている。

 

 洒落込んだセットの茶髪はそこに色気を持たせ、座高だけでも相当の高身長も相まって彼に男としての優位性を確立した。

 

 そこに一風変わった空気を入れ込むのは、首から茶色い皮紐で吊り下げたマゼンタ色のトイカメラだろう。

 

「久しぶりだな、元気そうで何よりだよ──門矢士(かどやつかさ)

「お前も元気そうだな、歳の割には」

 

 まあな、と笑う男。確かに平均した68の老人にしては、自分はいささか元気すぎる部類に入るだろう。

 

 まあ、それを言ったら五十年前の時点で人間かどうか疑わしいのだが。今に至っては、もはや半分は生き物ではない。

 

「で、新しい旅の方はどうだ。新時代の世界巡りは順調に進んでるか?」

「まあ、ボチボチってとこだ。どいつもこいつもクセの強い()()()()ばかりでな」

「お前がそれを言うと、まるで鏡に向かって話しているようだよ」

 

 それもそうか、と悪びれもせず肩を竦める士。そこでちょうど店員が通りがかり、コーヒーを頼む。

 

 それからメニュー表をひょいと取ると、適当に見繕った料理まで頼んだ。本当に遠慮がないなと男は苦笑いを浮かべる。

 

「おいおい、俺は一杯奢るって言ったんだぞ」

「まあ、気にするな」

「お前がそう言う時は、大抵ろくな事が起きた試しがないな」

「同感だ」

 

 フッと同じように笑い合う二人。

 

 親しげな様子は、多く見積もっても三十代後半の士と、歳以上に引き締まっているといえ老年の男ではいささか面白い。

 

 かと言って、彼らの親交に時間は関係ない。片や上下、果てはパラレルワールドまで旅をする男。片や未来から来た男なのだから。

 

 ただ、物珍しそうに見ない客がいないはずもなく。また、見てくれの良い士と老人特有の余裕を醸し出す男に見惚れる女もいる。

 

「そういうお前こそ、計画は順調そうだな」

「ああ……とはいえ、やはりこの程度ではダメならしい」

 

 先ほど揺らいだ、自分の手を見る男。これで完全に変わってくれれば御の字だったのだが、どうやら簡単にはいかないようだ。

 

 事前に計算していた以上に、歴史の修正力は大きい。たった一人で立ち向かうには、やはり相当な困難のようである。

 

 あるいは()()()()()()()()や、〝世界の殺意〟の()()()()()()()()()()()()でもあれば楽に行くのだろうが……

 

「やれやれ、元はごく普通の一般人には大変だよ」

「普通、ね……俺たち()()()()()()()()()()()()()()()()()が普通とは、相も変わらず面白いことを言う奴だ」

「いや、今もまだ旅を続けるお前には敵わんよ。俺は一つの世界で手一杯だ」

 

 確かに男は見た。しかしそれはオーマジオウの力を真似るためにただ見ていただけ、介入することは一度もなかった。

 

 それこそ、一番近く……それも特等席で見ていた観客、そこ止まりだろう。実際の所男としてもそれで十分だった。

 

「とはいえ、もともと五十年分の歴史を変えようとしているんだ。まだやりようはあるし、あてもある」

「ああ、《歴史の要》の話か」

 

《歴史の要》

 

 それはタイムトラベルをするにあたって、男が五十年の研究の末導き出した時の流れの規則性のようなものだ。

 

 例えば、ある人物がいるとする。その人物は正しい歴史上において必要不可欠な存在であり、もしいなくなれば未来が変わる。

 

 それは人に限らない。物であったり、事象であったり、あるいは何てことない言葉一つなどということもある。

 

 ある世界ではそれを特異点とも呼ぶ者もいれば、ターニングポイントと称するものもいる。男が適当にそう銘打っただけの話だ。

 

「なんてことはない、ジョン・コナーを一人ずつ殺していくだけの話さ」

「どちらかと言えば、お前は剪定事象の未来のジョンなんちゃらだがな」

「おっと、アレと違ってまだ人の感情はあるさ」

 

 こうしてコーヒーも飲めるしな、と男はおどけて言う。確かにこの身は半ば鉄だが、心まで冷たくはなっていないのだ。

 

「まあ、俺の話はいい。今日はいったいどんな用件で来たんだ?」

「十年来の友に会いに来た、では不十分か?」

「お前は気まぐれだ、それもあり得るだろうが……今日はそうじゃないんだろ?」

 

 かつて失った大切な男ほどではないが、士ともそれなりに長い付き合いだ。飄々とした顔の見分けはつく。

 

 そうだな、と士は言う。そろそろ適当な歓談で良い雰囲気になった。そろそろ本題をと話しかけて……

 

「やめた。黙っていた方が面白そうだ」

「おお、ここで秘密主義を発動か。困ったな、これじゃあ集られに来ただけか」

「最後の食事かもしれないんだ、この程度はいいだろう?」

「ったく、昔から口が達者だよ」

 

 この時間軸上の異物である男は、いつ弾き出されてもおかしくはない。無論、そんな事はされないよう充分以上の用意はしているが。

 

 だが、それも今日で不確かなものになった。このまま計画を進めていくほどに、()()()()()()()()()()()()()

 

 恐怖はない。無論、躊躇も。むしろそれでいいのだ。なぜなら男が最終的に目指すのは、自分の未来(現在)の消失なのだから。

 

「顔馴染みが消える時ってのは、あっけなくて悲しいもんだ」

「おいおい、まだ早いぞ。それに、そういう事はお前のことが大好きなあの怪盗に言ってやれ」

「断る」

「だろうな」

 

 初めて苦い顔を見せた士に、男はしてやったりという顔で面白そうに笑った。面白くなさそうに目をそらす士。

 

 その脳裏にチラつくのは、自分以上に掴みどころのない男。今もどこかの世界でお宝とやらを集めているのだろう。

 

 あの空気の読めない仲間……士は口では決して認めないが……は、こうして他所を向けば今にもそこに現れそうだ。

 

「なら、もう一つの仲間の方はどうだ。そっちにはいつでも会えるだろう?」

「……ナツミカンの説教はしばらくお断りだ」

「そう邪険にするな、いる間が一番最高だ。失くした後じゃあもう遅い」

「自分で切り捨てたお前がそれを言うか」

「それもそうなんだが、な」

 

 ああ、確かに言う資格はないかもしれない。何も言わず、大切な彼女たちを完全に切り捨てた自分には。

 

 だが、巻き込まないと決めた。ここから先は自分の諦めきれない未練の精算だ、そんなものにまで付き合わせられない。

 

 ある歴史の、終末を望んだ男を真似るわけではないが……彼女たちは、美しい記憶のままで。目の前で消える様は、見たくない。

 

「俺に言う前に、自分が気をつけとけよ」

「はは、今更会うこともできないさ。俺もあいつらも、お前みたいに自由に時空を行き来はできない」

「……どうだか、な」

 

 メモリーにある思い出という名の記録(ログ)を見返していた男は、そんな士の呟きを聞きこぼした。

 

「話を戻そう。あの男……北野シュウジだったか?あいつの存在証明については準備しているのか?」

「ああ、そいつはバッチリだよ……っと」

 

 不意に男がロングコートの裾をずらし、ベストのポケットから胸元のチェーンで繋がっている懐中時計を取り出す。

 

 カチリ、と音を立てて開かれた懐中時計は、しかし普通の盤面ではなく歯車がいくつも組み合わさった絵柄だった。

 

 その十二の刻を示す線から一の刻に向かって、わずかに紫色の光が傾いている。どうやらうまく連動したようだ。

 

「見ての通り、上手くいってるようだ」

「そいつは良かったな」

 

 士に時計を見せ、余裕という様子で言っているものの、男の内心には安堵が広がっていた。

 

 この五十年で、計画を実行するために作り出した様々な道具。中でもシュウジの魂に()()()()()それは最高傑作の一つ。

 

 力をつける傍ら、半生をかけて探究を続けた時間と存在の研究の結晶だ。しかしその用心深さ故に、不安もあった。

 

「相変わらず凄まじい技術力だ。あのしつこいショッカーどもも驚くだろうな」

「その元首領様にそう言ってもらえるとは、感謝しておいた方がいいのかな?」

「さてな。今の俺はただの旅人、通りすがりの仮面ライダーだ」

「そうだったか」

 

 流れるような会話を交わしたところで、士の頼んだ料理を海人族の店員が持ってきた。

 

「じゃあ、俺はもう行く」

 

 しかし、それがテーブルに置かれる直前に士は立ち上がり、冷めたコーヒーを飲み干すと「じゃあな」と踵を返した。

 

「ああ、そうだ。一つだけ教えてやる」

 

 数歩行ったところで、士はふと思い出したように振り返った。

 

「お前の敵は、〝あの男〟だけじゃない。お前がこの時代に来たことで時空が歪み、他にもいつくか厄介なのが入り込んだぞ」

 

 それだけ言うと、本当に士は行ってしまった。後に残ったのは硬直するウェイトレスと、神妙な顔の男だけ。

 

 とりあえず、ウェイトレスに持ってきた料理を自分の前に置かせ、男は士の残した言葉について考える。

 

 

 

 自分の知っている歴史とは異なる、未知の可能性。

 

 

 

 それは既に、今回のシュウジの件で普通に起こりうることは確信した。何度も言うが、タイムトラベルは非常に不可思議な部分が多い。

 

 しかし、こうも大きな変化が立て続けに二度も起きたとなると男といえど少し予想外、と言うしかない。

 

「……やれやれ、イレギュラーは年寄りにはきついな」

 

 とはいえ、自分が撒いた種だ。多少増えたところで、それごとまとめて叩き潰して仕舞えばいいだけの話。

 

 

 

 

 

 そう思い直し、男は士が一口も口をつけずに残していった料理に舌鼓を打つのであった。

 




読んでいただき、ありがとうございます。
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龍太郎と鈴の一日 前編

えー、活動報告に我ながらくだらない怒りを書きました作者です。
ここでも改めて言っときますが、この作品は基本ギャグと自分の厨二病の温床です。本来の仮面ライダーの切磋琢磨とか、熱いストーリーを読みたいのなら他の方の作品をどうぞ。
ってことで今回は龍太郎と鈴の回、楽しんでいただけると嬉しいです。


 拝啓、地球にいるお父さんとお母さん。そして他のクラスの友人のみんな。

 

 この世界に来てからもう半年近く、季節は秋か冬頃になってると思うけど、そっちはどう過ごしているかな?

 

 鈴こと谷口鈴は、この異世界トータスで一緒に来たクラスメイト達と、それなりに元気にやっています。

 

 ちょっと前に迷宮でお腹に穴が空いたり、下半身が石化したりしたけど、それでもなんとか元気溌剌です。

 

 そして今、鈴はーー

 

 

 

 

 

「よし、それじゃあ行こうぜ谷口!」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

 

 

 

 

 生まれて初めて本気で好きになったかもしれない人と、なぜかお出かけしてます。

 

 

●◯●

 

 

 ことの発端は、鈴とお見舞いに来てくれた龍っちがお話ししていたときのことです。

 

「谷口、腹に痛いとことかねえか?それか下半身が痺れたりとか……」

「んもうっ、平気だってば!龍っち心配しすぎだよ、もう一週間も前じゃん!」

 

 あれから、帰還後すぐに王宮の治癒術師さんたちによる治療と、御堂さんの回復魔法?みたいなもので、鈴は九死に一生を得られた。

 

 あの時は怖かったよ。日本では滅多に感じることなんかない死の恐怖が全身を駆け巡って震えあがっちゃった。

 

 自分の命がこぼれ落ちていく感触は、二度と体験したくない。元気なことが鈴のアイデンティティでもあるしね。

 

「そっか、そうだよな。いや、すまねえ谷口」

「あっいやっ、心配してくれるのは嬉しいよ!?」

 

 しゅんとする龍っち。大きな体に似合わないしおらしい様子に、鈴は慌ててベッドの中でブンブンと手を振った。

 

 すると龍っちはちょっと恥ずかしそうに頬を掻いた。うう〜、その顔は鈴にとっては反則だよこのにぶちんっ!

 

「? どうした谷口、いきなり顔を赤くして……って、まさか熱でも出て!」

「違うって毎日言ってんでしょこの鈍感っ!」

「あべしっ!」

 

 ごく軽めのビンタで横に吹っ飛ぶ龍っちの頬。もうっ、女心がわからないんだからっ!

 

 王都に帰ってきてから、龍っちは毎日のようにお見舞い来てくれてる。訓練が終わるとすっ飛んでくるのだ。

 

 理由は、あの事件の時あの場にいた誰より自分が一番強かったはずなのに、鈴を守れなかったから、だって。

 

 このにぶーい男は全く意識してないんだろうけど、そんなこと言われたら乙女回路がショートしちゃうよ!

 

「はぁ……もう、なんでよりによって鈴はこんなおバカさんを」

「あん?せめて筋肉つけろよ」

「じゃあ類人猿」

「せめてゴリラといえ!」

 

 ツッコむ龍っちに、クスリと笑う。こんなくだらないやりとりさえ心が安らぐんだから、鈴も相当手遅れだろう。

 

 

 

 

 

 そう、鈴は多分……龍っちが好きだ。

 

 

 

 

 

 それは多分、あの北野っちの連れてたエボルトにあの金色の仮面ライダーにされて、変化して帰ってきた後から。

 

 暑苦しいのに爽やかさがある?というか、前と違って行動に責任感があるというか、とにかく頼もしくなったのだ。

 

 それまでは全然意識してなくて、率直に思ってることを口にしていてすごいなぁ、なんて程度だったんだけど。

 

 我ながらおかしなことに、そんな龍っちにコロッといっちゃったのです。ああもう、ラノベのヒロイン並みのチョロさだよ。

 

 だから、なんといいますか。そういう訳なので、こうして毎日顔を合わせに来てくれるのはそう悪い気はしない。

 

「んもー、龍っち他にやることないの?雫っちたちがいなくなった今、最高戦力の一人でしょ?」

「ん?あー、なんか偉そうな奴に色々言ってきたけどシカトしてきた。んなことより谷口のが大事だし」

「っ、ふ、ふふーん!もー龍っちったら寂しがり屋なんだからー!」

「ははっ、そうかもなー」

 

 これだ。この男、確かに前より賢くなったし、頼もしくなったけど、根本的なとこでまだ鈍いんだ。

 

 こちとら度々助けられたり、隠れてた時にあんなこと言われたりで淡い期待とかしてヤバいのに全くわかってない!

 

 で、でもまあ、そーいうとこも少ーし良いっていうか何ていうか……あーもう、我ながら恋は盲目だなぁ。

 

「ああ、でもみーたんがもう居ないってのはキツいよなぁ……うう、南雲たちが生きててくれたのは心の底から嬉しいが、みーたん……」

「………………」

 

 前言撤回。恋する乙女の前で他人の、それも恋人がいる女の話をするとはこの脳筋どうしてくれよう。

 

「まっ、でも谷口がこうして元気に笑ってんのを見れるだけで十分か!」

「も、もうっ!龍っちどんだけ鈴のこと好きなのさっ!」

 

 あーもう、ずるいなぁこの男は!無意識に鈴の言って欲しいセリフ言っちゃって、ほんっとずるいなー!

 

「おうさ。なんたって谷口は、()()()()()()だからな!」

「っ……」

 

 そう言ってニカリと笑う龍っちに、鈴の心はちょっとだけ締め付けられた。

 

「……なら、鈴は龍っちの1番の女友達だね!」

「おう!」

 

 でも、すぐいつもみたいに笑って言葉を返す。龍っちはもちろん気づいた様子なんてなくて、また豪快に笑った。

 

 友達……そう、ただの友達なんだよね。龍っちにとって鈴はクラスメイトの中で一番仲の良い女の子、それだけなんだ。

 

 だから、っていう訳じゃないけど。この時鈴は龍っちに、こんな事を言った。

 

「だったらさ。安静が解けたら、一緒にどっか行こーよ」

 

 それはなんて事ない提案だった。

 

 いきなり訓練に参加するのもちょっとキツいし、それならと龍っちとどっかに行きたいなって、そう思っただけ。

 

 さっきはああ言ったけど、ちょっとだけ悔しかったのかもしれない。鈴だけ色々考えて、このにぶちんがケロッとしてるのが。

 

「ん? おう、いいぜ」

「ほ、ほんとっ?」

 

 その提案を、龍っちはあっさり受け入れた。思わずベッドから乗り出してしまう。

 

「おおっ、なんでそんな勢いよく乗り出してんだよ。別に友達と遊びに行くくらい普通だろ」

「あ、ごめん……じゃあ、明日は?」

「ん、ちょい待ち」

 

 コートのポケットから予定長を取り出す龍っち。こういうとこもマメになったなぁ、前は雫っちにため息吐かれてたのに。

 

 真剣な表情で手帳に目を落とす龍っちに少し見とれてると、予定を確認し終わったのかパタンと閉じられた。

 

「いいぜ。特に予定はない」

「じゃあ、明日城門の外で待ち合わせね!」

「おう!」

 

 そんなわけで、龍っちとのお出かけが急遽決まったのです。

 

 

●◯●

 

 

で、今に至る。

 

「? どした谷口、難しい顔して。なんかあったか?」

「い、いや、なんでもないよ?」

「そうか?じゃあ行こうぜ」

「あ、うん!」

 

 いつも通り全く気にした様子もなく、龍っちは前を向いて、これからのことが楽しみそうな顔をした。

 

 だから鈴も、いつもクラスメイトたちを盛り上げるように、明るく振る舞う……ことなんてできるわけないでしょ。

 

 いや何やってんの昨日の鈴。これデートじゃん。どう考えたってデートじゃん。男と女が一緒に出かけたらそれもうデートじゃん!

 

 龍っちから見えないのをいいことに、ペシペシ自分の脇腹を叩く。傷跡も残ってないのにジンジンと痛んだ。

 

 と、とにかく!もう終わっことはしょーがない!実際もう出発しようとしてるわけだし、せめて最後までキャラを保つ!

 

「やー、それにしても龍っち、今日はカッコいい服だね!」

「ん、そうか?」

 

 龍っちはいつもものコートじゃなくてちゃんとしたオシャレな格好をしていた。

 

 白いシャツと地球で言うところの緑色のオープンカラーシャツを組み合わせ、下は少し緩めのワイドパンツとローファー。

 

 首にはいつものネックレス……ドライバーとかを収納してるファンタジーなやつ……と、かなりキマっていた。

 

 正直、さっきからドキドキしっぱしだよ。特にシャツの内側から浮き出てる筋肉とか、ちょっと刺激強すぎて鈴にはまだ早い(錯乱)

 

「なんか晩飯の時に谷口と遊びに行く話したら、なんか女子共に寄って集って魔改造されたんだが」

「ほへー、そーなんだ」

 

 グッジョブクラスメイトたち。多分いつも鈴がそういうネタでからかってた意趣返しだけどグッジョブ。

 

「それで、さ」

「ん? どした谷口」

「その……どう?」

 

 ちょっと前に出て、服装を強調してみる。私だって割と気合入れてきたのだ。

 

 ピンク色のシャツとお腹のところで縛っている薄い上着、ホットパンツにブーツ。異世界の服ではかなりの出来だ。

 

「おう、いいと思うぜ。 動きやすそうだし」

「もー、違うでしょ龍っち。女の子には……」

「それに、谷口によく似合ってて可愛いしな」

 

 ピシッと固まった。そして、何気なく放たれたその言葉を幻聴か?と思う。

 

「龍っち、今なんて言った?」

「ん?谷口によく似合ってる?」

「その後」

「あー……可愛いしな?」

「〜〜っ!」

 

 聞き間違いでなかったとわかって、かーっと頬が熱くなった。

 

 なんなの、ほんとなんなのこの脳筋!こっちが言って欲しいことばっか言って!顔がニヤけちゃうじゃん!

 

 ううー、先制を取ろうとしたらあっさり反撃されたよ!このままだとまた鈴が恥ずか嬉しいだけで終わっちゃうよ!

 

「そ、そう!ありがとね!あ、そういえばもうそろそろ昼時ーー」

「おう、待ち合わせ時間的に腹減ってるかと思って、前に谷口が聞いた噂のスイーツがあるとこ、見つけといたぜ」

 

 な ん だ こ の イ ケ メ ン ゴ リ ラ は 。

 

「えっ、あ、あの店?本当に見つけてくれたの?」

「言ってたじゃねえか、「なんか地球で行った店に似てたんだよね」って。それなら連れて行かないわけにはいかないだろ?」

「………」

 

 まずい。龍っちがイケメン度高くなりすぎて心臓がまずい。これが本当にあの元ドルオタゴリラなの?

 

 いやいや嘘でしょ別人でしょなんて思ってるうちに、首を傾げた龍っちに「いいからほら」と背中を押されて街へと向かう。

 

 ううっ、絶対顔が赤いよ。周りの人も見てるし、ここは龍っちの大きな体に隠れさせてもらおう。

 

「ん?何だ寄ってきて。あ、人混みの中で小さからはぐれるからか」

「なっ、気にしてるんだから言わないでよ!龍っちデリカシーないし!」

「すまんすまん、なら……」

 

 龍っちはごく普通に、自然な様子で鈴の手を取った。

 

「これならはぐれないだろ?」

「……………っ!?」

 

 だからなんなの!?いくらなんでもカッコ良すぎるよ!これ誰かが幻覚魔法で姿変えてるとかじゃないよね!?

 

 結局そのお店に着くまで、まともに龍っちの顔を見ることができずに俯いていた。せっかくなら寄り道しようかな、なんて考えてたのに。

 

「っと、ここだ」

 

 お城への坂を下り、城下町に出てから十分くらい、いろいろな飲食店が立ち並ぶ通りの一角にその店はあった。

 

 その店の趣きは、一度友人たちと遠出して行ったことがある有名なパンケーキ屋さんに似ていた。あの時は何時間も並んだなぁ。

 

 更に、異世界語で書かれたファンシーな看板には〝他のどの店より甘い幸せをあなたに〟なんて謳い文句が書いてある。

 

「いらっしゃいませ、二名様でしょうか」

「おう、予約してたもんだ」

「ああ、サカガミ様ですね。こちらです」

 

 お店に入ると、店員のお兄さんが席に案内してくれた。言われた通りについて行き、向かい合わせに腰を下ろす。

 

 店内の内装は落ち着いていて、とても心地が良い。それを証明するように、女の人のお客さんで席のほとんどが埋まっていた。

 

「おー、さすが噂になってるってだけあるな」

「うん、大人気みたいだね」

「で、何食うんだ?」

「えーと、どれにしようかなぁ」

 

 店員さんが置いて行ったメニュー表を見る。色々あるけど、どれも美味しそうだなぁ。

 

「どれどれ……」

 

 テーブルに身を乗り出し、メニュー表を覗き込んでくる龍っち。いきなりの急接近にまた心臓が飛び跳ねた。

 

 まずいまずい近い近いって!龍っちの顔が至近距離にあっ意外と眉毛長いじゃなくて耳元で悩む声がわーーーーーーっ!

 

「んー、俺はこれかな」

「じゃ、じゃあ鈴もそれにしようかなー、なんて」

「おお、気が合うな谷口。すんませーん!」

 

 龍っちが店員さんを呼んで、同じものを頼む。女性店員さんには案の定、微笑ましいものを見る顔をされた。

 

「一体どんな感じなのか楽しみだな、谷口!」

 

 いかにも楽しみです!って顔で体を揺らす龍っち。

 

 その様子はまるで子供みたいで、まるでデートだって意識しているように見えない。いや、確実にしてないんだけど。

 

 ……なんだろう。そういうふうに意識されてないのは悔しいんだけど、おかげでむしろ少し緊張がほぐれた。

 

「あはは、嬉しそうだね龍っち」

「おう!つってもほら、男って甘いもん好きな奴は少なくてよ。なかなか行けなかったから谷口がいて助かったぜ」

「確かに、甘いものは女の子の特権っていうイメージはあるからね」

 

 実際、男の人がこういうお店に一人で入るのはかなり勇気がいると思う。男のプライドってやつなのかな。

 

 だから人に見られるのは恥ずかしいみたいだし、もしクラスメイトとかに見られたらもっと恥ずかしい……らしい。

 

 でも、もし女の子と一緒なら一気に難易度は下がるとか。まあ、私もスポーツショップとかは一人じゃちょっと入りづらいしね。

 

「一緒に来た鈴に感謝するのです」

「ははーっ、ありがたやー」

 

 両手に腰を当てて胸を張れば、龍っちはテーブルに両手をついて深々と頭を下げてくる。それからどっちもプッと吹き出した。

 

 それで完全に緊張が解けて、いつも通り何でもない会話をする。案外、このやりとりが恵理と話してる時かそれ以上に安心感があった。

 

「お待たせしました、ご注文の品です」

 

 時間も忘れて話していると、注文したものがやってきた。私と龍っちの目の前に、それぞれ一皿ずつ置かれる。

 

 そこに盛り付けられたのは、ホイップクリームやフルーツ、チョコレートなどで目一杯デコレートされたパンケーキ。

 

「わぁ………!」

「すっげえ美味そうだな!」

「うんっ、早く食べよ!」

「おう、オレも我慢できねえぜ!」

 

 ナイフとフォーク……今更だけど、地球と同じって面白いよね……を持ち、いただきますと言う。

 

 ひと口分切り取って、口に近づけると甘い香りが鼻腔を突いた。龍っちと顔を見合わせ、ゴクリと喉を鳴らす。

 

 覚悟を決めて、大きく口を開け口内に入れる。そうすると閉口し、ゆっくりとそれを咀嚼して……

 

「ん〜〜〜っ、おいひぃっ!」

「美味えっ!特にこのホイップクリームとパンケーキの生地がベストマッチでさいっこうだ!」

「だよねだよね!」

 

 はぁーもう幸せ!これを食べてるだけで散々恥ずかしい思いをしたのがなんでもないように思えるよ!

 

「ん、谷口」

「はむはむっ、どしたの龍っち」

「ほっぺた、クリームついちまってるぞ」

「うそっ!?」

 

 しまった、あまりに美味しくてついつい夢中になっちゃった!はしたない子って思われたよね!?

 

 慌ててほっぺたを拭うけど、うまく取れない。龍っちが見てるからか、テンパってて全部からぶっちゃった。

 

「あー、しょうがねえな」

 

 そう言って、龍っちがまた身を乗り出す。ふぇ?と固まっている間にこっちに手を伸ばして、右のほっぺたの表面を滑らせた。

 

 いきなり触れられたことに硬直していると、ゆっくりとした動作で身を引く龍っち。その指にはホイップクリームが付いていた。

 

「ほれ、取れたろ?」

「〜〜〜〜〜っっっ!!?」

 

 

 

 

 

あーもう、だからかっこよすぎっ!

 

 

 

 

 




構成が適当な気がしなくもない、というかする()
次回は後半、その次は用語説明という名の厨二設定を纏めて六章開始です。
感想をもらえると嬉しいです。


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龍太郎と鈴の一日 後編

どうも、好きな曲はドーナツホール。作者です。
スペースイシュタルが普通にヒロインしてて、なんだこれイシュタルじゃねえってなった。あと、なけなしの石使ったら謎のヒロインXあたりました。
さて、今回は後半です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

 

 カラン、という扉のベルの音とともに、地球のどんな店でも聞いたことがあるようなセリフが耳に残る。

 

 それを背に、鈴は店を後にした。すぐ目の前にはとても頼もしそうな、大きな背中の持ち主がいた。

 

「有名になってるだけあって、美味かったな!」

「う、うん、そだね」

 

 振り返って、いつもみたいな笑いを浮かべる龍っちに対する鈴の返答は、我ながらちっちゃいものだった。

 

 本当ならめいいっぱいの笑顔と一緒に答えるつもりだったのに。その顔を見ると胸がキュってなって話せなくなる。

 

 それもこれも、龍っちが変なことばっかするせいだ。狙ってやってんじゃないかと思うくらいだった。

 

 クリーム取ってくれるなんてお約束だけじゃなくて、勿体無いからってそれを舐めたり、他にも色々……!

 

 なんとかパンケーキは完食したけど、店内の人たちの生暖かい目が恥ずかったよ!

 

「うう……!」

「んだよ、そんな睨んで……あ、こっそりイチゴ一個取ったことか?」

「違うよ!てかそんなことしてたの!?」

 

 このゴリラ、人が羞恥心と乙女心でフリーズしてる間にそんな許されざる大罪を!

 

「わり、なんかぼーっとしてたしよ!」

「もーっ!」

 

 ポカポカと龍っちの大きな体に、小さな握りこぶしを叩きつける。当然のように微動だにしなかった。

 

「わかった、そんならなんか奢るからそれで手打ちにしてくれ」

「言ったね?いっぱい食べさせてもらうんだから」

「おい、そこは普通一つじゃねえのか?」

「女の子から甘いものを取るというのはそれくらい重いのですっ」

 

 それに、色々恥ずかしい思いをさせてくれた分(無意識とはいえ)もある。流石にそこは口に出せないけど。

 

 ぷくーっと頬を膨らませて下から睨んでと、龍っちは笑いながら「分かった、降参だ」と手を上げた。

 

 適当にぶらぶらしながら食べたいものを探すことにして、店の前から歩き出す。手は、さすがに恥ずかしくて繋げなかった。

 

「幸い、金はある程度持ってきてるしな。今日は俺が持つよ」

「そういえば、さっきもいつの間にか払ってたよね」

 

 私が頭の中で色々こんがらがったり……ちょ、ちょっと妄想してたりするうちに、龍っちが会計をしてた。

 

 地球と同じくらいにふんだんに果物や甘味料を使っていたためか、一般的な基準でポンと出せた金額じゃない。

 

 たしかに光輝くんの仲間として、お国からある程度自由にしていいお金は貰っちゃってるけど、それでも痛い出費のはずだ。

 

「流石にそこまで払わせるのはわがままだし、鈴の分は渡すよ。いくらだった?」

 

 メニューの金額の部分を見損ねていたので、がまぐち財布をバッグから取り出して聞く。

 

「いいから、俺が持つって言ったろ?今日はお前の退院祝いみたいなもんなんだから」

「それでも鈴の気が済まないよ」

「俺がやりたいからしたんだ、気にすんなって」

「でも……」

 

 なおも食い下がろうとした、その時だった。

 

「あーもう!」

 

 突然、龍っちが叫ぶ。思わずビクッとして言葉を出しかけていた口をつぐんでしまった。

 

「あん時は守れなかったんだ、今くらいカッコつけさせてくれよ!」

「……龍っち」

「……はっ!? お、俺はいったい何を……」

 

 勢いに任せて言ったのか、我に返ったという顔をした龍っちは口を押さえてバツが悪そうに目を逸らす。

 

 ……そっか。いつも冗談半分みたいな感じになってたけど、こんな風になるくらい思い悩んでくれてたんだ。

 

 私は龍っちのことをそんなに知ってるわけじゃない。当たり前だ、普段から話さなかったクラスメイトのことなんかよく知るはずがない。

 

 真っ直ぐな性格で、でも不器用で、そして人一倍熱い、そのくらい。それもこうして話すようになって知ったんことだ。

 

 

 

 それなのに、どうして、だろう。

 

 

 

 どうして龍っちは、こんなに鈴のこと心配してくれるのかな。元はよく互いに知らなかった鈴のことを。

 

 

 

 

 

『でもなんか、すげえ許せなかったんだ。お前が苦しそうな顔をしてるのを見た途端……頭んなかで、何かが弾け飛んだ。で、気がついたらあの野郎に向かって突っ走ってた』

 

 

 

 

 

 あの時、苦しむ鈴の質問に龍っちはそう答えた。

 

 ……それって、やっぱり〝そういう〟ことなのかな。本人は気付いてないだけで、龍っちもそう思ってくれてるのかな。

 

 もし本当にそうだったらいいと思うけど、でも最近知った義理堅い所の延長かもしれないとも思ってしまう。

 

 でも、少しだけ……期待しても、いいのかな?

 

「……あーくそ、変なこと口走った。とにかくそういうことだから、今日は一日、せめて格好つけさせてくれ」

 

 もしも、責任感の延長じゃなくて、そのちょっと照れ臭そうな顔が〝その思い〟から来てるなら。

 

「……うん、わかった」

 

 それなら鈴も、ほんの少しだけ期待してみよう。この不器用でにぶちんな、私を守ってくれる人に。

 

「それなら全力でカッコつけてね♪」

「おう、任せろ」

 

 にっこり笑えば、不敵な笑みと共に握り拳を作る龍っち。

 

「ぷっ」

「はははっ」

 

 そこでなんだかおかしくなって、互いに軽く吹き出した。

 

「じゃあ、いこっか」

「おう」

 

 ほんの少し沈んだ空気も元取りになって、改めてイチゴを取った分の穴埋めをするもの探しを始める。

 

 途中、ちょっと気になった場所とか、ふと視界に引っかかったものなどを見ながら、マイペースに歩き回った。

 

 特に面白かったのは、使うと各属性の魔法の威力を上げる指輪を売ってるお店かな。店長さんが作ってるらしい。

 

 さすがは王都というべきか、他にもいろんなものを見ることができる。なんだか外国の街を観光している気分だった。

 

 まあ、実際は異世界なんだけどねっ。今更ながら、なんてファンタジーな世界に来ちゃったのかなー。

 

 そして今は……

 

 

 

 〜〜♪

 

 

 

 綺麗な旋律が、広場の一角から響き渡っている。

 

 その発生源は、少し高い台の上でバイオリンを弾く……この世界だと別の名前らしいけど……男の人の演奏。

 

 いわゆる路上ライブみたいなことをしている人の前には、鈴と龍っちを含めて多くのお客さん、特に女の人が集まっていた。

 

 流れるように弦の上を滑る弓はまるで小波のよう。そこから生み出されているのは力強く、色気のある音。

 

 聞いているだけで心が安らぐような演奏は、やがて終わりを迎える。思わずほう、と息が漏れた。

 

「ブラボー!」

「良かったよー!」

 

 口々に見ていた人たちが褒め称える。鈴も声は出さなかったけど、パチパチと周りの人のように拍手した。

 

 男の人はちょっとキザな仕草でお辞儀すると、台の上から退く。ちなみにおひねりみたいなのはなかった。

 

「すごかったねー」

「ああ。バイオリンはよくわからんが、あの男がすげえのはよくわかった」

「あはは、何それ」

 

 あ「なんか親近感を感じるんだよな」なんて言う龍っち。あの人と何か、シンパシーを感じるようなものがあったのかな?

 

 とりあえず何か会話をつなげようとすると、ふと視界の端っこに何か強烈なものが映り込んだ。

 

 そちらを見てみると、広場の一角に一台の馬車が止まっていた。それも、車輪以外全部真っピンクの。

 

 周りにはいくつかのテーブルと椅子、そこにはカップルだったり、女性のお客さんらしい人が座っていた。

 

「あら〜ハルくんいらっしゃ〜い!」

「おう、相変わらず繁盛してるっぽいな」

 

 そして注文をするカウンターと思しき場所で、なんというか……キノコのような髪型の女性?男性?と、男の人が話している。

 

「おかげさまでね〜!あ、そうだ、また新作のドーナツが──」

「プレーンシュガーで」

「だよね〜ハルくんはそうだよね〜……」

 

 何やら常連の人みたいで、すげなく断られた店員さん……多分店長さんかな?はガックリと肩を落として言われたものを出した。

 

 それは、地球のものと瓜二つのドーナツ。うろ覚えだけど、確かプレーンシュガーという種類だったはすだ。

 

「ほい、千五百ルタ。んじゃ、またな〜」

「また来てね〜!」

 

 ドーナツの入った紙袋を受け取った人は、意気揚々とその場を後にした。

 

「龍っち、龍っち」

「ん?どうした?」

 

 龍っちの服の裾を引いて、馬車を指す。龍っちはそれを見て、驚いたような、呆気にとられたような顔をした。

 

「なんだありゃ、すげえ色だな」

「鈴、あそこで売ってるドーナツ食べたいな」

「ドーナツが売ってんのか?ならちょっと行ってみるか」

 

 スイーツ好きの龍っちは頷いて、二人で馬車に近寄る。まだカウンターにいた店長さんはすぐに気がつく。

 

「あら、大きいお兄さんに小さいお嬢さん。デートの途中かしら?」

「ちげえけど、まあ似たようなもんだ。谷口、どれにする?」

「んーと」

 

 ガラスケースの中に入っている色とりどりのドーナツを見て、いくつか候補を絞った後に一つ頼む。

 

 それは偶然にも龍っちが選ぼうとしてたのと同じだったみたいで、ちょっと嬉しかった。店長さんがキャーキャー言ってたけど。

 

 そこでも言った通り、龍っちが鈴の分まで払ってくれた。ドーナツを受け取って、テーブルの一つを使う。

 

「それじゃあ、いただきまーす」

「いただきますっと」

 

 お皿の上に乗っているドーナツを手に取る。ギザギザの表面の、その半分だけにチョコレートがかかったやつだ。

 

 ちょっとの間それを見つめて、少し大きめの一口で食べた。そして口に含んで、もぐもぐと咀嚼した。

 

「んふー、美味しい」

「んぐ……おっ、こりゃ美味い。やっぱ、この世界の食いもんも案外捨てたもんじゃねえな」

「だよねだよねっ。そういえば、さっきの演奏やっぱり凄かったよね」

「ああ、音楽なんてまるで聞いたことなかったけど、中々だったな」

「鈴も地球にいた頃は、クラシックはあんまり聞いたことなかったなぁ」

 

 当たり前だけど、中世くらいの文明レベルのこの世界に、地球にあるような娯楽はほとんどないといっていい。

 

 今日行ったような食べ物関係はまだしも、機械……龍っちのドライバーはともかく……はなく、ゲームなんてあるはずがない。

 

 だから楽しみといえば恋バナとか、甘いものとか、あと音楽、それくらい。鈴は本は読まないしね。

 

 だから時々、地球に似通った物があると〝ホッ〟として、嬉しくなる。鈴だってまだ子供だし、地球が恋しいのだ。

 

「……どうしてるんだろうね、みんな」

 

 脳裏によぎるのは両親と、友達のこと。

 

 今は、どう暮らしてるのかな。パパとママは元気かな。もしかしたら、鈴の心配もしてくれてるのかな。

 

 異世界にいる以上、考えるのは仕方のないことだとわかってても、どうしてもそんなことを考えてしまう。

 

「さあな。前に南雲に聞いた、ら、ラノベ?の〝異世界に言ってる間のことは地球に帰ったら一瞬だった〟なんて、都合のいい展開がありゃいいが……

「そんなの、希望的観測だよね」

 

 ここは本の中の世界じゃない、紛れもない現実だ。だからきっと、こうして鈴たちが過ごしてる時間分、地球での時間は失われる。

 

 そしてここでの時間は、決して楽なものじゃない。この世界は命の価値が地球よりずっと軽くて……下手をすれば、すぐ死んじゃう。

 

「……龍っち」

「ん?」

「鈴、怖いよ。すごく怖い」

 

 当たり前にあった日常は、もうなくて。少しだけ退屈と思ってた平和な世界は、何よりも尊いものだと初めて気付いた。

 

 それを、死を間近に感じてようやく理解した。そして時々ふと我に帰って、とてつもない恐怖が襲ってくる。

 

「時々考えちゃうんだ。あの時もう鈴は死んでて、これは夢なんじゃないかって」

「……それは」

「こんなこと言うのは、あんなに思い悩んでた龍っちには悪いと思うよ……でも、鈴は弱いから」

 

 この世界に来て約半年、弱い人間は簡単に死ぬんだってことがよくわかった。鈴が、決して強くはないことも。

 

 龍っちの仮面ライダーみたいな力も持ってないし、北野くんのはちゃめちゃさも、豹変した南雲くんのような強い意志もない。

 

 鈴は、ちょっと普通より強いだけのどこにでもいる女の子。この世界じゃ、吹けば飛んでいってしまうような、そんな弱っちい存在。

 

「だからね、龍っちにはいつも感謝してる」

「……え?」

「鈴は強くないけど、龍っちは強い。そんな龍っちがいつもそばにいて、守ってくれてのがとっても心強いんだ。その理由がなんなのかはわからないけどね」

 

 それでも鈴にとって誰より頼りになるのは、光輝くんでも、他の誰でもなく、この人。

 

「だからせめて、鈴はせめて明るく振る舞おうって決めた。そうしないと龍っちに守ってもらう女の子として、失格かなって……」

「そんなもん、気にする必要ないだろ」

 

 ちょっとネガティブ気味な鈴の言葉を、龍っちは強い声で遮った。

 

 少し呆気に取られてるうちに、龍っちは鈴の手を取ってくる。ポンっ!と顔が熱くなった。

 

「谷口は谷口だ、それ以上でもそれ以下でもない。俺は他の誰でもなく、谷口だから守りてえんだ」

「あ、あの、龍っち……」

「だから、相応しいとか相応しくないとかそんなのはどうだっていい。俺は谷口が強くても、弱くても、絶対守る」

 

 龍っちの言葉に、今度は目を見開いた。

 

 だってそれは、まるで──

 

「だって俺は、谷口のことが……」

「りゅう、っち……」

 

 ドクン、ドクンと胸が高鳴る。これって、もしかして──!

 

 

 

 

 

「谷口のことが……………………あれ、なんだ?」

 

 

 

 

 

 自分の言葉に首をかしげる龍っち。そこでずっこけそうになった鈴を、多分誰も責めはしないだろう。

 

「すまん、よくわからん。とにかく、俺は谷口を……」

「も、もういいよ」

 

 緩んだ龍っちの石のような大きな手から、するりと自分の手を抜き取る。そうすると、その手を自分の胸に当てた。

 

 …………鈴が強くても、弱くても、か。龍っちはまーたそんな、少女漫画に出てきそうな変なこと言っちゃって。

 

「ふふふっ」

「た、谷口?」

「なんでもないよ。それより龍っち、早く食べてまたどっかに行こ!」

「お、おう?」

 

 困惑する龍っちに、鈴は食べかけのままだったドーナツを頬張った。

 

 

 

 

 

 胸の中で少しだけ大きくなった、その〝期待〟に笑いながら。




さーて、今日は二本立て……まあ二つ目はただの用語説明だけど。
感想カモーンオーレ!


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126.作者の厨二病(笑)設定資料集

はい、おまけみたいなもんです。読み飛ばして構いません。


 

 

 

 

 〝世界意思〟

 

 カインの世界の輪廻を巡らせていた統合意思のようなもの。生命の管理において絶対的な権限を持つ。

 カインの世界が生まれた最初に生まれたシステムであり、〝世界の殺意〟のシステムを作った張本人。

 肉体は持たないが、原初の存在故に破壊と創造の力を所有。その片割れの創造の力で命を生み出す。

 しかし、カインの必要以上善意によりバグをきたし、最後には狂った一人の人間により最期を迎えた。

 

 

 

 〝世界の殺意〟

 

 世界の輪廻を司る最高意思が生み出した機構。その時代において最も優れた暗殺者に継承される。

 この称号を得たものは神羅万象を抹消できる力と、千年限りの不死性を得る。また、世界意思により存在を抹消される。

 その仕事は、生命の輪廻転生の際に残していく罪過、そこから生じるバグの消去。いわばエンジニアである。

 いくつかのルールも設けられているが、それを破った際には一時的にその力を剥奪される。

 

 

 

抹消(まっしょう)

 

 カインおよび、歴代の〝世界の殺意〟が継承してきた力。

 それは世界を作る破壊と創造の力、その片割れである。絶対的な消滅の力であり、これに逆らえるものはいない。

 また、その象徴である白いナイフは削除したバグを記録して成長していき、やがて未来の可能性を宿す果実が成る木と化す。

 

 

 

 カイン

 

 女神に作られた人形たるシュウジの主人格、その根幹となった人物。最後の〝世界の殺意〟である。

 その成り立ちからして非常に冷酷、合理的、暗殺遂行のためにはあらゆるものを使う非人間的な人物である。

 が、懐に入れたものには不器用ながら最大限の優しさを与える一面もある。

 とはいえ、基本的に自分を人間と見ておらず、感情を真の意味で理解できたのも死ぬ間際、そして死後にシュウジの技能の一つとして魂の中にいた頃だった。

 また眼鏡キャラであり、説明をするときはクイッとする癖がある。そのうちメガネに宿って復活するかもしれない。

 

 

 

 魂の核

 

 北野シュウジ、神の妄執と狂気から生み出された人形の核となったものたち。

 いずれも存在そのものに空白を抱えており(作者の個人的見解)、そのためにシュウジという器を作るのに最適なサンプルだった。

 ここに元ネタキャラを明記しておく。

 

 〝無銘〟エミヤ。

 

 〝竜の魔女〟ジャンヌ・ダルク・オルタ。

 

 〝黄金の化け物〟とら/シャガクシャ。

 

 〝偽りのヒーロー〟桐生戦兎。

 

 〝隻眼のグール〟佐々木ハイセ。

 

 〝最後の殺意〟カイン。

 

 いずれも、コピーとはいえシュウジの魂を補強するために使われた。

 あるいは、その自我を残していることも……

 

 

 

《七罪の獣》

 

 神エヒトがハジメたちを召喚した際、シュウジという非天然の人間を感じてもしもの時に異界から引き寄せた獣たち。

 それぞれ憤怒、嫉妬、強欲、怠惰、傲慢、暴食、色欲の名を冠しており、またその性質に最も合っているものが各称号を持つ。

 例えば、大妖の尖兵たる黒い獣はその残虐性より暴食に。かつてある星の王だったものは強欲に。同じ悪でありながら、限られた意味ある生を持つ男を羨んだ神喰らいの獣は嫉妬に。

 そして、憤怒は……

 

 

 

 エボルドライバー一式

 

 

 女神がシュウジを作る際、エボルトの記憶から読み取った再現物。エボルトがそれとなく唆して作らせた。

 現在ブラックホールまでその力を解放しており、ブラックパネルは……これ以上は秘密にしておこう。

 現在、シュウジから生まれたエボルボトル、アサシンエボルボトルを基礎にあるシステムを作っているようだが……

 

 

 

 ライダーシステム

 

 エボルトが異世界トータスにおいて再現・実用化させた戦闘用システム。

 新たに立ち上げられたファウストの資金とパンドラボックスをある方法で応用し手に入れたネビュラガスにより、実用可能な段階まで完成している。

 また、その実験の過程の産物として他様々な兵器も開発されており、その一つがハードガーディアンである。

 かつて一人の科学者が正義のためのシステムだとその勇姿をもって証明した力は、トータスにおいてどう使われていくのか。

 

 

 

 

 




さて、次回からネタが返ってくるぞう!


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【第6章】王都
さて、海底遺跡である。マイ◯ラっていいよね。


ターミネーターシリーズ完走した作者です。T -800大好き。
さて、この作品も折り返し。頑張っていきます。
はい、今回はプロローグ的なアレです。ネタが戻ってくるぞー!
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 メルジーネ海底遺跡。

 

 

 

 それはエリセンから西北西に約300キロメートルの位置にある、解放者の残した七大迷宮の一つである。

 

 オスカーの手記、そして実はシュウジが連絡を取ってたミレディによると、入るための鍵は〝月〟と〝グリューエンの証〟の二つ。

 

 そこに例の女神から与えられた知識と照らし合わせた結果、月光の下で証を使うと道しるべになることが判明。

 

「そして俺たちは今、月が出るのを待っているのであった……」

「誰に話してんだよ」

 

 海上に浮かぶフィーラーの背中の広場、そこのコテージのベランダで海面を見ていたハジメは、隣のシュウジに突っ込む。

 

 ハジメの眼に映る日没の海は、それは綺麗な者だった。逢う魔が時と呼んで良い時間、全てが鮮明なオレンジに染まる。

 

 ハジメは柄にもなくそれに見とれていた。というか、必要以上にそれを見て隣を見ないようにしていた。

 

 

 

 なぜなら……

 

 

 

「綺麗な夕日だな。きっと月も綺麗だろう」

「……ッ!」

 

 シュウジは今、某月に代わってお仕置きよ☆な美少女戦士の格好をしているので。

 

 明らかに狙った発言に、ハジメは吹き出すのをこらえる。左を見るな、ただ前だけを見て時を待つのだ。

 

「今宵の夜は、きっと悪がのさばっているぜ……」

「そいつはいけねえ、俺たちが裁きを下そう」

「…………ッッ!!!」

 

 訂正、右も見てはいけない。そこにはパンツをかぶった筋肉モリモリマッチョマンの変態に擬態したエボルト(アホ)がいる。

 

 セーラー服を着た美少女⭐︎戦士とおいなりさん()が武器の変態に包囲されたハジメは、かれこれ数分ほどこのままだった。

 

「ところでハジメ」

「……………………なんだ」

「セーラー服って、いいよな」

「ぶふっ!」

 

 ハジメは吹き出しかけた口をとっさに片手で押さえて、なんとか笑うのを堪えた。

 

「網タイツもいいよなぁ」

「ふ、くっ……!」

「ところでエボルト、お前パンツ履いてんの?」

「履いてるってか付けてる」

「くはっ……!」

「こういう装飾って額に食い込むんだよな」

「パンツ顔面に食い込ませてる俺にそれ言う?」

「ちょ、おま、お前ら……」

「「どうしたハジメ?」」

 

 グニョーンと目の前に金髪のウィッグと化粧をした顔と、パンツが食い込んだ漫画フェイスが割り込んできた。

 

「ぶっ、あはははははははははははっ!!!」

 

 そこで限界を迎え、ハジメは思い切り笑ってしまった。その瞬間、デデーン!という音ともにコテージの扉が開く。

 

 脇腹を抑えた涙目のハジメが振り返ると、〝どれだけ奇行に耐えられるか選手権〟のプラカードを持ったウサギたちが出てきた。

 

「ハジメ、アウトー」

「ちっくしょう、またやっちまった!」

「時間は四分五十六秒。ふふ、ハジメ弱い」

「ご主人様にも弱いところがあるのじゃなぁ」

「いーや、俺たちが強すぎるんだよ」

「この俺のおいなりさんは最強だぜ(キラン)」

「お前元からついてないだろ」

「ついてるぞ?」

「スライムなのに?」

「ほら、ウス=異本仕様だから」

「お前これから雫に近づくの禁止な」

「いや地球人には興奮しねえよ!」

 

 シュウジが目元でピースサインしてポーズを取り、エボルトが股間を強調するポーズで会話する。

 

 まさにシュールな光景に、ユエたちまでもが視界から外した。まあ回り込まれて即吹き出すことになったのだが。

 

 

 

 

 

 さて、なんでこんなことをしているのか。

 

 

 

 

 

 まあ、端的に言って夕飯までの暇つぶしである。

 

 またハジメとシュウジが勝負して取った魚を雫とシアが調理している間暇だったので、何かゲームをしようということに。

 

 ルールは簡単、シュウジとエボルトのボケにどれだけ笑わないかである。優勝最有力は七分間耐久したウサギだ。

 

「ふぅ……よし落ち着いた。じゃあ次はティオだな」

「ふふん、絶対にご主人様より長く耐えて見せるのじゃ」

「その心は?」

「悔しそうにするご主人様に殴ってほしいハァハァ」

「よし鉄拳をくれてやる」

「ありがたき幸せなのじゃっ!」

 

 ハジメのストレートで沈むティオ。倒れた後の気持ち良さそうな顔に苦笑がこぼれたのはいうまでもない。

 

「ったく、この駄竜が」

「当たりが強いねぇ。さて、ティオさんに回復魔法かけて……」

「シューぅー、ちょっと味見してほしいんだけどー」

「ハジメさーん、お願いしまーす」

 

 シュウジが手のひらを向けてティオを回復したところで、コテージ内のキッチンから声がかかった。

 

「おっと、お姫様から呼び出しだ。行こうぜハジメ」

「ああ。お前らも来るか?」

「ん、私たちはまだここにいる」

「お風呂上がり、風に当たりたい」

「そうか。風邪ひくなよ」

 

 そう言い残すと、ハジメはシュウジと一緒にコテージの中に入った。後ろ手にパタン、とドアが閉められる。

 

 残ったユエたちは二人の後ろ姿が消えていったドアを見つめ、やがて顔を見合わせるとクスリと笑い合った。

 

「すっかり、いつも通り」

「元気になって良かったね」

「うむ、ああでないとこちらも虐められがいがないの」

「ティオさん、それは特殊な意見だと思うよ?」

 

 コテージのベランダから出て、四人は広場の一角に設置されたベンチに座る。そして夕暮れの少し暖かい風に当たった。

 

 ちなみに髪を痛める潮風はシュウジの都合の良い結界で潮だけが除去されているので全くの無害となっている。

 

「一時はどうなることかと思ったよ……」

「ん、それもシュウジが暴走を起こしたせい」

「……でも、いきなりあんなことを知ったら、ああなるのも分かる」

「あはは、そうだよね……自分が、人形だったなんて」

 

 驚くべきシュウジの真実が明らかになった騒動から、一週間。

 

 二人の喧嘩の傷も癒え、火山で破損した武具の修理も完了して元の調子を取り戻したハジメたち一行は迷宮攻略を再開していた。

 

 その間に、シュウジは何事もなかったかのように元に戻った。ハジメたちは心の底から安堵した。

 

 代わりに雫が凄まじく過保護になったり、ちょっとしたことでリベルが心配したりと、周りが色々あったが。

 

「心配して、みんなでハジメとシュウジを囲んで寝たりした」

「あれは、レミアがハジメを部屋に連れ込むのを防ぐ意味もあった」

「結果、何かの儀式じみていたがの」

 

 リビングで全員で雑魚寝した時のことを思い返し、笑いが起こる。あの時も翌朝笑ったものだ。

 

 しかし、ふとユエが笑いを止めて憂鬱な表情になった。すぐに気がつき、ウサギたちはユエの顔を見た。

 

「……でも、心配なこともある」

「ルイネさんのこと、だよね」

 

 同調するようにいう香織に頷くユエ。ウサギとティオも、神妙な顔つきになる。

 

 実は、シュウジは元に戻ったのだが、目覚めたルイネに問題があった。二人の仲がよそよそしくなってしまったのだ。

 

「雫は、〝シュウジ〟と生きてきた。でも、ルイネは……」

「シューくんじゃなくて、カインさんの方に気持ちがあるんだよね……」

「だから戸惑っておる、ということじゃな」

「難しい、問題」

 

 それまでの旅の様子とは一変して、二人は顔を合わせるたびに気まずそうな顔をしていた。オルクスから一緒のユエとしては憂鬱だ。

 

 今も、ルイネは逃げるようにレミアの経過診察をする美空と、子ども組と一緒にエリセンに残っている。

 

「なんとか、したい」

「それなら、私も手伝うよ」

 

 ユエは、隣の香織を見る。香織はユエに向かってウィンクした。

 

「ハジメくんのことは一旦置いといて、一緒に旅をしてるのに気まずいのは悲しいからね」

「……一応、礼を言う」

「ふふん、感謝しなさい」

「調子に乗るな、負けヒロイン」

「また言ったわね!今日こそどっちがヒロインか分らせてやるんだから!」

「望むところ、かかってくるがいい!」

 

 一瞬前の和やかな雰囲気は何処へやら、取っ組み合いを始める二人にウサギとティオは顔を見合わせ、やれやれと呆れて笑う。

 

 そんなこんなで話しているうちに、ユエたちにもお呼びがかかって呼びに来たハジメと共にコテージに戻って夕食を取った。

 

 それからカードゲームや某バトルロイヤルゲームなどをしているうちにどんどん日は沈んでいき、やがて夜が訪れる。

 

「よーし、そろそろ出てみるか」

「そうだな、月も満ちたことだし」

「あ、ほんとですね」

「はい余所見した。シア、お前負けな」

「あーっ、私のカー◯ィ!」

 

 エボルトがシアのピンクな食欲モンスターを倒したところでポーズ、全員準備をするとコテージを出て広場に出る。

 

 ハジメが懐から【グリューエン大火山】の攻略の証を取り出す。中央に穴が開いた、女性がランタンを掲げる彫刻が刻まれたペンダントだ。

 

「んで、それを月光に掲げてみて」

「こうか?」

「ワキこちょこちょ」

「やめろこのバカ」

 

 ハジメがシュウジの脇腹を軽く殴ったその瞬間、ペンダントのくり抜かれたランタンの部分に変化が起こった。

 

「わぁ、ランタンに光が溜まっていきますぅ。綺麗ですねぇ」

「ホント……不思議ね。穴が空いているのに……」

 

 実に神秘的なその光景にシアが感嘆の声を上げ、香織が同調するように瞳を輝かせる。

 

 彼女達の言葉通り、ペンダントのランタンは、少しずつ月の光を吸収するように底の方から光を溜めていった。

 

 それに伴って、穴あき部分が光で塞がっていく。ユエとティオも、興味深げに、ハジメがかざすペンダントを見つめた。

 

「そういえばさ、雫」

 

 同じようにそれをみていたシュウジは、ふとあることを思いついて隣にいる雫に声をかける。

 

「ん? どうしたのシュー」

「新しいペンダントとか、いるか?」

「ペンダント……ああ、そういうことね」

 

 その横で、シュウジの質問に雫はオルクス大迷宮の事件の際に壊れてしまったペンダントを思い返した。

 

 後から聞いた話だが、あれは大きく破損した時に信号のようなものを発し、雫の位置を教えるアーティファクトだったらしい。

 

 つまり、あれが雫の元へシュウジとハジメたちを導いてくれたのだ。今でも大切に持ち歩いている。

 

「いいえ、別にいいわ。だって……」

「ん?」

「今度は、ずっとそばで守ってくれるでしょ?」

 

 そう言って微笑み、自分を見上げる雫。シュウジは不敵な笑みを浮かべ、それに応えて……

 

「…………おう、まあな」

 

 ではなく。可憐なその笑顔にシュウジは胸が強く高鳴り、頬を赤く染めた。そして目を逸らしつつ、端的に答える。

 

「顔、赤いわよ」

「あっれーおかしいな、もう夕日は落ちたんだけどなー」

「ふふっ♪」

 

 真実を知って、一つシュウジと雫の関係に変化が起きた。

 

 それは以前よりも、雫への思いが表面に現れてしまうこと。こうしてことあるごとに本音というか、感情が表に出る。

 

 千年の時を生きた暗殺者の記憶は、実はその無比な強さ以外にもシュウジにある種の精神的余裕を与えていた。

 

 しかし、それは与えられた偽物だった。それ故か、余裕の裏に隠されていた年相応の感情……特に雫へのものが強くなったのだ。

 

「とほほ、一週間経っても慣れねえよ」

「まあ、私はその方が嬉しいんだけどね♪」

「ぐむ…………」

「ラブコメしてるところ悪いがな、準備ができたぞ」

「ばっおま、別にしてねえし?ちょっと見つめ合ってただけだし?」

 

 ニヤニヤとしたエボルトの言葉に、シュウジはハジメのペンダントに目を戻す。その際のハジメたちのニヤけ顔はスルーした。

 

 ランタンに光が満ちたペンダントはそれ自体が光を帯び、ランタンの部分から一直線に光を放って海面のとある場所を指し示していた。

 

「フィーラー、光の先を目指して潜れ」

 

 

 

 オォオオオオオオオオ…………

 

 

 

 夜の海にフィーラーの咆哮が響き、その巨躯が沈んでいく。シュウジが手をかざし、水を遮る結界を広場に起動した。

 

 海中は、やはりというべきか漆黒だった。ペンダントの光とフィーラーの煌めく鱗だけが光源となっている。

 

「ライトアップといこうか」

 

 シュウジがパチン、と指を鳴らす。すると広場の縁の部分が等間隔に開き、そこからスポットライトが現れた。

 

 それは一つ残らず、ペンダントの光の方向を照らし出す。そこは、無数の岩が山脈のように連なる海底の岩壁地帯だった。

 

「わぁ、すごい。昔見た映画を思い出すよ」

「あれか、大きい生き物が小さくて、小さい生き物が大きな世界のやつ」

「それそれ!おっきい蜥蜴が怖かったなぁ」

 

 某筋肉俳優の登場する映画の話をするハジメと香織。それにユエがプク、と頬を膨らませた。

 

「むぅ、なにそれ。知らない」

「ふふん、ユエは映画なんて見たことないよね」

 

 香織が地球での思い出でマウントを取ろうとした瞬間、ペンダントの光が海底の岩石の一点に当たった。

 

 その瞬間、ゴゴゴゴッ!と音を響かせて地震のような震動が発生し始めた。岩壁の一部が動き出したのだ。

 

 岩壁が真っ二つに裂け、扉のように左右に開き出したのである。その奥には冥界に誘うかのような暗い道が続いていた。

 

「こりゃ、昼に探しても見つからんわけだな」

「乙カレイ」

「お前バカにしてんだろ」

 

 療養中にリハビリがてら一度探しに来たハジメがガックリと肩を落とす。シュウジはケラケラと笑って慰め?た。

 

 フィーラーは割れ目に入って、奥へ奥へと泳いでいく。その先にあるであろう、メルジーネ海底遺跡を目指して。

 

「でも、おかしいわよね。シューのこの結界とか、フィーラーちゃんや南雲くんの持ってた潜水艇がなかったら、そもそも迷宮に行けないんだから」

「海底遺跡と聞いた時から、嫌な予感はしておったが、の」

「強力な結界が使えないとダメ」

「ん。他にも、空気と光、あと水流操作も最低限同時に使えないとダメ」

「でも、ここにくるのに【グリューエン大火山】攻略が必須ですから、大迷宮を攻略している時点で普通じゃないですよね」

「もしかしたら、空間魔法を利用するのがセオリーなのかも」

「んー、女神ペディアによるとそれが正解みたいねー」

 

 頭の中にある知識と照らし合わせるシュウジ。残酷な真実の黒幕であれ、雫たちのために使えるものは使う。

 

 なお、空間魔法についてはハジメたちの脳に刻まれたものを模倣して入手したとここに記しておこう。

 

 

 

 

 そんなことを話し合いながら、シュウジたちは第四の大迷宮へと進んでいくのだった。

 




次回から本格的に攻略。
この章は新しいフォームも出るよ!
感想カモン!


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メルジーネ攻略 その1

すみません、二週間もほったらかしました。
また低評価がきて、んでもって前半は全面肯定なので直したんですけど、後半はギャグ小説に何言ってんだ?でして。
しかし考えた結果、むしろ自分のノリにどこまでついてきてくれる方々がいるのかとても楽しみになってきました。
ということで、これからもよろしくお願いします。


 さてさて、フィーラーに乗ってメルジーネ海底遺跡に向かっているわけだが。

 

「すげえ海流だな」

「まさに激流って感じか」

 

 結界の外、目の前に広がるのは水の奔流。その中を、フィーラーが持ち前の怪力で強引に進んでいる。

 

 裂け目に入ったはいいものの、中に進入した瞬間これである。乗り物酔いする奴がいたら即ゲロってるレベルだ。

 

『オロロロロ』

 

 お前酔ったりすんの?

 

『度数80くらいまでならぎりいける』

 

 酒の話はしてねえよ。

 

『え、ビールの方が好み?』

 

 いや、俺はワインの方が好み

 

『ルネッサーンス!』

 

 何度でも蘇るさ!

 

『それはルネサンス』

 

 どっちでもいいよ!(逆ギレ)

 

『ええ……』

 

「メリーゴーランドみたいだな」

「こんな鬼畜なメリーゴーランドやってる遊園地あったら訴えられるけどな」

「私は一向に構わない」

 

 冗談をかわしつつ、女神ペディアを使ってこの洞窟の謎の解き方をハジメに伝授する。別に謎解きゲームが始まったりしない。

 

 やけに縦に長いシルクハットを被りつつ説明すると、ハジメはペンダントを取り出した。そこにはまだ光が残っている。

 

「よし、おーいフィーラー、ここら辺で一旦ストップ」

 

 振動と共に、フィーラーの水かきの生えた足が止まった。水を切る音が消え、流れる音だけがこだまする。

 

 魔力操作でスポットライトを洞窟の壁に向けた。すると、そこには三メートルくらいのメルジーネの紋章がある。

 

 五芒星の頂点の一つから中央に向かって線が伸びており、その中心に三日月型の文様が掘り込まれてる。いいセンスだ。

 

「これ、解放者の人たちが自分で考えたのかしら」

「かもしれないな」

「このセンスは尊敬すべきだ……で、あそこに当てればいいのか」

「うん、ピカーっと。国語のハゲイトウ先生の頭みたいに」

「「「ブフッ」」」

 

 ハジメ、雫、白っちゃんが吹き出す。ハゲイトウ先生はいい意味で厳しいハゲ、間違えたハゲ教師だった。

 

 資料室で少しでも正確に、かつ分かりやすい授業をするために鬼のようにノートを書いてた。うん、熱心なハゲだった。

 

『言いなおせてないな』

 

 お前この前擬態した時五十円ハゲあったぞ。

 

『真ん中だけ生えてんの?』

 

 うん、田んぼの稲みたいに。

 

『それリーゼントじゃん』

 

 稲リーゼント、生息地:田んぼ みたいな?

 

『カエルが親友だろうな』

 

 そうこうしてるうちにハジメがペンダントをかざす。すると、ペンダントのランタンから紋章に光が伸びる。

 

 光を受けた紋章は強く輝いた。そして俺の目は潰れた。

 

「目が、目がぁ!」

「富竹フラッシュ!」

「さらに目くらましとか鬼畜じゃない?」

「俺は悪くない、富竹が悪い」

 

 フィーラーに移動をしてもらい、洞窟内の壁に等間隔に配置された紋章に一つずつ光を灯し、輝きを宿す。

 

 やがて、最後の五つ目の紋章にたどり着いた。そこに最後わずかな光を当てた途端、変化が起こった。

 

 ゴゴゴゴッ!と地響きを立てて、壁の一部が真っ二つに割れる。そして新しい水路がオープンセサミした。

 

「んー、流石にこの幅はフィーラーじゃ通れないな」

「潜水艇を出すか」

 

 こと前に進むパワーならフィーラーに軍配が上がるが、流石に入り口を破壊して入るわけにもいかん。

 

『らめぇ!そんな大きいの入らない!』

 

 せめて美少女ボイスにしろこの野郎。

 

 広場の上にハジメが潜水艇を出して、全員乗り込む。そうすると結界を解除して、水の中へと繰り出した。

 

「じゃあなフィーラー!後で合流しよう!」

 

 

 

 オオオオオォォォオ……

 

 

 

 窓ガラス越しにフィーラーに一時の別れを告げ、水路の中を進んでいく。

 

 が、数分もしないうちに突然重力の方向が変わった。浮遊感とともに、真下に向かって落下し始めたのだ。

 

「ぬぉっ!」

「ん!」

「むっ……」

「ひゃっ!?」

「ぬおっ」

「はうぅ!」

「きゃぁっ!」

「そういや、こんなのもあるんだったなぁ!」

 

 バランスを崩した雫の腰に手を回して支えつつ、ハジメたちの六者六様の悲鳴をBGMに念動力を発動した。

 

 危うく落ちるところだった潜水艇を、念動力で支えた。窓ガラスの向こうには、空洞が広がっている。

 

「ギリギリセーフ」

 

 ゆっくりと潜水艇を地面に下ろす。ふぅ、結構重かった。

 

「シュウジ、助かった」

「シュー、ありがとう」

「キニシナイキニシナイ〜」

 

 手を振って答え、探知魔法を発動。特に周囲に反応は見受けられなかったので、ハジメたちにジェスチャーする。

 

 全員で船外に出ると、外は巨大な半球状の空間になっていた。あれだ、ボウルをひっくり返した感じだ。

 

 上を見ると、おそらくさっき落ちたであろう大穴が開いている。重力魔法でも応用したのか、水面がたゆたっていた。

 

「こっから本番、ってとこかねぇ」

「海底遺跡っていうから、てっきりずっと水の中と思っていたけど」

「どうやらそれはないみたいだな」

 

 受け答えをしながら、ハジメが潜水艇を宝物庫にしまった瞬間。

 

「ユエ、シュウジ」

「ん」

「ほいよ」

 

 ユエが即座に障壁を展開し、俺が修理した杖の上部をひねって結界を重ねがけする。

 

 コンマ数秒後、上の水面からレーザーのような水流が降ってきた。ユエの使う〝破断〟によく似ている。

 

 その魔力を一瞬で感じ取ったハジメにさすがと思いながら、二重に張られた結界で完璧に防ぎきった。

 

「きゃぁっ!?」

「っと、平気か香織?」

「う、うん、ごめんね」

「いや、気にするな」

 

 おやおや、ハジメと白っちゃんがラブコメしてるよ。まあ、流石に七大迷宮の急襲は反応できないか。

 

 なんてことを考えているうちに、レーザーが止む。その隙に凍結魔法で魔法の発生源であるフジツボ型の魔物ごと凍らせた。

 

「お仕事完了」

「お疲れ様、シュー」

「おうよ」

 

 微笑む雫に笑いかえす。うし、今回は別に恥ずかしがることもなく答えられたか。

 

『ハッ、マジで弱くなったなぁ』

 

 うっせうっせ、こちとらようやく年頃の人間っぽくなってきたんだよ。

 

『それはお前にとって意味のある変化なのか、それとも悪い変化なのか。クク、どっちだろうな』

 

 ……少なくとも、悪くはねえだろ。

 

 確かに感情の振れ幅は大きくなった。しかし、だからと言って植えつけられた記憶が消せるわけでもない。

 

 ただ、それを悪い状況になった時にこの感情を利用されないようにすればいい話だ。暗殺者の心得まで忘れちゃいねえさ。

 

『ならいいが』

 

 ありがとよ、心配してくれて。

 

『べべべべっつに?心配なんてしてねえし?』

 

 はいはいツンデレ乙。

 

「さてと。そこの睨み合ってるお二人さん。そろそろ行こうか」

「………………ん」

「うん」

 

 何やら水面下の戦いがあったのか、無言で睨み合ってたユエと白っちゃんに声をかける。二人同時にそっぽを向いた。

 

 隣で雫が苦笑いした。ハジメを見ると、二人の間の何かが分かってるのかなんともいえない顔で頬を掻く。

 

「モテる男は辛いねぇ」

「言ってろ」

 

 軽口を交わして、空洞から奥の通路に向かう。二列で俺とハジメ、ユエと雫、ティオと白っちゃん、ウサギにシアさんの順だ。

 

「しかし、歩きにくいな」

「まっ、俺特製のブーツで水が入るわけじゃないからまだマシっしょ」

 

 テッテレー!防水ブーツー、なんつって。まあ実際は他にも毒沼とか下水道とか、基本どんなとこでも普通に歩ける。

 

『錆びた鉄輪じゃん』

 

 いやいや、その他にも状態異常耐性上がるから。

 

 装着者に異常をもたらすと感知したら、普段は半パージしてるパーツが密着して状態異常を跳ね除けるのだ。

 

 他にも足音を消す機能とか、かかとからびっくりマークが飛び出すとか、つま先は飛び出すとか、色々ついてる。

 

『後半いらなすぎるだろ』

 

 ビビったハジメが靴でぶん殴ってきたのは面白かったです(愉悦)

 

「れっつごー、シア号」

「んもうっ、自分で歩いてくださいよウサギさん」

「シアの上だと安心するから、ここがいい」

「そ、そんなこと言ったって肩車しかしてあげませんからね!」

 

 さてはシアさんチョロいな(確信)

 

『ああ、チョロい(確信)』

 

 なんだかんだでシアさんとウサギは一緒にいることが多いし、ウサギの方もシアさんのことを気に入ってるみたいだし。

 

「そういや、前に迷宮で粗相をしたウサギがいたな」

「ん、そういえば」

「うわー!思い出させないでくださいよお二人とも!」

「ここでも、やる?」

「やりませんっ!」

「といいつつ?」

「やりませんからね!?」

 

 仲良き事は美しいかななんて思ってると、前方から気配を感じた。俺がネビュラスチームガンを、ハジメがドンナーを撃つ。

 

 

 ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!

 

 

 ガンッ!ガンッ!ガンッ!

 

 

 洞窟の壁に発砲音が反響し、ハジメのドンナーから薬莢が落ちた。同時に、気配の主が立て続けに水の中に落ちる。

 

 浮かんできたのは、ヒトデみたいな魔物だった。立て続けにその水面下を海蛇みたいな魔物が接近してくる。

 

「ヒトデは生で食べちゃいけませんよ、っと」

「そういえば、前に一度食べたわよね」

「ちゃんと調理すれば美味いんだよねぇ」

 

 カーネイジナイフを飛ばして仕留めると、海蛇はヒトデたちの仲間入りをした。うん、すごく弱い。

 

「なんか、弱くないか……?」

「あの洞窟に入って、すぐに襲ってきたトビウオみたいな魔物も弱かった」

「まあ、この迷宮のコンセプトはそういうのじゃないからな」

 

 これまでの迷宮はそれぞれ力、技、精神的耐久性というコンセプトがあった……グリューエンについては途中から覚えてないが。

 

 んで、女神ペディアによるとこの迷宮のコンセプトは、どちらかというと挑戦者の力云々とは別の意味を持っている。

 

「へえ、じゃあどんな感じなんだ?」

「んー、簡単にいうと覚悟を試す、かにゃー」

「次回、城之内死す。デュエルスタンバイ?」

「ウサギ、それちゃう」

 

 ともかく、意地が悪いという意味では七代迷宮の中でもトップスリーに入るだろう。え、一位?

 

 ハハッそんなのミレちゃん(ミレディ)に決まってるジャマイカ。あれは俺も認める煽りスキルの持ち主だ。

 

「ん、前方に新しい空間。何かいるだろうな」

「まあ、確定だよねぇ」

 

 通路の先にあった、最初のような空間に入る。そして全員が入った瞬間、入り口に魔力の動きを感じた。

 

「シッ!」

 

 右手からカーネイジを展開し、振り返って入り口に振るう。すると、入り口を塞ごうとしていた半透明のゼリーに沈み込んだ。

 

 そのまま弾けさせるが、大きく穴は空いたもののすぐさま壁は修復された。ありゃ、これ修復されんのか。

 

「ひゃわっ!」

「むっ」

「っと、すまんシアさん、ウサギ。それ取らないと溶ける」

「うぇえっ!?」

「…………熱い」

 

 いうや否や、悲鳴を上げたシアさんの服とウサギの服がジュウジュウと音を立てて溶け始めてしまった。

 

「二人とも、動くな!」

 

 ティオが炎の魔法でゼリーを燃やした。その際肌が傷つかないよう、念動力で炎をうまく操作する。

 

 しかし、皮膚にも少し付着したのか、袖が肘まで溶けたウサギの手と、シアさんの胸に火傷があった。

 

「二人ともマジですまん、これ軟膏ね」

「い、いえ、咄嗟に避けなかったのも悪いですし」

「……見た目、ただのゼリーだったし」

 

 二人に即効効果が出る軟膏を手渡したところで、またしても魔力反応。今度は天井、それも全体からだ。

 

「うえからくるぞ、きをつけろ!」

「言われずとも!」

 

 次の瞬間、さっきのゼリーがトゲのように無数に俺たち目掛けて飛び出した。ユエが結界を張り、それを防ぐ。

 

 奇襲を防げば後はこっちのもの、ティオがさっきと同じ炎魔法で、後は俺の銃撃と雫の飛ぶ斬撃でゼリー触手を討伐していった。

 

「正直、ユエさんの結界って反則、よねっ!」

「うちで一番の魔法のエキスパートですから」

 

 雑談を交わしながら、結界の下から一方的に攻撃する。なんだろう、タンクに守られてるアタッカー的な。

 

『いつも俺だけおとりにしやがって』

 

 だってお前、無駄にモブ捌くのうまいんだもん。

 

「あのぉ、ハジメさん。火傷しちゃった所に軟膏塗ってもらえませんかぁ」

「……お前、状況わかってんの?」

「いや、ユエさんたちが無双してるので大丈夫かと……こういう細かなところでアピールしないと、香織さんの参戦で影が薄くなりそうですし……」

「聖浄と癒しをここに〝天恵〟」

「あぁ~、お胸を触ってもらうチャンスがぁ!」

「…………ふぅ」

 

 なんか後ろでラブコメしている。まあ、これ自体はさほど大変なことでもないので任せてもらってモーマンタイ。

 

「……む?これ、魔力まで溶かしてる?」

 

 ただ、厄介なのが魔力も溶解することだ。ユエの結界がジワジワと削られていっている。

 

「やはりか。魔力がやけに減衰すると思ったがの」

「同人誌に使われがちなトラップだな」

「シュー、後で少しお話ししましょうか」

「俺じゃないハジメの持ち物だ(早口)」

「なっ、おまっ、そんなん持ってないわ!」

「……ハジメ、後で話」

 

 よくわからなんなすりつけ合いをしていると、天井の中の大きな魔力が動く。

 

 それはわずかな隙間から滲み出るように出てきて、空中で形を成した。一言で言えば、スーパージャンボ級クリオネだ。

 

「全然可愛くないわね、あれ」

「やっぱ女子視点から見てもそう思う?」

「ええ。うちの道場の小さい子たちに見せたら泣きそうね」

 

 話しながら斬撃と銃弾を打ち込むが、巨大クリオネは意にも返さず大量の触手とゼリーシャワーを発射した。

 

「白っちゃん、防御アシスト!シアさん、ウサギ、ハジメは攻撃に!」

「わかった!〝聖絶〟!」

「やったるですぅ!」

「ん、ぶっ潰す」

「同感だ!」

 

 駆け寄ってきた白っちゃんが、あらかじめ〝遅延発動〟の技能で溜めてた障壁を発動。ユエのそれに重ね掛けした。

 

 ステッキを地面に突き刺してさらに俺も結界を張りながら、エネルギーの切れたスチームガンからショットガンに持ち帰る。

 

「〝炎嵐〟!」

「発射ぁ!」

「ラビット……スマッシュ!」

「死ね」

 

 ティオの炎系魔法、シアさんのドリュッケンの砲撃モード、ウサギの貫通力に特化した掌底、そしてハジメの爆裂弾の乱射。

 

「地獄で会おうぜベイベー」

 

 そこに、ショットガンの引き金を引いて圧烈弾モドキを合わせる。

 

 

 

 ドッガァアアアアン!

 

 

 

 それは先んじてクリオネを襲った魔法に当たった瞬間、大爆発を引き起こした。結界があるにも関わらず、手で顔を庇う。

 

「いっちょあがり、ですう!」

「いや、まだだ!反応が消えてない。三人は障壁を維持しろ……なんだこれ、魔物の反応が部屋全体に……」

 

 眼帯を外したハジメの魔眼石が、忙しなく部屋全体を見渡す。その青い瞳には、おそらく高密度の魔力が見えているだろう。

 

「こいつ、厄介なんだよねえ」

「シュー、この魔物の情報もあるの?」

「うん。簡単に言うとな……こいつ、死なない」

 

 え?という雫の顔から目線をはずし、上を見上げる。

 

 するとどうだ、真っ二つに裂けたような大穴が空いたクリオネに、部屋の至る所から滲み出たゼリーが集まっていくではないか。

 

 数分もせずに、クリオネは完全に元の形に戻る。そうすると何事もなかったかのように攻撃を再開した。

 

「くっ、マジかこいつ!まるで部屋全体がこいつの体だぞ!」

「えっ、じゃあこの魔物のお腹の中に入ったってこと!?」

「残念だけど、そうみたいよ香織!」

 

 より激しさを増したクリオネの攻撃に、必死に対応する俺たち。しかし、いくら傷つけようがすぐに再生する。

 

 おまけに、いつの間に回収したのかさっき殺したヒトデやら海蛇やらが腹の中で溶かされてた。

 

『食べながらとはふざけた真似を。俺たちもこうなるってか?』

「そいつは勘弁願いたいね!」

「シュウジ!」

 

 名前を呼ばれ、ハジメの方を振り返る。

 

 すると、あいつはライフルのような黒い火炎放射器を装備していた。意図を察して、圧烈弾モドキを再装填する。

 

 二人同時に構え、引き金を引いた。出の早い俺の圧烈弾モドキが最初にクリオネ……ではなく、壁に埋まる。

 

 そこに、摂氏三千度のタール状になったフラム鉱石の炎が直撃。先ほど以上の轟音と共に壁が吹っ飛んだ。

 

 それはクリオネの擬態した壁だ。圧烈弾モドキは盛大にその身をまき散らし、広範囲の擬態したクリオネを消し炭にする。

 

「どうやら、効かないわけじゃないみたいだな」

「ところがどっこい、その分量があるんだな」

 

 女神ペディアの知識に違わず、壁はすぐに再生してしまった。同じ手法を試すが、すぐさま塞がってしまう。

 

 それどころか、足元からも湧き出てきた。幸いブーツのおかげでそれは防げるが、更に畳み掛けるように水位が上がりだす。

 

「どうする、何度やってもキリがないぞ!」

「こっちも、激しく、なって、きたよっ!」

 

 体の一部をやられたからか、はたまた殺し切れないと思ったか、クリオネの攻撃は苛烈さを増していた。

 

「ハジメ、ここは一度撤退した方がいいぜ?」

「わかってる!だから逃げ道を探す!」

「そんな君にネタバレをしよう、あそこだ」

 

 俺の指が指し示す方を見るハジメ。そこには壁を破壊する過程で生じた、地面の亀裂ができていた。

 

 その中には渦が広がっており、下に空間あることが自然とわかる。退路は立たれた以上、そこに飛び込む他にない。

 

「やれるか?」

「当然」

 

 不敵な笑みを浮かべるハジメ。俺も同じ顔をして、ユエたちに叫ぶ。

 

「おーい、避難するぞ!」

「少し時間を稼いでくれ!」

「んっ」

「わかった」

「はいですぅ」

「承知じゃ」

「わかったよ!」

「ええ!」

 

 了承をもらったとこで、カーネイジと火炎放射器でゼリーを防ぎながら俺とハジメで亀裂に近寄る。

 

 ハジメがポーチから小型の酸素ボンベを取り出して、こっちに一本寄越す。それを受け取り、中程のマウスピースを噛んだ。

 

 頷き合い、すでに腰元まで来ている水の中に潜る。そしてハジメが亀裂に手を置いて〝錬成〟を始めた。

 

 立て続けに何度も、何度も錬成して穴を広げ、十分な大きさになったところで俺が拳を構える。

 

 〝よいしょ、っとぉ!〟

 

 衝撃波を一点集中型に絞り、全力で拳を叩き込む。ハジメのパイルバンカーと同等の衝撃が、階層の壁を打ち破った。

 

 次の瞬間、貫通した縦穴へ途轍もない勢いで水が流れ込んでいった。俺とハジメは踏ん張り、流れてきたメンバーをキャッチする。

 

 すぐさま水の中に沈むので、何の偶然かさっきの二人組になったメンバーにそれぞれ空気入りの結界を張った。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ふふ、ただいま」

 

 微笑み合って軽口を叩くも一瞬、凄まじい吸引力を誇るただ一つの渦巻き(DAISON)に飲み込まれていく。

 

 そんな中、俺たちを見下ろし余裕で浮遊しているクリオネに向かって、ハジメが大量の岩と焼夷手榴弾を出した。

 

 ならば俺もと、予備のステッキを異空間から取り出して起爆スイッチを作動、手榴弾に当たる軌道でクリオネに投げつけた。

 

「アデュー!また会おうぜ!」

 

 クリオネに聞こえるはずのない別れの挨拶と共に、俺たちは渦の中へと飲み込まれていくのだった。

 

 

 ──ー

 

 

 オマケ

 

 

 酸素ボンベ

 

 

 ハジメ「できたぞミュウ、これ一つで二分は持つ!」つ酸素ボンベ

 ミュウ「パパ、正座」

 ハジメ「えっ、はい」

 ミュウ「パパ、潜水時間二分とか舐めてるの?なの。五分あれば地下水路から抜け出せ、十分あれば下水沿いに逃げられるの。潜水時間は命の時間なの!」

 ハジメ「アッハイ、改良シマス」

 

 こうして三十分にまでなんとか伸ばしたハジメさんでした

 




次回、女神登場。
デュエルスタンバイ!(感想お願いします)


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託された思い

すみません、またこの時間になりました。
今回は女神の回、オリジナルです。
どうぞお付き合いください。


 

 

「………………あれ?」

 

 気がついたら、白い空間にいた。

 

 左右どちらを見ても、どこまでも広がる白の世界。自分が地面に立っているのかさえわからない。

 

 しかし、困惑はあれど動揺はない。呼び出されるのが三度目ともなれば、さすがに慣れるというものだ。

 

 どれくらい慣れてるのかというと、パラソルとビーチ用のベンチ取り出してマンゴージュース飲んでくつろいじゃうくらい。

 

「ここは……あいつの空間か」

「みたいだな」

 

 おっと、どうやら今回は一人でのお呼びじゃねえみたいだ。

 

 隣を見る。すると、そこには白髪赤眼の俺……ではなく。なんか形容しづらい姿をしたエボルトが立っていた。

 

 人間のようだが、赤い鱗が生えているし、怪人態の時と同じ手甲と足甲、黒い模様が全身に走っている。

 

 つーか腰布一枚だけだった。むしろそこが最も重要といっても過言ではない。

 

「なにそれ、イメチェン?」

「イカしてるだろ?」

「タコは嫌いなのに?」

「そっちのイカじゃねえよ」

 

 さて、そんな茶番も置いておいて。

 

「さて、俺は海流に飲まれてどんぶらこしてたはずだが……」

 

 あまりに激しい渦潮にハジメたちが魔法の効果範囲外まで流されて、とりあえず雫を抱きしめたとこまでは覚えてる。

 

「ああ、んでその途中で不自然に気を失った。その瞬間俺も謎の力に引っ張られて、ここにいるってわけだ」

「なるほど、ね」

 

 腰に手を当て、やれやれと無駄にイケメンフェイスに呆れを浮かべるエボルトの言葉に俺は納得する。

 

 ここにくるのは三回目だが、これまでの2回とは決定的に異なっている点がある。それは、俺の心持ちだ。

 

 端的にいって、警戒している。それは当然だろう。だって俺は、俺という存在の真実を知ったんだから。

 

「……で。今回はお茶の誘いかな?」

「うふふ、そうですね。それもいいかもしれません」

 

 まるで、俺がそういうことをわかっていたかのように。白い世界に透き通るような声が響き渡る。

 

 無意識に、エボルトと二人で後ろを振り返る。確証も、予感もない。しかしそこにいるという確信だけがあった。

 

 すると、俺の思う通りに。あるいは、彼女の狙お通りに。響く足音とともに、人影が白から滲み出すように現れた。

 

「お久しぶりです、シュウジくん♪」

「ああ、久しぶりです……女神様」

 

 もう、遠い昔に見たような気さえする美しい笑顔のまま。

 

 彼女は、俺たちの前に姿を現したのだった。

 

 相変わらず綺麗な姿だ。八重樫雫という鞘がこの心を固く納めていなければ、どうなっていただろう。

 

 だが、そんな感情とは裏腹に、真実を知った魂は何よりも恐怖を訴えている。

 

 

 

 この感情こそが作り物である、と。

 

 

 

 そんな俺の思考は、やっぱり筒抜けなのだろう。彼女はより一層ニコリと笑った。

 

「女神様って呼んだ方がいいか? それとも母さん?」

「ああ、そいつはいい。この無駄に歳を重ねたバケモンにはお似合いだ」

 

 エボルトが軽口を叩く。しかし、神々しい笑みは形を変えない。

 

「あなたの好きなように。あるいは()()()と、そう呼んでくれても」

「……やっぱり、そうなんだな」

 

 本人の肯定が、俺にその事実を現実であると再認識させる。ヤダ、俺さっきからシリアスな思考してるよ。

 

 まあ、それはいいとして……もう一度、彼女の姿を見た。

 

 顔つき、目や眉の形、微笑み方、体のバランス、手足の長さ……一つ一つ、歪められた記憶に重ね合わせる。

 

 するとどうだ。

 

 全く違うと思っていたのに、これまで一度もそうだと思わなかったのに。恐ろしいほど同じではないか。

 

「ええ、そうでしょうとも。私にかつての感情はありません。もちろん人格も」

「でも姿の大元はそのまま……ってわけか?」

「はい。だってこの姿は、肉体は、お父さんに育ててもらったものだから」

 

 愛おしそうに、大事そうに。女神と化した彼女は、自分の体を抱きしめる。

 

 そこにあるのは自分への愛じゃないんだろう。彼女が神になったその日に、まずその思いは消えたはずだ。

 

 ただ、心を失ってなお、全てに優先した男との記憶を確かめられるから。だから愛する。それ以外は何も愛さない。

 

 神の思考に至ったこいつの中では、それで全て完結しているのだと俺は推測した。

 

「もう、ひどいです。私にだって、好きなものくらいはありますよ」

「へえ、例えば?」

「そうですね……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とか?」

「なるほど、それはとても面白そうですね」

 

 もはや隠すつもりもないらしい。いや、彼女にとっては何も悪いことなどしていないのだから、当然とも言える。

 

 だってそうだ、彼女にとっては大事なアルバムをなぞって再現したようなもの。咎める者もいなければ、止める心もない。

 

 何はともあれ、こうして俺たちは呼び出された。なら、それ相応の理由というものがあるはずだ。

 

「で、今回はどんなご用件で? 真実を知った俺を壊しに来ましたか」

「さしずめ俺は、秘密を明かしたペナルティで虚無に帰る、ってとこか」

 

 実のところ、いずれ接触してくるのは容易に想像できていた。むしろこの一週間何もなかったのを不思議がっていたくらいだ。

 

 真実とはえてして都合が悪い。それが残酷であれ優しい者であれ、知られたくないのなら何をしてでも隠し通す。

 

 もっとも、世界一つを掌握し、別世界にすら干渉できる彼女にとって、それがどの程度かはわからないが。

 

 

 

「わかっているならば話は早いですね──そう、私はお前をリセットする」

 

 

 

 カインの幻覚の中で見た、機械じみた瞳へと変わる。

 

 間接的に聞いていた時すら、おぞましさを覚えたが──ああ、クソ。比べ物にならねえ。

 

 心の底から、目の前にいる(モノ)が恐ろしい。

 

「神の意に従え。我が理のままに動く物へと戻れ。私が望んだ〝父〟となれ」

「……いや、それはお断りしときますわ」

 

 それでも、俺は抗う。

 

 一週間前……ハジメの魂の拳を受ける前の俺なら、あるいはそれを受け入れたかもしれない。

 

 でも、今は違う。

 

 ハジメと、雫と、美空やユエさんたち……そして、こんな作り物を家族にしてくれた家族と、もっと生きたい。

 

 それが、俺の新しい願い。たとえ創造主であろうと、こんなとこであっさりと消される気は毛頭ない。

 

「その決意は無意味である。その思考は無駄である。お前は私にとって都合の良い物であれば良い」

「あいにくと、人ってのはいつか親離れするもんだぜ?」

 

 ここは相手のテリトリーだ。もしかしたら何もできず、彼女の言う通り俺はリセットされるかもしれない。

 

 ハジメの言葉も、その拳が示してくれた俺の存在のことさえも、何もかも忘れてしまうのかもしれない。

 

 だとしても、俺は──! 

 

 

 

『やめなさい』

 

 

 

 ふと、声が聞こえた。

 

 それは膝をついてしまいそうな女神様の威圧感に押しつぶされそうになっていた俺の胸から聞こえたように思えた。

 

『これ以上の諍いは無用です』

 

 幻聴か、と思った瞬間、胸に小さな黒い光が灯った。

 

 今にも息を吹きかければ消えてしまいそうな、そんな脆弱そうな光。

 

 それは一人でに俺から離れて、女神と俺たちの間に留まるとどこからともなく黒い粒子を集めていく。

 

 最初は輪郭も曖昧だった光の集合体は、やがて実態を帯びてくいく。明確になる姿に、俺は目を見開いた。

 

「おいおい、まさか……」

「あんたは……」

 

 やがて、光は肉の体になった。そいつはゆっくりと目を開けて、言葉をもらす。

 

「久しぶりですね──マリス」

「──不必要とした人格が今更、我が前に現れたか」

 

 俺たちの前にいるのは、紛れもなく前世の姿のままのカインだった。

 

「なんであんたが……」

「ここは魂のみが存在する精神世界。ならば、こうすることも可能だと予測しました……さて」

 

 一歩、カインが踏み出す。

 

「マリス、彼らを見逃しなさい。できないというのなら──残り滓とて、最後まで私はあなたと争いましょう」

 

 ……まさか、こいつに助けられるとは。

 

 アレは、紛れもない神だ。元からそうではないエヒトなどとは違い、正真正銘の神格だ。

 

 認めよう。俺や、一度消されたカインなど簡単に踏み潰してしまえるような存在を前に、俺の心は怯えている。

 

 だというのに。俺よりもさらに弱くなったはずの、魂だけのこいつはどうしてこんなに──力強い背中なんだ。

 

「──ふ、は、はは」

 

 極限の緊張の中、指の一本も動かせないでいると、不意に笑い声が響いた。

 

 俺ではない。エボルトではない。もちろん、 カインではない。

 

 その発生源は──女神マリスだ。

 

「あははははははははははは!! ようやく出てきてくれました! 彼を追い詰めればそうすると思っていましたよ、お父さん!」

「っ、まさか……」

「……どうやらその通りのようです、北野シュウジ。我々は嵌められたようです」

 

 相変わらず抑揚の一つもない声だった。だが、笑い続ける女神を前に諦観とも取れる色がわずかに混ざっている。

 

 それを聞いて、俺もその予想を確信へと変える──そして、俺という存在の真実、()()()に隠されていた事実も。

 

「最初から、仕組まれてたんだな。俺はいわば使い捨ての駒か」

「ケッ、俺もいいように使われてたってわけかよ」

「その通りです。本当に、よく踊ってくれました……あなたたちは最高の道具でしたよ」

 

 笑いを収め、微笑む女神。俺とエボルトの感情が怒りでシンクロした気がした。

 

「マリス。少し彼らと話をしたい。いいですか?」

「もちろん。それがお父さんの望みなら」

 

 女神はあっさりとカインから離れると、数歩後ろに下がる。

 

 そのまま、空間に溶けるように消えていった。

 

 後に残ったのは、男三人。女神のいた虚空を見つめていたカインが、ふうと疲れたように嘆息をする。

 

「まったく、あの子には困ったものです」

「そりゃ俺たちのセリフだな」

「はん、気にくわねえ」

「彼女の代わりに、私が謝罪しましょう」

「いや、どっちかって言うとあんたも被害者だから別にいいよ」

 

 要するに、だ。

 

 俺たちはいいように使われたのだ。

 

 女神は最初からこの結果を予期して全てを進めて、あるいは始めていた。

 

「あんたの人格は辛うじて残っていたんじゃない。()()()()()()()()()

「俺と結託するのも織り込み済みだったわけだ」

「ええ。全ては私が彼女に従うしかない、今の状況を作り出すための布石だったのでしょう」

 

 女神は消滅するギリギリ、外道であるエボルトにすら頼らなくてはならない程度に彼の人格を残した。

 

 そしてエボルトの企みにあえて乗り、カインが接触するのを見過ごしたんだ。この場にカインを引っ張り出すために。

 

「まんまと釣られちまったな、オリジナルさんよ」

「ええ、まさかここまで用意周到とは。我が弟子ながら、その知能の高さを見誤ってしまいました」

「チッ、胸糞悪い。この俺が神とはいえ、二度も人間ごときの駒にされるとはな」

「自業自得じゃねえの?」

「じゃかあしいわ」

 

 ふんと拗ねたようにそっぽを向くエボルト。俺は苦笑し、カインも笑わないまでもメガネの位置を直した。

 

「これからどうするよ?」

「どうしようもありません。私が抗えば君達二人は消される。既に彼女の手中に落ちたのですから」

 

 確かに、ことここに至ってはそれしかないだろう。だが……

 

「……じゃあ、ルイネたちはどうするんだよ」

 

 彼女たちもまた、いいように利用され、あまつさえ俺の真実を隠すためにこの世界に送り込まれた。

 

 もう……俺とは他人に等しい。

 

 俺はカインではなく、マリスにとって都合の良い〝ハリボテ〟なんだから。

 

 そう。俺とルイネの間にあった絆は、与えられた偽物だった。見てはいけない幻覚のようなものだ。

 

「もう俺には、あいつと一緒にいる資格は……」

「いえ。私は君にこそ、彼女を頼みたい」

 

 そんな俺の肩に、カインは手を置いた。

 

「おそらく私は、二度と戻ってくることはないでしょう。ルイネと会うことも、もうないといっていい」

「……そう、だろうな」

「だから、君が守ってください。曲がりなりにも、私である君が」

「でも、俺の気持ちはあんたから奪ったようなもんで……それにあんたは俺でも、俺はあんたじゃない」

 

 俺の言葉に、カインはふむとしばらく考え込んで。やがて思いついたようにいってきた。

 

「なら、君は君のままでいればいい」

「こいつのままで、ねぇ」

「とほほ、随分と無茶を言ってくれる」

 

 おどけたふりをすれば、カインはすみませんと真顔で謝る。むしろ怖えよ。

 

「でも私には、頼れるのが君しかいませんので」

「そいつは責任重大だな」

 

 はは、といつも通りの笑いでごまかそうとしたが。再び肩に置かれたカインの手に、自然とそれは消えた。

 

「お願いします。私が愛した女性を、見ていてください。きっと、君の中にある想いは全てが偽物ではないと思うから」

「…………俺じゃあ役不足だぞ」

「ならば、ふさわしくなってください。それが私の、最後の願いです」

「欲張りだねぇ」

「そういう性分なもので……ああ、そのついでにもう一つ」

 

 そこで一度言葉を切って。

 

「できれば彼女……ランダのことも、救ってほしい」

「それこそ、俺には──」

「話は終わりましたか?」

 

 答える前に、女神が再び現れた。そうすると先ほどと同じように、カインの腕に体を絡めて密着する。

 

 どうやら、時間切れのようだ。それを悟った俺たちは、目線で意思を交わす。カインはまっすぐに見つめてきた。

 

 その瞳に宿った意思に、俺は……本当に俺らしくもなく、弱々しく頷いた。

 

「ありがとう」

「……まあ、やるだけやってみるさ」

「今はそれでいいです。ゆっくりと考えていけば……さあ、行きましょうマリス」

「はい。それではシュウジくん、エボルト。さようなら。もう二度と会うことはないでしょうけれど、楽しかったですよ」

「覚えてろ、いつか吠え面を書かせてやる」

 

 エボルトの負け惜しみのような挑発に、女神は何も言わずににこりと微笑んだ。エボルトの額に青筋が浮かぶ。

 

 女神とカインは踵を返すと、現れた時と同じように、白の中へ歩いて溶け込むように消えていった。

 

 同時に、俺の意識も遠のいていく。ふらりと揺れ始める視界の中で横を見ると、エボルトもフラフラとしていた。

 

 やがて、眠気とも寒気とも取れぬ感覚の中に落ちていって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちは、白い世界から退場した。




次回から迷宮攻略に戻ります。
感想カモン!


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メルジーネ攻略 その2

声を失った少年を年内に完結させようと集中した結果、更新が遅れました。申し訳ありません。
なので、定日より1日早く投稿。
さて、今回もどうかお付き合いください。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「ュー……きて…………」

「んー……あと五分……」

「シュー……てってば……」

「俺はまだ、この夢の世界でヒアウィーゴーしてたいんだ……」

「……起きないとキスするわよ」

 

 まどろみに沈んだ意識の中で、耳元で囁かれたその言葉はやけに官能的に聞こえた。

 

 意識が覚醒する。そうすると瞼を開けないままに、すぐ近くに感じる熱を抱き寄せると頬に手を添える。

 

 そのまま、耳元から右にずらすとまた引き寄せた。唇に柔らかい感触が触れ、「んっ」と小さな吐息が漏れる。

 

 5秒くらいキスし続けてから、ゆっくりと離れた。それから目を開くと、困ったように笑うお姫様がいる。

 

「やあ、おはよう。目覚めのキスはしてもよかったか?」

「ええ、もう少し続けていたいくらいには」

「それは重畳」

 

 もう一度キスしてから、ゆっくりと体を起こす。周りを見渡せば、白い砂浜が視界を埋め尽くした。

 

 敵の気配はなし。雫以外に仲間たちの姿もなく、ひとまずは安全だと理解してから雫に目線を戻す。

 

「どのくらい眠ってた?」

「15分くらい、かしら。あなたが海流の中で気を失って、南雲くんたちとはぐれて、それから見つけた縦穴を登ったらここに辿り着いたのよ」

「そう、か……」

 

 おそらくは、その時に女神様に魂を引っこ抜かれて連れて行かれたのだろう。雫には迷惑かけたな。

 

 いや、正確にはハジメたちもか。おそらく、一番不自然じゃないタイミングを狙ったんだろうが……

 

『まったく、自分勝手な女神には困ったもんだぜ』

 

 お前も起きてたか。どうやら、本当に消されたわけじゃあなさそうだな。

 

『奴はカインのことで頭がいっぱいだったんだろうよ。俺たちのことなんざ、もうどうでもいいんだろう』

 

 それはそれでなーんか複雑な気分だが……まっ、こうやって雫といられるなら、結果よければ全てよしってことにしとくかね。

 

『人生ポジティブに、だな』

 

 異星人に人生とか言われると不思議な気分になるわ。

 

「シュー、どうかした?」

「ん、どうやら離れたハジメ達に結界張ろうとしたら、魔力が切れたみたいでな。ちょっと目眩がさ」

 

 即興の言い訳と一緒にトントンとこめかみを叩けば、そういうことねと頷く雫。とりあえずは誤魔化しておく。

 

 女神様とカインのことは、折を見て話そう。

 

 この前の一件から隠し事は極力しないと誓ったが、ここは迷宮だ。長いこと話し込んではいられない。

 

「どうする?少し休憩していくか?」

「いいえ、私は大丈夫よ。あなたこそ平気なの?」

「そうやって心配してくれるだけで、俺はいくらでも元気が湧いてくるよ、っと」

 

 波の上をたゆたっていた帽子を拾い上げると、魔法で乾かして被り直す。そうすると雫に手を差し出した。

 

 迷いなく手を取ってくれたので、クリーンの魔法で自分と雫の体から海水を除去する。

 

「ふふ、ありがとう」

「いやいや」

 

 雫が刀を、俺が探知系の魔法を発動・展開して、砂浜の後方に見える密林に向かった。

 

 ゆく手を塞ぐ鬱蒼と生い茂った葉を、カーネイジで刈って進む。気分は頃合いになった稲刈りをする農業者だ。

 

 知識と照らし合わせれば、これが正規ルートで間違いない。どうやら、あのクリオネからは逃げるのが前提だったようだ。

 

「南雲くん達は平気かしら?」

「そうだな、一応連絡をとってみるか」

 

 カーネイジに操作権を半分ほど流してオートで草刈りをさせながら、携帯を取り出した。

 

 俺が本物のカインじゃないと知っても、カーネイジは変わらず働いてくれる。自我はないが、意識がないわけでもないのに。

 

 まあ、精神をリンクすると狂気で汚染されるので聞けやしないが。改めてなんてやつらを体内に飼ってるのか。

 

『おい、ナチュラルに俺も含めるな』

 

 なんのことかわかりかねます。

 

「どうやら他の皆も同じような場所を攻略してるらしい。ハジメは白っちゃんと一緒みたいだね」

 

 脳内でぶつくさ言うエボルトをからかっていると、グループにそれぞれから無事の旨を伝えるメッセージがくる。

 

 見たそうにしていた雫に携帯を手渡すと、彼女は画面を見てほっと安堵に胸を撫で下ろした。

 

「そう、南雲くんが一緒なの。それなら安心ね」

「他の四人も、まあ平気だろ。なんなら一人ずつでもへっちゃらな戦力だし」

 

 なので、白っちゃんがハジメと一緒にいるのは非常に好都合だった。

 

 正直言って、うちのメンバーで戦闘面で弱いのは、美空の次に白っちゃんだ。まあ、元々戦闘向きじゃない性格だから仕方ない。

 

 それでも、とハジメ……あと多分美空……への気持ちを成就するために、こんな危険な旅についてきたのだ。

 

 相当根性があるというか、そうじゃなくてはユエたちには太刀打ちできなさそう。ほら、あの方々つょいから。

 

『つい最近、寄ってたかってリンチされた奴の言葉は重いな』

 

 うるせいやい。俺だってちゃんと反省はしてますぅー。

 

『……だが、必要なら隠し事はする。そうだろ?』

 

 ……そりゃ、こいつらを傷つけないためなら、な。

 

「ん?」

 

 そんなことを脳内で話していると、ピコンとハジメからメッセージが入る。個人メッセージの方だ。

 

 グループチャットを閉じて、個別チャットの方を開く。すると、そこにはハジメからの相談があった。

 

「なになに?白っちゃんが悩んでる?」

「あら、香織が?」

 

 腕に手を置いて覗き込んできた雫と二人で、ハジメのメッセージを読む。

 

「まず、白っちゃんがなんでユエやウサギじゃなくて自分を助けたのか聞いてきた、と」

「それで、南雲くんにそんなことで悩んでる暇があるのかって言われて、一度は気を取り直して……」

「そのあとちょっとしたことでハジメに助けられて、また凹んだ、ねぇ」

 

 読みやすいようにしてくれているのか、小分けにして送られてきたメッセージを二人で読み上げる。

 

「雫さん、これどう思います?」

「十中八九、自分とユエさん達を比べて落ち込んでいるのね」

 

 多分、雫の言う通りだろう。

 

 白っちゃんはユエ達に比べて、自分がハジメの役に立つどころか迷惑をかけていると、そう思っているに違いない。

 

 それは間違いではない。本来は支援役の白っちゃんは、その分戦闘面では前に出る俺たちより不利になりやすいのは確かだ。

 

「だが、そこだけじゃないな。むしろそれなら、死ぬ気で俺たちが鍛えればなんとかなるような問題だ」

「それはそれで、実際にやられると心配なのだけど……」

「まあ、仮定だ仮定」

 

 意見を多くするために、エボルトを解離・擬態させて三人で話す。ちなみに女神様の空間での姿だった。

 

「なにそれ、お気に入りなの?」

「ふっ、美しいだろ?」

「リベルの前でその姿に擬態するなよ、教育に悪いから」

「おいどこ見て言ってるこの下にもちゃんと下着を擬態してるからな」

「早口なのが怪しいわね」

 

 ま、それはどうでもいいとして……戦闘面での差を除くと、残るは精神的な面。

 

「実のところ、ユエたちは持ってて、白っちゃんにはないもんがあるのよ」

「へえ、それって?」

「それはな……ハジメとの特別な時間だ」

「特別な時間?」

 

 おうむ返しに聞いてくる雫に頷いて、説明する。

 

「例えば、ユエにはウサギの犠牲により変貌し、絶体絶命の中で、死に物狂いで力を得た今のハジメと一緒にいた時間がある」

「何度聞いても、到底普通では体験できない話よね」

 

 そしてその濃密な時間は、短期間でユエハジメの間に強い信頼を築き上げた。美空とはまた違った、絶対的な絆を。

 

 では、その信頼と真っ向から勝負して打ち勝てるものがあるかと言えば……白っちゃんには悪いが、かなり一方的な結果になる。

 

「有り体に言って、足りないんだよな。これっていうハジメとの何かが」

「エボルト、断言するねぇ」

「事実だろ?」

 

 まあ、そうなんだけど。

 

「いつも香織が張り合っているものとは、また違うのかしら?」

「確かに、地球での時間や知識はユエにはないものだ。だが、それだけじゃパンチが弱いんだよなぁ」

「あくまで地球人、同世代、同級生……そういう共通項というだけで、ハジメとの信頼関係とはまた違う問題ってことさ」

 

 ハジメが何をしたいのか、あるいは何をしてほしいのか。そのために自分ができる、最適な行動は何か。

 

 それを瞬時に汲み取り、判断し、実行する。限りなく完全に近い互いへの信頼がなくては、決してできないことだ。

 

「俺が考える限り、ハジメに対して……いや、人間全般の関係を通してそれができるのは、大きく分けて二つ」

 

 ぴっ、と人差し指と中指を立てる。

 

「長いこと一緒にいて、考えることが手にとるようにわかるやつか……死の瀬戸際を、一緒にくぐり抜けたやつ」

「そうね……生きるか死ぬか、その境界を感じながら一緒にいたのなら、否が応でも相手への理解は深まるわ」

「その通り。んで、あいつらはそれを乗り越えた」

 

 その結果生まれたものは、簡単に覆るようなものでもなければ、そうそう並び立てるものでもないだろう。

 

 その点において、そもそものスタートライン時点で、ハジメと環境が分かたれていた白っちゃんでは、相当分が悪いのだ。

 

「モチのロン、白っちゃんの思いが負けてるとは思わない。むしろ地球人では、美空の次に強かっただろうな」

 

『俺、高校生になってからハジメのこと物陰からストーキn……観察してるカオリン、何十回も見たよ(白目)』

 

 お前それ絶対口に出すなよ、雫と白っちゃんの友情に何かあるかもしれないから。

 

『え、じゃあこの前たまたまハジメの制服hshsしてたのを見たのも?』

 

 よし永久封印だ(真顔)

 

「私もそう思うわ。香織の思いが真っ直ぐで純粋だったからこそ、南雲くんに美空がいるのを知ってても止めなかったのだし……」

「だよなぁ。あんなに一途だと応援したくなるよねえ」

「純粋……純粋?」

 

 首をかしげるエボルトに余計なことを言わないよう肘鉄を入れつつ、悩ましげな顔をする雫に同意する。

 

 まあ、応援だけで現代日本の倫理的な問題で手出しはしなかったが。そうなったらなったで、いくらでもやりようはあった。

 

 トータスに来てハーレムになったから、それもこれも色々と無意味になったけどネ。

 

「それに、今回助けられたことも関係しているんでしょうね」

「ああ、なるほどねぇ」

「ユエなら一人でもなんとかできるしな。ていうか、本人が白っちゃんを助けるようにアイコンタクトしたらしいし」

 

 これは後から聞いた話だが、最初にオルクスで合流した時の少し前、ユエはある魔物に操られ、盾にされたらしい。

 

 で、定番な「私のことは気にしないで!」を言ったところ、ハジメが容赦なく頭頂部の頭皮と一緒に魔物の頭を吹っ飛ばした。

 

 それ以降、こういう状況になった時は一切期待しないことにしたらしい。うん、ハジメが百パー悪いね。

 

『ないわー今聞いても乙女心に理解度ゼロだわー』

 

 元は感情がなかったお前が言っても説得力ないからな。

 

「まっ、これはあいつと白っちゃんの問題だ。白っちゃんが自分を見失わないようにしてやれよ、と」

 

 一言一句言った通りに打って送ると、すぐにやれやれと肩を竦めるデフォルトハジメのスタンプが返ってきた。

 

「香織、変な方向に拗れないといいけど……」

「もう十分拗れてるんじゃね(小声)」

「……?何か言ったかしら?」

「いやなんでもないよHAHAHAHA」

「痛い痛い痛い痛い」

 

 言うなっつってんのに口のゆるーい異星人にヘッドロックをかましつつ、頭の中で落ち込む白っちゃんを思い浮かべる。

 

 なんだかんだで、メンタルの強い子だ。きっとハジメと一緒にこの迷宮を攻略するうちに、迷いは吹っ切れるだろう。

 

 そんなことを思っていると、先行していたカーネイジが戻ってきて俺の体内に戻る。およ、お仕事終了か。

 

「どうやらジャングルは終わりみたいだな」

「ええ、新しいステージということね」

「じゃあ俺もお暇しますか」

 

 同じくエボルトが融合すると、カーネイジが開いた道を通って密林を抜ける。

 

 すると、その先は……

 

「これは、なんというか、すごいわ……」

「いわゆる船の墓場ってやつかねぇ」

 

 ジャングルの先は岩石地帯だった。そこには数えるのも馬鹿らしくなるほどの、朽ちかけた船が横たわっている。

 

 どの船も巨大であり、最低で100メートル、遠目に見える落ち版大きな船で三百メートルはあるだろうか。

 

「シュー、次の目的地は?」

「あの奥の船だ。遠いからバイクを使おう」

 

 携帯にボトルを装填し、登場が結構久しぶりな気がするバイクを展開すると二人で乗り込む。ヘルメットは一応つけた。

 

「よし、ちゃんと捉まったな?」

「シュー、少し太った?」

「おいおい、それは雫のご飯が美味すぎるからだろ?」

「ふふ。私、別に太っていてもいいわよ」

「それ、世の男どもが聞いたら大歓喜だろうな」

 

 軽口をかわしつつも、ちゃんと雫のしなやかな両腕が腹部で固定されたことを確認して、バイクを発進した。

 

 岩石地帯にも関わらず、例のオルクスの最終試練での八つ首ドラゴンの皮を使ったタイヤは物ともせず爆速で突き進む。

 

 岩場の間をくぐり抜け、時にちょうどいい感じの岩を使って船から船に飛び移り、着々と進んでいった。

 

「見た所、戦艦ばかりだな」

「確かに、大砲や武器が散乱しているものもあるわ」

 

 朽ちかけの船には、横腹に砲門が付いているものもあれば、魔法による攻撃の跡が残るものもある。

 

 総じて、激しい戦闘の末に沈んだのだろうと想像できる見た目をしている。その中で、奥の船は異様さを放っていた。

 

「あれだけ無駄に豪華なんだよなぁ」

「多分、ここにある船は全て護衛艦で、あの客船を守っていたんじゃないかしら」

「さすが雫、いい目の付け所だ」

 

 女神ペディアで答えを知っている俺から言わせると、中々に雫の予想は的確だ。

 

 だが、単なる護衛ではない。それどころか、この戦艦たちを操る人々が死んだのには別の理由が……

 

「っと、ここあたりか」

 

 脳内の女神ペディアを閲覧していると、あることを思い出して急ブレーキをかけた。

 

「わっ」

「すまん、急に止まって」

「平気よ。それより、何か気になることがあったの?」

「ああ。ちょっとここからは趣向を変えていこう」

 

 首を傾げる雫と一緒にバイクを降りて、飛行モードに変形させる。

 

 そうするともう一度騎乗して、先ほど止まった()()()()()()()()()を飛んで越えた。

 

 

 

 

 

 ──うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

 ──ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

 

 

 

 

「っ!? な、なに!?」

 

 次の瞬間、大勢の雄叫びが聞こえた。さらに周囲の風景がぐにゃりと歪んで、とっさに雫が刀に手を添える。

 

「落ち着け。単なる幻覚魔法の一種だよ」

「そ、そうなの?」

「昔からドッキリ的な要素には弱かったよなー。そういうとこも可愛いけど」

「……もう、弱くなったとか嘘じゃない」

 

 ちょっと頬を赤くしながら、なおも刀から手を放さない雫に感心しながら、下に目線を落とす。

 

 本来、歩いて進めば俺たちがいるはずだったろうそこは、大海原の上に浮かぶ艦隊の一隻の甲板だ。

 

 つい先ほどまで広がっていた船の墓場は何処へやら、いつの間にか何百隻もの帆船が、二組に分かれて向き合っている。

 

 そんな船の甲板上には、武装をしたおびただしい数の人間が武器を掲げ、互いに向かって雄叫びをあげていた。

 

「これは、一体なんなの?」

「試練さ、この迷宮のな」

 

 

 ドンッ!!!!!

 

 

 言うのと同時に、バイクを横にずらす。すると隣を火の球が通過し、そのまま上空に向かって飛ぶと爆発した。

 

 花火のようなそれが弾けるのと同意に、艦隊が両方とも一斉に進みだした。その光景は圧巻の一言だろう。

 

 やがて、ある程度の距離まで近づくと、そのまま体当たりでもするのかという勢いで突貫しながら魔法を打ち合い始める。

 

 

 ゴォオオオオオオオオ!!

 

 

 ドォガァアアン!!

 

 

 ドバァアアアア!!!

 

 

「きゃっ!?」

「おー、こりゃ大規模だ」

 

 互いの船に向けて降るわ降るわ、魔法の嵐。

 

 炎弾が甲板をぶち抜き、巨大竜巻がマストをへし折り、着弾した灰色の弾が船体を石化させ、海面が凍りつく。

 

 戦場──そう言う他にない、惨劇の光景。そこかしこから魔法を打ち出す雄叫びと、それに運悪く被弾したものの断末魔が聞こえた。

 

「これって、もしかして──」

 

 何かに思い至ったのか、目を見開く雫。おや、この短時間で答えを予想したか。

 

「そ。今から遠い昔、解放者たちの時代。神にた誑かされて殺しあった、愚か者たちの末路。それを再現しているのさ」

「…………そう。そういう試練なのね」

 

 自分の予想が当たったからか、悲しげに目を伏せる雫。

 

「見たくないなら、さっさと吹き飛ばすけど?」

 

 そう言いつつ、俺は彼女の答えが半ばわかっていた。なぜなら彼女は、俺が知る中で最も強い女だから。

 

「……いいえ。もう少し見るわ。私たちが、何と戦おうとしているのかを」

「了解。それならもう少し近くに行こうか」

 

 雫は少し迷った後に、コクリと頷いた。

 

 すぐにバイクを操作して、はっきりと戦いの様子が見える位置まで降下する。

 

「全ては神の御為にぃ!」

「エヒト様ぁ! 万歳ぃ!」

「異教徒めぇ! 我が神の為に死ねぇ!」

 

 そこにあったのは、まさしく狂気に侵された人々の姿だ。

 

 血走った目に、唾液を撒き散らしながら絶叫して死んでいく様は、はっきり言って気持ちが悪い。

 

 そんな彼らが武器をふるい、魔法を放つたびに、鮮血が吹き出し、四肢や頭が宙を舞い、血の海と死体の山が増えていく。

 

「これって、宗教戦争なのかしら」

「だろうな。でもって全ての宗教の神の正体はエヒトってわけだ」

『全く、趣味が悪いこって』

 

 そう言いつつ声に愉悦が混じってんぞ。

 

『やべ、昔の血が騒いだ』

 

 はいはい外道宇宙人。

 

「っ! シュー!」

 

 雫の声に下を見ると、何人かの魔法使いが俺たちに向けて魔法を放とうとしているところだった。

 

「おっと、そろそろ時間切れか」

 

 

 パシュッ!

 

 

 すかさずステッキをショットガンモードにすると、先端から魔力の弾を発砲する。

 

 それが当たった瞬間、魔法使いは空気に溶けるように消えた。うむ、やはり魔力による攻撃が有効か。

 

「こいつら、時間が経つとこっちも狙っってくる仕様なんだよ」

「どうするの、彼らを相手する?」

「んにゃ、面倒臭いから一掃しよう」

 

 投げられる槍や魔法を全てステッキガンで撃ち落とし、先ほどの高度まで上昇する。

 

 そうすると、ギャアギャアと騒ぐ何百隻もの戦艦を見下ろしながら、両手をかざして能力を使った。

 

 ズ……!という音がして、空中に黒点が現れる。それは徐々に円盤状に広がり、やがて超巨大なブラックホールになった。

 

 虚無の穴に、全てが飲み込まれていく。魔法も、人も、彼らが乗る戦艦そのものも、何もかもを喰らい尽くす。

 

「うわぁ……反則よね、その能力……」

「見てるだけで終わるんだ、エボルトに感謝考えき雨あられってね」

『もっと褒めてくれてもいいのよ』

 

 調子乗るなスライム。

 

 たった十分ほどで、全ての戦艦を人間もろともくらい尽くした。魔力の供給を止めると、ブラックホールは霧散する。

 

 その瞬間また風景が歪み、元の静謐な船の墓場に戻った。バイクを先ほど飛び立った地点に着陸させる。

 

「はい、なんともくだらない戦争のご鑑賞、ありがとうござました」

「できれば、もう二度と見たくないわ」

 

 げんなりした顔でいう雫。賢明な判断だ。あんなものをずっと見てたら、そのうち気が狂っちまう。

 

 大丈夫か?とハンカチを差し出すと、いくら気丈な雫でも気持ちが悪かったのか、素直に受け取って少し口元をおさえる。

 

「でも、この迷宮の試練というのはよくわかったわ」

 

 数分置いて、気持ち悪さが収まったのかハンカチを返してきた雫はそう言う。

 

「ほう、その心は?」

「さしずめ、〝狂った神がもたらすものの悲惨さを知れ〟ってとこかしら?」

「その通り!いやあ、やっぱ雫は賢いな」

 

 そう、このメルジーネ大迷宮のコンセプトは、人を駒、戦争を遊戯として楽しむ神がいかに狂っているかを知らしめるもの。

 

 そして、その言葉に惑わされ、このような惨劇にならないようにという、挑戦者への戒めの意味も含まれている。

 

 

 幻覚には、様々な狂信者が現れた。

 

 

 狂気の宿った瞳で、体中から血を噴き出しながらも哄笑し続ける者。死期を悟り自らの心臓を抉り出し、神に捧げようと天にかかげる者。

 

 俺達を殺すために、恋人ごと魔法で焼きはらおうとした女と、それを誇らしげに笑う男。その全て、「神の御為」の言葉とともに。

 

「改めて、俺が殺そうとしている相手がいかに殺すべき相手なのか、よーくわかったよ」

 

 自分の手を見下ろして、隠さなくなった〝抹消〟の紋章を見下ろす。

 

 この力は、真実を知った後も俺に残り続けた。まるで、俺にカインになれとでも言っているように。

 

 ああ、なれるならなってやるさ。あいつを真似ることで、雫や、ハジメたちが地球に帰って幸せになれるなら。

 

 たとえ、もう生みの親に……あの女神に、用済みだと見捨てられたとしても。

 

「…………ねえ」

「ん、どうした?」

 

 手を握りしめて、いつもの調子で笑って顔を上げる。

 

 けれど、すぐに言葉が詰まった。雫が、俺のことを真剣な表情で見ていたからだ。

 

 

 

「今度は、何を隠してるの?」

 

 

 

 そして、彼女はまるで射抜くような声音で……そう、聞いてきた。




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メルジーネ攻略 その3

私は帰ってきた!

どうも、半年ぶりくらいですね。作者です。


【挿絵表示】


↑シュウジのイラストです

シュウジ「ようやく俺たちの冒険も再開か」

エボルト「声を失った少年の方が完結したようだからな。てことで、これからなるべく火、木、日の6時更新でやっていくぜ」

ハジメ「今回は前回からの続きで、メルジーネの攻略だな。一応長い期間が空いたから、説明風が多くなってるはず」

シュウジ「それでは久しぶりの、せーので」


三人「「「さてさてどうなる海底迷宮編!」」」


 ハジメ SIDE

 

 

 

 

 

「香織、気分はどうだ?」

「うん……もう平気だよ」

 

 戦争の幻覚が終わった後、愛白い顔をようやく元に戻した香織はそう微笑む。

 

 どうやら香織には相当きつかったようで、吐くものもないのに嘔吐いて苦しそうだった。

 

「ごめんね……迷惑かけてばっかだね」

「まあ、気にすんな。俺も結構気持ち悪かった。人間ってのは、あそこまで妄信的に、狂気的になれるもんなんだなって震えたさ」

 

 おどけたように自分の肩を抱くと、香織はクスリと笑う。

 

 気分が少し治ったのを確認したあたりで、香織の隣に腰を下ろした。

 

「っと、少しここらで休憩しよう。俺もあの幻覚を倒すのに相当魔力を使ったからな」

「うん」

 

 しかし、香織が結界を張ったところから魔力を伴った攻撃が有効だと知れたのは大きかった。

 

 じゃなきゃ無駄に弾薬を消費することになってただろう。某ホラゲーでも弾薬節約は大事って言ってる。

 

「ねえ、ハジメくん。あれはなんだったのかな? ここにたくさんある廃船と関係してるよね?」

「おそらく、昔あった戦争を幻術か何かで再現してるんだろうな。そこに挑戦者を襲うような機能も加えたってところか」

「じゃあ、それが迷宮のコンセプトってことなのかな?」

「ああ、シュウジの話な。多分そうだと思う。この迷宮の〝解放者〟の用意した試練は、大方……」

「狂った神がもたらすものの悲惨さを知れ……」

「そういうことだ」

 

 肯定すると、香織は幻覚の内容を思い出したのか、うっと口を押さえてうつむく。

 

 しまった、と思ったのと、香織の手を握ったのは同時だった。狂気に飲まれかけていた香織は、目を見開いて俺を見る。

 

「ハジメくん……」

「気にするなよ……狂気に飲まれそうになる辛さは、俺もわかる。奈落の底では堕ちかけたしな」

「そうならなかったのは……聞くまでもない、よね……ユエでしょ?」

「いや、ユエだけじゃない。ウサギもだ」

「え、ウサギさんも?」

 

 驚く香織に、そういえばウサギとの出会いを話していなかったと思い出す。

 

 いい機会だったので、魔力の回復を待ちがてら、ウサギとの思い出を香織に語って聞かせることにした。

 

 奈落での出会い、短くも救いだった二人での日々……俺のための犠牲と、ヒュドラとの戦いでの助力。

 

「あいつがいてくれたから、俺は一人で狂わなかった。腹を満たし、現状を打開する思考力を取り戻せた……あいつには、感謝しても仕切れないよ」

「そっか、そんなことがあったんだ……ウサギさん、すごくハジメくんのこと好きだから、何か大事な思い出があるんじゃないかって思ってたけど……」

「ああ、大きいぞ。何せ情けない頃の俺を最後に見てたからな」

「そう……それからユエに出会って、シュウジくんたちと一緒にオルクスを攻略して……あー、悔しいなぁ」

 

 突然、香織は自重げな笑みを浮かべて空を振り仰ぐ。

 

 この迷宮に入ってから、何度か見たことのあるその笑い方に、自分が眉をひそめるのがわかった。

 

「私じゃあ、多分何もできなかったよね……美空と三人でした約束も守れなかったし……」

「……なあ、香織。お前、ここにきてからそんな顔で、そんなことばっか言ってるな」

「え? えっと、それは……」

 

 あたふたとし始める香織に、俺は表情を厳しめなものに変えて問いかける。

 

「香織。お前はどうして、俺についてきたんだ?」

「っ……それは、やっぱり邪魔だったってことかな?」

 

 またあの笑い方をする香織の頭に「そうじゃねえよ」と軽くチョップを入れて、話を続ける。

 

「あの夜、三人で大して美味くもない紅茶を飲みながら話したことを、俺は覚えてる。だからこそ、美空はともかく今も香織が、昔の()じゃない今の()を好いてくれているのか、不思議でならない」

「ハジメくん……わ、私は……」

「ああ、勘違いするな。俺はお前の思いを否定はしない。きっと、香織には香織にしか見えない〝俺〟があって、それが心を動かしたんだろう。その上で決めたことを、他の奴がどうたらいう資格も意味もない。まあ、あのバカみたいなのだけは例外だがな」

 

 突然目の前で自殺しようとした大馬鹿な親友で例えると、香織は苦笑いする。

 

 得てして自分のことなんて、自分自身じゃわかってないことの方が多い。あいつの出生には秘密があった。

 

 そして俺にも、俺にはわかっていない、香織にはわかる、昔の俺から受け継いだ()()があるのだろう。

 

「俺はオルクスで再開した時、答えを示した。受け入れられるとは限らない、ユエとウサギ、それ以前に美空がいる、とな。まあその時点で普通じゃないが、香織は〝それでも〟と思ったんだろ?」

「……うん」

「だったら、好きにしろ。なんならシアくらい積極的になれ」

「あははっ、いきなりあのアグレッシブさとポジティブさは難しいよ」

「あいつ、最近マジで身体能力がバグってきてるからな。そのうち寝込みを襲われそうだ」

 

 しかもウサギがシアを妙に気に入っており、近頃じゃあ完全にあっちの味方化してる。

 

 そのうちストレートに夜引き連れて来そうな気配すら感じるので、ちょっと危機感を覚えている。

 

「最初はシアも、相当雑な扱いをしてたんだ。俺にはもう充分以上に〝特別〟な相手がいたし、そうすれば諦めてくと思ってたからな」

「…………」

「でもあいつは、絶対にめげないんだよ。俺が雑な扱いしても、大切ではあれ特別ではないと示しても、それに喜怒哀楽を全身で表現はするが、その上でどこか楽しそうなんだ。いつも前向きに、何があっても、何が自分に足りなくても、卑屈にならずに、劣等感なんてこれっぽっちも気にせず」

「わ、私は、卑屈になんて……」

 

 直接言ったわけじゃないのに、こんな顔をしていることこそが証拠だと、こいつは気づいているだろうか。

 

 まるで事実から目をそらすように俯いていく香織の顔に手を添え、しっかりと目を合わせる。

 

「香織、目を逸らすな。自分を誤魔化そうが、お前の笑い方も、考え方も、前と全然違うのは誰が見てもわかる」

「あ……」

 

 ようやく自覚した、というふうに目を見開く香織。

 

 そう、全然違う。以前の香織は、頑固なほどに真っ直ぐに相手の目を、俺の心を正面から見ていた。

 

「いいか、もう一度言っておくぞ。俺は仲間としてお前のことが〝大切〟だ。だが、これ以上〝特別〟を増やすつもりはない。俺の思いは変わらないし、これ以上受け止め切れるとも思えないからな」

「…………」

「そのことに辛さしか感じないのなら、劣等感しか抱けないなら……これ以上、ついてくるべきじゃない」

「っ!」

「卑屈になって、自分の思いも貫けないようならば、香織。お前は俺から離れるべきだ」

 

 はっきりと告げれば、やはり香織は目線を下に落としてしまった。

 

 頬に添えていた手を離すと、俯いた香織は何も言わなくなってしまう。そんな香織に、俺はもう一度言った。

 

「もう一度、よく考えてみてくれ。自分の最善を、したいことを……本当に、俺のそばにいることが香織にとって望んだことなのか」

「………………」

「その上で違うと思ったのなら、その時はちゃんと言え。場合によってはクラスメイトたちの方へ連れて行く。あっちには御堂もいるしな」

 

 言うべきことは全て言った。

 

 立ち上がると、香織は離した俺の手を見つめながら何かを言おうとするが、やはり言葉にならない。

 

 気まずい雰囲気の中、俺は香織を促し、一番遠くに鎮座する一番大きな帆船へと歩みを進めた。

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 ランダ SIDE

 

 

 

 

 

 ……あの日のことを、今でも鮮明に思い返す。

 

 

 

 

 

 いつもの一日だった。

 

 

 

 悠久の生の中、自らを刺激する者が現れ、攻略してもらうために作った迷宮の奥底で過ごす毎日。

 

 

 

 それが、千年ほど前から少し違う毎日になった。ある一人の男が現れたのだ。

 

 

 

 彼は人間だったが、特別に他の者たちよりも()()()()()()寿命を持っていた。

 

 

 

 世界を調律する者である彼は、生まれながらにその在り方を歪められた、哀れな人間だった。

 

 

 

 悪を断つために悪に育てられ、歪みを正すために世界に選ばれた彼は、人間にしては一貫していた。

 

 

 

 そんな彼に興味を抱き、私は何千、何万というそれまでの生の中での初めての友とした。

 

 

 

 彼と知り合ってから、少し退屈な生が面白くなった。

 

 

 

 たとえ千年限りとて、自分以外の者と接することは私に僅かながらの楽しさを与えた。

 

 

 

 彼は本当に珍しい人間だった。役目以上に自らの意思でも多くの命を救わんとしたのだ。

 

 

 

 ああ、だからだろう。その日が来てしまうのは、わかっていたんだ。

 

 

 

「ランダ」

「おや、君か。そろそろ来るかと思っ……!?」

 

 後ろを振り向けば、そこには無表情でたたずむ彼がいたはずだった。

 

 だが、そこにいたのは……もう今にも崩れて消えてしまいそうな、壊れかけの何かだったのだ。

 

 彼に許された1000年の命、仮初の不老。その最後の日に、彼は思っていたものとは違う姿で現れた。

 

「お見苦しいところを見せて申し訳ありません。しかし、どうしてもあなたには会っておきたかった」

「……僕がこの世界の調律者と接触したのは、君が初めてだが。〝世界の殺意〟とやらは、皆最後はそうなるのかい?」

「いいえ。これは私の罪、私の罰。多くを望んだが故の代償です」

 

 姿は悲惨なのに、声も、半分壊れた顔に浮かべる表情もいつも通りだった。

 

 そんな彼は、いつも来るたびに酒を飲み交わしていた席について、虚空からワインボトルを取り出した。

 

 怪訝に思いながらも、私は席について二つのグラスにワインを注ぐ彼を見る。

 

「どうぞ」

「……ありがとう」

「それでは。我が信念と愛しき弟子たち、そしてかけがえのない友に」

「……乾杯」

 

 チン、とグラスを軽く合わせて、ワインを煽る。

 

 濃厚でまろやかな口触りのそれは、彼がいつか話していた、ドワーフの秘蔵の宝であると悟る。

 

 彼の持つ中でも最高級の一本だろうそれに、驚きつつ、グラスをテーブルに置いて彼を見る。

 

「それで? 自然になったのではないのなら、どうしてそのような姿に?」

「……多くを、殺しました」

 

 重く、冷たい声で彼は語り出す。

 

「多くの命を踏みにじりました。多くの信念を切り捨てました。多くの正義を欺きました。私は、この手から溢れ出て止まらないほどの血を流した」

「……それで?」

「私は傲慢だった。元よりなかった自我に傲り、結果として取り直しのつかないことをした。初めて従うだけにしておけば良かったと、そう思います」

 

 ひび割れた両手を見て、彼は自嘲気味な口調でこぼす。

 

 そこまでの話で、私は悟った……ああ、()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 ここに閉じこもっている私でも、世界に命が増えすぎたのはわかっていた。いずれ自壊するだろうことも。

 

 それをしたのは、今目の前にいる彼。強すぎる信念をもって役目以上に干渉した彼は、大勢を()()()()()

 

「少し考えればわかることだった。知恵あるものは成長し、互いに争い、時にどちらかが滅んでまで、その中で発展していく。しかし私は目の前にある命ばかりを救おうとし、結果的に必要な競争を奪い取った」

「……その代償が、それなんだね」

「ええ……私は止まれなかった。自らを止める手段を持たなかった。だって私には……自我が、ないのですから」

 

 ぽつり、とテーブルに落ちる一雫。

 

 それが彼の目の端からこぼれ落ちたものだと知って、心から衝撃を受けた。

 

 この千年、彼が表情を変えたところは見たことがない。そんな彼が、私の前で泣いている。

 

 その姿に……何故だか、とうの昔に動かなくなった心が、どこか動かされたような気がした。

 

「……そうか〜、君とも、この世界ともお別れか〜。寂しくなるなぁ〜」

「申し訳ありません。たかが千年では、あなたの友であるには足りなかったようです」

「いやいや〜、楽しかったよ〜。この世界も居心地は良かったし、満足できたかな」

 

 もうすぐ逝くのだろう彼を前に、私はいつも通り振る舞うことを決めた。

 

 彼はここに同情を引くために来たのではない。彼にとって感情は、本来は暗殺の道具だ。

 

 ならばこれは、別れだ。彼がそれを覚悟しているというのなら、私もそれに歩相応しく振る舞おう。

 

「……できれば、あと少しだけその満足を長引かせることはできないでしょうか?」

「どういうこと〜?」

「私の弟子たちを、どうか見守ってほしい。残す未練はそれだけです。それを頼める相手は貴女しかいない」

 

 この通りです、と頭を下げる。

 

 また初めて見る姿に、脳裏に彼の3人の弟子たちが思い浮かんで……今度は心が荒立つ。

 

 彼女たちは、あの彼にこうも言わせるまでに大切にされてるのか……私の方が、長く知っているというのに。

 

 いいや、そうだからこそ彼は頼みにきたのだろう。なら私は、微笑むべきだ。

 

「いいよ〜。でも、どうやってこの世界の崩壊を止める気? 長引かせるって、そういうことでしょ〜?」

「……ええ。一つだけ方法があります」

 

 そして彼は、私に話した。

 

 増えすぎた命の輪廻を回す力のない世界意思と融合し、これまでの外側からのバグの調整ではなく、内側からの処理を行うこと。

 

 それによって自分の生きてきた千年の時間は消え、全く新しい、この世界が生まれること。

 

 それによって自分の記憶が消えるだろう弟子たちを……唯一、この世界の部外者である私に、見守ってほしいこと。

 

「どうか、お願いします」

「うん、いいよいいよ〜。君の弟子だもん、見てて楽しいに決まってるよ〜」

 

 嘘だ、と嘲笑う自分がどこかにいた。

 

 数多の世界を傍観し、幾つも世界の終わりも、人間も見てきたのに。どうしてここまで心がかき乱される。

 

 そしてそれから目を逸らそうとする自分を嘲る自分が、その時確かに私の中にいたのだ。

 

「ありがとうございます……烏滸がましいことですが、貴女にもう一つだけ頼みがあります。ここへはそれを言いに来ました」

「なにかな〜? 親友の頼みなら、無理なことじゃなきゃ聞くよ〜」

 

 あくまで呑気な顔で答えれば、これ幸いと彼はあることを私に頼んだ。

 

「もし、私の力や、記憶や……この〝抹消〟を利用された時。あるいは、それらを受け継いだ私でない誰かが作られた時は」

「その時は〜?」

「どうか……殺してあげてください。私と同じ間違いを犯さないように。扱えぬ力に悩まないように……()()()()()()()()()()()

「ッ!」

 

 優しく、弟子にそうするように笑いかけてくる彼。

 

 その顔にああ、とまた自分を嘲笑った。

 

 私自身よりも先に、彼は、私のこの気持ちを……

 

「頼みましたよ……ランダ。我が唯一にして、最高の友よ」

 

 そう言い残して、彼は固まる私の前から去っていったのだ。

 

 彼がいなくなった、もう二度と使うことのないだろう席を見て。

 

「はは……君は、本当に愚直なほど変わらないんだなぁ」

 

 私は一筋の涙とともに、そう溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………」

 

 目を見開く。

 

 そこは、私の迷宮ではない。精緻な彫刻の施された純白の円卓、その一席である。

 

 そもそも私に居場所など、最初からどこにもないのだ。

 

「おぅ、うたた寝とは随分余裕だなァ」

「……黙れ紅煉。少し考えに耽っていただけだよ」

 

 隣で下品に笑う、同じ法衣を着た獣を鋭く睨む。

 

 おっと、などと言って戯けたフリをする紅煉を一瞥し、私は目の前に座る四人の者たちに向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、会議を始めよう──我らが主、エヒトの命を脅かすあの男について」

 

 

 

 

 

 

 

 私はランダ。世界を渡り、邪なる神を喰らう獣。

 

 そして……かつて焦がれた一人の男との約定に縛られる、哀れなる嫉妬の獣である。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 シュウジ SIDE

 

 

 

 

「えっ……と」

「………………」

 

 じっと、アメジストのような美しい瞳で見つめてくる雫。

 

 なんの脈絡もなく投げかけられた質問に、頭の中で瞬時に百通り以上の詭弁が浮かび上がった。

 

 だがそのどれも、目の前にいる俺の女神様には効く気がしなくて……ふぅ、と諦めてため息を吐く。

 

「別に、隠してるってほどじゃあないんだよ。ただこう、喋るタイミングを考えてたっつーかさ」

「そう。それなら今話して。じゃないとユエさんたちにまた隠し事してたって言うわ」

「やめてください死んでしまいます」

 

 またフルボッコは勘弁である。特にシアさんのボディーブローはめちゃクソ痛い。

 

『そろそろ背中まで貫通できそうじゃね?』

 

 物騒なこと言いなさんな()

 

「いや、なんというかですね……」

「なんというか……?」

「一言で言うと……またマリスに会った」

 

 そう言った瞬間、雫の表情は劇的に変わった。

 

 まず目を見開き、次に奈落の底に落とされたような絶望の顔を浮かべ、烈火の如き怒りの表情へ。

 

 そして最後には今にも泣き出してしまいそうなほど目元を歪ませて、俺は慌てて弁明をした。

 

「タンマ、一旦ストップ! 別になんもされてないから! 記憶も操作されてないし、何も奪われてない!」

「………………ほんと?」

「あっいや、一つだけ……」

「────ッ!」

「待って、ほんと待って! ちゃんと説明するから泣かないで! お願いしますこの通りです!」

 

 その場で土下座する。空飛ぶバイクの上で土下座とかシュールすぎねえ? 

 

『写真撮ったら一週間は笑えるな』

 

 やめろよ、絶対撮るなよ! 

 

『それはふりですか?』

 

 フリじゃねえしキスもしねえ! 

 

「……じゃっ、じゃあ、説明しなさい。私が納得できるように、しっかりと」

 

 肩を震わせ、唇を噛みしめ、全身で泣き出すのを堪えて雫は睨みつけてくる。

 

 その様子に若干新しい扉が開きかけつつ、すぐに脳をフル回転させて対応策を講じた。

 

 その結果、まあストレートに説明するのが一番無難なので異空間からボードを取り出す。

 

「えっと、まず俺の生まれた過程だけど。もう一回整理するとこんな感じになる」

 

 カツカツとボードに文字を書いて、雫に見せる。

 

 

『マリスが世界意志を破壊し、カインと創造の力を手に入れる

 ↓

 崩壊状態だったカインの魂を修復するため、あらゆる魂を回収する。

 ↓

 復元したカインの魂を起動するも、拒絶されたために人格を抹消。

 ↓

 マリスは自分を愛する、まったく新しい人格を作ろうと画策

 ↓

 様々な世界から記憶のない器のサンプルを集め、都合の悪い部分を改竄したカインの記憶の上に俺という人格を作る

 ↓

 そして元の世界の死産するはずだった赤子の体に入れ、俺が誕生』

 

 

『あっちの世界じゃ、奇跡の誕生! なんて医者に言われてたよな』

 

 そりゃ女神様が直接手を加えてるんだ、死ぬもんも生き返るだろうさ。

 

 最後まで書き切り、いつの間にか正座して聴いている雫の方に向き直る。

 

「ここまではオーケー?」

「ええ。そして封印されていたその真実を知って、貴女は暴走した……そういうことでしょ?」

「ああ。で、この過程の中にカインとエボルトが関わっていたわけだが……」

 

 箇条書きしたものの途中に矢印を入れ、デフォルメしたカインとエボルトを描き込む。

 

 リベルの教育用に絵の練習しといて良かったぜ。流石にカインのスキルにこんなのまで含まれてないし。

 

「実はその裏にもう一つ、マリスの陰謀が隠されていたんだ」

「陰謀?」

「そっ。マリスはカインの人格をあえて少しだけ残し、エボルトと接触させた。そして俺が真実に気付いたからやってきて、そして俺たちを庇ったカインが連れて行かれたわけだ」

 さらにマリスと俺のデフォルメキャラを追加し、俺の中からカインが抜けていく図を描く。

 

 それを指し示すと、雫は怪訝そうな顔をする。まあ、よくわからない話だよな。

 

「要するに俺の中からカインという人格が消えて、俺だけが残ったわけだ。わかりやすくいうと、中身が消えてガワだけ残ったみたいな?」

「ガワって……つまり、あの時出て来た元のあなたの人格が消えたってことなの?」

「そゆこと。記憶はあるし、知識もある。だが、そこからカインの人格だけが消えた」

 

 ステータスプレートを取り出して見てみると、〝世界の殺意〟の派生技能から[回帰]が消えている。

 

 やはりあれがカインの人格の要だったのだろう。戦闘では結構役に立ってたんだけどな。

 

 その証拠に、カインが管理してくれていたのだろう、膨大な知識や記憶が頭の中で乱雑している。

 

 雫に心配をかけないよう痛みを消す魔法を使ってたが、正直ついさっきまで頭が割れそうだった。

 

「これで本当にお役御免、俺はもう必要ない割れ物の包装みたいにポイだ。な、隠し事ってほどでもないだろ?」

「……そう、ね。これまでのことに比べたら、そう大きなことでもないのかしら」

「そうそう。まー俺もすっきりしたね。これで何者にも縛られず、俺自身として生きていける」

 

 こっからは俺の時代だ。こうあれという指針が消えたことは痛いが、そう問題にもならない。

 

 まあ最近そんなに使ってなかったし、あったら便利程度の扱いになりかけてたから全然平気だ。

 

「ねえ、シュー……」

「それに、さ」

 

 心配そうな顔で何かを言おうとした雫に先回りして、俺はいつものように不敵な笑みを受かべる。

 

「今は、雫たちがいるだろ」

「え?」

「いやほら、何? もうわざわざカインにお守りしてもらわなくても頼れる仲間がいるっつーか、お前らがいれば何も足を止めることはないっつーか」

 

 これほどの知識と経験を、俺のような残り物が扱っていけるのかという不安はある。

 

 でも本当にそれだけで、あとはなんとも思っちゃいなかった。それより大事なもんが俺にはあるからな。

 

 あーくそ、こういうこと言うのも妙に恥ずかしくなった。いつもふざけすぎてる反動か? 

 

『疑うまでもなくそうだよ馬鹿野郎』

 

 まあ、そん感じに恥ずかしくなりつつ雫をみると……つー、と頬に涙が伝っていた。

 

「えぇなんで!? ホワイ!? 俺また心配させるようなこと口走ったん!?」

「ち、違う、そうじゃないの。ただ、自分からそういうことを言うようになったのが嬉しくて……」

 

 涙をぬぐい、雫はいい笑顔で。

 

「本当、こんな立派になって……」

「あっこれ違うわ、子供の成長を喜ぶオカンだわ」

「だからそれはまだ先よ」

「未来計画の話マジだったん?」

 

 なんかいつも通りのグダグダした感じになったでござる……俺にはこのくらいがちょうどいいか。

 

「さて、それじゃあ迷宮攻略の続きといきますか。こっからさらにキツくなるぞー」

「ふふ、護衛をお願いね」

「おう、任しとき。まあかっこいい白馬の王子様じゃなくて暗闇に生息してる暗殺者だけど」

「それで十分よ」

 

 微笑む雫に笑い返し、俺は奥に見える豪華客船に向かってバイクを移動させ始めた。




長くなりましたね。

次回、オリジナルフォーム登場……の予定。

感想をいただけると嬉しいです。


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メルジーネ攻略 その4

どうも、作者です。本日も何とか間に合いました。

シュウジ「ニーハオ、シュウジだ。前回はまた雫を泣かせちまったぜ」

雫「いいのよ、あれは嬉し涙だから」

ハジメ「彼女にオカン的なこと言われるとか、どうなのお前?」

シュウジ「やめろ、すでに尻に敷かれてるんだ……つーか作者よ、今回の俺なんかラブコメしすぎじゃね?」

エボルト「はいはいネタバレすんな。今回はメルジーネからの脱出までだ。それじゃあせーの、」



四人「「「「さてさてどうなる海底迷宮編!」」」」


 

 

「いやー、キツかったなぁ」

「そうね……この世界の人じゃあ、一発で精神が崩壊してしまうくらいには」

 

 廃船に戻った豪華客船の中、げんなりした様子の雫と二人で歩く。

 

 ついさっきまで甲板でまた幻覚を見せられたのだ。その内容はまあ、最初の強化版って感じ。

 

 あの戦争が過程を表したものならば、この船は発端。人間族、獣人族、魔人族の終戦パーティーでの騒動。

 

 突如として意見を翻した人族の王がクソエヒトの名前を叫びながら虐殺を始めたのである。

 

 まあ、誰がどう見ても洗脳されてるのが丸わかりだった。てかエヒトの使徒っぽいやつ最後にちらっと出てきたし。

 

『ここの迷宮の創造者性格悪くね?』

 

 はっはっはっ、ミレちゃんのウザさに比べたらそうでもない。

 

「香織大丈夫かしら……今は精神的に弱ってるみたいだし」

「ハジメのフォロー次第だなぁ。まあ、奈落にいた時よか軟化してるし、多分平気だろ」

 

 なんなら白っちゃんがさらにベタベタして帰ってくるまである。あいつ無自覚タラシだから。

 

 などと考えていると、ヒュウと空気が冷たいものに変わった。その変化に雫が刀に手をかける。

 

 

《フルボトル!ファンキーアタック!フルボトル!》

 

 

 ライトフルボトルを取り出してネビュラスチームガンに装填し、前方の廊下に向けて撃ち放つ。

 

 すると、空中で静止した光の弾によって、廊下の先に白い服を着た女の子が照らし出された。

 

「こんな所に、女の子……?」

 

 雫の訝しむ声に正解とでも答えるように、いきなりべしゃっと倒れ込む少女。

 

 かと思えば、突然ありえん方向に関節を曲げるとクモのような動きでカサカサと接近してきた。

 

 

 

 ケタケタケタケタケタケタケタケタケタ!

 

 

 

「そういう系なのねっ!」

 

 しかし、我らがオカンはキャーなどとと可愛らしい悲鳴を上げることもなく。

 

 飛びかかってきたUMAを、抜刀一閃で真っ二つにした。UMAは地面に落ちて空気に溶ける。

 

「ヒュウ、相変わらず鋭い剣筋だな」

「香織のお守りで慣れてるからね……いよいよ心配になってきたわ」

「ああ、そういや一回雫と白っちゃんと3人で遊園地に遊び行ったことあったな」

 

 その時の白っちゃん、絶対に離れんと言わんばかりに雫とがっしり腕を組んでいた。

 

 ちなみに怖くないくせに雫は俺の手を握っていた。小学生の時点でアプローチとか積極的すぎない?

 

『ほら、最近の子は進んでるから……』

 

 お前何歳じゃい。いや待て、別にどうでもいい。

 

「ふふ、昔みたいに手でも繋ぎましょうか」

 

 などと考えていたら、本当に雫は手を握ってきた。

 

 あれ、こんなにこいつの手って柔らかかったっけ。それにきめ細やかで、しっかりと暖かくて……

 

「…………うん、行こうか」

「照れてるの?」

「ナンノコトカワカリマセン」

 

 いやほんと、マジでマジで。別に照れたりしてない。改めてこんな可愛い女の子の手を握ってるから恥ずかしいとかないから。

 

『それ、恥ずかしがってる奴しか言わない感想だからな』

 

 ……るっさいこのスライム。

 

 昔はまだ、自分が記憶を持っただけの入れ物じゃなくて、カインだと思ってたから娘みたいな気持ちだった。

 

 でもこう、何?改めて俺っていう個人になると、なんで俺なんかがこんな女神と付き合えてんの?

 

『おいおいおいおい、死ぬわこいつ。それ聞かせたらビンタ地獄だぞ』

 

 わかってるよだからお前に言ってんだろスライム!

 

『八つ当たりか!あと俺はスライムじゃねえ!』

 

 同じようなもんだろ!

 

 エボルトとくっだらない言い争いをして、上機嫌な雫の手の感触をなるべく意識しないようにする。

 

 え、道中出てきたホラー映画のクリーチャーみたいな奴ら?片手間に全部撃ち殺しましたけど?

 

 我ながら緊張感の一欠片もない迷宮デート(仮)をしながらも、普通に1時間くらいで船倉まで到達する。

 

「よし、迷宮内はここが最後の試練だ。チャチャっと片付けちまおう」

「シュー、そろそろちゃんと目を合わせてくれないかしら」

「ごめんちょっと待ってそれはまだ恥ずかしい」

 

『言っちゃったよ、こいつ自分で言っちゃったよ』

 

 流石にここのトラップの性質上、これまでの片手間では上手くいかないので一回手を離す。

 

 よーし精神鎮静化の魔法だ。某死の王も言ってたろ、とにかく冷静に対処することが大事だ。

 

「ふぅ。よし、じゃあ突撃ィ!」

 

 軽快に言って開き掛けだった扉を蹴破り、中に入る。

 

 先んじてここのトラップについては雫にも説明しているので、背中合わせになって警戒を張る。

 

 油断なくアクノロギアのナイフとスチームブレードを構え、部屋の中ほどまできたところで始まった。

 

「霧が……!」

「気を付けろ、四方八方から襲いかかってくるぞ」

「了解」

 

 突如として勢いよく渦巻き始めた霧は俺たちを包み込み、一瞬にして四方の壁すら見えなくなる。

 

 即座に敵意を感知する魔法、感覚を強化する魔法、こちらの位置を把握するのを阻害する魔法、その他諸々発動させた。

 

 それはいいものの……なんじゃこりゃ。まるでシアさんの故郷の森にある霧みたいだな。敵の位置がよくわからん。

 

『そんなお前に朗報、右後ろだ』

 

「サンキュー!」

 

 報告を受けて魔力を纏ったスチームブレードを一閃。

 

 すると、俺の脳天目掛けて剣を振り上げていた騎士の首を跳ね飛ばす。

 

 騎士は魔法で作られた幻覚であり、声も上げずに消えていった。なるほどそういう仕組みか。

 

「これ、一定数倒すまで延々出てくるやつだわ」

「あら、それなら倒せば終わるってことじゃない」

「そういうことっ!」

 

 そして、俺たちの無双が始まった。

 

「はぁっ!」

「シッ!」

 

 雫の一閃が、俺の的確に急所を狙ったナイフが、次々と現れる幻の剣士、格闘家、あるいは戦士たちを殲滅していく。

 

 どいつもこの廃船に乗っていた中でも手練れを選んでいるのか、妙に剣筋や体を動かす効率が良かった。

 

 しかしまあ、こちとら千年分の記憶のブーストがかかってる。しかも後ろには誰より信頼できる女。

 

 であれば、俺が苦戦する点なんてどこにもない。つーかミレちゃんのとこのゼノモーフの方が1万倍厄介。

 

『あのあと、しばらく黒い食べ物食えなくなったよなぁ』

 

 今度タコ墨スパゲッティでも食うか……

 

『貴様ァ!』

 

 っと、無駄話もここまでに。なんか変な気配を感知した。

 

「せぁっ!」

 

 その気配は、ル◯ンダイブで襲いかかってきた奴らを3人まとめて斬り捨てた雫に接近している。

 

 他の感知系魔法に回していた魔力を敵意感知に絞り込み、そいつを見つけると首根っこをひっ捕まえた。

 

「ぐぎっ!?」

「俺の女に手ェ出すたあ、ふてえ神経してんな?」

 

 貞◯の親戚っぽいホラーフェイズをしたその亡霊女を、[+魂魄操作]の派生技能を使って首をへし折る。

 

 グキッと音がして、俺の手の中でぶらんと動かなくなった女幽霊が消えたところで、周りの霧も晴れていく。

 

「っし、こんなところか。案外楽だったな?」

「シュー、ありがと」

 

 チン、という納刀の音とともに、雫からの感謝の言葉を受ける。

 

「いやなんのなんの、この程度これまでのに比べたら……」

「白馬の王子様じゃないけど、頼もしい暗殺者さんにはご褒美が必要よね」

「は?」

 

 振り返る途中でがしりと肩を掴まれたかと思えば、一瞬だが唇に柔らかい感触。

 

 それがキスだと気付くまで三秒くらいかかった。その間、雫はしてやったりという顔で俺を見ていた。

 

「…………不意打ちはずるくね?」

「だってあなた、最近妙に恥ずかしがってあまりしてくれないんだもの」

「……ごもっともで」

 

 ……いや、マジで弱くなりすぎだろ俺。自分からならともかく、あっちからやられると何もできなくなっちまう。

 

 ニコニコと笑う雫に自覚できるくらい熱くなってるのがわかる頬をかきながら、それを誤魔化して奥に出現した魔法陣に向かう。

 

「これに乗れば、ああいう神殿みたいなところに行けるの?」

「ああ、本当にこれでクリアだ……中では、な」

 

 そう言いながら、雫と二人で魔法陣に踏み込む。

 

 使用者を確認した魔法陣は光り輝き、一瞬視界を白が埋め尽くしたかと思えば、次の瞬間には別の場所にいた。

 

 中央に神殿のような建造物があり、四本の巨大な支柱に支えられた神殿型の建造物、そこから伸びる通路の一つ。

 

 そこに設置された魔法陣の上に俺たちは立っており、そして神殿にはすでにハジメたちが出揃っていた。

 

「おーい、ハジメー」

「おう、やっと来たか」

 

 振り返ったハジメは、何やらいたたまれないような、疲れたような顔をしている。

 

 どしたん?と目線で問うと、後ろを顎で指し示す。

 

「ふふ……負けないよ」

「ん、望むところ」

「やれやれですぅ……」

「本格、参戦?」

「はぁ、はぁ……放置プレイ気持ちいいのじゃ……」

 

 不敵な笑みで笑う白っちゃんとユエ、苦笑いするシアさんと首をかしげるウサギ、そしていつも通りの変態。

 

 あーはいはいいつもの感じね。というか白っちゃん、明らかに落ち込んでも悩んでるようにも見えないわ。

 

「白っちゃん、何かあったん?」

「あー、まあ色々あってな……」

 

 なんでも俺が最後に(首の折れる音)をした女幽霊が白っちゃんに取り憑いたらしい。

 

 その時点で雫さんが怖い笑顔になったが、その後にハジメの〝大切〟発言で白っちゃんがキスをしたと言うとニヤニヤとする。

 

「はーん、つまり自分がちゃんと大切にされてるってわかった白っちゃんが持ち直したわけね。ごちそうさまです」

「合唱するな。八重樫も優し微笑みを浮かべるな……ったく、〝特別〟ではないって言ってるんだけどな」

「いや、大切って言ってる時点で女の子にとっちゃあ特別扱いそのものじゃね?」

「同感ね」

 

 そんなもんか、とハジメはため息を吐く。

 

「しかし、あのクリオネ以外は簡単な迷宮だったな。まあ、たどり着くまでも、攻略にも魔力がいるところは厄介だったが」

「まあ、本当に見せつけたかったのはあの映像だからなぁ。ミレちゃんとこと似てはいるけど」

 

 そう例えると、ハジメはイヤーな顔をする。うん、俺と違ってミレちゃんの迷宮大嫌いだからね。

 

 その顔に、知識の中にある()()()()()()についてはあえて伏せて、神殿の中の魔法陣に乗って神代魔法を手に入れる。

 

「へぇ、ここは〝再生魔法〟って神代魔法なのね」

「これで不死身度が上がったな」

 

『俺の再生能力に魔法の再生力、カインの習得した回復魔法。お前これ以上死に難くなってどうすんの?』

 

 そのうちマジでデッドプールになるかもな。

 

『第四の壁は越えるなよ、ツッコむの面倒くさいから』

 

 そこ放棄かよ。

 

「ん、なんが出てくるな」

「え?」

 

 一歩下がると、弱まっていた魔法陣の光が強くなり、直方体の祭壇がせり出てくる。

 

 そこに光が集まっていったかと思えば、少しずつ人型になり、やがて白いワンピース姿の海人族の女性になった。

 

 メイル・メルジーネ。オスカーやミレちゃんの仲間であり、神エヒトに抗った神代魔法の使い手だ。

 

 ハジメたちを見ると、もう一回見たらしく側で見守っていた。

 

「……私はメイル・メルジーネ。解放者の一人であり、この迷宮を作った者。ここまでたどり着いたあなた方へ、真実をお話ししましょう」

 

 そこからはまあ、オスカーと全くおんなじようなこと言ってたので総カット。

 

 改めて〝解放者〟本人から聞かされるこの世界の真実に雫は真剣な顔で聞き入り、そして最後の言葉となる。

 

「……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで」

 

 チラリ、と全員の目がこちらに向くのがわかった。

 

 ……己の意思で決めて、己の足で前へ進んで、か。

 

「どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

 

 それはまるで、全てが女神に与えられ、作られた俺に対して自由に生きろと、そう言っているようにも聞こえた。

 

 言いたいことを全て言ったメルジーネさんの光の像は、腰掛けて微笑んだまま霧散した。

 

 そして、代わりに現れた魔法陣の光が収まると、そこにはメルジーネの紋章が刻まれたコインが乗っていた。

 

「こいつで終了っと。これで樹海の迷宮にもいけるな」

「ああ、あの開きかけたやつな」

 

 そういやそんなこともあったね。結局ゴッキー星人がいるから断念したやつ。

 

「ありゃ、そういやこの迷宮のホムンクルスは?」

 

 二人分のコインを取りながら聞くと、ハジメは不適に笑って神殿と通路の周りに満ちる海水を指差す。

 

 次の瞬間、パシャリと水面に水飛沫が上がり、デフォルメしたサメのような何かが顔を出した。

 

「ウサギが魔法陣に乗った途端、解放されたみたいでな」

「クルルルルル!」

「あら可愛らしい声。てかホムンクルスって人型だけじゃねえのな」

 

 実は女神ペディア、迷宮の内容までは乗ってるが、魔物とかホムンクルスのことまでは情報がない。

 

 だから人型以外がいることも知らんかった。まあホムンクルスって人造生物って意味だから間違っちゃいないけど。

 

「……んん?」

 

 そういえば、カエルのあの無限とも呼べる食欲……明らかに体積をガン無視した捕食の仕方……

 

 あれっ、もしかしてあいつそうなの?

 

「それで、この子はフィーラーと、互換性があるみたい」

「……はい?」

 

 ある予想を立てていると、サメもどきの頭を撫でたウサギが、とんでもないことを言い始めた。

 

「同じホムンクルスだから、意思疎通ができる。この子は、フィーラーのために作られた」

「へえ、そりゃ面白い。てかわざわざ殺さずに封印してたの、もしかして実は後からどうにかするつもりだった系?」

 

 そう考えれば辻褄が合う。

 

 フィーラーはどんな魔物よりも強力な存在だ。敵に奪われたら一体で世界を蹂躙できるほどの力がある。

 

 そんな危険なものを、わざわざ情だけで残しておくほど〝解放者〟たちも余裕があったはずがない。

 

「つまりこのホムンクルスは、アタッチメントみたいなものなのね」

「で、具体的にどんな技能があるんだ?」

「そこまでは、まだわからないけど……」

 

 ハジメの質問にウサギが答えようとした、その時だった。

 

 突如として周囲の海水の水位が上がり始め、足元が浸水していく。

 

「おっと、どうやら時間切れか!」

「これ、どうなるの!?」

「ハジメなら知ってるぜ!」

「っ、あれか……!」

 

 ハジメがハッとした顔をする。ミレちゃんところで流されたからな。

 

「全員集まれ、結界を張る!」

 

 俺の一声で素早く周りに集まり、今度は離れ離れにならないようにする。

 

 異空間からステッキを取り出し、もう脛の半分くらいまで水に浸かった床に打ち付けると上部を捻った。

 

 エ・リヒトが展開し、球状の結界が展開されたところでガパッと天井が開く。そっから大量の海水が降ってきた。

 

「衝撃に備えろ!かちあげられるぞ!」

「かちあげられるって、どういみゃ──────っ!?」

 

 シアさんがお決まりのようなリアクションをしつつ、足元からウォシュレットよろしく噴水が発射。

 

 激しくエ・リヒトの下部を押したそれは、海水をドバドバぶっかけてくる穴めがけて俺たちを飛ばした。

 

「これが本当のホールインワンってか!」

「その前にぶつかりますぅううう!」

「んむっ」

 

 抱きしめられたウサギの頭がシアさんの巨乳に埋まる。ハジメの目がきらりと光った(嘘です)。

 

「クルルルルル♪」

 

 しかし、そんな心配はいらないと俺たちに言うがごとく、サメもどきが機嫌良さそうに滝登りしていく。

 

 そして天井まで到達した瞬間、先ほどよりも大きく、それこそエ・リヒトごと通れそうな穴が空いた。

 

 振動に耐えることしばらく、海水で真っ暗だった視界が開け、そして俺たちは海中へと投げ出された。

 

「ふいー、荒っぽい終わり方だったな」

「……人は見かけに寄らないのね」

「エチケット袋いるか?」

「平気よ……」

 

 青い顔をしてる雫の背中をさすりながら、周りを見渡す。

 

 で、一瞬で終わった。なぜなら横を振り返った途端、そこに俺たちを覗き込む十の目を見つけたからだ。

 

 ひぅっというシアさんの悲鳴と、おそらくはティオとユエあたりだろう。息を飲む音が後ろから聞こえる。

 

「おうフィーラー、出迎えご苦労さん」

 

 

 オォオオオオオ………………

 

 

 海中においても、全身をビリビリと震わされるような応答の声。

 

 数時間ぶりに見た黒い巨体はゆっくりと動き始め、背負った広場の上に俺たちを乗せる。

 

 効果範囲内に入ったところで、エ・リヒトの魔力を広場の魔法陣と繋げ、行きも使ったドームへと規模を広げた。

 

 ようやく足のつく場所へ移動して、全員安堵の声を漏らす。いきなり発射しまーす!は心臓に悪いよネ。

 

「クルルルル♪」

 

 

 オオォオオオオオ…………

 

 

 とりあえず全員に柑橘系のジュースを差し出していると、サメもどきの声が聞こえる。

 

 ドームの外を見れば、サメもどきはフィーラーの周りを軽快に泳いでいた。フィーラーもどことなく嬉しそうな声で鳴く。

 

「……なんか和むね」

「香織に同感じゃ。心が安らぐのう」

「ん、可愛い」

「なんか、親戚のお兄さんに甘える子供みたいですぅ」

「やっと会えて、喜んでる」

「……あの子、なんて名前にしようかしら」

 

 ほっこりとしてる女性陣。雫はすでに命名を始めようとしていた。

 

『内海とか?』

 

 お前、パンドラタワーでの決戦で使ったフルボトルとかまだ覚えてんの?

 

『一応な。分体の擬態とはいえ、俺のことを倒しただけの力はある』

 

 そんな6人を見守りつつも、ハジメはまだ警戒を解いてはいない。おそらくはこの後の何かを予感しているのだろう。

 

 先に知ってる俺ならともかく、相変わらず素晴らしい危機管理能力だ。そしてそれは当たっている。

 

 

 

 

 

 ズバァアアアアアアッ!!!

 

 

 

 

 

 安心した不意を突くように、頭上からドームめがけて大量の半透明の触手が降り注ぐ。

 

 それはエ・リヒトを破るほどではなかったが、しかし圧倒的物量でフィーラーを揺らすには十分だった。

 

「きゃあっ!?」

「な、何なんですかぁ!?」

「チッ、やっぱり来たか!」

「ハジメご明察。皆さま、頭上をご覧ください。こちらにおりますは……」

 

 俺が指し示せば、全員が引きつった顔でそこにいるものを見上げる。

 

 一見妖精のような姿。しかしてその実態は全てを溶かし、無限に再生し続ける厄介な生物──巨大クリオネがいた。

 

「この迷宮、最後の試練でございます」

「あークソ、やけに簡単だと思ったら……」

「……しつこい」

「……でも来ると思ってた」

「あーもう、今回は楽だと思ったのに酷いですぅ!」

「うわっ、またあれと戦うの……?」

「先ほどよりも大きいぞ!?」

 

 口々に巨大クリオネに対して愚痴る面々。まあ、あいつクソ面倒だもんな。

 

「……シュー。あなたが言っていたのって、こういうことだったのね?」

「そそ。終わりだと思った?残念真打がいました!って寸法さ。ともあれ……」

 

 口で文句を言うのも一瞬のこと、すでに各々戦闘準備を始めている。

 

 隣でドンナー・シュラークを構えたハジメと頷き合い、ステッキをクリオネに向けた。

 

 

 

 

 

「最後の試練、さっさと終わらせてリベルたちのところへ帰ろうか」

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

長くなりすぎたため、オリジナルフォームのお披露目は次回へ。

コメントをいただけると嬉しいです。


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冒涜なる進化

どうも、熊です。遠隔授業面倒くさい

シュウジ「よっす、シュウジだ。前回は迷宮から脱出したな」

ハジメ「なんで二回も流されなきゃいけないんだよ……」

エボルト「様式美?」

ハジメ「いやな様式美だな!」

シュウジ「はっはっはっ。で、今回はクリオネ戦な。この作品始まって以降のレギュラーの初視点もあるぜ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる海底迷宮編!」」」


フィーラー SIDE

 

 

 

「最後の試練、さっさと終わらせてリベル達のところへ帰ろうか」

 

 

 

 背の上で、主人がそう宣言するのを聞く。

 

 確信に満ちた声。圧倒的な余裕のあるその一言で、主人の番と仲間たちの戦意が引き上げられるのを感じた。

 

 それは遍く魔の頂点たる力を持つ我を持ってして、この躯を震わせるほどの殺意すら感じさせる。

 

 少し、頭上にいる意思なき者に同情した。これより始まるは主人らの狩り、彼奴はただの障害物。

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 

 であれば、それに付き従うが我が使命。この身、主人の盾となり、矛とならんとしてなんとする。

 

 否、否。それでは足りぬ。主人らの手を煩わせるまでもない。このような者、我のみで噛み砕いてくれよう。

 

 背の鱗を脈動させ、内より小さき分体を解き放つと意思なき者へ差し向ける。

 

「「「「グァアアアア!!!」」」」

「ーーーー!!!」

 

 矮小とて我が分身、その気になれば並みの魔物など瞬く間に食い殺そう。

 

 だが小癪にも意思なき者はその無数の触手で分身を捉えると、動きを封じて溶かしおった。

 

 しかし、その隙を突くように〝ぎょらい〟なるものが意思なき者に命中し、その体を大きく削った。

 

 それだけではない。氷の氷柱が、主人の中に巣食う赤き者が刃となって意思なき者を貫き、動きを止める。

 

「いい足止めだ。フィーラーナイス」

 

 むう、主人らの手を煩わせてしまったか。小手調べにはいささか軽すぎたな。

 

 

 

「オオオォォォォオオオオオオ!!!!!」

 

 

 

 しかし、次はそうはいかぬ。主人の感謝に答えられること、この出来損ないの怪物(フィーラー)証明してみせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー最初に主人と出会ったのは、深く暗い寝床の底であった。

 

 

 我は、この世界をかき乱す者を喰らい殺すために作られた。

 

 我が最初の創造主、オスカーなる名を持つものは、我に〝自らに食らった者の力を付与する力〟を与えた。

 

 始まりは死肉を食らうただの鰐。しかし一つ、一つとまた食らう内、我はますます強き者になった。

 

 そして思考を獲得した時、我は最も強き魔となっていた。それはどうやら創造主達には都合が悪かったようだ。

 

 

 

 我は深く、暗き穴底に封じられた。

 

 

 

 我が背に乗せられた、我の完成品を守るという唯一の役目を仰せつかって。

 

 不満はなかった。言を理解し、理を知り、心を学べば、我は怪物であるとわかっていたからだ。

 

 誰も我を受け入れぬ。誰も我に笑いかけぬ。創造主らですら、役目を与え謝るのみで去った。

 

 であれば、我はそれを全うしよう。いつかこの背で眠る、本当に望まれた者の目覚めまで。

 

 そして、数千の時が過ぎた。我はじっと、我が背のものを迎えに来る者を待ち続けた。

 

 待って、待って、創造主らの顔すら忘れるほど悠久の時を経て、ようやくその時はやってきた。

 

 迎えが来たのだ。我が背のものは、ようやく自らの役割を得た。

 

 ウサギと、そう名付けられた背の者は、迎えに来た者達に受け入れられた。

 

 やっとだ。やっと眠れる。我が役目は終わった。これでこの世界が終わる時まで、心安らいでいられる。

 

 ああ……だが、少しだけ。悔しいのだ、我は。

 

 そう、悔しかった。世界を見ることもなく、誰かに笑いかけられることもなく、生まれた穴倉の中で死んでゆく。

 

 

 その時になってーーふと、恐れが浮かんだ。

 

 

 それまで感じたことのないもの、感じようはずもない感覚。

 

 寂寥感。孤独。苦しみ。そのようなものが駆け巡った。

 

 我も世界が見たい。思う存分空へ吠えたい。疲れ果てるまで大海原を泳ぎたい。

 

 誰かにーーよくやったと、そう言って欲しい。

 

 だから……誰でもいい、我が唯一の願いだ。

 

 

 

 

 

 我を、見つけてくれ。

 

 

 

 

 

「おろ、なんか下にいるな」

 

 わかっていた。そんな者は幻だ。夢だ。惨めな化け物が抱いた、叶わぬ願いだ。

 

「っしょっと……うわ、これものすごい広さだな。しかもなんかやべえの寝てる」

「敵か?」

「いや、とりあえず俺だけで降りるわ。ハジメ達はこの棺桶下の階に持ってって」

「わかった……この耳、まさかあいつじゃないよな……?」

 

 ああ、だからこそ嬉しかったのだ。

 

「よ、っと。ふぃ〜、改めて間近で見ると超でけえな。おい、お前生きてるか?」

 

 聞こえた声に、我は二十の目を全て見開く。

 

 その目で捉えたのはーー我と同じほどの、途轍もない化け物だった。

 

 なんだ、この怪物は。その上、体の中におぞましい何かが潜んでいる。

 

「……ん、ああこの知識か。へえ、ホムンクルスの情報はないのに裏情報はあるのね。女神様くれる情報偏ってない?」

 

 我には理解の及ばぬことを言いながら、その人間の形をした(ナニカ)は我の鼻先に触れた。

 

「強くなり過ぎた失敗作、か……はは、どっかで聞いたような話だな」

 

 

 

……お前は、なんだ?

 

 

 

 目でそう問うた。そうでなければ、長く住み着いたこの穴底から飛び出してしまいそうであったが故に。

 

 すると、そのナニカは寂しそうに笑い、それから我の鼻を軽く叩いた。初めての経験であった。

 

「お前さんと同じさ。本家の連中にしてみりゃ、暴走した人形なんて失敗作だろうしな」

「………?」

「……なあ、馬鹿でかい鰐さんよ。どうせだ、こんな狭っ苦しいところ出て俺たちと旅しないか?」

 

 この日、初めて我は驚きというものを知った。

 

 しかし、我は渇望していたのだろう。我を必要としてくれるものに。我に笑いかけてくれる誰かに。

 

 そして我は、この方のものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオォオオオオオオオオオオォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時から、我が思いは変わらぬ。

 

 主人は我に、多くを与えた。

 

 地を泳ぐ喜びも。

 

 空を仰ぎ見る安らぎも。

 

 久しく忘れ、忌避していた食らうことへの楽しささえも。

 

 この方のためであれば、我は神など容易く喰らい殺してみせよう。

 

 あの日、我を見つけてくれた恩を返すために。

 

「いい加減死ねや!」

「やっぱり厄介だねぇ!」

 

 幾たびかの攻撃、意思なき者へ主人らの攻撃が入り、意思なき者は散り散りな体を元へと戻す。

 

 ああ、自らが情けない。この身は強くありながら、しかし主人らの役には立てていないのだ。

 

 寄越せ、力を。我にこの方が頼れるほどの力を、誰か寄越せ。

 

「クルルルルル!」

 

 その時、我が周りを泳ぎ回っていた矮小なものが鳴いた。

 

 そちらに目の一つを向けると、矮小なものは特殊な思念を使い、我に自らの使い方を教えてくる。

 

 ……いいだろう。我がために作られたというのならば、その力存分に使わせてもらうぞ。

 

「クルルッ!」

 

 意思なき者を絡めとっていた触手の一つを使い、矮小なものを掴むと自らの額の鱗を開いて入れる。

 

 そして矮小なものが話が一部となった途端、我は自らの中に新たな力が生まれたことがわかった。

 

 

 

 

「オオォオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

 主人らを狙っていた、意思なき者へ咆哮する。

 

 意思なき者の意識がこちらに向いたところで、我は本来であれば空を駆けるための翼を広げた。

 

 

 

能力再生(スキルブースト):水魔法】

 

 

 

 矮小なるものの力ーー我が体に刻み込まれた数多の力、その一つを強く呼び起こす。

 

 翼を腕のように動かした。さすれば周囲の海水は我が意のままに動き、意思なき者を水の結界に閉じ込める。

 

 

 

能力再生(スキルブースト):虚無魔法】

 

 

 

 次に主人と同じ力を使い、口元へ身体中のエネルギーを貯めた。

 

 逃げようとする意思なき者、息を飲む主人たち。その前で、我は自らの力の源を限界まで振り絞る。

 

 しかと見よ。主人よ、その家族よ、そして意思なき者よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オォオオオオオオォオオオオオァアアアアッッッーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これがーー我が力だ。

 

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

シュウジ SIDE

 

 

 

 突然周囲の海水ごと操り始めたフィーラーが、なんかとんでもない光線を発射した。

 

 水中?何それ美味しいの?と言わんばかりで突き進んだ漆黒の柱は、逃げようともがく巨大クリオネに直撃する。

 

 おそらく海面まで突き進んだだろう光線は、フィーラーの全エネルギーを使っているのか見ていてゾッとする。

 

『ありゃあお前の〝抹消〟や、俺のブラックホールを生成する力と同じだな。触れただけでこの世から完全に消える』

 

 何それ怖い。

 

 俺も珍しくハジメたちと一緒にポカーンとしていると、少しずつ黒い光が消え始めた。

 

 そして完全に消えた時……そこにはもう、巨大クリオネのクの字も残ってないくらい何もない。

 

 それどころか、あまりの熱量に海の中に一直線に穴が開いて、海面が見えていた。

 

「………すげえって言葉しか出てこないの、俺だけか?」

「……ハジメ、今回ばかりはお前に全面的に賛成」

 

 互いの頬をペチペチするが、普通に痛い。ていうかハジメの方は義手だから痛い上に硬い。

 

「……多分これが、あの子の力。フィーラーの技能をオリジナルのレベルまで再生させて使えるようになる」

「ウサギさんや、それ先に言ってくれないかい?」

「……今フィーラーが言ってきた」

「あ、あはは、事後報告ってことで、いいのかなぁ……」

「……頭が痛くなってきたわ」

 

 引きつった顔で笑う白っちゃんと、眉間の辺りを揉んで唸る雫。

 

 なお、他のメンバーはまだ固まってる。あ、揺れまくったせいでシアさんの顔が青白くなってきた。

 

 いやー、まさかこんなところでフィーラーの強化イベントくるとは思わなかった。もはや魔改造だろこれ。

 

『これでいよいよ、()()()()に必要な戦力も整ってきたな』

 

シッ、それはもっと後まで秘密な。

 

『へいへい』

 

「とりあえずフィーラー、大勝利。お前が今日のM.V.P.だ」

 

 

 

オォオオオオオオォオオオオオ………

 

 

 

 嬉しそうに鳴くフィーラー。これで今後はさらに旅が楽になりそうだ。

 

 そんなことを思いつつ、この海域から移動するよう言おうとして……不意に敵意感知の魔法が反応した。

 

「後ろだ!」

 

 叫んだ時には、もう遅く。

 

 エネルギーを使い果たしていたのか、フィーラーは高速で脇腹に飛んできた触手達を避けられなかった。

 

 

 

オオオオオォオオオ!!?

 

 

 

 悲鳴をあげ、フィーラーの体が揺れる。

 

 当然上に乗っている俺たちも盛大にバランスを崩し、魔力が枯渇寸前だったユエなどは尻餅をつく。

 

 俺はなんとか踏みとどまったものの、安心する暇もなく触手が飛んできた方向を睨んだ。

 

 そこにはやはり。巨大クリオネの姿が。先ほどまで戦っていた奴よりかは小さいが、それでも十メートルはある。

 

「チッ、もしもの時のために分身を残してやがったか!」

「どうする、フィーラーはしばらく動けそうにねえぞ!」

 

 ハジメのいう通り、さっきの一撃に力を使い果たしたらしいフィーラーは動けそうにない。

 

 ……あのクリオネを倒すには、さっきのと同じレベルの攻撃を当てるのが一番手っ取り早いな。

 

 これまでの攻撃で火が効くっぽいのもわかってるが、あれを再生の暇なく倒せるほどの攻撃の用意には時間がかかる。

 

 遠距離攻撃、魔法が使える組は全員さっきまでの戦闘で消耗、シアさんはゲロってるし近接組では危険すぎる。

 

『ブラックホールでいくか?』

 

 いや、いい機会だ。〝あれ〟の性能テストをしとこう。

 

『……それは本気で言ってるんだろうな?』

 

 それまで平坦だったエボルトの声音が、さらに冷たいものへと変わった。

 

 この合理主義そのもののような冷徹宇宙人がわざわざ止めに入るほど、〝あれ〟の力は強力すぎる。

 

 力というよりは、危険なのは性質。その一点において、ブラックホールと同じほど極悪な性能を発揮できる。

 

 見つけたのは偶然だった。しかし文字通り()()()()()()()それに、あの一件以降封印した。

 

 あとでまた怒られても嫌だから、この辺りで使っておくべきだろう。

 

「ハジメ、二十秒稼げるか」

「……何するつもりだ?」

 

 俺の目を見てただならぬと判断したのか、ハジメは怪訝そうな顔で聞いてくる。

 

「あいつを確実に殺せるヤバいこと、さ」

 

 不敵に笑み、エボルドライバーを取り出して装着する。

 

『本当にやるんだな?』

 

ああ、まあ稼働時間には気をつけるさ。

 

「……よし、お前が倒せるっていうなら信じてやる。ユエ、ティオ、まだ行けるか?」

「ん、当然」

「かつかつじゃが、あと何回かは魔法を使えるぞ」

 

 頼もしい仲間に援護を任せ、俺は雫に向き直った。

 

 雫は案の定、またあの顔をしている。手は俺の袖に伸びており、それだけで何が言いたいのかわかった。

 

 その手を取って、なるべく安心できるように精神沈静化の魔法をかけて笑いかける。

 

「大丈夫。ちゃんと帰ってくるから」

「………約束よ」

「おうよ。俺は機体はいい意味で裏切るが、約束は守るぜ?」

 

 仕方がないわね、と笑った雫に頷き、俺はさっきからバシバシ触手の当たってるドームの外に目線を移す。

 

 結界を操作して一部に穴を開けると、自分の体の表面に風の魔法を使い、呼吸ができるようにして外へ出る。

 

 

 

 

 

さあ……最低最悪の実験を始めよう。

 

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

 外に出ると、執拗に俺たちを殺そうとしていた巨大クリオネは外へ出てきた俺に注目を向け、触手を放ってきた。

 

 鋭い敵意を全身で受け止めながら、俺は異空間から〝それ〟を取り出す。

 

 アサシンエボルボトル。エボルトの力で俺の遺伝子から作り出した、オリジナルのエボルボトル。

 

「……期待外れにはなるなよ、暴れ馬」

 

 震える指先を精神力で押さえつけ、アサシンエボルボトルを顔の横に掲げる。

 

 もう一方の手にライダーエボルボトルを握り、両方の蓋を指で開けるとドライバーに装填した。

 

 

アサシン! ライダーシステム! 》

 

 

 ドライバーは、無事にボトルを認識する。

 

 

 

《レボリューション!》

 

 

 

 

 そして、次の瞬間。

 

 ビキリと、全身がひび割れるような激痛に襲われた。

 

「ガァアアアァアッ!!!?????」

 

 絶叫し、限界まで目を見開く。

 

 オルクスで最初に〝抹消〟が発現した後、魂を削る激痛に耐えた夜。

 

 あの時によく似た、されど遙かに激しい痛みは俺の全身を這い回り、まるで体の内側から捻るように痛めつける。

 

 脳がひっくり返り、内臓が裏返って、筋肉が無理やり引きちぎられ、骨をバラバラに握り潰されたかのような感覚。

 

 その中でいやに大きく自分の心臓の音が聞こえ、やがてそれさえも全身を這い回る何かに侵食される。

 

 思わずその場で膝をつくと、これ幸いと襲ってきた触手を、後ろからの援護攻撃が跳ね返した。

 

「「「「シュウジ!」」」」

「シュー!」

「シューくん!」

「シュウジさんっ!?」

 

 ……仲間の声が遠い。力に、痛みに頭を支配されそうになる。

 

『シュウジ!今からでもいい、ブラックホールに切り替えろ!』

「どうせっ、そのうち乗り越える、ことだっ……!」

 

 いずれランダと、本物の俺の友と戦うのならば……!

 

 

 

 

 

 耐えて、耐えて、耐える。

 

 

 

 

 

二十秒、十五秒、十秒。

 

 時間が経っていくうちに、少しずつ違和感は消え、痛みは引いていく。

 

 そして、ハジメたちに宣言した二十秒が経った時。

 

 それまでの苦痛が嘘のように、その何かはあっさりと俺の中に馴染んだ。

 

 自分の手を見ると、〝抹消〟の痣が全身に浮かんでいる。紫色の血管のようなものがとても不気味だ。

 

「……ふぅ」

 

 気分を落ち着けるために、息を吐く。

 

 それから風のように凪いだ心で開眼すると、立ち上がって巨大クリオネを睨んだ。

 

 右手でレバーを握り、回してエボルボトルの成分を引き出す。荘厳な音楽に不快な笑い声が混ざっていた。

 

 聞いているだけで気が狂いそうな音とともに伸びたチューブは、ねじれ曲がって檻のごとく俺を包み込む。

 

 レバーから手を離して両手を胸で交差させれば、身体中に枷のように黄金の円環が現れた。

 

 

  

 《ARE YOU READY?》

 

 

 

 最終宣告に、俺は不適に笑い。

 

「ーー変身」

 

 ゆっくりと、檻をかき分けるように腕を開いた。

 

 

 

《アサシン!アサシン!エボルアサシン!ブラスフェマスエボリューション!》

 

 

 

 冒涜、そう呼ばれるにふさわしく檻は激しく俺の体を包み込み、そして円環はそれを縛り付けるように一体化する。

 

 

 

《フッハッハッハッハッ!》

 

 

 

 視界が開け、笑い声が響く。

 

 紫色に染まった目に映るそこには煌びやかな、手甲に包まれた自分の両手。

 

 その手をよく見て、自分を見下ろせば、俺は全く未知のエボルへと進化していたのだった。

 

「ーーネオフェーズ1。成功だ」

 

 エボルアサシン。本来のエボルには存在しない力。

 

 そして……〝抹消〟の力を取り込んだ、俺にしか使えない力。

 

 今この瞬間、俺はそれを手に入れた。

 

「ーーーーーーッ!」

 

 命の危機を感じたか、巨大クリオネが無数の触手で圧殺せんとしてくる。

 

 俺はそれを、片手を掲げ小型のブラックホールを生成して防いだ。

 

 力の基盤となる〝抹消〟と相性が良い能力を特化させるエボルアサシンフォームは、触手を全て喰らい尽くす。

 

「ーーーー!?」

「痛いか?だったら覚えておけ……」

 

 ブラックホールの引力を増幅させ、逃げようとする巨大クリオネをこちらへと引き寄せる。

 

 慌てて触手を切り離そうともがく巨大クリオネを〝念動力〟で押さえ込み、じわじわと虚無の穴へと誘った。

 

 そして、俺と巨大クリオネの距離がわずか三メートルまで近づいた時。

 

 

 

《Ready Go!》

 

 

 

「ーーそれがお前の味わう、最後の感覚だ」

 

 密かに回していたレバーを手放し、漲る力に身を任せて飛び上がる。

 

 向かう先は、俺自身が生み出したブラックホール。

 

 それは俺が近づくにつれ圧縮されていき、そして空中で一回転した突き出した右足に黒点となって収束した。

 

 そしてブラックホールから飛び出した無数の紫色のチューブに絡めとられた、巨大クリオネに対して……

 

 

《Evoltich Finish! Ciao〜♪》

 

 

「ハァッ!!!!」

 

 俺は、絶死の一撃を叩き込んだ。

 

 その一撃は、無限の再生力を持つクリオネの概念そのものを消し飛ばし、逃れようとする肉体の断片を尽く黒点の中に飲み込んでーー

 

 パン、という乾いた音とともに弾け飛んだのだった。




読んでいただき、ありがとうございます。


【挿絵表示】


これがエボルアサシンのイメージです。モロなのでわかるでしょうが、アスリスタシリーズ参考ですね。

コメントをいただけると嬉しいです。


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新たなる力の代償は

どうも、作者です

シュウジ「シュウジだ。作者も大学の授業が遠隔で始まって、ちゃんと規定日時に更新できるか少し不安になってきたぜ」

エボルト「一度崩れると余裕でサボるからなあいつ。で、前回は新しいフォームが出たな。またおかしな姿だこと」

シュウジ「作者の趣味だからね、仕方ないね」

エボルト「で、今回はそれに関する話だ。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる海底迷宮編!」」


 

 目の前で、巨大クリオネが形を失っていく。

 

 

 

 蹴りを入れた箇所から黒く変色していき、少しずつ海水へ溶けていくように消えていった。

 

 僅かに残り、揺蕩う断片から奴が再生する気配はない。当然だ、奴という概念そのものを()()()のだから。

 

「中々いい性能だ……っ!?」

 

 だが、余裕を保てていたのはそこまで。

 

 突如全身のアーマーに火花が走り、変身前のものに近い激痛が全身を駆け巡る。

 

 その発生源であるドライバーを握った瞬間、変身が解除された。

 

「ぐっ……ごぽっ……」

 

 目を見開いた瞬間、胸の部分の痛みがせり上がってきて、水中で血を吐く。

 

 その拍子に痛みと苦しさで、風の結界を維持していた魔力が霧散してしまった。

 

 普段ならなんてことない事態。だが痛みで体をうまく動かせず、技能も使うことができない。

 

 呼吸ができず、水中でもがき苦しむ。脳に酸素が回っていないのだろう、視界もかすみ始めた。

 

 ああ、このままだと溺れ死ぬな。どこか冷静にそう判断した。

 

『チッ、やっぱりこうなったか!』

 

 朧気な視界の中で、赤いものが俺の体から分離する。

 

 それは俺の体を包み込み、周りの空間から隔離されたことで呼吸のできる環境を作り出してくれた。

 

 どうにか空気を吸い、代わりに喉の中に詰まった血混じりの水を吐き出す。

 

「ゲホッゲホッ!」

『生きてるか?』

「な、なんとか……助かったエボルト……あーマジキツかった。あと少しでゲームオーバーだったわ」

『ったく、だから言ったんだよ。俺がいなかったら間抜けな死に様晒してたぞ』 

「これ、絶対説教されるよなぁ」

『それだけで済めばいいがな』

 

 今この瞬間だけは、麻痺したような体と一緒に首も動かないことに感謝した。

 

 後頭部にビシバシ当たる視線が、振り返ったらやばいことになるのをヒシヒシと実感させる。

 

「しかし……予想以上の性能だった。まさか技一発でこんなに反動が出るとは」

『だから言ったろ、そいつだけはヤバいってな。切り札も全部切った上で、どうしようもない時の隠し玉くらいが丁度いいだろうよ』

「珍しくお前の言う通り……ま、時と場合によっちゃ切らざるを得ないこともあるだろうがな」

 

 おいおい、と呆れるエボルトの声を聞きながら、ちらりと手の中に握ったエボルボトルを見る。

 

 カインが残していった厄介な置き土産。この分だと、ある程度は有効活用できそうなものだが……

 

「で、()()()()()()()()?」

『そうだな……これだと()()()()()か』

「はは……リスクがでかいこって」

 

 感傷に浸るのもそこそこに、ようやく正常な流れに戻ってきた魔力を使って敵意感知の魔法を展開。

 

 結果は……反応なし。どうやら重ねて心配する必要もなく、あいつは消しとんだようだ。

 

「さーて、これどうやってフィーラーの背中まで戻るかなー……」

『言っとくが、そう長くはこの状態じゃいられないぜ?』

「わーってるよ。打開策を考えなきゃなぁ……」

 

 魔法は使えるものの、肉体自体が動かんのでどうにもならない。

 

 ダメージから復帰したフィーラーが触手で捕まえてくれるのを待つか、それともハジメたちの救助を待つか……

 

 

 〝よう兄ちゃん、困ってそうだな。おっちゃんが助けてやろうか?〟

 

 

「ん?」

 

 頭の中に聞いたことのない〝念話〟の声が響き、その魔力の発生源に顔を向ける。

 

 するとそこには……なんかおっさんの顔に魚のボディが張り付いたUMAがいた。

 

「……ん、え、はい?」

『おい、顔が宇宙猫になってるぞ』

 

 え、そんなのもいんのこの世界?ちょっと体動いたら予想外すぎて爆笑で腹筋死にそうなんだけど。

 

 〝なんだ、そんなに不思議か?この世界には自分の知らないことなんてごまんとあるもんだぜ〟

「なにこの人面魚、なんかイケメンなこと言ってる」

 

 ……あ、今思い出した。そういやハジメとシアさんがフューレンの水族館で人面魚に会ったとか言ってたな。

 

 諸事情があって助けたとか言ってたけど、もしかしてこのおっちゃん人面魚のことだろうか。

 

 そこんとこ聞いてみると、おっちゃん人面魚……リーさんというらしい……はハジメのマブダチだった。

 

 〝なるほどな。あんたはハー坊の親友か。悪食を一人で倒すたあ、大した男だぜ〟

「いやーそれほどでも」

 

 ちなみに悪食ってのはあの巨大クリオネのことな。なんか昔から海に巣食ってる魔物だったらしい。

 

 海の魔物の祖先とか言われてるらしいけど、まあそう不思議なことには思えない。

 

 なにせ、こっちの世界の地球の人間も元は微生物から進化したわけだしな。あれから他の魔物に進化するのはありえる。

 

「あ、それで助けてくれるんですかね?今マジで動けないんで、そうしてくれると非常に助かるんですが」

 〝おう、ハー坊のダチってんなら俺の友達だ。それに悪食を倒してくれたんだ、そのくらいお安い御用さ〟

 

 リーさんがそう言った途端、突然周りの海水の向こうから銀色の大群が集まってきた。

 

 魔物かと魔力感知の魔法を使うが、全く反応せず。と言うか近くまで来他のでよく見たらただの魚だった。

 

 何百、何千と集まった魚たちはエボルトのオーラに包まれた俺の体を包み込み、ドームの方まで連れて行ってくれる。

 

『出荷よー』

 

 ドナドナドーナードーナーってか。

 

「へえ、こいつはリーさんの力か?」

 〝ああ、俺たちの種族が使う念話には普通の海の生き物をある程度操れる能力があるんだ〟

「ヒュウ、優秀な能力だねぇ」

 

 魚群に運ばれ、ドームの上に降ろしてもらうと魔力を操作して穴を開ける。

 

 当然、ドーム内には水の抵抗がないので、重力に任せて自由落下するが……何人かの腕で受け止められる。

 

 顔を上げると、俺を覗き込む四つの顔。雫、ハジメ、ウサギ、シアさんである。

 

「おかえり、シュー」

「……おう、ただいま雫」

「よぉくやったなシュウジ。大金星だぞ」

「……ソウデスネ」

「ん、これはたくさん褒めてあげないと」

「そうですねぇ、たっぷりお話しましょうね?シュウジさん?」

「…………は、ハハハハハ」

「「「「ははははは」」」」

 

 ……うん、怖い。

 

『目が全然笑ってねえぞこいつら。まあ自業自得だけど』

 

 言うなよ……

 

「リーさん、ありがとな。おかげで助かった」

「この馬鹿が苦労かけたな」

 〝おう、達者でなハー坊、それにシュー坊も。兎の嬢ちゃん、ライバルはわんさかいるが頑張れよ。子供ができたら、うちの子供と遊ばせよう。そん時にはカミさんも紹介するぜ〟

 

 ふっとニヒルな笑みを浮かべ、リーさんは魚群とともに去っていった。ていうかあの人(?)家族いたんかい。

 

「……さて」

 

 一瞬前までの様子は何処へやら、ハジメの至極冷たい声にビックゥと跳ね上がる。

 

 恐る恐る目線をドームの外から上に戻すと、そこにはエボルトも真っ青な真っ黒い目をした四人がいた。

 

 いや訂正、その周りにいるメンバーも同じ顔してる。ユエさんその氷柱何に使うの?白っちゃんはなんで杖を磨いてるのかな?

 

「説明してもらおうか。あれが一体なんなのか」

「……あの、今体動かないんで一旦休憩挟んでからじゃダメっすかね?」

「ちょうどいいじゃねえか。この際だ、全部洗いざらい吐くまでこのまま聞いてやるよ」

「いやあの、ちょっと一旦腰を落ち着けてですね……」

「「「「シュウジ(シュー、シュウジさん?)」」」」

「はい、全てお話しさせていただきますのでお願いですからその目で見ないでください怖いから」

 

『これが数週間前までカッコつけて、何もかもひた隠しにしてたやつの末路である』

 

 変なナレーションつけんな。

 

 とりあえずこの体制をずっと維持するのはハジメたちもキツいということで、一度降ろしてもらう。

 

 それからコテージを異空間から引っ張り出し、中へ移動してから居間で事情聴取が行われることになった。

 

 なお、俺が戦っている間にフィーラーはある程度エネルギーが回復したようで、既にエリセンに向かって泳ぎだしている。

 

「で?今度は何を使った」

 

 腕を組んで仁王立ちしているハジメの前で、コの字型のソファの中心で縮こまっている一人の男。

 

 はい、俺です。ついでに裁判官よろしくソファに並んで座っている女性陣の目がエグい切れ味を発揮してます。

 

「本当のことだけを話せ。一切の遠慮も、誤魔化しもいらん。もししたらエリセンまで投げ飛ばす」

「マジでできそうだから怖いんだよなー……」

「なんか言ったか?」

「いえなんでもございません……はぁ、わかったよ。どっちにしろこの展開は見えてたからな」

 

 最初から責められるのを覚悟で使ったんだ、もう誹りを受ける覚悟はできてる。

 

 ポケットの中から、アサシンエボルボトルを取り出す。それを見て、既に知ってるメンバーは首を傾げた。

 

 ちなみに知らないのは雫や白っちゃん。まあアクロノギア戦でしか使ったことなかったしね。

 

「それ、お前のボトルじゃねえか」

「そ、俺の体から作り出したエボルボトル。解析しても色々と謎だから、これまではあんまし使わなかったんだけどな……あの一件の後、もう一度調べたら変身に使えるようになってた」

 

 その瞬間、今の空気が張り詰める。全員の顔は強張り、特にハジメの視線は鷹のように鋭くなった。

 

 俺自身あんまり思い出したくもない思い出ではあるが、話の関係上持ち出さなきゃいけないんだよなー。

 

「スペック自体はブラックホールの約六割。能力は毒と虚無魔法の能力向上に特化してる。何より……」

「何より……?」

「これには、〝抹消〟の力が宿っている。いや、直結しているといってもいい」

「「「「「「っ!!!」」」」」」

 

 絵に描いたようなリアクションをしなさる女性陣。あらまあという吹き出しがついていそうだ。

 

 一方、観察眼の鋭いハジメはさっきの戦闘である程度予想がついてたんだろう。深い深いため息を吐いた。

 

「また物騒なもん出しやがって……で、しかもお前がろくに動けなくなるほど反動のやばいもんなんだな?」

「ところがどっこい、それだけじゃあないんだ」

「どういうことだ?」

 

 ……これ、いったら絶対ぶん殴られるよなぁ。

 

『だろうな。つーか殴られろよ。俺が何のためにこいつらにカインのこと説明して止める気にさせたと思ってんの?』

 

 エボルトさん、あんたまで敵に回ったら俺孤立無援なんですけど。

 

「こいつを使うと……あー、何だ」

「もったいぶらずにさっさと言え。もう並大抵のことじゃあ驚かない自信がある」

「寿命が削れる」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………もういっぺん言ってみろ」

 

 長い沈黙の後、無音の居間にハジメの何かを堪えているような声が響く。

 

「だからですね。これを長時間使用すると、魂と融合してる〝抹消〟の力が俺の寿命を吸いとるわけなんですよ、はい」

「──────」

 

 どっしーんという音とともに、雫が顔面から床に敷かれた毛皮の上にぶっ倒れた。

 

「雫ちゃん!?」

「きゅ、急患ですぅ!ティオさん手を貸してください!」

「……はっ!?わ、わかったのじゃ。あんまりにも阿呆なことを聞いて、意識が飛んでおった……」

 

 三人掛かりで雫が二階の寝室に運び込まれていき、残るはハジメとユエ、ウサギの三人。

 

 やけに肌寒いのは、人が減って人口密度が下がったからだろう。きっとそうだと信じたい。

 

『いやお前、目の前の阿修羅どもをみてよくそんな現実逃避ができるな?』

 

 ………………わかってて言ったんだからほっといてくれ。

 

「シュウジ」

「はひっ」

 

 やべ、変な声漏れた。

 

 でも仕方ないよね、プレデターも真っ青な悪鬼羅刹のスタンドを背負ってる仲間たちの前だもの。

 

 もうね、生まれて初めてちびりそう。いますが服を全部脱ぎ捨てて土下座しちゃいそうな勢いで本当に怖い。

 

「俺は、お前に感謝してる。元の世界でも、この世界に来てからも、沢山助けられた。だから死なない程度の無茶無謀は目を瞑る」

「あ、ありがとう?」

「その上で、だ……俺の言いたいこと、わかるよな?」

「つ、つまり……」

 

 ニッッッゴリと、そんな擬音がついていそうな笑顔で顔を近づけてくるハジメ。

 

 これまでのどんな時よりも威圧感を孕んだその顔は、拳を鳴らしてるウサギとミニ雷龍を作ってるユエもいて三倍増しになってる。

 

「没収だ。今すぐ俺にそれを渡せ、この場でぶっ壊してやる」

「い、いやちょっと待ってくれ!これは必要なんだよ!」

 

 座ったまま後ろへ後ずさり、慌ててドンナーを握りしめたハジメに弁明する。

 

「お前らも知ってるだろ!?グリューエンで現れたランダと紅煉ってやつ!あいつらはエヒトの召喚した眷属だ!対抗するにはこれを使うのが一番勝率が高い!」

「ほう、そうかそうか。じゃあ渡せ」

「そ、それにだ!今後の迷宮攻略でも他の眷属が現れるかもしれないし、ある伝手によると王都にもヤバいのが潜んでる可能性がある!」

「それは大変だな。じゃあ渡せ」

「こいつならエヒトも確実に殺せる!俺の寿命が何年か縮むだけで済むんだ、そう悪い取引じゃあない!」

 

 弁を並び立てる俺に、ハジメはまたため息を吐き。

 

「シュウジ」

 

 ゴリッ、と額にドンナーの銃口が押し付けられる。

 

 気がつけば後ろには壁があり、すでにこの場に逃げ場がないことを遅れながらに理解した。

 

 しかも後ろには、同じスタンドを背負ったお二方がいつでも俺をどうにかできるように準備済みだった。

 

「一回どタマぶち抜かれなきゃ、わからねえか?」

 

 ……この瞬間、俺はこれまでハジメに脅されていた皆さまの気持ちを心の底から理解した。

 

『ふっはっはっはっはっ!こいつは傑作だ!』

 

 内海さんが裏切った時と同じくらい爆笑してるんじゃねえよ!

 

「お前の寿命が縮むだけ?いい加減ふざけたことばっかぬかしてると殺すぞ。こっちも我慢の限度ってもんがあるんだ」

「そ、そうですね。その節は本当にご迷惑をおかけしておりまする」

「なあシュウジ。これ以上……俺たちに、お前を失わせないでくれ」

 

 そこで途端に、ハジメは銃口を押し付ける力を緩め、珍しく泣きそうな顔で言ってくる。

 

 それは昔、ハジメに絡んできたヤクザどもの事務所に踏み込んだ時に浮かべた表情と似ていて。

 

 それはまた、ユエたちも同じだった。いつの間にか、階段の中程から顔を覗かせている他の三人も一緒だ。

 

「……わかった。これはもう使わない」

「そうか。なら……」

「だが、渡すことはできない」

 

 ハジメ、再びのスタンド。今度はプラスアルファで五人分。

 

「お前、この期に及んで!」

「ハジメ、わかってくれ。これは保険なんだ。あいつらは強い。それこそ全員でかかっても倒せるか怪しいくらいに」

 

 カインの経験が言っている、ランダも、あの獣野郎も、決して一筋縄でいく相手ではないと。

 

「約束する。俺自身や、お前らにどうしようも無い命の危機が迫らない限り、俺はこれを封印する。だから譲歩してくれ」

「…………本当に、使わないんだな?」

「ハジメ!」

 

 叫ぶユエの声を無視して、ハジメは俺の目をまっすぐに見てきた。

 

 それに俺なりの誠意を持って見返すと……ふっ、と笑ってドンナーを下ろす。

 

「わかった。男と男の約束だ」

「おう。俺も早死にはしたくないからな」

 

 手を貸してもらって立ち上がり、振り返るハジメと一緒にユエたちに振り返る。

 

 ユエたちはまだ心配そうな表情を顔に浮かべていた。あー、俺って本当に大切に思われてるんだなぁ。

 

『もっと別の場面でその感想思い浮かべろよ……』

 

 俺もそうしたかったよ。

 

「ハジメ……」

「……本当に、いいの?」

「ああ、昔からこの目をしている時のこいつは信じてるんだ。もし反故にすれば……」

 

 わかっているな?と睨んでくるハジメに頷き、俺はユエたちに向き直る。

 

「そういうことだから、頼む。俺だってお前らが好きだし、家族だと思ってる。だからなるべく長く一緒にいたい」

「……むぅ」

「普段はそんなこと、あんまり言わないくせに」

 

 そりゃズルと煽りが俺の専売特許ですから。

 

『人として最悪だな』

 

 お前ほんと辛辣だな。

 

「雫と家族にもなりたいし、ルイネのことだってまだ解決してない。だから俺がこれを使わないよう、協力してほしい。この通りだ」

 

 深く、腰は九十度で頭を下げる。

 

 そのまましばらく待っていると、ため息と一緒に視界の端で震えてた桃色の魔力と雷龍が消えた。

 

「……わかった。協力する」

「次無断で使ったら、ケツバット」

「肝に命じとくわ」

 

 仕方がないと言わんばかりの顔をする二人に笑っていると、階段にいた三人もドタドタと慌ただしく降りてくる。

 

 それからお三方にもお小言をもらい、とりあえず本当の本当に、もうこれしかないって時以外使わないことにした。

 

 元からそこまで言う気だったから、まあ結論は最初から変わってないんだけどネ。

 

『とりあえずドライバーが認識しないよう、ボトルの成分を非活性化させとくわ』

 

 頼む。

 

「ああ、そういえばシュウジ」

「ん、なんじゃらほい」

「……八重樫、後でフォローしとけよ」

「あっ」

 

 それから数時間後、目覚めた雫に一晩中説教されましたとさ☆

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。
次回、ルイネに関する重要な回。

コメントをいただけると嬉しいです。


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決別

どうも、作者です。最近暑いですね。

シュウジ「うす、シュウジだ。もう静の説教はこりごりだぜ」

エボルト「うわやつれた顔。どんだけ叱られたんだよ」

シュウジ「ふひひ……もう正座は勘弁」

ハジメ「自業自得だな。さて、今回は予告していた通りルイネの話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる王都襲撃編!」」」


 

「あ"──……」

 

 エリセンの街の桟橋で、頭を抱えて何事かうめいている男がいた。

 

 はい、俺です。とあることで現在進行形でガチめに悩んでおります。

 

『帰ってきてから一週間、ずっとそんなだな』

 

 あー、もうそんな経ってたかぁ。メルジーネを攻略したのは昨日みたいな感覚だったぜ。

 

『そりゃ、一日中頭抱えてりゃあっという間だろうよ』

 

 いやほんと、家のスペースにゆとりがあるとはいえ、居候させてくれてるレミアさんには感謝だな。

 

 無論生活費そのものは俺とハジメから出させてもらってるし、家事も手伝ってるが、厚意は非常にありがたい。

 

 おかげで俺たちがメルジーネに行ってる間も、ルイネやリベルたちを……

 

「あ"あ"あ"あ"あ"………………」

 

 セルフヘッドロック、再び。

 

『自滅してたら意味ないだろうが。いい加減打開策を考えろ……ルイネとの仲をどう修復するかをな』

 

 ……へいへい、わかってますよ。

 

 居候生活ももう一週間、その間ハジメたちの神代魔法の練習やら装備品の充実やら、観光やらを理由に逃げ続けてる。

 

 もはやルイネとは絶縁状態に等しい。顔を合わせるたびに気まずい空気が漂い、口すらきけてない。

 

 あいつを本当に好きだったカインは女神に回収され、残ったのは記憶だけ引き継いだガワの俺だけ。

 

「いやもうどないせいっちゅーねん……」

「なーに一丁前に悩んでんのよ」

 

 自問自答状態に陥っていると、隣に誰かが座る気配がした。

 

 横を向けば、そこにいるのは我らが恐ろしき幼馴染、ハジメの最初の彼女である美空がいる。

 

 フリルのついた純白の水着を着ており、実はさっきから桟橋のあっち側にいるハジメ達と戯れてた。

 

「おう、ハジメたちはいいのか?」

「うん、まあね。ちょっと心配事はあるけど……」

 

 心配事? と首をかしげると、美空は顎でハジメたちの方を指す。

 

 そちらに視線を向けると……ハジメの股間の位置から顔を出してるレミアさんとユエたちが目線でバトってた。

 

「あー、いよいよ本格参戦してきたかー。怪しいとは思ってたけどなあ」

「ったく、本当人の気も知らないで綺麗な女の人ばっかり引っ掛けて……あとで刻む」

「お手柔らかにな。あいつもほら、一応線引きしてるしさ……いつまでもつかわからんけど」

「そこは肯定しろし……はぁ。でもそのうち受け入れるんだろうなぁ。ハジメ、なんだかんだで優しいところは変わってないから」

「だな。シアさんとかもう時間の問題だし」

 

 ジトッとした目で睨んでくる美空。別に俺はティオじゃないのでそんな目線を向けられてもご褒美じゃないです。

 

『代名詞にしてやるなよ……』

 

 でもまあ、普通に考えてナイーブにもなるよなあ。

 

 全然別の世界に連れてこられたかと思ったら恋人が死にかけて、人が変わったと思えばハーレム作ってるし。

 

 美空は美空で白っちゃんと百合百合してるが、そこの根本的なところは多分、ハジメがいなかった寂しさからだろう。

 

 冷静に考えると奇妙極まりないハジメの女性関係だが、それでもヒステリックにならないあたり美空は強い。

 

『流石は俺の娘だ』

 

 いやお前じゃなくて惣一さんだけどな。

 

「愚痴ならいつでも聞くぜ? ついでに悪戯の相談もな」

「……むしろ誰かに相談したいのは、あんたの方じゃないの?」

「……やっぱ側からでもそう見える?」

「最初にそう言ったじゃん」

「そうでしたね」

 

 美空から見ても俺はダメダメだったらしい。ハジメとか、定期的に「最近気になることあるか?」って聞いてくるしな。

 

 あと大食らいのウサギがさりげなくおかず一品分けてくれるのが涙腺にくる。優しさが身に染みるぜ。

 

「ルイネさんのこと。どーすんの」

「……どうするかなぁ。全然解決策が見つからないんだ、これが」

 

 最近じゃあルイネの苦しそうな顔しか見ていない。俺という存在自体が彼女のことを苦しめてるのだろう。

 

 彼女にとって今の俺は、カインを引っ張り出すための道具。それも既に使い捨てられたものでしかない。

 

 いっそこう思っているかもしれない。俺の方が消えて、カインの残留思念が残っていたら……と。

 

『そいつはお前の思い込みだ。ルイネのことを意識しすぎて自分を卑下し始めてるぞ』

 

 ……わーってるよ。これは単なる悪い冗談だ。

 

「シュウジはルイネさんと、どうなりたいの?」

「それ、同じ質問をハジメにもされたわ」

 

 意を決して昨晩相談したところ、「お前自身がどう進みたいかだ」と言われた。

 

 それを聞いて、俺は……

 

「考えてみると、それすらよくわかってない」

「よくわかってないって……」

 

 呆れた顔をする美空。俺自身情けない限りだが、本当にわからないのだ。

 

「これまではさ、ルイネが俺を信じてくれるのがわかってた。信頼も、愛情も感じられた。でも今はまったくわからない」

「それは……まあ、ああいう態度だし仕方がないんじゃない?」

「いや、そうじゃないんだよ。原因はわかってる……俺が俺だからだ」

「シュウジが、シュウジだから?」

 

 意味を図りかねている顔の美空に頷き、説明をする。

 

「お前たちは、俺が俺として生きていくことを受け入れてくれたよな。それはなんでだ?」

「なんでって……それが普通でしょ? カインさんの代わりじゃなくて、今のシュウジの人生を生きたいって言ったから、私達はそれを応援しただけだし」

「そう、それが普通だ。本当にありがたいよ……でもな、ルイネだけはそうじゃないんだ」

 

 ハジメと美空は、十七年の間俺と一緒に生きてきた。

 

 雫はカインに関係なく、どうやら俺の中にあるらしい優しさに惹かれ、こうして側にいてくれる。

 

 ユエも、ウサギも、シアさんも、白っちゃんも、多分ティオも同じだ。エボルトはそもそも俺を作った半分だし。

 

『まあ、俺はあいつの思い通りにいかないよう、カインと程遠い人格を作ろうとしていただけだがな』

 

 おかげで俺という自己を獲得できたんだ、今じゃあありがたいね。

 

 そんな俺の大切な仲間。家族と言ってもいい皆の中で……ルイネは、少しだけ違うのだ。

 

「美空は、そもそもルイネの出自を知ってるか?」

「聞いたことはないけど……」

「じゃあ、ちょうどいい機会だ。ちょっくら話すとしよう」

 

 そうして俺は、カインの記憶に残ったルイネの生い立ちを美空に話した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「あいつはな、龍の王族の血を受け継いだ竜人だったんだ」

「それってティオさんみたいな?」

「ああ。だが正式な子供ではない、いわゆる平民と王子の一夜の思い出ってやつでな。どこにでもいる普通の女として育ち、ある日突然王として祭り上げられたんだ」

 

 ルイネ以外の後継者が不幸にも流行病で全員死に絶え、奇しくも単なる町娘だったルイネが王となった。

 

 彼女は生来の責任感の強さ、王の素質ともいうべき意思の強さで国をまとめあげた。

 

 誰もが若き名君と彼女を称えた。先王の生き写しの如く、正しくその才を受け継いだ王たる女だと。

 

 

 

 が、それじゃあ面白くない奴らがいた。

 

 

 

 いわゆる腹黒い連中。王族に成り代り、自分たちが竜人族の支配者として君臨しようと企んだ者たち。

 

 そいつらに裏切られ、国を乗っ取られ、自分の無力を痛感したルイネは追手に怯えながら助けの手を探した。

 

『まあ、他の後継者を病に見せかけて毒殺したのもそいつらってんだから、救いようがないほどに滑稽だがな』

 

 まったくだ。

 

「で、ルイネはカインに出会った。そして力をつけ、裏切り者たちを粛清し、ついに国と圧政に苦しむ民を取り戻したのさ」

「またスケールが大きな話だね。こっちにきてからそんな話ばっか聞いてるし」

「そりゃあ異世界だからな、って一言で片付けるのも難しいか……つまりルイネにとってカインは、師匠以上に孤独な自分を救い上げてくれた相手でもあるんだよ」

 

 誰も手を差し伸べてくれず、自分が苦しんでいるのを見て見ぬ振りをする。

 

 そんな中で自分の道を切り拓いてくれた男。力ある者に惹かれ、義に厚い竜人族の女が惚れないはずがない。

 

『こっちの竜人族と似たような生態でびっくりしたぜ』

 

 案外他の世界でもそうかもな。

 

「十年だ。ルイネはカインに救われ、想いを伝え続け、ついぞ応えられることがなかった。だから追いかけたのに、家族に騙された挙句、残ったのはガワ(これ)だ。受け入れられるはずがない」

 

 美空たちにはもう、雫に話したことを共有してある。その上で相談に乗ってもらった。

 

「ルイネさんからしたら、好きな人の記憶を持った別人が、目の前にいるようなものってことか」

「そゆこと。ルイネが心を開き、信頼を寄せるのはあくまでカイン。俺はお呼びじゃないのさ」

 

 信じていた姉妹に利用され、残り物を押し付けられ、おまけにたかが器を作るために世界ごと国も民も滅んだ。

 

 憎いだろう。気持ち悪いだろう。唾棄すべき現実だろう。

 

 裏切られて力を求めたルイネにとって、家族の不義の集大成が目の前にいることは、殺したくなってもおかしくないほどの屈辱だ。

 

「でも、ルイネは強い。それは(カイン)がよく知ってる。だからこそ俺を認められないんだ」

 

 そんな相手にどう接すればいいのかなんて、つい最近自分を見つけたばかりの俺にはわかるはずがない。

 

 カインにはルイネを頼むと言われた。俺の中には、カインから受け継いだもの以外の気持ちがあるはずだとも。

 

 でも俺は、ルイネが求めたカインの代わりにはなれない。そういう風に考えると酷く胸が痛むのだ。

 

 きっとこれは、申し訳なさからくる痛みなんだろうなぁ。

 

『……………………はぁ。これだから人間は』

 

 なんだよエボルト、なんか文句あるのか? 

 

『いや、別に』

 

「……たとえそうだとしてもさ。これまでの時間が消えるわけじゃないでしょ?」

「そこは天秤の秤の問題さ。十年の思い出と半年の旅の記憶、どっちが重いかなんてわかりきってるだろ?」

「それは、そうだけど……」

「……っていうのも、結局は言い訳さ。俺は怖いんだよ、ルイネに憎しみのこもった目で見られるのが」

「ちょ、最後に台無しにすんなし……」

 

 どれだけ理由を並べ立てようが、ようは向き合うことから逃げてるだけだ。

 

 俺は強くない。教える資格を持たない。諭すだけの経験がない。真正面からぶつかる為の勇気がない。

 

「ああクソ、生きるのって難しいなぁ……」

 

 信じるものがないというのは、こんなにも心細いものだったのか。

 

 それでも突き進んでいけるハジメたちが本当に羨ましい。

 

「……はぁ。ったく、ほんとーに面倒くさい幼馴染みだなぁ」

「うわひっでぇ、普通に心にくるわ」

「でもわかるよ。恐怖って、振り払うのがすごく難しいから。いきなり相手が変わったら怯えるし、どうすればいいのかわかんなくなる」

「だからこそ、現状維持を望んでるんだ。情けないよなー」

 

 足がすくんで動かないとは、まさにこのことだろう。

 

「とりあえず、さ。一回話してみなよ。そうしないと何も変わらないよ?」

「……ああ、それもわかってる」

 

 俺の気持ちはともかく、現実的な問題としていつまでも厄介になってるわけにもいかない。

 

 昨日の相談の時に聞くと、ハジメはこれまでミュウちゃんの無言の訴えに負けて先延ばしにしていた出立を決意したという。

 

 アンカジにもいかなきゃいけないし、迷宮も後三つも残ってる。当初の目的である地球への帰還と神殺しを為さなくては。

 

「とりあえず、今日話してみる。ハジメが今晩、ミュウちゃんに出ていくことを伝えるみたいだからな」

「ん、頑張りな。もしうまくいかなくても私たちがいるから」

「おう、サンキューな」

 

 にししと笑う美空に、心底救われた気持ちになった。

 

 人に相談するとこんなに楽になるということを、初めて知った。これまで一人で気張りすぎだったかな。

 

『人の最大の特徴は協力することだ。ようやく人間らしくなってきたな』

 

 幸い、周りに助けられてるよ。

 

 とりあえずハジメの方のキャットファイトが終わるまで美空と雑談をし、ひと段落ついたところで家に帰る。

 

 お留守番していたリベルのおかえりタックルを受け止め、女性陣が風呂に入っている間に子供組と遊び。

 

 日が落ち始めた頃には夕食に海鮮料理を堪能し、とりあえずここ数日と同じように過ごした。

 

 食事を終えてひと段落したところで、隣にいるハジメと美空にアイコンタクトを飛ばす。

 

「(じゃ、行ってくるわ)」

「(ファイトだよ!)」

「(最悪、骨は拾ってやるよ)」

 

 不敵に笑うハジメの脇腹を軽く小突き、席を立ってキッチンに行く。

 

「………………」

 

 そこではやはり、すぐれない表情で皿を洗っているルイネがいた。

 

『ここが正念場だ。ヘマこくんじゃねえぞ』

 

 わかってらぁ。

 

「…………んっ、んんっ! ルイネ、ちょっといいか?」

「っ!?」

 

 ビクンッ! と勢いよく両肩が跳ね、手に持っていた皿がポーンと宙を舞う。

 

 慌ててそれをキャッチして、&の息を吐いた。あーびっくり、心臓飛び跳ねたわ。

 

「マス……いや、北野殿。何か用か」

 

 狼狽たのは一瞬、すぐに視線を下に落として、ルイネは淡々と言う。

 

 その呼び方にチクリと痛みを感じながら、それでもめげずに話しかけた。

 

「少し話がしたい。ちょっと外に出ないか?」

「悪いが、今忙しい。後にしてくれ」

「ルイネ」

 

 一歩近づき、ルイネの方に手を置く。

 

 途端にバッと勢いよく振り払われた。いくらなんでもそこまで拒絶されると思わずにポカンとする。

 

 ルイネ自身も無意識だったようで、「あ……」と呟くと気まずそうにその手で自分の体を抱いた。

 

「…………その、すまない」

「……いや、俺もいきなり悪かった。でも大事な話なんだ、少しでいいから聞いてくれねえか?」

「それは、ここではできない話なのか?」

「……ああ」

 

 ルイネは軽く息を呑み、それからしばらくの間視線を右往左往させて。

 

 やがて、諦めたようにふっと息を吐いた。

 

「……わかった。聞こう」

 

 

 

 

 

 どうやら、なんとか取り付けることには成功したようだ。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 レミアさんたちに一言断り、二人で昼間にいた桟橋に行く。

 

 エボルトにも抜けてもらった。ここからは誰の助けも借りず、俺自身が話すしかない。

 

 移動をする間、全く会話はなかった。前ならなんてないことでも盛り上がってたんだけどなぁ……

 

「……ここまで来ればいいだろう」

 

 などと考えていたら、前を歩いていたルイネが立ち止まった。

 

 俺も足を止めると、振り返ったルイネは、やはり目線を合わせずにこちらの様子を伺ってくる。

 

「それで、話とはなんだ?」

「……単刀直入に聞く。お前は、これからどうしたい?」

「っ……どう、とは。要領を得ない質問だな」

「言い方が端的すぎたな。お前はこれからも、俺たちと一緒に旅をしてくれるか?」

 

 ぴくり、と肩が震える。その仕草だけでルイネもまた、同じように悩んでいたのだと改めて認識した。

 

 押し黙ったままのルイネに、俺はなんとか話をしようと五つの並列思考全てで言葉を組み立てて紡ぐ。

 

「俺なりに考えて、お前が俺のことを受け入れられないのはわかってるつもりだ。憎まれたって仕方がないことも」

「………………」

「信じていた相手から裏切られることは、ルイネにとって何より辛いことだ。俺もある意味その片棒を担いでる。本当ならこうして言葉を交わすことすら苦痛かもしれない」

「…………それで?」

「だから、はっきりさせときたいんだ。もし、まだ少しでも俺に情があるのなら、俺は全力でお前の信頼を取り戻したいと思う。大切な仲間だからな」

 

 選択肢は、二つに一つ。

 

 ルイネにあらん限りの罵倒を受けて拒絶されるか、もう一度俺を受け入れてもらうチャンスを貰うか。

 

 その確率は五分五分……などと希望的観測はしない。せいぜい8:2がいいところだろう。もっと少ないかも。

 

「……全て、お見通しなんだな。さすがはマスターの記憶を引き継いでいるだけのことはある」

 

 わずかな希望を信じて答えを持てば、帰ってきたのは何かを嘲笑うような一言だった。

 

「貴方の言う通りだ。私は、私たちの信用を裏切ったマリスが許せない。その結果生まれた貴方のことも……言いようがない負の感情を抱いている」

「っ……」

 

 改めて面と向かって言われると、めちゃくちゃ辛い。

 

 まるで心臓に直接杭を打ち込まれたようなショックが俺の中に広がる。こんなにも辛いものか、拒まれるのは。

 

「この二週間、何度も自分を納得させようとした。でも、貴方を見ているほどに思い出すんだ。あの人との思い出を、この胸に未だにくすぶる想いを」

 

 下唇を噛み締め、先ほどよりもずっと強く、震える右手で自分の体を抱いている。

 

 俺を攻め立てることを堪えているのか、それとも自分に怒っているのか。それも今の俺にはわからない。

 

 立ち尽くす俺の前で、これまで溜め込んでいたものを吐き出すように、ルイネは大声で独白する。

 

「あの人の声が、瞳が、言葉が、手の温もりが! 私を蝕んで離さない! 貴方を貴方と認めさせない!」

「ッ!!」

「ひどい責任転嫁だ、わかっている! それでも、抑えられないんだ! この手を解けば、今にも貴方を殺してしまいそうで……!」

 

 ギリッと、ここからでも聞こえるほどに力んだ手は服に食い込み、右手の袖からはポタポタと血が滴っている。

 

 肌には赤い鱗が浮かび上がり、何よりも始めて上げられた顔に伝う、怒りと悲しさが同居した瞳から溢れる涙に。

 

 どれほど彼女が……誰よりカインを愛した女が心を抑え込んでいるのかを初めて知った。

 

「もう、限界だ……駄目なんだよ」

「それって……」

 

 そして、ルイネは。

 

 

 

「私は、貴方を受け入れられない」

 

 

 

 決定的なその一言を、言った。

 

「……はっ、はは。そう、だよな」

 

 希望は所詮、希望だ。希に叶う望みだからこそ、それは奇跡と同じ意味を持つ。

 

 それでもどこか浮かれてたんだろう。ここ最近奇跡ばかりが起きたから、もしかしたらもう一度、と。

 

 その儚い欲望は、今この瞬間完全に叩き壊された。

 

「だから、ここで旅を抜ける。私はもう貴方についていけない。この感情を吞み下すには……私はあまりに弱すぎる」

「そんなことっ……!」

 

 言い募ろうと口を開いた俺の前から、もう話すことはないとでも言うようにルイネは立ち去っていく。

 

 そして、一歩も動けない俺の隣で立ち止まって、最後に俺にしか聞こえない、とても小さな声で。

 

「すまない、こんな醜い女で。これからの貴方の人生に、幸福があるよう祈っているよ……()()()()()()殿()

 

 決別の言葉を最後に、立ち去ってしまった。

 

「……………………………………………………」

 

 しばし、俺はその場で立ち尽くした。

 

 頭の中には疑問ばかりが飛び交っている。なぜ? どうして? そんな言葉ばかりで、他には何もない。

 

 数分だったかもしれないし、一時間くらいは経っていたかもしれない。時間の概念すら消えていた。

 

「シュウジ」

 

 ただ、少なくとも肩に誰かの手が置かれるまで茫然自失としていたのは間違いない。

 

「ハジ、メ……?」

「……うまく、いかなかったみたいだな」

 

 振り返れば、そこにいたのはハジメ。

 

 なんとも言えない顔で、俺を気遣うように見ている。

 

「……頭の、中に……ずっと同じことが浮かんでくるんだ……〝カインなら、もっと上手くやれた〟……って」

「……そうか」

「俺は、何も言えなかった……わかってたのに……それでも、どうすればいいのか、何も……」

「……そうか」

 

 ハジメは、何も言わない。聞いてこない。同情も、慰めの言葉もなく、ただそうかとだけ言ってくれる。

 

 それになんだか迷子になったような、そんな一度も抱いたことのない気持ちになってしまう。

 

「はは……やっぱり、俺は空っぽだ……これまでずっと、カインに頼ってきたから……一人じゃ、何もできねえ」

「……そうだな。でもそれが人間だ」

「そっか……なら、人間って難しいなぁ」

 

 そう言って、無理矢理に笑う。

 

 その瞬間、俺は引き寄せられ、ハジメの肩に顔を埋めていた。

 

「……俺、そういう趣味ねえんですけど」

「無理にふざけんな……こんな時くらい泣けよ」

「……いいのかな…………泣いても」

「いいだろ。だってお前は……フられたんだから」

 

 ……ああ、そうか。

 

 俺は、フられたのか。

 

「……すまん、肩、借りるわ」

「おう、大いに借りろ。そんで吐き出せ」

「う、ぁ、ああああ……………………!」

 

 そして俺は、恥も外聞もなく大声で泣いた。

 

 その間、ハジメはずっと俺の背中をさすってくれていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………パパ、ママ」




シュウジ、勇者同様に人生の難しさを知る。

同じ記憶を持つからといって、だからそれでいいやと割り切れるほどルイネは薄情ではありませんでした。

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異端者認定……悪いことって重なるよね

うーん、大事な回だったけどまあフラれただけだから別にいいや
なんかよくわからないことになってるので自分で認識しておくためにも言っておきますが、シュウジはカインが目覚めるための器であり、その器が自分こそがカインだとずっと思い込んでいた、ということです。

シュウジ「どうも……シュウジだ……」

エボルト「わかりやすいくらい凹んでるな。まあ初の失……おっと」

ハジメ「まあ、今はそっとしといてやれ……今回はアンカジの話だ。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる王都襲撃編!」」
シュウジ「どうなる……どうでもいいや…へっ」

二人「「……揃わねえ」」


 ミュウに別れを告げ、またいつか迎えに来ることを約束してから1日と半日。

 

 俺たちは再び砂漠へ戻り、アンカジを目指して走っているのだが……

 

「……………………はぁ」

「「「「「「「…………」」」」」」」

「……………………はぁ」

 

 ……後部座席のど真ん中、そこで三分に一回の頻度で、それはそれは大きな溜め息を吐いている男。

 

 俺の親友、北野シュウジ。いつもふざけるか、余裕のある姿で俺たちを安心させてくれる男。

 

 しかし、その姿はもはや見る影もない。

 

 以前と同じアロハな服装に反し、溜め息を吐くだけの全く陽気じゃない存在に成り果てていた。

 

「し、シュー?」

「…………ん、おう雫。どうした?」

「……いいえ、なんでもないわ」

「そうか………………はぁ」

 

 

 

 

 

 …………空気重ッ!!!

 

 

 

 

 

 シュウジがずっとあんな感じのせいで、昨日からこの有様である。はっきり言って居心地が悪すぎる。

 

 それは俺だけではなく、八重樫は複雑そうな顔だし、隣にいるユエとウサギは珍しく無表情が崩れて気まずそうにしている。

 

 香織とシアはなんとか声をかけようと試みているものの尽く失敗し、ティオも変態の鳴りを潜めて難しい顔をしていた。

 

 全員が全員、最悪のモチベーション。かといってあまりの落ち込みぶりに下手に発破もかけられない。

 

 

 

 原因は……まあ、今更確かめるまでもなくルイネとの離別だろう。

 

 後から落ち着いたシュウジに話を聞くと、それは酷い振られ方をしたらしい。話してる時の目がマジだった。

 

 本人は「少しでも信じようと思ってもらえなかった俺の落ち度だよ。戦力的にも痛手だ。すまん」なんで言ってた。

 

 だが、あれはどう見ても……

 

「……………………はぁ」

 

(((((((絶対惚れてたよなぁ……)))))))

 

 何故かユエたち全員と心境がシンクロした気がした。

 

 シュウジの八重樫への愛は本物だ。地球にいた頃から長い間見てきたから、その想いの強さはよく知ってる。

 

 だからこそわかってしまったのだ。

 

 あいつは……北野シュウジは、これまで旅の中で心底ルイネ・ブラディアに惚れていたと。

 

 あいつの愛情深さを知っている故に、八重樫と同じほどにルイネに想いを寄せていたことを俺たちは悟った。

 

 本人はあくまでカインの感情を引き継いでいるだけ、と思っているが、あいつ自身が惚れてたに違いない。

 

 普段ならわかるはずもないあいつの本心、だが憎んでいると言っていいほど嫌われたせいか、今はモロに出ている。

 

「一難去ってまた一難、ってのはこのことか……」

「…………ハジメ、何か言ったか?」

「いや、なんでも。それよりあと少しでアンカジにつくからな」

「おう……………………はぁ」

 

 …………どうすんだこれ。

 

「……リベルがいれば」

「ユエ、それ禁句」

「シッ、今のあいつは地獄耳だから言うな」

「あ……」

「リベル…………はぁ」

 

 案の定こちらの会話を拾われて、さらに頭の位置が下がるシュウジ。

 

 実は、リベルは両親の異常を察知してこっそり盗み聞きしていたらしい。そしてルイネの元へ残った。

 

 幸いエリセンにも冒険者ギルドがあったので、そこで生活費を稼いで二人で暮らすというが……リベルがいないのはキツい。

 

 あいつはシュウジの精神安定剤でもあったのだが、こうしていない今、無邪気に励ましてくれる奴がいないのだ。

 

「ゲコッ」

 

 一応カエルは付いてきているが……だからといってどうにもならない。

 

「……とりあえず、目先の問題」

「……だな」

 

 解決策が見つからない以上、シュウジのことは一旦置いておくしかない。

 

 とりあえず、なるべく迂闊な発言をしないように運転を続けることしばらく、アンカジの入場門が見えてきた。

 

「随分と混雑してるな。隊商か?」

「大規模ね」

「物資を運び込んでるんじゃないかな?」

 

 〝遠見〟の技能を使うと、確かに香織たちの言う通り食料やら衣類、医療品の運び込みをしているようだ。

 

 まあ、これだけ時間が経ってれば王国に救援要請を出すだろうし、その連中だろう。あとはそれに便乗した商人か。

 

 オアシスはシュウジがなんとかしたので、主にすでにダメになった食材とか……ん?

 

「なんか見覚えのある奴らがいるな」

「え、本当?」

「クラスメイトの誰かとかかな?」

「いや、多分香織と八重樫は知らないと思うぞ」

 

 首をかしげる二人に、とりあえずスピードを上げて順番待ちしてる隊商に突っ込んだ。

 

 案外俺も暑さとシュウジのアレで頭にきていたらしく、順番待ちなどすっ飛ばして直接門の前に乗り付ける。

 

 外に出ると、案の定周りの奴らにギョッとした顔で見られた。こっちの世界じゃ車ってパッと見魔物っぽいからな。

 

 続けて降りてきたユエたちに見惚れ、シュウジの死人のような雰囲気にドン引きし、最後に宝物庫に消えた車に驚く。

 

「ああ、やはり使徒様がたでしたか。お帰りになられたのですね」

 

 入場門の方へ目線を移すと、武器も持たずに笑顔で兵士が近づいてきた。見覚えのある顔だ。

 

 他の兵士たちも、病人たちの救世主である香織と美空、ついでにシアのことを見てホッとしたような顔になる。

 

「その、お連れ様の一人のお顔色が優れませんが……」

「ああ、あいつは気にしないでくれ。絶賛思春期の悩みと対面中だ」

「は、はあ……?」

 

 混乱しつつも、俺がその後の国の様子を見にきたことを伝えると、兵士たちは快く案内を申し出てくれた。

 

 あちらとしては救国の英雄扱いのようで、多大な尊敬のこもった目に若干苦笑いをしなら待合室へ案内してもらおうとした。

 

「はいはい、ちょっと通してな」

「すんません、通してくだはれ」

 

 と、そこで後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 振り返れば、人混みをかき分けて二人の男女が歩み出てくる。どちらも似た顔をした、軍服を着た二人組だ。

 

 それは先ほど、〝遠見〟で見た二人だった。そして……

 

「確か、ソウとハクだったか?」

「おっ、ちゃんと覚えてくれとったか。そうそう、俺がハクで」

「うちがソウや。兎さんもお久しぶりー」

「はい、お久しぶりです!」

 

 手を取り合ってきゃっきゃとはしゃぐソウとシア。相変わらず女子の交友関係の構築は謎だ。

 

「で、お前らは王国の隊商の護衛か?」

「ピンポン!大正解や。ついでにアンカジの観光にきたんやけど……なんや、あの人随分と落ち込んどるな」

「あー……まあ色々あってな」

 

 そりゃ凄い、と顎をさするハクに、確かにあれが落ち込む事態ってのがそうそうないことを再認識する。

 

「ほんじゃ、またな。今は挨拶しにきただけやし」

「おう、じゃあな」

「ほれソウ、行くで」

「あーん、兄様のせっかち。じゃあ兎さん、恋バナはまた今度♪」

「はい、また今度ですぅ!」

 

 ハクに手を引かれていくソウに、ブンブンと笑顔で手を振るシア。

 

「……なんであんな仲がいいんだ?」

「ん、割と謎」

「恋する乙女の結束?」

「あれ、暑くないのかしら……」

「あはは、砂漠で軍服を着てる人を見るとは思わなかったよ……」

「熱耐久プレイ……んんっ」

「ゲコッ」

「………………はぁ」

 

 人混みの中に消えていく軍服兄妹に、やっぱり奇妙な風に感じて俺は首を傾げたのだった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 待合室で待機することしばらく、ランズィ領主が息を切らせてやってきた。

 

「久しい……というほどでもないな。ティオ殿にルイネ殿と〝静因石〟を託した後、どうなったかと気を揉んだぞ」

「おいおい、多少手助けしたとはいえ俺たちは単なる一介の冒険者だぞ。そこまで心配することか?」

「何を言う。貴殿はすでにこの国の救世主、無碍な扱いなどできるはずもないよ。礼の一つもしないで死なれては困る」

「見ての通り、全員ピンピンしてるよ」

「うむ、見たところそのようだな……」

 

 俺たちの顔を見渡し、ほっと安堵したように笑うランズィ。相変わらず息子と同じで人がいいな。

 

 なお、全員と言って首を傾げられなかったのはシュウジを八重樫に任せ、別室に置いてきたからである。

 

 余計な気遣いをされないためだが、あちらも既に聞いているのか、特に疑問の言葉はなかった。

 

「で、どうやらアンカジはまだ回せているようだな」

「ああ、備蓄していた食料とルイネ殿とユエ殿の作ってくれたタンクのおかげで、どうにか国の救援を受けるまで耐えられた。民も飢えさせないですんでいる。重ね重ね、感謝する」

「頭を下げる必要はない。それよりも……」

 

 それからランズィと、色々と話をした。

 

 バチェラム(スライム)が消えた後のオアシスの様子や、香織たちが治療した病人の経過などなど。

 

 聞いたところによると、オアシスはじっくりと長い時間をかけた調査の末、完全に浄化。病人も回復したらしい。

 

 もしまだ浄化が必要なら、うちの治癒師コンビに再生魔法の〝絶象〟を使ってもらおうと思ってたが、杞憂に終わった。

 

 再生魔法、習得したはいいが相変わらず俺とシアは適性が絶無なんだよなぁ。

 

 もっとも、シアはオートリジェネみたいな能力を獲得したので、一応得るものはあった。そろそろ本格的にバグってきたなあいつ。

 

 香織と美空の次にティオ、ウサギ、ユエ、八重樫、シア、俺、といった順だ。八重樫は魔法は性に合わないらしい。

 

「とはいえ、やはり食料事情は厳しいと言わざるを得ない。土地が完全に浄化されたわけではないし、援助や商人たちから買い付けるにも限りがある」

「備蓄はもう残ってないのか?」

「一応あるにはあるが、収穫した時期的に不安が残る作物でな……」

 

 ああ、つまりオアシスが汚染されていた前後あたりの収穫物か。そりゃ心配にもなる。

 

 どうやら使う必要はないと思っていたが、まだアテはありそうだ。

 

「時間も人でも惜しいし、処分する手間を考えて、一か所にまとめるだけで放置して…………待て。まさか」

「そのまさかだ。今の俺たちになら、その作物を安全にできるかもしれない」

 

 一通り実験した結果、再生魔法は大抵のものに効力を発揮することがわかっている。流石に死人は蘇らないが。

 

 汚染された土地と作物くらいならば、香織と美空、ユエ、ティオの四人でかかればそう時間も要らずに浄化できるだろう。

 

「……本当に、本当に貴殿らには感謝の念が絶えない。オアシスばかりか、作物までどうにかしてくれるとは……」

 

 俺が断る前に、胸に手を当てて深く頭を下げるランズィ。それは国を思う気持ちがそのまま現れたような態度だった。

 

 以前よりも痩せていることからも察していたが、本当に国思いの人だ。こういうやつばかりだといいんだがな……

 

「では早速向かおう。農地地帯に案内する」

「ああ、頼む」

 

 ランズィと、その他に数人の兵士と農業者を連れて席を立つ。

 

 今のシュウジがろくに動けるとは思えないので、携帯から八重樫に事情を伝えて待機してもらった。

 

 

 

 そして建物を出た瞬間、事件は起きた。

 

 

 

「む? あれは……」

 

 ランズィの呟きに、前方へ目をやる。

 

 すると不穏な気配を纏った連中が、なにやら殺気立った雰囲気を纏いながらこちらへやってくるのが見えた。

 

 〝遠見〟で確認してみれば、アンカジの兵士ではない。どうやらこの町の聖教教会関係者と神殿騎士の集団のようだ。

 

 隊列を守りながら傍までやって来た奴さんらは、俺たちを半円状に包囲する。

 

 そして、神殿騎士達の合間から白い豪奢な法衣を来た、いかにもな感じの初老の男が進み出てきた。

 

「なんだお前は?」

「フン、異端者め。口の利き方もわからんか」

 

 明らかに見下した態度だな。それに異端者……ああ、そういうことか。

 

 ある仮説を立てて納得していると、ランズィが俺とジジイの間に割り込んでくる。

 

「フォルビン司教、これは一体何事か」

「ゼンゲン公……こちらへ。彼等は危険だ」

「彼等が危険?二度に渡り、我が公国を救った英雄ですぞ?彼等への無礼はアンカジの領主として見逃せませんな」

 

 フォルビン司教と呼ばれたジジイは、馬鹿にするようにランズィの言葉を鼻で笑った。

 

「英雄?言葉を慎みたまえ。彼等は既に異端者認定を受けている。不用意な言葉は、貴公自身の首を絞めることになりますぞ」

 

 それを聞いた瞬間、ランズィたちが息を呑み、道にいたアンカジの国民がざわめいた。

 

「異端者認定……だと?馬鹿な、私は何も聞いていない」

「当然でしょうな。今朝方、届いたばかりの知らせだ。このタイミングで異端者の方からやって来るとは……クク、何とも絶妙なタイミングだと思わんかね? きっと、神が私に告げておられるのだ。神敵を滅ぼせとな……これで私も中央に……」

 

 ありえないという顔で驚くランズィに、怪しげな表情で蕩々と語るジジイ。

 

 しかも最後の小言……ここまでテンプレな物臭聖職者がいるとは。シュウジじゃないが笑いそうになった。

 

 

 

 

 

 しかしまあ、この展開は予想の範囲内だ。

 

 

 

 

 

 あれほどの派手な力を見せつけ、今も着々と力つけている俺たちをエヒト、そしてその傀儡である教会が見過ごすはずがない。

 

《七罪の獣》……八重樫によるとそう言うらしい……なんて奴らまで介入してきたんだ、むしろ遅いくらいだった。

 

「で、どうする?アンカジ公国の領主様?」

「むぅ……」

 

 肩を含めて視線をやれば、ランズィは色々と複雑な心境の見え隠れする表情で唸った。

 

 難しい顔で黙るランズィに、調子に乗った様子のジジイはニヤニヤと嗤いながら俺たちを差し出せと要求した。

 

「さぁさぁ、ゼンゲン公よ、そこを退くのだ。よもや我ら教会と事を構える気ではないだろう?」

「……あの髭、毟り取る」

 

 隣からウサギの物騒な呟きが聞こえた。ポキッという指を鳴らす音から、殴りかかるまで秒読みだろう。

 

 この世界最大の宗教である聖教教会の敵対、それは少なからず国の滅亡を意味する。

 

 そのデメリットを背負ってまで俺たちを守るか、それとも恩を仇で返すか。まあその場合はどっちも滅ぼすが。

 

 

 

 

 さて。一体どうなる?

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「断る」

 

 

 

 

 

 簡潔に事実を述べれば、ランズィは一言でバッサリとジジイの主張を切り捨てた。

 

 毅然とした横顔は領主の名に相応しく、年相応の威厳と威圧感を持っている。それこそジジイの髭面など目じゃないくらいに。

 

 その件のジジイは、拒否など微塵も考えていなかったのか、間抜けな顔を晒していた。

 

「公……今、なんと言った?」

「断ると言った。彼等は救国の英雄。たとえ聖教教会だろうと、ハイリヒ王国だろうと、彼等に仇なすことは私が許さん」

「なっ、なっ、き、貴様!正気か!」

「ああ、正気だとも」

 

 そしてランズィは、あくまで冷静に、淡々と語った。

 

 俺たちは滅亡の危機に瀕したこの国を救い、ついでに勇者(笑)の一件や、ウルの町の襲撃。それらを全て解決した。

 

 多大な恩がある俺たちを売り渡すなど、決して許さないと。自らの名前にかけて、この異端者認定に意義と再考を申し立てると。

 

「それとも、聖教教会の神は救国の英雄に恩を仇で返せと、そのように教えを説いているのだったか?そうであるのなら、どうやら教会と我らが信仰している神は違うようだ」

「だ、黙れ!決定事項だ!これは神のご意志だ!逆らうことは許されん!公よ、これ以上、その異端者を庇うのであれば、貴様も、いやアンカジそのものを異端認定することになるぞ!それでもよいのかっ!」

 

 何やら唾を飛ばしながら捲し立てているジジイだが、それは出世の機会を失いそうになって喚いているようにしか見えなかった。

 

 なんというか、違う世界でも人間って変わらないんだなぁ……

 

「おい、いいのか?国と教会を敵に回すことになるぞ?」

 

 とはいえ、一応配慮してランズィに聞くと……ランズィどころか、後ろの部下たちまで不敵に笑った。

 

 その目には「殺ったるでぇ!」と書かれている。トップが勇敢なら、部下もその気風に流される、か。

 

 しかし、そうであるならばアンカジは守る価値がある。ここまで清々しい連中を見捨てるほど薄情じゃない。

 

「公よ、この国がどうなっても──」

「ちょいと待ちいや!」

 

 とりあえずこいつに一言言ってやろうと口を開いた瞬間、また覚えのある声が聞こえた。

 

 全員がそちらを振り返ると、野次馬たちが間を縫うようにこちらにやってくる何かに横にずれていく。

 

 妙にデジャヴを感じる光景だ。まさか……

 

「はいはい、失礼しますよー」

「通してなー」

 

 野次馬をかき分けて現れたのは──なんと、あの軍服兄妹だった。

 

「なっ、貴様らは……!」

 

 軍服兄妹が現れた瞬間、サッとジジイの顔が真っ青になる。なんだ、何かまずいことでもあるのか?

 

 渦中に飛び込んできた軍服兄妹は、俺たちに揃ってウインクすると、こちらに歩み寄ってくる。

 

「やあやあ、こんには司教さん」

「お機嫌はいかがですかぁ?」

「な、なぜ、貴様らがここに……」

 

 何故か身体を震わせ、怯えているジジイにニッコリと笑い、かと思えば兄妹はバッと野次馬に振り返ると声高にスピーチし始める。

 

「アンカジの皆さん!ここにいる兄ちゃんらはこの国に蔓延していた病を治し、オアシスを浄化し、安全な水と食力を与えてくれました!」

「なのに、教会はそんな彼らを異端とし、今、この場所で殺そうとしている!これをどう思います!?」

「いやー、ほんまおかしいですわぁ!人命を救った人が、その人間を生み出した神の意思のもとに断罪される!おかしな理論もあったもんやわ!」

「現に領主様は真っ向から教会と対立することを選んだで!あんたらはどうする!?」

「ウチらは他所もんですが、皆さんが恩を仇で返すような、非人道的な方々でないことを願いますわ!」

 

 滔々と、国中に響くような大声でアンカジの国民に語りかける兄妹。

 

 そのことばに、あるものは驚き、あるものは訝しみ、あるものはこちらを見てユエたちに見惚れ、皆様々な反応をする。

 

 明らかに劣勢にもかかわらず、ジジイは何も言えずに立ち尽くしているし、神殿騎士たちは困惑し。

 

 

 

 

 

 ヒュ──カンッ!

 

 

 

 

 

 やがて、硬いものに何かがぶつけられる音が聞こえた。

 

 確かめれば、そこには神殿騎士の鎧にあたり、地面に落ちる小石が。騎士は訳がわからないという顔をしている。

 

 そして、腕を振りかぶった男が一人。それを見て、ジジイはいよいよ珍獣でも見るような顔に変わった。

 

「貴様、神聖なる神殿騎士に──!」

「うるせえ!この恥知らずが!」

「っ!?」

 

 怒りの表情を浮かべた男の子反撃を受け、息を飲むジジイ。

 

 気がつけば、大勢の国民がこの場に集まっていた。あの二人の演説で集まってきたのだろう、皆ジジイと騎士たちを睨んでいる。

 

「我が愛すべき公国民達よ。聞け!彼等は我らのオアシスを浄化してくれたばかりか、作物や大地まで元に戻してくれるという!我らがアンカジを取り戻してくれたのだ!この場で多くは語れん。故に、己の心で判断せよ! 救国の英雄を、このまま殺させるか、守るか……私は、守ることにした!」

 

 そんな国民たちに、ランズィが一歩歩み出てそう叫んだ。

 

 途端にジジイが調子づき、嘲笑を顔に浮かべる。

 

「そんな言葉で──」

「ふざけるな!俺達の恩人を殺らせるかよ!」

「教会は何もしてくれなかったじゃない!なのに、助けてくれた使徒様を害そうなんて正気じゃないわ!」

「何が異端者だ!お前らの方がよほど異端者だろうが!」

「きっと、異端者認定なんて何かの間違いよ!」

「香織様を守れ!」

「領主様に続け!」

「香織様、貴女にこの身を捧げますぅ!」

「おい、誰かビィズ会長を呼べ!〝香織様にご奉仕し隊〟を出してもらうんだ!」

「なぁっ!?」

 

 

 カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!

 

 

 そして、皆一様に騎士たちに向かって石を投げ出した。

 

 ジジイは「やめよ!やめよと言っている!」と叫んでいるが、激昂したアンカジの民たちは止まらない。

 

 神殿騎士たちはジジイほど攻撃的ではないようで、か弱い一般市民には手を出せないのか、頭を庇うだけだ。

 

 改めて、この国に心からの感服を抱いた。義を尊ぶことは大切だが、まさかここまでの一体感を持っていたとは……

 

「いやぁ、壮観ですわぁ」

「これが人の心ってもんやな♪」

「ソウさん、ありがとうございますぅ!」

「ええてええて、こーんな可愛らしい兎さんが死ぬなんて、うち耐えられへんもん」

「えへへぇ〜、そんな可憐な美少女なんてぇ〜」

 

 シアがデレデレしてソウに抱きついていた。あいつ相変わらずチョロいな。

 

 しかし、余計な争いをせずに助かった。別に神殿騎士が百人いようが意味はないが、無駄なことはしたくない。

 

 その礼と、改めての確認をしようとランズィへ踏み出して──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──おい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ゾッと、心臓が止まるような寒気を覚えた。

 

 俺たちも、ランズィたちも、軍服兄妹も、ジジイや神殿騎士も、石を投げていたアンカジの民でさえ動きを止める。

 

 まるで、直接心臓を掴まれているような感覚。一歩でも動けばその場で首を落とされそうな、絶対的な殺意。

 

 ありえざるほど濃厚なそれに、なんとか首を捻ってそちらを見ると──いつの間にか、俺たちの後ろにシュウジがいた。

 

「しゅ、シュウ、ジ?」

「お前らさ…………人がこれ以上ないってくらい悩んでるってのにさ……どいつもこいつもギャーギャーギャーギャーギャーギャーギャーギャーギャーと………………」

 

 ゆらり、ゆらり、と俺たちの間を通り抜けたシュウジは、突然グンッと顔をあげ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるっっっっっせえんだよ、バァァァァァァァァァァァァァアカ!!!!!!!」

「ぶべらぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジジイに走り寄って、それはそれは綺麗なストレートをぶち込んだのだった──。

 

 

 

 

 

 

 

 




やさぐれシュウジ。

ブロスを登場させたのは、オアシスを浄化する下りがないから代わりに説明人として出しました。

コメントをもらえると嬉しいゼ。


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王族って外に出ると必ず襲われる運命なんだろうか

どうも、後半からはビルド要素を増やしていきたい作者です。
真実 後編 をところどころ書き直しています。なんかしっくりこないので。

エボルト「おう、エボルトだ。前回はアンカジに立ち寄って、それからシュウジがキレたな」

ハジメ「まあ、悩み事してる時に近くで騒がれるとイラっとするよな」

雫「最初は宥めてたんだけど、瞬間移動で消えちゃって…」

香織「雫ちゃん、お疲れ様……今回はアンカジからの道中の話だよ。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる王都襲撃編!」」」」


 アンカジで数日滞在し、そしてハルツィナ樹海へ向かいがてらフューレンへ向かう道すがら。

 

 

 

「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」

 

 

 

 車内はまたも、沈黙に包まれていた。

 

 その発生源はやはり、助手席に座るシュウジから溢れ出る謎の威圧感。

 

 憮然とした表情で腕を組み、瞑目する様は、表情を差し置いても見栄えがいい。

 

 だが、いつもの衣装に戻っているためか紫色のカラーリングが余計にその威圧感を助長していた。

 

〝……南雲くん、何か話しかけてあげて頂戴〟

〝……無理だ八重樫。くだらん会話すらできそうにない。というかお前が俺に頼る時点で誰も話しかけられない〟

〝それもそうよね……〟

 

 はぁ、という小さなため息が後ろから聞こえた。

 

〝……シア、何か喋って〟

〝ちょっ、無茶振りしないでくださいよユエさん!今のシュウジさんに話しかけるとか、皆さんに出会った頃の私がミレディのゴーレム倒すくらい無茶振りですぅ!〟

〝でも、こういう時こそ頼れる相棒〟

〝ウサギさんもこういう時だけ頼らないでくださいっ!〟

〝ハジメくんもさっき言ってたけど、雫ちゃんが話しかけられない時点で無理じゃないかなぁ……〟

〝だよね。ていうか、あんなシュウジ初めて見た……〟

〝ふむ、困ったものだのう……〟

 

 無音の車内の中、頭の中で繰り広げられる「どうやってシュウジと話すか相談会」のような何か。

 

 こんな会話を口でするわけにもいかないので、〝念話〟を付与したイヤリングを渡しておいて良かった。

 

 あーくそ、なんでこうなった……前よりもさらに胃が痛い。

 

 そもそもの起因は、アンカジで絡んできた司教と神殿騎士百人をボコボコにした後、シュウジの中で()()が切れたことだ。

 

 相当鬱憤を溜め込んでいたらしく、司教と騎士を顔の原型がなくなるくらい殴ってから全裸で吊し上げていた。

 

 エボルトに聞いたら後で色々処理したらしいが、詳しくは知らない。

 

 しかし完全に吹っ切れてしまったのか、ため息の代わりにだんまりを決め込む時間が多くなった。

 

 とはいえ不機嫌なわけではなく、話しかければ答えるし、これといって俺たちに害はない。

 

 

 

 ただ……こう、圧がすごい。

 

 

 

 何かを考えているようにも見え、あるいは抑えているようにも見える。

 

 ぶっちゃけ何考えてるのかわからなくて怖い。読心能力が欲しいと人生で初めて思った瞬間だった。

 

 ちなみに民衆の支持に一役買ってくれた軍服兄妹だが、やることがあるようでアンカジに残っていた。

 

「あれ?」

 

 さてどうしようかと頭を悩ませていると、シアが声を上げる。

 

「どうした?」

「いや、あそこ……なにか襲われてません?」

 

 現実逃避気味に窓の外に向けていた視線を前に戻すと……よそ見運転なんて知らない……なるほど、確かに隊商が襲われている。

 

 いつものように〝遠見〟を使って見ると、いかにもな小汚い格好の盗賊どもに、その半分以下の人数で隊商は応戦している。

 

 特に耳のいい兎二人には悲鳴や盗賊の怒号まで聞こえているのか、さっきまでの気まずい雰囲気は何処へやら、前へ乗り出してくる。

 

「あの人数差でよく拮抗してるな」

「ん、なかなかの結界」

「まるで城壁ね。でも、あんまり長くはもたないと思うけど……」

「うむ、あれほどの代物、魔力の消費もバカにならんじゃろうて」

「……ああ、だから結界が消えるのを待ってる」

 

 不意に声をあげたシュウジに、ビクッと俺を含めた全員の方が跳ねた。

 

 恐る恐る、妙に揃った動きで助手席を見ると……シュウジは鋭い視線で隊商と盗賊たちを見ている。

 

 その横顔はまるで抜き身のナイフのようで、仄かな怒りを感じさせた。ここ最近えらく感情的だ。

 

「もう重傷者も出てる。人質も取られてるな。そう長くないうちに嬲り殺しだろう」

「だ、だったら!」

「俺が行く」

「え?」

 

 香織がいつものように助けよう、と提案しようとした瞬間、シュウジの姿が背後に出現した黒い穴の中へ消えた。

 

 

 ガンッ!

 

 

 次いで、聞き覚えのある銃声。

 

 驚いて隊商の方を見た瞬間、ちょうど消えかかった結界に群がっていた盗賊の一人の頭が跳ね上がった。

 

 〝遠見〟で見える隊商の護衛や冒険者、盗賊ども……そして結界を張っていたフードの人物は、馬車の上を見上げる。

 

 そこには、ネビュラスチームガンを構えたシュウジが立っていた。突然の助っ人に驚いたのだろう、皆ぽかんとしている。

 

「え、あれ?なんであっちにシュウジが……」

「あー、そういや美空はシュウジが戦ってるところあんまり見てないもんな。あれがあいつの技能だ」

「……瞬間移動って、反則じゃん」

 

 全くもってその通りだった。

 

 

 

「──、────」

 

 

 

 この状況に立ち会った全員の視線を一身に集めたあいつは、盗賊たちに向かって何事か話しかけた。

 

 次の瞬間、怒りで顔を真っ赤に染め上げた盗賊たちが一斉にシュウジに襲いかかっていく。

 

 シュウジは無表情のまま銃口を定め、そしてさっきの倍の声量の怒号と、シュウジの発砲音が鳴り響いた。

 

「はぁ……仕方がない、あっちに行くか」

「あ、ありがとう、ハジメくん……」

 

 容赦ない不意打ちかましたせいか、引きつった表情で香織が礼を言ってきた。

 

 ハンドルを回し、進路をあちらにセットする。

 

 すると、フロントガラスの向こうでは阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

 

 賊の頭が宙に浮いたかと思えば、街道に次々と血の花が咲いている。たった数十秒で怒号は悲鳴に変わっていた。

 

 あれなら配慮はもういらないな。とりあえず()()()()()()()()()

 

「全員シートベルトを締めろ、舌噛むぞ」

「シートベルト、って……」

「ハジメ、あんたまさか……!」

 

 後ろから聞こえる美空たちの声に、俺はアクセルを思い切り踏むことで返答した。

 

 一気に速度を上げた四輪に、後ろから「きゃっ」という小さな悲鳴と、次々とベルトをはめる音が聞こえる。

 

「ほら、香織、石動さん」

「あ、ありがと雫ちゃん……」

「これ、絶対法定速度守ってないし……」

「そんなもんこの世界にあるか。全員ベルトは締めたな?じゃあ行くぞ」

 

 セレクトレバー下のパネルから《KAMIKAZE》というボタンを選び、押すのと同時に魔力を流し込む。

 

 すると。大仰な変形音とともに、両サイドのガラスの向こうで巨大なジェットエンジンが展開された。

 

「ちょ、これ以上は──!?」

「さあ行くぞ、これが日本人の魂だ!」

 

 なんの躊躇もなく、俺は笑いながらジェットエンジンとともに現れたレバーを思いっきり下へ下げた。

 

 次の瞬間、空気が弾けるような音とともにジェットエンジンの下部が爆発し、グンとスピードアップする。

 

 そのままハンドルをしっかりと握りしめ、ようやくこちらに気づいて絶望的な顔をしている盗賊たちに突撃した。

 

 

 ドゴォ! バキッ! グシャ!

 

 

 生々しい音を立てながら、盗賊どもを跳ね飛ばしていく。

 

 ある盗賊は真正面からぶつかって体の前面が弾け飛び、あるものはジェットエンジンの炎に焼かれて窓に消し炭を残す。

 

 運良くかすっただけのやつも、軽く時速百二十キロは出てる四輪の前では内臓や骨が粉砕する音を響かせて宙を舞った。

 

 元からシュウジによって数が激減していたので、Uターンして一往復するだけで全員轢き殺すことができた。

 

 ちょうどそこでジェットエンジンの燃料が切れたので、緩やかにブレーキを踏んで停車する。

 

「悪人を見つけて即アクセル……教習所で習うことだろ?」

「そんな教習所……すぐにお縄になるわよ南雲くん……」

「……目が回る」

「スリリングだった……」

「ゲコッ」

「うっぷ……気持ち悪いですぅ……」

「この気持ち悪さは……守備範囲外なのじゃ……」

「み、美空、互いに回復魔法かけてみない……?」

「賛成……」

 

 ノックアウトされてるユエたちが回復するまで一旦待ち、動けるようになったところで車を降りる。

 

 外に出ると、急展開のオンパレードに理解力が追いつかなかったのか、間抜けな顔の隊商たちと顔合わせした。

 

「美空、香織、怪我人の治療をしてやってくれ」 

「わかった」

「任せといて」

 

 治癒師二人組に被害者の対応を任せ、それを手助けするというユエたちを見送ってから、視線を巡らせる。

 

 しばらく見渡していると、盗賊たちのものと思われる死体の山の上で、血塗れのシュウジが座っていた。

 

 〝暗器創造〟を使ったのだろうか、人骨らしきもので作られた槍を肩に預け、こちらに背を向けている。

 

「お疲れさん。怪我はないか? まあ、お前にそんな心配しても無意味だろうが……」

「……おう」

 

 短く答え、槍をエボルトの毒らしきもので溶かすと山の上で立ち上がる。

 

 魔法で返り血が消えたかと思えば、飛び降りてそのままユエたちの方へと行ってしまった。

 

「……はぁ。どうしたもんかな」

 

 後頭部をガリガリとかきながら、シュウジの後を追った。

 

「さっきからもしかして、って思ってたけど……」

「まさか、こんなところで会えるなんて……」

「私も、まさか香織たちに会えるとは思えませんでした……」

 

 ん、なんかフードのやつと話してるな。

 

「香織、美空、治療は終わったのか?」

「ひゃっ!?」

「あ、ハジメ」

「うん、もう終わったよ」

 

 普通に振り返る治癒師コンビ、飛び上がるフード。声からして女か。

 

 甲高い悲鳴をあげたフードの女は、恐る恐る俺のことを見上げ、それから何かを考えるようなそぶりを見せる。

 

 少しの時間を要した後、フードの女は人差し指をあげた。ピコン!と頭に電球が立ってそうだ。

 

「南雲さん……ですよね?それに、あちらにいるのは北野さん……でいいんですよね?」

 

 フードの女の指し示す方を見ると、相変わらずの仏頂面で治療し終わった冒険者の介抱をしている。

 

 こちらの会話が聞こえていたのか、視線をよこさずに手を挙げた。隣で手伝っていた八重樫が苦笑をこぼしている。

 

「えっと、以前と雰囲気が違うような……」

「あー、まあ気にしないでくれ」

「は、はぁ……ともかく、お久しぶりです。あなた方の生存は聞いています。あの奈落で生き残ったその強さに敬意を。本当に良かった……」

「ほんとね。死ぬはずがないって信じてたけど、やっぱりびっくりしたな」

「でもホッとしたよね」

「ふふ、美空も香織もとても心配していましたものね……でもその、寂しさを埋めるために風呂場でああいうことはちょっと……」

「「ちょっ!」」

 

 頬を赤らめるフードの女に、香織と美空が真っ赤になる……何をしていたのかは想像に難くない。

 

 しかし、ここまでの会話を聞く限りは二人の知り合いのようだ。それに俺たちのことも知っているし、なんとなく見覚えがある。

 

 だが……

 

「っていうか、そもそも誰だお前?」

「へっ?」

 

 そう聞いた瞬間、バッと振り返った香織と美空に信じられないという顔をされた。

 

 フードの女自身も予想外だったのか、ぽかんとしている。はて、やっぱりどこかで見たような気はするが……

 

 首を傾げていると、しゅんとしたフードの女に慌てて二人がこちらに駆け寄り……そして思いっきり足を踏まれた。

 

「い”っ!?」

「は、ハジメくん!王女様だよ!ハイリヒ王国の王女リリアーナだよ!」

「話したことくらいあるでしょ!なんで覚えてないの!」

「ちょ、お前らつま先を踏むな!」

 

 げしげしとピンポイントに踏みつけられるつま先がジンジンする。タンスの角にぶつけた時のようだ。

 

 しかし、王女リリアーナか……リリアーナ、リリアーナ……ああ!

 

「そういえばいたな、そんなやつ」

「グスッ、忘れられるのって結構悲しいものなんですね……グスッ」

「リリィー!泣かないで!ハジメくんがちょっと()()なだけだから!ハジメくんが()()()だけで、普通王女のリリィを忘れる人なんていないから!」

「おい、さりげなく罵倒するな」

「ハ〜ジ〜メ〜?」

「み、美空落ち着け、何回か会話した程度の人間なんて興味がなかったら半年もすれば忘れるだろ?」

「興味がっ……ふぐぅ」

「リリィ──!」

「ハジメ、ちょっと馬車の裏行こっか?」

 

 さらにへこむ王女、フォローする香織、俺に般若の表情で詰め寄る美空。

 

 結局、体育座りして馬車の端っこで拗ねた王女が立ち直るまで、俺は衆目の中で美空に説教された。

 

「いい!? 今度から興味がないとしてもちゃんと会話した相手のことは覚えておくこと! 常識だからね!」

「はい、肝に命じます」

「ハジメ」

 

 美空にそのまま土下座できるよう正座で説教を賜っていると、シュウジと八重樫が帰ってくる。

 

 シュウジは例のごとく無表情、八重樫はさっきから説教されているのを見ていたんだろう、微妙な半笑いだった。

 

「この隊商から話は聞いた。どうやらホルアド経由でアンカジに向かってたらしい」

「ああ、今のあそこは格好の商売時だろうからな。で、辿り着けそうなのか?」

「ああ、目的地に着くと壊れる仕様の、気配を消す魔道具を渡した」

「そうか」

 

 ちらりとシュウジたちの後ろを見ると、驚くべきことにまたしても馴染みの顔が。

 

 隊商長はフューレンで会った承認、もっとユンケル……間違えた、モットー・ユンケルだったのだ。

 

 モットーは俺の視線に気がつくと、帽子を取って胸に起き、緩やかに頭を下げる。どうやらあっちも覚えてるみたいだな。

 

 まああれだけ脅しをかけたのだ、商人特有の図太さで忘れられてなくて安心した。

 

「で、俺たちについでに護衛依頼をしたいそうだ。どうする?」

「……なあ、その前にそれどうにかしてくれないか?」

「何かおかしいことあるか?」

「……いや、なんでもない」

 

 言えない、ふざけてない真面目な顔が違和感がありすぎるなんて言えない。

 

 いつもとテンションの落差がひどくてどうにも落ち着かない。八重樫も苦笑いのままで……

 

「ちょっと解釈が違うけど、これもいいわね(いい笑顔)」

 

 ……そういえばシュウジのことに限って、地球にいた頃から香織レベルの重症だったな、八重樫。

 

「お話中失礼します。申し訳ありませんが、その時間を私にいただけないでしょうか?」

 

 護衛依頼をどうするか相談する前に、復活した王女様が割り込んできた。

 

「というと?」

「実は……問題が発生したのです」

 

 それから王女は、一呼吸置いて。

 

「愛子さんが、攫われました」

「………………は?」

 

 深刻そうな顔で告げられた最悪の事態に、シュウジが底冷えするような声を漏らした。

 

 

 またしても動けなくなるほどの殺気を纏ったシュウジは、怯えた表情で固まる王女様に詰め寄る。

 

「おい、それはどういうことだ王女様。ちゃんと説明してもらおうか、しっかりと、俺が理解できるように」

「ひぅ……」

 

 今にも暴れだしそうなほどの激情を感じさせる横顔で、シュウジが王女を睨みつける。

 

 その姿に少し、いやかなり驚いた。

 

 エボルトによれば、先生は女神マリスがシュウジの様子を観察するために選んだ依代である。

 

 それでもここまで必死になっているのは……やはりこいつなりに、色々と思うことがあるのだろう。

 

「ちょっとシュウジ、落ち着きなよ!」

「そうよ。今ここで彼女に怒っても仕方がない、そうでしょう?」

「……そう、だな。すまん王女様、ちょいとカッとなった」

「い、いえ……その、ちゃんと説明しますので、心を鎮めてお聞きくださいますか……?」

 

 完全にビビってた。宥めた八重樫と美空にジト目で見られ、バツが悪そうに頬をかく。

 

「では、お話しします……なぜ愛子がさらわれたのか。そして王族である私が、単身ここにいるのか」

 

 そして王女の語ったことを簡単に要約すると、こうだ。

 

 ここ最近王宮内の様子がおかしく、王女はずっと違和感のようなものを感じていたらしい。

 

 父でもある国王のエヒトへの過剰な心酔、それに感化される形での重鎮たちの変化。

 

 そこだけなら戦争の前だからで片付けられたのだが、どうやら城内の騎士や兵士が途端に無感情になったらしい。

 

 目に覇気はなく、受け答えもまるであらかじめ覚えた選択肢から選んでいるようで、とても気味が悪かったとか。

 

 いよいよ我慢ができなくなった王女は、最も信頼できるメルド団長に相談したところ、フューレンに迎えと言われたそうだ。

 

 他の連中ほどではないものの、明らかに人が変わったメルドは、そこに行けば解決の糸口があると断言したらしい。

 

 迷いのないメルドの言葉に困惑しているうちに、先生たちが帰還。ウルの町での事件が報告された。

 

 そして、俺たちの異端者認定が下されたのである。

 

「明らかにおかしな決定でした……先生の意見も、功績も全て無視して、あれでは独断です。父には抗議しましたが、むしろ私が異常者のように責め立てられて……」

「……なるほど、あれか」

「へ?」

「いや、なんでもない。続けてくれ」

 

 メルジーネでの試練が頭をよぎったものの、王女の話に耳を傾ける。流石に正座がきつくなってきた。

 

「とりあえずその場は父に同意して難を逃れたのですが……見てしまったんです」

「見たって……リリィ、何を見たの?」

「対面の窓から見ていたのですが、愛子と向き合っていた銀髪の修道女が、突然銀色の化け物になって……」

「っ!」

 

 シュウジが息を飲んだ。これは心当たりがある反応だ。

 

「窓が同じ色の何かで内側から塞がれて、次にそれが消えた時には、愛子が化け物に吸収されて……っ!」

「リリィ、もういいよ!」

「ゆっくり息を吸って。気持ちを落ち着けて、ね?」

「はい……すみません、突然取り乱して」

 

 治癒師コンビが王女の面倒を見ているのを傍目に、俺は聞いた話を整理する。

 

 国のトップの変貌、神敵と定められる、ここまでは解放者たちや、あの試練で見た人族と同じだ。

 

 そして銀色の化け物……ここにシュウジが反応したことから、おそらくランダと同じ《七罪の獣》関連か。

 

「で、それを見た王女様は、唯一の突破口かもしれないメルさんの言葉を信じて王宮を抜け出した……そういうことでいいんだな?」

「はい、ベルナージュお姉様の手引きで……今思えば、メルド団長は南雲さんたちのことを言っていたのでしょう。隊商の方々に混ざってホルアドまで行き、そのあとはフューレンに向かう算段でした」

「なるほど……お前、情報を一部隠してやがったな」

 

 おそらくはエボルトに言ったのだろう、俺にしか聞こえないような小声で悪態をつく。

 

 一方俺は、内心舌打ちをした。

 

 アサシンエボルボトルの時にシュウジが言っていた、王都にいる不穏分子とはこれだったのだ。

 

 あの先生が負け、攫われるほどの相手ともなれば、またカインの友人か……あるいは()()()()()が出てきてもおかしくないな。

 

 さて、そんな先生を助けるべきか否か。

 

 リスクで言えば、そんなの無視してさっさと樹海の迷宮へ行き、ほとぼりが冷めた頃に【神山】にあるという迷宮へ行けばいい。

 

 

 

 だが、それは果たして正しい選択だろうか?

 

 

 

 先生はウルの町で、俺に優しさを忘れないようにと教えてくれた。それまでの生き方では地球に帰ったとき、生きづらいと。

 

 その教えはまだ俺の中に生きている。そして確実に、あの人の教えは俺の言動を変えてきた。

 

 そんな先生を見捨てることは、優しさを捨てることではないか。美空や、ユエや、ウサギは笑っていられるだろうか。

 

 いいや、そんなはずはない。たとえあの人の正体がなんだろうと、それでも教えてくれたことは本物だ。

 

 ならば……

 

「先生を助けに行こう。あくまで王城の異変はついでだけどな」

「「ハジメ(くん)……!」」

「そうだろ、シュウジ?」

「……ああ。助けに行く」

 

 目を瞑っていたシュウジも、これ以上ないほどに真剣な思いを秘めた顔で答えた。

 

 美空と香織や、八重樫や、こちらに戻ってきたユエたちに目配せし、互いに頷き合う。

 

 覚悟は決まった。先生を助けるついでに何が襲いかかってこようが、俺たちなら負けるはずがない。

 

「せいぜい、その化け物の顔とやらを拝んでやろうじゃねえか」

「ああ。たとえ何が相手でも、あの人は助ける」

 

 そうして俺たちは、旅の順路を王都へと切り替えたのだった。

 

 

 

 

 

 ……あと、そろそろ正座解いても良いですかね美空さん?




いよいよ王都へ。

そして、新たな《獣》が……

コメントをくれると嬉しいです。


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二度目の再会

どうも、作者です。
この章は非常に文字数が多くなるため、ご了承ください。

エボルト「よう、エボルトだ。またあのクソ兄貴が登場すると知って萎えてるぜ」

ハジメ「ネタバレすんな……前回は王女に会ったな。シュウジのことも心配だ」

エボルト「大丈夫だ、これからビルド的展開が増えるから」

ハジメ「だからネタバレするなって。今回は先生の視点からスタートだ。それじゃあせーの、」



二人「「さてさてどうなる王都侵攻編!」」


 

 愛子 SIDE

 

 

 

 

 

 ……ここに連れ去られてから、何日が経過しただろう。

 

 

 

 

 

 鋼鉄造りの六畳一間、木製のベッドにイス、小さな机、そしてむき出しのトイレという簡素な部屋。

 

 手首につけられたブレスレット型のアーティファクトで魔法は使えず、物理的に出ようにも()()()()()()はいない。

 

 テレビで見た刑務所よりも酷いこんな場所でまだ耐えていられるのは、私の中にある〝彼女〟の記憶と……悩みがあるから。

 

「……()()()()、平気でしょうか」

 

 ベッドの隅で一人、ポツリと呟いてみる。

 

 ここに来てから眠るたび、夢を見る。

 

 それは苦しくて、寂しくて、何もかも自分の手で壊してしまった、一人ぼっちの人の夢。

 

 

 

 

 

『何も心配いらないよ、お父さん。もうお父さんが一人で戦う必要も、誰かが犠牲になる必要もないの』

 

 

 

 

 

『もう誰も、この世界にはいないんだもの』

 

 

 

 

 

『私こそが理。私こそが摂理。私こそがこの世界の審判者。故に──お前はそれに反している』

 

 

 

 

 

 失い、怒り、嘆き、悲しみ、そして人の心を切り捨てた。

 

 大切なご家族まで殺して、それでも願ったものは手に入らなくて、ついにはそれさえも歪めてしまった。

 

 その夢を見て痛みを知る度に、私の中で畑山愛子(わたし)からマリス(わたし)が剥離する。

 

 そして気づいた。

 

 私は彼女ではなく、ただ選ばれたのだと。私のこの甘さが彼女にとって都合が良かっただけなのだと。

 

 またそれは、私がマリスであった時にしていた数々の行動を客観的に見られるということで……

 

「あううう……年下の男の子を部屋に連れ込んで抱きつくなんて、なんてはしたない……」

 

 ウルの町で再会したときのことを思い返すと、今にも顔から火が出そうだ。

 

 あのリベルという女の子にもひどいことを言ってしまった。次に会ったら謝らないといけません! 

 

 しばらくベッドの上でゴロゴロと悶えて、気分が落ち着いたところで顔から手を剥がして天井を見上げる。

 

「……それでも、私は北野くんの先生です」

 

 私がマリス(わたし)でなくなっても、それでも御堂さんと交わした言葉は変わらない。

 

 私は教師だ。教師は生徒を守るもの。ならば北野くんは、私が全力で守るべき生徒の一人である。

 

 もう私に、清水くんを説得したときのような強さはないけれど。何も力を持たない、ただの女だけれど。

 

「ちゃんと私が、北野くんをみんなと一緒に地球へ帰すんです……!」

「……そりゃどうも。相変わらず職務に熱心だな」

「はわっ!?」

 

 突然聞こえた声に、反射的に窓を見る。

 

 すると、格子のはまったガラスの向こう側に、ここにはいないはずの北野くんの顔があった。

 

「き、北野くん!? どうしてここに……ていうかここ、すごく高い塔の最上階……」

「……その様子だと、意識は愛子ちゃんに戻ってるのか。まあいい、そっから動くなよ」

 

 スパパン、という音がしたと思えば、壁に赤いトゲのようなものが生えて壁をくり抜く。

 

 外から壁の一部を剥がし、中に入ってきたのは……やっぱり北野くんでした。

 

「よう、愛子ちゃん。助けに来たぞ」

「……その、ありがとうございます」

「……おう」

 

 ……気まずい空気が流れる。

 

 私は夢という形で、北野くんのことを知ってしまった。その身が人間ではなく、器であったことを。

 

 北野くんからすれば、私は女神マリスに操られた哀れな女でしょう……ああ、考え方に彼女()()()が残っています。

 

「や、八重樫さんたちは元気ですか?」

「まあ、な……で、愛子ちゃんはどこまで知ってる?」

「……全て、です。最初に彼女がおとうさ……あ、いえ、カインさんが北野くんたちを庇って連れて行かれて、それから彼女が女神になってからの記憶を……」

 

 おそらく、ようやくカインさんを手に入れたことで、記憶の繋がりのガードが緩んだ。

 

 この夢は多分、逆流のようなものなのでしょう。あるいはヴェノムさんがストッパーになってたのかも。

 

「そっか……とりあえずそれ、外すから手を出してくれ」

「は、はい」

 

 恐る恐るブレスレットのはまった手を差し出すと、北野くんの手にいつの間にか赤いナイフが握られている。

 

 次の瞬間、その手が煌めいた。

 

 するとパキンと音を立ててブレスレットが手から外れ、ベッドに落ちる。

 

「これで平気だ。もう……その、あいつの魔法も使えるはずだ」

「そう、ですね……」

 

 またしても気まずくなってしまった。はう、教師としての自分の未熟さを感じます。

 

 申し訳なく思いながら北野くんの顔を見ると……ふと、あることに気づいた。

 

「……北野くん」

「なんだ、愛子ちゃん」

「何か、悩んでいませんか?」

「っ……」

 

 この反応は図星ですね。いや、それを隠さない時点で少し変です。

 

 思えば、いつもの北野くんなら最初に話しかけた時点で、何か私を元気付けるような冗談を言ったはずでした。

 

 それなのに、今もわかりやすいくらいに動揺している…… マリス(わたし)の経験が何かあると言っていた。

 

「北野くん。今の私は、畑山愛子です」

 

 居住まいを正して、はっきりとした口調で北野くんに話しかける。

 

 そんな場合じゃないと分かっているけど……それでも、どうしてもこの場で話をしたかった。

 

「そりゃ、見ればわかるけど……」

「つまりあなたの、北野シュウジくんの先生です。先生は生徒の悩み事を聞く義務があります」

「……学校は自己解決力を育てる場所でもあるんじゃねえの?」

「いいえ、むしろその逆です。人と協調し、時に頼り、時に頼られる。その限度を学ぶ場です。だから……話してください。北野くんの悩みを」

 

 北野くんは、難しい顔をして押し黙ってしまった。よっぽど他の人に相談したくないことなのでしょう。

 

 それでもじっと見つめると……はぁ、というため息を吐いて、北野くんは帽子の上から頭をかいた。

 

「その洞察力、愛子ちゃんになっても変わってないのか」

「はい、複雑な心境ではありますが……彼女の記憶や経験は、活用させてもらってます」

「むしろその方がありがたいが……あー、まあ教師に相談ってのも高校生らしいかもな」

 

 帽子を脱いでベッドに放り、北野くんは私の隣に座ります。

 

 これは、話をしてくれるということでいいのでしょうか。ちょっと雰囲気はやさぐれていますが、嬉しいです。

 

「んじゃ愛子ちゃん、少し聞いて欲しいんだけどさ。ああ、つってもこの後かなりヤバいことになるから手短にな」

「はい。先生に答えられることなら、誠心誠意相談に乗りますよ」

 

 そして私は、北野くんのお話を聞くことにしたのです。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 ネルファ SIDE

 

 

 

「──ッ!」

 

 

 

 鋭い痛みに目を覚ます。

 

 覚醒に一瞬、その後あらゆる事態を把握するために知覚能力を最大限に活用する。

 

 場所は私に割り当てられた寝室。魔法は……使えない。何かによって魔力の動きを阻害されている。

 

 影の中に潜ませている九の従魔も召喚できない。ならば切り札である悪魔の力は……もっと強い力で押さえ込まれていた。

 

 最後に痛みの発生源へ目を向けると……見覚えのある赤い双剣で、両手が壁に磔にされていた。

 

「……完璧な拘束。これならば我が身の力を抑えられるでしょう。(わたくし)を相手にここまでするとは、たいしたものですわ」

「お褒めに預かり光栄だ。神の力ってのは便利だよなぁ?」

 

 視線を巡らせ、窓際を見やる。

 

 普段ワインを飲むために使う机には赤い蜘蛛型の機械が置かれ.椅子には一人の男がいる。

 

 目の痛くなるような赤い衣装。露わになった上半身は逞しく、己の美をあえて魅せる出で立ちをしている。

 

「会いたかったぜぇ、女ぁ?」

 

 蜘蛛を指でいじるのをやめ、男──キルバスと名乗る獣は、こちらを見た。

 

 その瞳が怪しく輝き、青い二つの光は暗がりでよく映える。もっとも、おぞましいという意味ですが。

 

「私は金輪際お会いしたくはありませんでしたわ。ああいえ、報復をするという意味ならば、一目だけは例外ですわね」

「いいねぇ、嫌いじゃないぜその殺意。だが生憎と、今回は殺し合いをしに来たんじゃあない」

「……さて、どうかしら」

 

 ……目的があるとすれば、三つ。

 

 

 

 一つ。この王都において最大戦力たる私を暗殺する。

 

 

 

 一つ。拷問し、あの御方の情報を聞き出す。

 

 

 

 一つ。私を何かしらの手段で堕とし、あちら側に引き入れる。

 

 

 

 どちらでもいいが、屈する気は毛頭ない。既に我が身はあの方とその信念に捧げた身だ。

 

 このような畜生に何もくれてはあげません。どのみちこの剣の神気に侵されて死ぬでしょうが、たったそれだけのこと。

 

 従魔で死の肩代わりはできる。むしろ、もう一度死ぬまでにこの男の片腕でも食らってやりましょう。

 

「それで? お話とは一体何かしら」

「何、本当の戦いが始まるまでの余興さ。忌々しいが、今の俺は王ではなく駒だ。だからお使いをしなきゃならない」

「はぁ? 一体何を……っ」

 

 不意に、大量の敵意を感じる。

 

 それは魔法ではなく、私の本能が告げた危機。この王都に何千何万という何かが迫ってきている。

 

 未だ遠いものの、この速度ではここにたどり着くまでに一時間、早くて十数分というところだろう。

 

「なるほど、これが来るまでの暇つぶしということですか」

「目敏いな。ああそうさ。何の前触れもなく、人間どもは滅び去る! 最高のショーを俺はこの目で見にきた!」

「呆れたこと。確かにこの世界の人間は愚か者ばかりではありますが、罪はないというのに」

「お前たちの罪の規範など、俺には関係ない。俺はただ楽しみたいだけさ」

 

 ……ああ。この男、快楽主義者か。

 

 薄々感じてはいましたけれど、相手にすることすら苦になる一番面倒なタイプですわね。

 

「だが俺は、もっと楽しいものを見つけた。このショーをさらに良いものにすることをな?」

「それが私に何の関係があって? 言っておきますが、私は別にこの国全てが滅ぼうがどうでも良いですわ」

 

 御堂英子としての、クラスメイトたちへの親愛の情は記憶が戻った時に消え去った。

 

 対等ではないとはいえ、唯一友と見初めた八重樫雫はあの方と共にいる。あとはすべて使い捨てていい愚図だ。

 

 ああ……でも少しだけ残念かしら。

 

 あの少しだけマシになった愚種……天之河光輝がこれからどうあがくのか、見てみたかったのですけれど。

 

「ああ、そうだろうな。お前は俺たちブラッド族と同じ冷徹な人間だ。だが……お前がその滅びに加担するとしたら?」

「何?」

 

 この男、いきなり何を言っている? 

 

「ハハハハ、驚いたぞ! まさかお前が()()()()()だったとはな! そうとも知らずに殺してしまった!」

「訳のわからないことを……」

 

 平然を装いながらも、私の中に嫌な予感が芽生え始めた。

 

 この場でじっとしていてはいけない。このままでいれば、私にさえ取り返しのつかないことが起きる。

 

 既に両腕に侵食しきった神気の悍ましさを堪え、剣に縫い付けられた掌を解放しようと力んだ。

 

 

 

「すぐにわかるさ……こうすることでな」

 

 

 

 だが、その前にキルバスが指を鳴らした。

 

「がぁあああああああッ!!???」

 

 その瞬間、赤く輝いた双剣からそれまでのものとは比べ物にならない神気が流れ込む。

 

 感じたことのない痛み。自らが内側から見るも無残に破壊され、無理やり別のものに作り替えられていく感覚。

 

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 

 

「わたくしに、何、を……!」

「さあ、目覚めろ! 俺たちの()()よ!」

 

 同胞その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが壊れ──脳裏に記憶が流れた。

 

 

 

 

 

 マリスの装置で時空を旅をする、我が魂。

 

 

 

 

 

 長い旅の果てに、ついにあの方の魂の輝きを見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 一人の赤子に入り込んだ途端に失われた、多くの記憶と力。

 

 

 

 

 

 

 

 己が何者かを忘れ、十七年を生き……この世界へ召喚された。

 

 

 

 

 

 

 

 その最中、再び輝きを取り戻し始めたこの魂に、どこからか手が伸びて──

 

 

 

 

 

 

 

「──ああ、そういうことですのね」

 

 そして私は、思い出した。

 

 その瞬間、全てが消える。痛みも、感情も。

 

 あの方との記憶への、愛さえも。

 

「思い出したようだな?」

「……ええ、忌々しいことに。それよりこの爪楊枝、抜いてくださる?」

 

 キルバスが歩み寄り、私の両手から剣を引き抜く。

 

 途端に私は寝床の上で立ち上がり、一糸纏わぬ我が身に魔力で服を編んだ。

 

「はぁ……よもやこのような失態を犯すとは。我が人生において最大の過ちですわ」

 

 盛大なため息と共に、己の未熟を戒める。

 

 あの方の弟子たるこの身が、あのようなものに縛られていようとは。

 

 ああ、考えただけで寒気がする。この身が不死身でなければ、今すぐにでも自害してしまいたい。

 

 嫌悪と共に、穴の塞がった右手の甲を見れば……そこには一つの言葉を意味する印が刻まれていた。

 

 

 

 ── 傲慢(ごうまん)、と。

 

 

 

「ですが、もはや魂まで絡め取られれば私とて万事休す。この最悪の 運命(さだめ)を受け入れましょう」

 

 反吐が出るような決意とともに、私は腕を縛る黒い輪を見る。

 

 〝それ〟を自覚した途端に、これには新たな力が宿った。我が傲慢なる魂から形を成した力だ。

 

 ……あの方や、八重樫雫にこの痴態を見られるのも癪です。どうせ呪われたというのなら使いましょう。

 

 

 

アマゾン

 

 

 

 言葉を紡ぎ、黒い輪の一部を押し倒す。

 

 その瞬間、全身から力が弾け……私の体に鎧が纏われた。

 

「……なかなか着心地は悪くありませんわね」

「ほお、それがお前の力か。パンドラボックスに吸収させればいいエネルギーになりそうだ」

「ご冗談を……さあ、行きますわよキルバス」

「ほう? 何処へだ?」

 

 寝床から飛び降り、私は歩み出す。

 

 

 

 

 

「──無論、この《傲慢の獣》たる我が力を試しに」

 

 

 

 

 

 さあ、食事へと参りましょう。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 雫 SIDE

 

 

 

【神山】に言って愛子ちゃんを助けるというシューと別れ、私たちは王宮に潜入を試みていた。

 

 王族専用の隠し通路を進むメンバーは、私と香織、ユエさん、シアさん、リリアーナの五人。

 

 南雲くん、石動さん、ウサギさん、ティオさんはそれぞれ、王都に異変が起きないか各所で待機するらしい。

 

 

 

 これはシューの立てた作戦だ。

 

 

 

 リリアーナの言っていた銀色の化け物が現れる可能性が最も高いのは、愛子ちゃんの近くらしい。

 

 シューは、正体不明のその化け物に対抗できるのは自分だけだと。そう、確信をもって言ったのだ。

 

 更には、今回の王城の異変に乗じて王都にもあることが起こるから、南雲くんたちにはその対応を。

 

 そして、私たちには御堂さんや光輝たちと……光輝の名前は絶対言わなかったけど……と合流してほしい、と。

 

 

 

 

 

 今はすべてを語る暇もないし、喋れない。だが絶対に悪い結果にはしないから、信じてくれ──

 

 

 

 

 

 時折見せる真剣な表情……まあ、最近はいつも静かなのだけど……で言うシューを、私たちは信じた。

 

 あの顔の時に言う言葉は、必ず意味がある。そして悪い結果にしないというのなら、決してそうはならない。

 

 だからこうして、二手に分かれているのだけど……

 

「皆さん、無事でしょうか……」

「あまり気にしてばかりでも悪いわよ」

「そうだよ。きっと大丈夫だから」

「はい……」

 

 香織と一緒にリリアーナを元気付けるものの、私も嫌な予感を覚えている。

 

 何か、致命的な事態がどこかで起こっているような。

 

 このままだと取り返しのつかないことが起こる気がする。気のせいだといいのだけど……

 

「っと、ここが出口です」

 

 リリィが手を置くと、突き当たりだった前方の壁が横に移動する。

 

 警戒しながら外に出ると、そこは客室の一室だった。

 

 全員が出ると音も立てずにアンティークが元に戻り、何事もなかったようになる。

 

「この時間ならみんな寝てるわね……とりあえず、御堂さんと龍太郎のところへ行きましょう」

 

 あちらの最高戦力はあの二人だ。光輝は……言っては悪いけれど、龍太郎たちに数段劣る。

 

 それでも、まずは二人と合流できれば次は光輝のところなのだけど。他の皆も光輝の言葉ならすぐに従うでしょうしね。

 

「賛成です」

「私が先頭になります。雫さんは殿をお願いしますぅ」

「わかったわ。香織、リリアーナ、ユエさんから離れないでね」

「わかったよ」

「ん、任せて」

 

 隊列を組み、警戒を張って城内を移動し始める。

 

 私たちに割り当てられた場所はこの区画とは別の棟にあるので、そちらまで移動しなければならない。

 

 索敵能力の高いシアさんと共に神経を張り巡らせ、僅かな音も逃さずに慎重に進んでいく。

 

 途中兵士に見つかりかけたけれど、シアさんが野良ウサギの声真似をして難を逃れた。なんでアレで誤魔化せたのかしら。

 

 そのあとは特に目をつけられることもなく、もう少しで光輝たちのいる棟に着くというところまで来た。

 

 

 

 ドォオオオオンッ!!! 

 

 

 

「わっ!?」

「きゃっ!?」

「香織! リリアーナ!」

 

 突然、王城全体を振るわせるような地震と轟音が響き渡る。

 

 バランスを崩しかけた二人を受け止め、一気に警戒を引き上げると……ガラスが割れるような大きな音が響いた。

 

「わわっ、何ですか一体!?」

「っ……これは」

 

 耳障りなその音に顔をしかめていると、兎耳をぺたんとしたシアさんの様子に、ユエさんが眉をひそめる。

 

「これはっ……まさか!?」

「あ、リリアーナ!」

 

 危ないかもしれないのに、腕の中からリリアーナが飛び出して窓際へ行ってしまった。

 

 ユエさんに目配せすると、頷かれる。すぐには危ない状況にはならないみたいね。

 

「香織、怪我はない?」

「う、うん。でも、一体何が……」

 

 香織の質問に答えず、というよりも私も何が起こっているのかわからないので、皆で窓際へ行く。

 

 そして、そこから見えた光景に目を見開いた。

 

「そんな……大結界が……砕かれた?」

 

 王都の夜空に、キラキラと輝く魔力の粒子。

 

 それはこの王都を守っていた結界の成れの果てで、私たちの前で粒子はあっという間に霧散していった。

 

 リリアーナが、隣でありえないとでもいうように驚愕し、震える声で呟く口を両手で押さえている。

 

 何か声をかけようとした途端、視界の端で閃光が瞬いた。そして空中に白い膜が出現し、軋みを上げる。

 

「第二結界も……どうして……こんなに脆くなっているのです? これでは、直ぐに……」

「大結界が、攻撃されている……?」

 

 確か、以前聞いた話によれば大結界は三重の構造となっており、非常に強固だという話だった。

 

 なんでも結界コンテストで「ここ数ないんで最高の固さ」とか「近年稀に見る固さ」と称賛されているらしい。

 

 定期的に宮廷の魔法使いが補強しているという話だったけど……私の目には、とても堅牢には思えない。

 

「ねえリリアーナ、もしかして一枚目の結界は壊れることが前提、というわけではないわよね?」

「ええ、そんなはずありません。数百年にわたり、魔人族からこの王都を守ってきたのですから……」

「じゃあ、いきなりどうして……」

「……内通者がいる可能性がある」

「ありえない話、じゃなさそうですぅ」

 

 確かに、強固な大結界があっさりと破壊されるなんて、こちらに手引きした人間がいるはずだ。

 

 もろちん、さっきの攻撃と思しき閃光も相当に強力なのでしょうけど……その可能性は、とても高い。

 

 どちらも気になるところだけど、にわかに王城が騒がしくなってきた。これ以上立ち居往生はしてられないようね。

 

「とりあえず、一刻も早く御堂さんたちと──」

 

 作戦に戻ろうと促そうとした瞬間、廊下に独特の着信音が響く。

 

「あ、私だわ」

 

 ポケットから携帯を取り出すと、南雲くんから電話がかかっていた。

 

 アイコンタクトをしてユエさんたちに警戒を頼み、画面をタップして着信に応答する。

 

「もしもし、南雲くん? そちらは何か見えてる?」

『ああ、悪い知らせだ。南方の1キロ先、魔人族と魔物の大群がいる』

「っ、そう」

 

 考えうる限りでも最悪の事態だった。まさかこんなタイミングで攻めてくるなんて。

 

 ……いや、違う。()()()()()()()()()()()()だ。王城の異変も、大結界の弱体も仕組まれていたの? 

 

『おまけに、あのフリーザだかフロストだかいう魔神族と白竜もいやがる。さっきの大結界を破ったのはあいつのブレスだな』

「フリード・バクアーよ、南雲くん……それで、どうにかできそう?」

『──当たり前だ』

 

 力強い、通話越しでも体が震えるような声音で南雲くんは断言する。

 

 彼は、できると一度言えばどんな手段を使ってもやり遂げる人だ。魔人族の軍団もどうにかできてしまうのだろう。

 

 改めてその規格外さに思わず苦笑いをこぼしながら、南雲くんたちに撃退をお願いした。もう一度強い肯定が返ってくる。

 

「それじゃあお願いね」

『おう。そっちも気を付けろよ』

 

 通話を切ると、ユエさんたちからどうだった? という視線が飛んできた。

 

 手短に状況を伝えると、ユエさんとシアさんが窓の外へ鋭い視線を向ける。

 

 彼女たちからすれば、南雲くんがあれだけの大怪我を負ったフリードを倒しに行きたいのでしょう。

 

 でも……

 

「……二人とも、あちらが気になるのはわかるけど」

「……ん、平気。フリードなんてハジメがボッコボコにする」

「ユエさんの言う通りですっ。それに、あっちにはウサギさんがいますから!」

 

 振り返った二人の表情からは、確信の想いがありありと伝わってきた。

 

 この二人は本当に南雲くんを信頼しているのね。この際恋人が複数いることは何も言わないけど、香織、勝機あるかしら……

 

 そんなことを考えながらも、未練を断ち切ったユエさんたちと共に再び移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あんなことになるなんて、思わずに。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

ネルファの身に何が……?

コメントをいただけると嬉しいです。


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ウサギVSシザーロストスマッシュ

どうも、この章になってからやたらと文字数が増えてることに難儀している作者です。振られた回がUA多くて笑った。

エボルト「おう、最近全くセリフがないエボルトだ。前回はいよいよ王都侵攻が始まったな」

ハジメ「面倒臭いが、先生を助けるためならな。つーか御堂裏切ってんだけど」

エボルト「俺はあのクソ兄貴がまた出てきたことにキレそうだね。さて、今回はウサギの戦いだ。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる王都侵攻編!」」




「…………見づらい」

「そりゃこんだけ暗ければな」

 

 思わず不満をこぼすと、ハジメが頭を撫でてくれる。

 

 思わず頬を緩めながら、でもこれ以上はアルバムを見るのは無理だと思って指輪の〝宝物庫〟にしまった。

 

 それから立ち上がって、時計塔から街の中を見下ろす。

 

 今にも壊れてしまいそうな大結界を見て、みんな騒いでる。怖がって、泣いて、逃げようとしてる。

 

 道端で呆然としてる人、荷物を持って王宮へ避難しようとする人、そんな人たちに家に入るよう叫ぶ兵士。

 

「……!」

 

 その中に、女を見つけた。

 

 誰もが逃げ惑う中で、大通りの中で()()()()()を開いた彼女は、はっきりとこちらを見上げている。

 

 初めは気づいていないみたいで、大結界の方を見ている。でも私はじっと彼女と目を合わせ続けた。

 

 他の人間とは違う、()()()()()()()()()彼女は……ふと、妖艶な紅色の唇を開いた。

 

 

 

 〝が ん ば り ま し ょ う ね〟

 

 

 

「っ!」

 

 その瞬間、全てを悟る。

 

「……そっか、ここにいたんだね」

 

 グリューエンの大迷宮にいなかったから、もしかしてマグマの下に沈んだんじゃないかと思ってた。

 

 私には、他のホムンクルスと一緒に作られ、わずかに言葉を交わした、遥か昔の記憶が残ってる。

 

 その中で誰より平和を愛し、そして帽子を愛した〝姉〟を思い出して……私は思わず微笑んだ。

 

「ウサギ、来るぞ」

「ん、わかった」

 

 でも、そんな時間はない。

 

 ハジメの声掛けに、前を見ると──ちょうど、最後の大結界が破れる瞬間だった。

 

 砕け散った三枚目の大結界の破片が美しく空へ飛び散る中、地響きを立てて魔人族と魔物の軍団が押し寄せる。

 

 そして、文字通り最後の砦である石の外壁へ殺到し──

 

 

 

 

 

 パチン。

 

 

 

 

 

 その瞬間、私の耳は確かに指を鳴らす音を捉えた。

 

 すると外壁から王都を守るように、新しくドーム状の結界が展開する。

 

 

 半透明のそれは、あらゆる侵攻を妨げた。

 

 

 物理的に壁を壊そうとしていた魔物も、魔人族の魔法の嵐も、空から入ろうとした灰色のトカゲや黒い鷲さえも。

 

 防いでるんじゃない。ただ()()()()()()()()()()()()()()()。巻き戻すように、何もかもを拒絶するのだ。

 

「おいおい、これはどういうことだ?実は四枚目がありましたってオチかよ?」

 

 街の中から困惑する声が聞こえる中で、ハジメも困惑してる。

 

 もう一度振り返って、あの人を探すけど……もう大通りには跡形もなく、帽子の一つも残ってなかった。

 

 でも、わかる。この結界は、力無き人々を守るための壊れない揺り籠を作れるのは、紛れもなく……

 

「……ありがとう、お姉ちゃん」

「お姉ちゃん?ウサギ、何言ってるんだ?」

「……なんでもないよ。ハジメ、作戦を始めよう?」

「あ、ああ、そうだな」

 

 一瞬困ったけど、ハジメは不敵に笑って銃を抜いた。

 

「じゃあ、お願い」

「…………」

 

 さっきからずっと隣にいた、()()()()()()()()()()()()()()()が頷いた。

 

 彼が手をかざすと、私たちの前に空間の亀裂が二つ生まれる。その向こうにはそれぞれ、外壁の上と街道があった。

 

「それじゃあ、頑張れよ。あと必要以上の怪我はしないようにな」

「ん、ハジメもね」

 

 私は街道へ、ハジメは外壁へ。

 

 亀裂をくぐると、そこは道の真ん中。後から私の方に現れた彼の空間魔法でワープしてきた。

 

 空を見上げると、ちょうど大きな白いトカゲが、灰色のトカゲの群れを引き連れて飛んでいくところだった。

 

「ハジメ、頑張ってね。私も頑張るから」

 

 あの冷たそうな名前の魔人族をけちょんけちょんにするハジメを想像しながら、私も準備に入った。

 

 街道の向こうからは、まだまだ魔人族と魔物の軍勢がやってくる。外壁を突破できない時の第二陣だろう。

 

 〝宝物庫〟から黒い、流線的なガントレットを取り出して装着する。シューズの方も魔力を流すと問題なかった。

 

「頑張ろうね」

「…………」

 

 最後に振り返って、男にそう言うと、彼は無言で頷いた。

 

「じゃあ、始めよう」

 

 

 

 ──月の小函(ムーンセル)、起動。

 

 

 

 心臓の位置にある月の小函(ムーンセル)の、生命活動用回路に接続された魔力を戦闘用回路に切り替える。

 

 すると瞬く間に数十倍に回転効率が上がって、全身から桃色の放電現象が起こった。

 

 ん、これなら平気そう。シュウジとハジメの作ってくれた新しいパーカーのおかげで、反動は回復できてる。

 

 ガントレットも、シューズも……壊れてない。エボルトの装甲から作ったらしいけど、頑丈だ。

 

「ふぅ……」

 

 息を吐き、気持ちを落ち着ける。

 

 そうすることで膨大な魔力のコントロールを確かなものにして、私は迫り来る軍勢へと目を向けた。

 

 右半身を引き、腰を落とす。腰だめに握りしめた拳を構え、近づく地鳴りに大地をしっかりと踏みしめる。

 

「第一段階解放……出力65%」

 

 そしていよいよ、先頭の魔物の顔が見えるくらいに近づいてきた、その瞬間。

 

兎貫(とっかん)

 

 踏み込み、拳を繰り出す。

 

 

 

ゴバァッ!!!!!

 

 

 

 街道に一瞬の静寂が響き──そして、私の突き出した拳から先の全てがことごとく吹き飛んでいった。

 

 地は抉れ、木々は風圧で消し飛び、そして魔の軍勢は肉と内臓を撒き散らして、みんなミンチになる。

 

「三割くらい……かな?」

 

 結構削れた。魔人族も魔物も立ち止まって、私を困惑した目で見てきた。

 

 後ろがにわかに騒がしくなる。私の攻撃で軍勢が減ったのを察知したんだね。

 

 

 

 ドッゴォオオオオン!

 

 

 

 後ろを振り向くと、ちょうど私に向かってこようとした、あの白いトカゲの周りの灰色のトカゲが吹っ飛んだ。

 

 爆炎の中から黒こげになった灰色のトカゲが落ちてきて、私は外壁に立つ黒いコートの彼を見る。

 

 

 

 〝こっちは任せろ。お前の方には一匹も行かせねえ〟

 〝……ん、ありがとね〟

 

 

 

 後ろの心配はいらない。だって、私が知っている誰よりも強くて、諦めの悪い彼が守ってくれるから。

 

「…………」

「わかってるよ。ありがとう」

 

 軍勢を指差す彼に、私は視線を前に戻す。

 

 すると、みんな殺気立っていた。怒った顔をして、私と彼を今にも飛び出しそうな目で睨んでいる。

 

 まるで私が後ろを振り向いていたことに怒っているみたいな……

 

「……あ、そっか。私が興味ないから怒ってるんだ」

 

 静かな街道に、私の呟きがこだまする。

 

 その瞬間、さっきよりもさらにすごい怒った顔で私を殺そうと襲いかかってきた。

 

 ん、この数は少し多いな。怪我したらハジメが怒るし、新しいパーカーをあんまり汚したくない。

 

 どうしようか考えていると、黒い鷲に乗った魔人族たちから大量の魔法が降り注いできた。

 

「よくも俺たちの仲間をぉおおお!」

「獣風情がぁあああああ!」

「殺してやるぞ、薄汚い小娘ぇえええええ!」

 

 そして鷲の上から、魔人族たちはそんなふうに言ってくる。

 

 ……薄汚い? ルイネとユエがデザインして、シュウジが作ってくれたこの服が、薄汚い?

 

「その言葉は、許せない」

 

 月の小函(ムーンセル)をフル回転させて、全身の回路に魔力を回す。

 

 迸る桃色の雷を左脚に纏い、回し蹴りの風圧で魔法を、ついでに前から近寄ってきてた魔物を全てかき消した。

 

 うん、やっぱりすごい。魔力を衝撃波に変える機能があるって言ってたけど、ちゃんと私にフィットしてる。

 

 驚いて固まった魔人族たちに、私はタカフルボトルをガントレットの手の甲についたスロットに入れる。

 

 そして魔力を固定して凝縮する機能を使って両手に拳サイズの球を作り、それを左右から投げ放った。

 

 タカフルボトルの性質を持つ球は、空中で何十にも分解して飛び回り、魔人族や、彼らの乗る鷲を、空に蔓延る魔物たちの頭を貫く。

 

「な、なんだこれは!?」

「避けろ!凄まじい貫通力を持っているぞ!」

「おのれぇ、獣人族ごときがぁ!」

 

 球を避けながら、魔法をこちらに放ってくる魔人族。むう、面倒くさい。

 

 あの球は一度打ち出すと消えるまで操作できない。なので仕方がなく、パンチの風圧で対応した。

 

 無数の炎弾、嵐のような風の刃の集合体、冷たそうな氷の杭。全部を月の小函(ムーンセル)から力を得て消し去る。

 

 ついでに、どさくさに紛れて近づいてきた魔物たちも蹴り殺した。みんな脆くて、全然強くない。

 

「くっ、なんなんだこいつは!本当に獣人族か!?」

「狼狽るな!空は我らの領域、全方位から魔法と石針で畳み掛けろ!」

 

 一つ目のおっきな魔物の頭をハイキックで刈り取ると、魔人族たちは上空で四方に分かれる。

 

 そうすると私を包囲して、すべての角度から魔法を撃ってきた。数で押しつぶそう、ってことなのかな。

 

「そんなに私は、甘くないよ」

 

 その全てを、全身に満遍なく強化を施すことで()()()()()()()()叩き落とした。

 

「なっ、分身して……!?」

「えい」

 

 固まってる魔人族の一人、一番大きな黒い鷲に乗ってる魔人族に一足飛びで近づいて、鷲の顔を蹴り飛ばす。

 

 すると、首の骨を折る感覚がして、鷲は魔人族と一緒に地上にいる魔物の群れの中に吹っ飛んだ。

 

「ミハイル隊長!?」

「おのれぇ!」

 

 驚いた他の魔人族たちが、至近距離で魔法を撃ち込んでくる。鷲のほうも変な針を飛ばしてきた。

 

 今度は分散させずに魔力弾を投げてすべてを相殺して、地面に着地する。

 

「……ん」

 

 その時に、少しチクッとした。

 

 肩を見ると、灰色の刺が刺さっている。さっき魔法に紛れて飛んできたのが、一本当たっちゃったのかな。

 

 刺が刺さった場所から、少しずつ肌が石になっていく。思わず顔をしかめると、魔人族たちは上で笑顔になった。

 

「やったぞ! コートリスの石針が刺さっている!」

「これで終わりだ!」

 

 さっきからこの針を飛ばしてきたあの黒い鷲、コートリスっていうんだ。

 

 とりあえず引っこ抜いて握り潰すけど、石化は止まらない。体の中に変なものが回ってる。

 

 ……どうしようかな。私はシアみたいに再生魔法で治せないし。

 

 それぞれの神代魔法の適性に特化した私たちホムンクルスは、他の神代魔法を使えない。不便だ。

 

「…………」

 

 とりあえず、ジリジリと近寄ってくる敵に左手だけで戦おうとすると、それまでずっと側に立っていた彼が肩に手を置いた。

 

 すると、みるみるうちに肩が治る。体の中にあった、変な感じもすぐに消えていった。

 

「ありがとう」

「…………(コクリ)」

「なっ、薬もなしにコートリスの石針を!?」

「あの男を殺せ、厄介な魔法を使うぞ!」

 

 魔人族が、彼に目をつけた。

 

 すぐに魔法陣が構築されて、私もろとも彼を圧死させようと様々な魔法が飛んでくる。

 

 もういい加減に見飽きてきたし……それに、さっきからすごい音がしてる外壁にいるハジメが心配だ。

 

「そろそろかな……もういいよ。()()()()()()

 

 だから私は、彼にそう囁いた。

 

「…………ッ!!!」

 

 彼は、待っていましたというように私と同じだった無表情を笑いに変えた。

 

 次の瞬間、私たちに魔法の嵐が炸裂する。すごい音がして、街道が盛大にえぐれた。

 

「やったか!?」

「獣ごときが、調子に乗るからだ!」

「…………ん? いや、待てっ! 何かがおかしいぞ!」

 

 煙が晴れて、周りが見えるようになる。

 

 まず最初に見えたのは、とても大きな腕。私たちを魔法から守ったその腕は月の光を覆い隠す。

 

 それがどかされると、またぽかんとした顔の魔人族達がいた。彼らは皆、私の隣にいる彼を見ている。

 

「グルルルル……」

 

 その腕は、彼のものだった。不釣り合いなほどに大きなそれは鱗に覆われていて、鉤爪はまるで剣山のよう。

 

「な、なんだあいつは!?人間じゃなkクペッ?」

「トーマスぅ!?」

 

 彼の突き出した右腕が、しゃべっていた魔人族を他の何人かと一緒に握りつぶす。

 

 開かれた彼の腕から血肉が滴り落ちて、地面に振り下ろされた腕に押しつぶされた。

 

「ガ、ァァアアアア──────!!!」

 

 そして、彼の体は変わり始めた。

 

 お父さんの……()()()()の姿から、本来の姿へ。木々をなぎ倒し、恐怖に固まっていた魔物を挽き肉へ変え、大きくなる。

 

 どんどん大きくなった彼は、やがて月の光をその体で覆い隠して──そして、魔人族と魔物達を20の目で見下ろした。

 

「な、な……」

「暴れて……フィーラー」

 

 

 

 

 

 オオォォォォオオオオオオオオオ!!!!!

 

 

 

 

 

 彼の叫びで、魔人族達が黒い鷲ごと吹き飛んだ。

 

 地面に叩きつけられて肉塊になる人、外壁まで飛んでいく人、空の上で弾けて死んでしまう人。

 

 全員、彼の目の前に飛ぶものは死に絶えた。夜の空に彼の喜んだ叫びがこだまして、私は微笑む。

 

 ひとしきり叫んだ彼は、ぐるりと振り返って、固まっている魔物達を見下ろした。

 

「ガ、ガァ……」

「オ、オォ……」

 

 

 オオォォォォォオオオオオオオ!!!

 

 

 怯える彼らに、フィーラーは大きく口を開けて飛びついた。

 

 魔物の絶叫が響き、王都を蹂躙するはずだった彼らはフィーラーの餌になる。よかったねお兄ちゃん、食べ放題だよ。

 

「これで、終わりかな」

 

 見た所、さっきので黒い鷲に乗ってた魔人族はみんな死んじゃった。

 

 あとはフィーラーが食べ尽くしてくれる。私も安心してハジメのところに……

 

「まだだぁぁああああ!!!」

「っ!」

 

 気配を感じて、咄嗟にその場を飛び退く。

 

 すると、たくさんの炎弾と一緒に、さっき殺したはずの大きな黒い鷲がさっきまで立ってた地面にめり込んだ。

 

 鷲は、ボウボウと燃えている。もう死んでるのに玉にされちゃったんだ。

 

「……かわいそう」

「おのれ、今ので押しつぶされればいいものを!」

 

 街道の隣にある林の中から、魔人族が出てきた。

 

 頭からは血を流していて、肩で息をしていた。髪は金色のツンツンで、ユエと違って固そう。

 

「あなた、誰?」

「な、なんだと!?」

「……………………あっ、あの大きな鷲に乗ってた人」

「き、貴様……!」

 

 顔なんて全然見てなかったから、思い出せなかった。私が蹴り飛ばしたから死んでなかったんだ。

 

 顔を真っ赤にしていたツンツンの人は、フィーラーのことを忌々しそうに見上げた後に私を睨んでくる。

 

「まさか、このような隠し球があったとはな。だが諦めんぞ、貴様を殺して、あの男の前にその死体を見せしめてやる」

「……一回蹴ったくらいで大げさ」

「赤髪の魔人族の女を覚えているだろう?」

「…………………………誰?」

 

 そんな人いたっけ。赤い髪の雌、赤い髪の雌……うーん、覚えてない。

 

「どこまでも侮辱しおって……! 貴様らが【オルクス大迷宮】で殺した女だぁ!」

「…………あっ、あの魔人族。シュウジが怒ってめちゃくちゃに壊した人」

 

 ようやく思い出した。雫と香織、美空と……あとは弱い人たちのことを殺そうとして、シュウジの逆鱗に触れた人。

 

 そういえばいたな、なんて思ってると、ツンツンの人は更に怒った顔をする。何か変なこと言ったかな?

 

「よくも、よくもカトレアを……優しく聡明で。いつも国を思っていたあいつを……」

「彼女は、あなたの何?」

「カトレアは俺の婚約者だ……!彼女を殺したお前達を、絶対に許さん!」

「そう……でも、謝れないよ」

「なんだと!?」

 

 目を見開くツンツンの人。

 

 私は胸に手を置いて、彼に話す。

 

「私が謝ったら、死ぬのを覚悟で戦った彼女を侮辱する。選択をしたシュウジの覚悟を軽んじる。だから私たちは、謝れない」

「き、綺麗事を!カトレアの仇だ、まずは貴様から殺してくれる!」

 

 そういって、ツンツンの人はポケットからあるものを取り出した。

 

「それって……ボトル?」

「あのような得体の知れない男から受け取ったものを使うのは気に触るが……やむを得ん!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()を振って、ツンツンの人は自分の首に押し当てた。

 

 体が紫色の煙に染まって、それが消えた時……ツンツンの人は、全身がツンツンになっていた。

 

『おお、力がみなぎるぞ!これで貴様を殺してやる!』

 

 さらにツンツンになったツンツンの人は、そう言って私に襲いかかってきた。

 

『うおおおおお!カトレアと部下達の恨みだ!』

「ふっ……!」

 

 魔力を回して、ガントレットの側面で拳をいなす。

 

 一回で終わらせるつもりで、50%くらいの力で胴体を殴ると……ガツン、と固い感触が返ってきた。

 

「むう、硬い」

『ハハハハ!手も足も出ないか!』

「それ、言うの早すぎる」

『減らず口を!』

 

 思わず身を引くと、ツンツンの人はどんどん殴りかかってきた。

 

 鋭い両腕に竜巻のように風の魔法を纏っていて、まるでミキサーのようだ。当たれば痛そうだな。

 

 強化に使っていた魔力の半分を回し、体の表面を覆うように展開して風ミキサーから全身を守る。

 

 その上でガントレットとグリーヴに魔力の強化を集中させて、ツンツンの人の攻撃を防いだ。

 

『どうした!防戦一方か!』

「…………」

 

 騒いでるツンツンの人を無視して、さっき一撃を入れたとことに何回も拳を叩き込む。

 

 返ってくるのは、やっぱり硬い感触。まるでフィーラーの鱗を叩いているかのようか感じだ。

 

『ははは!もう効かんぞ!』

 

 ツンツンの人は、調子に乗って雷やハサミの形をした何かまで飛ばしてくるようになった。

 

 それを避けて、まだ同じ場所を殴りつけていると、ふとこちらを見下ろすフィーラーと目があった。

 

 そのたくさんの目は、私に手伝いは必要か?と聞いている。気がつけば魔物は全滅していた。

 

「大丈夫だよお兄ちゃん、私は平気だから」

『何を世迷言を!』

 

 また、あの風ミキサーを纏ったパンチが飛んでくる。ガントレットで外にずらして、お腹に目を向けた。

 

 私はそれまでのように避けるのではなく、今度は真正面からストレートを突き込んだ。

 

「……出力60%、ラビットスマッシュ」

『だから効かんと言って──っ!?』

 

 私の拳は、硬かった鎧を砕いてツンツンの人の体を貫いた。

 

『ごはッ!? な、なぜ……!?』

「……同じ場所を攻撃し続ければ、いつかは壊れる」

『そんな、力技で──!』

「できる。それがパワー」

 

 思いっきり腕を振って、ツンツンの人を投げ飛ばす。

 

 宙を舞うツンツンの人。私は使用過多で自動的に閉じようとする回路に最後の魔力を回し、飛び上がる。

 

 

 

「出力65%──兎絶(とぜつ)」 

 

 

 

 そして、私は大きく振り上げた足をツンツンの人に叩き込んだ。

 

 正確に先ほど貫いた場所をかかとで抉り、ツンツンの人は凄まじい速度で地面に激突する。

 

「よっ、とと」

 

 着地して、魔力の使いすぎで思わずふらつく。

 

 すると、黒くて大きな尻尾が支えてくれた。見上げると、フィーラーが私を静かに見下ろしていた。

 

「ありがと、お兄ちゃん」

 

 

 オオォォオオオ……

 

 

 お礼を言って、もう休眠しかけていた月の小函(ムーンセル)から最後に体を回復するための魔力を絞りだす。

 

 その魔力でパーカーに付与された回復魔法を使い、疲れた体を回復すると地面にできたクレーターに近づいた。

 

「ごほっ……よもや、ここまでの力、とは……」

 

 クレーターの中心では、元の頭だけツンツンに戻った人が横たわっていた。

 

 さっきの一撃で完全に全身を破壊した。彼はもう死ぬのだろう。

 

「あなた、強かったよ。恋人さんも誇らしいだろうね」

「此の期に及んで、皮肉を……ああ、だが感謝する」

「何のこと?」

「……お前は、カトレアの覚悟を笑わなかった。敵ながら、そこだけはありがとうと言っておこう」

 

 ……ああ、この人はきっと本当にあの人のことが好きだったんだろうな。

 

 私の役目は、人間をエヒトから解放すること。そのために作られ、戦えるように設計されたアーティファクトだ。

 

 けれど、お父さん達は私たちに人族だけを守れとは言わなかった。私たちが守る価値があると思ったものを守りなさい、と。

 

 もし、出会い方が違っていたのなら……この人と、あのシュウジの大切なものを傷つけた彼女も守れたのかな。

 

「次生まれた時は、殺し合わないといいね」

「はっ、どうだ、か、な……」

 

 ……死んじゃった。

 

 目を閉じて動かなくなったツンツンの人……確かミハイルって言ったっけ……に、私は合掌する。

 

 こうすることで死んだ人を思うと、ハジメが教えてくれた。

 

「かわいそうな人たち。エヒトに踊らされて……ハジメ達と一緒に、ちゃんと倒すからね」

 

 お祈りをして、私は目を開ける。

 

 すると、ミハイルさんの近くにボトルが落ちているのに気が付いた。

 

「真っ黒になってる」

 

 手に取ると、紫色だったボトルはなぜか真っ黒になってた。キックの摩擦熱で焦げたのかな?

 

「わっ!」

 

 首を傾げた途端、一瞬で目の前を赤い何かが通り過ぎた。私でも反応できないような早さだった。

 

 びっくりしたな……ん、あれ。いつの間にかボトルが消えてる。ちゃんと手に持ってたのに。

 

「まあ、いっか。あとでハジメに言おう」

 

 

 オオオオオオオォォォ……

 

 

「うん、勝ったね。ハジメの方も終わったみたい」

 

 外壁の方を見ると、いつの間にか静かになっていた。その上でハジメが手を振っている。

 

 もう周りに敵はいない。魔物も、魔人族も、一人も、一匹も残さずに倒しきった。

 

「いこ、お兄ちゃん」

 

 

 オオオォォォ……

 

 

 頭を下げたフィーラーの鼻の上に乗って、私達はハジメのところへ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これでまずは一本……残りの二本もあと少しだ』




帽子屋さん、覚えてるかな?覚えてない人はメルド団長とセントレアさんのデート回を見てね!

最近ジョジョ見てるんですけど、めっちゃ面白いですね。
つーかミハイルさんの攻撃、なんかワムウ様みたくなった。


感想をいただけると嬉しいです。


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ハジメVSフリード

どうも、どうすれば心惹かれるような文章にできるか日々模索中の作者です。
新たにお気に入り登録してくれた方、ありがとうございます。
ついでにコメントとかくれるとやる気が出るぞ。

雫「こんにちは。前回はウサギさんと魔人族たちが戦っていたわね」

ハジメ「ついでに知らないボトルが出てきたが…これもお前の仕業か?」

エボルト「さあて、なんのことだか……今回は少し時間を巻き戻して、ハジメとフリードの戦いだ。それじゃあせーの、」



三人「「「さてさてどうなる王都侵略編!」」」


「おお、さすがウサギ。すげえな」

 

 盛大に抉れた軍勢の一角を見て、思わず笑ってしまう。

 

 月の小函(ムーンセル)、だったか。ウサギの力は知っているが、まさかあれほどの破壊力とはな。

 

「たった一撃で、我が同胞と軍勢をああも容易く……やはり侮れん奴らだ。それに貴様、私を前によそ見をして独り言とは。随分と舐められたものだな」

 

 苛立たしげに投げかけられた声に、真正面を振り返る。

 

 そこには、グリューエンでシュウジが出した百足のような触手の跡が体に残る白竜に乗った、フリードがいた。

 

 その後ろには、あの結界を張る亀を体に張り付けた、なかなか厄介なブレスを吐く灰竜が百匹ほど。なかなかの戦力だ。

 

「舐めてる? 違うな、これは余裕っていうんだよ」

「貴様……」

「お前こそ随分と余裕がねえな?まだ怪我が治ってないなら家でおねんねしてた方がいいんじゃねえのか」

 

 フリードの頬には、微かに爛れたような跡が残っていた。あの時俺が拳を打ち込んだ場所だ。

 

 魔人族にも治癒師はいるんだろうが、あれだけの一撃だ。ご大層なイケメン顔に傷をつけてやった。

 

 フリードは手甲に包まれた指で頬を撫で、俺のことを恨めしげに睨み下ろしてくる。

 

「……この屈辱、1日たりとも忘れた日はなかった。その雪辱を今夜、今ここで果たさせてもらおう」

「そうか。こっちも色々と忙しいんだ、早めに終わらせてやるよ」

 

 殺気立つフリードに、俺はドンナー・シュラークをホルスターから抜いて構える。

 

 フリードは月光を背に、ゆっくりと腕を振り上げ──俺ではなく、横に向かって振り下ろした。

 

 思わず疑問を顔に浮かべれば、灰竜たちの一部が突然くるりと踵を返し、背後に向かって飛んでいこうとする。

 

「貴様は殺す。だがその前に、あの女を殺して見せしめにしてやろう」

「させると思ってんのか?」

 

 

 

 ドォンッ!!!

 

 

 

 突然、夜空に爆炎が咲き誇る。

 

 フリードが驚いて後ろを振り返れば──そこには黒焦げになって地面に墜落していく灰竜たちがいた。

 

 その周りには銃口……否、口から煙を吐き出す、小型で黒いサメ型のアーティファクトが宙を泳いでいる。

 

 クロスビットを改良し、オルカンのミサイル弾を搭載した新型アーティファクト〝シュヴァルツァー〟。

 

 初めての実戦だが、どうやら問題ないようだな。開発を手伝ってくれたシュウジには感謝だ。

 

「なっ、結界を張る暇すらないだと……それに全く気配を感じなかった……」

「よそ見してていいのか?」

「しまっ!」

 

 ドンナーの引き金を、振り返った眉間めがけて弾く。

 

 音速で飛び出していった弾丸は、しかし首をひねることで間一髪躱された。チッ、本能で避けたか。

 

「まあいい。次は殺す」

「おのれ、どこまでも油断ならない……! しかし、それほどの強さを持ちながら殉教の道を選ぶのか?それともこの国への忠誠のためか?」

 

 続けてシュラークを撃とうとすると、何やら頓珍漢なことを言い始めたので一応耳を傾けてやる。

 

「くだらぬ教え、それを盲信するくだらぬ国。そんなもののために命を捧げるのか?愚かの極みだ。一度、我らの神、〝アルヴ様〟の教えを知るといい。ならば、その素晴らしさに、その閉じきった眼も開くというもの」

「ハッ、生憎だが俺は神って類の輩は嫌いでね。むしろこんなくそったれな世界に連れてきた神は絶対に許さない」

 

 俺はもう、とっくの昔に神など信じなくなったのだ。

 

 そう、あの時……父さんの会社最大のピンチだった、あるゲームのバグを直した瞬間にその十倍のバグが出てきた時に。

 

 神がいるというのなら、なぜあの時助けてくれなかったのか。二日連続徹夜で駆り出されたんだぞ。

 

「その神罰も恐れぬ不遜な発言……やはり貴様は危険だ。ここで今度こそ殺す!」

「やってみろ、神の犬が!」

 

 フリードが再び手を振り上げ、今度こそ白竜を筆頭に全ての灰竜の敵意がこちらへと向いた。

 

 全身を突き刺すような殺気に口元を歪ませて、俺も追加のシュヴァルツァーを近くに三体浮遊させて構える。

 

「奴を殺せ!」

 

 フリードの命令とともに、灰竜たちが散開して四方八方から顎門を開いて極光を俺に撃ち放つ。

 

 更には真正面から白竜がそれは大きな口を開き、そこへ灰竜たちの数倍は威力のありそうなブレスを吐いた。

 

 さながら某国民的ゲームの技の流星群のごときそれに、俺はシュヴァルツァーたちに命令を下した。

 

 シュヴァルツァーはすぐさま動き出し、俺の周りを高速で旋回し始めた。

 

 そうすると、俺を台風の目にだんだんと魔力の渦が発生し、瞬く間に赤い竜巻になると俺をブレスの一斉掃射から守った。

 

「ぬう、奴が見えん!?」

「ここだ間抜け」

 

 フリードの()()から、その後頭部に向けて話しかけてやる。

 

「なっ、いつの間に上空に──!?」

「死ね」

 

 

 ドパンッ! ドパンッ!

 

 

 ドンナーとシュラークの同時射撃。狙ったのは首筋の頸動脈。

 

 だが、なんと奴は一瞬で白竜に命令を下し、その巨体を一回転させることで、無理やり軌道から外れた。

 

 おまけに尻尾を叩きつけて来ようとしてきたので、対空していたシュヴァルツァーから炸裂スラッグ弾を投下して爆炎に隠れる。

 

 そのスラッグ弾と少しの間残っていた竜巻で、灰竜が五匹は削れた。あと95匹。

 

「くっ、どこに──!?」

「おい、どこ見てんだ」

 

 ()()()()()()()声をかけてやれば、奴は面白いくらいに勢いよく振り返った。

 

 驚きっぱなしで目が乾きそうなほど見開いている奴を笑い、ふと街を覆う新しい結界を見上げる。

 

 この結界、どうやら俺は自由に出入りできるらしい。そんな機能が元からあるとは思えないし、誰が張ったんだ?

 

「まあいい。それよりトカゲ退治だ」

 

 再びシュヴァルツァーに命令を下し、フリードの命令でこちらに向かってくる灰竜の大群に対応させた。

 

 灰竜たちを上回るスピードでこちらに飛んできたシュヴァルツァーたちは、ジャキン!と音を立てて変形する。

 

 胸ビレの縁に露出したノコギリ状のカッターを煌めかせ、灰竜の間をスイスイと泳いでいく黒鮫たち。

 

「馬鹿め、どのようなアーティファクトか知らんが命中率が──」

「リリース」

 

 その言葉を呟いた瞬間、シュヴァルツァーの通った空間が()()()

 

 何もない空間に無数の亀裂が出現し、そしてそれに重なっていた灰竜たちの体はバラバラに切断されて墜落する。

 

 その数二十と少し。〝斬羅(きら)〟の付与も問題なし、と。ユエの高い空間魔法の習熟度のおかげだな。

 

 

 ドパンッ! ドパンッ!

 

 

 後に続いていた灰竜たちもゴリラフルボトルを装填したドンナーとハリネズミフルボトルを装填したシュラークで撃ち落とす。

 

 あの亀みたいな魔物が結界を張っているが、数倍に膨張した弾丸が打ち砕き、円錐形のエネルギーを纏った二弾目が頭を貫いた。

 

「ありえない、神に選ばれし者でもない人間ごときが、このような……!」

「そういう独り言は、もう少し優位に立ってから言え!」

「なっ、いつの間に接近し──!?」

「オラァッ!」

 

 重力魔法を付与した浮遊する円盤の上で腰を入れ、奴の横っ面にストレートを叩き込む。

 

「ごぁっ!?」

「ぶっ飛べ!」

 

 腕を振り抜き、白竜の背中についた鞍の上から吹っ飛ばす。

 

 すぐに無防備な奴に発砲しようとするが、横から迫ってきた白竜の大口にすぐに撤退した。

 

 だが、ただでは逃さないと言わんばかりに背後から灰竜たちが襲いかかってくる。

 

「どけ!」

 

 灰竜たちの皿に背後にいるシュヴァルツァーにミサイル弾をしこたま撃たせ、崩れた包囲の穴を抜ける。

 

 そのまま宝物庫からイェーガーを取り出し、ついでに出したもう一枚の円盤に左足を置いて半身を引いた。

 

 

《ガトリング!》

 

 

「纏めてくたばれ!」

 

 ボトルを装填したライフルの引き金を引けば、フルメタルジャケット弾が轟音を立てて発射された。

 

 それは空中で百の弾に分裂し、雨のように降り注いで灰竜たちを叩き落とす。これでようやく半分だ。

 

 幸い、害のあるものは防いでくれるらしい結界のおかげで下に被害はない。ドームの上に死体が散乱している程度だ。

 

「ふう、数だけは多いな」

「貴様、一度ならず二度までもこの私を……!」

 

 怯えたように下がる灰竜たちの後ろから、天高く白竜が飛び上がった。なんだ、落ちる前に拾われたのか。

 

 鼻血を流した奴の頬には、くっきりと赤い痣が付いている。治りかけのところにとびきりのを入れたんだ、しばらくはあのままだろう。

 

「すまん、自分が正しいと思い込んでるイケメンを見るとどうしても殴りたくなってな」

「訳の分からんことを……だが、いつまでも調子に乗っていられると思うな!」

 

 もう何回聞いたのか分からない噛ませキャラみたいなセリフを吐いて、こちらに指を突きつけるフリード。

 

 しかしその殺意は本物で、()()()()シュヴァルツァーを全機近くに集合させて重力球を一斉掃射した。

 

 ミサイルの代わりに吐き出されたそれは、しかし突然下に軌道を変えたかと思うと不自然に落ちていった。

 

 見下ろすと、あのオルクスで会った女魔族が連れてた、魔法を吸収する亀を大きくしたような魔物がいる。

 

 

 

 ゴバァ!

 

 

 

 重力球を飲み込んだそいつらは、あろうことかそれをこちらに黒いブレスにして返してきた。

 

 再びシュヴァルツァーを動かし、今度は外に向かって湾曲する大きな壁のように魔力障壁を作る。

 

 それは跳ね返ったブレスを外へ散らし、ついでにここぞとばかりに飛び込んできた灰竜を細切れにした。

 

 

「隙を見せたな!」

 

 

 ゴァアアアアアア!!!

 

 

 突然後ろから聞こえた声に振り向けば、空間にできた亀裂の向こうから口に極光をためた白竜とフリードがいた。

 

 奴は俺の死を確信したように笑っているが──その視界から一瞬で消えてやれば、すぐさま顔を強張らせた。

 

「また消えただと!?」

空間移動(それ)はお前だけの十八番じゃないってことだ!」

 

 [+豪脚]、豪腕、[+覇撃]、おまけに[+超加速]の技能を発動。

 

 上から白竜の脳天に向けて足を振り下ろす。

 

 頭蓋骨にヒビを入れる感触とともに、白竜の口の中で極光が暴発した。

 

 

 グァアアアアッ!!?

 

 

「自分のブレスの味はどうだ?」

「──待っていたぞ、この瞬間を!」

 

 もう一発ヤクザキックを入れてお帰り願おうとした瞬間、白竜の背でフリードが笑った。

 

「汝、絶望と共に砕かれよ! 〝震天〟!」

「なっ……」

 

 すでに詠唱を完了していた魔法が、この至近距離で発動する。

 

 次の瞬間、一瞬空間が収縮したような感覚を肌で感じ──そして、炎のない大爆発を引き起こした。

 

 空間そのものが破裂する。そうとしか言いようのない凄絶な衝撃が、残っていた30匹弱の灰竜ごとその場を吹き飛ばす。

 

 それどころか、ドームの上をよじ登ろうとしていた魔物はおろか、外壁に群がっていた魔物も纏めて破壊した。

 

 後に残るのは、崩れかけの外壁と無傷の結界のみ。それがなければ城下町も跡形も無くなっていただろう。

 

「ふっ。ここまでの不意打ちを食らわせれば、さしもの奴も──」

「俺が、なんだって?」

 

 何度、奴は俺を見上げたことだろうか。

 

 退避していたフリードと白竜が、ありえないと言わんばかりに目を見開いて俺を見る。円盤の上から俺はそれを嗤った。

 

「助かったわ、わざわざ自分から邪魔な魔物を殺してくれて。おかげで殺す手間がはぶけた」

「馬鹿な、なぜ貴様生きている!?あのタイミングで、逃げられるはずが……!」

「言ったろ、お前だけの十八番じゃないって」

 

 俺の横には、二匹のシュヴァルツァーが互いの尾鰭に鼻先をくっつけ、輪を作って浮いていた。

 

 直径三メートルほどのその輪の内側には、指で触れた水面のように波紋が広がっている。

 

「貴様、それは空間魔法の……なるほど、それで先ほどから不可解な接近ができたのか」

「そういうことだ。まっ、お前のおかげでほとんど壊れたけどな」

 

 予めインビジブルエア的な魔法で隠してばら撒いておいたゲートのほとんどが奴の魔法で破壊された。

 

 辛うじて範囲外にいくつか置いておいたから助かったものの、もし直撃してれば相当危険だっただろう。

 

「さて、ネタが割れたところで第二ラウンド……と言いたいところだが、もう終わっている」

「何を──ッ!?」

 

 奴は、俺に言われて初めて自分と白竜を包囲する〝それ〟たちに気がついた。

 

 〝それ〟たちは口を開け、そこから飛び出した無数の弾丸で驚くフリードと白竜を全方位から撃った。

 

「デザートだ、礼はいらないぜ」

「がっ、はぁ……!?」

 

 

 グ、ガァアア…………!?

 

 

 〝それ〟はまるで、サメの稚魚のようなアーティファクト。シュヴァルツァーの5分の1ほどの大きさだ。

 

 故に貫通力を高めた一発の弾丸以外はロクな装備を積んでいないが……その代わり〝空間の隙間〟に隠れる機能を持つ。

 

「ぐはっ、まさか、このようなものまで……貴様、一体何者なのだ……」

 

 フリードの様子は酷いものだった。

 

 この世界じゃそれなりに堅牢なのだろう鎧は穴だらけで、全身から血を流している。それは白竜も同じだ。

 

 それでも、主従共々まだ空中にとどまってこちらを睨みあげるのは、流石の執念というべきか。

 

 そう長くないうちに、大量出血でくたばるだろう。それを悠長に待ってやるほど優しくはない。

 

「お前が知る必要はない。ただお前は友を傷つけ、敵意を持って俺の前に立った。だから死ね」

「くっ……ここまで、か……」

 

 確実に射殺できるよう、イェーガーを両手で構えて狙いを定める。

 

 

 

 

 

 ドッガァアアアアアン!!!

 

 

 

 

 

「うぉっ!?」

 

 その瞬間、空気すら揺らす凄まじい振動に思わずよろけ、照準が奴の頭からズレた。

 

 顔をあげると、王宮の後ろ……【神山】が赤と鈍色の閃光と共に()()()()()()()()()()()ところだった。

 

 轟音を立てて、月光に照らされた大山は崩れ落ちていく。まるで砂で作った波打ち際の城のように。

 

「…………うそん」

 

 思わずそう呟いてしまった俺は、多分悪くないだろう。

 

 おそらくシュウジと、例の謎の化け物がやったんだろうが……山ごと切り刻むとかどういうこと?

 

「って、そうじゃねえ!」

 

 緩みかけた自分の気を引き締めて、もう一度小型シュヴァルツァーに包囲された奴を見る。

 

 しかし、一瞬目を離した間に奴は忽然と姿を消していた。気配感知を使うと後ろに反応がある。

 

 振り返ると、奴は瀕死ながらも凛々しい表情で白竜の背中に立ち、空間の裂け目を背に俺に叫んだ。

 

「南雲ハジメ!今日は勝負を預けてやる!だが三度は負けんぞ!」

 

 そう言って、奴は裂け目の中へ消えていった。

 

「……なんか、最後まで三下っぽかったな」

 

 ああなっては追いかけられないので、仕方がなくイェーガーとシュヴァルツァーたちを宝物庫に仕舞う。

 

 円盤を操作して外壁の最初に立っていた場所に降り立ち、下を見下ろすと戦い終わったウサギがこちらを見ていた。

 

 そちらに手を振っていると、念話が繋がってしばらくぶりの懐かしい声が聞こえてくる。

 

〝ご主人様、無事かの?〟

〝おう、無事に片付けた。まあ一人逃したがな〟

〝ほう、ご主人様ともあろうものが珍しい。情けでもかけたのかえ?〟

〝そうじゃないが……まあいい。で、そっちはどうだった?〟

〝うむ、見立て通りじゃ。正面の本体の他にも、側面から別働隊が攻めてきおったわ〟

〝そうか。こうして話してるってことは、もう倒したんだな?〟

〝もちろんじゃ。ちゃんと美空殿も無事じゃよ〟

〝当たり前だろうが。そうじゃなかったらぶっ飛ばしてたとこだ〟

〝あ、やっぱりちょっと怪我をして……〟

〝くだらない嘘をつくな〟

 

 相変わらずの変態にため息をつきながら、とりあえず王宮で合流する旨を伝えて念話を切る。

 

 もう一度地上を見て、フィーラーに乗ってこちらに来るウサギを見てから、沈黙した山の方を見た。

 

「……ちゃんと先生連れて帰って来いよ、シュウジ」

 

 そう独り言を呟き、俺は外壁から街の中へ飛び降りたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やれやれ、焦ったぜ……あいつにはまだ利用価値があるんだ。殺してもらっちゃあ困るんだよ、ハジメ?』

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回、シンビオートVSシンビオート。


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北野シュウジの罪過

どうも、熊です。
前回お気に入り登録してくれた方、ありがとうございます。
一万文字になりそうだったので、半分に分けました。

ハジメ「よう、ハジメだ。前回はフリードをぶっ飛ばしたな」

ユエ「ん、スカッとした」

シア「私たちもボコりたかってデスぅ」

エボルト「おい言葉の一部が物騒に変換されてるぞ……今回はシュウジと愛子の話し合いがメインだ。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる王都侵略編!」」」」


 

「──なるほど、そんなことがあったんですね」

 

 話を聞き終えた愛子は、静かに呟いた。

 

「率直に言って……当たり前の結果だと先生は思います」

「……だよなぁ」

 

 遠慮のないその返答に、シュウジはがっくりと頭を膝の間に落とした。

 

「そりゃ虫のいい話だよなー……そもそも俺が暴走しなけりゃ、まだ俺の中にカインはいたわけだし……なんならこの体をそのまま使うことだって……」

 

 彼らしからぬ、目に見えて落ち込んだ様子に愛子は、これ以上話しをするものか悩む。

 

 だが、ここで安易な慰めの言葉をかけることは、果たして正しいことだろうか。彼の成長を妨げる結果にならないか。

 

 人は時として、傷つくことも必要だ。それがどんない辛いことでも、目を背けたくても、対面しなければいけない。

 

「本当に、そうだと思いますか?」

「……そりゃどういう意味だ?」

「本当に北野くんが嫌いというだけで、ルイネさんは離れていったのでしょうか?」

 

 ますます困惑した顔をするシュウジ。無論この男にとってはそれが結論の全てなのだから仕方がない。

 

 やはり()()していないことを察した愛子は、心を鬼にして……マリスのような冷徹な顔で話しだす。

 

「確かに、それも大きな理由なのでしょう。彼女にとって北野くんは、とても側にいて辛い存在なのだと思います」

「おいおい愛子ちゃん、オブラートにも包んでくれないのか」

「そうする必要があると、思いましたから」

 

 いつになく真剣な目で言う愛子に、シュウジも誤魔化し笑いを消して耳を傾ける。

 

「例えば私……いえ、女神マリスにとって彼女は、都合のいい道具でした」

 

 世界の殺意を継承するため取り込んだルイネとネルファ、今は御堂英子の魂を残していた理由。

 

 それは、人の心を失っても残っていた罪悪感から……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 単純に、利用価値があったからだ。

 

 カインを引き出すためには、シュウジという器にカインとしての強い自覚を持たせる必要がある。

 

 そう思い込めば思い込むほど、真実を知った時の絶望は強くなり、カインはフォローをするために出てくるだろう。

 

 だからこそ、自分をカインとして慕う二人と接するのは非常に効率が良かった。その為にこの世界に送り込んだ。

 

「頭の良いルイネさんは、その思惑にさえ気づいたのでしょう。だから余計に彼女の裏切りを恨み、そしてあなたを憎んだ」

「それも、夢で見たのか?」

「はい、残念ながら……では北野くん、貴方にとってルイネさんという女性は、どのような存在ですか?」

「どう、って……そりゃあ、大事な相手なのは変わらねえよ。カインの恋人だし……」

「そこです」

 

 愛子は、間断なくシュウジの言葉を指摘した。

 

 何気なく答えたシュウジは目を白黒とさせた。特に指摘されるような言葉を放ったつもりはない。

 

 だが愛子にしてみれば、その言葉にこそ、この相談の答えとも言うべきものがあった。

 

「北野くんにとって、ルイネさんはカインさんの恋人。その認識があるのです」

「いや、それは言われるまでも……」

「だからあなたにとって、()()()()()()()()()()()()

「……え?」

 

 シュウジは、呆気に取られた。

 

 自分にとって、ルイネは楔。その言葉がなぜだか、自分でも不思議なほどにしっくりきたから。

 

 愛子はその思考を察して悲しげな顔をする。これから言わなければならないことに、この生徒を傷つけることに。

 

「北野くんは、ルイネさんを大切に思っている。それは事実でしょう。ですが本当に、それは全てが一人の女性への愛と言い切れるでしょうか?」

「何を、言って……」

「心の何処かで、こうは思っていませんでしかたか?」

 

 それでも、愛子は覚悟を決めて言った。

 

 

 

()()()()()()()()使()()()()()()()()、と」

 

 

 

 また、シュウジは驚いた。

 

 愛子がとても非人道的なことを言ったからではない。彼女らしからぬ発言に物珍しく思ったからではない。

 

 収まってしまったからだ。()()()と、まるで最初からそこにあったように、欠けていたパズルの穴に。

 

「あなたは不安だった。自分がカインさんを陥れるための道具だったと知って、彼がいなくなった途端に彼が培った技術や、能力や、記憶を利用することが怖くなった」

「それ、は……」

 

 ああ、確かにその通りだ。

 

 思えばハジメとの大喧嘩の後、少しでも力を振るうたびに、どこか後ろめたい気持ちを抱いていた。

 

 本当に自分がこの力を使っていいのか。もはや抜け殻となってしまった自分に、その資格があるのかと。

 

 だが、そのような感情に蓋をして、いつものように笑顔の仮面を被った。俺は大丈夫だと嘯いた。

 

 ハジメたちのためと、そう偽って。

 

「そんな不安を、ルイネさんの存在は埋めてくれたでしょう。誰よりカインさんを信じ、求めた彼女が肯定してくれれば、それは力を振るう大義名分になる」

「………………」

「そして彼女は、そんなあなたの無意識のうちの思考も機敏に悟ってしまった。だからあなたを突き放して、見限ったのです」

 

 もはや、反論の余地もなかった。

 

 全部その通りだった。北野シュウジは他人に多くの理由を求め、そうして自分を詭弁と欺瞞で塗り固めた。

 

 そうしなくては、この空っぽの心が受け入れるには重すぎる記憶と力に、壊れてしまそうだったから。

 

 

 

 ああ──なんて、気持ち悪い。

 

 

 

 これでは自分の価値観で、他者にその正義と言う名の無責任な行動の代償を負わせるあの男と、本当に同じではないか。

 

「そのように扱われて、怒らない人間はいません。だからこれは、当たり前のしっぺ返しです」

「……はは。ほんと、なんでもお見通しだな。先生は」

 

 乾いた声で、シュウジは自分を嗤う。

 

 あれほどまでに誇りを持っていた自分の信念()が、今はとても悍ましい。

 

 何が必要悪か。何が仕方のない犠牲か。なんて身勝手な考えだ、自分こそが最も悪どいというのに。

 

 いいや。これを気持ち悪いなどと、聖人面をしようとしているこそが最も気持ち悪い。

 

「……俺って本当に自分勝手だったんだな」

「でも、その自分勝手の責任をちゃんと自分で負うのが北野くんの美点だと思いますよ。こうして逃げずに、私の話を聞いて納得しているのがその証拠です」

「今更持ち上げなくていいさ……あーくそ、自分で自分を殺したい気分だ」

 

 乱雑に頭を掻き乱し、セットされた髪が滅茶苦茶になっていく。

 

 崩れて天然パーマ気味になった髪でも、それなりに似合っているのはやはり素材がいいからだろう。

 

 だが、その前髪の中に隠れた瞳は……これ以上ないほどに、澱みきっていた。

 

(ここまで落ち込むなんて……こうなったら!)

 

 あまりに消沈したシュウジに、愛子はふんすと気合いを入れると、体を寄せて姿勢を変えた。

 

「えいっ」

 

 シュウジの肩に小さな体で精一杯腕を伸ばし、そして力一杯引き倒す。

 

 そうするとシュウジの頭が愛子の太ももの上に収まった。目を見開くが、しかし起き上がることはない。

 

「……結局さ、俺は理由が欲しかったんだな」

 

 しばらくして、ポツリとシュウジが呟いた。

 

「生きる理由、信念を持つ理由、誰かを受け止める理由……全部欲しがって、だからルイネを失ったんだ」

「それに付き合ってくれる南雲くんたちは、本当にいいお友達ですね」

「ああ、改めてあいつらに全力で感謝したいよ……俺には勿体無いくらいの友達だから」

 

 優しく、子供をあやすように愛子はシュウジの頭を撫でる。

 

 それはまるで、かつて再会した夜の焼き直しのようだ。もっとも今は立場が逆転して見えるが。

 

 この場面を誰かが見ていれば、その微笑みに本物の女神だと言って回る。そう思えるほどに穏やかな微笑だった。

 

「だったら、それに見合うものを返さなくては。本当の友人は、持ちつ持たれつの関係を継続できるものですよ」

「そう、だな。これから先、精一杯返せるようにするよ……でも」

「?」

「まずは、ルイネに謝らないと」

 

 その言葉に、愛子は笑顔を深めた。

 

「何を謝るか、きちんと理解していますか?」

「ああ。俺の打算で傷つけたこと、カインとの関係を利用したこと……それに、ちゃんと俺として向き合わなかったこと」

 

 もう、許してもらおうなどとは思わない。受け入れてもらおうとも。

 

 ただ、謝りたい。もう一度その目を見て、心から懺悔したい。

 

 たとえ殺されることになっても、彼女の全てを裏切った自分にできる償いをしたい。そう強く願う。

 

「そこまでわかっているなら、あと一つだけ。先生からのアドバイスです」

「大盤振る舞いだな」

「ふふっ、そうですね」

 

 一拍置いて、愛子はシュウジの前髪を耳にかけてどかす。

 

 そして、窓から差し込む月光で紫色に光る瞳をじっと見て、続きを説いた。

 

「人は、常に打算と感情の両方を持っている生き物です。だからこれは北野くんの打算の部分で……」

「残り半分の感情が、まだ自覚してないどこかにあるって?」

「もうっ、先生の話を最後までちゃんと聞いてください!」

「はは、悪い悪い……でも、そうか。そんなものもあるのかな」

 

 あの時、カインにも似たようなことを言われたのを思い出す。

 

 シュウジの中には、カインからそっくり引き継いだもの以外に、何かルイネへの特別な感情があるはずだ、と。

 

 とてもあるようには思えない。信じるべき信念を失い、何もかもに迷う今のシュウジには……

 

「きっとありますよ。まだ気づいてないだけで、ちゃんと考えればいずれ見つかるはずです」

「ま、そこは自分で頑張ってみるかね」

 

 小さく、いつものように……本当の意味で普段のように笑ったシュウジは、起き上がって愛子の手を取る。

 

「ありがとう。先生のおかげで、俺は俺を少し知ることができた」

「お役に立てたのなら、先生は嬉しいです」

「本当いい先生だよ、愛子ちゃんは」

 

 カインもマリスにそのようになってほしかったと望んだかもしれない、そう思えるほどに。

 

 内心浮かべた続きを飲み込み、シュウジは愛子の手を手放すとベッドから立ち上がった。

 

「北野くん……」

「さて……そろそろ時間だ。案外待ってくれたな」

『ああ……だが、それもここまでだ』

 

 シュウジの中でエボルトが笑った、その瞬間。

 

 

 

 

 

 カッ! 

 

 

 

 

 

 外から、暴力が降り注いだ。

 

「きゃっ!?」

 

 あまりに強烈な光の本流に、愛子は両腕で顔をかばい、目を瞑る。

 

 

 ボバッ!!! 

 

 

 そんな愛子の周りで、部屋が粒子に変わった。吹き飛ぶのでもなく、崩れ落ちるのでもなく、分解されたのだ。

 

 ただ、ベッドの周りの半径数メートル。黒い血管が脈動する赤いドームによって守られた、たった数メートルを残して。

 

「……なるほど。さしずめ分解能力ってところか。強烈だな」

「ご名答です。さすがは主が恐れるだけのことはありますね」

 

 カーネイジを解き、帽子の縁で目元を隠していたシュウジと、恐る恐る目を開けた愛子は空を見上げる。

 

 

 

 そこには、紛うことなき天使がいた。

 

 

 

 銀色の翼に反射する月光に、流れるような長い銀髪と碧眼がよく映える。それを引き立たせるのは彫像のような美貌か。

 

 ノースリーブの膝下まであるワンピースに、金属の軽装鎧。両手に一振りずつ大剣を携える様はまさに戦乙女(ワルキューレ)だ。

 

「よう、神の作った人形さん。お初にお目にかかる、俺は北野シュウジ。あんたの同類みたいなもんだ」

「ノイントと申します。神の命により、あなたの命と肉体を頂戴しにきました」

「俺の肉体? へえ、()()神様のエヒトにもこの体はいい器になるってわけか」

 

 ある程度予想できたことだ。

 

 シュウジは世界を作る力を持つ、本物の女神によって作られた。つまり入れ物としては最高品質だ。

 

 例えるとするならば、今目の前にいるノイントと名乗った、エヒトの作った傀儡の戦闘人形の一点物。

 

 それ故に目をつけられたらしい。

 

「神はあなたの体を、ご降臨なさるための器としてご所望です。大人しく殺されなさい」

「はいそうですか、なーんて言うと思ったか? 生憎とまだまだこの世に未練があるんでね。全力で抵抗させてもらう」

「そうですか……でハ四肢を切り落トして持ッてイくコとニシマショウ」

 

 美しいノイントの肉体から、鈍色の物体がにじみ出る。

 

 彼女が纏う鎧よりも暗く、不気味に脈動するそれは、瞬く間にその体を覆い尽くし肥大化させる。

 

 程なくして、天上の戦乙女は筋骨隆々の怪物へと変貌した。両手と融合した双大剣と背中の翼のみが唯一の名残だ。

 

「ライオット……そうか。やはり、()()()がいるんだな」

『久シイ、ト言ッテオコウ。ソシテサヨウナラダ』

 

 翼が大きく広がり、ライオットの体が変形してそれに覆いかぶさる。

 

 瞬く間に巨大化した両翼は、月の光を完全に覆い隠した。今にもその皮膜から刃が放たれそうだ。

 

「き、北野くん……」

「動くなよ、先生。じゃないと死ぬからな」

 

 不安げな声を上げる愛子を右手で抑え、シュウジは暴虐を見上げた。

 

「……カーネイジ。力を貸してくれ」

 

 愛子を制した手を胸に起き、シュウジが呟く。

 

 かつてカインの刃となった殺戮の怪物は、その意思に従って宿主の体をライオットと同じように包み込む。

 

 瞬く間に二メートルを超える、無駄なものを全て削ぎ落とした肉体美を誇る人型へとなったそれは、裂けた口を笑みに歪める。

 

『サア、壊シ合オウカ』

『同ジ禁術ヲ使ッテ作ラレタダケノ劣化コピーゴトキガ、敵ウト思ウナ!』

 

 悪の感情が形を成した怪物と怪物の殺し合いが、幕を上げた。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回……デンジャー!

コメントカモン!


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傲慢なる裏切り者たち 前編

エボルト「よう、エボルトだ。前回はシュウジが愛子に話を聞かされたな。俺もわかってた上で言わなかったんだが……」

シュウジ「それ面白いから?絶対面白いからあえて黙ってたよな?」

エボルト「いや、お前の成長を思ってだな……ククク」

ハジメ「いや、その反応明らかにギルティだろ……」

シュウジ「……はあ、まあいいわ。んで、今回は坂みんたちのサイドだな。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる王都侵攻編!」」」


 パキャァアアアアン!!

 

 

 

「ッ! 一体なんだ!」

 

 自室でシャドーボクシングをしていた龍太郎は、突然のガラスが割れるような音にすぐに警戒心を持つ。

 

 この世界に来てグリスになって以降、地球での鍛錬以上に自分を虐め抜いた龍太郎の反応速度は素晴らしいものだった。

 

「……何も、ないな」

 

 しばらくして、差し迫った脅威の気配を感じなかったので構えを解く。

 

「何か、起きてやがるな」

 

 直感的に異変を悟った龍太郎は、椅子にかけていたタオルで汗を拭くと上着を着込んだ。

 

 筋骨隆々の体は服を着てもなお逞しい。ちなみに昨日、上半身裸でたまたま遭遇した鈴にビンタを食らった。

 

(とりあえず、一番近い部屋にいる谷口と合流するか。そのあとは光輝だ)

 

 オルクスの一件での後、龍太郎は無理を言って鈴と曲がり角を挟んだ部屋に移動した。

 

 もしまた、目の前で鈴が危ない目にあったら。そして自分の手が届かなかったら。そう思うと不安で夜も眠れなかったのだ。

 

 女子たちの面白いオモチャを見つけた反応が厄介だったが、安心して眠れるので差し引きゼロである。

 

「っし、いくか」

 

 机に置いていたドライバーを手に取って、念のために装着しておく。

 

 そうすると警戒しながら部屋を出て、極力気配を殺しながら廊下を素早く移動した。

 

「なんか騒がしいな……さっきの音も気になるし……まさか魔人族が攻めてきたんじゃねーだろうな?」

 

 その予測は正解であったが、それを教えるものはこの場にはいない。

 

 足音を消して小走りに移動すること、2分ほど。王宮だけあって個室が広いため、それなりに隣の部屋も遠い。

 

 最後の角を曲がり、龍太郎は軽く息を整えると、恐る恐る握った拳で小さくノックをした。

 

「んぁ……だぁれ……?」

「谷口、俺だ。今いいか?」

「ッ!!? ちょ、ちょっと待って!」

 

 部屋の中で寝ぼけ眼で返事をした鈴は、一瞬で目を覚ますとワタワタと慌て始める。

 

 もとより先ほどの音で眠りが浅くなっていた彼女は、いきなりの想い人の来訪にめちゃくちゃ頭が冴えていた。

 

(えっ、うそ!?まさか龍っち、いきなりそういうこと!?せ、せめて恋人になってからでも……!)

 

 何やら素晴らしい勘違いをしながら、鈴ははだけたパジャマを直して身だしなみを整える。この女、マジである。

 

 そっと扉を開けると、真剣な顔の龍太郎が立っている。見上げるような体とその表情に思わず頬を赤くした。

 

「りゅ、龍っち?こんな時間に、いきなりどうしたのかな……?」

「谷口、今すぐ動けるか?」

「今すぐ激しい運動をっ!?」

「は?」

「ああああいいいやなんでもないなんでもないYO!」

 

 鈴はなんか変なテンションになった。

 

「お、おう……さっきの音は聞いたか?」

「さっきの?あっ、何か割れるような音?誰かがお皿でも割っちゃったのかな?」

 

 んーと虚空を見上げて言う鈴に、龍太郎は何かが起こっていることを伝えた。

 

 グリスになってからの彼の直感を信じている鈴は、何やらただならぬことだと察して意識を切り替える。

 

 一言断ってから室内に戻り、迷宮に行く時の装いに着替えると、龍太郎とともに部屋を後にした。

 

「よし、じゃあ行くぞ。俺から離れるなよ」

「うん」

 

 それから二人は、片っぱしからクラスメイトたちを叩き起こしていった。

 

 まずは当初の予定通り、光輝から。すでに起きていた彼は聖剣を片手に扉を開け、二人を見て驚いた。

 

 簡単に事情を説明すると、光輝はすぐに表情を引き締めて了承。以前とは比べ物にならない対応である。

 

 三人に増えた彼らは、光輝同様に覚醒していたクラスメイトたちの部屋を訪ね、速やかに集合する。

 

 不安げにするもの、安眠を妨害されて不機嫌な者、バラバラな彼らを光輝が纏めていると、ある人物が駆け込んでくる。

 

「勇者殿!それに皆も!」

「セントレアさん!」

 

 近寄ってきたのは、女騎士のセントレアだった。既に鎧に身を包んでいる彼女は光輝らに駆け寄り、ホッとする。

 

「どうやら無事だったようだな……よかった」

「セントレアさん、一体何がおきているのですか?」

「……大結界が、破られた」

「なっ!?」

 

 厳しい表情で告げられた情報に、光輝たちは息を飲む。

 

 彼らも王都の大結界の堅牢さは知っている。だからこそ、その言葉が信じられなかったのだ。

 

「魔人族の侵攻のようだ。大群が王都近郊に展開さてれおり、奴らの攻撃で既に二枚が破られた。もう残りの一枚も、じきに……」

「クソッ、なんで悪い予想ばっか当たるんだよ……!」

「りゅ、龍っち……」

 

 不安げな様子で、鈴が龍太郎の袖を引く。

 

 先の一件で特に殺しかけられた彼女は、強い恐怖を抱いていた。

 

 そんな鈴の手を、龍太郎は強く握りしめる。それだけで途端に安心できて、鈴は顔をほころばせた。

 

 急に展開されたラブコメに光輝がなんとも言えない顔をしつつ、思考だけは素早く回転させていく。

 

「……とりあえず、メルドさんたちと合流しよう。俺たちは戦争の経験なんてない。こういう時の対処も、メルドさんたちは心得てるはずだ」

「いい判断だぜ、光輝。みんなもそれで良いな?」

 

 龍太郎が呼びかければ、皆暗い表情ながらも頷く。

 

 もとより彼らは戦意喪失した者たちだ。今も迷宮に潜っている光輝たちと違い、今すぐにでも逃げ出したい一心だ。

 

「私も、光輝くんの意見が正しいと思う。私たちは能力は強いけど、戦争のプロじゃないから……」

 

 そこに客観的な視点と冷静な思考を持つ、雫がいない今光輝パーティーのブレーンである恵里も賛同すれば、もう反論は上がらない。

 

 思ったよりも早く一丸となったことに光輝はホッと息を吐き、それからふとあることに気がついた。

 

「あれ、御堂さんはどこだ?」

「あ?そういやあいつ、どこにもいねえな……」

 

 クラスメイトたちを見渡してみるも、あの高慢な女王の如き少女の姿は見当たらない。

 

 普段ならば先ほどの光輝の提案に、皮肉りながらも評価を下した彼女がいないことに光輝は不安を感じた。

 

 あの夜、シュウジ……否、カインのことを教えられてから、彼の中で御堂英子は特別な存在になっていた。

 

 恋愛感情ではない。むしろ彼にしては珍しい苦手意識すらある。だがそれ以上に、どこか信頼しているのだ。

 

 あの男に自分を真っ向から否定され、さらに追い討ちをかけるように現実を思い知らせた、あの〝美〟を。

 

 ちなみに実は、遠藤と清水もいなかったのだが……例の如く影の薄さとウルの街でのことでナチュラルに忘れられていた。

 

「まああいつのことだ、そのうちひょっこり出てくるだろ」

「そう……だな」

 

 龍太郎の言葉に流され、光輝はクラスメイトたちを伴って動き始めた。

 

「…………………………」

 

 

 

 

 

 その後ろで目を濁らせる、ある人物に気付かずに。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 緊急時に指定されている屋外の集合場所に、光輝たちはやってきた。

 

 そこには既に騎士たちが揃い踏みしており、壇上では副団長のホセ・ランカイドが声高に状況説明をしている。

 

 それを聞く兵士たちの顔に覇気はなく、兜に隠された目にも意思の光は一切伺えない。

 

「ホセさん!」

 

 と、ちょうど説明が終わった頃合いで光輝が声を張り上げると、ホセは言葉を止めて手招きした。

 

「……よく来てくれた。状況は理解しているか?」

「はい、ニアから聞きました。えっと、メルドさんは?」

 

 ホセの歓迎の言葉と質問に光輝は頷き、そして、姿が見えないメルドを探して周囲を見回す。

 

 その隣で、至近距離でホセの顔を見た龍太郎はふと何かに思い至り、そっと手を握っていた鈴を背中に隠す。

 

「……谷口、俺の後ろにいろ」

「え? う、うん……」

「……?」

 

 幼馴染の剣呑な様子に、ふと光輝は眉をひそめてホセから目線を外し、険しい顔の龍太郎を見る。

 

 龍太郎は、わかるかわからないかの角度で小さく頷いた。なんとなくその意味を察した光輝は聖剣の鞘に手をかける。

 

「団長は少し、やる事がある。それより、さぁ、我らの中心へ。勇者が、我らのリーダー、なのだから……」

「……わかりました」

「セントレア殿は、こちらへ」

「む?わかった」

 

 あいも変わらず無表情なホセは、光輝達を整列する兵士達の中央へ案内した。

 

 自分たちも?という顔をした居残り組らも共に流されるように推し進められ、そして彼らはそこへ誘われる。

 

(……やっぱりおかしいな)

 

 その中で、依然として龍太郎は周囲の微動だにしない兵士たちに鋭く視線をよこした。

 

 数週間前まで笑って会話をしていた兵士も、中にはいる。前までなら笑顔で励ましてくれただろう。

 

 だが、今はその見る影もない。かろうじて口は引き結んでいるものの、空いていれば涎が滴っていそうな顔だ。

 

 龍太郎の中で疑念が膨れ上がっていく中で、ついに周囲すべてを兵士たちに囲まれたところでホセが声を上げる。

 

「皆、状況は切迫している。しかし、恐れることは何もない。我々に敵はない。我々に敗北はない。死が我々を襲うことなど有りはしないのだ。さぁ、みな、我らが勇者を歓迎しよう。今日、この日のために我々は存在するのだ。さぁ、剣をとれ」

 

 相場にいる王国側の人間全てが、一斉に剣を抜刀し掲げる。

 

「始まりの狼煙だ。注視せよ」

 

 ホセが懐から取り出した何かを頭上に掲げた。

 

 彼の言葉に従い、兵士達だけでなく光輝達も思わず注目する。

 

 そして……

 

 

 

 カッ!!

 

 

 

 光が爆ぜた。

 

 まるで照明弾のような何かが打ち上げられ、つられてそれを見ていた光輝たちは視界を奪われた。

 

 それが、致命的な間違いだった。

 

 

 ズブリッ

 

 

 

 そんな生々しい音が無数に鳴り、

 

「あぐっ?」

「がぁ!」

「ぐふっ!?」

 

 次いで、あちこちからくぐもった悲鳴が上がった。

 

 光への悲鳴ではない。それよりももっと苦しげな……そう、まるで不意打ちを受けたかのような呻き声。

 

 やがて、光が収まった時……そこには騎士や兵士たちに組み伏せられ、剣で刺殺された少年少女たちがいた。

 

 

《ロボットィイングリスゥ! ブゥウラァッ!》

 

 

『チィ! やっぱりこういうことかよ!』

「ッ!? 龍っち!? それにみんなも!?」

「くっ!?」

 

 グリスへ変身し、自分と鈴を狙った凶刃を受け止めた龍太郎と、かろうじて気配で対応した光輝を除いて。

 

「なっ!? ホセ殿、これはどういうことか!」

「あなたには、大人しくしていて、もらう」

 

 ホセが機械的な声とともに、そう言って取り出したのは──蜘蛛の巣のような模様がついた、丸いボトル。

 

 見覚えのあるそれに目を見開くセントレアの前で、ホセはキャップを開けて自分にふりかける。

 

 粒子のような成分がホセを覆い隠し──そして、セントレアの目の前で黄色い箱のような頭の怪物に変わった。

 

「っ!? こいつは──」

「グルァアア!」

 

 もはや言葉を発さない怪物……スクエアスマッシュは、その剛力でセントレアを押さえつける。

 

 抜け出そうとするセントレアだが、スクエアスマッシュの力は完全に彼女のステータスを凌駕していた。

 

「くっ!? 何故このようなことを!」

「セントレアさん!」

『待て、光輝ッ! 迂闊に動くな!』

「ッ!」

 

 直情的に駆け出そうとしていた光輝は、グリスの言葉にかろうじて立ち止まる。

 

 周りを見れば、瀕死のクラスメイトたちを拘束している兵士たち。急所は外したのか、皆弱々しく呻いている。

 

 セントレアと彼らは皆、光輝たちに対しての人質だ。それはこちらに向けられた虚ろな目を見れば一目瞭然である。

 

 それを理解し、光輝は悔しげに歯噛みしながらも唯一無事な鈴を龍太郎と背中合わせに守る。

 

「あらら、流石に仮面ライダーは強いね。光輝くんもそのまま倒れてくれれば楽だったのになぁ」

「っ!?」

「な、なんで……」

 

 否。もう一人、瀕死のクライメイトたちの中で生きているものがいた。

 

 普段とはまるで違う、粘着質な声音で話しかけてくるそのクラスメイトに光輝と鈴は息を呑む。

 

 特に鈴は……今にも倒れ込んでしまいそうなほどに顔を蒼白にした。

 

『……まさか、テメェとはな』

「あははぁ、もしかして疑われてたぁ? ボロを出したつもりはなかったんだけどなー」

『御堂から、全員疑っとくよう言われてたからな』

 

 あれは愛子が帰還してから一日経った日のことだった。

 

 いつものように鍛錬をしていた龍太郎の前にふらりと現れた英子は、気まぐれのようにその旨を彼に伝えた。

 

 今思えば、このことを予期していたのだろう。自分たちとは比較にならない経験を前世から受け継いだ彼女は……

 

「ああ、あの女か……ほんっっっと邪魔だったんだよね。光輝くんの視線も独り占めしてさぁ……ちょっと顔がいいくらいで調子に乗って、ウザかったんだよねぇ」

 

 強く、深く怨嗟を含んだ声で言うその人物。あまりに異質なそれに、龍太郎はマスクの下で全てを察した。

 

『なるほどな。お前の狙いは光輝か──恵里!』

「あははぁ、せいかぁい」

 

 まるで馬鹿にしたように、拍手をしたその人物は──他でもない、中村恵里だった。

 

 兵士たちの包囲の外から愉しそうに笑う彼女は、普段の控えめで大人しく、気配り上手で心優しい様子はない。

 

「でも、本当に光輝くんまで対応するのは予想外だったよ。一体どうして?」

「え、恵里……どうして……」

 

 龍太郎たちほどではないものの、ここ数ヶ月苦楽を共にしてきた友人の変貌に動揺を隠せない光輝。

 

 無理もない。あれ以降意識が変わり、以前より力をつけたとはいえ、彼の中身はまだ成長の真っ只中だ。

 

 人はそう簡単に変われない。だから性善説を信じる光輝は、この状況でもまだ心のどこかに迷いを持つ。

 

『油断するな。そいつは今までずっと俺たちを騙し続けてきた奴だ』

「ひどいなぁ。でも、待っててね光輝くん。すぐに迎えに行くから」

「くっ……!」

 

 狂気的な笑みを浮かべる恵里に、光輝は葛藤を抱えながらも聖剣を構える。

 

 ここでまだ迷うようなら、鈴共々フォローしようと思っていた龍太郎はニヤリと男臭く笑った。

 

 

 

「──お前たち、それ以上の抵抗はやめろ」

 

 

 

 そんな三人に、声が投げかけられた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「メルドさん!」

 

 声のした方を振り返って、光輝はその人物の顔を見ると歓喜に笑う。

 

 兵士たちの更に後ろ──出入り口に軍服を着た兵士たちを率いて立っていたのはメルド・ロギンスだった。

 

 紫色の軽装と黒いコートを身に纏った彼は、一切感情を感じさせない目で光輝たちを見てくる。

 

『──待て。光輝、あれは違う』

「何を言ってるんだ龍太郎? どう見てもあれはメルドさんたち──」

『そうじゃねえ。()()()()じゃねえつってんだ』

 

 龍太郎の言葉に、二人はひゅっと声にならない驚愕を口にする。

 

 光輝と鈴は、そうであってくれと願いながらもう一度メルドを見て……その冷徹な顔に、絶望を得た。

 

「メルド! 何かが起こっている! 皆正気じゃない、彼らを守ってくれ!」

 

 拘束された自分の身ではなく、光輝たちの安全の確保を叫ぶセントレア。なんという騎士道精神だろうか。

 

 だが。その言葉を受けたメルドは……ふと目を閉じると、何かを堪えるように口元を引き締めて首を振った。

 

「……すまない、セントレア。これも大義のためだ」

「え……?」

「光輝、龍太郎、鈴。武装を解除しろ。そうすれば他の皆も助ける」

 

 セントレアへの関心は一瞬、とてもあのメルドとは思えない冷たい声で命令する。

 

『こんな敵地のど真ん中で、そりゃ聞けねえっすよメルドさん。いくらあんたでも、そっち側ってんなら信用できねえ』

 

 もちろん、それにハイそうですかと答える龍太郎ではない。

 

 もしも彼が守ったとしても、すぐそこにいる恵里が守るとは思えない。彼女はすぐにでもクラスメイトを殺すだろう。

 

(おそらく、降霊魔法あたりで死体を操ってんだろうが……ホセさんの明確に意識があるような言動からして明らかに尋常な魔法じゃねえ。下手すりゃ他の奴らも傀儡になる)

 

 そうなれば、いくら龍太郎でも学友を殺せはしない。

 

 せめて相手の狙いである光輝と、鈴だけは守らなければ。決意を新たにグリスはツインブレイカーを構える。

 

 決して引かない姿勢を示す龍太郎にメルドは静かに嘆息し……そして、彼もまた覚悟を決める。

 

「では、体に言って聞かせるしかないな」

 

 懐を弄り、メルドが取り出したもの。

 

 それは、()()()()()()()()だった。自分の腰にあるものと瓜二つのそれに、龍太郎は目を剥く。

 

『なんであんたがスクラッシュドライバーを!?』

「力を得たのはお前だけではないということだ、龍太郎」

 

 

《スクラァアッシュドライバー!》

 

 

 装着されたドライバーが力強い声を発し、メルドはポケットから取り出した紫色のボトルを掲げる。

 

 長細く、みたことのないそれに龍太郎が訝しむ中、メルドは紫色のキャップを正面に合わせた。

 

 

《デンジャー!》

 

 

 赤い亀裂が走り、ボトルの成分が活性化する。

 

 おどろおどろしく、気分が悪くなるような音を発し始めたそれを、メルドはドライバーに装填した。

 

 

《クロコダイルッ!》

 

 

『まさか……!』

「変身」

 

 メルドが、レバーとなるレンチを握り、下へ落とした。

 

 その瞬間、プレス機の役割を持つパーツが動き、ボトルがけたたましい音を立てて()()()

 

 紫色の成分がタンクに充填され、地面から円形の枠組みとビーカーが出現。内部に紫色の液体が満たされた。

 

 

《割れる! 砕ける!! 砕け散るッ!!!》

 

 続けて側からワニの頭部のような機構が現れ……

 

 

 

 パリィィイインッ!

 

 

 

 再び、割れた。

 

 飛び散った液体はすぐさまメルドの体を包み込み、紫と黒のモノが硬質化してスーツと鎧になる。

 

 

《クロコダイルインローグ! オォラァッ!》

 

 

 男の声がその名を叫び、黒く輝く頭部の両側についた顎門が食らいついて砕け散り、目が現れる。

 

 まるでそれに対するかのように、最後に悲鳴が響き……メルドは龍太郎も知らない仮面ライダーになった。

 

「うそっ、龍っちと北野くん以外にも……!?」

『あんたは、一体……!?』

『……ローグ』

「仮面ライダー、ローグ……」

 

 唖然とする三人の前で、「ライダー同士の戦いも面白そうだね」と恵理が笑いながら手をあげる。

 

 すると、龍太郎だけを通すように兵士たちが隙間を開けた。光輝と鈴は龍太郎のことを見る。

 

『……光輝、谷口を頼む』

「……わかった」

「龍っち!」

 

 歩き出そうしたグリスの腕のアーマーを、鈴は両手で抱きしめる。

 

 全力で軽い体重をかけ、行かせまいとする様子は、彼女がどれだけ彼へ想いを寄せているのかがわかった。

 

 肝心なところで鈍い龍太郎はそこまでわからないものの、鈴の頭に手を置く。

 

「あ……」

『安心しろ谷口。お前を誰にも傷つけさせない』

「っ、で、でも」

『……頼む、()

 

 名前を呼ばれ、鈴は驚いて力を緩めてしまう。

 

 狙い通りに龍太郎はするりと腕を引き抜き、そのまま静かに立つメルドの方へと行ってしまった。

 

 手を伸ばすが、届かない。膝から崩れ落ちた鈴の後ろで、光輝はぐっと覚悟を決めた顔で守るように剣の柄を握りしめた。

 

 ローグと名乗ったメルドは、白い指先を龍太郎……いや、グリスに向ける。

 

『聞き分けのないお前たちには、もう一度現実を見てもらおう』

『上等だ、返り討ちにしてるぜコラァ!』

 

 

 

 そして、仮面ライダーと仮面ライダーの戦いが始まるのだった。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

これ、次回でまたシュウジ側に戻すか、それとも続けるかどうしよう?


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カーネイジVSライオット

シュウジ「うす、俺だ。なんかラブコメしてんだけどあの二人」

エボルト「まああれだ、後半に入ってからギャグもイチャイチャも足りんしな。清涼剤ってとこだ」

龍太郎「それより俺、メルドさんと戦うのかよ……」

シュウジ「頑張れ脳筋。それじゃ、今回は俺の戦いだ。せーの、」


三人「「「さてさてどうなる王都侵略編!」」」


 夜空の中、赤と鈍色が交差する。

 

 

 

 けたたましい音とともに打ち付けられる二つの刃は、それぞれ全力で互いを殺しにかかっている。

 

『グルァアアアアア!!!』

 

 ライオットの背中から、硬質化した羽という名の弾丸が大量に排出される。

 

 今カーネイジが立っている足場ごと破壊しようとしているその質量に、彼は鋭くした触手で対抗した。

 

 的確に空中で曲がった触手たちは刃の側面を叩き、軌道をずらす。全てが足場の外側数ミリを通過した。

 

 そのまま関節と心臓を貫くために、鎌の形に変形して迫るが……しかし、両手の大剣に防がれる。

 

 それどころか、ノイントの持つ分解能力によって強靭なカーネイジの結合が解け、中でばらけた。

 

『フン、脆イワ!』

 

 ライオットの腕が何メートルも伸び、鞭のようにしなる豪腕が触れるもの全てを分解する剣撃を放つ。

 

 それ自体が強靭な筋肉であるライオットの腕は、この世界の人間ならば到底反応できない神速を発揮していた。

 

 

 

 ガァンッ! ギィンッ! ガゴンッ!

 

 

 

 その全てを、カーネイジは鎌に変形した無数の触手で打ち返す。

 

 無論触れた先から分解していくので、硬質化するのは接触する一瞬のみ。そうすることでいなすのだ。

 

 一度でも触れれば鎧でもあるカーネイジは体が解けてパワーダウンし、不利になる上での戦いだった。

 

「き、北野くん……」

 

 そのその後ろ姿を見ながら、愛子は不安げに生徒の名を呼んだ。

 

 ヴェノムを失っている今、彼女は戦うことはおろか、二体の応酬を目視することすらできない。

 

 そもそも自分がここにいなければ、彼はもっと自由に戦えていただろう。愛子の前から一歩も動いていない。

 

 いざという時に足手纏いになっている自分に悔しさを感じつつ、せめて負担にならないようにしようとじっと耐えた。

 

『グルァアアアアアア!』

『ガァアアアァアアア!』

 

 ライオットとカーネイジの攻防は、さらに激しさを増していく。

 

 剣撃に加えて、無限に射出される銀羽、さらに途中から加わった剣型のカーネイジの触手。全神経を研ぎ澄ませて全てに対応する。

 

 これほどの攻撃を耐えられているのは、宿主であるシュウジが優秀かつ、カーネイジとの親和性が高いからだ。

 

 シュウジの肉体はカインを目覚めさせる器たる彼の人格、それを守るための第二のシェルターでもある。

 

 当然カーネイジとの相性も良くなるように変質しており、だからこそこの暴れ馬をシュウジは自由に扱える。

 

 今この瞬間も、衝動にまかでて飛び出そうとするカーネイジを無理やり操ってここにとどまらせているのだ。

 

 それこそ、()()()()()()()()()()()()()()ライオットと互角に渡り合えるほどにその相性は良い。

 

『イイ宿主ダナ。ダガ、背後ハガラ空キダ!』

 

 剣撃の対応に意識を割いているカーネイジの周りに、突如として無数の魔法陣が現れる。

 

 それは先ほど弾いて落ちていったはずの、ライオットの銀羽だ。縁を描くようにくっついたそれが魔法陣になっていたのだ。

 

 不都合な情報を持っている愛子もろとも殺すつもりなのだろう、超威力の魔法が発射された。

 

『ナンノ話ダ』

 

 しかし、カーネイジは全く慌てることもなく、それまで動かさなかった右手を振り上げた。

 

 その瞬間、人間の頭ほどのサイズのブラックホールが複数出現し、魔法を飲み込んでしまう。

 

 おおよそ人が扱えるものではない宇宙に起こる現象を、精密な、それも複数同時に操作する力に愛子は息を呑む。

 

『──マズハ一本ダ』

 

 

 ザンッ!

 

 

 しかし、それは煌く剣閃にカーネイジの右手が切り飛ばされたことにより、絶望の呻き声に変わった。

 

 いつの間にか目の前にいるライオットに、そんなはずはと愛子は空を見る。するとそこにもライオットがいた。

 

 次の瞬間、空のライオットが形を崩し、中からノイントの形をした銀羽の集合体が姿を表す。

 

 羽の上から皮をかぶせ、ダミーを作っていたのだ。ブラックホールの形成に意識が外れた一瞬で移動したのだろう。

 

 完全な不意打ちを決めたライオットは、さらに四肢を切り裂こうと左腕から両足の付け根を狙った軌道で剣を振るう。

 

 カーネイジはそれを、辛うじて左手から展開した盾で防いだ。ライオットは避けた口を歪めて嘲笑う。

 

『フン、コノ程度カ。所詮、貴様ハ出来損ナイヨ』

『グ……』

 

 カーネイジの右手の断面からは、血が噴水のように出ていた。それはライオットの胸に付着し、表面を伝う。

 

 ライオットはそれを長い舌でべろりと舐めとると、カーネイジに見せつけるようにさらに口元を笑顔で開いた。

 

『サア、マズハ肉盾を返シテモラウゾ!』

 

 ライオットを抑えるのが精一杯のカーネイジ、その隙を逃さずにライオットは愛子へ触手を伸ばした。

 

 人質にするつもりなのだろう、自分に迫る鈍色の恐怖に愛子が固まっていると……ドッ!と床の一部が崩れた。

 

 そこから赤い鎌が宙に向けて弾丸のように伸び、伸ばしたライオットの右腕を切り飛ばす。

 

『ガァア!?』

『コレデ相子ダ』

 

 悲鳴を上げて後ずさるライオットに、さらに足場を支える崩壊しかけた塔から大量の触手が飛び出す。

 

 それは巨大なドームを形成し、内側にライオット、カーネイジ、愛子を閉じ込める。即席の牢獄だ。

 

 あまりに夥しいカーネイジの量に、ライオットは三日月型の目を見開いて悟る。

 

 すなわち、誘い込まれたのは自分だと。

 

『ソノ体、喰ワセテモラウゾ』

 

 大量の刃が、全方位からライオットに襲い掛かった。

 

『クソガァアアアァアッ!!!』

 

 ライオットは光の屈折を利用して空中に隠していた銀羽を全てかき集めると、一瞬で魔法陣を形成した。

 

 そして、ライオットを中心に〝劫火浪〟という超広範囲かつ、超高温の火属性魔法がうねりをあげて放たれる。

 

 数百メートルに及んだ炎の津波はカーネイジのドームをその常識外の熱量で蒸発させ、【神山】そのものを昼のように照らす。

 

「きゃぁああああああっ!?」

 

 自分の体が焼け焦げる様を幻視し、愛子は悲鳴を上げて両手で顔を守った。

 

『フン、クダラヌ策ヲ……』

 

 魔法が発動する一瞬前に退避していたライオットは、綺麗に切り飛ばされた片手へ目を向ける。

 

 断面からライオットの肉体が盛り上がり、手は元に戻った。再生した拳を握り、ライオットは消えつつある大火へ目を向ける。

 

 そして、完全に炎が消えた時……怪物は目を見開いた。

 

『……ナンダト?』

 

 距離を置くために苦し紛れに使った、とっておきの大魔法。

 

 その直撃を受けたはずのカーネイジたちは……生きていた。

 

「え、あれ……? 私、死んでない……?」

 

 恐る恐る目を開いた愛子は、何事もない自分の体を見て困惑する。

 

 それからふと、何かが自分を守るように周りを覆っていることに気がついた。

 

 彼女が気がついたことをきっかけにするかのように、それはどろりと溶け落ちていき……驚きの光景が愛子を待っていた。

 

「…………………………」

 

 なんと、カーネイジの体が半ば吹き飛んでいたのだ。まるで水が弾けた瞬間のような形で、空中に静止している。

 

 共生生物は宿主の肉体の表面に張り付くように形を取るせいか、高音や爆音に触れると結合が弱くなる。

 

 先ほどの〝劫火浪〟は、まさにそのような轟音を伴っていた。それでこんな状態になったのである。

 

 更に、そして愛子を守っていたものとは、カーネイジの体を変形させたものだった。それで余計に密度が下がったのだろう。

 

「き、北野くんっ!?」

『多少溶ケタダロウガ、半分デモ残ッテイレバ後デ復元──っ!?』

 

 そこで、ライオットはもう一つの違和感に気がついた。

 

 半身が弾け飛んだまま、煙を上げて静止しているカーネイジ──その中に、焼けたシュウジの体がない。

 

『ドコニ──!?』

『ここだ間抜け』

 

 声を発そうとしたライオットの胸を、ステッキの石突きが貫く。

 

 微弱に振動するそれは、ライオットの動きを封じ込めた。

 

 また同時に、中にいるノイントの胸部……彼女が動くための魔力を供給される器官をも的確に破壊している。

 

『バカ、ナ……!』

 

 ライオットが目を見開き、後ろを振り向けば──そこには飛行モードになったマシンビルダーに乗った、エボルブラックホールがいた。

 

『騙し討ちは俺の得意分野だぜ?』

『オ前ゴトキニ、コノ俺ガァアアァァアアアア!!!』

『残念だったな。そらぁっ!』

 

 エボルがステッキに魔力を送ると、ギミックが起動して振動が爆発的に増幅する。

 

 ジェット機の音を十倍にしたような振動を直接叩き込まれ、ライオットは空中で弾け飛ぶ。

 

「なっ……!」

 

 中から出てきたのは、無表情だった美貌に驚きを浮かべるノイント。

 

 供給機関を破壊されて動けない彼女は、ただエボルがドライバーのレバーを回すのを見ることしかできなかった。

 

 

 

《Ready Go!》

 

 

 

『あばよ。同類に会えて嬉しかったぜ』

「イレギュ、ラァアアァァアアアア!!!」

 

 

 

《ブラックホールフィニーッシュ! Ciao(チャーオー)?》

 

 

 

 無慈悲な一撃が、ステッキの引き抜かれた胸部に叩きつけられる。

 

 何者をも滅ぼす虚無のエネルギーは、わずかに稼働していたノイントの機関を破壊し──その胸に大穴を残した。

 

「──」

 

 文字通り風穴を開けられたノイントは、もともと無機質だった目から光を失い、その機能を停止させていく。

 

 やがて滞空手段だった翼が消え、教会の建築物が密集する場所から少し離れた山腹へ落下していったのだった。

 

『忍殺、なんつってな』

 

 ほどなくして、エボルの頭部に搭載されたセンサーが、墜落したノイントの状態を解析して死んだことを示す。

 

 それを確認しし終えてから、シュウジはボトルを抜いて変身を解除した。

 

「ふぃ〜、体を狙われるのは精神的にきついぜ」

『ヤラナイカ♂』

「断固お断りします」

 

 エボルトのボケに返しつつ、シュウジは自分を見えげている愛子に手を振った。

 

 ほっと安堵の笑みを浮かべた愛子は、カーネイジの影から出てきてブンブンと両手を振ってくる。

 

 ややテンション高めなリアクションに笑いつつ、シュウジはちらりと地上で沈黙したノイントを見下ろした。

 

(とりあえず、面倒なのは一体排除。あとは()()()()()()が順調に進むことを祈るばかりだな。あとは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

 王宮を一瞥し、それから愛子のところへ戻ろうとして──彼女の背後で腕を振り上げる影帽子のようなものに目を見開く。

 

「北野くーん!」

「愛子ちゃん、逃げ──」

 

 油断しきっている愛子へ、シュウジは警告を飛ばそうと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──どこにも逃さないよ。君を、だけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズプリ、と音がした。

 

「っ……」

 

 シュウジは、ゆっくりと自分の胸を見る。

 

 そこに、刃が生えていた。細剣と思しき凶器は的確に心臓を貫いており、先端から血が滴る。

 

 茫然と愛子の方を見ると──唖然としている彼女の最後に立っていた影帽子は、風に吹かれて消えていく。

 

「ご、ぷっ……!?」

 

 騙された。

 

 そう知覚した瞬間に遅れて痛みがやってきて、シュウジは喉をせり上がってきた血を吐き出す。

 

 ありえない。心許ない防御を補うために、シュウジは常時魔法や毒物、物理攻撃に対する結界を張っている。

 

 それをこうも易々と食い破り、一流の暗殺者の技能を受け継いでいるシュウジにさえ悟らせぬ気配遮断。

 

 刃を掴み、後ろを振り返れば……いつの間にか、マシンビルダーの上に人がいた。

 

「簡単に騙されてくれたね。そこで他人に気を取られるのが、〝あの子〟と君の違いだ」

「あんた、は……」

 

 焦げ茶色のローブを纏ったその人物は、ごく軽く手甲に包まれた手を前に押す。

 

 すると、致命傷を負っていたシュウジはいとも容易く足を踏み外し、愛子のいる足場に落ちていった。

 

 狭い足場の上に叩きつけられ、受け身を取る力も出せないシュウジの体が勢いよくバウンドする。

 

 そのまま転げ落ちる寸前で、身体強化の魔法を使った愛子が受け止めた。

 

「北野くん!しっかりしてください!死んではいけませんっ!目を開けてください!」

「あい、こ、ちゃん……」

 

 必死に呼びかける愛子に、この世界にきて一番と言っていい傷を負ったシュウジが、力なく手をあげる。

 

 刃に添えられていたそれは斬り裂かれ、血に染まっていたが、愛子は躊躇なく掴んで名前を呼んだ。

 

 そんな彼女の腕の中で、シュウジの体からドクドクと血が流れ続ける。技能が発動しているが、遅々として再生は進まない。

 

「そんな、どうすれば……」

 

 服は赤く染まり、血溜まりが出来ていく。愛子はどうすればいいのかわからずに、ただ困惑した。

 

「刺すのと同時に、致死性の毒を打ち込んだ。もう彼は助からないよ」

「っ!」

 

 気がつけば、そこに人が立っていた。

 

 愛子が顔を振り上げると、マシンビルダーに乗っていたはずのローブの人物がいる。いつの間にそこにいたのか。

 

 声音からして男と思しきその人物は、鞘に収まった細剣を杖のように床について亡霊のように佇んでいる。

 

「あなたは、誰ですか……!どうして北野くんにこんなことを……!」

「〝アベ……ル〟…………」

 

 怒りを顔に浮かべる愛子とは裏腹に、浅い呼吸を繰り返すシュウジが搾り出すような声で呟く。

 

 その言葉に、愛子は驚愕をあらわにした。マリスの記憶の中に同じものがあったからだ。

 

「アベル、って……まさか」

「僕のことについても知っているのか。いいや、そうでなくては〝あの子〟の記憶とは言えない。〝あの子〟は、僕が選んだのだから」

 

 愛子の疑問に答えるように、やや覚束ない手付きでその人物はフードを取り払う。

 

「う……そ…………」

 

 

 

 そうして出てきた顔に、愛子は息が詰まるような感覚を覚えた。

 

 

 

 多少整っているものの、人ごみに紛れればわからなくなるような、そんなどこにでもあるような顔。

 

 

 

 だが、シュウジと彼女にとって……否、〝カイン〟と〝マリス〟にとって、その顔は誰より印象的だ。

 

 

 

 何故なら──目蓋を固く閉じたその顔は、カインと瓜二つだったのだから。

 




読んでいただきありがとうございます。


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傲慢なる裏切り者たち 中編

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シュウジ「おーっす、俺だ。なんか前回後ろからぶっ刺されたんだけど?」

エボルト「突然のピンチ、よくある展開だな」

シュウジ「はっはっはっマイペット、そんなの頻繁にあってたまるかよ」

エボルト「誰がペットか」

謎の男「そろそろ俺の出番が来たな。ったく、ジジイを待たせやがって。さて、今回はグリスのサイドからだ。では、せーので」


三人「「「さてさてどうなる王都侵略編!」」」


 

 

 

 動く死体となった兵士たちの間を抜け、ローグとグリスが相対した途端にあっという間に包囲は下に戻った。

 

 不敵に笑う恵里に、龍太郎は舌打ちをする。これで少しでも隙があろうものならば後ろから崩せたのだが。

 

「不意打ちはルール違反だよ?」

『チッ、中村……』

 

 仕方がなく、グリスはローグへと向き直った。

 

 彼の後ろにいた兵士たちはいつの間にか、全員スマッシュになっている。もはや全員が傀儡なのだろう。

 

『前門の龍、後門の虎ってか。へっ、面白えじゃねえか』

 

 異様な雰囲気を放つスマッシュたちに、グリスはあえて強気な言葉を放ち足を進めた。

 

(……威勢を張ったものの、なんだあいつの威圧感は。まるで底が見えねえ)

 

 一歩進むごとに、目の前にいるローグの凄みが増していく。

 

 ただそこに佇んでいるだけでその体から溢れ出る、圧倒的なオーラ。ハザードレベルは予想不可能だ。

 

 今更引き返すことはできない。自分が負ければクラスメイトたちはとどめを刺され、光輝と鈴も……

 

(気張れよ俺。ここで負けたら全部終わりだ!)

 

 ついに、グリスはローグの眼前二メートルまで到達する。ここからは互いの攻撃の射程圏内だ。

 

 

 

『ほお、面白そうなことをしてるじゃないか』

 

 

 

『っ!?』

 

 突如として頭上から投げかけられた声に、グリスは上を見上げる。

 

 広場に等間隔に設置された、光源となる魔石の埋め込まれた柱。その上に誰かが一人、座っていた。

 

 雲が流れ、月光が広場を照らすと……そこに足を組んでいたのは、真紅の蛇。

 

『スターク!』

『よう、久しぶりだな龍太郎。メルドと対決するなら審判にでもなってやろうか?』

『テメェ……!』

『おっと、動くなよ』

 

 思わずツインブレイカーを向けたグリスに、スタークは背に隠していた人物を引っ張り出す。

 

 出てきたのは……ハイリヒ王国第一王女、ベルナージュ。伸びる毒針で拘束された彼女は、忌々しそうにスタークを睨んでいる。

 

『王女さん!?』

「……私のことは気にするな。今は目の前の戦いに集中するのだ」

『もし俺に危害を加えようものなら、ベルナージュがどうなるか……わかるな?』

 

 姑息な手段に肩を震わせるものの、この距離ではまともな手段では敵わないことを冷静に判断して腕を下ろす。

 

『……これはお前の差し金か?』

 

 この世界において、ライダーシステムはオーバーテクノロジーの権化と言っても過言ではない。

 

 加えてこれほどの数のスマッシュ……明らかにスタークが一枚噛んでいるとしか思えなかった。

 

『さぁて、どうだかねぇ……だが、俺の差し金にせよそうじゃないにせよ、お前は仲間を背負ってそこに立っている。それなら、やることは決まってるんじゃあないか?』

 

 スタークはその追求をのらりくらりとした口調でかわした。

 

 同時に突きつけられた正論に、龍太郎は一旦敵意を収めてローグへと向き直る。

 

『悪いが本気でいかせてもらうぜ、メルドさん』

『今この一時、お前を龍太郎とは思わん。全力でかかってこい』

 

 悠然と立ち、冷静沈着な様子で告げるローグ。

 

 尚も崩れぬ威圧感に冷や汗を流しつつ、グリスはツインブレイカーを握った拳に力を込め、構えをとった。

 

『心火を燃やして……ぶっ潰す!』

 

 己を鼓舞し、一気に闘志のエンジンをかける。

 

 スーツによって強化された肉体は瞬時に戦闘状態へと切り替わり、石畳を砕きながらローグに向けて突貫した。

 

 彼我の距離、たった二メートル。それはライダーにとってはほんの瞬きほどの時間で到達できる距離である。

 

『オラァアアアアア!!!』

 

 裂帛の叫びとともに、ツインブレイカーがローグの胸部装甲に叩きつけらた。

 

 盛大に火花が散り、かつてベヒモスをも屠った時よりも更に成長した一撃がローグの体を襲った。 

 

 一度で終わらず、激昂しているかのような叫び声とともに何度も何度もグリスは攻撃を叩きつけた。

 

「龍太郎……!」

「龍っち……!」

 

 その様子を見守っている光輝と鈴は、祈るような気持ちでいた。

 

(くそっ、まただ……また俺は、肝心な時に何もできないのか!)

 

 光輝は、状況が違うのならば今すぐにでも龍太郎の加勢に行きたい気分であった。

 

 幼馴染であり、1番の親友に最も苛烈な戦いを任せてしまう負い目。

 

 今度こそ誰かを守るため、この日のために鍛えてきたと言っても過言ではない力が、全く役に立たない悲しみ。

 

 そして、どうにかなると楽観視しようとする、骨の髄まで沁みついた自分の考え方への苛立ち。

 

 その全てが毒のように光輝の体を這い回り、じわじわと理性を削っていく。まるで我慢比べをしているような気分だ。

 

(お願い、どうか龍っちに力を……!)

 

 鈴は、この場で誰よりも非力な少女は、ただただ想い人の勝利を願っていた。

 

 光輝のように何もできなことへの悔しさはあるが、それ以上にまた危ない戦いへ龍太郎が身を投じたことが不安であった。

 

 あの日ハジメに助けられ、その後悔からグリスとなり変わった龍太郎。強さも、人としても成長した彼に惚れた。

 

 先日の事件では、自分が傷ついたことに誰よりも怒ってくれた。皆が疲弊していた中でずっとそばにいてくれた。

 

 そんな相手が、今死ぬかもしれない。鈴とてグリスとしての龍太郎を見て仮面ライダーの強さを知っている。

 

 だから誰かに、必死に願うのだ。大好きな男の勝利を。

 

「あはは、すごいなぁ。スタークには色々とお世話になってるけど、あれが味方なら何でも勝てる気がするよ」

「……恵里。どうしてこんなことをしたんだ」

 

 グリスとローグを見て笑う恵里に、光輝は一度冷静になるためにももう一度質問する。

 

 ゆっくりと振り返った彼女は、光輝に話かけられたことが心底嬉しいといった顔で笑った。

 

「さっきも言ったよ? 僕はね、ずっと光輝くんが欲しかったんだ。だからそのために必要なことをして、利用した。それだけのことだよ?」

「なっ……」

 

 息を呑む光輝。  

 

 例のごとくご都合解釈で異性の好意すらも気付かなかった彼は、好意とも呼べぬ独占欲を明確に告げられて動揺した。

 

「そ、それなら告白してくれれば、俺だって……」

「ダメダメ、それはダメ。だって光輝くんは優しいから、特別を作れないでしょ?」

「それは……」

 

 違う、と光輝は思った。

 

 今の光輝は自分の行いが、ただいい顔をしていたかっただけの自己中心的な行動だったことを自覚している。

 

 だが、それを認めてしまってはいけない。痛い目を見てなりを潜めていたプライドがそう囁く。

 

「たとえ周りに何の価値もないゴミしかいなくても、優しすぎて放っておけないんだよね?」

「──っ!」

「この世界に来て、本当に良かったよ。ゴミ掃除は楽にできるしさ……ね? 僕はわかってるよ? 僕だけは光輝くんのことを理解してあげられるよ? そのために僕が、邪魔なゴミは片付けて──」

「違う!」

 

 だが、恵里の言葉に呪縛のように巻き付いていたものは吹き飛んだ。

 

「ゴミなんかじゃない! みんな大切な仲間だ! それなのに俺は、俺がしたいことばかりを押し付けてきた! その結果がこの前北野に突きつけられた答えだ!」

「あ、天之河くん……」

 

 突如として怒り出した光輝に、鈴は驚いた。

 

 シュウジやハジメほど根本的に毛嫌いしている訳ではないが、それでも彼女から見ても眼に余る部分はあった。

 

 だというのに、面食らった顔をする恵里に叫ぶ光輝の目には、自分に盲目的な色は見られない。

 

「俺には、どうして恵里がそんなに俺に執着しているのかはわからない……でもきっと、俺の行動が君をこんな風にしてしまったことだけはわかる!」

「…………」

 

 光輝は今、真剣に、本当の意味で、目の前にいる一人の()()に向き合おうとしていた。

 

 自分の正義感を満たすための相手などではなく、ただの天之河光輝として、中里恵里を知うとしているのだ。

 

「なあ、恵里。訳を聞かせてくれないか。今度こそ俺は、ちゃんと向き合うから。そしてこんなことはもうやめよう。恵里にとっても、絶対にいい結果には……」

「──うるさいなぁ」

 

 ──だが、その声はもう届かない。

 

「がっ!?」

「近藤くん!?」

「はぁ、あ、ぐぁ……」

 

 突然、傀儡兵士の一人が組み伏せていたクラスメイト……近藤礼一の背中に再び剣を突き立てる。

 

 それは心臓を貫いており、近藤はしばし強靭なステータスで耐えていたものの……

 

 やがて、動かなくなった。

 

「う、そ……」

「恵里!? どうして……!」

「光輝くん、僕はもう後戻りできないんだよ。北野のやつに色々吹き込まれて変になっちゃったみたいだけど、それでも僕は止まらない」

 

 死んだ近藤に歩み寄り、恵里は手をかざすとその場にいる誰もが今まで一度も聞いたことのない呪文を唱える。

 

「〝縛魂〟」

 

 魔法名を唱え終わると、半透明の近藤が現れ、自分の遺体に重なるように溶け込んでいった。

 

 兵士が上からどく。

 

 すると死んだはずの近藤は、なんと身を起こし、兵士たちと同じような顔で立ち上がった。

 

「はい、お人形の完成〜」

「あ、あぁ……」

「恵里……ッ!」

「どう、すごいでしょ? 僕のオリジナルの魔法だよ? 降霊術に、生前の記憶と思考パターンを付加してある程度だけど受け答えが出来るようにしたんだ。スタークや、ある人の協力は借りたけど……おかげでこんなに手駒が手に入っちゃったし、《獣》の末席にも座れた」

 

 両手を広げ、兵士たちを見せびらかすように語る恵里。

 

 恵里はその執念によって、本来は残留思念を汲み取ったり、死体を簡単な命令で動かすだけの魔法を神代魔法の域まで高めた。

 

 それをまるで、よく出来たテストを見せびらかすようにする恵里に、鈴はいよいよ親友が狂ったことを認識する。

 

 一方の光輝は、対話の無意味さにようやく気がついて歯を食いしばる。

 

 シュウジが憎んだ悪辣とは、このようなものかと。

 

「大丈夫だよ。みんなはちゃんと使えるお人形にして、兵士さんたちと一緒に魔人族に献上するし。光輝くんは安心して〝縛魂〟で縛られて、私と一緒に魔人族の領で暮らそうね?」

 

 魔人族、という言葉に光輝はあることに思い至ってはっとする。

 

「まさか、大結界を破ったのは……」

「そう、僕でしたー! いやー、スタークには感謝してるよ。気づかれずに大結界を維持するアーティファクトのところまで傀儡を行かせてくれたし、魔人族に取り合ってくれたのもスタークだからね」

「なっ……!」

 

 戦いを観戦しているスタークの方を見て、光輝はやはりかと目を鋭くした。

 

(これが、必要な選択だっていうのか……?)

 

 だが、怒りとともに光輝の心を多分に支配していたのは困惑だった。

 

 自分に拳とともに自分の信念を叩きつけたシュウジと、あそこにいる不気味な怪物がどうしても結びつかない。

 

 あるいは、クラスメイトたちの命さえ脅かすこの惨状こそが〝必要な選択〟だというのなら……流石に許容できない。

 

「あぁ、ああ! 他の誰も見ない、僕だけを見つめて、僕の望んだ通りの言葉をくれる! 僕だけの光輝くん! 今から想像するだけでイってしまいそうだよ!」

「え、エリリン……なんで……」

「もう、聞き分けが悪いなぁ鈴は……でも、ありがとね?」

「え……?」

 

 これ以上は限界である鈴に、恵里はにこりと笑い。

 

「鈴の存在は、とっても便利だったよ? 光輝くんの傍にいるのは雫と香織って空気が蔓延しちゃってさ。不用意に近づくと、他の女共に目付けられちゃうし……向こうじゃ何の力もなかったから、嵌めたり自滅させたりするのは時間かかるんだよ」

「え、ぁ…………」

「その点、鈴の存在はありがたかったよ。馬鹿丸出しで何しても微笑ましく思ってもらえるもんね? 光輝くん達の輪に入っても誰も咎めないもの。だから、〝谷口鈴の親友〟っていうポジションはホントに便利だったよ。おかげで向こうでも自然と光輝くんの傍に居られたし、異世界に来ても同じパーティーにも入れたし……うん、ほ~んと鈴って便利だった! だから、ありがと!」

「……あ、う、あ……」

 

 その告白に、鈴は心の底から打ちのめされた。

 

 これまで信じてきた友情が、親愛が、全てまやかしだったと知り、真っ暗な水の中に叩き落とされたような感覚。

 

 十六の少女にはあまりに重すぎる事実に、鈴の瞳から光が消え、徐々に顔を俯かせていき──

 

 

 

『ぐぁあああああああっ!?』

 

 

 

 自我を失う寸前で、その悲鳴が鈴を現実に引き戻した。

 

「龍っち!?」

「龍太郎!」

『ハァ、ハァ、クソッ、なんだこのパワーは……!』

『……この程度か』

 

 長らく目を離していた戦場に目を戻せば、そこには腹部の装甲から煙を上げて倒れているグリスの姿が。

 

 反射的にローグを見ると、拳を振り切った姿勢から腕を下ろすところだった。おそらく一撃を放ったのだろう。

 

 これまで無敗を誇っていたグリスをたった一発のパンチでのしたローグの力に、二人は驚きを隠せない。

 

『お前のハザードレベルでは、俺は倒せん。負けを認めろ』

『ハッ、冗談ぬかせ。まだまだ俺は戦えるぞ!』

 

 立ち上がったグリスは、闘志を振り絞ってローグに攻撃を加える。

 

『オラァッ!』

『──遅い』

『ガッ!』

 

 これまであらゆる敵を撃滅してきた一撃をあっさりとかわし、ローグの拳がグリスの顎を捉える。

 

 平衡感覚を狂わされ、ふらりと揺れるグリスの体。ローグのストレートは的確に彼を弱らせた。

 

(クソッ、脳が揺れて──)

 

『フッ! ハッ!』

『グッ、ゴッ、ガハッ!?』

 

 続くローグの連続攻撃が、グリスの体を打ち据える。

 

 ジャブが二発、次に左フック、右脇腹にボディ、下がった頭にアッパーカット。一撃一撃が必殺の威力を持っていた。

 

 光輝と鈴が悲鳴に近い声で龍太郎の名前を呼ぶが、グリスの装甲を易々と貫通して届く痛みに彼の意識は飛びかけていた。

 

『こう、き……たに、ぐち…………』

『大義のための、犠牲となれ』

 

 ぐらりと後ろに倒れたグリスの隙を見逃さず、ローグはレバーを素早く握ると下へ下ろす。

 

 

《クラックアップフィニッシュ!》

 

 

『ハァッ!!!』

『ガッ──!?』

 

 飛び上がったローグの下半身をワニの頭部のようなエネルギーが覆い、それでグリスの体を挟み込む。

 

 エネルギーはグリスの体に何度も噛みつき、盛大な火花を散らして激しく装甲を破壊し尽くす。

 

 ほとんど動かなくなったグリスを、ローグは捻り切るように足を回転させて弾き飛ばした。

 

 

 

 ドッゴォオオン! 

 

 

 

 柱に叩きつけられたグリスは、声も上げることなく地に伏す。

 

 そのまま、指の一本も動かせなかった。全身から青い火花が散り、いつ変身が解けてもおかしくない。

 

『く、そ……』

『それがお前の限界だ。我々の大義のため、倒れてくれ』

 

 言い返そうとするも、もはや言葉を発する力も残っていない龍太郎は気を失った。

 

 完全な沈黙を察知したライダーシステムは、変身者の負担を減らすために自動的に変身を解除。

 

 光輝と鈴は、顔を青くする。瀕死ながらも誰かが戦っていることを感じていたクラスメイトたちも絶望した。

 

『ようやく倒したか。ご苦労だったなローグ』

 

 よっと呟きながらスタークは柱の上から飛び降りる。

 

 切り離された毒針がベルナージュを柱に固定する中、スタークは倒れた龍太郎に歩み寄った。

 

『ほお、ハザードレベル4.8か。ここまで上がるとは、やはり選んで正解だったな』

 

 しゃがみ込んでその背中に手を置き、スタークは楽しそうに笑う。

 

 そのまま、手刀の形にした手を龍太郎の背中に突き刺した。

 

「龍っち! いやぁあああああ!」

「見るな鈴っ!」

 

 鈴が口元を抑えて悲鳴を上げ、光輝がとっさにその目を手で覆う。

 

 だが、彼女の恐怖は現実には起こっていなかった。

 

 スタークの突き込んだ部分に傷はあらず、スタークの手はするりと体に侵入しており、何かを探っていた。

 

『ここらへんに……見つけたァ!』

 

 そして、引き抜かれたスタークの手の中には──真っ黒に染まった、城のレリーフが刻まれたボトルが握られていた。

 

 龍太郎の背に、やはり傷はない。それどころかコートに新しい破損すらなく、光輝はほっとする。

 

『これで回収したボトルは全部で四本。〝計画〟は順調だ』

「おーい、もう終わった? 僕、そろそろ待つのも疲れたんだけど」

『ああ、もういいぞ。そいつらは用済みだ。好きにしろ』

「お言葉に甘えて〜」

 

 興味をなくしたような口調で手を振り、ローグの方へ行くスタークの言葉に恵里が怪しく笑った。

 

 まずい、と光輝は思った。龍太郎が破れ去った今、先ほど宣言されたとおり恵里は自分たちを傀儡にするだろう。

 

 

 

(どうする、俺はどうすればいい──!?)

 

 

 

 光輝が再び自分の無力を呪い、ふとあの無敵の〝美〟を思い浮かべた、その瞬間。

 

「……ま、だ」

「っ!?」

「龍っち!?」

「ハァ? まだ意識があるわけ?」

 

 気を失っていたはずの龍太郎が、ぐっと拳を握る。

 

 緩慢な動きで腕を引きずり、握り拳を地面につけると、力を振り絞って立ち上がる。

 

「はぁ……はぁ……」

『ほお、頑丈だな。圧倒的にハザードレベルが上のローグの一撃を受けておいて、大した根性だ』

 

 なんとか両足で立ったものの、龍太郎の体は満身創痍と言って差し支えない状態だった。

 

 それでも龍太郎は、血に濡れた顔を猛獣のように闘志に歪ませ、両目でスタークとローグを睨む。

 

「まだ、終わっちゃいねえ……俺は死んでねえぞ……!」

『何故そこまで戦う。お前を突き動かしているのは信念か? 矜恃か? それとも──意地か?』

「意地……ハッ、そうさな。こいつは意地だ」

 

 スタークの問いかけに、龍太郎は獰猛に笑う。

 

 手負いとは思えぬその凄みに、静観していたローグは思わず動揺する。

 

 ハザードレベルは優っているはずなのに、龍太郎の威圧感は凄まじかいものであり。ローグが一歩、後ずさるくらいには。

 

 同時に、迷いが生まれる。大義のためとはいえ、ここまで強い心を持つ少年を打ち負かしてしまったことに。

 

「そう、意地だ……」

 

 そんなローグを真っ直ぐに見つめ、スタークすら眼中から外した龍太郎は、一歩歩みを進める。

 

 そうすると、カッと目を見開いて。その場にいる意思あるもの全員が見つめる中で、大声で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()、無様に負けたままでたまるかああぁあああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、場違いともいえるような告白を。

 




読んでいただき、ありがとうございます。
原作だと本編終了後にくっついたこの二人の恋愛、やっとここまで進んだぜ

伸びそうなので間の4話はなしでいきます。



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カインとアベル

投稿時間ミスった
物語を描くことは楽しくても、投稿することに微妙な気持ちになっているのは何故なのか

エボルト「エボルトだ。前回は凄まじいカミングアウトがあったな」

シュウジ「さらっと自分の行動から話を逸らしていくスタイル」

エボルト「いい悪役ぶりだろ?そういう役は得意なんだ」

雫「鈴が完全に固まってるのだけど……」

ハジメ「なにはともあれ、今回はシュウジの方に視点が戻る。それじゃあせーの、」



四人「「「「さてさてどうなる王都侵攻編!」」」」


「アベル……先代、〝世界の殺意〟……」

 

 男の名は、アベル。

 

 家の傀儡だったカインを〝世界の殺意〟として育て上げ、千年の生を終えて死んでいったはずの男だった。

 

「ごふっ……ライオットがいる時点で……あんたもいると……思ってたよ……」

「肯定しよう。それでも防げなかったのは、君が未熟だったからだ」

 

 心の底から驚きに支配された二人の前で、アベルは冷徹に告げる。

 

 ヴェノムやカーネイジ、そしてライオットなどの禁術で生まれた魔法生物は、宿主と長く離れると死ぬ。

 

 故に、この世界のどこかに必ずアベルがいることをシュウジは薄々気がついていたのだ。

 

「あんた、も……《獣》か…………」

「肯定しよう。我が名は《憤怒の獣》──僕は蘇ったその時から、怒りに震えている」

 

 蘇った、という言葉にはさほど二人は驚かなかった。

 

 マリスが世界を滅ぼし、輪廻転生のシステムは壊れた。管理されていた歴代の魂がどこに行こうと不思議ではない。

 

 そうだとしても、考えうる中で最悪の再会……いいや、出会い方にシュウジは皮肉げに笑った。

 

()()()()のことを責めるつもりない。行き過ぎた必要悪は害悪だったが、あの子は自分の過ちを償った。だが、その弟子の愚行と君の存在は違う」

「……はは、さしずめ、ご先祖様としてケジメ付けに来た、ってか……」

「──肯定する」

 

 弱々しく皮肉を言ったシュウジの言葉を、アベルは肯定した。

 

「あの家の始祖として、先代の〝世界の殺意〟として、僕はあの子の行いを貶めた女神に憤怒する。眠るはずだったあの子を呼び覚ますために生み出された君に憤怒する」

「そんな……!」

 

 あまりに独善的かつ自分勝手な言い分に、愛子は怒りとも悲しみともつかぬ感情で悲鳴のように叫ぶ。

 

 しかし、マリスの記憶を通して彼女は知っている。この男が今の自分では到底叶わない、化け物だと。

 

「でも、どうして彼女のことや、北野くんの正体を……!」

「我が権能は〝裁定(さいてい)〟。この憤怒に従い、粛清のために必要なもの全てを見抜く力」

 

 それがエヒトの眷属として蘇ったアベルの力。裁きを下す相手に対する情報、過去、全てを暴く異能。

 

 生まれつき盲目であり、己の目とするためにライオット(魔法生物)を生み出した男は皮肉にもそのような力を手に入れたのだ。

 

「謝罪はしない。ただこの(憤怒)に従い、僕は君を粛清しよう」

「待ってください!」

 

 盲目の獣が杖をつき、一歩踏み出すと、愛子がシュウジを庇うように前に出た。

 

「お願いします、北野くんを見逃してあげてください!」

「否定する。既にあの女神と通じていない君に用はない、そこをどけ」

「彼は、必死に生きようとしているんです!悩みながら、葛藤を抱えながら、それでも進もうとしているんです!あなたも世界のために戦ったのなら、どうか未来ある子供の命を奪わないでください!」

「愛子ちゃん……」

 

 シュウジは、目を見開いた。

 

 膝立ちになった小さい体は小刻みに震え、シュウジの返り血で濡れた顔は今にも泣き出しそうな程に引き攣っている。

 

 間違いなく、愛子は恐怖を抱いている。その気になれば簡単に自分の首を飛ばせるアベルを前にして、それでも立っているのだ。

 

 ただひとえに、シュウジを守るために。マリスのことなど関係なく、教師として。畑山愛子として。

 

「彼を殺すというのなら、先に私を殺しなさい!」

「ではそうしよう」

 

 そんな愛子の細い首を、銀色の手甲が鷲掴みにした。

 

 目は閉じているというのに迷いのない動きで首を絞められたことに瞠目し、愛子は苦しさに喘ぐ。

 

「あ、ぐ……」

「僕は無用な殺しは好まない。だが考えれば、君はヴェノムを使役する。不穏分子になりかねない。だから粛清する」

 

 あっさりと愛子をも殺すことを許容したアベルは、杖を持ち上げると鞘を取り払い刃を抜く。

 

 その切っ先を、愛子の胸へ定める。アベルには掴んだ首を介して、早まる心臓の鼓動がはっきりと聞こえていた。

 

「では死ね。あの子の安寧のために」

「くそっ、愛子ちゃん!」

 

 細剣か握られた手が引き絞られ、愛子の柔肌を貫く光景を、シュウジは何もできずに見つめて……

 

「なーんてな」

 

 いることは、なかった。

 

 アベルの体に衝撃が走る。彼は閉じていた目を見開き、思わず愛子を持ち上げていた手を緩めた。

 

「げほっ、ごほっ……!」

 

 数秒とはいえ、酸素を取り込めていなかった肺は激しく空気を要求する。

 

「よう、平気か愛子ちゃん?」

 

 そんな愛子に、陽気な声がかけられる。

 

「はぁ、はぁ……北野、くん……?」

「おうさ、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャン、俺ちゃんだ。ひやっとした?」

 

 アベルの背中からひょっこりと顔を出したのは、いつものように不敵に笑うシュウジ。

 

 その右手に握られた白いナイフ……〝抹消〟は、最初に彼がそうしたようにアベルの胸を貫いている。

 

 驚いて愛子が後ろを振り向くと、血みどろのシュウジがニヤリと笑った。

 

「い、一体どういう……」

 

 二人のシュウジに愛子は困惑する。

 

 そんな愛子の目の前で、瀕死だった方のシュウジの髪が白く、目が鮮烈な赤へと変化していった。

 

「ドッキリ大成功〜、なんつってな。驚いたか?」

「え、エボルトさん!?」

「そういうこと。まっ、今日は騙し討ちのオンパレードってわけだ」

「──なるほど。見事な不意打ちだね」

 

 シュウジたちの目の前で、アベルがどろりと溶けて鈍色の物質になった。

 

「っ!」

 

 ほとんど反射的にナイフを頸動脈近くに置くと、甲高い音を立てて紫色の細い刃を受け止めた。

 

 いつの間にか横にいたアベルに、シュウジの頬を冷や汗が伝う。

 

 あと一瞬遅ければ、シュウジの首は某吸血鬼に体を奪われた男のように空気の通りが良くなっていただろう。

 

 自分の首に穴が開くぞっとしない光景を想像し、シュウジはナイフを握る手に力を込め直す。

 

「大したカモフラージュだ、と言っておこう」

「あんたこそいい不意打ちだ。俺のテンションがシリアスモードだったらマジに食らってた、ぜっ!」

 

 死角……と言ってもアベルには全て見えていないのだが……からカーネイジで作った鎌を振るう。

 

 アベルはそれを、まるで当然のように回避した。そのまま空中で一回転し、足場の縁に着地する。

 

「さて、どうするかね……」

 

 〝抹消〟を消し、エボルトと合体するとアクノロギアのナイフに持ち替えてアベルを見上げた。

 

(とは言うものの、俺アベルの実力ほとんど知らないんだよなー……)

 

 余裕じみた顔をしているものの、シュウジはわりと焦っていた。

 

 というのも、彼の持つカインの記憶にはアベルの戦闘能力についての情報がないのである。

 

 アベルはカインに己が先祖であることと、〝世界の殺意〟に必要な善性以外の一切を教えなかった。

 

 そのため、カインが目で見て知った盲目であること、ライオットの存在、細剣を使うこと以外は知らない。

 

(無論、〝世界の殺意〟に選ばれるくらいだからアホみたいに強いんだろうが……それに)

 

「くふっ……」

「北野くん!?」

 

 血を吐き、膝をつくシュウジ。愛子は狼狽える。

 

「だいじょーぶだいじょーぶ、ちょいとかすっただけだ」

「いや、明らかに平気じゃ……」

「気にしなさんな。あんたはそこから動かないことだけを考えてくれ」

 

 口元を拭うシュウジの背中には……赤いシミがくっきりと広がっていた。

 

 最初の不意打ち、シュウジはあれを完全に躱していたわけではない。

 

 最後まで貫かれる直前、その切っ先が心臓の表面を傷つけた所でなんとかエボルトと変わった。

 

 そして空間魔法で空間の隙間に隠れていたのだが……少量ながらも侵入した毒は確実に体を蝕んでいた。

 

『俺の毒に対する耐性がなかったら危なかったな』

「あの剣、相当ヤバイぜ。それこそこのナイフに匹敵するレベルの代物だ」

 

 一瞬で人間を消滅させるような毒を生成するエボルトと合体してなお、その毒はシュウジの体を蝕む。

 

 おまけに、顕現するだけで消耗する〝抹消〟を使ったせいか、肉体が疲弊してかなり危険な状態だった。

 

「つーかよ、ご先祖様。あんたはさっきライオットを囮にしたが、〝抹消〟を打ち込んでも消滅しなかったってことは……」

 

 その先を言うのを、シュウジは一瞬ためらった。

 

 だが意を決して、アベルを睨みあげそれを告げる。

 

「あんた……()()()()()?」

「──いかにも」

 

 アベルが細剣を持ち上げ、その柄頭にはまっているものを見せつける。

 

 紫色の刀身とは対照的な、美しい白の宝石。何物をも漂白し消し去る、絶対の純白。

 

 アベルがその手に握っているのは紛れもなく、シュウジがカインから引き継いだものと同じ──〝抹消〟の力だった。

 

「我がもう一つの権能、それがこの力。〝世界の殺意〟としての僕の概念が昇華されたもの」

「どこのシリーズの英霊だっつーの……とことん相性が悪いなオイ」

 

 これでシュウジのアドバンテージは消えて……否、圧倒的な不利になった。

 

 あと一つ、カインがアベルについて知っていること……それは、彼が〝抹消〟を自在に扱えること。

 

 シュウジがエボルアサシンを作り、命を削ってようやく可能にできるそのことを、アベルは生身でできる。

 

『おい、早めに解毒しないとまずいぞ。エボルに変身しろ』

「そりゃわかってるがな、奴さんが変身する時間をくれるとは思えねえ」

 

 目は見えていないはずなのに、アベルの殺気はまっすぐにこちらに向けられている。

 

 下手に動けば、その瞬間アベルは仕掛けてくるだろう。迂闊なことはできない。

 

「チッ、どうしたもんかね……」

「質問する」

「あ?」

「君は、なぜ生きようとする」

 

 突如、アベルがそう問いかけてきた。

 

 いきなり要領を得ない質問をされたことに、シュウジは表面上は無反応を装いながらも混乱した。

 

「もはや君の中にあの子はいない。それは君の存在意義が既に成就されたことを意味する。ならば抜け殻である君に生きる意味はないはずだ」

「……随分と勝手なこと抜かしてくれるな」

「君は不必要だ。あの子ではなく、そして君という人格を作るために使われた者たちでもない。君には何もない。だというのに、なぜ抗う」

 

 実に身勝手な理論だ。

 

 彼にとってシュウジは子孫であり弟子でもあるカインを、無理やり目覚めさせた忌々しい道具でしかない。

 

 故に、憤怒と事実をもってその存在を否定する。お前はこの世に存在してはいけないのだと、無価値なのだと。

 

「誰でもない……ね。はっ、確かにそうだな」

「北野くん……?」

 

 自嘲気味に笑い、シュウジはアベルの言葉を肯定した。

 

「確かに、俺の全ては作られたものだ。何もかも借り物、所詮中身が抽出された後に残った果物の絞りカスみたいなもんさ」

 

 北野シュウジに、自分で至ったものは何もない。

 

 信念も、理論も、感情も、力も、何もかも誰かから引き継いだもの。

 

 微かに残る、器としての概念を補強する記憶なき存在たちの力がそれを証明する。

 

「だけどな……こんな俺にも、たった一つ培ったものがあるんだよ」

「道具である君に、何が積み重ねられると?」

 

 自らの胸に手を置き、不敵に笑って。

 

「それは、仲間だ」

 

 絶対の確信を込めた声で宣言した。

 

「俺自身には何もない……それでもあいつらは、空っぽの俺を受け入れてくれた」

 

 力や記憶など関係ない、ずっと共に生きてきた北野シュウジが必要なのだと、親友は言った。

 

 何もかもを取り払ったとき、たったその一言だけがシュウジの胸の中に強く根付いていた。

 

「俺はカインみたいな絶対悪にもなれないし、桐生戦兎みたいな正義のヒーローにもなれない。けど、守りたいものの一つくらいはある」

 

 本当の自分である男のように、たとえ世界を破滅させる寸前まで追い込んだとしても貫いた志はない。

 

 エボルトの作った、何度も打ちのめされ、それでも愛と平和のために戦った男のような信念は持ち合わせていない。

 

 けれど、ありとあらゆる物語で語り尽くされたような、ありふれたものだけはあった。

 

「たった一つしかない俺の宝物。それをあの神様ヅラしたクソ野郎から守るためには、まだ死ねないんだよ」

「では君は、仲間のために死の運命に抗うと?」

「いやいや、そんなご大層な答えじゃないさ。こいつは俺の()()()()だよ」

 

 真実を知ろうと変わらなかった、北野シュウジの願い。

 

 平和な世界へハジメたちを帰す。その目標の成就こそが、受け入れてくれた彼らへの唯一の恩返し。

 

 こんな自分にはもったいないほどに大切だから、他の全てを利用して、犠牲にしてでも守り通したい。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「この命には、まだ利用価値がある。あいつらを望む未来にたどり着かせために、俺は俺の命さえ道具にする」

 

 たとえその先に自分がいなかろうが、死んでいようが()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ただ今、この瞬間。

 

 

 

 目標半ばで死ぬことだけは、許容できない。

 

 

 

「だからこの命はやるわけにはいかねえんだ。あんたらがいくら殺したくても、まだ捨てるには使いどころが残ってるもんでね」

「……破綻しているな。それは利己的な破滅願望にすぎない。詭弁だ」

「だからそう言ってんだろ1,000歳超えてるクソジジイ。俺が俺の命を使う分には納得するが、あんたらに奪われるのは勘弁ってことを、その錆び付いた頭によーく覚えときな」

 

 中指を立てて笑うシュウジ。無論それが見えているわけではないが、アベルは眉間に皺を作った。

 

「……やはり悍ましい。そのような低俗な理由であの子の力を使うことは許さない。君を速やかに粛清する」

「へいへい、聞き飽きたよ。御託はいいからさっさとかかってきな、骨董品」

 

 挑発するシュウジに、怒りを纏いながらアベルが襲い掛かろうとした──その時。

 

 

 

 パンッ!!

 

 

 

 シュウジの顔の横を、何かが通り過ぎる。

 

 音速を超えるそれをアベルは察知し、空気の振動で軌道を読むと細剣を振るって斬り捨てる。

 

 カラカラと音を立てて足場に落ちたのは……真っ二つになった銃弾。

 

 

 

 パンッ! パンッ! パンッ!

 

 

 

 しかし、一度で終わらず何度も謎の銃撃がアベルを襲う。

 

 その尽くを切り捨てた時、アベルは数歩後ろに下がっていた。

 

「……これは」

「相変わらず凄まじい剣技だな」

「「っ!?」」

 

 後ろから聞こえた覚えのない声に、シュウジと愛子が振り向く。

 

 三人以外誰もいなかったはずの、標高八千メートル上の足場。そこにはいつの間にかバイクが止まっていた。

 

 バイクにまたがり、漆黒の銃を構えているのは老齢の男。その赤い瞳が鋭くアベルを見据えている。

 

「あんたは、ハジメたちの言っていた……」

「南雲くんたちのお知り合い……?」

「……よう、北野シュウジ。こうして顔を合わせるのは初めてだな」

 

 目線を移し、こちらを見る男。

 

 アベルに向けていたものとは異なり、そこには年相応の柔らかい感情があった。

 

 まるで何かを懐かしむような、やっとほしいものを見つけたようなその微笑に、どこかシュウジは既視感を感じる。

 

「あんた、まさか……」

「おっと、お喋りもここまでだ。こいつは俺が相手するから、さっさと逃げな」

「どわっ!?」

「きゃっ!?」

 

 バイクから降りた男はシュウジと愛子の襟首をまとめて掴み、そのまま座席へと乗せる。

 

「じゃ、またな。下に出迎えが待ってるはずだ」

 

 ポンと軽く叩かれたバイクは、エンジンをかけていないにもかかわらず突然マフラーを嘶かせる。

 

 そのまま一人でに反転すると、反射的にハンドルを握ったシュウジと、その体に抱きついた愛子を乗せて発進した。

 

「ちょ、おいおい嘘でしょ────ー!?」

「きゃぁああああああ──────!」

 

 悲鳴を上げながら、足場から下の地上へ降りていく二人。

 

 やがて、完全に声が聞こえなくなった所で男はアベルに振り返った。

 

「さて……これで二人きりだな?」

「……君はこの時間軸の人間ではないな。それに、もはや人間でもない」

「化け物扱いは若い頃から慣れてるもんでね。むしろ大歓迎さ」

 

 低い声を発するアベルに、男は余裕そうに肩をすくめる。

 

 しかし、その態度も一瞬のこと。表情は氷のように冷たくなり、好好爺然とした雰囲気は消え去る。

 

 その目には、強い感情が宿っていた。まさしく仇を見る、怒りと憎しみに満ち溢れた者の目だ。

 

「この時を、五十年待った。お前を殺せる瞬間をな」

「……なるほど。たしかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アベルは細剣を、男は黒銃といつの間にか握っていたもう一丁の銃を胸の前で構える。

 

 

 

 

 

「殺させてもらうぞ──我が友を狂わせた獣よ」

「我が憤怒を成就するために君を殺そう、未来からの復讐者よ」

 

 

 

 

 

 憤怒の化身と憎悪の男が、ぶつかり合った。

 

 




心折れそう。


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傲慢なる裏切り者たち 後編

ブラックホール予約したぜヒャッホイ

シュウジ「シュウジだ。なんやかんやで逃げられたが、あの爺さん……」

雫「ねえ、それより鈴が私の背中に隠れてるんだけど」

鈴「うぅ……!」

エボルト「顔真っ赤だな。まあ龍太郎のやつに任せるとして、今回はクラスメイトたちの最後の話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる王都侵攻編!」」」
鈴「……龍っちのばか」


 

 

 

「………………………………ふぇっ?」

 

 鈴の顔が、真っ赤に染まった。

 

 そんな場合ではないとわかっているはずなのに、あまりに唐突なカミングアウトに羞恥心が溢れ出す。

 

 目を見開いて固まった鈴の隣で、光輝もあんぐりと口を開けたまま停止した。そんなこと全く知らなかったのである。

 

「りゅ、龍太郎、お前……!?」

「ああそうさ、俺を動かしているのはたった一つの意地だ!谷口の前で負けるなんざ、俺のプライドが許さねえ!こいつの前でだけは、負けた姿は見せられねえ!」

「ふぇっ、あっ、えとっ、そのっ、うええええっ?」

 

 立て続けに行われる公開告白に等しい言葉の羅列に、鈴は一瞬で状況を忘れて視線を右往左往させた。

 

『ク、クククク、フッハハハハハハハハハハハハハ!!!』

 

 そして、スタークが爆笑する。

 

 腹を抱えて、たまらないというように近くにあった柱を拳で叩く様は、心の底から楽しんでいるように見えた。

 

『これだから人間は面白い!たった一つの感情で簡単に可能性を生み出す!ああまったく、憎らしいほどに面白いぞ!』

「ちょっと、スターク?」

 

 眉を潜める恵里。突然様子の変わったスタークに何やら嫌な予感を感じた。

 

 そんな恵里の予感はすぐに的中した。

 

『おい龍太郎。これをやる』

「っと……これは、スクラッシュゼリー?」

 

 スタークに投げ渡された、竜のモチーフが印刷されたスクラッシュゼリーを見て訝しむ龍太郎。

 

『そいつを使えば、お前はパワーアップできる。もっともその分急激にハザードレベルが上がり、お前は苦痛に苛まれるだろうがな』

「ちょっとスターク、どういうこと?僕たちを裏切るつもり?」

『なに、ワンサイドゲームもつまらないからな。ちょっとしたパワーバランスの調整だ』

 

 肩をすくめるエボルト。相変わらず読めない行動に恵里は舌打ちする。

 

「……ハッ、上等だ。これで強くなれるってんなら、喜んで使ってやらぁ!」

「龍太郎、待てっ!」

 

 

 

《ロボット・ゼリー!》

 

 

 

 光輝の制止も聞かず、龍太郎は傷だらけの体のままドライバーにゼリーを叩き込んだ。

 

 負傷した状態での連続した変身は非常に危険であり、ドライバーの表面に火花が散るが、龍太郎は気にしない。

 

「変身!」

 

 

《ロボットィイングリス!ブゥウラァッ!》

 

 

 再びグリスに変身した龍太郎は、握ったままだったスクラッシュゼリーを見ると最後の覚悟を決める。

 

『俺に力を寄越せ……!』

 

 ロボットゼリーを引き抜き、そのスクラッシュゼリーを挿入口に装填した。

 

 

《ドラゴン・ゼリー!》

 

 

『ぐぁあああああああああッ!!!』

 

 ドライバーがゼリーを認識した瞬間、グリスの全身に先ほどとは比べ物にならない衝撃が襲い掛かった。

 

 体の内側で、抑えきれぬほどの何かが荒れ狂う感覚。激しく全身が放電し、急激にハザードレベルが上昇していく。

 

 それはグリスの体を破壊し、無理やり進化させていった。

 

『これ、しきぃいいいい!!!』

 

 それさえも無理やり耐え抜いて、グリスは震える両腕を天へ掲げる。

 

 すると、ドライバーから二つの黄色い物体が飛び出し、その硬く握り締めた拳に絡みついた。

 

 

《ツインブレイカー!》

 

 

 やがて姿を現したのは、二つのツインブレイカーだった。

 

『いくぞコラァアアッ!!!』

『ぬ……!』

 

 文字通りとなったツインブレイカーを手に、グリスは再びローグへと向かっていくのだった。

 

「はぁ、なにあれ。つっまんない。スタークは相変わらず訳分かんないしさ」

 

 先程とは一線を画した猛攻をローグに叩きつけるグリスを見て、恵里は心底つまらなさそうに吐き捨てた。

 

 その声は、龍太郎の劇的なパワーアップに驚いていた光輝と、突然の告白に思考停止していた鈴を現実に引き戻す。

 

 今にも舌打ちの一つでもこぼしそうな目でこちらを見た恵里は、鈴に目を向けた途端に歪に笑う。

 

 とてもおぞましい笑い方に、かつての親友であることも忘れて鈴は本能的に悲鳴を上げそうになった。

 

「そうだ、いいこと思いついた。ねえ鈴、最後にとっても素敵な役目をプレゼントするよ」

「役、目……?」

「もしもグリスが勝ったとして、帰ってきたら好きな女の子に殺されるとしたら……どんな気持ちかなぁ?」

 

 ひゅっ、と鈴は息を呑んだ。

 

 恵里は、鈴を殺して近藤と同じように〝縛魂〟で傀儡にし、龍太郎を殺させようとしているのだ。

 

 吐き気を催すような悪意に塗れた発想に、鈴の体は竦み上がる。人間とはこれほどまでに恐ろしいことを考えつくものか。

 

 目の前にいるのが、恵里の姿をした悪魔にしか見えなかった。

 

「ふざけるな、そんなことっ……!」

「させないって? でもいいのかなぁ光輝くん。僕がちょっとその気になれば、全員今すぐ殺せるんだよ?」

「くっ…………!」

 

 唯一の頼みの綱である光輝もクラスメイトたちを盾にされて迂闊に動けない。

 

 

 

(クソッ、下手に動けばみんな殺されるが、このまま黙って見過ごせば鈴が殺される! 俺は、()()()()()()()……!)

 

 

 

 光輝はハッとした。

 

 この状況までやってきて、初めて気づいた。自分が選ぼうとしていることを。他者の命を秤にかけたことを。

 

 そして理解した。あの時、雫たちを助けるために女の魔人族を殺したシュウジの涙の意味を。

 

 

 

(選ぶって、こんなに辛いのか!苦しいのか!?だとしたら北野は、一体どれほど……!)

 

 

 

「じゃ、お別れだね」

 

 恵里が人差し指を恵里の方へ曲げると、近藤が動き出した。

 

 恐怖で足が竦み、得意の結界魔法もろくに使うことができない鈴は体を震わせながら近藤が槍を振り上げるのを見る。

 

「じゃあね、鈴。君との友だちごっこはそこそこ楽しかったよ?」

「あ……」

 

 振り下ろされる幅広な刃に、ふと鈴の脳裏に走馬灯が走る。

 

 これまでの短い人生の記憶、両親や地球に残してきた友だちたちのこと、クラスメイトたちと過ごした記憶。

 

 その中には今、自分を愉悦の混じった目で見る恵里もいて。鈴の口から「ははっ」と乾いた笑いがこぼれ落ちた。

 

 

 

(私、今までなにを信じてたんだろう……)

 

 

 

 平穏、友情、初めてできた好きな男。その全てを失おうとしている自分に失笑が漏れる。

 

 そして最後に浮かび上がってきたのは、つい先程のこと。この土壇場で告げられた彼の想い。

 

 

 

(ごめんね、龍っち。告白の返事できないや──)

 

 

 

 一筋の涙と共に、鈴は目を閉じて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──させる訳ないでしょ、そんなこと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザン、と何かを斬り裂く音がした。

 

「鈴、平気?」

「……え?」

 

 次いで、頭上から投げかけられる聴き慣れた声。

 

 恐る恐る鈴は目を開けて……そこに立っている人物に、これまでの人生で一番の驚きを体感した。

 

 流麗な後ろ姿。

 

 スラリと美しいその背中は、よく知っているものだった。

 

「し、シズシズ!?」

「雫!」

「光輝も久しぶり。私たち、いつも危機一髪ね?」

 

 振り返り、頼もしい笑みを浮かべるのは──他でもない、八重樫雫だった。

 

 手に握る黒塗りの刀…シュウジ命名〝楔丸・偽〟…からは血が滴っており、足元には……首のない近藤の体がある。

 

 凄惨な光景であるはずなのに、どこか一枚の絵のようだと、戦女神と見紛うほどに美しい雫に息を呑む二人。

 

「……ごめんなさい近藤くん。仕方がなかったと言い訳はしないわ」

 

 突然現れた、ここにいるはずのない彼女に光輝と鈴は愕然とした表情をする。

 

 それは恵里も同じであり、眼鏡の奥でありえないと言わんばかりの目をしていたが──すぐにまた驚くことになった。

 

「ちぇすとぉ!」

「グガァッ!?」

 

 巨大なハンマーが、セントレアを押さえつけていたスクエアスマッシュを殴り飛ばす。

 

 それを振るったのは、雫同様にいつの間にかそこにいたウサミミの美少女。

 

「ふふん、どんなもんですぅ!」

 

 シアは肩にドリュッケンを担ぎ、地面に落下してピクピクとしているスクエアスマッシュにふんすと鼻を鳴らす。

 

「なっ、どうしていきなり……!?」

「──〝嵐龍〟」

 

 怒涛の展開は終わらない。

 

 空に浮かぶユエの口から美声が響き──次の瞬間、猛々しい風そものものたる龍が兵士たちの体を食いちぎった。

 

 いかな傀儡とはいえ、全身を風の刃でバラバラにされてはどうすることもできずにミンチとなる。

 

 その上で絶妙にクラスメイトたちには魔法の効果が及んでいないのは……さすがはユエといったところだろう。

 

 だが……咄嗟に身を引いた恵里だけは、一瞬遅れた右腕を二の腕の半ばから切断された。

 

「ぐぁあああああああああっ!?」

「香織さん、リリアーナさん、今です!」

「うん!」

「は。はい!」

 

 シアの背中に隠れていた香織とリリアーナが素早く走り出し、雫の側に並ぶ。

 

「「ここは聖域なりて 神敵を通さず 〝聖絶〟!!」」

 

 素早く詠唱が行われ、クラスメイトたちを守るように絶対の結界が展開される。

 

 怒涛の展開に光輝たちが目を白黒とさせる中、セントレアを脇に抱えたシアが結界の中に飛び込んでくる。

 

 最後にベルナージュを伴ったユエが入ってきて、完全に形成は逆転した。

 

「香織、みんなの治療を」

「わかったよ雫ちゃん!」

「私が引き続き結界を張りますので、香織は治療に専念してください!」

「では、私も助力しよう」

「ん、私も」

「ありがとう、リリアーナ、ベルナージュ様、ユエ」

 

 香織が維持していた結界が消え、代わりに優秀な術師であるリリアーナの結界の上にベルナージュとユエの結界が張られる。

 

 片や、前世は火星の王妃として絶大な力を振るった王女。片やこの世界で誰よりも魔法のエキスパートたる吸血鬼。

 

 この二人を前にしては、さしもの恵里も切断された手を抑え、こちらにやってきたスマッシュ達を壁に睨むことしかできない。

 

「これでひとまずは安心、といったところかしら」

「し、雫、香織、リリアーナ……それに、君たちは南雲の……」

「遅れてごめんね。介入するのに一番いいタイミングを見計らうってユエが……」

 

 クラスメイト達の治療をしながら、振り返ってそう言う香織に光輝はユエを見る。

 

「……勝利を確信した時、人は油断する。隙を突くならそこが一番」

「そ、そういうことか……でも」

 

 もう少し早く来てくれても、と言いかけて、光輝は口をつぐんだ。

 

 自分はあの時と全く同じで、何もできなかったのだ。ならば助けに来てくれた彼女達にそんなことを言うのはお門違いである。

 

「……なんでもない。助けに来てくれて、本当にありがとう」

 

 てっきりそう言うと思っていたユエとシアは、深々と頭を下げた光輝を見て顔を見合わせる。

 

 一方のリリアーナと香織は弾かれたように振り返って光輝を凝視し、雫は成長した光輝に口元を緩めた。

 

(少しずついい方向に変わってきているみたいね。以前の光輝なら、そもそも他の皆と同じように拘束されていただろうし……)

 

 以前刀を油断なく構えながら、雫はふと【神山】の方にいる恋人に想いを馳せる。

 

(シュー。あなたの言葉、ちゃんと届いてるわよ。たとえその思いが、誰かから受け継いだだけのものだとしても……あの時選んだのは貴方なんだから)

 

 雫は、シューを信じることにしたのだ。

 

 借り物でも、残り滓でも、それでも責任をもってその力をふるい、自分たちを守ってきたのはシュウジ自身だ。

 

 だからこそ、誰より彼を愛する女として信じ続ける。いつまでも、悩みながら前に進めるあ想い人を。

 

「檜山くん、大丈夫?」

「あ、ああ」

 

 何度目かの回復魔法を行使し、香織はふうと息を吐く。

 

 彼女の奮闘により、クラスメイト達は見事に万全の状態に戻っていた。

 

 居残り組はぽかんと座り込んでいるが、攻略組は早くも立ち上がって結界の中で円陣を組んでいる。

 

 彼らの顔には、困惑が浮かんでいた。無理もないだろう、兵士たちは傀儡に変わり、クラスメイトが裏切った。

 

 だがそれ以上に生命的な危機を感じているからか、未だに残っているスマッシュ達を鋭く睨みつけた。

 

「ありがとうな、白崎」

「え? わっ」

 

 彼らの援護をしようと立ち上がりかけた香織の手を、突然檜山が掴んだ。

 

 あまりに強いその力に、不安定な体勢のまま香織は目を見開く。

 

 そんな彼女の体は、ほんの一瞬で檜山に近づいていた。

 

「ああ、マジでありがとう白崎──これで届くよ」

「え?」

 

 その時、香織が見たもの。

 

 それは、黒い鎧のようなものに包まれた檜山の腕と……手の中でぎらりと光を放つ、ブレードだった。

 

 まるでスマッシュのような檜山の腕に思考が固まる香織の胸に、鋭い切れ味を持つブレードが突き刺さる、その瞬間。

 

「させるかってんですよぉ!」

「ごはぁッ!!?」

 

 一瞬で檜山に肉薄したシアがブレードを蹴り飛ばし、ドリュッケンでその体をかちあげた。

 

 ほぼ全力で振り切られたドリュッケンは檜山の腹を捉えており、叩きつけられたリリアーナの結界と板挟みにする。

 

 突然後ろで起こった事態に、振り返ったクラスメイトたちがギョッとする中シアの剛腕が勢いのままに結界をぶち破る。

 

 ハジメやシュウジをしてバグと称するシアの膂力を前にしては、他の二枚より劣るそれは柔かったのだ。

 

「が、ァアアアアアアッ!!!」

 

 すると、その肉体に変化が起こった。

 

 実に醜い表情で叫んでいた檜山の体が煙で包まれ……そしてクワガタのような頭部のスマッシュになった。

 

「こいつもっ、化け物ですぅ!」

「シア、そのまま潰して」

「了解ですユエさん!どりゃああ!」

 

 一旦ドリュッケンが引かれ、檜山──スタッグロストスマッシュの体は自由になる。

 

 しかしそれは、束の間の解放であり……間髪入れずに叩き込まれた二撃目が全身を粉砕した。

 

「ギィェアアアアアア!!!」

 

 汚い絶叫を最後に、ガクンとスタッグロストスマッシュの体から力が抜ける。

 

 シアがドリュッケンをどかすと、どさりと地面に落ちたスタッグロストスマッシュは檜山に戻った。

 

「ぁ、がが……」

 

 檜山の状態は酷いものだった。

 

 シアの攻撃で全身の骨は砕け、筋肉は断裂し、内臓は全て破裂している。顔もぐちゃぐちゃだ(元々キモい)。

 

 傍らには黒く染まったボトルが落ちていた。それに手を伸ばす檜山に、偶々一番近くにいた鈴が咄嗟に掠め取る。

 

 檜山はピカソの絵のようになった顔を歪ませ、おぞましい形相で鈴のことを睨みつけた。

 

「ひっ……!」

「檜山!お前まで一体どうして……!」

 

 誰もが困惑し、ユエ達が静観する中で、後ずさる鈴を守るように立った光輝が厳しい顔で叫ぶ。 

 

 だが、檜山はより一層顔を歪めるだけで答えなかった。まあ、歯が全部折れてるのでロクに応答できないのだが。

 

「なんで、おでが、ごんだめにぃ……!」

「そんなの、香織を狙ったからに決まってるでしょ。初めからあなたが裏切り者だってことくらいわかってたわよ」

 

 汚い声で呻く檜山に、親友を害されそうになった雫がとても冷たい声で告げる。

 

 彼女は見ていた。服に血はついているものの檜山が怪我をしていないことも、ずっと香織を見ていたことも。

 

 そもそも、悪意に目敏いシュウジのそばにいたせいか、普段から檜山が香織に向ける下卑た目を警戒していたのだ。

 

 だから雫は、あえて檜山も結界の中に入れ、怪しい動きをした場合すぐに叩きのめすようシアにお願いしていた。

 

「よくも私の親友を狙ってくれたわね。その傷は報いよ」

「ぞ、ぞんな……!」

 

 目を見開いた檜山は、自分が死ぬことをようやく実感して香織の方を振り向く。

 

「じ、じらざぎ!だずげでぐれ!」

「…………檜山くん」

「もう二度ど近づがないがら!だがらごの傷を!」

 

 必死に叫ぶ檜山に、香織は迷い……

 

「黙れ、ゴミ虫」

 

 そんな香織の代わりとでもいうように、ユエの風の弾が檜山の胸を貫く。

 

 絶望の表情を浮かべた檜山は、何かを言おうとして──その直後、意識を永遠に止めた。

 

 目を見開き、香織に手を伸ばしながら息絶えた檜山。実に惨めな、酷い……そして相応しい最期であった。

 

「ユエ……」

「私の仲間に手を出しておいて、虫が良すぎる」

 

 その言葉に香織は……否、シアや雫でさえも驚いた。

 

 ハッしたユエは、慌てたように横を向くとポツリポツリと呟くように香織に言葉を続けた。

 

「それと香織は甘すぎる。こんなクズは即刻切り捨てる覚悟を持つべき」

「ふふっ、ありがとねユエ」

「……ふん」

「──あーあ。せっかくなんでも言うことを聞く香織姫を手に入れるチャンスだったのに。不意打ちもできないとか、ほんっと使えないなぁ」

 

 そんな彼女らの耳に、呆れたような恵里の声が聞こえる。

 

 そちらを向くと、右手を応急処置した恵里はゴミを見る目で地面に転がる檜山を見ている。

 

 雫は少し体を揺らしたものの、それ以上の反応はなかった。それに恵里は目ざとく気がつく。

 

「あれ、驚かないんだね?」

「シューは以前から、貴女とだけはあまり関わっていなかったもの」

「じゃあずっと疑ってたってこと?酷いなぁ、僕傷ついちゃったよ」

「それはクラスメイトたちでしょ。貴女、なんとも思ってない顔してるわよ」

「せいかーい。僕は君のことも大嫌いだったよ、雫。いっつも光輝くんのそばにいて当然って顔で、世話してやってるって態度した君がさ」

「……そう。それは残念ね」

 

 よもやここまでクラスメイトが狂っていたとは。雫は眉を僅かに落とした。

 

「それで? これからどうするのかしら。見たところあちらも龍太郎が優勢みたいだし、挟まれてるわよ」

 

 雫の言葉に、ちらりと後ろを見る恵里。

 

『オラオラオラオラオラァ!』

『ぐぅ……!』

 

 グリスとローグの戦いは、驚くべきことに拮抗していた。

 

 先ほどまでと違い、嵐のように攻撃しまくるグリスにローグは常に全力で迎撃をしているように見える。

 

「……忘れてないかな? 今王都は、魔人族と魔物の大軍が包囲して」

 

 

 

 

 

 

 

「そいつはとっくに殺し尽くしたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 突如、月光が遮られる。

 

 突然暗くなったことに驚いて、全員が後ろを振り向くと──そこには、巨大な怪物がいた。

 

 頭だけで数メートルはある黒い体、二十の瞳。広場の縁にかけられた鉤爪は剣山の一角のようだ。

 

 その上に立つのは──白髪の魔王と、その仲間たち。

 

「フリードは俺が追い返したし、魔物の大群も一部はウサギが殺したかこいつの腹の中、あとはビビってトンズラだ。お前の頼みの綱は、もうどこにもない」

「くっ……!」

 

 傍らの柱に背中を預けているスタークは、これ以上介入する気がないのかひらひらと恵里に手を振ってきた。

 

『俺は降参だ。勝算のない戦いからは退散させてもらうぜ』

「スターク、お前……!」

『おっと、安心しろ。お前もちゃんと連れいくさ』

 

 「曲がりなりにも《獣》として魔人族の要人だからな」とぼやくスターク。恵里は安堵したような顔をする。

 

 彼女とて、オルクスでの一件でユエたちの実力は分かっている。これ以上は何もできないだろうことも。

 

 おまけに謎の巨大生物にハジメたちがいるのだ。いずれシュウジもこちらに来るだろう。

 

「仕方がないから、ここは引いてあげるよ。光輝くんを連れていきたかったけど、ちょっと邪魔が多すぎるしね」

 

 恵里は、ジリジリと後ろへ下がり始める。

 

 スマッシュたちが包囲しているため、一時とはいえクラスメイトたちを守護しているユエたちはそこから動かない。

 

 そうしているうちに恵里はスタークの隣にたどり着き、もう一度歪な笑顔を見せて光輝の方を見る。

 

「次こそは光輝くんをもらうよ。この手の借りも返させてもらうから、覚えておいてね」

『チャオ! そのボトルは今は預けておくぜ』

 

 スタークがどこからともなく取り出したトランスチームガンの引き金を引き、銃口からスモークを出す。

 

 それを広げるように腕を動かすと、みるみるうちに煙は広場を覆い尽くし、雫たちから見えなくなる。

 

 やがて、完全に煙が消えると……そこには、スタークも恵里も、スマッシュたちもいなかった。

 

 

《スクラップフィニッシュ!》

 

 

『終わりだゴラァ!』

『がはっ……!』

 

 そこで丁度、ロボットアーム型のエネルギーを纏ったグリスの両手がローグの胸に打ち込まれた。

 

 咄嗟に両手でガードの体制を取るローグだが、グリスの勢いに吹き飛ばされて地面を転がっていく。

 

『くっ、ここまでか……!』

『待ちやがれ!』

 

 そのまま、スタークと同じようにネビュラスチームガンからスモークを発生させて消え失せたのだった。

 

「メルド、どうして……」

 

 セントレアが、絶望に染まった声音で膝から崩れ落ちる。

 

 その肩にリリアーナと結界を解除したベルナージュが手を置き、ようやく消え去った脅威にクラスメイトたちは一斉に座り込んだ。

 

 その様子をフィーラーの上で見つめ、ハジメは崩落した【神山】へもう一度目を向ける。

 

「さて、これで一件落着……あとはあいつが帰ってくれば終わりだな」

 

 

 こうして、クラスメイトの裏切りと魔人族による王都侵攻は終わりをつけたのだった。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回はアベルと例の男の戦い、そしてエピローグで終了です。


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老狼

また長くなったぜ。そしてシリアスはこれで終わりだぜ。

というか、いつもやってる前書きの下りいるだろうか?


 パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!

 

 

 

 引き金が引かれ、空が裂ける。

 

 撃鉄が弾かれると同時に、宙を飛ぶのは二十の弾丸。しかして発砲音はわずか四発。

 

 そも7発しか装填できないはずのタイプである銃から放たれた音速の緋弾は、アベルに向けて牙を剥く。

 

「ふっ──」

 

 アベルもまた、一振りで何重もの斬撃を放ちそれらを切り裂いた。

 

 全てが二つに分かたれた弾丸の切断面は非常に滑らかで、なるほど最強の剣士だったアベルにふさわしい。

 

 

 

 パンッ! パンッ! パンッ!

 

 

 

 だが、それが仇となった。

 

 続けて放たれた第二陣は、アベルの急所ではなく既に切られ、失速した弾丸へと突き進んでいく。

 

 進む弾丸の軌道を音で読んだアベルが懐疑を抱いた途端──全ての弾丸が突然何かにぶつかった。

 

 弾丸が接触したのは、切れた弾の断面。綺麗にアベルが斬ったそれに()()()()跳ね返ってきたのだ。

 

「ッ!」

 

 咄嗟にライオットを呼び出し、全身を守るように六枚の盾を形成する。

 

 四方と上下を覆ったその盾に激しい衝撃が伝わった。それが終わるとアベルはすぐさま盾を退ける。

 

 盲目たるアベルにとって、周囲の空間との隔絶は唯一と言ってもいい隙だ。なにせ何も感じられないのだから。

 

「そら、もたもたしてると輪切りになるぞ?」

 

 男とてそれは承知の上、だからこそあらかじめタイミングを見計らっておいておいたものを起動する。

 

 ライオットの盾すれすれで止まっていたそれ……不自然に停止した弾丸が突如動き出し、アベルを襲った。

 

「グゥガァアアアアアア!!!」

 

 全身各部、出血の多い場所を狙ったそれらにアベルは瞬時にライオットを全身から放射して弾く。

 

 またそれは、ライオットを使い飛べる自分と違って男を落とすために足場を狙ったが……またも銃撃音が響く。

 

 正確に足場を狙う棘状の触手ばかりを狙い撃ちしたそれはカッターのようになっており、硬質化した触手を切りとばす。

 

 哀れ、宙を舞った棘の先端は……しかしアベルの思い描いた通り、一瞬男の気を引いてくれた。

 

「──消歩」

 

 細剣の宝石がきらめき、一瞬でアベルの姿が消える。

 

 次の瞬間、男に一番近かった棘の先端の場所へと現れた。

 

 そして〝抹消〟の力で自分が移動したという時間を()()()ため、ただ目の前にいたという事実のみが残る。

 

 故に、男にアベルの存在は知覚できない。

 

「シッ!」

 

 30センチほどの距離で放たれるのは神速の刺突。アベルが消した僅か0.3秒時間のズレが生まれ、その間男は動けない。

 

 先ほどシュウジを背後から襲ったのもこの技だ。自分が後ろにいるという事実を消して悟らせないようにした。

 

 それよりも圧倒的に老いているこの男は、確実に殺せるという計算がアベルの頭の中で弾き出された。

 

「おっと、いきなり近づいてくるとはな」

 

 だからこそ、黒銃に取り付けられたブレードで防がれたことに少なからず驚いた。

 

「どうやら時間を消したようだが、あいにくその分野は俺の専売特許だ。穴が開けばわかるさ」

「……どこまでも食えない男だ」

「そりゃどうも」

 

 

 パンッ! パンッ! パンッ!

 

 

 超至近距離で、防ぐのに使ったのとは反対の白銃がアベルの腹部めがけて火を吹く。

 

 アベルはそれを手甲で防いだ。これは彼やカインがいた世界で絶対の強度を誇る金属で作られた盾でもあるのだ。

 

 そして今度は、ごく近い距離での攻防が繰り広げられる。

 

 男が二丁拳銃の引き金を引けばアベルは、それを手甲か細剣の腹で防いだ。

 

 

 パンッ! パンッ! パンッ!

 

 

 ギンッ! ガンッ! ゴンッ!

 

 

 夜空にけたたましい金属音がこだまし、まるで永遠に続くのではないかというやりとりが行われた。

 

「ふっ!」

 

 男は銃の角度、引き金を引くタイミング、体の向き、アベルと銃口の距離、全てを一発ごとに変えて撃っている。

 

 しかし適当に撃っているわけではなく、アベルに射撃タイミングを決して読ませないための術だった。

 

 しかしそうしては、威力にばらつきが生まれる。距離が近ければ反動は大きくなるし、遠ければ威力が落ちる。

 

 だからこそ男は、何百パターンとある銃撃に合わせて最も被弾した際に威力の出る箇所を狙い撃ちしていた。

 

 それは全ての銃撃に均一な威力を与えている。一発でも被弾すれば確実に重傷を与える力を、だ。

 

「──ッ!」

 

 だが、アベルとて決して負けているわけではなかった。

 

 あまりに理不尽かつ不規則な死の弾丸を、尽く視覚の欠けた五感と身のこなしで防ぎ切っている。

 

 実の所、アベルの武器はそう多くない。

 

 その手に持つ剣と〝抹消〟への歴代最高の相性、体術、ライオット。以上である。

 

 シュウジはそれしか知らぬと焦ったが、それが全てである。カインが多様な手札による最強ならばアベルは究極の一なのだ。

 

 故に、その技量は絶対。普通ならばとっくの昔に蜂の巣になっている男の猛攻を凌げている。

 

 更には防御と同時に時折攻撃も混ぜており、隙あらば男を殺そうとしている。しかし男の銃撃の嵐がそれを許さない。

 

 つまり、互いに互いを攻撃し合い、また防ぎ合っているのが今の状態だった。

 

(……この男、なんという意志の強さだ)

 

 同時に、そのテクニックと目の前で行われる刹那の作業から感じる男の凄まじい執念に内心舌を巻いていた。

 

 撃ち方に合わせてコンマ数秒で最適な箇所を的確に撃つなど、なんという膨大な修練と情報処理だろうか。

 

 おまけにそれを成すには、目まぐるしく動きまわり、毎秒変わっている互いの体勢や反応速度まで計算する必要がある。

 

 到底人間にはできない緻密な作業は、まともな精神をしていればすぐに脳の処理が限界を迎えるのは必須。

 

 それこそ()()()()()()()()()()()()()実現できない戦闘方法だった。

 

「これほどの技量と力。どうやら君の復讐心は本物のようだね」

「当たり前だ、これに一生を賭けたんだからな。五十年の準備舐めるなよ」

 

 言葉を交わしながらも、決して互いを殺そうとする手は止まらない。

 

(このまま距離取るのは下策。ならば──)

 

「俺の体力が切れるまで待って殺そう、ってか?」

「その状態でも頭が回るのか」

「物を考えるのは得意なんだ。まあ、確かにその案は悪くない。見ての通り俺はジジイだ、体力は若い頃より落ちてるな」

 

 だが、と男は不敵に笑って。

 

「その分知恵が回るもんさ」

 

 突如、男は攻撃および防御に使っていた二丁のうち一丁を攻防から外す。

 

 

 パンッ!

 

 

 そして、あらぬ方向へと引き金を引いた。

 

 アベルは訝しむが、絶好の機会と男の胸に細剣を突き込み……しかしその切っ先は空を切った。

 

 驚きは一瞬のこと。一体どこへ行ったのかとその気配を探り……遥か遠くまで離れた男を捉える。

 

「逃げるのも得意のようだね」

「ああ、何せ目的のために他の全てから逃げ出した男だからな。腰抜け具合は一級品だぞ?」

 

 足場の端に立つ男は、見せつけるように銃を構えながら笑う。

 

 〝跳躍弾〟。それが男の使ったものだ。豆鉄砲のような飛距離の代わりに、弾丸が飛んだ方向へ一瞬で移動できる。

 

 弾に()()()()が付与されたそれは、アベルの消歩と同等の瞬間的な移動を可能としていた。

 

「なるほど、一筋縄ではいかないようだ……では少し()()を出すとしよう」

 

 そう言ったアベルの姿が、突如搔き消える。

 

 男の目に時間の穴は観測されない。では単なる知覚できる以上の速度かとすぐさま弾丸をばらまいた。

 

 銃口から飛び出した弾たちは、それぞれの表面に掘られた六角形の窪みを起点として互いを赤い線で繋ぎ合わせる。

 

 即席の赤外線レーザー擬きであるそれは足場全体を埋め尽くし、一切の逃げ場をなくした。

 

 

 ズパンッ!

 

 

 だが次の瞬間、白銃の銃身が半ばから前触れもなく切断される。

 

 実のところずっとアベルは細剣に〝抹消〟の力をまとわせていたのだが、対策されていた銃が破壊されたのは初めてだった。

 

 くるくると宙を舞う銃身に男が目を見開き、あまりの早技に初めて驚きを露わにする。

 

「くっ!」

 

 あらゆる手段を用いてアベルの姿を探すが、男の探知には引っかからない。いつの間にか弾も全て破壊されている。

 

 そうしている間に、今度は半壊した白銃を握っていた左腕そのものに深い切れ込みが入った。

 

 並みの金属より遥かに強度のあるコートが斬撃を阻み、半ばまで切れるだけで済んだが……あと少しで切断されていた。

 

「──なるほど。どうやら君は相当にしぶといようだ」

 

 男の額に冷や汗が流れた時、アベルが現れ細剣を振る。

 

 血は飛ばない。それどころかどのような体液、肉片の一つすらも細剣には付着していなかった。

 

 普通ならば、それは強靭な筋肉組織の塊であるライオットを使うことで獲得した超スピードによるものである。

 

 アベルの斬撃は、一切の痕跡を残さずにあらゆるものを断ち切るが……しかし男の腕はまだ繋がっている。

 

 であれば、理由は男にあるが……

 

「よもや本当に機械とはね」

 

 断ち切った感触から、アベルは驚きと納得の入り混じったような声で言う。

 

 男の切り裂かれたコートの裾、その中にある左腕は……パチパチと火花を立てる黒い義手だった。

 

 超高密度の外装と付与された様々な力によって高い硬度を誇るそれだからこそ、アベルの斬撃は途中で止められたのだ。

 

「まあ良い。次はしっかりと切り落とそう。今度は首だ」

「やれやれ、直すのも面倒なんだがな。まあいいさ」

 

 男が壊れかけた義手を赤い波紋に突っ込むと、次に出した時にはすっかり元通りになっていた。

 

 傷ひとつないコートと手袋で覆われた左腕には、白銃の代わりに別のものが握られている。

 

「お前さんがそう来るなら、俺も出し惜しみはなしでいこう」

 

 時計のようなそれの正面につけられた赤いカバーを捻り、男は上部のスイッチを押す。

 

 

《カブト!》

 

 

 静かな声で宣言されたその言葉は、アベルにとっては不可解なものだった。

 

 故にこそ気にかけることなく、再び加速する。男の感知範囲からまたしてもその姿が消えた。

 

 自らのずば抜けた身体機能とライオットによる強化で超速の世界に入ったアベルは、今度は男の首を狙う。

 

 そうして類稀なる研鑽と経験の元に振るわれた斬撃は、首筋に向けて完璧な軌道を描いていた。

 

 今度こそ獲った。アベルはそう確信した。完全なるこの一撃は、確実にこの男の首を刈り取るだろうと。

 

 

 

 ガゴンッ!

 

 

 

 だが、吸い込まれるように放たれた斬撃は防がれた。

 

「っと、危ねえな」

「なっ……」

 

 ごく冷静な様子の男に、アベルは初めて自分が驚いたことを自覚した。

 

 今、男は完全にアベルの動きに合わせて防御した。直感やまぐれなどではなく、()()()()()()で対応したのだ。

 

 アベルにとってそれは驚くべきことだった。全盛期のカインでさえもアベルの動きにはついて来れなかった。 

 

「ありえない。僕と同じ速度で動ける存在など、この世界には存在しないはずだ」

「ああ、そうだろうな。こいつは()()()()()()()()()()()()代物だ」

 

 たっぷりと殺意を込めた声で呟いた男は、アベルと同じようなスピードで攻撃を仕掛ける。

 

 当然それに応戦するアベルだが、初めて自分の速度に対応されたことへの困惑でわずかに押し負ける。

 

 

 ドパンッ!

 

 

「ぐっ!?」

 

 瞬間、その背中に衝撃が走った。

 

 目が見えないため、その痛みだけで何かが突然炸裂したことを察したアベルは新たな攻撃を警戒する。

 

「それ以上は下がらないことをお勧めするぞ」

「言われずとも!」

 

 その間も超高速での戦闘は継続しており、先ほどよりもずっと激しい打ち合いが行われていた。

 

 アベルが百の刺突を繰り出せば、男が黒銃と金属のように硬いブーツで弾き返して同じだけの攻撃を出す。

 

(同じ速度で動いているわけではない……先ほど何かの道具を使った時から、まるで彼自身の時間が加速したようだ)

 

 アベルは努めて冷静に、自分と男の状態を分析して打開策を見つけようとする。

 

 アベルの持つ権能〝裁定〟は、最初に定めた執行対象を粛清するまで他の対象を設定できないという弱点がある。

 

 そのために、アベルは本来自分が全幅の信頼を寄せてきた聴覚で、触覚で、嗅覚で、男の加速の原理を探り出す。

 

(こりゃすぐにタネが割れるな。早めに次の段階へ進めるか)

 

 それを予測している男は起動していたウォッチを手放し、代わりに赤い波紋から別のウォッチを取り出す。

 

 あっさりと解析しようとしていたものが手放され、急激に男の速度が落ちたことでアベルの動きがコンマ1秒止まった。

 

 

《ダブル!》

 

 

 ウォッチを起動するにはそれで十分。男の体を中心に強風が吹き荒れ、アベルの体が数度ほど傾く。

 

 

 ドパンッ!

 

 

 そしてまたあの音が炸裂した。今度は太ももに食らい、ガクンとアベルの機動力が半減する。

 

(この空間全体に何かが潜んでいるのか──!)

 

 ここでようやく、現行で行われている攻撃ではなくあらかじめ設置された何かであると気がつくアベル。

 

「こんなものもあるぞ?」

 

 

《キバ!》

 

 

 三つ目のウォッチが起動され、黄色く輝く外装から無数のコウモリ型のエネルギーが溢れ出す。

 

 甲高い鳴き声をあげて飛び立っとそれは、片足の肉を抉られたことで一瞬動くのが遅れたアベルの体を押す。

 

 

 ドパンッ!

 

 

 3度目の炸裂。

 

 並の金属鎧よりも遥かに優れた耐久性を誇るローブを食い破り、肩の肉が削れたアベルは歯を食いしばった。

 

「これで、最後の一歩だ」

 

 

 パンッ!

 

 

 そんなアベルに無慈悲に放たれる、二条の赤い閃光。

 

 それまでの銃撃と変わらない速度で迫るそれの一発目を、アベルは痛みを無視して切り捨てた。

 

 そして、一発目と同じ軌道で迫った二発目の弾丸に備え──た瞬間に脇腹を貫通するような痛みが襲った。

 

「な──」

 

 息を呑むアベルの体を傷つけたのは、先ほどの跳躍弾に酷似した弾丸。

 

 空間魔法を付与され、一発目の通った空間を圧縮して、続く二発目を一発目の弾丸が止まった地点に転移させる弾である。

 

 それによって最後の一押しをされたアベルの体は──足場の中央、男の仕掛けた〝罠〟の中に入った。

 

 

 ピシュッ!

 

 

 まず最初に、地面に転がっていた弾丸のうち結界の弾から赤い魔力の糸が伸びてアベルの体を拘束する。

 

 それは規格外なアベルの能力を押さえ込む強度と同時に、概念魔法によって〝抹消〟をも抑えた。

 

「く……!」

 

 次に、ライオットを使って無理やり抜け出そうとしたアベルに呼応するように残りの転がった弾が振動を始めた。

 

 

 キィィィィィン!!!

 

 

 綿密な計算のもとに配置されたそれらは互いの音を増幅しあい、巨大な音の結界となってライオットを押さえ込む。

 

「ぐっ」うめき声をあげながら、鋭い聴覚に突き刺さるような音の放出に顔を顰めて硬直するアベル。

 

「これで……チェックメイト」

 

 

 ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 

 

 そして、男が呟いた途端──アベルの周りで、あの炸裂する何かが一斉に連鎖爆発を引き起こした。

 

 アベルの目には見えていないが、それは空間に固定された透明の弾丸だ。〝接触炸裂弾〟という触れると爆発する弾である。

 

 全身を拘束されたアベルは避けることもできず、またライオットで盾を作ることもできず、モロに直撃を受けた。

 

「がはっ……」

 

 全身を打ちのめされ、さしもの《獣》といえど膝をつく。

 

 特別威力が高く作られた接触炸裂弾は、アベルに大きなダメージを与えていた。

 

 少ない量の血が流れ、全身に火傷と裂傷を負っている。まともな頭ならば気が狂ってもおかしくないほどの痛みだ。

 

 だが、アベルは強靭な意志で苦悶の声一つ上げることなく、自分の身に起きたことを分析する。

 

「……ここまで、君の計算通りか」

「ご明察。正確には、最初の攻防のあたりだな」

 

 最初にアベルが接近し、男が応戦した時。その時から作戦は始まっていた。

 

 あの時、男は銃撃を当てるつもりがなかったのだ。無論当ればいいという考えはあったが、本命は別にある。

 

 全てはこの罠を完成させるための布石。無駄に銃弾をばら撒いたのも、わざわざアベルの土俵で勝負したのも。

 

 冷徹に、狡猾に全てを自分の手中で進める。その様は、まるで歳を重ね、老獪となった狼のようだった。

 

「老いてなお狩人というわけか」

「ああそうさ、俺はずっとこのために時間を費やしてきた。愛するの者も、自分の人生も投げ捨ててな」

 

 アベルの目の前まで進み、未だに残っている炸裂弾に牽制させながら銃口を頭に定める男。

 

 その瞳には隠しきれない怒りと、僅かな達成感が滲んでいた。その証拠にグリップを握る手は力んでいる。

 

「……質問する。君は未来から僕を殺しに来たようだが、僕は君の知る時間軸で何をした」

「何をした、か……まあお前にとっては、多分なんでもないことさ」

 

 興味本位かそれとも別の何かなのか、問いかけてきたアベルに男は少し過去の記憶を遡る。

 

 何十年経とうと忘れない、この老狼の原点。かつて目の前で見せつけられた忌まわしい行い。

 

「お前は……俺の親友の正体を暴いた。あいつを叩きのめして、な」

 

 記憶にこびりついているのは、自分と仲間たちをたった一人で叩き伏せたアベルの姿。

 

 無様に倒れ伏した自分たちの目の前で、アベルは親友の頭を踏みつけて淡々と語っていた。

 

 その身が器であることを。ある男の自覚を持たせることで、本人を目覚めさせるための人格だったことを。

 

「どうやら俺が介入したようで色々と()()()みたいだが、それでも俺の記憶も、お前がしたことも変わらない。おかげであいつは壊れて……一人で死んだ」

 

 涙を流し、やがて狂ったように笑い出して、何もかもに絶望して光を失ったあの瞳をよく覚えている。

 

 唐突に告げられた事実に正気を失った親友に寄り添うことすらできず、孤独に命を落とす様を見ていた。

 

 最後まで、彼は無力だったのだ。

 

「だから俺は過去を変えることに決めた。お前という敵を殺すことを誓った。そうすると、この帽子に約束した」

 

 銃を持っているのとは反対の手の指で、自分の被った帽子の縁を摘む。

 

 コートと同じような黒いそれは生地の色ではない。補修こそされているものの、焼け焦げた〝黒〟だ。

 

 たった一つ、これだけが男の手元に戻った親友の形見。支えてくれた最愛の仲間さえも捨てた代わりに残ったもの。

 

 かつて、親友と仲間たちとの旅で取り戻した優しさをかなぐり捨てても、男は決めたのだ。

 

 必ず、今度こそ救うのだと。

 

「お前が消えることで、未来は分岐する。どうやらこの時間軸じゃあなんとか持ち直したらしいが、それでもお前は殺す」

 

 まだ男が消えていないということは、親友が死ぬ未来に可能性が大きく傾いているということ。

 

 つまり、アベルも、男のせいで出現した他の《獣》達も殺し尽くすまで、彼の願いは成就しない。

 

「お別れだ、我が怨敵よ」

「……なるほど。僕はここまでのようだ。だが他の《獣》が彼を粛清するだろう」

「何度だって狩ってやるさ。俺が消えるその時までな」

 

 最後の言葉を贈り、男はいよいよ引き金を引いてアベルの頭を吹き飛ばす。

 

 

 

 ──ゾッ。

 

 

 

 そして最後まで引き金が引かれる直前、背後に感じた殺気に思わず体を左に傾けた。

 

 

 ドパンッ!

 

 

 確実に殺せるように装填された〝圧殺弾〟は銃口がずれたことで軌道を変え、アベルの左腕を吹き飛ばす。

 

 肉と骨の欠片が飛び散り、さしものアベルも苦悶の声を漏らす。しかしその代わりに拘束具も壊れてしまった。

 

 

 

 

 

 ズザンッ!!!

 

 

 

 

 

 そして悪寒の正体は身を翻した男のすぐそばを通り過ぎ──その奥にあった【神山】を、細切れにした。

 

 壮絶な音と共に山が砕け、崩壊していく。

 

 それは土砂となり、教会の施設を飲み込みながらこちらに向かってきた。

 

「クソッ!」

 

 

 

 カチッ。

 

 

 

 このままではまだ下山中のシュウジ達も飲み込まれるため、男はやむなく消耗の大きい〝タイムジャック〟を使う。

 

 山の下……王都の方へと流れていく土砂が止まり、男はほっと安堵の息を吐く。

 

 それから背後を見ると……そこには片腕を失ったアベルを肩に担いだ、奇妙な鎧の人物がいた。

 

 返り血だらけの姿と片手に光るチェーンソーからは、その人物がどれだけ人を殺したのかが一目でわかる。

 

『それではご機嫌よう』

 

 静止したはずの世界の中で一言のみを残して、その鎧の人物は幻のように消えた。

 

「やれやれ、取り逃がしたか」

 

 仕方がないというように嘆息し、男は土砂に向き直る。

 

 赤い波紋から銃とよく似たデザインのランチャー砲を取り出し……土砂へ向けて引き金を引く。

 

 

 ドッゴォォォン!!!

 

 

 煙を引いて吐き出された四つのミサイルは、止まった世界の中で土砂に落ちていき、瞬時に爆発した。

 

 中に仕込まれていた風の魔法によって土砂は空へ舞い上がり、続けてたっぷりと詰め込まれたタールに引火して焼失する。

 

 それを何度か繰り返すうちに、全ての土砂が消えて【神山】だった小さな丘だけが残ることになった。

 

 その段階でようやくタイムジャックを解除して、ふうと大きく息を吐く。

 

「一応下の七大迷宮はそこまで壊してねえし、後で隠蔽しとくか……」

 

 後片付けの面倒さに苦笑いをこぼしつつ、男は足場に転がったアベルの腕に目をやる。

 

「仕留めることこそできなかったが、片腕を奪えただけでも重畳……っ」

 

 一歩踏み出そうとしたその時、男の体から急に力が抜けていく。

 

 思わず膝をついた男の体が、激しくブレ始めた。ノイズのように全身が歪み、今にも消えてしまいそうだ。

 

 だが、しばらくその状態で明滅しただけでやがて収まってしまった。

 

「……まだ未来は変わらない、か」

 

 大量の汗を額に浮かべた男は皮肉げに笑う。

 

 それから、ちょうど山を下りきったバイクの反応がある方向に目を向け……ぽつりと呟いた。

 

 

 

「……生き残れよ、シュウジ」

 

 

 




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それぞれ思うところがあるようで 前編

エピローグは3話でいきます。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

「で、どーすんのよこれ」

「どうするかねぇ」

 

 

 

 ドーモ=ミナサン。シュウジです。隣にはスライm間違えたペットがいます。

 

「結局間違えてるじゃねえか」

「どうすっかなぁ」

「スルー?スルーしちゃうわけ?」

「しちゃう」

「じゃないわよ、このバカども」

 

 ガッと後ろから頭を掴まれました。はて、このギリギリという音と食い込む指の感触は誰でしょう。

 

 A.ハジメ、B.雫、C.ハイウェイ・スター。最後の選択肢は足だしこの世界にスタンド使いはいないので関係ない。

 

「おや、これは我が最愛の雫さんじゃあありませんか」

「ええそうよ、雫さんよ。分かったらさっさとベッドに入りなさい?それとも私の体で一日中拘束してあげましょうか?」

「それは大変魅力的な提案だマイハニー、だが大人しくベットに入るとするよ」

 

 後ろを見るとあら不思議、そこにはちょっと青筋を立てた雫さん。怒らせると怖いのでベッドに戻る。

 

「ククク、すっかり尻に敷かれてるな」

「エボルトてめぇ楽しそうに笑ってんじゃねえ。タコぶつけるぞ」

「俺がいつまでも弱点をそのままにしておくと思うか?」

「まさか……ッ!」

「ふっ……たこ焼きくらいはもう普通に食える」

「嘘だっ!俺を騙そうとしているッ!」

「はいはい、騒いでないで早く合体しなさい。その方が回復早いんでしょ」

 

 雫にギュムって感じでエボルトを押し込まれた。大人しく吸収してベッドに寝転がる。

 

 さて、気を取り直して。

 

 ここは王宮の一室。それも重鎮が寝泊りする時に使われる超VIP専用のかなーりデカい部屋である。

 

 王都での騒動と愛子ちゃんの救出劇から数日、俺はこうして雫の監視の元療養に努めていた。

 

 つーのも、あのアベルにバクスタキメられて体に入った毒が未だに抜けないのだ。

 

 すでに解毒はしたが、微弱なのが残ってるらしい。エボルトでも操作して消しきれないレベルの弱い感じのやつ。

 

 ということで、俺自身の高い治癒力に任せて体から抜けるのを待っている。

 

 なお、死にかけの状態で帰ったらハジメには拳骨食らったし女性陣には説教されたし、雫はまた倒れた。

 

『全部自業自得だな』

 

 是非もないよネ⭐︎

 

 というわけで、その間ここで大人しくしてなきゃならん。

 

 まあこの部屋はすでに魔改造させていただいてるし、()()()()()()()()()()()なので問題ない。

 

 ちなみに下まで行った時に手助けしてくれたのは、なんと遠藤と清水である。あの爺さんに途中で会って指示されてたらしい。

 

「で、みんなの様子はどうよ?」

「……そうね。やっぱり困惑してるわ。恵里と檜山くんの裏切りで疑心暗鬼になってるし、周りにいた人は殺されて傀儡になってたと知って一切部屋から出ない人もいるわ」

「そりゃまた随分だな。まー国の中枢の上から下までほとんど死んでるってんだから仕方がねえか」

 

 国王含め重鎮はほぼ全て中里の傀儡兵によって皆殺し、あるいはローグになったメルさんを筆頭にスマッシュ化。

 

 おまけに何故か俺と愛子ちゃんがあの男のバイクで下山したあと山自体が崩れて、教会関係者は全員お陀仏だ。

 

 幸い謎の結界が張られていたらしく、城下町に被害はなかったが上が軒並み死んだのでてんやわんやだ。

 

 今はベルナージュ様とリリィちゃんを中心に無事だった要人で丸ごと消えた騎士団の再編成をしてるらしい。

 

 団長補佐だったセントレアさんを新たな団長として、今は勇者(笑)が相手になって選抜試験してるとか。まあどうでもいいや。

 

 あと音沙汰のない(死んどるけど)教会の代わりにハジメが愛子ちゃんを祭り上げたりしてるらしい。強かである。

 

『下に残ってた以外の教会関係者全員消えたことは計算外だったが、あとは概ね予定通りだ』

 

 今回の作戦はうまくいったよ。ロストボトルも回収できたし、順調に準備は整ってきている。

 

 ただ、クラスメイト達には悪いことをした。思ったより中里がはちゃめちゃやらかしてくれたなぁ。

 

 ……後で近藤の墓参りに行くか。いくら利用するとはいえ、カインの罪なき人を守る信念は穢したくない。

 

『矛盾しているな。お前も人間らしくなってきたよ』

 

 ぜってぇ褒めてないだろそれ。俺だって申し訳ない気持ちはあるんだぜ?

 

 というかマジで近藤の件は予想外だった。まさか見せしめにサクッと逝くとは。これは責任問題である。

 

 ちゃんと制御しといてくれないと〝最終段階〟の手駒が減るだろ?

 

『はいよ、うまく言い含めとくわ』

 

 あと誰か被害出たっけ……あ、あのゴミか。

 

 死体でもスマッシュにできるのか研究中だし、せいぜい檜山(だったもの)には役に立ってもらおう。

 

「今は愛子ちゃんが、クラスメイト一人一人にカウンセリングみたいなことをして回ってるからなんとかなってるけど……」

「そりゃいいな。マリスの話術も持ってる今ならそこらのカウンセラーよりよっぽど有能だ」

「ふふ、そうね……あとは、鈴かしら」

「中里とは仲良かったらしいからなぁ」

 

 多分今回のクラスメイト達の中で一番しょげてんのは谷ちゃんだろう。え、天之河?知らない知らない誰それ。

 

 ずっと友達だと思ってた中里に利用されていただけだと知って、若干ふさぎ込んでるらしい。

 

「今は龍太郎に任せてるわ。恵里の他に一番鈴が心を開いてるのは、龍太郎だから……」

「へえ、そんなに進展してんのね」

 

 俺全然知らんかったなー(棒)

 

『白々しいな』

 

 うるへー。

 

「今のところはそんな感じよ。みんな悩みながら、どうにかしようと頑張ってる」

「俺たちには俺たちの目的があるし、愛子ちゃんとあのバカ勇者(笑)に任せとくのが一番だわな。つーかそうしないとあいつらも地球に帰れないし」

「あら、案外光輝も成長してるみたいよ?」

「あー、そんなこと言ってたっけ」

 

 なんかユエとシアさんが化け物でも見たかのような顔で話してきた。

 

 あの正義(笑)バカが成長?本当だったら街中で頭にピクルス乗せてロボットダンスしてやるよ。

 

『けどまあ、お前もあいつを頭ごなしに否定もできなくなったよなぁ』

 

 まあな。俺だって俺の欲望で他者を利用しようというのだから同類だ。

 

 今更引けはしない。既にこの世界中に手を回しているのだ。俺は最後までこの願望を、手段を貫き通す。

 

 被害は最低限に抑える。後で責任も取る。俺にできる全力で利用する人々には見返りを用意しよう。

 

 それが「死ね」ということでも、喜んで全てが終わった後にこの命を差し出すだけの覚悟はある。

 

 とまあこのようにいくら言葉を並べたところで、結局は似たもの同士。他人に押し付けるか使うかだけの違いだ。

 

「自己嫌悪で次にあいつと会ったらゲロ吐きそう」

「突然何言ってるの?」

『ゲロ以下の匂いがプン⤴︎プン⤴︎するぜぇ!』

 

 無駄にセクシーな声のエボルトのボケを聞きながら、雫にジト目で見られる。半分は天国ですね。

 

「いや、天之河とは会いたくないって話な」

「ああ、そういう……無理に話す必要もないけど、急に殴りかかったりするのはやめて頂戴ね?あれでも幼馴染みだから」

「地味にひどいこと言いますね雫さん」

 

 そうかしら?とクスクス笑う雫はマジで可愛い。もうこれだけで毒が浄化されて……アッハイ大人しくしてます。

 

「それで……あれ、一体どうするの?」

 

 雫が視線を巡らせ、食事用に置かれたテーブルの方を見る。

 

 幅が広めで長方形のそれの上には……胸の上で手を重ねた鎧姿の銀髪美人が永遠にお眠りになっていた。

 

 〝神の使徒〟ノイント。愛子ちゃんを攫い、一時的にライオットまで規制させていたエヒト製の戦闘人形。

 

 その死体が今ここにあった。さっきエボルトと一緒に覗き込んでいたのはアレである。

 

「ほら、昨日ハジメたちが【神山】にあった大迷宮で魂魄魔法を手に入れたろ? んでこれを何かに使えないかなって」

 

 俺がここで食っちゃ寝してる間に、ハジメたちは色々と動いてくれていた。

 

 大結界の補修やら冒険者ギルドへのミュウちゃんの送り届けの依頼達成やら、迷宮の攻略まで。

 

 攻略つってもあの土砂崩れで半壊してたらしく、あっさりと手に入れられたらしい。やったね。

 

「ウサギはホムンクルス、つまり魂は人工のものだ。俺もハジメの頭を介して手に入れたし、うまくいけば遠隔操作できる人形くらいにゃできる」

「そう、変な趣味があったわけじゃないのね」

「おっと?とんでもない勘ぐりされてたぞ?」

「冗談よ。本当にそうだとしても受け入れる……のは、ちょっと難しいかも」

「安心しろ、俺は中里と類友じゃないから」

 

 それなら安心ね、と笑った雫はどうやらやることがあるようで立ち上がって部屋を出て行った。

 

 それを見送り、完全に扉が閉まったところで振っていた手を止める。

 

「雫の気配は……もうないな」

 

 部屋の中の声が聞こえなくなるくらい離れたのを確認して、体の中にいるエボルトに話しかける。

 

「で、今回でどれくらい削れた?」

『五年、だな』

 

 グッ、と無意識に布団を握りしめるのがわかった。

 

 全身がブルリと震えたように感じる。鼓動が一瞬早まり、気分を落ち着けるために深呼吸をする。

 

「やっぱり、エボルアサシンに変身しないで直接使うとキツイな……」

 

 エボルアサシンは〝抹消〟の力を無理やり固定する器具であると同時に、俺を守るフィルターでもある。

 

 いつか目覚めるのを予測して溜め込んだ悪人の魂はとっくに枯渇し、じわじわと俺の魂に手を伸ばし始めた。

 

 もっとも、入手したばかりの魂魄魔法で魂にプロテクトをかけたので、ただ放っておくぶんには問題ない。

 

 が、力を使えば命は削れる。

 

「こんなの聞いたらなんて言うかわからないしな。今のとこはお口にチャックさせてもらうぜ、雫」

 

 シャツの胸元を捲れば、既に肩口まで黒い亀裂が侵食してきていた。

 

「じわじわと命が削れていく感覚ってのは、恐ろしいもんだな」

『既に五年半削れてるんだ、これ以上早死にしたくなけりゃ用心するんだな』

 

 エボルトから痛い指摘を受けていると、コンコンとノックされる。

 

 すぐに胸元を隠し、気配を探る。すると雫が戻ってきたわけではなかったので、一度ほっとした。

 

 上半身を持ち上げると、勝手知ったるその人物に意識を向ける。

 

「シューくん、今いいかな?」

「ほいほい。あ、ちょい待ち。ネグリジェだったりしない?」

「え?今お昼だよ?」

「それならおk。入ってくれ」

 

 やけに彫刻が凝っている扉を開けて入ってきたのは、白っちゃんだった。

 

 出かけていたのか、外行きのお洒落な格好をしている。さてはハジメか美空とデートしてたな。

 

「調子はどう?さっき雫ちゃんに会って、平気そうだって聞いたけど……」

「おーう、見ての通り優雅なニート生活ですわ。そろそろハジメから働けとか言われそう」

「ふふ、ハジメくんが一番心配してたよ?時々この部屋の方を見て不安そうにしてたし」

「へえ、そりゃいいこと聞いた」

 

 後でからかってやろ。多分キャメルクラッチかまされるけど、私は一向に構わない(イケボ)

 

「んで、そういう白っちゃんはどしたよ?今日はもう検診したろ?」

「うん……ちょっと、頼みたいことがあるの」

「そりゃまた珍しいこって。ハジメをベロンベロンに酔わせるお酒とか欲しい?」

「なんでそんなの持ってるの?」

 

 ツッコミを入れつつも、白っちゃんは椅子を一つ持ってきて俺のそばに座る。

 

 そうすると太ももの上で両手を握り、しばらくどう言い出すべきか迷ってる様子だったが、そのうちポツポツと話し出す。

 

「あのね、この前メルジーネ海底遺跡で色々とあってね。私ちょっと落ち込んでたの」

「知ってるぞ。なんせハジメからお助けメール来たからな」

「そうなんだ。ハジメくんが……」

 

 ハジメが相談したということが嬉しいのか、ちょっと口元をモニュモニュさせる。ほんとベタ惚れね。

 

 こうなると、ハジメと美空どっちがより好きなのか確かめたくなる。ダメですね美空に刻まれる未来しか見えません(諦め)

 

「でもそれは解決したって聞いてるぜ?」

「ハジメくんが私のことを〝大切〟には思ってくれてるってわかって、その時はこれからもずっと一緒にいる覚悟を決たんだけど……でもね、それだけじゃダメなんだ」

「するとなんだ、白っちゃんは今よりも戦力的な意味で強くなりたいってことかい?」

 

 こくり、と頷く白っちゃん。

 

「だから、私を鍛えてくれないかな? これから先の旅で、もっとハジメくんの役に立てるように」

「ふむ……」

 

 思いがけない相談に、顎に手を当てて唸る。

 

 白っちゃんの表情は真剣そのもので、ここで俺が何かを言ったところでテコでも意思を曲げなさそうだ。

 

 これは回復役として十分役に立ってる、とか、それを言ったら美空もだろ、と言っても聞かないだろう。

 

 本気で、冷静に、今自分に足りないものを求めて頼ってきたと見える。俺みたいな一番信用しちゃいかん悪人を。

 

「正直に言うと、白っちゃんのハザードレベルはもう打ち止めだ。それは自分でもなんとなくわかってるだろ?」

「それは……うん、少し前からそろそろ限界かな、って感じてた」

 

 ネビュラガスはその人間の潜在的な能力を引き出し、感情の高ぶりなどに比例して肉体を強くする。

 

 だが、治癒士という天職からも分かる通り、白っちゃんの肉体は戦闘向きじゃない。元々運動もしてないしな。

 

 故にこれ以上の潜在能力は見込めない。今のハザードレベルだって、あのエセ神の恩恵かなんかで体が強くなってたからだ。

 

 ライダーシステムを使えばまた違うだろうが、そこまで使わせるつもりはないからな。

 

「それでも、なんとか強くなりたいの。シューくんならその方法を知ってるかなって」

「随分と頼りにされたもんだ……はてさて、どうしたものかね」

 

 一つ、既に白っちゃんの望みを叶える方法を思いついている。

 

 要するにネックなのは白っちゃんの肉体で、もっと強く、潜在能力がある肉体があれば問題は解決する。

 

 しかしそれは白崎香織という一人の人間を、その範疇から逸脱させることだ。後で除去できるネビュラガスとは一味違う。

 

「……一つ聞きたい。この話雫にはしたか?」

「うん。かなり渋い顔をされたけど、なんとか説得したよ」

「じゃあ、ハジメたちには?」

「あはは、実は美空に反対されちゃって……逃げてきちゃった」

「いつの間にか随分とアグレッシブになったね白っちゃん」

 

 いや、中学時代からハジメの半ストーカーなのは知ってたけどね。

 

「私も、いつまでも弱いままじゃ嫌だ。だからお願いします。シューくん、力を貸してください」

 

 深々と頭を下げてくる白っちゃんからは、どれだけの覚悟があるのかを実感させるには十分なだけの気持ちが伝わってきた。

 

 これ絶対イエスって言うまで顔上げないよなー。うまく言いくるめることはできるけど気が引けるし……

 

『その方法なら後で肉体に戻せるんだ、実験はできてるだろ?』

 

 魔物でだけどな。人体実験はまだやったことがない。

 

「……一つ条件がある。これは俺一人じゃできない試みだ。だからちゃんとハジメたちと話し合って、許可をもらってきな」

「っ! それって!」

「親友の恋人候補の頼みだ。この北野シュウジ叶えてしんぜよう」

 

 ぱぁっと分かりやすいくらいに笑顔になった白っちゃんは、何度も俺に礼を言うと部屋を飛び出していった。

 

 おそらくハジメたちのところへ行ったのだろう後ろ姿に苦笑しつつ、念動力で開きっぱなしのドアを閉める。

 

「……これから先の旅、ね」

 

 窓の外を見やる。

 

 そこには澄み渡る青空。地球で昔からハジメと一緒に何度も見上げたのと同じ、どこまでも広がる空。

 

 俺はあと、どれだけこの空の下であいつらと一緒に笑えるだろうか。どこまで守れるだろうか。

 

 その時が来れば、躊躇いなくこの命を捨てよう。だがその決意とは相反することに、俺の心の中には……

 

「長生きしたいもんだな。まだ17だけど」

 

 そんな願いが、口からこぼれ落ちた。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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それぞれ思うところがあるようで 中編



今回は勇者(笑)回。

オリジナル展開、楽しんでいただけると嬉しいです。


「せぁっ!」

「ぐぁっ!?」

 

 剣を弾き飛ばし、その勢いでバランスを崩した兵士の人に聖剣を突きつける。

 

「そこまで!勇者殿、これで今日は最後です。お疲れ様でした」

「はい、ありがとうございます。立てますか?」

「あ、ああ」

 

 俺の手を取った兵士の人は、ぽかんとした顔で立ち上がる。年齢は俺より少し上くらいだろうか。

 

 それから審査官の騎士の人に連れていかれ、ようやく新騎士団のメンバー選抜試験は終わった。

 

「っと」

 

 それを見送っていると、不意に視界が揺れて両足を踏ん張る。

 

 ふう、危うく倒れるところだった。ここじゃあ日差しがあるし、端の方に移動して少し休憩しよう。

 

 ここ数日まともに寝てないからな、そろそろ休むべきかもしれない。

 

 

 

『次は光輝くんをもらうよ』

 

 

 

「……っ」

 

 頭の中に、ここ最近繰り返し、毎晩見る夢がよぎる。

 

 それは恵里の歪んだ笑顔。いつも優しい笑顔で、みんなの輪を保ってくれた恵里とは思えない顔。

 

 間違いだと思いたい。あれは何かの幻だと、きっと魔人族に誑かされたのだと思い込もうとする自分がいる。

 

 実際に、その可能性だってないわけではない。そうだ、きっと俺が気付かないうちにやりたくもないことを……

 

「違う、そうじゃないだろ」

 

 また自分の考えばかりを信じ込もうとした自分を戒めるように、汗の伝う頬を軽く叩いた。

 

 誰に聞かせるでもない独り言。それは俺自身への戒めだ。

 

 何もできなかったくせに、偉そうに過去をねじ曲げようとしていた。いつものように、俺にとって都合よく。

 

 それを思い知らせるように、何度もあの夜のことを夢に見る。

 

 それほどまでに自分を疑わずにいた。一度だって自分の行いが間違いだと考えることすらしなかった。

 

 その結果が、恵里のあの態度なのではないか。そんな不安がずっと付き纏って、気がつけば寝るのすら怖くなった。

 

「御堂に見られたら、また思いきり見下されるな……」

「あら、呼びまして?」

 

 思わず息を呑んだ。

 

 声のした方を振り返ると……ベンチに座った俺を見下ろすように、御堂が柱に肩を寄りかからせていた。

 

「御堂!今までどこにいたんだ!心配したんだぞ!?」

「あら、貴方に心配されるなど屈辱ですわ。私は有象無象に気をかけられるほど柔ではなくってよ?」

「……は、はは」

 

 無意識に笑いが漏れる。

 

 何も変わっていない。たった数日顔を見なかっただけなのに、苦手なのに、そのことになぜか心の底から安堵してしまう。

 

 王宮の人間のほとんどが、恵里の傀儡になったか殺されたと聞いた。一部は()()()()()()()()()()とも。

 

 その被害者の中に、ずっと姿の見えない御堂がいるのではないかと思った。でも、そんなはずがなかった。

 

 俺と違って御堂は……北野や南雲たちと同じくらいに強いんだから。

 

「なんですの、突然笑い出して気色の悪い。本格的に気が触れたのかしら?」

「そう、かもな……俺はずっとおかしかったのかもしれない」

「……へえ」

 

 面白そうに笑った御堂に、口が滑ったことを今更自覚するが遅かった。

 

 俺が苦心を吐露した途端に舌舐めずりするように目を光らせた御堂は、近づいてきてベンチの手すりに腰掛ける。

 

「ちょうど良いですわ。今の私は満腹でとても気分がいいの。話の一つでも聞いて差し上げましょう」

「満腹って……もしかして、また何処かで遊び歩いてたのか?俺たちが大変な時に呑気だな」

「むしろそのくらいが丁度良くてよ?あなた方のような腑抜けは、常に苦境に立たされているくらいが見応えがありますわ」

 

 だめだ、相変わらず何を言ってるのかわからない。

 

 でも腑抜けという言葉に怒りも湧かないのは、きっと俺に自覚があるからだ。恵里のことを、俺は……

 

「それで? 今度は一体どんな無様を晒したのかしら?」

「……恵里が、裏切った。王宮の人のほとんどが殺されたか傀儡になっていて、近藤も殺された」

 

 なんの抵抗もなくするりと言葉が出てきてことに、喋ってから驚いた。

 

 何か思い悩んだ時……思えばそれもせず動いてばかりだったが、雫にしか相談しなかったのに、御堂に同じように話そうとしている。

 

 本当に不思議だ。御堂のことは苦手だし、なんなら今隣にいるだけでも怖い。なのに遠慮なく話せる。

 

「ああ、そうですの。あの鼠、よくここまで隠し通したものですわね」

 

 一瞬で全く興味のなさそうな顔になる御堂。また激昂しそうになって、慌てて頭を冷静にした。

 

 ……そういえばあの時、龍太郎が全員のことを警戒しろって御堂に言われた、と言っていたのを思い出す。

 

 つまり恵里のあの性格に、御堂はとっくの昔に気がついていた。そしてあえて俺たちに教えなかったのだろう。

 

 今更そのことを怒っても仕方がないと、努めて理性的に思い直した。

 

 こいつにとっては俺たちの諍いは、テレビの向こうのニュースくらいにどうでもいいんだろう。

 

 仲間だから、なんて理論は通じない。御堂が俺たちを見る目は、まるで道端に転がった石ころを見るようなそれだ。

 

「クラスメイトたちが瀕死にされて、人質に取られてた。俺は動けなかった。龍太郎は戦ってたのに、唯一無事だった鈴も守れなかったんだ」

「あらあら、実にお似合いの様ですわね。改めて自分の無力さを痛感したかしら」

 

 クスクスと笑われて、ひどく惨めな気持ちになる。

 

「無力さ、か……実力不足は嫌というほど身に染みたよ」

 

 それはこの世界に来てから目を背けていた現実でここ数ヶ月ずっと付きまとってる()()()の正体だ。

 

 いくら剣を振っても、模擬戦で騎士の人を倒しても、どれだけ努力してもあの時のあいつには及ばない。

 

 並び立てるとは思わない。あいつのやり方は俺と正反対だし、絶対に真似したいとは思えない。

 

 けど、なんの覚悟もせずに半端な力を振りかざしていた代償がこの惨めさだっていうなら……

 

「本当に、自分がバカらしくなるよ。だって俺は……あれだけのことがあっても、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 力不足以上に感じているのは、自分への苛立ちだった。

 

 なんであんな風に俺に執着するのか。クラスメイトたちを殺して、魔人族に寝返ってまで俺を求めるのか。

 

 ……いや、わかってる。きっと俺は、かつて恵里に中途半端なことをしてしまったんだ。

 

 自分はなんでもできるという気になって、困っているように見えた人の事情に手当たり次第に口を挟んできた。

 

 そうして俺が信じる俺のやり方で助けた気になって、その後は見捨てた。きっと恵里も、その中の一人なんだろう。

 

 

 

 正義? 違う、ただの自己満足だ。

 

 

 

 

 沢山の人と向き合ってきた? 違う、自分のために利用しただけだ。

 

 

 

 

 人を救った? 違う、自尊心を満たしたかったんだ。

 

 

 

「俺は俺ばかりを見ていて、相手のことはお構いなしだった。そのことに、恵里に裏切られて初めて気がついたんだ」

 

 〝それがお前の、正義に見せかけたエゴの限界だ〟……北野のその言葉が、何度も何度も頭をよぎる。

 

 そんなはずはないと否定しようとする度、何度も恵里の顔を思い出す。俺に逃げ場をなくすように。

 

 向き合えと。これがお前のしたことの結末だと。

 

 顔を無理やり押さえつけられて言い聞かせられるように、それを実感した。

 

 

 

「──まるで芋虫の歩みの如き自覚の遅さですわね」

 

 

 

 そして御堂は、やはりそんな俺を嘲笑った。

 

「少しは成長したと思っていましたが、一歩か二歩の違いでしたか。ここまで愚かだとむしろ笑えてきますわね」

「………………」

「貴方はせいぜい、自分の意見ばかりを主張するところから、自分の行いを振り返り、反省する段階になっただけ。子供でもわかる道理ですわ。だというのに、その先を自ら考えることもできなければ、かといって考えることを投げ出すほどの勇気もない。違くて?」

 

 御堂から返ってきたのは、冷たく、突き放すように心に刺さっていく言葉の数々。

 

 心に響くということはつまり、図星ということで。

 

 反論の余地がないほどに、御堂は俺の今の心理を言い当てていた。

 

「そして今は、私に反省した自分を慰める役割を求めている。そんなのは真平ごめんですわ」

「…………俺は」

「甘えるのならば、上の命令に従って娼婦のようにあなた方を堕落させるのを狙っていた、この城のメイドたちになさい。貴方のような男に憐憫を向けるなど、時間の無駄以外の何物でもありませんわ」

 

 本当に、容赦がなかった。

 

 御堂はこの世界の全てに興味がないのだろう。だから俺にも、メイドさんたちにも、こんな非道なことが言える。

 

 ああ、こんなに冷たい人間は初めて会った。堂々と人を貶める事を言えるという点なら、北野よりも酷い。

 

 でも、そう、そんな御堂だからこそ──

 

「──だからお前に話したんだ、御堂」

「……何ですって?」

 

 ──俺は、天之河光輝は、御堂英子にこの話を聞いてほしかった。

 

「お前は俺を絶対に肯定しない。優しい言葉もかけてくれない。必ず俺の醜いところを言い当てて、現実を突きつけてくれる。そうしてほしかったから、御堂に話したんだ」

 

 御堂の言ったことは全部本当だ。間違えた俺を慰めてくれる誰かが欲しいと、心から思っている。

 

()()()()()優しさは必要ない。

 

 誰かに甘えてはいけないのだ、じゃないとまた俺は自分を正当化するから。

 

 その点で、御堂は俺が欲しい言葉とは真逆の言葉をくれる。もしかしたらという期待を打ち砕いてくれる。

 

 俺を軽蔑する御堂だからこそ、俺の迷いを何の躊躇いもなく、容赦なく踏みつけてくれるんだ。

 

「ありがとう。御堂のおかげで俺は、踏ん切りのつかない自分を本当の意味で認めて、先に進めるよ」

「……は?」

 

 だから俺は、胸を張ってこの結論を口にする。

 

 

 

「俺は、もう一度恵里と話してみようと思う。そして、その上で戦う。恵里を止めるために」

 

 

 

 北野のように、容赦なく敵を殺すという選択はできない。自分の手を進んで汚せるほど、俺は強くない。

 

 だから俺は、俺を貫き通す。愚かでも、甘くても、夢物語でも。それでも最後まで信じ、手を伸ばす。

 

 たとえその果てに……恵里と殺し合うことになっても。その覚悟をもって、あえて話し合うことを望む。

 

「えっと、要するに御堂には、そんな俺を間違えないように見ててほしいんだが……」

 

 その時は御堂なら、容赦なく俺を叩きのめしてくれる……って、こう言うと何だか変態みたいだな!

 

 決してそういう趣味は持ってない。これは……そう、剣の腕が弛まないよう師匠に監視してもらうような感じだ。

 

「……ふ、ふふふふ」

「み、御堂?」

「アハハハハハ!ア──ッハハハハハハハハハハハハハ!!!」

「御堂!?」

 

 と、突然笑い出した!? そんなに俺の言ってたことおかしかったか!?

 

「ああおかしい!本当におかしいわ!この私が利用されるなんて!そして愚かさの塊のような男がこのような事をするなんて!」

「お、おい、そこまで言わなくても……」

「けれど、本当におかしいのは……それを悪くないと思っている事ですわ」

「……え?」

 

 いきなりな言葉にぽかんとすると、こちらを振り返った御堂はとても楽しそうな顔で微笑んでいる。

 

 あまりに美しくて少しどきりとした。顔で人を判断するなんて最低だが、そんなの関係なく御堂は自分で言う通り凄く綺麗だ。

 

「いいでしょう。少しだけ貴方に興味が湧きました。せいぜいその幼稚な夢が破れるまで足掻きなさいな」

「なんか引っかかる言い方だな……」

「あら、この私の興味を欠片ほどでも引けたのだから、光栄に思うべきよ?」

 

 また何とも自分勝手な言葉に、俺は苦笑いするしかなかった。

 

「でも、安心だ。自分でも考えていくけど、御堂が見ていてくれるなら怖くて変なことはできないしな」

「安心、と言わずにあえて正直に言ったところは評価いたしましょう。苦悩に歪んだ顔ばかり良いと思っていましたが、少しは見れる程度になりましたわ」

「それ、喜んでいいのか?」

「貴方次第ですわよ、天之河光輝……さて」

 

 最後に笑った御堂は、ベンチから腰を上げるとそのまま歩き出してしまう。

 

 慌てて立ち上がり、手を伸ばしてその背中に呼びかけた。

 

「御堂!またどこかに行くのか!?」

「ええ。ですがくれぐれも油断してはいけませんことよ?私の目はいつでも、あなた方を見ているのですから」

「俺を見ている、とは言ってくれないんだな……」

 

 ……あれ?

 

 俺は今、なんて…………

 

「…………へえ。そういうことですか」

 

 御堂は一瞬肩を揺らして、それからまた心底楽しそうな顔で振り返り。

 

「その言葉を投げかけるには、貴方は弱すぎますわ。私の眼鏡に叶いたいのなら必死に自分を磨きなさい……いつか、私を殺せるほどに」

「……え?」

「それではご機嫌よう、愚かなままに前に進もうとする、最高のピエロさん?」

 

 いつの間にか、目の前から御堂は消えていた。

 

 最初からいなかったように、そこには何の痕跡も残っていなかった。ただ頭の中にだけその姿が焼き付いている。

 

 御堂は約束してくれた。ならもう、心配はいらない。

 

「……俺も、進まなくちゃな」

 

 俺は自分の手を見下ろし、強く握りしめるのだった。

 




やったね、恵里ちゃんが嫉妬するよ()

読んでいただき、ありがとうございます。


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それぞれ思うところがあるようで 後編


エピローグは3話と言ったな。膨れ上がって嘘になった。

リリンキーさん、evolutionさん、高評価ありがとうございます。なんとかモチベーション維持になっております。

エピローグは次回です。楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 愛子 SIDE

 

 

 

「……どうか、安らかに」

 

 夕暮れ、応急西北側の岸壁。

 

 そこで私は、目の前の忠霊塔に名を刻まれた、この国の兵士や騎士の方々に向かって一人で祈っていた。

 

 また、石碑の前には損傷した西洋剣と槍も置かれている。今回の騒動で亡くなっていた近藤くんと、檜山くんのものだ。

 

 南雲くんから経緯を聞き、私はただ……彼らの安寧を祈った。たとえ檜山くんが、外道に落ちていたとしても。

 

『フン、死者ヲ悼ンデ何ニナル。食エスラシナイモノヲ』

 

 私たちの世界は死を尊ぶものなんですよ、ヴェノムさん。食べられることを基準にしないでください。

 

 そうして黙祷を捧げていると、不意に後ろから足音がした。殺気はなく、ただこちらに近づいてくる。

 

「……清水くんですか」

 

 ピタリと止まる足音。閉じていた目を開けて振り返ると、やはりそこにいたのは清水くんだった。

 

 いつものローブで顔を隠し気味にした彼は、私と目があうと途端にバツが悪そうに視線をそらす。

 

 ふとその手元を見ると、花束が握られていた。思わずふと微笑みが溢れて、彼を手招きする。

 

「清水くんもお参りに来たのでしょう?」

「……まあ、そんなとこっす」

「だったら、お供えしてください。きっと彼らも喜びますよ」

「……うす」

 

 私の横までやってきた清水くんは、跪いて石碑に花束を献花すると、ぎこちなく黙祷をする。

 

 私もまた、手を握りあわせて続きをする。たとえこれが、もう届くことのない、無意味な行為だったとしても。

 

 しばらくして、隣で清水くんが動いたのがわかった。きっと黙祷をやめたのだろう。

 

「ありがとうございます、清水くん」

「え?」

「ここにきてくれたことも、私たちを助けてくれたことも。本当に感謝しています」

 

 祈ったままに、清水くんに感謝の言葉を送る。

 

 数日前、あの謎のご老人に助けられた私たちを山の麓で待っていてくれたのは、清水くんと遠藤くんだった。

 

 背後では山が崩れ、バイクの止め方もわからなかった私たち二人を、清水くんに寄生したヴェノムさんが受け止めてくれたのだ。

 

 そして、どうやら南雲くんたちから逃げてきたらしい魔物たちを、遠藤くんの力でやり過ごして帰ることができた。

 

『オ前ノ中ハソコソコ居心地ガ良カッタゾ』

「ひっ……!」

「ヴェノムさん」

 

 楽しそうに笑ったヴェノムさんが体内に戻ると、清水くんはほっと安堵したようだ。

 

 それから私を見て、以前地球にた時のようにたどたどしく喋り始める。

 

「俺は……ただ、ここにくれば先生がいるかなって」

「慕ってくれる生徒がいて、先生は嬉しいですよ」

「せ、先生は命の恩人だから」

 

 命の恩人、か……

 

「ありがとうございます。もっとも、そう呼ばれる資格はないのですけどね」

「え……?」

 

 困惑したような声を上げる清水くんに、私は目を開いて彼を見た。

 

「清水くん。あなたには、畑山愛子とマリス……今の私がどちらに見えますか?」

「そ、それって前世の……」

「涙がね。出ないんですよ」

 

 もう一度、石碑に立てかけられた生徒たちのものだった武器を見る。

 

 やはり心は動かない。()()()を悼むという気持ちはあっても、それ以上の感情は存在しない。

 

「彼らの死を悲しむ気持ちはあるんです。あちらへ帰れた時に、彼らの親にどう説明すればいいのかと……でも、()()()()()()()()()

 

 悲観する心は、畑山愛子としての私が培ってきた倫理観から発するもの。

 

 そして()()()()()()()として判断し、後悔を抱かない心はマリスさんの記憶から生じる冷徹さ。

 

 最初はそのことにショックを受けた。自分の中の人間らしさが失われてしまったようで、恐ろしかった。

 

「こうして祈るのも、せめて安らかにというよりは、来世で良い人生が送れますようにという願い。そして……」

「そして……?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 けれど私は、それを受け入れようと思った。

 

 あの夢を見て、私の意識は畑山愛子に戻った。だがどうしても、私の中に彼女は存在している。

 

 ある意味では一種の洗脳だったのだろう。彼女の記憶に唆され、教師にあるまじき殺人をしたこともある。

 

 それは、業だ。私がこの記憶と共に背負っていかねばならない罪禍だ。

 

「こうしていると、脳裏に思い浮かぶんです……彼女が敬愛した人の後ろ姿を」

 

 彼女の記憶の中の彼は、謝り続けていた。

 

 救えなくてすまない。苦しめてすまない。どうしようもなく無力ですまないと、繰り返し何度も。

 

 どこまでも他の為に、傲慢と罵られてもおかしくないほどに〝死〟という救いを選択し続けたその姿勢に彼女は憧れた。

 

 人にとって悪であっても、彼女にとっては光だったのだろう。他の全てを塗り潰しても手に入れたいほどに。

 

「わかっているんです。こんなことをしても私にはわかりっこない、って……でも、私は解らなくてはいけないから」

 

 それでも、少しでも受け入れられるように。自分の醜さを受け入れた北野くんのように、私も前へ進まなくては。

 

 この行為は、突き詰めればそんな利己的なもの。こんな醜い人間に、恩人と呼ばれる資格も……教師でいる意味もない。

 

「だからね、清水くん。私のことは……」

「ち、違うっ!あんたは立派な先生だ!」

 

 これまで聞いたことのないような大声に、私は驚いて彼を見た。

 

 必死な顔で私を見る清水くんの目には、何か鬼気迫るものがあった。それに圧倒されて、二の句が出てこない。

 

「あんたがいなければ、俺はウルの街で檜山みたいに殺されてたっ!魔人族にいいように扱われて、ゴミみたいに死んでいた!」

「それは……でも、その時の私は」

「たとえあんたが、自分を責めていたって!それでもあんたは、俺が唯一尊敬した〝先生〟なんだ!」

 

 その時の私の気持ちを、どう表現すればいいのだろう。

 

 まるで、突然見つからなかったものを見つけたような感覚。不意を突かれたような衝撃と驚愕。

 

 呆然としている私に、ハッとした清水くんは顔を青くして、ヴェノムさんに食べないでくれと懇願し土下座する。

 

 慌てて駆け寄り、土下座をやめさせると彼の目を見て、はやる気持ちを抑えて言葉を紡ぐ。

 

「清水くん、ありがとうございます。そんなふうに思ってくれて嬉しいです」

「いや、あの、俺はただ、先生を励まそうって……」

「そんなに焦らなくても、怒ってませんよ。でもそうですね……確かに、私は自分を責めていたのかもしれません」

 

 彼女を理解しようとする裏側で、自分のしてきたことや、冷たい感情しか向けられないことを悔やんでいた。

 

 あるいは理解しようとすることで、その気持ちに蓋をしようとしていたのか。彼の言葉でようやく気がついた。

 

「本当に成長しましたね、清水くん。勇者などというものに拘っていた時よりもずっと逞しいですよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 照れ臭そうにする彼の背中を撫でながら、私はもう一度決意する。

 

 必ずこの記憶を受け入れ……慕ってくれる彼や、クラスの皆。そして北野くんたちの為に〝教師〟になろうと。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 谷口鈴 SIDE

 

 

 

「……どうしよう」

 

 

 

 部屋で一人考え込んでると、なんかおかしくなっちゃいそうだから出てきちゃった。

 

 それはいい。今は王宮も騒がしくて、誰も鈴のことなんて気にしてられないくらい忙しそうだ。

 

 問題なのは……なんで鈴、龍っちの部屋の前に来てるのかなぁ?

 

「ホント、ホント鈴……」

 

 部屋のドアに額を擦り付け、自分の顔の熱がそっちに逃げないかと馬鹿なことを考える。

 

 こんな時まで無意識に頼るとか、ちょっと乙女的思考になりすぎじゃない? 大丈夫鈴、今後普通に龍っちと話せる?

 

 ……ダメだ、絶対変なこと言う。あの時のこと思い出してみょうちきりんなことを口走る自信があるよ。

 

「あうう……これも全部、龍っちのせいだぁ……」

「俺がどうしたって?」

「わひゃっ!?」

 

 突然扉が開いて、体重を預けてたせいで前に倒れる。

 

 でも、太い腕に支えられて転ばなかった。見上げると、不思議そうな顔をした龍っちが鈴を見てる。

 

 自分でもびっくりするくらいの速度で姿勢を戻して、龍っちと距離を取った。今胸が腕に当たってた!ちっぱいだけど!

 

「おおっ、元気だな。その様子だと気分はそんなに悪くないのか?」

「う、うん、まあね!龍っちも、平気なの?」

「ん? これか? 別にどうってこたぁねえよ」

 

 吊るされてる左腕を持ち上げて、ニカッと笑う龍っち。

 

 その他にも、龍っちは体のあちこちに治療の跡があった。相変わらずかおりんやみーちゃんに治してもらわずにいるみたい。

 

 確かこの前聞いたときは、「一度負けた不甲斐なさを戒めるため」って言ってたっけ……心配するこっちの気も知らないで。

 

「むう。龍っちのバカ」

「え、なんで俺バカ呼ばわりされてんの?変なことしたか?」

「い、いいの!それより、龍っちは何してたの?」

「えっ、あ、ああいや……読書?」

 

 ……鈴の長年クラスの中心グループにいたことで鍛えられた、嘘センサーが反応している。

 

 スッと目を細めてみると、龍っちは目を逸らした。これは明らかに怪しい、何か言えないことをしてた証拠だ。

 

「もう一回聞くよ。何をしてたの?」

「だ、だから読書だって。ほら、最近は俺も勉強をだな……」

「何を、してたの?」

 

 ずずいっと近寄り、下から龍っちのことを睨みあげる。

 

 ウッと息を詰まらせた龍っちは、しばらく鈴の視線から逃れようとしてたけど……やがて諦めたようにため息を吐いた。

 

「……ちょっと筋トレを」

「ベッドへ行けーっ!」

 

 思わず叫んじゃった。自分から重傷をそのままにしといて、何やってんのこの脳筋男!

 

 追い立てるようにベッドの方まで龍っちを押し戻して、無理やり寝かせる。部屋の中は少し汗臭かった。

 

「まったく!少しは自分のこと大切にしなよ!これじゃあ鈴も心配で目が離せないよ!?」

「おっ、そりゃ安心だな」

「〜〜っ!鈴をからかうんじゃなーい!」

 

 ああもう、この男はいつもとおんなじ笑い方でこういうことを! これじゃあ顔が緩ん……違うからね鈴っ!

 

 ああもう、変な考えになってる!頭をぐしゃぐしゃにかき回して、なんとかリセットすると龍っちを見る。

 

「とにかく、大人しくしてること!龍っちは今回一番頑張ったんだから、ちゃんと休んで!」

「けど……」

「けども江戸もない!そりゃ、鈴だって感謝して……」

 

 そこまで言って、ハッとする。あの時の、何もできなかった自分を思い出して。

 

 自然と振り上げていた手を落として、俯く。お花畑になっていた考えも自然と自室にいた時に戻っていた。

 

「……うん、龍っちには感謝してる。守ってくれて」

「谷口……?」

「そんなにボロボロになるまで、龍っちが戦ってる間……鈴は、鈴は何もしてなかった」

 

 ただ、何もしないで震えてるだけだった。

 

 みんなが殺されかけた時も、恵里が本性を現した時も近藤くんの槍が自分に振り下ろされた時でさえも。

 

 光輝くんも動けない中で、なんとかしようと考えてたのに……鈴は何もかもを放棄していた。

 

 戦うことも、考えることすらも嫌で……自分に見下した目を向けてくる恵里から必死に目を逸らしたがってた。

 

「……鈴」

 

 ぽん、と頭に手が置かれた。

 

 それは間違いなく龍っちのもので、あの時と同じように名前を呼ばれたことに肩が震える。

 

「……バチが、当たったのかな」

「バチって?」

 

 優しく、子供に聞くみたいに龍っちが繰り返す。

 

 子供扱いされてるみたいで、なんだか少し複雑だったけど……それよりもずっと、嬉しかった。

 

「鈴ね、昔から一人が怖いの。自分を誰も見てない気がして、世界に鈴だけが取り残されたみたいで……」

「誰だって、誰かと一緒にいたいと思うだろ。それの何が悪いんだよ」

「うん、だからね。鈴も恵里を()()してた。誰にでも優しくて、笑って話を聞く恵里のそばにいれば……鈴も、誰かといれるから」

 

 思えば、酷い打算だ。鈴が明るく振る舞うのも、そうすれば誰かが反応してくれるから。

 

 本当の鈴は寂しがりで、怖がりで、意地汚い女の子。恵里が鈴にそう言ったみたいに、鈴も恵里といるのは都合が良かった。

 

「そんなふうに思ってたから、きっとバチが当たったんだよね……鈴は所詮、そんな女の子なんだって……」

 

 足の上で握りしめた拳に、ポタポタと雫が零れ落ちる。

 

 それが自分の涙だと気付いた時にはもう遅くて、止めようとしても次から次へと流れて止まらない。

 

 ごめんなさい、恵里。こんな醜い子で。許してなんて言わない。でもお願い、せめてあと一回だけ……

 

「……お前は、優しいな」

「えっ、あ──」

 

 気がついたら、龍っちの胸の中にいた。

 

 頭に置かれていた手は肩にあって、たぶん龍っちの方に引き寄せられた。

 

 片腕が使えないからか、それ以上は何もしてこなくて……だから鈴は、ギュッと龍っちのシャツを掴む。

 

「鈴。お前は優しい女の子だ。そんで強い女の子だ。自分からそんなことを口に出せる奴はそうそういねえ」

「でも、鈴は、鈴は……」

「大丈夫だ、ここには俺しかいない。鈴の本音を聞いてたのも俺一人だ。だからよ」

 

 肩から離された手が、もう一度頭に置かれて。

 

「こんなむさ苦しい胸でよけりゃ貸すから、吐き出してけ」

「っ…………!」

「安心しろ、俺ぁバカだ。食って寝たら忘れてやる。思う存分、たまったもん全部洗いざらい出しちまえ」

「……うん。ごめん、借りるね」

「好きなだけ借りろ」

 

 その言葉で、鈴の感情は決壊した。

 

 

 

「う、ぁあ、あああああああああっ!!!」

 

 

 

 それから、いっぱい泣いた。

 

 背中を撫でてくれる龍っちの優しさに甘えて……利用して。

 

 鈴は、何日も溜め込んでいた感情を吐き出し続けた。

 

 

 

 

 

(……俺が、守らないとな)

 

 

 

 

 

 だから、龍っちの表情にも気がつかなかった。

 




次回は勇者がメタモルフォーゼっていうか種族変化してるよ。

読んでいただき、ありがとうございます。


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ごめん、これ誰だっけ?(戦慄)

予告通り、勇者()がおかしいです。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 時は流れ、光輝たちはいつも食事をとっている大部屋にいた。

 

 

 

 そこには部屋に引きこもっていたクラスメイトたち全員、政務中のベルナージュの代わりにリリアーナがいる。

 

 何故こうして、改まって集合しているのか。それは愛子がノイントに攫われてできなかった話をするためだ。

 

 そのため、真の大迷宮攻略の当事者であるハジメたちもいた。ただしシュウジと雫、香織を除いて、だが。

 

「ハジメ、あーん」

「私も、あーんですぅ!」

「はいはい、俺の口は聖徳太子の耳じゃないから順番にな」

「ウサギさん、これいる?」

「……ん」

「ハァハァ、放置プレイなのじゃ」

 

 そんな彼らの視線は、凡そは一つに収束されていた。

 

 ユエとシアから料理をあーんされているハジメと、その背中に体を預けているウサギに餌付けしてる美空。

 

 滅多にお目にかかれない超絶美少女たちから、甲斐甲斐しく奉仕されている状況。目を引かないわけがない。

 

 あとガン無視されて興奮している美女もいるが、明らかにヤバいので見ないことにしていた。現実でドMはキツいものがある。

 

 男子は嫉妬と怨嗟のこもった目で、女子は奇妙な、あるいは楽しそうな目で。愛子は嘆息した。

 

 あと数人は、男子と女子に分かれている席の中で、ちょうど中間あたりにいる龍太郎と鈴を見ている。

 

「うぅ……」

「いい加減機嫌直せって」

「別に悪くないもん……」

 

 顔を真っ赤にしている鈴と、なんともいえな顔で後頭部をかく龍太郎。

 

 この反応、何もなかったはずがない。ゴシップ好きの年頃の女子には大いに興味の対象となった。

 

 微妙な空気に包まれた部屋の中に、突然扉の開く音が反響する。その瞬間全員の意識がそちらに向かった。

 

「やあやあ皆さん、お揃いのご様子で。遅れてソーリー」

 

 そうして入ってきたのは、部屋にいなかったシュウジだった。

 

 傍らには雫と香織もおり、ずっと彼らが来るのを待っていた一同はやっと来たのかという顔をする。

 

 そして一つの疑問を抱いた。なぜシュウジは疲れた顔をして、手に持ったステッキに体重を預けているのだろうかと。

 

「思ったより調整に時間がかかったな」

「おうよ、まあ魂がずれると肉体と乖離して厄介だからな。ちょいと気力を振り絞ったさ」

 

 ハジメと要領を得ない会話をしたシュウジが、ステッキを支えに一歩踏み出す。

 

 些か頼りないその歩みは、出っ張っていた部屋の石畳にステッキが引っかかったことでぐらりと揺れた。

 

「シューくん!」

 

 とっさに香織がその体をさせた瞬間──その背中から、銀色の翼が生えた。

 

 ハジメたち以外の全員の目が点になる。その中で空気が固まったことも気にせず、雫と二人でシュウジを支える香織。

 

「シューくん、大丈夫?」

「サンキュー二人とも。こんなにふらついたののはハジメと五徹でゲーム100本勝負をした時以来だ」

「何やってるのよあなたたち……」

「あと白っちゃん、翼出てるよ」

「え? あ、ほんとだ」

 

 一瞬で霧散する香織の背中の翼。一同の頭の中ではてなマークは増加し、顔の間抜け具合は加速する。

 

 誰もが停止した部屋の中で三人は何事もなかったかのように進み、ハジメたちと同じテーブルに着くと彼らを見る。

 

「さて、お話タイムといこうか」

「「「「いやちょっと待てぇ!」」」」

 

 クラス全員の声がハモった瞬間であった。

 

「おい北野、これはどういうことだ!?香織に一体何をした!」

 

 最初に食ってかかったのは、案の定というべきか光輝。

 

 近づくと殴られるのがわかっているので、バンと手を置いたテーブルを挟んで詰問する。

 

 それは後ろの皆も同じであった。なんで香織が天使になっているの?まさか本物に進化したの?みたいな顔をしている。

 

「Hey、ちょいと落ち着きな。別に翼が生えるくらいよくあることだろ?繁忙期の社畜の皆様方には全員生えてるし」

「いやそれはレッド◯ル飲んでるか召されかけてるからだろ!さっきはっきりと、香織に翼があるのを見たぞ!」

 

 聞くまでここを動かないと言わんばかりの光輝に、シュウジはため息を吐く。

 

 それから香織を見ると、苦笑いしながら香織は首肯した。

 

「あー、ハジメさんハジメさん。どこまで説明したよ?」

「婆さん婆さんのイントネーションかよ。まあ、真の大迷宮と神代魔法のことは簡潔に説明しといたぞ」

 

 シュウジたちがここに来る前に、ハジメは簡単に反逆者たちのこと、七大迷宮の真実程度は皆に話していた。

 

 自分たちが必死に攻略していた迷宮がただの前座だったと知って、光輝たちはショックを受けた。

 

 が、ハジメたちの強さが証明だと言われると何も言えず、押し黙ってしまったが……そこはまあ割愛しよう。

 

「おk。んじゃ簡単に説明すると、神代魔法の中に魂に干渉できる魔法があって、それで白っちゃんの魂を〝神の使徒〟の肉体に入れた。そしてスーパーグレート香織ちゃんになった。以上」

「以上、じゃないだろ!香織はそんなことを受け入れたのか!?」

「うん、私からお願いしたの。おかげでシューくんには、かなり無理をさせちゃったけど……」

 

 自分から肉体を変えることを決意したと聞いて、光輝は衝撃を受けたようによろめくと、後ろにあった椅子に座る。

 

 信じられないという顔をする一堂に、香織がもう一度翼を展開するといよいよ凄まじいものを見る目に変わった。

 

「ま、あんだけの決意を持ってるなら無理のしがいもあるってもんさ。せいぜい3日寝てない程度だ」

「十分よ。この話し合いが終わったらちゃんと寝るのよ?」

「イエスマム」

「五年気が早いわ」

「数字が具体的ですね雫さん」

 

 いつもの夫婦漫才をしている間に立ち直った光輝は、気を取り直し、努めて冷静に質問を続ける。

 

「でも、それならなんで香織の姿は元のままなんだ?」

「そこはまあ、チョチョイといじったのさ。お前らも知ってるだろ?」

 

 顔に手をかざすポーズをするシュウジに、最初にトータスに来た時のことを思い出す光輝たち。

 

 顔の他にも、元の香織の肉体の規格に合わせて色々と調整をした。シュウジが疲れているのはそのためである。

 

「とまあ、白っちゃんのグレードアップの話はここまでにしといて。そろそろ本題に入ろうか。俺寝たいし」

「最後の一言が余計じゃないか?」

「あーはいはい、質問が終わったら勇者(笑)は席に戻った戻った」

 

 ものすごく雑な扱いをされ、光輝はしぶしぶといった表情で元いた場所に戻る。

 

 全員の聴く体制が整ったところで、シュウジは愛子に目配せをすると、頷き合って話し始めた。

 

 反逆者たちの真実、狂った神エヒトの遊戯、自分たちが連れてこられた理由。

 

 彼らが奈落の底で知った、全てを。

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

「──てことで、ここにいる全員エヒトの面白可笑しなオモチャって訳だ。はい終了」

 

 しばしの後、軽い口調でシュウジが話を締める。

 

 ほとんどの人間は俯いていた。自分たちが単なる駒だと知って、ショックを受けたのだ。

 

「質問のある人は挙手をしてください」

 

 愛子の繋ぎに、真っ先に手を挙げたのはやはりというか光輝。

 

 シュウジは実に面倒そうな顔をしながらも、愛子に脇腹を小突かれて仕方なしに指名する。

 

 立ち上がった光輝は、まっすぐにシュウジを見て口を開いた。

 

「つまり、俺たちは神エヒトの手で踊っていた操り人形ってことなんだな?」

「そうさな。んでお前は、その中でも一際上手く動く〝主役〟さ。とびきりの茶番劇のな」

「茶番、か……確かに、それほどぴったりの言葉もないな」

「……おろっ?」

 

 皮肉を込めたつもりだったシュウジは、あっさりと光輝が肯定したことに拍子抜けした。

 

 カクンと落ちた人差し指に、雫は少し微笑む。なおハジメは珍生物を見る目で光輝を見ていた。

 

「オルクスで言わなかったのは、俺たちが混乱すると思ったからか?」

「逆に聞くけどよ、勇者くん。お前あんだけ俺のことキレさせといて、なんで聞けると思ったわけ?昔のことはもうチャラってか?相変わらず綿菓子みたいな思考回路だな」

「そんなわけないだろ。あの時は本当にすまなかった」

 

 深く、助けに来たユエたちにそうしたように頭を下げる光輝。

 

「俺は何もわかってなかった。選択することの重さも、自分の力の無さも。その鬱憤を北野に八つ当たりしただけだ。今からでは遅いかもしれないが、謝らせてくれ」

「………………………………」

「そんなに私の顔と見比べても、これは現実よ。そして目の前の光輝は本物よ」

 

 何度も直角の姿勢で謝罪している光輝と、雫の呆れ顔を見比べるシュウジ。マジの反応だった。

 

 こうなることは予想できていたので、顔を上げた光輝は何ともいえない表情で頬をかく。

 

「その……あれだろ? また俺が変なふうに話をねじ曲げたり、無理やりその真の大迷宮に連れてけとか強要したりするから、言ってくれなかったんだろ?」

「……シア、俺の頬を殴れ。〝金剛〟をかけるから全力でだぞ」

「ええっ、嫌ですよぉ!ていうかハジメさん、最近私のことゴリラか何かだと思ってません?」

「……シアと一緒に、鏡写りたくない。変なの(ターミウサーター)が見える」

「ちょっとぉ〜、ウサギさんまでぇ〜」

 

 雫と先んじて見ていたユエ、シアを除いたシュウジたち全員が大混乱する中、クラスメイトたちも同じ反応を示していた。

 

 あの天之河光輝が、北野シュウジに謝っている。彼らも少なからず感じていた強引さを捨て、非を認めている。

 

 頷いているのは龍太郎くらいのもので、他の全員はまさか操られてるのではないかという目で光輝を見た。

 

「うん、確かに魂は勇者(笑)のものだな。つーことはあれか、どっか別の並行世界のやつと入れ替わったのか」

「おい、そんなに俺が謝るのはおかしなことか?」

「むしろ何で変じゃないと思ってんの?バカなの?死ぬの?」

 

 シュウジは全くこれっぽっちも、欠片も、アリの糞ほども光輝の殊勝な態度を信じられなかった。

 

 いよいよ自分の正気を疑い始め、ぶつぶつと呟き始めるシュウジを見て、光輝は頬を引きつらせる。

 

「これも俺の行動が原因か……」

 

 光輝は過去の自分を思い返し、天を仰ぎ見た。その様にさらに戦慄するシュウジたち。

 

「な、なあハジメ、俺は今現実にいるんだよな?それとも俺たちでさえ気づかないうちに、何か幻覚の中にでも巻き込まれたのか?」

「いや、感知系の技能には何も引っかかってない……まさか、この王宮そのものがアーティファクト……?」

「つまり、壊せば止まる?」

「や、やめてください!この王宮にそんな魔法はかかってません!」

 

 本気で城の破壊を検討し始めたハジメたちを、慌ててリリアーナが諫める。

 

 結局、それから20分ほどシュウジたちが正常に戻るまで時間がかかった。決め手は雫の膝枕である。

 

「よしわかった、お前を天之河(仮)としよう」

「いや、仮も何も俺は俺なんだが……」

「で、何お前。突然殊勝になったと思ったら、今度はどんな素敵な発言してくれるわけ?俺は勇者を辞めますとか言っちゃうの?」

「そもそも相応しくないだろ。勇者ってのは誰よりも勇ましい者って書くんだ、なら何もできなかった俺が名乗っていい名前じゃない」

 

 本気で、本心からそう告げる光輝。

 

 今の光輝は、それが与えられただけの称号であると思っていた。自分のことを指すのに適切なものではないと。

 

 だからこそ、誠実に答えたのだが……

 

「……ちょっと気分転換に」

「ちょっ待ちなさい、何で窓から出ようとしてるの!そこから飛び降りる気でしょ!」

「離してくれ雫!きっと一回脳味噌ぶちまければ俺の認識機能は正常に戻るんだ!」

「戻るわけないでしょうが!」

 

 それからシュウジが正気に戻るまで、10分ほど(以下略

 

「ぜぇ、ぜぇ……」

「はぁ、はぁ……」

「……二人とも、飲み物いる?」

「……お願いするわ」

「おう、あんがと白っちゃん……」

 

「待っててね」と香織が立ち上がって紅茶を淹れに行き、雫にがっちりと抑えられたシュウジは光輝を見る。

 

「…………えっと、これ誰だっけ?」

「天之河光輝だよ!もう色々と俺が悪かったからいい加減話を進めていいか!?」

 

 ついに光輝がキレツッコミを取得した。某芸人ばりの自己紹介だった。

 

 なおシュウジの言葉の意味は、勇者(笑)以外の呼称が思い浮かばなかったということである。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 香織が淹れてきた紅茶を飲み、二人のテンションリセットされたところで、自ら路線から飛び上がっていった話を元に戻す。

 

「それで、これからも北野たちは神代魔法を集めて、この世界を脱出する方法を探すのか?」

「ああ。ついでにそれを邪魔してきそうなエヒトもぶっ殺す」

「皆はのんびりここでニートしてくれてていいよん」

 

 つもりや予定、などの言葉を一切用いず、最初から決定事項であるかの如くハジメは告げる。

 

 固く変わらないその意思を垣間見て、光輝はこんな相手に噛み付いていたのかと笑ってしまった。

 

「じゃあ安心だな。北野たちなら、必ず全員帰る方法を見つけてくれる」

「それは、まるで俺たちがお前らを帰すのが当たり前のような言い草だな?」

「なっ、帰してくれないのかよ!」

「別にそうとは言ってないだろ。同郷のよしみで帰還はさせてやる。後は知らん」

 

 面倒くさげなハジメの言葉に、噛み付いた男子の一人も、他のメンバーもほっとした顔をする。

 

 その中で数人、それとは逆に顔を曇らせる者たちがいた。

 

 龍太郎、鈴、そして……光輝だ。

 

「頼みがある」

「だが断る」

「まだ何も言ってないんだが!?」

「この北野シュウジが最も好きなことは、シリアスな顔で何かを頼んでくるやつの話をハナから叩き折ることだ!」

「最低だなお前!」

 

 ギャースカと言い合う恋人と幼馴染みに、案外仲が良くなってるのかしら?なんて雫は思った。

 

 しばらくボケとツッコミの応酬を続けた二人は……一向に話が進まないことなど気にしてはいけない……肩を上下させる。

 

「はぁ、はぁ……俺の頼みは、俺もその迷宮攻略に連れて行ってほしいってことだ」

「は?何言ってんだお前。頭沸いてるのか?」

 

 ガチトーンで聞くハジメ。その顔にはまるで意味がわからないとありありと書き記してあった。

 

 息を整えた光輝は、最初に詰め寄ってきたときのようにハジメ達の前まで来て、はっきりと返答をする。

 

「本気で言ってる。俺は()()()()()()()()家へ帰すために、強くなりたい。そのためには北野たちについていくのが一番だ」

「ここにいる全員、ねぇ……この世界の人間を助けるのがお前の目的じゃなかったか?」

「勿論、そうしたいのは山々だけど……今の俺じゃ誰一人守れないからな。できないことを言ったってしょうがない」

「へぇ……たった数ヶ月前まで、〝力を持つ者はみんなのために頑張るのが当たり前〟とか世迷言をほざいてたお前が、そんなことを言うとは。正直信じられんな」

「……決めたんだ」

 

 声を低く、光輝は両手の拳を握りしめる。

 

「たとえ甘くても、救いようがないほど現実的じゃない考えでも、俺は俺の正義を貫くと……もう、見ているだけは嫌だから」

 

 今の天之河光輝には、願いがある。

 

 かつて祖父から教わり、その正義が絶対だと信じ込み……ここにいる大勢を失いかけて気付いた自分の空虚さ。

 

 その穴を、本物で満たしたい。自分の意思で、培ったもので、今度こそ自分の道を歩みたい。

 

 自分のためでなく、ここにいる同胞たちのために。そして自分を否定してくれた彼女に、証明するために。

 

「もう、誰かに言われて何も考えずに戦うのは沢山だ。自分のために誰かを利用するのもうんざりだ。そんな自分を乗り越えて、俺は何かを成し遂げる力が欲しいんだ」

 

 光輝は、ゆっくりと姿勢を低くしていく。

 

 両膝を床につき、両手を同じように石畳に触れさせると、額を擦り付けるすれすれまで体を折った。

 

 

 

「その道筋を、俺にくれ。烏滸がましいのは分かってる。でも、お前たちしか頼りがいないんだ」

 

 

 

 誰もが絶句した。

 

 それは、土下座だった。これ以上ないほどに綺麗な、日本人の魂だった。

 

 さしものハジメも、そこまでするとは思わずに顔を引きつらる。ユエたちも、もはや宇宙人を見る目で光輝を見下ろした。

 

 シュウジに至っては99%思考が停止していた。というか光輝が未知の化け物に思えて人生で最も恐怖していた。

 

「荷物持ちでも雑用でも、なんだってする。ついていけなくなったら置いていってくれていい。だから……」

「おい待て。こっちは情報を処理するのでいっぱいいっぱいなんだ、これ以上何も喋るな」

 

 頭痛がするとでもいうようにこめかみを抑えたハジメは、必死に頭の中で考えを組み立てる。

 

 現状、ハジメたちに光輝を連れていくメリットはない。なんならお荷物が増えるのでデメリットですらある。

 

 確かに光輝の変化に驚きはしたが、だからどうしたという話だ。結局のところハジメたちには関係がない。

 

「南雲くん。彼のお願いを聞いてはくれないでしょうか?」

 

 だが、断るために口を開いたハジメを制するように、愛子が口を挟んだ。

 

「彼は今、本気で変わろうとしている。貴方が生き残るためにそうしたように、彼は自分の望みを叶えるために力を求めている。その思いを、貴方ならわかるのではありませんか?」

「…………まあ、わからんでもないがな」

 

 状況の危機の度合いが桁違いだが、それを言われるとハジメも弱い。

 

 奈落で全てに絶望し、生まれ変わることで生き長らえたハジメ。その時の自分に似た執念を、今の光輝からは感じる。

 

 ましてやその事を、自分に優しさを忘れないでと教えてくれた愛子に……たった一人の〝恩師〟に言われたら。

 

「迷宮内で野垂れ死にしようが、そのまま置いてくぞ」

「ああ、それでいい」

「俺たちは一切お前の面倒は見ない。勝手に折れても置いていく」

「最初から覚悟の上だ」

「……俺はお前のご都合主義な考え方が大嫌いだ。今となっては心底どうでもいいがな」

「奇遇だな南雲。こういうことはあまり言いたくないが、俺もお前と北野のことが好きじゃない」

 

 顔を上げ、真っ直ぐな目で言葉を返してくる光輝。

 

 ハジメはしばらくの間、じっとその目を見つめ続け……やがて、面倒臭そうにため息を吐いた。

 

「なら勝手にやってろ。言っとくがマジで放置するからな。それと、同行を許すのは次に行く【樹海】の迷宮までだ」

「ああ、ありがとう南雲」

「ユエたちも、それでいいか?」

 

 ハジメが振り返って聞くと、仕方がないと言いたげな顔でユエたちも頷く。

 

 彼女らもまあ、以前よりかは遥かに気持ち悪くなくなった光輝ならば、視界の隅っこ程度にいるのはいいかなと思っていた。

 

 クラスメイトたちも怒涛の展開に困惑はマックスだが、とりあえず光輝が受け入れられた?ことにほっとする。

 

「良かったわね、光輝」

「雫……ああ」

「そういうことなら、俺も行くぜ」

「す、鈴も!」

 

 突然立ち上がった龍太郎と鈴に、ハジメはやれやれともう一度ため息をつく。その肩をユエや美空たちが優しく叩いた。

 

「シュー?ちょっとシュー、話聞いてた?」

「……ハッ!?」

 

 一方、雫に肩を揺さぶられ、ようやく現実に戻ってきた主人公(空気)は。

 

 

 

 

 

「とりあえずピクルス頭に乗せて街の中でロボットダンスしてくるわ」

「シュー、私にも我慢の限界というものがあるのよ?」

 

 

 

 

 

 その後、頭に大きなたんこぶをこさえて引きずられていった男がいたとかいなかったとか。

 




誰だこれ(書いた本人が大混乱

原作だと最後まで救いようのない愚か者だった光輝ですが、ここでは綺麗な光輝くん()になりました。

というわけで、六章は終わりです。

読んでいただき、ありがとうございます。


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【幕間】
人物紹介 パート3


今回は人物紹介です

やはり幕間をやることにします。



 

 ?????

 

 ハジメたちの前に突如現れた、壮年の男。

 五十年先からやってきた時間旅行者であり、オーマジオウの力やウォッチなどを持つ。

 そのほかにも卓越した戦闘技術や豊富なアーティファクト、神代魔法を所有しており、途轍もない戦闘能力を有している。

 その胸にあるのは後悔と、自責と、決して変わらない信念。

 

 ただ、友を2度と孤独に死なせないために彼は全てを捨てたのだ。

 

 

 ビィズ・フォウワード・ゼンゲン

 

 アンカジ公国王子。原作と変わりなし。

 

 

 ランゼ・フォウワード・ゼンゲン

 

 アンカジ公国領主。原作と変わりなし。

 

 

 紅煉

 

 うしおととらでおなじみ、外道の化け物。

《暴食の獣》であり、自分の分身を作る能力と、新たにエヒトから与えられた神剣を持つ。

原作同様に非常に強力な力の持ち主であり、厄介な敵として今後も立ちはだかることになるだろう。

 シュウジの正体を一番先に見抜いており、彼を様々な魂を塗り固めて作った偽物の人格、人形だと称した。

 

 

 フリード・バグアー

 

 原作おなじみ、狂信者の魔人族。原作と変わりなし。

 

 

 

 レミア

 

 ミュウの母親。ほんわか未亡人。原作と変わりなし。

 

 

 カイン

 

 シュウジの人格の裏に隠されていた本来の人格であり、最後の世界の殺意たるカインの記憶から生じた残留思念。

 悪を深く憎み、その餌食となる人間がいることを許せず、行きすぎた粛清の末に世界を崩壊しかけた男。

 最後はその責任を取り、自らの生きてきた千年を新たに作り直すことで世界の命のバランスを取り戻し、世界のシステムの一部となったはずだった。

 しかし、神となったマリスの手によって世界は滅ぼされ、ほとんど消滅しかけていた状態で回収され、おぞましい実験の中で自我を目覚めさせ、そして最高の真っ新な肉体を培養器とすることで完全に意識を取り戻した。

 ハジメたちに真実を伝えた後、女神マリスに回収されシュウジの中から消えた。

 

 

 門矢士

 

 平成ライダーシリーズでおなじみ、世界の破壊者。

 原典同様に様々な世界を渡り歩いており、謎の男と親交がある様子だが……?

 

 

 ノイント

 

 エヒトの作った戦闘人形。

 ほとんど原作と変わりないが、ライオットの宿主になっていた。

 

 

 アベル

 

《憤怒の獣》。ただ怒るもの。もっとも世界の殺意の力を使いこなした男。

 生まれつき盲目であるこの男は、暗闇の中を生きてきたが故に誰よりも理不尽を憎み、光と闇が平等たる世界を望んだ。

 自らの最後の子孫であるカインを深く愛し、だからこそ絶対の怒りを抱く。

 決して、その憤怒が消え去ることはない。




次回はウサギの話でもやろうかな。


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ウサギの一日

今回はウサギの話。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 シュウジたちがクラスメイト一同に話をしてから、一晩が経過した。

 

 

 

 その後の話し合いで光輝の他に鈴、龍太郎、そして帝国との会談に向かうリリアーナが一時的に旅に同行することに。

 

 更に、各所の混乱が落ち着いて外へ出るための関門が使えるようになるまでの数日、一行は王都に留まることになった。

 

 なので、各々好きな様に楽しむことにした。ハジメはユエや美空とデートを、香織は肉体の制御訓練、など。

 

「どこ、行こっかな」

「ゲコッ」

 

 ウサギと、腕に抱え込まれているカエルもまた、その一人と一匹である。

 

 魔人族の襲撃があった今、人間族らしからぬその耳と尻尾は、シュウジのアーティファクトで不可視化されている。

 

 なお、当の本人は城下町の広場で頭にピクルスを乗せてロボットダンスしたために王宮に療養(収容)である。オカンは強い。

 

「ゲコッ」

「ご飯?でもさっき食べたばかり」

「ゲコッ」

「じゃあ食後のおやつ……むう、食いしん坊」

 

 コミカルな会話を交わしながらも、ウサギは熱気……とも言い切れない賑わいを見せる大通りを見やる。

 

 幸い、王都の結界が破壊されてすぐに張られた謎の結界で被害はなかったが、それでも恐怖は残っている。

 

 だがそれに負けじと、人々は明るさを失わずにいた。その証拠に普段ほどではないが、十分賑わっている。

 

 それは彼女の創造主が尊んだ、人の〝強さ〟だ。打ちのめされようと前に進み続ける不屈の意志だ。

 

 平和のために生み出されたホムンクルス。微妙に色の違う、しかし美しいその桃色の瞳は、少し嬉しそうだった。

 

「……そうだ。おねえちゃんに会いにいこう」

「ゲコッ?」

「うん、会いたいでしょ?」

「ゲコッ」

 

 そこかしこから漂ってくる食べ物の匂いに舌舐めずりをしていたカエルは、急に大人しくなる。

 

 口の両端を少しあげ、ウサギはカエルの体を抱く力を少し強めると、雑踏の中に一歩踏み出した。

 

 

 

キュゥ

 

 

 

「……んぅ」

「ゲコッ、ゲコッ」

 

 が、その瞬間にウサギのお腹が可愛らしくなった。

 

 ウサギはその圧倒的な身体能力故に、使用に負担のある月の小函(ムーンセル)以外から大量のエネルギーを必要とする。

 

 そのため、ブラックホールの如き貪食さを持つカエルほどではないが、ウサギもかなりの大食らいだった。

 

 これではカエルを嗜めた意味がない。親指と人差し指で忌々しそうに自分の腹をつねるウサギ。

 

 仕方がなく、彼女は近くの露店に足を向けた。

 

「……すみません、これ一袋分ください」

「おっ、こりゃまた別嬪な嬢ちゃんだ!はいよ、一袋分ね!」

 

 一本や二本などという可愛い数ではなく、見た目からは到底考えられない量を頼むウサギ。流石ハジメの女は伊達ではない。

 

 牛串のようなものを売っていた露店の男は定型文の世辞を言い……まあ実際美少女なのだが……商品を用意する。

 

「そら、持ってきな!」

「お代、どうぞ」

「おうよ!家族で食べるのか?うちのはちょいと他の店のやつとは違うぜ?」

 

 どうやら店主はウサギが家族に頼まれ、買い出しに来た少女だと勘違いをしたらしい。

 

 実際に平らげるのはここにいる一人と一匹のだが、まあそこは言わぬが花だろう。スルーしてウサギは店主に尋ねる。

 

「ここらへんで、帽子を売ってるところ、ない?」

「ん、なんだ嬢ちゃん、観光客か。また大変な時に来てるもんだな。帽子ならあっちの通りに店が……」

「店じゃなくて。もっと……こう、自由な感じの」

 

 胸の前で両手を広げ、ジェスチャーするウサギ。たまたま通りかかった通行人のうち男数人が胸を押さえた。

 

 様々な客を相手してきた歴戦の店主は首を捻り、この少女の言わんとするところを察そうとする。

 

「つまり何かい、店を構えてるわけじゃない帽子やってことかい?」

「ん、それ。どこかにない?」

「それだったらあっちの通りだな。自分で作ったものを売ってる露店が並んだ通りだ」

「あっち……ありがと」

「おう、また買いに来てくれよな!」

 

 気のいい店主に小さく手を振り、ウサギはカエルと串焼きの小包を両手にそちらの通りへ入る。

 

「あむ……おいしい」

「ゲコッ」

「食べすぎちゃダメ。あの人に渡す分もあるから」

 

 放っておくと全て食べ尽くしてしまいそうなカエルの舌をピシッと食べかけの牛串で弾き、歩くウサギ。

 

 彼女の頭の中には数少ない兄弟姉妹との記憶が蘇っていた。

 

 今彼女が会おうとしている人物は、その見た目に反して肉が大好きなのだ。

 

「あの、ここに帽子屋ってありますか」

「ああ、それならそこの角を曲がった先だ」

「ありがとうございます」

 

 時折露店で質問かつ、ハジメたちへのお土産を買いながら進んでいくウサギ。

 

 たまにある軽食を売っている露店でカエルの無限袋(胃袋)を満たさせながら、彼女は近付く予感に胸を躍らせる。

 

 そうしてしばらく進んだところ……不意に、ウサギは自分と何かが繋がったような感覚を覚えた。

 

「……見つけた」

「ゲコッ」

 

 その〝繋がり〟にウサギは歓喜し、自然と足取りは早くなる。

 

 大通りほどでないにしろ、それなりに多い人通りの間を持ち前の反射神経でするすると通り抜けていった。

 

 そうしていよいよ、近付いていくにつれどんどん強くなる〝繋がり〟の元へたどり着いた時。

 

そこにあったのはーー

 

「兄さんは、甘えんぼ、ね。ふふっ」

「……………」

 

 眼鏡をつけ、後ろで髪を束ねた大の男が、大量の帽子の中に座っている退廃的な美女に頭を撫でられている光景だった。

 

「……お兄、ちゃん?」

「!」

 

 テケテンッ!とBGMがつきそうな動きで振り返る男。

 

 そこにいたのは、七人の解放者オスカー……の姿を再生魔法で記憶から【擬態】した、フィーラーだった。

 

 黄金の瞳には、自分をそれはそれは不思議そうに見下ろしているウサギ()の姿が映り込んでいた。

 

「こんなとこで何してるの?」

「ゲコッ」

「……?」

 

 お前こそ、と目で聞き返すフィーラー。

 

 言葉を使わずとも伝わってくるその意思に、ウサギは少しの間目線を彷徨わせ……美女へと狙いを定めた。

 

 そこでようやく、ゆるりとウサギの方を振り向く女性。

 

「あら。妹ちゃんまで、いるわ」

「……久しぶり、〝ハッター〟」

 

 ハッターと呼ばれた女性……ウサギやフィーラーと同じホムンクルスは、コロコロと鈴のように笑う。

 

「元気そう、ね。嬉しいわ。それに、随分と姿が違うけど。()()()()も、いるわ」

「ゲコッ」

 

 すっとハッターが差し出した手を、カエルは一声鳴いただけでなんの抵抗もなく受け入れる。

 

 弾力のあるカエルの頭を撫で、満足そうに笑うハッター。実にマイペースである。

 

「そっちも元気そうだね。グリューエンにいなかった時は、びっくりした」

 

 少し拗ねたように言うウサギに、ハッターは「ごめんなさい、ね」と微笑む。

 

 彼らには、その人造の魂に波長のようなものがあり、近くにいると感じ取ることができる技能がある。

 

 シュウジの一件もあったが、最終試練の部屋まで到達しても全くハッターの存在を感知できなかったことにウサギは驚愕した。

 

「何年か前に、ね。偶然目覚めたの。それから、ずぅっと旅を、しているの」

「でも、そうしたらエヒトに……」

 

 休眠状態にある間、大迷宮の最奥で彼女らは徹底的にその存在を隠蔽され、エヒトの魔の手から守られている。

 

 逆に言えば、一度大迷宮から出てしまえばその庇護はなくなるということ。最高の手駒になる彼女らをエヒトは見逃さない。

 

「あら。お姉ちゃん、こう見えて強いの、よ?」

 

 むんと脱力的に胸の前で拳を握るハッターに、なんとも言えない苦笑いをこぼすウサギ。

 

 この様子だと、おそらくハッターのことを回収するために、何度か神の使徒がやってきたのだろう。

 

 しかし、当人の言う通り彼女は見た目に反して強い。並の使徒では返り討ちだ。

 

「色んな国に、行ったのよ。たくさんの人を見て、たくさんの帽子と出会ったの」

「帽子を作るの、相変わらず好きなんだね」

「ええ。帽子は、人の姿をより華やかに、飾るもの」

 

 自分の周りに積み重なった帽子を見て、とても楽しそうに笑うハッター。

 

 その名前(ハッター)の由来ともなっている帽子は、彼女の在り方を語る点において重要な要素である。

 

 かつて、まだ生まれて間もない、名前すらない頃。解放者たちは意思を持ったホムンクルスたちに様々なことを教えた。

 

 その中で特に彼女が興味を示し、憧れ、そして平和の象徴としたのが、帽子という装飾品の一つ。

 

 人が着飾るのは、心に余裕のある時だけだ。故にこそ彼女は、全力で帽子という平和の中で活きる物を愛していた。

 

「グルルルル……」

「お兄ちゃん……」

「ふふ。ありがとね、兄さん。ちゃんと気を、つけるわ」

 

 側から聞けば、単なる唸り声。しかしウサギは驚きに顔を染め、ハッターが嬉しそうにクスリと笑う。

 

「それ、で。なんで私がいると、わかったの?」

「……あの時の結界。あんなものを作れるのは、ハッターだけだから」

「ふふ。正解、よ」

「……白々しい」

 

 ウサギの月の小函(ムーンセル)によって生じる膨大な魔力の、自分への付与。

 

 リベルの重力魔法。全ての神代魔法を扱うキャパシティを持つフィーラーと、今も擬態を可能としているサメの再生魔法。

 

 それと同様に、ハッターにもホムンクルスとして神代魔法……空間魔法を使う力が備わっていた。

 

 それが魔人族も、魔物の軍勢すらも一匹も王都に入れず、すべてを跳ね除けた謎の結界である。

 

「私の結界は、許可したもの以外の全てを()()する。私の世界と定めた場所に境界を定め、それ以外を拒絶する」

「おかげで、私たちもハジメも戦いやすかった。ありがとう」

「私も、ここは好きだもの。他の場所よりも、賑やかで楽しい、わ」

 

 ね?と首をかしげるハッター。どうやらこの王都は彼女のお気に入りであり、だから力を貸したようだ。

 

 彼女の興味は、帽子を自由に作れるか。その次にそれを存分に使ってもらえる環境か。それに収束する。

 

 世界そのものを守る意思があるかと言われれば……彼女の気の向くまま、と言うのが一番正しいだろう。

 

「仲間の、知り合いがいる。できればこれからも、ここにいてほしい」

「いいわ、よ。まだまだ帽子が売れそう、だもの。彼氏さんと、仲良くね」

 

最後に付け加えられた一言に、ウサギは驚く。

 

 先ほどちらりと一回名前を出しただけなのに、この姉は鈍そうで相変わらず見るところは見ている。

 

 身内から恋愛関係を応援されると言うのは、案外恥ずかしいものだ。ウサギは顔をカエルの後頭部に埋める。

 

「……お姉ちゃんの、いじわる」

「あら。恥ずかしがるくらい、仲が良いの、ね」

「っ! うぅ〜!」

 

 揶揄うような口調で言うハッターに、ウサギはとうとうフィーラーの背中に体を隠してしまった。

 

 それから五分ほど、クスクスと笑うハッターの前にウサギは出てこなかった。仲の良い姉妹である。

 

「そういえ、ば。それは?」

「あ。忘れてた、はいお姉ちゃん」

 

 片手に持っていた小包を開け、まだかろうじて暖かい牛串もどきを見せる。

 

「わぁ!これ、大通りの、美味しいところよ!」

 

 途端に、それまでの退廃的な雰囲気を捨て、目をキラキラとさせるハッター。

 

 どうやら好みは変わっていないようだと、ウサギは三分の一ほど中身が残っているそれを差し出す。

 

 ハッターは嬉々とした様子でそれを受け取り、一本取り出すと頬張って幸せそうな声を漏らした。

 

「ん〜!美味しい!」

「良かったね」

「ありがと、ね!」

 

 少女のようにあどけない顔で笑うハッターに、ウサギは揶揄われたことも忘れ、毒気が抜かれて微笑んだ。

 

 

 

 それからしばらく、彼女らはその場で歓談を楽しんだ。

 




本編で書き忘れてますが、神山にホムンクルスは保管されておりません。聖教教会のお膝元で利用されると厄介なので。

次回は女子会かなぁ


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女子会

今回は女性陣の話。

楽しんでいただけると嬉しいです。

例の未来人のイラストです。

【挿絵表示】



 ハイリヒ王国、王宮の一室。

 

 貴賓用に設けられたその部屋は今、とある集団によって占拠されていた……

 

 

 

「じゃあ、女子会を始めよう!おー!」

 

 

 

 小声で手を振り上げる少女──パジャマ姿の香織に、ベッドの上にいる少女たちも反応を示す。

 

「「おー」」

「おーですぅ!」

「おー。ふふ、こういう趣向も悪くないのじゃ」

 

 ややノリ気な様子なのが、ユエとウサギ。

 

 続けていつも通り元気溌剌にシアが手を振り上げ、ティオが(見た目は)上品に微笑む。

 

「お、おー?」

「雫、無理に乗らなくていいと思うよ?」

「そう?あまりこういうのは慣れてなくて……」

 

 無理矢理に乗ろうとして、微妙なイントネーションになった雫の肩に美空がポンと手を置いた。

 

 もとより、雫はどちらかと言えば話を聴く側である。こういったノリにはあまり慣れていなかった。

 

 

 

 さて。もうお分かりだろうが、この状況はまったくもって危機などではない。

 

 

 

 巨大なベッドの上に集まった寝間着姿の少女たち、光魔法で作られた暗めの光球、そして楽しそうな表情。

 

 これらを見れば一目瞭然だろう。

 

 簡潔に言って、深夜の女子会である。古今東西あらゆる作品で使い古されたような展開なのである。

 まあそこはどうでもいい。本編に戻ろう。

 

「あの……私はもう、少女という年でもないのだが……」

 

 そして、残りの二人のうちの一人。

 

 香織と美空に無理矢理連れてこられたセントレアは、所在なさげに体を揺らす。

 

 その拍子に体の前で組まれた腕の間で潰れた二つのスイカに、ユエがチッと舌打ちしたのはご愛嬌だ。

 

「まあまあ、いいではないですか。最近セントレアは根を詰めすぎていますし、こういった戯れも必要ですよ」

 

 そんな彼女の背中からちょこんと顔を出すのは、第二王女リリアーナ。無論のこと彼女もパジャマスタイルである。

 

「し、しかしリリアーナ王女……」

「ほら。肩を抜いて、ね?」

「……あなた様がそう仰るのなら」

 

 騎士として仕える王族の言葉には逆えず、若干赤い顔で渋々了承するセントレア。

 

 その時、リリアーナが香織と美空に素早くアイコンタクトを送った。それを受け取った二人は小さく頷く。

 

 この女子会は、例の一件以降落ち込んだままのセントレアを元気付ける意味もあった。発案はリリアーナである。

 

「それで、香織。女子会って何する?」

「ふふん、よくぞ聞いてくれたねユエ。女子会……それはね、普段秘めている心の中を打ち明けて、より仲良くなるためのイベントだよ!」

 

 そして、と得意げに胸を張った香織(香織サイズに調整したので元のノイントより大きい)は、ビシィッ!と指を立てる。

 

「女子会といえば……恋バナ!お題は馴れ初めだよ!」

「また定番なものを選んだわね、香織」

「ま、普通そうだよね。ていうかそれ以外にないし」

「恋バナ……つまりハジメとの思い出を語れる」

「面白そう」

「恋バナですか!楽しそうですぅ!」

「ほぉ、そういったことじゃったか。それは心が躍るのう」

「まあ、素敵ですわ!」

「恋バナ……う、ううむ……」

 

 各々が反応を示す中で、ポンとリリアーナが両手を合わせて微笑む。

 

「でも、一度聞いてみたかったですわ。あんなに南雲さんとがよろしいので、どのように出会ったのかを知りたかったのです」

「ん、任せる。なんなら一晩中語る」

「ユエ、それは反則。制限時間を決める」

「そうですよ!ていうかユエさんなら本当に一晩明かしちゃいそうですぅ」

「ん……それもそう。じゃあ決める」」

 

 ウサギコンビには甘いユエは、グッと握っていた拳を納めてすぐに了承した。

 

 それから話し合いが行われ、一人の持ち時間は10分、長くても15分となった。現在午後8時、夜更かしは乙女の天敵である。

 

 ルールを決めたところで、香織はどこからともなく棒の入った長い箱を取り出し、円陣の中心に差し出す。

 

「はい、これで順番を決めるから引いてね。番号の小さい順から話してくから」

「それって、〝大結界を修理したついでに誰がハジメとの写真集を流せるか〟勝負で使った……」

「ちょっと待って、あなた達そんなことしてたの?」

「わ、我が国の防御の要をそんな風に使わないでいただきたいのですが!」

 

 呆れるオカン、慌てる王女。

 

 ベルナージュ共々に事後処理で地獄を見たリリアーナとしては、これ以上の厄介ごとはごめんであった。

 

 なお、結界の要を修理した際にいた国の兵士たちの必死の説得によってユエ(勝者)との愛のメモリーは流されなかった。

 

「ほら、雫ちゃんも」

「え、ええっ?私も?」

 

 皆がくじを引くのを眺めていた雫は、てっきり自分は監督役だと思っていたので、差し出された箱に面食らう。

 

「当たり前。雫だけ逃げるとか許さないし?」

「というか、北野さんとの仲の良さを考えると雫が一番濃厚そうですよね」

「ちょっと、リリィ……」

 

 リリアーナの言葉に照れ臭そうにする雫。否定しないところに強者の余裕というか、すでに新妻の貫禄が出ていた。

 

 とはいえ、一人だけ乗らないのも申し訳なく感じた雫もくじ引きに参加する。

 

「ん、一番は私」

「あ、私二番だ」

「私が三番でぅす!」

「ふむ、こうなったかのぉ」

「美空もユエもくじ運いいなぁ。私は五番目だったよ」

「あら、それなら香織の一つあとね」

「七番目、だね」

「結構後になっちゃいました」

「わ、私が最後か……」

 

 結果、一番乗りがユエ、次に美空、シア、ティオ、香織、雫、ウサギ、リリアーナ、セントレアという順に決まった。

 

 まるで最初から決まっていたと言わんばかりにドヤ顔をするユエと美空。ユエだけなら香織が突っかかっていただろう。

 

「ぶー。それじゃあユエから。さっさと話してよね」

「わかった。制限時間まできちんと話す」

 

 皮肉を皮肉で返すユエに、香織が黒い笑顔を浮かべる。もやは一種の習性じみたやり取りであった。

 

 とはいえ、リリアーナの手前部屋を壊すのも気がひけるので、おとなしく話を始めるユエ。 

 

「あれは、奈落の底で絶望の底に沈んでいる時のことだった……」

 

 そして彼女は語る。家族に裏切られ、地の底に幽閉されて、そこから助け出してくれたハジメの勇姿を。

 

 まるで物語の中のような救出劇、そして運命的な出会いに、初聴きのリリアーナとセントレアは興味深そうに耳を傾ける。

 

 一方、ハジメ嫁同盟の陣営は改めて聞く二人の出会いに、あるものはハジメらしいと呆れ笑いをし、あるものは少しだけ悔しがる。

 

 特に、霊体でずっと二人を見てきたウサギはユエの頭を撫でていた。肉体年齢だけなら遥かに年上なので、姉のような気分だ。

 

「……そしてハジメは、私を美空と同じように大切にすると誓ってくれた。一緒に故郷に帰ると、約束してくれた」

「はぁ……そんなおとぎ話みたいな出会いがあるんですね!私、感動してしまいました!」

「うむ、規格外の実力とは聞いていたが、そんな経歴があったとはな。あの南雲殿が釣れているのも頷ける」

「ま、私と同じくらいってことでハジメに悪戯するのはやめとくし」

「ふふ。いつか、追い抜く」

「負けないし」

 

 ニヤリと笑い合うユエと美空。香織がガチガチにぶつかり合うライバルならば、こちらは凌ぎ合う戦友といったところか。

 

「じゃあ、次は私ね。知っての通り、私とハジメは幼馴染で、昔は……」

 

 そうして、先ほどの順番通りに次々と各人の馴れ初めが語られていく。

 

 美空の決して派手ではない、しかし穏やかで甘い恋に頬笑みが漏れ、シアのエキセントリックな出会いに笑い。

 

 ウサギの死してなおハジメを想う意思に心を打たれ、またティオのトンデモな出会いに顔を引きつらせて。

 

 雫の、とても同い年や、年下とは思えないほどの深い愛情に胸を高鳴らせ、乙女たちの心は踊る。

 

「……で、アタックし続けて告白したもらったの」

「す、すごいですぅ……来世になっても、その次でも追いかけ続ける覚悟だなんて……」

「ふふ、香織なんかはもう聞き飽きてるでしょう?」

「ううん、何回聞いてもすごいなって思うよ。きっとシュウジくんも、いつも雫ちゃんにありがとうって思ってるんじゃないかな?」

「その割には無茶ばかりをするけどね。そろそろ本格的にストップさせるスイッチを作っておくべきかしら……」

 

 真剣な顔で「後戻りできないくらい甘やかすか、それとも徹底的に叱るか……」と呟く雫に苦笑する一同。

 

「じゃあ、次はリリィね」

「私、ですか……でもその、皆さんと違って私はそれほどの恋をしたことがないというか」

「なーに言ってんのよ、最近天之河くんのこといっつも見てるくせに」

「み、美空っ!?」

 

 リリアーナの顔が真っ赤に染まり、美空と香織、雫がニヤリと笑う。なんとなく主人の気持ちを察していたセントレアもだ。

 

 一方、ユエたちはあの光輝を?という正気を疑う目を向けるも、先日のことを思い出してなんともいえない顔になる。

 

「最近帰ってきたばっかだからあんまり知らないけど、リリィいつも訓練した後に天之河くんにタオル渡してるらしいじゃん?」

「そ、それはその、光輝さんは一応勇者であるわけですし、王女の私が労うのは当然というかですね……」

 

 一応という前置きに苦笑いを隠せない幼馴染二人。

 

 だが今の光輝ならば、確かになと笑って受け入れそうだとも考える。それほどまでの豹変だった。

 

「へー。じゃあ食事の時ぼーっと見てるのは?」

「美空、なんでそんなところ見てるんですか!?」

「だって、ねぇ?」

「ねー」

 

 顔を見合わせ、ニヤニヤとする美空と香織。「ううっ」と赤面したリリアーナは唸る。

 

 実のところ、リリアーナの様子を見ていたのはこの二人だけではなく、クラスメイトの女性陣たちもだった。

 

 先日の一件から、クラス内で地味に下がっていた光輝の株が上がり始め、そんな彼と王女の恋愛模様が話題になることも少なくない。

 

「もうみんな知ってるしさ、隠さなくていいよ?」

「うう……美空は意地悪です」

 

 野次馬根性丸出しの笑い方に、とうとう諦めたリリアーナは深いため息を吐く。

 

「……その。最近の光輝は一皮向けたように見えるというか。先日の南雲さんたちとの話し合いでもそうでしたが、何か成長したように思えるのです」

「びっくりしましたよねぇ。ユエさんとかすっごい目で見てましたし」

「ん。一瞬皮を被った別人かと思った」

 

 今でも衝撃的なのか、鳥肌が立ったというように腕をさするユエ。雫と香織としては曖昧な顔をするしかない。

 

「で、そんな天之川くんが気になってると」

「……………………はぃ」

 

 小声でボソッと答えたリリアーナが、いよいよ限界とでもいうように両手で顔を覆い隠す。

 

「でもしれなら、チャンスあるんじゃない?帝国までは一緒なんだしさ」

「それはそうなのですが、公務ですし……」

 

 話し合いの結果、再び旅を始めるハジメたちについていく形で光輝、鈴、そして龍太郎の参加が決まった。

 

 ついでに樹海に行く際に帝国との会談があるリリアーナを落としていくことになり、そこまでは共に行動する。

 

「まあ、今の光輝なら多少は安心して任せられるかもね」

「雫……」

「……皆、羨ましいな。愛するものが近くにいて、触れ合える」

 

 ふと、そんな言葉がセントレアの口からこぼれた。

 

 ひどく落ち込んだその口調に、盛り上がっていた香織たちはセントレアの方を見やる。

 

「もう、私にはそれができない。あいつは私の手など届かない、ずっと遠くに行ってしまった」

「……セントレアさんは、メルド団長のことを?」

 

 気遣わしげに聞く雫に、セントレアはごまかすこともなく自嘲気味に笑って頷いた。

 

「ああ。あいつとは、美空と南雲殿のように昔馴染みでな。共に剣を学び、騎士になり……いつも一緒だった」

「仲が良かったんですね」

「ああ。だかあいつは、いつも私の先を行っていて……今も到底追いつけないところに行ってしまった」

 

 ふと天井を見上げ、あの夜のメルドのことを思い出すセントレア。

 

 龍太郎と同じ、圧倒的な力。なすすべなく押さえつけられた自分に、申し訳なさそうに目を伏せた。

 

 明確な国への反逆。否、その時点でもはや前エリヒド国王は死していたのだから、それすらも無意味な言葉だろうか。

 

「あいつは忠義に厚い男だった。それは誰より私が知っている……だからこそ、敵として立ちはだかったことが信じられなかった」

「セントレア……」

「今もまだ、心のどこかで信じているのだ。あれは見間違いで、ただの幻だったのだと……そんなはずがないのに」

 

 押し黙る一同。リリアーナも、ひどく悲痛そうな顔をした臣下に何を言えばいいのか分からずに狼狽る。

 

 そんな、まだ年端もいかない少女たちと自らの仕える主君の一人にセントレアは微笑み、毅然とした眼差しとなる。

 

「だからこそ、私はあいつを信じようと思うよ。いつか帰ってくることを……皆の絆を聞いて、そう思えた」

「……そう、だよね。龍太郎くんだってライダーだけど味方なんだし、絶対に理由があると思います」

「メルドさんにはお世話になったし、私たちも信じる」

「ありがとう、香織、美空……済まないな、こんな暗い話で」

「いえ、そんなことは。それより昔からの仲ってことは、何か甘い話が……」

 

 少し沈んだ空気を一変させるように手をワキワキとさせる美空に、皆しょうがないというように笑う。

 

 

 

 

 

 その後、馴れ初めから印象に残った思い出に話は変わっていき、少女たちの夜は更けていった。




ネタ切れてきた。次回は何を書こう。


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ハジメのくれた始まり

今回はハジメ回。シリアスに見せかけたただのふざけだよ。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

夢を見た。

 

 

 

 大層なことじゃあない。また女神に呼ばれたわけでもなけりゃ、シリアスなもんでもない。

 

 いや訂正、多少は真面目だ。何も年がら年中騒いでるわけじゃない。精々九割だ。

 

 だが少なくとも、俺にとっては大事な記憶だ。

 

 何より愛し、奪われるのを嫌った……平穏な時の思い出。

 

「お、やーっぱしここにいたか」

「……あ、シュウジ」

 

 あれは中学一年の時のことだった。

 

 雪が深々と降り積もる冬のとある日、いつもの公園でポツンとベンチに座っていたハジメに声をかける。

 

 手に持っていた傘を少し傾け、こちらを振り返ったハジメの顔には……憔悴した様子と赤い痕があった。

 

 服も部屋にいる時の変T(俺作)にゴム紐のズボン、その上からコートを羽織っただけで、飛び出してきたのが一目でわかる。

 

「よくここがわかったね」

「お前が何か悩んでる時は絶対ここだろ? もう何年もこの公園にゃ世話になってるしな」

 

 丘の上から見渡す公園は、一面の雪景色。

 

 白一色に染まった野原はいっそ息を飲むほど美しくて、きっと明日には子供たちの遊び場になるんだろう。

 

「あはは、それもそうだね」

「おう。だから先に言っとくと、お前が座ってるとこにこの前からし味噌つけた」

「いや何やってくれてんの!?」

「うっそぴょーん!」

「このっ……!」

 

 いつもの調子でツッコミを入れようと立ち上がったハジメの胸に、ビニール袋を押し付ける。

 

 やや重たいそれに、反射的に両手で支えたハジメはたたらをを踏んだ。俺は腕を突き出したままに笑う。

 

「あんまん。ついさっきそこのコンビニで買い占めてきたぜ?」

「……僕の好物だね」

「ついでに俺の好物だ。なんでコンビニのって美味えんだろうな?」

 

 そう返せば、ハジメはキレツッコミしようとしていたのに、呆れたように笑った。

 

 ハジメが差していた傘以外の場所は雪が積もり、ケツが冷やした桃みたいになりそうなので背中合わせに座る。

 

「うわ、ほんとにめっちゃ入ってる……買い占めって冗談じゃなかったのか」

「あ、480円ね」

「お金取るんかい!?」

「幸福には……犠牲がつきものなのだよ……」

「だいぶ押し付けがましい幸福だよ……まあもらうけどさ」

 

 ぶつくさ言いながらもあんまんを取り出し、頬張るハジメ。

 

 俺も一個取り出して食う。うん、いいねこの甘さ。この天気の中だから余計にあったかいものは美味く感じる。

 

 ついでにエボルトには、レンチンたこ焼き買って帰ってやろう。きっと飛び跳ねて喜ぶぞぉ(ゲス顔)

 

「んで、今日はどしたよ?こんな時間に外まで出ちゃってさ」

「はぐ……ん、ちょっとね」

 

 さて皆さん、ここで問題です。この場合のハジメの言う「ちょっと」とは何を指しているでしょうか。

 

 当てた人にはあんまんを包んでいたゴミを進呈します。不正解だった場合には雪だるまの中身になってもらいます(理不尽)

 

「ははぁん、さては美空と喧嘩したな?」

「んぐっ……なんでわかるのさ」

 

 あんまんを喉に詰まらせたハジメに黄色いコーヒー缶を差し出しつつ、んーと考えるフリをして答える。

 

「いやまあ、家が隣だから普通に聞こえるよねっていう」

「最初からわかってるんじゃん……なんで聞いたし」

「様式美?」

「いつもながらほんとふざけてるね?殴っていい?」

「おっと、体は鋼だぞ」

「ア◯ムじゃないんだから……」

「いやド◯えも◯」

「足引っこ抜くぞ無駄長身イケメン」

「いや怖い、いつもながら怖いよハジメん」

 

 確かに、中学生の時すでに10センチ以上は違ったけどネ。時々足に視線(殺意)を感じていた……(震える声)

 

 まあ俺とハジメの今も続く身長格差問題はともかくとして、美空との何事かを当てられてハジメは苦笑いしている。

 

「僕がやらかしちゃってね……だいぶ怒らせちゃった」

「漫画ばりの紅葉ついてたら一目瞭然さ。相当ご立腹の様子だな」

「うん……だからほとぼりが覚めるまでここにいようかなってさ」

「文字通り頭を冷やすってか?けどまあ、仲直りできる程度の喧嘩ならいいべ。十分仲がいい証拠だ」

 

 うん、我ながら名言。

 

 後で仲直りができると確信できている喧嘩は、それだけで深い絆があるとである。つまりハジメと美空は仲良しだ。

 

 だというのに、なぜにハジメの顔はどんどん渋くなっていくのでしょう。チベスナ顔になってるよ?

 

「……八重樫さんの告白待ちから散々逃げまくってるお前に言われても、いまいち説得力ないんだけど」

「ハジメ、お前いつからゲイボルグ使えるようになったの?」

 

 親友がいつの間にか一撃必殺を身につけていた件について。

 

 いや、ツッコミと関節技はよくかけてくるけどね? 誰だハジメに寝技を教えたやつ出てこい(俺です)

 

「誤魔化すな。そろそろ八重樫さん泣くよ?」

「おいおい、俺はいつも自分に正直に、清廉潔白な生き方をしてるぜ?なんなら新品の白いTシャツみたいにな」

「ほお?なら八重樫さんに一言一句同じようにメールしていいんだな?」

「待って待って待って、なんで連絡先交換してるん?」

「そりゃしてるさ。八重樫さんが何年お前にアタックしてると思ってるの?」

 

 ぐ、と息が詰まる。

 

 そう。この頃の俺はイケイケドンドンで猛アタックを仕掛けてくる雫に対し、なんとも曖昧な対応をしていた。

 

 イベントごとには必ず一緒、なんなら週末は大体うちか、あっちの家に入り浸っているような状態。

 

 天之河みたいなハッピーな思考はしてないので、小学生の時点で既に雫の感情には気がついていた。

 

 だが俺は、中学生になってより積極化したあいつの気持ちに、目を背けていたのだ。

 

「早く答えないと、僕は八重樫さんにイエスと返すことにするよ」

「ねえ待って、マジで待って? え、何にイエスなの? 八重ちゃんと何を話してんの?」

「さあね〜」

 

 くっ、愉悦顔しやがって……うちの可愛いハジメをこんな風に育てやがったのはどこのどいつだ!(俺です)

 

 携帯を片手にスタンバイしている裏切り者に、俺は諦めのため息を吐くとハジメの背中に体を預ける。

 

「……逃げてるってわけじゃないさ。ただ迷ってんだよ」

「よかった。この期に及んでまだ逃げ道があるなんて素敵な勘違いはしてなかったんだね」

「毒を吐くのはこの口か?えぇ?」

「もがっ!?」

 

 言葉のナイフを飛ばしてくるハジメの口に新しいあんまんを詰め込んでやる。思えばこの頃から毒舌だったな。

 

 別に俺だってわかっていた。当時すでに家族は雫を完全ロックオンしてたし、妹に至っては義姉呼びしてた。

 

 極め付けは、雫んちのNINJAどもに気に入られたことだろう。俺の力は八重樫家にとって有用と思われたらしい。

 

「んぐ……ごくっ。それで?w何を悩んでるのさ?」

「本当の俺を知られること、かな。八重ちゃんはそれを求めてるけど……俺はそれが堪らなく怖くて、足踏みしてるのさ」

 

 このおちゃらけた仮面の中に隠された、俺の本性。

 

 人は誰しも二面性を持つという。そして隠された裏の部分に踏み込まれるほど、恐怖を抱くと。

 

 俺の本性は、冷徹で、手段を選ばず、大切な相手には後悔をさせる生き方をしてしまう、そんなもの。

 

 その本性を露わにするのを……それをあえて知ろうとしてくれる、強く、美しい彼女を、俺は恐れていた。

 

「きっと受け入れたとして、俺は八重ちゃんを……雫を傷付ける。それは嫌なんだよ」

「傷付ける……?」

 

 疑わしそうな顔をするハジメ。

 

 この時のハジメは、「本人の前じゃ名前呼べないようなヘタレが何言ってんだ?」と思ってたらしい(涙)

 

 まあぶっちゃけ、こんなこと言いながらも当時の時点で雫にベタ惚れだったので、無意味な悩みだったと断言しておく。

 

「ほら、お前とか美空は知ってる上でこうやって付き合ってくれてるしいいだろ? でも……」

「それが恋人になると、勝手が違うって言いたいの?」

「そゆこと。お前らとは別の意味で、そこまで関係が深くなると……失った時に怖い」

 

 こんな男をここまで好いてくれる女は、きっとこの先一生現れないだろう。

 

 そう思えるほどに雫は小さい頃からいい女だった。だからこそ彼女との関係が変わると考えただけで怖かった。

 

 お前はどう思う?と、生まれた時に病院のベッドで隣同士になって以来の大親友にアドバイスを求めてみる。

 

「……馬鹿じゃないの?」

「うわひっど!ハジメんが脅すから話したのに〜」

「ちょ、体重かけないで重い……いやでも、聞いててアホらしいよ。というか、らしくなさすぎる」

「らしくない?」

 

 そんなこと考えても仕方ないとかじゃなくて、らしくないと言われたことで意表をつかれた。

 

 首を捻ってハジメの方を見ると、ちょうどこちらをチベスナ目で見ていたハジメは話し出す。

 

「僕の知ってるシュウジは、そんなふうに縮こまってるやつだった?もっと理不尽で、最後は相手も笑っちゃうようなやつだったはずだ」

「おいおいハジメさんよ、俺のことどう思っちゃってるわけ?」

「少なくとも今は、腑抜けって思ってるかな」

 

 容赦のない罵倒に、しかし俺は一切の反論の言葉がないことを自覚している。

 

 その時の俺は、ハジメの言う通り。

 

 ただ一歩だけ踏み出すことを、どうしようもなく躊躇していたのだ。

 

「お前は僕が知る中で、一番すごいやつだ。なんでもできて、そのくせ誰とでも仲良くできる」

「貶したり褒めたり……何、ハジメさんもしかしてツンデレだったの?」

「そうかもね。美空やシュウジはよく僕のことを優しいなんていうけど、僕自身からすればものぐさなだけだ。だからお前のことを尊敬してる」

 

 だけど、とハジメは目を鋭くして。

 

「今のお前は、全然尊敬できない。子供みたいに怖いから嫌だなんて弱音吐いてるのは、僕の知ってるシュウジじゃない」

「子供みたいねぇ」

「それにさ、結局傷付けるかもしれないなんていうのはお前の心配だろ?本当にそうなるかはわからないじゃないか……うん、わからないって」

「ハジメ?」

 

 突然声音が変わって、何事かと空を見上げていた視線を戻す。

 

 すると、なんかハジメの顔は青くなっていた。今更寒くなってきたとかじゃあなさそうだ。

 

「そうだよ、八重樫さんが傷付くわけない……海の底のような瞳……シュウジの味の好みを答えるまで延々と繰り返される質問……そして僕の意識は暗闇の中へ……」

「おーいハジメ?寒すぎて頭フリーズした?」

「ハッ!?」

 

 おおっ、頬ペチペチしてたら正気に戻った。一体どしたんこいつ?

 

「大丈夫?おっぱい揉む?」

「なんでお前の胸筋触らないといけないんだ……とにかく、始まってもいない関係の先を怖がってても仕方がないと僕は思うけど」

「始まってもいない、か……」

「それにさ」

 

 また悩み出そうとした俺にそうさせないように、ハジメは。

 

「何かあっても、シュウジならいくらでも跳ね除けられるだろ?」

 

 そう言って笑う顔からは、俺への信頼が伝わってきた。

 

 ハジメは昔から、いつでもそうだった。真っ先に俺が思い悩めば勘付いて、他の誰より一番に信じてくれる。

 

 変な方向に行きそうになれば、この時や……自ら死のうとしたあの時だって真正面から受け止めてくれた。

 

 この優しさが……裏でコソコソとすることしかできない俺には到底真似できない強さが、今の俺を作ったんだ。

 

「まあ、もしまた悩んだ時があれば……」

「あれば?」

「えいっ」

「んむぐっ」

 

 口の中にあんまんを突っ込まれる。ハジメは悪戯げに笑っていた。

 

「その時は、今度は僕があんまん買ってあげるよ」

「……んぐ。なははっ、覚えとくわ」

 

 笑い合って、俺が手に持っている最後の一つを、口をつけた部分とそれ以外の半分で分けてハジメに渡す。

 

 ハジメはそれを受け取り、二人でもぐもぐとあんまんを食べた。この気温ですっかり冷たくなってるな。

 

「そういやいつの間にか俺の方が相談してて忘れてたけどさ、お前なんで美空と喧嘩したの?」

「……父さんと一緒に徹夜でデバック作業してて、糖分補給に冷蔵庫の中漁った時に美空のプリン食べた」

「あー、あの限定品のやつな。そりゃ怒るわな」

「あとお前のチョコミント餅も食べた」

「殴り合おうぜハジメ……久しぶりに、キレちまったよ」

 

 その後、ハジメは美空に三つプリンを買うことで機嫌を直してもらい。

 

 ハジメの言葉で勇気をもらった俺は、その一週間後のクリスマスに雫と恋人になった。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーおい、船漕いでんじゃねえ」

「ハッ!?」

 

 目を開けると、そこには呆れ笑いを浮かべたハジメ。

 

 そこでようやく、俺は夢を見ていたことを自覚した。

 

 まるで現実のような夢だった。ハジメの声で目覚めなければ、おそらくそのままガチ寝していただろう。

 

「いやーすまんすまん、ちょいと暇すぎて眠くなっちまった」

「そりゃ、もう十五戦目だからな。神経衰弱じゃなくてポーカーにするか?」

「んー、そうすっか」

 

 遊び相手兼監視役のハジメは、広げていたトランプを集めてシャッフルし始める。

 

 その様子を、俺はふと無言で眺めた。

 

 白い髪に眼帯、随分と大きくなった背丈。記憶の中の一見気弱そうなハジメとは、似ても似つかない。

 

 だがそれでも、こいつは根っこのとこでは何も変わってない。そうどこか確信できる気持ちがあった。

 

「ははっ」

「あん?いきなり笑い出してどうした?」

「いやいや、なんでもねえ。それより次勝った方が王宮の厨房に忍び込んで、お菓子盗んでくるのはどうよ?」

「いいぜ、乗った」

 

 不敵に笑ったハジメと、俺はまたゲームを始めるのだった。

 

 

 

 




さて、奴らが帰ってくるのか……

感想をいただけると嬉しいです。


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【第7章】帝国
帰ってきたプ◯デター


友人と話した結果、シュウジの声は杉田になりました。

奴らが帰ってくる。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 頬を撫でる風。

 

 

 

 照りつける太陽。

 

 

 

 そしてそれらを取り巻く、澄み渡る青空。

 

 

 

 全てが完璧に組み合わさったそれは、まるで一つの黄金比のようで。

 

 

 

 それは実に──

 

 

 

「んん〜……ねみぃ」

 

 実に、格好の日光浴日和だった。

 

 遮蔽物一切なし、この世界のどんなものより一番近くで直射日光を浴びる今の俺の体はビタミン増し増しだ。

 

 片手にはパイナップルモドキジュース、地上数百メートルの雲海。二つ並んだビーチチェアの右側には最愛の彼女。

 

 実に充実した環境。毒も体から抜けて、実に気分が良い昼下がりだ。

 

『主に頑張ったの俺だけどな』

 

 お前が体内で解毒してた時、ハジメと踊り食い対決してたからね。

 

『安静にしろよ(至極まともな正論)』

 

 嫌だね、踊る。(愉悦顔)

 

「こうも快適だと気が抜けるねぇ」

「おかしいわ……何がおかしいって、この状況を受け入れていることが一番おかしいわ」

 

 おや、どうやら雫さんにはお気に召さないらしい。服装はバリバリ日光浴スタイルだけど。

 

「まあまあ、しばらくゆっくりとしようぜ……帝国に一度着くまでは空の旅をエンジョイだ」

 

 ハイリヒ王国での魔人族による侵攻から、い週間と少し。

 

 現在俺たちは、飛空挺アーティファクト〝フェルニル〟を使ってヘルシャー帝国への空路を旅していた。

 

 直径120メートルにもなるこの飛空挺は、俺とハジメの全力のロマンとふざけと利便性を詰め込んだ素敵マシンである。

 

 ぶっちゃけ移動だけなら飛行できるフィーラーでもよかったんだけど、軒並み姫さんの護衛が腰を抜かした。

 

 なお、俺とハジメが魔力と重力魔法、生成魔法を使って操作する。可能とするには結構な練習を積んだ。

 

『運転手の決め方がアレな点を除けば完璧だったな』

 

 ばっかお前、どっちが操縦するかは伝説の儀式(にらめっこ)で決めただろうが。

 

『伝説の儀式とは(真顔)』

 

 俺がルールだ。

 

『Reset』

 

 おいやめろせっかくの雫との時間が消えて無くなる。

 

「まあ、わざわざ馬車で2ヶ月かけていくよりは遥かにマシだけどね……」

「そゆこと。これなら無駄なイベントにも巻き込まれないし」

 

『メタいよ』

 

 だって絶対何か起きるじゃん。山賊とか野盗とか盗賊とか。

 

『山賊焼きって美味いよな』

 

 そーそー、コンビニの惣菜は最高のジャンクフード……って違うそっちじゃない。

 

「あ、ここにいたのか」

「あん?」

 

 だが、そこに俺の気分を著しく悪くする要因が入り込んできた。

 

 ハッチを開けて顔を出したのは、ここ最近の奇行っぷりの酷さが当社比ナンバーワンの勇者(元)くん。

 

 なんか気持ち悪くない代わりに、薄気味悪い邪気の無さを纏った奴はハッチを閉めると俺たちに近づいてくる。

 

「よし雫、ブリッジに行こう。そんでこの部分はそこで光ってる変なのごと機体から切り離そう」

「ちょっ!」

「冗談よ、冗談。そうでしょ?」

「……ウン、ソウダヨ」

 

『めっちゃ片言じゃねえか』

 

 雫がいなければ蹴り落としていたものを……

 

『悪意たっぷりかよ』

 

「で、何の用だよ。この前は本調子じゃなかったからなあなあで済ませたが、俺はお前と関わりたくない」

 

 天之なんちゃらに向かって視線の一つもよこさず、殺意すら込めた口調でそう言い放つ。

 

 久しぶりに見たら随分とメタモルフォーゼしてたが、それでも俺がこいつを心底嫌いなのは変わりない。

 

 それは、頭に綿菓子詰まってるんじゃないかと思うような甘っちょろい思想への嫌悪だけではなくて……

 

「わかってる。ただ、中にいるのもいたたまれなくてな……」

「何かあったの?」

「いや、こう……胸焼けがしそうで」

 

 その一言で、反吐が出るほど嫌だが中で何が起こっているのか察した。

 

 多分いつも通りハジメがユエたちとイチャついてんだろう。そこに美空と香織の百合の花も添えて。

 

 あとは坂みんと谷ちゃんあたりか? 今ならシアさんの飯食ってる頃だろうけど、ピュアっピュアなラブコメしてるし。

 

「そういう訳だ。別に近づいたりしない」

「そうか、なら絶対話しかけるなよ」

「わかってる。結構広いし、あっちにいるよ」

 

 機体が大きい分、このスペースもそれなりに……ビーチチェアを並べで置けるくらいの広さはある。

 

 そして勇者(元)は自ら端っこの方に行った。後に残ったのはさっきと同じように、俺と雫だけである。

 

「ちょっとツンケンしすぎじゃないの?」

「これでいーのよ、これで。俺はあいつを蔑んで、あいつは俺に干渉しない。それで丁度いいんだ」

 

 そう言いながら、自分の言葉がとても言い訳がましく聞こえた。

 

 天之河光輝を遠ざける理由。それは以前となんら変わりないが、一つだけ新たに生まれたものがある。

 

 今でこそハジメたちを地球に返すという、初志貫徹を貫き通すと決めた俺だが、少し前までこの心は空っぽだった。

 

 だからだろうか。祖父の教えを盲信し、穴だらけの理論を振りかざしていた奴を見ると妙に複雑な気持ちになる。

 

 しかも奴は、なんかド◯えもんのきこ◯の◯に落としたんじゃないかという豹変をして目的を見つけていた。

 

「俺は反吐が出る悪道を貫き、あいつは絵本に出てくるような正道を目指すとのたまった。それがどうも落ち着かん」

「ふふっ」

「え、なんか面白いポイントありました?」

「いえ……ただね。シューも男の子らしくなってきたなあって」

「ええ……どゆことですか雫さん」

 

 ワケワカメ状態の俺に、雫はくすりと笑った。

 

 

 

 

 

「要するにあなた、光輝が羨ましいんでしょ」

「…………………………はい?」

 

 

 

 

 

 ……え、待ってわかんない。我が最愛の人は何を仰っているのだろうか。

 

「あなたはカインさんの記憶を持っているから、既にそのやり方の苦しさや理論の重さを理解してる。だからこそ何も気にせず、がむしゃらに前に進もうとしている光輝を羨んでる。違うかしら?」

「いやいやいやいやいやいやいやいや、ないないないないないって、それだけはないから!」

『まっ、要約すればそういうことだよなぁ』

「エボルト!?」

 

 こいつまで肯定しやがるのか!?

 

 俺があの勇者(笑)を羨ましく思ってる? いくらこいつらが相手といえど、断固反対させてもらうぞ。

 

「雫、お前はいつも俺のことを支えてくれてるし、間違ったことを考えてりゃ正してくれた。本当に感謝してる」

「あら、ありがとう。恋人として鼻が高いわ」

「だがな、その言葉だけは看過できねえぜ?俺があいつを羨ましいだって? そんなの太陽が真下に落ちるくらいありえないね」

 

 俺があいつに抱いているのは軽蔑と同族嫌悪、それだけだ。これっぽっちも別の感情なんて介在する余地がない。

 

 確かに、この前はなんか色々とイケメンみたいなこと言ってて驚きはしたが。なんなら自分の正気を疑ったが。

 

「そもそも俺とあいつは正反対、互いに振り返ることなんざない。だったら……」

「だったら、なんでそんなに必死に否定してるの?」

 

 被せるような言葉。

 

 思いもよらないその指摘に、何故か言葉が止まってしまった。いつの間にかムキにってた自覚があるからだろうか。

 

「シュー。好きの反対は無関心なのよ。そして以前のあなたは、どこまでも光輝に価値を見出してなかった。なのに今はこれでもかと悪口を言って、遠ざけてる。それはどうして?」

「それ、は……」

 

 ただ近くにいると無性に腹が立つからだ、と答えようとした。

 

 そしてその言葉が、ある意味雫の言葉を肯定する意味を孕んでいることに、遅ればせながら気がつく。

 

「ね?」

「…………別に羨ましくなんてないし。俺の方が強いし」

 

 結局返せたのは、そんなわけのわからん言葉だった。

 

「ふふ、拗ねちゃって」

「拗ねてないですー」

 

 ニコニコ顔で頭を撫でる雫に唇を尖らせるのが、自分でもわかった。

 

『少なくとも、ボケる余裕はなさそうだな』

「なあエボルト、お前ってどれくらい高いとこからなら、擬態の状態でも落ちて平気なんだろうな?」

「ちょっやめ、ア────ッ!」

 

 体の中からエボルトを追い出して手すりの外にポイ(八つ当たり)しかけていると、不意にフェルニルが揺れる。

 

 驚いて床から魔力の巡りを確認する。そうすると、機体の進路が変更を始めていた。

 

 携帯を取り出して、ブリッジにいるはずのハジメに電話をかける。数コールの後に通話が繋がった。

 

「モスモスハジメ、何かあったのか?」

『ああ、ちょっと来てくれ』

「おけ。雫、召集だ」

「わかったわ。光輝ー!集合よー!」

 

 端っこの方で黄昏てた勇者(元)に叫ぶ雫。律儀なことで。

 

 ビーチチェアやその他もろもろを異空間の中に放り込み、さっさとハッチを開けて中に入る。あいつは知らん。

 

「北野シュウジ、重役出勤でーす」

「来たか」

 

 ブリッジに入ると、そこにはすでにみなさん揃い踏みだった。

 

 全員〝遠見石〟と〝遠透石〟を生成魔法で付加した水晶の周りにおり、そこに移る映像を見ている。

 

 雫と顔を見合わせ、そちらに行く。

 

「あれ?これ兎人族じゃね?」

「うん、どうやら帝国兵に追っかけられてるみたい」

 

 美空の補足に、もう一回映像に目を移す。

 

 峡谷の狭い合間を走る二人のウサミミねーちゃん、そして追いかける帝国兵たち。リアル鬼ごっこだ。

 

 映像に移る帝国兵たちのはるか後方には、大型の輸送馬車らしきもの。見たとこ、逃したか新しく見つけたってとこか。

 

「で、これを見て進路変更したわけね」

「そうだ。シアがいる手前、ちょっと気になってな」

「不味いじゃないか!すぐに助けに行かないと!」

「耳元でうるせぇ」

 

 後ろで叫ぶ勇者にノールックでエルボーを入れる。「ゲフッ」と言って崩れ落ちる勇者。

 

 慌てて白っちゃんが治療を始めるのを傍目に、俺は隣にいるハジメの険しい横顔に何かを感じ取った。

 

 三度、映像に目を落とす。そこにはあいも変わらず、帝国兵に追っかけられてる見事なドレッドヘアーのウサミミ……

 

「あっ」

「お前も気づいたか」

 

 ハジメの言葉に、俺はなんでこの様子を見ているだけなのかをようやく察した。

 

 シアさんを見れば、うちの中で比較的優しい方の彼女が無言で……というかこっちを睨みつけてますね、はい。

 

「これ、絶対ラナさんとミナさんです……どっかの鬼畜眼鏡のせいであんな髪型に……」

「ちょっと?眼鏡キャラはカインだからね?俺は寝てただけだからね?」

「もし髪型の一つでも違えば、俺も少し悩んだが……動きが明らかに素人じゃないからな」

 

 俺含めて全員髪型で把握してて草。まあオアシスの民であるアンカジですらあの髪型の人いなかったからね。

 

「ごほっ、いきなり鳩尾に肘はないだろ……」

「うっさい無駄ピカ勇者。で、どうすんのこれ?」

「この表情、迷いのない動き……ふむ」

 

 復活した勇者くんの訴えを軽やかにスルーして、映像を中止する俺とハジメ。

 

 そうこうしているうちに、水晶の中でウサミミねーちゃんたちが倒れこむように足を止めた。

 

 いっそ鮮やかなほどのピンチ到来に、しかし谷間の少し開けたその場所に俺たちは目を細めた。

 

「お、おい、助けなきゃこの人たちが……」

「大丈夫よ、光輝」

「雫……」

 

 また喚こうとした勇者を諌め、俺の方に手をのせる雫。

 

 映像から視線を外し、そちらを見ると、彼女は信頼しきった目で俺を見上げた。

 

「そうでしょ、シュウジ」

「そりゃモチのロンさ。なんたって……」

 

 ニヤリと笑い、後ろで回されているだろう映像を想像して。

 

 

 

 

 

「あれはプレデ……ごめん間違えた、〝ハウリア〟だからな」

 

 

 

 

 

 やっべ、素で間違えた。

 

『侵食されてんじゃねえか』

 

 最高にキメるはずだったセリフを外し、いそいそと苦笑いする雫の目線から逃げる。

 

「あっ!」

 

 不意に美空が息を飲んだ。

 

 その視線の先は、俺と同じく水晶に向けられていて……そこに映り込む帝国兵の死体に口元を覆っていた。

 

 頭を何かで吹っ飛ばされ、あるいはバラバラ死体になった帝国兵たち。ハウリアを知らないギャラリーの目が点になる。

 

 そうこうしているうちに、先行の足音が途絶えたことを訝しみ、数人の斥候が後続から放たれる。

 

 そして仲間の死体の山を見つけ、そばで震えてるウサミミねーちゃんたちに何か恫喝しながら近寄り……

 

「わっ!?」

 

 その瞬間、突如として爆散した斥候の頭にまた誰かが声をあげた。

 

 まるでトイレットペーパーが切れていることに気づいた時のように固まった斥候たちに、更なる死の手は迫る。

 

 震えてたウサミミねーちゃんたちが突然、腕につけていたガントレットから二本のブレイドを展開。

 

 それであっという間に一番近い斥候の首をすっ飛ばし、もう一人がその生首を蹴り飛ばして隣のやつの頭を潰す。

 

 あっという間に三つの死体の出来上がりだ。

 

「うっ」

「ここで吐くくらいならさっさと外かトイレに行け」

「わ、わかってる……」

 

 ったく、なんで俺がこいつに注意しなきゃならんのだ。この程度で気分悪くなるとか、いざ戦争が始まったら真っ先に死ぬだろ。

 

「こ、これは本当に兎人族なのですか……?」

「そんな目で見ないでくださいリリィさん……全部そこの鬼畜が悪いんですぅ……」

 

 一斉にこっちに視線が集中する。その目には「ああ、またこの人か?」と書かれていた。

 

「訓練したのは俺じゃなくて俺の裏に隠れてた人格の方だから。つまり俺は悪くない」

「こういう時だけしらばっくれてるんじゃないですぅ!」

「おごごごご……」

 

 俺がシアさんに締め上げられている間にも、視界の端っこで戦況は動いていた。

 

 全く帰ってこない仲間に訝しんだ連中は、全員まとめて行軍し、所狭しと並んだ仲間の死体を見つけて動揺する。

 

 捕食者たちはその隙を見逃さない。

 

 左右の崖から特徴的な鎧を纏った五人の仮面ウサミミたちが飛び出して、流水のように帝国兵を蹂躙した。

 

 あるものはその肩に取り付けられたキャノン砲で吹っ飛び、またあるものは手裏剣のごとく投げられたディスクに細切れにされ。

 

 しかも空間に溶けるように消えるウサミミ(プレデター)に、帝国兵たちは迂闊に動くこともできずに。

 

 馬車の中に隠れていた最後の一人の首をスティック状の槍で掲げ、ものの数分で部隊は壊滅したのだった。

 

「こ、これが兎人族だというのか……」

「マジかよ……」

「うさぎコワイ……」

 

 近くでそんな声が聞こえる。俺?襟首掴まれて首締まってるんでシアさんの腕にタップしてます。

 

「前よりも動きが鋭いな……なかなかやるじゃねえの」

「……ん、相変わらず強烈」

「結構、強いね」

「もう……何がきても驚かないし」

「シアさんもだけど、兎人族の人ってみんな強いんだね……」

「あれは痛そうなのじゃ……ご主人様、持っとらんかの?」

「なんならフェルニルの先端にひん剥いてくくりつけてやろうか?」

「龍っち、鈴これから兎人族のこと兎様って呼ぶことにするよ」

「戻ってこい谷口!」

 

 各々が反応する中で、チラリと映像を見たシアさんはそれはそれは綺麗な笑顔で、体が宙に浮いた俺を見て。

 

「何か言いうことはありますかぁ?」

「…………みんな頑張ってるネ」

「ふんぬっ!」

 

 俺が天井のオブジェになったのは、それから0.5秒後のことだった。




プレデター、リターン。


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やっぱり樹海は危ないらしい

すみません、昼寝してたら遅れました。

前書きのあのノリ、復活させるかなぁ。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 フェルニルを降下させると、奴らはすぐに気がついた。

 

 

 

 一瞬警戒こそしたものの、こんなもので空を飛んでくるのはこの世界で俺たちだけだとわかったのだろう。

 

 谷間に着陸させ、中から降りた頃にはすっかり全員揃って整列し、仮面を脇に抱えて敬礼をしていた。

 

 その後ろには百は降らない数の亜人族がいた。おそらくあの馬車の中にいた、連れ去られた奴らだろう。

 

 皆女子供ばかりで、兎人族以外にも狐人族や犬人族、猫人族、森人族だ。

 

「ボス!再びお会いできる日を心待ちにしておりました!まさか、このようなものに乗って登場するとは改めて感服致しましたっ!」

「おう。俺の方こそこんなところでお前らに会うとは思ってなかったが……なかなか腕を上げたじゃねえの」

 

 そう言ってやると、プレデターハウリアどもは全員めを見開き、それからグッと涙を堪えるように上を向いた。

 

「「「「「「恐縮でありますっ、Sir!!」」」」」」

 

 そして谷間に響き渡る、訓練された返答の言葉。

 

 俺や後ろのユエたちに警戒の目線を向けていた亜人族たちも、ついでに姫さんたちも唖然とした。

 

 後ろからヒシヒシとドン引きする美空や香織の視線を感じていると、ポンと肩を叩かれる。

 

「中々の仕上がり具合だねえ。もう軍人レベルだ」

「シュウジ」

「誰のせいですか、誰の」

 

 ジッと睨みつけるシアの目線から逃げるシュウジは、敬礼をしてる奴らのうち、子供のやつに歩み寄る。

 

「センセイ!ご無沙汰しておりますっ!」

「うんまあ、正確には俺じゃないけどね。元気そうじゃんパル君」

「せ、センセイ……」

 

 なんとも複雑そうな苦笑いを浮かべたあいつがパルとか言った子供の頭を、ごく自然に撫でた。

 

 そのままワシワシと優しくなでつけると、プレデターじみた凛々しい顔は何処へやら、パルは頬を赤らめ口元を緩ませる。

 

「あーいうとこ、昔からかわってないよね」

「ええ、地球にいた頃もよく子供に懐かれていたわ」

「何かとガキには甘いからな、あいつ」

 

 以前も言っていたように、あいつにとって子供とは最も純粋なもの、何より守るべき人間。

 

 あの時と意味合いは違えど、しかしすでにカインの記憶によって様々なことを知っているあいつには大切なのだろう。

 

「で、こんな場所でどしたよ。パル君も、他のみんなも帝国兵なんかコロコロしちゃってさ」

「はっ。ですがセンセイ、報告の前に一つだけよろしいでしょうか」

「ん、なになに?」

 

 いつもより幾分か優しい顔で聞いたシュウジに、キリッと顔を戻したパルは。

 

「今の俺の名前は、〝必滅のバルトフェルド〟です。そこんとこよろしくお願いしやすぜ」

「えーそういう方に振り切っちゃったのー?」

 

 隣でシアがグリグリとこめかみを押さえた。美空さんそんな呆れた顔で見ないで、俺のせいじゃない。

 

「てことは……」

「はい、私は〝疾影のラナインフェリナ〟です」

「私は、〝空裂のミナステリア〟!」

「俺は、〝幻武のヤオゼリアス〟!」

「僕は、〝這斬のヨルガンダル〟!」

「ふっ、〝霧雨のリキッドブレイク〟だ」

「これはもうダメかもわからんね」

 

 ついに思考を放棄したようだった。俺も女性陣からの呆れを多分に含んだ目に居心地が悪くて仕方ない。

 

 シアに至っては、ジョ○ョ的な凄まじい体幹を使ったポーズをとるプレデターハウリアどもにエクトプラズムを吐いている。

 

「どうしてこんなことに……どっから出てくるんですかその捻ったネーミングセンス……」

「……シア、お前愛用の調理器具の名前なんだっけ?」

「え?お玉のタマーティアウスと菜箸のサイヴァシュルスタがどうかしましたか?」

「血筋じゃねえかなぁ」

 

 俺たちと一緒にいて、特に汚染されてないはずのシアでもこの有様。きっとハウリア族そのものに素質があったんだろう。

 

 遠い目をして現実逃避するのもそこそこに、とりあえず亜人族たちをどうにかするため声を張り上げた。

 

「あー、なんだ。別にお前らを捕まえようだなんて考えてない。それと、この中に誰かまとめ役みたいなやつはいるか?」

「でしたら、私が」

 

 そう言って進み出てきたのは、耳の尖った金髪の女だった。森人族だろうそいつは、どこかアルフレリックの面影がある。

 

 異世界のテンプレのように美しい外見をしたその女もまた、両手と両足に無骨な枷がはめられていた。

 

「あなた方は、南雲ハジメ殿と北野シュウジ殿でよろしいですね?」

「そうだ」

「以後お見知り置きを、レディ」

 

 俺が簡潔に答え、シュウジが芝居掛かった仕草で礼をすると、森人族の女はホッとしたように胸をなでおろす。

 

 その拍子にカシャリと擦れた枷に思わず目が行くと、顔を上げたシュウジが突然その手を取った。

 

「え、あの……」

「ちょいと動くなよ、お嬢さん」

 

 シュウジの指先に紫色の魔法陣が現れ、それで鎖で繋がれた手枷と足枷に触れる。

 

 鉄枷の表面に幾何学模様のような模様が浮かび上がり、次の瞬間どちらとも外れて地面に落ちた。

 

「か、枷が……!」

「あとは首輪を外して、っと」

「あの……何故このような」

「あいにくと、女の子に恥をかかせたまま話をさせるほど野暮じゃないんでね」

 

 実にイケメンな笑顔を浮かべるシュウジ。枷を外された女は目を見開き、ぽっと頬を染める。

 

 案の定というか、香織や美空以外のユエたちの目が珍獣を見るものになった。ま、普段あれだけ馬鹿騒ぎしてたらな。

 

「……あれ、狙ってる?」

「いや、普通に素だ。元々はああいうやつなんだよ。俺たちの前ではっちゃけてるだけで」

 

 この世界に来てからネタキャラムーブが増えたが、本来のあいつの外面の良さは度肝を抜かれる。

 

 万人に好かれる人間などいないというのはよく聞くが、あいつの人心掌握術は大したもので、実際俺も助けられてきた。

 

 あいつが緩衝材になってくれてたおかげで、教室で香織に絡まれても女子連中の目はそんなにキツくなかったのだ。

 

「ただ、それに対してボケてる時の差が酷い

「……納得」

「ほんと、ぱっと見た時だけはイケメンだし。パッと見た時だけは

「ハジメくんも美空も酷いよ!」

 

 ほんと、なんでああなんだか……それだけ俺たちに気を許しているってことなら、悪い気はしないが。

 

「でも、しゅーちんがモテてるってのは、鈴あんまり聞いたことないなぁ」

「まあ、普段から南雲と一緒だったしな。光輝はよくぶっ飛ばされてたしよ」

「龍太郎、あんまりからかわないでくれ」

 

 げんなりとする天之河、カラカラと笑う坂口。

 

 あいつがあの見た目と外面の良さがあるのにモテない理由、ね……

 

「さて、話を続けようか」

「は、はい……あなた方が本当にあのお二人ならば、先ほどの言葉を信じてもよろしいですね。祖父からあなた方は、敵対的な態度や姿勢を取らない限りは良くも悪くも平等であると聞いております」

「祖父?もしかしてアルフレリックか?」

「その通りです。申し遅れましたが、わたくしはフェアベルゲン長老衆の一人、アルフレリックの孫娘アルテナ・ハイピストと申します」

 

 やっぱりか……一族の代表の孫娘ということは、森人族の姫さんということになる。

 

 つまりそれだけ警護も、有事の際の対策も立ててあるだろうに、こうして捕まったってことは……どうにもきな臭いな。

 

 ちらりとパルたちを見ると、直立不動で立っていたあいつらは静かに頷く。それでなんとなく察した。

 

「とりあえず、全員フェルニルに乗れ。樹海に行くついでだ、乗せてってやる。お前らが指揮をしろ」

「Yes,Sir!あっ、申し訳ないんですがボス。帝都近郊に潜んでいる仲間に連絡がしたいんで、途中で離脱させて頂いてもよろしいですか?」

「ああ、それならちょうど、こっちも帝都に送る予定だった奴等がいるから、帝都から少し離れた場所で一緒に降ろしてやるよ」

「有難うございますっ!」

 

 元気よく答えるパル。

 

 それにしても、帝国か……ここは帝都からはかなり手前だし、おそらく帝国に行く途中じゃなくて、帰りだったんだろう。

 

 そしてこの亜人族たちを見つけたということになる。一体何をしているのか知らんが、随分アグレッシブになったな。

 

「うわぁ、いろんな種族の人がいっぱいだね」

「ハイリヒ王国じゃ、他の種族への差別が厳しすぎてあんまり見たことねえからなあ」

 

 シュウジが枷を外し、フェルニルに乗り込み始めた亜人族たちを眺めていると、坂上たちのそんな会話が聞こえる。

 

 改めて見れば、確かに色々な亜人がいる。以前行った時はおっさんの亜人ばかりだったから、興味が薄くなってた。

 

 ウサミミは当然、犬耳、猫耳……くっ、ケモナーの性癖が!

 

「……ワキワキ」

「ちょっ、ウサギさん突然耳つかまないでくださいよぉ。びっくりしますぅ」

「シアが一番、可愛い」

「もうっ、ユエさんまで!」

 

 きゃっきゃとはしゃぐユエたち。ああ、ケモ耳への欲望が薄れていく。

 

 そんな風に和んでいると、ふとシュウジの隣で八重樫が、何かを言いたげにしていることに気がついた。

 

「雫は可愛いもの好きだし、あれは結構萌えるんじゃねえの?」

「そうね……ところでシュー、私が」

「もし雫が何かに捕われたとしたら。それができるのは俺だけだ」

 

 お前を何にも縛らせないと、そんなことがあるとすればそれは自分であると、そう言うシュウジ。

 

 聞いてて鳥肌が立つようなキザなセリフを、なんの前触れもなくシュウジは放った。

 

 言われた八重樫は数秒ぽかんとして、それから満足したように笑い体を寄せる。ケッ、見てて砂糖を吐きそうだ。

 

「鈴、口の中がざらざらするよ……」

「これでわかったろ、谷口。あいつがそんなにモテない理由」

「うん、よくわかったよ南雲くん……」

 

 森人族の姫さんを見ると、あの二人を見てショックを受けたようなリアクションをしている。

 

 モテるモテない以前に、アレを見たら、まともな神経をしてればとてもちょっかいをかけようとは思わない。

 

 そう考えると、俺の周りの女はメンタル強すぎである。どいつもこいつも肉食獣並みの積極性だ。

 

 恋愛的な意味で一番安全なのは、ただ変態行動してるだけのティオ……変態が一番マシとかどうなってんだ。

 

「ボス、これで全員です!」

「よし。じゃあお前たちも乗れ、出発だ」

 

 世の中の無常さに遠い目をしているうちに、亜人族が全員フェルニルに乗った。

 

 俺たちも乗り込み、物珍しげに船内を見ている亜人族たちを、もう一度点呼をとってからフェルニルを発進させる。

 

「──という経緯であります」

 

 そして、ブリッジで行われたパルの報告に俺はふむと頷いた。

 

「つまり要約すると、樹海に魔人族が攻め込んできて、なんとか追い返して疲弊してるとこに帝国が仕掛けてきたわけだな?」

「はっ。そういうことです、ボス」

 

 もう一度頭の中で整理してみよう。

 

 まず、俺たちが一週間前相手にしたフリードたちのように、樹海も魔人族の軍勢によって責められた。

 

 考えてみれば当たり前だ。魔人族が神代魔法を求めているのなら、それで有名な大樹を狙わない理由がない。

 

 方向感覚を失わせる樹海の霧をものともせず進軍する魔物と魔人族に、フェアベルゲンは必死に抵抗。

 

 その魔人族ってのが厄介な野郎で、相当に亜人族を見下し、魔人族が世界で唯一繁栄するべきとかなんとか言ってたらしい。

 

 かなりのイカレ野郎だったらしく、亜人族を皆殺しにする勢いだったとか。だからフェアベルゲンはハウリアに助けを求めた。

 

 で、必死に頭を下げる使者に、こいつらは国のためではなく俺たちが帰ってくるまで大樹を守るため、戦争に参加した。

 

 そして闇討ち、不意打ち、騙し討ち、卑怯、卑劣に嘘、ハッタリ、トラップと何でもかんでも使い、追い詰め続け。

 

 ようやく魔人族の首を落として戦いを終わらせ、戦後処理にハウリアが引っ込んだところで奴らが侵入したらしい。

 

「どうやら帝国の方でも魔人族の侵攻があったようでさぁ。見てわかるように、奴らの狙いは人攫い。それも目的は労働力じゃあありやせん」

「ま、戦いで疲弊した兵士たちの慰み者ってとこだろうな。あいつらはそういう奴らだ」

「なんて非道な……っ!」

 

 ガンッと天之河が壁を殴りつける。思わず顔を顰めると、シュウジが「イヤーッ!」と奇声をあげて飛び蹴りを入れた。

 

 蹴っ飛ばされた天之河を尻目に、片膝をついて跪いているパルに目線を戻して話を続ける。

 

「で、流石に見過ごせなくて追いかけたら、カムたちと連絡が取れなくなったのか」

「はい。どうやら帝都に入ったものの、連絡も取れず動けない状態のようでして」

「なるほどな……だいたいの事情はわかった。とりあえず、お前等は引き続き帝都でカム達の情報を集めるんだな?」

「肯定です。あと、ボスには申し訳ないんですが……」

「わかってる。どうせ道中だ。捕まってたやつらは、樹海までは送り届けてやるよ」

「有難うございます!」

 

 頭を下げるパルに、やれやれとため息を吐く。

 

 どうやら樹海は相当な厄ネタを引いてるらしい。その第一号は、おそらく俺たちだろうがな。

 

「………………」

「シア、どうした?」

「……なんでもありません」

「?」

 

 後ろでモゴモゴと何か言いたげにしているシアの様子に気がついていたが、俺は何も言わなかった。

 

 あいつ自身が話してくるまで待とうと思いながら、俺はフェルニルの進路をしっかりと樹海に定めたのだった。



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友ではない友よ

大切なことなのでもう一度言います。シュウジのCVは杉田です(そんなに大事じゃない)

それにしても何故だ。何故シリアスになるんだ。

楽しんでいただけると嬉しいです。


【挿絵表示】

カインのイラスト。何故かスーツになった。


 ハルツィナ樹海についた俺たちは、フェアベルゲンに向かって濃霧の中を進んでいた。

 

「相変わらず、全然前見えないなこれ」

「私は初めて来たけど、年中こうなの?」

「そうですよ雫さん。まあ、私たちみたいに亜人族じゃないのに、見えてないだけで平然と進んでるその人がおかしいんですが……」

 

 またもシアさんからジト目が飛んできた。ここ最近当たりがキツいと思います。

 

『自業自得だな』

 

 得してないんですがそれは。

 

「しかし、本当になんで道がわかってるんだ?正直俺でも方向感覚が狂ってるんだが……」

「瞬間移動だよ。あれの座標は、一度つけると解除しない限りは絶対に消えないんだ」

 

 本当、便利な技能だ。

 

 まあ元はエボルトの惑星間の運行を確実にするための力だし、それくらいじゃないと困る。

 

「つまり、道がわかってるわけじゃなくて、そのポイントに向かって進んでるのか」

「そゆこと……っと、何か来るな」

「武装した集団見たいですぅ」

 

 俺は気配で、シアさんは超人的な聴力と索敵能力で近づいてくる対象を正確に言い当てる。

 

 それに背後の亜人族たちから驚きの視線を受ける中、濃霧をかき分けて現れたのは……虎耳のむさ苦しいフレンズだった。

 

 全員警戒して武器に手をかけているフレンズたちは、後ろの亜人族たちに驚きを示し、その後に俺たちを見る。

 

 そのうちの一人、リーダーっぽい虎耳のおっさんに見覚えがあった。

 

「お前達は、あの時の……」

「お、最初に来た時にあった人じゃん。元気してた?」

「……ああ、お前の育てたハウリア達のおかげでな」

 

 あら渋い顔。まあ前に会った時はハジメの発砲、フィーラーによる演出と散々やったからね。

 

 まだ警戒を続けながらこちらの事情を聞いてくるおっさんに、森人族の姫さんも交えて敬意を話す。

 

 姫さんの無事に珍妙な顔をして驚いていたものの、虎耳フレンズ達はフェアベルゲンまで案内してくれた。

 

 そして霧を抜け、たどり着いた先にあったものは──

 

「うわぁ……こりゃ酷い」

「ずいぶん手酷くやられたな」

 

 物の見事に、美しい秘密の王国の景観はおじゃんの巻になっていた。

 

 入り口の巨大な門や、木の幹できた空中回廊、水路も全て無残な瓦礫とともに惨い姿をさらしている。

 

「これでもハウリア達の助力のおかげで、どうにかマシに済んだんだ」

「そりゃ育てた甲斐があったねぇ」

 

 俺じゃなくてカインの残留思念だけど。

 

「それに、最近ランダ様の姿が見えなくてな。一体どこに行ってしまわれたのか……」

「っ……」

 

 体が硬直したような錯覚を覚える。

 

 けれどおっさんも、他の亜人族達もフェアベルゲンに帰って来れたことの方が大切なようで、誰も気が付かなかった。

 

 亜人族達は我先にと警護隊の先導でフェアベルゲンに入っていき、そして俺たちだけがその場に残る。

 

 雫が歩み寄ってきて、俺の肩に手を置く。

 

 途端、体に熱が戻った気がした。

 

「シュー」

「……平気さ。もう戦うって、決めたんだからな」

 

 たとえ、この命を削ってでも。

 

「あいつにはあいつの約束がある。俺はそれを、信念を以って超えていく。それだけの話だ」

 

 カインの記憶に刻まれた、彼女との約束。《獣》となった今もその心を縛っているのだろう約定。

 

 女神に見放されたことによって歪みが消え、取り戻したあの記憶は……俺が乗り越えるべき、試練だ。

 

「北野達は何の話をしてるんだ?」

「色々あったんだよ、光輝くん」

 

 そうだ。あいつはカインの友としての誇りを貫こうとしている。それなら俺も、例えこの身を賭けてでも……

 

「ったく、何辛気臭い顔してんだ」

「おわっ!?」

 

 突然バシンと背中を叩かれ、バランスを崩す。

 

 慌てて踏みとどまり、後ろを振り返ると……そこには優しい微笑みを浮かべた、ハジメたちがいた。

 

「お前は一人じゃない。俺たちがいるってことを、忘れるな」

「……そうだったな。ありがとよ、ハジメ」

「ああ。さあ、俺たちもさっさと入るぞ」

「おう」

 

 ハジメと互いに不敵な笑みを浮かべあい、雫の手を取ってフェアベルゲンへと入っていった。

 

 すると、人で埋め尽くされた広場では、亜人族達が家族や恋人と仲良く抱き合って、再会を喜んでいた。

 

「アルテナ、お前が無事で本当に良かった……」

「お祖父様……」

 

 その中にはアルフレリックさんもおり、俺たちが歩み寄っていくと人垣が割れた。

 

 あちらも俺達に気がついて、姫さんを抱きしめていたアルフレリックさんは孫娘と離れる。

 

「よう、アルフレリックさん。どうやらあんたも元気そうだな」

「どうにか、な……まさか、このような形で再会することになろうとは。孫娘を助けられるとは思わなんだ」

「俺たちはただ送り届けただけだ。感謝するならハウリア族にしてくれ」

「そのハウリア族をあそこまで変えたのもお前さんらだろうに」

「変えたっつーか、魔改造っつーか」

 

 なんなら全く新しい種族を作っちゃったよねっていう。あ、シアさんが拳を握りしめている。これはまずい。

 

「巡り巡って、お前さんのなした事が孫娘のみならず我等をも救った。それが事実だ。この莫大な恩、どう返すべきか迷うところでな、せめて礼くらいは受け取ってくれ」

「……まあ、そこまで言うなら一応受け取ってやるよ」

 

 若干困ったように頬をかくハジメに、思わず俺や美空達の目が微笑ましいものになっていく。

 

 後ろで「これが、俺と南雲達の違いか……」とか言ってる勇者もいたけど俺は知りません。

 

 その後、フェアベルゲンに常駐しているハウリア族と連絡を取るということで、アルフレリックさんの家に行くことに。

 

「シュウジ、お前はどうする?」

「んー……ちょいと気になる事があるから、そっちに行ってくるわ」

「それなら私も……」

「おっと、一人で行けるさ」

 

 一歩歩み出てくれた雫を、手で制する。

 

 立ち止まった雫はどうして?と目線で問いかけてきたが、それに応える事なく俺は帽子を脱いだ。

 

 そしてそれを、雫に差し出す。恐る恐る受け取った彼女は、ますます困惑した様子を見せた。

 

「こいつを預かっててくれ。お気に入りなんだ」

「……わかったわ。本当に平気なのね?」

「ああ、少し散歩してくるだけさ」

 

 ハジメとアイコンタクトをかわし、こちらのことを任せると一人その場から離れる。

 

「確か、こっちで合ってたよな」

『また独断行動だな』

「今から行くところは危険かもしれない。こういうのは俺の役目さ」

『やれやれ、困った相棒だ』

 

 若干怪しい記憶を頼りに、目的の場所へ警戒しながら移動する。

 

 その道中で見た家屋や回廊も、とても自然と調和した美しい景観を保っていたとは思えないほど破壊されている。

 

 ……俺たちが()()()()()のは王都の侵攻だけ。あまり深入りしすぎると逆に操りきれないからそうした。

 

 だが、よもやここまでとは……やはりもう少し、魔人族の動きをコントロールする必要があるか。

 

「……ここだな」

 

 やがて、その場所にたどり着く。

 

 そこは他の住宅と同じように、木の上に作られた場所で……最初にランダと出会った時に訪れた、彼女の家だ。

 

 以前来た時は仰向けで引きずられてったから、何となくの位置しか掴めてなかったが……なんとか見つけられた。

 

 腰の後ろのホルダーから黒ナイフ(呼称が面倒臭いので省略)を引き抜き、警戒を最大にしながら扉を開ける。

 

 その瞬間滑り込むように中に入り、感知系の能力を全て最大にして気配を探った。

 

「誰も……いないか」

「本当にそうだと思うかい?」

 

 思わずナイフを握る手を緩めかけたその瞬間、明かり一つついていない部屋の中で特に濃い暗がりから声がする。

 

 一瞬で警戒心を引き上げ、ナイフを構え直すと、ゆっくりと声の主は暗闇の中から歩み出てきた。

 

 白い法衣のような衣装。中性的で整った顔立ち。そして鋭くこちらを睨め付ける、強い瞳。

 

「……もしかしたら、って思ってたけど。まさか本当にいるとはな、ランダ」

「どうやら最悪の予想が当たったようだね。忘れたのかい? 私の権能は〝希釈〟。この世界そのものに溶け込む力。誰にも気取られることなく侵入することなど、容易いのさ」

 

 最初に《獣》として対峙した時と同じように、自らの力をご丁寧に解説してくれる。

 

 会話はそこで終わり、その代わりに互いに殺意が高まっていく。

 

 そして一歩踏み出そうとした、その瞬間。

 

「おいおい、殺伐としてるな」

「「!?」」

 

 知らぬ第三者の声がした。

 

 いや、知らないというのは嘘だ。たった一度だけ、その声を俺は聞いた事がある。それも最近だ。

 

 ある程度の確信を伴って、後ろを振り返れば……そこには俺を助けた、あのイケオジがいた。 

 

「少しピリピリしすぎじゃあないか? もう少し穏やかにいった方がいいと俺は思うがね」

「君は、アベルの報告にあった未来から来た男か。どうしてここにいる?」

 

 未来から来た男、だって……?そんなバッ○トゥザ○ューチ○ーみたいな設定だったのかこの爺さん。

 

 爺さんはランダの質問には答えず、腕組みをして肩を入り口の柱に預けると、不敵に微笑む。

 

 その笑い方に、また既視感を覚えた。

 

「いやなに、こちとら一難去ったばかりなのにまたドンパチされると敵わんのでね。ハイペースな展開は老体には堪えるんだ」

「そうか……」

 

 より一層、ランダの体から立ち上る殺気が膨れ上がり……そして霧散した。

 

 あっさりと戦意が消えたことに呆然としていると、ランダは険しい顔のまま椅子に座る。

 

「まあいいさ。今回は元から話をしに来ただけだからね。さっきのは怖気付いてないか試したのさ」

「……なるほどな」

 

 完全に消え、隠した訳でもないようなので、一旦構えを解く。

 

 けれど決してナイフは手放さず、ちらりと後ろの爺さんを見る。

 

「そんなに警戒しなくても、俺は見てるだけさ。そこの獣が何かしない限りな」

「私もこの国には多少の愛着がある。一度なにもしないと言った以上、ここでは暴れない」

 

 ……どう思う、エボルト。

 

『少なくとも、警戒は怠るなよ。この女は当然、あの男もこの前は助けられたが、敵じゃないとは言い切れない』

 

 同意見だ。

 

「で、なにを話すって?これからもっと俺を狙うから覚悟しとけよってか?」

「ある意味そうではある。まあ、座ってくれよ」

 

 なおも気を緩める事なく、以前フェアベルゲンに訪れた時にそうしたように対面した椅子に腰を下ろす。

 

 右手はナイフを握りしめ、それをあえて机の上に置いて見せつけながらランダの顔を見た。

 

「先に断っておく。アベルにもそう言ったように、俺はこの命をお前らに渡すつもりも、エヒトにこの体を明け渡すことも絶対にない。俺の目的のために俺の命は利用する」

「……どうやら一皮剥けたようだ。では聞こう。君はその力を使いこなせるのか?」

 

 力、と言われて思い当たるものは一つしかない。

 

 〝抹消〟。世界のバグを修正する為の力。ありとあらゆる物体、事実、記憶さえも削除できる権能。

 

 カインは、これを悪用され、誰かが受け継いだ時はそいつを殺してくれと、そうランダに頼んだ。

 

 彼女はそれを果たそうとしている。エヒトの眷属となった今この瞬間さえも、己の意思で俺を殺そうと決意している。

 

 だが……

 

「そもそも気になってたんだ。どうしてお前はエヒトの眷属なんかになった?悪神を喰らうのがお前の在り方だろ?」

「……それは過去の話だ。この世界に来た時、私はあの矮小な神の手先となった」

「この世界に来た時、ね。つまりその時に何か呪いでも刻まれたわけだ」

 

 爺さんが会話に割り込んできた。

 

 驚いた様子のランダは、忌々しそうに爺さんの方を睨んでから、諦めたようにため息を吐く。

 

「……そう。数年前、ちょうど私がこの世界に来た時。エヒトはいずれやって来る何かを恐れ、別の世界から強い力を持つものを召喚しようとしていた」

「いずれやって来る?」

「君さ」

 

 指を刺され、一瞬訝しんだものの、すぐに得心がいった。

 

「なるほど。〝抹消〟か」

「理解が早くて助かるよ。腐ってもアレは神だ、いつか自分を滅ぼしうる力を持つ者が現れることを察知し、対抗しうる眷属を手に入れようとした」

「だが自分の作り出したあの戦闘人形たちだけでは心許なく、別世界からの召喚を行った。そしてお前はそれに引っかかったわけだ」

 

 またも先回りして、爺さんが補足をする。それはまるで、あらかじめ知っていたことを話すような口ぶりで。

 

「……未来を知る者、か。こうも厄介とはね」

「おう、俺はお前たちにとってはこれ以上ない厄介者だぞ?」

「忌々しい……だが君の言う通りだ。運悪く私は、世界を移動する際その召喚の魔法陣に引っ張られた。そして魂に枷をつけられ、眷属となったのさ」

 

 なるほどな……こりゃまた、リアル中学二年生でもびっくらこくような話だ。

 

「エヒトも驚いていたよ。一人召喚するはずが、まさか七人も眷属が手に入るとは、とね」

「なんだって……?」

 

 まさか、まだそんな謎が……

 

「ああ、そりゃ俺のせいだな。この時間軸に俺が介入した影響で、本来の歴史からズレが起こった」

「いやあんたかよ!」

 

 すまんすまん、と言いながらカラカラと笑う爺さんに、なんかゲンナリとする。こいつなんなんだマジで。

 

 だがそうなると、ランダは無理矢理《獣》という役割に縛られているということになる。ならば……

 

「呪いを解こうなどとは考えないことだ。たとえこの役目失ったとて、私の目的は変わらない事は、君が一番知っているのだからね」

「……ごもっともで」

 

 こいつとは戦いたくないんだが、そんな寝言を言ってる余裕はなさそうだ。

 

 しかし、そうであるならば。この迷いを断ち切り、俺はランダに宣言できる。

 

「なら俺は、真正面からお前を打ち倒そう。他の獣も、アベルも、そしてエヒトも殺して、俺の目的を果たす。決して立ち止まる気はない」

「……へえ」

 

 ランダの目が、値踏みをするようなものへと変わる。

 

 本当にお前にその力があるのか、貫き通す勇気があるのかと、そう言いたげな目に俺はいつものように笑う。

 

「そういや話が逸れてたな。この力を使えるのかって? ああ、使ってやるさ。それが必要なことならな」

 

 俺はレプリカだ。

 

 同じ記憶や力を持っていても、自在にこの力を扱えるアベルはおろか、カインにさえ届かない。

 

 所詮は寄せ集めのガラクタ、欠陥品。だがガラクタはガラクタなりに、継ぎ接ぎしてできることがある。

 

「お前は俺を認めないだろう。アベルも認めないだろう。だがな、そんなお前らのシリアスな事情なんざぶっ飛ばして、最後に笑うのは俺さ」

 

 

 

 できないならば、代償を支払ってでもやってやろう。

 

 

 

 お前らが否定するならば、俺自身がそんなことは一番わかっていると嗤ってやろう。

 

 

 

 だって俺は、どこまでも笑顔を貼り付け、卑劣な悪道を行く道化(ピエロ)にしかなれないのだから。

 

 

 

「私を前に、いい度胸だ」

「なんならそのままビビって、手を出さないでくれると嬉しいんだがな」

「それはできない。君がそう在るならば、私も存分に己の役割を全うできる」

「……どうやら、平行線らしいな」

 

 もう二度と、俺たちが友として交わることはないだろう。いいや、最初からそうだったのだ。

 

 しばらく視線の応酬を交わし、やがてランダは面白そうに笑うと席を立った。

 

「また会おう。我が友の写し身よ」

 

 そして、足元に現れた光り輝く魔法陣の中へと消えていった。

 

 しばらくその場所を見つめ、やがて完全にその名残のような空気が霧散したところで……俺は盛大なため息を吐いた。

 

「ちょっとイベント立て続けに起こりすぎじゃないですかね」

「はは、災難だったな」

 

 エボルトよりも早く答えた爺さんに座ったまま振り返り、眉を潜める。

 

「……なあ、あんたは」

「その先を言う必要はない。()()()()()()は、お前なら察しているはずだ」

「誰なのか、ね」

 

 これまでの行動、ランダの事情、俺にさえ悟らせない実力に、先ほどもたらされた未来人という事情。

 

 そして何より、俺自身の思い出がこいつを知っている。どれだけ老けてようが、わからないはずがない。

 

 それら全てを総合すれば、自ずとこの老人が誰かはわかるというものだ。その目的は定かではないが……

 

「お前やあの獣がそうするように、俺にも目的がある。そのために好き勝手やらせてもらうさ」

「歳なんだから気を付けろよ」

「なに、その塩梅が分かってこそ歳を重ねた意味がある」

 

 そう言ったきり、爺さんは踵を返してその場を立ち去ろうとした。

 

 やはり見覚えのあるその後ろ姿に、俺は最後に一言投げかける。

 

「その帽子、似合ってんな」

「……お前ほどはな」

 

 懐かしいような、確かめるような口調でそう言い、爺さんは外の明るさの中へ消えていった。

 

「俺もこんなとこで座り込んでウジウジしてても仕方ねぇし、ハジメたちのとこに行くか」

 

 独り言をのたまいながら、ハジメを座標にして瞬間移動を使う。

 

 背後に現れた穴の中に吸い込まれ、そして再び視界が確保された時……そこではハジメとシアさんが見つめ合っていた。

 

 こう、ハジメが両手でシアさんの顔を包み込んで、シアさんはその上に自分の手を乗せてトロンとした顔をしてる。

 

「うん、これは完全にセッ」

『おいそのネタはやめておけ』

 

 えー。

 

「うわびっくりした!シュウジ、いつの間にそこにいたの!?」

「今来たとこだよん。で、アレどういうわけ?」

 

 突然現れた俺にびっくりしてる一同……なんか知らないプレデターハウリアが敬礼してる……に聞く。

 

 明らかにロマンティックなシーンなんですけども。目と目があってフォーリンラブしちゃってるんですけど。

 

「おいおいハジメさんや、なぜにシアさんとイチャついてるんだい?」

「ああ、来たのか。突然だが帝国に行くことになった。こいつの頼みでな」

「聞いてくださいよシュウジさん、ついにハジメさんがデレてくれたんですよぉ〜!」

「ほう、そいつぁ面白そうな話だ」

 

 いつものように、変わらぬように、ハジメたちに絡んでいく。

 

 

 

 シアさんがはしゃぎ、ハジメが照れ、俺が煽り、ユエたちがそれをからかって、雫たちが呆れて。

 

 

 

 あと少し、もう少しだけ。

 

 

 

 この暖かい場所にいたいと、そう思った。

 




次回から帝国だぜ。

感想をいただけると生命力になります(真顔)


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情報はバーにある。

いよいよ帝国編。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 さて、皆さんは異世界で帝国と聞いたら何を思い浮かべるだろうか?

 

 

 

 すぐに女の子に手を出そうとする粗野な男たち?

 

 

 

 完全実力主義の厳しい国?

 

 

 

 それとも奴隷制度とか普通にある、日本からは到底遠い倫理観?

 

 

 

 全て正しい。

 

 

 

 しかしてその答えは──

 

 

 

「おい、お前r「ほいハジメパス」タコスッ!」

「よしきた」

「あじゃぱっ!!」

 

 モヒカンサッカーだ。

 

「うん、70点。ちょいとバランスが悪い」

「チッ、少し右にずれたのか」

 

 今回は失敗だった。次はもう少し慎重に、そして正確にパスをしよう。

 

「……ねえシズシズ、あの二人は何をしてるのかな?」

「何でしょうね鈴、私もわからないわ……」

 

 おっと、後ろから呆れ声が聞こえるぞう。だが私たちはやめない。

 

 え、俺とハジメが何やってるのかって? やだなあ、ただ絡んできた奴をことごとくモヒカンにしてるだけだよ。

 

 俺が絡んできた奴を蹴り飛ばし、ハジメが目の前を通過する一瞬で髪型をモヒカンに剃る。簡単なゲームだ。

 

 

 知ってはいたが、帝国は実にテンプレなファンタジーの帝国だった。

 

 

 チンピラみたいな国民に区画整理? ああ、あいつは死んだよ……雑多な街並み、各々自由に生きてるのが街並みから一目でわかる。

 

 まあ元々がいつだかの戦争で活躍した傭兵団が立ち上げた国なので、らしいといえばらしい国だ。

 

 ほら、みんな道端にモヒカンが倒れていても誰も気にしない。今のところ百点のモヒカンは三人である。

 

 ちなみにさっきのやつは絡んでくると同時に雫に触れようとしたので、ついでに服を切り刻んでおいた。

 

『どこの1000%社長だ?』

 

 パンツは普通だけどな。

 

「うぅ、話には聞いていましたが……帝国はやっぱり嫌なところですぅ」

「全体的に、粗野」

「うん、私もあんまり肌に合わないかな。……ある意味、召喚された場所が王都でよかったよ」

「同感だ。谷口、俺から離れるなよ」

「う、うん」

「まあ、お国柄というやつじゃろう。国民のほとんどでさえ戦闘者なんじゃ、仕方ないという他にないの」

 

 女性陣もお気に召さないらしい。特に同族の奴隷を見ているシアさんの表情は芳しくない。

 

 普通に値札付きの檻に入れられて子供がいるってんだから、この国の性質が知れるというものだ。

 

「……許せないな。同じ人なのに、奴隷なんて」

 

 後ろでなんか元勇者が言ってるけど、突撃なんてしようものなら全力で他人のふりをしてやろう。

 

「ハジメさんや、ここは男を見せるところでは」

「言われなくてもわかってる……シア、見ても仕方がないだろう?」

「……はい、そうですね」

「なら、こうする」

「え、わわっ!」

 

 ハジメがムニムニとほっぺを優しくつまんでいると、突然ニュッとウサギがシアさんの隣に現れた。

 

 そうするとシアさんの腕に抱きつく。突然の密着にシアさんはアワアワとお可愛い反応をした。

 

「私を見てれば、見えないよ?」

「ウサギさん……えへヘぇ〜、ありがとうございますぅ〜」

「ん、それなら私も」

 

 今度は反対の腕にユエが抱きつき、更に幸せそうな顔になるシアさん。両手に花っていうか三つとも花だなこれ。

 

「ハジメさ〜ん、ハジメさんは何かしてくれないんですかぁ?」

「アホ、もう両方埋まってるだろうが」

「えー」

 

 ブーブー言いながらもシアさんの耳はパタパタ動いている。幸せ空間とはこのことか。

 

「おやおやハジメ?もう両方ってことは何かしてあげるつもりだったんですかねぇ?」

「ウザい、近い、はっ倒すぞ」

「そう照れなさんな。言葉にいつもの凄みがないぜ?」

「チッ……」

 

 そっぽを向くハジメの頬はちょっと赤くなっていた。

 

 フェアベルゲンでのことといい、これはもう秒読みだな。シアさんの努力が実る日は近い。

 

「それなら、ハジメの隣は私がもーらいっ」

「あ、ずるいよ美空!私だって!」

「おい、お前らな……」

「おっと」

 

 両手に花再び。周囲の男連中から嫉妬と怒りの視線を頂戴した。お前らもモヒカンにしてやろうか。

 

 美空に弾かれた俺は、おとなしく雫の隣に退散することにした。

 

「ふふ、みんな仲がいいのね」

「最近は修羅場ってないからなぁ。うまくいってるようで何よりだ」

 

 少なくとも、事あるごとに、美空が「刻む……後で刻む……とかは言わなくなった(震え声)

 

 ともあれ、ハジメの女性関係は順調にいっているようだ。あいつの器量ならシアさんも十分に受け止められるだろう。

 

 とりあえずあの状態を邪魔させないよう、怪しい目線をよこしてくる奴には殺気を送っておこう。

 

「それで、私たちはさっきからどこにむかっているの?」

「冒険者ギルド。そこならカムさんたちの情報も集めやすいからな」

「……つまり、あなたたちは彼らの身柄が帝国側に押さえられていると思っているのね」

「その通りだ。ま、いくら何でも音信不通ってのはおかしいからな」

 

 たとごく短期間であったとしても、ハウリア一族はカインの残留思念が鍛え上げた精鋭だ。

 

 元からの気配操作と敵感知能力に加え、プレデター装備まで渡してある。

 

 カムさんに至ってはもはや別種族だ。ケツからネビュラガス注入とかなにやってんのあの人?

 

 だというのに、脱出はおろか連絡も取れていない。となると相当に身動きができない状況にあると考えるのが妥当。

 

「おまけに帝国は今だにこの厳戒態勢だ。ほら、入国の時もかなり厳しめの監視をしていたし、今もそこら中に兵士がいるだろ?」

 

 無数に伸びる裏路地の一本も見逃さないと言わんばかりに、スリーマンセルの兵士たちがうようよしている。

 

 周辺だけでなく、首都の内側までこの警戒っぷり。外からの魔人族の襲撃だけが原因とは少し考えずらい。

 

「なるほど、そういうこと。つまりこの状況の中に、彼らも一因として関わっている可能性もあると、そう考えてるのね」

「そゆこと。だから情報を手に入れるんだよ」

 

 まあ、俺とエボルトは知ってるんだけどね。実力主義ってのもあってかなり掌握しやすかった。

 

 だが、それを俺たちが知っているとバラすわけにはいかない。少なくとも神代魔法を全て手に入れるまでは。

 

「最悪、シアさんのためにハジメが帝国ごと滅ぼして救出するから問題ないさ」

「いや、それはダメでしょう……冗談よね?」

「ハハハハハ」

「ねえなんで笑ってるの?いつものジョークでしょ?そうなのよね?」

「ハハハハハハハハハ」

「シュー!? ちゃんと答えて!?」

 

 ちょっと前に飯の席で聞いた話だが、なんでも俺の雫にちょっかいかけようとした野郎がいるらしい。

 

 なんでもそれはヘルシャー帝国の皇帝陛下というではありませんか。いやはやまったく、とんだ偶然もあったもんだ。

 

「ハハハハハ……殺す」

「誰を!?」

「雫、帝国はもう……」

「残念だけど、ね……」

「なんで龍太郎も鈴も諦めてるんだ!?お、おい北野、いくらお前でもそこまではしないよな!?」

「うるせえ」

「がふっ!?」

 

 突然肩を掴んできた勇者を反射的に一本背負いする。

 

 

 いつ俺に近づいていいと言った、このたわけが。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 そんなこんなで進んでいるうちに、街並みが変わってきた。あちこちの建物が崩壊しているのだ。

 

 見せ物用の魔物が突然変異したらしく、それでここら辺が蹂躙された所に魔人族が攻め込んできたらしい。

 

 皇帝……殺す……と軍隊が出てことなきを得たらしいが、見ての通り被害は甚大のようだ。

 

 当然のように亜人奴隷が労働させられている。小さな子供もおり、ガッチリ鎧を着た帝国兵が監督をしていた。

 

 罵倒を飛ばされ、見るからに不調な顔で黙々と瓦礫や建材を運ぶ様子は悲惨の一言に尽きる。

 

「っ……!」

 

 ……後ろで勇者が動いた。ここまで見ればいくら考え方がマシになったとはいえ、また阿呆なことをしでかすか?

 

 だが、そんな俺の予測と違い、奴は奥歯を噛みしめ、拳をどちらも握りしめるだけで耐え凌いだ。

 

「動かないのか?勇者君はあの非道を許せるんだな?」

 

 あえて挑発するように、いつもは決して視界に入れないようにしている奴に振り返って言ってやる。

 

 ここであそこにいる十数人を助けようが帝国の法が変わるわけでもなし、ただ憲兵さんがすっ飛んでくるだけだ。

 

 さて、勇者君はどのように……

 

「……たとえ俺が、あそこで正論を振りかざしたところでどうにもならない。あの人たちに迷惑がかかるだけだ」

「……そうかい。負える責任の限界くらいはわかってて何よりだよ、正義の味方君」

 

 どうやら本当に、衝動的な所は前より鳴りを潜めてるようだな。それがいつまで続くかは見ものだが。

 

 だが、この場合における行動の結果まで正確に口にした時の、薄っぺらくない怒りと後悔だけは本物だと認めよう。

 

『で、お前はそれを面白くないと思ってるわけだ』

 

 ……俺はまだ、こいつが変われたなんて信じてないからな。

 

「あうっ!」

 

 と、そんなことを考えていると復興作業中の亜人族の子供が転び、盛大に手押し車の中身をぶちまけた。

 

 10歳に届いてるか届いてないかのその子は、転んだ拍子に怪我でもしたのか、その場に蹲って呻いている。

 

 それを見た監視兵が、怒り浸透という顔で近づいて、なにやら罵声を浴びせながら手に持った鞭を振り上げた。

 

「っ、まず──っ!」

「バン、なんてな」

 

 今度こそ一歩踏み出した勇者よりも早く、銃の形にした右手で軽く反動があったような仕草をする。

 

 指先から極小の、しかし見た目の十倍は圧縮したカーネイジの破片が音速で飛び出し……帝国兵の後頭部に吸い込まれるように当たる。

 

 思いっきり倒れ込み、瓦礫に顔面を激突させる帝国兵。そのまま動かなくなって、身を竦めていた子供はポカンとする。

 

「今、のは……」

「一度啖呵を切ったんなら、せめて最後まで貫けや」

 

 我ながら実に嫌味ったらしく呟き、気絶した同僚を運んでいく帝国兵を一瞥して足を進める。

 

 後ろから感じる奴の視線を振り払うように足早くなっていると、隣に並んだ雫がなにやら微笑んでいるのに気付いた。

 

「さっきの、まるで光輝の感情を認めてるみたいだったわね?」

「……あいにくと、俺もまだ子供を見捨てるまで悪党に堕ちちゃいないんだ」

 

 そう、だからあいつの怒りに共感したとか、そんなことは全然ない。そんな感情知ったこっちゃない。

 

 俺がやらなくても、どうせハジメがやってたし。それが1秒早くなったかどうかとかそれだけの話だし。

 

『まるでツンデレみたいだぞ』

 

 お前一週間話すの禁止。

 

『ウソダドンドコドーン!』

 

「ふふ、順調そうで何よりだわ」

「雫さん?何か勘違いしてません?」

「わかってるわかってる、光輝のことが嫌いなんでしょう?知ってるわよ……ふふ」

 

 ぐぬぅ、この手玉に取られてる感じ。いつもは可愛いのになんでか悔しい。

 

 ニッコニコしてるだけで何言っても取り合ってくれない雫にやきもきしているうちに、冒険者ギルドに到着する。

 

 そして中は……まあ、有り体に言ってザ・酒場だ。広いスペースにドンと机が置いてあるだけみたいな。

 

 昼間から飲んだくれてる冒険者たちの向けてくる、もう定番化した目線をハジメがさくっと威圧して押さえながらカウンターに行く。

 

 二つあるカウンターのうち、一つはダンディなおっさんのいるバーカウンター、もう一つはケバいねーちゃんのいる受付だった。

 

「情報をもらいたい。ここ最近、帝都内で騒動を起こした亜人がいたりしなかったか?」

「……」

 

 わあお、なんて面倒くさそうな目。そんなこと聞いてどうすんの?みたいな顔だ。

 

 奴隷はほとんどの反抗は首輪で制限されてるし、あっちからすれば意味のないことを聞いてるのと同意義だろう。

 

「……そういう情報はあっちで聞いて」

 

 まさかの丸投げ。ハイリヒ王国の王都ギルドの対応がどれだけ教育されてるのかがわかるね。

 

 それはともかく、ちらりとグラスを磨いてるロマンスグレーのマスターを見て、俺とハジメは目線を合わせる。

 

 情報を聞くには酒場、そして偏屈そうなマスター……これはもしかしたらもしかするんではなかろうか。

 

「ヘイマスター、ちょいといいかい?ここ最近亜人関係で変わったことはなかったか?」

 

 今度は俺が聞くも、マスターはガン無視。おまけに周りからジロジロと値踏みするような目線まで頂戴する。

 

「り、龍っち……」

「おうコラ、何こいつに向かってガンくれてんだ?」

「あん?なんか文句あるのかクソガキ?」

 

 ハッ、後ろからラブコメと修羅場の波動を感じる……!(カオス)

 

「……ここはガキが遠足でくるような所じゃない。酒を飲まないのならさっさと帰ってミルクでも飲んでな」

「「……!」」

 

 このセリフ……!

 

 ハジメと再びアイコンタクトを交わし、互いに興奮しているのを目の中に揺らめく炎で確認し合う。

 

 硬貨を一枚取り出し、マスターに向かって指で弾いた。マスターはグラスを磨いていたタオルを手放し、難なく受け取る。

 

「マスター、ここで一番キツくて質の悪い酒をありったけくれ。あと一息で飲めるグラスを二つ頼む」

「……ほう?」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 ピクリと眉を上げたマスターは、面白そうに声を漏らすと後ろの棚から一升瓶を取り出す。

 

 カウンターに座っていた冒険者二人に金を払って席を譲ってもらうと、ハジメと並んでどっかりと座った。

 

 そして、並々と酒の注がれたグラスと瓶が目の前に置かれる。少し離れていてもどぎついアルコール臭がした。

 

「シュー?そんなもの飲むの?」

「は、ハジメ君、やめた方がいいんじゃないかな?」

「あー、また始まったよ……」

「みーちゃん、始まったってなんのこと?」

「鈴、あの二人はね……」

 

 知らないメンバーが止めてくる中、俺たちの顔を見て察したユエやシアさんたちは呆れたように笑う。

 

「ハジメ、分かってるな?」

「ああ、先に飲み干したほうが勝ちだ」

 

 ニヤリと笑い、グラスを持つ。

 

 そしてチン、と軽くぶつけ合った瞬間──俺たちの腕は一瞬で口元に移動してグラスの中を煽っていた。

 

「ああっ!」

「ほっときなシアさん。もう始まっちゃったから」

「んぐ……不味い!もう一杯!」

「ぷは、こりゃうまい酒を選ばすに正解だな。もう一杯だ」

 

 ドン、とグラスを置くとマスターはニヤリと笑って中身を注ぎ直す。

 

 そんでもう一回一気に喉に流し込んだ。またも同タイミング。三杯目まで僅か0.5秒だった。

 

「んっ!さあ次だ!」

「ぷはっ、もう一杯寄越せ!」

「んぐぐ、まだまだいけるぜ!」

「はっ、それはこっちのセリフだ!」

 

 一杯飲むごとにどんどん俺たちはヒートアップしていき、それに比例するように一升瓶の中身も減っていく。

 

 俺が勝手に拝借したグラスを使って二つ同時に飲めば、ハジメは三つのグラスを逆さにして全部口に落とす。

 

「す、すげえ!あのゲロみたいな不味い酒を流し込んでやがる!」

「あれ、お前がこの前一口飲んでぶっ倒れてた奴だろ!ほとんどアルコールの!」

「ばっかお前、あん時はたまたま調子が悪かったんだよ!」

 

 その度に、おおっとどこからか歓声が上がった。いつの間にかギャラリーができているようだ。

 

「こいつで……」

「ラスト!」

 

 僅か五分の攻防、それを制したのは……図らずも、ハジメだった。

 

「ん……ふっ、俺の勝ちだ」

「あー、さっきので差をつけられたかぁ」

 

 今回はハジメに軍配が上がった。

 

 健闘を称え合ってガッシリと握手を交わすと、周りからは歓声が、女性陣からはため息が返ってきた。

 

「二人とも、もう満足した?」

「おうよ美空。で、マスター。見世物には充分じゃあねえかい?」

「……わかった、降参だ。お前らは立派な客だよ」

 

 渋いイケ顔に苦笑いを浮かべ、両手を上げるマスター。男の憧れるシチュエーションを達成できた俺たちも満足である。

 

 ちなみにわざわざこんなショーをしたものの、俺たちはまっっったく酔わない。ハジメにも俺にも毒耐性があるからだ。

 

 ならどうしてやったかって?そんな質問はエンターテイナーにとっては野暮ってもんさ。

 

「で、亜人族の情報だったな……お前らが聞きたいのは兎人族のことか?」

「ビンゴだマスター。で、どんなものなんだ?」

 

 それからマスターは、知っている情報を話してくれた。

 

 なんでも数日前、暴れに暴れた兎人族の集団がいたらしい。そいつらは未知の武具を纏い、とんでもない力を持っていたとか。

 

 しかし、やってきた百人以上の帝国兵になす術なく捕まりかけたところ、化け物のような半裸の兎人族が現れた。

 

 他の兎人族とは一線を画す力を持ったその兎人族は帝国兵たちをリンチし、その間に集団はどこかへ退散。

 

 そして、さらにやってきた増援の手によってようやく捕らえられ、今は帝城の方に収容されたのだとか。

 

「へえ、城にね……」

「化物のような兎人族……父様ですね」

 

 あ、また熱視線が飛んできた。ただしこっちを焼き殺そうとするタイプのやつ。

 

 シアさんの視線を受け流しつつ、事前に掴んでいた情報とそこがないことを確認して一人安堵する。

 

 そしてカムさんが生きていることも、逃げおおせた兎人族たちがどこにいるのかまで、俺は知っていた。

 

「マスター、言い値を払うといったら、帝城の情報、どこまで出せる?」

「っ! 」

 

 おや、切り込むなハジメ。マスターも面食らっている。

 

「……冗談でしていい質問じゃないが、その様子を見る限り冗談というわけじゃなさそうだな……」

「ああ、大マジだ」

 

 不適に笑うものの、目が全く笑っていないハジメに、マスターの頬を冷や汗が伝う。

 

 治外法権のような冒険者ギルドとはいえ、下手すりゃ国家反逆罪だ。それを知っている上でこっちは問いかけてる。

 

 そう目線で訴えるハジメに、マスターは先ほどのように降参、と両手を上げた。

 

「……警邏隊の第四隊にネディルという男がいる。元牢番だ」

「ネディルね。わかった、訪ねてみよう。世話になったな、マスター」

「追加の代金だ。とっといてくれ」

 

 もうワンコインマスターに支払い、俺たちは席を立った。

 

 そして周囲のさっきとは違う意味を含めた視線で見てくる冒険者たちの間をすり抜け、皆でギルドを出る。

 

 それからしばらくメインストリートを行ったところで、ハジメの前まで歩き出してくるりと向き直った。

 

「さて、それじゃあ行ってくるかね」

「一人でか?」

 

 懐疑的な顔で聞いてくるハジメに、俺は頷く。残りのメンバーは首を傾げた。

 

「行くって、どこに行くの?」

「俺にお似合いの汚れ仕事、さ」

 

 そう言えば、雫は一瞬で察した顔になった。他のメンバーも理解したものの、やや複雑そうな顔をする。

 

 あれ、もしかしてまた心配されてるんだろうか。ハジメが多少の無茶キメても信じられるのに、なんだこの差は。

 

『日頃の行いじゃね?』

 

 返す言葉もございません。

 

「おいおい、心配すんなって。ただちょいと話を聞いてくるだけだ。みんなは飯でも食って待っててくれや」

「……気を付けろよ」

 

 ハジメにウィンクし、俺は皆と別れて雑踏の中へと紛れていく。

 

 

 

 

 

 さあ、暗殺者らしい仕事といこうじゃないか。

 

 

 




なぜだ、ツンデレ気味になっている…

感想をいただけると生命力になります。


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プレデター救出作戦

お気に入り登録していただいてる方、いつも読んでくださる方。ありがとうございます。

うちの主人公と勇者が想像以上にギスギスしてない件について。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 帝都の一角にある食事処、そのテラス席で飯を食いながら、俺たちはシュウジを待っていた。

 

「北野っち、平気かな……」

「シューがやれると言ったのだから、心配する必要はないと思うわ」

 

 気弱にぼやく谷口に、努めて平静に八重樫が返している。

 

 そこに強がりとか、隠した不安とかそういったものは欠片もなく、ただ純粋に思ったままのことを言っている。

 

 いつもながら大した信頼関係だ。これで前は天之河達の世話まで焼いてたっていうんだから、すげえ胆力だわ。

 

「でも、本当に平気でしょうか?結構時間が経ってますけど……」

「そろそろ1時間くらいか……」

 

 そう言いながらサンドイッチのようなものを食べようと、開けていた口を閉じる。

 

 が、パンのふんわりとした食感は感じなかった。驚いて自分の手を見ると、そこに三角形の物体はない。

 

「ん、結構美味いなこれ」

「っ! シュウジ!?」

 

 気がつけば、テラスを囲っている手すりにシュウジが腰掛けていた。

 

 人数が多いので、半ば貸し切りのような状態になっていたその場にいる全員が、俺の横にいるあいつを見た。

 

「ただいま帰還しましたっと。いやー腹減った。なんか頼んでいい?」

「あ、ああ」

「それじゃお邪魔してっと」

 

 わざわざ空けておいた隣の席に、シュウジが腰を下ろす。当然ながら空席だったそこの隣に座っているのは八重樫だ。

 

 シュウジはメニューを見て、俺から強奪したサンドイッチと同じものと紅茶もどきを頼み、帽子をテーブルに置く。

 

「いやはや、なかなか骨が折れたよ。仕事ってのは楽じゃない」

「その様子を見る限り、情報は手に入ったみたいだな?」

 

 ニッと誇らしげに笑って、シュウジは認識阻害の結界を張った。

 

 そして、ジャケットの内ポケットから小さい円盤を取り出し、それをテーブルに置いて真ん中のボタンを押す。

 

 すると、立体的な地図が浮かび上がった。地図を魔力で投影するアーティファクトだ。

 

 離れた席にいた奴らは身を乗り出し、それを注視する。どうやら牢屋らしき場所のようだ。

 

「こいつは例の元牢番の記憶から読み取った、帝城の地下牢獄の地図だ」

「へえ、シューくんこんな道具も持ってたんだね」

「なかなか便利だぜ? んで、カムさんが捕まってるのはここ」

 

 マップの中に、一点の赤い目印のようなものが現れる。構造的には独房の一室らしき場所だった。

 

「やったですぅ!これで父様を助けられますぅ!」

「だが……問題なのはこっからだ」

 

 シュウジがマップのある点を指差す。

 

 一見なんの変哲も無い、単なる牢屋の一つだったが……そこに突如として三つの点が新たに現れた。

 

「これは?」

「どうやらカムさんの他にも、捕らえられてる兎人族がいるらしい」

「なんだと?」

 

 マスターから聞いた話では、カムが暴れてる間に他の連中は逃げたはずだ。

 

 カムだけでなく、他の家族も捕まっていると聞いたシアの顔が青くなる。俺たちはどういうことだとシュウジを見た。

 

 すると、シュウジは数日前に突如現れ、自分たちを代わりにして、カムの解放を要求したところをとっ捕まったと話す。

 

「ついでにちょっと足を伸ばして聞いた話だ。カムさんのところとは少し離れたところに幽閉されてるみたいだな」

「そんな! どうしてそんなことを……」

「……ふむ」

 

 シアや天之河たちが騒然とする中で、俺は一人思考を巡らせる。

 

 徹底的に存在を消し、対象を殺す。それを骨の髄まで教え込まれたあいつらが、わざわざ姿を見せた?

 

 実に不自然だ。それに、逃げた全員ではなくたった三人だけという点にも引っかかる。もしかしてあいつら……

 

「でも、よくそんなのわかったね?どうやって情報を手に入れたの?」

「……聞きたい?」

 

 美空にニヤリと笑うシュウジ。その場にいる全員がゾッとしたことが、肌感覚でわかった。

 

 これ以上聞いてはならない。そう本能で察し、これ以上の追求はせずに早速話し合いを始める。

 

「つーことで、ウサギ救出大作戦と行こう」

「……私?」

 

 自分の顔を指差し、こてんと首をかしげるウサギ。可愛い。

 

「場所はわかった。あとは助けるだけだ。警備は厳重だが、まあ俺たちにかかれば問題ない。さっと助けてトンズラ、いたってシンプルな作戦だな」

「それなら人数は絞った方がいいな。俺とシュウジ、それにユエとシアで行こう」

「私たちはどうすればいい?」

「美空と香織は帝都の外にいるパルたちのところにいてくれ。あいつら確実に尋問されてるだろうからな、連れてくるから治療を頼む」

「「わかった(よ)!」」

 

 それからテキパキとそれぞれの行動を割り振り、作戦を詰めていく。

 

 結果、最初に決めた、俺を含めた四人が潜入。香織、美空、ティオ、八重樫、坂上、谷口は外で待機。

 

 そして……

 

「で、勇者は囮な」

「なんで俺一人だけ!?」

「バッカお前、俺たちが潜入してることに気付かれないために注意を引きつける奴が必要だろうが」

 

 実にもっともらしい意見だ。看守や帝城の警護の目がそちらに向けば、格段にやりやすくなるだろう。

 

 ただし俺たちが見つかる可能性があれば、だが。その可能性はゼロに等しいことはもうわかっている。

 

 つまり……天之河に嫌がらせしたいだけだこいつ。一番見つからなさそうなくせに言ってる時点で明白である。

 

「どうせなら、亜人の待遇改善を要求する!とか、捕らえている兎人族を解放しろ!とか叫んどけ。実に愉快な目で見られるぞ」

「……お前、意味がないってわかってて俺にやれって言ってるだろ」

「ちょっと何言ってるかわかりません」

「無駄にモノマネ上手いな!?」

 

 最近、天之河のツッコミのキレが良くなってきている。

 

 これまでこいつに何の興味もなかったが、シュウジのボケの対応を押し付け……ゲフンゲフン手伝ってくれるならありがたい。

 

 しかし、意味がないね。よりによって天之河がそれを言うとはな……てっきり当然みたいな顔をするものかと思っていた。

 

 そう、もう穏便に事は済ませられない。カムたちは不法入国の上、帝国兵を殺してる。今更丸くは収まらないのだ。

 

「いやほんとほんと、おまえがようどうやってくれたらちょうたすかる」

「棒読みじゃないか!……ああもう、わかったよ!やってやるよ!やればいいんだろ!?」

 

 ついにヤケクソ気味に天之河が了承する。

 

 その瞬間、実に嫌らしくシュウジが笑ったのを俺は見逃さなかった。

 

「よくぞ言った。じゃあお前にはこれをやろう」

 

 そう言って天之河に差し出したのは──勇者(笑)と日本語で達筆に書かれた、ボール状のマスク。

 

「やっぱり嫌がらせだろお前!!!」

 

 

 

 

 

 とりあえず天之河には八重樫と坂上、谷口も付いてくことになった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 深夜。それは暗闇が支配する世界。

 

 

 

 

 

 すなわち、闇に紛れるものにとっては水を得た魚の如き活動を可能とする時間だろう。

 

 それはヘルシャー帝国の帝城、その地下にある光一つ指すことのない牢獄においても同じこと。

 

「ん?」

 

 カラン、という音に巡回をしていた兵士が疑問の声を上げる。

 

 兵士はまず、音の発生源を探して魔法陣と鉄格子によって囚人を捕らえている無数の檻へ目線を向けた。

 

 汚物と血に塗れ、反吐が出るような匂いと沈鬱な空気に包まれた牢の中に入れられた囚人は沈黙を保っている。

 

「何だ、気のせ」

 

 そして、たった一瞬の気を逸らした瞬間。

 

 何者かが背後から音も立てずに両手を這わせ、右腕二の腕で口と鼻を塞ぐ。そして知覚される前に左手を振るう。

 

 指先から衝撃を与える技法、その極致たる一点集中の奥義だったか。それを用いて脳に振動を与え、脳震盪を起こすらしい。

 

 気絶する程度に調節したそれは確実に意識を刈り取り、音が立たないように看守の体を寝かせる。

 

 これで巡回していた看守は最後。詰所は既にクリア。侵入者対策のトラップも全て解除した。

 

 その様子を魔眼石の〝遠望〟で見届け、俺はノイズの走った耳元に手を当てた。

 

「こちらシュウジ。ターゲットまでのルートを制圧」

「了解。すぐにそっちに向かう」

 

 耳の穴に埋め込むように嵌めた通信機で連絡を取る。念話を付与したスパイグッズである。

 

 隣にいるユエとシアに頷いて、先に進む。光源はユエが光の球を魔法で形成して確保できた。

 

 程なくして、暗闇の向こうに立つシュウジの姿が見えた。

 

「ご苦労さん。こういうところを見ると、お前が暗殺者だって思い出すよ」

「なにも盛り上げるばかりじゃないさ」

 

 軽口を言い合って、先行してあらかじめ確保してくれた最短ルートを案内してもらう。

 

 まず向かっているのは、三人組の方。障害となるものは全て取り除かれたので、堂々と歩いていく。

 

 やがて、目的の牢屋近くにきたところでシュウジが片手をあげる。立ち止まると、耳を澄ませた。

 

「────、──た?」

「お──、──────ぜ」

「話し声が三人。全員無事だ」

「よ、よかった……!」

「早く行こう」

「ん、迅速に行動する」

 

 もう一度念入りにトラップがないかをシュウジが確認してから、話し声の方へと近づいていく。

 

 しばらくすると、最初は微かだった話し声も明瞭に聞こえてきた。

 

 その内容は……

 

「おい、今日は何本逝った?」

「指全部と、アバラが二本だな……お前は?」

「へへっ、俺の勝ちだな。指全部とアバラ三本だぜ?」

「はっ、その程度か? 俺はアバラ七本と頬骨……それにウサミミを片方だ」

「マジかよっ? お前一体何言ったんだ? あいつ等俺達が使えるかもってんでウサミミには手を出さなかったのに……」

「な~に、いつものように、背後にいる者は誰だ? なんて、見当違いの質問を延々と繰り返しやがるからさ。……言ってやったんだよ。〝お前の母親だ。俺は息子の様子を見に来ただけの新しい親父だぞ?〟ってな」

「うわぁ~、そりゃあキレるわ……」

「でも、あいつら、ウサミミ落とすなって、たぶん命令受けてるだろ? それに背いたってことは……」

「ああ、確実に処分が下るな。ケケケ、ざまぁ~ねぇぜ!」

「「「「……………………」」」」

 

 こちら振り返るシュウジの顔は引きつっていた。多分、俺たちも同じ表情だろう。

 

 俺たちが思ってたよりも、あいつらはずっとイカれた精神力になってるらしい。

 

 若干覚悟を決めたような気分で、その牢の前にたどり着くと……

 

「今頃は、族長も盛大に煽ってんだろうな……」

「そうだな……なぁ、せっかくだし族長の怪我の具合で勝負しねぇか?」

「お? いいねぇ。じゃあ、俺はウサミミ全損で」

「お前、大穴すぎるだろ?」

「いや。最近の族長、ますます言動がボスとセンセイに似てきてるんだよな……」

「ああ。新兵の訓練の時はボスのように、そして敵を殺す時はセンセイのように冷酷に……思い返すだけでブルッちまうぜ」

「ああ、まるでお二人が乗り移ったみたいだ。あんな罵詈雑言を、冷徹な顔で言われたら……」

「まぁ、ボスならそもそも捕まらねぇし、センセイは気付かないうちに相手を皆殺しだろ!」

「むしろ帝国そのものが血の海に沈むぜ?きっと地図から消えるな」

「ボスは鬼畜だからな!」

「むしろ魔王だからな!」

「いやいや、魔人族の王と同列は低く見過ぎだろ。もう魔神だ魔神」

「ならセンセイは……死神だな!」

「「「それだ!」」」

 

 なんということだ、耳の穴から血が吹き出るほど素晴らしい会話をしているじゃないか。

 

 またシュウジと顔を見合わせる。光に照らされたあいつの目には、ピクピクと口元がひくついてる俺の顔が。

 

 ……ステイクールだ。過去の自分とカインの行いを消し去りたい気持ちを押さえ込むんだ。

 

「……よし落ち着いた。やあ皆さんお元気?」

「久しぶりにあったと思えば、ずいぶんな言い草だな?この〝ピ──ッ〟共」

 

 びくりと牢獄の中の影が揺れる。

 

 さらに近寄ると……そこには満身創痍のウサミミ三人がおり、俺たちを見て目を見開いた。

 

 先ほどの会話の通り、散々拷問されたんだろう。悲惨な家族の姿にシアがうっと口元を押さえている。

 

「ぼ、ボス!?それにセンセイも!?」

「いや、騙されるな!きっと俺たち幻聴が聞こえ始めたんだ!」

「それに幻覚も……はは、ここまでか」

「あのお二人が助けに来てくれるはずねえよな……」

「フッ、最後に聞くのがボスとセンセイの声とはな……せめて可愛い女の子が良かったぜ」

 

 そんなことを言いながら、どこかから隠し持っていたレイザーディスクを自分の首筋に当てる。

 

 ちょっと待て、こいつらまさか──

 

「おい、待てお前ら……」

「一旦落ち着い……」

「さらば!」

「次の人生では彼女が欲しい!」

「南無三!」

 

 俺たちの制止も虚しく、目の前で次々と首を掻っ切っていくプレデターハウリアども。

 

 阿鼻叫喚と血飛沫が飛び散る牢獄の前で、手を伸ばした状態のまま固まった俺とシュウジに冷たい声が降りかかった。

 

「ハジメさん、シュウジさん。日頃の行いって大事だと思うんですよ」

「……これは酷い」

「普通にごめんなさい」

「俺も今しみじみとそれを感じてる」

 

 とりあえず潔すぎるプレデターハウリアたちには、ケツに神水の入った試験管を突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「いやあ、まさか本当にお二人とは!俺たちもまだまだですわ!」

「それな!あんな生温い拷問でとんだ勘違いをしちまいましたよ!」

「族長に知られたら地獄の特訓メニューですわ!」

 

 あっはっはっはっ!と笑う、ケツに試験管を生やしたプレデターハウリアズ。

 

「……どうやら、俺が思っていたよりこいつらはずっとタフだったみたいだな」

「俺が育てました」

「……見た目の割に、元気」

「なんだか心配する気が失せました……」

 

 そんなハウリアに俺たちは苦笑いである。救出?そんなの必要だった?みたいなレベルで元気だ。

 

 とりあえず牢屋に仕掛けられていたトラップをシュウジがサクッと解除し、俺が錬成で鍵を破壊する。

 

 解放された全快状態のプレデターハウリアたちは、それはそれは元気よくヒャッハー!と牢屋から出てきた。

 

「「「助けていただきありがとうございましたぁ!」」」

「おう、まあ気にすんな。それでお前ら、どうしてこんなところにいる?」

 

 昼間話を聞いた時も思ったが、透明化までできる装備を持ってるこいつらが捕まってるのはおかしい。

 

 わざと捕まった可能性のことを示唆すると、三人は顔を見合わせ……ニヤリと獰猛な獣のように笑った。

 

「流石ボス、鋭いですね」

「確かに捕まってんのはわざとです」

「するってーと、何か目的があるわけだ」

「その通りですセンセイ。ですが、まずは族長を助けに行きやしょう」

 

 どうやらここから脱出するつもりはないようだ。ギラギラとした目には闘志が宿っている。

 

 シュウジたちを見ると、やれやれといった様子で肩をすくめた。俺もつられてため息が溢れる。

 

 ったく、血気盛んな連中だ。そうしたのは俺たちだが、元の虫も殺せない弱小種族はどこにいったんだか。

 

 何はともあれ、カムを助けるのは第一優先事項なので、新たにシュウジが装備を与えて同伴させる。

 

 シュウジの腕は優秀で、既にそちらまでの障害もことごとく排除されており、なんの苦労もなく辿り着けた。

 

「……ここか」

 

 たどり着いたのは尋問室。どうやらこの時間はカムが尋問をされているらしい。

 

「父様……」

「心配しなさんな」

「ん、きっと平気」

 

 後ろのシアを元気付ける声を聴きながら、ドアノブに手をかけたその瞬間。

 

「何だその腑抜けた拳は! それでも貴様、帝国兵かっ! もっと腰を入れろ無能な〝ピ──ッ〟野郎め! まるで〝ピ──ッ〟している〝ピ──ッ〟のようだぞ! せめて骨の一本でも砕いてみせろ! 出来なければ、所詮貴様は〝ピ──ッ〟ということだ!」

「う、うるせぇ! 何でてめぇにそんな事言われなきゃいけねぇんだ!」

「なんなんだこの筋肉ダルマ!本当に兎人族か!?」

「口を動かす暇があったら手を動かせ! 貴様のその手は〝ピ──ッ〟しか出来ない恋人か何かか? ああ違うな、所詮貴様は元から〝ピ──ッ〟を〝ピ──ッ〟するその手が恋人だったか!」

「て、てめぇ! 俺にはナターシャっていうちゃんとした恋人がいるんだよぉ!」

「よ、よせヨハン! それはダメだ! こいつ死んじまうぞ!」

「ふん、どいつこいつも〝ピ──ッ〟ばっかりだな! いっそのこと〝ピ──ッ〟と改名したらどうだ! この〝ピ──ッ〟共め! 御託並べてないで、殺意の一つでも見せてみろ!」

「なんだよぉ! こいつ、ホントに何なんだよぉ! こんなの兎人族じゃねぇだろぉ! 誰か尋問代われよぉ!」

「もう嫌だぁ! こいつと話してると頭がおかしくなっちまうよぉ!」

 

 

 

 ……………………………………。

 

 

 

「なあ、帰っていいか?」

「……助ける必要、ある?」

「ああああああもぉおおおおおっ!」

「ドガスッ!」

「「「せ、センセぇえええええ!」」」

 

 俺とユエは顔を見合わせ、シアがシュウジを殴り飛ばし、プレデターハウリア三人が絶叫する。

 

 もうこれ中に入りたくないんだけど。回れ右して小一時間くらい遊んでからもう一回来るんじゃダメだろうか。

 

「ふん、口ほどにもないっ。この深淵蠢動の闇狩鬼、カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリアの相手をするには、まだ早かったようだな!」

 

 …………カムの野郎、追い討ちかけてきやがった。

 

「……シア。お前の親父、何か凄いことになってるぞ」

「……考え過ぎて収拾がつかなくなった感じ」

「うぅ……父様は私に何か恨みでもあるんでしょうか? 娘を羞恥心で殺そうとしてますぅ」

「センセイ!しっかりしてください!」

「ダメだ、首の骨が折れてる!」

「シアの姉御強すぎるぜっ!」

 

 いよいよシアはしゃがみこんでしまった。メンタルへのダメージは絶大なようだ。

 

 そしてそれは尋問官たちも同じだったようで、部屋から飛び出して来たところを二人とも殴り飛ばす。

 

 扉を開けた瞬間、俺の振りかぶった拳で吹っ飛んだ二人の兵士はそのまま伸びて動かなくなった。

 

 それから部屋に踏み込んで、蝋燭が仄かに照らす中で跪いている巨大な人影に声をかける。

 

「カム」

「ボス……ですか?」

 

 カムは、三人組よりもさらに満身創痍の様子だった。

 

 二メートルに届こうかという巨躯は十を超える枷で縛られ、至る所に裂傷やアザを拵えている。

 

「ユエ殿にシアまでも……幻覚ではない?」

「私は幻覚であってほしかったですよぉ……」

「よしよし」

「いやー痛かった、シアさんほんと強くなったね」

「センセイまで……!」

 

 茫然と俺の顔を見上げていたカムは、後から入って来たシュウジを見てさらに驚いた。

 

 それから最後に三人組を見ると、ふっと何かを悟ったようにニヒルな笑みを浮かべる。

 

「どうやらお手数をおかけしたようです。しかし、帝国兵の奴らを罵るのに忙しくて気配に気付かないとは。俺もまだまだですね」

「……父様、既にそういう問題じゃないと思います。直ぐにでも治療院に行くべきです。もちろん、頭の治療の為に……ていうか、その怪我で何でピンピンしているんですか」

「気合だが?」

 

 もう手遅れのようだった。

 

 シアが綺麗な回し蹴りをシュウジに叩き込んでいる間に、カムの拘束を解いてやる。

 

 傷の治療を拒否したカムは、台の上に乗せられていたガントレットを装着するとこちらに向き直った。

 

「ご助力、感謝します。今回の不始末もまとめて、後は自分たちでなんとかしますので」

「何をやる気だ?」

「クククク……ボスたちもきっと気に入りますぜ」

 

 ……何やら企んでいるみたいだが、まあこれ以上のヘマはしないだろう。

 

 とりあえず問題はなさそうなので、表で陽動に勤しんでいるだろう八重樫たちに連絡をする。

 

「八重樫、俺だ。こっちのやることは終わった。もう引き上げていいぞ」

『良かった……ならそうさせてもらうわ』

「俺の渡したものは役に立ったか?」

『ああ、ごん狐人族ね……ところでシューは?』

「シアの蹴り食らって悶絶してる」

『何で?』

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、無事?にカムたちを救出できた俺たちだった。

 

 




長くなってしまった……

感想を書くのって面倒なんですかね。いや、魅力がないだけか。


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もうプレデターでいいんじゃないかな 

8000文字超えちゃったぜ

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 何やら企んでいるカムたちだったが、一度パルたちと合流しておいたほうがいいという事になった。

 

 よって、ハジメの作った空間魔法を付与した〝ゲートキー〟というアーティファクトを用いて地下牢から移動する。

 

 そうして岩石地帯にやって来たハジメたちを、総勢百二十名のプレデターハウリアたちの熱狂的な歓迎が迎えた。

 

 お互いに肩を叩き合い、鳩尾を殴り合い、クロスカウンターを決め合って、罵り合いながら無事を喜び合っている。

 

「みんな元気だねぇ」

「いや、元気すぎるだろこれ。カムとかあの怪我なのに三人投げ飛ばしてるぞ」

「ち、治療してくるね!」

「ったく、重症患者だし!」

 

 治癒師二人が駆けていくのを眺めていると、彼らの耳にこちらに近づいてくる足音が届く。

 

 その足運びや足音の重さから、誰なのかを一瞬で判断したシュウジは迷いのない動きで振り返って両手を広げた。

 

 ちょうど良いタイミングで、そこにぽふっと一人の少女が収まる。その拍子にトレードマークのポニーテールが揺れた。

 

「おかえりさん雫。どったよ?」

「……お願い、少しの間こうさせて」

「そりゃいくらでも構わないさ」

 

 弱々しい声で呟く雫の頭を撫でながら、ギッとシュウジは一緒に帰ってきた光輝を睨みつけた。

 

 どういうことじゃコラと殺気を放つシュウジに、脇に勇者(笑)マスクを抱えた光輝はうろたえる。

 

「いや、その、仮面を帝国兵がバカにしてな……」

「もう、不細工なおっさんたちのくせにシズシズを貶すなんて!鈴は怒ったよ!」

「まあ、普通にこのマスクはねえけどなぁ」

 

 同じように持っていた仮面をひょいと頭の横に持ち上げ、龍太郎は疲れたようにため息を吐く。

 

 本来であれば、光輝だけあの仮面(ハジメ作)で、あとの雫たちは見事なデザインのもののはずだった。

 

 が、さすがにそこは幼馴染のよしみというか、一人だけ激しく浮くので、恥を忍んで同じものにした。

 

 その結果がこれである。見事に爆散していた。

 

「なるほどな。やっぱ今後はそこの勇者だけ同じ仮面にしよう」

「いや、せめて他のにしてくれ……これはキツい」

 

 光輝の切実な願いをシュウジがスルーしていると、()()挨拶を終えたカムが戻ってくる。

 

 香織たちによって無理やり治され、無傷になったその体には何やらただならぬ雰囲気を纏っている。

 

 シュウジは一度雫と離れ、ハジメとともに目の前に跪いたカムのことを見下ろした。

 

「まず初めに、改めてありがとうございました。まさかこんなところでボスとセンセイに会えるとは、幸運の極みです」

「うんまあ、正確には俺じゃないんだけど……」

「まあ、偶々だ。で、何があった?」

「ええ……どうやら我々は、少々やりすぎたようです」

 

 そしてカムは、これまでの経緯を語り始める。

 

 先に聞いていた通り、カムたちは魔人族同様に、あらゆる手段を用いて樹海に入り込んだ帝国兵を殺した。

 

 帝国側の被害は非常に大きく、次々と消えていく味方の姿に相当警戒をした帝国は、ある一計を案じる。

 

 それがまさしく、話に聞いた帝都での大捕り物であった。

 

 亜人族の女子供の大量誘拐、フェアベルゲンの惨状、それらによって頭に血が上ったハウリア族を誘い込んのだ。

 

 樹海を端から焼き払ったり、亜人奴隷に拷問まがいの強制をして霧を突破したりしたことも要因だろう。

 

 そうして生け捕りにされたカムだったが、当然温厚の代名詞のような兎人族がこのような化け物になっていて帝国側も驚いた。

 

 おまけに、樹海の中でもないのに真正面から何十人も帝国兵を蹴散らしたことで、その装備や変貌の理由に上層部が興味を抱く。

 

「ですが、その全てを我々は予測していました」

「ほう?」

 

 だが、ニヤリとカムは不敵に笑って言った。全てが想定内であったと。

 

「いくら血気盛んな我々でも、センセイの教えを忘れちゃいません。常に冷静に、相手の計略をも計算に入れる。それでこそ一流の暗殺者だと」

「おお、そりゃ教えた甲斐があるねぇ……俺じゃないけど」

 

 拳を握りしめているシアへの言い訳だろうか、小声で最後に付け足すシュウジにカムは頷く。

 

 それは他の兎人族たちも同じであった。メラメラと燃える炎を瞳に宿しながらも、底冷えするような冷笑を浮かべている。

 

「だから我々は、あえて相手の挑発に乗ってやることにしたのです」

「なるほどな。そうすることで帝国の懐に潜り込んだのか」

「ええ。そして俺と、こいつらが拷問されて時間を稼いでいるうちに帝都の情報を収集させました」

 

 兎人族たちの中から、特に顔つきが違う十数人が一歩前に出る。

 

 彼らはほんの数分前に合流した、カムによってわざわざ逃がされて帝国に潜伏していた尖兵たちであった。

 

 裏をかいたと思っていた帝国の、更に裏をかいていたという事実にシアと光輝たちが驚く中で、カムは言葉を続ける。

 

「必要なものは揃いました。新たに家族を迎え入れた我ら新生ハウリアは──帝国に戦争を仕掛けます」

 

 鋭い眼差しで、迷いのない口調でなされた宣言に、その場の空気が凍りつく。

 

 ハジメたち、そしてハウリアたち自身以外の全員が一切の動きを止め、カムのことを凝視している。

 

 時が止まったと言っても過言ではないほどに硬直し、虫の鳴き声すら聞こえる空気を破ったのは、シアの震える声だった。

 

「何を……言ってるんですか?父様、私の聞き間違いでしょうか?今、私の家族が帝国と戦争をするといったように聞こえたんですが」

「聞き間違いではない、確かに言った。この日のために我らはずっと備えてきた。決意は変わらん」

「ば、馬鹿を言わないでください!いよいよ手の施しようがないところまで頭がおかしくなったんですか!?」

 

 金切り声と言っても良い絶叫が、夜の岩山に響く。

 

 下手をすれば帝都を囲む外壁の巡回にまで届きそうなそれは、シアの心情を確かに表していた。

 

「確かに、そこの鬼畜によってハウリア族は強くなりました。父様に至ってはもう別種族です」

「ちょっとシアさん?今俺の悪口言わんでも良くない?」

「シュウジさんは黙っててください。ですが、たったの百人とちょっとじゃないですか。それなのに帝国と戦争?ついに血迷ったんですか!?」

「シア、落ち着いて話を──」

「落ち着けません!血迷っているのでないのなら、調子に乗ってるんですね?だったら今すぐブレードを出してください!帝国の前に私が相手になります。その伸びきった鼻っ柱を叩き折ってくれます!」

「鬼畜って言われた……否定できないけど」

「よしよし」

 

 明らかに興奮した様子で、シアは宝物庫からドリュッケンとディオステイルを取り出す。

 

 最初から奥の手である二刀流ならぬ、二槌流を出しているあたり、どれだけ怒っているのか一目瞭然だ。

 

 その瞳に宿っているのは、積極的な自殺をしようとしているとしか思えない家族への純粋な怒り。

 

 光輝たち、龍太郎と雫を除いた地球組など軽く凌駕する圧倒的圧力を淡青色の魔力と共に全身に纏い、父を見下ろす娘。

 

 普段とはまるで様子の違うシアに光輝らが驚く中で、カムはどこまでも冷徹な目でシアのことを見上げていた。

 

「一旦落ち着け、この早とちりウサギ」

「ふひゃっ!?」

 

 しかし、そんな剣呑な父と娘の睨み合いは、むんずとハジメがシアのウサ尻尾を掴んだことで祝った。

 

「ひゃぁん!?だめぇ、しょこはだめですぅ~!ハジメしゃん、やめれぇ~」

「私も」

「ああぅうっ!?」

 

 そこに、ウサギがウサミミをコリコリしてさらなる刺激を与える。

 

 快感的気持ち良さと快楽的気持ちよさ、その両方を同時に与えられたシアは、なすすべなく崩れ落ちた。

 

 四つん這い状態になったシアは、荒い吐息を吐きながら、潤んだ瞳で二人を恨めしげに見る。

 

 何人かが前かがみになる中で、ハジメとウサギは片方ずつシアのウサミミを弄る。手つきの巧さに安心したような顔になった。

 

「ちょっとは落ち着いたか?話を聞こうとしてるお前が、逆に頭に血が上ってどうする」

「……確かにそうです。すみませんでした父様。私、話も聞かずに……」

「謝ることはない。娘が父を、家族を心配してなにが悪いというのだ。それよりも……」

 

 穏やかな顔で娘のウサミミを弄るハジメを見て、ニヤリとカムは笑う。

 

「随分ボスに可愛がって貰ってるな?孫が見れるのはいつだ?うん?」

「みゃ、みゃごっ!?そんな、父様、私まだそんなんじゃ……」

 

 赤面してアワアワとしているシアをハジメたちが宥めている間に、シュウジがカムに確認をとる。

 

「さっき必要なものは揃ったって言ってたな。それに帝都の情報を集めてたってことは……」

「センセイの思っている通りです。なにも真正面から馬鹿正直に殺し合おうなどとは思ってません。まあ、それでも負けるつもりはありませんがね」

 

 クックックックッ、と笑うカムに、他のプレデターハウリアたちも怪しげな笑いを浮かべた。

 

 実際、彼らは白兵戦においても一騎当千の力を持つだろう。カインはそれだけの厳しい訓練を施した。

 

「ですが、気配を消すことにかけては随一の我ら。ここは得意分野で……暗殺を仕掛けようと思います」

「なるほど、だからわざと帝城に捕まってた訳だ」

「ど、どういうことだ?」

 

 話についていけない光輝が質問すると、シュウジは心底面倒そうな顔をした。なので、代わりに雫が補足をする。

 

「お城には皇帝陛下を筆頭に、一族と国の重鎮が集まっているでしょう?だからカムさんたちに目を向けさせて、その間に帝城の内部についても情報を集めた……違うかしら?」

「ご名答ですぜ、雫の姉御。お初にお目にかかりましたが、さすがはセンセイの伴侶です」

「あ、姉御……」

 

 また新たに増えた呼び名に雫がふらつく。しかし後に続いたシュウジの伴侶という表現に、どうにか踏みとどまった。

 

「城の中でさえ、もはや我らの庭のようなもの……我々の手で、必ず奴らに恐怖を植えつけてやりましょう」

「つまり、俺たちの手は借りずにカムさんたち自身でやるってことか」

「ええ。偶然にもこうして再会できましたが、元よりそのつもりでしたからね」

 

 それもそうだ、と頷くシュウジ。

 

 シアのウサミミをモフりながらも聞いていたハジメも、ここで頼ってくるような軟弱者でないと聞いてふっと笑う。

 

「で、戦争の動機は?」

「先ほども言いましたが、我々兎人族は帝国の興味を強く引いた。それも極めて強い興味を。帝国は実力至上主義を掲げる強欲な者達が集う国で、皇帝も例には漏れません。そして、弱い者は強い者に従うのが当然であるという価値観が性根に染み付いている」

「つまり、皇帝が兎人族狩りでも始めるって言いたいのか?殺すんじゃなくて、自分のものにするために?」

「肯定です。尋問を受けているとき、皇帝自らやって来て、〝飼ってやる〟と言われました」

「なんだそのギャルゲーみたいな展開」

 

 質問に答えるカムに、ハジメの脳裏にスイーツなBGMとキラキラな背景、その中で決めポーズの皇帝が思い浮かんだ。

 

 南雲ハジメ、若干17歳。父親のゲーム会社でバイトしているために、思考が一部製作者のものになっていた。

 

「その場で顔に唾を吐きかけてやりましたが、むしろ気に入られてしまいました。全ての兎人族を捕らえて調教してみるのも面白そうだなどと、それは強欲そうな顔で笑いまして。断言しますが、あの顔は本気です。再び樹海に進撃して、今度はより多くの兎人族を襲うでしょう」

「で、もし壊滅状態のフェアベルゲンに兎人族の受け渡しでも要求されたら……」

「そうです。我らのせいで他の兎人族の未来が奪われるのは……流石に、耐え難い」

 

 今この場にいる兎人族たちが強いのは、最初にカインが行った魔改造と、その訓練法を受け継いだカムたちがいるから。

 

 もしそのような状況になった時、何も知らない兎人族たちは殺され、あるいは愛玩用に奴隷となる。

 

 いくらフェアベルゲンから追放されたと言えど、このプレデターたちにも同族を思う気持ちくらいは残っていた。

 

「流石にカムさんたちでも、皇帝とその一族をサクッと……なんて考えちゃあいないよな?」

「無論ですよセンセイ。あちらも国のトップだ、暗殺の対策はしてあるでしょう。ですが、周りの人間が一人、また一人と消えていったら?」

「……なるほどな。本丸を叩くんじゃなくて、少しずつ精神的に追い詰め、自分たちの手に負えない脅威だと思わせるってことか」

 

 静かに頷き、カムは肯定の意を示す。

 

「最終的に、亜人族との不干渉を確約させるところまで持っていこうと思います」

「それまで相手が待つと思うか?」

「さて、それは我らの腕次第でしょうな」

「リスクが高いねぇ」

 

 シュウジの零した言葉に、シアはハッと顔を青ざめさせた。

 

 家族は今、一手でも間違えれば一族諸共滅びる賭けに出ようとしている。文字通り、存亡をかけた戦いだ。

 

 同族を見捨てて逃げることもできるだろう。おとなしく帝国に恭順することもできるだろう。

 

 だが、あえて戦うという、最も過酷な道を選んだのだ。

 

「父様……それにみんなも……」

「シア、そんな顔をするな。全て承知の上だ。もう逃げることや蔑まれること、何より滅びることを諦めて受け入れたくはないのだ」

「でも!」

「これは我らの誇りだ。もう昔とは違うのだと、我らはお前たちに踏みつけられる存在ではないと、ここで証明し、生きる権利を勝ち取ってみせる」

 

 この世界は弱肉強食。勝利したものが正義となり、負けたものは惨めに悪の汚名を背負うことになる。

 

 だからこそ力こそが全ての帝国は大きな顔をしてきた。それを踏みにじり、生存という名の正義を勝ち取る。

 

 その決意が、確かにカムたちの目の中には存在していた。

 

 強い信念に満ちたカムたちの瞳を見て、光輝は負けたような気持ちを抱く。

 

(……すごいな。この人たちも、自分の誇りを持っている。なすべきことのために、辛い選択をすることを決心している)

 

 同時に、強烈な憧れをも感じていた。

 

 信じていた借り物の正義を捨て、本当の自分を見つけることを目指す彼にとって、ハウリアの姿勢は一つの理想だったのだ。

 

 生きることとは、選ぶこと。時にそれがどれだけ過酷なことであろうとも、逃げずに立ち向かわなくてはいけない。

 

 その覚悟を、この場にいる兎人族という、本来弱い者達から思い知らされた。

 

「だから、振り向くな。我らが愛する娘よ」

「父、様……」

「お前は決意したはずだ。ボスと共に未来へ進むのだと。ならば、我らという過去を振り返らずに真っ直ぐ進め」

 

 狩人でも、族長でもなく、父としてカムはシアの背中を押した。

 

 泣きそうな顔を俯かせるシアを慈愛のこもった目で見て、カムは無言で見守っていたハジメに頭を下げた。

 

 まるで、娘を頼みますとでも言うように。それに続いて次々と頭を下げていく兎人族達に、光輝たちが息を呑む。

 

「そっか。じゃあ頑張りなさいな」

「北野!?」

 

 それを見て、あっさりと踵を返したシュウジに光輝が吠えた。

 

 それは非難の声ではない。ただ単に、骨の髄までこびりついた正義感から発せられた弾みのようなものだった。

 

 それを自覚し、名前を呼ぶ以上のことをしなかった光輝を一瞥して、シュウジはハジメの肩を叩く。

 

「で、お前はどうする?」

「……俺も手出しをするつもりはない。これはこいつらの戦いだ。俺たちが介入すれば、それは覚悟を踏みにじることになる」

「ハジメ、さん……」

 

 振り返ったシアが、悲痛そうな顔でハジメの名を呼ぶ。

 

 そして口を開き変えて、止めた。

 

 覚悟を踏みにじるという最愛の男の言葉が、その先を……助けを請うことを思い止まらせた。

 

 再びシアがうつむいた所で、シュウジが不意に耳元で何かを言った。それを見たユエ達は首をかしげる。

 

 内容を聞いたハジメはため息をつきながら、とりあえずシアに言葉を投げかけた。

 

「それに、強さを示さなければいけないのはハウリアだ。俺たちがそうしたところで、俺たちがいなくなれば逆戻りだ。お前もわかってるだろ?」

「……はい」

「でもよぉシアさん、何も手伝うのはタブーってことはないんじゃないかい?」

「……え?」

 

 続くシュウジの言葉に、シアは間抜けな声を漏らしながら顔を上げた。

 

「ぶっ!?」

 

 そして吹き出した。何故ならハジメとシュウジが、ジョ○ョ的なポーズで体を寄せ合っていたので。

 

 まるで樹海でのハウリアたちの名乗りに返すようなそれに、おおっと兎人族たちが沸き立つ。

 

 同時に、またくだらないことをやり始めたとユエ達はため息を吐いた。勇者組は顔を引きつらせている。

 

「そう。俺たちが手を出しちゃあおしまいだ」

「だが、うちの元気印のお前がそんな顔をしてるんだ。黙って引き下がるなんて俺の誇りが許さねえ」

「あの……ちょっと、お二人とも」

 

 無駄にキマっている横顔で話す二人に、プルプルとシアは震えた。

 

「だから俺たちも手を貸そう。シアさんが泣くような作戦は、仲間として見過ごせねぇ」

「ちょ、プフッ、ちょっと、お二人とも……」

「ああ。だからハウリアども、お前らは直接皇帝の首に刃を突きつけてやれ。そして目の前で家族を、友を、部下を組み敷き、帝国の何もかもを見下してやれ」

「だから、そのポーズ、を、やめ……」

「「そして示してやれ……お前達こそが帝国の破滅の象徴だと!」」

 

 示し合わせたようにこちらを振り向いた二人の周りに、バァアーン!という文字と効果音が浮かんだ。

 

 シュウジの幻覚魔法である。こんなこともあろうかと開発しておいた、無駄にクオリティの高い無駄な技術であった。

 

 シリアスな雰囲気は何処へやら、限界に達したシアが腹を抱えて崩れ落ちる。兎人族達はハイテンションだ。

 

「帝国を制圧し、蹂躙し、お前達を敵に回したが最後逃げ場など無くなったのだと思い知らせろ!」

「「「「「「「「「Sir,Yes,Sir!!」」」」」」」」」

「おいおい兎ちゃん達、声が小さいぞ?それでもこの北野シュウジが育て上げた殺し屋か!まるでなっちゃあいないぜ!?」

「「「「「「「「「Sir,Yes,Sir!!」」」」」」」」」

「よぉし!その声の大きさがハッタリでないと証明してみせろ!雑魚など構うな、キングを殺れ!」

「「「「「「「「「「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」」」」」」」」」」

「いいか、お前達はこの北野シュウジが胸を張って誇れる捕食者(プレデター)だ!研ぎ澄ませた意地の刃を突き付け、頭蓋を引っこ抜いてやれ!」

「「「「「「「「「「ビヘッド! ビヘッド! ビヘッド!」」」」」」」」」」

「膳立てはするが、主役は貴様等だ! 半端は許さん! わかってるな!」

「「「「「「「「「「Aye,aye,Sir!!!」」」」」」」」」」

「宜しい!その煮えたぎる血と、運命を覆す底意地を奮い立たせろ!新生ハウリア族、百二十二名で……」

「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」

「「帝城を落とすぞ!」」

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAA!!!!」」」」」」」」」」

 

 阿鼻叫喚であった。

 

 お膳立て?いいや、そんなものでは収まらない。敬愛するボスと師匠からの鼓舞を受けたハウリアは万倍の勇気を手に入れた。

 

 道は開くと言ってくれた。それならばこの世界最強の狩人として、皇帝の首程度跳ねられなくてどうする。

 

 闘志、野心、殺意、戦意、その他ありとあらゆる熱がつまった雄叫びが岩石地帯に響き渡った。

 

「兎様お願いします夢には出てこないでください」

「だからしっかりしろ谷口!」

「……雫。あれの片方お前の彼氏だろ。なんとかしてくれ」

「無理よ光輝……でもちょっとかっこいい」

「雫!?」

 

 ガタガタと震える鈴、それを必死に揺さぶる龍太郎、唖然とする光輝と、ほうっと恍惚の溜め息を吐く雫。

 

 一方でいつもの悪ふざけに途中から慣れていたユエたちは、呆れたり微笑んだりと、様々な反応を示す。

 

「はぁ……変わってないっていうか、悪化してるっていうか」

「う~む、すごいのぉ~。兎人族がここまで変わるとは。流石、ご主人様とシュウジ殿じゃ。あっさり帝国潰しを目的にしよるし。堪らんのぉ~。あんな気勢でご主人様に罵られてみたいものじゃ」

「うるさい、よ?」

「……黙れ変態ドラゴン」

「っ!? ハァハァ」

「うん、ティオさんはちょっと自重しようね? それより、シアの表情見てよ、ユエ。笑いながらも蕩けてるよ」

「……ん、可愛い。シアが泣かないためだから……嬉しくて当たり前」

「だよね~。いいなぁ、私も、あんな風に言われてみたいなぁ~」

 

 そんなこんなで、ハウリアとシュウジたちによる帝国落としが決まったのであった。

 

 なお、ジ○ジョポーズをやめたハジメに、一週間分ほど笑い終えたシアがしばらくの間くっついていた。

 




次回からちょくちょく光輝と御堂さんが絡む予定です。

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このクソッタレな帝国に終焉を! 1

今回は光輝の視点です。

彼も成長中。楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 光輝 SIDE

 

 

 

 初めて見たヘルシャー帝国の帝城は、凄まじい威圧感を放っていた。

 

 前に聞いた話では、幅二十メートルはある水路には魔物が住み、城壁には魔法的防御措置があるらしい。

 

 おまけに入城する審査もかなり厳しくて、こうして列に並んでる俺たちを城壁の上から巡回の人が厳しい目で見ている。

 

 ……そう、見ているのだ。帝城に入る人の列に並んでいる俺たちを、帝国の兵士が。

 

「……な、なあ南雲。本当に大丈夫なのか?」

 

 思わず後ろで、ユエさんやシアさんと仲睦まじくしている南雲にそう聞いてしまう。

 

 面倒くさげに俺の方を向いた南雲は、胡乱げな眼差しで見てくる。

 

「あん? 今更怖気付いてんのか?」

「そういう訳じゃないが……」

 

 兎人族の人たちの計画を聞いて、陽動として加担までした上で、こうして堂々と正面から帝城に入ろうとしている。

 

 そのことに言いようのない不安を覚える。もし門番の前まで行って、バレたらどうしようかと。

 

 まあ、あの仮面は南雲の作ったアーティファクトらしいから平気だろうが……

 

「だったら大人しくしてろ。むしろそうやって狼狽てる方が怪しい」

「わ、わかった」

 

 たしかに、そわそわしてる方が怪しまれるよな。ここは毅然とした態度で臨もう。

 

「ん、あれ?兎さんやないか!」

「ふぇ?」

 

 なるべく自然体でいようと頑張っていると、後ろからそんな声が聞こえた。

 

 振り返ると、他のみんなも後ろを見ている。そこには軍服っぽいものをきた双子が立っていた。

 

 そのうち女の人の方がシアさんを指差して、嬉しそうに笑っている。あの二人は確か、騎士団の……

 

「ソウさん!どうしてここに!?」

「ちょいと野暮用でな!ウサギさんこそどしたん〜、こないな粗野な国におったらあかんで?」

 

 シアさんと、ソウと呼ばれた女性は手を取り合ってきゃっきゃとはしゃぐ。

 

 南雲は見ているだけで特に何も言わない。つまりあの二人は危険な相手ではない、ということだろう。

 

「アンカジ以来やな、シュウジの旦那。けったいな落ち込み方しとったけど平気かいな?」

「絶好調も絶好調さ。そっちも……気分は悪くなさそうだな」

「まあ、ぼちぼち……な」

「っ!?」

 

 な、なんだ!?あの男、一瞬だがとても恐ろしい顔で笑った!無意識に剣の柄に手がかかるほどに!

 

 しかし、そうやって身構えているうちに男の顔は元に戻っていた。見間違い、だったのか……?

 

「ん、あー……」

「?どうかしましたかソウさん?」

「いやな。ちょいとウサギさんの彼氏さん、ええか?」

「いや、彼氏じゃないんだが……なんだ?」

「ええとな……」

 

 ソウさんが、何やら南雲に耳打ちする。

 

 南雲は一瞬驚いたような反応をして、それから面倒臭そうにため息を吐いた。一体何を言われたんだ?

 

「あー……シア、耳を貸せ」

「なんですかハジメさん?」

 

 今度は南雲がシアさんに耳打ちをして何かを言うと、彼女の顔が尋常でないくらい強張った。

 

 ただならぬその表情に思わず一歩踏み出すと、シアさんの頬を南雲が引っ張る。するとシアさんは驚き、それから照れた。

 

「気にすんな。もしそうなっても、俺が守ってやる」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 ……なんか、解決したみたいだ。よく分からないけど、俺が口を挟んでもどうにかなるわけでもなさそうだった。

 

 そうやって心の中で自然に線引きした自分に少し驚きながら、俺は南雲たちのことを眺めていた。

 

「そんじゃ、うちらはもう行くわ。やることがあんねん」

「そうなんですか?残念ですぅ」

「そらうちもや。いつもちょびっとしか一緒におれんでな。今度はお茶でもしよなー!」

 

 元気よく手を振ったソウさんは、北野と話していたもう一人と一緒にどこかへ行ってしまった。

 

 見送っているうちに列が動いて、俺たちの番になる。一応俺が先頭なのだが、門番の人は訝しげな顔をした。

 

「見慣れない顔だな……許可証を出してくれ」

「いや、許可証はないんですけど、代わりにこれを……」

「ステータスプレート……?」

 

 帝城に入るために必要な許可証の代わりに、懐からステータスプレートを取り出して手渡した。

 

 門番の人はジロジロと、俺たちの鎧や武器を見た。まあ、お城に入るのにはちょっと無骨かもな。

 

 疑わしげに俺たちを一通り見た門番の人は、ステータスプレートに視線を落として……目を見開いた。

 

「こ、この天職……〝勇者〟?王国に召喚された神の使徒の?」

「はい、その勇者です。こちらにいるリリアーナ姫と一緒に来たのですが、ちょっと事情があって後からやってきました」

 

 答えながら、強い違和感を感じた。

 

 まず一つ目に、この世界が、神のゲームの盤上だと聞いたから。神の使徒という称号に寒気を感じた。

 

 次に、これまでずっと誇ってきたはずの〝勇者〟という称号に。俺にはその名前にふさわしい中身などないというのに。

 

「しょ、少々お待ちください!今確認をとってまいります!」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 そんなことをぼんやりと考えていると、いつの間にか集まっていた数人の門番の人たちが上に取り次いでくれるようだった。

 

 猛ダッシュで帝城の中に消えていく兵士の人たちとは裏腹に、南雲たちを含めて俺たち全員、詰所の中に通される。

 

 待合室みたいな場所でしばらく待っていると、廊下の方からドタドタと足音が聞こえてきた。

 

 ほどなくして入ってきたのは、さっきとは違う兵士の人だった。特に大柄な人が、俺たちをジロジロと見る。

 

「こちらに勇者殿一行が来ていると聞いたが……貴方達が?」

「あ、はい、そうです。俺達です」

 

 なんだか無遠慮な視線に居心地の悪さを感じながらも、どうにか受け答えした。

 

 その人は俺の他にも、いつも通りの南雲たちや、雫とくっついてる北野、そして……シアさんを見つける。

 

 その瞬間、兵士はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。身の毛もよだつような感覚に思わず身が竦む。

 

「確認しました。自分は、第三連隊隊長のグリッド・ハーフ。既に、勇者御一行が来られたことはリリアーナ姫の耳にも入っており、お部屋でお待ちです。部下に案内させましょう」

「は、はあ、どうも」

 

 例えようのない気持ち悪さを感じながら、差し出されたステータスプレートを受け取った。

 

「ところで勇者殿、その兎人族は? それは奴隷の首輪ではないでしょう?」

「え? いや、彼女は……」

 

 ……どうやって答えればいいんだ?

 

 確かにシアさんがつけているのは、首輪ではなくてチョーカーっぽいアクセサリーの様に見える。

 

 かといって、南雲の恋人と言うにはなんだか複雑な様だし……というか、俺に聞かれても困るんだけどな。

 

 そんな風に迷っている俺に見切りをつけたのか、グリッドさんはシアさんの方を見る。

 

「よぉ、ウサギの嬢ちゃん。一つ聞いていいか……俺の部下はどうしたんだ?」

「部下?……っ、あなたは」

 

 な、なんだ。シアさんがいきなり顔を青ざめさせたぞ!?

 

 部下ってなんのことだ?もしかしてまた俺の知らない、どうしようもないことが目の前で起きてるのか?

 

「おかしいよな?俺の部下は一人も戻ってこなかったのに、お前はなんで生きてるんだ?あぁ?」

「ぅあ……」

 

 にじり寄るグリッドさんに、シアさんは気圧された様に後ずさる。

 

 その光景に、思わず彼の肩を掴んでいた。

 

「……勇者殿、何か?」

「あの……それくらいで」

 

 何もわからない、でも南雲の仲間が嫌なことをされているのだけはわかった。

 

 これが正しいことなのか。正直、今この瞬間だって迷ってる。もしかしたらシアさんの方が悪いのかもしれない。

 

 だけどここで見ているだけなのは、凄く嫌だ。それだとまた、言うことだけは偉そうな俺に戻りそうだったから。

 

「……問題ありませんよ勇者殿。少しこの亜人に聞きたいことがあるだけなんで」

「あっ」

 

 だが、強く肩を前に突き出されたことで、あっさりと俺の手は振りほどかれる。

 

 それ以上は何もできない悔しさを感じながらシアさんを見ると……彼女は、ユエさんとウサギさんと手を繋いでいた。

 

 微笑む彼女の目は、少し目を離した隙にもう強いものになっていて……その後ろで、南雲が不敵に笑った。

 

「あなたの部下の事なんて知ったことじゃないですよ。頭悪そうな方達でしたし、どこかで魔物の餌になったんじゃないですか? ですので、私のことであなたに答える事なんて何一つありません」

「……随分と調子に乗ったこと言うじゃねぇか、あぁ? 勇者殿一行と一緒にいるから大丈夫だとでも思ってんのか?」

 

 俺への丁寧そうな態度とは打って変わって、とても粗暴な口調になった。

 

 まただ。ただ種族が違うというだけで、こんなにも簡単に、人を人とも思わずに貶められる。

 

 ……俺がなんの覚悟もなく、魔人族と戦おうとしていたみたいに。

 

「奴隷じゃないなら、どうせその体で媚でも売ってんだろ? 売女如きが舐めた口を利いてんじゃねぇぞ」

「っ、流石に言い過ぎ──」

「おい、下っ端」

 

 俺が口を開く前に、南雲の声が割り込んだ。

 

 グリッドさんが、南雲の方を見る。怒りで引き攣った顔とは裏腹に、あいつは鬱陶しそうな顔だった。

 

「なんだと……」

「いつまで無駄口叩いてんだ下っ端。お前の役目はもう終わってるだろうが。ガタガタ言ってないでさっさと引っ込め」

「てめ……」

「それでもまだ身の程を弁えられないなら……うちの狂犬がその喉食いちぎるぞ?」

 

 付け加えて「もちろん俺もな」という南雲の隣で、ソファに座っていた北野がいつの間にかナイフを持っていた。

 

 今のままで気が付いていなかったことを後悔するくらいに……その瞳は、静かな殺意に満ちていた。

 

「これ以上俺の仲間を貶すなら、一生その薄汚い、冷蔵庫の隅に何年も放置されてた腐った肉みたいな舌とおさらばしてもらうぜ?」

「……っ!」

 

 グリッドさんの顔が真っ赤に染まって、激怒していることがわかる。

 

 だが、今にもナイフを投げそうな北野のせいか、それとも〝勇者〟の俺がいるからか、黙っていた。

 

 南雲と北野を睨みつけるグリッドさんに少し引きながら、俺たちは青い顔をした兵士に案内してもらう。

 

「南雲、もしかしてさっき入場門の時に言ってたのって……」

 

 歩く道すがら、南雲に話しかける。

 

「まあ、首輪もしてなかったらああなるだろうってことだ。なにせここは帝国の中枢だからな」

「そうだったのか……」

「で、なんでお前は口出ししてんだ?」

「っ、すまない。迷惑だったよな……」

 

 あの時すでに南雲はシアさんを守ると言っていたのだし、俺は完全に邪魔だった。

 

 後悔はしていない。だが余計なことをするなと言われたようで、少し落ち込んだ。

 

「ま、少しは成長したんじゃねえの」

「え……」

 

 南雲が、俺のことを褒めた……?

 

「あと一歩あいつがこっちに踏み込んでたら、シュウジが目と鼻、耳、それと手の指辺りは飛ばしてたからな」

「え」

「よかったな天之河、お前はあの下っ端を救ったぞ?」

 

 クツクツと面白そうに笑う南雲に、自分の頬が引きつるのがわかった。

 

 北野ならやりそうだな……オルクスでも雫を傷つけたあの魔人族に、あれだけ怒っていたんだから。

 

 ちらりとあいつを見ると、さっきよりもっとすごい殺意を込めた目で睨まれたので慌てて前を向く。

 

「──ふふ。木偶の坊も少しは卒業かしら?」

「ッ!?」

 

 もう一度、後ろを振り向く。

 

 だが、北野たち以外は誰もいない。ただ俺のことを不審げに見る視線以外は何も。

 

「光輝、どうしたの?」

「……なんでもない」

 

 幻聴か……?

 

 

 

 

 雫の言葉に誤魔化すように答えて、俺は前に進んだ。




さて、次は皇帝を処刑か。

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このクソッタレな帝国に終焉を! 2

最近、書いているときに時折酷く虚無感と冷めた気分を感じることがあります。

今回はハジメサイド。グロ発言注意。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 ハジメ SIDE

 

 

 

 城に入ってすぐ、客室にいた姫さんに捕まった。

 

 天之河たちの囮の件や、なぜ帝国にいるのかなどあれやこれやと聞かれたが、軽くスルーした。

 

 それから皇帝にこの世界の真実、王国の侵攻のことや、姫さんがこんなに早く帝国に到着できた理由などを話したことを聞いた。

 

 で、いよいよ皇帝陛下とご対面したが……

 

 

 

『………………』

 

 

 

 三十人くらいは座れそうな縦長のテーブルだけが置かれた、質素な部屋。

 

 おそらく会議などに使われているのだろう室内は今、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。

 

 好きなように座った俺たちに対して、上座にいるのがこのヘルシャー帝国の支配者、ガハルド・D・ヘルシャー。

 

「……」

 

 部下が壁の裏に二人、天井に四人、両脇に二人と、万全の体制で出迎えた皇帝は……俺たちと一緒に黙りこくっていた。

 

 その原因は──俺の隣でニコニコと、いっそ恐ろしいほど爽やかに笑っているシュウジ。

 

「で、あんたが皇帝か?」

 

 ビクッと皇帝の体が跳ねる。

 

 底冷えするという言葉をそのまま体現したような声音は、幾つもの迷宮をくぐり抜けた俺たちでさえも鳥肌が立った。

 

 現に、威厳溢れる荒くれ者どものトップのはずの皇帝様は、まるで叱られている子供のように両手を膝の上に置いている。

 

「俺は質問をしたんだけどな?」

「っ、あ、ああ。俺がこの国の皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーだ」

「あっそう。俺は北野シュウジ。こっちは親友の南雲ハジメ。以後お見知り置きを、コウテイサマ?」

 

 全く敬意などこもっていないことが、この皇帝に同じように畏敬の念を持っていない俺にはわかった。

 

 本人も同じように感じたようで、若干苛立ったな顔でシュウジを見ようとして……冷徹なその目にすぐ顔を落とす。

 

「おいおい、そんな顔をするこたぁないだろう? まるで俺が、今すぐにでもあんたを殺そうとしているような反応じゃあないか?」

「……そ、そうだな」

 

 俺の「間違いなく殺す気だろ!」という内心が、他の全員と共通したことを不思議と感じ取った。

 

 一言一言、全てが抜き身の刃のような錯覚さえ覚えるほどに、その笑顔の下から尋常でない殺気が漏れ出している。

 

 千年物の記憶から作られる熟成された殺意は、物理的な重圧すら有していたのだ。

 

 理由は……まあ今更聞くまでもなく、この哀れな皇帝が八重樫に言い寄ったことなのだろう。

 

「もっとフランクにいこうぜ。なんなら今から口調を改めるかい?ん?」

「いや、そのままでいい……それよりもその殺気を収めやがれ……喉が引きつって……ろくに話せねえ」

「これはおかしなことを言うなあ。コウテイサマの前で殺気なんて、出すはずがないだろ?」

 

「いやダダ漏れだよ!なんならそれだけで皇帝の首が飛びそうだよ!」という内心が以下略。

 

 そのうちナイフを抜きそうな雰囲気のシュウジに戦々恐々としていると……すっと八重樫があいつの手に自分の手を重ねた。

 

「シュー。それくらいにして」

「……ま、お前がそう言うのなら」

 

 やや間を置いて、すっと一瞬でシュウジの殺気が霧散する。

 

 その瞬間、気絶しかけていた姫さんやその護衛たちが荒く息を吐いた。あと数秒遅ければ気絶してただろう。

 

 ユエたちもほっと安堵している。気分が悪くなったのか、香織と美空は互いに回復魔法をかけていた。

 

「で、なんだっけ?コウテイサマは何やら俺たちに聞きたいことがあるみたいだな」

「ああ。だが、それよりも前に……」

 

 ちらり、と重ねられたシュウジと八重樫の手を見る皇帝。

 

 もしかして、このおっさんあれだけの殺気を当てられてまだちょっかいかけようってのか……どんだけ図太い神経してんだ。

 

 半ば感心じみた気持ちを抱いていると、「ああ!」と態とらしく声をあげてシュウジが反応する。

 

「言い忘れてたわ。なんか前に雫にちょっかいかけたみたいだけどよ」

「きゃっ!」

 

 シュウジがグッと力強く八重樫のことを抱き寄せる。その拍子に、普段はしっかりした八重樫の口から可愛い悲鳴が漏れた。

 

 だが、そんなものを気にする余裕も与えないと言わんばかりに、シュウジは不敵に笑って宣言する。

 

「こいつは俺のもんだ。今までも、これからも、ずっと先の来世までな」

「ほう……?」

「しゅ、シュー。恥ずかしいわ」

 

 もじもじしてるが、八重樫の表情は全然まんざらでもなさそうである。なんなら自分から体を寄せている。

 

「……そうかい。なら、今は諦めるとするかね」

 

 案外あっさりと皇帝は手を引いた。姫さんの話じゃとんでもない女好きって話だったが。

 

 そんな俺の視線を感じ取ったか、頬杖をついた皇帝はひらひらと呆れ笑いで手を振った。

 

「これでも俺は皇帝だ。下手にちょっかいを出して、俺もろとも民を皆殺しにされたんじゃ敵わんからな。そいつはそれができる。それに、この様子だとそいつがくたばりでもしなければ靡きそうにないしな」

「その程度で済めばいいけどな」

 

 最悪、存在を歴史から抹消されるだろう。あれだけ使うなと諫めている〝抹消〟さえ使いかねない。

 

 口にしない俺の考えを察したか、いよいよ扱いきれないとでも言うように皇帝はかぶりを振った。

 

「皇帝陛下」

「なんだ雫、もしや俺に興味が湧いてきたか」

「いえ、まったくこれっぽっちも」

 

 即答だった。皇帝の後ろの護衛たちが苦笑いしている。

 

「一つ訂正しておきます。たとえシューが死んでも、私はシューしか愛しません」

「……こいつは驚いた。なんの躊躇もなくそこまで言うか」

「ええ。私は彼のものだし……彼はずっと、私のものですから」

 

 ふふ、と笑う八重樫の微笑は、ユエや美空がいる俺でさえもどきりと心臓が高鳴るほど妖艶だった。

 

 さらにシュウジの首筋に少し爪を立てながらつつ……と指を這わせ、恍惚の表情を浮かべている。

 

 その命も人生も私が握っていると、そう言わんばかりに。

 

 ……もしかしなくてもあいつが一番ヤバいんじゃね?

 

「……はぁ。ったく、俺の前で睦まじくしやがって」

 

 ちょっと危ない目をしている八重樫に引いていると、皇帝がため息を吐いた。

 

「ここまでのことは俺の正室にも言われたか怪しいな。もうそこまで見せつけられたら、十分だよ」

 

 どうやら、かろうじて帝国民もろとも血祭りは回避できたようだ。

 

「ところでお前、北野シュウジだったか? あと一つだけ聞きたいんだが……」

「雫の前で下品なこと聞いてみろ。あんたの次の晩飯は自分の舌で作ったベーコンだ」

 

 ガチギレだった。

 

 例の一件からちょくちょく感情的になるが、かつてないほどキレている。発言がもうサイコパスのそれだ。

 

 なんとなく皇帝が聞こうとしていたことを察したのだろう、護衛が呆れた目で見ている。大丈夫かこの国。

 

「だがまあ、答えるとすれば。雫の心も、瞳も、唇も、その先も、全部俺だけのものってことさ」

「そうかい。ったく、俺もとんでもない剣山に片足を突っ込んだもんだ」

「言い得て妙だな」

 

 指の一本でも触れれば、そのまま腕ごと切り裂く凶刃。そんな表現がきっと正しい。 

 

 一通り恐怖体験(Presented by シュウジ)が終わったところで、皇帝の雰囲気がガラリと真面目なものに変わる。

 

 その瞳は真っ直ぐに、俺のことを見ていた。

 

「リリアーナ姫からある程度は聞いている。南雲ハジメ……お前のことをな」

「ほう?」

「大迷宮攻略者であり、そこで得た力でアーティファクトを創り出せると……魔人族の軍を一蹴し、二ヶ月かかる道程を僅か一週間足らずで走破する、そんなアーティファクトを。真か?」

「ああ」

 

 特に隠すこともないので答えると、皇帝の目が鋭くなる。

 

「そして、そのアーティファクトを王国や帝国に供与する意思がないというのも?」

「ああ」

「ふん、一個人が、それだけの力を独占か……そんなことが許されると思っているのか?」

「誰の許しがいるんだ? 許さなかったとして、何が出来るんだ?」

 

 脅しをかけているようだが、この程度の殺気ならオルクスの魔物どもで慣れている。

 

 後ろの姫さんや護衛たちは皇帝から溢れ出る覇気にまた苦しそうにしているが、こんなものは()()()だ。

 

 ついでに、部屋の中に隠れている奴らに出されていた紅茶を啜るついでにちらりと目をくれてやる。

 

 すると、奴らはわずかに動揺した。うちのやつとは比べるまでもないな。

 

「はっはっは、止めだ止め。ばっちりバレてやがる。こいつは正真正銘の化け物だ。今やり合えば皆殺しにされちまうな!」

 

 突然皇帝が豪快に笑った。途端に覇気が収まり、再びほっと姫さん達が胸を撫で下ろす。

 

 俺のことを面白そうに見た皇帝は、もう一度八重樫とイチャついてるシュウジを見る。

 

「俺の覇気を風のように受け流す強力無比なアーティファクトを持つガキと、殺意だけで俺たちを窒息死させかけるガキか。王国にはとんでもないのがいるな」

「ええ。本当に私も、心底そう思いますわ」

 

 キッと睨んでくる姫さん。どうやら昨晩の騒ぎのことを根に持ってるらしい。

 

 さらっと目線も合わせずスルーすると、項垂れた姫さんの「私、王女なのに……」というお決まりの呟きが聞こえた。

 

「もしかして、そのガキもお前のアーティファクト……とかじゃねえだろうな?」

「バカ言え、そんなんだったらとっくに首輪つけてるわ」

「ちょっとハジメさん?人のこと犬扱いするのはやめてくれない?」

 

 犬っていうか死神だけどな。

 

「それにしても、お前が侍らしている女達もとんでもないな。どこで見つけてきた? こんな女共がいるとわかってりゃあ、俺が直接口説きに行ったってぇのに……一人ぐらい寄越せよ南雲ハジメ」

「馬鹿言うな。ド頭カチ割るぞ……いや、ティオならいいか」

「っ!? な、なんじゃと……ご、ご主人様め、さり気なく妾を他の男に売りおったな! はぁはぁ、何という仕打ち……たまらん! はぁはぁ」

「ダメ。ティオはあげない」

「う、ウサギ、お主……」

「尻尾の抱き心地が、いいから」

「はぅんっ!まさかの抱き枕程度の扱い!誇り高き種族である妾が、んっ……下着変えねば」

 

 紅潮した顔から一転、真顔になっていそいそと部屋を出ていくティオに俺は皇帝を見る。

 

「ちょっと問題あるが、いい女だろ。見た目だけは」

「すまんが、皇帝にも限界はある。アレは流石に無理だ」

 

 チッ、どうせなら押し付けていこうと思ってたんだが。

 

 変態を処分できなかったことに内心舌打ちしていると、今度はシアのことを見る皇帝。先ほどよりいくらか鋭い目つきだ。

 

「俺としてはそちらの兎人族の方が気になるんだがね。そんな髪色の兎人族など見た事がない上に、俺の気当たりにも動じない。最近捕まえた玩具を思い起こさせるんだが、そこのところどうよ?」

 

 玩具、という言葉にシアの体が震える。机の下でウサギとユエが手を握るのがわかった。

 

「玩具なんて言われてもな……」

「心当たりがないってか? 何なら、後で見るか? 実は何匹か()()いてな、女と子供なんだが、これが中々──」

「興味ないな」

 

 ハッタリだ。全員脱出させたことはもう確認してある。

 

 皇帝はピクリと眉を動かし、さらに畳み掛けるように質問を重ねてきた。

 

「ほお? そいつらは詳細が不明かつ、強力無比な装備を持っていたんだがな。興味がないか、()()()?」

「ないな」

 

 そもそも俺が作った物じゃない。シュウジがプロテクトをかけているのか、機能の解析も不可能だろう。

 

「……そうかい。実はそいつらが昨晩脱獄したんだが、この帝城にいとも容易く侵入し脱出する、そんな技能や魔法を知らないか?」

「知らないな」

「……はぁ。ならこれで質問は最後だ、神についてどう思う?」

「興味あると思うか?」

 

 あえて嘲笑うように言ってやれば、皇帝はガリガリと頭をかいて「わかったわかった」と諦めた。

 

 それでも楽しそうに笑ってるあたり、色々と察しているのだろう。さすがと言うべきか、抜け目のない男だ。

 

 若干感心していると、部屋の中に兵士が入ってきて皇帝に何かを伝える。奴は仕方がないと呟いて立ち上がる。

 

「まぁ、最低限、聞きたいことは聞けた……というより分かったからよしとしよう。ああ、そうだ。今夜リリアーナ姫の歓迎パーティーを開く。是非出席してくれ。姫と息子の()()()()()()()も兼ねているからな」

 

 天之河達が息を飲むのが分かった。硬くなる姫さん達の表情からして、言っていなかったのだろう。

 

 まあ、正式な王位継承者でもない姫さんがやってきた時点で、なんとなく察してはいたがな。

 

「真実は違くても、無知な奴には〝勇者〟や〝神の使徒〟の祝福は外聞がいい。頼んだぞ、形だけの勇者君?」

 

 唖然としている天之河に一方的に言い、皇帝は颯爽と部屋を去った。

 

 バタン、扉の閉まる音が響く。それによって天之河はハッと我に帰った顔をして姫さんを見る。

 

「リリィ、婚約って……」

「……同盟国である帝国の連携強化のためです。真実はどうあれ、今再び魔人族に攻め入れられたら我が国は終わりです」

「こういうのは、長女のベルナージュ様に行く話じゃないの?」

「いえ、鈴。以前から私と皇太子殿下ということで婚約の話があったのです。それが今回で正式なものになる、というだけのことです」

「なるほど。つまり今国で一番優れた為政者であるベルナージュ王女には統治者としての責任が課され、姫さんは帝国との関係を深めるための人身御供ってわけだ」

 

 天之河がこちらを睨んでくるが、姫さんは苦笑いしながらも頷いた。

 

「……リリィは、その人が好きで結婚したいのか?」

「これは王族としての責務であって、感情の問題ではありません。ただ、あちらにはすでに何人もの愛人がいらっしゃいますので、その方達の機嫌を損ねることにならないか、今から胃の痛いことです」

「……そうか」

 

 てっきりもっと突っかかるかと思った天之河は、声を荒げることも、皇帝多いかけることもなかった。

 

 代わりにただ拳を握りしめ、自分の感情を押さえつけるように歯を食いしばっている。最近では珍しくもない光景だ。

 

 きっと奴は今、直感しているのだろう。自分と姫さんの間に到底超えられない壁があることを。

 

 

 

 そんな風に、若干一名沈鬱な空気のままに皇帝への謁見は終わった。




結構感情的なシュウジ。

多分この章は15話くらいになりますね。



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このクソッタレな帝国に終焉を! 3

シュウジ「よう、シュウジだ。思ったより要望が多かったから復活したぜ」

ハジメ「前回は皇帝との会談だったな。お前超キレてたし」

シュウジ「雫に手出しはさせん。誰にもな」

ハジメ「年相応の反応になったのか……で、今回は間の繋ぎともいうべき話だ。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる帝国編!」」


三人称 SIDE

 

 

 

 皇帝との会談が終わって、少しの後。

 

 リリアーナ姫は婚約パーティーのため、召使たちの手を借りて自らを着飾っていた。

 

「まぁ!素敵ですわ、リリアーナ様!」

「本当に…まるでお花の妖精のようです」

「きっと、殿下もお喜びになりますわ!」

 

 何十と試着されたドレスの中、彼女に着られる権利を勝ち取った一着が姿見の中でくるりと袖を広げる。

 

 淡い桃色をしたそれは、14歳という少女と女のちょうど境目にある彼女の魅力を引き出し、より美しく仕立て上げていた。

 

 まさしく、次女の一人が口にしたように花の妖精のごとき可憐さ。これがよくスルーされて落ち込んでる人間とは思うまい。

 

「そうね。なら、これにしましょうか…後はアクセサリーだけど」

 

 リリアーナ自身、このドレスが気に入ったので、装飾品の選定に移った。

 

 これは政略結婚だ。リリアーナにとっては王族としての責務の一つであり、心を通わせた末の婚姻ではない。

 

 おまけに相手は、皇帝と同じく女癖が悪く、過去十歳にも満たない彼女に劣情のこもった目線を向けた下衆。

 

 さらに自分より弱いものを嬲って楽しむと言う、まあ典型的な悪人であるが、それでも皇太子である。

 

 王女である自分が、恥をかかせるわけにはいかない。人生に二度とは滅多にない舞台だ。最大に着飾ろう。

 

 たとえ、そう決意する度に近頃精悍になってきた一人の男の顔を思い浮かべようとも。

 

「……? 何か騒がしいですね」

 

 ネックレスを選んでいたリリアーナは、ふと廊下が騒々しいことに気づいた。

 

 何事かと眉をひそめる彼女の前で、ノックもなしに扉が開け放たれる。そして大柄な男が入ってきた。

 

 無遠慮な足取りで突然現れた男は、リリアーナの近衛の制止も聞かずに彼女に詰め寄る。

 

「ほぉ、今夜のドレスか……そこそこだな」

「……バイアス様。なんの断りもなく淑女の部屋に押し入ると言うのは感心致しませんわ」

「あぁ?何口答えしてんだ?俺はお前の夫だぞ?」

 

 それ以前に人としての礼節を欠いている、と言う言葉をぐっとリリアーナは飲み込んだ。

 

 突然現れた皇太子は、ひと睨みして近衛や次女を部屋から追い出すと、リリアーナを見下ろす。

 

 威圧的なその男……バイアス・D・ヘルシャーは以前と変わらぬ、実に粗野な人物だった。帝国人らしいとも言うべきか。

 

 だが、一つだけ違った。

 

 舐め回すようにリリアーナの全身を見る目に、どこか他の何かと比べるような色があるのだ。

 

「……フン。まあ俺の横には相応しかろう。〝あのお方〟の美しさには遠く及ばないがな」

 

 やがて、一通り見て飽きたとでも言うように、投げ捨てるようにバイアスはそう言った。

 

 リリアーナは心底驚いた。てっきりこの場で押し倒されることさえ想定していたというのに、どういうことなのか。

 

 虚空を見上げるバイアスの目には、恍惚の色がある。まるで自分には届かないものを見るような、渇望じみた感情。

 

 これがあの、目についた端から気に入れば他人のものでも平気で奪う皇太子か。

 

 何かがおかしいと彼女は思った。

 

「あのお方、とは……?」

「……あのお方は、まさしく美の化身。この世で最も神々しき人。俺の力も、心も決して及ばぬ。ただ、その足元に椅子として跪くことさえできればいいのだ」

「え……」

 

 今度はドン引きした。一体この皇太子は何を言っているのだろうか。

 

 元の俺が世界の王と言わんばかりの傲慢な態度は嘘だったのかというほどに、バイアスは骨抜きの顔になっていた。

 

 一つだけ、〝あのお方〟とやらに心を奪われているのだろう、ということだけはわかる。自分に興味がなくなるほどに。

 

「本当ならば、幼い頃から反抗的だったお前をこの場で犯してやろうと思っていたが……もうどうでもよい。俺に恥だけはかかせるなよ」

 

 混乱しつつも、なんとか納得しようとするリリアーナに目線を戻し、バイアスは高圧的に言う。

 

 それだけで、他には何もせずに部屋を出て行った。最後まで混乱の中にあったリリアーナはその背中を呆然と見送る。

 

「な、何が彼に起こって……」

「あら、お綺麗ね」

 

 するり、と首筋に誰かの手が這った。

 

「ひっ……!」

 

 リリアーナの口から悲鳴が漏れる。そして今まで以上の混乱と恐怖が全身を駆け巡った。

 

 何故。この部屋に出入り口は一つしかない。おまけに特殊な仕掛けがしてあるので、部屋に入れば音がする。

 

 だというのに、今自分の首筋を指で撫でるこの人物は誰だ。気配も、物音一つもなく侵入したのか?

 

「あらあら、そんなに怯えられては堪りませんわ……食べてしまいたくなるじゃない」

「あ、あなたは、一体、誰、ですか……?」

 

 問いに答えは返らず、代わりに首筋を上へと伝っていった指は顎に突き当たり、そこから更に顎先へと向かっていく。

 

 喉が引きつって声が出ない。それに、先ほど出て行った召使が一人も戻ってこないこともおかしい。

 

 誰にも助けを求められず、正体不明の背後の人物にリリアーナはカタカタと震えた。

 

 そんな彼女の怯えを助長するように、その人物は顎先まで到達した指を唇へと持っていき、そして両端に添える。

 

「な、何を……」

「いけませんわ。せっかくお姫様がお粧ししたのですから、笑ってなくては台無しでしてよ?」

 

 突然ガッと肩を掴まれ、背後の人物は自分ごとリリアーナの体を姿見の方に向けさせる。

 

 鏡の中に写り込んだのは、今にも涙がこぼれそうなほどに恐怖で彩られたリリアーナの顔。

 

 そして、不自然につり上がった口元を支える……魔物のような風貌をした鎧を纏う人物だった。

 

「ッーー!」

「あら、淑女がみだりに大声をあげてはいけませんわ」

 

 思わず悲鳴をあげそうになったリリアーナの唇に、怪物はすっと口の端を上げていた指を添える。

 

 人差し指をたて、まるで子供に静かにするように言い聞かせる怪物に、リリアーナは即座に声を飲み込む。

 

「そう、それでいいわ。本番も頑張ってくださいな」

「何、が、目的、なんですか……」

 

 自分にこのようなことをして、この怪物になんの得があるのか。リリアーナはそう問いかける。

 

「何も? ただ……その()()を捨てるのはやめなさい」

 

 ドクン、と胸が高鳴るのがわかった。

 

 何故。何故この怪物が知っている。香織たちにしか話さなかった自分の気持ちを、こんな化け物が、何故。

 

「アレは守るものが増えるほど磨かれる類の愚か者。愚かさは時として成長への糧となる。故に貴女には、あの男の枷としての役割があるの。お分かりになって?」

「どう、いう……」

「せいぜい踊りなさい、可愛らしいお姫様。そして……私を楽しませてくださいな」

 

 スッと怪物はリリアーナから離れる。

 

 その瞬間、素早くリリアーナは後ろを振り返り……だがそこには誰もいなかった。

 

「……何が………」

 

 まるで最初から幻だったかのように自分一人の部屋を見て、リリアーナは呆然と呟いた。

 

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

 深夜、リリアーナとバイアスの婚約パーティーが開かれている帝城の一角。

 

「今頃、貴族やお偉い様たちはパーティーか。美味いもん食ってんだろうなぁ」

「おい、無駄口たたくなよ。バレたら俺もどやされるだろうが」

 

 地下牢がある建物の外周部で、魔法を用いた松明擬きを片手に巡回している帝国兵たちがいた。

 

 怠そうにぼやく彼らは、時折明かりの漏れる帝城の窓を見上げ、職務中の自分たちと比べて嘆息する。

 

「でもよ、お前も早く出世して、あそこに行きたいと思うだろ?」

「そりゃ、な。あそこに行けるくらいになったんなら、金も女も困らねえだろうしよ」

「だよなぁ。パーティーで散々飲み食いして、あとはお嬢様方と朝までしっぽりだろ?この世の天国じゃん。あー、こんなとこでつまらない巡回なんかしてねえで女抱きて〜。兎人族の女がいいなぁ〜」

「お前、本当好きだなぁ。亜人族の女は皆いい体してっけど、お前、娼館行っても兎人族ばっかだもんな」

「あいつらが一番いい声で泣くからな」

「趣味わりぃな……」

「何言ってんだよ。兎人族って、ほら、イジメてくださいって感じがあるだろ?俺はそれを叶えてやってんの。お前だって何人も使い潰してんだろ」

「しょうがねぇだろ? いい声で泣くんだから」

 

 顔を見合わせ、下品な声で笑う二人の帝国兵。

 

 これがこの国の常識だ。彼らにとって亜人族は単なる道具、そうである以上は配慮などあるはずがない。

 

 そんな風に退屈さを紛らわせていると、ふと片方が物陰へと目をやった。そこで何かが動いた気がしたのだ。

 

「おい、今何か……」

「あ?何かあったか?」

 

 松明で物陰を照らすため、ゆっくりと歩み寄っていく兵士。相棒も首を傾げつつ、それについていく。

 

 先行した兵士がバッ!と、人が一人通れるかどうかの物陰を照らし……何もないそこに舌打ちした。

 

「んだよ、気のせいか。マウル、さっさと行こ……」

 

 そうして振り返った時。そこに先ほど一緒に馬鹿笑いしていた相方はいなかった。

 

 所在なさげに松明が時点に転がっているだけで、影も形も無い。兵士は薄気味悪さを覚えた。

 

 冷や汗を額に浮かべながら、相棒が持っていた松明を地面から拾い上げ、光が照らす場所を大きくする。

 

「おい、何悪ふざけしーーんぐっ!?」

 

それが命取りだった。

 

 背を向けた物陰、そこから不可視の両手が伸びたかと思えば兵士の口元を押さえ、影の中に引き摺り込む。

 

 何が起きたのかわからずに混乱する兵士の鉄兜に、トンと何かが当てられるような感触がした。

 

 

シャキンッ!

 

 

「がっーー」

 

 次の瞬間、一直線に鋭いものが兵士の頭を鉄兜ごと貫く。

 

 脳を串刺しにされた兵士は、一瞬身体を飛び跳ねさせた後に永眠した。その亡骸を透明の何かは闇の中に引きずっていく。

 

 後に転がっていた、二つに増えた松明も瞬く間に消え。そして道には血の匂いが混じった風が吹いた。

 

 その風に紛れ、監視を始末した者達は手に装着した装置を起動し、仲間へと暗号化されたメッセージを送る。

 

〝HQ、こちらアルファ。Cポイント制圧完了〟

〝アルファ、こちらHQ。了解。E2ポイントへ向かえ。歩哨四人。東より回りこめ〟

〝HQ、こちらアルファ。了解〟

 

 トータスの文字ではない、楔文字のような赤いホログラムで会話を交わしたその者……捕食者(プレデター)達は〝狩り〟を進めた。

 

 もし彼らの姿を見る者がいたら、こう言うだろう。〝奇妙な鎧を着た変な髪型のウサミミだ〟と。

 

 透明化の上に、極限まで気配を消した狩人(ハウリア)達は建物の影に身を潜め、こっそりと様子を伺う。

 

 送られた情報にあった通り、そこには互いが見える位置で二人ずつ歩哨がいた。

 

 通信をしていたうちの一人がハンドサインを行うと、背後にいた残りの三人が音もなくその場を去った。

 

「……!」

 

 ほんの数十秒の後、残っていた一人のヘルメットの中に三人分の〝配置につきました〟というメッセージが。

 

 受け取った一人が後ろの二人にハンドサインで示し、そして狩人達は密かに動き始める。

 

 所定の位置につき、そして二人組が互いに互いを視界の外に置いた、その瞬間。

 

「シッーー」

 

 両組に向けて残忍のプレデター達が音もなく忍び寄り、一人が背後から兵士の口と鼻を押さえ、反応を封じる。

 

 そして、遠距離から狙える代わりに音が出るプラズマキャノンを使わず、残りの二人がリストブレイドで顎下から頭部まで貫いた。

 

 先ほどの巡回達同様、脳を破壊された兵士たちは一瞬にして絶命し、手から松明を取り落とす。

 

 地面に落ちる前にそれを拾い上げ、プレデターたちは再び闇の中へ死体と共に紛れた。最初からいなかったように。

 

 

 

 このような暗殺は、現在進行形で帝城の至る所で行われていた。

 

 

 

 与えられた装備と自らの技能、そして師匠から叩き込まれた暗殺術を用い、確実に、少しずつ敵の数を減らしていく。

 

 否、もはや敵とは呼べまい。見えないものを感じ取れすらしない帝国兵たちなど、案山子と何ら変わらないのだ。

 

 装備を由来にそう師匠たちから呼ばれていた彼らは、今や名実ともに立派な捕食者(プレデター)なのだから。

 

 今宵の空に浮かぶのは繊月。別名〝二日月〟と呼ばれる、新月の翌晩に昇る極細の月である。

 

 それはまるで、悪魔が浮かべた笑みの如く。夜空が嘲笑っているかのようではないか。

 

 

 

 

 

 強者と驕った者達がかつて最弱だった狩人たちによって狩られるという、滑稽な今宵に実に相応しかろう。

 

 

 

 




次回はパーティー。


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このクソッタレな帝国に終焉を! 4

重要告知。五章の「真実 後編」を大幅に書き換えました。


それに伴い、設定の大きな変更、並びにその後の各所も書き換えている最中なので、よろしくお願いします。

シュウジ「うす、シュウジだ。前回は伏線を置いた回だったな」

エボルト「傍観してた俺が言うのもなんだけどよ、あれもうハウリアの原型残ってなくね?」

シュウジ「ああ、彼らは優しかったよ…」

シア「改造した本人が何言ってるんですかもうっ!まあいいです、今回はパーティーの回です。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる帝国編!」」」


 三人称 SIDE

 

 

 帝城、パーティー会場。

 

 広大かつ煌びやかな装飾がいたる箇所に施されたそこでは、帝国貴族や国の重鎮が集まっていた。

 

 立食形式のパーティーで、純白のテーブルクロスが敷かれたテーブルの上には何百種類もの趣向を凝らした料理やスイーツが並んでいる。

 

 礼儀作法を弁えた熟練の給仕たちが颯爽とグラスを配り歩き、それを片手に老若男女が束の間の宴を楽しんでいた。

 

 彼らの区別は案外顕著で、おどおどとしているのが文官。偉ぶっているのが武官という、これまたいかにも帝国らしい。

 

「その歳であの【オルクス大迷宮】の屈強な魔物たちを相手にしているとは、いやはや恐れ入る」

「いえいえ、これも鍛錬あっての賜物です」

 

 

 

 ──HQ、こちらアルファ。H4ポイント制圧完了。

 ──HQ、こちらブラボー。全Jポイント制圧完了。

 

 

 

 そんな中で、ハジメは礼儀正しくも鋭い雰囲気からか、武官たちに積極的に話しかけられている。

 

 彼らからすれば、ハジメたちは〝勇者一行〟であり、〝神の使徒〟。実力こそが全てたる彼らからすれば是非お近づきなりたい。

 

 また、そういった意味での興味以外にも、ハジメの周りに並ぶ極上の花たち……女性陣にも別の意味での興味があるようだ。

 

 無理もあるまい。主役のリリアーナなど微塵も気にしていないように彼女たちは圧倒的な存在感を放っていた。

 

 

 まずはユエ。

 

 光沢のある生地で、肩口が露出しており、裾はフリルが何段も重ねられ大きく広がっている純白のウェディングドレスを纏っている。

 

 髪はポニーテールに、上品な白い花を模した髪飾りで纏められていた。露出は少ないが、魅力が全身から溢れ出している。

 

 

 次に美空。パーティードレスにボレロを組み合わせ、いつもは結っている髪を降ろした彼女は、更にその清楚さを増していた。

 

 ネットアイドルをしていただけあってその美貌は抜群で、自信に満ちた姿勢は周囲の女性陣にも決して劣っていない。

 

 

 シアは、月光を彷彿とさせるようなミニスカートドレスを纏い、すらりと引き締まった長い美脚が惜しげも無く晒されている。

 

 そこにふんわりと広がったスカートと前に垂らした纏めた髪が上品さと可愛らしさを持たせている。

 

 

 ウサギは、普段の服のように絶妙に色の違う二色のピンク色で構成された、シアと同じく足が露出しているミニドレス。

 

 ボブカットの髪を纏め上げ、いつもは無頓着な化粧を施すことで、生来のミステリアスさに大人の魅力が引き出されている。

 

 

 そんな兎コンビの隣で、上品にワインを傾けるティオは、体のラインが出るタイプの漆黒のロングドレス。

 

 背中と胸元が開いているために、凹凸の激しいボディラインが惜しげもなく主張されており、会場中の男性の視線を集めている。

 

 

 香織は、肩口が完全に露出したタイプのスレンダーラインのドレスを着ている。

 

 実のところ、ノイントの肉体を調整する際、香織は元の自分より優っている点はそのままにするようシュウジに頼んでいた。

 

 そのため、元の香織の素材の良さに、文字通り神の造形が追加され、完璧な美を手に入れている。

 

 

 なお、着替えた際にユエと香織の間で()()()()()()ド突き合いがあり、ハジメが諌めたのは内緒である。

 

 美魔女だとか綺麗なのはノイントでは?とか言ったことを互いに忘れていない。こっそりと脛を蹴り合っているのがその証拠だ。

 

 

 

「それにしても、奥様はとてもお美しいですわ。いつからのご関係で?」

「いや、これが子供の頃からでして。彼女は実に聡明で、そして強い女性だ。(わたし)には勿体ないほどの伴侶ですよ」 

「ふふ、そんなに褒められると恥ずかしいわ」

 

 

 

 ──HQ、こちらチャーリー。全兵舎への睡眠薬散布完了

 ──HQ、こちらエコー。皇子、皇太孫並びに皇女二名確保

 

 

 

 一方、少し離れた場所ではシュウジと雫が、貴族の子女や婦人たちに囲まれていた。

 

 

 勿論の事、この二人が着飾っていないはずがない。

 

 

 シュウジはいつもとは異なり、白を基調としたタキシードを着ている。随所が秀逸な金の装飾で彩られた逸品だ。

 

 整えられた髪、すらりと長い手足、細くも逞しい体。アメジストのような切れ長の瞳に薄い唇、すっと通った高い鼻。

 

 ハジメたちの前での奇行を除けば、シュウジは万人が見惚れるような優れた見た目をしている。

 

 なお、これには女神マリスが介在していない。

 

 純粋に、長年のシュウジ自らの努力の賜物であり……死産するはずだったこの体、本来の成長だ。

 

 

 

 そして雫は、ティオと同じようにスタイルが顕著に出る紫色のタイトドレスに身を包んでいた。

 

 ティオ程ではないものの大きな胸と、それに反してくびれ、引き締まったウェスト。鍛え抜かれた脚はすらりと長く、美しい。

 

 全体的に均整が取れた、女性の中では高い長身は、その凛とした姿勢によって一つの造形美のような印象を見る者に与える。

 

 だがそれだけではない。

 

 雫が普段はその面倒見の良さと頼り甲斐の裏に隠した可愛らしさを押し出すため、ドレスには花の模様があしらわれていた。

 

 極薄のレースショールにもキラリと光る極小の宝石によって形作られた花が咲き誇り、華やかさを演出していた。

 

 普段はポニーテールにまとめた髪はふわりと巻かれ、ローポニーテールに酷似した髪型に纏められている。

 

 

 どこから見ても完璧な二人組。

 

 だが見た目の麗しさよりも、この場の誰より自然に互いに寄り添っていることが二人の仲を体現していた。

 

 シュウジは雫の腰に手を、雫もシュウジの腕と自分の腕を組み、体を寄せている。見るからに幸せオーラが出ていた。

 

 〝シュウジ、後で城の裏に来い〟

 〝体育館裏的なノリで脅しかけてくるなよ〟

 

 

 ──HQ、こちらデルタ。全ポイント爆破準備完了

 ──HQ、こちらインディア。Mポイント制圧完了

 

 

 なお、そんな花園の中にいるシュウジに対し、むさくるしい男に囲まれたハジメがこっそりと念話でそんな呪詛を送っていた。

 

 

 

 ちなみに、ちゃんと勇者組も着飾っている。

 

 王国の重要な人物達だ、帝国の令嬢たちにも負けないほどにドレスアップされていた。単にあの二組が目立ちすぎなのである。

 

 飛び入り参加のような形にも関わらず、しっかりと全員分用意されているのだ。

 

「勇者様はその無双の実力のみならず、お顔立ちも整っておられるのね」

「ねえ勇者様、このパーティーの後は空いてらっしゃる?」

「いや、ははは……」

 

 光輝は勇者ということもあり、シュウジ同様に令嬢に詰め寄られている。

 

(……あれは、本当に幻聴だったんだろうか?)

 

 困ったようにやんわりと対応をしている彼の思考は、しかし昼間にふと聞いた〝声〟に未だ縛られているのだが……

 

「うう……偉そうな人がいっぱいいてちょっと怖い」

「大丈夫か谷口? このスイーツ、甘くて気分が落ち着くぞ」

「うん、ありがと」

 

 鈴もその一人であり、マッシブな体を特注サイズのタキシードに詰め込んだ龍太郎とスイーツコーナーにいた。

 

「それにしても龍っち、タキシード似合わないね」

「んぐっ、気にしてるんだから言うなよ……俺だってこんな格好、窮屈で仕方がねえ」

 

 いつも着ているコートを彷彿とさせる深い緑色のタキシードは、しかし見事なまでに龍太郎にはミスマッチ。

 

 当の本人も、そんな羞恥心からか、甘い物好きの自分に思考の舵を切って現実逃避していた。

 

 今にもネクタイを外しそうな顔をしている龍太郎に、ぽしょりと小声で鈴は呟く。

 

「……まあ、鈴はそういうのもいいと思うけど」

「あん?なんか言ったか?」

「なんでもないよ……それよりもほら!鈴も今日はちょっといいと思うんだけど!何か言うことはないかな〜?」

 

 誤魔化すようにいつもの元気良い声を張り上げ、くるりとその場で回ってみせる鈴。

 

 フリルのあしらわれた黄色いドレスは、彼女の活発な笑顔と相乗効果を発揮し、より可愛らしさを演出している。

 

 回った拍子にくるりと揺れたツインテールを目で追いかけた龍太郎は、スイーツを飲み込むと頭をかいた。

 

「あー……まあ、いいんじゃないか?」

「む……」

 

 そっぽを向き、ほんのりと頬を赤く染めた龍太郎に、鈴は不満げに頬を膨らませる。

 

 彼女とて乙女。意中の相手にそのようなそっけない態度を取られれば、意地悪がしたくなる。

 

「……あんな大声で公開告白したくせに」

「ぶはっ!? お、おま、今それを言うのは反則だろ!?」

「ふーんだ。鈴のこと好きって言っといて褒めもしない龍っちなんて知らないっ」

 

 今度は鈴がそっぽを向き、龍太郎が困り果てたようにワタワタとする。

 

(……ごめんね龍っち。相変わらずズルい女の子で)

 

 鈴だってわかっている。これは非常に卑怯な恋愛的戦略であり、龍太郎にとって痛手であることを。

 

 そもそもあれだけ熱烈な告白をされたのに、返事をせずにこれまでの関係を引き延ばしているのは鈴の方だ。

 

 だが、それでも。やはり鈴も女の子であり、精一杯お洒落をしたのであれば──

 

「──似合ってるよ」

「……え?」

 

 その一言が、欲しいのだ。

 

「龍っち、今なんて……」

「だから、似合ってるって言ったんだよ。元から可愛かった()が、もっと綺麗になって……言うのが恥ずかしかった。察しろ」

 

 そう。何も元は筋金入りの脳筋だった龍太郎とて、時折こちらを見る鈴の目線に含まれたものには気付いていた。

 

 だが、事故のようなものとはいえ告白をしたのに返事をもらえない不安と、思春期特有の羞恥心が答えることを躊躇わせた。

 

 しかし、奇しくも鈴のある意味ずる賢いとも言える言葉が、その本音を引き出したのだ。

 

「……えへへへ」

「おい谷口、すげえ顔が緩んでるぞ」

「龍っちのせいだもんっ。ていうかいい加減、鈴のこと普段から名前で呼んでよ!」

「いや、それはまだちょっと……」

「むう、この純情おバカ!」

「せめて筋肉つけろ!」

 

 詰め寄る鈴に狼狽る龍太郎の様子を、周りの貴族たちが微笑ましく見守っていると、不意に会場の空気が揺れた。

 

 そちらを振り向くと、ちょうど本日の主役……まあシュウジたちにとられた感はあるが……が入場する所だった。

 

 

 そしてバイアスと共に入ってきたリリアーナは──黒いドレスに身を包んでいた。

 

 

 光を吸い込むようなそれは、婚約パーティーというめでたい席には似合わない。

 

 澄ました顔もそうだ。いかにもそこに義務でいますと言わんばかりの顔で、バイアスに配慮はない。

 

 しかし、そのバイアスこそが大してリリアーナの装いに興味がなさそうな顔が一番困惑を招いた。

 

 司会の男も同様に、混乱した様子ながらもパーティーを進行させていく。

 

 最後を笑い出しそうなガハルドが挨拶で締めると、緩やかな音楽が流れ始めた。ダンスタイムだ。

 

 会場の中央では、それぞれ会場の花を連れ出した男達が思い思いに踊り始めた。当然、主役たる二人も踊り始める?

 

 が、なんとも機械的だ。どちらも義務的な表情で、とても婚約したとは思えない。

 

 一曲終わると、そそくさと挨拶まわりに行ってしまった。実に冷え切っていた。

 

「なんか、珍しいね。リリィがあそこまで愛想がなさすぎるっていうのも」

「ハジメ、あんたまた何かしたんじゃ……」

「さあな」

 

 

 ──HQ、こちらロメオ。Pポイント制圧完了

 ──HQ、こちらタンゴ。Rポイント制圧完了

 

 

 ジト目を送る美空に、ハジメはかぶりを振って言う。これに関しては本当に心当たりがないのだ。

 

 疑問を残しつつも、ハジメたちもダンスに参加し始めた。無論ユエたちを誘おうとした男連中は〝威圧〟で排除だ。

 

「ユエ、最初に踊ってくれるか?」

「んっ……喜んで」

「ぶー。まあ、今日は譲るか」

「じゃあ美空、私と踊ろう?」

「いいよ?ネットアイドルのダンススキルについて来られるならね」

「うん、全力で合わせてあげる」

 

 ハジメはユエと、美空は香織と。

 

 芸術品のような美少女と、上から下まで今日は白一色の青年、そして見目麗しい二人の少女に注目が集まる。

 

 元王族としてそのような教養もあるユエに、ハジメは〝瞬光〟をも使い動きを合わせ、優雅に踊る。

 

 楽しそうに微笑むユエと、目元を和らげるハジメ。これではバイアスとリリアーナではなく、二人の婚約パーティーだ。

 

 美空は元よりネットアイドルとして鍛えられたダンスの技術に、周囲から見様見真似でパーティーダンスをそつなく披露した。

 

 そしてそれに、香織が改造されたノイントの肉体の反射神経でついていく。表情は幸せそうだ。

 

 それにつられるように、ウサギがシアを誘ったりと、ハジメハーレムの女性陣が異色の組み合わせで踊り出した。

 

 いつの間にやら主役になっている彼らに、しかしギスギスしていた雰囲気は和らぎ、楽士たちも笑顔で演奏をする。

 

「あー……俺たちも踊るか?」

「ふぇ? でも、鈴と龍っちじゃ体格がぜんぜん違うよ?」

「合わせるよ。まあ、甘いもんばっか食ってばかりでも胃がもたれるからな……付き合ってくれや、鈴」

「……!うん、じゃあ踊ろう!」

 

 現在最もラブコメをしている二人も、不器用に誘った龍太郎によって鈴が舞台へと連れ出される。

 

 そうして始められた二人の踊りは、ぎこちないながらも非常に楽しげであった。年配の参加者たちは微笑ましくそれを見ている。

 

「ふふ、勇者様も踊りは不慣れですのね」

「はは……面目ない」

 

 光輝もまた、令嬢たちにダンス会場に連れ出され、必死に彼女たちの動きに追随していた。

 

 流石にパーティーで踊るダンスなど、日本育ちの光輝には経験がない。どうにかこうにか対応している。

 

 同郷の人間であるハジメたちが難なく踊っていることもあり、光輝は内心不格好な自分を恥じた。

 

 

 

 

 

「本当──不格好ですわね?」

 

 

 

 

 

 ほんの一瞬目線を落とした間に、令嬢が別の人物にすり替わるまでは。

 

「ッ!? 御堂!?」

「あらあら、声を荒げてはいけなくてよ? あくまで優雅に踊りなさいな」

 

 驚愕する光輝の手を取り、自らの動きの中に取り込むようにその身を操るネルファ。

 

 半ば呆然としながらも、彼女の動きに合わせて少しずつステップが修正されていく感覚に光輝は奇妙さを覚える。

 

 だがそれ以上に、真っ赤なドレスに身を包み、金糸の髪をエレガントに纏めた彼女に見惚れていた。

 

 蠱惑的に笑う唇には赤いルージュが引かれ、エメラルドと見紛う碧眼は怪しく光輝の意識を引きつける。

 

「ほら、ワン、ツー。ワン、ツー。そうですわ、見た目に中身が少しは追いついてきてよ?」

「な、なんでお前がここに……」

「さて、どうしてかしら」

 

 くるり、と急にターンをするネルファ。

 

「うわっ!?」

 

 強引なそれに慌てて光輝がたたらを踏み、文句を言うために彼女を見る。

 

「エクセレント。今宵のレッスンは、これまでといたしましょう」

「待っ──」

「? 勇者様、どうかしましたか?」

「え、あれ……」

 

 しかし、そこにいたのは元の令嬢だった。ぽかんとしながら踊る光輝に、淑女然とした女は首を傾げる。

 

 幻覚の次は幻聴か、と思いながらも、光輝は今しがた教えられたばかりのステップでダンスを踊り続けた。

 

 

 

「こうしていると、私たちが許嫁として認められた時のことを思い出すわね?」

「ああ、雫とうちの家族総出で開いたパーティーな。あの時も種類は違うけど、一緒に踊ったよな」

 

 

 

 無論、ハジメ達ばかりが主役ではない。

 

 むしろ、彼らの中で誰よりも美しく、ゆるやかに、しかし完璧なステップを踏む二人組がいた。

 

 シュウジと雫である。片やカインの技能の一つとして、片や裏ではNINJA家業をしている家の娘として踊りを嗜んでいた。

 

 長年連れ添った夫婦のように息の合った、それでいて愛に燃える若者のように熱を伴ったステップを踏む。

 

「あの時より、私はあなたにとって魅力的な女になれたかしら?」

「それは無意味な質問だな」

「あら、どうして?」

「そりゃ……」

 

 タン、と音楽に合わせてシュウジが踏み込み、雫は上半身を後ろへ逸らす。

 

「惚れたその瞬間から、雫は最高に魅力的だからさ」

 

 至近距離に近づいた二人の顔。シュウジはニッと貴公子然とした笑顔を浮かべ、雫にウィンクした。

 

 雫はクスリと笑い、言葉ではなく姿勢を戻した拍子に、素早くシュウジの首筋にキスを落とすことで応える。

 

「さあ、もう一曲付き合って?」

「仰せのままに、お姫様」

 

 

 ──HQ、こちらヴィクター。Sポイント制圧完了

 ──HQ、こちらイクスレイ。Yポイント制圧完了

 

 

 

 

 

 そうして、帝国の夜は更けていく。

 




こういう話はシュウジの普段は死んでいるイケメン設定を存分に使えるから楽しい。


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このクソッタレな帝国に終焉を! 5

読むのが辛いって言われちまったぜ。まあジェットコースターみたいなストーリーだしなぁハハッ……泣きそう。

シュウジ「よう、シュウジだ。久しぶりにイケメンムーブしてた気がする前回だったな」

ハジメ「お前見た目はいいからな、見た目は」

シュウジ「ちょっとハジメさん?二回言わなくても良くない?」

ハジメ「何度も噛まないと旨味が分からないような性格してるからな」

シュウジ「俺は昆布か何かか」

ハジメ「で、今回は前回の続きだ。本格的な始まりは次回だな。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる帝国編!」」


 三人称 SIDE

 

 

 

 やがて演奏が終わり、ダンスは一度終わりを迎える。

 

 

 

 微笑みながら軽くキスを交わすハジメとユエに、純粋なる賞賛の気持ちを込めた盛大な拍手が送られた。

 

 それは美空と香織や、シアとウサギなど女性同士で踊っていたペアにも贈られ、彼らは優雅にお辞儀をする。

 

 再び集合した彼らは、次は誰と踊るかを相談し始めた。その様子を一度踊りを終えたシュウジと雫は見る。

 

「ふふ、思ったより平和的に順番が決まりそうね」

「だな。てっきりユエと白っちゃんあたりがドンパチすると思ったが……あの様子だとそれはなさそうだ」

 

 

 ──HQ、こちらヴィクター。Sポイント制圧完了

 ──HQ、こちらイクスレイ。Yポイント制圧完了

 

 

 彼らの視線の席では、多少騒がしいものの、二番手を誰にするかが会話によって選ばれている。

 

 若干ユエと香織が互いのボディーに拳を入れているように見えるが、パーティーの席なのでスルーした。

 

 それから互いに照れまくっている龍太郎と鈴を見つけて笑い、ふと雫はシュウジの耳元に顔を寄せる。

 

「それで、()()()()()()()なの?」

「もうちょっとさ。残念だけど、あと数曲しか踊れなさそうだな」

「あら残念。それなら、行きましょう?」

 

 先ほどとは違う旋律が流れ始めた会場の中、雫は蠱惑的に潤んだ瞳でシュウジのことを見上げる。

 

 恋人の艶やかな視線にシュウジは少し顔を赤らめ、しかしいつものように余裕を持ったセリフを使おうとした、その時。

 

「北野シュウジ様。一曲踊っていただけませんか?」

「おろ?」

「あら、リリィじゃない」

 

 雫の手を取りかけていたシュウジに声を変えたのは、リリアーナだった。

 

「おやおやリリィちゃん、主役がこんなとこにいていいのかい? 随分と互いに冷たそうではあったけどネ」

「やっぱり気付いてましたか……それに、主役と言いつつも私よりもずっと目立っているではありませんか」

「ご、ごめんねリリィ?そういうつもりじゃ……」

「姫さんには悪いけど、うちの雫は最高だろ?」

 

 腰を軽く引き寄せると、弁明をしようとしていた雫は少し恨めしげにシュウジのことを見上げた。

 

 しかし、その大半は恋人に最高認定されたことへの喜色で満ちている。リリィはうわぁ、と猛烈な甘さを感じた。

 

「ええ、でも確かに。いつもと違って可愛らしさが増してます。雫、良かったわね?」

「もう、リリィまで……」

「で、そんな本来の主役が俺を誘っていいのかい? あのクs……ウォッホン、コウテイサマの息子は?」

「今なにか言いかけましたよね?」

 

 ジトッと睨むリリアーナに、シュウジは笑って誤魔化す。

 

 思えば、いつも以上に雫のことをアピールしているのも皇帝がいるからだろう。その自覚があった。

 

 以前ならばさらりと受け流せていたその感情に振り回されることに少しの複雑さを感じながら、リリアーナに尋ねる。

 

「挨拶回りはもう終わったのかい?」

「ええ、ですからこうして来たのです。今はパーティーを楽しむ時間。もとより何曲かは別の人と踊るものですしね」

 

 ほら、とリリアーナが示すところでは、バイアスが愛人と踊っている。しかしその顔は女を見てはいない。

 

 事前に知っている情報と違う様子に、内心困惑するもののそれを表には出さず、真剣な目のリリアーナを見る。

 

「……なるほど、ね。つまり()()()()()()って訳だ」

「理解していただけたならば、手を取っていただけるでしょうか?」

 

 すっと差し出された手に、シュウジは雫を見る。

 

 彼女は少し名残惜しそうにしながらも、こくりとうなずいて微笑んだ。どうやら恋人のお許しは出たようだ。

 

「あなたが心配するから、南雲くんたちのところへ行ってるわ」

「おう、ありがとさん。それじゃあお姫様……いや、皇太子妃様?この道化と一曲、是非」

 

 片足を後ろに引き、左腕を腰の後ろへ。体を屈めて手を差し出し、恭しくリリアーナを見上げる。

 

 妙に様になっているその姿にクスリと笑い、彼の手に自らの手を乗せたリリアーナは共にダンスホールへと行く。

 

 先ほどよりもゆったりとした曲調の旋律の中、二人はゆらりゆらりと踊り出した。非常に様になった光景だ。

 

「てっきりハジメのとこに行くかと思ったがね」

「もう、南雲さんがまた怒りますよ。自分をなんだと思ってるんだ、って」

「はは、違いない」

 

 密着し、音楽に隠れて互いにしか聞こえないほどの声で囁くように話し合う。

 

「でも、俺は基本裏方だ。目立つのも、女の子を助けるのもハジメだよ」

「だからこそ、北野さんはもっと恐ろしい。違いますか?」

「おっと、こいつは恐れ入った。若くても王族様ってのは観察眼があるねぇ」

 

 まるで何かを探るような目で問いかけるリリアーナに、シュウジはおどけたように笑う。

 

 彼女は雫のように長年一緒にいたわけでもなければ、ルイネのように元になったカインの性質を知っているわけでもない。

 

 だが、人の上に立つものとしての優れた目が、目の前の男がいつも見ているばかりの道化でないことを悟っていた。

 

「今夜が終われば、本当にただの王族として、皇太子妃としての人生を歩むことになります。今から側室の方々からの苛めが恐ろしいですわ」

「いつの世も、人間はそういう生き物さ。我欲に囚われ、望み、欲し、奪い、排し……そういった面は必ず存在する」

「ここだけの話、彼女たちも帝国の令嬢ですから……そういう気質が強いと思います」

「はは、聞かれたら大惨事だな。俺の胸の中にしまっとこう」

「そうしてくれると助かります……」

 

 ふっと笑ったリリアーナは、不意に暗い、どこか強張った表情になる。

 

 シュウジはすぐに違和感を覚えるも、互いの表情を隠すようにステップを変えてダンスを続行した。

 

「どうした?具体的に想像しちゃった?」

「……北野さん。私には貴方が、どこまで信用できるのか。そして()()()()()()()()()()()わかりません」

 

 突然信用していないと有り体に言われ、即座にシュウジの頭の中でいくつもの予測が立てられる。

 

 先ほども言った通り、もし彼女が〝助けて〟と言った類のことを頼むのなら、正面から理不尽を打ち破るハジメの方だ。

 

 故に、最初からハジメではなく、仄暗いものを感じるだろう自分に相談することは尋常な事ではないと予想できる。

 

 保持した情報の中から該当しそうなものを取り出すも、しかし目の前の彼女が浮かべる〝恐怖〟には釣り合わない。

 

「でも、その上であえて聞きます……私は貴方の駒の一つですか?」

「……どういう意味だ?」

「先ほど、ドレスに着替えていた時。部屋の中に突然、怪物のような鎧の何者かが現れたのです」

 

 リリアーナの告げた言葉に、それまで決して崩れることのなかった冷静な表情が強張った。

 

「その怪物は、私と香織たちしか知らない光輝さんへの思いを捨てるな、と言って……あの怪物も、もしや」

「……さて、どうだかな」

 

 追求するが如き王女の質問を受け流し、シュウジは笑顔の仮面を被り直した。

 

 普段ならば「え、マジでアレがいいの?」と言いそうなものだが、別のことでシュウジの頭はフル回転を始める。

 

 リリアーナに接触した怪物。それは常時更新される情報の中には存在しておらず、また()()()()()にもいない。

 

 今回の一件に()()()()は現れない。別の人物が目的の物を回収し、同時に表のハウリアの件が解決する。

 

 なら、誰だ。自分も知らない、自分が操っていないその人物は、一体誰なのだ。

 

 前提を否定しろ。使えない情報は全て捨てろ。新しい観点を取り入れ、仮説を立てろ。シュウジは自らにそう言い聞かせた。

 

「……まさか、《獣》か?」

「え……?」

「……いや、案外魔人族かもなってな。ほら、魔物で作った鎧を着てたのかもしれないぜ?」

「そう、かもしれませんね」

 

 疑わしげであるものの、仮にも一千年で熟成されたシュウジの仮面の中をそれ以上に見通すことはできなかった。

 

 そうしているうちに、やがて曲は終焉を迎える。リリアーナとシュウジは離れ、互いに礼を示しあう。

 

「ありがとうございました。どうぞ、雫と楽しんでください」

「姫さんもな。おっと、SOSならハジメのところに行くといいぜ?」

 

 最後の囁きにクスリと苦笑をこぼし、リリアーナはシュウジと別れた。

 

 お偉い方と踊りに行った彼女を見送り、シュウジはやや小難しい顔でハジメたちのところへと行った。

 

「おう、おかえり。八重樫が浮気されたって怒ってたぞ」

「ちょっと南雲くん、言ってもないことを冗談にしないでちょうだい」

「いや、すまんすまん。で、そっちの凸凹コンビは楽しんだみたいだねぇ」

「ま、まあな」

「ふぁぅ……」

 

 早々にシュウジに目をつけられた龍太郎&鈴コンビは、一方は照れ臭そうに頬をかき、一方はその背中に隠れる。

 

 幼馴染の幸福に、ぼんやりと突っ立っている光輝い外の二人が微笑ましいものを見る目を向けた。

 

 ユエたちも、特にこの二人に悪い感情は抱いていないので、同じような目を向ける。完全に見守られている二人だった。

 

 

 ──HQ、こちらズールー。Zポイント制圧完了

 ──全隊へ通達。こちらHQ、全ての配置が完了した。カウントダウンを開始します。

 

 

 その時、最後の通信が透明化した通信機を耳の裏につけた全員に届く。

 

 シアの表情が強張り、香織と美空が互いに安心させ合うように手を繋ぐ。ハジメが瞑目し、シュウジが不敵に笑った。

 

 他の面々も緊張や、あるいは不安といったものを浮かべる中で、タイミングよく壇上にガハルドが上がった。

 

「さて。まずはリリアーナ姫の訪問と、息子との正式な婚約を祝うパーティーに集まってもらったことを感謝させてもらおう。色々とサプライズがあって実に面白い催しとなった」

 

 再び乾杯するためか、グラスを片手にスピーチをするガハルドはハジメたちを意味ありげに見る。

 

 知らんふりをするハジメや、ガン無視しているシュウジに面白そうに笑う彼は演説を続けた。

 

 

 ──全隊へ。こちらアルファワン。これより我等は、数百年に及ぶ迫害に終止符を打ち、この世界の歴史に名を刻む。

 

 

 その裏で、着実に進む計画があるとは知らずに。

 

 

 ──今宵、我らこそが恐怖、あるいは敗北者の代名詞となる。さあ、研ぎ澄ました弱者の刃を見せてやろう。

 ──十、九、八……

 ──ボス。この機会をくださったことを感謝します。そしてセンセイ、我らに牙を与えてくれたご恩、末代まで忘れません。

 

 

 

 

 表では皇帝の演説が響き、そして裏では狩人たちのカウントダウンが刻まれる。

 

 

 

 密かに笑むシュウジたちと、なにも知らずに微笑む帝国の貴族たち。

 

 

 

 いっそ悍しいほどに、二つの時が刻まれていた。

 

 

 

「パーティーはまだまだ始まったばかりだ。今宵は、大いに食べ、大いに飲み、大いに踊って心ゆくまで楽しんでくれ。それが、息子と義理の娘の門出に対する何よりの祝福となる。さぁ、杯を掲げろ!」

 

 ガハルドは、会場の全員が杯を掲げるのを確認すると、グラスを天井に掲げる。

 

 そして、息をスゥーと吸うと覇気に満ちた声で音頭を取った。

 

 裏でもまた、同じくカムが最後の言葉を投げかける。

 

 

 ──我ら新生ハウリア、最初の大狩りだ。行くぞ!

 ──「「「「「「「「「「おうっ!!!」」」」」」」」」」

 ──四、三、二、一……

 

 

 その瞬間、ハジメとシュウジも割れたように口を笑みに裂いた。

 

「この婚姻により人間族の結束はより強固となった!魔人族など恐るるに足らない!我等、人間族に栄光あれ!」

「「「「「「「「「「栄光あれ!!」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 ──ゼロ。ご武運を

 

 

 

 

 

 その瞬間。

 

「さあ……」

「イッツ──ショウタイムだ」

 

 全ての光は失われ、会場が闇に呑み込まれた。




さてさて、こっからオリジナルが介入していきますよっと。

感想カモン!


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このクソッタレな帝国に終焉を! 6

シュウジ「よう、俺だ。前回はパーティーの終幕、そしてゲームの始まりだったな」

カム「腕が鳴りやす」

エボルト「改めて見ると、こいつデカくなったなぁ。もう別種族感ある」

カム「いっそのこと、それも面白そうですね!」

ハジメ「乗り気になってんじゃねえよ。で、今回はこいつらの作戦の開始だ。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる帝国編!」」」」


 三人称 SIDE

 

 

 

「な、なんだ!? 一体何が起こった!?」

「いやぁ! いきなり何なのッ!?」

 

 突然暗闇の中に放り込まれ、パーティー会場にいた人間たちは一部の例外を除いて混乱する。

 

 混乱、困惑、同様、怒号、そういったものが混じり合い、それぞれが更に互いの感情を助長していく。

 

「狼狽えるな! 魔法で光源をッガァ!?」

「何だ、どうしっぐぁ!」

「お前ら、いきなりなnギェッ!」

 

 比較的まだ冷静だった者たちが魔法で明かりを作ろうとした瞬間、詠唱は悲鳴に変わり、何かが落ちる音がした。

 

 そして、悲鳴をあげた者達の近くにいた貴族の靴にコツン、と何かが転がってきてぶつかった。

 

 小さく悲鳴をあげた貴族は、少しだけ暗闇に慣れてきた目で自分の足元にあるものを見て──ヒュッと息を呑む。

 

「く、くく首が……!?」

「首!? 首ってなんのこと!?」

 

 隣にいたパートナーに男は喉が引き攣り、答えることができなかった。

 

 なぜなら、その足元にあるのは──先ほど声をあげた男の、生首だったのだから。

 

 硬直した男の靴の裏に首の断面から流れ出る血が染み込んでいく。その感触はあまりにも悍ましかった。

 

 彼らだけでなく、残り二つの首を見た他の貴族も悲鳴をあげ、それが更に恐怖を生み出していった。

 

 

 

「落ち着けッ! 貴様等はそれでも帝国人かッ!!!」

 

 

 

 そんな部下たちの耳に、ガハルドの一括が暗闇を突き破って聞こえてくる。

 

 覇気に満ちたそれは、負の感情で支配された彼らの心を強制的に正気へと引き戻していった。

 

 

 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ! 

 

 

「ッ!? チッ、今度は一体なんだ!」

 

 しかし、そんなものは許さないと言わんばかりに闇を突き破って青白いエネルギー弾が殺到した。

 

 まるで魔法のようなそれに、ガハルドはとっさに儀礼用の剣に魔法で風を纏わせ、振るうことでいなした。

 

 最初に飛んできたのは3発。しかしガハルドが防いだ瞬間、間断なく更に数発のエネルギー弾が飛んでくる。

 

 絶妙にタイミングをずらし、決して反撃の隙を当てないそれに、さしものガハルドと言えども防戦一方に追い込まれ。

 

「クッ、なんだこれは! 魔法じゃねえな!」

 

 

 ビュッ! ビュッ! 

 

 

 苦し紛れにそう言い放ったガハルドを嘲笑うように、更にエネルギー弾の隙間を縫うようにして風切り音が飛来する。

 

 すぐさまそれを察知したガハルドは、舌打ちをしながら狼狽えている側近の腰からもう一本剣を抜いて弾いた。

 

 

 地面や壁に突き刺さり、あるいは貴族の体を解体したのは、六枚の刃を持つディスク。

 

 

 それは更に、ガハルドの一括で理性を取り戻し、魔法で炎球を灯りとして作り出していた軍人たちをも襲う。

 

 

 シャキン! 

 

 

「っ、そこか! 一体なにもっ」

 

 抜剣した時のような金属音を聞き、振り返ったその瞬間。音もなく軍人の首が跳ね飛ばされた。

 

 ようやく出来た光源に近寄っていた貴族たちは、その様を目の当たりにして後退りしたり、あるいは尻餅をつく。

 

 彼らは見たのだ。()()()姿()()()()()ドレッドヘアーのウサミミが手甲から伸びた刃で軍人の首を刈り取るのを。

 

「ひっ、ば、化け物ぉお!」

「し、死にたくないぃ! 誰かぁ!」

 

 逃げようとした彼らは、しかし再び暗闇から飛んできたディスクに手や足を床に縫い止められ、絶叫した。

 

 中には軍人もいたのだが、前線から退き、贅沢に溺れた彼らにそれを避けることも、痛みに耐える心もない。

 

 それは他の場所でも立て続けに行われ、すぐさまパーティー会場は地獄へと逆戻りする。

 

 

「隊列を組め!」

「皇帝陛下の背後を守れ!」

 

 

 が、流石は力こそ至上たる帝国というべきか。ガハルドを始め、一部は対抗を始めていた。

 

 互いの気配を頼りに背中合わせになり、中にに術者を囲むようにして、魔法の詠唱を任せる。

 

 ガハルドの付近にいた者たちも彼の背後に集まり、どこからともなく飛んでくるエネルギー弾とディスクを弾き出した。

 

 

 一気に負担が半分になり、ようやく余裕を手に入れたガハルドは儀礼剣に纏わせた風を強くし、一気に飛来物を跳ね除けた。

 

「〝燃え上がれ! 火球! 〟」

 

 ほんの数秒ほどで詠唱を完成させたガハルドは、十ほどの火球を作り出して会場全体に広げた。

 

 それは先ほど作ろうとして封じられた明かりとなり、元ほどではないものの、会場に光が戻る。

 

 視界を確保した帝国側は、いよいよ反撃だと、そう思ったことだろう。

 

 

 

 ──彼らの隙間を縫うように手持ちのキャノン砲の狙いを定めた、見えない無数の〝揺らぎ〟を見るまでは。

 

 

 

 ドシュンッ!!! 

 

 

 

 鈍い音を立てて、揺らぎたちがキャノン砲から何かを発射する。

 

 それが帝国側の人間に与えた結果は、二つに分かれた。

 

 

 一つは絶大な音と光。

 

 

 隊列を組んでいた各人の目の前で破裂したそれは再び視覚と、そして聴覚を奪った。

 

 また同時に、宙に浮いたままの炎球にも直撃し、衝撃波で消しとばして暗闇を取り戻させる。

 

 そして、もう一つ。

 

 

 大規模な魔法を使おうとしていた者に限定して発射されたその弾は、体に当たった瞬間砕けて中身をぶちまける。

 

「ぐああああああっ!?」

「ひぎゃああああ! 俺、俺の体がぁああああ!」

 

 青色のそれを浴びた者たちの皮を溶かし、肉を溶かし、骨の髄までもドロドロにして、肉体を蝕んだ。

 

「ヌゥンッ!」

 

 だが、そのどちらともを撃ち込まれたのにも関わらず、無事でいた男が一人いた。

 

「「ッ!?」」

 

 先に炸裂した光と音に五感の二つを奪われたにも関わらず、男──ガハルドは、残りの溶解液の入った弾を躱す。

 

 常識外の反応速度に、マスクとステルス機能を維持する電磁波で二つの弾の影響を受けずに接近していた二人のハウリアは驚愕する。

 

「オラァアア!」

 

 そのわずかな動揺で漏れ出た微かな気配、それを機敏に察知したガハルドは裂帛の叫びと共に剣を振るう。

 

「くっ!」

「……!」

 

 凄まじい豪の剣に、リストブレイドでどうにか受け止めたハウリア達は、しかし衝撃で後ろに飛ばされた。

 

 剣を振り抜いたガハルドは、すぐに追撃が来ると予想し──

 

 

 

 ゾッ。

 

 

 

「ッ!?」

 

 その瞬間、自分の首が飛ぶヴィジョンを幻視したことで左の剣を首筋に置いた。

 

 激しい衝突音が響き、次の瞬間伝わってきた鋭い斬撃に左手の剣が真っ二つに両断される。

 

「ほう、やはり侮れんな」

「テメェは、ハウリアの……!」

 

 自分の身長をも越える化け物……唯一マスクをつけていないカムは、獰猛に笑いながら闇の中へ消える。

 

 カムに意識を引かれたガハルドの隙を見逃さず、今度は四人のハウリアが襲いかかるも、グリンとガハルドはこちらに向き直った。

 

「爆ぜろッ! 〝炎弾〟ッ!」

 

 恐ろしい速度で詠唱と魔法陣の構築が完了し、四つの炎がハウリアたちに高速で飛んでいく。

 

 ハウリアたちがそれを回避する僅かな時間、その間にガハルドは更なる魔法を行使した。

 

「舞い踊る風よ! 我が意思を疾く運べ、〝風音〟!」

 

 音を運び、あるいは小さな音を遠くへ届ける補助魔法を、ガハルドは未だに回復していない聴力の補強に当てた。

 

 本来は近接戦闘には向かない、集中力を必要とする魔法だが……それでガハルドは、ハウリアたちの装備が立てる小さな音を拾った。

 

「そこだあああッ!」

 

 確信を伴った声音と共に、四人のハウリアをまとめて圧倒するような斬撃の嵐が見舞われた。

 

 鞭のようにしなり、また巨岩のような威圧感を纏うそれに、ハウリア達は気配を消して出してと緩急をつけて対応する。

 

 が、一度捉えた音をガハルドは逃さない。的確にハウリアたちの位置を割り出し、突き出される槍やブレイドを弾いた。

 

 

 

 これが、皇帝。

 

 

 

 力こそ全てと、弱者こそが悪だと声高に叫ぶ者たちの頂点。傲慢にもふんぞりかえった者たちの王だ。

 

 

((((ああ──なんて狩り甲斐があるんだ!))))

 

 

 そんなガハルドを前に、ハウリアたちはマスクの下で歯を剥き出しにして獰猛に笑った。

 

 そして、もはや意味をなさない気配遮断をやめ、ステルス機能さえも切って刃物のような殺気を振りまく。

 

「ハッ、いい殺気だハウリア! 来い!」

 

 ニヤリと笑ったガハルドに、喜んでとでも言うようにハウリアたちは一つの生き物のように動き出した。

 

 劇的に連携の精度が上がり、先ほどまでとは比べ物にならないような連続攻撃がガハルドに襲いかかる。

 

 それさえも独特の剣術で対応しながら、少しだけ戻ってきた聴力にハウリアたちの声が混ざらぬことにガハルドは気付く。

 

「どうした! ビビって声も出せないのか! あぁ!?」

「──我らは狩人。狩りに無駄口は不要」

 

 その時、連携の穴に割り込むようにしてありえないほどの重い斬撃がガハルドの剣を上へと弾いた。

 

 とても兎人族とは思えない膂力でそれを為したのは、再び姿を現した筋肉の塊──ハウリア族が長、カム。

 

「ただ、貴様を狩るのみだ」

「面白い! やってみろ!」

 

 叫ぶガハルドにハウリアたちは笑みを深め、接近した彼らの陰にカムが消える。

 

 それから更に、凌ぎ合いは激しさを増していった。かたやヒット&アウェイの集団戦法で、片や剛力で振るわれる剣と魔法で。

 

 その音を聞きながら、ディスクの刃で手足を拘束された者達は、ひたすらに自分たちの皇帝の勝利を願った。

 

 同時に、先ほどのガハルドの咆哮、そして先ほど軍人たちの首を飛ばした姿から相手が兎人族だと知って戦慄を呼んだ。

 

 

 

 期待と恐怖、それ等が混じり合った空気──その中でこそ、狩人は笑うというのに。

 

 

 

「っ! なんだ、体が……!」

 

 突如、嵐のようにハウリアたちを踏み込ませなかったガハルドが減速する。

 

 それこそを待っていたとでもいうように、ハウリアたちはすぐさま狩りの終幕を飾るべく動き出す。

 

「「シッ!」」

 

 二人のハウリアが、レイザーディスクを素早く投げる。

 

 手裏剣のように飛んだそれは空中で六枚の刃を展開し、ふらついているガハルドへ左右から迫る。

 

「くっ!」

 

 かろうじて剣で弾くガハルド。吹き飛ばされたディスクは幾らか減速し、明後日の方向へと飛んでいく。

 

「「ハァッ!」」

「何っ!?」

 

 だが、その軌道上にそれぞれ現れたハウリア達の振るったコンビスティックによって軌道を変えた。

 

 それは剣を振り切ったままだったガハルドのところに、再び速度を取り戻して舞い戻り……足の腱を切る。

 

「ぐぁっ!?」

 

 いよいよ膝をついたガハルドに、今度は四方から現れたハウリア達がネットを発射。

 

 タウル鉱石製のそれは四つの先端に一つずつ楔がついており、ガハルドの体を包み込んで床に縫い付けた。

 

 次の瞬間、ネット全体に流れた特殊な電流により、隠し持っていた魔法陣やアーティファクトが破壊される。

 

「「「「ふっ!」」」」

 

 そして、駄目押しとでもう言うように網の目を狙ってガハルドの四肢をリストブレイドが貫いた。

 

「ッ──」

 

 想像を絶する激痛に、しかし悲鳴をあげなかったのはさすが皇帝というところか。

 

 だが、もはや一歩も動けない。そんなガハルドの眼前に、一人のハウリアが現れて何かを背中に刺した。

 

 すると、数秒ほどしてガハルドに視力と聴力が戻ってくる。どうやら注射か何かだったようだ。

 

 まるで芋虫のようになったガハルドは、唯一動く頭を動かして元の位置に戻った足の主を睨みあげた。

 

「ここまで、全部狙い通りか……!」

「ああ、その通りだ。魔物から抽出した麻痺毒を散布して、ここまで保つとはな」

 

 カムがそう言うのと同時に、天井に張り付いたハウリアの一人がマスクの側面のライトを照射する。

 

 まるでスポットライトのようなそれにより、捕らえられたガハルドの姿がその場にいる者全ての前に晒された。

 

 

 

 ヘルシャー帝国皇帝の敗北。

 

 

 

 その事実を目の当たりにした者達は、ある者は絶望し、ある者は驚愕し、ある者は呆然とする。

 

 

(これは、彼らの未来のために必要なこと……なんだよな)

 

 

 勿論その中には、光輝達もいた。

 

 目の前に繰り広げられた惨劇に、しかし難しい顔をするだけで光輝は無言でいる。一部加担したことも理由にあるのだろう。

 

 龍太郎も、鈴も、何も言わない。リリアーナも予想していたのか、混乱しつつも黙していた。

 

 ただ目の前にある現実を、選択を、静かに見守っているようだ。

 

「何故生かされているか。その理由がわからない貴様ではあるまい?」

「ふん、大方何か要求があるんだろ? 聞いてやるから言ってみろ」

 

 ガハルドの判断は正しかった。

 

 だが……対応が悪かった。

 

「減点」

 

 パッと別の場所にスポットライトが当てられる。

 

 そこにはディスクによって、ガハルド同様に四肢を押さえられている男。ガハルドの家臣の一人である。

 

 突如そこにハウリアの一人が現れ、手に持っていたディスクでその首を跳ね飛ばした。

 

「テメェ!」

「減点」

 

 声を荒げたガハルドに、悲鳴を漏らすそれを見ていた者達。

 

 そんな彼ら全員に告げるように冷徹な声が響き、また別の場所にスポットライトが当たって同じように男が斬首された。

 

「ベスタぁ! この、調子に!」

「減点、だ」

 

 三度、光の下で首が飛んだ。

 

「ッ……!」

「ようやく理解したようだな。そうだ、自分が地べたの這いずっていることを自覚しろ。慎重に、冷静に言葉を選ぶがいい。でなければ──この場の全員の首、我らのトロフィーになるぞ?」

 

 歯を食いしばって黙ったガハルドにそう告げ、すっと暗闇からガハルドの背に乗った首に手を伸ばす。

 

 まさか自分も、と思うガハルドの首は、しかし赤い宝石のついたネックレスがかけられただけて飛ばなかった。

 

 

 

「さて、ガハルド。交渉をしようか?」

 

 

 

 そう、冷ややかな笑みを浮かべたカムは言い放った。




さてさて、次回もまたオリジナル要素があります。

感想カモーンオーレ!


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このクソッタレな帝国に終焉を! 7

シュウジ「うっす、俺だ。前回はいよいよ作戦が開始され、コウテイサマが倒されたな」

エボルト「クク、いい感じに仕上がってるな」

シア「ああ、私の頭を優しく撫でてくれた父様や、優しかったみんなは一体どこへ…」

ハジメ「諦めろ。さて、今回は前回の続き、内容的には後半といったところか。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる帝国編!」」」」


 

 

三人称 SIDE

 

 

 

「交渉……だと?」

「正確には契約、といった方がいいかな?」

 

 また部下の首を飛ばされては叶わないと、慎重に喋るガハルドに冷徹な目で答えるカム。

 

「それは〝誓約の首輪〟という。ガハルド、貴様が口にした制約を、貴様と貴様に連なる者の命をもって厳守させるアーティファクトだ。守らなくても、違えても死ぬ」

 

 淡々と自分の首にかけられた物の説明をされ、ガハルドの頬に冷や汗が伝う。

 

 何故ならそれは、言外に既に他の皇族達も確保しているという意味を含んでいるのだから。

 

 

 

 このアーティファクトは、ハジメが魂魄魔法と生成魔法を使って作り出したものである。

 

 

 

 このネックレスを着けたものが口にした誓約を魂に刻み、それに外れた行動、言動をした場合に対象者の魂を消滅させる。

 

 またこれは、ガハルドに連なる魂を持つ者……つまり血族にも効果があり、当然彼らも誓約を破れば待つのは死だ。

 

 彼らが皇族である限り、そしてこの世界にいる限り、末代まで解けない呪いの品そのものである。

 

 なお、某取り立て屋のスタンド的なデザインのものもあったが、シュウジがさりげなく改修した。

 

「誓約は四つ。一つ、現奴隷の解放、二つ、樹海への不可侵・不干渉の確約、三つ、亜人族の奴隷化・迫害の禁止、四つ、その法定化と法の遵守」

「何……?」

「理解したな?では〝ヘルシャーを代表して約束する〟と言え。それでアーティファクトが発動する」

「呑まなければ?」

「帝国が滅ぶか、我々が滅ぶその日まで、永遠に将校達の首が飛ぶことになるだろう。あるいはその親、子供、親戚、愛する者、全てのな。泥沼の暗殺劇だ」

「ハッ、帝国を舐めるなよ」

 

 先ほど三つも首が飛んだにも関わらず、強い口調でガハルドはカムを笑った。

 

「たとえ俺たちが死のうとも、帝国が簡単に瓦解などするものか。確実に万軍を率いて樹海に侵攻し、今度こそフェアベルゲンを滅ぼす。お前だってわかっているだろう? 樹海を進むのはそう難しくない」

「だろうな。亜人の奴隷を使うか、あるいは森そのものを焼き尽くしてしまえば霧など意味がない」

「そういうことだ。今までフェアベルゲンを落とさなかったのは、()がなくなるからだ」

 

 森が畑であれば、収穫するのは亜人たち。非人道的な言葉であるが、彼らにはそれを是とする力がある。

 

 力こそ正義、勝者こそ強者。死んだ者にも倒れた者にも何かを口に出す資格はない。そして今度こそ、亜人は根絶やしにされる。

 

 そう脅しをかけられたカムはーーだが、あいも変わらず平然とした表情だった。

 

「今ならまだ間に合うぜ。この短時間で帝城を俺たちより知り尽くし、俺を倒したその連携と技能、滅ぼすには惜しい。俺専属の部隊として飼ってやるぞ?」

「論外だ。貴様の言うことなど一つとして信用に値しない。それこそ、〝誓約〟でもせねばな」

「ならば仕方がない、戦争だ。俺は絶対誓約など口にしない」

 

 こちらの要求を飲まなければ折れることなどあり得ないと、そうどこまでも傲慢に吐き捨てるガハルド。

 

 

(たとえこの場にいる全員が死のうと、帝国の裏には()()が……)

 

 

 ガハルドの心の中には、ある一点の望みとまではいかないまでも、カムたちに勝るあてがあった。

 

 今から一ヶ月前、あっという間にこの帝国を裏から支配した組織。彼らも帝国が滅んでは損失のはずだ。

 

 〝奴〟の持つ怪物や兵器があれば、あるいはこの恐ろしい兎人族でも……と。

 

「そうか。なら()()()だ、ガハルド」

 

 ガハルドの態度に嘆息したカムの対応は、やはり〝減点〟であった。

 

 また別の場所にスポットライトが当てられ、そこに一人の男が暗闇の中から引き摺り出される。

 

「離せェ! 俺を誰だと思ってやがる! この薄汚い獣風情がァ! 皆殺しだァ! お前ら全員殺してやる! 一人一人、家族の目の前で拷問して殺し尽くしてやるぞ! 女は全員、ぶっ壊れるまで嬲ってやる!」

 

 それは、皇太子バイアスであった。

 

 汚らしい喚き声を上げるバイアスの声に混じってちらほらと息を呑む音が聞こえる中、バイアスを拘束しているプレデターが動く。

 

 鉄鋼の側面に装着された、リストブレイドよりも更に長いものが首筋に当てられ、振り上げられたその時。

 

 

 

「ああ、ちょっと待ってくれや」

 

 

 

 ハウリア達以外の、声が響いた。

 

 一部を除き、誰もが驚く。今この場で彼ら以外に口をきけるものが、まだいたというのか?と。

 

 そんな中、コツコツという足音と共にスポットライトの下に現れたのは……軍服を着た、二人の兄妹。

 

「お、お前達は……!」

「やっほー、皇太子さん」

「無様な格好やな、バイアス」

 

 ハクと、ソウ。

 

 意外すぎる人物の登場に、大半の彼らを知らぬ者は困惑し、ハジメ達でさえも眉を潜め……シュウジが一人、嗤う。

 

 

(来た!)

 

 対して、ガハルドの心には期待と希望が生まれていた。

 

 絶対強者としての自信を持つ彼だが、それでもなお内心では素直に喜ぶほどに彼らは頼もしいのだ。

 

 つまりガハルドは、あの兄妹を()()だと思っている。彼らは組織の兵器であるのでそれは正しい認識だ。

 

「ちょ、丁度いい! おい貴様ら、俺を助けろ! 〝ファウスト〟の奴らだろう!? だったらーー!」

「は? 嫌やけど」

「お断りするわー」

「「………は?」」

 

 だからこそ、無関心そうに拒絶した二人にバイアス共に間抜けな声を上げた。

 

「なんや、都合のいい勘違いしてるみたいやけどな。俺たちがここにいるのは……」

「お前の首が飛ぶところを、ちゃあんとこの目で見るためやで、お馬鹿さん♪」

「なん、だと……」

「お前はもういらんらしくてなぁ。だから……これは予定調和や」

 

 ハクの言葉に、まさかとガハルドはカムを睨みつけるように見上げる。

 

 カムは何も言わなかったが……ただ、悪魔のように口を裂き、ニィイイとガハルドに向かって笑った。

 

 その瞬間ガハルドは悟った。彼らは、自分が希望を見出していた〝組織〟とすら繋がっているのだ、と。

 

「……おい、シュウジ」

「ん? どしたよハジメ」

「……いや、なんでもない」

 

 その場から離れたところで、小声で話す二人組がいたが……放心状態のガハルドには聞こえていない。

 

「それに……お前には俺たちの()()()()()()もある」

「う、恨みだと…?」

「ま、あんたは覚えてないと思うけどね、皇太子さん」

 

 バイアスを見下ろし、二人は怒りを内包した声音で話し出す。

 

 その口調から、いつの間にか軽薄な関西弁モドキは消え失せていた。

 

「お前が嬲ってくれた亜人族の中にはな……ウチらの母親代わりのような人もおったんや」

「な、何?」

「そんな複雑な話でもない。成功して金を持ってた冒険者の男が、ガキの世話をさせるために奴隷を買った。で、たまたまその奴隷を気に入った皇太子に金を積まれた男は、あっさりとその奴隷を売った」

「彼女は亜人だったけど、私たちは本当の母のように慕っていた。だから男を……父から吸収できる全てを手に入れた後に殺して、そして貴方への復讐も誓ったの」

「そ、そんな理由で……!」

「お前にとってはそうだろうな。だが……街の外れに打ち捨てられていた彼女の、散々に嬲られた亡骸を見た時の俺たちの気持ちが、お前などにわかるものか!」

「あの日に私たちは誓った!何をしても、どんな汚い手段に手を染めても、貴方が絶望の中で死ぬ様を見てやるって!」

 

 最初の頃とは比べ物にならないような激情に満ち溢れた声で、バイアスに向かって二人は叫ぶ。

 

 それを聞いて、大半の者は首を傾げただろう。バイアス同様に、たかが亜人一人のためにこんなことを?と。

 

 また、静かに様子を見守っていたハジメは、ようやく彼らがこの国にいた理由を……門で話した時に見たハクの〝目〟の意味を察した。

 

 そんな彼らが見守る中で、一度深呼吸をして気持ちを落ち着けた二人は、再び無表情でバイアスを見下ろす。

 

「だから俺たちは組織の兵器となり、この場に立つための力を手にした。そして今、悲願が成就する」

「それじゃあさいなら。馬鹿で愚かで間抜けな、皇太子殿下?」

「き、貴様ら、絶対に許しぐぇーー」

 

 最後まで言い切る前に、バイアスの首は宙を舞った。

 

 プレデターハウリアは腕を振り切っており、血飛沫を上げて体が倒れた後に首が落ちてくる。

 

 コロコロと転がってきたそれを、ハクは踏んで止め……ソウと共に、返り血の飛んだ顔で笑った。

 

「なんだ、呆気ないな」

「こんなのに人生賭けてたんか、うちらは。あーアホらし」

 

 バイアスの死体を見下ろしたまま、その場から動かない二人から目線を外し、カムは静かなガハルドを見下ろす。

 

 心から次代皇帝を侮辱した二人の言葉。しかしガハルドは声も上げず、表情すら変えていなかった。

 

「やはり息子の首が飛んでもその顔か。元より貴様に子供への愛情などないのだろうな」

「……いくら煽ったところで、俺は絶対に誓約などしない。皆殺しにされようと。怒り狂った帝国に押し潰されるがいい」

「ふむ。まあ、想定通りの反応だ。流石は身内で殺し合いをして皇帝を決めるような一族だ」

 

 カムの言葉に、ガハルドは肯定も否定もしなかった。

 

 ヘルシャー帝国の皇族は、皇帝の座を賭けて身内での決闘が認められている。その中でたとえ相手を殺してもいい。

 

 何故なら、それは死んだ方が弱いから悪いことになるのだ。弱肉強食の帝国を体現した決まりである。

 

 何十人といる側室の一人の子であるバイアスとて、それに勝ち抜いたから皇太子になったまでのこと。

 

 そんな子供達にガハルドは人並みの愛情を抱いていないという噂があるが……まさにそれが証明されたような反応だ。

 

「わかっているなら、無駄なことはやめるんだな。お前達にあるのは恭順か、死だ」

「まあ、そう結論を急ぐな。どうしても誓約はしないか?全員死ぬまでハウリア族を追い回し続けるのか?」

「くどい」

「……そうか。残念だよ」

 

 意見を変えぬガハルドに、カムはガントレットを操作する。

 

 空中に浮かんだ楔文字のような赤いホログラムを操作するカムに、ガハルドは怪訝な顔をした。

 

「おい、一体なにを……」

「……さて、ガハルド。私の言葉を覚えているかな?」

 

 ガハルドの質問に答えることはなく、操作を終えたカムは腰の後ろで両手を組んだ。

 

 ますます訝しむガハルドの前で、二人のハウリアが降りてくる。そしてガントレットを操作し、映像を空中に投影した。

 

 ガハルドに見える位置に展開されたそれには、帝国のどこかと思しき場所が映し出されている。

 

「慎重に言葉を選べ、と言った。結論を吟味しろと。それができない場合はーー」

「ーーッ! おい、待て! やめっ!」

「ーー〝減点〟だ」

 

 次の瞬間、映像の中で大爆発が起こり、パーティー会場に腹の底を叩かれるような轟音と衝撃が伝わってきた。

 

 歯を食いしばってそれに耐えたガハルドは、バッ!と映像を見て……燃え盛る光景に目を見開いた。

 

「貴様、どこを爆破した!」

「奴隷の監視用の兵舎だ。数百人くらいは吹き飛んだだろう。お前のせいでな」

「ふざけるな! 貴様がやったことだろう!」

「ふむ。どうやらガハルド、お前はあまり理解力がよろしくないようだな」

 

 カムが片手を顔の横に上げ、軽く開いた拳をグッと握る。

 

 ハウリア達が映像を切り替え……そして僅か0.5秒後、先程と全く同じように爆発と轟音、衝撃が鳴り響く。

 

「……今度はどこを爆破した?」

「治療院だ」

「なっ、てめぇ!」

「安心しろ。爆破したのは軍病院だ。死んだのは兵士と軍医達だけ……ああ、あと一般の治療院、宿、娼館、住宅街、先の魔人族襲撃で住宅を失った者達の仮設住宅区などにも仕掛けてあるぞ? ん?」

「一般人にまで手を出しやがって……! 堕ちるとこまで堕ちたか、ハウリア!」

「……貴様らは、亜人というそれだけで散々迫害してきただろうに。被害者になった途端善人面か。見当違いも甚だしい」

「待てっ!」

 

 ガハルドの静止も聞かず、それどころかもはや見せる必要もないと言わんばかりに映像が切られた後に拳が握られる。

 

 三度の爆発音と衝撃に、ガハルドは帝国民が建物ごと吹っ飛ばされたと()()()()()歯噛みした。

 

 

 

 もっとも、実際に破壊されたのは帝城の跳ね橋である。一番大きな脱出路を奪ったのだ。

 

 

 

 更に言えば、爆発源のガントレットはシュウジから与えられた数がそこまでないため、多くは設置できない。

 

 しかも近くから別の端末で操作する必要があるため、先ほど列挙したような場所にまでは設置できていないのだ。

 

 だが、事実はどうあれガハルドが思い込む、それだけで十分なのである。

 

「ふむ、確かこう言ったか? 〝俺は絶対に誓約などしない、と〟」

「ッ、それがどうした……!」

「0点だ。減点を通り越して失格だよ、ガハルド。ならば望み通り、帝国全てを木っ端微塵にしてやろう。貴様とここにいる者達への手向けだ、喜べ」

 

 もはや完全にテロリストの発言である。

 

 一体誰が彼らを無慈悲で冷酷なプレデターへと変えたのか……会場の隅で一人の男に視線が集まった。

 

 無論、本人は彼女ら…特に若干一名…をスルーして、いつもと同じ形の色違いの白い帽子を被って無理矢理目線を切った。

 

「……………」

 

 脂汗を流し、即答できずにいるガハルドの頭の中では目まぐるしい速度で打開策が検討されていた。

 

 帝国民が人質に取られている。ファウストは味方ではない。他に頼れるものも直ぐには来ず、手詰まりだ。

 

 追い詰められ、苦悶の表情をするガハルドに、しかしカムは全く容赦などしない。

 

「どうやら心は決まったようだな。では……」

「待てッ!」

 

 拳を握りかけたカムに、ガハルドが慌てて制止の声をかける。

 

 そして、苛立ちと悔しさを振り払うために頭を床に打ち付けると、顔を上げて叫んだ。

 

「かぁーー、ちくしょうが! わーたよっ! 俺の負けだ! 要求を呑む! だから、これ以上、無差別に爆破すんのは止めろ!」

「それは重畳。では誓約の言葉を」

 

 要求が通ったというのに、カムは笑顔の一つも浮かべず、事務的に最初の言葉を繰り返した。

 

 ガハルドは苦笑いしながら、肩の力を抜いて、会場にいる生き残り達に向かって語りかけた。

 

「はぁ、くそ、お前等、すまんな。今回ばかりはしてやられた。……帝国は強さこそが至上。こいつら兎人族ハウリアは、それを示した。民の命も握られている。故に、〝ヘルシャーを代表してここに誓う! 全ての亜人奴隷を解放する! ハルツィナ樹海には一切干渉しない! 今、この時より亜人に対する奴隷化と迫害を禁止する! これを破った者には帝国が厳罰に処す! その旨を帝国の新たな法として制定する!〟文句がある奴は、俺の所に来い! 俺に勝てば、あとは好きにしろ!」

 

 その言葉は、これまで通りにしたければ俺を殺せ!ということだ。実力主義国家にふさわしい言葉である。

 

 そんな彼の宣言が終わった後に、また一つスポットライトが当てられ、皇族一族が勢揃いして照らし出された。

 

 その首には一様に、ガハルドと同じものがかかっている。埋め込まれた赤い宝玉は輝いていた。

 

「ふむ、しっかりと発動したようだな」

「ケッ、コレで満足かよ」

「ああ。ヘルシャーの血を絶やしたくなければ誓約は違えないことだ」

「わかっている」

「明日には誓約の内容を公表し、帝都にいる奴隷は明日中に全て解放しろ。あくまでそれが第一段階だ」

「明日中だと? 帝都にどれだけの奴隷がいると思って……」

「やれ」

 

 開いた拳を見せるカムに、ガハルドは「クソッタレ」とぼやきながら了承した。

 

「解放した奴隷は樹海へ向かわせる。ガハルド。貴様はフェアベルゲンまで同行しろ。そして、長老衆の眼前にて誓約を復唱しろ」

「一人でか? 普通に殺されるんじゃねぇのか?」

「我等が無事に送り返す。貴様が死んでは色々と面倒だろう?」

「はぁ…わかったよ。お前らが脱獄した時から、何となく嫌な予感はしてたんだ。そもそも、最初から捕まったこと自体がおかしかったがな……」

 

 ガハルドは、もはや全てに降参だと言わんばかりに笑った。

 

 そして、この事態の元凶である者達に悪態をつこうとしたーーその時。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぁッ!?」

「がッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 突然、カムの後ろにいたハウリアたちが苦悶の声を上げた。




まだだ、まだ終わらんよ。

感想をくれると嬉しいゾ。


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傲慢の獣

こちらではお久しぶりです。

なんとなく固まって?きたので再開します。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

「っ!?」

 

 突然の仲間の異変に、カムは後ろを振り返る。

 

「ぐ、ぁ……」

「かはっ……!」

「お前たち!」

 

 すると、二人のハウリアの体が宙に浮いていた。

 

 否、浮いているのではない。()()()()()()()腕によって体を持ち上げられているのだ。

 

 シュウジ特製の装備を容易く貫通しているその腕に、カムは大きく目を見開く。

 

 それは未だに、ハウリアたちに拘束されているガハルドも同じだった。

 

 そんな彼らの前で、動かなくなったハウリアの胸から腕が引き抜かれ、暗闇の中へと消えていく。

 

 後には地面に倒れ伏した死体のみが残っており、傷口から地面に鮮血が流れ落ちている。

 

「ごはっ!?」

「ぐがぁっ!?」

 

 間も無くして、あちこちから悲鳴や、断末魔の声のようなものが響き始めた。

 

 その中にはハウリア達だけでなく、貴族や軍人達と思しきものもある。

 

 むしろハウリア達のものは僅かで、そちらの死体の方が圧倒的に多い。

 

 先ほどの腕の主は、人族も亜人も関係なく、無差別に襲っているようだ。

 

「な、なんですか!? 今度は一体何が……!」

「おいコラ姫さん、下手に動くな」

「ふぎゅっ!?」

 

 流石に連続した異常事態に耐えかねたのか、オロオロと取り乱し始めたリリアーナの首根っこをハジメが掴む。

 

 ハジメ自身、〝夜目〟の技能が発動しているはずなのに全く姿の見えない敵に警戒を巡らせていた。

 

 それはユエらやハウリア達、正気に戻った軍服兄妹……この場の中でも屈指の実力者達も同じだ。

 

 であれば当然、この相棒が気がついていないはずがないとハジメは隣を見る。

 

「……来たか」

 

 そんなハジメの目線に応えるように、シュウジは小さく呟いた。

 

「明かりをつけろ!」

 

 カムが号令をかけると、辛うじて天井に残っていた者達が全てのライト型アーティファクトを起動する。

 

 すると、パッとまるで昼間のような明るさがパーティー会場に降り注ぎ……血の海を照らし出した。

 

 そこかしこに散乱する、貴族や軍人たち、無数の首や手足、内臓など……そして数人のハウリア族の死体。

 

 

 まさしく惨状、地獄絵図。

 

 

 ある者は絶叫し、ある者はSAN値がオーバーして意識がゴートゥーヘブンし、ある者は壊れたように笑う。

 

 その半分ほどは、ハウリア達によるものだ。だが度を超えた破壊の仕方をされた死体は……違う。

 

 

 

『……無粋だな、亜人。折角闇の中に隠していたものを』

 

 

 

 そして。その張本人は、会場の中心で佇んでいた。

 

 その手には誰かの首らしきものが掲げられており、滴る鮮血がその体を赤く塗りたくっていく。

 

 迷彩柄の皮膚。機械じみた鎧。

 

 濃い緑色の体全てが返り血と内臓の破片らしきもので汚れ、白い瞳が不気味に光る。

 

 

 

 バケモノ。

 

 

 

 ハジメ達を除き、全員がそう思った。

 

「貴様は、いったい何者だ……?」

 

 ハウリアとはまた違った怪物の登場に、ガハルドは剣呑な声音で問いかける。

 

 怪物は、ゆっくりとガハルドの方を振り向き、手からポロリと無造作に首を落とすと声を発する。

 

『我が名は《傲慢の獣》。この世全てを食らう者。人の王よ、既に()()()()お前に用はない』

「なんだと……?」

 

 男とも、女ともつかぬ声。それでいて、一言一言全てを聞くたびに寒気を覚えるような錯覚。

 

 ガハルドは戦うまでもなく悟る。

 

 突然現れたアレは、南雲ハジメや北野シュウジと同様に手を出してはいけない類いだと。

 

『だが、我が他にいる獣たちにも用はない』

「……ならば、何故我々の同胞を殺した?」

『ただの演出だ』

 

 こともなげに、あっさりと怪物……否、《獣》はあまりにもな理由を述べた。

 

 ごく軽い理由で兄弟や友、恋人を殺されたハウリア達は、一斉に鋭い殺気を《獣》へと向ける。

 

 ガハルドに向けられていたものと同等のそれを、しかしなんの反応もせずに《獣》は話し続けた。

 

『我が食指が動くのは……』

 

 ぐるり、と怪物はとある方向を見る。

 

 その視線の先にいるのは──未だにハジメに首根っこを掴まれ、「王女なのに……」とつぶやいているリリアーナ。

 

 

 

『お前が一番、美味そうだ』

 

 

 

 だが、その言葉にぐっと喉が縮まったような錯覚を覚えた。

 

 無機質な仮面からは、溢れんばかりの殺気と……そして抑えきれない食欲が漏れ出ている。

 

『だが、ただ嬲り殺すのも興醒めというもの。故に……』

 

 ふと体を翻し、怪物は首を飛ばされたバイアスの死骸に歩み寄る。

 

『蘇れ、救いようがなき愚者よ』

 

 そして、その体に躊躇なく右手の指を突き立てた。

 

 

 

 ──ドクン。

 

 

 

 

 この中でも際立って聴覚の優れた者達は、その音を聞いた。

 

 次の瞬間、もはや力のないはずのバイアスの体がビクンと跳ね上がり、何度も痙攣する。

 

「ォ、ァア、アアァ…………」

「ッ!?」

「なんやて!?」

 

 かと思えば、軍服兄妹の足元に転がっていた生首が声を上げたではないか。

 

 並のホラー映画よりよっぽどホラーな光景に、さしものハジメやシュウジでさえも目を鋭くする。

 

 パクパクと口を動かし、せわしなく目線をあちこちへと向けた首は、一人でに転がって死体に近づく。

 

 そしてピタリと、綺麗な断面に首がくっついた瞬間──勢いよく起き上がった。

 

「あ、ぁァァアあアいああえぇあああ……」

『さあ、踊れ愚か者よ』

「うぅアァぁぁぁぁえああぁぉおおおあ……」

 

 もはや意識があるのかないのか、不気味に呻き声を上げた元バイアスは懐を探る。

 

 そして取り出したのは──フクロウの意匠が刻まれた、紫色ボトル。

 

「あれはまさか……!」

「俺の中にあったのと、同じ……!」

 

 死した檜山や、龍太郎の体内にあったそれに勇者組が息を呑む。

 

 そんな中、屍鬼(グール)となった元バイアスはキャップを開け、自分の体にボトルを突き刺した。

 

 紫色の煙が舞う。

 

 それが晴れた時──そこには、漆黒の怪物がいた。

 

『ォオオオオオアァアアア!!』

「ちっ、そないなもん持っとんのかい!」

「いくでソウ!」

 

 

《ギアエンジン!》

《ギアリモコン!》

 

 

 雄叫びと共に繰り出された大振りのフックを避け、素早くボトルをネビュラスチームガンに装填する。

 

「「潤動!」」

 

 

《ファンキー!》

 

 

《リモート・コントロール・ギア!》

 

 

《エンジン・ランニング・ギア!》

 

 

 素早く変身を果たした二人は、怪物──オウルロストスマッシュとの戦闘を開始した。

 

「へえ。あの見るからに獣な野郎とか、カインのダチの次は、腹ぺこな傲慢の獣ってか」

 

 怯えるリリアーナをぺいっと光輝の方へと放り、ハジメが不敵に笑って一歩踏み出す。

 

 

 曲がりにも可愛い部下達の作戦を、最後に台無しにされた。

 

 

 ハジメも無粋な《獣》に対して少々憤っていたのだ。

 

 その歩みを制したのは、横から伸びてハジメの胸に軽く当たった拳だった。

 

「まあ、そうカッカしなさんな」

「……シュウジ」

 

 訝しむハジメの肩を軽く叩き、シュウジは仲間達を庇うように《獣》の前に立つ。

 

 口元は笑いつつも、帽子の下から《獣》に鋭い目を向けていた。

 

「でもまあ、俺も不思議だなぁ? あんたらは俺を殺すためにこの世界に喚ばれたんじゃあなかったか、《獣》さんよ?」

『然り。だが私にとって最も優先すべきことは食事だ。故に私は、私が食べたい時に食べたいものを食べる』

「そりゃまた傲慢なことで」

 

 決定事項かのように語る《獣》に笑うシュウジ。

 

 そうすると異空間からステッキ(白 ver)を取り出して、床に打ち付ける。

 

「姫さんは雫達の友達だし、俺も黙っちゃいないぜ?」

「ああ、そうだろうとも」

 

 また、第三の声が割り込む。

 

 驚愕とともにハジメ達が、そして呆れたような、悟ったような顔で、シュウジが元いた場所を振り返る。

 

 中性的な顔立ちをした法衣の美女がテーブルに腰掛け、シュウジのことを静かに見ていた。

 

 

 〝嫉妬の獣〟ランダ。

 

 

 彼女を知るものは驚きに顔を染め、知らぬものは「もうこれ以上の登場は勘弁してくれッ!」と表情で語る。

 

「おいおい、獣の集会とかちょっと啓蒙高杉だよ? せめて一度に一人にしてくれない?」

「相変わらずよく回る口だ。だが、私はここから動かない。君が動かない限り、ね」

「……なるほど。お目付役ってわけか」

「君と私が戦えば、南雲ハジメ達を除いた彼らがどうなるのか。想像に難くはあるまい?」

 

 それは言外に、シュウジが《獣》と戦えば、この場にいる全員が死ぬと言っている。

 

 シュウジとしても、この事態を知る人間が皆殺しになるのは《計画》に多少の支障が出てくる。

 

 それはハウリア達の決死の戦いも無意味になるし、そもそも今回の件では自分は動かないことになっている。

 

「俺が横槍入れられたときの対策をしてないとでも?」

「この会場全体に張り巡らされた魔法陣や罠のことなら、私の正拳突き1発で吹き飛ぶと言っておこう」

「ですよねー。知ってた」

 

 ダンスをしながら密かに会場中にばら撒いておいた下準備を、彼女は見破っていた。

 

 100を超える数の物理的、魔法的なものだが、このぶっ壊れ性能の脳筋獣は言った通りにできる。

 

「あーったく、ほんと難易度調整間違ってるわ。なあハジメ?」

「まったくだ」

「パッチ持ってない?」

「生憎と人を騙して崖下に蹴り落とすような知り合いはいない」

「違う、そうじゃない」

 

 たわいもない会話を交わし始めた二人に、光輝が何をという顔をする。

 

 だが、実際に彼女の力の一端を目の当たりにしたユエたちが、顔を強張らせて動かない。

 

 つまり本当に、あのシュウジが劣勢を強いられる相手。その事実に光輝は軽い衝撃を受けざるを得ない。

 

『では、愚かなる神の傀儡よ。せいぜい貧弱な剣で姫を守ってみせろ』

「っ!」

 

 しかし、呆けている暇はなかった。

 

 怪物が腰に巻いた装置の、注射器の上部のような機構を親指で押し込む。

 

 

 ピ、ピピ……

 

 

 電子的な音を立て、横に伸ばした右腕に蒸気と共に何かが具現化していく。

 

 最初はヘドロのようであったそれは、程なくして長大な回転ノコギリとなった。

 

 おまけに上部に小型の機関銃と思わしきものがついており、これでもかと殺意を放っている。

 

「くっ、来い! 聖剣!」

 

 手を掲げ、貴賓室に置いてきていた聖剣を呼び出す光輝。

 

 光と共に手の中に収まったそれを構えた瞬間、待っていましたと言わんばかりに《獣》は襲い掛かった。

 

『フンッ!』

「ぐぅうううっ!?」

 

 激しく回転する刃と、聖剣の刃がぶつかって火花を散らす。

 

 両手のみならず、全身の力を振り絞ってようやく受け止められたその一撃に、光輝は目を剥く。

 

 そして、たった一撃で理解した。

 

 これは、ハジメやシュウジ……自分を歯牙にも掛けない強者の刃である、と。

 

「〝覇潰〟ッ!!」

 

 すぐさま自分の使える最強の技能、一時的に能力を五倍まで高める[+覇潰]を使用する。

 

 光輝の体から純白の魔力が立ち上り、1万を超えるステータスを手に入れたことでやっと拮抗した。

 

『ほう。その身を削るか、愚者よ』

「いつまでも……足手まといのままでたまるかっ!」

 

 渾身の力を込めて聖剣を振り、《獣》の刃を弾き返す。

 

 思ったよりあっさりと刃を引いた《獣》は、ほうと声を漏らすと試すように更に刃を振り下ろした。

 

「はぁっ!」

 

 またしても渾身の一撃で、《獣》の攻撃を凌ぐ。

 

 その度にゴリゴリと魔力が削れていくが、構わず光輝はリリアーナを守るために《獣》に立ち向かっていく。

 

「絶対に負けないっ!」

『よく足掻く。空虚な勇者よ、真実を知ってなお己が主役と傲るか』

「そんなの関係ない! それに……俺は空っぽだから、借り物だからこそ、お前のような悪党にだけは負けられないんだ!」

 

 少し成長した今なら、いや今だからこそわかる。

 

 今、自分を子供のように弄ぶこの怪物が。

 

 自分の勘違いなどではなく、本当に面白半分でハウリアや貴族たちを殺したこれこそが、許されざる悪であると。

 

「うおおおおおっ!」

 

 雄叫びをあげ、戦う光輝。

 

 どうにか合わせる剣筋も、代償を支払ってようやく土台に立つ様も、とても勇壮とは言い難い。

 

 だが、下手に動けない龍太郎達幼馴染組や、先ほどのまでのことも忘れ、皇帝を筆頭とした帝国貴族達も一縷の望みをかけた。

 

『ふむ、拙いがまだ見れるレベルだ。しかし──そういった妄言は私の二割でも力をつけてから言え』

「がっ!?」

 

 しかし、あっさりとその希望は打ち砕かれる。

 

 たった一振り、ほんの少しだけ力と速さを増しただけ。

 

 それだけで聖剣は真っ二つに叩き折られ、その切っ先が光輝の体をも切り裂く。

 

 鮮血を傷口から噴き出させながら倒れる光輝の襟首を掴み、《獣》は追い討ちをかけるように首筋に顔を寄せると──

 

『己の無力さを嘆け』

 

 なんの躊躇もなく、その首筋の肉に食らいついた。

 

「ぐぁぁあああっ!?」

「「「光輝(くん)っ!」」」

『フン』

 

 どうやって食いついているのか、礼服ごと左肩の肉をごっそりと食いちぎり、光輝は投げ捨てられる。

 

 ちょうどリリアーナの足元のあたりに転がって、「光輝さん!」と悲鳴のような声をあげてしゃがみ込んだ。

 

 その光景に、ハジメ達を除き全員が絶望する。人類の希望(笑)が怪物に敗れ去ってしまったのだ。

 

「チッ、使えん勇者クンやな!」

「無駄口叩いてる暇はないで!」

『おおおオォァアアアアアアあ!!!』

 

 それを見ていたブロスらも、いまだにロストスマッシュとの戦闘中である。

 

 スマッシュ化したことで完全に理性がなくなったのか、足元に転がる貴族など御構い無しに暴れまくる。

 

 証人を一人でも残すよう指示されている二人は思うように動けず、必要最小限に牽制するばかりで攻められない。

 

「こんなんどないせいっちゅーねん!」

「ええい、死んでも厄介やな!」

「終わり、かな」

『そこそこ楽しめる余興だったぞ』

 

 二人の《獣》が、勝利宣言に等しい言葉を使う。

 

 その瞬間、敵対していたはずの帝国貴族達とハウリア族の全員に冷たい緊張が走った。

 

『では余韻に姫を喰らい、それで幕としよう』

「残念だが、君を殺すのはまた今度にするよ」

 

 リリアーナににじり寄る《傲慢の獣》に、ランダは後ろを見て──戦慄した。

 

 今までずっと俯き、静かにしていたシュウジ──その口元に、これまでにない笑みが浮かんでいた。

 

「まだフィナーレには早いぜ、お二人さん?」

「……ッ!」

 

 これまでにない悪寒を感じたランダは、躊躇なく右足を上げ、その場で振り下ろした。

 

 この部屋に仕掛けられた魔法はおろか、帝城そのものを瓦礫にする理不尽なまでの力を込めた。

 

 だが──何も、起こらなかった。

 

「……何をした?」

 

 低い声で問いかけるランダ。

 

 全く変わらずそこにあるパーティー会場に、さしもの彼女も動揺を隠せない。

 

「いや何、ちょいとした消失マジックさ」

「……〝抹消〟か。だが君は、あの力を自在にコントロールはできないはず」

「そう。俺にできるのはせいぜいオンとオフ、任意のものを意図的にどうこうすることはできない」

 

 続けて「ただし」、と前置きをして。

 

 ランダの方に振り返ったシュウジは……右手に握った禍々しいエボルボトルを見せつける。

 

「それは……ッ!」

「こうして()()()()()()()()を支払えば、多少は無茶できるのさ」

 

 多少どころではない。

 

 エボルボトルから溢れ出した力は黒い瘴気に実体化し、シュウジの右手から肉体に食い込んでいる。

 

 明らかなエネルギーの侵食。今こうしている間も、無慈悲な破壊の力がシュウジの魂を貪っている。

 

「これで、俺とお前がいるという〝事実〟を世界から一時的に消した。お前が何をしようと、別の次元にある現実世界には何も起こらない……言いたかないが、時間を稼いでくれたあの勇者(笑)には感謝するよ」

 

 説明を聞いていたハジメが、凄まじい形相でシュウジに触れようとした。

 

 ボトルを取り上げようとしたのだが、下手なホラー映画の演出のように手が通り抜けるだけ。

 

 それが、何よりの証明だった。

 

「おい、今すぐそれを手放せッ!」

「……ごめんな、ハジメ」

 

 約束を破ってしまったことを詫び、後ろで顔面蒼白になっている雫達から目を逸らす。

 

「……ついでに、姿が見えないからわかってるだろうけど、あのおっかない錬金術師の弟擬きはエネルギーの余波でどっかに吹っ飛んだわ」

「理解しているのか。そのエネルギーを使い続ければ、君は」

「ああ、しているさ。まず確定でこの後ハジメにしこたまぶん殴られるし、雫達に心が折れるまで説教だ」

 

 瘴気を吐き出し続けるボトルをなおも握り続け、シュウジは凄絶に笑った。

 

「だけどな。それで目的が果たせるのなら、あと十年くらいは喜んでこいつにくれてやるよ」

「……狂っている。人格が作り変えられようと、なおその在り方は変わらないか」

「ああ、変わらないね。ルイネに振られたことで、俺自身逆に理解できたよ」

 

 

《エボルドライバー!》

 

 

 取り出したドライバーを腰に装着し、左手にライダーエボルボトルを持つと、その蓋を開ける。

 

 言いようのない威圧感を放つシュウジに、隔離された世界の中でランダは鋭く目を細めた。

 

「たとえ魂を塗り替えられようが、女神に打ち捨てられようが。俺の本質はあいつから……あんたの親友から受け継いだものだ」

「っ!」

「それを背負い、俺として生きていこうと傲慢にも言うのならば。俺という人間が死ぬ最後の時まで。騙し、欺き、悪道を貫こう」

 

 

アサシン!  ライダーシステム! 》

 

 

《レボリューション!》

 

 

 恐ろしいまでに躊躇なくレバーを回し、全身を紫色のアザとして顕現した呪いに塗れていく。

 

 シュウジを包み込み、まるで呑み込むような様をもう一度見たハジメ達は、全身の血が凍りつくような寒気を覚えた。

 

 

《ARE YOU READY?》

 

 

「──変身」

 

 

《エボルアサシン! フッハッハッハッ!》

 

 

 そして。

 

 シュウジは再び、その身をも滅ぼす力の具現に身を染めた。

 

「ネオフェーズ・ワン……さあ、終末を始めよう」

「……殺すッ!」

 

 

 

 

 

 帝国の夜は、まだ終わらない。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回で帝国編は終わり。

感想カモン!


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長い夜の終わり

ども、作者です。アリシゼーションリコリス楽しすぎる。

シュウジ「やあみんな、素敵なお兄さんことシュウジだよ」ギリギリ

エボルト「いやコブラツイストされてるけど」

ハジメ「いっぺん殺す」

シュウジ「はっはっはっ、親友からの愛が重い。さて、前回は一ヶ月ぶりに心の回復を済ませて投稿したんだったな。で、今回は俺の戦いだ」

エボルト「ったく、危険なことばかりしやがって…実に俺好みじゃないか」

ハジメ「おい外道宇宙人」

エボルト「おっと。それじゃあいくぞ、せーの」


三人「「「さてさてどうなる帝国編ラスト!」」」


ポキッ

「「「あっ」」」


 三人称 SIDE

 

「はっ!」

『ふっ!』

 

 ずれた世界の中で、シュウジとランダの拳が激突する。

 

 片や滅びの力を携え、片や物理的に接触できないものすら破壊する究極の剛拳。

 

 それらがたった一秒の間でいくつも繰り出され、現実世界のハジメたちにすら衝撃を錯覚させた。

 

 

 普通ならば、基本スペックは及ばないシュウジが競り負ける。

 

 だが、しかし見事に拮抗している。その秘密はシュウジの纏う紫色のオーラにあった。

 

「くっ、私の力を消して……!」

『それでも出力の三割ってとこが限界だけどな。ほんと化け物だ、よっ!』

「グゥ……!」

 

 素早く回転して繰り出された回し蹴りを、ランダは両腕を交差させて受ける。

 

 

 接触の瞬間、ランダの膂力を「消して」いるエボルアサシンの能力は驚異的だった。

 

 それ自体が装甲やスーツを形成しているので、操作が不得手なシュウジが操作できるのは僅かな力。

 

 しかし、ほんの数パーセントの力でさえ、ランダと肉体的に互角に渡り合えるほどの力を発揮していた。

 

 もしこれを、同じく召喚された《憤怒の獣》たるアベルが使っていたらと思うと……ゾッとするランダ。

 

 だが……

 

「君は、わかっていながらその力を使っていると言ったな! それがどれだけ狂っているのかわかっているのか!?」

『ああ、わかってるさ! だが、そうしなけりゃいけねえんだから、ケツの穴引き締めて踏ん張ってんだよ!』

 

 これほどの力を扱う代償が、ないわけがない。

 

 先日手に入れた魂魄魔法による魂の防御、そして防護服でもあるスーツの保護によって負担は減らされている。

 

 それでもなお、仮面の下で血涙を流すほどにはシュウジの肉体を激しい苦痛が蝕み続けていた。

 

「あの馬鹿野郎……!」

 

 同じように、その極限の危険性を理解しているハジメはこれ以上ないほどの怒りにまなじりを吊り上げる。

 

 心を支配するのは、約束を破った親友への怒りと、やはりあの時に破壊しておけばよかったという後悔。

 

 そして……何故今、自分はシュウジの隣にいないのだろうかという、強い強い悔しさだった。

 

「ハジメ、天之河くんの治療はなんとかなったよ!」

「失血気味だけど、安静にしてれば平気みたい!」

「……そうか。ありがとう、美空、香織」

 

 致命傷を受けた光輝の治療をしていた二人は、ハジメの低い声に顔を見合わせる。

 

 彼女たちもまた、悔しさを胸に抱えていた。薄々、最近のシュウジの体のことには気がついていたのだ。

 

 

 特に、ノイントの肉体に魂を入れてもらう過程で、魂魄の状態になった香織は見てしまった。

 

 シュウジの魂に、まるで蔦のように何重にも絡みつくドス黒い力を。

 

 その時はあまりに恐ろしくて目を背けてしまったが、間違いなくハジメに言っておくべきだった。

 

「シュウジ……」

「また、使っちゃった……」

「なんで、あの人はいつもっ……!」

 

 ユエも、ウサギも、シアも、たった一人で戦っているシュウジを見て悲痛そうに言葉をこぼす。

 

 そこにいるのに、声も、姿もあるのに、伸ばしても手が届かない。その苦しみの強さはハジメとなんら遜色がない。

 

 なお、同じようにそれを見ているハウリア族や、特に皇帝たち帝国人は、ただ一人として動けない。

 

 ほとんどが手足を切られていることもあるが、すぐそばでブロスたちとスマッシュが戦っているのだ。

 

 かつての皇太子の変わり果てた姿、そして下手に動けば死ぬという恐怖が、彼らを縛り付けていた。

 

「平気かのう、雫殿?」

「……ええ」

 

 そして、雫は。

 

 誰よりもシュウジを愛し、そしてその自分を顧みない理論を知っている彼女は、ただ見守った。

 

 帰ってきたら、ハジメたちに散々叱られたシュウジを……めいいっぱい抱きしめようと。

 

 そう。心の中で思いながら。

 

《おい、あと五分だ。それで能力が切れて現実に戻る》

『わかった……!』

「はぁっ!」

『っと!』

 

 首筋めがけて繰り出された貫手を避け、クロスカウンター気味にストレートを繰り出す。

 

 ランダは紙一重でそれを避け、その代わりとしてたなびいた法衣の肩口が拳の纏うオーラに消し飛んだ。

 

 これはエヒトが与えた、最上級の防具でもあるのだが……世界そのものが持つ破壊の概念には敵うはずがない。

 

「何故だ! 何故そこまでして、理不尽に命を喰らわれながらも戦う! 立ち続ける!」

『おいおい、今更まだ問答するってか!?』

 

 激しく攻防を繰り返しながら、なおも叫ぶランダに激しい口調で言い返す。

 

 シュウジの中では、既にハルツィナのフェアベルゲンで語り合った時点でランダとの決別は終わっている。

 

 

 

 なおも、この《獣》は問おうというのか。

 

 力を削られ、あと数分といえど逃げることも敵わない、これほどの不利な状況の中で。

 

 まるで物語の中で何度も現れ、その覚悟をしつこく聞いてくるライバルのように。凡そ邪神の尖兵とは言い難い言動だ。

 

「君の守りたいものは理解した! 彼の記憶と意志を受け継ぎ、なおも己を獲得しようという不遜も許そう!」

『じゃあ、これ以上お前は俺に何を求める!』

「──賭ける覚悟の重さだ!」

 

 渾身の一撃。

 

 シュウジはそれを、腰を落として腕を両手で掴み、どうにか受け止める。

 

 会場全体に響き渡るほどの大声が残響する中で、至近距離に立ったランダは仮面の奥にあるシュウジの顔を鋭く睨む。

 

「君は何を賭ける! 何かを得るために何を失う! その全てを、私は知りたい!」

 

 そう。

 

 全ては、《嫉妬の獣》などという不愉快な称号を与えられるに値する、自分の未練を断ち切るために。

 

 

 かつて、一人の男に憧れた。

 

 

 男は友だった。他の者よりは幾分か長命だったが、それでも定命の中で足掻く人間そのものだった。

 

 歪められ、縛り付けられ、解放されて。

 

 それでもなお、世界を滅ぼしかけるほどに悪への断罪を望んだ。

 

 

 

 今は底の底まで堕落したものの、かつては悪しき神を喰らう獣だった彼女。

 

 だからこそ、()()()()。永遠の存在だからこそ感じない感情、信念のために命を賭けたその男に。

 

 だからこそ羨んだ。自分が持っていないそれを持つ彼のもとに集った、三人の女が。

 

 友でしかない自分が憎らしくてたまらなかった。男の隣に行けたならばと思うほど、命の限りを感じて目を背けた。

 

 

 

 故に。

 

 彼女は答えを欲する。狂うほどに焦がれた男の全てを受け継いだこの人形が、何を賭けるのかを。

 

『──全てだ!』

 

 そして。

 

 彼は、北野シュウジは──女神に作り出された、かりそめの人格でしかない男は。

 

 そう、答えたのだ。

 

『愛と平和のために戦った男がいた! 万人の救いを信じ、正義の味方を追い求めた男がいた! 槍に記憶も魂も奪われ、それでも誇りを忘れない獣がいた! 作られた贋作でも、その復讐を果たそうとした女がいた! 人喰いの怪物に作り変えられ、それでも守ろうとした男がいた!』

 

 彼らは皆、強靭なカインの人格を消すために、かりそめの人格を作るために呼び寄せられた者達。

 

 僅かながらに受け継がれた彼らの記憶が、性質が、その強い心が、シュウジの中に根付いている。

 

『なら! 俺のせいで消えたカインのために! 彼らのために! 俺が守りたいものを守るために、命も力も記憶も、何もかもを賭けなくてどうする!』

「全て、全て踏みにじられてもかッ!」

『ああそうさッ! 本当に守りたいもののためなら、俺ごときちっぽけなピエロの頭、どれだけでも踏みにじらせてやる!』

 

 本当に大切なもの。

 

 その言葉に、おちゃらけた普段では決して口にしないような熱い言葉に。

 

 これ以上ないほどにハジメたちは溢れる無数の感情に胸を締め付けられるのだ。

 

『だからっ!』

「ぐっ!?」

 

 問答を繰り返しながら、シュウジは受け止めたランダの拳を上へ弾くと前蹴りを食らわせた。

 

 超至近距離によって、身を引く間も無く直撃を受けたランダは、血を吐きながら数メートルほど後退する。

 

『最後に倒れるその時まで、俺は賭け続けよう! この身が持つ、全てを!』

「ッ、あああぁあああああああっ!!!!!」

 

 ついに、言葉さえも無駄であると悟ったか。

 

 あるいは、決して変わらない──その暴虐の鎧に包まれた体に重なる、友の幻影に正気を失ったか。

 

 残る力の全てをかき集め、雄叫びをあげながら《嫉妬の獣》はその身を奇獣へと変じさせていく。

 

 かつては黒と灰色だったその毛皮は、神の眷属になったためだろうか……無遠慮な白に侵されていた。

 

「ガァアアアアアアアッ!!!」

『……決着をつけよう、ランダ』

 

 突撃してくる獣に、シュウジはレバーを回した。

 

 悍ましい笑い声の入り混じる荘厳な音楽が流れ、残存エネルギーの全てを収束していく。

 

 

《Ready Go!》

 

 

『はっ!』

 

 全身からあふれ出したオーラに身を任せ、宙へ飛ぶ。

 

 そのまま右足を突き出すような体制へと空中で体を動かして……跳躍してきたランダに落下した。

 

 

《Evoltich Finish! Ciao〜♪》

 

 

『ハァアアアアア!!!』

「ガァアアアァアアアアァァアア!!!」

 

 蹴撃と、牙が激突する。

 

 次元の垣根を超え、両者の間で爆発した膨大なエネルギーがパーティー会場を激しく揺らした。

 

 元よりハウリア達のせいでめちゃくちゃだった会場は、至る所に亀裂が走り、壁や地面が抉れていく。

 

 ハジメ達は自前で結界を、死なれても困るので、ハウリア達が貴族らをバリア型アーティファクトで守護した。

 

『オオオォオオオオオオオオッ!』

「グルァアアアァアアアアァァアアッ!!」

 

 雄叫びを上げ、力をぶつけ合う二人。

 

 だが、少しずつその均衡がランダの方へと崩れ始める。

 

 紫色のオーラが、ランダの不気味な神々しいオーラを食い破っていき。

 

『ハァッ!』

「ガッ!?」

 

 ついに、蹴り抜いた。

 

 毛皮も、仮面の顔も全てが消し飛ばされ、その奥にあった元の生まれたままの体が露わになる。

 

 シュウジは戸惑うことなく、そのまま無防備なランダの心臓目掛けて最後の一撃を喰らわせ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、やっとか──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エネルギーが、爆発した。

 

 会場が再び揺れる。先ほどよりは小さく、然程のものでもないが……それを上回る大火が空中で咲いた。

 

『……っと』

 

 誰もがそれを見上げる中、炎の中から紫色の人影が着地する。

 

 キックに全ての力を込めた為か、シュウジが床に降り立った瞬間、その存在が現実に復元される。

 

 同時に、スーツを構成する為のエネルギーが霧散して、傷だらけのシュウジが姿を現した。

 

「………………」

 

 

 

 ──ありがとう、私を殺してくれて(解放してくれて)

 

 

 

 無言で床を見つめる瞳には……彼女の、最後の晴れやかな微笑みが焼き付いて離れなかった。

 

 

「お前もいい加減くたばれや!」

「いつまでも未練がましくこの世にへばりついとるんやないで!」

 

 

《ファンキードライブ! ギアエンジン!》

 

 

《ファンキードライブ! ギアリモコン!》

 

 

 同じ頃、会場の反対側でようやく疲弊したスマッシュにブロスが必殺技を放つ。

 

 白と水色、歯車型のエネルギーがブロスの装甲から形成され、スマッシュの全身を打ち付ける。

 

『ぐあああああァァアアアアッ!?』

 

 断末魔の叫びを上げ、オウルロストスマッシュは爆発した。

 

 少しして爆炎が晴れると、スマッシュの全身が光の粒子に変わり、元のバイアスへと戻る。

 

 どうと床に倒れた瞬間、倒された時に元の体も死んだのだろう。首が元のように離れて転がった。

 

「ったく、しつこいやっちゃな」

「もう疲れたわー……帰ろ兄様」

「そやな。ほんじゃ皆さん、またいつか会おうや」

 

 死体のそばに転がっていた黒く変色したボトルを拾い、ネビュラスチームガンの引き金を引いて横に振る。

 

 銃口から大量の煙が噴出し、それに包まれたブロス達はほんの数秒煙が消える間に忽然と消え失せた。

 

「う、ぐ……」

「シュウジ!」

 

 そのコンマ数秒後、限界に達したシュウジが前へと体を傾ける。

 

 三年もの寿命を使い酷使した力によって、自立することもままならないシュウジは倒れていく。

 

 それを見ていたハジメ達は咄嗟に走り寄ろうとして──その誰よりも早く、彼に駆け寄って受け止める者がいた。

 

「し、ずく……?」

「……もう、また無茶をして…………どれだけ私を泣かせれば、気が済むの?」

 

 真正面から強く抱きしめられ、脱力して抱き返すこともできないシュウジはその温もりに微笑む。

 

「ごめんな……でも、ちゃんと終わっ、た、か、ら……」

 

 なによりも安心できるその手の中で、そのまま気絶するように眠りに落ちた。

 

 小さく寝息を立てる恋人に、涙を拭いながら雫は仕方がないというようにもう一方の手で頭を撫でる。

 

 そんな二人にハジメ達が近寄り、雫が一旦シュウジを預けると治癒師コンビがすぐに治療を始めた。

 

 だが、外傷をいくら治そうとも、削れた魂までは……

 

「ったく、目覚めたら泣いて土下座して謝るまで説教だ」

「そうしてあげてちょうだい」

「ああ……《獣》をやっと一人倒したのか」

「ええ……」

 

 爆発した場所を見上げ、その他様々な技能で確かめるものの、もうその痕跡すら残っていない。

 

 ランダは不滅の存在。永久の時を生きる神の一柱。

 

 それ故に無限の苦しみを味わっていたが……ある意味では、シュウジは彼女を救ったのだ。

 

「これでやっと終わりか……なあガハルド?」

「あ、ああ。いまいち事情はよくわからんが……まあ、これ以上やると俺もこいつらも参っちまうからな。改めて降参だ」

 

 もう、呆れているのか勘弁してくれと思ってるのかよくわからない表情でガハルドは言う。

 

 それを見たハジメは不適に笑い、それからカムにちらりと目配せをした。

 

 彼は言わんとするところを察して、通信機を起動状態にしながらゆっくりと語り出す。

 

 

 

「では、ひとまずの勝鬨をあげよう──我らハウリア族の、勝利だ!」

 

 

 

 わっ! という歓声が、この会場のみならず帝都のあらゆる場所に潜んだハウリア族から上がり。

 

 

 

 そうしてようやく、長い長い帝国の夜が終わりを迎えた。




幕間でルイネのことでも書こうかな。

創作エネルギーになりますので感想ください(率直)


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【幕間】
ルイネの憂鬱 前編


いやごっつお気に入り減ったやん。

やはり熱い展開はダメか……ギャグか、ギャグなのか!?

とか思いつつも今回も重いです。ダジャレじゃないよ。

楽しんでいただけると嬉しいです。


ルイネ SIDE

 

 

「依頼の達成を確認いたしました。では、ステータスプレートをお返しします」

「ああ、ありがとう」

 

 この町では珍しい、いや、ここ以外にはいないと言える人間の受付嬢からプレートを受け取る。

 

 そこには私の力と、そしてこの数カ月で上昇した冒険者ランクを示す点が記されていた。

 

「いつも助かっています。我々だけでは手が足りないことも多くて」

「いや……それがこの街にいる私の義務のようなものだからな」

「ふふ、そう言ってくださると助かります」

 

 もう何ヶ月もいれば、自然と顔見知りにもなるというものだ。

 

 片手で口元を隠し、上品に笑う受付嬢からは育ちの良さを感じさせた。

 

 

 

 この街は王国に保護された特別な場所だ、当然派遣される冒険者ギルドの職員も厳選される。

 

 彼女は、貴族の娘であるにも関わらず冒険者ギルドに属し、その立場と実績からエリセンに派遣された。

 

 街を警護する兵隊も同様に、地位や功績などで認められた者達。つまりがエリートとも言える。

 

 対して、この世界の身分としては一介の冒険者に過ぎない私は、こうして生活費を稼いで暮らす日々を過ごしていた。

 

「では、また今度来る」

「はい。あ、今日はいいお魚が入ったみたいですよ」

「情報感謝するよ」

 

 茶目っ気のある彼女にふっと笑い、私は冒険者ギルドを後にする。

 

 潮風で痛んだ扉は軋んだ音を立て、私のことを見送ってくれる。

 

 我ながらセンチメンタルだなと呆れつつも扉をくぐり、外に出た途端に空気が一変した。

 

 

 

 文字通り開けた世界は、まず最初に海上特有の海の匂いと吸い込まれそうな空を主張する。

 

 夕暮れ時に差し掛かり、赤らんだ空は、私が生まれ、生きて……彼に出会った世界と変わらない空。

 

「……どこの世界も同じなのに、あなたはもういないのだな」

 

 気がつけば、そんな言葉がまた口を飛び出していく。

 

 この数ヶ月で、何度こんなことを口にするのはやめようと思っただろう。

 

 けれど私の意思なんて関係なく、否応なしに後悔と未練が言の葉を紡ぎ出してしまうのだ。

 

「ああまったく……なんて不便な口だ」

 

 そう自分の体に悪態をついて、扉にかけていた手を離すと()()()の家路を急いだ。

 

 

 海上都市エリセン。

 

 

 海人族の住処として知られるこの街は、あの決別の日から今や私の故郷の一つになりつつある。

 

 仲間意識が強く、外からの干渉には否定的だが、それは自分の大切なものを守る心の裏返しだ。

 

 元よりそのつもりはないものの、そのような気質を持つ彼らを嫌厭することは私にできるはずがない。

 

 

 むしろ、余所者である私がここにいるからには何かをする必要がある。

 

 それは必然的に、海人族たちの手助けとなる。

 

 例えば歳をとった海人族の介護、魔法による漁の補助、周囲の海の警邏の同行などなど。

 

 冒険者ギルドは設置されているものの、ほとんどがそのような依頼で、半ば集会場と化している。

 

 そうして少しでも馴染もうとして、結果的に彼らに好意的に接してもらえるようになった。

 

 

 案外、どこにでも良い人々というのはいるものだ。

 

 などと思っているうちにこの街で唯一の…元から複数である必要がない…魚屋に着いた。

 

「やあ」

「あらルイネちゃん、今日のお仕事はもう終わりかい?」

「ああ。中々網の引き上げは大変だったよ」

「そんなほっそい体してるのに頑張るねえ」

 

 からからと豪快に笑う海人族の夫人は、その気質に見合った体つきをしている。

 

 かつては魅惑の美貌の持ち主だった、という話を聞いたのは、何度目にここを訪れた時だっただろうか。

 

 ともあれ、どうにか溶け込んだこの小さなコミュニティの中で彼女は気の良い人物の一人である。

 

「それよりも、良い魚が入ったと聞いたのだが」

「おおっ、耳が早いね。これだけど、買っていくかい?」

「ふむ……では二つ、いや三ついただこう」

「まいどあり!」

 

 金を払い、受付嬢に言われた通りに上質そうな魚を手に入れる。

 

「あんまり頑張り過ぎないことだよ。じゃないとあの可愛い娘さんも心配するからね」

「お気遣い感謝するよ」

「旦那さん、早く帰ってくるといいねえ」

「っ……」

 

 何気なく放たれたその一言に、心臓が締め付けられる錯覚がする。

 

 

 

 全くもって悪意のない言葉。

 

 彼女も、他の住人たちも、彼のことを知っている。あれだけ派手な登場をすれば、誰だって顔を覚える。

 

 だから彼女は、ごく普通に、この年頃の女性が普通に口にするように、ここにいない彼を指摘した。

 

 ただ、それだけなのだ。

 

「……ああ。そのためにも立派に娘を育てなくてはな」

「頑張りなさい! うちの子もやんちゃだったからねぇ、ちょっと厳しいくらいがちょうどいいよ!」

「アドバイスありがとう」

 

 会話を切り上げ、その場を去る。

 

 足早にならないように、背後で私を見送る彼女を不快にさせないように、平然を装い歩を進めた。

 

 しばらく行って、彼女の視線が完全に消えたところで、止めかけていた息を深く吐き出す。

 

 

 

「はぁ……私は何をしているんだ」

 

 あれしきの言葉、それもこちらを慮ってくれたもの。

 

 前の世界では、王の椅子を簒奪されてから、誰一人として向けてくれなかったごく普通の善意。

 

 ただ一人……誰より理不尽を悪と断罪し、私に手を差し述べてくれた彼を除いて。

 

「……また、そんなことを考えて」

 

 我ながら学習しない…いや、前を向こうとしない心に呆れしか湧いてこない。

 

 独り言がやけに多くなってしまったのは、間違いなく数ヶ月前の〝あの日〟からだろう。

 

 

 

 彼は……()()殿()は今どうしているのだろうか。

 

 もう私のことなど忘れ、ハジメ殿たちと共に元の世界へ帰るために旅を続けていることだろう。

 

 そちらの方がいいのだ。彼にとっても、私にとっても……

 

 あの夜にそう突き放したのは、私なのだから。

 

 

 

 それに、彼の隣には雫がいる。

 

 同じ女の私から見ても、彼女は素晴らしい人間だと言えるだろう。

 

 責任感が強く、真面目で、それでいてとても一途。彼と一緒で少々背負いすぎるきらいがあるが、むしろお似合いとも言える。

 

 まあ、あれだけ酷い言葉で彼を拒絶し、彼女に恨まれているだろう私がこのようなことを思っても仕方がない。

 

 それでも、彼の旅路にはもう、憂いはないはずだ。何故なら私という最大の厄介事が離れたのだから。

 

 

 

……なんて、善人ぶるのはやめよう。

 

 彼を慮るような気持ち、言葉の裏にあるのは、結局は私自身が傷つきたくないという願望だ。

 

 これ以上彼のそばにいてしまえば、私の中の大切な〝何か〟がどんどん失われていく気がして。

 

 あの人との思い出が薄れて、彼への気持ちがもう叶わないものなのだと、そう突き付けられるようで怖いのだ。

 

 

 

 なんという臆病者。これでは地べたを這いずっていた頃の方がまだ勇気があった。

 

 今の私を見たら、あの人や、傲慢な妹分や……私たちを裏切った姉は、どう思うのか。

 

 考えれば考えるほど暗い考えにしかならなくて、そのためにここ数日仕事に打ち込んだはずなのに意味がない。

 

 無理やりにそれを振り払い、半分ほど傾けていた意識を全て現実に戻す。

 

「あ……もう着いたのか」

 

 するとどうだ、もう目の前に今の我が家があるではないか。

 

 どれほど不覚思考の海に沈んでいたのだろうと自嘲して、帰宅を知らせるために軽く戸を叩く。

 

 それから少し大きく、中にいるだろう者に向かって声を投げかけた。

 

「私だ。開けてくれ」

 

 そう言って少し待つと、トテトテと軽いものが走る音が扉に近寄ってきた。

 

 その音が扉の前で止まり、ドアノブを何回かカチャカチャと上げ下げしてようやく開けた。

 

「ママ! おかえり!」

「ああ。ただいまリベル」

 

 笑顔で出迎えてくれた愛娘の頭を撫でると、彼女は気持ち良さげに微笑む。

 

「あっ、それおさかな?」

 

 その顔に幸福感を感じていると、目ざとくリベルは私の持ったものに気がついた。

 

「ああ、今日のものは良いらしいぞ」

「やった! ミュウちゃんも喜ぶ!」

「ああ。レミアさんと一緒に美味しく料理するからね」

 

 ここ数ヶ月の生活ですっかり魚が好きになったのだろう、嬉しそうに体を揺らす。

 

 可愛らしい仕草に自然と頬が緩みながら、いつまでも玄関先で立ち話もなんなので中に入った。

 

 リベルと手を繋いでリビングへ行くと、そこでは海人族の親娘が絵本のようなものの読み聞かせをしていた。

 

「レミア殿、今帰った」

「あら、おかえりなさいルイネさん」

「あ、ルイネおねえちゃん!」

「ミュウも……た、ただいま」

「うん、おかえり!」

 

 何度言っても、この言葉を使うのは慣れない。

 

 ここは私の居場所ではない。そもそも、本来この世界のどこにも私の居場所はないのだ。

 

 だというのに、厚意で住まわせてくれている彼女達には感謝しかない。

 

「ミュウちゃんあそぼー」

「いいよリベルちゃん」

「あらあら、仲良しね」

「うん! ねーミュウちゃん」

「ねーリベルちゃん」

 

 笑顔で示し合せる娘たちに、心が温かくなっていく。

 

 それで自分勝手な疎外感と居心地の悪さを誤魔化して、私はレミア殿の家事を手伝うことにした。

 

「いつもありがとうございます」

「いや……この程度のことはしなくてはな」

 

 今はもうほぼ完治しているとはいえ、彼女は一生歩けなくなるほどの傷を負っていた。

 

 そんな彼女の手伝いをすることは、生活費を入れているとはいえ、リベル共々居候させてもらっているのだから当然。

 

 むしろ、これしきのことで恩返しをできているのかと不安になるほどに、彼女はいつも穏やかな女性だ。

 

「ふふっ。ミュウもリベルちゃんに懐いていますし、南雲さんたちが帰ってきたらまた一緒に暮らそうかしら?」

「それは……」

 

 言葉に詰まった。

 

 ほんの軽い冗談だ。もっとも、ユエたちといい勝負をしている彼女は半分は本気だろうが。

 

 ミュウちゃんも南雲殿に、本当の父親のように懐いている。

 

 だが……

 

「そう、だな。彼はきっと、あなた達のことも大切にするのだろう」

 

その時、私はどうするのだろうか。

 

 元いた世界は、もはや滅んだ。北野殿とは決別した。

 

 ならば、最後の拠り所と言える彼女達が南雲殿達と一緒に行けば、私は……

 

「……まるで迷子になった子供のようね」

「え?」

「あら、ごめんなさい。でもそんな顔をしていたから」

「そう、か……」

 

 暗殺者として、感情を隠すことは得意だと思っていたのだが。

 

 その技術が鈍るほどに……私の心は、どこかを彷徨っている。そういうことなのだろう。

 

「わからないんだ。自分がどうすればいいのか、どうすることが正しいのか」

 

 正しさを求めることは、国を取り戻すために多くの同胞を殺した私には相応しくない。

 

 それでも、ずっと心は欲している。正しい選択を、すべきことを……それを誰かに導いてもらうことを。

 

 私は弱い女だ。誰かの手助けなしでは己の望みすらも叶えることのできない、軟弱者なのだ。

 

「ずっと、助けてくれた人がいた。その人は無力な私の手を取って、やるべきことを教えてくれたんだ」

「それって、北野さん?」

「いや……もっと違う人間だよ」

 

 彼は、マスターではない。

 

 同一視はできない。重ねることすらおぞましい。

 

 作られた人格。マリスを拒絶したマスターを消し、彼女を敬い、そして愛するために作られた人形。

 

 たとえ同じ記憶、同じ感情を持っていたとしても。

 

 

 

彼は私を救ってくれた男では……ないのだ。

 

 

 

「あなたの言う通りだよ。私は迷子……座り込んで後悔し、泣きじゃくることしかできない子供そのものだ」

 

 本当に進むことを望んでいるなら、彼についていけばよかったのだ。

 

 たとえどんなに苦しかったとしても、それでも共に歩んで、マスターへの未練を少しずつ忘れるべきだった。

 

 けれど、マスターを理由にして、可愛い娘の思いやりに甘えて、今こうして話を聞いてくれる彼女の厚意に堕落して。

 

 

 そうやって、()()()()()()()()()を作り出した。

 

 向き合わなくていい大義を、理屈をつけて、ずっとずっと目をそらしている。

 

 だって……ああして、もう一度言葉を交わしてしまったら。

 

「諦められるはずが、ないじゃないか……」

「……そうね。失ってしまった大切な人が、もし目の前に現れたら……二度となくしたくないって、思うものね」

 

 彼女は、そう言って右手の人差し指を私の頬にそっと触れさせる。

 

 私よりも背が低く、まるで持ち上げるように優しく頬を撫でた指が離れた時……そこには雫があった。

 

「あ……」

「本当に、本当に大切な人だったのね……そうじゃなかったら、こんなふうに涙は流せないわ」

「す、すまない。こんな重い話をして……」

「いいの。いつもお手伝いしてくれる、せめてもの恩返しよ」

 

 にこりと笑う彼女は、私などよりも断然いい女だ。

 

 彼女もまた、かつて愛した相手を失っていることを今更ながらに思い出す。

 

 それでも全力で娘を愛し、そして南雲殿に思いを寄せるレミア殿は……とても強い。

 

「いつからこんなに私は……いいや、元から弱かったのかな」

「私もか弱いから、おあいこね」

「ふふ、ユエ殿達に真正面から勝負できるあなたの胆力には負けるよ」

「女は度胸、よ」

 

 不敵に笑う彼女に、私もなんとか微笑み返して。

 

 

 

 

 

 けれど、結局甘えてしまった自分が……とても恥ずかしかった。

 




シュウジの説教は幕間が終わってからだよ⭐︎

創作意欲になりますので感想をお願いいたしまっす。


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ルイネの憂鬱 後編

エボルトのエボルトムーブ注意。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 翌日も、私は依頼を受け海人族達と行動を共にしていた。

 

 

 涙を見せたことを恥じ、いつもより早めに家を出てしまったのは少し感じが悪かっただろうか。

 

 ……いや、いつまでも引きずっているわけには行かないな。この後悔を紛らわすためにも、仕事に励もう。

 

「ここが報告されていた海域だな。各自、油断するな!」

「「「おう!」」」

 

 気合の入った返事をする彼らに、私も気を引き締める。

 

 

 

 今日の依頼は、町周辺の海域に徘徊しているという魔物の討伐。

 

 いかにここが保護街とはいえ、何もその治安の全てを王国の兵士たちに頼っているわけではない。

 

 国内に魚を供給して利益を得てはいるものの、基本は自給自足、自衛が基本。魔物も多い海では尚更に、だ。

 

「ルイネさんも、よろしく頼む」

「ああ、援護は任せてくれ」

 

 進捗に周囲を調査する海人族たちに、私もチンチ魔法を展開した。

 

 不思議なもので、この世界の魔法は本来、わざわざ魔法陣を用意して、大仰な式句を唱えなければならないはずだ。

 

 だが私は、以前と同じように魔法陣を脳内に構築し、それを魔力で実態化させることで実現できている。

 

 そうでなければこうして翼を使わずにあえて飛行魔法で飛ぶことはできないし、他の魔法も使うことができない。

 

 

 これは私がこの世界の遺物であるためなのか……それとも、マリスに魂をいじられでもしたのか。

 

 どちらかはわからないが、ともかく異能力も魔法も自在に使えることは、今の生活を成り立たせるには必要な力だった。

 

「……北に数十メルほど。そこに強い反応がある。他はまばらだ」

「よしわかった。では各自別れて魔物を掃討。半分は俺についてこい。大物を取りにいくぞ」

 

 リーダー格の青年に従い、彼らは散開していった。

 

 それを見届け、私も残りの海人族たちと共に魔法に反応した一際大きな魔物に向かって、彼らの頭上を飛んだ。

 

 

 

 常時展開している魔法の示す反応が近くなったところで、少し加速して彼らの前で静止する。

 

 何度か共に仕事をしているため、彼らはすぐに止まり、用心深く槍を構えながら私の睨む方を警戒した。

 

 じりじりと接近して、ある一定の距離まで近づいた瞬間。

 

 

「し、下からくるぞ!」

 

 

 グォアアアァアアアアッ! 

 

 

 海面下を見た一人が言ったのと同じタイミングで、いわゆるサメに酷似した魔物が水飛沫を上げ飛び出した。

 

 頭頂部に鋭い剣のような突起があるその魔物は、先ほど声を上げた海人族に鋭い牙を剥き出しにして襲いかかる。

 

「くっ!?」

「取り囲め!」

 

 かろうじて槍で防いだ海人族に続き、他の面々が雄叫びと共に魔物に攻撃を始めた。

 

「ふっ!」

「うぉっ!?」

 

 私もすぐに参戦し、鋼糸で食いつかれていた海人族を救出する。

 

「無事か?」

「あ、ああ」

 

 横抱きに手の中に収まった12、3ほどの青少年は、私の顔を見てぽかんとした顔で頬を染めた。

 

 特に怪我はなさそうなので、海面ギリギリまで降下して彼を下ろすと、私も魔物の討伐に加勢する。

 

 

 

 ここは海上で、刃物や鎧を形成するための金属を集めるには不向きな場所だ。

 

 そのため、このまま鋼糸を用いて動きを封じることを選択し、素早く両腕を振るって糸を飛ばす。

 

 魔力を伝って変幻自在に宙を舞う二本の鋼糸は、寸分違わず魔物の全身に絡みつき、泳ぐために必要な筋肉の動きを阻害した。

 

 

 ゴ、ガ、ァアアア……

 

 

「今だ」

「はぁあああっ!」

 

 動けなくなった魔物に、一斉に槍が突き出される。

 

 修練の賜物だろう鋭い一撃は、泳ぎ回っていた先ほどとは裏腹に確実に魔物の全身を貫いた。

 

 ビクンと体を振るわせ、しばらくもがいていた魔物だが、すぐに動かなくなる。

 

 海人族達は念入りに死んだかどうかを確認し、完全に絶命したことを確認すると小さな歓声をあげた。

 

「ふう、なんとか終わったな。ルイネさん、感謝する。こいつを助けてくれたこともな」

「あ、ありがとう」

 

 やや荒く頭を撫でるリーダーの男に、大人しくされるがままの少年は礼を言ってくる。

 

 兄弟なのだろうか。よく見れば顔立ちもどことなく似ており、仲は良好そうだ。

 

「いや、気にしないでくれ。それが私の仕事だからな」

「それでも感謝するよ。さあお前ら、他の奴らと合流して帰るぞ」

「「「はい」」」

 

 討伐した魔物を縄で縛り、晴れやかな顔で引いていく海人族達に私もついていった。

 

 他の魔物も討伐し終えたようで、すぐに全員が集まって帰路に着く。

 

 

 

 道中は特に何事もなく、警戒が無駄になるほどにあっさりと街についた。

 

 警備隊が海に出る港で魔物の確認をとり、責任者に依頼完了の書類をもらうとすぐにその場を去る。

 

 背後から視線を感じるが、それを気にすることなく私は足を進めた。

 

 いつかはわからないが、いずれ私はこの街を去るだろう。

 

 そのためにレミア殿達以外とは必要以上に接触はしない、それが私の中のルールだ。

 

 

 

 ギルドでいつものように手続きを行い、報酬金を受け取ると家路についた。

 

 時刻はもう昼過ぎ、体感ではおよそ二時ほどか。

 

 昨日あんな弱音を吐いたせいか、いつもより随分と早く仕事を切り上げたことに若干の自嘲を覚える。

 

 とはいえ、リベルとお話をすることも大事な仕事……否、楽しみなので、いくらか軽い気持ちになった。

 

「今帰ったぞ」

 

 扉の前に立ち、戸を叩く。

 

 しかし、いつも私を出迎えてくれる愛娘の足音は聞こえず、しんと静寂のみが周囲を包み込んでいた。

 

 

 何かがおかしい。

 

 

 瞬時に判断し、魔法を展開すると三人の反応は確かに家の中にあった。

 

 だというのに、全く動く気配がなかった。魔法が狂っているわけでもなければ、ましてや死んでいるわけでもないのに。

 

「まさか……」

 

 もしや神の手先が、ホムンクルスのリベルのことを……!? 

 

「くっ!」

 

 焦燥と共にドアを勢いよく開け、家に入る。

 

 

 中に入ったものの、やはりなんの物音もなかった。

 

 

 はやる気持ちをどうにか抑えながら、リビングへと走る。

 

 エリセンの街の中でもそこそこ大きなこの家の廊下は、まるで永遠のようにも感じられた。

 

「リベル! ミレア殿、ミュウちゃん!」

 

 もはや蹴りつけるのと同義の勢いで扉を開けると……リビングはいつも通りだった。

 

 荒らされているわけでもなければ、家具が紛失しているわけでもない。

 

 

 

 ただ、ソファで仲良く三人眠るリベル達と……そのすぐそばに腰掛ける、赤い怪人を除いて。

 

 

 

『ようルイネ、久しぶりだな』

「……エボルト」

 

 振り返り、水色のバイザー越しに私を見る怪人。

 

 ブラッドスターク。

 

 エボルトが使う、エボルとは違う仮初の姿。

 

 

 北野殿と共に旅を続けているはずの彼は、どうしてか私たちの家にいた。

 

『顔色は良さそうだな。どうやら元気にやってるみたいで安心したよ』

「……何の用だ。言っておくが、私は」

『おっと、そんな怖い顔をするな。別に連れ戻しに来たわけじゃない』

 

 両手を顔の前で振っておどけるエボルト。

 

 常に北野殿と一緒に不可思議な言動をとり、つかみどころの無い話し方をする彼は信用できない。

 

 前の世界で何人も出会った者達と同様に、得体の知れない人物だが、北野殿の意思を尊重していることだけはわかる。

 

『安心しろ。リベルたちはただ眠ってるだけだ。俺だって可愛い娘に手は出さないさ』

「……その言葉を信じよう」

『そいつはどうも。いやあ、少し背が伸びたか?』

 

 スーツに包まれた赤い手で、リベルの前髪に撫でるように触れる。

 

 その仕草に含むところはなく、とりあえず私は数歩近付いて緊張を解いた。

 

「4センチほど伸びた。どうやらホムンクルスも成長するらしい」

『おそらく、休眠状態から覚めると成長を始めるんだろう。俺も何かと色々な実験をしたが、解放者たちの技術には度肝を抜かれるよ』

「私もさ……それで。何もこんな和気藹々とした世間話をしに来たわけでもあるまい?」

『ああ、まあな。ここにはあるものを取りに来たんだ』

「あるもの?」

 

 この街には特に、北野殿たちがエボルトをよこす程に必要とするものはないはずだ。

 

 とすると、必然的に私やリベルたちの所有物と限定されるが……

 

 どうやら、ゆっくりとこちらに向けられた視線からして正解のようだ。

 

『ハザードトリガーを、俺に渡せ』

「……それだけか?」

『なんだ、あいつから貰ったものだから大事に取っておきたいのか?』

「……意地の悪い聞き方をする」

 

 彼を傷つけ、遠ざけた私にわざわざこのような言い回し。

 

 年若い頃であれば食ってかかっただろうが、生憎とそのようなことができるほど純粋ではない。

 

 もはや触れてもいなかったそれを軍服のポケットから取り出し、エボルトに向かって放る。

 

 奴はそれを危なげなく掴み取り、ひらりと自分の方に手の平を向けて確認すると頷いた。

 

『よし。助かったよ、わざわざ新造する必要がなくなった』

「もはや私には不要なものだからいいが……何に使うんだ?」

 

 なんとなしにそう聞くと、エボルトはしばし黙り込んだ。

 

 それまで饒舌に喋っていたのとは裏腹な態度に首を傾げていると、エボルトは一人がけ用のソファに背を預けた。

 

『さて、どう説明したもんかねぇ』

「なんだ、厄介な事情があるのか?」

『いや……ただ、こいつはハジメ達すら絶対に知らせちゃならないことだからな』

「南雲殿達でさえも……?」

 

 北野殿は、私がいた頃から様々なことを裏でやっていた。

 

 詳しくは聞かなかったが、少なくともそれが彼の大切なものを守るための行いであったと知っている。

 

 そして彼は、必ず最後には必要なことならば説明をする。それでどんなに自分が罵られようとも。

 

 彼は……マスターの後継たる彼は、そういう男だ。

 

「……ならば、私が聞く義理はないな。知ったところでどうすることもできない」

『だろうな──だが、それがお前の望みも叶うものだとしたらどうだ?』

「……何だと?」

 

 その一言に、私は少なからず興味を引かれた。()()()()()()()()

 

 

 長く悩みを抱え、居心地の良い環境にむず痒さを感じていたからだろうか。

 

 その時のエボルトが、まるで大口を開けた大蛇のような雰囲気を醸し出したことを悟れなかったのだ。

 

『薄々勘付いているだろうが、ここに来たのは俺の独断だ。なんせあいつは今、お前に会おうとは思ってないからな』

「っ……そうか」

『こいつを回収しに来たのは、まあついでだ。さっきも言った通りまた作れるからな。それよりも重要な話を、お前に聞かせにきた』

「……随分と焦らすな。何なんだ、その話とは」

『おお、聞く気になったか。じゃあ教えてやるよ──』

 

 そこで、一度言葉を止めて。

 

 

 

『あいつは──北野シュウジは、全てを救うつもりだ』

 

 

 

 そう言った。

 

「全てを……?」

『ハジメ達も、この世界の人間も、あいつが裏で踏み潰した人間どもも……お前のことも、何もかもあいつは最後に精算するつもりなのさ』

「精算……ははっ、そんなことできるはずがないだろう」

 

 過去は覆らない。

 

 あの人は死に、姉は裏切り、そして私も裏切った。

 

 その事実はもう消えない。彼と決別したことがなくなるわけでもなければ……あの人が、戻ってくることだって。

 

『いいや、俺はその方法を()()()()()知っている。あいつが今やろうとしていることの行先をな』

 

 そして、とエボルトは言って。

 

()()()()()()()()。誰が拒もうと、望むまいと、必ず』

「……っ!」

 

 

 

 ……それでは、まるで。

 

 

 

 かつて、自分の行いを償うために己を犠牲にした一人の男のようではないか。

 

 

 

『誰にもそれは止められない。あいつ自身がそれを受け入れ、止める気がないからな。既にその為に必要なピースは揃い始めている』

「ハザードトリガーは、その一つというわけか」

 

 こくり、と頷くエボルト。

 

『災厄のトリガー、破滅のトリガー、十の黒いボトルとパネル……そして()()()()()。その全てが揃った時、あいつが望んだ結末を迎える』

「……どういうことなんだ」

『それは──』

 

 

 

 そして、エボルトは私に話した。

 

 

 

 彼のやろうとしていることを。

 

 

 

 彼が進める恐ろしい計画を。

 

 

 

 彼が計画に必要不可欠なエボルト以外の、誰にも明かさない目的を。

 

 

 

 自ら定めた、その終着点を。

 

 

 

『──この結末を、あいつは既に八割完成させている』

「な……そ、それでは北野殿はっ!」

『あいつの計画が完遂した時、世界は革命を迎えるだろう。古い世界は塗り変わり、新たな世界が幕を開ける』

「で、でもそれでは彼は、彼だけはっ!」

『ああそうだ。あいつは……消える』

 

 エボルトの言葉は冷徹だった。

 

 

 体が震える。思考が定まらない。

 

 息が乱れ、自分が真っ直ぐ立っているのかさえも疑わしい。

 

 

 

 自分が激しく狼狽していることがわかる。その原因は心に渦巻く大きな感情だ。

 

 この世界の人々全てを巻き込む壮大な計画への戦慄ではない。

 

 もしかしたら、あの人を取り戻せるかもしれない可能性が見えたことへの喜びでもない。

 

 

 

 それよりももっと原始的な感情──恐怖。

 

 

 

 だって、その計画はまるで、本当にあの人の最後と同じだから。

 

『良かったなぁ、ルイネ。お前の大事な大事なあの人は、帰ってくるかもしれないぜ?』

「っ、エボルト……!」

 

 ……ようやく、気がついた。

 

 こいつはさっき、ハザードトリガーを私から受け取る必要はないと言った。新たに作ればいいのだからと。

 

 

 

 それならば、どうしてここへ来た? 

 

 なぜ私に、南雲殿達ですら……いいや、彼らにこそ絶対に聞かせられないだろうこの話をした? 

 

 どうしてこの怪物は──こんなにも暗い歓喜を言葉の裏に滲ませているのだ? 

 

「貴様、まさか……」

『おっと、一つ言っておくことがあった──俺がここに来た本当の目的はな』

 

 言葉を遮り、グンと立ち上がったエボルトの顔が近づく。

 

 至近距離、その仮面に鼻先が触れそうな近さでじっと見つめてくる感情のないバイザーに、私は喉が引きつった。

 

『お前へ報復する為だよ。たとえどんな事情があろうと、あいつを裏切ったお前への復讐を、な』

「ッ……!」

『目的は果たした。個人的な用事もな。せいぜい悩み、狂うがいい。チャオ!』

 

 場違いなほど陽気な声でそう言って、煙に包まれたエボルトは姿を消した。

 

 

 

「……私、は」

 

 

 

 ただ、その場に立ち尽くすしかなかった。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回はあのおじさんが出るよ。

感想をいただけると嬉しいです。


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愚かな獣は亡者と躍る

いやそんなにシリアスダメ…?(お気に入り件数見ながら)

重い、重いよ……我ながら重いんだよ!ギャグしたいんだよ!

はい、どうも作者です(スンッ

今回はおじいちゃんが出るよ。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

三人称 SIDE

 

 

 

 帝都郊外。

 

 

 

 帝城を中心として円形に広がる帝都の東側、ちょっとした丘陵地帯が広がる場所。

 

 なだらかな曲線を描き連なっていた丘は、今はいくつも一直線上に陥没して潰れていた。

 

「ぐ、ぁ…………」

 

 そして、その終着点。

 

 一際大きなクレーターの出来上がったその中心にて、一人の怪物が地面にめり込んでいた。

 

 

 

 鎧は砕け、自慢のチェーンソーは粉々になり、迷彩柄の皮膚は破けて夥しい量の黒い血を流出させている。

 

 明らかな満身創痍。

 

 ほんの数十分前に《傲慢の獣》とシュウジ達に名乗ったその人物は、重傷を負っている。

 

 その原因は、自分とランダの存在を現実から抹消したシュウジの解き放った膨大な破壊のエネルギー。

 

 かろうじて直前に気がついて回避態勢をとったものの、こうして見事に帝城から退場させられた。

 

 

 

「く、ぁ……あ、あはははははは!!!」

 

 

 

 だというのに、獣は笑っていた。

 

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!」

 

 狂ったように、愉しそうに、心底おかしいとでも言うように、高らかに笑っていた。

 

 右半分が砕けた仮面の奥から覗く、絶頂を体現したような美貌に浮かぶ狂笑はとても醜悪だ。

 

 だが、その美貌を、黄金の髪を、翡翠の瞳を血塗れにしても、それでもなお獣は──彼女は笑い続ける。

 

「ああ、ああっ! 何という力! 何という破滅! 美しい! 美しいですわ! その命を削り、燃やすことで滾る炎! ああなんて優美なことかしら!」

 

 仮初の人格を装わず、本来の口調で彼女は嗤いながら言葉を吐き出す。

 

 

 

 悪魔返りの妖美、ネルファ。

 

 

 

 ランダと同様、召喚される際に魂に呪いを刻まれ、《獣》と化した彼女は歓喜に打ち震える。

 

 

 

 死を間際にして気が触れた、というわけではない。

 

 彼女は従える九の眷属の魂をストックとして、その数だけ生き返るというどこぞの大英雄の如き力を持っている。

 

 おまけに《獣》になったことで能力が上乗せされ、より不死性が増していた。

 

 これは、純粋な彼女の喜びから発せられる感情表現だ。

 

「我が愛しき師、最も哀れな極悪よ! 貴方はどのようなものに成ろうとも、その在り方は変わらないのですね! あははははははははははははははははははっ!!!」

 

 彼女は嗤う。

 

 既に他の《獣》達との顔合わせをし、《暴食の獣》紅煉からシュウジの正体は聞き及んでいる。

 

 

 だが、彼女にとっては至極どうでもよかった。

 

 

 唯一した反応といえば、自分でも見抜けないほど見事に作り替えられた人格に驚いただけ。

 

 何故なら彼女にとって、自らの敬愛する師を示すものとはその信念、思想そのもの。

 

 そこに他者の手が介入していようが人格が塗り替えられていようが、根本さえ変わっていなければ別にいい。

 

 

 だからこそ嗤う。だからこそ喜ぶ。心の底から、その絶大な信念と力の揺るぎなさを。

 

 カインや姉妹弟子達、自らそう言うように、彼女は最初から狂っているのだから。

 

「あははははは…………っ?」

 

 不意に、ネルファは笑いを収める。

 

 それは自分を大体の中心として、半径数十メートルにわたる結界が展開されたからだ。

 

 緩慢な動きで横を向くと、地面に青い弾丸が突き刺さっている。

 

「よう、この前は世話になったな」

「……ああ、貴方ですか」

 

 頭上から投げかけられた声に正体を察し、短く答える。

 

「これは〝封界弾〟といって……」

「みなまで言わずとも分かります。この中にいれば、あの粗野な野犬の如き神の目を欺けるのでしょう?」

「おいおい、老人の楽しみを奪わないでくれ」

 

 呆れた口調で言う人物に微笑み、ネルファはゆっくりと体を起こす。

 

 その動きに合わせ、限界を迎えていた外装が枯れ葉のような脆さで崩れていった。

 

 完全に起き上がる頃には、すっかり持ち前の再生力で体を癒したネルファは後ろを振り向く。

 

 

 そこにいたのは、【神山】にてアベルの片腕を吹き飛ばした男。

 

 年齢を感じさせない佇まいでクレーターを覗き込む男に、ネルファは立ち上がって歩み寄った。

 

「感謝しますわ。一時とはいえ、醜い獣としての生き様を止めてくれて」

「まあ、()()()()()()()を気遣うくらいの良心は残ってるさ」

「ふふ。最初からもしやと思っていましたが、やはり貴方は──」

「おっと、名前は出さないでくれ。この時代に留まるための論理に綻びが生まれる」

 

 おどけて頼む男に、普段ならばその類のことを笑顔で切り捨てるネルファは無言で笑んだ。

 

 それほどまでに低俗な神の言いなりになっていたのは、彼女にとって屈辱だったのである。

 

「名を隠してまで、貴方は自らが消えることを望むのですね」

「デメリットだけを示唆すればそうなるな。だが、俺にとっちゃそれが最高の結末なんだ」

 

 もう何度か繰り返した問答に答える男。

 

 

 ネルファの言う通り、この時代に来た当初から比べれば、男の存在は随分と薄れていた。

 

 それでも歩み続ける。

 

 元来た道は一歩進むごとに砕け散り、行く手には真っ暗な大穴しか待っていないような道でも。

 

 それでも、何もかも置き去りにしてきた自分に残ったものは。

 

 たった一つの、我儘だけだから。

 

「……似ていますわね」

「そいつは最高の褒め言葉だな」

 

 どこか、たった先ほどまで文字通り命を削って戦っていた男に似ていると言われ、顔を綻ばせる。

 

「ですが、貴方の目論見通りにはいっていないようですが?」

 

 この距離からでも、ネルファにはシュウジとランダの戦いが聞こえていた。

 

 

 ネルファの権能は《傲慢》。

 

 

 獣としての称号にもあつらえたそれは、血肉の一滴でも摂取すれば相手の肉体情報全てを把握する。

 

 とはいえその力は摂取した量に依存し、たった一滴の血を飲んだ程度ではせいぜい様子を見られる程度である。

 

 故に、その一滴を差し出したランダの全てを彼女は見た。

 

「いいや、計画通りさ。あいつは順調に、()()()()()()()()()()()()()

 

 それは男だって同じことだ。

 

 

 

 ずっと見ていた。

 

 

 

 彼が戦うところを。

 

 

 

 彼が叫ぶ様を。

 

 

 

 彼が仲間たちを置いて、一寸先に終わりしかない道を歩き続けているところを。

 

「面白い言い回しがお好きですこと。それを私に言ってもよろしくて?」

 

 ここで牙を剥いても構いませんのよ。

 

 そう言葉の裏で言うネルファに、しかし男は皺の刻まれた顔で不敵に笑う。

 

「こと誇りを穢された時に限り、お前は義理を忘れないと思うが?」

「……なるほど。確かに私が私である間は、それは譲れません」

 

 自分は、まだネルファという一人の女だ。

 

 たとえ《強欲の獣》の権能で魂を塗り替えられ、同じ《獣》に堕そうとも、まだその誇り高さまでを捨ててはいない。

 

 そのプライドが、おそらく後でネチネチと言ってくるだろう腐れ野郎の目をひと時でも見失わせたことに感謝している。

 

「では見逃しましょう。今夜限り、貴方は私の恩人ですわ」

「おう、そうしてくれると助かる。あの弾はかなり数少ないんでな」

 

 おおよそ微笑みとは言い難い笑顔を向け合い、二人は帝城を見やる。

 

 もう深夜だというのに、城のみならず帝都全体から、心の底から歓喜するような声が丘まで響いていた。

 

 

 それは、咆哮だ。

 

 

 かつて弱さに諦め、けれど力を手にした者達が、遥か昔に定められた悲惨な運命を打ち破ったことへの叫び。

 

 強く、強く夜空へと舞い上がるその雄叫びは、同じように理不尽に抗ったネルファと、過去を変えようとする男には響いた。

 

 何故ならば、彼らはかつてそうした者達であったがために。

 

「彼らのことは認めましょう。弱きに最後までは屈さず、抗い続けた。その生き様は美しい」

「ならなんで何人か殺したんだよ。あれでも可愛い連中だぞ?」

「非常に不愉快ながら、それがあの腐れ外道が私に与えた宿業なのです。人も獣も、等しく傲慢に殺し、食え、と」

「難儀なことだな」

「あら、滑稽さで言えば貴方こそ負けてはいませんことよ? そんな()()()()()()()の体になってまで死に急ぐなんて。死臭が漂いすぎて手を出す気にもなれませんわ」

「どうやらお前らには随分と俺は不評らしい。まあ、どうせ殺し合うのならそれくらいがいいだろうがな」

「ええ、同意します」

 

 軽い口調の裏で、凄まじい殺意を滲ませる。

 

 この場が終われば敵同士。邪魔するもの全てを排除してきた二人は、妙な割り切りの良さを持っている。

 

 だが不思議と、その殺意はみるみるうちに萎んでいき。

 

「……弱音を」

 

 ふと、弱々しい声がネルファの口から溢れた。

 

「ん?」

「弱音を、聞いてくださいますか。今夜限りの恩人、未来から来たりし狩人。獣に二度堕ちた哀れな女の独り言を」

「……お好きにどうぞ」

 

 唐突な、前触れもない申し出に、けれど男は穏やかな顔でそう言った。

 

「……優れたものとして生まれ、けれど欠落を抱えて、堕落して。やっと這い上がり、誇りを取り戻したかと思えばまた堕ちて。こんなに惨めな様がお似合いだとでも、誰かが囁いているよう」

 

 ようやく手に入れたはずのものは、やはり彼女の手から無遠慮にもぎ取られていく。

 

 

 誰よりも優雅に、美しく。

 

 

 優れていたから、求められていたから。そう思って努力し続けたのに、愛するもの全てはたった一つの欠陥で損なわれた。

 

 獣に成り下がり、それでもどこかで微かな希望を抱いて生き延びた先で、誰よりも美しい思念を持った人に出会えた。

 

 失った愛を不器用ながらも注がれ、彼の誇れる、そしてかつてのように自分自身に誇れる女であろうとした。

 

 

 だが、結局のところ。

 

 

 人食いの怪物は怪物のままでお似合いだとでも言うように。

 

 また、叩き落とされたのだ。

 

「私は、自らが何よりも美しいと思っています」

「ああ、あいつにお前のことは嫌という程聞かされたよ。弟子自慢がすごかったからな」

 

 

 

 男は埃のかぶった記憶を思い返す。

 

 

 

 ここにはもういない男。もう自分の隣からは永久に消えてしまった人。

 

 

 

 男の歴史では死ぬ間近まで己の正体を知らなかった彼は、楽しそうに三人の弟子を自慢した。

 

 

 

 だが。

 

「でも、美しくなりたくても、結局は醜いのです。獣のままなのです。何にも抗えずにいるのです」

 

 そんな彼に聞いた話よりもずっと……目の前の彼女は弱々しかった。

 

「傲慢なふりをしても、高飛車な姿勢でいようと、私は……私はただ、拠り所が欲しかっただけなのに」

 

 それは、男が消えることを受け入れているからこその告白だったのかもしれない。

 

 いずれ片方は消える、そして次に出会えばどちらかがどちらかに殺される、そんな一夜限りの関係。

 

 後腐れがなく、自ら名前さえも捨てたこの男はここで何を言おうと誰にも明かさない。

 

 あるいは、自分たちの手で理不尽を乗り越えた兎人族たちを見て感傷に浸ったのか。

 

 それとも、己の嫉妬に身を任せ、未練なくその魂までも消え去ったランダに思うところがあったか。

 

 

 ただどんな理由があろうと──生まれて初めて、傲慢な女は弱音を吐いていた。

 

「何がいけないのでしょう。人を喰らう衝動を持って生まれたこと? 優れていたこと? 人として劣っていたこと? 狂っていたこと?」

 

 何故、何故と。

 

 何度も繰り返すように、自分を嘲笑うように繰り返して。

 

 

 

「どうして(わたくし)は──わたしは、いつまでもひとりぼっちでなければいけないの?」

 

 

 

 ずっと地獄の中にいる怪物(しょうじょ)は、弱々しく呟いた。

 

「……だから、わざわざ()()()()()()()()()()()?」

「……見ていらしたの?」

「首から上ごと食いちぎらなかったことが不思議でな」

 

 度重なる不快な扱いに珍しく弱ったネルファを元気づけるように、若干冗談めかして男は言う。

 

「……ええ、そう。だって、それが一番ふさわしいでしょう? 愚直な若者に、自分のちょっとした過ちで殺される醜い怪物。よくある話ですわ」

「ロマンチストだな」

「一欠片にも満たない可能性のために、人生を賭けたあなたに言われたくはありませんわね」

「もっともだ」

 

 深みのある声で笑い、男はふと帝城の一角を見る。

 

 中身がめちゃくちゃなパーティー会場のある場所を、男は片方が機械仕掛けの赤眼でじっと見た。

 

 一人の傷だらけの男が、呆れたような怒ったような、それでいて悲しそうな顔の仲間に囲まれて眠っている。

 

 もうずっと、遥か昔に男が置いてきた光景だ。

 

「……この世界は、いつだって理不尽だ」

 

 グッと、何十年も前に生身を失った左手を握りしめる。

 

「いつも(ぼく)から奪ってきた。何もかも……そう。何もかもだ」

 

 何故僕だけが苦しまなくてはいけない。何故僕だけが奪われなくてはいけない。

 

 昔、たった一人の穴倉の中で考えた言葉が頭をよぎる。

 

「僕が一体、この世界に何をした。この身に降りかかる全ては理不尽だった」

 

 

 

 神は平穏を奪った。

 

 

 

 醜悪なクラスメイトは希望を奪った。

 

 

 

 怪物は腕を奪った。

 

 

 

 自分はかつて愛した少女の一人の命を奪った。

 

 

 

 そして、真実は親友を奪い去った。

 

 

 

「時間は戻らない。結末は変えられない。過去を書き換えることは許されない。わかってる、こんなのはただの自己満足だ」

 

 薄れたと実感できる自分の存在に、喜びと同時に虚しさを感じた。

 

 だって、どんなに戦ったって。

 

 たとえあそこにいる親友を救ったって。

 

 

 

 ■■■■■の友達は、もう帰ってこない。

 

 

 

「僕が消えても、未来が変わっても、それは別の世界だ。僕の世界はなくならない。僕が失ったものは戻らない」

「それなのに。真実無意味だと知っていても、貴方は人生を費やしたのですね?」

 

 ネルファの問いかけに、初めて男はこちらを振り向いて。

 

 

 

「ねえ、御堂さん。僕はあの時、どうしたらよかったのかな?」

 

 

 

 その寂しげな顔に、ネルファの中に残る僅かな〝御堂英子〟が一人の少年の顔を幻視した。

 

 だから、次の言葉は。

 

 きっとネルファでも、《傲慢の獣》でもなく……他の誰かの言葉だったのだろう。

 

「私たち、惨めだね。──くん」

「おいおい、名前を言うなって言ったろ。ったく……」

 

 そう言いながら、男は元の年相応の顔に戻っていった。

 

 そうしてるうちに、少しずつ半透明の青い結界が薄れ始めた。

 

「……時間切れだ。今回は見逃す、行け」

「ええ……せいぜい惨めな者同士、無様な結末を迎えましょう。過去に囚われた時間の亡者さん?」

「おう、史上最高のクソ映画みたいな終わりを期待してるさ。お前も備えておけよ、愚かな獣さんよ」

 

 挨拶とも呼べない罵りを交わし、そして二人はそれぞれ別れた。

 

 ネルファは踵を返し、その瞬間空間に入った亀裂の中へ消えていく。

 

 

 

「さあ……そろそろ仕上げに入る頃だな」

 

 

 

 そして、残った男は静かに帝城を見つめた。

 




次回は本当の本当にほのぼの幕間です。

感想をくだちい。


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月から(こぼ)れる雫を貴女に

今回は大部分はイチャイチャ。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 雫 SIDE

 

 

 

「はぁ……まったく、安らかな顔で寝ちゃって」

 

 帝城の一室、貴賓用のスイートルーム。

 

 そこで私は、豪奢なベッドの中で静かな寝息を立てて眠る恋人の顔を眺めていた。

 

 きっと今頃、部屋の外では深夜にも関わらず、てんやわんやの大仕事が行われているのだろう。

 

 

 

 ハウリア族の人たちが提示した、今日中での帝都中の亜人奴隷の解放。

 

 これまでのこの世界の常識を思い切り壊すその要求を叶えるために、ガハルド陛下たちは走り回っている。

 

 なんとなしに南雲くんにメールで聞いてみたら、そんなバカなと笑った関係者の首がすでに二桁は飛んだみたい。

 

 

 情け容赦のない兎人族の人たちには、もう乾いた笑いしか出てこなかった。

 

 そんな中で、私は気絶したまま眠ってしまい、目に見える傷だけは癒したシューの側に居させてもらってる。

 

 ついでに光輝もまだ目覚めず、隣の部屋で香織がついて見守っているはずだ。

 

 私も、目覚めるだろう……そうあってほしいと心から望む、彼の覚醒を待っている。

 

「目が覚めたら、覚悟しておいたほうがいいわよ。きっと想像を絶するお説教が待っているから」

「ん……」

 

 目にかかった髪を指でどかすと、僅かに身じろぎする。

 

 それでまだ生きていることがわかって、こんななんでもないことで大きな安堵が心を満たした。

 

「……ねえ、私って意地っ張りなのよ」

 

 不意に、震えた声が口をつく。

 

「貴方の前だと、貴方にふさわしくいようって。いい女でいようって、そう思って、何を思っても意地を張ってこらえるの」

 

 一言一言、言葉を紡ぐたびに私の余裕は崩れ落ちて。

 

 シューの顔を撫でていた指にも、だんだんと強くなる喉の震えが伝播していき……

 

 やがて、生暖かいものが頬を伝う。

 

「だから、ちょっとだけ泣いてても許してね……」

 

 ここに香織たちがいなくてよかった。

 

 

 私は、八重樫雫という女は凛としていなければならないから。

 

 突っ走るところが多々ある幼馴染たちのまとめ役として、八重樫家の長女として……この誰より強く、弱い人の彼女として。

 

 でもそんな小さい時から積み重ねてきた見栄の裏側には、自分でも驚くほど怖がりで臆病な、ただの〝雫〟がいる。

 

 誰にも弱さは見せられない。

 

 まだ私だって子供なのに。それなのに名一杯余裕なふりをして、平気な顔をしてなくちゃいけない。

 

 だから、私は。

 

 

 この人が、そんな私の二面性を当たり前のように受け入れてくれたこの人が、愛しくてたまらない。

 

 

 

 余裕ぶった私も、背負いこみがちな私も、本当は怖がりな私も、全部全部笑って肯定してくれる。

 

 私なんかよりよっぽど裏表があって、だからこそとても大きな心と体で受け止めてくれて。

 

 それが嬉しくて、心地よくて……でも、一見ビクともしないそれが、ハリボテだと知っている。

 

 必死に傾いたそれを引き戻そうとするけど、でも少しずつハリボテは崩れていくんだ。

 

「なんで、こんなに厳しいのかしらね……」

 

 頬から指は離れ、布団から彼の手を引き抜いて両手で握る。

 

 

 ねえ、どうして? 

 

 

 どうしてこの人ばかりがこんな目に合わなくてはいけないの? 

 

 私の大好きな彼を、どうして奪っていくの? 

 

 この人はただ私たちのために頑張ってくれてるだけなのに、なんで傷つけるばかりなの? 

 

 なんで──誰も彼を、助けてくれないの? 

 

「もう少し、優しくてもいいじゃない……!」

 

 どんなに口で言ったって、たとえ彼自身がそう感じたって、私たちはこの人に何も返せてない。

 

 私も、南雲くんも、香織たちも、ユエさんたちだって、きっと同じように考えてるはずだ。

 

 それで十分だって、もう平気だって笑ってしまえるこの人は、どこまでだって頑張ってしまうのに。

 

 ねえ、お願いだから。

 

 少しだけでもいいから。

 

「この人を……休ませてあげてよ……っ」

 

 嘆きは誰にも届かない。

 

 どれだけ嗚咽を漏らしても、言葉を重ねても、誰も応えない。

 

 私自身がそうと望んだはずなのに、それでも他のどこかに救いを求めていることが滑稽で。

 

 もしも、私にもう少し彼を止められる力が……寄り添う以上に、せめて一緒に走ることだってできる強さがあったら。

 

 この涙は、止まるのだろうか? 

 

「ふっ、うぅ……っ?」

 

 ふと、視界にちらりと何かが映り込む。

 

 そちらを見ると、涙でぼやけた視界に白い塊が飛び込んできた。

 

 目元を拭い、視界をはっきりさせてからもう一度よく見ると、それはシューの帽子。

 

 いつもと同じ形で、色だけが白いそれの側面には、見覚えのある飾りがキラリと輝いていた。

 

「これって……」

 

 帽子を手に取り、それを見る。

 

 それは、いつもの帽子にも取り付けられている三日月型の形をした琥珀色の宝石のブローチ。

 

 神秘的な輝きを放つそれは地球にも、この世界にも存在しない、全く未知の宝石で。

 

 

 いつもと違う形の髪をとどめていたヘアゴムを取り外して目の前まで持ってくる。

 

 シューに贈られたそのヘアゴムにも、同じ琥珀色の宝石が三日月を象った飾り物がつけてあって。

 

 そうして右手と左手を並べてみると……見比べるでもなく、それらはぴったりと完全な対象の形だ。

 

「……そういえば。これをもらった時に約束したっけ」

 

 

 

 あれは、そう。

 

 

 

 そう深く記憶を掘り返す必要もない、少しだけ昔の話。

 

 

 

 今から約三年前、中学二年生になってしばらく経った頃の話だ。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「……まだかしら」

 

 その日の私は、とてもそわそわとしていた。

 

 休日の昼下がり、午後一時になるかならないかといった時間帯。

 

 

 

 愛嬌のある様々なぬいぐるみや、我ながらファンシーなものが溢れた自室でベッドに座り、時を待つ。

 

 何度目になっても、この時間は緊張と期待、そして不安でいっぱいいっぱいになる。

 

 どんなことでも繰り返せば経験となり、余裕が生まれるというが、そんなのはハッタリだ。

 

 だって私は、この家に彼が来るたびにこんなにも溢れる気持ちを抑えるのに精一杯なのだから。

 

「髪、変じゃないかしら……服も……」

 

 こうして髪型やできる限りお洒落した格好を確認するのももう三度目。

 

 ただの一度でも彼に失望などされたくなくて、毎回必死になる。

 

 私からしつこくアタックしたのだから、その気合いの入れようは自分でも驚くくらいだ。

 

 

 

 約束の時間まで、あと五分。

 

 今か今かと待ち続けていると、コンコンと洋式の扉をノックする音が聞こえた。

 

「雫」

「お母さん?」

「彼が来ましたよ」

 

 わざわざやってきて報告してくれた母の言葉に、私は胸が高鳴った。

 

 はやる気持ちをなんとか押さえて、勤めて「わかった」と平静な声を装い返事した。

 

 

 遠ざかる母の気配に、妙に軽い腰を上げると部屋を出る。

 

 足早にならないように、はしたなく思われないように、普段の速さで歩きながら玄関へと向かった。

 

 生来慣れ親しんだ八重樫家は、日本屋敷なだけあって比例して廊下もかなり長い。学校の廊下といい勝負だ。

 

 

 それでも玄関にたどり着くまで、あっという間の一瞬の出来事だったかのように思う。

 

「すぅ……はぁ」

 

 引き戸の前に立って、一度深呼吸。

 

 それからぐっといつもの顔を作り上げて、私の魅せられる最大限の微笑を浮かべて戸を引いた。

 

「シュー、いらっしゃ──」

「「「どうか今日こそ技の伝授をっ!」」」

 

 するそこには、低頭平身で拝み倒している(裏八重樫流の)門下生たち。

 

 その頭の先は全て同じ方向を向いており、終着点は私のすぐ目の前に立つ背中の持ち主に向いていた。

 

「まだ早いのじゃよ。せめてワシの隠密を見抜けるようになってから話を聞いてしんぜよう」

「「「はいっ、今後とも修行に励みます!」」」

 

 うむ、と鷹揚にその人物が頷けば、驚くほどの素早さで解散する門下生たち。

 

 普通ならば怒涛の展開に困惑もするのでしょうが、私はもう見慣れた。

 

「やれやれ、熱心だねえ。なあ雫?」

 

 最後の一人までいなくなってから、ようやく彼はこちらに振り向いた。

 

 はじめから私がいたことなんて気がついていたように、当たり前に笑顔を私に向けてきた。

 

 

 

 すらりと長い足を黒いジーンズに包み、質の良さそうな白いシャツの上に薄手のカーディガンを羽織っている。

 

 片手で肩に引っ掛けた中型のバックパックには、今日ここに泊まるための道具が詰まっているのだろう。

 

 もうそろそろ季節も夏に移りかけるこの頃、涼しげな微笑みを見ていると胸がキュンと鳴るのがわかった。

 

「……いらっしゃい。今日も大変だったわね?」

「いやー参った参った。お義父さんに頼んでもむしろ推奨されてるし、これどうしたらいいの?」

「ふふ、私と結婚して当主になっちゃえば問題ないわ」

「いやそれ外堀も内堀も埋められて逃げ場がないってことだよね?」

 

 たははと笑う彼に同じように笑って返すが、心の中では叫びかけていた。

 

 

 どれだけ背伸びしようとも、所詮当時の私は中学生。

 

 あと一年半もすれば高校生になろうかという半端な年齢で、その揶揄いは自分自身をも恥じさせる。

 

 とはいえ、それをもわかっているように彼は私の頭に手を置いて、髪型を崩さないよう優しく撫でて。

 

 それだけで焦った気持ちが解けてしまうのだから、本当にずるい。

 

「てことで、今日もお世話になるわ」

「ええ、存分に寛いでいってね」

 

 そうして私は、幼い頃から毎週末の恒例となっている一日限りの同居(実家)に顔を綻ばせるのだ。

 

 

 

 迷うそぶりすらなく「ほい」と差し出されたバックパックを受け取れば、まるで新妻になったような気分になれる。

 

 その行動が、他人と身内の間に強い線引きをする彼がここに慣れ親しんでいるようで、とても嬉しかった。

 

「お義父さんは道場か?」

「うん、昼前から行ってるみたい。多分夕食の前にまた組み手に誘われるわよ」

「やれやれ、将来的なことを考えるとあんまり打ち負かしたくないんだけどな」

「かといって父さん、手加減なんてしたら一晩中愚痴を言い続けるわよ?」

 

 当時からもうシューはとても強くて、私の中で最強の代名詞だった父すら倒した。

 

 複雑な気分はあれど、それ以上に魅力の一つとして数えてしまうのだからいよいよ手に負えない。

 

 まったく。自分のことながら、どれだけこの人のことを好きなのかしら? 

 

「ある意味難儀っちゃあ難儀なことだ」

「それだけ気に入られてるってことで、良かったわね? これで一歩近づいたわ?」

「何に? どこに? 最近中学生とは思えないくらい大人びてておじさん怖い」

「ふふふっ」

 

 大人びてる、ですって。

 

 それを貴方に言われることが、言ってもらえることが何より嬉しいって、気付いてないんでしょうね。

 

「あら、シュウジくん。こんにちは」

 

 顔を綻ばせていると、廊下の先から狙い澄ましたように母が現れる。

 

 しまったと思った時にはもう遅く、ニヤリと笑ったシューは一歩踏み出してお辞儀した。

 

「おやお義母様。これはこれは、相変わらずお美しいようで」

「うふふ、お世辞がうまいこと。私よりも雫に言ってあげるといいわ」

「ちょっと、お母さん!」

「いやこれがまったく、どれだけ言葉で表そうとしても足りない次第でございまして。不甲斐のない男で申し訳ありません」

「ちょっとシューまで!」

「いえいえ、そんなことないわ。その言葉だけで十分愛は伝わってきたもの……ね?」

 

 これだ。

 

 非常に頭の切れるお母さんと、同い年とは思えないほどに考えの深く、広いシュー。

 

 この二人が合わさると、私が一方的に恥ずかしがるような展開に持っていかれるのだ。

 

「良かったわね雫、相変わらず熱々で」

「も、もう! いいから早くどこか行って!」

「うふふふ。ではシュウジさん、また夕食の席で」

「ええ。今日こそ雫の幼い頃の写真を……」

「心得ておりますわ」

「本人の前でなんの取引をしてるの!?」

 

 耳の先まで熱くなりつつも叫ぶと、最後まで私を揶揄った母は廊下の向こうに行った。

 

 それを見送り、ジロリと恋人を睨みあげればおおっとわざとらしくおどける。

 

「……意地悪」

「すまんすまん、ついな。さっ、早く部屋行こうぜ」

「……あとで膝枕して耳かきの刑よ」

「えっ待ってそれ俺の精神とろけちゃう」

 

 お決まりの会話をしながら、シュウジのために用意された部屋に行った。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 それから二人で読書をしたり、雑談をしたり、剣術についてのアドバイスをもらったりして。

 

 

 

 あっという間に半日が過ぎていき、夕食の前に父にシューは連れて行かれるのを見送ったり。

 

 

 

 晴れやかな顔で戻ってきた父と、苦笑するシュウジを出迎え、またお母さんにちょっかいをかけられ。

 

 

 

 その頃は最近ようやく慣れてきた、といった具合で一緒にお風呂に入ると、シュー用の部屋の縁側で二人で寄り添った。

 

 

 

「おー、今日は月が綺麗だな」

「スーパームーン、って言うのかしら」

 

 その日は一際月が大きく見えて、とても綺麗だった。

 

 シューの方に頭を乗せて、指を絡めて手を繋いで、穏やかに言葉を交わす。

 

 その時間が、どんな時よりも大好きだった。

 

「これなら……予想通り行けそうだな」

「? 何が?」

「雫、ちょいと離れてくれ」

 

 けれど、その日の彼は真剣な声でそう囁いた。

 

 恥ずかしがってふざけることで逃げていた最初の頃とは違い、何かを覚悟したような雰囲気。

 

 隣を見ると、彼は深い光を宿す紫色に近い瞳で私を見下ろしていて、私はそれに見惚れた。

 

「……ええ、わかった」

 

 少しして離れると、「ありがとう」と言って彼は立ち上がった。

 

 そのまま下駄を履いて小さな庭に出ると、大きな満月に向かって両手を広げて──

 

 

 

「──月光魔術式、起動」

 

 

 

 その時、()()()()()()()()()()使()()()

 

 驚きに目を見開いて、浴衣を着た彼の足元から広がった魔法陣を注視する。

 

 

 服装とはミスマッチなそれは白く輝き、複雑に絡み合った記号や文字は何を示しているのかわからない。

 

 でも、それがこの現実には存在しないはずの、空想の中にしかない現象でいることはわかった。

 

「軌道、光度、術式回路、全て正常……と」

「シュー、これって──」

「見ててくれ、雫」

 

 思わず何かを言おうとした私に、シューは振り返って。

 

「これがお前に隠していた、俺の一番の秘密だから」

 

 そう言って笑った顔に、私は自然と口をつぐんだ。

 

 それでよし、と微笑んだシューはまた月を見上げて、まるで指揮者のように両手を振る。

 

 すると魔法陣が回転し、光量を徐々に増していき、私は目を瞑りながら両手で顔を庇って──

 

 

 カッ! と光の花が咲いた。

 

 

「っ、何が……?」

 

 目蓋を焼く光が治るのを待って、恐る恐る目を開ける。

 

 すると、そこには。

 

 まるで月の光そのもののような光の粒が、庭全体に満ち溢れる幻想的な光景があった。

 

「すごい……」

「──よし。これくらいなら地球でも作れたか」

 

 その声に、楽園のような庭に吸い取られていた意識が戻る。

 

 彼に視線を傾ければ──掲げた両手の中で、琥珀色に輝く小さな球体が浮かんでいた。

 

「それは……?」

月零石(げつれいせき)。今日みたいに月の光が特別強くなる時に、この家の下に流れるような霊脈を利用して作れる宝石さ」

 

 ゆっくりとこちらに戻ってきたシューは、手の中のそれを私の方に寄せた。

 

 覗き込み、彼の掌に光を反射して緩く回転する宝石に心から魅了された。

 

「すごく、すごく綺麗ね……」

「だろ? 高度な魔法技術といろいろ自然的なタイミングが最高に合わないと作れない代物だよ」

 

 その説明に聞き入っていた私は、魔法という現実味のない言葉に現実に引き戻される。

 

 今目の前で起こったことは、本来ならば本や映画の中でしか起こらないような奇跡だ。

 

 

 

 それをこの人は、いとも簡単に引き起こした。

 

 それはまるで、この世界の他にどこか別の世界を知っているかのような──

 

「雫。俺には……前世の記憶がある」

「っ!」

 

 だから、そう言われた時に驚くよりも先に納得した。

 

 誰より格好良くて、強くて、優しいこの人は、あまりにも現実にいるには完璧すぎるから。

 

 そう自然と思えてしまうほどに──超常の力を見せられても、私の愛は揺るがない。

 

「とてもじゃないが褒められた人間じゃなかった。むしろ極悪人、吐き気を催すような野郎だったよ」

「……そう。でも貴方は格好いいわ。誰よりもそう断言できる」

「……だからこそ、だよ」

 

 そう呟いて、彼は片手を傾けると宝石をその上に転がした。

 

 そうするともう一方の手の人差し指をそれに向けて、何かをする。

 

 

 

 次の瞬間、パキンと小さな音を立てて宝石が二つに割れた。

 

 平等に、一つのヒビもなく二つに分かれたそれに更なる魔法がかけられて、少しずつ形を変えていく。

 

 やがて、宝石だったものはシューの手の中で二つのブローチ──三日月型の飾りに変わった。

 

「ほい、プレゼント。付き合って二年目記念だ」

「あら、ありがとう」

 

 その手の中から片方を摘み上げて、月の光に照らしてみる。

 

 すると、キラキラと角度によって輝き方を変えるその中に、不思議な光があるのがわかった。

 

「この石には、一つのおまじない的な話があるんだ」

「おまじない?」

「そ。二つに分けたこの宝石は、欠けた互いを求めて満月になるため、たとえどんなに時が経ってもいずれ一つになる──そんな実にありふれた話だ」

「とってもロマンチックね」

 

 だろ? と彼は笑って、もう一つを手の中に握ってさっきと同じように隣に座った。

 

「……俺がこの宝石をプレゼントにしようって、魔法をお前の前で使おうって思った理由はな。お前に伝えたかったんだ」

「私への愛を?」

 

 すかさず言えば、彼はからからと笑った。

 

「さっすが雫、鋭いわ……さっきも言ったが、俺は元は極悪人だ。人殺しもしたような外道だ。さっきのは一番マシで綺麗な魔法で演出しただけで、本当はもっと酷いものもたくさんある」

「……うん」

「そんな俺に、お前は二年も……いいや、何年も近づこうとしてくれた。隣に来て、愛してると言ってくれた」

 

 それは、そうしたかったらとしか言いようがない。

 

 

 

 ようやく繋いだ手。やっと掴んだ心。こうして寄り添える幸せ。

 

 

 

 その全てを彼は、今この瞬間に手放そうとしているのではないか。

 

 物憂げな横顔に、そんなとても恐ろしい不安が心をよぎった。

 

「だからな、俺もこれ以上取り繕うのはやめたよ。愛される資格なんてないと思いながらも、嘘をつき続けるのは正面から想いを伝えてくれるお前に不誠実だと思った」

「だから、打ち明けてくれたのね」

「ああ。そんでこれは、その約束の証明、かな」

 

 シューが手を開いて、月光にブローチを照らす。

 

 さっき私がやったことと全く同じことをしたシューは、こちらを向いてニッと笑った。

 

「俺はお前が好きだ。大好きになっちまった。ハジメ達以外、誰にも受け入れられちゃいけないと思ってた俺の心を奪ってくれて、ありがとな」

「そのまま一生逃すつもりはないから、覚悟すると良いわ」

「おっと、もう少し初心なリアクション期待してたんだけど……まっ、別に良いや」

 

 ふと、腰に熱が生まれる。

 

 それはさりげなく回された彼の手だとわかって、私は自分から身を寄せた。

 

「雫、ずっと側にいてくれるか?」

「勿論よ」

「そっか……ならもう一つ約束だ」

 

 腰から左腕に手は流れ、そこに握っていたブローチが彼の握るものと合わせられる。

 

 

 

「この宝石に、お前の気持ちに誓って。俺は必ず、最後にはお前が笑顔でいられるようにするから──」

 

 

 

 そう、初めて見る屈託のない笑顔で。

 

 後にも先にもこれ以上ないほど純粋な顔で、彼はそう約束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふ。あれからずいぶん時間が経つのに、鮮明に覚えてるものね」

 

 宝石も、記憶も、いまだに色あせることはない。

 

 あの時感じた感動も、愛情も、嬉しさも楽しさも全部全部、何年経っても覚えてる。

 

 そして、その約束を信じ続ける……自分の気持ちも。

 

「ねえ、シュー」

 

 私は、もう一度彼の頬に手を添えて。

 

 

 

「約束、守ってね?」

 

 

 

 そう、返事を期待しない問いかけを呟いた。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

さてシュウジ。これが最後の安息タイムだ、説教の準備はいいか?(愉悦顔)

感想をくれると創作意欲が湧き出ます。


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【第8章】大樹
ドナドナド〜ナ〜以下略


今回から新章です。

シュウジ「おう、俺だ。前回は俺が寝てる間の話だったな」

雫「まったく、あんまり心配させないでね」

シュウジ「善処する」

ハジメ「それ実現しないやつじゃねえか…で、今回からまた樹海だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 三人称 SIDE

 

 

 帝国での騒動から、何日か経った。

 

 

 当初、すべての亜人奴隷を解放するという規格外の触れ込みに帝都中が大騒ぎになった。

 

 それもたった1日で、帝都全ての亜人を一人残らず解放しようというのだ。不眠不休での大仕事となった。

 

 

 あの場にいたものを含め、生き残った重鎮の中でハウリアを侮った者の首が飛んだ回数は数知れず。

 

 他にも、例えば亜人奴隷を商品としていた奴隷商などは当然抵抗しようとしたが、同じように首だけの置物に。

 

 文句があるなら自分を殺せという皇帝にその通りにしようという者もおり、もれなくハウリアのトロフィーに。

 

 

 

 そんなこんなでハウリア族が提示した法律を急ピッチで制定した帝国政府は、どうにかギリギリで要求に答えた。

 

 天使の肉体を持つ香織の「エヒト様の御意志(笑)という宣言や、それに伴って現れた復調した光輝などの存在も大きい。

 

 そうして数千人の亜人たちは解放され、混乱も歓喜も冷めやらぬうちにフェルニルに取り付けられた巨大籠に乗せられ。

 

 解放されたことを改めて知らしめるためにもハルツィナに向けて空の旅をしているわけだが……

 

「……あの」

「あ?」

「なんでもございませんですます」

「そうか。今集中してるから話しかけるな」

「ハイ」

 

 フェルニル自体のものに加え、数千人分の重量によって途轍もない魔力を消費しているハジメは精密操作に戻る。

 

 その周りには、当然のようにユエとシア、シアに膝枕されているウサギ、両肩にそれぞれ手を置く香織と美空。

 

 

 その足元では……かれこれ半日ほど正座中のシュウジがいた。

 

 

 首からは「私はこの世界で一番の大馬鹿です」というプラカードを下げており、とても格好悪い。

 

 その隣に先ほどハジメにル◯ンダイブして足技で絞め落とされたティオが転がっていたりするが、全員スルーである。

 

「香織、南雲くんはこの調子で進んで平気なの?」

「うん、私と美空で交代しながら魔力を使う時の負担を和らげる魔法をかけてるから」

「伊達にチートじゃないし。まあハジメたちに比べたらそれほどじゃないけど」

 

 グッと親指を立てる二人に、反対側のベンチに座った雫は大丈夫そうねと微笑んだ。

 

 その際に口元に持っていった右手の手首には彫刻の施された腕輪が嵌っており……それはシュウジの左手首にもある。

 

「おいおい、随分と楽しそうだな? え?」

 

 そこにガハルドが挑発的な物言いとともに戻ってきた。

 

 フェアベルゲンの長老会議にて誓約の説明をするためにリリアーナ共々同乗した彼は、一見ハーレム野郎のハジメに絡む。

 

 本人は機体操作と魔力操作の訓練で半ば無意識状態なのだが、まあ周りから見ればその感想しか思い浮かぶまい。

 

「あ〜、船内探索は終わったのか? それと坂上と谷口はお疲れさん」

「おう……」

「うへぇ、疲れた……」

 

 ガハルドのお目付役として同行していた二人は、もう勘弁だとでも言うように食卓の椅子に座り込む。

 

 クラスメイトに無関心であるハジメだが、一時期一緒に特訓をし、以前誠実な姿を見せた龍太郎はある程度信用している。

 

 同様に、そんな龍太郎と仲睦まじくしている鈴のことも、普通に会話をする程度には仲は良好だ。

 

「ん、姫さんがいないようだが」

「この船とんでもないな。ああ、それと姫さんはあの勇者と一緒にいるよ」

 

 言いながら、さりげなく雫の隣に座ろうとするガハルド。

 

「──ッ」

「っと……」

 

 が、その瞬間正座しているシュウジから全身にナイフを突き刺されたような殺気を送られ、直前で階段に座った。

 

 若干ガハルドが()()恨みがましい目で見るが、彼女は目すらも合わせずにシュウジのことを見ている。

 

 ケッとつまらなさそうに吐き捨てた直後、目の輝きを増したガハルドはハジメの方を向いた。

 

「なんでこんな金属の塊が空を飛ぶんだ? 最高に面白い、俺用に一機欲しいな! 言い値は払うから用意してくれ」

「やらん。金もいらん。メリットがない」

 

 相手にするのもだるい状態なので、ハジメは至極簡潔に返答した。

 

 しかし、ガハルドもまた一人の男。目の輝きを失わず、ハジメに詰め寄る。

 

「そう言わずに、な? 金が要らないなら女なんてどうだ? 娘にちょうどいいのが一人いるぞ? ちょっと気位は高いが……」

「は?」

 

 美空のひと睨みでガハルドは閉口した。

 

 その目はこれ以上増やしたら切り刻むと言っている。その威圧感は先ほどのシュウジのそれに匹敵した。

 

 ユエたちも同じ目をしていたので、降参とでも言うようにガハルドは両手を挙げた。女性陣は殺気を収める。

 

「ったく、おっかねえ女どもだな」

「お前が変なこと言い始めるからだろ。お前みたいに女をコレクションする趣味はない」

「食えないガキだ。そのうちリリアーナ姫もあの勇者から掻っ攫うんじゃねえか?」

「いや、天地がひっくり返ってもねえから」

 

 またも即答するハジメ。

 

 

 〜〜〜

 

 

「…………」

「? どうしたリリアーナ?」

「いえ、なんだかまた雑に扱われたような……」

「そ、そうか……」

 

 

 〜〜

 

 

 一国の王女に対して非常に軽い扱いに、ガハルドはこらえ笑いをする。

 

「ククッ、あの姫さんも災難だな。まあ今のところは勇者にお熱か」

「そういうお前こそどうなんだよ? あの皇太子はいろいろあって結局は首チョンパされたが、そのうち他の皇族をあてがうんじゃないのか?」

「馬鹿野郎、お前らのせいでこっちはそれどころじゃねえよ。なにせ外せば死ぬ首輪付きの皇族だからな」

 

 ちょんちょん、とガハルドは自分の首にかかったネックレスを指差す。

 

「下手に国民が誓約を破れば死、そんな状態の中で取締体制の抜本的な改革と確実に執行される厳罰の体制……誰も彼もてんてこ舞いだ」

「ほーん、大変だな」

「他人事みたいな顔しやがって……おかげで労働力がガタ落ちな上に、いつ死ぬかわからない婚約相手。この際()()()()()()援助を頼みたいくらいだ」

 

 たった一夜にして、強大な帝国はその力をかなり減衰させた。

 

 ちなみに首輪の呪いの件は、誓約を聞かずに首飾りを取った皇族の1人が発狂死したことで実証されている。

 

 それからより一層帝国上層部は真剣になり、現在どこもかしこも大忙し、というのが現状だ。

 

「だから、落ち着いてきたら皇族の娘を一人、ランデル殿下……今は国王か。に嫁がせるのが常識的な展開だな」

「そうか。頑張れ」

「だから軽い……はぁ、もういい。まあある意味気楽だよ、なんせ()()()と違って破れば即死ぬ、だからな」

 

 そう言いながら、ガハルドはシュウジへとまた目線を向ける。

 

 釣られて全員の視線を向けられれば、流れるような動きでシュウジはそっぽへ目を逸らした。

 

 

 

 あの夜の戦いの件で、目覚めたシュウジは散々説教された。

 

 

 

 まずハジメに五、六時間ほど懇々と説教され、その次は女性陣全員による小言地獄。

 

 更には全員との模擬戦(という名のリンチ)をしこたま受け、罰として一日十二時間の正座一週間を言い渡された。

 

 更に、シュウジは今後への対策としてあるアーティファクトの着用を義務付けられた。

 

 それは有り体に言えば、ガハルドら皇帝一族に付けられた誓約の首飾り、その応用改良版である。

 

 もしもハジメ達の認識内で危険なことをしようとした場合、シュウジは手首につけられた手枷から魂を締め上げられる。

 

 その他にもありとあらゆる魔法や技能で罰を与えるそれは、たとえ腕ごと切り落とそうと自動で体に装着される優れもの。

 

 

 

 その手綱は、最もシュウジを御すことのできる雫に委ねられたのである。

 

 

 

「スッパリ死ねる俺たちと違って首輪をつけられたようなもんだ、どんな気分だ?」

「言っておくがねコウテイサマよ、お前を死なない程度にどうこうするのは許されてるんだからな?」

「えっ」

 

 マジか、とガハルドは雫を見ると、彼女はにこりと笑った。

 

 先ほど止めなかったのはそういうことか、とガハルドは嫌らしい笑みから一転して苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 雫もハジメ達も、あくまでシュウジがおかしな行動をとらないための措置であり、他は全くのスルーなのである。

 

「まあ、これくらいは当然だし」

「……ん。閉じ込めないだけまだ温情」

「もうっ、反省してくださいね?」

「……猛省」

「私も今回は怒ってるよ?」

「はは〜っ」

 

 じろりと睨み下ろす女性陣に、わざとらしく畏まったシュウジは土下座した。

 

 

(……ま、やりようはあるしな)

『反省しない奴だな』

(言わぬが花さ)

 

 

 すっかり尻に敷かれたシュウジだが、そんな彼の内心をハジメ達は知らない。

 

 二度使った時点で、硬く縛り付けていたシュウジの心の枷は……

 

「で、考えは変わらないか?」

「お前もしつこい奴だな……もう両手いっぱいだっての。これ以上欲しいものがあるなら自分で手に入れるさ。お前にもらうようなものは何もない」

 

 呆れたようにガハルドに隻眼を向けながらも、ハジメは両脇にいるユエとシアを抱き寄せた。

 

 更に軽く首を横に倒して、美空の手に頬を乗せる。女性陣は皆一様に顔をほころばせた。

 

「あと強いて言うなら、そのバカの言動が落ち着くことだが……」

 

 いつの間にかひょっとこのお面をつけているシュウジから目線を奥にやり、雫を見る。

 

 現在シュウジを管理していると言っても過言ではない彼女は……恍惚とした表情をしていた。

 

「ふふっ……いつでもシューと繋がってる……ずっと一緒……」

「……まあ、平気だろ」

「いや、これちょっと危なくねえか?」

「大丈夫だ、相手の方がイかれてるから釣り合ってる」

「ハジメンひどくなーい?」

「そういう問題じゃねえだろ……」

「考えるな、感じろ」

 

 ジト目のガハルドからハジメが目を背けると、そんなハジメに背後と足元からも声が上がった。

 

「美空もユエたちもずるいよ! ねえ、その両手に私も入ってるんだよね? ね?」

「ご主人様よ、妾も素晴らしい足技を受けた直後で申しにくいのじゃが、妾もその両手の中がいいのじゃ」

 

 美空の手の方に傾けられたハジメの首を自分の方に傾けようとする香織に、膝の上に顎を乗せるティオ。

 

「……ふっ」

「……ここは特等席。もう埋まってる」

 

 そんな二人に、ふっと勝ち誇った表情の二人が告げた。

 

 自分たちの優位は揺らがないとでも言うように、地球にいた頃からの、この世界での一番の〝特別〟の少女達は笑う。

 

 ついでにシアとウサギも、とでも言うように二人を指差し、更に二人への挑発をした。

 

 

 ブチッ、という音がブリッジに響いた。

 

 

 たとえくんずほぐれつ(意味深)する少女が相手であろうと、そこは譲れない。

 

「……ふ、ふふふ。美空とはちょっと、ちょぉっとお話しする必要がありそうだね?」

「そうじゃな。これはじっくり、入念に、話し合いをせねばなるまい」

 

 ドドドドド! という効果音がついていそうな怒気を纏う二人。

 

 龍太郎と鈴がびびしになってたけっている間に、二人の圧を受けたユエ達は立ち上がって正面から向き直った。

 

「ふぅん? いい度胸だし」

「……本気でやったら、結果は一目瞭然」

「「上等!」」

 

 もはや乙女達を止めるタイミングは過ぎた。

 

「お、お二人とも? ちょっと雫さん、止めてくれませんk……」

「ふふふ……」

「雫さぁーん!?」

 

 八重樫雫、若干17歳。恋する乙女は恋人との繋がり(物理)にうっとりとしている最中である。

 

 事の発端であるハジメも、魔力操作と訓練でだるいために口を挟まない。

 

 彼の中では、日常茶飯事な単なるコミュニケーション()なのも理由の一端である。

 

「坂上くん、前衛お願いね」

「え? 俺もやるのか?」

「鈴、力を貸してくれるかの?」

「え、えぇ〜っ!?」

 

 文句を言う暇もなく、治癒特化である美空に龍太郎が、ユエの魔法を相手するためにティオに鈴が引きずられていった。

 

 同様にユエもシアを連れていき、結果的にウサギがハジメの膝の上に収まってブリッジに静寂が戻る。

 

 

 

 女性陣が去っていった外の甲板の方から、ほどなくして轟音やら爆音らしきものが聞こえてきた。

 

 あまりに激しい……こんな場所でする音じゃないそれに、ガハルドが大きな体をビクッと飛び跳ねさせた。

 

「戯れてんな〜」

「戯れてるなんてレベルじゃねえだろ……」

「ふふ、そのうち戻ってくるわよ」

 

 ボヤーっとしているハジメ、呆れるガハルド、微笑む雫。そして正座しているシュウジ。

 

 カオス。実にカオスである。

 

 いつもはツッコミ役を務めているハジメがコレであるため、誰も止める者がいない。

 

「うおぉっ!?」

「ひゃぁあっ!」

 

 と、そこで甲板にいた光輝がリリアーナを横抱きにして飛び込んできた。

 

 ユエ達の争いに巻き込まれたのか、着ている服はおろか肌からもプスプスと煙が上がっている。

 

「お、おい南雲! あれを止めてくれ!」

「ああ、姫さん。無事だったか」

「え、ええ、なんとか光輝さんのおかげで……」

「スルー!?」

 

 愕然とする光輝だが、そんな彼の顔を腕の中からリリアーナが頬を染めて見上げている。

 

 

 

 

 そんなこんなで、一行は着実に樹海へと近づいていた。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

今回の章のメインは……火星人!(えっ)

感想をいただけると嬉しいです。


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樹海リターン

シュウジ「よっす。いやーアリシゼーション終わったな」

エボルト「うちの作者が友達と共同で二次創作やってるから、そっちもぜひ見てくれ」

ハジメ「で、前回はお前が正座してたな」

シュウジ「そう言っちゃうと俺がすごく惨めじゃない?」

ハジメ「しばらく我慢しろ、罰だ。で、今回はフェアベルゲンに到着する話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 

 三人称 SIDE

 

 フェアベルゲンは、夜の帳に包まれている。

 

 霧に包まれ、樹海の奥深くにあれども、その星々のきらめきは色あせる事なく亜人族達を照らしている。

 

 そんな中で、樹海の王国は深夜にも関わらず、国そのものが橙色の灯りで照らされていた。

 

 

 

 真夜中にふさしくない煌々とした灯りと共に、普段であれば家族団欒の時を過ごしている亜人達の喧騒が響く。

 

 その発生源はフェアベルゲン内の民にとどまらず、国外の集落からやってきた亜人達をも含んでいた。

 

 戦後にも関わらず、休みなしに兵士たちが人の整理・誘導に駆り出されているのが、その規模を示唆しているだろう。

 

 

 

 そんな喧騒を、夜風の吹き込む全開の窓から聞き入れながら、仕事をする長老が一人。

 

 森人族(エルフ)のアルフレリック・ハイピストは、これまでにないほどの騒ぎに発生した書類に目を通す。

 

 内容は様々だが、その最たるものは──数千人を超える同胞の受け入れ、その体制に関する報告、または申請書である。

 

「ふう……カムよ、本当に帝国から同族が帰ってくるのか?」

「……まだ疑うか。その目で見るまでわからないことを聞いてないで、さっさと準備をしろ」

 

 ため息と共に溢れた呟きに、部屋の中に第三者の声が響く。

 

 アルフレリックのすぐ側、そこには手を伸ばせば天井に触れられそうな巨体を持つ兎人族……カム・ハウリアがいた。

 

 

 ハウリア族は、先んじてフェアベルゲンにハジメのゲートで帰っていた。

 

 そして、その無制限の通信距離を持つガントレットの機能で、急遽整えることになった態勢を効率的にするために手伝いをしている。

 

「わかってはいるが、やはり信じ難いものでな……あの帝国が、同胞を解放するなど」

「あと数時間で嫌でも答えがわかる。まあ、気持ちはよくわかるがな……我等とて、ボス達がいなくてはここまでの成果をあげられなかった」

「ボス達……資格者、南雲ハジメと北野シュウジか。それが真実ならば、数え切れないほどの同胞を救ってくれた恩人になる。いよいよ、報いる方法が浮かばん」

「ボスはそんなもの期待しないだろうが……ふむ」

 

 そこでカムは、ガントレットに表示されたホログラムを操作しながら唸った。

 

「どうした?」

「いや……確かこの国には、お前達森人族秘伝の湯があったな?」

「なぜ知っているかはもはや問うまい……だが、それがなんだ?」

「実は、センセイを休ませてやりたいのだ」

「北野シュウジを、か……」

 

 アルフレリックは驚いた。

 

 

 実のところ、彼はハジメよりもシュウジの方を初対面の時から警戒していた。

 

 

 ハジメは単純だ。理不尽を憎み、邪魔するものに怒り、その圧倒的な力で真正面から全てを打ち破っていく。

 

 だがシュウジは、長命な森人族の中でも高齢なアルフレリックでも底が全く見通せない悪寒を感じさせた。

 

 ハジメが逆鱗を踏めば躊躇なく暴れまわる獣なら、シュウジはその裏で何かを企てる影。

 

 

 

 絶対に手を出してはいけない。もし手を出せば手も足も首も、この魂まで絡み取られそうな予感さえした。

 

 そして、その恐ろしさはこのカムにも受け継がれている。

 

 一見ガントレットを注視しているように見えるが、その佇まいには一部の隙もなく、触れれば一瞬で切り裂かれそうである。

 

 

 実際に既にその刃は露わになっている。

 

 というのも、今回の受け入れの話をしにカムが長老衆の前に現れた時のことだ。

 

 突然の話を訝しむ長老の一人が、カムの不遜な態度に罵倒を投げつけ、強制的に跪かせようとした。

 

 いわゆる潜在意識というやつである。

 

 たとえ熊人族を蹂躙しようと、フェアベルゲンを魔族の軍や帝国から守ろうと、長年染み付いた意識はそう簡単に変わらない。

 

 

 が、次の瞬間どこからともなくハウリア族が現れ、長老全員の首にリストブレイドを突きつけた。

 

 

 件の長老にも全身に隙間なく刃が向けられ、指一本でも動かそうものなら全員の首が飛ぶ濃密な殺気にその場が包まれる。

 

 以前の温厚で、諦めの早い兎人族はどこへ行ったのか。

 

 最高権力者全員を瞬く間に抑えたその実力に、ひとまず長老衆は話を信じた。そうしなければ本当に首が飛んでいただろう。

 

「センセイは、ボスや姉御達が本気で心配するほど無茶な戦いをした。香織殿と美空殿がいるから心配はないだろうが、それでも出来うる限り療養してほしい。これは我等全員の意思だ」

「ハウリア族全員の、か……お前達がそこまで言うほどの事がなんなのか気になるが、考慮しておこう」

「考慮?」

「わかったわかった、必ず言っておく。だからその顔をやめろ」

 

 どこぞのホラゲーに出てくる兎人間のような顔をするカムに、アルフレリックは苦笑した。

 

 と、そこで扉の開く音がした。アルフレリックとカムが同時に振り返ると、一人の森人族が入ってくる。

 

「お祖父様、炊き出しの準備が整いましたわ。これが消費した後の備蓄量です」

「む、アルテナか。ご苦労だった、帰ってきて間もないのに……あまり無理はするな」

「わたくしのことならご心配なさらずに。同胞達が帰ってくるというのに、じっとなんてしていられません」

 

 気遣う言葉を向けるアルフレリックに、アルテナは凛とした声で答えた。

 

 それから報告書をアルフレリックに渡すが……ちらりとカムの方を見る。

 

 訝しむアルフレリックだが、カムは一瞬で自分に向けられた視線の意図を察していた。

 

「センセイのことが気になるか?」

「っ! い、いえ、そんなことは……!」

「ふむ。ではボスの方か」

「いえ、そういうわけでも……」

 

 露骨に反応が変わったアルテナである。

 

 これには流石にアルフレリックにも察しがついて、あの男に対する認識と孫娘の気持ちになんとも複雑な苦笑いを浮かべた。

 

「悪いが、センセイの気持ちは雫の姉御から動くことはないだろう。姿の見えないらしいルイネの姉御が気にかかるが……あの方も、ボスもとても一途だ」

「わ、わかっていますわ。だからわたくしは、別にそういうことではなくて……」

「なるほど。大方もう一度会って、きっぱりと諦めたいといったところだな」

「……なんだか全部察していられるのも怖いですわ」

 

 微妙な顔をするアルテナ。カムにもシュウジの洞察力の一端が受け継がれていた。

 

 なんとも言えない顔でいるアルテナをお構い無しに、カムは感慨深げな顔をしながら独り言をぼやいた。

 

「我が娘シアも、随分と頑張った……最初の頃の対応に比べて、あんなに大切にされて……」

 

 カムの脳裏に、初対面の頃の心底面倒そうにシアの相手をするハジメが思い浮かぶ。

 

 対して、先日帝国で見た娘と自らのボスは……ユエや美空にほぼ近い立ち位置までその認識を改めていた。

 

 おまけに帝国攻略に手を貸した理由は、〝シアの笑顔を曇らせない〟というもの。父親としては感無量の思いだ。

 

「これはもう、ボスの〝特別〟になる日も近いだろう……」

「あの、お祖父様……」

「……気にするな」

 

 二メートル近い筋肉の塊が男泣き。はっきり言って一歩間違えばホラーである。

 

 

 

 そんなカムを見ていると、不意に外が騒がしくなった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 それまでの喧騒とは異なり、不測の事態に対するようなそれはとても大きい。

 

「何事だ!」

 

 席を立ち、叫んだアルフレリックは窓に歩み寄った。

 

 そして原因を目の当たりにして──唖然とする。

 

「光の柱……だと?」

 

 陽光に等しい……いや、それよりもずっと白く強い光が、天より木々を通り抜け広場を照らしている。

 

「案ずるな。ボスたちのご到着だ」

 

 困惑するカムに、懐古から現実に戻ってきたカムは至極冷静な声で言う。

 

 その言葉通り、天より──否、空より降り注ぐその光は、フェルニルの下部に取り付けられたサーチライトだった。

 

 

 

 ベキベキベキッ!!! 

 

 

 

 フェルニルに吊り下げられたコンテナが、ドームのように広場を覆う大樹を容赦なくへし折っていく。

 

 光に慄いていた亜人たちは、その音に恐怖して瞬く間に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 

 彼らは遠巻きに戦々恐々と様子を見守り、そんな民を守るために腰の引けた兵士たちが広場を囲む。

 

 

 

 やがて、彼らの目にもゴンドラが見えるとより一層その恐怖は大きくなった。

 

 そんな中で、フェルニルはゴンドラをパージする。

 

 落ちた巨大なゴンドラは広場の半分を占拠し、そこに更に隣にフェルニルが着陸した。

 

 慌てて亜人達が既に空いた距離を更に開ける中で、超巨大なゴンドラに兵士たちは近づく。

 

 果たしてこの鉄の箱の中に、何が潜んでいるのか。

 

 

 内心怯えながらも、勇敢に包囲を狭めていく彼らの目の前で、ゴンドラの前部が開いて地面に落ちた。

 

 ズン、という重い音と共に沈み込んだ鉄板の奥に、兵士らは手に槍と一緒に汗を握り、喉を鳴らす。

 

 

 

 その場にいる全ての亜人が注目する中で、ゴンドラから出てきたのは──兎人族の少女だった。

 

 一斉に唖然とした表情になる亜人達。そんな彼らに構わず、次々とゴンドラから亜人が続出した。

 

 

 キョトンとした表情でうまく状況を飲み込めない外野に対するように、出てきた彼らは周囲を見渡して驚く。

 

 静謐で清涼な空気、まるで父の腕のように逞しく、安心感を与えてくれる樹々に光る懐かしいフェアベルゲンの灯り。

 

 そして、永遠の別れだと思っていた同胞……更に深くは、家族との再会。

 

 それら全てをじわじわと実感した彼らは、一様に泣き出しそうな顔となっていく。

 

 

 それは、フェアベルゲンの住民とて同じことだ。

 

 不意に、一人の女性がフラフラとした足取りで前に進み出る。

 

 中年の犬人族の彼女は、目の端に涙を溜めながら、恐る恐る失ったと諦めていたその名を呼んだ。

 

「……ザック。ザックかい?」

 

 その声に反応したのは、同じく垂れた犬耳の少年──光輝が気にかけていた、あの労働者の亜人だ。

 

 彼は、女性の姿を視界に捉えると、顔をくしゃくしゃにして涙を流し、ダッと駆け出した。

 

「母さん!」

「ザック!」

 

 跪き両手を広げた女性の胸に犬耳少年が飛びつく。

 

 母親たる女性は、腕の中の息子が夢幻でないことを確かめるようにきつく抱き締めた。

 

 二人の両眼、揃って四つの瞳から、奇跡の再会に歓喜の涙が零れ落ちる。

 

 

 それを皮切りに、住民も帰還者たちも地を揺らさんばかりの歓声を上げて互いに走り寄った。

 

 そして、家族、友人、恋人など知人を見つける度に声を枯らす勢いで無事を喜び合う。

 

 

 

 フェアベルゲンは、大きな喜びに包まれ、かつてない程のお祭り騒ぎとなった。

 

 

 

 笑顔に満ちた亜人達の喧騒の中、フェルニルから降り立ったハジメ達にアルフレリックら長老達が駆け寄ってくる。

 

「少年よ。またとんでもない現れ方をしてくれたな」

「ん、ああ……すまん、ちょっと色々面倒でな」

 

 移動に大部分の魔力と思考能力を割いていたため、非常に大雑把な着陸となった。

 

 そのことにハジメは、流石にこの景色を損ねたことは思うところがあり後頭部をかく。

 

 そんなハジメに苦笑し、アルフレリックは一行を順繰りに見ていく。

 

 

 まず今回初めてここを訪れる光輝ら勇者組、次に情報漏洩防止の為にマスク(ひょっとこ)を被せられている姫とガハルド。

 

 そして最後に……シュウジの腕をガッッッチリと両腕でホールドしている雫だった。

 

「君は……」

「よっ、アルフレリックさん」

「はじめまして、この人の彼女の八重樫雫と言います。以前はこの人がお世話になりました」

「ふむ、北野シュウジの……これは丁寧に」

 

 感心するように声を漏らしたアルフレリックは、彼女というかもはや妻のような貫禄を持つ雫を見る。

 

 自分があれほど警戒していたシュウジを、こんなふうに扱えている……油断ならない、と彼は思った。

 

 ちなみに隣にいるアルテナは、雫の全身から溢れ出る貫禄と、シュウジの自然体に自然と高鳴る鼓動は落ち着いていった。

 

「まあ、よろしく頼むよ。それで南雲ハジメ……」

「わかってる。あれは悪かった、やりすぎだ……ユエ、頼めるか」

「ん」

 

 短く答え、魔法のエキスパートたる彼女は手を掲げて、たった一言。

 

「〝絶象〟」

 

 その瞬間、有機無機問わず全てを癒す神代魔法が木々を瞬く間に治した。

 

 あまりに非常識かつ、簡単に行使されたそれに間抜けな顔となる長老衆。

 

 カムがそばにいただけあって、一番まともな状態のアルフレリックが眉間を揉み解すように指で揉む。

 

「まったく、相変わらず何から何まで飛び抜けている……」

「お祖父様、お気持ちはわかりますが……」

「わかっている……改めて、南雲殿」

 

 フルネームではなく、敬称をつけて呼ぶアルフレリックに、ハジメも真面目な顔へと変えた。

 

「カムから大凡の事情は聞き及んでいる。にわかには信じられないことだが、どうやら本当に同胞は解放されたようだ。この歴史的な瞬間に立ち会えること……そして我らが家族を救ってくれたこと、フェアベルゲンを代表して礼を言おう」

「言っておくが、やったのはハウリア族だ。俺たちは少し手伝ったのと……このバカがまた無茶するのを見てただけだぞ」

「がふっ」

 

 余程あの件が腹に据えかねているのか、言いながらハジメはシュウジの脇腹に肘鉄を入れる。

 

 割とマジのそれにシュウジは咳き込みつつも、目線を上げると女性陣の熱視線(怒り)とかち合うのでそっぽを向いた。

 

 

(……なるほど。カムの言っていたのはこれか)

 

 

 アルフレリックは、先ほどのカムとの会話に納得を持ちつつも、言葉を紡ぐ。

 

「わかっている。ハウリア族がいなければ、そもそも先の襲撃だけでフェアベルゲンは壊滅していたかもしれん。それを含めて、全て真実だと認めよう……ふふっ、最弱だったはずのハウリア族が帝国を落とすとは……長生きはしてみるものだ」

 

 呆れたように、されど何処か楽しそうに笑うアルフレリックのその言葉。

 

 亜人達はそれを聞き、自分たちを、同胞を救い出してくれたのが誰なのかを改めて認識した。

 

 アルフレリックの後ろに背筋を伸ばして立つムキムキマッチョマン(変態)に、畏敬の目線が向けられる。

 

 

 

 ある種英雄を見るようなそれに、カムはニヤリと笑うと片手をあげた。

 

 その瞬間、何処にいたんだと突っ込みたくなるような大量のプレデターハウリア達が現れる。

 

 カムの後ろに彼らは統率された動きで整列し、カムがハンドシグナルで〝休め〟と指示すると姿勢を変える。

 

 軍人もかくやという動きにカムは満足げに頷き、民衆に向き直った。

 

 

「──同胞達よ!」

 

 

 その場にいる者達……兎人族に向けて、演説が始まる。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「長きに渡り、屈辱と苦難の中で踠いていた者達よ。聞け、此度は帝国に打ち勝つことができたが、永遠の平和など実現したことがない。このフェアベルゲンの惨状がその証拠だ」

 

 淡々とした口調に、広場にいる大勢の兎人族が……そして他の者ら全員が恐怖に体を震わせる。

 

 今でこそある程度復興されたものの、魔人族と帝国の襲撃の爪痕は深く、その恐怖は亜人達に刻み込まれている。

 

「そう遠くないうちに、その平和は脅かされることだろう。そうなればお前達は昨日までの日々に逆戻り、それどころかさらに被害は拡大の一途を辿るだろう」

 

 拡大。

 

 それはすなわち、これまでや今回の襲撃で奴隷化を免れた者にも()()()()()があるということ。

 

 一時の平穏。その意味をよく理解して、先の暗い未来に顔を落とす。

 

「おまえたちはそれでいいのか?」

 

 挑発的にカムが問いかける。

 

 いいはずがあるまい。尊厳も命も踏みにじられるような日々に戻りたいなどと、誰が思うのだろう。

 

 だが、どうすることもできない。そう言わんばかりに沈黙する同胞に、カムは厳しい視線で声を張り上げた。

 

「いい訳がないと、そんなのは理不尽だと思うのならば……戦え。己を守る為に、隣にいる者を守るために、搾取と諦観を拒絶するために立ち向かえ! 我等はそうした! 心を怒りで満たし、最弱の称号に甘んじるのをやめた!」

 

 その演説に、少しずつハッとした兎人族達が顔を上げていく。

 

「決意だ、決意さえあれば全ては変えられる! それを我らが証明した!」

「あ……」

 

 誰かが声を漏らした。

 

 そうだ。自分たちを救い出したのは、あそこにいる強大な力を持つ人間達ではない。同じ兎人族なのだ。

 

 一人、また一人と顔を上げていき、その瞳にプレデターハウリア達のような戦意と怒りが満ちていく。

 

「帝国での仕打ちを思い出せ。不遇に安住するな。大切な者ならば自分で守れ! 諦観という悪夢に溺れる暇があるならば牙を磨け! 戦う術は我らが教えよう。求め、抗うというのならば、我らはいつでも──お前達を最高の捕食者(プレデター)にしてやる」

 

 そう言って、カムは演説を締めくくった。

 

 そうしてもう一度ハンドサインを出すと、プレデターハウリア達は虚空に消える。

 

 それを見て、数百人のうち一部の兎人族の瞳には既に決意の光があった。カムはニヤリとほくそ笑む。

 

「ボス、お話の最中だというのに失礼しました。丁度人材確保がしたかったもので」

「ああ、それは別にいいけどよ。ていうことだ、頑張れよ武具製造機」

「人のこと3Dプリンター扱いやめて?」

 

 ポン、ととても爽やかな笑顔でシュウジの肩を叩くハジメ。本当に帝国での戦いを根深く怒っているようだ。

 

「いやー、それにしても言うようになったねカムさん。そのうち兎人族全員ハウリア族になるんじゃないの?」

「はっはっは、そうなれば儲けものですな!」

「……ますます父様がハジメさんやこの鬼畜と同じように。そう遠くないうちに温厚な兎人族は絶滅しますよ」

 

 遠い目をするシア。その予想は割と正しいことを彼女は数年後に知ることになる。

 

「ここで立ち話もなんだ。奥に案内しよう。アルテナ、頼むぞ」

「はいお祖父様。さあ皆様、こちらです」

 

 ここでは注目されすぎるので、アルテナが自分に用意された広間に案内する。

 

 その際、最後にもう一度だけシュウジの方を見たが……入る隙のない二人に、諦めたように微笑した。

 

「ほらシア、さっさといくぞ」

「あ……」

 

 そして、ハジメがシアの手を引いて歩き出した。ユエでも美空でも、ウサギでもなく、彼女の手を。

 

 その意味を察せないシアではない。満面の笑みで義手を自分の体で抱え込んだ。ハジメは素晴らしい感触を堪能する。

 

 

 

 カムが「ほう」とニヤニヤとした顔で見守る? 中、幸せ全開のシアはハジメとともに歩き出した。




読んでいただき、ありがとうございます。

いよいよこの作品も終盤に差し掛かってきたなぁ。

感想をください。さすれば自分の意欲が増すでしょう(偉そう)


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だが断る!

シュウジ「シュウジだ。前回はフェアベルゲンにまた来たな」

シア「もう嫌ですぅ…父様達がぁ…」

エボルト「諦めろ。さて、今回は会議の話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 三人称 SIDE

 

 さて。

 

 案内された広間にて、カムを筆頭とした数人のハウリアの監視のもと、長老衆とガハルドが対面したわけだが。

 

「ちょ、おい! 本当にこのまま送り返すつもりかっ!」

「いやだってもうやることやったじゃん。さっさと帰れよコウテイサマ」

 

 即行返されるガハルドであった。

 

 なんのことはない。

 

 敗北の証明と誓約の再度確認。それが終わったので必要以上の接触をする前に帝国に強制送還である。

 

 色々と行動に制限をかけられたシュウジだが、ガハルドに関しては誰も関知しないので遠慮なく引きずっていた。

 

 その行き先はハジメの開いたゲート。向こう側に見える帝城の一室に直接ポイのコースだ。

 

「いやいやいやっ、まだ5分くらいしか経ってないぞ!? せっかくフェアベルゲンに来たんだ、色々知りたいことがっ、って引きずるな!」

「はいはい良い子はお家に帰りましょうねー」

「聞けぇっ!」

 

 スルー。全員スルーである。

 

 長老衆は色々ガハルドに思うところ……ともすれば生きたまま返すつもりはなかったのだが、扱いの雑さにドン引き。

 

 ハジメ達もシュウジと同意見なので全く反応もせず、光輝も帝国に対して複雑な心境なので苦い表情で見ていた。

 

「はい、それじゃあばいなら〜」

「覚えてろよぉ! 北野シュウジィイイ!」

 

 最後まで実に哀れな扱いのまま、床に開いたゲートホールにケツを蹴り飛ばされてガハルドは落ちていった。

 

「皇帝なのに〜、皇帝なのに〜、その扱い〜」

「リリィ、あんた……」

「言わないであげて美空、色々忙しくてストレスが溜まってるんだよ……」

「いや帰りのフェルニルで暇すぎて蕎麦打ってたけど」

「……鬱憤がたまるときってあるよね!」

 

 ドップラー効果で残存する捨て台詞に、同じ雑扱いのリリアーナがそんな反応をして美空達に同情する目で見られた。

 

「ふぃ〜、邪魔者もいなくなったところで」

 

 まるでゴミを捨てた後のようにパンパンと手を払い、それから長老衆に振り返る。

 

 彼らは皆一様に、なぜ皇帝を帰したのかと目で訴えている。それを気にせず、シュウジはにこやかな笑顔を浮かべた。

 

「それじゃあ、俺たちもこれで。大樹の方に行くからバイビー」

「待ってくれ、北野殿。まだ報いる方法が決まっていない」

「いや、なんもいらねぇよ。それよりさっさと帰らせてくれ」

 

 いい加減長老達の目線が鬱陶しくなってきたハジメが、すげなく断る。

 

 アルフレリックとしてはそれでは困ったものである。主に例の件で鋭い目を向けてきているカムのせいで。

 

「そう言わずに、これだけの大恩があって何もしなければ、我らはとんだ恥知らずだ」

「せめて、今夜の寝床や料理くらいは振る舞わせてくださいまし」

 

 アルテナが歩み出て付け加えると、いよいよハジメは面倒だとため息を吐いた。

 

 シュウジを見ると、どうする? と楽しそうな目線で見返してくる。どうやらシュウジはどちらでもいいらしい。

 

 もう一度アルフレリックとアルテナを見れば、梃子でも動かなそうな顔をしている。ここで断れば粘るだろう。

 

「……はぁ、わかったよ。一晩世話になる」

「うむ……」

「アルフレリック」

 

 頷きかけたアルフレリックに、カムの冷たい声が届いた。

 

 さっさと言えやオラァ! と言わんばかりの威圧を巨体から発するカムに、深いため息を吐いてシュウジの方を向いた。

 

「それから、北野殿。なにやら帝国では随分と大変な思いをしたご様子。我ら森人族の秘湯を使うがよろしい」

「まあ、お祖父様。いいんですの?」

「まあ、な」

 

 一応あの場にはいたものの、アルテナは祖父の言葉に驚いた。

 

 他の長老衆もざわめくが、ハウリア達がシャキン! と何かを出したので、災いの元は断つべしと口をつぐんだ。

 

「へぇ……」

 

 ちらりとカムを見るシュウジ。

 

 それは幾分か鋭いものだったが、ハジメ達同様に彼を案ずるカムはまっすぐに見返してきた。

 

 

《愛されてるなぁ》

(いやおっさんだけどね)

 

 

 楽しそうに笑うエボルトに、しかしシュウジはふと口元を緩めた。

 

「うし、そんじゃあアルフレリックさんの好意に甘えさせてもらいますわ。あ、雫も一緒でいい?」

「構わん……さて」

 

 緩んだカムの威圧に安堵して、アルフレリックは一度咳払いをすると話を変える。

 

「これでハウリア族の功績が確かに実証された。追放された身で襲撃者どもを退け、なおかつ帝国から同胞を取り戻して誓約まで結ばせた。我等はお前達に報いなければならない。然るに、ハウリア族の追放処分を取り消すことに異存のあるものはいない。これからは好きにフェアベルゲンを訪れてくれ」

 

 渋々といった表情で頷く長老衆。

 

 これは集解以後の長老会議で決まっていたことだった。

 

 いかに過去の遺恨があろうと、フェアベルゲンが救われたのは事実。その功績まで無視するほど傲慢ではない。

 

 だが、カムは「そうか」と呟くだけで表情も変えなかった。至極どうでもよさげだ。

 

「そして、だ。此度の功績に関しては、ハウリア族の族長であるカムに、新たな長老の一席を用意することを提案したい。他の長老達はどうだ?」

 

 側近達が驚いた目でアルフレリックを見る。

 

 森人、虎人、熊人、翼人、狐人、土人。この六種族が最優であり、そこに兎人族が加わるのは歴史的快挙に他ならない。

 

 既に何度も協議したことであるので、長老達は顔を見合わせると、満場一致で賛成に頷き合った。

 

「というわけだ。カムよ、長老の座、受け取ってくれるか?」

「だが断る」

「「「「「……え?」」」」」

 

 完全に新たな仲間を迎えよう! というムードだった亜人族達は目が点になる。

 

 あっさりと歓待ムードをぶった切ったカムに、一番付き合いの深いアルフレリックはなんとか気持ちを持ち直した。

 

「……何故か、聞いてもいいか?」

「このカムが一番好きなことは、自分が強いと思っているやつにノーと言ってやることだ……それに何故も何も、そもそもお前達は勘違いしている」

「勘違い?」

「そうだ。フェアベルゲンを救ったのはあくまでついで、あくまで同族達の未来を思ってのことだ。他の亜人族は正直どうでもいいのだよ」

「な……」

 

 信じられないものを見るような目を向ける長老達に、カムは身じろぎもしない。

 

「故に、言っておく。我等ハウリア族は捕食者(プレデター)であって、猟犬(ハウンド)ではない。今回の勝利に味をしめ、人間族への無謀な戦争を企てたり、武器道具の類を仕入れようと、我等やボス、センセイに迷惑をかければ……この刃は、貴様らに向くと知れ」

 

 右手を掲げ、拳を握る。

 

 鋭い音を立てて飛び出した刃は、長老衆に向けられる。部屋の壁に等間隔に並んだハウリア達も同様に刃を剥いた。

 

「わ、我らは同胞ではないか! 同じ亜人族に刃を向けるというのか、狂人め!」

「おや、その同族とやらを蔑んでいたのはどこのどいつらだったか……まあ、どうでもいい。とにかくこれだけ覚えておけ、我らが刃は同胞がためのもの、それ以外に振るうつもりはない」

 

 きっぱりと言い切ったカムの顔は清々しい。

 

 ハウリア達も同様に、仮面に包まれていてもその目が物語っている。

 

 

 自分達に首輪はつけさせない、と。

 

 

 実際、そういう打算もないわけではなかったので、アルフレリックらの表情は険しい。

 

 一方で、ハジメの周りにて事を見守っていた少女達は一斉に魔神のような少年を見る。

 

 誰かさんとカムの言動は、実にそっくりだった。

 

「……まるで独立した種族、と言いたげだな」

「アルフレリック、お前は物分かりが良くて助かるよ。全くその通り。これから兎人族は兎人族のルールでやっていく。お前達のルールに組み込まれるつもりは毛頭ない」

 

 長老、そして側近達が不遜な物言いに激昂しようとするが、プレデターハウリア達がそれを飲み込む殺気で抑え込む。

 

 今にもレイザーディスクが飛び交いそうな雰囲気に、難しい表情をしていたアルフレリックは深い深いため息を吐いた。

 

「……ではカムよ。お前さん達を、兎人族という〝フェアベルゲンと対等な存在〟とするのはどうだ。無論会議への参加資格を有するものとして、だ。これならばフェアベルゲンのおきてに従うことなく、会議の決定に従う義務もなく、その上で我らと対等の影響力を保てる」

「ほお。まあ、悪くはないな」

 

 此れはしたり、とカムは笑う。

 

 彼も、また帝国が攻めてきた時のため、フェアベルゲンとの繋がりは保っておきたいと考えていた。

 

 とはいえ、先ほど言ったように長老会議の長々しい議決を取ってその意に従う、などまっぴら御免被る。

 

 故にこの申し出は……否、あえて引き出した妥協はカムにとって最善の方向であった。

 

「待て、それでは優遇しすぎだ!」

「いかに多大な功績があるとはいえ、それでは我等の立場がない!」

「では、その多大な功績にこれ以外どう報いる?」

 

 反対の声を上げた長老らを、アルフレリックはたった一言で封殺した。

 

 助けられた立場の上に、彼らを無理やり従える程の力もない。

 

 アルフレリックは最良の策を選択した。それはわかっていたものの、やはり感情では納得できないもので。

 

「もしここで無理に押し通すことで彼らとの縁が切れたら、次に帝国や魔人族がやってきた時どう立ち向かう? 我らが総力を上げてもできなかったことを、彼らはたった百人と少しで成し遂げたのだ。その意味がわからないお前達ではあるまい?」

 

 アルフレリックの説得に、ぐぬぬぬぬと聞こえそうな顔をする長老衆。

 

 だが彼らにこれ以上に良い案がない以上、反論のしようがない。最後には諦めた彼らはガクッと肩を落とした。

 

「という訳で、長老会議の権限でお前達を〝長老衆と同等の権利を持つ種族〟とする。それでいいか?」

「まあ、お前達がどう言おうがやることは変わらんが、いいだろう……あ、それと大樹近辺と樹海の南方は我等が使うから周知しておけ。下手に侵入しても命の保証はできない」

 

 しれっと追加注文した。

 

 これには流石にアルフレリックも頬がピクっている。

 

「うらぁっ!」

「げぼばっ!」

 

 父親の傲岸不遜さに、シアは真っ赤な顔でシュウジにボディーブローを叩き込んだ。

 

 崩れ落ちるシュウジ。誰も心配しないあたり、一人としてまだ怒りが解けたわけではないのだ。

 

「えふっえふっ、内蔵が……」

「あ、あの……」

「ああ、まだいたのか姫さん。王国に送ってやろうか?」

「ま、まだ……はい、お願いします」

 

 今の今まで忘れられていた事実に、リリアーナ姫は「おうじょなのにぃ……」と呟く。

 

 ともかく、帝国とのあれこれが山積みである彼女を送り返すため、キーを使ってゲートが開かれる。

 

 見送りをするため、光輝達が歩み出ると流れるような動きでシュウジが光輝の足を引っ掛けてすっ転ばせた。

 

「それではお姫様、またお会いしましょう」

「は、はい……雫達も、頑張ってください」

「ええ。リリアーナも頑張ってね」

「応援してるよ!」

「仕事も程々にね」

「またね!」

「あんま気張りすぎるなよ」

 

 各々激励の言葉を投げかける雫達に頷き、リリアーナは光輝を見る。

 

 立ち上がり、礼をしているシュウジをジト目で睨んでいた光輝は、その視線に気づいて目を合わせた。

 

「……光輝さんも。お体に気をつけて」

「ああ。リリアーナも、無理しないようにな」

「はい。それでは皆様、またお会いしましょう」

 

 綺麗にお辞儀をしたリリアーナは、そのままゲートの向こう側へと去っていった。

 

「さーて、どうやら秘湯に連れてってもらえるみたいだし? 雫、行こうぜ」

「ふふ、いいわよ」

「おいアルフレリック、俺も入っていいか?」

「あ、ああ。構わないが……」

「おっ、ハジメもやっぱ血が騒いじゃう?」

「そりゃ、日本人の魂だからな」

「ん、なら私たちも一緒に」

「あっ、ずるい! 私も私も!」

 

 

 

 先ほどまでの緊迫した空気は何処へやら、非常に騒がしい一行であった。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

感想をいただけると生きます(大袈裟)


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それぞれの夜

あれ、おかしいな…雫とのイチャイチャのはずだったのに。

シュウジ「まーたやりやがったなこいつ……よう、日曜の夜にこんにちは、シュウジだ。前回はカムさんがメインだったな」

シア「あれは父様じゃありません、もはや別人です」

カム「何を言うシア、私は昔も今も変わらずカムだぞ」

シア「鏡見てから言ってくださいっ!」

ハジメ「いや、お前も時々マッチョ…まあいい。今回は夜の話だ」

シュウジ「そう言うと卑猥に聞こえるから不思議」

ハジメ「やかましい。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる大樹編!」」」」


 シュウジ SIDE

 

 夜中。

 

 満点の星空に、木々に囲まれたこの場所からでも聞こえてくる喧騒の声。

 

 きっとどこかで祝宴でもしてるんだろう。家族が、友が、愛する人が戻ってきたのだから当然だ。

 

 時々聞こえる悲鳴は、きっと羽目を外した亜人が警備用に飛ばしているシュヴァルツァーにゴム弾を撃たれた声だろう。

 

 あれの性能実験に付き合った(サンドバック)からね、その威力はよーく知ってる。

 

「ふぃ〜、極楽極楽……」

「やっぱり良いよなぁ」

「日本人の魂だからな。異星人のお前が言うと違和感あるけど」

「おいおい、前の世界で10年、お前に取り憑いてもう17年だ。30年近くいるんだから俺も日本人だろ」

「星ごと滅ぼそうとしてたやつが何か言ってる……」

「愛だよ、愛」

「なぜそこで愛ッ!?」

 

 そんなことを考えながら、俺たちは森人族秘伝の温泉を満喫していた。

 

 久しぶりに外に出ているエボルトと二人……まあ雫が来るまでだが……で互いに酌をしながら、たわいもない雑談をする。

 

 酔わないからお酒飲む意味ないけどネ。ほら、雰囲気って大事だから。

 

「いつも雰囲気ぶち壊すお前が言うな」

「壊してないです〜、陰険な異星人が体に同居してるから釣り合いとってるんですぅ〜」

「こやつ人を諸悪の権化のように扱いおるわ」

「その通りじゃねえか」

「あ、そうだった⭐︎」

「抹殺のラストブリットォ!」

「はいバーリア!」

 

 訂正、雑談じゃなくていつものノリです(全く悪びれない顔)

 

 などとふざけながら右手を繰り出した瞬間、まるで体が裂けるような激痛が走った。

 

「ッ……」

「大人しくしとけ。なんでカムの好意に乗ったと思ってんだ」

「……そうしとくわ」

 

 エボルトの手の平から拳を離して、大人しく湯船の中に戻す。

 

 実のところ、カムさんの懸念通りに俺の体は回復しきってない。日常生活と、ある程度の戦闘ができる程度にマシになっただけだ。

 

「ったく、我ながらなんて厨二チックなボディーだ」

 

 自分の体を見下ろせば……右手にある紋章から伸びた黒い亀裂は、もう体の方にまで侵食していた。

 

 腹筋の端までその先端を伸ばしている亀裂が、まるで残りのタイムリミットを表しているかのようだ。

 

「……あと何回保つ?」

「三回だ。それ以上は寿命を使い切る前に負荷で死ぬ」

「そっか……で、使った場合残る寿命は?」

「50年を切る、とだけ言っておくぞ」

 

 エボルトの声は真剣で、なおかつその内容は的確だった。

 

 エボルドライバーはブラッド族のテクノロジーだ。そこに混ざり物を足した時どうなるかは、こいつが一番理解してる。

 

 俺もなんとなく自分で察していた。

 

 その回数以上変身すれば……生まれ変わることもできずに、永久に消滅する。

 

「残りの回数で、全部終われば良いけどな」

「使わないに越したことはねえよ」

「はは、そうもいかねえって」

 

 笑って言えば、エボルトは冗談交じりに皮肉を返して……

 

 ……返して、こない。

 

 どうしたんだと隣を見れば、エボルトの赤い瞳が俺の目をまっすぐに見ていた。

 

「エボルト……?」

「シュウジ。ここからは一切の冗談なしで言うが、俺はお前に死んでほしくない。長年共に生きた相棒として。ついでにあの女神に復讐するためにもな」

「……割合は3:7ってとこか?」

「逆だよ、馬鹿野郎」

 

 コツン、と軽く頭を叩く手は硬く握り締められ、その表情に一切の虚偽はなく。

 

 俺の中にあるカインの記憶が告げる。

 

 今告げられているのは、計算と嘘と欲望に塗れた異星人の、偽らざる本音だと。

 

「俺は俺が作ったものを壊されるのが大嫌いだ。自分の一部だと思っているものを傷つけられると憎くてたまらない」

「……だろうな。最初に進化した時、ロストボトル浄化されてすげえキレてたし」

「まあな。だから徹底的にそれをした相手を陥れ、絶望させ、その中で殺す」

 

 ピシリ、とエボルトの手の中の猪口がひび割れる。

 

 その言葉に宿るのは、怒り、憎悪、憎しみ……唯一感情を得た、残虐なブラッド星人の根底にあるもの。

 

 その矛先は……俺を狙う《獣》と、無茶をする俺自身だ。

 

「そんな俺にとって、自分の命の他に一番大事なのはお前だ。この嘘と策謀に塗れたクソのような世界に食わせるつもりは毛頭ない」

「……じゃあ、俺を止めるか?」

 

 はっきりと言おう。

 

 俺を本気で、本当に止められるのは、ハジメでも、雫でも、他の誰でもない──こいつだ。

 

 生まれる前からずっと一緒で、ある意味俺の全てを理解しているこいつだけなのだ。

 

 ハジメや雫達は、仲間で、友達で、愛する人で、家族で、大切な人で、俺の宝物だが、それ以上にはならないようにしてきた。

 

 だって俺の計画が完遂されたら……全部、()()()()()()()()()()()()

 

「止めないね。《獣》やエヒトを相手するには必要だし、何より俺は人間が必死に意地汚くもがく姿を見るのが大好きなんだ」

「へっ、クズなこって」

「ああクズさ……だからお前が自分で満足するまで見守って、あとは何もできないようにしてやるよ」

「……お前」

「そして、望みを果たして目的を失ったお前が、残りの人生を無為に過ごす様を見るのさ……ククッ、今から楽しみだ」

 

 ……こいつ、まさか。

 

「もしかしてお前、最後に俺のことを……」

「おっと、口を滑らせすぎたな。ともかくお前は、なるべくその力を使うな。もし限界を超えて使おうとしたら、その時だけ止めてやる。計画がおじゃんになるからな」

「……自分が作ったものを壊されるのが大嫌い、か」

「そういうことだ。んっ」

 

 一気に猪口の中をあおったエボルトは、もう一度俺の方を見て。

 

「いいか、もう一度だけ言うぞ。俺の許容する範囲までは好きにやれ。あとは俺の手の中で転がしてやるから、安心して全部終わるまで道化を演じてろ」

「……ああ、わかったよ」

「ならいい……あーダメだーもうシリアスな雰囲気作るの疲れたわー」

「おい、本来の設定はどうした設定は」

「メタいわボケ」

 

 グデーンとしたエボルトに笑った俺は、ふと自分の魂に魂魄魔法でブロックをかける。

 

 強く強く、魂の根底から繋がっているこいつにも分からなくなるように、奥深くまで固めて。

 

 

 

(……俺の手放す《宝物》にはお前も含まれてるんだよ、エボルト)

 

 

 

 そう、こっそりと呟いた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 ハジメ SIDE

 

 

 

 同じ頃、ハジメ達に用意された部屋の一室。

 

 

 

 ……流石に今日は疲れた。

 

 あの規模の人数の輸送に加えて、一応警戒のためにコンテナの周りに泳がせていたシュヴァルツァーの操作。

 

 いくら魔力操作の訓練のためとはいえ、我ながらやり過ぎたと思っている。

 

 アルフレリックに最初にああは言ったものの、休憩するには割と良いタイミングだった。

 

 が……

 

「………………」

 

 視線を感じる。

 

 ユエ達じゃない。さっきまで膝枕してもらって微睡んでいたが、またいつもの()()をしに行った。

 

 そして、今はこの部屋に俺以外の人間……いや、正確には兎人族は一人しかいない。

 

 シアだ。先ほどから半分微睡んでいる俺でもわかるくらいに、こっちをチラチラ見ては何かを考えている。

 

 ……ユエ達が出ていってから、結構経つ。これ以上待ってると俺も寝るし、そろそろ話しかけよう。

 

「……ユエ達についてかなくてよかったのか?」

「っ! え、え〜と、なんとなく流れに乗り遅れた、みたいな?」

「……ふぅん」

 

 ある程度魔力の回復した体を起こし、薄靄のかかった頭を少しクリアにする。

 

 あのユエが、もはやウサギと同じくらい身体能力がバグってきているシアをわざわざ連れて行かなかった。

 

「なんとなく、ねえ」

「うっ……そ、それより! みんな出ていってしまいましたし、私達もちょっと散歩しませんか? 私、フェアベルゲンの中って知らないんです」

「ああ……そういやそうだな」

 

 もう当たり前になって忘れてたが、こいつの見た目はフェアベルゲンの中ではかなり特殊なんだった。

 

 特に他に用事もないし、強いて言うなら休みたいが……まあ、()()()()()()()()()()()()()

 

「まあ、いいぞ」

「やったですぅ! 真夜中のデートですね! ……ちょっと卑猥な響きです」

「大丈夫かシア? 香織に毒されてないか?」

「いや、そこで香織さんを引き合いに出すのは……」

 

 もう諦めてるけど、あいつ元ストーカー予備軍だからなぁ……

 

 まあ、それは別にいい。シアもそわそわとしてるし、何やら散歩の他に話したいことがあるだろうから行くか。

 

「ほれ、行くぞ」

「はいっ!」

 

 立ち上がって手招きすると、シアは嬉しそうに俺の腕に抱きついてくる。

 

 腕を組んだまま部屋を出ると、他愛ない会話をしながら真夜中のフェアベルゲンを散策し始めた。

 

「……ん?」

 

 そうしてしばらく歩いていると、ふと上が明るいことに気がつく。

 

 顔を上げると、天井の樹々に点々と輝く、青い光のようなものを見つけた。

 

「あ、あれはモントファルタですね」

「モントファルタ?」

「はい、月明かりみたいな淡い青色に発光する蝶です。あんな風に群れで樹々の高いところに留まるので、まるで星空みたいに見えて人気なんですよ。ただ、とっても稀で……」

「なるほど、滅多に見れない光景ってことか。確かに綺麗なもんだな……」

 

 ここで写真を、と思ってしまうのは俺が現代人だからだろう。

 

 シュウジの作った携帯のカメラ機能なら、この暗闇の中でも鮮明に映すことができる。

 

 だが風景の美しさを尊ぶ日本人として、そうやって残すのは、なんだか違う気がした。

 

 折角なのでひょいひょいと大きな樹の上へ登り、そこで座ってプラネタリウムを見ている気分で鑑賞した。

 

「……あの、ハジメさん」

「ん?」

「ありがとうございました」

 

 ……また、えらくいきなりな感謝だ。

 

「いろいろ、言葉にしきれないくらい……本当にありがとうございました」

「おう、たっぷり感謝してくれ。大迷宮攻略では頼りにしてるからな」

「そこは普通、気にするなって言うところじゃないですか?」

「言ってほしいのか?」

「それはそれで、なんだか他人行儀で嫌なのでいいですっ!」

 

 強欲なやつだな……ふっ。

 

「私、何をすればハジメさんに恩返しできますか?」

「礼なら今受け取ったが?」

「そんなの、ただの言葉です。私の感情は、たった一言で収まるような、そんな簡単なものじゃないんです」

「……」

「ハジメさんは、私が何をすれば嬉しいと感じますか? ハジメさんが望むなら、私はなんだって……」

 

 太くて座り心地の良い枝の上で、シアが体をこちらに寄せてくる。

 

 こちらを見る瞳は熱を孕み、吐息はとても熱くて。

 

 言葉にしなくても、こいつが何を言いたいのかが一目でわかってしまった。

 

「……お前は、いつもみたいに能天気に笑ってろ。ムードメイカーがお前の役目だろう?」

「もうっ、なんですか能天気って! 皇帝の前で私のことも抱きしめたくせにぃ!」

「ああ、あと忘れてた。シュウジのツッコミ役でもあったな。物理的な」

「それは本当に不本意なので返上しますっ!」

 

 いや俺も返上したいわ。もう17年も一緒で慣れたから諦めてるけど。

 

「ここは、ならば体で支払ってもらおうか……みたいになってもらわないと!」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」

「一途……一途? なヘタレですぅ」

「そこは頷いてほしかった」

 

 いや、自分でもわかってるがな。

 

 地球にいた頃からずっと一緒にいて、居場所だと感じていた美空。

 

 この世界で奈落の底で独りになって、誰よりも支え合ってきたユエ。

 

 俺に生きる希望を与えてくれた、苦しい時に助けてくれたウサギ。

 

 全員が等しく〝特別〟だが、日本で言ったら間違いなく史上最低のクソ野郎呼ばわりされる。

 

「……冗談抜きに、お礼をさせてください。私はあなたと出会ってからずっと貰いっぱなしで、でもハジメさんもユエさんも、他の誰も彼も笑っていてくれれば良いって言うけど。それでも私の幸せは皆さんと一緒にいることで、笑顔になるのは当たり前なんです」

「だが、仲間だろ? シュウジの言葉を借りれば、ある意味家族とも言っていい。いちいち気にする必要もないけどなぁ」

「親しき中にも礼儀あり、です。いくら考えても、ハジメさん達に恩返しする方法が思いつかなくて……私の体はいらないって言うし……」

「やさぐれんな……」

 

 ……ああ、でも。

 

 その感情がわかってしまう。その心境が理解できてしまう。その気持ちに共感することが、できてしまうのだ。

 

 貰いっぱなしだ。守られっぱなしだ。ずっとずっとあいつの背中は俺の前にあって、それが隣に並ぶことはない。

 

 だから、()()()()()()()()()()()、それでも俺は……

 

「……ん?」

「? どうしましたかハジメさん?」

「いや……」

 

 ……今、何か義眼に映った? 

 

 あれは……慟哭と赤い荒野?

 

 いいや違う。アレはまるで、真紅に染まった空のようなーー

 

「っ……」

「ハジメさんが私に惚れてくれたら、いくらでも奉仕できますのに。まだ惚れません?」

「……いや、そう聞かれてはいって答えるわけあるか」

「ですよねぇ。仕方がない。これまで以上に旅の中でお役に立てるよう頑張ります」

「そうしてくれ」

 

 肩をすくめたシアに、俺はふと思い出す。

 

 そういえば……フェルニルでの移動中、ガハルドがしつこく交渉しようとしてきた時。

 

 あの時俺は、無意識にシアを抱き寄せていた。それが当たり前のように、元からそうだったように腕の中に収めた。

 

 

 あの時感じた、少し仄暗い、だが強く胸を焦がすような感情は──独占欲? 

 

 

 ……ハッ、だとしたら我ながらなんて自分勝手だ。

 

 あれだけ拒んでいたのに、こいつのことが大切になってるなんて……こんなに、俺の中で大きくなってるなんて。

 

 シュウジの揶揄いも否定できない。あの三人に及ぶほどではないが、それでも間違いなく俺のこの気持ちは……

 

「…………」

「あ、あの、ハジメさん? そんなに見つめられてしまうと、照れるのですが……」

「……流石に、相応の態度をとるべきだよな」

「へ?」

 

 頬を赤くしているシアに、俺はんんっと咳払いをして。

 

「あー、シア。一つ頼みがあるんだが」

「! は、はい、なんでも言ってください!」

 

 おっと、途端に詰め寄ってきた。

 

 こいつほんとに積極的だな……でもまあ、悪くない。

 

「少し、今日は疲れてる。膝を借りてもいいか?」

「ふぇ? そんなことでいいんですか?」

「それがいいんだよ」

「そ、それならどうぞ」

 

 スカートの裾を払って、ペシペシと太ももを自分で叩く。

 

 口がつり上がるのがわかりながら、俺は遠慮なく頭をシアの足に乗せた。

 

 ……甘い香りがする。ユエとも美空とも、ウサギともまた違う、安心するような匂いだ。

 

「ふふ、ユエさんたちが戦ってる意味がなくなっちゃいますね」

「ああ、そんなことでまた戯れてたのか」

「そんなことじゃないです、れっきとした理由です。みんなハジメさんに惚れてほしんですからね〜」

「……諦める気は?」

「ないですぅ〜」

「さいで」

 

 微笑むシアが、俺の頭に手を置く。

 

 そのまま撫で始めて、それがとても心地よく……気がついたら、忘れかけていた眠気が戻ってきた。

 

 

 

 このままでいよう……この、妙に安心する時間を、少しだけ。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 光輝 SIDE

 

 

 

「ぐぅっ……!」

 

 

 

 痛い。

 

 

 

 痛くて痛くて、痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くてたまらない。

 

 ただその感情だけが、俺の中を満たしている。今にも気狂いしそうな激痛が、俺の心をひたすらに嘖む。

 

「なんで、こんな……!」

 

 歯を食いしばり、脂汗を大量に流して、ズクズクと奇妙な痛みを発する左肩を全力で鷲掴む。

 

 俺にも男のプライドがある。

 

 こんな無様な姿を香織達や、リリアーナや…… 御堂(あいつ)に見られなくて良かった。

 

「ふぅっ、ふぅっ、うッ、がぁ……ッ!」

 

 苦悶の声は、少しも苦痛を和らげてくれやしない。

 

 なのに、こうしていればいつか終わる気がして、俺はひたすらに呻くのだ。

 

 

 

ズクッ、ズクッ! 

 

 

 

 痛みは際限なく増していく。

 

 残る左手でベッドのシーツを握りしめ、まるで胎児のように足を折り曲げ、少しでも痛みが広がるのを阻止しようと足掻いて。

 

 そんなことは意味がないとわかっていながら、それでも俺は肩を……()()()()()()()()()()()()()を睨みつけた。

 

「ふぅ、ふぅ……はぁ……」

 

 どれだけ時間が経っただろう。

 

 少しずつ、少しずつ痛みが体の端から引いていって、極限まで強張った体は弛緩していく。

 

 やがて、左肩に弱まった痛みが収束して……パタリと目玉が俺の皮膚で出来た瞼を閉じる。

 

「く、はぁっ!」

 

 その瞬間、一気に感覚が正常に戻って、俺は大きな息を吐きながらベッドに大の字になった。

 

「クソ、日に日に痛みが強くなってる……」

 

 汗でぐっしょりとした額に手の甲を乗せて、思わず悪態をついた。

 

「……今日は、もう治ったか」

 

 手と額の間に生まれた影の中から、ちらりと左肩を見る。

 

 そこにはもう、あのグロテスクな目玉はいない。

 

 代わりに、あの時《傲慢の獣》という怪物に食いちぎられた際に残った、歪な傷跡があった。

 

「……やっぱり、香織達に言うべきか」

 

 これまでずっと誰にも明かさず、治療してもらうこともなく耐えてきたけど、そろそろキツい。

 

 

 最初は些細な痛みだった。

 

 

 ちょっと違和感を感じるくらいだったそれは一日経つごとに痛みが増して、少しずつ全身に広がっていった。

 

 今ではもう指の先まで痛みが回っていて、これがとんでもなくまずいナニカであることは俺でもわかる。

 

 あの怪物に丁度ここを喰われたくらいの時間になると、それは毎晩始まって。

 

 もしかしたらもう、俺の体は手遅れに……そう危機感を覚えているのに、何故か誰にも明かせない。

 

「……違う。俺は明かしたくないんだ」

 

 この痛みが、たとえ俺の命を蝕むものだったとしても。

 

 それでもあの日あの晩、あの場所で負けたことを自分で実感できる証明を……俺は手放したくないのだ。

 

 俺にもっと力があれば。もっと覚悟が、あの邪悪な怪物に打ち勝つほどの何かがあれば。

 

 そうしたらきっと……

 

「ははっ。力があったって、俺に何ができるっていうんだ……」

 

 南雲は、生きるために力を身につけた。北野はその重い選択を、理想を貫くために力を振るっている。

 

 では、俺は? ずっと誰かの言いなりになって、自分が主役のつもりでいた俺に、どんな決意が、理由が、理屈がある? 

 

「……決まってる」

 

 北野が悪であることを選んだように、俺は一人でも多くの誰かを助ける為に正義という理想を求めよう。

 

 御堂の前で決意した、俺はこの甘すぎる理想を最後まで追い求めるのだと。

 

 愚かでもいい、借り物でもいい。きっとそれが俺にはお似合いだ。

 

「それでもこの理想は、夢は……きっと、どれだけ儚い幻想でも、決して間違いじゃない」

 

 俺は、そう信じたいから。

 

 だからもしも、体を蝕む痛みが……まるで体を乗っ取るようなこの異物が、俺に可能性をくれるなら。

 

 

 

 それなら俺は──この恐怖を、受け入れることさえしてみせよう。

 

 

 




勇者だけ展開が辛辣? ハハハ、なんのことやら。

読んでいただき、ありがとうございます。

さぁて、Gさんの準備をしようか…

感想をいただけると嬉しいです。


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いざ大樹の迷宮へ

頭が深夜廻に犯されている…

シュウジ「シュウジだ。そろそろ挨拶の言葉がネタ切れしてきた」

エボルト「作者が調べてないからな、あるはずがない」

雫「メタいわよ…前回は私のいないうちに、何だか秘密の話をしてたわね」

二人「「ギクッ」」

雫「はぁ……南雲くんや、光輝も何だか様子がおかしかったわね。今回は迷宮に入るまでの話よ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 三人称 SIDE

 

 

 

 体に纏わり付くような濃霧を、迷いなく進む一団がいた。

 

 

 

 そんなことが出来るのは、亜人達以外にはごく限られた人間しかいない。

 

 フェアベルゲンで一日の休息を取り、霧が晴れる周期である明朝に出発したシュウジ達である。

 

 本当ならばもう少し後でも良かったのだが、フェアベルゲンにいると亜人達に押し潰されそうだった。

 

「よっし転ばした」

「じゃあ俺尻尾切るわ」

「したら俺は爆弾設置しますかね」

「おいおま、それしたら……あっ」

「吹っw飛wんwだw」

「この野郎」

 

 いつもは先頭にいるハジメとシュウジは、今は後ろにいた。というかゲームをしていた。

 

 あまりにも舐め切っている態度ではあるが、ユエ達ハジメ側の女性陣もハウリア達も何も言わない。

 

 

 というのも、出発する前に色々とあったのだ。

 

 主にシュウジと光輝の亜人達とのあれこれや、待ちくたびれたハジメが二人の頭にゴム弾を撃ち込んで引きずって行ったり。

 

 龍太郎が鈴の事を酔った亜人に馬鹿にされ、キレて決闘を始めたり、朝から結構ヘビーだった。

 

 無論、そんな事をしていれば霧に潜む魔物達が襲ってくるのだが……案内役のシアと一緒に前で戦っている者がいる。

 

『オラァッ!』

「てやぁっ!」

 

 黄金のエネルギーを纏った拳が、飛びかかってきた猿の魔物を粉砕する。

 

 その隙を突くようにもう二匹襲いかかってきたが、煌めく二本の巨大剣が真っ二つに両断した。

 

 グリスに変身した龍太郎と、ノイントの体に慣れるために訓練がてら梅雨払いを希望した香織だ。

 

「ふっ、はっ!」

「シズシズ、今っ!」

「ハッ!」

 

 少し離れたところでは、ヒット&アウェイ戦法で奇襲してくる魔物を光輝と雫、鈴の三人が相手している。

 

 光輝は先日の件で聖剣(笑)が折れたのでハジメの用意した剣で、悪戦苦闘しながらも魔物を倒し。

 

 雫は得意の素早い動きで逆に翻弄しながら、切れ味抜群の刀で一閃。魔物の首を飛ばす。

 

 鈴は二人を結界でサポートに徹し、鉄壁の防御で見事に魔物の攻撃を阻害している。

 

 

 

 ちなみに雫だが、服の上から被さるように擬態した、カーネイジによって守られていた。

 

 時折光輝の攻撃と鈴の結界、彼女自身の斬撃を潜り抜ける魔物がいるが、尽く串刺しになっている。

 

 そんなこんなで、前衛に比べてシュウジ達は割とのんびりと樹海の中を進んでいた。

 

 

 

 現在、大樹の大迷宮の情報はシュウジの頭に刻まれたものしかない。

 

 最初からそれに頼り切りでは、とても鬼畜な迷宮が光輝達の試練攻略を認めるとは思えなかった。

 

 その為、【オルクス大迷宮】とは勝手の違うこの樹海の魔物の相手をさせ、ウォーミングアップをしている。

 

 目的通りと言うべきか、周囲の霧の平衡感覚を失わせる効果もあって、慣れない光輝達は中々に苦戦していた。

 

「しかし、香織は随分と戦えるようになってきたな」

「苦労して魂を入れた甲斐があるよ、っと。はい捕獲」

「うわ相変わらず無駄に手際いい……お前らはどう思う?」

「ん……スペックが異常。うかうかしてられない」

「あれで見た目は元のままなんだから、更にすごく見えるよね」

「一回、やってみたい」

 

 しゅっしゅっと軽くシャドーをするウサギに苦笑し、ハジメは彼女の頭に手を置くと撫でる。

 

 ウサギが顔を綻ばせれば、自分も自分もとユエや美空達が詰め寄った。羨ましい光景である。

 

「ハジメ」

「ハジメ、私も」

「私にも! 私にでもですハジメさん!」

「はいはい、順番にな……しかし、もう少し慣れるのに時間がかかると思ってたんだが」

「ん〜……そりゃそう出来るように調節したからな」

 

 女性陣に群がられながらハジメが聞くと、シュウジはゲーム機の電源を落としながら振り返る。

 

「どういうことだ?」

「魂と肉体の関係は、言わばペットボトルの水とそれを持つ手ってわけさ。ボトルの中身をコップに注ぐ時……」

「少しずつ注ぐか、勢い良く注ぐか……か?」

Exactly(その通り)! 白っちゃんをノイントの肉体に移すにあたり、俺は魂魄魔法で彼女の意識……つまり魂から肉体に出る命令の強さを、意識的に調整できるようにした」

「つまり香織は、自分で目盛りを調節しながら戦えるってわけだな」

「結果は見ての通り、さ」

 

 笑いながらシュウジが水平にした手を向け、戦う香織を示す。

 

「ここ……いや、これくらいで、こうっ!」

 

 香織は銀色に輝く翼をはためかせ、同色の羽をホーミングミサイルのように飛ばしては魔物を追跡・分解している。

 

 それを抜ける魔物には、ノイントの肉体から受け継いだ戦闘技能によって、大剣で綺麗に一刀両断。

 

 技術こそシュウジの戦ったライオット込みでのノイントより劣るが、十分にバグった戦闘能力だ。

 

「しばらく戦って体に慣れれば、完全にあの肉体の力が上乗せされるよん」

「しかも私と同じか、それ以上の治癒魔法でしょ? は〜ぁ、地球にいた頃からしつこく狙ってきてたのに、もっと厄介になったし」

「その割にあんまり嫌そうじゃないな?」

「……ま、あの一途で一生懸命努力するところは認める」

 

 本当に仕方がない、と言わんばかりの態度を取る美空だが、その口元には面白そうな笑みが浮かんでいる。

 

 ちょっとというか、結構腹黒いものを感じるその凄味に、ハジメとシュウジは「女子って怖い」と内心思った。

 

「そんな事ないよ。魔法は訓練以外じゃ使い物にならないし、分解もいちいち意識を集中しないと発動しないし……剣だって雫ちゃんからは一本も取れないし」

 

 ハジメ達の会話を、その優れた聴力で戦闘中でも正確に聞いた香織が大声で話に割り込む。

 

 近くで聞いていた雫は、また飛びかかってきた猿の魔物を切り捨てながら深いため息を吐いた。

 

「……香織みたいに物凄く強い肉体に変わったわけでもない、龍太郎みたいに変身もできない私からしたら嫌味にしか聞こえないわ。それに剣技だって、そのうち私より素早く、力強くなるわよ」

「だ、大丈夫だよシズシズ! それを言うなら鈴が一番弱いから!」

『鈴は俺が守るからいいんだよ!』

「ふぇっ!?」

 

 全然予想してない所から返答が返ってきて、鈴の顔が真っ赤になった。雫は苦笑した。

 

「……そうだな。香織や北野、南雲達に追いつくためにも、迷宮を攻略して神代魔法を……手に入れるッ!」

 

 そして光輝が、渾身の力を振り絞って剣を振り抜いた。

 

 

 

 ──ズクッ

 

 

 

「っ!?」

 

 その瞬間、左肩に一瞬激痛が走る。

 

 目を見開く光輝だが、構わず剣を振ると──魔物は木っ端微塵になった。

 

「……は?」

 

 目を点にする光輝。

 

 それから慌てて周りを見渡すが、幸いと言うべきか他の皆は戦闘していてこちらを見てはいない。

 

 

 ホッとして、光輝は何だか窮屈になった鎧の代わりに着た、多少耐久性の高い服の肩口を捲る。

 

 傷跡にあの目玉はない。

 

 それどころか、痛んだのが気のせいかと思うほどに動かしてもなんともなかった。

 

「今のは……」

 

 手の中の剣に視線を移し、ジッと見る。

 

 デザインに拘るシュウジによって多少は見栄えがいいが、単なる硬くて壊れにくいだけのロングソードだ。

 

 これのせいではないとしたら、やはり先ほど走った痛みが原因か──光輝は棒立ちで考え出した。

 

「光輝っ!」

「キキーッ!」

「っ!? くっ!」

 

 咄嗟に反射神経だけで魔物の爪を受け止め、光輝は一旦戦闘に思考を戻した。

 

 元勇者(笑)組が戦い、シュウジ達はのんびりとし、ハウリア族が時々後ろから来る魔物を瞬殺。

 

 そんな風に進むこと十数分、不意にシアが足を止める。

 

「みなさ〜ん、着きましたよぉ〜」

 

 振り返った彼女が告げたのは、目的地への到達だった。

 

 言ってから早速、濃霧の向こうに走り去った彼女を追いかけてシュウジ達も足を進めると、霧のない場所に出る。

 

 

 

 そこに立っていたのは、以前と変わらず枯れ果てた巨大な樹だった。

 

 そびえ立つ、という言葉がこれ以上ないほどピッタリなそれは、横幅だけで壁のようなボリュームをしている。

 

「これが……大樹……」

「でけぇ……」

「すごく……大きいね……」

 

 天辺が霧に隠れ、決して見ることのできないその先端を見上げ、光輝達はポカンと立ち尽くした。

 

 三人と異なり、シュウジの携帯に記録されていた写真で見ていた雫と香織も、実物を前に面食らう。

 

 最初にここに来たとき、自分達もきっとそんな顔をしてたのだなと懐かしくなり、シュウジ達は微笑む。

 

「うし、早速行くか」

「ああ。確か石板がこの辺りに……っと」

 

 ハジメが視線を巡らせると、大樹の根本に以前と同じように石板が鎮座していた。

 

 解放者達の紋章が上に刻まれた七角形、その裏側にある窪みの前までやって来て、ハジメがしゃがみ込む。

 

 正気に返った光輝達がこちらに戻ってくる中で、ハジメは後ろにいたカムに目を向けた。

 

「カム、何が起こるかわからないからお前達は下がっておけ」

「はっ。御武運を」

 

 大樹近辺からその南方を領土とした為、ついでに付いてきたカム達ハウリア族がその場を立ち去る。

 

 それを確認してから、ハジメの後ろに立っていたシュウジは異空間から取り出したメルジーネのコインを指で弾いた。

 

「ほいっと」

 

 ピン、と軽い音を立てて飛んだコインは、七つの窪みのうちの一つ、同じ紋章が刻まれた穴に嵌る。

 

 すると石板が淡く輝き、文字が浮き出た。

 

 

 〝四つの証〟

 〝再生の力〟

 〝紡がれた絆の道標〟

 〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

 

「これは同じか。使う証は……」

「オルクス、ミレちゃんの、グリューエンのでいいんじゃね?」

「そうだな。【神山】のはやめとくか」

 

 実際には関係ないが、エヒトに近い場所のそれを心理的に使いたくない二人だった。

 

 既に嵌ったコインの他に、三つの証をハジメが一つずつ嵌め込んでいく。

 

【オルクスの指輪】と【ライセンの指輪】、【グリューエンのペンダント】……

 

 一つ使うごとに光が増し、最後の一つを入れた瞬間、その輝きは根を伝って大樹へと移った。

 

 光は大樹全体に広がり、眩い光を放つ大樹に紋様が浮かび上がる。

 

「この紋様は……」

「再生の力、だな」

 

 石板にあるものと同じ、七角形の紋様を見上げながら歩み寄ったユエは、幹に手を触れると再生魔法を使う。

 

 

 その力を受けた大樹は、自発的にそれまでよりさらに強い、光を放った。

 

 

 ユエの手から再生魔法の力が波紋のように広がっていき、天辺に向かい走り出す。

 

 まるでそれを栄養分のように、あるいは水のように吸い取って、大樹は驚くべき変化を始めた。

 

 大樹が、再生し始めたのだ。

 

「あ、葉が……」

 

 シアが、巻き戻すように姿を変えていく大樹に見蕩れながら頭上の枝にポツポツと芽吹いた葉を指差す。

 

 生命の誕生、そう題名を付けても決して大袈裟ではない光景に、ハジメ達は不可思議な感動を覚えた。

 

 

 

 大樹は一気に生い茂り、鮮やかな緑を取り戻した。

 

 

 

 少し強めの風が大樹をざわめかせ、辺りに葉鳴りを響かせる。

 

 と、次の瞬間に亀裂が入り、左右に分かれて巨大な〝洞〟が姿を現した。

 

「くぱぁ」

「言うと思ったわ……て言うか前に来たとき、よく開けたなお前」

「いやぁほら、あれは裏技ってかチート行為だからノーカンノーカン」

《精巧に複製した証を見抜けなかったのが悪い》

 

 酷い言いがかりである。

 

「解放者が泣くぞ……さて、行くか」

 

 ハジメとシュウジは顔を見合わせ頷き合うと、躊躇なく洞の中へ足を踏み入れた。

 

「…………」

「あ、別に攻略の証を持ってない奴も一緒なら入れるから心配ナッシングよ」

「心を読むな……」

「その代わり、何があっても自己責任だけどネ」

 

 悪戯げに笑うシュウジがハジメの密かな懸念を無くしつつ、全員が中に入る。

 

 ハジメ達は視線を巡らせた。

 

 だが、洞の中は特に何もないようだ。ドーム状の空間が広がっているだけである。

 

「行き止まりなのか?」

 

 光輝が訝しそうに、そう呟く。

 

 

 ゴ、ゴギギギギ……

 

 

 直後、洞の入口が逆再生でもしているように閉じ始めた。

 

「なっ!?」

「嘘だろオイ!?」

「あ、あれ危ないんじゃ!」

「焦るな! そのまま大人しくしてろ!」

 

 徐々に細くなっていく外の光に思わず慌てる光輝達を、ハジメが一喝する。

 

 程なくして入り口は完全に閉ざされ、暗闇に包まれた洞の中。

 

 すかさずユエが光源を確保しようと手をかざす……が、その必要はなかった。

 

 前触れなく足元に大きな魔法陣が出現し、それが強烈な光を発したのだ。

 

「なになに! なんなのっ!」

「谷口、俺から離れるなよ」

 

 動揺する鈴の手を龍太郎が掴む中で、シュウジは全員に見える位置に立つ。

 

 そうすると、さながら某夢の国でアトラクションの説明をする係員の如く、にこやかに宣言した。

 

 

 

「さてさて皆様、これより始まるは──心惑わす不思議な樹海ツアーにございます。どうぞ、お楽しみください」

 

 

 

 この迷宮の全容を知るシュウジの宣言と共に、全員の視界が暗転した。




読んでいただき、ありがとうございます。

この迷宮は中々扱いが難しいな…

感想をもらえると活力になります。


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おいでませ樹海in迷宮

どうも、友人に深夜廻をどうにか見せようと画策している作者です

シュウジ「あれは前作共に名作だよなぁ。あ、シュウジだ。前回は迷宮攻略が始まったな」

ハジメ「お荷物を抱えた状態だがな」

光輝「お荷物って…確かにそうだが」

シュウジ「せいぜい笑える失敗をしてくれ。さあ、今回から本格的にスタート。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 三人称 SIDE

 

 魔法陣に乗っていた者達を包み込んでいた光が、徐々に消えていく。

 

「ここは……」

「……無事に大迷宮に入れたみたいだな」

 

 目を開けたハジメ達の視界に移ったのは、木々の生い茂る樹海だった。

 

 樹海の中にある大樹の、さらに中にある樹海。なんとも奇妙な光景だ。シュウジは知識と齟齬がないことに頷いた。

 

「みんな、無事か?」

 

 光輝が若干ぼんやりする頭を軽く振りながら、周囲の状況を確認して安否を確認する。

 

 龍太郎と鈴が「大丈夫」と答え、雫、香織、美空、ユエ、シア、ウサギ、ティオも特に問題なく鋭い目で周囲を警戒していた。

 

「北野、本当にここが大迷宮なんだよな?」

「さて、どうだろうな。ちょっと穴掘って確かめてみたらどうだ?」

「……お前の反応で大体わかったよ」

 

 皮肉げに笑うシュウジに光輝は嘆息する。相変わらず相性最悪の二人に雫達が苦笑した。

 

 三百六十度全てが木々で囲まれた広場を見渡して、最後に霧に包まれた上空を仰ぐと、やや困惑したような顔をした。

 

「……どっちに向かえばいいんだ?」

「言っとくが道案内はしないよん。攻略本を眺めながらゲームを攻略するなんざつまらない。な、ハジメ?」

「……ああ。とりあえず自力で探す」

 

 やや不機嫌に、低い声で答えたハジメに疑問を抱く。

 

 光輝達の反応に構わず、ハジメは近くの木の幹に手で触れて〝追跡〟の技能を発動する。

 

 魔力的なマーキングが完了し、幹に矢印型の光が張り付いた。

 

 

 

 それを見て、光輝達も自ら進まなければ攻略を認められないことを思い出して表情を引き締めた。

 

 迷宮をクリアして神代魔法を手に入れるため、光輝はやる気も十分に動き出す。他のメンバーもぞろぞろとついていった。

 

「「………………」」

 

 だが、肝心のシュウジとハジメが動かない。

 

「ハジメさん? シュウジさんも、どうしたんですか?」

「二人ともどうしたの?」

 

 歩き出していたシアや香織が振り返り、二人を不思議そうに見る。

 

「シュー? 行かないの?」

 

 シュウジの隣にいた雫も、シュウジの顔を見上げ──

 

「──ああ。それじゃあ、攻略を始めようか」

「え?」

 

 直後、呆けた顔のまま宙を舞った。

 

 香織が目を見開く。親友の首があっさりと跳ね飛ばされた様を見て、まるで時が止まったような錯覚に囚われた。

 

 

 シュバッ! 

 

 

 その間にも事態は進み、ハジメが拘束用アーティファクト〝ボーラ〟を取り出して投げる。

 

 それは美空、龍太郎、ティオをそれぞれ絡めとり、空中に浮かせてその場に固定してしまった。

 

「ふっ!」

 

 すかさずシュウジが両手を振り、拘束された三人目掛けてカーネイジのナイフを射出。

 

 空気を切り裂いて飛翔した脈打つナイフは、寸分違わず三人の心臓を刺し貫いた。

 

 それを見た光輝達は愕然とし、シュウジ達を振り返って──首のない雫を見て息を止めた。

 

「きた、の……なに、を……」

「よく見ろ間抜け勇者」

「え?」

 

 判断力が鈍っている光輝は、緩慢な動きでもう一度地面に倒れた雫を見た。

 

「っ!?」

 

 そして目を見開く。

 

 体からも、地面に転がっている首からも……一滴も血が流れていないのである。首がないのに、だ。

 

 そこでようやくハッとした。そもそも()()シュウジが、雫を躊躇なく殺すのか? と。

 

 シュウジとは決して相入れないと自覚している光輝だが、その愛情の強さだけは認めている。

 

 ならば、この状況は……

 

「まさか……」

「そのまさかだ、天之河。もう試練は始まってるんだよ」

 

 先ほどと同じ声で言い捨て、ハジメは無言、無表情でスタスタとある人物に歩み寄っていく。

 

 その人物は……ユエ。驚いている彼女の額に、ハジメはゴリッと銃口を突きつけた。

 

「ハジメ……どうしっ」

「黙れ紛い物。偽物の分際でユエを真似るな」

 

 絶対零度、激烈な怒りを宿した瞳でハジメが睨み下ろすと、ストンとユエは表情を落とした。

 

 元から無表情だったものの、明らかに()()()()()と思わせるその表情に止めかけていた驚く一同。

 

 シアとウサギ、香織が空中に固定された美空を見ると、同じように感情を感じさせない、能面のような顔だった。

 

「本物のユエや美空はどこにいる?」

「…………」

「ハジメ、そいつら答える機能までは持ってねえぞ」

「そうか。ならいい、死ね」

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 シュウジの助言を受け、ハジメは容赦なく引き金を引いた。

 

 全力で発動されたレールガンによって、ユエの後頭部からビチャビチャと何かが飛び散る。

 

 思わず顔を背ける光輝達だったが、恐る恐る見てみると……それは赤錆色のスライムだった。

 

 

 

 一拍置いて、ユエの姿をしていたその〝何か〟はドロリと溶け、同じようにスライム状のものになった。

 

 驚いた光輝達が雫を見ると、同様に形を崩して地面に吸収されていくところだった。

 

「やっぱりか……チッ、流石大迷宮だ。やってくれる」

「あの腐れ神を相手にしてたことだけのことはあるな」

 

 ハジメの悪態に答えながら、シュウジも指を鳴らした。

 

 

 ゴバッ! 

 

 

 カーネイジナイフが爆発し、無数の針に姿を変えて美空と龍太郎を木っ端微塵に引き裂いた。

 

 その光景に総毛立つ光輝らだったが、やはり赤錆色のスライムになって地面に吸収されていった。

 

「のっけからふざけた試練だ」

「はっはっはっ、精神攻撃は常套手段だよホームズ」

「お前はどこの犯罪界のナポレオンだ」

 

 苛ついた様子でホルスターにドンナーを仕舞うハジメと、冷酷な微笑を浮かべたままのシュウジ。

 

「ハジメさん……ユエさんとティオさんは……」

「美空もいない、よ?」

「南雲君、龍っちは!! 龍っちはどこに行ったの!?」

 

 誰よりも早く〝罠〟を見抜いた二人に、恐る恐るシア達が近づいていった。

 

「転移する時、別の場所に飛ばされたんだろうな。僅かに、神代魔法を取得する時の記憶を探られる感覚があった」

「で、擬態能力のあるあのスライムに記憶を植えつけて、後ろからドーン! ってね」

 

 こめかみに人差し指を当て、銃を撃つような仕草で説明するシュウジ。

 

 その言葉に、あれが本物ではないと確信したシア達は安堵の溜息を吐いた。

 

「シュー君、どうして分かったの?」

「ん、これのおかげさ」

 

 香織の投げかけた質問にシュウジは腕輪を見せた。

 

 シュウジが()()()をした時の為に付けられたはずのそれに、女性陣のみならずハジメも訝しげにする。

 

「実はこいつに、雫の腕輪と一定以上離れると信号を出す仕掛けをしといてな。で、見た目こそ一緒だったが明らかに〝アレ〟からじゃなく、別の場所から信号が出てたからすぐに確信できた」

「お前……そんなことしてたのか」

「なんというか……シュウジさんらしいというか……」

「非常、識?」

「ハッハッハッ、それは褒め言葉じゃないぞーウサギ」

「びっくりしたぞ北野……まさかお前が、雫を……」

 

 沈鬱とも、苦々しげとも取れるような表情で、光輝はシュウジに複雑そうな目を向けた。

 

 幼馴染に成り済ました魔物への怒りと、それを瞬時に看破したシュウジへの劣等感が入り混じっていた。

 

「俺が雫を見間違えると思うか、()()()?」

 

 あえて名前を呼び、冷たい声で言うシュウジ。

 

 その目には、雫に擬態したスライムへの絶対的な殺意を込めている。

 

「……いや、お前に限ってそれはないな」

 

 即答した光輝に、鈴や香織は随分と驚いた目で見た。いいや、正確にはハジメ達もだ。

 

 正直、そのやり方を除けばシュウジの事を認めているなど、それこそ光輝本人ですら信じ難い。

 

 であれば無論、そんな内心を他者が知るわけもなかった。

 

 シュウジも面食らったような顔をした。が、咳払いしてどうにか答える。

 

「いくら見た目や仕草を真似ようと、あいつかどうかくらい分かる。それこそ腕輪なんてなくてもな。そうだろハジメ?」

「ああ。なんとなく思ったんだ、〝これは俺のユエや美空じゃない〟ってな」

「ああ、そうなんだ……」

 

 自信満々に惚気る二人。見分け方を聞こうとしていた鈴はガックリと肩を落とした。

 

 

(鈴は……鈴は龍っちが入れ替わってたこと、気がつけなかった)

 

 

 内心では、恋した男が偽物かどうかも分からなかった自分に落胆していた。

 

 まあ、あの二人のそれは本能というか特殊技能に近いものなので仕方がないのだが、恋する乙女心は複雑である。

 

 そんな自分の気持ちを飲み込んで、鈴はテクテクと厳しい目で樹海を見ていたシュウジに歩み寄ると袖を引いた。

 

 

「ん? どうした谷ちゃん?」

「あの……どうして龍っちとみそらんは見抜けたの?」

「んー、一度偽物ってわかればあとは魔法で調べ放題だからな。俺、こう見えてもそういうの得意なんだぜ?」

「そうなんだ……えっと、その。ありがとね、北野っち」

「……ははぁ〜ん?」

「な、何!?」

「いやなんにも。おいハジメ、銀シャリあるっけ?」

「ないぞ」

「ちょっと! 北野っち!」

「逃ーげるんだよぉ⤴︎!」

 

 真っ赤な顔でうがー! と可愛らしく怒る鈴が掴みかかろうとするも、シュウジは笑って受け流した。

 

 その様子を眺めていたハジメだったが、ふと自分の両隣にウサギコンビがいることに気がついた。

 

「お前らもまだ何か聞きたいことがあるのか?」

「……私が拐われても、気が付いた?」

「そりゃ当然」

「じゃあ、私はどうですか?」

 

 不安げに瞳を揺らし、ウサ耳をピコピコとさせながらシアはハジメの顔を見上げる。

 

 その顔を見たハジメはんー、と唸りながら空を見上げて考えた。

 

 なまじ同じように問いかけたウサギが即答されたこともあり、シアは緊張の面持ちで答えを待つ。

 

「まあ、一目見てすぐには無理じゃないか? シュウジみたいにそういう魔法を豊富に知ってるわけでもないしな」

「そう、ですか……」

 

 ここで同じように答えればいいものを、正直に言うのがハジメクオリティー。

 

 ちなみに内心では「シアならわかる」と思ってたりするが……それを表に出さないのもまたハジメクオリティー。

 

 肩を落としたシアをちらりと見て、ウサギはそっと人間の耳の方の耳元に顔を寄せた。

 

「……でも、遅かれ早かれ必ず気付いてくれる」

「っ! た、たしかにそういう意味にも……!」

「? なにを話してんだ?」

「なんでもないで〜す♪ うふふ〜」

「……おかしなやつだな」

「じゃあじゃあ私は!?」

「おいやめろ香織、これ以上は暑苦しいからくっつくな」

 

 急に上機嫌になったシアを訝しみつつも、ハジメの口元は微笑ましそうに弧を描いていた。

 

 

(……やっぱり一番未熟なのは俺、か)

 

 

 和気藹々としているシュウジ達を見て、立ち尽くしていた光輝は悔しそうに歯噛みした。

 

 

(一番最初に取り乱したのは俺だった。それに、ずっと一緒にいた幼馴染に異変が起こったことに気が付けなかった……)

 

 

 今さら必要以上に、ハジメやシュウジのことを羨んだりはしない。

 

 しかしそれでも、ひしひしと自分の中で劣等感が強くなるのを感じた。

 

 それを抑えようと試みるものの、光輝とてまだ高校生だ。中々大きな感情を割り切るのは難しい。

 

 

 

 

 

──ワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイ

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 バッと周囲を見渡す光輝。

 

 しかし、シュウジ達以外には誰もいない。

 

「今のは幻聴か……?」

 

 もしかしたら、自分が暗いことを考えたことによって発動した大迷宮の罠かもしれない。

 

 

 

 突然聞こえた声をそう結論付けた光輝は、この後の攻略で失敗を巻き返そうと思うことで気持ちを整理した。

 

 いかに勇者(笑)とはいえ、オルクスでの一件から前回の襲撃を経て、多少は成長している光輝だった。

 

 それから少しして、全員のテンションが落ち着いたところで改めて攻略を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、女性陣は気をつけてね。この迷宮後の方で〝アレ(G)〟出るから」

「「「「え"っ」」」」

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

完全に最近ハマっているものの影響が光輝に出ている…

感想をくれると嬉しいゾ。


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映画で森の中のシーンとかって必ず心理的に追い詰められるよね

勇者(笑)の魔改造が止まらないぜ。

シュウジ「やっはろー、シュウジだ。雫に化けるとはふてぇスライムだ」

ハジメ「的確にユエ達を選ぶあたり、絶対ここの解放者性格悪いぞ」

エボルト「そりゃ善人ばっかでも気持ち悪いだろ」

シュウジ「お前がいうと説得力しかないわ。で、今回は攻略だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 三人称 SIDE

 

 

 

 ブゥヴヴヴヴヴヴヴ!!! 

 

 

 

 やけに耳障りな、まるで扇風機の羽が出すような音が響く。

 

 一つや二つではない。いくつも重なり合ったそれは、光輝たちが戦っている魔物の発する音だ。

 

「うぅ〜キモいよぉ〜! 〝天絶〟!」

「くっ、すまないが耐えてくれ鈴!」

 

 泣きべそをかきながら鈴が結界を張り、光輝が必死にロングソードで魔物に攻撃をする。

 

 それを素早い動きで回避するのは、ちょっとした幼児ほどもある〝蜂〟だった。

 

 強靭な顎と針の尾を武器に、騒音を発する超高速で動く羽で飛び回り、群れで襲いかかってくる。

 

 

 ギチギチと動く節々に黄と黒の体色、尾から溢れる緑色の毒液。女子高生の鈴からすれば本能的に無理なフォルムだ。

 

 ただでさえ巨大なので、光輝もかなり気持ち悪そうな顔をしながらどうにか応戦していた。

 

 

 

 だが、通常の魔物とは異なり見事な連携を行う蜂達は、そんな光輝達を翻弄する。

 

 すぐに生え変わる針をマシンガンのように飛ばし、光輝達の動きが止まると急襲、という流れができている。

 

 強力なアタッカーである雫と龍太郎がいないこともあり、かなりの苦戦を強いられている光輝と鈴だった。

 

「くそぉ! こいつら、まるで魔人族の魔物みたいだ!」

「アホ、逆だ逆。あいつらの魔物が迷宮の魔物に近くなってんだよ」

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 思わず叫んだ光輝にツッコミながら、ハジメは光輝の背後を狙っていた巨大カマキリを撃ち殺す。

 

「おりゃぁっ!」

 

 その近くではシアがドリュッケンで、これまた巨大なアリ型の魔物を地面ごと粉砕している。

 

「はぁっ!」

 

 香織も負けじと、大剣と銀羽を駆使して光輝達が苦戦している蜂を数十匹も同時に全滅した。

 

「……スマッシュ」

 

 香織の攻撃で開いた穴にウサギが飛び込み、魔力収束型アーティファクト〝覇拳〟と〝翔脚〟で魔力弾を解放。

 

 桜の花弁のように散開した桃色の魔力弾が解放され、一気に五十以上の蜂が八つ裂きになった。

 

「ユエ達の居場所はわかるか?」

「いんや、どうやらバラバラに転移されたみたいだな。霧の効果で雫の腕輪の位置もわからん」

「そうか……」

 

 シュウジとてサボっているわけではない。

 

 ハジメと背中合わせになり、会話を交わしながら虫型魔物を蹂躙している。

 

 ハジメに負けないネビュラスチームガンの早撃ちと、カーネイジナイフの投擲は見事なものだ。

 

「くっ……!」

 

 その光景を見て、あまりに隔絶した実力差を感じた光輝は悔しげな顔をした。

 

「〝天絶〟! 〝天絶〟っ! もうだめ、押し切られちゃう!」

 

 なんとか踏ん張っていた鈴も、あまりの魔物の多さに弱音を吐いた。

 

 〝天絶〟は枚数が強みであり、強度こそ他の結界魔法に劣るものの、それでも易々とは砕けない。

 

 だが、オルクス表層の魔物などとは比べ物にならないスペックを誇る魔物の針は紙細工のように結界を破った。

 

 

 

 少し前までこの世界有数の強者であったはずなのに、まるでこの世界に来たばかりの頃に戻ったような感覚。

 

 それは焦りを生み、判断力を鈍らせ、結果的に鈴の余裕を奪って結界の展開を遅らせる。

 

 それによって少しずつ魔物の針が鈴と光輝に近くなっていき、じわじわと死の予感が忍び寄ってきた。

 

 

(俺が、俺がもっと強ければ!)

 

 

 外界からの危機的状況による焦りと同時に、心の内側から仄暗い感情が顔を出す。

 

 後ろで淡々と魔物を相手しているシュウジ達と自分達を見比べ、何度劣っていると思っただろう。

 

 

 

 オルクスの時も、王宮での襲撃も、せめて力があれば。

 

 

 

 強大な力を扱うことに酔わない心を、揺るがない信念を持つのが先だといくら思っても。

 

 

 

 そう思わずにはいられないのが、天之河光輝という人間だ。

 

 

 

 

 

──ワイソウカワイソウカワイソウカワイソウ

 

 

 

 

 

「……さい」

 

 

 

 

 

ヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイ

 

 

 

 

 

「……るさい」

 

 

 

 

 

ヨワイヨワイヨワイヨワイヨワ

 

 

 

 

 

「うるさぁあああああいッ!!!」

 

 激昂し、光輝はロングソードを振り抜いた。

 

 

ゴバッ! 

 

 

 すると、左肩付近から立ち上ったドス黒いオーラが剣に伝播し、無数の針となって飛び出た。

 

 それは的確に、かつ暴力的に視界を埋め尽くしていた蜂の魔物の頭部を貫き、殺し尽くした。

 

「え……」

 

 自分の知らない、自分の使った力に光輝は呆けた。

 

 鈴も驚いて光輝の方を振り向いている。致命的な隙だが、先ほどの攻撃を警戒して魔物達も一時的に後退していた。

 

 蜂の約半数を殺した針が消えるのと同時に光輝は脱力し、その場で崩れ落ちた。

 

「くっ……!」

「光輝くん!」

 

 かろうじて倒れることは防ぎ、ロングソードを支えに膝をついた光輝。

 

 

(なん、だ……今のは……!?)

 

 

 全身の血が沸騰するような感覚に、光輝は地面を見ながら洗い息を吐く。

 

 それを見て蜂達は、今が好機と殺到した。

 

 寸前に鈴が気がつき、慌てて結界を張り始めるが、到底間に合わない。

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 あわや、動けない光輝と鈴が餌食になろうかという瞬間──赤い閃光が飛来した。

 

「「っ!?」」

 

 それは鈴を組み敷き、光輝に取り憑こうとしていた蜂の頭部を正確に撃ち抜く。

 

「動くなよ、谷口。天之河」

 

 思わず閃光のやってきた方を振り向こうとした二人に、ハジメが冷静に告げる。

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 立て続けに、二度目の銃声。

 

 しかしてそれは六発の弾丸をほぼ同時に射出し、赤い雷光を纏って蜂たちを次々と撃ち抜いていく。

 

 それだけではなく、絶妙な軌道で放たれた弾丸は途中で互いにぶつかり、角度を変えて更に飛ぶ。

 

 

 超精密計算の上に成り立った絶技。

 

 

 それを目の当たりにして、動けない光輝達の目の前でハジメはガンスピンをしてリロードし、魔物を殲滅していく。

 

 

 

 結局、ものの一分もかからないうちに残った魔物は全て死骸に変わった。

 

 ドンナー・シュラークをホルダーに仕舞ったハジメは、硬直している光輝に呆れた目を向ける。

 

「おい天之河。何であんな力持ってんのか知らないが、後で倒れるような欠陥技なら無闇矢鱈と使うな」

「え、あ、ああ……」

「さて……」

 

 光輝から蜂の死体に目を移したハジメは、歩み寄った。

 

「チッ、この程度じゃ食っても意味ないな……」

「え"っ。南雲くん、これ食べるの? 正気……?」

「ああ、実は魔物を食うとな──」

 

 固有技能のことをドン引きする鈴に説明するハジメを尻目に、光輝は自分の手を見下ろす。

 

「……何で俺に、あんな力が」

 

 訳がわからない光輝は、なんとなしに左肩に手を置いてそう呟いた。

 

「………………」

 

 それを鋭い目で見ていた、シュウジに気がつくことなく。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 蜂の魔物を筆頭に虫型魔物と交戦した後、シュウジ達は三十分ほど樹海を探索した。

 

「相変わらず視界が悪いな……」

「シュウジさん、本当にこっちで合ってるんですかぁ?」

「言ったろ、ネタバレは俺の趣味じゃあない。ただまあ、雫達には近づいてるはずだ」

 

 現在、腕輪の信号の探知機能を改良したシュウジの先導の下に一行は進んでいる。

 

 

(……早く雫と合流しねえとな)

《知識と実体験は違うからなぁ》

 

 

 いつものように冷静な面持ちのシュウジだが、実のところ内心では少し焦っていた。

 

 たしかに女神の知識によってこの迷宮の内容を知っているが、実際自分が体験するとまた違うものだ。

 

 そして例の一件以降、シュウジはある種雫の存在が最大の精神安定剤ともなっている。

 

 自分でも色々な意味で雫がストッパーだと自覚しているので、若干の不安を感じていた。

 

 

 

 無論、そんなみっともない内情を親友や、よりにもよって光輝の前でなど断じて見せられない。

 

 なので表にこそ出さないが、全力で複数の探索系魔法を使う程度には本気を見せていた。

 

「っ、来る」

「敵ですハジメさん!」

 

 と、聴覚に優れた二人が新たな敵の接近を告げた。

 

 即座に全員が意識を先頭へと切り替え、シュウジも探知魔法を維持したまま黒ナイフを構える。

 

「…………」

「おい勇者(笑)、魔物の餌にするぞ」

「っ! す、すまん」

 

 ずっと左肩を触ってぼんやりとしていた光輝も剣を抜いた所で、魔物が姿を現した。

 

 

「「「キキーッ!」」」

 

 

 勢いよく飛び出したのは、白くて小柄な魔物の群れ。

 

「こいつらか……」

「ちょっとでかいな。プロテイン飲んでる?」

「猿が飲むか」

 

 出てきたのは、外の樹海にもいる猿型の魔物だった。

 

 しかし一回り体が大きく、かつ棍棒や剣などを携えている。大迷宮製の強化型であるのは明らかだ。

 

「よし、じゃあ半分勇者(笑)と谷ちゃんの受け持ちな。あとは俺らでサクッと」

「了解」

「は、半分も!?」

「行くぞ鈴!」

「あ、ちょっと光輝くん!」

 

 あまり戦果を上げられていない光輝は、無駄にやる気を出して猿型の魔物に突貫した。

 

「てやぁあああっ!」

「キィーッ!」

「キキッ!」

「キャキャッ!」

 

 猿達はすぐさま散開して、光輝の袈裟斬りを避けた。

 

 追いついた鈴が結界を張り、背中合わせにガサガサと音を立てる周囲の木を見回して警戒する。

 

「ギャッ!」

「っ、そこか!」

「キィーッ!」

「っ、右からもっ!」

 

 背後からやってきた猿の棍棒を打ち返した瞬間、右上から剣が突き出されて咄嗟に首を捻る。

 

 間一髪で死を免れた光輝に猿達は悔しげに金切り声を上げると、再び樹々の中に逃げて移動を開始した。

 

「くっ、気を付けろ鈴! どこからやってくるか分からないぞ!」

「うん!」

 

 龍太郎がいない今、光輝と鈴はいつも以上に気を引き締めて戦闘をした。

 

 

 しかし、猿達は狡猾だった。

 

 

 二人の裏をかくようにトリッキーに動き回り、ヒット&アウェイの戦法を取ってきた。

 

 その予測できない動き方に二人は翻弄され、知能の高さでは先ほどの蜂以上に厄介な猿に振り回される。

 

 

 

「キィー!」

「くたばれ」

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 一方ハジメ達はと言えば……まあ接戦すらしていなかった。

 

「キッ!」

「おっと、そういうのは俺の十八番だ」

「「ギッ!?」」

 

 特に、心理的に不安を煽る戦い方においてシュウジに猿達程度では敵わない。

 

 猿達以上に神出鬼没に現れ、嵌めたと思った猿達の首を一瞬で撥ねてまた消える、という動きを繰り返す。

 

 その他にも超パワーで粉砕するウサギコンビ、銀羽で動きを止めて大剣で両断する香織と、圧倒的だ。

 

「キ、キキ……」

「キッ!」

 

 敵わないと察した猿達は、鳴き声で意思疎通を図ると動きを変えた。

 

 ハジメ達から一斉に狙いを外し、もっと苦戦している光輝達に戦力を集中させることにしたのだ。

 

 

 

 スパンッ! 

 

 

 

 そうして一番弱そうな鈴を人質に取ろうとした訳だが……背を向けた瞬間、全匹の首が落ちた。

 

 空中に不自然に血が留まり、ポタポタと地面に落ちる。

 

 それは猿達の進行上に綿密に張り巡らされた、透明の糸だ。

 

「前方にご注意だ、エテ公ども」

「キッ……」

「キキキッ!」

 

 仲間達が惨殺されたのを見て、元から光輝達を襲っていた猿達は恐怖する。

 

 そして先ほどの猿達のように、互いに鳴き声と種族特有の繋がりのようなもので打開策を立てた。

 

「「「キッ!」」」

「な、なんだ!?」

「魔物が……!」

 

 突然逃げるように樹々に隠れた猿達に、光輝と鈴は訝しげに声を上げた。

 

 暫しの間、静寂が訪れる。

 

「……ん?」

 

 やがて、微かに聞こえたその音に最初に反応したのはシュウジだった。

 

 音のした方を振り返ったシュウジに、警戒していたハジメ達もそちらに武器を向けた。

 

 徐々に音が大きくなっていき、やがてそれが何かを引きずる様な音であることにシュウジ達は気付く。

 

「今度はなんだ……?」

 

 思わず光輝がそう呟いた瞬間、それは現れた。

 

「キ、キキッ!」

 

 出てきたのは、先ほどと同じ猿の魔物達。

 

 彼らは、武器の代わりに別のものを手に握っていた。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()を。

 

「ッ! 雫っ!」

「おうコラアホ勇者、二度も引っかかるな」

「あべしっ!?」

 

 一歩踏み出した光輝の首筋に素早い手刀が見舞われた。

 

「あれって、もしかして……」

「また擬態ですか……?」

「ん、人質代わり」

 

 首を押さえてうずくまる光輝を尻目に、シュウジの言葉の意味を考えたシア達がハジメとシュウジを見た。

 

「ハジ、メ……」

「シュー……」

「「……………………」」

 

 全く本人と同じ声で弱々しく呼んでくる擬態した猿に、二人は光線でも出そうな目を向けている。

 

 シュウジ同様に偽物と看破しているものの、今にも爆発しそうな怒気を全身から放つハジメ。

 

 表情こそ普通だが、「あ、これあかん」と一発で分かるほど鋭角な殺気を振りまくシュウジ。

 

「ギギッ!」

 

 そんな二人に猿達は醜悪に笑うと、あられもない姿で傷だらけ(擬態)のユエと美空、雫を手放す。

 

 そうすると、殴りつけた。ボカッと。

 

 そして……

 

「助けて、ハジメ……」

「ハジメ、痛いよ……」

「シュー、お願い……」

 

 

 

ブヂッ! 

 

 

 

「「「「あっ……」」」」

 

 光輝以外の全員が、明確に聞こえたその音に声を上げる。

 

「キキキッ……キ?」

 

 笑っていた猿達は、ようやく気がついた。

 

 自分達に、この樹海そのものを飲み込まんばかりの殺気が向けられていることに。

 

 

 

《ブラックホール! ブラックホール!! ブラックホール!!! レボリューション!》

 

 

 

《フルボトル! ゴリラ!》

 

 

『さあ、終末を始めよう』

「一匹残らず殺し尽くす」

 

 

 数秒後、樹海の一角は消滅し、一帯は焼け野原と化した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「えっと、もう平気ですか?」

「………………ああ。もう落ち着いた」

「よ、良かった……」

「よしよし」

 

 一キロに渡って樹海を破壊した二人は、どうにかシア達の取りなしで落ち着いた。

 

 ウサギに膝枕されているハジメがいつもの声で答え、シアと香織はホッと安堵の息を吐く。

 

 それからそっと、恐る恐るすぐ側を見た。

 

「……………………」

 

 カーネイジでぶった切って作った切り株に座り、無言で黒ナイフをジャグリングするシュウジ。

 

 はっきり言って恐怖の光景だった。話しかければナイフが飛んできそうで、誰も近づけないでいる。

 

 ちなみに手刀を受けただけの光輝は既に回復しており、鈴と一緒にシュウジに戦々恐々としていた。

 

「エボルトさんの呼び掛けで落ち着いたみたいですけど、どうするんですかあれ……」

「こんな時、ルイネさんがいればなぁ……」

「いないものは仕方ない」

「まあ、無理なこと言っても仕方がないだろ」

 

 コソコソと話し合うハジメ達。

 

 以前ならばルイネがいて、巧みに落ち着かせられたが……もう彼女はいない。

 

 仕方がなく、起き上がったハジメが近づいて軽く肩を叩いた。

 

「おい、いつまでしょげてんだ。らしくねえぞ」

「……ん、おお。だよな」

 

 ジャグリングを止めたシュウジは、やや硬い声で返した。

 

 

(八重樫のやつ、こいつの心をここまで掴んでたんだな……)

 

 

 ハジメは嘆息するしかない。どれだけ雫がシュウジにとって大事なのか分かるというものだ。

 

 そもそも、以前ならばあの程度の罠皮肉まじりにジョークを言い、平然と仕返ししていただろう。

 

「ったく、本当に八重樫のことに弱くなったよなお前」

「はは、こういう時だけは前の自分が羨ましいわ」

「グギャ」

 

 弱々しく笑うシュウジの肩にハジメの義手と、ザラザラとした手が置かれた。

 

「「……ん?」」

 

 シンクロした動きで右を見るシュウジとハジメ。

 

「ギャ?」

 

 すると、何? とでも言いたげに首を傾げたゴブリンのような魔物が切り株に座っていた。

 

「魔物っ!?」

 

 ビビリながらシュウジを見ていた光輝がいち早く気付き、剣を鞘から抜く。

 

 

 

 シュバッ! 

 

 

 

「うわらばっ!?」

 

 が、その瞬間飛んできた無数のナイフを避け、背後の木におかしなポーズで磔にされた。

 

「シュ、シュウジさん?」

「何を……」

 

 同じように飛び出そうとしていたシアと香織は、右手を振り切ったシュウジを困惑して見た。

 

 それとは裏腹に、ハジメは訝しげに……そしてウサギは静かな瞳で、ゴブリンモドキと見つめ合っているシュウジを見る。

 

「…………雫?」

「はっ!? 何言ってるんだ北野、ついにおかsんごがっ!?」

「光輝くーん!?」

 

 投擲された黒ナイフの柄頭が顔面にめり込み、光輝は気絶した。

 

 慌てて香織が治療に駆け寄る中で、誰もが驚愕の表情で見守る中ゴブリンモドキが動く。

 

 

 

 スッと暗緑色の手を肩から離したゴブリンモドキは、そのまま立ち上がってシュウジの頭に手を伸ばした。

 

「ギャッ」

「…………」

 

 そうすると帽子を取った。シュウジはなされるがままに、ゴブリンモドキを見る。

 

 ゴブリンモドキは、帽子に側面に飾られた月零石のブローチを外す。

 

 手の中に握りしめたそれを、胸に置いて。

 

 

「ギャ♪」

 

 

 醜い顔に笑みを浮かべた。

 

「雫っ!」

 

 シュウジは、ゴブリンモドキを抱擁した。

 

 ぼろい布に包まれた体を動かし、ゴブリンモドキはシュウジの背に手を回す。

 

 落ち着かせるように撫でる優しい手つきに、面食らっていたハジメ達は既視感を感じた。

 

「本当に、雫さんなんですか……?」

「ええっ、その魔物がシズシズ!?」

「ギャギャ」

「……なるほど、そうなったのか」

 

 問いかけるシアと驚く鈴に雫(?)はダミ声で答え、その反応で確信したハジメは腕を組む。

 

「きゃっ!?」

 

 その時、香織の悲鳴が聞こえた。

 

「ま、また魔物……?」

「ギャァ……」

 

 全員がそちらを見ると、尻餅をついた香織の目の前で、腰に手を当てたゴブリンモドキがため息をついている。

 

 やれやれとでも言いたげなその仕草にまた既視感を感じていると、ゴブリンモドキはハジメを見る。

 

「美空?」

「ギャッ」

 

 名前を呼んだハジメに答え、ゴブリンモドキはぐんと胸を張った。

 

 

 立て続けに、ガサガサと草陰から物音がして、身長140センチ程の小柄なゴブリンモドキが現れる。

 

「ユエ!」

「グギャ!」

 

 三度目だからか、確信を込めた声でハジメが言えば、新たに現れたゴブリンモドキは弾んだ声で反応した。

 

 そのままタタタッ! と走り出し、両手を広げたハジメの胸の中に飛び込んだ。

 

「ユエ、会いたかったぞ!」

「グギャギャッ!」

「美空、もちろんお前にもだ。来るか?」

「グギュゥ、ギャッ」

 

 抗議するように鳴いていたゴブリンモドキは仕方がない、と顔を左右に振って、ハジメに歩み寄った。

 

 

 

 ユエの上から被さるようにハジメと抱擁を交わすゴブリンモドキに、いよいよシアたちは混乱したのだった。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

やっぱり最初は雫にしないとね。

感想いただけると嬉しいです。


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姿が変わっても変わらないもの(色々)

季節の変わり目で頭が痛い…

シュウジ「オス、シュウジだ。みんなもこんな時期だ、気を付けろよ」

エボルト「うがい手洗いは忘れずにな。それと十分な睡眠を、だ」

雫「暗い中での文字の注視にも気をつけましょうね。さて、前回は私のことを私とちゃんとわかってくれたわね」

シュウジ「あたぼうよ。で、今回は前回に引き続き、姿の変わった皆の話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 

「え、ええと、どうなってるんですか……?」

「ほんとに、シズシズ達なの……?」

「その通り。これも迷宮の試練だよ」

 

 ゴブリンモドキ……いや、雫と手を繋いでやってきたシュウジは、いつもの調子で笑う。

 

「シュウジさん、どういうことですか?」

「簡単に言えば、この迷宮のコンセプトは〝見てくれや感情に惑わされるな〟なのさ。で、複数人で挑戦した時には何人かがそういう姿になって、残ったメンバーが見抜けるかどうか試す」

「なるほど……じゃあ本当にユエと美空なんだね」

 

 目覚めた光輝と一緒に帰ってきた香織は、ハジメと抱擁を交わしている二匹のゴブリンを見た。

 

 その視線に二人? が振り返ると、香織は小柄な方……つまりユエの方を注視して目を細める。

 

「確かに、貧乳なところはユエみたいだけど……貧乳は瓜二つだけど」

「ッ!」

 

 カッ! とゴブリンモドキの目が見開かれた。

 

 一瞬でハジメの腕の中から抜け出し、ぴょーんと周囲の樹よりも高く飛び上がる。

 

 そして……

 

「グギャァッ!」

「くうっ!」

「ユエさん! これ確実にユエさんですぅ!」

「ん、この鮮やかな足技はユエ」

 

 香織にコークスクリューをふんだんに加えたライ◯ーキックをお見舞いした。

 

 旋風を巻き起こし、香織に両手で防がせる様は、とても身体能力が落ちているとは思えない。

 

「なんで香織はわざわざ煽ったんだ……」

 

 嬉しそうに納得するウサギコンビとは裏腹に、色々な意味で変わってしまった幼馴染に光輝は頭を抱えた。

 

 

 

 しばらくユエと香織の攻防は続き、ユエをハジメが諫め、香織の尻に美空がタイキックをすることで止めた。

 

 両者共に落ち着いた? 所で、グギャとしか話せない三人に念話石を仕込んだアクセサリーが配られる。

 

 ユエと美空にはイヤリングを、雫にはシュウジが指輪を。勿論薬指……ではなく中指に。

 

「本当はこっちがいいが、それは一度きり……本気のものにしたいからな。実を言うと、まだいくつか宝石を作る類の魔法があるんだ」

「グギャ♡」

 

 恭しく雫(ゴブリン)の指に膝をついて指輪を通すシュウジに、見た目も関係なく砂糖を吐きそうになる一同だった。

 

 まあ二人の仲睦まじさは今更なので、それ以上の反応はせず、アクセサリーを装着した三人に目を向ける。

 

『……シュウジ? 聞こえるかしら?』

「おお、数時間ぶりの女神様の声だわ」

『もうっ♪』

 

 ポッと頬を赤く染める(雫)ゴブリンモドキ。見た目だけならシュールである。

 

 またも何か吐きそうになりながらも、振り返ったシュウジにハジメ達は聞こえている、と首肯した。

 

 特に最初に疑ってかかった光輝などはえらい驚きようで、パクパクと口を開閉させている。

 

「問題なく聞こえるな。それなら……」

 

 今度はユエと美空の方に視線が集まった。

 

 二人は頷いてアクセサリーに魔力を流し、意思を伝達してみる。

 

『ハジメ? こっちも聞こえる?』

『ハジメ刻む』

「おう、聞こえ……今何か怖いこと言いませんでしたか美空さん」

『なんのこと? それより早く再生魔法を使って戻してくれない? 流石にこのままの格好っていうのは……』

 

 元ネットアイドルということもあり、容姿に自信を持つ美空は嫌そうに自分の体を見下ろす。

 

 無論のこと、それはわかっているので香織が手をかざすが……その手首をシュウジが掴んだ。

 

「やめとけ、魔力の無駄だ」

「……どうして?」

「考えてみ。再生魔法が迷宮に入るための条件なのに、わざわざそれで解けるような変異をさせると思うかい?」

「あ……」

 

 確かに、と納得した顔の香織。

 

 ハジメが鋭い目で見上げれば、シュウジはアイコンタクトで正確な「情報」だと伝えた。

 

 意気消沈する二人に、ハジメはその頭に手を置くと優しい声で語りかける。

 

「……大丈夫だ、必ず攻略していくうちに解決策は見つかる。ずっとこのままなんて試練として終わってるからな」

「その通り! だから雫も、あと少し我慢してくれ」

『ええ、わかったわ。あなたと手を繋げないのは残念だけど……』

「何言ってんだ。どんな手でも雫の手だろ」

 

 ざらりとした感触の手を引っ込めた雫に、迷いなくシュウジは手を握った。

 

 赤い顔で俯く雫。この男、普段のへっぴり腰は何処へやら、少々テンションがおかしくなっている。

 

「……お二人って、長く離れるとああなるんですねえ」

「シア、現実逃避しないで」

『ん、ツッコむのはシアの役目』

『頑張って!』

「嫌ですぅ! なんで私が担当で定着してるんですかぁ!」

「あはは、どちらかと言うとシュー君が押してるような……」

「ほっとけ、溜まってた分の放出みたいなもんだ」

「南雲君、その表現は……」

「そんなキノコの胞子みたいな……」

 

 背後から感じる猛烈な甘さに、ハジメ達は決して振り向かぬと決意した。

 

 そんなこんなで締まり切らぬ空気のまま、背後の二人を放っておいて現状確認を始める。

 

「なるほど、身体能力も魔法も奪われてると……厄介だな」

『ごめんハジメ。迷惑かけて』

『せめて香織みたいに、戦う手段があればよかったんだけどね……』

「気にするな。この程度苦難ですらない」

「美空は私が守るよ!」

「絶対、ぜぇ〜ったい、元に戻しますからね!」

「ん。それはそれで可愛いけど、やっぱりいつもの二人がいい」

「お、俺も頑張るぞ!」

「鈴も手伝うよ!」

 

 励ますハジメ達に、意気消沈していたユエと美空は顔を見合わせ、醜悪な顔で笑った。

 

 見た目こそ凶悪なものの、それが照れ笑いであると察したハジメは微笑みながら立ち上がる。

 

 それからイチャコラしていたシュウジ達をこちらに呼び戻し、強い意志のこもった顔で言った。

 

「それじゃあ、一刻も早くユエ達を元に戻すためにも、さっさとティオと坂上を見つけて攻略を進めるぞ」

 

 その号令と共に、焦土と化した樹海を背後に一行は再び進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……などと探索を再開し、三十分ほど経過した頃である。

 

「グォ、オォオ!」

「ガ、ガァ……」

「……なあ、あれって」

「……まあ、そうかなあ」

 

 なんとも言えぬ顔で振り返ったハジメに、シュウジは曖昧に笑った。

 

 

 一行の前にあるもの。

 

 

 それは……コートのような形の毛皮を着たオーガが、他のオーガになにやら話している光景だ。

 

 腕を組み、切り株に座ってドスの効いた声で鳴くオーガに、正座した他のオーガ達は何故か疲れている。

 

「あれ、ぜっっったい龍っちだ……」

「ええと何々、『鈴は頑張り屋で、抱え込むところもあるけど、そういうところがむしろ守ってやりたくなるんだ』と……」

「!?」

 

 バッ! と振り返った鈴が見たのは、イ◯リン◯ル的なアプリを携帯で起動したシュウジの姿。

 

 その受信先は……疑うまでもなく、上機嫌で何か話している毛皮コートのオーガであった。

 

「『だから俺はもっと強くなって、いつか鈴のことを』……」

「やめてええええええっ! お願いだから龍っちそれ以上言わないでぇええええええっ!!!」

 

 夕焼けのように真っ赤な顔をして、素晴らしい走り出しでオーガへと突撃した鈴。

 

 陸上部もかくやという見事なフォームのまま、鈴はガッハハ! と笑っているオーガの脇腹に頭突きした。

 

「オグッ!」

「なにやってんのさ龍っち!」

「ゴ、ゴガァ!?」

 

 シュウジの背後から全員が画面を覗き込むと、そこに「た、谷口!?」と表示された。

 

 次の瞬間に裏拳をもらった光輝が空中で一回転する中で、鈴は困惑するオーガにまくし立てる。

 

「なんで! 魔物相手に! 惚気てんの!? 龍っちもしかしてバカに戻ったの!?」

「ゴグガァッ!」

「せめてもなにも筋肉つける要素すらなくバカだよっ! ていうかそこまでするならいい加減肝心の言葉を言ってくれない!?」

「ガ、グヌググ……」

「なんでそこで照れて黙るのさ!」

 

 頬をかいてそっぽを向くオーガ、なぜか意思疎通ができている鈴、困惑するオーガ達。

 

 とりあえず最後の連中は冷静じゃないうちにハジメが全て撃ち殺し、痴話喧嘩している二人に近付く。

 

 そして龍太郎にもアクセサリー……ではなく、慣れ親しんでいるスマホ(シュウジ製)を渡した。

 

 同じものを渡された鈴は、隣に座っている龍太郎(オーガ)とラ◯ン的なアプリで会話する。

 

『で、なにやってたの?』

『気がついたらなんか魔物になってた。んで、一緒にいた群れっぽい連中が俺の異変に気がついて襲ってきたから、全員ぶちのめした』

『もうっ、危ないなぁ! ユエさん達も身体能力が下がってるって言ってたのに!』

『まあ大した連中でもなかったしな。で、そのうちお前らが来るだろうと思って、その間ちょっと世間話をだな……』

『世間話じゃないよね、鈴の話だよね』

 

 じろりと睨む鈴。龍太郎(オーガ)はさらに大きくなった体をビクリと震わせた。

 

『いや、こうなんとなく思いついたのがその話題でよ。気がついたら止まらなくなってて……』

『だから! そういうことなら! もう一回! 鈴に! 告白しなさいよっ!』

 

 強調するために一言ずつメッセージを送る鈴。その顔は赤く、自分でも照れているのがわかる。

 

 それをちらりと見た龍太郎(オーガ)は、少し考えるようなそぶりを見せた後に極太の指で画面をタップした。

 

『メルドさんにもう一度勝って、あの日の負けを挽回したらちゃんと言う。こんな姿だし、文字なんかで言いたくねえ』

「っ、そ、そういうことなら待ってあげなくも……ないかなぁー、なんて」

 

 しまいには口で言ってしまってる鈴に、龍太郎(オーガ)は般若のように笑い……本人は優しく笑ってるつもり……頭を撫でる。

 

 途端に、さらに顔を赤くして黙り込む鈴。太腿の上でスマホを両手で握りしめ、体を縮めた。

 

 が、密かに口元が緩んでいるのが一目瞭然である。

 

「「うーん、コーヒーが甘い」」

「なんで南雲と北野はコーヒーブレイクしてるんだっ!」

 

 光輝のツッコミが、虚しく樹海に響いた。

 

 決して、決してこの中で唯一の独り身だから叫びたくなったわけではない。決して。

 

 

 

 ともあれ、無事に? 龍太郎を回収し、シュウジ達は再び樹海の中を進んだ……のだが。

 

「……ハジメさん。今度は私にだってわかりますよ」

「私にもわかるよ……」

「あれ、どう見てもティオ」

『ん、ウサギに同意』

『むしろ他にいたらこの世界ヤバくない?』

 

 移動して、わずか10分。

 

 先ほどとは打って変わって、汚物を見る目でいるシュウジ達の前にいるもの。

 

 

 それは……恍惚の表情で他のゴブリンに袋叩きにされている、一匹のゴブリン。

 

 

 ティオだった。誰がどう見ても、どう解釈してもユエ達のように魔物に変わったティオだった。

 

 余計に気色悪くなった光景にハジメ達は全員もれなく、道端に落ちているゴミを見下ろす目をしている。

 

 あの雫でさえ冷たい目をしている。なまじ今は同じ姿だからこそ、あれを受け入れ難いのだろう。

 

「あれ、放送禁止レベルだよ……」

『見るな谷口、目の毒だ』

 

 イ○リ○ガル改め、オーガリンガルで声を発した龍太郎が鈴の目を大きな手で塞いだ。

 

「南雲……俺、全力でお前を尊敬するよ」

「やめろ天之河、その尊敬だけはやめろ。受け入れてない、俺は諦めてるだけだ」

「よかったなハジメ、勇者(偽)に敬われたぞ!」

「お前とはもう一度殴り合う必要があるな?」

 

 片や北斗○拳、片や酔○の構えを取り始めた二人。互いの想い人達が嘆息した。

 

「グ? ギャギャ!」

 

 などと騒いでいるうちに、困惑しながらもティオを棍棒で叩いていたゴブリンの一匹がシュウジ達に気がついた。

 

 つられて他のゴブリンも振り向き、当然ながら突然責め苦がなくなったティオも顔を上げる。

 

「グゴギャ!」

 

 かと思えば、カッと大きく目を見開き、それまで暴行されていたのが嘘のような俊敏さでハジメに突進してきた。

 

 まるで某先輩のごときカサカサ移動をするティオに、同じゴブリン達が思わずドン引きしている。

 

「グギャギャギャギャ!」

 

 そんなのお構いなしに、ティオはル○ンダイブを彷彿とさせる姿勢でハジメに飛びかかった。

 

 ダミ声なので意味は不明だが、おそらく「会いたかったのじゃ、ご主人様ぁ〜!」などと行っているのだろうが。

 

 

「寄るな、このド変態が!」

 

 

 返答は、それはそれは綺麗なアッパーカットと罵声であった。

 




うーむ、オリジナル要素を増やすと話数が増える。

読んでいただき、ありがとうございます。

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カー◯ィだと序盤に出てくるやつ

ありふれた二期、早くやらないかな。

ハジメ「俺だ。前回はユエ達と再会できたな」

シュウジ「てかあの二人もうくっついてもよくね?」


「まだだ……付き合ってない状態のイチャイチャを書くのだ……」


ハジメ「何か聞こえたな……」

シュウジ「まあ作者の性癖はほっといて。今回はトレントモドキ戦だ。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる大樹編!」」


 

 三人称 SIDE

 

 龍太郎と変態(ティオ)を回収してからしばらく、ようやく樹海に変化が現れた。

 

「これはまた、ベタなのが出てきたな」

「あれだ、カー◯ィだと序盤に出てくるアイツ」

「あー、わかる」

 

 目の前に立ちはだかるその〝変化〟に、シュウジとハジメはいつものように呑気な会話を交わした。

 

「いやいやいやっ、こんな怪物を前になんで落ち着いてるんだ!」

 

 一方、同様にそれを見上げた光輝は、すっかり板についたツッコミを炸裂させる。

 

 

 

 一行の前に立ち塞がるもの。

 

 それは……横幅十メートル、高さ三十メートルはあろうかという、顔のついた巨大な樹木。

 

 オルクスにてハジメが見た、トレントモドキをそのまま巨大化・強化したような魔物が屹立しているのだ。

 

 

 

 先ほどまでは沈黙していたのだが、シュウジが発した「あ、これ中ボスね」の一言により動き出した。

 

 ここから先に行きたくば俺を倒せ! と言わんばかりに木葉を揺らすトレントモドキに、光輝や鈴は圧倒される。

 

「じゃ、これ勇者(笑)達の受け持ちで」

「ええっ!?」

「ま、また俺達か!?」

「考えてもみろ天之河。俺たちが()()に苦戦すると思うか?」

 

 親指で巨大トレントモドキを指すハジメに、光輝と鈴、龍太郎は想像する。

 

 

 

 容赦なく銃火器をぶっ放すハジメ、ブラックホールで飲み込むシュウジ、魔法で消し炭にするユエ、etcetc……

 

 

 

 結果、自分達の出番がなくなることを確信した光輝達は、腹を括った表情で各々の武器を構えた。

 

「私も参加したほうがいいかな?」

 

 シュウジの頼みで雫は参加せず、同様に魔物化してステータスが激減している龍太郎に、心配そうに香織が申し出る。

 

『いいや、香織は回復だけ頼む。俺に任せとけ、あんな野郎へし折ってやる!』

 

 スマホのオーガリ◯ガルでそう言った龍太郎は、一歩前に出た。

 

 首から下げている唯一無事だったドッグタグを握り、異空間からドライバーを出す。

 

 それを腰に装着し、同じように取り出したスクラッシュゼリーの蓋を開けるとドライバーに装填して……

 

 

 

『変身!』

 

 

 

 レバーを下げた。しかし何も起こらなかった。

 

「……?」

 

 シーンと静寂し、首を傾げた龍太郎はもう一度レバーを下ろす。何も起こらなかった。

 

「龍太郎……?」

「龍っち、何やってんの……?」

「ガ、ガァ!?」

 

 あれ!? と言いたげに龍太郎は何度もレバーを下ろすが、うんともすんとも言わないドライバー。

 

 なんともシュールな光景に、トレントモドキも攻撃していいのかわからず、ただ枝を揺らしている。

 

『シュー、あれってどういうこと?』

「あー、肉体が変質してネビュラガスと反応しなくなったんだな。こいつは要改良だ」

 

 流石のライダーシステムも、変身者の魔物化までは想定していなかったのである。

 

「ほれ坂みん、これ使え」

『おっ、サンキュ』

 

 異空間から予備のツインブレイカーを二つ、それといくつかのボトルを取り出し、龍太郎に放るシュウジ。

 

 受け取った龍太郎はツインブレイカーを両手に装備して、トレントモドキに向き直ると「グラァ!」と叫んだ。

 

「いくぞ、龍太郎! 鈴! 香織!」

「ガゥ!」

「うんっ!」

「傷の回復は任せて!」

 

 雫が欠け、龍太郎は魔物化と、やや変則的なパーティーでの戦闘が始まった。

 

 

 

 オォオオオオ! 

 

 

 

 木の幹を震わせて咆哮したトレントモドキも、応戦するために自らの力を使い始める。

 

 鞭のようにしなり、予測させない軌道を描いて振るわれる巨大な枝。刃物のように舞い散り、飛来する葉。

 

 砲弾のように撃ち込まれる木の実や、地面から唐突に飛び出してくる槍のような鋭い切っ先の根。

 

 トレントモドキの攻撃は非常に苛烈であり、これまでの蜂や猿とはまた一味違った。

 

「くっ! こいつ、強い!」

「グォラァッ!」

「ううっ、攻撃が重いよぉ!」

 

 光輝が遊撃、龍太郎がツインブレイカーとボトルを使って重い攻撃をいなし、鈴がそれをサポートする形で戦う。

 

 特に負担の大きい龍太郎は、普段グリスの堅牢な装甲に丸投げしていた分のダメージも蓄積していく。

 

「〝回天〟」

 

 が、ノイントの肉体になったことにより魔力が量、質共に向上した香織の魔法によって、瞬く間に治癒された。

 

『サンキュー香織! オラァ!』

《シングル! ツイン!》

《シングル! ツイン!》

 

 右のツインブレイカーにロックとローズのフルボトル、左のもう一方にガトリングとハリネズミのボトル。

 

 計四本のボトルを装填した龍太郎は、まず右のツインブレイカーをトレントモドキに向けた。

 

 

《ツインブレイク!》

 

 

 鎖型のエネルギーと薔薇のツタ状のエネルギーが射出され、トレントモドキの枝を封じる。

 

『からのぉ!』

 

 

《ツインブレイク!》

 

 

 立て続けに解放された左のツインブレイカーから、鋭角になった弾丸状のエネルギーが乱射された。

 

 木の実を飛ばして迎撃しようとするトレントモドキだが、いかんせん物量が違いすぎる。

 

 瞬く間に無数の弾丸に飲み込まれ、トレントモドキに数え切れないほどの弾が着弾した。

 

 

 オォオオオオ……!? 

 

 

「どうだ!?」

 

 思わず叫んだ光輝の前で、着弾時の爆炎が晴れていく。

 

 すると……流石フルボトル二本分の力と言うべきか、太い枝の一部がごっそりと抉れていた。

 

「よし!」

「やった! さすが龍っち!」

『お前ら油断すんな! まだ動いてるぞ!』

 

 思わず歓喜する二人に警戒を飛ばし、龍太郎がトレントモドキを睨みつける。

 

 そんな龍太郎の胸に渦巻く懸念通りに、身を削られたトレントモドキは予想外の行動を開始した。

 

 

 オオォオオオオオオオ! 

 

 

「そんな、枝が……!」

「再生していく……!」

 

 驚く三人の前で、瞬く間にトレントモドキの枝が元に戻っていった。

 

 このトレントモドキもまた魔物。そして〝樹海現界〟という魔法こそが、この魔物の固有魔法だった。

 

 それを応用して自分の体を復元したトレントモドキは、殺気を孕んだ雰囲気で光輝達を睥睨する。

 

 

 

 そして、更に激しい攻撃を始めた。

 

 より重く、精密になっていく攻撃に光輝は攻めあぐね、鈴は結界を維持するために魔力を振り絞る。

 

 龍太郎がボトルを様々な組み合わせで使ってどうにか攻撃を繋いでいるが、明らかに劣勢だった。

 

「くっ、このままじゃ押し切られちゃうよ!?」

「くそっ!」

 

 突き出された木の根を結界で受け止め、光輝が切り裂きながら悪態をつく。

 

『光輝!』

 

 そこで、ロックフルボトルとローズフルボトルで枝葉を弾いていた龍太郎がスマホから叫んだ。

 

『俺が時間を稼ぐ! 〝神威〟を使え!』

「な、それはダメだ! 詠唱が長すぎる!」

 

 光輝は自分の技量とトレントモドキとの戦力差、二つの観点から冷静に分析をして叫び返す。

 

『香織の回復でどうにか凌いでるが、このままじゃジリ貧だ! 試す価値はある!』

「だが……」

 

 確かに、〝神威〟は光輝の使える技のの中で最も威力のある攻撃だ。〝覇潰〟と併用すれば超威力を生み出せる。

 

 が、果たして逆転するほどの可能性はあるのだろうか。この怪物に効果があるのか。

 

 光輝は我ながら疑わしかった。今剣を握る自分の腕がひどく弱々しいとさえ思える。

 

 ここ数ヶ月の経験が、必要以上に光輝から自信を奪っていた。

 

 

(俺は、俺なんかじゃ……)

 

 

『光輝、俺を信じろ!』

「っ!」

 

 塞がりかけた光輝の思考に、龍太郎の言葉が突き刺さった。

 

 改めて顔を上げると、必死に結界を維持している鈴と、怪我も厭わず戦う龍太郎がいる。

 

 

(俺は──俺は、龍太郎達を信じないのか?)

 

 

 一瞬だけ、後ろを振り返る。

 

 シュウジの隣でこちらを心配そうに見ている雫と、ハジメの周りにいるユエや美空、ティオ達。

 

 

 

 姿が変わっても、言葉を交わすことができなくても変わることのない信頼関係。

 

 

 

 シュウジもハジメも、迷宮に入ってから一目で恋人が偽物か否かを見抜いた。

 

 雫に至っては幼馴染なのに、光輝は見抜けないどころか、誰よりも早く刃を向けてしまった。

 

 

(わかってる、俺の信頼も信用も一方的だった。悔しいが、北野達ほど強い絆じゃない……それでも!)

 

 

 それでも、自分だって龍太郎達を信頼して、背中を預けてきたのだ。

 

 それを証明するためにも、光輝は決断した。

 

「……わかった。頼む!」

『応!』

「うん!」

 

 光輝は、その場でロングソードを掲げて硬直する。

 

 意識を、聖剣(笑)より力の集約が難しいロングソードで〝神威〟を発動することに専念させる。

 

 無論トレントモドキが見逃すはずもなく、木の枝や葉刃、木の実の砲弾が降り注ぐ。

 

「ここは聖域なりて 神敵を通さず! 〝聖絶〟!」

『やらせるかぁ!』

《シングル!》

 

 見越していた鈴が障壁を、それより一歩前に立った龍太郎がプロペラ状のエネルギーを掲げた。

 

 高速で回転するプロペラが枝や木の実などの重い一撃を防ぎ、それを抜ける葉刃を鈴の障壁が抑える。

 

「グォォオオ!」

「龍っち!」

 

 その立ち位置である以上、大部分の攻撃を請け負う龍太郎は一瞬にして傷だらけとなった。

 

 すぐに香織が治癒するが、焼け石に水と言わんばかりにトレントの攻撃は休む暇を与えない。

 

 悲痛な叫びをあげる鈴に、振り返った龍太郎はオーガの顔で不敵に笑う。

 

『言ったろ……お前は、俺が守るってよ』

「龍っち……」

 

 こんな場合だというのに、鈴は胸が高鳴った。

 

「なあハジメ、このコーヒー甘くね?」

「ああ、完全無糖のブラックのはずなのにな」

『二人とも、わかってやってるでしょ』

 

 雫が呆れた目で見れば、テーブルや椅子などを出して寛いでいた二人は笑った。

 

『お前は全力で結界を張れ! キツイのは俺が持ってってやる!』

「っ、あとで絶対休んでよね!」

 

 その言葉通り、正面からのみならず、側面からやってくる重撃にすら龍太郎は全力で対応した。

 

 グッとこみあげるものをこらえながら、鈴はヒビの入っていく結界をすぐに貼り直して踏ん張り続けた。

 

「グゥオオオオ!」

「っぁああ!!」

 

 雄叫びをあげる二人。魔力と精神力を集中させながらも、光輝はそれを見ていた。

 

 

(くそッ! 俺にもっと、もっともっともっともっともっと力があったら!)

 

 

 歯ぎしりをしながらも、詠唱を続ける光輝。

 

 

 

 

──ヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイ

 

 

 

 

 それを邪魔するように昏い声が木霊し。

 

 

(そんなこと……わかってるんだよッ!)

 

 

 激憤しながら、ついに光輝は詠唱を完了した。

 

 ロングソードに膨大な魔力が迸り、太陽のごとく燦然と輝く刀身を見上げ、グッと光輝は柄を握る。

 

「二人とも、いくぞ!」

 

 光輝の合図に、二人がすぐさま防御体制を解除して退く。

 

 それまであと一歩というところで止まっていた攻撃が、光輝を殺さんと殺到した。

 

 

 

 

ヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイ

 

 

 

 

「っぁあああああああああ!!」

 

 それを前にして、脳漿に染み渡るような声を振り払うように光輝はロングソードを振り下ろす。

 

「〝神威(かむい)〟ッ!!!」

 

 戦意、闘志、焦燥──そして嫉妬。

 

 全てを込めたその純白の輝きに──解放の瞬間、ギュボッ!! と音を立て何かが入り込んだ。

 

 柱を横倒しにしたような本流が、赤黒く染まっていく。そして針のような形に収束し突き進んだ。

 

 射線上の地面や木の根などを削り、巨大な〝杭〟がトレントモドキをその攻撃ごと飲み込んだ。

 

「っ、はぁ、はぁ……や、やったか……?」

 

 ごっそりと何かが抜けたような虚無感に襲われながら、光輝は敵を見上げる。

 

「フラグ立てやがった……」

「…………」

『シュー? カップにヒビが……』

「ん、ああ……」

 

 シュウジ達も見守る中、光と共に土煙が晴れる。

 

 そこには……思わず呟いたハジメの信頼とは裏腹に、龍太郎の一撃以上に削られたトレントモドキ。

 

「へえ、思ったよりやるな。あいつあんな強かったか?」

『私も驚きよ……光輝、いつの間にあそこまで……』

「……やっぱり感染してるか

「ん? なんか言ったかシュウジ?」

「いんや、そろそろ復活しそうだなと」

 

 シュウジの言葉に、光輝は慌ててトレントモドキを注視した。

 

 すると、少しずつだが半分以上削れた体を〝樹海現界〟で直しているところだった。

 

「うそ、だろ……」

 

 自分が()()()()()()()()()()()力さえ通じず、光輝は絶望する。

 

「ま、ここらが潮時かね」

「そうだな。天之河もさっきの一撃の時に無意識かわからんが、〝覇潰〟も使って魔力も空っけつだろ」

「それに、この迷宮のコンセプトはつまるところ仲間の絆。あそこまでやりゃあ大丈夫だねぇ」

『龍太郎達もそろそろ苦しそうだし、そうしてあげてちょうだい』

「仰せのままに、お姫様」 

 

 全くもって歯が立たないと思っていたが、思いの外善戦したので十分だろうと判断する二人。

 

 回復こそされているものの、精神的に消耗している龍太郎と鈴も見て、シュウジがカップを置いた。

 

「よし、じゃあハジメ回収頼む」

「了解」

「へっ? う、うわぁ!?」

「わわっ」

「グオッ!?」

 

 手早くクロスビットで三人を回収し、シュウジが立ち上がってトレントモドキに歩み寄った。

 

 既に損傷の六割を回復していたトレントモドキは、新たに現れた敵に迎撃体制を取ろうとするが……

 

「じゃ、削れろ」

 

 瞬時、シュウジの手に形成された黒く脈打つ赤い鎌に根元近くまで刈り取られた。

 

 ズゥン、と思い音を立てて後ろに倒れるトレントモドキ。たった一瞬の決着に光輝達はポカンとした。

 

 エボルトから受け継いだ毒物生成の派生技能〝纏毒〟が付与されたそれにより、トレントは再生できない。

 

「ほい、伐採終了。楽な仕事だったな」

「一撃……俺たちがあんなに苦戦した相手を、一撃で……」

『やっぱ規格外だな……』

「あはは。鈴、自信が打ち砕けそう……」

 

 落ち込む三人の肩に雫が手を置いていく中、ハジメ達はいたって平然とした顔をしていた。

 

 なんともあっさりと終わったことに微妙な雰囲気が漂っている中、突如メキメキという音がする。

 

「っ、まだ再生するのか……?」

 

 光輝の呟く通りに、毒に塗れた切り株の下にある地面が蠢く。

 

 やがて、切り株をどかして地面から木が生え、文字通り再生するように巨木に成長した。

 

 トレントモドキに酷似した見た目の木は、しばらく沈黙した後に幹を左右に割き、洞を作り出した。

 

「さあ、行こうぜ。次のステージだ」

 

 振り返ったシュウジの言葉に従い、ハジメ達は諸々片付けて移動しだした。

 

 最後の回復を済ませた光輝達も追随し、最後にシュウジが中に入った瞬間……入り口が閉じていく。

 

 覚えのある展開に今度はうろたえず、完全にしまってから足元に現れた魔法陣に呆れすらした。

 

「基本転移なんだな……」

「そう。ちなみに次の試練もある意味ばらけるから気をつけてな〜」

 

 核心に触れないシュウジの忠告に、しかしハジメは傍にいたユエと美空、ついでにティオをグッと抱き寄せた。

 

 無意味だとしても、無力に近い三人をもう一度失うなど、ハジメとしては面倒だし……何よりありえない。

 

『ふふ、男前♪』

『……ハジメ』

『う、うう……急に優しくされると困るのじゃ』

 

 さりげない気遣いに喜ぶ三人。

 

 同じように変異している雫は……同様に、忠告したはずのシュウジと手を繋いでいる。

 

『また別れるんじゃなかったの?』

「ん、まあ……なんとなくな」

『そう、なんとなくね』

 

 ふっとゴブリン顔で微笑みながら、雫は手を握り返した。

 

 その雰囲気に触発されたか、シアとウサギが「私も」とハジメに飛びかかった瞬間。

 

 

 

 魔法陣が莫大な光を発し、洞の中を塗りつぶした。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

さて、この迷宮で一番楽しいところだ。

感想カモーン!


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餓狼に理想を。

今回めっちゃ長いです。

ハジメ「前回のあらすじ。勇者がなんか覚醒(笑)してた」

シュウジ「簡潔ゥ!」

ハジメ「それと作者はスランプ気味になってても映画ばっか見てないで執筆しろ。さて、今回は大迷宮の試練だな。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる大樹編!」」


 ハジメ SIDE

 

 

 チュンチュンチュン……

 

 

「んんっ……」

 

 ……小鳥のさえずりが聞こえる。

 

 

 うっすらと目蓋を開けると、途端にカーテンの隙間から差し込む陽光に目を焼かれた。

 

 咄嗟にベッドに潜り込もうとした瞬間、枕元に置いたスマートフォンがけたたましくアラームを鳴らす。

 

 狙いすましたようなその音に、仕方なしと割り切って毛布の中からモゾモゾと這い出した。

 

「ふわあ〜ぁ……」

 

 欠伸をしながら体を起こすのは、とてつもない重労働だ。

 

 睡魔という名の誘惑する悪魔と戦いながら、未だに自分の存在を主張するスマホの音を止めた。

 

「ふぁ、流石に三時までやるのはまずかったかな……」

 

 二度目の欠伸をしながら独り言を呟き、それから部屋の中を見渡した。

 

 

 ここは(ぼく)の部屋ではない。

 

 

 僕の親友の、何度も来慣れた部屋だ。

 

 やけにお洒落なデスクに難解そうな書籍のずらりと並んだ本棚、古めかしいレコードなどなど。

 

 隣の棚には僕も一緒に攻略したゲームのパッケージが並び、その横には……四角い奇妙な箱がある。

 

 部屋に備え付けられた小型テレビにはゲーム機器が繋がれ、付けっぱなしのゲーム画面…

 

 

 ジリリリリリリリッ! 

 

 

「いいっ!?」

 

 昨日寝落ちしたままの部屋を眺めていると、またもやかましい目覚まし時計が鳴った。

 

 僕のではない。

 

 僕が使っていた敷布団の隣に並んだベッドに眠る、この部屋の持ち主のものだ。

 

「ん……んぁ……」

 

 そいつは枕とは逆さまに布団を頭からかぶっていて、そこから足だけを緩慢に突き出した。

 

 それで器用に目覚まし時計を止めると、そのまま足を引っ込めてまた寝息を立て始める。

 

「はぁ、まったく……」

 

 もう見慣れた、()()()()()親友の行動にため息が出てしまう。

 

 

 

「シュウジー! ハジメくーん! 早く起きなさーい!」

 

 

 

 ほら、下からもお呼びがかかった。

 

 想定していたタイミング通りの呼びかけに苦笑いしながら、立ち上がった僕はそいつに近づく。

 

 そうすると、何の躊躇もなく全身でくるまっている布団を引っぺがした。

 

「ほら、起きて! 朝だよ!」

「うぐぉお……ハジメ……あと五分だけくれぃ……」

「なーに言ってんの、そのセリフもう聞き飽きたよ」

 

 まったくこいつは、何年経っても()()いなきゃダメなんだから。

 

 そいつは少しでも日の当たらない場所に行こうと体を縮こませ、足で挟みとった枕で頭を隠す。

 

 実に無駄に器用なその行動にまた溜息を吐いていると、コンコンと扉がノックされた。

 

「はーい?」

「ん、私。入っていい?」

 

 ドアの向こうから、綺麗な声が聞こえた。

 

 聴き慣れたその声に「どうぞ」と返すと、扉が遠慮がちに……なんてことはなく、躊躇なく開けられた。

 

 

 入ってきたのは、もう見慣れた顔。

 

 

 既に呆れた顔でいる黒髪の女の子……幼馴染である美空と、()()()()()()()()だ。

 

 美空と女の子……ユエは、僕と枕を被っているそいつを見比べると、またかと小さく呟いた。

 

「まーたいつもみたいに籠城してるわけ?」

「……往生際が悪い」

「だよねぇ。ほらシュウジ、二人が来たよ」

 

 そう言えば、親友はビクッと体を震わせた。

 

 しかし、僕たち幼馴染三人組の中で一番怖い美空が来ても、そいつはまだ惰眠を貪ろうとしている。

 

 美空達と顔を見合わせ、仕方がないと肩をすくめた僕は最終手段に出ることにした。

 

「そういえば美空、八重樫さんは?」

「下にいるよ。おばさんの朝食作りを手伝ってる」

「そう。おーい八重樫さーん! シュウジが()()()()()で起こしてほしいって──」

「だぁーっ! わかった負けだ! 俺の負けだからそれはよせ!」

 

 あ、起きた。まったく最初から素直にすればいいものを。

 

 ジト目の僕と後ろにいる美空、ユエの視線を受け、そいつはうっと無駄にイケメンな顔を引きつらせた。

 

 

 北野シュウジ。

 

 

 僕の親友で……()()()()()()()()()()時々頼りない、ちょっと天然気味なやつ。

 

 それでもこいつも頼りがいのあるところもあって……と。朝から何考えてるんだろうか、僕。

 

 ちなみにここで言う特別な方法とは、こいつの彼女である八重樫さんに、お茶の間に出せないアレコレを……

 

「はい、今日は五分オーバーね。八重樫さんに報告しとく」

「うぉいハジメン! もう起きたから許してくれない!?」

「……昨日もそう言ってた」

「いい加減学べばいいのに」

 

 二人のツッコミにそっぽを向くシュウジだが、三人で見続けるとそのうち「……明日はちゃんと起きる」とぼやいた。

 

 はいはいと我ながら期待しない返事をしながら、美空達に先に下に行ってもらい支度を始めた。

 

「いやー、いつもすまんなハジメ。お前に頼って」

「まったく、なんで学校の成績とか運動は抜群なくせにこういうとこはだらしないのさ」

 

 着替えながら、これまたお決まりになった会話をする。

 

 こんな風に言い始めてからもう何年になるかわからない。

 

 こいつはすごい所とそれ以外の落差が激しいのだ。だから僕が手助けしてやらないといけない。

 

「なはは、そこはお前がいるからいいんだよ」

「僕で埋めないでよ……ふふ、まったく」

 

 でも、それを悪くないと思うあたり僕はこいつのことが本当に大切な友達なんだろう。

 

 きっとこれからもそうしていく。朝から重いこと考えてるのはわかってるけど、そんな確信がある。

 

 

 

違う

 

 

 

「ん? 何か言った?」

「んにゃ、なんも?」

「そっか。ほら、着替えたら下行くよ。朝ごはんが冷めちゃう」

「ほいほいっと。あ、ハジメそこにゴミが……」

「あだぁっ!?」

 

 床に転がっていた、ポテチか何かの空き袋を踏んですっ転んだ。

 

 ジンジンと痛む後頭部をさすりながら、後ろを見てジロリとシュウジを睨む。

 

「……シュウジ。ゴミをちゃんと片付けろって言ったよね?」

「……ごめんちゃい⭐︎」

 

 

 

 

 

 てへぺろ顔したバカには、とりあえずゲンコツを一発入れた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「まだ(いて)ぇ……」

「ふふ、シューったら」

 

 朝の通学路、五人で歩く平凡な登校。

 

 僕を中心に、左に美空とユエ。

 

 そして右隣に頭をさする(自業自得)シュウジと、その恋人の八重樫さん。

 

 

 彼女は、僕より高いすらりとした完璧な体と、雑誌に載るほどの剣道の達人で、学校でも有名な美人さん。

 

 それが偶々小学生の時に出会い、その時シュウジに助けられた。

 

 まあ助けられたと言っても、プールで幼馴染とはぐれた彼女にシュウジが声をかけ、一緒に探そうとして迷ったのだが。

 

 なんとも()()()()結果だが、必死に探そうとしてくれたシュウジにキュンとしたとか何とか。

 

 我が親友は基本高スペックなくせに、何かと抜けてる所があるので心配は尽きない。

 

 

 

 それ以降粘り強いアタックをかけ続けて、中学生の時にシュウジと恋人になった。

 

 こいつは()()()()()、時々キザな笑顔を浮かべて平気で無茶をしようとする。

 

 そんな時、()()()()()()()()()()()()()()()良き友達でもある彼女は、いつも好意が溢れ出している。

 

「ちゃんと気をつけましょ、ね?」

「これに懲りたら、ちゃんと片付けしてね」

「善処します、はい」

「あい……」

「相変わらず甘いなー、二人は」

「……ん。でもそこがいいところ」

 

 ユエの言葉に照れてしまう。

 

 呆れていた美空も「ま、それもそっか」と言ってくれて、僕はなんとも面映い気分になった。

 

 

 

 こんな生活が始まったのは、ほんの数ヶ月前のこと。

 

 

 

 最初は僕とシュウジ、美空だけだった所に、ある日八重樫さんが加わった。

 

 次に()()()暴漢に捉まっていたユエを僕が助けて、僕の家にホームステイ&僕の学校に転校。

 

 初日に堂々とクラスメイト全員の前で僕に告白し、それに前々からアプローチをかけてきた美空が本気を出した。

 

 元から美空と仲良くしていて目をつけられていた所に、とんでもない美少女が現れたらどうなるか。

 

 

 言っちゃなんだが、僕はいわゆるオタクだ。

 

 

 ゲームとシュウジのフォロー、後は父さんの会社の手伝い漬けの日々を送っている。

 

 そんなやつが美少女達にチヤホヤされていようものなら、まあリア充の方々を筆頭に男子が嫉妬するわけで。

 

 怒り狂い、正気を失った男子どもから逃げ回ること数ヶ月、ようやくこの平穏まで漕ぎ着けた。

 

 シュウジのフォローで世話焼き癖がついているため、多少味方してくれる奴がいたのが幸いか。

 

 

 他にも色々あるのだが、そうして僕の日々は回って…………

 

 

 

 

 

 

 回って、いただろうか? 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、シュウジはこんなに抜けていたか? 頼りなかったか? 

 

 むしろ、周囲との協調をないがしろにしていた僕がうまくフォローされていたような、そんな気がする。

 

 そもそもユエと出会ったのだって、外国だっただろうか? 最初に会ったあの薄暗い場所はどこだった? 

 

 倒したのは本当に暴漢だったか? そんな()()よりももっと恐ろしいものを相手して──

 

「……ジメ、ハジメ!」

「んっ……あ、あれ?」

「……どうしたの? ボーッとしてた」

「あ、ごめん。それでどうしたの?」

「ほらあれ」

 

 ユエに袖を引かれ、美空が指差す方を見る。

 

 すると、見覚えのある綺麗な緑色の髪をした幼い女の子が、うずくまるシュウジの前で狼狽ていた。

 

 困った顔の八重樫さんと同じようにポニーテールにくくられた長髪を振り乱し、おろおろとする幼女の近くには両親がいる。

 

「あー、また股間に突撃されたのか……」

「そうみたい。リベルちゃんは元気だね」

「そうだね……カインさん、ルイネさん、おはようございます」

「ああ、おはよう南雲君」

「今日も調子は良さそうですね」

 

 スーツを着た美女と、眼鏡をかけた知的な男性の夫婦。

 

 以前ちょっとした事で知り合った国会議員のルイネさんと、その秘書のカインさん。そして娘のリベルちゃん。

 

 リベルちゃんはシュウジにとても懐いていて、こうして暴走した結果シュウジが撃沈するのも恒例だ。

 

「いつもすまないな、娘には言い聞かせているのだが……」

「余程彼を気に入っているのでしょう」

「大丈夫ですよ、あいつ無駄に頑丈だから」

「ここは頑丈にならないぞーハジメー……」

 

 おっと、男にしかわからない苦痛に呻く声が。

 

 

 

 少しして復活したシュウジが今度リベルちゃんと遊ぶ事を約束して、一家と別れた僕達は学校へ向かう。

 

「ふぅ、朝から危機一髪だったぜ」

「ごめんね、考えごとしてて気がつかなかったよ」

「いんや、ハジメのせいじゃないさ」

 

 そう言って笑うシュウジに、僕はなるべくこいつを守ろうと、()()()()()に思い直して前を向いた。

 

「……微睡んでいればいい、この心地良い理想に

「ん? 何か言った?」

「何も?」

 

 そう? と答えながら、僕は四人と歩き続けた……どこか、拭きれない違和感を抱えながら。

 

 

 

 

 

「ハジメさぁ──ん!」

「ん、ハジメ」

 

 

 

 

 

 雑談を交わすうちに学校について、下駄箱で靴を履き替えていた時だった。

 

 突如背中に柔らかい衝撃が伝わって、僕はまたかと慌てて後ろを振り返る。

 

「シア! だから僕に抱きつかないでっていつも言ってるでしょ!」

「そんな〜、私の幸せを奪わないでくださいよぉ〜!」

「ん、そう。ハジメは大人しく受け止めるべき」

「ウサギも止めてよ……」

 

 カエルのぬいぐるみを腕に抱き、静かに言うウサギはこてんと首をかしげる。

 

 こりゃ聞く気ないなと思いつつ、美空とユエからの極寒の視線に後ろにひっついているシアをひっぺがした。

 

 ぶーぶーと文句を言いつつも、離れた彼女は淡い青色がかった白髪を揺らして天真爛漫に笑う。

 

 

 この二人も、ユエのように長期の海外留学でうちの学校にやってきている姉妹。

 

 彼女達とその家族がユエのように絡まれているところを助けて以来、ずっとこんな感じでいる。

 

 男としてモテ期が来た事自体は嬉しいけど、胃薬とそろそろ友情が芽生えそうだよ……

 

「シシッ、朝から大変だなハジメ。教室に行ったら白崎さんも待ってるぜ?」

「忘れてたかったのに、言わないでよ……」

 

 

 

 

 

 思わずため息を吐きながら、僕はみんなと一緒に嫉妬渦巻くだろう教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「ふぅ……やっと一日が終わったぁ……」

 

 夜、風呂から上がって早々にベッドに倒れ込む。

 

 

 ああ、今日も大変だった……主に対人関係で。

 

 教室に入って早々白崎さんがやってきて美空達と冷戦状態になるし、シュウジはポカやらかすし。

 

 ユエとシア、ウサギが仲が良いのが救いだ。全員が敵対してたら目も当てられない。

 

 それでもなんとか、どうしてかすごく懐かしいような気がする授業を受けて、騒がしく昼食をとって。

 

 居眠りするシュウジの脇腹を突いて起こし、ティオ先生のセクハラを躱し、レミアさんの代わりにミュウを迎えに行き……

 

 

 

 忙しいけれど、楽しい一日。ずっと続いてきた日常。

 

 

 

 それなのに……

 

「……なんだろう、この感覚は」

 

 何かが違う。何かがおかしい。

 

 

 帰宅中、見かけた暴漢にユエが近接格闘術を披露した時。

 

 

 自分がその時、冷静に戦略分析をしていた時。

 

 

 三日に一度くらいは会ってるはずなのに、ミュウと話すのが久しぶりな気がした時。

 

 

 何よりも……()()()()()()()()何度かシュウジを助けた時。

 

 

 その全てに、僕の中の何かが訴える。

 

 目を覚ませと。こんなはずがないと。

 

 こんなに平穏なのに。こんなに楽しくて、安全で理想的な生活なのに、本能が拒んでいる。

 

「なんで、こんな……」

「おーいハジメ、いるか?」

 

 胸に手を当てて考えていると、窓の方から声がした。

 

 一緒にノックオンがして、カーテンを開けると、すぐ間近にある隣の家の部屋からシュウジが手を伸ばしている。

 

「よっ、まだ起きてたか」

「どうしたの?」

「ちょっとそっち行っていいか?」

「……また落ちかけないでよ?」

 

 気遣い半分、警戒半分でいうと、シュウジは曖昧に笑った。

 

 ……そうじゃないだろ。そんなミス俺がすると思うかい? なんて言って、華麗に飛んでくるだろ。

 

 なんて、浮かんだ自分の考えに驚いているうちにシュウジは窓伝いに入ってくる。

 

 端に寄って場所を開けてやると、シュウジはすぐ隣に座り込んだ。

 

「よっこらせ……いやあ、高くてこえーな」

「飛べるだろ、お前」

「え? 何言ってんだ?」

 

 ……ほんとに何言ってんだろ。人が飛べるわけないのに。

 

「それで、何の用なの?」

「ああいや、実はな……お前に礼を言おうと思って」

「礼?」

 

 鸚鵡返しに聞き返すと、シュウジは照れ臭そうに頬をかく。

 

 ……これも、違っている。お前が礼を言うときは、やけに格好のついた顔をするはずなんだ。

 

「いつも助けてくれて、ありがとな。色々頼ってばかりでさ、情けないけど本当に感謝してる」

「……いきなりどんな心境の変化?」

「いやほら、もうすぐ俺たちの誕生日じゃん」

 

 そうだった。

 

 なんの偶然か、僕とシュウジは生まれた日も、時間さえもほとんど同じなのだ。

 

「この十七年、お前に支えられっぱなしだ。いつか、俺はお前に恩返しできるようになるから……そん時までよろしく頼むわ」

 

 柔和に笑うシュウジは、そのイケメン顔も合わさって、女の子が見れば気弱な王子様のようで。

 

 その笑顔から、瞳から、全幅の信頼を感じる。心の底から僕を頼ってくれていると、そう確信できる。

 

 ああ、そうか……

 

 

 

 

 

「お前、やっぱり違うわ」

 

 

 

 

 

 やっぱりこれは、()()()()だ。

 

「え……?」

北野シュウジ(お前)(おれ)を頼らない。何かを任せることはあっても、俺に負担をかけてなんて、くれないんだよ」

 

 

 そうだ、こいつが抜けてるなんてありえねえ。

 

 

 こいつはいつだって完璧で、気持ち悪いくらいに隙がなくて、補わせてくれる弱点なんか見つからない。

 

 

 俺がこいつをフォローする? 頼りない部分の面倒を見てやる? 

 

 

 ハッ、それこそ()()()だ。

 

 

「…………」

 

 そう宣言すれば、笑っていたシュウジはスッと表情を落とした。

 

 もう惑わされない。ずっと感じていた違和感も、霧をかけたような記憶も元に戻った。

 

 久しぶりに両方見える目をカッ! と見開き、気合と根性で無理やり魔力を放出する。

 

「これは、仮初だ。俺にとって都合のいい、俺が溺れてもいいと思えるような、そんな甘い絹糸だ」

 

 確かに、美空もユエもシアもウサギも、その他も全て理想のような関係だった。

 

 〝たとえ全部忘れてしまっても〟だなんて、心底馬鹿げたことすら思えてしまうようなものだ。

 

 

 だが、この世界のユエはいくつもの死線をくぐり抜け、共にこの世界を抜け出すことを誓ったユエか? 

 

 

 あの穏やかでしかないウサギは、奈落の底で最初に俺に生きる意志を与えてくれた恩人か? 

 

 

 

 

 何よりも許せないのは──こんな無力で、惨めったらしい面構えのクソ人形が、俺の親友だと? 

 

 

 

 

「ふざけるな。ふざけるなよハルツィナ。あいつはな、俺の知る人間の中で誰よりも強いんだよ!」

 

 流されかけた自分に、この最悪の試練に怒りを向け、ギリギリと歯を食い縛る。

 

 それを抑えるために、俺は思い切り自分の頬を殴り抜いて……それから大迷宮の作った親友を見た。

 

「……お前は、弱ってなんてくれない」

「何故? お前はずっと俺を支えることを、頼られることを望んでいたのに」

 

 無機質に、試すように聞いてくる人形。

 

 ニヤリと笑む。ああ、そういう魂胆なら付き合ってやるよ。

 

「お前は、肝心なところで俺たちを巻き込んでくれない」

「何故? お前はずっと俺を止め、平穏にいることを望んでいたのに」

「お前は、俺達に気を許していながら俺達の前でだけはだらしなさを見せない」

「何故? お前は何もかも委ね、寄りかかってすらくれることを望んでいたのに」

 

 ああ、そうだ。

 

 俺の言葉。この人形の言葉。

 

 どちらも本物。どちらも正解。鏡ですらない。

 

 全部、俺の願望だ。

 

「ここにいればいい。ここは理想の世界、お前が俺を救える世界。ユエもいる、美空もいる。他の皆もいる。ならば……」

「幸せだろって? ──馬鹿野郎。俺とあいつの約束はな、こんなおままごとで満足できるような軽いもんじゃねえんだよ」

 

 あいつが死ぬのを止めた時。

 

 俺が生まれて初めてあいつに勝って、本音で語り合って、本気の本気で拳で語り合った時。

 

 

 

 ──俺がお前を支えてやる! お前が自分を認められないっていうなら、俺が認めてやる! 前を向くのが怖いっていうなら、一緒に見てやる! お前が、これまで俺にそうしてくれたみたいに! 

 

 

 

 涙も怒りも悲しみも苦しさも全部全部込めて……ただ、それだけを言ったんだ。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「あの日に誓った。誓ったんだよ、あいつと! 誰より認めるって、一緒に歩くって!」

 

 こんなところで立ち止まってなんかいられない。

 

 吐き気がするクソ甘い理想で溺死している暇があるのなら、俺はヘドロにだって食らいつく。

 

 歯を食いしばって、腕を伸ばして、足をばたつかせて、どんなに不格好でも追いかけるんだ。

 

「俺の理想で、あいつを歪ませるなど許せない。俺の願望で、あいつが弱くなるなど間違ってる」

 

 

 

 俺のわがままであいつを捻じ曲げるなんて──そんなの、死んだほうがマシだ。

 

 

 

「あいつは誰かの定めた枠になんか収まらない。いつだって飛び抜けてて、だから俺はその首根っこ掴んで引きずり下ろして、無理やりにでも歩幅合わせんだ!!!」

 

 

 

 力の限り叫び、魔力でこの世界をぶっ叩く。

 

 

 

 消費しすぎて倦怠感が襲うが、そんなの気にせずこの箱庭に抗い続ける。

 

 

 

「だから! 俺のちっぽけな理想など! 俺の想像できる程度のあいつなど、思い通りになる仲間など!」

 

 

 

 全て!! 全て!!! 全てッ!!!!! 

 

 

 

「消えて、なくなれェエエエエエエエエエッ!!!!!!!!」

 

 紅蓮に染まり、ひび割れた世界で最後の咆哮をあげた、その瞬間。

 

 

 

 

 

 バリィインッ!!! 

 

 

 

 

 

 世界が、()()()()()()

 

 世界の欠片が、ガラスの破片のように宙を舞う。

 

 それはゆっくりと落ちていき……そして、俺が立っている()()()()()に着地した。

 

 

 俺は今、無数に積み重なった人の上に立っている。

 

 

 誰も彼も動かず、まるで死体の山の上に立っている気分だが……まあ、さっきよりかはマシだ。

 

「──そう。だからこそお前はお前だ。南雲ハジメ」

「……てっきり、解放者がクリア通知でもしに来ると思ったんだがな」

 

 意識は沈まない。むしろはっきりとしている。

 

 いつの間にか戻った服装を確認しながら、俺は喋りかけてきた声の方向に振り向いた。

 

 そこに立っていたのは──グリューエンで俺達を助けた、あの爺さん。

 

「決して満足しない。飢えた狼のようにどこまでも、どこまでも求める。それは純粋にして明快なる本能だ」

「人のことを犬畜生呼ばわりとは、随分と舐めてくれるな?」

「まあ、どれだけ歳食っても変わらないんだ。そう言いたくもなる」

 

 肩を竦める爺さん。

 

 どれだけ歳を重ねても、か……あの時は思考的に余裕はなかったが、一目見て何となくわかってた。

 

 それにこの前、シアと二人でいた時に義眼の中に一瞬だけ映ったあの光景。

 

 疑念が確信になった。

 

 この瞬間、このタイミングで現れるなんて、あまりに大きすぎるヒントだ。

 

「何を望む?」

「お前と同じものを。当たり前だろう?」

 

 だって俺は……という続きを目で語る爺さん。

 

 俺は笑い、続きを投げかけた。

 

「必ず半ばで力尽きるぞ」

「俺は失敗を知っている。二度はない」

「それが届かない理想だと解ってるのにか?」

「届くさ。そのために()()()()()()()()

 

 両手を広げ、何かを見せつける爺さん。

 

 俺は少しの間、視線を右往左往させて……それから「ああ」、と小さく呟いた。

 

 

 

「これ、()()()()

 

 

 

 そう呟けば、ずっと不自然に暗かったそいつらの色んな顔が見えて。

 

 

 喜び。楽しさ。慈しみ。友情。愛情。

 

 

 怒り。悲しみ。苦しみ。憎しみ。恐怖。

 

 

 全部捨てた。きっとそれ以外にも、たくさんたくさん。

 

 数え切れないくらいに削ぎ落として、抉り取った。

 

「残ったのは一本の芯だけ、か……」

「お似合いだろう?」

()()()を失ったのなら、これほどふさわしい光景もねえよ」

 

 自嘲気味に笑う顔が、爺さんと重なった。

 

 ああ、俺は……()()は。

 

「飢えた狼、だな」

「腹を満たすには理想が必要だ。手足を動かすには願望が必要だ。走り抜くためには……溢れかえるほどの覚悟が必要だ」

 

 きっとこいつは、その全てを手に入れて。

 

 そして、それ以外の全てを捨てたんだ。

 

「お前を辿れば届くのか?」

「バカタレ、それじゃ遅い。俺の背中を踏んで跳び越えろ」

「今から歩いて間に合うか?」

「死ぬ気で走れ。心臓が止まっても走り続けろ」

「あいつは……救えるか?」

 

 その問いにだけは、少しの間沈黙して。

 

 

 

「そうしなきゃ、失ったものに釣り合いが取れないさ」

 

 

 

 そう、寂しそうに笑った。

 

 その顔にあっけに取られていると、不意にずぶりと自分の両足が沈み込んだ。

 

 驚いて下を見ると、足場になっていた背中や手足が崩れて、生まれた穴の中に引きずり込まれる。

 

「また会おう、南雲ハジメ。俺とは違う、同じ結末を望む者よ」

「……次にもう一回会う時までにそのしかめっ面をどうにかしやがれ、クソジジイ」

「できるかどうかは自分に聞け、ケツの青い若造が」

 

 黒い、ひどく見覚えのある帽子をかぶって踵を返す。

 

 

 

 

 

 その様子を見送って──俺は、自ら目を閉じた。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回は勇者(笑)回!

感想が来れば来るだけ自分は寿命(メンタル)が延びます。


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愚者には夢を。



【挿絵表示】
 うちの光輝です←えっ

ハジメ「ハジメだ。前回は俺の内容だったが…原作だと惚気だったのがなぜ少年漫画展開に?」

男の友情って…ええやん?

シュウジ「はいはいぼっちぼっち。で、今回は原作には絶対なかっただろう勇者(笑)の話だな。つまりほぼオリジナル。読み飛ばしていいよ」

エボルト「よくねえよ。ま、楽しんでってくれ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 光輝 SIDE

 

「1本! そこまで!」

「っ!」

 

 鋭い声に、ハッと我を取り戻す。

 

 目の前を見ると……俺の面で尻餅をついた、剣道の防具を着た対戦相手がいた。

 

 

 次の瞬間、ワッと喝采が上がる。

 

 

 その声と審判があげた旗、そして自分の視界を遮っている面マスクを見て、ぼんやりとした頭が冴えはじめる。

 

 ……そう、そうだった。今日は近所の強豪校との練習試合で、俺は雫の道場の門下生として参加した。

 

 

 そして俺は、相手の大将に勝ったのだ。

 

 勝利の余韻と達成感に浸りつつも、立ち上がった相手に慌てて対戦が終わる時の動きを取る。

 

 竹刀を納め、礼をする。

 

 それから八重樫流の仲間達の所に戻ると、みんなが口々に俺をたたえながら出迎えた。

 

「やっぱり天之河はすげえよ!」

「いや、みんながいたからこその勝ちだよ」

「ったく、このイケメンめ!」

 

 茶化してくる門下生にはは、と曖昧に笑う。

 

 どうしてだろう。試合に勝って嬉しいはずなのに、何故なのか致命的にズレている気がする。

 

 そもそも、俺はこんなところで剣道の試合なんてしている場合だったか? もっと別に、やるべきことが……

 

 いや、そんなはずはない。これでいいはずだ。俺は勝った、いつも通りに皆の期待に応えた。

 

 それでいいじゃないか。

 

「天之河なら、そのうち北野さんにも勝てるかもな!」

「っ……」

 

 北野。そうだ、あいつはどこにいる? 

 

 観客席を見渡す。しかし、龍太郎達やクラスメイトの女の子達はいるものの、あいつはいなかった。

 

 最初からいるはずがない。確かにあいつは雫の彼氏だけど、俺の試合なんて絶対に見にこない。

 

 

 それこそおかしくはないか? あいつは雫と付き合ってるんだから、八重樫流の試合は見に来て当然だ

 

 

 

 いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 

 今この場所に、()()()()()()()、学校以外で北野と会うことなんて……

 

「すごかったよ光輝くーん!」

「っ!」

 

 よくわからない葛藤に苛まれていると、香織の声が聞こえた。

 

 顔をあげると、龍太郎や雫と一緒の所に座っている香織は、こちらに手を振ってくれている。

 

 とりあえず、手を振り返そうとして──香織の隣に座っていた、クラスメイトに目が行った。

 

「御、堂……?」

 

 日本人なのに、外国人の人のように綺麗な金髪の、とても美しい女の子。

 

 彼女は他のクラスメイトの女子達と同じような、うっとりとした顔で俺のことを見ていて……

 

 

 違う、違う! あれは御堂じゃない! 

 

 

 御堂は俺をあんな顔で見ない! あんな好意を抱いたような、そんな顔はしないはずだ! 

 

 あれは、あれは一体──

 

「天之河? ボーッとしてどうしたんだよ?」

「っ。いや、なんでもない……ちょっと疲れたのかもしれないな」

 

 ……今、一瞬感じた酷い不快感はなんだ? 

 

 御堂は学校でもそうしているように、香織達と一緒にいる。それだけのことじゃないか。

 

 なのに俺は、どうして女の子に対してあんなことを思ったのだろう。本当に疲れてるのか? 

 

「そっか。ほら、挨拶が始まるぜ」

「あ、ああ」

 

 促されるまま、相手校の人達と向かい合って最後の挨拶をする。

 

 結果は俺たち八重樫流道場の勝ち。雫のお父さんと相手の顧問の人が握手をして、にこやかに会話していた。

 

 俺はそれをぼんやりと聞きながら、試合が終わったことで帰り始めた観客達を眺める。

 

「…………」

「天之河、左肩どうした?」

「……え?」

「いや、ずっと抑えてるけど。痛めたのか?」

「あ、いや、平気です」

 

 年上の門下生に言われ、慌てて無意識に掴んでいた僧帽筋のあたりから手を離した。

 

 

 一通りのやり取りを終えると、互いに礼をして練習試合は終わった。

 

 

 俺達は雫のお父さん……師範代に今日の健闘への称賛と今後の改善点を言い渡され、労われる。

 

 解散した後も、更衣室で互いの試合についての感想を交わした。その時また褒められて、少し恥ずかしかったが。

 

 打ち上げに行かないかと誘われたが、妙に気分が落ち着かないので辞退させてもらった。

 

「ん? あれって……」

 

 体育館を出たところで、ふとあるものを見かける。

 

 ここは学校のものではなく、申請すれば誰でも使うことのできる公共の体育館だ。

 

 そのため、外に出るとすぐそこにある駐車場や、ちょっとした広場のようなものがあるのだが……

 

「あの、やめてください」

「いいじゃんいいじゃん。君、あの道場の子?」

「いや、あの天之河とかいうやつの学校の子だろ。めっちゃ可愛いじゃん」

 

 そこで御堂が、今日の相手校のやつらに囲まれていた。

 

 試合で相手した選手ではない。その応援に来ていた、ひと目見て不良とわかるような軽薄なやつらだ。

 

 近くに龍太郎や他のクラスメイト達はいない。きっと一人で帰ろうとしたところをからまれたのだろう。

 

 

 御堂は学校でも一、二を争うくらいに美人だ。

 

 香織や雫もそういう意味では有名だけど、彼女は派手な見た目に反して大人しく、話を聞くのが上手い。

 

 庇護欲を掻き立てられる、と言うとなんだか小動物扱いしてるみたいだが、とにかくそういう女の子で。

 

 

 きっとあのままでは、あいつらに何かおかしなことをされるかもしれない。助けなくては。

 

 ……けど、俺の助けなんか必要か? 

 

 だって御堂は、俺よりもずっと強い。あんな奴ら歯牙にも掛けないで蹴散らせてしまう。

 

 いやいや、何を考えてるんだ俺は。御堂が強いはずがないだろう? 

 

 さっき大人しいって自分で考えてたじゃないか。何もしなきゃ、御堂は危険な目に遭ってしまう。

 

 

 

 だったら、俺が守ってやらないと

 

 

 

 そう思って、俺は不良達に走り出した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「お前ら、何やってるんだ!」

「ああ? ……チッ、王子様のご登場かよ」

「行こうぜ」

 

 走り寄ると、そそくさと不良達はどこかへ行ってしまった。

 

 すぐに逃げ出してしまった不良達の背中を見送って、俺は目の前にいる御堂を見下ろす。

 

「御堂、大丈夫だったか?」

「うん。ありがとう天之河くん」

「よかった……」

「あの人達は怖かったけど、天之河くんが来てくれたからもう平気だよ」

 

 柔和に笑い、宝石のような緑色の目で俺を見上げてくる御堂。

 

 確か、お母さんが外国人で、お父さんが日本人のハーフだったっけ。その仕草にドキリとしてしまう。

 

「どうせなら、家まで送っていこうか?」

「え、いいの?」

「ああ。またああいうのに出会す可能性もあるしさ」

「それじゃあ……お願いしようかな」

「任せてくれ」

 

 俺は、御堂を送るために彼女と一緒に歩き出した。

 

 周囲はもう薄暗い。試合で熱っていた体は既に冷めて、吹き抜ける風が少し冷たい。

 

 御堂の家は少し遠くのようで、体育館からそう遠くない駅で電車に乗る。

 

「わざわざ応援に来てくれてありがとう」

「天之河くん、今日の試合凄かったね」

「そうか?」

「うん。相手は手も足も出ないって感じだったよ」

 

 電車の中、小さな声で会話を交わす。

 

 普段頻繁に話すわけでもないのに、話していてもあまり新鮮さを感じない。

 

 彼女は龍太郎達みたいにいつも一緒にいるってわけじゃなくて、単にクラスメイトの一人だったはず。

 

 けれど何故か……理由はわからないけど、気を引かれる自分がいる。

 

「でも、まだまだ強くならないと」

「天之河くんって努力家なんだね。もしかして勝ちたい相手がいるとか?」

「勝ちたい相手、か……」

 

 そう言われ、真っ先に思い浮かんだのは一人の男の顔。

 

 剣の腕という意味では師範代だけど……それよりも心情的なもので、あいつにはいつか勝ちたい。

 

 いや、勝てなくてもいい。それでもせめて、あいつのやり方と同じくらいに貫けるものを持てれば……

 

「いるにはいるけど、でもそうじゃない気がするんだ」

「あ、わかった。それじゃあ好きな子がいて、その子のためとか!」

「好きな子、か……」

 

 次に思い浮かんだのは、なぜか南雲とあいつに話しかける香織の姿だった。

 

 あまりやる気のない……本当にそうかは記憶が曖昧だが……南雲に、香織は積極的に関わろうとする。

 

 それに胸が少し痛んで……でも、俺にとってそれはもう大切なことではない。

 

 いつの間にか、そうなっていた。

 

 

 じゃあ、そうでないとしたら……俺が好きな相手は? と言われると、よくわからない。

 

 女の子と話していると、友達は「天之河なら選り取り見取りだよな」などと言う。

 

 もちろんそんな不誠実なことはしない。そんなことしてられないくらい、やるべき事が他に……

 

「それなら……私、少し困るな」

「え?」

「だって、私も……天之河くんをずっと見てるから」

 

 恥ずかしそうに、赤くなった顔で囁くように御堂はそう言ってきた。

 

 上目遣いというのだろうか、下から覗き込むような目に、俺の胸は高鳴って……

 

 

 

 

 ──その言葉を投げかけるには、貴方は弱すぎますわ。

 

 

 

「っ!」

 

 誰かの言葉が、脳裏をよぎった。

 

 今の声は確か、俺に大切なことを気付かせてくれた……

 

「天之河くん? 大丈夫?」

「あ……俺、ぼうっとしてたか?」

「うん」

 

 すっと、御堂の綺麗な手が俺の頬に添えられた。

 

 細い指は柔らかくて、うまく言葉を組み立てられず口を開閉させる。

 

「とても強い相手に勝って、夢見心地だったりするのかな?」

「えっ、と……」

「ふふ、今はいいんじゃない? せっかく頑張ったんだから……その夢のような気持ちに浸ったままで」

 

 柔らかく微笑んで、俺に囁いてくる御堂。

 

「……今日は、随分優しいんだな」

「今日はって?」

「……なんでもない」

 

 何かおかしい。今日は変なことばかり考えている。

 

 そう、御堂はいつもこうだ。誰にでも優しくて、人のことを気遣える優しい女の子。

 

 

 

 だから……御堂が冷酷で残虐非道な、いつも人を見下している傲慢なやつだなんて妄想は、今すぐやめなくては。

 

 

 

 頭の中にちらつく、彼女の不遜な笑みをかき消して。

 

 頬に添えられた手にそっと触れて引き離すと、優しく微笑みかけた。

 

「心配してくれてありがとう。でも俺は、大丈夫だ」

「それならいいけど……あ、この駅なの」

 

 ゆったりとした口調で車内に到着が告げられて、すぐ側のドアが開く。

 

「ほら天之河くん、早く早く!」

「あ、ちょっと待ってくれ!」

 

 御堂と一緒に降りて、小走りに改札へと向かう彼女を追いかけた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 駅を出て、それからの道中は何気ない会話に使われた。

 

 

 学校のこと、香織達とのこと、趣味の話なんかもして。

 

「鈴ちゃんがまた恵里ちゃんに止められてね……」

「そうか。あの二人はいつも仲がいいよな」

「というより、いいコンビってところかな?」

 

 ああ、心地良い。

 

 今日試合した相手は、県内でも有数の強豪校だった。そんな強者に俺は勝った。

 

 門下生の仲間にも、香織達にも褒められて。きっと明日学校に行けば、クラスメイト達も俺を凄いと言ってくれる。

 

 俺が認められる場所。俺の力が通じる世界。

 

 

 

 俺が、正しく俺のしたいようにできる、そんな世界。

 

 

 

 そこには香織達も……御堂もいて。

 

 今こうしているように、彼女は俺に笑いかけてくれる。優しい言葉をくれて、認めてくれるんだ。

 

 ずっとこれでいい。このままがいい。そうすれば俺はきっと、いつまでも幸せでいられるんだ。

 

 

 

 ああ……だから、俺が弱い世界はいらない。

 

 

 

 苦悩に喘ぎ、暗闇の中でがむしゃらに答えを探す必要なんてない。

 

 そう…………だから……これ、で……

 

 

 

「いいわけが………………ない」

 

 

 

 俺は、立ち止まった。

 

「? 天之河くん、いきなり止まってどうしたの?」

 

 数メートル先を行っていた彼女は、こちらを振り返って、今度はどうしたのかと心配そうに眉を落とす。

 

「……違う。違うんだよ、御堂。お前は、俺にだけはそんな顔はしないんだ」

「天之河くん? 何を言って……」

 

 

 

 ──まるで芋虫の歩みの如き自覚の遅さですわね。

 

 

 

「君は。お前は、俺が何かに甘えて考えるのをやめることを許さず……嘲笑うんだ」

 

 

 

 ──少しは成長したと思っていましたが、一歩か二歩の違いでしたか。ここまで愚かだとむしろ笑えてきますわね。

 

 

 

「お前は、俺が変わったと自分で思ってもそれを肯定したりしないで……鼻で笑って蹴り飛ばすんだ」

 

 御堂英子は、天之河光輝を絶対に肯定しない。

 

 優しい言葉も、甘い言葉も、ましてや励ます言葉も、俺なんかには与える価値もないと見下して。

 

 必ず俺の醜いところを言い当てて、現実を突きつけてくれる。

 

 そんな、誰より厳しい女の子だ。

 

「これが夢なのか幻なのか、俺には分からない。けどお前は、決して御堂じゃな」

 

 

 

 

 

          チガウ

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 なんだ……今、視界に文字みたいなものが……

 

 

 

コレが現実ダ。コれが俺ノ世界だ。これコそガ望ンでイタモノなんダ。

 

 

 

 今度は、はっきりと見えた。血で書いたようなおぞましい文字だ。

 

 これはなんだ? これもこの幻の一部なのか? 

 

 けど、正体がなんだとしても……

 

「違う! 確かに俺はこんなものを望んでいたこともあった……でも今は、それより求めるものがあるんだ!」

 

 そうだ、俺は御堂に言ったんだ。あるかもわからない甘い夢を求め、その果てに強さがあると信じて進むと。

 

 甘い夢に浸り、自分を全ての中心だと思い込む俺を受け入れてくれる、そんな彼女は求めてない。

 

 あれもこれも何もかも蹴散らして、俺の全てを否定してくれることさえも望んだんだ! 

 

 

 

ほんんんんンンンンとととヴヴヴににににニニに? オマまママママええええええええが否定サレツヅけルルルルルるるルルルせせせかかかかカカイイいいいいいいヲをををヲヲ??? 

 

 

 

「ああそうだ! どんなに辛くても、それでも俺は現実の先に夢を追いかける!」

 

 

 

チガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ

 

 

 

 視界が、赤い文字に覆われていく。

 

 アスファルトも、コンクリートの地面も、俺を見つめる御堂の形をしたものも、全てが赤くなっていく。

 

 

 

ズクッ! ズクッ! ズクッ! 

 

 

 

 それだけじゃない……肩が、痛い! 

 

 燃えるような、いいや違う。まるで少しずつ、神経の一本一本を切られているように痛む! 

 

「ぐ、ぁ……!」

 

 思わずその場で膝をつく。

 

 僧帽筋を引きちぎらんばかりに服の上から握りしめ、爪を立てて、痛みを痛みで上塗りしようとした。

 

 

 

ズズズズズッととトトとトととととととゆゆゆゆゆユユユゆゆゆゆメメメメメメめめめめメメメメメメメノノノノのなななナナカカカカににににににニニニニににニにににに

 

 

 

「うる……さい……! 俺の、中から……でて、いけ……!」

 

 歯を食いしばり、そう言葉を絞り出す。

 

 

 

何故? 

 

 

 

 そうしたら、急に痛みが止まって。

 

「え」

 

 

 

 

 

 

 

俺は、お前なのに

 

 

 

 

 

 

 

「うっ、うわああああああぁぁあああああああァア──────────ッ!?」

 

 振り返り、がっぱりと開いた傷口から顔を覗かせた()()()()、悲鳴を上げて意識を手放した。

 




完全に主旨がホラー。

読んでいただき、ありがとうございます。

感想をいただけると…自分が喜ぶよ!


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そして道化に、狂おしいほどの満足(終末)を。

今回も超長いよ。

ハジメ「ハジメだ。前回は天之河がティオの同類になったな」

シュウジ「よーし殴っていいんだな?」

光輝「待て!俺は変態でも被虐趣味でもないぞ!」

シュウジ「問答無用!」

光輝「こ、殺されるっ!?」


ギャーギャー


ハジメ「しばらく追いかけっこしてるなありゃ…で、今回はシュウジの話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 シュウジ SIDE

 

 

 

「……ュー、シュー?」

「ん……」

 

 呼ばれる声に、ふと瞼を開ける。

 

「シュー、どうしたの?」

 

 隣を振り向く。

 

 するとそこには、まあなんと()()()()()()()高校の制服を着た雫がいるではないか。

 

 柔らかく吹く暖かい風に髪を抑える様は、ただ歩いているだけでまるで絵画のように綺麗だ。

 

「ん、雫か。やっぱりその格好似合うな」

「そう? ふふ、嬉しい」

 

 んー可愛い。もうこの微笑みは美の女神なんて目じゃないわ。

 

 

《始まって早々延々と惚気るのはよせ》

 

 

 お、エボルトか。

 

 始まって、ってことはやっぱりもう試練は始まってるんだな? 

 

《お前内容知ってるだろ?》

 

 そうだけど、ちょっとうたた寝して夢を見てましたー、なんて展開もあるかもと思ってな。

 

 記憶がそのまま保持されてるのは……お前がいる影響だな。大迷宮の干渉を防いでくれたんだろ? 

 

《丁寧な解説どうも。だが気をつけろ、一切の戦闘能力を奪われてる》

 

 まさしく儚い夢の中、ってわけか。

 

 

 

 ここは理想の世界。

 

 

 

 あの転移の魔法陣によって読み取られた挑戦者の記憶、経験から形作られるひと時の夢の中。

 

 深層心理で望んでいるIFの可能性すら加えた、なんとも都合の良く居心地の良さそうな幻だ。

 

 

 

 クリア方法はわかってる。どうすればこの夢の中に溺れないのか、その心構えも知っている。

 

 魔法や暗殺術だけが俺の武器じゃあない。簡単だが自己的な心理操作だって、お手の物だ。

 

「まあ、しばらくはこの世界を楽しむか」

 

 どんな感じか、ちょっと期待してたしネ。

 

 

《程々で切り上げろよー》

 

 

 ハジメ達も待たせられないからな。

 

「シュー、今日はうちに来ない?」

「おっ、いいねえ。じゃあこのまま行こうか」

「一度帰らなくていいの?」

「こんな事もあろうかと、実は登校した時にそこの校門の裏の草陰に荷物を隠しておいたんだ」

「あらお見通し。それなら気兼ねせずに呼べるわね」

 

 クスッと笑う雫。

 

 ちなみにこれは、昔本当にあった事だ。前日の雫の仕草や視線の意味、電話中の声音などから推測した。

 

 時々突発的に誘ってくることがあるので、雫自身驚く事もなく彼女の家に一緒に帰った。

 

「でもその前に……あれ、どうにかしたほうがいいんじゃない?」

「ん? なんのこと……っと」

 

 雫の視線の先を見て、次の俺の言葉は「あー」という慣れたものを見る時のものだった。

 

 前方数メートル先。そこではまだ地球にいた頃の姿のハジメがユエ達とわちゃわちゃしてる。

 

 右腕に美空、左腕にユエ。背中からシアさんとウサギが抱きつき、ユエを引き剥がそうと白っちゃんが狙っている。

 

 全員雫と同じ格好、つまりは俺達の学校の制服。いつもの衣装を知っているとコスプレじみている。

 

 おまけに後ろ、校舎の方から変態的な視線が……多分ティオさんを元に作られた幻覚だろう。

 

 

《いつも通りだな》

 

 

 いつも通りすぎて驚きもしないね。

 

「しかし、そうか……」

 

 俺の中で一番平和だった時代をベースに世界を作り、そこに俺の大事だと認識している人物を再現する。

 

 思った以上に精巧だ。女神の知識で知ってはいたが、これは予想以上に楽しめるかもしれん。

 

 

《アトラクション感覚で行われる試練とは(真顔)》

 

 

 こ、これは一体……とかテンプレな反応、ちょっとやってみたかった。

 

「まーほっといても平気でしょ。そのうち収まるよ」

「またそんなこと言って。あとで南雲君が怒り狂うわよ?」

「おっとそいつはいけねえ、ちょいと今日のことも報告がてらフォローしてくるわ」

「いってらっしゃい」

 

 雫に見送られ、俺は歩くスピードを上げてハジメ達に近寄る。

 

 距離はたったの三メートル。

 

 もうハジメ達は校門の目と鼻の先にいて、敷地から出るまで何秒もかからないだろう。

 

「……ッ!」

 

 その時、見えた。

 

 校門の影……そこで身を潜めて、ハジメのことを恨めしげに睨みつけている一人の男の姿が。

 

 

 自慢になるが、俺は目がいい。

 

 

 7歳の時にネビュラガスを注入し、極限まで肉体を鍛えた影響だ。

 

 その五感はこの世界でも反映されているようで……だから、その男が手に持っているものも見えちまった。

 

「チッ、ハジメ!」

 

 肩に引っ掛けていた鞄を投げ捨て、全力で走り出す。

 

 いつもよりかなり遅い。それでもハジメを()()()()()に、俺は両足を動かした。

 

「? シュウジ、どうかして──」

 

 校門を出る直前で立ち止まったハジメとユエ達が、こちらを振り向く。

 

 正面からハジメ達の目線が外れた、その瞬間を狙いすまして男は物陰から飛び出した。

 

「南雲ぉおおおおおおおおッ!」

「っ!? 檜山く──」

「死ねぇえええええええええ!」

 

 出てきたのは、いつぞや奈落に俺達を突き落としてくれた産業廃棄物一号。

 

 その手にキラリと光るのは、刃を半分以上も露出させたカッターナイフ。ぶっちゃけ貧弱な得物だ。

 

 だがしかし……戦う手段を何もかも奪われたこの世界じゃ、とんでもない凶器になる。

 

 

 

「ハジ、メぇえええええええっ!」

 

 

 

 だから俺は、あと一メートルの所まで走ったところでほぼジャンプしてハジメに近づいて。

 

 硬直していた親友の胸に、檜山が涎を撒き散らしながら血走った目でカッターを突き出し──

 

 

 

 ドスッ、と。鈍い音がした。

 

 

 

「ぐ、ぁ……」

 

 ポタリ、ポタリと血が落ちる。

 

 カッターの切っ先は薄い学校指定のシャツを簡単に貫いて、相手の内臓に深い傷をつけた。

 

 小さなプラスチックとアルミでできた凶刃を伝い、一滴また一滴と血が地面に落ちて染みていく。

 

 

 

「は、は。案外、いてぇもんだ、な……」

 

 

 

 その血は、俺の腹から溢れてた。

 

「シュウジッ!?」

 

 ああクソ……腹が焼けるように痛え。

 

 長らく忘れていた刃の痛み。この世界に来てからだって、アベルのジジイに一度受けただけだ。

 

 そんなことを思い出していると、檜山がフラフラと後ろに下がって、カッターが腹から抜けた。

 

 途端にボタボタと音が大きくなり、出血の量が夥しくなる。

 

「かふっ……雑誌でも入れとくんだった……」

「お、俺は悪くない! 南雲が調子乗ってるから悪いんだ! き、キモいオタクのくせに調子に──」

「テメェの無駄口は…………聞き飽きてんだよっ!」

 

 残った力を振り絞り、思い切り檜山を殴りつける。

 

 我ながら綺麗なフックは檜山の顎の骨を砕き、そのままひっくり返ったゴミ野郎は動かなくなった。

 

「ナイス、パーンチ……」

 

 そこで限界がやってきて、俺も無様にぶっ倒れた。

 

「「「「シュウジ!」」」」

「シュウジさん!」

「シューッ!」

 

 ハジメ達の……声が聞こえる。

 

 ドクドクと流れ出る血は止まることを知らず、掌で押さえつけても馬鹿みたいに止まらねえ。

 

 痛い。いや寒い。つーか熱い。

 

 これも幻の一部なんだろうけど、ここまでリアルじゃなくてもよくないですかね。

 

「──ジ、しっ──して!」

「ユ──ん、きゅうきゅ──を!」

「わかっ……る……!」

 

 耳が遠くなってきた。ハジメか、雫か、ユエ達の誰かが救急車を呼ぶ声がする。

 

「シュウジ、シュウジッ!」

「おー……平気かーハジメー……」

「馬鹿野郎っ! なんでこんな、こんなことしたんだよ!」

「決まって、んだろ……これが、俺の……やく、め……」

「……シュウジ? シュウジ、ダメだ! 目を閉じちゃダメだ!」

 

 必死で体を揺さぶってくる幻のハジメ。

 

 たとえそれが偽物でも……守れてよかったななどと軽く考えるのは、これが幻だと知ってるからか。

 

 それにしても、こいつはたまげた……俺の理想の世界とやらの指向性が、だんだんと解ってきた。

 

 

《疑似的な死を味わうとはな……お前の理想とやらはさぞ歪んでるらしい》

 

 

 ああ、まったくもってその通り。

 

 そうエボルトに答えようとした途中で、俺の意識は暗闇に頭から落ちていった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「──あなた? こんな所で何してるの?」

「っ!」

 

 次の瞬間、後ろから聞こえた声にハッとする。

 

 馴染み深い声、けれど一度も使われたことのない呼び方。

 

 後ろを振り返る。

 

 

 すると、これはどうしたことか。

 

 

 そこにはなんと、和服を着た雫がいるではないか。

 

 風呂上がりなのか頬は上気し、艶やかな長い髪は縛られることなく下ろされている。

 

 その顔立ちは、俺の知る雫より大人びていて……そして何より、彼女の腹部は不自然に膨らんでいた。

 

 なるほどな。次は()()()()()()か。

 

「ん、ちょっと風にあたってた」

「そう……隣、行っていい?」

「どうぞどうぞ」

 

 いつもよりややぎこちない動きで、雫は俺の横に腰を下ろす。

 

 お腹が重いのか、それだけの動きで深く息を吐いた雫の肩に、羽織っていた上着を脱いでかけた。

 

「ありがとう」

「体を冷やしたら危ないからな」

「ふふ。優しいパパね〜」

 

 慈愛に満ちた顔でお腹を撫でる雫。

 

 まだ一度も見たことのない顔。いつか見たいと願い、その未来のためにも戦おうと決意した。

 

 ううむ……なんとも奇妙な感じだ。確かにこんなことも夢見てはいるが、ちょっと早すぎる実体験。

 

 

《リアルすぎるのも考えものってか》

 

 

 練習にはちょうどいいかも、なんてね。

 

「俺はいい父親になれるかねぇ」

「大丈夫よ。父さんも母さんも太鼓判を押してくれたじゃない」

「ふむ……まあそうなんだけどな」

 

 頭の中に知らない記憶が流れ込んでくる。

 

 一緒に過ごした大学生活、年齢的にまだ地球では実現できない色々なデート、そして結婚式。

 

 もう直ぐ生まれる子供にはしゃぎ、俺たちを招いて宴を開いた雫の両親や裏八重樫流の門下生達。

 

 これはついさっきまでの記憶……ということになっている。

 

 

 

 今この瞬間に至るまでの、様々な過程。

 

 

 

 ああなるほど、そういう設定なのか。

 

 自我がはっきりとしているとまるで舞台の台本のように感じるな。

 

 とはいえ、楽しむと決めた以上はある程度従おう。

 

「俺は結構ろくでもない人間だが、お前はちゃんと育てるからな」

 

 俺は雫の肩を抱き、それから彼女のお腹に手を当てて言う。

 

 これはシミュレーションのようなもの。そこに俺達の子供はいない……が、そういう気持ちが大事なのだ。

 

 

《演技派だな》

 

 

 アカデミー賞取れるな(確信)

 

「いいえ、あなたは立派な人よ」

 

 俺の想像上の大人の雫が、落ち着いた声でそう言ってくれる。

 

 視線を上げると、俺の知っているよりも大人の色気を持ったたおやかな微笑を浮かべていて。

 

 

 

「だってあなたは、私も南雲くん達もあの世界から救い出して、こうして幸せにしてくれたんだから」

 

 

 

「……そう、だったな」

 

 ああ、こいつは確かに理想だな。

 

 もう覚悟したのに、決意したのに、心のどこかにこの結末を望んでいる俺がまだいたのだろう。

 

 こんな言葉をかけてほしい。こんな平和な結末が、()()()()()()が欲しい……そんな望みが。

 

 

 それを恥とは思わない。

 

 弱さだとは思うが、生憎と昔ほど〝強くいなくては〟という強迫観念には囚われてない。

 

 その分無茶振りが増えたような自覚がないわけでもないというかなんというか……つまりエボルトが全部悪い。

 

 

《責任転嫁にも程がある……》

 

 

「ま、トータスでのアホみたいにキツい戦いを思えば、子育てくらい華麗にこなしてみせますか」

「頼りにしてるわ。私も一緒に頑張るから」

「いざとなったら、ハジメ達も頼ることにするよ」

「南雲くんの方が大変なんじゃない?」

「そりゃ確かに」

 

 実際に地球に帰ったら、まずあの中で誰が最初にハジメとの子供をもうけるか争いになりそう。

 

 

《その戦いで町が一つ壊滅しそうだな》

 

 

 街どころか日本から県が一つ消えるまで余裕で想像できちゃう。地球じゃ過剰戦力もいいとこだ。

 

 逆にあれだけの人数なら子育ては常時万全そうだから、安心っちゃ安心かもな。

 

「リベルちゃんも手伝ってくれるだろうし、きっと平気よ」

「……だな」

 

 リベル、か……ここじゃない現実の我が愛娘は、果たして元気にしているのか。

 

 いつかいつかと先延ばしにしているが、そのうちあの子に……あいつにも、会わなくては。

 

「さて、そろそろ肌寒くなってきた。寝室に行こうぜ」

「そうね」

 

 雫に手を差し出し、体の不自由な彼女を支える。

 

 立ち上がった彼女と一緒に中庭の縁側から去ろうとしたとき……ヒュンッ! と音がした。

 

 

 即座にその音の解析を始める。

 

 

 弓矢、ナイフ、銃弾、手榴弾の類……正確に記憶した飛来音のどれとも音は一致しない。

 

 

 

 何十通りもの暗器を想像して……やがてそれが、ボウガンの矢が飛ぶ音だと特定した。

 

 

 

「雫」

「え、きゃっ……」

 

 俺は、雫のことをそっと抱きしめた。

 

 幻の中でも、けれど正確に再現された雫は可愛らしい声を上げてなされるがままになる。

 

 そのことに感謝して……その一瞬の後、トンッと背中に衝撃が走った。

 

「いきなり抱擁なんて……久しぶりね?」

「……ああ、どうしてもしなきゃいけなくてな」

「え?」

 

 ぐらりと、自分の体が傾いたのがわかった。

 

 雫の背中に回していた両腕から力が抜け、次いで足の踏ん張りが効かなくなる。

 

「ふっ……!」

 

 最後の力を振り絞り、倒れる中で和装の寝巻きの胸元に仕込んでいたナイフを投擲する。

 

 我ながら実に無意識的な動きだったが、作られた記憶通り懐にあったナイフは飛んでいった。

 

「ぐぁっ……」

 

 貫いたのは眉間か、喉元か、頸動脈か。

 

 ボウガンを放った相手は、かすみ始めた視界の中で塀の上から落っこちた。

 

 多分設定は、地球でも色々やってた俺への報復か、国の暗部である八重樫家を狙った輩とか、そんなとこ。

 

 それを見届けながら、背中から心臓を射抜かれた俺も床の上に倒れ伏した。

 

「ぐっ、うぅ……」

「あなた! いやっ、いやぁっ!」

 

 ああくそ、さっきも痛かったけどこれはこれで超痛え。

 

 なまじさっきよりも致命傷なだけあって、雫に揺さぶられても感覚が消えていくのが早かった。

 

 

《我慢しろ。死ねば終わる》

 

 

 親切にどうも。

 

「誰か、誰か来て! 旦那が射たれたのっ!」

 

 聞いたこともないような金切り声を上げる雫。

 

 誰かを呼びに行くためか、離れようとした彼女の手を震える手で掴んだ。

 

「無事でよかった……お前と、子供を守れて、よかったわ……」

 

 我ながらなんともドラマチックなセリフを吐くと、ぐっと顔を歪めた雫は両手で俺の手を包み込む。

 

「お願い、喋らないで……じゃないと傷が……」

「まあ、どうせ最後だからな……あとちょっと話しとくわ……」

 

 

 ……ここは、夢の中。

 

 

 エボルト以外は誰も知らない、いずれ終わる泡沫。

 

 

 ああ、それならば……決して本物の彼女には言えない、言葉を。

 

 

「……色々、ごめんな。心配も、迷惑も、たくさんかけた……」

「そんなことないわ……あなたはいつも、私を最後には笑わせてくれたじゃない」

 

 ああ、そういえばそんな約束もしたっけ。

 

 だけど……

 

「どうせなら、ちゃんとそれを守りたいが…………本当に、ごめ……ん…………」

「あな、た……?」

「……じゃ、あな…………しず、く……」

 

 そう言えば、雫はまた俺の名を叫んだ気がして。

 

 

 

 

 

 満足感の中、俺は二度目の()()()()を迎えた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 ……それから、色んな死に方を体験した。

 

 

 

 

 

 三度目はナシタに押し入った強盗がぶっ放した凶弾から美空を庇い、死亡。

 

 四度目はユエと一緒にハジメへのプレゼントを選んでいる所、錯乱した男に突き飛ばされた彼女を体で庇って、三階から転落して死亡。

 

 五度目は同様の理由でシアさん、ウサギと下校中、暴走トラックが突っ込んできたところを咄嗟に割って入り死亡。

 

 六度目は白っちゃんの相談に乗っていて、またも出てきた檜山にハサミで刺されて死亡。

 

 七度目はティオさん、その次は坂みんと谷ちゃん、八度目はリベル……

 

 

 

 ただひたすらに、死んで死んで死んで、死んだ。

 

 

 

 俺の大事な人、守らなくてはいけない誰かを守り、その過程で必ず最後に命を落としていった。

 

 ちなみに何度か檜山が悪役で出てきたが、死ぬ前に、毎回ちゃんと首の骨を折った。トロフィー獲得できそう。

 

 

 

 いい加減自覚できた。というか二度目で薄々気がついた。

 

 

 

 俺の理想の世界。

 

 それは俺の力で、俺の意思で……俺の命で、大切な人を危険から守れる世界。

 

 それが他殺だろうが見方によっては自殺だろうが、結局のところ俺の願望とは破滅そのものだ。

 

 

 

 ただ一つだけ俺の恐れること、それは俺の計画通りではない場合で俺の命が損なわれる場合。

 

 その恐怖を根底として、大迷宮はこんな世界を用意したのだろう。

 

 別に不快じゃない。何度も満足できる死に方を体感できるんだ、むしろ大いに感謝したいね。

 

 我ながら狂っているとは思うが、別にこの世界にいたいと思ってるわけではないから別にいいだろう。

 

 

《そろそろ次が始まるぞ》

 

 

 ん、もうか。

 

「…………ん」

 

 エボルトの合図でブラックアウトしていた意識が浮上して、俺は目を開ける。

 

「さて、今度はどんな理想の世界を……」

 

 その目で、次の世界を確かめて。

 

 

 

「っ──」

 

 

 

 俺は、息を呑んだ。

 

 そこは知っている世界だった。()()()()()()()()()()()()、それでも鮮明に記憶に焼き付いている。

 

 体を打ち据える大粒の雨のカーテン。

 

 瞬く間に身に纏う薄汚れた黒いローブは湿っていき、目深に被るフードから滴が滴り散る。

 

 

 

 上を見上げると、大量の雨粒が落ちてくる空の左右を覆い隠す高い壁。

 

 やや現代風ではなく、かといって古くもないそれは、やはり俺の知っているものとそっくりで。

 

 ああ、だからこそ……次はどのような理想が叶えられるのか、手にとるようにわかってしまった。

 

「……そこに……誰か……いる、のか…………」

 

 ……足元から、声が聞こえた。

 

 ゆっくりと顔を落とすと、そこには俺以上に全身を泥と傷に塗れた女が、地面に倒れている。

 

 寒さを痛みと誤認しているのか、肌が()()()に変化した手は俺のブーツを掴んでいて。

 

 それは酷く力弱くて……胡乱げにこちらを見上げる瞳にも、力はなかった。

 

「たす、けて……くれ…………」

「……は、ははっ」

 

 儚く、今にも消えてしまいそうな声。

 

 

 

 

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは────ッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 俺は、()()()()()()()()()()

 

「ははははは、ひ、ふひ、ふひはははははひはははははひは……」

「何を……笑って…………」

「ははは…………愚かだッ!!!」

 

 足を振り、女の手を蹴り飛ばす。

 

 心は痛まない。痛むはずがない。痛んでいいはずがない。傷んだらそれこそ笑いものに他ならない。

 

 ああ……常々俺は自分が愚かで狂っていると思っていたが。

 

 

 

「どうやら、それ以上の狂人だったらしいな」

 

 

 

 認めよう。俺は自分がヒロイックな最期を迎えることを望んでいる。

 

 断じて()()()()()()()()()()()()()()()。その死に方は、過程で引き換えに何かを救えるからだ。

 

 だから許容した。独りよがりだと嘲笑って、仮初でもハジメ達を悲しませると理解していて、自己満足だと知ってて。

 

 

 

 しかし。しかし、だ。

 

 

 

「〝これ〟ばかりはあいつと決別した時に捨てるべきだったんじゃねえか。ええ、北野シュウジ?」

 

 悍しくて反吐が出る。もう一度絶句してしまいそうだ。

 

 

 

 だってそうだろう──俺が、ルイネを救いたいなどと。

 

 

 

 哀れという言葉すらもったいない程の酷い傲慢だ。カインの記憶をなぞり、こんな気持ち悪いユメを作り上げた。

 

 そうじゃないだろ。

 

 お前は先生に諭されて、こんなものが間違いだとわかったはずだ。

 

 俺は俺、カインにはなれない。だからこそルイネと向き合わなくちゃいけないのだ、と。

 

「ダメだダメ、コレだけはダメ。流石に許容範囲外だよ、ハルツィナ」

 

 楽しかった世界だが、ここらで切り上げるとしよう。

 

 

《やっとか。俺としてはお前が死ぬのを延々と見てるのなんざ、退屈すぎてこっちが死にそうだったよ》

 

 

 おお、待たせたな。

 

「助けて……くれ…………」

「はいはいもういいから……んっ」

 

 右手を振り上げ、そこに意識を集中する。

 

 すると瞬く間に手が発光し、シンプルな作りの、柄頭に白い宝玉のついた両刃のナイフが現れた。

 

 〝抹消〟のナイフに酷似しているが、これは本物ではなく俺の〝終わらせたい〟心象が具現化したもの。

 

「それじゃあ、さよならっと!」

 

 俺はそれを、躊躇なく地面に突き立てた。

 

 

 

 パリィィイインッ!!! 

 

 

 

 一瞬にしてひび割れた世界は、甲高い音を立てて砕け散った。

 

 雨も、壁も、ルイネの幻覚もすべて破片となって、まるでガラスの破片のようにキラキラと煌く。

 

 

 

「──合格だよ。甘く優しいだけのものに価値はない。与えられるだけじゃ意味がない。たとえ辛くとも苦しくとも、現実で積み重ね紡いだものこそが君を幸せにするんだ。忘れないでね」

 

 

 

 誰かの優しい声がした。

 

 どこか微笑みを浮かべながら言っているようなその言葉に、意識がこれまでとは違う暗転を始め。

 

 

 

 

 

「心の底から同意だよ、リューティリス・ハルツィナ」

 

 

 

 

 

 そして、理想世界は終わりを告げた。

 

 




あー、書くの楽しかった。

読んでいただき、ありがとうございます。

首…ではなくて感想を出せい……


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目覚め 前編

ども、作者です。もう十月も中旬に差し掛かろうとしてますね。

長くなるため、半分に分けました。

エボルト「よう、俺だ。少しずつ寒くなってきたが、元気にやってるか? 是非このコーヒーを飲んでくれ」

ハジメ「ズズッ…まずっ!」

シュウジ「ゲロ以下の匂いがプンプンするぜぇ!」

エボルト「おう喧嘩なら買うぞ…前回はシュウジの話だったな。で、今回からまた現実の話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 三人称 SIDE

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 目を覚ましたハジメ。

 

 最初に感じたのは、後頭部と背中に感じる冷たく、硬い感触。それと乾いた空気。

 

「ここは……」

 

 ゆっくりと起き上がったハジメは、周囲を見渡す。

 

 灯ひとつない場所だったが、〝夜目〟の技能があるハジメには問題なく見ることができた。

 

 結果、どうやら転移した際の洞と同じ類の、二回りほど大きいドームにいるらしいことがわかった。

 

 注意深く探るが、出口のようなものは一切確認できない。

 

 

 

 立ち上がったハジメは、続けて自分の寝そべっていた周囲にあるものへと視線を移す。

 

 一言で表すならば琥珀、だろうか。

 

 樹液などで長い年月をかけて生成されるそれに似た、黄褐色の繭のようなものが円形に置かれている。

 

 その数は11。試しに一番近くにあったものを覗き込んでみる。

 

「……なるほどな。これに入ってたわけだ」

 

 中には、まるで眠るように目を瞑った、元通りの姿のユエがいた。

 

 順々に視線を巡らせていくと、その隣には同じく元に戻った美空、シア、ウサギ……と続く。

 

 ちなみに、ティオも元の美しい姿に戻っていた。雫もそうだったので、シュウジも安心だろう。

 

 最後にユエとは反対側の隣のものにシュウジが入っているのを確認して、ほっと息を吐いた。

 

「つまりこれは、(ひつぎ)なんだな」

 

 あの、蜜のように甘い理想の世界。

 

 この琥珀のようなものは、都合の良いあの世界を挑戦者に見せ、眠りにつかせるための柩なのだ。

 

 〝気配感知〟で全員生きていることは分かっているが、何日、何週間と続けば……結果は想像したくない。

 

「まあ、天之河達はわからんがシュウジ達はすぐ目覚めるだろうし。ちょっと待ってるか」

 

 覚醒直後の硬い声音はどこへやら、いつも通りの声で呟くハジメ。

 

 〝宝物庫〟からやけに凝った装飾の椅子を取り出し、自分の寝ていた場所に設置する。

 

 そうして腰を下ろすと、ふと左隣の琥珀の中にいるシュウジを見下ろしてふっと笑った。

 

「早く戻ってこいよ、この馬鹿野郎。いつもみたいに俺を呆れさせてくれ」

 

 眠り、ある種あどけない顔でいるシュウジだが、それすらもどこか余裕がある。

 

 あの夢の中の、頼りなくてハジメの手助けがなくてはいけないような男は、やはりシュウジではない。

 

 あの夢の中以上に怒ることもある。呆れることもある。エボルアサシンの件は悲しみすらした。

 

 でもやっぱり、ハジメはこの親友がいいのだ。

 

「なんなら夢を楽しんでから帰ってきそうだな」

 

 案外ドンピシャなことを言いながら、ハジメは腕組みをして瞑目した。

 

 

(それにしても、ユエやウサギのブレザー姿…………あれはヤバい。うん、想像以上のものだった。それにシアのも……)

 

 

 頭の中で、そんな呑気なことを考えながら。

 

 

 パァ……

 

 

 

 日本に帰ったら来てもらおう、などと計画していると、不意に一つの琥珀に異変が起こった。

 

 真っ暗闇の中で光を放つそれに一瞬で我に返り、鋭く目を向けるハジメ。

 

 そんな彼の前で、その琥珀は端からトロリと蜂蜜のように溶け、ものの数分で解かれていく。

 

 五分もしないうちに全てが消え、地面の中に吸い込まれていき……中に入っていた人物が起き上がった。

 

「ん……ここは…………」

「よう、お前が一番最初か」

 

 ハジメと同じように夢を見た後のような眠気があるのか、指で目元を擦っていた人物が振り返る。

 

 彼女はハジメのように〝夜目〟を持ってはいないが、声とそれのした方向で気が付いたのだろう。

 

「ええ。てっきりシューが出迎えてくれると思ったけど、南雲くんが最初なのね」

「すまんな、八重樫。こっちも正直な所、ユエ達じゃなくて期待外れだ」

「あら手厳しい」

 

 元の体になって起きた雫は、クスクスと笑う。

 

 それからポケットより携帯を取り出し、画面を操作するとライト機能をオンにして立ち上がる。

 

 自分も入っていた琥珀を確認し、足を引っ掛けないようにしながらハジメの前に来た。

 

「シューは?」

「そこだ」

 

 くいと顎で指し示すハジメに、すぐ後ろにある琥珀に振り返った雫は微笑んだ。

 

 本来のすらりと長い脚を折り、琥珀に手を触れさせると、細く美しい指をそっと表面に這わす。

 

「……南雲くん。私ね、この人が私がいなきゃ何もできない、甘えん坊でおっちょこちょいな夢を見てたわ」

「奇遇だな。俺はそいつが頼りなくてガキより弱い、俺が守ってやらなきゃいけない夢を見たよ」

 

 そう言い合った二人は、顔を見合わせるとくっくっくっと堪え笑いをした。

 

「ありえねえよな。あいつが俺に毎朝起こされるんだぜ?」

「信じられる? あの人、私がやらなきゃ洗濯物片付けられないのよ?」

「そりゃ傑作だ。起きたらからかってやるから詳しく教えてくれよ」

「ええいいわよ。南雲くんの見た、弱っちいシューも教えてちょうだい?」

 

 同じような夢を見たことがおかしいのか、はたまた現実では絶対にありえないシチュエーションが楽しかったのか。

 

 嬉々として、互いが望んだことのあるらしい〝理想のシュウジ〟を語り合うハジメと雫。

 

 一つ確実なことは、やはり彼らにとってアレは所詮夢、こうだったらいいなという程度の軽い願望なのだ。

 

「で、ゲンコツを入れて……っと」

 

 会話が白熱してきたところで、シュウジの繭が光を放つ。

 

 二人は示し合わせたようにクスリと笑い、まるで悪戯をする子供のような顔で口を開いた。

 

「今回はここまでみたいだな」

「ええ。それじゃあ早速、この人が起きたら……」

「盛大にからかってやろう」

 

 悪巧みをする二人の目の前で、雫の時と同じように溶けた琥珀が地面に吸い込まれる。

 

 それから幾ばくもしない内に、パチリと目を開けたシュウジはキョロキョロと周りを見た。

 

 〝夜目〟のような魔法を使っているのか、緑に光る瞳でしばらく周りを見て、ハジメ達を見つける。

 

 そうするとニヒルな笑みを浮かべ、片手で帽子を押さえながら体を起こした。

 

「やあ二人とも、一番乗りは逃したか。どんな試練だった?」

 

 また冗談にでもしようというのか、笑いながら聞いてくるシュウジに二人はニヤッと笑い。

 

「あらシュー、ちゃんと一人でパジャマは洗濯機に入れられるのかしら?」

「……ほへ?」

「シュウジ、ちゃんとゴミはゴミ箱に捨てなきゃダメだぞ」

「え、ええ?」

「大丈夫、大丈夫よ。一々コーヒーメーカーを壊さなくても、ちゃんと私が淹れてあげるから」

「それはちょっとしてほしいな」

「今度変な女が近寄ってきたら俺がガツンと言ってやるからな、呼び出しにビビらなくてもいい」

「……お前らまさか」

 

 二人がどんな夢を見ていたのか、薄々察したシュウジの顔が引きつっていく。

 

 実にこちらが望む通りのリアクションをしてくれるシュウジに、ニッコリとさらに笑って。

 

「「ちゃんと俺(私)が世話してやるよ(あげるわ)、シュウジ(シュー)?」」

「お、お前らなぁ……」

 

 自分が夢に出てきたことが恥ずかしいのか嬉しいのか、なんとも複雑な顔をするシュウジ。

 

 彼自身、夢の中で何度も二人を助けて死んだ〝弱い自分〟を体験したためか、うまく言い返せない。

 

 初めてやり込められたためか、ハジメや雫はこれまでにない上機嫌な顔だった。

 

 

 

「うわあああああっ!?」

 

 

 

 などと和やかな雰囲気でいると、それをぶち壊す悲鳴が轟いた。

 

 この閉鎖空間の中、大きく響いたその声にハジメとシュウジは不快げに顔を顰め、雫はハッとする。

 

 三者三様の表情でそちらを見ると……激しく肩を上下させ、滝のように汗をかく光輝が起きていた。

 

「へえ。てっきり一番攻略できないと思ってたんだけどな」

「つーかそのまま放置していこうと思ってたのに」

「こら、二人とも……でもどうしたのかしらね、あれ。とても現実に戻って残念って感じじゃないわ」

 

 怪訝な表情をした雫が、携帯を片手に光輝に歩み寄る。

 

 シュウジと対極の位置に座り込んでいる光輝は、雫がライトで照らしても反応をしなかった。

 

 尋常でない幼馴染の様子に、不安げな目になった雫は手を伸ばし。

 

「どうしたの光輝、何か酷い夢でも──」

「ッ!」

 

 自分の()()に触れそうになったその手を、光輝は顔を覆っていた手で打ち払った。

 

 激しい音が鳴り、上へ弾かれた雫の手はジンジンと痛む。

 

 目を見開く雫。ハジメは明らかにおかしい光輝の反応に目を細め、シュウジは……それ以上に鋭い目で睨んだ。

 

「……光輝?」

「はぁッ、はぁッ…………し、雫?」

 

 ようやく、光輝は正気を取り戻す。

 

 焦点の定まらずにいた瞳が雫の輪郭を捉え……一瞬、ギョロリと左目が赤く染まった。

 

 雫は驚いて目を瞬かせる。

 

 次に彼女が目を開けた時、光輝の目は元どおりの色になっていた。

 

「光輝、どうしたの……?」

「俺は……そうだ、俺は夢を見て……」

 

 うわ言のように呟いた光輝は、ふと硬く握られた自分の手と雫の手を見比べる。

 

 無意識に自分のやったことを思い出したのか、さらに難しい顔をする光輝に雫は困惑した。

 

「何がどうなってんだ、あれ」

「……さあ。あの勇者(笑)のことなんて知らね。それよりユエさん起きるぞ」

「ん、マジか?」

 

 シュウジの言葉に後ろを振り返ると、ユエの琥珀が溶け出すところだった。

 

 三度目なので慌てることもなく、琥珀が溶け切るのを待って、静かに呼吸をしているユエの側に跪く。

 

 そっと抱え上げ、優しく抱きしめたハジメ。やはり不安は残っているもので、こうしたかった。

 

 少しして体を離し、ユエの顔にかかった髪を払っていると、ふるふると目蓋が震え始めた。

 

 やがて、ゆっくりと目蓋が持ち上がって赤い瞳が露わになる。

 

「……ハジメ?」

「おう、よく眠ってたな」

「本物のハジメ……?」

「はは、その質問の理由はわかるが……それはユエ自身に確かめてもらうしかないな」

 

 ハジメの言葉に、ユエは彼の頬に手を添えてじっと目を合わせる。

 

 深く深く、まるで魂の底まで見通すような眼差しで見つめ続け……やがて、ふっと微笑した。

 

「……ん、今度こそ本当に本物のハジメ。私の中の何かが、そう訴えかけてる」

「俺もだ。今この手の中に抱えてるお前は、紛れもない俺の〝特別〟の一人だって、そう魂が言ってる」

「ハジメ……」

「ユエ……」

「はいはい、そこまで」

 

 今にもキスしそうな二人に、冷ややかな声が降り注ぐ。

 

 バッと顔を上げると、突き刺すような視線で二人を見下ろす美空がいる。

 

「よ、よお美空。目覚めてたのか、よかった」

「そうだねー。で、私には同じことしてくれないわけ?」

「いや、だってどこからどう見ても美空だろう?」

「……ふーん。即答したところは褒めてあげる。でもユエさんばっかり構うのは許さない!」

「わっ、ちょ、おまっ!」

 

 飛びかかった美空にユエもろとも押し倒され、結局ここ最近のテンプレートな展開となった。

 

 

 

 その後立て続けに目を覚ましたシアやウサギも加わって、さらに騒がしくなったのは言うまでもない。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

感想かもーんおーれ。


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目覚め 後編

大学の授業偏ってるよぉ…

シュウジ「はろー、俺だ。前回は試練が終わってみんな目覚め始めたな」

ハジメ&雫「シュウジ(シュー)?」

シュウジ「おっとやべえ、あっちの世界での内容が台本でバレた!ってことでにーげるんだよぉー!」

二人「待てぇ!」

シア「やれやれ、何やってるんだか……今回は前回の続きですぅ。またあの二人がイチャイチャしてますぅ。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる大樹編!」」」」


 三人称 SIDE

 

 

「で? お前らのはどんな感じだったんだ?」

 

 ある程度の人数が起きたところで、ハジメがそう切り出した。

 

 洞の中は、シュウジが設置した雷○虫モドキを入れたカンテラによって照らされている。

 

「……あのハジメさん、なんで私とウサギさんのウサミミをそんなにモフモフと?」

「気持ちいい……でも、不思議?」

「ん、ああ。実は俺の世界じゃ、お前らにウサミミがなくてな。ただのシアとただのウサギだった」

「はぁ……別に私がシアなのであって、ウサミミが私なわけでは……」

「それは緊急事態。早急にウサミミ成分をハジメに補充させるべき」

「ウサギさん!?」

 

 珍しく深刻な表情で言うウサギにシアが悲鳴をあげ、ハジメ達は笑った。

 

 

 その後、ハジメは詳しく自分の見せられた世界について説明した。

 

 この世界に召喚されることなく、されどユエ達の加わった上での平和で幸せな、そんな世界。

 

 ……最後に出会った、あの老翁のことは言わなかった。言っても理解できないだろうとも思ったからだ。

 

 無論のこと、メインであったシュウジの醜態についても話した。

 

「ぶふっ、弱いシュウジさん……朝起きれなくて怒られるシュウジさんって……!」

「あははっ! 学校のトイレでトイレットペーパが切れてSOSって、あははははっ!」

「……くふっ」

「ふふ……」

 

 結果はこれである。女性陣がもれなく笑いをこらえていた。

 

「よぉーし、今日の晩飯は逆ロシアンルーレットたこ焼きだ。俺の食うやつ以外全部激辛にしてやる」

 

 あまりに笑うためか、わりと本気で反撃をしようとするシュウジであった。

 

「で、ユエは?」

「ん……昔の世界が続いてた。裏切られず、ハジメを婿に迎えて、十二人の子供に恵まれた」

「早すぎだろ!? ていうか1ダースかよ!」

「私はそこまではいかないけど、ハジメと二人でお父さんの店を引き継いで切り盛りしてたかな……あ。時々エボルトがお父さんと入れ替わってコーヒー淹れてた」

「「地獄じゃねえか」」

『なんだとコラ』

 

 順々に、それぞれの体験したものを明かしていく。

 

 雫は大学生になり、生活力がないシュウジとマンションで同棲していて、存分に甘やかす世界。

 

 ユエは先ほど述べた通り、叔父に裏切られず、国も滅びず、ハジメ達と子供に囲まれた世界。

 

 ウサギは全ての戦いが終わり、オルクスの隠れ家でここにいる全員、さらにホムンクルス達と共に暮らす世界。

 

 シアは、家族が誰一人として死なず、ハジメ達と別の出会い方をして、弱いままに共にいた世界を。

 

「確かにあれも一つの理想でしたけど……けど、違うんです。必死に頑張って、がむしゃらに追いすがってハジメさん達についてきたことを否定したくなかったんです」

「シア、お前……」

「守ってやるって笑うハジメさんも、心配しないでって抱きしめてくれるユエさんも、お姉ちゃんがそばにいるって言ってくれたウサギさんも良かったです。でも、弱さに安住するような生き方じゃ、皆さんと一緒にいる資格はないですから!」

 

 にこやかに言い放つシアを、三人がひしっと抱きしめる。

 

 出会った頃のシアが今の自分を見たら、きっとまるで違うことに驚いただろう。

 

 

(ホント変わったなぁ……いい女になったよ)

 

 

 特にハジメは、自分の中にユエ達とはまた違う形の愛情が膨らんでいくことがわかった。

 

 これはもう誤魔化せないなと、後ろにいる美空(ラスボス)に説明する決意を密かに固めておく。

 

 しばらく抱き合って、やがて離れる。そうしたところで、不意にシアが表情を暗くさせた。

 

「ああでも、一つだけ現実であったら良かったのにって思ったんですよぉ」

「それって?」

「……うちの家族」

 

 ビクッとシュウジが震えた。

 

「みんな穏やかで、誰一人としてヒャッハーって叫びながらリストブレイドもディスクも飛ばしてなくて……ああ、いい光景でしたねぇ」

「あ、あのーシアさん?」

「なんですかこのド悪魔」

「ひでぇ!」

 

 ジロリと睨むシアに、しかし何も言い返せないシュウジである。

 

 たじろぐシュウジに自然と視線が集まっていき、次の話す人間が雰囲気的に決まっていく。

 

「で、お前は?」

「ん、ちょうどいい。次はシュウジ」

「正直、一番気になりますねぇ」

「シュウジ、話して?」

 

 四人と美空、そして隣にいる雫。座ってうなだれている光輝以外の全員からの視線。

 

 

 一瞬、あの世界で体験した無数の死が脳裏をよぎる。

 

 

 息を詰まらせ、それに雫が訝しげにするが、シュウジは寸前で取り繕って笑顔で返事した。

 

「そりゃあ現実と変わらず、俺がお前らを華麗に守っていく世界を……」

「嘘だな」

「ん、嘘」

「絶対に嘘」

「嘘ですっ!」

「嘘だし」

「これはさすがに……嘘かしらねぇ」

「あっるぇー?」

 

 まさかの全否定である。

 

 ここまで容赦なくぶった切られるとは思っておらず、困惑するシュウジにきつめの視線が送られる。

 

「本当のところは? 早めに白状すれば刑は軽くてすむぞ」

「いやあの、だから俺が……」

「あ?」

「ハジメ達をいろんなシチュエーションで庇って死ぬ世界を繰り返してましたハイッ!!!」

 

 ハジメの睨み一発で撃沈した。ここ数ヶ月、本当に身内に弱くなった男である。

 

 驚くほどペラペラと語られた内容に、全員の目に殺意が宿った。

 

 あっやべえと思うシュウジだが、時既に遅し。

 

『シュウジ』

「はひっ」

『正座』

「喜んでッ!!」

 

 躊躇なく正座した。無駄に潔い男だった。

 

 そして説教が始まろうかというその瞬間、未だ残っていた繭の一つが輝き始めた。

 

 

 

「ぬがぁああああ! ご主人様の折檻はそんなに生温くないわァッ! 一から出直して来るんじゃな!」

 

 

 

 繭を正拳突きでぶち破って目覚めたのは……残念ながら、変態だった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

 光輝以外の七人の目線の温度が氷点下まで落ちる。

 

 今の発言だけで、どんな夢を見ていたのか完全に把握した。だからこそ侮蔑の眼差しを向けた。

 

 その視線を受けてブルリと震え上がったティオは、歓喜の表情を浮かべてハジメ達の方を振り返る。

 

「ご主人様よぉ〜! ちゃんと戻ってきたのじゃぁ! 愛でておくれ〜!」

 

 飼い主を見つけた犬のごとく、ハジメへと駆け出すティオ。

 

 やっと再会できた! と言わんばかりの笑顔で走りよる美女。一見するとご褒美だが……

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 ハジメの返答は、やはり発砲だった。

 

 的確に眉間を撃ったゴム弾によって、空中で後方三回転宙返りをしながら落ちるティオ。

 

 ハジメは無言で歩み寄り、ピクピクと痙攣している背中をグリグリと踏みにじった。

 

「この駄竜が。俺に夢の中で何させてた?」

「アハァン! これじゃ! 頑張って仮初の世界から帰ってきたというのに、出迎えが発砲からの踏みつけ! 飴など一切ない鞭のみ! これぞ我が生涯の主人なのじゃ〜!」

「果てろ、クソ駄竜」

「アババババババババッ!!!」

 

 〝纏雷〟を発動した義手で頭を鷲掴み、全力で赤雷を食らわせるハジメ。

 

 白煙を上げながらバタリと力尽きたティオは、それはそれは幸せそうな表情をしていた。

 

「まったく、あの世界のご主人様は不甲斐なかったのじゃ!」

 

 その後、ダメージゼロで復活したティオは聞いてもないのに夢の中のことを語り始めた。

 

 滔々とサドっ気が足りないと語るティオは、とてもこの試練が提供する理想の世界を味わったとは思えない。

 

 ハジメはうんざりした表情で、懇々と女性陣に説教されてぐったりしていたシュウジに近づいた。

 

「なあ、あれどういうことだ?」

「バナナをよこせ……それで答えてやる」

「お前はどこのゴリラだ。で、あれどう見ても試練に反してるが」

「ティオさんの変態性を迷宮も測れなかったんだろ」

「この世のどんな理由よりもくだらない理由を教えてくれてありがとう」

 

 シュウジの言葉は正解だった。

 

 この世界でも群を抜いたティオの変態性は、大迷宮をして推し量ることが適わなかったのだ。

 

 具体的にティオの好む「お仕置き」と「ご褒美」を与えられなかった迷宮の敗北だった。悲惨である。

 

「あ、次は白っちゃんだね」

「む、結構遅かったな」

 

 などと話しているうちに、残っていた三つの繭のうち一つが輝いた。

 

 琥珀が消え、起き上がった香織はティオを放置して傍らに近付いてきたハジメ達を見上げる。

 

 脱出できたことを再確認してホッと安堵の息を吐き、それから一人ずつ顔を見て……

 

「あ、あぅ……」

 

 そして、ハジメと目が合った瞬間に顔を真っ赤に染め上げて俯いた。

 

 さすがにそんな反応を取られるとは思っておらず、驚くよりも惑いを覚えたハジメは香織を見た。

 

「香織、どうした?」

「あ、ち、違うのハジメくん! ちょっと、その何というか、とにかくハジメくんがどうこうってわけじゃなくて!」

「いや、別にいいんだけど……どうせ夢が関係してるんだろ? どんな夢だったんだ?」

「ど、どんなって、それは……あぅあぅ」

 

 赤い顔のまま、言葉にならないうめき声あげて両手を振り回す香織。

 

 いつになく取り乱した様子に疑問符を浮かべるハジメ達。

 

 だが、付き合いの長い雫と察しの良すぎるシュウジ、なんだかんだで深い仲の美空は気がついて苦笑した。

 

「むっつりスケベ」

「んなぁっ!」

 

 そして美空は、無慈悲であった。

 

「む、むっつりスケベじゃないもん!」

「じゃあ私にしたことハジメに教えるね」

「だ、だめぇ!」

「ちょっとkwsk」

「ハジメくんっ!」

 

 今度は腕を振り上げる香織に、ユエ達も遅れて夢の内容を理解して、何とも言えない顔をした。

 

「……なるほど。ハジメとあれやこれやしてた」

「多分。美空もいた、よ?」

「はわわっ、エッチです!」

「うぅ〜〜!」

 

 顔を両手で覆う香織は、どうやら()()()()()ようだ。

 

 随分と美味しい、あるいは甘酸っぱい夢を見ていたらしい香織を美空がからかう中、ハジメは一堂を見渡す。

 

「さて。これで俺達のメンバーは全員クリアできたわけだ」

「そこで鬱になってる勇者(笑)を除いてな」

 

 シュウジの嫌味に光輝は一瞬だけ顔を上げ、しかしすぐに俯いた。

 

 

(……傷跡にあの力、そして夢の世界──心を支配する邪なる神。もしもあの世界で〝あいつ〟を見たとしたら……やはり、あの獣の正体は)

 

 

 鋭く睨むシュウジに、いつものことだろうとハジメは判断して、残る二つの繭を見る。

 

「あとはあいつらだが……まあ、最終的には琥珀をぶっ壊すことを前提にしばらく待ってみるか」

「そうだな。元金ピカ勇者が出れたんだ、その価値はある」

 

 リーダーである二人の判断に、ユエ達も同意するために頷いた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 理想世界を脱出するため、魔力をほぼ使い切ったハジメは空腹を申し出た。

 

 

 

 そのため、二人が出てくるまでのんびりと食事をしながら待つことになる。

 

 ユエとのやりとりを聞いたシアが同じように甘え、美空にずっとからかわれていた香織がハジメに泣きつき。

 

 シュウジがここにいる人数分腕輪で()()()()されたり、端っこでもさもさ光輝がサンドイッチを頬張ったり。

 

 そんな風に待つこと、約二時間。

 

「そろそろ助けるか?」

「んー、そうだな。先に進みたいし、ちょっくら助けてくるわ」

 

 シュウジが立ち上がり、雫と香織が悲しそうな顔をする。

 

 光輝がクリアできたのだ、あの二人のことも信じていた二人も、ハジメ達も少し残念だった。

 

 お仕置きの影響か、少し怪しい足取りでシュウジが一歩踏み出した……その時。

 

「あ、見て! 琥珀が……!」

「本当だわ……! シュー! 南雲くん!」

「へえ。やるねぇ坂みん、谷ちゃん」

「ああ、思ったよりガッツあるな」

 

 輝きを放ち、少しずつ溶けていく繭。

 

 雫と香織が手を握り合って歓喜の表情を浮かべ、その光に光輝がふらりと少しだけ顔を上げる。

 

 シュウジ達も見守る中、完全に消えた繭の跡から二人が起き上がる。

 

「ん……ここは、迷宮か?」

「ふぁ……あ、あれ? 鈴、確かマイホームに……」

 

 さすがと言うべきか、元に戻った自分の体を見て龍太郎はすぐに現状把握を始めた。

 

 一方、まだ少し寝ぼけているのか、鈴はキョロキョロと周りを見て……隣にいる龍太郎を見つける。

 

 そして、顔を真っ赤にする。

 

「りゅ、龍っち!?」

「ん? おお、谷口。お前もちゃんとクリアし」

「んにゃぁあああああっ!」

「へぶしっ!?」

 

 鈴が座った状態から跳躍し、思いっきりジャンピングビンタをかました。

 

 カクンと光輝達三人の下顎が落ちる。さすがにその展開は予想しておらず、シュウジ達も固まって。

 

 そんな中、勢い余って仰向けに倒れた龍太郎の上に乗った鈴は、実に挙動不審な動きをしていた。

 

「なななななんんっ、なんっで龍っちが!?」

「なんでも何も、俺は俺なんだが……つーか軽いなお前」

 

 ここは重い、というのがテンプレなのだが……龍太郎にしてみれば、鈴はあまりに軽かった。

 

 その発言に()()()()()()()()()()鈴は眉を吊り上げ、戦慄かせていた口を大きく開いて。

 

 

 

 

 

「うっさいうっさい! 鈴は、鈴はまだ──坂上鈴になんてならないんだからっ! ……………あっ」

 

 

 

 

 

 しまった、と先ほどの香織のように茹で上がった顔をハッとさせ、口元を両手で隠す鈴。

 

 しかし、吐いた言葉はもう戻らない。

 

 その証拠に、既にシュウジ達の表情は野次馬のそれへと変わりつつあった。

 

「へぇー、ふぅーん」

「な、何さシズシズ!?」

「いーえ、なんでも。ねー香織?」

「ねー雫ちゃん」

 

 ニッコニコな顔を見合わせる二人。

 

 春の訪れを確信するとともに、二人はてっきり恵里のことを夢見るかと思っていたのでホッとしていた。

 

 二人だけではない。美空やユエ、シア達……女性陣が軒並み同じ顔をしている。

 

 鈴の発言は、年頃の女子にはあまりに格好の獲物だった。

 

「あぅあぅあ……!」

「……なあ、鈴」

「ふひゃいっ!」

 

 慌てふためく鈴に、龍太郎が股の下から声を掛ける。

 

「坂みんがまた天然ジゴロな発言するのに二万ルタ」

「乗った」

『乗った』

「お前もかよ」

 

 既にパニック状態の思考でありながら、鈴はどうにか龍太郎を見下ろす。

 

 すると、龍太郎は照れ臭そうにそっぽを向いて、頬を指でかきながら。

 

「さっき、まだ魔物の時にああ言ったけどよ。俺もまあ、なんだ……同じような夢見てたわ」

「ッ────!」

 

 声にならない悲鳴をあげた鈴は、思考がオーバーヒートを起こして気絶した。

 

 

 

 ぺしゃりと倒れ込んだ鈴を龍太郎が受け止めた瞬間、部屋の中央に魔法陣が出現した。

 

 

 

 あまりにベストタイミングな出現の仕方にユエ達が息を呑む。

 

「美味しいものを見させてもらったところで、次のステージだ」

「ああ。まあなんだかんだで全員突破だ、この調子で最後まで行くぞ」

 

 不敵に笑った二人が拳を軽く打ち付けあった瞬間、魔法陣の光が爆ぜた。

 

 

 




光輝はクリアはしたものの、なんか事故的な扱いでいい気がする←おい

読んでいただき、ありがとうございます。

感想くだちぃ。


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エロトラップ回だよ(直球)

今回も長え…

ヤッベ投稿時間ミスった!

シュウジ「最近かなり寒くなってきたな、俺だ。前回は全員目覚めて、次へ行ったんだったな」

美空「トイレでヘルプを呼ぶシュウジ…ぷぷっ」

シュウジ「笑わんといてくだされ美空……ま、今回はその次の試練の話だ。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる大樹編!」」


 三人称 SIDE

 

 

 

 光が収まり、シュウジ達は目を開ける。

 

 

 するとそこは、依然として樹海のままだった。

 

 だが、明確に違う。

 

 樹海は永遠かと思うほどに広がっているわけではなく、遠く向こうに一際大きな大樹があった。

 

 あれが目的地だろう。上を見てみると、天井まで見える。どうやら地下空間のようだ。

 

 大樹に意識を定め、ハジメは振り返って一度メンバーを確認した。

 

「今回は……全員いるみたいだな」

「杞憂さ、ハジメ」

 

 疑り深く観察するハジメに、陽気に笑うシュウジがステッキで肩を軽く叩いた。

 

 などと言いながらこの男、転移してからコンマ0.数秒という時間でありとあらゆる魔法を発動した。

 

 合金ではないかという面の皮によって隠されているものの、一番疑り深いのは彼。

 

 

 勿論の事、ここ最近のこともあってそれを察しているハジメは、特に言及することはない。

 

「お前がそう言うなら、いよいよ偽物の可能性はなさそうだな」

「二度と雫の手は離したくないんでね」

 

 ステッキを持つのとは反対の手で、ぎゅっと隣にいる雫の手を握る。

 

 雫は顔をほころばせ、未だに俯いている光輝と気絶中の鈴以外全員が口内が甘そうな顔をした。

 

 とりあえずいつもの流れを済ませたところで、鬱蒼と茂る樹海を前に一行は出発をした。

 

「うにゅ……」

「龍太郎くん、平気?」

「おう、ハザードレベルの恩恵もあるしな。間違っても落とすようなことはしねえさ」

 

 不安げに訪ねてきた香織に、龍太郎は気さくに笑って自分の首に回った細腕を優しく叩いた。

 

 現状、戦力として数えられない鈴は龍太郎がおぶって歩き、光輝は後方、しんがりのシアの前ほどにいる。

 

「…………」

 

 1000%龍太郎が悪い鈴はともかく、光輝の落ち込みよう……というより、苦悩ぶりは凄まじい。

 

 明らかに覇気のない姿に、ちらりと振り返ったシュウジはふうと深い深い、マリアナ海溝のようなため息を吐いた。

 

 しかし、それだけである。ぶっちゃけ光輝が落ち込んでいようと愉悦案件ですらある。

 

 

《ゲスめ》

 

 

 地の文には突っ込まないでいただきたい。

 

「おい天之河、お前死にたいのか?」

 

 シュウジがガン無視となれば、仕方なしに忠告するのはハジメだ。

 

 無論ハジメとて心底どうでもいいが、一応連れてきている身としては、やる気のない輩は邪魔でしかない。

 

 なにせここは大迷宮。一歩間違えれば地獄の三丁目直行だ。そんな魔境で、真剣でない者は足枷だ。

 

「……死にたいわけ、ないだろ」

 

 辛辣な物言いに、緩慢な動きで光輝は顔を上げる。

 

「だったらもう少しまともにやれ。やる気ねえのか」

「あるさ……でも今は、放っておいてくれ」

 

 強く、今は自分に関わるなとでも言いたげな眼光で睨み返してくる光輝。

 

 思ったよりもガッツのある態度に、ハジメは内心ミリ単位で期待をプラスに傾けながら前に向き直る。

 

 光輝も無言で視線を斜め下に戻し……それからまた、無意識的に左肩に手を置いた。

 

 それをちらり、と一瞥するシュウジ。

 

「……一つだけ忠告だ」

「っ!?」

 

 

 そして次の瞬間、光輝は驚いた。

 

 あのシュウジが、自分に話しかけてきた。これまで決してありえないことに驚愕する。

 

 無論彼だけではなく、二人の仲をよく知るハジメ達に至っては。天変地異の前触れかとさえ疑いだした。

 

 珍しくそれをスルーして、シュウジはごく平坦、冷徹にして素っ気ない声で光輝に告げる。

 

()()に抗おうってんなら、むしろ飲み込む覚悟さえしろ」

「何……?」

「断言してやる。お前はそれに勝てない。耐えられるはずがない。お前にそれだけの器はない」

「っ……」

 

 光輝は息を呑む。

 

 なぜ傷のことを知っているのか、この正体不明の力について何か知っているのか、と疑問が浮かぶ。

 

 だが、そんなことを訪ねさせるほど、シュウジの発する雰囲気は生易しいものではなかった。

 

「壊れる前に身を委ねて狂うか、擦り切れる前にさっさとモノにするか、その二択だ。じゃないとお前、そのまま昔の映画みたいにパァになるぞ」

 

 光輝にも見えるように、振り返らず何かが飛び散るように右手の指を広げるシュウジ。

 

 まだ過激な表現が多くあった時代の映画、頭が爆発するシーンを思い浮かべた光輝は顔を強張らせる。

 

「…………俺は」

「ま、俺としてはそっちの方が見たいがね」

 

 そのまま俯いてしまい、シュウジの隣で事の成り行きを見守っていた雫は心配そうに振り返る。

 

 

「……わかった」

 

 

 だが結論から言えば、彼女の気持ちは杞憂に終わった。

 

 もう一度顔を上げた時──光輝は以前のように、けれど前とは違う、強い目をしていた。 

 

 溢れるほどの自信によく似たそれは、決意の光。それを感じ、雫ら幼馴染組は安堵の笑顔を浮かべた。

 

 

(……さて、いつ壊れるかね)

 

 

 忠告している当の本人もまた、密かに嗤っているのだが。

 

「シュウジ、お前……」

「その話は後だ。今は迷宮攻略、だろ?」

「……ああ、そうだな」

 

 笑ってこそいるものの、冷淡。

 

 有無を言わせない声音に、まだ触れるべきでない事情と察したハジメはそれ以上何も言わなかった。

 

 それを見ていた光輝の肩を、龍太郎が鈴を落とさないようにバシッと叩いて励ます。

 

 

 

 それからしばらく進んだものの、一向に変化は現れなかった。

 

 巨樹にこそ近づいているものの、音の一つもなく、風すら吹かない状況はやけに不気味に感じる。

 

 草木をかき分ける音さえも心を揺らし、徐々に女性陣の表情が不安げなものへと変わっていく。

 

「うーむ、なんだか嫌な感じじゃの」

「なんだか、オルクスで待ち伏せされてた時を思い出すね」

「確かに……魔物も一匹も出てこないし」

 

 顔をしかめるティオに香織が反応し、その言葉にあの時を思い出した雫がシュウジの手を握る。

 

 普段ならばこんな場所でそんなことはしないが……あの件は彼女達にとって色々な意味で衝撃的だった。

 

 無論のこと、それをわかっているのでシュウジは彼女の手を握り返した。

 

「心配しなさんな。このフロアはそういう意味じゃ安全だ」

「そういえば、シュウジさんは大迷宮の情報を持ってるんでしたよね。ここはどんな試練なんですか?」

 

 シアが尋ねる。シュウジはふむ、と帽子の縁を指でなぞりながら考えた。

 

 今もなお、トータスに来たばかりの頃に女神に与えられたこの世界の情報は生きている。

 

 しかし、大まかに言えばそれは辞書のようなものであり、現場から最適な情報を探し出さなければいけない。

 

 ここまでの短時間の道のり、大樹の存在、周囲の状況からシュウジは情報を抜き出していき……

 

「そうだねぇ……頭上注意、ってとこかな?」

「頭上、ですか?」

「……空から女の子が?」

「なんで知ってるんだウサギ……」

「ま、あと少しは安全さ。こいつらも先行してるしな」

 

 シュウジが手に持ったステッキを掲げると、宝石部分に乗っていた黒いカマキリがキシっと鳴いた。

 

 初めて見た香織と光輝は驚き、久しぶりに登場……失礼、出てきたそれに懐かしげな顔をする。

 

「俺の蜘蛛型ゴーレムも先行してるが確かに敵襲って意味の危機は……ん?」

 

 途中で言葉を止め、ハジメは天井を見上げた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 突然立ち止まったハジメに他のメンバーも停止し、不思議そうな顔で上を見上げる彼を見た。

 

 すると、ポツリと顔に何かが落ちてくる。香織かシアかが「ひゃっ!」と驚いて声をあげた。

 

「あ、雨?」

「みたいだね」

「ん……」

 

 光輝や香織が手で雨を防いでいると、顔に当たる水滴に小さくうめき声をあげ、うっすらと鈴が目を開いた。

 

「おっ、起きたか鈴。気分は大丈夫か?」

「ふぇ……っ、りゅりゅ龍っち!?」

「そんだけ声が出るなら平気だな……さっきは変なこと言ってすまん」

「あ、うぅ……」

 

 ほんのりと頬を赤く染め、龍太郎の背中に顔を埋める鈴。

 

 なんとも可愛らしい仕草に光輝達が微笑んでいると、不意に香織が雫の方を向いた。

 

「あれ? 雫ちゃん、それ……」

「え?」

 

 香織の懐疑的な顔に、ふと雫は自分のすぐそばから異音がすることに気がついた。

 

 つられて全員がそちらを見て、雫も音の発生源たる自分の頭上を見上げる。

 

 

 何かを断続的に弾くようなその音は、半球状に広がった黒い魔力が水滴を防いでいる音だ。

 

 

 

 その発生源を辿れば、それはシュウジが逆さまに持ったステッキ……即席の傘だった。

 

 もともと手を繋いでいて近かった距離をさらに詰めて、雫を雨に打たせまいとしている。

 

「雫を濡らしはしないさ」

「ありがと、シュー」

「いやいや……それに、この雨は()()()()()()()()

 

 シュウジの言葉に、一気に緊張が走る。

 

 普段こそおちゃらけているものの、こういう時に無意味な発言はしないことを全員わかっていた。

 

 つまりこれは意味あること──すなわち、この迷宮においての異変、という意味に直結する。

 

「チッ、ユエ!」

「んっ、〝聖絶〟!」

 

 ハジメの呼びかけに、阿吽の呼吸でユエが障壁を展開した。

 

 

 

 ザァアアア!! 

 

 

 

 直後、土砂降りの雨がシュウジ達を襲う。

 

 ユエの張った結界によって弾かれ、表面を()()()と滑り落ちていく様は、明らかに雨ではない。 

 

 そもそもここは閉鎖空間。例え樹海が広がっていようと、自然と雨が降り出すなどあり得ないのだ。

 

 ならば、自ずと答えは二つに一つ。

 

 なんらかの毒性を持った液体──あるいは、魔物。

 

「だから言ったろ、頭上注意って」

「下手な魔物よりタチが悪りぃな! 魔眼石にすら感知されなかったぞ!」

「見て、周りが!」

 

 舌打ちするハジメに、いち早くシュウジの行動の意味に気がついて観察を始めていた雫が叫ぶ。

 

 その視線の先には樹々や草、岩の間、地面などから滲み出てくる、大量な乳白色の何かがいた。

 

「クソッ! このスライムども、気配遮断にしても隠密性高すぎだろ!」

「勘も大事ってことさ。まあ俺カンニングしたんだけど」

 

 言いながら、カーネイジナイフをハジメの足元に投げ打った。

 

 それはちょうど足の間の地面に突き刺さり、そこからはい出ようとしていた物体の動きを止める。

 

「ギィガァアアア!」

 

 そのまま小型のカーネイジへと変形し、その場で魔物を喰らい尽くしてしまった。

 

 たった一瞬の出来事にさらにハジメの眼光が鋭くなり、同じようにそれを見た面々も気がつく。

 

「そりゃ地面からも出てるんだ、ここにも来るよな!」

Exactly(その通り)! 皆様足元にお気をつけください、濡れることがございます」

 

 シュウジの言葉を皮切りに、一斉に障壁の内部にスライムが飛び出してきた。

 

 全員を狙ったそれに、シュウジはステッキの上部を捻ると、エ・リヒトを球状に自分と雫の周りに展開する。

 

 当然のようにスライム達が群がり、二人を襲うとするが……

 

「〝纏毒〟」

 

 次の瞬間、半透明の結界が身の毛もよだつ紫色に変色して、スライム達を溶かし始めた。

 

 強力なエボルトの毒に煙を上げ、魔物達はさらにドロリと形を崩して死んでいく。

 

「そうか、ユエ!」

「んっ!」

「鈴、いけるか?」

「う、うん!」

 

 すぐに魔法のエキスパートたるユエと、結界師である鈴が行動を開始する。

 

 素早く各々の所へ集合し、ユエの張った結界にハジメ、シア、ウサギ、美空、香織、ティオが。

 

 一拍遅れて展開された鈴の障壁の中に、光輝と彼女を背負っている龍太郎が入り。

 

 最後にユエが不要になったドーム状の障壁を消し、代わりに三つの新たな避難場所が出来上がった。

 

「よし、全員避難したな……じゃ、掃除の時間だ」

 

 全員が退避したことを確認し、シュウジが結界の中で右手を掲げる。

 

 すると、手の平から少し浮いた場所に、ユエの重力球によく似た黒い球体が出現した。

 

 

 フッ……

 

 

 それは少しずつ手の平の上から浮かび上がり、シュウジの結界をすり抜けていく。

 

 未だに降り注ぐスライム達すらも透過して、樹々よりもさらに高く飛んだ黒球は──ドッ、と一瞬で広がった。

 

 

 

 それは、ブラックホール。全てを飲み込む宇宙の穴。

 

 

 

 渦巻くそれがその力を発揮し、徐々にスライム達が穴の方へ吸い寄せられていった。

 

 徐々にその力は強くなっていき、対象外としているシュウジ達を除いた全てが根こそぎ吸い込まれていく。

 

「ふう、なんとか難を逃れたな……」

 

 ブラックホールの方に飛んでいく、結界に覆い被さっていたスライムに、ほっと光輝は安堵の息をはいた。

 

「鈴、助かった。ありが──っ!?」

 

 そして礼を言おうと、龍太郎の背にいる鈴に振り返って──ギョッとした。

 

「? どうしたの光輝くん?」

「い、いや、なんでもないぞ! ああ、なんでもない!」

「?」

 

 慌てて顔をそらした光輝に、鈴は不思議そうに首をかしげる。

 

 背負っているため、鈴のことが見えない龍太郎も同じような顔をして、試しにハジメ達の結界を見て。

 

「ブッ!?」

 

 それはもう見事に吹き出した。

 

 そうすると慌てて鈴の足を支えていた腕の片方を外し、グワシィ! と光輝にアイアンクローする。

 

「いだだだだっ!? りゅ、龍太郎っ!?」

「すまん光輝! だが今は鈴を見るんじゃねえ!」

「だからすぐに目線を外し……痛い痛い!」

 

 ギリギリと指の力を強める龍太郎に、光輝が絶叫した。

 

「ふ、二人ともいったい何を……」

 

 話の発端である鈴は、さっきからなんなのかと自分の体を見下ろす。

 

 そして、白く粘着質な液体で()()()()()()()()体を見て目を剥いた。

 

 白濁した粘っこい液体によって、ピッチリと肌に張り付いた服……どう考えてもアレっぽいのである。

 

「い、いやぁあああ!」

「あがっ!?」

「龍っち見ないで、見ないでぇええ!」

「いや俺は見えなッ、があぁアアアアッ!」

 

 鈴の両手が龍太郎の目の窪みに食い込み、あまつさえ両足をバタバタとさせた。股間の上で。

 

 

 

 ドスッ、ドスッと股間にめり込む、右足のかかと、そして左足のかかと。

 

 

 

 さしもの龍太郎も壮絶な、男にしかわからない痛みに苦悶の声を上げざるを得ない。

 

「ぎゃああああっ!!」

 

 それによってさらに力んだ手が光輝の頭蓋骨を軋ませ、もう地獄絵図だった。

 

「何やってんだあいつら……」

「……ベトベト」

「気持ち、悪い……」

「くっ、これ取れないし……」

「美空、なんかエロい……」

「盛るな変態」

「変態じゃないもんっ!」

「うぅ、恥ずかしいですぅ……」

「ふむ、これはこれで良いの」

 

 同様に、龍太郎が見たユエ達も同じことになっている。

 

 素早く行動したのでそこまでではないものの、彼女達もやはり最初の雨によってやられていた。

 

 ユエの首筋や頬を伝うもの、シアやウサギの胸元に溜まったもの、美空のスカートに染み込んだものに、香織の髪に付着したもの……

 

 

 総じてアウト案件決定だ。

 

 

(……最悪、見たやつは目を潰すか)

 

 ハジメなどそんなことを考えており、確認だけしてすぐに目をそらした龍太郎は僥倖だったであろう。

 

「香織、とりあえず〝分解〟でユエ達のを取ってくれ」

「う、うん……」

 

 一番除去に適した能力を持っている香織が、やや赤い顔でスライムの取り除きを開始した。

 

「あなた、どうせなら南雲くん達も守ってあげてばよかったじゃない」

「いやー、ああなるとわかってるとつい雫を最優先しちまってな」

「それは嬉しいけど……」

「あとラッキーイベントの用意をしなきゃと思って」

「南雲くん怒るわよ?」

 

 キラリと目を光らせ(幻覚魔法)、無駄にキマった顔で言うシュウジに、雫は呆れた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 そうこうしているうちに、ブラックホールの範囲内のスライム全てが吸収される。

 

 結果的に、樹海の一角にぽっかりと円形の広場ができることになった。

 

 その向こう側から入ってこようとするスライムもすぐに吸い込まれる。

 

 一時的に安全が確保されたのを確認して、結界を解除した一同は顔を見合わせる。

 

「た、頼む……香織かみーたん、どっちでもいいから回復魔法を……」

「私が回復するから、香織は鈴をどうにかして」

「う、うん」

「ううっ、ごめんね龍っち」

 

 なお、男の象徴に何度も攻撃を受けた龍太郎は、すぐさま治療にかかった。

 

「……雨が止まないな。無尽蔵か?」

「穴を塞ぐしかないな。どうする? 俺のカマキリはちょいと品切れだ」

 

 樹海全体に散らばせていたカマキリ達は、すでにほとんどがスライムに飲み込まれて死んでいる。

 

 とはいえ、〝箱〟には無尽蔵にいるし、同様に限りのないカーネイジで穴を埋めることもできるのだが……

 

「いや、俺がやる。ユエ達をこんなにしてくれたんだ、少しくらいやり返さないと気が済まない」

 

 ニヤリと獰猛に笑ったハジメに、シュウジはどうぞご自由にとでも言うように笑い返した。

 

「それじゃあ早速……っと!」

 

 〝宝物庫〟からシュヴァルツァーを大量に出し、魔力を流して起動するハジメ。

 

 赤く目を輝かせ、ひとりでに宙に浮いた黒い鮫達は、凄まじい速さで天井に向けて泳いでいった。

 

 

 

 軌道上にあるスライムの雨を、口を開いて発射したミサイル弾の爆炎によって焼き尽くし進むシュヴァルツァー。

 

 二機でグループになったシュヴァルツァー達は、勢いを緩めることなく天井に衝突。

 

 そのまま胸ビレと尾びれを垂直に変形させ、互いの体で円を描くように水平に天井に埋まった。

 

「よし」

 

 〝遠目〟でそれを確認したハジメは、〝宝物庫〟から大量の蜘蛛型ゴーレムを出した。

 

 うわ、と顔を引きつらせる美空や香織達に構わず、手元に残していたシュヴァルツァーでゲートを作る。

 

 メタリックな蜘蛛達はそのゲートを通り、天井に突き刺さった多くの〝出口〟から出て行った。

 

 そのまま散開していくその数、約200。

 

「おお、随分と操作できるようになったな」

「何百ってカマキリからの情報を、なんともない顔で受け取って処理するお前ほどじゃないがな。で、あの穴を〝錬成〟で塞げば……」

 

 ハジメの操作によって、あらゆる穴の近くにスタンバイしていた蜘蛛達が動き出す。

 

 生成魔法で付与された〝錬成〟を発動し、あっという間に滲み出るスライム達を穴ごと埋めてしまった。

 

「こんなもんでいいだろう。あとは……」

 

 雨が収まり、またはっきりと見えるようになった大樹の方を見るハジメ。

 

「あそこまでの道のり全部、まとめて焼き払ってやる」

「んじゃこれ使え」

 

 シュウジが投げ渡したものを、ハジメが危なげなく受け取る。

 

 それは不死鳥のシンボルが描かれたフルボトル……フェニックスボトルだった。

 

「それをシュヴァルツァーに装填すれば、火力が上がると思うぞ」

「なるほどな……サンキューブラザー」

 

 ニヤリ、と笑い合う二人に、光輝と龍太郎は一瞬悪魔の集会を幻視した。

 

 ハジメはシュヴァルツァーに歩み寄り、二機あるうちの一機の背中のくぼみにボトルを挿し込む。

 

 

《 《 《 フルボトル! フェニックス! 》 》 》

 

 

 より赤くカメラアイを輝かせ、全てのシュヴァルツァーから同じ音声が発せられた。

 

 シュウジの改造により、シュヴァルツァーは一機に装填されたフルボトルの効果を共有できるのである。

 

 それを確認し、ハジメは天井から全機を移動させると、大樹へ一直線にシュヴァルツァーを並べ。

 

「ファイヤ」

 

 躊躇なく命令を下し、ミサイル弾を発射させた。

 

 

 

 ドン! ドォンッ!! ドドォンッ!!! 

 

 

 

 投下されたミサイルが一拍置いて、連鎖爆発を始める。

 

 凄まじい轟音と振動を発させ、光輝や鈴を背負って不安定な龍太郎が思わずたたらを踏んだ。

 

 瞬く間に炎の海と化した樹海の中で、大量のスライムが焼け焦げて死んでいく。

 

 おまけに、ボトルの力によって爆発力を増したそれらはメラメラと立ち上る、十メートルほどの炎を生んだ。 

 

 大樹までの道どころではない。このフロア全体を焼き滅ぼそうとしていた。

 

「はははは、燃えろ燃えろ」

「せっかくのキャンプファイヤーだ、もうすこし派手にしよう」

「「は?」」 

 

 楽しそうに笑ったシュウジに光輝と龍太郎が呟いた瞬間、彼の背後に穴が開く。

 

 今もなお、今度は炎を吸って自分たちを守っているブラックホールに似たそれは、異空間の穴。

 

 

 

 ザザザザザッ!!! 

 

 

 

 そこから何千、何万という夥しい量のカマキリが飛び立った。

 

 彼らは数匹で一つのドラム缶らしきものをいくつも運んでおり、もしや……と顔を青ざめさせる二人。

 

「さあ、もっと楽しもうぜ?」

 

 その予想は、指を鳴らしたシュウジによって実現された。

 

 各地の空中で静止したカマキリ達がドラム缶の蓋を開け、そこから炎に黒い液体を注ぎだしたのだ。

 

 

 

 それが触れた瞬間──炎の勢いが何倍にも増した。

 

 

 

 そう、シュウジが投下したのはタールである。

 

「「………………」」

「どうよ、このデコレーション」

「最高のスパイスだな」

 

 炎上する樹海を、楽しそうに眺めるハジメとシュウジ。

 

「なあ龍太郎、俺本当にここにいて平気か? なんかもう、いろいろ諦めそうなんだが……」

「気をしっかり持て光輝!」

 

 平然と笑顔で被害を拡大させたシュウジに、光輝はハイライトを失いかけていた。

 

 あれと並び立つほどの力や信念を持った時には、もしや同類となるのではと思った光輝だった。

 

「悪魔だ、悪魔が二人いるよぉ! シズシズ、あれとめてぇ!」

「炎を背にニヒルに笑う……いいわねっ」

「シズシズぅ!?」

 

 いい感じに背景が出来上がったシュウジを激写している雫だった。手遅れである。

 

「あぁ……ハジメ、素敵」

「胸が、キュンキュン」

「ですねぇ〜、あの顔かっこいいですぅ」

「ご主人様ぁ……ハァハァ、一目でいいからその目で妾を見て欲しいのじゃ……」

「……ゴクリ」

「はぁ……私の彼氏、いつからあんな風になったんだろ」

 

 ユエ達も同様の状態。恋は盲目とはこのことか。

 

 呆れている美空でさえ目を奪われているのだから、もうストッパーなどいないに等しく。

 

 

 

 

 しばし、摂氏三千度の獄炎の海が轟轟と燃え盛っていた。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

さて、あと少しでこの迷宮も終わりだ。

感想をいただけると…頑張ります(普通に頑張れ


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快楽の試練。某尼さんはお帰りください

前回投稿ミスった…

遠隔授業で引きこもりすぎてやばい。

ハジメ「俺だ。前回はとんでもない目にあったな」

シュウジ「やっすいアニメのサービス回みたいだったな。てかあの二人くっつけよ」

龍太郎&鈴「「うっさい!」」赤面

エボルト「おっと、怖え怖え。ていうか俺の出番少なすぎない?」

シュウジ「この章は基本三人称に固定してるから仕方ないネ。で、今回は引き続きちょっとエロい回。それじゃあせーの、」


五人「「「「「さてさてどうなる大樹編!」」」」」


 三人称 SIDE

 

 

 

 数十分ほど経過して、ようやく炎が収まっていく。

 

 

 

 地面に残っているタールにしがみついているもの以外の全てが消え、後には何も残らない。

 

 それもシュウジがブラックホールを移動させ、樹海だった焦土を一周させて消していく。

 

 後には、ハジメがシュヴァルツァーによって壁を作り、難を逃れた大樹のみがポツンと立っていた。

 

「よし、だいたい焼き尽くしたな。シュウジ、残りは?」

「ん、地面に潜んでたのは全部喰った」

 

 ずっと無言だったシュウジが、自分の足を指差す。

 

 ブーツから地面に向け、根を張るようにカーネイジが伸びていた。

 

 ハジメが見る前でそれはブーツの中に引いていき、最後に口の形になってゲップと満足そうな声を上げた。

 

 それを見届け、掲げていた右手をぎゅっと閉じると、ブラックホールも徐々に小さくなって消滅した。

 

 炎が収まるまでの間話さなかったのは、カーネイジとブラックホールの操作に意識を操作していたためだ。

 

「さて、見事に焼け野原なわけだが……一応確認しておくか」

 

 ハジメがシュヴァルツァーと蜘蛛型ゴーレムを併用し、ほとんど黒焦げになった樹海を探索する。

 

 シュウジもカマキリを飛ばし、かつ地面にステッキを突き立て、全員を囲える範囲のエ・リヒトを展開した。

 

「しばらく確認に時間を使うから、休憩しててくれ。念には念を入れる」

「よっと」

 

 ハジメが呼びかけ、シュウジがいくつかのベンチを異空間から召喚する。

 

 そして自分も雫と二人掛けのソファに座り、同じように取り出した椅子をハジメにも提供した。

 

 片や無数のアーティファクトの同時操作、片や数えきれない魔物の統率と超硬度の結界を維持。

 

 なんとも飛び抜けた二人に、休息を言い渡された面々はもう苦笑いするしかない。

 

「……」

「ん?」

 

 しかし、どっかりと椅子に座り込んだハジメは不意に後ろを振り返る。

 

 するとそこには、香織によってすっかりスライムを取り除かれたユエと美空が立っていた。

 

 二人は無言で膝をつき、ハジメに抱きついてくる。

 

 いつものことかと、見ていた誰もそれを気に留めなかったが……

 

「はぁ、はぁ……ハジメ、なんか変だよ……」

「すごく……ハジメが欲しい……」

「は? いや、こんな場所で何を……二人ともどうした?」

 

 二人の息が荒い。

 

 吐息は火傷しそうなほど熱く、瞳が蕩け、絡みつくような腕はハジメの体を地味に弄っていた。

 

 どう見ても発情している二人に、異変に気がついたハジメは誰より情報を持っているシュウジを見た。

 

 狼狽えている雫も隣から見つめれば、つー……と冷や汗を流したシュウジは引き攣った笑みを浮かべた。

 

「やっべー、ちょいと疲れて忘れてたぜ」

「おいシュウジ、これは一体なんだ?」

「簡単に言やぁ、十八禁のスライムだったんだよ」

「チッ、そういうことかよ……!」

 

 ようやく意味を察したハジメは、ぐいぐいと体を押し付けてくる二人をなんとか押しとどめた。

 

 あの魔物そのものが強力な媚薬のような効果を持っており、それをモロに受けて発情しているのだ。

 

 もしやシア達も……と後ろを見る。

 

「ハジメさん、私……私っ!」

「シア、落ち着いて」

 

 二人と同じように薔薇色に頬を上気させ、劣情で霞んだ瞳のシアをウサギが抑えている。

 

 途中から月の小函(ムーンセル)を使い、スライムを弾いていたウサギは比較的影響が軽い。

 

 しかし完全に防げたわけではなく、珍しく表情を険しくしていた。

 

「ハジメくん、美空……ううん、ダメダメっ!」

 

 香織は耐え難い欲望に身悶えしながらも、体内に染み込んだ粘液を〝分解〟してなんとか抗う。

 

 ティオはぼーっと突っ立っており、とりあえず対象から外して、光輝より先に龍太郎と鈴を見るハジメ。

 

 正直なところ、光輝よりも互いに好意がダダ漏れしているこの二人の方が個人的に心配だったのだ。

 

「畜生っ……治り、やがれ……!」

「龍、っち……!」

 

 無意識か、それとも互いに離れたくなかったのか、まだ背負い背負われを続けていた二人。

 

 龍太郎が歯を食いしばって劣情に耐え、背後の鈴を襲うまいとしている。

 

 

 理性の外れ具合で言えば、鈴の方がまずいだろう。

 

 

 体を龍太郎の背中に擦り付け、身をよじっている。明らかに何かをこらえていた。

 

 なまじ好意を抱いているためか、心に決めた男にしか見せてはいけないような顔にすらなっている。

 

「坂上のやつすげえな……で、天之河は」

 

 視線を巡らせ……ハジメは目を剥いた。

 

 

「ぐ、ぅううう!」

 

 

 光輝は露出させた左肩に剣を当て、抜き身の刃を深く食い込ませていた。

 

 顔には滝のように汗が流れ、歯を食いしばり、誰も襲うまいと全力で自分を抑えているのだ。

 

 肩口からはドクドクと血が流れ出している。

 

 痛みで理性を働かせる、という常套手段ではあるが……

 

「まさか、お前がそれをするとはな……恐れ入ったよ、天之河」

 

 素直に、ハジメは小声で称賛した。

 

 もともとツッコミキャラとして株が上がっていたものの、先の試練を突破したこともある。

 

 これならばと、少しだけ最後まで攻略できるかと米粒ほどの期待を持った。

 

 

(あわよくば、王国にまた魔人族とかシュウジが相手した使徒がやってきた時、存分に戦ってくれそうだ)

 

 

 しれっと内心で人身御供の計画を立てながら。

 

「無事かの、ご主人様」

「ん、ティオか」

 

 と、そこでしっかりとした足取りでティオが歩いてきた。

 

 いまだに体を押し付けてくるユエと美空をどうにかあしらいながらも、平然としている彼女を訝しむ。

 

「強力な快楽で、魔法の行使すらできぬ。時間が経てば経つほど正気を失い、快楽のまま溺れることになるじゃろうな。全く厄介極まりないのう、戦闘が長引けばそれだけで全滅は必須じゃろうし」

「あ、ああ……」

「もし乗り越えたとして、そのあと仲間がいた時は交わり、関係が危うくなる可能性もある。まあ、そこがこの試練の狙いなのじゃろうが」

「お、おう……」

「厄介な連中だのう、迷宮を作った解放者達は……しかし、さすがシュウジ殿は判断が早い。自分と雫殿をいち早く守るとは」

 

 ティオが横を見れば、そこにいたシュウジは。

 

「ん、ああ。俺は一応試練を受けてるよ」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 感心した様子のティオに、ひらひらと手を振って笑うシュウジ。

 

 え? という顔で二人と雫が見ると、シュウジは手を返し……べっとりとスライムが付着した甲を見せた。

 

「さっきカーネイジに食わせた時に、ちょちょいと一掴みね。まあこの程度なら余裕で抑えられる」

「お前……マジか」

 

 ユエ達ですらこうなっているというのに、ケロリとした顔でいるシュウジにハジメは戦慄した。

 

 

 今この瞬間も、シュウジの中では高ぶる本能が渦巻いている。

 

 隣にいる雫を滅茶苦茶にしたいと、自分のものにしてしまいたいという欲望が鎌首をもたげ、舌を出して涎を垂らす。

 

 

 それを抑えるのは、ありとあらゆる拷問への耐性をつけさせられたカインの記憶だった。

 

 その中には快楽への耐性もあり、この何倍も濃度の高い媚薬を飲まされてカインは鍛えられた。

 

 この世界の技能としてではなく、少しずつじわりじわりと、その体に痛みを伴って培われた精神力。

 

 

 〝憑依(ポゼッション)〟、という魔法がカインの世界にはあった。

 

 人間、動物、あるいは物体から記憶を読み取り、それを己の実体験として体感するための魔法だ。

 

 シュウジは幼少期、己を前世の自分……もっとも別人だったが……以上にするため、一度全て記憶を読み取ったことがある。

 

 

 一千年で培った知識、技量、魔法、信念。

 

 その全てを何年もかけて習得し、体に覚えさせることで全ての技術を体得した。

 

「……てことだ。こんな衆目に晒されたところで、俺が無様を晒すなんてことは、そうそうないぜ?」

「そうだな」

 

 その辺りのことを優雅に紅茶を飲みながら説明するシュウジには、ハジメも苦笑いだ。

 

 ティオが「すごいのう」と感心し、雫もジッとシュウジのことを見つめている。

 

「ま、今考えりゃおかしな話だったんだけどな。人間は死に、輪廻の輪に乗る時に全てを浄化される。なのに一千年もの記憶が残ってるってのは……そうなるよう、人為的に仕向けた時だけだ」

 

 〝抹消〟をカインから受け継いだシュウジは、存在の消滅ということをとても重視している。

 

 だからこそ作為的に作られた自分が……都合の良いように作られた人格が、なんとも気持ち悪いと感じるのだ。

 

「おかげでこうして助かってるんだ、悪いことばっかじゃな」

「えいっ」

 

 その時、突然雫がシュウジのスライム塗れの右手を取って自分の胸の間に突っ込んだ。

 

 空気が固まる。笑っていたシュウジも、話を聞いていたハジメやティオも、雫以外全員硬直した。

 

「ん、ふっ……!」

 

 その数十秒の間に雫の胸の間から粘液は染み込んでいき、雫は熱い息を吐く。

 

 時間が経過し、効力を強めたスライムは直ぐにその効果を発揮したのだ。

 

「確かに……これ、きついわね……」

「……いやいやいやいや!? 何やってんのお前!?」

 

 慌てて手の甲からカーネイジを出して粘液を包み込み、右手を引っこ抜くシュウジ。

 

 しかしもう手遅れだ。雫は潤んだ瞳でシュウジを見上げ、ガバッとその首に両手を回した。

 

「雫、なんでこんな……」

「あなたがやる、なら……私もやるの、は……当然でしょ……」

「えぇ……俺が守った意味が……」

「ふふ……ざーんねんでした……♪」

 

 快楽に飲まれそうになりながらも、いたずらげにウィンクする雫。

 

 しかし耐えがたいのか、雫は「あっ」と色っぽい声を出してシュウジの首筋に口を付けた。

 

 思わず変な声が出そうになるのを堪えると、雫はそのまま軽く歯を立てて甘噛みを始める。

 

「おね、ひゃい……ひばりゃく、このはは……」

「……ったく、困った女神様だ」

 

 突拍子もない行動にふっと呆れ笑いを浮かべながら、シュウジは雫の背中を優しく撫でた。

 

「愛じゃのう……」

「……いや、なんでお前も平気なんだよ」

「む? 妾も身体中に快楽が駆け巡っておるぞ?」

 

 などと言いながら、頬一つ赤らめていないティオにハジメは眼を細める。

 

 これだけ強力な快楽に身を侵されていながらも、意志の力一つで正気を保っているのだ。

 

 たとえ末期のド変態でも、そろそろどっかに頭から下を埋めて捨てようかと思っても、やはり誇り高き竜人族。

 

 世界こそ違うものの、同じ龍人のルイネも高潔だったのだ。彼女も根底は……

 

「妾はご主人様の下僕である! この程度の快楽、ご主人様から与えられる快楽(痛み)に比べればなんのその! 妾は決して尻軽ではないぞぉ!」

「そうっすか」

 

 やっぱりダメだった。

 

 目を見開いて拳を掲げるティオを、氷点下以下の目線で見るハジメ。

 

 その次の言葉は……

 

「さすがティオ……いやクラルスさんっすわ。マジパネェっすわ。とりあえず離れてくれます? 半径五百メートルくらい」

「はぅん! 敬語に族名のダブルコンボ! このタイミングで他人扱いとはっ……まずい、快楽に溺れそうじゃ」

 

 高潔な種族とはなんだったのか。

 

 一気にユエ達よりも酷くなったティオからハジメが目を逸らすと、シュウジが腹を抱えて笑っていた。

 

「ぶはははは! よくもまあここまで調教したよなぁハジメ!」

「八重樫、襲っていいぞ」

ひひほ(いいの)?」

「やめてくださいお願いします」

『よっわ』

 

 超弱いシュウジだった。

 

 動き出した雫の手にあれこれされているシュウジから目を外し、自分に抱きつく二人を見下ろす。

 

 が、シアも追加されていた。どうやらウサギの拘束を振り払ってやってきたらしい。

 

 アグレッシブなシアに思わず笑みを浮かべながら、改めて三人に呼びかける。

 

「ユエ、美空、シア。お前らがたかがこの程度の魔物にいいようにはされないだろ?」

「んっ……当然」

「当たり前、だし!」

「もちろん、ですよぉ〜……!」

 

 答えた三人もまた、雫のように必死に快楽に耐えていた。

 

「いいか、これは大迷宮が課したクソッタレな試練だ。お前らが屈するなんて有り得ない。見ろ。あのバカやド変態だって耐えてんだ。ここで万が一にでも負けたら、恥ずかしいぞ?」

 

 あえて挑発的に言うハジメに、情欲と言う名の熱に侵されながらも三人は不敵に笑う。

 

「シュウジ、解毒は?」

「で、できる……舌を動かすのやめろぉ!」

ひーひゃ(いーや)♪」

 

 試練というか、もうただイチャついている二人から早々に目をそらし、ハジメが三人を見る。

 

「というわけだが……どうする?」

「……必要、ない」

「いりません」

「このままでいいし」

「よし。それでこそだ」

 

 決意表明をした三人に優しく笑いかけ、ハジメはこの試練を耐え抜くことを信じて待つことにした。

 

「は、ハジメ、ヘールプ!」

「ふふふ……♪」

 

 隣から聞こえたSOSはシカトした。

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 試練を受けたユエ達三人を抱きしめ、待つことしばらく。

 

「……ん?」

「あらら?」

「あ、あれ?」

 

 突然声をあげた三人は、耐えるために俯かせていた顔を上げる。

 

 そこには拍子抜けしたような表情が浮かんでおり、一見ぽかんとしたそれにハジメは心配になる。

 

「お前ら、どうした?」

「……ん、耐え切ったみたい」

「はい、湧き上がっていた快楽が消えました」

「はー、大変だった……」

「そうか……よかった」

 

 今回ばかりは心底疲れ切った顔をした三人に、ハジメは安堵の表情を浮かべた。

 

 行き過ぎた快楽は苦痛と変わらない。それを精神力で耐え切った三人はさすが、と言うべきだ。

 

 後ろを見ると、ウサギや香織も普通の表情に戻って座り込んでいる。

 

「よく頑張ったな。お前らなら大丈夫だと確信していたが……うん、流石だよ」

「ん……ふふ」

「ふふん、どんなもんよ」

「えへへ、そう素直に言われると照れますね〜」

 

 はにかみ笑いをする三人を抱きしめるハジメ。

 

 試練は終わった以上、すでにそうする必要はないのだが……まあ、気持ちというやつだ。

 

 ユエ達も離れようとすることはなく、むしろ抱きつく腕の力を強めている。

 

「ん……あら、もう終わりなのね」

 

 同じ頃、粘液の効果が切れた雫もシュウジから体を離して坐り直す。

 

 乱れた髪や服装を直し、いつも通りのクールな出で立ちに戻った雫は隣を見る。

 

「ぜぇ、はぁ……」

「あらシュー、随分疲れてるみたいだけど」

「誰のせいですかね」

「わからないわ♪」

 

 ウィンクする雫。強かな幼馴染に香織の苦笑いが止まらない。

 

 汗やその他の液体で汚れた右肩を拭いながら、呆れ笑いを浮かべるシュウジ。

 

「あっちも平気そうだな……で、あっちの三人は」

 

 光輝達の方を見るハジメ。

 

 すると、光輝が尻を突き出し、上半身を地面に擦り付けた体制でピクピクと痙攣していた。

 

 周りの地面や、転がった剣には夥しい量の血が付着している。

 

 どうやら失血しすぎたらしい。

 

「ったく、何やってんだ……おーい香織」

「わかってるよハジメくん」

 

 早速治療に香織が向かい、次に龍太郎達を見る。

 

「うぅ……もうお嫁にいけない」

「……ま、気にすんなよ。俺は気にしない」

「してよぉ……なんでこんな時も男前なのぉ……」

 

 こちらはこちらで、中々にカオスなことになっている真っ最中だった。

 

 赤い顔でさめざめと泣く鈴と、なんとも言えない顔で頬をかく龍太郎。割と危ない絵面だ。

 

「さて、それじゃあ一回着替えてこい。ちょっと見せられない感じになってるぞ」

「ん、わかった」

「この衣装気に入ってたのになー」

「仕方ないですよ美空さん」

 

 ようやく三人が離れ、ハジメは錬成で簡易的な更衣室を用意する。

 

 〝宝物庫〟から予備の服も取り出し、それを渡された女性陣は早速着替え始めた。

 

 治療を終え、貧血でぐったりとしている光輝や龍太郎達も替えの服を手渡され、各々準備する。

 

 ちなみにティオのことはギリギリまで無視していたが、泣きつかれたため仕方がなく同じ処置をとった。

 

「〝浄化(クリーン)〟」

「ありがとうシュー」

「いえいえ。お、戻ってきたな」

 

 解除されたエ・リヒトの外にいたカマキリ達が、次々と戻ってくる。

 

 同様にハジメの方のゴーレムも帰還し、互いの斥候達を回収する二人。

 

「よし、問題ないな」

「こっちも漏れはなしだ。進んでも平気だぜハジメ」

「ああ。っと、どうやらあっちも準備が終わったみたいだな」

 

 タイミングを見計らったように、簡易更衣室からさっぱりとした様子で出てくる面々。

 

 若干一名、自傷した男がふらふらしているものの、全員問題はなさそうだ。

 

 

 龍太郎と鈴の様子が少しぎこちないが、あの試練の後なのだから誰も触れはしない。

 

 そんな三人はユエ達と一緒にこちらにやってくると、一歩歩み出て頭を下げた。

 

「その、面倒をかけた。感謝するよ南雲」

「俺からも礼を言っとくぜ。もしもの時は俺達を拘束するつもりだったんだろ?」

「ほお、目の付け所がいいな坂上。ま、自力で耐え抜いたんだから気にすんな。天之河のはちょっと予想外だったがな」

 

 その言葉に、自然と全員の視線が彼の方に向いた。

 

 ハジメやシュウジを除いて、それぞれ試練に耐え抜くことに必死で、香織が治療するまで知らなかった面々。

 

 よもや()()天之河光輝がそんな行動をするとは、誰にとっても予想外だった。

 

「蛮勇だな。それともイカれたのか?」

「どっちでもないよ、南雲」

 

 光輝は、大量の血で見えなかったのをいいことにやり過ごした、左肩の傷跡に手を置いて。

 

 それから、家具を片付けて静かに後ろに立っていたシュウジに目を向けた。

 

「これくらいしなきゃ、俺は壊れるんだろ?」

「……ま、せいぜい好きにやって踊ってくれ」

 

 答えるでもなく、かといって普段ほど苛烈に皮肉を浴びせるでもなく。

 

 それだけ言って、大樹に向かって歩き出したシュウジにハジメ達は顔を見合わせる。

 

「……ああ、今はそれでいいよ」

 

 

(それでもいつか、俺はこの手で何かを選び、守れるようになりたい……お前みたいに)

 

 

 ただ一人、光輝は口の中でそう呟く。

 

 

 

 

 

 その後、順調に何もない荒野を突き進み、一行は巨大な樹にたどり着き、そこにあった転移陣で新たな試練に向かった。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回は奴らか…

感想カモン!


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黒い悪魔、火星人を添えて。


ハジメ「俺だ。前回は、なんというか色々と気まずかったな」

シュウジ「俺エロ同人みたいなことになってなかった?」

雫「気のせいよ。それより、今回はなんだか不穏みたいね…それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 三人称 SIDE

 

 

 

 光が収まると、そこはもはやお馴染みの洞の中。

 

 

 

 今度は何が起こるのかと皆が周りを見ると、すでに洞の一部が開いて出口があった。

 

「今度も……平気だな」

「残りの試練は、そういうのはない。ある意味もっときついけどな」

 

 今度も誰も欠けていないか、偽物が紛れていないかを確認し、そこからようやく外に出る。

 

 警戒しつつ、出口から洞の外に出た一同が見たのは──

 

「これは……まるでフェアベルゲンみたいだな」

「壮観だな」

 

 呆然、といった様子で呟いたハジメにシュウジが同意し、他のメンバーも同調するように頷く。

 

 洞の先に続いていた通路──それは作られた道ではなく、天然の枝……それも巨大なものだった。

 

 

 幅五メートルはあろうかという枝の根本を辿り背後を振り返ると、両端が見えないほどの木の幹が存在している。

 

 周囲を見渡すと、同じように突き出した枝が空中で絡み合い、空中回廊を形成している。

 

 無数の木の枝が絡み合っていたフェアベルゲンに対し、一本の木から伸びた枝だけで広大な空間に空中回廊が作られている。

 

 

 首が痛くなるほど高い上を見上げれば、石壁らしきものが見える。

 

 とすると、前の試練同様ここは地下空間なのだろうと推測し、次にハジメはこの巨木について考えた。

 

「こんな馬鹿でかい木がそうそうあるとは思えない……ということは」

Exactly(その通り)。こいつは大樹さ」

「じゃあ、ここは大樹の真下ってことなんですね」

 

 この中で一番大樹に詳しいと思っていたシアが、圧巻された様子で巨木改め、大樹を見渡す。

 

「つまり上の大樹は、これの一部?」

「すごく、大きい」

「あれだけのものが一部だなんて……すごい」

「地球じゃ、こんなもの絶対ないよね」

「本当の根本はもっと地下深くにあるのじゃろうな。いやはや、これは驚いた」

 

 ユエ達が大樹の大きさに度肝を抜かれながら、神秘的な光景にそれぞれの感想を言い合う。

 

 雫や光輝達とてそれは例外ではなく、ここまで壮大なものを作り上げた〝解放者〟に改めて畏怖を抱いた。

 

 そしてシュウジは……

 

「ハジメハジメ」

「ん? なんだ?」

「バジリスク」

「ぶふっ」

 

 いつのまにかギョロリと大きな二つの目玉があるトカゲのようなマスクを被っていた。

 

 某死にゲーの厄介なエネミーを彷彿とさせるそれに吹き出すハジメ。何度も呪い殺された記憶が蘇った。

 

「た、たしかにこんなステージが一作目にあったな」

「エリンギ親方の着ぐるみもあるけど、いる?」

「いらない」

「そりゃ残念」

 

 お前らの会話の方が残念だよと突っ込まれそうな二人の会話に、放心から我に返って苦笑する雫達。

 

「……?」

「……」

 

 ふと、シアとウサギが何かを聞きつけたようにウサミミをピクピクと動かした。

 

 カサカサ、ザワザワという耳障りかつ、どこか生理的嫌悪を覚える音がどこからか聞こえる。

 

 聞いているだけで何故か鳥肌が立つその音に、ウサギ二人は顔を見合わせた。

 

 どちらの顔にも何だろう? と疑問が浮かんでおり、確かめるべく枝の淵に行って下を覗き込む。

 

「んん……暗くてよく見えないですぅ。ウサギさん見えます?」

「見えない……ハジメ」

「ん、どうかしたか?」

 

 手招きするウサギに、ハジメが歩き出す。

 

 それに合わせてシュウジ達も二人に歩み寄り、何かあったのかと下を覗き込みはじめた。

 

「……あっ」

「あ、ちょっとシュー。どうして後ろに行かせるの」

「いやちょっとコレはNGっていうか」

 

 何かを察した……というより確信したシュウジは、そっと雫を枝の内側に押し返した。

 

 その行動に首を傾げつつも、ハジメはウサギの隣に膝をついて、不快げな顔でいる二人を見る。

 

「変な音が聞こえるんです。でも、私たちじゃ見えなくて……」

「ハジメなら、見えるでしょ?」

「まあおそらくは……どんな音なんだ?」

「なんというか、嫌な感じ? っていうか」

「何か、蠢いてる」

「……嫌な音ってのはよくわかった」

 

 下を覗き込み、そこにいるという何かを見るために〝夜目〟と〝遠目〟の技能を発動するハジメ。

 

「ゲコッ!」

「わっ、カエルさん!?」

 

 と、そこでウサギのフードに付与された異空間にいたカエルが飛び出してきた。

 

 そのままピョンと飛んだカエルはハジメの頭に着地し、「うおっ!?」と声を上げて慌てて傾いた体を戻す。

 

「っぶねえな……どうした?」

「ゲコッ、ゲコッ」

「なんだ、見ない方がいいってことか?」

 

 何かを訴えるように鳴くカエルに、逆に何があるのかという好奇心と警戒心が引き上げられる。

 

 カエルをウサギに受け渡し、ハジメは改めて下を見ながら技能を発動して……

 

 

「…………ッ!」

 

 

 そして、声にならない叫び声を上げた。

 

 技能で見てしまった〝それ〟にバッ! と勢いよく体を後ろに引き、さらにそこから数歩分下がる。

 

 全力で拒絶するようなその反応に、ユエ達は訝しげにした……引き攣った顔を逸らしているシュウジ以外は。

 

「クッソ、最悪だ……!」

「ど、どうしたんですかハジメさん?」

「今のハジメがそんな反応するなんて……何がいたの?」

「……大丈夫?」

 

 指先で目頭を押さえ、心底キツいというふうに顔を青ざめさせたハジメにユエと美空、シアが近寄る。

 

 光輝や龍太郎達も、傲岸不遜、大胆不敵の代名詞のようなハジメの過敏な反応に何事かと集まった。

 

「シュー?」

「……なんですか雫さん」

「もしかして……()()なの?」

「うん、そう」

 

 息を呑む雫と、ものすごく嫌そうな顔をしたシュウジ以外は。

 

「ふぅー…………いいか、落ち着いてよく聞け」

 

 そうして集まった面々の前で、深く息を吐いたハジメは真剣な眼差しで一同を見渡す。

 

 ユエと美空が背中をさすり、シアとウサギが手を握ってようやく落ち着いた彼は、意を決した目で。

 

「…………奴が、悪魔がいる」

「「「悪魔?」」」

 

 なんとも抽象的な表現に、皆が首を傾げた。

 

 光輝や龍太郎などは先程のことを思い出し、悪魔なら二人いるが……などと内心で思う。

 

 それを察したハジメが指でゴム弾を弾いて粛清したが、ユエ達をもってしてもその意味が理解できない。

 

「シュウジ。お前は知ってるんだろ?」

「おう丸投げしたなこの野郎」

 

 遠巻きに様子を伺っていたシュウジが、キラーパスを渡された。

 

 全員が振り返ると、ハジメによく似た顔をしたシュウジは雫の手を握りながらやってくる。

 

 いつものバカップル的行動ではなく、まるで恐れを押さえ込むような雰囲気を纏ったシュウジは、重々しい声で告げた。

 

「ユエ、シアさん、ウサギ。前回ここに来たとき、俺が言ったことを覚えてるか?」

「……ッ!」

「あ……!」

「……あれ、なんだね」

 

 その言葉に、数ヶ月前のことを思い返す。

 

 あれはそう、オルクスから脱出して旅を始め、シアが仲間に加わってから直後のこと。

 

 シュウジとエボルトが悪ふざけで、不正な方法で迷宮に入ろうとした時に告げたのは……

 

「……ゴキブリ」

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

 当時の話を知らぬ美空、ティオ、香織、光輝、龍太郎、鈴が顔を強張らせた。

 

 一匹いたら三十匹いると思えと言われる、ヤツ。

 

 全ての飲食店と主婦の宿敵、黒い悪魔。恐竜よりも遥か昔から地球に蔓延っていた最恐の刺客。

 

 カサカサと俊敏に動き、影から影へ忍者の如く移動し、尋常ならざる生命力で生き足掻く恐怖の生物。

 

 それが今、自分たちが立っている枝の下にいる。その事実だけでサッと全員の顔が青くなった。

 

「それだけじゃねえ。いや、それだけならどれだけ良かったことか……」

 

 ハジメがクロスビットを一機下へと飛ばし、それと繋がった小型の水晶ディスプレイを取り出す。

 

 僅かなノイズの後、全員が覗き込むそこに映し出されたのは……

 

 

 

 

 

「じょ」 「じょ」   「じょ」

        「じょ」    「じょ」         

    「じょ」

         「じょ」   「じょ」      「じょ」

 

 

 

 

 

 なんというか、もう全力で存在を否定したい何かだった。

 

 黒い波のように蠢くゴキブリの大海、その中にちらほらと混ざる異形。

 

 盛り上がった胸筋、八つに割れた腹に、逞しい四肢──そしてゴリラと猿の中間のような、無表情の顔。

 

 全てがテカテカと黒光りしている、そんな筋骨隆々の生物が数万、数十万──否、測定不能。

 

 皆こちらを見上げ、無機質な目でこちらを見ていたのだ。

 

「いやぁあああああっ!?」

「何あれ何あれ何あれッ!?」

「落ち着きなさい香織、鈴っ! 目を逸らして構わないから取り乱しては駄目っ!」

 

 錯乱状態に陥った人数、二名。

 

「……最悪」

「最低ですぅ!」

「ハジメお願い、今だけでいいから痛いくらい抱きしめて……」

「別のシチュエーションで聞きたかったわ……」

「流石の妾もあれはノーサンキューじゃ!」

 

 嫌悪感を滲ませる者一名、ウサミミを閉じて震える者一名、恐怖に恋人の温もりを求める者一名、叫ぶ者一名。

 

「龍太郎、本当に、本当にすまない……っ! 俺、しばらくお前と目を合わせられない!」

「俺はゴリラじゃねえ! 顔が似てるからってそれはないだろ!?」

 

 正常な判断力を失った者一名、激昂する者一名。

 

 

 

 総合判断。全員まともではなかった。

 

 

 

「ゲコッ!」

「これを言ってたんだね……」

 

 ウサギは、だから言ったのに! と言わんばかりのカエルに、いつもより小さい声で呟いた。

 

「ハジメ、今すぐ消してくれ。マジで頼む、今度飯でもなんでも奢るから」

 

 そしてシュウジは、戻すのをこらえているのか手で口を押さえながら涙目で訴えかけた。

 

 

 いつになく弱気なその姿に、自分も見ていたくはないので映像を消しながらハジメは訝しむ。

 

 あの時はユエ達の前でエボルトに擬態させたりと、平然としていたはずだ。

 

「お前、ゴキブリ平気じゃなかったか?」

「それは……っ、わかった」

 

 途中で言葉を止め、かと思えばガクリと項垂れる。

 

 突然様子の変わったシュウジに首を傾げていると、ふらりと顔を上げた。

 

 その目は、赤く輝いている。

 

「エボルトか?」

「ああ、これ以上は無理っぽいからな。で、こいつがこんな状態になってる理由はな……」

「理由は?」

「こいつ、実は心底ゴキブリが嫌いなんだよ」

「?」

 

 更に首をかしげるハジメ。

 

 彼の記憶では、シュウジは地球にいた頃から平然とゴキブリを退治していたように思える。

 

 それがなぜ今更……と思っていると、香織達を宥めていた雫が振り返った。

 

「その人、カインさんの記憶で嫌悪感を無理やり麻痺させてるだけで、本当は見ただけで吐くくらい嫌いなの。それで今は……」

「前より精神的に柔くなったから、そっちの我慢も効かなくなったってことか……こんなとこで弱点ができるとはな」

「昔、ゴキブリがうちの屋敷に出た時も根こそぎ殺し尽くして、その後三日間は黒いものを全力で遠ざけていたわ」

 

 本格的な弱点が露呈した瞬間だった。

 

 

(思い返せば、家とか美空の親父さんの喫茶店に()()時に退治して、その後しばらく様子が変だったな……)

 

 

 流石にこればかりはネタにすることもできず、ハジメは意外な弱点のあった親友を哀れに思った。

 

「てわけだ。こいつの為にもさっさとどうにかしてくれ」

「……ハジメ、焼き払おう」

 

 珍しく真剣に頼むエボルトに、目の据わったユエがそう主張する。

 

 彼女だけでなく、その場にいる全員が同じ意思なのか、懇願するようにハジメを見る。

 

「できないことはないが……もし撃ち漏らしたら、とんでもないことになる」

 

 数千のゴキブリが隊列をなし、それをまるでサーフボードのように乗りこなす人型ゴキブリ。

 

 それを想像し、全員一瞬にして闘志を萎えさせた。イメージしただけでブレイクハートしたようだ。

 

「じゃあ選択肢は一択だな。少しでも早く攻略した方がいいぞ」

「何かあるのか?」

 

 尋ねるハジメに、エボルトはニヤリと笑った。

 

「奴ら、人型にも羽があるぞ」

「よし聞いたな! 全員休んでる暇があったら足を動かせ! この地獄から抜け出すぞ!」

 

 ハジメの号令に、瞬時に全員が動き出した。

 

 ダウンしているメンバーも青白い顔に決死の表情を浮かべ、太い枝の通路を歩き出した。

 

 

 龍太郎がグロッキーな鈴を背負い、各々の出せる全力で枝から枝に飛び移ったりなどして移動する。

 

 今にもあの悪魔達と、この世で最も無駄な進化を果たした奴らが飛んでこないかと戦々恐々とした思いだった。

 

「っと、これでだいぶ上がってきたな」

 

 やがて、大きな足場にたどり着いたハジメは一度大きく息を吐いた。

 

 それなりに本気で移動してきたので、全員息が上がっている。光輝など座り込んでいる始末だ。

 

 下を見下ろすと、最初に出てきた場所から数百メートルは上昇しただろう。

 

「とりあえず一度休んで、それからまた……」

「ああ、一つ言い忘れてた」

 

 進もう、と言おうとしたハジメの言葉を遮り、エボルドが大きな声で言う。

 

 そして全員に振り返り、ニヤリとシュウジの顔で笑って。

 

「この試練の始まりはな、時限式なんだ」

『──は?』

 

 

 

 

 

 ウ゛ゥ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛! ! ! 

 

 

 

 

 

 直後、地獄の門が開く音がした。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

結構長引くな、この章。


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さあ、マインドゲームを始めよう

あと少しで11月…教習所の予約でいっぱいだな。

エボルト「俺だ。前回久しぶりに出番があったな」

ハジメ「この章だと、DEBAN村に行きそうなレベルの登場率だったもんな」

シュウジ「それより、早くこの試練の話終わらせてくれ……ビニール袋が手放せない」

ハジメ「もんじゃ焼きはいらねえからな。さて、今回は展開的に言えば中編か? それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」



 

 三人称 SIDE

 

 

 

『っ!?』

 

 

 

 盛大に顔を引きつらせたハジメ達は、慌てて眼下を確認した。

 

 すると、なんということだろうか。黒い津波の如きゴキブリの大群が羽ばたきながら上昇してくるではないか。

 

 猛烈な勢いで突き進む害虫達の中に、更に夥しい量の人型ゴキブリが混ざっている。

 

 彼らは一様に無駄に並びの良い歯を剥き出しにし、獲物であるハジメ達を見上げていた。

 

「エボルト! ブラックホールで根こそぎ吸い取れないのか!」

「あと数十分は無理だ。普通の魔法ならともかく、さっきの長時間の使用とカマキリ共の操作で魔力がない」

 

 ショッキングすぎる光景にハジメが叫ぶも、エボルトは苦々しげな顔で肩を竦めた。

 

 エボルトとて、こんな状況で嘯いたりはしない。

 

 仮にも十年喫茶店を経営していた彼にとっても、ゴキブリは宇宙一の害虫なのだから。

 

 一番の広範囲殲滅が使用不可と知ったハジメは、両肩にオルカンを担いで全力でユエ達に叫んだ。

 

「こうなったら仕方がねえ! 総員、迎撃準備!」

「……っ!」

「来ます、来ますよぉ!?」

月の小函(ムーンセル)起動。出力五十パーセント」

「あれに関しては、妾も指一本たりとも触れとうない!」

「ううっ、あれを斬るのは嫌だよぉ!」

「文句言わないの香織! シューのためにも、やらないと……!」

「全力で回復するから、一匹でも多く殺して!」

「鈴、早く結界張れ結界! 奴らが押し寄せてくるぞッ!!」

「わかってるよぉおお!」

「く、来る……!」

 

 ユエが魔法の準備を、シアがドリュッケンをを構え、ウサギが早々に月の小函(ムーンセル)を起動する。

 

 ティオも指先に光線ブレスの圧縮を始め、香織が涙目で双大剣を構え、雫が楔丸を引き抜いた。

 

 美空が詠唱の準備を始め、光輝が剣を抜き、鈴が全員を守るように障壁を張って、龍太郎がグリスに変身。

 

 

(……さて。この試練の特性上、変身するのは避けたほうがいいな。()()()()()()()()

 

 

 そして、シュウジのようにエボルトが帽子を少し下に傾けた、その時。

 

 

 

 ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛! ! ! 

 

 

 ……そして、奴らが到達した。

 

「うおおおおお!」

「やぁあああああっ!」

「ひいいいっ!?」

「来るなぁああああ!」

 

 各々絶叫しながらも、それぞれの放てる最大の攻撃で迎撃する。

 

 

 ハジメはオルカン×2のみならずシュヴァルツァーを全機出動させ、ゴキブリに範囲砲火。

 

 

 ユエが五天龍を最初から召喚して片っ端から殺しまくり、シアはドリュッケンから炸裂スラッグ弾を放つ。

 

 

 ティオは光線の形状に圧縮したブレスで薙ぎ払い、香織はゴキブリ星人を切り捨て、虫の方には分解の砲撃を。

 

 

 ウサギが〝覇拳〟と〝翔脚〟で、月の小函(ムーンセル)から抽出・超圧縮した魔力爆弾をいくつも投げ、あるいは蹴り出す。

 

 

 龍太郎がフルボトルの力を存分に使って一気に殺し、その攻撃特化の戦闘スタイルを鈴が支える。

 

 

 光輝も斬撃を飛ばす類の魔法を使って応戦した。このような時に、あの力は使えないのが憎らしい。

 

 

「……ふむ。こいつはもうSAN値が地獄まで直送するな」

「言ってないでもっと撃ってくれない!?」

 

 ガトリングフルボトルを装填したトランスチームガンと、ゴリラフルボトルを装填したネビュラスチームガン。

 

 その二丁拳銃で、それなりに応戦するエボルトに、必死で楔丸を振るう雫が叫んだ。

 

「いやぁ、これ無理ゲーだろ。樹海の中に待機させてるフィーラーを樹海の根元から食い破らせて呼び込むっきゃないぞ」

「そんなことしたら俺たちも生き埋めだろうが!」

「デスヨネー」

 

 これまでにない切迫した様子でツッコんだハジメに、なぜか余裕そうにカラカラと笑うエボルト。

 

 

 訝しむ二人だったが、正直そんなことを気にしていられる状況ではなかった。

 

 いくら殺そうともその勢いは留まることを知らず、恐怖を誘う羽音とともに黒波は大きくなる一方。

 

 海にたったひとつの火を落としても意味がないように、これだけの物量の前では焼け石に水だ。

 

「じょ」

「じょじょうじ」

「じょうじょ」

 

 それどころか、人型どもが連携を取り始めた。

 

 まるで意思疎通をするように意味不明な言葉を話し、空中から縦横無尽に仕掛けてくる。

 

 時を置かずしていよいよ抑えきれなくなり、奴らが一斉に一行のいる広場より高く飛んだ。

 

「畜生が!」

 

 まるでドームのように取り囲まれ、ハジメは悪態をついてオルカンを投げ捨てる。

 

 そうするとシュヴァルツァーを招集し、フリードと戦った時のように固まらせて即席の壁とした。

 

 

 ザァアアアア────! 

 

 

 待っていましたと言わんばかりに、まず従来の虫型の方が大軍をなして降下する。

 

 鳥の集団行動かのように一糸乱れぬ動きで、ハジメら十二人を守る金属のサメの防壁にぶつかった。

 

 物凄い勢いでぶつかった黒波は、体液を撒き散らして潰れるものもいれば、鮫達の穴を探して表面を這うものもいる。

 

「ぐっ、だがこの程度!」

 

 あまりの物量に、しかしハジメが怒号を発してシュヴァルツァーを支えるように両手を突き出す。

 

 

 ボゴッ

 

 

 その時、途轍もなく嫌な音がした。

 

「お、おい、南雲。あああ、あれ……」

 

 ガタガタと震えながら、光輝がシュヴァルツァーの一部を指差した。

 

 恐る恐る、ハジメを筆頭にそちらを見上げると……シュヴァルツァーが数機、揺れている。

 

 断続的なその揺れに、つー……とハジメの頬に冷や汗が伝った。

 

 

 まさか、というハジメの予想に反することなく、どんどん揺れは大きくなる。

 

 いいや違う、揺れではない。何か強烈な力によって、外部からシュヴァルツァーが攻撃されているのだ。

 

「おいおい、もしかして……!」

 

 ハジメが思わず呟いたその瞬間、ドグシャァ! と音を立てて黒いボディーをテカる腕が貫通した。

 

 その腕は、仕留めたシュヴァルツァーごと外に戻っていき……代わりに、醜悪に笑ったゴキブリ野郎(真)が顔を出す。

 

 その一部だけでなく、次々とシュヴァルツァーが破壊されて人型が侵入を始めた。

 

「チィ! こういう時のための知能型か!」

「鈴!」

「うぇええええん! 〝聖絶〟ぅ!」

 

 半泣きどころか、この中で一番大柄な龍太郎よりデカい人型にガチ泣きの鈴が障壁を張った。

 

「じょじょ」

「じ、じょじょう」

「じょじょじょじょ」

 

 人型達は防壁の中に入り込み、羽ばたきをやめると自由落下してくる。

 

 

 その巨体の重量を活かし、ドズン! と重厚な音を立てて鈴の結界に着地してきた。

 

 思わず呻く鈴は、どうにか結界を維持しながら上を仰いで──

 

「「「「「「じょ」」」」」」

「──む、り」

 

 自分を見つめる無数の人型に気絶した。

 

 白目を剥き、ふっと後ろに倒れこむ小さな体をグリスが受け止めた。

 

『鈴ぅ!? しっかりしろぉ!』

「ふへへ……もう、ゴールしてもいいよ、ね……」ガクッ

『鈴ぅぅううううう!!』

「ったく、しゃあねえな」

 

 当然結界が消えていくわけだが、エボルトがすかさずステッキの先端を地面に叩きつけた。

 

 残り少ない魔力が使われ、エ・リヒトが展開される。数ミリ足場が落ちた人型達が頭上で転倒した。

 

「ユエ、重ねて防御を」

「ん、絶対の絶対にあいつらは入れない!!」

 

 それはもう力強く頷いたユエは、エ・リヒトに重ねて何重にも〝聖絶〟を展開した。

 

 全部で七重に重ねられた障壁の上で、人型や遅れてやってきた虫型がカサカサと這い回る。

 

 

 この世の何よりホラーなその光景から目をそらし、全員が疲弊した顔で武器を下ろした。

 

「どうにか、一息つけたな……」

「お疲れさん。ユエ、俺の方はあんまり魔力が保たねえから頼む」

「ん、わかった」

 

 ハジメがもはや不要なシュヴァルツァーを〝宝物庫〟に戻し、ユエに任せたエボルトがステッキから手を離す。

 

「なんだか、この迷宮に来てからこんなのばっかりのような……」

「……下手なホラーより、ホラー」

「これまで四つもこんなのを攻略したとか、信じらんないわ……」

「こ、こんなに酷いのは初めてだよ?」

 

 シアとウサギが互いのウサミミを毛づくろいし、疲れ切った顔の美空を香織がなだめる。

 

「やはり、他の大迷宮の攻略を前提としている分難易度が高く設定されてるのじゃろうな」

「なんて傍迷惑な……シュー、かわいそうに」

 

 今頃、エボルトの代わりに意識の裏側で引っ込んでガクブルしてるだろう恋人を憐れむ雫。

 

「う〜〜ん……」

「鈴、起きろ鈴! あ、いややっぱり起こさねえ方がいいか!?」

 

 変身を解除し、鈴を膝枕している龍太郎は全力で混乱していた。

 

 随分と変わった幼馴染から目線を外して、光輝は苦々しい顔で人型ゴキブリを見上げる。

 

「しかしこいつら、改めて見るととんでもなく気持ち悪いな……」

 

 それに関しては全員が同意だった。

 

 ゴキブリが進化したガチムチの大男など、いったい誰が見たいと思うのだろうか。

 

 もしあれに触れられようものなら、一生ゴリラの顔とボディビルダーの体を見られなくなるだろう。

 

「どうしたもんか……やっぱり殺し尽くさないとダメか?」

「っ、ハジメ!」

 

 ハジメが鳥肌をさすりながらも、殲滅戦を続行しようとした時だった。

 

 ユエの鋭い声に、また異変が起こったことを察して全員が結界の外を見る。

 

 

 すると、七重の障壁を突破しようとしていた人型も、這い回っていた虫型も一斉に引いていった。

 

 

 一体なんだと訝しむ一同の前で、ゴキブリの波が空中で球体を形作ると、それを中心に円環を作り始めた。

 

 巨大な円環の外周にさらに円環が重ねて作られ、次に無数の縦列飛行するゴキブリがそのあちこちに並ぶ。

 

 

 次第に幾何学模様が形成されていき、人型達はそれを守るように等間隔に滞空飛行した。

 

「おいおいおいおいおい、嘘だろ……」

「まさか……」

「そのまさかだよ、雫──あれは魔法陣だ」

 

 二人はバッと後ろを振り向き、自分たちと同じで青い顔をしている香織を見る。

 

 

 

 確かシュウジの話では、今は改造されたノイントの肉体には銀羽で魔方陣を作る技があったという。

 

 

 

 あれは、それと全く同じだ。自分達の体を使って、魔方陣を作り出そうとしているのだ。

 

「まずい、あれを壊すぞ!」

 

 障壁を消し、色々な意味で自分を奮い立たせた全員が魔方陣に向かって攻撃を開始する。

 

 しかし、その尽くをゴキブリの大群が守り、それを突破したものは人型が身を呈して受ける。

 

 人型、虫型、どちらの死骸もまるで豪雨のように下に向かって降り注ぐが、決して減らない。

 

「ダメだ、間に合わない!」

「魔方陣が、完成した……!」

 

 そうこうしているうちに、魔方陣が完成してしまった。

 

 直径十五メートル近い、端から端までゴキブリで形成された魔方陣が強烈に赤黒い光を放つ。

 

 

 そして、次の瞬間弾けると、それまで防衛に徹していた人型達が中央の球体に集まり始める。

 

 ハジメ達の前で一匹残らず人型が球体に飲み込まれ、それ自体がグネグネとうごめきながら形を変えて……

 

 

 

「「「じょおおおおおっ!!!」」」

 

 

 

 形容し難い化け物が、生まれてしまった。

 

 可能な限り簡潔に言い表すならば、より虫らしさを取り戻した巨大な人型ゴキブリ。

 

 たくましい腕が6本に増加し、せわしなく動く触覚は十本を超え、羽も三対六枚にまで増加している。

 

 

「「「じょうじ、じょじょう!」」」

 

 

 なにやら巨大モンスターが喋ると、周囲にゴキブリが集まって新しい魔方陣を作りだす。

 

 どうやら、アレは命令を下すボス的存在らしい。あの魔方陣が完成すれば、同じような怪物が作れるのだろう。

 

「チッ、させるか──ッ!?」

 

 魔方陣に対してオルカンを構えた瞬間、足元に突然感じた魔力の奔流に動きを止めるハジメ。

 

 咄嗟に視線を落とすと、足場や枝の通路にはなにもない。

 

 だが……それよりずっと遥か下方で、いつの間にかゴキブリが同じように集まっていた。

 

 また別の魔方陣を作成しているゴキブリ達に、ハジメとつられて下を見た面々は悟る。

 

 

 すなわち、目の前の怪物はブラフで、自分達ははめられたのだと。

 

 

「おっと、アレはまずい! すまんがシュウジ、この地獄のど真ん中で交代だ!」

 

 それを見たエボルトは、何かを察知して無理やりシュウジを引っ張り出した。

 

 みるみるうちにシュウジの目の色が戻っていき、文字通り修羅場に叩き出されたシュウジは顔を白くする。

 

 

 

「エボルト、許さねぇぞテメェエエエエエ!!!」

 

 

 シュウジの心からの絶叫と同時に、下の魔方陣が発動する。

 

 激しく輝き、枝の通路や足場を透過して赤黒い魔力がほとばしり、激しい光がシュウジ達を襲う。

 

「しまっ──?」

 

 爆発と見紛うほどの閃光がその場を包み込み、そして収まっていく。

 

 その時、身構えていた一同は無傷の自分達に首を傾げた。

 

「一体何だったんだ? なあシュウ──」

 

 隣で絶叫した親友を見て、ハジメは。

 

 

 

「──殺す」

 

 

 

()()()()()()()()()()




読んでいただき、ありがとうございます。

今でも実写版ウルトロンの二代目が一番好き。

感想をくだされ。恵みをくだされ。


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反転。ちなみに作者はリバーシ超弱い


今日から十一月。早いですね。

ハジメ「俺だ。前回は奴らとの戦いが始まったが…うん、気持ち悪い」

シュウジ「最初にゴキブリを調べていろいろ解析した人、サイコパスだったんじゃねえかな……」

ハジメ「言いたいことはわかるがな…で、今回は続きだ。俺たちの様子がおかしいな。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる大樹編!」」


 三人称 SIDE

 

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 

 ノーモーション、なんの躊躇もない発砲。

 

 オルカンを〝宝物庫〟の中に投げ捨てるように入れ、ハジメがシュウジに神速の早撃ちをする。

 

 シュウジは当然のように首を捻って躱し、二発目を打とうとしたハジメにドンナーを掴んで抑えた。

 

 

「はっはっはっ、相変わらず速いじゃないのハジメ」

「黙れ。一言も喋るな、今すぐこの世から消えろ」

 

 いつものようににこやかに笑うシュウジ。その笑顔は、先ほどまでの恐怖はどこへやら。

 

 対して、いかな幼い頃から気心が知れているはいえ、決して言わないような暴言を吐くハジメ。

 

 

 その瞳は憎悪一色で染まり、言葉通りにシュウジを心の底から抹殺しようとしていた。

 

 あまりに急な展開。とりあえずシュウジは次の言葉を言おうと口を開いて──

 

「シッ!」

「おっと、怖い怖い」

 

 後ろから的確に首筋を狙った居合を、人差し指と親指で止めた。

 

 それを行ったのは……普段の慈愛の微笑みを捨て、どこまでも冷徹な瞳の雫。

 

 万力に固定されたように動かない楔丸を持った彼女は、にこりと冷ややかな笑顔を作る。

 

「ねえシュウジ。私、あなたを愛してるわ」

「おう、そりゃ痛いほど知ってるが?」

「だからね──死んで、永遠に私のものになって?」

「ううん、さすがにそのルートはちょっと。雫ならヤンデレでもいいけど、悲しみの向こうエンドは勘弁」

 

 片や親友、片や彼女。

 

 誰よりも大切だろう二人に殺されかけたにも関わらず、シュウジはニコニコしていた。

 

 そう、まるで──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「二人とも、何してるの?」

 

 そこへ声をかけたのは、香織。

 

 刺すような殺気に満ちた三人に歩み寄っていき、ハジメと雫はそんな彼女を澱んだ目で見る。

 

 嫌悪、軽蔑、憎しみ──そんなものが入り混じる二人の視線を平然と受け止め、香織は……

 

「私が二人を殺すんだから、シューくんにばかり構わないでよ」

 

 同じ目で双大剣の切っ先を、それぞれ二人の頭へと向けた。

 

 ストレートに害意を向け、三竦みの状況がさらに悪化する。絶対にありえるはずのない光景だ。

 

 

 そんな香織の視界に、ふっと真正面から美空が入り込んできた。

 

 彼女は何も言うことなく、無言で香織に歩み寄っていくと……その首筋に護身用のナイフを突きつける。

 

「あんたを殺す。その後にハジメもシュウジも殺す」

「ふふ、何言ってるの? 美空なんかにそんなことできるわけないじゃん」

「は? 私のこと分かったようなこと言わないでくれる?」

 

 なんだかんだで仲の良い……いっそ良すぎるはずの二人は、刺しかない言葉で殴り合う。

 

 しかし、その険悪すぎる雰囲気はシュウジ達五人だけではなかった。

 

「……あなたが憎い」

「……残念だけど、私も……ううん、全然残念じゃない」

 

 ユエが蒼炎をくゆらせる両手を見せつけるようにして、ウサギのことを睨みつける。

 

 対するウサギも、普段と全く違うタイプの無表情でゴキリと指の骨や首を鳴らしていた。

 

「ちょっとちょっと、何してるんですか二人とも。二人をぶっ殺すのは私なんですけど?」

 

 そこにドリュッケンどころかディオステイルまで持ち出したシアが加わり、更に空気が凍てつく。

 

 果てには「ああ?」「お?」「ん?」などと、ヤのつく人も涙目なメンチの切り合いを始めた。

 

 結界の外では次々と化け物が魔法陣から生み出されており、ユエがまだ維持していて幸いだったろう。

 

「……ご主人様。いや、南雲ハジメ。お主を殺したくて殺したくてたまらない」

「こっち見ないでよ、ゴリラ」

「あ? テメェこそこっち見んなチビッコ」

「「ケッ!」」

 

 ティオも、龍太郎も、鈴も。

 

 皆が皆、親愛を向けていたはずの相手に心底からの悪感情を向け、殺伐としている。

 

「エボルト、お前最高にバットタイミングだよ。だが、同時にグッドタイミングだ」

 

 その全てを見て、シュウジは笑う。

 

 恐ろしいまでに普段通りなそれに、とりあえずドンナーと楔丸を引いたハジメと雫が口を開く。

 

「……どうやら、さっきの光で感情が反転したみたいね」

「ああ。お前と意見が同意するのはひどく不愉快だが、おそらく元の感情の強さに比例して効果は高まるんだろう」

Exactly(その通り)。これは絆を試すこの大迷宮、最高にして最恐の試練さ」

 

 今にも取っ組み合いを始めそうな睨み合いをする二人に、ステッキを回収しながら告げるシュウジ。

 

 振り向いた二人は、やはり今にもその首を取りたいという目つきのままに質問をした。

 

「お前は変わらないみたいだな?」

「いや? 変わってるさ。ただ魔法で感情を〝消した〟だけだよ」

 

 トントン、とステッキで肩を叩きながら答えるシュウジ。

 

 そのまま器用にクルクルとステッキを回転させ、最終的に先端で自分を指した。

 

「〝凍結(フリーズ)〟。精神的拷問用の対魔法だ。一時的にありとあらゆる感情を凍結する」

「じゃあその表情は、全部演技ってことか」

「いつもの俺とクリソツだろ?」

 

 両手の人差し指で口の両端を持ち上げ、ニッと笑うシュウジ。

 

 良い感情であれ悪い感情であれ、全ての心を封じる魔法を使ってなお、表面は変わりなく見える。

 

 やはり一千年も暗殺者をやっていたカインのスキルがあれば、その程度お手の物なのだろう。

 

「で、この試練の概要は簡単。これまで紡いできた仲間との絆、記憶、思い出。そこから生まれる感情全てが裏返ってなお、手を取り合い困難を乗り越え、元に戻れるか」

「なるほど……心底不愉快だが、納得した」

「吐き気がするけど、私もよ」

 

 魔法が発動しても、これまでの記憶が消えたわけでは決してない。

 

 

 

 誇り高き友情は、底の無い憎しみに。

 

 

 

 尽きることのない愛は、果てしなき愛憎に。

 

 

 

 ハジメは共に全てを背負う親友として。雫はこれから先、生まれ変わった人生の全てに寄り添う女として。

 

 自らのシュウジに対する感情の強さを誰より知っている彼らは、この試練の本質をすぐに理解できた。

 

 

 嫌そうな顔をしながらも、他のメンバーが反論することはない。

 

 それを見たシュウジは、無になった感情でもその判断力と結束力を称えたい()()()()()()()

 

「さて、そんなわけだが……」

 

 最後にシュウジは、これまで視界どころか存在や記憶からすら抹消していた人物を見る。

 

「勇者(笑)。お前も感情がリバースしてるだろうが、間違っても俺に近づいてきたら……」

「──北野」

 

 殺す、と告げようとしたシュウジに、ずっと俯いていた光輝は。

 

 

 

「──俺は今、お前をこの手で殺したい」

 

 

 

 そう、修羅のような顔で告げた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「…………………………は?」

 

 感情が消えているはずなのに、シュウジは心の底から唖然とした。

 

 

 そんなシュウジを、やはり気持ち悪そうに顔を歪めて光輝が見ている。

 

 まるで先ほど龍太郎や香織達に向けていたのと同じ……()()()()()()()()()()()()()()()()()で、だ。

 

「………………えっと、殺していい?」

 

 その先を考えたくないシュウジは、とりあえずサクッと殺ろうとした。

 

 あらゆる情動が0になっているはずなのに、目の前にいる男を本気で消したくてたまらない。

 

 黒ナイフとカーネイジナイフを取り出すシュウジに、光輝は自分の手を見下ろしながらグッと握る。

 

「……自分でも不思議だが、どうやら俺はお前を尊敬していたみたいだ」

「はあ?」

「確かにお前のやり方は認めたくないし、お前自身かなり苦手だけど……でも、その信念と力を、俺は本気で敬ってたらしい」

 

 光輝自身、なんだかんだでずっと認めたくなかったその事実。

 

 それがこんな場面で確信できるなんて、と実に苦しげ、というか気分悪そうにした。

 

「……あーもういいや。お前もういい、うん。俺の視界からっていうか存在の根底から消えてお前マジでほんとマジで」

「酷いな」

 

 本当の本当に感情がないはずなのに、湧き上がる悍ましさと嫌悪感。

 

 それに耐えきれなくなったシュウジは、とりあえず光輝の存在を絶無の彼方に遠ざけて現状確認に戻った。

 

 

「さて。お前らには今、あのゴギブリどもが愛らしく見えている筈だが」

 

 シュウジの問いかけに、全員が頷く。

 

 それから結界の外でまだ這い回っている連中を見て、ほうとため息を吐いて頬を赤くした。

 

 

 そう。感情が反転しているということは、元は忌み嫌っていたものに対して好意を抱くことにもなる。

 

 

 この中で誰一人として、元から黒い悪魔達が好きだったものなどおらず……故に、全員が愛おしさを感じていた。

 

 またそれは、シュウジが女神より与えられた情報が正確であることを示している。

 

「味方同士は憎み合い、敵には刃が鈍る……それがこの試練の狙いか」

「きっとゴキブリなのは、みんな嫌いだからなのね……」

「さてさて、理解もできたところで。諸君? この絶体絶命の状況の中、これから殺し合いでもするか?」

 

 両手を広げ、どうする? とガラス玉のように無機質な目で笑いかけるシュウジ。

 

 彼の言う通り、これは絶望的な状況だ。

 

 憎み合う今ではろくに連携も取れず、あの化け物に叩き潰されるか、ゴキブリの波に呑まれるか。

 

 

 

 そう、()()()()()

 

 

 

「ピエロ野郎。お前を蜂の巣にしてやりたいのは山々だ。そこのチビやクソアマもな」

「おっと、怖い怖い」

「……私もお前を殺したくてたまらない。厨二野郎」

「話しかけないでくれる? 虫唾が走るから」

 

 それぞれ睨み合っていた面々は、それを聞いて……スッと互いに背を向けて武器を構え始めた。

 

 その目は七つの障壁を越え、この事態を引き起こす要因となった化け物を見ており。

 

 愛するものを殺すしかない、普通に塗れた顔──ではなく。

 

「それ以上に……今はあいつらを愛でたくてたまらない(殺し尽くしてやりたい)!」

 

 激憤に塗れた、餓狼の如き目でハジメが吠える。

 

 

 それは他の皆も同じことであった。

 

 

 ユエも、美空も、シアも、ウサギも、ティオも、香織も、雫も、光輝も、龍太郎も、鈴も、同じ顔で外を睨む。

 

 彼らの心にあるのは、これまでの人生で一度も感じたことのないような絶大な怒り。

 

 記憶があるからこそ、自分達が互いにどれだけの親愛や友愛……恋愛を向けていたのかよくわかる。

 

 

 それを利用され、歪められたことが許せない。憎くて仕方がない! 

 

 その激しい思いが、ゴキブリ達への深い愛情を、サディスティックな加虐性質へと変貌させていた。

 

 雫の、シュウジへの底抜けの愛が反転し、殺して永遠に自分のものにしてしまいたい、へ変化したのと同じだ。

 

 そこにこれまで溜まっていた大迷宮への鬱憤が重なり、互いへの嫌悪を怒りが上回った。

 

「そう、それでこそだ。エボルト、使わせてもらうぜ」

 

 

《エボルドライバー!》

 

 

 心理的に影響しているため、深層意識まで逃げたエボルトに、凍った感情のまま告げる。

 

 

 

 ちなみに、エボルトが無理やり変わったのは、彼では〝凍結(フリーズ)〟の魔法を使えないから。

 

 

 

 シュウジがエボルトの能力を受け継いだのに対し、エボルトはシュウジの力を扱えはしないのである。

 

 まあそんなことであればすぐに〝抹消〟を封印しているので、当然と言えば当然だ。

 

 また、もしもエボルトが反転した場合……容赦なくこの大迷宮ごと全員を滅ぼすだろう、という確信があった。

 

 

コブラ!  ライダーシステム! 》

 

 

《レボリューション!》

 

 

 ドライバーのレバーを回し始めたシュウジの両隣に、ハジメ達が並ぶ。

 

 皆が皆、これでもかと怒りを滾らせて武器を握りしめる中、シュウジは両手を胸の前で交差させ。

 

「変身」

 

 

《ブラックホール! ブラックホール!! ブラックホール!!! レボリューション!》

 

 

《フッハハハハハ……》

 

 

 星狩り……否、この場に限っては憎き害虫を滅ぼし尽くす化身へと姿を変えた。

 

『さあ、終末を始めよう。あのクソッタレな害虫共に終わりをくれてやる』

 

 シュウジがそう告げた瞬間、ユエが結界を全て消し。

 

 

 

 ドンッ!!! 

 

 

 

 激しい音を立てて、ハジメが弾丸のように飛び出した。

 

 〝縮地〟〝豪脚〟〝衝撃変換〟、純粋な魔力での身体強化と〝金剛〟、極め付けに〝纒雷〟。

 

 数々の技能で文字通りの赤雷と化したハジメは、一直線に最初に生まれた化け物へと飛んでいく。

 

 

 ライフル弾のような速度で飛び出した大砲の弾、とでも言えばその恐ろしさがわかるだろう。

 

 そんなハジメは、身に纏う衝撃と雷で邪魔しようとしてくる人型、虫型のゴキブリの包囲をブチ破っていく。

 

 そのゴキブリの大群がいるためか、それとも試練で自分への攻撃はできないと侮っているのか。

 

 それは両方正解であり──なにより、あの化け物程度ではハジメのスペックに視認が追いつかず。

 

 

 

「死ぬまで愛でてやるよ」

 

 

 

 ゴギィッ!!! という鈍い音と共に、その巨大な顔面に全力の膝蹴りが叩き込まれ。

 

 

 

 

 

 そして、蹂躙(戦い)が始まった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「「「じょおおおおお!?」」」

 

 知覚不可能な速度で膝を入れられたゴキブリ巨人は、白い液体を撒き散らしながら体を倒す。

 

 発動時点での速度を十倍化する〝超加速〟、魔力の破壊的側面を促進する〝鬼術〟、そして〝死脚〟。

 

 

 それら全てをかけられた渾身の膝蹴りは、吹き飛ばすとまではいかず。

 

 しかし、その超威力によって腹部から上下に巨人の体を割った。断面から夥しい量の体液が出ている。

 

 銃火器を使わず、代わりに怒りをたっぷりと込めたのだ。これくらいでなくてはおかしい。

 

「チッ、案外硬いな」

 

 舌打ちをし、〝空力〟で空中にとどまるハジメ。

 

 そんな彼の前で、ゴキブリ達が傷の断面に集まり、半ばほどまで千切れた体が修復されていく。

 

 時間を巻き戻すようにハジメの眼前に戻ってきたゴキブリ巨人は、殺意のこもった目で挑戦者を見た。

 

「「「じょじょうううじょじょ!!!」」」

「はっ、存分に愛してやるよ!」

 

 劇場をたぎらせ、狼を彷彿とさせるどう猛な笑みを浮かべたハジメは巨人に再度攻撃を仕掛けた。

 

 

 

『ハァッ!』

 

 一方、ハジメのいなくなった足場でも戦闘が開始されていた。

 

 と言っても、既に変身した事で自在に使えるブラックホールを複数展開し、相当数のゴキブリが処理されている。

 

 しかし、それでもなお勢いも量も衰えずに襲いかかってくる、無数の虫型の大群や人型達。

 

「〝震天〟」

「やぁあああああっ!」

「ッ──!」

 

 それらをユエの神代魔法や五天龍、縦横無尽に飛び回るウサギコンビ。分解砲撃を打ちまくる香織が駆除していく。

 

 グリスに変身した龍太郎や、この中では弱い部類に入る鈴、光輝なども善戦していた。

 

『さて。この調子なら問題なさそうだが……』

 

 向かってきた人型を殴り殺したシュウジは、隣にいる雫に問いかけた。

 

「この魔法は、どうすれば効力が失われるのかしら」

『スライムの時と同じさ。この魔法に抗う心を強く持っていれば、そのうち時間経過で消える』

「あらそう……なら、私は問題ないわ」

 

 平然と飛びかかってきた人型達を撫で斬りにして、楔丸を血振りする雫。

 

 それからシュウジの方を振り返って……天上の女神のような笑顔を振りまきながら。

 

「だって、あなたが私の剣で死ぬはずがないものね?」

『お、おう』

 

 絶対の確信を持って愛憎を向けてくる雫に、又しても無感情の状態で若干うろたえるシュウジ。

 

 真実、八重樫雫にとってこの反転の魔法はさして絶体絶命でもないのだろう。

 

 たとえ反転しても、その愛の方向性が変わっただけの彼女にとって、これはなんて事ない試練だ。

 

 

(……雫が面倒見の良い、ちゃんとした性格でよかった)

 

 

 危うくヤンデレの可能性すらある想い人に、さしものこの男も仮面の下で冷や汗をかく。

 

「とりあえず南雲くんがあれを倒すまで、彼らを全て相手しましょう」

『だな。あっちも……問題はなさそうか』

 

 奮闘するシア達を見やるシュウジ。

 

「一匹残らず、殲滅ですぅ!」

 

 もはやバグ化してきた効率で脚力を強化し、淡青色の魔力の波紋を残しながら円盤で暴れまわるシア。

 

「出力60%──ラビットストーム!」

 

 自分を目として、月の小函(ムーンセル)から抽出した魔力を嵐の形状に開放して殲滅するウサギ。

 

「フッ!」

「ハァッ!」

 

 ティオが竜の翼を、香織が銀翼を展開して、それぞれの魔法や武器で中型の化け物を次々と殺し。

 

「〝回天〟!」

 

 治す傷のないゴキブリ達に無理やり回復魔法を注ぎ込み、その体を壊死させる美空。

 

 

 皆が皆、自分の感情を弄ばれたことへの激情を糧に、次々とゴキブリどもの数を減らしていた。

 

『いくらでもかかってこい! まとめて受け止めてやる!』

 

 ガンモードのツインツインブレイカーを巧みに操り、ゴキブリを一度に数百匹殺すグリス。

 

「さあ、みーんな鈴の所に来てっ!」

 

 あえてギリギリまで引きつけ、二枚の障壁で無理やり押しつぶして圧死させる鈴。

 

 

 彼女らが戦いやすいよう、いくつかブラックホールを消滅させ、最後にユエを見るシュウジ。

 

 すると彼女は、重力魔法で自らを浮かし、五天龍を従えてハジメのところへと飛んで行った。

 

『まあ記憶はあるし、敵の真ん前で殺し合いなんかしな……』

 

 次の瞬間、腐食性の黒煙を出していたゴギブリ巨人と虫型の大群が、巨人をタコ殴りにしていたハジメと一緒に大炎上した。

 

 それをやったのはもちろん、雷龍と蒼龍でゴキブリを……いや、ハジメごとゴキブリを殺そうとしたユエ。

 

『えぇ……って、やべぇ!』

 

 どうにか掻い潜ったのか、蒼炎の中から出てきたハジメの反対方向から黒影が迫る。

 

 それはハジメに殴り飛ばされてきた、顔面が潰れたゴキブリ巨人だった。もちろん故意である。

 

『よいしょっとぉ!』

 

 その場でブリッジの体制になり、下半身だけ上げてゴキブリ巨人を両足で蹴っ飛ばすシュウジ。

 

 またしても宙を舞うゴキブリ巨人は、大樹の幹に体をめり込ませ、白い体液を撒き散らした。

 

「「「じょじょじょぉっ!?」」」

『うーわっ、感情なくてもSAN値直葬案件だわあれ。魔法かけてなかったら気絶してたな』

 

 自分の生粋のゴキブリ嫌いに、今ばかりは無情であることを誇った。

 

「……むぅ、外した」

「それは、俺のことか? それともあの愛しいゴキブリ君のことか?」

「……もちろん……ハジブリ」

「おい、なんだそりゃ。なんか色々混じってるぞ。まるで新種のゴキブリみたいじゃねぇか」

 

 上ではメンチ切りをしながら、ハジメとユエが何やら睨み合っている。

 

「あわよくば殺るつもりだったな、コイツ」

「……まさか。お前をあの程度で殺れるわけが無い」

「まぁ、確かに……お前なら、もっと苛烈な攻撃も出来るしな」

 

 かと思えば、本当に魔法が効いているのか疑わしい、信頼のこもった会話をする二人。

 

 オルクスから旅を始め、長々と二人の関係を見てきたシュウジはやれやれとかぶりを振った。

 

『ま、この調子なら案外すぐに終わりそ──』

 

 

 

 

 

 

 

「楽しそうなことをしているじゃないか、エボルトぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 だが、そう簡単にいかないのがここ最近の展開。

 

 ねっとりとした、聞いているだけで怖気が走るような男の声。

 

 その声にピタリと動きを止めたシュウジ……否、エボルは上を見上げ。

 

 

 

『《──ハッ! よりによって次の《獣》がテメェかよ、キルバス!》』

「久しぶりだなァ、我が弟よ!」

 

 

 

 枝の通路に立つ、目の痛くなるような赤い衣装の男に、仮面の瞳を赤く輝かせた。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回はキルバス戦。

感想カモン!


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宇宙最悪の兄弟喧嘩

今月は忙しい…

エボルト「チッ、俺だ。前回はまたキルバスが出てきやがったな」

シュウジ「ま、このままだと原作通り進んじゃうし。てか出しとかないと作者が忘れそうだし」

ハジメ「終盤に差し掛かって、かなり登場人物も増えてるしな……で、今回はエボルとキルバスの戦いだ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 三人称 SIDE

 

 

『《どうやってここに入ったんだ、ゴキブリ野郎? さすがに解放者も、お前やお前の親玉を入れるほど甘いセキュリティにはしてねえだろ?》』

 

 シュウジと深層意識から出てきたエボルト、二人の声が重なりキルバスに問いかける。

 

 未だに感情は凍ったままであるのに、その声には明確に殺意が宿っていた。

 

 ハジメ達も、新たに現れた《獣》にゴキブリ達を駆除しながら鋭い視線を飛ばす。

 

 

 特に、オルクスで一度ネルファが敗れたことを知っている光輝達は驚いた目で見上げた。

 

 雫は感情が反転していてなお、あの時の恐怖を思い返して体が震える。

 

「俺の権能は〝侵食〟! この大迷宮とやらの守りを蝕んで入ってきたのさぁ!」

 

 その言葉に、全員が素早く上の天井を見る。

 

 すると、本当にキルバスのちょうど上あたりの天井が赤黒く腐食して、穴が空いてるではないか。

 

 この場の誰も預かり知らぬ所ではあるが、この権能でエヒトに授けられた剣の力を流し込み、ネルファは覚醒させられた。

 

 

 あの人の形をした男は、ゴリ押しの力技で大迷宮へと直接侵入してきてのだ。

 

 大迷宮においてエヒトの眷属たる《獣》と遭遇したのは、これで三人目。

 

「チッ、ただでさえ厄介な状況なのにもっと面倒くさいのが介入してきたか……!」

「南雲ハジメ! お前は戦い甲斐がありそうだ……だが、それよりもっと面白いものを見せてやる!」

 

 

 ヴヴゥヴヴヴヴヴ!!! 

 

 

 その時、ゴキブリ達の一部がキルバスに向かって殺到した。

 

 不躾な侵入者に対し、その物量で圧殺しようと全方位から固め、球状になって閉じ込める。

 

 そして少しずつ、その大きさを狭めて中で押し潰そうとするが……

 

「フンッ!」

 

 気合の入った声と共に、キルバスが全身から発した赤黒いオーラが害虫達を消し飛ばす。

 

「じょ」

 

 ならばと、人型ゴキブリの一匹が飛んでいき、キルバスを嬲り殺そうとする。

 

 

 しかし、音速に迫る速度で飛んできた人型ゴギブリの頭を、キルバスはいとも簡単に掴んだ。

 

 簡単な言語しか話せない人型ゴキブリは、「じょ」と言いながらキルバスを殴り付けるが、全く怯まない。

 

「俺の手先となれ!」

 

 そしてキルバスは、無駄な抵抗をする人型ゴキブリに〝力〟を送り込んだ。

 

 キルバスの右手から、赤黒いオーラが人型ゴキブリに纏わりついていく。

 

「じょ、じょじょじょじょしょ……」

 

 触れている箇所から、人型ゴキブリの体に同じ色の亀裂が走っていく。

 

 やがてそれが全身に達した時──人型ゴキブリはその体を真紅に染め、大人しくなった。

 

「じょじょ」

 

 それどころか、キルバスが手を離すとその側に付き従うではないか。

 

「さあ、俺の手先を連れてこい」

「じょぉ──ッ!」

 

 その一匹にとどまらず、キルバスは〝侵食〟で手駒になった人型に仲間を呼ばせる。

 

 ゴキブリ軍の一部と二匹の人型、それらがさらに加わって、あっという間にキルバスは軍隊を作った。

 

『《なるほど、大した力だ……お前の望みは? 決まってるだろうが、一応聞いておいてやる》』

「俺の望みは変わらない! お前の持っているパンドラボックスを奪い、その力でビックバンを引き起こして宇宙もろとも心中する!」

 

 どこからともなくビルドドライバーを取り出し、装着するキルバス。

 

 顔の横に左手でキルバスパイダーを掲げ、そこに右手で振ったフルボトルを装填した。

 

「フン!」

 

 

KILL BA SPIDER!

 

 

 エボルトの目の前で、エボルトの声で叫ぶガジェットがなんとも皮肉的だった。

 

 キルバスがレバーを回すと、機械的な音ともにドライバーと一つになったキルバスパイダーがチューブを伸ばす。

 

 それはキルバスの体の前面と後面に広がっていき、真っ赤な蜘蛛の巣を形成して。

 

 

《ARE YOU READY!?》

 

 

変、身(ヘェン シィン)

 

 

スパイダー! スパイダー!! キルバススパイダー!!!

 

 

 蜘蛛の巣がキルバスの体にまとわりつき、毒々しいまでに鮮烈な赤と黒の装甲を形成する。

 

 最後に八本のチューブがブラックホールのように収束して、赤く目を輝かせたキルバスが変身を完了した。

 

『さあエボルト! あの時の続きといこうじゃないか!』

『《いいだろう。あの時と同じようにお前を叩きのめしてやるさ。今度は一時的じゃなく、本当の相棒とな》』

 

 蜘蛛の足のような双剣を構えるキルバスに、エボル……否、主意識になったエボルトがゆらりと構える。

 

《行くぞシュウジ。今回ばかりは一切手加減なしだ》

(あたぼうよ。ただし今の奴はエヒトの眷属になって強化されてるはずだ、気をつけろ)

《ケッ、いつまで経っても厄介な兄貴だぜ》

 

 

 心の中で軽口を交わし、こちらを憎々しげながらも、時間が経ったためか不安げに見る雫達に告げる。

 

『《あいつの相手は俺達が引き受ける。その間に試練を突破して、この糞虫どもを一掃しろ》』

「……あなたに言われるまでもないわ」

「ああ。さっさと片付けてこい」

 

 さっきよりも幾分か優しい口調で、雫とハジメが答える。

 

 他のメンバーも頷き、エボルトとシュウジはフッと仮面の中で微笑む。

 

 そうすると体の操作権のほとんどをエボルトに明け渡し、重力を操作して飛行した。

 

 

 

 

 

『さっさとご退場願おうか、キルバス!』

『またエネルギーにしてやるぞ、エボルトォ!』

 

 

 

 

 

 そして、宇宙一最悪な兄弟喧嘩が始まりを告げる。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

『行け!』

「「「「じょじょじょじょ!」」」」

 

 キルバスに支配され、従順な兵士となった人型ゴキブリ達がまず先発に出される。

 

 キルバスの力の一部を受けた彼らは、従来の数倍のスピードで動くことが可能になっていた。

 

 ゴキュッ、と気色の悪い音を立てて力み、引き絞った右の拳を、飛んでくるエボルトに──

 

『邪魔だ、雑魚が』

 

 繰り出す前に、全員が空中で瞬間移動したエボルトの乱撃に胴体を吹き飛ばされた。

 

 いかに生命力に優れ、より強靭になっていようとも、その構造は人型である以上人間に非常に近い。

 

 故に、心臓も内臓もまとめて衝撃波で破壊された人型ゴキブリ達は一瞬で絶命し、墜落していった。

 

『ならばこれは……どうだ!』

 

 巨大化した蜘蛛足……カニ足ではない……が二本、頭上から降り注ぐ。

 

 さらにその表面に、螺旋状に赤く染まったゴキブリ達が纏わり付き、高速で回転をし始めた。

 

 即席のドリルと化した蜘蛛足に、エボルトは冷静にブラックホールの能力を発動する。

 

『ハァッ!』

 

 かざした両手から黒球が飛び、空中で小型のブラックホールになって蜘蛛足に向かっていく。

 

 まるで鞘に剣を納めるように、あっという間にゴキブリもろともキルバスの蜘蛛足が喰われた。

 

『ハハハハハ! 全盛期のお前と戦えるとは最高だな!』

『そうかい、俺は今やダラダラとゲームする方が楽しいね!』

 

 ついに接近した二人の地球外生命体が、まずは小手調べにと互いに拳を放つ。

 

 繰り出された白い拳と赤い拳が交わった時──空間全体を震わせるような大衝撃が発生した。

 

 その余波を受け、ハジメにボコボコに殴られていた巨人ゴキブリが吹っ飛び、足場さえも揺れる。

 

 

 半分の力も込めていない、ただのパンチ。

 

 拳の間で火花を散らし、エボルトとキルバスは互いに仮面に包まれた顔を睨み合わせる。

 

『どうやら強くなってるのは本当のようだな。だが俺の敵じゃない』

『忘れたか弟よ! お前がこの兄に勝ったことは一度しかない!』

『バーカ、一回負けた時点でお前の敗北だ』

 

 拳を弾き、空中で百八十度体を回転させて蹴りを放つエボルト。

 

 その足先には球状の破壊エネルギーが収束されており、キルバスはそれを顕現させた双剣で防ぐ。

 

 

 止まったのは一瞬。

 

 次の瞬間に再び両者は動き出し、激しい攻防を繰り広げる。

 

 

 

 片や変幻自在な、全てに必殺の威力を込めた拳撃や蹴撃を。

 

 

 

 片や目で捉えられぬ速度で繰り出される、的確に急所を狙った斬撃を。

 

 

 

 その威力は凄まじく、どちらかが一撃繰り出す毎に大樹の枝が砕け、幹にヒビが入り、巨大空間が震撼する。

 

 もしこれが頑丈な大迷宮ではなく、地上であったならば軽く街の一つや二つは壊滅していることだろう。

 

「なんつー力だ。まあ、その余波でこいつらが死んでくれるのはありがたいがな」

「……ん。私もそう思う」

 

 ゴキブリ達の中心を飛んでいるため、一番その被害と同時に恩恵を被っているハジメとユエが笑う。

 

 その表情の浮かべ方は、魔法が発動した直後よりも随分といつものものに近づいていた。

 

「なあユエ」

「……ん?」

「もう俺、お前への嫌悪感がほとんどない。今ならちょっとしたお仕置きだけで我慢できる気がする」

「……奇遇。私も、ハジメの頬を引っ張るくらいで十分。それと、あの巨人は気持ち悪い」

「それは心の底から同意する」

 

 本人達もそれを実感しており、共闘している間にもう八割以上解けかかっていた。

 

 微笑み合うその様子は、もういがみ合っていたとは思えないほど桃色空間になってきている。

 

「やりますね、ウサギさん!」

「ん、シアもさすが」

 

 それは他のメンバーも同じことであった。

 

 各々勝手に動いていたウサギコンビは、もういつもの見事な連携を取り戻してゴキブリを狩っている。

 

「香織、後ろから来てる!」

「ありがと美空! ハアッ!」

「ふっ!」

「龍っち、結界張るから合わせて!」

『おう!』

 

 治癒士コンビもいつもの仲を復活させ、光輝や凸凹カップル……失礼、龍太郎と鈴も互いに補い合っている。

 

 これまでのように、互いが互いを助け合って戦っていれば、彼らが試練を乗り越えることなど容易い。

 

 

 

 それが、揺るがぬ事実である。

 

 

 

「ふむ、だいぶ減ってきたの。清々するわ」

「……あっちが少し、心配だけどね」

 

 戦闘スタイル的に、遠距離攻撃の使い手と相性の良い雫はティオと途中から共闘していた。

 

 ハジメと同レベルの速さで感情のベクトルを戻した彼女は、ほぼ普段通りのレベルで心配の目を上に向ける。

 

「何、シュウジ殿もエボルト殿も強い。簡単に負けはせんよ」

「ええ。私達は、私達に出来ることをしましょう」

「そうじゃの。さあ、焼き尽くされる覚悟は良いか畜生ども!」

 

 一抹の不安を胸に、雫は再び戦いに身を投じた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

『ハハハハハ!』

『くっ!』

 

 一方、その悩みの種である二人は案外苦戦の様相を呈していた。

 

 拮抗していた状態から、止まることのないキルバスの猛攻に徐々に防御する割合が増えている。

 

『どうした、そんなものかエボルトォ!』

『元気だなこの野郎!』

 

 交差するように繰り出された斬撃を、エボルトは瞬間移動で躱してカウンターを仕掛ける。

 

 繰り出された拳をキルバスは頭を逸らして回避し、前蹴りをエボルトの胸部装甲に叩きつけた。

 

『ぐっ、衰えねえ野郎だな……』

(厄介な兄弟だな)

 

 一度後退し、煙を上げる装甲を手で払うエボルトは悪態をつく。

 

 

 スペックや技量が負けているわけではない。

 

 能力を底上げするブラックホールフォームの力も、二人の負担にならない範囲で使っている。

 

 素体であるシュウジも、かつてキルバスと戦った時に融合した万丈龍我より遥かにハザードレベルを上回る。

 

 

 キルバスにしたって、以前倒した時と地力がそう違うわけではない。

 

 実力はシュウジを換算に入れてもほぼ互角。だというのに押されている原因は……

 

 

『底無しだな、あの野郎』

(どうせエヒトの恩恵受けてんだろ。ノイントと一緒だ)

 

 そう。キルバスに一切の疲れが見えないのである。

 

 無論のこと、相手もシュウジ達も数十分程度の戦闘で疲労するような柔な戦士ではない。

 

 

 だが、それでも少なからず攻撃を受けているキルバスの動きが、あまりにも鈍らないのだ。

 

 まるで常に十分なエネルギーを供給され、ダメージなど気にしていないかのような素振り。

 

 十中八九、エヒトの人形であるノイントのように力の供給を受けているのだろう。

 

 

『さて、どうするかね。下はもう直ぐ終わりそうだが……』

(確実にこっちの方が長引くだろうな……とすると、定番だが短期決戦が望ましい)

『そりゃまたテンプレ……っ?』

 

 相槌を打とうとして、エボルトは左腕の操作権が奪われたことに気がつく。

 

 仮面を下に下げると……シュウジの動かす左手が、ホルダーに収まったボトルに触れている。

 

 そう、毒々しい紫色のエボルボトルに。

 

『……おいおい、俺にこれを使えってか? 随分とふざけてくれるな』

(だが、エヒトの恩恵を奴から消すには一番効率的だ。そうだろ?)

『……チッ。バレないようにやってやる。後は勝手にしろ』

 

 不機嫌に告げるエボルトに、シュウジはサンキュ、と返した。

 

 

 腕が自由に動くことを確認して、エボルトは正面からキルバスのことを睨みつける。

 

『よおキルバス。いい加減ここらで決着としないか?』

『ほう? 俺はまだまだやれるぞ?』

『生憎と俺は、無駄な戦いはしないもんでね。お前とやりあうのも疲れたよ』

 

 腰に手を当て、ひらひらともう一方の手を振るエボルト。

 

 いかにも舐め腐った態度。しかし、ここまで急にやる気を失えば疑いもする。

 

『いいだろう。お前の使っているその体を死体にして、パンドラボックスを奪い取ってやる!』

 

 だがこの地球外生命体、かなり短絡的だった。

 

 双剣を投げ捨て、空中で光の粒子になって消えていくのも見ずにレバーに手を伸ばす。

 

 エボルトもエボルドライバーのレバーに手をかけ、二人同時に回し始めた。

 

 何かを組み立てるような音楽と、不安を掻き立てるような音楽が混ざり合い、力が放出されていく。

 

 やがて、両者ともに赤黒いオーラを纏った二人のライダーは、やはり同じタイミングで動いた。

 

 

《READY GO!》

 

 

《READY GO!》

 

 

『フッハハハハ!!!』

『セヤッ!』

 

 無数の蜘蛛糸、そして八本の蜘蛛足全てを展開して、自分ごと殺到させるキルバス。

 

 硬く握り締めた右の拳に虚無のエネルギーを収束し、面のようなキルバスの攻撃に向かっていくエボル。

 

『再び死ね、エボルト!』

『こっちのセリフだ、キルバス!』

 

 罵倒しあいながら、ぐんぐんと接近していき──接触した。

 

 

 

《Evoltech Finish! Ciao~♪》

 

 

 

《キルバススパイダーフィニッシュ!》

 

 

 

『ゼヤァアッ!』

『ハァアアッ!』

 

 

 咆哮し、互いに必殺技を解放する。

 

 

 迫る巨大な足と、全身を絡め取ろうとする蜘蛛の糸。

 

 

 それらの奥で拳を構えるキルバスに、オーラで足達を破壊したエボルは右腕を引き絞って── 

 

 

 

 

 

 ドッガァアアアン! 

 

 

 

 

 

 そして、大爆発が起こった。

 

「「っ!」」

 

 ほとんどのゴキブリ軍団を倒し、後は巨人ゴキブリを嬲って再生させて、を繰り返していた二人が顔を上げる。

 

 足場にいたメンバーも、ほぼ同じ瞬間に空を見上げ──そこに咲いた紅蓮の大華に息を呑む。

 

 

 

『ハハハハ!』

 

 

 

 誰もが見守る中で、炎の中心でキルバスは高らかに笑っていた。

 

 未だに爆炎が収まらぬものの、確かな手応えを感じていたのだ。

 

『正面から来るとは、間抜けなやつ──』

『──来ると思うか?』

 

 そんなキルバスの背後から、ゾッとするような声。

 

 咄嗟に振り返ろうとしたキルバスだが……その腹部を何かが貫通した。

 

『ガハッ!?』

『間抜けはお前だ、キルバス。俺達が正々堂々なんて、やるわけがないだろう?』

 

 

 キルバスの腹を貫いた腕を動かし、エボルトは楽しげに笑う。

 

 

 既に感情凍結の魔法は解除されており。

 

 

 故にその言葉に乗るのは、心の底からの愉悦だ。

 

 

『え、エボルト、貴様……!』

 

 糸や足が消えていく中、その腕を掴んだキルバスは後ろを見る。

 

 そして──そこにいた、一度も見たことのない、全く未知のエボルに息を呑む。

 

『なんだ、それは……! そんな進化、見たことがないぞ……!』

『だから言っただろ。お前は俺と、そして人間に負けるんだよ。ハッ!』

 

 隠れ蓑である爆炎が消え切らないうちに、エボルトは腕を振ってキルバスを空高く放り投げる。

 

 腹部を襲われた瞬間、〝抹消〟であらゆるエネルギー、その供給を断たれたキルバスはなすすべなく宙を舞う。

 

『これでチェックメイトだ。終末を味わうがいい』

 

 

《READY GO!》

 

 

 素早くレバーを回転させ、瞬間移動で一瞬にしてキルバスに肉薄したエボルは。

 

『じゃあな、クソ兄貴。できれば二度と顔は見たくないぜ』

『エボ、ルトォォォオオオオ────ッ!!』

 

 

 

 

 

《Evoltech Finish! Ciao~♪》

 

 

 

 

 

 渾身の力で叩き込まれたライダーキックが、二度目の大爆発を引き起こした。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

割とあっさり終わった。

感想・プリーズ。


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最後のピース

あと二ヶ月で今年も終わりか…

ハジメ「俺だ。前回はキルバスとエボルの戦いだったな」

シュウジ「面倒くさいからもう戦いたくない」

エボルト「そりゃ俺のセリフだ。ま、しばらくは出てこないがな。で、今回はその後の話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 三人称 SIDE

 

 

 

 最初の爆炎を飲み込む、巨大な炎。

 

 

 

 大空間を揺るがすそれは、あまりの広範囲に上方にいたゴキブリ軍達すら飲み込んだ。

 

 まさしく大火。

 

 目を奪われてしまうようなそれは、しばらく広がってから少しずつ黒煙に変わる。

 

 

 やがて、その黒煙さえも薄くなっていき、キルバスが入ってきたよりも数倍大きな天井の大穴が顕となった。

 

 後には大爆発の残響と、エボルとキルバスの戦闘で傷ついた焼け焦げ、よりひび割れた大樹だけ。

 

 その中心では、()()()()()()()()()()()()()()()が悠然と宙に浮いていた。

 

「あっちは終わったみたいだな……ユエ、調子はどうだ?」

「ん。もう完全にバッチリ」

 

 それを見届け、完全に魔法が解けていたハジメとユエが不敵に笑った。

 

「そろそろお前をボコるのも飽きた。とどめを刺してやる」

「「「じょうじょじょおおお!!!」」」

 

 言葉を理解するだけの知能はあるのか、見下された巨人は怒りの声をあげた。

 

 腐食の黒煙は効かず、魔法は解け、ゴキブリ軍は容赦無く殺され。

 

 あまつさえ、わざわざ繰り返し回復されながら、何度もいびられたのだ。魔物でも怒りくらいする。

 

 

 だが、その裏には圧倒的な力を持つ二人への恐怖があった。

 

 

 震える六本の腕を、何やら胸の前で両手を構えているユエへと伸ばす。

 

「おいおい、何やってんだ?」

 

 しかし、その腕全てを神速で泳ぎ回ったシュヴァルツァー達のヒレが切り裂いた。

 

 一拍遅れて、付与した〝斬羅(きら)〟が発動して細切れとなる極大の腕達。

 

 

 唸り声をあげた巨人ゴキブリは、すぐさまゴキブリ達を呼び寄せてその腕を復元しようとする。

 

 が、空中に浮いたその巨体を突如として、前面が三角の四面体──四点結界が閉じ込めた。

 

 驚いて巨人ゴキブリが結界の四隅を見ると、口を開けたシュヴァルツァー同士が光線で繋がっている。

 

 

 空間魔法を用いたゲートを応用した、あらゆるものを遮断する結界。

 

 そこには巨人一匹だけであり、結界を破ろうとゴキブリ達がいくら突撃してもビクともしない。

 

「そこで大人しくしてろ、ゴキブリ野郎」

「──」

 

 嘲笑うように告げるハジメの横で、ユエは掌の間に蒼く煌く、渦巻く小さな焔の塊を作る。

 

 

 それは一見して、炎系最上級攻撃魔法〝蒼天〟の縮小版のようだった。

 

 殲滅力に優れるこの魔法を、わざわざ小型化する意味はない。ユエほどのエキスパートなら尚更だ。

 

 それを証明するかのように、刻一刻と焔は煌きを増していき、対して炎の揺らめきは抑えられていく。

 

 さながら、星の創生の如き光景。

 

「……選定」

 

 ついに、その煌きが頂点に達した時。

 

 ユエが小さく呟くと、拳大の蒼いオーラを漂わせる宝珠は完成した。

 

 とてつもない力と、予測不可能な力が凝縮された、蒼炎の宝玉。そう形容する他にない。

 

 

 

「「「じょおおおおぉお!!!」」」

 

 

 

 巨人ゴキブリは、それが自分を──否、自分もろともこの場にいる同胞全てを殺すものであると理解した。

 

 だからこそ四点結界の中で絶叫し、それが解放される前に二人を殺そうとゴキブリ達をけしかける。

 

 通常ならば圧殺は免れない物量──だが、彼女のすることを妨げるのは、魔神が許しはしない。

 

「さあ、これが最後の光景だ。目に焼き付けろ」

 

 黒鮫達が、計算され尽くした動きで互いにスレスレで交差し、ゴキブリ達を轢き潰して泳ぐ。

 

 全てのシュヴァルツァーが泳ぎ終え、その瞬間ハジメが指を鳴らすと空間が滅多斬りにされた。

 

「ユエ」

「んっ」

 

 ボトボトと落ちていくゴキブリの残骸を前にして、ハジメはそっとユエを抱き寄せた。

 

 彼女自身も自ら体を寄せ、ぴったりとくっついた二人は互いに甘えるように寄り添い合う。

 

 

 その状態で、ユエはすっと天に向かって蒼炎の宝珠を掲げた。

 

 

 蒼星、そう形容しても似合いそうな光は、ユエを美しく照らし出す。

 

 

 そして、ギュッとハジメが差し出した手を握って。

 

 

 

 

 

「──神罰之焔(シンバツノホノオ)

 

 

 

 

 

 天上の美姫が、神がもたらす天罰に等しき蒼炎を解放した。

 

 

 

 ドクンッ!! 

 

 

 

 脈動と共に膨れ上がった蒼炎は、まるで先ほどの焼き直しのように空間を震わせながら膨れ上がる。

 

 

 音はない。

 

 

 ただ、凪いだ水面に落ちたたった一滴の雫が、波紋を呼び起こすように。

 

 

 されど、慈悲はなく。

 

 

 広がった光は、残っていた数万匹の残党を、結界を解除して無防備になった巨人を飲み込む。

 

 無論、発動直後にすぐさま逃げようとした彼らであったが、一瞬で抵抗すら許されず燃え尽きた。

 

 

 瞬く間も与えられず巨人が消え失せたことで、虫型や中型の怪物達が統率を失い慌て出す。

 

 しかし、数秒もしないうちに波及してきた蒼い光にシア達諸共飲み込まれて消滅した。

 

 

 一瞬で灰になっていくゴキブリ達を前にして、当然身構える光輝や龍太郎達。

 

 だが、その心配は杞憂だった。

 

 蒼炎はゴキブリ達だけを的確に灰燼に帰したのだ。彼らも、大樹の枝や幹も全て傷ひとつない。

 

 実に不思議な魔法に、光輝達勇者(笑)パーティーだけでなくシア達も驚いたように見上げる。

 

『〝神罰之焔〟。蒼天を10発分凝縮し、魂魄(こんぱく)魔法によって選定した魂の持ち主だけを殺す魔法。実に美しい』

 

 そんな彼女達も、甘ったるい雰囲気で見つめ合っているハジメとユエも上から見下ろすエボル。

 

《見とれてる暇があったら、さっさと下に降りろ。限界だろ》

『存在の一時的抹消と必殺技一回。今回は短く済んだな』

 

 仮面の中で吐血しているくせに、なんでもないことかのように言うシュウジ。

 

 

 とはいえ、エボルトの言葉通りであるので、静かに足場に降りていき、着地と同時に変身を解除する。

 

 それとコンマ数秒の差で物理的な肉体のダメージを魔法で癒し、エボルアサシンの後遺症を隠蔽した。

 

「みんな、お疲れさん」

「あ、シュウジさん。そっちこそお疲れ様です」

 

 最初に振り返ったシアは、なんだか微妙な顔をしている。

 

「どしたのその顔」

「いえ別に。上で思いっきりイチャイチャしてる人達に呆れてるとか全っっっ然ありませんので」

「拗ねてるのね」

「拗ねてませんっ」

 

 プイッとそっぽを向くシアに苦笑しながら、ハジメ達を見上げる。

 

 すると、なるほど確かに。

 

 ハジメとお姫様抱っこされたユエが、至近距離で見つめあっている。

 

 

 ちらりと目の前を見ると、恐ろしいオーラを発した美空が香織になだめられていた。

 

 流石にエボルアサシンを使った後なので、あまりからかう元気がないシュウジは電話をかける。

 

「もしもしハジメ? 美空とかシアさんとかが不機嫌だからそろそろ戻ってきてちょ」

『ん、それなら仕方がないな。すぐ戻る』

 

 二人の名前を聞いたからか、おとなしくユエを横抱きにしたまま降下し始めるハジメ。

 

 それを見届けながら携帯を下ろすと、ぽすっとシュウジの背中に軽い衝撃が走った。

 

「おお、雫。魔法は解けたか?」

「……ごめんなさい。あんなおかしなことを言って、困らせて」

「いやいや、むしろ裏返せばそれだけ愛されてるんだ。嬉しいよ」

「それは、なんとも皮肉が効いたセリフね」

「だろ?」

 

 雫を驚かせないよう、そっと離れて振り返ったシュウジは、彼女の頭に手を乗せて優しく撫でる。

 

 それに雫はふわりと笑い、一瞬でこちらにも出来上がった桃色空間にジト目を送るシア達。

 

 光輝はさっきのこともあり、気まずそうに目を逸らし、龍太郎と鈴は絶賛落ち込み中だ。

 

「あっちもこっちも、って感じですぅ」

「みんな、仲良し」

「ふむ、これはこれで気持ち良いのじゃ」

「……あとでハジメに抱きしめてもらお」

「わ、私じゃダメかな?」

「駄目とは言ってないでしょ」

 

 呆れるシアや、百合百合している美空と香織。すっかりいつも通りである。

 

 

 そんな中心に降りてきた二人は、最後にさりげなくキスをして体を離す。

 

 その図太さに一同が呆れる中で、全く気にした様子がなくハジメはシア達を見た。

 

「今回も無事に乗り越えたみたいだな。まあ、ハナから信じてたが」

「私とシアは、最強のウサミミコンビ」

「はい、ウサギさんと戦ってるうちに、楽しさとか頼もしさが蘇ってきて……まあ半分は上でイチャイチャしてたお二人への嫉妬ですが」

「拗ねるなよ」

「だから拗ねてないですって」

「私は拗ねてるよ」

「痛い、痛いです美空さん爪先で足の指の付け根踏まないで」

 

 一瞬で女性陣が群がり、更にワイワイガヤガヤと騒がしげになる。

 

 そんな彼女達を適度に相手しながら、ハジメは腕を雫に抱かれたシュウジを見た。

 

「お前も……今回はアホな無茶せず勝ったな」

「おう。まー思ったより強くなかったな」

 

 

 

 それはいい笑顔で大嘘をかました。

 

 

 

「でも、あれで倒せたわけじゃない。そのうちまた湧いて出てくるぞ、あの赤蜘蛛」

「その時は一緒にぶっ飛ばしてやるよ。てか殺す」

「よろしく頼むわ」

 

 ガシッ、と前腕を交差させる二人。内容こそ物騒であるものの、友情を感じさせるやりとりだった。

 

 それから二人は、この中でクリアできたかどうか不安なメンバーへと目を向ける。

 

 

「俺は鈴になんつーことを……」

「うぅっ……ごめんなさい龍っちぃ……」

 

 まず龍太郎と鈴。

 

 最近漫画のような両片思いを繰り広げている二人は、一時とは言え互いを罵倒したことを深く恥じていた。

 

 背中を向け合い、いじけ合っているものの……結構その距離は近い。拳二つ分くらい。

 

 

 とはいえ、二人とも魔法を克服できたようなので放っておくことにした。

 

 他人の恋路にちょっかいをかける輩は馬に蹴られてなんとやら、である。

 

 そして最後に……

 

「よし勇者(笑)、そこに直立しろ。マネキンみたいに綺麗スッパリ首落としてやる」

「やめろ。なんだかんだ疲れてんだろお前」

「離せハジメ! 俺はあいつを今直ぐ消さなきゃならん!」

 

 全力で隠したものの、また何年か寿命の削れたシュウジはあっさりとハジメに取り押さえられる。

 

「は、はは……」

 

 引き攣った笑いを浮かべた光輝も、あまり思い出したくないのか複雑な目でいた。

 

 

 そんなやりとりをしていると、突然天井付近の大樹の一部が輝き始める。

 

 全員がそちらを見上げると、メキメキッと音を響かせながら大きな枝が新たに生えていた。

 

 

 みるみるうちに新たな通路となったそれは、こちらに向けて長さを増していき。

 

 足場と、これまで通ってきた四本の通路の合流地点と融合して、そこで動作を終えた。

 

 まるで、天へと伸びる階段のように落ち着いたそれに……

 

「これ、クリアってことでいいのか?」

「また登り切った時に出てくるんじゃないの?」

「その場合、俺は躊躇なくリバースする。我慢する気力はない」

 

 全力で疑うシュウジ達であった。

 

 

 

 

 シュウジの知識にもこれ以上の試練はなかったので、休憩もそこそこに先へ進んだ。

 

 ただ、道中シュウジに雫が。ハジメにはユエがべったりと張り付いていた。

 

 片やまた大乱闘を繰り広げたことを心配して、片や魔法行使による疲労を建前にイチャイチャ。

 

 

 ハジメにはウサギやらシアやら美空やらがまとわりつく中で、光輝達がなんとも言えない顔で歩く。

 

 

 そんな緊張感をゴミ箱にダンクした雰囲気の中、最後まで新たな通路を登りきる。

 

 その先にあった、もはやお馴染みの洞に設置された魔法陣に乗って転移。

 

 

 そして光が収まった時──一行の前には、庭園が広がっていた。

 

「これは……綺麗だな」

「ちょっとお茶会していきたい雰囲気だな」

 

 大きさは学校の体育館程度だろうか。

 

 空が非常に高く感じるそこは、芝生のような地面にあちこちに屹立した樹々、幾つもの水路……

 

 そして、その中心に立つ白亜の建物があった。

 

「ご主人様よ。ここはどうやら、大樹の天辺付近のようじゃぞ?」

 

 二人がもう一回休憩するか、と相談していると、庭園の縁に行っていたティオが声を上げる。

 

 その発言に眉をひそめ、他のメンバーも彼女のところに行って下を見下ろしてみた。

 

「本当だ……すごく高いわね」

「ふわぁ、見て見て龍っち、霧の海だよ!」

「こら、あぶねえから乗り出すな」

 

 雫達が感想を言い合う中、ハジメ達は訝しげな表情を崩さないまま考えを巡らせる。

 

「おかしいだろ。俺達がフェアベルゲンに来た時は、フェルニルから大樹はなかった。下からの高さは、どう見積もっても二百メートルは……」

「そ、あるのに見えない。上を通過しても認識すらしない。おかしいなぁ」

 

 まるでヒントを与えるような言葉。

 

 ハジメはハッとして、それから納得したように頷く。

 

「なるほど、そういう類の魔法か」

「ん、闇系統にそういう魔法がある。空間をずらしてる、というのも考えられるし……」

「あるいは、魂魄魔法で根源的に意識がズレるようになってるのかもな」

「お二人さん、考察もいいがそろそろクリアしようぜ?」

 

 推論を立て始めた二人をシュウジが呼び、一旦探求を中断した二人は意識を現実に引き戻した。

 

「なんにせよ、これほどの隠蔽の仕方だ。やっぱりここがゴールか」

「ここが、大迷宮の……」

 

 ハジメの言葉に光輝がハッとして、その顔に連鎖的に雫、龍太郎、鈴の三人も同じ顔になる。

 

 数々の最低最悪な嫌らしい試練を、彼らは色々ありながらも、結局最後まで突破しきった。

 

 

 その実感が今ここに来て、ようやく湧いてきた。

 

 初めての大迷宮攻略に、あるいは愛する相手と一歩並び立てたことに、四人は表情に嬉しさを滲ませる。

 

 そんな彼らを、流石にここまできて邪険にすることもできず、シュウジ達は素直に賞賛の拍手を送った。

 

「さて。お前のいう通り、さっさと神代魔法を手に入れるとするか」

「だな」

 

 ハジメとシュウジを先頭に、水路で囲まれた円状の小さな島に向かう。

 

 ここにきた時から見えていた白亜の建物、吹き抜けになった入り口から石版が見えている。

 

 

 それを目指し、シュウジ達小島に足を踏み入れた瞬間──水路に若草色の魔力が流れ込む。

 

 光輝達が驚く中で、瞬く間に広がった魔力によって水路が輝き始める。これ自体が魔法陣なのだ。

 

 蛍のような燐光が漂う中で、いつも通りに記憶の精査と知識の刷り込み、魔法の習得が始まる。

 

「うっ!?」

「ぐぉっ!?」

「うぁ……!」

「っ……!」

 

 シュウジ達は慣れたものであるが、初めての経験である四人が声を漏らす。

 

 それはまた、確実に攻略が証明されたことをも意味していた。

 

 

 やがて、魔力が収まって魔法の習得が終了する。

 

 流れ込んできた知識を確認し、ハジメが新たな神代魔法の名前を口にしようとした時、石版が変異する。

 

 絡みついていた樹がうねり、燐光に照らされながら変形して……椅子に座った女性の姿を象った。

 

 完全に人型が出来上がると、女性はゆっくりと開眼して口を開く。

 

「まずは、おめでとうと言わせてもらうわ。よく数々の大迷宮、そして私。このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えたわね。あなた達に最大の敬意を評し、ひどく辛い試練を課したことを深くお詫びします」

 

 どうやら、この樹を媒介に記録された映像のようだ。オスカーで見慣れたものである。

 

 どこか人の上に立つ者特有の気品と威厳を兼ね備えた彼女は、よく見ると美人に見える。

 

「ねえどうする? まずは落書きしちゃう?」

「そうだな。ちょうど女みたいだし、めいいっぱいコーディネートしてやろう」

 

 この二人に情緒などというものは存在しなかった。

 

「はい油性マッキー」

「サンキュー。じゃあこのゴキブリ型……はお前が吐きそうだから虫型の飾りやる」

「オッケー、鼻とか眉毛とかにつけよう」

『うわぁ……』

「しかし、これもまた必要なこと。他の大迷宮を乗り越えてきたあなた方ならば──」

 

 真剣な表情で説明しながら、魔改造を施されていくリューティリスがなんとも哀れだった。

 

 

 とりあえず、これまでの大迷宮で耳からタコが這い出てきそうな程聞いた説明は無視した。

 

 その間、これまでの試練の腹いせに男子二人が存分にいたずらをし、全て写真に収めておく。

 

 詳しく明記はしないが、数千年前の本人は泣いていいと思う所業とだけ言っておく。

 

「──私の魔法、〝昇華魔法〟をどうして得ようとしたのかは分からない。どう使おうともあなた方の自由……けれど、決して力には溺れないで」

「ここら辺で満足しといてやるか」

「そうだな。あ、これ全部ミレちゃんに送っとこ」

 

 ガン無視である。雫達がリューティリスの記録に哀れな目を送った。

 

「昇華魔法は、文字通り全ての〝力〟を昇華させる。それは神代魔法も例外じゃない。

 生成、重力、魂魄、変成、空間、再生……これらは理の根幹に作用する強大な力。

 その全てが一段進化し、更に組み合わさることで神代魔法を超える魔法に至る。

 神の御業とも言うべき魔法──〝概念魔法〟に」

 

 だが、次の説明には自然と意識を傾けざるを得なかった。

 

「ミレちゃんが言ってたのはこれの事だねぇ」

「望みを叶えたいのなら、全ての神代魔法を集めろ、か……」

 

 シュウジの手の中のスマホに、『ちょwww 腹筋痛いwww』というメッセージが表示された。

 

「概念魔法──そのままの意味よ。あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法。

 ただし、この魔法は全ての神代魔法を手に入れたとしても容易に修得することは出来ないわ。

 なぜなら、概念魔法は理論ではなく極限の意志によって生み出されるものだから」

 

 それは、何故この迷宮に至るまで概念魔法の存在が知識として与えられなかったのかの答えだった。 

 

 なんとも抽象的、具体的でない回答に顔をしかめるハジメの横で、シュウジは目を鋭くしている。

 

「わたくし達、解放者のメンバーでも数十年の時を費やし、七人がかりでたった三つの概念魔法しか生み出すことが出来なかったわ。もっとも、私達にはそれで十分ではあったのだけれど……その内の一つを、あなた達に」

 

 その言葉の直後、石版の中央がスライドして奥から懐中時計のようなものが現れた。

 

 ハジメがそれを手に取り見てみると、それはコンパスのようなアーティファクトだ。

 

 表には半透明の蓋の中に同じ長さの針が一本中央に固定されており、裏側には紋章が彫刻されている。

 

 リューティリスのものだろう。攻略の証も兼ねたそれを繁々と眺めるハジメ。

 

 そんなハジメに、リューティリスがまた口を開いて。

 

 

 

「名を〝導越の羅針盤〟──込められた概念は〝望んだ場所を指し示す〟よ」

 

 

 

 その言葉に、ハジメ達が目を剥いて。

 

 

 

(最後のピース、見つけたぞ)

 

 

 

 シュウジが邪悪に嗤った。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

感想かもーん


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朝靄の中で

ハジメ「俺だ。前回はようやく大迷宮の攻略が終わったな」

シュウジ「ようやく見つけたな、手がかりを」

ハジメ「ああ、やっとだ。で、今回はエピローグの一部ってとこだな。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる大樹編!」」


 三人称 SIDE

 

 

 

 早朝、フェアベルゲンの外れ。

 

 

 

 常に濃霧に包まれたこの国の中において、朝靄に包まれた時刻。

 

 一つの影が、森の中の天然の広場を舞っていた。

 

「ふっ……はっ……」

 

 小さく出る声。合わせて鋭い呼吸が口から漏れる。

 

 合わせて躍動する体はしなやかで、かつふるわれる黒塗りの打刀は一切の無駄がない軌道を描く。

 

 

 そればかりではない。

 

 時折長い足から繰り出される蹴撃は鮮やかで、並の戦士とは思えない。

 

 

 一つ一つが、芸術品の如き完成度。

 

 

 されど彼女は満足を瞳に浮かべることはなく、ひたすらにポニーテールを振り乱して動き続ける。

 

 神楽舞とさえ見紛うその演舞は、一刻が経過し、されど何刻過ぎようとも終わらない。

 

 

 それを為しているのは、果たして()()()()()()()()()()()()()()()が原因か。

 

 彼女が動くのに合わせ、残像のように揺らめくそれはとある魔法の効果によるものだ。

 

 

 そんな彼女へ称賛するように、縁を描いて木の葉が舞い落ち……そして黒閃に切り裂かれた。

 

 はらりと両断された木の葉は、数時間も同じことを繰り返す彼女によって作られた同胞の仲間となる。

 

 それが覆い隠したすり足による無数の円は、まるで一つの魔法陣のようだった。

 

 

「セァッ────!」

 

 

 くるりと舞い踊り、最後の一閃。

 

 八重樫流亜流奥義〝音断(オトタチ)〟と名付けたそれは、空気ごと木の葉を円形に断ち切る。

 

 

 シン、と空気が静まる。

 

 

 鞘に仕込まれたトリガーから彼女が手を離せば、小さな音がして排熱機構が働いた。

 

 鞘口から煙が噴き出す中で、姿勢を正した彼女は刀を一振りして納刀する。

 

 同時に、紫色のオーラが収束していき……

 

「……ふっ」

 

 キン、と刀が納められるのと同時に霧散した。

 

「ふぅ……随分と疲れるわね、これ」

 

 明鏡止水、幼い頃から修練し続けてきた無我の境地から返った彼女は苦笑を零す。

 

 また、そうすることによって肉体の疲労が一気に押し寄せ、彼女は近くの切り株に腰掛けた。

 

 

 かつての愛刀のように恋人が改造してくれた刀を太ももに乗せ、一息つく。

 

 置いていた手拭いで滝のように流れる汗を拭い、それからおもむろに懐よりステータスプレートを取り出した。 

 

 

 

====================================

 八重樫雫 17歳 女 レベル:78

 ハザードレベル:4.2

 天職:剣士・抑止力の寵愛を受けし者

 筋力:4600

 体力:6200

 耐性:4700

 敏捷:6500

 魔力:2400

 魔耐:3500

 技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇]・縮地[+重縮地][+震脚][+無拍子]・先読・気配感知・隠業[+幻撃][+暗撃]・言語理解・昇華魔法・因果

====================================

 

 

 

「……まだまだ、ね」

 

 ハザードレベルの恩恵を受け、爆発的に強化された身体能力。

 

 この世界において規格外とも言えるそれに、けれど雫は全く満足げな顔ではない。

 

「昇華魔法を使っても、せいぜこの倍程度……私の魔力が少ないのを差し引いても、全然足りない」

 

 大樹の大迷宮を攻略してから幾ばくも経たず、彼女は修練に励んでいる。

 

 

 神代魔法。

 

 

 この世界の支配者とも言える神エヒトに対抗した人間たちが後の世に託した希望、遺産。

 

 その一つを見事に勝ち取った彼女は、自らの得意分野たる白兵戦の力をより伸ばそうとしていた。

 

 

 早朝、というか深夜に等しい時間から昇華魔法を用いて肉体を強化しては演舞し、休んで、また……の繰り返し。

 

 その剣筋は、17の娘にしてはあまりに完成されすぎたと言っても過言ではない。

 

 だが、足りない。

 

「もっとやれるはず……もっと強く、もっと鋭く、もっと疾く──」

 

 

 

 例えるならば、この身を一振りの剣にさえも。

 

 

 

 愛する男から与えられた己が愛刀のように、万敵を切り裂くことのできる刃に。

 

 

 

 全ての理不尽、全ての悲運、全ての宿業──遍く、一刀両断する力を。

 

 

 

 そうでなくては、自分の手は彼には──

 

 

 

「随分と熱心だな、八重樫」

「っ」

 

 後ろから声をかけられ、トレードマークのポニーテールを宙に泳がせて振り返る。

 

 すると円筒形のものが飛んできて、優れた反射神経で危なげなく受け取った。

 

 

 見ると、それは金属製の水筒らしきもの。

 

 あまりに綺麗な形の水筒に、彼女は疑うことなく蓋を回して開けると中を煽る。

 

「んっ、んっ……ぷは。いつから見てたの?」

「ちょうど二、三分くらい前にな。綺麗だったぞ、お前の剣筋」

「あらありがとう。けど、その言葉は香織にあげてくれる?」

「んー、まあそうだな。あいつも最近頑張ってるし」

 

 ぶっきらぼうに答えながら、黒衣の少年がやや雫と距離を開けて切り株に座る。

 

 それが汗だくの自分を気遣ったものだと悟って、雫はなんだかんだと優しいことに微笑んだ。

 

 夜明け前からの鍛錬で失った水分を十分に補給して、ハジメに水筒を返した雫は刀を撫でる。

 

「私の昇華魔法の使い方、どうだったかしら」

「魔力が少ない割には効率良く使えてた。いや、だからこそか。極限の集中力の賜物……無我の境地って言うのか?」

「そうね。使い方は重い刀を振るのと同じよ」

 

 重さを御するのではなく、流れる水のように自在に扱う。

 

 刀ではなく、腕の延長。

 

 真にそう思えた時、それすなわち明鏡止水の極意。

 

「伊達に子供の頃からやってないわ」

「ああ、シュウジから耳にタコが生まれるほど聞いた。おかげで週末の泊まり明けは朝から糖尿病コースまっしぐらだ」

「ちょっと恥ずかしいわ」

「そこは普通に恥ずかしがるんじゃないのか?」

「うーん、だって同じこと香織にしちゃってたし……」

「このバカップルが……」

 

 しれっと悪びれてなさそうな顔で言うあたり、雫も芯からシュウジに毒されている。

 

 ハジメが親友の惚気を聞いてパンが砂糖の塊に感じていた時、香織もまた同じ状況だったのである。

 

 呆れるハジメに「あなたに言われたくないわ」と返し、雫は話の向きを変える。

 

「南雲くんは? 貴方も鍛錬?」

「ま、そんなことだ」

「貴方ならとっくにマスターしてそうね」

「いや、そうでもない。流石に半日じゃあな……それこそ概念魔法なんて、夢のまた夢だ」

 

 少し、ハジメの表情に影が差す。

 

 普段ならば珍しい沈鬱そうな表情に、雫は大迷宮でのことを思い出す。

 

 

 

 彼らは大樹の大迷宮にて、地球に帰る足掛かりを手にした。

 

 名を〝導越の羅針盤〟。望んだものを指し示す概念魔法が込められた、地球帰還への道標。

 

 

 

 それはたとえ時空を超えても──別の世界さえも指し示す。

 

 

 

 おそらくは、解放者達がエヒトのいる世界に行くための物なのだろうが……ハジメ達には違う。

 

 ようやく手に入った故郷への鍵。あの瞬間地球出身の誰もが歓喜し、喜びを露わにした。

 

 

 だが事はそう簡単にはいかない。

 

 たとえ昇華魔法で空間魔法を強化しようとも、それだけでは別世界へは行けないのだ。

 

 解放者達だって、それができれば苦労はしなかったはずだ。だからこその概念魔法なのだろう。

 

 

 故に、ハジメ達は決めた。

 

 解放者達が作りあげた残り二つの概念魔法のうち一つ……恐らくは、神エヒトの元へ行くための概念。

 

 それを手に入れ、応用して、地球へと帰る。

 

 

 そのためのアーティファクトの作成は任せろと、目の前の男は不適に笑いながら宣言した。

 

 ついでにまだ王都にいるクラスメイトも帰してくれるというので、光輝達は一安心していたが。

 

 無論のこと雫も香織と手を取り合って喜び、引き続き旅に同行することにした。

 

 ただ少し気になったのは、シュウジは一度羅針盤を手にし、少しの後に興味を失ったことだが……

 

 ちなみに、大樹の大迷宮のホムンクルスはずっと旅を共にしたカエルであった。

 

「南雲くんならきっとできるわ。神エヒトだって、きっとあの人と一緒に倒せる」

「ああ、どう考えても邪魔してくるだろうからな。その時は完全に殺す」

「その時は私も、微力ながら戦うわ」

「シュウジを心配させない範囲で頼むわ」

 

 いつもの表情に戻ったハジメに、雫も同じく怖いものなしという笑みを浮かべた。

 

 それからふと、ハジメは雫が大事そうに柄に手を添えた楔丸を見やる。

 

「そういえばこれ、あんまり改造されてないな。あいつがショットシェルの機構を付け足したくらいか?」

「ええ。俺もできるけど、そう言う作業ならハジメの方が得意だって。そのうち頼もうと思ってたんだけど……」

「それならここでやってやるよ」

「助かるわ」

 

 はい、と雫が差し出した刀をハジメが受け取り、早速魔改造を始める。割と阿吽の呼吸だった。

 

 

 実のところ、この二人は地球にいた時から結構仲が良い。

 

 シュウジと美空以外友達のいなかったハジメだが、なにかと気苦労の多い彼を雫は気にかけた。

 

 そうして四人で行動するうち、二人で時折会話をすることもあって、幼馴染み以外で唯一友情を保っている。

 

「ん、全体的な構成密度と硬度は昇華魔法で上げてあるのか。しかもとんでもないレベルだな……」

「南雲くんから見てもそうなの?」

「ったく、何が俺の方が得意だか。あの出木杉くんめ」

「ぷっ、出木杉くんって」

「まあ、これなら問題なく改造できそうだ」

 

 文句を言いながらも、早速解体していじり始めるハジメ。

 

 柄から刀身を引き抜き、ジッと真剣な目でハバキに刻まれた魔法陣を見つめる様は職人のようだ。

 

 雫も自分の武器のことであるので、隣から少し体を傾けて作業の様子を見た。

 

「……そういえば、シューのことだけど」

「んー?」

()()()()()()()()使()()()()()()()()

 

 ゴツンッ! と鈍い音を立て、ハジメが刀身を支えていた義手に額をぶつけた。

 

「っ……!」

「大丈夫?」

「い、今のはどういうことだ? あいつがまた……って、いつのことだ」

 

 一度作業を中断し、詰問するような目で問いかけるハジメ。

 

 雫は予想通りに動揺しているハジメに、やけに落ち着いた様子で続けた。

 

「昨日、また一緒に森人族の人達の温泉に入らせてもらったんだけどね」

「ああ」

「ほら、あの人の体にアザがあるじゃない。亀裂みたいなの。それが全体的にまた少し伸びてたのよ。全部で2センチくらい」

「なるほ……ん?」

「それに背中を流した時に右腕に繋がった筋肉の動かし方がおかしかったし、握った時に右手の力が0.数キロくらい弱ってたし、夜ご飯の時に若干箸が震えてたし……」

「オーケーもうわかった、そこまででいい」

「え、いいの? あといくつかあるけど……」

「ああ、十分だ」

 

 主にお腹いっぱいという意味で。

 

 深い、それはもう深いため息を吐いたハジメは、楔丸の強化を再開する。

 

「でも、どうやったのかしら。腕輪で使ったかどうかもわかるんでしょ?」

「〝抹消〟が活性化したら、魂魄魔法でわかるようにしてたんだが……まあ、多分〝抹消〟で消してたんだろうな」

「ああ、なるほど……まあ、今朝にはいつも通りだったし。そんなに長く使ったわけじゃなさそうね」

「使ったことそれ自体が問題だけどな……よし、終わった」

 

 会話を交わすうちに一通りの改造を終えたハジメは、テキパキと楔丸を元に戻していく。

 

 最後にチン、と鞘に収めて差し出された刀を雫は受け取った。

 

「ありがとう。それで、何をどういう風にしたの?」

「ああ、とりあえず重力、空間、再生、魂魄の神代魔法を付与した」

「それだけでもうすごいわね……よくできたわね?」

「元から純度100%のアザンチウム製で質の良い鉱石だったが、昇華魔法のおかげで錬成魔法陣と生成魔法がレベルアップしてできるようになった。で、詳細だが……」

 

 重さを変えたり、刀身が引力や斥力を発したり、はたまた重力や空間、魂魄そのものを斬れたり。

 

 他にも刀身が欠けても再生したり、使用者自身も回復したり、etcetc……

 

「こんなとこだ」

「聞いてるだけでとんでもない代物ね。世が世なら妖刀どころか天災よ」

「ま、お前ならその程度扱い切れるだろ?」

「当然」

 

 下手をしたら戦争が起きそうな一振りに、しかし雫は至極平然とした顔で頷いた。

 

 なにせ彼氏は世界の破壊の概念そのもの、なんて厄介極まりないものを抱え込んでいるのだ。

 

 これくらい当たり前に使いこなせなければ、到底相応しいとは雫自身が認めない。

 

「天之河達も無事習得したし、これでクラスメイトどもの方にエヒトの尖兵が押し寄せても受け止められるにくか……戦力になったな」

「肉壁って言おうとしたのは聞き流すわ……でも、私もこれで安心してシューについていけそう」

「ぶっちゃけ、絶対クリアできないと思ってたんだがなぁ。あいつ、どっかで中身入れ替わったのか?」

「南雲くんまでそんなこと言わないでちょうだい」

 

 とはいえ、ここ最近の光輝の精神的成長は雫も驚いていた。

 

 子供のように力を振りかざし、頭が沸いた理想論を並べ立てていた天之河光輝はもういない。

 

 

 大迷宮攻略中、ともすればオルクスの奥底で変貌した時の自分にすら迫る気迫を瞳に宿していた。

 

 他ならぬハジメ自身がそう思うほどに、天之河光輝という愚者は予想を遥かに上回ったのだ。

 

「唯一心配なことは、あのおかしな力のことだけど……」

「それについて知ってるっぽい奴には、一人心当たりがあるな」

「偶然ね、私もよ」

 

 顔を見合わせ、ニッコリと笑い合う二人。

 

 もしここに誰かがいたとしたら、それを見てきっとこう言ったことだろう。

 

 

 

 ──悪鬼羅刹が二人激怒している、と。

 

 

 

「じゃ、行くか。タコ殴りにして説教しに(話を聞きに)

「ええ、行きましょうか。丸一日動けないくらいドロドロに溶かしに(色々とお話しするために)

 

 その表情のまま立ち上がったハジメと雫は、そのままフェアベルゲンの方に森に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後、フェアベルゲンの一角から悲鳴が轟いた。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

この章もあと三話か…



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愚者は何を夢見るか

シュウジ「俺だ。なんか二人にボコボコにされた」

ハジメ「黙ってたお前が悪いな。八重樫に感謝だ」

雫「自分の行動に責任は持たないとね。今回は光輝の話みたい。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」


 

三人称 SIDE

 

 ハジメと雫が、シュウジの事情聴取(処刑)に向かったのと同じ頃。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 光輝は一人、部屋の中で正座をしていた。

 

 

 その表情は平静……とは到底言い難く、顔全体を覆うほどびっしりと冷や汗が浮かんでいる。

 

 硬く握り締めた拳には血が滲み、少しでも気を抜けば意識を失うだろう、そんな状態一歩手前だ。

 

 だというのに、正座という足に悪い姿勢を()()()()()()()維持しているのには理由があった。

 

 

 

ズクッ! ズクッ! 

 

 

 

 際限なく増していく、肩の痛み。

 

 普段ならば数十分程度で終わるはずのそれは、何時間も光輝のことを苦しめ続けている。

 

 光輝はそれに、習得したばかりの昇華魔法を使いじっと耐えている。

 

 

 

カワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウ

 

 

 

 それだけでなく、囁くようにあの声まで聞こえている。

 

 ギリギリ聞き取れないような、神経を逆撫する音量はただでさえ削れた意識を揺らしていた。

 

 それでも光輝が耐えるのには、ある理由があった。

 

 

 

 この責め苦と謎の力の具現は、光輝の心が弱るたびに忍び寄ってくる。

 

 それが頻繁に、かつ顕著に起こったのは、圧倒的実力不足を思い知った大迷宮での攻略中のことだった。

 

 

 そして、あの忌まわしい理想の世界の試練。

 

 あの世界において、〝それ〟は囁くなどという生易しいレベルではないことを仕掛けてきていた。

 

 まるで、最初から光輝自身の考えていることであるかのように振る舞い、操ろうとして。

 

 

 一番恐ろしかったのは、光輝自身その違和感を全く感じないで受け入れかけたことだ。

 

 〝それ〟の最後の言葉──自分もまた天之河光輝である。

 

 〝それ〟が弱い心の体現であるというのならば、皮肉にもその通りなのだろう。

 

 

 御堂英子のありえざる幻影を前にしてかろうじて跳ね除けられたが、次はわからない。

 

 その後のスライムの快楽の試練においては、光輝はいっそ左肩から先を切り落とす覚悟さえした。

 

 

 

 けれどその時、初めて〝それ〟は抵抗を見せた。

 

 

 

 鋭いハジメ特性のロングソードの刃を押し返すように、僅かに内側から赤いオーラが出ていたのだ。

 

 どうやら〝それ〟は、光輝の体から出たくはないらしい。

 

 

 単独では生き長らえられないからなのか、単に支配したいからなのか。

 

 その辺りは不明だが、そこに付け入る隙があると光輝は考えた。

 

 だからこそこうして、本腰を入れて苦痛でねじ伏せようとする〝それ〟と真っ向から勝負していた。

 

「ふっ……ふっ……」

 

 一睡もせず、少しずつ昇華魔法に削れていく魔力と精神力。

 

 〝それ〟に加えて、自分からも苦難を敷いているようなもの……光輝はもう限界だった。

 

 

(けど……これを手にしなきゃ、俺は…………!)

 

 

 されど、愚者の意地は底を見せない。

 

 かつての自分本位と理想論、無茶苦茶な理論武装に振り切られた超のつく図太さが発揮されていた。

 

 

 そんな光輝の意地汚い姿勢に恐れをなしたか、あるいは吹き抜けの窓から差し込む陽光のせいか。

 

 

 

カワイソウカワイソウカワイソウ…………

 

 

 

 頭の奥から響いていた声が、徐々に弱まり始めた。

 

 

(ここだッ!)

 

 

 そこで光輝は、残り少ない魔力を全て注ぎ込んで一気に〝それ〟を責め立てた。

 

 すると、〝それ〟はびっくりでもしたように光輝の中で蠢いて逃げようとする。

 

 

 逃すものかと、光輝は八重樫流の道場で培った精神統一を用い、自分の内側に意識を沈めて追いかけた。

 

 閉じた瞼の裏に、不気味に蠢く血管のような、あるいは蜘蛛の糸のような赤い何か。

 

 真っ暗闇の中、光輝はそれを全力で追いかけていき──徐々に意識が現実から引き離されていく。

 

 

 

ケタケタケタケタケタケタ…………

 

 

 

「待てっ! お前は一体何なんだ!」

 

 思わずと言った様子で()()()()、光輝は暗闇の中を追い続ける。

 

 しかし、徹夜の弊害がすぐにでて凄まじい目眩がし、光輝は息を荒げて立ち止まる。

 

「ハァッ、ハァッ…………あれ?」

 

 ふと、光輝はおかしいことに気がつく。

 

 周りを見渡してみても、そこには暗闇しかない。

 

 

 おかしい。自分はただ目を瞑っただけのはずなのに、どうしてこんな場所にいるのか。

 

 思わず顔を顰めた瞬間──背後からザザザザッ! と音がして咄嗟に腰の剣を抜こうとした。

 

 だが、そこに目的のものはない。

 

 

 焦った光輝が後ろを振り返ると──無数の赤い〝左手〟が迫っていた。

 

「っ!?」

 

 あれに捕まったらまずい。

 

 本能的にそう直感した光輝は、とりあえず反対方向に逃げることにした。

 

 左右上下、全方位同じ黒の中で蜘蛛のような足音? で追いかけてくる左手達。

 

「くそっ、なんでこんなことに……!」

 

 無闇矢鱈と逃げている自分に対して、目もないのに正確に追いすがる左手の集団。

 

 理不尽な状況に悪態をつきながらも、光輝は走って走って、ずっと走り続けた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 決死の逃走が功を奏したのか、少しずつ遠ざかっていく左手達の這う音。

 

「よし、これなrホブスッ!?」

 

 かと思った次の瞬間、前方不注意によって何かに激突した。

 

 顔だけ後ろを振り返った体勢でいたため、横っ面を何かにぶつけた光輝はうずくまる。

 

「うぐぐ……な、何が……」

 

 ジンジンと痛む頬を抑えながら、衝突物を見上げる光輝。

 

 

 それは、古ぼけた木製の扉だった。

 

 上部が半円状で、まるでどこかの建物の一部のような扉一枚だけがぼんやりと暗闇の中に突き立っている。

 

 あまりに不気味な出で立ちに、けれど光輝は目を惹きつけられてやまない。

 

「これは……」

 

 そっと、ドアノブに手を伸ばす。

 

 

 その時、この先に行けば取り返しのつかないことになる予感がした。

 

 

 それを知ってしまえば、もう戻れない。

 

 目を背け、都合の良い言い訳を並べて背を向けるなら今しかない……そう誰かが囁いてくる。

 

「……今更だ」

 

 だが、光輝はためらわずにドアノブを回し、扉を押し開いた。

 

 ゆっくりと、その向こうに足を踏み出した途端──フッと力をかけていたドアが消え、たたらを踏む。

 

「っとと……ここは、どこかの城?」

 

 眼前に広がるのは、上質そうな赤いカーペットで覆われた広大な廊下。

 

 ハイリヒ王国の王城のそれによく似た、どこか沈鬱な雰囲気の漂うそこは光輝の知らない場所だ。

 

 またしても謎の現象に首を傾げていると、ヒソヒソとすぐ近く、背中の後ろから声が聞こえてくる。

 

「ねえ、あの話聞いた?」

「聞いた聞いた。地下に幽閉されてる……」

「うわぁっ!?」

 

 次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 驚きに勢い余って尻餅をついた光輝は、目の前を歩いていく二人を呆然と見つめる。

 

 やはり知らない顔の女性二人は、光輝に目もくれず、何かをささやき合いながら廊下の向こうに消えた。

 

「今のは……幻覚、か?」

 

 立ち上がった光輝は、先ほどの現象から一番可能性の高そうなことを口にした。

 

 そこから更に、この場所が何なのかをその場で立ち尽くして考える。

 

「……もしかして、アレの記憶か?」

 

 光輝が制御しようとした、〝それ〟が作り出した世界。

 

 ハルツィナの大迷宮の試練の経験からそう判断した光輝は、ならばと探索をすることにした。

 

 

 服装こそ現実のままだが、丸腰なのでやや警戒しながら、まずは廊下を右に行く。

 

 

 するとまた、ヒソヒソという話し声が。

 

 

「ああ、恐ろしい……この下に、あんな怪物がいるなんて」

 

 

「人食いの怪物め……」

 

 

「公爵様もおいたわしい……あのような子を産むなんて」

 

 

「悪魔返り、恐ろしや、恐ろしや……」

 

 

 皆、何かを恐れている。

 

 メイド達も、城を守る兵士達も、どこか傲慢そうな煌びやかな衣装に身を包んだ者達も。

 

 

 皆一様に、その口で、目で、声で、何かを蔑み、哀れみ、あるいは嘲笑っている。

 

 彼らには光輝が一切見えていないようで、それをいいことに様々な場所に光輝は赴いた。

 

「なんて……酷いんだ」

 

 むせかえるような負の感情に支配されたこの城に、思わず顔をしかめる光輝。

 

 誰もが好き勝手に物を言い、その〝何か〟に怯え、遠慮のない言葉で傷つけている。

 

 

 やれ悪だ、悲惨だ、忌子だ──この世に生まれてきたことそのものが間違いだと、そう嘲って。

 

 そんなことをしても、結局は少し恐怖が薄れるだけ。あるいは余計に自分を追い詰めるというのに。

 

 

 

 まるで、そうすることが正しいんだと。

 

 

 

 皆と同じように、皆に同調して、皆に嫌われないよう、皆がしているから──そんな風に、罵声を口にする。

 

 だって、それが正義なのだろう? という言葉が、渦巻く悪意からひしひしと伝わってくるのだ。

 

 それは、あまりにも気持ち悪くて──あまりにも、光輝にとっては身に染みすぎたものだった。

 

 

「……探さないと」

 

 その〝何か〟を見つけ出して、この監獄から助けださないと。

 

 それが自己満足でも、()()()()()()()

 

 大衆の正義を振りかざした男は彼らにとっての〝悪〟を救うことを決め、彼らの恐怖を頼りに足を進める。

 

 

 彼らの視線、会話の中でのわずかな言葉、それらから場所を少しずつ特定する。

 

 やがて、その進路は王城の下──そこにある地下へと。

 

 

 まばらに城内を巡回していた兵や騎士達が、そこに向かうにつれて段々と数を増やしていく。

 

 そのことに確信を深めた光輝は、最初にメイド達にされたように並んだ彼らの体をすり抜け進む。

 

 

 地下を固く閉ざしていた、重そうな金属の扉さえも通り抜けて、その先にある昏い廊下を歩く。

 

「……っ」

 

 ひたひたと、自分のブーツがじっとりと湿った床を踏みしめる音。

 

 時折濃い影の中でキラリと光る、コウモリだか蜘蛛だかわからない何かの瞳。

 

 それら全てが酷く不気味かつ不愉快で、自然と表情をこわばらせながら光輝は歩き続けた。

 

 

「……ここか」

 

 やがて、岐路のない一本道だった廊下が終わりを告げる。

 

 目の前に聳えるのは、入り口にあった分厚い扉よりもずっと大きく、厚い、鎖で雁字搦めの大扉。

 

 光輝はそれに左手で触れて──その瞬間、視界の中に酷くいびつな、血のように赤い文字が浮かんだ。

 

 

 

ススム? ホントウニ? 

 

 

 

「……ああ、そのためにここまで来た」

 

 静かに、揺らぎのない瞳で答える光輝。

 

 

 

クルウ クルウ オマエハクルウ ホントウニ? 

 

 

 

 今更気遣うようなことを言う〝それ〟に呆れ、光輝はそれ以上問答は必要ないと扉を透過した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 中は薄暗く、とても高い天井に等間隔に吊り下げられた蝋燭だけが唯一の光源だった。

 

 

 

 

 

 しばらく目が慣れるまで待って、光輝はその広大な空間の中心へと目を向ける。

 

 

「ぁ……ぅあ…………」

 

 

 そこに、()()がいた。

 

 壁の至る所から伸びる、尋常な数ではない鎖に縛られ、呻き声を漏らしている。

 

 暗闇に慣れた目には、それが両膝をついてうなだれている人間のように見えた。

 

 

 あれが自分が望んでいたものだ。そう確信した光輝は、恐る恐るという足取りでそれの正面に回る。

 

 

 それは、まだ年端もいかない少女だった。

 

 

 体こそ鎖で覆い尽くされているものの、背が曲がっていることもあって、立っている光輝の腰にも届かない。

 

 

(なんて惨いことを……)

 

 

 あまりに小さな少女に、光輝はこれまでの道中にいた人間達を心の中で非難した。

 

 だが、そんなことをしていても仕方がない。きっとこれは、もう終わってしまったことだ。

 

「……だれ?」 

 

 顔を歪めていると、不意に少女は顔を上げた。

 

 光輝は驚いた。もしかしてと思いつつも扉の方を見るが、そこから誰か入ってくる気配はない。

 

 どうやらこれまでの人間達と違って、この少女は自分のことを認識しているらしい。

 

「……安心してくれ。俺は君を傷つけない」

 

 光輝は片膝を床について、小さく声を漏らしている少女に目線の高さを合わせた。

 

 そうすると、酷くくたびれていながらも()()()()()()()を優しく搔きわける。

 

 どうしてかわらかないが、その少女にだけははっきりと光輝は触れることができたのだ。

 

「君は、誰だ? 一体なんでこんなことを?」

「わたしは……」

 

 問いかける光輝に、ゆっくりと少女は顔をあげ……

 

 

 

(わたくし)は、怪物でしてよ?」

「ッ!!?」

 

 

 

 宝石のような翡翠の瞳に、光輝は全身を強張らせた。

 

 

 バキンッ!! 

 

 

 甲高い音を立て、彼女を拘束していた鎖が全て弾け飛ぶ。

 

 それに反応をする間も無く、「なっ」と声だけを上げた光輝の顔を少女の両手が包み込んだ。

 

「あなたはだぁれ? 私を罵る兵士さん? 笑いながらぶつメイドさん? 誰? 誰? 誰?」

「き、みは──!」

「ふふふふふふ、だれでもいいわ、だってここにきたのなら──私の食事でしょう?」

 

 獣のように鋭く伸びた指の爪、至近距離で見えるは裂けるような笑みに瞳孔の開いた怪物の如き瞳。

 

 

 蛇に睨まれた蛙のように動けない光輝の周囲で、細々としていた蝋燭の光がボッ! と大きくなる。

 

 それによって空間が照らし出され──その天井や壁に巣食う、無数の〝左手〟に光輝は目を剥いた。

 

 

(しまった! 誘い込まれたのは、俺の方──!)

 

 

 自覚した時には、もう遅く。

 

「ねえ、綺麗なお顔の紳士さん?」

「ッ!」

「あなたの味を、私に教えて?」

 

 ぐぁ、と大きく口を開いた少女は、光輝の左肩に躊躇なくかぶり付いた。

 

「がぁっ……!?」

 

 僧帽筋を食いちぎらんばかりに食い込んだ歯に、光輝は苦悶の声を漏らす。

 

 同時に、何かが光輝の中に流れ込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──なぜ、私ばかり苦しむの? 

 

 

 

 

 

 

 

 ──なぜ、私ばかり奪われるの? 

 

 

 

 

 

 

 

 ──なぜ、私ばかり嫌われなくてはいけないの? 

 

 

 

 

 

 

 

 ──なぜ、普通に生まれなかったの? 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ──憎い。

 

 

 

 

 

 

 

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い────────! 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、は……っ!」

 

 とめどなく溢れてくる悲しみ、怒り、そして憎悪。

 

 周囲の悪意によって歪められ、また己が生来抱えたどうしようもない悪意で壊れてしまった心の慟哭。

 

 それを聞くうちに光輝は動けなくなり、それを好機と言わんばかりに左手達が覆いかぶさる。

 

 

(こんな、の……俺じゃあ、受け止め、られ……な…………)

 

 

 これまで光輝が信じてきた善意、その全てを塗り潰すような圧倒的な憎しみに、心が呑まれ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──もう、たべたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だれか、わたしをたすけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 カッ! と目を見開く。

 

 

 

 目を開いた時、そこはフェアベルゲンの客人用の一室。

 

 

 

 いつのまにか取り込まれ、そして戻ってきた光輝は、しばし瞼を全開にして静止していた。

 

 魔力が底をつき、昇華魔法の効果が途切れている。あるいはそうなったからこそ、現実に戻ってこられたのか。

 

「…………ふぅ」

 

 たっぷり十秒間ほど静止して、光輝は深く息を吐いた。

 

 ふと体の右側に置いてあったロングソードを手に取り、すらりと抜剣して刀身を覗き込み。

 

 

 

 

 

「……わかったよ、()()。それがお前の望みなら、愚か者()が叶えてみせる。たとえ余計なことでも、俺の意思で」

 

 

 

 

 

 そこに映り込んだ()()()()()を見て、愚者は一人呟いた。

 




もう魔改造が止まらない。

読んでいただき、ありがとうございます。



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道化と愚者

あー、今回については一言。

ナニコレ?(困惑する作者)


エボルト「俺だ。前回は天之河の話だったな。オリジナル化が止まらない」

ハジメ「原作の天之河が欠片も見当たらないレベルなんだが」

エボルト「ま、ここまで魔改造したらな。で、今回はある意味続き?だ」

ハジメ「注意、すごくカオスだぞ。それじゃあせーの、」


二人「「さてさとどうなる大樹編!」」


 

シュウジ SIDE

 

 

 

「……ハッ!?」

 

 

 

 目を覚まし、がばりと起き上がる。

 

「あ、おはようシュー。気分はどう?」

「……知らない天井だ」

「ボケられるなら平気ね」

 

 枕元にいた雫が呆れたように笑った。

 

 ちょっと一回言ってみたかったので、わざわざ寝直して言いました。

 

『無駄ァ!』

 

 とりあえず満足したので起き上がると、全身及び頭がものすごい痛みを発して、思わず両手で押さえた。

 

 あーズキズキする……なんかこう、満遍なく全身をタコ殴りにされて、トドメに一発後頭部に入れられたような。

 

『まったくもってその通りだな』

 

 ハジメと雫が羅刹になって折檻してきた上に、拷問のようなステゴロしたのは夢じゃなかったのか……

 

 恐る恐る隣を見ると、雫は「ん?」と言わんばかりに首をかしげる。

 

 うん、いつも通りの可愛い雫だね。とりあえず怒気は感じられないのでほっとする。

 

 あ、体は〝自己再生〟で回復しとこう。

 

「えーと、まだ怒ってらっしゃる?」

「いいえ。ただし次に隠して使ったら……」

「使ったら……?」

 

 シリアスな顔を作って聞き返せば、雫はニコリと笑って。

 

「あなたを襲って、私が責任取らないといけない体になるわ」

「既成事実っ!?」

「そうしたら流石の貴方でも死ぬような無茶はしないでしょう?」

「雫さん、あなた最近遠慮なくなってきてない?」

「あら? じゃあ遠慮していいのかしら北野くん」

「やめてください死んでしまいます」

 

 今更苗字呼びとか、マジで心臓が止まった錯覚を覚え……あれっ鼓動が止まってる? 

 

『緊急処置ィ!』

 

 体内のエボルトにショックで停止した心臓は動かしてもらいつつ、とりあえず頷いておいた。

 

 人差し指と中指の間に親指を入れていた雫は、それでようやく納得したようにそのジェスチャーをやめる。

 

「で、どんくらい寝てた?」

「数時間ってところかしら。下にみんなもいるけど、行く?」

「おお、そうするか」

 

 よっこらせとベッドから降りて、雫と一緒に部屋を出た。

 

「ちょっと面白いことになってるわよ」

「ほほう、お祭り騒ぎにゃ俺が欠かせないな」

「またシアさんに殴られるわよ」

 

 なるほど、つまりシアさんがメインってわけね。

 

 にしても、ほんと最近シアさん強いんだけど……時々ハジメよりパンチ強いってどゆこと? 

 

『ウサギの毎晩の訓練の賜物だな』

 

 よりによってェ! 

 

『次は貫通するぜ(確信)』

 

 モツ抜き? モツ抜きされちゃうの俺? 

 

 

 

 15禁映画みたいになりそうな我が身を憂いつつも、大樹の中をくりぬいた螺旋階段を降りる。

 

 そうして、亜人族の皆様方も使っている、ここ数日お世話になっている食堂に入れば──

 

「あぁんシアさん! とても良いですわ! この親友の私〝()〟もっと遊んでもよろしいのですよ!?」

「お願いですからそれ以上喋らないでくれませんかねぇ!?」

 

 何故か森人族のお姫様が、シアさんに筋肉バスターをキメられていた。

 

 見事に開脚された森人族の姫さん、その下着は純情そうなのに結構アダルティックなものだ。

 

 しかし、それ以上に気になるのはプロレス技かけられてんのに、なぜかとても楽しそうなこと。

 

 

 

 それを見て、すぐさま食堂内の様子を確かめる。

 

 技をかけているのに必死な顔のシアさん、何故か微妙に拗ねているウサギ、苦笑しているユエ達。

 

 オロオロとしてる食堂の従業員や姫さんの侍女、シアさんを実に和やかな顔で見ているハジメ。

 

 

 

 そして、姫さんを同類を見る目でキラキラと表情を輝かせているティオ。

 

 そこから導き出される答えは──

 

「なるほど、シアさんにもいい友達ができたんだな⭐︎」

「ぶっ殺しますよシュウジさん!?」

 

 めっちゃ物騒な答えが返ってきた。

 

 まあでも、きっと姫さんは特別扱いばっかりであの容赦のない扱いに喜んでるし。

 

「そうなった時点で手遅れだと思うよ?」

「うぅっ、目をそらしてた事実を!」

「いやぁ、同じ苦しみを分かち合ってくれるなんて。さすがは()()シアだな」

「最後のセリフしか嬉しくないですぅ!」

 

 涙目なシアさんと姫さんとの対比g……いやちょっと待ってハジメ今なんて言ってた? 

 

 驚いてハジメを見ると、俺の視線に気がついたハジメはなんかおかしなこと言ったか? みたいな顔をする。

 

 雫達も聞いてないことだったのか、微笑むユエとウサギ以外は同じ顔でハジメを見ていた。

 

 あ、ニッコリ笑顔でス◯ンド背負ってる美空さんは見えません(ガクブル)

 

『ブルってるじゃねえか』

 

 だって怖い(素直)

 

「ぜぇ、はぁ……」

「ふふふふ、次はどんな技をかけてくれるんですの? いくらでもお相手しますわ!」

「ひぃっ! この人めんどくさ怖いですぅ!」

 

 シアさんが姫さんに追っかけられながら逃げてったが、それどころじゃない。

 

「ハジメお前、ついに覚悟決めたのか」

「そ、そうだよハジメくん! 今のってどういうこむぐぅ!」

「はいはいあんたが絡むと複雑になるから」

 

 ◯タンドを収めた美空が詰め寄った白っちゃんを回収し、俺はニヤニヤしながらハジメを見る。

 

「あー、まあな。もう美空、ユエ、ウサギときて今更な気がするんだが。少し前に、あいつのことが〝特別〟になったことを自覚してな。相応の態度をとることにしたんだ」

「へぇ……ついに四股かけるわけだ」

「おい言い方を改めろ……まあ、そういうわけなんだが」

 

 言い方がなんだと言いつつ、若干ビビりながら美空を見るハジメ。

 

 なんだかんだ言いつつ、昔から俺達三人の中でラスボスは美空だ。だって怖いからね。

 

「……はぁ。まあ、薄々気がついてたし。今更怒っても、ユエさんを許した時点で手遅れだしね」

「……そうか」

「ただし! そういうことなら、しっかり大切にすること! もちろん私達のことも!」

「当たり前だ」

 

 今度は真剣な顔で即答するハジメ。

 

 きっとずっと一緒だった美空や、生死の境で培われたユエやウサギへの愛とはまた違うのだろう。

 

 しかしそれでも、ハジメの目には真剣な……目の前にいる三人と比肩しうる愛情が現れていた。

 

「……そ。ならいいよ。まあ第一夫人は私だけど」

「む。それに関しては話し合いの必要がある」

「いいし。今度こそちゃんと決着つけるから」

「んー! んー!」

 

 にらみ合い、というにはいささか緩い雰囲気で笑い合う美空とユエ。平和だなぁ(棒読み)

 

『いや白ちゃん無視してやるなよ』

 

 ナンノコトカワカリマセン。

 

「ま、あんだけ一生懸命にアタックしてたんだ。最初からハーレムルートは予測してたよ」

「なんつー予想してんだ。いや、実現しちまってるけど」

「仕方ないね、ハジメは主人公だから」

「色々な意味でハードモードすぎるだろ」

 

 俺? 俺はほら、意味深に裏で出没する系のキャラ。

 

『裏ボスだろ』

 

 そうとも言う。

 

「あー、とにかくそういうわけだ。シアには後でちゃんと言う」

「演出いるか?」

「茶化すなら殺す」

「普通にしますはい」

 

 いつものように冗談を交わすハジメの声には、「待ちきれない」という感情が色濃く出ている。

 

 〝特別〟はみんなシアさんのことを可愛がってるので、とても微笑ましそうな顔でいた。

 

 残るメンバーも、努力すれば自分も! と意気込んでいる。

 

 それを見ていると、雫が体を寄せてくる。

 

「モテモテね、南雲くん」

「みんな精力的でよろしいようで」

「あなたも。頑張らないとね」

「……ああ」

 

 俺も、腹をくくって会いに行かないとな。

 

 内心決意を固めながらハジメ達の方に歩き出すと、後ろの階段の方から誰か降りてくる音がした。

 

 

 

 シアさんが一周して戻ってきたか、と思って振り返る。

 

 すると、階段から俺と雫を見下ろしていたのは──反転の試練からもっと変になった勇者(怖)だった。

 

「……北野と雫か」

「おうコラ、なんでお前が見上げてんだ。ここからジャンピング膝くらわせるぞ」

「それは嫌だから、そっちに降りるよ」

 

 苦笑した正義バカは、言葉通りに降りてくると、食堂内を見渡す。

 

「……南雲もいるのか。ちょうどよかった」

「あら、起きたのね光輝。ずっと部屋にいたみたいだけど、平気?」

「ああ、()()()()な」

 

 ……何かおかしい。

 

 いや視界に入れたくないレベルで存在がおかしいのはいつもだが、そうじゃない。

 

「ちょうどいい、って言ったな。どういうことだ天之河?」

「……俺の話は一つだけだ。次の迷宮にも、俺を連れて行ってくれないか」

 

 

 

 ………………何言ってんだこのスカタン??? 

 

 

 

『宇宙猫みたいな顔になってるぞ』

 

 いや、そうもなるでしょ。

 

 王国に続いて、気持ち悪いくらい直角で俺とハジメの間で頭を下げたアンポンタンを見る。

 

 こいつは何を言ってんだろうか。もしかして大樹の迷宮クリアしてイキっちゃったの? 

 

「ふむ。まあ大樹は攻略できたし、そのままにくか……いざという時のために力を蓄えてくれるならいいが」

「南雲くん、今また肉壁って言おうとしたわよね?」

「気のせいだ。だが俺はともかく、お前が話を通すべきはそいつだろ」

 

 ビシッとハジメが俺を指差す。自分の顔がこれでもかと嫌そうに歪むのがわかった。

 

 雫がなんとも言えない苦笑いを浮かべるのを視界の端に、顔を上げたバカと目線を合わせた。

 

 あ、ヤベェ吐き気と怒りと苛立ちと殺意が湧いてきた。

 

『悪意たっぷりのスペシャルパフェだな』

 

 食ったらその場で食中毒起こしそう(他人事)

 

「そうだよな。ついて行きたいなら、お前を納得させないとダメだよな──北野」

「認めません聞こえません見てません知りません。はい却下、評議は否決されました。終了」

 

 とりあえずこいつ気絶させて、ゲートで王国の方にポイしよう。触りたくないけど。

 

 

 

 ついでにタマの方も切除しておくか、と腕を動かそうとした瞬間──俺はナイフを握っていた。

 

「フッ!」

「……!」

 

 魔力の光を纏った奴の、()()()()()()()抜剣されたロングソードを黒ナイフで受け止める。

 

 その瞬間、接触面から衝撃波が発生して食道内のテーブルやら椅子などが吹っ飛んでいった。

 

「……自分から殺されにきてくれるとは、殊勝な心がけだな」

 

 本気の殺意を込めて問う。

 

 ハジメ達以外、その場にいた全員が気絶するが──関係ない。

 

「光輝、何を!?」

「……どうやら、()()()()程度には扱えるみたいだな」

 

 雫の言葉を無視して、天之河は俺を剣のように鋭い目で見てくる。

 

 その目のままに、ゆっくりと剣を引いて鞘に収めた奴は、そのまま数歩後ろに下がって。

 

「……北野、見てくれ」

 

 ボコッ、と奴の左肩が蠢く。

 

「「っ!?」」

 

 雫や白っちゃんが息を呑む中、不自然に隆起をする奴の左肩に目を鋭くして注視する。

 

 まるで内側で何かが暴れているかのように変形を繰り返し、少しずつその頻度は短くなっていき。

 

 やがて──溢れ出した。 

 

 

 ボギュッ! 

 

 

 気色の悪い音を立てて、奴の左肩付近の服を突き破って何かが飛び出す。

 

 

 

 

 

 ケタケタケタケタ……

 

 

 

 

 

              クスクスクスクス

 

 

 

 

 

     キャハハハハハハ

 

 

 

 

 

 〝それ〟は、「口」の集合体だった。

 

 それぞれ異なる笑い方をする歪な歯並びの口が、赤黒い不定形のもので繋がれ、翼のように形成される。

 

 その隙間ではぎょろぎょろと赤い目玉が蠢き、忙しなく周囲を観察しており。

 

 

 

「……これなら流石のお前も、俺の話を聞くだろ?」

 

 顔を上げた天之河は──黒く染まった左の眼球で光る、血のような瞳で俺を見た。

 

「──こいつはたまげた。確かに壊れるか狂うかしろとは言ったが、自分から喰われるとはな」

「そうなりたくなかったら飲み込め、とも言ったな。だからそうした」

「光輝、あなたそれ……」

 

 両手を口で覆い、目を見張る雫に寂しげに笑う天之河(ムカつく)。

 

 

 

 それはともかく。

 

 

 

 俺はナイフを収め、近くに転がっていた椅子を立て直して座る。

 

「で? ()()が使えるようになったから俺も仲間に入れて〜ってか? 相変わらず頭湧いてんな、ユウシャクン」

「……確かに、虫のいい話だ。だが、俺には成し遂げたいことがある。傲慢で押し付けがましい偽善そのものだとしても、貫きたい意志がある」

「だから?」

 

 こいつが何を言おうと、たとえ〝それ〟を御したとしても、俺の返事は変わらない。

 

 どんなに変化しようが、結局俺にとって天之河光輝とは、某G先輩達と同等の本能的嫌悪対象だ。

 

 

 

 故に──偽物であることを受け入れた俺は、同じ偽物だったこいつを、どこまでも否定する。

 

「お前をイキらせてるのがその力だってんなら、今すぐ俺が奪ってやる。お前は駒にすらならん、最初からお呼びじゃねえ。役者じゃない奴はすっこんでろ」

 

 計画は最終段階に入っている。

 

 今更この矮小な男が何をしようとも、どうせ全てはあと幾ばくもしないうちに終わりを迎えるのだ。

 

 だから今更ちょこまかとこの羽虫に動き回られても、正直ウザッたいだけで何のメリットもない。

 

「それ以上何かを言ったり喚くのなら、たとえ雫に嫌われようともお前を再起不能にする。なにせ俺は、お前が大嫌いだからな」

「それでもついていく。お前こそ諦めろ北野、たとえこの左手一本になってもしがみつくぞ」

「ほぉ? 理想論並べ立てるだけで何もできなかった坊ちゃんが、随分強気になったじゃねえか」

 

 一層殺気を濃くしていく。対象にこそ外しているものの、ハジメ達ですら息苦しそうだ。

 

 対する天之河は、本当にイラつくことに平然とした顔で、俺のことを睨むように見てきた。

 

 

 

「何をそんなに意地になる? 前みたいに楽しそうに、勇者ごっこやってろよ。そうすりゃ心の底から死ぬくらい笑うだけで済ませてやる」

「断る。あの苦しみを、憎しみを聞いて、そんな()()()はやってられない」

 

 へぇ……大方、力の根底に残ってた記憶でも読み取ったか。

 

 何を思って〝あいつ〟が、このクソ野郎にこの力を埋め込んだのかは知らないが……面白い。

 

「そのうち呑まれるぞ。残るのは化け物だけだ」

「この望みが果たせるのなら、化け物になったっていい。その時はお前に殺してもらう」

「嫌だね断る。お前だけは殺してやるものか」

「あれだけ殺すと言ってたのにか?」

「一生飼い殺しにして、無様な姿を嘲笑ってる方が面白そうだからな」

「悪趣味め。なら絶対化け物になんかならない。お前を見返してやる」

「あ、その時は容赦なく殺すわ」

「……この性根の腐ったクソ野郎」

「今更知ったかナルシストクソ野郎」

 

 

 

 真正面から睨み合う。

 

 

 

 気持ち悪い。実に不愉快極まりない気分だ。

 

 

 

 今のうちにぶっ殺しておきたいし、こいつにだけは任せたくなどない。

 

 

 

 だが……

 

 

 

「……もしあいつを救うのを失敗してみろ、死ぬまで地獄の苦しみを味あわせてやる」

「望むところだ。もう魂は売り渡したようなものだからな」

「テメェの魂なんざ二束三文の価値もねえだろカス」

「お前こそロクな死に方しないだろ」

「やかましいわボケ。少なくともお前よりは華やかに死んでやるわ」

「は? 無理だろこの大悪党」

「あ? 喧嘩売ってんのかクズ勇者」

 

 椅子から立ち上がり、近づいてメンチを切りあう。

 

 俺は誰も憎まないっ! みたいないい子ちゃん(笑)はどこへやら、同じ目で俺を睨む天之河。

 

「「フンッ!」」

 

 しばらくガン付けあい、同時にそっぽを向いた。

 

「おいハジメ、このバカ次の迷宮連れてくぞ。そこで生き恥かかせてやる」

「上等だ」

「お、おう」

 

 何故か呆気にとられたような顔のハジメが、どうにかといった感じで頷いた。

 

 絶対に顔を合わせないようにしながら、ゲシゲシと天之河の足を踏みつけてやる。

 

 対する天之河も、生意気にもロングソードの柄頭で脇腹をグリグリとやってきた。

 

「……………………え、っと。二人とも」

 

 地味な嫌がらせをしあう俺たちを見て、見たこともないような困惑顔の雫が。

 

 

 

 

 

「……いつの間に仲良くなったの?」

「「それだけは百っぺん死んでも絶対にない………………オラァッ!」」

 

 

 

 

 

 同じことを言い、そこでようやく互いに向き直って、互いに顔面パンチを繰り出した。

 

 




ナニコレ?

読んでいただき、ありがとうございます。

次回はハジメとシアの回だよ。


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不確かな未来

今回でこの章は終了でごさいます。


ハジメ「俺だ。前回は…こう、カオスだったな」

シュウジ「あのバカ勇者が悪い」

ハジメ「はいはい。まあ俺も驚いたがな、なんだあれ?」

シュウジ「企業秘密」

ハジメ「なんだそりゃ。で、今回は俺とシアの話がメインだ。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる大樹編!」」


 ハジメ SIDE

 

 

 

「うう、ひどい目に遭いました」

「くくっ、災難だったな」

 

 夕暮れ時、フェアベルゲン中央街から外れた広場。

 

 湧き水を利用した噴水のあるその広場で、俺は疲れ切った様子のシアと二人きりでいた。

 

 

 この機会にせっせと新しいアーティファクトやらなんやらを錬成しようと思ったが、やめた。

 

 というよりも、そんなことするのは無粋と幼馴染二人に言われてしまったので断念した、の方が正しいか。

 

 ま、錬成や修練はいつでもできるしな。

 

「アルフレリックのおっさんが回収するまで、散々追いかけ回されてたな」

「割と本気で恐怖しましたよ……」

「そう言ってやるな、お前が初めての同世代の友達なんだろ。存分にもてあそ……遊んでやれって」

「今弄べって言いかけましたよね?」

「気のせいだろ」

「全くハジメさんは……でも、なんとなくハジメさんの気持ちが理解できました。好かれるのは悪くないんですけど、すっごく疲れます」

「だろ?」

 

 ようやくティオの相手をする気持ちをわかってくれて、俺は心底嬉しい。

 

 まあ、ただの変態じゃなくて、好意を向けてくれてるのは解ってるんだが……如何せん表現方法が酷い。

 

 ……思えばなんでこんなモテてるんだ俺。

 

 シュウジと美空さえいればいいと思ってたのに、かなり……なんというか、増えたな。

 

 

 とはいえ、これまで俺とティオのやりとりを見ていたものを、今度は自分が同じ状況なんだ。

 

 流石に疲れたのだろうと、シアのウサミミに触れると、自分なりに優しい手つきで撫でてみる。

 

「ん……気持ちいいです」

「そりゃ良かった。ウサギにポイントを教えてもらった甲斐があるな」

「熟練の手つきですぅ〜」

 

 ふにゃふにゃとした顔つきになるシアからは、これでもかと幸せそうなオーラが出ていて。

 

 なんだか無性に愛でたくなり、もう片方の手で頬に触れてやると、シアは少し驚いた後に嬉々として手を重ねてきた。

 

「ハジメさんこそ、なんか疲れてません? 顔がいつもより元気ないですよ」

 

 そして告げられた言葉に、少し息を呑む。

 

 確かに、突然ペラペラ話し始めたかと思ったら、取っ組み合いを始めたバカ二人を諌めるので少々疲れた。

 

 顔には出してないつもりだったんだが……こいつは相変わらずというか、なんというか。

 

「……ほんと、よく見てんな」

「はい、いつでも見てますぅ!」

 

 少しも隠すことのない好意。

 

 それに自分の頬が緩むのがわかって……ふと、シアがこちらを見つめているのに気がつく。

 

「……ハジメさん。昼間のあの言葉って」

「……ちょっと移動するか」

 

 重ねた手と柔らかい頬に挟まれていた手を引き抜いて、そっとシアの手を握ると噴水のほうに行く。

 

 

 縁に二人で座った瞬間、湧き出していた水が突然形を変え始めた。

 

 まるで鏡面のように丸く形をとり、それによって陽光が収束されて天然のスポットライトになる。

 

「元からあった……ってわけじゃあなさそうだな」

「ふふっ、またあの人の仕業ですよ」

「だろうな」

 

 俺たちを照らす柔らかい陽の光に笑い合いながら、しっかりと向き合う。

 

 

 両手を伸ばし、肩に触れる。

 

 驚いたのか怯えてるのか、びくっと体を震わせるシアを、そのまま力強く抱き寄せた。

 

 先ほどとは裏腹に少し強引な手つきだったが、抱きしめたシアの目は……とても潤んでいる。

 

「……シア、お前の言う通りだった。〝未来は絶対じゃない〟。その通りだったよ」

「あ……」

 

 最初に告白してきた時のことを言うと、シアは声を漏らす。

 

 スッパリ切り捨てたはずなのに、それでも絶対に振り向かせると叫んだこいつの決意の表れ。

 

 

 あとはまあ、ウサギという二人……いや、あの時と違って美空もいるから三人目の〝特別〟か。

 

 本来ならあり得ない複数の特別な人という形がこの未来の証明だとも言ったが……流石に野暮か。

 

「今更何かを確認したりとか、気持ちを疑いはしない。俺はあいつみたいに口が回る方じゃないからな」

「……そこはハジメさん自身も誰かと比べないで欲しかったです」

「……マジか」

 

 この場合他の男の名前も出しちゃいけないのか、勉強に? なった。

 

「まあ、とにかく……シア」

「……はい」

「お前が愛おしい。誰にも渡したくない」

 

 我ながら、なんと独占欲にまみれた汚い言葉か。

 

 中学の時、美空に告白された時はもっとこう……ロマンティックにさせられたんだが。

 

 いよいよ来るとこまで来たな、俺。親父とお袋が今の俺見たら泣いたりしない? 大丈夫? 

 

「逃がすつもりはないから、そこんとこ覚悟しといてくれ」

「っ、はい……!」

「シアは、俺の女だ」

「はい、はいっ、私は、ハジメさんの女ですぅ!!」

 

 熱い吐息を発していたシアは、俺の格好つけた言葉にポロポロ涙を零しながら何度も頷いた。

 

 見上げる顔には、元気一杯の……いいや。それよりずっと可愛くて可憐な笑顔。

 

 

 ああ、なんて魅力的な笑顔だ。きっと他の男が見たら、たとえ亜人差別者だろうと惚れてただろう。

 

 そんなこと許さないが。今となってはもう俺のものだ、他の誰にだって渡すものか。

 

「あ、あの、ハジメさん……そんなに熱く抱擁されると、ドキドキするっていうか……」

「……ん、ならもっとさせてやる」

「え……んっ」

 

 こみ上げる愛しさのままに、シアの唇を奪う。

 

「ぁん……ハジメさん、嬉しいです……」

 

 嬉しそうに目を細めて、向こうから唇を押し付けてくるシア。

 

 もっととでも言うようなその仕草と甘い吐息に、俺はシアを決して離さないよう続けた。

 

「ん……ふ」

「……シア」

「……ハジメさん」

 

 一度息継ぎのために口を話すと、ツーと銀色の橋がかかる。

 

 普段の快活さは鳴りを潜めたシアは、上目遣いに俺を見上げ、開いた唇からチロチロと舌を動かした。

 

「……可愛いなオイ」

「ふふ、やっと普通に言ってもらえるようになりました」

 

 ゆっくりと目を閉じ、二度目を待つシアの頬に手を添え、俺は──

 

「ひゃわぁあ……! また始めたよあの二人……! こんなお外で……!」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「ちょっと、鈴声出てる! 坂上くん、ちゃんと制御しといてよ」

「南雲……男だな!」

「もう、美空も二人もばれちゃうって!」

「……みんなうるさい」

「シアの邪魔しないで」

 

 ……後ろから聞き覚えのある声がする。

 

 ハッとしたシアと唇を離し、二人揃って声のした方に視線を向ける。

 

 

 すると、気付かれたことに動揺したのか一斉に複数人の気配が動き、バランスを崩す。

 

 そして「ちょ、おい、押してる押してる!」というお決まりの文句と一緒に悲鳴が上がって。

 

 次の瞬間、広場を囲う花壇の一角から人間の雪崩が起こった。

 

「いてぇ……平気か鈴?」

「う、うん、なんとか」

「光輝くん、重い……」

「す、すまない、さっきの北野とのいざこざで少し足腰が……」

「だーっ、いいから二人ともどけし!」

 

 折り重なって小山になってるのは、美空、香織、坂上、谷口、シュウジと殴り合って若干ボロい天之河。

 

 その後ろから呆れた顔でユエやウサギ、ティオ、八重樫が表れ……最後にスマホを横に構えたシュウジが出てきた。

 

「お前、それ録画してんのか?」

「記念すべき瞬間だからな。あとで送るよ」

「あー……頼む」

 

 一生忘れはしないだろうが、それはそれとして記録としては残しておきたい。

 

「みみみ皆さん、いつからそこに……!」

 

 あ、シアが頭から煙でも吹くんじゃないかってくらい真っ赤になってる。

 

 

 視線を彷徨わせる小山の連中の代わりに、俺がシアに答えた。

 

「んー、俺がお前のウサミミを触ったあたりからだな」

「最初からじゃないですか! いや、そこの人は噴水の時点でわかってましたけどね!」

「いい演出だったろ?」

「ありがとうございますド畜生ですぅ……」

 

 サムズアップするシュウジに、顔を俺の胸に埋めてポカポカ叩いてくるシア。可愛い。

 

「ハジメさんも、なんで教えてくれないんですかぁ」

「や、別に隠すことでもないしな。タイミング良かったし」

「ねえシアさん今どんな気持ち? 名実ともにハジメの女になって幸せなキスをして終了してどんな気持ち?」

「フンッ」

「アバランチッ」

 

 高速きりもみ回転しながら、バカが吹っ飛んでいった。

 

 いつものことなので気にせずに、ユエとウサギ、立ち上がっていた美空を見ると……微笑んでいた。

 

 多少の違いはあるものの、受け入れてくれるような微笑に少しホッとする。

 

「ユエさん、ウサギさん……」

「……シア」

「んー」

 

 ユエとウサギの方を向いたシアに、ユエがじっと見返す。ウサギは何かを考えていた。

 

 それから、ユエと何やら結論を出したらしいウサギが……ふわりと笑って両手を広げ。

 

「お姉ちゃんと、ハグしよ」

「……おいで」

「っ、ユエさぁ〜ん! ウサギさぁ〜ん!」

 

 二人の胸に飛び込んでいくシア。

 

 女の子座りでひしっと二人の腰に手を回し、二人も上から被さるように抱きしめ返した。

 

 その目は慈愛に満ちていて、優しくシアのウサミミを一本ずつ撫でる手つきも優しい。

 

「出会った時は足置きにしてたのに、お姉ちゃん……か。ウサギも丸くなったな」

「最初の頃とか、ほとんどアルバムから顔あげなかったしな」

「首の向きおかしいぞ」

「おっと百八十度違った」

 

 ゴキリと頭の向きを直したシュウジは、俺に祝福するようにふっと笑った。

 

 俺も同じ顔で笑い返して、からかい半分に尋ねる。

 

「この結末を最初から想像してたって?」

「シアさんみたいに未来視ができるわけじゃあないがな」

「はぁ、これで正妻を決める相手が三人……大変だなぁ」

「……美空。お前もありがとな」

「ん……まあ、あれだけ幸せそうな顔だとね」

 

 仕方がない、という感じで笑う美空(後ろに香織が張り付いてる)と一緒に、三人を見て。

 

「お二人ともぉ、私ぃ、やっとぉ……」

「よしよし」

「よく頑張りました。いい子いい子」

「ふぇえええん! 二人とも大好きですぅ! ずっと一緒ですぅ!」

「……俺の時より感極まってないか?」

「しゃーない」

 

 ちょっとだけ羨ましい。いや、嫉妬とかじゃないけど。

 

「次は妾達の番じゃな、香織」

「うーん……なんか最近、私は美空とハジメくんと一緒に居られればそれでいいかなって」

「お、おう。お主もお主で凄いの……まあ、妾もご主人様の方から積極的に攻めてもらえる日を夢見て頑張るがの!」

「ほんとブレないねティオ」

 

 そのブレなさはもっと他のベクトルに振れなかったのか。

 

 まあ、ともあれ……

 

「……ここまでくるとなぁ。あんまり誘惑しないでくれよ?」

「「!」」

 

 あ、テケテン! って音聞こえた。こっちを爛々とした目で見ている。

 

 

 なんだかんだと言って、美空やユエが大切にしている以上、無下に扱うつもりもない。

 

 つまりそれは、シアと同じ工程をたどる可能性もあるわけで……ほんと、いつからこうなった。

 

 ラノベの中のハーレム主人公に中指を立ててた頃が少しだけ恋しくなった。大変だったんだな、お前ら。

 

「あ、あの!」

「ん?」

 

 上ずった声に相槌を返しながら視線を定めると、やや緊張した様子の谷口が俺の前にいた。

 

 隣には同じような表情の坂上もいて、なんか真面目そうな雰囲気だったので一応姿勢を正してやる。

 

「そういやお前らもいたな。わざわざここにいるって事は、なんか用でもあんのか?」

「南雲くん。あのね……次の大迷宮、私達も連れて行ってください! お願いします!」

「俺からも頼む、南雲。次も同行させてくれ!」

 

 ほぼシンクロした動きで、谷口と坂上は頭を下げてきた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 気がつけば、八重樫や天之河も真剣な表情で坂上達を見ている。

 

「……とりあえず、最初から二人セットが前提なのは置いといて」

「ふにゃっ!?」

 

 おい、置いとくって言っただろ。そこで顔赤くすんな、話が長引く。

 

「理由を聞こうか。大樹の迷宮をクリアしたからと言って、はいそうですかとは頷けない」

「光輝も行くから……ってのは理由にもならねえよな」

「当たり前だ筋肉バカ。というかそいつは俺もよくわからんうちに決定したんだよ」

「おお、ちゃんと筋肉つけられた!」

 

 いや、反応するのそこかよ……

 

「……南雲くんが、日本に私達も連れ帰ってくれるのは感謝してる。でも、恵里のことまでは手伝ってくれないよね?」

「ああ、中村か……あれ、中里だっけ?」

 

 こいつらが付いてくる要因にもなった、王国でのことを思い返す。

 

 あの時見た中川……中町? は、完全に()()()やつの目をしていた。清水よりもっと手遅れだ。

 

 正直あの様子だと、次に何か仕掛けてきたらそのまま撃ち殺してしまいそうではある。

 

「それに、あいつも確か《獣》なんだろ?」

「ああ、確かにそう聞いた」

 

 天之河が、沈鬱な表情で頷く。

 

 シュウジを殺すため、エヒトが眷属とした異界の戦士達。

 

 シュウジが決着をつけたランダ、あれから姿を見ない紅煉。帝国の傲慢の獣と、大樹で撃退したキルバス。

 

 事情聴取した限りでは、中山もその《獣》の一柱であるという。

 

「こいつの命を狙うなら、俺の敵でもある。それ以上敵対は避けない」

「避けられない、じゃなくて避けないんだ……」

「まあ、今のハジメだしね」

 

 あそこまでいってると、もう救いようがないようにも思えるしなぁ……

 

「そう、だよね……でもね、鈴はもう一度恵里と会って、ちゃんとお話がしたい。その為には、きっと一つだけじゃ力が足りないの」

 

 切羽詰まった……いや、覚悟を決めたような顔で、谷口は語る。

 

 ……友のために、か。

 

 

 坂上が一歩踏み出して、谷口の肩に手を置く。

 

「俺は鈴を守るって誓ったからな。恵里がどういう対応をするにせよ、こいつを常に背中に庇ってやるために力が必要なんだ」

「龍っち……」

「次の大迷宮を乗り越えたら、お前魔人族の領に行くんだろ? だったら、なおさら一緒に行くしかねえな」

 

 真剣な表情で言う坂上に、見上げてぽわんとした顔で見惚れる谷口。

 

 なんでサラッと惚気るのこいつら。ほら、八重樫とか香織もなんとも言えない笑い方してるぞ。

 

 あとシュウジ、録音するのはやめてさしあげろ。こういうの後でめっちゃ後悔するから。

 

「で、天之河。一応お前がリーダーだろ? いいのか?」

「俺も目的は同じだからな。どうせ、やる事は変わらない」

 

 ……こいつも随分と肝が座ったな。

 

「どう思う、シュウジ?」

「んー、どうせ次は【シュネー雪原】だからな。魔人族は絶対絡んでくるし。そもそもそのアホ面連れてくのに、この二人置いてくのは変じゃね?」

「は?」

「あ?」

「こら二人とも、喧嘩しない」

 

 またメンチ切りを始めたのはともかく、確かにそうか。

 

 あの謎の力の件もあるが、何かと猪突猛進な天之河のストッパー役は多いほうがいい。

 

 

 それにシュウジの言う通り、大迷宮である【氷雪洞窟】は南大陸の東側。

 

 魔人族の国ガーランドは大陸中央、あのフリードが神代魔法を取得したことからも洞窟の位置を知っているのは明白。

 

 であれば、あちらにいる中西と話し合うにせよ最後は殺しあうにせよ、連れてくのは別に手間じゃない。

 

「もう一度確認するぞ、谷口、坂上。中越とのことが、結果的に辛いことになっても来るか?」

「恵里の名字は中村だぞ、南雲」

「うん。それでね、もし、もし恵里を説得できたら……その時は、恵里も一緒に日本に帰してほしい! お願いします!」

 

 バッと、また頭を下げる谷口。

 

 無言で坂上も、あまつさえ八重樫や香織、天之河も頭を下げ、俺に懇願した。

 

 

 しばし、静寂が訪れる。

 

 俺は頭を下げた五人をしばらく見つめ、それから隣に立つ男を見上げてアイコンタクトを送った。

 

 

 聞いたのは、エヒトを倒したとしてその眷属の呪いは解除されるのか? というもの。

 

 それに対してシュウジは頷き……しかし、その後に帽子で目元を隠すと、静かに首を横に振った。

 

 ……そうか、()()()()()()なのか。

 

 

 その情報と、健気に、必死に頼み込む姿勢を見せる五人をもう一度最後に見て。

 

 それから美空やユエ達を見ると、わかっているという風に頷かれたので。

 

「……連れて来た時」

『……?』

「その時まだ敵意や害意を持っていようものなら、その場で射殺する。それが条件だ」

 

 我ながら心底嫌そうに告げれば、勢いよく顔を上げた谷口は目を輝かせた。

 

「南雲くん、ありがとぉ!」

「やったな、鈴!」

「うん、うんっ!」

 

 感極まった谷口が坂上に抱きつき、ビクッとした坂上はややぎこちない手つきで背中を撫でる。

 

 後でまたビンタするんだろうなぁと思っていると、こちらに戻って来た香織と八重樫が小さく頭を下げる。

 

「ありがとね、二人とも」

「私からもありがとう」

「気にすんな。さっきも言ったが、何かあればすぐに殺す」

「ま、少なくとも俺には憎悪マックスだろうがね。あいつ、なんか知らないけどそこのバカタレを俺が変えたとか思ってるらしいし」

「あながち間違いでもないよ、北野」

「うるせえタコスミ目の中にぶち込むぞ」

 

 あの二人は放っておくとして……俺も甘くなったなぁ。

 

 

 まあ、どうせ最後の神代魔法を手に入れたとしても、帰還までは時間がかかる。

 

 帰還用の概念魔法、エヒトのような輩の再召喚を防ぐ用の概念魔法。

 

 

 

 

 

 そして──シュウジの〝抹消〟を取り除き、寿命を元に戻すための概念魔法。

 

 

 

 

 

 これらを作り出すまでの間ならば、こいつらが何をしようと構いはしない。

 

「ん、寛容」

「そんなハジメも、素敵?」

「ですね、ウサギさん!」

「割と優しいとこ残ってるじゃん、ハジメ」

「全く、ご主人様はツンデレじゃなぁ〜」

 

 微笑ましげな眼差しと言葉を向けてくるユエ達から目線を逸らすと、クスクスと笑う。

 

 

 

 色々と気になることはあるが……まあ、最後の大迷宮もサクッと攻略するか。

 

 




これで8章は終わりです。

読んでいただき、ありがとうございます。

いよいよ終盤、だな……


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【幕間】
孤狼の懐古


祝!200話到達!

いやぁ、随分と長く書いてるなぁと。

今回は某老人の話。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

「……心地良い騒がしさだな」

 

 フェアベルゲンの街、その中でも最も高い樹木の天辺の枝に座り込んだ男は優しげに呟く。

 

 ジジ、と音を立て光る錆色の右目は、ここから少し遠く……賑やかに騒ぐ少年少女達を見ている。

 

 

 再び抱きつく兎人族の少女を受け止め、意地悪く笑いからかう女達にそっぽを向く少年。

 

 凛とした少女に寄り添われ、少年を野次馬根性丸出しでニヤニヤと笑う男。

 

 予想外の変化を見せた少年と、もう70に差し掛かろうかという男から見れば可愛らしい恋をする少年少女。

 

 それを見て、ふっと懐かしむように笑った男は片目の機能を停止し、目を閉じて小さく呟く。

 

「……俺は、あの未来は描けなかったな」

 

 古い記憶から呼び起こされるは、結局想いに応えることもできず、置き去りにしてしまった人。

 

 

 いつも快活に、どんなことにもへこたれずに自分にその心を伝えてくれた少女の笑顔を思い出す。

 

 思えば自分がここまで走り続けられたのも、彼女の〝未来は不確定〟という言葉があったからかもしれない。

 

 

 そうしてもう一度先ほどの光景を思い出して……やはり、とても懐かしそうに言うのだ。

 

「この世界線は、俺がなんとかしてやる。だからお前は幸せになれ……シア」

 

 ああ、こうして名前を呼ぶのも随分と久しぶりのことのように感じる。

 

 

 そんな気持ちになったからだろうか。ふと、男は目を閉じたまま左手をこめかみに当てる。

 

 すると左手に幾何学的な赤い線が走り、こめかみに同じ色の丸いマークが表示された。

 

 まるで古いパソコンのように()()()()音を立て、光を増していくマーク。

 

 

 やがてそれが最高潮に達した時、男は周囲の雰囲気が変わったことを体感する。

 

 ゆっくりと目を開けると……そこは霧の向こうから夕陽の降り注ぐフェアベルゲンではなかった。

 

 それとは全く対照的な、薄暗い闇の中。

 

 まるでどこかの地下施設、あるいはそこら中に転がった青写真やアーティファクトの数々を見れば、研究室か。

 

 

 精巧に25年前の記憶を再現したホログラムに、男は部屋の中心にある作業台の方に視線を向ける。

 

「錬成……錬成、錬成……ッ!」

 

 そこに、一人の男がいた。

 

 長方形のテーブルのような作業台の上に乗った()()()()()に両手を向け、必死に言葉を紡ぐ。

 

 随分と錆色に近くなってしまった赤い光を放出しながら、繰り返し繰り返し自分の最も得意な詠唱を口にして。

 

「っはぁ、はぁっ!」

 

 けれど、魔力切れを起こしたのだろう。激しく荒い息を吐いて膝をついた。

 

 光も消え、結局一度も動くことのなかった人型はボロボロと崩れて砂に変わる。

 

「……クソ。クソ、クソ、クソクソクソぉ!!!」

 

 呼吸が落ち着いて、第一声は激しい怒りに満ちた罵倒。

 

 骨格を模した、中身の剥き出しになった左の握った義手を作業台の縁に叩きつけひしゃげさせる。

 

 それさえも今の状態では負担なのだろう。また肩を上下させ、鉄の拳を握った。

 

「……これじゃあ、ダメだ。俺やカインの残留思念から受け取った記憶だけじゃあ、蘇生できない」

 

 独り言のように、失敗を嘆く自分。

 

 それを眺め、こんなこともあったと笑む男。

 

「肉体を錬成しても、中身がなきゃすぐに壊れる……やっぱり、実際に行って記録を取らないと」

 

 ゆっくりと顔を上げる昔の自分。

 

 

 それは……あまりに酷かった。

 

 

 若い頃に色を失った髪も同じ色の髭も伸び放題で、まったく清潔ではない。

 

 ヨレヨレのシャツとズボンは穴が空いていて、もう一着を着回して何十年になっただろう。

 

 左の足は左腕と同じように、根元から骨格を模した義足に変わり。

 

 ……グリグリと動き、錆色の光を放つ金属の目が埋まった右の顔も、同じようになっていた。

 

 

 その飢えた両目は、目の前のものとは別の台の上に置かれた黒い時計型のアーティファクトを見る。

 

「あれをうまく使えば……あいつだけじゃない、あいつに関わる因果全てをコピーすれば……」

 

 作業台を支えに、おぼつかない足取りで台に行って、〝ブランクウォッチ〟を手に取る自分。

 

 

 時間と記憶、魂と過去。

 

 

 25年もの探求と研究の末に行き着き、生み出した概念魔法の結晶体。

 

 最初は、ある男を復活させるために作った無数のアーティファクト、アプローチの一つに過ぎなかった。

 

 最終的には、たった今諦めた〝肉体の錬成とそこからの記憶の再構築〟以外に唯一残った手段になった。 

 

 

 二つの研究のうち一つが失敗したならば、あとはもう一方に賭けるしかない。

 

 そう思った当時の自分は、固く〝ブランクウォッチ〟を握りしめ──

 

「っ!?」

 

 その時、研究室に警告音が鳴り響く。

 

「……来たか」

 

 これは記憶の再生である以上、先を知っている男は監視カメラのモニターを見る。

 

 

 すると、この研究室に辿り着くまでの迷宮のごとき複雑な回廊に侵入者が入り込んでいた。

 

 仕掛けた数々のトラップ、配置したゴーレムや魔物達が、彼女たちによって瞬く間に壊されていく。

 

 

 回廊の中で荒れ狂う()()()()が、トラップをことごとく飲み込む。

 

 一緒に飛び回るうちの一人が()()()()()と共に魔物を粉砕し、続く()()()()()()が道を開く。

 

 黒い極光が後ろから挟撃するゴーレムを焼き尽くし、銀色の雨が残りを分解し尽くしていく。

 

 黄金の戦士と小柄な女が、彼女らの疲労を癒している女をトラップから守って、黒い巨人が暴力を撒き散らす。

 

 ……そして、先頭に立つ女が全ての障害を手に携えた刀で一刀両断し、皆で進んだ。

 

「……はっ、今回は結構長く隠れられたんだが。さすがはあいつらだ」

 

 刻一刻と迫る侵入者に、けれど当時の自分は髭面で少し嬉しそうに笑った。

 

 

 しかし、やるべきことはちゃんとやる。

 

 魔力が回復し、体調が良好になった自分は、先ほどとは裏腹に力強い足取りで室内を歩き出す。

 

 この当時はまだ体は若々しく、四十を超えていてもかつて別の世界で旅をした時と遜色がなかった。

 

 まるで老人のように見えるのは、余裕がないことでまったく気にしていない、この見た目のせいだ。

 

 

 迷いない足取りでテーブルの一つに歩み寄った自分は、そこにあった装置のスイッチを押した。

 

 途端に研究室内が仄かに赤く輝き、次々と物が装置にはめ込まれた指輪に収納されていく。

 

 

 

 ドンッ! ドゴォッ! 

 

 

 

 その間にも、刻一刻と破壊音はここに迫ってくる。

 

 焦ることなく、男は瞬く間に自分の積み重ねた研究物を全て収納し終え、装置から指輪を外し。

 

 

 

 ドッガァアアアアアン!!!

 

 

 

 次の瞬間、凄まじい破壊音とともに出入り口の扉が吹き飛んだ。

 

 殺風景になった室内に、砂埃と一緒に何年かぶりに新しい風が暴力的に吹き込んでくる。

 

 当時の吹けば飛びそうなボロ服と、伸ばしっぱなしの白髪が揺れた。勿論男の方に影響はない。

 

「……激しいノックだな」

 

 静かな声音で呟き、風通しのよくなった出入り口を見る自分。

 

 朦々と立ち込めていた煙が晴れ、侵入者達の姿が露わになる。

 

 

 グラマラスなスタイルをした、流れるような金髪と鮮烈な赤い瞳を持った、天上の美姫。

 

 

 肩に大きな戦鎚を担ぎ、歳を重ねて逞しい美しさを増した、ウサミミの妙齢の美女。

 

 

 姿の変わらない、もう一人の兎耳の女や銀翼の女、着物の女、恋人で幼馴染だった女。

 

 

 黒い巨人の姿とは裏腹に、小柄なスーツ姿の初老の女性に、同じような体格の女と黄金のスーツを纏った男。

 

 

 そして、先頭に立つのは──かつては一つに纏めていた髪をバッサリと肩口で切り揃えた、女侍。

 

 

 彼女らは一様に、隙のない戦闘態勢で構え……それ以上に、悲しそうな目で自分を見た。

 

「5年ぶりね、■■くん」

「ああ。相変わらず若々しくて元気だな」

「そう言う貴方は、随分と世捨て人っぽさが増したわね」

「もう25年だからな。立派な世捨て人だ」

 

 ネビュラガスの影響か、二十代前半に等しい若々しい顔に苦渋を浮かべる女侍。

 

 自分は指輪を握りしめ、いつでも逃げられるよう準備をしながら、作業台に寄りかかる。

 

「いい加減、諦めてくれ。毎回こうも壊されちゃかなわん」

「それはこっちの台詞よ……お願い、■■くん。もうこんなことやめて」

 

 切っ先を突きつけていた刀を下ろし、酷く弱々しい声で訴える女。

 

 まだまだ若かった自分は少しだけ目元を動かすが、髭面を横に振ってそれを拒絶した。

 

「どうして……もう、十分苦しんだじゃない。みんなで頑張って、力を振り絞って……でも、駄目だったじゃない」

 

 度重なる実験で、徐々に機械にすり替わっていく自分の体を見てそう言う女。

 

 当時の自分は、その目線を受けた時こう思ったものだ。

 

 

 

 お前が一番あいつに会いたいだろ、()()()──と。

 

 

 

「だからこそだよ。たとえ俺一人だろうと、あいつは絶対に生き返らせる。そうしてみせる」

 

 どんなにすり減っても、削れても変わることのない強靭な意志で、縋るように言う女を遠ざける。

 

 何度この問答を繰り返しただろうか、女も20年以上変わらない自分の答えに、顔を悲痛に歪めて。

 

 女の後ろにいた……こんな馬鹿な自分を何十年も引き戻そうとしてくれる女達も、同じ顔をする。

 

「あと一歩のところまで来たんだ。過去に戻って、あいつを()()する。そして、あいつを呼び戻す」

「……■■■、やめて。そんなことをしても■■■■は戻らない。たとえ成功しても、それは……」

「別の世界、別の未来になる。そうだろ、■■?」

 

 説得しようとした美姫に先回りして答えを言えば、彼女は口を噤んでしまった。

 

「■■■さん、そこまでわかってるのに、なんで……」

「……諦められるわけ、ないだろ」

 

 絞り出すように、髭の間から怨嗟にも等しい執念を込めた言葉を紡ぐ。

 

 問いかけてきたウサミミの女は、気圧されたように一歩下がって、もう一人に受け止められた。

 

 そんな彼女達を──かつて〝特別〟だった少女達に、敵を見るような強い眼光を向ける自分は。

 

 

 

 きっと、どうしようもない愚か者だった。

 

 

 

「あいつに、何も返せてない。感謝の一言も言えてない。それなのに、どうしてたかが数十年で諦められるんだよ」

「でもっ、■■■くん!」

「お願いだから戻ってきてよ■■■! ■■■■もあんたがそうなることなんか望んでない!」

「そんなことわかってんだよッ!!!」

 

 銀翼の女と、一番最初に〝特別〟になった女に激白する。

 

 

 

 ああそうだ、そうだろうとも。

 

 

 

 あいつはこんなこと望んでない。自分がこんな惨めな姿になってまで蘇らせようとなんてしても、きっと怒るだろう。

 

 何をやっているんだと。お前にゃもっと大切なものが山ができるほどあるだろ? と、笑いながら言うだろう。

 

 

 

()()()()()()()! 

 

 

 

「俺は走り続ける! あいつが生きる未来を掴むまで、たとえこの意思の断片までデータになったとしても! そのためなら、お前達さえ敵に回す!」

 

 指輪から今の愛銃の試作品を召喚し、女達に銃口を向ける。

 

 彼女らは息を呑み……どこまでも追い詰められた自分に、きっと呆れた。

 

「■■くん……」

「■■■……」

「■■■さん……」

「……■■■」

「……わかってる。お前らが俺を同情で助けようとしてるんじゃないっていうのは」

 

 少しだけ、銃を握る手が震えて。

 

 

 

「だけどさ……もう、これしかないんだよ」

 

 

 

 ドンッ!! 

 

 

 

 その言葉と共に、素早く下に向けた銃口から転移弾を発砲した。

 

 床に開いた小型のゲートの先は、あらかじめ設定した新たな隠れ家。

 

 そこに向かって自分は落ちていき、女達は驚きながらも手を伸ばして──

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 その時、不意に鑑賞していた男の方に異変が起きた。

 

 突然表情を歪め、それによって異常をきたした義眼はホログラムの投影を中断させてしまう。

 

 周囲の風景が元に戻り、いつの間にか夜の帳が降りているフェアベルゲンが男を出迎えた。

 

「ぐぅ……!」

 

 服の上から右胸を押さえ、痛みに耐えながらシャツのボタンを千切るように外す。

 

 そして顕になった、年齢離れした鋼のような右の胸筋に手を触れると……ドロリと皮膚が溶けた。

 

 

 いや、違う。まるで流水のように皮膚に擬態させていたものが解除され、自ら退いたのだ。

 

 これ幸いと、男は胸の中にあったものを左手で掴み取り、火花を散らすそれを外に出す。

 

 

《デッ、デデデデデテ電王! デッデッデッ、デデ………………》

 

 

 激しく光の点滅を繰り返し、花火のように火の粉を散らす時計型アーティファクト。

 

 男がこの時代に存在するための要の一つであるそれは、今にも壊れそうなことが明らかだった。

 

「くっ、俺の歴史に存在しないことが起こった影響か……!」

 

 悪態をつきながら、懐から取り出した黒いウォッチを壊れかけた〝電王ウォッチ〟に重ねる。

 

 すると、黒い方のウォッチの表面に時計が浮かび上がり、針が回っていった。

 

 そして一周した瞬間光り輝き──半壊状態のウォッチと全く同じものに変化した。

 

 

《電王!》

 

 

 素早く新生したウォッチを起動し、胸の中に戻す。

 

 すると瞬く間に痛みは引いていき、身体中に走っていた虚無感のようなものが薄れていく。

 

「ふぅ……危ない。あと少しで消滅するところだった」

 

 筋肉の擬態を元に戻し、襟元を正した男は手の中で完全に壊れたウォッチを見てぼやく。

 

「崩壊が思ったより早い……つまり未来の変化が加速してるってことか?」

 

 上着のポケットから懐中時計を取り出して蓋を開けば、その針の位置はもう四分の三を超えている。

 

 既に膨大な記録の七割以上を完了していることに笑み、時計を懐に戻した男はふと動きを止めた。

 

「…………そこにいるのはカムか」

「はっ」

 

 姿は見えず、されど男の言葉にはっきりと答える声。

 

「今ので気配が漏れた、か……すぐに攻撃しないということは、俺が誰だかわかっているな?」

「当たり前でございます。我らがボスは、たとえどのような姿になろうともボスただ一人なのですから」

「ははっ。そうだ、お前はそうだったよな……」

 

 また懐かしい気持ちに襲われながらも、男は姿を消しているカムに語りかける。

 

「どんな気分だ? 自分の娘がようやく想いを成就したのは」

「感無量、でございます。この時を()()()待っていましたから」

「ああ。実に幸せそうだ」

 

 もう一度義眼のカメラを起動し、広場にまだいるハジメ達を観察する。

 

 かなり離れているが、カムも同じものを見ているのだろう。嬉しそうな雰囲気が伝わってきた。

 

「このまま、ずっと幸せになれるといいがな」

「ボスならばきっと、そうしてくれるでしょう」

「相変わらず信頼が厚い……昔は妙に感じたが、今や俺の方が年上だからかな。心地よく感じる」

「はっ。ありがたき幸せ」

 

 律儀に答えるカムに、なんだかおかしくなって笑う男。

 

 こうして誰かとなんでもないように何かを話すのは、ほぼ五十年ぶりのことだ。

 

「まあ、せいぜいあの笑顔を絶やさないでくれればいいさ。あいつのためにも、この世界のシアのためにも……俺が全部救う」

 

 独り言のように、この五十年変わらず抱き続けた決意を呟く男。

 

 それに対して、カムは──

 

 

 

 

 

「ええ、我々もお力添えしますボス──()()()()

「っ!?」

 

 

 

 

 

 カムの気配が潜んでいた方を振り向く男。

 

 しかし、そこには既に誰もおらず、気配は最初からいなかったように完全に消えていた。

 

「…………まさか、な」

 

 

 

 

 その場所を、しばし男は見つめていた。

 





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憤怒の根源

今回はアベルの話。

ちゃんと敵キャラにも理由付けしないとね。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

三人称 SIDE

 

 

 

 ……彼が生まれた時、最初に見えたのは暗闇だった。

 

 

 

 否、何も見えはしなかった。彼は生まれつきその目に光を持っていなかったのだ。

 

 まだ自我すらもない中、最初の産声は原始的、本能的な暗黒への恐怖でさえあったかもしれない。

 

 

 もしも貧しかったのならば、そのまま死ぬ確率のほうが高かっただろう。

 

 幸いだったことは、彼の親がそれなりに高名な学者と魔法使いであり、裕福な家だったこと。

 

 人として最初から欠落を持ち生まれた男は、不自由ながらも恵まれた環境に生まれることができた。

 

 

 

 そうして生まれも育ちも良い男は、目が不自由ながらも心優しく育ちました。

 

 

 

 ──などというのは、とても稀なこと。

 

 たしかに生まれは良かった。父も母も盲目の息子であっても疎うことなく愛そうとした。

 

 だが、()()はそうはいかない。

 

 

 

 あの二人の子供ならば、とても優れた子が生まれるはずだ。

 

 

 

 あの二人の子供ならば、きっとなんの欠点もないに違いない。

 

 

 

 彼らを知る者や友人、親達の抱いた勝手な期待、勝手な願望、押し付けがましい理由。

 

 そんな身勝手な人間達が、目の見えぬ赤子をそれだけの理由で落胆し、見下し、蔑んだ。

 

 

 ああ、あるいは彼らに妬み嫉みを抱いていたものはこう思ったかもしれない。

 

 

 

 ──奴らに付け入る隙ができた、と。

 

 

 

 結局、個人に対する認識とは大衆の意思によって決定され、固着していくものだ。

 

 彼の両親がどれだけ愛を注ごうとも、そんな醜い者達によってそれを上回る悪意を受け続けた。

 

 当時の世界はまだまだ選民意識が抜けず、互いに良家の下に生まれた両親もまたそれに囚われていた。

 

 

 しかし、それでも彼らの育て方が間違っていたわけでは決してなかった。

 

 そんな子を育ててなんになると、いっそのこと殺してしまえと、人とは思えない所業を勧める馬鹿もいた。

 

 だがそんな怪物の心を持つ者達に屈することなく、両親はあくまで普通の子として彼を育てた。

 

 

 おかげで、目が見えないだけで傷つけ、罵る愚か者達に囲まれながらも、彼は人を信じる心を失わず。

 

 ただ常々〝心優しい両親〟と〝醜い大衆〟を比べ、心の中に一つの疑問を抱くようになった。 

 

 

 何故正しき人が傷つき、悪しき者達がのうのうとその悪意を隠すことなく振る舞うのだろう? 

 

 父は言った。人が優しくあるのは、正しく物事を見極め、人と向き合うためであると。

 

 母は言った。己の盲目は欠点などではなく、見てくれでなく心で人を見つめる為なのだと。

 

 

 ……だが両親の言葉とは裏腹に、どれだけ彼が誠実であろうとしても、努力しても、彼らは悪意を止めない。

 

 むしろ、欠陥品が意地汚いと、無駄な努力を重ねていると嘲笑し、踏みにじった。

 

 

 ……本当に、本当に彼の両親は善人であった。

 

 けれど覆い被さるような無限の悪意には、その善意はあまりに少なくて。

 

 だから、呑み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の両親は、彼らの親によって殺されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夫婦は、彼以外に子供をもうけることをしなかった。

 

 優秀な子を残せと前時代的なことをのたまう愚かな親達の言葉を無視し、彼だけを愛した。

 

 ただでさえ苦悩する息子が、自分の兄弟や姉妹と比べられでもすれば、それはとても悲しいことだ。

 

 

 そんな純粋な愛情故に、彼らは親の差し向けた刺客に殺された。

 

 無残な姿になった父と母を見て呆然とする彼に、その刺客達は凶刃を向けた。

 

 

 

 彼は逃げた。二人の亡骸を置いて、生きるために逃げ延びた。

 

 父と母の親に高額な報酬で雇われた刺客達は、執拗に彼を追ってきた。

 

 

 金のため、家の面子のため、自分達の傲りを保つため、存在を消そうとした。

 

 そんな仕打ちに、少しずつ狂っていた彼の心は……怒りに満ちた。

 

 

 彼は、理不尽な世界に激しく怒った。

 

 自分ではなく、正しく生きていた両親を飲み込んだ理不尽を気が狂うほど嫌った。

 

 同時に悟った。

 

 悪意は消えない。正義は執行されることはない。

 

 

 

 

 

 公平だ! この狂おしいほど理不尽に満ちた世界の善と悪を、公平にしなくてはならない! 

 

 

 

 

 

 故にこそ、粛清を。

 

 一の善を塗りつぶす百の悪を、悉く滅ぼし尽くしてやる。

 

 

 その為に、彼は逃げながら力を付けた。

 

 生前父と母に関わりのあった者は、最も信用できない。

 

 むしろ、祖父母に力を貸しさえするかもしれない。

 

 

 だからこそ、生前の両親に無視できない借りがある人物を見つけ、その下で剣の腕を磨いた。

 

 この諸悪の根源である忌まわしい盲目(欠点)を埋める為に禁書に手を出した。

 

 己の憤怒を糧にライオットを生み出し、何人も悪人を殺して〝人を殺す術〟を高め。

 

 

 悪の粛清という名の復讐が、始まった。

 

 まず自分や父達に対する心無い行いを扇動した者達を、二度と同じ真似ができないように脅し。

 

 また両親の死を利用して利を得た者達、こればかりはどうしても許せずに殺した。

 

 それから、両親を殺した刺客達も殺した。

 

 中には家族を人質に取られ脅されて、と言う者もいた。それが真実の場合のみ見逃した。

 

 

 最後の一人、リーダー格の終わりは滑稽なものだった。

 

 

 彼を殺し損ねたものの、両親を始末して受け取った莫大な金で豪遊に耽り、すっかり鈍っていたのだ。

 

 殺さないでくれと、金ならいくらでも払うと懇願する矮小な悪人を殺した。

 

 

 それは、冷めぬ憤怒の炎を燃やし続けるための自己満足だったのかもしれない。

 

 自分を傷つけていた者達が、大手を振って掲げていたのと同じ、〝正義〟という妄言だったのかもしれない。

 

 

 それでもいい。

 

 自分一人がこの世で最も極悪となろうとも、この悪辣な悪を滅ぼせるならば。

 

 その果て、百の悪人の骸の上に、自分の両親のような善人の命を守れるならば。

 

 進み、悪を以って悪を断罪し、粛清し続けた。

 

 

 そして、ようやくまだ彼が生きていることに気がついた両親の親達、祖父母の前に立った。

 

 

 こんな者達でも、一応はあの優しい両親の親達だ。

 

 たとえ裏で悪逆に手を染め、善良な人々を食い物にしていたとしても、それでも一度は望みをかけた。

 

 

 しかし、返ってきたのは恐怖と侮蔑に満ちた罵声。

 

 

 お前など生まれなければ良かった、お前を産んだ両親は最低の愚か者だと。

 

 そう罵る祖父母の首を跳ねるために剣を振り上げ──けれど、そこで留まった。

 

 

 彼の前に、力をつける中で偶然助け、それから幾度も彼を追いかけてきた女が立った。

 

 両親を思い出させる、か弱くも正しい女は、憎しみに染まった彼に訴えた。

 

 

 

 

 

〝あなたは、この人達と同じようになりたいの?〟

 

 

 

 

 

 その言葉に、両親の顔を思い出した。

 

 激しい葛藤、荒れ狂う負の感情と僅かに残った理性との闘いの末……彼は、剣を下ろした。

 

 それから祖父母を悪党と同じように脅し、女と一緒にその影響が及ばない地に行った。

 

 

 復讐が、終わった。

 

 

 その後は、祖父母の悪行によって人生を狂わされた人々を助けることに邁進した。

 

 

 

 〝弱きに救いを、強きに終わりを。正しきに報いを、悪しきに罰を〟

 

 

 

 かつては憎しみ、変容した信条を胸に、自分の家族が行った所業の償いにできうる限りのことをした。

 

 

 その旅の中で彼はやがて女を愛し、子を設けた。

 

 それは男に愛する心と、両親がああまでして自分を育てた愛情を学ばせることになった。

 

 やがて、その果てのない憎しみをようやく消えた時──ある者が彼の前に現れた。

 

 

 

 そう、〝世界の殺意〟だ。

 

 

 

 〝それ〟は人ではなく、人々に蔑まれ、後ろ指を刺されたはずの伝承の怪物だった。

 

 されど、醜くも美しい心を持った〝それ〟は世界の調停者に選ばれ、そして彼を後継に選んだ。

 

 話を聞き、彼は疑問に思った。

 

 だって自分は悪人だ、とても世界のバランスを保つような仕事のできる人物ではない。

 

 

 復讐と償いに捧げた38年の人生で、彼は人の醜い部分をこれでもかと見せつけられた。

 

 誰も彼もが自分こそが世界で一番正しいという顔をして、平気で誰かの幸福を奪う。

 

 それと同じことだと自覚しながらも、復讐のために手を少なくない血で染めた。

 

 

 そんな自分が、と。

 

 

 だが、〝世界の殺意〟は力ばかりで選ばれはしないことを彼は知らなかった。

 

 彼の悪を憎む心、理不尽を許せぬ義憤の心。

 

 悪という汚名に沈もうとも、決して消えぬ誇り……先代は正確に彼の心の奥底にあるものを見抜いた。

 

 

 結果的に、先代に残された残りの数年をかけての説得に彼は応じ、〝世界の殺意〟を継いだ。

 

 彼を畏怖していた者達の……そして、何より大切な愛する女と子の記憶からも消え、世界の従者になった。

 

 悲しい別れだった。自分を修羅の道から救ってくれた彼女の中から消えるのは。

 

 

 

 それでも決意し、彼がその心の瞳で見たものは──人の、強く逞しい営み。

 

 

 

 屈辱と悪意に塗れた半生が、ただ人の一端に過ぎないことを理解した。

 

 目の見えぬ彼は、暗闇だけが唯一の世界だったが……千年の時が、その価値観を大きく変えた。

 

 一人の女から学び、少しだけ知っていた光ある世界の側面。

 

 

 守らねばならぬ。彼女と我が子が生きる、残酷ながらも美しいこの世界を。

 

 

 彼はそう思った。

 

 醜悪な処刑人に成り下がった自分には都合の良すぎることだが、そうしなければならない。

 

 自分が相手をしていた悪人達よりもっと強大な、この世界そのものの欠陥から、人々を守護する。

 

 そのことに真の存在意義を見出した彼は、世界意思の命ずるままに数々のバグと戦った。

 

 

 そうして100年、300年と経過していき……やがて、彼にも終わりの時がやってきた。

 

 後継者を探し、流浪の旅をして……そして、見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 土砂降りの雨の中、文字通りの血の沼にたった一人で立ち尽くす男を。

 

 

 

 

 

 

 

 初めて男に会った時、彼は心の底から震えた。

 

 見えずとも、それが誰だかわかってしまった。

 

 近づき、頬に手を当てれば、自分と瓜二つの顔にそれは確信に変わった。

 

 

 男は、自分の子孫だった。

 

 その姿はどこまでも機械的、非人間的。かつての自分を見ているような錯覚に陥り、困惑した。

 

 何があった。自分が愛した、あの心優しい女の産んだ子の子孫が、どうしてこのような姿に。

 

 激しく戸惑った彼は、兎にも角にもこの強靭無比な力を持つ自分の子孫を救わねばならぬと思った。

 

 

 そして、自分の血を受け継いだ子孫達がどのような家を作り上げたのかを知った。

 

 まるで、妄執の塊。

 

 傲慢にも自分達こそが正義の執行者だと思い込み、己の手でマッチポンプ式に悪を生み出しては摘み取る。

 

 

 しかも、その家を興したのは我が子であるというではないか。

 

 妻の名前はなかった。

 

 きっと自分が消えた後、どうやったのか祖父母が二人を見つけて、我が子を奪ったのだろう。

 

 

 彼は嘆いた。

 

 あの時確かに彼女は自分を救ってくれたが、それでもあの悪党共は殺すべきだった。

 

 念入りに、執拗に、あの時冷たくなった父母と同じ目に合わせるべきだった。

 

 

 だからこそ、彼は決めた。この子孫を後継者にし──己の最後の血縁にすると。

 

 

 彼は、男に懸命に世界の美しい部分を教え続けた。

 

 かつて妻が自分にそうしてくれたように、先代の〝世界の殺意〟がやってくれたように。

 

 まるで自分でもう一度自分を育てているような気分だったが、それでも彼はやり遂げた。

 

 

 感情を教え、もはや取り返しのつかない自分の子孫達を消し、〝世界の殺意〟を受け継がせ。

 

 

 やっと、終わった。

 

 

 

 最後の瞬間、苦しみはなかった。

 

 

 

 ただ一人の子孫以外の誰からも忘れられたままの最後が、怒りに己を燃やした自分に相応しいと思いながら。

 

 

 

 長い長い、気の遠くなるような粛清と守護の日々に終わりを迎え──だが、目覚めた。

 

 

 

 やっと妻の、両親の元へ行けると思った矢先に呪いで叩き起こされ、別の世界に召喚された。

 

 そうしてみたら、どうだ。

 

 

 

 まだ愚かな、利己的な〝正義〟という名の妄執が続いているではないか。

 

 

 

 たった一人救おうと思った子孫は罪を犯し、その償いとして死して世界を守り。

 

 しかし、その覚悟は未練に取り憑かれた女神に穢された。

 

 あまつさえ、女神は蘇った自分の子孫を好き放題に弄り、別の人間を生み出した。

 

 

 

 

 

 ああ──どこまで、自分は怒ればいいのだ。

 

 

 

 

 

 あとどれほど憤怒に心をくべ、走り続ければいいのだ。

 

 一体いつになったら、自分の祖父母から始まった愚かな行いは終わるのだ? 

 

 

 ……けれど、それが運命というのならば受け入れよう。

 

 この今にも首を撥ねてやりたい、醜悪極まる神の手先となり、獣になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我が名はアベル。憤怒に焼かれた獣。かつて平等なる善と悪を求めた者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この命の最後の一片、灰と燃え尽きるまで──怒り続けようではないか。

 




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大義の騎士

今回はメルドさんの話。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

 まるで、湖を揺蕩っているような気分だった。

 

 

 

 自分が大きなものに溶け込んでいくような、自我が薄れていくような、危うげな感覚。

 

 それに引きずり込まれないよう、自分の存在を維持しながら、じっと目を閉じて待ち続ける。

 

 

 こうしていると、彼は自分が背負っているもの全てを忘れられるような気がした。

 

 王国への裏切り、自分のためにスマッシュになってしまった部下達、異界の子供達に拳を向けたこと……

 

 

 そして、自分が何より大切に思っていた女性に、背を向けてしまったこと。

 

 

 この世界の人々の、王国の民の……ひいては彼女のためと、大義の裏に苦悩を隠して。

 

 それでも、たとえこの身を人で無くしたとしても、きっといつか──

 

「ネビュラガスの投与、肉体への浸透、完了しました」

 

 そんな時、ひどく無機質な声が聞こえる。

 

 同時に、自分を包み込んでいた浮遊感が一気に抜け、現実に引き戻される感覚。

 

 泡沫の眠りに別れを告げる時だ。彼はゆっくりと、自らその浅い夢から飛び立っていき。

 

 

 ガコン、と音を立てて何かが開けられる。

 

 それは自分を包み込んでいた物の蓋であり、開封されたことで自分と一緒に詰まっていたものが漏れ出す。

 

 自分の体に収まりきらなかった分なのか、〝箱〟の縁を伝って地面を這い回る紫色のガス。

 

 次の瞬間、ガッとその縁を太い五本の指が掴んだ。

 

「…………」

 

 体を起こしていく。

 

 全身にくまなく紫煙……()()()()()()を浸透させるため、下着一枚しか着けていない。

 

 巌のように鍛え抜かれた肉体の、至る所に残る傷跡は、彼がくぐり抜けてきた戦いの証。

 

 それでもきっと、今この瞬間の方が命を失うリスクは高かったのだろうと思うと複雑だ。

 

「……うまくいったのか」

「はい。高濃度ネビュラガス、完全に定着。あなたはまた強くなりました──メルド・ロギンス」

「……そうか」

 

 ガスマスク、というらしい器具と白衣に身を包んだ研究員の言葉に、静かに頷く。

 

 箱の縁から手を離し、ぐっと握りこぶしを作る。

 

 すると、確かにこの人体実験を受ける前より強くなっている気がした。

 

 

 ふと、あの夜自分に大逆転を見せた一人の少年を思い出す。

 

 年を比べればずっと子供の彼は、愛情一つで絶対に越えられない壁を超え、自分をのして見せた。

 

 初めてのライダーとの戦い、加えてスタークの横槍もあった。

 

 とはいえ、あの時確かにメルドは負けたのだ。

 

「……次に会った時は負けんぞ、龍太郎」

 

 大義を為すまでは、自分に笑顔は許されぬ。

 

 そう決意したはずの彼の口元には、わずかにだが確かな微笑が浮かんでいた。

 

「少しお休みください。自分で感じている以上に、実験で体力を消耗している」

「それには及ばん。すぐにこの力に慣れなくては」

「いけません。休んでください」

「……カイル」

 

 いつの間にか、研究員の声には熱がこもっていた。

 

 ガスマスクで隠されて見えないが、その瞳だけは無機質ではなく、確かにメルドを案じている。

 

「あなたは背負いすぎている。もう俺達が立ち止まれないとしても、それでも休むくらいは許されるはずだ」

「っ……」

 

 かつては騎士団の中でも魔法が得意で、そのために研究班に回された部下の思いに息が詰まった。

 

 しばらく無言で視線の応酬が続き……やがてメルドは、諦めたように息を吐くと視線を落とした。

 

「……わかった」

「着替えはあちらに用意してあります。鎧は一時的に預かっておきますので」

「お節介焼きだな」

「団長ほどじゃありません」

 

 そうか、と短く答えて、立ち上がったメルドは台の上に置かれた服を着る。

 

 

 妙に着心地の良い、黒に赤縁のスーツとロングコートを羽織り、研究室を後にする。

 

 そして扉を閉めた際、ガラスに映り込んだ自分の顔を見てポツリと呟く。

 

「……だいぶ髭が伸びたな」

 

 そろそろ剃らなければいけないか、と髭をさすりながら踵を返そうとしたところで、前から人がやってくる。

 

 その人物を見て、ここ数ヶ月で鉄面皮が板についたメルドも眉を顰める他になかった。

 

「……恵里」

「やっほー団長さん。気分はどう?」

「……お前こそどうなんだ」

「僕? あはははは、そりゃもう最悪に悪いよ」

 

 あの夜の屈辱がまだ冷めやらぬのか、その少女……中村恵里は嗤いながら目を鋭くする。

 

 その後ろには護衛のつもりか、あえて感情を封じた自分や部下と違い能面のような顔の兵士が二人いる。

 

 傀儡。そう瞬時に察したメルドは、色々な意味で無駄な置物だ、と彼らを哀れに思った。

 

「その割に、体の調子は良さそうだな」

「まあね〜。エヒト様にもらった獣としての体とスマッシュの技術、あとはフリードの神代魔法でね〜」

 

 ひらひらとユエの魔法に切り飛ばされたはずの右腕を振る恵里。

 

 女らしい細いその手は、しかし同じようにヒトではなくなったメルドには……怪物の手に見えた。

 

 その視線に恵里は目ざとく気が付き、ふふっと酷く冷たい声で嗤う。

 

「そういえば、あの女……えーとなんだっけ? セン、セン……」

「……セントレアだ」

「あーそうそう、そんな名前だったっけ。どう? 僕の力なら、わざわざ回りくどいことしなくても君のものに──」

 

 ガチャリ、と突きつけられるネビュラスチームガン。

 

 メルド自身が知覚するよりも早くスーツの中にあったそれを取り出し、恵里の眉間に突きつける。

 

 その指はもう引き金にかかっており……だと言うのに、恵里は愉しそうに嗤っているだけだ。

 

「……それ以上は言うな。俺はお前を殺すしかなくなる」

「わからないなぁ〜。エヒトの()()が達成されれば、全部滅んじゃうのに。それなら綺麗なうちに人形にしてあげた方が慈悲じゃない?」

「……頼む。この引き金を引かせないでくれ」

「…………ふぅん。相変わらず反吐が出るよ、その甘さ」

 

 意思を変えないメルドに興味を失ったか、恵里はストンと表情を落として踵を返した。

 

 それに伴いついていく傀儡二人と、一見普通の少女に見える後ろ姿を見送り、銃を下ろす。

 

「……いつから、こうなってしまったのだろうな」

 

 

 セントレアと出かけた日、スタークに目を付けられた時だろうか? 

 

 

 この世界の真実を聞き、仮面ライダーとなった時だろうか? 

 

 

 王都の襲撃にあたって恵里の本性を知った時? 

 

 

 それとも、恵里にも魔人族にも……エヒトにさえも隠した、()()()()()()()に乗った時か。

 

 

「……わからないが、随分と遠くに来てしまった」

 

 セントレアと二人、ただ楽しさだけで剣を振るっていた頃が懐かしい。

 

 出来るならば、何よりも居心地の良かったあの頃に戻りたい……そんな風にさえ思えてしまう。

 

「……何を日和っているんだ、俺は。あいつをこそ守るために戦っているんだろう」

 

 たとえ、騎士として恥ずべき裏切りをしたとしても。

 

 離れてようやく気がついた、愛しい女の悲しそうな顔が頭から離れなくても。

 

 それでもメルド・ロギンスは戦うと決めた。

 

 

 仮面ライダー、ローグとして。

 

 

「……ん?」

 

 センチメンタルな気分になっていると、不意に物音がした気がした。

 

 音のした気がする方を見ると、メルドの視界に廊下の角に消えていく毒針のようなものが映る。

 

「……呼び出しか」

 

 ネビュラスチームガンをポケットに仕舞い、メルドは歩き始めた。

 

 

 カツカツと、緩やかなカーブを描く廊下を歩く。

 

 この場所の形状は謎だ。歩いていると気がつけば上の階にいる時もあれば、出口にいる時もある。

 

 それも仕方あるまい、何せあのような()()()()()()()()の作り出した〝タワー〟なのだから。

 

 

 それでもいつかは着くだろうと前だけを見て歩いていると、突然隣の壁が光り輝く。

 

 足を止め、そちらを見ると、長方形を縦にした形に壁に亀裂が走り、赤い光が漏れていた。

 

 瞬く間にその壁が規則的に崩壊・変形をしていき、上へ登る階段が現れる。

 

「……なるほど、そっちか」

 

 迷いなく中に入り、階段を登り始めると入口が背後で閉まった。

 

 気にすることなく螺旋状の階段を登り続け、メルドはこの先にいる人物の所を目指した。

 

 

 流石に足が疲れてきたところで、ようやく到着する。

 

 

 

 だだっ広く、部屋を支える柱以外は何もない部屋。

 

 

 

 いや、それには多少の語弊があろう。

 

『やっと来たか』

 

 そこにある唯一の立方体、その上に寝転がっていた赤い怪人が体を起こす。

 

 そのままくるりと振り返ると、ダークグリーンのバイザーでメルドの方を見た。

 

『ようメルド、実験はうまくいったようだな?』

「……ああ。代償は高くついたがな」

『せいぜい気を付けろ。龍太郎も同じだが、今のハザードレベルで変身した時、致命的なダメージを受けるとそのままお前は()()()()

「わかっている」

 

 既に覚悟を決めたメルドにスタークは肩を揺らし、それから『よっ』と声を上げて立つ。

 

『今日はお前に面白いものを見せようと思ってな』

「面白いもの?」

 

 スタークは、自分の座っていた立方体に手で触れた。

 

 すると赤い線が走り、変形した立方体は四角柱の形になる。

 

 その上に置かれているのは、全部で三つの色に分かれた六面体──パンドラボックス。

 

『ここに、こいつを使う』

 

 上一枚だけが外れたパンドラボックスを前に、スタークが取り出したのはエボルトリガー。

 

 

 それをパンドラボックスの中に入れると、エボルトリガーが赤いスパークを放ち始める。

 

 やがてそれは形を成していき──新たにあえて失われていた面に黒いパネルが精製された。

 

『久しぶりだな、ブラックパネル』

「それは……」

 

 パネルを外し、手に取ったスターク。

 

 メルドが眉を潜める中で、スタークはどこからともなく取り出した真っ黒なボトルをパネルに挿し込む。

 

 

 すると、漆黒のボトルがにわかに光り始め……黒い靄が弾けると、中央の意匠が黄金に輝く蛇に姿を変える。

 

 息を呑むメルド。そんな彼に構わずに、スタークは次々とボトルを〝ブラックパネル〟に挿入した。

 

 蝙蝠、ハサミ、キャッスル、クワガタ、フクロウ……次々とボトルが姿を変え、ロストボトルになっていく。

 

『そして、ついさっき人体実験で完成したばかりのこいつを……』

 

 最後に取り出したのは、CDの意匠があるボトル。

 

 それを挿入して変化させ、計七本のボトルが〝ブラックパネル〟の上に収まった。

 

『あと少しだ。あと少しで()()()への道が開ける』

「……奴に聞かれるぞ」

『この〝パンドラタワー〟は俺の城だ。たとえ神だろうがネズミだろうが、この塔の内外のことは俺の自由に出来る』

「そうか……だが、準備はできたのか?」

『幸い、()()()()のおかげで座標は特定できた。あとは〝力〟さえ手に入れば、いよいよ決戦だ』

 

 ぐっ、と拳を握るメルド。

 

 ついに来たか、という歓喜の思いと、遂に来てしまったか、という悲哀。

 

 相反する二つの感情が入り混じる中でも、たった一つだけ変わらない思いがある。

 

 

(──セントレアを、守る)

 

 

 たとえ後の世に裏切りの騎士として悪名を刻むとしても、それでも悔いはない。

 

 この時のため、愛するものを守るために大義を掲げ、メルドは力を蓄えてきたのだ。

 

「……俺は何をすればいい。そのために呼び出したんだろう?」

『話が早いな。ああそうだ、見ろこれ』

 

 ボトルの並んだブラックパネルを見せつけるスターク。

 

『まだ三つ空いてるだろ? つまりあと三本必要なんだよ』

「……つまり、俺に龍太郎のようにその苗になれと言いたいわけだな」

『さっきも言ったが、お前は次に負けたら終わりだ。引き際を間違えるな』

「……当然だ」

『いい返事だな』

 

 鉄面皮に鋼の意思を露わにしたメルドに歩み寄り、スタークは容赦なく新たなボトルを握った手を胸に突き入れる。

 

 ぐっ、とメルドは苦悶の声を堪え、スタークがしばらく手を蠢かすのをやめるまで待った。

 

『よし、これでいい。あとはお前に次の任務を言い渡す』

「……なんなりと」

『お前は──』

 

 スタークの命令に、メルドは頷き。

 

 

 

 

 

 そしてまた、大義を背負い戦場へと向かった。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回からシュネー。



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人物紹介 パート4

 

 

 ガハルド・D・ヘルシャー

 

 おなじみ、力こそ全て的な野生的な皇帝様。

 特に設定などに変わりはないが、雫を狙っていたためにシュウジの敵認定に入った。

 ハウリア族がプレデター化したため原作よりボコられている。

 

 

 バイアス

 

 ヘルシャー帝国皇太子。原作とほぼ変わりなし。

 何かに魅了され、それ以外の全てへの関心が薄れていた。彼が何に囚われていたのかは今となってはわからない。

 婚約パーティーの前夜、帝都を遊び歩いていたところを赤い怪人にボトルを受け取ったようだが……

 

 

 アルテナ・ハイピスト

 

 森人族の姫。苦労人キャラが板についてきたアルフレリックの孫娘。

 身内と負の感情を抱く相手以外には外面のいいシュウジに、助けられたこともあって一目惚れしかけた。

 が、雫のあまりの貫禄にものの数分で失恋。以降、特にやらかすわけでもなく登場。

 ちなみにシアに偏愛的な友情を向けているのは変わりなし。

 

 

 傲慢の獣

 

 ランダ、紅煉に続いて現れた、第3の獣。

 その身を重厚な鎧で隙間なく包み込み(ぶっちゃけアマゾンネオアルファ)、正体を隠している。

 その戦闘能力は非常に強力で、ある男に敗北したアベルを救出するため【神山】を細切れとした。

 その正体はカインの二番目の弟子、悪魔返りの人食いネルファ。

 彼女は別世界からエヒトに引き寄せられ、トータスに召喚された際に魂に枷のような呪いを刻まれている。

 傲慢にして高貴なる彼女が望むことはただ一つ──この強制された飽くなき飢餓からの解放である。

 

 

 ランダ

 

 嫉妬の獣。

 かつて一人の男に恋をし、されど叶うことを望まなかった哀れな神獣。

 彼女は男の限りある命、その中で輝く信念の光を羨み、焦がれ、憧れた。

 故に、一人の女神の望むままに歪められ、生まれた少年を許すことができなかった。

 だからこそ、彼女の最後が恋した男を女神が捕らえるために作り出した人形によるものだったことは──ある意味、幸福なことだったのだ。

 

 

 カエル

 

 最近影の薄いマスコット。出典はウサビッチから。

 本編だとさらりと説明を済ませていたが、その正体はハッター同様に大迷宮から抜け出したホムンクルス。

 食欲の概念を昇華魔法で極限まで強化され、ありとあらゆるものを喰らい尽くすことができる。

 人間の作った豊富な種類のある料理が気に入っている。

 

 

 〝それ〟

 

 光輝の中に巣食う、何かの力。

 明確な意思でもなく、形ある怪物でもなく。ただその囁きによって宿主を誑かし、入り込み、やがてその力で肉体を奪っていくモノ。

 かつて一人の男が弟子に与えた九の眷属、その怪物たちの一つである。

 獣が愚者の体に埋め込んだそれは、獣自身が自らの目的のために託した種子。

 その芽は既に芽吹いている。

 

 

 リューティリス・ハルツィナ

 

 大樹の大迷宮の創設者にして、解放者達の最後の七人の一人。

 先祖返りであり、神代魔法の一つである昇華魔法を操る。

 どう考えても、試練の内容からして腹黒お姉さん。

 なお、作者は小説版の零の方を履修していないので、個人的な見解である。

 

 



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【第9章】雪原
雪見てると雪見だいふく食べたくならない?


ども、作者です。

ハジメ「俺だ。ついに9章が始まったな」

エボルト「もう直ぐ終わりだと思うと、寂しいねぇ」

シュウジ「最後まで祭りを盛り上げようぜ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる雪原編!」」」


 シュウジ SIDE

 

 

 

 雲海の上を走る、一つの影。

 

 

 

 それは黒くて、太く、とても大きく……この言い方だとイヤらしくなっちゃうね。

 

 とにかく馬鹿デカいワニのような体格の巨大生物……フィーラーが翼を広げ、飛んでいた。

 

 

 向かう先は【シュネー雪原】。

 

 曇天と吹雪に覆われた極寒の地にして、【ライセン大峡谷】にて分かたれた南大陸の東。

 

 大峡谷と魔人族の国ガーランドに挟まれた、そこだけが常に悪天候に包まれた大地の奥にある峡谷。

 

 更にその先に存在する【氷雪洞窟】。

 

 

 最後の大迷宮たるそこが、俺達の次の……そして恐らくは、最後の旅の目的地になる。

 

 当初はハジメのフェルニルで行こうとしてたが、魔力を温存してほしいのでフィーラーに任せ。

 

 

 そしてハジメ達がコテージの中でぬくぬくしてる中、俺だけは外に出て一人で座り込んでいた。

 

「…………」

 

 俺の前に置かれたのは、パンドラボックス。

 

 俺の記憶から60のエレメントを集めて解放したそれは、上のパネルが一枚ない。

 

 パンドラボックスに穴が開くほど見つめながら、俺は逡巡していた。

 

「……よし」

 

 数分。いや、これまで悩んでいた時間を合計すれば一時間も使ったか。

 

 とにかく、しばらくしてやっと覚悟を決めた俺は、異空間に手を入れて物を取り出す。

 

 

 持ち出したのは、赤い災厄のトリガー。

 

 それをしっかりと握りしめ、そしてパンドラボックスの中に自分の左手ごと突っ込んだ。

 

 その瞬間、俺の手が赤く輝いてハザードトリガーに伝播し、パンドラボックスの中でスパークが起こる。

 

「……!」

 

 魂レベルで融合したエボルトの遺伝子がしっかりと反応したことに、俺は目を鋭くした。

 

 手を引き、ボックス内で浮遊するハザードトリガーが発する赤黒いスパークをじっと見つめる。

 

 

 だんだんと数を増やし、光を強くしていくスパークは、やがて形を取りはじめた。

 

 そしてパンドラボックスの上部に集まり──新たに、白いパネルが六枚目として出現した。

 

「……完成だ」

『こいつも懐かしいねぇ』

「聞きたかったんだけど、あの時体内からパネル切り離されてどんな感覚だったん?」

『んー、ケツの穴に腕突っ込まれて腸引き抜かれた感じ』

「いや思ったよりグロテスクな返答!」

『え、クローゼット開いて中で引っかかった服を引っ張り出すって答えた方が良かった?』

「最初からそっちで答えてほしいかったなぁ」

『だが断る!』

「ほんと便利だよなそのセリフ」

 

 ロクな答えをしやがらないエボルトに笑いながら、パネルをボックスから取って空にかざす。

 

 雲海の上であるために、日光を阻むものはなく、純白のパネルは隙間から陽光を差し込ませる。

 

「……これを作った以上、後戻りはできないな」

『それがお前の選択だ。怖気付いたか?』

「まさか。()()()()()()()()()()()に、もう心は決まったさ」

 

 そう、だからこそ俺はハジメ達にああ言ったんだ。

 

 残り少ないタイムリミット、自ら決めたその結末までの短い時間を、精一杯生きたいと。

 

 

 臆病者の俺は、カインのように〝必要な犠牲〟を背負うことはできない。

 

 その重圧は、俺には重すぎるから。

 

「逃げてるだけだとしても、それでも……もう、決めたんだ」

『その愚かな選択の仕方、これだから人間は最高だ』

「おい元ヤン時代が出てるぞ」

『いや表現の仕方ァ!』

 

 いやそんなようなもんだろ。うっすら残ってる桐生戦兎の記憶にあるお前と比べると丸すぎだから。

 

『せめて現役時代と言って』

 

 まさか、肩を壊して引退だなんて……

 

『そうそう、もう二度とボールを投げられないと知った時は……野球選手じゃねえよ!』

 

 よっノリツッコミ宇宙一! 

 

『なんて無駄な称号だ』

 

 光栄に思うがいい。

 

 

「ん?」

 

 ふと気配を感じ、咄嗟に手元に異空間を開いてホワイトパネルを放り込む。

 

 それから後ろを見ると、実はずっとそこに開いてあったブラックホール型のゲートから人が出てきた。

 

 

 顔を出したのは……坂みん。

 

 ほっとする。良かったー、一番目ざとくない鈍いやつで。

 

『地味にディスってて草』

 

 エボルアサシンとは利用目的が比べ物にならないからな。下手したらその場で破壊される。

 

「よう坂みん、特訓はもういいのか?」

「うおっ、いたのか北野。ああ、もう十分だ。ドライバーとツインブレイカーの改良サンキューな」

「なんのなんの」

 

 ハジメが雫の楔丸や自分の装備を強化したように、俺も坂みんのドライバーなどに手をつけた。

 

 神代魔法はカインの記憶にもない、非常に強力な魔法だ。特に昇華魔法は便利さが凄まじい。

 

 ちょちょいと調整しただけだが、以前のグリスよりずっと動きやすくなっているだろう。

 

「そんで、どしたよ? まだ着くまでは時間があるぜ?」

「おお、そうだった」

 

 坂みんはコテージに戻ることなく、俺の前に来るとどっかりと座り込む。

 

 そうすると、ジッと真剣な目で見てきた。

 

『ヤダ告白?』

 

 その場合はお前に流す。

 

『いらねえー』

 

 超興味なさそうじゃん。

 

「実は北野、お前に折り入って頼みがあるんだ」

「何? 恋愛のテクでも教えてほしいの?」

「……実はその通りだ」

 

 ほほう、と自分の顔が意地悪い表情になるのを実感した。

 

 こいつはまた、実にいじりがいのありそうな話題を振り込んできたじゃあないか。

 

 

 坂みんの表情は真剣そのもの、そりゃもう心の底から悩んでるんだろう。

 

 相手は言わずもがな谷ちゃんに違いない。

 

 ここはひとつ、悩める子羊にいたずr……助言を授けてやろうではないか。

 

『性根の悪さが隠し切れてないぞー』

 

 なんのことかわっからないなぁ(棒)

 

「ほら、この前の大迷宮の試練でよ。感情がひっくり返っちまうのがあったろ?」

「あー……うん、あったね」

 

 やっべ。普通に感情がある状態で思い出すと、アレの大群のイメージで気絶しそう。

 

 それは表にはおくびにも出さず、いかにもという顔で坂みんに頷いてみせる。

 

「でよ、その時に心にもないことを鈴に言っちまってよ……ここ数日、ずっと気まずくて」

「互いにごめんなさいしてたよね?」

「そりゃ、ひとしきり反省した後すぐにな。だけどほら、わかんだろ?」

 

 元脳筋のためか、ふわっとした表現で感情を伝えようとしてくる。

 

 その程度は察することができる。

 

 

 いくら言葉で許しを乞うたとしても、本人の葛藤はまた別物という話だ。

 

 相手は表面上は許してくれたかもしれない。だがもしもまだ怒っていたら……そう不安になる。

 

 

 特に今回は、相手の谷ちゃんも同じ状況に置かれているというのがまた気まずさを助長する。

 

 二人ともこれがまともな初恋なのだろう、だからこそ傷つけたくなくて悩んでるのだ。

 

 

 

 ああ、なんて麗しく……実に面白いことか。

 

 

 

 恋愛漫画のようなピュァッピュアの恋愛、ネタキャラとしていじらずになんとする。

 

 こちとらちょっとダークな気分になってたんだ、多少からかっても許されるよな(暴論)

 

「よしわかった。坂みん、お前に秘訣を授けてしんぜよう」

「ほ、本当か! 頼む! 鈴と仲違いしたままは嫌なんだ!」

 

 ガッシリと俺の肩を掴み、声を荒げる坂みん。

 

 うーんこれはからかい甲斐がありすぎて愉悦、さてどう調理してやろうか。

 

『悪魔だこいつ』

 

 ドーモ=クズデス。

 

「いいか坂みん、これは成功したら一発で気まずさはなくなるが、失敗したらもっと仲がこじれる危険もある一手だ」

 

 ゴツい坂みんの両手を外し、真剣な表情を装い、諭すような口調で言い聞かせる。

 

 心底悩んでいる坂みんは、もう笑い転げそうなくらい大真面目な顔で耳を傾けてきた。

 

「それでもやるか?」

「当然だ。心火を燃やしてやり遂げてやる」

「よし、じゃあ実演するからしっかり見とけよ」

 

 エボルトー。

 

『はいはい』

 

 エボルトを分離させ、雫に擬態させると正面から向き合う。

 

 

 そうすると両肩に手を置き、キリッとした顔でその目を見つめた。

 

「しゅ、シュー……? そんなに見つめられると、恥ずかしいわ」

「ぶふぉっ」

 

 無駄に完璧なモノマネに坂みんが吹き出した。

 

 俺も喉元まで笑いがこみ上げてるが、なんとか噛み殺して演技を続ける。

 

「雫。俺はお前のことを心から大切に思ってる。だからどんなことがあっても、俺の気持ちを信じてくれ」

「……ふふ、好き」

「くっ、ふふっ、ふはっ……!」

 

 坂みんが悶絶していた。

 

 つられて口の中までせり上がってきた笑いを全力で飲み込み、エボルトと同時に振り向く。

 

「ってわけだ。こいつをやれば間違いなく関係修復できる(断言)」

「ああそうだ、間違いない(大マジボイス)」

「わ、わかった。お前らがそこまで言うなら間違いないだろうから、やってみるぜ」

 

 まだ笑いが収まらない表情のまま、坂みんは頷く。

 

 谷ちゃんは数十分前に帰ってきている為、そのままコテージの方へと向かっていった。

 

 

「……くっ、ひひひひ」

「ぶっ、ふははははは」

 

 十分に距離が離れたところで、堪え切れなくなって笑った。

 

「おま、無駄にクオリティ高くすんじゃねえよ……!」

「十年間も演技してたんだ、この程度造作もない」

「おいやめろ、雫の姿のままその声で喋るな。脇腹が痛い……!」

「あら、確かにおかしいわね」

 

 ……あっ。

 

 

 二人して横を見ると、そこには坂みん同様に異空間の訓練場から出てきた雫がいた。

 

 エボルトの野郎は一瞬の隙に同化しやがり、俺だけが残される。

 

「どっから見てた?」

「ちょっと前から。また龍太郎がビンタされるまで見えたわ」

 

 会話しながら異空間からテーブルと椅子を取り出し、ついでにタオルと紅茶を差し出す。

 

「ありがと」

 

 座った雫は汗を拭い、紅茶を一口啜った。

 

「ふぅ……」

「坂みんの件怒ってる?」

「怒ってないけど、あまりからかわないであげてちょうだい。鈴の方も一杯一杯だから」

「ああ、中村のことね」

 

 氷雪洞窟の大迷宮もクリアして迎えに行く、か。

 

 あの時の会話を思い返していると、俺の顔を見た雫はなんとも複雑そうな笑い方をした。

 

「わかってる、貴方の言いたいことは……彼女、駄目なんでしょう?」

「……こんな記憶を持ってると、嫌な目敏さも身についちまってね」

 

 ほんと、俺にカインの記憶が目覚めなければまだ希望を持たせてやれたものを。

 

 谷ちゃんや、あのアホタレ勇者達の目指すところの果てはだいたい予測できてしまう。

 

 雫も今、思うところあるって顔してる。あっちではすごい猫被ってたからな、中村。

 

「あっちにいた頃から、貴方と彼女が仲が悪かった理由がわかっちゃったわ。いつからなの?」

「最初からだ。感性が育つ、幼い時に壊れちまったんだろうな」

 

 

 

 何があったのかは知らないし、知ろうとも思わなかった。

 

 

 

 なんなら馬鹿勇者と一緒に、くだらん自己主張押し付けあってろとすら思ってた。

 

「前に、先生から清水くんの時のことを聞いたの。どうにかできない?」

「お前の女神みたいな懐の深さには惚れ直すが、俺にできるのはああいう類の狂人の首を切ることだけだ。すまないが、その期待にだけは答えられない」

「……そう。ごめんなさい、変なことを頼んだわ」

「気にすることないさ」

 

 落ち込む雫にひらひらと手を振り、笑う。

 

 

 そう。いいように操られ、調子に乗ってやらかした清水とは訳が違う。

 

 あれは根っからの狂人。

 

 そこで過ごし、育ってきた環境によって完全に歪んでしまった類の悪人だ。

 

 

 だからこそ組織を作り、その一部に組み込むことでその行動を監視、制限してきた。

 

 しかし、ここまで〝育って〟しまうと、もう刈り取るしかない。

 

 そのことに今更心苦しさを感じるのは、人間の傲慢だな。

 

「それでもあの二人を止めないのは、また嫌がらせ?」

「うん、バカ之河にはそう。けどダチの谷ちゃんには、知っておいてほしいだけだ」

「知る?」

「どんなにやっても救えない、手遅れになっちまった人間がいる、ってことをさ」

 

 ああやって坂みんをけしかけはしたものの、谷ちゃんのことは嫌いではない。

 

 普通に友達くらいには思ってるからこそ、そして彼女にとって中村恵里が大事な相手だからこそ。

 

 

 学んでほしい。この世界にはどうすることもできない悪意があることを。

 

 その悪意に向き合う覚悟が必要なことを。

 

 この世界に来た時、戦うことを選んでしまった意味だということを。

 

「俺は身内には甘いんだ。時にはスパルタにいかないとな」

「辛い役回りね」

「そのうち、こうなるのを知ってたくせにって罵られる覚悟をしとくよ」

 

 ま、多分全然怖くないけど。

 

 

 

 

 

「み"ゃ──────────っ!」

 

 

 

 

 

 乾いた喉を紅茶で潤していると、猫の断末魔みたいな悲鳴が聞こえた。

 

 スパーン!! とここからでも聞こえるくらいの音がコテージから聞こえてきて、雫と顔を見合わせる。

 

「ん、通知だ」

 

 図ったようにポケットが震え、携帯を出して画面を見る。

 

 

『なんてもん見せてくれてんだ(笑)』

 

 

 そんなハジメの一言と共に添えられているのは、一枚の写真。

 

 顔に紅葉を作った坂みんが真っ赤な顔をした谷ちゃんに乗られて、ユエ達が苦笑いしてる。

 

 

『坂上から、〝お前、知ってたくせに騙したな〟だとよ』

 

 

 次のメッセージに、携帯を横から覗いていた雫が小さく吹き出す。

 

「早速言われたわね」

「だな」

 

 

 

 

 

 そんな風に、空の旅は進んだ。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。




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雪があったらやることは一つ……そう、戦いだ!

二月かそこらで終わる…かな?

ハジメ「俺だ。前回は茶番を見せられたな」

鈴「龍っちのバカバカバカ! 超恥ずかしかったんだから!」

龍太郎「お、俺が悪いかぁ!?」

エボルト「騙される方も悪いってな。今回はどうやら到着したみたいだぞ。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」」


 シュウジ SIDE

 

 

 

 しばらくすると、不意にフィーラーが降下を始めた。

 

「ん、大迷宮の存在を嗅ぎつけたか。そろそろ中に戻ろう」

「ええ」

 

 諸々の家具を片付け、雫と一緒にコテージの方に戻る。

 

 中にはソファーに腰掛けてイチャついてるハジメとシアさん、それを微笑ましく見守る女性陣。

 

 他にも床に転がる変態、互いに赤い顔してるカップルもどき、勇者(失笑)などなど。

 

「よう、戻ってきたか」

「うーっす。坂みんは上手くいったみたいだな?」

「どこがだこの野郎……」

 

 おっと睨まれたぞ。だが私は謝らない。 

 

 

 

 オオオォオオオオ…………

 

 

 

「っと、フィーラーが雲を突き抜けたみたいだな」

「うお、すごい吹雪だな」

 

 ハジメの言葉に、全員がコテージの窓の方を見る。

 

 外は猛吹雪であり、エ・リヒトで広場ごと隔離しているから問題ないが、今にもコテージが揺れだしそうだ。

 

「ティオは平気かい? 変温動物だったりする?」

「確かに寒いのは苦手じゃが、トカゲと同じ扱いとは……ご主人様程ではないが、良い弄りじゃ」

「グリューエンじゃこいつに乗ったまま行けたが、洞窟だとそうもいかなそうだからな。ちゃんと防寒用アーティファクトを用意してよかった」

「ん、ハジメのお手製」

「素敵、だね」

「だよね〜、雪の結晶がモチーフだなんて」

「おしゃれですよねっ!」

「えへへ、ハジメくんからの贈り物のうえ、美空とお揃い……」

 

 きゃっきゃとはしゃぐ女性陣。〝特別〟の四人のアーティファクトは特に作りが凝っている。

 

 ちなみにティオだけ雪だるま型で明らかに区別されてた。まあハァハァしてるから問題ないよネ! 

 

「ねえ南雲くん、なんで鈴達のはこんな形なのかなぁ?」

「いや、まあ可愛いんだけどよ。恥ずかしいっつうか……」

「互いの顔を模したアップリケ型とは、ハジメもわかってるねぇ」

 

 ピンで服に固定されたそれにニヤリと笑うと、二人が顔を真っ赤にする。

 

 ンンン愉悦ッ! 

 

『麻婆豆腐食いたくなってきた』

 

 ちょうど寒いし、今日の晩飯はとびきり辛いのにするか。

 

「それなら安心だろ。色々な意味で」

「ううー! 南雲くんと北野っちがいじめるよぉ!」

「っとと。ま、まあ機能はちゃんとしてるし……」

「……シズシズはいいよね。そのブローチに付与されてるんだから」

 

 ジト目で谷ちゃんが雫を見上げる。

 

 雫に関しては俺があのブローチに付与して、魔力を流すと起動する仕組みとした。

 

 ちなみに発動時は雪結晶のように半透明の水色に変わるオシャレ仕様(自画自賛)

 

「ふふ、まあね」

「うあー!」

「雫、その表情で言っても鈴がもっと怒るだけだぞ……」

 

 両手を振り上げる谷ちゃん、呆れるアホ之河(こいつのアーティファクトの元はカムさんの尿路◯石)。

 

 

 そうこうするうちに、フィーラーはいよいよ目的地へとたどり着く。

 

 大きな大地の割れ目が幾筋にも広がったそこは、【氷雪洞窟】に続く氷の迷路、【氷雪の峡谷】である。

 

 悠々とフィーラーで迷宮の大部分はカットし、最深部近くまで短縮できた。

 

 

 しかしながら、ある程度のところまで止まる。

 

 そして広場を固定する鎖に取り付けたカメラから、下の様子を見た。

 

「ん、ここからは峡谷の幅が狭くなってる」

「下に降りて、地上から行くしかなさそうだな」

「一キロちょいってとこか。よーし全員降りるぞー」

 

 フィーラーに指示を出し、峡谷にその極太の四肢でまたがる形で着地させる。

 

 揺れが完全に収まるまで待ち、全員一応厚手のコートを着込んで広場に出た。

 

「うわぁ! これが雪ですか! すごいですねぇ!」

 

 お、シアさんが目を輝かせている。まるで電車の外の風景に目が釘付けになった子供みたいだ。

 

『そりゃあ当たり前だろう。あんな鬱蒼とした樹海の中で生きてたんだからな』

 

 生まれは樹海、育ちはハジメ(バグ化)ってとこか。

 

「…………」

「シアさんを抱きしめたいの我慢してる?」

「……わかってんだったら言うんじゃねえよ」

 

 ガリガリと頭をかいて照れ隠しするハジメ。まるで反応の仕方が違うなぁ。

 

 しかしながら、視線はエ・リヒトの外に広がる銀世界に目を輝かせるシアさんから動かない。

 

 ユエ達も微笑ましく、またほっこりとした目でいた。

 

 

 そんなリアクションもそこそこに、コテージを異空間に仕舞ってエ・リヒトを解除する。

 

 途端に吹雪が吹き付けて、全員慌てて目深にフードを被った。

 

 それから広場のギミックを発動し、フィーラーの背中の上から下まで続く階段を展開させる。

 

 

 降りてみれば、広がっているのは一面の雪景色。

 

 厳しい吹雪があるとはいえ、それでも滅多に見られないほどの光景にシアさんが飛び出した。

 

「ヒャッホウですぅ! これが雪なんですねぇ! シャクシャクしますぅ! なのにフワッフワですぅ!」

 

 おーおー、全力ではしゃいでいる。

 

 ハジメと美空も昔あんな感じだったなぁ。雪合戦とか楽しかっなんか後頭部に当たった。

 

「ちべたい……やったなハジメ」

 

 後ろを振り向くと、両手に雪玉を持ったハジメが不敵に笑っていた。

 

「ふっ、雪があるなら当たり前だろ?」

「ならば俺にも考えがあるぞ」

 

 ステッキを取り出し、トンと足元の雪に当てる。

 

 重力魔法が起動し、ひとりでにいくつかの雪玉が作り出されて宙に浮かび上がる。

 

 それを見たハジメはニヤリと笑い、半身を引いて両腕を構えた。

 

「やるか?」

「ああ、やるね」

「よろしい、ならば聖戦だ!」

「望むところ!」

 

 かくして唐突な雪合戦が始まった。

 

 脈絡? そんなものこの作品に最初からないわ間抜けめ! 

 

「ったく、あの二人は何やってるんだか……」

「えいっ」

「……やったわね香織!」

「きゃー♪」

「せっかくだから、私達も少し楽しみましょうか」

「う、うん」

「っしゃおら、小学校一の実力者と呼ばれた俺の腕前を見せつけてやるぜ!」

「北野がいるとまるで緊張感がないな……」

 

 すぐに雫達も参戦し、全員楽しく遊びましたとさ。

 

 あ、勇者は徹底的に狙った。なんなら倒れたところを、雪を重力魔法で操って前方後円墳にしてやった。

 

 他にもハジメと合作でガ◯ダム作ったり、カマクラ作って餅食ったり、坂みんが雪だるまになったり。

 

 これも大迷宮攻略前に英気を養うためなのだ(棒)。

 

 

『徹頭徹尾建前だな』

 

 

 ひとしきり遊んで満足してから、峡谷に降りることにする。

 

「それで、どう降りる?」

「俺はメ◯ー・ポピンズ式で行くけど」

 

 ステッキを掲げて見せると、ふむと考えるハジメ。

 

「何を悩んでるんですか、お二方!」

 

 するとそこで、峡谷の淵にシアさんがガッと足をかけた。

 

「ここは根性一発! 女は度胸!」

「おい待てシア、お前まさか……」

「これぞ! ウサギのド根性ぉおおおお!」

 

 ハジメが制する暇も無く、まだハイテンション状態だったシアさんは峡谷に飛び込んだ。

 

 バグった身体能力にものを言わせ、女気? 溢れる一言と一緒に奈落の底に落ちていくウサギが一匹。

 

「ん、いいアイデア」

 

 続けて追いかけるようにウサギが飛び込み、いよいよ顔を見合わせた俺達は苦笑いした。

 

 シアさん逞しくなったわー。ハジメに魔物へ投擲されてた頃が懐かしい。

 

「じゃ、先行ってるわ」

「おう、俺も後から追いかける」

 

 踵を返したハジメも、躊躇なく数百メートルはありそうな谷底に向かって飛び降りる。

 

 続けてユエも跳躍し、それを見届けた俺は隣にいた雫を横抱きにする。

 

「それじゃあお前ら、チャオ!」

 

 ステッキの傘モードを展開し、そこに飛行魔法を組み合わせて後ろ向きに飛び降りる。

 

 雫は悲鳴をあげることもなく、ぎゅっと俺の首に両手を回し、顔を見つめてきた。

 

「◯リー・ポピンズって勇気のある女性だったのね」

「環境が百八十度違うけどな」

「そりゃ、こんな地獄への入り口みたいなとこじゃないでしょ」

 

 横から聞こえた声に二人で振り返ると、翼を生やした白っちゃんに抱えられた美空がいる。

 

 なるほど、そういう手段をとったか。ていうか白っちゃんの表情怪しくない?

 

『ペロッ……これはっ、百合の香り!?』

 

 なんで今舐めた。

 

「それじゃお先に〜」

「下で待ってるね、シューくん、雫ちゃん!」

 

 速度を上げて降下していった二人を見下ろし、立て続けに上からまた音がした。

 

 今度は誰だと見上げると、片手にプロペラ生やしたグリス(坂みん)が谷ちゃん背負って来てた。

 

「ひゃああああ! 怖い怖い怖いっ!?」

『暴れるなよ鈴、危ねえから』

「た、頼りにしてるからね龍っち!」

『おう、任せとけ!』

 

 必死な顔でしがみつく谷ちゃんと男気ある坂みんが行き、そしてようやくの沈黙。

 

 さて、これで全員か。俺達もさっさと下に降りることにしよう(棒)

 

『呼吸をするように存在を消される勇者』

 

 そんなやついたっけ? 

 

 

「ほい、到着っと」

 

 安全飛行で降りること数分、谷底にたどり着いてゆっくりと着地する。

 

 傘をステッキに戻して雫を下ろし、正面を見ると全員が揃っている。

 

「よし、行こうか」

「ストップシュー、お願いだからあと五分だけ待ってあげて」

「え、誰を? 何を?」

 

 即答するとあら不思議、雫が苦笑いするじゃあありませんか。

 

 うーんなんでこんな顔してるんだろうなー全然これっぽっちも理由が思い浮かばないなー。

 

「……なんちゃってね」

「え?」

 

 グッと雫を抱き寄せ、数歩分その場から後退する。

 

 次の瞬間、ドスン! と音を立てて何かが着地を決め、粉雪が舞った。

 

『粉ぁああ雪ぃいいいいい!』

 

 言うと思った(笑)

 

「……ふぅ。思ったより高かったな」

 

 雪が吹雪の中に解け、姿を現したのはあの口の集合体を背中から出したバカ之介。

 

 翼の形に〝それ〟を変形させた奴は、ゆっくりと立ち上がると苦い顔をした。

 

「……この着地の仕方、膝に悪いことがよくわかった」

「スーパーヒーロー着地は負担が大きいからな。ザマアミロ」

「はは、こんな時も嫌味か」

 

 チッ、余裕そうな顔なのが腹たつ。

 

「よいしょっと」

「うわっ!」

 

 とりあえず足が痛いらしいバカには、膝カックン(ローキック)を膝裏にかましてすっ転ばせといた。

 

 もんどり打ったアホを放っておき、やれやれって顔で見ているハジメ達のところに行く。

 

「じゃ、進もうか」

「ああ。方向は……こっちだな」

 

 羅針盤を片手にハジメが歩き始め、俺達もそれについていった。

 

 

 いくつか枝分かれしている道を、ハジメは時折羅針盤を確認しながら迷いなく進む。

 

 雪に覆われていた上と違い、周囲はむき出しの氷の壁で覆われ、中には凍りついたものが入っている。

 

 常識だが冷たい空気は下に溜まるので気温自体は低く、アーティファクトをつけていても肌寒い。

 

「うう、これ普通にきたら凍え死んじゃいますね」

「しかも進むほどに強くなってやがるな……ティオ、風を散らしてくれ」

「承知した」

 

 ハジメの頼みでティオが魔力を練り始めるが、それに文字通り「待った!」をかける声。

 

「ここは鈴にやらせて!」

「ふむ? どうするご主人様?」

「まあ、訓練の成果も見たいところだしな。好きにやれ」

「ありがと南雲くん、クラルスさん!」

 

 両手にハジメの作った鉄扇を持ち、鼻息も荒く前に出る谷ちゃん。

 

 ぶっちゃけエボルになればこの程度の環境変容させられるが、さて。

 

「お手並み拝見ってとこだな」

「おう、鈴はすごいぜ」

 

 あらやだこの筋肉ダルマ、わざわざ隣に来て惚気てきたわ。

 

「ん? どうした北野?」

「えっと、祝義いる?」

「は?」

「こら」

 

 雫に怒られたのでからかうのをやめ、黄色いオーラを纏う谷ちゃんの方に目線を戻した。

 

 

 あの鉄扇にはいくつかの神代魔法や能力、谷ちゃんの血に反応する詠唱省略機能がある。

 

 おまけに谷ちゃん自身が昇華魔法を手に入れたので、その能力を自分自身で向上させられるのだ。

 

 結構な代物なので、扱うために自分も武器の使い方も鍛えていたわけだが。

 

 

 

「いくよ──〝聖絶・散〟!!」

 

 

 

 その腕前は、見事の一言に尽きた。

 

 淡い光を放つ半透明の障壁が出現し、それは勢いよく前方に放射状に広がっていく。

 

 結界とエネルギー分散の魔法、二つ同時に発動して、更に昇華魔法でその効果を上昇させている。

 

 

 それは前からくる暴風と真正面から衝突し、見事に威力を散らして脇へと追いやった。

 

「……ん、悪くない」

「お、ユエのお墨付きか。良かったな谷口」

「えへへ、ありがと」

 

 振り返った谷ちゃんは笑い、それからこっち……というか隣の彼氏(個人的解釈です)を見る。

 

 そしてグッといい顔でサムズアップした。

 

 坂みんもいい顔でサムズアップし、これはもう付き合ってますね(確信)

 

「やっぱり今からお金包んでおいたほうが……」

「あ、できればあっちの金で頼むわ」

「さっきの聞こえてたんかい」

 

 坂みんもなかなか強かさを増してきた。

 

 

 とにかく、谷ちゃんの快挙により断然楽になった道を進んでいった。

 

 暴風を機にすることなくのんびりと進んでいると、先頭のハジメが足を止める。

 

「……あれか?」

 

 俺達も止まり、ハジメの視線の先を確認。

 

 すると、二等辺三角形のような形に綺麗に氷壁に縦割れがあった。

 

「ん、間違いない。こっちの情報でもあそこだ」

「そうか……だが、どうやら厄介な客がいるみたいだな」

「え?」

 

 後ろでアホが声を上げる。

 

 それとは違い、ユエ達は既に臨戦態勢をとって、縦割れの前に仁王立ちする影を睨んだ。

 

 恐る恐る、緊迫した表情の谷ちゃんが風を散らすことで、舞い散る雪を消して。

 

 

 

 

 

「──待っていたぞ、お前達」

 

 

 

 

 

 そこに立つメルさんに、息を呑んだ。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回、リベンジマッチ。



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リベンジマッチ

ついに今年も最後の月か…

ハジメ「俺だ。前回は雪合戦してたな」

エボルト「この作品に本来、シリアスなんてないはずだからな」

シュウジ「最近シリアス路線に乗せてる作者が悪い。さて、今回はライダーVSライダーだ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」


 シュウジ SIDE

 

 

 

 吹雪の中に佇む、一人の偉丈夫。

 

 

 

 鎧の上から黒衣を纏い、巌のように表情は固く。

 

 

 

 メルド・ロギンス。かつて王国の騎士団長だった彼は、迷宮の入り口の前に立ち塞がっていた。

 

「メルドさん……!?」

「あんたがどうしてここに……」

 

 バカと坂みんが驚いたように言う。

 

 ……ははあ。どうやらあっちの〝アイツ〟が最終準備に取り掛かったらしい。

 

 俺は何も言わずに、硬い表情をする雫の手を握りながら静観することに決めた。

 

「……どうやら一人みたいだな」

 

 隣でハジメが探知系の技能を使ったのか、小さく呟く。

 

 そうだろうとも。メルさんの目的が()()の精製なら、外野はいらない。

 

「……いや、どうしてなんて言うのは今更だよな。あんたは魔人族についた。なら、ここにいるのもおかしくねえ」

「……ここを通りたくば、俺を倒してみせろ」

 

 最初に正気に戻ったのは坂みん。

 

 ドンナーを抜きかけていたハジメの肩に手を置き、メルさんの前に立つ。

 

「龍太郎!」

「下がってろ光輝! この人とは俺が戦う!」

 

 こちらに振り向き、ギロリと睨み付ける目が怖いこと怖いこと。

 

 アホ勇者は足踏みをし、ハジメも覚悟の程を悟ったか、ホルスターにドンナーを戻して腕組みをした。

 

 その意味を察した坂みんは笑い、メルドさんに向き直る。

 

「あん時のリベンジマッチといこうぜ、メルドさん」

「……最後に勝ったのはお前だ。だが、今回は負けん」

 

 メルさんがスクラッシュドライバーを取り出し、腰に装着した。

 

 鉄面皮のメルさんに、坂みんも若干複雑そうな顔をしながらもドライバーを腰に巻く。

 

「悪いなメルドさん、俺にも負けられねえ〝理由〟があるんだ」

「っ!」

 

 後ろで谷ちゃんが息を呑むのが聞こえる。

 

 全員の視線がそっちにいきかけたところで、ふっとメルさんが笑った。

 

「……なるほど、理由か」

「てことでもう一回、あんたをぶん殴らせてもらう!」

「──やってみろ」

 

 

ロボット・ゼリー!

 

 

クロコダイルッ!

 

 

「変身」

「変身っ!」

 

 同時に叫び、レバーを下ろす。

 

 雪原に二つのビーカーが出現し、それぞれヴァリアブルゼリーで満たされていき。

 

 

ロボットィイングリスゥ! ブゥラァッ!

 

 

クロコダイルインローグ! オォラァッ!

 

 

「心火を燃やして、ぶっ潰す!」

「──大義のための犠牲となれ」

 

 変身を完了し、グリスがツインブレイカーを両手に突進していった。

 

「くっ……!」

「光輝、あれは……」

「わかってる、雫。邪魔をしちゃいけない……よな」

「……さて。どっちが勝つと思う?」

「ん、まあ引き分けだな」

 

 即答すると、ハジメ達が訝しげに見てきた。

 

「どういうことだ?」

「前に聞いた話じゃ、この前の王国の時に坂みんは強制的にハザードレベルを引き上げてる。おまけに、これまでの戦いの中での感情の高ぶりでさらに上がってるんだ」

「それがいけないことなのか?」

「なんにだって限度があるって話さ。もし変身した状態で致命的なダメージを負ったら──そのまま消滅する。多分メルさんもな」

 

 それを聞いて、雫達坂みんの幼馴染組が絶望的な表情になった。

 

 谷ちゃんに至っては顔色が青を通り越して真っ白になっており、今に倒れてもおかしくはない。

 

 さしものハジメ達も驚いたのか、若干瞠目しているが……

 

「ほれ、見てみろ」

 

 激しく戦っている二人を指差す。

 

『オラァッ!』

『ぐぅっ!』

 

 大きな一撃が入るたびに、互いの体から舞う黄金と紫の光。

 

 それは命の粒子。

 

 すなわち──今この瞬間でさえも、ハザードレベルが上昇していることを示している。

 

「と、止めないとっ!」

「止めるさ」

「え?」

「言ったろ、引き分けって。二人とも負けりゃ死ぬのがわかってるんだ、限界間近で止めるさ」

「そんなのわからないじゃないかっ!」

 

 あーハイハイうるさいのが出てきたよ。俺が対策してないはずもないだろうに。

 

「もしもの時は俺が止める。だから大人しくしとけ、猪突猛進勇者」

「っ……わかった。信じるからな、その言葉」

「この世で一番信用しちゃいけねえのは笑顔の悪党だよ、正義の味方クン」

 

 悔しげに歯噛みしながらも引き下がった勇者を遠回しに拒否り、それから俺は二人を見た。

 

 

 事情を知ってる俺からすれば、所詮これは茶番劇に過ぎない。

 

 熱くなってる本人達には悪いが、筋書きの決められた、結末が確定されている戦いだ。

 

 

 だがしかし、俺にだって人情くらいはある。まだかろうじて。

 

 坂みんは友人だし、メルさんにも色々とやっているが、エヒト殺しが終われば解放する。

 

 だからあの二人が下手に死なないよう、ドライバーにある程度の数値が出たら変身が解除される小細工を施してある。

 

 

『それ大分ギリギリのやつの表現だぞ』

 

 

 え、ギリギリチャンバラ? 

 

 

『言ってねえよ』

 

 

 つまり、これは見せ物──ショーなのだ。

 

 ハラハラしている雫達には悪いが、しばらく観戦を楽しませてもらうことにしよう。

 

 

『ドラァッ!』

『フンッ!』

 

 

 グリスとローグの攻防は激化の一途を辿っている。

 

 嵐のような、というか実際に黄金のエネルギーを纏って猛攻を繰り出すグリス。

 

 一方で、その凄まじい勢いの攻撃をスチームブレード一本で的確に防ぎ、もう一方の拳で反撃するローグ。

 

 

 

 どちらも変身能力を手に入れた当時より遥かに速く、強い。

 

 スクラッシュドライバーによる変身者のハザードレベルの限界は凡そ5.5。

 

 

 見るだけでわかる。確実にハザードレベルがどちらも5.0を超えているだろう。

 

『どうした、そんなものか……!』

『ンなわけねえだろ!』

 

 一歩も引かず、攻撃の余波だけで吹雪を弾き飛ばしながら刃を交える。

 

「お願い龍っち、勝って……!」

「鈴……」

 

 祈るように両手を重ねる谷ちゃんに、白っちゃんが肩に手を置く。

 

 ……これ、自分に告白してもらうためにかい? ってからかったら殴られるかな? 

 

 

『好奇心は北野シュウジを殺すぞ』

 

 

 だよnおいなんで俺に限定した。

 

 

『ぐ、腕を上げたな……』

『そう言うあんたは剣筋が鈍いぜ? 寝ぼけてんのか?』

『……舐めるな』

 

 ん、あれは……ダイヤモンドフルボトルか。

 

 

《ディスチャージボトル! 潰れな〜い!》

 

 

『ハッ!』

『くっ!?』

 

 

《ディスチャージクラッシュ!》

 

 

 ローグの光り輝く拳を受け、グリスのツインブレイカーの一つがひしゃげる。

 

 おお、昇華魔法でかなり硬度を強化したつもりだったんだが。思ったよりメルさんのスペックが向上してるな。

 

『拳を握る理由があるのは、お前だけではない!』

『ぐっ、がはっ!?』

 

 その後はローグのターンとなり、ブレードと併用して、ダイヤモンドフルボトルの力で硬質化した拳を振るう。

 

 グリスもツインブレイカーでなんとかいなしているが、数発痛いのがボディーに入っていた。

 

 明らかに力負けしている。ハザードレベルはローグの方が上か。

 

『どうした! お前の勝ちたい理由は、この程度か!』

『んなこと……あるかっ!』

 

 

《シングル!》

 

 

 お、反撃に出た。

 

 ハリネズミフルボトルか、鋭角なエネルギーを纏ったツインブレイカーを繰り出すグリス。

 

 ローグはブレードを構えて防ごうとし……しかし、全力で振り切られた攻撃に砕け散った。

 

 その代償としてもう一つのツインブレイカーも壊れ、グリスの手から雪の上に落ちる。

 

『なにっ!』

『ドラァッ!』

『がっ!?』

 

 からの頭突き。

 

 激しい火花が散り、ローグはよろめいて後退する。

 

 その隙を逃さずグリスが仕掛けようとするも、素早く持ち出したネビュラスチームガンが乱射された。

 

 

 激しい銃撃によってグリスは引き、両者共に一定の距離を保って互いを睨み合う。

 

『……本当に強くなったな、龍太郎』

『あんたこそな。今更こんなことを聞くのも変だけどよ、どうしてそっちについた?』

 

 坂みんの質問に、勇者どもが顔を強張らせる。

 

 こいつらからすれば、信頼していたのに裏切られたようなものなのだろう。

 

 ……まあ、雫とかハジメはこっちガン見してるんだけどね。

 

 

『こいつが黒幕です(暴露)』

 

 

 おい。

 

『魔人族についた訳ではない。言っただろう、私は私の大義のために戦うと』

『そうか……あんたの覚悟が変わらねえのはわかった。こっからは俺も本気の本気だ』

 

 そう告げたグリスは、どこからともなくナックル型の武器を取り出し…………

 

「………………ん?」

『南雲に作ってもらったこの新武器、試させてもらうぜ』

『来い!』

 

 俺が面食らっているうちに、第二ラウンドが始まってしまった。

 

『はぁあアアア!』

『っ──!』

 

 グリスはネビュラスチームガンを撃つローグに向かって、白いナックル型ガジェットを構えて走り寄る。

 

 その勢いはさらに増しており、ローグは再び握った拳にダイヤモンドフルボトルのエネルギーを付与。

 

 それをグリスの繰り出したナックルに叩きつけ──砕けなかった。

 

『ぬぅ……!』

『そう簡単に壊れると思うなよ!』

 

 俺の作ったツインブレイカーより強度のあるらしいナックル片手に、インファイトを始めるグリスだった。

 

「ハジメさんハジメさん」

「なんだシュウジ」

「なにあの武器。俺聞いてないんだけど」

「ああ、言ってなかったな。昇華魔法で錬成の質が向上したんで、お前に前にもらったアーティファクトを参考に作ってみた。アザンチウム製だ」

「そんな某キャプテンの盾みたいな……」

 

 前に俺がやったっていうと、あれか。オルクスの攻略中に渡したプレデーションシールド。

 

 もはや誰の記憶にも残ってないようなアイテムだったが、どうやらハジメは応用したらしい。

 

 見た所、色以外は例のナックルと見た目が瓜二つなんですが……

 

「変身能力とかある?」

「いや、そこまで再現できなかった。あれはウサギがいたからこその奇跡だからな、せいぜいフルボトルを使えるくらいだ」

「へー」

 

 内心ちょっと安心したぜ。坂みんがこの場でアーユーレディ? しちゃうかと思った。

 

 

『できてるよ(イケボ)』

 

 

 ヤメロォ! 

 

 

 しかしまあ、あまりに出来過ぎな偶然に驚きはしたが、心配はなかった。

 

 そもそもルイネに渡した一つしかビルド型のドライバーは作ってないのだから、変身しようがない。

 

「何かまずかったか?」

「いんや何も。ま、引き続き観戦しとこう」

「おう」

 

 さて、展開的な不安もなくなったところで戦況確認に戻ろう。

 

 

 グリスは言葉通り、完全な本気は出していなかったため、勢いがシャレにならないレベルだ。

 

 ツインブレイカーが壊れたのはちょいと残念だが、あのパワーだとむしろ耐えられなかっただろう。

 

 加減することなく全力でナックルを振り回し、武器の無くなったローグを追い詰めていく。

 

『激闘! 激動! 激情! こんなもんじゃ止まらねえ!』

『ぐ……だが、ただではやられん!』

 

 

《チャージボトル! 潰れな〜い!》

 

 

 ん……あれはフェニックスのボトルか。

 

 ローグの両腕がこの吹雪の中でも消えない炎に覆われ、グリスのナックルを押し返した。 

 

『ならこっちも!』

 

 

ボトルキーン!

 

 

 おい音声まで同じじゃねえか。

 

 

『オラアアァアア!!!』

 

 ナックルの表面を左手で叩き、ナックルごと右腕がロボットアーム型の氷に覆われる。

 

 冷蔵庫フルボトルか何かか、非常に見づらいが冷気を纏ったそれはローグの熱い拳(物理)と正反対。

 

 相反するエネルギーを纏った二人のライダーは、同時に雪原を蹴って飛び出した。

 

『喰らえぇえええ!!』

『ハァアア!!』

 

 

《チャージクラッシュ!》

 

 

グレイシャルナックル!

 

 

 速度はほぼ互角。

 

 繰り出された拳はぶつかり合い、激しいエネルギーを発して吹雪をまた消しとばした。

 

「きゃっ!」

「美空!」

「龍っち!」

 

 バランスを崩した美空を白っちゃんが支え、谷ちゃんが悲痛な声で叫ぶ。

 

 その声を聞いたか、グリスの肩装甲から大量のヴァリアブルゼリーが噴射された。

 

『お、おおぉおおお……!』

『な、押されて……』

『こいつで……終いだッ!!』

 

 

ガキガキガキガキガッキーン! 》 

 

 

 競り勝ったのは、グリス。

 

 

 ローグの炎は消し飛ばされ、衝撃で体制を崩したところにもろに必殺技を叩き込まれた。

 

『ガァアアアアッ!!』

 

 激しく火花を散らしたローグは後ろに吹き飛び、氷壁に激突して大量の氷塊を撒き散らした。

 

「や、やった! 龍っちが勝った!」

「でも、メルドさんが!」

「喚くなアホ勇者」

「あだっ!」

 

 うるさいアホにゲンコツ(本気)を入れ、バラバラと氷が剥がれ落ちる氷壁を見る。

 

 ほどなくしてローグが地面に向かって落ちてきて、氷壁にはその姿の跡だけが残っていた。

 

『ぐ……!』

「っ! メルドさん!」

「か、体が!?」

 

 倒れ伏したローグの体からは、尋常ならざる量の紫電と……光の粒子が溢れている。

 

 

 このままでは死ぬ。

 

 

 本人も分かっているのだろう、俺の予測通りにドライバーに手を伸ばし、ボトルを引き抜いた。

 

 変身が解除され、装甲が消える。後には満身創痍のメルさんだけが地面に這いつくばっているのみ。

 

『ハァ、ハァ……俺の、勝ちだ、コラ……!』

「ああ、そのよう、だっ……」

 

 緩慢な動きで、メルさんが立ち上がる。

 

 スーツ越しとはいえ、激しい殴り合いをしてたのでその足取りは怪しい。

 

「だが……俺の目的は、達成された」

『あん? 何を言って──!?』

 

 息を飲むグリス。

 

 

 それもそうだろう。

 

 なぜならメルさんは──壊れた胸の鎧に添えた手に、真っ黒なボトルを握っているのだから。

 

「……感謝するぞ、龍太郎」

『あんた、もしかして最初から──!』

「さらばだ」

「メルドさん!」

 

 また叫んだユウシャの声も虚しく、ネビュラスチームガンから発せられた黒煙に隠れるメルさん。

 

 黒煙が吹雪にかき消された時、そこにはもう誰もいなかった。

 

「くっ、何故……!」

「最初からアレを精製するために戦ってたんだろうな。まあ、なんとなく勝つ気がなさそうなのは伝わってきたが」

 

 おっと、ハジメが相変わらず鋭い。

 

 白っちゃんや美空の表情も暗く、そして「やはり俺は……」とか悔やんでる勇者がウザったい。

 

『あ、ぐ……』

 

 そうこうしているうちに、グリスの方も限界に達したのか倒れていく。

 

「龍っち!」

「おっと、あっちも限界か」

「もう終わったし、治療くらいしてもいいだろう」

「龍太郎くん!」

「ああもう、無茶する男ばっか!」

 

 ハジメの発言に待ちきれない、と言わんばかりに治癒師コンビが飛び出していった。

 

 遅れて谷ちゃんも走り出して、俺たちも後を追うように坂みんの様子を見にいく。

 

 

 坂みんはちゃんと細工が発動し、変身が自動で解除されていた。

 

 服装こそボロボロであるものの、優秀な二人の治癒師によって外傷はほぼ完治している。

 

「龍っち! 龍っちってば!」

「んー、こりゃ過労で気絶してるな」

 

 体を揺さぶる谷ちゃんの隣から手を伸ばし、首筋に触れた。

 

 ……ハザードレベル5.3。ギリギリだったな。少し体内のネビュラガスを取り込んでおくか。

 

 

 説明しよう! 

 

 ネビュラガスは元はパンドラボックス由来の成分であるため、エボルトの力で吸収できるのだ! 

 

 ほらあれ。万丈乗っ取ってた時に、進化するためにビルドの力を奪おうとしたやつの応用ね。

 

 

 というわけで今回の戦闘で上がったハザードレベルを下げるために処置を施す。

 

 戦力にならなくても困るので、ハザードレベルが5.0を切るギリギリのところでやめておいた。

 

「んー、調べてみたが体の方は大丈夫だ。しばらくすれば起きる」

「よ、よかった……」

「とりあえず運ぼう。ここじゃ龍太郎が風邪を引いてしまう」

「頑張れユウシャクン(笑)」

 

 余裕がないらしい勇者は俺を一瞥しただけで、坂みんを背負って洞窟の方に歩き出した。

 

 谷ちゃんがハラハラとしながら隣に行き、ハジメ達も動き始めた。

 

「……これで八本」

 

 全てが揃う日は近い。

 

「何やってんだシュウジ、置いてくぞ」

「ほいほい」

 

 

 

 さて、迷宮攻略といこうか。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

この迷宮も楽しいんだよなぁ(愉悦)


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ミラーボックスって超酔うよね

あと四週間弱で今年も終わり…

ハジメ「俺だ。前回はライダー同士の戦いだったな」

エボルト「ビルド二次創作なのにライダー同士があまり戦わない件()」

シュウジ「それはタブーってやつだ。さて、今回から迷宮攻略だな。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」


 

 

 シュウジ SIDE

 

 

 

「すまん! 迷惑かけた!」

 

 

 

 目が覚めた坂みんの第一声はそれだった。

 

「おい北野!」

「大奮闘だったじゃないの坂みん。で、体の具合は?」

「みーたんと香織のおかげでバッチリだぜ。メルドさん超強かったからヒヤヒヤしたけどな」

「でも最終的に勝ったわけだからな……で。メルさんに勝ったらどうするんだったっけ?」

「おいっ! 聞こえてるのか!」

「は? 何を……あー」

 

 我ながら実に愉悦を滲ませた顔で問うと、呆けていた坂みんは思い出したように声を出した。

 

 そう。あれは今から一万と……なんて大昔ではなく、一週間と少し前のことである。

 

 

 大樹の迷宮にて魔物になった時、ここ最近見慣れてきた谷ちゃんとのラブコメシーンの時だ。

 

 後から見せてもらったが、坂みんはラ◯ンモドキで谷ちゃんに大胆な告白宣言をしたのだ。

 

 図らずもこんなところでそれが成就したわけだが、さて坂みんはどうするのか。

 

 

『図らずもとは(真顔)』

 

 

 計画通り……! (某新世界の神顔)

 

「ん、まあ……折を見て話題振ってみるわ」

「そうかそうか。頑張れよ、はっはっはっ」

 

 はっはっはっはっはっ。

 

「北野ぉ! いい加減無視するなぁっ!」

「……なんだアホ勇者。今坂みんを弄って楽しんでるんだが」

「いま弄ってるつったか?」

「おっと口が滑った」

 

 雑な誤魔化しをしつつ、さっきから喚き立ててる勇者の方を向いてやる。

 

 すると、なんということでしょう。

 

 

 

 

 勇者の後方、四方八方の通路からうめき声をあげて迫る大量のゾンビがいるではありませんか⭐︎

 

 

 

 

 周囲には触れれば火傷する超低音の吹雪が吹き付け、アーティファクトがなけりゃ凍死する環境。

 

 極め付きには、全面ミラーのようになっている通路によって三倍に増えたように見え、非常にやりづらい。

 

 

 うん、端的に言って地獄的な状況だね。

 

「龍太郎が目覚めたのならこっちに貸してくれ! 手が足りない!」

「えー、お前が坂みんばっか頑張らせたから迷宮の攻略は自分が率先するって言ったんじゃん」

「そんなレベルじゃないんだが!?」

 

 まあそりゃ確かに。

 

 

 通路の半分はいつものようにハジメ達が無双しているが、残りは全部アホ之河に押し付けた。

 

 谷ちゃんが必死に前に飛ぶ結界とか爆発する結界とかで押し留めているが、攻め手が勇者しかいない。

 

 

 そのため、後ろのハジメ達に比べると圧倒的に殲滅力に劣っていた。

 

「北野、俺行くわ。もう十分休んだからな」

「そう? ならどうぞご自由に」

「ああ。変身!」

 

 グリスに変身した坂みんが勇者の援護に向かったので、弄る相手がいなくなってしまった。

 

 仕方がなく、ハジメ達に合流して肉片から再生する厄介なゾンビの殲滅に参加する。

 

「おう、天之河イジリは終わったか」

「ああ、実に楽しかったよ」

 

 

『うわ、なんていい笑顔しやがる』

 

 

 ストレス社会に発散方法を! (ゲス野郎)

 

「しかし、面倒だなこいつら」

「勝手に体使われた魔人族達もそう思ってると思うぜ」

 

 ア"ーア"ー言いながら殺到してくる霜被った三桁超えのゾンビどもを、ハジメと一緒に蜂の巣にする。

 

 こいつらは全員、かつて……あるいはつい最近、この迷宮に攻略に来た者達の成れの果て。

 

 それが迷宮のトラップに組み込まれ、こうしてバイオなハザード状態ってわけだ。

 

 しかもこれを引き起こしてる元を断たない限り、粉微塵にしても元に戻る不死身系モンスター。

 

 いやー、ゾンビはやっぱり厄介なモンスター筆頭だよね。

 

 

『当たって砕けさせる人海戦術に使う兵器としては、実に扱いやすそうだな』

 

 

 そりゃ死んでるからね。

 

「しかし、ここまで新しい方の魔人族のゾンビが多いとなると、奴らも軍を再編成し直そうとしてるんだな」

「そりゃ俺らにだいぶ削られたからな。お前がぶん殴った……なんだっけ、フカヒレ? も必死なんだろうよ」

「いやそんな美味そうな名前じゃねえ、確かフリーターとかだったろ」

「フリードでしょ。二人ともわざとやってるわよね?」

 

 ふざけてたら雫に呆れられた。

 

 

 しかし、俺たちにツッコミを入れながらも決して止まることなくゾンビを斬る姿は、まさしく戦女神。

 

 魔改造された楔丸から発せられる引力で間合いに入れ、空間ごと斬り捨てている。

 

 無論焼け石に水だが、その空間ごと斬っているので再生が遅れ、多少は足止めになる。

 

「あいつイケメンだったから、思わず跡が残るようぶん殴ったわ」

「いやハジメも十分イケメンでしょ。あれだよ、ラノベの自分は平凡って言ってる主人公レベルに顔いいからね」

「そうか? まあ美空達が好きでいてくれるならどうでもいいんだけどな」

「はいはいごちそうさん」

 

 ハジメの惚気を聞きつつ、雫の方に向かった不届き者(ゾンビ)へ[纒毒]を付与したナイフを投げて消滅させる。

 

 しかし、一匹倒してもその百倍は残ってるので意味はなく、女性陣もSAN値的に萎えた顔だ。

 

「坂上も起きたし、これの元凶を叩き潰しに行こうと思うんだが」

 

 ハジメも飽きてきたのか、面倒そうな口調で提案してきた。

 

「賛成。じゃ、勇猛果敢な我らが勇者に囮をしてもらってそのうちに行こう」

「聞こえてるぞ!」

 

 チッ、耳聡い野郎だ。

 

「くっ、北野だと冗談じゃなくて本当に俺を囮にしかねない! 鈴、龍太郎、一気に決めるからタイミングを合わせてくれ!」

「うん!」

『任せろ!』

 

 ……前はハジメ達に任せて、あっちの方見とくか。〝あれ〟のことが気になるし。

 

 何もしないのもアレなので四辻の一角にカーネイジを解き放ちつつ後ろを振り返る。

 

 すると、ブリザードナックルもどきでゾンビの先頭を押し返しているグリスと、その穴を埋める谷ちゃん。

 

 

 

 そして──赤黒いオーラを纏った剣を掲げたナルシスト勇者の姿が。

 

 

 

「今だ、龍太郎、鈴!」

『おうっ!』

「わわっ!」

「せぁあああっ!!」

 

 谷ちゃんを脇に抱えたグリスが退避した瞬間、エネルギーを纏った剣が振り下ろされる。

 

 勢いよく飛び出したエネルギーは空中で二つに分かれ、それぞれ白い歯が剥き出しの〝口〟に変形。

 

 その大きさは凄まじく、大口を開けて二つの通路を埋め尽くすゾンビ達にそれぞれ食らい付いた。

 

 

 ドゴォンッ!! 

 

 

 そのまま奥まで突き進んで、派手な音を立てて爆発する。

 

 結果、大部分のゾンビがバラバラ死体になったが……

 

「あ、あれ……」

 

 その場で勇者がぶっ倒れ、無様な姿勢となった。

 

 ……あの間抜け勇者、一気に力を使いすぎだ。加減もわからねえのか。

 

 

『20点だな』

 

 

 さらにマイナス一億点で。

 

 

『理由は?』

 

 

 相手がアホ之河だから(理不尽)

 

「シュウジ、こっちの道は開けたぞ!」

「おけ。おーい坂みん、そのバカ担いできてくれ。先に進むぞー」

『わかった!』

 

 ダウンした阿呆が回収されたのを見届け、ハジメがミサイルぶち込みまくって開いた道を行く。

 

 もう一方の道を任せていたカーネイジを呼び戻し、復活しかけているゾンビを潰しながら走り抜けた。

 

「ああもう、しつこいっ!」

「ううっ、凍ってても気持ち悪いよぉ!」

「ひゃぁっ! 今なんか尻尾に触られましたぁ!?」

「……ん、腕だけで飛んできてた」

「元気、だね」

「もうバ◯オハザードは勘弁だよっ!」

「そういえばハジメとシュウジがRTAやってたなー……」

「うむ、再生する様が非常に気色悪いの」

 

 女性陣の阿鼻叫喚具合が凄まじい。

 

 

 

 

 俺たちの足音、後ろから追いかけてくる百倍はいそうな数の足音。

 

 二つの足音が絡み合って不協和音をなし、それは東京ドームサイズの巨大空間に出るまで続いた。

 

「あらよっと!」

 

 全員中に入った……一応勇者も……瞬間、カーネイジをネットのように広げ、入り口を塞ぐ。

 

 ドンドンと向こうから大軍が押し寄せる中、ようやく安全になった事で女性陣が荒い息で座り込んだ。

 

「みんなお疲れちゃん」

「……見えた、あれだ」

 

 お、ハジメが諸悪の根源を見つけたらしい。

 

 

 それは入り口から対面の氷壁、その中に埋まっている拳大の赤く輝く魔石。

 

 ハジメも終わりのない迎撃は割とストレスだったのか、犬歯を剥き出しにして魔石を睨んでいる。

 

 

 アンチマテリアルライフルであるイェーガーが取り出され、赤雷が銃身に迸る。

 

 その照準はぴたりと入口と対面の壁に埋まった赤い魔石に定められ、そして引き金に指を──

 

「ハジメさん、上!」

「チッ! そりゃ無防備じゃねえか!」

 

 ハジメが弾かれたように顔を上げ、俺も見上げると、壁から氷製の大鷹が生まれている。

 

 次々と同じものがそこかしこから生まれ、一斉にハジメに向けて急降下を始めた。

 

「おっと、俺の親友は餌じゃないぜ」

 

 カーネイジを展開しているのとは反対の手でブラックホールを生み出し、氷の鷹達を吸い込む。

 

 ハジメにウィンクすると、ニヤリと笑ったあいつは再び狙いを定め、魔石を狙い出した。

 

「あ、ちょい待ち。あの魔石動くからこのボトル使え」

「サンキュー相棒」

 

 俺が投げ渡したロケットボトルをイェーガーに装填、三度目の挑戦。

 

 

 だが魔石の方も無抵抗ではなく、3桁を超える氷鷹や氷狼が生み出された。

 

 

 カーネイジを挟んだ向こう側のゾンビ、頭上を埋め尽くす鷹、夥しい量の狼。

 

 

 三種の魔物が皆一様に主人を守ろうと、ハジメに向かって包囲を狭めていく。

 

 ユエ達も迎撃をするが、例の如く周りにいくらでも材料がある氷の魔物達は再生していた。

 

 

 それだけではない。

 

 なんと魔石の埋まっていた壁が新たにせり出してくると、凄まじい速さで氷の体を作り上げていく。

 

 相手の正体を見定める……まあ俺は知ってるんだけど……間にいち早く頭部が完成し、ガパリと口を開いた。

 

「ユエ、防御頼む」

「ん……〝絶界〟」

 

 空間魔法による次元断絶結界が張られた瞬間、ソイツは咆哮を撒き散らした。

 

 

 

 

 

 クワァアアアアアアアアアアアアアアアン!! 

 

 

 

 

 衝撃波となった叫びは空間を震わせ、ユエの障壁もその凄まじさに波打つ。

 

 

 どうにか初撃を耐え抜いた直後、体を完成させたソイツが俺達の前に立った。

 

 一言で言うならば、六足の亀。

 

 あのフリッピーとかいう魔人族の連れてた魔物に似てるが、こっちは二十メートルを超えてる。

 

 全身高密度の氷製、背中には氷柱の剣山。いかにも強敵って感じだ。

 

「なるほど、数の暴力に加えてあのデカい亀をぶちのめせるかって試練か。オルクスに似てるな」

「こっちは抑えとくから、ちゃちゃっと倒してくれよ?」

「了解だ」

 

 答えたハジメから、大瀑布のように濃厚かつ膨大なプレッシャーが発せられた。

 

 それどころか赤い魔力の波動が全身から迸り、周囲の魔物を次々に打ち砕いていく。

 

 止まった包囲網を見逃さず、俺は結界を飛ばしている谷ちゃんの肩にポンと手を置いた。

 

「谷ちゃん、ちょっと入り口任せていいかね?」

「え、あのゾンビ達を!?」

「まあまあ、一瞬だけだから」

「そ、それならいいけど……」

 

 カーネイジは俺の体に繋がっていないと形を固定できないため、谷ちゃんに入り口を塞ぐのを任せる。

 

 交代し、瞬く間に露わになったゾンビの大群に、慌てて谷ちゃんが入り口に結界を張る。

 

「うう、気持ち悪いよ!」

「よし、じゃあパパッとあのア◯雪のパクリみたいな奴らを片付けるか」

「シュー、何をするつもりなの?」

「上の奴らをまとめてブラックホールで吸い込む。ユエ、結界はそのまま維持してくれ」

「ん、わかった」

 

 頷いたユエに、俺はドライバーを取り出して装着した。

 

「変身」

 

 

《ブラックホール! レボリューション! フッハハハハハ……》

 

 

 手早く変身を済ませ、軽く手首を回すともう一度レバーに手をかける。

 

『それじゃあ氷のオブジェども、チャオ!』

 

 

《ブラックホールフィニッシュ! Ciao〜♪》

 

 

 両手を広げ、全力で能力を解放する。

 

 すると、空中に瞬く間に巨大な黒穴が開き、それが発する引力が氷の鷹や狼達を吸い上げていく。

 

 結界内……未だ延びているアホ勇者も……にいるメンバーは、次々に取り込まれる氷像にホッと安堵していた。

 

 

 いくら再生する奴らでも、虚無の穴の中に放り込まれてしまえば元も子もないというもの。

 

 広範囲に設定した反動として吸収力はそこまで強くなく、質量的にあの亀は取り込めなかった。

 

 だが、そんなものは心配いらないだろう。

 

 

 

「──一撃だ。それで死ね」

 

 

 

 なぜなら、我らが魔神がその引き金を引いたのだから。

 

 ドパォンッ!!! という凡そ物体が出す音じゃない轟音を立て、豪弾が打ち放たれる。

 

 

 クワァアアアアアアア!! 

 

 

 大亀は目を赤黒く輝かせ、氷雪のブレスを吐いて凍らせようとする。

 

 

 が、それは無駄なこと。

 

 

 ロケットフルボトルによって追尾性を付与されたライフル弾はブレスを避けるように軌道を変えた。

 

 速度は衰えることなく、ライフル弾は最後の足掻きと氷柱を飛ばす甲羅に向けて飛んでいき。

 

 

 パキン! と音が響く。

 

 一瞬、この部屋の中の時間が停滞したような錯覚を覚えた。

 

 

 クァアア……

 

 

 直後、弱々しく声を漏らす大亀の甲羅の頂点からヒビが走り。

 

 瞬く間にそれは全身に回っていき、大亀の目から光が消えた途端に粉々に砕け散った。

 

 

 後に残っているのは、木っ端微塵になった魔石の残骸と……床に突き刺さったライフル弾のみ。

 

 それを視認したのとほぼ同タイミングに、新たに発生していた数百体の魔物も崩れていく。

 

 後ろからゾンビの呻き声も消え、谷ちゃんの「ひぇー……」という疲労たっぷりの声が聞こえる。

 

 

 

「なんだ、あっけねえな」

 

 

 

 宣言通り一撃で倒したハジメは、イェーガーを肩に担ぎ、キメ台詞を言い放つのであった。

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


あの試練に行くまでが長いんだよなぁ。



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氷のラビリンス 1

雫「こんばんは。前回から本格的に迷宮の攻略が始まったわね」

エボルト「今回の章も、割とあの勇者の魔改造が進むんだよなぁ」

ハジメ「もう物語も終盤だしな、迷走は……最初からしてるか。ま、とにかく楽しんでくれ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」


 シュウジ SIDE

 

 俺もパン、と手を合わせてブラックホールを消し、変身を解除してハジメに歩み寄る。

 

「ナイスショットハジメ。今ならFPSゲーやっても無双できるんじゃね?」

「ん、まあまず普通のプレイヤーには負けないだろうな。お前こそあのブラックホールは助かったよ、煩わしい横槍を入れられずに済んだ」

「こういう時の範囲攻撃だからな」

 

 

『人の力をゲームの技みたいに……』

 

 

 お前は人じゃないからノーカン。

 

 

『俺は人間をやめるぞ、シュウジィイ────ッ!』

 

 

 おっと石の仮面は被るなよ。

 

「つ、疲れた……」

「千体以上は相手したものね……」

「二人ともお疲れさん。はい体力の回復する不思議なジュース」

「ありがとシューくん」

「ありがとう」

 

 しょっぱなから結構な物量戦だったので、女性陣も軒並みお疲れのようである。

 

 

 しかし、みんなよく戦っていた。

 

 

 ユエ達は言わずもがな、雫も存分に新・楔丸を使いこなし、白っちゃんの剣技もかなり様になってきた。

 

 谷ちゃんの結界の技術は卓越している、と言えるだろう。坂みんはハザードレベルの上昇が心配なくらいだ。

 

 

 ただ、一人だけ底抜けの阿呆がいる。

 

 

 だが、だからと言ってその阿呆さ加減を指摘してやったりはしない。俺あいつ嫌いだし。

 

 しかし……

 

「おい、ナルシスト」

「……なんだ」

「そいっ!」

「へぶらっ!?」

 

 球速190キロを超えるフルスピードでぶん投げた空き缶が、奴の額にクリーンヒットする。

 

 無様にひっくり返ってケツを晒した阿呆は、額を押さえながら恨めしげに俺のことを見てきた。

 

「突然何するんだ」

「いや、なんか唐突に痛めつけたくなって」

「いつもながら理不尽極まりないな……」

「お前が相手の時に限ってどんな行為も理不尽には適応されませーん」

「まったく……あれ?」

 

 何やら奴が声を上げるが、知ったこっちゃない。

 

 さっさと踵を返そうとしたところで、後ろから奴の声がかかった。

 

「おい北野、これ……」

「あ? なんだ自惚れ屋、いよいよ空き缶すら認識できなくなったか」

「……ああ。そうだな。確かにこれは()()()だ」

「だからそう言ってんだろ」

 

 ハッ、どうやらユウシャクンは中身があるかないかも口に出して確かめなきゃいけないらしい。

 

 

 子供のような野郎にハッと鼻で笑いながら、俺は何故かキョトンとしている雫のところにいった。

 

「どした雫? そんな鳩が大砲喰らったような顔して」

「……それだと鳩は木っ端微塵ね。それにしても貴方、さっきのは」

「ちょうど生ゴミが落っこちてたから同じとこにゴミを投げただけだが?」

「……生ゴミ、ね」

「そうそう生ゴミ」

 

 理由はわからないが、微笑ましいものを見るような顔の雫に頷く。

 

 いやはや全くもって、それ以外の理由など皆目検討もつかないものだ。

 

 ……あそこまで啖呵を切り、この俺と殴り合ってまであいつを救うと宣言した奴の末路が、どんなに悲惨か。

 

 

 

 本当に、ただそれを見たいだけなのだから。

 

 

 

「さて。とりあえずここまではただの腕試しみたいなもんだろうが……」

「オルクスと内容被ってるもんな。ここから先が本番だよワトソンくん」

「俺、医者じゃないけどな」

 

 俺とハジメの視線が捉えるのは、先程大亀が出てきた氷壁。

 

 アーチ状の出口がいつのまにか現れており、それは次の試練への入り口だ。

 

 

 皆が十分に休憩できたところで(勇者は知らない)、新たにできた道の先へ行く。

 

 30分ほどまた氷の通路を歩き続け、そろそろ勇者の防寒アーティファクト外してみようかと思っていた頃。

 

「これは……」

「なんだこれ、迷路か?」

 

 通路の終局にあったのは、冗談のような大きさの大迷路。

 

 

 上が吹き抜けになっており、壁で区切られたスタンダードなタイプの迷路。

 

 しかしその規模はとても地球のアスレチックの比ではなく、確実に縦横10キロはあるだろう。

 

 すぐ目の前に、入り口に直接繋がっている階段が用意されている。

 

「これを踏破しろってのか? また時間がかかりそうだな」

「ダメよ龍太郎、上から通っていこうなんて考えちゃ」

「なあ雫、お前俺のことまだ脳筋とか思ってねぇか?」

「少しだけ」

「ひでぇ! ……どうせそういう不正はできねえんだろ、北野?」

Exactly(その通り)! 氷漬けの標本になってピン留めされたくなきゃ、おとなしく()()()するんだな」

「宝探し?」

 

 ペナルティに顔を青ざめさせる坂みんや谷ちゃんとは対照的に、雫が良いポイントを復唱する。

 

「そ。この試練は広大かつトラップだらけの迷路の中で〝鍵〟を探すこと。それが次の試練への扉を開くのに必要だ」

「また面倒な……」

「ショートカットすると天井の飾りになるよ?」

 

 ほれ、と試しにカマキリを一匹飛ばしてみる。

 

 結構な速さで突き進んだカマキリは、迷路の上に入った瞬間周囲の空間ごと歪んで消えた。

 

 

 目を剥いた勇者や坂みんが天井を見上げると、結構な高さにあるそこに六角柱型の水晶が追加されている。

 

 

 非常に見えづらいが、その中には先ほど必要な犠牲となったカマキリが冷凍保存されていた。

 

「さて実演を見てもらったところで。ああハジメ、壁ぶち抜くのも通るより治る方が早いぞ」

「チッ」

 

 イェーガーを迷路の氷壁に定めていたハジメが舌打ちしてライフルを下ろす。

 

 仕方がなし、という雰囲気になり、ハジメを先頭にして階段を下り、門をくぐって中に入る。

 

 

 中は早速、正面と左右に道が分岐していた。

 

 そこでハジメが立ち止まり、宝物庫から例の羅針盤を取り出すと通路に向ける。

 

「……ふむ、右か。どうやらこいつは問題なく使えそうだ」

「お、ハジメよく気がついたな」

「お前が迷路を攻略することに関しては、これといった制限を言わなかったからな」

「さすがハジメ、俺の言葉の意図がわかると思ったよ」

 

 そう。実はこの迷路、先に羅針盤を手に入れておけばそう難しい試練ではないのだ。

 

 ただ、羅針盤が4つの攻略の証と亜人族の助力、再生魔法のいる大樹の大迷宮にあるから非常に入手が難しい。

 

 逆に言えば、それさえ手に入れてしまえばこの迷路は単なるクソ長い入り組んだ通路でしかない。

 

「ミレディの時、これさえあれば……」

「ま、そう簡単に攻略できたら形無しだからな」

「うう、今思い出しても嫌な記憶ですぅ」

 

 当時も相当だったが、どうやらミレちゃんの迷宮は未だ根に持たれているらしい。

 

 とにかく、確実に限りなく近い案内標識である羅針盤を頼りに、迷路の中を粛々と進んでいく。

 

「これ、普通なら極寒の中でこんなに大きな迷路の中を彷徨うのよね。考えただけで恐ろしいわ……」

「準備が揃ってないとそのうち発狂するだろうな」

「しかも、さっきまでよりもっと壁が綺麗で、本当に鏡みたいだね」

「おお、ほんとだな。そういや鏡って本当の姿を映し出すって……ブフッ!」

「? どしたの龍っち?」

「い、いや、なんでもねえ……」

 

 なんか坂みんが噴き出している。シアさんの真のマッスルフォームでも見ちゃったかね? 

 

「これ、さっきのゾンビみたいに敵が埋まってたりするんじゃない?」

「大丈夫ですよ美空さん、ハジメさんの魔眼石や感知能力もありますし、そこの人がそういうの敏感ですし、私のウサミミがどんな異変も聞き逃しません!」

 

 そこの人扱いされたのはともあれ、ドンと胸を叩くシアさんは非常に柔らかそうだった。

 

「シュー?」

「おっと、何も見てないぞ」

 

 間違えた、非常に頼り甲斐がありそうだ(汗)

 

 震えたダブルメロンに一瞬目線を持って行かれた中、ハジメは遠慮することなくガン見していた。

 

 恋人関係になってからというもの、まったくそういう反応を隠すことがなくなったハジメである。

 

「ハジメ?」

「ごほん、さて次は左か」

「も、もぉハジメさんったら。また私の胸を弄ぶ気なんですね!」

 

 修羅のスタンドを出現させた美空に態とらしく誤魔化すも、シアさんが嬉しそうに体をくねらせる。

 

「許してと懇願する私に意地悪な笑みを浮かべながらものすごいことをやる気なんですね? で、でも今はダメですよ! でも、今やられたら攻略どころでは無くなってしまうので、後でお願いしますぅ!」

「ハジメ?」

「…………」

 

 詰め寄る美空、滝のように汗を流しながら前を見続けるハジメ。

 

 未経験組も戦慄やら羞恥やらの入り混じった視線を向け、美空やユエに見られるハジメはシカトをした。

 

「はぁ。あれはかなり激しいから最初はダメでしょ」

「ん。耐えられるのは私と美空くらい。ウサギでもまだ無理」

「……不覚」

 

 だからあれってなんだ! という白っちゃんや勇者(笑)の声が聞こえたような気がした。

 

 なお、やはり思春期男子として反応してしまっている坂みんを見て、谷ちゃんは自分の体を見下ろしてしょぼんとしている。

 

「谷ちゃん、心配しなくてもいいと思うよ」

「ふひぇっ!? な、何も心配してないよ!? 何いってるの北野っち!」

「いやなんでも。ところで坂みん、ちょっと異性に対する嗜好的質問を……」

「北野っちぃ!!」

 

 うがー! と怒りをあらわにした谷ちゃんが両手を振り上げ、こちらに向かってくる。

 

 

 次の瞬間、谷ちゃんがいた場所……頭部の高さを、壁から音もなく生えてきた氷の腕が通過した。

 

 鋭い爪を持つその腕は、空ぶったことで壁に当たり、ギャリギャリと甲高い音を立てる。

 

 それによって敵の存在に気がついた全員が後ろを振り返り、腕は壁の中へと引っ込んでいった。

 

「な、なに今の!?」

「いやはや、谷ちゃんが煽りに乗ってくれて良かったよ」

「あなた、分かっていて鈴をからかったのね」

「そういうのに敏感な人だからな、俺は」

 

 冗談を飛ばすのもほどほどに、黒ナイフとカーネイジナイフを取り出し構える。

 

 皆も武器を取り出す中で、壁から先ほどの亀のように氷像が生まれてきた。

 

 

 鋭い鉤爪と一本角、筋骨隆々の見た目。一言で表すならば鬼そのもの。

 

「「「「「グォオオオオッ!!」」」」」

 

 左右の壁から合計10体。咆哮を上げ、襲いかかってくる氷鬼達。

 

「半分はお前らの受け持ちだ、天之河」

「わかった!」

「この程度なら変身するまでもねぇ!」

 

 五体を勇者達に任せ、残りの五体を俺達が相手する。

 

 といっても、急襲を警戒して武器を構えているだけで、戦うのはたった二人だけだ。

 

「ほいウサギ、タコ殴りにしてどうぞ」

「ありがと、シュウジ」

「「「「「ガ、がァアア!?」」」」」

 

 俺が鋼糸で縛り、動きを止めた鬼達を、ウサギがその剛拳で一匹ずつ手足を砕いていく。

 

 達磨状態になって、床に転がって喚く鬼の一匹をウサギは持ち上げ、くるりとこちらを向いた。

 

「シア、行くよ」

「バッチコイですウサギさぁん!」

「ぐ、グォオオ!?」

「せぇ、の!」

 

 ウサギ選手、渾身の一投。

 

 それを迎え撃つは、バッターボックスにてドリュッケンを構えるシア選手。

 

「グ、グワァアアアア!?」

「よいしょっとぉ!」

 

 なんだか悲鳴を上げているようにも聞こえた球(氷鬼)は、ドリュッケンのフルスイングで粉々になった。

 

 先ほどの部屋までと違い、半透明の体内に見えていた魔石ごと砕けた為、生き返ることはない。

 

「二投目、いくよ」

「目指せフルホームラン、ですぅ!」

 

 それからは流れ作業で、ウサギが投げた残りの四体も見事に打ち砕かれた。

 

「ふぅ、すっきりしました!」

「シアさん、ナイスピッチ!」

「美空も結構毒されてきたよね……」

 

 さて、こちらは何事もなく終わったわけだが。

 

 一応勇者の方を見てみると、結構善戦しているようだ。

 

 谷ちゃんが結界を爆発させて四肢を砕き、ブリザードナックルで坂みんが胸板ごと魔石を殴り壊す。

 

 雫の舞うような剣閃が氷鬼を細切れとし、勇者も今度は学習して普通に切り捨てていた。

 

 

 さほどの数、強さでもないためにすぐに戦闘は終わり、ハジメ達も各々の武器をしまう。

 

「増援はなし、か……奇襲に気をつけて先に進むぞ」

 

 

 

 ハジメの言葉に頷き、俺達は氷のラビリンスの探索を続行した。




読んでいただき、ありがとうございます。


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氷のラビリンス 2


龍太郎「俺だ。前回はあれだ、野球してたな」

ハジメ「あながち間違っちゃいないな」

シア「我ながらいいピッチングでしたねぇ!」

ウサギ「ん。今回は続き、でも休憩してる。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」」


 

 

 シュウジ SIDE

 

 

 

 さて、半日ほどトラップと奇襲にまみれた時間を過ごしたわけだが。

 

 

 

 羅針盤のおかげで道中は迷いなく進み、ことごとく障害を乗り越えた。

 

 勇者を氷の槍が振る道に突貫させたり、壁そのものが倒れてくる通路に先に行かせたり、魔物の群れに放り込んだり。

 

 

 そんなこんなで誰一人怪我をすることもなく進むことしばらく。

 

「あっちょっ、お前赤甲羅はずるいだろ」

「ふっふーん、テクニックだよ龍っち」

「はいお先ー」

「「ああっ!?」」

 

 そろそろ代わり映えしない迷路も飽きてきたので、凸凹カップルとマ◯カーやっていた。

 

 寒さも問題なく、魔物も素晴らしい肉盾(勇者)が受け止め、体力は有り余り。

 

 ぶっちゃけ暇すぎてゲームするレベルでつまらない試練である。

 

「ぜぇ、はぁ……」

「どうした勇者(笑)、そんな疲れ果てた顔をして」

「かっこわらいかっことじって口に出して言うな……というか誰のせいだと……」

「ったく、鍛錬が足りないんじゃないの? そんなんで勇者名乗ってて平気?」

「ぐっ、こいつ殴りたい……!」

 

 拳を握ってプルプルしてる勇者はよくわからんので放っておき、ゴリラとノコノコを抜く。

 

 が、その横を颯爽とピンク色の暴食の化身が抜けていった。

 

「ふっ、はやさがたりない」

「くっ、ウサギさんに先を越された……!」

「上手すぎるだろ!」

「まだだ! まだ終わらんよ!」

「……ねえハジメさん、私が言うのもなんですけど緊張感ゼロじゃありません?」

「ほっとけ、いつものことだ」

 

 三周目に入って早々ウサギに競り負けて落とされ、その間に隣のカップルに抜かれた。

 

 結局巻き返せずに最下位にボルテックフィニッシュを決めた所で、ふと周囲の空間が開ける。

 

 

 顔を上げると、そこにはまたご立派な両開きの扉が聳えている。

 

 薔薇と茨の装飾が彫られた見事な氷の門には四つの丸い穴が空いており、何かはまりそうである。

 

「あー、これは……」

「ん、私が幽閉されていた場所と同じ。開けるのに他のものがいる」

「え、ってことはまたあの迷路の中を彷徨わなきゃいけないわけ?」

 

 この中では比較的体力の低い美空が、それは嫌そうに顔を歪ませる。

 

 雫達も15時間以上経過した迷路探索に参っているようで、かなり精神的な疲れの滲んだ表情をしている。

 

 いくらうちの女性陣が精神的に強靭だろうと、長時間変わらない状況というのは摩耗していくものだ。

 

 無論のことハジメがそんな無駄な真似をするはずもなく、かぶりを振ってクロスビットを召喚した。

 

「シュウジ、お前これの鍵の場所の情報知ってるだろ。カマキリ貸してくれ」

「オケ、案内させるのね」

 

 異空間からカマキリを二匹召喚し、俺の頭の中にあるこの扉の〝鍵〟のイメージを伝達する。

 

 それぞれしっかり俺の思念を受け取ったカマキリ達は、鎌を片方あげるとクロスビットに飛び乗った。

 

 

 そいつらは探索用に調整した特別な個体であり、クロスビットに鎌を突き刺して〝共鳴〟を使った。

 

 ハジメはカマキリ達との接続の感覚が来たのか、数度目を瞬かせてからこちらに向けて頷く。

 

「そいつらの指示に従えばすぐに見つかるはずだ」

「助かる。いけ」

 

 カマキリを乗せたクロスビットは、広大な迷宮の中に鍵を求めて飛翔していった。

 

「さて、じゃあ休憩としようか。雫も疲れてるみたいだからな」

「ごめんなさいシュー」

「いやいや、どうせここで時間は取られたんだ。織り込み済みだよ」

 

 こちとら迷宮の内容知ってるんだ、鍵探しに時間を使うことも予定に入ってる。

 

 なので、雫達に無理のない範囲の速度でここまで行進してきた。あ、勇者は対象外です。

 

 

 ハジメが宝物庫から壁なしの天幕を取り出して広い部屋の中央に設置し、起動する。

 

 炬燵まであるその天幕に、皆いそいそと土足(対応済み)で上がり込んでほっと一息つく。

 

「そ、その布団のような代物はダメじゃ。人をダメにする予感がする……許容範囲を超える心地よさが襲ってくるに違いない……!」

 

 あ、ティオがまたなんか言い始めた。

 

「そう言う甘やかしを享受すると、竜人族はダメになる。ということで妾はこの甘美な堕落に落ちぬためにも自ら苦しみを」

「はよ入れ」

「あふんっ♡」

 

 ハジメによって変態が頭から炬燵の中に叩き込まれたところで、エ・リヒトの点検をしていた俺も中に入る。

 

 

 炬燵は全部で三つ用意されており、それぞれを点に三角形のような配置になっている。

 

 それにハジメとユエ達、俺と雫、勇者(笑)と凸凹カップルという具合に散開した。

 

「はぁ、温まる……でも、こんな感じで攻略していいのかしら」

「ははっ、それを言うのは半日くらい遅かったネ。はい緑茶」

「そうね、貴方達ゲームしてたものね。ありがと」

 

 ズズッと一口。うむ、寒い時に温かいお茶はベストマッチ。

 

 

『あれ、迷宮攻略ってなんだっけ(困惑)』

 

 

 つまりそういうことだよ。

 

「ふぅ……ところで参考までに聞きたいのだけれど、この後にある試練ってどんなものなの?」

「そうさなぁ。あまりネタバレしてもつまらないから、ハルツィナの幻に似てる、とだけ」

「幻……」

 

 少し黙考し、答えに至ったのか苦い顔をする雫。

 

 けれどそれは一瞬で、こちら含みのある笑い方で見上げてきた。

 

「つまり、またダメダメな貴方を甘やかすチャンスがあるのね」

「いやいや、そういうことじゃないから。ていうかそんなにダメだったの俺?」

「うふふ、あそこまで甘やかすのも、あれはあれで楽しかったわ……」

 

 やべ、今ちょっとゾクっとした。

 

「ふわぁー。あったかぁい」

「鈴、顔がとろけてるぞ」

「雪も風も入ってこないし、土足でもすぐに綺麗になる……やっぱり南雲は物作りの才能というか、発想というか、すごいな」

 

 どうやらあちらも寛いでいるようである。

 

「ハジメ、くっついていい?」

「そりゃもちろん」

「で、では妾も……」

「誰がお前はいいといったこの駄竜」

「あはぁんっ♪」

 

 ハジメのいる炬燵を見ると、桃色空間が広がっていて雫と苦笑いをした。

 

 

『劇薬混ざってんだろ』

 

 

 さて、しばらく休憩とするか。

 

 

『無視? 無視なの?』

 

 

「寒いと言ったら炬燵、炬燵と言ったら鍋だよな」

「もうこの非常識さにも慣れてしまったわ」

 

 待ってる間暇なので、腹ごなしに道具を取り出して鍋を作り始める。

 

 主に豚と白菜がメインであり、ついでに各々食べたい時用の具材も用意してある。

 

 ハジメ達や勇者(笑)達の方も、それぞれ別のジャンルで鍋を作っていた。

 

「あ、雫」

「はいはい、これね」

「サンキュ、あ、これいる?」

「あらありがと、ちょうど欲しかったの」

 

 うむ、出汁が効いてて美味い。

 

「ハジメ、あ〜ん」

「んむ……美味いな。やっぱり炬燵といったら鍋に限る」

「ハジメさん、こっちもあ〜んです」

「あむ。ん、美味い。それにしても、お前の料理の腕は日増しに上がっていくな。いい嫁さんになりそうだ」

「もうっ、ハジメさんったらそんな超可愛くてひと時も離したくないくらいのお嫁さんだなんて。照れますぅ」

「ハジメ、私は?」

「ん? そりゃあ世界一のお嫁さんになるさ」

「はいシア、あげる」

「あっ、ウサギさんありがとうございますぅ! あむっ!」

「ぶー。私もハジメにあーんしたかったのに」

「はい美空、あ〜ん♪」

「ん、美味しい」

「うむ、実に快適じゃのぉ」

 

 きゃっきゃうふふ、イチャイチャラブラブ。

 

 そんな擬音が聞こえてきそうな今日この頃です(口の中の豚が甘い)。

 

 あそこだけエ・リヒト以外の桃色結界ができている気がするが、しかし異論が一つ。

 

「ハジメ、世界一のお嫁さんは雫だ。そこは譲れん」

「お嫁さんというか、お前らはもう熟年夫婦だろ」

「おっと、体はまだまだ若々しいぜ?」

「はい、お茶のお代わり」

「ありがと」

 

 ずずっと一口。うむ、美味しい。

 

 

『こいつら(糖度が)正気じゃねぇ!』

 

 

 まあ俺と雫の相性の良さがベストマッチなことは、今更確かめるまでもないだろう。

 

 ハジメとかあのティオでさえ自然とあの中に収まってるし、大ハーレム完成の日も近い。

 

 

 それよりも……

 

「ほれ鈴、魚食え」

「うん。たくさん食べて英気を養わないとね!」

「頼りにしてるぜ?」

「うん!」

 

 ニコニコ笑顔で和気藹々と鍋をつついている凸凹カップル(仮)。

 

「和むなぁ」

「和むわねぇ」

 

 すぐ隣で勇者が非常にいづらそうにしているのが個人的にさらに面白い。

 

「……お、回収できたのか」

「ん?」

 

 実に和やかな時間に気分を緩ませていると、不意にハジメが視界の隅でゲートキーを取り出していた。

 

 そちらを見ると、ハジメは虚空にキーを突き刺し、そこを中心にゲートを開く。

 

 ゲートの向こう側には、氷壁に囲まれた部屋と、何かが乗せられていそうな台座が写っている。

 

 

 そして、そのすぐそばには細切れになっている氷塊の小山があった。

 

 かろうじて形の残っている塊を見ると、それは半壊した鬼の顔……恐らくは台座の番人か何か。

 

 

 番人だったものを背景に、クロスビットに乗ったカマキリがハジメに何かを差し出す。

 

 ハジメが受け取ったそれは、拳大の宝珠。

 

 間違いなく情報にあったのと同じ、この扉の鍵だ。

 

「おお、案外早かったね」

「お前の魔物のおかげで、戦う必要もなかったな」

 

 ほれ、と投げられた宝珠を危なげなくキャッチする。

 

 黄色の光を放つそれは精巧な球体であり、この扉然り、解放者の技術が窺える。

 

「もう下りもなく中ボスみたいなのが殺されてるのは、ツッコんだら負けなんだよな……」

「どうした光輝、ブツブツ言って。ほれ、豚食え豚。疲労回復にいいぞ」

「ああ、すまない龍太郎……」

 

 ったく勇者の野郎、人の貴重な食料分けてやってんのにあんなしょげた顔して食いやがって。

 

「でもこれ、平気なのかしら? この迷路を彷徨って、ようやく見つけた鍵をあの門番を打ち倒して手に入れる、とかがセオリーじゃないの?」

「ま、全部はまずいけど一つ二つは平気さ。それ言ったら俺、ちょっとミスってミレちゃんとこの迷宮裏の鬼畜ルートに強制招待されたけど攻略認められたし」

 

 

『ああ、ていうか本人と戦ってボコったよな』

 

 

 あれはいい勝負だった。

 

「じゃあ、残り二つくらいは直接取りに行くの?」

「んー、どうするお前ら? 俺がサクッと取ってこようか?」

「ん、私たちが行く」

「そろそろ、暴れたい」

 

 おっと、どうやら女性陣がやる気のようだ。

 

「じゃ、任せますかね」

「待ってくれ。せめて一つくらい俺達に取りに行かせてくれ」

「あん?」

「流石にこのままずっと休んでるのは、ここまで無理言ってついてきた意味がなくなる。頼む」

 

 箸と鍋の具材が入ったお椀を手に、キリッとした顔で力説する勇者。

 

 なんとも締まらない姿だが、まあその提案を飲むのはやぶさかではない。

 

「よし、行ってこい勇者。思い切り奮闘して、そのまま帰ってこなくてもいいぞ」

「ああ、わかった……絶対に帰ってきてやるからな」

「チッ」

 

 そんなことを話しているうちに、もう一つの方のクロスビットとカマキリが鍵を回収してきた。

 

 

 そのタイミングでハジメがゲートを通してクロスビットを回収し、新たにゲートを繋ぎ直す。

 

 新しいゲートの先にあるのは、広々とした空間が目の前にあるどこかの通路……鍵の台座の手前。

 

「よし、じゃあまずはユエ達からだ」

「ん。行ってくる」

「すぐに片付けてきますぅ!」

「いっちょ、暴れる」

 

 さほどの相手でもなし、ユエ、シアさん、ウサギの三人が攻略に送り込まれる。

 

 そこでまたゲートの出口をもう一つの台座前に設定し直し、勇者達と雫が炬燵から出ていった。

 

「よし、行こう」

「おう!」

「気力も十分、やっちゃうよ!」

「それじゃあ、行ってくるわね」

「おう、行ってらっしゃい」

 

 雫に手を振って見送った。

 

 流麗な動きで揺れるポニーテールを見たのを最後にゲートが閉じる。

 

 それからさほど時間を置かず、俺はいそいそと炬燵を出るとハジメ達の方にいった。

 

「うぃー、いったん炬燵に入っちまうとちょっとでも外に出たくないな」

「はは、寂しがり屋め」

「うっせぃ、恋人の温もりがないと寂しいんじゃ」

 

 

 

 からかってきたハジメのみかんを強奪し、皮を剥いて丸ごと頬張った。

 

 

 

 





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氷のラビリンス 3

シュウジ「よ、俺だ。いやぁ、寒くなってきたねぇ」

ハジメ「現実もこっちのいる場所も寒々しいな。引き続き迷宮攻略中だ」

雫「前回お鍋食べてたわよね」

エボルト「寒いと言ったら温まるものだからな。さて、今回からまた攻略再開だ。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」」


 

 三人称 SIDE

 

 

 

「だ、大丈夫かな?」

「香織そわそわしすぎ。雫もいるんだし、心配ないでしょ」

 

 ハラハラとしている香織に、呆れたように美空が言う。

 

 

 光輝達が四つめの宝珠を回収に向かってから早くも十分以上が経過している。

 

 ユエ達はものの数分であっさり鍵を回収してきたため、それが香織の気をさらに揉ませていた。

 

 

 そんな中、ハジメはクロスビットに付けた感応石を通して魔眼石に〝遠見〟を発動している。

 

 技能によって戦況を逐一把握しているハジメは、特にこれといって問題があるような表情ではなかった。

 

「終わったぞ。少々苦戦したみたいだが、全員昇華魔法をうまく使って巻き返した。目立った怪我もない」

 

 数分後、ハジメが告げる言葉にホッと安堵の息を吐く香織。

 

 相変わらず心優しいことにふっと微笑みながら、ハジメはゲートキーを使ってゲートを開く。

 

 

 一ミリも厚みのない境界の向こう側では、クロスビットと一緒に龍太郎達が満足げにしていた。

 

「なんかスッキリしてますね」

「多分、フラストレーションが解消できたからじゃろうな」

「ここ、代わり映えしないもんね」

 

 シアやティオ、美空が微笑ましそうに見る中で、その声で気がついたのか雫が振り返る。

 

 

 こちらを見て手を振る雫のもう一方の手には、例の宝珠が握られていた。

 

 何故か壊れた台座のすぐそばには、番人が無残な姿で転がっている。

 

 ハジメの言葉通り攻略できたようだ。

 

 

「南雲くん、終わったわよー」

「ああ、確認できてる。戻ってこい」

 

 ゲートを通り、雫達がこちらへと戻ってくる。

 

「おかえり雫。いい動きだったな」

「あら、あなたも見てたのね。そう言ってもらえると自信がつくわ」

「ま、俺がわざわざ言うまでもなく雫はいつでも最高だけどな」

「ふふ、言葉にしてもらうのとしてもらわないのでは違うのよ」

 

 帰ってきて、早速イチャつく熟年夫婦。いつものことなので誰もツッコまない。

 

 そして立て続けにゲートを潜ってきた鈴に、龍太郎が少し屈んで通った……光輝を肩に担いで。

 

「おろ、どったのその粗大ゴミ」

「いや、粗大ゴミじゃねえよ。ちょっと張り切り過ぎちまったみたいでな」

「へー」

 

 雫以外全くカマキリ達に見させていなかったシュウジは、興味ゼロのへーを発動した。

 

 伸びている光輝は実に情けなさそうな顔をしており、ゆっくりと龍太郎が下すと治癒師コンビが近寄る。

 

「うわ、すごい体に負担が残ってる……」

「これ、どうしたの? ハジメくんは見てたんだよね?」

「あー、またあの力を使って出力を誤ったらしいな。門番ごと台座の一部をえぐり取って、そのままぶっ倒れた」

「バカなのこいつ?」

 

 なんの捻りもない罵倒がシュウジから発せられた。

 

 最近余計に遠慮がなく、いやそれすら面倒なためストレートな罵りに、光輝はバツが悪そうにする。

 

「さっきので少し加減がわかったから、いけると思ったんだ……」

「見切り発車はバカの常套手段だクソ勇者。お前俺への宣戦布告成し遂げる気あんの?」

「あるさ。だからこそ……」

「あーはいはいお前の熱血理論は聞き飽きた。さっさと復活して、せいぜい肉壁になってくれ」

 

 悪意しかない言葉を吐き、雫から受け取った鍵を手に扉に歩いていくシュウジ。

 

 なんとも言えない表情を光輝がしていると、ポンと雫が肩に手を置いた。

 

「あれはシューなりの発破だと思うから、気にしないでちょうだい」

「ああ。そもそも、最初から怒ってすらいないよ」

「そう。成長したわね、光輝」

「そうだといいんだけどな……」

 

 落ち込み、考え込む光輝。

 

 それだけのことだが、数ヶ月前までとはまるで違う姿勢に、雫は龍太郎や香織と顔を見合わせ、笑った。

 

 

「ひらけゴマ、っと」

 

 光輝の治療もほぼ終わったところで、シュウジが鍵をはめ込む。

 

 直後、氷の壁に掘られた茨が光り輝き、扉全体に巡っていく。

 

 

 最後に四つの宝珠が一際強く輝くと、荘厳な扉がひとりでに開いていった。

 

 重厚な音を立てて開帳された扉の奥には、一見これまでと変わりのなさそうな通路。

 

「さて、じゃあ行くか。ほれ勇者(⑨)、置いてくぞ」

「わ、わかった」

 

 ふん、と鼻を鳴らしたシュウジが最初に通路へ入っていき、続けてハジメ達も先に進んだ。

 

 

 通路の中の壁は、より反射率の高いものとなっていた。

 

 最初から普通の氷でないことは明らかであるが、本当に鏡のように鮮明に姿を映し込む。

 

「こう、無数にいる自分を見るのは落ち着かねえなぁ」

「うん、酔っちゃいそう……」

 

 左右両面、床に至るまで映し出される自分の姿に、龍太郎や鈴が気味悪そうにする。

 

 ユエ達も、奥の見通せない不思議な氷壁を興味深そうに観察しながら歩き、シュウジが振り返り笑う。

 

「触ったら吸い込まれて、そのまま飾りになるかもよ?」

「ええっ?」

 

 氷壁に触れようとしていたシアが、慌てて手を引っ込める。

 

 シュウジがケラケラと笑い、揶揄われたと気がついたシアは抗議しようとして……その手をハジメが握った。

 

「そんなこと俺がさせねえよ」

「ハジメさん……」

「ん、もしハジメも一緒に吸い込まれたら、私が逃がさない」

「お前らどこでもイチャつくな……」

 

 桃色空間を生成し始めた三人に呆れたように龍太郎がぼやく。

 

 しかし、キュッと服の裾を握られる感覚に隣りを見下ろした。

 

「鈴?」

「……め、迷路の中ではぐれたらいけないから」

 

 なんとなく不安になってしまったとは言えない鈴は、ぽしょぽしょと言い訳がましく呟く。

 

 

(何こいつクソ可愛いなおい)

 

 

 もういっそのことここで告白しちゃおっかなー、とか思いながらも龍太郎は思いとどまった。

 

 

 

 そんなこんなで、特にトラップや魔物の襲撃もなく、羅針盤を頼りに進んだ。

 

 時折シュウジが仕掛ける悪戯じみた言葉で退屈さが紛らわされていると、ふと美空が足を止めた。

 

「どうした美空?」

「……何か、聞こえた?」

「聞こえた?」

「なんていうか、こう囁くような感じで……」

「囁く、か……他のやつは何か聞いたか?」

 

 目線を鋭く、ハジメが各々を見ながら問う。

 

 

 ほとんどが首を横に振り、特に聴力の良い二人もウサミミを動かしながら眉を下げた。

 

 ならばと、最後にして迷宮に関して最大の情報源であるシュウジを見る。

 

「シュウジ、既に何か始まってるのか?」

「ああ。気をつけろ、新たな試練は課されている」

 

 シュウジの言葉に、皆が表情を引き締めた。

 

 ふざけもするし虚言も吐くが、こういった時の言葉は何より信頼できるのだ。

 

「シア、ウサギ。頼むぞ」

「ん」

「はいです」

 

 警戒をにじませた顔で、索敵をウサギコンビを主にして行進を再開した。

 

 

 ピコピコと二対のウサミミがせわしなく動く中、羅針盤の示す順路を分岐点なども迷いなく進む。

 

 いくつかの分岐点を進んだところで、また美空が止まって周りを素早く見回した。

 

「やっぱり何か聞こえる! さっきより強くなってる!」

「なるほど、迷路を進めば進むほど強くなっていくタイプか……美空、なんて言ってるんだ?」

 

 シュウジが情報をある程度隠す以上、ハジメは自ら解析をしようと試みる。

 

 不安げな表情のままに、美空は自分の中に先ほどから響くものをハジメに告げた。

 

「〝ほんとはわかってるんでしょ? 〟って……〝今のままじゃ何もできない〟とかも言ってる」

「不安を煽る言葉、か……シュウジ」

「そうさな、精神系の迷宮はあまり答えを言うと攻略が認められないから……これは探して解決するものじゃない、とだけ言っとくぜ」

「つまり、進むしかないってことか。美空、耐えられるか?」

「うん……でも、どんどん声が大きくなってる。言葉も増えてきて……」

「どうしても辛いなら、俺の手を握れ。絶対離さない」

「美空、私も不安を和らげる回復魔法を最近シューくんに教わったから」

「ありがと、二人とも」

 

 既にかなりのものなのか、少々疲れた表情の美空の手を香織が握り、背中をさする。

 

 ハジメが警戒するように、という旨を視線で全員に伝え、皆頷いてさらに警戒を引き上げた。

 

 

 三度、足を動かし始めた一行だがその心には既に退屈などという感情はなかった。

 

 周囲の壁に映り込む自分の姿すらも不気味で、なるべく見ないように前だけを見ている。

 

 

 

 ──あはは、また頼ったね

 

 

「っ……!」

「美空、またか?」

「うん」

 

 するりと頭に直接入ってくるような声に辟易としながら、美空は首肯した。

 

 既にこれが試練とわかっている以上、美空は数分前よりもしっかりとした表情でいる。

 

「こりゃ、そのうち俺達全員にも来るな……時間差なのは徐々に空気を悪くするためか?」

「ま、なるたけ無視してな。俺なんかやかましい宇宙人に四六時中居座られてるんだぜ?」

『おうコラ』

 

 シュウジのジョークに、少しだけ美空が笑った。

 

(……大丈夫。ハジメもシュウジも、香織やみんなだっているんだから)

 

 気合を込め直し、自分は大丈夫だ、と思い直すことにする。

 

 大樹で散々こういう類の試練は受けたのだ、それに自分は一人で挑んでいるのではない。

 

 この世界でも、地球でも誰より頼りにできる人間が揃っているのだ。

 

 

 ──そう。みんな頼もしいのに、一人だけ弱い

 

 

 だから、きっと大丈夫。

 

 そう思うとした瞬間、狙いすましたかのような囁きに美空は顔を強張らせた。

 

 その言葉は、その声は、美空の心の奥底の一番触れて欲しくない場所を逆撫でする如きもの。

 

 

(それに、この声、どこか聞き覚えが……)

 

 

 募る不安に、一番近くにいた香織を見て──自分と似た表情をした彼女に驚いた。

 

「……ねえ香織、あんたもしかして」

「うん、聞こえちゃった……〝こんなこと続くわけがない〟、って。女の人の声だった」

「うひゃっ!」

「「っ!?」」

 

 深刻な表情を見合わせていた二人は、後ろから聞こえてきた声に肩を跳ねさせた。

 

 同時に振り向くと、自分の耳を両手でふさいだ鈴が目を見開いている。

 

 おまけに、隣の龍太郎までもが苦虫を噛み潰したような顔をしているではないか。

 

「き、聞こえた……」

「ああ、俺もだ……〝本当にやれると思ってるのか〟、だってよ」

「鈴は、〝気がついていたよね? 〟って……」

 

 

 いよいよ試練が本格的に始まってきた。

 

 

 そのことを悟り、しかしシュウジのヒント的に周囲を探しても無意味である以上、もどかしく感じる。

 

 ただ、少ない情報と親友からの助言によって、ハジメは漠然と頭の中で焦点を結び始めていた。

 

「抽象的な内容、人によって違う言葉、そして異なる声……か」

「うん、それに聞き覚えがある気がするの」

「なるほど……」

 

 美空からの新情報を考察の項目に加え、そこでふとハジメはある人物を見る。

 

 このような試練に最も過剰な反応を示しそうな人物。その人物が一切何も言っていないのだ。

 

 ハジメの中で、というかこの場の全員の中でその認識は共通していると言っても過言ではない。

 

「天之河。お前は何も聞こえないのか? こういうの過敏なリアクションしそうだろ」

「え?」

 

 ハジメの割と酷い指摘に、その人物……光輝は軽く目を見開いた。

 

 それから何かを確かめるように虚空をぼんやりと見つめ……数秒後、ハッとする。

 

「ああ、これのことか! ここ最近()()()()()()()()から気がつかなかった!」

「「「「え”っ」」」」

 

 光輝のズレまくった反応に雫、香織、龍太郎、鈴の四人がドン引きした。

 

 ハジメ達も声こそ上げなかったものの、いくらなんでもSAN値チェックが必要な内容に引き攣った顔をする。

 

 無理もあるまい。

 

 

 

 

 

カワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウ

 

 

 

 

 

 光輝は〝それ〟を例の幻覚と共に受け入れた時から常に、あの声に苛まれているのだから。

 

 既にそういう類のものに慣れてしまい、気にしてすらいなかったのでその囁きに気がつかなかった。

 

「こ、光輝、お前……」

「なんというか、妙な耐性がついちゃったわね……」

「大丈夫? 天之河くんまだ正気?」

「これ、回復魔法で治るのかな……」

「い、いや、日常化すると大したものじゃないんだぞ?」

「「「「そんなもの普通は日常化しない!」」」」

 

 身を乗り出しての四連続ツッコミに、光輝はアタフタとする。

 

 それでも全然声に関して気にしていないあたり、この男なかなかシュウジ側に寄ってきている。

 

「なんだあいつ、前とは別の方向にイカれてたのか?」

「いや、あれは悟りの境地じゃないですかねぇ」

「なんかあたし、深刻な顔してたのが悔しいんだけど……」

「勇者も随分とおかしな方向にいっておるの」

「ん。どっちにしろ、イロモノになってきた」

「これも、シュウジのせい?」

「おいおい、そりゃ心外だぜウサギ。ありゃ奴が自分で選んだ道だ」

 

 

 

 無罪を主張するシュウジに、ハジメ達の本当かよという視線が突き刺さるのだった。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

あれ、これ光輝だよね?()


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氷のラビリンス 4

今日も今日とて寒い。

エボルト「よっ。前回からこの迷路の真骨頂が発揮されはじめたな」

雫「気持ち悪いわね、この声…」

シュウジ「そういう試練だから仕方がない。まあエボルトのコーヒー飲むよりはマシだろ」

エボルト「おうコラ。さて、今回は続き…より深刻化するぞ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」


 

 三人称 SIDE

 

 

 

 結局光輝のズレた回答によって空気が多少軽くなり、また行動を開始することになった。

 

 ハジメが羅針盤から感じる感覚では、直線にしてあと三キロで迷路を踏破できる。

 

 

 しかしながら、断続的に聞こえてくる声はその頻度を刻一刻と増していった。

 

 

 ──また裏切られる

 

 

 ユエには、かつて信じていた叔父や家臣らの裏切りを思い起こさせる言葉が。

 

 

 ──自分のせいで、また失いますよ? 

 

 

 シアは、かつて無力だった自分のせいで死んでいった家族の顔を思い出し。

 

 

 ──どうせ、最後まで一緒にはいられない

 

 

 ウサギには、まだ誰にも話していない秘密を煽る。

 

 

 ──受け入れられることなど、ありはせん

 

 

 かつて、エヒトの真実にたどり着いたが故に滅ぼされた里、そして自分を見る無数の蔑みの目をティオが想起してしまう。

 

 

 ──あなたの剣では、彼の宿業を断ち切れはしない

 

 

 雫は、その言葉にグッと楔丸の柄を握りしめ。

 

 

 ──人殺しが普通の生活なんてできると思ってるのか? 化け物に居場所があるわけないだろう? 

 

 

「あ、そうか。これ、自分の声だわ」

 

 そしてハジメが、ポツリとそう言った。

 

 

 多かれ少なかれ、心を摩耗させていた面々は、その言葉にハッと顔を上げる。

 

「ハジメ、どういうこと?」

「ほら、美空は知ってるだろ? 俺が親父のゲーム会社の臨時バイトみたいなのにしょっちゅう駆り出されてたこと」

「ああ、翌日よく死んでたよね」

 

 思い起こされるは、ある種このような大迷宮よりも地獄であった地球での日々。

 

 

 父はゲーム会社の経営者、母は売れっ子少女漫画家。

 

 

 生粋のサブカルチャー家庭に生まれたハジメは、なるべくして様々な技能を身につけた。

 

 その腕を生かし、よく修羅場に突入した会社の手伝いなどにも駆り出されていたのだ。

 

「で、その時ボイステストで録音した自分の声を聞く機会が何度もあってな。微妙に違うから気付きにくいけど、こんなに何度も聞けば流石にわかるさ」

「ああ、なるほど……」

「確かにこれ、電話してる時に時々向こう側から聞こえる自分の声と同じだ……」

 

 美空の類似的な表現に、ああと納得する残りの面子。

 

 確かに機会を通すと、普段聴いている自分の声より低かったり高かったりする。

 

 この囁き声は、それと全く一緒なのだ。

 

「シュウジ、答え合わせはしていいか?」

「モチのロンさ」

「予想するに、これは心の奥底にある不安、葛藤、恐怖……そう言ったものを掻き立てる試練だな。そうやって散々心を乱した上で、この先にえげつないレベルでそれと対面する試練が待っている」

「ブラボー! 正解だよハジメ」

 

 拍手をするシュウジ。

 

 果たしてこの試練の概要が明らかとなったが、全員が後に続くものがあると知ってげんなりとした。

 

 しかし、それでこそ最後の大迷宮だろう。そう無理やり納得して、ケロッとしている二人に雫が問う。

 

「でも、南雲くんもシューも全然気にしてないっぽいわね?」

「あー、化け物が日常に戻れるわけないとかかんとか言ってるが、ぶっちゃけそれがなんだって話だからな」

「その口ぶりだと、気にしていることは認めるけど、あてがあるって顔ね?」

 

 鋭く切り込む雫に少し驚き、ハジメは実に可笑しそうに笑った。

 

「ハハッ、ほんとすげえな八重樫。そうさ、帰ってみないとわからないことを気にしてもしょうがないし、もしそうなら無理矢理道を切り開く」

「南雲くんらしいわね」

 

 

(なるほど……優先順位と目的をはっきり決めているから南雲はブレないんだな。あれが強さの秘訣なのかもしれない……)

 

 

 ハジメの泰然とした巨木のような揺るぎなさに、雫は苦笑するほかなかった。

 

 また、同じようにそれを聞いて考え込んでいる光輝がいたが、正直ハジメにも今の光輝は予測不能なので放っておく。

 

「ま、そういうことだ。それでもダメだったら……」

「ダメだったら」

「こいつを頼る。俺ができないことなら、だいたいこいつがなんとかしてくれるからな」

「お、嬉しいねぇ」

「ああ、確かにそれなら確実よね」

 

 ビシッと親指で刺したのは、案の定意味不明なレベルでハイスペックなシュウジである。

 

 いざとなれば他力本願する気満々の姿勢だが、それは確固たる信頼があってこそ。

 

 心から信じるシュウジであるから、自分のこれからを預けられるのだ。

 

 二人の信頼の厚さを知っているため、雫達も呆れよりも「まあそうなるわな」という納得顔になる。

 

「それで、貴方は?」

「俺にゃカインから受け継いだ精神的拷問への耐性があるからな。どうってことナッシング」

「そういえばそうだったわね」

「おうよ」

 

 安心する雫に、シュウジはニヒルに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 ──お前は、何者でもない

 

 

 

 

 

 

 

 脳裏に響く、その言葉を無視して。

 

「ユエさん達も、比較的平気そうね」

「ええまあ、終わったことを悔いても仕方がありませんし」

「……私も、かな」

「そうじゃのお。さほど気にする内容でもあるまい」

「……裏切る、って繰り返してる。でもそれはありえないし、何より……私が逃さない」

 

 チロリ、と舌を出して妖艶に微笑むユエに、ハジメとシュウジ以外の男性陣が総毛立つ。

 

 とは言えその言葉通りであり、ユエは非常に気難しく、また過去の裏切りで信頼の敷居は随分と高い。

 

 それが家族と言わしめるまで信じているのだ、もはや逃そうなどとは思うまい。

 

「ふふ、吸血鬼からは逃れられない」

「ま、逃げるつもりもハナからないしな。それより世界が滅ぶ確率の方が高いまであるぞ」

「ハジメ……」

「ユエ……」

「はいはいお二人とも、イチャイチャするのはまた後で休憩した時にしてください!」

「休憩する時にはするんだね……」

 

 

 

 もはや見境なしの桃色結界生成に、鈴がげんなりとした顔で突っ込んだ。

 

 

 

 なんだかんだと全員メンタルが強いことがわかり、その後もそれなりの速度を維持しながら迷路を進んでいけた。

 

 しかし、いくらタフであっても直接精神に攻撃を仕掛けられるのは負担で、ちょうどあった小部屋で休むことにした。

 

「ふう。後一息、といったところね」

「そうさなぁ。あと半分ってとこか?」

 

 座禅を組み、瞑目しながら言う雫。

 

 長年続けてきた明鏡止水を行うことで乱された心を正し、律することが目的だ。

 

 

 そんな恋人をカメラで撮りながら(許可はとっている)、シュウジは答えた。

 

 彼としてはどんな姿だろうと癒しになるので、雫を見ているだけで眼福だった。

 

 対する雫もその反応に嬉しさを覚え、それでいくらか囁きを無視できた。

 

「まったくもう! 二人とも少し近すぎです!」

「ん。ついハジメが可愛くて」

「ついユエが愛おしくてな」

 

 なお、道中互いへの愛情ゲージが振り切れている二人はイチャついて、シアに説教をされていた。

 

 ぴったりと寄り添って正座しているあたりまったく反省が見られず、シアはウサミミをピン! と立たせる。

 

「もぉ! 迷宮内だからって言ってるのに! そ、それに私も嫉妬しますよ!」

「……シア、可愛い」

「ああ、抱きしめたいな」

「うっ、そ、そんなこと言っても流されませんからね!」

 

 なお、そう言った2分後に陥落されたのは言うまでもない。

 

 既に恋人認定に入った以上、シアもまた桃色時空の住人なのである。リア充万歳。

 

「…………」

 

 きゃっきゃとはしゃぐ三人を、ホンの少し離れた場所にいた美空は無言で見つめる。

 

 いつもならばいの一番に間に割り込んで熾烈な正妻争いを始めそうだが、今は動こうとはしない。

 

「行かなくていいのかの?」

 

 魂魄魔法で全員の精神の安定化を図っていたティオが、隣に座って問う。

 

「うん、ちょっとね」

「美空、何か悩んでるけど……やっぱりあの囁きのこと?」

「そ。でも一人で処理できるから、気にしないで」

「……無理しないでね」

 

 手を握ってくる香織にニコッと微笑んで、美空はまた難しい顔をした。

 

 ティオと香織は顔を見合わせ、しかし当人しかどうにもできない以上、下手に踏み込むのはやめた。

 

「……んー」

 

 また、ウサギも似たような表情でいるのだが……元からユエ以上に無表情なので変化は乏しい。

 

 それに気がついているのは遠目にさりげなく見ているハジメ、ユエ、そしてシュウジの三人だけだ。

 

「鈴、平気か?」

「平気か平気じゃないかで言ったら、後者かな……」

「だよなぁ。これ、キッツいもんな」

「……じゃ、じゃあさ。キツいもの同士、て、手でも握る、とか……どう?」

「ああ、そりゃ不安も和らぐかもな。ナイスアイデアだ」

 

 囁き声を無視しようとしているのか、話半分に聞きながら笑う龍太郎。

 

 鈴はまともに相手されていないのを察し、仕方がないとはいえむっとした。

 

「龍っちのバカ」

「は? なんでいきなりバカ呼ばわりされんだよ。あとせめて筋肉つけろ」

「バカなものはバカなの。まったく、これだから乙女心もわからないゴリラは……」

「誰がゴリラだ誰が」

 

 平素通りのコントをしているあたり、なんだか平気そうである。

 

 一方、光輝は頭の中に響くその言葉に首を傾げていた。

 

 

 

 

 ──お前には何も守れない

 

 

 

 ──お前には何も選べない

 

 

 

 ──だから、選べる立場のやつに成り代わってしまえばいい

 

 

 

「うーん……」

 

 チラリ、と雫と一緒にいるシュウジの方を見てみる。

 

 しかし、やはり訝しむ顔で()()()()()()というふうに首を振った。

 

 

 

 光輝にとって、自らの声をしたそれは今更気にするようなものでもない。

 

 言葉の内容もとっくに受け入れたものであるし、ある意味ハジメと同じように達観している。

 

 なので、それが唆してくる内容は光輝にとってはいきなりなんだ? としか言えなかった。

 

「なあ、お前はこの声をどう思う?」

 

 

 

 

 

ヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイ

 

 

 

 

 

「確かに、お前に比べたらそうだよな」

 

 頭の中で繰り返すもう一方の声にうんうんと頷く光輝。

 

 既に〝折り合い〟がついてしまったため、光輝としては体の中に同居しているような感覚なのである。

 

 無論他人にはわからないので、独り言を呟く彼に、若干正気を疑う目を幼馴染達が向けていた。

 

「さて。ご主人様、そろそろ出発しようかの?」

「あー、そうだな。もう直線にしたら一キロくらいしかないし、寝てないことを含めても早めに踏破したほうが安全だ」

 

 ハジメの号令により、各々三十時間を超える探索での疲労で重くなった腰を上げていく。

 

 沈鬱な美空やウサギなど、一部気になるところはあるものの、概ね問題なさそうだ。

 

 あの二人に気を付けておくことを、ハジメとシュウジがアイコンタクトで確認し合った。

 

 

 

 小部屋を出て、再びミラーハウスのような迷路を進む。

 

 流石に終盤というべきか、散発的にだが再び氷鬼の集団やトラップが現れはじめた。

 

 前者はユエ達があっさりと倒し、後者はシュウジが勇者を蹴っ飛ばして対応させた。慈悲はない。

 

 

 ──みんな強いね

 

 

 ──でもあなたはただ回復魔法が使えるだけ。香織にも及ばない

 

 

 ──それなのに、今のハジメの恋人として相応しいのかな? 

 

 

「…………っ」

 

 続く囁き声。

 

 美空は文字通り氷柱を心の柔らかい部分に突き立てられた気分になる。

 

 

(いけない。こんな顔してちゃ、ハジメに心配をかける)

 

 

 ただでさえ戦力にはならないのだ。雰囲気を悪くしてはいけない。

 

 そう思い、美空はふと正面の氷壁を見て……激しい違和感を覚えた。

 

「……?」

 

 眉根を寄せ、首を傾げる。

 

 鏡面の中の美空も同じ動きをし──いや、違う。

 

 

 表情が、伴っていない。

 

 

「っ、な、なにこれ……?」

 

 眉も目線も、口元も頬も微動だにしない鏡の中の自分。

 

 ひやりと悪寒を覚えつつ、美空は氷壁をもう一度見たら──中の美空が、嗤った。

 

「ひっ!?」

「きゃっ!?」

 

 思わず後退りした美空は、すぐ後ろにいた香織とぶつかって悲鳴を上げさせる。

 

 異変にすぐさま全員が立ち止まり、香織を大量に冷や汗の浮かんだ顔で見る美空に目を丸くした。

 

「み、美空? どうしたの?」

「……っ、い、今、壁の中に映った私が笑って……」

「つまり、違う表情をしてたってことか?」

「うん……」

「シュウジ」

「ああ、第二フェーズだ。こっからさらにキツくなるぞ」

「嘘……」

「美空、落ち着いて、ね? 深呼吸して、心を落ち着けて」

「……うん」

 

 香織が美空の両肩に手を置き、魂魄魔法と回復魔法を併用して沈静化させる。

 

 徐々に過呼吸気味な息を整えていった美空は、香織の手を握ったまま俯いてしまった。

 

 

 

 香織は困ったようにハジメを見て、彼が頷くと美空の手を握った。

 

「……ハジメ、ごめんね」

「気にするな。とにかく、ここからもっと難易度が上がるらしいから全員気をつけろ」

 

 険しい顔をするハジメに皆、首肯した。

 

 

 

 

迷路は……試練は、まだ続く。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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氷のラビリンス 5

ハジメ「俺だ。前回は美空が心配になる回だったな」

未来「ごめんね、迷惑かけて…」

ハジメ「気にするな。さて、今回は新しい試練が待ってるみたいだな。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる洞窟編!」」


 三人称 SIDE

 

 

 

 

 

 やがて、迷路を進むうちに一行の前に広大な空間が現れる。

 

 

 

 

 

 奥にはこのミラーハウスのような迷路の入り口であった扉に似た、美しい装飾の扉が聳えている。

 

 ハジメが羅針盤を見下ろし、それが伝えてくる感覚からゴールであることを確信した。

 

「シュウジ、見たところまた鍵みたいな仕掛けは見当たらないが……何かあるか?」

「あるといえばある。ゴール前にトラップは定番だろ?」

「チッ、この氷壁で感知系の技能も阻害されるからわからないのは厄介だな……」

「ま、この人の頭の中覗き込むやかましい覗き魔に比べりゃなんてことないさ」

 

 こめかみに指を当てるシュウジにそれもそうか、と頷いたハジメは警戒しつつ前を向いた。

 

 部屋に入り、武器を構えながら鋭い視線を飛ばす。

 

 

 

 そして中央まで進んだ時、それは始まった。

 

「あ? ……太陽?」

 

 頭上より降り注いだ光に、顔を上げハジメが呟く。

 

 雪煙に覆われた迷路の上空、そこで輝きを増す一点の光が煌いているのだ。

 

 太陽と錯覚させるほどの強いそれは、分厚い雪煙を貫いて空気中の細氷に反射し、ダイヤモンドダストを発生させる。

 

 しかし、一つだけ自然の神秘と目を奪われるにはいささか不可解な点があった。

 

「氷片に集まる光が強すぎる……」

「これじゃあまるで……」

「皆様、一歩も前へ動かぬようお願い申し上げます」

 

 心の中で鳴り響く警鐘に、シュウジがそう言った途端全員が後ろへ一歩下がった。

 

 その瞬間にシュウジがステッキの下部を床に打ち付け、エ・リヒトを展開する。

 

 

 

 次の瞬間、数百の煌く氷片は無数の閃光を解き放った。

 

 レーザー兵器のごとく部屋中を縦横無尽に駆け巡り、氷壁や地面にその痕を削ってっていく純白の細光。

 

 当然エ・リヒトにも当たり、紫の結界の表面で弾ける光に顔を引きつらせるハジメ達。

 

「さて、このままだとヴェールに包まれて終幕だ」

「なんだと?」

 

 シュウジの言葉に、反射的にハジメは顔を上げた。

 

 つられて全員が頭上を振り仰げば、なんと雪煙が降りてきているではないか。

 

「チッ、あれに巻かれると厄介そうだ! 一気に駆け抜けるぞ!」

「防御は任せろ。あ、勇者は別に出て行ってもいいぞ」

「絶対出ていかないからな!」

 

 いつものやり取りを交わし、全員扉に向けて疾走する。

 

 シュウジの膨大な魔力、そして緻密に構築された結界はそこかしこから飛んでくるレーザーを見事に逸らした。

 

 

 

 それだけではない。

 

 実はステッキには装填スロットが空間魔法で内部に入れ込まれており、ダイヤモンドフルボトルが挿入されている。

 

 それによって結界はその硬度に加え反射性を持ち、レーザーを打ち返して氷片を砕いていた。

 

 

 

 扉まで、残り約百メートル。 

 

 これならばとハジメ達が思った矢先に、ズドンッ!! と凄まじい地響きを立てて雪煙から氷塊が落下してきた。

 

 地面にクレーターを作ったそれは向こう側が透けて見えるほどの透明度で、中には──赤い魔石がある。

 

「チッ、こっちが本命か」

 

 舌打ちとともに告げられたハジメの悪態。

 

 応えるように氷塊は形を変え、ハルバードとタワーシールドを持った5メートル級巨人になった。

 

 

 

 数は十二体。ちょうどこの場にいる挑戦者全員と同じ数だ。

 

 また、氷のゴーレム達の出現によって足止めを喰らっている間に雪煙が完全に降りてきてしまった。

 

「ハジメ、あのボトル使え。俺の計算だと、こいつらの耐久力はお前の銃の威力より上だ」

「オーケー」

 

 言われた通り、ハジメは宝物庫からムーンハーゼボトルを取り出してドンナーに入れる。

 

 久方ぶりに使うそれは、昇華魔法によって改良された今のドンナーであれば運用できるはずだ。

 

「一人一体ってとこだな……蹴散らすぞ」

「優雅にいこうか」

 

 二人の号令によって、結界が解除されたのと同時にフロストゴーレム達との戦闘が始まった。

 

 

 

 ドパンッ!! 

 

 

 

 まず最初に向かってきたフロストゴーレムに、ハジメの音速の弾が牙を剥く。

 

 どうやらこれまでの氷像達よりスペックが良いようで、すぐさま反応して大盾を構える。

 

 

 

 パキャァンッ────! 

 

 

 

 が、それは桃色の雷光を纏う凶弾によってけたたましい音と共に粉砕された。

 

 速度を落とすことなく突き進んだ弾は盾を持つゴーレムの腕を砕き、更に胸ごと魔石を貫通する。

 

 フロストゴーレムは呻き声を上げた後、ゆっくりと倒れて崩れ、氷の小山となった。

 

「まずは一体。次は美空の分を倒しにいくか」

 

 ドンナーを構え直し、ハジメは二体目の殲滅に向かう。

 

 

 

「ぶちかましますよぉ!」

「ん……!」

 

 ゴーレムの耐久性を踏まえ、爆破できるディオステイルを持ったシアと覇拳をつけたウサギも前に出る。

 

 ティオは黒ブレスで、既にあの〝力〟は二度失敗しているため、光輝は〝天翔剣〟を、香織は〝分解砲〟を。

 

 非戦闘員である美空を守るため、防御に徹している鈴以外の全員がゴーレムに向かって技を放った。

 

 

 

 

 ゴバッ! 

 

 

 

 

 ──光輝だけは、シュウジに向かって。

 

 

 

「なっ!?」

「はぁっ!?」

「えっ!?」

 

 フロストゴーレムとは全くの反対方向に放たれた純白の剣光に、雫達が目を丸くする。

 

「っ!?」

 

 光輝自身、目の前のフロストゴーレムではなくそちらに放ったことに鋭く息を呑む。

 

 

 あわや切り裂かれるか──などとは、誰も思わず。

 

 

 シュウジは軽やかな動きで跳躍し、光輝の天翔剣をあっさりと躱してみせた。

 

 それどころか同時に振り下ろされたハルバードをも紙一重で回避し、黒ナイフとカーネイジナイフで足を切り崩す。

 

 ズシン、とうつ伏せに倒れたフロストゴーレムの上に着地し、光輝のことを無機質な目で見た。

 

「っと……またかこのクソ野郎。いい加減殺すぞ」

「す、すまない! 技を出した瞬間囁きが強くなって、つい誘導されて!」

 

 光輝は〝それ〟によって、精神の侵食にはある程度耐性がついている。

 

 

 

 

 普通に耐えられる、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 突然頭を支配した囁きに驚き、その隙に体を乗っ取られたのだ。

 

 それがこの空間最大のトラップであり、勿論シュウジは最初からそんなことはわかっている。

 

「ハッ、まんまとこの部屋のトラップに引っかかってやんの。そんなことだから貴様は間抜けなんだ、ジョジョォ!」

「いやジョジョじゃないだろ」

 

 無駄に良い声で言うシュウジに、ハジメの冷静なツッコミが入った。

 

 要するにこのセリフを言いたかっただけである。緊張していた光輝はずっこけそうになった。

 

 一方、フロストゴーレムをブレスで牽制しながら話を聞いていたティオがハジメに向けて言う。

 

「ご主人様。あのゴーレムに攻撃する瞬間、囁き声のようなものが聞こえたのは確かじゃ」

「チッ、無意識領域への干渉ってとこか。天之河以外は平気か?」

 

 ハジメに返事をする一同。

 

 どうやら慣れすぎて警戒が緩んでいた光輝以外は、特にその影響を受けてはいないようだ。

 

 この場にいるほとんどの全員が、囁きの内容が自分への疑念というのも幸いだっただろう。

 

 

 

 ある種最初からこの試練を克服している、とも言える。

 

「天之河、次は気をつけろ。億が一にもありえないだろうが、もしシュウジに怪我させたらお前の頭をぶち抜く」

「わ、わかった。南雲も大概北野のことになると物騒だな……」

 

 本気の声音で脅しをかけられ、光輝は気を引き締め直した。

 

「ハッ、せいぜい無駄に頑張れ。ちなみに不意打ち騙し討ち狙い撃ちしても文句言うなよ、先にやったのお前だから」

「最後のは明らかにわざとじゃないか!?」

「俺の耳って勇者の声は聞こえない構造なんだ☆」

 

 ロングソードを構える光輝をシュウジは鼻で笑い、右足を上げると振り下ろす。

 

 衝撃を貫通させる技によってフロストゴーレムの魔石のみが砕け、バラバラと崩れた。

 

 

 

 

 

 それを再開の合図として、再びフロストゴーレム達との戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

「断ち斬れ、〝閃華〟」

 

 雫の一閃が、フロストゴーレムの盾に大きな亀裂を入れる。

 

 刀身の二倍はあるその傷は、空間魔法を付与されたことで、斬撃と同時に空間を斬ることが可能となったからだ。

 

「さあ番人さん、踊りましょう」

 

 雫は楔丸を鞘に収め直すと、フロストゴーレムを下から睨み上げた。

 

 

 

 上等、とでも言うようにフロストゴーレムがハルバードを振り上げる。

 

 風を切る、というよりも叩き潰すような音を出して大質量の凶器が炸裂した。

 

「シッ!」

 

 楔丸に付与された神代魔法を用いることなく、今度は純粋な抜刀で対抗する。

 

 同時に鞘のトリガーを押し込み、内部に仕込まれた空圧式ショットシェルで刀を中から弾き出す。

 

 それを易々と掴み取った雫は、流れる力を意のままに刀を振るった。

 

 

 

 後の閃、しかしてそれは威力を重視した鈍重なハルバードよりも速く。

 

「集え、〝引天〟」

 

 その瞬間、神代魔法を発動させる。

 

 刀身の発する引力によってハルバードが吸い寄せられ、雫は柄と刃のついた先端の間を狙う。

 

 

 

 その狙いは誤ることなく、重量武器であるハルバードから肝心の先端部分が断ち切られた。

 

 思わずバランスを崩すフロストゴーレム、地面に落下する刃。

 

 そこで氷片から雪煙を貫いてビームが飛んでくる。

 

 

 

 しかし、刀を振り切った雫の体には一本も当たることはなかった。

 

 ビームの飛んでくる音、全方位を見渡せる動き方、踏み込む位置から刀を振り切るタイミングまで。

 

 それら全てを計算し尽くした上での動きである。

 

 

(シューの彼女としては、これくらいの芸当はできなきゃね)

 

 

 雫は未だ引力を持つ刀身を、速度を保ったままに一回転して落ちる刃に向ける。

 

 刀身に吸い寄せられ、急激に落下の軌道を変えた刃がくっ付いた。

 

「ハァッ!」

 

 雫はそれを、遠心力を込めて巨兵の腕めがけ振り切る。

 

 右半身が前傾姿勢であったフロストゴーレムの、右手首から先が砕け散った。

 

「飛べ、〝離天〟」

 

 目的を達成した雫はすぐさま斥力に切り替え、用済みになった刃を刀身から引き剥がす。

 

 そうしてまた楔丸を鞘に収めて、フロストゴーレムに挑発的な目線を送った。

 

 一方の腕を失ったフロストゴーレムは、ならばと盾で殴りかかってくる。

 

 

 

 織り込み済みである雫は、昇華魔法で上がった知覚能力でビームの軌道を把握し、それから動き出した。

 

 僅かにタイミングを遅らせ、疾走する。すると雫の脇や足の間をビームが貫き、地面を砕いた。

 

 

 

 一難去ってまた一難、真正面から大質量を誇るタワーシールドが迫っていた。

 

「断ち斬れ、〝閃華〟」

 

 短い詠唱とともに、タワーシールドに向けて抜刀する。

 

 物理的な距離を無視した斬撃は前方の空間を削り、一瞬空白になった空間にタワーシールドが当たって下に傾く。

 

 その下へ素早く雫が潜り込んだ瞬間、ビームが飛来して傾いた盾の裏側に当たった。

 

 

 

 それだけではない。高い反射性を持つシールドは鏡となってビームを屈折させ、ゴーレムの左肩を砕く。

 

 たたらを踏み、動きが鈍るフロストゴーレム。ぐらつく盾が手放される前に雫は飛び出した。

 

「ふっ、はっ!」

 

 待ちわびていたように無数の熱戦が降り注ぎ、雫はその全てを先読みと曲芸じみた動きで回避。

 

 

 

 ──その剣で目の前の敵を倒せても、彼の未来は切り開けない

 

 

 

 阻害したいのか、囁きが脳内に響く。

 

「だから、どうしたというの」

 

 雫は眉ひとつ動かさなかった。

 

 意識することすらなく、極限の集中状態を以ってして全ての思考を戦闘に注ぎ込む。

 

 それだけで全て跳ね除けられるわけではないが、簡単に揺らぐほど雫の精神は柔ではない。

 

「砕け、〝焦波〟」

 

 フロストゴーレムの股下に潜り込み、左足の関節部に濃紺色の波紋とともに衝撃を叩き込む。

 

 左肩が砕けたことで不安定になっていたフロストゴーレムは、簡単にバランスを崩した。

 

「砕け、〝焦波〟」

 

 背中の方に抜けた後に左側に回り込み、同じ技を左手首に入れる。

 

 衝撃が走り、ピシッ! と関節にヒビが入った。雫はそこに柄頭を叩き込む。

 

 特別硬いアザンチウムでできたそれは、フロストゴーレムの手首を砕くには十分だった。

 

 

 

 両手を失い、左足は機動力が激減。戦闘用ゴーレムとして致命的なダメージを負っている。

 

 ほぼ勝敗は決したと言っても良いだろう。

 

「っと。厄介ね」

 

 そこへ、間髪入れず飛んできたビームを磨き抜かれた刀身の腹で弾く。

 

「……!」

 

 一瞬、雫の意識が半分のみとはいえ外れた瞬間。

 

 ゴーレムは赤く目を輝かせ、壊れたままの両腕を振り回して雫を横殴りしようとした。

 

 

 

 しかし、そんな不意打ちは通じない。

 

 

 

 雫はビームを弾くために捻った体をそのまま倒し、まず左の横薙ぎを回避。

 

 続けてやってきた右の腕の断面、そこに正確に狙いを定めて切っ先を突き刺し、力を抜く。

 

 

 

 あえて振り回された雫は、腕が振り上げられた瞬間切っ先を抜いた。

 

 自ら空高く飛び上がり、こちらを見上げるフロストゴーレムを見下ろす。

 

「昇り纏え、〝崩天〟」

 

 ピタリと両手で柄を握り締め、最後の詠唱を呟く。

 

 その瞬間、雫の体と刀が鮮やかな紫色の魔力に覆われ──

 

 

 

「さようなら。結構強かったわよ、あなた」

 

 

 

 そのまま、落下。

 

 フロストゴーレムが半壊した腕を引き戻すよりも速く、雫がポニーテールを靡かせ落ちる。

 

 まるで天女の天下りの如き美麗さで、フロストゴーレムの頭部目掛けて突きが繰り出された。

 

 咄嗟に間に差し込まれた両腕を掻い潜り、頭頂に切っ先がスッと入る。

 

 

 

 ズンッ!!! 

 

 

 

 その瞬間、フロストゴーレムの頭から股下まで凄まじい重圧が駆け抜ける。

 

 全身にヒビが入り、最後に胸の中で魔石が真っ二つに砕けた。

 

 

 

 雫が刀を引き抜き、跳躍して地面に着地する。

 

 心臓部を破壊されたフロストゴーレムは、彼女の目の前でゆっくりと倒れた。

 

 それを見届けた雫はゆっくりと納刀し、刃を鞘に収める。

「ふぅ……」

 

 少々乱れた息を整えるため、短く息を吐く。

 

 またそれは、極限の集中によって維持していた昇華魔法の使用をやめる合図でもあった。

 

 

 

 紫色の光が消え、雫は少し名残惜しそうにする。恋人と似たこの光は雫のお気に入りだ。

 

 それから楔丸の柄を撫で、ふっと満足げに微笑んだ。

 

「実戦でも問題なし、と。南雲くん様々ね」

 

 

 

 〝崩天〟。

 

 

 

 それが雫の新たな技。

 

 〝落ちる〟という重力の基本的な概念を昇華魔法によって強め、同時に雫の肉体をそれに耐えられるよう強くする。

 

 結果として、雫もろとも凄まじい重さで落下してくる重力の塊が完成するのだ。

 

「さて、これで終わりのはずだけど……」

 

 ビームもいつの間にか収まり、雫は周囲を見渡す。

 

「ん?」

 

 ふと、周囲を覆っていた雪煙の一角が形を変えていくのを見つける。

 

 渦を巻いた雪煙は台風のように螺旋を描き、そのまま一直線に他の雪煙をおしのける。

 

 最終的に薄れて消えていったその渦の先には、最初に見えていたゴールの扉が見えていた。

 

 そこには当然、恋人とハジメ達が出揃っている。

 

「おーい、雫ー」

「今行くわー! ……光輝達も無事に終われるかしら」

 

 こちらを呼ぶシュウジに答え、雫はフロストゴーレムを一瞥した後に歩き始めた。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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偶像(実像)

もうかなり寒い。

ハジメ「俺だ。いよいよこの迷宮も終盤……だな」

シュウジ「最後は派手にいくものさ。さあ、始めよう。それじゃあせーの、」


二人「「さてさてどうなる洞窟編!」」


 

シュウジ SIDE

 

 

 

 ものの数分でゴーレムを破壊した俺達に続き、雫も早々に試練を突破してきた。

 

 残る三人は未だに雪煙の中で戦っており、白っちゃんが鍵探しの時のようにハラハラとしている。

 

「光輝くん達、大丈夫かな……」

「だから心配しすぎだって。みんなあれくらいは倒せるでしょ」

「勇者は知らんけどな。むしろレーザーで蜂の巣になっているのを推奨」

「もう、シューくんったら!」

 

 怒る白っちゃんにケラケラと笑う。

 

 いつも通りの悪態をつくことで気をそらそうと思ったのだが、すぐに不安げな顔に逆戻りしてしまう。

 

「ちょっと見てみるか」

「さすがハジメ、男前」

 

 それを見かねたハジメがクロスビットを宝物庫から取り出して飛ばした。

 

 羅針盤に従い、まずは一番不利になりそうな谷ちゃんの方へとクロスビットを向かわせた。

 

 

 

 クロスビットの〝遠透石〟に水晶ディスプレ氏を接続し、こちらにも見えるようにする。

 

 谷ちゃんのいる場所まで到着するも、相変わらず雪煙に包まれて何も見えなかった。

 

「視界は不良、か」

「もう少し高度を上げてみればどうだ?」

「そうだな」

 

 ハジメはクロスビットを上昇。

 

 

 

 それでようやく顕になった戦場では、谷ちゃんが結界を展開しながらレーザーを防いでいた。 

 

 結界の対象は自分と、そしてゴーレム。

 

 ゴーレムの方には炎系魔法を聖絶と組み合わせた〝聖絶・焔〟を内側に使うことで溶かしている。

 

 

 

 ゴーレムも逃れようとハルバードやタワーシールドを振り回しているが、昇華魔法で硬度の上がった結界は容易く壊れない。

 

 時折ヒビが入ったりするものの、谷ちゃんがすぐに修復するため焼け石に水だ。

 

「はぁ、はぁ……あと、少しなんだから」

 

 消費魔力が馬鹿にならない昇華魔法と高度な結界の維持・修復の併用。

 

 使用中は魔力消費軽減の効果がある鉄扇があるとはいえ、谷ちゃんは疲労困憊といった様子。

 

「負けない……何を言われても、もう一度鈴は恵里と話すんだからぁ!」

 

 それでも、滝のような汗に塗れながら虚ろになりかけていた目に闘志を宿し、声を張り上げた。

 

「お、谷ちゃんいい感じじゃん」

「谷口のやつ、なかなか頭脳派だな」

「あれなら、あっちが溶けきるまで待てば鈴さんの作戦勝ちですねぇ」

「ん、心配なさそう」

「上手い、と言わざるを得ないの」

「谷口さん、ガッツあるね」

「鈴ちゃんすごい!」

「終わるまで、時間の問題ね」

「んじゃ次行くか」

 

 大樹の迷宮での経験が活きているのだろう、谷ちゃんもタフになってきた。 

 

 

 

 クロスビットを移動させ、今度は羅針盤の目標を坂みんにセットして探し出す。

 

 しばらく進み、やがて羅針盤の示す位置と雪煙が激しく吹き荒れる場所が一致して、先ほどと同じように俯瞰した位置から見る。

 

『オラァアアアッ!』

「ゴッ、ガァッ!?」

 

 

 一言で言えば、圧巻である。

 

 

 グリスに変身した坂みんによって、フロストゴーレムはタコ殴りにされていたのだ。

 

 既に武具は粉砕されて床に散り、ボロボロなフロストゴーレムを見るに、反撃も許されないのだろう。

 

 レーザーに関してはダイヤモンドフルボトルを使ってシールドを作っている。頭いいな。

 

『激闘! 激動! 激情! まだまだこんなもんじゃねえぞ、コラァアアア!!』

「ガゴァッ!!?」

 

 ブリザードナックルが叩き込まれる度に、フロストゴーレムの体に陥没が増えていく。

 

「あっはっは、おもしれえくらい一方的」

「坂上は一切心配いらないな」

「ん」

「ナイスパンチ」

「ですねぇ」

「戦い方は昔と変わってないけど、勢いが段違いね……」

 

 こちらも特に手助けなどもいらず、問題なく終わりそうである。

 

 おや? 何やらティオがフロストゴーレムを砕くナックルをティオが凝視して……

 

「あのご主人様の作ったアーティファクトで一回殴られてみたいのじゃ……」

「ティ、ティオさん……」

「へ、変態……」

 

 白っちゃんと美空がドン引きするも、変態の性的嗜好への好奇心は止む気配はなかった。

 

 クロスビットはクソ勇者の方に移動し、ティオの「ああっ!」という残念そうな声は総スルー。

 

 

 

 坂みんから位置的にさほど離れているわけではなく、すぐに見つかってクロスビットが固定された。

 

 奴は〝覇潰〟と昇華魔法を併用しており、白銀の輝きを纏いフロストゴーレムと戦闘を繰り広げている。

 

「ハッ!」

 

 気迫のこもった声と共に、ロングソードの柄頭がフロストゴーレムに繰り出された。

 

 フロストゴーレムはタワーシールドで防ぐも、接触した瞬間に表面が深く陥没する。

 

「うぉおおおおおっ!」

 

 奴がさらに踏み込み、半壊したタワーシールドにロングソードを振るう。

 

 雫の楔丸と同じく、魔力を衝撃に変換する技能を使った一振りが大盾を完全に砕いた。

 

 仰け反るゴーレムに踏み込むクソ勇者、そこにやらせまいとレーザーが迫る。

 

「っ!」

 

 瞬間、奴の左目が赤と黒に染まった。

 

 左肩から口の集合体が溢れ出し、大きく開口するとそちらにレーザーが屈折して吸い込まれる。

 

「次で砕くぞ、氷像!」

 

 難なくレーザーをやり過ごした奴は、剣を構えてフロストゴーレムにもう一度突撃する。

 

「どうやら二回失敗して、多少使い方を学んだみたいだな」

「……ほーん。ま、そこそこマシなんじゃねえの」

 

 楽しげに視線を向けてきたハジメに、心底興味なさそうに爪をいじりながら答える。

 

 いやあいつが奮闘してるところとか、豚の糞レベルにどうでもいいわ。

 

 

 

 ともあれ、全員フロストゴーレムを十分に倒せそうだ。

 

 そう判断してハジメはクロスビットを呼び戻し、その予想通りに数分で雪煙の向こうの戦闘音は止んだ。

 

 雪煙のトンネルが開いて、坂みん、クソ勇者、最後に谷ちゃんの順でゴールにやってくる。

 

「ふぁ〜、疲れた〜……」

「クソ硬かったな、あいつ」

「どうにか勝てたけどな……」

「三人とも、お疲れ様」

 

 腰を下ろして治癒師コンビに治療を受けている三人に、雫が歩み寄る。

 

 自分達よりずっと余裕を保っている我が女神に、三人はなんとも言えないような苦笑を浮かべた。

 

「雫は元気そうだな」

「ええまあ、シューと南雲くんの改造のおかげで随分と斬り方も増えたし。パワー重視で遅かったのも相性が良かったわ」

「俺は正面から殴り合うしかできねえからなぁ」

「鈴は攻撃型じゃないし、辛かったよ……」

「俺もかなり魔力を削られたな……」

 

 相当な硬度を持っていたフロストゴーレムに、各々それなりに苦戦したようである。

 

 異空間から回復薬(ベストマッチ音声付き)を取り出し、谷ちゃんに放る。

 

 クソ勇者にはまた全力投球した。

 

「谷ちゃんはこれ飲んどきな。魔力が回復する」

「わっ、ありがと」

「あっぶないな! せめて少しだけ労ってくれ!」

「は? いや無理。あ、それとお前のは下水味だから」

「えっ、す、鈴のは?」

「爽やかレモンティー」

「格差っ!?」

 

 ぶちぶちと文句を言いつつも、奴はタブを曲げて開く。ライオンクリーナーの音声にビクッとした。ザマァ。

 

 魔法による治療とジュースでの魔力回復が終わって、調子が戻ったのを確かめて三人とも立ち上がる。

 

「ありがとう香織。石動さんも、ゴーレムはどうしたんだ?」

「……ん、私は香織と違って回復魔法しか使えないから。少し攻撃して、あとはハジメに手伝ってもらった」

「ま、条件としちゃ厳しいが適材適所だ。気にしなさんな」

 

 俺の励ましにこくりと頷く美空だが、その顔色は悪かった。

 

 果たしてそれは、囁きの内容の通りになってしまっているが故のことなのか……

 

 

『次の試練、大丈夫かこれ』

 

 

 まあ、一応瞬間移動の座標を美空に設定しておくか。

 

 

 美空に座標をつけている間に、全員が集合したことで事態が変化を見せる。

 

 頭上に輝いていた太陽が姿を消し、それによって氷片への光が途絶えてレーザーが止む。

 

 

 

 雪煙も再び天へと昇っていき、視界が晴れていった。

 

 それを見届けて扉の方に振り向けば、巨大な扉は燦然と輝きだす。

 

 そして開門するのではなく、光の膜を形成していく。

 

「シュウジ、これが次の試練への入り口か?」

Exactly(その通り)。ここから先がいよいよ大本命、言うなれば大樹での理想世界だ」

 

 それは嫌そうな顔をする一同。あれは辛かったね。

 

「理想世界と同じ、ってことは……」

「……もしかして、この囁きの本番?」

「うわ……」

「もう考えるだけで嫌ですぅ」

「むしろ、迷宮で嫌ではなかったことなどあったかの?」

「なかったね……」

 

 はぁ、と深いため息をついてしまうハジメハーレムの女性陣。

 

 彼女達の場合、基本的に見物理的なものなら問題ないため、むしろ精神的な攻撃は堪えるのだ。

 

 雫は割と平然としているものの、アホや坂みん、谷ちゃんはこれから待ち受ける試練に緊張した顔を見せる。

 

「まあ、うだうだ言っててもクリアできるわけじゃない。さっさと攻略するぞ」

 

 

 

 

 

 ハジメの号令に覚悟を決め、全員が光の門へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 大樹の時の転移の感覚に似たものが、体を包み込む。

 

 

 

 

 

 その間に先に知ってるここからの試練に決心を固め。

 

 

 

 

 

 

 そして感覚が正常に戻った瞬間に目を開いた。

 

「ん……到着、か」

 

 周囲は二メートル四方のミラーハウス。そこかしこに俺の格好いい顔が映っている。

 

 周りには誰の気配もない。当然だ、これはあの理想世界のように個別型の試練なのだから。

 

 ま、俺ちゃんなら楽勝だけどね。

 

『いつも通りにふざけて気分を落ち着けるのは、もう十分か?』

「……ああ」

 

 あえて声を出し、肯定して歩き出す。

 

 

 

 別れ道はなく、〝その場所〟へは一本道。

 

 

 

 それも、ほんの十分ほどであっさりと終着点へと辿り着いてしまった。

 

 これまでの迷路よりずっと簡潔だったり道筋を踏破し、通路の終わりで足を止めて。

 

「……ふぅ。よし、いつも通り軽いテンションでいこうじゃないか」

 

 ハジメ達がいるならば、決して口に出さないだろう弱々しい声。

 

 我ながら笑えるほど情けねえと思いながら、部屋の中に一歩踏み出した。

 

 

 

 大きな部屋だ。

 

 あるのは地面から天井まで一直線に結ぶ、円筒形の氷柱が一本。

 

 通路と同じく鏡のように磨き抜かれたそれに近寄るにつれ、俺の全身像が写り込む。

 

「ふむ、そろそろジャケットを新調するか?」

 

 大鏡の前に立った気分で、ステッキでジャケットの裾を捲り上げてぼやいた。

 

 それから、頑なに目を合わせないようにしていた鏡の中の自分を見て。

 

「なあ、()()はどう思う?」

『──そうだな。替え時じゃないか?』

 

 そう、()()()()()答えが返ってきた。

 

 

 

 腰に手を当てている、氷柱の中の俺。

 

 そいつの目は……いつか見た時と同じ、ステンドグラスのように六色にひび割れている。

 

 おまけに首や腰に当てた右手の手首には継ぎ接ぎがあって、俺自身その姿にゾッとする。

 

『驚いたか?』

「まさか。いいメイクだな?」

『そりゃどうも』

 

 

 

 パキン、と。

 

 

 

 氷柱の中の俺が、割れた。

 

 いいや違う。()()()()()。最初からそこにいた継ぎ接ぎの〝俺〟の隣に、黒いローブの人物がいる。

 

 その証拠に、真ん中の〝俺〟の(ステンドグラス)から一色減っている。

 

『さて。お前()はもうこの試練の内容を知っているな?』

「ああ。自分にとって不都合な感情、記憶、思想、悪意、矛盾、虚偽……そういったものを乗り越える試練だ」

 

 パキン。また割れる。

 

 今度はステンドグラスから黄金が消え、倍の背丈はある、長髪で虎のような化け物が生まれた。

 

 

 

『ははっ、だとしたらハジメ達以上にこの試練は大変だなあ?』

「ああ、そうだろうな」

 

 

 

 割れる。

 

 

 

『いやはや、この迷宮に挑んだものの中でこれほど()()()()()()奴も珍しいよ』

 

 

 

 割れる。

 

 

 

『むしろ、この迷宮はお前を待ち侘びていた。そうは思わないか、俺?』

 

 

 

 割れる。

 

 

 

『だって、お前は──』

 

 

 

 そして、最後に割れて。

 

 

 

 

 

『『『『『『何もかも、偽物だろう?』』』』』』

 

 

 

 

 

 鏡の中から、〝俺〟が消えた。

 

「っ!」

 

 カーネイジを両腕に展開し、大鎌を形成して氷柱を両断する。

 

 だが、それは氷柱の中の〝彼ら〟の繰り出した攻撃によって弾かれてしまった。

 

 鋭いナイフの一閃が、化け物の額から放たれた雷が、赤い弓兵の双剣が、ドリルのような剣が、漆黒の炎が、百足のような尾が。

 

「チッ!」

 

 それら全てによって二本の大鎌は破壊され、俺は舌打ちしながら飛び退く。

 

 部屋の入り口近くに着地して氷柱を睨むと、波紋を広げながら一人ずつこちらに()()()()

 

 

 

 

 

 まず、黒いローブの男が髪から服まで全てを純白に身を染め、反してその手に持つナイフを漆黒に塗り潰した。

 

 

 

 

 

 黄金の化け物がその体を黒くし、体に走る黒いアザとその色をまるっきり入れ替える。

 

 

 

 

 

 弓兵の肌が赤い外套を消失し、白地に黒縁の戦装束を纏い漆黒の髪を揺らす。

 

 

 

 

 

 赤と青の装甲に身を包んだ戦士が、その両の瞳を残して体を刺々しい黒へと変貌させ。

 

 

 

 

 

 復讐の魔女が、黒い鎧を本来の彼女の原典のように白一色へと歪ませて、黒旗を白く翻し。

 

 

 

 

 

 最後に出てきた青年が、中途半端に黒い白髪を黒一色に仕立て、トレンチコートから黄色の尾を伸ばして。

 

 

 

 

 

『『『『『『さあ、お前の存在を証明してみせろ』』』』』』

「──上等だ、解放者のクソッタレめ」

 

 黒ナイフとカーネイジナイフを構え、異空間から百鬼夜行とカマキリを開放する。

 

 エボルは使わない。これは、この試練は俺の──北野シュウジの実在を賭けた戦いだ。

 

 

『そうか。じゃ、死ぬ直前まで勝手にやれ』

 

 

 ああ、そうさせてもらうよ。

 

 

 

「さあ、終末を始めようか」

 

 

 

 シュネーの迷宮に用意された試練、その最後の──あるいは俺自身の、な。

 

 

 

 




紫の反対色って黄色らしいですね。

次回は他のメンバー。主役は焦らすのさ。


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当然の帰結

ハジメ「俺だ。前回から最後の試練が始まったな」

エボルト「作者は大樹の理想世界と同じくらい楽しみにしていたらしいな」

シュウジ「悪趣味だねぇ。さて、今回はハジメの回だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」


 ハジメ SIDE

 

 

 

「……なるほど、改めて見ると酷い厨二だな」

 

 

 

 転移されてからやってきた部屋の氷柱を前に、自分の格好を見てぼやく。

 

 眼帯に白髪、黒コートに義手……もはやここまで厨二を極めてしまっていると逆に面白い。

 

「こりゃ確かに、日本だと居場所はないかもしれないな……」

 

 最悪アキバか代々木辺りに引っ越して、日々コスプレしてますと通すことになるかも。

 

 囁きの言うことがいよいよ現実になるか、と思うとさすがの俺も複雑な気分にならざるを得ない。

 

『いや、そういう意味じゃねえよ』

「……やっぱり出たな」

 

 落としていた視線を戻す。

 

 すると、自分でもわかる憮然とした顔──ではなく、呆れた顔の〝俺〟が氷柱の中にいた。

 

『動揺はなし、か……やはりシュウジのアドバイスは便利だな?』

「まあ、頭の中に攻略本を持ってるようなもんだからな。それでいくと、どうやらお前は俺の予想通りの存在みたいだな」

()()()()()()()()

 

 肩を竦める鏡の中の俺に、やはりかと口の中で呟く。

 

 全てじゃないということは、おそらく大樹の迷宮のように大迷宮の作った偶像ということだろう。

 

 

 

 俺の表情から思考を察したか、ニヤリと面白そうに笑う鏡の中の俺。

 

 次の瞬間、赤黒い光を両目が放ち、全身が塗り変わっていく。

 

 白髪は黒髪に戻り、日に焼けた肌は浅黒く。さらに厨二感を増し、服装も白を基調としたものに反転。

 

 一歩下がり、警戒心をあらわにドンナーのグリップに手をかけた、その瞬間。

 

 

 ドパンッ!! 

 

 ドパンッ!! 

 

 

 銃撃音が、二重に響く。

 

 抜き手は見せず、殺気も込めず、修練の賜物であるノーモーションでの抜き撃ち。

 

 

 

 そのはずが、奴は全く同じ動作、無気配、同タイミングでこちらに発砲してきやがった。

 

 ヘドロのように濁った黒色のスパークを纏うそれは鏡の中から飛び出してきて、俺の弾丸と相殺する。

 

 赤の閃光と黒の閃光。それは俺と奴の中間で衝突し、互いをひしゃげさせて地面に落ちた。

 

『はは、やっぱり同じになるよな。タイミング、思考、技、殺し方……全て同じだ』

 

 ニヤついた顔のまま、鏡の世界から奴が足を踏み出す。

 

 

 

 ここで脳天を狙っても同じことになる、そう思い奴が出てくるのを見過ごした。

 

 そして、現実へ侵食してきた奴はシュラークを左手に抜き、俺と同じ我流ガン=カタの構えをとる。

 

 そこで初めて発する殺気の濃度も同じ。どうやら何から何までコピーしてるってのは本当らしい。

 

 

 

『さあ、南雲ハジメ。お前は(南雲ハジメ)に勝てるか?』

 

 

 

 それが、試合開始の合図。

 

 共に全力で踏み込み、瞬時に取り出した黒と白のクロスビットが一斉砲撃されて轟音を奏でる。

 

 掃射は囮、本命は踏み込んだ右足を靴裏に錬成したスパイクで固定して軸にした回し蹴り。

 

 

 

 それさえも奴は同じ軌道を描いて打ち合い、更にそこからドンナーを構えて銃口同士がぶつかる。

 

「『死ね』」

 

 同時発砲。映画ならどっちの銃も腕ごと暴発するだろうが、ただ弾かれただけに終わる。

 

 その勢いさえも利用して、左半身に力の向きを流すとシュラークの引き金を引いた。

 

 

 

 またも同時。弾がひしゃげて力を失い、それが落ちる前に上段蹴りを放つ。

 

 金属のような音を立てて奴と俺の足が衝突し、豪風が吹き荒れた。

 

 全く影響を受けることなく俺が奴の頭に、奴が俺の頭に照準を合わせて引き金を引いた。

 

 

 

 頭をひねって躱し、また奴も同じ動きで回避して次の発砲を狙う。

 

 咄嗟に義手に錬成を発動し、手首からアザンチウム製のブレードを出して銃身をぶん殴った。

 

 叩き斬るつもりだったが、ドンナーの硬度は俺が一番よく知っている。故に、弾かれたコンマ1秒後にシュラークを撃つことも。

 

 

 

 それからも足技と銃撃をたくみ織り交ぜた攻防が続き、一歩も引かずに至近距離で撃ち合う。

 

 チッ、自分の力を知ってるからこそこんなに厄介な相手はいねえな。

 

『強ぇなぁ、本当に強い。とても人間とは思えないよなぁ、俺?』

「あぁ?」

 

 こいつ、何を殺し合いの最中にくっちゃべりやがる? 

 

 義手の手の平からニードルを射出し、俺とあいつの頬が裂けたところで奴のニヤけ面を見る。

 

『人を外れた力、血に塗れた両手、平気で人殺しができる心……(お前)の親や、美空の親父はなんて言うと思う?』

「……何を言いたい」

 

 ガンスピンでリロード。今度は貫通力に優れた弾。

 

 それで奴の義手の駆動系を打ち抜こうとするが、瞬時に錬成された床がせり上がって速度が落ちた。

 

 肘で弾丸が叩き落とされ、お返しに飛んできたニードルにコートの裾を翻して弾く。

 

『故郷に帰りたい、それがお前の根幹にある願い。だが、それが叶うと本気で信じているのか?』

「…………」

『日本は平和ボケの象徴みたいな国だ。人殺しには特に厳しい。言葉や精神的圧力で人を平気で殺すくせにな。いいや、だからこそ実在する力を持つものが恐ろしいんだろう。なのに、(お前)のような化け物……いいや、疫病神か。それを誰が受け入れる? 両親? 惣一さん?』

 

 奴の言葉に応答することなく、シュヴァルツァーを召喚して俺ごと上から爆撃させる。

 

 おまけに宝物庫から大量の手榴弾をばら撒いたが、嗤ったままの奴は俺と同時に〝金剛〟を発動して耐えた。

 

『誰も受け入れない。(お前)のような身も心も怪物に成り果てた者は、恐れられるだけだ!』

「よく回る口だな」

『故郷に、家族に、居場所に拒まれることが怖いんだろう!?』

 

 お前は舞台役者か、とツッコみたくなるような大仰なポーズで奴が叫ぶ。

 

 シュヴァルツァーを複数出して二つずつ接続し、同じようにペアになったものを奴の周囲に幾つも飛ばす。

 

 ゲートを開いてあちらに発砲するも、奴は至近距離で白いシュヴァルツァーを出して同じ手法で相殺した。

 

『だから畑山愛子の言葉に心打たれた。彼女の言う〝寂しい生き方〟であることを肯定し、心の奥底にあった疑念を解消して安心した!』

「…………」

『だが、それがどうした! それで(お前)の行いが清算されるとでも!? されない、されないぞ! だってお前は、殺人(それ)をわずかにでも恐れてるんだからな!』

 

 眉根が寄ったことを実感した。

 

 ただその実感を認識した一瞬、それで奴はゲート越しに蜘蛛ゴーレムを飛ばし、爆発させてくる。

 

 そんなものは躱せるが、その爆炎を隠れ蓑に飛んできた黒い閃光は俺の左脇を掠め取っていった。

 

 

 

 僅かな痛み。されど、確かな負傷。()()()()()()()()()()()()

 

 奴は笑みを深め、攻撃を激しくしながらさらに言葉で畳み掛けてくる。

 

『ユエがいて良かったよなぁ。だって、もしも変わったお前を見て美空が拒絶した時……あいつさえいれば縋れるものな?』

 

 脇の傷は、ウサギのパーカーにも仕込んだ裏地に刻んだものと同じ回復魔法の陣を使えば治る。

 

 奴はそれを知っている。だからこそ至近距離に踏み込んできて、また至近距離での攻防を余儀無くされる。

 

『ウサギだってそうだ。お前のせいであいつは自分で死んだ、そうしてまで自分に尽くしてくれるあいつなら受け入れてくれる……結局のところ、お前のあの二人への想いは、ただの依存──』

「──本当に、よく回る口だ」

 

 

 

 奴のドンナーとシュラークを、膝で蹴り上げた。

 

 

 

 一瞬のみの身体強化でのスペック向上。それで虚を突かれ、瞠目する奴の動きは止まる。

 

 だから俺は、なんの捻りもない左ストレートを奴の顔面にぶち込んだ。

 

『ごぁっ!?』

「ふっ!」

 

 そのまま腕を振り抜き、奴が何か対応をする前に肘を流れるような動きでたたき込み。

 

 駄目押しに炸裂スラッグ弾と衝撃を重ね合わせ、奴を元の住処である氷柱にぶつけてやった。

 

「ふぅ……気をつけなくちゃな」

 

 これは何かと負担の多い連続技だ、関節にガタがくる可能性が高い。

 

 後で点検することを決心しながら、顔を抑えて混乱している奴を睨みつける。

 

 

 

「さて。試練の性質上そうならざるを得ないんだろうが、口上に酔いすぎだ。そんな暇があったら、一回でも多く相手の隙を作り、殺せ。俺らしくもねぇ」

 

 所詮、迷宮がコピーして用意しただけの偽物、進歩というものがない。

 

 俺の心を抉ることばかりで、物理的、戦略的に勝とうという意思が全く感じられなかった。

 

『動揺、していたはずだ。今度こそ……俺の言葉は、お前の側面そのものなのだから』

「そうだな、確かに耳が痛いよ。まるでシュウジに大声で黒歴史ノートを読み上げられた時くらいの苦しみだった」

 

 今でもあの屈辱は忘れねえ。思い返してみれば、あの事件が初めてあいつを一本背負いした瞬間だった。

 

 どうでもいいことを思い出していると、立ち上がった奴は俺への精神攻撃が効いていないことを理解した顔だった。

 

『じゃあなんで……』

「その一。言われるまでもなく、そんなことは俺がよく自覚してんだ」

『自覚?』

「帰還への渇望に恐怖の一面があることも事実。先生の言葉に救われたのも事実。美空に切って捨てられてもユエがいる、そう思ったのも事実。命を捧げてくれたウサギがいる、それもまた事実」

『なら、なぜ怯えない? なぜ揺るがない? 人間は自分の醜さを受け入れられない生き物だ。それに直面した時、目を閉じ、耳を塞ぎ、蹲って喚き散らす。無理やり向き合わせれば、それこそ壊れるほどに脆い生物だ』

「その二。お前、墓穴掘ってるぞ。〝全てじゃない〟と言っていたが、俺じゃない()()()()の部分が強くなってきてるな」

『…………』

 

 ペラペラと大真面目な顔で説教していた奴は、口をつぐむ。

 

 それが何よりの肯定の証だ。

 

「その三。これまでのお前の言葉への答えだが──だからどうした」

『っ!』

「んなことを今考えて、なんになる? 今すぐ親父とお袋や、惣一さんに〝今の俺はどうですか? 〟なんて聞けんのか? 無理だろ?」

『それは……』

「俺は進む。どんな未来が待っていようと、絶対にぶつかって乗り越える。俺の恐怖、誰かの恐怖。それさえも些事として、構わず故郷に帰る。それだけのことだ」

 

 現状、どうやったって不可能なことなんて考えるだけで時間の浪費だ。

 

 俺には時間がない。少ない時間を有効活用し、無駄な思考は切り捨ててやるべきことをやる。

 

 そのうち直接手を出してくるエヒトの相手をしなきゃいけないし……あのジジイとの約束がある。

 

 それに……

 

「そして四。俺にはそんな遠い未来の話より、ずっと差し迫った問題があるんだ」

『差し迫った問題?』

「お前の言う、この疫病神みたいな力でエヒトとあいつの操る《獣》をぶっ殺す。そんで概念魔法であいつから──シュウジから抹消をひっぺがして、あいつを解放する」

 

 それが、今の俺にとって何より優先すべき〝目標〟だ。

 

『っ、それはお前が受け入れられるよりもっと……!』

「言っただろ、()()()()()。最終的には地球に引きずっていった後に八重樫と子供でも作らせて、普通に幸せな人生を送らせるとこまで持っていきたいな」

 

 そのためにはもっと力がいる。

 

 結果的に大変なことが将来に山程あろうが、そんなのはそん時の俺に丸投げだ。

 

 俺は、今の俺にできることを一つ一つ、全力でやり遂げていく。

 

 

 

 確定しない不安要素を気にして、できたことをできないまま今を失う、そんなのは御免被る。

 

『……要するに、全部ぶん投げて開き直っただけか』

「そういうことだ。ああ、あと一つ訂正しろ。ユエ達へのことは確かにないとは言わないが、せいぜい一厘程度だ」

 

 あいつらをそういう風に思ってるのなんて、俺が一番わかっている。

 

 だがどうした。それで俺がユエやウサギと……何より美空と向き合うことを恐れて逃げると? 

 

 

 

 ありえない。

 

 そんなことをするくらいなら、むしろ俺はダメ男だから支えてくれと恥も外聞もなく言ってやろう。

 

 だから、一厘。

 

 残りの九割九部九厘は愛情である。たとえこいつが俺のコピーだろうとそこは譲らない。

 

『……せめて一割にしとけ』

「無理だ。さて、実の所こうして目を離している隙にまたあの大馬鹿野郎がクソみたいな力を使ってないか心配なんだ。さっさと死ね」

 

 呆れる奴に、俺は()()()()()()()()()()をさらに一段階上げて襲いかかる。

 

 奴も当然応戦し、また攻防が繰り広げられるが、すぐに俺の優勢になっていった。

 

『くっ、何故! 俺が弱体化したわけでもないのに!?』

「ああ、やっぱそういう仕様か。ま、ただ暴論で問題を塗り潰しただけだしな」

 

 おそらく負の感情を克服すればこいつが弱くなるのだろうが、多分そんなことはない。

 

 俺の場合、ただとりあえず目先の問題から潰すという非効率的なやり方を選んだだけなのだから。

 

 理論も何もない、ゴリ押しの力押し。古今東西物事を最終的に進めるときはそれが一番なのだ。

 

『こんな、メチャクチャな試練の攻略法があったものか!?』

「実際目の前にあるだろ。それにな、多分お前はこの部屋に来るまでの俺だろう? なら、これまでの攻防でスペックの破れたお前程度、()()()()なら簡単に上回れる」

 

 いつだってそうしてきた。

 

 

 

 爪熊の時も、銀のリザードマンも、ミレディの時やその他だって全て。

 

 

 

 理不尽極まる全てに食らい付き、理解して解析して、成長してきた。

 

 

 

 ひとえに、願いを果たすために。

 

 

 

「〝腹を満たすには理想が必要だ。手足を動かすには願望が必要だ。走り抜くためには、溢れかえるほどの覚悟が必要だ〟」

『っ、それはっ!』

「知ってるだろ? 何十年も前の失敗で耄碌したらしいジジイからの受け売りだ。俺にもそれと同じ意地がある」

 

 この飢え続ける腹を、目の前にある手段、思想、全てを使って満たせ。

 

 拳を振るうため、走り続けるため、この理想が遂げられることを願って願って願い続けろ。

 

 最後まで走り切り、思いを貫くために何もかもを奪い取り、失わない覚悟をしてみせろ。

 

 だから、そう。

 

 

 

 

 

 この意地っ張りだけは、他の誰にだって負けるものか。

 

 

 

 

 

『ハッ、その我の強さを見誤ったのが敗因か……それさえ分かっていれば、俺も動揺させる手段をもっとうまく考えたのにな』

「最初からねえよ。これで最後だ、死ね」

 

 奴に向けて、全力の攻撃を見舞う。

 

 最初の一撃に似た、凄まじい轟音。

 

 後に残ったのは無傷で立つ俺と、下半身や武器、義手などが吹っ飛んで地面に転がった奴。

 

 

 

 奴は何やら、とても満足そうな顔で──それが無性にムカついたので弾丸を入れた。

 

 三発ほど撃つと、ビクンビクンッと震えた奴は俺を不満げに睨みあげ、陽炎のように揺らめいて消えた。

 

『最後くらい空気を読みやがれ……』

「誰が読むか」

 

 最後の苦情に応え、ドンナーをホルスターに収める。

 

 その瞬間、正面の氷壁がにわかに溶け出して新しい通路ができた。

 

「さて。いよいよゴール……いや、その前にシュウジだけ探しておくか?」

 

 何をするかわからん親友を探そうか、などと思いながら俺は歩き出した。

 

 

 

 

 

 試練の難易度はまあ……当然の帰結、ってところだったな。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

ぶっちゃけハジメと他数名は読者様の誰も心配してないと思う()


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我が心は不動、されど激しく燃ゆる。



【挿絵表示】


光輝ぱーとつー。


今年もあと一週間と少しで終わりか……ほとんど家にいたな

エボルト「俺だ。前回はハジメの戦いだったが、全く問題なかったな」

ハジメ「こちとら常に開き直ってるろくでなしだからな」

ユエ「ん、でもそこが潔くてカッコいい」

シュウジ「あれっなんか暖房ついてない?」

ハジメ「おい。で、今回は八重樫の話だな。それじゃぁせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」」


 雫 SIDE

 

 

 

 私は、試練と相対している。

 

 

 

「『ふっ!』」

 

 斬撃一閃。

 

 繰り出した黒い軌跡は、相反する、されど同じ白の軌跡によって受け止められる。

 

 

 

 白く染まった鎖丸を握るのは、南雲くんのように髪を真っ白に染めた私。

 

 綺麗だとシューに思ってほしくて、頑張って保っている私の白い肌とは正反対の浅黒い肌。

 

 刀も髪も、服でさえも白く、だからこそ黒肌と赤く輝く二つの瞳はより鮮烈に写った。

 

『とても鋭いわね。この一振りならば、どれくらいの魔物を斬れるかしら?』

「さて、ねっ!」

 

 重ね合わせていた刃を、柄の持ち方を変えて刀身の腹にずらし相手の刃を滑らせる。

 

 ギャリギャリと火花が散り、刀身が抜けた瞬間に相手の顎に向けて堅牢な柄頭を叩き込んだ。

 

 白黒の〝私〟は咄嗟に膝を曲げてそれを回避し、私の左足の腱を斬ろうとしてくる。

 

 

 

 知覚は一瞬。

 

 それで瞬時に足を振り上げ、その刃を踏みつけて地面に固定した。

 

「はっ!」

『くっ!』

 

 真上からの振り下ろしを、〝私〟が柄を両手で握って無理やり刀を引き抜き受ける。

 

 私も鞘から手を離して両手で押し込み、至近距離で〝私〟と睨み合う。

 

『ふ、ふふ。なんて膂力と剣技。まるで女の子じゃないみたいね』

「そうね、我ながら女の子ではないと思うわ。けどそれを良いって言ってくれる人がいるの」

『そう。彼は貴女()の全てを受け止め、受け入れて、そして拠り所になってくれた』

 

 ……また始まった。

 

 この部屋に来て、部屋の中央の柱から現れたこいつと戦い始めてからしばらく経つ。

 

 その間、何度かこうやって心理的な揺さぶりをかけてきた。

 

『実は剣術をやりたくなかったと打ち明けた時も、道着や和服より可愛らしい服やアクセサリーが好きだと言った時も、彼は肯定しくれたわ』

「そんなことも、あったわね」

 

 6歳の時に彼に出会って、それから私の世界は鮮やかになった。

 

 そこからの記憶は一つも忘れられるものはなくて。

 

 けれどその前、四歳くらいだった頃の記憶に一つ、同じくらい強い記憶がある。

 

 

 

 それは、祖父に戯れで初めて竹刀を握らせてもたった時。

 

 古流剣術である八重樫流の才覚があった私に、普段は仏頂面の祖父が珍しく嬉しそうに微笑んだ。

 

 それから剣術と剣道の稽古が私の日常の一つになって、祖父も父も、道場の皆も私を褒めてくれた。

 

 

 

 でも、私はそれが嬉しくなかった。

 

 小学校に上がってからも稽古のために髪は短く、服装は地味で、両手は剣ダコでいっぱい。

 

 顔立ちは周囲の女の子達より大人びていて、彼女達の話題にもついていけなくて……

 

 

 ある時には、一人の女子から「あんた女だったの?」なんて言われたこともある。

 

 光輝が道場に入ってきて、そこから交流を持ち、同じ小学校に通っていた頃の話だ。

 

 その一言だけでなく、皆の憧れだった光輝の隣にいるのが私だなんて許せなかったみたいで色々とされた。

 

 

 

 今でこそ著しい成長をしている光輝は、皆が皆善人と信じ切って何もしてはくれず。

 

 別に光輝に恋愛感情なんて持ってなかったので「は?」という気持ちにしかならなかったけれど。

 

 でも、ずっとその言葉が心の何処かに引っかかって。

 

 

 

 けれど私には、そんな環境でも耐えられる理由があった。

 

 

 

『シューがいてくれた。女の子らしくない貴女()も、本当は可愛いものが好きな貴女()も、全て笑って褒めてくれた』

「ええそう。チグハグな私を、シューがありのまま受け入れてくれた」

 

 家族の期待を裏切ることが怖くて、それだけの理由で剣術をやめられなかった私も。

 

 光輝を好く女の子達に何様だと言われ、うんざりする心を隠して世話していた私も。

 

 それら全てを放棄して、他の女の子達のように可愛らしいものに目を輝かせたかった私も。

 

 

 

 そっか、今日も随分と頑張ったんだなって。

 

 それじゃあ少し、一緒に息抜きしに行くかって。

 

 あの言葉にどれだけ救われたことか。

 

『彼に出会って、全てがうまく回り始めた』

「彼のおかげで、私は私であることができた」

 

 小学校でいらぬやっかみを受けていたとしても、放課後になれば彼に会いに行けた。

 

 出会った瞬間からの私と違い、彼は別にその頃は恋愛感情なんて持ってはいなかっただろう。

 

 それでも現実と内心のすれ違いに悩む私の不安を、言葉巧みに取り除いて。

 

 甘いスイーツを食べさせてくれたこともあったし、可愛いぬいぐるみを贈られたこともあった。

 

 

 

 そんな彼にますます心を奪われて、私は決心して自分の本心を両親に打ち明けた。

 

 祖父や父は驚いたけれど、私を否定したりはせず、お前のやりたいようにやりなさいと言ってくれた。

 

 

 

 だからこそ私は、剣術をやめることなく磨き続けることにしたのだ。

 

 この〝女らしくない部分〟も、彼が褒めくれた私だから……それだけの理由。

 

 私にとって、それ以外の理由なんて必要なかった。

 

 そうすると、一つ上手くなる度に嬉しそうにする家族や、光輝のお節介で時折本当に助けられた人の笑顔に気がついた。

 

 

 

 それに気がつかせてくれた彼に、そのうち〝女らしい〟私も好きになってほしくなっていった。

 

 髪を伸ばし、体の手入れを怠らずに、格好いいシューの隣にいて相応しい女になるため努力した。

 

 おかげで光輝に目が向いてなことがわかって他の女の子と和解できたのは、なんだか利用したみたいで腹立たしいけど。

 

 

 

 それさえも、彼は「俺の存在で八重ちゃんが救われたなら僥倖だ」なんて言って。

 

 私は彼に寄りかかってもいい、甘えていいと言われた気がして、救われた。

 

『そう。彼は恐ろしいまでに、()()()()()()()()()()()()()()()

「自分でも面白いくらい彼に入れ込んでいったわよね。恋は盲目だなんてよく言ったものよ」

 

 こんなに素敵な人がいるんだって、心の底から惚れ込んだ。

 

 その想いが叶った時はこれ以上ないくらい幸せだった。

 

 

 

 彼は私の王子様。

 

 シュー自身は自分のことをピエロだと言うけれど、爽やかな笑顔より彼の笑い方の方がずっと好き。

 

 私の名前を愛おしげに呼んでくれる声が好き。

 

 気をつけても、硬くならざるをえないこの手を包み込んでくれる大きな手が好き。

 

 他のどんなものよりも心を温めてくれる彼の胸の中が好き。

 

 

 

 

 

 好き、好き、大好き。

 

 

 

 

 

 自分でも時々ゾッとするくらいに、この想いは底が見えないほどに深く、深く、強く、強く。

 

 私は何があろうとも、これからも彼をずっと想い続けるだろう。

 

『ええそうね。だからこそ貴女()は恐れているの──』

 

 そう、だから私は怖いのだ。

 

「『最後まで彼に幸せを与えられ続けたまま、支えられるばかりで何も成せないことを』」

 

 同じ言葉を吐き、ずっと拮抗していた剣を弾き合って後退する。

 

 着地する前に納刀を済ませ、〝無拍子〟で接近するとトリガーを引いて〝音断〟を振るう。

 

 

 

 返す刀は、同じ音速の斬撃。

 

 激しく火花が散り、あまりの速度に耳をつんざくような音が遅れてやってくる。

 

 一度で終わらない。刀に付与された再生魔法の副次効果で腕の負荷を軽くしながら、何度も振るう。

 

『ずっと頼られる存在でいた貴女()は、初めて支えてくれた彼に同じことをしてあげたかった! そのためにこの世界に来てからも不安を呑み込んで、剣を取り続けてきた!』

 

 鋭い袈裟斬りが飛んできて、咄嗟にもう一度トリガーを引いて〝音断〟を発動して抜刀する。

 

 握った刀の刃ではなく、アザンチウム製の柄頭を相手の刀身の腹に当てて軌道を強制的にずらした。

 

 

 

 〝私〟は怯むことなく、くるりとその場で舞うと遠心力をつけて腹を切り裂く一閃を繰り出した。

 

 私はあえて楔丸を手放し、落ちてきた柄を横から蹴り上げることで逆手に握り直してそれを受け止める。

 

 数秒鍔迫り合いを行い、互いに飛び退いてすぐに刀を握り直して激しい剣戟の応酬を始めた。

 

『魔人族との戦争に行かされると聞いて怯え、けれど彼が戦うのならと、その時は隣で一緒にと自分を鼓舞した!』

「っ!」

 

 そう。私は怖かった。

 

 怖くないわけがないでしょう、人殺しをさせられるというのだから。

 

 それをエボルトの演説でより理解して、だからこそとっくに覚悟している彼を支えたかった。

 

 頼りなく、細々しい自分の剣にできることがあるならって、怯えを抑え込んで頑張ってみた。

 

『けど、結局また貴女()は助けられてしまった! あの時精一杯自分にやったと言い聞かせて、諦めたわよねぇ!』

「そうね! 苦々しい記憶よ!」

 

 今でもあれは嫌な記憶だ。

 

 私の実力不足で御堂さんが一度敗れ、シューに助けられた。

 

 せめて私にできることをと、精一杯意地を張って皆を気遣い、頼れる存在であろうと奮闘したのに。

 

『自分の無力を痛感した! たとえこうして新しく刀を誂えても、貴女()は一度あの時折れたのよ!』

「──わかってるわ、そんなこと!」

 

 昇華魔法を発動し、大ぶりな一撃で〝私〟を後退させる。

 

 はらりと白い前髪が数本地面に落ちて、言葉を重ねていた〝私〟は目を見開く。

 

 

 

 

 

 初めて、届いた。

 

 

 

 

 

「……分かっているの。自分の力不足も、どうしようもなく醜いこの心も」

 

 こんな自分の〝偶像〟に言われずとも、そんなこととっくに自覚して、自戒した。

 

 最初にシューが、南雲くんを救うために奈落の底に落ちていった時も。

 

 魔人族とキルバスに襲撃された時も、火山でエヒトの眷属達に彼を狂わされた時も。

 

 

 

 あの、南雲くんと殴り合って帰ってきた彼を見た時でさえも。

 

 

 

 何もできなかった。私はただ見ているだけで、彼をどうやっても助けられなかった。そう思うばかりだった。

 

「たとえこの刀で百の敵を斬ったって、一度すら彼を助けることもできない。なんて、歯痒いことかしら」

『…………』

 

 頬を涙が伝うのがわかる。

 

 私は一度固く口を引き結び、〝私〟を睨みつける。

 

「悔しい。悲しいし、辛いし、助けられる力を持つ南雲くんを羨ましいとさえ思うわ」

貴女()……』

 

 そんな、自分を焦がす醜く激しい感情のうねり。

 

 私は……

 

「私は、決してその心を否定しない。目を逸らさない。仕方がないだなんて割り切らない。いつまでだって悩んで、苦しんで、それでもこの剣を握り続けるわ」

『──ッ!』

 

 昔、子供心に彼に相応しくなりたいって思ったあの時。

 

 私は〝誰かに守ってもらえる可愛らしい女の子になりたい〟という、その気持ちを捨てた。

 

 

 

 そんなか弱いものじゃなくて──もっと強く、折れず、曲がらない、強い心を。

 

 一振りの刀が如く、影法師のように不確かな彼を縫い付けることができる。

 

 そんな女に、私はなりたい。

 

「そのために、私は諦めない。この自分の醜さを背負って、これからも剣を振るう。いつか、彼の業を断ち切れる日まで」

『……どれだけ時間がかかると思ってるの? ともすれば一生を使うわよ?』

「あら、それいいじゃない。つまりずっとシューといれるってことでしょ?」

『自分は女の子じゃない、って言ってなかった?』

「貴女が私なら知ってるはずよ。恋する乙女は、好きな人の前なら女の子にだってなれるの」

 

 これが終わったら、彼に沢山甘えましょう。それくらいしてもいいに決まってるわ。

 

 たとえその夢を捨てたとしても──私は彼の前なら憚ることなく、ただの〝雫〟になれるから。

 

「我が心は不動。けれど、この想いは燃え続ける。貴女が負の部分と言えど私の側面というのなら、それをよく自覚なさい」

『……十分見せつけられたわ』

 

 呆れ笑いを浮かべ、〝私〟が刀を納める。

 

 

 

 戦うことを放棄したわけではない。その証拠に姿勢を落とし、抜刀の構えをとっている。

 

 私も同じ動きをして、さらに昇華魔法を発動しながら柄に手を添える。

 

 あちらは別の大迷宮の神代魔法まではコピーできないのか、静かな赤眼で私のことを見つめていた。

 

「終いとしましょう。私は貴女を乗り越えて、これからも彼の隣にいる。いつか寄り添うことを超え、シューを助けられることを目指して」

『ふふ。愛されすぎているのは、果たして私か彼か……どっちなのかしらね』

「それさえも、私の疑問なのでしょうけれど……自問自答は、もう飽きたわ」

 

 だから、次でおしまい。

 

 

 

 剣気を練り上げていく。

 

 極限の集中。この一撃を乾坤一擲とすら覚悟し、自分の虚像を打ち倒す。

 

「フッ!」

『シッ!』

 

 動き出しはまた同時──いや、()()()()()()

 

 僅かに動き出しが遅れた〝私〟に〝無拍子〟で接近し、トリガーを引いて〝音断〟を放つ。

 

 以前よりも鍛錬と昇華魔法によってさらに速くなった一閃が、〝私〟の白い楔丸を抜き切る前に斬り折る。

 

『くっ!?』

「──昇り纏え、砕いて断ち斬れ」

 

 まだ終わらない。

 

 特殊な一撃を発動するための詠唱を行い、今の楔丸の最大の力を発揮させる。

 

 上へと振り上げたままの刀身が私の紫の魔力に覆われ、物理的に〝重く〟なった。

 

 それをしかと感じ取った私は左手を柄に移動させ、両手で硬く握りしめた。

 

『っ!?』

 

 〝私〟が目を剥き、半ばから折れた刀で防ごうと頭上に掲げる。

 

 その反応をするには、もう遅すぎる。

 

 

 

 ──剣術とは今でこそ技の洗練さを競うものであるが、本来は合戦場においての殺人術である。

 

 例えば突きは相手の喉を貫くため。逆袈裟は相手の脇の大きな血管を斬るため、などというように。

 

 であれば、剣道において〝面〟と呼称される、〝振り下ろし〟という技は何のためにあるのか。

 

 

 

 

 

 それすなわち、〝兜割り〟である。

 

 

 

 

「──落ちよ、〝壊天〟」

『ガッ!?』

 

 頭頂から股下まで、一直線。

 

 重力魔法によって落ち、刀身の峰から噴き出た衝撃によって勢いを増し、それを昇華魔法で引き上げた膂力で無理矢理御する。

 

 その勢いを保ったままに、空間魔法によって空間ごと切断する一撃。

 

「ッ……!」

 

 両腕の至る箇所から鮮血が吹き出し、激痛に歯を食いしばる。

 

 致命的な隙だが──もう、目の前には虚空に溶けて消えていく〝私〟しかいない。

 

『見事』

 

 その一言を最後に、〝私〟は完全に消えた。

 

 

 

「っ、はぁ、はぁ……!」

 

 緊張が途切れて、その場で膝をつく。

 

 無意識に昇華魔法を解除して負担を減らし、鎖丸で体を支える。

 

「くっ、きついわね、これ……!」

 

 練習こそしたものの、滅多なことでは使わないようにと付与した南雲くんから忠告を受けた。

 

 それでも必要な状況だった、と自分を納得させて、血塗れの震える手を髪飾りへと伸ばす。

 

「……ごめんなさいシュー、ちょっと汚すわ」

 

 ブローチに触れて、残り少ない魔力を流す。

 

 すると付与されていた回復魔法が発動して、両腕や全身のダメージが癒えた。

 

「ふぅ……」

 

 体が動くようになってから姿勢を正し、自分の両手を見下ろす。

 

 皮の分厚いこの手。乙女の意地で指こそ細いものの、決して女の子らしいとは言えない。

 

 でも……

 

「あなたが喜んで握ってくれるなら、私は気にしないわ」

 

 もう一度自分の気持ちを確かめて、ふと顔を上げる。

 

 出口の通路がいつの間にか目の前にできていたので、楔丸を納刀してそちらに向かった。

 

 

 

 

 

 シューは無事に終わっているかしら? 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

ただ雫の気持ちの再確認を済ませただけでしたね。

さて、次誰にしよう。


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苦悩を超えて 前編

キリのいい数字で完結を目指して。

雫「こんにちは。前回は私が戦ったわね。かなりの強敵だったわ」

ハジメ「その割に苦戦はしてなかったな」

雫「当然よ。私の想いはそんな簡単に曲がらないんだから」

シュウジ「嬉しいねぇ。さて、今回はウサギ、あと美空の話だな。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」


 ウサギ SIDE

 

 

 ──いつまで目を背けるの? 

 

 

 ……わかってる、それがダメなことなんて。

 

 

 ──いずれは言わなくちゃいけない。なのに先延ばしにし続けるの? 

 

 

 ……うん、できないよね。それもわかってる。

 

 

 

 それでもやっぱり、ハジメ達にこのことを打ち明けるのは……とても、怖いよ。

 

『じゃあ、あなた(わたし)は臆病だね』

 

 真っ黒なわたしから放たれた掌底を、強く握りこんだ拳で打ち返す。

 

 その瞬間に衝撃が弾け、また部屋の壁に一つ大きな亀裂が刻まれたのが見えた。

 

「はっ!」

『ふっ!』

 

 続けて左の拳を繰り出すけど、それは同じように出された右の拳で相殺してしまう。

 

 真っ黒な服に、同じ色の髪と耳。それなのに肌と手足に纏うアーティファクトだけは底抜けの白。

 

 

 

 もう一人のわたしは、純白のガントレットに包まれた拳を胸に押し込んでくる。

 

 わたしは少し顔を歪めて、月の小函(ムーンセル)の出力を上げることで徐々に押し返す。

 

『ほら、また使った。どんどん体が弱るよ?』

「……っ!」

 

 拳を弾き、蹴りを放つ。

 

 鼻から下を吹き飛ばすつもりで放った上段蹴りは、下からすくい上げるような膝蹴りでブレた。

 

 ほんの少し動揺してしまって、その瞬間くるりと跳躍して舞った〝わたし〟の回し蹴りがお腹に入る。

 

 もろに食らって吹っ飛び、後ろの氷壁にぶつかった。肺から空気が抜けていく。

 

「かふっ……」

『遅い。もっと早く動けるはず』

「……うん、そうだね」

 

 こんなものじゃ、わたしの全力のスペックには程遠い。

 

 

 

 月の小函(ムーンセル)の魔力を流してパーカーで内臓を癒し、立ち上がって構える。

 

 すると、黒いわたしは普段全然動かない顔を哀れそうに笑わせて、くすくすと笑う。

 

『あと何回使える? その無限の力にあなた(わたし)はどこまで耐えられる?』

「……とりあえず、あなたをぶちのめすまでは」

『うん、多分それはできる。でも、()()()()()()()()

 

 また、心に波が立つ。

 

 わたしの一瞬の動揺を見逃さず、瞬きする間に目の前に黒いわたしが現れた。

 

 

 

 拳を引き絞っている彼女に、咄嗟にその場でしゃがみこんで股の間から逃れる。

 

 ズン、と遅れて地面に衝撃が伝わってきて、体勢を立て直しながらさっきまでいた場所を見る。

 

 彼女の拳が氷壁に突き刺さって、放射状に凄まじい破壊痕が残っていた。

 

『すごい力。でも、大きな力にはリスクが付きまとう』

 

 彼女はゆっくりとこちらを振り向く。

 

 そして、さっきみたいに笑って。

 

 

 

『ねえ、あなたはその自壊にどこまで耐えられる? ──短命のホムンクルスさん』

 

 

 

 そう、何度目かの嫌がらせを口にした。

 

 

 

 ……そう。

 

 わたし達ホムンクルスは人造生物。解放者であるお父さん達によって作り出された不自然な命。

 

 それぞれの神代魔法に特化した肉体構造を持ち、絶大な戦闘能力を発揮することができる。

 

 

 

 たとえばわたしは、無限に魔力を生成する神結晶である月の小函(ムーンセル)の出力に耐えれるよう調整が施されている。

 

 フィーラー(お兄ちゃん)のデータをもとに作られた強靭な肉体、優れた魔力回路、戦闘特化の体。

 

 

 

 それ故に──この体は、とても短い時間しか生きることができない、いわば消耗品。

 

 戦闘型としては最高傑作であるわたしでさえも、月の小函(ムーンセル)の力には耐えきれない。

 

 使わなければいいというものでもなくて、生命力そのものだから少しずつ体は壊れていく。

 

 何度か戦闘でも月の小函(ムーンセル)を使っているから……多分、稼働時間はあと二年くらい。

 

『オルクスや、この大迷宮を含めた他の大迷宮の中ならば、肉体が停止しても魂魄は保護される。でも、外ではそのまま霧散して終わり』

「……」

 

 もしも外界で停止したら、いくらハジメ達でも数ヶ月程度の修練では、わたしの魂を保護できない。

 

 つまり、ハッターお姉ちゃんやその能力を今は抑えているカエルは、それを承知で外に出たのだ。

 

 わたしだって同じ覚悟を持っているつもりだったけど。

 

 

 ……こうして目の前に生まれてしまっているんだから、認めないといけないよね。

 

あなた(わたし)は、心の底では消えてしまうことを恐れてる。だって、ハジメに出会ってから全てが楽しすぎたから』

「……そう、だね。あの時ハジメに出会わなかったら、きっとこうは思わなかった」

 

 肉体が安置されていたオルクスなら自由に魂だけで移動できるから、魔物の体で迷宮の中を彷徨い歩き。

 

 そして、たった一人ぼっちでいたハジメに出会って……わたしの退屈な悠久は終わりを告げた。

 

 

 

 目覚め、ハジメ達と旅をして、わたしの中には掛け替えのない記憶(メモリー)が蓄積されていった。

 

 色々なものを見て、聞いて、感じて、味わって……奈落の底にない彩りを知ってしまった。

 

 わたしは、素晴らしいこの彩りを永遠に消してしまうことが、とても怖い。

 

 

 

 そして、ハジメ達と一緒に地球に行くということはそれを意味している。

 

 それこそ本物の人体でも錬成できない限り、わたしの魂はいずれ必ず消滅するだろう。

 

『だからハジメ達に黙っていた。旅の中で大迷宮を攻略するなら安心と自分を誤魔化して、停止する恐怖に怯えていた。だからこそシュウジにはあの力を使っても強くは言わないよね?』

 

 ……結構、心が痛いなぁ。

 

 

 

 確かに、迷宮という安全策があるとはいえ同じ境遇であるわたしは罪悪感を感じていた。

 

 このことを言っていないわたしには、シュウジのことを責めるのはお門違いだと思ってるから。

 

 きっと、なんでも知っているシュウジはわたしの秘密も解っていて……でも、優しいから言わないでいてくれる。

 

『シュウジの好意に甘えて、ハジメ達といる心地よさで自分を紛らわせて。とっても臆病だ』

「……うん」

 

 これが、私の恐怖。

 

 臆病者の自分を嫌だなって思う、そんな心が……この試練をわたしに用意した。

 

「でも……わたしはこうも思ってるんだ」

『なに?』

「ハジメに、魔物の体を食べさせたあの時から──きっとわたしは、わたしの時間の全てを捧げたんだって」

 

 まだワイルドじゃなかった時のハジメは、迫る死の恐怖に怯えていた。

 

 そんな彼に生きる希望を与えるために、仮初の体を捨てて……あの時、わたしは決心した。

 

「本当のわたしの体で目覚めて、それからもしも外で停まって消えた時は──その時は、笑ってさよならって言えるように生きようって」

『……ハジメ達を悲しませることになっても?』

「それでも、わたしは一緒に生きたいと願ったから。そのくらいの覚悟、どんとこい」

 

 どん、と自分の胸を叩く。

 

 

 

 この記憶が消えてしまうことは怖いし、悲しいけど……本当に大切なら、ハジメ達も覚えていてくれるはずだから。

 

 だからそれを信じて、わたしは生きていく。このエヒトのせいで窮屈だけど、愛おしい世界で。

 

 その覚悟と一緒に黒いわたしを見ると、とても優しく微笑んでいた。

 

「今はまだ、怖いけど。いつかこのことをハジメ達にも伝えるよ」

『きっと、お父さん達が生きてたらこう言うよ。〝成長したね〟って』

「そのうち、聞くよ」

 

 いつか、お父さん達のところに行ったときに。

 

 

 

 体を構えて、右の拳を引き絞る。

 

 今日は最後の月の小函(ムーンセル)を起動し、桃色の魔力を雷として纏った。

 

 黒いわたしも同じ構えをして、赤黒い雷を右手に纏う。

 

『あなたは怯えを克服した。これでこの試練は終わり』

「ん。全力でいく」

 

 最後の言葉と一緒に、わたし達は駆け出した。

 

 

 

「『出力100%──兎破(とうは)』」

 

 

 

 最大出力、手加減なしの一撃。

 

 それを確実に当てるため、瞬きもせずに二つの雷が衝突し合うのを目を見開いて注視した。

 

 莫大なエネルギーと暴風が吹き荒れる中、弱くなった黒いわたしの腕を破壊し、わたしの拳は突き進む。

 

 

 

 そして、黒いわたしの胸を拳が貫いた。

 

 妙にリアルな破壊の感触を感じた直後に、黒いわたしの輪郭がぼやけ始める。

 

『……これからのあなたの旅に、幸福があらんことを』

「……ありがとう」

 

 消えた。

 

 

 

 拳を形作っていた指を解き、月の小函(ムーンセル)を停止させてゆっくり降ろす。

 

 体に違和感はほとんどない……多分、乱発しなければそんなに傷まないはず。

 

「ん、出口はあっち。ハジメ達はいるかな」

 

 一応、詳しくは教えられてないけど感覚で大迷宮のことはわかる。

 

 迷いなく後ろを振り向いて、そこにできていた出口を使って試練の部屋を後にした。

 

 

 

 しばらく通路を歩いていると、前の方に出口が見えてくる。

 

「ん、別の部屋……?」

 

 出た先はゴールじゃなくて、わたしがいたのとほとんど同じ形の部屋だった。

 

 わたしの所と違って傷一つない部屋の中には、わたしの姿が映り込んでいる。

 

 

 

 誰の試練だろうと見渡していると、ぽつんと部屋の隅っこに蹲っていた。

 

 膝に顔を埋めているその子に歩み寄って、様子を見てみる。

 

 とりあえず怪我とかはしてないみたい。ちょっと安心。

 

「美空」

「……ウサギさん?」

「ん。試練は終わったの?」

 

 美空は、とても複雑そうな顔をした。

 

 ……そっか。迷路の時からもしかしてって思ってたけど、ハマっちゃったんだね。

 

「大変だったんだ」

「……まだ何も言ってないし」

「でも、そんな顔してる」

「…………」

 

 美空は黙って顔を戻して、わたしは隣に座る。

 

 しばらくボーッと天井を見上げて待つ。あ、前髪にゴミがついてる。

 

「……私の偽物にさ。言われちゃったんだ」

 

 ん、話してもいい気になったみたい。

 

「なんて言われたの?」

「〝私がいる価値ってあるのかな? 〟ってさ。ユエさん達みたいに強いわけでも、香織みたいに新しい力もない私は、ただずっと一緒だったってだけで、こんなとこまでついてきて良かったのかなって……」

「……そうなんだ」

 

 確かに、わたし達に比べて美空は弱い。

 

 回復魔法の応用技も開発していたけど、それでも戦えるかと言われると、たぶん違う。

 

 そのことは多分、美空が一番わかってる。

 

「私の偽物、すごく弱かった。私が目を逸らすほどに強くなるって言ってたのに、簡単に殺せて……私は……」

「……頑張ったんだね」

 

 よしよし、と頭を撫でてみる。ハジメにこれをされるとふわふわした気持ちになる。

 

 美空はちょっと驚いたみたいだけど、目尻に浮かんだ涙を見せないためにまた顔を隠した。

 

「……もう、わかんないよ。私はただ、前みたいにハジメの側にいられたらそれでよかったのに」

「それの何がいけないの?」

「え?」

 

 美空が顔をあげる。やっぱり泣いてる。

 

「美空。あなたは、なんであの時ハジメと一緒に行くことにしたの?」

「なんで、って……それは、ユエ達にどんどん持ってかれそうだし。それにハジメは、私がいなきゃダメなとことか……」

「そう。戦うためじゃないよね?」

 

 美空がハッとした。

 

 

 

 この子は今、とてもへこんでいる。もしかしたら心がぽっきりいってるかも。

 

 それは最初から強い力を持って生まれてきたわたしには分からないことで、慰めるのは無理。

 

 でも、その考え方が迷宮の試練で変な方に偏っちゃってるのだけはわかる。

 

「あなたは戦うためにハジメの隣にいるんじゃない。隣にいたいからここまで来た。同じ魔法を使える香織が強くなっても、面白いって笑ってた。忘れちゃった?」

「…………」

「思い出して、自分の歩く理由を。たとえどんなおかしな言い方をされても、大事な理由を見失わないで」

 

 それが目的なんだろうけど、美空はハマっちゃった。ホールインワン。

 

 嫌なところだけを並べて、それだけが正論みたいな言い方をして、心を曲げさせてしまうこの試練。

 

 それは確かにわたし達が思っていることだけど、それだけを考えるのに頭を使うのはもったいない。

 

「美空。あなたは何のために、ハジメといたいの? 一緒に敵を倒すため? それとも支えたいから?」

「……そんなの決まってるじゃん。私がずっと、ハジメの〝特別〟でいたいからだし」

「ん、よかった。いつもの笑い方」

 

 これでハジメに合わせても安心。多分すごくオロオロすると思うから。

 

 また頭を撫でてくれるかなって考えてたら、美空が寄りかかってきた。

 

「ね。もうちょっと休んでいいかな」

「……わたし、香織じゃないよ?」

「うん、私達のことをどう思ってるのか問いただしたいけどその通りだからツッコめない」

 

 

 

 

 

 もうちょっと美空が元気になったら、行こうかな。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回、いよいよあの二人が……


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苦悩を超えて 中編

お気に入り900件突破ッ!ありがとうございますッ!


【挿絵表示】


ようやく実像化したネルファさん。わりといい出来

今回はシリアスは半分だよ(ネタバレ)

雫「前回はウサギさんと、美空さんの話だったわね。にしてもこれ、鈴大丈夫かしら……(台本みながら)」

龍太郎「俺は気合入ってるけどな」

光輝「頑張れよ龍太郎」

龍太郎「おう!」

鈴「うぅ〜!」

香織「よしよし……えっと、今回はこの通り二人のお話です。それじゃあせーの、」



五人「「「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」」」


 鈴 SIDE

 

 

 

 

 

 鈴は笑う理由は、なんだろう? 

 

 

 

 

 

 それは自分を守るため。灰色の風景が嫌で、耐えられなくて、だから笑顔を作ってきた。

 

 理由は、鈴が小さい頃からパパとママが仕事人間で、ほとんど家にいなかったから。

 

 授業参観にも、親が参加する恒例行事にも出てくれなくて、それが子供心に悲しかった。

 

 

 

 愛されてなかったんじゃない。

 

 昔から買い与えてくれたものはどれも良いもので、夜遅く帰ってきた時にも頭を撫でてくれた。

 

 鈴は自分が恵まれてないなんて、一回も思ったことはない。一生懸命働く二人のおかげで裕福だった。

 

 

 

 でも、多分今よりもっと小さかった鈴にはそれじゃ足りなかった。寂しかった。一緒にいてほしかった。

 

 だからそっけない態度をとったり、拗ねて寝たふりをしたり……我ながらツンケンしてたと思う。

 

 そんなんだから性格も暗くて、お友達もあんまりいなくて、広い家の中でも外でも一人ぼっち。

 

 

 

 そんな鈴を変えてくれたのは、うちに来ていたお手伝いのおばさん。

 

 二人が家を空けてばかりだったから、おばさんは私のもう一人のお母さんみたいだった。

 

 活服の良い見た目に外れず、おおらかなおばさんは落ち込む私にこう言った。

 

 

 

 〝とりあえず、笑っとけ〟と。

 

 

 

 どこででも聞くような言葉だ。きっと、当時見てた子供向け番組でも言ってるようなセリフ。

 

 それでも小さい鈴にはそれが光明のように思えて、寂しくなくなるならと。

 

 

 

 言われた通り、とりあえず両親に全力で笑ってみた。

 

 喜怒哀楽を表現するために飛び跳ね、頭を撫でられたりプレゼントを貰えた時にはしゃいでみた。

 

 寂しさとか拗ねた気持ちとか全部抑え込んでやってみたら、二人も笑ってくれた。それはもうデレっと。

 

 

 

 それからパパもママもよく笑うようになって、〝ああこれなんだ〟って思った。

 

 同じように、小学校でも笑ってみた。特に楽しいことがなくても、それが唯一の〝手段〟だったから。

 

 すると、それまでのことが嘘みたいにみるみるうちに鈴の周りには多くの人がやってきて。

 

 

 

 鈴の灰色の世界は、幸せで彩られた。

 

 そこまでやっていけば、小さくて頭の回らない鈴でも理解できた。

 

 どんな状況であろうとも笑顔を絶やすことがなければ、もう二度と一人になることはないんだって。

 

 

 

 ああ……でも、だからこそわかっちゃったんだ。

 

『あの子の……恵里の笑顔も仮面だってね?』

「……」

 

 目の前の真っ白な自分に、無言で鉄扇を振るう。

 

 シャリン、と北野っちが後から取り付けた小鈴が鳴って、展開した数十の障壁が動き出す。

 

 それは白い鈴に飛んでいって、内包する魔力が爆弾のように炸裂した。

 

 

 

 地面が抉れ、氷片が舞う。

 

 されど細氷が霧散したときには、試練が始まってから一度も破れぬ障壁がそこにある。

 

 顔の半分を隠すように白の鉄扇を掲げた白い鈴は、口を裂くように開いて言い募る。

 

()は知っていたはずだよ。みんなに大和撫子なんて言われてる恵里の本性が、自分に似通ったものだって』

 

 

 

 鈴は知っていた。

 

 

 

 恵里のことを人が見たときに真っ先に口にすることは、大人しそうで優しそうな良い子。

 

 いつも一歩引いた位置から物事を見ていて、ここぞという時には的を射た意見を言える思慮深い子。

 

 そんな気配りのできる良い子だとみんな言うけれど、鈴は少し違っていた。

 

 

 

 時折、恵里の目の中に現れる鋭さと冷たさ。

 

 自分の寂しさを埋めるために笑顔を貼り付け、人の表情を見続けてきたから気付けたもの。

 

 だからそんな恵里のことを、鈴は少し打算的な女の子じゃないかと思ってた。

 

 

 

 一歩引いているのは、そうすることでより多くのことを俯瞰して観察できるから。

 

 観察から得た情報を活用し、さりげない手助けや気配りをするのは自分を人の輪に溶け込ませるため。

 

 鈴はそれを否定しない。だって同じように、鈴は笑顔を道具にしてきたんだから。

 

 

 

 演じることは悪じゃない。弱い自分を守るために何かをすることは、決して間違いではない。

 

 自分に正直に生きられるなんて、そんなのは特別な人間だけの特権だ。

 

 

 

 だから、気がついたら恵里と深く関わろうと思いながら接するようになっていった。

 

 きっと鈴が気がついたように、恵里も鈴の仮面を見抜いていて。だからシンパシーを感じてくれてると。

 

 ああ、それは……

 

『なんて酷い傲慢だろうね? その自己満足に浸って、そこから抜け出すことが怖い()は、この世界に来てから膨れ上がっていく恵里への違和感から目を逸らしてきた』

 

 そう。こんなのは単なる自己満足。

 

 自分が安心したいだけの、上っ面の感情。 

 

 

 

 恵里を信じた? 違う、ただ怯えていただけ。

 

 打算的で保身的だから、同類だからあっちも好意的に思ってくれてるなんて押し付けがましい思い。

 

 それに溺れていれば、この笑顔という仮面を取り払う理由を作らなくてすむから。

 

 その結果が、あの夜の悲劇だ。

 

『近藤くんが死に、光輝くんは拐われかけた。南雲くん達が来てくれなかったら、そのままみんな死んでいた──なのに何もしなかった。()だけは、わかっていたくせに』

「っ!」

 

 それでも鈴が恵里の本性から目を逸らさずに、もっと早く語りかけていれな何か変わったかも。

 

 そんな思いがあの日からずっとぐるぐると頭の中に渦巻いて、鈴の心を何度も何度も突き刺す。

 

 

 

 ……これだって、ただの感情の押し付けなんだろう。  

 

 それで恵里が止まるかなんてわからなかったし、もしかしたら言った途端殺されたかもしれない。

 

 それでも目を背けることよりは、打ち明けたほうが良かったのかも……なんて。

 

 そう、矛盾する心は告げてくる。

 

『親友だなんて綺麗なものじゃない。ただ一番安全で都合が良かっただけ。そうでしょう?』

「……」

『薄々気付いていた歪さにまやかしの安心を得て、そのくせ怖いから踏み込むこともしなかった。ずっと笑顔さえ貼り付けていればいいなんて本気で思ってたの? 浅く広く周囲を人で固めて、それで本当に誰かが側にいてくれるって思ったの?』

 

 

 

 そう、そうなんだ。

 

 

 

 だから鈴は──

 

 

 

『恵里の言う通り──馬鹿丸出しだね?』

「……!」

 

 

 

 

 

 何もできない、お馬鹿さんだった。

 

 

 

 もう一度鉄線を振るう。今度はより強く。

 

 障壁は飛び、また弾かれ。

 

 そして白い鈴が嗤う。

 

『もう一度会って、話してどうするの? 何を言いたいのかも自分で理解できてないのに。そんなことしても、取り合ってすらもらえず殺意と嘲笑が返ってくると思ってるのに』

 

 それは心を揺さぶるためのまやかしじゃない、確定する可能性の高い未来。

 

 目を逸らして、偽って、貼り付けて、ハリボテで。

 

 欺瞞と虚偽に満ちてきたこの心は、誰にも届くことなんてないとすら思える。

 

 でも……

 

『……これだけ言っても、強化されないね。最初は言えば言うほど弱くなっていたのに。今はもう、鈴は強くなれない』

「……やっぱりね。そういう仕組みなら、もう鈴は揺るがない。君には負けない」

『そうみたい。途中から……ううん違う。最初からあなたの心の底には、この罪悪感と向き合えるだけの力があった』

 

 やれやれ、って顔で白い鈴は笑う。

 

 対してボロボロな私は、肩で息をして、額から汗を流しながら、それでも鉄扇を握りしめ。

 

「君の言葉が効いたのは本当。突きつけられれば突きつけられるだけ苦しい。だってそれは全て、正しいから」

『…………』

「だから、()()()()。足踏みするのは終わり、自分のためにうずくまるのは止める。大切なことから、二度と目を逸らしたりしない」

 

 だって、あの時。

 

 

 

「龍っちが、醜くて弱い鈴を認めてくれたから」

 

 

 

 あの夜、みっともなく泣きじゃくる鈴を最後まで何も言わずに見守ってくれた。

 

 怖くて怯えて震えながら誰かを求めることは、当然だと言ってくれた。

 

 この打算も恐怖も薄い仮面も、全部全部──優しさと強さだと言ってくれたんだ。

 

「鈴が自分の悪意を認めたのは、(ここ)じゃない。あの日涙と一緒に、全部全部受け入れてきた」

『……その優しさを利用したのに、あっけらかんと笑ってたよね』

「うん。でもね、きっと梅子さん(おばさん)が言いたかったのはあの笑顔。ただ貼り付けるんじゃなくて、誰かを受け止めるための笑顔なんだ」

 

 あの日、鈴は幸せを得た。真実に受け入れられるという喜びを知れた。

 

 知ったのなら、笑って全てをやりすごすこの喜劇はもう終わり。

 

 今度は、鈴の番だ。

 

「何をしたいのかはわからない。罵りたいのか、責めたいのか、謝りたいのか……けど欺くことだけは、もうしない」

『……また少し力が下がった。どうやら本当に決意をしてるみたい』

「偽物の笑顔で手に入るレプリカは、もういらない。本物を手に入れたいから、鈴はもう一度恵里と会う──還れ、帰れ、返れ。〝聖絶・華〟!!」

 

 言葉を紡ぎ、一対の鉄線を薙ぐ。

 

 直後、白い鈴の周囲に逆再生のように障壁が作り出されていった。

 

 それは外側から見ると、まるでこの部屋に咲き誇る大輪の華のようで。

 

 

 

 再生魔法で霧散した魔力を再利用・障壁を再構築するこの魔法を華に彩ったのは、北野くん。

 

 きっと彼はわかってる。この選択の結末が、どんなものになってしまうのか。

 

 何故言ってくれなかったのかという怒りはない。

 

 南雲くんが作ったこの鉄扇を最後に改造した時に、言ってくれたから。 

 

 

 

 〝いつか、その造花が生花に変わるように祈ってる〟って。

 

 

 

「やってみるよ。龍っちのあの笑顔に、届くように!」

『なら、試してみて。あなたの華に血は通っているのかを!』 

 

 花弁は計百五十枚。同じ存在である白い鈴の魔力も利用した。

 

 一度咲いた花は、あとは萎んで朽ちるのみ。

 

 

 

 最後の一振り、鉄扇を強く薙ぎ払う。

 

 花弁は舞い散り、白い鈴に向かって一斉に飛来し──爆発した。

 

 その瞬間部屋ごと凄まじい揺れに襲われて、あまりの爆発力に鈴自身も吹き飛ばされる。

 

「あうっ!?」

 

 全ての魔力を込めたので、壁に直接背中をぶつけた。

 

 

 

 鼓膜が破けたのではないという耳鳴りが響く中、痛みをこらえて揺れる視界をなんとか定め。

 

 そして爆心地を見ると──そこには魔力の残滓と氷片の煙と、クレーターしかなかった。

 

 

 

 それと一緒に、すぐ隣の壁が溶けて通路みたいなのが出来上がった。

 

「終わった、のかな……」

 

 ……もう疲れちゃった。

 

「少しだけなら、休んでもいいよね……」

 

 

 そう呟いて、目を閉じようと……

 

 

 

 

 

「オラァァアッ!」

 

 

 

 

 

 ……する前に、通路の中から覚えのある叫び声が聞こえた。

 

 通路の中で反響したのか、何重にも聞こえたその声にぱっちりと目を見開く。

 

「……今のって、龍っち?」

 

 もしかしてこの通路の先で、同じように龍っちも戦ってるの? 

 

 それなら……

 

「もうちょっとだけ、頑張ろっかな」

 

 魔力枯渇で震える手で、鉄扇の一本を胸のところまで持ってくる。

 

 そして持ち手に紐で繋がれている小鈴を手に取って……全力で握り潰した。

 

 元から壊れやすくなっていたそれは、砕けた瞬間に溢れた魔力が体に通っていく。

 

「ふぅ……よし、元気満タン!」

 

 わざと勢いよく立ち上がって、自分を鼓舞するように言ってから通路を見た。

 

 いくのよ鈴。恵里に会う想いと同じくらい、この想いは固めたんだから。

 

「……よし」

 

 一人で頷いて、通路に踏み込む。先は真っ暗だけど、私は怖気ることなく歩きだした。

 

 

 

 

 一歩進むごとに、通路の向こうから聞こえる音は大きくなっていく。

 

 何かと何かがぶつかりあう激しい音に、鈴はぐっと怯える心を押さえて足を動かして。

 

 やがて、出口にたどり着いた時。

 

 

 

『ドラァアッ!』

『フンッ!!』

 

 

 

 そこで、やっぱり彼は戦っていた。

 

「……水色の、グリス」

 

 相手をしているのは、多分鈴と同じようにこの迷宮が作り上げた負の部分。

 

 見慣れた黄金のスーツを纏った龍っちとは裏腹に……その体は()()()()()()()に染まっていて。

 

 龍っちが握ってるナックルと対になったような、ロボットみたいな片腕が酷く不気味だった。

 

『いい加減認めたらどうだ!? お前()が鈴に抱いているのは愛じゃない、ただの庇護欲だってな!』

「……え?」

 

 水色のグリスが放った言葉に、鈴の意識は止まった。

 

 どういう、こと? 

 

『あの日、ベヒモスから南雲に助けられた時からお前は無力感に苛まれていた! そしてこの仮面ライダーの力を手に入れて戻ってきた時、鈴を見てこう思った! ()()()()()()()()()()()ってなぁ!』

『……!』

「う、そ……」

 

 

 

 虚像の言葉は、自分が心の奥底に隠しておいた負の感情そのもの。

 

 だとしたら……ずっと、ずっと龍っちが鈴を守ってくれてたのは。

 

 

 

 

 

 ただ、鈴が弱そうだったからなの? 

 

 

  

 

 

「っ……!」

 

 そう思った途端、憧れたあの快活な笑顔とは裏腹に、胸の苦しさが増していく。

 

 もう一人の自分と対面して定めた、とある決心がみるみるうちに萎んでいった。

 

 

 

 あの虚像の龍っちの言葉が本当なら、鈴のこの想いが届くことは……ない。

 

『我ながらひでえよなぁ! あんな思わせぶりなこと言っといて、実は好きじゃなかったですなんて……』

『──ゴチャゴチャうるせぇぞ、この全身アイス野郎っ!』

 

 そんな鈴の目の前で、本物の龍っちのナックルが水色のグリスの顔に直撃した。

 

 気がつけば入っていたその一撃と吹っ飛ばされる水色のグリスに、鈴は苦悩も忘れポカンとした。

 

 

 

 水色のグリスが氷柱に打ち付けられて、『ガハッ』と声を出した後に地面に落下する。

 

『くっ、なぜ力が……!』

『ったくよぉ、黙って聞いてりゃぐちぐち冷めるような事並べ立てやがって。頭の中までアイスかてめぇ』

『っ、だがこれはお前()の本心だ! 守れそうな鈴に目をつけて、自分の力を誇示するために……!』

『……ま、そんなクソくだらねえ考えもあったかもな』

「っ……」

 

 その言葉に、またキュッと胸を締め付けられる。

 

 試練を乗り越えなくちゃいけないんだから、認めるしかないのはわかってる。

 

 でも……でも、悲しいよ。

 

『けどな、そんなのはほんの1パーセントくらいだ』

「……え?」

『何?』

 

 龍っちの言葉に、俯きかけていた顔をあげる。

 

 すると龍っちはナックルを水色のグリスに向けて、思い切り叫んだ。

 

『残りの99パーセントははな──心の底から溢れ出る(ラブ)だ!』

「…………………………………………………………………へ?」

 

 カッ、と顔が熱くなるのがわかった。

 

 これまでに何度も、何度も何度も何度もあの脳筋男のせいで感じた、もの凄い恥ずかしさ。

 

 それが、目の前でぶっちゃけられた愛の告白でこれまでにないほど込み上げた。

 

『ぶっちゃけもう一回ちゃんと見てみたら一目惚れした! 何だあの可愛い女は! 俺を全力で萌え殺す気か!』

 

 ふぇええええええええええっ!!!?? 

 

『庇護欲だ? んなもん感じるに決まってんだろボケ! 俺があの笑顔に何回悶えたと思ってんだ! むしろ全身可愛いまであるッ!』

 

 えっ、ちょっ、あのっ! 鈴ここで聞いてるんですけどぉ!? 

 

『ちっちゃい体でここぞという時は頑張って、しかも自分の弱さを認められる……こんないい女はみーたん以外にはいねえ! 最高だ!』

 

 む、みーちゃんの名前を出したのはちょっとマイナスかも。

 

『……ま、あいつはそれで思い悩んでるみたいだけどな。そんなとこも可愛いが』

『……言ってて恥ずかしくないのか、お前?』

『聞かれてねえから平気だ!』

 

 だからッ! ここで聞いてるってばッ! 

 

『けどまあ、お前の言うようにそんな考えがあったから、自分の気持ちから目ぇ逸らしてたのは認めるよ。俺はとんだチキン野郎だったさ』

『あそこまで言っといて今更よく言えるな……』

『けどな、俺はもう迷わねえ。自分の気持ちに正直に、全力で心火を燃やして鈴を好きだと言う! そこに後悔だの罪悪感だの関係ねえ、男は度胸だコラ!』

 

 ナックルを自分の掌に打ち付けて、それはもう力強く龍っちは叫んだ。

 

 

 

 ……もういやぁ。何であの筋肉おバカ鈴のことこんなに辱めるのぉ! これじゃあ決意が台無しだよぉ! 

 

 そうツッコミを入れるのも無理になって、その場で座り込んで龍っちのことを見ることしかできない。

 

『……ま、そうやって吹っ切れるのも攻略の方法か。実際俺は弱くなってるしな』

『あん? よくわからねえが、とりあえずテメェをぶっ潰しゃぁいいんだろ?』

『ま、そういうこった。できるもんならやってみろ!』

『上等だコラ!』

 

 金色のグリスと水色のグリス、両方がベルトのレバーに手を伸ばす。

 

 レンチみたいなレバーを振り下ろして、それぞれ金色と水色のオーラを纏った。

 

 

《 《スクラップフィニッシュ!》 》

 

 

『行くぞ、アイス野郎!』

『来いや、金ピカ野郎!』

 

 二人のグリスが同時に走り出した。

 

 龍っちは肩から黒いゼリーみたいなのを出して勢いよく、水色のグリスは冷気を纏って。

 

 

 

『『ハァアアアアッ!!』』

 

 

 

 そして、衝突した。

 

「っ!?」

 

 まるでさっきの鈴の試練の時みたいな衝撃とエネルギーの奔流に、両手で顔を庇う。

 

 しばらく揺れは続いて、やがて少しずつおさまっていった。

 

「ど、どうなったの……?」

 

 恐る恐る、手をどけて目を開く。

 

 すると、ナックルを振り抜いたままの龍っちと、氷みたいに体が半分くらい砕けた水色のグリスが。

 

『……俺の勝ちだ』

『ああ、試練はクリアだ。その前向きな気持ち、絶対忘れるなよ』

『あたりめぇだ』

『それとさっきから鈴がそこで見てるぞ』

『は!?』

 

 龍っちが振り返った途端、水色のグリスは一人でに粉々に砕け散って消えてしまった。

 

 それと同時に、よく見るとドライバーのゼリーが氷漬けになってた龍っちも変身が解ける。

 

 それから勢いよくあちこち見回して……通路の出口で座り込んでる鈴を見つけた。

 

「鈴!? お前、いつからそこに……」

「こ……」

「こ?」

「この、おバカー!」

 

 羞恥心溢れるままに、勢いよく立ち上がって龍っちの方に突撃した。

 

 驚いて龍っちが逃げようとするが、瞬時に鉄扇を振って障壁で両足を固定してやる。

 

「げっ!?」

「あんな恥ずかしいことを堂々と叫ぶなぁあああああっ!」

「がほっ!?」

 

 鉄扇でぶん殴る……のはかわいそうなので、鳩尾に頭突きを入れる。

 

 受け身も取れない龍っちはすごい悲鳴をあげるけど、手加減なんてしてあげない! 

 

 ぐりぐりと頭を押し付けると、龍っちがギブアップと言うように鈴を押し返した。

 

「い、いきなり何しやがる!」

「こっちのセリフだよ! なんであんな小っ恥ずかしいこと堂々と言えんの!?」

「そんなのお前、この心火を燃やしてフォーリンラブ!する想いが止められないから……」

 

 そこで、ピタリと言葉を止める。自分が何言ってるのかわかったみたい。

 

 すんごい今更な気がするのでジト目を送ると、龍っちはポリポリと頬をかいた。

 

「あー、その……つまりそういうことだ」

「…………」

「自分の罪悪感っつーの? それも乗り越えたし、この際ちゃんと言っとこうと思って」

「……ふーん。でも肝心の言葉が聞けてないんだけど?」

 

 そう言ってやれば、龍っちはまた動きを止めた。

 

 それから「あー」とか呻きながら今度は頭をかいて……それから、鈴をジッと見つめてくる。

 

 ドキン、と胸が跳ねた。

 

「鈴……いや、谷口鈴さん」

「……はい」

「君が、好きです」

「っ!」

 

 その瞬間、鈴はこれまでにない幸福感に心の底からつま先まで染め上げられた。

 

「俺はガサツだし、まだまだ頭もわりーし、苦労かけると思うけど……ずっと一緒にいてくれねえか?」

「……うんっ! 鈴の方こそ、よろしくお願いしますっ!」

 

 めちゃくちゃ照れながら言う龍っちに、今度はめいいっぱいの好きって気持ちをこめて抱きついた。

 

 

 

 

 

 

 

 恵里、会いにいくよ。鈴に本当の笑顔を教えてくれた、この人と一緒に。

 

 

 

 

 




恵里「いや来んなよ(ケッ)」

グリスブリゲフンゲフンがスクラッシュドライバーなのは仕様です。龍太郎はビルドドライバーもルインドライバー(多分誰も覚えてない)も知らないからね。

読んでいただき、ありがとうございます。

次回は変態か、あるいは勇者か……


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苦悩を超えて(with変態) 後編

シュウジ「俺だ。前回はあれだ、砂糖摂取するだけの話だったな」

雫「龍太郎、大胆じゃない」

龍太郎「おう、一世一代の大勝負だからな。これからもこの姿勢でいくぜ!」

ハジメ「谷口が羞恥で悶え死にそうだな。さて、今回はあの変態の話だ。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」


 

 三人称 SIDE

 

 

 

 無事、最後の試練を終えた二人。

 

 

 

 鈴は己の嘘を克服し、龍太郎は溢れ出る思いを盛大に暴露した。

 

 その結果……

 

「えへへぇ〜、龍っち〜」

「ちょ、おい鈴。くっつきすぎだろ」

「だってこうしたいんだもん。誰かさんがずっともう一回告白してくれなくて、やきもきしてたんだからね」

「うっ……」

 

 盛大にイチャついていた。

 

 これまでの偶発的なものとは異なり、自ら龍太郎の大きな体に抱きついて甘える鈴。

 

 当の龍太郎は初めての彼女にどうすればいいのかわからず、抱きしめ返すことすら不可能。

 

 見事にヘタれているわけだが、すんなりできるならあそこまで告白を躊躇したりはしない。

 

「け、けどなぁ。俺にも理由があったんだよ」

「理由?」

「こう、昔から惚れたかもって思った女はだいたい彼氏がいたり、告白なんてできずにいるうちに他の男に持ってかれたり……」

「いやそれ、ただのヘタレじゃん」

「容赦ねえな!?」

 

 無論である。これからは笑顔でなんでもやり通すのはやめると誓ったのだから。

 

 あと昔他に好きな人がいたと聞いてちょっとジェラシーが混ざってたり混ざってなかったり。

 

 要するに彼氏彼女のテンプレなやりとりなのでランサーも食いません、以上。

 

「お前、なんか吹っ切れたか?」

「まあね。龍っちのおかげでもあるから、一応ありがと」

「お、おう?」

 

 訳が分からず困惑する龍太郎に、ふと鈴の頭の中に閃きが生まれた。

 

 なので、ちょっとだけ離れて、ツンツンと指を突き合わせながら龍太郎を見上げてみる。

 

「あー、でもかなり疲れちゃったから……えっと、その」

「そいつは大変だな、っと」

 

 彼女の言わんとするところを昔よりいくらか回る頭で察し、行動に移す龍太郎。

 

 鈴の背中と膝裏に手を回し、先ほどまでの戦いの疲れも見せずに軽々と彼女の体を持ち上げてみせた。

 

「わわっ……えへへ」

「これでいいか?」

「うん。やればできるじゃん、龍っち」

「ま、お前の……か、彼氏だしな」

「う、うん……」

 

 頬を若干赤くし、そっぽを向く龍太郎。つられて鈴も彼の胸に顔を埋めて隠す。

 

 

(うみゃ──っ! なにこれなにこれなにこれ! 彼氏って響きが嬉しすぎてニヤけちゃいそう! ていうか待って? 龍っちカッコいい上に可愛くない? 大丈夫鈴、これから先ちゃんとお付き合いしていける?)

 

 

 かなりテンションの上がっている鈴だった。

 

 震える鈴を、かなり試練が大変だったのだろうと勘違いした龍太郎はなにも言わなかった。

 

 

 

 少し部屋の中を見回し、出口の通路を見つけたら鈴を抱えながらそちらに歩き出す。

 

 迷宮の配慮か、あるいは偶然なのか通路の中鈴をお姫様抱っこしても十分な横幅があった。

 

「鈴はどうやって俺のとこに来たんだ? こうやって通路が開いたのか?」

「うん。その向こうから龍っちの声が聞こえてきたから、もしかしているのかなって」

「なるほどな。とすると、もしかしてこの先にも他の誰かがいるんじゃねえのか?」

「そうだと嬉しいな。鈴、魔力はともかく体力はすっからかんだから……」

「俺もゼリーがこれだし、戦いたくはねえなあ」

 

 最後の虚像の攻撃で、見事に氷の塊と化したスクラッシュゼリーを見る龍太郎。

 

 手の中にあるそれを見ていると、不意に氷塊の中で潰れて中身の出たゼリーが輝き出す。

 

「ん? なんだこ……うおっ!?」

「きゃっ!?」

 

 突如、内側から黄金の光が溢れて氷塊が砕ける。

 

 思わず立ち止まった龍太郎に鈴が抱きつき、二人で恐る恐る手の中を見た。

 

 

 

 そこにあったのは、まるで氷から削り出したかのような、半透明のフルボトル。

 

「なんだこれ、ボトル?」

「龍っち、そんな力も仮面ライダーって持ってたの?」 

「いや、そんな話は聞いてねえが……」

 

 ひんやりと冷たいフルボトルに二人で首をかしげるも、答えは出ない。

 

 仕方がなしと後でシュウジに調べてもらうことにして、また通路の奥へと歩き始めた。

 

 

 

 二人が進むにつれ、前方の氷壁が溶けて道ができていく。決して熱で溶けているわけではない。

 

 できればハジメ達と合流したい、という二人の内心に答えたのか、通路が完全開通した先にいたのは……

 

「うおっ!?」

「きゃっ!?」

 

 部屋に入った途端、二人を衝撃と魔力の本流が襲う。

 

 咄嗟に龍太郎が体を捻って大きな体で鈴をかばい、それに鈴の胸がキュンと高鳴った。

 

 しかし、二人の体を揺らしただけでそのエネルギーは実害を及ぼすことなく、二人はもう一度部屋の中を見る。

 

 

 

 

 

 すると、先の力の発生源はそれぞれ黒と純白の閃光を放つ、二人のティオだった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 互いに凄まじいブレスを放ち、黒い本来のティオと白いティオが一歩も譲らぬせめぎ合いをしている。

 

 相変わらず桁違いな力に、彼女の中身はどうあれ圧倒される龍太郎と鈴。ティオの中身はどうあれ。

 

『ふふふ、感じるのじゃ。()の憎しみと怒りを。恐れと諦めを。何百と時が過ぎようと忘れられぬあの悲劇、守っていたはずの者共からの裏切り。侮蔑、畏怖、虐殺、陵辱……皆がそれらにさらされた』

「……」

 

 虚像のティオが、悪意に満ちた顔と共に部屋の中に明瞭に響き渡る声で告げる。

 

 ユエやシアの境遇を以前に聞いていた外野の二人は、ティオもまた暗い過去を背負っていたことに驚いた。

 

 

 

 それは、今より五百年前の話。

 

 大迫害と生き残りの竜人族の間で言われるその惨劇は、誇り高き竜人族達の滅亡の歴史だ。

 

 竜人族は少数だった。故にこそ彼らの意思は統一され、誰もが崇高な道徳と善性を持ち合わせていた。

 

 

 

 無力な者を守り、弱者に手を差し伸べ、邪悪を討つ。

 

 

 おとぎ話のような理想の国だが、真実かつては存在したのだ。

 

 最強にして最高。誰かがその多種族共生国家をそう呼んだ。誰もが彼らを尊敬し、〝真の王族〟と讃え。

 

 

 

 ──しかし、邪神の仕組んだ盛者必滅には抗えなかった。

 

 その身を竜と成す力を魔物の力とされ、それは瞬く間に人々の中に浸透した。まるで病原菌の如く。

 

 過去の功績、高潔性など関係ない。一度恐怖さえ生まれてしまえば、人は最も残酷になってしまえる。

 

 吐き気を催す邪悪が絡んでいたとなると、その結果は尚更だ。

 

()よ。北野殿から《獣》との戦いで神山ごと教会が破壊されたと聞いた時、心の底で歓喜したろ?』

「……」

『爽快だったろ? 快感だったろ? あの時の大迫害も、各国を束ねていたのは教会じゃったからのう』

 

 人とは、()()()()()()()()()()()()()獣である。

 

 理屈をつけ、理由を作り、倫理を捻じ曲げ、正しいとさえ思えればなんだってする生物だ。

 

 まさしくあの時の彼らはそうであり、それを操っていた教会は……まるで、飼い主。

 

 

 

 それらが全て死んだと聞いた時──虚像の言う通りに、ティオは昏い喜びを覚えたものだった。

 

 本当は王国に行ったのも、国民を救うのではなく、教会の総本山である神山の滅亡を見たいがため。

 

 そう言外に告げる虚像に龍太郎と鈴が目を剥き……当の本人は、無言でブレスを放つ。

 

 

 

 反論しない様子に、我が意を得たりと虚像は言葉を連ねた。

 

『最初に彼らについていこうと考えたのも、使()()()からじゃったろう? それほどまでに彼らは異常なほどの力を持ち、そして神を殺すことを目的の一つと定めていた。ならばついてゆけば、結果的にあの不自然な大迫害──その黒幕たる神に弑逆できる可能性が高い。そう考えたのじゃろう』

 

 悪意を塗りたくり、善意を塗りつぶす黒い言葉の数々。

 

 あまりに普段の姿からかけ離れた言葉に何度目とも取れぬ驚愕を龍太郎達は禁じ得ない。

 

 

 

 だが、それが嘘ではないことを彼ら自身何より体感している。

 

 ほんのひとつまみでいいのだ。自覚すらままならないほどの悪意さえあれば、それは深層にある本意となる。 

 

 被虐趣味の変態、されど理知的で優しいティオとはあまりに乖離した悪意ではある、が。

 

「ティオさん……」

「そんなことが、あったのかよ……」

「…………」

 

 思わず言葉を発した二人にティオが気が付き、振り向く。

 

 その表情は無。喜色も包容力も知性もなく、ただひたすらに、無。

 

 二人の体に、悪寒が走った。

 

『人、亜人、魔人、神。何もかもを簒奪した彼らが心底憎い。それは正当なもの。正当な()の権利──ならば委ねてしまえ!』

 

 白の閃光が、僅かに黒を押した。

 

 均衡が一方に傾いたということは、虚像の言葉がティオに作用しているということ。

 

 

 

 ティオは覚えている。

 

 両親の誇り高く高潔であれという言葉を。

 

 あの最後の日でさえも、一族の生き残りを逃がすために戦い、最後まで己の誇りを証明した。

 

 ならば己の心を復讐の炎に抛つこと、それすなわち──あの最後の日、己を抱きしめた父への背信である。

 

 

 

 その罪悪感に駆られたか、弱まったティオの力に嗤う虚像がもう一方の手を差し出す。

 

『この手を取れよ。さすらば妾がその復讐を果たさせてやる。なあに、もうその業火を沈める必要はない。復讐の牙を剥け、南雲ハジメをうまく誘導しろ。なに、一度懐にさえ入れれば甘い男。少なからず想われている今ならば──』

「ダメだティオさん! 耳を傾けるな!」

「しっかりしてティオさん! 負けちゃダメぇ!」

 

 叫ぶ二人の声は無力に、白いブレスはいよいよ勢いを増していく。

 

 ティオの心を折り、その在り方を変えさせようとする虚像の言葉はなおも効力を発揮する。

 

 

 

 いざとなれば、龍太郎はブリザードナックルを片手にあの場に突っ込もうとすら考え始めた。

 

 それは鈴も同じこと。たとえ普段は変態だろうが、それでも彼女にそんな風に変わってはほしくない。

 

 

 そんな、二人の想いに応えるように。

 

 

 

 

 

「──我等、己の存する意味を知らず」

 

 

 

 

 

 透き通るようでいて、とても静かな声がティオの口から響いた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「この身は獣か、あるいは人か。世界の全てに意味あるものとするならば、その答えは何処に」

『その、言葉は……!』

 

 それまで狂笑を浮かべていた虚像が、何かに気が付いたようにハッとする。

 

 同時にそのブレスの侵攻が止まっており、外から見ていた二人が反応する。

 

「答えなく、幾星霜。なればこそ、人か獣か、我等は決意もて魂を掲げる」

『っ、これは、力が……何がきっかけで、ありえぬ……!』

 

 白が、押された。

 

 黒のブレスがグンとその勢いを増して、詰められた距離を戻すにとどまらず、押し返す。

 

 虚像はそれが、まるで今この瞬間衰えている自分の力のメーターのようにすら思えた。

 

 

 

 だが、不可解だ。

 

 これまで何の反論もせずに粛々と己の言葉を受け止め、心に黒い穴を徐々に広げていたのに。

 

 なのに、これといって何のきっかけもなく……あの言葉とともに、一気にその心を強めていったのだ。

 

 

 

「竜の眼は一路の真実を見抜き、欺瞞と猜疑を打ち破る」

 

 

 

 我が黄金の瞳は人に非ず、されど獣に非ず。

 

 恐怖するものいるならば、同じほどに誠を以って真を見抜かん。

 

 

 

「竜の牙は己の弱さを噛み砕き、憎悪と憤怒を押し流す」

 

 

 

 強き力は破壊に非ず、獣の体は刃に非ず。

 

 憎しみを恐れよ、怒りを恐れよ。

 

 恐れて、喰らえ。

 

 

 

「仁失いし時、我等はただの獣なり」

 

 

 

 心を律せよ。無辜の民を守れ。

 

 それすらできぬ者、汝の全ては獣と在ると知れ。

 

 

 

「されど、理性の剣を振るい続ける限り──我等は竜人である!」

 

 

 

 ティオは吠えた。

 

 我は人に非ず、されど獣に非ず──その両方にして、それ以上であると。

 

 共に燦然と金の瞳は輝き、尋ねられれば覇気と呼応すべき大瀑布のような圧力が溢れ出す。

 

『──まさか。主、制御しておったのか? その心を?』

「──然り。我が心は我がもの。操れずして何とする」

 

 ありえない、という顔をする虚像。

 

 自分がわざわざ弱らせて力を削っていた心を、最初からコントロールしていたのだ。

 

 自らの負と向き合うこの試練を凌駕するほどの精神力など、それこそ本当に反則(チート)ではないか。

 

「大迷宮の意思よ、感謝する、中々己の心を客観視はできぬのでな。心とは海のようなものであるからして、妾自身気づかないものがあると思っておったが……物の見事に収穫があったの」

『っ、じゃが悪意が消えたわけではない! 負の感情も消えておらぬ! だというのに、どうして……!』

「──舐めるな、影法師」

 

 目を細めたティオは、己の精神力をさらに強めた。

 

 黒い着物、艶やかな黒髪を漆黒の魔力の奔流にはためかせ、威風堂々と真っ直ぐに手を伸ばす。

 

 王。そう脳裏に強く一文字が浮かび、龍太郎と鈴は心の底から彼女に見惚れた。

 

「妾を誰と心得る」

 

 人は、善性と悪性の両方を併せ持つもの。そうでなくてはただの概念の集合でしかない。

 

 打算も復讐心も認めよう。だからティオはあの竜人族の魂の宣言で返答したのだ。

 

 

 

 そんなもの根こそぎ食ろうてくれるわ、と。

 

 

 

「誇り高き竜人──クラルス族が末裔、ティオ・クラルスなるぞ!」

 

 (ハルガ)の黒鱗、(オルナ)の風、祖父(アドゥル)の炎に誓って。

 

 それらを受け継ぎ、胸の内に宿る炎を信じ、竜人ティオ・クラルスとして、決して折れない。

 

 

 

 それを聞いた虚像は、何もいうことは無く。

 

 ただその表情にはどこか納得したような、参った、降参だとでも言いたげな微笑みがあった。

 

「復讐の牙など、脆弱なり。真に強靭なるは竜の牙……その身を以って味わうがよい」

 

 直後、強く脈動したティオのブレスは倍以上に太くなり、抵抗する余地も与えず白を飲み込んだ。

 

 

 

 そのまま部屋の壁を貫き、霧散した後には何も残っておらず。

 

 修復されていく氷壁と現れた通路を一瞥し、着物の裾をなびかせてティオは踵を返した。

 

 まったくの無傷、状況的にも完全なる勝利。優雅に垂れた髪を振り払う所作はまさに絶世の美女だ。

 

「やっばいよ龍っち、お姉様って呼んじゃいそうかも……」

「惚れるのだけはやめろよ……」

「そ、それはもちろん龍っちだけだけど」

 

 そんな感嘆だか惚気だかわからない会話をする二人に、ふわりとティオは微笑む。

 

 その表情にドキッとした二人の前にやってきて、今度はニヤリと意地悪く笑った。

 

「何じゃ、観戦しておったと思えば随分面白い姿勢じゃの?」

「「えっ、あっ!?」」

 

 今更ながら、自分達がお姫様抱っこをしていたことを思い出す二人。

 

 慌てて離れようとする龍太郎、しかし鈴がもう構うものかと引っ付いて顔を赤くする。

 

「おい鈴!」

「だ、だってもう言い訳しても遅いじゃん!」

「ふふ、どうやらついに想いを結んだようじゃの。良きかな良きかな」

 

 うっ、と二人揃って同じ反応をする。着物の裾で口元を隠してほほほ、とティオが笑った。

 

「合流したのはお主ら二人だけかの?」

「えっと、今んところはな」

「多分、そのうち会えると思うけど……」

「そうか……」

 

 少ししょんぼりとするティオに龍太郎と鈴は顔を見合わせ、考える。

 

 もしや、普段の言動はともかく好意を寄せているハジメに最初に勝利を伝えたかったのでは……

 

「ご主人様がおれば、虚像とのやりとりのことでとびっきりのお仕置きをしてもらえたじゃろうに。残念じゃ」

「「残念なのはあんただよ!」」

 

 やっぱり変態は変態だった。

 

 

 

 

 

 けれど、それにちょっと安心したことは心のうちに隠しておく二人だった。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回は勇者……いや、愚者の話。

お楽しみに。


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逆位置

これが今年最後の投稿。みなさん、この作品を一年間ありがとうございました。来年もよろしくお願いします!

シュウジ「皆さんこんばんは、2020年最後の俺ちゃんだ。来年もよろしくな」

ハジメ「そろそろ着物とか引っ張り出すか」

雫「お参りとかもしなくちゃね。さて、今回は光輝の話だけど……作者が変な顔してるわね」

エボルト「そりゃ、こんだけ改造を極めたらな……とにかく年内ラスト、それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」」


 

光輝 SIDE

 

 

 

『ハァッ!』

「フッ!」

 

 灰色の髪に服の色を反転させた〝俺〟が、ロングソードを振るう。

 

 恐ろしく鋭いそれに、なんだか自画自賛をしている気分になりながら受け止める。

 

 そうしてもう一人の自分と戦いながら思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、俺が信じた正義は最初から誰かのものだった……と。

 

 

 

 

 

 

 

 始まりは多分、小さい頃に祖父……天之河完治(あまのがわかんじ)の話を聞いていた時。

 

 俺にとっては最大のヒーローであった祖父は、弁護士としてとても優秀な人だったという。

 

 家族みんなで長期休暇に祖父の家に帰った時、膝の上に乗って祖父の話を聞くのが俺の楽しみだった。

 

 

 

 当時の俺は数々の祖父の仕事の話を聞き、目を輝かせた。

 

 多分、祖父も美談に聞こえるように脚色を加えていたのだろうと、今ならば理解できる。

 

 仕事上の守秘義務もあっただろうし、祖父は自分の経験談を〝物語〟として俺に話したのだ。

 

 

 

 弱きを助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、公平であれ。

 

 祖父の話は理想と正義、その体現のような、とてもドラマ溢れるものだった。

 

 だから俺は思ったのだ。〝いつかお爺ちゃんのような正義のヒーローになりたい〟と。

 

 

 

 そんな祖父は、俺が小学校に入る直前に亡くなった。急性の心筋梗塞だったという。

 

 俺は、その喪失感と悲しみと向き合うことができずに、祖父との記憶に溺れることで自分を守った。

 

 祖父との記憶に浸れば浸るほどその物語の内容が浮き彫りになり、思考に染み込んでいった。

 

 

 

 

 

 俺はここで、大きな間違いを犯していた。

 

 

 

 

 

 所詮、理想は理想。現実はもっと厳しくて、複雑で、無情だ。

 

 正義は必ず勝つだなんて、本当に子供に聞かせるための御伽噺の中でだけ通用する理論で。

 

 祖父が敏腕だったのは、それを知っていたから。清濁両方を熟知していたから現実でも〝優秀〟だった。

 

 

 

 祖父はそれを俺に教えてくれる前に死んでしまい、俺の中には〝理想的な正義〟だけが残った。

 

 悪しきは許さない。誰かを傷つけることなんて一人もしちゃいけない。みんな同じ人じゃないか。

 

 

 

 ()()()()()

 

 それができるなら戦争の歴史などないし、人と人の関係は発展しない。

 

 だが、俺はそれを知る機会をこれまで持てないでいた。

 

 その原因は、御堂の言葉を借りるならスペックが少し高かったから。

 

 

 

 そのおかげで失敗も挫折もしなくて、自分こそが絶対的正義だと思い込んだ。

 

 もう死んでいる祖父を、ずっとヒーローにしたかっただけのくせに。

 

 

 

 雫や両親はもう少し考え方を工夫するよう言ってきたが、俺は聞く耳を持たなかった。

 

 今考えると、本当にバカだと思う。俺を否定してるんじゃなくて、心配してくれてたのに。

 

 そのせいで、多分たくさん迷惑をかけた。俺の〝解決〟の裏には膨大な問題があったことだろう。

 

 俺のやり方を支持してくれる人の数が多くて、その中に多数結論で両親達の声を埋もれさせたのも原因だ。

 

 歯止めが効かないまま、自分の中の理想像に従うままに〝正義〟を実行し続けた。

 

 

 

 

 

 俺がなんとかすればいい、俺ならなんとかできる──俺のやり方が、全部正しい。

 

 

 

 

 

 理想に溺れ、己に酔い、祖父の背中を盲目的に美化して、〝ヒーローの自分〟を演じ続け。

 

 増長に増長を繰り返しながら小学校を卒業し、中学も同じように過ごし。

 

 

 

 そして高校生になった時。

 

『アイツが、北野シュウジが現れた』

「っ!」

 

 〝俺〟のロングソードが黒いエネルギーを纏った。

 

 すると、俺のものよりさらにずっとドス黒いオーラの刃が飛んできて、咄嗟に横に転がった。

 

 俺に到達する直前、ガッパリと口を開いたオーラは氷壁に当たり、ガリガリとその歯で齧り付く。

 

 少しして消えた後には、無残なほどに抉れた氷壁が残っていた……ゾッとするな。

 

 

 

 冷や汗を拭い、ロングソードを握り直すと立ち上がって〝俺〟を見る。

 

『あいつは、お前()以上に優れていた。その上いつもふざけた態度でいるくせに、なんでもできて誰からも好かれた』

「…………」

 

 その〝俺〟の言う通り、それまでずっとまかり通っていた俺の〝正義〟が通じない相手が現れた。

 

 北野シュウジ。飄々としていて掴みどころがなく、全く人間性が把握できない不気味な男。

 

 それが最初のイメージ。そこから事あるごとにアイツは俺を上回っていき、俺は……

 

『アイツに密かに嫉妬していた。いつも不真面目な南雲を守っていて、それにお前()が何を言ってもするりと弁論をかわし、あまつさえ何故か周囲をも掌握していた』

「……違う…………」

 

 言葉を重ねながら、〝俺〟は上下左右から押し潰すように左手の形のオーラを放つ。

 

 それをどうにか避け切った先には大口が待ち受けていて、なんとか斬り伏せ切り抜けた。

 

『いつもお前()の独善を支えていた、大多数の支持と多数決で決まる〝正義〟の大義。それが北野だけには通用しなかった』

「……こうじゃない…………」

『明らかに〝みんな〟から逸脱しているのに、〝みんな〟アイツを責めなかった。いつの間にかアイツは周囲を丸め込み、確かな地位を獲得していた。まるでお前()が理想論を振りかざして人気を集めるように、しかし気が付かないほど自然にな?』

 

 今度は漆黒のロングソードを左右に振り、その途端に〝俺〟が三人に分身する。

 

 左右の真っ黒な〝俺〟は、本体の〝俺〟と同じ赤黒い目を爛々と光らせ、一人は突撃、一人は跳躍してきた。

 

 

 

 大上段からの振り下ろしを剣で受け止め、正面からの斬り払いをわざと下がって回避。

 

 しかし、その瞬間に足元に出来上がった影の中から本体の〝俺〟がズルリと現れた。

 

「っ!?」

 

 ヒュッと息を呑み、それを吐く間も無く嗤った顔でロングソードを突き出す〝俺〟。

 

 防衛本能でかろうじて躱し、大きな動きで黒い二人の影法師を振り払うと一度後退する。

 

 完全に影から這い出てきた〝俺〟はロングソードの切先をこちらに向け、また口を開いた。

 

『アイツは狡猾だった。あらゆる手練手管に長け、純粋な力をもってしてもお前()の遥か上だった。それを恐れ、お前()は自分のためにそれらを使うアイツを〝悪〟とすることで遠ざけたんだ』

「……これが……いや……」

 

 〝俺〟がくるりと回転して、下から掬い上げるようにロングソードを振るう。

 

 

 

 明らかに届かない距離。しかしこの程度の距離ならば光刃でどうとでもなることを俺はよく知ってる。

 

 地を這うように接近してきた黒い光刃を弾き、その間に踏み込んできた〝俺〟の一撃を受ける。

 

 ギャリギャリと刃が擦れ合って火花を散らし、〝俺〟が顔を近づけてきた。

 

『この世界に来てから、その恐れはより大きくなった。魔人族を殺すというハイリヒ王国の〝正義〟に準じようとしたお前()に対し、アイツはやはりどこまでも現実的な論調とカリスマでお前()の弁を呑み込み、静かに、しかし確実に支配を広げた』

「くっ……!」

 

 同じ力で押しているはずなのに、気を抜けばそのまま切り裂かれてしまいそうだ。

 

 その上、〝俺〟はドス黒い口の集合体を肩から出して俺の頭を齧り取ろうと伸ばしてくる。

 

 紙一重でそれらを躱しながら受けの姿勢を維持するのは、ゴリゴリと体力を持っていかれる。

 

『アイツが南雲と一緒に奈落に消えた時、安心したよなぁ? これで俺は元通り、みんなのヒーローでいられるって。またこの理想論を好きに振りかざせるって!』

「それは……」

『だが、アイツは戻ってきた! これ以上ないくらい強烈に、何もかも片付けていった! 無様を晒して何もできなかったお前と違ってなぁ!』

 

 俺の頭を狙っていた口達が、突然引く。

 

 何事かと注視すると、再び開口されたその奥には──それぞれ鋭い針が装填されていた。

 

 凄まじい悪寒を感じ、わざと力を抜いて拮抗を崩すと自ら倒れる。

 

 

 

 次の瞬間、俺の上半身があった場所を無数の黒針が通過して地面に突き刺さった。

 

『フンッ!』

「グッ!?」

 

 容赦なく振り下ろされたロングソードの一撃が、重い。

 

 おまけに〝俺〟の手から伝播した〝あれ〟の力が発揮され、ボコッ! と音を立てて刃が膨張する。

 

 正確にはロングソードを覆う〝あれ〟のオーラだが、一気に分厚さが増した。

 

『そして全力で否定していた〝悪〟であるアイツの力に劣等感を感じて暴論を投げつけ、あまつさえ完膚なきまでに力ありきの理論と自尊心を打ち砕かれ! ああ、みっともないなぁ!』

「これ、は……!」

 

 このままだと死ぬ。そう直感して、咄嗟に禁忌の技を出す。

 

 右足で思い切り〝俺〟の股間を蹴り付け、流石の奴も動きを止めている間に抜け出る。

 

 

 

 荒い息を整えていると、ゆらりとこちらを振り返る〝俺〟。

 

 その顔は全く苦痛に歪むことなく、どこまでも歪な笑いが浮かんでいた。

 

『そうやって逃げて、自分を誤魔化して、妬んで、羨んで、不満を全部ご都合主義に変えて糾弾してきた』

「…………」

『本当は今だってそうしたいんだろ? お前だけがヒーローになって誰かを救った気になりたいんだろ? 俺はお前なんだ、わかってる』

 

 だから、と口を裂いて。

 

 

 

 

 

『全部、奪っちまえよ』

 

 

 

 

 

 〝俺〟の顔の半分が、バラリと()()()

 

 そのまま五つに分かれ、まるで手のように開いていく。自分の顔が壊れていく様は吐き気を催した。

 

 顔だけじゃない。肩の口から漏れ出している笑い声が強まる度に、体のどこかが開いて手になっていく。

 

『ほら、これがお前の本性だ。あれもこれもそれもと、全部全部自分のものにしたい。お前の力でなんでも解決して、従わせて、思う通りにしたいんだ』

 

 両腕を広げ、俺にその姿を見せつけてくる〝俺〟。

 

 

 

 ……なんておぞましい姿だろう。

 

 体の半分以上が手に変じ、もう俺の原型は顔の半分しか残ってない。

 

 あれが天之河光輝の本性。地球でも、この世界でも自分の勇姿を求め続けた、醜い心の体現。

 

『北野も南雲も殺して、何もかも盗ってしまえ。そうすれば雫もユエ達も、()()()()()()()()香織も全部お前のものだ』

「…………」

『大丈夫、何も心配することはない。全部上手くいく。だって──』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お前()は、正しいんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………か」

『……何?』

 

 部屋の中に響いたその声に、俺は顔を上げて。

 

 

 

「言いたいことはそれだけか、〝俺〟」

 

 

 

 鋭く細めた目で、あいつのムカつく微笑を断ち切った。

 

 目を見開き、〝俺〟が動きを止める。

 

 俺は立ち上がり、ロングソードの持ち手を両手で握った。

 

「ふぅううぅぅう…………」

 

 深く息を吸い、吐く。

 

「……よし、もういい」

 

 ()()()()()()()()。これ以上大人しく、妄言を聞く必要はない。

 

お前()、さっきから何を……』

「お前の言う事は全て本当だよ、〝俺〟。この期に及んで俺は、まだそんな腐った妄執を抱いてしまっている」

 

 静かに、一つ一つ確かに言葉を紡いでいく。

 

 

 

 大人しく聞いていたが、本当に自分で自分のことを殺したくなるくらい悪辣だ。

 

 こんな俺を見たら、きっと祖父は……完治爺ちゃんは、あの逞しい拳で思い切りぶん殴ってきただろう。

 

 心底恥ずかしい。正義だの悪だの以前に、人間として失格だ。

 

「本当の外道はこの俺。何もできないくせに何でもかんでも欲しいなんて、どうかしてる」

『っ、お前……!』

「そんな外道には……こんな姿がお似合いだっ!」

 

 〝力〟を解放する。

 

 これまでの一部分だけじゃない、全力で頭の中の囁きを抑え込み、その能力だけを絞り出す。

 

 〝あれ〟は怒ることなく、むしろ面白がるように力をどんどん流してきた。

 

 

 

「う、ぉおおおおおおおおオォオオオオオッ!!!」

 

 

 

 なんとか耐え切り、叫びと共に力を顕現させる。

 

 肩から飛び出した口が次々とムカデのような虫に変わって、皮膚を突き破って腕の中に食い込んできた。

 

「ぐ、ぁ……!」

『自ら体を食わせるなんて、正気か!?』

「ぁ、当たり前、だ……! これは、罰、だからな……!」

『罰……?』

 

 肌を破り、肉を食い、骨を齧る虫達に耐えながら、〝俺〟を強く睨みつける。

 

「俺は、罪深すぎる……! 罪を犯したものには、罰が必要だッ……!」

『っ、俺の力が弱まっているだと!?』

「だからっ、まずはこれが、俺自身で課す罰……残りは、お前を乗り越えてから北野達にやってもらうことにする!」

『まさか、これまでずっと呟いていたのは俺の言葉への否定ではなく……!』

 

 〝俺〟を見て学んだ力の使い方を必死になぞり、制御する。

 

 果たしてそれは成功して、ギョロギョロと蠢く黒と赤の瞳が浮き出た鎧に包まれた左手を、しっかりと握りしめた。

 

「……決着をつけよう。お前と共に、この妄想を断ち切ってやる!」

『っ、それを受け入れたとしてお前の醜さが助長されるだけだ!』

 

 半分しかない口で叫んで、〝俺〟は接近してくる。

 

 振り上げられたロングソードを、肩の口から黒針を掃射して弾き飛ばした。

 

 構わず〝俺〟は〝それ〟のオーラで剣を作り上げ、突き出された黒刃を受け止める。

 

『お前は善人などではない、悪人だ! 今更そこから変わりたいだと!? それよりも堕ちる方がずっと楽だぞ!』

「そんなこと分かってるさ! だからこそ屈しない! 欲望に塗れたこの心の、その堕落にだけは負けてたまるか!」

 

 至近距離で〝天翔剣・嵐〟を発動し、ロングソードから風と光の複合斬撃を放つ。

 

 そこに左腕の〝力〟も込め、本来の出力の数十倍に高めた刃の嵐が〝俺〟を襲った。

 

『ぐっ、これは……!』

「どうした、反応が鈍いぞ!」

『なっ!?』

 

 かろうじて羽赫で防ぎ、後退しようとした〝俺〟の足を払う。

 

 防御で手一杯だった〝俺〟はあっさり宙に浮いて、即座に顔面に思い切り左の拳を叩き込んだ。

 

 

 

「まず一つ! 己を正義そのものだと騙る傲慢さ!」

『がはっ!?』

 

 

 

 吹っ飛ばされていく〝俺〟に追いすがり、鳩尾に前蹴りを叩き込む。

 

 

 

「二つ! 正しいから何をしてもいいのだという強欲さ!」

『ごぁっ……!?』

 

 

 

 腹を抱えて蹲る〝俺〟の頭を両側から掴み、鼻っ面に膝を叩き込む。

 

 

 

「三つ! 信念のもとに力を振るう北野達へのくだらない嫉妬心!」

『げぶっ!?』

 

 

 

 後ろに倒れる〝俺〟。羽赫を巨大な拳に変えて足を引っ掴み、思いっきり壁にフルスイングする。

 

 

 

「四つ! 人の彼女にあんなことを思ってる最低な色欲!」

『あ、がぁ!』

 

 

 

 氷壁が砕け散り、だいぶ〝俺〟がボロくなってきた。もちろん手加減なんてしない。

 

 

 

「五つ! そういった諸々自分勝手すぎる理由から生まれた憤怒!」

『ぎゃっ!?』

 

 

 

 羽赫を引き千切り、自分の頭を兜代わりにオーラで固めると頭突きをお見舞いした。

 

 

 

「六つ! 自分を変えようとしない怠惰!」

『ぅ、おおおおっ!?』

 

 

 

 もはや反撃する力もない俺を天井に向かって投げ、ロングソードを構える。

 

 

 

「そして七つ! 人のものを奪おうとする暴食じみた狭量さ! それが俺の罪だ!!」

『ぎゃぁあああああああっ!!!』

 

 

 

 悪業両断。

 

 赤黒いオーラを纏った斬撃を7つ飛ばし、全身をバラバラに切り裂いた。

 

 次々と体のパーツが落ちてくる中、鞘にロングソードを収める。

 

 

 

 そして、近くに落ちてきた頭を見下ろした。

 

『この、人殺し、めが……』

「ああ、多分これまで色んな人の心を踏みにじって殺してきただろうな。その分も罰に追加だ」

『は、はははは……お前は、二度とヒーローには、なれないぞ……』

「それでいい。子供の理想はもう終わった。俺は俺の悪を裁くためだけに正義を執行する。それでも甘い理想を貫くかは、全部終わってから決めるさ」

 

 正義の味方ごっこはやめにしよう。誰かの為と嘯いて満足する寒い茶番も。

 

 もう何かを傲慢に欲しはしない。何かを求める権利などとっくにない。

 

 世界を救うなんて俺には荷が重すぎる。というか俺がやらなくても、北野と南雲が全部済ませる。

 

 

 

 

 

 でも、一つだけ。

 

 

 

 

 

 願わくば、俺に後悔と反省、贖罪の機会を与えてくれた〝彼女〟にもう一度会う権利を。

 

 それが俺の最大にして、おそらく最後の傲慢だ。

 

『……そうか。ならばやってみるといい。お前の中に善意があるのなら、その悪意にも負けないだろう』

お前()がそれを言うってことは、多分俺にも少しだけ良い部分があるってことだよな。アドバイスありがとう」

『……少しは人の話を聞け、ナルシスト野郎』

 

 最後に自虐を呟いて、〝俺〟は蜃気楼のように消えていった。

 

 立て続けに他の体の部分も霞のように消えていって、すぐ目の前の壁が溶けて出口が現れる。

 

「これでクリアか。中々自分を見つめ直すのにいい試練だったが……」

 

 ちょっとだけでも、どうしようもない性根がマシになってるといいんだけどな。

 

 それと最近ティオさんが俺のことをやけに仲間を見る目で見てくるんだが、あれだけは理解したくない。

 

 

 

 

 

「さて……とりあえず、北野達にも話すべきかな?」

 

 

 

 

 

 震える心を押さえつけ、通路に向けて歩き出した。

 

 

 

 





【挿絵表示】


さあ光輝くん、厨二改造の時間だよ(ニッコリ)

====================================
天之河光輝 17歳 男 レベル:???
天職:愚者・憑き人
筋力:1020[+9413]
体力:1020[+9413]
耐性:1020[+9413]
敏捷:1020[+9413]
魔力:1020[+9413]
魔耐:1020[+9413]
技能:変生[+支配][+顕現][+蒐集]・狂気適正[+闇属性効果上昇][+発動速度上昇]・狂乱耐性[+対狂気]・[+対錯乱]・侵食[+侵食再生][+痛覚激化]・剣術:穢[+邪念吸収] [+悪以悪断]・怪力・影食み[+影移動] [+影分身]・先読:妄[+悪路看破] [+死幻]・汚染[+代償回復][+魔力][+生命力]・七罪[+悪意感知][+吸収回復]・限界突破[+覇潰]・超越理解[+狂気][+言語解析]
====================================

読んでいただき、ありがとうございます。

あと少しでこの章は終わります。


みなさん、良いお年を!


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女は拳で友情を深めるもの。男? エ◯本回し読みすれば心の友

新年初投稿だせイェイ!


【挿絵表示】


去年に引き続き、オリキャラルイネさん。何回かアップデートしてるけど、大人っぽさは増しています。

シュウジ「俺だ。前回はなくてもいい回だったな」

光輝「ちょ、流石にそれは酷いだろ!」

ハジメ「まあそうだな。で、天之河。お前は前回の間どこでサボってたんだ?」

光輝「ちゃんと俺が戦ってたよ! まったく……で、今回はその続き、合流してからみたいだな。それじゃあ、」


二人「「さてさてどうなる洞窟編!」」
光輝「最後まで言わせてくれよ!」


はい、今年もこんなで始まります。


 シュウジ SIDE

 

 

 

 どーもみなさん、北野シュウジです。

 

 

 

 俺は今、一歩も動けずに冷たい地面と熱いキスを交わしています。

 

 いや冗談じゃなく本当に。

 

「ま、マジで指の一本も動かねぇ……」

『当たり前だ。どれだけの力を消費したと思ってる』

「ざっと体力と魔力と気力を根こそぎ持ってかれたよ……」

 

 いや、今回の試練ばかりは心の底から死ぬかと思った。

 

 

 

 地面から吹き出る白い炎に降り注ぐ血濡れの剣や槍、真っ黒な炎と氷壁にバスケットボール大の穴を開ける雷。

 

 無慈悲に心臓やら肺やら狙ってくる悪魔も真っ青な戦士に全方位から殺しにかかってくる百足型の尾。

 

 極め付けに遠距離からノータイムで剣の雨が落ちてくるわ、アホほどデバフにトラップ、不意打ち騙し討ち仕掛けてくるわ。

 

 

 

 なんなのあいつら、一人一人が強すぎでしょ。そこはスペックが六等分とかされてねえのかよ。

 

 それどころか全員カスみたいな記憶に残ってる全盛期レベル、しかも連携してきたんですけど。

 

 

『これは俺の実在をかけた戦いだ(キリッ)』

 

 

 んなこと言ってる場合じゃありませんでしたよ、ええ。

 

 エボルに変身したね。なんなら開始10秒で速攻変身したね。

 

 

 

 それでも平然と押され、ブラックホールの超スペックと俺が泣いた。

 

 それでも持てる限りの力を絞り尽くし、可愛い百鬼夜行たちを全滅させ、カマキリ達も9割死滅し。

 

 それでようやく、なんとかギリギリ、地獄への入り口に小指一本引っかかって生き残れた。

 

 

 え、実際のそのシーンはどこだって? 

 

 いやだって自問自答と醜さの克服とか愛ちゃん先生の時にやったし、展開的に無駄でしょ(メタい)

 

 まあ一言で片付けるとこれだ……一体いつから、主役のバトルシーンがちゃんと描写されると思っていた? 

 

『ここまで追い詰められたのは初めてじゃないか?』

「かもなー……何もかも枯渇して動けん。エボルト頼む」

『はいよ。まったく、世話のかかる相棒だ』

 

 俺の体から赤黒いオーラが飛び出して、白髪赤眼の俺の姿を取る。

 

 一度伸びをしてから、口を除いた全身が麻痺したみたいに動かせない俺を見下ろしてきた。

 

「まるで陸に打ち上げられた魚だな」

「麻酔銃で撃たれたクリプラの気持ちがわかったよ。とにかくほれ、はよしろ」

「りょーかい。そら、腕を肩に回すぞ」

 

 なされるがままにエボルトに肩を貸してもらい、ちょっとだけ力の入る足で立つ。

 

 そのまますぐ前方にあった通路の方に、ノロノロと入っていった。

 

「いやー、もう二度とやりたくねえわこの試練」

「その割には清々しい顔だな?」

「ん、そう見えるか?」

 

 本当に、今更なんでもない試練だった。

 

 虚像が放つ言葉は王都での愛ちゃんに似通ったもので、とうに受け入れたもの。

 

 独善も傲慢も欺瞞も虚偽も、それら全て俺のものとして受け入れ、肯定してきたのだ。

 

 それならきっと、胸の中に感じるこの気持ちは()()()()のせいだろう。

 

 

 

 魔女も獣も人喰いも守護者も、兵器のヒーローも打ち倒した末に、最後に相対したカインの虚像。

 

 狡猾で嫌らしく、厄介な……俺が他の誰より向き合わなくてはいけない実像。

 

 部屋が丸ごと吹っ飛ぶような戦いの後、アレは消えていきながら俺にある言葉を言ったのだ。

 

 それは……

 

「〝弱きに救いを、強きに終わりを。正しきに報いを、悪しきに罰を〟……か。()()()()()を忘れてたよ」

「お前にとっては当たり前すぎて気が付かなかった、だろう?」

「そうかもな」

 

 モノとしちゃ既に経験した展開だったが、それでも得るものはあった。

 

 そう内心満足していると、溶けていった前方の通路に出口が見えてきた。

 

 

 

 さて、女神ペディアによれば誰かこの先にいるはずだが。

 

 あのアホ勇者だけは勘弁してくれと思いながら通路を抜けると──

 

「むぅいいいぃ、ユエのおたんこにゃすぅううう!!」

「……うるひゃい。むっちゅりしゅけべぇ」

「ああもう! 二人ともいい加減にしてくださいよぉ~!」

 

 なんか、ワケワカメなことになってた。

 

 ユエと白っちゃんが取っ組み合いして、その側でシアさんが狼狽えてる。

 

 いつものじゃれあいなんだろうけど、あの試練の後に普通やる? 

 

「え、あれどうなってんの?」

「俺に聞くな、本人達に聞け」

「だよねー。ってことで連れてって」

「はいよ」

 

 舞台で使うお飾りの人形のようにエボルトに運ばれ、三人に近づく。

 

 

 

 足音で気がついたのか、シアさんがこちらに振り向くとパァ! と顔を輝かせた。まるで助けが来た! と言わんばかりだ。

 

 が、エボルトに引きずられてるのを見てケッ使えねえですぅという表情になる。扱いが酷くて辛い。

 

「よっ、シアさん。あっちの二人どしたの?」

「あー、説明すると長くなるんですけどね」

「いいよいいよ、どうせすぐ終わんないだろうし、俺今ガス欠だし」

「……まさか、またアレ使ったんじゃないでしょうね?」

「いや、単純に死ぬほど戦って死ぬほど疲れただけ」

「本当ですかぁ?」

 

 シアさんの目は細まるばかりで、まったくもって信用されてないことが一目瞭然である。

 

 チラッと隣のエボルトに視線をやり、こいつが肩を竦めるとようやく納得したように目を戻す。

 

 嘘ならハジメさんに報告しますよ? ん? という威圧に、俺はどうにか苦笑いでやり過ごした。

 

「んで、これは一体?」

「ええとですね、まず私が自分の試練を突破したところから始まるんですが……」

 

 そこからのシアさんの話を要約すると、こうだ。

 

 

 

 俺と同じようにとっくに自分の罪悪を受け入れていたシアさんはあっさり勝利

 

 ↓

 

 その後ユエと合流したが、なんかボロボロで表情も暗く、悩んでいた

 

 ↓

 

 心配になって聞いてみると、自分に万が一があったらウサギや美空と一緒にハジメを頼むと言う

 

 ↓

 

 シアさんブチギレ、これまでで最大の大喧嘩勃発

 

 

 

「で、私もユエさんもボロボロになるまで罵倒と拳を交わしあったんですよ」

「女の友情って拳で深めるものだっけ(真顔)」

「まあハジメの女だからな(不変の理論)」

「なるほどそういうことか(納得)」

 

 ハジメの女だから、このワンフレーズだけで全ての暴力的展開を説明できる便利さよ。

 

 

 

 その後、そうなるまで色々ぶちまけて、ユエの不安なんか一緒に乗り越えようとなったらしい。

 

 思い出すなぁ、グリューエンの後ハジメにしこたま殴られて大事なことを言われたあの時のことを。

 

 やっぱり付き合ってると内面も似てくるのかね? ほら、シアさんとか特に最近バグ化が酷いし。

 

「でも、夢中になってる間に私とユエさんで香織さんの虚像をかなり痛めつけちゃったみたいで、それを倒したはいいけど憤懣やるかたない香織さんが……」

「ユエに実力行使に出たわけね。まあそりゃ怒るか、巻き込み事故だし」

「完全なるとばっちりだな」

 

 白っちゃんも可愛そうに。きっと真面目に試練と向き合ったんだろうなぁ。

 

 しかし、ユエの悩み……か。

 

 以前本人から聞いた過去の話と女神ペディアの内容から、その概要を想像することは可能だ。

 

 

 

 恐らく、ユエが虚像に言われたのは()()()()()()()の事だろう。

 

 かつて最強と謳われた吸血鬼の国、その王として歳若いながらも君臨した天賦の才を持つ美しき少女。

 

 されど彼女の叔父、そして彼に連なる者共によって国は落とされ、美姫の存在は奈落に葬られた。

 

 

 

 その事件の()()を、きっと虚像は撃ち抜いた。

 

 ユエは、暗闇の中で貯め続けた負の感情によって捻じ曲げてしまった記憶との齟齬に苦悩している。

 

 その苦しみは、自分自身で変えてしまった記憶を修正することでしか解決はできない。

 

 

 

 俺はこうしてトータスの歴史☆完全攻略ガイドを持ってるからまだ理解できる。

 

 しかし、シアさんからしたらいきなり頓珍漢をのたまってくれたのだろう。

 

「ま、お疲れさん。やっぱシアさんはハジメの女としてふさわしいよ」

「な、なんですか突然。というか本当に動けないんですか? 雫さんが心配しますよ?」

「これがホントもホント、冗談抜きに地獄行き一歩手前だったんだわ。難易度設定の変更を要求したい」

「一体どんな試練受けたんですか……」

 

 そんな風に話していると、不意に部屋の中の魔力の変動を感じた。

 

 視線を近くの氷壁に向けると、その部分が溶けて新たな通路が現れる。

 

「む、あれは……」

「なんじゃありゃ?」

「キャ、キャットファイト?」

 

 通路から出てきたのは、ティオと坂みん、それに谷ちゃん。

 

 三人とも取っ組み合い中の二人を見て、ティオはともかく残りの二人は困惑している。

 

 オロオロとする様は、恋人繋ぎの手もあって非常にお似あ……ンンンンッ!!? 

 

「おいあれ、俺の見間違いか?」

「は? いきなりなんのこと……ほお?」

「お二人とも、どうしたんで……ええっ!」

 

 二人のリアクションを見る限り、どうやら俺の目の錯覚ではないらしい。

 

 

 

 そんな俺たちの奇声に、二人を見ていた坂みんと谷ちゃんの視線がこっちに移る。

 

 そして、ニヤニヤしている俺達を見て顔を見合わせ、それから一瞬で赤面した。

 

「ああああああああにょ、あにょね、これぁね!」

「おい鈴落ち着け、まともに呂律回ってねえじょ!」

「龍っちもじゃん! ていうかこの手! 他の誰かと合流したら外そうって言ったじゃん!」

「だ、だってお前が全然力緩めねえから!」

「そ、そっちだって!」

「……と、このような現状じゃ。祝ってやってくれんかの?」

 

 なんか真っ赤な顔でイチャイチャし出した二人に、ティオがゆるりと手のひらを向ける。

 

 同じように聞いた二人がシンクロした動きでこちらを見てうわリンゴみたいな顔。

 

 まあ、俺達の反応など決まってる。ニッコリ笑顔でこう言うしかなかろう。

 

「お二人とも、おめでとうございます! 今か今かと心待ちにしてましたが、ついにやったんですねぇ!」

「「あ、ありがとう?」」

「おめっとさん二人とも、結婚式には呼んでくれ」

「いや、むしろ俺達が式を準備してやろう。ほら、あっちの世界でツテがあったろ」

「あー、あったあった」

「「それはまだ気が早いっ!」」

 

 つまりする気はあるんですね本当にごちそうさまでした。

 

 腕もあげられないので心の中で合唱していると、シアさんがまだ喧嘩してる二人に声をかける。

 

「ほら二人とも、シュウジさん達にティオさん達も合流しましたよ! ほら、ほっぺから手を離して、ポカポカしないで! あ、こら足を出さない! やめ……やめろって言ってんでしょうがぁ!」

 

 鉄拳炸裂。

 

 俺の何重もの対物理結界すらブチ破る鉄拳が二人の脳天に叩き込まれた。

 

 ゴキン! とか鳴っちゃいけない音がして、二人は頭を抑えてうずくまる。

 

「頭が、頭がぁ〜!」

「……シア、もうちょっと手加減する」

「しません! ウサギの顔も三度までです!」

「うーんこのグダグダ、まるで実家に戻ったような安心感」

「これぞ俺達。だな」

「シアはどんどん強くなるのぉ」

「なんか、毒気が抜かれちゃった……」

「俺もだわ……」

 

 などと言っているうちに、次々と先ほどのように氷壁に穴が空いて通路が開通していく。

 

 まず一番近い通路から、ハジメとウサギ、美空達が。なんか美空がハジメにべったりしている。

 

 次にその隣の通路から雫が出てきて、最後に三つ目の通路からアホタレ勇者がひょっこりと顔を出した。

 

「お、無事に合流できたな。で……なんでユエと香織は頭抱えてうずくまってんだ?」

「それはなハジメ、海より高く山より深い訳があるんだよ」

 

 俺の言葉に反応して、全員の視線がこちらに向く。

 

 

 

 そして次の瞬間から一気に氷点下まで下がっていった。主にハジメと雫が。

 

 あっれーおかしいな、心臓が凍りつきそうな悪寒を感じるぞ? 

 

 もしかしてこれ、やばいのでは? 

 

「シュウジ。怒らずに無慈悲に半殺しにしてやるから、今度は何をしたのか言ってみろ」

「シュウジ、このブレスレット南雲くんに言って改良してもらったの。理由は……わかるわね?」

「待って待ってほんと待って、今回ばかりは何もしてない! ただ戦って疲れただけ!」

「「嘘つけこの史上最大の大馬鹿男」」

「辛辣!?」

 

 

 

 

 

 それからみんなに納得してもらうまで、エボルトに支えられながら必死に弁明した(瀕死)

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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7つの力を揃えた、◯龍を呼ぼう

これ書いたの、実は十一月中……当時の自分ほとんど執筆に時間割いてたな。

エボルト「よう、俺だ。前回はシュウジが死刑確定したな」

シュウジ「してねえから。ちゃんと説明したから!」

ハジメ「とりあえず心配させた分はキッチリ反省してもらうぞ」

雫「そろそろ実行するべきかしら…」

シュウジ「ヒィッ!」

エボルト「お、ようやくか……さて。今回はその後、隠れ家での話だ。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」」



 

 ハジメ SIDE

 

 

 

「……なるほど、事情はわかった。エボルトの説明もあるし、八重樫の腕輪も反応してないから無罪としよう」

「うへー、助かったぁ……」

 

 ガックリと頭を落とすシュウジ。

 

 冗談の一つでも言わないあたり、どうやら極限の疲労状態というのは本当のようだ。

 

 他のメンバーもほっと安堵し、単なる戦闘でのバックファイヤなら仕方なしと判断する。

 

「もう、心配するじゃない」

「ごめんなー雫。俺だけ難易度おかしかったんだよ」

「まあ、ご苦労さんとしか言えんが……それにしても、ユエの記憶か」

「……ん」

 

 シュウジの尋問の傍ら、復活した本人から聞いた試練の内容。

 

 それはどうやら俺が今見た以上に深刻な問題のようで、ユエは眉を下げている。

 

 だが……

 

「なんていうか、今更感のある話だな」

「……ん?」

 

 俺の言葉に首を傾げ、数秒の後にハッとするユエ。

 

「ハジメ、気がついてた?」

「まあな。ユエの不死性が技能、ひいては魔力由来のものじゃなかったら気がつかなかっただろうが……現にこいつも自分の体を回復できてないし」

「なははー」

 

 普段はギャグ漫画のように復活するシュウジも、魔力が枯渇して自己再生が使えていない。

 

 同じように〝再生〟の技能にその不死性を頼るユエは、同じ原理で攻撃し続ければ殺せてしまう。

 

 その話を最初に出会った時に聞いてから、俺はずっとユエの過去の記憶について疑問視していた。

 

「魔力枯渇の方法なんていくらでもある。なのに封印するだけってのは、どうも不自然だ。だがユエはそれを覚えてなかった、突然裏切られて呆然としてて、気がついた時には暗闇の中だったって」

「……ん」

 

 頷くユエ。出会った頃の話の内容と矛盾していない。

 

 であるとするならば、その記憶の空白の部分には必ず何か秘密があるはずだ。

 

「なんで覚えてないのか、なぜ封印されたのか……そこの辺りは、無理やりほじくり返すより俺がなんとかしようと思ったんだ」

「……ハジメ」

「お、ハジメイケメンだね〜」

「それに、結局はユエがどんな存在だろうと俺の答えは変わらないからな。ユエは誰にも渡さない、その為なら誰だろうが、なんだろうがブチ壊す。それが俺の結論だ」

 

 もしユエの他にその叔父や、他の生き残りの連中でも出てきてユエを害そうとしたなら殺す。

 

 その他のエヒトや魔人族が手を出してきても殺す。ユエをこの手から離したりするものか。

 

 

 

 そういう決意を込めてユエを見ると、とても熱を孕んだ眼差しが返ってきた。

 

 火傷しそうなほどの潤んだ瞳は何を欲しているのかが明白で、俺も熱を込めた目で見る。

 

 ユエは微笑み、俺にキスをしようとジャンプしてきて……

 

「はいストップ」

「……美空、どういうつもり?」

 

 それを止めたのは美空だった。

 

 俺とユエの間に差し込まれた手に、両手を俺の首に回してぶら下がったユエと一緒に美空を見る。

 

 すると、少し前に別の部屋で合流してからというもの、ずっと俺の腕を離さない美空は不敵に笑う。

 

「私、もう一歩も引かないし。そう簡単に許すと思わないでよね」

「……上等」

「わわ、また喧嘩始めるのはやめてくださいよぉ!?」

 

 シアが慌てた声を出すが、二人の目に戦意がないことはわかっている。

 

 不敵な笑みを二人は浮かべ、ユエが俺から離れていく。視界の端でシアがホッとした。

 

 

 

 それから美空は俺を見上げ、ウィンクしてくる。

 

 俺は苦笑しながら、相変わらず強い恋人の頭を撫でた。

 

「うう、波乱の予感ですぅ……」

「大丈夫。みんな仲良し」

「美空が本気ってことは、私もこれからはもっと本気に……! 雫ちゃん、ちょっと相談乗って!」

「ごめんなさい香織、今シューの成分を摂取してるところだから無理」

「雫ちゃん!?」

 

 なんだ、結局すぐにいつも通りの空気になっちまうじゃねえか。

 

 シュウジに正面から抱きついて動かない八重樫に我ながら苦い笑いを浮かべ、最後にある人物を見る。

 

 最初から最後まで、まるで空気のようにそこにいたやつ……天之河は、また雰囲気が変わっていた。

 

「天之河。どうやらお前も突破できたみたいだが……不正でもやらかしたか?」

「そんなことしないさ南雲。ただ、しっかり向き合って、受け入れて……打ち破っただけだ」

 

 背中を預けていた氷壁から離れ、目を見開く天之河。

 

 そしてこちらに向けられた目には……一瞬身震いするほど、あまりに前とは違うモノが宿っていた。

 

 

 

 こいつ、()()()()()()()()()()()()

 

 八重樫達幼馴染組も面食らったような顔で天之河を見ている。

 

 これじゃあ本当に勇者っぽいじゃねえか。

 

「ハン。それもどこまで続くかねぇ」

「少なくとも、お前との話に決着をつけるまでは。そこから先はまた、その時に考えるよ」

 

 悪態をついたシュウジにさえ、はっきりとした声で告げている。

 

 俺と同じく天之河の目を見たシュウジは、本当にギリギリ気付けるかといった程度に驚き。

 

 それから、もう一度つまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「じゃ、とりあえずしばらくはその聖人面を嗤うとするか」

「ああ、嗤ってみろ……それとエボルトさん、すみませんでした。そしてありがとうございます」

「なんのことだ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……今ならこの言葉の意味が理解できる。あの時俺達に警告してくれたこと、感謝します」

 

 頭を下げた天之河に、エボルトが鳩がバズーカ砲食らったような表情になった。

 

 だがすぐにシュウジと同じ顔で不気味に笑うと、「勘違いするな」と言ってひらひらと手を振る。

 

 天之河はそれでも満足そうに笑い、シュウジが非常に嫌そうな顔をする。

 

「ね、ねえ雫ちゃん、光輝くんがまた変になってるよ……?」

「香織、貴女ね……でも、ちゃんと成長できてるみたいね」

「シズシズがお母さんみたいな顔になってる……」

「光輝、一皮剥けたな!」

 

 あっちの反応も良好そうだ。正直俺も驚いたけどな。

 

「とにかく、これで全員突破か」

 

 ある意味驚愕の終わり方だが、まあ特に問題はないし良しとしよう。

 

「さて、そろそろ移動するか。シュウジ、この後は?」

「なーんもない。これでこの大迷宮はクリアだ」

 

 あらかた話は結論に達したということで、移動を開始する。

 

 俺達が出てきた後も残っていた通路に入り、たわいもない雑談を交わしながら進む。

 

 

 

 そうして、10分ほど一本道を行った先。

 

 行き止まりになった氷壁には、七角形の頂点に書く迷宮の紋章があしらわれた魔法陣が刻まれていた。

 

 近付くとと一人でに魔法陣が起動して、この試練に入った時のような光のまくに壁が覆われていった。

 

 

 

 振り返ってシュウジを見ると、頷いたので問題なしと判断。

 

 念の為指先で触れると、水面に石を投げ込んだ時のように波紋が広がった。

 

 問題なさそうなのでユエ達にも視線を巡らせ、確認をしてから一気に膜へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光を超え、視界を白が染め上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数秒の後に光が収まった時、そこは広い空間だった。

 

「……お前の言葉を信じなかったわけじゃないが、今度は分断されなかったな」

「おいおい、心外だぜハジメ。さて皆様、ようこそこの迷宮の終着点へ」

 

 相変わらずエボルト、ではなく八重樫(充電中)に支えられたシュウジの言葉に周囲を見る。

 

 

 

 いくつもの太い氷柱に支えられた四角形の空間は、これまでと違い反射性はなく透き通っている。

 

 対する地面は、この迷宮に入ってから初めて凍結していない、そのままの水で満たされていた。

 

 更に外を見れば、広い湖面のあちこちに噴水ができている。あそこから入り、同時に流れ出ているのだろう。

 

「ふむ。これなら防寒アーティファクトも必要ないか?」

「そりゃハジメ、外も自分の家の中も氷点下だったらどうするよ?」

「流石の解放者もそんなことはしねえだろうな」

 

 言われるがまま外したら、多少の冷気はともかく寒くはない。

 

 ユエ達もアーティファクトを外して、ようやく外せたかといった顔をしていた。

 

「さて……あれが目的地か」

「綺麗な神殿ですねぇ」

 

 この湖は、まだゴールじゃない。

 

 俺達の目の前には湖面に浮く形で床が浮いており、その先には巨大な氷の神殿がそびえていた。

 

「攻略……できたんだね」

「ああ、今度もしっかりとな」

「二人とも、やったね!」

 

 振り返ると、試練の後からなんか付き合い始めていた坂上達が涙ぐんでいる。

 

 まあ、無理やりついてきた大樹の時と違って最初から本気で臨んでたからな。色々込み上げてくるものもあるだろう。

 

 俺としてもようやくこれで最後か、と肩から力が抜けそうだが、それは神代魔法を手に入れてからだ。

 

「さあ、行くぞお前ら。神代魔法を手にするまでが攻略だ」

「ふふ、それだとまるで遠足みたいな言い方だし」

 

 美空の指摘にそれもそうだな、と返して床を踏む。

 

 幸い、此の期に及んで床が落ちるとかそんなベタなことはなく、俺達は神殿へ歩き出した。

 

 

 

 特に何事もなく対岸へと渡りきり、目の前にそびえる氷の城を見上げる。

 

 両開きの巨大な扉には、雪の結晶を模した〝ヴァンドル・シュネー〟の紋章が描かれている。

 

 魔眼石で調べたが、何もなかったので両手で押したら普通に開いた。

 

「中は……住居っぽいな」

「ん、オスカーの隠れ家と似てる」

 

 氷製のシャンデリアが吊るされただけの、邸宅風の玄関。

 

 奥へ続く廊下と二階につながる両サイドの階段を見て、羅針盤を懐から取り出す。

 

 

 

 羅針盤が示したのは目の前の廊下。

 

 それに従って進み、途中いくつかあった扉を開けるが、冷たくない氷製の家具があるだけだった。

 

 それらの素晴らしい造形にシュウジと二人でほうほうと観察しつつ、廊下の最奥へと到達する。

 

「ここか?」

「ああ、ここだ」

 

 役目を終えた羅針盤から目を外し、扉を押し開く。

 

 あっさりと開いた重厚な扉の先には、お目当の魔法陣があった。

 

 

 

 早速全員で魔法陣に乗る。

 

 いつもの脳内を精査される感覚、その後に直接神代魔法が頭の中に刻まれていく。

 

 最後の魔法は……なるほど、【変成魔法】って──

 

「ぐっ!? がぁあああ!?」

「っ、うぅううううっ!!?」

「がっ、ぁああ……!」

 

 自分の口、そしてユエとシュウジの口から苦悶の悲鳴が上がるのが聞こえた。

 

 頭が真っ二つになりそうな激しい痛みとともに、脳内に〝知識〟が入り込んでくる。

 

「ハジメさん!? ユエさん!?」

「シュー! どうしたの、シュー!」

 

 シアと、八重樫の声がかろうじて聞こえる。

 

 だが、それに反応できるほどの思考が残っていない……今は、これを識るのが精一杯で……! 

 

「落ち着かんか二人とも! 香織、美空!」

「っ! す、すぐに治療を!」

「三人とも、すぐに診るから!」

 

 視界がぼやけてきた……シュウジのところに香織が……俺とユエに、美空が駆け寄って……

 

「あ……」

「ぐ、ぅ……」

 

 それを認識した直後、頭の中の〝知識〟について全ての理解が完了した。

 

 頭痛が一瞬にして治まり、その落差に一気に意識が持っていかれてその場で倒れる。

 

「ユ、エ……」

「ハジ、メ……」

 

 朦朧としてはっきりとしない意識の中で、目の前で目を閉じかけた恋人に手を伸ばす。

 

 ユエもこっちに手を伸ばして、いつもとは遥かに比べ物にならない程弱々しく握りあう。

 

 途端に安心して、ギリギリで繋ぎ止めていた意識があっという間に転落を始めた。

 

 

 

「ふた……とも……! すぐ治……か……!」

 

 

 

 ……美空が、俺達に何かを言ってる。でも、よく聞こえない。

 

 ほとんどが瞼によって暗闇に閉ざされた視界の中で、ふとユエ以外にもう一人の姿が映った。

 

「シュー……! ……ダメ、気……ちゃっ……! 元々の……ジが思っ……以上に……!」

 

 ……あちらも、よく見えないし聞こえないが……それでも、なんとかなるだろう。

 

 ここは解放者の迷宮だし……それに、ここにいるのは俺たち三人だけじゃないんだから……

 

 

 

 そんな、よくわからない思考さえも少しずつ暗闇の中に解けていく。

 

 でも、体を揺さぶるいくつもの手の温もりで暗闇への恐れはすぐに紛れた。

 

 

 

 

 

 すまん……少し、ねむ、る………………

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。



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概念魔法とは

あと2話でこの章は終わります。

美空「こんにちは。この前は隠れ家にやってきたところでハジメ達が倒れたんだよね」

香織「三人とも、大丈夫かな……エボルトも硬直してたし」

エボルト「呼んだか?」

二人「ひゃあっ!?」

エボルト「ははは、ナイスリアクション。さて、今回は概念魔法についての説明回だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」


 

 三人称 SIDE

 

 

 

「お二人とも、大丈夫ですかねぇ」

「平気でしょう。あの人も普通に目覚めていたし、すぐに目覚めるわ」

 

 シュネーの住処のリビング、天井を見上げて呟くシアに冷静沈着な声音で雫が答える。

 

 その後に啜るお茶は湯気が立っており、そんな雫に苦笑するシア達の前にも同じものが用意されていた。

 

 

 

 当然のように、こんな氷の城でそんなものを用意したのはシュウジである。

 

 そして雫はつい数十分ほど前、目覚めたシュウジに怒りと悲しみのビンタをお見舞いしたばかりだった。

 

 ここまで音が聞こえてくるほどの一撃を受けた後、シュウジは残る二人が目覚めたら連れてくる役目を仰せつかり。

 

 

 

 こうしてハジメとユエがシュウジと共に戻ってくるまで、残る面々は待機していた。

 

「それにしても、何だっんだろう。突然苦しみ始めたからびっくりした……」

「うん。元々かなりダメージが残ってたシュー君はともかく、ハジメくんもユエもああなるなんて……」

 

 治癒師二人が、不可解な昏睡にそうコメントを残す。

 

 試練によって体がボロボロだったシュウジはまだ納得できるが、ハジメとユエは比較的普通だった。

 

 それなのに皆と同じように神代魔法、【変成魔法】を習得した途端に苦しみ、気を失ったのだ。

 

 

 

 何か心当たりはないか、と一同を見渡すも、雫やシア、ウサギも首を振るばかり。

 

 当然龍太郎や鈴、光輝にもわからず、原因解明に屋敷内を調べに行ったティオはここにいない。

 

「シュウジは特に危機的なことじゃないって言ってたけど……」

「いずれにせよ、シューが二人を連れて戻ってくるのを待つしかないわね」

「……ん。噂をすれば」

 

 憂いた表情の二人の隣で、ウサミミを震わせたウサギが唐突に告げる。

 

 同じようにウサミミをピコン! と立たせたシアが革張りのソファーから立ち上がった。

 

 

 

 二人の挙動に、残るメンバーも意味を察して出入り口の扉を見る。

 

 その数秒後に、白い扉が開いてシュウジと何故か不満げな顔のハジメ、ユエが現れた。

 

 目覚めたのを喜んだのも束の間、おかしな二人の表情にシアが不安そうに尋ねる。

 

「お二人とも、どうしたんですか?」

「いや、このバカにユエとの幸せな時間を邪魔されてな」

「ん。二時間後にって言ったのに」

「おいおい二人とも、その通りにしたら俺は確定で死刑だぜ? 勘弁してくれよ」

 

 ハジメとユエの言い分、そしてシュウジがケラケラと笑いながら発したセリフ。

 

 それらからナニをしようとしていたのかを察した一同は、呆れやら怒りやらの表情を浮かべた。

 

 とりあえずハジメは美空に詰め寄られ、シュウジはそれを楽しげに見ながら雫の隣に腰掛ける。

 

「おかえりなさい。あら、その顔の腫れはどうしたの?」

「あれ、覚えてらっしゃらない? 誰かさんからもらった愛の鞭なんだけど」

「そうだったわね。これに懲りたら二度と不要な心配はさせないでちょうだい」

「肝に銘じます、マイプリンセス」

 

 こちらはこちらで平常運転である。強かになった幼馴染に光輝の微妙な笑いが止まらない。

 

 詰問する美空とユエが睨み合っているのを皆で見ていると、また扉が開いてティオが入ってくる。

 

「おや、ご主人様にユエ。無事目覚めたようでなによりじゃ。骨折り損でよかったのう」

「お、ティオもお疲れさん。無事お目覚めだぜ」

「の、ようじゃ。この様子を見るに、また二人はナニでもしようとしてたのかの?」

 

 視線で格闘中の二人を見て、ティオはごく普通に結論を付けた。

 

 変態にすら看破されている始末であるが、事実なので誰も二人を擁護しない。バカップルはスルーすべし。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 一通り美空とユエのキャットファイトが終わった後にハジメ達も座り、談義が始まる。

 

 当事者としてシュウジ、ハジメ、ユエが一緒のソファーに。残る面々が対面に。

 

 ちなみにティオは正座だ。雑な扱いにハァハァしているので、多分区別の意味がない。

 

「それで、シュー達に一体何が起きていたの?」

「ハジメくんたちも、シューくんもああなるなんて余程のことだよね?」

「ちゃんと説明するし」

 

 雫、香織、美空の目線に三人は顔を見合わせ、頷き合う。

 

 それから顔の向きを正面に戻して、まず最初にハジメが口を開く。

 

「そうだな、簡潔に説明するなら……オーバーヒート、だ」

『オーバーヒート?』

「さてここでクイズターイム。俺達三人と雫達、何の違いがあると思いますか? シンキングタイムは五分です」

 

 どこからともなく見事な装飾の懐中時計を取り出し、告げるシュウジ。

 

 外観に反して開かれた中はデジタル時計であり、宣言通り五分から時間が減り始めた。

 

 

 

 唐突な展開だが、いつもの事なのですぐに考え始める一同。

 

 シュウジ達と雫達、一体どこに相違点があるというのだろうか。

 

 タイミング的に今回の失神と関係していることは確実……つまり、神代魔法が重要な鍵。

 

 

 

 最初に悟った表情を示したのは、やはりと言うべきか雫とティオ。

 

 遅れてシアとウサギ、次に香織が理解し、続けて美空と光輝が納得した顔を見せた。

 

 最後に、制限時間ギリギリに龍太郎と鈴がやっと分かり、その瞬間時計の文字が0になる。

 

「はい、終了ー。みんな分かったかな?」

「いいかしら」

「はい雫」

 

 ゆるりと向けられた手で指名された雫は、確信を込めた目で答えを告げた。

 

「神代魔法を全て習得しているか……でしょう?」

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

Exactly(その通り)! さすがは雫だ。そう、俺達はオルクスからこのシュネーまで全ての神代魔法を習得した」

「そして知ったのさ、魔法の深淵をな。それに精神と体が処理しきれなくなって」

「ん。気絶してしまった」

「全ての神代魔法の先、魔法の深淵……つまり概念魔法じゃな?」

「またまたExactly(その通り)!」

 

 パチンと指を鳴らしながら人差し指で刺され、ティオは「やはり、か」と頷いてみせる。

 

 

 

 概念魔法。

 

 

 

 この場にいる者全員が大樹の迷宮を攻略しており、その言葉の意味を知っている。

 

 リューティリス・ハルツィナは言っていた。全ての神代魔法を手にした先に概念魔法はあると。落書きされながら。

 

 だからこそ、世界の理そのものに干渉できるその力の知識を得たという三人に驚愕の視線を送った。

 

「だから言ったろ、危険じゃないって。むしろ僥倖さ」

「まあ、さすがに並大抵の負荷じゃなかったからな。心配させたのは謝る」

「ん。私達もいきなりでびっくりした」

 

 素直に謝る二人に、事情が事情なだけに誰も怒れなかった。

 

 それを二人とも理解した上で謝ったので、すぐに顔を上げる。

 

「俺もいつもなら余裕のよっちゃんイカなんだけど、いかんせん今回は色々とからっけつだったからな。しくじったよ」

「でも、それなら地球へは帰れるの? それとも今すぐ神様の所にいって倒せる?」

「まあ、そう焦るな。そう簡単じゃないんだよ」

 

 思わず身を乗り出した鈴に、ハジメは待ったをかける。

 

 概念魔法を理解したのではないかという視線が注がれ、シュウジに目配せするハジメ。

 

 

 

 頷いたシュウジは、早速説明を始めた。

 

「まず知っておいてほしいのは、俺達が手に入れたのは概念魔法の使い方についての知識じゃない。その前の、そもそも神代魔法とは何たるかという前提の話だ」

「前提?」

「そうさな、例えば()()()()()()今回ここにいる全員が手に入れた変成魔法だが、どう解釈している?」

 

 光輝を見ながら言われた言葉に苦笑しながらも、また思考を巡らせる一同。

 

 昇華魔法に続き、新たに手に入れた力。その価値とは……

 

「えっと、普通の生き物を魔物に作り替える魔法、かな。術者と対象の魔力を混ぜ合わせて、体内に核になる魔石を作って魔物にするの」

「あとは、野生の魔物の魔石に自分の魔力を混ぜて、強化や服従もできるみたい」

「正解。あとはその段階によって知性を持たせたり、より強化を重ねたりできる。フィーラーがその良い例だな」

 

 シュウジは移動し、リビングの窓を開け放つ。

 

 

 

 そこから見える湖畔には、湖の底に設置されていた魔法陣でやってきたフィーラーが泳いでいた。

 

 広い湖を悠々自適に泳ぐ漆黒の巨獣は、変成魔法を手にした今となると全く別の見方ができる。

 

「あれ、恐ろしいくらい強化されてるよね……」

「ああ。元は何の生き物だかわからねえが、少なくともオルクスのやつらと比較すりゃあレベル五千は超えてるんじゃねえか?」

 

 表層の()()魔物達と比較し、実にその五千倍。

 

 その龍太郎と鈴の評価は的を射ており、シュウジは軽く拍手を送る。

 

「良い解析だ。だがフィーラーには、()()()()()()

「え?」

「あいつは失敗作なんかじゃない。全ての神代魔法を理解したことで俺はそれを知った。あいつは最終兵器──()()()()()()()()

 

 ハジメとユエを除いた、誰もが息を呑んだ。

 

 強すぎる力に欠陥作とされた怪物が、地球帰還への最大の障害たる神エヒトへの方舟。

 

 その意味を問いただそうとするも、シュウジはステッキを弄ぶだけで答えない。

 

 

 

 今はそのつもりがないのだろう、と察した面々は、ソファーに戻ったシュウジの話を聞いた。

 

「さて。それを知った上で、だ。諸君らに変成魔法の真髄をお教えしよう──これは魔物だけではない。あらゆる有機的物質に干渉する為の魔法だ」

「あらゆる、有機的物質?」

 

 なんだか科学っぽい話の仕方に、美空や鈴、龍太郎などが首を傾げる。

 

 あらかじめそれは織り込み済みで、シュウジは魔法を用いて説明を続ける。

 

「分かりやすく、ファンタジーチックに言えば、これは〝生命を持つものを強制的に変化させる魔法〟。つまり人にだって使える」

 

 幻覚魔法の応用で生み出された人(光輝)の幻が、みるみるうちに猿へと変わっていく。

 

 かと思えば逆再生の如く人に戻り、それどころか神々しい何かへと変わっていった。

 

 光輝が非常に微妙な顔になった。だがまあいつものことなので、今はスルーする。

 

「ん。ティオの竜人族の〝竜化〟の起源は、多分この変成魔法」

「ほぉ、我が種族の起源は変成魔法とな……ふぅむ」

 

 ユエの言葉にティオは顔を難しいものへと変え、思案に耽る。

 

 その間にハジメがシュウジの説明への追加を行った。

 

「補足すると、魔石はその際の単なる副産物、余剰エネルギーが結晶化したもの。つまりそれが魔物の証明というわけでもない」

「なにそれ、すごすぎる……」

「では変成魔法の真の力を知ったところで、次といこう」

 

 人の幻が消え、次に現れたのは人が石に手をかざす幻。

 

 すると石は光り輝き、かと思えば爆発した。

 

「この幻はわかりやすいものとしたが、これが生成魔法。いわば変成魔法の対極、〝命を持たぬ物質を変化させる魔法〟だ」

 

 

 

 それから、次々に幻は移り変わっていく。

 

 

 

 天体の地脈や地熱、岩盤やマグマなどが可視化され、噴火や地震が起こる幻。

 

 

 

 人と獣が一つに交わり、種族的な壁を超越する様や、新たな世界が創造される幻。

 

 

 

 死の大地に人が両手を翳し、みるみるうちに草木や水、生命が満ち溢れていく幻。

 

 

 

 人の胸から光の塊が現れ、またあるいは人の手の中で生み出される新たな命の光の幻。

 

 

 

 そして最後に、細々とした体の人間が力を加えられ、筋骨隆々の超人になる幻。

 

 

 

 それら全て、これまでの大迷宮にて与えられた神代魔法、その真価を見せるものだった。

 

 

 

 

 

「重力、空間、再生、魂魄、昇華──これが神代魔法の真実だ」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「言うなれば〝星のエネルギーへの干渉〟、〝あらゆる物理的、非物理的境界への干渉〟、〝時への干渉〟、〝非物理的な意識体への干渉〟、〝既存の存在の情報への干渉〟、ってとこだな」

「ん。この名称は、おそらく人間の能力で干渉できる限界の概念を指している」

 

 例えば地脈にまで干渉しようと思えば、その緻密な流れ、エネルギーベクトル、抽出量……それらを同時に計算せねばなるまい。

 

 

 

 それらの説明を聞き終えた一同は、感嘆とも畏怖とも取れぬため息をついた。

 

「つまり本当に、人の身を超えた領域の力ってわけね……聞いているだけで恐ろしいわ」

「ああ。俺の()()()が良い例だ」

 

 右手の平を見せ、そこに黒々と刻まれた紋章を見せるシュウジ。

 

 一斉にハジメ達の表情が強張るが、「そんな怖い顔すんなよ」と本人は軽く笑った。

 

「神代魔法とはちょいと違うが、これも根本は同じだ。力を行使した瞬間、世界のシステムに干渉し()()()()()()()()()()。結果的に物理的、非物理的、時間的、あらゆる面でその対象は消え失せるのさ。それも永遠にな」

 

 もっとも、俺の適合度だと肉体と魂を消すのが限界だけどな、と話は締め括られる。

 

 しかして、その言葉のあまりの深淵さにこれまでその力を見てきた者は身震いした。

 

「人間は理解できないものを理解した時、壊れる。あまりに脆いほどに。だからこそ大迷宮が用意され、それを扱うにたる力と精神を鍛えさせるんだ」

「簡潔に表現したら実戦前のトレーニングだな。問題は、そこから先もまたトレーニングがいることだが……」

「そりゃあ、すぐにあっちに帰れる概念を作れっつっても無理だよなぁ……」

 

 この世界に来てから一年近く、長い間この場の誰もが切望してきた地球への帰還。

 

 その扉はすぐには開かないと聞き落胆するが、逆説的に時間さえかければ必ず開くということだ。

 

「相当難易度が高いみたいだけど、大丈夫なの……?」

「まあ、これまでのどんな作業より困難だろうな。だがやってみせる、必ずな」

 

 美空の懸念に、ハジメは豪と炎の燃え盛る瞳と犬歯を剥き出す笑みによって返答した。

 

 

 

 地獄よりなお地獄な環境を生き延び、一度たりとて諦めず、挫けずここまでやってきたのだ。

 

 今更難しそうだから無理などという阿呆は抜かさない。何がなんでも必ずやり遂げる、と意気込むハジメ。

 

 その笑みに美空やシア達が一斉にドキリとしたところで、シュウジがカンとステッキの底を床に打つ。

 

「ま、要するに長時間を要する長い作業になる。何も作り出すだけじゃなくて、形にしなきゃいけないからな」

「そうだな。羅針盤がいい例か? あれみたいに〝世界を超える概念〟を込めたアーティファクトを作らなきゃいけない」

「私の魔法適正とハジメの錬成、概念について深い理解のあるシュウジがいれば、簡単」

 

 力強い三人の言葉に、「ああ、ようやく帰れるのか」という思いが一同に広がる。

 

 胸を締め付ける郷愁の念に涙ぐんでいると、意気込むハジメとユエにシュウジがかぶりを振った。

 

「すまんが、ハジメとユエでやってくれ。俺は別作業だ」

「別作業だと?」

「ああ。たとえば今後エヒトみたいに俺達を拉致る輩への対策とか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか、他にも色々……な」

 

 ちらり、と光輝に視線をやるシュウジ。

 

「……!」

 

 これまでのものとは明らかに違うその目に、光輝はハッとする。

 

 そして、固く剣の柄を握りしめると深く頷いた。

 

 

 

 フンと鼻を鳴らし、そして何より、とシュウジは心の中で一言置いて。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()。その意思が二人の作る概念に反映されるとまずい)

 

 

 

 

 

 その、致命的な一言は心の奥底にしまい込んで。

 

 シュウジはいつものようにふざけた、挑発的な笑みを二人へ向けた。

 

「それとも何か? このカッコよくて強くて頼りになるお兄さんの手助けがないと、その程度もできない?」

「……上等だ。俺達だけで帰還用のアーティファクトは作ってやる。その間お前は工作でもやっとけ」

「その挑発、乗った。望むところ」

 

 更なる闘志を燃やした二人に、シュウジはよしと微笑んだ。

 

 また分かりやすい発破の掛け方に雫達がやれやれと肩をすくめる中で、ハジメが今一度宣言した。

 

 

 

 

 

「どれだけ時間がかかるかはわからない。だが、絶対にみんなで地球へ帰る。これだけは不変の結論だ」

 

 

 

 

 

 かくして、最大の実験が始まった。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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贋作の軌跡

第九章ラスト。

エボルト「俺だ。前回は神代魔法と概念魔法についての説明回だ」

シュウジ「説明会は筆が乗るねぇ、って作者が言ってたな」

ハジメ「物書きのサガだな。さて、今回はこの章最後の話だ。それじゃあせーの、」



三人「「「さてさてどうなる洞窟編ラスト!」」」


 

三人称 SIDE

 

 

 

 三人が作業を行う間、残りのメンバーは休息に充てることにした。

 

 

 

 特に、魔人族の領域に行くことにしている光輝や鈴は十分な準備が必要だ。

 

 鍛錬に行くと外に出ていった光輝を除き、皆リビングにて思い思いに過ごしている。

 

「大丈夫かなぁ」

 

 その一人、龍太郎と隣り合って紅茶を飲んでいた鈴がぼんやりと呟く。

 

「何がだ?」

「う〜ん、全部かな。また南雲くん達が倒れないかとか、本当に日本に帰れるのかとか……これから向かう魔人領でのこととか……」

 

 既に三人がアーティファクト作製のために出ていってから二時間以上が経過している。

 

 三人が気絶していた時間も踏まえると、この隠れ家に到着してから四時間以上。それなりの休憩時間だ。

 

 

 

 それによって生まれた精神的余裕が、鈴に不安を覚えさせているのだ。

 

「大丈夫だろ、あいつらなら。どんな不可能だって可能にできる、奇跡だって起こせるさ」

「龍太郎くん、ハジメくんとシューくんのことかなり信用してるよね。どうして?」

 

 強い信頼の込もった言葉に、不思議に思った香織が尋ねる。

 

 クッキーをぽりぽり齧っていた龍太郎は、一旦手を止めて気恥ずかしそうに話し出した。

 

「いや、今となっちゃ昔だけどよ。南雲が俺をベヒモスから助けてくれたろ? あの時、俺ぜってぇ死ぬと思ったんだわ」

「それは……」

「なのに、まだそんな強くなかったのに南雲は俺をあっさり助けた。その時思ったんだ、大事なのは力じゃない。強い意志だってな」

 

 あの時、自分を必死の形相で投げ飛ばしたハジメの顔を龍太郎は未だに覚えている。

 

 たとえどんな苦境に立たされようと、絶体絶命でも断固とした意志でやるべきことをやり抜く。

 

 その意思を、奈落の底から這い上がってきたハジメに再会した瞬間より強く感じた。

 

「そんな南雲や、あいつが尊敬して親友って呼んでる北野なら、どんな絶望も希望に変えられる、って思わねえか?」

「……うん、そうだね。ハジメくんはどんな困難だって乗り越えてしまう人だものね。しかもユエだっているし」

「確かに。昔からハジメって、一回やり出したら諦めないもん」

「それにあの人が加わってるのよ。不可能なんて、笑い飛ばせるくらい軽い言葉だわ」

 

 あらゆる状況を乗り越えてきたハジメと、全ての危機を冗談と共に片付けてきたシュウジ。

 

 この場の誰もが知るあの二人の強さに、自然と鈴の表情も和らいでいった。

 

「それに、恵里のことは当たって砕けるしかないよ。うん、突撃あるのみ!」

「「「ぶふっ!」」」

 

 そしてトドメの香織の発言に、三人とも思い切り吹き出した。

 

「か、香織、お前なぁ。俺の話を台無しにするんじゃねえよ」

「男前すぎるよぉ。すっかり南雲くんに影響されちゃってるね!」

「いえ鈴、香織は昔からこうよ。決断=突撃が香織の十八番なの」

「みんな酷いよ! それじゃあ私が昔の光輝くんみたいじゃん!」

 

 さらっとこき下ろされる光輝だった。猪突猛進の具現だったから仕方ないネ。

 

 ともあれ、グッと拳を握った香織は強気な表情で鈴を見る。

 

「とにかく、安心して。恵里のことはどうなるかわからないけど、少なくとも絶対に逃げられるようにするから!」

「私も力添えするわ。また少しシューと離れるのは辛いけど、南雲くんのゲートキーですぐにでも戻れるだろうし」

「あはは、ありがとカオリン。シズシズも」

「それ以前に、俺が絶対に手出しはさせねえよ。鈴を守るのは俺の役目だ」

 

 龍太郎も鈴の肩に手を置き、勝ち気に笑う。

 

 その笑顔にこれまで以上の頼もしさを覚え、鈴はポッと頬を赤く染めた。

 

「あ、ありがと龍っち」

「ん、礼を言われるようなことでもねえがな」

「へえ……」

「これはこれは……」

「ふふっ」

「さ、三人とも、何その顔は!」

 

 うがーと鈴が怒るも、雫達のニヤニヤ笑いはただただ深まるばかりである。

 

 一応、その理由が自分であることを理解している龍太郎は曖昧に笑い、ポリポリと頬をかく。

 

 

 

 和気藹々とした四人の会話を聞いていたシアとティオ、ウサギは和やかな気分になる。

 

 このところずっと精神的苦痛の連続だったので、あんな光景を見ることも懐かしい。

 

「あちらは大丈夫そうですねぇ」

「勇者も、なんか普通になった。その女がどうなるかは知らないけど」

「そうじゃのお……ふむ。せっかくじゃ、妾もご主人様の世界に行く前に家族に挨拶でもするかの?」

「ああ、そういえばティオさんって一族の密命を受けてたとかなんとかですっけ?」

「もう、どっかいった設定」

「酷いなお主ら……そう言うお主もカム殿達には会っておきたいじゃろ?」

「あー、うーん……まあ、そうですかねぇ」

 

 ヒャッハー! している脳内のプレデターハウリア達に、シアの顔が実に微妙なものになる。

 

 会いたいような、やっぱり会いたくないような。ついでにシュウジをまた殴りたくなってきた。

 

「でも、ティオさんの故郷って北の山脈地帯のずっと向こう──大陸外の孤島だったんじゃ?」

「うむ。しかし、行く前にご主人様からとびきりの(お仕置き)を受ければどうということはない! 帰りはゲートがあるしの」

「興奮してるんだか、冷静なんだか」

「ゲコッ」

「どっちにしろパニックでしょうね……」

 

 ズタボロなのに恍惚としている同胞が帰ってくるのである。さぞ混乱することだろう。

 

 とりあえずハジメは菓子折り持って挨拶に行ったほうがいいと考えるシアだった。

 

 

 と、そこで扉が開く音がした。

 

 全員そちらに振り返ると、どうやら鍛錬を終えたらしい光輝が入ってくる。

 

「ただいま。南雲達も北野も……まだか」

 

 部屋の中を見渡した光輝が呟いた、その瞬間。

 

 

 

 ドウッ!!! 

 

 

 

 絶大な魔力の波動が、氷の城中を駆け巡った。

 

『っ!?』

 

 突如として体内の魔力を激しく打ったその波に、誰もが顔を強張らせる。

 

 何らかの攻撃ではない。純粋な魔力の波動が()()発生し、ぶつかり合ったのだ。

 

 

 

 明らかに尋常でない事態に、一同の視線は大きく二つに分けられる。

 

 ハジメとユエが使っている部屋の方向と、それとは正反対の位置にある部屋に向かったシュウジの方。

 

 それぞれから脈動するように広がる魔力の波動は、互いを押し合いより大きくなっている。

 

「ハジメさん、ユエさん!」

「っ……!」

 

 真っ先に飛び出していったのは、やはりというかシアとウサギ。

 

 遅れて魔力を整えた香織や龍太郎達も追いかけ、二人の後を追ってハジメ達の方に行った。

 

「……雫」

「ええ」

 

 残ったのは、奇しくも雫と光輝。

 

 顔を見合わせ、幼馴染故の以心伝心で互いの意思を察して頷くと部屋を出た。

 

 もう廊下にいない他のメンバーとは正反対の、シュウジのいるだろう部屋へと走る二人。

 

「シュー、また無茶をしてるんじゃないでしょうね……!」

「お前に借りを作りっぱしは死んでもごめんだぞ、北野……!」

 

 

 

 

 

 片や不安、片や悪態を口にしつつ、広がる魔力の発生源に向かった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 同じようにはるか後ろからやってくる波動に押されるようにして、二人は部屋にたどり着いた。

 

 シュウジが籠っているはずのその部屋から、やはり波動は発生している。

 

 

 

 光輝が剣の柄に手を置き、雫が恐る恐るドアノブに手をかける。

 

 音を立てぬよう、ゆっくりと扉を開いて中の様子を伺い──驚愕した。

 

「これは……!」

「シュー!」

 

 何もない部屋の中には、確かに素晴らしい装飾の椅子にシュウジが座っていた。

 

 体からは紫色の、まるで荊のような形の魔力が放出され、吹き荒れている。

 

 

 

 それだけではない。

 

 

 

 魔力のみならず、全身から蜘蛛の巣のように部屋のあらゆる場所にカーネイジが伸びていたのだ。

 

 極め付けに、だらんと椅子の肘置きに置かれた手の中には……アサシンエボルボトルが。

 

「嘘……いや、いやぁっ!」

「落ち着け雫! 魔力が放出されてるんだ、北野は死んだわけじゃない!」

 

 最悪の事態を想定して錯乱する雫を抑え、光輝は鋭くシュウジを睨む。

 

 つられて雫も前を見て、シュウジの肩が上下しているのを見てほっと胸を撫で下ろした。

 

「とにかく、北野の安否を確かめよう」

「え、ええ。そうね」

 

 十分以上に用心して、光輝が先に部屋に踏み込む。

 

 部屋中に張り巡らされたカーネイジを睨むが、こちらに反応する様子はない。

 

 

 

 ほっと先ずは安堵して、光輝は無言で雫に手招きした。

 

 平静を取り戻した雫も、ブローチに付与された異空間から楔丸を抜いて入室。

 

 二人とも抜き足差し足、気配も音も呼吸さえも消してシュウジの正面に回り込む。

 

「……………………」

 

 シュウジは、帽子で顔を隠していた。

 

 時折帽子の中から聞こえてくる呟きからして、また気絶しているわけではないようだ。

 

 腰を見るとエボルドライバーが巻かれているものの、真っ黒なエボルボトルが一本刺さっているのみ。

 

 エボルトの姿も見えない。シュウジと融合しているのだろうか。

 

「っ……」

 

 雫は慎重な手つきで帽子に手を伸ばす。

 

 帽子を外すと、大量に汗の浮かんだ険しい表情が露わになる。

 

「シュー……?」

 

 呼びかけ、雫が頬に指を触れさせた──その瞬間。

 

 突如顔を上げ、見開かれたシュウジの瞳が鮮烈に輝きを放った。

 

「っ!?」

「雫!」

 

 反射的に下がった雫、剣を抜きかける光輝。

 

 咄嗟に雫はその柄頭を手で止め、文字通り目を輝かせる恋人を見た。

 

 光輝も剣を収め、上を向いているシュウジを見やる。

 

「これは……映像?」

「記憶、かしら?」

 

 鮮烈な赤い眼光は、概念魔法の説明の時のような幻を空中に投影していた。

 

 映写機のような仕組みに面食らいつつも、映し出されたものを見上げる二人。

 

「これ、多分カインさんの記憶よ」

「カイン? 北野の前世の名前か?」

「ええ……いいえ、厳密には違うわ」

「え?」

 

 光輝が疑問の声を上げるも、雫の目線は動かない。

 

 

 

 誰かが、同じ年頃の子供達と一緒に組手をしている。

 

 素早い動きをする大柄な相手に、それ以上の速度であっという間に体勢を崩して組み伏せる。

 

 それどころか、そのまま足で片腕をボキリと折ってしまったことに光輝と雫は息を呑んだ。

 

 

 

 それだけで終わればよかった。

 

 だが、一瞬苦痛の表情を浮かべた後、大柄な子供は顔を絶望に染める。

 

 程なくして映像の主が拘束を解くと、どこからともなく現れた二人の男が子供を連れていった。

 

 必死の形相で何かを喚き散らす少年を、他の子供達と一緒に映像の主も見つめる。

 

 

 

〝また一人脱落した。苦痛をコントロールできなかったせいだ。おそらく明日の人体構造の把握に使われるだろう〟

 

 

 

「っ、今のは……」

「この子の、思考……?」

 

 淡々とした口調には、何の感情も込もっていない。

 

 そして映像内で視線が巡り、映り込んだ鏡には──あらゆる感情を欠如した目の少年がいた。

 

 幻に映る他の子供達でさえ、次は自分かもしれないという恐れを目に宿しているというのに。

 

 

 

 何も感じていない少年に戦慄する二人の前で、幻が移り変わる。

 

 今度は本物のナイフを規則的に振っていた。おそらく得物を扱うための訓練なのだろう。

 

 

 

 またも淡々と、最初から欠落したように無心でナイフを振る少年の前には誰かがいた。

 

 厳格な表情の、スラリとしたシルエットの老婆。  

 

 彼女はこの少年のように無の瞳で、稽古場の一段高い場所から自分達を見下ろしている。

 

 

 

 時折、型をなぞることで移動する視線に映る子供達は、僅かに顔を怯えさせている。 

 

 その怯えの先は、おそらくあの老婆。子供達にとってあれは恐怖すべき人物なのだろう。

 

「師範代、って感じでもないな……まるで、怪物でも見る目だ」

「っ、また声が……」

 

 

 

〝我らに感情は要らぬ。我らに思考は要らぬ。我ら人にあらじ。我らは刃、悪を断つがため生かされた、肉の刃なり〟

 

 

 

 それは、あまりに悲しい独白。

 

 非人道極まる言葉の羅列に、雫は以前シュウジに聞いたカインの生い立ちを思い返して拳を握る。

 

 片やこれが初見の光輝でさえ……いいや、天之河光輝だからこそ非常に気持ち悪く感じる。

 

 

 

 それからも、吐き気を催す地獄の日々が映像となって垂れ流された。

 

 

 

 人を殺す術を磨き、あらゆる場所に溶け込めるよう教養を施し、様々な耐性をつけるため拷問され。

 

 そうしていくうちに、最初は何十人もいた子供達が一人、また一人と映像の背景から消えていく。

 

 そして幾度も幾度も、何度も頭に刷り込ませるようにこの場所の〝決まり〟を心に刻むのだ。

 

 

 

〝我らに感情は要らぬ。我らに思考は要らぬ。我ら人にあらじ。我らは刃、悪を断つがため生かされた、肉の刃なり〟

 

 

 

「まさか、この子も、他の子供達もこうやって鍛えられ、洗脳されてるのか……!?」

「一人、また一人と脱落して……」

 

 最後に、映像の主たる少年だけが残った。

 

 その映像の頃には、少年の目線の高さはもう成人男性のものへとなっていて。

 

 そして、片手に握ったナイフから滴る血でできた水鏡には……やはり、無の顔だ。

 

「これが、北野の……」

「カイン……生まれた時にあらゆる未来と心を奪われ、一振りの凶刃とされてしまった人よ」

 

 やはり、映像からは何の感情も伝わってはこない。

 

 しかしその代わりとでも言うように、何度も同じ言葉が壊れたラジオのように繰り返される。

 

 

 

〝我らに感情は要らぬ。我らに思考は要らぬ。我ら人にあらじ。我らは刃、悪を断つがため生かされた、肉の刃なり〟

 

 

 

 ただ殺した。命じられるままに、己の存在価値を保つために、冷たい凶器として生きてきた。

 

 そのことを疑問視する思考すらもなく、あまりに悪魔的な所業に光輝は怒りを目に宿す。

 

「どうしたら、こんな酷いことが……! でも、これじゃあどうしようも……!」

 

 光輝らしい正当な怒りを抱くと同時に、彼は理解していた。

 

 どうやっても、何をしても……この冷え切ったナイフのような男は、ナイフにしかなれなかったのだと。

 

 表情一つ変えただけで殺されるような環境で、従う以外に生存の道はないのだから。

 

 

(もう何かを私が事あるごとになにか言ったり、フォローする必要はこの先必要なさそうかしら)

 

 

 ただ感情に身を任せるのではなく、その先も理解できる幼馴染の成長に雫は微笑む。

 

 彼女とて何も感じないわけではないが、この先がもっと残酷であることを思えば。

 

 まだ生易しいのだ、と思いながら。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「っ、誰か来た……?」

「多分、アベルよ。先代の〝世界の殺意〟で、カインのご先祖様」

 

 

 

 

 

 それから先は、雫にとっては知っている展開だった。

 

 

 

 

 

 アベルに出会い、カインは彼に心を教えられるうちに人間性を手に入れていく。

 

 無だった心には思考と感情が宿り、本当は醜悪な極悪だった飼い主達を殺し。

 

 その後に彼が死に、責務を継承した後に世界に生じるバグと……同じだけの争いを殺した。

 

 

 

 少しだけ救われたカインに光輝がほっとした直後、丁度見知った顔が現れた。

 

 人の死体を食い漁っている、くすんだ金髪の少女……のなり損ないの、人喰いの獣だ。

 

「御堂……」

 

 あの牢獄で目にした、狂った一人の少女。

 

 自分に……いいや、きっと誰でもよかったのだろう、誰かに助けを求めていた少女。

 

 

(待っていてくれ。俺は、きっともう一度君に……)

 

 

 表情を真剣にする光輝と映像に見入っている雫の前で、感情が宿り始めた記憶は流転する。

 

 孤児の少女を拾い、悪逆に倒れた女を救い、人喰いの少女を美しき妖美に育て。

 

 

 

 

 

 そして、自らの死を以って有り余る断罪の代償を支払った。

 

 

 

 

 

「な……!」

 

 自ら首を落とし、目の前に倒れたカインの体に絶句する光輝。

 

 懐疑、疑問、衝撃、驚愕……ありとあらゆる混乱に見舞われた彼に、雫がそっと告げる。

 

「彼は、救いすぎたの。そのせいで世界は命の多さに耐えきれなくなり、彼は全てをリセットした」

「そんな、だって彼は、ただ一つでも多くの悲しみを取り除こうと……!」

 

 感情を手にしてから、心の声だろうカインの言葉は全くの別物へと変化していた。

 

 一つでも多くの命の救済を。命じられるがまま殺してきた人々への贖罪を。

 

 百万の命の上に、十億の命を……その思いは、己の醜さと対面したばかりの光輝には美しいものだった。

 

 これは、本物だ。

 

 彼は理不尽に人生を奪われてなお、自分にしかできないやり方で誰かを守ろうとしたのだ。

 

 それだけ、なのに。

 

「こんな結末は、あんまりだろ!」

「そうね。これで結末なら、どんなに良かったことか……」

「……どういうことだ?」

 

 雫は、光輝の質問には答えられない。

 

 そうしてしまえば自分もこみ上げてきたものを吐き出してしまいそうで、無言で映像を見た。

 

 怪訝な表情をしながらも、光輝は宙に浮かぶ記憶をもう一度見上げて。

 

 

 

 

 

『お父さんはもう苦しまなくていいんだよ! だって──もう誰も、この世界にはいないんだもの!』

 

 

 

 

 

「な、ぁ……!?」

 

 狂った女神の満開の笑顔に、絶句した。

 

 それまでカインの心の声ばかりだったのに、屈託ない笑顔で放たれた一言は、音となっていた。

 

 同時に、周囲に散らばる様々な映像から、彼女が全てを破壊したことを理解した。 

 

 心を手に入れた彼が育てた娘が、狂いきった極悪に変わってしまったことを、理解したのだ。

 

「なんで……なんでだよっ!」

 

 気がつけば、光輝は叫んでいた。

 

 もう、子供の自分は卒業したつもりだ。

 

 これが終わってしまった、ただの記憶であることもわかってる。

 

 それでも、そうだとしても。

 

 天之河光輝の、人として当たり前の他人の不幸を悼む心が……これ以上ないほど苛まれた。

 

「あんなに頑張ったのに、どうして何もかも踏みにじられなきゃならないんだっ!」

「光輝……」

 

 何度も何度も、光輝が近くの壁に拳を叩きつけ、激白する。

 

 雫は一瞬宥めようとするが、やめた。同じ気持ちを痛いほど感じているから。

 

「どうして、どうしてッ! なんで誰も、彼を許さないんだよッ!!!」

「っ……」

 

 思わず唇を嚙む雫に、怒りから一転して悲しみに満ちた顔で光輝が振り向く。

 

「なあ、雫」

「……何かしら」

「俺は自分が唯一正しいだなんて、そんな傲慢は二度と抱かないって誓った。でも、でもさ……」

「それ以上は言わないで。私も……同じ気持ちだから」

 

 

 

 これは、あまりに間違っている。

 

 

 

 その言葉を、今にも涙を流しそうな雫を見て。

 

 光輝は煮え湯を飲み込む思いで、全力で言葉にしなかった。

 

 代わりに、今もなお続いているカインと狂った女神の記憶を、歯を食いしばって見続ける。

 

 

 

 娘が本当の悪に堕ちたことを知り、絶望から自らの消滅を望んだカイン。

 

 自分という悪の根絶を望む彼に、しかし心を失って世界の理となった女神は拒絶し。

 

 そしてカインをその記憶以外の全て、別のものへと作り変えた先に。

 

 

 

『おはようございます、北野シュウジさん(お父さん)?』

 

 

 

 贋作の、最初の記憶が映し出された。

 

「…………」

 

 二度目の驚愕に、今度は二の句すらも告げられなかった。

 

 その気持ちをよく理解している雫も二度目とはいえ全く感情の波は衰えず、悲しげに見る。

 

 

 

 そんな二人の目の前で、突然緩やかだった映像が変化する。

 

 一つだけだった記憶の窓がポツリ、ポツリと増えていき、部屋の中を埋め尽くしていく。

 

 それは強烈な光になって部屋の中を照らし、無数の窓に二人は身構える。

 

「こ、今度は何だ!?」

「っ、もしかして……!」

 

 何かに気が付いた雫が、一つの窓を直感的に選び取って覗き込む。

 

 

 

 見事と言うべきか、それは最初にシュウジが自分に秘密を明かしたあの夜の記憶。

 

 目を見開き、雫は次々と窓に目線を写して中身を確認していく。

 

 そこに映っているのは、ハジメや美空、リベル、香織、ユエ、シア、ウサギ、ティオ……そしてルイネ。

 

 

 

 いずれも場所や時系列はバラバラで、中には自分も知らないものもある。

 

 それでも、これが地球とトータスにやってきてからの記憶であることは理解できた。

 

「雫、これは何なんだ!?」

「わからない! もしかしたら魔法が完成しようとしてるのかも……」

 

 

 

 ──守らなければ

 

 

 

 雫の言葉は、脳の中枢に反芻するような声によって肯定された。

 

「っ、今のは北野の声!?」

「シュー!?」

 

 二人揃ってシュウジを見ると、あいも変わらず彼は映写機のように目を光らせているだけ。

 

 ではこの窓かと二人が周りを見回すと、応答するように再び脳内に声が響いた。

 

 

 

 ──守らなければ。俺自身が手に入れた愛と平和を

 

 

 

 それは、北野シュウジの中でずっと変わることのなかった、根底からの想い。

 

 自分の全ては奪われ、貼り付けられ、作られたモノだと知っても抱いた、一つの願い。

 

 そして。

 

 

 

 ──守るために、俺が全てを背負わなければ

 

 

 

 全てが誰かから奪い取った意思と力で、どんなにみっともなくてもいい。

 

 それでもいいから、守りたい……自分を贋作と知ったからこそ芽生えた、そんな決意。

 

 

 

 魔力を通して届いたその言葉は、分厚い嘘で塗り固められ、これまで見えなかった本当の想い。

 

 共に、いつの間にか記憶に見入って忘れていた魔力の波動が脈動する。

 

 

 

 何かが完成する。

 

 そう悟った二人の後ろで、シュウジの手の中のアサシンボトルとドライバーが光り輝き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────そのために、清算しなければ。ハジメ達のため、これまで犠牲にした人のために。俺の全てを賭けて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、部屋の中に魔力の光が爆発した。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

さあ、幕間なしで次に突入です。


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【終章】終末
終末の幕開け


さあ、終末の幕開けだ。


 

 

 

 

 

 俺は、造られた人間だ。

 

 

 

 

 

 かつていた誰かの粗悪な模造品、滅茶苦茶にいじられた記憶を持ったクローン。

 

 

 

 

 

 けれど、実はその誰かは俺の中に宿っていて。

 

 

 

 

 

 そして本当に実在した誰かは、俺から引き抜かれていった。

 

 

 

 

 

 じゃあ、俺って、なんだ? 

 

 

 

 

 

 人殺し? 悪人? 外道? 人でなし? 化け物? 

 

 

 

 

 

 

 

 ──人形? 

 

 

 

 

 

 

 

 全て、全て。

 

 

 

 

 

 全て、その通り(All Exactly)

 

 

 

 

 

 操られるだけの模造品。最初から死ぬことが定められた壊れ物。

 

 

 

 

 何者でもない俺は、きっと他の誰よりも価値がなくて。

 

 

 

 

 

 だけど。

 

 

 

 

 

 だけど、生きたいと、そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 あいつらが、俺を〝北野シュウジ〟にしてくれたから。

 

 

 

 

 

 だから、恩返しをしよう。

 

 

 

 

 

 贖罪をしよう。断罪をしよう。修正をしよう。

 

 

 

 

 

 だから、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後まで、ピエロであり続けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 極限の集中によって沈んでいた自意識が、徐々に浮かび上がる感覚。

 

 それは湖の底から、湖面へ向かうような状況に似ている。

 

 

 

 長年の修練によって瞬時に意識は引き上げられ、意識が五感によって包まれた。

 

 瞼を開けると、ぼやけていた視界が少しずつ焦点を定め、輪郭が定かになっていく。

 

「よく寝たな……」

『目が覚めたか』

 

 ん、エボルトか。もしかしてお前も休眠状態に入ってたりした? 

 

『まあな。さて、目覚めて早速で悪いが……良い知らせと悪い知らせがある』

 

 何だ藪からスティックに。ついに天之河がくたばったとか? 

 

『残念だがそうじゃない。まず良い知らせを教えてやろう。実験は成功したぞ』

 

 エボルトの言葉に、自分の腰に目線を落とす。

 

 エボルドライバーの左側のスロットには、ライダーエボルボトルではない、未知の黒いボトルが。

 

 

 

 警戒に部屋中に張り巡らせていたカーネイジを引っ込め、体を動かせるようにする。

 

 ボトルを引き抜いて観察すると、確かににそのボトルの形をしたものは完成していた。

 

 アサシンエボルボトルに似た、自らを荊で包んだ蛇の頭骨を模したレリーフが刻まれている。

 

 

 ほっとしたのと同時に、大量の魔力を失ったことによる疲労が遅れてやってきた。

 

 残る魔力で自己再生を行い、疲労を消してからもう一度ボトルを見る。

 

「完成したか、俺の()()()()が」

『名付けて〝エボルヴボトル〟。お前の起こす革命のための力だ』

 

 一文字増やして新しく命名するとは、相変わらず良いセンスだ。

 

 我ながら珍しく心からの喜びに笑い、エボルヴボトルをポケットに放り込む。

 

「で、悪い知らせってのは?」

『心して聞け……〝あっち〟の俺との繋がりが切れた』

 

 ……なんだと? 

 

「それはつまり、やられたってことか?」

『いや、そうじゃない。単純に結界のようなもので接続が絶たれている。どうやらパンドラタワーから魔人領に行ったところを狙われたようだな』

「チッ、奴が本格的に動き始めたか。完全に意思疎通は途絶えたんだな?」

『正解! だが僅かな遺伝子の繋がりから察するに、どうやらファウストの施設の一つに隠れてるらしい』

「そうか。……ここで不足の事態が起きるとはな」

 

 まずいことになった。

 

()()()()()()()()()はファウストを操る要にして、俺の情報源だったのだ。

 

 この世界のあらゆる場所に根を伸ばした組織があったからこそ、俺は全てを操れた。

 

 無論その事態も想定して対策を講じてはいるが、正直心許なさすぎる。

 

「教会が消えた今、奴の本拠地とも言える()()()の状況を知れないことは痛いな……」

『警戒を怠るな。いつ奴が攻めてくるかわからなくなったぞ』

「ああ、わかって……?」

 

 答えながら立ち上がろうとして、足に何かが当たる。

 

 はて、この椅子以外に何かあったかと見下ろすと……そこには床に倒れている雫が。

 

 ブーツに当たったのは、雫の手だ。

 

「雫? どうしてここに……」

 

 視界の隅にアホ勇者が映った気がしたが、それよりも雫の容態を確かめる。

 

「かなり魔力が乱れてるな。概念魔法の発現に当てられたのか」

『どうやら俺たちが作業している間に来ていたみたいだな』

 

 おおかた、放出された魔力の波動に様子を見にきたとかだろう。

 

 女神様を硬い床に寝かせるなんてありえないので、雫をそっと抱き上げる。

 

 ついでに転がってる勇者もカーネイジを足に括り付け、そのまま部屋を後にした。

 

 

 

 リビングに行ったが誰もいなかったので、勇者をそこらに落とし、ついでに剣をパクっておく。

 

 そして雫をソファーに寝かせ、それからハジメとユエが概念魔法を創造するのに使っている部屋に向かった。

 

「さて。ハジメとユエの方は成功したかな?」

『結果はどうあれ、魔力の波動を感じないってことは終わったんだろうな』

 

 魔力回復ジュースを片手に、あいつらなら必ず成功させているだろうという確信を抱く。

 

 ふとある事を唐突に思い出して、ポケットの中を漁った。

 

 取り出したるは、煌く七色の光を内包した美しい宝玉──箱舟を覚醒させるための鍵。

 

「こっちも問題なく使えるといいがな」

『使ってからのお楽しみってとこだ』

「後でハジメ達も揃ってからフィーラーに食わせるか」

 

 軽く投げ、異空間の穴を開けてそこに落とす。

 

 そうこうしているうちに部屋に到着する。

 

 またイチャイチャしてると悪いので、ノックをしてから扉を開けた。

 

「お邪魔しますっと」

「あ、シュウジ……」

 

 一番入り口近くにいた美空が振り返って……何故かボロ泣きしていた。

 

 続けてこちらを見たティオも、同じように涙を流している。

 

 ウサギや坂みん達は、泣かないまでも沈鬱といつう文字が顔に浮き出てきそうな表情だ。

 

「ハジメとユエに、なんかあったか?」

「え、っと。その……」

「概念魔法を作り出す際、ご主人様の思い出が可視化されておったのじゃ……奈落の底での、地獄がの」

「……ある意味懐かしい記憶、かな」

「ああ、そういうこと」

 

 そういえばそんな副次的効果もあったかと、今更ながらに思い出す。

 

 もしかして俺も雫と勇者に見られたか? 余計な記憶まで投影されてなかったらいいんだが。

 

 

『記憶は曖昧だが、計画のことについては知られてないみたいだぞ』

 

 

 それならまあ、いいか。

 

「話には聞いてたけどよぉ……まさか、あんなことがあったなんてよ」

「南雲くん、奈落の底であそこまでの思いをして、それでも帰ろうと……」

「俺の親友は、強いだろ?」

 

 坂みんと谷ちゃんは、はっきりと頷いた。多分何もかも見ちまったんだろうなぁ。

 

 俺も実際に一緒にはいられなかった訳だが、奈落で再会した時のあいつには驚いたもんだ。

 

「んぁ……なにがどうなった」

「ん……アーティファクトは」

 

 お、どうやら二人が目を覚ましたようだ。

 

 全員が一斉に振り返り、俺もするりと間を通り抜けて二人を見に行く。

 

 シアさんと白っちゃんに手を貸されて身を起こした二人は、ぼんやりとした顔でいる。

 

「よう二人とも、随分大掛かりな実験だったみたいだな」

「シュウジ……」

「ああ。だが、その甲斐はあった」

 

 ハジメが手を広げ、中に握っていたものをアイパッチを外して魔眼石で見る。

 

 正十二面体のクリスタルがあしらわれ、赤と金の複雑で精緻な装飾が魔法陣を描く〝鍵〟。

 

 名付けるとすれば、クリスタルキーか。

 

 

 

 それを見つめていたハジメは、確信のこもった笑みを浮かべる。

 

「成功だ、とてつもなくデカい力を感じる」

「ん、導越の羅針盤に似てる」

「そりゃ重畳」

 

 俺の差し出した両手をそれぞれ取り、立ち上がる二人。

 

 白っちゃんが魔力譲渡をしたようで、ふらつきもせずに両足でしっかりと立った。

 

「加減がわからなくて魔力を全部使い切っちまったが、十分以上の成果が得られた」

「ん……次からはもっと調整できる」

 

 そう言い合いながら、ハジメが虚空に向けてクリスタルキーを向ける。

 

 クリスタルキーにハジメの体から魔力が流れ、ゲートキーとよく似た空間の歪みが発生。

 

 かなりの魔力を持っていかれるのか、眉を顰めるハジメはそのまクリスタルキーを捻った。

 

 すると楕円形に空間に穴が開き、その先には──

 

 

 

「この恥知らずのメス豚がぁっ。昇天させてやる!」

「あぁ! カム様ぁ! 流石、シアのお父様ですわぁ! すんごいぃいい!!」

 

 

 

 恍惚とした表情のアルテナの姫さんを鞭打ちしている、筋肉モリモリマッチョマンの変態がいた。

 

 一瞬でその場の空気が凍りついた。ゲートを開いているハジメ本人も思わずキーを手放しかけた。

 

 

『これはひどい』

 

 

 ほんとだよ。

 

「ん?」

 

 誰もが唖然とする中、筋肉の変態はこちらの気配に気がついて振り返る。

 

 そして思いっきり目を剥き、鞭が止んだことに姫さんもこちらを見て驚いた顔をした。

 

「ボ、ボスぅ!? それにセンセイも!? どうしてここにゲートが!?」

「シア! それに北野様達も! 聞いてください、私がちょっとシアの拝見しようとしたら、カム様ったら激しくお仕置きしてくれたんですの! さすがシアのお父様ですわ、力加減も絶妙で!」

「ちがっ、こここここここれは違うんですぅ!」

 

 シアさんそっくりの仕草で狼狽えるカムさんと、一言発するたびに地雷原をブチ抜く姫さん。

 

 自然とシアさんの方に目を向けると……白目を剥いて気絶して、ウサギに受け止められていた。

 

「とう、さまが……」

「よしよし。かわいそうなシア」

「……よおカム。元気そうで何よりだ。楽しそうだな?」

「ついにご主人様を見つけたようじゃな、同士よ」

「はいっ!」

「いやぁ、友達の父親となんて実にドラマチックだねぇ。そんな関係から始まるラブコメも俺はいいと思うよ?」

「なにかとんでもない勘違いをしてませんかセンセイ!?」

 

 弁明? しながら、テメェ黙ってろやとカムさんが姫さんを睨み下ろす。

 

 でも姫さんは明らかにそれで更に感じてるので、完全に手遅れですありがとうございました。

 

「……父様…………アルテナさん…………」

「っ、シア!?」

「あっ、シア様!」

 

 いつの間にかシアさんが復活してた。

 

 彼女は砲撃モードにしたドリュッケンを構え…… 

 

「いっぺん死んでこいです、この変態共ッ!!!」

「ぎゃあああ!!」

「あっはぁあああん!!」

 

 容赦無く引き金を引いた。

 

 炸裂スラッグ弾がゲートを通過した直後にハジメがキーを停止し、穴が閉じる。

 

 その直前に聞こえた悲鳴は、崩れ落ちるシアさんの前ではスルーする他になかった。

 

「……シア、元気出して」

「ひどい、事件だったね……」

「大丈夫だよシア。あれは……そう、ちょっとした気の迷いだから。きっと今ので正気になったから!」

「ぐすっ、ありがとうございます三人とも……でもあれくらいじゃあの筋肉お化け死んでないでしょうから、地球に行く前に息の根止めときます……」

「ドンマイシアさん。まあ、現実は無情だよね」

「あなたはこの先一生何があっても許しません」

 

 あっヘイトがまた上がった。

 

 涙が怒りで蒸発しそうな目で睨んでくるシアさんから目をそらし、ハジメを見る。

 

 ハジメは、軽い気持ちの試運転になんとも苦々しい笑顔で肩をすくめるのだった。

 

「あ〜、ほら。カムは後で俺が矯正してやるから、元気出せ」

「うぅ、ハジメさぁ〜ん!」

 

 

 

 ハジメの胸にシアさんが飛び込み、とりあえず悲惨な事件のオチはついた。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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最後の決意を

シュウジ「よう、前回はこの時間がなかったが俺だ。ついに俺たちの旅の最後の物語が始まったな」

ハジメ「ここから怒涛の展開だな…」

エボルト「祭りの最後はいつだって騒がしいものさ。読者の皆様方には寂しさも感じてほしいところだね。さて、今回は前回の続き。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる終末編!」」」


 シュウジ SIDE

 

 

 

 その後、リビングに戻るとちょうど部屋を出ようとしていた雫と天之河に出くわした。

 

「シュー!」

「おっと。すまん雫、心配させたか?」

「当たり前じゃない。だってあなたが、あんな……!」

 

 今度は俺が雫に抱きつかれ、涙声でグリグリと胸に額を押し付けられる。

 

 やっぱり俺の思考が色々筒抜けだったらしい。心配させちまったな。

 

 

 

 すすり泣く雫を宥めてから、全員でリビングに入って落ち着く。

 

 一人残らず着席したところで、おもむろにハジメが口を開いた。

 

「さて。色々気まずいこともあったが……帰る手段を、手に入れたぞ」

「やったぁ────!」

 

 掲げられたクリスタルキー、文字通り飛び上がって喜ぶ谷ちゃん。

 

 それにつられるように各々が全身で、あるいは喜びに満ちた表情で心情を表していった。

 

「っしゃおらぁ!」

「ようやく、か……」

「やったね美空!」

「だね。あー、お父さん一人でお店大丈夫かな……」

「ん、これでハジメ達の世界に行ける」

「そうだね。これで、ついに……」

「どんなところなんでしょうねぇ〜」

「長い旅路だったのう」

 

 地球組は安堵と喜び、これまで溜め込んできたものもまとめて吐き出してる感じ、か。

 

 隣の雫を見ると、俺に体を預けていた彼女は微笑みをたたえて俺を見上げる。

 

「これで、やっと終わるのね」

「ん……ああ」

「? どうしたの?」

「いや、面倒なエヒト殺しが残ってると思うと憂鬱でね」

「確かに。でも、きっと貴方と南雲くんなら大丈夫よ」

 

 笑う雫に、答えを誤魔化さざるを得なかったことを内心悔やむ。

 

 最後の計画が実行されれば、一番大切な彼女は……俺の〝愛と平和〟は……

 

「そういえばシュウジ」

「っ! な、なんだハジメ?」

「エヒトや、似たような存在からの干渉防止用の概念ってのは完成したか?」

「ああ。そりゃバッチリな」

 

 異空間より、新たに作り出した〝エボルヴボトル〟を取り出しひけらかす。

 

 不気味なレリーフのそれに、また変なものじゃないだろうなという無言の疑問が聞こえた。

 

「こいつは概念魔法とエボルドライバーのシステム、そしてアサシンエボルボトルのエネルギーを使って作り上げた、いわばアンチ上位存在の概念だ」

「……ふむ、詳しく説明しろ」

 

 アサシンエボルボトルの名前を出した途端、一斉にハジメ達の表情が険しくなった。

 

 その警戒を解くために、あえていつもより軽い口調で説明を始める。

 

「エヒトには〝神言〟っつー、チートもチートな力があってな。物理的、非物理的問わず、強制的に命令を下すことができる」

「つまり、奴にその〝神言〟とやらで跪けとかほざかれたら無理やり従わされるのか」

「そゆこと。まあ俺やハジメくらいの精神力、肉体的強度ならギリ耐えられるだろうけどな」

 

 まさしく神らしい力に、理不尽に命令されるのが大嫌いなハジメは渋い顔をした。

 

 他のメンバーもこれから帰還するにあたって最大の壁となる相手の存在に憂いた表情を浮かべていく。

 

「逆に言えば、奴にはそれしか武器がない。考えてもみろ、奴は何千年もこの世界を牛耳っておきながら、どうして裏でコソコソセコい真似をしてると思う?」

「っ! そうか、エヒトは直接力を振るえるような実体を持ってないんだな?」

Exactly(その通り)! 俺はそこに目をつけた」

 

 無論、非実体的な存在だからといってエヒトが弱いわけではないだろう。

 

 裏で暗躍しているのも、奴が人を操って殺し合わせるのが好きなクソ外道という側面もある。

 

 だがしかし、それは暗殺者()にとっては致命的な弱点だ。

 

「このボトルには〝抹消〟のエネルギーを断片的にだが封じ込めてある。それを魂魄魔法と空間魔法、昇華魔法と変成魔法を主にした概念でコーティングして、悪意ある肉体、精神的な干渉を()()()()ことができるようにした。このエネルギーを使えば地球に帰った後も、同じような奴からの干渉も無効化できる」

 

 ま、()()()使()()()()()()()()()()。それは絶対秘密だ。

 

「そのボトルのエネルギーを応用すれば、奴の〝神言〟も防げるって寸法だな」

Exactly(その通り)! いやぁ、ハジメは物分かりがいいねぇ」

「すごい……」

「〝抹消〟という破壊の概念を理解しているシューだからこそ、一人で作れたアーティファクトね……」

「白っちゃんに雫も良いリアクションをありがとう」

 

 これこそが、最初から女神ペディアでエヒトの力を知っている俺が追い求めてきた力だ。

 

 おかげでハジメ達をエヒトから守る手段は手に入った。()()()()()()()()()

 

 殺す手段は……あっちとの繋がりが絶たれている以上不確定になってしまった。

 

 最悪、俺の体を使って残りの二本を精製し、ブラックパネルを完成させよう。

 

「というわけで、だ。みんなには何か一つ、常に身につけているものを貰いたい。このボトルを使ってアンチエネルギーを付与する」

「ん、じゃあ俺は魔眼石が良さそうだな。一番肌身離さず付けてるし」

「ん、じゃあ私はこの指輪。ハジメから最初にプレゼントされたものだから」

「私はこのチョーカーですかね〜」

 

 次々と手渡されていくそれぞれの持ち物。

 

 

 

 ハジメは魔眼石、ユエが指輪、シアさんのチョーカーにウサギのパーカー。

 

 ティオは簪、雫はお馴染みのブローチ、白っちゃんと美空はお揃いのイヤリング。

 

 坂みんはドッグタグ、谷ちゃんからは鉄扇を渡された。

 

 あとは……

 

「なあ北野、もしかして俺の剣って……」

「あーさっきパクったわ。お前はあれでいいな。というかお前は別にいらないか」

「いや、流石にこんな時くらい嫌がらせはやめてくれ!」

()()()()()()()()()()

「……え?」

「ま、黙って待ってろや。そんじゃハジメ、俺は作業に入るけど」

「俺は休憩もしがてら、エリセンにミュウ達を迎えにいく準備でもしとく。覚悟しとけよ」

「……おう」

 

 何の、などとわざわざ聞かずとも、親友が誰との対面を指摘しているのかくらい解る。

 

 なんだかんだとここまで引っ張ってきたが、そろそろ潮時だろう……ちゃんと向き合って、謝らないと。

 

 あとそろそろリベルに会いたい。可愛いマイラブリーエンジェル成分が足りない。死ぬ。

 

 

『台無しだよ馬鹿野郎』

 

 

 ドーモ=シリアスを壊すことに定評のある男、北野シュウジでーす。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 光輝 SIDE

 

 

 

「……いよいよこの時が来たな」

 

 もうすぐ、魔人領に行って恵里と会う。

 

 一緒に行くのは龍太郎と香織、雫、そして誰より彼女と対話することを望んでいるだろう鈴。

 

 鈴への心配が主だろうが、北野達といたいだろうに付いてきてくれる二人には感謝している。

 

 

 

 オォオオオオオ…………

 

 

 

 その北野達は、あの巨大生物で俺達を魔人領に落とした後はエリセンという街に行ってしまう。

 

 魔人領に行った後は、完全に俺達だけで道を切り開かなければならない。

 

「俺にできるか……いや、必ずやるんだ」

 

 そのために甘い理想を貫くと〝彼女〟に誓い、自分の罪を受け入れた。

 

 必ずやり遂げてみせる。何故なら恵里の凶行の根幹は……多分、かつての俺の行いだから。

 

 

 

 これは、何者でもなくなった俺の()()()()()戦いだ。

 

 

 

 今から憂鬱になるが、生憎と剣を取られたので不安を紛らわすために素振りはできない。

 

 だが、あれは決して無意味な嫌がらせでないことを確信していた。

 

 力を受け入れてから全て塗り変わった技能の一つ、[+悪意感知]が反応しなかったし、目が違った。

 

 

 

 俺の戦いは、どう転ぶかわからない恵里との対面だけではない。

 

 北野と約定を交わした……そしてあの幻の中で、俺が勝手に結んだ誓いを果たさなければ。

 

 北野はその約定を、今こそ実行させようとしているのだろう。

 

 

 

 

 

「……やってやる。絶対に」

 

 

 

 

 

 もう一度、言葉にして決意を固めた。

 

「そのためにも恵里と対面したときに何を話すのか、今からちゃんと考えとかないとな」

 

 鈴は南雲のゲートキーで、樹海の魔物を変成魔法で従えに行った。

 

 そんな彼女を龍太郎は守るためについて行き、香織と雫も心を固めてくれている。

 

 俺だけ馬鹿みたいに、直感と感情だけで突撃するわけにはいかない。

 

 

 

 前は漠然としていたが、〝あれ〟を受け入れてから記憶も明瞭になった。

 

 というより、俺を苦しめるためなのか好き勝手やってた頃の記憶がよくフラッシュバックするのだ。

 

 その中には……やはりと言わざるを得ないが、恵里と出会った記憶もあった。

 

 

 

 

 あれは、小学生の頃。

 

 たまたまランニングコースで通りがかった河川敷、その鉄橋の上に女の子がいた。

 

 欄干から大きく身を乗り出していた女の子に俺は尋ねた、〝何をしてるの? 〟と。

 

 

 

 振り返った彼女の暗い顔に、何か理由があると思った俺は無理矢理橋の上に戻した。

 

 そして人と関わるのも嫌そうな顔の彼女に、呆れるくらいしつこく事情を聞こうとした。

 

 早く解放されたかったのだろう、彼女は端折りに端折って説明をしてくれた。

 

 

 

 学校で孤立している彼女は、そのことで父親に厳しい躾を受けた。

 

 母親に助けを求めたら彼女にも叱られ、味方が一人もおらず、悲しみに暮れ自殺しようとした。

 

 まばらすぎる情報を繋ぎ合わせ、こうして都合の良い解釈をした俺はこう告げた。

 

 確か……〝もう一人じゃない、俺が恵里を守ってやる〟だったか。

 

 

 

 馬鹿すぎる。

 

 我ながら自分の思考力を過大評価しすぎだし、妄想力を過小評価しすぎだ。

 

 その後は同じ学校だった恵里に、クラスの女の子達に頼んで話しかけてもらったりした。

 

 両親や教師に頼み、児童相談所などにも行ったか……それで全部終わった気になった。

 

 

 

 これが、俺の悪癖。

 

 相手に一方的に接し、ちゃんと事態を仔細まで把握しない。

 

 自分だけの思考で身勝手な解決を施し、後々の影響も考えず満足する。

 

 思考は浅く、観察眼も無く、理論証明の達成点は中途半端そのもの。

 

 

 

 だから散々好き勝手した後に、恵里がどうなったか知らない。

 

 曲解した妄想に当てはめた彼女の両親が、本当はどんな人間だったかも知らない。

 

 だけど転校や退学などをしたという話を聞いた記憶はないし、多分恵里自身で何かやったのだろう。

 

 極め付けに、以前の王都侵攻の際に彼女から言われた言葉を思い返してみる。

 

 

 

 

 

 〝他の誰も見ない、僕だけを見つめて、僕の望んだ言葉をくれる、僕だけの光輝くん〟。

 

 

 

 

 

 独占欲と、歪んだ愛と、その他の壊れた感情全てが込められたあの言葉。

 

 理解できる。多少マトモになったと自負できる、今の自分なら。

 

 あの最初の邂逅──その時点で壊れかかっていたのだろう、恵里の心。

 

「それを()()()のは、俺だ」

 

 これも手前勝手な妄想だが、恵里は誰かからの愛を求めていた。

 

 俺はそんな脆さにつけ込んでおきながら、彼女のことを忘れて。

 

 こうして、狂わせてしまったんだ。

 

 

 

 その罪に贖う方法は? 

 

 決まっている。もう目を逸らさないことだ。

 

 結果、俺の一生を使い果たすことになったとしても妥当だろう。

 

 

 

 言うなれば……()()()()()()()()()()()ってとこか。

 

 それで何を証明できるわけでもなく、完全なる俺の独りよがり。

 

 元から俺はそういう人間。全て自分の中で完結させるなら、最後まで甘んじる。

 

 

 

 せめて醜いなりにそれくらいの自己肯定はしないと、彼女の前には──っ。

 

「……はは。やっぱり俺って馬鹿だ」

 

 最後まで自分でやって、勝手に自分で満足すればいいだなんて思ったばかりなのに。

 

 それでも心の奥底で、無意識にこんなことを口走ってしまうほど望んでいるなんて。

 

 

 

 誰しもが言う通り、俺は傲慢な愚か者だ。

 

 

 

「ここにいやがったか、アホ勇者」

「っ!?」

 

 突然後ろからやってきた言葉と殺気に、反射的に上半身を捻る。

 

 そうして頭めがけて飛んできたものを掴むと、よく手に馴染んだ感触だった。

 

「っ、これは……俺の剣?」

「チッ、避けやがったか。湖の畔で黄昏れてる(笑)からイケると思ったんだが」

 

 抜き身の愛剣を投げてきた下手人は、何とも蔑んだ口調でそう言った。

 

 今更驚くこともなく……そもそもその気になれば死んだことすら気づかずに殺されてる……、いつの間にかそこにいる北野を見る。

 

「俺の剣、形が変わってるけど何かしたのか?」

 

 鍔の形がかなり変わって、何かを差し込むような丸い穴が空いている。

 

 試しに振ってみるが、重心や強度は変わってなさそうだ。凄いなこれ。

 

「ほれキラーパス」

「うおっ……ッ!? おい北野、これは!」

 

 続けて投げ渡されたものは、北野が作った概念魔法のアーティファクト。

 

 意味がわからず、聞こうと顔を上げた瞬間に踵を返される。

 

「それを剣に挿して使え。あいつの呪縛を断ち切れる。もしかしたら人喰いの性質ものものが斬れるかもな」

「……俺の腕次第、ってことかよ」

「さてな。お前にだけは何があっても期待しない。あ、借りパクしたら殺すから」

 

 物騒な脅しを残して、北野は行ってしまった。

 

 その後ろ姿から手の中のアーティファクトに目線を落とし、しかと握りしめる。

 

 

 

 

 ……最後の戦いが、もうすぐやってくる確信がした。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。



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神喰らう龍

ハジメ「俺だ。前回は俺たちの持ち物を預けたな」

光輝「そして俺の決意だった。必ず恵里は、俺が……」

シュウジ「はいはい真面目な顔してないで帰れ」

光輝「酷いな!……今回はフィーラー?というあの生き物の話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる終末編!」」」


 ハジメ SIDE

 

 

 

 穏やかな気分だ。

 

 

 

 文字通り、ようやく故郷に帰るための鍵を手に入れたからだろう。

 

 俺達自身の休養と、俺とユエの回復に使った魔晶石に魔力を補充しながらそんなことを考える。

 

 まるで地球の実家にいるような安心だからか、また殴られにやってきたティオの頭をナデナデさえできる。

 

「む、むう。痛めつけられるのも良いが、これはこれで……」

「ずっと、そのままならいいのに」

「本当ですよねぇ……それだけなら非の打ち所のない女性ですのに」

「やっぱり、ハジメは責任取るべき?」

「というかまずご家族に謝らなきゃでしょ」

 

 何やら恋人達から散々な言われようだが、それさえも苦笑い一つで済ませられる。

 

「まあ、今更普通になって他の男とかと同じ関わり方されても思うところはあるが……」

「っ、ご主人様よ。そ、それはつまり、妾も……」

「ほら、せっかく懐いた駄犬が急に他の奴にも同じような尻尾の振り方してたらイラっとくる的な」

「んっ!」

 

 駄竜が赤い顔で呻いた。美空の目線が冷たくなる。

 

 

 

 羞恥の赤面から発情の赤面になった駄竜をユエ達と観察していると、コンコンとノック音がする。

 

 ほぼ同時に全員で振り返ると、いつも通り面白そうな笑顔を浮かべたシュウジが立っていた。 

 

 後ろには別室で談笑していた香織と八重樫、何故か神妙な顔をしている天之河がいる。

 

「お楽しみのところ失礼。そろそろ休憩は終わったかな?」

「ああ。魔晶石のことも粗方補充できたし、俺とユエの魔力も回復した。そっちは?」

「バッチリさ。あっちもそろそろだ」

 

 あっち? と頭の中に疑問符を浮かべたのとほぼ同時に、ゲートが室内に開いた。

 

「ただいま!」

「今帰ったぜ」

「……お前の予測通りだな」

「だろ?」

 

 帰ってきた谷口達の周りには、樹海でも上位の魔物が揃っている。

 

 

 

 上手く成功したらしい谷口に、ユエとティオが簡単に従魔強化の方法をレクチャーする。

 

 強化した魔物に俺がゲートホールを付与した首輪をつけ、樹海に送り返して準備は完了した。

 

 その間に回復も魔晶石の補充も完全に完了し、いよいよ残るはシュウジの試みだけになる。

 

「それじゃ、預かったものを返却しよう」

 

 テーブルの上に一つ一つ、俺達が渡したものが置かれていく。

 

 魔眼石を手に取ると少しだけ錬成して形を変え、するりと眼窩に収めて元に戻した。

 

 ユエ達もそれぞれのモノを身につけ直して、特にその実感がないのか不思議そうにしている。

 

「これ、本当にエヒトの干渉を防げるんですか?」

「特に何も感じないけど……」

「そりゃ常にそうだったら気が気じゃないだろ? 奴の影響が強くなると起動するのさ」

「なるほどのう、要するに自動型の結界のようなものかの」

Exactly(その通り)。ま、普段は気にしないでおいてくれ」

 

 ともあれ、これでエヒトへの対策は済んだようだ。

 

 

 

 特にここに未練はないので、出発するために邸宅を出て湖の方へと行く。

 

 そうしてこちらへ泳いできたフィーラーの前に集まった時、シュウジが体ごと振り向いた。

 

「さて。ではここにて最後のショーをお見せしよう」

「まだ何かあるのか?」

「ハジメ。何か一つ、忘れてないか?」

 

 両手を広げ、不敵に笑いながら問いかけてくる。

 

 ユエ達と顔を見合わせ、何かやり残したことはないかアイコンタクトを取るも首を横に振る。

 

 

 

 もう一度シュウジの方を向いて……ふと、そのポーズに何か引っかかるものを覚えた。

 

 まるで、答えは目の前にあるとでも言うような、そのポーズ。 

 

「……あ」

「? 何か思いついたんですかハジメさん」

「……そういえば、ここにはホムンクルスがいない」

 

 シアがハッとするのが伝わってくる。ユエ達もそういえばといった雰囲気だ。

 

 シュウジを見ると、満足げに笑って態とらしく拍手をしてくる。

 

「正解だ。これまでカエルのように自主的に抜け出していたことはあれども、いないということはありえなかった。では解放者の遺産は、どこにいると思う?」

「まさか……」

 

 視線を上げていく。

 

 シュウジの後ろにそびえる、頭だけでも数十メートルの大きさを持つ大怪物。

 

 オルクスからこれまでずっと一緒に旅をして、あらゆる敵を蹂躙しきた、頼りになる仲間。

 

 ウサギの超パワーの元となった失敗作のホムンクルス──フィーラーは、二十の目で俺達を見下ろしていた。

 

「言っただろう? こいつは失敗作などではないと」

 

 目線を戻せば、シュウジの手には掌サイズの宝玉が。

 

 虹色に輝くそれを、シュウジは湖畔に設置されていた出口用の魔法陣の上に置いて魔力を流す。

 

 

 

 魔法陣から放たれた光が宝玉を通して七色に輝いて、重なるようにもう一つの魔法陣を形作った。

 

 七つの陣で円を描くその魔法陣に見惚れていると、湖全体までもが同じ色の輝きをにわかに放つ。

 

「な、なんだこれは!?」

「まさか、この湖自体が一つの……!」

「ん。巨大な、魔法陣」

 

 湖の各所に吹き出ていた噴水が形を変え、意思を持つかのように集まってくる。

 

 それはフィーラーを包み込むように収束し、第二の魔法陣と同じ形を形成した。

 

 

 

 

 

「──〝告げる。汝が名は百魔の獣王、七人の刃の祖なりて〟」

 

 

 

 

 

 シュウジが、詠唱を始めた。

 

「〝汝は哀れなる獣、醜き王。その身その魂その力、遍く滅ぼすがために形を成さん。されど、汝が心は善にあり〟」

 

 こちらの魔法陣に連動し、水の魔法陣が回転をすることで光と共にフィーラーの体を濡らす。

 

 それだけでない。腹に轟く唸りを漏らす漆黒の巨体が、少しずつ形を変えていくではないか。

 

 胸、腹、額、翼の付け根、そしてもたげた尻尾の根本と先端から結晶が盛り上がってくる。

 

「〝ならば、解放を。その尊き御霊に相応しき玉体を、七の証の下に与えよう〟」

 

 シュウジが異空間を開いて、そこから各大迷宮の攻略の証を取り出す。

 

 その一つ、オルクスの攻略の証である指輪を七つの陣の一角に設置した。

 

「〝一つ、創る者〟」

 

 生成魔法。その本質は無機物に力を与える概念。

 

「〝二つ、司る者〟」

 

 重力魔法。その真髄は星に流れるエネルギーを司る概念。

 

「〝三つ、越える者〟」

 

 空間魔法。その奥義はあらゆる境界を越えていく概念。

 

「〝四つ、流れる者〟」

 

 再生魔法。その秘奥は世界に厳然と流れる刻を操り、垣間見る概念。

 

「〝五つ、朧げなる者〟」

 

 魂魄魔法。その最たる力は、触れられぬものを操る概念。

 

「〝六つ、変えし者〟」

 

 変成魔法。その臨界は、全てを暴き、変えてしまう概念。

 

 

 

 オスカー・オルクスの指輪、ミレディ・ライセンの指輪、ナイズ・グリューエンのペンダント。

 

 メイル・メルジーネのコイン、ラウス・バーンの指輪、ヴァンドル・シュネーのペンダント。

 

 それらが魔法陣に設置され、同時にシュウジが対応した神代魔法を使っている。

 

「ハジメ、羅針盤を」

「お、おう」

 

 シュウジはこちらに振り返って開いた手を差し出す。

 

 取り出した羅針盤を渡すと、シュウジは最後の陣の上に乗せて、最後の詠唱を告げた。

 

「〝七つ、生ける者〟」

 

 昇華魔法。その本性は有機物に力を与える概念。

 

 

 

 全てが揃った瞬間、カッ!! と一際強く魔法陣が輝きを増した。

 

 攻略の証を貫いて七つの光線が伸び、水の魔法陣と接続して宙に解放者達の紋章を投影する。

 

 それらがフィーラーの体に出現したクリスタルの中へと吸い込まれていき……

 

「〝これにて七つ。我は全ての試練を踏破せし者。故に望む、悪辣なる神への架け橋を〟」

 

 クリスタルに紋章が浮かび、少しずつそれ自体が輝きを生み始めた。

 

 それと同時に隠れ家全体が激しく震え、湖が荒立ち、俺達の立っている湖畔も激しく揺れる。

 

「うおぉっ!?」

「すごい揺れですよぉ!?」

「これは……!」

「魔法が、完成する……!」

「な、なんという大規模な魔法じゃ!」

「きゃっ!」

「美空、私に捕まって!」

「これ、本当に大丈夫なの!?」

「鈴、俺の後ろにいろ!」

「う、うん!?」

「っ……!」 

 

 持ち前のスペックでなんとか姿勢を保ちながら、微動だにせず魔法陣を操っているシュウジを見る。

 

 もはや目で追えないほどのスピードで高速回転する魔法陣を前にして、あいつの顔は……どこまでも真剣だった。

 

 

 

 

 

 

 

「〝満たせその器、壊せその麻繭。神屠らんが為、黒き檻を今こそ破り、飛び立て──天砕き神食らう黄金の龍よ〟」

 

 

 

 

 

 

 

 詠唱が、終わった。

 

 

 

 その瞬間、これまでの儀式で最大の光がフィーラーのクリスタルから放たれた。

 

 思わず両手で顔を庇い、光で左目が焼けるのを阻止する。

 

 10秒待って、20秒待っても激しい揺れは続き、どこかあの奈落に落ちた日を思い出した。

 

 

 

 しかし、それも体感時間にして1分に達しようかというところでようやく弱まっていく。

 

 完全とはいえずとも、腕を退かせるくらいに瞼の向こうの光と足元の揺れが収まった。

 

「どうなったんだ……?」

 

 ゆっくりと目を開き──目の前の光景に瞠目する。

 

 

 フィーラーが、漆黒の体を灰色に染めていたのだ。

 

 二十の目にも瞳はなく、唯一の名残のように真っ黒に染まっている。

 

「もしかして、失敗したのか……?」

「嘘……!」

「そんな、お兄ちゃん……!」

 

 俺と、シア、そして初めて聞く悲痛な声で叫ぶウサギ。

 

 そんな俺達に、先ほどの焼き直しのようにゆるりと振り返ったシュウジはニヒルに笑っていた。

 

「いや、成功だ。ついに失敗作(フィーラー)はその汚名から解き放たれた」

「ん……あれはただの抜け殻。中身は空っぽ」

「は?」

 

 落ち着いたユエの言葉にもう一度よく見てみる。

 

 すると確かに、フィーラーの体は上の部分が真っ二つに裂けているではないか。怒涛の展開で視野が狭まっていたらしい。

 

 では本体はどこかと視線を巡らせるが、影も形も見当たらな……

 

 

 

 

 

『──我を見よ』

 

 

 

 

 

 その声を聞いた瞬間。凄まじい重圧がのしかかるのを感じた。

 

 脳裏に響く、荘厳にして重厚な声音。聞いているだけで膝をつきそうな覇気に溢れている。

 

 そして、見下ろされている感覚に天井を見上げ──ここ数十分で何度目かの絶句をした。

 

 

 

 

 

 龍だ。

 

 

 

 

 

 東洋龍に酷似した、美しい黄金と白のグラデーションがかかった鱗を纏う龍がそこにはいた。

 

 虹色の両目の上、雄々しい角の生えた額には解放者の紋章を収めた結晶が七つ埋め込まれている。

 

 体長二百メートルはありそうな長い体の鱗は全てが美しく、元の不揃いな醜さはまるでない。

 

 4本の腕に揃う鉤爪は黒く輝き、口から覗く牙は真珠よりも純白の白さを持っている。

 

「御照覧あれ。

 あれこそは解放者達最大の遺産にして、彼らの神を討ち亡ぼすという悲願を収めた箱舟。

 七つの迷宮の踏破者がいて、初めてその殻を破ることを許された神獣。

 その名も神喰らう龍──《天壊龍アーク》にございます」

 

 芝居掛かったシュウジの説明すらも、その威容の前には陳腐にさえ聞こえてしまう。

 

 生まれ変わったフィーラーは、これまで見たどんな生物よりも美しい……ユエ達を差し置いて、そんな感想さえ浮かんだ。

 

「ん……とても、綺麗」

「これが、あのフィーラーさん……?」

「お兄ちゃんの、真の姿……」

「……同じ竜の姿を持つ妾でも、あのような美しき龍には終ぞ成れぬじゃろう」

「ていうか、でっっっか……」

「こんなに大きな生き物、見たことないよ……」

「あまりすごくて、感動しちゃいそうよ……」

「……あいつと同じくらい綺麗だ」

「すげぇ……もう、何がすごいのかわからないくらいすげぇ……」

「ほわぁ……」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことか。

 

 満足感と陶酔感に浸るほどに見惚れる俺達の横で、シュウジがクスクスと笑っている。

 

「良いリアクションだ。最後の大トリに回した甲斐があったよな、アーク?」

『是である』

「喋り方もすげー丁寧。さてハジメ、これ以上ないサプライズも済んだことだし出発するか」

「……あ、ああ」

 

 アークに見惚れ、反応が遅れてしまった。

 

 しかしそれでようやく現実に戻り、ここを出発することを思い出す。

 

 

 

 とりあえず、良い素材になるだろうフィーラーの抜け殻を回収する。

 

 シュウジが降りてきたアークの鬣の後ろに全員が乗り込める座席を設置し、そこに乗り込んだ。

 

「うわ、たっけえ!?」

「わわっ、ちょっとした高層ビルだよ!」

 

 坂上と谷口の感想にはまったくもって同意見だ。

 

 その大きさもさることながら、体の太さもフィーラーの体から受け継いでいるようだった。

 

「よし、全員シートベルトは閉めたな? では空の旅へと出発しよう」

『参る』

 

 ただ上を向くだけで、アークの体から重厚な音がする。

 

 膨大すぎる魔力で翼のない体を飛ばし、アークが天井に開いた巨大な穴に頭を入れた。

 

 かと思えばグン! と一気に速度を増し、思わず変な声を上げながら目の前に設置されたハンドルを握る。

 

「はっはっは、潰れたカエルみたいな声が出てたぞ?」

「むしろ、なんで、お前は、平気、なんだよ!?」

「そりゃ重力魔法でGを制御してるからな」

「先に、それを、教えろっ! ユエ!」

「っ、んん〜っ!」

 

 隣に座っていたユエが、どうにかこうにか手を伸ばして座席全体に重力魔法をかけた。

 

 すると、その剛体に見合わないスピードで飛翔するアークの圧からようやく解放される。

 

 死ぬかと思った、と口にする気力もなく、ぐったりとしているユエ達と同じく座席に体を預ける。

 

 

 

 その間にアークはトンネルを抜け、ついに大迷宮の外へと飛び出した。

 

 外は相変わらずの大吹雪だが、アークはそれを物ともせずに上空の曇天へと突き進む。

 

 そして、一瞬で曇天を抜けると太陽の燦々と降り注ぐ雲海の上に到着した。

 

「よーしアーク、このまま北西の境界まで運んでくれ。そこで天之河達を下ろす」

『御意』

 

 それから、迷宮からの出発とは比べ物にならない緩やかさでアークの飛行が始まった。

 

 少しの揺れもないゆったりとした速度に、少しずつ気力が戻ってきて体の緊張もほぐれる。

 

「ったく、なんつー出発だ……」

「これ、お別れの挨拶に周りに行く人達全員ショック死するんじゃないですかね……」

「シアに、同意」

 

 まったくだ。

 

 一応フューレンとかにも行こうと思ってたんだが、こりゃ町の遥か遠くで降りないと無理だな。

 

 その反面、生まれ変わったこのアークならフェルニルよりずっと早く各地を回れそうでもある。

 

 

 

 

 そんなことを考えながら、見渡す限りの雲海をぼんやりと眺めた。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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劇的な再会

シュウジ「やあ、今週もいらっしゃい。前回はフィーラー改め、アークの回だったな」

ハジメ「最後の章だけあって、怒涛の展開だな」

エボルト「その展開の詰め込み具合はビルド原作踏襲だな。さて、今回は……言うなれば序章、だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる終末編」」」


 

シュウジ SIDE

 

 

 

「こちらシュウジ。方舟は完成した、と」

 

 メッセージを打ち込み、ついでにハジメ達が呆けている間に撮ったアークの写真も付ける。

 

 それらをミレちゃんに送信すると、迷宮で隠居してるためほんの数秒で既読がついた。

 

 

 二、三分ほどトータスの文字で既読がついたまま停止し、それからたった一言だけが送られてくる。

 

 〝ありがとう、私達の最後の子供を立派にしてくれて〟……か。

 

 その文面だけで、数千年もの時を待ち続けた彼女と、今は亡き解放者達の念が伝わってくる。

 

 

『あいつらも途方もない計画を立てたもんだ』

 

 

 俺たちの計画が霞むレベルに気の長い話だよな。

 

「シュウジ」

「ん、ハジメか」

 

 スマホをポイと異空間に放り込んで振り返る。

 

 屋形船型(屋根無し)の座席の船首に座っていた俺は振り返り、そこにいるハジメを見た。

 

 顔色は元に戻っているが、悠々と空を飛ぶアークを見て遠いところを見るような目をしている。

 

「気分は平気か? エチケット袋が必要ならいつでも言ってくれ」

「いや、もう必要ない。というかこいつ、本当にすげえな……どうして解放者達はこんなのを創ったんだ?」

 

 どうやらアークについて興味があるらしい。

 

 ま、あんな超展開見たらそうもなるか。素知らぬ顔してるけど、ユエ達も耳澄ましてるし。

 

 別段隠すことでもないので、この胸中に秘めた()()()()()()()()()()を明かすとしよう。

 

 とか言って、俺もあの虹色の宝玉に触れた時に、知識を頭に入れられたんだけどネ。

 

 

 

 くるりと体を回転させ、ステッキをカツンと軽く床に打ち付け。

 

 意識をシリアスに切り替えてから、口を開く。

 

「今から数千年前、解放者達の中心にいた七人の先祖返り達。つまり大迷宮の創始者達は、エヒトを殺すにあたり三つの概念を作った」

「あー、そんなようなこと大樹の迷宮で聞いたな。その一つがこの羅針盤だろ?」

 

 懐から返却した導越の羅針盤を取り出し、それがどうしたという顔をするハジメ。

 

 こいつを筆頭に聞き耳を立てている紳士淑女諸君に、鷹揚に頷いてから三つ指を立てる。

 

「その通り。羅針盤はその一つ、エヒトの居場所を探り当てる為の概念。そして残り二つのうち片方はエヒトを殺す為の概念。では最後の一つは何でしょう?」

 

 俺の問いに、ハジメは少しの逡巡の後に答えた。

 

「エヒトの元へ辿り着く為の概念、か」

「大正解! この概念はとても重要でね、こいつがなけりゃ残り二つは宝の持ち腐れだ」

 

 住所特定しようが胸に突き立てる刃があろうが、実際会えないんじゃ意味がない。

 

 そう説明すれば、なるほど確かにといった納得顔を見せるハジメ。

 

「それはつまり、最もエヒトにとっては危険視すべきものだ。自分の元へ辿り着く為の概念を付与されたアーティファクトだけは、何が何でも破壊しようとするだろう」

「だが、ああ説明してたってことは、そのアーティファクトはどこかに残ってるってことだろ?」

 

 もう一度頷き、ステッキを軽く床に打つ。

 

「では如何にして、エヒトの差し向ける強力な使徒からその概念を守るか……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思わないか?」

「っ!」

 

 今度は隠すことなく、全員が驚愕の表情と共に息を呑んだ。

 

 

 

 聖教教会こそ成立していなかったものの、エヒトに地上の全てが監視されている状況。

 

 いつ誰が裏切るかわからず、使徒が襲来するかもわからない中で守りきれる確証はどこにもなかった。

 

 だから解放者達は発想を転換したのだ。

 

 

 

 

 

 自分達が倒れても、そのアーティファクトが自分で自分を守れるように作ろう、と。

 

 

 

 

 

「その理論のもと、最後の概念魔法を付与されたアーティファクトは──とある生物へと埋め込まれた」

「……その、生物ってのは」

「ヴァンドル・シュネーが厳選に厳選を重ね、品種改良を極限まで施し、変成魔法にて出来うる限りの強化を施した、何千年も成長し続ける究極の生命体だ。それこそ、いつか神を喰らい殺せる程に」

 

 その魔物は、食らえば食らうほどに力を蓄え、知性を増し、肉体を強靭とする特性を持っていた。

 

 それは無限の成長性を意味し、いずれあらゆる魔物を従える王にすらなるだろうと予言された。

 

 エヒトの住まう【神域】とこの地上を隔てる壁を破壊する力を秘めた、アーティファクトのエネルギー。

 

 全てに勝る強大なその力にさえ、平気で耐えられるほどの大怪物に。

 

「だがそいつの成熟を待つには、圧倒的に時間が足りなかった。仲間は一人、また一人とエヒトの使徒に殺され、人々は神に扇動されて傀儡となっていった」

「……だから、いずれその魔物が十分に成長する時まで、地下深くに封印することにしたのか」

Exactly(その通り)。そして最初にその魔物を生み出したヴァンドル・シュネーが最後の強化の為の設計図を預かり、魔物が育ちきる何千年も先を待ったんだ」

 

 異空間からあの宝玉を取り出す。

 

 太陽にかざしてみれば、中には何万という式で構成された魔法陣が刻み込まれている。

 

 

 

 

 こいつは氷雪洞窟の隠れ家の地下深くで厳重に保管されていた。

 

 最大最強のアーティファクトを作る為の、最後の鍵だ。

 

「途方も無い計画だ。しかもこの最後の強化には魔物自体の肉体と魂の相応な強度だけじゃなく、攻略の証の中に刻まれた七つの魔法陣、予測でも数千年分かけてそのアーティファクトが溜め込むだろう膨大な魔力、そして一人で全ての神代魔法、七つの概念を理解できる人間が必要だった」

「……もはや無謀の領域だな」

 

 まったくハジメの言う通りだ。

 

 そんな人間が現れる可能性は恐ろしく低く、またそれまで大迷宮が残っている保証もない。

 

 育ちきる前に魔物が殺されるかもしれないし、自分達も育つ前に老衰か、民衆や使徒に殺されるだろう。

 

 

 

 それでも希望を抱いたのだ。

 

 この時代じゃなくてもいい、自分達と同じ志を持っていなくてもいいからと。

 

 いつか、いつかと。

 

 来るかもわからない、いつかずっと先に来る明日。

 

 それでも、どうか。

 

 

 

 

 

 この子が人々の自由を切り拓く──支配の天蓋を打ち砕く極星になりますように、と。

 

 

 

 

 

「また、その魔物と融合して変質したアーティファクトを解析して得られたデータで、スペックを縮小、人間や普通の魔物サイズまで規格を下げた六体の人工生物も作られた」

「……それが私達、ホムンクルス」

「大正解」

 

 ついでに言えば、魔物の成長に伴って肥大化したアーティファクトから溢れた小さな欠片。

 

 それを再利用、かつ天文学的確率で自然的な変異をしたものが、ウサギの動力源である月の小函(ムーンセル)だ。

 

 

 

 それら全てを説明しきると、俺と同じく概念魔法を習得したハジメとユエは呆れた顔を。

 

 ウサギは自分の胸に手を当てて微笑み、残りのメンバーは理解が追いつかずにポカンとしてる。

 

「なんて無茶苦茶で確実性のねえ計画だ」

「……ん。その前に、フィーラーが普通に死んでたらどうするつもりだったの?」

「解放者達も本当に賭けだったのさ。実際、一応予備でエヒトのいる神界に行く為の概念は残してあるみたいだしな」

「備えあれば憂いなし、ってか」

「……成功するとは、最初から思ってなかった?」

「だが結果的に、概念について深い智慧と理解を持つ俺ちゃんがこの世界に来た」

 

 俺が来てなかったら、こいつマジでこの星が滅ぶまで奈落の底で置物だったと思う。

 

 

 

 ……同時にあることも理解した。

 

 何故、女神から与えられた知識にホムンクルス……ひいてはフィーラーに関する情報が一切ないのか。

 

 

 

 女神マリスは恐れたのだ。次元の壁を壊すその力で、自分の存在をも脅かされることを。

 

 だから俺に知識を与えず、代わりにフィーラーを手に負えず封印した失敗作という情報を与えた。

 

 まあ、あの設計図に同封されてた魔法で知っちまったけど。

 

 

 

 だが、今更どうこうするつもりもない。

 

 今の俺の目的はエヒト殺しただ一点。こいつはその為だけに活用する。

 

 そもそも座標を知っている以上、()()()さえありゃ俺単独でカチコミかけられるから……

 

 

『それ以上は言うな、解放者とこいつが泣くぞ』

 

 

 おっと、こりゃ失敬。

 

 

 

 その上で、こいつにあえて最後の強化……否、進化をさせた理由は二つ。

 

 エヒトを殺そうとする際、奴が抵抗して送り込んでくるだろう軍勢への対抗策。

 

 それと付与したアンチエネルギーが効かなかった場合、ハジメ達を守る剣にする為。

 

 あとはまあ、解放者達の切実な願いを叶えてやろうかという同情もちょいと。

 

「ま、せいぜい今はこの空の海を楽しもうや」

「そうだな。今更お前の行動の結果が規格外なのも慣れてるし」

 

 軽口を叩くくらいには、ハジメも余裕を取り戻したようだ。

 

 それにニヒルな笑みを返し、ユエ達のところに戻った親友を見送り前に向き直る。

 

「さて、境界まであと少し。何も起こらなきゃいいがね」

 

 などとボヤいてみるものの、全くそんな気がしない。

 

 俺のフラグ探知能力と暗殺者としての勘、そして最近薄れてきているギャグキャラの性分が言っている。

 

 

 

 この先絶対に面倒な展開になる、ってな。

 

 

 

「……っ」

 

 そんな俺の内心は、ほんの数分後に実現することになってしまった。

 

 あと少しで雪原と魔人領の境界に差し掛かろうかと言うところで、下から大量の殺意を感じた。

 

 

 

 ほぼ反射的に感知魔法を発動し、その結果に我ながら実にうんざりとした顔になる。

 

 そのまま素通りしたいところだが……一つ、どうしても見過ごせない反応が魔法で示された。

 

「アーク、降りろ」

『御意』

 

 ゆっくりと、アークの巨体が頭から雲海に入っていく。

 

 チラリと後ろを見ると、のんびりしていたハジメ達が訝しげにしていた。

 

「シュウジ、どうした?」

「全員戦闘準備をしてくれ。厄介なのが待ち構えてる」

 

 その一言で全員が俺の意思を察して、真剣な表情で立ち上がり、各々武器を取り出す。

 

 程なくしてアークが雲海を抜けた時、そこには……

 

 

 

「やはりここに来たk……なんだこの怪物は!?」

 

 

 

 ふた回りくらいでかくなった白竜に乗った、間抜け面のイケメン(笑)がいた。

 

 それだけでなく、フリスクの隣には灰色の翼を広げ、アークを非常に警戒した目で睨み上げる中村。

 

 そして……不敵に腕を組む赤髪の黒獣、【暴食の獣】紅煉が待ち構えていた。

 

 

 

 奴らの背後には灰竜の軍団、紅煉の従僕だろうバイザー野郎共、そして全員同じ顔の天使の軍隊。

 

 灰竜から順にざっと見て三百体、バイザーが四百体、そして神の使徒が五百体。

 

 なんともご大層な戦力だ。

 

「よう、お出迎えご苦労さんイケメン君。で、そこ通してくれる?」

「なんだお前か。今度こそどタマぶち抜かれに来たか?」

「っ、貴様……!」

 

 アークの威容にたじろいでいたフリ……フリ……フリーターが隣に来たハジメを睨む。

 

 よく見ると、割と整った顔には結構なアザが残っている。思い切り殴られたような感じの。

 

「あーそういや、お前王都でハジメにボッコボコにされたんだっけ? ご苦労様w」

「ッ、挑発には乗らんぞ……」

 

 そんなこと言いつつもキレそうである。こいつ情緒不安定かよ。

 

 睨めあげるフリードとハジメの間で殺気が高まり、常人ならば失禁する修羅場が出来上がる。

 

「あははぁ、そんな顔して何言ってんの。もういいから下がっててよ」

 

 沸点低めのフリッピーを押しのけ、中村が前に出た。

 

 その目には狂気と、怒りと、蔑み……あの阿呆を変えた(意味不明)俺への憎悪で満ちていた。

 

「かなりイメチェンしたな。その曲がりまくった性根にお似合いだぜ?」

「やあ北野。君のことは前から大っ嫌いだったけど、さすがに嫌悪を通り越して驚いたよ。こんなのどこから連れてきたの?」

「そうさな、同じ人間すら信用できんチミには手に入れられないとだけ言っておこう」

「っ、相変わらず腹の立つ態度だなぁ……!」

「人をおちょくるのは得意なもんでね」

 

 おお憎しみに満ちた怖い顔、くわばらくわばら。

 

 

 

 ……さて。

 

 このまま奴らが精神的に余裕がなくなれば、()()()()()()()()()()()()()を取り戻せる。

 

 目の前にいる中村達から目線を外さないまま、意識をバイザー野郎の一匹が抱えてるそいつに向け……

 

「……恵里」

「恵里!」

 

 そんな俺の思惑は、前に出てきた天之河と谷ちゃんのせいで台無しになった。

 

 

 

 メガネからビームでも発射しそうな眼光でいた中村は、天之河の顔を見た途端にハッとする。

 

 そうすると胸に手を当てて深呼吸し、ニコリと笑った。

 

 チッ、感情がリセットされた。

 

「やあ光輝くん。それに鈴も。二人とも迷宮は攻略できたのかな?」

「恵里、鈴は! 鈴は恵里と……」

「話でもしにきた? どうやら能天気さはなくなったみたいだけど……恨みつらみでも吐く? まあ、好きに喚けば? 今更どうでもいいし」

「違う! そんなことじゃなくて鈴は……!」

「鈴」

 

 思いの丈をこの場でぶちまけようとした谷ちゃんを、天之河が諫める。

 

 奴が首でも横に振ったか、躊躇うような雰囲気の後に谷ちゃんの足音が数歩後ろに下がった。

 

 それから奴がハジメとは反対、俺の左隣から前に出て中村を見下ろす。感動の対面だ。

 

「恵里。俺は……君に対して酷いことをした」

「ん? なんのことかなぁ? 光輝くんが僕にしてくれたことで酷いことなんて一つも……」

「俺は君を忘れていた」

 

 ピタリ、と中村が動きを止める。

 

「無責任に恵里の問題に手を出しておきながら、最後まで向き合うこともせず放棄した。そして君を一人にして……そんな姿にまでさせてしまった」

「…………」

 

 中村は、俯いて答えない。

 

「恵里。俺がこれから先、君にできることなんて少ないと思う。君が望んだ形でもないだろう。それでも俺の一生をかけて君にしたことの責任を取る。だから……俺に最後のチャンスをくれないか」

 

 真面目一本といった顔で、心の底からという目で訴えかける天之河。

 

 後ろに下がった谷ちゃんも、雫や白っちゃん達も後ろから固唾を呑んで見守っている。

 

 

 

 ……なるほど。自分のしたことのケツ持ちくらいは考えられるようになったようだ。憎たらしい。

 

『感動的だな。だが』

 

 無意味だ。

 

「……く、ふ、ひひひひひひひヒヒヒヒ」 

「…………」

「あ〜あ、可哀想な光輝くん。やっぱり北野に洗脳されちゃったんだねぇ。そんな光輝くんらしくないこと言っちゃってさぁ」

「っ」

 

 顔を上げた中村の顔に浮かぶは、狂気。

 

 どこまでも純粋な、狂愛それ一つで満たされた顔で天之河を見上げていた。

 

「でも大丈夫! 僕がすぐに元どおりにしてあげるよ。僕だけが理解してる、僕だけの最高のヒーローの光輝くんに!」

「っ、恵里……!」

「だから言ったろ、お前の行為は無駄だと」

 

 悔やむような横顔をする奴に、冷酷に告げてやる。

 

 中村の行動倫理は、中村の世界の中で全ての結論が出てしまている。

 

 この正義バカが何を訴えようが関係ない。最初から無駄な望みだ。

 

「しかもテメェのせいで俺の思惑も台無しだ、このクソッタレ」

「……え?」

「ああ、そうだ! 本題を忘れるところだったよ!」

 

 突如、中村が声を上げる。

 

 

 

 それは俺にとって……最悪の事態の到来を告げる鐘だった。

 

「北野。君達には私達に黙って、抵抗せずついてきてもらうよ?」

 

 じゃないと、と中村が言葉を止めて。

 

 数秒もしないうちに中村の隣に、バイザー野郎の一体が音もなく飛んでくる。

 

 そのバイザー野郎は、俺がこの場に来たその瞬間からずっと目をつけていた個体であり。

 

 

 

 

 

「この女、殺すよ?」

「………………」

 

 

 

 

 

 薄汚れたソイツの腕の中には……死にかけのルイネがいた。

 

 

 




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無粋な招待

エボルト「俺だ。前回は雲行きが怪しくなってきたな」

ルイネ「我ながら、ひどいなこれは…」

シュウジ「あのアホが出てこなきゃうまくいったものを。ま、今回は続きだ。不穏な展開は継続、それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる終末編!」」」


 

三人称 SIDE

 

 

 

 無造作に片腕を掴まれ、宙吊りのルイネ。

 

 

 

 身体中から鮮血を流し、服はボロ布のよう。

 

 美しい赤髪はまばらに切り裂かれ、浅い呼吸で今にも事切れてしまいそうだ。

 

「ルイネさん!?」

「嘘……」

 

 死に体の彼女を見て声を上げたのは、シアと雫。

 

 その驚きと怒りは共に旅をしたハジメ達とて同じことであり、言葉に表さずとも息を呑む。

 

 光輝達も、一度会っただけであるものの悲惨な有り様に顔を険しくした。

 

 

 

 だが、それ以上に。

 

 シュウジからドクドクと空間に充満していく絶大な殺気に、息が止まりかけた。

 

 

 

 生物の出していい殺気ではない。

 

 現にそれだけで灰竜の半分以上が一瞬で絶命した。

 

 彼や恵里も、一瞬にて駆け巡った走馬灯に怯むも、人質の存在でどうにか心を保つ。

 

「い〜ィ表情になったじゃねェか、人形。ランダの野郎もくたばったみたいだしよォ、あン時とは比べ物にならねェぜ?」

「……おかげさんでな」

 

 平然と口を開いた紅煉の言葉に、吐き捨てるように返した。

 

 あらん限りの憤怒に溢れたその声に、紅煉はそれは愉しそうに笑うではないか。

 

「この女、さァすがはテメェの女だ。不意打ちしたのに中々粘りやがって、エヒトの野郎にもらったこの新しィ神刀がなけりゃァ危なかったぜィ」

 

 陽光に反射し、紅煉の顔に刺さった三本の銀刀が輝く。

 

 ノイントや、肉体を変質した恵里に与えられた〝分解〟の能力を持つ、邪神の与えた刀だ。

 

 それによって身体中を切り刻まれたルイネは、龍人の高い治癒力がなければ既に死んでいる。

 

 

 

 シュウジはそれを理解していた。

 

 エボルトの毒を生み出す能力が、その刀の力を教えてくれたのだ。

 

 だからこそ恵里やフリードの意識を自分に集め、悪意で思考力を狭めて隙を作っていた。

 

 しかし、光輝の登場によってせっかく作った奪還のチャンスは泡沫の夢となったのだ。

 

 

 

 愚者は、そのことを今更ながらに理解した。

 

「お前は本当に余計なことしかしねえな、天之河」

「っ、すまない……」

「まあお前が救いようのないクソだってのは今更だからどうでもいいが……それで?」

 

 ギロ、と擬音がつきそうな冷徹な目つきで恵里を睨むシュウジ。

 

 いかに複雑な事情があれ、手酷く拒絶されたとて、彼女はシュウジの〝特別〟だ。

 

 それをああも傷つけられたとあっては、感情がより強くなった今抑えが効かない。

 

「お綺麗な羽をつけた主の使い(笑)さんと、エヒトの眷属にいいように使われてる忠犬さんよ。お前らに俺達を招待させたのはどこのどいつだ?」

「っ、あ、あははぁ、やっぱり君は察しがいいねぇ。うんそう、君らを呼んでるのは僕らじゃない。わかりやすく言うと……()()、ってところかな?」

「アルヴ様は、下劣な貴様らを城へとご招待なされたのだ。我らはその迎え。その女の首を刎ねられたくなくば付いてくるがいい」

「ああ! それとこの女だけじゃないから、よぉく考えた方がいいよ?」

 

 言葉を連ね、嗤う恵里とフリード。

 

 ルイネだけではない。その言葉の意味を理解した一同はその場で凍りつく。

 

 

 

 予想できたことだ。

 

 ルイネは決別してエリセンに残ったが、それとは別にミュウやレミアの護衛役でもあった。

 

 そんな彼女が敗れ、この場にいる……それはつまり、あの三人もが捕らえられているということ。

 

 

 

 もしやと思い、ハジメは導越の羅針盤を密かに取り出し、ミュウ達と同時にあるものを探る。

 

 そして羅針盤が伝えてきた回答に、盛大に顔を不機嫌そうに顰めた。

 

「……チッ。王都のやつらも人質になってるな」

「なっ、それは本当か南雲!」

「ああ、ミュウ達と同じ場所に反応がある。今の先生がそうそうやられるとは考えにくいが……」

 

 ランダと、少し前に敗れたばかりのキルバス。

 

 この二人と眼前にいる紅煉を除いたとしても、《七罪の獣》はあと四人いる。

 

 そのうちの誰かに敗れ、生徒達諸共拐われたのだろう……そこまで推測したハジメ。

 

 

 

 正直に言ってしまえば、戦力的には恵里やフリード、天使軍団など敵ではない。

 

 真正面からやって負けるつもりは毛頭なく、アークもいる以上は紅煉も無傷では済まないだろう。

 

 この場を切り抜けて、囚われのミュウ達は……救える。

 

 

 

 だがそれは、今にも目の前で死んでしまいそうなルイネを見捨てる上での結論。

 

 それを何より理解しているだろう親友の恐ろしい横顔を、ハジメは見た。

 

「どうする? 頷かないなら、この女の首から下が落ちてくけど?」

「答えを出せ、異端者達よ」

「……チッ。俺としたことが、ここまできて失敗するたぁ笑えねえな」

 

 脅迫する二人に、乱暴にステッキで肩を叩いたシュウジが嘆息した。

 

 

 

 無論、エヒトの狡猾さを知っていたシュウジが対策を怠ったわけではない。

 

 《獣》がルイネ達を襲う予想はしていたし、愛子達が連れ去られる可能性も危惧していた。

 

 だからそうなる前に、計画を大幅に早めて戦力を整え、氷雪洞窟の攻略に合わせていたのだ。

 

 

 

 だが、その対応策の要たる()()()()()()()()()との繋がりが切れた。

 

 おまけに大迷宮とパンドラタワーを除き、エヒトはこのトータス全土を神域から監視している。

 

 今あちらは、魔人領に隔絶され、エヒトが光らせる目に身動きが取れない状態。

 

 

 

 あちらに一つの戦力もないわけではない。

 

 が、人質を無防備に放置しているとも考え難い。使徒の数人くらいは監視に置かれているだろう。

 

 もしかしたら《獣》も配置されているかもしれない。エボルドライバーもない、あちらのエボルトでは勝ち目は低い。

 

 

 

 ではこの場でルイネを助け出せるか。答えはイエス。

 

 多大な精神的動揺はあるものの、魔法で感情を凍結させてしまえば問題ない。

 

 しかし、ルイネを救った途端にそれを見たエヒトがアルヴにそれを告げ、リベル達を殺されたら。

 

 そこでこちらはゲームオーバーだ。

 

 

 

 そんな無数の憶測と確実に近い予測がシュウジの脳内に乱立し、一つつの答えを出す。

 

 いわゆる詰み。八方塞がり。先に手足たるファウストの動きを抑えられた時点で負けた。

 

 

 

 故の降伏。

 

 その意を悟ったハジメ達は、苦々しいながらも受け入れるしかない。

 

「はいはい参った参った、コーサンだ。だからルイネを──」

「…………ま、て」

 

 ピタリと、シュウジの言葉が止まった。

 

 誰もが驚いて視線を集め、注目の的となったルイネは僅かに目を開く。

 

 光輝達が唖然とする中で、紅煉だけは大口を開けて口の端を釣り上げた。

 

「ハハハハァ! やァっぱり面白ェ女だ! その状態でまーだ話せるとはなァ!」

 

 意識を取り戻したルイネ。

 

 待ったをかけた彼女を、固唾を飲んで見るシュウジ達。

 

「……私は……捨て、置いて……リベル達の、元へ……ゆけ…………」

「っ……」

「あなた達と……その生まれ変わったフィーラーならば、できるはず…………私一人の命より、彼女達の命の方に……天秤は傾く……」

 

 弱々しく、されど覚悟を滲ませた声でルイネは最後の独白を紡ぐ。

 

 多数の幸の優先。

 

 誰よりその論理を知るシュウジは、初めて顔を歪ませた。

 

「これで、いいんだ…………姉の甘言に惑わされ、故郷の世界を滅ぼす助力をして……必死に……懸命に生きようとするあなたの心を……エゴで切り裂いた、醜女には……お似合いの、結末だ……」

「……ルイネ」

「私は……私の想いを……否定しない…………それでも」

 

 残る力を振り絞り、鉛のように重たい瞼を開ける。

 

 そうして真っ直ぐに見つめるのは……自分を見上げる、紫色の優しい瞳。

 

「すまな、かった……あなたは、立派な一人の人間だったのに……」

「ッ!」

「私は、あの人を愛してる……ずっと、ずっと、これからも……でも、それは…………あなたを否定していい理由には…………ならない」

「ルイネ! 違う、俺は!」

「私は、あの人のもとへ……あなたは、あなたの望むままに……それであなたの楔を断ち切ろう……」

 

 だから、と血塊と共に掠れ声を吐いて。

 

「どうか.……あの人を辿らず、()()()()生きてほしい……」

 

 

 

 

 

 それが、ルイネ・ブラディアの出した答え。

 

 

 

 

 

 自分という、北野シュウジが生きる限り永劫に罪を背負わせるだろう存在の終焉。

 

 傲慢に死者を求め、こんな世界までやってきて、結局また騙されたと知った。

 

 いつまでも断ち切れないこの未練は、転じてシュウジの罪悪感となり続ける。

 

 

 

 だったら、もう終わらせてしまおう。

 

 〝彼〟はそれを望んだ。自身の存在の存続ではなく、レプリカを北野シュウジという人に成らせた。

 

 自分も絶えず胸の中に燻り続ける渇望の灯火を消し、満足する頃合いだ。

 

 

 迷いに迷い、苦しみ、喘いで、そしてみっともなく死ぬ。

 

 ああなんて最低で陰湿で最悪な……こんなに我儘な自分に相応しい、死だろうか。

 

 

 

 それに、今更こんなこと烏滸がましくて口にできないが。

 

 きっと〝彼〟への想いや、自分の想いの清算の他に、自分の心には彼への………

 

「だってさ。どうする?」

 

 珍しく感情的に叫び、されど遮られたままに止まったシュウジに恵里が問う。

 

 

 

 

 

(どうして、こうなった?)

 

 

 

 

 

 何故、とシュウジは考えた。

 

 自分が悪いはずだ。自分だけが許されざる悪であればいいはずだ。

 

 なのに、なんで謝る? なんで諦める? 

 

 なにも背負わなくていいのに、どうして清算しようとする? 

 

 

 

 

 何を間違えた。どこから見落とした。どうやって補えばいい。

 

 疑問と悔恨と怒りでごちゃごちゃになった頭で、シュウジはいつも通りに打開策を考える。

 

 考えろ、考え出せ。お前はそれができるだけの記憶と知識をあの男から奪ったはずだ。

 

 そのはずなのに、なんで感情ばかりが加算され、思考は鈍る? 

 

 

『最適解を教えてやろうか?』

 

 

 自問自答と自戒を繰り返すシュウジの脳裏に、いつもの声が響いた。

 

 エボルト。

 

 そうだ、こいつならばとシュウジは希望を見出した。

 

 いつも自分と共にあり、全ての理不尽を上回ってきた相棒ならば……そう考えた、が。

 

 

『あいつを見捨てろ。それで全て解決する』

 

 

 この生命体が、本来カイン以上の残虐の徒であることを失念していた。

 

『お前の計画に支障はない。あいつ諸共この場の全員をアークの力で破壊し、リベル達を救え。それが一番効率的だ』

「っ、だけど……!」

 

 そう、それが最高の解。

 

 

 

 全て揃えば何もかもが終わる。

 

 この場で彼女が息絶えようが、後で取り返せる()()だ。

 

 かろうじて残っていた思考も、その回答を弾き出した。

 

「さ、どうする? 正直さっさと連れてって、あとは僕と光輝くんだけで楽しみたいんだよね。てことであと三十秒ね」

 

 いーち、にーぃとカウントダウンを始める恵里。

 

 フリードが片手を上げると灰竜達が一斉に頭をもたげ、口をルイネに向ける。

 

 

 

 このままでは消し炭にされる。

 

 いよいよ決断の時を迫られたシュウジは、歯を食いしばった。

 

「……何を、迷ってるんだ……早く、リベル達を…………」

「ッ、ルイネ……!」

 

 既に諦めているルイネに、シュウジはこれ以上ないほどに情けない顔を見せる。

 

 そうしている間にもカウントは半分を切り、シュウジの思考から余裕が消えていく。

 

 

 

 こうなればエボルアサシンでどうにか、と異空間からドライバーとボトルを取り出して。

 

 腹部に押し当てようとしたその手を、漆黒の義手が掴んで止めた。

 

「早まんな」

「ハジ、メ……」

「ったく、いつも一人で全部抱え込みやがって。ワンマンプレイもいい加減にしろよこのアホ」

「あだっ」

 

 キン、といささか硬質な音を立てて義手でデコピンを喰らわせた。

 

 額を抑えてしどろもどろとしているシュウジに、ハジメは優しく笑った。

 

「何度言ってもわからないなら、何度だって言ってやる。お前は一人じゃねえ。俺らがいることを忘れんな」

「っ!」

「あいつは必ず取り戻す。ミュウ達も、必ずみんなで力を合わせて。だから今は……抑えろ」

 

 その言葉と、力強い瞳にシュウジは何も言えなくなった。

 

 ユエ達を見ると、同じ表情でいる。犬猿の仲たる光輝でさえも力強く頷いた。

 

 

 

 もはや何も言えず、返答さえできないシュウジにハジメは真剣な表情を作り、恵里を見上げる。

 

「おい中村、お前らの招待を受けてやる。だからその耳障りなカウントはやめろ」

「あ、そう? それなら良かった、そのおっかないドラゴンに暴れられでもしたら面倒だからね〜」

 

 ニヤニヤと嫌らしく笑う彼女に、ハジメはスッと目を細めて。

 

「一つだけ覚えておけ、中村」

「なにかな、もう話すことはなっ──」

 

 

 

 

 

 音が、消えた。

 

 

 

 

 

 最初のシュウジの殺意に匹敵するハジメの覇気──いいや? 

 

 そんな生優しくて甘いものではない。

 

 

 

 鬼気が、その場を包み込んだ。

 

 

 

 膨大なそれと、無意識に昂った魔力の奔流に使徒までもが数人は核を破壊され、墜ちていく。

 

 死ねたのなら幸いだろう。それで終わり、あとは骸と果て何も感じなくていい。

 

 

 

 だが、生きながらにそれを受けた者は? 

 

 恐怖。その二文字が、ハジメの隻眼と真っ向から対した恵里とフリードの心に刻まれた。

 

 死を幻視した二人は、ぬるりと意識の最奥に差し込まれるような気の刃に呼吸を乱す。

 

 体感温度が下がっていく。多数の人質を持った自分達は圧倒的有利なのに……まるで勝てるビジョンが浮かばない。

 

 

 

 魔神。そんな表現が心をよぎった。

 

 

 

「もしルイネや、ミュウ達に何かしてみろ。この場で全員殺す。手土産にお前らの首だけは持っていってやる」

 

 

 

 ハジメとて、怒りに震えているのだ。

 

 

 

 ルイネの存在以前に、ハジメは三人に何かあればすぐに気がつけるよう備えていた。

 

 数々のアーティファクトで家を要塞化し、それを感知できる仕掛けも施した。

 

 

 

 だがその一切に引っかからずに、あそこでふんぞり返っている獣畜生はルイネを嬲り、三人を拐った。

 

 対応できなかった自分への怒りと、目の前の外道への到底抑えることのできない憎悪。

 

 その全てを叩きつけ、後ろにいる美空や鈴にまで影響を与えながら、二人を目線で射抜く。

 

「忘れるな、ルイネやあいつらがいるからまだその命が続いていることを。もし傷の一つでもつけようものなら、女子供、老人や病人……そんなもの関係なく、一人残らず魔人族全てを絶滅させてやる」

「っ、へ、減らず口を……!」

 

 口ではそう途切れ途切れに言いながらも、フリードも彼が乗る白竜ウラノスも、明らかに恐怖していた。

 

 自分達が今もなお生きているのは、ルイネ達があってこそ。

 

 そのことを強制的に理解させられたのだ。

 

「おら、さっさとゲートを開け。今度はこっちがカウントダウンしてやろうか?」

「っ、貴様は必ず後で殺す……!」

 

 徐々に鬼気を収めて揶揄うハジメに、解放されたフリードは悪態をつく。

 

 最初に邂逅した時のカリスマはどこへやら、すっかり矮小な小物じみた言動が板についた。

 

 だが、自分達を見つめる赤い瞳と、その下の怪物の虹色の瞳に慄くように詠唱を始めた。

 

「…………」

 

 何もできなかった。

 

 

 

 その光景を見たシュウジの心に浮かんだのは、その一言だけで。

 

 

 

 

 

『最適解が最善とは限らない。だが愚かな選択こそが、人間の脆い心を救うこともある。ハジメに助けられたな、シュウジ』

 

 

 

 

 

 エボルトの指摘が、心に深く突き刺さった。

 

 




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最悪よりなお最悪

もう一月すら後一週間か…

エボルト「俺だ。前回は珍しくシュウジが弱ってたな」

ルイネ「私が負担になってしまった。ふがいない…」

ハジメ「全ては作者が悪いから気にするな。さて、今回はあっちにいってからの話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる終末編!」」」


 三人称 SIDE

 

 

 

 珍しくもシュウジが無力感に打ちひしがれている間に、ゲートが開く。

 

 

 

 厚みのない扉の先に見えるは、大きなテラスとそれなりの街並み。

 

 王城のどこかに繋がったゲートに頷き、振り返ったフリードは何かを言おうと口を開く。

 

「ああ、武装の解除やら魔力封じの拘束やらは断る。敵地のど真ん中に飛び込むのにそんな無防備晒せるか」

 

 が、それを先んじてハジメが封じた。

 

 フリードは鼻白んだような顔となり、意向に従わないハジメに忌々しげな目を向ける。

 

 それを真正面から睨み返して、ハジメは不敵に笑うのだ。

 

「さもなけりゃ、イチかバチかこいつごと突っ込んで暴れるが? いったい何千人死ぬだろうな」

「……狂人めが」

「その狂人が女子供の肉塊を並べる前に、さっさと案内したほうがいいと思うがな」

 

 低く、唸るように言うフリードと、あくまで余裕を崩さないハジメ

 

 

 

 ハジメとしては当然のことを言ったまでだが、はったりも一部含まれている。

 

 〝追い詰められたら何をするかわからない〟と思わせておいたほうが、後々良いのだ。

 

 

(クソ、こういうのは俺の役目だろ。肝心な時になっさけねえ……)

 

 

 いざという時のための布石を打っておくハジメに、シュウジは顔を歪ませる。

 

 それは情けなさやら、申し訳なさからくる感情の具現。

 

 ずっと守ってきたハジメ達に、たった一つのことで感情を乱され、負担を負わせてしまった。

 

 シュウジにとってはそれが、何よりも辛いことなのだ。

 

 なんとなくそれを感じ取りながらも、ハジメは悩むようなポーズを取るフリードを睨みつける。

 

 

 

 常識的に、自分の敬虔に敬愛する神の御前に立つならば武装など解除させたいに決まっている。

 

 だが、目の前にいるのは普通の相手ではなく、軒並み桁外れた化け物ばかり。

 

 おまけに武装解除はフリードの独断であり、アルヴからは特に指示がない。

 

「不毛なことはやめなさい、フリード」

 

 そこへ口を出したのは、使徒の一人。

 

 全てがノイントと同じ端正な顔をした人形は、無機質な声でフリードに語りかける。

 

「あの御方はそのような些事は気にしません。むしろ良い余興と言うでしょう。それにイレギュラー達の拘束は我々と、紅煉様を含めあちらに控える三人の《獣》で事足ります」

 

 やはりいるのか、とハジメは内心舌打ちする。

 

 これまで出会った《獣》か、あるいは未だ相見えぬ七人目の《獣》か。

 

 どちらにせよ、使徒の言葉通りにミュウ達がなすすべなく殺される可能性は跳ね上がった。

 

「ただ……」

 

 使徒が一斉に、ハジメ達の方を向く。

 

 その視線の先は……静かに虹色の光を輝かせるアーク。

 

「その魔物だけはここに置いていっていただきましょう。我々使徒の総力をかけても、殺せる確率が低すぎる」

「むっ、それほどとは……」

 

 ここにいる使徒は総勢五百体。一人一人があのノイントと同等の性能を持つ。

 

 それでもなお、敗北が濃厚な力。文字通りの災害を連れてきたハジメ達にフリードが目を鋭くする。

 

「この要求を飲めないのであれば、人質はすぐに虐殺されることになるでしょう」

「……流石に仕方がねえか」

 

 元よりアークをあちらに持ち込めるとは、ハジメも思っていなかった。

 

 なのでわかったからさっさと案内しろと言わんばかりに、フリードに顎でしゃくる。

 

 

 

 不機嫌な顔になりながらも、フリードは空中に開いたゲートを潜っていった。

 

 ハジメはシュウジの肩を叩いてから、アークの頭の上を歩いて行っていく。

 

『そら、いつまでも真面目に落ち込んでるなんてお前らしくもないぞ?』

「……だな」

 

 

(そうだ、こんなところでしょげるなんざ俺のキャラじゃねえ。あっちに行けば繋がりを復活できる可能性は高い、計画的に行動しろ)

 

 

 エボルトの安い挑発に気を取り直し、シュウジは石柱のように動かなかった足を動かす。

 

 そしてハジメの隣に並び、こちらを見上げたハジメにニヒルに笑った。

 

「サンキューなハジメ。ガラにもないツラ見せた」

「ああ、珍しく心配なんてしちまったぞ」

「だったら心配させた分、挽回しないとな」

「期待しとく」

 

 同じように笑いあって、二人は並んでゲートの先へと踏み出した。

 

 

 

 遥か先の魔王城へと繋がった扉を潜った先は、学校の屋上程度のテラス。

 

 二人に続いて、アークを橋にユエ達がやってきてもなお余裕がある。 

 

 

 

 二人の殺気を受けて生き残った灰竜達はそのままどこかに飛び立ち、コクレンと使徒も大半が離れていく。

 

 残ったのは十体ほどの使徒と数体のコクレン、そして再び気を失ったルイネを受け取った紅煉。

 

 もっとも油断ならない獣の手に身柄が渡ったことに警戒しながら、シュウジは接続を試みた。

 

 

 

 エボルトの感覚は……ある。確実にこの魔人領の地下施設にいる。

 

 しめた。そう思いながら、気取られないように平然とした顔で体内のエボルトとの再接続を

 

 

 

 

 

 

 

やっときたか。待ちくたびれたぜ、シュウジ? 

 

 

 

 

 

 

 

 した、その瞬間。

 

 

 

 パキンと何かが壊れる音がして、シュウジの中に濁流のごとく記憶が流れ込んだ。

 

 

 

 それは自分の知らない自分の記憶。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()、最後の秘策。

 

 

 

「──ッ!」

 

 そして理解する。

 

 この場所、この時、この状況。

 

 

 

 

 

 ああ、すべて──計画通りだ。

 

 

 

 

 

「……ふはっ」

「貴様、何を笑っている」

「いや、この城の景観が悪趣味なもんでね。もうちょい明るくしたらどうだ?」

「……よく回る口だ」

 

 ウラノスから降りたフリードは鼻を鳴らし、顎をしゃくってついてくるよう促す。

 

 シュウジはニコリと笑い、密かに手の中で光らせたものをハジメは仕舞ってついていった。

 

「光輝く〜ん、あの化物達怖かったよぉ〜」

「え、恵里……」

 

 全員がこちらにやってきて、ゲートが閉じた瞬間光輝に擦り寄る恵里。

 

 人質、脅迫、殺人。あらゆる非道を行ってきた癖に、まるで甘えるようなおぞましい声音と笑み。

 

 下手に動けない雫達や鈴さえも完全に無視し、腕に抱きつく彼女に光輝はたじろぐ。

 

 

 

 だが、ここで突っぱねてもいいことにはならない。

 

 クラスメイト達のため、そして自分が歪ませてしまった彼女のため、甘んじて受け入れなくては。

 

 そう思う光輝に密着した恵里は──酷く臭いものを嗅いだような顔をしていた。

 

「……何これ。なんで光輝くんの魂からこんな変な気配がするの?」

「……何を言ってるんだ」

 

 ひどく冷めた声で言う恵里の言葉は、光輝には要領を得ないもの。

 

 だがしかし、自分を見下ろす彼の左目が一瞬赤と黒に染まった瞬間──恵里は目から光を失わせた。

 

「……ふぅん、そう、そういうことなんだ。へぇ、僕だけの光輝くんに、あいつは……」

「…………?」

「あのクソ女、あの顔をぐちゃぐちゃに引き裂いてから絶対に殺してやる……」

 

 何やら怨嗟にまみれた声で呟く恵里。

 

 まるで意味がわからないが、とにかく彼女が自分から離れたことにある種の安堵を感じた。

 

 

 

 そうしている間にも、一同は石造りの長い廊下を進んでいく。

 

 幾度かの曲がり角と渡し廊下を通って、やがてたどり着いたのは謁見の間を閉ざす巨大な扉。

 

 太陽を見立てた球体と、そこから光の柱が降り注ぐ意匠は、この絶大な威容を誇る扉に相応しい。

 

 

 

 扉の前にいた魔人族にフリードが目配せをして、門番は扉に手をかざす。

 

 その直後に重厚そうな音を響かせ、両開きの扉が左右へと開いていった。

 

 露わになるは、真紅のレッドカーペットと祭壇のような舞台と豪奢な玉座。

 

「…………」

 

 ハジメが魔眼石に〝気配感知〟を発動させると、玉座の脇にそびえる巨柱の後ろに大量の気配が。

 

 羅針盤で探った時の大まかな位置と合致する。ハジメはシュウジに目配せし、親友は頷いた。

 

 

 

 謁見の間に入っていくと、その場所の様子がよく見える。

 

 魔法だろうか、赤黒い檻に入れられていたクラスメイト達は大勢の足音になんだと顔を上げ、驚いた。

 

「せ、先生! あいつらが!」

「ええ、わかっています清水くん……来てしまったのですね」

 

 これまで彼らに語りかけ、落ち着かせていた愛子も静かに目を開いた。

 

 そのすぐ側には、ついでのように連れ去られたリリアーナが驚いた顔をしている。

 

 

 

 彼らの表情はもちろんシュウジ達からも見えていた。

 

 あえていつものように片手を上げて「よっ」と陽気に笑うシュウジに、愛子が口を開き──

 

「パパぁ!」

「……? っ、パパ!」

「あなた!!」

 

 別の檻に囚われていたミュウ達の声にぶった切られた。

 

 クラスメイト達が唖然とし、中途半端に開口していた愛子が表情を苦笑に変える。

 

 そんな締まらない空気の中で、シュウジは檻のなかでこちらに身を出したリベルを見る。

 

「やあ、我が愛しの娘よ。ごめんな、お前をそんな薄汚い場所に捕らえさせて。不甲斐ない父を罵ってもいいぜ」

「っ、ぱ、パパ!」

 

 巻き込んだことを謝るシュウジに、みるみるうちに顔を歪ませていくリベル。

 

「あのっ、あのねっ、わた、私こそ、ごめんなさい!」

「おいおい、何を謝るってんだ。お前は何も悪いことなんて……」

「わたし、ママを守れなかった!!」

 

 シュウジは、思考を止めた。

 

「強いかいぶつが来て、ママをいじめて、なのに、なのにわたしは何もできなくてっ! ずっと守られてばっかりでっ!」

「……リ、ベル」

「ごめんなさい、パパ……わたし、エヒトとその眷属と戦うために生まれたのに…………ママを守れなくて……ほんとうに、ごめんなさい……」

 

 ポロポロと、エメラルドのような瞳から雫が溢れる。

 

 見れば、綺麗な髪も、服も煤けてボロボロだ。

 

 何もできなかったなんてことはなかったのだろう。必死に母を守ったのだろう。

 

 

 

 リベルは理解している。自分の生まれた理由も、シュウジとルイネが本当の親でないことも。

 

 それでも、幼い子供として創られた彼女はたった一人の愛する母を守ろうとしたのだ。

 

 だって大好きだから。家族だから。でも力不足だった。ただそれだけの話だ。

 

「……おいおい、ジョークもそこまでだぜリベル? お前は十分戦ったよ」

「……え?」

「ママが目の前でひどいことされて怖かっただろう。こんなしみったれた場所で震え続けて、不安で寂しかっただろう。なんでこんな時にいないんだって、俺のことを恨んだだろう」

「っ、そんなこと……!」

「でも、ごめんなさいって言ったよな。一番最初に。お前は全然悪くないのに」

 

 シュウジは優しく、とても柔らかい笑顔でリベルに語りかける。

 

 彼とて、たった一人でこんなに頑張った娘を怒れるほど、外道に落ちてなどいやしない。

 

 

 

 

 

 たとえこのやり取りも、再会も全て……筋書き通りだったとしても。

 

 

 

 

 

「パパはお前を誇りに思うよ。まあ、俺は人間未満の出来損ないな人形だが、それでもお前は確かに──俺の最高の娘だ」

「っ、ぅ、ぁ、ぁああ、うわあぁああああん!」

「リベルちゃん……」

「大丈夫、大丈夫だからね……」

 

 これまで堪えてきたものを決壊させたのだろう、声を上げて泣くリベルをミュウとレミアが抱きしめる。

 

 レミアのあなた発言はどういうことだコラァ、と思っていたクラスメイト達も、口を閉ざした。

 

「やれやれ、娘を泣かせるたぁ最低最悪の父親だぜ」

「貴様、勝手に騒ぐとはいいどきょ──」

「いつの時代も、いいものだね。親子の絆というのは」

 

 忠告しようとしたフリードの言葉を遮る、男の声。

 

 

 

 玉座の背後から響いたそれにシュウジ達が鋭い目線を送る中、壁がスライドして開いていく。

 

 歩み出てきたるは、金髪に紅眼の美丈夫。

 

 漆黒に金の刺繍があしらわれた衣服とマントを纏った初老の男は、にこやかに笑っていた。

 

 若々しい強さと老練した重みを持ち合わせたその男こそ、魔人族の頂点──魔王アルヴ。

 

「ようやくご登場だ、神の犬がな」

 

 開口一番に皮肉を飛ばしたシュウジに続き、ハジメも口を開きかけ……止まった。

 

 それは目の前のアルヴが何かを言ったからではなく、隣から聞こえてきた声故に。

 

「う、そ……どう、して……」

「ユエ?」

 

 ハジメの声に気付くこともなく、呆然とするユエ。

 

 あり得ないものを見たかのような、ひどく動揺した様子で掠れた声を漏らして立ち尽くす。

 

 

 

 明らかに尋常ではない。

 

 ユエの様子からそう判断したハジメの後ろで、シュウジが寄った眉間を帽子で隠す。

 

 

(……本当にすまないユエ。これは必要なプロセスなんだ)

 

 

 知っていた彼は、今この場に至るまで仲間である彼女に告げなかったことを悔いた。

 

 そしてこれから先に起こるであろう展開についても、心の中で。

 

「やぁ、()()()()()()。久しぶりだね。相変わらず君は、小さくて愛らしい」

 

 そんな三人の前で、アルヴが語る。

 

 それはハジメがユエと、アルヴに……その金髪と紅眼に既視感を覚えた時だった。

 

 初対面とは思えないほど慈愛に満ちたその言葉に、まさかとハジメが呟いて。

 

 

 

「……叔父、さま……」

 

 

 

 ユエの一言が、最悪よりなお最悪たるその事実を肯定した。

 

 

 




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茶番 前編

さあ、この章最大のオリジナル展開を始めよう。

エボルト「俺だ。前回は叔父を名乗る不審者が現れたな」

ハジメ「某姉を名乗る不審者みたいな……ま、どっちにしろふざけた野郎だな」

雫「ユエさんが心配ね……さあ、今回はその叔父さんとやらの話よ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる終末編!」」」


 三人称 SIDE

 

 

 

「叔父……さま……」

 

 謁見の間に、掠れた声が響く。

 

 ユエの瞳はいつになく大きく見開かれ、小さな体は小刻みに震えている。

 

 感情が反転してすらハジメの言葉を聞いていた彼女が、その呼びかけに気がつかない。

 

 それが端的に彼女の動揺の強さを表していた。

 

「そうだ、私だよアレーティア。驚いているようだね……無理もない。しかしそんな姿さえも懐かしく、そして愛らしいよ。三百年前を思い出す」

 

 驚くハジメ達の前で、魔王アルヴが言葉を重ねる。

 

 その微笑み、その言葉に叔父を感じ取ったか、一歩後ずさるユエ。

 

 

 

 そして、震える唇で言葉を発そうとして……それを使徒の一人が機先を制した。

 

「アルヴ様?」

 

 表情は無。されど言葉に乗るは疑問。

 

 まるでユエに対しての魔王の呼びかけが予想外とでも言うようで、フリードも訝しんでいる。

 

 そんな呼びかけに魔王アルヴはうっすらと微笑み──おもむろに使徒へと手をかざした。

 

 

 

 次の瞬間、その手の中から放たれる黄金の閃光。

 

 魔力の光が激しく爆ぜ、一瞬で謁見の間を塗り潰した。

 

「シッ!」

「ぬゥ!?」

 

 刹那、シュウジは最高速度で両腕を振るい、光に呑まれた広間に魔力を纏う糸を走らせる。

 

 それはほんの一瞬だが目をくらませた紅煉の全身に絡みつき、漆黒の巨躯を僅かに封じた。

 

「しゃらくせェ!」

 

 紅煉はすぐさま神刀を伸ばし、ブラックホールフォームの装甲から作られた糸をたやすく切り裂く。

 

「それを待ってたぜ、子猫ちゃん」

「グガッ!?」

 

 糸の除去に気を取られた、コンマ数秒。

 

 それにて宙に浮く紅煉に気配のみで肉薄し、カーネイジの鎌でその両腕を切り落とした。

 

 駄目押しに腹に蹴りを叩き込み、衝撃を貫通させる技を入れて遠くまで吹き飛ばす。

 

 

 

 そして、紅煉の両腕と共に落下を始めたルイネを両手で抱えながら着地した。

 

 ほぼ同時にアルヴの手の中に光が収まり、使徒やフリード、恵里が倒れ伏す光景が露わになる。

 

 誰もが驚愕、あるいは警戒する中でアルヴとシュウジの「ふぅ」という嘆息が重なった。

 

「すまんなルイネ、助けるのが遅れた。獣臭がしそうな腕の中にゃ、お前は似合わないからな」

「…………」

 

 浅く息をするルイネは答えない。

 

 それをわかっていたシュウジは優しく床に彼女を寝かせ、体内に巣食う分解の力を調べた。

 

 

(解毒はできる……が、時間がかかるか。人質になるまでは想定通りだが、些か傷つけさせすぎたな)

 

 

 シュウジとしても、これは断腸の思いであった。

 

 しかし半身に預けていた記憶の中で、それでも自分は彼女の人身御供を選択した。

 

 獣にも劣る外道だ。救いようがないとはこのことだろう。

 

 

 

 そんな自分を嘲笑いながら、とりあえず回復薬を飲ませて立ち上がる。

 

 振り返ると、黄金のドームを張ったアルヴがこちらをニコニコと見ていた。

 

「さしずめ中の現実と、偽の情報をすり替える結界、ってとこか?」

「ご明察だ。北野シュウジくん、といったね。これで外の使徒は何も気が付かないだろう」

「ああ、ちょうど一番厄介なのもご退場願ったしな」

 

 先の一撃で城の外に投げ出された紅煉が開けた穴を親指で示す。

 

 アルヴは「確かに」と笑うが、ハジメ達は依然として警戒の姿勢を解くはずもなく。

 

「……どういうつもりだ?」

「南雲ハジメくん。君の警戒はもっともだ。だから単刀直入に言おう」

 

 笑みを収め、真剣な表情をもって。

 

 

 

 

 

「私、ガーランド魔王国の現魔王にして、吸血鬼の国アヴァタール王国の元宰相──ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールは、神に反逆する者だ」

 

 

 

 

 

 その場の誰もが本気であるとわかる威厳を持った声で、そう告げた。

 

 ハジメ達や愛子、恵里の一件がある光輝達を除いたクラスメイト達が、何度目かの驚愕に息を呑む。

 

 これまでずっと敵対してきた魔人族の長が、神の敵対者……俄には信じ難い話だ。

 

「恵里っ!」

「鈴っ!」

 

 とりあえず、倒れた恵里に走り寄ろうとした鈴を龍太郎が止める。

 

 大きな手で行く手を阻んだ龍太郎を鈴が見上げ、強い視線を送る。

 

 彼女の想いの強さを知っているが故に苦い顔になりながらも、龍太郎は光輝に頷いた。

 

 

 

 首肯を返した光輝は、俯せに倒れている恵里の首に手を添える。

 

 脈はある。だが、そのことにホッとしたのは束の間だった。

 

 自分の体に巣食う〝それ〟が、左目を乗っ取り、()()を見せたのだ。

 

 

 

 

 

── カラッポ

 

 

 

 

 

「っ……」

 

 その意味を察した光輝が、目線だけシュウジにやると……すぐに気がついて、アルヴに見えないようハンドサインをした。

 

 握った拳。そのまま黙っておけということだろう。

 

 光輝はそれに従い、顔を上げると微笑んだ。

 

「大丈夫だ、気絶しているだけだよ」

「よ、よかった……」

「不安にさせてすまない。彼女は意識を昏倒させただけだ。もっとも使徒やは機能を停止し、コクレンとフリードは仮死状態にしたがね」

 

 シュウジが退けた以外の戦力を停止させたと述べるディンリードに、誰もが絶句する。

 

 だがそれはクラスメイト達だけであり、ハジメが周囲に警戒を巡らせつつディンリードを追求しようとした。

 

「うそ……嘘っ! そんなはずはないっ!」

 

 その前に、ユエがディンリードに向かって叫ぶ。

 

 滅多に聞かない大声で、必死に何かを否定しようとする彼女は言葉を連ねた。

 

「ディン叔父様は普通の吸血鬼だった! 突出した強さを持ってはいたけど、それだけっ! 私のような先祖返りじゃない! 叔父様が、ディンリードが生きているはずがない!」

「アレーティア……かわいそうな姪よ、動揺しているのだね。だが、それも当然か……必要なことだったとはいえ、君には酷い仕打ちをした。そんな相手が現れたら狼狽えもする」

「私をアレーティアと呼ぶな! 叔父様の振りなどするなッ!」

 

 誰も見たことがないほど興奮したユエと、悲しげに微笑むディンリード。

 

 それが余計に気に障ったのだろう。殺意をたぎらせて手を突き出し、魔力をうねらせた。

 

 

 

 ユエは【氷雪洞窟】の試練において、記憶の自己改竄の可能性を受け入れた。

 

 それでも、あの暗闇が、孤独を忘れたわけではない。

 

 心から信じていたからこそ、その恨みは到底あっさりと割り切れないほどに深いのだ。

 

 しかも、とっくに死んでいるはずの当の本人がこんな風に接してきたのだ。冷静でいられるはずがなかった。

 

「化けの皮を、剥いでやる!」

 

 自分でも背魚も理解もできない激情のままに、雷龍を放とうとするユエ。

 

 緊張が走る中で……そっとユエの手首を抑え、魔法陣を解析・解除した人物がいた。

 

「あ……」

「落ち着けよユエさん。クールな美少女吸血鬼が君のキャラだろ?」

「シュウ、ジ……」

「それに、あの祭壇の近くは結界が発動する。かなり強固だ、簡単には届かない」

 

 だろ? と問いかけるシュウジにディンリードは頷く。

 

 それから、ユエに優しげな顔で語りかけた。

 

「アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール。吸血鬼の国の歴史上、もっとも美しく聡明な女王。我が最愛の姪よ。私は確かに君の叔父だよ」

「なにを……!」

「覚えているかな、私が強力な魔物使いだったことを。当時の私がどうしてあそこまでの力を使えたか、今ならわかるはずだ」

「っ……神代魔法の……変成魔法」

「よく出来ました」

 

 まるで、昔ユエの勉強を見ていた時のように微笑む。既視感が襲い、ユエは顔を歪める。

 

「さらに言うならば、生成魔法も取得していたが……こちらは才能がなくてね。代わりに変成魔法についてはすこぶる才能があったと自負しているよ」

「で、あんたは相当な努力の結果自分の肉体をも強化できるようになり、寿命を延ばしたって寸法だ」

「おや、セリフが取られてしまったな」

「余計なお節介だったかな?」

 

 いいや、とシュウジに頭を振るディンリード。

 

 シュウジのいつも通りの様子を見て、自然とユエも感化され少しだけ冷静さを取り戻す。

 

 だが胸中に渦巻くものは解消されず、自然語気が強くなりながら追求を続けた。

 

「……あの白竜使いの魔人族は、お前をアルヴという名の神だって。何百年も魔人族を率いてきたって!」

 

 少なくとも、ユエが幽閉されるまでの二十数年、アヴァタールの宰相はディンリードだった。

 

 その間にも当然魔人国ガーランドは存在し、その主張の矛盾性を突きつける。

 

「フリードの言葉は間違いではない。アルヴとは確かに私であり、しかし私ではないとも言える」

「っ、どういう……」

「言っただろ、アルヴはエヒトの眷属だって。そしてエヒトに忠誠を誓っていた」

「そう。だがある日、疑問を抱いたんだよ。エヒト神の行う非道をこのまま見過ごすことは正しいのかと。その疑問は数百、数千の年月を過ごすうちに膨れ上がり、やがて反逆の意思と実った」

 

 女神から与えられた知識によって補足するシュウジに乗っかり、ディンリードはそう説明する。

 

 またユエが暴れ出した時のためだろうか、玉座の側からは離れず、不思議とよく通る声で話す。

 

「だが、主神たるエヒトに自分一人では敵わない。だからエヒトの駒として地上に降り、人々の戦争を激化させ、混乱に陥れる魔王役を担い──その裏で、対抗できる手段と戦力を探した」

「しかし、神は概念的な存在だ。だから人の体を借り、受け入れさせて器として活動したのさ。神といえば、拒絶するのはごく少数だからな」

「……そうして、ディンリードもアルヴに選ばれた?」

「アルヴは歓喜したようだよ。ただの適正者ならばエヒトの眷属神と伝えるだけ……だが私は、反逆の意思を持っていた。本当の意味で同志になり得たのだよ」

 

 そして器としてアルヴからエヒトの正体を聞き、手助けを受けながら今に至る。

 

 

 

 最後にそう締めくくったアルヴは、沈黙しているユエに理解する時間を与える。

 

 ほどなくして、ユエは難しい顔のままに訪ねた。

 

「……いつから」

「君が王位につく少し前だ。同時に真実を知って、しかしどうにも出来ない私にもできることがあるのだと、使命だと悟った」

「……使命」

「神を打倒する。そのためにエヒト神や使徒の目を掻い潜るのは苦労したがね。本意でないことも幾度もやらされた」

 

 他に質問は? と目線を投げかけるディンリード。

 

 その姿はまるで本当に教師役の時の叔父のようで、ユエはもしかしたら本当に……? と揺らぐ。

 

 話し方、雰囲気、自分の記憶の中のものと同じそれ。

 

 だったら……いいや、だからこそ聞かねばならぬことがある。

 

「……どうして、祖国を裏切ったの。どうして私を、あんなところに……」

「すまなかった」

「っ、謝罪を聞きたいわけじゃない! 理由を知りたい!」

 

 沈鬱な表情で謝るディンリードを切り捨て、ユエは叫んだ。

 

 ハジメが肩に手を置いて落ち着かせ、残りのメンバーも尋常でない事情に黙して耳を澄ませる。

 

「アレーティア。最強の女王よ、君は天才だった。魔法の分野において、神代魔法の使い手である私ですら敵わないほどに。だから目をつけられたのだ、君の傍らにいる、南雲ハジメのように」

「……イレギュラー」

「そうだ。君は覚えているのではないかな? 当時、既にアヴァタールの上層部はエヒト神の信仰者に染められつつあった。それは君の両親もだ」

「……それは、覚えてる。確かに叔父様と父上は、よく私の教育方針で口論してた。私の教育は叔父様が担っていて、私は信仰とはほぼ関わらずに育った」

 

 肯定するユエに、ディンリードが続ける。

 

「私は真実を知っていたからね。解放者の言葉が真実かどうかは懐疑的だったが、幼く、正直な君を無条件に信仰させるのは危険だと考えた。

 そしてアルヴを体に宿して使命に目覚めた私は、君という切り札を失うわけにはいかなかったんだ。

 だから暗殺される前に、死んだと偽装して存在を隠した。いつか反逆の狼煙をあげるその時まで」

「……」

 

 

 

 叔父は、裏切っていはいなかった。

 

 

 

 むしろエヒトの魔の手から自分を守ろうとしていたというその言葉は、確かに記憶の断片と一致する。

 

 途端にユエの表情は迷子のそれへと変わった。感情の行き場を失い、不安定な心境だ。

 

 それを隠すためか、あるいは少しでも頭を働かせるためか、ユエは問い続ける。

 

「……人質のことは? 裏切っていないのなら、どうして」

「ああ、そうだった」

 

 苦笑し、指を鳴らすディンリード。

 

 すると、檻を囲っていた光が解けるように消え、檻自体の鍵も音を立てて開いた。

 

 クラスメイト達もミュウ達もきょとんとして、鍵の外れた扉を見る。

 

 

 

 静かにディンリードを見る、愛子とリベル以外は。

 

 

 

「こうでもしないと、会うことすらしてもらえないと思ってね。それに保護する目的もあった。怪我に関しては……使徒に迎えにいかせたから、手荒なことになってしまった。彼女達の手前、傷を治すこともできなくてね。それにそこの彼女も……」

「ん、ああ。こっちのことは気にしなさんな。後で始末はつける」

 

()()()()、と口の中で呟くシュウジに頷いて、ディンリードはもう一度ユエを見た。

 

 

 

 あまりに重大な事実の発覚に、どうしていいものかわからずにユエは立ち尽くしている。

 

 彼女を見守っていたシア達も困惑し、人質だった者達も場の空気に動けない。

 

 その全てを見透かしたような瞳で、ディンリードは微笑みながら初めて祭壇を降りてきた。

 

「アレーティア、どうか信じて欲しい。私は昔と変わらず、君を愛している。この日をどれだけ待ち侘びたか。この三百年、君を忘れた日は一度もなかった」

「……おじ、さま……」

「そうだ。君のディン叔父様だよ。私の可愛いアレーティア。時は来た。どうか、君の力を貸しておくれ。全てを終わらせるために」

「……力を、貸す?」

「共に神を打倒しよう。かつて外敵と、背中合わせで戦ったように。エヒト神は既にこの時代を終わらせようとしている。

 本当に戦わねばならないときまで君を隠しているつもりだったが……僥倖だ。君は昔より遥かに強くなり、そしてこれだけの神代魔法の使い手も揃っている。きっとエヒト神にも届くはずだ」

「……わ、私は……」

 

 動揺を強め、心の波を大きく荒ぶらせるユエに歩み寄っていくディンリード。

 

 

 

 抱擁でもしようというのか、大きく両手を広げるその姿がかつてと重なった。

 

 幼い頃、ユエが何かしらの結果を残した時、〝ディン叔父様〟は我が事のように喜んでくれた。

 

 そして、こうして両腕を広げて迎えてくれ、抱きつくと頭を撫でてくれた。

 

 

 

 生きていた、裏切ってもいなかった、唯一の身内の抱擁。

 

 思い起こせば狂信者そのもであった父より父と慕った男に、ユエの瞳が揺れる。

 

 それを見たディンリードは笑みを深めて、最後の一言を──

 

 

 

 

 

「ブラボー! とても素晴らしい()()()だった! ──ハジメ、もういいぞ」

 

 

 

 

 

 ドパン、と。

 

 拍手とともに聞き慣れた乾いた音が、謁見の間に木霊した。

 

 同時に、弾かれたように仰け反ったディンリードが後ろに倒れる。

 

 

 

 誰も、現状を理解できない。

 

 クラスメイト達が、シア達が目を点にして微動だにしない彼を見下ろして。

 

 広々とした部屋に静寂が満ち──それを軽快な拍手と、撃鉄を起こす音が破った。

 

 一瞬体を跳ねさせた一同が、一斉に視線を投じると──

 

「ああ、実に退屈な三文芝居だった。笑いを噛み殺しすぎて窒息死するところだったね」

「ドカスが。挽き肉にしてやろうか」

 

 冷笑しながら拍手するシュウジと、額に青筋を浮かべ、白煙を銃口から吹くドンナーを構えたハジメがいた。




読んでいただき、ありがとうございます。


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茶番 後編

衝撃の展開に。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

「ああ、実に退屈な三文芝居だった。笑いを噛み殺しすぎて窒息死するところだったね」

「ドカスが。挽き肉にしてやろうか」

 

 心からの嘲笑を込めた乾いた拍手と、不機嫌さ全開の声。

 

 不思議とマッチしたそれらがなされるのと同時に、ハジメがまた引き金を引く。

 

 一発の発砲音で飛び出した四条の赤い閃光が、ディンリードの四肢を貫き痙攣させる。

 

 

 

 さらにハジメはボーラを取り出して投げつけ、空中に固定してから呼び出したシュヴァルツァーの口砲を向けた。

 

 それだけに終わらず、シュウジが両手を指揮のように振るい、コクレンや使徒達を宙に浮かせて。

 

 そこにハジメがオルカンを持ち出し、容赦無く引き金を引いてミサイルを発射した。

 

 

 

 ドガン、ドガンと鳴り響く轟音。後に残るのは砕けた使徒の残骸だけ。

 

 全ての使徒とコクレンが粉砕され、そしてフリードと恵里に目を向けたところで……

 

「南雲」

 

 気がつけば、光輝が剣を抜いてその刃を恵里の首筋に当てていた。

 

 自分が監視する、という無言で見つめてきた光輝の思考を察して、とりあえずハジメは狙いを変えた。

 

 それは無論のこと、今のハジメの不機嫌さの元凶たるディンリードである。

 

「は、ハジメさんっ!?」

「ハジメ!」

 

 やっと我を取り戻し、いの一番に飛び出したのはシアと美空だった。

 

 それぞれハジメの両腕に飛びつくように体を密着させ、必死の形相で呼びかける。

 

「ハハハハハ、ハジメさん!? 何してるんですかいきなりっ!」

「ユエさんの叔父さんだよ!? いきなり撃つのはどうかしてるよ! それにシュウジ、あんたもどういうこと!?」

「あっはっは、シアさん動揺しすぎて笑ってるみたいになってるよ?」

 

 美空の追求を完全に無視して、シュウジは朗らかに笑う。

 

 何をふざけてるんですか、というシアの言葉は、歩み寄っていたウサギが肩に手を置いて失わせた。

 

 

 

 シアは振り返り、ある種ユエ以上に姉同然に慕う彼女がかぶりを振ることに不思議になる。

 

 とりあえずシアが口をつぐむのを見計らい、香織達を落ち着かせていた雫がやってきた。

 

「シュウジ。茶番劇って、さっき言ってたわよね?」

「ああその通り。これは全部茶番劇、それも質の悪い、路地裏でやってる大道芸レベルの粗悪品さ」

 

 ナンセンスだぜ、と言いたげに肩を竦める恋人に()()()と確信する雫。

 

 傍観者であった彼女は、途中からあることに気がついていたのだ。

 

 それは黙考しているティオも、一番騒ぎそうなのに冷静な光輝も、そしてウサギも同じ。

 

「……ハジ、メ?」

 

 だが、渦中の人物はどうもそうはいかないようで。

 

 目の前で恋人に叔父を撃ち殺された彼女は、瞠目してその場で立ち尽くしている。

 

 

 

 ハジメがシュウジに目配せすると、「どうぞご自由に」と慇懃無礼に笑う。

 

 なのでノールックでフリードの頭をぶち抜きながら、ドン引きする鈴や美空を無視してユエに話しかけた。

 

「ユエが自分で区切りをつけられるなら、と思って黙ってた。だがどうも、お前が予想以上に動揺してあんな戯言を受け入れそうだったからな。全部知ってるらしいこいつと一緒に幕にさせてもらった」

「……戯言? どういうこと?」

 

 大切な、もはや最後と言える身内が最愛の恋人に殺されたかもしれない。

 

 そんな衝撃の事実に、ユエはまたも激しく動揺して瞳を揺らす。

 

 

 

 これほどまでに心を乱している彼女に、ハジメは深いため息を吐いた。

 

 それは後悔からくるもの。こんなことならば、途中で撃ち殺しておくべきだった。

 

「ではでは、この値段もつかないショーのネタ明かしといこう」

 

 ハジメの内心を察し、シュウジが両手でクラップして意識を始める。

 

 これまで不可解な状況になるたびに、シュウジはユーモアを交えながら正解を教えてくれた。

 

 ならば今回の、この衝撃展開も紐解いてくれるのだろうと、その場の全員が聞き入る。

 

「クエスチョンワン。ディンリードはユエを殺されないために隠したと言ったが、では何故生きているのに三百年、たったの一度も会いに来なかったのか?」

 

 突然クイズ番組じみたことを始めたシュウジに困惑しつつも、皆頭を捻る。

 

 まだ頭がこんがらがっているのだろう、ウンウン唸る一堂にハジメが「あー」と切り出した。

 

「俺からはヒントを出しとくか。大迷宮にはエヒトの目を欺く力があるみたいだ」

「エヒトの目を、欺く力……」

「クエスチョンツー。なぜ戦力を整えていたと言うのに、フリードしか神代魔法の使い手がいないのか?」

 

 二つ目、三つ目。次々と質問がシュウジから投げかけられていく。

 

 

 

 例えば、地下数千メートルに魔物付きの幽閉。

 

 自分が亡き後の防衛を備えた体勢にも関わらず、ディンリードが生きている不自然さなど。

 

 その他にも、少しずつユエ達が冷静になれるよう話していくシュウジ。

 

 

 

 時折ヒントを出すハジメと共にその話を聞くと、なるほど確かに穴だらけの内容だ。

 

 極論を言ってしまえば、魔王が反逆者であり、ユエの叔父だった。

 

 その事実のインパクトだけで押し通せればいいような……そんな杜撰なものだ。

 

「……じゃあ、昔のことと話の内容が一致してたのは?」

「おいおい、氷雪洞窟での試練を忘れたかい?」

 

 虚像のことを思い出し、なるほどとユエが呟く。

 

 いつも通りの平静さを取り戻してきた彼女に、ハジメが跡を引き継いだ。

 

「だから俺は、魔眼石に付与した魂魄魔法で奴のことを探った。本当にユエの叔父なのかをな」

「……どうだった?」

「蜘蛛の巣みたいに体に巣食ってる薄汚え魂しか見えなかった。間違いなく、奴はディンリード本人ではない」

「っ……そう」

 

 落胆と安堵が入り混じった顔をするユエ。

 

 シア達も、魔王が結界の範囲から出てきた瞬間にハジメが攻撃した意味を理解してほっとする。

 

 同様の理由で、本当に機能停止したか定かでなかったからこそ使徒やコクレン、フリードを殺したのだろう。

 

「……シュウジは、全部知ってた?」

「イエス」

「じゃあ、どうして……」

 

 止めてくれなかったのかと聞くユエに、シュウジは面白そうにハジメを見て。

 

 するとハジメは、再び額に青筋を立てると……

 

「なぁにが、〝私の可愛いアレーティア〟だボケェ! こいつは〝俺の可愛いユエ〟だ! 大体、何がアレーティアだ。連呼してんじゃねぇよクソが。〝共に行こう〟だの抱き締めようだの、誰の許可得てんだ? ア゛ァ゛? 勝手に連れてかせるわけねぇだろうが。手足引き千切って肥溜めに沈めんぞ、ゴラァ!!」

「「「ただの嫉妬じゃないですかっ(じゃん)!」」」

 

 シア、美空、香織のツッコミが響いた。要するに私怨である。

 

 これが本当の叔父ならばスーツを着て、髪型を整え、しっかりとした態度でご挨拶しただろう。

 

 だが中身は別物。そんなどこぞの馬のクソがユエに触れるなど、ハジメ的に絶許案件なのだ。

 

 

 

 シュウジもハジメの鬱憤が溜まっていることは予期していたので、あえて放っておいた。

 

 ()()()()()()()()()()にせよ、親友のガス抜きも忘れない優秀な男である。

 

「……ん、わかった。もう平気」

 

 事の顛末を全て聞いて、ユエの心はぴたりと定まった。

 

 一度瞑目し、次に開いたときにその瞳に揺らぎはなく、ハジメに歩み寄るとぴったりとくっつく。

 

 そうしてハジメを見上げる顔は薔薇色に染まっていき、瞳には熱い潤みが満ちていった。

 

「……ハジメが嫉妬。私に嫉妬。嬉しい」

「あー、まあこればっかりは感情を抑えられなくて……ユエの暗闇での苦しみを知ってたから余計に、な」

「ん。私こそごめんなさい。無様を見せた」

 

 思えばあまりにできすぎていたし、怪しすぎた。

 

 だというのに過去の記憶に囚われ、危うくとんでもない判断をするところだったのだ。

 

 

 

 神を打倒することは、たしかに旅の当初から定めた目的ではある。

 

 だがそれを成すのは叔父とではない。

 

 たくさんの幸せな思い出を培ってきたハジメや、仲間達とだ。

 

「もう二度と迷ったりしない。心配はいらない」

「ああ、信じてる」

「ん……シュウジ、あともう一つだけ。本物のディン叔父様は……」

 

 残るただ一つの疑問を解消するため、ユエはシュウジを見る。

 

 女神から与えられたトータスの歴史の知識。それを知る彼ならば、本当はどうなったか知っているはず。

 

 そう望みをかけて瞳を揺らすユエに……シュウジは両腕を大形に広げて叫んだ。

 

「ファイナルクエスチョン! では吸血鬼ディンリードの肉体を使っていた何者かは、何故ユエを奪いに行こうとしなかったのか!」

「っ……」

 

 いよいよ告げられる真相に、ユエが固唾を飲んで身構える。

 

 その手をハジメが握って安心させて、少し驚いた後に淡く微笑んだ彼女は顔を引き締めた。

 

「その答えは──ディンリード本人が死ぬ直前、ユエにまつわる記憶全てを神代魔法の知識諸共自ら消したから……そうだろう、()()()?」

「……え?」

 

 パチパチ、と。

 

 唖然とした顔をするユエ達の代わりに、拍手が答える。

 

 

 

 全員が振り返った先には、無感情に両手を叩くディンリードがいた。

 

 ハジメの撃ち込んだ弾痕は跡形もなく消えて、侮蔑と嘲笑の籠った笑みを浮かべている。

 

 先ほどとはまるで正反対……これが正体、ということか。

 

「見事だ。いやはやまったく、恋人の叔父ともなれば多少は遠慮するかと思ったが……()()()()()()()()()()()

「ああ、そうだろう?」

 

 その時、驚くべき事が起こった。

 

 

 

 

 

 アルヴに答えたシュウジが()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「あぐっ!?」

『ッ!?』

「おいシュウジ、お前何を!?」

 

 突然の行動に動揺する一同。

 

 思わず叫び、だがシュウジに銃口は向けられなかったハジメに、彼は悪どく笑う。

 

「許せハジメ、ユエ。ここまでがこの三文芝居の筋書きなんだ」

「何を、言って……」

「その男は裏切っていた、ということだよ。まったく腹立たしいが、そいつの言う通り、貴様がこちら側に傾きかけた精神まですぐに立て直してしまった。おかげで要らぬ屈辱を味わったぞ」

「あの程度じゃ死なないだろう? それに我が親友は獰猛でね、あれくらいしないと収まらないのさ」

 

 

 

 意味が、わからなかった。

 

 

 

 淡々と話すアルヴが、それに親しげな口調で受け答えをする親友のことが、理解できない。

 

 これまで幾度となくその在り方を見て、受け入れてきたハジメも。

 

 そのやり方を受け入れられずとも憧れ、ついには己の悪意をも力に変えた光輝も。

 

 そんな悪道すらも、彼の一部として愛してきた雫でさえも。

 

 

 

 突然豹変したように、ユエを宙に浮かせたまま話すその姿を、呆然と見た。

 

「シュウ、ジ……!」

「おっと、無理に動かない方がいいぜユエ。お前がいくら肉体を再生できると言っても、魔力の流れを乱せばそうはいかない。俺はその技術を持ってる」

「……おい、説明しろ。それは一体何の真似だ? また何かの作戦なのか?」

 

 ようやく我に帰ったハジメが、低い声でシュウジに言う。

 

 そうだ、これまでどんなに非道な行いをしたとしても、それは全て自分達を守るためだった。

 

 何を傷つけ、犠牲にしたとしても、それでも自分達を……仲間を傷つけることはしなかった。

 

 

 

 ならば今回もそうなのだろう。

 

 いいや、そうであってほしいと願うハジメは、問いかけた。

 

 そんなハジメに、シュウジは酷薄な笑みを浮かべた。

 

「俺はな、ハジメ。自分という存在に絶望したんだ」

「なに……?」

 

 ユエを離さぬまま、心の底から失望したといった顔で語り出すシュウジ。

 

 普段の冗談でもなく、本当にその通りの感情を露わにしているかのようだ。

 

「あの日、俺はお前のおかげで自暴自棄のままに死ぬ事を免れた。そして自分を見つけようと生きてきたが……理解できたのは、結局俺は操り人形ということ。たとえ女神が俺を捨てようと、俺の中にあるカインの記憶や思想が内側から俺を縛り続ける。ランダを殺したその時に、俺はやっぱりただの殺戮人形だって、そう思ったよ」

「……まるで自分のしてきたことを、嫌々やったような言い草だな」

「間違っちゃいない。俺は心底俺を嫌悪し、侮蔑し、それでも悔いを飲み込んで生きてきたが……氷雪洞窟での試練。あれで完全に悟った」

 

 何故なら、と一つ前置きを置いて。

 

「俺は、いなかった。現れたのはカインと、彼が下手に目覚めないよう、蓋として塗り固めた記憶のない者達の影法師だけ。そこに俺は存在しなかったのさ」

「っ……」

「どこまでいっても、俺の本質はそれだ。だったらもう、操り人形のままでもいいかと思っちまったのさ」

「だからエヒトの側についたってのか、あぁ?」

「膨大な時間と労力をかけてエヒトを殺すより、ずっと良い交渉だったよ」

 

 唸るハジメと、恐ろしいほどにこやかに笑うシュウジ。

 

 対極的な様相を見せる中で、シュウジはいつも種明かしをするのと同じように声を大きくした。

 

「俺はユエを渡す代わりにお前達を地球に帰し、そしてエヒトの眷属となって地球を管理する。この世界はエヒトの思うままに破壊されるだろうが……悪くない条件だろう?」

「な……」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことか。

 

 確かにそれならばハジメ達は助かるだろう。誰もが渇望してきた通り、地球にも帰れる。

 

 だがそれは、何故かエヒト側が固執するユエを生贄にし、世界一つを殺す選択。

 

 

 

 何かを手にするには、何かを壊す必要がある。

 

 以前シュウジ本人から聞いた世界の真理の一側面であり、決して間違いではない事実。

 

 だがこれは、あまりにも……

 

「ハジメ。俺はお前達のことが他のなにより大切なんだ。だからこそこの選択をした。俺を支えてくれると言ったお前なら、わかってくれるな?」

「…………」

 

 あまりにも、非道極まる。

 

 

 

 誰も何も言えない。

 

 雫も、シアも、ウサギも、美空も、香織も、ティオも、光輝も龍太郎も鈴も愛子もリベル達も。

 

 普段ならば話など聞く間も無く、すぐに攻撃するハジメでさえも。

 

 

 

 こいつだけは裏切らない。何があろうとも自分の背中を預けられる、心の底から安心できる相棒。

 

 奈落で散々な目に合い、変容してもなお、ハジメの中でシュウジへの絶対的信頼は揺るがなかった。

 

 だからこそ、目の前で最悪の敵となった現実を、すぐには受け入れられない。

 

「では早速、契約の履行をしよう」

「っ、待て!」

 

 アルヴの方へ一歩踏み出したシュウジに、反射的にハジメが動き出そうとする。

 

 振り返ることもなく、シュウジは空いていた方の手を頭上へ掲げると。

 

 

 

 

 

「イッツ、ショウタイム」

 

 

 

 

 

 パチンと、指を鳴らした。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

裏切ったシュウジ。この先に待つ結末とは?


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チャオ

一月最後の投稿。ストーリー的にも区切りが良いですね。

エボルト「さて、いよいよ面白いところに入ってきたぞ。前回はあいつが裏切ったな」

ハジメ「どうりでこの場にいないと思ったら…」

雫「また何を企んでるのかしら……気になる続きをどうぞ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる終末編!」」」



 

ハジメ SIDE

 

 

 

アァアアアァァアアッ!!! 

 

 

 

 あいつが指を鳴らした瞬間、頭上から耳障りな笑い声が響いた。

 

 弾かれたように顔をあげると、赤い布で体を包んだ一つ目の化け物が、先生達のいる檻に落ちていく。

 

 それだけではない。

 

『フッ!』

 

 視界の端で天之河めがけ、どこからともなく現れた《傲慢の獣》がチェーンソーで斬りかかり。

 

「〝堕識〟ぃ」

 

 空間から滲み出るように現れた中村が、暗黒色に明滅する魔力球を発射。

 

「〝震天〟!」

 

 空間を割って現れた無傷のフリードが、ミュウ達の檻に魔法を放ち。

 

「そら、先ほどのお返しだイレギュラー」

 

 アルヴが特大の魔弾を、俺に向けて飛ばして。

 

「殺戮します」

「「「ガァアアアァアアッ!!!」」」

 

 音もなく出現した数十の使徒とコクレンが、一斉に俺達に襲いかかって。

 

 

 

「さあ、エヒト! 悲願成就の時だ!」

 

 

 

 そして、大仰に左手を振り掲げたシュウジとユエに白銀の〝光の柱〟が降り注いだ。

 

 

 

 完璧なタイミングでの、複数での同時奇襲攻撃。

 

 俺がこうして動くのも計算尽くしのそれは──他ならぬ、あいつが計画した証拠。

 

 そのことがどうしても割り切れずに、もう一度シュウジのことを見てしまう。

 

「っ……!」

 

 咄嗟に発動した〝瞬光〟で灰色になった世界の中で、ゆっくりと歩いていくあいつ。

 

 

 

 ……俺は、あいつのやり方を知っていた。

 

 その非道も悪道も外道も間近で見てきて、知らずのうちに助けられたことさえあるだろう。

 

 いつだってそうだ。あいつは俺の一歩先をいっていて、いつの間にか背中を守られている。

 

 

 

 誰より……もしかしたら、ユエや美空よりも信じている、()()()()()()()()()()()男。

 

 その刃が、選択が、俺達に向けられたことが……どんなに考えても信じられない。

 

 

 

 だが現実は無常にも動き続けている。

 

 俺の葛藤一つで先生達や、ましてやミュウ達を死なせるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 この奇襲攻撃の打開策を探し、見つけ、選び取る。

 

 それが今、なにより俺がすること。

 

 思考を投げ出しそうになるくらい動揺してるが、今はとりあえず現状の打開が最優先だ。

 

 奥歯を強く噛み締めて気持ちを抑え込み、とにかく一つでもできる多くのことを見て聞いて感じ取る! 

 

 

 

 葛藤を無理矢理に飲み下し、そう決断を下すまでコンマ一秒以下。

 

 未だスローモーションの世界の中で、まずあいつとユエの次に優先すべきものへと視線を移す。

 

 何故か無傷のフリードの〝震天〟と、肩に生やした鋭い触手みたいなので狙いを定める怪物。

 

 

 

 一瞬床に転がってた方のフリードを見ると、中村共々ゆっくりと崩壊していく。

 

 アーティファクトの類か。俺の魔眼石でさえ見抜けないとは、相当な身代わりの術だな。

 

 

 

 まあ、それはどうでもいい。

 

 とにかくミュウ達と先生を……

 

「…………」

「っ!」

 

 先生の目が、俺を捉えている。

 

 見間違いではない。この知覚速度が遥かに上昇した世界の中で、あの人は最初から俺を見ていた。

 

 その瞳にあるのは強い光……まるでこちらは心配ないと、そう告げるようなもの。

 

 ……さすが、あのマリスの記憶を引き継いでいるだけはある。予期していたのか、この状況を。

 

 

 

 見えているか分からないが、とりあえず先生に頷いてミュウ達の檻に視線を移した。

 

 リベルが重力魔法でも発動しようとしているのか両手を掲げているが、いささか不安だ。

 

 使徒やあの化け物どもは、シア達でもどうにか対応できるだろう。向かうならあっちか。

 

 本当は、あいつを追いかけたい……が。

 

『ハジメ。聞こえる?』

『っ、ウサギ?』

 

 突然の念話に驚きながら、右後ろにいたウサギに目線だけで振り向く。

 

 月の小函(ムーンセル)を発動したのか、桃色の雷を纏った彼女は俺と同じ知覚速度を得ているらしい。

 

『ミュウ達のところには、わたしが向かう。ハジメはシュウジと、ユエを』

『……わかった。すまんが任せる』

『すまん、はいらないよ』

『そうだな』

 

 本来の時間に換算すれば刹那の瞬間、二人で笑みを交わす。

 

 頼んだぞ、ともう一度目で告げるとウサギははっきりと頷いて、視線を動かし始めた。

 

 

 

 

 俺も、もう迷わない。

 

 そう思った瞬間に〝瞬光〟を解除し、瞬く間に全方位からの奇襲がすぐそこまで迫ってくる。

 

 同時に、ウサギが文字通りの雷速で動き始め、俺も残るシア達に大声を張り上げた。

 

「お前ら、頼んだ!」

「っ、はい!」

「っ、ええ!」

 

 シアと八重樫、動揺が見えるがはっきりとした声で答えた二人。

 

 俺は意識を前だけに向け、義手の肘から空砲のショットガンを撃ち放って衝撃を自ら受ける。

 

 その反動を利用し、全力の踏み込みでシュウジとユエの元へと駆け出した。

 

「ハァッ!!!」

 

 アルヴの魔弾の核を見切って義手の拳を叩き込み、衝撃波で粉砕。

 

 霧散した魔弾の粒子をかき分けて、天井をすり抜け落ちる光の柱を見上げるあいつに迫る。

 

「ヴェノムさんッ!!」

『ワカッテイル!!』

「守る……ッ!」

「させません!」

「斬る──!」

 

 極限まで研ぎ澄ませた意識の中、仲間達の戦う声や姿を捉える。

 

 

 

 視界の端に、ミュウ達に駆けるウサギがいる。別の方向では先生が黒い巨体で檻を支えている。

 

 天之河はいつかの夜とは裏腹に《獣》の一撃を受け止め、背後からはシアの砲撃音や八重樫の剣戟の音が。

 

 

 

 その全てを置き去りにして、ただただ走った。

 

「シュウジィイイイイッ!!!」

 

 手を伸ばす。俺の大事な〝相棒〟と、〝特別〟に。

 

「させるわけがないだろう?」

 

 そこへアルヴが、パチンとまた指を鳴らしやがった。

 

 その瞬間、空間の隙間に隠れていたのだろう夥しい数の魔物や使徒が進行方向に現れる。

 

 それだけではない。恐らく中村の傀儡と思われる人間族や魔人族の兵士……しかもかなり強化されてるな。

 

 そいつらが一斉に襲いかかってきて── 

 

「邪魔だ、クズ共が」

 

 

 ドパンッ!! 

 

 

 先ほどの刹那にムーンハーゼボトルを装填したドンナーを、自分の首筋めがけて引き金を引いた。

 

 弾は空砲。だから純粋にボトルから抽出されたエネルギーが体に入り込み、力が沸き起こる。

 

「ぐ、おおォォオオオオッ!!!」

 

 全身を内側から破裂させるような膨大な力。

 

 〝限界突破〟と昇華魔法の組み合わせで無理やり御する。八重樫の〝壊天〟の改良版だ。

 

 そうして手に入れた一時の力を以ってして、津波のように視界に溢れる障害物を睨め付け。

 

 

 

「死ね」

『──ッ!?』

 

 

 

 1秒。まず魔物共をまとめて蹴り殺す。

 

 

 

 2秒。驚いて動きを止めた、ご丁寧に綺麗な配置の魔人族共の心臓を全員ドンナーとシュラークでぶち抜く。

 

 

 

 3秒。流石に冷静に双剣やら分解砲やら撃ってきた使徒共は〝金剛〟をかけて体当たりで突破。

 

 

 

 4秒。もはや感情のない木偶人形共を総魔力の一割程度を込めた衝撃波にて粉砕。

 

 

 

 

 そして5秒。有象無象が消え、ついに光の柱に飲み込まれかけたあいつらの姿が──

 

 

 

「クハハハハァ! 俺とも遊ぼうぜ人間!」

「チッ、獣畜生が!」

 

 割り込んできたのは、さっきシュウジが吹っ飛ばした紅煉。

 

 両腕は落とされたはずだが、普通にくっついてるあたり、最初から攻撃したのかすら怪しい。

 

 赤黒い雷を迸らせ、拳を繰り出してくる紅煉に義手を握りしめ。

 

「ギュアアアァアアアアアア!!!!」

「!?」

「グォッ!?」

 

 その時、後ろのクズ共の残りを吹っ飛ばして何かが飛んできた。 

 

 俺の横をすり抜け、紅煉に突撃したまま天上へと昇っていったのは──真紅の巨竜。

 

 

 

 思わず目で追うと、その竜は全身から夥しい量の血を落としている。

 

 にも関わらず、六枚の翼で力強く飛翔していく様は圧巻の一言。

 

「テメェ、死にかけの分際でまァだ動けたのかァアア!!」

『南雲殿の邪魔をするなァアアアッ!!!!!』

「あの声……まさかルイネか!?」

 

 あの傷で意識を取り戻したってのか!? というかティオみたいに竜になれたのかよ! 

 

『行けぇええええッ!!』

「っ、恩に着る!」

「ええい鬱陶しい! 今度こそバラバラにしてやらァ!!」

「ガアアアァアアアアアア!!!」

 

 ルイネの好意に甘えて、そのまま足を止めずに突き進む。

 

「ぬぅ、イレギュラーめが!」

 

 チッ、アルヴがこっちに意識を持ってきやがった! 

 

 顔とドンナーを持った右腕だけをそちらに向けた時、手を突き出していたアルヴが消えた。

 

 いや、正確には間に割り込んだ巨大な黒い壁……竜化したティオによって視界を遮られたのだ。

 

『させんぞ!』

「チッ、獣風情が我の前に立つな!」

『ぐぅ、うう……!』

 

 変成魔法を使ったのか、いつもより黒く大きいティオの体が揺れる。

 

 あっち側から衝撃を受けたように揺れている。アルヴが攻撃をしているのだろう。

 

「ティオっ、無茶をするな!」

『ルイネ殿が風前の灯の如し命を張っておるのじゃ、妾も無茶をせんでどうする!』

「っ」

『さっさと行かんか! シュウジ殿の思惑が何であれ、ユエを取り戻してくるのじゃ!』

「……ったく。ありがとよ」

『うむ。安心せい、ご主人様に抱いてもらえるまで、妾は死なんよ』

「ああ、頑丈さがお前の取り柄だもんな」

 

 早口に冗談を飛ばして、壁になってくれたティオから踵を返す。

 

 

 

 そうして、ようやく辿り着いた。

 

 

 

 その時には──既に、ユエ諸共シュウジは光の柱に飲み込まれていた。

 

 ユエはシュウジの手の中でぐったりとしており、頭を俯かせて意識があるのかわからない。

 

〝ようハジメ。お前なら到達できると思ってたぜ〟

「なんでこんなことをした! ユエには一体何があるんだ! 何故エヒトは拘る!?」

〝おおう、怖い顔。そんなに殴っても、こいつは壊れないぞ〟

 

 言葉と共に言葉を叩きつけるが、腹の立つことに言われた通り突破できない。

 

 衝撃波やショットシェル、掌に内蔵した小型パイルバンカーなど様々試すが、強固に破れない。

 

 ならばと〝豪腕〟を付与してさらに力を高め、拳を振おうとして……

 

〝ハジメ。後ろを見ろ〟

「何を……っ」

 

 さっきから念話で話しかけてくるシュウジ。

 

 パクパクと口を動かすのは、柱の中では音が届けられないというジェスチャーか。

 

 

 

 だが、打開策がない以上言われた通りに後ろを見ると……

 

 

 

「くぅ、負けません!」

「ハッ! 南雲くん、早く二人を!」

「か、数が多いよ!?」

「弱音吐いてる暇あったら一人でも多く倒して!」

『おらぁあ!』

「ぐっ、恵里ぃ!」

 

 シアと八重樫が先頭に立ち、香織達が戦っている。

 

 俺を諦めたさっきの残党も加わり、絶え間ない波状攻撃に表情を歪ませながら武器を振るっていた。

 

 

 

『ほう、その力を扱えるようになったか。面白い』

「っ、俺は! 俺がここに来たのは、君ともう一度話を……!」

『今はその時ではない。ただ生き残ってみせよ!』

 

 グロテスクな鎧を纏った天之河が、《傲慢の獣》と激しい剣戟を繰り広げている。

 

 本当に独善を喚き散らすばかりの馬鹿はどこへいったのか、互角に渡り合っているではないか。

 

 

 

「おのれ、薄汚い獣が獣を守るか!」

「あなたには、負けない……!」

 

 白竜と魔物を操るフリードと縦横無尽に動き回るウサギが激しい攻防を繰り広げている。

 

 執拗にミュウ達を狙っているのだろう、檻を背にウサギは数の暴力に一人立ち向かっていた。

 

 

 

「アハハハハハハッ!」

『ぎぃっ、ぇあ"っ、おぐっ、ぁが……っ!』

「せ、先生!」

「もうやめて、先生が死んじゃうよぉ!」

『あぁ……だ、だい、じょうぶ……みんなは、先生が……絶対に、絶対に守る……からっ!』

 

 檻に乗り、クラスメイト共を貫こうとする怪物の槍のような触腕を一人で防ぐ先生。

 

 ヴェノムを纏っているにも関わらず、その背中は真っ赤で、今にも死んでしまいそうな……

 

 

 

〝皆もが戦い、傷つく〟

「っ!」

〝己のため、誰かのためと力を振るい、誰かのために誰かを殺して奪う。もうこんな光景は、やり方はたくさんだ。そう思わないか? 〟

「だから妥協するのかよ! 諦めるのかよ! 俺達は絶対に負けないって、死ぬまで一緒だって、そう誓っただろ!?」

 

 自分でも無意識に本音を叫び、光の柱の向こうにいるあいつの胸あたりに拳を叩きつける。

 

 

 

 シュウジはふっと、いつものようにニヒルに……だがどこか、優しく笑って。

 

〝ハジメ。ありがとう、俺を支えてくれて。お前からはいろんなものをもらった。それは本質を変えられなくても、たしかに俺という人間を形作った〟

「今更何を言ってやがる……!」

〝なにって、そうさな。最後の言葉ってやつだよ。何もかもをフィナーレにする前の、最後のエンドロールさ〟

「エンドロールだと!?」

 

 こいつは本当にユエを生贄に、俺達を……! 

 

〝もう一度言う。ありがとうハジメ。お前達がいたから俺は少しだけ人間のふりができた。でもこれで、もうおしまいだ〟

「………………?」 

 

 その言葉に、スゥッと思考が冷めていく感覚がした。

 

 

 

 ……待て。何か、何かがおかしい。

 

 

 

「おいシュウジ、ちょっと待て。お前……」

 

 自分でも何を言ったらいいのかわからないままに顔を上げ、シュウジを見──

 

 

 

 

 

 

 

 

「────。」

 

 

 

 

 

 

 

 思考が、止まった。

 

 

 

 もうすぐ何かが終わろうとしているかのように、光を増していくその柱の中。

 

 垂れた金糸の髪から覗くユエの目に光はなく……まるで事切れたように見えるが。

 

 

 

 違う──これはユエじゃない! 

 

 

 

「っ……!」

 

 まさか。

 

 それを見た瞬間に、俺はシュウジの言葉の意味の全てを理解した。

 

 理解して、俺の中には疑念と困惑の代わりに暴流のように恐怖が這い回る。

 

「シュウジ、お前ッ──!」

〝おいおいハジメ、せっかくのワイルドなイケメンが台無しだぜ? 〟

 

 よく見たら。

 

 余裕そうに見えたシュウジの顔には、大量の冷や汗が浮かんでいるではないか。

 

 眉根を寄せ、歯を食いしばり、瞳を揺らして……何かに耐えている。

 

 何かを無理矢理受け入れているようにも見えるシュウジは、俺にぎこちなく笑って。

 

〝言っただろ、三文芝居だって〟

「っ!」

 

 

 その言葉が、俺の予想を肯定した。

 

 

 

〝俺が全部終わらせる。俺の体を器に、奴を殺す。俺という極悪と共に、永久に葬ってやる〟

「やめろ! そんなことをすればお前は!」

 

 言い募る言葉は、こんなチンケな光に阻まれて直接は届かない。

 

 だがシュウジの言葉を一つ聞くたびに払拭されていく疑念と後悔に、叫ばずにはいられない。

 

「今すぐそこから出ろ! でないと()()()()()……!」

〝ハジメ〟

 

 名前を呼ばれ、言葉が止まる。

 

 

 

〝フィナーレの舞台はこの場所じゃない。俺の明日を、()()()()()

 

 

 

 そんな俺に、シュウジは魔力を通してそう言った。

 

 

 

 同時に柱の光量が最大に達し、一瞬収縮すると共に──周囲の音が掻き消えて。

 

 

 

 釘付けになった視線の中で、シュウジは中指を曲げた左手を上げると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        ──チャオ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、光が、爆発した。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

感想をいただけると嬉しいです。


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無力

二月! それは誕生日以外特に何もない月!

エボルト「さて、前回はまた状況が急変したな。チャオしてたし」

ハジメ「シュウジ……」

雫「シュー……」

二人「「はぁ……」」

光輝「す、すごい落ち込みようだな……仕方がないだろうけど。とにかく、今回は北野の行動の結末、ってところだ。それじゃあせーの、」



四人「「「「さてさてどうなる終末編!」」」」


 三人称 SIDE

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

 爆ぜた柱の光に、反射的に両手で顔を庇って飛び退くハジメ。

 

 一足に祭壇から階段の下まで後退した彼は、腕を下ろしてまばゆい光を放つ柱に見入る。

 

「くそっ、あれは……!」

「おお、ついに! ついにエヒト様が御降臨なされる!」

 

 後ろから聞こえた歓喜の声に振り向く。

 

 すると、美しい黒鱗を焦げさせ倒れ臥すティオの頭を踏み、アルヴが恍惚としていた。

 

 

 

 その光景にカッと怒りが湧くものの、今はそれどころではない。

 

 もしも、いいや確実にアルヴの言う通り……そしてハジメの最悪の予想通りの展開になっている。

 

 あの柱は……空高く、天から降り注ぐ光は、紛れもなく自分達が最大の障害になると予期していた──

 

「ハハハハ、よくやったぞイレギュラーども! お前達のおかげで、ついに我が主はこの世界にくんり

 

 

 

 

 

 

 

《エボルブレイク! Ciao!》

 

 

 

 

 

 

 

 閃光が迸った。

 

 ハジメやアルヴだけでない、誰もが光の柱に注視していた広間に、無数の紫の閃光が。

 

 雫の飛ぶ斬撃にも似たそれは、ハジメの体のほんの数ミリ外を通過していく。

 

「!?」

 

 それを視認できたのは、既に閃光が自分の後ろを通り過ぎていった時だった。

 

 まさしく目にも留まらぬスピードで駆け抜けた無数の光に、ハジメは後ろを振り返り──

 

「は、ぇ、あ……?」

 

 彼の目の前で、呆然とした表情のアルヴに細かな切れ込みが入った。

 

 そのまま、断末魔の言葉も許されずにゆっくりとスローモーション再生のように崩れていく。

 

 一拍遅れて、サラサラとその体に巣食う薄汚い魂もろとも……アルヴは死んだ。

 

 

 

 あまりにあっけない、神の最後。さしものハジメも状況を忘れて呆けた。

 

 同じように動きを止めたシア達の前で、使徒やコクレン、魔物が砂のように肉片に変わる。

 

 逃れたのは、咄嗟に空間魔法で隠れたフリードとそれに便乗した恵里、弾き返した《傲慢の獣》。

 

「ア、ァアア………………」

 

 巨大な怪物──《怠惰の獣》と呼ばれた怪物さえも、肉のブロックとなり、次いで灰と変わった。

 

 元の人格の危険性により、エヒトに精神を狂気に固定されたが故の最期であった。

 

「っ、今のは……」

「まさか、嘘だろ……?」

 

 信じられないものを見る目で、フリードと恵里が祭壇の方へと目を向ける。

 

 皮肉にもそれで我に返って、シア達も光の弱まっていく柱の方へと目を向ける。

 

 やがて、完全に光の柱が収束するように消えた時。

 

 

 

『ハァ、ハァッ……!』

 

 

 

 そこにいたのは、ルインエボルバーを振り抜いたエボルアサシン──シュウジ。

 

 足元にはユエ……のようなものが横たわっていたが、すぐにサラサラと砂に還っていく。

 

『は、はは……作戦、だーいせーいこーう、なんつってな……』

「っ、シュウジ!」

「シュー!」

 

 やはり、裏切ってはいなかった。

 

 こうして一気に敵を殲滅する作戦だったのだと確信し、ハジメと雫が一歩踏み出して。

 

『来るなッ!』

 

 シュウジの怒声が広間を震わせ、二人の足を止めさせた。

 

 驚きに目を見開く二人の前で、紫の鎧に包まれた体をびくんと不自然に震わせるシュウジ。

 

 今度はなんだと誰もが固唾を呑む前で、勢いよく膝をついたシュウジに異変が起こった。

 

『が、ぁあアアアァアアッッ!!』

「っ、あれは!」

「黄金の、人影……!」

 

 エボルアサシンの体から滲み出るように、黒く濁った黄金の人型が現れる。

 

 人間の上半身の形をしたその光は、まるで抜け出そうとするように暴れている。今にも声が聞こえてきそうだ。

 

『お、ぁ、があッ、ぁああ……! 大人、しく……しやがれっ!!』

 

 呻き声を漏らしながら、シュウジは裂帛の気合とともに剣を床に強く突き刺した。

 

 それを合図にしたかのように無理やり人型を体に戻すと、仮面をハジメ達へと向ける。

 

『迷惑、かけたな。だがお前達のおかげで、目論見通りにいった』

「お前、やっぱり最初からそうするつもりだったのか!?」

 

 あの黄金の人型がなんであるかなど、ハジメ達からすれば一目瞭然だ。

 

 エヒト。この世界を玩具にしてきた邪な神。肉の体を持たない神が、今ここに現界した。

 

 そこに先ほどの言葉を思い返せば、シュウジの魂胆など手に取るようにわかってしまう。

 

 ユエを渡すふりをして、最初からエヒトを取り込むつもりだったのだろう。シュウジにはそれができる。

 

 

 

 何故なら彼は、最初から莫大な記憶の受け皿として造られたのだから。

 

 

 

『敵を、欺くにはまず、味方から、ってね……がっ!!?』

「「「シュウジ!」」」

「「シュー(くん)!」」

「「「北野(っち、殿)」」」

「パパぁ!」

 

 弾かれたように上半身を仰け反らせるシュウジに、ハジメ達が不安と共に名前を呼ぶ。

 

 

 

 いかにその体や魂が器であるとはいえ、相手は腐っても神格。

 

 エボルアサシンに変身してエヒトの侵食を〝消して〟いるものの、長くは保たない。

 

 それを自覚しているからこそ、シュウジはなんとか体の支配権を持ち直し、前に向き直った。

 

『いいか、よく聞けハジメ……!』

「っ、なんだ!」

『俺は、このままこいつと一緒に神界に行く。そしてこっちへの侵略を止めてみるが……長く保ちやしないだろう』

「そんなもん全部蹂躙して、今そこにいるエヒトもぶっ殺してやる!」

『おーこわ。流石はハジメ……でも、それでいい』

 

 仮面の下、微笑みながら赤一色のアラームに染まった視界の中でハジメを見る。

 

 

 

 自分を……そして自分の中に居座ろうとしているエヒトを睨む、その瞳。

 

 随分と昔とは変わってしまったが、真っ直ぐな所だけは変わらなかった。

 

 だから。

 

『だから、頼む』

 

 シュウジは一拍置いてから、万感の思いと覚悟を込めて、その言葉を口にした。

 

 北野シュウジという人間にとって最も惨めで情けなく、頼りない──当たり前な、たった一言を。

 

 

 

 

 

 

 

『ハジメ。俺を助けてくれ』

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、時が止まった。

 

「……………………え?」

 

 意味を理解するのにたっぷり十秒かけて、それからハジメは間抜けな声を漏らす。

 

 続けて次々とシュウジの言葉の意味を脳が解析し終わった雫達が、限界まで目を見開いた。

 

 

 

 今、なんと言ったのか。

 

 〝助けてくれ〟と、そう言ったのか? あの北野シュウジが、何もかもを一人で背負う男が? 

 

 普段口にするような冗談ではなく──本当の意味で、心から自分達の力を、当てにしたのか? 

 

 その事実に誰もが驚嘆を露わにし、衝撃を受け、そして堪らないほどの喜びを覚えて。

 

「……か……ろう」

 

 だが、同時に。

 

 

 

 

 

「この、馬っ鹿野郎ぉおおおおおおおおおぉおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

 

 

 沸き起こる怒りのままに、ハジメは叫んだ。

 

「なんでよりによってこんな時に、こんな場所で頼ってくるんだよ! なんでもっと、もっと早く……!」

『こんな状況だからこそ、だ。情けねえことだが、こいつはお前らがいなきゃどうにもならない事なんでな。だから、ちょいと力貸してくれ』

「そんなの、そんなの俺は……(ぼく)はいつだって!」

『ならよし。俺も安心してこの不燃ゴミ野郎と一緒にランデブーと洒落込める』

 

 何故か、ボロボロと溢れる涙を止められないハジメに笑うシュウジ。

 

 本当にいつものようにジョークを飛ばす姿がおかしくて……だが、なによりも危うくて。

 

 二の句が告げないハジメ達に、シュウジは片手をあげる。

 

 

 

 すると頭上にブラックホール型のワームホール……それも特大のものが出現した。

 

 神域という特殊な空間に行く為なのか、周囲の壁や天井を引き剥がして飲み込んでいる。

 

 服や髪も激しく揺れ、不安に駆られたミュウがレミアにひしっと抱きついた。

 

 

 

 そんな中で、あくまでいつも通りの軽い声でシュウジが最後の言葉を向ける。

 

『準備は既に整えた。計画の大詰めを始める。ハジメ……待ってるぜ』

「まっ!」

『チャオ』

 

 手を伸ばすも、届かずに。

 

 

 

 

 

 ブラックホールに吸い込まれるように、シュウジの姿は消えた。

 

 

 

 

 

 程なくしてブラックホールが消滅し、宙に浮いていた瓦礫が床に落ちていく。

 

 手を伸ばしたままのハジメの前に残っていたのは──抉れた玉座の前に突き刺さった、ルインエボルバーだけ。

 

「クソ……」

 

 だらんと力なく腕を落とし、その場で崩れ落ちるハジメ。

 

 なんとも言えぬ雰囲気が半壊した広間を包み、再び静寂が到来したかと思われた。

 

 

 

 が、次の瞬間激しい音を立ててティオのすぐ側に巨大なものが落下する。

 

『ぐ、ァ…………』

「あー面倒くせェ、手間かけさせやがって!」

「ルイネさん!」

 

 堕ちたのは、さらに傷を増やしたルイネ。

 

 額に屹立していた黄金の角は折れ、三対の皮膜は切り裂かれてズタズタ。左前脚も千切れかけている。

 

 それをしたのだろう紅煉が音もなく降りてきて、誰もいない玉座を見下ろして鼻を鳴らす。

 

「ハッ、遊ぶのもここまでか。つまらねえ、帰るとするかァ。テメェらもついて来い」

「チッ。今度こそ光輝くんを連れ帰りたいところだけど……今は退いた方がいいよねぇ」

「……無念」

 

 無造作に拳を振るい、割れた空間の向こうに紅煉が消えていく。

 

 光輝にねっとりとした視線を投げた恵里と、険しい表情のフリードがそれを追いかけて割れ目の向こうに去った。

 

 先の奇襲で壊滅した使徒やコクレンの残党も、次々とそちらに飛び去る。

 

 

 

 そんな中、《傲慢の獣》はルインエボルバーを注視していた。

 

『……素晴らしい。やはり同じ道を辿るのですね、我が師の写し身よ』

「…………」

 

 チェーンソーも下ろし、一見無防備に見える《傲慢の獣》に光輝は油断しない。

 

 隙もなく剣を構える彼に、不意にゆるりと振り返った《獣》は……腰のバックルに手を伸ばした。

 

 

 

 何か来る、と身構えた光輝の目の前で、《傲慢の獣》は……バックルの注射器の尻を押した。

 

 するとチェーンソーが高音と共に赤熱、みるみるうちに溶けていき、不可解な行動に光輝は眉を潜める。

 

「なんのつもりだ」

『満足した。今日は帰る』

「なっ!?」

『貴様の剣、以前よりはマシになった。せいぜい磨け、我が心の臓を穿つその刃を』

 

 紅煉と同じように拳を振るい、空間を割る《傲慢の獣》。

 

 殺意が消えたままに踵を返す《獣》に、呆けていた光輝は慌てて叫んだ。

 

「必ず! 必ず君の前にもう一度立つ! そして俺は、君とこの手を……!」

 

 何かを告げようとする光輝にゆるりと振り返り、《傲慢の獣》は。

 

『足掻け。もがけ。そして泥に塗れろ。そうすれば──貴方のどうしようもない愚かさも、変わるかもしれませんわね?』

「ッ! 御堂ぉッ!」

 

 一歩踏み出した光輝を揶揄うように、同時に後ろに飛ぶ《傲慢の獣》。

 

 シュウジ達の焼き直しのように目の前で空間の割れ目が閉じ、光輝の手は行き場を失った。

 

 

 

 三度目の静寂。

 

 両膝をついて項垂れるハジメ、呆然とするクラスメイト達、そして動けないシア達。

 

「そんな…嘘よ……」

 

 同じように崩れ落ち、茫然自失となる雫を、誰か慰めることもできない。

 

 今度ばかりは長く、長く沈黙が続いて。

 

 

 

 やがて、止まってしまった広間の時間が動き出したのは五分も後のことだった。

 

 ハジメの目の前に、不意に莫大な魔力と共に空間が割れる気配を見せたのだ。

 

「っ、ハジメさん!」

「……シア、待って」

「でもっ!」

 

 思わずシアが飛び出そうとするのを、戻ってきていたウサギが制する。

 

 何故と目で問いかける彼女に、ウサギはじっと険しい目つきで空間の揺らぎを睨んでいた。

 

 

 

 困惑しつつも、美空達も頷きあって動き出す。

 

 精神的ダメージの大きい雫を守る為に、香織と龍太郎、鈴が疲労で重い体を引きずり前に立つ。

 

 いくらか回復したティオが、竜化を解除せずに虫の息であるルイネを庇い、光輝は剣を構え。

 

 そして、出血多量で事切れそうな体をヴェノムで支え、愛子が生徒達を守ろうとする中で。

 

 

 

 

 ついに空間の揺らぎは明確な裂け目となり、()()()()()()()()

 

 見覚えのある色だ。シア達が武器を構えつつもそう感じていると、裂け目は広がる。

 

 

 

 

 

 そして、新たに姿を表したのは──

 

 

 

 

 

「……ハジメ」

「「「「「ユエさん!?」」」」」

『ユエ!』

 

 他でもない、ユエだった。

 

 先ほど砂になったのは本人ではないとシア達も分かっていたが、予想外の登場に驚きを隠せない。

 

 そんなシア達にユエはこくりと頷き、それから視線を落とす。

 

「ハジメ、しっかりして」

「………………ユエ?」

 

 緩慢に顔を上げるハジメ。

 

 ユエは頷いて、そっと跪くと両手でハジメの顔を包み込んだ。

 

「お前、どうして……」

「ん。シュウジが助けてくれた。さっきまで一緒にいたのは、解放者の隠れ家に保管されてたホムンクルスの試作品をシュウジが改造したもの。魂魄魔法で意識だけを移してた」

「っ、そうか。あいつが……」

 

 驚きもせず、視線を落とすハジメとは裏腹にシア達は開いた口が塞がらない。

 

 

 

 いわばユエは、遠隔操作のラジコンのようなことをしていたのだ。そしてあの光が現れた瞬間に元の体に戻った。

 

 ユエの魔法行使に耐えられるような人形を作るなど、シュウジの技術には脱帽せざるをえない。

 

 一体いつから、この事態を予期してそれを用意していたのか……

 

「……入れ替わったのは、いつからだ?」

「変成魔法を手に入れて、概念魔法の知識の負荷で気絶してた時。私自身も本来の体に戻った時に初めて気がついた」

「あの時、か……」

 

 シュウジならばその程度のこと、容易くできてしまうのだろう。

 

 目の前で自らエヒトと共に去った親友の姿を思い返し、ハジメは奥歯を噛み締めた。

 

「……また、あいつに一人で戦わせた」

「ん。気がつかないうちに、いつもシュウジは戦ってる」

「また、助けられた」

「それは私も同じ。シュウジがああしてなければ、エヒトに体を乗っ取られてた」

「何も、できなかった……!」

「……ん」

「クソ……クソ、クソッ、クソぉおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 掌が指圧でひび割れるほど硬く握った義手を、床に叩きつける。

 

 

 

 

 

 

 

 共に全身を使い吐き出した絶叫は、なによりもハジメの……その場にいる全員の心情を、表していた。

 

 

 




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◯◯ ◯◯◯

エボルト「よう、俺だ。前回はついにエヒトを捕らえ、シュウジが消えた」

雫「シュー…」

ハジメ「今でもあれはいやな時間だったな…さて。今回はそんな俺達の前に一人の男が現れる。そいつの目的はいかに。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる終末編!」」」


 

三人称 SIDE

 

 

 

 悔恨と無力感に満ちた絶叫に、皆が沈鬱な表情になる。

 

 

 

 シアがいつものように明るく励まそうと口を開き、けれどすぐに口を噤んだ。

 

 あれほどの覚悟を決めた雫も、ぼうっと半壊の玉座を見るだけ。

 

 いつも旅を明るく彩ってきた彼女や、彼への想いならば一番である彼女でさえもそうなのだ。

 

 

 

 

 

 いったい、他の誰がハジメに声をかけられる? 

 

 

 

 

 

 そのような暗黙の了解が広がり、一言も発せない広間の中。

 

 劇的な登場をしたユエも寄り添うだけで、何も言わない中──コツリ、と。

 

 

 

 開いたままだったユエのゲートから、床を踏みしめる誰かの靴音が響いた。

 

 無音だったからか、いやに大きく響いたその音に誰もが振り向き、そして驚く。

 

「っと。こりゃ、ひどい有様だな」

 

 まるで当然のように現れたのは──上質そうな衣装に身を包んだ、老齢の男。

 

 赤く眼光を光らせ、黒い帽子を片手で押さえながらゲートをくぐってこちらに出てくる。

 

 彼を知っている者は何故、と驚き、そして知らぬ者達は誰? と首を傾げた。

 

 

 五十に近い視線を受けながらも、まるで気にせず悠々と広間を見渡す男。

 

 やがてハジメに目線を定めると、コツコツと黒いブーツを鳴らして歩み寄る。

 

 唯一男の登場に反応しなかったユエは、最初からわかっていたかのようにハジメから離れ。

 

 

 

 そして、ついに男がハジメの目の前に立った。

 

「情けない面構えだな。俺に吠えた時の威勢はどうした」

「………………黙れ」

「ハッ、無力感と自己嫌悪でそれどころじゃあないってか? これだから目先の感情しか見えないガキは困る」

「っ、黙れって言って──」

 

 普段ならば乗りもしないような挑発に、しかし最大級に心を抉られていたハジメは顔を上げる。

 

 その瞬間、容赦無く男の放ったヤクザキックがハジメの顔面にめり込んで、後ろに吹っ飛んだ。

 

「がはっ!?」

「「「「えぇええっ!?」」」」

 

 まさかの一撃にシアや美空達が声を上げる中、仰向けに倒れたハジメは呆然とする。

 

 

(なんだ、何が起こった? 見えたが、反応できなかった。気がつけば一撃を食らっただと?)

 

 

 先ほどの強引な突撃で魔力を大部分消費し、注意力も散漫であった。

 

 最悪な心境にもの凄く油断していたとはいえ、気がつけば顔に靴裏が接触していたのだ。

 

 

 

 頭を疑問符で満たしていると、不意に襟首を掴まれて引き上げられる。

 

 強制的に立たされて、目の前に写り込んだのは案の定、あの男の顔だ。

 

「甘ったれてんじゃねえぞ。守られてるのなんて今更だろうが。それをちょっと離れたくらいでメソメソ泣きやがって、みっともねえ」

「………………」

「終わったことを悔やむより、別に考えることがあるだろうがこのボケが。あいつはお前になんて言った? 何を頼んだ? 何を託した? お前はそれを無下にするってのか?」

「っ……!」

 

 老人とは思えぬ力に体は宙に浮き、無防備に下からの睨め上げる視線を受けてハッとする。

 

 そうだ。ずっと最後の言葉が脳内をループしていて忘れかけていた。

 

 あんな胸糞の悪い光景よりも、ずっと大事なことがあったではないか。

 

「あいつはお前に、助けてくれと言ったんだ。お前はあの北野シュウジに、助けを求められたんだよ。それは俺が終ぞ聞くことのできなかった言葉なんだ」

「……俺に、助けを」

「親友に頼られたんだ。だったら全力で答えろ」

 

 覚えている。聞こえていた。確かにシュウジは、自分を頼ってくれた。

 

 人生初の言葉に返したのは怒りの叫びだったが、それでも自分は──

 

「挫けてもいい。折れても構わん。だが諦めるな。それだけがお前の取り柄だろう」

「…………」

 

 男の紡ぐ言葉には、実際の音以上に〝重さ〟があった。

 

 まるで自分自身がそう言っているような気さえ、ハジメが感じるほどに。

 

 ああいや、そう。だからこそ。

 

「……随分と、好き勝手言ってくれやがって」

 

 ガッと、男の左腕を掴むハジメ。

 

「黙って聞いてりゃ、甘ったれるだの俺が聞くことができなかっただの、ぐちぐちと並べ立てやがって……」

 

 男の腕を、ギシギシと軋む音が聞こえるほど強く握りしめながら呟く。

 

 そうして見下ろす形で男に向けた目には──いつも通りの、鷹のように鋭い眼光があった。

 

「上等だ。お前に言われなくても、あいつの言ったことくらい叶えてやる。俺が、俺達が神域とやらに行って、あいつを助けてやろうじゃねえか」

「……それでいい。不遜な顔でいろ。さっきのしけたツラよりよっぽど()()()

 

 不敵に笑う男とハジメ。不思議と、その顔は瓜二つに見えた。

 

 男がハジメを降ろして手を離す。ハジメはシワの寄った襟を直してから鼻を鳴らした。

 

 同時に男から発せられていた覇気のようなものが弱まり、地球組はほっと息を吐いて──

 

「くふっ……」

「きゃあっ!?」

「先生ぇ!」

「愛子っ!」

 

 入れ替わるように、緊張の糸が途切れたことで意識を手放した愛子が崩れ落ちた。

 

 ハッとした美空が慌てて治療に向かい、遅れて香織は同様にルイネの方へと行く。

 

「いす、石動、せ、先生がっ!」

「美空、愛子を助けてください!」

「わかってるし! 患部に触らないよう支えて!」

 

 錯乱している清水と焦るリリアーナに、美空は早速回復魔法をかけ始める。

 

 

 

 背中の刺し傷が凄まじく、内臓さえ垣間見える程の深傷に美空は冷や汗を流した。

 

 すると突然、弱々しく動いていた内臓に黒い血管のようなものが走っていく。

 

「っ、なにこれ……」

『臓器ハワタシガ動カス。サッサト治セ』

「わあっ!?」

 

 突然体から滲み出てきた顔に驚くも、敵意がないことが分かると美空は頷いて治療を続けた。

 

「ティオ、ルイネさんの容態は!」

「五分五分……と言えれば良かったのじゃがな。正直ほぼ望みがない状態じゃ」

 

 一方、必死に香織が使徒の体の膨大な魔力で回復魔法を注ぎ込むが、ティオは難しい顔だ。

 

 既に力を使い果たし、人間の姿に戻っているルイネの心臓はほぼ止まりかけていた。

 

「死なせない、死なせないよっ! シュー君があんなに頑張ってたんだっ、私だってぇ!」

 

 一直線に死へ向かうルイネを繋ぎ止める為、香織は全力を振り絞る。

 

 彼女にとってシュウジは、美空がいたにも関わらず、地球にいた頃からハジメのことで相談に乗ってくれた友人だった。 

 

 この世界に来てからも生き残るための訓練をつけ、ジョークで励まし、そしてこの体を与えてくれた。

 

 

 

 そんな大事な友人が、身を挺して彼女を、そして自分達を助けてくれた。

 

 癒す力を持っている自分が彼女を助けられなくて、どう彼に顔向けするというのだ。

 

「っ、だめ、分解の力が強すぎて傷が治らない……!」

 

 現実は無常だ。

 

 香織の思いとは裏腹に、カーペットを更に赤くする血は止まらない。

 

 

 

 人間の体だった時より魔力が豊富とはいえ、先の応戦でもかなり使っている。

 

 枯渇寸前で震える手を翳すが、紅煉用に特別に強くされた分解の力はその治癒を勝る。

 

 ティオも悲しげに目を伏せ……そこにふと、香織の隣に膝をつく人物がいた。

 

『困ってるようだな。助けてやろうか?』

「っ!?」

「エボルト!?」

『おう、ハジメじゃなくて悪いがな』

 

 ひらひらと手を振るのは、赤いスーツに身を包んだ怪人──ブラッドスターク。

 

 驚いて香織がそのバイザーを見上げ、ティオが素早く入り口に目を走らせると……門番の兵士が転がっている。

 

 紫色に全身の血管が浮き出ており、泡を吹いて絶命していた。毒でショック死したのだろう。

 

「てめぇ、今更どのツラ下げて……!」

「龍太郎、待て」

 

 散々暗躍していた人物の登場に、それまで立ち尽くしていた龍太郎などが構える。

 

 それを光輝が制した。困惑する龍太郎に、[+悪意感知]が発動していない光輝はかぶりを振る。

 

 それを気にせず、スタークは優しく香織を押し退けるとルイネを見た。

 

『やれやれ。本当なら助ける義理はないが……あいつ自身が許してるんだ、仕方がない』

 

 左手をもたげ、調子を確かめるように手を開閉するとルイネに翳す。

 

 掌からエネルギーが放出され、ルイネの全身に満遍なく広がっていく。

 

 毒々しいそれが強力な毒素分解作用を持っていることに、治癒師である香織は気付いた。

 

 

 

 やがて、エネルギーの放出が止む。

 

 エボルトはルイネの胸に手を置き、少しした後に頷くと……そのまま寝っ転がった。

 

『ええい、やっぱり遺伝子が半分しかないとこれが限界か……』

「あの、エボルト……?」

『とりあえず毒素は分解した。あとは傷を治すだけだ』

「え……あ、ほんとだ、すごい!」

 

 ルイネの調子を確かめ、本当に分解の力が綺麗さっぱり消えていることに驚く。

 

 兎にも角にも、これで治療ができる。

 

「ハジメくん、神水をくれないかな!」

「……ああ」

 

 男と真正面から睨み合っているハジメは、宝物庫から残り少ない神水の試験管を取り出す。

 

 放られたそれを危なげなく受け取り、一気飲みして魔力を回復すると治癒を再開した。

 

「よかった、なんとかなりそう!」

「むう、しかしどうやって……」

『白ちゃんのおかげだぜ。魂をノイントの肉体に固定して調整した時に、分解の力を解析できた。あとはそれと同じ毒を俺が生成して、解毒の方法を作ればいい』

「なるほどの。自在に毒を作り出せるお主だからこそできた解毒方法、というけか」

『正解』

 

 寝転んだまま、ティオに人差し指を向けるエボルト。

 

 

 

 今回はエボルトも重労働だった。

 

 シュウジの中に半身が離れているので、本来の遺伝子の半分しか残っていないのだ。

 

 万丈の時とは比べ物にならないほど弱体化しており、これだけでごっそり体力を持っていかれた。

 

 

 

 ともあれ、王都侵攻の際にスタークに恐怖を覚えていた地球組はひとまず安堵する。

 

 龍太郎もブリザードナックルを収める中で、ようやくシア達がハジメ達に近づいた。

 

「あの、ハジメさん。その方って……」

「お前らも覚えてるだろ。グリューエンであいつを止めてくれたジジイだ」

「おいおい、その紹介の仕方をするならもっと敬え」

「うるせえ、人の試練に茶々入れてくる野郎に誰が敬意なんか払うか」

「試練……?」

 

 側から見れば意味不明な会話にシアが首を傾げる。

 

 ぴこぴこと揺れるウサミミに、ふと視線をそちらに向けた男は優しく笑った。

 

「お前は相変わらず純粋だな。そのまま変わらないでいてくれ」

「え、あの、グリューエンの時より前にどこかで会いましたっけ?」

 

 さらに疑問符を浮かべるシア。

 

 それもそうか、と男は少し寂しげに笑い方を変える。わかるはずもあるまい。

 

 

 

 そんな男を一瞥したユエが、少し逡巡した後におもむろに口を開いた。

 

「……シュウジは、私の本当の体をホムンクルスを保管する棺に入れて封印した。多分、完全にエヒトに気配を探られない為の措置」

「北野っち、そんなことまで……」

「とことん規格外だなあいつ……」

「ん。そして棺には魂魄魔法で鍵がかけられた。()()()()()()()()()()()()()()()()

「へえ、そうだったんですか……………………ん?」

 

 はて、と。

 

 シアはその説明に、先ほどとは別の意味で首を傾げた。

 

 龍太郎と鈴も顔を見合わせる。遠目に聞いていたティオや光輝も眉を顰めて、ウサギも黙考した。

 

 

 

 ユエは自分の体が、ハジメの魔力でしか開かない仕掛けの棺に入れられたと言った。

 

 ではどうやってその棺から出てきて、こうしてこの場にやってきたのか。

 

 そして何故、あの男はユエの開けたゲートから出てきたのか。

 

 

 

 十秒、二十秒と無言の時が流れ。

 

「………………え!?

 

 やがて、目を剥いたシアの一言が広間に響いた。

 

 徐々に意味を理解した龍太郎達の表情もシアと同じ顔になっていく。

 

 いち早く理解したティオが「まさか……」と呟いた。

 

 

 

 その声量になんだなんだと、愛子の周りに群がっていた地球組や美空、香織も顔を上げる。

 

 全員の視線が集まった中、わなわなと震えるシアは人差し指を男に向けて。

 

「ま、まさか、あなたは……!」

「まあ、ユエの言葉は大ヒントだったからな。お前達なら気がつくだろうさ」

 

 どこか嬉しそうに呟いた男は、ゆったりとした動作で帽子を取る。

 

 そのまま帽子を持った右手を胸元にやり、緩く左腕を上げると不敵に笑った。

 

 

 

 

 

「初めまして。そして久しぶりと言っておこう。俺はロストマン。全てを捨て、過去に囚われた亡者。またの名を──南雲ハジメだ」

 

 

 

 

 

 その名乗りに、ピキリと空気が凍りつき。

 

 

 

 

 

『えぇえええええええええええっ!!!???』

 

 

 

 

 

 一瞬の後、重なった驚愕の絶叫が広間を揺るがしたのであった。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


ついに明かされた正体、さていかに。


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ひとつまみの勇気

クライマックスで筆が乗るぜ!

エボルト「前回、現れた男に発破をかけられたハジメが復活! そして反撃を誓う!」

ルイネ「私や愛子殿の治療もされたな。危ないところであった…」

愛子「感謝するしかありませんね。石動さんも白崎さんも、素晴らしい力でした」

ハジメ「さすがはあいつらってとこだ。さて、今回は主にクラスメイト達がメインだな。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる終末編!」」」」


 三人称 SIDE

 

 

 

「ははは、いい反応だ。あいつがサプライズを好んだのもよくわかる」

 

 両目をひん剥いて自分を凝視する若者達に、落ち着きを感じさせる顔で笑う男──否。

 

 便宜上、(ハジメ)と呼ぼう。彼は帽子を被り直すと、ぽかんとしているシアに向き直った。

 

「ほ、本当に、あなたは……」

「二度は名乗らない。俺が()()だと認識する、ただそれだけで存在が揺らいでしまうからな」

 

 だから名前を口にすることさえ満足にできないのだと、始は微笑んだ。

 

 どこか、シュウジを彷彿とさせるその雰囲気にシアは口にしかけた名前を飲み込む。

 

 

 

 それでいい、と頷いてから始は後ろにいるウサギ達を見回す。

 

 一人一人、とても懐かしげな目でその顔を確かめるようにして、小さく頷いた。

 

「さて。それでは早速、今後について話し合おうか」

 

 カツンと上質な靴が床を叩くと、仄かな赤い光と共に床から美麗なテーブルと椅子がせり出す。

 

 錬成。誰よりも見慣れたその技能に一同は息を呑み、始の言葉の真実性を再認識する。

 

 

 

 始が椅子の一つに座り、指のリングを輝かせるとテーブルの上に茶器が出た。

 

 不思議なことに、すでに注がれた紅茶は湯気が立っており、彼は「さあ」と手で示す。

 

 ハジメは憮然とした顔で正面に座り、隣の席にユエが座った。

 

『俺も参加させてもらうぜ』

 

 残る二つの席のうち、一つに体力を回復したエボルトが着席。

 

 その時びくりとクラスメイト達が怯えたのは、まあ仕方がないだろう。

 

 

 

 鷹揚に頷き、始が口を開いた時──椅子を引く音がした。

 

 最後の席に視線が集まると、そこに座った〝彼女〟は刀をテーブルに立てかけ、言う。

 

「私も、聞かせてもらうわ」

「雫ちゃん……」

 

 先ほどとは異なり、力に満ちた瞳で告げる雫に香織が不安そうにした。

 

 シア達や光輝達も同じ顔をする中で、雫は自嘲気味に笑った。

 

「さっきの彼の言葉で私も目が覚めた。悲しんでる時間なんかない。座り込む暇があるなら、私はあの人を助ける手段を一つでも多く探す」

「……まあ、そういうことだ。お前らも力を貸してくれるか?」

 

 振り返り、ようやくいつも通りの口調で頼ってきたハジメにシア達が顔を見合わせる。

 

 そうしてハジメに向き直った時、そこには満面の笑みがあった。

 

「はい、勿論です!」

「どこまでも、ついてくよ」

「私も!」

「あのバカには、まだ説教が足りなかったみたいだしね」

「うむ。同じ竜人として、この手であの紅煉という獣にはルイネ殿を傷つけた報いを受けさせねばならぬしの」

「ミュウも! シュウジおじちゃん助けるの!」

「私も、パパを助けたい……!」

「あらあら。この子達がそう言うなら、私も引き下がってはいられませんわ」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるミュウと、にこにこと微笑むレミアが可愛らしい。

 

 頼もしい仲間達に、ハジメは自分の心が震えるのがわかった。

 

 

 

 奈落の底。ウサギの肉を食らい、心も身体も人をやめてから始まった。

 

 ユエに出会い、生涯の友と再会し、旅をして。

 

 

 

 

 

 気がついたら、こんなに沢山の仲間がいる。

 

 

 

 

 

 誰も彼も押しが強く、お節介焼きで……世界最高の馬鹿を取り戻す戦いに、ついきてくれる。

 

 そのありがたさと、心の底から湧き上がる愛おしさに、ハジメは微笑まずにはいられない。

 

「勿論、私も。ハジメの隣が私の居場所」

「……ああ、ありがとうユエ」

 

 手を重ね、微笑み合うハジメとユエ。美空や香織がムッとした顔をしたりする。

 

 少し前まで最悪の雰囲気だったというのに、すっかりいつものやり取りだ。

 

「俺達も当然、戦わせてもらうぜ。あいつには借りがありすぎるしな」

「鈴も。それに……まだ、恵里と話せてないから」

 

 それに苦情をこぼしつつも、龍太郎達が一歩踏み出す。

 

 時間は短いとはいえ、ここまで共に旅をしたのだ。二人はシュウジ奪還にやる気を見せていた。

 

 ハジメは頷くと、最後に光輝を見た。

 

「で、お前はどうする天之河? そこで狼狽えてる奴らのお守りをしててもいいぞ」

 

 苦い顔をする地球組の一同。

 

 大半がオルクスの件からすっかり戦意を無くし、こうしてあっさり人質にされていた。

 

 そんな彼らを気遣うように一瞥した光輝は、ほんの一時迷いを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──だれか、わたしをたすけて。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、脳裏にちらつく〝彼女〟の言葉。

 

 光輝は固く目を瞑り、迷いを振り払うために頭を振ってから答えた。

 

「……いや、俺も行く。果たさなきゃいけない約束がある。負わなければいけない責任がある──助けたい、女の子がいるんだ」

「助けたいやつ、か」

「ああ。だから一緒に戦わせてくれ」

 

 完全に覚悟を決めた表情の光輝は、まっすぐハジメの目を見た。

 

 

 

 光輝が何を背負うと覚悟し、そして欲しているのか。

 

 それは意識の隅で聞いていた《傲慢の獣》との会話を踏まえれば容易くわかる。

 

 

 

 彼の目的の達成は、転じてエヒトの戦力を削ることにも繋がるだろう。

 

 たった一人でクラスメイト全員を守るなどという無謀を口にされるより、ハジメとしては都合がいい。

 

 色々と成長した今の光輝ならばそのこともわかっているのだろうと、その目からハジメは悟った。

 

「お前、マジで変わったな」

「自分でもそう思う。だがこれが俺の譲れない、俺だけの信念──一生に一度きりの我儘だ」

「そうか。まあ、我が強いのは俺達も同じだ。好きにやれ」

「ああ、そうする」

 

 頷く光輝に、ハジメは少しだけ笑った。

 

 過去のあれやこれやがある為に仲間、ましてや友人などとは絶対に思わない。

 

 が、体が大きいだけのクソガキから顔見知りくらいにはランクアップした。かもしれない。

 

 

 

 そんな光輝にざわめくのは、クラスメイト達。

 

 今までおんぶに抱っこだった王国は安全ではなく、最後の頼りである光輝は守ってくれないという。

 

 なんとも他力本願で呆れることだが、本質はまだ親の脛を齧って生きている高校生なのだから仕方がない。

 

「そんな、天之河も南雲達といっちまうのかよ……」

「私達はどうすれば……」

『何か勘違いしてるみたいだから言っておいてやるが、お前らはどっちにしろ戦うことになるぞ?』

 

 冷や水を浴びせかけたのは、エボルトの一言。

 

 一気にシンとする彼らを嘲笑うように、顔だけ振り返ったエボルトは淡々と告げる。

 

『奴がシュウジの体を完全に乗っ取れば、ユエの体を手に入れるために軍勢を差し向け、地上の全てを滅ぼすだろう。これは予測ではなく確実にくる未来だ。その時は勿論、お前らも皆殺しになる』

「嘘だろ!?」

「また戦わなくちゃいけないの!?」

「嫌だ、嫌だ……!」

 

 一気に混乱が広がり、俄かに広間が騒がしくなる。

 

 これが数ヶ月前まで、救世主と崇められて調子こいていた連中だとは誰も思うまい。

 

『はは、おもしろ』

「お前な……」

『生憎と俺は、何もせず殺されるのを待つ弱者を守る気はない』

 

 半目で見るハジメにエボルトは肩をすくめ、冷めた視線で彼らを見る。

 

『そもそもな、俺の計算にあいつらのお守りは入ってねえんだよ。この最後の戦いのために用意した戦力は、足りないことはあっても余ることはない』

 

 シュウジと共に策謀を巡らせ、ファウストを打ち立ててこの世界の裏で暗躍してきた。

 

 人材を調達し、資源を貯め、兵器を作って力を蓄え……全てはこのエヒトとの最終決戦の為のもの。

 

 正確なエヒト側の総戦力はエボルトですら予測できず、常に急いで準備を進めてきた。

 

 そんな状況の中で、守ってもらえるのが前提と思い込んだ羊達を世話するほど、この残虐な怪物は優しくない。

 

 

 

 なお、ゲートキーの存在は教えない。

 

 地球に逃げさせろなどと言い出すだろう。そんな逃げは許さないのがエボルトクオリティ。

 

 そもそも、この世界で負ければ次に興味を持たれるのは間違いなく地球だ。どちらにしろ退路はない。

 

 

 

 さてどうすると、エボルトを筆頭に混乱の極みに達している彼らを見るハジメ達。

 

 

 

「お、俺は!」

 

 

 

 やがて阿鼻叫喚を引き裂いたのは、一人の裏返った大声だった。

 

 一気に視線がそちらに集まり、声の主──清水幸利は少し怯むも、気丈に声を張り上げた。

 

「俺は、戦う!」

「清水!?」

「お前何言ってんだよ! 死ぬかもしれねえんだぞ! 神だかなんだか知らないけど、そんなやつのせいで、こんな世界で……!」

「俺はもう、一回死んだ! 死んでるはずだった!」

 

 自棄になって騒ぎ立てるクラスメイトに噛み付くように、清水は叫ぶ。

 

 声も体も震え、しかし妙に迫力のある目に喚いていた男子が思わず閉口した。

 

「でも、先生に助けられた! 魔人族に乗せられて調子乗って、何百人も殺そうとした俺をあの人は受け入れてくれた! お前らだってそうだろ!?」

 

 一同の脳裏に、化け物から自分達を守る愛子の顔がよぎる。

 

 ヴェノムの大半を鎧ではなく壁として使い、自分の体が貫かれることも厭わずに耐えていた。

 

 絶対に守ると、血反吐を吐きながらそう言った彼女は今、近くの柱に背中を預けてぐったりとしている。

 

「もしこんなことにならなくても、魔人族と戦争してたらどっちにしろ俺達は人殺しになってた! それでもあの人は側にいてくれてただろ! ああやって守ってくれただろ! だったら次は俺達の番じゃないのかよ!」

「で、でも……」

 

 必死に訴える清水に、しかし一度死の恐怖を味わった少年少女達の心は踏み出せない。

 

 それはまるで、他人を恐れ、現実から目を逸らしていたかつての自分のようで。

 

 かつてはどこぞの男のように愚かだった清水は奥歯を噛み締めて、あらんかぎりの声で激白した。

 

 

 

「俺はやるぞ、先生と自分を守るために戦う! 臆病で卑怯者のまま終わってたまるか! そうじゃなきゃ、あの時先生に助けられた意味がねえっ!」

 

 

 

 ふぅ、ふぅ、と鼻息を荒く、両手を握りしめてクラスメイト達を睨みつける。

 

 そんな清水の姿は到底かっこいいなどとは呼べない代物だ。

 

 

 

 だが。

 

 少なくとも、彼らは劣等感を覚えた。

 

「あー、これもう出なきゃ一生チキン野郎だよなぁ。影が薄い上にビビリとか、いくら俺でも嫌だっつうの」

 

 そして一人、踏み出す男がいた。

 

「よっ、清水。かっこいいじゃんお前」

「……遠藤? お前いたの?」

「いたよ!? 最初からずっといたよ!?」

 

 影の薄さはワールドクラス、遠藤浩介は相変わらずの扱いにがっくりと頭を落とす。

 

 だがそれも一瞬のことで、ズカズカと強めの足取りでクラスメイト達を押しのけて、清水の隣に立つ。 

 

「俺もやるぞ」

「遠藤、お前まで……」

「街一つ滅ぼそうとしたこいつがここまで言ってんのに、心が動かないのかよ。だったらおめーら、マジでチキンだな」

 

 挑発する遠藤にぐ、と息を詰まらせる。

 

「それにほら、俺も一応ファウストのメンバーだしさ。使いっ走りだけど。だからどっちにしろ戦うし……」

「え、マジで!?」

「おう。じ、実は迷宮とかでみんなのこと、裏で強い魔物から守ってたりしたんだぜ?」

 

 どう? ちょっとは影が濃くなった? と言う遠藤になんとも言えない顔をする清水。

 

 スベったことを察し、「うぉっほん!」と態とらしく咳をかました遠藤はもう一度クラスメイト達を見る。

 

「元からそうとはいえ、清水の言葉に感動したのは本当だ。俺も一緒に戦う。神の軍勢なんかみんな暗殺してやる」

「遠藤……」

「それに北野は、クラスで一番最初に俺の存在に気がついて友達になってくれたし……」

「え、遠藤……」

 

 ちょくちょく挟まれる自虐ネタ。マジで自分の影の薄さに焦っている遠藤だった。

 

 感激しきれずに微妙な顔をする清水にハッとして、遠藤は慌ててクラスメイト達の方を向いた。

 

「と、とにかく! どうすんだよお前ら! つーか戦わないとマジで死ぬぞ! 俺も自分を守るので精一杯だろうし!」

「……だぁ! それもうやるしかねえじゃねえか!」

「永山!?」

「わ、私達だって!」

「清水にばっかでかい顔させるもんですか!」

 

 最初に声を上げたのは、迷宮攻略に参加していた永山パーティーと愛子ちゃん親衛隊。

 

 後者の女子達の「あの時のことは忘れてねぇぞコラァ」という眼光に、清水が「ひっ!」とビビった。

 

「……じゃ、じゃあ俺も」

「何もしないで死ぬくらいなら、せめてちょっとくらい……」

「や、やってやる」

 

 そのうち、一人また一人と声を上げていく。

 

 やがて戦意を喪失していた者達も、半ばヤケクソに賛同し、戦う意思が固まっていき。

 

 クラス全員が愛子のため、そして自分の命の為に戦うという方向に意思が統一されていった。

 

「て、ことなんだけど……」

『……まあ、合格にしといてやる。あとでそいつらの装備は支給してやるから、お前がまとめとけ』

「う、うっす」

 

 恐る恐る聞いた遠藤は、ぶっきらぼうながらも確かな返答にホッと安堵した。

 

 クラスメイト達が意気込んでいく中、パチパチと大きな拍手が響く。

 

 

 

 それは、一部始終をずっと見守っていた始のものだった。

 

「そうだ。力を合わせろ。ひとつまみの勇気を奮い立たせ、手を取り合い、共に理不尽に抗え。それが人の力だ」

 

 静かな声音。されど、どこか自然と聞き入ってしまう深みのある声。

 

 気がつけば意識が吸い寄せられるように、皆が始の言葉を聞いていた。

 

「大層な理由はいらない。くだらない夢でも、意地でもいい。だが、たった一つのそれがあれば、神程度簡単に超えられる。事実、お前達は目の前で見たはずだ。神をも押さえつけ、仲間達のためという理由一つで全てを背負った男の姿を」

 

 

 

 

 誰もの頭に、シュウジの姿が思い浮かんだ。

 

 

 

 

 悪を誇り、大切な仲間達に裏切ったふりさえしてまでエヒトとその眷属達を退けた。

 

 その姿に皆が力より悪意より──絶大にして確固たる、信念を見た。

 

「お前達も、同じ人だ。それなら一生に一度くらい、大きくても小さくても命をかけてその望みを全うして見せろ。必死にあがいてもがいて、傷に塗れ、膝をつきそうになるほど疲れ果てるくらいに奮起してみせろ」

 

 一拍置いて、始はゆっくりとした口調で。

 

 

 

 

 

「そうすれば、どんな不可能も可能になる」

 

 

 

 

 

 そう、強い口調で言った。

 

 

 

 それは、始が南雲ハジメだからこそ重みを生む言葉。

 

 未来からやってきたという摩訶不思議な彼は、その名前さえ自ら封じたとしても。

 

 それでも、傷に塗れ、己を変え、あらゆる敵を理不尽と共に喰らい糧としてきた──南雲ハジメなのだ。

 

 そこに彼の纏う異様な〝圧〟が加わり、クラスメイト達は心身を奮い立たせた。

 

「足掻いてもがいて、か……」

 

 《傲慢の獣》……彼女が遺した言葉に似たそれに、光輝は誰に聞かせるでもなく一人呟く。

 

「未来から来たお前が言うと、なんか説得力あるな?」

「だろう?」

 

 不敵に笑う揶揄うハジメに、全く同じように笑う始。

 

 文字通り瓜二つのWハジメの笑みに、ユエ達がちょっとドキッとしたりした。

 

「ですが、地上への侵攻はエボルトさんのファウスト? と、この場にいる皆様だけで抑えられるのでしょうか……?」

 

 ずっと話す機会を窺っていたリリアーナが、不安げに問う。

 

 世界、ひいては王国の安否を案ずるのは王女として当然だろう。

 

『ははは、姫さんはどうやらさっきので勘違いしてるみたいだな』

「勘違い、ですか?」

『いいか、ファウストの総戦力は数百や数千じゃない。少なくともこれくらいはいる』

 

 エボルトが指で示したのは……六。

 

 それが軍勢の桁を表していると理解した瞬間、リリアーナは大きく目を見開いた。

 

『俺とシュウジの持ち込んだ技術で作り上げた数々の兵器に加えて、主要な国は軒並み一つ返事で従う。他にも色々なとこから兵力は集められるだろつ。なにせ俺とあいつの全能力で、裏からこの世界を支配したんだからな』

「な、なんという……」

 

 それを聞いていた者達のエボルトを見る目が、「あれ? こいつもある意味エヒトじゃないか?」というものに変わる。

 

 その反応に楽しそうに笑って、エボルトは両手を大袈裟に広げた。

 

『全ては計画通りだ。奴が差し向けるあらゆるものを叩き潰し、破壊して、シュウジを取り戻した暁には高笑いしながら究極の絶望に落とし、そして殺してやる』

 

 その言葉で疑惑の目線は完全に恐怖に戻った。

 

 こいつ敵に回したら死ぬ、とその瞬間誰もが思った。もしこれで逃げたら同じ目に合わされるのでは? とすら思う者もいた。

 

 ビビるクラスメイト達にやれやれと嘆息し、ハジメは軽くテーブルを叩いて注目を集めた。

 

「ともあれ、これで方針は決まった。俺達はシュウジを取り戻しに神域にカチコミ。地上に向けられる可能性の高い軍勢は、ファウストを旗印にして、お前らとこの世界の総力をもって撃退する。いいな?」

『応っ!』

 

 何十もの返答が重なり、広間を揺らすのではないかという音になる。

 

 ハジメは満足げに笑って、これも計画通りなんだろうなーと思いながらエボルトを見た。

 

「エボルト、あいつがエヒトに完全に乗っ取られるまでの猶予は?」

『五日……いや、三日ってとこか。エボルアサシンの使用で魂が弱ってるからな』

「それだけの時間があれば準備は十分できるな。俺達も出来うる最大の努力をするぞ」

 

 ハジメの宣言に頷くユエ達。始はその一体感に目を弓形にした。

 

「いい団結だ。ならば俺も力を貸そう。あいつを助けるのが、こんな五十年前くんだりまでやって来た目的だからな」

「あ? ならお前の持ってるアーティファクト全部寄越せ。五十年もあったんだ、たんまり溜め込んでんだろ?」

「ははは、誰がやるかクソガキ。お前もユエ達もまとめて三日で訓練してやるから、目で見て盗め」

 

 始の挑発的な言葉に、ハジメ達の何かがプチッと切れる音がした。

 

「……俺たち全員に訓練をつけるだと? 随分でかい口を叩いたな、あ"?」

「自信たっぷりなのはいいがな。老人の言葉には少なからず、積み重ねた経験に基づく意味があるってのを覚えとけ」

「何を──ッ!?」

 

 ハジメが驚いて自分の左腕を見る。

 

 目を見開いているハジメを訝しみ、ユエ達がそちらを見ると──義手がなかった。

 

 始は丸ごと取り外した義手をテーブルの上に置き、余裕のある態度で紅茶を啜る。

 

「無駄に歳食ってるわけじゃあないんだ。次は気をつけろ」

「っ、上等だ。せいぜい舐めてかかって死なねえように気をつけろよ、ボケ老人」

「どっちのセリフだか」

 

 歯を剥き出しにして好戦的に笑うハジメと、瞳に戦意を宿す始。

 

 やっぱり同一人物なんだなー、とユエ達が和む中で、清水達は二人から溢れ出る覇気にガクブルしていた。

 

 

 

 

 

 そうして、ハジメ達の最も濃密な三日間が始まった。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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〝お父さん〟

今回はかなーりオリジナル要素強いです。

ハジメ「俺だ。前回ついに反撃の準備を開始した俺達は、動き始めた」

愛子「清水くん、あんなに立派になって……」

シア「あの人、ウルの街とはまるで別人でしたよ」

ユエ「ん、愛子の教師パワー」

愛子「ええっ、そうでしょうか?(テレテレ)」

エボルト「嬉しそうでよかったな。さて、今回はユエとハジメの話。原作じゃ作者が本当に泣いた話だ。それじゃあせーの、」


五人「「「「「さてさてどうなる終末編!」」」」」


 

ハジメ SIDE

 

 

 

「ここに来るのも、久しぶりだな……」

「ん。私達の旅は、ここから始まった」

 

 ユエと二人、懐かしい気分で言葉を交わす。

 

 

 

 

 ここはオルクス大迷宮百五十階層。

 

 

 

 未来の俺との話し合いの後、三日後と予想されるエヒトとの決戦に備えを始めた。

 

 その為、資源と作業場が充実しているここに帰ってきたのだ。

 

 ゲートキーとか、もしもの時に備え雪原に埋めたアーティファクトを回収するのがちと遠回りだったが。

 

 

 

 エボルトの予想では、シュウジの体を支配したエヒトはまず王国に攻めてくる。

 

 聖教協会の総本山があった【神山】は、【神門】という、奴がこの世界に来る為に通る道を開きやすいらしい。

 

 この世界の一般人に比べ、そこそこの戦力であるクラスの奴らも真っ先に始末する必要があるし、確実だろう。

 

 

 

 そこから使徒や《獣》どもの軍勢がやってくることを前提とし、エボルトは迎撃の用意を。

 

 兵や武器を集め、更にあちらで適当に面倒を見ると言うのでクラスメイト共は丸投げした。

 

 

 

 

 

 また拐われでもしたら面倒なので、ミュウ達三人は一緒に。

 

 ルイネも生命力が著しく低下しているためこちらに、まだマシな先生は安静のため王国に。

 

 で、鉱石とか必要なものを集めがてら、手分けして迷宮の中を散策しているわけだが。

 

 

 

 神殿のような石造りの美しい部屋は、何本もの巨柱によって支えられている。

 

 そして俺達が雷◯虫モドキの入ったカンテラを光源に見つめているのは……もぬけの殻の祭壇。

 

「ここでお前と出会い、助けて、そして一緒にこの奈落を生き抜こうと約束した」

「ん。それにハジメは、私と一つ約束した」

「ああ、そうだったな」

 

 魔力を吸い取る石の中に封印されていたユエを救い、デカいサソリモドキを殺してこの部屋を出て。

 

 その後に奈落にやってきた経緯を話し、ユエの事情を詳しく聞いた時にある約束を交わした。

 

「〝俺には親友がいる。落ちていく俺を助けるために一緒に奈落にやって来たはずの、バカな最高のダチが〟……だったか」

「ん。〝これから先、奈落を、そしてそこから先の地球に帰るための旅には、お前だけじゃなくあいつが隣にいてほしい。そうじゃなきゃ、俺はこの奈落を出るつもりはない〟とも言ってた」

「あー、そうも言ってたっけ」

 

 我ながら重い友情だなと思うが、当時も今もそれは本気の言葉だ。

 

 

 

 いつだって、あいつが俺の隣にいた。

 

 支えられ、到底できていたとは思えないが俺も支えて。

 

 そうやって十七年間生きてきたから、あいつは俺の人生に必要不可欠なものだったんだ。

 

 だからあいつなら一人で平気だと分かっていても、隣にいない旅など考えられなかったのだ。

 

 

 

 そのことを最初に伝えた時、ユエは随分と驚いた顔をしていた。

 

「あの時のハジメはもっとやさぐれてた。だから、そこまで言う友達がいるなんて驚いた」

「この気持ちは誰にも劣っているつもりはない。実際それで何回か八重樫と喧嘩したし」

「そんなことしてたの?」

「そもそも俺は友情であいつは愛情なんだから、我ながらバカやってたと思う」

 

 最初からベクトルが違うのに、何をやっていたのか中学時代の俺。

 

 ちなみにその八重樫だが、資材調達班である香織達とは別に、下の階層で修行している。

 

 同じく修行中の谷口も一緒だが、おそらく攻略した時にはまた一皮剥けてるだろう。

 

 

 

 八重樫と不毛な争いをしていた時、美空や本人でさえ呆れ笑いを浮かべてた。

 

 今思い返しても恥ずかしい。

 

 だが……恥ずかしくはあれど、後悔はしていない。

 

「でも、わかる。シュウジは私にとってもハジメと同じくらい、〝大切〟で〝特別〟な人」

「そうか。それなら嬉しいわ」

 

 俺の一番〝特別〟な友達が、誰かにとっても〝特別〟だという事実。

 

 ましてやそれが俺にとって特別な人ということが、心の底から嬉しいと感じた。

 

「シアも、ウサギも、ティオも。香織や他のみんなだってそれは同じ。シュウジのことが好きだから、助けたい」

「ああ。本当に感謝してるよ」

 

 シアはプレデター共の招集と、ライセン大迷宮でミレディから情報を絞ってもらいに。

 

 ウサギは各地にいるホムンクルスの招集を。

 

 竜人族を連れてきてもらうため、ティオは故郷へ。

 

 

 

 今も仲間達が、世界各地でそれぞれ準備を進めている。

 

 あいつのために、みんな死ぬかもしれない戦いに身を投じてくれるのだ。

 

「みんなで力を合わせれば、必ず助けられる。そう()も言ってた」

「……ああ」

 

 ユエの言葉に頷き、目を瞑る。

 

 

 

 この始まりの場所で、最愛の人の一人が隣にいる中で。

 

 俺はあいつの格好つけた、妙に様になっている笑顔を思い浮かべ。

 

 ゆっくりと開眼して、ユエと顔を見合わせて。

 

 

 

 

 

「あいつを助けるぞ。絶対に」

「ん。それで、みんなで一緒に地球に帰る」

 

 

 

 

 

 力を貸してくれるかなどと、そんなチンケな質問はしない。

 

 俺の胸にある想いと同じものを目に宿したこいつには、今更そんな確認なんていらない。

 

 それはきっと、シア達だって。

 

「じゃあ、さっさとこいつを回収するか」

「ん」

 

 話がひと段落ついたところで、この場所にやってきた残り()()の目的の一つを片付ける。

 

 祭壇の上に転がっている、かつてユエを封じていた鉱石。

 

 言うなれば〝封魔石〟か。跪いて錬成を行い、一つに纏めてブロック状に成形する。

 

「あの時は〝宝物庫〟に入れると指輪が壊れるかもしれなかったから回収できなかったが、今だったらうまく利用できるはずだ」

「きっといい武器になる」

 

 そんなことを話しつつ、細かく分けた封魔石を〝宝物庫〟に入れていく。

 

 そうして最後のブロックを収納した時……封魔石のあった場所に、一つの紋章が現れた。

 

「……あった。これが、()が言ってたもの」

「ああ、マジであるとはな……」

 

 

 

 ここに来た最後の目的。それがこの紋章。

 

 あのジジイ(未来の俺)に、「ここにユエの過去の真実がある」と言われた。

 

 同時に、〝俺に依存するのではなくユエ自身が向き合うべきものである〟とも。

 

 

 

 ヴァンドル・シュネーのものであるそれに、〝宝物庫〟から【氷雪洞窟】の攻略の証を取り出す。

 

 水滴型のペンダントを近づけると……甲高い音を立てて震え、共鳴した。

 

 

 

 ユエと顔を見合わせ、頷き合うと紋章を見る。

 

 目を凝らせば紋章の中央には窪みがあり、そこにペンダントを嵌め込む。

 

 カチリとフィットした瞬間、紋章が輝くと金属同士が擦れ合うような音を発した。

 

 

 

 程なくして、紋章を中心に床が円柱型にせり出してくる。

 

 三十センチほど伸びたところで止まり、パカリと俺から見た正面が開いた。

 

「これか」

 

 中に手を伸ばし、入っていたピンボールくらいの結晶を取り出す。

 

 ダイヤモンドとも見間違いそうなそれは、魔眼石で解析するとアーティファクトだった。

 

「記録映像用のアーティファクト……だな。構造的にはオスカー達が使ってたのと同じものだ」

「……こんな場所に、そんなものを残すのは」

 

 一体、誰なのか。

 

 立ち上がり、名前をあえて口にせず俯いてしまったユエの手を取る。

 

 顔を上げる彼女の手に、自分の手で包み込むようにそっとアーティファクトを乗せた。

 

「大丈夫だ。この中にどんな事実があって、ユエが何を思おうとも俺は受け入れる。だからあいつの言葉を借りるのは癪だが……ちゃんと、向き合ってくれ」

「……ん!」

 

 強く頷くユエの目には、もう迷いがない。

 

 俺も覚悟を決めて、アーティファクトに魔力を流し込んだ。

 

 すると、アーティファクトから黄金の光が溢れ出し──収束した時。

 

 

 

 

 

 

 目の前には、一人の男がいた。

 

 

 

 

 

「叔父、様……」

『……久しぶり、と言うのも少し違うのかな。アレーティア、私の最愛の姪よ』

 

 ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタール。

 

 シュウジにあっさり殺された眷属神アルヴに肉体を乗っ取られた、ユエを封印しやがった男。

 

 

 

 そいつは困ったように、だが愛しげな笑みを浮かべこちらを見る。

 

 視線は、少し下。そのくらいの背丈の相手に対して残したものなのだろうと察する。

 

 そしてそれは──間違いなく、ディンリードの映像に目が釘付けになっているユエだ。

 

『君は、きっと私を恨んでいる。だからこんなことを言っても仕方が……いや、違う、違う。こんなことを言いたいわけじゃない』

 

 色々考えてきたのにね、なんて自嘲げに笑う顔はアルヴとはまるで違う。

 

 それは何よりユエがわかっているのだろう。懐かしいように、でも苦しげに笑う。

 

『遺言というのは、存外に難しい。ああ、そうだ。まずは礼を言おう』

「礼……?」

 

 ディンリードは、視線の高さを変える。

 

 今度は先ほどまでの視点の隣──寸分違わず、俺の目を見て。

 

()()()()()()()。まずありがとう。変成魔法を手にし、真のオルクスをここまで攻略して、そして私の用意したガーディアンからアレーティアを見捨てずにいてくれて』

「「ッ!!?」」

 

 なん、だとッ!? 

 

 こいつ、今俺の名前を!? 

 

『私の可愛いアレーティアに寄り添う君。すまないが、私は君のことをその名と姪の恋人であることしか知らない。魂魄魔法でアレーティアの記憶を辿り、再生魔法の時に干渉する概念を応用し、遥か先の未来から語りかけているという〝誰か〟に教えてもらったんだ』

「はっ、えっ、はぁっ!?」

「ど、どういうこと!? なんでディン叔父様がハジメのこと……!」

 

 穏やかな顔でディンリードがベラベラ喋る内容に、頭の中が一瞬でごちゃごちゃになった。

 

 魂魄魔法と再生魔法を使える誰かが、三百年も前のこいつに俺のことを教えたってのか!? 

 

 そんなぶっ飛んだことを、いらねえお節介をする野郎なんて………………

 

『随分と仲睦まじいようだね。あの声から聞いたところによると、いつもイチャイチャしているとか。ははは、会えないことが本当に、本当に残念だよ。本当に

「………………………………あっ」

「シュウジぃいぃいいいいいいいいいいっ!!!」

 

 あんの野郎ッ! 俺が知らねえ間に何やってやがったぁあああああああああッ!!? 

 

『まあ、それはいい。私の姪が本気で選んだと言うのだ。直接会って色々と話したかったところだが、この場では礼だけ言っておこう』

「あいつ殴る、ぜってえ殴る」

「……知らないうちに、紹介されてたなんて」

 

 ディンリードの妙に迫力のある笑顔に、親友を取り戻したらまず半殺しにすることを心に決めた。

 

 そんな俺の心境とは裏腹に、最初の柔和な笑顔に戻ったディンリードは穏やかに話を続ける。

 

『ありがとう、その子を救ってくれて。愛してくれて。私の生涯で最大の感謝を述べよう』

「……なんか、遥か昔の人間に礼を言われるってのもすごい妙な気分だな」

 

 大概あいつの奇行にも驚き慣れたが、これだけはマジでぶっ飛びすぎてる。

 

 思わず現実逃避しかけていると、ユエに視線の高さを戻したディンリードは真剣な顔になった。

 

『さて。アレーティア、君がいつ、どのようにこれを見ているのかは分からない。もしかしたらもう知っているかもしれない。どうして私が、君を裏切ったのか。あの暗闇の中に閉じ込めたのか』

「っ……」

『だが今一度、あまり時間がないから簡潔になるが説明しよう──アレーティア。君は生まれながらにエヒトの器だったんだ』

「……え?」

「やっぱり、か」

 

 呆然とするユエの隣で一人納得しつつ、ディンリードの言葉に耳を傾ける。

 

『エヒトは魂だけの存在。上位存在である自分を受け止められる〝器〟を欲していた。そしてユエ、君はその器たりうる数百年、いや数千年に一度の存在だったのだよ』

「私が……エヒトの器たりうる存在……」

 

 

 

 

 

 それが、シュウジが裏切りを演じてまでユエを守ろうとしていた理由。

 

 

 

 

 

 その肉体の簒奪を阻止し、エヒトによって塗り潰されるだろうユエの魂を守る為に。

 

 ユエが天然物とすれば、あいつは人工の……いいや、()()の〝器〟だった。

 

 自分が〝受け入れられる〟ことを利用して、あいつは自分を身代わりにユエを庇ったのだ。

 

『エヒトに君が狙われていることを知った私は、クーデターを起こしたふりをして君を殺したと見せかけ、封印した。この空間を完全に隠蔽して、エヒトですら見抜けないようにして』

「私を守るためというのは、本当だった……?」

『苦渋の決断だった。こんなことを口にしても信じられるかは怪しいが、それでも君に話すわけにはいかなかった』

「どうしてっ……!」

『君自身がそれを知ってしまえば、エヒトと戦おうとしただろう。残念だがそれは悪手だった』

 

 当時からユエは強かったのだろうが、しかしエヒトに対抗できるほどではなかったのだろう。

 

『それに、私を恨むことで生きる活力になると思ったんだ。案の定、それを聞いたら〝彼〟は濁しながらも教えてくれたね』

「っ……」

 

 苦笑いするディンリードに、俺も同じ顔にならざるをえない。

 

 恨みというのは強い感情だ。月日が積もれば積もるほど強くなり、大きくなっていく。

 

 自ら愛するものに恨まれるというのは、どれだけの辛さなのか。

 

 それはディンリードの幻影が固く握り締めた拳から、ある程度推し量れた。

 

『必要だったことは事実だが、君を傷つけた。そのことを今更謝ることはしない。そんな権利はないだろうしね──でも、〝これ〟だけは知っておいてほしい。信じてほしい』

「っ、叔父様……」

 

 僅かに首を振ったディンリードは、眉間に寄った皺を消してこちらに向き直る。

 

 そうすると今度は、とても辛そうな……でも、優しく、慈しむような。

 

 今にも泣きそうな、そんな顔をしながら。

 

 

 

 

 

 

『愛している。アレーティア。君を心から愛している。ただの一度とて、煩わしく思ったことなどない──娘のように思っていたんだ』

 

 

 

 

 

 

 それでも、確固たる口調で告白した。

 

「う、そ…………っ」

『守れなくてすまない。誰かに託すことしかできなくてすまない。こんな不甲斐ない父親役で、ごめんね』

「叔父様っ、ディン叔父様っ! 私も、私だってっ!」

 

 ユエが叫ぶのを、俺は止めない。

 

 絶対に流させないと自分に誓っていた涙が、彼女の頬をホロホロと流れ落ちている。

 

 だが、同じものを目尻に光らせながらも決して零さないディンリードの手前、グッと我慢して見守った。

 

『傍にいたかった。君が幸せになるのを見るのが夢だった。君を知ったのこそ半日ほど前だが、アレーティアの隣にいる君を一発殴ってから一緒に酒を酌み交わしたかったよ、ハジメくん』

 

 ユエに、そして俺に。

 

 静かに、心に染み込んでいくような優しい声でディンリードは告げながら。

 

 ゆっくりと幻影がこちらにやってきて……俺の胸のあたりに、軽く握った拳を押し付けた。

 

『そしてこう言うんだ──〝私の娘を、どうかよろしくお願いします〟と』

「おじさ……〝お父さん〟っ!」

 

 ユエが叫ぶ。

 

 今すぐ抱きしめたいと思う自分の心を押さえ付け、人生で一番の思いで顔を引き締める。

 

 それから一歩二歩下がって……ゆっくりと、お義父さん(ディンリード)に頭を下げた。

 

「必ず、幸せにします」

「っ、ハジメぇ……!」

 

 ……わかってる。これは意味のない行為だ。

 

 どういうわけかあいつが関わってたらしいが、所詮これは過去の残像。

 

 三百年前のディンリードに届くはずもない。

 

『うん。男と男の約束だ、世界で一番幸せにしてやってくれ』

 

 だから、きっと。

 

 すぐにそんな言葉が返ってきたのも、偶然なんだろう。

 

『そろそろ時間が来る。私の生成魔法では、このあたりで限界だ』

「やっ、嫌っ! こんな、これだけなんて……っ!」

 

 顔をあげると、ディンリードの幻影が薄れている。

 

 おそらくアーティファクトの記録時間が限界なのだろう、それなのに目は穏やかで。

 

『もっと色々と話したいし、伝えたいこともあるのだが……まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()からね。その時にとっておこう』

「…………?」

「っ……おとう、さんっ……!」

 

 泣きじゃくるユエが、両手を伸ばす。

 

 抱き着こうとしたのだろう。深い愛情と、凄まじい覚悟で自分を愛してくれた〝父親〟に。

 

 だがその手は虚空を切り、まるでそうすることが分かっていたようにディンリードが笑って。

 

『アレーティア。私の一番大事な宝物。もう君の傍にはいられないが、永遠に祈り続けよう。君に無限の幸福が降り注ぐことを。太陽が照らすより暖かく、そして月より優しい光に包まれた、そんな人生でありますように』

「いや、いやぁっ、おとうさぁんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──さようなら、アレーティア。君の世界に、幸せが満ち溢れんことを』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後まで、優しいままに。

 

 静かに、音もなく。

 

 ディンリードの幻影が、消えた。

 

「うぁ、あぁああ、あああぁあ…………!」

「……ユエ」

「私……私ずっと、お父さんのこと、勘違いして……!」

 

 まるで、迷子の子供みたいだった。

 

 涙を流し、言葉は弱々しく、眉は下がって、目元は後悔に歪んでいる。

 

 流石に見かねて、両手を広げた。

 

「来い」

「っ、あぁああああああっ!!!」

 

 飛び込んでくるユエは俺の胸に顔を埋めて、あらんかぎりの声で泣き叫ぶ。

 

 

 

 後悔と、悲しみと、そして嬉しさの入り混じった慟哭。

 

 それはきっと、俺という存在で自分の中の矛盾を誤魔化して。

 

 そして目を逸らしたままじゃ、流せもしなかったもので。

 

 

 

 ……ああ、なるほど。

 

「あのクソジジイ、こうなることまで予期してやがったな」

「私、ずっとお父さんを恨んでっ! あんなに、あんなに愛してくれてたのに! 大好きだったのに!」

「全部吐き出せ。言っただろ、受け止めてやる。気が済むまで、全部言っちまえ」

「お父さんっ! お父さん、ごめんなさいっ! ありがとうっ、ありが、とぉ…………!」

 

 聞いたこともないような弱々しい声で、濁流のように言葉を吐き出すユエ。

 

 愛情を込めてその頭を右手で撫でながら、小さな体を左手でしっかりと抱きしめて。

 

 ただ、同時に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──もしかしたら、また会えるかもしれないからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのディンリードの言葉が、やけに耳に残っていた。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

ユエがこちらに残っているので、このエピソードが早まりました。



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小さな約束

ハジメ「俺だ。前回はユエの件に進展があった。ついでに間接的に紹介されてたな」

ユエ「幾ら何でも、予想外すぎる……」

エボルト「本編の展開的にここに今いないが、あいつ愉悦顔だったぞ」

ハジメ「だろうな!」

雫「まったく、いつも驚かせてくれるわね。さて、今回は龍太郎のお話しみたい。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる終末編!」」」」


 

 龍太郎 SIDE

 

 

 

「……だーっ! 暇だぁ!」

 

 

 

 南雲達は資材の調達に行っちまうし、雫と鈴も上で魔物相手に修行してるしよぉ。

 

 光輝はクラスの奴らや、先生を守るために王都に行っちまった。

 

 それなのに俺だけこんなとこで留守番とか、そりゃねえだろ。

 

 

 

 いや、わかっちゃいる。

 

 この隠れ家は南雲達の大切な作業場だし、海人族の親娘とか北野の恋人を守らなきゃならねえ。

 

 それに、自分のハザードレベルがこれ以上強化されると()()()ってのもわかる。

 

 

 

 そういや未来から来た方の南雲にボトルを解析してもらった時、なんか言ってたな。

 

 確か……あの洞窟の偽物の俺の魔力と、俺のネビュラの成分が混ざり合って生まれた、だったか? 

 

 何が起こるのかわからない未知のボトルだから、絶対に使うなとか言われてたな。

 

 

 

 それでも、こんなふうに叫んじまうくらいには暇なんだよなぁ。

 

 こんな何もしないでゴロゴロしてるとか、性に合わねえ。

 

「釣りでもすっかなぁ……」

「んしょ、んしょ」

「ん?」

 

 声がして、そちらを振り返る。

 

 すると、海人族のガキが飯が乗ったお盆を持ってリビングに入ってきてた。

 

 どっかにそれを運ぼうとしてるのか、声を出しながら歩く姿は、なんか見てて和む。

 

 

 

 南雲が溺愛してる上、母親も惚れてるっつーんだから、あいつドン・◯ァンだよなぁ……

 

「おい、どうした? どっか行くのか? 母ちゃんはどうした?」

 

 思わず声をかけると、ぴたりと立ち止まったガキはこっちを見る。

 

「……ママはパパ達のご飯作ってるの。ミュウ、まだちっちゃいからあんまりお手伝いできないの」

「あー、そういうことか」

 

 確かにちっちゃいもんなこいつ。

 

 まだ四歳とか言ってたか? それなのにあんな経験して、大変だな……

 

 小さいって言えば、鈴のやつ大丈夫だろうな。雫が一緒だし、平気だとは思うが……

 

「うぐぐぐ、心配すぎる……!」

「ゴリラのお兄ちゃん、変な顔してどうしたの?」

「いやゴリラじゃねえ!?」

「ぴゃっ!」

 

 飛び跳ねたミュウが涙目になる。やべっ、いつも鈴に言われるノリで反応しちまった! 

 

 一瞬で南雲にミサイルぶち込まれる予想ができた。あいつ超親バカなんだよなぁ! 

 

「すまん! でかい声出したらびっくりするよな!」

「……怒ってる?」

「いやいや、怒ってねえよ。だからほら、そんな隠れないで、な?」

 

 元々ガキの相手は苦手だが、そうも怯えられると流石に傷つく。

 

 

 

 プルプル震えるミュウに色々話しかけていると、徐々に怯えなくなった。

 

 上手くいったかと思っていると、ふとその手にある飯に目がいった。

 

「それ、どこに持ってくんだ?」

「リベルちゃんのとこなの。リベルちゃん、朝から何も食べてないから」

「ああ……」

 

 そういや北野の娘、あのルイネっていう女にずっとひっついたままだな。

 

 南雲もなんとか休ませようしてたみてえだが、頑として動かねえらしい。

 

 ホムンなんたらだか知らねえが、この世界のガキはどいつも強えなあ。

 

「そんなら俺もついてくぜ。ちょうど暇してたからな」

「? 一緒にお見舞いするの?」

「まあ、そんなとこだな。ほれ、それ貸せ」

 

 立って手を出すと、俺と飯を交互に見る。

 

 やがて、おずおずと差し出された飯を受け取った。

 

「んじゃ、行くか。隣のベッドルームだろ?」

「うん、そうなの」

 

 ミュウと一緒にリビングを出る。

 

 別にそんな仲がいいわけでもないから、道中会話はなかった。

 

 大した距離じゃねえが、なんかむず痒い。

 

「あー、なんだ」

「? どうしたの?」

「お前、南雲のことは好きか?」

「パパ? うん、大好きっ! あのね、パパはいつも優しく頭を撫でてくれるの! それに甘いお菓子も食べさせてくれるし、それにそれに……」

「お、おう」

 

 ど、怒涛の勢いで喋りだしたな。

 

 キラッキラした目に、もしかしてこいつも? なんて思っちまうのは南雲に失礼か。

 

 ……いや、むしろあいつがこのガキを嫁に出すとは思えねえ。相手のこと絶対ぶっ殺すだろ。

 

 

 

 ミュウの先行きが不安になっているうちに、すぐに到着した。

 

「んん〜!」

「ったく、普通に俺が開けるよ」

 

 両手で扉を押すミュウに、片手に飯を持ち替えながら手助けしてやる。

 

 振り返ったミュウから「ありがと!」という二パーとした笑顔が帰ってきた。普通に可愛いな。

 

「えーと、リベルちゃんは……いた!」

 

 だが俺に視線が向いていたのは一瞬、あっという間に中に入っちまった。

 

 特に何も思わず、後を追いかけて中に入る。

 

 

 

 

 

 どこぞの高級ホテルかという吹き抜けのベッドルームには、一人の女が眠っていた。

 

 

 

 

 

 爽やかな風が吹き抜ける中、静かな寝息を立てながらでかいベッドに横たわっている。

 

 鈴がいる以上惚れたりはしねえが、その寝顔は鈍い俺でも見惚れるほど神秘的だった。

 

「リベルちゃん、起きるの! ご飯持ってきたの!」

「んう……ミュウちゃん?」

 

 っと、目的を忘れるとこだった。

 

 ベッドの横で寝てた北野の娘は、ミュウに起こされて目をこすっていた。

 

 我ながら無駄に図体がでかいのはわかってるので、近づいてなるべく優しい声を心がけた。

 

「ほれ、飯だ。ガキはちゃんと食わねえと成長できねえぞ」

「ありがと、龍おじちゃん」

「ぐふっ……」

 

 お、おじちゃん……まだ17歳なのにおじちゃん……南雲、お前の気持ちがわかったぜ……

 

「はいリベルちゃん、あーんなの」

「あーん!」

 

 ミュウに飯を食わされている北野の娘から、寝ている女に目を向ける。

 

 

 

 香織とエボルトの野郎のおかげで一命は取り留めたらしいが、昨日から起きる気配はない。

 

 香織とみーたんによれば……おそらく決戦までには、目覚めない。

 

 俺から見てもほとんど死にかけだったのはわかるし、不思議なことじゃねえ。

 

「う……ぁ……」

「っ!」

 

 そんなことを思った矢先、唸り声をあげた。

 

 表情が険しくなるが、目は閉じたまま。目覚めたんじゃないらしい。

 

「北野、殿……私、を…………」

「…………」

 

 北野の、夢を見てんのか。

 

 事情を深くは知らねえが、中村や使徒に囲まれてた時の話からなんとなく察している。

 

 南雲も相当だが、北野は北野で随分厄介な男女関係をしてるらしい。

 

 気になんのは、この女が()()()()()()()()()ってとこだが……

 

「私を…………ゆるさ、ないで……」

「っ!」

「責めて、いいから…………」

 

 ……こいつ。

 

「それでも……私は…………あなたのことを…………」

 

 そこで寝言は止まった。

 

 代わりに、涙が頬を伝っていて。

 

「…………」

 

 ……俺は、何も言えなかった。

 

「……ママ、ずっとこうなの」

 

 そんな俺の時間を動かしたのは、北野の娘の一言だった。

 

 ゆっくりとそっちを見ると、北野の娘はひどく暗い顔をしている。

 

「何回もパパに許さないでって、でも好きだって……」

 

 途中で途切れちゃあいたが……まあ、あながち外れってわけでもないだろう。

 

 無意識に潜んだ本心ってやつか? あの時の話じゃ、北野とは別れたっぽい感じだったけどなぁ。

 

 別れたのに実は愛があった。なんて、ドラマみてえな話だが。

 

「……このことは、南雲達は知ってんのか?」

「ううん。多分、ママは知られたくないと思うの。だからミュウちゃんにも〝しー〟してもらってるんだ」

 

 首を横に振る北野の娘。ミュウが心配そうに見ている。

 

「わかんないよ……どうしてママがママを責めなくちゃいけないの? パパはパパじゃだめなの?」

「リベルちゃん……」

「私にとってのパパとママは、二人だけなのに……!」

 

 ついに泣き出しちまった北野の娘を、ミュウがそっと抱きしめた。

 

 俺は……流石に同じようにはしてやれねえ。バレたら南雲に殺されそうだし。

 

 でも。

 

「安心しな、ガキンチョ」

「……?」

「俺が北野を助けてやる……のは無理だけどよ。でも、お前の母ちゃんを守ることくらいはできると思うぜ」

「おじちゃんがママを……はっ、まさかママをねらって!?」

「いや俺彼女いるから!」

「うん、知ってるよ。てへっ」

「そういうとこは北野の娘だなお前!」

 

 お、思ったより元気じゃねえかこいつ。

 

 なんか空回りしてる気がするが、気を取り直して言葉を続ける。

 

「お前の母ちゃんと北野の関係については、正直よくわかんねえ。俺が口出しする問題じゃないしな」

「…………うん」

「でもな。俺はこの世界に来たばっかの時、北野に世話になった。そのことを忘れてはいねえ」

 

 あいつが訓練してくれなかったら、南雲に助けられる以前に死んでたかもしれねえ。

 

 エボルトの奴から与えられたライダーシステムの力がなけりゃ、鈴を守れなかった。

 

 

 

 誰かを守る力が欲しかった。

 

 ガキの頃から空手で鍛えてきたのも、それが頭の悪い俺にもできる力のつけ方だったからだ。

 

 そしてライダーシステムは、エボルトに言わせれば『顔も知らない誰かの明日を創るための力』らしい。

 

 

 

 それならば。

 

「俺が、お前と母ちゃんの明日を守ってやる。なにせ仮面ライダーってのは、愛と平和を守る戦士だからな」

 

 それが俺が北野にできる、一番の恩返しのやり方だろう。

 

 誰かを守る力をもらった。だったらそれは、こういう泣いてるガキの為に使うもののはずだ。

 

「心火を燃やして、この世界を破壊しようとする奴らをぶっ潰す。そんで守りきって北野が帰ってきた時にゃ、お前が母ちゃんとあいつを繋いでやれ」

「……できるかな。わたし、ママを守れなかったのに」

「できるさ。だってお前の両親だろ? だったらお前しか三人一緒の明日は創れねえだろ」

 

 ニッと元気付ける為に笑いかけて、北野の娘の頭を軽く撫で回す。

 

 南雲よりは寛容だと思うし、これくらいは許されるだろう。うん。

 

「……うん、わかった! わたし、信じて待つよ!」

「おう、任せとけ」

「ありがと、龍おじちゃん!」

「頑張ってなの!」

「ああ、心火を燃やして戦うぜ!」

 

 あんまりガキの相手は得意じゃあねえが、こういうのも悪くねえな。

 

「ミュウー、リベルちゃーん。そろそろパパ達が返ってくるそうよー」

「あ、ママの声だ! 行こうリベルちゃん!」

「あ、うん!」

 

 多少吹っ切れたのか、ミュウに引っ張られる形でベッドルームを出て行った。

 

 俺もついて行こうとして……ふとあるものが目に止まる。

 

 

 

 元の穏やかな顔で眠っている女の手の中に、ドライバーがあったのだ。

 

 確か北野が作ったドライバーとか言ってた。エボルドライバーによく似た形をしている。

 

「……そういや、ブリーザードナックルは南雲がこの迷宮で変身した時のアーティファクトを参考に作ったんだっけか?」

 

 そうだ。

 

 これ以上スクラッシュドライバーのライダーシステムで強くなることが危険なら。

 

 もしかしてこいつを使えば、俺は……

 

「……いや、んなわけないか。そもそも変身機能はついてないって話だったしな」

 

 頭に浮かんだことを打ち消して、俺は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……妙に何かを引きずった気持ちのままで。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回はメルドさんです。


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大義の裏に隠したもの

今回も引き続き、他キャラの話です。決戦までもうちょっとお付き合いください。

龍太郎「おう。前回は俺とガキどもの話だったな」

ハジメ「ミュウに触れなくてよかったな坂上。命を失わずに済んだぞ」

龍太郎「いやこえーよ!?」

ティオ「ほほ、子煩悩じゃのう。もう何があろうと娘だと言うじゃろうな」

美空「ついでにあの美人なお母さんがついてくるのは複雑だけどね」ジトー

ハジメ「うっ、と、とにかく今回はメルドの話だ! それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる終末編!」」」」


 メルド SIDE

 

 

 

 ……沈黙が、この場を包み込んでいた。

 

 

 

「………………」

「………………」

 

 顔を上げることができない。

 

 無言でいる彼女が俺を、どういった目で見ているのかと思うと恐ろしい。

 

 慣れ親しんだ騎士団の駐屯所の団長室、兼執務室だというのに肌寒さすら感じる。

 

 

 

 こうして俺がここに戻っているのは、ひとえにベルナージュ王女のおかげだ。

 

 ランデル殿下は未だ幼く、実質的に今の王国を統治するのは歴代最大の才女たるあのお方。

 

 幼き頃より王の風格を持っておられたあのお方は、国に背信した俺を生涯の忠誠と引き換えに宥免したのだ。

 

 「エボルトに踊らされるのにはもう慣れた」と言った時の、少々疲れた顔が記憶に新しい。

 

 

 

 ともあれ、こうして再び賜った騎士団長の地位。

 

 スマッシュになり、私についてきた部下達共々、この身を王国の守護に捧げるつもりだ。

 

 既に王都の外では防衛陣地が構築されており、ファウストの戦力が集結しつつある。

 

 

 

 各地の防衛も考え、召集されたのは七割の軍と兵器──人機合わせ、約四十一万八千余りの戦力。

 

 そこに各国の軍と浩介達地球からの子供達も加え、エヒトの軍勢を撃退する。

 

 ……心苦しいことだが、あいつらが決意したのだ。口を出すのも野暮だろう。

 

 

 

 

 

 ついに、聖戦の時がやってきたのだ。

 

 

 

 

 

 エボルトに拉致され、我らが神と崇めたものの正体を知った。

 

 伝達役として使えそうだという理由で同様に誘拐された浩介共々人体実験を受け、あいつは影に。

 

 そして私は仮面ライダーとなり、大義をこの胸に、騎士としてあるまじき非道を行なってきた。

 

 エボルトに命令されていたとは言え、恵里に傀儡とされた者達を見捨てたことも、その一つ。

 

 

 

 そうして巡り巡ってたどり着いたのは、この部屋だ。

 

 王国、ひいては世界守護という大義の裏に隠した──俺が一番守りたかった唯一の人。

 

 セントレア。我が生涯の右腕たる騎士にして、幼き頃から心を寄せていた女性。

 

 

 

 そんな彼女は今──私に罵倒どころか挨拶さえもしてくれなかった。

 

 色々遠回りなことを考えていたのは、その事実から目を背ける為だ。

 

 ははっ、年甲斐もなく泣きそう。

 

「……あの、セントレ」

「黙れ。まだ話したくない」

「っ……」

 

 これは、相当嫌われてしまったな。

 

 当たり前か。いかな彼女自身を守るとはいえ、あの夜俺はこいつに刃を向けてしまったのだ。

 

 これまで共に積み重ねてきた絆が壊れてしまっても文句が言えないことを……俺はしてしまった。

 

 

(か っ こ い い !!!)

 

 

 ああ、どうやって詫びればいいのだ……

 

 

(あの時は気が動転してよくわからなかったが、メルドのやつ一段と凛々しくなりおって! 元から精悍ではあったものの、キリッとした目元とか落ち着いた口調とか! どれだけ私を魅了すれば気がすむのだ! ああっ、恥ずかしくてまともに目を合わせられん!)

 

 

 くそっ、こんなことならばもっと早く自分の心に気が付いていれば……

 

 

(いや待て、待つのだセントレアよ。せっかくベルナージュ様が気を利かせ、時間がない中こんな場を作ってくれたのだ。これはもう、いっそのこと我が想いを打ち明けてしまえというあの方の配慮であろう。うん、そうに違いない)

 

 

 だが、自分のしたことに責任は持たなくてはいけない。

 

 どうせもう嫌われているのは確かなのだ。それならばこれから全力で挽回する、道はそれのみ。

 

 その第一歩として、少しでも彼女の信頼をここで取り戻さなければ。

 

「セントレア。頼む、話をさせてくれ」

「っ……」

「俺に多くの罪があることは認めよう。その上で、お前の信頼を取り戻すための努力をしたいのだ」

 

 俺にできる全ての誠意を込めたつもりで、じっとセントレアを見つめる。

 

 あいつは少しだけこちらを一瞥したものの、赤い顔ですぐにそっぽを向いてしまう。

 

 顔に出るほど怒りは深い、か……

 

 

(ああ、そんな真剣な目で私を見るな。胸がドキドキするだろう! だ、だがしかし! ここで退いてしまっては天閃の白騎士の名折れ! 気張るのだセントレア!)

 

 

「……事情は、部下達から聞いている」

「っ!」

 

 初めて、あちらから話しかけられた。

 

 未だ声は硬く、顔は彼方を向いたままであるものの、俺へ言葉を向けてくれたのだ。

 

 それだけで歓喜する自分に呆れながらも、彼女の言葉を一言一句聞き逃すまいと耳を傾ける。

 

「騎士団の中でも、お前直属の騎士。そしてあまり戦闘に秀でていなかった者達や、魔人族との戦争を前に心折れていた者達をあの怪物へと変え、密かに率いていたそうだな」

「あ、ああ。一時的にスマッシュと化すが、後で必ず元に戻せるとエボルトは確約した。それに、あいつらを死なせたくはなかったのだ」

 

 これは、言い訳ではなく本心だ。

 

 副団長を第一の協力者に、おそらく戦争で死ぬだろうと言われていた者達に力を与えたかった。

 

 そして彼らが力に溺れないよう、私は業腹なことに恵里に軽くその心を操ってもらい、率いた。

 

「エボルトの用意した人形によって、オルクス大迷宮で兵士が殺された偽装もしたと聞いた」

「……そうだ。あの件も私が命じられて実行した」

 

 魔人族の女が光輝達の前に現れた時、エボルトが用意していたものを使い兵の死を装った。

 

 なんでも反逆者──否、解放者達が神との戦いに備えて作ったアーティファクトの素体らしい。

 

 

 

 今でこそ本人は家へ帰っているものの……偽の死を伝えた時の妻子の顔は、忘れていない。

 

 あれもまた、数ある俺の罪の一つ。これから先死ぬまで背負うべき業だ。

 

「全て、俺の責任だ。恵里に傀儡にされた者達のことも含め、一生を以って償いをしていく」

「そうか、ならば勝手にしろ。少なくとも、ベルナージュ様はそれを条件にお前を許したのだからな」

「……お前は、許していないようだな」

 

 その質問には答えこそ返ってこなかったが、沈黙が肯定となった。

 

 たとえ他の何を償おうとも、俺がこいつに秘め事をし、傷つけたことは取り消せない。

 

 副団長よりも信頼を置く、昔からいつも隣にいてくれたこいつを、突き放してしまったのだ。

 

「何故だ」

「っ」

「何故、私を置いていった。どうして一人で背負ったのだ」

「……それは」

 

 お前を愛していたからこそ危険に晒したくなかった、などと。

 

 数多の罪を重ねてきた今の俺には、その言葉だけは口にすることができない。

 

「……お前は騎士団の中でも人気がある。だから俺がいなくなった後も、お前ならば騎士団を任せられると思った」

「あいにくと私は女だ。いくら実力があろうとも、お前のように全員従うわけではない」

「……それに、責任感の強いお前ならば光輝達を見守ってくれると確信した」

「つまり、とことんまで私を利用するつもりだったのだな」

 

 駄目だ。何を言おうとも印象が悪くなるばかりで状況が好転しない。

 

 我ながら何という口下手。

 

 以前女騎士達に女との話し方を教えられた時、もっと真面目に生きておくべきだった。

 

「まあ、それもよかろう。お前は長、この国を守護する騎士達の旗印。私もそれに属する以上、文句は言えまい」

「……すまない。そんな気持ちでお前に隠してきたわけではなかったんだが」

「では先ほどの言葉は、全て偽りだったと?」

 

 そういうわけでもないことが、自分でした言い訳ながら辛いことだ。

 

 

 

 あの夜、そして雪原での龍太郎との戦いでもしも命を落としたら、騎士達を任せられるのはこいつだけだと思った。

 

 カリスマも実力も、ついでに言えば俺より事務能力がある。

 

 故に、騎士団の要となりうる。

 

 俺も精一杯やってきたつもりだが、こいつがいなければここまで騎士団をまとめ上げられなかった。

 

 

 

 そういった様々な理由があり……しかしその中心にあるのは、俺個人の我儘だった。

 

「……すまん」

「何に対して謝っている。己を偽っていたことか? それとも私を利用したことか?」

「……全てだ」

 

 ファウストにいながらのうのうと騎士団長をしていたこと。打算を押し付けてしまったこと。

 

 そして何よりも──この心にある気持ちを、お前に伝えられないことに。

 

「ベルナージュ様、ひいては王国にそうしたように、俺のできる全てで償おう。なんなりと命じるといい」

 

 ベルナージュ様に赦しをいただいた際、ある一つのことをお頼みした。

 

 

 

 それは、彼女に俺と同じ権限を与えること。

 

 

 

 つまり今のこいつならば──この場で俺の首を撥ねたとて、咎められはしない。

 

 何故なら俺は裏切り者、反逆者なのだから。

 

 仮にも仮面ライダーとしては、来たる聖戦に向けて戦力の大幅な低下になるだろう、が。

 

「それでお前の気が済むのなら、どんな報いをも受け入れよう」

「……そうか」

 

 低い声で答えたセントレアは、少しの間瞑目する。

 

 やがて、小さな深呼吸と共に見開いた青の瞳を、俺へと向けてきた。

 

 

 

 ああ……この真剣な目は。やはりこの命で償うしかないのか。

 

 いいだろう、甘んじて受け入れる。

 

 だが。

 

 自ら封じておきながら烏滸がましいことだが、せめてこの気持ちを一言でも伝えたかっ──

 

「告白しろ」

「…………………………なんだと?」

 

 今こいつ、なんて言った? 

 

「この場で全て、包み隠さず心の内を暴くのだ。一つの嘘も許さん。そして何もかも曝け出したと私が判断した時は──許すとはいかずとも、挽回の機会をやる」

「あ、ああ。そういうことか」

 

 なんだ、ほんの少しだけ()()()()()()かと思ってしまった。

 

 

 

 今更そんな勘違いをした自分を恥じつつも、言われた通りに一つずつ秘密を明かす。

 

 これまでエボルトに言われるがままにしてきたこと、抱えてきた苦悩や痛み、そして後悔。

 

 思いつく限り、俺の中にある者をことごとく吐き出した。

 

 

 

 だが。  

 

「これで全てだ。もうこれ以上後ろめたいことは残っていない」

「……むう」

 

 どういうわけか、セントレアの機嫌は一向に治らない。

 

 それどころか、先ほどまでの鉄面皮とは裏腹に頬を膨らませ、睨んでくるではないか。

 

 久しぶりに見たその顔に愛らしいと思いつつも、何故そんな顔をするのか理由が検討もつかない。

 

「な、なんだ。もう本当にないぞ?」

「……まだあるだろう」

「いや本当にない。なんならエボルトから預かった、嘘を見通すアーティファクトを使っても──」

「あるだろ! 他にも!」

 

 俺にどうしろと? 

 

「今更何を隠すというのだ! せっかく機会をやったのだから堂々と言え!」

「何の話をしている? 俺が仮面ライダーとして積み重ねてきた所業は何もかも──」

「そうじゃない! そうじゃなくて、もっとこう、私に対して──」

「……………お前に対して?」

 

 そこでセントレアはハッとした。

 

 そうするとゆっくり対面のソファへ腰を下ろして、豊かな胸の下で腕を組む。

 

 再び顔をあちらへやって、いかにも怒ってますという顔でツンとするが。

 

「……もしかしてお前、わかってやってないか?」

 

 ビクゥ! とセントレアの肩が跳ねた。それはもうわかりやすいくらいに。

 

 それで確信が持てた。こいつ俺の気持ちにとっくに気がついてたな? 

 

 

 

 完全な理解を得た瞬間、どっと力が抜けるような気がした。

 

 こう、なんというか。ひどく空回りしたような、見当違いな方法で剣の素振りをしたような……

 

「お前……」

「にゃ、にゃんのことだ? 私はただ、お前がこれまで腹の中に隠してきた謀を暴こうと……」

「お前、昔から動揺すると眉が上がる癖が治ってないぞ」

「なんだと!?」

 

 慌てて自分の眉を触り、「はぅあっ!?」と声を出すセントレア。

 

 孤児院にいた頃、俺の分の菓子を盗み食いしたことを問い詰めた時とそっくりだ。

 

「ああもう、なんというか色々とバカらしくなってきた。何を深く考え込んでいたのだ俺は……」

「し、失礼だぞメルド! まるで私が怒っているふりをして、お前に愛の告白でもさせようとするズル賢い女みたいじゃないか!」

 

 いやまったくその通りだが? 

 

「お前は、本当に変わらんなあ……まっすぐで頑固なくせ、実はわりと強かなところが子供の頃から一片もなくなっとらん」

「それは成長していないと言いたいのか!?」

「むしろ、そのまま成長したことに感嘆すらしてるが……」

 

 しかし、うん、まあ。

 

 必死に自分の気持ちを抑え込もうとしていたことが、途端にアホらしくなった。

 

 というか何をやっていたのだ昔の俺。歳を気にして、こんなわかりやすい態度を見逃していたのか。

 

 こいつもこいつだが、俺も大概らしい。たとえ力を手に入れても、あんがい変わらんな。

 

「ははは。お前がそのままでいてくれて、安心した。俺はまだ懐かしめるような居場所があったのだな」

「む、むう。これは褒められているのか、貶されているのか。どっちなのだ……?」

 

 何やら一人つぶやいているセントレアを見て、俺は決意する。

 

 

 

 やはり、この気持ちは口にはできない。

 

 俺の行い全てを贖罪したその時、初めて言葉にすることが許されるだろう。

 

 だから……と考えながら、俺は外套のポケットからあるものを取り出した。

 

「セントレア」

「む、なんだメルド。今ちょっと考え事をして……」

「これを受け取ってくれ」

 

 テーブルの上に、取り出した小箱を置く。

 

 そのまま片手で蓋を開けて見せると、セントレアは……硬直した。

 

「不思議なことだが、ファウストは給料が出てな。しかも騎士団の給与よりも若干多いのが何とも言い難い」

「お、お前、これ……」

「覚えているか。子供の頃、最初に二人で街に出た時。お前はアクセサリーショップの前で立ち止まり、熱心に見ていたな」

 

 今でもあれは鮮明に覚えている。

 

 店に並ぶ、宝石をあしらわれた見事な細工の数々に目を輝かせていた彼女を。

 

 そして幼いながらに思ったものだ。

 

 

 

 

 

 いつかこいつに、とびきり綺麗なアクセサリーを贈ろう、と。

 

 

 

 

 

「特にお前はグランツ鉱石で作られたものが好きだったな。求婚の際に贈るという話も楽しそうに聞いていた」

「め、メルド……」

「だからまあ、貴族様がつけているような最上級のものでもないんだが……これを、お前に贈りたい」

 

 エボルトから給料が出ると聞いた時、真っ先にこれを買おうと思った。

 

 幸いにも、こいつとの思い出の中にあった店はまだあった。

 

 そして俺は、こいつがあの時見つめていたものによく似た──この婚約指輪を、買った。

 

「俺には果たさなければいけない大義がある。そのために犠牲にしたものを補う責務も。だからそういうことを言えはしないが……」

「…………」

「これが、俺の気持ちだ。お前だけ、生涯ただ一人に捧げる心の証だ」

「──っ!」

「受け取って、くれるか?」

 

 セントレアは、目を見開いた。

 

 

 

 両手で口元を覆い、顔も耳も真っ赤に染めて、宝石のような目は潤んでいる。

 

 しかしそれを隠すためか、すぐに俯いて見えなくなってしまった。

 

 その表情の意味が、嬉しさであることを祈りながら俺はじっと答えを待つ。

 

「……ん」

 

 やがて、か細い言葉とも言えない言葉と共に。

 

 こちらに向かって、白い左手が突き出された。

 

「セントレア……」

「ん!」

 

 また可愛らしい唸り声をあげて、さっさとしろと左手を主張するセントレア。

 

 あいも変わらず顔はこちらを向いていないが……少なくとも、その望みは理解できた。

 

 

 

 俺は小箱を手に取り、指輪を慎重に取り出す。

 

 細々しく、ネビュラガスで強化された指の力なら簡単に砕けそうな指輪。

 

 そんな指輪以上に繊細で美しい、セントレアの左手をそっと取る。

 

「んっ……」

 

 セントレアは、一瞬震えて。

 

 しかし手を引くことはなく、俺は安堵ともに指輪を薬指に通した。

 

 指の根本までしっかりと通した瞬間、セントレアは驚くほどの速さで手を引く。

 

「──メルド。お前が言えなくても、私は言うぞ」

 

 そうすると右手で包み込み、胸に押しつけるように抱いて。

 

「お前が好きだ。大好きだ。これから先ずっと、お前だけが私の唯一だ」

「っ!」

「愛してるぞ、メルド!」

 

 華が咲くような笑顔で、彼女の想いを聞いた。

 

 

 

 駆け巡る幸福感。堪えきれない喜びと安堵。

 

 

 それに任せるままに、俺はセントレアへ手を伸ばし──

 

 

 

「セント──」

「「「「「よっしゃぁあああああああああ!!!」」」」」

 

 触れようとした瞬間、重なる大声と共に部屋の扉が破壊された。

 

 反射的にそちらを振り返ると、扉を下敷きに部下達が折り重なるようにして倒れている。

 

 中にはスマッシュに変わっている者もおり、その優れた聴覚で何をしていたのかすぐにわかる。

 

「お前ら、人の大事な話を盗み聞きとはいい度胸だな……」

「いやいやいや、こんなの見逃せないでしょ団長!」

『そうっすよ団長! 俺たちが何年あんた達のこと見守ってたと思うんですか!』

『セントレア様、ついにやったんですね! おめでとうございます!』

「今夜は宴だぞ! 全員集めて酒盛りだぁ!」

 

 男も女も、仲良く小山になりながらギャーギャーと騒ぎ立てる。

 

 騎士として呆れたらいいのか、それとも好かれていることに感謝すればいいのか……

 

「お、おみゃえたち、しょんな、しょんなに喜ぶにゃぁ! はじゅかしいだろ!」

 

 とりあえず、混乱しているセントレアの為にも。

 

 

 

 

 

「お前ら全員訓練場に出ろ! まとめて扱いてやる!」

 

 

 

 

 

 全員、きっちり鍛え直してやるとしよう。

 




読んでいただき、ありがとうございます。


さて、これでメインメンバーの恋愛事情は網羅。

あとは光輝くらいか……


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兎さん?

始「おう、こんにちは。前回はメルドさんの話だったな」

エボルト「最終局面に向けて物語が収束していく感覚は良いものだな」

ハジメ「おかげで頻繁にいろんな話を見返してるがな」

エボルト「終わりそうだからこそ気になるんだろうよ。さて、今回は主に雫達の話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる終末編」」」


 

 雫 SIDE

 

 

 

「どうして……どうしてなの……」

「…………」

 

 私は、目の前でか細く呟く鈴に何も言うことができなかった。

 

 

 

 真のオルクス、深層。

 

 少しでも剣技を磨くため、変成魔法の修行をする鈴と共に魔物と戦い続けた。

 

 そして私は今、これまでにないほど絶望し両膝をついた鈴に声をかけられずにいる。

 

 垂れたツインテールで顔は見えないが、彼女が涙を浮かべているのは声からわかった。

 

 

 

 うまく励ます言葉が見つからない。

 

 オカンと言われた自分のお節介癖がこんなところで役に立たないと、予想だにしなかった。

 

 それでも、仲間として友達として、彼女を放っておくわけにはいかない。

 

「鈴、げ、元気を出して? きっと上手くいくわ」

「……そんなわけないよ。もう鈴は駄目なんだ。何をやっても無駄なんだよ」

「そんなこと言わずにほら、ね? 気を取り直して次に──」

 

 私の言葉は、バッと顔を上げた鈴によって遮られた。

 

 そして予想通り目尻に涙を浮かべた鈴は、たまらないというように叫ぶのだ。

 

 

 

「もう嫌だよ……なんで虫しか従えられないのぉ!!!」

 

 

 

 ……私はそっと目を逸らした。

 

「……次はいい魔物を従魔にできるわよ」

「ねえシズシズ、どうして目をそらすのかな? かな?」

 

 香織みたいに詰め寄ってくる鈴と目を合わせられない。だって面倒臭いことになるもの。

 

 でも、気持ちはわからなくもないのだ。

 

 せっかくこんな所にわざわざ魔物を捕獲しにやってきたのに、成功したのは変な魔物だけ。

 

 

 

 例えば、強力な酸を吐く大きな──ムカデ。

 

 爆発する針を散弾銃のように発射する──ハチ。

 

 モグラのように地面の中を泳ぐ──アリ。

 

 

 

 他にもカマキリとか蝶とか、なぜか生きた昆虫展のようなラインナップばかり。

 

 今は南雲くんが空間魔法で作った捕獲用ボール(モ○スターボールではない、決して)に入っている。

 

 

 

 樹海では虎とかを従えられたのに、どうしてこうなってしまったのか。

 

 おそらく樹海のとは比べ物にならない、この深層の魔物達の強さが原因なんでしょうけど。

 

 というかどの魔物も本当に強い。理不尽なくらい強い。最初は斬り方がわからなくてかなり苦戦した。

 

 バリエーションも多いし、もうかなり魔力を消費してる。

 

 南雲くん、よくこんなの百階層も突破してきたわね……

 

「で、でもほら、地上の魔物とは比べ物にならないくらい強力よ? これならあのフリードの魔物とか、恵里の傀儡兵にだって太刀打ちできる……」

「だからって昆虫女王は嫌だよぉ! こんなの連れて帰ったら龍っちに嫌われちゃう! というか恵里にもぜっっったい引かれる!」

 

 まあ、ええ。そうでしょうけども。

 

 本性を露わにした今の恵里なら、平気でドン引きするのが簡単に想像できる。

 

 でも龍太郎なら……ああうん、「鈴が昆虫クイーンでも好きだぜ!」とか言って泣かしそうね。

 

「ううっ、ぐすっ、あんまりだよぉ……こんなのってないよぉ……」

「とりあえず、帰りましょうか。いざとなれば()()()()()にゴーレムとか作ってもらいましょう、ね?」

「うん……もうお家帰る……」

 

 だいぶキテるみたいね。

 

 

 

 シクシクと泣く鈴の肩をさすりながら、移動を開始する。

 

 探索しながら頭の中で地図を作っていたため、九十階層に戻るための階段の場所は把握している。

 

 あれやこれやと話しかけて鈴をなだめているうちに、すぐそこまでやって来て……

 

「ん?」

「? どうしたのシズシズ」

「しっ」

 

 鈴にジェスチャーをして、周囲を見渡す。

 

「今、あの遠くの物陰を何かが通ったような……」

「えっ、ほんと?」

 

 ヒソヒソと囁きあい、もう一度、今度は耳をすませる。

 

 すると少し先、下への階段の側にある上層への階段の方角から音がした。

 

「何か……移動してる。それもかなり速い」

「鈴には何も聞こえないけど……」

「多分、ネビュラガスの効果でしょうね」

 

 研ぎ澄まされた聴覚は、その〝足音〟がこちらに接近していることを教えてくれた。

 

 どうやら足音の目的は下への階段……とすると、必ずこの通路に現れる。

 

 

 

 上のオルクスの攻略時から使っているハンドサインで鈴に指示を出し、下がってもらう。

 

 私は前に出て意識を集中しながら、刀の柄に手を置いた。

 

「っ、来た!」

 

 それから数秒もせず、数十メートル先の物陰と物陰の間を横切った白い影を捉える。

 

 それは次々と物陰を経由して、こちらに近づいてくる。

 

 

 鈴の生唾を呑む音を聴きながら、腰を落として抜刀の構えに入る。

 

 そしてついに、音の主はすぐ側の岩陰から姿を現し──! 

 

「きゅ?」

「……え?」

「うさ、ぎ?」

 

 その正体に、思わずそう呟いた。

 

 赤い瞳、綺麗な白い体毛に生える、体に巡る赤色の筋。

 

 

 

 そしてありえないほど発達した後ろ足を備えた──兎。

 

 

 

 目と鼻の先にあった岩の裏に入ろうとしていたその兎は、足を止めて私達を見ている。

 

 これまで見たことのないその魔物に硬直していたが、すぐにその違和感にハッとした。

 

 迷宮の魔物は、基本的に自分の住む階層からは移動しない。

 

 だけどこの魔物は上の階層につながる階段から、こうして下への階段まで移動して来た。

 

 先ほどの隠密行動といい──この魔物、何かおかしい。

 

「鈴、油断しないで。いざとなればさっきまでに捕まえた魔物を全部解き放って」

「え、う、うん。でもこの兎さん……」

 

 答えつつも、何やら困惑している鈴。

 

 その理由は私にもわかる。

 

 

 

 この魔物が抱えるもう一つの違和感──全く殺気がない。

 

 これまでどの魔物達も見つかった瞬間襲ってきたというのに、戦意が感じられないのだ。

 

「きゅきゅきゅぅ!」

「っ!」

「はぇ?」

 

 何故と疑問を抱いた、その瞬間だ。

 

 突然鳴き声をあげた兎は──その場で飛び跳ねた。それはもう、嬉しそうに。

 

「きゅ、きゅきゅきゅ〜♪」

 

 まるでダンスでも踊るように飛び跳ね、ウサミミをみょんみょんさせている。

 

 予想外の行動に硬直していると、ひとしきり歓喜を露わにした兎はこちらを再度見た。

 

 

 

 今度こそ来るか、と刀の鯉口を切ったら……じりっと近づいてきた。

 

 その後ろ足で跳躍するでもなく、蹴りを放つでもなく。こう、ちょっとだけこっちに来た。

 

 まるでこちらを刺激しないようにとでもいうように、その赤い目でチラチラ私の顔を見てくる。

 

「え、何この子かわい──こほん!」

 

 危ない、こんなところで少女趣味を露呈するわけにはいかない。

 

 そう自分を律して気を取り直したものの、本当にジリジリと寄ってくる兎は可愛らしい。

 

 大丈夫? もう少し近づいていい? と聞くようにこちらを見る瞳に、胸が高鳴る。

 

「くっ、そんなことしたって、私は……!」

「ふわぁあああああ!」

「あっちょっ、鈴!?」

 

 何いきなり飛び出してるのこの子!? 
 

 

 私の制止も聞かずに、後ろから飛び出た鈴は兎の前に行ってしまう。

 

 

 

 思えば、これまでの昆虫採集で鈴はひどく心労を重ねていたのだろう。

 

 

 

 だからこんな可愛らしいもふもふが目の前に出てきて、きっと感情が振り切れてしまったのだ。

 

 そのせいか、次の行動には仰天こそしたものの、あまり予想外ということではなかった。

 

「第一印象から決めてました! 鈴の兎になってください!」

「きゅっ!?」

 

 頭を下げて手を差し出した鈴に、兎は仰け反った。

 

 

 

 

 

 それはもう、人間くさい動きで。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「ということで、鈴の従魔になった兎さんよ」

「きゅ!」

「やったよ龍っち! これで昆虫女王は免れたよ!」

「いやどういうことだ?」

 

 龍太郎がすごぉく不審そうな顔をした。

 

 でも兎を両手で抱えて満面の笑顔の鈴を見ると、なんとも言えない顔になる。

 

「えっと、つまりだ。その兎? は本当は一階層の魔物で、南雲が熊を殺すのをたまたま見ていて、んでそのあと立てこもってた穴倉に残してきた神水を飲んで知性を得て、いろんな魔物と戦いながら同じように見つけた神水を飲んで、武者修行しながら下まで降りてきたところを、お前らと出会ったと?」

「ざっくり説明すると、そうなるわね」

「一日四食昼寝付き、週休二日制、有給あり! さらに今なら魔石付きでステータスアップできるよって勧誘したら変成魔法を受け入れてくれたよ!」

 

 どこのセールスマンか、とツッコみたくなることを、それは嬉しそうに語る鈴。

 

 龍太郎と顔を見合わせ、目線で会話する。

 

 おいこれどうにかしろよ。嫌よあなたの彼女でしょ。俺に何を言えと。とりあえず任せたわよ。

 

「はぁ……あーまあ、なんだ。良かったな、鈴」

「うんっ!」

「きゅっ!」

 

 頷く鈴と一緒に、兎さんも短い右前足を立てた。

 

 人語を理解できるほどの知性を与えるなんて、やはり神水はとんでもない代物ね。

 

 それに、自ら南雲くんのように真の迷宮を攻略してきただけあってとても強かった。

 

 九十階層の魔物も一対一なら完勝していたし。蹴りで衝撃波が飛んだのを見たときは驚いた。

 

「とにかくこれで、鈴の戦力は問題なさそうよ」

「だな。南雲達も上々だ」

 

 私達より少し前に南雲くん達資源調達組や、樹海に行っていたシアさん達は戻ってきたらしい。

 

 色々と収穫があったようで、後でそれを聞くのが楽しみだわ。

 

「で、なんでそいつキョロキョロしてんの?」

「なんかね、南雲くんに名前つけてもらいたいんだって。『王様に御目通り願いたいで!』って言ってるよ」

「へえ、意思疎通もできんのか」

 

 あ、関西弁のところはあえてスルーしたわね。

 

「あれ、でもこの屋敷にはいないみたいね。ルイネさんのお見舞いにでも行ってるのかしら?」

「いや、違う。とりあえず案内するから、ついてこい」

「「?」」

「きゅ?」

 

 妙に歯切れの悪い龍太郎は、そのままリビングを出て行った。

 

 鈴と二人、というか兎さんも加えて二人と一匹で首をかしげる。

 

 

 

 とりあえずついていくと、龍太郎が向かっているのは屋敷の裏手側。

 

 ここに着いた昨日見た限りでは、模擬試合ができそうなくらいの敷地があったはずだ。

 

 もしかして、未来の南雲くんと訓練しているのかしら。なんて話し合いの時の会話を思い出す。

 

 

 

 

 

 そんな私の予想は、完全に的中していた。

 

 

 

 

 

「…………え」

「な、何これ……?」

「見ての通りだよ。あいつがやったんだ」

 

 そこには、荒れ地があった。

 

 均一に慣らされていたはずの敷地は抉れ、あるいは焦げ付き、巨大なクレーターまでできている。

 

 地獄絵図、そう呼ぶしかないほど破壊され尽くした荒れ地は悲惨の一言。

 

 

 

 

 だがそれ以上に驚いたのは、唯一中心だけが無傷の状態なこと。

 

 そこには黄金と黒の玉座に鎮座し、足を組んでいる年老いた南雲くんと。

 

 足元に倒れ臥す若い方の南雲くん、ユエさん、シアさんがいた。

 

「あいつ、玉座から立ち上がりもせずあの三人をのしちまった。完敗だったぞ」

「あの南雲くん達が!?」

「いえ、正確にはあれも彼なんだけれど……」

 

 話し合いの時のやりとりから、二人の南雲くんの間に実力差があることはわかっていた。

 

 だけど一番連携の取れたあの三人さえ、一歩も動かずに一蹴したというのか。

 

 

 

 そのことに驚きを禁じ得ないでいると、むくりと南雲くんが起き上がる。

 

 続けてユエさんとシアさんも起き上がり、三人とも顰めっ面を年老いた南雲くんに向けると……

 

「あークソ、完全に負けた。技術も力も、知恵もアーティファクトも全部劣ってる。何が七十近いか弱い老人だ、この魔王が」

「……たった一つすら魔法が届かないなんて、すごすぎる」

「さすが五十年も歳を重ねただけはあると言いますか。あいててて、腰が悲鳴をあげてますぅ」

「ははは、たった数十分程度で上回られたらこの老いぼれの立つ背がないさ」

 

 三人の言葉と朗らかに笑う彼の顔が、龍太郎の言葉を確実なものにした。

 

 だがいっそ清々しいくらいに南雲くん達は負けを認めていて、悪い雰囲気はない。

 

 

 

 とりあえず声をかけようとした瞬間、後ろから可愛らしい声が響いた。

 

「パパー! お疲れ様なのー!」

「ん? ミュウか」

「あら、ミュウちゃ──」

 

 振り返り、本日何度目かの思考停止。

 

 ミュウちゃんが、乗っている。六足六腕の化け物みたいな金属の生命体に。

 

「…………それは?」

「べるちゃん!」

「そ、そう」

 

 名前じゃなくて、なんなのかを聞いた……んだけど。

 

 ニコニコしたミュウちゃんにもう一度問いかけるのは気が引けて、私は曖昧に笑った。

 

「あ、そうだった! パパ、ご飯いっぱい持ってきたの!」

「おう、ありがとなミュウ」

「ん。じゃあ、みんなで食べる」

「休憩にしましょう」

「そうだな」

 

 三人がこちらにやってくる。

 

 年老いた南雲くんも立ち上がり、玉座を虚空に消すと──一言呟いた。

 

「〝錬成〟」

 

 

 

 ほんの、刹那。

 

 

 

 瞬きするたったの一瞬で荒地は平らに戻ってしまった。

 

 地面が動いた振動や音すらもなく、恐ろしいほどの静かさに鳥肌が立つ。

 

「さて。五十年ぶりにレミアの食事をもらおうか」

 

 

 

 

 

 緩やかにこちらを振り向いた南雲くんは、静かにそう言った。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ハウリア族やフェアベルゲンの人達の協力も取り付けられたのね?」

「はい。どうやらフェアベルゲンにもエボルトさんが手回ししていたみたいで、ちゃんと説明したらあっさり頷いてくれました。父様達はハジメさんに頼られたって狂喜乱舞してましたよ」

「本当にどこにでも影響があるよね……」

 

 もそもそとサンドイッチを頬張る香織の言葉に、私を含め全員が頷かざるをえない。

 

 この世界に来た直後からシューと二人で準備してきたと言うだけあって、用意周到だ。

 

 聞けば既に王都郊外に防衛拠点が完成し、戦力も整いつつあるとか。

 

「フェアベルゲンの方々は最初こそ不安そうでしたが、ハジメさんから装備が支給されると聞いたら安心してました」

「ああ、それはもう完成してる。あとで工房から持ってくる」

「お願いしますね!」

「昨日から1日半くらいずっと作業してたって香織から聞いたけど、全体的な準備はどれほど進んだの?」

「とりあえず、香織の再生魔法〝刹破〟で時間を引き延ばして、ありったけのアーティファクトは作った。だが相手はあのシュウジの体を乗っ取るんだ、一筋縄じゃいかない」

 

 その一言に、場の空気が張り詰めるのがわかった。

 

 

 

 

 

 この場の誰も、あの人の実力の底を知らない。

 

 

 

 

 

 ユエさんもシアさんも、香織も、龍太郎も鈴も。

 

 そして私も、あの人の本気を見たことがない。

 

 あの南雲くんでさえ、あの時はシューが錯乱していたから単純な殴り合いで終わったと以前言っていた。

 

 

 

 無論、エヒトがあの人の力の全てを扱えるわけではないでしょう。

 

 けれどその絶大な力が私達の前に立ちはだかると思うと……少しだけ、恐ろしい。

 

「まあ、実際相対してみないとわからないこともあるがな。そこのジジイみたいに」

 

 私達の空気を敏感に察し、南雲くんは少し冗談めかした口調でそう言った。

 

 それでいくらか緊張が解けて、それもそうだと再び食事に手をつけた。

 

「ああ、そういやミレディの方は?」

「あ、はい。協力してくれるみたいですよ。あそこから出るのは難しいみたいで、決戦開始から参加するそうです」

「そうか。また迷宮は攻略させられたりしたか?」

「いえ。攻略の証を持って最初の部屋に入った瞬間、部屋ごと乱回転して隠れ家に行きました。超ハイテンションに挨拶してきたので殴りました」

 

 に、ニッコリしてるわ。これ以上ないくらいすごく。

 

 南雲くん達もそれは仕方ないって顔してるし、本当に聞いてた通りシューみたいな性格なのね。

 

「というか、()()から連絡入ってたみたいですよ。アークさんのことを伝えた時に、同時に言っておいたみたいで」

「ああ、まあそれもありえるか。で、どんなふうに?」

「〝これからあの蛆虫に乗っ取られにいくから、ハジメ達に協力よろぴく⭐︎〟って。流石のミレディさんも呆れてました」

「あいつ……」

 

 さっきの話はどこへやら、思わず私達はため息が重なった。

 

 

 

 その後の話によると、流石のミレディさんもしばらくそれを見て放心したらしい。

 

 だがなんとなく察していたようで、シアさんに殴られた後二つ返事で了承してくれたとか。

 

「当日は自分とゴーレムと、あのキモい怪物を動員してくれるそうです。あと……これを」

 

 シアさんがおもむろにテーブルの上に取り出したのは、シンプルな作りのナイフ。

 

 匕首のように鍔のないそれは、どこかただならぬ力を感じた。

 

 自然と、魔眼石で解析をしているだろう南雲くんに視線が集まる。

 

「へえ……凄まじい力の概念が込められてるな。予想するに、〝神殺し〟か?」

「はい。〝神越の短剣〟という名前らしいです。なんでも解放者達が集まって、なかなかこれが完成しないことでヤケになって、三日三晩飲んで騒いでベロンベロンに酔っ払って、〝エヒト死ねクソ野郎〟って罵詈雑言大会やってたら出来たらしいです」

「もしかして解放者って、全員シュウジの同類なのか?」

「……全員、抜けてる?」

 

 もう、この数分だけで何回呆れ笑いを浮かべたことかしら。

 

 仲が良いというか、拍子抜けするというか……本当にあの人の話を聞いてるみたいね。

 

「思想とか知性とかそんなん全部取っ払ってたので、純粋にエヒトにだけ効くようなので、シュウジさんは傷つけません」

「そりゃ便利だ。あ、忘れるところだった。アークの核に付与されたのと同じ概念はどうだった?」

「それが、先の最後の戦いで失われてしまったらしく……」

「そうか。ま、最初からアークで乗り込むつもりだったから問題はないな」

「それと最後に、〝神言〟を防ぐアーティファクトもあったんですけど、アンチエネルギーのこと話したら〝なにそれぇ! ほんとシューちゃん最高ぉ! ミレディちゃんびっくりしすぎてもう笑っちゃうしかないよ! 〟って笑いすぎで窒息死しそうでした」

「……改めてあいつの規格外さがわかるな」

 

 またも苦笑いが広がるが、諸々の準備は整いつつあるようだ。

 

 食べ始めた最初くらいの南雲くんの話では、ティオさんも良いペースで故郷に近づいている。

 

 ウサギさんも少し前に電話があり、兄妹達の招集を終え、【神山】の最後のホムンクルスの覚醒に向かっているとか。

 

 ついでに先生の観察のために王都にいる美空さんからの報告では、彼女の体調は良好らしい。

 

「あとは、ひたすらに特訓だ。幸いこのジジイの〝結界内の出来事はなかったことになる〟とかいうトンデモアーティファクトで、いくらでも好きに練習ができる」

「ん。次は負けない」

「今度は一撃入れるですぅ!」

「私も後で少し、付き合ってほしいかな」

「それなら俺もだ!」

「鈴も!」

「おいおい、大人気だな」

 

 静かに私達の会話を聞いていた彼は、口の中のものを飲み込んで答える。

 

 不思議と様になった上品な動きで口元を拭い、それから不敵に笑った。

 

「いいだろう。まとめて面倒を見ると言ったんだ、いくらでも相手をしてやる」

「大丈夫なの? いくら強いと言っても、あまり無理はしすぎない方が……」

「俺も、年甲斐もなくはしゃいでるのさ。こうして誰かと会話をすることも、久しぶりのことだからな」

 

 

 

 ……自然と、沈黙が広がった。

 

 

 

 グリューエンの大迷宮で、唐突に私達の前に現れた彼。

 

 そして今度はあの人を取り戻すために、一緒に戦ってくれるという彼。

 

「……どうして、あなたはシューを失ったの?」

「雫ちゃん!?」

「おい、雫……」

「シズシズ、それは……」

 

 香織達が声を上げる。

 

 私自身、気がつけばその疑問が口に出ていて驚いた。

 

 けれど、南雲くんたちは何も言わなかった。彼らこそ私以上に気になっているからだろう。

 

「……そうだな。良い機会だ、少し話しておこうか」

 

 そんな私の不躾な質問に、彼は特に気分を害した様子もなく。

 

 

 

 

 

「この俺が──南雲ハジメが、いかにして絶望を味わったかを」

 

 

 

 

 

 そう、話を切り出した。

 

 

 




さて、次回は自分の誕生日に更新です。

読んでいただきありがとうございます。


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それは、狂おしいほどの絶望

 
ハッピーバースデートゥーミー!

皆さんには一万字越えのこの話をプレゼントだ!

ハジメ「やけにハイテンションだな」

エボルト「これ書いてた時、半分寝てたからな」

雫「ほぼ本能で指を動かしてたわね」

ハジメ「さて、前回のあらすじ。谷口がウサギを引き連れてきて、いろいろあった。今回はあのジジイの話か。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる終末編!」」」


 三人称 SIDE

 

 

 

「話を始める前に、まずはこれを認識してくれ。俺達は互いに()()()()()()だ」

 

 

 

 始の言葉に、ハジメ達はいまいち意味がわからずに顔を渋くした。

 

 それを見て軽く笑い、始が「たとえば」と水の入った自分のグラスを持ち上げる。

 

「俺がこのグラスを手放したとする。すると当然、グラスは床に落下して割れる」

「だろうな」

「ではこのままテーブルに置いたら、グラスは割れずに元の場所に戻る」

 

 さて、とひとつ前置きを置いて。

 

「この時、俺には二つの可能性が生まれた。それは〝グラスを手放す可能性〟と、〝グラスを手放さない可能性〟だ」

「つまり、()()()()()()()()っていう仮定が立ったんだな?」

「その通り。さて、では俺はグラスを戻そう」

 

 ゆっくりとグラスをテーブルの上に置く始。

 

 表面が揺れることもなく、グラスは最初のようにそこに鎮座した。

 

「そら。ここで未来が分岐した」

「なに?」

「ど、どういうことですか?」

「……ん。今貴方はグラスを戻した。同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が並行して進んでる」

 

 いち早く理解したのは、やはりというかユエであった。

 

 魔法のエキスパートとして、物事の起こる起こらないついて深い造詣がある彼女。

 

 そして概念魔法の理解を得た一人として、始のデモンストレーションから意味を理解した。

 

「パラレルワールドという言葉を知っているか。あの時こうしていれば、この時こうしていればという、無数の選択によって分岐する未来の可能性の話だ」

「ええまあ、聞いたことはあるわ」

「パラ……パラソルワールド?」

「龍っち、それだとただのパラソル売ってるお店の名前みたいだよ」

 

 シアや龍太郎などが首を捻り、鈴に呆れられる中で難しい顔をする雫。

 

 程なくして、同じ顔をしていたハジメがハッとした。一拍遅れて雫も伏せていた瞼を上げる。

 

「つまり、貴方にとって私達は()()()()()()()()()()()で、私達にとって貴方は()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()姿()。そういうことでしょう?」

「正解だ。時間とは曖昧なものであり、また同じ過去を起点としていても未来は無数に存在する。その数だけ可能性の世界が生まれるんだ」

「で、お前はどんな未来を歩んだ〝俺〟なんだ? 何を見て、聞いて、あいつを失うなんて大失敗をやらかした」

「そうだな……」

 

 少しの間、始は逡巡した。

 

 体に()()()()()アーティファクトを使い、この場に当時の記憶を投影するか。

 

 いいや、やはり自分の口で話そう。あの時の絶望を忘れないように、思い出すために。

 

 

 

 ほんの一秒だって忘れられるはずもない、その記憶を。

 

「始まりは、魔人族の王都侵攻だった」

「王都……」

 

 本性を表した恵里のことを思い出し、表情を沈ませる鈴。

 

 素早く察知した龍太郎が肩に手を置く中、始は声量に反してよく通る声で話した。

 

「姫さんの頼みを聞いて、先生を助けるために俺達は王都に行った。勿論、あいつも一緒にな」

「そこまでは一緒みたいだな。で、その先は?」

「概ね、お前達と同じだ。お前()とウサギがフリードの軍勢を退け、ユエ達がクラスメイトを救出しに行き、あいつが先生を助けに行った」

 

 どこからか見られていたことを初めて知ったハジメ達は面食らう。

 

 だが、だからこそアベルからシュウジと愛子を逃がせたのだろうと思うとなんとも言えない。

 

 そんな一同を見回して、始はそれまでの穏やかな笑みを消し。

 

「だが、結末だけが違った」

「……というと?」

「魔人族が引き上げた直後、俺達全員を壊滅させた男がいた」

「「「「「「「っ!?」」」」」」」

 

 壊滅。

 

 そのたった四文字の発音に込められた、始が初めて露わにし凄まじいまでの怒りと屈辱。

 

 言葉の誰もが歴戦の猛者であるが故に、どれだけ貯め続けてきた感情なのかをすぐに察した。

 

「油断はしていなかった。最大限に警戒していた。だが、奴にとってはそう思った時点で十分な隙があった」

「……その、男ってのは」

「──アベル」

 

 ギュッと、始が拳を握る。

 

「エヒトに召喚された、異世界の暗殺者。全てに怒り続ける者。奴は、全てを蹂躙していった」

 

 

 

 今もなお、鮮明に脳裏に焼き付いている。

 

 

 

 気がつけば重圧で、光輝達やリリアーナ達が踊り場の床にめり込んでいた。

 

 ユエがライオットに全身を貫かれ、剣の一振りでシアが切り裂かれ、拳の一撃でウサギが再起不能に。

 

 美空と香織が紙屑のように吹き飛ばされ、ティオが全身を砕かれ、フィーラーは達磨にされた。

 

 雫が四肢を貫かれて磔にされ、愛子が気付かぬ内に背後から肺を貫かれ。

 

「そして、あらゆる装備も体も粉々に砕かれた俺は。奴に拘束され、瀕死の重傷を負ったあいつをただ見上げていた」

 

 始は、無様に地面を転がっていた。

 

 シュウジの次に危険だと判断されたのだろう、ユエ達以上に徹底的に肉体を破壊され。

 

 本当にただ、首を掴まれ、宙に浮いたシュウジを阿呆のように見上げていたのだ。

 

「圧倒的だった。この俺を含め、誰も真正面から太刀打ちできなかった。最初から負けてたとすら思える」

「……自分のことながら、似合わなすぎて腹が立つセリフだな」

「……全身を、串刺し」

「そんな……」

「磔、ね……」

 

 顔を青く、あるいは不快げに眉を顰めるハジメ達。

 

 毒を受け、ボロボロになって帰ってきたシュウジからアベルの力の程は理解している。

 

 だが、実際に相対した訳ではないハジメ達はその実力を真に理解はできていないのだ。

 

「まあ、()()は片腕をもいでやったがな。それでひとまずリベンジは果たしたさ……俺達を動けなくした奴は、次にあることをした」

「それは、シュウジに対してってことだな?」

「ああ……もういくつか、お前達と俺の歴史では違うことがある。その一つはあいつが、あの時点でまだ()()()()()()()()()()()()ことだ」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「それは……」

 

 幸せなのか、それとも不幸なのか。

 

 あの事件がなければシュウジはエボルアサシンを覚醒させなかったろうが、しかし前を向けなかった。

 

 

 

 物事には良い面と、悪い面がある。

 

 あれはいささか悪い面が目立つが、しかし不幸ばかりでもなかった。

 

「第三の相違点。アベルの他にエヒトの眷属がいなかった。この理由は後で説明するが、シュウジは王都の時まで何も知らずに、その時初めて自分の正体を知った。アベルの権能、〝裁定〟によって」

 

 裁きを下すと定めた対象の全てを明らかにする冒涜的な権能、〝裁定〟。

 

 それは相手の情報の全てを暴くだけではなく、他にも使い道があった。

 

「シュウジの体には刻印が残ってた。いわゆる()()()()()()、カインの世界で人造生物の類につける〝完成品〟を意味する文字だ」

「アベルが、それをあいつに見せたのか」

「あいつは、激しく混乱していたよ。同時に自分が作られた過程の記憶が蘇ったんだろう──その場で精神を崩壊させた」

 

 口にしながら、こればかりは自分の言葉だけでは伝えきれないと始は思った。

 

 呆気なかった。たかが刻印ひとつで何もかもを知ってしまった親友は壊れたのだ。

 

「驚き、恐れ、疑い、怯え、そして壊れた。奴はそれを見て満足したように、笑って消えたよ。腹立たしいことにな」

「っ……!」

「シュー……ッ!」

 

 ギリギリと、音が聞こえるほどにハジメと雫が歯を食いしばる。

 

 何故、自分達は何もできなかったのだ。どうして好き勝手にやらせてしまったのだ。

 

 自分達とは違う可能性の未来だとわかっていても、そう傲慢に怒ってしまう。

 

 そして、その場にいたはずの始に自然と鋭い目を向けた。

 

「おいおい、銃と刀は抜かないでくれよ。お前達なんかより、俺達の方がずっと悔しかったさ」

「……そう、だろうな」

「……そうよね」

 

 勘違いするところだった。

 

 今目の前にいるこの男は、それを目の前で行われたのだ。屈辱の程は計り知れない。

 

 自然と手をかけていた得物から手を離し、ふぅと深呼吸して心の調子を整える。

 

「……で? 壊れたあいつは、どうなった?」

「シューは、立ち直れたの?」

 

 それから、未だ興奮冷めやらぬ表情の二人は始に話の続きを促した。

 

「人間の心は、自分が〝他の誰かである〟という事実に耐えられるよう出来てはいない。特にそれを実感できるあいつは、本当に壊れきってしまった。もう治せないくらいに」

「じゃあテメェは、何もせずあいつが壊れてくのを見てたってのか! アァッ!?」

「は、ハジメくん! 落ち着いて!」

「今ここで始さんに怒ったって仕方がないですからっ!」

 

 思わず立ち上がったハジメを、シアと香織がどうにか抑える。

 

 雫も同じ気持ちだったが。そんなハジメを見て、どうにか、かろうじてこらえた。

 

 

 

 二人の気持ちをお釣りで山ができるほど理解している始は、静かに待つ。

 

 そうしてハジメが落ち着いて座り直したところで、重々しげな口調で答える。

 

「したさ。できることは全部。穴という穴から血が出るくらいみんなで頭を悩ませて、壊れちまったあいつをなんとか治そうとした。でも……手遅れだった」

「手遅れ……?」

「……どういうこと?」

 

 恐る恐る問いかけた鈴に、始は。

 

「アベルの襲来から五日後。あいつは完全に壊れた。療養の為に留まっていた王城にいた全員を、一人残らず切り裂いて回った」

「なっ!?」

「嗤ってたよ。城中に響くくらいの声で。俺が追いついた時には、ユエ達も血の海に沈んでた」

 

 幸い、道中倒れていた者達は身体中刺し傷だらけだったものの、瀕死に止まっていた。

 

 

 

 無意識に加減したのか。あるいはその方が長く苦しむと思い、あえてそうしたのか。

 

 

 

 本当はどちらだったのか、未だに始に当時のシュウジの思考は理解できていない。

 

 だがとにかく、止めなければと追いかけて……辿り着いたのは、アベルが降り立ったあの踊り場。

 

 五日前惨敗を喫したその場で、血に濡れそぼったシュウジはぼんやりと月を見上げていた。

 

「話しかけると、あいつは振り返ってこう言った──〝もう全部、壊しちゃえばいいや〟ってな」

「う、ぁ……」

「鈴、しっかりしろ!」

 

 始の言葉が醸し出す迫真の狂気に、鈴が当てられて椅子から落ちた。

 

 咄嗟に受け止めた龍太郎をゆっくりと見て、始は儚げに笑う。

 

「聞くのが辛いのなら、別の部屋に行っているといい。どうせ老人の昔語りだ、咎めはしない」

「っ、すまねえ。そうさせてもらう」

「うぅ……」

 

 鈴を抱えあげて二階に行く龍太郎。

 

 残っているハジメ達も、実を言うと先程の一言にほんの少し体が震えていた。

 

 だが。この場の誰一人として、その程度で退くほど柔な覚悟は持っていない。

 

「問題ないようだから続けよう……帰ろう、と俺は言った。全部忘れて、地球に帰ろうと」

「……あいつは、なんて言った」

「何も。気がつけば全身がまた砕かれて、心臓を刺されてた。ああ、ただ……気絶する直前、一言だけ聞いたな」

 

 

 

 

 

 

 

 ──〝ごめん、ハジメ〟

 

 

 

 

 

 

 

 その一言を最後に、始は意識を落としたという。

 

「目覚めたのは一週間後──その時には何もかも終わってたよ」

「終わってたって……」

「っ、まさか!」

 

 声を上げた雫に、始はまた頷いて。

 

「あいつは一人でエヒトを殺しに行き、死んだ。本当にたった一人で終わらせたんだ。神も──自分の命も」

 

 

 

 ──それは、始が目覚めた直後のこと。

 

 

 

 狂っていた中でも知性が残っていたのか、比較的軽症だった香織と美空によって全員助かっていた。

 

 だがそんなことよりもと、シュウジはどうしたのかと問い詰める始に皆がかぶりをふった。

 

 

 

 苛立つ時間も惜しいと、ボロボロの体を引きずって最後にあったあの場所に行った。

 

 止めるユエ達を振り払い、血の雫を汗とともに滴らせながら必死に足を動かして。

 

 

 

 

 

 そしてあの場所に辿り着いた瞬間──空で、赤が弾けた。

 

 

 

 

 

「それは血飛沫のようだった。あいつのものなのかエヒトのものなのか……俺にはわからなかった」

 

 そんな始の元に、大空を埋め尽くすほどの〝赤〟から一点の黒が落ちてきた。

 

 ゆらり、ゆらりと。まるで海を揺蕩うようにゆっくりとハジメの目の前に落ちてきたのは。

 

「濃い血の匂いがする、黒焦げた帽子。あいつの存在を実証するただ一つの形見が、何の悪戯か俺の手元にやってきたのさ」

 

 黒く、少しざらつく帽子の縁を撫でて、寂しさを笑みで紛らわせる始。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、ぁああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああぁああああぁあぁあぁあああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああああああああああぁああああああああああぁああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああぁあぁあぁああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああぁああああああぁああああぁあぁあぁああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああぁああああぁあぁあぁああああああああああああああああああああああぁああああぁあぁあぁあああああああああああぁあぁああああああああああァアアアァアアアァァアアアアァァァァアアアアァァアァァアアアアァァアアアアアアアァアアアア────────────────────ッッッッッ!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてのあの日、これを胸に抱いて泣いた。

 

 泣いて泣いて泣いて、声が枯れ、喉が裂けて血を吐いてもなお泣き続けた。

 

 体が傷つき、肺が破れ、声が出なくなっても。

 

 ユエ達がそれ以上泣くのはやめてと、そう涙ながらに懇願しても。

 

 ただただ、ひたすらに。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 嘆き、続けた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「泣き過ぎてまた気絶したよ。一生分の涙の代わりに、今度は三日も眠りこけた。我ながら情けない限りだった」

「そん、なっ……!」

「あんのっ……ばか、やろぉ……っ!」

「嘘…………嫌……そんなの、酷い」

「シュウジ、さん……!」

「馬鹿っ、シューぐんのっ、ばがぁ"……!」

 

 誰一人、涙を流さない者はいなかった。

 

 その言葉の荒さや声の大きさに大小はあれど、皆が溢れ出る涙を堪えられずに。

 

 誰も、止めようとは絶対に思わなかった。

 

「……そうして、この世界での戦いは終わった。あいつの犠牲一つで、俺達はエヒトと戦うことすらなく。この世界を支配していた奴の呪縛から解放された」

 

 始もまた、それを止めずに静かに話を続ける。

 

 それが、それだけが自分にできることだから。

 

「だが、俺達は帰ろうなどとは毛ほども思わなかった。こんな結末に、こんな結果に誰も納得なんてしなかった」

 

 

 

 

 

 偽物の人格がなんだというのだ。結果的に多数の人間が解放されたからなんだというのだ。

 

 

 

 

 

 ふざけるな。

 

 

 

 

 

 ふざけるなふざけるなふざけるなッ! こんな結末認められるものかッ! 

 

 

 

 

 

 あいつを壊してしまった世界など、他の誰が是と言おうと絶対に否定してやる! 

 

 

 

 

 

「五年間、俺達はあらゆる方法を模索してあいつを生き返らせようとした。寝食も忘れ、誰も彼もが心血を注いであいつの蘇生を望んだ。あいつの手を、もう一度握りたかったんだ」

「五年!? たったの五年つったかおい!? そんな程度で諦めてんじゃねえぞクソ野郎ぉ!!?」

「なんで! なんでもっと長くあの人を……!」

 

 始の襟首を掴み上げたハジメと雫を、今度こそ誰も咎めも止めもしなかった。

 

 むしろ、修羅のような顔でいる二人と同じように始をきつく睨みつける。

 

 

 

 その全てをわかっているかのように、始はあくまで穏やかな顔で。

 

「わかったからだ。五年の月日をかけた研究の末、あいつが生まれた時に一つの概念が植え付けられたことを」

「概念がなんだって──」

「あいつは死ぬ。十八歳までに自分の正体を知り、そして蘇生も復活もできない形で必ず死ぬ」

 

 

 

 時が、止まった。

 

 

 

「そうなるよう、女神マリスが作った。北野シュウジという人形は、最初から壊れるように作られていたんだ」

「な、ぇ…あ……」

「な、んで……」

 

 放心する一同に、始は淡々と告げる。

 

「そうでなければ、カインは表に出てこない。この世界でのようにあいつを助ける為であれ、俺の世界でのようにあいつを止める為であれ。どちらにせよ、カインが女神から逃れられない状況に陥るよう、生まれた時から運命が定められていた」

 

 故に、始の世界でもまたシュウジが完全に滅んだことにより、残ったカインは女神に捕らえられ。

 

 そして、魂の一片すらも残っていないシュウジは絶対に生き返らないという事実が。

 

 

 

 残酷な結論だけが、そこに残った。

 

 

 

「ふざっ、けるなぁああああああっ!!!」

 

 ハジメが怒りのままに、テーブルを蹴り飛ばす。

 

 乗っていた料理がテラスにぶちまけられ、食器が砕ける音が虚しく響く。

 

「最初から! 死ぬように作られただと!? 道具であるためだけに、あいつは生まれただと!? ふざけるのも大概にしろよ!?」

「……たいに……るさない……」

「……雫、ちゃん?」

「絶対に……絶対に許さないッ!」

 

 ハジメが荒ぶる怒気のままに叫び、雫が文字通りの血涙を流している。

 

 

 

 

 今、完全に二人の中で女神マリスは敵となった。

 

 

 

 

 いいや、シュウジの正体について知った時からそうだったのだ。

 

 ただそれが今、エヒト以上の怨敵となっただけのこと。

 

「……女神マリス。生かしておけない、敵」

「殺します。あの人をそんなふうに作った女を、ぶっ殺しますぅ!」

「……雫ちゃん、私もやるよ。私の大事な友達が生まれた時から死ぬようにされてたなんて、納得できるはずがない!」

 

 その怒りは、憎しみは、悲しみはユエ達にも伝播する。

 

 それほどまでに強い、シュウジへの愛が彼らにはあった。

 

「そうだよなぁ。そんな終わり方、許せないよなぁ」

 

 そう、だからこそ。

 

「だから、俺は諦めなかった。たとえその結末に俺の世界のユエ達が絶望し、諦めようとも。俺だけは絶望に抗った」

 

 

 

 最初に、ティオが諦めた。

 

 

 

 年長者として、ハジメ達のことを慮ってのことだろう。

 

 次にエボルトが諦めた。最初から全部知っていて、気の済むまで待っていたのだ。

 

 そしてユエが諦め、シアが諦め、ウサギが諦め、美空が香織が愛子がネルファがルイネが光輝が龍太郎が鈴が、諦めた。

 

 

 

 そして、最後に雫が諦めて。

 

 

 

「だが俺は求めた。あいつのいる世界を。あいつの生きる未来を」

 

 何千年も前に、女神が定めた運命を変えられはしない。そうユエ達は挫折した。

 

 そんなユエ達をこれ以上頑張らせない為に、そして自分の我儘に付き合わせない為に。

 

 

 

 

 

「俺は、ユエ達と決別した。俺一人で、たとえ俺の世界にあいつがいないとしても。他の可能性、他の並行世界であいつの未来を──明日を創るために」

 

 

 

 

 

 南雲始は、一番大事なものを最初に切り捨てた。

 

「それまでの研究を持ってユエ達の前から消え、一人でありとあらゆる面から解決法を模索した。手を替え品を替え、何万、何十万、何千万という実験をした」

 

 時には単身地球に行きさえして、少しでも役に立ちそうな知識を探し求めた。

 

 智恵を蓄え、技能を磨き、力を磨き。無数のアーティファクトを作り上げた。

 

 

 

 貪欲に、強欲に、傲慢に。

 

 親友の明日を創り出すために。クソッタレな女神の敷いたレールをぶち壊すために。

 

 狐狼と成り果てた一人の男は、他の誰もが忘れようとした絶望を忘れなかった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「そして二十年以上の研鑽の末、俺は作り出した──別の世界線、並行世界を観測するアーティファクトを」

 

 それは、複数の概念を込めた究極のアーティファクト。

 

 空間魔法で境界を超えて他の世界線に干渉し、魂魄魔法でその世界の南雲ハジメと同期する。

 

 自分の意識が消滅しないよう昇華魔法で固定し、そして再生魔法でその世界の未来を見る。

 

 

 

 

 

 名を〝ヘイムダル〟。

 

 

 

 

 

 全てを見通す、ただ一人のためだけの神の瞳。

 

 またそれは意思を持ち、並行世界の観測を繰り返すほどに成長した。

 

 あるいはそれは、無意識に始が言葉を交わす何かを求めたからかもしれない。

 

 そうすることで、一人と一機で解決の糸口を探した。

 

「だが、結局空振り。他の研究と同時並行で二年間探し続けたが、どの世界線でもあいつは死んだ。俺は何もできなかった。過去は、変えられないと知った」

 

 それどころか、度重なる実験の失敗は始に決して少なくない傷を与えていた。

 

 おもむろに始は帽子を脱ぎ、そして顔を隠す。

 

 次に出てきた顔に、憤怒に心を染めていたハジメ達は目を剥いた。

 

 

 

 

 

 顔が、メタリックな髑髏仮面に覆われている。

 

 

 

 

 

 いいや違う、正確には〝流体金属〟によって擬態していた皮膚に隠されていた素顔だ。

 

 某未来からの刺客のようなデザインの顔の上では、赤く輝くカメラアイが動いている。

 

「今じゃこのザマだ。体の半分以上は機械仕掛け、もう自分が魂のある南雲ハジメなのか、頭のメモリーに残ってるコピーなのかすらわからん」

 

 今一度顔を隠し、帽子を頭に被った時には元に戻っていた。

 

 決して金属には見えない顔に不適な笑みを浮かべ、老魔王は告げる。

 

「だがそれでも、俺を俺たらしめるものは失ってない。それは、何があろうと諦めないことだ」

 

 芳しくないヘイムダルの観測。

 

 また絶望の淵に足をかけたが、それでも始は往生際悪く踏ん張った。

 

 そのせいで始を止めるために何度もユエ達が立ちはだかった。

 

 彼女達から逃げて研究を続けて、そろそろ万策が尽きてきた頃。

 

「それは偶然だった。最後の観測の時、ヘイムダルが俺に教えたんだ」

 

 

 

 

 

 ──一つだけ、北野シュウジが生きる可能性世界がある。

 

 

 

 

 まさしく、希望の光だった。

 

 さすがの始も心折れかけた時にヘイムダルが告げた一言に、全てが報われた気さえした。

 

 藁にもすがる思いで、始はその可能性に賭けることにした。

 

「ヘイムダルは、その可能性を実現するために重要なことを俺に教えた」

 

 一つ。

 

 この可能性を完成させる為には、まだシュウジが生きている五十年前の時間軸に、始が直接介入しなければならないこと。

 

 一つ。

 

 結果、歴史の修正力によってその世界は最も危険な世界線になるということ。

 

 これこそがアベルのみならず異世界から眷属が召喚され、《七罪の獣》が生まれた所以。

 

 そして一つ。

 

 

 

 

 

 その世界線に行くためには──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「何故仮面ライダーなのかはわからん。あるいは()()()()()()()()()()仮面ライダーならば、歴史の強制力にすら対応できるとヘイムダルは観測したのかもしれん」

 

 とにかく、始は準備を始めた。

 

 

 

 どの仮面ライダーがその力を持つのか分からない為、まず〝力〟を概念として保存できるアーティファクトの作成に着手。

 

 結果、一人で研究を始めてから二十五年目にして〝ライドウォッチ〟が完成。

 

 

 

 続けてヘイムダルを改良し、この世界以外の()()()()()()()()()()を観測した。

 

 そしてついに、二十年目にして見つけたのだ。

 

「すべてのライダーの力を受け継ぎ、過去と未来を知ろしめす時の王者、オーマジオウ。この力を手にすれば、別の世界線の過去にさえ飛べると確信した」

 

 結果、オーマジオウの雛形である〝仮面ライダージオウ〟を含めた、二十の仮面ライダーの力を封じたライドウォッチが完成。

 

 そこから観測したオーマジオウの力を解析し、四年以上をかけて概念魔法で模倣した。

 

 

 

 その〝時間軸を自在に移動する概念〟を付与した、オーマジオウドライバーが完成し。

 

 

 

「準備が整った。五十年をかけた俺の挑戦は、ついに実を結んだ。そして今、俺はここにいる」

 

 長い絶望だった。

 

 長い孤独だった。

 

 長い、後悔だった。

 

「シュウジが生き残ったその暁には、歴史の修正力で俺は消える。なにせ俺は〝シュウジが既に死んだ世界線の南雲ハジメ〟、この世界線の異物だからな」

 

 だが、それでいい。

 

 もうこれ以上、シュウジのいない世界で。

 

 ユエ達が隣にいない世界で、始は生きていたくない。

 

「俺の戦いは、もうすぐ終わる。だからお前達も、全身全霊をかけてあいつを取り戻せ。お前達が──俺の、最後の希望だ」

 

 ふっ、と息が漏れた。

 

 

 気がつけば、隠れ家の擬似太陽はとっくに頂点を過ぎている。

 

 随分と長く話していた始は、左腕──義手の一振りでテーブルを元に戻す。

 

 そうして戻ってきたグラスの水を飲むと、ハジメ達を見た。

 

「で、どうする? まだ何か聞きたいか?」

「……いや、もう十分だ」

 

 最初に声を上げたのは、ハジメ。

 

 顔を上げると、そこにはもう怒りに歪んだ瞳はなかった。

 

「お前は、俺だ。そのことが改めてよくわかった」

「おお、そりゃあどうも」

 

 どこかハジメは、この男が自分とは別の人間のように思えていた。

 

 口にこそ出さなかったものの、シュウジを失ったのにのうのうと過去になど来ている暇人とさえも。

 

 だが。この話を聞いた瞬間、自分と目の前の老人が完璧に重なってしまった。

 

「そうだよな。俺が一回や二回絶望した程度で終わるタマじゃねえ。お前に比べたらたった一回エヒトごときからあいつを取り戻すのなんざ、楽勝だ」

「ええ、そうね。あとはもう一人、巫山戯た女神様も斬る必要があるみたいだけれど」

 

 同調した雫もまた、その瞳には怒りの炎ではなく澄んだ水のような静けさがある。

 

 ユエもシアも、香織も同じ。

 

 目的は変わらず、されど自分達より悲惨な過去を背負った始を前にその覚悟がより強靭なものになった。

 

「やるぞ。あいつと一緒に、地球に帰るんだ」

「ええ」

「ん!」

「はいですぅ!」

「絶対に!」

 

 今、改めてハジメ達の心が一つになった。

 

「もし失敗したその時は、全員仲良く地獄であいつを待とうじゃねえか」

 

 付け加えたようなハジメの軽口に、少しだけ笑いが起こった。

 

 それは、誰もその可能性を考えてなどいないからこその反応だ。

 

「その意気込みで頑張ってくれ……さて、腹ごしらえも終わったことだ、少し食後の運動といくか」

「次は私がやらせてちょうだい。少し、自分の剣を見つめ直す必要があるから」

「承った。ああ八重樫、模擬戦が終わったら新しい刀をやる」

「あら、やる気を引き出すのが上手いのね」

 

 微笑む雫に、ハジメ達もやる気に満ちた顔になっていく。

 

 

 

 

 

 決戦まで、残り1日と9時間。

 

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

いやあ、筆が乗った。  


感想などいただけると嬉しいです


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決戦前夜

ハジメ「俺だ。前回は未来の俺の事情を聞いたが……我ながら、諦めが悪すぎるな」

ユエ「でも、悪い気はしてない顔」

美空「むしろそれでこそって感じ」

ハジメ「ああ、まあな。で、今回はようやく決戦前の最後の各人の視点での話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる終末編!」」」



 愛子 SIDE

 

 

 

「はぁ……暇ですね」

 

 

 

 窓の外に光る月を眺め、ため息を一つこぼす。

 

 ただベッドに座っているだけというのが、こんなに退屈だなんて。

 

 おまけに地球では寝たことのないような、豪華な来賓用の客室のベッド。

 

 この世界に来てから一年近く経つけれど、未だにムズムズする。

 

 

 

 背中の傷はとっくに治っている。ヴェノムさんと石動さんのおかげで傷も残っていない。

 

 たとえ残っていてたとしても、きっと私は後悔はしなかったでしょう。

 

 だってその傷は、この世界で一番大事な生徒を守ったからこそのものだから。

 

『ドチラニシロ、オ前ノヨウナチンチクリン女デハ相手モイマイ?』

「うっ、うるさいです。余計なお世話ですよ!」

 

 人が気にしてることをズケズケと! 

 

 ううっ、どうして小さいままなのでしょう……学生の頃から欠かさず牛乳は飲んでたのに。

 

 ま、まあ? 私は教師ですし? 自分の身を固めるより、生徒の面倒を見ることの方が優先ですし? 

 

『強ガリダナ』

「し、辛辣……」

 

 でも、もう25歳で折り返しに差し掛かっているのも事実。

 

 学生時代から教職一筋で、マスコット扱いされていたこともあってろくに恋愛はしてこなかった。

 

 地球に帰ったら、少し頑張らないと駄目かしら……

 

『半端ナ男ハ喰イ殺スゾ』

「あなたのせいで難易度は跳ね上がりそうですね……」

 

 悪意の具現たる彼は、どう考えても最悪の試験官だ。

 

 彼がいる限りは独り身のまま、ずっと教師を続けていくのでしょうか。

 

 それも悪くはないけど、悪意に敏感になってしまった今の私にも一応女としての欲求は……

 

「せ、先生。今大丈夫か?」

「っ、清水くん?」

 

 扉の向こうから聞こえてきた声に、ハッと我に返った。

 

 一応自分の格好が問題ないかを確認してから、了承の言葉を返した。

 

「先生……」

「し、清水くん!? どうしたんですか、そんなボロボロで!」

 

 扉を開けて姿を見せた清水くんの顔は、とてもやつれていた。

 

 髪もボサボサで、愛用している黒いローブは土だらけになっている。

 

「と、とりあえず入ってきてください! お水もありますから!」

「あ、ああ」

 

 フラフラとした足取りで、清水くんは部屋に入ってくる。

 

 こちらにやってきて、面会用の椅子にどっかりと座り込んで深く息を吐いた。

 

 

 

 そんな彼に、枕元に備え付けらえれていた水差しからコップいっぱいに水を注ぐ。

 

 それを差し出すと、受け取った清水くんはごくごくとそれは勢いよく飲み干した。

 

「ぷはぁ! あーくそ、マジ死ぬかと思った」

「いったいどうしたのですか?」

「ファウストが管理してた魔物を、片っぱしから闇魔法で洗脳する作業をさせられてさ……中には鎖なんか簡単に引きちぎる奴もいて、ちょっと逃げ回ったりもしたんだ」

「だからそんなに……」

「へへ、先生に教えてもらったおかげで、前よりもっと上手く操れるようになったんだぜ」

 

 疲れ果てているはずなのに、清水くんは笑いながらそう言う。

 

 照れ臭そうだけど、同時にどこか誇らしげで。

 

 それは、あのウルの街での濁った笑い方とはまるで違っていた。

 

「あの時は、自分の我儘のために使った力だけどさ。でも俺にできることなら、なんだってやりたいんだ」

「……清水くん、本当に変わりましたね」

「うぇっ!?」

 

 思わず頭を撫でてしまい、清水くんはおかしな声をあげた。

 

 多感な時期にこういうことを教師がするのはよくないんでしょうけど、でもせずには居られない。

 

 

 

 幸いにも、清水くんは顔を赤くするだけで逃げることはなく。

 

 そのことに少し調子に乗って、私は彼の頭を撫で続けた。

 

 あの夜彼に、そうしたように。

 

「昨日、目覚めた後にみんなに聞きましたよ。清水くんがみんなを立ち上がらせてくれたそうですね」

「あ、いや。俺はただ、先生が傷ついたのにあいつらが何もしようとしなかったのが、ただムカついて……」

「あら、嬉しいことを言ってくれますね」

 

 思わず頬が緩んでしまう。

 

 こんなに生徒に好かれるのは、教師としてはとても嬉しいことだ。

 

「誰かの為に怒れること。それは、とても難しいことです。でも清水くんには、その優しさがあったということですよ」

「……俺、変われたのかな」

 

 ギュッと、膝の上で両手を握る清水くん。

 

 髪で目元は見えないけれど、その目に何が映っているのかは容易に想像できる。

 

「変わったか、変わらないか、というのは他人には真に判断はできません。清水くんは、今の自分のことをどう思いますか?」

「まあ、前よりちょっとは好き……かも」

「それで十分です。私はそんな清水くんを、心から誇らしく思います」

 

 普通、自分のここが好きだというのは思っていても口には中々出せない。

 

 よほど自尊心のある人ならば別でしょうけど、彼は自分が嫌いで周囲に八つ当たりをした経験がある。

 

 こうやって自分のことを認められるまでになったのは……私のおかげ、と自惚れてもいいのでしょうか。

 

「南雲くんにも言いましたが、その心を忘れないでください。優しさというのは、案外持ち続けるのが難しいですから。それは必ず、あなたの人生に役に立ちますよ」

「……先生。俺さ、ちょっとした夢ができたんだ」

 

 唐突、と言っても良いタイミングの切り出し。

 

 けれど特に気分を害することもなく、口を閉じて彼の言葉に耳を傾ける。

 

「俺。あっちに帰ったら、さ」

「はい」

「……教師に、なり、たい」

「っ!」

 

 

 

 私は、驚いた。

 

 

 

 

 生徒が、自分と同じ職業を目指したいと言ってくれたから。

 

 あるいは、内向的な彼が教師という職に挑戦するという意気込みを持ったから。

 

 色々と理由はあるけれど、とても驚いた。

 

「今でも、あの時のことを夢に見るんだ。嫌なことは全部誰かのせいにして、そのくせよく知りもしない奴の言うこと信じて、唯一この世界での顔見知りや先生のことを殺そうとして……ほんとバカだった」

「清水くん……」

「でも、そんな俺をあんたは信じてくれた。あの時の言葉通り、ずっと信じてくれた。で、思ったんだ──こういうのが人を頼ることなんだ、って」

「……私の行いが、少しでも君のためなれたのならそれほど嬉しいことはありませんね」

 

 そう言うと、また彼は照れ臭そうに笑って。

 

 それから顔を上げて、真剣な目で私とまっすぐ見つめ合い。

 

「だから、ほんと柄にもないし、自分でも向いてるはずがないって思うんだけど……俺みたいなバカがいた時に、同じことをしてやりたいって、思った」

「そのために、教師になりたいと?」

「わかってるよ、仕事なんだからそんなことだけじゃねえって。もっと色々あんだろうけど……でも、それが俺がやりたいことなんだ」

 

 

 

 やりたいこと。

 

 

 

 それはあの時、まだ私の中でマリスさんの部分が大きかった時に応援すると誓ったもの。

 

 彼を見ると誓った。彼を誰より認め、力の限り支え、〝特別〟にすると約束した。

 

 そして、彼の願いは。

 

 

 

 間違いなく、彼自身にとっての〝特別〟だ。

 

 

 

 ああ、だから。

 

「俺の夢。応援、してくれるか?」

 

 そんなことを聞かれたら、こう答えるしかない。

 

 

 

「──勿論。だって私は、あなたの先生ですから!」

 

 

 

 畑山愛子が、清水幸利の先生である限り。

 

 彼が何かを選ぶというのなら、私が絶対の絶対に成功させてみせよう。

 

 それがきっと──誰かを教え導くという夢をも捨ててしまった、マリスさん(彼女)にも届くと信じて。

 

「あちらに帰ったら、資料を集めないとですね。教職に就くためには色々な準備が必要です」

「あ、ああ。こんな世話かける俺だけど、よろしくお願いします」

「世話をかけるだなんて、そんな。むしろじゃんじゃんかけてください! あ、そういえば清水くんは文系の科目が得意でしたね」

 

 早速、私は彼と教師になるための相談を始めた。

 

 

 

 

 

 

 必ずみんな、地球に連れて帰る。

 

 

 

 

 

 勿論、北野くんだって。

 

 

 

 

 

 だって彼も──私の、生徒ですから。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 光輝 SIDE

 

 

 

 

 

オイデ

 

 

 

 

 

 ……何かに、呼ばれた気がした。

 

 

 

 

 

オイデ

 

 

 

 

 

 それは、とても悍ましくて……

 

 

 

 

オイデ

 

 

 

 

 

 だけど、ずっと求めていたような……

 

 

 

 

 

「なん、だ……?」

 

 重い瞼をあげる。

 

 

 

 するとそこは、王城の寝室ではなくて。

 

 どこかの道に、俺は立っていた。

 

「……ああ、また夢か」

 

 〝彼女〟にまつわる何かを、また見ることになるのだろう。

 

 心さえ呑まれることがなければ、この夢の中では基本的には平気だ。

 

 だから俺は、一本道をゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 左右を見渡せば、花々が咲き誇っている。地球でもトータスでも見たことのない種類だ。

 

 今度は頭上を見上げれば、そこには綺麗な彫刻が彫られたアーチが並んでいた。

 

「庭園、みたいだな」

 

 そして目の前にある一本道は、左に曲がっているように感じる。

 

 歩けども歩けども、ぐるぐるとどこかを回っているような感覚。

 

 でも、俺の心に不思議と焦りはなくて。

 

 だから、道の先に〝それ〟が現れた時も自然と足を止められた。

 

「…………」

「君は……」

 

 道の真ん中に、一人の女の子が立っている。

 

 みすぼらしいワンピースを一枚、薄汚れた肌の上から被せるように着込んでいて。

 

 くすんだ、けれどどこか綺麗な金色の髪の奥には──顔がなかった。

 

「君か。俺をここに呼んだのは」

──オイデ

 

 目も鼻も、口すらもない真っ黒な顔。

 

 なのに、この夢の始まりに聞いたものと同じ言葉を発し、彼女はゆっくり踵を返す。

 

 そのまま向こうへと歩き始め、俺もまた足を前に動かし始めた。

 

 

 

 ぺたり、ぺたり。

 

 彼女の素足が石造りの道を打つ音が、やけに大きく響いていく。

 

 後ろが大きく開いたワンピースから見える背中は、あの牢獄で見た時と変わりなく、とても華奢。

 

 骨さえも浮き出るほどに細々しく、少し曲がっていて。

 

 その背中を見つめていると、ふと彼女が立ち止まる。

 

「……?」

 

 止まった彼女が、こちらを振り向かずに左手だけをもたげる。

 

 そうして人差し指で示された方向を見ると、いつの間にか花の壁に別のアーチがあった。

 

「これ、は……」

 

 その、アーチの中を覗き込むと。

 

 

 

 向こうにあったのは──小さな女の子が、大粒の涙を零しながら食事をする光景。

 

 

 

 噛みしめるように、何かを思い出すように。

 

 ようやく取り戻せたと、そう歓喜するように、泣いている。

 

 その対面に座るのは、あの時見た北野の元の人格の男。

 

 彼はそんな女の子を、とても優しい目で見ていた。

 

──オイデ

「っ!」

 

 呼ばれ、前に振り向く。

 

 既に彼女は歩き始めていて、ついていこうとする前にもう一度アーチの中の光景を見ようと振り返る。

 

 けれどそこにはもう何もなくて。諦めて、引き続き彼女の後を追うことにした。

 

 

 

 ぺたり、ぺたり。また彼女の足音だけが響く廊下の中。

 

 先ほどと同じくらいの時間歩き続け、そしてまた彼女は立ち止まって右を示した。

 

 見れば、またアーチがある。同じように見ろということだろう。

 

「今度はなんだ……?」

 

 一体何が見れるのか。どこかそんな期待をしながらも、アーチの中を見る。

 

 今回そこにあったのは、さっきの女の子が少し成長して、黒髪の女性と入浴する姿。

 

 ……入浴する姿??? 

 

「ちょっ!」

 

 流石にこれはダメだろ! 

 

 慌てて顔を背けようとしたが、なぜか首が動かない。

 

 くそっ、ここで強制力が働くのかよ! 

 

 

 

 仕方がなく、視線をアーチの中に戻す。

 

 二人仲良く、森の中の温泉? に浸かっている光景は、とても平和で。

 

 見るのは不謹慎だと思いつつも、どこかほっこりするような気持ちが生まれてしまう。

 

 ああ、だけど──何故だろう。

 

 

 

 この黒髪の女性を見ていると、とても悲しい気持ちになるのは。

 

 

 

──オイデ

 

 そこでようやく、強制力が失われた。

 

「ぷはっ!?」

 

 すぐに体ごと向きを変えた拍子に、まるで潜水した後のような声が出た。

 

 ちょっと思うところがありながら女の子を見ると、俺など御構い無しに歩いている。

 

 ああ、この強引さは彼女らしいな。

 

「……なんて、考えてる時点で手遅れか」

 

 自虐を一つ。それで気を持ち直して、彼女に三度ついていく。

 

 

 

 

 

 そして、色々なものを見た。

 

 

 

 

 

 カインと共に勉強を行い、はじめて楽しいとでも思ったように笑っていた。

 

 あの女性ともう一人、現実よりも若いルイネさんと三人で昼寝をしていた。

 

 最年少だった彼女が成人して、初めて四人でお酒を飲み、盛大に騒いでいた。

 

 

 

 そして、彼女は御堂英子に変わり。

 

 普通の女の子として育ち、普通に学校に通い、普通に友達と一緒に笑って。

 

 それなのにこの世界にやってきて、元に戻った。

 

 

 けれど、それは苦しいことばかりじゃなかったみたいだ。

 

 雫と、本当に全てを曝け出した上で友達になっていた。

 

 もう再会は期待していなかった姉弟子達と巡り会えた。

 

 彼女は、たとえその身を再び人喰いの呪いに落とそうと──優雅に、笑っていた。

 

 

 

 きっとこれは、彼女にとって大切な記憶を封じた箱庭なのだと。

 

 これまで数々のアーチの中に閉じ込められた、幸せそうな記憶に。

 

 ようやく、理解した。

 

 

 

 そして、最後に。

 

「これ、は……」

 

 もういくつ見たのか忘れてしまったアーチの中の景色に、言葉を失った。

 

 だって、そこには。

 

 彼女の〝幸せ〟を飾っておくための額縁に入っていたのは──。

 

「……ああ、くそ。幾ら何でも、こんなにあっさり…………」

 

 短絡的で直情的というのは、身に沁みるほどわかっていたけれど。

 

 こんなもの一つ見るだけで、完全に自分の中にあるものを認めてしまうくらい。

 

 俺は、簡単な男だったらしい。

 

 

 

──オイデ

「……ああ、いくよ」

 

 自分への呆れと気恥ずかしさを飲み込んで、この先へと進む。

 

 そう思ったのも束の間に、これまでよりずっと早く彼女は立ち止まった。

 

 ひときわ美しい、国宝のような扉の目の前で。

 

 

 

 女の子は、枯れ枝のように細い両手で扉を押す。

 

 大した抵抗もなく開いた両開きの扉の向こうには──一面の花園が広がっていた。

 

 それに見惚れていると、女の子が振り返る。

 

 

 

 

 

「──ありがとう」

 

 

 

 

 

 その一言が発せられたのは、暗闇からではなくて。

 

 花が咲くみたいな綺麗な笑顔を最後に──瞬きするうちに、消えてしまった。

 

 グッと喉にせり上がる気持ちを飲み込み、彼女の望む通りに扉をくぐる。

 

 

 

 一歩踏み込み、その暖かさに息を飲む。

 

 小鳥が囀り、蝶や蜂のような生き物も飛んでいる。

 

 顔を上げれば澄み渡る青空が広がっていて、うっすらとだがドーム状の天井のようなものが見えた。

 

 振り返ると、そこに扉はない。引き返せないということか。

 

「引き返す気は、ないけどな」

 

 慎重に、花を踏みつぶさないよう足を出す。

 

 のどかな花園の中を歩いて、その景色を少しだけ両目で堪能して。

 

 

 

 そして、辿り着く。

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

「……あどけない顔だな」

 

 眠っている。

 

 この世で誰より美しく、誰より厳しく。

 

 そして誰よりも傲慢な(ひと)が、子供みたいに無垢な顔で。

 

「俺には、君を起こせないよ。そんな〝傲慢〟は犯せない」

「ん……すぅ……」

 

 気をつけて、小声で囁く。

 

 色とりどりの花と茎で編まれた椅子に一人、静かに眠る彼女を起こさないように。

 

 それは、罪に塗れた俺が決して穢してはいけないものだから。

 

「それが、君の本当の姿だというのなら。俺はやっぱり簡単な男みたいだよ」

 

 だってもう完全に、見入ってしまっているのだから。

 

「きっと、君は俺の心なんか気持ち悪がるだろう。嘲笑うだろう。弄ぶかもしれない。でもそれでいいんだ、だってそれが君だから」

 

 人は、人を自分の枠に当てはめてはいけない。

 

 それは相手の一部を歪め、壊し、そして消してしまうから。

 

 少なくとも俺は、彼女の全部に魅入った。だから歪ませたくはない。

 

「きっと、この気持ちは一生届かないだろうけれど。この夢が覚めたら、口にもしないだろうけれど」

 

 それでもこれくらいは、許してほしい。

 

 一歩踏み出し、これ以上なく慎重に彼女の手を取る。

 

 そっと肘掛から持ち上げ、手の甲に額を触れさせて。

 

 

 

「君に、俺の心と傲慢の全てを捧げよう」

 

 

 

 それが君の思う壺でも、構わない。

 

 一度こうと決めたならば、俺は頑固だから。

 

 

 

 

 

 

 この誓いをもって、俺は君とこの手を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




想い、願い、そして戦う。

読んでいただき、ありがとうございます。


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誰も恐れない

Twitterで最終決戦のハジメ達の衣装とかアップしてます

始「よう、こんにちは。前回は先生と天之河の話だったな」

先生「みなさん、成長していますね」

始「そうだな、懐かしい顔ぶればかりだ。さて、今回は決戦開始前の話だ。それじゃぁせーの、」


二人「「さてさてどうなる終末編」」



 ハジメ SIDE

 

 

 

 ゲートを通り抜け、広場に出る。

 

 

 

「おかえり、ハジメ」

「待ってたよ」

「よう美空、ウサギ。出迎えご苦労さん」

 

 ゲートホールを設置していたその場では、美空が待っていてくれた。

 

 隣には当然のように、ウサギがいる。二人とも顔色は良さそうだ。

 

「その衣装、似合ってるな」

「でしょ? さすがお爺ちゃんでもハジメだし」

「ぶい」

 

 決戦に備え、肉体強化や数々の魔法陣、治癒能力まで備えた戦闘装束に身を包む二人。

 

 それは何もこいつらだけではなく、俺やユエ達、この場の全員が決戦仕様の装いだ。

 

 悔しいが、今の俺一人ではここまで高性能な装備は作れない。

 

 50年という、覆せない圧倒的な経験の差を感じさせる逸品だ。

 

 件の奴は、俺たちが最後の睡眠をとっている間に先に来ている。どこぞでふんぞり返ってるだろう。

 

 

 

 そして、ウサギの隣には白い法衣みたいなのを着た男が立っていた。

 

 俺はもちろん、後ろにいるユエ達もその新顔に自然と視線を向ける。

 

「で、そいつは?」

「最後のホムンクルス。私の弟」

「お初にお目にかかります、南雲ハジメ様。私はハギオスと申します」

 

 優雅な礼を見せるハギオスとやらは名前からしても、いかにも聖人っぽい雰囲気だ。

 

 解放者達のこだわりか、人間型のホムンクルスは軒並み見た目がアホほど良い。

 

 当然こいつも優男風のイケメンだ。まあシュウジの方が優ってるが。

 

「ああ、今私の容姿をご友人と比べましたね」

「っ……魂魄魔法で俺の意識を読んだのか」

「ご容赦を。姉の恋人との挨拶なのだから、しっかり目を見なくてはと思うあまりに」

 

 黄金の瞳を瞼で塞ぎ、ゆるりと笑う。

 

 得体の知れない輩はこれまでごまんと見たが、こいつもまたキワモノだな。

 

「ご安心を。この眼は我らが父母の仇敵、エヒトの犬達にのみ牙を剝くと約束しましょう」

「なるほど。それなりに戦力になりそうだ」

 

 奴がにこりと笑い、不敵に笑みを返す。

 

 ユエ達からまたかみたいな目を向けられてるのがわかるが、これが俺なりの見定め方だ。

 

 

 

 ハギオスとの挨拶も済ませたところで、ふと周囲を見回す。

 

 俺達が今立っているのは、【ハイリヒ王国】王都前の大平原に建てられた要塞。

 

 こちらへ()()()()()()パンドラタワーを中心に、数十万の軍勢の野営地ともなっている。

 

 遠くに見える王都や、その奥ですっぱり半ばから消えた神山が陰影を晒し、なんとも不可思議な雰囲気だ。

 

 

 

 何ヶ月も前から各地で開発を進め、この三日で世界中から集めて組み立てたらしい。

 

 一種の都市とさえ見間違う各所の煌々とした光は、不思議な熱をも感じさせる。

 

 まるでプラモデルのようだが、足を通して感じる規模、構造は一級──いや、それ以上。

 

「ったく、シュウジの野郎。錬成士の俺が自信を無くすレベルのものを用意しやがって」

「あはは、仕方がないよ。だってシューくんだもの」

「ん。なんというか、驚きもしない」

「ですねぇ」

「あいつ、一人でロケットとか作れるんじゃねえのか?」

「冗談……にすら、ならなそうだよね」

 

 いつものやりとりをかわし、プッと吹き出すと皆で笑う。

 

 このくらいの雰囲気の方が、あいつも迎えに来られても気楽だろ。

 

「みんな、そろそろいいかしら?」

 

 などと言ううちに、お呼びがかかった。

 

 美空とウサギ、ハギオスが振り返ると、広場から内部への入り口に八重樫がいる。

 

 背中に大太刀を背負い、蛇があしらわれた戦闘用の着物を履いた彼女は俺達に手招きする。

 

「全員お揃いよ。しびれを切らしてるわ」

「おう、行くか」

 

 踵を返した八重樫に追随する形で、俺達も内部へと足を踏み入れた。

 

 等間隔にライトで照らされた廊下の中を、八重樫を先頭に進む。

 

「八重樫、平気か? 疲れた顔をしてるが」

「……やっぱりそうかしら?」

 

 あの背の刀に慣れるため、八重樫はアイツと一緒に先に王都に戻っていた。

 

 その横顔は……なんというか、少しぐったりしてるように見える。

 

「皇帝陛下が、ちょっと鬱陶しくて。あの人がいない隙にって魂胆でしょうけど、あしらうので少し、ね」

「はぁ……あのオッサンもバカだな。あとでシュウジに言いつけるか」

「ぜひそうして頂戴」

 

 多分死ぬだろうけど、うん、まあ。プレデターどものこともあるし、瀕死程度に留めると願おう。

 

 皇帝の再起不能を予期しつつ、俺達を見て行き交う兵士などが向ける畏敬の視線をスルーして歩く。

 

 

 

 やがて、大きな広間へと到着した。

 

 大きなテーブルが置かれ、エボルトを筆頭に上座には天之河やベルナージュ王女、ガハルド、アルフレリックやカム。

 

 クラスの奴らを代表してか遠藤と清水、他にもアンカジのランズィやらフューレンのイルワやらが揃っていた。

 

 そして遠藤達の隣には、素知らぬ顔をして先生が座っている。

 

「おい先生、休んでなくていいのか?」

「ええ、当然。生徒を助けるための戦いに赴かない教師がどこにいるのでしょう」

「ご◯せんかよ」

「それに私は、〝豊穣の女神〟としての影響力もありますからね。いた方が何かと便利ですよ」

 

 淡々と述べる先生に、遠藤と清水を見る。

 

 二人とも肩を竦め、首を横に振った。どうやら頑として動かないらしい。

 

 まあ大丈夫かと受け流しつつ、さっきからこちらをニヤニヤと面白そうに見ている皇帝に目を向けた。

 

「……ご愁傷様」

「おいおい、いきなり失礼なことをほざきやがるな」

「あそこが再起不能になるのは確定だろうから、今のうちにお別れしとけよ」

「……あの小僧か」

「あらあらん♡ ハジメちゃんたら、また同胞を増やしてくれるのん? もうっ、私への贈り物を欠かさないなんてぇ! 愛してるわん!」

 

 いきなり化け物が声を荒げた。くねくね体を捩る様が非常に気持ち悪い。

 

 途端にガハルドが盛大に引きつった顔になる。その方がお似合いだ。というかザマァ。

 

「はぁ。一応、この世界の人類の存亡をかけた戦いでもあるのだが。お前達はいつも変わらないな」

『クク、そういう方が周りも力を発揮するのさ。お前も俺に火星を滅ぼされる前、兵どもをそうやって鼓舞しただろう?』

「……貴様はいつも私の神経を逆撫でするな」

『おっと、今は同じ星を救う仲間だ。仲良くやろうぜ、王妃様』

「減らず口を……」

 

 最後にエボルトとベルナージュのやりとりで、いい具合に空気が弛緩した。

 

「さて。待たせていたみたいだが、早速始めようか?」

 

 俺達も着席したところで、いよいよ決戦に向けての最終会議を始めた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 会議の議題は主に、装備・兵器の配置や分配、取り扱いの習得率、戦闘開始後の行動指針や指揮系統など。

 

 はっきり言って無駄な会議だと思う。

 

 

 

 なにせ最初から、エボルトが全て統率しているのだから。

 

 ファウスト独自の戦力(スマッシュやハードガーディアン)、王国軍、帝国軍、冒険者ギルドに傭兵、他諸々。

 

 合わせて数十万の軍勢は一様に訓練され、ギリギリまで改良が進められた現代兵器を使いこなす。

 

 唯一支配しているわけではない亜人族の連中は、カム達とフェアベルゲンを筆頭に支援や遊撃に回る。

 

 あとは現在進行形で、フィールド形成をクラスの奴らが行ってるらしい。塹壕掘りとかだな。

 

『とまあ、こんなところだ。お前ら覚悟はできてるな?』

「無論。この世界に生まれたその時に、我が民と家族を今度こそ守ると誓った」

「せいぜい暴れてやるかね。にしても、まあよくぞここまでまとめ上げたもんだな。最初にテメェが執務室に入ってきて、ファウストの傘下に入れと脅しをかけられた時も驚いたが、一体いつから準備してやがる」

「非常に癪だが、それには同意見だ。これ、先生の影響力やクラスメイトどもの動きも入ってるだろ」

『これぞ面目躍如! ってね』

 

 ガハルドに乗じてそう問えば、既に会議が終わったことで両足をテーブルに乗っけてるエボルトは笑う。

 

 ガハルド達が畏怖したように引き攣った笑いを浮かべる中で、俺はさらにもう一つ問いかけた。

 

「これだけは聞かせろ──いつからあいつは、自分がエヒトに乗っ取られるつもりだった」

()()()()()。少なくとも女神にこの世界の、ユエとエヒトについての知識を与えられたその時に、選択肢の一つとして考えていた』

 

 あっけらかんと、なんでもないことのようにそれは告げられ、俺達は息を呑む。

 

 自分の正体を知らなかった時でさえ、人柱になることを覚悟してたってのか。

 

『あいつは薄々勘づいていた。いくら特別に鍛えたとはいえ、現代人の体に千年もの記憶を持った魂が宿れるということは、少なからず人を超えたモノをも宿せる可能性があると。だからエボルドライバーで肉体を進化させることで、その可能性に備えていたんだよ』

「……エボルアサシンは、その最終段階だったってわけか」

『正解! あれは使えば使うほど魂を蝕むが、その代償に肉体に絶大なエネルギー体への耐性をつける。どこかで聞いた話だと思わないか?』

 

 その言葉にかつての事件が脳裏をよぎり、ユエ達と強張った顔を見合わせる。

 

 

 

 女神マリスは、万物を創造する力を奪うために〝世界の殺意〟に与えられる不死を受け入れた。

 

 肉体や精神を一千年も全盛に保つためのエネルギーは、それは絶大なものだろう。

 

 創造と破壊は表裏一体。大昔の聖書にすら書いてある言葉だ。

 

「自分を捨てた親でさえも、糧にしたのか……」

『抜け目がないだろう?』

「似ている、な」

 

 エボルトとの会話に、ベルナージュ王女が唐突に割り込んでくる。

 

 俺でさえも王女と付けてしまうくらいには覇気のある碧眼で、彼女はこちらを見ている。

 

「かつてお前を倒すため、そして大切な仲間を救うために数々の力を使っていた〝彼ら〟のようだ」

『そこに今度は、完璧に味方な俺が加わるんだ──神如きに負けるはずがないだろう?』

「確かに、な。私はただ、この聖戦の後に控える政務に想いを馳せていることにしよう」

 

 そのジョーク? にガハルドやアルフレリック、イルワなどの顔が苦々しい笑いへと変わる。

 

 事後処理ってのがあるんだろうが、あいにくとそこまで面倒を見てやるつもりはない。

 

 空の上からあのバカを引き摺り下ろしてくるのが俺の、俺達の、一世一代の大仕事なんだからな。

 

「とりあえず、こんな程度の戦いで誰も死なないでくれよ。あいつが帰ってきたら、今度はあんたらの街や国を一通り観光に行きたいからな」

 

 肩をすくめてそう締めくくり、あいつらの顔から緊張が取れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 誰も、エヒトなど恐れない。

 

 

 

 

 

 

 

 恐れてやるものか。

 

 誰一人欠けず、シュウジの能天気な笑顔を取り返すことで幕にしてみせよう。

 

 それが俺の進む道。誰にも邪魔はさせない、もう一人の俺とさえ違う──〝俺の未来〟だ。

 

 

 

 などと決意をしていると、不意に騒がしさを耳に拾った。

 

 要塞の各所に連絡路で繋がっているこの広間に、どこからか喧騒が届いている。

 

 ついに始まったか、とベルナージュ王女達が構える中で、駆け込んできた兵士は慌てた様子で。

 

「ひ、広場の転移陣から多数の竜が出現! 助力に来た竜人族とのことです!」

「──来たか」

 

 最後の頼れる戦力が。

 

 

 

 自分の口の端が釣り上がるのがわかりつつ、立ち上がってユエ達を伴い広間を出る。

 

 後ろからやや騒がしくしつつもベルナージュ王女達が付いてくるのを感じながら、元来た道を戻る。

 

 一度通った道、わずか一時間程度で忘れるはずもなく出口にたどり着き。

 

「ご主人様よ! 愛しの下僕が帰って来たのじゃ! さぁ、愛でてたもう!」

「そうか、じゃあ愛の鞭を喰らえ」

 

 扉を開けた瞬間飛びついてきた変態トカゲに、ドパンッ!! と一発浴びせた。

 

 額にゴム弾を受けたティオは空中で華麗に後方三回転宙返りをしながら、床に落ちる。

 

 そしてビクンビクンと(快楽で)震え、その場に静寂が舞い降りた。

 

 

 

 ……全員の視線が集まっている。こいつ鬼畜だという視線が。

 

 それらをガン無視しつつ、恍惚の表情を浮かべている変態に歩み寄った。

 

「おかえりティオ。三日振りだが変わらないな」

「うふ、ふふふふ。ご主人様こそ、三日振りのお仕置きはたまらなかったのじゃ。我慢しすぎて快感がすごいのじゃ」

「そうか良かったな。で、竜の姿で帰還とはいい演出だな。あいつも拍手を送るんじゃあないか?」

「うむ、良い感じに度肝を抜けたようじゃの」

「いえ、それはあなた達のせいだと思うのだけれど」

 

 八重樫のツッコミが聞こえた気がしたが、よく意味がわからん。

 

 周囲を見ると、皆頷く。ティオと顔を見合わせ、首をかしげた。

 

「「別にいつもどおりだろ(じゃろ)?」」

「だめだ、早く治癒しないと……」

「美空、これはもう手遅れだと思うよ。私達の魔法じゃ治せない類のものだから」

「ハジメさんもティオさんも、互いに毒されましたねぇ」

「ドSなハジメも、素敵?」

「南雲、本当に尊敬するよ」

「なんつーか、幅広い趣味だよなぁ……」

「アブノーマルだよねぇ」

「散々な言い草だなお前ら。というか天之河は後で話がある」

 

 ったく、本当に後少しで世界存亡をかけた戦いだってのに。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 ユエ達に呆れたような目で見られていると、立て続けに竜のうち六体が輝く。

 

 

 

 そいつらは着物を着た美丈夫へと姿を変える。それぞれ髪の色が違ってやけにカラフルだな。

 

 そのうちの一人、緋色の髪をした初老の男が俺達のほうへと一歩踏み出てくる。

 

 一応後ろにいるのは国の重鎮なんだが、全く気後しない足取りは、どこか〝王だ〟と思わせた。

 

 

 

 その圧を受け流していると、男は俺に鋭い目を向ける。

 

 警戒というよりは、関心。

 

 しかしそれも一瞬のことで、後ろにいるベルナージュ王女らに目線を戻した。

 

「ハイリヒ王国ベルナージュ・S・A・ハイリヒ殿、及び各国住民の方々──そして異界より現れし、星を狩る者の片割れよ」

 

 ベルナージュ王女、ガハルド、アルフレリック。

 

 地位の高い奴らを一人ずつ見渡し、そして最後にその後ろにひっそりと立つエボルトに目を向ける。

 

「お初にお目にかかる。私は、アドゥル・クラルス、竜人族の長。此度、我ら竜人族もこの決戦に参戦させて頂く。里には未だ同胞が控えており、ゲートを通じていつでも参戦できる。使徒との戦いでは役に立てるだろう。よろしく頼む」

 

 その声は大きくはなく、されど無視できることもなく。

 

 自然と包み込まれるようなその言葉は穏やかであり、どこかあのジジイにも似ていた。

 

「おお……」

「ほお、これが……」

「頼りにしている。アドゥル殿並びに、竜人の方々よ」

 

 伝説の種族の協力、という触れ込みにガハルド達が感動のため息を漏らす中、ベルナージュ王女が告げる。

 

 これが本来の理知的で包容力のある、種族自体が王に相応しいとされた高潔な竜人族、ね……

 

「はうっ!? ご主人様から残念な者を見る視線を感じるのじゃ!」

 

 うん、やっぱあいつだけキワモノだわ。

 

 

 

 鷹揚に頷いたアドゥルと、他のイケメン共はベルナージュ王女達と一緒にさっきの広間に行くことに。

 

「では早速、会議室へ。南雲ハジメ、お前さんらはどうする?」

「俺達はこの場に残って、【神域】攻略の話をする。八重樫と天之河は残ってくれ」

「ええ、わかったわ」

「勿論だ」

 

 さて、これで一旦二手に解散となる。

 

 しかし、さっきから俺にガンつけてやがった藍色の竜人の男がズイとこちらに体を押し出してくる。

 

 自分を主張するようなその行動から、察するにアドゥルの挨拶が終わるのを待ってたんだろうが……

 

「何か用か?」

「……貴様。姫に一体なにをした?」

 

 ……姫? この場に姫さんもアルテナも、ガハルドの娘とかもいないが。

 

「誰のことだ?」

「貴様の目は節穴か! 竜人族の姫と言えばティオ姫以外にいないだろう!?」

 

 ………………………………はい? 

 

「姫?」

 

 ユエを見て確かめる。彼女は首を傾げた。

 

「姫?」

 

 続けてユエがシアとウサギに振り、二人も同じ反応をする。

 

「「姫?」」

 

 二人は美空と香織に聞き、あいつらもきょとんとした。

 

「姫」

 

 香織が八重樫に確かめるような視線を向け、八重樫は困ったように笑う。

 

「「姫??」」

 

 坂上と谷口が、互いに聞き間違いでないことを確かめるように顔を見合わせ。

 

 つられて天之河がティオを三度見くらいしてから、俺になんとも言えない目を向けた。

 

「「「「「「「「「「いやいや、ないわー」」」」」」」」」」

「南雲とのやりとりを見てると……なぁ」

「ぬがーっ! 姫と呼ばれるのがそんなにおかしいか! 族長の孫なのじゃから、そうでもおかしくはなかろうて!」

 

 あの天之河でさえも声をそろえると、恥ずかしそうに赤面したティオが吠えた。

 

「あーうん、まあおかしくはないな。悪かったよティオ姫?」

「ん。可愛らしい、ティオ姫」

「キュートだと思うよ、ティオ姫」

「ごめんなさい、語呂が悪いとは思いますけどこれからはそう呼ばせてもらいますねティオ姫」

「ふぅん、いいんじゃない。茶目っ気のある呼び方じゃんティオ姫」

「私もいいと思うな! ティオ姫!」

「ぬがぁああ、やめてたもう! やめてたもう!」

 

 おお、まるで家族にちゃん付けで呼ばれているのがバレた時のような反応だな。

 

「この周知はちっとも気持ち良くないのじゃ! というか物凄く恥ずかしいのじゃ! お願いじゃから今まで通りに呼んでおくれ!」

「何だよ、いいじゃねぇかティオ姫。可愛いじゃないかティオ姫。素晴らしい響きだぞティオ姫。もっと教えてくれよティオ姫。これからもずっとティオ姫」

「止めてたもうぉ~」

 

 ああ、なんだろうな。プルプル震えてるティオを見てるとものすごく弄りたくなってくるのは。

 

 それに、500歳超えて姫とか呼ばれて恥ずかしがってるのなんて、マトモな時は凛としたティオにしては可愛らしいし。

 

「き、貴様! 姫に馴れ馴れしいどころか侮辱しおって! やはり怪しげなアーティファクトで洗脳でもしているのだろうッ!」

「ぶふぅっ!?」

 

 あ、後ろで天之河が吹いた。身に覚えがありすぎるセリフだもんなぁ? 

 

「光輝くん……」

「やめろ、そんな目で見ないでくれ香織……」

「まあ、若気の至りって思っとけよ」

「そうよ、気にしないことが肝心よ」

「ほら、みんなもう気にしてないし! 今の天之河くんは普通だよ!」

「グハッ!?」

「鈴!? なんでトドメ刺した!?」

 

 あいつらがワチャワチャしてるな。なんだかんだで良いチームじゃねえか。

 

「てか、さっきからお前うるせえな。お前はティオのなんだ? 実は婚約者でしたー、的なアレか?」

「私は姫の身を案じてだな……!」

「これ、リスタス。いくら弟分とはいえ、あまりご主人様を悪様に言うのは許さぬぞ。妾が心からご主人様をお慕いしていることは何度も言ったであろう?」

「しかし!」

「む……」

 

 改めて口で言われると、なんとも面映い気持ちになる。

 

 我ながら変態的行動に疑問すら抱かないくせになんでだとは思うが……そういうことなのだろう。

 

 もはやラノベのヒロインばりに仲間への好感度ゲージ上がりやすくなってないか、俺? 

 

「姫、あなたは騙されているのです! どうか目を覚ましてください!」

「むう、強情なやつじゃな。何を根拠にそこまで言う?」

 

 ティオの目が駄々っ子を見るときのそれに変わっている。

 

 モロ困ったときの反応であるそれに、リスタスとかいう竜人族はプルプルと羞恥と怒りに震えた。

 

 そして、あらんかぎりの大声でたまらないと言うように叫んだのだ。

 

 

 

 

 

「竜人族の姫が、あんな変態なわけないでしょうっ!!!」

 

 

 

 

 

 それは確かに、と俺達の声は重なった。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回、聖戦開始。


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魔王

始「こんにちは。ついに役者が揃い、聖戦へのカウントダウンが始まった」

ユエ「誰も、エヒトなんか恐れない」

シア「やる気だけが漲ってますぅ!」

美空「取り返すよ、シュウジを」

ハジメ「当然だ。で、今回は前回の続き。恋愛話がなんだかんだと入ったな。それじゃあせーの、」


五人「「「「「さてさてどうなる終末編」」」」」



 

 

 ハジメ SIDE

 

 

 

「姫は里にいた頃は聡明で情に厚く! 長に比肩しうる実力の持ち主であった! 誰からも畏怖と尊敬を集めていたのだ! 断じて、断じて痛みに喜び、罵られて身を捩るような変態ではなかった! であれば、貴様が何かしたと考えるのが自然だろう!」

『確かに』

 

 俺自身を含め、またも非の打ち所がない正論に同意してしまった。

 

 こいつからしたら、慕ってたカッコいい姉貴分が里帰りしたら変態になってて度肝を抜いたんだろう。

 

 まあ、思慮深さや聡明さ、仲間を思う情の厚さや胆力……そういった魅力は俺もわかっている。

 

 が、変態的な部分との落差が酷くてとてもマトモには扱えないのだ。

 

 

 

 いや、わかってる。

 

 こうしたのは俺だと、あのケツパイルが全ての原因であることは自覚してる。

 

 竜人族の気持ちは察して余りあるし、祖父らしいアドゥルには後程ちゃんと挨拶をするつもりだが……

 

「にしたって、お前ちょっと突っかかりすぎじゃねえか? 後ろのそいつらもまだ大人しいぞ?」

 

 アドゥルを含め、四人のイケメン共はこのリスタスほど俺に敵意を向けていない。

 

 むしろ、ティオが選んだ? らしいこともあって興味深げな視線が向けられている。

 

「リスタス。やめよ」

「しかし族長!」

「ティオが洗脳などされていれば、私が気が付かぬはずなかろう?」

 

 尚も言い募ろうとしていたリスタスが、アドゥルの言葉にグッと詰まる。

 

 それから彼は、俺に先ほど一瞬向けた興味深そうな、面白そうな目を向けた。

 

「これはティオが決めたこと。確かにあの変化には私も驚いたが、彼を心から慕っていることは明白。ならば、その変化はティオの幸せであるのだろう」

「ですが……」

「何よりも。あの子は隠れ里での生には飽いていたよ。竜人の矜持と里の掟に縛られ、心の乾いた目をしておった。半ば無理やりに此度の任務に就いたのも、無意識に何かしらの変化を求めたからだろう」

 

 違うか? とアドゥルが問うように目線を向ければ、いつになく真剣な顔でティオは見返す。

 

 言葉こそなかったが、肯定したのだろう。アドゥルは少し寂しげに、だが嬉しそうに口元を緩ませる。

 

「そしてティオは、その何かを見つけた。であれば、私から言うことは何もない」

「そ、それは……」

「爺様……」

「それに、だ。南雲ハジメ殿、貴殿の先ほどの言葉は当たらずとも遠からずなのだよ」

「ほう?」

 

 とすると、本当にこいつはティオにそういう意味で近しい存在だったってことか。

 

 なんだか少し複雑な気分を不思議と抱きつつも、何やら引きつった顔をしているリスタスを見る。

 

「当たらずとも遠からずってことは、婚約者候補……いやその一歩手前か?」

「正解だ。こやつは自分より弱い者を伴侶にはしないというティオの言に従い、日々鍛えては候補達に挑んでいてな。今回のことは、言うなれば八つ当たりだ」

「なっ、なぁ……!?」

「八つ当たり、ねぇ……」

 

 リスタスは、なんだか恥ずかしいような怒っているような、真っ赤な顔で震えていた。

 

 どうやら知られたくなかったことらしい。そもそも気がつかれてないと思ってた類だな、こりゃ。

 

 続けて隣のティオを見ると、困ったような顔をしている。本人的にはなんとも思ってないみたいだ。

 

「ご主人様、耳を少し」

「なんだ」

「……後ろのあやつら、あれが婚約者候補じゃ」

「へえ、モテる女ってのは本当みたいだな。まあ変態でなければ見た目も中身もいいもんな。変態でなければ」

「んっ! 二回言ったのお主。気持ち良いではないか」

 

 そういうとこだよこの駄龍。

 

「じゃがそうしたのはご主人様じゃぞ?」

「わかってるよ……はぁ」

 

 小声でのやり取りもそこそこにしておいて、顔を正面に戻す。

 

 何やら品定めのような目を向けてくる婚約者候補どもや、目を怒らせるリスタスはとりあえず無視しよう。

 

 そして、アドゥルの前に数歩くらい……それこそ相手の拳が届くくらいの距離まで近づいて。

 

「初めまして、アドゥル殿。改めて名乗らせもらいます、南雲ハジメです。貴方の孫娘のおかしな扉を開いたのは俺ですので、どうぞ一発くらいはご自由に」

 

 

 

 その瞬間、後ろがざわついた。

 

 

 

 なんか「か、回復魔法を!」とか「ハジメが……狂った」とか聞こえてくる。おいティオ、なんでお前ドン引きしてんだ。

 

 ついでにマジで回復魔法が二つほど飛んできて、アドゥルの手前、頬が引きつるのをなんとか堪えた。

 

「うむ、初めましてハジメ君。君のことはティオから聞いている。魔王城での一件もアーティファクトを通して見させてもらったが……随分大変な友人を持っているね?」

 

 苦笑いと共にそう言われ、脳裏にティオに持たせたアーティファクトのことがよぎる。

 

 香織と協力して作った、過去の出来事を再生魔法で再現・水晶に生成魔法で保存したものだ。

 

 それには魔王城での一部始終──あいつが俺達を守るため、エヒトと共に消えた顛末を封じ込めた。

 

「ええ、まあ。バカでカッコつけな……俺の、親友です」

「ふむ……良い目だ。映像や、周囲の反応から普段の君とは違う態度のようだが、その眼だけはあの時と変わらん」

「ティオの祖父が相手となれば、言葉遣いくらいは改めますよ。ただの族長ってんなら話は別ですが」

「ほう! 族長ではなくティオの祖父だからか! ふふ、なるほど、なるほど」

 

 ん、いきなり厳格さが崩れたな。一気にただの老人っぽい雰囲気に変わった。

 

 好々爺然とした顔の原因は……まあまず、間違いなく俺の発言が原因だろう。

 

「美空、あれはオーケー判定なの?」

「んー、まあいい……かな。ティオさんがどれだけ一緒に戦ってきてくれたのかは、氷結洞窟の時のあれで知ってるし」

 

 ……とりあえず、美空の雷も回避できたようだ。

 

 そんなくだらないことで内心安堵しつつも、くつくつと笑うアドゥルから目を逸らさない。

 

「ではせっかくだ、ハジメ君とそう呼ばせてもらおう。まず、君を殴るつもりはないよ。先ほども言ったように、ティオが心から笑えているならば、私はそれでいい。むしろ、五百年も伴侶どころか恋人も作らなかった頑固者を受け入れてくれたことの方が嬉しい」

「そう、ですか?」

「幸せとは、規範が決まっているものではない。性癖がどうこうというのもまたその表現の方法の一つに過ぎないのだよ」

 

 それはまた、随分と寛容な物の見方だ。

 

 流石に曖昧な感情を抱かざるを得ないでいると、アドゥルは俺の背後を見回す。

 

「ティオから聞いた。吸血鬼の姫に、兎人族の少女。解放者の遺産に幼馴染……両手一杯の花だな」

「ええ、俺にはもったいないくらいの」

「全員が、最愛と? 誰一人劣ることなく、同じほどに?」

「少なくとも俺自身は、たとえ神が違うとほざいてもそうだと断言しますね」

 

 試すような言葉。それに俺は、まっすぐに目を見返しながら答える。

 

 竜人族どもから、剣呑な雰囲気が伝わってきた。リスタスなんか視界の端で今にも喚きそうだ。

 

 ああそうだろうな、普通に考えて鬼畜野郎の言動だ。嫌だがそこは認めざるをえない。

 

「私も孫娘を思う、一人の老人だ。必ず守ると、五百年前の大災害で命を落としたあの子の両親にも誓った。故に、それが嘘偽りであれば、たとえティオ自身が構わないと言っても、思うところはある。できるならば()()の孫娘は、一番に想ってくれる相手に任せたい」

「でしょうね。どこぞの勇者には女をコレクションだと思ってるとか、阿呆を抜かされましたし」

「今それを言うか南雲!?」

 

 懐かしいなぁ。あれはオルクスでの帰り道に散々天之河がわめいていた時だったか。

 

 何言ってんだこいつとシカトしたものの、しかし思うところが全然なかったわけでもない。

 

「実際にどうなのかと、自問自答したことはあります」

「ほう。それで結果は?」

 

 再度、覚悟を示せと言わんばかりの眼光が光る。

 

 俺は言葉で返さず、少し襟元を緩めて首筋の右側を露出させた。

 

「それは……アーティファクトか? 刻印のようになっているが」

「製作者曰く、名付けて〝心理測定シール〟。魂魄魔法で設定した特定の感情が嘘か誠か、対象の魂を監視するアーティファクトです」

 

 ざわりと空気が揺れる。

 

 なんでそんなものをわざわざ自分につけているのかと言わんばかりの目線が、そこかしこから飛んできた。

 

 奇異の目線はユエ達も同じことだが、どちらかといえば俺とシュウジに呆れているように思える。

 

「まあ、本来の用途は拷問用の武器ですが……その疑問に答えを出すのにちょうど良かったんで」

「……面白い。して、その真偽はどう確かめる? お主自身であれば、いくらでも弄れるだろう?」

「ですから、これの使用者は()()()じゃない」

 

 後ろを振り向く。

 

 ユエ、シア、ウサギ、そして美空。俺の大事で特別な四人。

 

 彼女らはみんな、俺に仕方がないなぁこの人はと言いたげに笑ってくれる。

 

「まさか、その四人に?」

「はい。今の所右腕が木っ端微塵になる気配はないんで、俺の愛情は信じてもらえてるようです」

 

 右腕が、のくだりで竜人族やベルナージュ王女達からの目がバカを見るものに変わった。

 

 俺自身が、そして誰より愛すると誓った四人が、このアーティファクトを通して誠だと示している。

 

「そ、そんなもの嘘に決まっているだろう! 刺青ごときで我らを欺けると……」

「じゃあ試してみるか? 俺も一度本当に効果があるのか疑問に思って、少しだけユエ達に愛想をつかす想像をしてみたら……腕の骨が粉々に砕けたぞ?」

 

 リスタスが口を閉じた。真っ青な顔色でイケメンが台無しになっている。

 

 ちなみにこれはマジの話だ。美空達にしこたま怒られた。超怖かったわ。

 

「そして……」

「ぬおっ!?」

 

 さっきから似合わぬ乙女のような赤面ぶりを見せている、ティオの腰を引き寄せる。

 

 右手を取り、アーティファクトに触れさせ──その瞬間、新たに魔力の波長が登録されたのを実感した。

 

「ご、ご主人様?」

「すまんなティオ、手っ取り早く終わらせたい」

 

 動揺しているティオの目をまっすぐ見つめると、恥じらうように俯いて頷いた。

 

 可愛いなこいつ、などと思う自分に自嘲げな気持ちになりつつ、前を見る。

 

 

 

 リスタス達竜人族、ユエ達、そしてアドゥル。

 

 

 

 最初の恋人が怖いところではあるが、そろそろはっきりさせるべきだろう。

 

 ティオに対して、どう思っているのか。少なくともあの性癖の責任は取らなくてはなるまい。

 

 だが、そういう責任やら義務やらは放っておいて。

 

 

 

 俺自身は、ティオ・クラルスという女とどうなりたい? 

 

 

 

「俺、最近魔王とか魔神とかよく言われるんですよね」

「ふむ?」

「だから、欲しいものは全部手に入れるし、そのためなら邪魔するものは全部ぶっ飛ばす」

 

 俺はこれから、地球じゃその場で殺されてもおかしくないことを宣言する。

 

 だがしかし、このアーティファクトに。

 

 そして俺自身の心がある手前、躊躇いはしない。

 

「俺は、ティオが欲しい」

 

 ビクンと、腕の中でティオが震える。

 

「ティオがどう思おうが、関係ない。今更離れさせはしない。確かに、ユエ達への愛は揺るがないが、それでもティオが愛しいと。この手の中にいて欲しいと、そう思うから」

「だから?」

 

 聞き返すアドゥルの目は、それは面白そうで。

 

 言ってみろと。吠えてみろと、そう訴えかけているようにも見えるその瞳に、俺は笑う。

 

 いつものように。変わらぬように、確信と絶対の覚悟を持って。

 

「ティオは、俺のものだ。俺が気にくわないのなら、力づくで奪ってみせろ。疑うというのならば、この世界にある嘘を見抜くあらゆる道具を持ってきてみろ」

 

 たとえ、何がやってこようと。何を疑われようとも。

 

「いつでも、どこでも、何度だって、受けてたってやるよ」

 

 我ながら、なんと自分勝手で滅茶苦茶な台詞だろうか。

 

 誰もが絶句している。

 

 ユエ達すらも何も言わず、ただ俺とアドゥルの間で目線が応酬され。

 

「──くはははっ! 確かに、これは理不尽の権化。まさしく御伽噺の中の魔王よな。なるほどなるほど、孫娘は魔王の手に堕ちたか。世界を救う魔王の手に」

「どっちかっていうと、あいつを連れ戻すのがメインでそっちはおまけなんですがね……」

「うむ、その不遜さえも心地よい。大した男に魅入られたな、ティオ」

 

 ひとしきり笑ったアドゥルが、さっきから動かないティオを揶揄う。

 

 つられて腕の中を見ると、恍惚としたような……それでいて幸せそうな顔で笑っていた。

 

 胸が高鳴ったのは、気のせいではないのだろう。

 

「良い顔だ。里では一度も見たことのない顔だ。お前は愛し、そして愛されているのだな」

「……その、ようじゃ。妾はご主人様を、そしてユエ達を愛しておる。そして今、ご主人様の手で思い知らされた。皆にも愛されておるとな」

 

 俺の首筋、ユエ達とも繋がったアーティファクトが貼り付けられた場所をなぞるティオ。

 

 どこか蠱惑的な表情とその手つきに、誰かが生唾を飲み込む音がした。

 

「それだけ見せつけられれば、もう十分。では、魔王殿。孫娘をよろしく頼むよ」

「確かに、頼まれました。この命が果てるその時まで」

 

 俺が答えれば、頭を下げていたアドゥルは姿勢を戻す。

 

 その顔はどこか晴れやかな、肩の荷が下りたようなものであり。

 

 

 

 そのままベルナージュ王女達の方へ踵を返し、立ち尽くしていたリスタス達に喝を入れ去っていく。

 

 野次馬もバラバラと解散していき、残ったのは俺達……といつの間にかいたクラスの連中だけだが。

 

「やべぇ、俺現実でエロゲー見てるわ」

「羨ましいとすら思えねえ……」

「魔王様……はぁはぁ」

「理不尽すぐる……でも、そこが素敵!」

 

 大丈夫か俺のクラス??? 

 

「ふふ、ふふふふふ」

「随分と嬉しそうだな」

「うむ。とても、とても嬉しい言葉じゃったぞ」

 

 いつの間にやら首に両腕を回していたティオが、少し離れて笑う。

 

 ユエや美空達とはまた違う、大人びた魅力に溢れた笑顔。今はそう思えた。

 

 しかしそんな顔は一瞬で、真剣味を帯びた顔になる。

 

「じゃが、一つだけ確認させておくれ。あれほどはっきりと言い、そのアーティファクトに妾の魔力を刻んだのは──よもや、最後の可能性を考えたからではあるまいな」

 

 ……ああ、なんだ。そんなことか。

 

「微塵もそんなこと考えちゃいねえよ。ただ、お前の身内相手にはっきりさせたかっただけだ」

「そう、か。それならば良いが……またシュウジ殿に揶揄われるの?」

「さてな。あいつのことだ、この光景も見てて、エヒトなんてとっくに押さえつけて【神域】に教会でも作って待ち構えてんじゃねえのか?」

「いやいや南雲、さすがの北野でもそれはないだろ」

 

 野村だか誰だかがそう言い、クラスメイト達が笑う。

 

 だが、ユエ達の誰一人として頷きもしなかった。それを見て徐々に笑いは収まっていく。

 

「……南雲? さすがに、ただの冗談だよな?」

「……自分で言っておいてなんだか、ありえないこともないのが奴の怖いところだ」

 

 こっちが必死に助けに行ったのに、余裕の表情で待っていることすら想像できる。

 

 

 

 我ながら呆れた笑顔を浮かべると、クラスメイト達が顔を見合わせた。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回、決戦開始。やっとだよ!


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聖戦の幕開け

不要な前振りはいらぬ。

さあ、スタートだ。


 三人称 SIDE

 

 

 

 三日目の日の出。

 

 

 

 それが、シュウジの中にある自らの遺伝子の弱まり具合からエボルトが推測した刻限。

 

 それまでの数時間を、ハジメ達は装備の点検や休息に費やした。

 

 とはいえ誰も眠ることなどできず、無意識的な緊張が保たれていた。

 

 

 

 ハジメは携帯を片手に、パンドラタワー頂上にてシュウジの様子を観測するエボルトの知らせを待っている。

 

 ユエ達もじっとして魔力の回復等に努めつつも、その瞳は神山の方を捉えて離さない。

 

 そして、雫は……

 

「…………」

「平気か、八重樫?」

 

 広場の片隅、東の空を向き背を向けていた雫にハジメが歩み寄る。

 

 いつもならすぐに反応する雫は、声をかけられてようやく気がついたといったように振り返る。

 

 その鋭い目つきと、手の中にあるステータスプレートにハジメは眉を顰める。

 

「……平気よ。日の出が待ち遠しいくらい」

「何か気になることがあったのか?」

「ええ、少しだけ」

 

 答えながら、プレートに目線を落とす雫。

 

 どうやらその一部、技能欄にあるものを注視しているようだとハジメは気がついた。

 

「〝因果〟。結局年老いた方の貴方にもエボルトにもわからなかった、この力が気になって」

「ああ、それか。俺達のステータスプレートにもいつの間にかあったが、放置してたな」

 

 淡く水色に光る文字群の中で、唯一毒のように濃い紫で刻まれたその文字。

 

 ハジメのプレートにも鮮血のような赤で、ユエ達にも同じように違う色で発現していた。

 

 光輝達にもあったがクラスメイトらには出現しておらず、カム達と獣人族達等も同様だった。

 

 

 

 色々と調べて周り、ミレディにすらかけあったが詳細はわからず仕舞い。

 

 よくわからないものに割く時間もなかったので、放っておいたのだ。

 

「だが、その顔だと気になってるのはこれ自体じゃないようだが?」

「さすが、目敏いわね……少しだけ怖じけたのよ。我ながら情けないことにね」

 

 自嘲げに笑い、雫はプレートをブローチの異空間に仕舞う。

 

 その手で、そっと背負った大太刀の黒皮の柄に触れた。

 

「あの人の悪い因果を必ず断ち切ると覚悟し、そして老いた貴方に牙をもらった。けれど、これを扱いきれるかどうか……少しだけ指が震えてしまったわ」

()()()()()()()()()()を込めた刀だろ? だったらお前以外に誰が抜くっていうんだ」

「その通りよ。こんなところで日和ってるわけにはいかないもの。ちょっと弱音を吐きたくなっただけ」

「それはまた……随分と珍しいな」

「今までは、あの人がいてくれたから」

 

 未だ朝日の登らぬ地平線を見据え、どこか寂しげな目をする雫。

 

 独り言じみたその言葉は、彼女がハジメを弱音を吐いて良いと考えるほど信頼する証拠。

 

 恋人と親友。常にシュウジの隣にいた二人には、他の誰とも異なった友情がある。

 

 

 

 だからこそ、ハジメは断言するのだ。

 

 

 

「斬れるさ」

「え?」

「お前なら、必ず斬れる。俺の拳が一度は届いたんだ、お前の刃が届かない道理はない」

 

 振り返った雫は、ハジメの強い目に体が震えた。

 

 そしてまた、ハジメは挑発的に笑って。

 

「それともなにか? 未来永劫の恋人様より、俺の方があいつに近いのか?」

 

 ビギリ、という音が木霊した。

 

「……言ってくれるじゃない、厨二ファッションの癖して」

「やかましいわ現代侍女。その格好だと余計任侠っぽいぞ。いや、ヤクザの姉御とかの方がそれっぽいか?」

「ふふ、ふふふっ」

「はははっ」

 

 

(((いや怖いっ!!?)))

 

 

 バチバチと赤と紫の火花を散らす二人の放つオーラに、ユエ達は冷や汗をかいた。

 

 勿論二人とて本気で喧嘩をしているわけではない。

 

 ある種、地球にいた頃からあった通例のようなものだ。

 

「……ふふっ」

「ははは」

「懐かしいわね。こうやって互いに励まし合ったわ」

「定期試験休み、あいつと過ごすのはどっちか争ったな。譲るってのに聞かねえから」

「貴方こそ頑固だったじゃない」

 

 すぐに剣呑さは消え、和やかな雰囲気で楽しげに笑い合う二人。

 

 ユエ達が内心ホッとする中で、ハジメはスッと右手の拳を差し出した。

 

「あいつにまとわり付いたエヒトを、魂ごとぶった斬ってみせろ。援護はしてやる」

「それはこっちのセリフよ。あの人の中に不法侵入した神もどきの頭、撃ち抜いてちょうだい」

 

 雫が硬く握った拳を出し、軽くぶつけて約束を交わした。

 

 

 

 その時だ。一筋の光が地平線から姿を現したのは。

 

 

 

 誰もが目を見開き、立ち上がってそちらを見る。

 

 ハジメ達も振り向く中で、輝く太陽はぐんぐんと昇って西に影を伸ばした。

 

 そして、真っ赤に燃える太陽が完全に姿を現した──その時。

 

 

 

 

 

『──戦士諸君、終末のモーニングコールだ』

 

 

 

 

 

 パンドラタワー、および防衛要塞に集まった全ての者達の脳裏に、エボルトの声が響く。

 

 それを待ちかねたように一瞬にして世界が赤黒く染まり、鳴動する。

 

 ハジメ達が【神山】へと目線を移すと、その上空に亀裂が迸り、深淵が顔を覗かせ。

 

「──来たな」

「ええ、来たわ」

 

 世界を、シュウジの存在を賭けた最後の戦いが。

 

 このトータスの歴史に未来永劫刻まれるであろう、聖戦の始まりが。

 

 

 

 

 

 今、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 血塗られた世界。

 

 そう形容できるほどに悍ましさを感じさせる、酷く不気味な空。

 

 燦然と輝く太陽は異様な黒星と化し、要塞に集まっていた戦士達は騒めく。

 

 それを助長するのは、赤空に怯えるように震える大地、大気。

 

 

 

 世界の終わり。

 

 

 

 それを人々が実感する中、より大きな破砕音が鳴り響く。

 

 体を震わせ、恐怖に駆られた要塞の兵士、騎士、亜人、冒険者、傭兵、スマッシュ兵達が音源を見る。

 

 

 

 【神山】の上空、なおも赤く脈動する空に一本の歪んだ線が走っている。

 

 

 

 戦士達が訝しむ顔をする中で、ビキッ、バキッ、と世界中に響くような軋みを上げて歪なそれが広がった。

 

「空は割れ、滅びが舞い降りる……か」

 

 唯一、ハジメ達以外で恐れなかったメルドが呟く。

 

 彼らが見上げる中、空間そのものに走った亀裂は、まるで絶望を掻き立てるように音を奏で。

 

 ゆっくり、ゆっくりと己を広げていった。

 

「総員、戦闘態勢ッ!!」

 

 足を竦ませていた戦士らに、メルドが声を張り上げる。

 

 ビリビリと、かつてより何倍もの迫力と声量で行われた号令に、まずスマッシュ兵らがはっと正気を取り戻した。

 

 

 

 続けて正気を取り戻したガハルドが同じ号令を出し、兵士達はそれぞれの持ち場に動き出す。

 

 その間にも【神山】上空の亀裂は広がっていき、そして全ての配置が終わった頃には今にも粉砕しそうだ。

 

 メルドはそれを睨み上げ、ぐっと表情を引き締めると外套を翻し振り返った。

 

「皆、訓練を思い出せッ! この日この瞬間、この聖戦ッ! そのために異端の力を手にし、大義が為に私と共にファウストの旗を背負ったはずだ!」

 

 拳を振り上げ、刃のように鋭い眼光で叫ぶメルド。

 

 その言葉に、志を持ちつつも弱いがために、地獄の苦しみの末スマッシュになった者らが拳を握る。

 

 そうだ、とうの昔に自分達は決めたはずだ。この身を怪異とし、愛する者のため戦うと。

 

 

 彼らの表情に戦意が満ちていくのを見ると、メルドは傍らのセントレアに向けて頷く。

 

 彼女もはっきりと頷き返し、ふと左手の薬指に軽く右手で触れた。

 

 それから、細剣を勢いよく抜き放って天に掲げる。

 

「貴様らも同じだ! たとえ敵が魔人族だろうが神だろうが変わらん! 我らが務めは国を守り、民の明日を創ることと、その胸に誓った日を思い出せッ!」

 

 騎士が、兵士が体を震わせ、怯えてしまった自分を心の内で叱咤する。

 

 後悔は一瞬、ギラギラと決意を秘めた瞳で、再び舞い戻った団長とその伴侶を見上げる。

 

「恐れるな! 慄くな! お前達はただ、家に帰ることそれだけを思え! 我々を弄んでくれた邪神様の顔に唾を吐きかけるのだッ!」

「「「うぉおおおおおおおおおおおッ!」」」

 

 頼もしい団長の言葉に王国の兵士達が怒号をあげた、その時。

 

 

 

 バリン、という轟音と共に空が砕けた。

 

 

 

 キラキラと輝く空間の破片が落ちた後には、深淵の如く悍ましい大穴が口を開ける。

 

 凡そ神の手のものとは思えぬそれからは、吐き気を催すようなドス黒い瘴気が吹き出し。

 

 そして──黒い雨が降り注いだ。

 

「あれは──魔獣か!」

 

 思わず叫んだガハルドの言葉は、まさしく的中。

 

 空間の裂け目から、夥しい数の魔物が《傲慢の獣》によって上半分が消失した【神山】に降り注ぐ。

 

 遠目から見て黒雨と勘違いするほどの数ともなれば、優に数百万──否、数千万にすら届こうか。

 

 無数の魔物達は瞬く間に【神山】へと降り立ち、こちら目掛けて津波のように山を駆け降りてくる。

 

 

 

 

 だが、それだけで終わりはしない。

 

 続けて瘴気の立ち込める亀裂から、魔物達の約半数に匹敵するほどの黒塊が吐き出される。

 

 まだバラつきのあった魔物達に比べ、より黒く禍々しいそれは人型のバケモノ──コクレン。

 

 ならば、その先頭を飛ぶのは──

 

 

 

「調子はどうだァ人間どもォ! この紅煉様が引導を渡しにきてやったぜェ!」

 

 

 

 暴食の黒獣、紅煉。

 

 神の眷属の一柱を旗印に、バケモノ共と魔物の混成軍がやってくる。

 

「おいおい、こりゃ本当にヤバいな……」

 

 徐々にこちらに押し寄せてくる黒い津波に、ガハルドの頬を冷や汗が伝う。

 

 今回の軍勢は各国の連合軍と、ファウストのスマッシュおよび兵器の人機混成軍の二つに別れている。

 

 ガハルドは軍事国家のトップとして連合軍の総大将となり、この場に立っていた。

 

 だがこれは、数々の戦いを潜り抜けてきたこの男をして震える光景だ。

 

『──いいや、まだだガハルド殿。さらにもう一押しくるぞ』

「何っ?」

 

 そんなガハルドに、総司令官であるベルナージュの呟きがアーティファクト越しに届く。

 

 証明するように、最後のダメ押しと言わんばかりに亀裂から水平に広がるように白い雨が現れた。

 

 赤黒い空によく映えるその白──否、銀こそは神の使徒。

 

 その数もまた数えきれないもので、エヒトがかなりの使徒をこの戦場へと投入していることがわかる。

 

 フリードが強化したと思われる魔物、《七罪の獣》の紅煉率いるコクレン、そして無敵の天使達。

 

 

 

 

 

 

 まさに、地上を滅ぼすにふさわしい軍勢であった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

「──ハッ! 上等だ、神が相手ならこのくらいいて当然だよなぁ!」

『あまり突出しすぎることのないように。リリアーナの率いる結界部隊もどこまでもついていけるわけではない』

「そりゃ、連合軍の中では俺が一番強いからな。もし死んだら死んだで、それを怒りに変えりゃあいい。それに、あんたがまだいるだろう?」

『……私に出せる全力を尽くそう』

 

 頼もしげに言うガハルドに、ふっとパンドラタワーの一角にいるベルナージュは笑った。

 

 

 

 彼女は王女として──かつての火星の王妃として、戦術や戦略に誰より秀でている。

 

 その為に総司令官として後方から全体の指揮を取ることになった。

 

 

 

 

 

 そう、この戦いのために全てを準備したエボルトと一緒に。

 

 

 

 

 

 どこか自嘲気味に笑う彼女に、隣にいたエボルトは楽しげに体を揺らす。

 

『流石のお前も、これには怖気付いたか?』

「お前に比べれば大したことはない……なんと数奇なことだ。まさかこの私が、お前と共に星を守ろうとはな」

『おいおい、忘れてもらっちゃ困る。俺はいつだって自分のため、俺の目的のためにしか動かない』

「だが何かを滅ぼす為。ただそれだけではないだろう?」

『……そうだな。そこだけは癪だが認めてやる』

 

 ベルナージュは目を瞬かせた。

 

 エボルトの低く、けれど一度も聞いたことがないような〝熱〟を帯びた声。

 

 バイザーで表情などは確認できないが──その瞳は、どこか真っ直ぐに思えて。

 

「ふ、ははは。転生というのも、案外してみるものだな」

『人生捨てたもんじゃねえだろ? ──さて。出番だぜ〝先生〟?』

『──はい』

 

 談笑もそこまでに、エボルトの言葉にある人物が返事をする。

 

 その人物は、パンドラタワーの一角──要塞の天辺に繋がる場所に上がった。

 

 

 

 

 

「──勇敢なる皆さん、世界の危機を前に剣を取った勇者達よ。この場に集まってくれたこと、深く感謝します」

 

 

 

 

 

 畑山愛子は静かに、されどはっきりとした声で戦士達に告げる。

 

 途端に怯える体を押さえつけ、悲壮な顔をしていた兵士達の意識は彼女へと持っていかれた。

 

「はっきりと言いましょう。あの怪物達に比べ、我々は非力です。長き時を生き、人々を弄び続けたかの存在の尖兵は強い。それは間違いありません」

 

 ざわりと、その言葉に兵士達の空気は揺れる。

 

 それを加味した上で、愛子は再び口を開いた。

 

「ですが、断言しましょう──我々は負けない! 心もなく、破壊することしかその存在意義を与えられずにいる者らに、どうして何かを守るために立ち上がった貴方達が負けるというのでしょう!」

 

 強く、確信のこもった声で愛子は叫ぶ。

 

「悪戯に人心を弄び、人と人とを殺し合わせて享楽に浸る外道が神と言うのならば、今日この日! 我々はその支配を脱却するのです! それぞれの守りたいもののために! 愛する誰かのためにっ! その心は誰にも負けない! たとえ、どんなに卑劣で心なきものにだって!」

 

 彼女の言葉はまるで、広大な砂漠の中の一点のオアシスのように戦士達の心を潤わせていく。

 

 怯えを孕んだ心は鎮まっていき、逆に自分達を踏み潰そうとする醜き神兵に闘志が湧いてきた。

 

 

 

 〝f分の一ゆらぎ〟というものがある。

 

 人間が心地よいと感じる音、その効果のある周波数のことを示すそれを再現して、声に乗せる魔法。

 

 マリス──己がためにその力を使った女神から受け継いだそれを使い、愛子は自分の言葉により心を傾けさせていた。

 

 

 

 

 全てはこの世界の人類を──そして、何より大切な生徒達を守るために。

 

 

 

 

 自分に与えられた全てを、たとえそれが道具としての力だとしても。

 

 それでも自分が本当に愛するものの為に振るう。

 

 それが、畑山愛子の出した答えだ。

 

「あのような外道に、真の英雄たる我らが負ける道理はなし! 悪意を打ち破り、今こそ勝利を!」

「「「勝利を! 勝利を!! 勝利を!!!」」」

 

 足を踏み鳴らし、剣を掲げ、声高に叫ぶ。

 

 もはや一切の恐怖なし。ここに在るは、人類の未来のため刃を持った真の勇者達。

 

 一気に士気を高めた彼らを見て、愛子はすっと右手を掲げ。

 

「さあ、かつて人々の為に散った偉大なる英雄達の遺産よ。私の為、その力を振るいなさい」

 

 

 

 

 

《──御意》

 

 

 

 

 

 威厳に満ちた声が、戦場に轟く。

 

 誰しもの心に響いた、男とも女とも取れる重厚な声に、愛子の指差す天上を見上げる兵士達。

 

 そこには──黒く染まった雲海の中からゆっくりと姿を表す、白金の大龍がいた。

 

 

 

 その大いなる姿に誰もが圧倒され、見惚れる中で大龍は黒波へと顎門を開く。

 

 模様のように並んだ黄金の鱗が煌めき、額の七色石が輝いて、虹色の瞳が光を放つ。

 

 体内にて大魔力原子炉──またの名を〝天蓋崩し〟が起動し、黄金の粒子が口に収束を始めた。

 

 甲高い音を立ててチャージされていく様を、愛子が、エボルト達が、ガハルドが、メルドが、ハジメ達が見上げる中で。

 

 

 

 ──ふと、アークはかつての日を思い出す。

 

 

 

 遠い遠い昔、自分がまだ大して成長していなかった頃。

 

 深い地の底で、妹の眠る箱を背負い、眠りにつく直前。

 

 その場に己を封印した創造主の一人は、自分の鼻先に手を置いて呟いた。

 

 

 

 

 

 〝君の成長を見届けることはできないだろう、けれどいつか、君は人々の希望となる。そうしてくれる誰かが、必ず現れる〟──と。

 

 

 

 

 

 ああ、ああっ! 

 

 貴方は正しかった、オスカー・オルクス! 

 

 あの御方があのまま朽ちるはずだった我を見つけ、神に一矢報えるまで育て上げてくれた! 

 

 そして今、この瞬間! 無念のままに生を終えた貴方達の願いを叶えよう、創造主よ! 

 

 我が存在意義を成就するため、何よりも最初に我に笑いかけてくださったあの方を取り戻すために! 

 

 今こそッ!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

オオオオオオォオオオオオオァアアアアアアァアアアアァアアアアァアアアア──────────ッッッ!!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 極光が、解き放たれた。

 

 極太の黄金の柱に七色の流星が入り乱れ、一直線に半分になった【神山】を貫く。

 

 それは容赦なく神軍を蹂躙し、圧倒し、虐殺し──やがて途切れた時。

 

【神山】は百万以上の黒波の一角ごと、今度こそ根こそぎ消えていた。

 

 

《──我が名はアーク。神殺しの方舟。豊穣の女神が剣、その一振りである》

 

 

 そして、ここぞと言わんばかりに名乗りを上げたアークに。

 

「「「「「「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオッ──────!!!!!!」」」」」」」」」」

 

 心のうちに湧き上がる歓喜のままに、アークの一撃の轟音に劣らぬ歓声を上げた。

 

 それさえも予定調和に、愛子は今一度力強く拳を振り上げて。

 

「恐れるものなど何も無し! さあ、この世界を守りますよッ!」

 

 

 

 

 

 聖戦、開始。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

さあ、存分に戦うのだ。


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【神域】へ

クライマックスの間、あえて前書きは伏せましょう。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

 開戦早々、完全なる【神山崩し】。

 

 

 

 アークの圧倒的な力、そして愛子の力強い言葉に戦士達の闘志は頂点に達した。

 

 先の演説に加え、圧倒なる力を目の当たりにした彼らは今にも飛び出していきそうだ。

 

「流石。良い景気付けになったな」

「ええ。エボルトと……シューに感謝しなくちゃ」

 

 聞こえてくる怒号の数々に、二人は広場の上で不敵に、そして優しげに笑う。

 

 

 

 アークを用いたこのパフォーマンスは、エボルトが発案したもの。

 

 女神から与えられた知識から知り得たエヒトの性格から、最初にハジメ達を潰しに来るのはわかっていた。

 

 それならば盛大に出鼻を挫いてやろうという、なんともエボルトらしい考えだ。

 

 

 

 

 

 だが、これを支えるのは何よりもシュウジの存在である。

 

 

 

 

 

 もしもエヒトがこの場に【神門】を開かなかったらという懸念は、僅かに存在した。

 

 だからシュウジは最大の空間起点である【神山】以外の、世界各地の【神門】たりうる空間を掌握したのだ。

 

 エボル:ブラックホールはワープをする際、現在の座標と任意の座標の空間を操作する。

 

 そしてエボルアサシンは、エボルの特殊能力を数倍に強化する脅威のフェーズ。

 

 ではその空間操作能力を強化した先には、何があるか。

 

 

 

 

 

 ──空間の支配である。

 

 

 

 

 

 シュウジの肉体が完全に掌握された時、確実にエヒトの武器になり得てしまうだろうエボルドライバー。

 

 それを装着したまま【神域】へ行ったのは、超エネルギー体への耐性以外にそういう側面もあった。

 

「何から何まで計算尽くし、まったくあいつらしい」

「ええ。だから──今度は私達が応える番ね」

「当たり前だ」

 

 鋭く、強い視線で空の大穴を睨み上げるハジメと雫。

 

 そのすぐ後ろに立ち上がったユエ達も立ち並び、一様同じ方向を見やる。

 

 

 

 さしもの使徒や魔物達も、アークの超火力に動きを止めていた。

 

 むしろ、ここまで聞こえてくるほどの高笑いを上げて全く止まらず飛んでくる紅煉とコクレン達の方が恐ろしい。

 

 だが腐っても神の作った人形、すぐさま鳥の集団飛行のように揃えた動きで要塞に迫ってくる。

 

「さて。それじゃあまずは俺からだ。最初にあいつを奪おうとしたお前らには──特大のプレゼントをくれてやる」

 

 おもむろに懐から取り出した宝珠を握り、ハジメがそう呟き。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、大気を切り裂き極光が落ちた。

 

 

 

 

 

 太陽光収束型レーザー照射装置兼、移動型大空母〝ヴァール〟。

 

 大鯨の如き威容を持つそれは、高度一万メートルの上空から光の豪雨を容赦なく使徒達に放つ。

 

 アークの一撃には些か劣るが、一機だけではなく計七機ものヴァールが飛び、数で補っている。

 

 

 

 ハジメが宝珠をコントローラーに操作するそれに、完全に不意打ちを食らった使徒達。

 

 当然分解の力を用いて防ごうとした個体もいたものの、圧倒的熱力に一瞬で消し飛んだ。

 

 かろうじて射線から逃れた個体や、新たに現れた個体は一斉に空を見上げ、飛翔する。

 

 向かう先は天に鎮座する七匹の大鯨。一気に数百体もの同胞を屠った驚嘆すべき兵器。

 

「おいおい、そう焦るな。まだまだたっぷり()()()()()は用意してあるんだぜ?」

 

 ヴァールの瞳──〝遠透石〟でそれを見たハジメが獰猛に笑い、宝珠を輝かせる。

 

 すると、全長三十メートルはあろうかというヴァール達の巨体の側面が開いていった。

 

 正方形の穴から次々と飛び出していくのは、一メートル程のチョウチンアンコウ型のアーティファクト。

 

 

 

 紅色の宝玉を頭部に生えた触手の先端につけたそれらは地上に向け、あるいは周囲に散らばっていく。

 

 自分達に攻撃を仕掛けぬそれらを不可思議に思いつつも、使徒達はヴァールを目指す。

 

 母艦であるヴァールを破壊すれば良いと判断したのだろう、突撃しながら銀の魔力を収束する。

 

 そして、数百体分の分解の砲撃をヴァールに向けて撃ち放ち──

 

「ッ!? これは──」

 

 突如、声を上げた使徒は全身を細切れにされ絶命した。

 

 発生源は()()()。それに連動するように突如としてヴァールの陽光熱照射が停止する。

 

 次の瞬間、枝分かれしたレーザーを再び地上へ──ではなく、天空全体へと散開していった。

 

 それはレーザーの檻。ヴァールの照射装置とは全く異なる位置、全方位からの熱の牢獄。

 

「あの魚のようなアーティファクトですかっ」

 

 銀翼の分解能力を最大に、自らを守る防壁とする使徒の一人が吐き捨てるように叫ぶ。

 

 もし見るのみでなく、声も届けることができたのならばハジメの「ご名答」という返答が聞けただろう。

 

 そう、この〝ミラーリヒト〟達の運用目的はヴァールの陽光レーザーを反射し、全角度から敵を殲滅することにある。

 

 更にエボルトがシュウジと共に開発したミラーリフレクターの技術を応用し、レーザーを増幅できる。

 

 

 

 現に今、常に宙を泳ぎ回る彼らはその触手の明かりで一本のレーザーを何本にも増やしていた。

 

 そのレーザーを更に他のミラーリヒトが増幅し、不規則かつ超高密度の多角的乱撃が完成していた。

 

「さて。大詰めといくか」

 

 絶え間ないレーザー包囲網にさらされ、防御に進撃を緩めた使徒達を鼻で笑い。

 

 今一度宝珠を輝かせたハジメに答え、母艦たるヴァールは艦隊を発進させる。

 

 各機から一機ずつ、拳大の輝くものが七つ落ちていく。

 

 三白眼にギザ歯がペイントされたそれは、まるで彼女らを嘲笑う悪魔の子のよう。

 

 それは今まさに、銀翼で防御をしながら進撃を再開しようとした夥しい数の使徒達の中に落ち──

 

 

 

 

 

 ドッガァアアアアアン!!!!! 

 

 

 

 

 

 蠢動する空に、真昼の如き光をもたらした。

 

「朽ちろ、かの太陽に向けて飛んだイカロスの翼のように」

 

 

 

 

 

 ──太陽光蓄積型特殊宝物庫、有明。

 

 

 

 

 

 夜明けの名を抱いたそれは、いわば自爆型の宝物庫だ。

 

 ヴァールが太陽光を溜めて放つならば、これは臨界まで溜め込んだ太陽光を自壊して撒き散らす超高熱量爆弾。

 

 それだけに各機につき一つしか詰め込めない虎の子であるが、その威力はハジメと共にこれを開発したあの老魔王のお墨付き。

 

 

 

 七つの太陽が同時に生まれたかの如き閃光は、爆音と衝撃は、熱波を以って銀鳥らを焼き尽くす。

 

 これにより、ヴァール破壊に迫っていた使徒はおろか後続の使徒達、そして大穴から出たばかりの使徒達もまとめて蒸発する。

 

 

 

 

 

 まさしく、ハジメの初撃としては相応しいだろう。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 それを目の当たりにしたユエ達は、また引き攣った顔をした。

 

「ん。ピッカピカ」

「目が、目がぁ〜(棒)」

「うはぁ、二人もハジメさんがいるとこんなことになるんですねぇ……」

「自重って言葉、ハジメ君ほど似合わない人はいないよね……」

「むしろ、昔のハジメにこの素質があったことが驚きだし……」

「これでこそ南雲君、といったところかしら?」

「はは、こりゃ確かに魔王……つーか魔神か?」

「龍っちそれは……って言いたいところだけど、否定できないよ」

「俺、こんな奴を相手に喧嘩売ってたのか……?」

 

 呆れ半分、圧巻半分。

 

 これは全て作戦通りの進行とは知っていても、よもやここまでの威力とはユエ達も思わなんだ。

 

 そんな彼女達の後ろでは、ティオが胸を張ってアドゥル達に満面の笑顔を見せている。

 

「どうじゃ爺様、あれが妾の伴侶様じゃ! すごいじゃろ!」

「…………ああ、うん、そうだね。超スゴイね」

「ぞ、族長。気持ちは分かりますが、口調が……いえ、何でもありません」

 

 白目を剥き、口調まで変わってしまっているアドゥルに側近が何か言いかけるが、すぐに口を閉じた。

 

 彼らとて、あの意味不明なレベルの超兵器を前に同じ気持ちになったのである。

 

「ヒャッハー!! 流石ボスぅ! とんでもねえことを平然とやってのける!」

「気ん持ちぃい! 何もかも木っ端微塵だぜぇ!!」

「あぁああん、ボスぅ! 抱いて下さいぃいい! たまんないわぁ!」

「紅き雷光の輪舞曲!! 万歳!!」

「白き爪牙の狂飆!! イェアアア!!」

「いや、そんなもんじゃあ足りやしねえ! 何か、もっとボスに相応しい何かを……」

「終焉齎す白純の魔神はどうだ!」

「いや、それなら死と混沌の極覇帝がいい!」

「紅は外せないだろう! 真紅煌天の魔神王だ!」

 

 なお、とんでもない命名をしようとしているプレデター共もいたりするが、皆スルーである。

 

「……ん? いや待て南雲、あれこっちにも来てるぞ!?」

 

 光輝が叫びながら、こちらにも迫るものに目を剥いた。

 

 当然これだけの規模だ、要塞にもその余波が届いてくるが──

 

 

 

 

 

「──〝生命の揺り籠〟」

 

 

 

 

 

 どこからか、艶のある言葉が木霊する。

 

 共に指を鳴らす甲高い音と共に、いつしか魔人族の大侵攻を防いだあの結界が張られた。

 

 それは有明の余波を受け止め、()()()()()()()()()()そのまま返す。

 

 結果的に、こちらに迫っていた地上の魔物の戦闘を数万匹ほど溶かした。

 

「これは、あの時の……」

「うふふ」

 

 背後から聞こえた笑い声に、ハジメは振り返る。

 

 そこにはゴシック調の黒い衣装に身を包んだ、退廃的な雰囲気を醸し出す美女がいた。

 

「お姉ちゃん」

「やっほ、可愛い妹ちゃん」

「あんたは……そうか。ウサギと同じか」

 

 ゆるりとウサギに手を振る彼女に、その正体を察するハジメ達。

 

 彼女はくすりと笑い、それから被っていたシルクハットを胸に添えて礼を取った。

 

「この国の人達は、よく帽子を買って、くれたわ。だから力を貸して、あげる」

「そりゃありがたい。実は俺自身、あれの威力が想像以上だったもんでな」

「うふふ。大胆な彼氏さん、ね」

「うん。私の……私達の、魔王様」

 

 そっとハジメに寄り添い微笑むウサギ。

 

 ユエ達も同じ顔で頷き、彼女──〝ハッター〟はころころと笑った。

 

「それじゃ、魔王様。私の妹を、よろしく、ね」

「ああ、任せてくれ」

 

 先のアドゥルの時のように、しっかりと頷くハジメ。

 

 それをパンドラタワーの一角から見下ろした愛子は、やれやれと言いたげに肩をすくめた。

 

 しかし呆れ笑いもそこそこに、表情を引き締めると一際大きな声で叫ぶ。

 

「これが我がもう一振りの剣! 勝利は我等にあり!」

「「「「「「「「「「勝利! 勝利! 勝利!」」」」」」」」」」

 

 声だけで大気を破るのではないかという戦士達に、半笑いになっていたガハルドは気を取り直す。

 

 そして、大きく口を開けるとアーティファクトなど要らぬほどの大声で命令を下した。

 

「総員、武器構え!! 目標上空! 女神の剣達にばかり武功を与えるな! その言葉通り、我等一人一人が勇者だ! 最後の一瞬まで戦い抜け! 敵の尽くを討ち滅ぼしてやれ! 我等〝人〟の強さを証明してやれ!」

「「「「「「「「「「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」」」」」」」」

 

 凄まじい雄叫びと共に、各々支給された重火器を天空に構え、武者振るいと共に猛々しく笑う。

 

 まるでハジメが何人にも増えたかのような光景に本人を含め広場の者達は笑い。

 

「さて──八重樫?」

「ええ」

 

 そして、どこか挑発的な色を含ませたハジメの言葉に。

 

 

 

「あれだけ啖呵を切ったのだもの、私もやらないとね」

 

 

 

 カツン、と下駄を鳴らして雫が立つ。

 

 桜の花と白蛇が刺繍された、くノ一のように袖がなく丈の短い黒着物に身を包んだ彼女。

 

 その視線は、あれだけの数を倒したにもかかわらず、無尽蔵に湧き出る使徒──そしてこちらになおも接近中の紅煉に向かう。

 

「抜け、八重樫。それはお前の刀──お前の信念だ」

「承知」

 

 雰囲気を出して己を鼓舞するためか、堅苦しい口調で答え、大太刀の柄を握る雫。

 

「ふぅうう…………」

 

 ゆっくりと瞼を落とし、深く深呼吸を行い、全身の力を湖面の如く静けさせる。

 

 次にカッ! と目を開いたその時、大きく息を吐き出すと同時にその刀を抜いた。

 

 

 

 バヂッ! バヂヂヂヂッ! 

 

 

 

 ゆっくりと、色濃い紫電と共に引き抜かれる大太刀。

 

 刀を抜く。それだけの余波で雫の体を包むような旋風が巻き起こり、紫電が床を打つ。

 

 やがて、黒鞘から抜け切った時──そこには白く、穢れなき刃が在った。

 

「行くわよ──〝業奠(ごうてん)〟」

 

 業を定めしその刃を、雫は両手で柄を握り、切先を天に掲げた。

 

 腰を落とし、右半身を後ろに。仄かに紫に光る大太刀を、空を舞う黒と銀の軍勢に向け。

 

 

 

 

 

「──〝我、人を斬ら()〟」

 

 

 

 

 

 そして、詠唱を始める。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「〝我、命を斬ら()。魔を斬ら()。ただ求むるは極限が一、宿業(さだめ)を断ち切りし至上の奥義〟」

 

 詠唱を重ねながら、昇華魔法を発動してその技の発動に備える。

 

 共に大太刀の刃が輝きを増していき、巻き起こる激しい風の中ハジメ達は目を細めた。

 

 それとは裏腹に、着物の端すらも揺れぬ雫は、どこか超越した瞳で言葉を紡いだ。

 

「〝我が刃、ただ一人が為。

 

 

 

 ──強く。

 

 

 

 ──深く。

 

 

 

 ──鋭く。

 

 

 

 我が想いに震えよ大地、燃えよ黒天」

 

 それは、雫の想いに応えるためだけに未来の魔王が鍛えた刀。

 

 〝定めを断ち切る〟──彼女が一人の男への愛の先に見つけ出した、その一意が極まる時。

 

 その時に初めて応える、()()()()

 

「〝我、修羅となりて。かの者の業を断ち切らん〟」

 

 彼が魔王の城に残した一振りの剣が、老いた魔王によって姿を変えしそれこそは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝いざや参らん、かの者待つ空の彼方へと〟──《天断(あまだ)ち》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あらゆる理、天すらも断ち切る究極の剛の剣。

 

 大太刀が振り下ろされ、その柄頭に嵌め込まれた円輪がチャリンと鳴り響く。

 

 それ以外は無音──まるで時が止まったかのような静寂。

 

 だが、次の瞬間。

 

 

 

()()()()()

 

 

 

 比喩ではなく、本当の意味で空そのものが真っ二つにずれて、斬れた。

 

 その切れ味は尋常ではなく、使徒もコクレンもまとめて二つ、左右均等に綺麗なまでに両断される。

 

 肉体も、意思も、魂さえも。この世に繋がる因果全てを、一振りで断ち切った。

 

 

 

 程なくして空は戻り、世界に音が蘇って──戦士達は三度目の雄叫びを挙げた。

 

「は、はは。こりゃすげえ。やっぱりお前は最強の剣客だよ、八重樫」

「お褒めに預かり光栄よ、理不尽破りの魔王様」

 

 それとは対照的に、目の前でそれを見たハジメ達はどっと全身に冷や汗を流している。

 

 大太刀を鞘に収め、背負い直した雫はトレードマークのポニーテールを翻して振り返った。

 

 あれほどの一太刀を見せたにも関わらず、涼しげな微笑と共に。

 

「し、雫ちゃん、ついに世界そのものすら斬っちゃえるようになったんだね……」

「雫、君はどれほど……」

「俺らも大概強くなったと思ってたけどよ。ありゃ無理だわ。絶対食らったら気がつかねえうちに斬られてるわ」

「シズシズの北野っちへの愛、凄すぎるよぉ……」

 

 特に幼馴染組と鈴の驚愕っぷりは凄まじく、雫は少し照れ臭そうに「この太刀があってこそよ」と呟く。

 

 

 

 〝業奠〟。

 

 シュウジが残したルインエボルバーを原材料に始が錬成した、雫専用の大太刀。

 

 空間、魂魄、昇華。三つの概念を用いて鍛え上げた、老魔王をして最高傑作と言わしめた一振り。

 

  具体的な言葉にするならば、「対象をこの世界の中で構成するあらゆる概念の切断」である。

 

 その気になれば魂を肉体から切り離すことも、体力や魔力、感覚を斬ることもできる。

 

 ともすれば……破壊の概念そのものや、融合した二つの魂を、綺麗に分離することさえも可能。

 

 エヒトも悲しき運命もシュウジから断ち切らんが為、雫が始の協力の元に生み出した概念だ。

 

「素晴らしい、と言うしかありませんね。八重樫さん」

「あ、愛ちゃん先生」

 

 そこへヴェノムを使って飛び降りてきた愛子が現れる。

 

 漆黒の巨体から元に戻った彼女は、雫を一瞥した後に下を見下ろす。

 

「見てください。あれで完全に最後の恐れが払拭されました。ここからは正真正銘、全霊をかけた人類と神の軍との戦争となるでしょう」

「私はただ、あの人が背負った悪いものを斬りたいだけなんだけどね」

「それでいいのです。どんなに英雄と持て囃されようと、誰だって結局は自分の願いの為に戦うのですから」

「じゃあ、そうさせてもらうけど……先生も随分様になってたわよ?」

「私とて、自分が失いたくないもののために戦わねばなりません」

「それであれだけできるんだ、あんたはもう立派な先導者だよ」

 

 力強く笑い合う二人にハジメが歩み寄る。

 

 こちらに振り返った彼女らに、ハジメは愛子へと握った宝珠を差し出した。

 

 両手でそれを受け取った愛子は、決然とした表情でハジメを見上げる。

 

「この力、確かに預かりました。必ず使いこなしてみせましょう」

『フン、暴レラレナイノハツマランガナ』

「仕方ないでしょう。私が先頭に立って戦ったら死んでもついていくなどと言われれば、留まらざるをえません」

「厄介な生徒達を持っちまったな」

「貴方達も、その一部なのですけどね」

 

 じとり、と半眼で見てくる愛子に目を逸らすハジメと雫。自分達が筆頭なのは充分自覚済みだ。

 

 無論それを知っているので、愛子はため息一つで胸の中の不安を吐き出すと凛々しい顔に戻った。

 

「行ってください。一人でも多く、全員で地球に帰るまでがこの戦いの終幕です」

「まるで遠足みたいだな……香織、美空」

「うん」

「ん」

 

 ハジメの呼びかけに、治癒師コンビが歩み出る。

 

 黒色が多めの銀鎧に身を包んだ彼女は、シュウジが完璧に再現した艶のある黒髪も相まって堕天使のようだ。

 

 美空もまた、巫女服をベースとした黒白の戦装束に身を包み、天より舞い降りたかぐや姫のようである。

 

 いいや、それでこそ全ての理不尽を打ち砕き、従える魔神の女達に相応しいと言えよう。

 

「頼んだぞ」

「うん。ハジメ君の帰る場所は、私たちが守るよ! もう二度とミュウちゃん達に手出しはさせない!」

「この突撃おバカのことは任せて。どんだけ無茶しても、いくらでも回復して支えるから」

「ちょっと美空、またそんな意地悪なことを〜!」

「ちょ、暑苦しいし!」

 

 いつも通り密着し、百合百合している二人にハジメは曖昧に、だが頼もしげに笑う。

 

 まるで緊張感はない。いいやそれでこそハジメ達なのだ。それは絶大な信頼を感じさせる。

 

 

 

 ハジメの後ろに、ユエ、ウサギ、シア、ティオ、雫、光輝、鈴、龍太郎が立ち並ぶ。

 

 それからハジメは、広場に設置された要塞各部を映し出すディスプレイを見やる。

 

 そこには今、司令室にいるベルナージュとエボルトや、カム達などの各部隊長が映し出されていた。

 

「ベルナージュ様、使徒用のアーティファクトは任せたぜ」

『無論。それがなくとも、我が力は生半可なものではない』

『完全体の俺すら火事場の馬鹿力で弱体化させたんだ、心配はいらない』

 

 あくまで飄々とした態度でいるエボルトと真剣な表情のベルナージュに、ハジメが頷く。

 

 次に目を移したのは、今にも画面から飛び出してきそうな筋骨隆々のプレデター……カム。

 

「カム」

『はっ』

「暴れろ」

 

 某キャプテンの如く、人差し指を立ててニヤリと笑うハジメ。

 

 カムもまた同じ顔で笑い、改良済みのガントレットに包まれた拳を打ちつけ合った。

 

『委細承知。我等らプレデターハウリア一同、神殺しを為してセンセイと一緒に帰ってくるのを心待ちにしております』

「おう」

 

 今更、必要以上の言葉など要らず。

 

 言うべきことは全て伝えたハジメは、後のランズィやアルフレリック、イルワ等の顔を見渡し。

 

「じゃ、行ってくるわ」

 

 ごく軽い口調で肩をすくめたハジメに、彼らもまたたった一言。

 

「「「いってらっしゃい」」」

 

 彼らならば、ありとあらゆる不可能を破壊すると確信するが故に、送り出す。

 

 勢い良く広場から跳躍した彼らを、既に待機していたアークの屋形船型の鞍が受け止める。

 

 

 

 

 

《いざ、天の先へ!》

 

 

 

 

 天へと至る甲高い咆哮と共にそう叫び、アークは勢いよく空の裂け目へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 豪快な風切り音を立て、標高八千メートルの空の穴へ迫るアーク。

 

 白と金の燐光を放ちながら向かうアークに、見上げる戦士達は口々に歓声を上げる。

 

 女神の剣の出陣だ、と喉が張り裂けんばかりに叫ぶ彼らを置き去りに、グングンと飛んでいくアーク。

 

 

 

 それを阻むため、五千メートルに達したところで使徒達の第一陣が進路に揃う。

 

 が、先のありえない殲滅攻撃を受けた影響なのか、解放者達最強の遺産であるアークを警戒したか。

 

 あるいはその両方で無闇に攻撃を仕掛けることはなかった。

 

 

 

 ドシュゥンッ! 

 

 

 

 それが命取りとも知らずに。

 

「今のは──っ!?」

 

 無表情を驚きに変えた一人が、先程と同じ鋭い音ともに閃光に頭を吹き飛ばされる。

 

 すぐさま万物を分解する大剣と銀翼を構えるが──そんなものは無意味とでも言わんばかりに、今度は何条もの光が走った。

 

「こ、これは?」

 

 思わず声を上げたシアのポーチが不意に震える。

 

 素早く取り出した発生源は彼女の携帯であり、そこには一列の文章が。

 

『姉御、露払いは俺たちに任せてくだせえ!』

「まさか、パルくん!?」

 

 その通りである。

 

 ここより遥か後方、要塞の一角にある狙撃台にはプレデターハウリアの狙撃手達が揃っている。

 

 彼らは〝遠見〟と〝先読み〟を付与したスコープ付きの〝電磁加速式超長距離アンチマテリアルライフル〟を用いて狙撃をしたのだ。

 

 もとより一族の中でも特に秀でたスキルを持った彼らにそんなものを与えれば、この程度の長距離射撃、どうということはない。

 

 

 

 すぐさま使徒達も対応しようとするが、下方からの狙撃はその隙を与えない。

 

 遠距離からの砲撃や大規模魔法、突貫をしようとする矢先にダメージを負わされている。

 

 流石に奇襲はもう通じないのでヘッドショットは決まらないが、それでも確実に足は止まった。

 

「うちの一族が、どんどん超人化していきますぅ……」

「ん。もうみんな立派な規格外」

「よしよし」

「シアだけというよりも、ハウリア族全体にその素質はあったのじゃろうなぁ」

「南雲、お前と北野は本当に、なんというか……凄いな」

「なんだろうな、天之河。もう最近、お前がどんな普通の反応をしても俺は動じなくなってきた」

「南雲君とシューに関わると、軒並み人の枠を外れるのね……私も含めて」

「ね、ねえ龍っち、鈴はまだ人間だよね? ね?」

「はは、俺はもう手遅れかもな〜」

 

 ウサギに頭を撫でられながら遠い目をするシアに、他の面々もそんなことを呟き合う。

 

 ともあれ、これで道は開いた。ハジメはアークへと話しかける。

 

「アーク、【神門】に後どれくらい近づけばお前の力で扉を開ける?」

《三千余り》

「つまり千メートル以内なら届くんだな。よし、このまま突き進め!」

《御意》

 

 アークの体に異変が起こる。  

 

 

 

 全身に模様を描くように並ぶ黄金の鱗が震え、一人でに剥離していく。

 

 そしてそれらはぐるぐると、アークの体の周りで螺旋を描くように滞空を始めた。

 

《参る》

 

 直後、それまで以上のスピードで動きの止まった使徒達に突撃。

 

 共に螺旋も回転速度を劇的に挙げ、二百メートル級の擬似的な黄金のドリルが使徒を蹴散らした。

 

 防御する暇など与えない、圧倒的質量による強引な突破。それはこの場においての最適解だ。

 

 瞬く間に残る四千メートルのうち、最低目標地点である三千メートルを飛び越すアーク。

 

 そのまま残り八百メートルといった所で長い体を直線にし、空間魔法で四脚を空中に固定する。

 

 そのまま最初の一撃のように、しかしそれよりももっと凄まじい音を立てて口元にエネルギーのチャージを始めた。

 

《界越大魔力砲、〝天蓋崩し〟起動。しばしの時を要する》

「そうか。なら俺達は──」

 

 上を見上げれば、新たに召喚された使徒達がこちらに向けて猛スピードで向かってくる。

 

 来た道を見下ろしても、プレデターハウリア族の狙撃を免れた使徒達が迫っていた。

 

「雑魚掃除だ!」

「「ん!」」

「いっきますよぉ〜!」

「新たに賜ったこの着物の力、試させてもらうのじゃ!」

「龍太郎! 雫!」

「わかってるわ」

「いくぜぇ!」

「勇気全開だよっ!」

 

 各々の武器を構えて、アークまで到達した使徒達の迎撃を始めるハジメ達。

 

 【神門】を破壊して【神域】への入り口をこじ開けようとするアークに、使徒達は攻撃を仕掛ける。

 

 同時にハジメ達を排除せんと双大剣と銀翼による分解砲を放ってきた。

 

「任せてっ!」

 

 それを受け止めたのは、鈴が双鉄扇を振るい展開した透明の障壁の数々。

 

 描かれた美しい絵は障壁の密度を向上させる魔法陣であり、使徒の分解能力すら防ぎ切った。

 

「二人とも、一緒に戦ってくれっ!」

「今更ね!」

「言われるまでもねえっ!」

 

 屋形船から飛び降りて、動きを止めた使徒達に光輝、雫、龍太郎が突貫した。

 

 不遜にも神の僕である自分達に立ち向かってくる愚か者達に、使徒らは急接近し──

 

「〝穢れた我が魂に刻まれし悪業を以って、汝らの悪業をも喰らわん! 〟 《悪以悪断》ッ!!!」

 

 ビギリッ!! と一瞬で膨れ上がった光輝の剣の一振りに、十体以上が纏めて撫で切りにされた。

 

 事前にインプットされた情報より遥かに上回る勇者の力に、さしもの使徒達も驚く。

 

「おおらぁッ!」

 

 そこへ龍太郎が、裂帛の叫び声と共に正拳突きを放った。

 

 メリケンサック型のアーティファクトから絶大な衝撃波が発せられ、使徒達の体を痙攣させる。

 

「シッ──!」

「がッ──……」

 

 その硬直した一瞬の隙に、後続した使徒達の心臓を一人残らず穿つ黒鉄の刃。

 

 魔力供給機関を破壊され、ガクリと力を失った使徒達がアークの体を滑り落ちていった。

 

「ふぅー……さあ、次は誰?」

 

 長足袋の力によって文字通りの疾風と化した雫は、鋭く呼気を吐きながら刀を構えた。

 

 

 

 無論、戦っているのは三人ばかりではない。

 

 ハジメが数々の銃火器を用いて、ユエが無慈悲なまでに強力な魔法で、シアが改良されたヴィレドリュッケンの砲撃で。

 

 ウサギが剛腕を振るい、ティオが新たな着物の力で昇華された黒い極光を放ち、使徒達を退ける。

 

 その全員を、黄色を基調とした着物に身を包んだ鈴の障壁が守り続け。

 

 

 

 そうして稼がれた時間は、充分にアークに準備するだけの余裕を与えた。

 

 膨大すぎる光がアークの口門に集まり、余力なしの全開最大の力を振り絞る。

 

 そのままに、新たに出現しようとする使徒達もろとも、濁った【神門】に向かって。

 

 

 

 

 

 ゴァッ──────────!!! 

 

 

 

 

 

 極大の光の柱が解き放たれる。

 

 八百メートルという距離を一瞬にて走り抜けた光は、【神門】に正面からぶち当たる。

 

 エヒトが許したもの以外、何人たりとも通さない暗黒の深淵は拮抗するように蠢いて。

 

 それに負けじとアークは力の限りを出し尽くし、黄金の光を吐き出し続ける。

 

 攻めて、攻めて、攻めて。

 

 やがて、あまりの使徒の物量に少しハジメ達が顔を険しくした時。

 

 

 

 バリィ──ンッ!!! 

 

 

 

 盛大な破砕音を立てて、【神門】が砕け散った。

 

 代わりにそこに出現したのは、アークの瞳を思わせる虹色の巨大な波紋。

 

 やった、とハジメ達が目を見開いたのも束の間に、ズズズズ……! とアークの体が揺れた始めた。

 

「うおっ!? なんだ!」

《我はここまでにて。しばし動けず》

 

 文字通り、〝天蓋崩し〟に何千年も溜め込まれたエネルギーを使い果たしたアーク。

 

 生命維持にこそ問題ないものの、四肢を支える空間魔法すら維持できないレベルの疲労だ。

 

「そうか、だがよくやった! 大金星だアーク! あとは俺達に任せろ!」

 

 早口に叫びながら、ハジメは宝物庫にオルカンを投げ入れ走る。

 

 屋形船の先頭、そこに設置された台座にハジメは取り出した宝珠をはめ込み、魔力を流し込む。

 

 

 

 すると、やや鈍い音を立てながら屋形船が揺れ動き、少しずつアークの背中から浮き始めた。

 

 スカイボードという、ティオが郷に帰る際に使ったアーティファクトの巨大版に改造しておいたのだ。

 

 魔力駆動二輪や四輪と同じ要領でそれを操作し、新たに開いたゲートに進路を決めながらハジメは振り向く。

 

「八重樫! 坂上! 天之河! 戻ってこい!」

「っ、ええ!」

「おう!」

「ああ!」

 

 素早く武器を納め、体を翻して屋形船に走り出す三人。

 

 残った使徒達がその後を追い、迫り来る重圧に三人は全力疾走した。

 

「おいおい、これたどり着けるかっ!?」

「喋ってる分の体力も足に回しなさいっ! じゃないと背中から真っ二つよっ!」

「二人とも、飛ぶぞ!」

「「はぁっ!?」」

 

 驚いて振り返った二人の襟首を、光輝が力強く掴み取る。

 

 そのまま〝力〟を発現し、羽赫を伸ばすと言葉通りに屋形船に向けて飛翔した。

 

「うぉおおおおあああっ!?」

「す、すごいわね光輝っ!?」

「スピードを上げるぞ!」

 

 ゴバッ、と羽赫を形成する口から赤黒いエネルギーが噴射される。

 

 ジェット噴射の役割を果たすそれによって数倍のスピードを得た光輝は、瞬く間に使徒達を引き離す。

 

 そのまま追撃を受けることなく、無事に屋形船に到着した。

 

 パッと襟首を手放された二人は危なげなく着地を決め、光輝も羽赫を納めて降りる。

 

「待たせた、南雲っ!」

「ハッ、いい仕事だ天之河! お前ら、行くぞっ!」

「んっ!」

「りょうかい!」

「はいですぅ!」

「うむ!」

「ええっ!」

「いつでもいいよっ!」

「おうよっ!」

 

 力強い返事と共に、頷いたハジメは屋形船を急発進させた。

 

 先の光輝に匹敵する速度で、少しずつ縮小を始めたゲートへと突っ込む! 

 

 

 

 直後、使徒達が押し寄せ。

 

 だがしかし、彼女らの攻撃の一つも届くことはなく。

 

 

 

 

 

 ハジメ達がくぐり抜けた直後、虹のゲートは永久に閉じられた。

 

 

 

 

 




一つ、駒は進んだ。

読んでいただき、ありがとうございます。



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神の領域

ついに神域に到達したハジメ達。

地上をプレデターハウリア達やファウストらの軍勢に任せた中、彼らの行く手を阻むものは。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

 極彩色の世界。

 

 

 

 屋形船が入界したのは、そうとしか形容できぬ果てのない世界。

 

 初めて目の当たりにする【神域】の不可思議な光景に、ハジメ達はほんの一時魅入られる。

 

 しかし、直後に聞こえた屋形船の崩壊音にハッと我を取り戻した。

 

「チッ、元はただの鞍だからな。ここら辺が限界か」

 

 ハジメは視線を巡らせ、少し下にのっぺりとした白亜の通路を見つける。

 

 様々な色が入り乱れる世界の中でぽつりと浮かんでいるそれに、崩れゆく船を操作して着陸。

 

 そしてハジメ達が原因通路に降り立った瞬間、役目を終えたと主張するように船は壊れた。

 

 ハジメは船を強度や容量を改良した〝大宝物庫〟に収納し、周囲に目線をやる。

 

「どうやら魔物や使徒達が来たのとは別の場所らしいな」

「不思議ね。距離感が掴めないわ」

「下も見えませんね〜」

 

 通路、というよりもダムの壁のように屹立している足場の下を覗き込んでシアがぼやく。

 

 上も下も横も、まるで幅がわからぬ世界。もしや通路のすぐ側に不可視の壁があるやもしれぬ。

 

 そんな中で、ハジメはベストのポケットから懐中時計型になった〝導越の羅針盤〟を取り出す。

 

「……羅針盤は通路の先にシュウジの存在を示してるな。とりあえず進むしかなさそうだ」

「ん。警戒して進むしかない」

「どちらにせよ、落ちたらろくなことにならなさそうじゃのう」

「じゃあ、私が殿をやるね」

 

 未来視を持つシアの次に、知覚能力に優れるウサギの申し出に頷くハジメ。

 

 それからドンナー・シュラークを抜き、全員の表情が引き締まっているのを確認して走り出す。

 

 続けてユエ達も後を追い、静寂に満ちた空間の中を一直線に、通路の上を走り抜けていった。

 

 

 

 走り、走り、走り続けるが、景色は代わり映えしない。

 

 こんな場所まで来て、誰一人無駄口を叩くこともなく、ひたすら前に向かって移動を続ける。

 

 あるいは先頭を疾走するハジメすら、羅針盤がシュウジへの接近を知らせなければ不安を感じたかもしれない。

 

 そんな風に簡素すぎる道をひた走ること、しばらく。

 

「っ、砲撃! 来ます!」

 

 突如、ウサミミをピン! と立てたシアが警告を飛ばす。

 

 〝未来視〟の精度を上げ、かつ魔力消費を抑える片眼鏡(モノクル)をかけた彼女の報告は素早いものだった。

 

 しかし、逆に言えば一番先にいるハジメすらも気がつかなかったということ。つまり相応の奇襲を意味する。

 

 

 

 それを証明し、直後に全方位から銀色に輝く砲撃が襲来した。

 

 逃げ場など与えない、必ず殺すという()()が色濃く滲み出た銀の流星。

 

「集まれッ!」

 

 ハジメの怒号に素早く全員が彼の周囲に固まる。

 

 全員の顔ぶれが揃っていることを刹那の時間で確認し、ハジメは〝大宝物庫〟を開いて──

 

 

 

 

 ドギュッ!!! 

 

 

 

「なっ!?」

 

 その瞬間、砲撃が目の前に現れた。

 

 充分に防御体勢を取るタイミングであったにも関わらず、突然砲撃が接近したのだ。

 

 そう、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これにはさしもの彼らも驚き、さりとてハジメは今更〝大宝物庫〟から半分露出したアーティファクトを手放せずに。

 

 

 

「〝邪念吸収〟ッ!!」

 

 

 

 あわや、使徒の分解砲撃だろう隙間のない豪雨を浴びるかと思われたその時。

 

 素早く、それこそ雫より速く抜刀した光輝がドス黒く染まった刀身を振り抜いた。

 

 すると黒いエネルギーが口となり、砲撃の雨を真似するように全方位に分裂していく。

 

 

 

 それらは殺意という〝悪意〟を孕んだ分解砲に食らいつき、見事に全長の半分ほど削り取った。

 

 僅か数秒、光輝の稼いだその時間を使ってハジメは完全に取り出したアーティファクトを床に叩きつける。

 

 魔力を注ぎ込まれ、アーティファクトをはガシュン! ガシュン! と音を立てながら自らを展開する。

 

 瞬く間にドーム状に変形を完了し、やってきた残り半分の砲撃からハジメ達を守る。

 

 鱗のような無数の金属板が連なった、可変式の大盾〝アイディオン〟。

 

 その最後の一枚がカチリとはまった瞬間、ついに到達した分解砲がドームへと降り注いだ。

 

「ふぅ、危ねえところだった……」

 

 深いため息を吐き、間一髪というところで苦境を免れたハジメは安堵する。

 

 その間にもドームには使徒達の分解砲が降り注ぎ、表面から防壁を分解しにかかっている。

 

 〝復元石〟という再生魔法を付与し、ハジメの〝金剛〟も付与したアザンチウム製の多重構造だ。

 

 

 

 

 決して破れまいという絶対の自信の下で、ハジメは剣を鞘に収める光輝へと目を向けた。

 

 緑光石に照らされたドーム内の中で、光輝もまたほっとしたような顔でいた。

 

「まさか、お前に助けられる日が来るとはな。文字通り天変地異は起きてる最中だが」

「いや、危なかった。後一瞬()()を見るのが遅れていたらやられてたよ」

 

 苦々しい顔をする光輝の左目は、いつものように赤と黒に染まっている。

 

 〝死幻〟という、危機的状況において〝自分が死ぬ妄想〟を見る技能を咄嗟に光輝は発動していた。

 

 シアの未来視に似たようなことをできる彼は、言うなれば自分の見た妄想を回避するため行動したのだ。

 

「しかし、なんだったんだあれは?」

「ん。まるで空間を跳躍したような、不自然な接近の仕方だった」

「私の〝未来視〟にも、あんなのは見えてませんでした……」

「光輝、なんか知ってるか?」

 

 シアすら予測できなかった攻撃を唯一退けた光輝に、龍太郎が尋ねる。

 

 光輝は少しの間目を瞑り、思案したような素振りを見せた後に口を開いた。

 

「……多分、あれは〝ナァト〟だ」

「「「ナァト?」」」

「ああ。俺に埋め込まれた〝シンカイ〟と同じ、《傲慢の獣》の九体の眷属の一体。空間、物体、生物、あらゆるものに縫い針を通して、無理やり縫合する能力を持ってる」

「つまりあれか、さっきのは砲撃の先っぽの空間と、俺たちのすぐ側の空間を縫いつけたってことか?」

 

 龍太郎の的を射た例えに頷く光輝。

 

 いわば空間魔法に特化したような眷属ということだろう。なんとも厄介な相手にユエ達は顔を苦くする。

 

 

 

 だがしかし、ハジメだけは違った。

 

 

 

 むしろ面白そうに、仄暗いドームの中で歯を剥き出しにして笑っていた。

 

「ハッ、つまりは奴が空間を縫う前に殺せばいいんだろ? 二度とちまちまと針縫いなんぞさせる時間は与えねえよ」

 

 神の使徒に囲まれ、あまつさえ《獣》の刺客が紛れているこの状況で不遜な態度。

 

 それがこの世の誰より似合う、魔王とすら呼ばれたハジメの言葉はユエ達をも鼓舞する。

 

 ハジメがやれると言ってやれなかったことはない。この程度の苦境、簡単に乗り越えるだろう。

 

 

 

 その確信とともに、ユエ達は力強く頷き返して。

 

 そして同じようにその顔を見た光輝は、またも少しの間黙考すると。

 

 

 

 

 

「……南雲。俺に一つアイデアがある」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 一斉砲撃が終わり、銀光が全て消え去る。

 

 

 

 

 直後、極彩色の空間から滲み出るようにして50を超える数の使途が出現した。

 

 全てが銀色の魔力を纏い、既にインプットされたハジメ達の驚異的な戦力に最初から本気を見せている。

 

 そして彼女らの出現に合わせるように、ふっとアイディオンが消え──

 

「〝空笛〟」

 

 

 ドパァアアアンッ!! 

 

 

 ピョウッ!! という笛を吹いたような音と、いつも通りの炸裂音。

 

 それによって六人の使徒の頭部があっさりと爆ぜ、それに目を奪われた間近の使徒が二体ほど三枚に下される。

 

「「「っ!!?」」」

 

 神の使徒にあるまじき、あっけなさすぎる敗北。

 

 一瞬にて八人もの同胞を失い、使徒らは大きく息を飲む。

 

 

 

 彼女らの頭部を穿った紅き閃光、それは花火と同じ現象で銃声よりも早く届いたのは確かだ。

 

 だが、最初から臨界状態に至った使徒の回避能力であれば十分に回避できるはずのもの。

 

 ましてや、それに続いて飛んできた鎌鼬など恐るるに足らず。実際に当たったのは三つのうち二つだ。

 

 だというのに、現実はこれだ。

 

「あら、たった二人。負けたわね」

「早撃ちなら、流石にお前の抜刀にも劣るつもりはねえよ」

()()()()使()()()()()()()()()だなんて、そうそうできることじゃないわ」

 

 使徒らの驚愕と疑問の答えを口にしながら、不敵に笑う雫が楔丸を鞘に収める。

 

 隣に立つハジメも赤雷を迸らせるドンナーをリロードすると、獣の如き笑いを浮かべた。

 

 そう。ハジメはこの五十に迫る数の使徒のうち、瞬きをして刹那の間意識を外した個体を撃ち抜いたのだ。

 

 そして雫は、その驚きに肉体を硬直させた個体にあえて一瞬遅らせて斬撃波を飛ばした。

 

 

 

 これも全て、先んじて対使徒の訓練を積ませてくれた始の僥倖だ。

 

 彼は五十年前、狂ったシュウジが回収しなかったノイントの肉体を確保したまま保管していた。

 

 肉体を復元し、始の魔力で以前と遜色なく動く戦闘人形に仕立て上げ、ハジメ達に対使徒戦の経験を積ませた。

 

 その経験があるからこそ、完全に使徒のスペックを把握した二人は見事な絶技を放った。

 

 だが、神の使徒たる自負を持つ使徒達はそのことが理解できない。

 

 ただ事前に解析したはずの彼らとは全く違う。その事実に生まれて初めて総毛立ち、戸惑った。

 

 

 

 そう、戸惑ったのだ。この魔神と、剣鬼の眼前で。

 

 

 

 ドパァアアンッ!! と音を立て、今度は雫が追撃するまでもなく四人の頭が爆ぜる。

 

 羽をもがれた羽虫のごとく墜落していく同胞らに、使徒のうちの一人が無表情を恐怖に崩した。

 

「くっ、三人、いいえ五人は収束を! 残りは続きなさいッ!」

 

 いかに一つの情報で統率された使徒とはいえど、指示を下す個体はいるのだろう。

 

 それはまさに今表情を露わにした一人であり、残りの使徒が指示に従い動き出す。

 

「十五人、()()()()()()!」

 

 さらに彼女──ゼクストは銀翼をはためかせ、残像を引き連れながら二人に迫りつつ叫ぶ。

 

 すると、彼女に付き従う三十人ほどの使徒のうち半分に、どこからか毒々しい緑色の〝糸〟が繋がる。

 

 それを受けた使徒は、突如美しい銀の瞳を白目ごと緑に輝かせ、修羅のような表情になった。

 

 使徒にあるまじき顔をした彼女らは──瞬間、ハジメの真後ろに一斉に出現する。

 

 空間の縫い付け。先ほどのゼクストの言葉からして、おそらくナァトの縫い針に繋がれたのだろう。

 

 コンマ数秒で背後を取った彼女らは、無数の残像を発生させながら最も脅威であるハジメに迫る。

 

 取った、正面から挟撃を仕掛けるゼクストはそう確信しながら双大剣を振るい。

 

「……へぇ。お前が部隊長か」

「──ッ!!?」

 

 自らの本体を正確に捉えた、ハジメの瞳に身震いした。

 

 小さく、されどよく響く言葉と共に、色あせたゼクストの視界の中で……ゆっくり、ゆっくりと。

 

 ハジメの口元が、嘲笑うように裂けた。

 

「〝猿落とし〟」

 

 そんな彼女の目の前で、まるで木の枝を削ぎ落とすような斬撃の嵐が解き放たれる。

 

 それは、肉体が壊れるのを承知でナァトの糸で無理矢理に、本来以上の力を引き出した同胞らを滅多斬りにし。

 

 それに目を見開くゼクストには……ゆっくりと赤雷を纏った弾丸が迫ってくるではないか。

 

 

 

 ようやく、ゼクストは悟った。

 

 これは自らの生み出す超速度による時間の停滞ではなく、今際の際に人間が見る〝走馬灯〟であると。

 

 彼女の脳内に、これまで様々な神の使徒が蓄積したあらゆる国、人々の中での暗躍が脳裏をよぎっていく。

 

 全ての使徒はネットワークで繋がっている同位体の以上、それはゼクストがやっていたことも同意。

 

 その上で彼女は思うのだ。自分の先に地上で、そして今は我らが主に肉体を献上した男に破壊されたノイントは。

 

 

 

 

 

 自分と同じ、この光景を見たのだろうか? と。

 

 

 

 

 

 それが彼女の最後の思考。

 

 今まで弄んできた者に見下され、嘲笑われながら、それでも彼女は弾丸を躱そうと首をひねって。

 

 しかしそれを知っていたかのように、眼前で弾丸は軌道を修正。ゼクストの眉間と接触した。

 

 

(あぁ。本当に、なんという──)

 

 

 イレギュラー、という心の中での思考を言い終えることはなく。

 

 ゼクストは衝撃にその意識を暗闇に叩き落とされた。

 

 同時に七体の使徒が頭部を失い、堕ちていく。

 

「何のために二人いると思ってんだ、木偶人形ども?」

「あなた達は知らないでしょうけどね──私達、今これ以上ないほどにキレてるのよ」

 

 全く同じように笑いながら、背中合わせで二人は攻撃をし続ける。

 

 ハジメはドンナー・シュラークをガンスピンさせながら四方八方に死の弾丸をばらまいていく。

 

 弾を装填し、照準を合わせ、確定し。そして発砲。

 

 一連の流れが速すぎて、傍目にはただガンスピンを繰り返すだけに見えるが……この現状が答えだ。

 

 雫もまた、その瞳で正確に使徒の筋肉、目線、翼、関節の動きを見定め、刀を振るう。

 

 空間に置くように飛ばした斬撃は、摩訶不思議なことに自らそこに飛び込むようにやって来た使徒を切り刻む。

 

「な、なぜっ!」

 

 たまらず、二十を下回った残る使徒の一人が声を荒げる。

 

 おかしい、ありえない、こんなことがあるはずがない。自分達は神の剣なのだ、一人で世界を滅ぼせる天災と等しきモノなのだ! 

 

 それがこんないとも簡単に、駆除されるように撃ち落とされるなど、不可能だ! 理不尽だ! 

 

 

 

 そんな風に考える使徒に、現実を知らしめるように弾丸が迫る。

 

 その使徒は沸き起こる得体の知れぬ衝動に任せるがまま、防げぬなら切り捨てようと大剣を振るい。

 

 そして、銀の軌跡は赤の雷を切り裂く──ことはなく。

 

 

(これは、光が……すり抜けて……?)

 

 

 代わりに、頭部を木っ端微塵に吹き飛ばされてその思考を停止させた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「リビングバレット、だったかしら。末恐ろしいわね」

 

 ハジメの銃撃によってさらに一人落ちた使徒に、雫は刀を振るいつつ苦笑いする。

 

 変成・生成魔法を複合させた特殊弾、リビングバレット。

 

 

 

 

 

それは、〝生きた弾丸〟である。

 

 

 

 

 

 ユエを封じていた石やサソリモドキ、アレらは実は有機物と無機物を融合した生体ゴーレムだった。

 

 そこから着想を得たハジメは、〝狙った場所に当たれ〟と命令を組み込んだ弾丸を開発した。

 

 結果生まれたのは、雷速で飛びながらも軌道修正を行う脅威の弾丸。

 

 クソエイムなFPSプレイヤーには必須だろう。

 

「いや、俺からしたらお前の方が怖いんだが? どんな目してたら逐一あいつらの動きを読んで斬れるんだよ?」

 

 最も、千里眼かとツッコミたくなるような先読みをかます雫のほうがハジメとしては恐ろしい。

 

 使徒を淡々と撃ち殺しながら問いかける彼に、彼女も斬撃を飛ばしながら自信満々に答えるのだ。

 

「愛の力よ」

「愛ってなんだっけ?」

「っ、貴方達ふざけるのをいい加減にっ!」

 

 目の前でそんな会話をされた使徒からすれば、コケにされているようでたまったものではない。

 

 しかし彼女は一秒後に到達した斬撃で鼻から上を斬り飛ばされ、続けて来た赤雷に粉砕された。

 

 その光景に戦慄する他の使徒達もまた、次々と斬られ、あるいは撃たれて堕ちる。

 

「確か、もう一人の俺の話ではお前らは情報を共有してるんだったな。だとすればあの城で戦った俺らの情報もインプットされてるのか」

「でしょうね。何度か斬撃の軌道を読むような動きをしてたし。まあその前に斬ったけど」

「だから怖えよお前」

 

 もはや剣聖かという雫の発言に呆れつつも、ハジメは残り少ない使徒達を見る。

 

 そしてまた、嗤うのだ。不遜に、大胆に、お前達など取るに足らない雑魚だと示すように。

 

「だがな、それがどうした。そんな遠い昔の俺達を解析して対応して、それで? 技を鍛えたか? 武器を変えたか? 知恵を磨いたか? お前達はお前達自身で、一度たりとて俺達を〝殺そう〟としたのか?」

「だ、黙りなさいっ!」

「貴女がね」

 

 〝空力〟を付与された下駄で飛びあがり、雫は唐竹を見舞う。

 

 更に強度や密度を増した楔丸は、文字通り使徒を叩き潰す。

 

 そうして通路に着地した雫のすぐ側を、潰れたパイのようになった使徒が奈落へ消えていった。

 

「練度が足りない。術が足りない。罠が足りない、切り札が足りない。俺らを殺すには、お前らじゃ力不足だ」

「黙りなさいと言っているでしょうっ!」

 

 嘲るハジメに応え、頭上から叫ぶ声が一つ。

 

 ハジメと雫が見上げると、そこには燦然と輝く銀の太陽があった。

 

 五人の使徒が剣を重ねるように掲げたそれは、おそらく彼女らが複数で発動する大威力の砲撃。

 

 更に彼女らは、最初の使徒達のように淀んだ緑に瞳を輝かせ、ナァトに強化を受けている。

 

「へえ、それがお前らの切り札か。いいぜ、来いよ」

「あれは、どれほど斬り甲斐があるかしら」

 

 尚も怯まず。

 

 腰だめに刀を構え、銃口を向ける二人に使徒達は顔をより歪ませ、全力で剣を振り下ろす。

 

 幅十五メートルはありそうな極太のレーザーが、二人を滅ぼすために轟音を伴って進んでいき──

 

 

 

「──それを待っていたぞ」

 

 

 

 彼らの頭上に、突如として光輝が現れた。

 

 バッ! と顔を上げ、目を見開く使徒達。彼女らを見下ろし、黒々しく燃える剣を掲げる愚か者。

 

 そんな彼を使徒達より上に送り届けたのは、十匹ほどの小型シュヴァルツァーが集まってできたゲート。

 

「貴方は、勇者ッ!」

「いいや違う! 俺は天之河光輝だ! ぜやぁあああああああッ!!!」

 

 裂帛の叫びとともに、彼は使徒達──ではなく、その翼のあたりの空間を斬る。

 

 すると断ち切られた緑色の糸が可視化し、強制強化の元を絶たれた使徒達は力の逆流に体をひしゃげさせた。

 

 全身をおかしな方向へと曲げた彼女らの絶命に伴い、レーザーも自然と消滅した。

 

 

 

 

 しかしそれでは終わらない。

 

 光輝は左手を剣から手放し、むんずと宙に舞う糸を掴み取ると勢いよく引いた。

 

 その動作と共に、糸が繋がっていたモノ──最初の使徒達のように空間に隠れていた〝それ〟が引き摺り出される。

 

「キュリリリィッ!!」

「ようやく見つけ出したぞ、ナァトッ!」

 

 それは、〝両手〟だ。

 

 五指の第一関節から先が極太の縫い針になった、口のついた右手と左手。その指先から糸が出ていた。

 

 驚いて金属を組み合わせて作ったような口から甲高い声を上げる〝ナァト〟に、光輝は剣を振り上げる。

 

「一つ、()()()を貰う!」

 

 

 

 〝悪以悪断〟。

 

 

 

 悪戯に他者の肉体に糸を縫いつけ、操る悪魔に断罪の剣が突き立てられる。

 

 混じり気のない光輝の〝殺意〟によって極限の切れ味を持つ一撃は、あっさりとナァトを両方とも切り裂く。

 

「ギェァアアアァァアアアアアァッ!!!」

 

 悍ましい断末魔を挙げながら、ナァトは緑色の粒子になって霧散した。

 

 最大の懸念が消えた今、残るはかろうじてまだ生き残っている四、五体の使徒のみ。

 

「イレギュラー達っ! 否、あなた達こそ本当の、化けも──っ!」

「〝竜巻上げ〟」

 

 そのうちの一体が、最後まで言い切る前に斬撃の嵐に輪切りにされた。

 

 立て続けに響いた銃声に二体が粉砕され、最後に落下して来た光輝の斬撃によって最後の二体も処理。

 

 そして通路に立つのは、理不尽の体現者と愛の為一切合切を切り捨てる剣鬼、そして自ら悪意を力とする愚者。

 

 

 

 

「お前らは進歩しない。生存の為にも、勝利の為にも戦えない──そんなお前ら如き、俺達を止める石ころにすらなれると思うな」

 

 

 

 

 銀の羽と使徒の残骸が舞う中で放たれた決め台詞に、観戦をハジメに言い渡されていたユエやシア達が恍惚とした表情になった。

 

 龍太郎と鈴は苦笑いしつつも、無傷で圧勝した二人、そしてナァトを仕留めた光輝に畏敬の目を向ける。

 

 近付いてくる彼女達を見ながら、銃をホルスターに収めたハジメは振り返った。

 

「よくやった、天之河。おかげで処理が楽だったぞ」

「……凄いのは南雲さ。俺じゃあ、あんなアーティファクトは思いつきもしない」

 

 自分の奇襲の要となったアーティファクトを思い出し、光輝は素直にハジメを褒めた。

 

 

 

 かつてフリードに一泡吹かせた、空間に隠れるアーティファクト。

 

 それは改良を加えられた結果、空間に〝ポケット〟を作れるようになった。

 

 最初のハジメ達の攻撃で使徒達の意識が集まった時に、光輝はそのポケットで移動を開始。

 

 そして、必ず使徒達の切り札を強化するだろうナァトの居場所を突き止めるためじっと隠れた。

 

 

 

 だがそれを為せたのは、やはりハジメの創造性と発明力があってこそ。

 

 人間は他の生物が持っている身体的優位性の代わりに、その知恵で生態系の頂点に立った生物だ。

 

 何が非戦闘系職業か、何が〝ありふれた職業〟か。

 

 ならば数々の恐ろしい兵器を作り出せるハジメこそが、最も恐ろしい才能を持っていたのだろう。

 

「勇者様らしくもない、地味な役回りだったな?」

「ふふっ、シューが見たらまた夢とか幻とか、そんなことを言いそうな光景だったわ」

「お、おい、もうそれで揶揄うのはやめてくれ」

「わかったわかった。とにかくこれでひと段落だ。第二陣が来てもめんどい、さっさと行くぞ」

 

 ハジメの言葉に合流したメンバーも頷き、何事もなかったかのように通路を前へと進む。

 

 【神域】にあっても余裕で刺客を撃退した彼らは、やがて虹色の壁へと到達した。

 

 波紋を打つ壁に手を当てれば、ズブリッと向こう側へと沈み込む。

 

 

 

 

 

 互いに頷き合い、一行は、波紋の向こう側へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

光輝と雫の成長具合が著しいなぁ…


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壊れたのは愛か心か

ついに神域へと至ったハジメ達。

彼らの前に立ち塞がった使徒達を易々と蹴散らし、彼らは進む。

その先に待つものとは。


楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 ネルファ SIDE

 

 

 

 

 

 ──一つ、失ったことを実感した。

 

 

 

 

 

 己の中から消えていく繋がりと暖かさ。

 

 かつて悪意によって人々を弄び、それ故に我が師によって悪魔へと変えられたモノの一つ。

 

 愚かな民衆で遊ぶのに使う「手」を失った残念さと、自らの死に一つ歩み寄った僅かな恐れ。

 

 そして何より、過ぎたるほどの甘美に思わず笑ってしまった。

 

「フン、君が笑うと虫酸が走るよ」

 

 ……ああ、そういえばここにはもう一人いましたわね。己が色欲に堕落した醜女が。

 

 けれども私は、荒野にて開いた茶会の席に座る彼女に、あくまで優美に微笑んでみせるのだ。

 

「あら、つれないこと。性根のねじれ曲がり具合から、貴女とは仲良くできると思ったのですが」

「誰が。僕の光輝くんにくっさい香水の匂いを擦り付けておいて、よくもまあぬけぬけと言えたものだよ」

「はて、何のことでしょう。あのような愚者に一度とて触れた覚えはありませんわね」

「チッ」

 

 あらそっぽを向いてしまって。まったく可愛らしいお嬢さんですこと。

 

 微笑みながらも、か細い……そう、赤い糸一本で繋がった〝あれ〟によって近くにいるのを感じる。

 

 じきにここへと到達するでしょう。私が埋め込んだ種を大きく、大きく実らせて。

 

 

 

 それまでの間、険悪なティータイムというのも素敵ですけれど……それではつまらないですわ。

 

 どうせならば、そう。とびきり笑ってしまえる喜劇などを一つ、聞いていたいもの。

 

 であれば。

 

「……どういうつもりだい?」

「あら、紅茶のおかわりはいりませんこと?」

 

 側に控えていた執事に茶を注がせ、彼女の前に置かせる。

 

 その方が滑稽である故に、剥き出しにさせた腐った肉を執事服に包んだそれに彼女は鼻白む。

 

 毒か、あるいは別のものか。そう警戒する瞳は、ああなんて噛み砕いてしまいたくなるのでしょう。

 

「冷めないうちにどうぞ?」

「………………」

 

 けれどその衝動を抑えて、私は自ら茶を啜ってみせる。

 

 すると、彼女もまた警戒しつつもカップを手に取り、一口飲んで驚いたように少し止まった。

 

「お気に召したようで何よりですわ」

「……で? 何を聞きたいわけ?」

「ご明察」

 

 案外、狂ったばかりではないのかしら。いえ、あるいはそれさえも? 


 

 楽しみですわ。彼女からいったい、どれほど面白く、おかしなお話を聞けるのか。

 

「まだ少し、時はあります。ですので貴方が、あの愚か者にそこまで拘る理由というのを知りたくなりまして」

「それ、僕に何のメリットがあるのかなぁ?」

「あら、話を面倒臭がる程度の愛ですの?」

「……チッ!! いいよ、そんなに聞きたいなら話してやるよ」

 

 大きな舌打ちを一つ。

 

 

 

 彼女はまた彼方を向いて、私とは目を合わせないようにしながら喋り出す。

 

「…………五歳の時、父親が死んだのさ。不注意に車道に飛び出した僕を庇って、ね」

「あらあら。それは何とも悲しいこと」

 

 悲しくて、なんて劇的なスタートかしら。

 

「母はちょーっとイカれててね。子供の僕から見ても、父にべったりと、気持ち悪いくらい依存してた」

「子が子ならば、親も親というところかしら」

「うるさいよ……どうやら両親の結婚には一悶着あったみたいでね。そんな最愛の父を失った母は、僕のことを憎みに憎んで、罵り、暴力を振るい、永遠に収まることのない鬱憤を晴らしてた」

「それで?」

「僕は耐えたさ。父の死は確かに僕のせいだったからね、そこは認める。だから耐えきれば、元の優しい母に戻る……なーんて馬鹿馬鹿しい思い込みをしてた」

 

 はっ、と幼い頃の自分を嘲笑って、彼女はその苛立ち……あるいは呆れを呑み下すため一口啜る。

 

 そうして気を持ち直して、なおも視線を合わせぬままに、お話を健気に続けてくれました。

 

「多分、母にとって僕は父の付属品だったんだろうね。だから父がいなければ大切にする意味もない」

「さぞ甚振られたことでしょうね」

「しかも母は悪知恵は働いてねぇ。僕への仕打ちが露呈しないよう、痣とかは残さないようにやってたよ。みみっちくて、我が親ながら笑っちゃうね、あっははははは!」

 

 それは、矮小な母を嗤うのか。

 

 あるいはそんな人間から生まれた己を笑っているのか。

 

 いずれにせよ、楽しそうな顔ですこと。

 

「でもね、結局妄想ってのは現実じゃないから妄想なんだ。僕のくだらない現実逃避への依存は、ある日ぶち壊された」

「……ああ、なるほど」

 

 この話の結末は見えた。

 

「新しい男でも引っ掛けてきたのですね。それも必死にか弱い己を守ることしか脳のない己に相応しい、世に掃いて捨ててもなお溜まり続けるクズを」

「笑っちゃうよね。結局あの女が欲しかったのは依存先で、父は第一号だっただけ。あんな人間のクズの中のクズでもいいっていうんだ、父は哀れで仕方がないよ」

 

 嘲る口調でいながらも、その瞳にはわずかながら理性的な……ひどく濁った怒りがちらつく。

 

 

 

 ……なるほど。そこが彼女の失望であり、諦観であり、起点であり。

 

 そして何よりも、人間という生物を見限った理由なのでしょう。

 

 いいですわ。いよいよ楽しくなってきました。

 

「己とそれに類するものに責任を持ち、生きてもいけないものを人間とは呼びません。豚というのです。まあ、そんな豚には生ゴミが丁度良いでしょう」

「はっ、君と初めて意見が合ったよ! まあ嬉しくもなんともないが……」

「それで? 粗雑な舞台劇に出てきそうなその三文役者達の行動は?」

「色々、さ。あのクズがいやらしい目を向けてくれたおかげで僕は髪を短く、一人称を変え、家の中でさえ息を潜めていた」

「あら……」

 

 可愛らしい、という言葉は飲み込んだつもりだけれど、彼女には聞こえたのかしら。

 

 些細な自分の抵抗を軽く見られ、彼女はこちらにひと睨み。

 

 けれどすぐに鼻を鳴らして、視線を外す。

 

「ま、無駄な行動だったね。結局小学生のガキに欲情したクズは牙を剥き、かろうじて悲鳴を上げたことで近所の誰かに通報してもらって貞操は守り切った。光輝くんのためだけのものを、ね」

「良かったではないですか」

「ところがね。ここから先が本当に、我ながら笑える人生だ。母はまだ元に戻ると信じていた僕に返ってきたのは──それまで以上の憎悪だった」

 

 心底呆れたように、彼女は語る。

 

 男の矮小さを認識し直すでもなく、全てを彼女のせいにして己の感情を暴れ回らせる豚。

 

 女は母でも人間でもなく豚と知った彼女は、過去の幻想と未来なき己に絶望し。

 

 そして、壊れて。

 

「その矢先に、あの愚者と出会ったと?」

「そうさ! 最初こそ話すのは渋ってたんだけどね、端的に事情を言えば光輝くんは言ってくれた! 〝もう一人じゃない、俺が恵里を守ってくれる〟って! ああっ、今思い出しても震えるよ!」

 

 あらあら、己の身を掻き抱いて欲情して。とてもお似合いなお姿。

 

 蛙の子は蛙、いえ豚の子は豚かしら? まあいいですわ、どちらでも同じことですし。

 

 

 

 まあ、あの愚者が何をしたかったのかは凡その所想像できます。

 

 

 

 どうせ、ひとりぼっちの女の子を助け出す己に溺れたかったのでしょう。

 

 

 

 かっこいい自分を誇りたかったのでしょう。

 

 

 賞賛を浴びて、己の行為の正当性に浸りたかったのでしょう。

 

 

 

 アレはそうした行為を重ねて出来上がった心の脂肪。

 

 そこから溢れる汁は甘く、また更に心の贅を肥やしていく。

 

 

 

 

 

 ……けれど。

 

 

 

 

 

 3日前に交わった時。

 

 あの時、原型が見えないほど膨れ上がっていた脂肪は全て抜け落ち。

 

 そしてアレは、よもや血で塗りたくられた美しいこの手を……

 

「……ふ、あはは」

「……そんなにおかしいかな?」

「ああ、いえ、お気になさらず。で、みんなのヒーローに心を奪われたあなたはどうしたのかしら?」

「もちろん、彼のそばにいることにしたさ。その為に児童相談所から人が来た時も、母と仲が良いふりなんてしてね」

「さぞ面白い反応を見せたでしょう?」

「ああ、それはもう。仲の良い母娘を演じてみれば、笑っちゃうくらい顔を青ざめさせてさぁ」

 

 その嗜虐的な顔から、その豚の心が憎悪から恐怖に塗り変わっていった様が想像できる。

 

 驚愕から困惑に、そして恐怖へ。

 

 これまで見下していたものが途端に態度を変えた途端にそれとは。

 

「悪党としてすら貫けないなど、救いようがありませんね」

「ま、おかげで僕は知れたけどね。やり方一つで、立場や心なんて簡単に変えられるってことをさ。「次は何を奪ってほしい?」なんて聞いた時は傑作だったね、発狂して家を飛び出してったよ」

「あらあら、素敵な関係ですこと」

 

 人間の本性をむき出しにした、醜く歪で、清々しいほど取り繕わない関係。

 

 それはある種、他人を傷つける方法でしか進歩できない人間の真の姿かしら。

 

「そうやって母を脅し、光輝くんの隣にいる環境を整えたんだ。だけど……」

「誤算が起こった。あの愚者にとってあなたは豚の選んだクズと同じ、ただ己を保つための手段の一つに過ぎなかった」

「おかしいよねぇ? あれだけのことを言っておいて、僕の王子様になっておいて、他の人にも同じことを言ってるんだからさぁ」

 

 心底軽蔑したように、だがおかしそうに言う彼女の心境は理解できる。

 

 

 

 その言葉は、従来人間が多くの場合は子供に与える愛情を得られなかった彼女にとっての救い。

 

 けれど天之河光輝にとっては〝台本のセリフ〟でしかなく、いくらでも使いまわせる安い言葉。

 

 また、雫さんや白崎香織……そういった近しい存在によってその矛盾は加速した。

 

 そして、〝王子様の唯一の特別〟という最後の防波堤を破壊された彼女は……

 

「母が教えてくれた。人の感情や行動なんて、やり方次第であっさりと変えられる。だから僕は思ったんだ──」

 

 天之河光輝が中村恵里を〝その他大勢〟の一人に、〝終わった物語〟にするなら。

 

 彼女自身で中村恵里を天之河光輝の〝特別〟にしてしまえばいのだ、と。

 

 そこまで言って、けれど彼女は一瞬で怒りに顔を染めると。

 

「……なのに、最後の最後で君のせいで失敗したんだよ!」

「あら。私、何かしまして?」

「したね! 光輝くんの魂にあんなわけのわからないものを植えつけてさぁ!」

 

 ……ああ、シンカイの話ですか。

 

 あれは己の負の部分を見せつけ、心を壊し、悪意を喰らって力を蓄える悪魔。

 

 故に自分の闇を受けれた場合、むしろそういった干渉は受けやすくなるものですが。

 

 まあ、今の彼女にそれを説明しても理解はできないでしょう。

 

「そのせいで〝縛魂〟を使えなかったじゃないか!」

「私はあの愚者が、自分の愚かさに正直になるよう仕向けただけ。それをうまく操れなかったことは貴女の力不足ではなくて?」

「っ、減らず口を……!」

 

 醜く歪んで、お似合いな顔。

 

 ただ自分の思うがままに、自分の欲しい言葉だけをくれる人形が欲しかった。

 

 望み通りに天之河光輝を手に入れていたら、自ら蔑んだ母のようにしなだれかかり、甘い声でも出していたでしょう。

 

 結局は彼女も豚だったのね。やはり豚からは豚しか生まれないということ。

 

 

 

 まあ、それはそれとしても。

 

「あなた、その《色欲》の座に相応しい堕落っぷりですわね」

「………………は?」

「その観察眼も演技力も見事。そして己の欲望のため、他の全てを省みぬ姿勢はまさしく獣のそれ。あの醜悪な神が気に入るのもわかります」

 

 あの魔人族の男のように神に心酔し、自分を見失うわけでもなく。

 

 最初から自分しか見ていない、彼女が自ら蔑んだ母と同じ狂った色情に塗れた魂。

 

 なんとも滑稽でありふれた、狂人の身の上話でした。

 

 実に、この最後の茶会の余興にぴったりです。

 

「とても楽しいお話でしたわ。暇潰しには最適の、面白おかしいお話をありがとうございます」

「…………はっ。それを言ったら君もそうだよねぇ? 《獣》に成り下がった人喰いの怪物女さん?」

 

 少しだけ冷静さを取り戻したか、冷たく笑う彼女。

 

 私も同じ顔で笑って差し上げれば、彼女は途端に息詰まる。

 

「確かにその通り。私も我欲のままに食らってきた獣畜生。故に説教をする気など毛頭ございません。ですが……」

「………………」

 

 

 

 

 

 ──少なくとも、己が悪意に溺れることなく前に進んだ天之河光輝の方がまだマシ。

 

 

 

 

 

 ……などと。そんなことを考えるほど、私の方も狂い果てたようです。

 

「………………そうですわね。私達は似ているのかもしれませんわ?」

「はぁ? 君と僕が? どこが? 何が? 意味が理解できないんだけど? 本当に頭おかしくなってるんじゃない?」

「あらあら、今更それを言うんですの? このネルファ、生まれ落ちたその時から人喰いの業を背負った狂人でしてよ?」

 

 その狂気に身を任せたか、それでもなお優雅であろうとしたか。それだけの違いですけれど。

 

 ただし、この言葉は遊びで放ったものではなく本音。何故ならば……

 

「己という存在を保つ為に、愛という名の狂気に浸ること。己が誰より美しく優れていると示すために、狂気で弄ぶこと。どちらも同じであるとは思いませんか?」

「僕らがどちらとも狂ってるって? 一緒にしないでほしいなぁ。僕はただ、光輝くんを僕だけの王子様にしたいだけなのに」

 

 はぁ。完全に論理が破綻していますわ。

 

 しかも無自覚な様子、これではどのような言い方をしても堂々巡りになるでしょう。

 

 だからこそ、皮肉にも《獣》という称号という意味においては私と同等と言えますけれど。

 

 

 

 

 

 そこまで結論を出した時だ。少し離れた場所から、音が響いてきたのは。

 

 

 

 

 

「来ましたわね」

「ああ、来てくれたんだね光輝くん! わざわざ僕に愛を囁くために!」

「さあ、行きましょうか。我ら《獣》の勤めを果たしに」

「うん、すぐ行くよぉ光輝くん! 君の、君だけの僕をすぐにあげるから!」

 

 聞いてませんわね。

 

 ともあれ、彼女が興奮で立ち上がったのを見計らって私も立ち、道具を片付ける。

 

 そうして、シンカイの気配がする方を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、天之河光輝。貴女は私が下賜した狂気を、どれほど飲み込めたかしら? 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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遺街

話し合い、互いに狂気を止めることはないと知った二人の女。

そんな彼女らに、次なる戦いが迫る。


楽しんでいただけると嬉しいです。




 三人称 SIDE

 

 

 

「映画に出てくる、世紀末の街みたいだよ……」

「本当にな。バイ◯ハザードとかで見た光景だぜ」

 

 砂利を踏む音を響かせながら、そんな言葉を交わす龍太郎と鈴。

 

 油断なく武器を構え、周囲に警戒の目線を巡らせながらも困惑を隠しきれない。

 

「……本当に出てきたりしてね」

「物陰からゾンビがわんさか、ってか?」

 

 先頭を歩くハジメと雫も、武器を手にそんな返答をし、二人は嫌そうな顔をする。

 

 

 

 彼らがいるのは、荒廃した何処かの市街。

 

 高層建築が立ち並び、道が整理され、まるで地球の近代都市のようなそれは沈黙に包まれている。

 

 あるビルは倒壊し、あるビルは隣のビルに寄りかかりと、数百、数千という時間の停滞を感じさせる。

 

 唯一、ガラスと思しき破片とともに散乱する看板の文字が地球のものではないことを示していた。

 

「南雲くん、どう見る?」

「大方、昔に滅ぼした年を記念に取ってるんだろ。まるで使い古した道具を愛着で飾っておくようにな」

「建築技術一つとっても明らかに今のトータスとは見違えてるし、別の文明というのは間違いなさそうね」

「ん……エヒトがやりそうなこと」

「最低ですね……」

 

 ハジメと雫の会話に、ユエとシアがなんとも嫌な顔をする。

 

 解放者達の残した魔法陣による記録とエボルトから聞き及んだエヒトの性格。

 

 そして、始の件。

 

 今にして思えば、わざわざアベルを使ってシュウジを壊したのもエヒトの遊戯だろうと始は言った。

 

 敬愛した師匠に己の存在を暴かれ、否定され、壊される。なんとも悪辣な神の好みそうなことだ。

 

 ともあれ、これが地球の現代に近い文明力を持っていた何かであったことは明白。

 

 そして今は記憶の中にある故郷のそれに似た風景は、郷愁の念とある一つの懸念を抱かせる。

 

 

 

 

 すなわち──この戦いに負ければ、地球もこうなるという最悪の予想。

 

 

 

 

 

 全員が共通して抱いたその最低の未来図に、決意に顔を引き締める。

 

「…………」

 

 そんな中で、無言でいた光輝はハジメ達とはまた違った視線の動かし方をしていた。

 

 未知の敵を警戒しているというよりは、何かを探しているかのような……

 

「ふむ、天之河光輝。何か気になるかの?」

「……ティオさん」

 

 一人異様な様子の光輝に、目敏くティオが気が付いて声をかける。

 

 昔はアレだったとしても、今はこの【神域】を共に進む仲間。聡い彼女は僅かな異変も見逃さない。

 

 そんな理知的な色を称えるティオの前方では、ハジメ達もちらりとこちらを見る。

 

 光輝は少しの逡巡の後、胸に手を置いて重々しく告げた。

 

「……感じるんだ、彼女との〝繋がり〟を」

「それって、天之河くんにあの……口のオバケ? を埋め込んだ《傲慢の獣》のこと?」

「ああ、この街に来てから一際強くなった。多分ここに……いる。多分恵里も一緒に」

 

 確信的な気持ちを込めた光輝の言葉に、顔を強張らせる一同。

 

 エヒトの特級戦力である《獣》が待ち構えているという事実。

 

 恵里の名前を聞いた鈴は、ぎゅっと無意識に隣にいた龍太郎の手を握る。彼は気がついてすぐに握り返した。

 

 そして、もう一つ。

 

 

 

 この場の全員がわかっている。

 

 あの鎧の下に誰の顔があるのか。誰が恵里のように敵に回ったのか。

 

 唯一敬愛を向けていたシュウジが奪われたのに、顔すら見せなかったのだ。

 

 ハジメのように光輝とのやり取りを見ていたわけでなくとも……自然と理解できてしまう。

 

「天之河」

「……南雲」

「もう一度聞いておくぞ。お前にその覚悟があるのか?」

 

 歩きながら、横顔だけ振り返ることで投げかけられたハジメの鋭い眼光。

 

 地球で、そしてオルクスの事件までの間に散々光輝の自己満足に振り回されたからこその問い。

 

 あれからお前は変わったのか、力を持つ意味を理解したのか。

 

 

 

 

 

 ──天之河光輝は、命の奪い合いができるのか? と。

 

 

 

 

 

 その試練のような問いかけに、光輝は。

 

「……俺は」

 

 変わらず重々しく、愚者は話し出す。

 

「俺は、彼女と話したい。そのためにここまで来た」

「光輝、あなた……」

「お前……」

 

 その発言に、雫と龍太郎は思わず声を上げてしまった。

 

 それは呆れではなく、純粋な疑問であり、同時に関心でもある。

 

 同じ気持ち、同じ決意でこの場にいる鈴もいるからこそ、光輝の言葉の真意を計りかねている、と言ってもいい。

 

 

 

 だが、常に彼を見ていたわけではないユエ達はこうも思ってしまう。

 

 やはり、何一つ変わっていないのか。

 

 ……だが。ハジメだけは何も言わず、じっと聞いていた。

 

「俺の望みは彼女を助けることで、でもきっと、彼女の考えている〝助ける〟は俺のそれとは違うんだと……思う」

「……で?」

 

 続きを促すハジメに、光輝はやや苦々しく、そして自嘲げに笑いながら。

 

「南雲、お前は……北野は、間違ってない。いや、きっと限りなく正しい」

「ほう?」

「人の数だけ正しさがある。考え方がある。それが噛み合わないから、人は人と争い、一方だけが先に進んでいく。未来を選べるのはどちらか一人だけだ」

「じゃあ、どうする?」

 

 光輝は、また一瞬だけ躊躇って。

 

 けれど、今更こんなところまでやってきて何を迷っているのだと自分の弱気を跳ね飛ばし。

 

 次に顔を上げた時、ハジメが見たのはいつか見た決意に満ち溢れたそれだった。

 

「──声を聞いた。呪いに蝕まれ、自分の狂気を受け入れながら、それでも言ったんだ。〝もう食べたくない、誰か助けて〟って」

「………………」

「俺が信じるのはそれだけだ。確かに聞こえたその一言の真意を知るために、そして俺がするべきことを選ぶために、ここまで来た」

「だから、話すと?」

「見て、聞いて、知って。そうしたら──俺は戦うよ。彼女にとって、俺にとって一番良い形で、終われるように」

 

 たとえそれが、誰に偽善と罵られようとも。

 

 結果的に彼女か自分が、命を落としたとしても。

 

 もしかしたら話す機会さえも与えられないとしても、戦う中で真意を見つけてみせる。

 

 

 

 

 

 それは憧れから生じた紛い物だと、全てを操ることで全てを守ろうとした男は言った。

 

 

 

 

 

 所詮は子供の夢物語だと、誰より傲慢に己を貫く女は言った。

 

 

 

 

 

 天之河光輝は偽物だ、愚か者だ。十分そう言われた。

 

 だからそれを貫こう。これで最後になったとしても、一度くらい本気で向き合ってみよう。

 

 そう主張する光輝に──ふっと、ハジメが笑った。

 

「お前、ド級の馬鹿だな。もうそこまでいくと真性だわ、むしろすげえよ」

「自覚してる」

「だが……正直、そこまで嫌いじゃない。なにせ俺の親友も大馬鹿の中の大馬鹿だからな」

 

 そこで言葉を切って、ハジメが前に向き直る。

 

 光輝の発言に呆気にとられていたユエ達が視線を向ける中で、ハジメは。

 

「お前に任せた。好きにやれ、天之河」

「……ありがとう、南雲」

 

 それきり会話は終わり、二人が新たに言葉を交わすことはなく。

 

 ただ何かスッキリしたような顔でいた光輝は、不意にドンと肩を叩かれてよろける。

 

「っとと……龍太郎?」

「へへっ! 言うようになったじゃねえかよ光輝! 親友として鼻が高いぜ!」

「あ、いや、俺はただ……」

「にしてもお前、女の趣味変わってんなぁ。よりによってあいつかよ」

「いやっ、そういうわけじゃ……」

「わかってるわかってる、皆まで言うな。彼女ってのはいいぞ、いるだけで心が幸せになる」

「ちょ、ちょっと龍っち!」

 

 こんな場所だというのに、すっかり騒がしくなる光輝と龍太郎達。

 

 一部始終をぽかんと見ていたユエ達も、顔を見合わせるとなんとも言えない笑い顔で肩を竦めた。

 

 決意を新たに、かつて栄えていたのだろう〝遺街〟の中を進む一同はどこか明るい雰囲気だった。

 

「ったく、変わりすぎだとは常々思ってたが……むしろ根っこだけは変わってなかったか」

「ぐすっ、あんなに成長して……」

「いや八重樫、なんでお前が涙ぐんでるんだよ……」

「いや、心にくるものがあって……それよりも。南雲くん」

「ああ」

 

 和やかな雰囲気はそこまで、先頭の二人が足を止める。

 

 気が付いた後続のメンバーも止まって、巨大なその交差点の中央で、とある方向を向いた。

 

「ビッグベンそっくりね、あの時計塔」

「ああ、羅針盤もあそこが次の出口だと示してる……が」

 

 ちらりと、剣呑な眼差しをあちこちに巡らせるハジメ。

 

 背中から溢れる強い警戒の気に、ユエ達も敵がいるのだと瞬時に理解して背中合わせに円陣を組んだ。

 

 

 

 そして、シアとウサギのウサミミコンビは既に敵の居場所を突き止めているようで。

 

 周囲のビル群の一部を見ては次々と別の場所に移る二人の視線、その先にいるのだろうと察した。

 

「ハジメさん、囲まれてますけど……どうします?」

 

 シアが、ドリュッケン改めヴィレドリュッケンで肩をトントンとしながら尋ねた。

 

 ウサギも徐々に桃色の雷を放出し始める中、ハジメの返答は。

 

「ん? そりゃもちろん、檻に懇切丁寧に獲物が纏められてるんだ。檻ごと粉砕するのが常識だろう?」

「「え?」」

 

 またしても気勢を削がれた龍太郎と鈴が声を上げる中で、ハジメは〝大宝物庫〝を開ける。

 

 そこから取り出されたのは、文字通り天使の笑みを浮かべている白い天使像と、邪悪に笑う黒い悪魔像。

 

 全長三メートルほどはあるそれらは、ハジメの両脇に付き従うように浮遊し。

 

「さて。とりあえず、面倒だから根こそぎ消し飛べよ」

 

 

 

 

 

 ──新型ロケット&ミサイル兵器 天国と地獄

 

 

 

 

 

 悪魔的な笑みを浮かべながら、操作棒である指揮棒をハジメは振るった。

 

 上昇していく一対の像に、建築物の奥がにわかに騒がしくなり始める。

 

 が、時すでに遅し。

 

 

 

 周囲のビルの半ばほどまで上昇した二体の像は、背中合わせになる。

 

 そして天使像の口元がガコン、と下にスライドし──大きな砲門が姿を現した。

 

 

 

 

 

 La————————!!!! 

 

 

 

 

 

 そして、凄まじい超音波攻撃が波状に放出される。

 

 ビリビリと、この都市全体にまで瞬く間に浸透したそれは、隠れていた者達の動きを止め。

 

 

《グヒヒヒヒヒヒ!》

 

 

 次いで、遊び心でハジメがつけた醜悪な笑い声と共に悪魔像が目を輝かせた。

 

 ガコン! と音を立てて全身の外装がパージされ、中から現れたのは──無数のペンシルミサイル。

 

 次の瞬間には音の波に包まれた都市中心部に、一斉にそのミサイルが解き放たれた。

 

 そのミサイルは、音響ソナーの役割も果たす超音波によって敵の位置を的確に把握する。

 

 三百を優に超える悪魔の落し物は、廃墟の入口を窓をするりとすり抜けて侵入していった。

 

 

 

 続けて先ほどと同じ音で悪魔の両腕が展開し、六連砲口が出現。

 

 ハジメがタクトを振るうと、わずか数秒で60発以上のミサイルが立て続けに廃都市中心部に発射され、散開。

 

 直後、四方八方で凄絶な爆音と絶大な衝撃・爆煙が町の中心を悉く破壊した。

 

 当然、ギリギリの塩梅で保たれていた均衡が崩れた都市は一斉に崩壊を始める。

 

「ちょっとぉ!? 南雲くぅん!?」

「全部こっち側に倒れ込んでくるぞおい!?」

「いやいやいや、流石にこれは言ってくれないか南雲!?」

「心配すんな、俺らには頼りになるスーパー侍がいる」

 

 声を荒げる光輝達三人に、廃墟から出てこようとした敵を全部悪魔に撃たせていたハジメは余裕の表情で笑った。

 

 一体何を、と思ったその矢先、彼らの目の前で倒れてきたビルの一つがバラバラに斬れて崩れた。

 

「さ、行くわよみんな」

 

 こともなさげに納刀して走り出す雫に、あんぐりとする光輝達。

 

 だがユエ達が雫の開けた退路に走っていくのを見てハッとし、すぐに後を追った。

 

「ねえ龍っち。南雲くんって一人軍隊だよね」

「ああ。んで、雫は超剣豪とかだな」

「鈴の知ってる剣士、ビルなんて斬れない……」

「二人とも、言いたいことはすごくわかるが瓦礫が降って来るぞ!」

 

 突出した二人の規格外さに半ば諦めながらも、三人は慌てて瓦礫の雨の中を走り抜けた。

 

 

 

 どうにか崩落に巻き込まれるのを回避した一同は、少し離れた廃ビルの屋上に避難した。

 

「……鈴ね、この廃墟の山を見て紛争地域の空爆の映像を思い出したよ」

「戦いって虚しいよな……町ごと吹っ飛ばされたら何もできないよな」

「南雲、地球でまた北野に何かあった時もこうするのか……?」

 

 とても遠い目をする三人が乾いた心境でいると、不意にガチャリと音がする。

 

 ギギギ、と音がしそうな動きで三人が振り返ると、再装填を済ませた悪魔像が天使像と飛び立つ所であった。

 

 そして交差点に飛んでいき、瞬く間にチュドーン、と漫画の擬音がつきそうな大破壊が再開された。

 

「「「ま、まさかの追い討ち……」」」

「やるなら肉片も残さん。古事記にも書いてある」

「「「書いてあるわけあるかぁ!」」」

 

 息のあったツッコミが、死の雨が降り注ぐ廃墟に木霊した。

 

「やることが、ない」

「ハジメ、とっても楽しそう」

「いっぱい鬱憤を溜め込んでたんでしょうねぇ」

「仕方がないの。出番が来るまで温かく見守ろうではないか」

 

 ハーッハッハッハ! と哄笑を上げてタクトを振るうハジメに、生暖かい目を向ける面々。

 

 誰一人として動じてない彼女らと、眉すら動かさず静観している雫に光輝達は慄いた。

 

 

 

——クル

 

 

 

 

 その時だった。光輝の脳裏に、ひび割れたような金切り声が響いたのは。

 

「ッ!!」

 

 咄嗟に剣を引き抜き、〝それ〟が溜め込んだ自分の悪意を具現する。

 

 そのまま光輝が、ハジメが向いているのとは反対──つまり後ろに剣を振るった。

 

 ほぼ反射的な反応だったが、どうやらそれは功を奏したらしい。

 

 

 

 五百メートルほど先の廃ビルから、こちらに禍々しい銃弾が飛来する。

 

 それは光輝の飛ばした黒刃と激突し、中間あたりで凄まじい衝撃を引き起こした。

 

 その余波はハジメ達のいる廃ビルにまでおよび、壁のような暴風が迫って──

 

「〝山断ち〟」

 

 刹那、楔丸を抜刀した雫の魔力が変換された衝撃で対消滅した。

 

 ユエ達はほっと胸を撫で下ろし、爆撃を終えたハジメが振り返る。

 

「今のは挨拶か?」

「ああ。でも移動を開始した……多分時計塔の方に向かってる」

「ちょうどいい。どうせ次の空間に移動するのは決まってるんだ、会いに行ってやろうじゃねえか」

 

 ハジメの言葉に頷き、移動を開始する。

 

 

 

 もはや完全に沈黙を取り戻した都市の中を、時計塔へと高速で移動する。

 

 全員の靴類に〝空力〟と〝縮地〟が付与されており、数百メートルの距離などあっという間だ。

 

 そして、時計塔の前に到着し。

 

 

 

 

 

「──来たぞ。御堂、恵里」

「──ここまで来ましたのね、天之河光輝」

「やっほー、会いたかったよぉ光輝くぅん」

 

 

 

 

 

 その頂点にて待ち構えていた二人の《獣》を、愚者は見上げた。

 

 

 

 




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狂宴にて踊りましょう


ゴールデンタイム、久々に全話見返して後期opのフル聴いたら泣きそうになったぜ……
 
ついに辿り着いた、二人の《獣》が待つ都市。

散々破壊の限りを尽くしたハジメ達は、彼女達と相対する。




楽しんでいただけると嬉しいです。


 光輝 SIDE

 

 

 

「ごきげんよう、皆様。この終末の舞台へ、ようこそおいでくださいましたわ」

 

 

 

 両腕を広げ、大仰に言う御堂。

 

 変わらない。堂々としているところも、美しい容姿も、どこか妖しげな笑い方も。

 

 やはり綺麗だと、この期に及んでそんな感想を抱いてしまうのは、やっぱり俺が馬鹿だからなのかな。

 

 そんなことを思っていると、雫が一歩時計塔の方へ踏み出した。

 

「御堂さん、久しぶりね」

「ええ、お久しぶりです雫さん。その瞳にその剣気。やはり貴女は素晴らしい才能を秘めていましたわね」

「もっと別の状況で聞きたかったわ。友達として……私の技を指摘した、あの時みたいに」

「悲しいですわ。今の私達はお友達ではございませんの?」

「さて。それはどうかしら……ね」

「っ!」

 

 こちらに向けられた雫の目線。

 

 そこから感じ取ったのは、北野にすぐにでも会いに行きたいだろうに、その時間を俺にくれる優しさ。

 

 

 

 ずっと迷惑をかけてきた。

 

 もし北野がいてくれなかったら、雫は俺のせいで……潰れてたかもしれない。

 

 でも彼女は、俺みたいな世話のかかりすぎる弟分を、今この瞬間まで見捨てないでくれた。

 

 そのことがたまらなく嬉しくて。

 

「ありがとう、雫」

 

 自然と溢れ出た言葉に、雫は仕方がないとでも言うように笑ってくれた。

 

 その好意に甘えて、同じように頷いて許してくれた南雲達に頷き返して。

 

 俺は、雫よりも前に立ち──彼女達を見上げた。

 

「──来たぞ。御堂、恵里」

「──ここまで来ましたのね、天之河光輝」

「やっほー、会いたかったよぉ光輝くぅん」

 

 優雅に笑う彼女と、こちらに手を振る恵里。

 

 彼女は変わらないけれど、恵里は……なんというか、その、かなり扇情的な格好をしている。

 

 胸とか下半身の深いスリットとか、あれもしかして背中も開いてるんじゃないか? 

 

 ……っと。そんなことを気にするためにここに立った訳じゃあないはずだ。

 

「今度は、話してくれるみたいだな」

「折角ですもの。最後の余興に、言葉を交わすのもよろしくってよ?」

 

 ああ良かった。

 

 俺は、幸運だ。

 

「御堂」

「何かしら?」

「──君を、助けに来た」

 

 思い切って、そう告げる。

 

 彼女の目をまっすぐに見て。

 

 けれど、深い輝きを持つその瞳に魅入られてはしまわないように。

 

「何から?」

「君が煩わしいと思うもの、全てから」

 

 呆れてもいい。嘲笑ってくれたっていい。

 

 それでもこれが、俺の選んだ道なんだ。

 

「貴方にそれが理解できていて?」

「少なくとも、君は自らその歪みを誇りはすれど、操られることは許さないはずだ」

「ふむ。私の狂気、少しは理解できたようですわね?」

 

 深く、ぞっとするほど妖艶に笑う。

 

 君は今、どんな感情を抱いてそんな顔を俺に向けているのだろう。愉しさか? 可笑しさか? 

 

 どうあれ。それが俺に向けられたものだという、ただそれだけで……覚悟を決められる。

 

「では、私をこの楔から解き放つと?」

「それが望むことならば」

「たとえそれを為したとて、我が美しき悪道を歩むことを止めるとでも?」

「君は、そうして笑っているのが一番美しい。少なくとも俺はそう思う」

 

 思うがままにそう言った途端、後ろの南雲達から呆れやら気持ち悪さやらの悪感情を感じた。

 

 確かに、昔から無自覚にこういった……い、痛いセリフを吐く癖があるのは自分でもわかってる。

 

 でもそう感じてしまったんだから、仕方がないじゃないか。

 

「……ふふ。最後の戯れにはちょうど良い言葉を聞きました」

「みんなには、不評らしいけどな」

「ええ、ですが今の貴方ならば以前よりは似合っていてよ?」

「それは……ありがとう?」

 

 不思議な気分だった。

 

 彼女は敵で、今こうして向き合っているのは殺し合いをするためで、それ以外は意味なんてなくて。

 

 でも、それなのに、なんだか。

 

 

 

 

 

 最初に俺が迷って、そして生きることの難しさを知った、あの夜を思い出す。

 

 

 

 

 

 でも、悲しいけど。

 

 それは俺の妄想で、ただの幻覚で。

 

 だから俺ばかりが辛いけれど。この時間を終わらせなくてはいけない。

 

「なあ、御堂」

「今度は何かしら?」

「──もう、お腹はいっぱいか?」

 

 そう聞くと、初めて御堂は驚いたように目を見開いた。

 

 息を呑み、形の良い唇を驚きに戦慄かせた。

 

 

 

 もう食べたくないと、あと一度だけ君がそう言ってくれるならば。

 

 いつか君自身で置いてきてしまっただろうあの一言を、まだ覚えているならば。

 

 俺に、君の美しさを()()()()()()()()権利をくれないか。

 

 そんな不遜を、許してくれないか。

 

「……残念ですけれど。まだ、空いて空いて。満たされなくて、たまりませんの」

 

 でも、そんな俺の気持ちの悪い独りよがりは実現しないみたいだ。

 

「……そうか。なら、俺に許されるのは君の誇りを穢す、その呪いを断ち切ることだけみたいだ」

 

 ほんの僅かに寂しそうに、だけど……俺の見間違いでなければ。

 

 少しだけ、嬉しそうに笑った君を、俺は。

 

 

 

 

 

「君を斬るよ、御堂」

「やってごらんなさい。その愚かさで磨いた刃で、ね」

 

 

 

 

 

 ああ、やっぱり。

 

 人と向き合うのは、救おうとするのは、俺みたいなやつには、どうやらすごく難しいらしい。

 

 今更すぎることを思いながら、俺は剣を抜いて。

 

 そして彼女にもらった力で、俺の醜さを曝け出す。

 

「〝悪意変生〟」

 

 羽赫を伸ばし、不恰好な鎧を纏う。

 

 そうして半分が赤く染まった視界で、また見上げ──

 

 

 

「──ねえ、何やってるの?」 

 

 

 

 どろりとした、声が響いた。

 

「なんでその女を見てるの? なんでその女と喋ってるの? なんで僕を最初に見てくれないの?」

「恵里……」

「ねえ、なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?」

 

 なんでと、そう繰り返す恵里の瞳はこれ以上ないほどに濁っている。

 

 それは奇しくも、何度も鏡の前で見たことのある、前の自分の目によく似ている。

 

 自分の思う通り、望む通りにいかないことへの果てしない悪意。身に沁みすぎたそれ。

 

「恵里……!」

「くそ、完全にイかれてやがるな……!」

「あらあら、可愛らしいこと。これが貴方の罪でしてよ?」

「わかってる。逃げたりしない」

 

 恵里のことからも、君の前からも。

 

 

 

 

 

 俺は、もう二度と目を逸らさない。

 

 

 

 

 

「みんな、行ってくれ。ここは俺が引き受ける」

「なーに言ってんだ馬鹿野郎。俺も付き合ってやるよ」

「……もちろん鈴もね。あんな恵里、放っておけない」

「二人とも……」

 

 これは、俺一人で背負うべきことだ。俺が向き合わなければいけない業だ。

 

 だというのに、隣に並んだ二人は醜い姿になった俺に、いつものように笑ってくれる。

 

「案外いい仲間じゃねえの、天之河」

「南雲……ああ、そうだな」

 

 俺には勿体なさすぎるくらいだよ……

 

「じゃ、本当に行くが。言っとくが死んでも死体は回収はしねえぞ」

「俺は必要ない。少なくとも二人だけは死んでも守りきる」

「アホか、死ぬわけがないくらい言ってみせろ」

 

 そう言って、南雲は素早くまだ握っていたタクトを振るった。

 

 すると時計塔にどこからともなくミサイルが飛んでくるが、当然御堂と恵里は躱す。

 

 

 

 

 だが、爆炎から逃れたことで出口は開いた。

 

 二人が飛び退いた一瞬で、跳躍した南雲と雫、ユエさん達が時計の文字盤に飛び込んでいく。

 

 最初の空間でそうだったように波紋を放ち、南雲達を受け入れた文字盤は……やがて揺らぎを止めた。

 

「んじゃまあ、いっちょやってやるかぁ」

「死んじゃだめだからね、龍っち。そしたら鈴も後を追うから」

「そりゃ、絶対に死ねねぇなぁ!」

 

 獰猛に笑い、両腕につけていた腕輪をメリケンサックに変形させて構える龍太郎。

 

 鈴も鉄扇を両方とも開き、それらを見た俺は再び時計塔の上に戻った二人を見上げた。

 

「いくぞ、二人とも」

「おう!」

「うん!」

「狂宴を始めましょう──アマゾン

「チッ、いいさ。すぐに僕が目を覚まさせてあげるからね、光輝くぅん!!」

 

 腕輪に触れ、炎と共に鎧を纏った御堂と、濁った六枚の翼を広げた恵里が飛び降りてくる。

 

 それと同時に、俺たちも全力で彼女達に向かって跳躍し──

 

 

 

 

 

「俺も混ぜやがれ、人間ンン!!」

 

 

 

 

 

「ぐぉあっ!?」

「龍太郎ッ!?」

「龍っち!?」

 

 直後、横から割り込んできた漆黒の影に龍太郎が横から消えた。

 

 その影の行き先を見る間もなく、上から飛んできた凄まじい殺気に本能で剣を振った。

 

 すると、凄まじい轟音を立てて見慣れたチェーンソーとぶつかり、火花を散らす。

 

「ぐっ!」

『さあ、踊り狂いましょう!』

「ああ、望むところ、だッ!」

 

 羽赫の口からエネルギーを噴射し、力の限り剣を振り切る。

 

 かろうじてチェーンソーを跳ね除け、続けて振るった返す刀はひらりと空中で躱された。

 

「あは、〝堕識〟ぃ!」

 

 立て続けに、彼女の背後から入り込むように現れた恵里の手から黒い魔力が──

 

「拒め、〝聖絶・壊〟」

 

 けれどそれは、鈴が放った魔力を崩壊させる聖絶によって霧散した。

 

 チリン、と立て続けに清涼な鈴の音が響き、何枚もの障壁が恵里の眼前に現れ爆発する。

 

「くっ!」

 

 恵里はそれを、分解の力があるのだろう灰翼で防いで後退した。

 

 俺は羽赫で、鈴は下駄の〝空力〟で滞空しながら、時計塔の上に戻った二人を見下ろした。

 

「あぁん、せっかく光輝くんの近くに行けたのに邪魔するなんて。それがし・ん・ゆ・う・のすること? ねぇ、すずぅ?」

「……だからこそ、鈴はここにいるんだよ。それに嫌ってる割には御堂さんと連携取れてるね、恵里?」

「……へえ。言うようになったね」

 

 スッと、恵里が表情を落とす。

 

 隣にいる鈴から発せられるただならぬ雰囲気に、おそらく恵里も油断を消したのだろう。

 

 それを見た鈴は笑っている。ようやく自分に目が向いたと、俺がそう思った時と同じように。

 

「天之河くん、御堂さんをお願い」

「……いいのか?」

「うん。南雲くんも北野っちの為に戦うんだ。鈴も……やらなくちゃ」

 

 そう言われてしまうと、俺に口出しする権利は無くなってしまう。

 

「全力でいこう。龍太郎のことも心配だ」

「そうだね。どこに行ったのかな……」

 

 おそらくは、あの一番それっぽい姿をしている黒い《獣》だろう。

 

 雫の一撃でやられたとばかり思い込んでいたが、考えてみれば南雲すら驚いて生死を確認してなかった。

 

 つまりそれほど雫のアレはすごかったんだが……逃げ果せるあたり、さすがはエヒトの眷属か。

 

「とにかく、終わらせなくちゃ」

「全面的に賛成だ」

『ふむ、ご挨拶は程々に。次は──その首撥ねて差し上げましょう』

「鈴、もう手加減はしないからねぇ?」

 

 刃を構える彼女と、ニタリと笑う恵里。

 

 そんな恵里が不意に指を鳴らすと、そこら中の瓦礫が内側から破壊されていく。

 

 瓦礫の破片と粉塵が舞う中、俺達を取り囲むのは虚ろな顔をした無数の人間や魔人族。

 

「傀儡兵……さっきので死んだんじゃ」

「こいつらの体は特別製でねぇ。あの化け物のミサイルや雫のトンデモ斬撃とかならともかく、建物の倒壊くらいならなんの問題もないよぉ?」

 

 南雲や雫達が先に行ったのが、むしろ都合が良くなってしまったか……! 

 

 しかし、鈴からは驚いただけで、恐怖などの負の感情を感知することはできない。

 

「……そう。なら全部倒すだけだよ」

「あはは、鈴なんかにできるのかなぁ?」

「やれるやれないじゃない、やるんだ」

「……チッ。変に勇気付いちゃって」

 

 ……平気そうだな。

 

「御堂……いいや、あえてこう呼ばせてもらうよ。《傲慢の獣》」

 

 今一度、強く剣を握りしめ。

 

 そして、切先を彼女へと向けて。

 

「──君を、倒す」

『──やってみなさいな』

 

 

 

 

 その言葉を皮切りに、俺達は再びぶつかりあった。

 

 

 

 

 




 
言葉は止める力を持ちはしない。


読んでいただき、ありがとうございます。


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人と獣の協奏曲

神域にて、光輝達の戦いは始まった。

宿命、運命、あるいはもっとおぞましい縁で繋がれた男女の命のやり取りが幕を開ける。

一方その頃、地上では……

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

 ハジメ達が【神域】に入ってから、しばらく。

 

 

 

 地上ではファウスト・各国連合軍と神軍との戦争が混沌化の一途を辿っていた。

 

 ハジメ達という最大の、彼らからすれば文字通り〝女神の剣〟がいなくなったことで魔物の勢いが激化。

 

 止めるものを失ったのは使徒とコクレンらも同じであり、空は半分以上が銀と黒に覆われている。

 

 愛子に託されたヴァールがある程度迎撃できているとはいえ、尋常ではない数だ。

 

 

 

 

 

 そんな戦場の一角。

 

 

 

 

 

 そこにいる兵士達が神の軍勢と拮抗していられているのは、何十万という重火器の恩恵に他ならない。

 

 当初こそ、ファウストに実質支配された国々の兵士達は、おかしな形の金属棒にしか見えないそれに懐疑的であった。

 

 だが、今この瞬間ほど訓練していたことに感謝しない時はない。

 

 なにせ剣や槍で直接攻撃したり、長ったらしい詠唱を必要とする魔法より遥かに高火力だ。

 

 敵はフリードに強化されたと思しき、元の数倍、下手をすれば十数倍の力を持つ化け物。

 

 それが何千万といるのだ、剣と魔法では瞬く間に蹂躙されていたことだろう。

 

 そこに数万のハードガーディアンによる援護射撃なども加わり、なんとか地上を飲み込む神の荒波を抑えている。

 

 恐るべし、現代兵器の力。

 

 

 

 だがしかし、何も魔物達とて全てが馬鹿正直に突っ込んでくるわけではない。

 

 魔法を想定して飛行型なども大量に飛んでおり、地上だけでなく空からも襲ってくる。

 

 そして……

 

『ガハルド殿、空から一斉に固有魔法が飛んでくるぞ』

「ああ、こっちからも見えてる! 総員、避難せよ!」

 

 一斉に嘴を開き、そこから何かしらの魔法を吐こうとするプテラノドンのような魔物達。

 

 ガハルドの号令に兵士達は後退を始めるが、しかし詠唱を必要としない固有魔法の方が速い。

 

 おまけに殲滅を主として支給されたガトリング砲やミサイルランチャーは、非常に重い。

 

 当然ハードガーディアン達もマシンガンを空に向け乱射するが、全てを撃ち落とせるわけではない。

 

 むしろ、魔物達の中で出の早かった固有魔法……降り注ぐ火球によって次々と破壊されていく。

 

 無論、走りながら反動の強い重火器を自在に操るようなハジメのような技術を持ってはいない。

 

「チッ、間に合わんか! リリアーナ姫!」

「はいっ! すぐに〝聖絶〟を!!」

 

 その為に、すぐにリリアーナをリーダーとした結界師の部隊に対応を切り替えた。

 

 彼女達はすぐに詠唱を始めるが、しかしファウストから支給されたローブでも量産型詠唱の短縮が限界。

 

 魔法の構築が終わり切る前に、まるで空爆のように数発の火球が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 ドガガガッ! 

 

 

 

 

 

 だが、それは顔を青ざめさせた兵士達に届くことはなく。

 

 十数発の火球は、どこからともなく飛んできた無数のエネルギー弾によって相殺された。

 

 そして一拍遅れて完成した大規模な聖絶によって、続けて降り注いだ流星群のような火球から兵士達は守られた。

 

 一体誰が、とエネルギー弾が飛んできた方向を兵士達が見ると──

 

「フライングスマッシュ部隊、そのまま相手を撹乱させろ!」

『『『了解!!』』』

 

 彼らの頭上を、色とりどりの異形が飛んでいく。

 

 人型の、両腕を翼のような形にした彼らはその羽先から先程のようにエネルギー弾を飛ばした。

 

 それによって火球の一部を相殺、あるいは魔物そのものを撃ち落としながら陣形を崩してゆく。

 

 おおっ、と兵士達が歓声を上げた。

 

「こいつらは……」

『ガハルド皇帝、こちらハイリヒ王国騎士団司令代理のセントレアだ。援護する』

「天閃の白騎士か。助かる! お前達、引き腰はここまでだ! 射撃体制に入れ!」

 

 ガハルドの号令で再び重火器を構え出す兵士達。

 

『こちらFS(フライングスマッシュ隊)! セントレア殿、重歩兵部隊は戦線に復帰しました!』

「そうか、ハァッ!」

 

 〝念話石〟を通じてそれを聞いたセントレアは、飛びかかってきたコクレンを切り捨てながら答えた。

 

 そんな彼女の周りでは、ストロングスマッシュやプレススマッシュ、トレッチスマッシュ部隊が同様にコクレンに応戦していた。

 

 文字通り異形の力を備えた彼らは、神が紅煉の記憶を元に使徒のように製造したコクレンに引けを取らない。

 

「「「ガァアアアァアッッ!!!」」」

「「「おおぉおおおおっ!!!」」」

 

 それだけではない。

 

 彼らの他にも、セントレアを筆頭に王国騎士団が負けず劣らずの奮闘を見せている。

 

 その所以は彼らの纏う、ブラッドスタークの赤一色に揃えられた鎧にある。

 

 生成魔法によって付与された〝限界突破〟の技能で、彼らは常に自らの限界以上の力を発揮していた。

 

 しかし、彼らが魔力枯渇を起こす様子はない。それどころか常に力が満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 その秘密は、ファウストがシュウジ主導で精製を試みていた〝魔吸石〟である。

 

 

 

 

 

 

 女神の知識によって神代魔法の根本を理解していたシュウジは、ふと重力魔法に目をつけた。

 

 星のエネルギーに干渉する概念であるこの魔法を応用すれば、魔力も自在に操れるのでは? と。

 

 その思想の下に開発されたのが、大地や大気から魔力を吸い取り、装着者に供給するこの鎧。

 

 彼らがその足で大地を踏み締める限り、そして呼吸をする限り、自然から魔力を取り込み続ける。

 

 果ては殺した相手の魔力すらも奪い取って、〝限界突破〟の力を維持し続ける。

 

 

 

 ある種のゾンビ装備に身を包んだ騎士達と、突出した力を持つスマッシュ部隊。

 

 それらを率いているのは、指示を出しているセントレア……ではなく。

 

 

 

クラックアップフィニッシュ! 

 

 

 

『ハァアアアアアッ!!!』

 

 騎士団が担当していた一角、その最先端で大きな爆炎が発生する。

 

 その炎を引き連れながら、ワニの頭の形をした紫色のエネルギーがコクレンの群れの中を突き進んでいった。

 

 やがて一際大きな大爆発を引き起こし、霧散したエネルギーのワニ……必殺技を決めたローグが着地する。

 

「「「ガァアアアァア!!!」」」

『フッ! ハッ!』

 

 すぐさま四方八方から飛びかかってきたコクレン達を、ネビュラスチームガンで的確に射殺。

 

「グガァッ!」

『シッ!』

 

 しかし、撃ち漏らした個体が凄まじいスピードで接近する。

 

 瞬時にスチームブレードを逆手に握った左手を使い、その勢いを利用して地面に叩きつけた。

 

 CQCの如き体術を使って受け流したコクレンのバイザーにブレードを深く突き刺し、刺殺した。

 

「「ギェァアアアッ!」」

『ッ!』

 

 その背後から、更に二体のコクレンが迫る。

 

 振り返り、ネビュラスチームガンを構えたローグにコクレンが覆い被さろうとした。

 

 

 ドギュッ! 

 

 

 その時、聞き慣れた銃声が響く。

 

 どこからともなく飛来したエネルギー弾が一体の頭を貫通し、体制を崩させてもう一体の動きを阻害する。

 

 次の瞬間、倒れてきた仲間の死体にブレたコクレンの首が、地を這うように迫った影によって宙を舞った。

 

『ほい、これでいっちょあがりや』

『大丈夫ですかいな?』

『お前達……』

 

 ローグの背後を守るように立つ、青と白の戦士。

 

 この世界ではややズレたエセ関西弁で陽気に語りかけたのは、ブロス兄妹だった。

 

『お前達も参加していたのか』

『ま、これでも仮面ライダー。ファウストの一級戦力ですやん?』

『うちら復讐は終わって、もうやることないねん。せやかてこの力をもらった恩、あの人に返さな……最後の人としての義が廃ってまう』

 

 ネビュラスチームガンとスチームブレード、それぞれの得物を構えて不敵に笑う二人。

 

 互いにマスクを被っていて見えないが、メルドも同じ顔で獰猛に笑うと全方位を取り囲むコクレンを睨んだ。

 

『ならば、共に戦うぞ!』

『おう!』

『勿論やで! さぁ、思いっきり暴れたるわ!!』

「「「グォアアアアアアアアア!!!」」」

 

 裂帛の気合がこもった宣言と同時に、コクレン達が飛びかかる。

 

 視界を埋め尽くすほどの黒獣達に、ローグは素早くドライバーを操作。

 

 クラックボトルを引き抜き、代わりにフェニックスボトルを装填するとレバーを叩き下ろした。

 

 

《チャージボトル! 潰れな〜い!》

 

 

『フンッ!』

「「ギャガァ!!?」」

 

 繰り出した拳の炎に焼かれ、一瞬ひるんだコクレンの一部。

 

 そこへリモコンブロスから的確な射撃が入り、数体ほど撃ち落とすと突破する。

 

『ハクは援護を! 私とソウで切り開く!』

『『了解!』』

 

 

 

 そして、仮面ライダー達の進撃が始まった。

 

 

 

 長い冒険者生活で培った経験、そしてこの戦いの為に数ヶ月積んできた絶技とも呼べるエンジンブロスのナイフ術。

 

 数々の神業を持つハジメには及ばないものの、命中精度ならば抜群の正確さを持つリモコンブロスの援護射撃。

 

 そして、三人の中で随一のハザードレベルを誇り、生きる戦車の如き戦闘力を秘めたローグ。

 

 

 

 ここにいるのは三人の戦士。心技体全てを見込まれ、仮面ライダーの力を手にした者達。

 

 故に瞬時に互いの力量を把握し、瞬く間にプロ並みの連携を取り合えるようにもなる。

 

『『『おおおおぉおおおおッ!!!』』』

 

 そんな三人の突撃は快進撃という他になく、コクレン達を次々となぎ払い、粉砕し、破壊する。

 

 いかに使徒に迫るスペックを持つコクレンとはいえ、所詮は殺す事にしか存在意義を持たない使い捨ての駒。

 

 司令塔の役割をも担っていた紅煉がいない今、連携すらも取らずがむしゃらに襲いかかるのみ。

 

 そんな烏合の衆に、仮面ライダーは止められない。

 

 

 

 ──そう、ただの脳無し兵器であるコクレン程度では。

 

 

 

 ビキリ、と空の大穴が脈動し、次の瞬間に何かを吐き出すように収縮を始める。

 

 数秒の溜めの後に、大口を開けるようにして開いた深淵の穴から──赤い閃光が吐き出された。

 

 その閃光は進路上に滞空していた使徒達を一瞬で焼き焦がし、戦場の一角──メルド達のいる場所へ真っ直ぐに落ちてきた。

 

 

 

 閃光は三人のすぐ側に、ミサイルのように豪快な音を立てて着弾する。

 

 凄まじい地震が起こり、思わずローグ達や、更に後方にいたセントレア達もがたたらを踏んだ。

 

『ぬっ……!』

『くっ!』

『なんや!?』

 

 コクレンを捌いていた三人は、突如として飛来したそれに振り向く。

 

 仮面を通して、三人の目には濛々と立ち込める大きな土煙が見えていた。

 

 バラバラと降り注ぐコクレンの残骸の向こうに、視覚センサーが熱源を捉える。

 

 瞬時に戦闘体制を取る仮面ライダー達の目の前で、少しずつ地鳴りと土煙が消えていき──

 

 

 

 

 

どぉおおおこぉおぉだぁあああぁ、エェエボォルトォオオオオオオ!!!!!

 

 

 

 

 

 厄災が現れた。

 

 

 

 仮面ライダーキルバス、ブラッド族の王。

 

 破滅の具現にして、《強欲の獣》。

 

『くっ、ついに出たか……!』

『厄介な奴が現れよったな……!』

『いずれ来るとは思っとったけどな……!』

 

 強敵と言って差し支えない相手の登場に、三人は初めて緊張した言葉を漏らす。

 

 早々に消えた紅煉を含め、キルバスは地上側に投入されるだろう敵戦力に換算されていた。

 

 だが、こうして間近に見るとその威圧感は圧倒的なものだった。

 

 

 

 

 

『感じる、感じるぞ! この戦場にいるなぁ、エボルトォオオオッ!!』

 

 

 

 

 

 周りに転がったコクレンの死骸に目もくれず、キルバスは迫力を増していく。

 

 相当な力を込めているのか、両手に握る曲刀の柄からはミシミシと音が鳴っていた。

 

『なんか、やけに気張っとるな?』

『確かどっかの大迷宮で、シュウジさんとエボルトさんにぶちのめされたっちゅー話やったか?』

『要するに逆襲、か』

 

 小声で言葉を交わす三人に、しかし耳聡く聞きつけたキルバスがグリンと振り向く。

 

『お前ら! 特に紫色のお前、見たことがある顔だなぁ!』

『チッ、気づきよったで!』

『奇襲はもうできんな』

『正面からやるしかなさそうだ……!』

 

 狙ってここにきたわけではないようだが、見つかってしまった以上は仕方がない。

 

 武器を構えるローグとブロスらを見て、ふとキルバスはあることを考えついた。

 

 ゆっくりと、その真紅の刃が三人に向けられる。

 

『ハッ! いいことを思いついたぞ! お前達や人間どもを全員殺せば、エボルトも現れるだろう! そして今度こそ奴からパンドラボックスを奪ってやる!』

『やれるもんならやってみろや、ボケ!』

『目に痛い見た目しよってからに、手足ぶった切ってカニ鍋にしたるわ!』

『油断はするなよ……!』

 

 いよいよ臨戦態勢に入った仮面ライダー達に、キルバスも双剣を構える。

 

 相手の力はエボルトから聞き及んでいるが、後ろにいるセントレア達の元へ行かせられはしない。

 

 キルバスに恐れをなしたか、幸いにもコクレンも空に飛んだ魔物や使徒らも動かない。

 

 ならば、勝機はまだある。

 

『行くぞ!』

『『応っ!』』

『ハハハハァ! パンドラボックスを奪った後でお前らの死体をエネルギーに変えてやる!』

 

 そうして、三人の戦士と《獣》が奏でる最悪の協奏曲が始まり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ来る頃だと思っていたぞ、アベル」

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要塞のとある場所にもまた、もう一人の《獣》が襲来していた。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回は神域組に戻ります。


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相容れぬ者達

地上での戦場にキルバスが降り立った。

ローグ達の奮闘が始まる中、もう一つの戦いも始まろうとしている。

そして神域では……


凸凹カップルの回です。楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 三人称 SIDE

 

 

 

 どこからか、凄まじい揺れと轟音が轟く。

 

 

 

 それが光輝と鈴が恵里達と戦い始めたのだろうと予想しながら、龍太郎は走った。

 

「ハッハァ!! 逃げ回ってばっかかよ、人間ン!」

「テメェがしつけえんだよこの虎野郎ッ!」

 

 その所以は、ハジメによって瓦礫の山と化した廃都市の中を縦横無尽に走り回る紅煉。

 

 変身せずともネビュラガスの恩恵で凄まじいスタミナと脚力を持つ龍太郎と、平然と並んで走っている。

 

 

(チッ、時計塔からどんどん引き離されてやがる!)

 

 

 突如として現れた紅煉に強襲された龍太郎は、どうにか怪我を負うことは避けられた。

 

 だが、既に数百メートルは時計塔から遠ざかっている。おまけに《獣》というオマケ付きだ。

 

 オルクスや王都のこと然り、厄介ごとを引きつける星の下に生まれたのだろうかと思わざるをえない。

 

「つうかテメェ、あの雫の斬撃からよく逃げたなオイ!」

「あれは焦ったぜ、なぁにせ俺の神刀でも対抗できねえ類の力だからなァ! だが俺にもエヒトから頂いた、権能っつーのがあんのよォッ!」

「チィッ!」

 

 バヂィッ! と激しい雷鳴と共に放たれた極太の紫電を、足元の瓦礫を蹴って回避する。

 

 そのまま体勢を立て直すと、メリケンサックを握った右手で正拳突きを放つ。

 

「覇ッ!!!」

「おぉっと危ねえ!」

 

 お馴染みの魔力変換による衝撃波、そして魂魄魔法によって読み取られた魂の荒ぶりが変換された一撃。

 

 文字通りの根性がこもったその剛拳を、紅煉は紅の髪を操って盾にすることで防ぐ。

 

 数百という毛が吹き飛ぶが、その程度紅煉にとってはすぐに再生する程度の痛手でしかない。

 

「髪の毛動かせるたぁどういうことだ!?」

「テメェら人間如きが敵う相手じゃねえってことだァ!」

 

 二度目の紫電。

 

 龍太郎は咄嗟に掌底を放って相殺し、続けて手頃な瓦礫を紅煉めがけて蹴り飛ばした。

 

 無論そんなものが紅煉に効くはずもなく、すぐに拳で粉砕されて粉塵が舞った。

 

「目眩しにもなりゃしねえぞ人間! …………あン?」

 

 粉塵が晴れた時、そこに龍太郎の姿はなかった。

 

 紅煉はすぐに視界と人の数百倍は鋭敏な鼻を使って探るが、しかし龍太郎の気配は捉えられない。

 

「今度はかくれんぼかァ? どこにいきやがった人間よォ!」

 

 瓦礫の山の上で高笑いする紅煉。

 

 

(チッ、厄介な野郎だな。くっちゃべってるだけに見えて攻撃力は一撃必殺、油断もせず防御をしっかりしやがる)

 

 

 龍太郎はそれを、近くのビルだった残骸の影に隠れて見ながら心の中で舌打ちした。

 

 その体は今、まるでゲームに出てくる半魚人のような、例えるならばサメのようなものになっている。

 

 

 

 変成魔法〝天魔転変〟。

 

 

 

 魔石を媒介として己の肉体を変化させ、固有魔法を一時的に使えるようになる魔法だ。

 

 今、龍太郎は一瞬の隙をついてオルクス大迷宮の〝気配遮断〟の技能を持つ魔物の特性を手にしている。

 

 変成魔法の用途を、ティオの〝竜化〟のように己の肉体変質に向けた結果、手にした切り札の一つ。

 

 人の身で魔物の力を使う負荷は、ハジメが作った肉体の最適化と強化を行う〝チートメイト〟が補ってくれる。

 

 

 

 半日は持つその効力は非常に有り難いもの……では、あまりない。

 

 龍太郎には、長時間戦い続けるという行為それだけで()()()が加算されていってしまうのだ。

 

 

(皮肉なもんだな。強くなりすぎて、全力で戦えねえってのはよ)

 

 

 龍太郎の現在のハザードレベルは、5.3。

 

 シュウジがあえて下げたそれが、魔王城の件で再び上がったと決戦前にエボルトから告げられた。

 

 その為、グリスに変身して長時間戦えば……肉体がネビュラガスの力に耐えきれずに消滅する。

 

 

 

 問題の本質はそれではない。

 

 ライダーシステムはハザードレベルの上昇を助長するものであり、あくまで促進剤に過ぎない。

 

 重要なのは体内のネビュラガスである以上、戦うこと自体が龍太郎の命を削り取るのだ。

 

 

(どうにか短期決戦で、あの虎野郎を倒すにはどうすりゃ……)

 

 

 自分で実感できるハザードレベルの上昇と持ってきた各魔石の力、それらを鑑みて考え始める龍太郎。

 

 そんな龍太郎とは裏腹に、いよいよ見つからないことに痺れを切らした紅煉が──ニィ、と笑った。

 

「まあいい、戦う気もねえ雑魚に構ってる暇はねェ。エヒトの命令に背いて地上から帰ってきたんだ、なら相応の〝仕事〟をしねえとなぁ?」

 

 ニヤニヤと、鋭い牙の並ぶ口を賤しく笑わせた紅煉は。

 

 その黒い瞳を、ゆっくりと……轟音が鳴り止まぬ時計塔の方へと向けた。

 

 

 

 

 

 

「あのイカれ女と戦り合ってる小せえヤツをよぉ、後ろからこの刀でグッサリといったら面白ぇだろうなァ!」

「…………………………あ?」

 

 

 

 

 

 プチンと、何かが切れる音が龍太郎の中で響いた。

 

「そんでバラバラにして、あの勇者とかいう野郎とテメェの前で喰ってやるのよ! そん時ァテメェら、どんな顔すんだろうなァ!」

 

 ゲラゲラと、それは愉しそうに嗤う紅煉。

 

 かつて怨讐に塗れたバケモノ殺しの槍を手に殺しに殺し、やがてカタチを持つ暗黒と変じた男の成れの果て。

 

 外道。そう呼ぶ他にない、ある意味他のどの《獣》よりもエヒトに相応しい()()()

 

 

 

 

 そんな紅煉の言葉に、龍太郎は。

 

 

(………………ハッ。なにをやってたんだ、俺はよ)

 

 

 自ら〝気配遮断〟を解除し、瓦礫の影から出ていった。

 

 瓦礫を登ってくる龍太郎に紅煉はすぐさま気がつき、ニヤリとほくそ笑む。

 

「やァっぱり出てきやがったな。オメェら人間ってのはこう言やすーぐカッとなんのよ、ヒッヒッヒッ」

 

 目論見通りと笑う紅煉。

 

 そんな外道に、巌のような険しい顔をした龍太郎はゆっくりと口を開く。

 

「……俺はよ」

「あン?」

「南雲に助けられて、雫や香織が悲しんだのを見た時からよ。強くなりてえ、誰かの悲しむ顔を笑顔にしてやりてえって、そう思って戦ってきたんだよ」

 

 そのために苦手な座学を克服したり、気遣いができるように努めたり、地獄の人体実験に耐え抜いて仮面ライダーとなったりしたのだ。

 

 そして戦い続けるうちに……いつしか隣には、親の次に愛しいと思える少女がいた。

 

 戦うことを忌避していたのも、死にたくないからではない。彼女を悲しませたくないからという想いがあってこそだ。

 

「けどよ、もっと単純なことなんだよ」

 

 グッと、奥歯を一度噛み締め。

 

 そして龍太郎は、あらん限りの大声で吠えた。

 

 

 

「テメェみてぇなクソ野郎は、絶対に許せねえ! ましてや俺の鈴に手を出そうってんならボコボコに殴り殺してやらあっ!!」

 

 

 

 もうゴチャゴチャと難しいことを考えるのは、止めた。

 

 自分の命がどうだのと、そんなことはどうだっていい。

 

 

 

 

 

 ただ、今、この瞬間。

 

 

 

 

 

 燃え滾る心火の赴くままに、あの下衆をぶちのめさないと気が済まない! 

 

 その衝動に従い、龍太郎はドッグタグからドライバーを取り出すと腰に装着した。

 

「変身ッ!」

 

 

ロボットィイングリスゥ! ブゥラァッ! 

 

 

 素早く変身を行い、黄金の装甲を身に纏って走り出す。

 

 それを待っていたと言わんばかりに、紅煉は大きく両腕を広げた。

 

「ようやく面白くなってきやがった! さあ来い人間!」

『行くぞコラァアッ!』

 

 心火の戦士、仮面ライダーグリス。今ここに推参。

 

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

 一方、時計塔付近でも激しい戦闘が行われている真っ最中であった。

 

「あははぁ、行くよぉ!」

 

 灰翼で空を舞う恵里が、おぞましい形をした剣を振るう。

 

 苦痛に苛まれた人間の顔の彫刻がいくつも張り付いた呪いの具現のようなそれは、彼女のタクト。

 

 指揮に従い激しい音を奏でるのは、既にその魂も自由も奪われ肉体を改造された、哀れな死人達。

 

「聖域をここに、〝聖絶〟」

 

 魔力を纏ったアーティファクトらしき剣を手に襲い来る傀儡兵に、鈴は双鉄扇を振るう。

 

 扇が開かれ、無数の蝶が月夜に舞う見事な風景が夕焼け色の魔力光と共に解き放たれた。

 

 オレンジ色の障壁が傀儡兵の剣戟を阻み、鈴への到達を妨害する。

 

「咲き誇れ、〝聖絶・散〟」

 

 そして鉄扇が閉じられた時、障壁が上から花開いて無数の花弁となり、自ら連鎖爆発させる。

 

 傀儡兵らが吹き飛び──その体の後ろから、新たな傀儡兵が鈴めがけて大剣を振りかぶっていた。

 

「これはどうかなぁ?」

「っ……!」

 

 咄嗟に新たな障壁を用意する鈴に、ついに大上段に構えた一撃が到達。

 

 

 パァアアン!! 

 

 

 驚くべきことに、直撃の瞬間に広がった赤黒い波紋から粉々に障壁は砕け散った。

 

 僅かに目を見開いて動きを止めた鈴は、なおも轟音とともに落ちる大剣を見て。

 

 ……ふと、鉄扇を持った両腕を下ろした。

 

「あははっ、真っ二つになるといいよ!」

 

 諦めたと感じたか、恵里が哄笑する。

 

 

 

 鈴は、傀儡兵の叩き潰すような一撃を澄んだ瞳でじっと見つめ。

 

 

 

 そしてついに前髪に刃が触れようかというその時──カラン、と音がした。

 

 

 

「…………は?」

 

 その瞬間、恵里にとって驚くべきことが起こる。

 

 気がつけば鈴と傀儡兵の位置が入れ替わっており、ずるりと()()()()()()()()()()()

 

 一拍遅れ、糸が切れたように崩れ落ちる傀儡兵。背中合わせに立っていた鈴は、鉄扇を振り切っている。

 

 その薄く、それでいて硬く鋭い扇からは──ポタリ、と一滴の血が滴り落ちた。

 

「〝我が舞は、凪ぐ風の如し〟」

 

 静かに告げて、鉄扇を閉じる鈴。

 

 パチンというその音に恵里はハッとし、表情を落とすとタクトを振った。

 

 新たに二体の傀儡兵が動き出し、左右に高速で移動して撹乱しながら肉薄。

 

 充分な間合いに入った瞬間、赤黒い魔力を纏った剣が左右から横薙ぎに放たれ──

 

 

 カラン。

 

 

 また、鈴の履く下駄が鳴る。

 

 位置が入れ替わり、二体の傀儡兵は体に斜めに切れ込みが入って崩壊し、使い物にならなくなった。

 

 今度は双鉄扇をどちらも広げ、両腕を交差させている鈴は決意に満ちた瞳で恵里を見た。

 

「さあ、それだけ?」

「──だと思ったぁ?」

 

 再び驚くこともなく、ゆっくりと顔を上げた恵里は嘲笑を浮かべる。

 

 その所以は、いつの間にか鈴の背後から心臓めがけて赤熱した槍を繰り出す、傀儡兵の存在。

 

 槍の風切り音すらも消した完全な奇襲。

 

 先ほどからどうやって凌いでいるのかはわからないが、確実に殺れる。

 

 

 

 その恵里の予測は、またも外れることになった。

 

 キン、といっそ清涼なほどの音を立てて振り向きもせず鉄扇が槍を受け止め、そのまま受け流す。

 

 慣性の法則で前傾姿勢になっていた傀儡兵の首に、吸い込まれるように扇という名の刃が通り抜けた。

 

「〝我が舞は、流るる水の如し〟」

「っ、だがっ!」

 

 恵里の声と同時に、奇襲と並行して動かしていた二体の傀儡がバスタードソードを地面に突き立てる。

 

 直後、刃の刺さった場所から地面が凍りつき、蛇のように一瞬で鈴の足へと到達して──

 

「〝我が舞は、揺蕩う木の葉の如し〟」

 

 ふわりと、まるで翼をはためかせるように双鉄扇を振るった鈴が障壁を足場に空へ浮かぶ。

 

 それによって移動力の奪取は失敗し──だが、それを待っていたと言わんばかりに恵里は手を伸ばす。

 

「ハハッ、もう捉えたよぉ! 〝邪纒〟!」

 

 恵里の手から解き放たれる、黒く明滅する球体。

 

 それを鈴が視界に収めた途端──ガクン、とその体が一切の動きを止めた。

 

 

 そこへ赤熱化した剣持ちが二体、砂煙を纏う剣持ちが二体飛びかかる。

 

 最初に到達した赤熱化した剣が爆発を引き起こし、続けて砂煙が石化の呪いを撒き散らす。

 

 爆煙と灰煙に包み込まれた鈴に、恵里はニタリと粘着質な笑みを浮かべる。

 

 

 

 恵里は、鈴の先ほどからの超反応を魔法によるものと考えた。

 

 なので脳からの命令信号を阻害する〝邪纒〟を用いて体の自由を奪い、一瞬で無防備に。

 

 完全に傀儡兵達は攻撃を当てた。流石にあの状態からは防ぎようが……

 

「〝我が舞は、荒れ狂う嵐の如し〟」

「っ!!?」

 

 だが、煙を吹き飛ばして盛大に開花した障壁の大華に目を剥いた。

 

 桜吹雪のように戦場を駆け巡るそれは竜巻のように轟音を立てて回転し、広がっていく。

 

 やがて、嵐の中からいくつかの黒い影が飛んできて恵里の足元に落ちてくる。

 

 

 

 それは、肉塊に成り果てた傀儡兵だった。

 

 

 

「ちぃっ!?」

 

 ビルの倒壊すら平然と耐えきる傀儡兵を、こうもあっさりと引き裂くか。

 

 あの竜巻は危険すぎると判断した恵里は、残りの傀儡兵達を引き連れて数メートル程度後退した。

 

 

 

 滞空しながら剣呑に目を怒らせる恵里の目の前で、ゆっくりと竜巻が収まっていく。

 

 チリン、と鈴の音が響いた瞬間完全に霧散し、中から無傷の鈴が現れた。

 

「危なかったよ。やっぱり闇魔法の腕前はすごいね」

「……なんで平然としてるわけ?」

 

 迂闊に攻撃を仕掛けず、恵里はまず情報を集めるために問いかける。

 

 それに鈴はニコリと微笑んで、胸の前で双鉄扇を交差させると答えた。

 

「もうここは、鈴の舞台。舞踊は好きかな、恵里?」

 

 

 

 

 

 ──魂魄・変成複合魔法、〝聖舞・森の型〟。

 

 

 

 

 

 それが、鈴が強力な傀儡兵を撃退している魔法の正体。

 

 〝壊〟や〝爆〟で空中に散布した魔力を変成魔法で操り、魂と繋げて一つのセンサーとする。

 

 その範囲内であれば、どのような事象もチートメイトによって向上した情報処理能力で理解できるのだ。

 

 

 

 そして鈴が唄っているのは、一時的に体に融合したアーティファクトに記録された演舞の型を発動させる詠唱。

 

 鈴自身が始の使徒人形を相手に何十回と修練を積み重ね、厳選し、研ぎ澄ませた一種の体術だ。

 

 空間魔法で肉体と繋がったそのアーティファクトは、呼応した詠唱をすることで自動的に発動する。

 

 更に、ハジメが作り出したこのアーティファクトには簡単な人工知能を付与してある。

 

 どうしても鈴自身で迎撃行為を行えない場合、魔力が感知した攻撃に対してアーティファクト自身が適切な型を選択し、実行する。

 

 まるでゲームのオート操作のように勝手に体は動いてくれる、というわけである。

 

 それによって先ほど〝邪纒〟で体の自由を奪われても、アーティファクトが対応してくれたのだ。

 

 無論それを知らない恵里からすれば、鈴がハジメのような超反応をしているようにしか思えない。

 

「それにしても、本当にすごいねその傀儡兵。まるで魔物の固有魔法みたい」

「生前の技量や連携力はそのままに、魔石を組み込んでそのスペックと固有魔法をハイブリットした〝屍獣兵〟だよぉ……簡単に渡り合ってくれちゃって、鈴ごときのくせに」

 

 でもぉ、と恵里は醜悪に笑って。

 

 その呪剣を振りかざした途端、周囲の物陰から、瓦礫の下から、あるいは倒壊した建物を飛び越え。

 

 結果、百五十人に届こうかという、様々な固有魔法を備えた屍獣兵が集合した。

 

「流石に今の鈴でも、この数で一気に攻めれば一人じゃどうにもならないよねぇ?」

「どうだと思う?」

「……本当にムカつくなぁ!」

 

 荒々しく吼え、恵里が呪剣を振り下ろす。

 

 途端に連携の取れた動きで殺しに来る屍獣兵らに、鈴は双鉄扇を構え直した。

 

「さあ、踊るよっ!」

 

 

 

 

 

 その演舞は、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回は勇者回かなぁ。

感想などをいただけると執筆力が上がります(何かのエネルギーか何かか)


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捻れ、曲がり、壊れても。

龍太郎と鈴は戦う、譲れない想いのために。

その時、かつては操り人形の勇者だった少年は。


楽しんでいただけると嬉しいです。



====================================
御堂英子/ネルファ 17歳 女 レベル:???
天職:血狂イ花・傲慢の獣
筋力:30000
体力:35000
耐性:60000
敏捷:45000
魔力:60000
魔耐:60000
技能:飢餓[+渇望][+衝動][+狂気][+変生]・暗黒魔術・召喚魔法・完全耐性・幻覚魔法・隠密・変装・諜報・暗殺術・闘術[+獣術][+鬼術][+魔術]・超越理解[+狂気][+言語解析]・因果[+愚者]
====================================


 光輝 SIDE

 

 

 

 

 

 ──これは、茶番だろうか? 

 

 

 

 

 

 あるいは悲劇か? それとも何かの遊戯? 

 

 

 

 あるいは単なる、面白おかしいだけの喜劇? 

 

 

 

 だってそうとしか思えないだろう、と心のどこかで呟く。

 

 何故なら、あまりにも()()()()()()()から。

 

 迷ってきた。

 

 救えないもの、力があっても不可能なことを知り、では真実とは何かを追い求めた。

 

 そしておあつらえ向きなタイミングで〝種〟を与えられ、また迷い、揺れて、悩んで。

 

 今、ここにいる。

 

 

 

 北野、南雲、そして雫。

 

 同世代という括りならば誰より尊敬する彼らが強い所以は、その強固な意思だ。

 

 

 

 

 

 全てを包み込まんとする影のように、北野は支配することによって守っていた。

 

 

 

 

 

 あらゆるものを穿つ赤雷の如く、南雲は不屈の意思で理不尽を悉く乗り越えていた。

 

 

 

 

 

 一点の曇りもない刃みたいに、雫は苦悩も無力も飲み込んで自分を研ぎ澄ました。

 

 

 

 

 

 

 俺にはそれがない。天之河光輝には過剰に膨れ上がった自尊心以外、何もなかった。

 

 それを知ってもなお、まだ一意専心には程遠く。この心は迷いと苦しみにまみれている。

 

 皆が言ってくれる。俺は変わったと、昔より成長したのだと。

 

 ……そんなことはない。俺は何も変わらず、泥沼でもがいているだけの哀れな子供だ。

 

 だから彼女自身に何もかも用意してもらって、この場に立っている。

 

 そのことに今更惨めさは感じない。俺は一人では何かを証明できないと知っているから。

 

 だからこそ、思ってしまうのだ。まるでこれは茶番のようだと。

 

 

 

 ああ、でも。

 

 俺はそうであるからこそ、俺なんだ。

 

 南雲達や北野に言ったように、それがいいんだ。

 

 彼らのように究極の一を持たないのなら、俺にとってはこの万悩こそが刃となりうる。してみせる。

 

 

 

 だって君が、何度も言ってくれたから。

 

 愚鈍で、蒙昧で、それでこそ己の刃を磨けるのだと。

 

 道標をくれたのだと、そう勘違いしよう。かつてのように。君に出会う前までのように。

 

 何者にも勝るただ一つの意思を持たないから、ありふれた、でも人より深いこの苦悩を糧にしよう。

 

 滑稽で笑ってしまうようなヒーロー(お人形)を演じるよ。

 

 

 

 

 

 それは君がたった一つだけ、俺に許してくれたことだから。

 

 

 

 

 

「はぁああッ!」

『あはっ!』

 

 無尽蔵に溢れ出す醜さを燃料に、熱を叫びに変えて吐き出す。

 

 振るった黒刃はビルをバターのように切り裂き、また一つ崩壊させる。

 

 だが君は決して傷つけられず、平然と受け止められてしまった。

 

『ああ、心地が良い! 間近で感じるこの仄暗い熱! ここまで練り上げましたか!』

「ああっ! 君と同じ舞台に立つためにな!」

『あら熱烈。あの女がまた嫉妬しますわよ?』

 

 恵里。

 

 俺の愚かさが招いてしまったことの一つ。俺が負わなければいけない責任。

 

 だけど。

 

「少なくとも、今ここで命をかけているのは俺と君だろう!?」

『それもそうですわね』

 

 言葉を重ねる俺と、くすりと笑う君。

 

 それだけで差があると感じるものの、それでも俺は剣を振り切り、そのまま連撃を放つ。

 

 彼女はまるで踊るようにチェーンソーが一体化した右腕を振るい、俺の攻撃を悉く受け流す。

 

 無骨な鎧に覆われているというのに、その動きはまるで帝国のパーティーの時のように緩やかだ。

 

 あるいはこの戦いは、君にとってはあれとそう大差のない程度のものでしかないかもしれないな。

 

「〝穿て!〟」

『あら』

 

 羽赫から黒針を射出し、その間を縫うように空中に刃を走らせる。

 

 彼女は素早く腰の装置に手を伸ばし、レバーを押し込んでチェーンソーと連結した機関銃を撃ってきた。

 

 的確に飛んできた弾丸が黒針を撃ち落とし、また俺の一撃は受け止められた。

 

『ふふ、使いこなしていますわね。相性が良いと思って植え付けましたが、予想以上です』

「嬉しそうだな?」

『ええ、ええ。丹精込めて育てた甲斐があります』

 

 やはり。

 

 彼女にとっては予定調和、こうなることは必然だったということだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()のも、余裕の現れだろうか。

 

『自分の弱さが取り払われていく感覚はどうだったかしら? まるで物語の中のヒーローになった気分だったでしょう?』

「いや。ただ君に少しずつ近づいていくような、そんな錯覚は味わえた」

『光栄だったでしょう? この美しさに酔いしれる喜びを甘受できて』

「……そう、かもな」

 

 刃と火花を交わらせながら、そんな言葉遊びをしてみる。

 

 確かに最初に、その強烈な美しさに憧れたことは間違いない。ともすれば魅入られすら……

 

 でもそうじゃない。

 

 それだけなら俺は君に憧れるだけで、とても前に立とうなどとは思わなかった。

 

「〝我は我のみにあらず!〟」

『ッ!』

 

 何合か刃を交わし、一際大きな火花が散った瞬間に力の一つを発動する。

 

 俺と彼女、互いの体によって生まれた影の中から〝影分身〟が現れて掬い上げるような斬撃を放った。

 

 チェーンソーを上へと振り上げていた彼女はほんの僅かに、初めて身を引いた。

 

「せぁっ!」

『──へえ』

 

 そこへ羽赫のジェット噴射の勢いを強くし、渾身の突きを繰り出す。

 

 少しだけ驚いたような声を漏らした彼女は、回避ばかりか防御体制すら取ろうとした。

 

 そこを狙い、俺は自分の剣に纏ったエネルギーと影法師の持つ剣そのものを操作する。

 

 オーラはぐにゃりと形を変えて、彼女の防御の隙間を縫うように枝分かれして襲いかかり──

 

『面白いですわ』

 

 その一言と共に、鋭い音を立てて宙を走った何かによってエネルギーは打ち砕かれた。

 

 俺の攻撃を真似……いや、それより遥かに高速で動くそれは俺の喉や額を狙ってきた。

 

「ちぃっ!?」

 

 咄嗟に羽赫を差し込み、致命傷を負うことを避ける。

 

 そのまま他の口からエネルギーを逆噴射して後退し、彼女から一旦離れた。

 

 改めて見ると、斜めに横たわったビルに立つ彼女の腰のあたりから長細い鱗赫が出現している。

 

『自分の悪意をそこまで具現化できるとは。少々侮っていたと言わざるをえません』

「少しは、手加減を止める気になってくれたか?」

『ええ、ほんの少しだけ』

 

 赫子を出したということは、少なからず真面目に取り合ってくれる気は出たらしい。

 

 

 

 そもそも、だ。

 

 彼女のことを深く知りはしないが、速攻力に重きを置いた彼女があんな鎧を着ている時点で戯れなのだ。

 

 つまり俺は、弄ばれている。同じ舞台に立ったとしても、踊るに相応しいか試されている。

 

 それなら、君の心が満たされるまで愚直に剣を振るい続けようじゃないか。

 

『では、前座はこのくらいで。本番を始めましょうか?』

「望むところだっ!」

 

 挑発にあえて答えて、彼女に向けて飛翔しようと羽赫をはためかせる。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、〝死幻〟が発動して自分の頭が弾け飛ぶ様が見えた。

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 ギリギリで軌道を変えた瞬間、どこからか()()()()()()美しい歌声が聞こえた。

 

 そして、先程〝死幻〟で頭が通った場所でパァンッ!! と何かが弾ける。

 

「なんだ、今のは……!」

『歌はお好きでして?』

 

 聞こえた声に、そちらに振り向く。

 

 胸のあたりまで掲げられ、広げた彼女の左手の中には……女のものと思われる小さな頭骨が。

 

 その歯の隙間から、シンカイで強化された聴力が細々とした美しい歌声を捉える。

 

『かつて、己の歌声を何より愛した歌姫がいました。しかし歳を取るにつれて変わっていく己の声に耐えられず、やがてその感情は呪いへと変じ、己の歌を聴きにやってきた人々から命を吸い上げて若さを保つ魔法となった』

「…………」

『やがてその悪行が露わになり、女は斬首されましたが。頭蓋骨のみになってもなお、女は歌い続けたといいます』

 

 ……それが、彼女の眷属の一柱。

 

 彼女が従えるのはそういった、悪意に溺れ、他者の苦痛や絶望を楽しんでいた者達の成れの果て。

 

 

 

 俺に与えられたシンカイもまた、その一つ。

 

 かつては言葉で人々を癒していたが、やがて心を壊すことに至上の喜びを得たある男の残りモノ。

 

 自分の正義に溺れ、好き勝手にやってきた俺にこそ相応しいと言えるだろう。

 

『呪いの美声、傾聴するのも一興ですわよ?』

「それは流石に断るっ!」

 

 〝先読・妄〟を発動させながら、もう一度彼女へと接近した。

 

 彼女は左手を掲げ、すると頭骨がひとりでに口を開いていった。

 

 

 

 まず解き放たれたのは、甲高いソプラノ。

 

 

 

 〝先読・妄〟に従って、飛来した音の刃を打ち返す。

 

 が、それによって細かく散った音刃で頬や足、胴体などが切り裂かれ、パッと鮮血が舞う。

 

「くっ、散らすのはまずいか!」

 

 魔力を代償に切り傷を治癒しつつ、また飛んできた音刃を今度は避けた。

 

 その時、重厚なアルトが響く。

 

「ぐぁっ!!?」

 

 空間そのものに圧を叩きつけるような衝撃に襲われ、体が痺れる。

 

 思わず空中で動きを止めたその時、瞬きする間に視界一杯にチェーンソーの刃が写り込んだ。

 

 まずい、と思って剣を挟んだ瞬間には既に競り負けていて、地上へ叩き落される。

 

『聞き惚れてしまいましたわね?』

「ぐぅうううっ!?」

 

 落下の衝撃で瓦礫は砕け散り、両手で剣を支える。

 

 それでも僅かにあちらの力が強く、少しずつ膝が地面に近づいていった。

 

『それにしても。貴方、先ほどから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。よろしいんですの?』

「しまっ!」

 

 バグン、と。

 

 何かの音がして、途端に左足に力が入らなくなった。

 

 まさか。

 

 そんなはずはと思いながらも、膝をついた左足を、見下ろすと。

 

 

 

 

 

 膝から下が、食い千切られたように消えていた。

 

 

 

 

 

「が、ぁああああ!?」

『ふふ、良い声ですわね』

 

 痛い。とてつもなく痛い。堪え難いほどに痛い。

 

 遅れて、壮絶な痛みがやってきた。

 

 南雲が片腕を失った時もこんな気持ちだったのかと、そんな場違いなことを思う。

 

 だ、が! 

 

「ぐ、ぉあああああああっ!!」

『っ!』

 

 その痛みへの怒りと恐怖を、シンカイに供給して出力を上げる。

 

 左腕の鎧のパーツが展開し、そこから血のようなエネルギーが噴出してチェーンソーを押し返した。

 

 痛みを叫びで押さえつけて、渾身の横薙ぎで彼女の手の中の頭骨を粉砕する。

 

『くっ!』

「がぁアアぁアアア!!!」

 

 返す刀は、躱される。

 

 三本の鱗赫をバネに後ろに飛んだ彼女に、俺も羽赫でもう一度空へと翔んだ。

 

 そうして地面を見下ろすと──ぼんやりと、ナニカの顔が大地に浮かんで消えた。

 

「ぐ、ぅううう!」

 

 それより、この足を、なんとかしない、と。

 

 赤黒く濁った血を垂れ流す左足は、もう〝代償回復〟では治せない。

 

 あの顔みたいなのに食われてしまったのだろう。

 

 食いちぎられた、痛い、足が残ってないなら、痛いイタい、元には、戻せ、イタイいタい痛い!

 

 

 ああくそ、痛みで思考が纏まらない。でもこの足をどうにかしないと、戦い続けられない。

 

 もう、あれしか、ない。

 

「〝侵しょ、くっ、再生〟ぇっ!!」

 

 技能の名前を叫び。

 

 ビギリッ!!! と、自分の体の中で取り返しのつかないものが壊れる音がした。

 

『っ、それを使いますか』

「がッ、おっ、ぁ、ぁあああああ!!!」

 

 足を失ったのとは比べ物にならない、骨や筋肉の継ぎ目を全て、同時に針で突き刺されたような痛みが全身を這い回る。

 

 痛覚激化のデメリット。それを嫌というほど実感しながら、歯を食いしばって痛みに耐えて。

 

 

 

 やがて、ゴギュッと聞いたことのない音を立てて腰から何かが生えた。

 

 それは左脚の太ももに被さるように食いついて、下へと進んでいき、傷口に到達する。

 

 そのまま根付いて、べギリ、ゴギリ、とおかしな音を立てながら形を定めていった。

 

「ぁ、がぁっ!!」

 

 それが終わった時、ようやく痛みが消えて。

 

「ハァッ、ハァッ!!」

 

 新たに()()()()()()()()で宙を踏みしめた。

 

 喉の奥からせり上がってきた血を吐き、荒い息をどうにか整えていく。

 

「ふっ、ふっ…………ふぅ」

『……私が言うのもおかしなものですが。貴方、正気でして?』

「……この痛みが、むしろ正気を保ってくれる」

 

 

 

 

 

カワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウ

 

 

 

 

 

 ……少し、声が大きくなった。

 

 それを自覚しながらも、剣を正眼に構える。

 

 どうやら少し驚いていたらしい彼女も、チェーンソーを構えた。

 

「さあ。第二楽章を始めよう」

『──ふふ。本当に愚かで面白い男』

 

 そして俺は、彼女へ飛んだ。

 

 一瞬で数十メートルを詰め、剣を振り下ろす。

 

 先ほどとは反対に彼女が受け止め……だが、今度は俺がグンと後ろに押した。

 

『っ!』

 

 瞬時に彼女は尾赫をビルに突き刺し、支えにして拮抗する。

 

 ようやく、力だけならば互角になった。

 

「行くぞ、御堂!」

『アハッ! 楽しくなってきましたわ!』

 

 

 

 

 

 捻れて曲がったこの協奏は、終わらない。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

光輝の最後の戦い、楽しんでいただけると幸いです。


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やがて、一つに。

光輝とネルファ、その戦いの決着がついに。

楽しんでいただけると嬉しいです。



【挿絵表示】



 

ネルファ SIDE

 

 

 

 

 

 (わたくし)にとって生とは、食らうこと。

 

 

 

 

 

 それは、単に食事をすることだけではない。

 

 人の羨望、尊厳、自信、喜び、悲しみ、怒り、憎しみ、絶望……その他の全て。

 

 それは己の中に遥か昔の悪魔の血が流れていると知った時からではなく、己を己と知った日から。

 

 人より優れるということは、自分より劣っている者の自尊心や自信を食らうということ。

 

 何かを知り、己の糧とするということは、誰かの知恵を貪るということ。

 

 人間とは生まれながらにして何かを食らっていることは自明の理。

 

 

 私にはそれが、生きる実感の全てを与えるものだっただけのこと。

 

 誰かの感情を、心を、血肉を喰らい、啜るその時にしか、生きていることを感じられない。

 

 

 

 不幸と思った事はありません。

 

 止め処ない食欲が災いして、国に、両親に捨てられたその時にさえも、己が欲望は呪わなかった。

 

 嘆いたのは、暖かく優しい……生温く甘いそれを、二度と味わえることがないと知ったから。

 

 そう、何も最初から悪食だったのではない。

 

 私とて、少しだけ空腹を紛らわせてくれる砂糖菓子のようなその味が好きだった。

 

 だってそれでしか自分の存在を確かめられないのなら、縋る他にないでしょう?  

 

 

 

 それは我が師と姉妹達に出会ってからも、変わりはしなくて。

 

 あの頃は、この歪みが発覚するまで祖国で与えられていた感情とはまた違うものを食べられた。

 

 やがて、我が師の消滅と共にそれも消えた。

 

 二度も甘やかな極上の馳走を失った私には、永遠に絶えない狂った食欲ばかりが残った。  

 

 狂気を抱えたままに、姉妹の()()()()でこの世界まで流れてきて。

 

 

 

 そして、見つけた。

 

 あまりに愚かな男を。盲目に幼稚な持論を振りかざす、空っぽな男を。

 

 それは転ずれば、己の愚かさをどこまでも追求していくような、底なしの欲望でもあって。

 

 あるいはこの飽くなき食欲と同じものではないのかと、そう戯れに考えた。

 

 だから、気がつけば師の素晴らしさを語る事で、その愚かさに指向性を持たせてみた。

 

 ただ我欲に溺れて溺死するのではつまらない。

 

 我が身では壊れて終わってしまった、無限の欲望の行く先が見てみたい。

 

 全てを破綻させてきた自分によく似たその男と命を喰らい合う事で、答えを知りたいと思った。

 

 

 

 その結果が、どうだ。

 

 予想以上だった。期待を遥かに超えていた。

 

 私が用意したもの全てを呑み込み、この愚者は舞台に上がってきた。

 

 絵に描いたようなつまらない成長をなぞるでもなく、愚かなままに、けれど溺れる事はなく。

 

 私はとうの昔に挫折したのに、この男は自分の欲望を全て糧に変えて、鍛え上げてしまったのだ。

 

 

 

 ああ、なんて嬉しい事でしょう。なんて喜ばしい事でしょう。

 

 私の探求は実を結んだ。

 

 無限の欲望とは蝕まれ、喰らい尽くされるだけでなく、御することができるのだと証明された。

 

 ああ、ああっ、ああっ! 

 

 

 

 

 

 なんて、素晴らしい! 

 

 

 

 

 

 美しくはない、けれど他の何より磨き抜かれている! 

 

 

 

 優れてもいない、だがどんな英傑よりも強く逞しい! 

 

 

 

 他の有象無象がどう言おうとも、この男は私の最高傑作! 

 

 

 

 前の世界で作った、どんな料理や芸術品よりも完成されている! 

 

 

 

 中村恵里になど渡すものか! ゴミ箱に至高の逸品を捨てるなど考えられない! 

 

 

 

 ああ、だから!  

 

 だから、天之河光輝! 

 

『あなたを、食らわせてくださいな!』

「おおぉおおおおおおっ!!!!!」

 

 刃を通して、伝わってくる。

 

 熱、熱、熱。

 

 とっくに自分自身の欲望で焼き切れたと思っていた心を満たす、熱の暴流。

 

 ネルファとしても、御堂英子としても誰にも許さなかった、逢瀬を交わすような熱さ。

 

 

 

 心地の良いそれに、思わず仮面の下で頬を緩めてしまう。

 

 今この瞬間を噛み締めるというのは、まさにこのことなのでしょう。

 

 ああ、この喰い合いは、今まで私という狂者が積み重ねてきたあらゆる食事の中でも。

 

 最初に人を食らった時、そして──我が師に己を思い起こさせられた時に匹敵する! 

 

「ぜぇぁあああああっ!!」

『ッ!』

 

 そんな思いに浸りつつも、これまでのように振り下ろされた彼の剣を受け止めた。

 

 その瞬間、凄まじい衝撃が()()私の体を骨の髄まで揺らす。

 

『っ、何が!』

「シィッ!」

 

 私の得物をずらすように横に振われた剣からは、またほぼ誤差なしに二回の衝撃が。

 

 原理のわからぬそれに少し驚きながらも、飛んできた黒針を鱗赫で打ち払う。

 

 その刹那に引き戻して右斜め上から落とされる刃を、今度はしっかりと見て。

 

 

 

 すると、そのカラクリに気がついた。

 

 両腕と剣に被せるようにして、影法師を0.1〜2ミリという差で重ねている。

 

 つまり本来の一撃が入った直後、コンマ数秒の差で影法師の一撃が入る二段構えの斬撃。

 

 まさかこの数分の間に編み出したのかと内心舌を巻いて、私は剣と幻の間に刃を挟んだ。

 

「くっ!?」

『面白い芸当をなさるのね。とてもよろしくってよ!』

 

 尾赫の二本を伸ばし、彼の全身に絡み付けるようにして全力で動きを封じる。

 

 そして、この絶技を可能としているだろう、特に強化された左の瞳。

 

 そこへ残りの一本を刺し込んで、眼窩の中で眼球を掻き回した。

 

「ぎ、ぃッ!?」

『ふふふ。いい声で啼くもので』

 

 すわね、と言葉を続けようとして。

 

 

 

 けれどその前に、ザックリと己の心臓が、赫子の二本と共に深く削られたことを自覚した。

 

 

 

 パッと黒い血が舞う。

 

 神に与えられた力で形作った鎧など簡単に切り裂いて、私の心臓は両断された。

 

 見れば、彼は左手で自分の左目を抉る鱗赫を掴んでおり。

 

 そして、我が師の破壊の力を感じる道具を嵌めた剣の一閃で切り裂かれたと理解した。

 

 

 

 

 

 それは赫子と心臓の再生を許さずに、意識が途切れ──

 

 

 

 

 

『フフフ』

「ッ!」

『良い一撃でした。私にここまでの痛手を負わせたのは賞賛に値します』

 

 ──瞬く間にこの世界に舞い戻った。

 

 同時に眷属から得た仮初の命が一つ、終わったことを実感する。

 

 そのことに怒りより恐怖より、()()()()()()()への快感を覚えた。

 

 

 

 けれど、それに浸ってばかりでもいられない。

 

 貴重な武器を二つ、そして命を一つ失った私と片目を失った彼、同じく大きな損失を負った。

 

 ほぼ同時に後退して──彼の背後にあったビルに、巨大な顔が浮かび上がる。

 

「ッ!」

 

 が、それは先ほど左足を奪った時のように彼の何かを食らうことはなく。

 

 彼が飛ばした黒針から逃げおおせるように、ビルから顔は消え失せた。

 

『残念。右腕でも頂こうと思ったのですが』

「左目はあげただろ?」

『ええ、そうですわね』

 

 唯一残った鱗赫の先端に付いた眼球を、こちらに寄せる。

 

 そして手に取り、鎧の口元を開いて口に含んで。

 

 そして、噛み砕いた瞬間。

 

 

 

 

 

『────ッ!!』

 

 

 

 

 

 ああ、なんて、美味しい。

 

 この世にただ一つしか実らない芳醇な果実を口にしたような、感動、感激。

 

 甘やかで、それでいて仄かな苦み。相反するそれが絶妙に絡み合った、極上の味。

 

『ん、くちゅ……んっ。はぁ……やっぱり貴方は最高ですわ』

「……気に入ってもらえてなによりだよ」

 

 恍惚に浸りながらも、彼を見る。

 

 羽赫の一部を顔に張り付け、尾赫でそうしたように新たな瞳を形成する。

 

 やがて、彼の左顔を覆うように三つの瞳が並んだ眼帯が固定された。

 

「仕切り直しといこう」

『さあ、次はどんな方法で私を楽しませてくれますの?』

 

 彼が、飛んでくる。

 

 真っ直ぐに、迷いなど一切ない動きで突き出された剣の切っ先を受ける。

 

 そこから重心を操作して、彼の体勢を崩した──その時だ。

 

『っ!!』

 

 また、今度は何度も鎧を切り裂かれた。

 

 左に傾いた彼の体、その胴体から伸びる影法師の腕。

 

 一対ではない。四本の腕と二本の剣が、挟み込むようにして私の体を襲ったのだ。

 

 そればかりか、片足を失ってから全く地上へ降りなくなった彼の足からも、影で作られた足が伸びる。

 

「お、らぁああああっ!」

『あははははっ!』

 

 それで倒れたビルを踏みしめて体勢を立て直した彼は、唸り声とともに剣を振った。

 

 その執念に思わず笑ってしまいながらも、本能はその一撃が影法師のものなどよりずっと危険だと知らせる。

 

 なので、温存しておいたもう二本の尾赫も露出し、三本の尾赫をチェーンソーに纏わせて防いだ。

 

『侵食を進めた事で複数の影法師を操れるようになりましたか! いよいよ私に近づいてきましたわね!』

「もう引き下がりはしない!」

 

 その言葉通りに、彼はそれはあっさりと剣を振り切り、尾赫ごとチェーンソーを叩き斬った。

 

 体の一部を失う激しい痛み。

 

 けれどその代償に、十分以上に彼に近づくことができた。

 

『突き進むのも結構ですけれど、少々出過ぎましたわね』

「っ!」

 

 右手を彼の左胸……鎧で守られた心臓へと押し当てる。

 

『さようなら』

 

 

 

 ドン! と。

 

 

 

 我が師から教わった、衝撃を貫通させて物体を破壊する技を与える。

 

 彼の場合、砕けたのは鎧だけだったが……衝撃は確かに伝わり、心臓を止めた感触を得た。

 

「か、はっ……」

 

 血を吐き、力を失う彼の剣。

 

 片手で鎧の破片が突き刺さった左胸を押さえた彼は、呆然としながら落ちていく。

 

 

 

 ある程度の再生力を備えているとはいえ、所詮彼は足先を踏み入れた程度。

 

 心臓か頭部の機能を奪ってしまえば、魂はどうあれ肉体は使い物にならなくなる。

 

 片足すら復元できなかったのがその証拠だ。

 

 

 

 けれどここで止めてはいけない。

 

 それで先ほどは命を一つ奪われたのですもの。

 

 遊ばずに、今度は確実に殺しましょう。

 

 

 

 心臓の次は頭。

 

 再生などできないよう、地面に落とす前に真っ二つにするつもりで右腕を振り下ろす。

 

 

 

 ガキン! 

 

 

 

 ああ、けれど。

 

 けれど彼は、それでも執念を絶やさずに。

 

「……今のは効いたぞ」

 

 私を、四つの瞳で睨み上げてきた。

 

 全身に浴びせられるその殺気に打ち震えながらも、疑問が頭をよぎる。

 

 あの状態からどうやって蘇生したというのでしょう。それがどうしても気になって、彼の胸を見る。

 

 

 

 すると。

 

 彼は、自ら鎧に包まれた左手を胸の中へ突き刺しているではないか。

 

 服が破れて露わになった胸板の下では、何かを揉むようにその手を蠢かせている。

 

『まさか。本当に自らの手で、停まった心臓を動かしたと?』

「自分の胸に手を突っ込むのなんていい気分じゃないな。正直、痛みで今にも叫び出しそうだ」

 

 この男、破綻している。

 

 自分の臓器に手を入れるなど、もはや気が触れているとしか思えず。

 

 ああ、いけない事だとわかっているのに。命の食い合いの最中なのに、達してしまいそう。

 

 

 

 思わず動きを止めている私の前で、彼は胸からずるりと手を引き抜く。

 

 その程度ならば再生できるのでしょう、瞬く間に傷の塞がった胸に再び、より黒く濁った鎧が張り付く。

 

 そして、血で濡れそぼった左手を剣の柄に手を戻した事で、私が押され始めた。

 

「言ったはずだ、もう引かないと。これくらいは想定済みだ」

『あは! その胆力を褒めてさしあげましょう!』

「お褒めに預かり光栄、だッ!!」

 

 チェーンソーが、上へと弾かれる。

 

 そしてまた始まるのだ、彼と私の熱を燃え上がらせる踊りが。

 

 

 

 

 

 彼が踏み込み、私が応える。

 

 

 

 

 

 私が踏み込み、彼が応える。

 

 

 

 

 

 その繰り返し。

 

 何度も何度も、時も己も神が植え付けた呪いさえも忘れて、命を熱で交わらせる。

 

 それは本当に、命と命の逢瀬と言うに相応しく。肉体同士の繋がりよりよっぽど快楽であろう。

 

 

 

 

 彼は倒れなかった。

 

 どんな魔法や呪術、怪物や技を叩きつけても決して死なず、立ち向かってきた。

 

 肉が抉れ、骨が砕け、臓物が傷ついても、シンカイで己を蝕みながら傷を塞ぎ、縫い付けて。

 

 ただただ、私の呪いを断ち切るというその為だけに自分を人から逸脱させて、追い縋ってきた。

 

「ガァアアアァアッ!!」

『う、ぁっ!』

 

 少しずつ、少しずつ。

 

 その濁流のように押し寄せる気迫に追いつけなくなっていく。

 

 魔法が届かず、呪いは破られ、魔力を代償に召喚する魔獣は時間稼ぎの為の贄と成り下がっていく。

 

 力ではとうに及ばなくなった。長年培った武器を扱う術も瞬く間に上回られた。

 

 

 

 そもそも私の〝殺し〟とは相手を弱らせ、追い詰め、嬲ることに特化したもの。

 

 ルイネのように数々の特殊能力や糸術で瞬殺するでもなく、マリスのように相手を圧倒的な力で圧殺するでもない。

 

 こんな真正面から剣士である彼と切り結ぶこと自体、おかしい。

 

 

 

 泥臭い。優雅ではない。美しくない。穢らわしい。

 

 だというのに。

 

 だというのに、何故馬鹿正直に、少女のように必死に刃など振るっているのでしょう。

 

 自分でもわからない。

 

 獣に堕した今の私に残された、美しさという唯一のモノを自分で蔑ろにしているのに、嫌じゃない。

 

 

 

 

 

 何故、何故、何故? 

 

 

 

 

 

「せいやぁァアッ!」

『あっ!』

 

 ああ、また一つ命を失った。

 

 本来のものを含めて、残りは三つ。

 

 彼に贈ったシンカイ、そして中村恵里に与えた怨の剣の命の共有は切っている。

 

 

 

 不思議と冷静に数えている間に、腕輪とベルトが破壊されたことで、鎧がガラスのように砕け散る。

 

 元より彼の攻撃で壊れかかっていたのだ、さして気にすることもなく身を引く。

 

「はぁ……はぁ……うっ、けふっ」

 

 口から血が溢れ出す。

 

 鎧だけではない、彼の攻撃は私の肉体そのものすら傷つけた。

 

 シンカイが具現化する負のエネルギー、そして〝抹消〟の力で再生は阻害される。

 

 だけど、彼も無傷なわけではない。

 

「うっ、ぐっ、ガァァアアアッ!!!」

 

 度重なる回復と再生によってシンカイとの同化が進んでおり、正気を失いかけている。

 

 彼自身ではもう止められないのだろう、その背中から新たに鱗赫が生えかかっていた。

 

 それでもなんとか押し留めようとしているのか、固く剣を握りしめながら両足で踏ん張っている。

 

「くっ!」

 

 鉛のように重い右腕を掲げ、彼へ眷属をけしかける。

 

 

 

 グォオオァアアアア!!! 

 

 

 

 制御のために地上に降りた彼の足元に顔が浮かび上がり、一気に立体化して大口を開く。

 

 星そのものを喰らおうとした白い大鯰は、動けない彼を飲み込み──

 

「グァウッ!!」

 

 けれど、完全に定着した鱗赫によって滅多刺しになった。

 

 逃げる間も無く、彼が腕を振るうと鱗赫が膨張し、尖った鱗が爆散して木っ端微塵に弾け飛ぶ。

 

「ルガァアアアァアッ!!」

「くうっ!?」

 

 それに呆然とする間も無くて。

 

 同じタイミングでこちらに飛んできたもう一本の鱗赫を、避け損ねた。

 

 ドズッ、と鈍い音を立てて腹部を太い触手が貫通して。

 

「あっ、ああああああっ!!」

 

 思わず、みっともない声を上げてしまった。

 

 そのまま鱗赫が操作されて、グン! と遠慮のない動きで彼へと引き寄せられる。

 

 そして、伸ばされた彼の刺々しい左腕が私の首を──

 

「ぐ、ぎ、あああああっ!」

「……あな、た」

 

 自分の腕に、自分で剣を突き刺している。

 

 そのまま地面に縫い付けて、咎めるように暴れる鱗赫を踏みつける。

 

 私の腹を貫いていたものも引き抜かれて、無様にその場で膝をついた。

 

「ダメ、だ! コレ以上、傷つケタく、ナイ!!!」

「──っ」

 

 なんて、愚かな。

 

 せっかく残り二つしかない、この命を削り取れるチャンスだというのに。

 

 ここまで私と自分の命を食らっておいて、それでもなお力に溺れないというのですか。

 

「俺は……君を……壊しにきたんじゃ…………ない! エヒトの呪いから解放……するために……来たんだ!」

「……天之河、光輝」

「お、おぉ、おおおおおっ、おぉおおおおおおおおおぉおおおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 雄叫びを挙げ、彼は自ら左腕を真っ二つに切り裂く。

 

 それどころか鱗赫も剣で縫い付けて、空へと飛ぶことで引き千切ってしまった。

 

「がぁああああああああああああああっっっ!!?」

 

 尋常でない痛みに、彼が吼えて。

 

 血を吐き、シンカイの鎧を肉に食い込ませ、致死量の血を撒き散らしながら。

 

 それでも、彼は私を、この舞台が始まった時から変わらない目で見る。

 

「御堂っ! 絶対に、絶対に助ける、からっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──とくん、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、胸の中で。

 

 これまで味わったこともない何かが染み出した。

 

「だから、俺はっ!」

 

 剣の輪に嵌め込まれていた道具を、癒着した左手で引き抜く彼。

 

 そしてもう一度挿入した途端──全身に黒く、荒々しい光を纏った。

 

「あと一度だけ! 君を傷つける!」

「っ」

「許してくれとは言わない! ただ、君を自由にしてみせるから!」

 

 そう言って、彼は。

 

 これまでのように、変わらずに、こちらへと一直線に向かってきて。

 

 その剣の切先は、この胸の中──魂に絡みついたエヒトの呪鎖にしっかり狙いを定めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……このまま、受け入れたなら。

 

 

 

 

 

 

 

 きっと私は、解放される。

 

 《傲慢の獣》という呪われた役目から切り離され、優雅な私に戻れる。

 

 それを彼に許した。そのために力を与えた。このチンケな楔を外す為だけに。

 

 それで彼は用済みだ。この茶番劇が終われば、あの愚か者はもういらない。

 

 ただ、元通りに終わりのない空腹を抱えながら、一人で美しくあるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 ──君を、助けに来た

 

 

 

 

 

 

 

 それなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 ──君は、そうして笑っているのが一番美しい。少なくとも俺はそう思う

 

 

 

 

 

 

 

 そのはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 ──もう、お腹はいっぱいか? 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、私は。

 

 

 

 

 

 

 

 ──君を自由にしてみせるから! 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなに、満足しているの? 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ああ、そう。そういうことなのね」

 

 

 

 

 

 

 

 これが、そうなのね。

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、右手を伸ばす。

 

 ひどく重たいそれを、彼へと向けて。

 

「っ!? な、なんでっ!?」

 

 そして、彼の纏うシンカイの力が乱れた。

 

 彼の体内をほとんど食い尽くしていたそれは瞬く間に根を引いて、肩に戻っていく。

 

 置き土産のように彼の傷だけは治して、分離したシンカイは剣へとへばりついた。

 

「ち、力がっ!?」

 

 途端に力を失った彼は、その制御ができなくなり。

 

 暴走した〝抹消〟の力が膨れ上がって、剣は丸太のように膨張した。

 

 私の呪いだけを斬るなんて、そんな繊細なことはできないほどに。

 

 

 

 

 

「や、やめろぉおおおおおおおおおおおぉおぉぉぉおぉおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!!?????」

 

 

 

 

 

 彼は止めようとするけれど、どうすることもできないまま。

 

 情けなく叫びながら、彼は落ちてきて。

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 

 そして、胸を穿たれたその瞬間。

 

 

 

 

 

 皮が裂け、肉が断たれ、骨が砕かれ、心臓が消し飛ぶ感触と一緒に。

 

 

 

 

 

 やっと、確信した。

 

 

 

 

 

 ああ、そうでしたのね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、この男のことを──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




彼は望んだ、本当に誰かを助けることを。

彼女は望んだ、自由に戻るための人形を。

絡まり合い、壊し合い。

その先には何がある。


読んでいただき、ありがとうございます。


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最も美しい欲望

愚かな一人の勇者。



狂った一人の獣。



共に奏でるのは、何かがズレてしまった協奏曲。





さあ。この奇劇の幕を、今こそ下ろそう。







 三人称 SIDE

 

 

 

「う……」

 

 

 

 呻き声を上げて、光輝は意識を取り戻す。

 

 とは言ってもすぐに動けたわけではなく、まるで泥水をかき分けているように五感は鈍い。

 

 どうにか瞼を上げると、左は開かなかった。どうやらえぐり取られた眼球は戻っていないらしい。

 

「な、にが…どう、なって……」

 

 極度に疲労した体は、満足な声すら出すことを許してはくれない。

 

 掠れた小声を漏らすのが精一杯で、またそれに応えるような相手もいなかった。

 

 

 

 やがて、少しずつ感覚が戻ってきた。

 

 同時に全身が悲鳴をあげるように痛みを発して、光輝は非常に顔を渋くする。

 

 奥歯を噛み締めながら、傷んだ体を気だるげに起こした。

 

 それから数度頭を振って、自分の足付近に定められた視界がクリアになるのを待つ。

 

 やっと明瞭になると、やはり左目と同じように片足は無かった。

 

 幸い血は止まっているようだが、悲しげなため息を零してから周囲を見渡す。

 

 

 

 無残に破壊された都市。

 

 あの死闘は何処へやら、完全に沈黙した瓦礫の平原には静寂が広がっている。

 

 不気味さに拍車をかけるのは、そこら中にこびり付いた夥しい血と、何かの肉片。

 

 それらが自分のものだったと思い出すと苦い顔をして、そこでハッとした。

 

「そうだ、御堂っ!?」

 

 名前を叫んだ途端、全てを思い出した。

 

 

 

 命がけで手を伸ばした、初めての女。

 

 

 

 彼女を邪神の束縛から解き放つ為に、自分の肉体をシンカイに差し出してまで戦った。

 

 少しずつバケモノに変わっていきながらも、手を伸ばして、伸ばして、伸ばして。

 

 そして、自分の剣は……

 

「御堂、どこだっ! 頼む、返事を──!」

「…………うるさい、ですわね」

「っ!?」

 

 答えた声は、腕の中から。

 

 驚いて見下ろすと、自分の両腕はいつの間にか探し人をきつく抱きしめていた。

 

 いいや、最初からそこにいたのだろう。

 

 

 

 光輝の脳裏に、気を失う寸前の記憶がフラッシュバックする。

 

 最後の攻撃を放った直後に粉砕した剣を手放し、全力で彼女に腕を伸ばした。

 

 そのまま後ろのビルへと突っ込んで、全身を打ち付けた際の衝撃で意識を飛ばしてた、というのが事の顛末。

 

「御堂、よかっ──」

 

 ……その先は、言えなかった。

 

 苦しげな顔をする彼女から腕を解き、仰向けにしたことで。

 

 ぽっかりとその胸に空いた、穴を見てしまったから。

 

「ふ、ふ。なんて顔……せっかく見てくれ、だけは整って、いるのに。台無しです、わ……」

「あ、ああ、あああああああっ!?」

 

 完全に、思い出した。

 

 そうだ、これは光輝が空けた穴だ。

 

 突然力が制御できなくなって、ボトルの力が暴走した。

 

 シンカイも体から抜けていって、そして。

 

 

 

 

 

 光輝が、殺したのだ。

 

 

 

 

 

「そんな、お、俺はなんて、なんてことを……!?」

「ああ、本当に、未熟な男……この玉体を、あそこまで傷つけておいて。まだそんなことで、悲しむ、なんて」

 

 少し前の、溢れんばかりの決意に満ちた顔はどこへいったというのだろう。

 

 怒ったように、けれど悔しそうに、そして怯えたように、また悔やむように。

 

 何よりも、悲しそうに。

 

 そんな、ありとあらゆる感情がごちゃ混ぜになったその顔は、決して格好良いとは言えない。

 

「いいの、です。これは、私が自分でしたこと」

「っ、どうして!? あのままやれば、君の呪いだけを消せたのに!?」

「少し、手が……滑ってしまった、のかし、ら……ね」

 

 それは、本当に。

 

 本当に些細で気まぐれな、ネルファの心変わりだった。

 

「あの、瞬間(とき)。自分の全てを用いて向き合ってくれた、貴方に、なら。この命を終わらせる権利を……下賜することも、良いと。そう、思ってしまいましたわ」

 

 端的に言ってしまえば。

 

 

 

 光輝に、見惚れてしまったのだ。

 

 

 

 愚直に、一つ信じたことを我武者羅に貫き通そうとするその目に。

 

 前のような濁った、自分しか写していないものではなく。

 

 

 

 たった一人、ネルファしか見ていない瞳に。

 

 

 

 ああ、この目を持つ男になら。とうに乾いたこの胸を差し出してもいいと。 

 

 だから、細々と残していたシンカイとの繋がりを使って力を暴発させた。

 

 そしてあの一撃は、残り一つの仮初の命諸共……自分の魂を完全に砕いた。

 

「ああ、本当に不思議な気分。誰にも、己の何かを委ねることなど……一度も、なかったのに」

「何を、言って……」

「ねえ。もう、目も耳もよくききませんの。返事を、するならば……もっと、近くで」

 

 彼女は、もう長くはない。

 

 彼女の言葉からそう理解した光輝は、無尽蔵に溢れ出る罪悪感と自分への憎しみに歯噛みする。

 

 だが、涙だけは絶対に流すまいと堪えながら、ネルファの言う通りに顔を近づけた。

 

 

 

 その瞬間、突然ネルファは地面に垂らしていた両手を動かして。

 

「ん……」

「──────。」

 

 

 

 唇が、重ねられていた。

 

 

 

 濃い血の味がする。

 

 自分のものか彼女のものなのか、頭が真っ白になった光輝にはわからなかった。

 

 瞠目して固まった光輝を、至近距離で見つめたネルファは満足そうに目尻を緩めて。

 

 ゆっくりと、顔を離した。

 

「……合格、ですわ」

「み、どう…………」

「ずっと、知らなかった。知りようが、なかった。一生知ることはないと、思っていた」

 

 同じ人を食らう自分に、どうしてその感情を知る機会が得られようか。

 

 師や姉妹から向けられた時も、ただ味わうだけで理解することはついぞ出来なかった。

 

 

 

 それが、こんな所で。

 

 なんて皮肉で馬鹿らしくて奇妙で……素晴らしい運命なのだろうと。

 

 そう、彼女は微笑む。

 

「まあ、けれども。こんな、人食い女には。あなたの、ような……低俗な男がお似合いなのかも、しれません、わね」

「……いくらなんでも。それは酷すぎじゃあ、ないかな?」

 

 光輝の返答は、濁っていた。

 

 つい数分前に出してはいけないと、そう戒めたものが右目から溢れて落ちていく。

 

 頬に落ちる暖かいそれに、ネルファはより一層淡く……少女のように微笑んで。

 

「無様な、顔。けれど、あの夜、よりは。ずっとまともな顔、ですわ……」

「っ!」

 

 ああ、やめてくれと。

 

 今そのことを言うのはいくらなんでも反則だろうと、思わず光輝は呟いてしまいそうになる。

 

 

 

 だってそうだろう。

 

 自分ばかりが大切だと思っていた。この心にだけ、あの日のことが鮮明に刻まれているのだと。

 

 なのに、夢の中で見たあの、彼女にとってかけがえのない思い出の迷路の。

 

 その、最後の一幕は……

 

「中村、恵里には……良い嫌がらせに、なるでしょうね。あの顔が怒りに歪むのは、見もの……ですわ」

「……俺、君達みたいな素敵な女の子に好かれる権利、ないと思うんだけどな」

「あら。もう知ってしまったのです。逃げるのは……許しません」

「ああ。それで……いいよ」

 

 努めて笑ってみせる光輝の顔は、やはりぐしゃぐしゃだ。

 

 子供のようなそれに、ネルファはまた心に何かが満ちていくのを感じる。

 

「ああ、初めて。こんなに身も心も満たされたのは。なんて、心地が良い」

 

 自分に聞かせるように呟き、笑うネルファは。

 

 その言葉を皮切りにしたように、つま先から崩れ始めた。

 

 途端に軽くなっていく彼女の体に光輝は驚き、灰になっていく様を見て顔を歪める。

 

「生きている限り…………食べ続けなければいけないのが……この身の、定めならば。ああ、満腹になった今こそ、終わりに相応しい」

「っ、み、御堂。俺は、俺も、君が」

「無粋な男。先ほどので、もう全ては伝え、ましたわ」

 

 それで、終わりにしようと。

 

 茶番から始まった、観客も主催者もいないこの舞台を、幕引きにしようと。

 

 そう微笑み、望む彼女はもう、腰まで崩れていた。

 

 

 

 だから、光輝は。

 

「……御堂」

「何、かしら?」

「名前。呼んでもいいか?」

「……はぁ。本当に、無粋な男ね」

「あれは言えないんだ。それくらいは……いいだろ?」

「……そもそも問うのが、無粋だと。そう言っているの、ですよ」

 

 呆れたように、ネルファが笑う。

 

 それが彼女なりの許しなのだと、そう知った光輝は弱々しく笑って。

 

「ネルファ。もしも次、君に出会えたら。また俺のことを叱ってくれ。きっと、俺は間違えているだろうから」

「自分の面倒を、見るくらい……自分でなさい。この……愚か者」

「そうだな。そうできるように……頑張ってみるよ」

 

 かつてのように、今となっては黒歴史になった自信に満ちた顔で笑ってみせる。

 

 それを見て、安心したように。

 

 穏やかに、これ以上ないほど優しく笑ったネルファは目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さようなら。私に、最後にして最上のご馳走を……愛を、教えてくれた人」

「……さようなら。俺に、全てを与えてくれた人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼女は。

 

 

 

 

 

 劇的にでもなく、静かに、あっけなく。

 

 

 

 

 

 光輝の腕の中で、消え去った。

 

 

 

 

 

「っ、……」

 

 

 

 ……もう、重さを感じない。

 

 

 

 温もりを感じない。

 

 

 

 冷たささえも、感じられない。

 

 

 

「っ! っ!! っ!!!」

 

 奥歯が砕ける程、歯を食いしばって。

 

「ぅ、あ、あああああ」

 

 ただただ、拳を地面に叩きつけながら。

 

 

 

 

 

 

 

「────────────────────────────────────────────────────────────ッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 無人の廃墟に。

 

 声にならない慟哭が、響き渡る。

 

 

 

 きっと光輝は、これから先の人生で。

 

 最も哀しく、また幸せであった時間は、この瞬間であると。

 

 そう、死ぬまで確信し続けるだろう。

 

 

 

 あるいはそれは、彼の人生において最大の不幸であるのかもしれない。

 

 天之河光輝は、これから先、彼女と同じほどに愛する誰かと出会うことはできない。

 

 自分に何もかも、今の人間性すらも作り上げてくれた女に勝る女など、いるはずがない。

 

 

 

 

 

 ……こんなことならば、いっそ出会わなければ良かっただろうか。

 

 いいや、たとえどんなに苦しくても、そう思うことだけはしない。したくない。

 

 片目を、片足を、そして愚かさの全てを奪い去られたとしたって。

 

 それでも、彼女の最後の贈り物に比べてしまえば、全てなんでもないことに思えてしまうから。

 

 

 

 

 だから、ここで一生分泣いてしまおう。

 

 次に彼女に出会えたその時、せめて涙を流すなんて無様なことはしないように。

 

 次こそ、笑顔でその言葉を伝えるために。

 

 そう精一杯、慟哭する光輝は。

 

 

 

 

 

 

 

 瓦礫の下に挟まれた愛剣の残骸から──とあるものが消えていたことには、気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




====================================
天之河光輝 17歳 男 レベル:84
天職:愚者・血狂イ花ノ荊
筋力:1020
体力:1020
耐性:1020
敏捷:1020
魔力:1020
魔耐:1020
技能:全属性適正[+光属性効果上昇][+発動速度上昇]・全属性耐性[+光属性効果上昇]・物理耐性[+治癒力上昇][+衝撃緩和]・複合魔法・剣術[+無念無想]・剛力・縮地[+爆縮地]・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破[+覇潰]・言語理解 ・昇華魔法・変成魔法・因果[+狂花ノ棘]
====================================

これで、この作品での天之河光輝の物語は終わりです。

読んでいただき、ありがとうございます。


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たとえこの手が、何も掴めなくても。

愚か者と怪物の茶番劇が終わりを告げる。

……そこそこ見ものにはなったな。

時は少し遡り、別の舞台へ。

さあ、もう一つの喜劇を見ようではないか。





楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

 やはり、手強い。

 

 

 

 それが恵里と戦っている鈴の率直な感想だった。

 

 屍獣兵のバリエーションは非常に豊富であり、攻撃型のみならず支援型や回復型までいた。

 

 恵里の屍獣兵の操作は非常に的確で、各々の個体が正確に各自の役割を全力で発揮し、連携した。

 

 それはもはや一つの軍隊であったが、しかし鈴とて負けるわけにはいかない。

 

 だから鈴は、双鉄扇を振るった。

 

「はっ!」

 

 また一体、屍獣兵が鉄扇によって両断される。

 

 続けて発動した〝聖絶・爆〟によって、二つに分かたれた死体はそれぞれ原型を留めない肉塊に。

 

 もはや回復系の技能を持つ屍獣兵でも治せない。上から戦況を俯瞰していた恵里は舌打ちした。

 

「鈴のくせに、よく粘るねぇ……!」

 

 忌々しげに呟く恵里の耳に、轟音が響いた。

 

 さほど遠くではない位置から聞こえたそれに反射的に振り向くと……光輝とネルファが戦っている。

 

『あはははははははは!!!』

「おおぉぉおおおおおぉぉッ!!!」

 

 片や楽しそうに笑い、片や全霊の叫び声をあげている様は、完全に互いに対して没頭している。

 

 おまけに光輝の片足は別のものへとなっており、恵里はギリッと奥歯を噛んだ。

 

「あの女ぁ……!」

「よそ見してていいのかな、恵里?」

「っ!?」

 

 憎しみと嫉妬を心の奥から噴き出させていた恵里の耳に、鈴の言葉が突き刺さる。

 

 続けて視界の中に無数の、ヒラリヒラリと舞うような影が映り込み、訝しげに目線を戻す。

 

 すると、そこにあったのは。

 

「……蝶?」

 

 おびただしい数の、蝶の群れ。

 

 漆黒の羽に紅い紋様の入った紋黒蝶が、鈴の双鉄扇に描かれた絵から実体化している。

 

 揃えるように仄かに色を紅く染めた障壁の花弁と共に戦場を埋め尽くすそれは、一瞬目を奪われるほど幻想的だ。

 

「序奏は、これで終わり。次の演目は、もう二度と目を逸らさせはしないから」

「っ、あはは、鈴ごときが何を……」

 

 神秘的な光景の中、交差させた腕の奥から光る鈴の瞳に気圧される。

 

 どうにか苦し紛れに言葉を返す恵里に、鈴は胸から下げた勾玉の一つ──封魔玉に囁く。

 

「出番だよ、イナバさん」

「キュッ!」

 

 その瞬間、封魔玉から飛び出すバンダナを額に巻いた白と紅のウサギ。

 

 それは残像を残して消え──刹那、恵里の背後に姿を表す。

 

 

 

 その超スピードに、恵里は対応できなかった。

 

 使徒の製造技術と、ランダを解析して得られたデータから強化された肉体能力で視認するのが精一杯。

 

「ぁぐぁっ!?」

 

 故に、二人の魔王によって〝イナバ〟と命名されたウサギの豪脚を受け、錐揉み回転しながら吹っ飛ぶ。

 

 攻撃の直前、どうにか身体強化を行なったものの、気がつけば背後にあった廃ビルを貫通していた。

 

 そのままいくつもビルを貫いていく恵里を追いかけるように、残存していた屍獣兵達が移動を開始する。

 

 

 

 鈴は双鉄扇を振って蝶を集めると、雲のように密集させて飛び乗る。

 

 戻ってきたイナバも乗り込んだのを確認して、奇襲用に光の花弁を引き連れて後を追いかけた。

 

 同じ形の穴が空いたビルを目印に、いつの間にか静けさに包まれた不気味な廃都市を飛んで進む。

 

「きゅ、きゅう?」

「……うん、大丈夫。うまくアーティファクトは馴染んでる」

 

 まるで「大丈夫でっか鈴はん?」とでも言いたげに鳴くイナバに、鈴は答える。

 

 自動カウンターと聞こえはいいが、それは同時にある程度鈴の体力や筋力を無視する動作をするということ。

 

 再生魔法が付与されたこの装備が多少は疲労を和らげてくれるが、きついことに変わりはない。

 

「悪魔に取り憑かれてる天之河くんや、肉体全部を変質させた恵里に比べれば、大丈夫」

「きゅきゅう」

「うん、ありがとイナバさん」

 

 あんま無理したらあかんで! と鳴くイナバに鈴が微笑み。

 

「きゅぅ!」

 

 直後、飛び上がったイナバは空中で上下反転し、短い前足を鈴の頭に乗せた。

 

 その体勢のまま凄まじい回転がかかった蹴りを繰り出すと、ゴガンッ! と衝撃音が響く。

 

 彼が蹴りで受け止めていたのは、おどろおどろしい呪詛に塗れた剣だった。

 

「……そのウサギ、鬱陶しいねぇ。生意気にバンダナなんて巻いちゃってさ」

「恵里っ!」

 

 鈴が振り返れば、そこに飛んでいたのは恵里。

 

 完全に頭をかち割る軌道で不意打ちに仕掛けられた一撃は、イナバがいなければ成功しただろう。

 

 紅い宝石の嵌った、ここにはいないウサギとお揃いの黒い脚甲とせめぎあって火花を散らしている。

 

「きゅぅう!」

「チッ!」

 

 力強い剣を支えているのとは逆の足で、ブレイクダンスのように一撃を繰り出すイナバ。

 

 固有魔法〝天歩〟の派生、蹴りから衝撃波を放つ〝旋破〟が放たれるが、恵里はひらりと躱した。

 

 灰翼をはためかせ、宙返り気味に後退して剣を一振り。恵里は鬱陶しげな顔を向ける。

 

「変成魔法でそのレベルまで魔物を進化させるには、三日程度じゃ足りないって聞いたんだけど?」

「まぁイナバさんはほら、特別だから。ほとんど元からの実戦経験だし」

「何それ、反則ぅ〜……でも、その一匹だけで私の屍獣兵全部は相手できないよねぇ──〝邪纒〟!」

 

 数秒分の記憶を封じ、自分の思考を忘れさせる暗黒球がイナバの前に出現する。

 

 それで動きが止まると計算した恵里は、灰色の分解砲を解き放った。

 

 更に、いつの間にか姿を消していた屍獣兵が四方八方の廃ビルから一斉に飛び出してくる。

 

 凄まじい密度の波状攻撃に対し、鈴達は──

 

「きゅ!」

「──は?」

 

 自分の横っ面にめり込むイナバの脚に、恵里は間抜けな声をあげて後ろに吹き飛んだ。

 

 その衝撃と、展開しかけていた分解砲が暴発した反動でその場から弾き出される。

 

「な、なんで!? なんであのウサギ、動けてっ」

 

 再び後ろに吹き飛びながら、意味がわからないと喚く恵里は自分の仕掛けた包囲を見る。

 

 すると、肉体強化によってスローモーションになった視界の中で、鈴が双鉄扇を互いに打ち鳴らし。

 

「弐番、〝蟲の型〟!」

 

 その言葉をキーに、全ての封魔玉から一斉に蟲型の従魔達が解放される。

 

 体長十メートルはあるムカデが二匹、黒と赤の毒々しい巨大蜂が十匹、六腕蟷螂が四匹、四メートル強の蜘蛛が一匹。

 

 

 

 

 

 鈴の集めた魔物達の中でも選りすぐりの彼らが、一斉に攻撃を開始した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 まず、赤熱化する武器を持った第一陣にミサイルバチ達が秒間五発の爆裂針を掃射。

 

 吹き飛んだ傀儡らは鋼糸蜘蛛が一瞬で張り巡らせた網によってバラバラになる。

 

 その二重カウンターをすり抜けてきた個体は、蟷螂達が鎌鼬を繰り出して切り刻む。

 

 

 

 第一陣がやられるのを想定し、防御の固有魔法を所持した兵が大盾を手に〝魔衝撃〟持ちの兵が突進する。

 

 鈴の結界をも打ち破った彼らは、鈴の背後に長い体を活かして陣取っていた溶解ムカデに得物を振り下ろす。

 

 接触した瞬間赤黒い波紋が広がり、ムカデが四散したのをいいことに鈴に肉薄する屍獣兵。

 

 

 

 だが、自ら分解したムカデら十の体節から一斉に溶解液を噴射した。

 

 防ぐ間も無く全身にそれを浴びた屍獣兵が、みるみる内に骨の髄まで溶けて消えてしまった。

 

 第三陣の援軍がやってくるが、彼らはビルを出る前に床や土中、壁から出てきたアリによって体を噛み砕かれ、引き摺り込まれた。

 

 

 

 そんな、数々の迎撃によって瞬く間に数を減らしていく屍獣兵達。

 

 超人じみた能力を活かしきれずに破壊されていく人形に、しかし恵里はまだ納得できた。

 

 確かにフリードですらごく少数しか所有していない、強力な魔物を隠し持っていたことは賞賛しよう。

 

 唯一納得できないのは、自分の闇魔法を受けて平然と動いていたあのウサギだ。

 

「あんなの、ありえな──」

「きゅう!」

「っ!?」

 

 呼んだ? とでも言うように眼前に現れるイナバ。

 

 目を見開く恵里に、凄まじい速度で肉薄したイナバは怒涛の蹴り攻撃をお見舞いした。

 

「きゅうぅうううう!!」

「なんなのよっ、このっ、ウサギの形をしたっ、化け物はっ!」

 

 うさ耳とバンダナをなびかせ、あらゆる角度から空中を蹴って様々な脚撃が飛来する。

 

 上中下の三段蹴り、連続回し蹴り、果てはフェイントすらも使って音速を超えた連撃が見舞われた。

 

 恵里は灰翼と、元は人斬りに堕ちた剣豪であった呪剣から読み取って憑依した剣技でなんとか凌ぐ。

 

 それでも対応しきれず、やむなしと分解の魔力を放出した恵里にさすがのイナバも引いた。

 

「はぁ、はぁ……なんで?」

 

 肩で息をしながら、鈴の元へ舞い戻ったイナバを見た恵里は呟く。

 

「なんで、僕が押されているの? 使徒の肉体と神喰らいの獣の戦闘力、分解能力、屍獣兵、あの忌々しい女から借りた呪いの剣! ここまで揃えたのに、なんでやられ役みたいに追い詰められなくちゃならないの? 相手はあの化け物でも、雫でもないのに! それなのに、何で? ねぇ、何で? 何で? 何で!?」

 

 何度も何度も、なんでとヒステリックに叫ぶ恵里。

 

 千切れてしまうのではないかという力で髪を掻き毟り、子供のように駄々をこねる姿は、狂気そのもの。

 

 そんな恵里に、パチンと双鉄扇を閉じた鈴は非常に落ち着いた様子で語りかける。

 

「イナバさんのバンダナはね。闇魔法に対する魔力防御に特化した装備なの。お爺ちゃんの南雲くんが作ってくれたんだ」

「は!? なにそれ、僕への対策ってこと!?」

「うん。だって鈴は、最初から恵里と話しにきたんだから」

「…………は?」

 

 意味が、これっぽっちも理解できなかった。

 

 一秒前まで心を満たしていた感情も吹っ飛び、鈴を見る。

 

「南雲くん達にお膳立てしてもらって、いっぱい手助けしてもらって。恵里が取るに足らないと切り捨てた鈴を、ちゃんと見てもらえるようになるまで鍛え上げてきた」

「……へぇ? で、そうまでして僕を這いつくばらせて罵りにきたんだ? 随分と鈴も歪んできたねぇ〜。いいよぉ? 好きに罵ってみたらぁ? 最後まで聞いてあげるよぉ」

 

 その静けさは、所詮住んだ湖ではなく漆黒の泥沼なのだと。

 

 鈴の底を見た気になった恵里は、嘲笑を浮かべて。

 

 そんな彼女に……鈴は、ゆっくりと口を開いた。

 

「前に、ある人に言われたんだ。鈴の笑顔は造花だって。その言葉は本当で、鈴の笑顔もニセモノ。だから、恵里のことを責める資格なんてない」

「……どういう意味ぃ? 北野みたいな言葉遊びは聞きたくないんだけどぉ?」

 

 片目を細め、首をかしげる恵里。垂れた髪が影を作り、瞳にある狂気を浮き彫りにする。

 

「恵里の言う通り。孤独と寂寥を埋めるために、鈴は馬鹿丸出しにに笑ってきた。常に光の中にいたかったから」

「まぁ、鈴はそうだよねぇ」

「恵里は、鈴にとってこの造花を支えるための支柱。馬鹿丸出しの薄ら笑いを不気味がられないために、八方美人のイミテートにも特別な支えが必要だと示す必要があった」

「ふぅ〜ん。で、それに僕を選んだってこと?」

「勿論、全部が全部そうじゃない。でもね、オルクスの時に雫に寄り添って、一緒に最後を迎えようとした香織と美空を見て。そして……」

 

 神に肉体を明け渡してまで、ハジメ達を守ろうとしているシュウジを見て。

 

 鈴は、この関係の終着点を……いいや、そんな遠い場所ではない。

 

 

 

 原点を、見つめ直した。

 

 

 

「最初から、知っていた。知っていて、見ないふりをし続けた。だって向き合うよりも、それはずっと甘くて楽で心地よかったから」

「……で?」

 

 二つの大迷宮を共に旅したためだろうか、あの男のようにあえて曖昧に語るようになった鈴に、恵里は少々苛立ってきた。

 

 そんな感情すらも見透かしたような、ある意味純粋な瞳のまま。

 

「これは自己満足。ただ鈴がスッキリしたいだけのおままごと。それでも言うね」

 

 鈴は、スッと頭を下げて。

 

「──ごめんなさい、恵里。私達は同じことを互いにし続けていたのに、一人だけ被害者面なんかして、ごめんなさい」

「……はあぁああああっ」

 

 そんな鈴への恵里の答えは、深いため息。

 

 心底くだらないことを聞いた、と。そう恵里は顔を手で覆う。

 

 無駄に時間を使わされた。鈴に蔑んだ目を送り、恵里はそう断じる。

 

「そんなクソみたいな茶番をしにここまで来たわけ? 僕が気がついてないとでも? だったらほんと、鈴って馬鹿だよねぇ」

「──うん、ありがと。そう言ってくれて」

 

 見下した目を、言葉を投げかけられたというのに。

 

 頭を上げた鈴の表情は、とてもスッキリしたものだった。

 

「ああ、スッキリした。やっと完全に、鈴は鈴自身の道化っぷりを思い知れたよ」

「……ムカつく。本当にあの男に似て口達者になって。で、話ってこれだけ?」

「ううん。あとちょっとだけ、鈴の喜劇は終わらない」

 

 故にまだ付き合ってもらうからと、そう遠回しに言って。

 

「ねえ、恵里はさ。どうして天之河くんが好きになったの?」

「────はっ?」

 

 今度こそ、恵里は虚を突かれた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 場違いというレベルではない話題の振りに、ぽかんとしてしまう。

 

 

 

 鈴はその反応を全く気にせず、ガールズトークを続けた。

 

「昔からなんとなく考えてたんだけどさ。やっぱりお家に問題あったりする? 鈴がお家に招いたことはあっても、恵里のお家に一度もお邪魔させてもらえなかったよね。ご両親と何かあった? もしかして天之河くんとはそのことで──」

 

 遠慮なく地雷原を走り抜けていく鈴。

 

 それは恵里の心の根元に傷を入れて塩を塗り込むような行為。

 

 しかも微妙に当たってるから、余計に質が悪い。

 

 

 

 だから、鈴が最後まで質問を終える前に分解砲が撃たれた。

 

 最短距離で正面からやってきたそれを、鈴は〝聖絶・鏡〟で明後日の方向に屈折させて防ぐ。

 

 同時に屍獣兵達も動き出すが、従魔達が瞬時に対応を初めて先制攻撃は失敗する。

 

「ねぇ、教えて? 鈴は恵里を知りたい。名前だけのハリボテじゃなくて、ちゃんと本物になりたいからさ」

「本当に、随分神経を逆撫でするのが上手くなったねぇ鈴ぅ? あの男にたらし込まれて、いろいろ教わりでもしたのぉ?」

「あ、それはないよ。鈴、龍っちにゾッコンだし。それより誤魔化さないで、教えてよ。ねえ、何があったの? どうしてそうなっちゃったの? 天之河くんに何をされたの? どんな気持ちで彼を見て」

「ああ、ウザいウザいウザいっ! もう黙れよぉ!!」

 

 分解砲を照射し続ける恵里に、鈴は分解し始めた障壁を張り直しながら誠意のこもった目で見た。

 

 こちらを真っ直ぐ、なんの淀みもなく貫くその瞳が、ひどく癪に触る。

 

 そんな目はできなくしてやると、恵里は怒りのままに手をかざして、新たな闇魔法を発動させた。

 

「〝無法〟!」

 

 それは、対象のイメージ補完を阻害する魔法。

 

 自分の分解砲と拮抗するほどの障壁をまずはどかしてやろうと放ったその魔法は──不発。

 

「なんでっ!?」

「忘れた? イナバさんのバンダナは闇魔法の無効化に特化した装備だよ?」

「まさか、鈴もっ」

「そういうこと」

 

 ツインテールをまとめる一対のリボンを揺らしながら、鈴は力強く笑う。

 

「それに、この程度の砲撃なら無効化するまでもなく障壁を維持できるよ?」

「……何ですって?」

「八……いや、七割ってところかな。お爺ちゃんの南雲くんの使徒人形や、香織に比べたら使徒のスペックを発揮できてない。さっきの言葉からして〝誰か〟のデータで調整したみたいだけど、むしろ振り回されてるよね?」

「何をっ」

「それに、その剣。見たところ、天之河くんのあの悪魔みたいに御堂さんのものだよね? そしてその剣から()()()()を完全に抽出できていない」

「っ、調子に乗るなっ!」

 

 苦し紛れのように恵里が叫んだのは、それが全て図星であったから。

 

 

 

 恵里の肉体は使徒をベースに、エヒトが残していた《嫉妬の獣》……ランダの肉体スペックを上乗せされた。

 

 通常の使徒より更に強靭なその肉体は、しかし魔法が戦闘の主体である恵里には過ぎたもの。

 

 凄まじい身体能力の制御ができず、分解能力の利用に舵を切ったのが現状である。

 

 

 

 それ以上に、この剣が厄介モノだ。

 

 かつて剣聖と呼ばれていたとある男は、人を守ることを生業としていた。

 

 だが、その為に人を斬るうちに快感に取り憑かれていき、やがて愛する者がいる人間ばかりを狙って惨殺する修羅になった。

 

 やがて男は殺した者達の怨念に呪い殺され、その遺骨から鍛えられたのがこの怨みを具現化したような剣。

 

 

 

 当初ではメルドあたりを殺して傀儡兵にし、後々その王国最高峰の剣術も利用しようと画策していた。

 

 だがスタークがライダーにしてしまい、完全に別の管轄になってしまったので手出しができなくなった。

 

 思えばこれを見越していたのだろう。忌々しい毒蛇だ、と恵里は内心舌打ちした。

 

 

 

 結果、シュウジと同等かそれ以上に嫌うネルファにこの剣を借りることになった。

 

 だが降霊術に秀でた恵里と言えど、何百人もの怨念を避けて男の剣技の記憶だけを降ろすのは難しい。

 

 故に鈴の指摘は全てが的中していて、耳に痛いものがあった。

 

「恵里。鈴はもう逃げない。目を背けない。知らないくせに驕ることはもうしたくない。だから、恵里のことを教えてよ」

「さっきから教えて教えて、うるさいんだよ! 今更知って何になるわけぇ!? 精神的に追い詰めようってことぉ!?」

 

 苛立ちが加速する。

 

 屍獣兵は蟲達に阻まれて使い物にならない。ならばと恵里は四方八方から灰羽を射出する。

 

 一つ一つが分解能力を持つそれは、しかし鈴が双鉄扇を振るって集めた花弁よって相殺される。

 

 再度花弁を生成する一瞬の隙をついて屍獣兵が動きかけるが、すぐさま蟲達が妨害した。

 

 まさに人蟲一体。鈴は今、蟲達と一緒にここで踊っている。

 

「恵里にはもう、そうとしか思えないよね。わかってる……それでも鈴は、恵里を知りたい。知って、ちゃんと──友達になりたい」

「──本当に何言ってるの?」

 

 恵里の砲撃が弱まり、羽があらぬ方向へ散った。

 

 三度目の予想外に、完全に意表を突かれた。今度は完全に意識が言葉の方に逸らされるほどに。

 

 だっておかしいだろう。

 

 あれだけ裏切って、殺して、今も殺し合ってるのに、この女は何を言ってるのだ? 

 

 自分の狂気さえも認識できない堕天使は、小さな少女の真っ直ぐな瞳など理解できないのだ。

 

「わかってる、これはおかしいよ。鈴も、いつかどこかで既に壊れちゃってるのかもしれないけど」

「…………」

「でも、それも鈴の一部。だからほったらかしになんてしない。どれだけ正気を疑われても、それでも鈴はこの想いを否定できない」

 

 だって、と。

 

 魔王と、そしてあの悪人に飛ぶための羽を貰った、小さな蝶のような少女は呟いて。

 

「鈴は、覚えてるから。忘れたくないから」

「何を? 何が?」

 

 理解できないと問い返す恵里に、鈴は言葉を紡ぐ。

 

「仮面の笑顔だけじゃない。手段としての顔じゃない。鈴は覚えてる。何でもない瞬間、恵里が鈴に向けていた気だるそうな顔や、皮肉げな笑みとか、呆れたような……でも少しだけ、楽しそうな顔とかをね」

「………………」

 

 それは、本当にどうでもいいような日常の一ページだ。

 

 学校の帰り道、鈴の家に恵里が泊まった時、あるいは二人きりの、ただの雑談の時。

 

 

 

 恵里にとって他者といる時間が光輝に近寄る為のものでしかない以上、決して仮面は脱がないだろう。

 

 けれど、鈴といるほんのひと時だけ。

 

 その他大勢といる時はズレもしないその仮面が、外れかかっているような。

 

 

 

 

 

 そんな気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回は龍太郎サイド。



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不死身の獣

懺悔しようと、過去は変えられない.

壊れたものは戻らない。

それでも足掻くのは美しいことか、あるいは滑稽なことか。

まあいい。他の余興を楽しむこととしよう。






楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 三人称 SIDE

 

 

 

『オラオラオラァ!!!』

「ハハハハハァッ!!!」

 

 

 

 音が響く。

 

 怒号と、火花と、熱を孕んだ音が伝い、壊れかけた世界に沁みこんでいく。

 

 鳴いては消えるその音は、しかし決して絶えることはなく奏で続けられていた。

 

 

 

 愚者と怪物の協奏曲ではない。

 

 道化と狂者の化かし合いでもない。

 

 これは、心の火という紅蓮に身を包んだ戦士と、極悪が形を成した怪物が。

 

 命を命で削ってかき鳴らす、第三の舞台だ。

 

 

 

「そうだそうだ、これだァ! 殺し合いってのはそうでなくちゃなぁ!」

『どらぁあああっ!!』

 

 愉しそうに笑う紅煉に、ブリザードナックルを振るいながらグリスが叫ぶ。

 

 ステータスに換算すれば強化時のシアにすら匹敵する一撃を、紅煉は巨大な手で受け止めた。

 

 インパクトの瞬間空間に波が走り、強靭な毛皮と筋肉を備えた紅煉の腕さえも震える。

 

「テメェ、逃げ回ってたわりにはいい一撃だなぁ!」

『ああっ、()()()()()()()()()()()()からなぁ!』

 

 ナックルが握り潰される前に前蹴りを放ち、紅煉を遠ざけてからまた踏み込む。

 

 対応して紅煉が頭めがけて突き出してきた鋭い貫手を、体を少し落としてギリギリで回避。

 

 肩のアーマーに擦れて火花を散らしながら、ナックルが横腹に入った。

 

「ぐぉっ!?」

『ぶっ飛べやオラァ!』

 

 腕が振り切られ、横に吹っ飛ばされる紅煉の体。

 

 すぐさま上半身を立て直し、グリスは恐るべき跳躍力で紅煉に肉薄する。

 

『オラァァアッ!』

 

 空中で一回転を加え、さらに右肩のアーマーからゼリーを吹き出して速度を足し、右回し蹴りを叩き込んだ。

 

 痺れるような脇腹の痛みに、紅煉は反応できない……などということはなく。

 

 ニィ、とあくどく笑うと血のように濃い髪を地面に突き刺し、無理やりに体を停止させた。

 

 そして握った右拳を繰り出し、グリスの蹴りをそれで受け止める。

 

「テメェの動きなんざ見えてんだよ馬鹿が!」

『ちぃっ! それなら!』

 

 グリスがゼリー噴射を止め、ふっと体から力を抜いて自ら落下。

 

 ずるりと紅煉の拳の表面を脛の装甲が滑り落ちていき、グリスは背中を見せる形となった。

 

 

 

 刹那、もう片方の肩アーマーからゼリー噴射を噴射して急回転。

 

 左の足裏を、紅煉の顔面に食らわせる! 

 

「ぐがっ!」

『こいつはどうだ、虎野郎ッ!』

「くははっ、おもしれぇ!」

『何っ!?』

 

 紅煉は、無傷。

 

 釣り上がった目をさらに釣り上げ、ガッとグリスの足を掴むと手当たり次第に叩きつける。

 

 むしろ奇襲が悪手になったことに舌打ちしながら、グリスはボクシングのガードの構えに入った。

 

 頭部や鳩尾などへの不意打ちに備えながら耐え続ける腹づもりだ。

 

「オラァッ!」

 

 やがて、紅煉は思いきりグリスのことを投げ飛ばした。

 

 宙を舞うグリスは、しかしマスクの下でニヤリと笑った。

 

『こいつを待ってたぜ!』

 

 スーツではなく、直の足に履いたブーツへ魔力を込める。

 

 そして〝空力〟を発動して虚空を蹴り、瞬く間に紅煉の前へと舞い戻った。

 

『そらぁっ!』

「ぶがっ!?」

 

 突き出した膝が吸い込まれるように鼻頭に入る。

 

 半ば人のような肉体構造をしているならば、そこはどうしても柔らかい場所になる。

 

 案の定紅煉は赤黒い鼻血を噴き出しながら、頭を仰け反らせた。

 

『もういっちょぉ!』

 

 肩アーマーの角度を変え、ゼリー噴射して一回転。とどめに踵落としを繰り出す。

 

 額に入った一撃は避ける暇を与えず、紅煉は体を瓦礫にめり込ませた。

 

 

 

 紅煉の頭を踏みつつ、グリスも着地する。

 

『どうだ!?』

「………………」

 

 足の下にいる紅煉は微動だにしない。

 

 普通の魔物程度なら爆弾スイカのように頭が弾け飛ぶ威力だ。

 

 視覚センサーからも動きは感知されず、気絶くらいはしたかとグリスは考える。

 

 

 

 少し考えた後、完全に頭部を破壊することを決めた。

 

 足をどかして馬乗りになり、両足で極太の腕を動かせないように抑える。

 

 

シングルアイス! 

 

 

『オラァッ!』

 

 そして、正面のボタンを叩いたブリザードナックルを振り下ろした。

 

 グングンと顔面に冷気を発するナックルが近づいていき──不意に、カクリと顔が下に落ちる。

 

 

 

 

 

 その時、凄まじい悪寒が全身を這い回った。

 

 

 

 

 

 センサーなどではなく、本能的な警鐘にグリスは瞬時に動きを止める。

 

 ほぼ同時に、傾いたことで切先がこちらに向いた鼻の刀が三本とも勢いよく伸びた。

 

『チィッ!?』

 

 咄嗟に仰け反り、切先は顎を掠めるだけに終わる。

 

 だがそれで終わりではなく、瓦礫や地面から赤い棘……硬質化した見覚えのある髪が飛び出た。

 

 全方位から串刺しにせんと迫るそれに、グリスの中で焦りが生まれる。

 

 

 

 極度の緊張は神経を過敏にし、視界の全てがゆっくりと引き伸ばされた。

 

 それが、彼に打開策を思いつくだけの十分な時間を与えた。

 

『上も後ろも左右も駄目ってんなら、下だぁあっ!!』

「ぐほぉっ!」

 

 選択したのは、元の通り紅煉に一発食らわせてやること。

 

 しかしそれが功を奏し、フルスイングで胸に叩き込まれた一撃は紅煉の下にあった瓦礫を破壊した。

 

 それによってグリスと紅煉の位置が少し下がり、頭部のアンテナの先スレスレでガキン! とぶつかり合った。

 

 

 

 更に、本体へのダメージによって髪の硬化が一瞬解ける。

 

 それを目敏く察知し、グリスは素早くドライバーにボトルを挿入してレバーを殴った。

 

 

《ディスチャージボトル! 潰れな〜い!》

 

 

 使用したのはヘリコプターボトル。

 

 空いていた左手にゼリーが流出し、巨大なプロペラへと変化する。

 

『そらっ!』

 

 グリスはそれを使い、高速でカッターのように回転させて髪を切断。

 

 檻から抜け出した後、プロペラを分解して床に手をつき、そのまま前転する。

 

 勢いに身を任せてわざと転がり、ある程度距離が取れたところで起き上がって膝立ちになった。

 

『ぶっねえ、串刺しになるとこだった……!』

 

 無傷で切り抜けたことにほっと胸の撫で下ろす。

 

 ドライバーにゼリーを戻し、それから手をじっと見たが……特に目立った変化は現れない。

 

 例えば、〝黄金の粒子〟とか。

 

 

(まだ平気、か……)

 

 

 

 一つ、龍太郎に幸いなことがあった。

 

 それは言うまでもなく、ハザードレベルが上昇していないことだ。

 

 そもそもハザードレベルの上昇とは、ネビュラガスの活性化による肉体の変質を意味している。

 

 しかし、先んじて摂取したチートメイトの効果で肉体は強化され、ガスの効能が抑制された。

 

 

 

 とはいえ、あまり長時間戦っていては辿る末路は同じ。

 

 気を引き締めなおして、まだ倒したわけではない紅煉を睨む。

 

「ってぇ〜! 今のは効いたぜぇ、人間?」

『っ!』

 

 そんなグリスに応えるようにして、不自然な動きで紅煉が起き上がった。

 

 鼻元を拭い、ニィとまるで攻撃が効いた様子もなく邪な笑みを浮かべる。

 

「どうやらテメェのことを侮りすぎてたようだなァ?」

『……へっ! それくらいタフじゃねえと張り合いがねえ!』

「こっからは本気だ、いくぜ人間ンンッ!」

 

 自らを鼓舞する為、あえて挑発したグリスはナックルを構え。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、目の前に紅煉が現れた。

 

 

 

 

 

『なっ、速っ』

「フンッ!」

『ごはぁっ!』

 

 メキ、と首筋が嫌な音を立てる。

 

 それは紅煉の拳が、グリスのヴァリアブルゼリー製のマスクを打ったことによる衝撃が原因だ。

 

 先ほどのお返しと言わんばかりに振り切られた拳で、グリスは後ろへ吹っ飛ぶ。

 

 

 

 そのまま近くの廃ビルにめり込み、バラバラと降り注ぐ瓦礫と共に落ちてきた。

 

『ごはっ、がはっ、はぁっ、はぁっ!』

「いい音がしやがるぜ。やァっぱりテメェは殺し甲斐がありそうだ!」

『チクショウ、テメェ今まで遊んでやがったな……!』

「言っただろ、本気だってなァア!!!」

 

 言葉と同時に、文字通り虎のようにしなやかな脚で一気に踏み込んでくる紅煉。

 

 十分な勢いの乗った拳が後ろへ引き絞られ、それを見たグリスも同じようにナックルを引く。

 

『「オラァアッ!!」』

 

 打ち合ったのは、まさしく全身全霊の一発。

 

 先ほど以上の余波が発生し、あまりの衝撃にマスクの中でアラームが鳴り響いた。

 

 だが、紅煉の拳をどうにか押し返すので精一杯な今の龍太郎に、それを気にする余裕はない。

 

「そらそらそらァ! いくぜぇ!」

『クソがぁあっ!!!』

 

 叫びをも己の勢いに加え、次々と飛んでくる紅煉の拳に抵抗するグリス。

 

 

 

 だが、明らかに体格が違いすぎる。

 

 おまけに本気を出した紅煉の猛攻は力強く、速く、何より勢いに容赦というものがない。

 

 拳の大きさ一つとってもナックルを装備したグリスの二倍はあり、まるで拳の絶壁のようだ。 

 

『ぐっ、がっ!』

「どうしたどうしたぁ! もういっぺん俺様の顔を踏んで見やがれェ!」

 

 

(まずい、ペースに嵌った! 速く抜け出さねえと押し切られる!)

 

 

 反撃は無意味と判断し、グリスは防御態勢に入った。

 

 紅煉はそれを見て一瞬目を細めたものの、すぐに牙を剥いて拳を振りかざす。

 

 来る、と腰を落として備えたグリス。

 

 その瞬間、足に巻きついた何かによって引っ張られた体が宙に浮いた。

 

『なっ!?』

「そらよっと!」

『ぐぁあああっ!?』

 

 そこに叩き込まれる強烈な蹴り。

 

 受け止めた両腕のアーマーから途轍もなく嫌な音が鳴り、それを聴きながらまた壁に叩きつけられた。

 

『ぐふっ……!』

 

 跪くグリス。

 

 垂れ下がった両腕のアーマーから、金色の破片がパラパラとこぼれ落ちた。

 

 

(さっき、何が起こった……?)

 

 

 赤い警告通知で染まった視覚センサーを無視して、紅煉を見る。

 

 自分の体勢を崩したものを探し……やがて、股の間でゆらゆらと揺れるものに気がついた。

 

 それは、髪と同じ色をした尻尾。

 

 ハッ、と口の中で嘲笑を漏らす。それは尻尾があると知っていながら脅威から度外視していた自分に対してだ。

 

 髪を操れるのだ、尻尾程度自由自在に動くに決まっているだろう。

 

『ちと、頭に血が上りすぎたか……』

「なんだ、もうおしめぇかよ。だったらこれでおっ死んじまいなぁあああッ!!」

 

 勝利宣言とも取れる言葉を叫びながら、紅煉が突撃する。

 

 片膝をついたグリスは微動だにせず、一瞬で肉薄した紅煉の振り下ろす拳を見つめ──

 

 

 ズドン! という大きな音が響いた。

 

 その振動で砂煙が舞う中、紅煉の拳は……グリスの頭のすぐ横、ビルに突き刺さっている。

 

『………………』

「………………」

 

 辛うじて死を免れたグリスと紅煉は、超至近距離で見つめあって。

 

「な、ァ…………!?」

 

 やがて、声を漏らしたのは紅煉だった。

 

 目を見開いた彼の左腕は、グリスがアッパー気味に放ったナックルをしっかり受け止めている。

 

 だが。その反対、右の脇腹には──グリスがもう一方の手に握ったツインブレイカーの切っ先がめり込んでいた。

 

『いつ俺が、武器が一つだなんて言ったよ。ええ?』

「て、めぇ……!」

『いい加減、ドライバーの音に似たテメェのやかましい声も聞き飽きてたんだ』

 

 ドクドクと血を垂れ流す傷口に、杭を捻るようにして刺し込んでいく。

 

 紅煉の巨体が震え、その腕が硬く握り締めていたナックルを離した瞬間。

 

 グリスはドライバーのレンチを素早く肘で落とした。

 

 

スクラップフィニッシュ! 

 

 

『だから、こいつで終ぇだあああっ!!!』

「テメェ、人間ンンンンン!!!!!」

 

 ドライバーから供給されたエネルギーを、全て左手のツインブレイカーに充填。

 

 全力の雄叫びとともに、傷口から思い切り上へとツインブレイカーを振り上げる! 

 

 

 

 ツインブレイカーから解放されたエネルギーは、紅煉の体を蛇のように這い回り。

 

 そして光の爆発となって、紅煉の右上半身を盛大に吹き飛ばした。

 

『はぁ、はぁ……流石に、こいつもこれで、死んだはず……』

「──痛ぇなぁ」

『──っ!!!???』

 

 まさか。そんな、ありえない。

 

 そう思いながらも、グリスは自分の体に影を落とす紅煉の死体を見上げ。

 

 そして、木っ端微塵に半身が消し飛んだにも関わらず笑っている紅煉に恐怖した。

 

『な、んで……』

「い〜ぃ作戦だった。だがこの紅煉様の前では無意味よぉ!!!」

『がッ!!!』

 

 長く、長く伸びた三本の刀がグリスを斬る。

 

 一瞬の停滞の後、後押しするように発生した鎌鼬が後ろのビルごとグリスを襲った。

 

「ごっ、がっ、ぐぁっ!?」

 

 隣の通りまで飛ばされたグリスは、激しく地面を転がっていく。

 

 十回も地面に体を打ち付けたところでようやく止まり、同時に変身が解除された。

 

「ごぷっ、な、ぁ……に、が……どう、なっ、て……」

 

 血を吐きながら呟く龍太郎の体に、大きな三本の切り傷がくっきりと刻まれている。

 

 幸いスーツと咄嗟に発動した〝金剛〟、そして筋肉によって臓器までは達しなかった。

 

 だが、しかし。

 

 

 バチッ、バチチッ!! 

 

 

「ちく、しょ。ドライ、バー、が……」

 

 三つに分断されて火花を散らすドライバーに、手を伸ばす。

 

 もうあれは使えない。ならば、とにかく体の方をなんとかしなくては。

 

 混濁する意識の中でそう考えた龍太郎は、奥歯のあたりを意識して、強く噛みしめる。

 

 すると、奥歯に張り付いていたアーティファクトが壊れ、発動した。

 

 それが体内のチートメイトに作用し、魔力を代償に急速に治癒力が高まっていく。

 

 

 

 とりあえずこれで、命の危機は脱したか。そう安堵する龍太郎。

 

 だがしかし、その数メートル先、先の一撃でビルに空いた穴から大きな影がぬっと現れて。

 

 

 

 

 

「褒めてやるぜェ人間。さっきのはマジでやられた。前の俺様だったら死んでただろうよォ?」

 

 

 

 

 

 その獣は、何度も見た醜悪な笑みを浮かべた。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回はまた鈴の方へと。


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それでも、本物になりたかった。

紅煉に一矢報いたグリス。

だが、健闘虚しく紅煉の一撃に倒れる。

ふむ、どうなるか。

では、もう一つの舞台を見てみるか。





楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

「あれが、恵里の本当。演じていたものじゃない、中村恵里の欠片。そう信じるからこそ、鈴はこの願いを諦められない」

「………………」

「だから、恵里」

 

 パチン、と双鉄扇を閉じて。

 

 鈴は、手を伸ばした。

 

「帰ろう。そんな汚れた翼は閉じて、一緒に」

「………………」

「他の誰が恵里を罵ろうと、鈴が守る。それでどれだけ嫌われても、もう笑うだけで全てを済ますことはしない。ずっと隣で、恵里の親友でいたい」

 

 その鈴の言葉に、恵里は答えない。

 

 俯いたことで髪が垂れ下がり、灰翼の作る陰でその表情は窺い知れず。

 

 だが双鉄扇を閉じて手を伸ばせたのは、彼女が分解砲や灰羽の放射を止めたからだ。

 

 

 

 だから、まだ諦めない。

 

 喜劇も悲劇も演じ終わって、二人であのなんでもない。

 

 けれど少し違う、本当の心で笑い合う日々に戻ろうと。

 

 

 

 ……そんな鈴の思いが届いたかのように、砲撃が徐々にか細いものへと弱まっていく。

 

 やがて虚空に溶けていき、同時に動きを止めた屍獣兵達に鈴もアーティファクトの命令を止めた。

 

 通じたのか。そう口元を綻ばせる鈴に恵里が顔を上げ──あまりに冷たい目を向けた。

 

「ばっかじゃないの?」

「──っ!」

 

 その一言に重ねるようにして、巨大な魔法陣が空を覆う。

 

 それは灰羽で作られたものであり、鈴は自分の話を聞くふりをして、攻撃に紛れてこれを作っていたのだと悟る。

 

 

 

 そして、昏い灰色の魔法陣が発動する。

 

 生まれたのは歪み。【神山】の上に現れたものと酷似したそれから溢れ出すのは──魔の者達。

 

 まるで減らした屍獣兵の数を補うように召喚されたそれらは、大戦力といって差し支えないもの。

 

「ほんっとうに、鈴はバカだよね。時間稼ぎしてくれてありがとぉ〜。じゃあ、魔物の波に呑まれて──死んじゃおっか?」

「っ……」

 

 勝ち誇ったように笑う恵里。

 

 これだけの魔物の数、いくらハイスペックな従魔やイナバがいるとはいえ防ぎようがない。

 

 鈴に対抗するように地中型や飛行型も次々と現れており、おまけに屍獣兵もまだ七十体はいる。

 

 それに従魔達は、鈴が喋る時間を稼ぐために半数以上が死に、残りも重傷。

 

 未だに遠くから聞こえる激しい戦闘音からして、光輝や龍太郎が助太刀に来る可能性も低い。

 

 

 

 圧倒的な優越感と共に、先ほどとは真逆に無言になった鈴を見下ろす。

 

 せっかく自分の予想を裏切った状況を作れたというのに、あんな戯言で無駄にするとは。

 

 本当に馬鹿な奴、と込み上げる嗤いを抑えずに曝け出す恵里。

 

「………………」

 

 鈴は、力なく手を落とす。

 

 

 

 

 

 届かなかった。

 

 

 

 

 

 いや、それは分かっていたことだ。最初からそうだと鈴はわかっていた。

 

 それでも足掻きたかったのだ。信じたかったのだ。

 

 あの老魔王のように、遠く届かない場所に行ってしまった親友の手を諦めきれなかった。

 

「ついでだし、最後に遺言くらいは聞いてあげるよ〜? なにせし・ん・ゆ・うだしね? あはははははははっ!」

 

 後悔を心に浮かべる鈴に、高笑いしながら恵里は呪剣を振り上げる。

 

 剣が振り下ろされれば、魔物や屍獣兵達の一斉攻撃が始まるのだろう。

 

 そんな、絶体絶命の状況で。

 

「……残念だよ、恵里」

 

 鈴は、唇を噛み締める。

 

 心の底からみっともなく溢れ出す、途切れることのない未練を吞み下すために。

 

 やがて、恵里の哄笑が途切れるのと同じ頃に。

 

「──これだけは使いたくなかったけど。けど、もう逃げないって決めてきたから」

 

 左目から一筋の涙を流しながら、鈴は恵里のことを見上げた。

 

 再び開かれた双鉄扇の小鈴がシャリン、と音を奏でる。

 

 今更何を、と口元を嘲笑に歪める恵里は。

 

 

 

 

 

 ドガァアアアンッ!!! 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 突如粉砕した頭上の魔法陣に、これ以上ないほど驚いて顔を上げる。

 

 

 

 

 

 そこに、光の大鳥がいた。

 

 

 

 

 

 何百、何千という光の障壁が寄り集まり、神話の朱雀のような形を成している。

 

 それは体から灰色の光の破片──魔法陣だったものを振り落としながら、上へと高く舞って消えていく。

 

「──参番、〝終の型〟」

「っ!」

 

 目を見開く恵里は、大きく聞こえた言葉に慌てて下を見下ろす。

 

「きゅっ!」

「くっ!?」

 

 すると、これまでで最大の魔力を全身から噴き上げた鈴の足元からイナバが飛び上がるところだった。

 

 咄嗟に呪剣を振り下ろし、その命令に従って魔物達と屍獣兵達が一斉に動き出した。

 

 互いを殺す為に。

 

「な、なんでっ!? 命令は届いてるのにっ!」

 

 しっかりと命令を下したはずなのに同士討ちを始めた人形達に、恵里が金切声をあげる。

 

 彼女は正しいが、間違っている。確かに命令は魔法を通して屍達に届いた。

 

 ただし、標的を違えたというただ一点を除いて。

 

「黒紋蝶、何のために飛ばしたと思ったの?」

「っ、まさか幻覚を!」

「もう少し、この踊りに付き合ってもらうよ」

 

 屍獣兵達を惑わす鱗粉を舞いた張本人の言葉に、思わず舌打ちする恵里。

 

 見れば、先ほど跳躍したはずのイナバは動いていない。恵里に攻撃を仕掛けさせるためのブラフだったのだろう。

 

 

 

 策略通りに嵌められたことに苛立ちを感じる間にも、次々と手駒は減っていた。

 

 屍獣兵の素材は対魔物のエキスパートだった騎士・兵士達だ。

 

 そこに超スペックが加わることで次々と魔物は討ち取られ、また回復型の屍獣兵の手で鈴の従魔も戦線に復帰する。

 

 ギリギリと歯を鳴らしながら、かろうじて怒りに呑まれかけていない恵里は魔物達に黒紋蝶の始末を命じた。

 

 唯一正常に動く彼らは、ヒラヒラと戦場を舞う黒紋蝶達に向かって動き出し。

 

「〝その速さ、疾風の如し〟」

 

 黒紋蝶のいる一角へ動こうとした魔物達は瞬く間に破壊された。

 

 唖然とするしかない恵里の前には、半壊したビルの上に着地する巨大な光の虎がいる。

 

「ばら撒いたのは、蝶だけじゃないよ」

「──何をしたわけ?」

「言ったでしょ。舞踊は好きかな、って」

 

 

 

 ──魂魄・昇華混合魔法〝心絵〟。

 

 

 

 鈴が心の中に描いたものを、障壁を用いて擬似的な生物などに具現化する魔法。

 

 最初の空中戦では、空に光鳥を描く為の〝点〟として障壁をこっそりと散らした。

 

 そして屍獣兵の相手をしながら、建物や瓦礫の影へと障壁を飛ばして光虎を描いた。

 

「最後の踊り、見てってよ」

 

 そう笑いかける鈴に、もう儚さなど微塵もなかった。

 

「ふ、ざけるなぁああああっ!!」

 

 ふてぶてしく笑う鈴に、ついに恵里の怒りが頂点を超える。

 

 光虎ごと蝶を飲み込んでやると言わんばかりに、先程の数倍の魔物達をけしかける。

 

 その後先を考えない思考は案外功を奏し、光虎は全ての魔物を瞬時に殺せはしなかった。

 

 ──だが、結果は彼女の思い通りにはいかない。

 

 

 

 

 

 ドォオオン!! ドォオオン!! ドォオオン!! 

 

 

 

 

 

 魔物が蝶に触れた途端、炎の花が咲く。

 

 恵里は、強力な光虎を設置したのは、蝶を守るためではなかったのかと茫然自失とする。

 

「恵里の質問、まだ答えてなかったね。このレベルの魔物を百匹以上、たったの三日くらいで揃えられると思った?」

「……偽物、ってことかな?」

「正解。半分以上は中に燃焼物を詰め込んだ、動く爆弾だよ」

「チッ、厄介なものを……!」

 

 そこかしこに飛んでいるだろう、本物の黒紋蝶と見分けがつかないそれに恵里は眉を顰める。

 

 しかも屍獣兵達の頭部や背中にまで張り付いており、迂闊に魔物が手を出せば爆弾と化すことを悟った。

 

「見た目は綺麗な蝶々、しかし紛れ込んだ爆発物にはご注意を! ……北野っちに似てるかな?」

 

 ハジメ手製のゴーレム蝶を冗談じみた言葉で示唆して、鈴は舌を出す。

 

 

 

 

 

 完全に、恵里よりも余裕を取り戻していた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 プツンと恵里の中で何かが切れた。

 

 こんな場面でジョークなど言われれば、キレない方がおかしい。

 

「あは、あはははは。まさか鈴なんかが僕をここまで追い詰めるなんてねぇ。あのまま、ずっと小鹿みたいに震えてればよかったのに」

「それはもう嫌かな。いつまでも怯えて被害者みたいな顔してたら、龍っちにも相応しくないし。あ、できれば付き合い始めた事、恵里にも祝福してほしいなぁ、なんて」

「…………ああ、もういいや」

 

 これまでのどんな一言より感情のこもっていない声で呟いて。

 

 真っ暗な瞳で、恵里は前触れなく呪剣を片手に鈴へと急降下した。

 

「あぁあああああああっ!! 死ねよぉおおおおおおっ!!」

「…………終わりにしよう、恵里」

 

 

 

 

 

 もう、迷わない。

 

 

 

 

 

 鈴は、包み込むように双鉄扇を振るう。

 

 その瞬間、ビルの中や空中に透明化して隠されていた障壁が互いを結び、巨大な光の亀になった。

 

 それは全力で飛翔していた恵里に止まる暇を与えず、そのまま巨大な口で呑み込んでしまう。

 

「くそっ、くそっ、くそぉおおおおおおおおおっ!」

 

 光亀の体内で分解砲や魔法、果ては怒りで制御可能になった呪剣に溜め込まれた呪いを打ち出す恵里。

 

 だが、攻撃を受けた箇所の障壁が隣の障壁に重なるようにずれる事で、なんのダメージも与えられなかった。

 

「〝光もて、この暗闇を切り拓かん〟──《聖絶・大華》」

 

 

 

 

 

 光が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 光亀が自分を形作る光の花弁全てを〝爆〟へと変え、自らを盛大に散らす。

 

 同時に、ついに魔物を掃討した屍獣兵らも次々とゴーレム蝶によって爆発四散。

 

 閃光と炎、衝撃が廃都市に満ち満ちて──やがて、あっけないほどに消える。

 

 

 

 その名残りである煙を突き破り、ただ一つの影だけが地上へと落下した。

 

 その影は、恵里だ。

 

 翼は千切れ、四肢は折れ曲がり、飛ぶ魔力さえも先の爆発で失った、《色欲の獣》だ。

 

「〝その雄々しさ、波打つ海の如し〟」

 

 最後の光が、鈴によって解き放たれる。

 

 小型の光の龍が残っていた障壁で結ばれ、恵里のことを受け止めた。

 

 同時に素早く体に巻きついて動きを封じ、そのまま降下して鈴の前へと連れてくる。

 

「かはっ、ごほっ………………殺し、なよ」

「……さすがだよ。まだ意識があるなんて」

 

 かろうじて意識を保っている恵里に、感心したように、少し寂しそうに鈴は笑う。

 

 対して恵里は空虚な瞳を鈴に向けることもなく、どこか遠くを見つめている。

 

「恵里……」

「とも、だち? ありえ、ない……死んだ、方が……まし」

「……」

 

 嘲笑も侮蔑も、もはやいらない。

 

 鈴など見えていないかのように話す恵里に、鈴はギュッと唇を噛み締めた。

 

「何もかも、最低、だよ。……僕は、ただ……」

「恵里? ただ……なに? 教えて」

「……」

 

 答えず。

 

 もうその気はないのだと、そう訴えかけるように口を閉ざす恵里に、鈴も一度固く目を閉じる。

 

 心の中にはまだ、恵里を助けようと。このままでもいいから連れて帰ろうと、そう喚く自分がいる。

 

「──そんな半端は、許さない」

 

 そんなことをすれば、また惨劇は繰り返される。届かなかった時点で、自分の負けだ。

 

 

 

 自分自身にそう言って、鈴は鉄扇の片方を掲げた。

 

 いくら特別に強化された使徒の肉体とはいえ、この鉄扇の切れ味ならば首程度容易く落ちる。

 

 それを見て、初めて恵里は目の焦点を元に戻して、鈴を苛烈な瞳で睨め付けた。

 

 ギュッと口元を引き締めて、鈴は精一杯の想いを込めて鉄扇を振り下ろし──

 

 

 

 

 

 

 

「────────────────────────────────────────────────────────────ッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 その時だ。

 

 この廃都市全てに響き渡るような、慟哭が聞こえたのは。

 

「この、声は……?」

「光輝、くん……?」

 

 呟く鈴と、目を見開く恵里。

 

「光輝、くん……光輝くん!!」

「え、恵里っ!?」

 

 死に体だったはずの恵里の体が一瞬、灰色に輝く。

 

 光龍を消しとばし、明滅する翼とボロボロの体をそのままに凄まじい勢いで飛んでいってしまった。

 

 驚愕で咄嗟に動けなかった鈴も、ハッと我に返ると急いで恵里を追いかける。

 

 イナバと蟲達を引き連れ、何故か迷いなく飛翔する恵里を追いかけて。

 

「ああああぁああああっ!!! ああぁあああああああああああああああッッッ!!!!!」

「……光輝、くん?」

「なに、これ……」

 

 ただ一人、血みどろの瓦礫の山で泣き叫ぶ光輝に、ぽつりと呟いた。

 

 一生分の声と身体中の水分を使い果たしてしまうのではないか、そう思えてしまう嘆き。

 

 左足はなく、片目もなく。

 

 それなのに残っている部分の肉体は、ボロボロに千切れた服とは対照的に綺麗だ。

 

 まるで、誰かがそう治したように。

 

「光輝、くん。光輝くん光輝くん光輝くん!」

「っ、まずいっ!」

 

 そんな光輝に、ひしゃげた片手を向けた恵里が〝縛魂〟を使おうとして。

 

「え…………な、なん、で」

 

 光輝の心には今、ぽっかりと大きな大きな穴が生まれていた。

 

 今なら光輝を自分のものにできると、瀕死寸前で、ほとんど本能的欲求に支配された思考で考えた恵里は。

 

 全く光輝の中に侵入することができない自分の魔法に、動揺した声を漏らした。

 

 その時、ぴたりと慟哭が止んで。

 

 

 

 

 

「──────今、俺の心を操ろうとしたな」

 

 

 

 

 

 そして恵里に──深い深い、底の見えない漆黒の瞳が向けられた。

 

「俺の、心を、今。奪おうとしたな、恵里」

「こ、光輝くん? どうしたの? 僕だよ? 君の恵里だよ?」

「天之河、くん?」

 

 あまりに異常なその様子に、恵里のみならず鈴さえも動きを止めてしまう。

 

 光輝は、肉体の一部を損傷しているとは思えないほど力強く、恐ろしい気迫を放っていた。

 

「許さない。絶対に許さないぞ。たとえ俺が君を狂わせてしまったのだとしても。この心は彼女に、俺自身が渡したもの。他の誰にも、俺の心は、奪わせない」

「光輝、く──」

「俺の心は、この命尽き果てるその時まで。彼女だけの、ものなんだ」

 

 涙で濡れそぼった顔のまま、光輝は言葉を吐き出す。

 

 彼の両腕は、まるでそこにいない誰かを想うように、強く、強く握りしめられていて。

 

「──なにそれ」

 

 その言葉に、恵里は本当に、完全に壊れた。

 

「なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ?」

「っ、恵里っ!!」

 

 カクカクと壊れた人形のように首を傾げながら、同じ言葉を言い続ける恵里に鈴は飛んでいく。

 

 光輝がなぜあんなことになっているのかわからないが、このままではまずい。そう直感したのだ。

 

 

 

 その予感は的中している。

 

 鈴が障壁の足場を用いて、恵里へと到達するほんの数秒間。

 

 その間にピタリと言葉を止めた恵里は、こちらを睨みつける光輝のことをジッと見て。

 

 やがて、ニッコリと笑った。

 

 それは、諦めと嘲笑、皮肉と呆れがない混ぜになった不思議な笑顔で。

 

「うそつき」

 

 次の言葉と共に、首から下げていたものを握りしめる。

 

 それは何の為か、彼女が最初から身につけていた、アーティファクト級に強化された魔道具。

 

 名を──〝最後の忠誠〟。

 

 自爆する為の、道具だ。

 

「恵里、だめええええええっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 けれど、光を放ち始めた魔道具が発動するまでには届かない。

 

 

 

 

 

 ならばと、鈴は死に物狂いで障壁を作り出し、光輝へと飛ばして。

 

 

 

 

 

 そして自分は、飛びつくようにして恵里へと抱きついた。

 

 

 

 

 その瞬間、ついに光が解き放たれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──世界が、白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 鈴は、不思議な場所に立っている。

 

 深々と静謐だけが支配する真っ白なそこには何もない。

 

 たった一人、鈴の前に立つ彼女だけを除いて。

 

「恵里……」

「鈴……」

 

 いつか、共にこの世界で戦っていた頃の姿に戻った恵里。

 

 そんな彼女と一定の距離を置いて向かい合う鈴は、しばらく彼女と見つめあって。

 

「変な場所。走馬灯……でも、なさそうだよね。臨死体験っていうのも、確実に死ぬからちょっと違うか」

「なら、鈴も一緒かな」

「さぁ? 思いっきり抱きついてきたんだし、道連れかもね?」

「アーティファクトがまだ機能してくれてたら、鈴も恵里もわからないけどね」

 

 鈴の体内に融合させたアーティファクトには、まだ一つ型が残っている。

 

 それは本当に何もできない状態の場合、鈴と彼女が触れているものに障壁を張るというもの。

 

 あの爆発でアーティファクトが壊れてさえいなければ、まだ可能性はある。

 

 そう微笑む鈴に、ふんと恵里は鼻を鳴らした。

 

「僕をあれだけ容赦なく爆発させておいて、よく言うよ」

「それもそっか」

 

 苦笑う鈴に、恵里の目は不機嫌な色をより強める。

 

 それに従うまま、恵里は鈴へ口を開いた。

 

「なんとなく、この世界は長続きしそうにないし。今のうちに言っておくけど。鈴ってマジでキモいからね」

「……へぇ。例えば?」

「いっつもヘラヘラしてるとことか。陰口叩かれても平気ですよみたいな顔して、やっぱ笑ってるとことか。中身エロオヤジだし、殺し合いの最中に友達になりたいとか頭ぶっ飛んだこと言うし。ていうか、あの北野の真似マジでムカついたよ。それに何より、一人称が名前とか。キモすぎてホント、ありえないよねぇ」

 

 ピキッと、鈴の額に青筋が浮かぶ。

 

 そしてニッコリと、恵里がキモいと言った笑顔であえて反撃した。

 

「そっかぁ、そうだよねー。でも恵里も大概気持ち悪いよ?」

「はぁ?」

「いつも一歩引いてニコニコして、陰口叩かれても笑ってて。実は中身根暗だし。ていうかメガネで控えめで図書委員とか、狙いすぎだから。あと一人称については文句言われる筋合いないんだけど。〝僕〟とか、属性盛りすぎたって。あとあれ、『君の恵里だよ?』って。ププッ、思い返すと厨二すぎて笑えるよ」

 

 確実にシュウジの煽りスキルを一部受け継いでいた。氷結洞窟でイジられていたのが功を奏したか。

 

 恵里の額に青筋がプラス。もはや躊躇する必要は全くなし。そっちがその気なら叩き潰す。

 

「厨二? 鈴の変態度合いには負けるんだけど。てか百合の気あるでしょ、何回か身の危険を感じたことあるし。マジキモい」

「あはは、冗談の範疇もわからないのかなぁ? それにもう彼氏いますぅ〜。初恋拗らせて、いろいろ変な方にぶっ飛んじゃった勘違い女に変態扱いはされたくないなぁ。あはは、キモい」

「「………………ア”ァ”?」」

 

 とても花の女子高生がするとは思えないメンチを切り合う二人。

 

 直後、聞くに耐えない罵詈雑言が二人の間で交わされた。

 

 もしこの場にシュウジがいたのなら、爆笑しながら喜んで実況しただろう。さすが汚い外道汚い。

 

 

 

 しばらくして、息とボキャブラリーの切れた二人が罵倒大会をやめる。

 

 二人して肩で息をすると、不意にピシリと音がする。

 

 その方向を見ると……白い空間に、いつの間にかあの呪剣が突き刺さっている。

 

 そこからひび割れ始めていて、恵里は舌打ちをした。

 

「どうやらお迎えみたいだ。それも最低最悪の女が来たみたい。まあ、この世界もやっと終わるね」

「……」

 

 その皮肉に、答えは返ってこない。

 

 両手を膝についた鈴の顔は窺い知れないが。

 

 そこから零れ落ちる雫までは、隠せない。

 

「……なに、泣いてんの? ばっかみたい」

「うる、さいよ。馬鹿って言う、方が、馬鹿、なんだから……」

 

 嗚咽が、抑えられない。

 

 拭っても拭っても、雫は溢れて止まらない。

 

 

 

 

 

 この別れへの寂しさを堪える方法を、鈴は、知らない。

 

 

 

 

 

「……さっきはああ言ったけど、さ。多分、鈴は死なない。逝くのは僕……私だけ」

「え、り?」

 

 一人称が、変わった。

 

 いいや戻ったのだ、かつて純粋だった中村恵里に。

 

 彼女は、何かを突き飛ばしたような感触が残っていた自分の両手を見て、ハッと笑った。

 

 鈴が光輝のように涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、恵里はまた不機嫌そうな顔をする。

 

「残念だったね。ほら、もう泣かない。鬱陶しいから」

「で、も」

「……ああ、本当に馬鹿。こんな裏切り者で最低のクズ女、何がそんなに惜しいんだか」

 

 仕方がない、と呆れたように笑う恵里の顔は。

 

 かつて、鈴が僅かにだが記憶に焼き付けた、あの顔だった。

 

「え、り。恵里、鈴、は」

「それもキモいから、ちゃんと一人称変える」

「うっ、うん……」

 

 二人きりの世界に、亀裂が走る。

 

 もうほとんどが消え去ってしまった世界の中で、二人の足元から呪剣への道だけが残っていた。

 

 それ自体が壊れかかった呪剣へ、恵里は体を傾けて一歩踏み出し。

 

「……あの時。あの橋の上で出会ったのが、鈴だったなら……そうしたら、どうなってたのかな。なーんて。うん、私が一番の馬鹿かな」

「恵里、すず……私はっ! 恵里と親友で、よかった! たとえ偽りでも、嘘でも、仮面だったとしてもっ! それでも、楽しかったよ! だから、私はっ!」

 

 鈴の体が消えていく。もうこの世界にいられないと、そう告げるように。

 

 なのに、そっぽを向いていたのに、不意にこちらに顔を向けた恵里は消えずにここに残っていて。

 

 その顔に浮かんでいるのは、どこかホッとしたような。

 

 

 

 

 

 やっと、見つけたような。

 

 

 

 

 

 そんな表情のまま、剣の……道の向こうに立つ、どこか上品な雰囲気の人影へと歩き出す。

 

 

 

 そして、最後に。

 

 中村恵里という一人の人間が、本当に最後に。

 

 たった一人だけ、見つけられた親友へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ばいばい。鈴と一緒にいるときだけは。ちょっとだけ、安らいだよ」

「──ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 返す叫びは、届かない。

 

 だけれども。人影に辿り着いて、なぜか鬱陶しそうな顔をする恵里が。

 

 少し振り返って浮かべた表情は、きっと何かが届いたのだろうと。

 

 そう信じるには、十分だった。

 

 

 

 

 

 ……やがて。

 

 白い世界から、一切が消え去った都市の中心に戻った鈴は。

 

「うあ、あああっ、ああああああ……」

 

 嗚咽を漏らし、座り込む。

 

 空中にいた恵里に抱きついたはずなのに、服は壊れていても、落ちた時の怪我はない。

 

 鈴からそっと離れるように空へと消えていく、灰色の羽が何かを意味しているのか。

 

 わからないけれども。

 

 

 

 

 

 それでも、鈴は彼女がそうしてくれたのだと、信じた。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回。



……その火はやがて、凍り付いて消えていく。


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ゼロ度の炎

ふむ、やはり一人で死んだか。

なかなかに面白みのある殺し合いだった。

なあ、お前達もそうは思わぬか?

では。もう一つの結末を見てみるとしよう。






楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

「紅、煉……!」

 

 現れたのは、紅煉。

 

 明らかに致命傷を負ったはずの獣は、まるで何もなかったように半身を取り戻していた。

 

「なんで、生きてやがる……!」

「言っただろ、エヒトからもらった権能があるってよぉ」

「っ、まさか……!」

「そのまさかよ! 俺の権能は〝暴食〟! 食らった相手の生命エネルギーを溜め込んで、好きな時に使えるってぇ力だ!」

 

 つまり、それで今の龍太郎のように肉体を再生もできるのだろう。

 

 なんて厄介なのだと、龍太郎はエヒトに唾を吐きかけてやりたくなった。

 

 

 

 そんな龍太郎にニヤニヤと、紅煉は笑いながら顎をさする。

 

 渾身の一撃を失敗させてやったことに笑っているのか、それとも別のことを考えているのか。

 

 どちらにせよまずいと、龍太郎は力が戻ってきた体を動かし始める。

 

「ぐ、ぉおお……!」

「ほぅ、まァだ動けんのか」

 

 両腕にあらん限りの力を込めて、上半身を持ち上げる。

 

 両足も力んで姿勢を安定させ、龍太郎は不屈の闘志が漲る目で紅煉を睨みつけた。

 

 

(まだだ。まだ戦える)

 

 

 塞がりかけた傷を見て、立ち上がるには十分だと笑う。

 

 そして、肉体の治癒力をさらに高めるためにその技能を持った魔物から取った魔石を使おうとした。

 

 異空間が付与されたドッグタグのうち、魔石やその他の者もが収められている方を握って。

 

 該当するものを念じようとした途端、パキンと音が鳴った。

 

「…………は?」

 

 呆然と、握ったばかりの手を見下ろす。

 

 恐る恐る掌を開けると……ドッグタグが、真っ二つになっていた。

 

 さっきので壊れた。一瞬で理解した龍太郎の全身がゾワリと総毛立つ。

 

 まずい。これはとてつもなくまずい。ドライバー以外の唯一の打開策が無くなってしまった。

 

 

 

 冷や汗が頬に伝う龍太郎を見て、紅煉は一瞬不思議そうに目を細め。

 

 瞬く間に理解すると、大きく口を開けて笑った。

 

「ハーハハハハ! どうやらテメェ、もう武器がねえらしいなぁ!」

「っ!」

「まったく間抜けな野郎だぜ! 根性は一人前なようだが、準備が足りなかったみてぇだなぁ!」

 

 その挑発に龍太郎は酷くイラつくが、腹立たしいことに言い返せない。

 

 ドライバーは壊れた。魔石もない。見れば、メリケンサックも同様に破壊されていた。

 

 万事休す。もう龍太郎に、紅煉と渡り合えるような武器()残ってない。

 

「………………」

 

 ゆっくりと、腰の後ろへ手を伸ばす。

 

 そこにはベルトに巻きつけて固定した大きめのポーチがあり……触れると固い感触が返ってきた。

 

 〝それ〟が壊れていないことに、龍太郎は高笑いする紅煉に悟られないよう安堵した。

 

 同時に絶望もした。よりによってこんなものだけが残ってしまったことに。

 

 

(……ああ、ちくしょう。壊れていりゃ、諦めもついたのによ)

 

 

 まだ、龍太郎は諦めてはいなかった。

 

 

 

 〝それ〟は、断じて武器ではない。

 

 武器は生き残る為に使う物のことを言うのだ。ならばこれを武器と呼んでいいはずがない。

 

 そもそも、実際に使えるかどうかも不明だ。むしろ失敗する可能性の高い目論見である。

 

 唯一手の中に残ったその手段に、龍太郎は感謝することもなく内心でそう悪態をついた。

 

 それの優れた耐久性と、自分の手癖の悪さと……何より、諦めの悪さに呆れを覚える。

 

 だが、まだ反撃の機会が残っている以上は。

 

「やるっきゃ、ねえよなぁ……!」

 

 皮肉げに笑いながらも、龍太郎は完全に立ち上がった。

 

 傷もまだ完全に言えたわけではなく、全身も酷く痛むが、それでも両足で立ったのだ。

 

 紅煉は笑うのをやめて、まだ諦めていない龍太郎に不思議そうな目を向ける。

 

 

 

 真っ向から睨み返しながら、龍太郎はポーチに手を伸ばした。

 

 取り出したのは……スクラッシュドライバーとはまったく異なったドライバー。

 

 黒い本体に赤いレバー、そして二つのスロットがついた……エボルドライバー型のもの。

 

 

 

 ルイネが持っていた、ルインドライバーだ。

 

 

 

 決戦前、隠れ家で皆が寝静まった後に、こっそりと寝床へ行って借りてきてしまったのだ。

 

「ほお、新しい道具かよ。それも捻り潰してやらぁ」

「……すまねえ、鈴。約束破るかもしんねぇ」

 

 先刻、恋人と交わした言葉を思い出し、思わず呟く。

 

 それは懺悔と同時に、龍太郎自身の覚悟を決めるための最後の言葉でもあり。

 

 グッと握ったドライバーをゆっくりと顔の横まで掲げ、力強く下腹部に叩きつけた。

 

 黄色いベルトが伸張し、龍太郎の体格に合わせてバックルをフィットさせる。

 

 紅煉はその様子を愉しげに見守っていた。

 

 

 

 次に取り出したのは、氷結洞窟で生成されたあのボトル。

 

 軽く握られたそのボトルは、白い光を小さく放ち、そして砕けた。

 

 ボトルには、二体のロボットが重なるようにアームを組み合わせるレリーフが現れる。

 

 一回だけ振り、キャップを正面に合わせて蓋を開ける。

 

 唯一無事だったブリザードナックルを取り出すと、そのスロットにボトルを叩き込んだ。

 

 

ボトルキーン!

 

 

 持ち手を上に回転し、ドライバーに合体させる。

 

 完全に合体した瞬間、これまで固く閉ざされていたナックルの表面部分が左右に別れた。

 

 

グリスブリザード!

 

 

 言葉と共に、音楽が奏でられる。

 

 清涼な、それでいてどこか猛々しいメロディーが廃都市の中に響いた。

 

 龍太郎は固くレバーを握りしめ、あらん限りの勇気を持って回し始めた。

 

 

 

 音が変わり、何かが組み上げられていく。

 

 ドライバーと合体したナックルから地面へと冷気が降り積もり、背後に大きな物体を形成した。

 

 ブリザードナックルにどこか似たそれが組みあがっていくのと連動して……龍太郎の両足が、氷に包まれ。

 

 

 

 

 

 そして、音楽が終わった。

 

 

 

 

 

《ARE YOU READY !?》

 

 

 さあ、覚悟はいいか。

 

 もう後戻りはできない。ここから先は全て、凍りついた茨の道だ。

 

 それでもお前は──戦い続けるのか。

 

 

 

 そう問いかけるようなドライバーの音声に、龍太郎は獰猛に笑って。

 

 紅煉へ向けた左の手を軽く振り、人差し指を鋭く伸ばした。

 

「──できてるよ」

 

 龍太郎の左腕が、振り切られる。

 

 その瞬間、勢いよく傾いた背後の物体から大量の冷気が降り注いで龍太郎を包み込んだ。

 

 冷気は美しく、透き通った刺々しい氷柱へと姿を変え、荊のように霜が巻きついていく。

 

 内へ包み隠した者の荒々しさを示すようなその柱に、傾きを戻した物体が後ろへ引いて。

 

 次の瞬間、叩きつけられ──砕けた。

 

 

 

 

 

激凍心火! グリスブリザード! ガキガキガキガキガッキーン!

 

 

 

 

 

 姿を現すは、凍てついた一人の戦士。

 

 まるで氷そのものを纏ったような、冷涼な鎧で体を覆った、心火の化身。

 

 左腕が無骨なロボットアームに包み込まれたのは、もはや人には戻れないという証左だろうか。

 

 黄金の殻を脱ぎ捨て、唯一その鮮烈な赤い瞳だけを残したその戦士は。

 

 冷気を撒き散らしながら、ゆっくりと顔を上げて。

 

『──心火を燃やして、ぶっ潰す』

 

 そう、よく透き通る声で宣言した。

 

「ハハァ! 金ピカの次は氷漬けとはな! 今度こそ頭から噛み砕いてやらぁ!」

『かかってこいや、コラァ!』

 

 動き出したのはほぼ同時。

 

 遊びをやめた紅煉は、一切の手加減無しで拳を繰り出すが……もう遅れは取らない。

 

『どらぁあああ!』

 

 その拳に合わせるようにして、グリスはロボットアームを荒々しく突き出し。

 

「グォオっ!?」

 

 拳を打ち合い、負けたのは紅煉だった。

 

 紅煉の拳はロボットアームの与えた衝撃に弾かれ、それに留まらず指の骨が砕ける。

 

 段違いのパワーに目を剥く紅煉に、一歩踏み込んだグリスが一回転して回し蹴りを腹に入れた。

 

 その一撃もまた、先ほどまでとは別格。紅煉は吹き飛ばされ、ビルに突っ込んでいく。

 

 またも大きな揺れと音が響き、既にボロボロだった都市の一角に土煙が立ち込めた。

 

『……すげぇ。なんてパワーだよ』

「しゃらくせえっ!」

 

 足を下ろしたグリスが呟いた瞬間、内側から弾けるように瓦礫が破壊される。

 

 瞬時に反応して構えを取ると、初めて不機嫌そうな顔をした紅煉が戻ってきた。

 

 その原因は、骨が砕けたまま、雪結晶が纏わり付くように凍りついた右手だ。

 

「テメェ、やるじゃあねえか。本気の本気で殺してやりたくなったぜ」

『はっ! 俺はもうとっくに本気だぜ?』

 

 挑発するグリスに、紅煉は鼻を鳴らし──また嗤った。

 

 

 

 

 

「ぶっ殺してやらァアアア!!!」

『こっちのセリフだぁああッ!!』

 

 

 

 

 

 そして、戦士と獣が殺し合う。

 

 紅煉は柔硬伸縮自在な髪、雷、炎、刀、己の剛体。全てを用いて、目の前の戦士を殺さんとする。

 

 尋常な戦士ならば鏖殺されるだろう数々の攻撃を掻い潜り、グリスは紅煉に肉薄した。

 

『おおらぁあああああああっっ!!!』

「いい加減うざってぇ! さっさと死にやがれィ!!!」

 

 闘志を雄叫びへと変えて、グリスは一歩踏み込む。

 

 紅煉は健在な左の拳を繰り出すが、グリスは素早く体を落として潜るように回避。

 

 その体勢から天を突くようなアッパーが放たれ、ドガァンッ! と顎に当たって出るものではない音が出た。

 

「ごぁっ!」

『もう動きは見えてんだよ! 見えんなら当てるだけだ!』

「テ、メェエエッ!」

 

 顔は上に向きながらも、咆哮した紅煉は下顎から突き出た刀を伸ばす。

 

 素早く振り上げた拳を戻したグリスは、ぐるりと体をさらに屈めながら一回転。

 

 遠心力の乗ったロボットアームを細い脛に叩きつけ、紅煉の重心を大きくずらした。

 

 

 

 もう一方の足でたたらを踏む紅煉。

 

 その隙を見逃さず、グリスは両腕でガッチリと胴体をホールドしてみせた。

 

『ドラァッ!』

 

 そのまま全身の力を振り絞り、紅煉の巨体を持ち上げるとひっくり返す。

 

「ナメんじゃねえ!」

 

 が、紅煉は髪を全て膨張させて、グリスの両腕を外した。

 

 そのまま上空へ飛び上がり、一人倒れたグリスはすぐに体勢を立て直す。

 

 周囲を見渡し紅煉を探すと、少し離れた場所で凍りついた自分の手を見つめていた。

 

「チッ、治りゃしねえ。厄介なもん植え付けやがって、えぇ?」

『ハッ、いいザマだぜ。殺しても治るっつうんだから、氷漬けにしてやったんだよ……ぐっ!?』

 

 軽口を返した瞬間、龍太郎の全身に亀裂が走ったような痛みが駆け巡る。

 

 前触れなく片膝をついたグリスを紅煉が剣呑な眼差しで見ると……グリスに変化が起こった。

 

 

 

 

 

 黄金の、粒子が。

 

 

 

 

 

 その体から、ほろほろと零れ落ちるように飛び散り始めたのだ。

 

『……チッ。やっぱり、こうなるのかよ』

 

 グリスまでならば、まだライダーシステムよりチートメイトの効果が上回った。

 

 だが、この龍太郎と大迷宮の虚像の魔力が混ざり合った未知のボトルは、それを遥かに上回る。

 

 今も全身に過剰なほどの力が満ち溢れ、激しくネビュラガスが活性化している。

 

 ハザードレベルが、桁違いの速度で急上昇しているのだ。

 

「どうやらその力、テメェの命も削るようだなァ?」

『……言っただろ。心火を燃やして、テメェをぶっ潰す。俺自身が燃やし尽くされるまで、この炎は収まらねえ』

 

 全身を引き裂かれるような痛みの中にあっても、なお。

 

 龍太郎は、歯を食いしばって、妙に冷たい体に喝を入れ、立ち上がる。

 

『テメェやエヒトみたいな下衆野郎には、何も壊させねえ。奪わせやしねえ。そう、あいつらにも約束したんだ』

 

 あれは、とても小さな約束事。

 

 だとしても、龍太郎にとっては十分仮面ライダーとして戦うに値する価値がある。

 

 何より、大切な人の為にこの神域で、地上で戦っている仲間達に恥じないように。

 

 その想いを固めるように右手を握りしめ、自分の胸に強く叩きつけて。

 

『あいつらの、仲間達が掴む未来の! そこにある〝ラブ&ピース〟の為に、俺は戦い続けるんだよぉおおおおおお!!!』

「ハッ! くだらねえ! テメェごとその夢、この紅煉様が喰らってやらぁ!」

 

 グリスは、この獣畜生を倒すことで、大切な者達の未来を脅かす障害を一つなくす為に。

 

 紅煉は、未来だの愛だのと、毛ほども価値のないことを喧しく叫ぶ羽虫を叩き潰す為に。

 

 相入れない、漆黒の炎と輝かしいほどの黄金の炎がぶつかり合う。

 

『激闘! 激熱! 激情! テメェごときじゃ、俺のことは満たせねえぇええええええ!!!』

「俺はテメェみたいな、未来なんざ信じてる野郎をぶっ殺すのが大好きなのよォッ!!!」

 

 全てを己が飲み込んでやると言わんばかりに襲いかかってくる紅煉に、グリスは拳を叩きつける。

 

 それはまるで、自分が壊れることも厭わないような、文字通り乾坤一擲の一撃。

 

 それを何度も何度も、何度も何度も何度も紅煉へと繰り出した。

 

『オラオラオラオラオラァッ!!!』

「チィッ、なんつう勢いだ!」

『どうした、そんなも──ガッ!?』

 

 二度目の激痛。同時に黄金の粒子が一気に増える。

 

 猛攻が一瞬止み、防戦一方だった紅煉は大きく嗤った。

 

「隙を見せたな、間抜けが!!」

『ぐぁっ!?』

 

 伸びた神刀が、袈裟斬りに振り下される。

 

 グリスの胸装甲を叩いたそれによって、激しい火花を散らしながら後退させられる。

 

 幸い先ほどのように切り裂かれはしなかったが──それは致命的な無防備だった。

 

「そらよぉっ!」

『ぐっ! ごっ! げはっ!』

 

 荒れ狂う拳の嵐。

 

 今度はグリスが防戦へと追い込まれ、増していく痛みによってろくに反撃もできない。

 

 結局逆転できず、最後の一撃によってグリスは宙を舞うことになった。

 

『かはっ!』

 

 強かに背中を打ち付け、肺から空気が全て抜ける。

 

 内側から蝕む痛みと、外部からの痛み。二重苦で動けなくなったグリスに紅煉が飛びかかった。

 

 今度こそ食ってやると言わんばかりに、醜悪に顔を歪めた獣の影が覆いかぶさる。

 

『う、おおおおっ!!!』

 

 だが、この男の不撓不屈さを軽んじてはいけない。

 

 気合い一つで全ての痛みをねじ伏せると、強く吸った息を叫びで吐き出し、腕を動かした。

 

 右手でレバーを鷲掴み、勢いよく回す。ボトルが光り輝き、成分が活性化していく。

 

 

シングルアイス! ツインアイス!

 

 

 音声が発せられ、弾かれたように右腕を突き出した、その瞬間。

 

 グリスの頭めがけて振り下ろされた一撃を首を捻って躱し、紅煉の顔面向けて拳を叩き込んだ。

 

 

 

 ガキン! と硬質な音が響く。

 

 

 

 一瞬の静寂が訪れ、その体勢のままグリスと紅煉は止まった。

 

『ぐ、ぁああああ!?』

「残念だったなぁ!」

 

 やがて。悲鳴をあげたのはグリスで、笑ったのは紅煉だった。

 

 振り上げた拳は紅煉の口内に到達し、二の腕の半ばまで入っている。

 

 その腕には、鋭い紅煉の牙が上下どちらとも食い込んでいた。

 

「ガブッ!!」

『ぎぃっ!?』

 

 そして、そのまま。

 

 大きく左右へ振られた紅煉の頭と一緒に。

 

 グリスの右腕は、食い千切られた。

 

『ガァアアアァアッッッ!!???』

「ングング、美味ぇ美味ぇ! ちぃとばかし殻がかてぇが、やっぱり人間の肉は最高よ!」

 

 バリバリと、装甲ごとグリスの腕を咀嚼し、味わう紅煉。

 

 股の下でのたうち回る本人に見せつけるようにごくりと大きく喉を鳴らし、血塗れの口を拭った。

 

「テメェの拳は確かに強かったぜぇ? だがそれがどうした、食ってやったぜ? ハーハッハッハッハッ!」

 

 

 

 今度こそ、完全な勝利。

 

 

 

 満身創痍の上、片腕を失ったグリスと、右腕が封じられただけの紅煉。

 

 いざとなれば後で引き千切って再生してしまえばいいのだ、そう思えば無傷と変わらない。

 

 その事実も含め、勝利感に酔いしれる紅煉に──グリスが、ピタリと悲鳴を止めた。

 

『食ったな。俺の腕を』

「……あぁん? 何言ってやがる」

 

 おかしなことを言うグリスを、紅煉は見下ろして。

 

 ふと、その姿に違和感を覚えた。

 

 それは、ドライバーにあるはずのものが存在していないからだ。

 

「テメェ、あの小せえ筒はどうした?」

『どこにやったと思うんだ?』

「何をわけのわからねえこと、を……」

 

 

 

 

 

 ふと、紅煉は何かを思い出しかけた。

 

 

 

 

 

 そうだ、前にも。

 

 

 

 

 

 こんなことが、あったような……

 

 

 

 

 

『ライダーシステムを起動するのは、ボトルの成分だ。それには勿論、いわゆる必殺技ってのも含まれてる』

「…………」

 

 動きを止めた紅煉に、グリス……龍太郎は、とても静かな声で話した。

 

『じゃあ必殺技を発動した状態で、エネルギー源であるボトルを抜いたら……どうなるだろうな?』

「──貴様ァアアアアッ!! テメェの拳の中に筒を握ってやがったのかぁあああああああっ!!???」

 

 答えへと至った紅煉が、怒りと共に叫んだ。

 

 ボトルの認識が一定時間消えたことで変身が解除された龍太郎は笑う。

 

 そう。彼は最初から自分の腕を紅煉に喰らわせるつもりで、あの一撃を繰り出したのだ。

 

 硬く握ったその拳に、臨界まで成分を活性化させたボトルを握り込んで。

 

「テメェの暴食が仇になったな、紅煉。因果応報だ、そのまま中から凍りついちまえ」

「チキショオォォォオオオオオオオオッ!!! 死にたかねぇええええええええええええええええっっっ!!!!!」

 

 いつか、ある男と戦った時と同じことを叫びながら、紅煉は左手を自らの腹に振るう。

 

 貫手のようにまっすぐ伸ばした五本の指が、その腹に到達する前に。

 

 腹部を突き破って姿を表した氷によって、瞬く間に氷柱へと様変わりした。

 

「──────────。」

「へっ。いい間抜け面だぜ、紅煉」

 

 ゆっくりと、残った両足と左手で龍太郎は三度立ち上がる。

 

 ゆらゆらと、大量の血を垂れ流す右手のせいでふらつく体を、しっかり定めて。

 

 そして、唯一残ったその拳を固く、固く握りしめ。

 

 

 

 

 

「あばよ。砕けてくたばれ、ゲス野郎」

 

 

 

 

 

 正拳突きが、氷柱に叩き込まれた。

 

 残る力全てを込めて振るった拳は、氷柱ごと中身の紅煉を破壊。

 

 バラバラに砕け、四方に散らばった欠片から紅煉が再生することは……なかった。

 

「ったく、手間かけさせやがって……うっ」

 

 後ろによろめき、何歩か後退してバランスを取り戻そうとする。

 

 だが失敗し、丁度そこにあった瓦礫を背に座り込むことになった。

 

「……この腕、香織とみーたんの回復魔法でも治るかわかんねぇな」

 

 失った片腕を見下ろし、どこか諦めたように笑う龍太郎。

 

 その体からはもはや、絶え間なく粒子が漏れ出ており……限界を示していた。

 

「あー、クソ。せっかく勝ったのに終わりかよ」

 

 空を見上げて、やけに落ち着いた声でそう呟いてみる。

 

 ドライバーを使った瞬間にこうなることを、文字通り決死の覚悟を定めていた。

 

 だがいざこうして消える実感を持ってみると、案外怖くはないものだ。

 

「……光輝。お前の大切な人、取り戻せたか?」

 

 だからだろうか。

 

 死の間際、脳裏に浮かんだのはしょうがない幼馴染や、仲間達のこと。

 

 誰も彼も厄介な、クセの強い彼らのことを、龍太郎は想った。

 

「雫。南雲達と一緒に絶対、北野のことを取り戻せよ」

 

 徐々に、肉体が薄れ始める。

 

「香織。みーたんやリベル、地上にいる奴らのことは任せたぜ」

 

 光の粒子が大粒となり、宙へと溶けるように消えていく。

 

「……鈴」

 

 そして、最後に。

 

「……約束破って、ごめん。お前のこと、愛してるぜ」

 

 妙に穏やかな、晴れ晴れとした笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 たった一人、坂上龍太郎は──消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──と、まあ。このような結末を迎えたわけだが。どう思う? 南雲ハジメ、八重樫雫よ」

「チッ……!」

「く…………!」

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 その一部始終を鏡のようなものから見て、顔を歪める二人に。

 

 

 

 

 

 玉座に座する邪神が、静かに嗤った。

 

 

 

 

 

 

 




グリス、消滅。

龍太郎、お疲れ様……

次回からハジメ達の場面へ。



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蛇の肉ってササミっぽいらしいね

今回からハジメ達の方へ。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 三人称  SIDE

 

 

 

 

 

 時間はしばらく遡る。

 

 

 

 

 

「……長いわね」

「いったいいくつの空間があるんでしょうねえ」

「敵は大したことはないのじゃがな」

「すまーっしゅ」

「ん。ハジメ、シュウジへの距離は?」

 

 船に降りてこようとする魔物を風系魔法で切り刻みながら、ユエが尋ねる。

 

 各々の武器で魔物を返り討ちながら、同じように目線で問うてくる面々。

 

 ハジメはおもむろに〝羅針時計〟を見た。

 

「……最初の空間を起点とすると、五分の四ってところだな」

「もうすぐ、ねっ!」

 

 少し喜色を載せた声音で、雫が刀を虚空へと振るう。

 

 刃から飛んだ斬撃が直角に曲がり、甲板に着地したばかりのウサギに背後から迫っていた魔物を斬った。

 

「わ、先越されちゃいました」

「ありがと、雫」

「いいえ。これくらいなら造作もないわ」

 

 チン、と納刀した雫はポニーテールを翻し、船首に立つと彼方を見つめた。

 

 クールビューティを体現するような彼女に、ユエ達は顔を見合わせると少し苦笑う。

 

「雫さん、前よりさらに斬撃の精度が増してません?」

「ん。最初の空間での使徒との戦闘で、もっと鋭くなった」

「正直、私でも抜刀がよく見えない」

「まさに剣鬼、じゃな」

 

 今しがた雫がこともなげに斬ったのは、真のオルクス中層レベルの魔物だ。

 

 無論、老魔王との訓練でさらに、格段に力を磨いたユエ達にも雑魚に相違ない。

 

 だが、もう誰もあれが上のオルクスで苦戦していた少女とは思うまい。

 

 その凛々しい横顔にはどこか、抜き身の刃のような危うい色気すらある。

 

「……あの、そんなに褒められても困るわ。南雲くん達の装備に頼っている部分も大きいのだし」

 

 と、そんな四人のヒソヒソ話に雫が振り返り、少し恥ずかしそうに笑った。

 

 

 

 雫の着物やハジメ達の装備にはチートメイト同様の肉体強化・最適化と、その反動を抑える治癒機能がある。

 

 そこにチートメイトでの底上げや、数々の神代魔法を付与された楔丸あってこその技。

 

 しかし……

 

「いや、それでもお前は十分以上に強いぞ。特にその観察眼とかな」

「あらそう? 私は与えられたものを自分なりに全力で使いこなしただけよ。私自身の力は、貴方の言う観察眼と鍛えた剣技くらいじゃないかしら」

「だからそれが一番怖いわ。技能に天眼とか心眼とか出てないか?」

「そんなものはないけど……」

「つまり完全に天然物か……しかもお前、斬撃の瞬間ほぼ無意識に神代魔法を発動してるだろ」

 

 ハジメの指摘に、ふとユエは先程斬られて甲板に落ちた魔物を見る。

 

 そうして魂魄魔法を発動し、鑑定を試みると……魂ごと真っ二つに斬られている。

 

「……すごい」

「おおう……これではあの中村恵里とやらでも、傀儡にできんのではないか?」

「びゅーてぃふぉー」

 

 強力な武具や身体能力を与えられたからとて、それを完璧に使いこなせるかは別問題。

 

 その点、生来の生真面目さと長年の修練で努力の鬼である雫は、ある種の極致に至っていた。

 

 だが、当の本人はまるで足りていないとでも言うような目をして首を傾げる。

 

「この刀じゃなかったら、こうはならないわよ? それに、エヒトを斬るにはもっと極めないと」

「……ああ、そういやお前シュウジの恋人だったな」

「あ、ハジメさんが思考を放棄しましたね」

 

 遠い目で彼方まで広がる()()()を見るハジメに、シアがぽそっと呟いた。

 

 

 

 今更ながら、彼らがいるのは島一つない大海原のど真ん中である。

 

 ハジメが修復した屋形船に乗り、下からの攻撃に備え海面の数十メートルほど上を飛行している。

 

 時折、今のように海や上空からやってくる魔物以外にはなんの変化もない無限の大海。

 

 これ以前にも、天地逆転の世界や大霊峰のみの世界、無数の本棚が並ぶ書庫などなど、様々な世界を通っている。

 

 極め付けには、一つの道標もないこの海。

 

 羅針時計がなければ、ハジメ達は永遠に彷徨うことになっていただろう。ゾッとする話だ。

 

 そうして進む一行だが、本当に進んでいるのか羅針時計以外証拠がないので、少し気が急いている。

 

「……ん」

 

 そんな時、不意にウサギが耳を揺らして前を見た。

 

 船首にいた雫も目を細め、警戒した様子にハジメ達も瞬時に緊張を走らせる。

 

 やがて、彼らの反応したものがやってきた。

 

「……暗雲?」

 

 それは、雲ひとつない快晴に突然現れた漆黒のベール。

 

 ただの雷雲とは思えない速度でハジメ達の頭上に広がったそれに伴い、下の海も変化を来す。

 

 強風に煽られ、凪いでいた海面は荒々しく波打つ。そうして即席の大嵐が完成した。

 

 凄まじい環境変化に顔を顰めつつも、ハジメが下を覗き込む。

 

「……どう考えても、アレが元凶だろうな」

 

 その視線の先には──直径数百メートルはある大渦。

 

 しかしてそれは渦潮現象ではなく、海中の生物が蠢いたことにより生まれた副次的なもの。

 

 同じように手すりから顔を出してそれを見たユエ達は、非常に嫌そうな表情をした。

 

「うわぁ、大きいですねぇ」

「アークより、大きい?」

「三百メートルはあるじゃろうな。よもや、彼より大きな生物がおるとは思わなんだ」

「ん、しかもかなりの覇気を出してる。これまでの魔物とは桁違い」

「私の着物のこれがノミに思える大きさだわ」

 

 雫が自分の着物を一瞥した後、それを改めて見て渋い顔をした。

 

 

 

 そこにいたのは──並外れた大きさの怪物。

 

 

 

 金属質の鱗に全身を覆い、背中には硬質な輝きを持つ背びれを備えている。

 

 

 キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 

 

 

 その時、ハジメ達の視線に応えるように凄まじい咆哮が轟いた。

 

 空間そのものを震わせるそれが彼らの体を叩き、それどころか精神そのものを波打たせる。

 

 恐慌。ゲームでは大ボスにありがちな効果を与えるものだったのだろうが……

 

「うるせえな」

 

 非常に軽い口調で、おもむろに〝大宝物庫〟から〝ネオ・シュヴァルツァー〟を数機召喚するハジメ。

 

 決戦に伴い改良を施されたそれらの砲口からは、一斉にサメ顔の刻まれたミサイルが飛び出す。

 

 空間魔法によって、内部に見た目の30倍の燃焼物を積んだそれらが海面に次々投下され。

 

 一拍の後、とぐろを巻いた怪物のいた場所に巨大な水柱が立つ。

 

 

 グゥオオオオオオ!? 

 

 

 海面下からくぐもった絶叫が上がる。

 

 怒りと、少しの驚愕と痛み。想像以上に矮小な者達の一撃は、己に痛痒を与えた。 

 

 それが我慢ならぬとでも言うように、大気を震わす怒号を唸らせながら両の瞳をゆっくり開眼。

 

 

 そのまま、海面をちょっとした小山のように持ち上げながら鎌首をもたげる。

 

 現れたるは、五十メートルにもなろうかという、アークよりも巨大な竜に酷似した顔。

 

 人の子ほどある鱗、赤黒い眼光を放つ瞳、二重の大牙、体の側面には波打つように張り出したヒレ。

 

 

 

 場所が場所であれば、神と崇められそうな異様。

 

 一度動かば空は曇り、海は荒れる。

 

 そんな、どこぞの神話の生物のような生物だった。

 

「名付けるなら、〝神獣〟といったところかの?」

「ん、言い得て妙」

「……殴りごたえがありそう」

「その分、あの海底遺跡の〝悪食〟以上のプレッシャーがありますけどねぇ」

 

 しかし、そんな程度の重圧など彼女らの戦意を削ぐには足りはしない。

 

 どころか、好戦的に笑いながらヴィレドリュッケンや新武具〝黒剛〟を握るウサギコンビ、魔法を準備するユエとティオ。

 

 無論、既にハジメも戦闘体勢。雫など、どこから斬り込もうか観察を始めている。

 

 そんな不遜な人間達に、自分が恐れられていないことを理解した神獣は怒りの声を轟かせる。

 

「南雲くん、ちょっと中から斬るから口を開けておいてちょうだい」

「おう、ちょうど黙らせようとしてたところだ」

 

 が、それを意にも介さず動きだした鬼が二人。

 

 軽く雫の要求に答えたハジメは、改良の結果砲塔サイズになったイェーガーをガチャンとセットした。

 

 

 ──電磁加速式大口径狙撃砲(レールキャノン)天穿(てんせん)

 

 

 ライフルというよりはレールキャノンとなった88mm砲に、赤いスパークが迸る。

 

 ハジメは、イェーガーの名残とも言える、本体に比べ小さなスロットにゴリラフルボトルをセット。

 

 光は輝きを増し、一瞬で十分以上のチャージが完了した瞬間、躊躇なく神獣へ向けて引き金を引いた。

 

 打ち砕くことにエネルギーの指向を特化させた砲撃は、轟音と爆煙を率いて飛び出していく。

 

 ハジメの赤雷を極大化したようなそれは、大口を開けて咆哮していた神獣の口内に突き刺さった。

 

 どころか、ドバッ!!! と盛大な音を立てて後頭部から飛び出し、曇天をも貫く。

 

 

 

 ガァアアアアアアアアアアッ!! 

 

 

 一瞬で頭部に大穴を開けられ、神獣は多大に困惑の入り混じった悲鳴をあげた。

 

 砲撃の衝撃で仰け反り、動揺で動けない神獣に──この機を待っていた剣鬼がカッと開眼する。

 

「フッ!」

 

 楔丸の抜刀と同時に、足袋の〝空力〟で跳躍し、まっすぐ神獣の口内へ。

 

 

 

 一歩、二歩、三歩。空を蹴る度その速度は増していき、一振りの刃へと。

 

 

 

 先の一撃に迫ろうかという神速で迫る雫に、神獣は傷と痛みを与えられた怒りも併せて豪炎を吐く。

 

 大洞窟の如き顎門から吐き出されたそれは、もはや炎の城壁といっても過言ではない。

 

「邪魔」

 

 しかし、そんなもの彼女には関係ない。

 

 煩わしいという感情さえ置き去りにした平坦な一言と共に、楔丸を一振り。

 

 重力魔法を発動されたそれにみるみるうちに炎が収束されていき、十メートルを超える炎の大太刀に成った。

 

 自分の炎が利用されたことに瞠目した神獣は、更に熱量と勢いを増した火炎を吐き出し。

 

「邪魔と、言ったでしょう」

 

 重力によって擬似的な密度を得た炎刀の振り上げにて、一刀両断。

 

 更には空間魔法を発動し、更にリーチを伸ばした一撃が神獣の上顎を下から分断した。

 

 

 

 頭をかち割られた神獣が、小さな悲鳴を二つになった口から漏らしてぐらりと海面へ傾く。

 

 それを見ながら、雫は炎刀を解除しつつ無拍子と縮地の合わせ技で船へと戻った。

 

「お疲れさん」

「思ったよりも柔かったわね。あれなら外からでも斬れそう」

「うん、まあ、そうだな」

 

 こと切断に関してはお前だけだけどな、という言葉をハジメは飲み込んだ。

 

 シアやウサギも、工夫すれば鱗ごと叩き壊すのは可能だろうが……あそこまで綺麗には斬れない。

 

 そんなハジメの目線に気がつかず、雫はゆっくりと倒れていく神獣を見上げていた。

 

「だけど……」

 

 鋭く神獣を睨む雫の警戒は、図らずも的中した。

 

 

 グァアアン!! 

 

 

 海面に落ちる直前、苦し紛れといった様子の甲高い声で鳴いた神獣。

 

 すると海水が体を這い上がっていき、斬った赤黒の肉の断面に浸透していく。

 

 そして海水が糊のように左右に分かたれた頭部をくっつけて、傷口が見る間に癒えていった。

 

「やっぱりね」

「うへぇ。これ、海水がある限り無尽蔵に再生できるとかですか?」

「だとすると、相当手間じゃのう」

「魔石を破壊、するのは?」

「……ハジメ」

 

 それぞれの意見を聞いたユエが見ると、眼帯をずらして魔眼石を解放していたハジメは唸る。

 

「ダメだな、魔石は見当たらない。あの巨体だ、相応の大きな魔石になるはず。見逃してないとなると……」

「最初からない、というのが妥当でしょうね。あのクリオネもどきみたいに」

 

 至極冷静に言う雫は、先ほどの言葉も含めてこれを察していたようにも思える。

 

 ハジメ達が訝しげな目を向けると、雫は背負った業奠(ごうてん)の柄に手をかける。

 

「これを一度使ったからかもしれないけど、感じたのよ。〝斬れてない〟って」

「お、おう?」

 

 え、そんなのわかるものなの? と動揺する、完全に殺すまで死体蹴りも平気でする魔王。

 

 そんな彼に、神域に入ってからというもの戦う度に何かに到達している雫は告げる。

 

業奠(これ)で、あの固有魔法みたいなものを神獣から断ち切るわ。サポートお願いできるかしら」

「なるほどな、再生能力を分離して、そのまま真っ二つって寸法か。お前ら、いけるか?」

「ん!」

「当然ですぅ!」

「やったるぞ、おー」

「ふふ、お安い御用じゃ」

 

 頼もしく返事をする仲間達。

 

 今は一刻を争う事態なのだ、こんな場所で割く時間を少なくしておきたいのは全員の共通認識。

 

 改めて好戦的な目線を下から受け、更には油断ならない実力を持つ人間達に神獣は少し狼狽える。

 

「さて、じゃあ死ね」

 

 それが致命的な油断だった。

 

 会話しながらチャージを完了していた天穿のビームが発射され、二度空を走る。

 

 一度目でその威力を身をもって知った神獣は、慌てて頭を横に振って回避を試みた。

 

「遅い」

 

 天穿以上のスピードで、顎の下に潜り込んでいたウサギに気がつかずに。

 

 握った右と左の拳を叩き合わせると、二の腕部分に嵌め込まれたクリスタルが一つ輝く。

 

 

 

 それはウサギの体内を駆け巡る莫大な魔力を増幅させる、彼女の破壊力を推進する為のアーティファクト。

 

 〝空力〟で強く両足を踏み締め、限界まで膝を折り曲げてしゃがみ込む。

 

 十分なバネの収縮の後、一気に力を解放してこちらを認識すらできていないノロマな竜に飛び。

 

「出力60%。〝兎槌〟」

 

 アッパーカットを下顎へと叩きつけた。

 

 

 グォオオアアアア!? 

 

 

 

 ボゴォンッ!! と盛大な音を立て、治癒したばかりの顎の骨が数百枚の鱗と共に叩き壊された。

 

 超パワーによって上へと向いた頭部に、二度目のビームが到達、炸裂する。

 

 

 

 幸か不幸か、ウサギの一撃で口は閉じていたため一撃目のように貫通はしなかった。

 

 だが頭部は無惨に焼け焦げ、ヒレや鱗はドロドロに融解してしまっている。

 

「あとは頼んだよ、シア」

「──お任せですぅ!」

 

 見上げるウサギに応えるのは、再び集まり始めていた曇天を突き破って現れた、もう一人のバグウサギ。

 

 ウサギが先制攻撃を入れた一瞬でスカイボードで飛び上がった彼女は今、淡青色の流星となっていた。

 

 〝爆破モード〟になって赤く輝くヴィレドリュッケンを手に、〝空力〟による連続蹴りで加速。

 

 そのまま音の壁を超え、音速の世界に突入しながらヴィレドリュッケンの重量を20トンにまで引き上げる。

 

 超重量+落下による加速を加え、本当の隕石と化したままヴィレドリュッケンを振り上げ。

 

「どっ、せーい!!!」

 

 ダメージで思考が定まらない神獣の頭頂に着弾した。

 

 

 

 轟音、破砕音、最後に悲鳴。

 

 

 

 二人の攻撃で著しく防御力を落としていた頭部の鱗は壊れ、肉が潰れ、骨を砕く。

 

 そのままハジメのビームで柔くなっていた脳を揺らし、神獣は先ほど以上の行動不能に陥った。

 

「──〝圧界〟」

 

 更にその身を縛るべく、ユエが神代魔法を発動させる。

 

 神獣の頭部の周囲三百六十度、全方向に重力場が発生して縛りつけた。

 

「ほほ、では仕上げといくかの」

 

 そして最後の追い討ちをかけるのは、シアのように空高く黒翼で飛翔したティオ。

 

 両手を顎門のように合わせ、黒色の魔力を集束。

 

 そしてシアとウサギが退避したのを見計らい、臨界まで達したのを感じた瞬間──解放。

 

 圧縮され、貫通力の増した黒い光は螺旋を描いて細く槍の如く落ち、寸分違わずシアの砕いた場所に着弾。

 

 黒の槍が、頭を突き抜けて口内に入り、そのまま喉元を内側から突き破って海へと突き刺さる。

 

 

 

 完璧な連携による圧倒。

 

 見事なチームワークを見せた彼らに、しかし太古の神獣の意地も負けてはいない。

 

 

 ク、ァアアアン……

 

 

 弱々しく、己を癒すために肉体を再生しようとする。

 

 思えば雫に頭を両断されても発動していたのだ、もはや思考以前の本能的なものなのだろう。

 

「──ありがとう。十分以上の時間よ」

 

 だが、それをするにはあまりに遅すぎた。

 

 一意専心、その極みに達した剣鬼はとっくに詠唱を終え、旋風が体を包み込む。

 

 遍く現世に繋がる因果を断ち切る業の剣に、神獣はこれまでで最大の恐怖を感じた。

 

 だが、もはや火炎すらも吐くような思考能力は残っておらず。

 

 

 

 

 

「〝天断(あまだ)ち〟」

 

 

 

 

 

 解き放たれた一閃に、今度こそ切り裂かれた。

 

 その一撃は神獣から固有魔法を断ち、海から断ち、魔力を断ち……魂を、断つ。

 

 副次的なものとして、頭から海中に沈んだ尻尾の先に至るまで綺麗に二つに、肉体的にも切断された。

 

 

 ク、ァアアアン………………

 

 

 神獣を屠るに相応しいそれに、賞賛を送るような鳴き声を残して、今度こそ死んだ。

 

 半分ずつの巨体が海面に着水し、盛大な水飛沫を立てる。

 

 そのまま少しずつ沈んでいき、血の海を広げていく様は、ある種圧巻であった。

 

「ふぅ…………」

 

 深く息を吐き、業奠を納刀する雫。

 

 その呼吸には、とても深い疲労の色があった。

 

 無我の境地のその先、究極の己の意に到達するこの技は、心構えが非常に難しい。

 

 肉体というよりは、自分の魂の奥底にあるものを引き摺り出す行いなので、精神的疲労が大きい。

 

「……あ。ごめんなさい、南雲くん」

「何がだ?」

「全部斬っちゃったから、もしあれを食べるつもりだったら固有技能は手に入れられないと思うわ」

「あー、そういやそうか。まあ食いごたえはありそうだったな」

 

 惜しいことをした、とハジメは思いつつも、時間がないので仕方がないと割り切る。

 

「それにしても、なんか最初の時より鋭くなったか?」

「ええ。練習はしたけれど、やっぱり実戦に勝るものはないわね。この刀、より使い慣れてきたわ」

 

 いい笑顔で言う雫にこれ以上強くなるのか、と一同が思っていた、その時だ。

 

 不意にぐにゃりと前方数キロメートル先の空間が歪み、壁のようなものが消えていく。

 

 やがて、遠い先に大きな島が出現する。

 

「あそこが次のゲートか」

「門番をどかしたからってことね」

「ん、その可能性は高い」

「しかし、何かありそうじゃのう」

 

 この空間のゴールと思われる島は、かなりの大きさがあるようだ。

 

 全体が数十メートル級の木々に覆われ、海岸線以外にこれといって陸地が見当たらない。

 

 鬱蒼とした森林。そこに何もないはずがないという疑念は、正当だ。

 

 そしてシアとウサギのウサミミは、すでにその答えを得ている。

 

「強そうな魔物がいますねえ、かなりの数です」

「神獣ほどじゃないけど、時間はかかりそう」

 

 どうするのか目線で聞いてくる二人。

 

 ハジメは脇に抱えたままだった天穿を構え直すと、屋形船の船首にて狙撃体勢に入った。

 

 〝遠望〟と〝熱源感知〟が付与されたスコープには、二人も捉えた数々の魔物が写っている。

 

「ハジメ、もしかして……」

「時間が惜しいんでな、厄介そうなのだけドタマぶち抜いてくぞ」

 

 獰猛に笑ったハジメは、一匹の魔物の後頭部に照準を合わせて引き金を引く。

 

 駆け抜ける赤雷。それは深い森の奥にいた○ングコ○グ的な巨大ゴリラの後頭部に着弾した。

 

 死の閃光に気がつくことすらできず、頭部を吹っ飛ばされたゴリラは絶命した。

 

 

 

 貫通した弾丸がその衝撃でクレーターを作っているが、御構い無しにハジメは次の獲物を探す。

 

 標的発見、照準用意、即射殺。

 

 この動きが延々露繰り返され、羅針時計が示す空間の繋ぎ目付近の魔物を次々と暗殺していった。

 

「きっと、一番強い神獣は撃退したけどまだ強い魔物がたくさんいるよ! 残念だったね! って感じにしたかったんでしょうね」

「ん、嫌がらせとしては良い」

「迷宮に例えるならば、試練のようなものかのう……」

「でも、意味ないね」

「そりゃあ、十キロメートル以上の遠方から精密射撃されるなんて予想もできないでしょうね」

 

 苦笑いする一同。

 

 ともあれ、ハジメの容赦ない攻撃によって島の魔物は反撃の機会も得られずに虐殺された。

 

 他の魔物達は自分よりも上位の存在達が蹂躙されたことを感じ取って逃走。

 

 結果、あっさりと空飛ぶ屋形船によって森の中心にあった石像へとたどり着けた。

 

 

 

 

 

 それを用いて、一行は更なる戦場へと進んでいくのだった。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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邪神

あっさりと敵を薙ぎ倒し、進むハジメ達。

そしてついに、彼らは対面する。

彼らから親友を奪った、かの邪神と。



楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 石像を介して踏み込んだ先は、幾つもの巨島が浮遊する天空の世界だった。

 

 

 

 数十メートル〜数キロと、まばらな大きさの浮遊島からは途切れることなく滝の水が流れ落ちる。

 

 やがて水は霧に変わり、数々の浮遊島のそれらが混じり合って生まれた白い霧の世界は幻想的。

 

 しかもどの島も緑に溢れており、眼下には綿菓子のような雲が連なる雲海。

 

 極め付けには、太陽の代わりに雲の隙間から燦々と降り注ぐ〝天使の梯子〟。

 

 

 

 全てが絶妙に組み合わさって生まれた、幻想的で荘厳たる風景。

 

 天国はここかと無知な者が見れば思いそうなそれに、ハジメ達ですら少しの間見惚れる。

 

 だが感動もすぐに収め、屋形船に魔力を流して雲海の上を滑らせ始めた。

 

 向かうのはひときわ大きな浮遊島。そこを、羅針時計は示している。

 

 やがて、瞬く間にたどり着いた浮遊島には。

 

 

 

 

 

「──やはり来たか、南雲ハジメ。そして神に逆らいし愚か者どもよ」

 

 

 

 

 

 銀の翼と髪を神にそよがせた、魔人族の魔物使い、フリード・バグアーが待ち構えていた。

 

 草原と森林、合間に枝分かれする小川、その上流に鎮座する緑豊かな山。

 

 最も美しきその島の草原の中央、五十メートルに届こうかという白亜のオベリスクが一際強い異質感を示す。

 

 

 

 そのオベリスクの頂上、輝く魔法陣に鎮座するは白い肌と銀の髪、翼を持つ神父服の男。

 

 あぐらをかいて座り、銀の瞳でハジメ達を見ている。

 

 これまでのどんな使徒より、ともすれば《色欲の獣》の座についた恵里に匹敵する存在感だった。

 

 だが、ハジメは変わりはてたフリードを鼻で笑った。

 

「上から下まで総イメチェンとは、思い切ったことをしたな。前の赤い髪と褐色肌の方がまだ似合ってたぞ? まるで親が勝手に似合うと思って買ってきた服を、そのまんま着た感じだ」

 

 ブフッ、と吹き出す声が二つ。シアとティオである。

 

 経験があるのか、肩を震わせる二人に雫が苦笑を零してしまう。

 

 そしてモロ煽りを受けたフリードは、しかし僅かに眉を震わせただけで泰然とした態度は崩さない。

 

「……やはり、と賞賛すべきだろうな。流石は主と精神力で拮抗し、アルヴヘイト様を一瞬で惨殺したあの男の相棒なだけはあるか」

「アルヴヘイト……ああ、あっさりミンチになったヤツか。まあ、あれ以上ディンリード(お義父さん)のツラで何かほざかれても殺意が募るだけだったんで、あいつにはまた一つ感謝しとかないとな」

 

 その発言に少し、ユエの表情が強張ったのをハジメは視界の端で捉えた。

 

 二人はもう知っている。誰より誇り高く愛情深い、あの吸血鬼の本当の心を。

 

 

 

 だからこそ、その顔で、声で、手で自分達を陥れようとしたアルヴなど、万死ではまるで足りない。

 

 ディンリードへの密告に関してはOHANASIがあるものの、ユエはシュウジを取り戻した暁にはまず感謝を述べるつもりだ。

 

「可哀想な者共だ。既に貴様らを守ったあの男の精神は、主に肉体を完全に支配され、消えているというのに」

「ああ? あいつのギャグキャラ的生存力補正舐めんな。たかが神モドキ程度に消されるわけねえだろ。むしろ俺らが遅すぎて欠伸してんじゃねえのか?」

「その不遜、すぐに二度と口に出せなくなることだろう。絶望を目の当たりにしたその瞬間に、な」

 

 これまでの小物臭さはどこへいったのか、淡々と、事実を述べるようにフリードは告げる。

 

 シュウジ仕込みの煽りにすら乗ってこない、感情を波立たせない彼に、しかしハジメは不敵に笑う。

 

「絶望がなんだ。不可能がなんだ。こちとら、あらゆる世界で一番頑固で偏屈な男の希望までひっさげてきてんだ。せいぜいイレギュラーの名に則って──テメェらの三文芝居、完膚なきまでにぶっ壊してやる」

「………………」

 

 言葉などで怯むようなハジメではない。

 

 フリードと真正面から睨み合い、殺気を交わらせる。

 

 やがてその手がドンナーに触れたその時──機先を制するようにフリードが口を開く。

 

「まあ、いい。私の使命はお前とくだらぬ言い合いをすることではないからな」

「へえ、察するに殺してこいとでも言われたか? わざわざ自殺してこいだなんて命令を……ああ! だから髪がそんなになったのか、ご苦労さん」

「「ブフッ」」

 

 またしてもシアとティオが吹く。案外ハジメもノリノリではないだろうか。

 

 だが、立ち上がったフリードは相変わらず無反応で翼をはためかせ、宙に浮かぶ。

 

「私が主……〝エヒトルジュエ〟様から賜った命は、貴様と──そこの女をそのまま通せというもの。この手で貴様を縊り殺せないことは甚だ不本意だが、命とあっては仕方があるまい」

「私と南雲くん、ね……」

 

 ハジメや、本来の神子であるユエならまだしも、何故自分が指名されたのか。

 

 そのことに雫が眉をひそめる中で、ハジメは笑みを崩さず問いかける。

 

「ほう。で、その間お前はユエ達を相手にするってわけか?」

「その通りだ。主は最後の余興として、貴様ら二人との対話を望んでおられる。その末に神罰を受け、そして私が貴様の女を根こそぎ嬲り殺すのだ」

 

 フリードが最後まで告げた途端、オベリスクが突如として輝きを放つ。

 

 それが何であるか漠然と察していたハジメは、ドンナーを神速で抜き撃ちした。

 

 

 ギィン! 

 

 

 だが、硬質な音を響かせて、赤雷はフリードの眼前で停止した。

 

 まるで強固な壁にぶつかったかのようにひしゃげた弾丸は、そのままポロリと落ちていく。

 

「私の空間魔法が以前と同じだと認識していたのなら、それは大間違いだ」

 

 どうやら最初から、空間遮断型の結界のようなものを張っていたようだ。

 

 本人が豪語する通りにレベルの上がったその魔法は、オベリスクが機能を発揮するだけの時間を十分に稼ぐ。

 

 オベリスクそのものが爆発したように輝き、六人の視界を白一色に染め上げる。

 

 ただ一つ、瞬時に視覚としての機能を切った魔眼石だけがその光の意味を見破っていた。

 

 

 

 

 やがて、光が収まる。

 

 色が戻った世界にいたのは──視界の全てを覆い尽くす、魔物の大群。

 

 パッと見ても三千体は超えていると思われるその魔物達は、すべてが()()()()オルクス最下層級。

 

 中には見るからに進化を遂げた見覚えのある魔物もおり、どれも超越した変化を遂げたようだ。

 

 だが何より凄まじいプレッシャーを放つのは、一匹一匹があの白竜と同等の覇気を有する灰竜達の上にいる竜。

 

 二十メートルに至る巨体にまで成長を遂げたその竜の白鱗は、鋼鉄の輝きを放っている。

 

 背中の翼は二枚増え、純白のスパークを吐く口元にはズラリと鋭い牙が並ぶ。

 

 胸元の傷が猛々しさと貫禄を引き出し、神々しいまでのその威容はまさに神の竜──白神竜と形容すべきだろう。

 

 先の神獣をも凌駕する白神竜に従えられた無数の魔物は、壮絶なまでの殺気の波を放つ。

 

 それを平然と受け止めるハジメ達を、白神竜の隣に並び浮かんだフリードは見下ろした。

 

 

 

 

 

「さあ、南雲ハジメ。八重樫雫。この絶望の只中に女共を置いて──貴様らだけが先に進むがいい」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 暗にユエ達と別れを覚悟せよと、そう不遜に見下ろしてくるフリード。

 

 そんなフリードへ、ハジメが魔物全ての殺気より絶大な殺気を。

 

 同時に雫が、全ての魔物の魂を切り裂くような鋭い鬼気を放ち。

 

「馬鹿か? 何故お前らの言う通りに俺らがしなきゃならない?」

「この場で全て斬るわ。邪魔するものは、一切合切ね」

 

 お前達の言うことなど聞くに値しないと嘲るハジメと、斬ることのみに傾倒しユエ達に背中は任せると暗喩する雫。

 

 以前であれば二人の気に狼狽えていたであろうフリードは、しかし冷たい眼差しを変えないまま。

 

「いいや、お前達は招待されるのだ。主の用意した、最後の余興にな」

「はっ、何を──!?」

「ッ!」

 

 刹那、船首に立つ二人に降り注ぐ黄金の光。

 

 雲の間から瞬きする間に現れた〝天使の梯子〟は、あの時見た銀の柱と酷似していた。

 

「シッ!」

 

 即座に雫が抜刀し、空間ごと柱を切断する。

 

 しかし、切り裂いたと思ったその瞬間──黄金の柱は一瞬にして再生をなした。

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ、これは……!」

「無駄だ。言っただろう、主はあの男の全てを支配したと」

「まさか……!」

 

 雫の斬撃すら無効化できる能力など、二人には一つしか思い浮かばない。

 

 流石に焦ったシアやティオが手を伸ばそうとしたのを、ユエが腕を上げて制する。

 

「駄目。これは危険なエネルギーで守られてる。触れたら、その箇所が多分……消える」

「それって、シュウジさんの……」

「内に入ったものを逃さず、外から触れるものを食らう光、か」

「……ハジメ、雫」

 

 これから二人を脱出させることは、自分達では不可能であると。

 

 そう告げられた三人が戸惑う中、ユエはゆっくりとこちらを見下ろしている二人を見た。

 

「二人とも、このまま行って。その光の魔力は転移魔法に似ている」

「……つまり、片道切符の直送便ってわけね」

「文字通りご招待、ってか。あいつの好きそうな演出だな」

「ん。こっちは私達に任せて」

 

 なんの迷いもなく告げたユエに、いいのかと二人は目線で問いかける。

 

 それにユエが言葉で答える前に、彼女の両隣に三人の女が並び立った。

 

「行ってください、お二人とも」

「千載一遇のチャンス。シュウジを、取り返してきてね」

「なぁに、妾達四人全員をまとめて相手しようなどと。奴の泣き顔が眼に浮かぶというものじゃ」

 

 無駄な焦燥や動揺など、もう捨て去った。

 

 四人全員が、こんな程度窮地ですらないと、そう満面の笑みで物語っている。

 

 ハジメと雫は少し目を丸くして、それから互いの顔を見合わせるとふっと笑った。

 

 そして四人を見て、しっかり頷く。

 

 言葉はもういらない。信頼だけを預ければいい。そう伝えたのだ。

 

 正確に二人の心を感じ取ったユエ達は、力強い瞳で笑い返した。

 

「ここは私達に任せて」

「先に行け、なんちゃって」

「ああっ、お二人とも先に言っちゃいました。私が言いたかったのにぃ」

「な〜に、すぐに追いつくさ、じゃ」

「ティオさんまで!」

 

 和気藹々と、まるでシュウジがいた頃のように呑気な会話をする。

 

 あくまでフリードとその軍勢など、一切シリアスに相手するまでもないという意思表明。

 

 

 

 裏を返せば。それは、二人への絶大な信頼だ。

 

 ハジメの信念の不屈さを、雫の想いの不朽さを知っているからこそ、必ず為せるのだという確信。

 

 その間、決して邪魔などさせないように。この程度の雑魚、悉く駆逐してみせよう。

 

 一瞬前とは裏腹に、彼女達の気持ちを理解した二人も、もう迷う理由など一つもない。

 

「元から私の心配なんか、貴女達にはいるはずもないわよね」

「ユエ、ウサギ、シア、ティオ」

「ん」

「なぁに?」

「はいです」

「うむ」

 

 既に二人の体は、ほとんど薄れて転移しかけている。

 

 だから最後に、獰猛な、あるいは鋭利な笑顔を浮かべて。

 

「遠慮なんていらない。俺の女らしく……皆殺せ」

「ちょっと、私の男に不法侵入した不届き者を斬ってくるから。あとはよろしく」

「んっ!」

「任されたー」

「アイサ〜ですぅ!」

「ふふ、任せよ!」

 

 同じ類の笑みを、ユエ達が浮かべて。

 

 

 

 

 

 それを最後に、ハジメと雫の視界から目の前の光景が消失した。

 

 

 

 

 

 一瞬の虚無感と、妙な浮遊感。

 

 その後に、何処かに辿り着いたという不思議な感覚と一緒に体を包む違和感が消える。

 

「「…………」」

 

 いつの間にか背中わせに片膝立ちになっていた二人は、ゆっくり目を開いた。

 

 視界に映り込んだのは、自分達を連れ去った光が消えていく様と、自分達のいる足場。

 

 立ち上がってぐるりと見ると、それが人が七、八人くらいは余裕で乗れるだろう巨大な円柱の上であることがわかる。

 

 

 続けてその先を見ると、深淵の如き暗闇が広がっている。

 

 やがて、目線が一周したところで唯一の物体、円柱から伸びる白亜の通路を発見した。

 

 その通路の先には、上へと向かう階段が連なっている。

 

「罠は?」

「ない」

 

 ハジメの魔眼石や感知系技能、本能的な直感にも通路に危機は感じられなかった。

 

 雫の方も、周囲の闇に危険は感じない。圧倒的な虚空が広がるのみだ。

 

 目線だけを交わし、僅かに頷きあった二人は警戒を解かないままに通路へ踏み出す。

 

 

 

 音のない世界を、二人で歩く。

 

 足音も、呼吸も、衣摺れも、武具が立てる音も、何もない。

 

 周囲の闇がそうしているのだろうか。そんなことを考える二人の目は、とても深い色を移す。

 

 

((いる。この先に、あいつ(あの人)が))

 

 

 羅針時計を使うまでもない。

 

 その確信に、心の中で生まれた冷たい憤怒と切なさが、彼らの中に深淵より深い「黒」を作る。

 

 不思議なことに、とても落ち着いた心でそれを受け止めながら、ついに階段の下へ到達した。

 

 見上げると、階段の先には淡い光。

 

 

 

 

 

 そこへ一段一段と階段を踏み越えて、躊躇なく身を投じた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 また白に視界が染まり、抜けた時。

 

 

 

 

 

 そこは先の深淵とは裏腹に、どこまでも白い世界だった。

 

 上も下も右も左も、純白。地面や天井という概念すら存在しない色だけの世界。

 

 気を抜けば吸い込まれてしまいそうなそこで、目線を巡らせている二人に。

 

 

 

「ようこそ。我が舞台、その終局へ」

 

 

 

 声がかけられた。

 

 深い厚みのある声音。真面目な時は、それこそ圧倒されるような色を纏う声。

 

 耳朶を震わせるそれに一瞬目を見開くも、しかしどこか退廃的で濁ったそれに目を細める。

 

 そんな二人の背後で揺らめいていた光のヴェールがそっと消え、二つの黒だけが残された。

 

 その二人の目線が貫く先で、不意にゆらりと空間が揺れた。

 

 いつの間にやら周囲には石の柱が立ち並び、石畳や滲み出るように現れた壁画など、どこかの神殿のように変わる。

 

 そして中心の、十メートル近い精緻な装飾を施された祭壇の上に鎮座する玉座。

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、いた。

 

 

 

 

 

 

 

 煌く黄金の髪。

 

 エボルトの憑依時よりなお、鮮烈すぎるほどに紅い瞳。

 

 彫刻のように逞しい体を包むは、細かな刺繍が縁に施された、トーガ風の白い衣装。

 

 髪のそれとはまた違う黄金の腰布と、左肩からかけられた紺色の布がアクセントを加える。

 

 玉座に頬杖をつき、歪なまでに三日月の笑みを浮かべ、それでもなお端正と言える顔立ち。

 

 そんな男が、二人のことを見下ろしていた。

 

 

 

 ここにいるのが並の女であるのならば、その姿に一瞬で骨抜きにされていただろう。

 

 あるいは有象無象の男であれば、圧倒的格差に己を打ち砕かれ、信仰を得て平伏しただろう。

 

 

 

 

 

 だが、二人は違う。

 

 

 

 

 

 その笑みや態度に、どこか〝厭らしさ〟や〝醜さ〟があったからだろうか。

 

 あるいはその姿が、本来乗っ取るはずだったユエをどこか彷彿とさせたからなのか。

 

 幾星霜の輪廻を巡ろうと絶えぬ想いを、その胸に秘める女は無情に。

 

 あらゆる〝大切〟を巻き込んででも、その手を掴み取ると覚悟をした男は冷徹に。

 

「ようやくまともに対面したな、エヒト。いいや、エヒトルジュエ?」

「返事は要らないわ。すぐに貴方を、貴方だけを斬って捨てるから」

 

 無遠慮な神々しさを備えた、シュウジの姿をしたそれに、どこまでも冷たい眼差しを向けた。

 

「どうだ? いかにも邪神降臨、といった出で立ちだろう?」

 

 だから、それが──エヒトルジュエがなんとも気さくに話しかけてきたことに。

 

 笑い方が、少しおちゃらけた、悪戯が成功したものに……見知ったそれに変わったことに、驚きを隠せなかった。

 

 だから警戒をしながらも、ハジメはついこんなことを口走ってしまう。

 

「……お前、()()()()?」

「はて、それはどう言う意味かな? エヒトルジュエか、それとも北野シュウジか、という問いかな? うん?」

 

 楽しそうに、揶揄うように聞いてくるエヒトルジュエ……かも、今やわからぬモノ。

 

 聞いていたエヒトルジュエとシュウジの普段の態度が似ているからか、やけに重なる。

 

 それで少し、本人すら気が付かないくらい僅かに戸惑うハジメに、ソレは笑う。

 

「正解を教えてやろう。()()()()だ。正確にはエヒトルジュエの人格が主だがな」

「どちらも、か……」

「…………」

 

 復唱するハジメと、カチャリと僅かに楔丸の角度を抜刀する方へずらす雫。

 

 そんな二人に笑みを深め、頬杖をついているのとは反対の左手を胸に当てる。

 

「この男、実に狡猾で賢かったぞ。あの未知の力で弱った己の人格では我を御しきれぬと悟ったその瞬間、自ら我の人格と融合してきおったわ」

「なんでも、自分ですら平然と道具にするあいつがやりそうなことだな」

「ああ、だが憎々しいことにそれは成功したようだ。奴と我の人格は混ざり合い、不安定ながらも一つとなった。いわばニューエヒトだ。新生エヒトちゃんだ。だからこそ……」

「私を呼んだ、というわけね」

「その通りだ。八重樫雫、この男にとって他の誰より勝る価値を持つ、何よりその隣にいることが安らぐ女よ」

 

 ゆるりと雫へ向けられる瞳には、確かにシュウジが浮かべていたのと似た愛の色がある。

 

 雫は、そんなものに惑わされないと告げるように一際大きく音を立てて鯉口を切る。

 

 それすらも悠然と笑って許しながら、ソレ──否、新生エヒトは口を開く。

 

 

 

 

 

「故にこそ、こう言おう──我のものとなれ、南雲ハジメ。八重樫雫。未来永劫、我が隣でその力を振るうのだ」

 

 

 

 

 

 さしものハジメと雫も、その言葉には少し理解の時間を要した。

 

 いや、エヒトが今の状態を自ら説明し始めた時からなんとなく予想していた提案だ。

 

 だが、それでも意味を理解するのに少し時が必要だった。

 

 その間にもエヒトは一人で言葉を続ける。

 

「我は今、お前達への愛をこの男から引き継いでいる。この言葉を受け取るのであれば、あの神子や貴様の仲間達からは手を引かせよう。全員を使徒として、永遠に迎え入れることを約束する」

「……ハッ! で、この世界の人間は皆殺しってか? 飽きたオモチャをまとめて捨てるように? 別にこの世界の奴らに義理はないが、少しだけ見捨てられない奴らもいるんだよ」

「……私達が欲しいのはあの人であって、不純物が混ざった貴方じゃないの。さっさとその人から離れてちょうだい」

 

 無論、二人の意思は拒絶。

 

 不遜にも自らの提案を蹴った愚かな人間達に、エヒトはスッと表情を消す──のではなく。

 

 むしろ、お前達ならばそう言うと思ったと言わんばかりにニヤリと笑ったではないか。

 

「ふむ、では少し鑑賞会といこう」

「なに?」

「鑑賞会、ですって?」

 

 突拍子もない言葉に面食らう二人に、エヒトは左手を掲げる。

 

「エヒトルジュエの名において命ずる──〝映し出せ〟」

 

 空間そのものに命令を下すと、虚空にヒビが入り、静かに割れる。

 

 そして出来上がった空間の連結部──スクリーンに、どこかの様子が映し出された。

 

 

 

 それを注視した二人は、やがてハッと息を呑む。

 

 スクリーンの中に映り込んでいたのは、ここに至るまで二人が別れてきた人物達。

 

 光輝や龍太郎、鈴、果ては先程別れたばかりのユエ達に至るまで──全ての仲間の様子が映し出されていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「貴様らは懸命に、覚悟を以ってこの場に立っていよう。ではその覚悟の先に何があるのか──お前達の悲願のため、何が失われるのか。それを、見せてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 自然と見入ってしまった二人に、左腕を肘掛けの上に戻したエヒトは、静かに嗤った。

 

 

 





【挿絵表示】


次回は……どうしよ、原作通りシア達+ユエとウサギの戦闘やるか、地上組か。

とにかく、読んでいただきありがとうございます。


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修羅達 序

地上側の戦いがしばらく続きます。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

 パンドラタワー下部、対神軍要塞。

 

 

 

 雪原から空間魔法によって移動したパンドラタワーを中心に展開された、その一角。

 

 ただ一人、老いた魔王のためだけに用意された決戦場が、そこにあった。

 

「そろそろ来る頃だと思っていたぞ、アベル」

「…………………………」

 

 豪奢な王座に座る魔王が、懐かしげな、それでいて冷たい声音で告げる。

 

 ここで一人、戦況を傍観していた彼の前には今、いつの間にか男が立っていた。

 

 薄汚れたローブ。フードの裾から覗く枯れたような白い髪。

 

 装甲に包まれた()()と両足、片手で握って地面に先端をつけた細長いステッキ。

 

 アベルと呼ばれる《獣》は、黙して始の鋭い視線を受け止めた。

 

「久しぶり、と言っておこう。もっとも会うのはこれで最後になるだろうがな。俺かお前か、どちらかが死んで。それで終わりだ」

「………………」

 

 始の軽口にも、アベルは答えず。

 

 俯いてそこにぼうっと突っ立っている様はいっそ不気味だ。

 

 その異様さに眉を顰めた始は、視覚センサーに搭載された〝魂魄看破〟を発動。

 

 返ってきた結果に、ふっと曖昧な笑みを彼へと向けた。

 

「そうか。お前、自我と憤怒の境目を()()()のか」

 

 始の視覚センサーに映っていたのは、燃え盛る紅蓮の炎のごとき魂ではない。

 

 薄汚れた、炎に絡みついていた呪鎖が解け、色褪せた卑しい色に変色した魂。

 

 自分でかエヒトにそうされたかはわからないが、アベルは呪いと己の魂を溶かし合ってしまったのだ。

 

「…………っ!」

 

 ピクリ、と。

 

 これまで一度も口を開かなかったアベルの体が揺れ、顔が上げられる。

 

 初めて正面に向けられたアベルは──両目が鮮血のように赤黒く染まっていた。

 

 

 

 

 

「──我は、怒りである」

 

 

 

 

 

 紡いだ言葉は、呪詛のように毒々しく。

 

 

 

 

 

「──我は、憤怒である」

 

 

 

 

 

 そこには、感情も理性も存在せず。

 

 

 

 

 

「──我は、裁きである」

 

 

 

 

 

 ただただ、怒りの化身のみが。

 

 

 

 

 

「──我は、正義である」

 

 

 

 

 

《獣》に堕ちた男が、在った。

 

「そう、か……少し残念だ、アベル。お前のその信念の強さ、異形とも呼べる精神力にはシンパシーを覚えていたんだがな」

 

 始にとって、アベルは親友を、そして人生の全てを破壊した怨敵である。

 

 だが同時に、どのような存在になっても変わることのないその〝怒り〟には芯を感じていた。

 

 

 

 怒りを保つことと、怒りに呑まれること。

 

 

 

 それは同じようでいて、前者は後者よりも遥かに難しい。

 

 奈落で怒りを力に変えた始は、その難しさをよく知っていた。

 

 だからこそ、アベルの怒りには敬意すら評していたのである。

 

「だが、呑まれてしまったのならばそれまで。修羅道ではなく鬼道を取ったのなら……いや、どちらにせよ殺すんだ。変わらないな」

 

 始の言葉から殺気が溢れ出る。

 

 それはハジメのような、全ての理不尽を破壊するがための激しいものではない。

 

 重く、強く、粘ついた。五十年もの月日をかけて熟成された、深い深い復讐心。

 

 全てを捨てた南雲始を唯一動かしうる、たった一つの感情だ。

 

「グ、ォ、ァアアアァ」

 

 その殺気に反応して、アベルだったもの──《憤怒の獣》が姿を変えていく。

 

 前身から滲み出た鈍色に呑まれ、膨張し、やがて見るも悍ましいモノへと変じる。

 

 

 

 八つの釣り上がった瞳。下顎が二つ連なった口。

 

 それぞれ別の武器を模した六本の太腕に、膝の外側から不恰好な支足の生えた両足。

 

 それらを支える全身の筋肉は不自然なほど盛り上がっており、人型としてのカタチすらも捨てていた。

 

 ただ怒りを体現したかのような、冒涜的な姿だ。

 

『「グルゥァアアアァアアアア!!!」』

「……来い。引導を渡してやる」

 

 雄叫びを上げた《憤怒の獣》は、始を鏖殺せんがため一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 ドッガァアアアン!!! 

 

 

 

 

 

 その瞬間、《傲慢の獣》の目の前の空間が吹き飛んだ。

 

 始は動いていない。

 

 玉座の肘掛けから腕も上げておらず、砲撃したわけでもない。

 

 ただ、不敵な笑みだけを浮かべていた。

 

「お前も学ばないやつだな。この俺が、何の準備も無しにこんなところでふんぞり返っているわけがないだろう?」

 

 〝空裂爆弾〟。

 

 フリードの〝震天〟を参考に作った、空間に固定・接触と同時に爆発させる不可視の爆弾だ。

 

 起爆と同時に撒き散らされる超音波は、通常のライオットならば一撃で引き剥がせる。

 

『「グォオオオオオオ!!」』

 

 通常の状態であるならば。

 

 結びつきを強くしたライオットとの結合は解けず、一歩踏みとどまらせたのみ。

 

 

 

 何の痛痒も感じずに踏み込んだ《憤怒の獣》に──また爆発。

 

 今度は右側面から、一度のみならず二度。互いの威力を相殺しない位置に完璧に仕掛けられていた。

 

 純粋に二倍の威力が発揮され、先ほどよりも少し長く動きが止まる。

 

 煩わしいと言わんばかりに《憤怒の獣》は腕の一つ、モーニングスター型のものを振るう。

 

 始に向けて伸びたそれは、しかし到達する前にいくつもの爆発によって失速した。

 

 引き伸ばされたことで本体ほどの密度がなかった腕は引きちぎれ、さしもの《憤怒の獣》も動きを止める。

 

「どうした? お前は怒り狂うことが本分だろう? そら、来いよ。椅子に座った老人一人程度、簡単に殺せるぞ?」

 

 挑発する始。しかし《憤怒の獣》は動かない。

 

 たとえ理性を失っていようと、本能で察知したのだ。

 

 

 

 この場に、無数の爆弾が仕掛けられていることを。

 

 

 

 一撃で崩せないなら、数を重ねればいい。

 

 殺しきるまで圧殺してやるという始の殺意が透けて見える。

 

 故に動かなくなった《憤怒の獣》に、しかし始はなおも小馬鹿にするように笑った。

 

「足を止めていいのか?」

『「──ッ!?」』

 

 瞬間、何かを察知した《憤怒の獣》は全ての腕を盾に変形して上に構える。

 

 次の瞬間、凄まじい重圧が上空から落ちてきた。

 

《憤怒の獣》の巨体を軽く凌駕する範囲に降り注いだその圧は、全力を使ってなお押される。

 

 重圧と《憤怒の獣》の拮抗する力によって、特別頑丈に作られた地面が放射状にひび割れていった。

 

 

 

 その攻撃の出所は、ヴァールよりも上空、成層圏間近に浮遊する巨大な半人型の巨大兵器。

 

 撃ち落とされた重力砲は、従来のライオットが百体いても押し潰せるだけの威力がある。

 

 しかしそれだけに、あまり放射時間が長くない。底なしの始の魔力すら相当持っていくのだ。

 

 だから老魔王は、次の手を打つ。

 

「これで死ねばいいがな」

 

 初めて右手が動かされ、その人差し指が《憤怒の獣》に向けられる。

 

 すると、《憤怒の獣》の周囲に風のカーテンを纏っていた小型のアーティファクトが出現した。

 

 眼球型をしたそれらは、上からの圧にかかりきりになっている《憤怒の獣》に容赦なくレーザーを発射した。

 

 太陽光を凝縮・魔法的処理が行われた、超熱線。

 

 アーティファクト自身が回転することで、四方八方から《憤怒の獣》を切り刻む。

 

 一拍置いて、切れ込みが入る。そのままバラバラに崩れていく《憤怒の獣》の醜い体。

 

『「ゴ、ガ、ァアアアァ!!!」』 

 

 だが、それでは終わらない。

 

 

 

 

 

 二つの口から、咆哮が轟く。

 

 

 

 

 

 その瞬間、始は肌で世界そのものが()()()()()()ような感覚を覚える。

 

 直後、決して目を離していなかったにも関わらず、確実に殺したはずの《憤怒の獣》は──無傷だった。

 

 

(現実の改変、いや限定的な事実の抹消。知性を失ってなお、その力を使いこなすか)

 

 

 始が僅かに目を細めたのと同時に、重力砲の照射が終わる。

 

 すぐにレーザービットを退こうとしたが、その前に《憤怒の獣》が振るった大剣によって全て破壊されてしまう。

 

 それに反応を見せることもなく、《憤怒の獣》は怒りの叫びを撒き散らしながら進撃を再開し。

 

「……面白い」

 

 始は、獰猛に笑った。

 

 第一プランが失敗に終わった始は、すぐさま二つ目のプランを実行に移す。

 

『「ゴアアアァァアァアアアァ!!!!」』

 

《憤怒の獣》の全身にねじれた棘が突出し、始に向かって射出される。

 

 更に、大剣、モーニングスター、棘鞭、極太の槍……

 

 六本のうち武器に戻った四本の腕が自ら飛ばした飛刃ごと叩き潰すように空間を駆け巡って迫った。

 

 当然空裂爆弾が起動するが、それを物ともせずに強引に腕を進ませた。

 

「さて、その腕は俺に届くかな?」

 

 悠然と座する始。

 

 これといった迎撃体制を取らないまま、壁のような攻撃を見据え。

 

 

 

 そして、《憤怒の獣》に飛刃と武器が突き刺さった。

 

 

 

『「ッ!!???」』

 

 顔面にめり込んだ自らのモーニングスターに、複眼を見開く《憤怒の獣》。

 

 更に大剣が右足の太ももを貫き、鞭が腹部を打ち据え、太槍が肩を抉り取る。

 

 飛刃は接触の瞬間、再統合することでかろうじてことなきを得た。

 

 よろめく《憤怒の獣》は、八つある視界のうち、潰れていない五つでこのダメージの原因を探す。

 

 ある一定の距離、不自然な場所で腕が途切れている。

 

 消えた部分は勿論、今自分の体を穿っている真っ最中である。

 

 つまりは空間が切り取られ、別の場所に繋げられているのだ。

 

 

 

 思考なき怒りの化身に、それを原理として理解することは不可能である。

 

 だが、怒りの矛先が届かぬことにより一層の怒りを募らせ、最適な動きを取ることは可能だった。

 

『「アアアァアアア!!!!」』

 

 絶叫し、全ての腕を統合する。

 

 一つに集めたそれを変形させ──2秒にも満たぬ時間で、この広場全体を影で覆うほどの巨大なハンマーとした。

 

 拡大の最中にいくつもの空裂爆弾が起爆したものの、瞬時に欠損部分を補うことで対応。

 

 

 

 始は予備のレーザービットを飛ばして、支えである《憤怒の獣》を破壊しようとした。

 

 しかし、高速で動き回るビットは全て、《憤怒の獣》の全身から解き放たれた飛刃によって撃墜される。

 

 更に普通の物理攻撃では通らないと感じ取ったことで、《憤怒の獣》は〝抹消〟の力を纏わせ。

 

 それを始へ向けて振り下ろした。

 

「……なるほど、いい案だ。空裂爆弾も〝反射結界〟も、これならば丸ごと叩き潰せるな」

 

 だが、と巨大なハンマーを見上げながら始は呟き。

 

「俺の前で時間をかけすぎだ、馬鹿め」

 

 始の右目が一瞬輝く。

 

 その視界に収まっていたライオットは、気がつけば()()()()()が数メートル後ろにあった。

 

 

 

 概念特化:空間魔法《カット&ペースト》。

 

 

 

 数十年に渡る概念魔法、ひいては神代魔法の修練は、魔法適正のない始に絶技を身に付けさせた。

 

 先の迎撃も使われたその力により、体の半分を失った《憤怒の獣》の上体はハンマーを支えられなくなる。

 

 不幸中の幸いは、巨大すぎるが故に本体であるアベルが上半身に全て収まっていたことか。

 

《憤怒の獣》はすぐにハンマーを解体して、その分を新たな下半身の形成に回し始める。

 

「遅い」

 

 それを許す始ではない。

 

 再びカット&ペーストが発動され、両腕からハンマーが空間ごと分断される。

 

 宙に浮いた巨大な円柱は、再び繋げようと《憤怒の獣》が両腕を伸長させた途端に吹っ飛んだ。

 

 始の目がまた輝いている。行使したのは斥力操作だ。

 

「反転」

 

 完全に機動力を奪った《憤怒の獣》へ、今度は全方位から重力を浴びせて空中に固定する。

 

 そのまま重力の方向を操作し、下手なことができないよう、両腕を限界まで横に伸ばした。

 

『「グガアァアアアッッ!!!!!」』

 

 身をよじって重力の檻から逃れようとする《憤怒の獣》だが、始は更にもう一手加える。

 

「《概念特化:重力》──〝斥十字〟」

 

 三度、始の瞳が輝いた。

 

 直後、《憤怒の獣》は自分の体が内側からバラバラに引き裂かれていくような、筆舌に尽くし難い激痛を覚える。

 

 それは決して錯覚などではなく、《憤怒の獣》の肉体は細胞単位で反発しあい、破裂しようとしていた。

 

 

 

 〝斥十字〟。

 

 

 

 それは始が常時視覚センサーに発動している、昇華魔法の情報を閲覧する概念により解析した相手の肉体に、内部から斥力を発生させる魔法。

 

 細胞一つ一つが互いを引き離そうとすることで相手の肉体はバラバラに解け、崩壊して死に至る。

 

 同時に外部から重力をかけることで反発の性質を強め、逃げ場のない苦痛の牢獄に閉じ込めるのだ。

 

 

 

 これは、一つの概念を突き詰めることで武器とする始の切り札の一つ。

 

 名を《概念特化》。

 

 一切魔法の素質を持たない始は、失った肉体を復元するのではなく、無数のアーティファクトで補った。

 

 継ぎ接ぎの半人半機。その見返りとして、始は七つの概念を極限まで使いこなす力を得たのである。

 

「そのままズタズタになるのをゆっくり見ていてやる……などと、悠長なことは言わない」

 

 そんな始にも、いくつかの懸念が存在した。

 

「俺はかつて、お前に隙を見せた事で全てを奪われた。だから二度と油断などしない。勝利など感じない。最後まで、確実に、絶対に、殺す」

 

 だからこそ勝利を確信することは断じてあり得ず、最後の一手を仕掛けた。

 

『「ガグギィァアアァアアアァァ!!!」』

「──消えてなくなれ。お前が誰より使いこなした、その力のように」

 

 始は、まるでトリガーを引くように金属の皮膚で覆われた左手の指を引いて。

 

 

 

 そして、自壊していく《憤怒の獣》に白い極光が降り注いだ。

 

 

 

 ティオの魔力砲にもどこか似ているその光の柱は《憤怒の獣》の姿を一瞬で飲み込む。

 

 轟々と音が鳴り響き、ハジメをして舌を巻く堅牢な要塞の一角を激しく揺らした。

 

 その閃光は、接触した相手を別次元へと強制転移させるもの。

 

 行き先は虚無。始が空間魔法で作り出した、〝あらゆるものが存在できない空間〟である。

 

 逆説的に、そこに入った有機物無機物は例外なく全て消滅する。

 

 激しい光の奔流は数十秒も続き、やがて細々しくなっていくと消える。

 

 後には、パンドラタワー本体と同じ強度を持つ広場の床にぽっかりと空いた穴だけが残った。

 

 いかに《憤怒の獣》が〝抹消〟を本能的に使おうと、刹那の時間も存在を保てないだろう。

 

「……………………」

 

 完封。

 

 強力無比なアーティファクトと、この世界のユエでさえも到達していない《概念特化》の技の数々。

 

 アベル本来の用心深さを失っていたとはいえ、《憤怒の獣》に手も足も出させなかった。

 

 完全勝利。そうハジメや、五十年前の始ならば確信しただろう。

 

 

 

 

 

 ピシッ…………

 

 

 

 

 

 だが、始は知っている。その男の執念深さを。

 

 その強情さを、その頑固さを、その──類を見ないほどの、意思の強さを。

 

 だから、目の前で空間そのものが荒々しくガラスを叩き割るように破壊され。

 

「………………見事だ。正面から戦う以前に、これだけの罠を仕掛けて圧殺する技量。純粋に驚いた」

 

 開いた深淵から、その男が悠然と戻ってきても驚かなかった。

 

 むしろ、顰めっ面と鋭い目を歪ませ、これまでで一番楽しそうに笑うではないか。

 

「お前ならば、凌駕すると思ったぞ。その呪いのような怒りを」

「予想外に時間がかかったがね。だが、我が怒りは我が意によってのみ成すもの。怒りそれ自体であってはならない」

 

 だから、と盲目に戻った目を見開き。

 

 

 

 

 

 

 

「今度こそ、僕自身で君を殺す。既に〝紛い物〟の意思は消えた。我が怒りは、最後に君を倒すことで収めるとしよう」

「やれるものならばやってみろ、カビの生えた骨董品が」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、修羅と修羅の第二ラウンドが始まる。

 

 




まずは前哨戦。

読んでいただき、ありがとうございます。



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魔神の妃達 起

今回はユエ達。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

「……さて」

 

 

 

 〝天使の梯子〟が消え、ハジメ達が転送されたのを見送ったユエ達。

 

 その光が粒子まで霧散したのを見届けると、おもむろにティオが呟いた。

 

 それを皮切りに、四人から凄まじい殺気が溢れ出る。

 

「何やら、阿呆なことを抜かしていたようじゃが」

「私達を、嬲り殺すとかぼやいてた」

「ん。寝言は寝ていえばいい」

「学習能力ってものがないですよねぇ〜」

 

 数百、数千、そういった数の魔物達は皆、一匹でかつての王都程度なら壊滅させられただろう大戦力。

 

 だというのに、たった四人が放つ、空間そのものを支配するような圧に逆に怯んでいた。

 

 その包囲の先、白神竜の隣にいるフリードも馬鹿を見る目で見られ、スッと目を細める。

 

「私が、かつての私と同じではない。そう言ったはずだ。我が主から力を授かった今──あの化け物どもに比べれば、貴様ら程度捻り殺すことは容易いと知れ。故に貴様らにはこれまでの屈辱、何倍にもして返してくれようぞ。せいぜい、断末魔にあの男の名を叫びながら死ね」

「ふぁ……あ、終わった?」

「すいませ〜ん、長そうだったので最初のあたりで聞くのやめました⭐︎」

「ん。ちょっと聞く価値がなくて何言ってるのかわからなかった」

「ほほ、これこれお主ら。あんな輩でもキメ顔で言ってるのじゃ。情けというものをかけてもよいじゃろう?」

 

 渾身の決め文句、まるっきり無視。

 

 それどころか、何か言ってた? みたいなどこまでもとぼけた顔をあえてフリードに見せた。

 

 この四人、伊達にハジメとシュウジのじゃれあいを何ヶ月も見てきたわけではない。

 

 鈴と同じか、それ以上の煽りを身につけている。ミレディと何回か会ってるシアは更に。

 

 

 

 故に、一拍の沈黙。

 

 

 

 後に……

 

「殺せっ!」

「ん。蹂躙してあげる」

「──〝部分獣化〟」

「ぶっ殺しますぅ!」

「滅殺してくれよう!」

 

 開戦。

 

 

 

 

 極光の豪雨、炎の津波、衝撃の嵐、銀の閃光や羽──あらゆる魔物やフリード自身からの総攻撃。

 

 どのような優れた戦士、あるいはそれ以上であろうともなす術もなく鏖殺されてしまうだろう、絶対の壁。

 

 だが。ここに揃うは、さらにそれ以上──勝利へと絶対到達する魔神の妃達であるからには。

 

 あまりに、温すぎる。

 

「〝一天(出力100%)──豪兎破〟ッ!!」

 

 刹那の時間の溜めから、ウサギの魔力衝撃を伴うジャブが攻撃の包囲の一角へと放たれた。

 

 それはほんの一瞬、本来は月の小函(ムーンセル)を解放せねば使えない全力を解放する技。

 

 始特製、彼女の破壊力を最大限に活かす戦闘装束があって初めて成立できる一撃。

 

 それによって極光も炎も、その他全ての攻撃も衝撃に吹き飛ばされ、先頭の魔物達が正面から圧壊する。

 

 攻撃の勢いが一瞬衰え、そこにウサギは()()()()()を繰り出す。

 

「〝二天(出力200%)──光穿兎〟!!」

 

 続けて放たれたのは、貫通に特化した突き。

 

 範囲内にいた魔物は、まるで風船が弾けるように抵抗する間も無く肉体を破壊された。

 

「シア」

「ほいさ、ですぅ!!」

 

 ウサギが名を呼び、ほぼ同時にシアがブーツの金の羽飾りを輝かせ跳躍する。

 

 バグじみた肉体強化の上から超常的なブーストがかけられ、シアはウサギの開けた穴を一瞬でくぐり抜けた。

 

 そうして狙いを定めたのは、毒素を持つ極光を吐きながらも無防備な状態の灰竜達。

 

 

 

 

 シアはヴィレドリュッケンの持ち手に融合したダイヤルを〝殲滅モード〟にセットする。

 

 そして反対側に取り付けられたトリガーを引いた瞬間──ヴィレドリュッケンの先端部分が膨張した。

 

「まとめて潰れろですぅうううう!!!」

 

 魔力で形成・固定された大戦鎚を、有り余る膂力で薙ぎ払う。

 

 瞬時に回避することができない灰竜達が、ギョッとした瞬間に圧倒的大質量でひしゃげて潰れていく! 

 

 そのまま大戦鎚が振り切られて彼方まで吹っ飛ばされていき、バグウサギ二人にフリードは目を鋭くした。

 

 そのままフリードは、半減したとはいえ十分な威力の攻撃に身を晒したはずのユエ達を見下ろす。

 

「それは……」

「〝輝虹結界(きこうけっかい)〟……あなたの魔物程度じゃ、破れない」

 

 燦然と輝く、七色の結界によって三人は守られていた。

 

 現象を減退・無効化する結界は、無数の特色を持つ総攻撃を完璧に防ぎ切った。

 

 圧倒的な魔法技術。白いローブをはためかせ、想い人と同じ黒のドレスに身を包んだ美姫は不敵に笑う。

 

「ウサギ、いけるかの?」

「──当然」

 

 ゆるりと振り返ったティオに、反動をパーカーの機能でリカバリーしたウサギは頷く。

 

 そして二人は、輝虹結界が消えるのと同時に包囲網に向けて飛び出した。

 

「ふっ!」

 

 80%程度の出力をしたウサギが、暴れ回っているシアとは反対方向に跳躍する。

 

 当然、無数の魔物が牙を剥くものの、無策に虎の口に飛び込むウサギではない。

 

「シッ──」

 

 格段に上昇した空間把握能力で、魔物が互いの攻撃を阻害しない為の隙間を抜けていく。

 

 次々と魔物の頭や手足、胴体を蹴って奥へ奥へと突き進み、やがて包囲網の網を抜けた。

 

 そこまで、たった0.7秒。空中には彼女の通り抜けた軌跡が残っていた。

 

「〝二天(出力200%)──絶兎〟」

 

 そして、彼女が呟くのと同時に。

 

 あえて残した軌跡が一瞬で膨張し、数百の魔物を一気に焼き焦がす。

 

 遅れて発生した突風が絶命した魔物達を砂塵に変え、フリードは僅かに眉根を寄せた。

 

「さて、シア達には負けておれんの」

 

 そんな中で、ティオもまた上へと向けて飛んでいた。

 

 〝部分竜化〟と、魔力の消費に比例し硬度を増す〝竜鱗硬化〟の合わせ技で、人型のまま黒鎧に身を包んでいる。

 

 それによって上から降ってくる攻撃をある程度防ぎ、更に下から飛んでくるユエの魔法が攻撃を押し返してくれた。

 

 故に彼女は、別のことへと意識を向ける。

 

「──むんっ!」

 

 二秒後、カッ! と開眼したティオは気合の入った声と共にそれを解放した。

 

 彼女が飛ぶのに使っている背中の翼、その骨格がビキリと音を立てる。

 

 そして瞬く間に膨張、変形していき──翼を備えた腕へと進化を果たした。

 

「うむ、うまくいったの。さすがは未来のご主人様じゃ」

 

 竜化の技能は、イメージ力次第で本来以上の応用が可能になる。

 

 決戦前にハジメが始から預かったそのアドバイスを元に、ティオは新たな力をぶっつけ本番で発揮した。

 

 少しの間満足げに目元を緩め、刹那の時間で引き締めると両腕を水平に伸ばす。

 

「食らうがいい!」

 

 左右に伸び切った腕、更に翼腕の掌から、膨大な魔力が圧縮されたレーザーブレスが発射された。

 

 一本一本は極細なそのブレスは、しかし射線状にいた、防御力に秀でた六腕馬頭や大亀すらも容易く貫く。

 

 極め付けにティオはその場でクルリとターンし、4本のレーザーブレスは横移動して更に魔物を切り刻む。

 

 と、その移動した軌道にヴィレドリュッケンを振り抜いたシアがいた。

 

「よっ、と!」

 

 しかし、彼女はタンと空を蹴るとあっさりとブレスを回避。そのまま回転して新たな魔物を撲殺する。

 

 そこへ新たな魔物が飛びかかるも、最初から軌道を知っていたように振られた腕を躱して殴り殺した。

 

 そんな行動が数秒のうちに何十と繰り返され、シアが動くたびに魔物は死んでいく。

 

「ふふん! お前らの動きは読めてるですぅ!」

 

 〝天啓視〟──任意の未来を見るその派生技能は、究極の先読みを可能にする。

 

 彼女がつけた片眼鏡(モノクル)はその精度を上げ、かつ膨大な魔力消費を大部分カットしてくれた。

 

 

 

 

 始曰く、この技能が魔力をバカ食いする理由は、必要ない範囲の未来まで見ているからだという。

 

 必要なのは〝阻止すべき部分だけを見る〟こと。

 

 この思想を元に、片眼鏡(モノクル)はシアの目を通して不必要な部分の未来視をカット。

 

 絶対に必要な、魔物が攻撃に使う部分と、その動作だけを限定的に未来視することで魔力消費を軽減していた。

 

「小癪な……ウラノス! 諸共消し飛ばせ!」

 

 それらを見て、ようやく不機嫌な声を漏らしたフリードは傍らの相棒へ命令する。

 

 白神竜(ウラノス)はその言葉に歓喜したように、赤黒い瞳を煌めかせて口を開き。

 

 

 

 ゴガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 

 

 

 

 咆哮。

 

 極光どころか通常のブレスですらないただの叫び、されどそれは絶大な破壊力を持つ。

 

 強靭な魔物達は例外なく一瞬動きを止め、シアとウサギでさえも体が硬直してしまった。

 

 正しく神竜の咆哮と呼ぶべきそれに、主な目標たるティオも巻き込まれた。

 

「ぬぉおっ!?」

 

 人型故に軽かったティオは、咆哮一つで盛大に吹き飛ばされて地上へと落下する。

 

 その軌道上に残った小さな破片──ティオが纏う鱗の欠片が、その威力をこれ以上なく表していた。

 

 全身を痺れさせるほどの咆哮に体勢を立て直せず、ティオは地上へ向けて隕石のように落ちていく。

 

 

 

 

 

「〝包ミ込ム金ノ風(カゼガミ)〟」

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女を、黄金の風が受け止めた。

 

 人型をした金風は、彼女の体にかかっていた勢いをふわりと外に受け流し、衝撃を殺す。

 

 同時に。

 

「〝燃ヤシ尽クス金ノ炎(ヒノガミ)〟」

 

 音速で飛んだ黄金の炎人が魔物達を貫き、ティオに追い討ちをかけようと口元に極光を溜めていたウラノスを襲った。

 

「ぐっ!?」

 

 

 

 ゴガァアアアァァアアア!!? 

 

 

 

 摂氏数十万度、という理解不能なほどの超高熱を持った炎人に焼かれ、悲鳴をあげるウラノス。

 

 どうにか目で捉えられたフリードは空間防御を張って難を逃れたが、それでもなお〝熱〟を感じて飛び退いた。

 

「な、なにが起こったのじゃ……」

「ん。ティオ、平気?」

 

 炎上したウラノスや、自分を抱えている金風を呆然と見るティオに、声がかけられる。

 

 彼女が視線を向けると、その先にはウラノスへと右手を、ティオへ左手を掲げるユエがいた。

 

「まさか、これはお主の魔法かえ?」

「ん」

 

 頷くユエは、炎を振り払おうとするウラノスを〝燃ヤシ尽クス金ノ炎(ヒノガミ)〟で焼き続ける。

 

 始との訓練において、ユエは最終的に自分の魔法を更にパワーアップさせることにした。

 

 そして五天龍をベースに、昇華魔法で魔法の概念を数段上昇させて生み出したのがこの魔法。

 

 〝エレメンタルシリーズ〟。広範囲殲滅という点では五天龍に劣るものの、その分破壊力に特化したユエの新魔法だ。

 

「さすがはユエさ──っ!?」

 

 その時、魔物を掃討していたシアの脳裏に細切れにされる自分が映し出される。

 

 自動的に発動した〝未来視〟の死の予知に、シアは瞬時に片眼鏡(モノクル)でその未来の過程を見た。

 

 結果は、自分の体の周囲に出現した波紋から突き出された大剣による斬殺。

 

「──ッ!!」

 

 悲鳴をあげる余裕すらもなく、シアは本能的にトリガーを二回指で引いた。

 

 それと同時、視た通りに周囲の空間が揺らぎ、大剣が全身を切り刻まんがために出現。

 

「シアっ!」

 

 即座にそれを察知したウサギも動き出そうとし、しかし次の瞬間に凄まじい悪寒を感じて両腕をクロスする。

 

 次の瞬間、骨まで届く衝撃にウサギは襲われて、大量の魔物を巻き込みながらシアとは全く別方向に吹っ飛んだ。

 

 

 

 そして、シアにその切っ先が迫る中──大戦鎚を形成していた魔力が突如として大爆発した。

 

 

 

 

 緊急用のために仕込まれた、大戦鎚の魔力を衝撃波に変換して全方位に撒き散らす機能だ。

 

 それによって一瞬大剣の進行が止まり、その隙にシアはブーツへと魔力の流れを意識する。

 

「〝戻れや戻れ! 時間よ戻れ! 〟」

 

 シアが叫んだ瞬間、彼女の体が輝いたかと思えば消失した。

 

 かと思えば、つい数秒前にいた位置に現れる。

 

 空間に残した魔力の足跡を起点として、短距離転移を発動する機能を使って難を逃れたシアはそのまま後退する。

 

 魔物を蹴散らしながらバックステップで進み、ティオの近くまで戻ってきて、そこで遅れて大量の冷や汗が出た。

 

「今のは、使徒の……」

「──まさか傷一つ負わせられないとは。少々過小評価していたかもしれません」

 

 そんなシアの視線の先で、波紋を打つ空間から()()()()()()を持った使徒が現れる。

 

「第一の使徒エーアスト。神敵に断罪を」

「っ、特別な使徒ってことですか……!」

 

 異様な雰囲気を放つ使徒に顔を険しくする彼女の前で、さらに四つの波紋が出現。

 

 エーアストと名乗った最初の使徒と同じ姿をした使徒が、四体も姿を現した。

 

「第二の使徒ツヴァイト。神敵に断罪を」

「第三の使徒ドリット。神敵に断罪を」

「第四の使徒フィーアト。神敵に断罪を」

「第五の使徒フィンフト。神敵に断罪を」

「次から次へと……!」

 

 

(そういえば、ウサギさんは……)

 

 

 油断なくヴィレドリュッケンを構え直しながら、ふとシアは姉のように慕う仲間を思う。

 

 ウサミミを使い、殺意を放つ魔物と使徒を把握しながらもウサギの存在を探す。

 

 すると、遠くに彼女と、その気配のすぐ近く……恐らくは対面している何者かの存在を感じ取った。

 

「諦めなさい。あの解放者の人形は我らが主が作り出した、最新にして最強の同胞が鏖殺します」

「っ……!」

 

 歯噛みするシア。

 

 ハジメ達を強制転移させた光しかり、エヒトは少なからずシュウジの〝抹消〟の力をものにしている。

 

 そんな神が作り出した、最初の使徒をして最強と言わしめる使徒。姉貴分が心配にならないわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

「……今のは、効いたよ」

「──終の使徒フィーネ。我が創造主の意にそぐわぬ愚者に、神罰を」

 

 そんな彼女の不安の通りに、孤島の少し離れた位置の地上まで叩き落とされたウサギの前には、一体の使徒が立ち塞がっている。

 

 肉体も装備も、全てが白。通常の使徒とも、濃紫の使徒とも明らかに違う。

 

 顔は同じであれど、その陶器じみた白い顔と瞳には残虐性が見て取れた。

 

 口端から一筋の血を流したウサギは、ペッと口内の血を吐きながら立ち上がり、構えをとった。

 

 

 

 

 

 

 

「シア、落ち着くのじゃ」

「……ティオさん、もう平気なんですか?」

「うむ、奴の咆哮ごときにちと呆けすぎたのう」

 

 少しだけ焦りを覚えていたシアに、隣に並んだティオが悠然と微笑む。

 

 その笑顔を見た途端、ふとシアの中の焦燥が薄らいでいった。

 

「なぁに、あのウサギがそうそう負けはせんよ。共に奴らを一網打尽にし、迎えにゆこうぞ」

「そう、ですね。私としたことが、くだらないことで心を乱しました」

「ほほ、落ち着いたならば良い。さて……先の一撃の借り、すぐにでも返させてもらおうかのう?」

 

 ティオの金眼が、こちらを見下ろす白神竜とフリードを射抜く。

 

 完全に落ち着いたシアも白金の使徒達を見上げ、大胆不敵な笑みを浮かべた。

 

「……フリード様。我々はあの兎人を断罪いたします。よろしいですか」

「ああ、任せる。私はあの愚かにも私達に挑もうとする竜人を断罪するとしよう」

 

 敬語で確認する使徒に、頷くフリード。どうやら立場は逆転しているようだ。

 

 あの使徒達の異様な出で立ちが所以か、などという疑問が一瞬二人の脳裏に過ぎる。

 

 そんなことを今気にしている場合ではないだろうと、シアはこちらに意識を集中した使徒達を睨みあげた。

 

 なお、白神竜を焼いていた金炎は使徒達が何かをしたのか、既に消えていた。ところどころ焼け焦げているが。

 

 

「その羽もぎ取って、今晩のお夕飯に手羽先にして出してやりますぅ!」

 

 

 

 淡青色の魔力を吹き上げ、〝爆裂モード〟にセットしたヴィレドリュッケンを手にシアが飛んだ。

 

 

 

「さて。調教してやろうぞ、小僧ども」

 

 

 

 ティオもまた、どこからか取り出した黒い鞭を手にフリードらへと視線を向け、妖艶に笑い。

 

 

 

「全て、粉砕してあげる」

 

 

 

 そして、二人の後ろで新たに金炎の魔人を作り出したユエが、紅瞳で全てを睥睨する。

 

 

 

 

 

 魔神の妃達の戦いは、ようやく始まりだ。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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修羅達 破

始VSアベル第二戦。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

 バリン、と激しい音が響く。

 

 

 

 真紅の破片が宙を舞い、結合が解けてただの魔力へ戻り霧散する。

 

 反射結界だったその破片達を見て、始は僅かに眉を潜めた。

 

「シッ──」

 

 その眉間へと迫る、ギラリと輝く紫の刃。

 

 結界が破壊されたのを目視したのと同時に、既に始の眼前にはその刃が置かれていたような速度だった。

 

 だが、焦りもせず始はジッとその刃を見つめ……瞬間、刃を握っていたアベルは本能的に頭を傾けた。

 

 

 

 コンマ一秒の差で、アベルの頭があった場所へと大質量の何かが振り下ろされる。

 

 いる。自分でも気がつかないほどの気配遮断を行なった何かが、そこに。

 

 さらにアベルは、その何かの持つ武器が不可思議な振動をしていることを肌で感じ取る。

 

 それが空間魔法に属するものであることを予測したアベルは、始から目標を変えてまずはそれを破壊しようとした。

 

「ッ──」

 

 だが、動けない。

 

 アベルの全身が、いつの間にか無数の赤い煌めきによって絡め取られている。

 

 もしアベルの目が見えていたならば、それが極々細い鋼糸であったことがわかるだろう

 

「俺にここまで近づいて、目の前で何かできると思うなよ」

 

 目の前で奇妙なオブジェと化したアベルに、再び突如として現れた謎の誰かが武器を振り下ろし──

 

「わかっているとも」

 

 直後、アベルの全身が弾ける。

 

 激烈な音を立てて広場が揺れ、地面が粉砕して発生した粉塵によって始諸共玉座が覆い隠された。

 

 

 

 

 

 その粉塵を突き破り、離れた場所に無音で着地する影が一人。アベルである。

 

 その体を不気味に血管の蠢く鈍色の鎧が覆っており、人の大きさのまま鎧としてライオットを纏っている状態だった。

 

 鎧の表面を刃にして全方位に発射して糸を千切りつつ、自分の存在を一瞬消すことでダメージを受けずに難を逃れた。

 

 先の暴走状態でも使っていた技だが、密度も精度も、速度も圧倒的に違う。

 

 追撃を相殺しつつも、始を消し飛ばすほどの勢いで射出したのだが……

 

「この程度では殺されてはくれないな、未来からの復讐者」

「ー度見せた技は俺には効かん」

 

 粉塵が消えて、泰然とした様子の始が皮肉を返す。

 

 〝空間圧倒〟の技能……つまりは威圧だけでアベルの攻撃を弾いた魔王は余裕げに笑った。

 

 目に見えずとも、余裕が少しも崩れていないことを感じ取ったアベルは言葉を続ける。

 

「だが、君の人形は破壊できた」

 

 重厚な音を立て、始の目の前で黒い人型のものが両膝をつく。

 

 〝空間粉砕〟の技能を付与された大槌を持っていた戦闘人形は、鋭利かつ美しい造形の鎧をズタズタに引き裂かれていた。

 

 四肢や頭部は引き裂かれ、胴体も半分以上が粉砕している。とてもではないが使い物にならない。

 

 頭部から上へと突き出た二つの突起は……始がこの人形を、()()()模して作ったからなのか。

 

「……そうだな。少々脆く作りすぎた」

 

 チラリと人形を一瞥した始は、「だが」と呟いて。

 

 

 

 

 

 突如として、玉座に赤いラインが迸った。

 

 

 

 

 

 その光に当てられた人形の足元から、溢れ出すようにして粘ついた黒い物体が滲み出す。

 

 黒い物体は人形を丸呑みするように包み込み、卵型になって凝固した。

 

 そして二秒もしないうちに弾け飛ぶ。

 

 すると、人形は美しい形を取り戻していた。赤く目を輝かせ、黒い戦鎚を肩に担いで立ち上がる。

 

「まだ立てるぞ、俺の人形は」

「そのようだ」

 

 瞬間的に超集中状態の時と同等の精度で錬成を行える派生技能、[+超精密錬成]である。

 

 この時代のハジメはまだ到達できていない、五十年の修練の末に手にした切り札の二枚目。

 

 それをアベルが知ることはないが、始の座す玉座がその補助をするための道具であることは理解した。

 

 また、この広場に先に体験した数々の罠を含めた、無数の仕掛けが施されていることも。

 

「全て、打ち破ろう」

 

 それで止まるアベルではない。

 

 止まれるのならば、安寧を手にした一千年前のあの時に、とうに止まっている。

 

 ゆらりと剣を構えていくアベルに、頬杖をつきながら見ていた始も圧を強めていく。

 

「ああ、せいぜい頑張れ。俺も全力で相手しよう」

 

 ──瞬間、アベルは持ち上げかけていた剣を横に振るった。

 

 甲高く、また激しい音を立てながら、いつの間にか背後にいた新たな黒人形の蹴りを受け止める。

 

 槌人形と同じ頭部の突起を備えたそれは、両腕両足が異様にゴツい造形となっていた。

 

「気配を消すのが上手いね」

「卑怯か?」

「我ら暗殺者にとって、それは最上の褒め言葉だよ」

「一体とは言ってないからな」

「僕は言った。全て打ち破ると」

 

 ボコリと、剣を持つ腕が鈍色に膨張した。

 

 そしてほんの軽くて首をひねった瞬間、格闘人形が全身に衝撃を受けたようにのけぞってしまう。

 

 次にレイピアの柄頭にはまった〝抹消〟の宝玉が輝き、それをアベルは格闘人形に振るった。

 

 相棒の危機に槌人形が両足を屈折し、跳躍して一足飛びにアベルの頭上へと移動する。

 

 震える槌を振り下ろしたが、掲げられた左腕から一瞬で伸びた大剣の切っ先と激突したままに拮抗した。

 

 その一瞬において格闘人形が体勢を立て直し、再度攻撃を仕掛ける。

 

 槌人形も空間を蹴って別の角度から仕掛け、アベルは少しの間二体の人形の対応に追われる事になった。

 

 

 

(……それにしても)

 

 

 

 その僅かな時間を用いて、始は人形を操作しながら黙考する。

 

 考えを巡らせるのは、アベルが正気を取り戻して虚無空間から脱出してきた直後のことだ。

 

 

(奴は、()()()()()()()()。直後にこちらへの攻撃が始まり迎撃に意識を向けたが、それが気にかかる)

 

 

 それはアベルの猛攻が始まる、一瞬前のことだ。

 

 今の始の義眼には、神代魔法をベースに大体のものを見抜く機能が備わっている。

 

 そしてアベルがこちらへの攻勢を仕掛ける前に、神界に向けて何かの意思を送っていたのを見た。

 

 同時に、武器であると同時に戦場全体を監視していた空のアーティファクトに、ちらほらと見えない〝黒点〟が生まれていた。

 

 それ以降、連合軍の各部の動きがおかしなものになっている。

 

 何かを送り込まれた。あるいは最初から仕込まれていた。

 

 それに、始の第六感が強い警鐘を鳴らしていた。

 

「考え事か」

 

 そうこうしているうちに、人形が何度目かの敗北を喫した。

 

 地面に転がった二体の黒人形は、すぐさま広場の床から滲み出てきた黒い物体によって修復される。

 

 そして再びアベルへと突撃するが、右の細剣と左の大剣を巧みに使い、アベルはあっさりと対応した。

 

 そして数合も打ち合わないうちに、格闘人形が両足を砕かれ体勢を崩し、槌人形の攻撃が防がれる。

 

 槌人形が持つ戦鎚の威力を警戒したか、素早く全身の関節に鈍色の触手を伸ばして動きを封じた。

 

 そちらが動けないでいるうちに、未だ空中にいる格闘人形へと剣が振るわれる。

 

 剣は止まることなく、格闘人形を切り裂かんと迫り──そこへどこからか閃光が落ちてきた。

 

 刃を飛ばして相殺するよりも速く、またその閃光が物質解体のエネルギーを持っていることを感じたアベルは即座に対応を変えた。

 

「〝消我〟」

 

 一時的に、存在を消す。

 

 その効果は肉体に触れているものにも及び、槌人形も放り出された。

 

 両腕に纏うライオットの割合を増し、筋力を向上させて神速で双剣を振るい、人形を切り裂きながらその場から退避する。

 

 直後、両断された二体ごと漆黒の閃光がその場を貫いた。

 

 回避したアベルは、そのまま空を蹴りつつ再びその力を発揮する。

 

「〝消歩〟」

 

 空間を移動するという経過を、消す。

 

 すると移動したという結果だけが残り、同時に、〝自分がその場所にいる〟という認識も消すことで、気配、魔力、魂さえも隠してみせた。

 

 始の目が特別なものであることは、これまでの戦闘で理解している。故に完全な〝無〟と化したのだ。

 

 いくら半人半機とはいえ、あの数の罠や高性能な人形を動かしている以上、意識の集中は必須。

 

 故に生じるこちらの対応に意識の切り替えをする刹那の時間、それさえあれば十分。

 

 そうして今一度、アベルは始の眉間を貫かんとする。

 

「む、目が悪くなったか」

 

 それでも見抜いた。

 

 頭を傾け、玉座の背もたれを貫いた刃に初めて回避した始は感心したようにそう言ってみせた。

 

 しかし、()()()()()()

 

「〝消物〟」

「む……!」

 

 アベルの言葉に目を見開き、始は咄嗟に座った状態から足の力だけで飛び上がった。

 

 空中から見下ろす始の視界の中で、ボロボロと玉座が崩れて消滅していく。

 

 そしてアベルは、既にその盲目をこちらへと向けていた。

 

 即座に修復を終わらせていた人形達と、先の閃光──分解砲を飛ばした漆黒の天使人形を動かす。

 

 しかし、アベルの全身から逆螺旋状に飛び出した無数の巨大な棘によって行く手を阻まれてしまう。

 

 その螺旋は竜巻を上げるように音を響かせながら上へと伸び、始をも呑み込まんとした。

 

 重力砲は──間に合わない。チャージの段階でこちらにあの死の竜巻が到達する。

 

 いくつか広間に残っていたアーティファクトも、いつの間にか破壊されているではないか。

 

 

(さっき移動した時、移動の時間を消したのを隠れ蓑に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な。一枚上手をいかれたか)

 

 

 そんな風に判断する始に追い討ちをかけるように、台風の目にいたアベルがこちらへと跳躍した。

 

 全身をライオットで包み込み、爆発的な筋力を得ることで音速よりも速く移動してくる。

 

「チッ、使わざるをえんな」

 

 仕方がなく、始は三つ目の切り札を切る事にした。

 

 ドロリと左腕の表面を覆っていた流体金属が溶け、関節部に赤いラインの走った漆黒の義手が露わになる。

 

 その掌の中心が凹み、内側から細く鋭い針が飛び出してきた。

 

 始は注射器のようなそれを、ほぼ息ののかかる距離まで詰めたアベルの前で首筋に打ち込み──

 

 

 

 

 

 ──直後、鈍色の嵐が始とアベルの姿を覆い隠した。

 

 

 

 

 

 激しく渦を巻くその嵐は、ある程度自律稼働する黒人形達が武器や分解砲を叩きつけても全く消えない。

 

 それどころか人形を一瞬で塵に変え、中にあるものを破壊するためにどんどん激しく、大きくなっていった。

 

 やがて、広場全体を包み込むほどの大きさに竜巻が肥大化し──弾ける。

 

「がはっ!?」

 

 その中から弾き飛ばされ、実は広場を覆っていた結界に叩きつけられる影が一つ。

 

 そのまま地面に落下し、緩慢な動きで()()を支えに立ち上がったのは──アベル。

 

「……よもや、そんな力を隠していたとは」

 

 アベルは両目にライオットを展開し、擬似的な視界を得て台風の目だった場所を見る。

 

 普段ならば視覚などに頼らない彼がそんな行為をしたのは……どうしても、その姿を見定めておきたかったから。

 

 そんな彼の微妙に濁った視界の中で、ゆっくりと……地面に降り立つ男が、一人。

 

 

 

 

 

「──まさか、こんなに早く使わされるとはな。想定より何段階も早かった」

 

 

 

 

 

 

 男は、()()()()()力強い声音でアベルの猛攻を誉めた。

 

 適度に日焼けた()()()()()()に獰猛な笑みを浮かべ、()()白髪の奥で赤眼を輝かせる。

 

「まあ、その段階もお前が根こそぎアーティファクトを破壊してくれて無意味となったわけだが……いささかダメージ計算が心許ないものの、直接対決というのも面白い」

 

 調子を確かめるように肩や首を回すと……空間のブレと共に、刃のついた白と黒の銃を取り出した。

 

 右半身を後ろに、左手を前に。ガン=カタに酷似した姿勢をとって、膝をつくアベルを見る。

 

 そして、二十代半ばほどの若々しい顔に三日月のような笑みを浮かべて言うのだ。

 

「さあ、かかってこいよ憤怒の化身。小細工なしに、殺りあおう」

 

 

 

 

 

 ──〝変若水(おちみず)〟。

 

 

 

 

 

 一時的に生身の部分の肉体を全盛期まで再生、および機械部分の出力を増幅させる薬。

 

 長年にわたる研究生活の中で、始は武器として〝再生〟の技能や月の小函(ムーンセル)も研究していた。

 

 結果的に生まれたのが、神結晶から生まれるポーションを主材料に、ユエの再生の技能を応用して付与した秘薬。

 

 後の反動こそ強力なものの、肉体を若返らせ、強化する代物。

 

 老いた始の肉体では負荷に耐えられない一部の技能の使用をも可能にする、奥の手だ。

 

 副作用で口調が若い頃のものに近付くのはご愛嬌だろう。

 

「……なるほど。道具を先に壊したことはむしろ失敗だったか」

 

 自前の回復魔法とライオットで負傷を癒したアベルが立ち上がる。

 

 そして、先ほどまでとは比べ物にならない闘気を醸し出す始を今一度しっかりと見た。

 

 それを最後に盲目に戻って、静かに告げる。

 

「気付かされた。僕は、いつの間にか後先など考えるようになっていたのだと」

 

 

 

 

 

 ──始は、この戦いに全てを賭けて望んでいる。

 

 

 

 

 

 既に消えることが確定している身だからというのもあるだろうが、それ以上に全霊をかけている。

 

 この世界の終焉が懸かっている戦場で、アベルだけを殺すためにこれほどの準備をしてきた。

 

 自分は戦士などではない。目的遂行のためならばあらゆる非道を行う殺しの専門家だ。

 

 しかし、それでも剣士としての矜持程度は怒りの他に持ち合わせているつもりだ。

 

「出し惜しみなどやめてしまおう。かつて復讐に焦がれていた、若すぎたあの頃のように──命を捨てる覚悟で挑もう」

 

 アベルは、ローブを左腕で破り捨てた。

 

 一級品の防具でもあったそれが引き剥がされ、細身ながらも鍛え上げられた肉体が露わになる。

 

 その左腕は、始があの夜吹き飛ばしたままに根元からライオットで代用している様子だった。

 

 

 

 

 

 その肉体を、膨張して人型になった左腕が丸ごと飲み込む。

 

 

 

 

 

 最初のように肥大化するのではなく、長細い卵型になるとアベルの肉体を包み込んだ。

 

 やがて、中身に張り付くようにして凝縮されていき──鈍色の鎧に身を包んだアベルが姿を現す。

 

 圧倒的。その姿から発せされる、針山のような殺気はそう言う他になかった。

 

「殺す。我が憤怒の炎、最後の一片まで賭けてでも」

 

 殺意だけで空間を軋ませるアベルに、始も()()()()()()()()()()を細めて笑う。 

 

 そして、もう一つの切り札を思い切って発動した。

 

「目を覚ませ、ヘイムダル。狩りの時間だ」

──神の造眼(ヘイムダル)起動マスター始に、絶対勝利を

 

 始の脳裏に声が響く。

 

 あの吸血姫の声に聞こえる。天真爛漫な兎娘の声のようでもあり、平坦で可憐な兎娘の声にも、妖艶な竜姫の、他の女の声にも聞こえる。

 

 己の未練を集合させたかのようなそのアーティファクトに自嘲げに笑って、始は怨敵を見据えた。

 

「我らは共に亡霊。であるならば、存在することは許されない」

「──だったらせいぜい潰し合おうぜ、同類!」

「──肯定しよう!」

 

 

 

 

 

 ドパォォォンッ!!!!! 

 

 

 

 

 

 ゴガァアアンッ!!!!! 

 

 

 

 

 

 ──第三ラウンド、開始。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回はウサギコンビの回。



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魔神の妃達 承

今回は長いです。久々に一万時超え。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

「〝レベルⅦ〟!!」

 

 

 

 まず、いの一番に白金の使徒達へ飛び出したシアが技能の名を叫んだ。

 

 始との修練において、彼女は魔力1の消費に対し身体能力値を3上昇させる〝変換効率上昇Ⅲ〟を〝Ⅵ〟まで進化させた。

 

 そこに昇華魔法でもう一段階上へと引き上げてⅦにすることで、ようやく始の動作を視認できるようになったのだ。

 

 その集大成を纏い、淡青色の閃光は神の僕達へと向かっていく。

 

「では進軍といくかの。〝魔竜黒軍〟」

 

 ティオが、こっそりとウサギコンビが暴れながらばらまいていた〝魔封珠〟を起動する。

 

 〝空間ポケット〟によって地上のみならず、魔物達の軍勢の中にも隠されていたそれら、が一斉に封じていたものを吐き出した。

 

 

 

 

 

 そうして現れたのは──フリードの引き連れた魔を超える、〝邪〟と形容すべき異形達。

 

 

 

 

 

 通常の竜化状態のティオの三倍はあるだろう、三つ首の大黒龍。

 

 辛うじて龍の形を保っている黒炎の塊や、全身に毒々しい色の棘が生えた虫のような体躯の黒龍。

 

 他にもわらわらと、見ているだけで吐き気を催し、恐怖に膝をつきそうなグロテスクな黒い龍達が、総勢百体。

 

 そんな怪物らに、ティオは鞭をフリードへと向け。

 

「滅せよ」

 

 

 

 ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 

 

 

 

 一斉に、邪龍達が魔物の群れの外側から、そして内側からブレスを解き放った。

 

 召喚から砲撃まで一瞬の、完全なる奇襲。そして互いのブレスを阻害することのない、完璧な配置での出現。

 

 個体によってそれぞれ違う黒の閃光は、一つとして外れることなく魔物達を滅殺していった。 

 

 威力は折り紙つき。かつての白竜と同等レベルになった灰竜達程度など、到底及ばない。

 

 事実、それによって少なくとも五百体の魔物が死んだ。首の数が必ずしも一つではないが、それでも単純計算で一体で五体は殺している。

 

 

(なんだ、この化け物どもは)

 

 

 こんな強力すぎる竜、否、怪物達をどこから引っ張り出してきたというのか。

 

 ティオに向けて銀色の砲撃を放ちつつも、背筋に怖気の走る怪物達を見て疑問を持つフリード。

 

 白神竜を筆頭に灰竜達をここまで進化させるのに、神の力を借りながらもどれほどの労力と修練を積んだのか。

 

 変成魔法の適正云々の話のレベルではない。この悪魔どもを、三日間でどうやって手懐けたというのだ。

 

 

(やはり、あの男か? こんな奴らを生み出せるなど、奴しか到底考えられん……くっ、忌々しい!)

 

 

 ひとまず、ハジメを元凶として結論づけたフリード。

 

《姫ハヤラセンゾ、醜男メガ》

「……ん?」

 

 何か聞こえた気がしたが、空耳だろうとフリードはすぐに忘れる。

 

 とりあえず、全身の皮膚を裏返して広げた邪龍に自分の砲撃が防がれたのを見ると次の行動に移る。

 

 次の己の一手を打ちながらも、魔物達に全身全霊をかけてあの邪龍たちを排除することを命じた。

 

 その命令に忠実に従った従魔の何割かが、その場でくるりと標的をティオとユエから邪龍達に変える。

 

 その様子を見て、ティオは内心で小さく喜んだ。狙い通りだからだ。

 

 ただでさえ白金の使徒やフリード、あの白神竜の相手をするだけでも骨が折れるというのに、こんな数の魔物を相手していられない。

 

 ユエが時間をかければ全て殺してはくれるだろう。しかし、短期決戦が望ましいのもまた確か。

 

 故にこの状況は、四人にとってとても都合のいいものだった。

 

 

 

 

 ちなみに。

 

 この現世にいてはいけない類の邪龍達は、元はティオの故郷である隠れ里……遥か北方の彼方の孤島に生息する竜種の魔物である。

 

 そしてフリードは間違っている。確かにこの邪龍達を用意したのは某魔王だが、ハジメではなく始の方だった。

 

 〝蠱毒〟という言葉を知っているだろうか。

 

 様々なファンタジー作品で使い回された実験なので説明は割愛するが、始はそれを竜達で行った。

 

 変成魔法でティオの従魔とした後、〝望んだ力を得る〟という魂魄・変成・昇華複合魔法薬を飲ませてとある空間に放り込んだ。

 

 その空間は、始が若い頃にネルファから習った召喚魔法で異界から呼び寄せた悪魔が無数にひしめく、地獄の壺。

 

 悪魔達の強さは、()()()()真のオルクス下層の上階レベルといえばわかりやすかろう。

 

 

 

 

 

 悪魔と殺しあわせながらも、竜同士で殺し合い、百匹まで減ること。

 

 

 

 

 

 それだけが異界からの解放条件。

 

 彼らは敵味方同時に殺し合いながら、死の瀬戸際の中で生まれた極限の意思で、望んだ姿へと変貌した。

 

 ある竜達は三体で融合し、ある竜は悪魔の魂を食らってその力を身につけ、またある竜は己の屍に魂を留めたことで不死となった。

 

 昏い昏い生存への執念を燃やし、死に物狂いで異常な進化を遂げ、ついに漆黒の邪竜達は生存競争を勝ち残った。

 

 ……そして最後に、始への逆襲に燃える彼らの傷を慌ててティオが癒し、よく頑張ったと何度も褒め、異界での苦労話を聞き。

 

 最終的に生まれたのが……

 

 

 

 

 

《 《 《 殺セ! 殺セ!! 殺セ!!! 我ラガティオ姫ニ仇ナス愚カ者ヲ一匹残ラズブチ殺セ! 》 》 》

 

 

 

 

 

 ……この邪竜軍団改め、ティオファンクラブである。

 

「な、なんだこの怪物達は!? 今言葉を喋らなかったか!?」

《ド頭カチ割ッテヤラァ!!》

《ソノ羽モイデケツに突ッ込ンデヤル!!》

《クリーク! クリーク!! クリーク!!!》

「やはり喋ってるではないか!?」

 

 戦場全域から聞こえる邪龍達の罵声に、さしものフリードですら狼狽えた。

 

「…………どうしてこうなったんじゃろうなぁ〜」

「ティオ、人気者」

「ご主人様以外からの愛は、正直ちょっと……」

 

 遠い目をするティオに、魔物達をエレメンタルに掃討させていたユエも流石にちょっと同情した。

 

 

 

 

 

 中身はどうあれ、彼らは一体一体がオルクスのラスボスであるヒュドラを凌駕する、本物の怪物。

 

 しかもハジメの方で用意した、様々な技能を付与したアーティファクトを体内に埋め込んでより力を増している。

 

 自重? なにそれゴミ箱の中にあるアレの事? である。

 

 未だ十倍以上の差があるフリードの魔物達など、単なる食い放題の餌にしか見えていなかった。

 

 まず、灰竜達が恐怖と空の覇権を奪われた怒りから一斉にブレスを掃射する。

 

 

《 オ デ ガ ダ ベ ル 》

 

 

 灰竜達に向かう邪龍らを撃ち落そうとする、軽く三倍以上はある光の流星群に、邪龍の一匹が前に出る。

 

 一際大きな体を持つその邪龍が大口を開けると、五重に連なった無数の牙と毒液塗れの口内が露わになった。

 

 そこから不可思議な吸引力が発生し、灰竜のブレスはことごとく吸い寄せられて飲み込まれていく。

 

 その邪龍の危険性を本能で察し、飛んでくる他の魔物達には別の邪龍が襲いかかった。

 

 

《Gyuaaaaaaaaaa!!!》

 

 

 蝙蝠じみた体躯の邪龍が放った音波に接触した頭部や臓器が、次々弾け飛んでいく魔物達。

 

 しかし、その死骸を隠れ蓑に機動力に優れた一部の魔物が肉迫し──

 

 

《 《 堕チロ、下郎ドモ 》 》

 

 

 直後、人型に近い二体の邪龍が歪な形の爪から飛ばした〝風爪〟で輪切りにされた。

 

 他にも三頭狼や黒豹キメラなど、以前よりも遥かに力を得た魔物達が襲い来るが、悉く種類豊富な邪龍達に惨殺されていく。

 

「ふふ、二人のご主人様との共同作業の集大成。こんな体験をするなど、妾は果報者じゃな」

「ウラノスッ! 薙ぎ払え!」

 

 ティオの満足げな言葉に、フリードは更に眉を逆立てながら白神竜に命令を下した。

 

 直後、放たれる莫大な極光の奔流。

 

 射線上にいる、あの大口邪龍やティオの前にそびえるめくれ皮の邪龍を諸共吹き飛ばそうとする。

 

 

《サセヌヨ、小童》

 

 

 しかし、半分の距離も撃ち出す前に上から降ってきた三本の黒閃に相殺された。

 

 頭部に埋め込んだ宝玉に付与された〝先読〟であっさり邪龍達は回避し、仲間の魔物達を減らすだけに終わる。

 

 フリードが弾かれたように空を見上げると、邪龍達の中でも一際強大な迫力を持つ三頭龍がこちらを睥睨していた。

 

《姫》

「うむ」

「ッ!」

 

 同時に、ティオが黒鞭を振るう。

 

 どうにか察知できたフリードが銀翼で防御の姿勢を取ろうとし……動きが止まる。

 

 全身が、動かない。自分とは別の、あり得ざる程の力によって押さえ込まれている。

 

「な、にが!」

《姫ノ鞭ヲ避ケルナド、不遜ナリ》

 

 発生源は骨ばった細々しい邪龍の、悍ましいいほど妖しく輝く紫色の目。

 

 〝侵食の邪眼〟。異界の悪魔から喰らい奪ったそれは、目に収めた対象の肉体を魔力で侵し、支配する。

 

 動きを止めるだけに収まっているのは、それだけフリードの肉体が強化されていたからに過ぎない。

 

 動けないフリードに、五、六メートル程度しかないはずの黒鞭が振るうと同時にあり得ないほど伸長して襲いかかる。

 

 不規則な軌道を描いて飛んだ黒鞭は、フリードの肉体を打ち付け、血飛沫が舞う。

 

「ぐはぁッ!?」

 

 フリードの口から漏れ出た悲鳴に、邪龍達が魔物を惨殺しながらそれは愉しそうに目を細めた。

 

 まだ終わりではない。そのまま音速で飛ぶ黒鞭の先端は、隣の白神竜へと向かう。

 

 自ら避けようと身を捻った白神竜は、しかし突如として翼を全て何かに掴まれた。

 

 

《逃ゲルナ》

 

 

 グルァアアアアア!? 

 

 

 いつの間にか白神竜の背後に出現していた黒い靄から半身を露出した、龍の形をしている触手の集合体に絡め取られていた。

 

 主人同様に押さえつけられた白神竜の眼球を、黒鞭の先端が空間ごと切り裂き、抉り取る。

 

 

 

 ガァアアアアアアアッ 

 

 

 

 悲鳴をこぼす白神竜。フリードにそっくりだったのはティオの幻聴だろうか。

 

「うむ、さすがご主人様の鞭。使い勝手が良いのう」

 

 鋼糸に〝斬羅〟を付与した金属片を貼り付けた、先端についた〝宝物庫〟から最大三キロまで伸びる大鞭。

 

 それがこの黒鞭の正体だ。

 

 邪龍らの拘束を解かれ、いくらか降下したフリードと白神竜は怒りに瞳を燃やす。

 

 特に白神竜は動きを封じられ、傷をつけられたことにプライドを傷つけたか、怒りのまま極光を横薙ぎに吐いた。

 

 

《曲ガレ》

 

 

 しかし、エネルギーを屈折させる邪眼を持つ邪龍によって邪龍やティオ達からは外され、魔物だけを巻き込む。

 

 またも仲間殺しをさせられたことに、より怒りを募らせた白神竜が怒りの咆哮をあげた。

 

「未熟。この程度で心を揺らすとはの」

 

 戦場で傷を負うのは当たり前。だというのにこれしきで怒りに身を任せた白神竜にティオは告げる。

 

 力を得ようと、所詮は年若い竜ということだろう。然程歳を重ねていない個体の邪龍ですら、傷を負おうと戦っているというのに。

 

「これでは〝竜王の権威〟を使うまでもなく、邪龍達で事足りるかの……して、ユエ。〝準備〟の方は?」

「ん。もうちょっと」

「そうか。ではあやつともう少し、遊んでやるとするかのう」

 

 

 

 

 

 こちらを睨みつけてくるフリードと白神竜の主従に、邪龍達を従える竜女皇は妖艶に笑った。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「あはっ! 粛清してあげましょう!」

「っ!」

 

 狂気と共に、刃が迫る。

 

 これまで数度ウサギが相対した使徒や、ナァトに強化されていた個体すらも霞む神速。

 

 腕を刃と平行に合わせ、いなして外へと威力を逃すも、余波だけで筋肉が断裂したのではないかという激痛が走った。

 

「づっ……!」

「ああ、その顔! 実に良いですよ、同族!」

 

 思わず顔を歪めたウサギに、どうしてそこまで笑えるのだという程口を三日月型に歪めフィーネが嗤う。

 

 感情は備わっていない、という使徒の触れ込みはどこへいったのだろう。随分と楽しそうだ。

 

 いいや。そうであるからこそ、ウサギはこれまでのどんな敵よりこの使徒が脅威に思えた。

 

「あはははははは! ほらほら、まだまだいきますよぉ!」

 

 超至近距離で、一メートルを超える双大剣が縦横無尽に振るわれる。

 

 その刃には〝劫火浪〟の炎を圧縮した白い炎を纏っており、ウサギがいなす度に炎刃が何処かに被弾した。

 

 既に短時間の攻防で丸裸となっていた孤島の隅が、さらに焼け野原へと変わっていく。

 

「ふひははははは! どうしたのです!? 解放者の遺産はその程度ですか!!」

「…………!」

 

 あからさまに挑発をしてくるフィーネに、しかしウサギは乗ることなく防戦を続けた。

 

 もしこの決戦用に誂えた手甲と具足がなければ、今頃ウサギは四肢を断ち切られていただろう。

 

 戦闘特化のホムンクルスとして製造されたウサギをして、フィーネの性能ははあまりにも強力。

 

 ステータスに換算するのであれば、全数値七万は軽く超えている。

 

 まさしく、終焉の使徒と呼ぶに相応しい。

 

 だが。

 

「──見切った」

「はい?」

 

 ウサギの呟きに、無邪気に首を傾げたフィーネ。

 

 同時に振るった双大剣は全身から桃雷を吹き出したウサギにぬるりと回避される。

 

 そして、彼女の真っ白な横っ面に黒い拳が深く突き刺さった。

 

「ぐげっ?」

「確かに速い。でも、剣筋が単純すぎる」

 

 この短時間で、ウサギはフィーネの剣筋のパターンを全て見切った。

 

「もう、遅れは取らない」

「ごはっ!?」

 

 淡々と告げながら、ウサギは膝を横に吹き飛んだフィーネの顔面にめり込ませた。

 

 一瞬全身の力が緩んだフィーネへ、空中で一回転したウサギは回し蹴りを重ねて放ち──相手が消えた。

 

「──なるほど、思ったよりやりますね。()()()()()()()()()

「っ!?」

 

 気がつけば、腕組みをするように双大剣を交差させているフィーネが背後にいる。

 

 それを横薙ぎに振るい、ウサギの首をハサミのように双大剣が両側から刎ねんと迫った。

 

「……私も、少し寝ぼけてた」

 

 甘んじてその不意打ちを受けるウサギではない。

 

 桃雷が再び放出され、一瞬双大剣を押し留めた。

 

 その間に蹴りを空振っていた足で空中を蹴り、サマーソルトキックをフィーネに見舞う。

 

 白の使徒は瞬時に手の中で双大剣を反転させ、逆手持ちで交差させてその蹴りを防いだ。

 

 拮抗は一瞬。空に散っていた白い羽の一本から細い閃光が落ち、桃雷で速度を上げたウサギが退避する。

 

「ふひ。それでこそ、遊び甲斐があります」

「……あなた、随分使徒らしくないね」

「そう見えますか? まあ確かに、同胞達に比べ衝動的であるとは理解してますが」

 

 そんな生温いものではない、とウサギは内心ツッコむ。

 

 下衆という言葉が似合いそうな笑い方も、殺しを愉しむような目も、決して無感情な人形ではない。

 

 かと言って、あまりに人間くさいその反応は演技とも思えない。それはまるで……

 

「まるでこの状況を、楽しんでるよう」

「あはは、正解です。なにせ昨日造られたばかりでして。ほら、初陣って高揚するものでしょう?」

「違う。あなたが楽しんでるのは──苦しめること。甚振ること。相手を痛めつけることを、面白がってる」

 

 即座に言葉を否定されたフィーネは、一瞬キョトンとし。

 

 その後、本当に裂けているのではないかというほど口を笑みに歪めた。

 

「ええ、ええ! 愉しいですとも! 同胞達から引き継いだ戦闘データで、そして我が創造主から賜った圧倒的な力で弱者を踏み潰すのは! ああ楽しみです! 地上に赴き、人間達の首を刈り取って並べるのが!」

「……ああ」

 

 そういうことなんだ、とウサギは呟いた。

 

 

 

 この使徒は、子供だ。

 

 

 

 自分の力で何かを殺すとはしゃぐ。子供が面白がって蟻を潰すのと同じだ。

 

 そんな単純で、幼児のような精神をしているのだ。

 

 生まれたばかりだからか。あるいは、シュウジを乗っ取ったエヒトがあえてそう造ったか。

 

 ともあれ──このフィーネという殺戮人形は、存在しているだけで災いであるとウサギは確信した。

 

「ではまず貴女の首から! あのフリードとかいう雑魚ではありませんが、貴女の番に直接届けてあげます!」

「できるなら、ね」

 

 〝部分獣化〟を行い、両足を蹴りウサギのものに酷似した形状へと変える。

 

 出し惜しみはあり得ない。その状態で桃雷を発生させ、武装の補助を得て150%程度の出力でフィーネへと接近した。

 

「ふぅっ!」

「あは!」

 

 雷速の突撃へ、神速の剣技で答える。

 

 ウサギが次々と繰り出す拳や脚と炎を纏う大剣がぶつかり、金属音のような激しい戦闘音を奏でる。

 

 その場だけが全く別の世界となったように余波で空気が軋み、大地が崩れ、悉く環境を破壊した。

 

 だが、それはこの戦士と狂人にとっては知覚する価値もないもの。

 

 ただ相手を破壊するため、壊すために力をふるい、際限なく命の炎を燃え上がらせていく。

 

「くひひひひひひははははは!!! 面白い面白い面白い! 私の力を試すために戦った六人目の同胞は簡単に壊れたのに! とっても愉しいです!!!」

 

 いくら双大剣を振るっても、かすり傷一つつけられないウサギにそれは愉しそうに凶笑するフィーネ。

 

 白炎の他にも、分解能力以上の〝消滅〟とも呼ぶべき力を纏う大剣をギリギリで避けながら、ウサギは目を細めた。

 

 ステータス的には未だ大きく劣っているものの、優れた知覚能力に加え既に剣筋を見切っており、なんとか拮抗できている。

 

 だが拮抗しているだけで、フィーネにダメージを与えたわけでもない。

 

 外部からエネルギーの供給を受けている以上、相手の疲労は狙えない。むしろその問題はこちらが確実に先に来る。

 

 時間が経てば経つほどに、元来以上の出力をしている〝月の小函(ムーンセル)〟に肉体は傷ついていく。

 

 既に微かな軋みをあげているのを、ウサギは自覚していた。

 

「はぁっ!!!」

 

 故に、なるべく素早く決着をつけるために、ウサギはこれまでで一番強い踏み込みで拳を放った。

 

「あは! そうくると思いました!」

 

 引いた拳を繰り出すウサギに、彼女ごと両断しようと白炎纏う刃が落ちる。

 

「〝引拳〟」

 

 ウサギは、手甲に付与された重力魔法を発動させる。

 

 すると大剣が吸い寄せられ、腕ごと引っ張られかけたフィーネは即座に大剣を手放した。

 

 そして空いた手で瞬時に魔法構築を行い、縮小圧縮された〝劫火浪〟を放とうと構える。

 

 そこをウサギは狙った。

 

「〝越脚〟」

 

 具足に付与された空間魔法で短距離転移を行い、鼻がくっつく距離までフィーネに接近。

 

 そのまま鳩尾へと拳を叩き込んだ。

 

 重々しい音を立てて大気が震え、地震のように踏み込んだ脚から地面が揺れ動く。

 

「あれ? 痛くも痒くもありませんねえ?」

「っ!」

 

 だが、これまでどんな敵も粉砕してきたウサギの拳は、腹部の筋肉だけで受け止められていた。

 

 すぐに身を引こうとするウサギ。しかし、その目に自分の胸に向けられたフィーネの手が映り込んだ。

 

 そこに収束した〝劫火浪〟でウサギに風穴が開くのを想像して、フィーネは嗤う。

 

「──なら、前へ」

「は?」

「〝二天(出力200%)──光穿兎〟!!」

「がっ!!?」

 

 一時的に限界の更に二倍の力を得て、この距離で前に踏み込む。

 

 ステータス値にして五万まで跳ね上がった膂力は、さしものフィーネすらも数メートル吹き飛ばした。

 

 発射された〝劫火浪〟は当然、ウサギより数メートル前の空間を空に向けて貫くだけに終わる。

 

「まだっ!」

 

 その出力をあえて維持しながら、音速よりも速く二歩目を踏み込んでいく。

 

 貫通に特化させた一撃で、体内を刺激した。使徒とはいえ肉体構造は人と同じ、動きはまだ止まっている。

 

 そしてウサギは、少しはダメージを入れただろう鳩尾に、今度は貫く気で拳を構え──

 

 

 

 

 

「────あは」

 

 

 

 

 

 ──盛大に口元が裂けたフィーネの顔に、怖気を感じた。

 

「っ!」

 

 腕に回していた魔力を全力で下半身へと流し込み、振り下ろした足を杭にしてその場で立ち止まる。

 

 コンマ数秒遅れて、ウサギが止まった数センチ前から天に向けて凄まじい純白の炎柱が発生した。

 

 それに驚く暇もなく、足元に突如として白い魔法陣が現れたのを見てウサギはバックステップで退避する。

 

 一瞬遅れて、彼女のいた場所を巻き込む範囲で新たな炎柱が空へ突き立った。

 

「くっ!」

 

 更に下がろうとするウサギの背後の地面が、白く輝く。

 

 そこに魔法陣があることは明確だ。

 

「しまっ!」

 

 右が左へ避けようとして、そこにも既に複数の白い魔法陣が地面に発生しているのを確認する。

 

 ならば上──いつの間にか設置された羽の魔法陣がある。

 

 前──膨張した〝劫火浪〟が迫っている。論外。

 

 全てを見終えた時、ウサギは初めて目を見開いた。

 

 

(やっちゃっ、た)

 

 

 誘い込まれたことを、ようやく自覚する。

 

 逃げ道を完全に断たれた。

 

 ならばせめて少しでもダメージを軽減しようと、その場で桃雷を放射する。

 

 

 

 

 

 だが、彼女の体から雷が溢れ出すことはなかった。

 

 

 

 

「え……」

 

 なんで、とウサギは超加速した思考で原因を探して。

 

 そして気がつく。

 

 自分を取り囲む白い魔法陣達が、()()()()()()()()()()()()()であることに。

 

 その効力は──魔力封じ。

 

「っ、ぁ──!」

 

 恐怖が心の底から噴き出す。

 

 最後の足掻きに両手で顔を庇い、胴体を守るために足を折り曲げ。

 

 

 

 

 

 ──直後、発動した魔法陣から〝劫火浪〟が溢れ出した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 その頃、シアも激戦の只中にいた。

 

 

 

 

 

 戦況はティオの方と比べ、芳しくはない。

 

 いいや、むしろ()()()()()()非常に悪いものとなっていた。

 

「っ!」

 

 瞬間移動のように現れた使徒の斬撃を、片眼鏡(モノクル)に映った軌道に合わせ防ぐ。

 

 銀に紫の粒子が入り混じった、不思議な美しさを持つ大剣とヴィレドリュッケンの間で火花が散った。

 

「そろそろ諦めてはいかがですか、シア・ハウリア」

 

 鍔迫り合いながらも、エーアストが至近距離でそう告げてくる。

 

 ジワリ、と嫌悪感を抱く魔力がその言葉から発せられ、シアは振り払うようにヴィレドリュッケンを薙ぎ払った。

 

 合わせて背後から振るわれた最後の大剣に、シアは手放した()()()()〝空力〟を放つ。

 

 右手を起点に回転したシアは、逆さまのまま高速回転して大剣を弾き飛ばす。

 

 しかし、その行動を予測して首を絶つためにやってきたのは第三の大剣。

 

「うらぁっ!」

 

 シアはめげずに、今度はウサミミで〝空力〟を発動して上へ移動する。

 

 ウサミミの先を掠めたものの、どうにかやり過ごしたシアは両手でヴィレドリュッケンの柄を握りしめた。

 

 そして、両足で本来の〝空力〟を使うと地上に向けて飛び、一気にその場から離脱する。

 

 果たしてそれは成功し、地面の上まで戻れたシアは危なげなく着地すると使徒達を見上げた。

 

「驚きました。まさかそこまでの動きができるとは。〝魅了〟もかかる前にレジストしましたね」

「始さん様々ですぅ」

 

 無機質な目でこちらを見下ろすエーアスト達に、シアは不敵に笑って答える。

 

 始との訓練の中、シアが身につけたのは両手とウサミミで〝空力〟を発動するという技術だった。

 

 彼曰く、〝空力〟とはあくまで足を起点に魔力で足場を作っているだけにすぎないという。

 

 基本的に足を持つ生物は当然足で移動をするので、イメージが固定されてしまっているだけなのだと。

 

 〝空力〟の魔力場を作る感覚を自在に操れるようになれば、なんなら頭や尻でさえ同じことができるようになる。

 

 そしてシアは、容赦など欠片もない始の猛特訓の中でそれを身につけることに成功した。

 

 〝魅了〟に関しては、片眼鏡(モノクル)に魔力を視る機能が備わっているため、後は気合で振り解いた。

 

 

 

 

 とはいえ、不利であることに変わりはない。

 

 〝レベルⅦ〟を使っているというのに、それでもエーアスト達には倍に近い差を感じている。

 

 本人達もそれをわかっている上で、シアへ圧倒的余裕の確信から生まれる呆れの目を向けてきていた。

 

 だが、シアが警戒しているのはスペック差などという、()()()()()()ではなかった。

 

「……その姿に魔力。シュウジさんの魔力を使って強化されてますよね?」

 

 大剣と同じように、見事に銀と紫が調和しあった魔力光にシアは目を細める。

 

 旅の最中、シアは時間が空いている時に双槌術や相手の肉体を壊す殺術の稽古をシュウジにつけられていた。

 

 他にも大迷宮の攻略中や、もっとくだらないアホみたいなことに魔法を使っていた時に何度も見た、紫の光。

 

 どこまでも濁っているが故に熟成された、そんな悍ましい美しさを──シアはよく見慣れていた。

 

 

(ああ、ものすごく苛立ちますねぇ)

 

 

 関係を言葉によって形容するのならば、シアにとってシュウジは〝兄〟だ。

 

 ユエやウサギに力の使い方を教わったとしたら、シュウジにはさらに発展させる術を教わった。

 

 ハジメを籠絡するコツも教わったし、ユエ達ともっと仲良くなる方法だって相談に乗ってくれた。

 

 他にも場を和やかにする術や楽しませる術など、彼女がハジメ達を元気付ける力をも伸ばしてくれていた。

 

 主にカム達とかカム達とかカム達の事で一生忘れない恨みはあるが、それでも深く感謝している。

 

 だからこそ許せない。

 

 

 

 

 

 

 その暖かな紫色の影を、無遠慮な銀の光で塗り潰したことが。

 

 

 

 

 

 

 きっと、シュウジをシアと似たような形で思っていたユエやウサギ達だって同じはずだ。

 

 しかしそれに身を任せはしない。

 

 いつだって冷静に物事を捉え、冷徹に、確実に敵を殺すのが肝心なのだ。

 

「正確には我が主であるエヒトルジュエ様の、と言うべきでしょう。既に、あの肉体も魔力も、全ては主のものです」

「……」

 

 けれど、その言葉にプッツンとくるのも仕方があるまい。

 

「……ぷふっ」

 

 そして同時に、思い切り笑ってしまいそうになるのを堪えて声が漏れてしまった。

 

 無感情に言葉を注げていたエーアスト達は、怪訝そうに目を細める。

 

「ごめんなさい、ちょっとアホみたいな言葉が聞こえたので笑っちゃいまして」

「……どこがおかしかったというのです?」

「あんな引きこもりで見栄っ張りのクソヒキニート神ごときに、あの人が乗っ取られるはずないでしょう? あ、でも理解するのは無理ですね。なにせヒキニートの〝ピーーッ〟用に作られたお人形さんですものね? 〝ピーーッ〟用の方でしたか? それとも〝ピーーッ〟用?」

 

 ブチン、と音が鳴ったのはどこからだろうか。

 

 明らかに瞳の温度を下げたエーアスト達にシアは満面の笑みを向けると、おもむろに〝大宝物庫〟を開く。

 

 

 

 

 

 そこから取り出したるは、シルクハット。

 

 

 

 

 

 シアは顔を少し俯かせながらそれを被り、被った部分から白い何かが漏れ出して彼女の全身を覆っていく。

 

 やがてそれが形を得た時──シアは、派手な色の衣装を纏っていた。

 

 赤いジャケットに黄色いシャツ。ワインレッドのタイに、彼女の髪色に近い淡い水色のズボン。

 

 極めつきには、ヴィレドリュッケンがくるりとひと回転されると手品のように緑の傘へと変わった。

 

 どこか不思議の国のアリスの〝時計うさぎ〟を彷彿とさせる装いに身を包んだシアは、今一度エーアスト達を見上げる。

 

「未来を垣間見られる、〝占術師〟たる私が宣告します──貴女達の、クソヒキニート神の時計の針は、これ以上先には動きません」

「……戯言を。私達に圧倒されて凌ぐので精一杯の貴女が、どう勝つと? 理解できないのですか? それとも現実逃避しているのですか? いずれにせよ──哀れですね」

 

 シアの放つ正体不明の威圧に息を詰まらせながら、しかしエーアストは告げる。

 

 その言葉は正しかろう。片眼鏡(モノクル)がなければ、シアは今頃生きてすらいない。

 

()()()()()

 

「案内しましょう、深い深い穴蔵へ。そう──地獄への一本道に!」

 

 叫びながら、シアは首から下げられていた懐中時計の上部のボタンを押した。

 

 カチ、カチ、と音が鳴り始め、シアは持ち手を上にして傘を両手で握る。

 

 とても武器とは思えないそれにエーアスト達が、さっさと殺そうと動き始めた時。

 

「〝大きくなあれ〟」

「っ!?」

 

 その瞬間、エーアストはシアの体の大きさが二倍になったような錯覚を覚える。

 

 そして瞬いた次の時には、目の前に淡青色の魔力で持ち手部分に槌が作られた傘があった。

 

「馬鹿なっ!?」

「ふぅんっ!」

 

 気配すらも感じられず近づいてきたシアに驚き、そんなエーアストはかろうじて大剣を差し込む。

 

 凄まじい衝撃が両腕を肩まで駆け抜け、一撃でとんでもない膂力であることを感じ取った。

 

「いったい何をしたというのです!?」

「教える義理はありませんっ!」

 

 答えながら、シアは片手でシルクハットを取ると腕を横に振って飛ばす。

 

 それは一人でに動き回り、エーアストへの攻撃に合わせて動き出していた他の使徒達の動きを止めた。

 

 たかが帽子と驚く銀紫の使徒達。だが侮るなかれ、ハッター特製の帽子だ。

 

「そらそらそらぁっですぅ!!」

「ぐっ、ですがっ!」

 

 輝くハンマーの乱打に、大剣で弾きながらも反撃に転じた。

 

「消し飛びなさいっ!」

 

 エーアストは一瞬で分解砲を組み立てると、シアに放つ。

 

 するとシアは魔力の供給をやめ、手の中で元に戻った持ち手を取ると傘を盾として開く。

 

 本来の使い方で展開された傘は、なんと分解砲を接触した瞬間に外へ屈折させてしまった。

 

「まさかっ!?」

「からのぉっ!」

 

 持ち手にくっついたトリガーを引いた瞬間、傘の先端から炸裂スラッグ弾が飛び出した。

 

 それは空中で五つに分かれ、飛び回る帽子の対応にも慣れ始めていた他の使徒達にも飛んでいく。

 

「ぐぅっ!」

 

 不規則な軌道で迫ったそれを、エーアストや他の使徒達はかろうじて回避した。

 

 今のシアがどんな攻撃を放ってくるか予測不能になった彼女らは、初めて退避をする。

 

 

(いったい何が……アーティファクトらしきものだけではない、シア・ハウリアの戦闘能力が飛躍的に向上した)

 

 

 戻ってきたシルクハットをキャッチして被るシアを見下ろし、エーアストは考える。

 

 通常の使徒のスペックがオール12000に対して、彼女らの基本スペックは33000。

 

 強化している現在では99000にも達し、これは()()()()()フィーネをも凌駕する。

 

 対してシアは、装いを変えてから明らかに倍の能力……数値にして70000を超える動き方をしていた。

 

 

 

 

 そのエーアストの思考は、実は正しい。

 

 彼女が首からかける金色の懐中時計、〝うさぎの時計(ワンダーウォッチ)〟にその秘密はあった。

 

 まず、シアのステータスはチートメイトと昇華魔法を合わせ、〝レベルⅦ〟によってオール36000を超えるといったところ。

 

 そして始の《概念特化:昇華》が組み込まれたこの時計は、()()()()()()()()()()()()

 

 結果、シアは現在72000というありえない超越的肉体スペックを手にしていた。

 

 彼女が肉体強化に特化していなければ、そして補助器具でもあるこの衣装がなければ、とっくに体が弾けている。

 

 始が本当に殺す気でシアに訓練をつけ、〝レベルⅦ〟を使えるようにしたのはこの下地を作るためだった。

 

 

(しかし、どうやら我らにはまだ遠く及ばない様子。包囲し、確実に抹殺する)

 

 

 負けることはないと結論を出したエーアストは、他の使徒達に伝達して動き始めた。

 

 そんな彼女達を見上げるシアは、再び傘をハンマーにして構え直すと。

 

 

 

 

 

「さて。()()()()、付き合ってもらいますよ」

 

 

 

 

 

 チャリ、と揺れるシアの〝うさぎの時計(ワンダーウォッチ)〟は、その針を半分まで進めていた。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回は作者的には必見。



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修羅達 急

書きたいこと全てを詰め込みました。

最後まで、手に汗握りながら楽しんでいただければ。

一言だけ。雫が最推しだけど、ありふれヒロイン全員好きです。


=========================
 ■■■■■ 68歳 男 レベル:???
 HL:測定不能
 天職:錬成師・魔王
 筋力:70000
 体力:66000
 耐性:108000
 敏捷:83000
 魔力:204000
 魔耐:156000
 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成][+超精密錬成]・魔力操作[+天圧][+空間圧倒][+自由操作]・胃酸強化・豪雷[+纒雷][+赤雷][+雷化]・天脚[+空消][+天崩脚][+赤光]・嵐爪・天眼[+物質][+星力][+境界][+時間][+魂魄][+情報][+生物]・全能感知[+気配][+熱源][+魔力][+第六感]・気配遮断[+幻踏] [+残影]・完全耐性・先読[+限定未来視][+限定過去視]・天壁・金剛腕・圧壊・念話・追跡[+境界超越][+時間超越]・魔力錬成[+物質魔力][+自然魔力]・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破[+覇潰][+壁越]・闘術[+獣術][+鬼術][+魔術]・乱撃[+迅撃][+破撃][+覇撃]・加速[+超速][+豪速][+超加速]・変身・神代魔法[+七大魔法][+概念魔法][+概念特化]・因果[+絶対不屈]
=========================


 一人称 SIDE

 

 

 

 言葉を交わし、互いに歩き出す。

 

 

 

「──〝壁越〟」

 

 一歩進んだ瞬間、始は試行錯誤の末に〝覇潰〟から編み出した能力を十倍にまで高める技能を使う。

 

 その瞬間、肉体から溢れ出した僅かな魔力によって空間が錆色の魔力で歪み、軋みを上げた。

 

 当たり前だろう。

 

 筋力一つとっても、700000というもはや数値化するのも馬鹿らしい数字なのだから。

 

 ギシギシと音の鳴る周囲に構わず、始は二歩目を踏み出した。

 

「〝赤光〟」

 

 次に発動するのは、この技能の獲得に合わせて〝瞬光〟から変質した技能。

 

 約3000倍にまで知覚速度を加速して、ようやく歩くので精一杯な肉体のコントロールが可能となった。

 

 精神と肉体が釣り合ったところで、三歩目を踏み出す。

 

「〝超加速〟」

 

 更に、肉体の力を飛躍させる。

 

 膨大な能力に更に数値が加算され、さしもの半人半機である始でも単独で処理しきれなくなる。

 

 それを助けるのが神の造眼(ヘイムダル)だ。

 

 この唯一無二のアーティファクトには、無数の並行世界と繋がるだけの強大な情報処理能力がある。

 

 そうして、全ての準備が整って。

 

 始は、最後の一歩と共に。

 

 

 

 

 

「〝雷化〟」

 

 

 

 

 

 変若水(おちみず)に数多の技能、そして神の造眼(ヘイムダル)を用いてようやく発動することができる。

 

 最強の、切り札を使った。

 

 その靴裏が地面に着くまでの刹那、始としての輪郭を残したまま、その肉体が鮮烈な赤の雷と変じていく。

 

 そして、地球において神の力とも謳われたものとなった始は──消えた。

 

 

 

 

 

 ドパォォォンッ!!!!! 

 

 

 

 

 

 ゴガァアアンッ!!!!! 

 

 

 

 

 

 次にその姿が現れたのは、空間を根こそぎ吹き飛ばすような激音と共に。

 

 アベルを逃さないため、同時にこの広場の外にある外界を壊さないために張られた結界が明滅した。

 

 それは、光の速度で飛んだ弾丸が当たり、凄まじい強度で受け止めて粉砕したからだ。

 

 

 

 

 その弾丸が飛び出した銃は──下部に取り付けられた刃の切っ先と、細剣の切っ先が拮抗している。

 

 誰にも追いつけない、赤い光となった始の一撃を、あろうことか細く美しい鎧を着たこの暗殺者は受け止めたのだ。

 

「──ハッ、やはりな。これでようやく、全力のお前と互角か。流石は1000年以上生きていただけはある」

「君こそ、心の底から驚嘆する。まさかたったの50年程度で、そこまでの領域に至ったというのか」

「ああ。今の俺は、文字通り痺れるぜ?」

 

 始の形をした赤雷が、獰猛に笑みを浮かべる。アベルは数百年ぶりに身体中を寒気が駆け巡った。

 

 数々の技能の限界を更に超え、世界を超えるアーティファクトを生み出し、概念特化という力まで得た始。

 

 そしてこの魔王は、ついにその身を〝己に降り注ぐ理不尽全てを粉砕する〟という概念そのものに昇華してしまったのだ。

 

 それこそが〝雷化〟、万物を穿つ究極の力の形。

 

 魂だけで数千年を存在しうるエヒトと同じ、人間の領域を超えた存在に至っていた。

 

「今の俺にあらゆる現象は効果を示さない。ご自慢の〝抹消〟も、半端な威力じゃ焼き焦がすぞ?」

「つまりこの僕に全てを出し尽くして、本気で殺しに来いと。そう言いたいのだね?」

「それ以外の何に聞こえる?」

「いいや。実に──わかりやすい!」

 

 ギィン!!! と超音波のような音を奏で、アベルが細剣を振り払って拮抗が崩れる。

 

 この男とて、〝怒り〟という概念的なものを禁術にて物質化し、こうして纏っている身。

 

 土俵は同じ。

 

 故にこそ。

 

 

 

 

 

((──先に殺した方が勝つ!))

 

 

 

 

 

「死ね。俺の復讐を果たすために!」

「死ね。我が怒りを満たすために!」 

 

 似た者同士の修羅と修羅が、全力で殺し合いを始めた。

 

 怒りの化身が、万物を消し去る刃を振るう。

 

 赤雷の化身が、理不尽を貫く弾丸を放つ。

 

 互いに得物はそれ一つ。

 

 アベルはこれ以上の武器を持たず、始は概念化した自分に耐えうる弾丸が同じく〝存在破壊〟という概念を込めた弾丸だけだった。

 

 一歩たりとも断じて引かずに、刹那に万を超える斬撃と銃撃の応酬が躱された。

 

「「おおおおおおおああああああああっっっっっ!!!!!」」

 

 雄叫びすらも、互いの体を打つ衝撃になる。

 

 静かに命を奪い合った王都の夜とは、まるで違う。

 

 強く、荒々しく、どこまでも激しく殺し合った。

 

 だというのに、始と露出したアベルの口元に浮かぶのは──これ以上ないほどの狂気的な獰猛さを湛えた笑み。

 

 最初からこの展開を望んでいたのではないか。そう思えるほどに──いや。

 

 

 

 始は、これこそを望んでいたのだ。

 

 

 

 そもそも、言ってしまえばもう始のこの世界でのやるべきことは終わっているのだ。

 

 とっくの昔に()()は完了し、同じほどに重要な要素だったハジメ達の実力の底上げも済ませた。

 

 あとは神の造眼(ヘイムダル)の観測した通りに、何もかも決着がついたのを見計らって行動を起こせばいい。

 

 こんなところでアベルと殺し合いなどせずとも、静かに全てを完遂して消え去ることができた。 

 

 

 

 

 そうしなかったとして、真正面からやらなくてもいくらでもアベルを殺す方法はある。

 

 この男がいくら怪物であれ、結局は個人。

 

 であるならば、始の比類なき創造性を駆使すれば安全に殺せた。

 

 実際に〝宝物殿〟の中には、アベルを殺す全ての予測に準じて用意したアーティファクトの雛形が数多く眠っている。

 

 だというのに、始はこれを選んだ。100%の勝利を予測した数々の作戦の中で、最も勝率の低いものを。

 

 しかしそれでよかった。いいや、これでなくては絶対に駄目なのだ。

 

 最も絶望的な道の中にこそ、望んだもの全てを手にする導がある。それを誰よりよく知っていた。

 

 あるいは理不尽破りの概念になったからこそ、この方法を選んだのかもしれない。そんな風にすら思う。

 

 何よりも、直接自分の手で親友を殺したこの男の命を奪わなければ、納得できない。

 

 結局のところ、始は満足しているのだ。

 

 

 

 

 

 自分という存在の最後の証明が、この形であることを。

 

 

 

 

 

 

「「絶対に殺すッッッ!!!!!」」

 

 何度目だろう。己の中に沸る炎を、言葉という刃にして相手にぶつけるのは。

 

 殺す。実にありふれた言葉だ。今日び小学生の子供ですらも簡単に使っているだろう。

 

 だがありふれたその一言こそが、始を最強たらしめてきたのである! 

 

「フッ!」

「!」

 

 全てを赤く染めた中で異彩を放つ、黒と白の銃から弾丸が放たれる。

 

 甲高い二回の射撃音で、アベルに向けて飛ぶ銃弾の数は120発。

 

 始自身を電磁加速器として用いるそれは、光をも超える未知の速度に達している。

 

「カァアアッ!!」

 

 しかし、アベルはその全てを裂帛の気合いとともに斬ってしまった。

 

 かつての失敗を繰り返さないように、形も残さず木っ端微塵にする。跳弾などさせるものか。

 

 ──しかし始は、キラキラと舞うその弾丸の粉塵を見てこそ笑った。

 

「ハッ!」

「シッ!」

 

 お返しと言わんばかりに流星のような刺突を繰り出すアベルに、始は雷光を引き連れ前に踏み込む。

 

 全てにフル出力の〝抹消〟が付与された消滅の雨。けれど始は、その身を無数の小さな雷に分けて回避した。

 

 そして未だ宙を舞う粉塵に当たり、全ての赤雷は反射して──アベルの眼前へと収束し始に戻る。

 

 

 

 ──紅雷闘術壱式、〝万雷〟。

 

 

 

 ゴリ、とアベルの兜に銃口が突きつけられた。

 

「チェックメイトッ!」

「まだだッ!」

 

 兜に二つの目が見開き、そこから〝抹消〟の力を光線として打ち出す。

 

 以前にノイントに共生した事で得た能力に、始はまた万雷状態に戻って避けた。

 

「オオオオォォオオオ!!」

 

 その始である万雷を根こそぎ消し飛ばそうと、光線は肥大化してレーザー砲となった。

 

 超広範囲、あまりの力の大きさに余剰エネルギーが()()となり──

 

「──馬鹿め」

 

 瞬間、大爆発が起こった。

 

 粉塵爆発。始は何も反射鏡としてだけ、この粉塵をばらまいていたのではない。

 

 反発を起こしたレーザー砲は暴発し、兜の瞳が焼かれて死ぬ。

 

「忘れたか、僕に目は必要ない!」

 

 全く痛手と認識しないアベルは、独楽のようにその場で回転して斬撃の嵐を解き放った。

 

 

 

 ──業殺剣1の型、〝刃風〟。

 

 

 

 雫のそれに似た、相手を世界に留める因果ごと切り裂く技。

 

 その斬撃の数にばらけている方が危険と判断し、始は一体化すると黒白銃を胸の前で交差させた。

 

「ハァアアアアア!!」

 

 銃の刃に雷が迸り、十字の斬撃となってアベルの刃風に真っ向からぶつかった。

 

 紅雷闘術弐式、〝殺×(バツ)〟。

 

 始を殺さんとする消滅の斬撃を、理不尽破りの概念が打ち砕く。

 

 そして、相殺してアベルの体の近くに飛び散った赤雷の欠片は、元は始の一部であり。

 

「砕けろ!」

 

 一瞬で全ての赤雷が肥大化して暴流となり、全方位に向けて千を超える雷の矢を解き放った。

 

 紅雷闘術参式、〝万雷喝采〟。

 

 一本でもそれに触れれば、たちまち肉体全てが消し炭となる。

 

「甘い!」

 

 アベルの背中から四枚の翼が現れ、射出された羽が赤雷の隙間を通り抜けていく。

 

 するとそれが避雷針となり、アベルに到達する前に雷の矢は方向を変え……。

 

「ありがとうよ、わざわざ壁を用意してくれて」

「っ!」

 

 一瞬で全ての雷が消え、銃声が響く。

 

 空中にばらまかれたアベルの羽に命中し、跳ね返った無数の弾丸はアベルに襲い掛かった。

 

 優れた回避能力で全てを紙一重で避けるアベルだったが、弾丸は互いにぶつかり合い、また軌道を変える。

 

 避けてはぶつかり、また違う位置からアベルに迫る、触れられない〝弾丸の結界〟が完成した。

 

「──〝力よ、消えよ〟」

 

 アベルは、瞬時に力を持つ言葉を発する。

 

 その言葉に弾丸に込められた概念そのものは消えなかったが、しかし推進力が消滅して地面に落ちた。

 

「隙あり……ッ!?」

 

 その隙を逃さず前進しようとした始は、ふと何かを感じて途中で走る位置を変えた。

 

 

 ジャギンッ!! 

 

 

 すると、一瞬前まで始がいた空間に全方位に鋭く長い針が伸びる鈍色のボールが現れる。

 

 安堵する間も無く、またしても自分のすぐ近くに〝第六感〟が発動して光速移動した。

 

 始の回避場所を読んでいたかのように、二つ目の棘ボールが出現する。

 

 真っ直ぐ進んでいれば全身が串刺しだっただろう。

 

「チッ、俺みたく鎧の破片を戦いながらばらまいてたか!」

「どうする? その棘は僕の意思一つで君を刺し貫く。開花するまで〝抹消〟で物理的存在を消していれば、君のその瞳でも見えまい?」

 

 言いながら、最初に戦った時とは逆に迂闊に動けなくなった始にアベルは斬りかかる。

 

 舌打ちしながら応戦しようとして、ふと動かした腕の付近に危機を感じて咄嗟に止めてしまった。

 

 その隙を見逃すアベルではない。

 

「一撃目」

「ぐぁッ!!?」

 

 どうにか数ミリ後ろに引いた始の首筋を、細剣が掠めた。

 

 その瞬間、概念化して痛みを失ったはずの始の全身に凄まじい激痛と酷い虚無感が襲い来る。

 

「ちいっ!」

 

 歯を食いしばりながら、始は苦し紛れに交差させたままの黒白銃を発砲した。

 

 するとその軌道上にあった棘ボールが起動し、跳弾してアベルの方に飛んでくる。

 

 それを防ぐ時間を使い、万雷になった始は既に棘ボールが発動した弾丸の軌道上に沿って退避した。

 

「逃がさない」

 

 だが、そんな始を極細の糸状に変形したアベルの鎧が追いかける。

 

 当然ながら本人の攻撃は棘玉には反応せず、万雷状態のまま始は全方位から囲まれた。

 

 そして、なす術ない始を針が貫き──

 

「──こいつを待ってたよ」

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 消し去ることはできずに、銃声が轟く。

 

「──っ!」

 

 咄嗟に身を捻ったことは、幸運だったか。

 

 アベルは自らの頬を掠め、自分という存在そのものを大きく削った光に驚く。

 

 それを放ったのは、彼の目の前に残った右腕一本だけに握られた黒銃。

 

 肉体の大部分を移動させることで、残した右腕をアベルの意識から外したのだ。

 

 

 

 結果的に驚いてしまったアベルは針を止め、更には棘玉のほとんどが暴発して露わになる。

 

 強靭な精神力を持つアベルですらもそうしてしまうほどに、その擦り傷は致命的だった。

 

 残りも到底届くような場所にあらず、右腕の方へと戻って一体化した始はアベルに肉薄した。

 

「どうした、呆けてるぞ!」

「チッ!」

 

 また、技と技の駆け引きが始まる。

 

 それまでと違うことは、より苛烈に、そして互いを殺し尽くすよりも隙を作らせる形に変わったこと。

 

 互いに一度受けたことで、どれだけ攻撃すれば相手が殺せるのかを確信したのだ。

 

 

 

 

 

 あと4回。それだけ攻撃を当てた方が、先に殺せる。

 

 

 

 

 

 ならば、その4回を相手よりも早く全力で与えるのが必然だ。

 

「肆式、〝雷蛇〟ッ!!」

「6の型、〝刃炎〟ッ!!」

 

 大技を放ったのは同時。

 

 アベルの周囲の地面、空間に迸った赤雷は蛇のように巻きついて絞め殺しながら焼かんとする。

 

 始に向け、炎が揺らめき燃え盛るように一つ一つが飛距離も速度も、威力すら違う斬撃が飛ぶ。

 

 それは布石に過ぎない。

 

 互いに互いを打ち消しあい、僅かに突破した破片のようなものに効果を期待する。

 

 

 

 赤雷は、アベルの肩に触れて少しだけ痙攣させた。

 

 

 

 刃は、避けたことで僅かに始の体の軸を乱した。

 

 

 

 それで十分。

 

「死ね!」

「お前が死ね!」

 

 〝万雷〟を発動し、一部だけを腕と銃に固形化して発砲する。

 

 左肩の筋肉の痺れを打ち消す時間を切り捨て、右腕だけで最速の突きを繰り出す。

 

 切っ先と弾丸がぶつかり、火花を散らして軌道をずらし合い……狙いを穿たずも当たる。

 

 痛み分け。

 

「ぐっ!?」

「かはッ!!」

 

 存在を削るという高次元のダメージに、互いに吐血した。

 

 しかし違ったのは、アベルは赤い血を吐き、始は吐血すら雷であったこと。

 

 血の雷は飛沫し、アベルの細剣に当たって表面を伝っていった。

 

 結果、鎧を通り抜けて突き出した右腕が痺れる。

 

「ッ!!」

「っ、そこだッ!」

 

 その場所に固定された腕に、始はこれまでで一番速く踏み込んだ。

 

 そして、唸る白い刃が振り抜かれて。

 

 鈍色の右腕が、高く宙を舞った。

 

「ガァアアアっ!!?」

「おおぉおっ!!」

 

 一回始がリードした。その勢いを失わずに、始はトドメを刺しにかかる。

 

 しかし、忘れてはならない。

 

 その男が怒りのために、人としての生のほとんどを賭けたことを。

 

「なぁめぇるぅなぁああああああああ!!!!!」

 

 空を舞う右腕の断面と、切り離された腕の断面の間で鈍色の線が光る。

 

 神経の中に張り巡らさていた極細のライオットにより、切断された右腕を操って前傾姿勢の始に細剣を落とした。

 

 更にはアベルの全身を覆う鎧が一瞬で肥大化し、飛び込む始を飲み込むように閉じていく。

 

 裏側には無数の針が連なっており、その全てが〝抹消〟の力で白く輝いていた。

 

 上からは神速の落下物、前には地獄の入り口。今引いても、既にライオットは背後まで回っている。

 

 万雷状態になっても、絶対にどこか一片が触れる。

 

 どうする。どうすればいい。

 

 始は考える。この絶望を乗り越える方法を。勝利し、生き残る方法を。

 

 そして。

 

「肉は切らせてやらぁっ!!」

 

 

 ドパンッ! ドパンッ! 

 

 

 上へ向け、銃をどちらとも発砲した。

 

 遅れて飛び出した二発目が先に引き金を引いた一発目に当たり、跳弾。

 

 それは切り離されて感覚が鈍り、握りの甘かった細剣の柄頭に衝突し、すっぽ抜けさせ──

 

 ズッ!!! と勢いよく始の肩に深く突き刺さった。

 

「ッッッ!!!!!」

 

 痛みという枠組みを遥かに超えた感覚を、雷の血涙を流して耐えきる。

 

 力が半減した左手から銃を手放して、右腕に全意識を集中した。

 

「そらよ、持ってけ」

 

 銃から、黒い刃が外れて飛び出す。

 

 弾丸と同じように電磁加速されたその刃には、同じ〝存在破壊〟の概念が付与されている。

 

 黒刃は的確に、アベルの鳩尾を撃ち抜いた。

 

「が、ぁああっ!!!」

 

 絶叫するアベル。

 

 残り、一回。対して始は二回分の猶予がある。

 

 勝負は決した。

 

 始は黒銃を操作し、最後の一発を──

 

「ッ!??」

 

 その時、異変が起こった。

 

 体が軋む。それまで完全な形を保っていた〝雷化〟の力が、一瞬解けかけた。

 

 その原因は──肩に深く突き刺さった細剣。

 

 

(まさか、変若水(おちみず)の効果が!)

 

 

 赤雷化した始には、あらゆる物理的・魔法的な攻撃は意味をなさない。

 

 ダメージとして到達する前に、理不尽破りの概念が害として破壊してしまうからだ。

 

 それは〝抹消〟でも変わらない。同じ力のステージに立った今、全力の出力でなければダメージにはなりえない。

 

 故に、アベルの手を離れた細剣に残っていたのは実に微弱な力。

 

 しかし、体内深くに到達したその刃は──始を雷たらしめる変若水(おちみず)の効能を少しだけ打ち消した。

 

 そして。

 

「致命的な隙だよ、それは」

 

 アベルの右腕の断面から、無数の刃が溢れ出す。

 

 未だ全力の動きができない体。刃の先端は、完全な万雷になる前に確実に届く。

 

 

(骨を断たれたのはこっちだったか……だが!)

 

 

 どれだけの絶望だろうが諦めない。絶対に勝利を掴み取る。

 

 その炎を胸に、始は最後の最後に隠しておいた奥の手を使った。

 

神の造眼(ヘイムダル)ッ!!!」

命令を受諾。最も生存に適した道を示します。

 

 始の前に、無数の〝世界〟が広がる。

 

 

 

 

 

 それはこれから、一瞬先の未来。

 

 

 

 

 

 始が起こすあらゆる判断から生まれる、枝分かれた無数の世界。

 

 シアの〝天啓視〟に似たそれは、魔法適正のない始では神の造眼(ヘイムダル)と莫大な魔力消費があってようやく成立する。

 

 そして数千通りの未来から神の造眼(ヘイムダル)が選んだ生存の道筋は──たったの一つ。

 

 

(ハッ、充分だ!)

 

 

 その未来を実現するため、始は〝前〟へと動きながら回避した。

 

 結果、ほぼ全ての刃を躱すことに成功し──たった一本だけが、左肩を貫く。

 

 しかし始は追撃することなく、アベルの胸を蹴ると再び後ろに跳躍した。

 

 空中で万雷状態となり、大きく距離を離した位置で一体化して……膝をつく。

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ゲホッ、ゴホッ!」

「ぐ、ぅ、ぉ…………」

 

 

 

 

 

 互いに満身創痍だった。

 

 始同様に、鳩尾に深く突き刺さった刃を押さえながらアベルも膝をつく。

 

 やがて、どちらも立ち上がった。

 

 フラフラとおぼつかない足取りでも、それでも相手をまっすぐに見て。

 

「──次で最後だ」

 

 白銃を構え、始が告げる。

 

「──終わりにしよう」

 

 右腕をライオットで繋ぎ直し、手中に剣を作り出したアベルが告げる。

 

 

 

 

 

 一瞬の静寂。

 

 そして、走り出す。

 

 技の駆け引きも何もない、純粋な突進。

 

 先に相手に届いた方が、勝つ。単純明快な決着だ。

 

 故に、これ以上ないほど殺意を研ぎ澄ませ。

 

 

 

 

 

 

 

 パチリと、始の雷化が解けた。

 

 

 

 

 

 

 

 数々の技能の同時使用、その上で成り立つ〝雷化〟そのものの莫大な魔力の消費。

 

 極め付きに、最後の神の造眼(ヘイムダル)の使用。

 

 これにより、雷化を維持するだけの魔力が底をついた。

 

 

 

 

 

(──ああ。俺の負けか)

 

 

 

 

 

 驚くでもなく、始はそう納得して、立ち止まった。

 

 全て出し切った。

 

 アーティファクトという意味ではそうではないが、己の身一つで絶望に抗うという意味では。

 

 これ以上ないほど、この敗北には納得できる。

 

 〝保険〟もかけてはいたが、どちらにしろそれを使うにはほんの数十程度の魔力が足りない。

 

 勝利を渇望するあまり、計算を間違えた。そういうことだ。

 

 それはいい。ここで消えても、それをトリガーに最後のやるべきことは発動する。

 

 あと気がかりなのは、アベルが戦場に放った〝何か〟だが……まあ、()()()()を考えれば気にすることはない。

 

 

 

 

 そんなことを考えている間に、一瞬で間合いにアベルが入ってきた。

 

 知覚速度が低下したせいで、見えもしなかった。

 

 その刃は、神の造眼(ヘイムダル)ごと己の頭蓋を刺し貫こうとしている。

 

「未来からの復讐者よ。君は我が長き生の中でも、最も執念深く、そして強い狩人だった。その折れぬ心に、心からの尊敬を贈る。故に苦しませず──消してあげよう」

 

 アベルも始の考えていることを察しているのだろう。

 

 その切先が届く刹那の間に、珍しく怒り以外の感情がこもった声でそう言った。

 

 それに始は、実際の表情よりも先に心で笑ってしまう。

 

 

 

 

 

(終わり、だな)

 

 

 

 

 

 思えば瞬きほどの五十年だった。

 

 鉄屑で自分を覆い、偽り続け、やがて誰にも追いつけない雷となって走り続けた。

 

 たった一つの願い。それだけのために、本人が望みもしないだろう救いのために全部投げ捨てた。

 

 愚かな男だ。

 

 死の刹那、引き伸ばされた感覚の中で、そう数十年の間何度も自答した言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

(ああ、けど。このまま消えたら………………あいつに、もう一度会えるのかな)

 

 

 

 

 

 それだったらいいなと、そんな風に嘯いて。

 

 始は、アベルの刃を受け入れた。

 

 

 

申し訳ありません、マスター始。私では貴方を、望む未来へと到達させることはできませんでした

 

 

 

 そんな始に声をかける、女の声。

 

 この数十年、たった一つだけ始の孤独を紛らわせてくれた神の瞳。

 

 死の間際の幻聴だろうか。

 

 今まで何重にも聞こえてきたその声が、あの天真爛漫なウサミミ娘のものに聞こえた。

 

 だからつい、始は二十五年も前に顔を合わせなくなってしまった、愛する女達を思い浮かべて。

 

 

(願わくば。お前の……お前達の笑った顔を、もう一回見たかった)

 

 

 ふと、笑っ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ですから、ちゃんと直接、助けに行きます。今度こそ、貴方の未来を──この不確定まみれでクソッタレた理不尽の先にある勝利を、一緒に切り拓くために!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アベルの頬に、戦鎚がめり込んだ。

 

 

 

 そのまま吹っ飛び、地面をバウンドして転がっていく。

 

 

 

「──は?」

 

 

 

 完全に死ぬ覚悟を決めていた始は、立ち尽くしたまま呆然とした。

 

 

 

 そんな、彼の瞳に。

 

 

 

 淡い青色の、天の川が映り込む。

 

 

 

 

 

「──ようやく、探し出しました」

 

 

 

 

 

 その天の川は──地面に垂れるくらいに長く美しい、一つにまとめられた水色の髪は。

 

 

 

 

 

神の造眼(ヘイムダル)の未来観測と私の目を繋げて、やっと貴方を見つけ出せました。焦りましたよ、こんなギリギリになるんですから」

 

 

 

 

 

 細くも逞しく、巨大な戦鎚を担ぎ、いつだって始の心を明るく照らしてきたその背中は。

 

 

 

 

 

「でもね。言ったはずですよ、〝ハジメ〟さん。ずっと一緒だって。地獄の果てまで、隣にいるって」

 

 

 

 

 

 そして、振り返ったその顔は。

 

 

 

 

 

 快活で、強くて、綺麗で。

 

 

 

 

 

 幻想的なほど美しい、その笑顔は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから──みんなで、追いかけてきちゃいましたよ?」

「────し、あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たとえ袂を分かつとも、この五十年忘れたことなど決してなかった──シア・ハウリアの、笑顔だった。

 

 

 




絆は壊れない。
 
たとえどんなに遠ざけても、背中を向けても。

その瞳が、理不尽を乗り越えることを見据えているのなら。

私達は、どんな場所にだって貴方の隣に立ちにいく。

だから、さあ。








反撃を始めよう。今度は、一緒に。








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魔神の妃達 転

すみません、時間間違えました!

思ったより伸びたので分割。

ティオ達の側です。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 一人称 SIDE

 

 

 

 シアとウサギが、それぞれ戦っている頃。

 

 

 

 ティオと邪龍軍は、既にかなりの優位に立っていた。

 

 魔物達の殆どは殲滅され、残りは数百体と数えられるほどにまで減少している。

 

 邪龍達に欠員はない。一体一体がフリードの魔物など歯牙にも掛けない程強力ということもある。

 

 加えて、ティオの使う〝竜女皇の下賜〟という再生魔法によってあらゆる傷は癒やされた。

 

 だがフリードもさるもので、うまく魔法や使徒の力、空間魔法を使い二度目の傷は負わなかった。

 

 同様に、どうにか片目を癒した白神竜も巧みに攻撃を放ち、邪龍達と拮抗している。

 

「ふむ。案外根性があるのう」

「──女。貴様だけは絶対に、我らがこの手で息の根を止めてくれる」

 

 たおやかに笑うティオに、殺意全開でフリードは告げた。

 

 その言葉を実現するために、白神竜が極光と無数の極大光弾を振り注がせる。

 

 フリード自身も全属性魔法のフルバーストと分解砲、銀羽を解き放ち、灰竜の一斉掃射が霞んで見える猛攻をした。

 

 

《 ダ べ ル 》

 

 

 前へと出る大口の邪龍。

 

 しかし、さしもの大喰らいであるこの邪龍でも流石にこれだけの数の攻撃全ては吸い込めなかった。

 

 他の邪龍達は魔物の残党狩りに向かっており、護衛役である邪人龍達でも凌ぎきれない。

 

 大喰らいと邪人龍達が、集中砲火に傷を負っていく。そう時間はかからず、死んでしまうだろう。

 

 まずは忌々しい邪龍を確実に三匹仕留める。そう攻撃の手を強めるフリード。

 

「ほう、中々にやりおる。では妾も手を貸そう」

 

 そこへ、ティオが一歩前へと踏み出た。

 

 攻撃しながら怪訝な顔をしていたフリードは、黒翼を広げた彼女を見下ろす。

 

 そして、バキバキと骨が砕けて繋ぎ直されるように音を奏でて変形していくのを見て目を見開いた。

 

 

 

 

 変形し切った時、翼は二つの竜の頭──竜化状態のティオの頭部に酷似したものとなる。

 

 ガパリと顎門を開き、そして──大喰らい達に向かっていた攻撃がそちらに吸い込まれ始めた。

 

「なっ!?」

 

 なぜ同じ力を、と驚くフリード。

 

 そうしている間にもみるみるうちに大喰らい達の負担は軽くなっていき、やがて余裕になる。

 

 三つに増えた受け止め口によって、フリードと白神竜の総攻撃は難なく受け止め切られてしまった。

 

「〝竜女皇の下賜〟」

 

 そして、三体の邪龍の傷までもが癒されてしまう。

 

 怒涛の展開に、フリードは少しばかり焦りとティオに疑問を覚えた。

 

「貴様、その怪物達の力を扱えるのか?」

「ほほ。妾が偉そうにふんぞり返るばかりの女と勘違いしてもらっては困る」

 

 声音を低く、目を鋭く問いかけるフリードに、ゆるりと扇を広げるティオ。

 

 ティオは何も、この邪龍達に姫扱いされて戦わせているわけではない。

 

 変成魔法で繋がったこの邪龍達の最も強力な能力を一つ、彼女は複製して己の技能としていた。

 

 名を〝百龍邪宝〟。彼らが地獄の中で手にした宝とも呼ぶべき力を束ねる、王の如き力を。

 

「忌々しい……!」

「ふむ……率いるということで思い出したが。お主、同胞達はいいのかえ? このままエヒトが地上を滅ぼせば、魔人族の国とて例外ではあるまい」

 

 実のところ、魔人族達はフリードを筆頭としてこの【神域】に渡ろうとしていた。

 

 今のフリードのように強化されると面倒なので、スタークが裏で魔人族を支配した際に頓挫させたが。

 

 今も地上にて魔王国ガーランドにいるだろう同胞達は放っておいていいのか、と問うティオにフリードは鼻を鳴らした。

 

「我が主は貴様らを根絶した後、全ての同胞をこの【神域】に招くと仰っている。案ずることなど何もない」

「ふむ、主が仰るときたか。しかしエヒトは、人族と魔人族の戦争を扇動した元凶そのもの。思うところはないのか?」

 

 その質問に、フリードは一言で返した。

 

「全ては神の御心のままに」

「……哀れな男」

「そうじゃのう。これでは戦争で死んだ魔人族達も浮かばれんじゃろうて」

 

 ユエの呟きに頷き、ティオは憐憫の眼差しをフリードへと向けた。

 

 自信満々に答えていたフリードは、その視線に一瞬だけ動きを止めた後──目に怒りを浮かべた。

 

 劣勢故の焦りから来ていた怒りとは別のもの。内心的なものから来たそれにティオは目を細める。

 

「貴様如きが、我らを賢しらに語るな」

「賢しらも何も、貴様がエヒトに従って世界を滅ぼすことが失われた命への免罪符にはならんじゃろうて」

「そもそも前提を間違えているのだ。神の為すことに善悪など存在しない。故に散っていた同胞達は殉教者なのだ。後悔などあろうはずもなく、私の為すことも誇りに思うだろう」

「あ、ダメじゃなこれ。完全にイッてしまっておる」

「……気持ち悪い」

 

 狂信者そのものであるフリードの、自分の言葉こそ真実という顔にドン引きするティオとユエ。

 

 まだ同胞や国のために戦っていた昔の方がマシだろう。

 

 今のフリードには、二人からすれば全身に操り糸が付いているよう見えた。

 

「何故わからん? 数々の戦争も、多くの危難も、全ては神が施して下さった試練。あのお方は共に歩むにふさわし存在を探していただけ。そして試練に打ち勝ち、我が種族は選ばれた。その神意を掴めず、異教の神と罵っていた自分の愚かさに、今では吐き気がする。だが、こんな愚かな私を許し、迎え入れて下さったばかりか、神の眷属となる資格までお与え下さった。この慈悲深さが理解できないなど、まるでわからん」

「……どう思う?」

「多分、抱腹絶倒しとるじゃろうな」

 

 どうせあの腐れた神のことだ、この様子も観戦しているかもしれない。

 

 シュウジの精神体が、このフリードを見て笑い転げているだろうのを想像するユエとティオ。

 

「もうアレじゃな、話しても通じん類のやつじゃ。さっさと片付けるとしようかの」

「ん。どうせシア達もすぐに終わるだろうし」

「ふん、ありえん。第一から第五の使徒、そして終の使徒はあのような下賤な獣達では相手にもならん」

 

 確定事項のように言うフリードにティオはユエと顔を見合わせ、やれやれと言うように肩をすくめた。

 

 どこまでもバカにした様子に、フリードの怒りのボルテージが上がる。殺意は高まるばかりだ。

 

「こやつ、本当に節穴な目をしとるの。よりによってあの二人を軽んじるとは……シアもウサギも、負けるはすがなかろう?」

「シアは、何の下地もないのにハジメへの想い一つで一番のバグキャラになった。ウサギは、解放者達が未来の人類を託した最高の戦士」

「せいぜいが人を貶めて悦に浸るしか能のない自称神のお人形が、多少強化したくらいで敵おうはずがない」

 

 微塵も負けるなどとは考えていない。むしろ、あの二人を選んだ使徒を憐れみすらする。

 

 所詮は滑稽な神の傀儡であるフリードに、ティオとユエは心から馬鹿にした目を向けながら。

 

「ということで、さっさと死ぬがよい。こちとらやることが結構あるのでのう」

「ん。そのピカピカ光るおもちゃの羽を置いて、隅っこで縮こまってればいい」

「──おのれ、反逆者どもめが!」

 

 思わずといった様子で叫んだフリードは、しかし一転して笑みを浮かべた。

 

 それはまるで、これまで希望を抱いていた者達を絶望に叩き落とす下衆が浮かべる醜いもの。

 

 そして嘲笑と愉悦をたっぷりと含んだ声音で、こう言うのだ。

 

「私の魔物達が、これで全てと言った覚えはないぞ?」

「「知ってる」」

「………………なに?」

 

 あいも変わらず、こいつ何言ってんだ? みたいな顔をして見上げてくる二人。

 

「…………? っ! っ!?」

 

 ふと、フリードは違和感を覚えた。

 

 いいや、違和感などというものではない。もっと大きく不快で原始的な感情──驚愕と恐怖。

 

 その所以は、ティオ達を嘲ることのできる理由だったものが、既に存在していなかったから。

 

「な、何故っ!?」

「ん。周囲の浮遊島のオベリスクのこと?」

「っ! 貴様がどうしてそのことを!」

「いや、だから言ったじゃろ知ってるって。なんじゃ、数秒前に聞いたことも忘れたのかの? 本当に痴呆始まっとる?」

 

 ハンッ、と鼻で笑うティオに、しかしフリードは今度こそ何も言い返せなかった。

 

 ありえない。この浮遊島の周囲にある無数の島に設置していたオベリスクが、一つも反応しないなんて。

 

 そう焦るフリードの背後から──突如として、凄まじく大きな影が戦場全体を丸々飲み込んだ。

 

「っ! なんだっ!」

 

 反射的に背後を振り向き、そこにいたものにフリードは唖然とする。

 

 

 

 

 

 黄金だ。

 

 

 

 

 全身を黄金で形作った、五十メートルを優に超えるかという巨人がいた。

 

 主人と同じようにそれを見た白神竜が、慄いて悲鳴のような鳴き声を漏らす。

 

 そんな主従に、不敵に笑ったユエが告げた。

 

「──〝大地覆ウ金ノ土(ツチガミ)〟」

 

 フリードは失念していた。いいや、ユエの策略に乗っていたと言うべきか。

 

 彼女が開発していたエレメンタルの魔法が、炎と風だけであると。そう勘違いしていた。

 

 その二体しかあえて見せていないので、三体目がいるなどとは全く思っていなかったのだ。

 

 

 

 

 そして、黄金の巨人はゆっくりと両腕を上げていく。

 

 身構えるフリードと白神竜に、黄金の巨人は握っていた拳を──パッ、と彼らの頭上で開いた。

 

 そこからバラバラと降り注ぐ、大小様々な純白の石の破片。

 

 それが元はなんであるかを、フリードはよく知っていた。

 

「だ、だがどうやってっ!」

 

 狼狽えるフリードに、ユエは妖艶に笑いながら両手を広げる。

 

 既に答えはここにあると言わんばかりの姿勢に、フリードは血眼になって戦場を見渡した。

 

 黒焦げた大地、そこかしこに転がった木々、流れを破壊された()()()()──

 

「……な、に?」

 

 全力で視線を戻すフリード。

 

 そして、キラキラと眩く輝く黄金の川──浮遊島の縁から外界へ流れるそれを見て目を剥いた。

 

 その反応を見て、ユエはより一層笑みを深める。

 

 極上の笑みは、魔神の妃に相応しく妖艶で冷たく、何よりも美しかった。

 

 

「──〝天ヲ流ルル金ノ水(ミズガミ)〟」

「まさ、か……」

「ようやく気がついたのかの? お主は妾達を引きつけていたのではない。ただ、鳥籠の中でふんぞり返っていたのじゃよ」

 

 

 

 

 

 

 最初から、仕組まれていたのだ。

 

 

 

 

 

 ハジメ達はフリードの用意周到さと計画性を、王都と魔王城の件でよく知っていた。

 

 だから【神域】でもし敵として立ちはだかった時にどうするかも、当然対策を打っておいた。

 

 フリードが偉そうにハジメと問答を繰り広げていた間に、ユエは〝天ヲ流ルル金ノ水(ミズガミ)〟を展開。

 

 近くにあった小さな小川に一滴を混ぜ込み、そして戦闘が始まってからゆっくりと広げた。

 

 この浮遊島から外へ、更には他の浮遊島へと、水蒸気となってフリードの隠し球がないかを探し回った。

 

 そうして見つけたオベリスクを、こっそり〝大宝物庫〟から出した〝大地覆ウ金ノ土(ツチガミ)〟に破壊して回らせたのだ。

 

 ティオと邪龍達は、あくまでそのための時間稼ぎ。

 

 讃えるべくは、それを毛ほども悟らせなかったティオの堂々とした佇まいと、ユエが二つの魔法に施した幻覚魔法。

 

 シュウジが好んで多用した、その気になれば現実の改変に等しいことを起こせるそれを、ユエはしっかりとマスターしていた。

 

 

 

 

 フリードも、これほどまでに強力な邪龍達がまさか、単なる囮であるなどとは予想できるはずがなかった。

 

 だからこそ、自分の反撃の手が完全に潰されたのを、オベリスク達の残骸を見て理解してしまう。

 

「と、いうわけで……」

「もう、貴方は負けた」

「……馬鹿、な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁっ!!!!!」

 

 フリードは、錯乱した。

 

 ありえない。ありえていいはずがない。神に選ばれた自分が、こんな形で負けるなど。

 

 両手で髪をかきむしり、修羅のような顔で憤怒と憎悪を表現する。

 

「あ、あああ、あぁあああああああああああああああああああっ!!」

 

 そして彼は、ほぼ無意識に白神竜の背中に乗り、攻撃を命令していた。

 

 壊れた主人の命令に、白神竜は一度スッと悲しげに目を閉じて。

 

 

 

 

 

 

 ゴァアアアアアアアアアアアアアッッッ!! 

 

 

 

 

 

 そして、最大の咆哮と共にティオ達へ一矢報いようとした。

 

《無様ダナ》

《見ルニ耐エン》

 

 その動きが、強烈な呪いの力によって抑えられる。

 

 白神竜を、首と尻尾の先に一つずつ頭を持つ邪龍がじっと見つめている。

 

 その他にも数多くの邪龍によって、フリードと白神竜は包囲をされていた。

 

 気がつけば、とっくに魔物達は死に尽くしている。

 

「こん、な、こと、が……」

《死ネ。我ラガ姫ト、アノ魔神ニ牙ヲ剥イタ愚カサヲ恥ジナガラ》

 

 細々と呟くフリードの前に、ゆっくりと降りてきた三頭龍が静かに告げ。

 

 総勢百体の邪龍から、一斉にフリードと白神竜だけに向けてブレスが解き放たれた。

 

 

 

 

 無数の光が明滅する。

 

 炎、風、光、闇、呪い……ありとあらゆる力が愚か者を滅ぼす。

 

 やがて、それらが全て途切れた時。

 

 そこには、頭部と胸部、一枚の翼だけを残した白神竜の姿があった。

 

「ウ、ラ……ノス?」

 

 肉体の八割が消し飛んだ白神竜はぐらりと揺れ、そのまま地上へと落ちていく。

 

 その体を盾に守られていたフリードは、呆然と堕ちていく相棒を見下ろした。

 

 ドシャリと、地面に倒れ伏す白神竜の骸。その瞳から光は抜け落ちている。

 

 

 

 

 

 

 それを見た時、フリードの中に言いようのない激情が渦巻いた。

 

 

 

 

 

 意味がわからない。理解できない。

 

 宙にありながら、自分の足元がぐらぐらと揺れている気がする。

 

「貴、様らぁああああぁあああああああああああああああああああっ!!!」

 

 気が付けば、フリードは絶叫を上げていた。

 

 全ての能力をを全開にして、がむしゃらに魔神の寵姫達へと向かってゆく。

 

 邪龍達はそれを止めなかった。無駄なことだと分かっていたからだ。

 

「……終わらせてあげる」

 

 飛び込んでくるフリードに、ユエは右手を掲げた。

 

 すると、彼女を守護するように集っていた黄金の四元素が形を崩し、一つになっていく。

 

 炎、風、水、土。魔法の基本的要素を極限まで高めたそれは──煌めく黄金の槍となった。

 

 その槍を操るために、ユエも全身を黄金の燐光で染め上げていった。

 

 徐々にシルエットが大きくなっていき、やがて止まると光が弾ける。

 

 

 

 

 波打ち煌く、金糸の髪。

 

 白く滑らかな肌、大きく開いた胸元から覗く豊かな双丘、スラリとした美しい脚線。

 

 全体的に細身なのに、妙に肉感的にも見える、そんな芸術品じみた美しき姿。

 

 その槍を持つに相応しい美女へと成長を遂げたユエは、ゆっくりと目を見開き。

 

 

 

 

 

「……〝万象穿ツ至高ノ金槍(ロンゴミニアド)〟」

 

 

 

 

 

 黄金の槍を、打ち出した。

 

 

 

 余波だけで、フリードの攻撃が根こそぎ消し飛ぶ。

 

 

 

 ユエの圧倒的な美に魅入っていたフリードは、無防備に迫る槍を見ていた。

 

 

 

 クルァアアアアアアアアアアアッッ!! 

 

 

「なっ!?」

 

 その進行上に割り込むものがいた。

 

 白神竜だ。既に息絶えたはずの竜が、体を崩しながらもフリードの前にやってきた。

 

 ……意味のない行為だ。脆い骸の体では、フリードを庇うことなどできはしない。

 

 白神竜は自分でも分かっているのだろう。

 

 分かっていて、その瞳には強い意志があった。

 

 それを見た瞬間、フリードの脳裏に駆け巡る記憶の奔流。

 

 その瞬間、駆け巡る記憶の奔流。

 

 ようやく思い出した。

 

 自分が一介の魔人族に過ぎなかった頃、どうして大迷宮に挑もうとしたのか。

 

 

(……私はただ、同胞達が何に脅かされることもない、心安らぐ国にしたかっただけだ。その為に力を求めたはずだった。何よりも同胞達が大切だった。その為なら、何だって出来ると思っていた。だというのに……〝神の意志なら仕方がない〟、か……)

 

 

 気がつけば、忘れてしまっていた。

 

 あの時の気持ちも、決意も、死に物狂いで手に入れた力に夢を実現する実感を得た喜びも。

 

 ウラノスは、初めて従えた竜種の魔物だった。これから先、共に魔人族を守ろうと語った相棒だった。

 

 相棒は、忘れていなかった。いつだって自分の隣で、一緒に戦ってくれていた。

 

 こうして今も、屍の体を引きずってやってきてくれた。

 

 だから、こちらを見る彼に、フリードは。

 

「……すまん。共に逝ってくれ。相棒」

 

 柔らかく微笑むフリードに、白神竜も「仕方がないなぁ」というように目を細めて。

 

 

 

 

 

 そして、主従共々黄金の閃光に消滅した。

 

 

 

 

 

 光を放ち、槍は魔力の粒子になって消えていく。

 

 ただでさえ制御の難しいエレメンタルを束ねる為、肉体を成長させたユエはふっと息を吐いた。

 

「見事な魔法じゃったの」

「ん、ティオが戦ってくれたおかげ。あとは……」

 

 二人は、未だに戦闘音の響く方向を見た。

 

 その顔に不安の色はない。

 

 

 

 

 

 

 どらちも少々()()()()()()戦法を取っているので、しばらく待つことにした。

 

 

 

 

 




次回は兎コンビの決着を。

読んでいただき、ありがとうございます。


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心を、未来に

今回はルイネの話。

鬱展開注意。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 ルイネ SIDE

 

 

 

「……ここは?」

 

 

 

 暗闇の中にいる。

 

 右を見ても左を見ても、触れればそのまま手が溶けてしまいそうな漆黒の闇。

 

 死んだのか。真っ先にそう思ったが、それにしては何かが違うような気もする。

 

「私は、確かあの紅煉という獣を止めて……」

 

 こめかみに手をやり、どうにか最後の記憶を掘り起こしていく。

 

 

 

 

 

 朧げな意識の中で、不思議な光に包まれた北野殿の下へと向かう南雲殿を見た。

 

 

 

 

 

 そして、彼の前に立ちはだかろうとした紅煉を見てカッと意識が熱くなったのだ。

 

 まるで、リベルやレミア殿、ミュウちゃんを背後に、私の前に立ち塞がった時によく似ていたから。

 

 だから、暗殺者となってからは派手すぎるが故に使うことのなかった〝皇竜体〟を使った。

 

 それから、必死に奴に食らいついて……その後の記憶がない。

 

「……だが、ふふっ。あれだけやった先がこの闇の中とは。これも因果か?」

 

 この世界の中、一人で寂しく、孤独に、もがくことも苦しむこともなく静かに消えていく。

 

 その姿さえ見てもらえない。実に、醜女にはお似合いの結末だろうなぁ。

 

「ああ、もう……疲れた」

 

 悩むのも、戦うのも、やめてしまおう。

 

 どこか意志が廃れた思考でそう考えながら、その場に座り込んでみる。

 

 そして両膝に組んだ腕を乗せて、額を埋めるのだ。

 

 するとほら、もう何も見えない。

 

 

 

 

 

 何も、見なくていい。

 

 

 

 

 

「………………………………………………」

 

 ……どれくらいの間、そうしていただろう。

 

 自分を忘れ、悩みを忘れ、記憶を忘れ……無我の中に沈んでいるのは、とても心地良かった。

 

 苦しまなくていい。悲しまなくていい。怒らなくていい。

 

 もう、何も求めなくていい。それに気がつくと、ズブズブとこの昏い毛布が暖かく思えてくる。

 

 消えよう。

 

 このまま消えてしまって、そうすればきっと、あの人にも…………

 

「………………?」

 

 

 

 何か、変だ。

 

 

 

 右手が、熱い。

 

 

 

 まるで何か、とても暖かくて、ホッとするようなものに包み込まれているような。

 

 

 

 のろりと、顔を上げてみる。

 

 ぼんやりとした視界で、緩慢に上げた右手を見てみる。

 

 輪郭がはっきりして、形がわかるようになると……手の中に光があった。

 

 小さい、人の手の形をした光だった。

 

「……なんだ、これは」

 

 思考からではなく、無意識からその言葉を発する。

 

 懐かしい感じがした。その光の手形は、私にとって何よりかけがえのない光だった。

 

 なのに、なんだっただろう。それがなんなのか、思い出すこともできない。

 

 

 

 そんな酷薄な私に、光は訴えかける。

 

 立って、と。起きて、と。

 

「……やめてくれ、頼む。もう私は、何も私の中に入れたくはないんだ」

 

 愛するのはいやだ。

 

 慈しむのはいやだ。

 

 

 

 

 

 失うのは……もう、いやだ。

 

 

 

 

 

 なのに、しつこく光は私を誘う。

 

 いくら咎めても、それでも諦めずに、私をどこかへと連れていこうと囁きかける。

 

 時間の感覚のない闇の中で、延々とそれに拒否をし続けるのは、弱りきった私には困難で。

 

「……わかった、わかったから。いくから、やめてくれ」

 

 私に、何かを求めさせないでくれ。

 

 

 

 そんなふうに悪態をついて、私は立ち上がった。

 

 どうすればいいのだと光を睨めつければ、途端にのっぺりとした手形に力が宿る。

 

 その力が引っ張る方向に、私はヨタヨタと情けない足取りで引かれていった。

 

 この光が、何を私に見せたいのかはわからない。もしかしたら何もないのかも。

 

 それだったら楽だ。最初からないのなら、失ってしまうと怯えずにすむから。

 

 嘲る思考に我ながら嫌悪感を抱いて、なのに足は止まらず、光に連れられるがままに進む。

 

 

 

 

 そして、どこまでも広がる暗闇の中で行き着いたのは。

 

 ひどく見覚えのある、とても昔に記憶の中に閉じ込めてしまった、見窄らしい木の扉だった。

 

「………………これ、は」

 

 無意識に、光に関係なしに手を伸ばす。

 

 もう要らないと自分で言ったくせに、浅ましくドアノブに指の先を触れて、伝わせる。

 

 懐かしい感触だった。冷たく、少し錆びていて、でもとっても……安心できた。

 

「っ、ぁ…………」

 

 ゴクリと自分に聴こえるほど大きな唾を飲み込んでみる。

 

 覚悟を決めて、ふやけきった心に風を通すことで少しだけ乾かして。

 

 ギュッと目を瞑って、あらん限りの力で五指でノブを掴んで捻った。

 

 そのままこちらに引いて、目を閉じたまま飛び込む。もしかしたらもっと昏い闇に落ちるかもしれないのに。

 

 

 

 でも、返ってきたのはギシリという木の板の感触だった。

 

 とても覚えのある軋みにそっと目を開いて、眼前にある光景を取り入れる。

 

 大きな木の机。四つの椅子。

 

 今にも半ばから折れてしまいそうな古びた本棚と、そこに収まった無数の書物。

 

 あちらにはキッチンがあって、こちらにはベランダへの扉が。

 

 部屋を支える柱には、昔私と姉妹達が背丈を競って削った傷跡が残っていた。

 

「………………ぁ、ああ」

 

 思わず声が漏れる。

 

 慌てて両手で口元を隠しながら、懐かしい我が家を見渡した。

 

 ……誰もいない。いるはずもない、か。

 

「っ、またか……」

 

 光が、右手の上で私の手を引く。

 

 今更歯向かう気など毛頭起きずに、なされるがままに歩いた。

 

 

 

 不気味な本棚の一角に、光は私を誘う。

 

 そこは私が訓練や、個人的な読書の為にそこかしこから引っこ抜いた本を集めていた場所。

 

 厚さや大きさの違う、立ち並ぶ数多くの本の中で、光はとある一冊の存在を訴える。

 

 ほぼ思考しないで、言われた通りにそれへと手を伸ばす。

 

 人差し指を上に乗せ、親指と一緒に力を込めて傾け、引き抜く。

 

 少し埃が舞った。

 

「けほっ、こほっ……アルバム?」

 

 咳き込みながら、本の表紙を見やる。

 

 あの人に拾われ、この場所でいつの日からかつけるようになった、日記と写真集の合わせ物。

 

 最後に書いたのはいつだったか思い出せないまま、私はページを開いた。

 

「……〝今日、ある人に拾われた。誰にも目を向けてもらえなかった私の手を、取ってくれた。嬉しかったが、私には返すものが何もなかった〟」

 

 私達の世界の言語の、ひどく拙い文字でそれだけが書き殴ってある。

 

 文章の側には、なんだかとても不恰好な、誰かが誰かの手を取る絵が描いてあった。

 

「……我ながら酷いな、これは」

 

 自嘲しながら、ページを繰る。

 

「〝彼は、私にここで暮らしながらこれから先の未来に望むことを考えるようにと言った。その行いが善であれ悪であれ、本気の思いであるのならば叶える手助けをしてくれると。なぜ、こんな無価値な女にそんなことをしてくれるのだろう。わからない〟……か」

 

 うむ。我ながら十代の女子というのは非常にメンタルが弱いな。

 

 ま、今の私の方がもっと弱いか。ははっ、情弱ワロスワロス。

 

 

 

 

 

 そんなふうに思いながら、私はまたページをめくった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 久しぶりに開いたアルバムには、色々書いてあった。

 

 

 

 

 

 私より先にここにいた黒髪の女性は、物腰柔らかで接しやすいとか。

 

 私を拾ってくれた人は感情が本当になくて、九割考えてることがわからないとか。

 

 そのうちやってきた狂犬みたいな妹分は、すごく扱いづらいとか。

 

 

 

 とにかく様々な思い出が綴られていて、ミミズ様に敬礼しなければならないクソみたいな文字も少しずつマシになる。

 

 歪みが消え、色が濃くなっていき、やがて理路整然とした文字に戻っていった。

 

 伴うように、日記の内容もくだらない無意味な自虐から、意味のある日々のものへと移ろう。

 

 

 

 ほんのちょっと、あの人の思考というか行動の癖のようなものが捉えられるようになった。

 

 姉弟子と妹弟子とも仲を深め、本当の姉妹のように互いに心を開いた。

 

 己を鍛え、技を磨き、知恵をつけ、失ったものを取り戻した。

 

 他にも、たくさん、たくさん、たくさん…………

 

「……ああ、そうだった。私って、思ったより打たれ強かったな」

 

 傷に雨が染み、汚泥に心が汚れ、立ち上がる力が両足から抜けていても。

 

 必死に這いずって、地面に爪を突き立てて、惨めな気分に嫌というほど涙を流しても。

 

 でも、最後には立ち上がった。

 

 

 

 

 

 立ち上がれたんだ、私は。

 

 

 

 

 

 私は竜じゃなかった。ビクビクと縮こまって怯える、ただのトカゲだった。

 

 けれど、私は人だった。

 

 砕かれ、踏み躙られ、嘲笑われても、何を手からこぼれ落とそうと往生際悪く立ち上がる、人間だった。

 

 そのことを、こんなに貰っていいのかというほど教えてくれた人達がいたんだ。

 

「……でも、もう、いない」

 

 

 

 

 

 なんでも一人で背負いすぎる、いつしか愛したあの人は、もう消えた。

 

 

 

 

 

 高飛車で口が減らない、プライドの高い妹は、どこかにいった。

 

 

 

 

 

 心細くなった時に、私を優しく抱きしめてくれた姉は、私から全部奪い取った。

 

 

 

 

 

「いない……いないっ…………もうっ、だれも、いない…………っ!」

 

 ふらりと、膝をつく。

 

 ボロボロと両目から溢れるものでアルバムを汚さないように、必死に拭った。

 

 それでも数滴が落ちて、大切な思い出にシミを作ってしまう。

 

「わかんない……もう、わかんないよっ……どうやって立ち上がるのか、忘れちゃった…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 ねえ、お願いだから。

 

 

 

 

 

 

 

 誰か、私の手を取って。

 

 

 

 

 

 

 

 私はただ、強がってるだけなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 本当はいつも心細くて、不安で、探してるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 だから、誰か、誰か。

 

 

 

 

 

 

 

「誰か、私を見つけてっ…………!」

 

 ……なんて。

 

 昔みたいに、か弱いふりなんてしてみても。

 

 私なんて、誰も見つけない。目を向けない。手など差し伸べない。

 

 だって私が、その手を打ち払ったのだから。

 

「えぐっ……ごめんなさい……ごめん、ひぐっ、なさいっ、北野、さんっ……本当に、うぇっ、ごめん、なさ、っい…………っ!」

 

 寂しいよ。

 

 もう一度、あの明るい笑い方で抱きしめてほしいよ。

 

 冷たくて、でも安心できたあの人とは違う、気が緩むようなあなたの温かい手。

 

 それが、今はどんなものよりも欲しいよ。

 

「……………………………………あ。そっ、か」

 

 ……私、あの人が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すき、だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅い。遅すぎるよ。ばかだなぁ、私は」

 

 同じようには見れない? 私はあの人を愛してる? 

 

 そんなの当たり前じゃないか。

 

 

 

 

 

 私の孤独を埋めてくれたあの人。

 

 

 

 

 

 私を包み込んでくれたあの人。

 

 

 

 

 

 最初から、違ったんだ。

 

 どちらも同じほどに恋焦がれて、それなのに別々で。

 

 違ったから、私はこんなに惹かれたんだ。

 

「…………あは。なくし、ちゃった」

 

 

 

 持ってた、のに。

 

 

 

 失って、なかった、のに。

 

 

 

 私が、自分で、手放し、ちゃった。

 

 

 

「あは、あはははははははは……う、ぁ、ああああっ、ああああああああああああああっっ、うわぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 もう、戻らない。

 

 

 

 もう、戻れない。

 

 

 

 ……戻りたい。

 

 

 

 あの日あの場所あの時間あの選択! 

 

 

 

 ぜんふぜんぶやり直したい! 

 

 

 

 このままお別れなんて嫌だ! 

 

 

 

 傷つけたままなんて嫌だ! 

 

 

 

 あの人が、好きだったのにっ! 

 

 

 

「私は、どう、すれ、ば、ああっ、ああああああああああああああっ!!!」

 

 

 

 あの時、もう一度出会えた時! 

 

 

 

 諦めなければよかった! 逃げなければよかった! 

 

 

 

 助けてって、そう言えばよかった! 

 

 

 

 あの人は、もう一度手を伸ばしてくれたのに! 

 

 

 

「嫌だ嫌だ嫌だっ! 消えたくない! 消したくない!」

 

 

 

 消してしまう! あの人が私のために、全部消してしまう! 

 

 

 

 ……そうだ、そうだっ!

 

 

 

「今まで、何を寝ぼけていたのだ私は!?」

 

 

 

 こんなところで独りよがりの自慰などしている場合ではないだろうが、この愚か者!

 

 

 

 止めなくては、あの人の計画を!

 

 

 

 目覚めて、立ち上がらなくては!

 

 

 

 そのためなら、たとえ誰に手を借りたって!

 

 

 

「誰か! 誰か私を助けてくれ! あの人のところへ、どうかっ……!」

 

 

 

 …………誰も、答えない。

 

 

 

 全部拒んだ私は、誰にも助けてもらえない。

 

 

 

 当たり前の、ことだった。

 

 

 

「お願いだ……いや、お願いします……誰でもいいから、なんでもするから……この気持ちを、あの人にっ…………!」

 

 

 

 

 

 ──て

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 ──きて

 

 

 

 

 

「だれ、だ……?」

 

 

 

 

 

 ──おきて

 

 

 

 

 

「っ、この、声、は……」

 

 その時、私は。

 

 はじめて、右手の光が痛いくらい輝いていることに気がついた。

 

 

 

 

 

 ──ママ、おきて! 

 

 

 

 

 

「っ、リベルッ!」

 

 弾かれたように顔をあげる。

 

 聞こえた。

 

 聞こえた聞こえた聞こえた! 確かにあの子の声が聞こえた! 

 

 聞き間違うはずがない! 私があの子の声を忘れるなど、ありえない! 

 

「どこだリベルッ! 私はここだッ! お前は、お前だけは絶対に一人にしないッ! 手放したりしないッ!」

 

 あらん限り、声を張り上げる。

 

 この声が届くまで、魂が割れたって叫び続ける! 

 

 もう二度と、絶対に、失いたくない! 

 

「リベル! リベル、リベルッ!!!」

「──マ。ママ、ママっ!」

 

 声が、光から聞こえてきた。

 

 今度は激しく顔を落として、右手を見下ろす。

 

 その瞬間、眩い閃光と共に手形が光で形作られた、可愛らしい二つの手に変わって。

 

「う、ぉっ!!???」

 

 私は、右手から上へと思い切り引っ張られた。

 

 天井をすり抜け、闇を切り抜け、そして──

 

 

 

 

 

「目を覚まして、ママっ!」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「──リベルッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 目を見開き、跳ね起きる。

 

 右手を包み込む温もりを、左手で強く握りしめて。

 

 鬼のような形相で、私は手の主を見下ろした。

 

「マ、マ?」

「……リベル」

 

 いた。

 

 数ヶ月とはいえ、あの人と一緒に育ててきた、可愛い可愛い私の娘が。

 

 なぜか不思議と十代半ばくらいに成長しているように見えるが、間違いなく娘だ。

 

 呆然としている娘を、私は思い切り抱き締めた。

 

「ま、ママ……?」

「リベル! ああっ、我が宝! 我が命より大事な子!」

 

 愛しい。これ以上ないくらいにこの子が愛しい。

 

 もう離さない。誰がなんと言おうとも、絶対に引き裂かせなどするものか。

 

 不甲斐ない私のせいで悲しませてしまったこの子を、これから先の未来永劫、絶対に悲しませない。

 

「……う、ぇ、うぇえええええん!」

「ああっ!? ご、ごめんリベル! きつく抱きしめすぎたな! 痛かったよな! ごめんな!?」

 

 慌てて泣きじゃくるリベルを離し、涙を拭う。

 

 すると我が愛し子は私の手をぎゅっと握りしめて、しゃくりあげながらも不器用に笑う。

 

「ママが戻ってきて、本当によかったっ……!」

「リベルっ……本当に、本当にごめんな……! こんな不甲斐ない母親で、ごめんな……!」

 

 もう一度、今度は優しく抱擁する。

 

 リベルはがっしりと私の体にしがみついて、わんわんと泣いた。

 

 

 

 それからしばらく、二人で抱きしめ合った。

 

 

 

 リベルが泣き止み、私の動転していた気持ちも落ち着いたところで周りを見る。

 

 ここは……オルクスの隠れ家か。きっとあの人達が助けてくれたのだろう。

 

 夢……ではない。

 

 痩せ細ったこの体と手の中にある温もりが、そんな甘えは許さない。

 

「……リベル」

「ぐすっ……なぁに、ママ?」

「教えてくれ。あれから何日経った? パパはどこにいる? エヒトとの戦いは始まっているのか?」

 

 リベルは、顔を強張らせた。

 

 慌てて質問を撤回しようとしたら、リベルはキュッと顔を引き締めて私を見る。

 

 思わず口を噤むと、ゆっくりとリベルは話し出した。

 

 

 

 

 

 私は、全てを聞いた。

 

 

 

 

 

 魔王城。アルヴ。囚われたリベルと母娘、あの人の同郷人達。狙われたユエの体。

 

 あの人の裏切りと……降臨したエヒトへの、身代わり。

 

 最後に、今まさにこの世界の存亡をかけた戦争が起こっていることを。

 

「……そうか」

「パパを、()()()()()()()達が取り戻しにいってる。必ず一緒に帰ってくるよ」

「ああ……その、ところで」

「? どうしたのママ」

「いや、なんだ、その……リベル、どうした?」

 

 最初は寝起きで、目の錯覚が起こったのかと思ったが。

 

 間違いなく、リベルはそれなりに成熟した容姿になっていた。

 

 年頃は15から17くらいか。

 

 メリハリのついた体を、最初に出会った時に着ていたものに似た衣装に包み、髪をポニーテールに括っている。

 

「あのね、未来から別のハジメおじさんが来たの」

「……すまない、今なんと?」

「五十年後の並行世界? の未来から、別のハジメおじさんがやってきて、色々と助けてくれたんだ。私もここでママを守るために、おじいちゃんのハジメおじさんが用意してくれた肉体に魂を入れ替えて……」

「な、なるほど。お前が私のことを慮ってくれたということはよくわかった」

 

 故郷である世界でも聞いたことのない話に気が遠のくが、なんとか持ち堪えた。

 

 とりあえず可愛い娘の頭を撫でてみると、気分が落ち着く。本人も気持ち良さげに頬を緩めた。

 

 よし、とりあえず整理はついた。難解すぎる部分は後で処理するとして、今はすべきことをしよう。

 

「リベル。お前は、私とパパのことについて知っているか?」

「…………うん。改めて、エボルトおじちゃんに聞いた」

「そう、か……」

 

 ……知った上で、それでも私の手を握り続けてくれたのだな。

 

 なんて、強い子だ。

 

「なあ、リベル。パパのことは、好きか?」

「大好き! 世界一の、私にとってたった一人のパパだよ!」

 

 即答だった。

 

 ベッドに両手をつき、身を乗り出してまで答えた娘に、私は笑う。

 

「そうか。私もパパが……好きだ」

「え……」

 

 リベルはとても驚いた顔をした。

 

「ママ、今、ちゃんと自分で……」

「ああ、言ったとも。気がつくのがあまりに遅すぎたが……私は、あの人を愛しているよ」

 

 過去に縋るのは、もうやめよう。

 

 マスターは消えた。帰ってくることはない。

 

 だからあの人への愛を忘れずに、前を向く。

 

 それで、納得できた。

 

 たとえ戻ってくる可能性が、僅かにあるのだとしても。

 

 北野ど……いいや。

 

 

 

 

 

シュウジの犠牲の上に成り立つ奇跡など、クソ喰らえだ。

 

 

 

 

 

「もう目を逸らさない。逃げたりしない。雫殿のように、私もあの人の隣にいく……弱いママは、こんな簡単なことを言葉にするのに途方もない時間をかけてしまったよ」

「……ううん! ママは強いよ! あんなふうに泣きながら苦しそうに言うんじゃなくて、ちゃんと笑顔で言ったもの!」

「そうか。それは、嬉しいことを言ってくれるな」

 

 私が眠りこけている間に、随分と成長をしたのだな、リベル。

 

 あるいは私の苦悩こそが糧となったのか。いずれにせよ、自慢の娘だ。

 

「さあ、うたた寝は終わりだ。私も戦うぞ」

「でもママ、まだ体が……」

「なに、そんなものどうとでもなる。パパが帰ってくる世界を、守らなくてはならない」

 

 ……エボルトから聞いた、あの人の覚悟。

 

 南雲殿達ならば、きっとそれを乗り越えてあの人を連れ戻すことができる。

 

 そう信じて、私は私にできる精一杯のことをやってみせよう。

 

「リベル、ママを手伝ってくれるか?」

「っ、うんっ!」

 

 

 

 愛娘に手を貸してもらいながら、私は立ち上がった。

 

 

 

 いや、正確には立ち上がろうとして、何度も失敗した。

 

 床に体を打ち付け、リベルに心配をかけながらも、それでも最後には己の足で立った。

 

 聞けばレミア殿とミュウちゃんも戦場に出ているという。私だけが寝ていられるはずがない。

 

 リベルに肩を貸してもらいながら、一歩一歩歩く感覚を取り戻し、前へと進む。

 

 心と共に、我が身を未来へと。

 

 そう思いながら、なんとか寝室から外へも出て、屋敷の方に向かい──

 

 

 

 

 

 オオォオオオオオォォォオオオオ…………

 

 

 

 

 

 その前に立つ、禍々しい何かを見て息を詰まらせた。

 

 それは、マスターやその先代のアベルが使う禁呪による生物によく似ていた。

 

 筋肉質な見た目、髪のない頭にギザギザに釣り上がった瞳、裂けた口。

 

「なに、あれ……」

「っ、リベル、後ろに……!」

 

 咄嗟に背中にリベルを庇った私を。

 

 ゆっくりと、顔を上げたその怪物は見て。

 

 

 

 

 

 

 

「食イ殺ス」

 

 

 

 

 

 

 

 ──嗤った。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回は神域組に戻ります。


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魔神の妃達 結

終盤あるある、各キャラの戦いで文字数が増える。

というわけでまたまた長いです。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

 

 

 何者をも焼き尽くす白い奔流が、四方からウサギ一人だけを容赦なく焼く。

 

 

 

 

 

 十秒、二十秒と続いて、やがて徐々に炎は弱々しく細くなっていき。

 

「ぅ、ぁ…………」

 

 全身に火傷を負ったウサギが、ゆっくりと倒れ伏した。

 

 

 

(いたい。あつい。ぜんしんが、やけてる)

 

 

 

 咄嗟に使用を自重するよう言われていた〝三天(300%)〟を使い、かろうじて体内は守った。

 

 だが皮膚や筋肉はボロボロだ。地面に接している部分が、激しく痛みを主張している。

 

 これが通常の使徒のものであれば、ダメージにすらならなかっただろう。

 

 しかしフィーネのそれは、魔力からしてレベルが違う。

 

 月の小函(ムーンセル)も予想外のダメージに停止して、魔力回路が閉じてしまった。

 

 これでは回復すらできない。

 

「あはっ! 無様ですね! とても面白おかしいですよ、その姿?」

 

 そんなウサギに、フィーネが浮遊しながら近寄ってくる。

 

「気づいてました? 貴女が最初に私を観察していた時、わざと炎を外に散らさせて魔法陣を描いていたのを」

「そ、れは…………」

「ああっ、勿体ない。折角ならその惨めな顔をちゃんと見せてくださいよ」

 

 ろくに動けもしないウサギを嘲笑い、大剣の片方で無理やり仰向けに変えさせる。

 

 新たに地面に接した背中が激痛を発し、ウサギは苦痛に顔を歪めた。

 

「ああ、それですそれそれ。私が見ていて一番高揚するもの。同胞達の記録にも、そんな顔をする人間がたくさんいました」

「…………わた、しは」

「ん? なんです? 聞こえませんよ? まあ聞く気もありませんけど? あはっ、残念でしたぁ」

 

 ケラケラと笑いながら、フィーネは大剣を構える。

 

 その切先を、月の小函(ムーンセル)から少しずらして胸に向けた。

 

「では、宣言した通りに貴女の首を取っておきます。あ、ついでに主がその不思議なアーティファクトもご所望なので貰っていきますね」

 

 では、と非常に軽い口調で。

 

「さよなら。そこそこ楽しかったですよ、解放者のお人形さん」

 

 刃を振り下ろした。

 

 消滅能力が備わったそれは魔力も通っていないウサギの柔肌を貫き、月の小函(ムーンセル)の接続回路を断つ。

 

 ビクンッ! と一度大きく震え……動かなくなったウサギの瞳から、光が消えた。

 

 フィーネは刃を抜き、黒焦げた血の付着したそれを見て恍惚に表情を染めた。

 

 血振りをすると、スッと高度を下げて自分が開けた胸の穴に手を突っ込む。

 

 

 

 

 

 白い甲冑に包まれた手が蠢き、やがて球体状のものを握って引き抜かれた。

 

 

 

 

 

「さて、これで創造主からの命令は遂行──……?」

 

 笑っていたフィーネは、言葉を止める。

 

 表情から愉悦を消すと、ゆっくりと自分の手のなかにあるものをしっかりと見た。

 

 血に濡れたそれは、綺麗な()()の宝玉。金の装飾は美しく、芸術的価値があるだろう。

 

 だがそんなものは使徒たるフィーネには無意味であり──同時に、本来の意味でも求めたものではない。

 

「これは、主が所望したアーティファクトではな──ッ!!?」

 

 刹那、背後から感じた殺気に機敏に反応したフィーネは回避行動を取る。

 

 空高く飛んだ彼女のいた場所を、〝眩い桃色の雷〟を伴った一撃が地面ごと陥没させ、揺らした。

 

 フィーネは目を見開く。

 

 攻撃の威力にではない。地面から拳を引き抜き、こちらを見上げてきた人物に、だ。

 

「……やっぱり、〝二天(出力200%)〟じゃ届かないか」

「──何故生きているのです?」

 

 そこに立っていたのは、傷一つないウサギ。

 

 黒い装甲を手足に纏い、健康的な肌色をした彼女は不敵に笑った。

 

「なんでだと思う?」

「──まあ、いいでしょう。どのように傷を癒したかはわかりませんが、もう一度殺します」

 

 手の中のアーティファクトを握り潰し、フィーネはウサギへ急降下した。

 

 

 

 

 振り下ろした白炎を纏う大剣に、桃雷を握りしめた拳が相対する。

 

 激しい激突音が響き、両者必要以上に押し込むことなく次の攻撃に移った。

 

 伸ばしたウサギの腕を切り飛ばす為に掬い上げるようにもう一振りを放つも、ガシュン! と手甲が展開して二の腕を守る。

 

 ハジメ謹製、アザンチウム製の小さな丸盾はフィーネの斬撃をも受け止め、彼女は目を細めた。

 

「フッ!」

「小賢しい!」

 

 回し蹴りを空中回転して避け、白羽を飛ばす。

 

 右足を振り上げ、ドンッ! と叩きつけるウサギ。赤いクリスタルが輝き、発生した魔力衝撃波で羽は失速した。

 

「シッ!」

「甘いです!」

 

 その踏み込みを利用して肘を打つウサギ。

 

 未だ二万以上ステータスの開きはあれど、ハジメのアーティファクトが要警戒なことはデータで確認済み。

 

 双大剣の腹で腕を挟み込んだフィーネは、そのまま前へと刃を滑らせて首と胴体を両断しようとした。

 

 すかさずウサギは握った拳をもう一方の掌に打ちつけ、手甲のクリスタルが輝いて衝撃が発生した。

 

 双大剣は大きく軌道を乱し、それをウサギはクロスさせた拳で裏拳を放って更に外に弾いた。

 

「はあっ!」

「──ふひ。また引っかかりましたね」

 

 フィーネの両目が白く輝いた。

 

 〝劫火浪〟を超圧縮したレーザービームが飛び出し、瞠目したウサギが頭を捻る前に吹っ飛ばす。

 

 チリも残さずに頭が吹き飛び、力を失った体が崩れ落ちるのをしっかりと見た。

 

 今度こそ──

 

 

 

 

 

「〝三天(出力300%)──兎重牙〟」

「ご、ぁっ!?」

 

 

 

 

 

 その瞬間、フィーネの鳩尾にめり込む膝。

 

 それはこれまでの一撃と異なり、確実にフィーネの肉体強度を超えたものだった。

 

 血を吐き、骨が折れる感触に目を見開くフィーネ。

 

 そんな彼女に、膝を入れた姿勢でくるりと回転したウサギはしなやかで力強い脚を首に入れた。

 

 ゴキリ、と嫌な音を立てながら吹き飛ぶフィーネ。

 

「ごっ、がっ、あがっ!」

 

 地面をバウンドし、何度も叩きつけられながらも白翼を使って体制を立て直した。

 

 主がユエの力を模倣して付与した再生能力で首を治すと、ありえないという顔でウサギを見る。

 

「何故、何故生きているのです! 今私は確実にあなたの頭部を破壊した! あなたがどれだけ優れた治癒力を持とうと、そこまでの再生能力ではなかったはずっ!」

「──いつから、再生してると言った?」

「はぁ!?」

「まあ、いいよ。もう()()()()()から」

 

 〝三天(出力300%)〟……75000を超えるステータスにも慣れたウサギは、フィーネに肉薄する。

 

 この最強の使徒をして、霞んで見えるほどの速度で踏み込んできたウサギに──ニヤァ、と歪な笑いを見せた。

 

「ではその希望、瞬く間に摘み取ってあげましょう!」

 

 フィーネの体から、紫と白の入り混じった凄まじい魔力が吹き上がる。

 

 

 

 

 

 そして次の瞬間、今度はウサギの視界からフィーネが消えて──気がつけば全身を穿たれていた。

 

 額、喉、肩、胸、鳩尾、手足の関節。

 

 的確に体を破壊されたウサギは、血を噴き出しながら頭から地面に倒れ伏す。

 

 その背後に立ち、双大剣を血振りしたフィーネは心底馬鹿にした笑い方でウサギを見下ろした。

 

「あはははは! いつから私が、本気を出してるだなんて勘違いをしていたのです? 実におめでたい考えですね」

 

 これまでフィーネは、一度も身体強化を行わずに戦っていた。

 

 強化を解放した今では、戦闘能力は全ステータス210000という超オーバースペックとなっている。

 

 それは平均70000という基本スペックが比類ないものだからでもあるが、同時に別の理由もある。

 

 戦闘人形として作られている使徒、だというのに悪意を埋め込まれたフィーネは戦いに意味を見出す。

 

 そう。希望を見せた者を嬲るのが楽しいからだ。絶望しながら死ぬ顔が面白いからだ。

 

 無感情の使徒とは思えぬ腐れ外道。

 

 

 

 

 

 それが、最後にして最強の使徒たる所以だった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 エーアスト達は、安堵していた。

 

 

 

 

 

 突然力を増したシアだったが、戦う間に所詮は自分たちには遠く及ばないものであると理解したからだ。

 

 たしかに見違えた動きとあいも変わらず小賢しい目で対応してくるものの、所詮は三倍の開きが半分縮んだだけ。

 

「「神罰を」」

 

 フィーアトとフュンフトが、冷徹に告げながら四振りの双大剣を見舞う。

 

「見えてますよぉ!」

 

 先に上と下から迫るフィーアトの攻撃を、シアは傘を開きながらも槌を維持して同時に受け止める。

 

 続けて左右からやってきたフュンフトの斬撃に、シアは持ち手のトリガーを引いた。

 

 ドドドドッ! と激しい音を立てて傘の〝骨〟から弾丸が吐き出され、フュンフトの動きを阻む。

 

 フュンフトは銀紫羽を使ってこれに対応し、少し軌道の変わった斬撃をシアに叩きつけた。

 

 だが、弾丸達は途中で軌道を変えると銀紫羽をすり抜けて彼女に迫った。

 

「っ!」

 

 身を捻って回避するフュンフト。

 

 追撃が消えたところでシアはフィーアトの双大剣を力一杯弾き──その後ろから、ドリッドが大剣を突き出した。

 

 心臓めがけて迫る、ギラリと光る切先。

 

「おらぁっ!」

 

 もちろんシアは〝視て〟おり、ウサミミで〝空力〟を使うと縦回転しながら大剣を蹴り上げた。

 

 それさえも予期していたように、ドリッドの体に重なるように隠れていたツヴァイトが銀紫羽を放った。

 

「フンッ!」

 

 シアは諦めない。膝で発動した〝空力〟で斜め上に移動し、銀紫羽を避ける。

 

 ついでにハンマーを振って、フィーアトの追撃を打ち払う。

 

 四体の使徒の包囲網から抜け出し──待っていたのは、分解砲を用意したエーアスト。

 

「終わりです」

 

 打ち出される分解砲。

 

 回避する暇も与えず、確実に受け止めるしかない位置。

 

「誰が終わるんですか?」

 

 絶体絶命のピンチ程度で、このバグウサギがへこたれると思っているのなら大間違いだ。

 

 無機質な言葉しか発さないエーアストを馬鹿にするように軽い口調で告げて、押さえていた帽子から手を離した。

 

 シアの頭から離れた瞬間、パッとシルクハットは姿を消して、一瞬で分解砲の前に現れる。

 

 裏側を向けたシルクハットは、不思議な波紋が浮かんだ穴の中に分解砲を受け止め、飲み込んでしまった。

 

 刹那の瞬間、そっくりそのままエーアストへと波紋からエネルギー砲を撃ち返した。

 

 難なくカウンターを回避するエーアストは、しかし帽子を手に取って転移したシアを取り逃す。

 

 五体の使徒は数秒視線を巡らせ、やがて一本の木の上に立つシアを見つける。

 

「諦めなさい。最初は驚愕しましたが、既に貴女の力は解析しました。もう遅れをとることはありません」

「……そろそろですかね」

「はい?」

 

 大剣の切先を向けて告げたエーアストだが、シアは彼女達のことなど見ていなかった。

 

 手に乗せた金時計を見て、カチカチと進んでいくその針をじっと見つめ──そして、12時に達した時。

 

 〝うさぎの時計(ワンダーウォッチ)〟が、キンコロカンコロン♪ という形容し難い音を鳴らした。

 

「はい、時間切れです」

「……自らの終わりへの時間を数えていたと? 酔狂にも程がありますね」

「えっ、何言っちゃってるんですか自意識過剰甚だしい。相手を殺してもないのに勝った気でいるとか、馬鹿ですか?」

「ッ……先ほどから、神の使徒に対しての巫山戯た言動の数々。貴女は決して許されません」

「誰にですか? もしかしてクソヒキニート神に? だったらこう言ってやりますよ、〝お前引きこもり無職のくせして何様のつもりなの? プークスクス〟」

 

 ビキビキと、無表情かつ無感情のはずのエーアスト達が青筋を立てる中、シアは笑う。

 

 そして〝うさぎの時計(ワンダーウォッチ)〟のボタンに親指をかけながら、こう言った。

 

「これはあなた方のタイムリミットですよ、お人形さん」

「──なんですって?」

「トイレは済ませました? 最後の晩餐は? 辞世の句も用意しましたね? では始めましょう」

「っ、我々を嘲るのもいい加減に──!」

「一体いつ、誰が、これが私の限界だと言いました?」

 

 エーアストの言葉を遮って。

 

 カチリとボタンを押し込んだシアは、告げた。

 

「〝大きくなあれ、大きくなあれ〟」

 

 その言葉が、エーアスト達の耳に届いた時。

 

 

 

 

 

 ゴグシャァッ!!! 

 

 

 

 

 

「「──は?」」

 

 バラバラに砕き千切られ壊されたフィーアトとフュンフトが、阿呆のように声を上げた。

 

 エーアストと、ドリッド、ツヴァイトが、ゆっくりとそちらを見る。

 

 肉片となった同胞が、血の線を空に引きながら落ちてゆく様が、超常的な視覚にはっきりと映り込んだ。

 

「どうしました?」

「「「っ!」」」

 

 質問する言葉に、首が千切れそうな速度で振り返る。

 

 相変わらず木の天辺に器用に直立しているシアは、トントンと肩を傘の()()()()持ち手で叩いた。

 

「──まさか」

 

 今の一瞬で、フィーアト達を破壊したというのか。

 

 ありえない。ありえるはずがない。エーアスト達とシアにはまだ三万近い能力差があったはずだ。

 

 自分達が動いたのも分からなかったなど、そんなのシアの方が圧倒的に速くなければ──

 

「そんな、馬鹿な」

「気がつくのが遅すぎますよ、人形さん。言ったでしょ? ──私の限界はこの程度じゃない、って」

 

 〝うさぎの時計(ワンダーウォッチ)〟は、強化状態のシアの力を倍にする。

 

 だが()()()()()()()()。十分にシアの魔力と同期し、時間が経過すれば更に力を上乗せできる。

 

 

 

 

 

 その力は──数値にして、108000。

 

 

 

 

 エーアスト達のスペックを、一万近くも超えた。

 

 使徒達の顔が引き攣る。神の尖兵たる我らに並ぶどころか、あっさりと飛び越えたのだ。

 

 胸の中に、これまで一度も感じたことのない嫌なものが溢れ出し。

 

 

 

 

 

 

 

 ──貴女達の、クソヒキニート神の時計の針は、これ以上先には動きません

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、シアの言葉を思い出した。

 

 ギリッと歯軋りしたエーアストは、両隣にいるドリッドとツヴァイトに告げる。

 

「あれを使います」

「わかりました」

「あの罪人を抹殺しましょう」

 

 肯定した二人とともに、エーアストは三本の大剣を重ね合わせた。

 

 合体分解砲に似たその動作に、シアも表情を真剣にしてハンマーにした傘を構えた。

 

 

 

 使徒達は、魔力を揺らめかせながら大剣で魔法陣を描いていく。

 

 迂闊に飛び込まず、片眼鏡(モノクル)をしっかりと起動しながらシアは身構えた。

 

 そして、大剣が魔法陣を描き切った瞬間、エーアスト達は口を揃えて宣言した。

 

「「「〝消合〟」」」

 

 魔法陣が起動し、そのまま角度を90度変えてエーアスト達の体をくぐり抜けた。

 

 するとドリッドとツヴァイトの肉体が光の粒子となり、エーアスト一人に収束していく。

 

 粒子の全てを取り込んだ時──その身に纏う魔力光を増したエーアストは、全能感とともにシアを見た。

 

「今一度言いましょう、シア・ハウリア。諦めなさい、貴女に勝ち目は無くなりました」

 

 そう告げると、シアは戦闘態勢をとったままぽかんとした顔で見上げてきた。

 

 自分が勝っていたのに、一瞬でその希望を打ち砕かれてショックを受けたのだろうとエーアストは確信する。

 

 〝消合〟。それはシアが警戒していた、エーアスト達にシュウジの力を取り込んだエヒトの与えた大魔法。

 

 使徒同士で合体し、そのスペックを丸々上乗せすることができる──つまり今、エーアストは300000に近しい能力を手にしたのだ。

 

 またしても三倍近い差が開いた。エーアストは、もはや何の憂いもなく、余裕たっぷりにシアを見下す。

 

「……あの、それだけですか?」

「負け惜しみですか? 強がりですか? いいでしょう、その哀れな自己防衛ごと貴女を殺して差し上げます」

 

 そして、エーアストは一瞬でシアの首を刈り取りに動いた。

 

 やや困惑気味な顔をしたシアも、とりあえず全身に力を溜めるとエーアストに向けて飛び出す。

 

 愚かな、とエーアストは呟いた。そんな動き、止まって見えるに決まって。

 

 

 

 

 

ドッパァァアアァアァアアアアン!!!!!

 

 

 

 

 

(……え?)

 

 

 そう、思っていたのに。

 

 気がつけば、胴体が丸ごとなくなって頭と四肢が投げ出されていた。

 

 それが、瞬きする間ですらなく刹那に接近したシアのハンマーに粉砕されたのだと理解する。

 

 引き伸ばされた思考は既に肉体が死んでいるにも関わらず、そのことに疑問符を浮かべた。

 

 

(なぜ、このような。ありえない、力が、ほとんど吸収できなかったと、いうのですか?)

 

 

 三倍の差? 

 

 そんなものはどこにも存在しない。

 

 エーアストが取り込んだドリッド達の力は、基本スペックの十分の一すらもなかった。

 

 当然シアの方が力が勝り、エーアストは攻撃に対応すらできずに絶命した。

 

 どうしてそんなことが起きたのか。至高の存在たるエヒトがミスを犯すなどとは思えない。

 

 ならば、どうして。

 

 

(  ま  さ  か   )

 

 

 ぶわりと、死んだはずの触覚に凄まじい怖気が走る。

 

 ミスなどという可愛いものでは断じてない。

 

 最初からそういう風になるように、その力はできていたのだ。

 

 

(伝えなくては。

 

 

 

 

 

 エヒト様に、知らせなければ。

 

 

 

 

 その肉体の中には、まだ、あの男の意識が──ッ!)

 

 

 

 

 

「肉片も残さず消し飛べですぅ!!!」

 

 エーアストが思考を終える前に、死の鉄槌が振り下ろされた。

 

 空間そのものを叩いた淡青色のハンマーから波動が伝わり、エーアストの残骸は木っ端微塵に弾け飛ぶ。

 

 元より不可能ではあったが、エーアストは生まれて初めて感じた恐怖を主に伝えることなく破壊された。

 

 

 

 

 難なくエーアストを撃破したシアは地上に降り立ち、三倍強化を解除する。

 

 同時に衣装も解除してシルクハットを取り、ちょうどそのタイミングで身体強化に必要な魔力も切れた。

 

 実のところ、シアとしても時間的にギリギリの勝負だったのだ。

 

「ふぅ……なんか、しょぼかったですぅ」

 

 思ったより大したことのなかった切り札に、シアは笑顔でそう告げた。

 

 あの世で歯軋りしているだろうエーアストを思い浮かべながら、シアは轟音の響く方を見る。

 

「ウサギさんは……まあ、加勢しなくても平気ですよね。最強の使徒だかなんだか知りませんが、エーアストはへっぽこでしたし」

 

 ディスりつつ、ほぼ空の魔晶石から残りの魔力を引っ張りだして回復する。

 

 

 

 

 

 そうすると取り出したヴィレドリュッケンを担いで、ティオ達の方へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 ウサギを圧殺したフィーネは、優越感がこれでもかと溢れる顔をする。

 

「まあ、解放者の人形とてこれ以上は」

「〝四天(出力400%)──踊り兎〟」

「はっ!?」

 

 上から降ってきた拳と蹴りの乱舞を回避したのは、ほとんど反射的だった。

 

 全身を包み込むように翼を畳んだフィーネは、慌てて地面に降り立った人物を確認する。

 

「よし。この出力でもいける」

「おかしいでしょう!? さっき確実に殺しましたよ! いくらなんでもっ……いいえ、あるいは初めての強化に、私の肉体が誤作動を……!?」

「……よくわからないけど、いくね」

 

 トン、と軽い音を立てて跳んだウサギは、空中で何回転もかけた蹴りを振り下ろす。

 

 己の肉体を疑っていたフィーネは、どうにかそれを双大剣で受け止めた。

 

「くっ、また力が増したようですが……まだ私の方が遥かに強い!」

 

 一瞬で白羽を展開し、全方位からウサギを取り囲んで放つ。

 

 すぐさま桃雷がウサギの体から放たれ始めるが、その前に至近距離で消滅砲をフルバーストした。

 

 更には二つの攻撃の隙間を埋める形で斬撃を放ち、確実に逃げられなくする。

 

 

 

 

 

 白い爆炎が上がる。 

 

 

 

 

 

 戦場にまた一つ、巨大なクレーターを作った。

 

 激しい鳴動が起こり、島全体をも揺らすほどの衝撃が駆け巡る。

 

 そこから退避していたフィーネは、煌々と炎が燃え盛り、未だに振動のやまない地上を見下ろして荒く息をした。

 

「はぁっ、はぁっ、どうして、魔力も体力も切れていないというのに、私はこんなに、焦って……」

「〝五天(出力500%)──兎星〟」

「はぁあああああああっ!?」

 

 そして、炎を突き破り現れたウサギに今度こそ目が飛び出そうになる。

 

 それでも回避しなければいけないという判断を体は下し、翼を使って横に飛ぶと跳んできたウサギから逃げた。

 

 隣を通り過ぎる時、凄まじい知覚速度を誇るフィーネはゆっくり、ゆっくりとウサギの目がこちらを見るのを確かめる。

 

 その目には、絶対にお前をぶん殴るという明確な意思が宿っていた。

 

「き、消えろっ!」

 

 十分な距離を取ってから、フィーネはあらかじめこの場の上空に用意していた魔法陣を起動する。

 

 空に十メートルを超える純白の魔法陣が現れ、極大範囲の白炎の塔が地面に向けて突き立つ。

 

 

 

 その炎は魔力封じの力も含んでいる。どれだけウサギがパワーアップしていようと無効化した。

 

 今度こそ絶対に、確実に殺した。殺したはずだ。どうか殺せていてくれ。

 

 そんなふうに思考するフィーネの前で、炎の塔は消えていき──こちらに向かって宙を蹴るウサギの姿を捉えた。

 

「う、嘘だぁあああああああっ!?」

 

 本来の使徒ならば絶対にあり得ないだろう、錯乱した絶叫を上げながら、フィーネはウサギに突撃して。

 

 

 

 

 

 そして、彼女の絶望が始まった。

 

 

 

 

 

 ウサギは、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も現れた。

 

 どれだけ圧倒的な火力で消し飛ばそうが、細切れにしようが、消滅させようが殴り殺そうが蹴り殺そうが殺せない。

 

 それだけならまだよかった。

 

 

 

 

 

「〝六天(出力600%)〟」

 

 

 

 

 

「〝七天(出力700%)〟」

 

 

 

 

 

「〝八天(出力800%)〟」

 

 

 

 

 

 現れるたびにどんどん力を上げていき、誰にも並べないはずのフィーネのスペックに迫ってくるのだ。

 

 それは生まれたばかりで、まだ一度も敗北を知らなかったフィーネにとって極上の恐怖だった。

 

 あらゆる使徒を凌駕し、南雲ハジメというイレギュラーですらも縊り殺せるだけの性能を持って生まれた。

 

 

 

 

 

 なのに、倒しきれない。

 

 

 

 

 

(殺せない! 死なない! 消えない! いいやそんなはずはない! 私は強い! そうやって作られたんだ! ならばどんな相手だって圧倒できるっ!)

 

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇええええええええええ!!!」

 

 もはや自分でも何をしているのか分からず、がむしゃらに攻撃して攻撃して攻撃した。

 

 この世界の常識の枠から外れた怪物兵器の全力の攻撃は、ウサギなど簡単に壊して──。

 

「「まだ、終わらないっ!!」」

 

 その攻撃から()()()()()()が出てきた途端、ヒュッと息を呑んだ。

 

 繰り出される二つの拳を、双大剣で防ぐ。へっぴり腰で目を瞑りながら。

 

 構えも何もない防御体制は、いくら圧倒的スペックがあろうと本来の役割を果たさない。

 

「あうっ!?」

 

 ズドン! と音を立てて地面に叩き落とされ、可愛らしい悲鳴をあげた。

 

 尻餅をつきながら、フィーネは全身を震えさせる。鎧がカチャカチャと音を立てた。

 

 双大剣を握る手に力が入らない。翼に魔力を上手く通わせられない。

 

 

 

 

 

 恐怖しているのだと、ようやく自覚した。

 

 

 

 

 

 そんなフィーネの前に、ウサギ達が着地する。

 

 ゆっくりと歩み寄ってくる彼女達を、フィーネは震えながら見上げる。

 

 スペックは勝っているはずなのに、完全に心が折れていた。

 

「「言ったはずだよ。私の首、取れるなら取ってみなって」」

「な、なんで、二人も、いて……」

「──二人じゃない」

 

 並んで立つウサギ達の後ろの空間から、声がした。

 

 空間に桃色の歪みが走り、そこから歩み出してきたのは──ウサギ。

 

 三人に増えたことに、元から白い顔をさらに白くするフィーネ。

 

 しかし同時に直感した。

 

 彼女が、()()だと。

 

「まさかっ、私が戦っていたのは……!」

「そう。最初から私の複製体。まあ、私が操ってるんだけどね」

 

 

 

 ──生体ゴーレム最終型、〝ゆめうさぎ〟。

 

 

 

 眠る時に羊が一匹、羊が二匹、と数えるかのごとく、一人が死という柵を飛び越えるたびにまた一人と現れる人形。

 

 ただの人形ではない。

 

 コアを空間魔法で繋げることで月の小函(ムーンセル)の魔力供給を受け、オリジナルのウサギと遜色ない戦闘ができる優れもの。

 

 魂魄魔法で同期しているため、人形が経験したあらゆるものはそのままウサギの糧となる。

 

 そして。これまでフィーネが打倒したゴーレムは全て、()()だった。

 

「あなたのおかげで、十分な運用データが収集できた」

「な、にを……」

「これで、()()()()()

 

 ゆっくりと、右手を握りながら上げていくウサギ。

 

 胸に桃色の輝きが生まれ、肌を走る回路から激しい雷が腕に通っていく様をフィーネは見つめる。

 

 同時に彼女の超常的な視力は、ウサギの口が開いていき、告げる言葉をも先に理解した。

 

「〝臨界突破──十天(出力──1000%)〟」

 

 

 

 

 

 ズゥンッ!!!!! 

 

 

 

 

 

 ウサギを中心に、焦げた大地が崩壊した。

 

 雷の嵐。

 

 他に形容する言葉が存在しない、絶大な魔力放出。

 

 ウサギ自身の髪や服を激しく揺らすその脈動は、フィーネにはもはや光そのものに見えた。

 

 最強の使徒をも軽く超えた力──全能力値250000。

 

 その、ほんの片鱗。

 

「これで終わる。痛みは無いよ」

 

 感じる前に、消えるから。

 

 淡々と告げられた言葉に、フィーネはただただ震えることだけしか許されず。

 

 その拳が振り下ろされるのを見ながら、一言だけを思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 敵に回す相手を、間違えた。

 

 

 

 

 

「〝兎杭(とごう)〟」

 

 断末魔ごと、叩き潰す。

 

 魔力も鎧も肌も、肉も骨も根こそぎ粉砕し、そして大地を打ち砕く。

 

 拳一つで、孤島の一角が消滅した。

 

「も……無理」

 

 最大出力を解放したことで、一時的に月の小函(ムーンセル)の魔力がほぼ枯渇した。

 

 雷嵐が消え、自ら足場を破壊したことで空中に放り出されたウサギは落下していく。

 

 〝空力〟を形成する魔力すらなく、機能停止した人形と一緒に紐なしスカイダイビングをする羽目になった。

 

 思ったよりも焦りながら、ウサギは打開策を考えた。

 

 

 

 

 

 何も思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

「……まずい」

 

 当たり前である。

 

 顔に出るほど焦りが増したウサギは、しかしお空の星になることはなかった。

 

 遥か彼方から飛来した黒い影がウサギを捕らえたのだ。

 

「おふっ……これは、ティオの、邪龍?」

 

 自分を掴み取り、そのままどこかへと運んでいく物を見上げて呟くウサギ。

 

 鋭利なフォルムをしたその龍は、間違いなく仲間の従える魔物の一匹だった。

 

「……助かった、ほんとに」

 

 

 

 

 

 そんなことを呟くウサギは、しばらく邪龍に運ばれることとなった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「おーい、ユエさーん、ティオさーん」

「お、戻ってきたの」

「ん。シア、おかえり」

 

 孤島のある方角に広がる森林から姿を見せたシアに、ユエ達は手を振り返す。

 

 まったりと休憩していた二人は、傷一つなくピンピンしているシアを見て戦いの結果を悟った。

 

 シアも同じことであり、空に集う99匹の邪龍達を見て若干顔を引き攣らせる。

 

「そっちは余裕だったみたいですね」

「ん。フリードごとき、相手にもならない」

「あるいは神に魅入られさえしなければ、主従共々より高みへと昇っていたやもしれぬが……まあ、もう後の祭りじゃ」

「こっちもわりとヘボかったのでさっさとぶっ殺して終わりにしましたよ。あ、そんなことよりユエさん、やっぱりその姿すごく綺麗ですね!」

「ん、当然。ハジメもメロメロ」

「ふふ、妾達も油断できぬのう?」

 

 和気藹々と、いつも通りに会話する三人。

 

 

 

 

 並大抵の人間では、目にしただけで身も心も奪われる天上の美女王。

 

 

 

 一匹一匹が国をも滅ぼしうる、数多の邪龍を従える竜女皇。

 

 

 

 神の使徒を歯牙にも掛けぬ、地獄へ繋がる穴蔵においでおいでと手招きする血濡れウサギ。

 

 

 

 ……側から見れば、冥府あたりからやってきたやべー魔神に付き従う女幹部達の集会である。

 

「おーい……みんなー……」

「あ、ウサギさんですよ」

「だいぶ疲れておるようじゃの」

「ん。さっきのあの衝撃、月の小函(ムーンセル)に完全に適合した体でも相当堪えたはず」

 

 そんなところへ、更にまた一人邪龍に連れられて最強のウサギ戦士がやってきた。

 

 ゆっくりと降下してきた邪龍の手の中から、若干憔悴した顔でウサギが姿を表す。

 

「ありがとう」

《ナンノ、オ安イ御用デス》

 

 律儀にお礼を言ったウサギは、四人へ歩み寄ると……おもむろにピースサインをした。

 

「びくとりー」

「ふふっ、信じてましたよ。ウサギさんなら楽勝だって」

「あんな色が違うだけの使徒、ウサギが負けるはずがない」

「ともかく、これで後は時計塔の連中だけじゃが……」

 

 ティオがこの空間へ最初にやってきた方を向き、つられてユエ達もそちらを見る。

 

 すると、噂をすればなんとやら。この孤島へと向かう小さな黒点を見つけた。

 

 目が良いティオはそれを見て微笑み──直後、顔を強張らせる。

 

「? ティオさん、どうかしましたか?」

「……我が眷属達よ。誰か、あの者達を迎えにいってやるのじゃ」

 

 シアの疑問に答えず、ティオはただ邪龍にそう命じた。

 

 素早さに優れた邪龍の一体がすぐさま飛び立ち、光輝達だろう黒点へ向かう。

 

 それを見送るティオの表情は、とても浮かないものだった。

 

 ユエ達は顔を見合わせ、なんとなくその理由を理解する。

 

 

 

 

 少しして、邪龍が光輝達を連れてきた。

 

 正確には、ふらふらと羽を片方もがれた虫のように飛んできたスカイボードが落ちた時のために下にいたというべきか。

 

 危なっかしい動きで孤島に到着したスカイボードは、ユエ達の頭上で突然糸が切れたように落下してきた。

 

「ユエ」

「ん」

 

 うなずき、ユエはクルクルと宙を舞うスカイボードと一緒に落ちてきた人影に風を送る。

 

 その風は優しく人影を受け止めて、ユエ達の前にゆっくりと下ろした。

 

「……すまない、助かった」

 

 その人影──光輝は、かなり低い声音で感謝を述べる。

 

 もう一人の小柄な人物を庇おうとしたのか、両腕で抱きしめたまま顔も向けない。

 

 ……しかし、ユエ達はそれを罵ることは絶対にしなかった。

 

「お主ら、いったい何があった?」

 

 片目と片足のない光輝の、酷く憔悴しきった顔色にティオは尋ねる。

 

 同時にその視線は──光輝の腕の中で屍のように動かない、真っ黒な目をした鈴にも向けられていた。

 

 すると、少しだけ顔を上げた光輝は隻眼でこちらを見て口を開き……結局、何も言わない。

 

「本当に勇者さん、ですよね……?」

「……ん。間違いない。魂を確認した」

「……激しい戦い、だったんだね」

「………………ああ」

 

 どう声をかけるか迷った末、当たり障りのないことを言うシア達に鈍く頷く光輝。

 

 未だ喪失感も悔恨も激しい自分への憎悪も消えず、しかし光輝は崩れ落ちる寸前のような笑顔を作る。

 

 それが、ネルファと約束したことだから。

 

「俺はいいんだ。俺は、もらえたから。希望がなくても、絶望ももう、ないから」

「それは……」

 

 何かを言いかけて、けれどその先が頭に思い浮かばなかったシアは閉口する。

 

 ()()人物がこの場にいない時点で、結末は自ずとわかるというものだ。

 

 そう、だから。

 

 

 

 

 

 

 

 ここに龍太郎がいない理由も、分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「でも、鈴は……っ!」

「「「……………………」」」

 

 ユエ達は、あえて言葉を形作ることをやめた。

 

「……そうか。最後まで、戦いきったのじゃな」

 

 唯一年長者であり、慮ろうとしたティオも……とある言葉を口にすることを固く禁じた。

 

「俺は、この結末でも仕方がないんだっ……でも、あいつは、あいつにはもっと幸せな未来が……ッ!」

 

 そのことに感謝しながらも、光輝は必死に涙を流すことを堪える。

 

 光輝にとって龍太郎は、親友であり、相棒であり、兄弟のようでもあり、一番信じていた男だった。

 

 十数年積み重ねた時間は、この世界で龍太郎と鈴が紡ぎ、実らせた愛に勝るとも劣るはずがない。

 

 だから、気が狂いそうなほどに苦しくて、悲しくて。

 

 龍太郎を殺した、既に死んだ紅煉が憎くて。

 

 ……皮肉にも、ようやく始の気持ちを完全に理解した。

 

「……こ……の……」

「……鈴?」

「……どこ、なの…………龍、っち」

 

 ヒュッ、と。

 

 その場の誰かが、全員の背筋に等しく駆け巡った冷たすぎるものに息を呑んだ。

 

 あるいは、虚ろな目をした鈴を穴を開くように見つめる、全員かもしれない。

 

「私、頑張っ、た、よ。助けられ、なかった、けど。ちゃんと、恵里と、最後に…………友達、に、なれた、よ」

「す、ず……」

「だか、ら。ねえ、褒め、てよ。頭、撫でて、よ」

 

 ぽつり、ぽつりと、今にも消え入りそうな声で呟いた鈴は。

 

 ギュッと、手の中にある二つに割れたドッグタグを握って。

 

 

 

 

 

 

 

「私、ね。龍っちのおっきな手が────だいすき……なん…………だよ………………」

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、カクンと気を失った。

 

「「「っ……」」」

 

 耐え切れず、ユエ達は目を伏せる。

 

「……物悲しすぎる結末、じゃのう」

 

 最初にその恋の成就を知ったティオは、握り締めた手で扇子を折った。

 

 光輝は、やるせない思いに血が出るほど唇を噛む。

 

「こんなっ……こんなのはっ、間違ってるだろ……!」

 

 ……全員、勝ったはずだ。

 

 ユエも、シアも、ティオも、ウサギも、体の一部を失った光輝も。

 

 命を落とした龍太郎でさえも、紅煉を撃破した。

 

 だというのに。光輝も、さっきまで勝利を笑顔で確認しあったユエ達も。

 

 この場の誰の一人も、そんな気にはなれなかった。

 

 

 

 

 しばらくして。

 

 ティオは、ふと壊れた扇子を手放す。

 

 そして二人に歩み寄ると……涙を堪える光輝と鈴、両方の頭に手を置いて優しく撫でた。

 

「っ、ティオさん……」

「………………」

「……よくぞここまで、頑張ったのう」

 

 その一言に。

 

 体の一部を失い、愛する女を失い、友を失い、心の寄る方を失い。

 

 五体不満足で鈴を守りながら、いくつもの空間を抜け、命からがらここまで辿り着いた光輝は。

 

 誰より長く生きた者として、慈しむような微笑みをたたえるティオを前にして。

 

「っ、う、ぁあああっ……!」

 

 ようやく、嗚咽を漏らした。

 

「おれ、俺はただ、いっぱい傷つけたから、だっ、だから今度こそ、ちゃ、ちゃんと知りったくって、助けたくって、それで、っ、それ、で……!」

 

 不思議な嘆きだった。

 

 涙は枯れ果て、一滴も出ない。

 

 だからその代わりをするように、掠れた声で。

 

 何度も何度も、泣こうとした。

 

「よしよし。まだまだ酸いも甘いも覚えたての子供じゃろうに、よくぞ耐えぬいたよ。もうこれまでのように、侮れはせんな」

 

 呟く光輝に、ティオはくしゃくしゃと頭を撫でて。

 

 ユエ達も、自然と光輝の肩に手を置いて。

 

 

 

 

 

 

 

 少しの間、二度目の小さな慟哭が孤島に響いた。

 

 

 

 

 

 




……自分はゲスかな?

次回は時間軸が少し戻ります。


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そして、未来が希望を知らしめす 1

地上へと。

今回から怒涛の展開が始まりますよ〜

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

 

 

 人類はよく足掻いていた。

 

 

 

 

 

 それは数多くの要素があってこそだ。

 

 

 

 人が使用するものにあたっては最強の兵器である、ファウストの吸魔石の鎧を着た王国騎士団。

 

 

 

 無限に湧いて出るコクレン達を片っ端から殲滅していく、スマッシュ部隊とハードガーディアン部隊。

 

 

 

 戦場全体を俯瞰するヴァール達を用いて、魔物の大群を空から滅ぼしていく愛子。 

 

 

 

 定期的に通信で人類軍を鼓舞する彼女を守護する、最強の堕天使たる香織と彼女を無限に癒し続ける美空。

 

 

 

 ハジメから託された武器を手に、超精密射撃で援護するパル達狙撃部隊。

 

 

 

 同様にハジメが作った武装を着て戦うバケモ……クリスタベル率いる漢女軍団や、竜人族。

 

 

 

 そもそもが強力な力を持ってこの世界に召喚され、この三日の訓練で実力と強力な装備を得た地球組。

 

 

 

 生体ゴーレムを従え、戦場の各地で暴れまくるミュウ。

 

 

 

 空間魔法で敵を消し、あるいは敵陣に味方を送ったりと、万能に支援するハッター。

 

 

 

 あちらこちらに飛び回り、魔物もコクレンも使徒も平らげるカエル。

 

 

 

 使徒達をその瞳で魂魄から支配し、味方につけて操るハギオス。

 

 

 

 最悪にして最恐の戦力たるキルバスを、三人でどうにか押さえ込んだメルド達仮面ライダー。

 

 

 

 そして各地から集まった、ハジメの用意した装備で武装した数十万の戦士達。

 

 

 

 特に、時間が経つにつれてその動きが顕著になったのは人間の兵士達だった。

 

 数を総戦力分は揃えることのできなかった吸魔鎧ほどでなくとも、彼らの装備には特別な仕掛けが施されている。

 

 彼らが纏う黒い戦闘装束の名は、〝血濡れ吸血鬼(アルモラ・ヴラド)〟。

 

 第一の効果は、攻撃を受けた瞬間発動する〝金剛〟と〝衝撃変換〟。

 

 第二の効果は、〝限界突破〟による人類総戦力の大強化と、それに慣れた頃に発動する〝覇潰〟。

 

 そして、第三の効果。

 

 

 

 

 

 それは──殺した敵の返り血を分解して魔力に変換し、使用者に補填する力。

 

 

 

 

 

 変成魔法と重力魔法のエネルギー操作を用いて作られた、文字通りの吸血鬼となる魔神の衣。

 

 シュウジ達の考案した吸魔鎧や、自分達の決戦装備を揃えた始に対抗心を燃やしたハジメが、鍛錬の合間に作り出した逸品である。

 

 ありとあらゆる魔力を吸い尽くす吸魔鎧に比べて限定的であるし、変換効率も25%程度と非常にしょっぱい。

 

 しかし、諸刃の刃である〝覇潰〟を発動している戦士達にしてみれば、敵を倒せば倒すだけ力を維持できるのだ。

 

 特に、桁違いの力を保有している使徒は変換効率が悪くても、元の量的に大幅な魔力の回復が可能。

 

 それにより、まず膨大な数だったはずの魔物達が魔力補給に刈りつくされた。

 

 そして、愚かにも歯向かう人類の命を使徒が刈り取るどころか、逆に積極的な使徒狩りが行われた。

 

 空を埋め尽くすほど穴から溢れ出る彼女達に自ら食らいつき、やがて凌駕し、見事に撃破していく。

 

 そんな光景がそこかしこで見られたのだ。

 

 

 

 

 更にその勢いを助長したのは、リリアーナとベルナージュ、そして何よりも──プレデターハウリア達。

 

 まず、シュウジがこの戦いに備えて選別し、隔離していた純粋な聖教の信者達による聖歌隊が歌う〝覇堕の聖歌〟。

 

 これが使徒達の動きを阻害し、衰弱させることで6割近くのスペックを奪い去った。

 

 次に、ある程度戦況が拮抗したところでベルナージュが発動した、ハジメから預かっていたアーティファクト。

 

 それは全ての人間に配られ、あるいは兵器に搭載された〝キー〟を認証し、能力を強化する大結界を起動させるもの。

 

 いわば外付けの限界突破付与装置である。

 

 ヴァールに同期して戦場全体を包み込むその結界が、吸血戦士達を更に一段階上のレベルに引き上げた。

 

 ダメ押しに、オーバーテクノロジーな兵器に身を包んだプレデターどもが戦場のそこかしこに出没する。

 

 対して満足に動けない使徒達。どうなるのかは、説明せずとも明白だろう。

 

 そう、終わりが見えない神の軍勢を相手に善戦していたのだ。

 

 

 

 

 

 ──その戦場に、理不尽が現れるまでは。

 

 

 

 

 

「ギェエエアァアアアアアアア!!!」

「う、うわああああああっ!?」

「なんなんだこいつはぁ!?」

 

 次々と戦士達を屠っていく、得体の知れない怪物。

 

 皮を剥いで筋肉を剥き出しにしたようなその青い生命体は、突如として戦場に出現した。

 

 そして人類軍も神軍も区別なく見た端から殺し、食い散らかし、()()()()()()()()()()暴れまわる。

 

 怪物の周囲にいた使徒達は早々に退避し、あとは人類と退避という概念も理解できないコクレン達の虐殺劇が始まった。

 

「ちぃっ! どういうことだこれは!? あんな奴は戦力に入ってなかったぞ!」

 

 広範囲に撒き散らされる極大の棘の雨から逃げ回りながら、帝国軍の先頭で戦っていたガハルドが悪態をつく。

 

『──やってくれたな、アベル。奴め、いつからかはわからねえが戦場の各地にこいつらを隠してやがった』

 

 その言葉をパンドラタワーにて聞いていたスタークが、やや面白くなさそうにぼやく。

 

 そんな彼の周りでは、極度の混乱状態にある司令部が慌ただしく通信の対応を行っている。

 

 その理由は──

 

 

 

『こちら騎士団! 緑の筋肉の塊みたいな、馬鹿でかい魔物が出た! 一応人型だ! コクレン達も数が減ったが、こちらも壊滅状態!』

『隊長、こっちにきます!』

『畜生が! 奴らめ、こんなのまで隠してやがったのか!?』

 

 

 

 

『こ、こちらスマッシュ部隊! 突然黄色い怪物が出てきて、ハードガーディアンは半分以上が機能停止! 気がつけば俺達も──ぐわぁっ!?』

『マルコっ!』

『副団長、危ないっ!』

『っ!?』

 

 

 

『こちら香織! 先生と一緒に水色のシンビオートと交戦ちゅ──あうっ!?』

『香織っ!』

『だ、大丈夫! 掠っただけだから!』

『何言ってんのこの馬鹿! 脇腹抉れてんでしょうが! 早く戻ってきて!』

『私達ガ時間ヲ稼ギマス! 白崎サンハ治療ヲッ!』

『うっ……すみません!』

 

 

 

 

『ちぃっ! こいつはちょっとまずいですぜ!』

『おい、次弾の準備急げ! いくら族長でも一人じゃ死ぬぞあれ!?』

『可愛らしいピンク色のくせに不細工なツラしやがって!』

『急所を一斉に狙え! 少しでも動きを止めりゃ、族長が首を刈り取るはずだ!』

 

 

 

 

 

『ぐほぁああっ!?』

『あらんっ、ちょっとこれは勝てないかも!?』

『アドゥル様、あの橙色の魔物尋常な相手ではありません!』

『くっ、なんという奴! まさしく世界の黄昏から滲み出た悪魔か!?』

 

 

 

 

『ちょっ、あれ何よ!?』

『ぐふっ……まだ、いける……!』

『やめとけ重吾! 死んじまうって!』

『ありったけ魔法ぶち込めっ! あの白いのに近づかれたら日本に帰る前にお陀仏になっちまう!?』

『待って待って待って!? なんか別のも来てんだけど! 何あれ、紺色と黄緑!?』

『三体とかふざけんなよ、マジで!?』

 

 

 

 

 

『ああっ、べるちゃんがっ!?』

「ミュウっ!」

『もうっ、あの灰色のやつ乱暴なのっ!』

 

 

 

 

 

 戦場の各地から届く、同じ敵の出現の知らせ。

 

 たったの数体。それだけの戦力の増加によって、数の暴力に拮抗していた人類軍が押され始めた。

 

 徐々に悪くなっていく戦況。

 

 しかし、それだけでは終わらない。

 

「使徒達が動き始めたぞっ!」

「奴ら、混乱に乗じて聖歌隊を攻撃するつもりだっ!?」

「っ、上空の門に魔力の反応を確認っ!」

「おいおい、魔物の軍勢の第二波かよ!?」

 

 目まぐるしく変わる戦況。

 

 それらを全て聞いていたエボルトは、コツコツと苛立たしげに指でバイザーを叩く。

 

 隣で膨大な報告を処理していたベルナージュが、ちらりとそれを見て重々しく口を開いた。

 

「次の作戦は?」

『……ミレディとあの黒光り連中が到着すれば、まだマシにはなるだろう』

「消極的だな」

『認めたかないが、ミスったな。切り札があっちにもあるのは考えてたが、予想をはるかに超えていた』

「…………我々は、負けるか?」

()()()。残念ながら、あいつらが目的を果たすまで持ちこたえるのは無理だ』

 

 あえて軽い、どこか突き放すような口調で言いながら、エボルトは後頭部で手を組んでだらけた姿勢をとった。

 

 それはこの戦いへの興味を失ったのではなく、冷徹とも呼べるほど現実的で冷静な判断をしたが故の諦観。

 

 ずっとシュウジと何千何万という議論を重ね、この最終決戦におけるあらゆる戦況の想定をしたのだから。

 

 

 

 

 

 

 その最終的な結論──地上における戦いで最も勝率が高い戦法は、時間稼ぎだった。

 

 

 

 

 

 どんな過程を経るにせよ、エヒトと殺し合うのであればこの世界の人類全てを巻き込むのは確実だとシュウジは判断した。

 

 その場合、人々を滅ぼしにやってくるだろうエヒトの軍勢を殺しきるだけの戦力の用意は不可能だとも。

 

 たかだか一年程度の準備では、どれだけ力を尽くしても数万年もの間エヒトが溜め込んでいる戦力を覆せるわけがない。

 

 確実に、自分がエヒトの首を掻っ切る前にこの世界の人類は滅亡する。

 

 カインが千年積み上げた知識をフル活用し、どんなに計算し直してもその結論は変わらなかった。

 

 大衆を守ろうとしすぎて世界を壊した男の記憶を引き継いだシュウジが、それを看過できるわけがない。 

 

 

 

 

 だから、シュウジは自分が人柱となり、そして地上で起こる戦争を自分を助けるまでの時間稼ぎに用いることにした。

 

 最初から絶対に巻き込まれるのなら、積極的に巻き込んでやろうということだ。

 

 それが最もエヒトを殺せる確率が高く、かつこの世界の人々の大部分が生き残れる確率が高い作戦だったから。

 

 ほぼ永久的に0にならないだろう雑魚敵には囮を使って時間を作り、その間にボスを倒して丸ごと無力化。簡単な作戦だ。

 

 そのボス殺しの役割を担うのが【神域】組である。

 

 シュウジは自分ではなく、ハジメ達にそれを任せた。当人達が知らないうちに丸投げしたとも言える。

 

 

 

 

 

 だが、ハジメなら絶対に助けに来てくれると、そう信じたのだ。

 

 

 

 

 

 エボルトは、この世界の人間などどうなろうが知ったことではない。

 

 長く時間稼ぎをすると言う意味では手助けする理由はあるが、滅ぼうが生き残ろうがどっちだっていい。

 

 極論を言ってしまえば。

 

 リベルや香織達など一部の例外を除いて、ある意味神域という安全地帯にいるハジメ達さえ生き残れば、それでいいのだ。

 

 だが。女神への復讐をある意味諦めてまで共に生きることを選んだ、シュウジの心が壊れるのだけは面白くなかった。

 

 

 

 

 シュウジはこの世界の人々を見捨てられない。

 

 ハジメ達よりも心理的価値は低いが、それでも()()()()()を使ってまで救おうとしている。

 

 だからエボルトはここにいる。

 

 後で取り返せると本人が誰より知っているくせに、それでも必要以上の犠牲を許せない甘々な相棒の為に。

 

 

(……まあただ、本当に)

 

 

 本当に、明け透けなことを言ってしまうのならば。

 

 死に物狂いで戦っている人類が絶滅しようが、生き残ろうが。

 

 ハジメ達がもしも仲間の誰かを犠牲にしながらもエヒトを討ち取り、シュウジを取り戻そうが。

 

 どうせ()()()()()()()()()()()ことを知っているエボルトからすれば、ただの暇潰しだ。

 

 

(だから面白いんだけどな)

 

 

 エボルトは待っている。

 

 舞台の上で皆が必死に足掻いて作り上げたドラマの集大成を、馬鹿な相棒が自分ごとリセットして。

 

 そんな相棒の決意も覚悟も、何もかも全部台無しにして。

 

 そうすることで、一番くだらない形でその舞台を終わらせる。

 

 それを見てぽかんとしている相棒の顔を、これでもかと爆笑してやる──その瞬間を。

 

 

(とはいえ、だ。俺もまだ舞台の上で踊ってるキャラクターの一人。せいぜいそれに徹してやるとしますかね)

 

 

 一人愉悦を滲ませながらも、エボルトはこの最悪の戦況を持ち直す方法を考えようとした。

 

 厄介なのはあの魔法生物達。

 

 無闇矢鱈と被害を拡大しているあの化け物どもを排除しなければ、反撃するものもできない。

 

 あれらさえどうにかできれば、少しだけ人類滅亡のカウントダウンの秒読みが増す。

 

 だからこそエボルトは、まず()()()()()()()()を排除することにした。

 

『クソ兄貴。そろそろ退場してもらおか?』

 

 その視線が射抜くのは、パンドラタワー内部に設置された司令部のほぼ正面の方向。

 

 そこでメルド達三人を相手にこれでもかと暴れ回っている、赤い凶星。

 

 未だ弱体化している使徒やコクレンなど問題ではない。

 

 魔法生物らを除けば、最も先に殺すべきは──あの厄介極まる赤蜘蛛だ。

 

「……キルバスか。だがどうする? 今の貴様はエボルドライバーを持ってすらいないだろう?」

『そうだな。だがどうにかして………………』

「……? どうした?」

 

 エボルトが、動きを止めた。そのことにベルナージュは怪訝な顔をする。

 

 わざとではない。かと言って、何かを考えているわけでもない。

 

 今のエボルトからは、ただただ驚愕したような雰囲気が──

 

『はははははは!』

「「「「「っ!!?」」」」」

『ははははははははははっ、はーっはっはっはっはっはっはっ!!!』

 

 

 

 

 

 ああ、とうとう気が触れたのか。

 

 

 

 

 

 突如として笑い出したエボルトに、極限の状況にいる司令部の誰もが思った。

 

 その言動の全てに必ず何か意味があることを知っているベルナージュの瞳だけが、何かを期待している。

 

 誰もが注目する中で、散々に笑っていたエボルトはふっと突然無言になって。

 

『やーめた』

「は?」

『俺がわざわざ動かなくても問題ない。あとは適当に任せとけ』

「貴様……!」

 

 この外道、今度こそ本当に人類を見捨てた。

 

 そう確信を得たベルナージュが声を荒げ、しかしエボルトがその口を無造作に塞ぐ。

 

 火星人だった頃ほど力のないベルナージュは、もごもごと言いながら非難の眼差しを向けた。

 

『何を勘違いしてる?』

「……?」

『俺が動かないのはな、()()()()()()()()()()()がこの戦場にやってきたからだよ』

 

 別の意味でベルナージュは瞠目した。

 

 あらゆる悪行非道残虐行為をやってのけるこの怪物が、信頼すると言ったのだ。

 

 しかし、ベルナージュは卓越した知恵を全力で回転させるものの、そんな相手は思い浮かびも……

 

『そうら、来た』

 

 

 

 

 

 

 

 直後、激しい衝撃とともに司令室が激震した。

 

 

 

 

 

 

 

 そこかしこにあったものが飛び跳ね、座っていた者も立っていた者も皆バランスを崩して転倒する。

 

 唯一、エボルトに顔を掴まれたままのベルナージュだけが彼と一緒に元の位置に着地した。

 

 揺れが収まった瞬間、ベルナージュは全力で赤い手を引き剥がすと外の様子を映すアーティファクトを見る。

 

「何が起こった!」

「わ、わかりません……」

「う、ヴァールからの映像、回復します……」

 

 酷いノイズが走っていた画面が、少しずつ正常に戻っていく。

 

 そこに再び映った戦場を見て──ベルナージュは今世で最大にあんぐりと口を開いた。

 

「あ、れは」

 

 彼女の目に映るもの。

 

 等しく、ほかの司令室の人間や、エボルトの目に映るもの。

 

 それは、コクレンの血肉によって真っ黒に染まった戦場の一角と。

 

 先の衝撃でダメージを負ったのか、なんとか立ち上がろうとしているライダー達と。

 

 そして、なによりも。

 

 

 

 片膝をついたキルバスの前に立つ──独特のフォルムをした、赤い人型の異星人。

 

 

 

『────よう。ざっと七十年ぶりの再会だな』

 

 通信機の役割を果たすアーティファクトが、ローグ達の通信を通じて声を拾った。

 

 その声を聞いて、ああ──確かにと。

 

 我を取り戻したベルナージュは引き攣った顔で納得した。

 

 何故ならば、戦場に立っているのは。

 

 

 

 

 

 

 

『お前をもう一度殺しに、はるばる未来からやって来てやったぜ。なあ、キルバス?』

 

 

 

 

 

 

 

 他でもない──究極の力を得た、エボルトなのだから。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。



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そして、未来が希望を知らしめす 2

今回はおじいちゃんサイド。

時系列がやっと追いつきました。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 一人称 SIDE

 

 

 

「なんで……お前が、ここに……」

 

 

 

 目の前に立つ女に、指一本も動かせずに見入る。

 

 ありえない。あり得るはずがない。

 

 何度も何度も、雷化の反動で疲弊した脳は同じ言葉を吐き出し続ける。

 

 それをきっかけにしたように変若水(おちみず)の効果も終わって、その体は徐々に老魔王のものへと戻っていた。

 

 いつもは、笑っている時でさえもどこか厳しさのようなものがあったその顔は、未だに呆けたまま。

 

 

 

 

 

 ──これは、夢だろうか? 

 

 

 

 

 

 いくらか思考力の戻った頭でようやく考え付いたのは、そんな予想だった。

 

 あるいはこの時代の自分達がもうシュウジを取り戻し、先にシアだけが助太刀に来たのか。

 

「あ、もしかして夢とか思ってます?」

 

 始の考えを読んだように、シアは少し目を細めてジトッと視線を送ってきた。

 

 かなり多く見積もっても30程度にしか見えない美貌でそんな仕草をすると、不思議な魅力が醸し出されていた。

 

 何故そこまで年を取っていないのか。未だに生身の心臓が大きく鼓動を打ち、始は場にそぐわぬことを考える。

 

 それとも、これさえも死ぬ間際の夢幻──

 

「また同じこと考えましたね。ちゃんとここにいますよ、ほら」

「むぐぃっ……」

 

 ドズン、と音を立てて真紅の鉄槌を地面に落とし、両手で頬を引っ張られる。

 

 ひどく気だるい体は、感覚も鈍っていたけれども。

 

 

 

 ……ちゃんと、痛かった。

 

 

 

 僅かに始が頷くと、手を離したシアは両手を後ろで組んで少し首を傾げる。

 

 そのまま、「ね?」と微笑んだ。

 

 可愛らしい仕草は、アベルの刺突よりよほど始のことを貫く。

 

「……でも、どうして、いや、やっぱり」

「あー、んー、まあ仕方ないですよねぇ。25年も会ってませんでしたから。今更って感じですか」

 

 少し寂しそうに、でも仕方なさそうに笑うシア。

 

 嫌なものが始の胸の中にこみ上げる。シアにだけはこんな顔をしてほしくない。

 

 何十年も前に忘れたと思っていた考えの下、始は何かを言おうと口を開いて──

 

「──シア、勝手に先に行かないで」

 

 そこに、天から声が降り注ぐ。

 

 耳朶を震わせる懐かしい声音は、未だに目の前の奇跡を疑う始には甘すぎて。

 

 グッと目元を歪めながら空を見上げ──そこからゆっくりと降りてくる、金に輝く天女に破顔した。

 

「──ユエ、なんだな」

「……ん。そうだよ、ハジメ」 

「ごめんなさいユエさん、ついつい体が動いちゃいまして」 

 

 シアの隣に降り立ったユエは、泣きそうな顔の始に柔らかく微笑んでみせる。

 

 成長の絶頂期をそのまま留めたような美しい玉体に白い布を絶妙に巻きつけ、包んでいた。

 

 そんなユエはぺたりぺたりと裸足で始に歩み寄り、頬に手を添える。

 

 その暖かさが、今度こそ始の疑念を完全に打ち砕いた。

 

「……皺だらけ」

「ああ。お前らと違って、随分と干からびちまったよ」

「ん。でも、渋くてかっこいい」

「そうですね。でも今のハジメさん、自由に容姿を変えられるみたいですし、若くすればいいのに」

「この方が落ち着くんだ」

 

 奈落で無数の魔物を食らって変質し、人間の寿命をはるかに超えた時間を生きることができた始。

 

 だが雷化を筆頭に、本来はもう限界に到達した数々の力を昇華させるためにかなりの無茶を押し通した。

 

 その結果、始は老いた。

 

 概念特化を使えば再生魔法で戻せもしたが、己の努力と悔恨の証であるこの姿が始は気に入っていた。

 

「でも、ユエはわかるがシア。お前はいくらなんでも若作りしすぎじゃないか?」

「若作りじゃないですよ。簡単に言えば……始さんと同じことをしたんです」

「俺と同じ……まさか」

 

 あの奈落を、100階層まで下りきったというのか。

 

 それは、神結晶から生成されるポーションだけを頼りに殺した魔物の肉を喰らい、体を変質させたということ。

 

 そして魔物の肉が持つ毒素をそのまま摂取できたのならば、シアの十八番である身体強化は使わなかったことになる。

 

 あれだけの下準備を経てようやく対等になったアベルを、あっさり殴り飛ばせたのも納得できた。

 

「大変でしたよ。話で聞いたよりも、ずっとずっと苦しくて、怖くて、辛くて……たった一人ぼっちで、片腕を失いながらあの地獄を生き抜いたなんて。ハジメさんに惚れ直しました」

「まさか、お前も……」

「ああいや、流石に四肢欠損するような状況の時は、身体強化を封印するアーティファクトを解除しましたよ。ハジメさんのお役に全力で立てるように、鍛え上げたかったので」

「お前は相変わらずだな」

 

 嬉しいことを言ってくれるシアに、始は微笑んだ。

 

 自慢げに胸を張っていたシアは、そこで「でも」と少しだけ顔を曇らせる。

 

 半歩ほど後ろに下がりながら、恥じるように両腕で自分の体を覆い隠した。

 

「消えない傷も、いくつかできてしまったので。あんまり見ないでください」

「……お前は相変わらずだな」

「えっ、あれっ。なんかさっきとニュアンス違いません?」

 

 始の視線から感動が半分ほど消え失せた。

 

 そういえばやけに露出の少ない格好をしている。昔は下着同然だったというのに。

 

 年齢的な羞恥心からかと思っていたが、もっと些細なことだった。

 

「……はぁ。だからずっと言ってたのに。ハジメはそんなこと気にするはずがないって」

「ええ〜、でもぉ。流石に70間近の、いろんなとこに傷をこさえた体見せるのも嫌なんですよぅ」

「そこの羞恥もやっぱりあるのか」

「そんなことを言ったら、私はもう三百七じゅっ………………なんでもない」

 

 口を噤むユエと、狼狽えるシア。それを見て苦笑する始。

 

 ここにウサギとシュウジ、ルイネが加わったのならば、あの旅の始まりとそっくりの光景だ。

 

 ちなみにユエの格好の理由だが、始が彼女達の前を去った当初のことが原因である。

 

 始ニウム欠乏症に陥った結果、ユエは何週間も服すら着ずに廃人化していた時期があった。

 

 これはその名残りである。

 

 

 

 

 懐かしさと、嬉しさと、それ以上の何かが始の半ば鉄と化した胸を、強く、強く締め付ける。

 

 二度と会わないと誓った。二度と顔向けできないと諦めていた。

 

 二度と同じ道は歩けないと、そう自嘲した。

 

 なのにこうして、シアの言う通りに。

 

 始の隣に、当たり前のようにやって来てくれたのだ。

 

「……どうやってここに?」

「シアの目で、時空を越えてきた」

「ほら、私の未来視って元は再生魔法が根源じゃないですか。それで、始さんの神の造眼(ヘイムダル)にも組み込まれていますよね?」

「ああ。そういえばさっき、同期したとか言っていたな」

「はい。奈落で死にかけながら戦っている間も、ずっとハジメさんの所に行きたい、ハジメさんと同じ景色を──貴方が掴み取りたい未来を視たいと、そう願い続けていたら。奇跡が起こったんです」

 

 そして、シアは淡く微笑みながら語った。

 

 地獄の中、かつてその想いを伝えた時のように始と並び立つことを強く願いながら己を追い詰め続け。

 

 その極限の願いに、奈落を制覇した瞬間、未来視の最後の派生技能が発現した。

 

 

 

 〝万界見透瞳〟。

 

 

 

 奇しくも始が神の造眼(ヘイムダル)を使って行っていたのと同じ、あらゆる時空の未来を見通す瞳。

 

 想いが形となったその力を使い、シアは毎日毎日始が観測しているのと同じ未来を探し続けた。

 

 ユエ達の手も借りながら、少しずつ、少しずつ始の魔力の波長を放つ神の造眼(ヘイムダル)に近づいていき。

 

 始が先刻使った未来観測にて、ついに完全なる同期を成功させた。

 

「やっと、辿り着いたんです。ようやく、貴方を見つけたんです。未来を変えるために過去を見つめ続ける、貴方を」

「あとは、私と他の数人で開発したアーティファクトで時空の扉を開いて、始を座標に逆行してきた」

「そこまで……」

 

 そこまで、してくれたというのか。

 

 愛故に何度も止めようとしてくれたその手を、最後の最後まで振り払ったというのに。

 

 そう感極まった心に、始は──気がつけば、二人に頭を下げていた。

 

「……すまない、お前達の思いを裏切って。俺は、とっくに立ち止まる方法を見失っていた」

「いいですよ。どんな壁だってぶち破って、走り抜けるのが貴方。私が、私達が心から愛した、南雲ハジメですもの」

「それなら、私達が付いていくだけ。貴方の進む所、目指す未来。それが、私達がいるべき場所だから」

「……ははっ。本当に良い女だよ、お前達は」

 

 こんな壊れかかった、鉄人形には勿体なさすぎるほどには。

 

 いつぶりか忘れた、柔らかい笑顔を浮かべる始を、顔を見合わせたユエとシアは笑顔で抱擁する。

 

 今一度その暖かさを全身で感じて、始は二度と自分が彼女達から離れることのできないように抱き返した。

 

「……ユエ。シア。心から、お前達を愛している」

「ふふっ、やっと聞けました。その言葉を、50年以上待ち望んでましたよ」

 

 本当に、本当に嬉しそうに胸の中で笑うシアに、ユエもくすりと微笑んで。

 

「……忘れないで。貴方は、一人じゃない」

「私達だけじゃありません。ウサギさんも、ティオさんも、香織さんも、美空さんも……他にもたくさん、貴方を迎えにきました」

「あの日、諦めてごめんなさい。ハジメを一人にして、ごめんなさい」

「私達は間違えた。二度目は間違えません。貴方だけを、苦しませたりしません」

「もう二度と、一人で背負わせない」

 

 

 

 あの日、あの夜。

 

 

 

 同じように、失った。

 

 

 

 取り返そうとして、心折れてしまったけれど。

 

 

 

 でも、だからこそ。

 

 

 

 

 

「「私達は、死の果てのその先まで。何度だって、貴方の隣に立ち続ける(ます)」」

 

 

 

 

 

 たった一人、絶望の底から這い上がった貴方を、冷たい鉄にさせはしない。

 

 今度こそ一緒に、魂の一片が消え去る最後の瞬間まで共に行こう。

 

 過ちを……繰り返さないために。

 

「……ありがとう。俺があと三十くらい若かったら、もっと熱烈な返事を返してたかもな」

「別にしてもいいですよ?」

「ん。イケオジのハジメに口説かれるのも、それはそれでいい」

「そうしたいのは山々だが……」

 

 抱擁を解き、始はある方向を見る。

 

 

 

 

 何かを無理やり引きずって抉り取ったような跡が、地面に残っていた。

 

 その終着点……盛大に破壊された一点から、ゆっくりと一人の影が立ち上がる。

 

「……よもや、更なる未来からの人間が現れるとは。それが君の絆か、復讐者」

「遅いお目覚めだな、アベル」

「そこの彼女の一撃、よく効いた。気絶など数百年ぶりだ」

 

 今の今まで、シアの一撃でノックアウトされていたアベルは賞賛を口にする。

 

 始としても感動の再会に水を刺されたくなかったので、あえて放置していたのだが。

 

 そんなアベルに向き直り、始は今一度白銃を取り出す。

 

 すかさずユエが魔法を用いて、削れた始の存在を回復させようとした。

 

「ユエ、いい」

「……そう」

「ああ。このままがいいんだ……決着を、つけなくちゃいけないからな」

 

 その言葉に、チャキリと小さな音を立ててアベルが細剣を握った。

 

 始もセーフティを外し、握ったまま足に出現させたホルダーに収める。

 

 相対する二人を見たユエとシアは、仕方がないなぁという顔をした。

 

「戦場の方を任せていいか。こいつが何かを解き放ったみたいでな」

「ん、了解」

「いっちょ暴れてきますかね」

 

 ふわりと浮き上がったユエと、戦鎚を手に取り笑うシア。

 

 そんな二人は、踵を返しながら始に向かって。

 

「また後で会いましょう、ハジメさん」

「今度は、ちゃんと迎えに来る」

「安心しろ、もうどこにも逃げやしないさ」

 

 しかと答えを聞き、二人はそれぞれ結界をすり抜けて戦場へ向かった。

 

 再び、始とアベルの二人だけになる。

 

 嫌に静かになった広場に、どこからか一人の風が吹き込み二人の体を撫でていく。

 

「大した伴侶だ。一撃でライオットを一片も残さずに消しとばされてしまった」

「だろう? うち一番の自慢のウサギ娘だ」

 

 軽口を交わしながらも、予感する。

 

 ライオットを失い、隻腕となったアベル。

 

 弾倉の中には、既に残り一発しかない始。

 

 次の一撃で、今度こそ終わりだ。

 

「なんでだろうな。あれだけお前を憎んだのに、ひどく落ち着いた気分なんだ」

「奇遇だ。僕も、不思議と今は冷静に怒れているよ」

「怒るのは変わらないんだな」

「ああ。変わらないさ……それが、僕だ」

 

 言葉は、それまで。

 

 静謐が支配する。

 

 そして、二度目の風がそれを破り。

 

「オオォオッ!!!!!」

「はああぁぁあっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刃が、風を切る音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声が、空気を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

「…………………………」

 

 少しの、沈黙。

 

「……見事な早撃ち、だ」

 

 そして、一人が刃を落とす。

 

 心臓の位置から一筋の血を流し、アベルは膝をついた。

 

 そんな彼を、上着の襟元を切り飛ばされた始が銃を下ろして見つめる。

 

「……………………一つ、質問する」

「……俺に答えられる事ならば」

「…………我が、怒りは。間違って、いたか?」

 

 

 

 

 

 怒れ、と。

 

 

 

 

 

 そう死の間際たる今この瞬間でさえも、何かが魂の底に響く声で囁き続ける。

 

 他のあらゆる思考を許さずに、ただただアベルに怒る事それのみを迫ってきた。

 

 不快ではなかった。元から怒り続けた人生だ、これまでと同じように怒るだけ。

 

 そのはずなのに。

 

 この怒りはどこか、空っぽだった。

 

「……お前は」

「………………」

 

 答える前に、始は目を瞑る。

 

 スッと、一度息を吸って。

 

 それから、見開いた錆色の瞳で見ると。

 

()()()()()()()()()()()()?」

「……………………だれの、ため、に」

 

 

 

 

 

『この手を、血濡れる為だけに使うのはもったいないわ』

 

 

 

 

 

 脳裏に思い起こされたのは、柔らかい手の感触。

 

 

 

 

 

『貴方って、冷たいけれど。でも、ちゃんと暖かい人間よ』

 

 

 

 

 

 剣を握り、血に濡れる感触しか知らないこの手を包み込む暖かさ。

 

 

 

 

 

『ほら、行きましょう? あっちに甘くて美味しいケーキのお店があるの!』

 

 

 

 

 ひどく冷たい自分の声音に帳尻を合わせるように、明るく弾むようなその声。

 

 

 

 

 

『きっと貴方にも理解できる日が来る。愛するということを、諦めないで。私がずっと、この手を握り続けるから』

 

 

 

 

 

 生まれながらに心を包み込む闇を照らした、一人の光。

 

 

 

 

 

「……そう、か。僕は、忘れたくなかった、から。怒って、いたのだ、な…………」

 

 愚かな祖父母に、我が子は奪われ。

 

 愛した女は、亡き者とされた。

 

 長い長い時を経て出会った弟子は、利用されて。

 

 そして、かの世界が滅んだ今。

 

 

 

 

 

 自分が怒らねば、誰が彼女達の存在を憶えている? 

 

 

 

 

 

 消したくなかった。ずっとそこにいてほしかった。

 

 必要なくなったからなどと、そんな戯言は心底許せなかった。

 

 だから怒った。怒ることで、心から愛した彼女達の実在を訴え続けた。

 

 怒ることしか、ずっと知らなかったから。

 

 そうすることでしか、証明できなかったのだ。

 

「……結局は僕も、私利私欲のため、人を傷つけた、悪人、か…………」

「……どうだろうな」

 

 始は、一歩踏み出す。

 

 そのまま、アベルの前までやってくると跪いて。

 

 地面に垂れ下がった右手を掴み、ぶっきらぼうに握った。

 

「少なくとも、俺はお前と戦ったおかげで最高の女達と再会できた。そのことには礼を言おう」

「……甘い、詭弁だな」

「だがその詭弁のために、お前は〝世界の殺意〟になったんだろう?」

「……肯定、する。そして……感謝する。我が、最後の疑問に、答えを、得られた」

 

 ふっと、ほぼ力の入らない顔で微笑んで。

 

 それに最後の余力を使い果たしたのか。

 

 ボロボロと、アベルの体は崩れだす。

 

「……友と、そう呼べる存在は、僕には、存在しなかった」

「まあ、気難しいもんな。お前」

「我が怒りが、為した、僅かな善行の……その報いが、あるのなら。君と出会えた、ことかも……しれないな」

「なんだ、随分とクサいことを言うな。千年前の流行か?」

「許せ。骨董品の……戯言だ」

「……ま、俺も老い先短い身だ。同じように、死人のことで人生丸ごとこじらせた知り合いが一人増えたところで困らんさ」

「……ありがとう。南雲、始」

 

 

 

 

 

 そして、アベルは消えた。

 

 

 

 

 

 その様を見届けた始は、そのまましばらく静止して。

 

 やがて、深いため息とともに尻から座り込んだ。

 

「やっぱり老骨には堪えるな。しばらく、休ませてもらおう」

 

 頼りになる仲間もいることだしな、と呟いて。

 

 

 

 

 

 始は、未だ音の鳴り止まぬ戦場の方を見た。

 

 

 

 

 




さてさて、次回から各戦場の様子になりますよ。

腕がなるなぁ。



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そして、未来が希望を知らしめす 3

今回から本格的に動き始めます。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

 

「っ、なんだ、あの生き物は……?」

 

 

 

 そこに立つ禍々しいモノに、ルイネは呟く。

 

 禁術によって、感情を依代に生まれる魔法生物によく似ている何か。

 

 鮮血のようなある種の美しさを持つカーネイジと比べて黒く濁った、悍ましい赤い怪物。

 

 その腹や腰から伸びる数多の触手についた〝口〟が、過剰な食欲を持つことを示していた。

 

 

(どうやってこの隠れ家に侵入した? いや、そもそもあれは敵……なのは確実だろうが、どうして無防備な私を殺さなかった?)

 

 

 冷や汗を流しながら、ルイネは思考する。

 

 不気味なその怪物は、とてもではないが今の自分には荷が重すぎる相手だった。

 

 数々の暗器を仕込んだ軍服も、自慢の操糸術を扱うための金属糸もない。

 

 体内に仕込んでいた武器も、彼女の回復を早めるためにハジメ達に取り除かれていた。

 

 暗殺者にあるまじき、丸腰だ。

 

 

 

 

 なら選択肢は一つだけ。

 

 全力でこの場から逃げる。そしてこちらの味方のいる場所まで誘き出すしかない。

 

 一人でどうすることもできない以上、誰かを頼るしか生存の道はなかった。

 

「ママ、どうするの……?」

「っ」

 

 だが、それが自分にできるだろうか? 

 

 震える両手で寝間着の裾を引く娘に、ルイネはそう不安に駆られた。

 

 いくらボディを強力なものに変えようと、リベルの心は本来は幼い子供のもの。

 

 一度も戦ったことがない故に、ハジメ達が本気で戦うようなレベルの相手と殺し合う勇気など持っていない。

 

 先ほどやっと歩けるようになったところだというのに、非戦闘員一人を守りながら逃げられるか? 

 

 不可能だ。

 

 

(だが、やるしかない)

 

 

 諦めれば、ここで自分と娘の命はあっさりと奪われる。

 

 それだけは許されない。生きて、もう一度シュウジに会うのだ。

 

 そう決意したルイネが、目線だけは前と同じほどに鋭く、赤黒い怪物を睨みつけ。

 

 それを見た魔法生物は──驚いたことに、流暢に喋りだした。

 

「──ルイネ・ブラディア。我が子孫の弟子にして、あの子に愛された女よ」

「っ、貴様は……まさか、先代の……」

 

 ルイネは、カインから聞いた話でしかアベルのことを知らない。

 

 だが、その言葉とかつて愛していた男によく似た声から瞬時に判断した。

 

「君が怒りの中で眠り続けるのならば、そのまま何もしないでいた。だが君は、怒りを忘れ戦うことを選んだ」

 

 故に、と魔法生物は触手を揺らめかせて。

 

「宣告する。この神の人形を依代とした我が怒りの一端にて、君を殺す」

 

 次の瞬間、一斉に飛び出す無数の触手。

 

 凄まじい勢いで迫るそれらを辛うじて見ることができたルイネは、素早く両手を伸ばした。

 

 その意識の先は怪物の後ろ──堂々と佇む、オスカー・オルクスの石と鉄でできた屋敷。

 

 武器がないのなら作ればいい。万物から刃を作り出す異能を、ルイネは持っている。

 

「がふぅっ!!?」

 

 だが、結果は血を吐くことになった。

 

 この異能はカイン達の世界でも希少なものであり、それだけにコントロールは至難の業となる。

 

 カインの下で鍛え上げた強靭な肉体と、体内を流れる魔力の操作を応用した技術でルイネはそれを操れた。

 

 しかし、ひどく衰えた今の体では……その負荷には耐えられない。

 

 

(ま、ずい。このままでは、二人とも死──っ!)

 

 

「ママぁっ!」

 

 倒れていくルイネを守ったのは、リベルだった。

 

 彼女の前に躍り出ると、伸ばした両手を重ね合わせて唯一の力を発揮する。

 

「〝拒壁〟っ!」

 

 始謹製のローブの力も借り、顕現させたのは斥力の結界。

 

 それは触手を防ぎ、反発する力で押し返していく。

 

「こふっ……リ、ベル…………?」

「私だって、エヒトと戦うために生まれたんだもの! 今度こそあいつらから、ママを守ってみせるっ!」

 

 勇ましく叫ぶリベルの背中が、ルイネには見た目以上に大きく見えた。

 

「喰ウ」

 

 

 

 その希望を、怪物は踏み躙る。

 

 

 

 一瞬で集合した触手が巨大な口となり、再び突き出された。

 

 大口を開けたそれに、リベルは顔を引き締め──バリン、と一撃で食い破られた結界に瞠目する。

 

「うそ……」

「リベルぅうううっ!!」

「きゃぁ!?」

 

 死に物狂いでタックルしたルイネによって、呆然としていたリベルは食われるのを回避した。

 

 重なるように二人は倒れ、そんな親子にぐるりと踵を返した口が迫る。

 

「っ!!」

 

 せめて、リベルだけは守ろうとルイネは覆いかぶさった。

 

 彼女自身も己が噛み砕かれる未来に恐怖し、きつく目を瞑る。

 

 

(目覚めてから何もしていないというのに、もう終わりか。私の決意も、呆気ないものだったなぁ──)

 

 

 そして、ぐわりと開いた巨大な口に立ち並ぶ牙が、二人を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「娘に怪我をさせたのは、お前だな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食い殺す前に、止まった。

 

「…………?」

 

 いくら待てどもやってこない痛みに、ルイネはふと目を開く。

 

 同じように目をつぶっていたリベルも、ルイネの腕と胴体の間から上を見上げた。

 

 そして、自分達にかかる影の主を見上げて──驚愕する。

 

「ゴ、ァアアアァっ!?」

「これ、は……」

 

 口は、煌めく何かで全身を絡め取られて身動きが取れなくなっていた。

 

 暴れまわって脱出していようとしているが、煌めくモノが千切れる様子はない。

 

「これって……糸?」

 

 その煌めくモノは、白い糸。

 

 擬似太陽に反射して輝く白糸を見て、リベルが呟いた。

 

 一方で触手を封じられた怪物本体も、それを直接振りほどこうと体を躍動させる。

 

「〝 破理縫(はりぬ)い〟」

 

 走り出しかけたその体を、全方位から白糸につながった無数の赤いナイフが貫いた。

 

 その体の表面を覆っていた魔力を打ち破り、赤針は地面に突き刺さって怪物を封じ込める。

 

「ガァアアアアアアッ!!!」

「〝 墓鐔留(ぼたんど)め〟」

 

 絶叫する怪物に、揺らめく白糸達が全身に絡まって先端にあったものを固定する。

 

 怪物の体に張り付いた瞬間、その〝ボタン〟は一斉に超高音の波を発生させて動きを封じてしまう。

 

 互いに共鳴効果を引き起こし、更に効力を引き上げながら、激しく暴れる怪物を拘束した。

 

「これは……」

「ママ、いつの間にこんなものを……?」

「い、いや違う、私じゃ……」

「──ああ、そうだとも。それは〝(わたし)〟がやったが、〝私〟の仕業ではない」

 

 そんな二人の前に、ふわりと降り立つ人物が一人。

 

 身に纏うは、赤を基調として金と緑のフリルや装飾、宝石が見事に調和した豪奢なドレス。

 

 大きく開いたその背中にある()()()を折り畳み、カツンとハイヒールを鳴らして体を傾ける。

 

 そして、座り込む二人を見下ろすのは──何者をも屈服させる、真紅の瞳。

 

「おま、えは……」

「ふむ、情けない顔つきだ。とても(わたし)とは思えないな」

「──ま、ま?」

 

 唖然とするルイネ、ほぼ無意識に呟くリベル。

 

 その前で、ドレスの女──カチューシャに似せた王冠を戴く女王は頷く。

 

 ルイネとまったく同じ、毅然とした美貌に笑みを浮かべて。

 

「不甲斐のない小娘と、世界で一番可愛い娘を未来から助けに来たぞ?」

 

 大胆不敵に宣言し、赤の女王は踵を返す。

 

 カツカツと、ハイヒールの音を響かせながら身動きの取れなくなった怪物の前に立ち。

 

「グォァ、アアアアアア!!!」

「不敬であるぞ、下賎な獣めが」

 

 ピンと、その体を縛る糸を弾く。

 

 その瞬間、一気に、かつ同時に締まった糸に怪物は弾け飛んだ。

 

 大量に飛び散った鮮血と肉片は、しかし空中で止まると一滴も受けていない女王の元へと集う。

 

 彼女が開いた手の上に集まった残骸は凝縮され、固形化し──黒と赤が入り混じる宝石に姿を変える。

 

「まあ、飾り程度にはなるだろう」

 

 その宝石をどこかへと消し、女王は腰に手を当てた。

 

 一部始終を見届け、いつの間にか抱き合っていたルイネとリベル。

 

「ママ、すごい……」

「もしやあれは、未来の私、なのか……?」

「言ったはずだぞ、そうだと。いささか鈍いぞ、(わたし)?」

 

 振り返り、悪戯げに笑う女王。

 

 たった一人だというのに、そこには国を統べ、背負う覇者のオーラがあった。

 

 怒涛すぎる展開にもはや何も言えなくなったルイネにクスリと微笑みをこぼし、女王は上を見上げる。

 

 

 

 

 

「さて。我が仲間達は、うまくやっているかな?」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 騎士団は、壊滅状態だった。

 

 

 

 

 

「ゴァアアアアアっ!!!」

「ぐああああっ!」

「怪我人を離脱させろ! 三人付いてこい!」

「「「了解っ!」」」

 

 吹き飛ばされてきた騎士を他の騎士が引きずっていき、比較的傷の浅い四人が前に出る。

 

 彼らの前に立ちはだかっているのは、五メートルはあろうかという緑色のおぞましい巨人だ。

 

 突如として、下手な動画の貼り付け編集のようにコクレンらを押し潰して現れた。 

 

 動き出した途端、最前線にいた騎士の全てが全身骨折しながら吹き飛んだ。吸魔鎧がなければ木っ端微塵だっただろう。

 

 あれはもう魔物や弱体化した使徒達と同じ領域にいる何かではない。

 

 嵐や津波といった、天災の類だ。

 

 しかも周りからは変わらずコクレンも群がってきており、必死に魔法部隊が緑の巨人を相手する騎士達の所へ行かせまいとしている。

 

「セントレア副団長、既に四分の一の騎士が戦闘不能です! スマッシュ部隊の方も陣形が崩壊したと! 一度退避して立て直しを!」

「ダメだ! 我々がここで退けば、この化け物が向かう先はメルド達の方だぞ!?」

「っ!」

 

 報告をしてきた騎士が、泥と血にまみれた顔に苦渋の表情を浮かべる。

 

 自分達の団長が七人の〝神の切り札〟のうち一人に対して、ファウストの戦士と共にたったの三人で戦っている。

 

 その上にこんなものまで追加されれば──間違いなく、メルド達がなぶり殺しにされてしまう。それは理解できていた。

 

「……では、貴女だけでも避難を。我々が活路を開きます」

「──貴様。天閃の白騎士などと大層に謳われている私に、仲間を見捨ておめおめと逃げ果せろと?」

「貴女さえいれば、我々もスマッシュ部隊もまだ再起出来ます。これが団長の意思です」

「っ、メルドのやつ……!」

 

 それは何も、個人的な理由で騎士に託した任務ではないのだろう。メルドとて軍人、戦争に私情は挟まない。

 

 その言葉通りに、たとえ騎士達が──自分が死んでも、セントレアさえいればどうにかなると確信しているからこそだ。

 

「なぁに、貴女が逃げられるくらいの時間は稼いでみせます。俺はずっと、あの人が貴女のために悪を背負ってきたのも見てましたからね」

「カイル……」

 

 メルドが高濃度ネビュラガスの投与をした時にも立ち会っていたその男は、ニッと笑った。

 

 両手の鎧に刻まれた魔法陣に魔力を通して光らせながら、セントレアに背を向け緑の巨人に歩き出す。

 

「行ってください。これは戦争だ、たとえ俺達全員の命が失われても、貴女の責任じゃない」

「待てっ、私はまだ逃げるとはっ!」

「──さようなら、副団長。貴女と団長の晴れ姿とか、見てみたかったです」

 

 その言葉を最後に、雄叫びをあげながらカイルは走り出し。

 

 制止しようとセントレアが手を伸ばし、叫びかけた──その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぇすとぉおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空から、流星が降ってきた。

 

 緑の巨人に向かい真っ直ぐに落下した、その淡く青い流星は怪物の胸に着弾。

 

 空中を巨躯が浮遊し、そこへ流星──赤い戦鎚を握りしめたウサミミの女は回し蹴りを叩き込んだ。

 

 ゴギンッと鈍い音を立てながら、体を横からくの字に折った緑の巨人は遠くへ吹っ飛ばされて、コクレンの水飛沫を立てた。

 

「「「………………」」」

 

 ぽかんと、死の瀬戸際で戦っていた騎士達は棒立ちになって口を開ける。

 

 そこへ、緑の巨人がいた場所に入れ替わるようにして着地した人物にビクッと体を震わせてしまう。

 

 宝玉のような髪留めが地面につくほどの長髪をなびかせ、戦鎚を定位置に担いで彼女は笑う。

 

「お待たせしました。もう平気ですよ皆さん、アレは私が殺しておくので」

「……し、シア殿、なのか?」

「あなた達の知ってる方ではありませんけどね」

「え?」

 

 事情を知らない騎士からすれば意味不明な言葉に困惑が広がる中、シアは空を見上げる。

 

 左手を日除けをするように目の上に置き、何かをキョロキョロと探していた。

 

「それよりエボルトさんは……あ、来ましたね」

 

 直後、天を貫き落ちる赤黒い光。

 

 それは彼女達よりずっと先の位置──キルバスとローグらが交戦している場所へと寸分違わず落ちた。

 

 少し遅れて凄まじい地震が起こり、半径数キロメートルに及んで戦場そのものを震撼させる。

 

 当然この場所にも響き、セントレア達がたたらを踏んだ。

 

「ま、あれで大丈夫でしょう」

「な、何が起こっているというのだ……」

「安心してください、セントレアさん。メルドさんは助かりますよ」

「それは、どういう……」

「あなた達のお孫さんとは仲良くさせていただきましたし、私としても少し安心です」

「んにゃっ!?」

 

 何を、と顔を真っ赤にしたセントレアがシアの発言を言及しようとした時。

 

 

 

 

 

「ウゴァアァアアアアアアァアッ!!!」

 

 

 

 

 

 咆哮を上げ、巨人が復活する。

 

 コクレン達を弾き飛ばし、怒りに全身を震わせ、両腕を硬く握りしめた巨人はシアを見る。

 

 緑色の肉体をさらに一回り膨張させると、無数の刃を生やすことで武装して、そのまま突撃してきた。

 

「っ、総員! 体制を立て直せ! 奴が来るぞ!」

「了か──」

「あー、いいです。あなた達は巻き込まれないように後ろに下がっていただければ」

 

 落ち着き払った声で言いながら、シアは巨人に向けて歩きだす。

 

 反射的に止めようと口を開きかけ──ドンッ! とシアから立ち上った淡青色の光の柱に閉口する。

 

 尋常でない量の魔力を吹き上げながら、シアはスッと感情の存在しない顔になりながら巨人を見据え。

 

「一撃で終わらせてあげますよ、神の犬の切れ端ごときが」

 

 ある場所で立ち止まり、体を半分引くと右足の膝を曲げ、靴裏でしっかり地面を踏みしめる。

 

 腰だめに芸術品と呼んで差し支えない装飾の施された、赤い宝槌──〝星砕き〟を構えて。

 

「ゴォオォオオオオオッッッ!!!!!」

「──〝レベルC(100)〟」

 

 ついに目の前に到達した巨人に、フルスイングした。

 

 

 

 

 

 最初に、空が砕けた。

 

 

 

 

 

 力の重さに物理的な空間が耐えられず、赤い亀裂が走って引き裂ける。

 

 その生まれてはいけない亀裂が塞がり、空間が元に戻ったところで──巨人が弾ける。

 

 肉片も骨も、他の何かも残らない。

 

 

 

 文字通りにチリも残さず、消し飛んだ。

 

 

 

「ふっ……こんなもんですか。まあこの時代の私なら苦戦したでしょうが、ヌルすぎますね」

「な、な……!」

 

 いつものように、戦鎚を肩に担いで。

 

 実につまらなさそうな顔をするシアに、散々に苦戦を強いられたセントレア達は唖然とする。

 

 使徒を核に、ライオットの肉片を利用してエヒトが作り上げた〝イミテートシンビオート〟とも呼べるこの魔物は非常に強力だ。

 

 各種が50000を超えるステータスを誇り、中でもこの緑の個体は破壊力に特化し、筋力は100000はある。

 

 聖歌や結界の効果で弱体化していたとしても、恐ろしいまでのスペックがあるのだが……

 

「こちとら、この戦いのために50年も鍛えてきたんです。もうちょっと歯応えがあってほしかったですよ」

 

 

 

 

 

 バグウサギどころではなくなったこの女の前では、蟻と龍ほど差がありすぎた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

『エボルト、なのか……?』

『くっ、なんやこのオーラ……』

『あかん……あれ、本当に存在してていいものなんか……?』

 

 突如として目の前に現れた、エボルトの声をした怪人にメルド達は困惑する。

 

 だが、既にかなり押され気味だった三人を助けたという事実は確かだ。

 

 そんな彼らに背を向けている怪人──ブラックパネルの力を得て超進化を果たしたエボルトは。

 

 不意に片手を腰に当て、もう一方の手をゆっくりと上げ。

 

『お前らも久しぶり〜。どうだメルド、この時期ならそろそろセントレアとキャッキャウフフできる関係になってる頃だったか?』

『な、なに?』

『はい時間逆行系でお決まりの反応ありがとさん。まあ、言っても理解できないか』

 

 ひらひらと手を振りながら軽口を叩く姿は、彼らの知る通りのエボルトだ。

 

 それに安心のような、それとはアンバランスな異様な出立ちに戸惑うような、複雑な気分になった。

 

 エボルトは面白そうに肩を揺らしながら、もう一度キルバスへと視線を向ける。

 

『俺達の兄弟の縁ってやつも随分としつこく絡んでくるもんだ。まさか、二度もお前と戦うことになるとはな』

『お前、エボルト……いや、だが……』

 

 さしものキルバスも、目の前にいるエボルトとパンドラタワーから感じるエボルト、二人のエボルトの気配に困惑を隠せない。

 

 分身をしているにはあまりにオーラが桁違いであり、ここにいる方のエボルトが完全体であることは確か。

 

 少し考えた後……立ち上がったキルバスは、目の前のエボルトをまず狩ることにした。

 

『ハッ、よく分からないがまあいい! 貴様を殺してエネルギーを回収した後に、パンドラタワーにいる方のお前もゆっくりと狩ってやる!』

『やれやれ、頭の悪い兄貴だ』

『ほざけ!』

 

 凄まじい速度で突撃したキルバスは、真紅の双剣を振るう。

 

 キルバスも、大迷宮で敗北を喫して以降無数にいる使徒を何千と殺して力を蓄えてきた。

 

 確かに目の前にいるエボルトは、以前とは比べものにならないほどのエネルギーを全身から感じられる。

 

 だが、一時的に【神域】からのエネルギー供給を断たれた、あの得体の知れない力には及ばない。

 

『今度こそ死ね、エボルトォオオオオッ!!』

『──相変わらず声がデカくてうるせえんだよ、クソ兄貴』

 

 ガキン、と。

 

 交差して繰り出した斬撃は、片手であっさりと受け止められた。

 

 五指で絡め取るように固定された双刃に、キルバスはそのまま切り落としてやろうと腕を引く。

 

 しかし、ブラックホールフォームをも超えるキルバスの膂力をもってしても双剣は微動だにしなかった。

 

『こ、これはっ……』

『つうかこんな棒っきれ持ってたか? ああ、エヒトにでも与えられたのか。ふんっ』

 

 実に軽い掛け声で右手が閉じられ、粉々に砕ける双剣。

 

 自分のエネルギーで極限まで強化したはずの得物を簡単に破壊され、キルバスは息を呑む。

 

『何寝ぼけてんだ?』

『ごはぁっ!?』

 

 その顔面に、エボルトは容赦なくストレートを叩き込んだ。

 

 たたらを踏んだキルバスは、すぐさま体制を立て直して低い姿勢からミドルキックを放つ。

 

 エボルトはするりと回避して、軸足を払うと宙に浮いたキルバスの腹に拳を入れる。

 

『ぐほぉっ!』

『弱いな、キルバス』

『くっ、舐めるなぁ!』

 

 再度立ち上がったキルバスが、次々とパンチやキックを繰り出した。

 

 一撃一撃が高速かつ高威力、ローグ達には腕の赤い装甲の残像しか視認することができない。

 

 エボルトは一度たりともそれを受けることはなく、むしろ一回攻撃する度に数回ほどカウンターを入れていく。

 

 どちらが優勢かは、明白だった。

 

『ガハッ! クッ、何故だ! 何故あの人間と融合していない状態のお前に俺が負ける!?』

『おいおい、本当に寝ぼけてんのか? 俺達は元からそういう種族だろうが』

『何ぃ!?』

 

 激昂して聞き返すキルバスに、エボルトは深くため息をついて呆れを表す。

 

 弟に見下されていることにキルバスはカッと怒り、拳を放つ──前に、ハイキックを入れられて地面に顔面を打ちつけた。

 

『おごぁっ!?』

『俺達ブラッド族は、たとえ血族であっても他者を必要としない。協力することはあっても、助け合うなんて言葉は存在しない概念だ』

『ぐ……!』

『確かにシュウジは大切で強力な相棒だった。だが忘れたか? 俺達ブラッド族の、使命を』

『使命だと……?』

『──星を狩り、食い尽くす。それが生まれたその瞬間からブラッド族の中に根付く宿命だ』

『っ! エボルト、貴様まさか!』

『俺がこの50年、ただ地球でだらだらとしていたと思うのか? 何百、何千の星を喰らったと思う?』

 

 嘲笑を含んだ声音で、エボルトはキルバスに告げる。

 

 シアがそうしたように、自分もまた他の星を数多く食らい、その力を増したのだと。

 

 その力は──とっくに、エヒトの犬に甘んじたキルバスなど超えているのだ。

 

『馬鹿なっ、この俺が、お前よりも弱いだと!?』

『自分が誰より強いなんて勘違いは、そろそろ終わりだ──俺の敵に回ったのが悪かったな』

『ぐぉおっ!?』

 

 エボルトが手をかざすと、赤黒いエネルギーによってキルバスが浮き上がる。

 

 強力なエネルギー拘束にもがくことすらも許されずに、キルバスは呻き声を漏らした。

 

『兄弟のよしみだ。一撃で殺してやる』

『こんなっ、こんなことがぁ……!』

 

 ゆっくりと、エボルトはドライバーのレバーを回す。

 

 不気味な音楽が流れ、エボルトの体にエネルギーが満ちていった。

 

 

《READY GO!》

 

 

『あばよ。今度こそ魂まで消えてなくなれ、クソ兄貴』

『エボ、ルトォオオオオオオオオオオォオオォオオオオ!!!!!』

 

 

《 ブラックホールフィニッシュ! Ciao(チャーオー)? 》

 

 

 叫ぶキルバスに、躊躇なく極大のエネルギーを纏った一撃が炸裂する。

 

 空中に赤い火の花が咲き乱れ、特等席にいたローグ達が大きなその炎を見上げた。

 

 やがて爆炎が消えた時……キルバスは、どこにもおらず。

 

 

 

 あまりに呆気なく、蘇った赤い凶星は消えた。

 

 

 

『やれやれ。これでブラッド族は俺一人、正真正銘絶滅種になっちまったぜ』

『じ、自分で殺しといて……』

『相変わらず怖い人やわぁ……』

『……助けられたことは確かだ』

 

 立ち上がったローグは、エボルトに歩み寄る。

 

 こちらに体ごと振り向いたエボルトは、ポンとローグの肩に手を乗せる。

 

『十分休憩したな? じゃ、後は頑張れ。あの黒い奴らはまだまだいるぜ?』

『……ああ』

『ま、心配すんな。頑張れば、ちゃんと終わるさ』

『『『?』』』

 

 その言葉に首を傾げるローグ達。

 

 

 

 

 

 彼らを放っておき、エボルトは空を見上げるのだった。

 

 

 

 

 




次回は別の人物達を。


読んでいただき、ありがとうございます。


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そして、未来が希望を知らしめす 4

今回も各陣営でサクサクいきます。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

三人称 SIDE

 

 

 

「おいっ、くたばったやつはどれくらいだ!?」

 

 

 

 襲いかかってきた使徒の大剣を弾き、鞭のようにしなる剣撃で斬り殺したガハルドは怒号する。

 

「ぜ、全体の二割といったところです! 他にも重軽傷者多数! ですが、まだ死んではいません!」

「ならいい! あの化け物は放っておけ! それより動き始めた使徒共を警戒しろ!」

「了解!」

 

 副官が他の帝国兵に通達をしながらも戦闘に集中し始めたのを見届け、ガハルドは空を見る。

 

 あの青い怪物が現れてから、これまでジッとこちらを観察していた使徒達がまた動き始めていた。

 

 どうやらあの怪物の攻撃範囲や威力、反応速度などのデータを集め終わったようだ。

 

 何より、その件の怪物はさながら地形ギミックの如く棘や触手の雨を降らしているのだ。

 

「くそったれが、本当に神話のレベルの戦いになりやがった!?」

 

 見たことも聞いたこともない敵に、ガハルドは悪態をつきながら笑った。

 

 口を動かしながらも、上から唐竹を見舞ってきた使徒に受けると見せかけてフェイントを行い、胴体を両断。

 

 目を見開いた使徒が機能を停止し、そのまま落ちるのも構わずに新たな使徒へと狙いを定めた。

 

「てめぇらっ、ビビってんじゃねぇぞっ! 雄叫びを上げろ! 屍になろうが戦え! この戦場は、〝神話〟だ! てめぇら全員で紡ぐ物語だ! 後世の連中に伝説を残したくねえのか!」

 

 全力で怪物の攻撃を回避しながら、ガハルドは声を張り上げる。

 

 あの生物の出現で心が疲弊していた兵士や傭兵達は、死に物狂いで戦いながらその言葉に耳を傾けた。

 

 神話。ああ確かに神話だろう、世界の命運をかけた戦場に、自分達は今立っているのだから。

 

「幻視しろ。てめぇらの背に誰の姿が見える!? てめぇらが倒れた後は、そいつが死ぬんだっ! 許せねえか? 許せねえだろう!? なら殺意を滾らせろ! 使徒だろうが何だろうが、敵の尽くを滅ぼし尽くせぇ!」

 

 力強い言葉とともに、その証明をするようにガハルドは使徒をまた一人両断した。

 

 ガハルドも鎧の下に纏う〝血塗れ吸血鬼(アルモラ・ヴラド)〟が返り血を吸い取り、魔力に変える。

 

 彼に与えられたのは、より強力な変換効率50%の一着。特別扱いというのはなにかと士気を高めるものだ。

 

 特にそれが、各軍において多くの兵士を率いる指揮官であるのならば尚更に。

 

『──まだ生きているか、ガハルド殿』

「ああっ!? こんだけ怒鳴ってて、テメェには死んでるように感じるのか!?」

 

 その時、耳につけた〝念話石〟のイヤリングから聞こえたベルナージュの言葉に大声を張り上げる。

 

『それだけ言えるならまだ平気だな。それで、あの生物はどうなっている?』

「あいも変わらず大暴れしまくってるに決まってんだろ! で、打開策の一つでも考えついたんだろうな!?」

『──ああ』

 

 その言葉に、ガハルドはほんの一瞬動きを止めた。

 

 それを見抜いた使徒が首を刈り取りに双大剣を左右から振るい、「うぉっ」と慌てて躱す。

 

(無理矢理)改造された愛剣の柄頭を引き出し、叩きつけるように中に戻してエネルギーを充填。

 

 

《ヒッパーレ! ディストラクショック!》

 

 

「オラァッ!」

 

 魔力衝撃波を刀身に纏い、高速振動させることで爆発的な破壊力を付与する一撃。

 

 股下から真っ二つにされた使徒から降り注ぐ新たな血が、さらにガハルドへ力を与える。

 

「危ねえ……で、空耳か? あのふざけた野郎を倒す手立てがあると聞こえたんだが?」

『正確には我々の手で、というわけではないがな』

「ああ? そりゃどういう──」

 

 ──直後、ガハルドは凄まじい力を全身で感じ取る。

 

 一瞬で鳥肌が立ち、本能的にその発生源を察知して空を見上げた。

 

 

 

 

 

 そこには、いつからか時計盤を模した〝門〟が存在していた。

 

 

 

 

 

 そして、左右へと開いたその向こう側から──桃色の落雷が戦場へと落ちたのだ。

 

 桃雷は使徒の天幕を突き破り、咆哮と死を撒き散らしていた怪物へと降り注ぐ。

 

「グガァァァアアアァア!?」

「な、なんだ今のは!?」

「排除します」

「邪魔だっ!」

 

 目の手に現れた使徒を一撃で殺し、ガハルドは初めて自分から怪物の方へと近づく。

 

 幸いにも落雷の付近の使徒達は回避して空へと移動しており、比較的簡単にその場所にはいけた。

 

 そして、そこにあった光景とは──

 

「………………………………」

「……人間、か?」

 

 片膝をつき、握った拳を地面につけた、いわゆるヒーロー着地の姿勢で下を向いている人物。

 

 女性らしい流線を描く体の表面を先ほど見たのと同じ桃色の雷が伝い、それが落雷の正体だとガハルドは悟る。

 

「……ちょっと膝痛い」

 

 やがて、ゆっくりと立ち上がった女の第一声はそれだった。

 

 ぴこぴこ、とピンクの頭髪の上に乗ったウサミミが揺れて、ガハルドは神妙な顔になる。

 

「南雲ハジメの連れてた兎人族の女の一人……か?」

 

 見覚えのある人物──ウサギと似た容姿をした、しかし彼女よりも大人びた見た目の女。

 

 奇妙な服……ガハルドは知らないが、チャイナ服……を着た彼女は、自分が弾き飛ばした怪物を見る。

 

 相当な威力だったのか、体の至る所に穴を開けていた怪物はそれを修復して立ち上がっていた。

 

「ゴロズゥ! グォァアアアアアッ!」

「……そこのおじさん、離れて。邪魔」

「お、おう?」

 

 怪物の殺気と、ガハルドになんの興味もなさそうなトーンの一言に、思わず言われた通りに下がる。

 

 とはいえ見逃すこともできず、空に戻った使徒達を警戒しながらもその女から目線を外さなかった。

 

「シアと、ユエに先を越された。早くハジメのところにいかなきゃ」

「ガァアアアァアアァアアッ!!!」

 

 むすっとした顔で呟く女──未来から来たウサギへ怪物が攻撃を仕掛ける。

 

 鉤爪のように先端が鋭い無数の触手と、両腕を武器に変形させた怪物自身が突撃してきた。

 

 対して、ウサギはゆっくりと静かな動作で八極拳のような構えをとり。

 

「──戦闘用義体、起動」

 

 グッと両手の拳を握った瞬間、胸から全身に流れたラインから桃雷が迸った。

 

 目を見開いたガハルドは、次の瞬間ウサギの体に起こったことに更なる驚愕をすることになる。

 

 

 

 ガシュンッ! 

 

 

 

 なんと、ウサギの両腕が肘から手首にかけて四つに割れたのだ。

 

 裏側には超小型の丸い噴射口が大量にあり、そこからは桃色の魔力が激しく噴射されている。

 

 次いで両足もが展開し、足裏とかかとから大型の噴射口が顔を出した。

 

 

(こいつ、体そのものがアーティファクトだってのかよ……!?)

 

 

 ガハルドが息を呑んだ、直後。

 

 ついに眼前に到達した怪物の触手がウサギの姿を覆い隠し──

 

「〝桃雷兎壊〟」

 

 怪物の全身へ、万の拳が叩き込まれた。

 

 その速度は光に並び立ち、拳は全てがほぼ同時に怪物に到達する。

 

 怪物の体は砕け、弾けて──やがて、雷の拳に耐えきれずに溶解した。

 

「あなたはもう、死んでいる」

「ゴ、ォア、ァァアアアアアアァアッ!!?」

 

 怪物が悲鳴のような叫びをあげる。それが断末魔となった。

 

 ウサギの攻撃が終わると同時に、怪物の体はドロドロと溶解していく。

 

 三秒程度で、地面の上に広がるただの青い水たまりになった。

 

 それを見届けたウサギは手足を元に戻し、一部始終を傍観していたガハルドが唖然とする。

 

「おいおい、嘘だろ……? 俺達が手も足も出なかったバケモンを、瞬殺かよ……」

「……ん、いい調子。流石はハジメの設計図を元にしただけはある」

 

 自分が倒した相手が常識を大きく外れた怪物であったことなど、全く意識していない。

 

 己の魂を融合させた月の小函(ムーンセル)の力を遺憾なく発揮できた義体に、満足げに頷いている。

 

「──新たな脅威を認識。排除します」

 

 しかし、その怪物を倒そうとも空の無数の使徒が撤退するわけではないのだ。

 

「っと、こいつらもいるんだったな……!」

 

 身構えるガハルドと、戦場の帝国兵や傭兵達。

 

「……しばらく、ハジメと再会するのはお預けかな」

 

 

 

 

 

 ウサギもまた、やや残念そうにしながら拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 竜人族は、空の覇者である。

 

 

 

 

 

 その逞しき翼は力強く、勇壮なる姿は何者にも劣ることはない。

 

 だが口惜しいことに、彼らのその矜持はたった一匹の怪物によって穢されていた。

 

『っ、来ます!』

『備えろ!』

「イィイイイイイイイァアアァァアアアアッ!!!」

 

 完全武装した竜化状態の彼らに、神速と言う他にない速度で夕焼け色の影が迫る。

 

 兜に付与された〝先読〟が発動し、その進路上にいた竜人達は回避行動を取ろうと体を捻る。

 

 しかし、その時には既に自慢の翼や、あるいは胴体を二つに断たれて地面へと落ちていった。

 

 鎧の〝金剛〟や〝衝撃変換〟が発動する前に絶命させられた同胞達に、アドゥルらは忌々しくそれを睨みつける。

 

 

 

 竜人達に高速攻撃を仕掛けた影は、一度減速して大きな体を現した。

 

 その姿は言うなれば、〝コウモリ〟だ。

 

 乱杭歯と釣り上がった白い目のついた頭部、それに細枝のような胴体以外は、ほとんどを夕焼け色の翼に変形させている。

 

 薄く強靭なその翼は刃となり、そこに竜人達をも凌ぐ凄まじい速さが加わればまさしく空飛ぶ凶刃。

 

 おまけに定期的に地上に向かって棘を飛ばしており、空爆の様相をも見せていた。

 

「空ばっか飛んでんじゃねぇぞごらぁあああああああああああああ!!!」

「降りてこいやこの鳥野郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 実際、筋肉の鎧の上から更に鎧を着たバケモノ達が凄まじい形相で怒り狂っている。

 

 味方の兵士も敵の使徒達もギョッとし、ついでのようにその隙を突かれて使徒は殴り殺された。

 

 彼らの怒りは、竜人族達とて同じことだ。

 

『怯むな! 我らが五百年の雪辱、あの程度の相手に負けるものか!』

 

 かつて、神の思惑により迫害された。

 

 かの地獄を生き残り、悲しみと憎しみに耐え凌いだ者。

 

 隠れ里で生まれ、存在そのものを隠しながら生きなければならない息苦しさに嘆いた者。

 

 皆が積もりに積もった想いを胸に、ベルナージュの合図と共に使徒達を殲滅せんがため飛び立った。

 

 数多くの人形を屠ったというのに、こんな醜い化け物一匹に負けるというのか。

 

 否、否! そんなことは断じて許せぬ! 

 

 たとえ悉く滅ぶとも、あの化け物と一匹でも多くの使徒を噛み砕いてやろうぞ! 

 

『私が先陣を切る。〝竜鱗硬化〟ができる者は全力で身を固め、奴の攻撃に備えろ。少しでも足止めをし、あとは一斉にブレスの集中砲火を食らわせて奴を焼き殺す』

『アドゥル様、それは……』

『ふっ。あの日、息子夫婦を救えなんだ老骨にも、まだ見せ場があるとはありがたいことよ』

 

 落ち着き払った瞳で傍にいる赤き老竜に、傍らにいた藍色の竜……リスタスは目元を歪める。

 

 いくらあの憎々しい小僧の鎧や不思議な食べ物で力を増していても、あれに追いつけるはずがない。

 

 アドゥルはそれを分かっていて、自分を第一の盾にするつもりなのだ。

 

『できればティオと、あの青年との子供の顔でも見たかったものだ』

『……私は、あいつを認めません』

『はは、若いな。それだけに……惜しいことよっ!』

 

 その言葉を最後に、アドゥルは集った他の竜人達と共に夕焼けの怪鳥へと羽ばたく。

 

 数百メートル下にある戦場に轟くほどの咆哮をあげ、竜の大群が一匹の敵へと向かっていった。

 

 何事かと、人類の戦士達の何割かが見上げる中で、全身に猛々しい炎を纏ったアドゥルは牙を剥く。

 

『貴様の翼を捥いでやろうぞ、神の作りし醜き怪物よ!』

『『『『ゴァアアアァアアッ!!!』』』』

「アアァアアァァアアアアッ!!!」

 

 竜人達の咆哮にも劣らぬ、発狂して怒り狂った時のような金切り声を上げて怪鳥が降下する。

 

 その軌道は間違いなく、アドゥルを初めとして鎧の下に第二の鎧を纏った竜達を両断するものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「させぬよ」

 

 

 

 

 

 

 

 その間に降り立った、黒い飛行体が行手を阻む。

 

 聞き覚えのある声にアドゥル達はギリギリ停止し、怪鳥は飛行体から鋭く伸びた何かによって弾かれ。

 

 両者の間に開いた距離のちょうど中間で、平安貴族の乗り物の箱だけを取り外したような物体が鎮座した。

 

『今の声は……』

「まったく。お祖父様ともあろうものが、少し短絡的ではあるまいか?」

 

 ゆったりとした、どこか色気すら含む艶やかな声音がその乗り物から響く。

 

 アドゥルが竜状態の大きな瞳を見開くと、箱に光の亀裂が走り、花開くように四方へ広がる。

 

 中から姿を表すは──龍と赤い月、飛び交う二匹の兎や天使が描かれた、絢爛な着物に身を包んだ女。

 

 髪は飾りや簪で芸術品のように装飾され、それでいて過剰ではなく、艶めく黒髪に見事に調和している。

 

 さながら花魁のように華々しい装いをしたその女は、顔を隠していた扇子をパチリと閉じ。

 

 カッと黄金の眼を輝かせ、紅のひかれた美しい唇を開いた。

 

「このティオ・クラルス。たかがエヒトの不細工人形ごときに祖父が殺される様など、見とうない」

『──ティオ、なのか?』

「まあ、今のお祖父様が知る妾より50は歳を重ねているがの」

 

 意味のわからないセリフに面食らうも、全身から妖艶さを放つティオに若い竜は魅入ってしまう。

 

 特にリスタスなど、戦場のど真ん中だというのに、竜の顔でもわかるほどにぽかーんとしていた。

 

 けれど次の言葉に、すぐ正気に戻されることになる。

 

「さて。妾達のことを25年も放っておいてくれたご主人様を驚かせてやろうと、精一杯めかし込んだのはよいものの。一族の危機とあらば助太刀しないわけにはいくまい」

 

 ハッとしたリスタスや竜達がハジメの顔を思い浮かべ、苦々しい気持ちになる。

 

 アドゥルや年長者の竜がやれやれと思う中で、ティオは魔法生物を細めた目で睨む。

 

「我が同胞の命を奪った罪。貴様の命一つではとても贖えぬが、手向けにはなるじゃろうて」

「イィイイイイイイイァアア!!!」

 

 元はアベルの怒りの一部たる魔法生物は、ろくに意味を理解もせず再び飛翔した。

 

 はぁ、と色気のあるため息を一つ。身構えるアドゥル達の前で、ティオは呆れた眼差しを送る。

 

 ゆっくりと腕を上げ、頭にある簪の一本を引き抜く。

 

 それを、白くきめ細やかな掌に乗せ。

 

「ふっ……」

 

 細長い簪が、ティオの手からこぼれ落ちる。

 

 東洋の龍が彫り込まれた、金色の美しいそれは煌めきながらくるくると宙を舞い。

 

「変生せよ、我が僕。〝朧龍〟」

 

 ドクンッ! と簪が震える。

 

 不思議な波を空間に立たせたそれを、構わず諸共破壊せんと怪鳥は飛び。

 

 

 

 

 

 グォオオオオオオオオオ!!!!! 

 

 

 

 

 

 一瞬にて膨れ上がった簪が変貌した、百メートルを越える大龍が大口を開いた。

 

 気がついた時にはもう遅く、制止しようとした怪鳥はバクンと閉じられた口の中に閉じ込められる。

 

「アアァアアァァアアアアッ!!」

 

 絶叫した怪鳥は、暗闇の中でやたらめったらに暴れまわって逃れようとした。

 

 だが、いくらその翼で切り裂こうとしても、無数の棘を発射しても、奥の手の〝抹消砲〟を吐こうと。

 

 仮初の命だとしても、かの竜女が作り出した龍に全く通用などせずに。

 

 やがて、ボコリボコリと音を立てて縮小していく周囲の空間に怪鳥は怒りの咆哮を上げ、さらに暴れるものの。

 

 

 

 

 

 プチュッ、と小さく音を立てて潰された。

 

 

 

 

 

「ふむ。いささか手加減をしすぎたと思ったが。むしろ過剰であったの」

 

 元に戻って手の中にやってきた簪に、ティオは薄く笑う。

 

 その出立ちも相まって、まさしくかの魔王ただ一人のためだけに存在する、恐ろしき花魁だった。

 

 簪を頭に戻すティオを見て、自分達などよりも遥かに強大な龍を、たかが髪飾りから作り出したことにアドゥル達が戦慄する。

 

 同時に、あれは自分達の知っているこの世界のティオではないことをなんとなく感じ取った。

 

「さてと。あとは煩わしい銀の小蝿達さえ駆除すれば、ご主人様もゆっくり休めるじゃろうて」

 

 

 

 

 

 なおも大穴から出現している使徒達を見上げ、ティオは妖しく笑った。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「キィェアアァァアアアアッ!!」

「──ッ!」

 

 

 

 

 

 カムは、目の前で起こっていることに見入っていた。

 

 そこにいるのは、毒々しいピンク色の怪物──アベルの解き放ったシンビオートの一体。

 

 他の個体と同様に突然現れたそれが、早々に冒険者や傭兵達の命をあっさりと刈り取る。

 

 その中には、元聖教教会神殿騎士にして愛子護衛隊隊長であったデビッド率いる〝女神の騎士(自称)〟達もいた。

 

 使徒以上の脅威と瞬時に判断し、カムは部下達と共に誘導。こちらの戦力から引き離すことに成功。

 

 同時にこれだけの使徒がいるにも関わらず、大して重要でもないここにアレが投入されたことを疑問視した。

 

 弱体化を差し置いても違和感を感じ、戦場に散った部下達に確かめた所……至る所に同じ生物が出現していることを知る。

 

 故に自分だけを残し、部下達を各地の増援に向かわせると、パル達狙撃部隊の援護だけを頼りに立ち向かった。

 

 

 

 結果は、惜敗。

 

 帝国の件以降、更に鍛錬を重ねて暗殺術と隠密の技、そして単純な肉体的強さを研ぎ澄ませたカム。

 

 しかし、異様に長細く、カマキリのように鋭い両腕と額に触覚を持つその生物はカムの隠密をも見破った。

 

 それでも元は最弱種族などとは誰も信じない戦いぶりを見せたものの、惜しくも敗北。

 

 片脚に大きなダメージを受け、いよいよ装備も尽きた。

 

 いっそ潔く生物の刃腕を受け入れようとした──その時。

 

「キュエアアアァアァァアア!!」

「──っ!」

 

 一際大きく叫んだ怪異に、カムはくわっと目を見開く。

 

 多分に怒りを滲ませた絶叫と共に、刃腕の鋭すぎる乱舞が振るわれる。()()()()()()()()()()()

 

 しかし、怪異もカムも一秒たりともその空間から目を離さずに、限界まで意識を集中した。

 

 

 

 プシッ

 

 

 

 だが、気がついた時にはそんな音が小さく響いていた。

 

 怪異の左腕の肘から先が、前触れなくゴトリと腕から離れて地面に落ちる。

 

 そのことにカムは息を呑み、怪異はより一層苛立たしく、怒り狂った声音で叫び散らした。

 

 

(……私としたことが、また見えなかった)

 

 

 いいや、気がつけなかったと言うべきだろうか。

 

 カムは、間一髪のところで自分を救った見えないその〝誰か〟を、怪異を外側から観察して見つけ出そうとする。

 

 しかしその〝誰か〟は、彼らを嘲笑うようにおくびも気配を漏らさずに飛び回っていた。

 

「ギィイイイアアア」

 

 腕を接合しようと、そちらに顔を向ける怪異。

 

 その意識の穴を突いたように、また音が響いて……怪異の右足が離れた場所へと斬り飛ばされる。

 

「アアアアァアアアアアアア!!!」

 

 いい加減にしろ、と言わんばかりに絶叫した怪異が、背中を隆起させて更に二本の刃腕を生やした。

 

 それを滅茶苦茶に振るい、流石にカムも呆けているのでは巻き込まれるのでなんとか後ろに飛ぶ。

 

 しかし、負傷した脚の痛みで少し挙動が遅れ、その胸に刃腕の切っ先が届きかけた。

 

 

 

 ドパァンッ! 

 

 

 

 その時だ。どこからともなく赤い弾丸が飛来し、カムに迫る凶刃を弾いたのは。

 

 弾丸は目を見開くカムを守るだけに留まらず、硬質化した刃腕で跳弾すると怪異の乱撃の内側に侵入。

 

 そして、刃腕の軌道を読んでいるかのように内側で跳弾を繰り返し、ついに怪異の片目を貫いた。

 

「ガァアアアアアアアアッッッ!!?」

 

 悲鳴をあげ、攻撃を中止して飛び退く怪異。

 

 脅威が見えない敵だけでなく、遥か遠くからもやってくることを感じ取り、初めて静かに警戒する。

 

 ──その警戒の網を掻い潜り、ぬるりと怪異のもう片方の目に鋭い何かが突き刺さる。

 

 最後に見えたのは……黒く輝く、不気味なほど美しい光であった。

 

「ギャガァアアアアア!!!」

 

 両目を抑え、悲鳴を漏らす怪異。

 

 尻餅をついたカムは、視覚不良に陥り錯乱する怪異を唖然とした顔で見ていた。

 

「今のは……パルか?」

 

 最年少にも関わらず、随一の狙撃の腕を持つプレデター少年の名を呟くカム。

 

 しかし、通信機が拾ったその独り言を聞いたパルが返した返答は違うものだった。

 

『お、俺じゃないです。俺達よりももっと後ろの、遠くから……』

「なんだと……!?」

 

 バッ! と後ろを振り返り、要塞を見上げる。

 

 すると、ネビュラガスで老眼が改善・超強化されたカムの瞳が──要塞の中心、パンドラタワーに光るスコープを発見した。

 

 あれほどの超長距離からの精密射撃、それも連続跳弾などという神業を披露できるスナイパーは、悔しいことに今のハウリア族にはいないはず。

 

 ではあれは誰なのかと思い、そこでハッと目の前の戦場から目を逸らしていたことを思い出す。

 

「──何者もいない深淵に溶けて逝け、神の人形よ」

「ギェァッ」

 

 そして、振り返った時。

 

 怪異の頭が、くるくると宙を舞っていた。

 

 生首が地面に落ちるのと同時、断面から鮮血を吹き出して体が倒れる。

 

「な……」

「呆気ない。やはり我らがボスを差し置いて神を僭称する者の尖兵など、この程度か」

 

 口を開くカムの前で、ようやく姿を現した〝誰か〟がしわがれた声で言う。

 

 振り切られたその両腕には、手甲に包まれた前腕の内側から掌の方向に向けて伸びる、漆黒の短剣が装備されていた。

 

 その人物が拳を握ると短剣が収納され、そしてカムへとゆっくり振り返る。

 

「──無様。我らが師に技を与えられ、同胞を率いる身で、この程度の相手に膝をつくなど」

「っ……」

 

 170cm程度の体から溢れ出る尋常でない殺気に、その言葉が正論なこともあってカムは口を噤む。

 

 老人と言って差し支えない声音は冷たく、固い。それでいて背筋はしゃんと伸び、黒い装束に包まれた体は逞しく。

 

 深く被ったフードから露出した、白い髭が丁寧に整えられた口元は横一文字に結ばれており。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()がフードの穴から出て、頭の上に鎮座していた。

 

「……我が師、北野シュウジ殿に並びうる暗殺者とお見受けする。助命、そして御高説痛み入った。我が名は深淵蠢動の闇狩鬼、カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリア。同族よ、名をお聞かせ願いたい」

「──名など無い。光を憎み、闇を司る。我こそが無、真の暗黒である」

 

 これでもかと塾考して考え出した名乗りをキメたカムは、その人物の言葉に激しい衝撃を受けた。

 

 凄まじくイタッ……格好いいセリフに、カムの厨二心が非常にくすぐられた。

 

 すなわち……この暗殺者、デキるっ! と。

 

「しかし、私もまた修行の身。かのお方に並び立つことはできておらぬ」

「なんと、貴殿ほどの暗殺者が……!」

「カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリアよ。此度の敗北を糧に、貴様も己をさらなる修練にて──」

『あ、ちょっといいですか』

 

 畏敬の念がこもった目を向けるカムに、どことなく若干偉ぶった口調で語っていた男。

 

 フードの中にある方の耳に響いた、中年くらいのワイルドな男の声にピタリと言葉を止める。

 

「……なんだ、〝闇の瞳(ダークアイ)〟」

()()()()()に悦に浸っているところ悪いんですがね。姉御がそっち行きました』

「バッ、おまっ、パル! 先にそれを言わんか!」

「……?」

 

 突然超然とした態度が崩れ、何かにひどく慌てだす男にカムは首をかしげる。

 

 不思議そうにしている筋肉ダルマを一瞥し、「くっ、ここまでか」と呟いた男は踵を返した。

 

「と、とにかく、これを期により一層修行にはげんで……」

『族長、時間切れです』

「だから先にそれを言えとぉ!?」

「どっせーい、ですぅ!」

 

 空から、何か降ってきた。

 

 淡く輝く青いその何かは、慌てふためいていた男の頭に槌を振り下ろす。

 

 ある生物に食らわせたのに比べれば断然マシな威力だったが、地面を陥没させて男を埋めるには十分だった。

 

 ポカンとするカムの前に着地したその女──シアは、戦鎚を肩に担ぐと男に呆れた目を向ける。

 

「まったく、やっと見つけましたよ。世話係から連絡が入って良かったですぅ」

「シ、シアなのか?」

「あ、どーもですこの時代の父様。そういえばこの頃はまだ筋肉モリモリマッチョマンでしたね」

 

 こっちはこっちで訳が分からずオロオロしていたカムに、文字通りすっ飛んできたシアが軽い調子で挨拶した。

 

 それから地面に這いつくばっている男を、「よいしょっと」と片手で持ち上げ、そのまま反対の肩に担ぐ。

 

「わ、我が娘よ……どうしてここに……」

「もうすぐ100歳のくせに放浪(暗躍)癖がある父親をとっ捕まえにきたんですぅ。普通だったら隠居生活なのに、老化が遅いからって調子乗っちゃって。ちゃんと介護受けてもらいますからねー」

「ま、待て! それだけは勘弁してくれぇ!」

「はいはい、父様だけはさっさと元の時代に送り返しますから。あ、パルくんはそのままいてください。そろそろ他のみんなも来るでしょうし」

『了解だぜ、姉御』

「じゃ、私はこれで。この時代の父様もあんまり無茶しちゃダメですよー」

「あ、ああ……」

 

 終始軽く済ませたシアが、地面を蹴って飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 それを見上げ、カムはしばらくの間その場に座り込んでいたのだった。

 

 

 

 

 




次回はクラスメイト達の方ですかね。

読んでいただき、ありがとうございます。


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そして、未来が希望を知らしめす 5

予想以上に長くなったので、半分に分けます。

いつものことですね。はい。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

「ちっくしょう!」

 

 

 

 遠藤浩介は焦っていた。

 

 使徒達を弱体化させている聖歌隊の近く、地球組が戦闘をしている場所。

 

 そこで誰よりも走り回り、誰よりも使徒達を殲滅していたのは、言わずもがな彼であった。

 

 ネビュラガスという、ある意味一番の反則(チート)によって抜きん出たステータスを持っている浩介。

 

 そこに疲労回復や魔力消費軽減が付与された装束と、スタークが対使徒専用に精製した腐食性の毒を染み込ませた短剣。

 

 極め付けに、〝暗殺者〟の技能各種の効力、そして隠密能力を向上させる金の模様入りの黒い仮面。

 

 これらを以って、こと暗殺に関してならばハジメ達の領域に片足を突っ込んだ浩介。もっと影が薄くなったとも言う。

 

 なによりも、浩介はスタークの命令で迷宮攻略の傍ら世界各地に飛び、仕事をするうちに〝殺す〟ことに慣れてしまった。

 

 その冷徹で強靭……かつ、現代人としてズレた精神が浩介を一流の殺し屋とし、十全な力を発揮させる。

 

 弱くなった使徒達など恐るるに足らない。むしろ、浩介からすれば皆同じ顔かつ無感情なので、よっぽどやりやすい。

 

 無双と言っていい戦績を維持していたが、それは儚くも崩れ去っている。

 

 原因は言わずもがな。

 

 地球組を厄介な戦力として見ているのか、三体も投入されたシンビオート達のせいであった。

 

「きゃぁっ!?」

「ちいっ!」

 

 クラスメイトの女子の一人の悲鳴を聞きつけ、使徒の喉を掻っ切ったばかりの浩介はすぐさま動く。

 

 両足をグッと曲げ、跳躍すると悲しいほど反応しない使徒達の双大剣や翼などを足場にして移動。

 

 そして、ぎゅっと目を瞑っているそのクラスメイトに迫る使徒の首を一撃ですっ飛ばした。

 

「っ、えっ、あれっ? 使徒が死んでる? なんで?」

「…………」

 

 思いっきり目の前にいるのだが、そんなことを言うクラスメイトに仮面の裏が濡れそうになる。

 

 しかし、ツッコミを入れる暇もなくまた別のところから悲鳴が聞こえてきた。

 

「うわぁあっ!?」

「玉井っ!」

 

 使徒に鍔迫り合いで負けた、愛子ちゃん親衛隊の一人こと玉井淳史が危機に陥っている。

 

 隣から聞こえる「遠藤くん!? いたの!?」という声をなんとかスルーして、マントの裏にあるナイフに手を伸ばし──

 

「ガァアアアッ!!」

「っ、魔物如きが!」

「「「グガァァァアッ!」」」

 

 浩介がどうにかする前に、使徒は後ろからのしかかった熊のような魔物に気を取られて攻撃を中断した。

 

 そのまま切り捨てようとするが、突撃してきた同型の魔物二体に動きを阻まれ、そのまま三体にもみくちゃにされる。

 

 姿が隠れ、バキッゴギッグチャッとSAN値チェックが入りそうな音を立てて捕食された。

 

「玉井っ、早く立て! 次が来るぞ!」

「清水……お、おう」

 

 必死な形相であちこちへ命令を飛ばしている清水に、助けられた玉井はなんとも言えない顔をする。

 

 他にも相川昂や仁村明人、園部優花達四人グループなど、愛ちゃん親衛隊だった者達も複雑な表情をした。

 

 まだウルの街のことを引きずっているのだろう。愛子自身が許したとはいえ、思うことはある。

 

 

 

 

 

 だが、魔王城のあの場で誰より早く声を上げ、戦う意思を示したことに、実は全員が清水を認めている。

 

 誰にも見られず、認められないことに病んでいた少年は、確かに己の価値を示していたのだ。

 

 それは、彼らも同じこと。

 

 今も多種多様な魔物を操り、必死な形相をしてクラスメイト達の援護をしている。

 

 だからこそ、割り切れない気持ちを抑えて背中を預けているのだろう。

 

「清水……へっ、あいつもやるじゃねえか」

「くっ、先ほどから何者ですか! 一体どこから攻撃をっ」

「目の前だよ! くそったれ!」

 

 思わず叫んでしまいながらも、ギョッとしている使徒の首を飛ばす。

 

「流石だ、浩介っ! どこにいるのか分からんが!」

「すげぇぞ、浩介! どこにいるのか分かんねぇけど!」

「遠藤くん頑張れぇ! 頑張ってる姿は見えないけど!」

「えっ、あっ、そっか、遠藤くんも戦ってるんだった! さっきから助けてくれてありがとね!」

 

 一人誰よりも奮闘している浩介に、そんな言葉がクラスメイト達から寄せられた。心が温まって泣ける。

 

 しかし、また一体神の軍勢を減らしたことを内心カウントしながらも、浩介の焦りは変わらない。

 

 

(まずいな。あの化け物どもをどうにかしなきゃ、先にこっちが押し切られる)

 

 

 地球組は善戦していると言えるだろう。

 

 決戦ギリギリまで鍛え上げた剛体とハジメ製の武具で、何度も怪我を癒しながら怪物の一体を相手している永山重吾。

 

 指揮棒型のアーティファクトを振るい、石化や麻痺する煙など様々な特殊魔法を同時に展開している野村健太郎。

 

 清水を含めた愛ちゃん親衛隊と、檜山の裏切りと近藤の死から立ち直った中野信治と斎藤良樹。

 

 そして、かつては心折れていた者達も怪物と使徒の大群を相手に、どうにかこうにか戦っている。

 

 

 

 神を受け止め、苦しみながらもハジメ達を守ったシュウジの姿。

 

 

 

 始の言葉。

 

 

 

 そして、清水の叫び。

 

 

 

 これらを以って、各々が家に帰る為、友や心を寄せる相手を守るため、燻っていた彼らは再起した。

 

 悲惨かつ自業自得な最期を迎えた檜山を除いて、全員がこの場で未来を掴むために戦っている。

 

 だが、足りない。

 

 瓦解しないように持ち堪えるのが精一杯で、いつ押し切られてもおかしくはない。

 

 

(つっても、俺が遊撃をやめたら使徒達の勢いを留められなくなるし。かと言ってあの化け物ども、今の俺ですら感知しやがるし。いや、全く嬉しくねえけど)

 

 

 ほぼ無意識に使徒達に忍び寄り、(自動的に)ハイド&キルしながら浩介は思考を巡らせる。

 

 何をどうするにせよ、手が足りない。

 

 せめてあと数人、自分と同じくらい使徒達を翻弄できる人材がいれば……

 

「っ……?」

 

 その時だった。使徒達の動きが、少し変になったのは。

 

 ブーツ越しに地面から感じる足音や、耳が捉える使徒達の言葉、雰囲気。気付かれないのをいいことに見放題な目や口元。

 

 そうした様々な情報が、瞬く間に変わっていく。掃いて捨てるほど数のいる使徒達の動きが突然各所で乱れたのだ。

 

 おそらくは待ち望んだ、こちらに味方する第三者の介入だった。

 

「援軍か……?」

「うふふ」

 

 予想を呟いた瞬間、隣から聞こえてきた妖艶な笑い声にゾクッと背筋が震える。

 

 そちらを振り返ると、兎人族の女性……それも、総じて見目麗しい彼らの中でもかなりの美人がいた。

 

 自分を見ながらも体が勝手に使徒を暗殺している浩介を横目に見て、口元に笑みを讃えている。

 

「君、センセイの直弟子でしょう? とっても綺麗な殺し方と気配操作。私じゃ敵わないかも」

「へ、あ、セ、センセイって……もしかして、北野の事、ですか?」

 

 たしかに、浩介に暗殺技を教えたのはシュウジだ。

 

 スタークと三人で秘密裏に顔合わせをする度、シュウジは浩介に自分の技を教え込んだ。

 

 人体の構造や暗器の知識、ナイフの力の込め方から最も刃が傷つかない振るい方まで、様々だ。

 

 弱まっているとはいえ、堅牢な使徒の首を少しも引っ掛からず、滑らかに落とせるのはそのおかげである。

 

「ええ。私も訓練を受けさせていただいたけれど……君は格別。素晴らしいわね」

「っ!」

 

 ニッコリと微笑む、可愛らしいウサミミをつけたお姉さん。

 

 色々と経験して若干スレたとはいえ、浩介とてまだ童貞の高校男児。しかも童貞(大事なので二回)。

 

 オート操作のように使徒の首は飛ばしながらも、仮面の下にある顔は真っ赤になっていた。

 

 彼女いない歴=年齢の青少年の胸はドキドキと高鳴る。まさか、これが──

 

「私が名は疾影のラナインフェリナ・ハウリア。疾風のように駆け、影のように忍び寄り、死の一撃をプレゼントする、ハウリア族一の忍び手!」

 

 一瞬で顔が引き攣った。

 

「……そ、そうですか」

「でも、君を見ていたら、この二つ名を名乗るのは気後れしちゃう。だから悔しいけど、〝疾影〟の二つ名は君に譲るわ。君の名前は?」

「……遠藤浩介、ですけど」

「じゃあ、君は今日から〝疾影〟……いえ。私を超えているのだから……〝疾牙影爪のコウスケ・E・アビスゲート〟と名乗るといいわ!」

「いえ、結構──」

「それじゃ、私達が援護するから。あの怪物の首、君なら取れちゃうかしらね? ふふっ、期待してるわ、疾牙影爪のコウスケ・E・アビスゲート!」

「……」

 

 反論を挟む余地なく、それは綺麗な笑顔でガントレットを操作し、透明化する兎人族の女性。

 

「…………ラナインフェリナ。ラナさん、か」

「あぎゅっ」

 

 使徒の首を両腕でねじ切りながら、浩介はその笑顔を何回も脳内でリフレインした。

 

 アビスゲートどっから出てきたとか、なんでプレ◯ターの装備つけてるんだとか、他にも色々浮かんだが。

 

 唯一重要なことは、このほぼ存在が消滅している今の浩介を見つけてくれたこと。期待してくれたこと。

 

 何よりも。

 

 

 

 ──綺麗なウサミミ付きのお姉さんは、好きですか? 

 

 

 

「疾牙影爪のコウスケ・E・アビスゲート、参る!」

 

 この世で童貞男子ほどチョロい存在は、いないのである(偏見)。

 

 一気に浩介のやる気は天井をぶち抜き、両手に黒いナイフを握りしめると──

 

「〝狂人憑依:《 山の翁(ハサン) 》〟」

 

 ──技能の力で三人に増えた浩介が、スパパパパァン! と使徒達の首をものすごい勢いで刈り取った。

 

 本人と魔力で作られた二体の影法師により、一気に使徒の包囲の先頭が無力化される。

 

 見事な腕前。しかし、それによってキョトンとしたクラスメイト達に怪物達の魔の手が迫る。

 

 やっべ! と心の中で叫んだ浩介が、慌ててフォローに回ろうとした時。

 

 

 

 

 

 ──チリン。

 

 

 

 

 

 結界が、クラスメイト達を包み込む。

 

 鈴の音と共に広がった橙色のそれに激突したシンビオート達の触手は、ことごとくひしゃげる。

 

 見た目はとても薄いというのに、ありえざる強度を持つそれに誰もが目を見開いた。

 

「っ!?」

 

 浩介もすぐさま立ち止まり、それを見て驚く。

 

「これは……谷口の結界か?」

「で、でも鈴ちゃんは今【神域】に……」

「じゃあ、一体誰が……?」

 

 困惑するクラスメイト達。

 

 そんな彼らの前に──ふわり、と。空から一人の人物が降り立つ。

 

「──無事だね、みんな」

「え……」

「だ、誰?」

「おばあ……さん?」

「ていうか、着物?」

 

 口々に思ったままに話す少年少女達に、その人物──落ち着いた黄色の着物を着た老女は笑う。

 

 その手に持つ上品な色合いに塗られた鉄扇が、結界と同じ仄かな橙色の魔力を纏っていた。

 

「「「グルガァァアアアアッ!」」」

「っ! お婆さん、危ない!」

 

 そこへシンビオート達が一斉に攻撃の手を伸ばした。

 

 老女ごと結界を貫かんとする槍、切り刻まんとする刃、あるいは純粋に伸張させた鋭い五指。

 

 それらを見据え、皺の刻まれた目元を細めながら老女は微笑む。

 

「平気だよ。頼れる仲間がいるからね」

 

その、言葉通りに。

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

 

 

 眩いほどに黒い剣光が。

 

 

 

 

 

「ふんっ!」

 

 

 

 

 

 細々しく、されど剛健な拳が。

 

 

 

 

 

「──遅い」

 

 

 

 

 

 薄く儚い、砕けてしまいそうな桜色の刃が。

 

 

 

 

 

 老女と同じように空から降り注ぎ、シンビオートから守る。

 

 強力無比な一撃を相殺し、新たに現れた三人の者達が老女の前に着地した。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 一人は、赤い亀裂の走った漆黒の武者鎧を纏った老年の男だった。

 

 腰まで届く、後ろで三つ編みにされた髪。手には斬馬刀に酷似した大剣を握りしめている。

 

 般若の半面で口元を覆い、赤と黒の両目で鋭くシンビオートの一体を睨みつけた。

 

 

 

「ふぅ。やれやれ、この歳になってもお転婆な妻を守るのも役目というわけか」

「当然。私を守ってくれるんだろう?」

「カカッ、怖い鬼嫁よ」

 

 

 

 一人は、拳法家のような出立ちをしている、やはり老いた男。

 

 オールバックに固められた灰色の髪に、二メートル近いすらりと引き締まった細い体。

 

 地面にクレーターを作った拳を回し、手首を鳴らしながら武者とは別のシンビオートを見る。

 

 

 

「……夫婦漫才はそこまでにして。唯一の独り身には少し堪えるわ」

 

 

 

 そして一人は、異様な雰囲気を放つ四人組の中で唯一若々しい出立ちだった。

 

 白い着物と、桜色の帯。

 

 短く切り揃えられた髪は美しいほどに透き通った白で、混じり気ひとつない。

 

 何よりも、紫の眼帯でその瞳をどちらとも覆い隠していた。

 

「あ、あんたらは一体……」

「安心せい、味方じゃよ。まあ、この老けたツラではワシが誰だかわからんだろうがのう」

「それでいいさね。私達はこの世界の異物、やるべきことを終えればさっさと帰る身だよ」

 

 老女の言葉にそれもそうか、と笑う拳法家。地球組は混乱するばかりだ。

 

 そんな中、武者が剣を構えながら、呪詛のように低く刺々しい声を発した。

 

「……こいつらを殺して、南雲を見つける。それで終わりだ」

「そうね。その為に、私達は来たのだから」

 

 眼帯の女侍が同意し、一歩踏み出して。

 

 拳法家も頷き、彼らの隣に並んだ。

 

「……参る」

「カカッ! 久方ぶりにこの老骨、全力でやらせてもらうぞ!」

「──斬る。私の道を阻むものは、全て」

「みんなのお守りは請け負ったよ」

 

 

 

 

 

 三人の戦士が、それぞれシンビオートに向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 




戦闘は次回に。

読んでいただき、ありがとうございます。


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そして、未来が希望を知らしめす 6

今回はあの三人の戦い。

楽しんでいただけると嬉しいです。


【挿絵表示】



 黒武者 SIDE

 

 

 

 ……あの夜。

 

 

 

 私は、何もできずに打ちのめされた。

 

 突如として現れた男に気がつけば死の間際まで追い込まれ、無様に地に伏し。

 

 そして、何より目標とすべき男を目の前で壊され、最後には死なせてしまった。

 

 無力で私ではどうすることもできなかった……そう悔いるだけならどれだけ楽だったか。

 

 私は、あの場において殺される価値もなかったからこそ命を繋いだのだ。

 

 そのことが、何より屈辱だった。

 

 

 

 

 

 私は、問うた。

 

 

 

 

 

 神が殺されたことによりこの世界での唯一の役目を失った私は、私自身に問いかけた。

 

 私の生き残った意味。私がこれからすべきこと。

 

 他者に行動の理念や理由を求め続けた私が、何者にならねばならぬのかを。

 

 だから私はここにいる。

 

 その問いの答えを得るために、人生の全てを使って力を蓄えた。

 

 あとは──証明するだけだ。

 

「フゥンッ!」

「ゴァアアアァッ!?」

 

 渾身の力を以って得物を振り下ろし、神がここへ差し向けた怪物の腕を叩き斬る。

 

 分厚く無骨な、黒い塊と呼ぶべき剣は私の望む通りの威力を発揮してくれた。

 

 極限まで鍛え上げ、しかし(屈辱)で老いを補った体を躍動させて更に一歩踏み込む。

 

「ルグァアアアァア!!!」

「オオオォオッ!」

 

 怪物の咆哮を雄叫びで圧倒し、瞬く間に再生された腕槍を打ち出される前に接近。

 

 全身の筋力と突撃の勢いを用いて、下から横へと黒大剣を薙ぐ。

 

 そして、一撃で胴体を両断した。

 

「すっ、すげえ! あのバケモンを一撃で!」

「っ、いや待て、何かおかしい!」

 

 若いクラスメイト達の誰かが、硬い声で叫んだ。

 

 その言葉は正しい。

 

 私の目の前で、怪物は分断した両方の体からそれぞれ欠損した部位を生やしたのだ。

 

「「ギャガァアアアア!!!」

 

 地面に残った方の半身が私にタックルを仕掛け、そのまま押し倒そうとする。

 

 切り飛ばした方の半身が、その鋭い爪で私をバラバラに引き裂く──という魂胆なのだろう。

 

 だが。

 

 私の体はそれ自体が筋肉の塊である怪物の全力の突撃を受けようと、微動だにしなかった。

 

「「!?」」

「──貴様ら如き、中身のない怒りの破片に私は止められん」

 

 奴らが硬直した時間で引き戻した剣を振るい、空中にいる方を真っ二つにする。

 

 当然の如くそれぞれ分かれた左右の体から失った半身を補うように断面から肉が盛り上がり始めた。

 

 私はその様をしっかりと両目で見て、最も使い慣れた技を行使する。

 

「〝総喰い〟」

 

 瞬間、私の左目から飛び出す巨大な〝口〟。

 

 歯が剥き出しのそれは、完全に二体に分裂する前に怪物の半身を飲み込み食らう。

 

 再生云々以前に、そもそも肉体を分解してしまえば何の問題もない。

 

「貴様も、邪魔だ」

「ゴグァアッ!?」

 

 膝蹴りを入れ、腰にへばりついている方をどかす。

 

 激しく吹き飛んだ奴はどうにか減速し、獣のように四つん這いで低い姿勢をとる。

 

 釣り上がった目を細め、唇のない歪な歯が並んだ口を怒りに歪めた。

 

「ガァアア……!」

 

 その体が変化を始めた。

 

 彫刻のように完璧なバランスだった肉体が脈動し、上半身が痩せ細っていく。

 

 その代わりと言うように、下半身が膨張し、関節が増え、まるで豹のそれのようになる。

 

「……なるほど。そうくるか」

「グルァアアア!!!」

 

 肉体の変形が完了したのとほぼ同時、奴は段違いの速度で飛び込んできた。

 

 黒剣を両手で握り、奴の飛び蹴りに合わせて防ぐ。

 

 

 

 

 

 激しい衝突音。

 

 

 

 

 

 先ほどまでの三倍はあるパワーに、こちらの黒剣を握る手が震える。

 

 後ろでクラスメイト達が息を呑み、私自身口元を歪めてしっかり受け止める。

 

 

 

 

 奴は空中でそのまま飛び退き、地面に足をつけた瞬間どこかへと消え去る。

 

 いいや、私の視認できる速度の限界を上回ったのだ。腰だめに黒剣を構え、攻撃に備える。

 

「──ッ、そこか!」

 

 僅かな空気の流れと殺気の発生源から場所を察知し、黒剣を振るう。

 

 しかし、次の瞬間音がしたのは攻撃した場所──ではなく、私の脇腹からだった。

 

「ぐっ!?」

 

 何故。見誤ったというのか。

 

 疑問を感じながらもそちらへ裏拳を振るうが、一瞬だけ見えた奴はすぐに姿を消した。

 

 脇腹に手で触れ、確かめる。痛みは大したものではない。これならばまだ動ける。

 

 確信したのと同時、上から殺気。

 

「ぬぅんっ!」

「グギャガァアアア!!」

「っ!」

 

 また、剣を放ったのとは別の場所から攻撃を受ける。

 

 二度も私は奴を逃したのだ。

 

 

 

 

 

 それから、奴の攻勢が始まった。

 

 

 

 

 

 奴が攻撃してくると予測した場所には必ずおらず、予想外の位置から攻撃が仕掛けられる。

 

 おそらく、単純に私の意識が追いつく前に移動しているだけだろう。しかし私には捉えられない。

 

 奴は、高威力だが取り回しの難しい、つまりは動きが鈍いこの黒剣の弱点をよく理解していた。 

 

「ぐぅ……!」

 

 故に、私が膝をつくのは時間の問題だった。

 

「おいっ、平気かよあんたっ!?」

「あ、あの、お婆さん! 結界を解いてもらえませんか!?」

「助けないと!」

「……黙って見てな。あんたらが思うほど、彼は柔じゃない」

 

 ……信頼の厚いことだ。

 

 こちらを見つめる老婆──鈴の言葉に自嘲げに笑ってしまう。

 

 次の瞬間、どこからともなく飛んできた無数の触手に四肢を絡め取られた。

 

「ぐっ!」

 

 意識の隙をつかれ、動きを封じられた。

 

 そう自覚する間も無く、触手の主──遥か前方に現れた奴が足をたわめる。

 

 そして、私を支柱、触手をゴムのようにして、奴は──自らを打ち出してきた。

 

「アァアァァアアアアッ!!!」

 

 まさしく、弾丸のような速度。それも南雲のそれに迫るような。

 

 これまでで最大の速度を以て、奴は自分の肉体で私を破壊するつもりなのだろう。

 

 

 

 

 悲鳴が聞こえる。

 

 まだ歳若く、こんな場所にいていいはずのない同郷の友人達の声だ。

 

 きっとそれは、私の体が木っ端微塵に砕け散るのを想像してのことなのだろうが。

 

 

 

 

 

 

「──それを待っていたぞ、獣」

 

 

 

 

 

 ガゴン、と。

 

 私の眼前まで迫っていた奴は、下からの一撃によって勢いを失った。

 

 え、と誰かが呟く。

 

 驚愕によるものだろうそれの理由は──私の胸から生じた拳だ。

 

「ガ、ァア……!?」

「行け、〝アベースメント〟」

 

 頭を打上げられた奴を見ながら、命令する。

 

 我が身を包んでいた鎧──この煮えたぎる屈辱と己への嫌悪で生まれた、禁術の怪物へと。

 

 忠実に従った半身は、鎧の形にしていた全身に目を開き、そこから発した光線で触手を焼き焦がす。

 

 次に手の形へと変じ、奴の体を逆に押さえつけて空中に固定した。

 

「想像もしなかったか、自分と同じものが敵になることを」

「ナ、ゼェェエエエエエエ!!!」

「何故、か………分からない。あるいはただ、私はもういないあの男に──北野に、主張したいだけなのかもしれない」

 

 私は、これほどの力をつけ、努力をしてきたのだと。

 

 あの怒りの化身が差し向けた怪物と真っ向から戦い、旧友達を守れるほどになれたのだと。

 

 無意味な思考だ。遅すぎる後悔だ。

 

 それでも、私は。

 

「この道を選んだのだ」

 

 独白しながら、黒剣──かの竜女皇から譲り受けた角で鍛えたそれを掲げる。

 

 血のように濁った魔力を流せば、それは眩いばかりの紅蓮の炎を発し、纏った。

 

「消えろ」

「ガグガァァァアアアアァァアアアア!!!」

 

 絶叫するそれを、炎の一太刀で一刀両断する。

 

 何者をも焼き尽くす紅蓮は再生を許さず、切断と共に一瞬にて灰とする。

 

 呆気ないほどに簡単に振り下ろせた黒剣の切先を、地面スレスレで止めた。

 

「………………虚しいだけだな、今更勝ったとしても」

 

 何の達成感もない。

 

 やはり力ありきで何かを成したとて、真に意義が付随しない行為とは無為。

 

 多少、失せる気配のない陰気が晴れただけだ。

 

「凄え……凄えとしか言いようがねえ……」

「ほんとに一人で倒しちゃった……」

「というか、あの太刀筋、どっかで見たことあるような……」

 

 そんなクラスメイト達の呟きを聞きながら。

 

 黒剣を肩に担ぎ、少し離れた場所にいる二人の幼馴染を見て。

 

「私が勝てるんだ、あいつらも……簡単だろうな」

 

 

 

 

 

 そう、また独り言を零した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 拳士 SIDE

 

 

 

「記憶にあるより、いささか強烈な顔だな」

「ギャォアァァアアアア!」

 

 

 

 うむ、威嚇する顔も実に不気味。色が黄緑というのもまた気色が悪い。

 

 ちゃんと中身のあった()()に比べ、ただ激情を撒き散らすばかりの醜きことよ。

 

 あの時は戦った後とはいえ、為す術なく膝をつかされたものだが、さて。

 

「我がこれまでの生涯をかけて鍛えた拳、どこまで通ずるか試させてもらおう」

「アァアァァアアアアッ!!!」

 

 奴がこちらへ飛び出し、両腕を広げて向かってくる。

 

 その腕が、武器へと変形しようと脈動を始めたのを両の目でしかと見極め。

 

「セィッ!!!」

 

 右脚を振り上げ、地面に向けて震脚を落とす。

 

 それは地面を伝い、奴の体を駆け巡って麻痺させることで両腕の変形を封じた。

 

「ガッ……グ、ァ!」

「セイハァッ!!」

 

 二歩目の踏み込み、それにて奴に肉薄し、掌底を入れる。

 

 人で言えば鳩尾に当たる場所に打ち込めば、奴の背中から血飛沫のように肉片が飛び散った。

 

 掌を通して伝わる、確実に中の素体にダメージを入れた感覚。普通ならばこれで動けまい。

 

 だが普通でないのがこやつらの代名詞。手を引く前の一瞬で、ガワが素体に侵食して治しおったわ。

 

「ギェアアァァアアアア!!!」

「ハッ!」

 

 おおう、危ない危ない。頭へかぶりつこうとしてきたわ。

 

 左の掌底で顎を閉じさせ、そのまま引き戻した右の肘を横っ面に抉り込む。

 

 

 

 

 奴の頭は面白いほど鮮やかに二回転半し、一時的に繋がりが切れた体が力を失った。

 

 そこへ追い討ちをかける。胸へ握った右の拳を当て、鋭く息を吸い込み。

 

「覇ッ!!!!」

 

 一撃。

 

 奴の全身が波打ち、一拍置いてから思い出したように後ろに向けて飛んでいく。

 

 空中に衝撃の後が波形として残り、ワシはゆっくりと息を吐き出した。

 

「ふぅむ。思ったよりもいけるのう」

 

 あのいくら歳を食っても見た目の変わらん、おっかない女に習った技だけはある。

 

 これを極めんと長年鍛錬してきたものの、正直思ったよりも相手が鈍い。

 

「皮肉なことよ。あの夜はあっさりとグリスの鎧を砕かれたというに、ワシの動きに鎧の方が耐えられぬほど強くなってから通用するようになるとはな」

「だからって油断するんじゃないよ」

「分かっとるわい。明日は孫と遊びに行く約束があるんじゃからの」

 

 さっさと終わらせて、車の整備でもしておかなければならん。

 

 道具の場所を思い出そうとしていると、上から降り注ぐように殺気が向けられてきた。

 

「ギェアアァァアアアア!!!」

「ぬんっ!」

 

 振り下ろされた大きな刃へ、左腕を腰の後ろへ回して右の手刀を放つ。

 

 ワシの指先と黄緑色の剣がぶつかり、そこへカッ! と開眼して衝撃を伝えた。

 

 指の先から貫くように発した衝撃により、刃になった奴の腕は放射状にひび割れ、砕けた。

 

「グガァァア!!!」

「吠え声だけは一人前よ。だがいささか脆いようじゃな?」

 

 伸ばした指先を折り曲げ、そのまま開いておく。

 

 それで落ちてきた奴の顔面をがっしりと掴み取り、指で固定した。

 

 発狂した奴は暴れ回り、ワシの指を外さんとやたらめったらに暴れ回る。

 

 刃や鞭、鈍器、様々な形に変形した腕や足がビシバシと身体中に叩きつけられた。

 

「きゃぁあああっ!?」

「お、おい、あの爺さんなんで棒立ちになってんだ!?」

「ま、まさか、流石に反撃できないんじゃ……」

「阿呆」

 

 好き勝手に言う小童小娘どもに一声かけると、妻の結界の中でビクリとする。

 

 群がる使徒達を自動的に衝撃波で破壊するあれの中で観戦しているだけというに、あれこれと言いおって。

 

 ま、不快とは思わん。ワシとて妻に散々言われて、若い頃のように短気ではなくなったのじゃ。

 

「こやつがあまりに弱いから眠気が出て、少し体の方に喝を入れているまでよ」

「な、何言って……」

「弱い……私達があれだけ苦戦した怪物が、弱い……」

「カカッ、まあ見ておれ」

 

 さて、そろそろ怠けるのも潮時だろう。

 

 どれだけ奴がやっても微動だにしなかった自らの指に、力を込める。

 

 ガワをあっさりと貫き、中身の頭蓋に指の先端が食い込んで骨が砕ける音がした。

 

「ふんっ」

 

 小さな悲鳴を漏らした奴を、地面へと叩きつける。

 

 地面が割れ、奴の体が一度大きく浮いた。

 

「ふぅうううぅぅううぅぅ……」

 

 馬乗りになり、手を退かすとそのまま首へと移動させ、息を吸う。

 

 それから、小指から順にしっかりと握った左の拳を振り上げ。

 

「こいつで終いじゃ──セイハァアッ!!」

 

 裂帛の叫びとともに、奴の頭を砕いた。

 

 先ほど叩きつけた時以上の亀裂が、地面へ走る。

 

 体が股の下で激しくバウンドし……落ちた後、二度と動きはしなかった。

 

「ふう。ちと肩が凝ったのう」

「遊びすぎだよ。逆に力を抜きすぎたんじゃない?」

「カカッ、そうかもしれんのう」

 

 綻びひとつない衣服の土汚れを払い、妻の言葉に笑う。

 

 さて。ポカンと間抜けた顔をしておるものの、子供達も一人残らず無事なようじゃ。

 

「後は周りの使徒じゃが……」

「──三割は既に片付けた。スマッシュ部隊を襲っていた黄色い個体も殺っておいたぞ」

 

 独り言を言った瞬間、耳元でそう告げた誰かがいた。

 

 認識した次の瞬間には既に気配は消えており、もう自ら出てこない限りは感知できぬだろう。

 

 相変わらずの影の薄さ、それも自在な存在力の操作には笑いしか出てこないものよ。

 

「仕事の早い奴じゃ」

 

 さて、では後は雫の方だが。

 

「まあ。負けることなど、絶対にありえんだろうて」

 

 

 

 

 

 あいつこそが我らの中で、最も強いのだからな。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 白侍 SIDE

 

 

 

 光を失った。

 

 

 

 寄る辺を失った。温もりを失った。

 

 愛しているなどという、言葉一つ程度では到底収まるはずがない、彼への心。

 

 それを伝える機会を永遠に奪われたことは、私にとって生きる意味を失うことそのもので。

 

 だから、白くなった。

 

 彼との記憶で満たされた私の中は、まるで漂白剤をかけたように白く染まっていった。

 

 

 

 

 

 いつからだろう。この目に色が映らなくなったのは。

 

 少なくとも、最後に南雲くんに会った時にはもう失われていた。

 

 錯覚なのか、本当に瞳が割れてしまったのか。私自身では判別がつかない。

 

 気がつけばそうなっていて、この白と黒しかない世界に慣れるという過程すらも……

 

 どうでも良かったのだ。自分という存在が薄いガラスのようになったことを自覚していたから。

 

 

 

 

 

 私の世界に、色はあらず。

 

 もう、二度と必要のないものだから困りすらもしない。

 

 彼がいて彩られた。ならば彼と二度と会えない世界など、色付いていても意味がない。

 

 いっそのこと死のうか。そう考えたこともある。

 

 けれど生まれ変わってすら、魂まで消えてしまった彼には巡り会えないと理解して。命を捨てる意味をも失った。

 

 

 

 

 ああ、もう、何もない。

 

 そう悲観して膝を抱えたくなっても、彼以外に弱い私を曝け出せる相手なんていない。

 

 最も友達として心を許していた南雲くんさえも、存在しない希望を求めて去っていった。

 

 だから縋った。

 

 誰かが求めた強い自分──凛としていて責任感が強く、面倒見の良い八重樫雫に。

 

 空っぽな理由、薄い意思、欠如した心。

 

 ますます自分が薄くなるのを感じて、それでも演じた。

 

 

 

 

 

 でも、ふとある日唐突に、〝光〟が見えるようになった。

 

 

 

 

 

 剣を振るっている時、僅かにだが色彩のない世界に、紫色の光が。

 

 それはとてもか細い光。拙くて、糸のようで、今にも切れてしまいそうなもの。

 

 それを阻む何かに光をなぞって剣を振るうと、あらゆるものを斬ることができるようになった。

 

 魔物も、天使も、怪物も、悪魔も、人も、それ以外の何かも全て全て、断ち切れた。

 

 

 

 

 確信した。

 

 この何処か懐かしい紫色の光を追いかけ続けて、斬り続けたら。

 

 きっとその先、遥か彼方の実在も曖昧などこかに。

 

 あの夜の喪失を、明けることのない夜の闇を。

 

 少しだけ変えることができる、大きな光があることを。

 

 

 

 

 

 私は、瞳を覆った。

 

 

 

 

 その光以外を見たくなかった。

 

 故に地球の、私の部屋に残っていた彼の衣服。そこから作った眼帯で目を封じた。

 

 目蓋を閉じていても、その光は見える。なんの問題もありはしない。

 

 だから。

 

「そこにいる、誰かさん。私の光のため、斬られて頂戴」

「ガグァアァァアアアアッッ!!!」

 

 光を踏みしめる眼前の〝黒点〟から、咆哮が轟く。

 

 あの日に彼を奪った男が纏っていたものの声によく似たそれに、心が僅かに震えた気がした。

 

 白く枯れ果てた心。

 

 表面を取り繕おうと微動だにしなかったものが今、動いている。

 

「懐かしい感覚。けれど、それを真っ先に伝えたいあなたはここにいない」

 

 正直、どうしてここにいるのかもよくわからない。

 

 南雲くんがどうとか、別の並行世界だとか、そういう話は私にとってなんの意味もない。

 

 ただ私は、追いかけてきたのだ。

 

 

 

 

 

 もう目の前にある、あの大きな大きな紫の光を。

 

 

 

 

 

「待っていて。その黒い染みを拭って、すぐ行くから」

「ガグルアァアアッ!!!」

 

 声を上げ、目蓋を閉じた瞳の裏で一際黒い〝黒点〟が跳躍する。

 

 私は左手を胸に当てて、緩く握った右手を添え。

 

「〝錬刀〟」

 

 魂魄魔法と昇華魔法、変成魔法で作り上げた魔法を発動する。

 

 それによって私という存在そのものが結晶化し、魔力が形となって現れる。

 

 自分の胸から溢れる桜色の光と共に出てきた、かろうじて包帯で巻かれた柄を握り締め。

 

 抜き放った刃を、〝黒点〟に向けて。

 

「〝一太刀・桜舞〟」

 

 くっきりとその首に浮かんだ光になぞって腕を振る。

 

 抵抗は無く、花びらを切ったような脆い感覚と共に刃が抜けた。

 

「ゲ、グァ…………」

 

 〝黒点〟が、私の隣を通過して地面に倒れる。

 

 続けて落ちてきた頭には、十字の光がまだ浮かんでいた。

 

「〝二太刀・ 斬伐(ざんばつ)〟」

 

 袖を押さえ、右手だけで刃を振るう。

 

 私自身を具現化したその刃は元より薄く、脆い。

 

 完璧な軌道を描かなければ、刃の方が砕けてしまう。

 

 だからそのバツ印は、完全なものだった。

 

「ギェッ」

 

 四つに分かれた〝黒点〟の頭は、奇妙な声を上げて地面に四散する。

 

 やがて、暗闇の中で形を持っていた〝黒点〟は崩れるように消えていった。

 

 それを見届けて、私は鞘も柄もない、ただ斬るだけの刃を胸へと収めた。

 

 最後に、前を見る。

 

「……あと、少し」

 

 眩いばかりの光は、あと一歩のところまで迫っていた。

 

 50年、長かった。

 

 けれどようやく、掴み取ることができるのね。

 

「やっぱりお前が一番早かったな」

「……龍太郎?」

「おうともさ。光輝の方も無事済んだようだな」

「……そう。なら、後は周りの害虫だけね」

 

 最大の黒点が消え去っても、光の周りをウロチョロと銀色の点が舞っている。

 

 煩わしいことこの上ない。

 

 あれも、斬らなくては。

 

「……心配しなくてもいい。後は〝兎〟どもに任せておけば、お前の〝光〟は穢されん」

「……そうね。なら、もう休ませてもらうわ」

「ああ、休め休め……でなければ、焼き焦がされてしまうぞ

「……? 何か、言った?」

「いいや、何も。さ、南雲のところへ行くぞ」

「……ええ」

 

 龍太郎に言われるがままに。

 

 

 

 

 

 〝光〟の糸が伸びている、南雲くんがいるだろう方向へと歩き出した。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

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 ◆●樫■ 68歳 女 レベル:???
 ハザードレベル:ナNaつeNニ
 天職:斬鬼
 筋力:いtぃMぁン
 体力:はttぅSェん
 耐性:H阿っSェン
 敏捷:ItぃMぁんHぁセン
 魔力:3zeンきゅu百
 魔耐:ヨnせN
 技能:斬術[+透斬][+抜光][+無我][+事象切断]・縮地[+重縮地][+震脚][+無拍子]・先読[+狂求][+導光]・気配感知[+全感知]・隠業[+幻撃][+暗撃]・言語理解・昇華魔法・変成魔法・魂魄魔法・因果[+絶対不朽]・錬刀
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そして、未来が希望を知らしめす 7

今回はカオリンです。

前回の三人より更に膨れ上がったので分割しました。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

「……あっという間、だったな」

 

 

 

 ポツリと、そう健太郎が呟く。 

 

 無意識にこぼれ落ちたセリフに、結界内にいた誰もが同意の首肯をせざるを得なかった。

 

 中にはあの怪物への強い恐怖を、アドレナリンによる興奮で抑えていたものが解けて座り込む者もいる。

 

「……見てることしか、できなかった」

「強すぎでしょ、あの人達……」

「もしかして、あの人達も──?」

 

 彼らの眼差しは、こちらへと戻ってくる三人と結界を維持する老婆への困惑と畏敬の念で満ちていて。

 

 その姿がどこか、あの錆色の眼光を強く放つ老いた魔王に重なって見えたのだ。

 

「平気か?」

「はっ、愚問よ。あの程度相手にもならんわ。お前こそ腰は平気か?」

「まだ現役だ」

「そら、二人共。与太話をしてる暇があればあっちに加勢してきな」

 

 ニヤリと笑う拳法家と目に闘志を宿す黒武者に、老婆が呆れた様子で言う。

 

 その言葉に地球組がハッとして、まだ怪物以外にも無数の使徒やコクレンがいることを思い出した。

 

「……私達が行く必要はないでしょう」

 

 彼らが焦りの言葉を口にする前に、制するように白侍が告げる。

 

 言葉そのものを切り裂いてしまうような声音に、反論することもなく自然と地球組は口を噤んでしまった。

 

 眼帯で目を覆って、この戦場の何も見えていないはずなのに。どうしてかその言葉には確信があったのだ。

 

「……? なあ」

「な、なんだよ」

「そういえばさっきから、一体も使徒が来てなくねえか?」

「そういえば、攻撃が止んでる……」

 

 それによって、橙色の揺りかごの外へと目を向けた彼らは気がつく。

 

 先ほどまで結界にも群がってきていた使徒が、いつの間にか骸になって転がっていることに。

 

「ああ、そういえばおっかない兎さん達がいたねぇ」

「……この五十年で、彼らは力も数も格段に増した。それに率いているのはこちらの浩介だ、心配はいらない」

「カカッ、先ほど大将首をあげていたわ。()()にいいところを見せようと必死なのだろうて」

「……彼女に見えているかどうかはともかく、ね」

「悲しいことを言ってやるな、雫」

「清水の方も既に来ているだろう。あいつの魔物は、使徒なんかよりよっぽど強力だ」

 

 物静かな口調で交わされる会話の中に点在する名前に、地球組は戦慄が止まらない。

 

 自分達の予想が的中していたことへの大きな驚きで、薄ら寒ささえ感じる。

 

 この四人だけではない、目に見えない場所に大勢()()のだと。

 

「だがまあ、何より期待ができるのは……」

「……あいつ、だろうな」

「別格だからねえ」

 

 口々に誰かのことを言いつつ、彼らは要塞の一角──愛子や香織、美空のいる方角を見やる。

 

 同じ方へ顔を向けた白侍が、やがてポツリとそちらに感じる人物の名を呟いた。

 

「……香織」

 

 

 

 

 

 瞬間、見計らったように光が爆ぜる。

 

 

 

 

 

 空そのものを埋め尽くすようだった銀のヴェールを、悉く滅ぼすような黒い絶光。

 

 地球組が目を剥き、拳法家や老婆が予想通りの展開に不敵に笑う中、発生源では……

 

「……何、あれ」

 

 要塞の足場にて、怪物と使徒の包囲によるダメージを美空に癒してもらっていた香織が呟く。

 

 

 

 

 二人の始によってこの肉体に極限と言える強化を施され、最強の堕天使となった香織。

 

 エーアスト達に迫るスペックに、一定時間経過すると再生魔法の発動する〝堕天の聖印〟などを駆使して奮闘していた。

 

 しかし、彼女やヴェノムを纏った愛子をも凌ぐ水色のシンビオートの登場により、急激に形勢が崩れる。

 

 能力はほぼ互角、しかしとにかく勢いが他のシンビオートに比べても随一であり、二人はかかり切りになる。

 

 その間に使徒達がこれでもかと押し寄せ、いくら弱体化しているといってもその数に少なからず意識が割かれ。

 

 そして香織か愛子のどちらかが重大なダメージを負い、軽傷の方が時間を稼いでいる間に回復して、また応戦の繰り返し。

 

 自分でリカバリーできる範囲を超え、美空の残る魔力もいよいよ拙くなってきた。

 

「……凄い」

『「……アノ、光ハ」』

 

 そして、今。

 

 美空が香織を癒しながら、愛子がヴェノムの自己治癒力で体を治しながら同じく見上げる光が。

 

 鬱陶しい程にシンビオートへの対応を邪魔してきた使徒達を、纏めて薙ぎ払ってしまった。

 

 

 

 

 

「──ハジメ君の見上げる空に、無粋な銀色はいらないよ」

 

 

 

 

 

 やがて、光が消えた。

 

 言葉と共に、手にした得物によって黒光を自ら振り払ったのは──女神と見紛う天使だった。

 

 七つ連なる虹の天輪。外に向かうにつれ透き通った緑色になっていく十二枚の黒翼。星空のように輝く髪。

 

 完璧な流線美を描く体にはドレスを纏い。その手には、眩く輝く黄金の槍を携えている。

 

 そしてその顔は──大人びていても、明らかに香織と瓜二つのものだった。

 

「もしかして、未来から私が……?」

「そりゃ、ハジメが来たんだから可能性はあるけど……」

『「……ナントイウコト」』

 

 奇しくも、戦場のあちこちで起こっているのと同じリアクションを取ってしまう三人。

 

 対する使徒達は、一気に百以上の同胞を屠られたことで動揺が走っていた。

 

「……貴女は何者ですか。先ほどの攻撃といい、これほどの戦力が我々のデータに存在しないなど……」

 

 ゾッとするほどに漆黒の瞳が、あまりの高威力の攻撃に狼狽えている使徒達を見る。

 

「──この戦争を終わらせる者。ただ一人の魔王を祝福する、唯一の天使」

 

 故に、と深淵のように光を宿さない瞳を以って。

 

「量産されただけの人形には、全て消えてもらおうかな」

「──不遜な。不意打ちで我らを仕留めたからといって、もう同じだけの攻撃は出せないでしょうっ!」

 

 いずれかの天使がそう言い、全ての天使がその天使へと殺到する。

 

 その数は百や二百ではない。千を超える使徒達が、あまりに強大な敵を暴殺せんと迫る。

 

「ギェァァアアアアァァアアアア!!!」

 

 最悪なことに、最大の脅威と本能で感じ取ったシンビオートも跳躍した。

 

 上と下、全方位から香織達が相手していたものが丸ごと殺到していく。

 

「っ、逃げて!」

「いくらなんでも同時には──!」

『「クッ──!」』

 

 香織と美空が思わず叫び、愛子がせめてシンビオートの行動を阻もうとする。

 

 その全てを、黒い瞳で睥睨した大天使──未来より舞い降りたカオリは。

 

「何か勘違いしているみたいだけど」

 

 空に浮かんだまま、槍の石突を天空に打ち付ける。

 

 キン──と清涼な音が、空中に広く、広く黒い波紋を広げて。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、一斉に数百体もの使徒が内側から肉体を粉砕させた。

 

 

 

 

 

 その余波に当てられたシンビオートもまた、要塞まで落下して床にめり込む。

 

「「「な──!?」」」

「あれは、時空のトンネルを通った時の加速を止めるためのただのクッションだよ?」

 

 ──圧倒的。

 

 カオリの姿を見た全ての知的生命体が生じた感情は、その一言に全て収束された。

 

 一気に半分以上が削られた使徒達は、先ほどよりも静かに、されど遥かに上回る攻撃に瞠目する。

 

「今の、何百メートルもの範囲の空間を支配して、回復魔法で魔力を無理矢理循環させて──?」

 

 美空と愛子もぽかんとする中で、根本的に同じ存在である香織だけがその攻撃の正体を察した。

 

 的確な解析にカオリは香織を見下ろし、少しだけ微笑むともう一度槍を上へ持ち上げる。

 

「っ、あれを止めなさい!」

 

 おそらくはこの大群の隊長格だろう使徒が叫び、同じ攻撃をさせまいと銀雲が動き出す。

 

 その時の彼女達は、人間で言うならば〝必死〟。

 

 故に自覚しないその感情の高ぶりで性能を高めた分解能力が、弱体化を僅かに上回った。

 

 一部のスペックを取り戻した使徒達が、段違いの速度でカオリへと群がり──

 

「〝融天〟」

 

 十二の翼がはためいて解放された黒い波動により、急激に停止した。

 

 香織達が訝しむ中、ピタリと動きを止めた使徒達に異変が起こる。

 

 

 

 ……ドロ。

 

 

 

 空中に止まったまま、使徒の体が溶け始めた。

 

 双大剣も、鎧も、翼も肌も、まるで蝋を溶かしたようにドロドロと融解していく。

 

 至近距離で見ればみるもおぞましい光景の中心で、香織は淡々と告げた。

 

「時の流れは我が手中。形のない〝力〟に戻りなさい、殺戮の為に作られた哀れな人形達よ」

 

 

 

 

 空間再生複合魔法、〝融天〟。

 

 

 

 

 空間魔法によって定めた境界の内側にいる者を選定し、形が定まる以前の純粋なエネルギーに逆行させる魔法。

 

 それによって、戦場全体に存在していた使徒のうちの三割が膨大な魔力へと変換される。

 

 カオリは槍を掲げ、自分の周囲に漂う銀のエネルギーをそこへ収束する。

 

 瞬く間に膨大な力が集まっていき、数秒もしないうちに槍が光そのものとなったように輝いた。

 

 カオリは、槍から地上……シンビオートの乱入により多くの命が失われた地上へ視線を移す。

 

「有効活用させてもらうね」

 

 そして、石突──否、上の穂先に比べ細く小さいもう一つの刃を下に向けたまま槍を掲げ。

 

「〝逆回りの時還〟」

 

 勢いよく、天に突き刺した。

 

 小刃から黒い時計盤が広がり、戦場を上から覆う。

 

 その時計盤の針は通常とは逆の方向に、凄まじい速度で回転して黒い光を地上へ降らせる。

 

 

 

 

 すると、戦場のあちこちであり得ざることが起こった。

 

 神軍によって命を奪われた兵士達の骸がみるみるうちに癒えていき、目を覚まして立ち上がったのだ。

 

 中には肉片も残っていないくらいの者もいたのだが、死んだ場所に黒光が集まると死者の肉体へと変わり、覚醒する。

 

 彼らはしばらく呆然としたり、不思議そうにしていたものの、生きているとわかると戦線に戻り始める。

 

 無論のこと存命の者の傷も一つ残らず癒えて、彼らは再び元気よく雄叫びをあげた。

 

「なっ、蘇生ですって!?」

 

 範囲外にいた使徒があり得ざるその光景に上擦った声を挙げ、次の瞬間いつの間にか戦場に紛れていた〝兎〟の一匹に首を刈られた。

 

 しかし、それだけであるならば香織にも同じことができる。〝回天の伊吹〟という再生魔法だ。

 

 

 

 

 

 本当の奇跡はここからだった。

 

 

 

 

 

「う、ぐぉおおおおおおおおっ!?」

 

 最初は、復活した死者の一人から始まった。

 

 急に苦悶の声をあげ、苦しげな顔をした男に、目の前で死んだのを見たその兵士の友がもしやと振り向く。

 

「お前、まさかまた──!?」

「ぐおぉぉぉおっ──生えるっ!」

 

 そんな彼の前で──バサッ! と一度死んだ兵士の背中から黒い翼が生えた。

 

 目を点にする兵士。

 

 しかし当の本人は少し驚いた後、何かに気づいたように顔に闘志を漲らせると咆哮して魔物に斬りかかっていく。

 

 その動きは、〝血塗れ吸血鬼(アルモラ・ヴラド)〟の強化を大幅に超越していた。

 

 一人にとどまらず、次々と戦場の各地で人類軍の元死者達が翼を生やしていき、限界を超えた奮闘ぶりを発揮し始める。

 

 〝逆回りの時還〟。その魔法の効果は、魂魄魔法で選定した対象への、死体すら残っていない者の蘇生をも可能な超常的治癒。

 

 

 

 

 

 そして、一時的な〝使徒化〟である。

 

 

 

 

 

 再生魔法でカオリが通常の使徒のスペックだった頃の〝時間〟を特定・保存し、それを対象者に付与したのだ。

 

 その効果は非常に反則的なことに、生者にも及んでいる。

 

 肉体の時間を巻き戻しながら付与したことですぐに馴染んだ死者ほどではないにせよ、そのうち使徒化するだろう。

 

「これで被害のリカバリーは済んだかな。さて、あとは……」

「ギィイイィイイイッ!!!」

 

 カオリが見下ろしたのは、暴れもがいているシンビオート。

 

 実は先ほどから虹輪より発していた光で、全く身動きが取れていない状態だった。

 

 ただただ怒りの咆哮をまきちらす異形の姿に、愛子が香織達を守るように立つ。

 

「心配しなくても、すぐに終わらせますよ」

 

 そんな彼女へ一言落とし、カオリが今度は上の穂先を手の中で柄を回転させて向けた。

 

 そこには先ほど〝融天〟で集めた魔力が一部残っており、カオリは自前の魔力を上乗せする。

 

 ボッ!! と激しい音を立て、緑色の美しい炎が穂先を包み込んだ。

 

「ギィガァアアアアア!!?」

 

 それを見た途端、突然シンビオートの声の性質が変化する。

 

 怒りをぶつけるものから、あの炎より逃げようとする悲鳴へと。

 

 その所以は、あの炎の正体が過剰すぎるほどの治癒の力であり。

 

 同時に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「怒りの化身の欠片である貴女にとって、これは何よりも嫌厭するものだよね?」

「ヤ”メ”ロ”ォオオオオオォォ!!!」

「──虫が良すぎるよ。私達から、大切な人を二人も奪っておいて」

 

 冷徹で無慈悲な言葉と、投擲。

 

 恐ろしいほど音も無く落ちた槍は、肉や骨を破く音さえも出さずにシンビオートの頭を貫く。

 

 そこから流し込まれた、あまりに過剰な癒しの力がその必要がない肉体に浸透していく。

 

 

 

 ボギュッ!

 

 

 

 この槍は、カオリが数々の大魔法を使う為の杖でもある。

 

 そして、この炎を使った時にだけ発動する、とある再生魔法が付与されているのだ。

 

 それは──因果の強制成立。

 

 

 

 ゴボッ、グジュッ、ギュルルルウ!!! 

 

 

 

 癒す場所のない肉体。

 

 であるならば、溢れ出る治癒の力が通じる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その逆説を具現化する魔法により、シンビオートはみるみるうちに何十倍にも膨張し、グロテスクな肉塊になる。

 

 痛みの声は上げない。

 

 上げられるはずがないのだ。どれだけ壊死した贅肉が増えようと、逆に気持ちいいのだから。

 

 

 

 

 やがて、限界まで膨張したシンビオートがパンッ、と軽い音を立てて弾けた。

 

 その血肉は愛子達に到達する前に空中で死に切って黒炭と化し、何も残らない。

 

 唖然としたまま動かないで、唯一地面に突き刺さっている槍を見ていた三人の前にカオリが降りてくる。

 

 そして、大した力を込めた様子もなく槍を引き抜くと。

 

「うーん、ちょっとスッキリ!」

 

 惚れ惚れするいい笑顔でそう言った。

 

「……美空。私、夢でも見てるのかな? それとも死の間際の幻覚かな? かな?」

「安心して、ちゃんと起きてるし死んでないから」

『「……強イデスネ」』

 

 互いに頬を引っ張り合う二人を尻目に、愛子はヴェノムを解除しながら歩み寄る。

 

 カオリはすぐに気がつき、虹輪と翼を消すと体ごと向き直った。

 

「……白崎さん、でいいのですよね?」

「はい、そうです。でも正確には少し違います」

「正確には……?」

 

 首をかしげる愛子に、カオリは一度目を瞑る。

 

 次に瞼を開けた時、彼女の目は光のない黒ではなくオッドアイだった。

 

 右は香織の、少し茶色がかった黒い瞳。そして左は緑がかった黒い瞳だ。

 

 それを見て、愛子はしばし考えた後にハッとする。

 

「まさか──!」

そ。私も中にいるし。主に香織に任せてるけどね

 

 頷いたカオリの口調は、それまでの穏やかで優しげなものとは異なっている。

 

 少し勝気な、自信の滲む声音。腰に手を当て、口の端を釣り上げる様はまるで……

 

「石動さん……?」

この体を動かすには、香織でも難しすぎたからね……だから私達二人で、この力を手に入れたんです

「それは……とても頑張った、んですね?」

「美空と二人で一人にっ!? そ、そんなの羨ましい……!」

「香織?」

「はっ! な、なんでもないよ美空?」

 

 美空のジト目から逃げる香織に、カオリ/ミソラがクスクスと笑った。

 

 愛子も苦笑いし──その時、空の大穴から地鳴りのような音が響いた。

 

 弾かれたように顔をあげる三人。

 

「今度は何が!」

「【神門】に異変が……!?」

「っ、魔力の流れがおかしくなり始めてる……!」

 

 口々に感じたことを叫ぶ香織達に、カオリは同じように【神門】を見上げて。

 

「……来るよ。援軍が」

 

 その言葉と同時、【神門】から一気にヘドロのような大量の瘴気が放出された。

 

 それは【神山跡】にまとわりつくように落ち、地を張って瞬く間に草原まで到達してくる。

 

 その中から次々と咆哮をあげ、飛び出して来たのは──無数のコクレンと、魔物の群れの第二波。

 

 更には【神門】から直接、追加で数千体の使徒までもが出現する。

 

 

 

 

 

 その数、第一波の約三倍。

 

 

 

 

 

 各地の人類軍と、現れた未来からの助っ人によってほぼ壊滅していた神軍が立て直された瞬間だった。

 

「嘘でしょ……!?」

「まだ、あんなに……!」

「早く、皆の士気を取り戻さなくては……!」

 

 再び怒号と戦闘の音が各地から響き始め、香織達は実に苦しげな顔をする。

 

 愛子は絶望に包まれているだろう戦士達を鼓舞しに高台へと走り、香織と美空は未だ座り込んだまま。

 

「まだ立てるはずだよ。私達は、この程度でへこたれるはずがない」

 

 そんな二人へ、カオリが手を差し伸べた。

 

 二人はその手を見上げ──豪、と瞳に再び炎を宿す。

 

「そうだね。こんな風に座り込んでたら、ハジメくんに笑われちゃう」

「まだまだ、私達の意地を見せつけてやろうじゃん!」

 

 カオリの手を取り、勢いよく立ち上がる香織と美空。

 

 一人はアーティファクトである大幣を握りしめ、一人は双大剣を手に再び翼を広げて浮遊した。

 

 諦めなど微塵も感じられないその表情に、大天使は笑いながら天地を埋め尽くす軍勢を見る。

 

「……これで数は足りるはず」

「え? 何か言った?」

「ううん、なんでも。さあ行くよ。私たちが二人ずついるんだから──負けるなんて、あり得ないよね?」

「「──当然!」」

 

 空へ飛びながらカオリが飛ばした挑発に、二人が確認はこれが最後と強い声で叫び。

 

 

 

 

 

 そして、再び戦場へと飛び立った。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回でこの展開は終わるはず。


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そして、未来が希望を知らしめす 8

今回はちびっ子コンビです。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

 ガシャン! と音を立て、地面に叩きつけられる一体のゴーレム。

 

 

 

 身体中至る所から散る火花は、まるで鮮血が噴き出す様のようだ。

 

[ひ、姫、逃げてください……ガクッ]

「あすもでうすっ!」

 

 主人を案ずる言葉を残し、機能を停止したデモンレンジャー最後の一体にミュウは叫んだ。

 

 しかし、無惨に破壊されたあすもでうす(ミュウ命名)は立ち上がることはなく、カメラアイから光は消える。

 

「ガァアアアァア!!!」

 

 そんな幼子を嘲笑うが如く、ハジメ製生体ゴーレム〝デモンレンジャー〟を蹂躙した怪物が咆哮した。

 

 原点であるライオットに多少似通った色形をしたその個体は、ミュウには大怪獣に見える。

 

 ハジメの娘として。また、大事な友達であるリベルやその母親であるルイネを守る為戦場に立ったミュウ。

 

 だが、守るものが何も無くなった今、ビクリとその声に体を震わせた。

 

「キィイェエエエエエエェェエ!!!」

「っ!」

 

 灰色の凶刃が、ミュウに迫る。

 

 地面に座り込んだ幼女は、ギュッと目を瞑り。

 

「〝渡れ不の岸辺〟」

 

 その刃を、地面に走った光の境界が弾く。

 

 まるで賽の河原の如くミュウとシンビオートを分断したその光は、空間魔法によるもの。

 

 断絶された空間にシンビオートは触手を切断、そのまま消滅させられ、怒りの声をあげる。

 

 一方、境界に守られたミュウはいつまでも痛みが来ないことを不思議に感じ、恐る恐る目を開いた。

 

「……うみゅ? 痛くないなの?」

「うふふ。危なかった、わね。かわい子、ちゃん」

「みゅっ!?」

 

 突然、後ろから両脇に手を入れられ、抱き上げられる。

 

 驚愕と共にミュウが振り返れば、そこには見ていると心が蕩けていくような雰囲気を湛えた美女。

 

 また彼女からは、不思議とウサギと同じ雰囲気がした。

 

 間一髪、ミュウを魔の手から救ったハッターは、ぽかんとしている彼女に微笑みかける。

 

「はじめ、まして。私、ウサギちゃんの、お姉さん、よ」

「……ウサギお姉ちゃんのなの?」

「ええ。未来の義弟くんの、娘さん。私達が守って、あげる、わ」

 

 正体を明かされて安堵するミュウ。

 

 束の間、幼いながらも中々に勘の鋭い彼女は〝達〟という言葉に疑問符を浮かべた。

 

 

 

 

 

「ガァアアアァア!!!」

 

 

 

 

 

 それを言葉として質問にする前に、咆哮したシンビオートに体を震え上がらせた。

 

 咄嗟に両手でハッターの胸元を握り、顔を埋めることで少しでも遠ざかろうとする。

 

「平気、よ。ほら」

 

 彼女は優しげな手つきで背中を撫で、そっと促す。

 

 まるでレミアのように安心する手つきにミュウは、二度(ふたたび)目を開いて顔を向ける。

 

 すると、境界の対岸でシンビオートが群がる〝金色の使徒〟達を煩わしそうに相手していた。

 

 パチパチと目を瞬かせ、何故か仲間割れをしているシンビオートと使徒を見る。

 

 そんなミュウに答えを示すように、ハッターの隣へ後ろから白い法衣を纏った男が並び立った。

 

 そして、目を閉じた顔でニコリと笑いかける。

 

「お初にお目にかかります、かの魔王の娘よ。私はハギオス。順番で言えば、ウサギの弟になります」

「……ミュウなの」

「では、ミュウ様と。我らが来たからには、貴女様の安全を確約しましょう」

 

 普通の女性ならば、それだけで骨抜きにされそうなハギオスの微笑。

 

 そういった感覚を覚えるにはまだ幼すぎるミュウは、純粋に頼もしさを感じ取ってコクリと頷いた。

 

 しかとそれを感じ取ったハギオスが、使徒達を迎撃しているシンビオートへと顔を向け。

 

「では始めましょう──〝奪眼〟」

 

 その金瞳が、開かれる。

 

 解き放たれるは同じ色の魔力。それは相手の魂を強奪する理不尽なほど強力な魔法。

 

 これによって使徒達の擬似的な魂魄を掌握し、戦力としている訳だが……シンビオートは支配できない。

 

「おや、これは凄まじい。強力な〝怒り〟がプロテクターの役割を果たしている。ですが……〝痺眼〟」

「グギィッ!?」

 

 再び金瞳が輝き、途端にシンビオートは痺れたように動きを止めた。

 

 〝痺眼〟は相手の魂魄と肉体の間にある接続にズレを引き起こし、不自由にさせる拘束魔法。

 

 よほど実力が乖離していればそのまま魂を体から引き摺り出すこともできるが、流石に動きを止めるのが限界。

 

 されど。黄金の使徒達が双大剣を全身に深く突き刺し、貫くだけの時間は作った。

 

「ガァアアアァアァアアアア!!!!!」

「みゅっ!?」

「あら。驚い、ちゃった?」

「失礼、少々手荒でした」

 

 またもハッターの胸に引っ付いたミュウに、少し申し訳なさそうにハギオスは謝る。

 

 

 

 

 ホムンクルス達はそれぞれ、創造主たる解放者達の性格をどこか受け継いでいる節がある。

 

 彼らの魔力と神代魔法を用いて造られたが故か、あるいは子が親を真似するような現象であるのか。

 

 その中でもハギオスは、特に子供を慈しむ。怯える様を見るのは気分が良いものではない。

 

「可愛らしい幼な子よ、すぐに終わらせます」

 

 言いながら、ハギオスは黄金使徒達を操作してシンビオートから離れさせる。

 

 全身隙間なく滅多刺しにされたシンビオートが両膝をつき、釣り上がった目を細めて憤怒と殺意の目を向けた。

 

 そんな醜い怪物へ、何故か目を閉じたハギオスは憐れむように微笑みながら告げた。

 

「──では。そろそろ出番ですよ、()()

「ゲコッ」

 

 そして、彼の法衣のフードの部分から飛び出し、境界の向こう側へ着地する影。

 

 ハギオスとシンビオートの間は着地したその生き物は、緑色の体色でとても小柄だった。

 

 三メートル近い体躯を持つシンビオートと比べ、実に矮小なそれは──シュウジ達と旅を共にしてきた、カエル。

 

「──ゴァアアァァアアアアッッッ!!!」

 

 それを見た途端、シンビオートは本能的に舐められていると猛り、怒った。

 

 この身を切り刻む絶好の機会をあえて手放し、たった一匹の魔物に相手をさせようというのだ。

 

 なんとふざけた人形か。

 

 

 

 

 

 その傲慢と嘲り許し難い、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッッ!!!! 

 

 

 

 

 

 ……と、その思考を表現するのであれば、そのように怒り狂ったシンビオート。

 

 怒りのままに、修復が終わった全身を凶器へと変貌させ、まず魔物を踏み潰してやろうと踏み込んだ。

 

「カエルさんっ!」

 

 ミュウが手を伸ばす。

 

 あの裏オークションの時、彼女にとってカエルはいざという時そばにいてくれた存在だった。

 

 エリセンまでの旅でも何度も遊び相手になってくれた、言うなれば家族同然のペット。

 

 そんなカエルが、あっさりとあの怪物にペシャンコにされる様を想像し、顔を青ざめさせ──

 

 

 

「ゲゴッ!!!!!」

 

 

 

 次の瞬間、カエルの体が一瞬にして十倍以上に膨れ上がった。

 

 まだら模様が浮かぶ緑の表皮が、刹那の間に何百という鱗に包まれた毒々しい紫色のものへと塗り替わる。

 

 細い四本の足がメキメキと筋肉の鎧を纏い、その上から堅牢な甲殻と鋭い鉤爪で覆われた。

 

 両生類特有の瞳が菱形に開かれ、極め付きに大開放された口内で棘の生えた舌が蠢きぬめる。

 

 

 

 

 

 ── 大飢蟇(だいきがま) アヴァドン。

 

 

 

 

 

「ガァアアアッ!?」

 

 悲鳴を上げたときには、もう遅い。

 

 がっぱりと大きく開いた、まるで冥府への入り口のような大口から伸びた舌に絡め取られた。

 

 

 

 

 

 暴れる間も無く引き込まれると、その断末魔の悲鳴ごとバクンと閉じ込められてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「………………ふぇ?」

 

 目が点になるミュウ。

 

 固まってしまった彼女の前で、モゴモゴとアヴァドンは体を揺らしながら咀嚼していく。

 

 ハッと我に返ったミュウは、シンビオートが中で暴れているのだろうかと、ハラハラとした顔をする。

 

 そんな心配は杞憂で、次第に体の揺れが小さくなっていった。

 

「ゲゴッ」

 

 やがて、少し口を開けてペッと何かを吐き出す。

 

 宙を舞う何かは地面に落ち、数度転がるとその表面を覆う唾液によって停止する。

 

 それは、半分以上溶けた生気のない使徒の頭部だった。

 

 ドロドロの残骸を見て、ミュウは一言。

 

「……カエルさん、ちょー強いの?」

「ええ。彼は昇華魔法の強化度だけで言うのであれば、大兄上……アークに最も近い存在ですから」

「うふふ。かっこいい、わあ」

 

 ティオよりも巨大な龍になったアークに迫る実力。

 

 ミュウは、自分が心配する必要などないことをなんとなく察した。

 

 そんな三人と一匹を、増援でやってきた使徒の一部隊が空から取り囲む。

 

「「「解放者の人形を三体確認。殲滅します」」」

「っ、凄い数なの!」

「あら。おしゃべりする暇も、ない、みたい」

「そのようです。それに……」

 

 ハギオスが空だけでなく、周囲にも目を向ける。

 

 地面を塗り潰す勢いで全方位から向かってきているのは、コクレンや魔物の大軍勢。

 

 あっという間に包囲網が出来上がっていた。

 

「まだまだ、この瞳を酷使する必要がありそうですね」

「ゲゴッ」

 

 ハッターが帽子の縁の奥から妖しい目線を向け、ハギオスが柔和かつ怜悧に笑う。

 

 アヴァドンもまた、巨大な体の向きを変え、殺到する使徒達を見上げて。

 

 

 

 

 

 

 

「〝拒界〟」

 

 

 

 

 

 

 

 どこからか響いた声と共に、空に咲いた深い緑色の魔法陣の光によって使徒達が一斉に堕ちた。

 

 突然糸が切れたように落ち、地面に転がった人形の雨に、ハッター達が怪訝な顔をする。

 

「……みんな、動かないの?」

「今のは……使徒達に供給される魔力が、途絶えた?」

「まるで、エネルギーを操作、したみたい」

「これは、突然どうしてっ」

 

 その場で疑問を顔に浮かべるハッターらに、同様に驚く使徒達は攻撃することができなかった。

 

 何故ならその前に、空に現れた魔法陣が凄まじい勢いで拡大を始めたからだ。

 

 効果範囲の増大を意味するその光景に、使徒達は後退しようと翼をはためかせ──真上から降り注いだ魔力に襲われる。

 

 

 

 

 

 緑の魔法陣とは異なった、重力そのものを叩き落としたようなそれは、紙のように使徒達を潰す。

 

 薄くなった使徒達の死骸が落ちていき、風に吹かれて飛んでいった。

 

 使徒の隊列に大穴が空き、残る者達が再び空を見上げた瞬間──そこには真っ黒な大口径の銃口が。

 

「死ね、なの」

 

 

 

 ドバォンッ!! 

 

 

 

 引き金が引かれ、エメラルドグリーンの閃光が使徒の頭を貫く。

 

 非常に貫通力のあるその閃光が一体に留まらず、二桁に登る数の使徒を一気に殲滅した。

 

 発生源たる、趣のある装飾が凝らされたショットガンを握るのは、〝ヒレのような耳を持つ〟齢二十ほどの美女。

 

 海人族たるその女は、一拍の後に全方位から振るわれた双大剣の僅かな隙間をくぐり抜けて回避する。

 

 

 

 

 

 そのまま空中を蹴り、三人と一匹の前に着地する。

 

 立ち上がったその姿は、まるでアマゾネスのように必要な部分だけを隠した機動力重視の服装。

 

 くっきりと腹筋が浮かぶウェストは引き締まっており、手足はすらりと長く、しなやかな筋肉がついている。

 

 ガチャン! と力強くショットガンをリロードし、美しい相貌を振り返らせると、一言。

 

「──助太刀にきたの」

「あなたは……もしや」

 

 その顔──否、胸の中心で力強く輝く魂にハギオスは目を見開く。

 

 一つとして同じものはない魂の色が、ハッターの胸に抱かれた魔王の娘のものと全くの瓜二つであったからだ。

 

 初めて驚愕を見せた彼は、まさかと思い消失した魔法陣の上に位置する、もう一つの魂魄の持ち主を見上げる。

 

「私達も、混ぜてくれる?」

 

 宙に浮かぶ、ダークグリーンの美しい髪を持つ女が海人族の女に追随するように、そう告げる。

 

 今度こそハギオスは限界まで瞠目し──その後に、ふっと微笑んだ。

 

「できれば、手は多い方が助かりますね」

「そう、ね。敵は、沢山いるもの、ね」

「ゲゴッ」

 

 ハッターとアヴァドンが、ハギオスに賛成した。

 

 しかとそれを聞き届け、頷く女。

 

 

 

 

 

「良かった。それじゃあ──」

 

 

 

 

 

 天上の女──リベルが、妖艶かつどこかニヒルに笑えば。

 

 

 

 

 

「思う存分、やらせてもらうの」

 

 

 

 

 

 海人族の女──ミュウが、魔王と瓜二つの獰猛すぎるほど好戦的な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 二人の女が新たに参戦し、そこへタイミングを見計らったように魔物とコクレンが到達する。

 

「「「「「グルァアアアァアアァアアアアアアッッッ!!!」」」」」

「──私が下を」

「じゃあ、私が上をやるの」

 

 一言交わし、ミュウがグッと体をかがめる。

 

 そのまま、リベルへ殺到している使徒達に向けて地面を抉りながら激しい音を立て跳躍した。

 

 ほぼ同時、身構えたハギオスらへ襲い掛かろうとした黒い波に、リベルが手を翳す。

 

「〝灼陸〟」

 

 一つの魔法の名が告げられる。

 

 行使された能力に呼応して、瞬く間に黒い軍勢の足元が激しい地震に覆われ、体制が崩される。

 

 そうして一瞬、彼らの侵攻が止まった瞬間。一気に地面が眩いばかりに赤く輝き──

 

 

 

 

 

 

 

ドッバァァァアアアアン!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 噴火する。

 

 地面の奥底を流れるマグマを超常的な力で引き出し、ハギオス達を内に醜い獣達を焼き尽くす。

 

 さしものコクレンや魔物といえど、マグマの熱には耐えられずに瞬く間に骨の髄まで溶けていった。

 

 

 

 

 それだけでは終わらない。

 

 リベルは翳した右手に左手を添え、扉を広げるように外へと開いていく。

 

 その肌をダークグリーンの魔力が伝い、宝石のような双眸が強く輝いて。

 

「〝滅波〟」

 

 吹き上がっていたマグマが、突如として全方位へと拡散した。

 

 音の波が伝うように、マグマは外へ外へと激しく地面の上をうねり、黒波を喰らい尽くしていく。

 

 唯一、ハッターの境界によってその〝赤〟を逃れている三人と一匹だけがそれを眺められた。

 

「これほど大規模の魔法、ありえませんっ。いえ、まさか神代魔法……この星そのもののエネルギーをも操作しうるほどのっ!」

「無駄口が多すぎるの」

「っ!」

 

 

 

 ドバォンッ!! 

 

 

 

 掃除をするように滅ぼされていく地上の軍勢に泡を食っていた使徒の一人が、頭部を失う。

 

 回避する間もなく、知覚した瞬間にその頭を撃ち抜いたミュウはすぐに次の標的を定めた。

 

「させませんっ!」

 

 いとも容易く使徒の肉体を吹き飛ばすショットガンをこの場における最大の脅威と認定し、複数の使徒が迫る。

 

 彼女達が到達するのとほぼ同時、引き金を引きながらミュウがぐるりと振り返り。

 

「うらぁっ! なの!」

 

 そして、突き出された四本の大剣を()()()()()()()()()()

 

 分解の力を持つはずの双大剣は、打ち払われるどろか、薙ぎ払われた右脚の当たった場所から粉々に砕けてしまう。

 

 しかし、その代わりに弾丸は明後日の方向へ飛んでいった。使徒達は瞳にどこか嘲りの色を浮かべる。

 

 

 

 ドババァンッ!!! 

 

 

 

 飛んでいた使徒の一体が持つ双大剣に当たり、跳弾して五体の使徒を破壊するまでは。

 

 顔を強張らせた二体の使徒に、ロングブーツの〝空力〟を使って接近したミュウは逆に嗤いかける。

 

「お前らごとき、妨害にもならないの。私を鍛えたのは、世界一強いパパの女達だよ?」

「っ、こんなことが!」

「新たな、イレギュ──」

 

 最後まで言い切る前に、ミュウが左手で後ろ腰から引き抜いたナイフに首を掻っ切られる。

 

 〝魔力断絶〟の概念が付与された一閃は、【神界】からの魔力供給のラインを断ち切ってしまう。

 

 

 

 

 落ちていく使徒達は、すかさずハッターが空間魔法で引き寄せて回収。

 

 その骸をハギオスが〝奪眼〟で傀儡にすることで、こちら側の戦力に加えた。

 

 その一連の流れを他の使徒が邪魔しようとしても、飛んできたアヴァドンの舌に捕まるだけである。

 

「さあ。皆殺してあげる」

「次に殺されたいやつは、どいつなの?」

「これで二十。次はどの方を操って差し上げましょうか?」

「うふふ。まだまだ、いけるわ、よ?」

「ゲゴッ!!!」

「え、えっと。みんな、頑張ってなの!」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 未来からやってきた二人が加わってからの戦闘は、まさに圧倒的だった。

 

 

 

 

 

 ミュウは十数年の月日をかけて、ユエを筆頭とした面々に超英才教育を受けてきた。

 

 ショットガンを持たせれば、始に擬態したエボルトから伝授された神業を発揮し。

 

 ナイフを持たせれば、かのプレデターハウリア達の族長をも凌ぐ体術と暗殺術を披露してみせる。

 

 魔力は保有しておらずとも、アーティファクトの補助を受ければ上級魔法すら行使できる。

 

 果ては昇華魔法を会得し、若々しき体を保ったまま、さらにもう一段階上の実力すら会得していた。

 

 身体能力、戦闘技術、知力、胆力、全てが一級品。

 

 魔王の娘に歯向かう愚か者は、全て殺される運命にあるのだ。

 

 

 

 

 姉妹のように育ってきたリベルもまた、本来の使い手であるミレディに教えを授かった。

 

 唯一その身を異形として生き続けることを選んだミレディは、己の力を持つホムンクルスに〝未来〟を期待した。

 

 だからこそ、育て方次第でどこまでも成長できるホムンクルスとして、子供の姿でリベルを作ったのだ。

 

 五十年をかけて、生みの親直々に鍛えられたリベルは──原点たるミレディを、凌駕している。

 

 

 

 

 そんな二人と、この時代のハギオスにハッター、そしてアヴァドン。

 

 これだけの役者が揃っていて、どうして数が多いだけの使徒や魔物、コクレンが勝てる? 

 

 だからそう、これは戦いではなく──一方的な、〝狩り〟だ。

 

 

 

 

 その〝狩り〟は、戦場の至る所で行われている。

 

 赤い戦鎚を手に、あちこち飛び回っては手当たり次第に敵を数百体規模で殲滅するシア。

 

 ブラックホールや、一度で数百メートルを破壊する衝撃波など、圧倒的すぎる力で暴れるエボルト怪人態。

 

 連合軍や、この短時間で立て直された騎士団&スマッシュ部隊と共に戦い、蹂躙しているウサギ。

 

 アドゥルに代わり、竜人族の先頭にて数々の〝簪〟から生まれた龍を操り、使徒を貪り喰らうティオ。

 

 地上を埋め尽くさんとする魔物やコクレン達をみるみるうちに減らしていく、浩介率いる数千もの未来のプレデターハウリア達。

 

 いつの間にか地上に出現した、百メートルはあろうかという大蜘蛛や大蛇、飛龍などを操る清水。

 

 始の元へと向かいながらも、道を阻む敵達を片っ端から撃退する勇者パーティー。

 

 凄まじい超超広範囲攻撃で使徒を殲滅するカオリ/ミソラと治癒師コンビ。

 

 そんな、あまりに強力な戦力──簡単に名前をつけるのであれば、〝未来軍〟の参戦。

 

 

 

 

 

 一騎当千では到底収まらない。

 

 

 

 

 

 言葉として表現するのであれば、一騎当()というところでようやく妥当であろう。

 

 思わぬ戦力の登場に、神軍側はものの見事に手をこまねいている。

 

 苦境に立たされていたエボルト達からすれば、笑いが止まらない状況だ。

 

『面白えくらい逆転したな。これなら十分保つ……いや? それどころか逆に殲滅しちまうんじゃねえか?』

「驚くべきことだ。たった一人のために、これほどの数の人間が未来からやってくるなど……」

『──いいや。あいつらからすれば、()()()()()()()()のさ』

 

 半ば呆然としながら呟くベルナージュへ、揶揄うようにエボルトが否定する。

 

 その視線が向かう先は、司令部で最も大きな画面に表示された一文。

 

 

 

 

 

 〝We are losers.〟

 

 

 

 

 

 たった一言で、彼女達の存在全てを示す、その言葉。

 

『あいつらは、全員が等しく大切なものを失った。それは取り返せないもので、二度と手に入らないものでもある』

「……故にこそ、もう失うまいと。そのために、今も未来も超えて、過去へと来た。そう言いたいのか?」

その通り(Exactly)。いいねえ、実にロマンチックだ! 俺はこういうのを待っていたァ!』

 

 立ち上がり、片足を机に乗せると大仰に両手を振り上げるエボルト。

 

 皆が困惑か、あるいは白い目線を向ける中でエボルトは座り直し、両手を頭の後ろに組む。

 

 そのまま天井を見上げ、だらけた姿勢に戻る様は、実にテンションの落差が激しくてウザい。

 

「貴様、もう少しやる気を出したらどうだ?」

『必要ない気合は入れない主義でね。それに……っと、やばいな』

「……何?」

「ほ、報告します! 使徒の一部が未来軍の攻撃を抜け、再び聖歌隊に向かっています!」

 

 直後、強張った口調で叫んだ司令部の一人にベルナージュはすかさず画面を見た。

 

 無数に設置されたアーティファクトから投影される映像の一つには、確かに数体の使徒が攻撃を抜けている。

 

 その後ろではカオリに撃墜されたのか、黒い爆炎からバラバラと数百もの使徒の残骸が落下している。

 

『大方、かなりの数を固めて一番中心にいた奴らだけを突破させたんだろうな。いくらあいつらが強く、こっちの兵士どもが強化されても、要である弱体化を止めさせれば盤面はあちらに多少傾く』

「動かせる戦力は!」

「皆無です! 未来軍の助力があっても、各地の対応が手一杯だと!」

「こちらも報告します! 要塞内にて警護されていた、限界突破付与用アーティファクトの周囲に多数のコクレンが出現! 守衛隊が応戦していますが、長くは……!」

「同時に叩くつもりか。だが、どのように……」

『地面でも掘ってきたんじゃねえか? ほら、あいつらの指土掘りに使えそうな形してるし』

「ふざけるなと言いたいところだが、戦術としては有効であることが非常に腹立たしいな……!」

 

 実際のところ、コクレン達はエボルトが口にした通りの戦法で出現している。

 

 

 

 

 だが、そこにいたのは戦争が始まってからではない。

 

 もっとずっと以前──魔人族の王都侵攻に際して、密かにアベルが地下深くに埋めておいたのだ。

 

 ユエにせよシュウジにせよ、エヒトが己の器を手にした後に行う人類殲滅の折、王都を今度こそ滅ぼすための布石である。

 

 元は地球組にけしかけるためのものだったが、こうしてアーティファクトの排除に役立ってしまっている。

 

 

 

 

 覚醒のトリガーは、操作権を持っていたアベルの任意か、あるいは彼が死んだ時。

 

 それは強大な戦力の撃破を意味してもいるが、この状況ではプラスマイナスゼロという所だろう。

 

「……誰も動かせないならば、私が出向くしかない、か」

『さすがは火星の王妃。好戦的だねえ……お前は座ってろ。俺が行く』

 

 

《ライフルモード!》

 

 

 難しい顔で呟くベルナージュの横で、エボルトが立ち上がった。

 

 彼女は驚きに顔を上げる。

 

 トランスチームガンを担いだエボルトは、そんな王女にヒラヒラと手を振った。

 

『もう一人の俺が、わざわざ未来からやって来て戦ってるんだ。流石にサボってたらとやかく言われそうなんでな。とりあえず、要塞内の方は片付けてやる』

 

 エボルトの声音は、真剣そのもの。

 

 しかしこの異星人、言うことの九割は冗談か嘘だ。

 

 火星も、夫も、民も、全て滅ぼされたベルナージュは、怨敵として何よりその性質を知っていた。

 

 

 

 

 じっと見つめてくる美しい碧眼。

 

 そこに浮かぶ懐疑と憎悪の色に、エボルトは愉快げな声で告げる。

 

『安心しろ、裏切ったりしねえよ。必要ならそうするが、俺はあいつだけは……シュウジだけは裏切らないと、そう決めたんでな』

「……何故だ。どうしてそこまで、お前はあの人間に肩入れする?」

『おいおい、あいつの生い立ちと俺が絆された話はもうしただろ?』

 

 この状況で何を聞いてるのかと、そう馬鹿にするようなエボルトの言葉。

 

 しかし、ベルナージュは頑として二の句を告げることはなく、ただ答えを待つ。

 

 頑固なその姿勢に、やれやれとアメリカンな反応をするエボルト。

 

 しかし、五秒待っても、十秒待ってもこちらを射抜くその視線に……

 

 

 

 

 

『……正直、俺にもわからん』

 

 

 

 

 

 そう、一言呟いた。

 

「わからん、とは?」

『カインに無理やり押し付けられた善性程度で、俺の根底は変わっちゃいない。あらゆる星を食い尽くす宇宙の癌細胞、それが俺という生命体だ』

「では、どうしてこの世界の人類に、結果的には肩入れした? とっくに力は取り戻したはずだ。それを奪い、自由になることもできただろう」

『……そうだな、そうすることもできた。俺にはあいつの計画に力を貸す義理もなかったさ』

 

 そう、エボルトにはなんの益もないのだ。

 

 シュウジがやろうとしていることを台無しにする、というのも所詮は戯言の一つに過ぎない。

 

 むしろブラックホールの力を取り戻した時点で、エヒトの側についてこの星を喰らってしまった方が余程得だった。

 

 それが、エボルトという残虐非道な存在が下す判断のはずだった。

 

 

 

 

 

 ただ、と。

 

 

 

 

 

 モニターに映る、空の大穴──【神界】への扉を見て。

 

 どこまでも冷酷で無情で、外道なその生命体は。

 

 また一言、呟くのだ。

 

『どうしようもなく気に入っちまったんだよ、あいつのことがな』

「…………!」

『理由はそれだけだ。大それた陰謀を期待してたのなら悪いが、俺が動くのはあいつが好きだからであって、他の何の為でもない。お前らが助かるのはあくまで()()()だ』

 

 だから勘違いするなよ、とお決まりのセリフを言いながら。

 

 瞠目しているベルナージュに向けて、空いた左手の指を折り曲げて。

 

『チャオ』

 

 その一言を残し、瞬間移動していった。

 

 

 

 

 

スチームショット! COBRA!

 

 

 

 

 

 直後、アーティファクトの設置されている場所を映す画面から響く、甲高い声。

 

 同時に、コクレンの怒号と守衛隊の悲鳴で満たされていた画面を一条の光が貫く。

 

 画面内でコクレン達が動きを止め、守衛隊は動揺しながらも後ろを振り返る。

 

『さあ、ゴキブリみてえに数だけは多い不細工ヅラども。俺の運動不足の解消に付き合ってもらおうか?』

『『『──ガァアアァアァアアアアァァアアアァアアァアアアアッ!!!』』』

 

 そして、エボルトは戦い始める。

 

 数十体という、アーティファクトを破壊せんと群がる悪魔の群れと。

 

 それを見上げていた、ベルナージュは。

 

 

 

 

 

「……本当に。本当に貴様は変わったのだな、エボルト」

 

 

 

 

 

 なんとも複雑そうに、微笑んだ。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回でこの流れは終わります。




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そして、未来が希望を知らしめす 9

今回で未来からの進軍編とも呼ぶべき展開は終了です。

その最後を飾るのは、やはり彼女。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

「こちら司令部! 聖歌隊への応援を至急要請する!」

 

 

 

 エボルトが戦場に赴いたのを見届けたのも束の間、ベルナージュは声を張り上げる。

 

 あの外道が誰かのために戦うの言ったのだ。今度こそ自分も、民を守らねばならない。

 

 二人のやりとりを呆気に取られながら見ていた司令部の人間達も、顔を引き締めると各軍に連絡を始める。

 

 

 

 

 しかし、結果は芳しくなかった。

 

 なにせ、第一波のほぼ三倍だ。未来軍の助力で劣勢ではないものの、相手の攻撃も相当の勢いになっている。

 

 各々があまりに強大な力を持つ彼女らを加え、ようやく拮抗。その事実でどれだけの猛攻かわかるというもの。

 

「っ、やはり私が出るか……!」

 

 ベルナージュには、未だかつての力の一部が残されている。

 

 肉体が滅び、魂と成り果てても、完全体のエボルトを圧倒した実力を腐らせないようにしてきた。

 

 今もコクレンの黒波に対抗しているエボルトには悪いが、状況が状況だ。

 

 使徒達と聖歌隊の距離は、残り五百メートルといったところ。これ以上迷う時間はない。

 

 使徒の数体程度は屠れるだろうと、いよいよ覚悟を決めて立ち上がる。

 

 

 

 

 

「──〝絶禍〟」

 

 

 

 

 

 そんな彼女の決意を押しとどめるかの如く、戦場に新たな声が響いた。

 

 使徒の真上に、巨大で真っ黒な禍ツ星が突如として出現する。

 

 途端に、聖歌隊へ猛スピードで迫っていた使徒達はそこへ吸い寄せられるように体制を崩していく。

 

 三度、ベルナージュが呆然とする前で──禍ツ星のさらに上空から、暗雲を突き破って現れるモノ。

 

 

 

 

 

 それは、巨大だった。

 

 

 

 

 

 それは、漆黒だった。

 

 

 

 

 

 それは、グロテスクで──恐怖そのものをカタチにしたような姿だった。

 

 

 

 

 

 その怪物は、無数の金属の騎士を引き連れ、堂々とした佇まいでそこへ降り立ったのだ。

 

 天空を見上げた全員、使徒達ですらその悍ましさに元々白い顔を蒼白にする。

 

「〝崩軛〟」

 

 そんな使徒をより恐怖のどん底へ落とすかのように、おどろおどろしい声が響く。

 

 次の瞬間、まるで弾き出されたピンボールのように禍ツ星ごと使徒達が彼方へと吹っ飛ばされていき。

 

 それでハッと我に返った、神軍への応戦を再開していた地球組が、ほぼ衝動的に口を揃えてこう叫んだのだ。

 

 

 

 

 

「「「アィエエエエエエ!? エイリアンクイーン!? エイリアンクイーンナンデ!?」」」

 

 

 

 

 

 そう。それは彼らの知るホラー映画のモンスターに酷く似ていたのだ。

 

 突然、女王がいるのであればそれを守る兵士が、子供がいるわけで。

 

「「「「「「「キシャァアアアァアアァアアアァアッ!!!」」」」」」」

 

 地平線の彼方。方向で言えば──ライセン大峡谷のある方角から現れたる、〝黒〟。

 

 コクレン達にも似たそれらは、地を鳴らし、揺らし、響かせながら、四肢を振るって走り続ける。

 

 やがて、先頭が動きを止めていた魔物やコクレンに到達し。

 

「「「キシャァアアアァッ!!!」」」

「「「グギャァァアアアアッ!??」」」

 

 始まるは、蹂躙。

 

 本能的に剣を構えていた人類軍の間をすり抜け、ゼノモーフ達は次々と神軍に食らいつき始める。

 

 明らかに人間側ではない見た目をした怪物達の助太刀に、大多数の戦士が動揺して立ち尽くした。

 

 瞳のない彼らが見据えるのは、己が女王が敵と定めた銀の羽虫と、黒いゴキブリ達だけだ。

 

「………………あれは、なんだ?」

「……わ、わかりません。ただ一つ、敵ではない、ということだけしか」

 

 同様に立ち尽くし、呟くベルナージュに困惑している司令部の一人が返す。

 

 この数十分で状況が二転三転しすぎて、彼らも割とお腹いっぱいなのだ。

 

 

 

 だが、それでギブアップするのはまだ早い。

 

 女王の周りを取り囲んでいた金属の騎士達──ゴーレム軍団が、第三の援軍として参戦する。

 

 数体を護衛のように残したその黒軀の一部、光沢のある兜のような頭部に更なる変化が起こった。

 

 水面のように波打ち、その内側から引き摺り出される様に浮かび上がってきた円盤の上には、一人の女が。

 

 

 

 腕を組み、仁王立ちしたその女の容姿は非常に美しいものだった。

 

 透き通るような白肌、ポニーテールに括られた金糸の髪、フリルがふんだんにあしらわれたドレス。

 

 いったい誰だと、女王の頭部にまで行き届く視力を持つ者達が不思議がる中で。

 

 パチッと、双眼を見開いてサファイアブルーの瞳を露わにしたその美女は。

 

「やほ~☆ 絶体絶命、最高のタイミングで現れる、世界のアイドル、ミレディちゃん参上ッ! 流石、わ・た・し♪ 空気の読める女! 連合のみんな~、惚れちゃダ・メ・だ・ぞ♡」

 

 そう、非常にウザったらしいキャピキャピとした声でテヘペロピースを決めた。

 

 戦場の時が止まる。

 

 同時に、面白いくらいに全員が言いようのないイラッとした顔へと変わっていく。

 

「イェーイ、度肝を抜く作戦大成功⭐︎ いいよいいよ〜、その間抜けな顔! ミレディちゃんはとっても愉悦を感じちゃってま〜す♪」

 

 人類軍、神軍双方の苛立ち度が跳ね上がった。

 

 それさえも楽しそうにケラケラと笑ったミレディは、スッと一転して冷静な顔で人魔入り乱れる戦場を俯瞰する。

 

 人、兵器、魔物、スマッシュ、仮面ライダー。

 

 さらには、未来より来たる最強の援軍。

 

「いやはや、こっちに向かいながらエボちゃんに事情は聞いてたけど。これは相当カオスなことになってるね〜……とにかく、ミレディちゃんは精一杯暴れちゃえば良いんだよねっ⭐︎」

 

 頑張るぞ⭐︎などと両手を握って言ったミレディは、左手を腰に当てると握ったままの拳を振り上げる。

 

 そして、地上で憎きエヒトの軍勢を蹂躙しているゼノモーフ──自立成長型生体ゴーレム達に叫んだ。

 

「我が子達よ! 数千年の雪辱、同胞達の無念! 哀れにも神に弄ばれたかつての人々が為! 今こそ力を示せ! 悪しき神の魔の手を食い千切り、臓物を引き裂き、骸を踏み潰せ! 報復せよ、蹂躙せよ、虐殺せよッ!!」

「「「キシャァアアアァアアァアッ!!!」」」

 

 女王の宣誓に、一際強く応えたゼノモーフ達が勢いを増していく。

 

 我らが王がお望みならば、存分に暴れよう、存分に喰らおう、存分に踏み潰そう。

 

 それこそが、我らがこの場にいる存在意義なのだから。

 

 

 

 

 

 ……そして、もう一つ。

 

 彼女の言葉に応える存在が、ここにはいた。

 

 

 

 

 

オォオオオオオオオオォッ!!! 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 突如として、背後から吹き荒れる豪風と咆哮。

 

 下の本体から分離した、頭脳体であるミレディの体を圧倒的な魔力が包み込み、全身に戦慄が走った。

 

 その発生源たる、自らの背中に出現した何者かに振り返り──ミレディは、言葉を失う。

 

「……フィー……ラー…………?」

《──我が創造主が一人。天滅ぼす方舟アーク、遅ればせながら馳せ参じた》

 

 その豪壮たる龍は、明確な言葉を話した。

 

 ミレディが知っている醜い黒獣は、どこか哀しげに鳴くだけだったというのに。

 

 それどころか、他の解放者達と共に穴蔵の中に閉じ込めたというのに、創造主と言ってくれた。

 

 そのことに、不思議とミレディの中に得体の知れない感覚が駆け巡っていく。

 

 やがてその情動は、つー、と頬を伝う雫となって形に現れた。

 

「あ、あはは。私らしくないなあ、感極まって泣いちゃうだなんて…………」

 

 どこか自虐するように、不器用に笑いながらミレディは涙を流す。

 

 アークはじっと、知性を称える瞳で静かにそれを見ていた。

 

「……でも、うん、そっか……君は、ちゃんと君を大切にして、こうして目覚めさせてくれたご主人様を、得たんだね」

《──是。あの日、我を葬らず封じた創造主達の温情故に。なればこそ、今一度感謝を》

「ちょっとちょっと、これ以上ミレディちゃんのプリティーフェイスを濡らさせないでくれないかな? いつからそんなキザになったわけ〜?」

《本心也。さあ、創造主よ。我が父、我が母、皆の無念を今こそ晴らさん》

「うん、うん、そうだね……さあ、いっくよ〜!」

 

 

 

 

 

 オォオオオオオオオオォオオオ!!! 

 

 

 

 

 

 目元を拭い、元の調子で空を指差すミレディに、アークも応えて咆哮した。

 

 その会話が聞こえていたわけではないが、人々も〝女神の剣〟たるアークの復活に雄叫びの声量を上げる。

 

 そうして、規格外の増援によって士気が限りなく上昇した。この調子であれば、もう負けることはないと言えるほどに。

 

 

 

 

 事実、みるみるうちに神軍は減っていく。

 

 既に人類軍は半数以上が擬似天使化を遂げ、ファウストの兵器部隊にもようやく予備が投下された。

 

 竜が舞い、兎が駆け、バケモノどもが化け物どもを喰らい、異世界の子供達が命と願いを賭け戦う。

 

 人の手で生み出された者達が駆逐し、魔王のために時を超えた戦士達が蹂躙する。

 

 アーティファクトに群がっているコクレン達も、既に六割がエボルトの奮闘により命を散らしていた。

 

 

 

 

 

 もう、負ける要素がない。

 

 

 

 

 

「──諦めなさい。貴女達がどれだけ強かろうが、我々に勝つことはできない」

 

 それでも使徒は冷酷に、嘲笑うように告げる。

 

 自分達を見下ろしてくる使徒の内の一体に、双大剣で使徒の首を飛ばした香織が訝しげな目を向けた。

 

 次々と同胞が屠られ、魔獣達も数を減らしているというのに、なおもそう言ってのけるのだ。

 

 まさか、無感情をを売りとする使徒が負け惜しみを言っているのかとさえ勘繰ってしまった。

 

 しかし、同じように金槍を振り払って使徒を葬ったカオリ/ミソラは目を細める。

 

「それは、【神域】からの増援のことを言っているのかな?」

「ご明察です。確かに、突然現れたあなた方は我々など足元にも及ばないほど強すぎる。人類や、異世界の兵器、我が主が召喚した者達も善戦しているでしょう。ですが、我々の数は無限に等しい。どれだけ優れた個人が集まろうとも、覆せない絶望が待っているだけです」

 

 その言葉に、少しばかり香織の方が眉を顰める。

 

 使徒の言葉がハッタリではなく、事実であることを理解しているからだ。言葉通り無限に等しい余軍があるのだろう。

 

 次の増援は、これのさらに倍かもしれない。それどころか十倍の量を仕掛けてくる可能性もある。

 

 だからこそ、ハジメ達がシュウジを取り戻し、エヒトを殺すまで持ち堪える以外に、こちらの勝利の法則は成り立たないのだ。

 

 対する向こうは、途切れることのない増援をひたすらに送り、鏖殺してしまえば終わり。確かに絶望だろう。

 

 静かに首元に横たわり、少しずつ喉元を絞め付けてくるその事実に、香織の背中をヒヤリと冷たいものが伝い──

 

 

 

「──あはははっ!」

 

 

 

 だが。

 

 カオリは、笑った。まるで年末のお笑い番組を見ている時のように、とても可笑しそうに。

 

 今度は使徒が怪訝な顔をする番だった。何故無慈悲な事実を告げられて、そんな風に笑っているのだと。

 

ごめんね、あんまり変なことを言うものだからおかしくて……案外さ、あんたらって間抜けだよね

「何を……」

 

 思わず聞き返す使徒に、カオリ/ミソラは正面から見ると吸い込まれそうなオッドアイを向ける。

 

 そこに浮かぶ自信と、確信と、何より自分達を憐れむかの様な感情の色に、狼狽えて体を揺らす。

 

「なんです、その目はっ!」

一人。大事な人を忘れてるんじゃない? ──私達の、最強の魔法使いを、さ

 

 一体何をと、その使徒が言葉の意味を優れた思考回路で解析して。

 

 次の瞬間にまさかと目を見開いた──まさに、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カッ──────────!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空に、黄金が咲いた。

 

 

 

 それは誰もが気がつくほどの光だった。

 

 

 

 だから皆が、それを見上げた。

 

 

 

「──なんだ、アレは」

 

 ガハルドが、呆然と呟く。

 

『え、えぇー……?』

『おいおい、嘘やろ……!?』

『この、巨大な、光は──』

 

 ローグ達ライダーが、仮面の裏に表示された解析に引き攣った顔をする。

 

 同様に、連合軍の者達が、スマッシュ達が、騎士団が、竜人族達が、プレデターハウリア達が。

 

 漢女軍団が、司令部のベルナージュ達が、ミレディが、アークが、ホムンクルス達が、彼女らに守られるミュウが。

 

 地球組が、愛子が、美空が、香織が、使徒達が、魔物やコクレン達でさえもが。

 

 誰もが驚き、慄き、恐れ、あるいは心を奪われながら、等しく空を見つめる。

 

 

 その中で、唯一。

 

 

 

「──始まりましたね」

 

 

 

 血でより赤く染まった戦鎚を、肩に担ぎ直した天災ウサギが。

 

 

 

「……待ちくたびれたよ」

 

 

 

 拳の一撃で、敵の頭蓋を割った暴れウサギが。

 

 

 

「ふふ。案外、長かったのう?」

 

 

 

 四体の龍を操り、使徒を蹂躙していた竜女皇が。

 

 

 

『ふぃー。雑魚掃除もそろそろ飽きてきた頃だったぜ?』

 

 

 

 新たに増えたコクレンを、ローグ達と共に滅ぼしていた星狩りが。

 

 

 

「……やっとか」

「お、こいつはすごいのう」

「相変わらず、規格外だねえ」

「……黄金の、光」

 

 

 

 各々が児戯のように神軍を屠り、移動していた勇者達が。

 

 

 

「……皆、気を引き締めろ。これからが本番だ」

「……魔物達の準備はできてるぞ」

 

 

 

 無数の〝兎〟を従える、血に濡れたナイフを握る黒衣の男と、指揮棒の様なものを携えたローブの男が。

 

 

 

 

「あれ、は──」

「凄い……!」

「どうやら、フィナーレには間に合ったようだな」

 

 

 

 リベルに支えられたこの時代のルイネを伴った、未来の龍女帝が。

 

 

 

「タイムアップ、なの」

「結構倒せたね」

 

 

 

 屍の山の上、背中合わせに立ちながら空のそれを見上げる星狩りと魔王の娘達が。 

 

 

 

 彼女達だけが、その時を待ち侘びていたのだと、そう笑った。

 

 

 

 

 

 

 ──それは、数百メートルもの規模を有する、芸術品のような眩い大魔法陣。

 

 

 

 

 

 構成する何十もの魔法陣一つをとっても、常人には到底理解できない高度な術式が組み込まれている。

 

 知性ある者は、己にできないものを恐れることがこの世の定めだ。

 

 だが〝これ〟は、それ以前に魂の根底から服従してしまいそうになる、そんな光だった。

 

 地響きの様な音を発しながら、超大規模な円環はゆっくりと、万人を虜にする光を放ち、廻っていく。

 

 

 

 

 

 その中心に、たった一人。

 

 

 

 

 

 この膨大な光を司る者が、手をかざす。

 

 白布に体を包み、黄金の川の様な髪をそよ風に靡かせて、見ることも烏滸がましいほどの美貌に儚げな表情を浮かべながら。

 

 ありえざる威容を放つ魔法陣を展開した、その天女──ユエは、真っ赤な空など比べ物にならないほど鮮烈な赤目を光らせる。

 

 その瞳は、魔法陣と重なった地点にあるモノ──【神門】を、見据えていて。

 

「全使徒、コクレンに告ぐッ!!! あの女を今すぐに殺しなさいッッッ!!!!!!!」

 

 気がつけば、その使徒は喉が張り裂けんばかりに叫び散らしていた。

 

 本能が、全身の細胞が、作られた模造品の魂が、存在しないはずの心がつげてくるのだ。

 

 アレはだめだ、アレだけは見過ごしてはならない。

 

 今すぐ止めなくては──()()()()()()()()()()()()()()()! 

 

 

 

 

 

 

 

《──させるはずがないだろう》

 

 

 

 

 

 

 

 そんな神の人形どもへ与えられたのは、恐怖。

 

 魔法陣の下、虚空に歪みが開き、そこから〝瞳〟が覗く。

 

 赤い。ただひたすらに、これ以上ないほどに、悍ましいまでに、赤い瞳。

 

 金に縁を塗られた、美しき極星の如き瞳に睨まれて、エヒトの生み出した全ての者は動きを止めてしまう。

 

「あな、た、は──っ!」

《神の木偶共。たとえ世界は違えども、我が愛する男を奪った罪──塵芥にも劣るその魂で贖え》

 

 動きたくても、動けない。

 

 目を逸らすことも許されないで、頭の中に響いた女の声に、彼女達は心底震え上がって。

 

 そんな使徒を、魔物を、コクレンを、破滅という闇のどん底に突き落とさんがために。

 

 

 

 

 

 

 

「〝壊鍵〟」

 

 

 

 

 

 

 

 魔法の名を告げながら、ユエはゆっくりと手を閉じた。

 

 瞬間、超大魔法陣が一気に光を解き放ち、振り撒かれる光は目を奪われていた者の目を灼いた。

 

 果たして皆が目を瞑り、顔を背けたのは、五秒か、十秒か、あるいはもっと刹那の間か。

 

 

 

 

 それでもあっという間だったことには変わりない。

 

 僅かな時の静寂を体感した後、瞼を焼く光が収まったのを見計らって、人類が再び顔を空へ向ける。

 

 そして、消えた魔法陣の代わりに現れていた〝黄金の門〟に目を奪われた。

 

 

 

 

 

 

 

 ギィイィィイイイイイイイイ……………………

 

 

 

 

 

 

 

 彼らの目の前で、黄金門は両の扉を閉めていく。その中に【神門】の暗い昏い穴を閉じ込めながら。

 

 やがて。

 

 

 

 

 

 …………バ、タン

 

 

 

 

 

 荘厳で重厚な音を立てて、扉が閉まる。

 

 思い出した様に現れた、赤いクリスタル状の鍵が、門自体に対してあまりに小さな鍵穴に挿し込まれ。

 

 ガチャリと、この星の隅々にまで届くような、とてもとても大きな音が響くその時まで。

 

 他の音は、一切が存在を許されなかった。

 

「閉じ、た…………?」

「【神門】が、封印……された、のか……?」

「おいおい、嘘だろ……本当に、神が開いた門を、一人で──!?」

 

 最初に、ざわめきが起こる。

 

 信じられないものを見た、目を疑う奇跡を目の当たりにした時の、当然の反応だ。

 

 やがて、少しずつ現実を受け入れた者達が、じわじわと実感を得て、その顔を希望と笑顔で満たしていく。

 

 戦いは収束しておらずとも、歓声が上がるまでそう長い時間を用いる必要はなかった。

 

 

 

 

 

 では、奇跡ではなく絶望を得ることになった者達は。

 

「──馬鹿、な」

 

 いずれかの天使が、まるで意味が理解できないと言うように目を見開く。

 

 理解できない。理解してはいけない。理解できるはずがない。理解などしてやるものか。

 

 そんなことを繰り返し考えながら、天に固く閉じたその門を凝視し、心を蝕む黒いものから逃げようとするけれど。

 

「──ねえ。どうして、貴女達はまだ意識があるのだと思う?」

「っ!?」

 

 背後から聞こえた冷たい声に、ビクッと使徒は肩を跳ね上げる。

 

 全身を生まれて初めて感じる恐怖に戦慄かせながら、その怖さに顔を歪めながら、振り返り。

 

 そこにある、ゾッとするほど美しい朗らかな笑顔に「ひっ」と悲鳴を漏らした。

 

「あの魔法はね、生物、魔法、あるいは星そのものでも、対象にしたものは例外なく支配してしまうの。それだけに、発動準備に途方もない時間がかかるんだけど……」

「っ、でっ、ではっ、貴女達が我々と、た、戦って、いた、のはっ!」

「そう。時間稼ぎだよ。そして【神門】ごとこの周囲全体の〝世界〟を掌握した今、【神域】から貴女達に供給される魔力もユエの思う通りにできる」

 

 さて、とカオリは見惚れるような笑顔で手を合わせて。

 

「もう一回質問するね。そんな空間の中で、まだ貴女達への魔力供給が断たれていない理由はなんだと思うかな? かな?」

「な、何故、です、か……?」

「それはね──」

 

 スッと、表情を消したカオリに。

 

 その使徒だけでなく、答えをなんとなく察した隣の香織までもがチビりそうになった。

 

 

 

 

 

「この鳥籠に閉じ込められた貴女達を、私達が、ゆっくり、ゆっくり、ゆ────っくりと……嬲り殺すためだよ?」

 

 

 

 

 

 あぁ、と。

 

 そう、極限の恐怖に声を漏らした使徒が失禁しなかったのは、神の使徒としての最後の矜持か。

 

 心が壊れた者特有の狂笑をうっすらと浮かべ、だらりと垂れ下がった両手から双大剣が滑り落ちていく。

 

 ガクガクと、骨の髄から震える使徒に対して、また笑顔に戻ったカオリが。

 

「まず、その翼を引き千切ってあげる」

「ひっ……」

「次に手足を削ぎ落とす。その次は目を抉り出して、それから……」

「い、いやっ……やめ、やめてっ……!?」

「大丈夫だよ、最後までちゃんと意識は残すから。その上で、いっぱい苦しめてあげる。私達がこの五十年、ずっとずっと味わってきた気持ちの分だけ、同じだけの苦痛を、貴女達にそっくりそのまま返す」

 

 それが、お前達がしたことなのだと。

 

 始を、シュウジを奪い、自分たちの心をバラバラに引き裂いたのだから、その責任を取れと。

 

 深い怨嗟が入り混じる声音で、呪詛に等しいおどろおどろしい言葉で、怨念が垂れ流されて。

 

「ちょっとずつ自分達が壊れていくのを実感しながら──絶望と恐怖、後悔にその心を満たしながら、死んでいってね?」

「い、いやぁああああああああぁああああっ!?」

 

 ついに錯乱したその使徒は、無様な姿勢で背中を見せ、飛翔した。

 

 悪鬼のようなその女の前から、一秒でも早く逃げたかったのだ。少しでも遠くに行きたかったのだ。

 

 そうしなくては、()()()()()()()から。

 

「あぇっ?」

 

 結果、自分の死を早めることになると思わずに。

 

 飛んできた黄金の斬撃波に全身をバラバラに切断され、頭だけが無事に残される。

 

 体を失った痛みと恐怖で目を見開く頭部は、どこからか飛んできた六枚刃のディスクで両断された。

 

「ふふ、ちょっと脅しただけなんだけどなぁ。私達に心はありませんなんて言っておいて、思いっきり怖がってたじゃん」

「「「は、腹黒崎……」」」

 

 あははは、とそれは愉しそうに笑うカオリ。

 

 香織と、美空と、たまたまカオリの方を見ていた愛子が声を揃えてそう呟いた。

 

 

 

 

 

 ──程なくして。

 

 

 

 

 

 戦場に阿鼻叫喚が響き渡る。

 

 それは時間稼ぎのため、()()()()()()()()()()()未来軍に蹂躙され、陵辱される神軍の悲鳴。

 

 彼女らは待っていた。

 

 五十年前、心壊したシュウジと、彼の死に嘆く自分達を散々に嘲笑っただろうエヒトに、その手先に最高の形で報復する時を。

 

 まるで鳥籠の中にいるように窮屈で陰鬱な、そんな闇に心を囚われていた自分達の気持ちを思い知らせる瞬間を。

 

 そして、共に戦っているこの時代の人類軍がドン引きするほど、執拗に使徒や魔物達を痛めつけはじめたのだ。

 

 使徒や魔物達、コクレンは、最初こそ怒号を上げていたものの、やがて新たな悲鳴となり、最後には殺してくれという懇願へと変わっていく。

 

 彼女らの恐ろしい所業に戦慄しつつも、人類軍も今こそが勝機と最後の士気を振り絞って神軍に遅いかかった。

 

 するとまた一人、また一匹、また一体と、地上から神の差し向けた者達がその命を落としていき。

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴が絶えたのは、それから数時間後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、ついにハジメ達の最終決戦。

読んでいただき、ありがとうございます。


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ただ一人のための、大いなる戦い 序章

ついに始まる最終決戦。

相手はトータスに神として君臨せし存在、エヒト。

大切な男を、取り戻せ。


ARE YOU READY?




【挿絵表示】




 ハジメ SIDE

 

 

 

「──と、まあ。このような結末を迎えたわけだが。どう思う? 南雲ハジメ、八重樫雫よ」

「チッ……!」

「く…………!」

 

 空間の割れ目から垂れ流されたその映像に、舌打ちをせざるを得ない。

 

 それは自分の中に沸き起こった激情を暴発させないための行為であり、漏れ出てしまった一部でもある。

 

 

 

 

 

 結果だけ見れば、俺達の完全勝利。

 

 

 

 

 

 各々がこの三日で鍛え上げ、手にした力を存分に発揮して、それぞれの敵を殺した。

 

 だが、結果良ければ全て良しなどと仲間の死を割り切れるほど、人間の心を捨てちゃいない。

 

 それとは裏腹に、殺し合いの中においては冷徹な方が勝つのが真理であることもまた、理解している。

 

 故に冷静にならなければいけない。

 

 たとえどれだけ、坂上の死に怒りを感じ、天之河と御堂の結末に悲しみを覚えようとも。

 

 

 

 

 ……そうしなければいけない理由は、自分以外にもう一つある。

 

「ッ……!!」

 

 幼い頃から共に育った男の、相対することになった友の死を、その女ともう一人の幼馴染の悲恋を見届け。

 

 今にも泣き叫びたいだろうに。シュウジの肉体でなければ、くびり殺したいほど怒り狂っているだろうに。

 

 音が響くほどに刀の柄を握りしめて。下唇を噛み切りそうなほど噛み締めながら。

 

 それでも涙を流すまいと、激情を押さえつけようと、そう堪えている女を見て。

 

 どんな恥知らずが、怒りを叫べるというのだ。

 

「思った通りの反応だ。実に悲しい結末だものなぁ」

「ッ!」

「……外道が」

 

 いけしゃあしゃあと、さも同情するかのような口調で言いやがる。

 

 そのにやけヅラは、あの虹の空間のすぐ次に時計塔に移動させたのはわざとではないかとすら思える。

 

 

 

 

 実際にそうした可能性は、かなり高い。

 

 奴の腐れっぷりは解放者達の残した記録で、何より魔王城の罠でよく知っている。

 

 チラリと横を見てみれば、八重樫の目は既にそれだけで人を殺せそうな程に殺意に満ちていた。

 

 それを見てまさに愉悦だと笑う様は、シュウジと魂が溶け合おうと、奴がエヒトなのだと確信させた。

 

 そもそもハナから奴の言葉を信じちゃあいないが……だとしても、十分すぎる。

 

「さあ、もう一度問おう。我が下に来るのだ。さすれば、塵と化したあの《獣》達は甦らせることはできないが、未だ魂まで滅んではいないあの男ならば使徒として生き返らせてやるぞ?」

「貴様──ッ!」

「──ハッ、随分と都合のいい言葉だ。いかにも三文芝居の悪役が提示する条件だな」

 

 刀を抜きそうになった八重樫を制するため、挑発を口にする。

 

 たちまち奴の視線はこちらに向いて、そうすると思っていたと言わんばかりに目を細めた。

 

 クソッタレ。あいつが揶揄う時によく似たその反応が、何よりも俺を苛立たせるよ。

 

「だが、良いセリフだろう? 使い古された言葉は往々にして、それだけの価値があるのだ」

「だとしてもお前が言ってる時点で0点なのがわからねえか? あまりに滑稽すぎて、耳が腐るかと思ったぞ」

「ククク、よく回る口だ。それでこそ、この男が己を預けるに相応しい男だろうよ」

「……その言葉は、あいつ本人から聞いたからこそ意味のある言葉であって、お前が口にしていいセリフじゃねえ」

 

 変心してから頑固になったなどと自分に嘯いていたが、俺も結構な単純馬鹿だ。

 

 なにせ、あの時一回頼られた、たったそれだけで、他の何を差し置いても助けようと思ったんだから。

 

 あいつだから、精一杯に両手を伸ばす。伸ばしたいと、そう思える。

 

 だが相手がこいつとなれば──向けるのは、この二つの銃口以外に存在しない。

 

「──お前は殺す。混ざってるシュウジは引き剥がして、その体ごと奪い返す。これ以外に俺の答えはない」

「そうか。ではお前はどうだ、八重樫雫?」

 

 エヒトが目を向け、俺も目線は奴からそらさずに、隣にあるその体から発する気配を感じ取る。

 

 頭を冷やすだけの時間はやった。そして八重樫雫という女は、これを無駄にする様なやつじゃない。

 

「──ええ、そうね。私もお断りだわ。その真っ黒な薄汚い手、斬り落としはしても取ることはありえない」

 

 そら。お前ならちゃんとそう答えられると思ってたぜ、八重樫。

 

 刀を引き抜く清涼な音が響き、左の視界の端にてその切先がエヒトの心臓へ定められる。

 

 答えは同じ。いまさら顔など見合わせなくても、俺達二人の答えが変わるはずがない。

 

「それに、一つ言っておくけれど。龍太郎は自分の意思で戦い、散ったわ。たとえ未練があっても、それでも誇りをかけて戦い抜いたのならば──私の自慢の幼馴染は、絶対に、後悔なんてしていない」

「それはただの押し付けではないか? あるいは、そうであると思い込んで己の心を守りたいのか?」

「貴女にはわからないでしょうね。表面にシューの薄皮一枚を被せただけの外道には、信じるということが」

「──ククッ。どこまでも面白い者達よ」

 

 ここまでコケにされても、なおも楽しそうに、どこか余裕のある様子で笑いながら。

 

 奴は頬杖を外して、両手を肘掛けに置くと、一息に立ち上がった。

 

「この様な結末になったことは、実に惜しい。だがその刃を収めないというのであれば、我も最後の余興に相手をしてやるのもやぶさかではない」

「言ってろ。せいぜい、それが辞世の句にならないことを祈るんだな」

「散々コケにしてくれた分、ズタズタに切り裂いてあげる」

「──ハ」

 

 奴が笑う。それがこのくだらない問答の終わりであることは明白。

 

 途端に俺も八重樫も、全身から魔力を吹き上げ、それぞれの戦闘態勢を整えたのも必然で。

 

 奴が虚空に手を伸ばし、〝それ〟をどこからともなく取り出したことも、ある種当然だった。

 

「エボルドライバー……」

「やっぱり、それも掌握してたな」

「面白い道具だ。これから始めるのは我にとっては遊戯だが、はてさてどこまでこれで楽しめるか」

 

 嗤いながら、奴はそれを腹部に当てる。

 

 衣服を固定する腰布に被せる様に、黄金のベルトが現れ、奴の体にドライバーを固定した。

 

 それから奴は、勿体つけた動作で懐に手を伸ばし──見たことのない、黄金のエボルボトルを取り出す。

 

 

 

 

 桁外れの視力で確認したそのレリーフは、まるであの召喚された日に見た壁画のよう。

 

 人を、魔物を、亜人を、竜を、その他全てを包み込むような、男にも女にも見える神々しい人物。

 

 自尊心の現れのようなそのボトルのキャップを、奴は見せつけるように開けて。

 

「では、開演しよう」

 

 

 

 

 

 

 

スプリーム! ライダーシステム! 》

 

 

 

 

 

 

 

 もう一本の見慣れたボトルともに、エボルドライバーへと挿し込んだ。

 

 あいにくと、チンタラ変身するのをボケッと見てるような趣味はない。

 

「死ね」

「シィッ!」

 

 すぐさま銃の引き金を引いた。同時に隣で八重樫の鋭い呼気が発せられる。

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 聞き慣れた乾いた音。

 

 重ねる様に、これ以上ないほど速い斬撃波が奴めがけて空中を疾走する。

 

 しかし、俺の緋色の弾丸も、八重樫の斬撃も、届く前に奴の足元から放射状に突き出た()()()に弾かれた。

 

「チッ、カーネイジもか」

「……厄介ね」

「不埒である。こういった時に邪魔を入れるのは、マナー違反というものだぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

《 S U B L I M A T I O N ! 》

 

 

 

 

 

 

 

 よく知るそれをも支配していたことに、僅かな驚愕と苛立ちを舌打ちにして吐き出してみる。

 

 返事を返してきたエヒトが、聞いたことのない音楽を発するドライバーのレバーを握った。

 

 そして、よく見知った動作が、知らぬ音と最悪の中身によってゆっくりと始められた。

 

 

 

 

 レバーが回される。

 

 交響曲9番によく似たアレンジとはまた違う音楽が、ドライバーから流れた。

 

 どこか陽気な通常とは異なり、何百人ものフルコーラスが追加された、無駄に荘厳な音の奔流。

 

「クソッ!」

「くっ!」

 

 間断なく二人で銃撃と斬撃を放つものの、その身の周りを蠢く茨に悉く撃ち落とされていく。

 

 そうしている間に、ドライバーから伸びたチューブが奴の周囲に、次々と〝扉〟を形成した。 

 

 

 

 

 

 

 

《ARE YOU READY?》

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、六つの扉と、奴の背後に一際大きな宝扉が形成されたのを最後に音楽が途切れる。

 

 同時に壮大なコーラスが止まり、一瞬の静寂が訪れる中で、奴は両手を大仰に横に広げ。

 

 

 

 

 

 

「──変身」

 

 

 

 

 

 その言葉を、口にする。

 

 

 

 〝瞬光〟を発動した俺の目には、奴が変身する過程が一から十までくっきりと映り込んでいた。

 

 

 

 背後の扉が観音開きし、そこから伸びた黄金のチューブが奴の全身を覆い尽くした。

 

 

 

 かと思えば、六つの扉が一人でに動き出し、繭に包まれた奴の体の周りを旋回し始める。

 

 

 

 少しの後、繭が光り輝いて黒と白のアンダースーツへと姿を変え、ピタリと止まった扉が開く。

 

 

 

 そこから現れたるは、優しげな微笑を称えた六人の天使像。

 

 

 

 その天使達は顔だけを残して粒子となり、そして鎧に姿を変えて装着される。

 

 

 

 全ての鎧を纏い、最後に頭部へ王冠の様に天輪が、背に純白のマントが形成され。

 

 

 

 

 

 

 

《スプリーム! スプリーム!! エボルスプリーム!!! フーハッハッハッハッハッ!》

 

 

 

 

 

 

 

 そして、奴の存在を示すかの如くドライバーが明滅し、完成する。

 

 時間にすればほんの数秒。

 

 だが、その数秒で奴はとんでもないものに……そう、文字通りに変身したのだ。

 

「……見えてたか、八重樫」

「ええ……ヤバいわね、あれ」

 

 八重樫の返答に、俺は心の中で頷かざるを得なかった。

 

 一目見た瞬間にわかったのだ。

 

 あれは単にエボルの力を奪っただけではない……もっと悍ましい力に昇華させたのだ、と。

 

 ふざけたことに、ほんの一瞬とはいえそう感じてしまうほど──エヒトの放つ威容は、圧倒的。

 

 それはまるで、氷塊が背中を滑り落ちていくような悪寒。

 

 あるいは、全身の急所に一ミリのブレもなく針を差し込まれたかのような恐怖。

 

 他にもいくらでも表現する手立てはあるが──兎にも角にも、とんでもない相手ということは確かである。

 

「元からそのつもりはなかったが、万が一にも油断できる相手じゃねえな……!」

「さすが、腐っても神ってところかしら……!」

 

 普通に構えるのでは不足だと感じたか、八重樫は早々に納刀すると己の最速たる抜刀の姿勢を取る。 

 

 その瞳に揺れはなく、既に無我の境地に入りかけていることを察した。

 

 俺もまた、〝大宝物庫〟からこの決戦用に用意したアーティファクトの一つを取り出す。

 

 それは七つの頭と十の角を持つ赤い獣のレリーフが刻まれた、闇を具現化したような総勢666機の十字架。

 

 〝トリア・ヘキサ〟。クロスビットの技術の粋を集めて作った、とっておきだ。

 

 

 

 

 そんな俺達を、両手を下ろした奴が玉座から睥睨する。

 

 全身が武者振るいに震える。まるで体に見えない圧がかかっているような錯覚がした。

 

 自然と口を獰猛に笑わせながら、ドンナー&シュラークとビットの銃口を全て奴に向けた。

 

「随分と派手な見た目になったな、ええ?」

『──我こそはエヒトルジュエ。またの名を、至高なる神化体(エボルスプリーム)。遍く命より至高なる、ただ一人の存在である』

「ふざけないで。それはあの人とエボルトの力、返してもらうわ」

『ハ、よく吼える──〝平伏せ〟』

 

 脈絡なく放たれた【神言】──魂魄を介して行われる、非物理的重圧。

 

 降り注いだ神の言葉は──しかし、自動的に魔力が通った義眼から発した波動により対抗する。

 

 同じものが隣の八重樫からも発され、二つ重なった紫色の波紋は奴の【神言】を打ち消した。

 

『ほう、効かぬか。さしずめこの男が用意した、我への対策か?』

「おかげさまで、テメェの前で這いつくばらずに済んだぞ?」

『なるほど、なるほど。ではこうしよう』

 

 玉座に腰を下ろした奴は、元のように片手を肘掛けに置くと足を組む。

 

 舐め腐った姿勢に俺達の殺意が高まる中、奴はもう一方の手で指を鳴らした。

 

 すると、奴の鎧の顔像が光り輝いて、光で構成された天使達が生み出されていく。

 

 それらは剣や槍、斧、鞭、果てはモーニングスターなんてものまで装備してる個体までいる。

 

 純白の空間を埋め尽くさんばかりに瞬く間に光の天使は数を増やし、無数に膨れ上がった。

 

 それ一つ一つが、容易に地形を変えるだけの威力を持つ破滅の光であることを肌で感じ取る。

 

 星のようなその光芒を従わせ、神々しい鎧を纏うその姿は、なるほど神と言われればそれらしい。

 

『では、踊れ。まずは我を楽しませてみせよ』

「──フルバーストッ!!」

「〝霞断ち〟ッ!」

 

 奴の戯言に、俺達は殺意を存分に込めた言葉で答えた。

 

 奴の天使軍団が動き出したのと、俺のヘキサが一斉に火を吹いたのはほぼ同時。

 

 意思なき天使どもが俺達を鏖殺さんと迫り、その先頭をヘキサの弾丸より速く飛んだ斬撃が削る。

 

 捉えられぬ霞を強引に叩き斬るような極太の斬撃波は、見事に数百の天使達を斬り捨てた。

 

 一拍遅れ、動きが僅かに鈍った天使どもへ電磁加速された破壊力特化の緋弾が到達し、粉砕していく。

 

 

 

 轟音、衝撃、点滅。

 

 

 

 光と光、そして光をも切り裂く斬撃が飛び交い、破壊と破壊をぶつけて撒き散らす。

 

 規模で言えばもはや戦争。物体がある空間であれば、根こそぎ消し炭となっているだろう。

 

 しかしこの程度では、単なる小手調べでしかない。

 

「〝時刻み〟」

 

 俺が次々と新たに生み出されて途切れることのない光の天使を全て受け持つ間に、八重樫が奴に仕掛ける。

 

 斬撃波が飛ぶ時間を再生魔法で短縮する、香織の使う〝神速〟という技を斬撃に応用したもの。

 

 次の弾幕が天使達を焼き焦がすより速く斬撃が飛び、ふんぞり返っている奴に直接届いた。

 

 

 

 ガンッ! 

 

 

 

『時を縮める一撃か。面白いことをする』

 

 憎たらしいことに、八重樫の斬撃が奴の前に現れた白金の障壁によって止められている。

 

 鋭すぎるそれは半ば以上まで食い込んでいるものの、しかし奴の鎧に傷一つもつけてはいない。

 

 やがて、光と爆炎の向こう側で障壁を削り取っていた斬撃がふっと消えてしまったのを確かめる。

 

『ふむ……これでは、天使共だけで塗り潰さんとしても意味がないな。ならば趣向を変えよう』

 

 奴が片手を上げ、握る。

 

 するとひたすらに俺達を圧殺しようとしていた天使が一斉に散開し、周囲に散らばった。

 

 別の攻撃を予感し、今の攻防で半減したヘキサ達の隊列を組み直して銃口を全方位へと向ける。

 

 同じようにドンナーとシュラークの銃口を向けながら、その挙動を見逃さないように注視し。

 

『〝堕ちる(ソラ)の輝星〟』

 

 くるりと奴の指が円を描いた瞬間、頭上に感じた悪寒に顔を跳ね上げた。

 

 

 

 

 

 流星群だ。

 

 

 

 

 

 何かしらの攻撃を比喩したものではなく、正真正銘()()()()が落ちてきている。

 

 一つ一つが数十メートル、でかいものじゃ百メートルに達する炎を纏った岩が数十とあった。

 

 その向こう、白亜の空間の上方には巨大なワームホール。

 

 彼方に存在するは、無数の星々輝く黒い海原。

 

 奴はこの空間と宇宙を繋げ、そこから隕石群を召喚しやがったのだ。

 

 そちらを向いてる一部のヘキサだけでは到底破壊しきれない! 

 

「〝シックスヘッズ〟! 」

 

 即座に〝大宝物庫〟に収められたアーティファクトを即時召喚する単語を叫ぶ。

 

 ヘキサが一部消え、代わりにその五、六倍はある巨大な黒鮫──某B級映画のような六頭のシュヴァルツアーが現れる。

 

 フリードがいた孤島程度なら容易く破壊するミサイルを積んだそいつらに、魔力を叩き込みながら命令した。

 

「焼き尽くせ!」

 

 

 

 ゴァッ──!!! 

 

 

 

 咆哮のように発射音を上げ、隕石群に無数のミサイルを発射。

 

 大質量故に見た目はゆっくりと、実際には凄まじい速度で落下してくる隕石を破壊していく。

 

 三十機のシックスヘッズを用いて、押し返すのがやっと。その隙を奴が見逃すとは思えない。

 

『そら、天使共を忘れてはいまいか?』

 

 最悪の予想を実現してやると言わんばかりに、周囲の天使達が一斉にその身を光の槍に変える。

 

 一本一本にユエの最上級魔法に匹敵する魔力が秘められているのが、魔力感知でわかった。

 

 奴の魔法技術に舌を巻く暇もあらず、一つのズレもなく全ての槍が射出されてきた。

 

 

 

 

 迫る光。

 

 名付けるとするならば、〝神光百槍〟とでも呼ぶべき、エヒトの絶技。

 

 隕石の纏う熱と同じほどに、あの距離で肌をチリチリと焼くそれらに──

 

「テメェこそ忘れてないか? お前がここに招いたのは──俺の知る限り、最強の剣鬼だぞ?」

 

 ──俺は、不敵に笑った。

 

 

 

 

 

「〝千燕斬り〟」

 

 

 

 

 

 そして、白い空間に舞う千の斬撃。

 

 魔王城でアルヴ達を悉く塵になるまで切り裂いたあの光にによく似通った、紫の剣閃。

 

 一つとして無駄のない、的確に全ての槍の軌道を読み切った究極の先読みを用いて放たれたもの。

 

 ほぼ同時に到達した斬撃波が、中には途中で軌道を変えた槍さえも切り裂いてしまった。

 

 相変わらず同じ人間とは思えない腕前だ。それに負けないよう、俺もシックスヘッズを追加召喚して弾幕を増やす。

 

 全ての隕石を破壊し尽くしたのは、7.6秒後のことだった。

 

 代償としてヘキサもシックスヘッズも全滅。鉄屑と化したアーティファクト達を収納する。

 

「助かった」

「お安い御用よ」

『──ハハハ。よもや一つも傷を負うことなく、全て防ぐとはな。なかなかに楽しませてくれる』

 

 奴が、見下ろしてくる。

 

 未だ玉座から動かない奴に殺意を乗せた目を向けながら、八×八砲門機関銃〝メツェライ・チェウ〟を取り出した。

 

 隣に立つ八重樫が、着物の回復魔術が込められた桜を一花散らすことで回復し、抜刀の姿勢を取り直す。

 

 すると握られていた奴の手が開かれ、その背後に夥しい量の天使と槍が一瞬で生み出された。

 

「ざっと数えて、さっきの倍はいるな。量は半々ってとこか」

「ふざけた力量ね」

 

 同意せざるをえない。

 

 魔法の構築、展開、規模、威力、速度。過去に見てきたシュウジの魔法行使を遥かに上回る。

 

 あいつは臓器を腐らせる魔法や魂を肉体からずらす魔法などといった、搦め手の魔法を同時にいくつも使っていた。

 

 五つの思考を同時に成り立たせる技術を用いていたと聞いて、こいつの切り札の数は侮れないと思っていたが。

 

 こと殲滅力という点を上げるのなら、それ以上にエヒトの魔法は恐ろしいものだった。

 

『誇るがいい。我とこの男は、どうやら魔法行使における親和性がこれ以上ないほど高いようだぞ? ──それはさておき、おかわりだ。次はどうする?』

「決まってんだろ──ぶっ潰す!」

「今の私に、斬れないものはないッ!」

 

 奴めがけてメツェライ・チェウの引き金を引きながら、奴に突撃する。

 

 隣には当然のように八重樫が並走しており、抜き放った刃から突きを繰り出していた。

 

 それを待っていたかのように、数えるのも馬鹿らしい物量の光が放たれた。

 

 

 

 ギャガッ!!!!!!!! 

 

 

 

 メツェライ・チェウから、毎分十二万八千発という我ながらキチガイじみた量の弾丸が吐き出される。

 

 なんと形容していいのかわからない音を撒き散らしながら、槍も天使もまとめて削り取っていく。

 

 両側面や上方から迂回してこようとするものは、八重樫の放つ刺突が動き出す前に仕留めてくれる。

 

 それでもなお、一向に減る様子はない。奴が次々と生み出しているのだから当たり前だが。

 

 だが、ある一定の位置から先に光の弾幕を進ませないようにするだけの効果は発揮していた。

 

 

 

 

 奴に到達するにはもう一手必要だ。

 

 その一手に、〝大宝物庫〟から更なるアーティファクトを呼び出す。

 

 空中に、次々と武士のような甲冑を纏う人型アーティファクトが滲み出るように出現する。

 

 両肩にオルカンと同型のミサイルランチャーを積み、両腕には威力をそのままに小型化したメツェライを装備。

 

 胸部には魔法を分解する砲撃を放つ宝玉が嵌め込まれ、〝空力〟を使い空を駆けることもできる。

 

 そんな体を包む赤縁の黒鎧には〝金剛〟を付与してある、世にも奇妙な兵器騎士。

 

 新たに呼び出したそいつらに、一言だけ命令をした。

 

「仕事の時間だ。〝セルツァム・マリオネッツ〟」

 

 それを聞き届けた途端、簡単な思考能力を与えた操り人形達は一斉に目を光らせる。

 

 ガシュン! と音を立て、光の軍勢に向けて一斉にミサイルや銃弾の嵐、魔法を分解するビームをお見舞いした。

 

 結果は一目瞭然。自慢の破壊兵器は光の壁を圧政するかの如くぶち抜き、奴の供給を上回る。

 

「八重樫!」

「〝崖崩し〟ッ!」

 

 存分に魔力が込められた特大の〝突き〟の斬撃波が、ついに勢いの弱まった光を突き破る。 

 

 そうして出来た光のトンネルを、〝縮地〟と〝超加速〟で一気に駆け抜け──奴の眼前に躍り出る。

 

「〝天穿〟」

 

 クイックワードを唱え、メツェライ・チェウを一瞬でレールキャノンに持ち替えた。

 

 身体能力のみならず、魔力の伝達速度も上げる〝超加速〟の力で一瞬にてチャージを完了させる。

 

「消し飛べ」

 

 迸るその光を、奴の胸めがけて撃ち放った。

 

 唸りをあげ、奴が仕掛けてきたものより何倍も太い雷の槍が射出されていく。

 

「ふっ!」

 

 更に、追随してきた八重樫が天穿の砲身を足場に跳躍した。

 

 後ろ姿に両手で〝業奠〟を引き抜きながら、天穿の砲弾を追いかけるようにして奴に飛ぶ。

 

 この威力ならばあの障壁も確実に貫ける。

 

 流石に奴そのものを貫けはしないだろうが、あの鎧を破壊するくらいはできるだろう。

 

 そこに八重樫が防御力など意味をなさない〝業奠〟の一撃でを叩き込み、エヒトだけを斬る。

 

 概念魔法の力を最大限まで引き出す為にタメる〝天断ち〟は放てないが、普通に斬っても十分効果はある。

 

 

 

 

 そう俺が予測する間に、出現した白金の障壁に赤い光がぶち当たった。

 

 八重樫の斬撃の切れ味すら減衰させる三重の障壁は、一秒もしないうちに甲高い音を立てて砕けた。

 

 予測通り。そのまま僅かにも威力を下げず、赤い雷は奴の胸──心臓ピッタリに向けて白空を走り抜け。

 

『ほう、良い威力だ。しかし──神たる我に触れようとは、不敬である』

 

 それを見ていた奴の言葉が終わった瞬間、()()()()()()()()()()()()()

 

 いつしか光を生み出すことをやめていたその顔は、天穿の光より速く肉を盛り上げ、円環から這い出す。

 

 まさに刹那。

 

 筋骨隆々の肉体を生み出した悪鬼が、彫刻のように灰色の体より白銀の炎を吹き出した。

 

「ゴォオアァア!!!」

「っ!」

 

 悪鬼が口を開け、そこから火炎放射のように蒼色の光線を吐き出す。

 

 天穿の光よりずっと細々しいその光は、驚くべきことに拮抗する様子すらもなく俺の光を貫いた。

 

 そのままこちらへ向けて、螺旋を描きながら迫る。避けることは明らかに不可能だ。

 

「チィッ!」

 

 仕方がなく、天穿を盾代わりにして全力で〝金剛〟をかけて防御体制を取った。

 

 構え終わったのとほぼ同時に、光線の先端が天穿と接触し──ふっと、通り抜けてくる。

 

「なっ──がぁあぁあああっ!!?」

 

 天穿を透過してきた光線に、体を激しく焼かれた。

 

 この、〝全属性耐性〟や、〝金剛〟、すら、簡単に食い破るほどの、熱量は!? 

 

 全身を瞬く間に炎上させた蒼炎の壮絶な熱と痛みに驚き、致命的な隙を作ってしまう。

 

「ゴァァアッ!」

「ッ!?」

 

 その隙を狙い澄まし、突然蒼く熱された天穿を真っ二つに引き裂いて悪鬼が顔を見せる。

 

 間近に見ると阿修羅蔵も真っ青な形相をした悪鬼が、炎が猛る両手を突き出してきた。

 

 このまま掴みかかられでもしようものならば、炎が勢いを増すことは容易に想像できる。

 

 そして性根が芯の芯まで腐りきった奴は、そういう時に限って最も嫌なことをしてくるのだ。

 

『絶体絶命だな、イレギュラー。ついでだ、おまけもやろう──〝堕とす悪夢の牢獄〟』

 

 

 

 

 

 首が飛ばされる。

 

 

 

 

 四肢が弾け、臓物が腹からズルズルと何かに引き摺り出されるように抜け落ちていく。

 

 バラバラになった俺を、悪鬼の蒼炎が包み込んで、跡形もなく焼き尽くし………………

 

「カァッ!!」

 

 裂帛の叫びを上げ、二割近くの魔力を全て衝撃に変換して全身の蒼炎と〝悪夢〟を打ち消す。

 

 そして、これまでで最速で〝大宝物庫〟を開き、アイディオンと同硬度の大盾を取り出す。

 

 天穿の残骸を手放し、ちょうど手の位置に落ちてきた大盾の取手を鷲掴むと逆に悪鬼を殴りつけた。

 

 奴は両手でどっしりと受け止め、全身の炎の出力を上げて盾ごと俺を焼こうとする。

 

 間髪入れず、挟み込むように背後から飛んできた大銀河のような光の豪雨はマリオネッツに完全自立戦闘モードで丸投げした。

 

「アアァアアァッ!!」

「ぐぅううううっ!!???」

「南雲くんっ!」

「いいから、行けッ!!」

 

 俺の身を案じてくる八重樫に叫び、逆転しようとする悪鬼に全力で盾を押し付けた。

 

 悪鬼の膂力は尋常なものではない。空中にいる上で、〝覇潰〟を発動している俺を前にして一歩も引かないのだから。

 

 だが、負ける、つもりは…………ないッ!!! 

 

「おぉおおおおぉぉおおおおぉぉぉっ!!!」

「ガァッ!?」

 

 大口を開け、腹の底から咆哮を上げて喝を入れると、悪鬼を押し切った。

 

 勢いをそのままに両腕を振り切り、大盾から貫通型の魔力衝撃を吐き出して悪鬼をいなす。

 

 ようやく視界が晴れる。

 

 俺の予想が当たっているならば、そこには奴を切り裂いた八重樫の姿があるはずだ。

 

「ギィイイイッ!!」

「くっ!?」

「あれは……!」

 

 奴の左肩の顔が、鎧から消えていた。

 

 どこかへと消えたその顔は悪鬼のように体を得て、刺々しい剣の両腕で八重樫の〝業奠〟を防いでいる。

 

 血涙を流して八重樫を睨みつける様は、まるで何かを激しく妬んでいるようにすら見えた。

 

「ギィァアッ!」

「づっ!?」

 

 外に向けて振り払われた棘剣の間から咄嗟に〝業奠〟を引いた八重樫は、あえてバランスを崩して回避する。

 

 

 

 

 そのまま姿が消え、〝無拍子〟ですぐ隣に現れると俺の胴体に腕を回してまた移動。

 

 マリオネッツが抑えている光芒の圧を、背中にチリチリと感じる位置まで後退した。

 

「はぁ、はぁ……」

「南雲くん、平気?」

「……ギリギリ、な。お前はまだピンピンしてんのに、情けねえ」

「……私もさっき、あと一瞬逃げるのが遅かったら首を飛ばされてたわよ」

 

 その場で片膝をついた俺に、八重樫が楔丸を腰から抜きながら耳元で囁いてくる。

 

 答えながら奴を睨み上げるが、二体の悪鬼を両隣に浮遊させたまま仕掛けてくる気配はない。

 

 圧倒的な、余裕の表れか。

 

 文字通り弄ばれていることに、「はっ」という乾いた笑いが口から飛び出す。

 

 

 

 ──強い。

 

 

 

 これ以上ないほどの、強敵だ。

 

 先の天使を使った攻撃の時も思ったが、手札の一つ一つが尋常じゃないほどの強力無比さ。

 

 ユエの〝神罰之焔〟によく似た、物体を透過してくる炎しかり、あの気色悪い悪鬼どもしかり。

 

 ドンナーとシュラークのチャチな銃撃じゃ効かないと思って、早々に破壊力を重視したのは正解だった。

 

 あれらに対抗できる大火力のアーティファクトを使わなきゃ、とっくの昔に死んでる。

 

 

 

 

 

 

 エボルの力をも手にしたエヒトは、最強の敵と呼ぶべき相手だった。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

これ、どんだけの文量になるんだ……?

感想などをいただけると、ラストスパートで気合がみなぎります。


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ただ一人のための、大いなる戦い 二章

最終決戦は、雫とハジメの視線を交互にお送りします。

そして、もう一人……

楽しんでいただけると嬉しいです。


 雫 SIDE

 

 

 

「流石、神を自称するだけのことはあるな……」

 

 

 

 傷だらけの南雲くんが、自嘲気味に笑いながらそう呟く。

 

 ティオさんの邪龍を生み出す為の蠱毒で脱落した、黒竜の亡骸から厳選された素材で作られたコートは半壊。

 

 露見した全身各所の肌は至る所が焼け焦げ、普通の人ならば発狂しててもおかしくない痛みを感じているはずだ。

 

「……南雲くんは回復を。私が時間を稼ぐわ」

「いや、やれる。この程度は痛みにすらならん」

 

 側から見れば満身創痍でも、彼は変わらず獰猛な笑みを浮かべて立ち上がった。

 

 技能で徐々に回復しているのだろうが、その強靭すぎる精神性には何度見ても驚かされる。

 

 〝天国と地獄〟を召喚し、自らも大型のショットガンを二丁手に携えて、私に頷いた。

 

 

 

 

 ……ここで止めようものなら、彼の戦士としての誇りを蔑ろにしてしまうわね。

 

 それまでと同じようにエヒトから意識を離さず、首を下に傾けることで肯定する。

 

 彼が隣にもう一度立ち、そうして二人で睨みあげれば──エヒトは、クツクツと含み笑いをした。

 

『本当に、お前達はイレギュラーだ。フリードの出現で傾いた盤面を更に面白く揺らす為、異界より力ある者達を呼び込んだが……よもや本命は前座に、そしてお前達がこの場に立つとは』

 

 ……その言葉は、主に南雲くんに向けたものなのだろう。

 

 彼は錬成師。この世界では珍しくない職業で、使う力は決して戦う為のものではない。

 

 

 

 だが、彼は違った。

 

 

 

 不屈の意思と無限の発想力で、〝ありふれた職業で世界最強〟の戦士として、全てを乗り越えてきた。

 

 彼の存在はエヒトにとってはその言葉の通り、私達の中の誰よりもイレギュラーのはずで。

 

 そして。

 

「それは、あの人もでしょう?」

『──そうだとも。お前達や、生きていたあの吸血姫、竜人もなかなかの異分子だったが。我にとって最大のイレギュラー……いいや、脅威はこの男だった』

 

 初めて、エヒトは頬杖を外して自分の胸に手を置いた。

 

 その中に隠されたシューの体を示す動作に、鋼のように硬くした心が震えるのがわかった。

 

『強者などという言葉では収まらぬ。神たる我が存在を直接害することができる力など、あまりに危険だった』

「……〝抹消〟、か」

「だから《七罪の獣》を召喚した。シューがその醜い魂を探し当てるより前に、殺すために」

『然り』

 

 そのせいで、御堂さんは光輝と……あの慟哭を思い出すと、今も心が締め付けられる。

 

 彼女の在り方は異端ではあったけれど、そんなことは関係なく大切な友人の一人であったことは確かで。

 

 

 

 

 二人だけじゃない。

 

 消し飛んだ廃墟の残骸の中で響いた、恵里を失った鈴の慟哭。

 

 私達のことを、何より鈴のことを最後まで想ってくれながら、一人で消えてしまった龍太郎。

 

 この世界での記憶を掘り起こしてみれば、他にもいくらだって顔は思い浮かぶ。

 

 こんな獣にも劣る畜生が催した遊戯のせいで、私も、私の大切な人も、みんな何かを失った。

 

 決して、許せない。

 

『そも、最初は単なる〝いずれ我を脅かす存在が現れるやもしれぬ〟という予感だったのだ。今より少し昔のことだがな。しかし、徐々にその予感は我を焦がす恐怖へと膨れ上がった……神たる我がそんなものを感じることなど、実に、実に遺憾である』

 

 聞いてもいないのに、エヒトが何事か語り出す。

 

 圧倒的に見下されているからこその言動だが、今は南雲くんの回復に少しでも時間が欲しい。

 

 黙ってその言葉に耳を傾けると、クツクツと笑ったエヒトはゆったりとした口調で語り出した。

 

『我はその恐怖の根源を探し、この男を見つけた。そして、我に逆らえぬ呪いを込めた術にて、この男に悪縁を持つ奴ら《獣》を召喚した。七匹もやってきたことは嬉しい誤算だがな』

「……つまり、この世界は。シュウジを殺すためのキルボックスだったってわけだ」

「じゃあ、まさか……」

『──そのまさかだよ。我が召喚したのは、この男と、偶然見つけた貴様らの世界にて我の器たり得た勇者だ』

 

 エヒトの告げた真実に、これ以上ないほどの衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

 それじゃあ、シューは最初からエヒトのちっぽけなプライドを保ち、恐怖心をかき消すために、その命を狙われて。

 

 

 

 

 

 光輝は、叔父さんによって奈落に匿われたユエさんの代わりに、エヒトの依代として。

 

 

 

 

 

 本当に、そんなくだらない理由で、二人は狙われたというの? 

 

 愕然としながらも、どこか自分でも恐ろしいほどに冷静な思考で言葉の裏を読んでいく。

 

 

 

 

 話の内容は、大体理解した。

 

 御堂さんの悪魔を取り込み、制御していた光輝なら、エヒトの器としての可能性はあるのだろう。

 

《獣》のことも、思えばカインの友だったランダさん、師匠のアベル、エボルトの兄のキルバスと、納得できる。

 

 だったら……

 

『お前はこう考えているな。我に狙われたこの男、我の器たる勇者、我の刃たる《獣》。では自分達は何故、この世界に呼ばれたのだ? と』

「っ……忌々しいけれど、その通りよ」

「聞くまでもねえよ、八重樫」

 

 この調子なら勝手に答えてくれそうだと感じていた時、南雲くんが大きく声をあげた。

 

 隣を見ると、彼は殺意と怒りに満ち溢れた赤い隻眼でエヒトを睨みながら、語り出す。

 

「あのイシュタルってジジイの言葉を思い出せ。俺達の地球は、このトータスより上位の世界。そしてこいつにとって、トータスの中にいるフリードやユエ、密かに生き延びていた竜人族さえイレギュラーなんだ。ましてや、上位世界の人間を召喚するなんてミスが起こっても何らおかしくない」

「っ……!」

「俺達は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──そうだろ?」

『──然り』

 

 また、エヒトは肯定する。

 

 たったの一言で、先の驚愕をその数倍は強い衝撃であっさりと塗り替えられた。

 

『神であっても、世界の境界を越えることは至難。器なき我が身では、【神域】の外では尚更力を振るえん。結果として上の世界から引きずり下ろすことは成功したが、()()()が色々とついてきてしまったな』

「………………オマケ、ね」

 

 正直、そんなふうに言われても三度目のショックを受けることはなかった。

 

 南雲くん達を除けば、光輝は比肩しうる相手がいないほどの力を持っていた。

 

 シューに至っては底が見えず、彼を殺す為に呼び出された《獣》達もまた強力無比な存在の揃い踏み。

 

 シューと、こういう言い方は失礼だけれど変わった南雲くんがいなければ、私はここに立てすらしなかった。

 

 だから、怒る必要もない。

 

「オマケ、か。そのオマケの中でも特に論外だった相手にここまで到達されてる今、どんな気分だ?」

『最高だよ。最大の脅威だったこの男の体も力も、今や我が物。これで【神域】の外だろうと別の世界だろうと、存分に力を振るえる』

 

 楽しそうに、それでいてどこか満足そうにクツクツと元は彼のものである声で笑い。

 

 それからエヒトは、『ああ!』と思い出したように、何ともわざとらしい声を上げた。

 

『ついでだ、お前達との遊戯が終わった暁にはあの器も回収しよう。元より求めていたものだからな』

 

 その言葉を、放った時。

 

 まるで竜巻のように南雲くんの体から立ち上った覇気に、ぶわりと髪が大きく振り乱された。

 

 背筋に戦慄が走る。それは膨れ上がる圧倒的な殺意への怯えではなく──同じ気持ちである事への、歓喜。

 

「戯言も大概にしろよ、エセ神が。ユエに手を出そうものなら──殺してから一万回殺す」

「シューの体に居座っておいて、人の女にまで手を出すなんて。斬る理由が増えたわ」

『良い啖呵だ』

 

 私達が思いを口にし、エヒトが嗤った。

 

『しかし、エセ神ときたか。全てを生み出し、支配する神たる我に対し、随分と大きく出たな。その根拠はなんだ? うん?』

「テメェで散々ヒントをばら撒いておいて白々しい……だがまあ、いい加減ハッキリさせたいからな」

 

 俺達の敵が何なのか、という言葉を言外に含ませながら、南雲くんはショットガンの銃口を向ける。

 

 まるで罪人を告発する為に指し示された人差し指のごとく、真っ直ぐに伸ばされた彼の目線。

 

 二体の石像を伴った座する邪神は、それを真っ向から受け止めて。

 

「エヒトルジュエ、お前の正体はこの世界を創造し、君臨する絶対神でも、超自然的な何かでもない。俺達と同じ、()()()()()()。いいや、元人間だ」

 

 そうしてついに明かされた言葉は、奇しくもこれまでの会話から推察した私の答えと同じ。

 

 一人狼狽えるなどという無様は見せず、先程とは異なった様で、静かに彼の言葉に耳を傾けた。

 

『──ほう。その不敬なる言葉の証拠、示してみせよ』

「神というには、お前の〝目〟は限定的すぎる。奈落のユエのことも、大陸の外に逃げたティオ達のことも見抜けなかった」

『それで?』

「全てを生み出し支配するというのであれば、わざわざユエやシュウジ、天之河の様に別から肉体を探す必要はないはずだ。自分で生み出せばいいんだからな」

『それで?』

「何よりも。全知全能でないはずのお前は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう。それが何よりも引っかかる点だった。

 

 聞けば聞くほど、エヒトには弱点とまでは呼べずとも、欠点のようなものが介在している。

 

 その様はまるで、強い力を持っていてもそれではどうにでもできないものがある──人間、のようだった。

 

『──それで?』

「〝別の世界から人材を〟。その言葉が全てを物語っている。万能な存在でもなく、体がなけりゃろくにここから動けもしないのにな。ならば答えは一つ。最初から自分自身が異物だった……だ」

 

 ある意味、私達と同じ存在。

 

 そのことに私も、語っている南雲くん本人も苦渋の表情を隠せない。

 

 エヒトはといえば──パチパチと、またわざとらしい仕草で拍手を始めた。

 

素晴らしい(Excellent)! 確かに、我が原点こそは魔法を極めた()()に過ぎない一個人。だが幾星霜の時を経て集めた信仰が神性を与えた以上、神であることは違いない』

「人間の枠を超えた神化……か」

「……こうも腐り切れるものなのね、人って」

『そしてこの男の力を手にした今、()()()()()に至ることも夢ではない』

「何……?」

「本当の……?」

「ギィイイイ……!」

「グラァアッ!」

 

 それはどういうことなのかと、問いかけるより前に石像達が動き始めた。

 

 歯軋りをする様な耳障りの悪い声を漏らして、棘剣を構えながら石像の一体がこちらに殺意を向ける。

 

 同じように、咆哮をあげたもう一方の石像が向けた怒りの目に南雲くんが引き金に指をかけた。

 

『さて、少しは回復したかね? そろそろ遊戯を再開しよう。せっかくだ、昔話を少々してやる。長く楽しませてくれよ? 我の話が終わる前に果てるのでは、つまらない』

「言われなくても足掻くさ、俺自身の為になッ!」

「貴方の身の上話など、興味はないッ!」

 

 初動は、こちらが先だった。

 

 エヒトの石像達が動き始めるより前に私は駆け出し、同時に刀の力で斥力の障壁を発動する。

 

 その理由は、障壁を発動した直後を見計らって南雲くんが上へと撃ち放った二発の弾丸。

 

 頭上で破裂音を放つそれはまるで散弾のように破裂し、超重力結界を二重に発動したのだ。

 

 

 

 

 南雲くん曰く、並の戦車程度であれば簡単に紙のように薄くなるほどの物理・魔法的な加重が二回。

 

 一度目で、背後で彼の人形が押さえていた光が地に堕ち、粉々に砕け散る。

 

 二度目で石像達の初動が遅れ、おまけにエヒトの鎧にある顔のうち二つから新たに生み出された光星を破壊した。

 

 示し合わせずとも彼の呼吸を読んだ私は、斥力障壁でその効果を逃れながら堕ちる星を避けて走る。

 

「ギィァアッ!!」

 

 エヒトの力もさるもので、無理矢理に重力を振り払った棘剣の石像が飛びかかってきた。

 

 その速度は凄まじいものであるが──先手を取った時点で、私の方が有利であることは変わらない。

 

「〝星描き〟」

 

 首を刎ねる横薙ぎ、左の腕と脚切り落とす袈裟斬り、残る四肢を飛ばす斬り上げ、胴体を両断する左袈裟。

 

 最後に返す刀でもう一度胴体を斬り捨てる、完全な軌道を描いた五連撃。

 

 最初に防がれた時に見抜いた反応速度を超えた、対応できるはずのない攻撃だったのに。

 

「イァアアアッ!」

「っ!?」

 

 奇妙な発狂を上げた石像が、同じ速度で両腕を振るってきたことで不発に終わった。

 

 それぞれの斬撃の起点、最も力を込める一瞬前を狙い澄まして突きを繰り出してくるなんて! 

 

 瞬時に解析した迎撃の手法に目を見張る暇はなく、剣山のように不揃いな剣から放たれる一撃を躱した。

 

『──我の世界は、魔法を基礎とし築かれた文明の中にあった。自慢になるが、良い発展具合だったよ。人が空を飛び、一瞬で遠方と連絡が取れ、移動は転移で済ませられた。寿命でさえも魔法医療によって数百年単位で伸ばすことができた。皆が実に豊かな生活を享受していたと言える』

「ギギィアッ!」

「くぅっ!?」

 

 石像が放つ斬撃の数は尋常ではなかった。

 

 一撃目はこちらが先制を取ったというのに、三秒も経たぬうちに防戦を強いられたのだ。

 

「ギギギィァァア!!」

「なんて、理不尽なっ!」

 

 膂力や速度、斬撃の精度が凄まじく高いことは、元はエヒトの一部だったから当然。

 

 まるで数百人の剣豪と同時に切り結んでいるような錯覚を覚えるほどに、その石像の剣術は卓越していた。

 

 だがそれ以上に厄介なのは、〝間の意識〟が違うこと。

 

 どんなに腕の延長のように剣を扱えるといっても、結局それが別の物体であるのは変わらない。

 

 その為、必ず剣の重心や体重移動、筋肉の動かし方などを意識する必要があり、熟達した剣士はこれを限りなく無意識に行える。

 

 だが、どれだけ強くてもこの〝間〟はゼロにはできない。あるいはそれを利用することはできるだろうが。

 

 私が見抜くのは、まさにその隙間。

 

 相手が攻撃を繰り出す一瞬前の意識の穴を狙って、先に斬る。

 

 特に使徒は一律にインプットされた戦闘技術を使っていたから、非常に先を取りやすかった。

 

 何も武器を扱う者だけでなく、魔物などでも攻撃の前の〝間〟はあるので適用は可能。

 

 

 

 それが、この敵には無いのだ。

 

 

 

 本当に剣が体の一部だからこそ、普通はどうしても生じる〝間〟のテンポがまったく異なっている。

 

 無論、先読みだけが私の武器ではない。

 

 単純に術技で上回り、斬り伏せればいいだけのこと! 

 

『しかし、盛者必衰というのはあらゆる世界の真理。理由は実にくだらないものだった。それこそ資源の枯渇や宗教的戦争などの方がよっぽどマシだという程にな。それは何だと思う?』

「「っ!」」

 

 私も、視界の端で降り注ぐ蒼炎を巧みな銃撃でなんとか相殺している南雲くんも答えない。

 

 答えられないの方が正しいでしょう。

 

 エヒトの言葉に向ける意識さえも、やっと捻り出した一欠片。気を抜けばすぐに斬られる。

 

「アアァアア!」

「ぐ、ぅっ!」

 

 両腕の振り下ろしを、連なる棘の隙間に刃を差し込んで受け止める。

 

 なんとか見抜けた、最も石像の方から押し込みにくい位置に持っていくことができた。

 

 そんな必死な私や、南雲くんを嘲笑うようにして、明朗にエヒトの声が響く。

 

『至ったのだ、世界の理に。世界を形作る情報に、物質に、生命に、星の力に、時に、境界に干渉できうるまでに、魔法技術が発達し過ぎてしまったのだよ。そして、そういった技術を突き詰めた人種というのはブレーキが存在しない。瞬く間に世界にその技術は広まり、世界は玩具のように弄り回され……結果、崩壊した』

 

 棘剣が、強引に振り払われた。

 

 拮抗が崩れる瞬間に凄まじい力で刃が軋みを上げ、即座に無拍子で自分ごと一歩引く。

 

 斬る相手を失った棘剣は空振り、両腕を伸ばした状態の石像を見ながら刀を鞘に収め。

 

 トリガーを引き、〝音断〟を放つ。

 

〝八重樫ッ! 〟

「っ!」

 

 いざ指が鞘の引き金を押し込まんとする、その瞬間。

 

 脳裏に響いた彼の〝念話〟、それも余裕が欠如した、名前だけを呼んだものに警鐘が思考を打ち付ける。

 

 意識を痺れさせるほどの危機感に、咄嗟に従った私は足と指の動きを全力で止めた。

 

 反動で激しく揺れたポニーテールが顔の横を流れて──毛先が、上から落ちてきた蒼い光に消される。 

 

「っ!?」

「ゴァアアアアア!!」

「よそ見してんじゃねえよ、ダボがっ!」

「ギィイアアァ!!」

「くぅっ!」

 

 こちらに攻撃を仕掛けてきたもう一方の石像、南雲くんの悪態、どちらにも反応する時間は無くて。

 

 何かしらの重火器が使われた反響音を聞きながら、跳ね上げられた棘剣の切っ先から体を引いて逃れる。

 

「ホ、シ、エガ、キッ!」

「っ!!?」

 

 次の瞬間放たれた石像の斬撃に、目を剥く。

 

 刀を抜く暇も、無拍子を使う間も無い、五芒星を描く超速の斬撃。

 

 驚愕を覚えながらも、後ろに傾いた姿勢で後退しながら必死に刀の柄で棘剣の五連撃をいなした。

 

 どうにか全ての攻撃をまともに受けることなく凌ぐことができたのは、まさに奇跡だったろう。

 

 

 

 

 ようやく逃れた時、四肢や喉に出来た傷が遅れて痛む。薄皮一枚の切り傷でどうにか済んだ。

 

 一度呼吸を整えるためにもう一歩下がったところで、ドンと背中に衝撃が走る。

 

 攻撃を受けたのではなく、温かさがある人の背中だ。誰のものであるのかはすぐにわかった。

 

「すまん、抑えきれなかった」

「いえ、助かったわ。これでさっきのはおあいこね」

 

 そうだな、と呟く彼の背中越しに、随分と荒い動悸が伝わってくる。

 

 肉が焼け焦げたような匂いまでする。引き連れていた〝天国と地獄〟もいなかった。

 

 かなり苦戦しているみたい。それに彼は、今もエヒトが生んでいる光を阻む人形達も操作している。

 

 そのおかげで私は横槍を案ずることなく、こうして戦えているのだ。

 

 比べるまでもなく、彼の方が圧倒的に負担が重いのは明らか。

 

『理が乱され、徐々に崩壊する世界。まさしく阿鼻叫喚よ。星と共に、あらゆる生命は滅びた。一部の〝到達者〟以外は、な』

「グルゥウウウ……」

「ギィイイイッ!」

「……厄介な連中だ。最初の位置から少しも奴に近づかせてくれねえ」

「ええ。とてもやりずらいわ」

 

 宙に浮かび、こちらを見下してくる石像を睨み上げる。

 

「あれは、言うなればユエの〝神罰之焔〟を物質化したようなもんだな。どんな防御も意味を成さない、対象だけを焼く焰。おまけに技も多彩だ」

「こっちもよ。それに……盗まれたわ。一度見せただけの技を」

「さしずめ、高速成長型ってところか」

『ほう、良い解析だ』

 

 滔々と語っていたエヒトが、不意に私達を意識した言葉を投げかけてくる。

 

 ほぼ同時に睨め付ければ、面白そうに肩を揺らしたエヒトは言葉を続けてきた。

 

『まずは我が力の一端を見破ったこと、褒めてやろう。〝神焔〟といってな、元は我の魔法だ。あの吸血姫も使えたようだがな』

「……ご丁寧に説明してくれることで」

『そしてもう一方だが、それにはこれまで我が悠久の時の中で使徒達に記録させた、数多の英雄の剣技を魂魄魔法で模倣し、最適化してある。名付けるならば、〝百雄倣魂〟といったところか』

「……まるで恵里の降霊術の上位互換とでも言いたげね」

 

 でも、どうりであのような錯覚を覚えるわけだわ。

 

 あの石像一体に、かつてこの世界で生きた無数の剣士が積み重ねた術理が詰め込まれているのだから。

 

 腐っても理に干渉するまで魔法を極めたと豪語する、元人間の実力ということかしら。

 

『昇華魔法の真髄も仕込んである。お前がその卓越した剣技を放つ度、その情報を解析して強くなるぞ?』

「…………」

『ハ、言葉も出ないか。せいぜい己の全てを奪われる前に倒せるよう頑張るがいい、イレギュラー共』

「グラァアッ!!」

「ギィァアッ!!」

 

 再び、エヒトの刺客が動き出す。

 

 

 

 

 その一挙一動を見逃すまいと、棘剣の石像を注視して。

 

 ──ゾッと全身に走った怖気に、咄嗟に体を捻って南雲くんの背中に蹴りを入れた。

 

「うぉっ!?」

「くっ!」

 

 彼の体が移動したのを確認しながら、私も前方に転がってその場から逃れる。

 

 一拍遅れ、蒼炎と光が合わさった八本の槍が轟音と共に花のように咲いた。

 

 ちょうど私達が立っていた場所の中間、それも両方の心臓や肺を貫ける位置だった。

 

『話を続けよう。〝到達者〟とは神代魔法とお前達が呼ぶ魔法、その真髄を一個人で扱える者達のことだ。彼らは、彼らだけは滅びゆく世界から逃れた。そう、〝異世界への転移〟だ』

「イィイァッ!」

「チッ!」

 

 串刺しを回避したのも束の間、空から降ってきた強襲を鞘で受け止める。

 

 体全体を使った回転斬りは芯まで響き、一瞬体が痺れてしまった。

 

「し、まっ……!」

「ギィィッ!」

 

 その一瞬に、石像は左の棘剣を放つ。

 

 歪な切先が、私の腹を貫く為に進んでいく様がまるでスローモーションのようにはっきり見えた。

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 響く銃声。

 

 視界の端から緋色の光が二条飛来し、一方にもう一方が跳弾してこちらに飛んでくる。

 

 その弾丸が、先端が肌に触れる距離まで近づいていた棘剣を横に弾き飛ばした。

 

 のみならず彼の弾丸は、これまで強靭でいくらやっても斬れなかった棘剣を撃ち砕いていった。

 

「ありがとよ、八重樫ッ!」

「こちらこそッ!」

「ギィッ!」

 

 好機を逃さず、痺れが解けた瞬間に体勢の崩れた石像へ攻勢を仕掛けた。

 

 まず、粉々に砕け、宙を舞う棘剣の破片を見定める。

 

『皮肉なことよな。世界を破壊した張本人達だけは死を逃れたのだ。そうしてこの世界に来たが……驚いたものだ。我の世界より遥かに原始的な世界だったのだからな』

「セィアッ!」

 

 腰元へ戻した鞘のトリガーを引き、射出された刀を掴み取って斬撃波を放った。

 

 飛び出した紫の剣閃は破片に当たり、吹き飛んだそれがザックリと石像の右目を切り裂いた。

 

「ギィァア!?」

「シッ!」

 

 怯んだ隙に真横へ無拍子で移動し、両手で振り上げた刀を一閃。 

 

 石像は素早く、壊れた左の剣で受け止め……パッ! とその左目から血飛沫が舞った。

 

「〝透斬〟」

「ギガァアァッ!」

 

 これで、目は封じた。

 

 視認による模倣を行なっているのならば、最大の脅威は削いだことになる。

 

 

 

 

 

 その私の予想は、すぐに裏切られた。

 

 

 

 

 

「ガァッ!」

 

 驚くほど正確に繰り出された右の逆袈裟斬りを、鞘で受ける。

 

 そして、脇腹が切り裂かれて血が舞った。

 

「〝トウ、ザン〟ッ!」

「っ!?」

 

 模倣、された! 

 

 これまでと違い、深く傷を負った脇腹から激痛が全身を駆け巡り、顔を顰める。

 

 当然相手は待ってくれるはずはなくて、返す刀を頭を捻って避けた。

 

「くぅっ!?」

「ギィァアッ!!」

 

 卓越した剣術が次々と放たれ、痛みをアドレナリンで誤魔化しながら防ぐ。

 

 確かに目は塞いだはず。なのにどうして模倣されたのか、その原因を頭の隅から隅まで探した。

 

 探して、防いで、探して、防いで、探しながら防いで、どうにかそのとっかかりを見つけていく。

 

 まさか、この石像が模倣する方法は──っ! 

 

「〝ガケ、クズシ〟」

「ガッ!?」

 

 もしやと予想を立てたその時、左肩を貫かれた。

 

 構えた刀を刺突が透過した、〝透斬〟との合わせ技。

 

 使われたのは、石像が出現する前に一度使ったきりの〝崖崩し〟。

 

 それで、ようやく、確信した。

 

 

 

 

 

 この石像は、エヒトが見たものも模倣しているっ! 

 

 

 

 

 

『特異な力を持つ強大な生物が跋扈し、人々は穴蔵のような住まいに息を潜める……その様を見て、我らは開拓を決意した。太古より跋扈する生物を駆逐し、人々に叡智を与えたのだよ』

「〝セン、エンギ、リ〟」

「う、ぁあっ!!」

 

 棘の一本一本から放たれる、千の斬撃。

 

 右手一本では到底防げないと確信し、全力で目を凝らしながら無拍子で斬撃の合間を逃げ回った。

 

 少なくない傷を受けながらも、大きなダメージは負わないように避け──っ!? 

 

 

 

 バジュッ! 

 

 

 

「ぎッ、ぃっ!?」

 

 唐突に飛んできた光の槍に、太ももが貫かれた。

 

 完全に意識の外に置いていたもの。南雲くんの人形が防いていたから、いつしか忘れていた。

 

 何故、と目を動かして。

 

 偶然にも、彼の人形の一体がついに破壊されて落ちていく様を捉えた。

 

「〝ヤマ、ダチ〟」

「っ、あぁあああああっ!」

 

 痛みと驚愕で失われた覇気を叫びで絞り出し、振り下ろされた棘剣に刀を当てる。

 

 刀身に斥力を纏った斬り上げによって、あえて自分を吹き飛ばすことで追撃から逃れた。

 

「あっ! うっ! がはっ!」

 

 白い地面の上をバウンドし、無事な方の足と抜き身の刀でどうにか減速する。

 

 どうにか止まった時、荒い息と共に全身から鮮血が零れ落ちた。

 

『最初は小さな村だったものが、やがて街となり、都となり、国となり……その頃には我らは神として崇められていたな。理の秘技を用いて人々の信仰心を力に変え、魂魄を強化・昇華を始めたのもこの頃だったか』

「ふっ……ふっ……」

 

 エヒトの声が、酷く耳障りだ。

 

 苛立ちを覚えながらも、着物の桜をいくつも散らして体を癒し、立ち上がる。

 

「う……!」

 

 ひどい立ちくらみだ。

 

 香織達の治癒魔法に使われる術式を応用して付与されたこの簡易回復は、血までは補ってくれない。

 

 それでも、意識は保っている。体を支えるだけの力も足にある。両手が刀を握れる。

 

 なら、まだ私は戦える。

 

『そうして数千年、この世界はよく発展した。だがそれに相反するが如く、〝到達者〟達が次々と生きる意思を失い、かつて超越した死の理を自ら受け入れてその命を終えていったよ。我には理解できなかったが……最後の一人は、〝もう十分だ〟と言っていたな』

「ギィィイイ!」

「ふぅ、ふぅ……ふー」

 

 エヒトの一人語りと、石像の奇声をどこかぼんやりと聞きながら。

 

 呼吸を整え、両手で柄を握り絞めた刀を顔の横に構えて。

 

 

 

 

 

「──参るッ!」

 

 

 

 

 

 私は、再び駆け出した。

 

 

 

 

 




次回はハジメ視点で。

読んでいただき、ありがとうございます。


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ただ一人のための、大いなる戦い 三章

神の力の一部を前に激闘を繰り広げる二人。

打ち破り、大切なものを掴み取ることはできるのか。

今回も楽しんでいただけると嬉しいです。


 ハジメ SIDE

 

 

 

 マリオネッツの一体がやられた。

 

 

 

 そのせいで八重樫に被害がいったが、フォローする前に自分で凌いでくれたようだ。

 

 言い方が悪いが、正直助かった。

 

 なにせ、こっちも誰かに意識を割いてる余裕がないもんでなっ! 

 

「ゴアアアアア!!」

「くっ!?」

 

 悪鬼が叫びをあげ、その瞬間体の一部が空間そのものに固定される。

 

 何度か使われている、技能による抵抗や身体強化をもすり抜けて麻痺させる咆哮(ハウル)だ。

 

 恐らく〝神焔〟の対象を選定する魂魄魔法を応用しているのだろう。おまけに位置はランダムで予測しずらい。

 

「何度も効くと思うなッ!」

 

 コートの肩から伸びる裾に連なる、真紅の飾りに魔力を通す。

 

 飾りが輝き、全身各所に浸透した咆哮(ハウル)の効力がみるみるうちに消えていった。

 

 情報解析特化型アーティファクト、〝ティンクトゥラ〟。

 

 ジジイの使徒人形から学んだ分解能力の仕組みと、昇華魔法の情報干渉を組み合わせた魔法解除アーティファクトだ。

 

『結局、残った〝到達者〟は我一人。唯一の神となってから千年か五千年か……随分と時が流れた』

「くたばれ!」

 

 

 ドパォンッ! 

 

 

 自由になった体を即座に動かし、ショットガンの引き金を引く。

 

 W870をモデルにした散弾銃からは、二度の銃声で電磁加速された四発のシェルが飛び出していった。

 

 ドンナー&シュラークよりも連射性は劣るが、その威力は比較にならないほど高い。

 

「ガルァア!」

 

 結果は不発。

 

 悪鬼が開いた手を伸ばせば、前触れなく出現した蒼炎で跡形もなく弾丸が焼き尽くされる。

 

 空間ポイントの特定による座標攻撃。俺がずっと攻めあぐねている所以でもある。

 

「くっ!」

 

 〝魔力感知〟にかろうじて引っかかった反応に、〝空力〟で宙を蹴って離脱する。

 

 コンマ一秒の差で、頭があった場所に蒼い炎華が咲いた。流石にアレを直接食らったら焼け死ぬっ。

 

 回避した俺を逃さないと言わんばかりに、今度はマリオネッツが抜けた場所から光槍が大量に飛んできた。

 

 配置は変え直したが、やっぱり光の天使と光槍を同時に全部は凌ぎきれなかったか! 

 

「〝女王の鏡〟!」

 

 単語召喚で自分の周囲にアーティファクトを展開する。

 

 現れた黒縁に赤い装飾の、一対の姿見が鏡面で光槍を受け止めて波を打ち、そのまま飲み込んだ。

 

 間髪入れず、同じように波紋が広がっているもう一方の鏡面から取り込んだ光槍が飛び出していく。

 

 いつかシュウジがアーティファクトの作成に使っていた、境界石を使った代物だ。

 

「グォァアッ!」

 

 当然のように、波状に広がった炎で光槍は消失した。

 

 勿論それは織り込み済み。借り物、ましてやエヒトの野郎から奪ったものなんぞ期待していない。

 

 本命は一緒に放った、あらかじめ鏡の中に入れておいたもの。

 

 それは光槍に隠れて飛び出した、複数の小さな影だ。

 

 

 

 

 広がる炎の輪を突破したそのアーティファクト達は、空中で展開して赤い光の三角形を形作った。

 

 凄まじい速度で悪鬼の手足に飛んでいき、拘束するとぴたりと本体部分が空間に固定される。

 

 ボーラと四点結界を組み合わせた、空間固定型拘束具。物理魔法両方にちゃんと効果がある。

 

 いくらあの悪鬼が馬鹿力で、なおかつ蒼炎で全てを焼き尽くそうと、数秒は止められる! 

 

『そうして我に祈りと供物を捧げに訪れる人間達を見て、ある日ふと思ったのだ──壊してしまおう、とな』

「ガルァアァアアッ!」

「〝ケルベロス〟」

 

 悪鬼へ肉薄しながら、新たなアーティファクトを召喚する。

 

 ショットガンが消え、代わりに左の義手に装着されたのは──三つ並んだ番犬の頭を思わせる武器。

 

 歯を剥き出しに開いたその三砲門には、激しく赤雷を放つパイルバンカーが装填されている。

 

「風通しを良くしてやるッ!」

 

 最速で、真っ直ぐに奴の胸目掛けてケルベロスを繰り出した。

 

 伸ばし切った本体から、ドリル型形状をした黒杭が唸りをあげて顎門より飛び出していく。

 

 それは奴の両腕を削ぎ落とし、胴体を粉砕する──はずだった。

 

 

 

 ヴォンッ! 

 

 

 

「グォオァアッ!!」

「なっ!?」

 

 超高速回転していた鉄杭は、三本とも悪鬼の両腕と口によって受け止められていた。

 

 こいつ、空間魔法で()()()()()()()()()()拘束具から逃れやがった! 

 

 見た目にそぐわぬ知能に内心舌を巻きながらも、奴の手の中でこちらに切先を向けられた黒杭を確認。

 

 一瞬で蒼炎を纏い、魔力によって俺がそうしたように高速回転した杭が奴からそのまま返された。

 

「チッ!」

 

 その斜線上に女王の鏡を移動させ、盾代わりとする。

 

 ただの蒼炎ならばそれで吸収できた。

 

 しかし、先端にユエを封印していた封魔石をコーティングした黒杭はあっさりと鏡面の力を無効化。

 

 甲高い音を立てて大鏡は砕かれ、大量の破片を白の空間のそこかしこに撒き散らす。

 

 やってくる黒杭に、反射的に光の天使や光槍を警戒して背後に回していたもう一枚も間に挟んだ。

 

 それもまた、砕かれる。

 

「ぐっ!?」

 

 飛んできた破片に、両腕で胸部と頭部を守った。

 

 残りが心許ない魔力で〝金剛〟を重ね、破片は防ぎ切る。だが続けてやってきた黒杭までは無理だった。

 

 ズグリ、と鈍い音を立て、義手と脇腹に杭が埋まる。残りの一本は、幸いに太ももの外を掠めていった。

 

 

 

 痛みに歯を食いしばるのも束の間、〝魔力感知〟に強い気配。

 

 まさか、と思い自分の体を見下ろせば──黒杭は、その内側から悍ましいほど眩く蒼い光を放っていた。

 

「しまっ──がぁあああああっ!?」

 

 

 

 激震、爆発。

 

 

 

 空間そのものを破壊する振動、神焔の熱、そして四散する黒杭の破片。

 

 脇腹の肉が抉られる。義手も芯まで届く衝撃に、外装が内側からめくれたように弾けていく。

 

 その痛みで気が狂わないように、絶叫を上げたのは本能的な行為だった。

 

『わかるだろう? それはまるで、美しき女を怪我したくなる男の情動のように。素晴らしい芸術品が、粉々に砕ける様のように。必死に積み上げられ、作られたものとは、壊したその瞬間に最高の美を発揮する。そこから得られる快楽の、なんと甘美なことか……あの絶望と救済を共に叫んだ人々の絶叫は、幾星霜の時が経とうと忘れられぬ』

「グルガァアアアァア!!」

「ち、く、しょうがぁっ!」

 

 蒼炎で作られた大剣を手に、俺が動きを止めた隙に肉薄していた悪鬼へ悪態を投げつける。

 

 形容できない絶痛を発する脇腹から全力で意識を逸らし、ほぼ壊れたケルベロスで大剣を受け止めた。

 

「グゥァァオォオ!」

「これでも、食らいやがれっ!」

 

 義手に魔力を通し、歪んだ肩部装甲をパージして、そこから小型ミサイル群を発射。

 

 威力はそこまでないが、至近距離で何度も起こる小爆発に悪鬼は大剣を引いた。

 

 

 

 

 

 爆発の反動で俺の体も押され、それに乗じて後ろに退きながら義手を顔に近づける。

 

 見るも無惨な義手の親指を人差し指で押すと、第一関節から先が折れて開いた。

 

 そこからカシュッ! と音を立てて飛び出した金色の飴玉のようなものを、直接口で──

 

「〝繋グ虚空ノ扉〟」

「っ!?」

 

 声が、響いた。

 

 そして、これまでのものより三倍は巨大な光槍が全方位を取り囲むように現れる。

 

 嘘だろ、と思うのと大光槍が動き始めるのは同時で、瞬時に回避へ意思を切り替えて体を捻った。

 

 〝先読み〟と瞬光で上がった知覚能力を頭の血管が切れるほど全開にしたおかげで、全身を掠める程度で済んだ。

 

 代償に、巻き込まれた〝治癒飴〟はあっさりと砕けた。

 

「くそっ、何だ今のは!」

 

 毒づきながら、大光槍の回避で一瞬マリオネッツの操作が疎かになったことで飛んできた光の群から逃げる。

 

 さらに数の減っていた人形達を再度対応に動かしながらも、この状況の元凶を探した。

 

『どれだけの時を生きたか、もはや忘却の彼方。されど、あの全てが崩壊する悦楽だけは強く我の中に残った。故に決めたのだ。全てを我が玩具としよう、とな』

「──っ!」

 

 すると、いた。

 

 くっちゃべっているエヒトのすぐ隣に、三体目の石像が。

 

 そいつは顔こそ目を閉じて慈愛に満ちた微笑を称えているが、下の体にわんさか口があった。

 

 全身よりぶつぶつと常に何事かを呟いている姿からは、どこか強欲さを感じた。

 

「あれがさっきの神言の発生源かっ」

「オオオァァアアアッ!」

「しつけえ!」

 

 何十発と蒼炎の玉を放ってくる悪鬼へ、ショットガンの引き金を引く。

 

 放たれるは、ショットガンの口径に調節したリビングシェル。封魔石コーティングの虎の子だ。

 

 それらが空中で一発一発が六つに分解し、不規則な軌道を描いて半分が神焔を相殺した。

 

「ガァアアアァア!」

 

 残る半分のリビングバレットへ、悪鬼は座標爆撃を放つ。

 

 前触れなく咲く炎の華を絶妙に回避し、数を減らしながらも、それでも何発かは接近した。

 

 

 

 バシュッ! 

 

 

 

 次の瞬間に何かが弾けた音が響いて、残る弾丸の速度が増した。

 

 弾頭の尻に仕込んでおいた、小さな魔力衝撃波を放つことで一時的に加速する仕掛けだ。

 

「ウグオォオオアアアァ!!」

 

 流石に潰しきれないと感じたか、悪鬼は常時全身に纏っていた蒼炎を開放する。

 

 舞い広がった炎がリビングバレットを焼き、その代わりに奴は自分を守る鎧をほんの一瞬失った。

 

 その一瞬を突くために、両足に全力を込めて〝超加速〟を──! 

 

「〝終ワラヌ時ノ円環〟」

 

 その瞬間だった。

 

 突然、世界が酷く遅くなったのは。

 

 指一本動かせず、まるで石にされてしまったかのような錯覚さえも覚える。

 

 それなのに〝瞬光〟の力で思考速度だけは保っており、奇跡的に何をされたのか考えることができた。

 

 新たな神言。効果は時間の停止……いや、知覚が出来ている以上は鈍化といった方が正しいか。

 

「ガァアアアァア!!」

 

 当然、その効果は悪鬼には及んでいない。

 

 蒼炎を纏い直した悪鬼が、開いた口に蒼い光を集めながら凄まじい速度で接近してくる。

 

 神焔を凝縮したそれは、アイディオンも既にこれまでの戦闘で壊れた今の状態では防ぎようがない。

 

 なす術なく、この魂に狙いを定めたその光に俺は貫かれた──

 

 

 

 

 

 ドパパパパァアァンッ!!!!! 

 

 

 

 

 

 ──などということはなく。

 

 むしろ、全身を穴だらけにしたまま空中で静止したのは悪鬼の方だった。

 

「──っ、そこだぁあああッ!」

「ガ、ァアァ……ッ!?」

 

 時間鈍化が解けた瞬間、叫びながら全力で体を前へと動かす。

 

 空中でフラフラと左右によろめく悪鬼は、俺を殺意と憎悪、怒りと……何よりも疑問に満ちた目で見ていた。

 

 奴の視線を真っ向から睨み返し、マリオネッツと光群がぶつかり合う轟音を背に走る。

 

「アァアアッ!!」

 

 悪足掻きに、此方へ手を伸ばして座標爆撃をしてこようとする。

 

 跳躍した俺は、ピタリとショットガンの銃口を奴の掌、その先にある額に定め。

 

「足元を疎かにしていたのが悪かったな、木偶人形!」

 

 

 ドパォンッ! 

 

 

 真っ直ぐ飛んだ炸裂弾が手を貫通し、そのまま額に到達して──爆散。

 

 頭部を失った石像は、ガクリと力を失うと体を崩壊させながら落下していく。

 

 白い地面に落ち切る前に、石像は跡形もなく消滅した。

 

 

 

 

 奴にダメージを負わせたのは、そこら中に散らばっている無数の煌めき。

 

 たとえ粉々に砕けようとその効力を発揮する女王の鏡の破片の一つ一つに潜む、小型のシュヴァルツァー。

 

 残りの封魔石全てを注ぎ込んだ弾丸の一斉掃射は、半魔法体である奴には特大のダメージのはずだ。

 

 ずっと待ち続けた。この罠にはめる好機を、奴と戦い始めたその瞬間から虎視眈々と。

 

 その為に数々のアーティファクトを無駄に散らし、余計なダメージを負い、追い詰められていると思わせた。

 

 強かったことは認める。だが奴はやってきた攻撃に対応するばかりで、ついぞ警戒というものをしなかった。

 

 そこに勝機があったのだ。

 

「八重樫はっ!」

 

 完全に悪鬼が消えたのを確認したのとほぼ同じに、我ながら焦りで上擦った声を出す。

 

 そうして、ずっと剣戟が鳴り響いていた方向を見れば。

 

「あぁあああああああっ!!!」

「ギィィイイイイイッ!!!」

 

 真っ赤に染まり上がったそこで、八重樫はなおも戦っていた。

 

 腹の底から叫びを上げ、絶えぬ剣気を纏い、一瞬すらも視認を許さない速度で刀を振るっている。

 

 何故まだ生きていられるのか。そう案じてしまう程に、あまりにもそこは赤すぎて。

 

 それなのに、少しも八重樫の〝気〟は衰えた様子を見せていないから。

 

 

 

 不躾にも、見惚れてしまった。

 

 

 

『よそ見をする余裕があるとは、見上げたものだ』

「っ、しまっ!」

「〝溢ルル刃ノ奔流〟」

 

 エヒトの方角から、無数の空間の揺らぎがやってくる。

 

 一つでも受ければ体を両断されかねないその暴流に、三体目の出現で減っていた光群を対応させていたマリオネッツを呼び寄せる。

 

 ギリギリのタイミングで間に挟むことに成功し、瞬く間に自慢の人形達が無惨な鉄屑へと姿を変えた。

 

『まずは見事、と言わざるを得ないな。よもや我が一部を打倒するとは、実に恐れ入る。では次だ、まだまだ楽しませてくれるな?』

「チッ、死ぬなよ八重樫!」

 

 

 

 

 

 また悪態を吐きながらも、前へ出てきた三体目へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 雫 SIDE

 

 

 

 ──当然。シューに会うまで、死んでなんてやるものですか。

 

 

 

 心の中で、南雲くんの叫びにそう返答する。

 

 返答ができるほどに、自分の中に余裕が生まれているのが、我ながら不思議でならない。

 

 何度、あの忌まわしい石像の放つ、かつて誰かが編み出したのだろう絶技をこの身に受けたのだろう。

 

 何度、体から零れ落ちる自分の真っ赤な血に慄き、どうやって勝てばいいのかと絶望したのだろう。

 

 告白しよう、私はこの石像より弱い。

 

 たとえこれが故人からの借り物を寄せ集めた人形だとしても、重ねた術理は本物。

 

 あるいはその中に、解放者達のように世界の真実に辿り着き、神討ちを為そうとした人もいたのかもしれない。

 

 数千数万という年月、数多の剣客に積み重ねられた技を前に、まだまだ私は鍛錬不足だった。

 

 だけど。

 

「ハァッ!」

「ギィッ!」

 

 繰り出した斬撃が、棘剣に受け止められる。

 

 パキリと、小さく音がした。

 

「〝リクワ、リ〟」

 

 刀を引く余裕もなく、降り注ぐ五回連続の重撃。

 

 巌のような巨漢が、叩き斬ることそれのみを追求した無骨すぎる大剣を振り下ろす様を幻視する。

 

 刃の向きを斬るためのものから受けるためのものに変え、ほぼ同時に放たれる五つの斬撃を受ける。

 

 ピシリと、はっきり音がした。

 

「〝リュウ、セイ〟」

 

 失血で握力が落ち、ついに五回目の一撃で片手の外れた瞬間に、不規則な連続突きがやってくる。

 

 着物に咲く最後の一輪を散らし、切れた腕の筋肉を直して刀を握り直すと、恐ろしい流星雨を弾く。

 

 バキッと、耳が痛いほど音がして。

 

「〝リュウ、トウ、クダ、キ〟」

 

 渾身の、唐竹。

 

 痺れた腕を無理くり振るい、刀で受ければ。

 

 

 

 

 

 パキャッ──! 

 

 

 

 

 

 甲高い音を立て、粉々に刀が砕け散る。

 

 ふた振り目の愛刀。あの人がくれた、私がこの世界で私として戦うための刃が、木っ端微塵に。

 

 その代償に、石像の剣筋はブレて。

 

 悪足掻きに残った短い刃でそれに抗し、受け切れずに吹き飛ばされた。

 

「が、はっ!」

 

 ああ、こうして地面に打ち付けられるのも何度目のことか。

 

 肺から空気が抜け、背筋に痛みが迸る感覚にも、もう慣れてしまった。

 

 

 

 

 喀血と共にその感傷を吐き出して、ゆっくりゆっくりと立ち上がる。

 

 手の中を見れば、根元近くまで失われた刀身を寂しげに主張する愛刀がいる。

 

「ごめんなさい。私の腕がもっと良ければ、あなたを砕かずにすんだのに」

 

 謝罪を一つ。それで自己満足を満たして、収める意味がないとわかっていながら鞘に戻す。

 

「ギィィイイイィ!」

「珍しいじゃない、感傷に浸らせてくれるなんて。もしかして情けでもかけてくれたのかしら」

 

 こちらを睨め付ける怨敵に、戯れを口にしてみる。

 

 そうすれば相手はさらに歯ぎしりをして、眉根を寄せ、血涙の量を増やしながら、刃を向けてきた。

 

 修羅以外の何者でもないその形相は、自分の中にいる鬼をそのまま形にしたように錯覚させる。

 

「ふぅ………………負けよ。貴方の剣技、全てが見事なものだったわ」

 

 だからだろう。あっさりとその言葉が強固に塗り固めた心から剥落していったのは。

 

 私の術理は、この石像に詰め込まれた術理を上回れない。そのことを十分に実感してしまった。

 

 額を流れ、頬を伝っていく鮮血が何よりもその証明。

 

 

 

 

 

 

 

 そう。だから。

 

 

 

 

 

 

 

 私の剣一本では、到底覆せないから。 

 

 

 

 

 

 

 

 流れ落ちたこの血の一滴と一緒に、()()を捨ててしまいましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

「何者をも勝る、想いを以って。冷たく聳えるこの剣山、乗り越えてみせましょう」

 

 

 

 

 

 キンッ。

 

 

 

 

 

 音を立てて、広がる血の海が刃に変わる。

 

 一滴の血と共に生まれたその刃達に、鞘はない。

 

 鍔も、飾りも、余計なものは何もない、ただただ、在るがままの、刃。

 

 それらの先にいる、敵を見て。

 

「さあ、いつか誰かだった貴方達。最後に一度、切り結びましょう?」

「ギィアアアァアアアアア!!!」

 

 やってくる。

 

 形も大きさも違う、あらゆる剣を携えた過去の亡霊が、一心不乱に突き進む。

 

 その幻は、まるで百鬼夜行のごとく。

 

 間も無く、白い地平から赤い海へと踏み込んで。

 

 自分のため、誰かのため、何かのため、想いを込めて編み出された技が、放たれる。

 

「それは、見たわ」

「ギッ!?」

 

 私はそれを、断ち切った。

 

 石像が誰かしらの技を使おうとした途端、最も近くにあった一振りがそれを斬る。

 

 怯んだ石像は、金切り声をあげてその一刀を切り捨てた。

 

 そしてまた、私めがけて剣技を繰り出し。

 

「それも、見た」

「ガギッ!」

 

 別の一振りが、またそれを斬る。

 

 二度邪魔をされた石像は、苛立たしげに二振り目を破壊して、一歩踏み出し剣を振る。

 

「さっき、見た」

「ゴァッ!」

 

 斬る。

 

「ギェアアアア!!」

「見たわよ」

 

 斬る。

 

「ガギィアアアアア!!」

「もう、見飽きたわ」

 

 

 

 

 

 

 

 斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。

 

 

 

 

 

 

 

 斬れる。

 

 

 

 

 

 

 

 全て、斬れる。

 

 

 

 

 

 

 

「全部、見たわ」

「ギッ、アァ、アアアア……!」

 

 気がつけば、石像はボロボロ。

 

 私がやったのは、ただ単にこれまで散々見せつけられた技を、全て見抜いて、斬っただけ。

 

 斬られながら、何度も死にかけながら、見つめて、覚えて、全て脳裏に刻みつけた。

 

 もちろん、私の腕で剣を振ったのでは斬れないだろう。

 

 でも、()()()()()()()()()()

 

 

 

 それがこの魔法。

 

 私の血を用いて、想いの強さを切れ味に変える、心意の斬撃。

 

 全ての神代魔法を会得していない、その概念の叡智を理解できない私が編み出した、最高の技。

 

 シューとの幸せ、それを邪魔するもの全てを斬るという私の心がカタチをとったもの。

 

「さあ。次は、どの技?」

「ギ、ァ、ァアアァア!」

「それも、知ってる」

「ェギァッ!」

 

 また見覚えのある技に、二本の刃が飛んでいく。

 

 それによってついに両腕を斬り飛ばし、石像は得物を失った。

 

「貴方は強い。とても強い。それこそ勝てるのは南雲くんやシューであって、私ではないわ」

「ギ、ィイイィイイイ!」

「けれど。貴方自身が積み重ねた剣がない以上──それは所詮、空っぽよ」

 

 がらんどうのハリボテに、私の想いは負けない。

 

 血液不足で痺れる右手を、緩慢に上げていく。

 

 ズルリと引き抜かれた残る全ての刃に、初めて石像が金切声以外の怯えたような声を漏らした。

 

「あなたのおかげで、私の想いはより強くなった」

「ア、ァア、ァァア…………」

「そのお返しに──斬り刻んであげる」

 

 腕を、剣を振るうように薙ぐ。

 

 そうして弾かれたように動き出した刃達は、一斉に石像に飛来して。

 

 ただの一つとして混じり合わず、擦れる音もなく、振り抜かれた。

 

 

 

「アァア、ァアアアァア────────」

 

 

 

 石像は、サラサラと砂が風に吹かれるような音と共に崩れる。

 

 全て斬った時、ぽつりと積み上げられた砂の小山だけがその残滓だった。

 

「ぅ、あ…………」

 

 硬く引き結んでいたはずの口から、小さく苦悶の声が漏れ出る。

 

 ぐらりと酷く気だるい体が揺れ、意地という名の気力を使って全力で両足を踏ん張った。

 

 極限の集中、一意専心を必要とする血の刃は、それだけでほとんどが砕け散ってしまう。

 

 

 

 

 本当に、本当にギリギリの勝利だった。

 

 あと一滴でも多くの血が流れていたのなら、私はあの魔法を発動する前に失血死しただろう。

 

 あと一合でも打ち合った数が少なければ、ずっと観察し続けた技を全て見切ることはできなかっただろう。

 

 もしもあの石像が、真にかつての剣客達の技と向き合い、己の確固たる術理を持っていたのなら、刃は届かなかっただろう。

 

 まるで、蜘蛛の糸一本の上を渡り歩くような、そんな勝利だったのだ。

 

「でも……まだ、終わって、ない……!」

 

 唯一、側に残った一振りを掴み取って体を支える。

 

 南雲くんは、まだ戦っている。

 

 ならば、私も、やらなくては。

 

『──ほう、まだ立つか。流石だ。では遠慮はいらぬな』

「っ!?」

 

 背筋に氷柱を突き刺されたかのような悪寒。

 

 咄嗟に前へ体を投げ出せば、一瞬前までいた地点に天使達が光の槍を突き刺した。

 

 激しい音を散らすそれに、私はあえて追撃から外されていたのだと今更に自覚する。

 

 屈辱感に歯噛みしながらも、前転した勢いのままに南雲くんの方、ひいてはエヒトへと走った。

 

 次々と落ちてくる光の雨は、もはや人形達の援護があてにならないことを明確に表している。

 

 あまりの苦境に一瞬でも気を抜けば意識を手放しそうになりながらも、死に物狂いで駆け抜けた。

 

「〝震エ割レル世界〟」

「くっ!?」

「ハァッ!」

 

 飛び込むようにして、南雲くんと石像の間に自分ごと斬撃を割り込ませる。

 

 魔法を発動したからだろうか、ぼんやりと見える大量の〝歪み〟を斬ることで空間爆破を阻止した。

 

「八重樫……」

「……待たせたわね、南雲くん」

「いいや。そうでもないさ!」

 

 言葉を交わし、背中合わせにエヒトと対峙した。

 

 周囲は光の群に取り囲まれている。正面には〝神言〟を連発する三体目の石像。

 

 どう取り繕っても、今の体では絶望的な状況だ。

 

『ようやく揃ったか。では話の続きをしよう』

「ほざけっ!」

「シッ!」

 

 エヒトの前に立ちふさがる石像へ、仕掛ける。

 

 ほぼ同時に全ての流星が動き出して、自然と退路が断たれてしまった。

 

 ならば、押し通るっ! 

 

「〝終ワラヌ時ノ円環〟」「〝溢ルル刃ノ奔流〟」

 

 石像の口達が、同時に神言を放ってくる。

 

 途端に時間が止まったように体が動かなくなり、更に黄金の斬撃が雨霰と降ってくる。

 

「もう効かんッ!」

 

 南雲くんのコートの飾りが輝いて、時間停止のような硬直を消してくれた。

 

 即座に血刃を振るい、飾りの光で数の減った金刃の必要最低限を斬って突き進む。

 

 直後、激しい発砲音と共に、私よりも半歩ほど深く南雲くんが踏み込んだ。

 

「〝堕トス悪夢ノ牢獄〟」「〝繋グ虚空ノ扉〟」

 

 全身を、滅多刺しにされる。

 

 肌も、肉も、骨も、臓物も、目も、鼻も、口も、一分の隙間もなくズタズタにされた。

 

 間も無く、残り少ない血液を全て噴出した私は、萎びた身体をゆっくりと倒れさせ……

 

「喝ッ!!」

 

 裂帛の叫びでその幻を打ち消し、眼前2ミリの地点に転移していた光槍を斬る。

 

 両断できたのはたかだか間近の数本。何十と死の光は迫っているけれど。

 

 

 ドパォンッ! 

 

 

 その緋弾が、全て撃ち抜いてくれると信じていた。

 

 そして彼は、横に振り抜いた私の血刃を足場に更に前へと跳躍するのだ。

 

「おおおぉおおおおっ!!」

「〝遡ル刻ノ大河〟」「〝終ワラヌ時ノ円環〟」「〝閉ジル箱庭〟」

 

 そんな、私達の決死の特攻を嘲笑うように。

 

 ついには三つ同時に放たれた神言により、再び体が時を取り上げられたように停まって。

 

 瞬く間に復元された光の流星が、全方位から空間ごと凝縮したような不自然な超速度で迫る。

 

 知覚できても、避けられない。南雲くんの魔法解体よりも速く、それらは私達という一点に収束した。

 

 

 

 

 刹那、いくつもの大瀑布が一斉にぶつかり合ったような轟音。

 

 閃光と衝撃を撒き散らし、一つ一つが城をも崩す光槍が何百と弾ける。

 

 それを浴びて、生きていられる生き物など存在しない。

 

「「あぁあぁああああああああッ!!!」」

 

 それでも私達は、光を破って突き進むッ!! 

 

 私の斬撃で開けた僅かな穴を、南雲くんの一瞬だけ内部の次元をズラす絶対障壁で突き抜けた。

 

 視界の端を、南雲くんの義手の手首から外れた崩壊状態のアーティファクトが飛んでいった。

 

「いい加減見飽きてんだよ、お前らはッ!!」

「ゼィアッ!!」

「────ッ!?」

 

 炸裂弾で全身の口を焼き尽くし、何事も言えなくなった石像を一刀両断する。

 

 あくびが出るほどゆっくりと左右に分かれる石像を、南雲くんの魔力衝撃波が吹き飛ばしてくれた。

 

 そして、ついに。

 

 これまで終ぞたどり着くことのできなかったエヒトの目と鼻の先に、躍り出る。

 

「死ねッ!!!」

「斬れろッ!!!」

 

 

 

 

 

 ザンッ!! 

 

 

 

 

 

 ドパォンッ!! 

 

 

 

 

 

 放つは同時。

 

 十字に刻んだ斬撃の間を、螺旋を描いた四つの弾丸が飛んでいく。

 

 最速、最短、最高の合わせ技。

 

 たとえエヒトが瞬間移動しても、その前に殺せる一撃。

 

『ふむ。少々遊びすぎたか』

 

 渾身の一撃は、光群を生み出していた二つの顔が瞬時に変化し、盾となったことで相殺される。

 

 間抜けにも二人で息を呑む間に、スッと頬杖を外した右手の親指と中指が合わさった。

 

『褒美だ。少し本気を出してやろう』

 

 

 

 

 

 パチン、と。

 

 

 

 

 

 その軽い音と共に、黄金の波が虚空を打つ。

 

 

 

 

 

 私達は、いとも容易く吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

「がっ、はッ!!」

「うあッ!!?」

 

 玉座の足元に打ち付けられ、あまりの衝撃に血を吐く。

 

 受け身も取れず、傷つきすぎた体はその痛みには耐えれらなかった。

 

 痛い。涙が溢れそうな程痛い。血と一緒に何もかも溢れていってしまいそうだ。

 

「ゲボッ、オエッ……あ、アァあアアア!」

「ぎ、ぃいい、いいいあああっ!!」

 

 それでも、立つ。

 

 歯を食いしばり、南雲くんと互いに肩をつかみ合って、武器を支えに、立ち上がる。

 

 負けない。負けられない。そう思える限り、たとえ両足を砕かれたって立ち上がってやる! 

 

 そうして立つ私達を、頬杖をつき直したエヒトは見下ろして。

 

 

 

 

 

『魔人や亜人。あれらは、なんだと思う?』

 

 

 

 

 

 なおも、話をした。

 

 

 

 




次回、ついにエヒトが立ち上がる。

読んでいただき、ありがとうございます。


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ただ一人のための、大いなる戦い 四章

神の威光は崩れない。

ハジメと雫の力は、及ばない。

それでも立ち続け、争い続ける。



楽しんでいただけると嬉しいです。


シュウジ SIDE

 

 

 

 まさに、満身創痍。

 

 

 

 ハジメの黒衣はボロ雑巾のようになっており、血で湿った服からは血が滴っている。

 

 頭部から溢れる鮮血で雪のような白髪が赤く染まって、破れた箇所から覗く焼けただれた体も相まって非常に痛々しい。

 

 雫もそれは同様。無窮の夜天のような黒髪がざっくばらんに切り裂かれ、血と汗で所々固まっている。

 

 元より機動性と身体強化を重視した着物はあちこちが引き裂かれ、スパッツや胸を覆うさらしまで露出していた。

 

 どちらとも生きていることが不思議なほどに、その体は傷だらけだ。

 

 

 

 

 

 だが、目だけは光を失っていない。

 

 

 

 

 

 多くの切り札を尽くし、絞り出した決死の一撃をあっさりといなされてなお、諦めていないのだ。

 

 ハジメは、もはや大型の重火器を取り回すだけの余力もその体には残っていないだろう。

 

 雫も目立った傷こそ少ないものの、あの万象を切断する大太刀を振るえるのは一度きりといったところか。

 

 だというのに、獰猛に、剣呑に、鋭利に、その目は勝利を見据えていて、諦観なんて微塵もない。

 

『魔人や亜人。あれらは、なんだと思う?』

 

 それを、まるで駄々をこねる子どもを見るかのような哀れみを含んだ眼差しで見下し、告げる。

 

 問いかけの形こそしているが、周囲を取り囲む数百の光槍が無言の強制力を発揮していた。

 

 二人はそれを見渡し、一瞬だけ目線を交わすとエヒトを見上げる。

 

「……原住民、じゃないのか」

『不正解。原住民は〝人間〟ただそれのみである』

「……合成、かしら?」

『今度は正解だ。そう、あれらは我が魔法技術の落とし子。魔物と人間を掛け合わせ生み出した生命体であり、その意味では真に我が創造主といえよう』

 

 何故、そのようなことを。ハジメと雫の視線が問いかける。

 

 圧倒的余裕を体現するエヒトは、滑らかな口調で滔々と説明した。

 

『信仰と秘技を用いて魂魄を昇華させようと、体の修繕を繰り返そうと、数千年という年月に我が肉体は限界を迎えた。新たな依り代を探したが、神たる我が魂を受け止めることのできる肉体はなかったのだ』

「だから……自ら、作ろうとしたのね」

「その副産物が、魔人や、亜人……か」

『理解が早くて助かる。魔人とは魔素との親和性の高さを、亜人とは肉体的強度をそれぞれ重視し、原生生物と人間を組み合わせて作り出した生物だ。二つを合わせ、竜人も作ってみたが……総じて出来損ないだったな。特に期待をかけた竜人など、最強種族が迫害され、滅ぼされるという余興にしか使えなかった』

 

 その言葉に滲むのはかつてその試みのために積み上げた屍の山への落胆と嘲笑、そして少しの怒り。

 

 さしもの二人も、同情と怒りに顔を歪める。ティオを受け入れたハジメなど、特に殺意が漏れ出していた。

 

『過程で現在の魔物や使徒も作り出したが……結局、どうしたことか完全なる器は生み出せなかった。出来が良くてせいぜい、数十秒保つかどうかという始末だったなぁ』

「……肉体がないからこその……この場所か」

「……この神域は、貴方にとって必要不可欠な、箱庭だった」

『そうだ。魂魄のみで存在でき、かつ力が使える場所。ここで遊戯を楽しみながら、極稀にアルヴヘイトや〝解放者〟供のような〝適性者〟の誕生を待つことにしたよ』

 

 すなわち、ユエやシア、〝解放者〟達の正体とはエヒトの実験の結果、地上の人々に残された特殊な遺伝子。

 

 脈々とその血肉に根付く神の所業の残滓が発露した存在こそが、エヒトの新たなる器の候補だった。

 

 そして。

 

「そうして……はぁ、はぁ……三百年前、見つけた、わけか」

『心が躍ったのは数百年ぶりのことだったよ。最もすぐに隠されてしまったがな。せっかく我自ら〝神子〟の称号まで与えてやったというのに、思わず吸血鬼の国共々いくつかの国を滅してしまったが……まあ、今となっては過去のこと』

 

 かつては新たなる神子が誕生する可能性に後々気がつき、気を落としたこともあった。

 

 しかし、もはやどうでもよいこと。

 

 今や、かつて渇望した器よりも、ずっと素晴らしい可能性を秘めた器が手に入ったのだから。

 

『この世界とも、お前達の世界とも異なる異世界。己が欲望で全てを滅ぼした女神の作りし人形。この器と、進化(エボル)の力があれば、お前達の世界はおろか、完全なる神として全宇宙をも支配できよう』

「「……ッ!」」

『ハ。良い目だ、威嚇する子犬のようで実に可愛らしい。最後の最後にここまで楽しませてくれたこと、心から礼を言うぞ』

 

 故に、と手を上へと翳し。

 

『貴様らに最大の絶望を以って、その命を刈り取ってやろう──〝望まざる時の変革〟』

 

 その手から黄金の光──〝抹消〟の力が込められた波動が、解き放たれる。

 

 

 

 

 すると、どうだ。

 

 みるみるうちに祭壇の前へ五つの光の粒子が集まっていき──石像へと形を成したではないか。

 

 死に物狂いで撃破したそれらは、完全な状態で復元されると、浮遊したまま二人を見下ろす。

 

「おい……おいおい…………嘘、だろ……?」

「あれだけの存在を、一瞬で……」

『ああ、その顔だ。その驚愕と絶望に満ちた顔、それが見たかったのだよ』

 

 もしその顔が仮面に包まれていなければ、二人には満面の邪悪な笑みが見えていたことだろう。

 

 消滅した自らの一部を〝抹消〟の事実消失と神言による合わせ技で復元するのは、エヒトにとっても一度きりの奥の手。

 

 しかしこの顔を見られたのならば、せいぜい豊富な切り札の一枚程度どうでもいいというものだ。

 

『さあ、コンテニューといこうか。お前達は瀕死、此奴らは全快。最後にもう一度、楽しませてくれたまえ』

「グルァアアアッ!!」

「ギィイイイッ!」

 

 怒れる神焔の化身が、醜き剣技の集合体が、無口なる強欲な饒舌者が、一対の大翼を備えた重装の天使が。

 

 自分達を一度は撃滅してみせた二人の修羅に、なんの遠慮もなく全力で襲いかかっていき。

 

 

 

 

 

 パァンッ!!! 

 

 

 

 

 

 一瞬で、弾けた。

 

『………………何だと?』

「……ハッ、馬鹿が。復活するのを、ぐっ、想定してないわけ……はぁ、はぁ、ない……だろうが」

 

 

 

 ──生体奇襲弾、ヴァデクト・バレッツ。

 

 

 

 対象に必ず当たるというプログラムを空間固定と気配遮断に置き換えた、リビングバレットの一種。

 

 空間魔法でたっぷりと手榴弾を詰め込んだその弾丸が、絶大な破壊力で石像に反応する暇も与えず吹き飛ばしたのだ。

 

 あれだけ大量の弾丸をばら撒いていたのだ、こっそりとエヒトの近くに配置しておくことは可能だった。

 

『貴様……』

「いい、反応じゃねえか……」

 

 初めて苛立たしげな声を漏らしたエヒトへ、ハジメがニヒルな笑みを浮かべた。

 

 それから、凪いだ湖面のように静かな、されど地獄の業火のように激しく輝く隻眼で睨みつける。

 

「もう一度、言ってやる。お前は、神なんかじゃ、ない」

『指の一本も我に触れられない有様で、何を』

「空っぽ、なのよ。貴方」

 

 ハジメの断言に、雫が続く。

 

「確かに……貴方の力は、凄まじいわ。その力の、一部が相手でも、奥の手を使わざるを、得なかった……」

「脅威と、そう認めて、やるよ。それこそ……これまでにないくらい、死を、感じるほどに……な」

『ふん、そこまで分かっていながら』

「だが」

「だけど」

 

 呆れるようなエヒトの言葉を、遮って。

 

 その修羅達は、幽鬼のような空で今にも消えてしまいそうな、吹けば風に攫われてしまいそうな。

 

 されど、どのような嵐に打ち付けられようとも絶えぬであろう。

 

 強い、強い眼光で、吠え立てる。

 

「それだけ、なんだよ。お前には、相手の全てを凌駕し……打ち倒そうという、意思が、ない」

「どれだけ、言葉を重ねても。貴方のそれには……何の心も、感情も、込められて、ない。全部、薄っぺらい上っ面の……化けの皮よ」

 

 まるで、中身がスカスカなプラスチック製の玩具のように空虚な言葉。

 

 シュウジの魂と融合し、その感情の一部を引き継いだという言葉もそうだ。まるで響くものがなかった。

 

 だから、超常の力を見せつけられようと、人智を超えた所業を語られようと、決して、決して。

 

 心折れることなど、ない。

 

「奈落の化け物どもは、地獄の中で己の生存の為、全力で殺意をぶつけてきた。だからこそ……怖がれた」

「……恵里も、御堂さんも、あの魔人族の男も。皆、己の信念を、譲れない想いを賭けていた……だから、恐ろしかった」

 

 それだけではない。

 

 どこか遠くを見るハジメと雫の瞳には、ここにいない誰かを思い浮かべているようで。

 

「俺は、知っている……三百年、孤独の牢獄で耐え続け、それでも押し潰されずに、誰かを待ち続けた、女を」

 

 優しい裏切りによって暗闇に身を堕とされ、されど心を壊すことなく光を待ち続けた女。

 

「私は、知っている。この世界で誰より弱いと、そう言われる種族で……けれど、たった一人の男の為に、全てを乗り越えた、女の子を」

 

 泣きべそをかきながら、苦境に苛まれながら、それでもただ、〝共に〟と、そう叫び続けた兎の少女。

 

「こんな……身も心も変わり果てた野郎に、〝だからどうした〟と、そう笑い飛ばしてくれる……女を」

 

 たとえ非力でも、癒すことしかできなくても、それでも信じて信じて、信じ続けられることができる、少女。

 

「望みが、なくても……届かないと、わかっていても。それでもまだ、まだと。そう上を向き続けられる……親友を」

 

 想い人には既に決まった人がいて。だとしても止まらぬ想いで翼を広げ、男の隣まで飛び込んだ、少女。

 

「誰かの為……守る為……明日へ、繋ぐ為。その身を盾にできる、やつを」

 

 全く普段はふざけてばかり。だというのにいざという時、いつだって胸を張り、威風堂々と背中を守ってくれた女。

 

「女神に、翻弄されて……きっと、大切なものを見失いかけて。それでも、矜持を、捨てずにいてくれた、恩師を」

 

 エヒトとは異なる邪神の駒とされ、教師としてあり得ざる所業も行い、そのことから逃げずに向き合った、小さくて大きな教師。

 

 

 

 

 そして、何よりもと。

 

 どちらかが手を離してしまえば崩れ落ちそうな姿勢で、間近にその双眸を一瞬だけ交わして。

 

 掠れた声で、今にも事切れてしまいそうな体で、そんなことは知らないと言わんばかりに、力強く。

 

「愛していると……その言葉、その想いを刃に乗せて。遍く障害、全ての不運を切り裂いていける、強い女を……俺は、知っている」

「大切な、誰かの為。たった一つの、願いの為。身も心も、命をも懸けて……どんな理不尽も突き破っていく、強い男を……私は、知っている」

 

 グッと、互いの肩を強く掴む。

 

 確かにここにいる。その温もりが、熱が、たった一本の手を通して、全て伝わってくる。

 

 

 

 

 

 ただ一人のための大いなる戦いに、共に立ち向かってくれる最強の戦友が、隣にいる。

 

 

 

 

 

 恐れ慄くことなど、あるはずがない。

 

 無言の主張にエヒトは玉座の上で身じろぎする。それが気圧されたが故のものだと、気付かずに。

 

「もう一度、言ってやる……お前の中は、がらんどうだ。きっと、それは…………お前が仲間と共に作り上げた物を……全て、壊した時からな」

「過去の過ちから、目を逸らして。独りきりの寂寥にも、耐えられなくて。でも、終わりたくもない……甘ったれてるんじゃないわよ、この、クソガキ」

 

 エヒトは、学ぶべきだった。理解すべきだった。知るべきだった。

 

 かつて最後の仲間が残した言葉、そこに込められた過去への悔恨と、作り上げたこの世界の営みへの満足を。

 

 自分達のせいで理不尽に死んでしまった故郷の人々に懺悔する為に。この世界で同じ過ちを、もう繰り返さないようにと。

 

 万感の思いが詰まった一言を、けれど〝幼稚〟な神は今この瞬間まで分かっていなかった。

 

『──ハ。どのような戯言を言うのかと思えば。そうやって我の油断を誘おうとは、涙ぐましい努力だなぁ。だがその有様では、貴様のその剣も、お前が未だ見せぬ〝神殺し〟も我には届くまい?』

 

 だから、その言葉の意味を理解することも不可能なのだ。

 

 もちろん二人も、そんなことは最初から分かりきっている。

 

「ああ、そうだな……」

「今のままでは、私達は貴方に何もできない」

 

 分かっていて、あえて言ったのだ。

 

 何故ならば。

 

「八重樫。()()()()()()()?」

「──ええ」

『貴様ら、何を──っ?』

 

 ようやく、エヒトは気がついた。

 

 ハジメの全身にこびりつき、服から滴っていた大量の血が、一滴も余さず無くなっていることに。

 

 そして、大量失血で青ざめていた雫の全身が、着物から伸びた無数の赤い光の筋に覆われていることに。

 

「そうか。じゃあ俺も──出し惜しみは無しだっ!」

 

 けたたましい音を立て、義手の二の腕の装甲が、内側から外に向けて突出したものに弾き飛ばされる。

 

 現れたのは、見ていると気分が悪くなるような、蠢く赤い液体が充填された三本の試験管。

 

 それらは間髪入れず、小さな音を立てて内部に満たされたその液体をハジメの血管に直接流し込んだ。

 

「ッ──!!!」

 

 ガッ!! と瞼が千切れてしまいそうな勢いで、ハジメが隻眼を見開く。

 

 元より赤く輝いていたその瞳の中に、美しい模様を描くようにより深い真紅が浮かび上がった。

 

 刹那、その体から吹き上がる膨大すぎる魔力。〝覇潰〟をも軽く凌駕する、絶大な力の煌めき。

 

「ガアアアアアアアァッ!!!!!」

 

 獣の如き叫びに、空間そのものが悲鳴をあげるように軋みを上げる。

 

 そして、恐ろしき変化を遂げたのはその隣にいる雫も同じことであった。

 

「アアアアァアアアアッッ!!!!」

 

 喉の奥、腹の底、否や魂の根底からの絶叫。

 

 身体中を血管のように覆い尽くす光が肌に浸透していき、一体化していく様はいっそ豪華絢爛。

 

 そして、彼女の激昂に呼応するかのごとく、すっかり溶け込んだ光の一部が額に寄り集まり、一本の紫角と形を得た。

 

『貴様ら、一体何をっ』

 

 あまりに尋常ならざる光景に、エヒトは初めて驚愕を言葉に乗せた。

 

 指を鳴らし、周囲の流星を落としてしまえばそれだけで死ぬと侮っていたからだ。

 

 座りながらに身を引くエヒトへ、俯いて叫んでいた二人はグンッと顔を上げ。 

 

 

 

 

 

「「──殺す」」

 

 

 

 

 

 その姿が、かき消えた。

 

 次に出現したのは、エヒトの懐。

 

 心臓突きつけられた銃口と、視界いっぱいに映り込む白い刃に、マスクの下でエヒトは瞠目する。 

 

 速い? 違う。それだけでは元来の力とエボルによる絶対感知能力を誇るエヒトの目からは逃れられない。

 

 であれば真実はなんだという問いに答えを出すよりも先に、エヒトは防御の体制をとった。

 

 

《スプリーム・ラディアンス!》

 

 

 瞬時にドライバーから生成された、黄金と白で構成された両刃の剣を掴んで攻撃を受ける。

 

 柄頭が白刃の斬撃を、剣の腹が超至近距離で発砲された散弾の衝撃を受け止めた。

 

 その余波で玉座は真っ二つに割れ、次いで衝撃で粉々に砕けてしまう。

 

「「はぁああッ!」」

『ぬぅうっ!?』

 

 凄まじい二人の気迫に間近で当てられ、エヒトは瞬間移動で離脱する。

 

 さらに、移動した直後に〝天在〟という無詠唱かつノータイムで発動できる転移で更に場所を移し、距離を取る。

 

 そうして全く別の場所へと現れたエヒトを待っていたのは──雫の業奠と、銃とブーツが合体した武具を身につけたハジメの脚。

 

『貴様らっ!?』

「〝巌砕き〟ッ!」

「オラァアっ!」

 

 大陸の如き重圧を伴う唐竹と、一瞬で数十と放たれる蹴りに連動して発砲される銃弾の嵐。

 

 神焔の透過能力と〝抹消〟の事象分解能力を併せ持つ神剣により、その両方をどうにかいなす。

 

 これまで一歩も動かなかったエヒトに、たった一度の奇襲で()()()()のレベルまで引き出したのだ。

 

『調子に乗るな、人間共ッ!』

 

 そのことに荒々しい声音で叫び、上方へ瞬間移動したエヒトは二人へ全ての流星を振り落とす。

 

 一斉に動き出す光達。先ほどの比ではない数は、到底避けるには隙間がなさすぎる。

 

「〝無間〟」

 

 その全てを、雫は空間における距離そのものを置き去りにする究極の無拍子で。

 

 

 ゴパァンッ! 

 

 

 ハジメは膝の部分から飛び出した、一定の距離間を強制的に転移させる弾丸を持ってやり過ごす。

 

「おおぉぉおおおっ!!」

「はぁああぁああっ!!」

 

 そして一瞬でエヒトの前へと舞い戻り、怒涛の攻撃を再開するのだ。

 

『貴様らっ、まだこんな切り札をっ!』

 

 迎撃以外の手段全てを許さない二人の攻撃に、神剣でいなしながらエヒトは罵る。

 

 実のところ、鎧の顔から生み出さずともあの光の群を生み出すことはできるのだが、その暇もない。

 

 あれだけ甚振られ、嘲られ、死を間際にしながら、こんな手札を隠し続けていたことは、さしもの神にも想定外。

 

 この人の姿をした鬼共は、一体どれほど強靭無比な精神構造をしているというのだ! 

 

「目で見たものだけ判断するなんざ、所詮テメェは三流なんだよッ!」

 

 ハジメの攻撃は、足の裏側に銃身を貼り付けたような形状の靴──〝アンブラ〟が発する赤光によって非常に捉えづらい。

 

 相手の魂レベルまで干渉し、視覚や認識にズレを作ることで、本来の攻撃から意識を逸らす機能だ。

 

 それでも、一撃与えてしまえば全ての防御を無効化することができる、エヒトの神剣の方が強力。

 

「万事休すなどと、誰が言ったかッ!」

 

 しかし、その刃がハジメの足を切断してしまうよりも前に、超速の斬撃がそれを阻む。

 

 常に発動している神剣の力が発揮されるその一瞬前を突いて、絶妙に弾かれてしまうのだ。

 

 おまけに、両の手で自在に振るっている業奠は、斬ったものをこの世から切り離してしまう力がある。

 

 さしものエヒトといえど、ハジメへの対応もある中で片手間にどうこうできる代物ではない。

 

『八重樫雫はまだしもっ、貴様っ、強力なアーティファクトが取り柄ではなかったのかっ!』

「おいおい、シュウジと魂が融合したにしては無知だな? 俺が何年あいつに技を叩き込まれたと思ってんだっ!」

 

 ドンナーをはじめとした数々の兵器を生み出すより以前から、ハジメはある程度の体術を修めていた。

 

 美空を守るため、いつかシュウジに並び立つため。

 

 最初はそんな思いから始めた修練を、ハジメは今のように変化した後も欠かさずに積み重ねてきた。

 

 始と共同開発したこのアーティファクトが加わった今、その蹴り技は唯一無二の魔技となる! 

 

「どらぁッ!」

『ぐっ!?』

「シィッ!」

 

 胸元、と見せかけて太腿に見舞われた蹴りと弾丸の衝撃に、エヒトは一瞬立ち止まる。

 

 その瞬間に雫が業奠を一閃し、エヒトは数センチという超短距離を後ろへ瞬間移動して避けた。

 

 

 

 そう。後ろへ下がったのだ。

 

 その事実は、神たる身に何者をも触れさせぬというエヒトの驕りと矜持を大きく傷つける。

 

 その証拠に、ハジメ達には見えていないものの、マスクの下の顔は羅刹のように醜く歪んでいた。

 

 これでは、せっかくの整った顔が台無しではないか。

 

『おのれっ、不可思議な衣服や薬、新たなアーティファクトといいっ、貴様ら全力ではなかったのかっ!』

「貴方、本当に空っぽなのね!」

「二重三重に嘘を張り巡らせ、相手を欺き、騙す──あいつが何より好む、戦いの基礎だ!」

 

 真に精神が融合していたのであれば、その用心深さとあらゆる状況への対策を持っていたはずだ。

 

 しかし、どれだけ言葉で取り繕おうとも、所詮この神の本質は変わっていないのである。

 

 

 

 

 皮肉を返してくる二人に若干押し込まれながらも、ふとエヒトは新たに疑問を抱える。

 

 二人の口調が非常に滑らかだ。さっきまで散々に負った傷も、いつの間にかほとんど完治している。

 

 その理由は、それぞれがあの瞬間発動したとっておきの奥の手にある。

 

 ハジメが自らに投与したのは、劣化版〝越壁〟を元から発動している覇潰に、重ねがけして付与する薬。

 

 強化倍率は凡そ6倍。元となる覇潰の強化度を思えば、もはや始の領域に片足を踏み入れている。

 

 神水との混合物でもあり、体の治癒を並行して行ってくれるので、短時間でハジメは全快できた。

 

 また、雫が凄まじい高速攻撃と見切りをこなしているのは、その着物に隠された力が発現されたから。

 

 規定量の血を動力源として魔力に変換し、肉体能力を飛躍的に超活性化させる、いわば〝血塗れ吸血鬼(アルモラ・ヴラド)〟の上位互換。

 

 効果は身体機能の爆発的な増強と、ほぼ空間転移レベルの無拍子を使えるようになる〝真瞳角〟の獲得。

 

 ついでに自然治癒力も幾らか増しており、不足していた血もみるみるうちに戻っていった。

 

 

 

 

 

 ハジメの血がなければ、雫は着物の真価を発揮することができず、これ以上戦うことはできなかった。

 

 

 

 

 

 雫が血と共に傷の再生を阻害していた光群の魔力の残滓を吸い取ってくれなければ、ハジメは薬を使えなかった。

 

 

 

 

 

 どちらかが先に欠けていれば、その時点でこの戦いは終わっていた。

 

 だから、そんなことになるなんて互いにこれっぽっちも思っていなかった。

 

 必ず取り戻すと、その約束を信じていたから。

 

『おのれっ、イレギュラーどもがっ!』

「喋りすぎだ、三下!」

「その首掻っ切るッ!」

 

 罵倒し合いながら、超高速で連続転移と瞬間移動を繰り返して攻防を展開する。

 

 刻一刻とその頻度、速度共に高まっていき、やがて白い空間の中にはその軌跡が残像として何十と残った。

 

 他者がこの場にいたたのであれば、まるで映像の一コマ一コマを切り抜いたように錯覚したことだろう。

 

『我の力を削ぎ、手の内を暴くために、ここまで耐え続けたというのかっ!』

「当然。俺達はお前の力を決して過小評価していない!」

「貴方の身体は彼のもの。万全に万全を期し、なおかつ奇策を張り巡らせたっ!」

 

 どれほどの実力なのかわからない以上、確実に優勢になれる状況を作る必要があった。

 

 死を実感する間際まで策を弄さなければ、この神を玉座から引きずり下ろすこと……ましてや〝神殺し〟を使うことなど、不可能。

 

 そうして一片ずつかき集めた情報という名のピースを繋ぎ合わせ、ついにここまで肉薄した。

 

 あとは、打ち倒すのみ! 

 

『舐めるな、弱者共!』

 

 されどエヒトもただではやられない。

 

 二人の攻撃を防ぎ、回避したのと同タイミングで全身から黄金のエネルギーを放出する。

 

 空間に浸透し、無差別に座標を固定するそれによって、コンマ数秒ハジメ達の挙動が硬直した隙に転移した。

 

 

 

 

 そうして引いたエヒトは、左手でドライバーのレバーを素早く回転させる。

 

 荘厳な音楽が流れ、エヒトがレバーから手を離した瞬間、その背後に五重の光輪が出現した。

 

 

《READY GO!》

 

 

『本当に我が力を軽んじていないというのならば、確かめてやろうではないか!』

 

 

《SPREAM FINISH! Ciao~!》

 

 

 輪後光のうち、最も外側にある一輪を残して四つの光輪が姿を消す。

 

 かと思えば、ようやく座標凍結の影響から脱した二人の上方、左右、背後にそれぞれ現れる。

 

 激しく回転するそれらが互いに発する光を繋ぎ合い、空間を断絶して絶対不壊の檻を形成する。

 

 極めつきに背後の一輪より放たれるのは、これまでとは比べるのも馬鹿らしい光の暴流。

 

 どこか〝神威〟にも似たそれは、檻ごと二人を消滅させるのに十分な威力と〝抹消〟が込められていた。

 

 まさに、絶対的死の具現。

 

 

 

 

 

「〝万華万劫〟」

 

 

 

 

 

 そんなものでは、止まらない。

 

 己が道を阻むあらゆる壁を切り裂いてきた剣鬼が編み出した最後の奥義、繰り出される斬撃の極致。

 

 千では足りぬ、万でも足りぬ。

 

 

 

 ならば()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 よもや数えきれぬ、永劫とすら思える斬撃が刹那で振るわれ、光も結界も一切合切斬り尽くす。

 

 全ての光が粒子と散った時、雫が受けていたのは、右肩から二の腕にかけて走る焦げたような傷跡だけ。

 

 白刃を振り切った艶姿が、まるで華吹雪に包まれているようだった。

 

『馬鹿なっ、これを相殺するというのかっ!』

「よそ見厳禁だぞ?」

 

 慄くエヒトの耳にぬるりと入り込む、鋭利な声音。

 

 本能的に、エヒトは体ごと振り返りながら神剣を薙ぎ払う。

 

 一撃で切り裂いたのは──宙に浮遊していた、スピーカーのような形のーティファクトだった。

 

『これは──!』

 

 驚愕するエヒトの周囲の空間から、ボロボロと前触れなく大量の何かが溢れ出す。

 

 黒々とした野球ボール程度の大きさのその物体は、ハジメの手榴弾。

 

 次の瞬間、一斉に爆発した凝縮手榴弾の爆炎に、エヒトは全身を穿たれるような衝撃を味わった。

 

『がぁあっ!?』

 

 手榴弾から解放された空間震砕の力が、エボルのスーツを透過してダメージを与える。

 

 遥か昔に忘れたその感覚にエヒトは驚き、絶大な苦痛を感じ、何もすることはできない。

 

 

 

 まだ終わらない。

 

 踊る爆炎が、そのまま消えることはなく命を持っているかのように蠢き始め、エヒトを中心に収束する。

 

 二秒とかからず、鎖の形に凝縮した炎がエヒトの全身を一部たりとも動けないよう縛り上げた。

 

『これはっ、我が神焔と同じっ……! 神たる我が、このようなっ!』

「──どうだ、俺の手榴弾の味は」

 

 動けなくなったエヒトの眼前の空間が、チャックを下ろすように引き裂かれ、ハジメが現れる。

 

『貴様、どうやって我が前まで!』

「頼れる相棒のおかげさ」

 

 声を荒げるエヒトへ、接近する僅かな時間で簡潔に答えるハジメ。

 

 数千万の斬撃を放ち、エヒトの必殺技を相殺してみせた雫は、一撃だけ光ではなく空間を斬った。

 

 その裂け目にハジメは飛び込み、手榴弾が入った空間ポケット達と共に空間の隙間で接近したのである。

 

 雫が唯一負った傷は、その一撃分斬ることができなかった光の欠片が当たったから。

 

「終わりだ、エヒト」

 

 ついに、ようやく。

 

 右手に固く握られたドンナーの銃口が、その胸へと向けられる。

 

 この絶体絶命の状況からエヒトが逃れる術は、完全に封じられていた。

 

『待っ──』

「──八重樫流、我流奥義」

 

 制止しようとするエヒトの言葉を、背後より断ち切る凍てついた声。

 

 振り返らずともわかる。

 

 そこに、常識外れな斬撃の反動から復活した剣鬼がいることが。

 

 腰だめに構えた、主が斬りたいと望む全てを断ち斬る刃の鯉口が、既に切られていることが。

 

「解放者どものヤケ酒の果てに生まれた〝神殺し〟、とくと味わえ」

「〝 神祓(かみばら)い〟」

 

 

 

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 

 

 

 キィン────! 

 

 

 

 

 

 清涼な音が、重なり合う。

 

『カッ、ハ──』

 

 放たれた青白い弾丸が、解放された白閃が、互いに引き合うように神の身を引き裂く。

 

 引き金を引いた指が、大太刀を振り切った手が、確実に届いたことを確信し。

 

 

 

 

 

……ガパッ

 

 

 

 

 

 エヒトの額。

 

 そこにある最後の顔の瞳が、見開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『時間切れだ。よく楽しませてくれたな、イレギュラー共』

「「がッ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 飛んできた神剣が、雫の背からハジメの背まで。

 

 

 

 

 

 一直線に、貫いた。

 

 

 

 

 

 




次回、終章。

読んでいただき、ありがとうございます。


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ただ一人のための、大いなる戦い 終章

何かおかしかったので確認したら、前回一部が抜けていたため、最後の部分を加筆修正しました。
ご確認いただけると嬉しいです。


戦いが終わる。

終末が始まる。

さあ、レディース&ジェントルメン。





シュウジ「ARE YOU READY?」







シュウジ SIDE

 

 

 

 二人を穿った、一振りの剣。

 

 

 

 それは正確に心臓を貫き、ハジメと雫が至近距離で見開いた目を交わす。

 

 それを見て、()()()()()()()()()()()()()()は伸ばした左手をスッと引いた。

 

 途端に神剣が一人でに勢いよく引き抜かれ、空間転移してエヒトの手の中へ音もなく収まる。

 

 支えを失ったハジメ達は、何の対応もせず白亜の地面へと激しく打ち付けられ、体を転がすことになった。

 

 

 

 

 そのまま、ピクリとも動かない。

 

 死んだ、と。普通ならば判断するであろう。間違いなく心臓を貫いたのだから、それが当然だ。

 

 だがエヒトの纏う仮面には見えている。その真紅の炎が、濃紺の光が、弱々しくも絶えていないことが。

 

『ふむ。いつまで寝ているのだ?』

 

 神剣を片手で弄び、エヒトはもう一方の手で指を鳴らす。

 

 次の瞬間、ハジメの体を()()()が包み込み、雫の両腕を()()()()()が貫いた。

 

「がぁあああぁぁああッ!?」

「ああぁあああぁああッ!!」

『おお、まだまだ鳴けるではないか。全く、いけずだな?』

 

 三度、この空間に現れた二体の石像の一撃によって絶叫する二人。

 

 悪鬼が炎を操ってハジメを宙へ浮かせ、棘の剣士が釣り上げた魚を運ぶように棘剣で雫を持ち上げる。

 

 その拍子にハジメの指からドロドロに溶けた〝大宝物庫〟が抜け落ち、雫の業奠は遠くへ蹴り飛ばされる。

 

 そのまま石像達は二人を連れていき、エヒトの座する玉座の前で停止するとその悲惨な姿を晒した。

 

『心から感心するよ、イレギュラー。ああも我を追い詰め、切り札を当てるとは。ゲームで例えるのならば、コングラッチュレイション! と言うべきかな?』

「て、めぇ……」

「なん、で……」

『不思議か? 不思議だろうなぁ。知りたいか? ん?』

 

 悦に浸った口調で賞賛するエヒトに、かろうじて言葉として成り立っているようなかすれ声で尋ねる。

 

 エヒトは、二人の血で汚れた神剣をまるで教鞭のようにして、自分の額の顔を指し示してみせた。

 

『我はお前達との遊戯を始めた瞬間から〝抹消〟の力を発動していたのだよ。一定の時間が経過した瞬間、それまでの出来事を消し去るように仕組んでいたのだ。いわばリセットだよ、リセット』

 

 そんな理不尽なことがあってたまるものかと、そう叫びたくなる回答だった。

 

 生物として致命傷を負った二人は、もう先ほどの問いかけが最後の一声であり、答えない。

 

 それを気にした様子もなく……否、その姿を見てこそ、上機嫌に、子供のようにベラベラと喋り続ける。

 

『最も、お前達の切り札など最初から効かんがな。一千年も前であれば危なかったろうが、たかだか人間が生み出した概念に滅ぼされるような段階はとっくに超えている』

「「…………」」

『加えて、あらゆる概念魔法の力を極限まで弱めるこの鎧があれば何の憂いもない……お前達はなにやら、がらんどうだ無知だと喚いていたが。このような素晴らしい力、扱えないままにするわけがないだろう?』

 

 最初から、掌の上で踊っていたに過ぎないのだと。

 

 何もかも、無駄なことだったのだと。

 

 常人が聞いてしまえば、それだけで希望を奪われ、心を砕かれてしまう、神の嘲笑。

 

『とはいえ、だ。実際にここまで時間をかけ、あまつさえ追い詰められるとは我も思っていなかった。神に焦燥を感じさせるなど、快挙だぞ?』

「「……」」

『言葉もないか。実に無様で良い姿だ』

 

 馬鹿にしながら、エヒトは神剣をタクトのように振るう。

 

 すると地面に転がっていた大宝物庫の残骸やドンナー、業奠がふわりと浮き上がり、移動する。

 

 やってきたそれらを見て、エヒトがグッと拳を握ると……少し震えた後、それら全てが塵となって崩れ去った。

 

 

 

 

 これで、完全に武器は無くなった。

 

 ハジメに残されているのは、かろうじて引っかかっている眼帯の奥に残された魔眼石だけ。

 

 雫が携えているのは、折れて使えなくなった刀と、無駄に重いだけの業奠の鞘。

 

 もはや何もできはしない。そのことを実感させるために、あえてエヒトは目の前で破壊したのだ。

 

 俯く二人の顔は、何の表情も浮かべない。

 

 とっくに薬や着物の力は失われた以上、その体から滴る血を鑑みれば、死んだようにも見える。

 

 未だエヒトの目には、チロチロと燃える魂が見えていた。この状態でもまだ生きているのだ。

 

 それでも絶望し、心折れたのだと確信するには十分で。

 

『しかし。お前達のその〝目〟は気に入ったよ』

 

 石像を操り、二人の体を近付ける。

 

 その顔がよく見える位置まで持って来させると、神剣を虚空に消して両の手を伸ばす。

 

 黄金の指がそっと顎に添えられ、あくまで優しく、されど強制的に目線を合わせる。

 

 ほぼ光を失いかけている赤い瞳と、今にもその輝きを失いそうな黒い瞳をそれぞれ見つめて。

 

『せっかくだ。お前達のその瞳、最後の余興の思い出として貰っておこう。案ずるな──お前達の仲間が、地上の人間共が、同郷の者達が滅びゆく様を、最後までしっかりと眺めさせてやる』

 

 甘く、厭らしく、腐り切った、ヘドロを塗り固めたような下品な声音で、囁きかける。

 

『光栄だろう? お前達にとって何より大切なこの男の体と共に、全てが壊れる光景を見られるのだからなぁ?』

 

 その、不愉快極まりない言葉に。

 

 ハジメの目元が微かに震え……自らエヒトの仮面を見ると。

 

「…………ここまで、近付けてくれて。ありがとよ、マヌケ野郎」

『──なに?』

 

 ハジメが笑った拍子に、ボロリと眼帯がついに崩れ、外れて落ちていく。

 

 露わになった右の眼窩に──赤い雷が駆け巡る、黒々とした小さな穴があった。

 

『なッ』

 

 

 

 パァンッ! 

 

 

 

 甲高い音を立て、何と眼窩に直接埋め込まれた銃口から弾丸が飛び出す。

 

 まさかそんな場所に銃口があるとはエヒトも予想できず、硬直したままに額の顔が穿たれた。

 

「ぎ、ぃッ!!」

 

 反動でハジメの髪が内側から舞い上がり、目元に走った亀裂から鮮血が吹き出す。

 

 想像を絶するだろう痛みに、食いしばった歯をむき出しにする顔は、とても痛々しい。

 

 

 

 

 

『がぁああああぁあああああああああああああああああッ!!?』

 

 

 

 

 

 しかし、それだけの価値はあった。

 

 額の顔を砕き、中まで食い込んだ弾丸に、エヒトは立ち上がって絶叫する。

 

 純粋な痛みからではない。その弾丸から瞬く間に身体中を駆け巡る、〝()()()〟の概念の力にだ。

 

 傾いた玉座が祭壇から転げ落ち、次いで悲鳴のような金切り声をあげて石像達が消滅した。

 

 石像の炎や棘剣に体を支えられていた二人は当然落下し、祭壇の上で死に体を打ち付ける。

 

「──ッ!!」

 

 その前に、雫が開眼した。

 

 空中で体を捻ると、ぶら下がっていた業奠の鞘の先端部分を口で掴み取る。

 

 そのまま勢いよく右へと首を振り──シャリン! と清涼な音を立てて、短刀が引き抜かれた。

 

 その短刀の刀身は、ゾッとするほど濃い色の紫電を纏い、なおかつ白く輝いている。

 

 驚くべきことに、業奠の刀身よりも異様に長かった鞘にはもう一振り仕込まれていたのだ! 

 

「今度こそ……斬れ………………雫ぅうううううううッ!!!」

「あぁぁああああああああああッ!!!」

 

 友の激励を受けて、剣鬼は空を蹴る。

 

 

 

 

 

 

 

 胸に大穴、貫かれた両腕。

 

 

 

 

 

 

 

 だけど、まだ足が動く。

 

 

 

 

 

 

 

 たとえ、これを最後に二度と歩けなくなっても構わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、だからッ、だからッ!!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

「シューを……返せぇえエェエエエッ!!!」 

『おの、れぇええええッ!!!』

 

 もがき苦しんでいたエヒトが、当たりもつけず激情に駆られて神剣を薙ぐ。

 

 不思議なことに、偶然にもそれは雫を一刀両断できる軌道で。

 

「……〝錬成〟」

 

 そんな神の悪足掻きは、突如として間に割り込んだ……()()()()()()()()()()盾に防がれた。

 

 先の手榴弾の一部に紛れ、空中に散布しておいた金属粒子をハジメが錬成したのだ。

 

 渾身の一振りだったが故に全速力で当たった神剣は、盾からそっくり返ってきた衝撃でエヒトの手から飛んでいく。

 

 強制的に右手万歳の姿勢になり、その首筋を無防備にも晒せば──剣鬼を阻むもの、何もなし。

 

「フッ!」

『カッ!?』

 

 一瞬で両足を胴体に絡め、間髪入れず短刀が首元に叩き込まれる。

 

 まるで噛み付いているようにも見える姿勢。果たして短刀は……その刃を、根元までしっかり沈み込ませていた。

 

『ぐ、がぁあああ!』

「がはっ!?」

 

 ほぼ反射的に腹を打った拳を、雫はモロに食らう。

 

「雫!」

 

 落下してきた彼女を、祭壇に設置された階段のへりを掴んで止まっていたハジメがキャッチする。

 

 ハジメも満身創痍、そのまま二人まとめて階段を転げ落ちていき、今度こそ祭壇の下に行き着いた。

 

「おい……まだ、生きてるか……」

「……え、え。それ、よりも……カフッ、エヒト、は……」

 

 這い蹲るにして重なり合った二人は、緩慢にエヒトを見上げる。

 

 祭壇の上では、両膝をついたエヒトが言葉にならない声を撒き散らしながら両腕を振り回していた。

 

 やがて、首に突き立っていた短剣をついに探し当てると、乱雑に引き抜き投げ捨てる。

 

 それでも、〝神殺し〟の力も、自分の魂が肉体から分離していく感覚も無くなりはしなかった。

 

『何故、何故何故何故何故何故ぇえええ!』

「成功……した、の……?」

「みたいだ……な」

 

 喚き散らすエヒトを見ながら、ハジメが雫を刺激しないよう体を離し、立ち上がる。

 

 錯乱していたはずのエヒトは目ざとく気がつき、恐ろしい速度で振り返った。

 

「……さぞ、驚いたようだな」

『貴様らっ、心臓を貫かれて、何故ぇっ!』

「そうだな……お前の言葉を……真似、するなら……」

 

 ハジメが、自分の胸に開いた穴に手を入れる。

 

 その痛みに顔を顰めつつも、ほどなくして引き抜いた手には……ハート形の、アーティファクトが。

 

「身代わりアイテムって、ところだ」

『アーティ、ファクトだと……っ!』

「〝セカンド・ハート〟……よくできてる、だろ?」

 

 それは血管の中を超微細な粒子の形で流れていた、〝命に関わる外的要因を引き受ける〟概念を持つアーティファクト。

 

 石像達が復元されたのを見て、二度目の事実抹消が起こった際に備えて密かに体内で粒子を結合し直し、起動していたのだ。

 

 用心に用心を重ね、その全てを覆されることを見越してさらに用心する。

 

 ハジメの慎重さの勝利だった。

 

『ではっ、八重樫雫はっ!』

「どうやら……心臓の表面に血刃を生成して…… 刃を……逸らしたらしい……な」

『貴様ら、なんという……!?』

「マトモじゃない……って? ハッ。マトモな胆力、だったら……あいつのツッコミ役なんざ……何年も、続けられる、かよ」

 

 軽口を叩き、血まみれの顔で獰猛に、それでいて馬鹿にするようにハジメは笑う。

 

 それが己の敗北を示しているかのようで、エヒトは屈辱に激しく顔を歪める。

 

 

 

 

 

 ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ! 

 

 

 

 

 

 しかし、スイカを割るように魂が二つに分離し、刻一刻と大きくなっていく()()()()を抑えるのを抑えるので精一杯だ。

 

『いつからっ、一体いつから狙っていたっ!』

「……最初から、お前を、倒すには…………六手は、必要だと……思っていたさ」

 

 憤るエヒトに、ハジメは一つ一つ説明していく。

 

 

 

 圧倒的物量と超火力による第一手と、自分も雫も押し切れないのを見越した上で復活の第二手。

 

 次の第三手、ハジメはセカンド・ハートと同時にもう一つ密かな対策を打っていた。

 

 アンチエネルギーが付与された魔眼石を外し、戦いながら大宝物庫の中で弾丸に錬成し直したのである。

 

 雫との挟撃の際に打ち込んだのはそれであり、見事に〝神殺し〟の概念が効果を発揮するレベルまでエヒトの力を弱らせた。

 

 この戦いの中でハジメの中に芽生えた、新たな〝極限の意思〟が、事実抹消をされてもその力を維持したのである。

 

 途中から純粋な〝魔力感知〟と〝気配感知〟だけを頼りにエヒトに追いすがっていたので、負担は格段に増した。

 

 そうして眼窩の中に仕込んでおいた〝神殺し〟のナイフを加工した弾丸を打ち込み、更にエヒトの力を弱らせる第四手。

 

 業奠よりも強力な万象切断の概念が込められた短刀で、エヒトとシュウジの魂の融合を分離する第五手。

 

 そして。

 

「……これで、最後の一手だ」

 

 ゆっくりと、ハジメが左手を上げていく。

 

 つられて外装がボロボロと剥がれ落ちていき……中から、異形の左腕が顔を出した。

 

 目を見開くエヒトの前で、ハジメはほとんど消失したスカーフを留めるリングを外し、呟く。

 

「〝錬成〟」

 

 眩い赤のスパークと共に、リングは弾丸へと姿を変えた。

 

 その弾丸が発する、〝神殺し〟にも匹敵……否、凌駕する概念魔法の力にエヒトが体を震わせる。

 

 あれを受けた瞬間、弱まった今の自分の魂では確実にこの体から引き離されることを確信した。

 

『っ、だが、それを撃ち出すための武器はもうっ!』

「あるだろ? ここに」

 

 ハジメが、弾丸を指で弾く。

 

 黄金の弾丸が宙を舞い、その間にハジメは左腕を右手で掴み取って、擬態によってその形を変えていく。

 

 瞬く間に変形し、ハジメの右手に収まった真紅のリボルバーに、落ちてきた弾丸がぴたりと収まった。

 

『まさ、か──!』

「【どこまでも絶えぬ我が友情(俺のダチが世話になったな)】……こいつはよく効くぜ?」

『ま、待て、やめろっ!』

 

 今更に制止するエヒトの言葉を無視して、ハジメは弾倉を嵌めたリボルバーの銃口を向ける。

 

 それから……フッと。

 

 とても優しく、変心する前のようなかつての微笑み方で、最後の言葉を紡いだ。

 

「お前から預かった約束(もん)、今返すぞ……シュウジ」

『南雲、ハジメェエエエエエエッ!!!』

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 紅い閃光が、白を貫く。

 

 瞬く間もない刹那、止めるものなく突き進んだ弾丸が、エヒトの胸の一部を寸分違わず撃ち抜いた。

 

 激しい衝突音と共に赤雷が鎧を食い破り、その胸の奥──分離しかけた二つ魂の間をぶち抜く。

 

 

 

 

 途端に、仰け反った体から一人の人間が分離した。

 

 神の鎧に封じ込められていた体が解放され、ついにその姿を現したのだ。

 

 即座に銃を投げ捨てたハジメが階段を駆け上がり、右手を伸ばす。

 

「シュウジぃいいいっ!」

『おのれぇえええええ!』

 

 同時に、スーツと共に分離したエヒトも肉体を取り戻そうと魔の手を伸ばして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《待たせたな。余す所なく解析し終わったぜ、シュウジ?》

「──パーフェクトだ、エボルト」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

『ごはぁっ!?』

「っ!?」

 

 開眼と同時に繰り出したヤクザキックでエヒトは吹っ飛んでいき、白い空間の壁らしき場所に叩きつけられていた。

 

 その一方で、俺が突然動いたことで驚いたのだろうハジメが急激に立ち止まる気配がした。

 

 上手くバランスを制御できなかったのか、つんのめって顔面から倒れる所でその右手を取ってやる。

 

 それによって体制を立て直し、さらに片足を踏み出して止まったハジメが、勢いよく顔を上げた。

 

「お、前……?」

 

 心底驚いたというその顔は、いやはや実に良いリアクションだ。

 

 だから俺も、いつものようにニヒルに笑い、こう言ってやるのさ。

 

「よっ、三日ぶり。元気だったか、ハジメ?」

「……そこそこ、な!」

 

 

 

 

 

 ハジメの顔が、クシャッと歪んだ。

 

 

 

 

 




大 復 活 !

読んでいただき、ありがとうございます。

次回をお楽しみに!


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さあ、終末を始めよう。

ついに取り戻したその手。

ここから始まるは最高の反撃。

楽しんでいただけると嬉しいです。



【挿絵表示】




 シュウジ SIDE

 

 

 

 

「無茶するぜ。普通、自分の頭蓋骨にヒビ入れるような武器使うか?」

「るっせ。お前にだけは言われたか、ねえよ」

 

 

 

 いつものように揶揄えば、涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑うハジメ。

 

 きっと、これまで抑えていたいろんな感情が一気に決壊しているのだろう。

 

 もうエボルトの一部が体から離れてしまったので、その思考は読み取れないが。

 

 

『俺を使ってわざわざ盗み聞きして、第三者視点でのモノローグは楽しかったか?』

 

 

 楽しかったね。ひたすら狂言回しに徹するってのも、たまには悪くない。

 

 そんなことを思いつつも、掴んだ右手を介して再生魔法を行使し、瀕死一歩手前のハジメを治していく。

 

 ものの数秒で全ての外傷は癒え、ボロボロに引き千切れた血塗れの衣装だけが名残として残っていた。

 

 隻眼を見開いたハジメは俺の手を離すと、涙を拭い、力強く背筋を伸ばして笑う。

 

 

 

 

 俺は頷き……それから、祭壇の下で倒れている最愛の人を見た。

 

 自然と一歩引いてくれたハジメに、階段を降りて彼女の前に膝をつく。

 

 傷だらけの体をこれ以上痛ませないよう、そっと仰向けにすると頭を自分の膝の上に乗せた。

 

 両手で頬を包み込んで再生魔法を使えば、雫はすぐにうっすらと目を開いた。

 

「…………シュー、なの?」

「おうとも。いつでもニコニコお前の隣に、オンリーワンな北野シュウジだ。自信過剰な極悪ヴィランの復活だぜ?」

「……信じて、たわ。ちゃんと、私のところに戻ってきてくれるって」

 

 どんな宝よりも価値のある白肌から傷や血が消えていくのと共に、声に張りが戻っていく。

 

 無意識に魔力を多く込めたか、ハジメより幾らか早く治癒が完了すると、雫はゆっくりと起き上がった。

 

 

 

 

 至近距離で見つめ合う。  

 

 柔らかく、優しくて、それでいて曲がらぬ光を持った、俺が他の何よりも魅入られる美しい瞳。

 

 それを見ただけで、たった三日離れていただけだというのに、止め処ない愛情が溢れてきた。

 

「怒ってるか?」

「……ええ、とってもね」

「そりゃ参った。どうしたら許してもらえる?」

「とびきりの愛を込めたキスを、一つ」

 

 こりゃまたロマンチックな注文だ。実は乙女な雫らしく、可愛らしい。

 

 まあ、どのような要求でも俺に拒むことはできない。何も言わずにあんなことをしたのだから。

 

 贖罪の気持ちと、何より愛情を伝えるため、俺は雫へと顔を近づけた。

 

「ん……」

 

 自然と目を閉じた彼女に、触れるだけのキスをする。

 

 触れ合ったのは数秒。瑞々しさを取り戻した雫の唇は暖かく、とても柔らかいものだった。

 

 顔を離してもう一度目線を交わらせれば、雫はハジメと同じような表情になって、俺の胸に顔を埋めてしまう。

 

 声も漏らさずに嗚咽を漏らし始めた雫に、俺はそっと背中や頭を撫でた。

 

 

『やーい、泣かせた泣かせた』

 

 

 小学生かっ。

 

「そんないい女泣かせるなんて、罪な男だな」

「耳が痛いねぇ。でも、あんだけの数の美人さん引っ掛けてるハジメも中々だぜ?」

「言っとけ。つうかお前、やっぱりずっと意識があったんだな」

「まあな」

 

 あえて弱ったように思わせ、精神の核を守る魔法を自分にかけて、魂の根底部分に潜伏した。

 

 ある程度は本当に繋がっておいて、それとなく思考を誘導し、エボルスプリームの力を作らせて。

 

 それでいて地上にいるエボルトとハジメが持っていた腕を中継機に、あらゆる状況を俯瞰して、操った。

 

「というわけさ。二人とも俺の想定以上の奮闘だったから、感動して意識だけで泣いちまったよ」

「……もう、言葉も出ねえわ」

 

 俺が色々覗き見て糸を引いていたことか、はたまた一応は神であるエヒトの思考を操ったことか。

 

 どれであれ、呆れたような、かつ感嘆したような目と笑い方で見下ろしてくるハジメなのであった。

 

「あ、ちなみに二人の戦いぶりに感動したのは本当だぜ? あそこまで俺のことを思ってくれてたなんて、嬉しい限りだよ」

「あー……まあ、今更照れる必要もねえな」

「……そうね。ついでにどさくさに紛れて、私のこと名前呼びしてたし」

 

 いつの間にか雫が泣き止んでいた。

 

 顔を上げた雫は、驚きに引き攣った表情を浮かべるハジメを見上げて悪戯げに笑う。

 

「いや、その、あれはだな。つい感情が昂ったというか、弾みというか……だから、な? シュウジ?」

「ぶはっ、そんな焦らなくてもジェラシー感じたりしねえって。むしろ俺からすれば、なんで名前呼びじゃなかったのか不思議だね」

「と、いうことらしいわよ?」

 

 俺のことでなんやかんやと仲良かったのはとっくに知ってたし、思うところなど何もない。

 

 そんな俺の気持ちも見透かしている我が女神は、だからこそハジメのことを揶揄ったのだ。

 

「……はぁ。わかった、下手に誤魔化すのもおかしいしな。これからは名前で呼ぶわ」

「ええ。私もそろそろハジメくんって呼ぶことにするわ。この戦いを一緒に潜り抜けたんだから、ね」

「おう。改めてよろしくな、八重が……雫」

「よろしく。南雲くん……じゃなくて、ハジメくん?」

「うむうむ、仲良きことは美しきかな」

 

 そんなこんなで、ハジメと雫の友情イベントでしたとさ。

 

 

『ゲーム風な纏め方だな』

 

 

 ギャルゲーやってるのを妹に見つかって怒られた、どうも俺ちゃんです。

 

「ま、エヒトに憑依させてたのには()()()()()()()()ってことさ」

「なるほどっ──!」

 

 最後の一言を口にする前に、ハジメが勢いよく振り返る。

 

 雫もハッと反応して立ち上がろうとしたが、俺は冷静にステッキを異空間から取り出した。

 

 膝立ちの姿勢で先端を床に打ち付け、エ・リヒトを展開すると、空から降り注いだ光のスコールを防ぐ。

 

 次々と紫の障壁を打ち付けるそれは、空中にいるエボルスプリームの姿を保ったエヒトの仕業だった。

 

『殺すっ、殺すっ、殺すっ、殺してやるぞっ、イレギュラー共がぁあああッ!!!』

「おー、怖。よくあんな声出せるな」

「エヒト……!」

「まだこれだけの力を……!」

 

 しこたま概念魔法をぶつけられておいて、まだこれだけ元気があるとはねぇ。

 

 なんてのんびり考えているのもいいが、なんだかんだとハジメも雫も精神的に疲弊している。

 

 それほどまでにエヒトは強大だったのだ。さすがは何万年も存在し続けただけのことはある。

 

 ある程度の所でエボルスプリームの力を制限しとかなかったら、もっと凄まじかっただろう。

 

 

『なら、なるはやだな』

 

 

 おう、なるはやだ。

 

「シュウジの名において命ずる。〝堕ちろクソ野郎〟」

『がぁっ!?』

 

 我ながらテキトー極まる【神言】によって、急激にエヒトが祭壇の上へと落下する。

 

 同時に光の流星が一斉に消え、必要なくなったエ・リヒトを解除して立ち上がった。

 

「お前、今のって……」

「【神言】を、使えるの……?」

「人の体であんだけ連発してんだ、パクってくださいって言ってるようなもんだろ?」

 

 呆然とする二人に、ステッキで肩を叩きながら軽口を叩く。

 

 

『これが本当の睡眠学習ってね』

 

 

 睡眠ってか憑依だけどな。

 

 いつものやり取りを済ませた所で、一発で落ちたエヒトの様子を見に行く。

 

 歩きながら、ギリシャの神々が着てそうな趣味じゃない服を魔法でとっておきのものに変えた。

 

 一瞬で体が紫と黄色を基調とした衣装に包まれ、最後にあのブローチがついたシルクハットを被れば完成。

 

「ようエヒト、実にお似合いの格好だな」

『貴様……!』

 

 祭壇は粉々に砕け、瓦礫の上で這いつくばったエヒトは、必死に起き上がろうともがいていた。

 

『ありえぬっ、たとえその肉体を失ったといえど、分離した際に力の一部は奪ったはずっ! 付け焼き刃の【神言】に、何故このようなっ!』

「あえてくれてやったんだよ。三下のエセ神に等しい絞りカスみたいな力を、だけどネ」

 

 悔しがっているエヒトの肩をステッキで突き、あえて煽り口調で言ってやる。

 

 エボルスプリームの姿も、〝抹消〟の残滓とこいつのエネルギーが干渉して、仮初めの形を保っているだけだ。

 

 重圧をかけられているように体を震わせながらも、エヒトは頭を上げ、こちらに顔を向けてくる。

 

 

 

 

 露わになった顔は、ハジメに撃ち抜かれた額から左側にかけてマスクが割れていた。

 

 その奥にあるのは、魔王城の時にも見た人型の光。目元らしき場所は憤怒に歪んでいる。

 

「おいおい、お前がマスク割れしても誰得だよ。せめてゼクトと共にありィ! の方にしとけって」

『貴様っ、最初から、我を欺いていたというのかっ!』

「気付くのが遅いぜ、自称神(笑)? こんな場所で数万年も引きこもってるだけのヒッキーちゃんがこの俺と化かし合いしようなんざ、もう百万年くらい早かったな」

『き、貴様ぁああああ!』

 

 面白いくらい怒る怒る。これだからプライド高いやつを煽るのはやめられない。

 

 ここ三日の鬱憤を晴らすのに十分な美味しいリアクションを見れた所で、本題に入るとしよう。

 

「何故俺が、わざわざお前のチンケな意識に体を使わせてやったと思う?」

『貴様っ、神たる我に向かって……!』

「ハジメにゃ悪いけど、ぶっちゃけユエを乗っ取られた方が簡単に片付いたんだよね。ハジメの覚醒イベントも見れそうだったし」

「おい」

 

 冗談冗談、と後ろから飛んできた冷ややかな声に返し、エヒトを見下ろす。

 

「都合が良かったのさ」

『都合が、良かっ、た……?』

「俺の目的を果たすために必要な、残りの数ピースを手に入れるために、お前という存在を利用するのが一番効率的だった」

 

 エヒトはいわば、俺にとってのはぐれメタル。貴重なリソースを持っているいい獲物だった。

 

 いいように利用されたと聞いて動きを止めたエヒトに、手袋に包まれた右手の指を5本とも立てる。

 

「一つ。お前が数万年蓄え続けた、世界の理の知識が欲しかった」

 

 カインの記憶を持ち、全ての神代魔法を習得してその叡智を手に入れたとはいえ、所詮はペーペー。

 

 〝あるもの〟を手に入れるためには、エヒト達〝到達者〟レベルの理への深い叡智が必要だった。

 

「二つ。お前の記憶と知識の全てを閲覧し、解析する時間を作るために、使徒やフリード、《獣》達の動きを操りたかった」

 

 なにせ世界を崩壊させてしまうほどの魔法知識、それも数万年とたっぷり溜め込まれた情報だ。

 

 憑依した対象の記憶を解析・模倣できるエボルトと二人掛かりでも、ようやくさっき解析し終わった。

 

「三つ。お前と融合し、ハジメ達と死力を尽くして戦うことで……」

 

 そこで俺は、エボルトの力を使いながら自分の胸に手を突き立てる。

 

 後ろで静観していた二人が動揺する気配が伝わってくる。構わず()()()を抜き出した。

 

 外に出てきた手の中に収まっていたのは……焦げ付いたように黒々とした、二本のボトル。

 

「この体を使い、残りのロストボトルを精製するためだ」 

 

 状況を鑑みて色々と調整したのだが、結局十本のブラックロストボトルを作りきることはできなかった。

 

 そこで先んじて残りのボトルを体内に入れ、あえて倒されることで精製したのだ。

 

 しかし俺自身が死んでは元も子もないので、こいつにそのダメージだけを丸ごと押し付けた。

 

「四つ目はこの【神域】の支配権。最後の一つは……ま、いいか」

 

 人差し指を立てていた手を下ろし、ネタバラシを中断する。

 

 これから死ぬこいつに説明する必要もないし……ハジメ達が、聞いてるからな。

 

「お前のおかげで、全てが俺の望む通りになった。改めて礼を言うぜ、どうしようもない引きこもりぼっち幼児のエ・ヒ・トちゃん?」

『貴様貴様貴様貴様貴様っ、貴様ぁああぁああああああああああああッ!!!!!』

 

 これ以上ないほどの絶叫を上げるエヒトをせせら笑い、俺は数歩後ろへと後退する。

 

 それからハジメ達とエヒト、両方の中間あたりで立ち止まり──大仰に両腕を広げた。

 

「さあさあさあ! 始めよう、最後にして最高に滑稽な、楽しい楽しいショータイムを!」

「シュウジ……?」

「シュー、一体、何を……」

 

 訝しげにする二人にウィンクし、ステッキを消して異空間を開く。

 

 取り出したのは漆黒のパネル。幾何学模様が刻まれたそこに収められたのは、八本のロストボトル。

 

 空いている残り二つのスロットに、自分の体から抽出したばかりのロストボトルを同時に差し込む。

 

 漆黒の筒は、小さなガスと共に上品な黄金で彩られた。

 

「これで全てが揃った」

 

 

《エボルドライバー!》

 

 

 ジャケットのボタンを外し、エボルドライバーを装着する。

 

 ベルトが固定されてから手を離し、次いで取り出したエボルトリガーのスイッチを二度押した。

 

 

《 OVER OVER THE REVOLUTION ! ! ! 》 

 

 

 力強く、禁断の力が解放される。

 

 ドライバーにそれをセットし、続けて取り出したアサシンボトルを装填。

 

 

ASASSIN!

 

 

 正しくボトルを認識したのを確認して……俺は、虚空へと手を伸ばす。

 

 伸ばした手の先、見計らったように空間から滲み出てきたものを掴み取った。

 

「あれって……ボトル?」

「確か、天之河が持ってたよな……」

 

 手にしたのは、あの勇者に渡したエボルヴボトル。

 

 ネルファの中にあった、()()()()()()()()()()()()()()それが手の中で光を放ち、そして砕ける。

 

 手の中で新たに生まれたものは、あらゆるものを飲み込まんと口を開いた、醜く恐ろしい赤い蛇。

 

 そのキャップを開け……ドライバーに残っていたもう一方のスロットに、差し込んだ。

 

 

FAULT SYSTEM!

 

 

 低く、粘りつくような声が響いた。

 

 これまでのどれとも違う、それ自体が致命的な間違いであることを告げるような、昏い声。

 

 そして、全てを消し去る力と全てを飲み込む力が合わさり、一つになった時。

 

 

 

 

 

 

 

《 C O R R U P T I O N ! 》

 

 

 

 

 

 

 

 演奏が、始まった。

 

「さあ。終末を始めよう」

 

 俺は、レバーを回した。

 

 ドライバーから、聞いているだけで涙を流し、懺悔したくなるような音が流れる。

 

 それはまるで、朽ちた城に響く壊れたピアノの伴奏のように。

 

 それはまるで、誰もいなくなった部屋の片隅で奏でられる、錆びたオルゴールのように。

 

 それはまるで──この世に存在する生物、物体、法則、全てを憎む歌のように。

 

 荘厳ではない、恐ろしくもない。

 

 ただただ何かが壊れてしまったような、呪いの如き協奏曲。

 

 

 

 

 直後、ドライバーから弾丸のような速度で飛び出していき、空中で何十と枝分かれする六本のチューブ。

 

 それらは白い空間に突き刺さり、蝕み、グラグラと激しく鳴動させながら広がっていった。

 

『我が、【神域が】……!?』

「くっ、これはっ、一体!?」

「シューっ、何をしようとしてるのっ!?」

 

 激しく揺れる白亜の空間に、ハジメ達が叫んで。

 

 けれど。

 

 

 

 

 

 ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛………………

 

 

 

 

 

 チューブ達がその先端に広げた六つの穴から、瘴気と共にそれらが出てきた瞬間、口を噤む。

 

 広げた穴の向こうから、数十、数百という数の悍ましい骸達が、チューブを掴んで、やってくる。

 

 骨だけの骸もいた。まだ血肉が残っている骸もいた。あるいは完全な人の姿を保っている骸も。

 

 そして彼らは一直線に、ロープのようにチューブを伝って……俺の全身に群がった。

 

「シューッ!?」

「よせ雫、行くなっ!」

 

 骸達は、何者も寄せ付けない。

 

 たとえそれが、俺にとって大切な人間でも、これから殺す敵でも。

 

 ただ。

 

 

 

 

 

 ──え

 

 

 

 

 

 求めるように。

 

 

 

 

 

 ──がなえ

 

 

 

 

 

 縋るように。

 

 

 

 

 

 ──贖え

 

 

 

 

 

 責め立てるように。

 

 

 

 

ARE YOU READY ?(命を以って、贖え)

 

 

 

 

 俺に、清算しろと訴える。

 

「今してやるさ、亡者ども」

 

 レバーを手放し、ブラックパネルを宙へ放る。

 

 くるりくるりと回転しながら舞うパネルに、両手を胸の前で組んだ俺は一言。

 

 

 

「変身」

 

 

 

 瞬間、体を闇が包み込んだ。

 

 俺も、パネルも、覆い被さった亡者も、一斉に収束したチューブが飲み込んでしまう。

 

 凝縮し、一回り、また一回りと蠢くチューブの塊が小さくなっていき──弾けて。

 

 

 

 

 

《LOST……》

 

 

 

 

 

 体を覆う骸が、溶けたように流れ落ちる。

 

 

 

 

 

《LOST……!》

 

 

 

 

 

 宙に残されていた六つの穴が、手足や体、額に嵌め込まれる。

 

 

 

 

 

《EVOL LOST ! ヒャハハハハハ!!!》

 

 

 

 

 

 そうして、全てが終わった時、俺は。

 

 

 

 

 

『「エボル、フェーズゼロ」』

 

 人としての形を、失っていた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「あれは……エボル、なのか…………?」

「進化した人……いえ、神よりもなお……?」

『ありえぬ……ありえぬっ、そんな、そんなことが……!』

 

 自分の体を見下ろす。

 

 ひたすらに黒く、黒く、黒い。それ以外の認識を一切許さないような、澱みのない漆黒の体。

 

 ブラックホールとも、怪人態とも全く異なっている姿。あるいはその中間とも言えるかもしれない。

 

 いや、それ以前にこれは鎧ではなく──俺そのものなのだ。

 

『「……改めて感謝するよ、エヒト。お前のおかげで、ボトルも、知識も、力も手に入れ、この進化に到達することができた」』

『貴様、何故まだ意識がある……! 自分が何になったのか、理解していないというのか!?』

『「してるさ。俺は──虚無だ」』

 

 エボルロスト。

 

 パンドラボックスの力を使う、本来のエボルの進化とは異なった形態。

 

 

 

 

 

 

 

 その正体は──〝抹消〟との、完全な一体化。

 

 

 

 

 

 

 

 人を超越し、消滅の概念そのものとなる、決して辿り着いてはならない進化のカタチ。

 

 ブラックパネルの強大なエネルギー、エボルシステム、アサシンボトルに込めた〝抹消〟の力の欠片。

 

 そしてマリスが神性を獲得した際、ルイネと共に魂を奪われていたネルファの中に残った、微かな力。

 

 それらを繋ぎ合わせることで、実在しているもの全てと相反するこの力と一体化するための、概念についての叡智。

 

『「何より、概念そのものとなっても自我を失わない強靭な精神が重要だったからな。この三日、お前が理の秘技で獲得した力を一部とはいえ奪えたのは僥倖だった」』

『貴様、我が力を……我が神性を、奪ったと、いうのか……』

『「何から何まで、お前は利用しがいがあったよ」』

 

 明かした真実に、エヒトは立ち上がれない。とっくに神言の効果は消しているのに。

 

 俺にとって所詮エヒトなど、これまで利用してきた奴らと何ら大差なかったということ。

 

 奪えるものは全て奪い、目的の為に有効活用する。それが俺という人間のやり方なのだ。

 

『「だが、もう用済みだ。矮小な神に相応しいバッドエンドをくれてやる」』

『があぁああああっ!?』

 

 手をかざすこともなくエネルギーを操作し、エヒトを宙へと浮かび上がらせる。

 

 かの救世主のごとく、四肢を十字の形に引き伸ばすと、右手でレバーを回した。

 

 

《READY GO!》

 

 

『「フィナーレだ。永劫に消えてなくなれ、エヒトルジュエ」』

『我はっ、我は神だぞ! イレギュラァアアアッ!!!』

 

 

《ALL FINISH! Ciao~?》

 

 

 最後の断末魔を叫ぶエヒトへ、手をかざす。

 

 体に一体化した円環と同じ、どこに繋がっているとも知れぬ穴が四つ出現して……エヒトの体を飲み込み始めた。

 

 少しずつ先端から体が消えていく光景は、さながらミキサーにかけられて削られていく果物のよう。

 

『あッ、あぁあっ、あぁあああ………馬鹿な…………そんな……ありえない、こんなことは……ありえない……』

「「……」」

『死に、たく……ないっ……死にたくな……い……何故……同士、十分……何故……わからない……どうして、永遠を……』

 

 その身を失っていきながら、エヒトは意味をなさない言葉の羅列を行なっていた。

 

 全てに絶望し、己という存在を保つ理論を失った者の末路。自尊心の塊であるこいつは特に顕著だ。

 

 だからこそ縋るのだ、過去に。自分がなしてきたこと、実証してきたことを想起し、必死に保とうとする。

 

『「安心しろ、エヒト。お前という()()は残らない。この力で、お前という存在は完全に消え去る」』

『おのれ……おのれ……我は……神、なる、ぞ……我こそ、絶対……全て、したが、え……全て……操り……貴様らは、ただ……苦しみ……叫び……喚き…………嘆けば、それで……よいの、だ……』

 

 ああ、なんて醜いのだろうか。

 

 執着、怨嗟、独善、自己保身、傲慢、寂寥、憎悪、恐怖……数多の言葉にしてなお余りある悪意の塊。

 

 エヒトもまた、カインが憎み、アベルが怒った、悪辣なる悪だったのだ。

 

『「最後に教えてやる──お前は特別なんかじゃない。どの世界にも掃いて捨てるほどいる、ただの腐れ蛆虫だ……俺と同じな」』

『……っ』

『「何も見ず、何も聞かず、何も理解しようとせず。それでいて自分の欲望だけを他者にぶつける、自己中野郎。それがお前の正体だ」』

 

 救いようがない外道には、同じく救うべきではない外道の手でこそ、その最期を。

 

 その想いとともに、もう胴体と頭しか残っていないエヒトの姿を傍観した。

 

『いや、だ……しに、たく……な、いっ!』

『「好きなだけ喚け。誰も助けないからな」』

 

 その一言が引き金になったのか、本当にエヒトが喚き出す。

 

『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくぁあああああぁああぁああああああぁああああ ッ!!!!!!』

 

 最後の最後まで、身勝手なままに。

 

 

 

 

 

 

 

 エヒトルジュエという悪人は、その存在を全て削り取られて──消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 それを見届け、手を下ろす。

 

『「……ようやく、か」』

《ここに到達するまで、長かったな》

『「……ああ」』

 

 エヒトを殺す、その為だけに多くを犠牲にした。

 

 スマッシュやハードガーディアン、特にロストボトルの開発で積み上げた屍は、山一つ二つでは到底足りない。

 

 人が生きる領域全てに目を行き届かせ、この決戦のために支配する過程でも、多くの命を刈り取った。

 

 この力を完成させる時、償いを求めてきたあの骸達は……きっと、俺が殺めた人間全ての怨念の集合で。

 

 その意味において、俺はエヒトと瓜二つだった。

 

「……シュウジ」

「……シュー」

 

 だけど。

 

 こんな人殺しで人でなしな、外道極まりない化け物でも、まだ名前を呼んでくれる存在がいるらしい。

 

 危うく自分という存在が曖昧になりかけていたところで、すぐ後ろから聞こえた声に振り向く。

 

 黒い煙と共に、一時的に体を元の形へと戻しつつ見れば……とても、悲痛そうな顔をしていた。

 

「おいおい、なんだよその顔。ついに悪しき神を打ち破ったんだぜ? もっとハッピーな顔しろよ」

「「…………」」

「……頼むからさ、笑ってくれ。そうじゃねえと、人間やめた俺ちゃんが報われないぜ?」

 

 そう付け加えれば、一瞬で顔を形容できない感情で歪めた二人が手を伸ばしてきて。

 

 けれど、何かを感じ取ったのか俺に触れる前にその手を留めてしまった。

 

 それでいい。

 

 今の〝抹消〟と一つになった俺に触れてしまえば、お前達でさえも……跡形もなく消してしまうから。

 

 この姿は、エヒトがそうしていたように力の一部を応用して、擬態しているだけに過ぎないのだから。

 

 我がなした事ながら、その事実のなんと狂おしいほど憎いことだろうか。

 

「……帰ろう、シュウジ」

「みんな、待ってるわ……?」

 

 ああ、優しいなぁ。

 

 もう触れられないというのに、まだそんな風に言ってくれるなんてな。

 

 でも。

 

「そうだ。ハジメ、お前にこれをやる」

 

 慎重に意識を集中しながら、異空間を消さないように開いて帽子を取り出す。

 

 この世界で共に旅してきたそれを頭に落とせば、ハジメは非常に渋い顔をした。

 

「一番のお気に入りだ。大切にしてくれよ?」

「おい、ふざけてないで質問に……」

「雫。ちょっと借りるぜ」

「え、あ……」

 

 念動力で雫の髪留めを操り、するりと引き抜く。

 

 完璧に治した艶やかな黒髪がはらりと広がるのを見ながら、手元へ持ってきたそれに意識を傾けた。

 

 直後、広げた両手の中で仄かな光を放つ三日月は形を変え……煌めく指輪に変わった。

 

「左手をご拝借……は、できないな。残念ながら」

 

 優しく雫の左手を念動力で操り、その薬指に人差し指と親指の間で浮遊するリングを嵌める。

 

 念動力を解くと、雫は右手の指で指輪にそっと触れ……そして、俺のことを訝しげな目で見てきた。

 

 それは、ハジメも同じだった。

 

「シュウジ。帰るぞ」

「無理だ」

「っ、どうして!?」

「まだやることがあるんだよ」

 

 そう。

 

 これまでの全ては、いわば前座。

 

 最後にすべきことが、一つある。

 

「お前達は巻き込めない。だからここで、お別れだ」

「ふざけんなッ! お前は俺達と一緒に、家にかえ──っ!?」

「この期に及んでまた一人で背負うなんて、許さなっ──!?」

 

 一歩踏み込み、また手を伸ばしてきた二人が息を呑んだ。

 

 その理由は二人の足元に広がった……両方を纏めて落とすことができる大きさの、ワームホール。

 

 あれだけの戦闘の後、加えて俺を注視していた二人は対応する間も無く、そのワームホールに吸い込まれる。

 

「大丈夫。ちゃんと、お前らの幸せは守るから」

「くっ、シュウジ、シュウジぃいいいいいいぃいいい──────っ!」

「シュー──────っ!」

 

 最後まで名前を呼んでくれながら、二人は姿を消していった。

 

 ワームホールをじっと見つめていると、体からエボルトが分離して隣に立つ。

 

「……あいつらは犠牲にしない。それが俺が最後まで貫く、唯一の矜持だ」

『最後までお前の選択は変わらなかったな、シュウジ。あいつらに恨まれるぞ?』

「お前もだよ、エボルト」

『何? ガッ!』

 

 一瞬で首を掴み取り、エボルトの体を持ち上げる。

 

 俺の腕を掴んでもがくエボルトを、二人を【神域】から退場させたワームホールの上に移動させた。

 

「俺の〝犠牲〟の中にお前は含まれてない。ハジメ達をよろしくな、エボルト」

『お前っ、最初から──!』

「心配するな。お前がいなくても……ちゃんと、一人でできるさ」

 

 エボルトの首から、手を離す。

 

 念動力で体の自由を奪っておいた為、なんの抵抗もされずにワームホールへ落ちた。

 

 そのまま、ハジメ達もエボルトも二度と戻って来られないようにワームホールを消す。

 

 変身を維持し、かつ意識が統合できない程度の遺伝子を確保してある。もう二度と会うことはないだろう。

 

 ついでに転がっていたリボルバーも手を一振りして消せば、もう懸念はない。

 

「──というわけで。一対一だぜ、女神様?」

「──あは。粋なことをしますね」

 

 背後で、ガラスを割ったようにけたたましい音が鳴る。

 

 ゆっくりと振り返れば、空間そのものを破壊したように大きな亀裂が走っていた。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

「こうしてお互い、肉体を持ってお会いするのは初めてですね──北野シュウジさん?」

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、俺の創造主が立っていた。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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世界のカタチ

今回はある意味前半。

全ての決着がついていきます。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 シュウジ SIDE

 

 

 

 初めて、対面した。

 

 

 

 これまでは精神を引き摺り出されて彼女の支配する空間に連れ込まれたが、今は違う。

 

 エボルロストの力を手にするために使った力の一部、それを感じ取ってやってきたのだ。

 

 こうして直に対面してみると……ああクソ、やっぱり恐ろしくてブルッちまう。

 

「人のものを勝手に盗んで使うなんて、いけない子ですねぇ。そんなふうに造った覚えはいんですけど」

「おお、そいつは悪かったよ創造主様。だがあいにくと、返すつもりはないんでね」

 

 キョトンとした女神マリスは、次に口元に手をやるとクスクス笑う。

 

 俺の言ったことが心底くだらなくておかしいと、そう失笑しているのだ。

 

「その体で何かできるんですか? 寿命もあと少ししか残っていないんでしょう?」

「っ、さすが女神様。ご慧眼であらせられる」

 

 こっちに後がないのも、お見通しらしい。

 

 マリスの力とエヒトから奪った神性で耐えているが、俺自身の命はほとんど削り取られている。

 

 変身の影響であらゆる感覚が消えている中、たった一つだけ、酷く冷たいものを感じる。

 

 それは、命の灯火が身体中に巡った黒い蔦に覆われ、弱まっていく感覚だった。

 

「馬鹿な子。どれだけドライバーで進化しても、外付けの力で無理矢理繋げても……その力を、あなたが扱えるはずがないでしょう?」

「ああ、だろうな。()()()()()()()()()()()()

 

 そう返した途端に、哀れむように微笑んでいたマリスがピタリと動きを止めた。

 

 表情を消し、目を細めてこちらを見てくる彼女に、あえて余裕げに笑ってみせる。

 

「あんたは俺に色々と刷り込んだが、中でも〝嘘〟は一級品だった。流石はカインの弟子、人間の思考でなくなっても狡猾だ」

 

 最初に俺が()()した時、マリスは魔法や神の力を使って様々な洗脳を施した。

 

 それは俺が錯乱し、カインが目覚めた時にほとんど解除されたが、しかし残っていたものもある。

 

「ずっと思い込んでいたよ。〝抹消〟の力を上手く扱えず、その破壊性を撒き散らすことしかできないのは、カインから受け継いだ性質だってな」

「……違うと?」

「そう、違った。それは俺という人形に定められた性質であって、オリジナルの性質を引き継いだ訳ではない」

 

 俺がそのことに気がついたのは、カインとエボルトが俺の正体をハジメ達に話した時。

 

 意識の裏に潜伏して聞いていた俺はその後にまた暴れたが、しかしちゃんと理性も根底にあった。

 

 後々落ち着いた頃にその時感じた違和感について考え、あることに着眼した。

 

「かつて、カインは自分という存在を抹消することで、自らに関連して起こった千年間の出来事を白紙に戻した」

 

 結果的に、カインの行いによって救われ、増えすぎた命は綺麗さっぱり消えた。

 

 副作用で、ルイネ達の中からも存在が消えたが……この出来事に、ヒントがあった。

 

「カインの〝抹消〟への適合率が歴代最悪だというのならば、入れ物であるあいつが消えた時点で〝抹消〟が暴発し、地表の全てが消し飛んだほうが妥当だ」

 

 もし俺が同じことをすれば、確実にそうなるだろう。

 

 だが実際に、崩壊寸前だった世界意思の補助無しにカインは一人でそれをやってのけた。

 

 この矛盾から推察するに、カインは歴代最高の適合率であったアベルと同等、あるいはそれ以上に〝抹消〟を使いこなしていた。

 

 ではどうして、俺の適合率はみそっかすのようなものなのか。

 

「最初はあんたが記憶の一部を改竄し、他のサンプルの性質が混ざったことで劣化したのかとも考えた。だけどこの力を手にした瞬間、はっきり確信した」

 

 作りものだから、その力を完璧に受け継ぐことができなかったんじゃない。

 

「あんたが、あえて適合率を最低に制限して俺を作ったんだ」

「………………」

「まあ、理由は色々とあるんだろうさ。作り物の俺の魂じゃ許容量が足りないとか、18までに死ぬ呪いを消させないようにとか。そこはあんたの胸の内ってやつだな」

 

 なんにせよ、俺の〝目的〟を果たすにはカインの適合率を取り戻さなきゃいけなかった。

 

 ただエボルアサシンを使うだけでは、悪戯に命を摩耗するだけでその楔を壊すことはできない。

 

 その他のどんな手段をもってしても、制限を外す前に確実に命を消費しきってゲームオーバーだ。

 

「だから俺はこう考えた。今の俺でどうしようもないのなら、存在自体をスケールアップしちまえばいいってな」

 

 そのためにうってつけの手段があった。エボルドライバーとパンドラボックスだ。

 

 肉体構造を強化し、進化させるエボルの力と、星を破壊するほどの力を秘めたブラックパネル。

 

 これを活用できれば、厄介なマリスの制限を突破して真の〝抹消〟の力を手にすることができると確信した。

 

 だがもう一ピース、確実にこの呪いを突破できるという確実性が欲しかった。

 

「そこでネルファだ。あんたが力を手に入れるために奪い、自分に取り込んだあの二人の魂には、その残留物が残っていると踏んだ」

 

 創造の力を吸収し、神格を得た際に少なからずその魂はマリスのそれと融合していた。

 

 さながら俺がエヒトから知識と神性を奪い取れたように、一度繋がった以上は何かしらの影響が残るはずだと。

 

 それは希望的観測だったが、しかしネルファがエヒトの呪いに縛られたことで現実味を帯びた。

 

「ルイネとネルファ。俺がカイン本人だと誤認させるために送り込まれた二人の魂のうち、ネルファだけが呪いに引きずられた。それはあんたの神格と、エヒトの神性が共鳴したからだ」

 

 だからこそ、天之河をあのように挑発してネルファと戦う気にさせ、エボルヴボトルを与えた。

 

 このボトルに込められた力は、上位存在の干渉力を打ち消すものではない。

 

 

 

 

 

 その力を奪い、取り込むことだ。

 

 

 

 

 

 天之河はよく働いてくれた。  

 

 結果的に奴がネルファの心までも救ったのは……まあ、今考えるべきことじゃあないな。

 

 とにかく、制限をかけた本人の力も加えて進化した結果、ゴリ押しでその天井をぶち抜けた。

 

「最初こそ、エヒトを殺すために進化態に至ろうとしていたんだが……真実を知ったことで、より絶大な力を手に入れたってわけだ」

「その結果が、今にも死にそうなその姿ですか? ふふっ、とても滑稽ですね」

 

 話を一旦締めくくると、マリスはまたも可笑しそうに笑った。

 

 そりゃそうだろう。散々に犠牲を出し、多くの人間を利用して手に入れたのが自滅の力なのだから。

 

 たった一人の人間の死を認められずに、何もかも裏切ったこの女神には失笑ものだろうよ。

 

「それで、もう終わりですか? 別に私は、残り少ない時間を使って無駄話をする姿を眺めるのも面白いですが……」

「そりゃ重畳、ならあと少し付き合ってくれ……あんたの力を取り込んだことで、もう一つ気がついた嘘がある」

「それは?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()……そうだろ?」

 

 その質問に、微笑む女神からの答えはなかった。

 

 気にすることなく、俺は導き出した答えを語ってみせる。

 

「神無くして人はあらず、人無くして神はあらず。どっかで聞いたような言葉だが、まさにその通り。俺達の力は、元となるものがなければ維持できないものだ」

「へえ、そうなんですねぇ。それで、元となるものって?」

「〝生命〟さ。星に息吹き、根付き、繁栄する、命ある者達のエネルギーによって、世界は生きる」

 

 

 

 

 

 無から有は生まれない。

 

 

 

 

 

 エヒトが信仰心を力に変えて命を長らえていたのと同じように、創造にも抹消にも原動力が必要なのだ。

 

 それなのに、全ての魂を回収して俺の製造に使ってしまったら、元手がなくなってしまう。

 

「大した大嘘つきだ。あのカインでさえ騙した弁舌には惚れ惚れするよ」

「……ふふっ、あはっ、あははははははは!」

 

 突然に笑い出すマリス。

 

 先程までの憐憫のようなそれとは違い、心底面白いといった、そんな笑い方だった。

 

 思わず口を噤んでいると、ひとしきり笑った後に女神はこちらを見る。

 

「ご明察です。私としては何の価値もない生命なのですが、お父さんを取り戻すのにこの力は必要でしたので。ちゃんとある程度は()()()()()()()()?」

「ヒュー、おっかないぜ。ある程度ってのがいったいどれだけのもんだか、想像もしたくないね」

 

 わかっていたことだが、女神マリスもまた残虐非道な〝悪辣な悪〟の化身だった。

 

 彼女の目的のため、カイン達の惑星の住民は管理され、その中で命を育んでいるのだろう。

 

 まるで卵を手に入れるためにあえて生かしてある鶏のように、な。

 

「ですが、()()は想像できていたのではないですか?」

 

 そして彼女は、不意に片手を横に薙ぐ。

 

 俺が【神域】を支配しているのにも関わらず、あっさりと新たな空間の歪みがそこに開いた。

 

 その向こうから足音を響かせ、姿を現すのは……白いローブに身を包んだ、銀髪赤眼の男。

 

 

 

 

 身長は190に届かない程か。

 

 手足はすらりと長く、細いシルエットは極限まで鍛えて引き絞られたものに見える。

 

 切れ長の瞳、細く長い眉、高く整った鼻梁に、横一文字に結ばれた形の良い口が揃った、大人びた顔立ち。

 

 極め付けに、片手にシンプルな作りで柄に宝玉が嵌め込まれたナイフを携えたその男は。

 

 

 

 …………俺と、瓜二つだった。

 

 

 

「驚きました? あなたを観察しつつ、より完全に作り上げた最新型です。あなたが苦労して手に入れた〝抹消〟の力も、お父さんと同等に扱えますよ?」

「……はっ。確かに予想しちゃいたが、なんとも薄気味悪い現実だ」

 

 所詮俺は完成にこぎつけた第一号機に過ぎなかったと、そういうわけだ。

 

 何かしらの要因で俺が力を手にした時に備え、対応策を講じていると思ってはいた。

 

 それがまさか、未だに滅びきっていない星の魂から作られた兄弟だとは、実にタチが悪い。

 

「ということで、北野シュウジさん──いいえ、〝アルファ〟? あなたの茶番劇はここで終わりです」

「っ……!」

「可哀想に、その力を手にしなければもう少し長く生きられたものを……創造主として残念ですよ」

 

 その言葉と同時、鋭い音を立てて兄弟……名付けるとすれば〝オメガ〟がナイフを構えた。

 

 顔の前で純白の刃を構えた、意思なき女神の傀儡は彼女の前に立ち、その瞳で俺のことを見つめ。

 

 

 

 

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「………………」

「っ……」

「では、創造主として最後の慈悲を授けましょう。跡形もなく消えなさ──」

「おいおい、せっかちだぜ女神サマ?」

 

 無情に断言してくれようとしたマリスに手を突き出し、言葉を制する。

 

 怪訝な顔をする彼女に、俺はいつものようにふざけた笑い方で肩をすくめる。

 

「あんたの言う通り、俺はと数分で命を使い果たす。死んだ後に残る力はくれてやるから、もうちょい付き合ってくれよ」

「酔狂な人形ですねえ。自分が苦しみながら壊れる様を見てもらいたいだなんて──いいでしょう。その願い、聞き届けてあげます」

 

 朽ちかけの命が、もう少し繋がったようだ。

 

 永久の存在となった彼女からすれば、俺が壊れるまでの数分など瞬きの間のことだろう。

 

 だからこそ許された、慈悲という名の彼女にとっての暇潰しを使って、俺は最後まで話し続けるのだ。

 

「……もう一つ疑問に思ったことがある。それは、どうしてこんな力が存在するのか、だ」

「それを考えることは、〝世界の殺意〟に禁じられた一つ目の戒めですよ?」

「ああ、そうだ。だから誰も考えなかった。カイン本人でさえな」

 

 この力を継承するのと共に背負ういくつかの禁則は、もはや形骸化したものとなっていた。

 

 何故ならば、歴代の誰一人としてそれを破らなかったからだ。

 

 故に〝世界の殺意〟の称号を剥奪された継承者は存在せず、必然的に掟も形だけのものになった。

 

 俺は、その禁忌に触れられた。

 

 女神に作り出された、正規の継承者ではない俺だけはそのルールから外れていたのだ。

 

 エボルロストの力を手にする過程において様々な計算をする傍ら、答えを考え続けた。

 

 

 

 

 

「俺の答えはこうだ。〝創造〟も、〝抹消〟も──惑星の生命を管理するシステムの一部である、とな」

 

 

 

 

 

 それが、エボルロストになって〝抹消〟と魂の根底から繋がった末に導き出した答え。

 

 これは単純な破壊の力などではなく、もっと別の、とても大きなものから切り離された力の一部。

 

 その真実を、俺自身が〝抹消〟になることで知ることができた。

 

「〝創造〟は、惑星の生命を維持する機能。〝抹消〟は、その為のエネルギーの回収を行う機能……そう、結論付けた」

 

 実に突拍子も無い話だと、自分でも思う。

 

 一体どこの中学生が黒歴史ノートに書き殴る中二病設定かと。

 

 しかし根拠がちゃんと存在する。

 

「最初に疑問を持ったのは、役目を終えた継承者に対して与えられる権限だ。あらゆる願望を叶えるエネルギーなんて、どこから持ってきている?」

 

 改めて考えてみると、世界意思というのはおかしな存在だった。

 

 たかだか一人の人間の行動によって不安定になった生命のバランスで、あっけなく崩壊する脆弱性。

 

 そもそもが、蓄積された罪過という名の不要な力の処理を〝世界の殺意〟という他者に任せている不完全性。

 

 そんな中途半端な存在が、()()()()()に回すエネルギーを確保できるとは思えない。

 

「無から有は生まれない。ならどこからエネルギーを出しているのか……答えは唯一つ。〝抹消〟によって回収し、純化したバグしかあり得ない」

 

 この疑問が解けたのは、概念魔法の叡智を習得してエボルヴボトルを作った時だった。

 

 〝抹消〟の本質はバグの削除ではなく、そこから得られる膨大なエネルギーの回収にあったのだ。

 

 事実、エボルヴボトルでネルファという入れ物に入っていたマリスの力の欠片を回収できた。

 

「エネルギーの用途はそれだけじゃない。例えば〝創造〟と〝抹消〟の原動力も、ここから賄われているはずだ」

 

 生命体がいなくてはマリスや俺……というより、システムが力を維持できないのはそういうことだ。

 

 おそらく、生命を維持するための資源を生み出す星自体の力もそこから補充している。

 

 そして〝抹消〟には、エネルギー回収の他にもう一つのシステムが組み込まれていると思われる。

 

 それは、どうしてもそのサイクルで必要なエネルギーを回収しきれなかった時にリセットする機能。

 

 一定の生命を滅ぼすことで強制的にエネルギーを抽出し、残存生命で次のサイクルを開始するのだ。

 

 そうだな、わかりやすく言えば……地球で言う、古代生物の大量絶滅がまさにそれだ。

 

 

 

 

 千年というサイクルで星の生命を管理し、排出されたエネルギーを回収することで星を運行する。

 

 実によくできた仕組みだった。

 

「表面化していない他のシステムを動かしているのも、そのエネルギーだ。〝世界の殺意〟の願いに使われるのは、余った絞りカスだろうな」

 

 人間が望む範疇のことなど、その程度のエネルギーで実現できてしまうのだ。

 

 そもそも、どの〝世界の殺意〟も少なからず高潔で、大それた野望など望まなかったが。

 

「とまあ、ここまで語ってきたわけだが…………不自然じゃないか?」

「何がです?」

「この仕組みそのものがだよ。星を運営していく上で、あまりにも不確定要素が多すぎる」

 

 世界意思と〝世界の殺意〟、どちらか欠ければその時点で星が終わってしまう。

 

 実際にカインが、そしてこの女神マリスが行ったことによって、いとも容易く秩序は崩壊した。

 

 法則が無数にある中で、この二つの機能だけが具体化されていること自体がおかしいのだ。

 

「こんなアンバランスな仕組みが、自ずと発生するはずがない。それは地球やこのトータスを見てよく理解した」

 

 人形と知った今の俺にとって本当の故郷である地球、そしてこの異星。

 

 片やエヒトという上位存在に支配されていたとはいえ、どちらの星も正常に自然法則が成り立っている。

 

 それなのに、どうしてカイン達の世界だけが不可解な仕組みだったのか。

 

「俺達より上に、()()()()()。カイン達の星の法則を弄り、惑星の法則を作った存在が、どこかにいる」

 

 それは、意思持つ存在に世界の法則を委ねるとどうなるかという実験か。

 

 あるいは単に、面白がって作り上げただけのちょっとしたゲームに過ぎないのか。

 

 ……それは分からない。

 

 だが今もその存在や、同じような者達が、俺達のことをどこかから見下ろして、楽しんでいるのだ。

 

 なあ、そうだろう? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世界を覗き込んでいる、読者(傍観者)の諸君?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、君達を知っている。

 

 これまで何度か話しかけてみたが、今も聞こえているか? 

 

 北野シュウジというキャラクターを主軸に回る、この世界という名の舞台を楽しめたか? 

 

 君達にとってこれは、所詮無数にある世界の一つ、どこにでもあるありふれた物語だろう。

 

 どうぞ自由に見ていってくれ。

 

 願わくば最後まで鑑賞してくれると、俺としては寂しくないね。

 

「そしてあんたと俺のこの話も、彼らにとっての娯楽というわけさ」

「ええ、知っていますよ。ですが……それか何か?」

 

 結局、最後まで女神マリスの微笑みは変わらなかった。

 

 俺を憐れむように、馬鹿にしたように、あくまで優しく微笑むふりをするのだ。

 

「私にとってはどうでもいいのです。この世界が作られたものだろうと、仕組まれたものだろうと。お父さんと一緒にいられれば、それだけで」

「まっ、俺もハジメ達と一緒にいたいって気持ちがあるからな。否定はしないぜ?」

「自ら投げ捨てたくせに、何を偉そうに」

 

 鼻で笑われたぜ。徹頭徹尾正論だから言い返せねえけど。

 

「さて、興味のない話にも飽きましたし……そろそろ時間切れですね」

 

 それまでと違い、完全に俺への興味を失った声音。

 

 感情の存在しない目で一瞥したマリスは踵を返し、空間の亀裂へと去っていく。

 

 そして俺に似通った姿をした人形が、彼女の背中を守るように立ち塞がった。

 

「お別れだ、出来損ないの人形。お前はよく役に立った。たがもう要らぬ故……跡形もなく消えよ」

 

 無機質で冷酷な〝神〟としての言葉が、彼女が俺に向けた最後の関心だった。

 

「シッ!」

「──ッ!」

 

 言い終わるのと同時、人形が鋭い呼気と共に勢いよく踏み込んでくる。

 

 そして、目にも止まらぬ速さで肉薄し。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の白い背中に、ナイフを突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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あらゆる罪に精算を、そして世界に革命を

全ては女神の願いから始まった。

とある女は全てを失い、とある女はなおも狂っていた。

そしてとある男は、全てを終わらせることを望んでいた。




だから、全部リセットしよう。





楽しんでいただけると嬉しいです。

この章の一話目を読んでいただけると、もっと楽しめるかも?


 

シュウジ SIDE

 

 

 

「………………え?」

 

 

 

 呆然と、女神が呟く。

 

 ポタリ、ポタリと白亜の床に溢れる赤い血は、胸を貫いた物の先端から滴ったものか。

 

 こちらに一歩踏み込んだ人形は、次の一歩で体を反転させ、その刃で創造主を害していた。

 

 

 

 

 次の瞬間、背中の刺し傷から黄金の光が奔流となって溢れ出す。

 

 一瞬でエヒトが座していた【神域】の最奥を埋め尽くしたそれは、彼女の中に秘められた膨大な力。

 

 人形の持つナイフに込められた〝抹消〟の力によって、その全てが彼女から切り離されていく。

 

「っ!」

 

 すかさず擬態に使っていた力を解除し、全力で出口になる空間の亀裂を消しとばす。

 

 それと同時に、伸ばした左手からエネルギーを回収した。

 

 ほとんどが空っぽだった俺の中にみるみるうちにエネルギーが満たされていき、一瞬虚無感が薄れる。

 

 やがて、粒子を全て吸い取った左手をゆっくり下ろした。

 

「ば、かな……な、ぜ…………」

 

 あちらの様子を見ると、ナイフが引き抜かれたマリスが膝をついている。

 

 力を失った彼女は髪を本来の色へと戻し、それを腕を下ろした人形が見下ろしていた。

 

「──ようやく届きましたよ、マリス」

 

 人形が発した冷たい声に、マリスが緩慢に顔を上げた。

 

 口の端から血を吐いた彼女の目線に、感情の存在しない顔で見返した人形は。

 

「お、とう……さん…………?」

「貴女はいつも入念に計画し、相手を懐柔して、徹底的に堕落させ、貶め、素晴らしい手腕で目的を果たす……ですが、最後の一手で自分の計画性に驕ることだけは変わりませんでしたね」

 

 その人形──否、人形に体に入り込んだカインの残留思念は、淡々と告げる。

 

 いっそ冷酷なまでの無情さは、たとえかつて娘のように育てた相手だろうと変わらない。

 

「な、んで……元の、世界に……封じて、きた……は、ず……」

「彼が私を呼び寄せてくれました。元は私の器、今の力ならば貴女の力を打ち消し、手繰り寄せることも容易かったことでしょう」

『「礼はいらないぜ?」』

 

 俺を一瞥したカインは、また眼鏡の位置を直すような仕草をする。

 

 いやはや、一から十まで説明しながらカインがあの人形に定着するのを待つのは、肝が冷えた。

 

 より確実に、より安全に糸を張り巡らせ、戦わずして勝つ……自分の用意周到さには惚れ惚れするぜ。

 

「あ、は、は…………おか、しいなぁ……ぜんぶ、うまく…………いって………………たのに、なぁ……」

「……マリス、もう終わりです。これ以上罪を重ねてはならない。貴女の願いは、私という存在は、あってはならないものなのです」

「…………わた、しの……ねが、ぃ…………」

 

 そのカインの言葉に、ゆらりと俯かせていた顔を上げたマリスは。

 

 ゾッとするような凄惨な笑み……などではなく。

 

 

 

 どこか、あどけない笑顔を見せた。

 

 

 

 

「ふ、ふ…………ちが、ぅよ、おと……うさん……」

「…………」

「わた、しの、ねがい…………は……ぉとうさ……んに……とめてもらう、こと……だもの…………」

「…………マリス、貴女は」

 

 そこで、ぐらりと彼女の体が横に傾く。

 

 カインはすかさず姿勢を落とし、彼女のことを両手で受け止めた。

 

「ずっと…………とまれ、なかっ……た…………さびしさ、だけが…………みたし、て…………それ、だけが…………ふくれ、あがって……なにも…………みぇ、なくなって…………」

「……神格に、人格が支配されたのでしょう。貴女の中にある寂寥だけが根底に残り、それを満たすことが神としての第一の論理となったのですね」

 

 この場面においても冷静なカインの言葉には、どこか重い熱が混じっているように思えた。

 

 それを聞いたマリスは…………震える右手を上に伸ばして、カインの頬に添える。

 

「あり、がとう…………おとう、さん…………わたしを………………ころして、くれて…………」

「…………私には、それしか出来ませんから」

 

 先ほどよりも、さらにカインの言葉に感情という名の熱がこもる。

 

 娘への最後の愛情だろうか、血濡れた彼女の手に自分の手を重ねる様は……実に優しげだ。

 

「…………ごめん……ね…………るい、ね…………ねる……ふぁ…………みんな…………ひどいこと…………して…………ごめ、んね…………」

「眠りなさい、マリス。悪意に囚われてしまった、我が娘。私もすぐに…………そちらへ行きます」

 

 優しく囁くカインに、マリスは。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ…………お父さんの手………………とっても………………あったかいなぁ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 満足そうに微笑みながら……光の粒子になって、消えていった。

 

 数千年も彼女の肉体と魂を維持していた力を失い、消滅したのだ。

 

 だが、だからこそ最後に、彼女は正気に戻り……最愛の父の腕の中で死ねたのだろう。

 

『「はは。実にロマンチックな、演出じゃ…………ねえ、か…………」』

「北野シュウジッ!」

 

 そこで俺も、限界に達して崩れ落ちた。

 

 ダメだこりゃ。なんとか踏ん張ってたが、もうほとんど命が残ってねえや。

 

 仰向けに倒れていくと、驚くべきスピードでやってきたカインが受け止めてくれる。

 

『「サンキュー、白馬の王子様……かわい子ちゃんじゃない俺まで、助けてくれてよ…………」』

「まだ死んではいけません。目的を果たすのでしょう?」

『「わぁってるよ……ちょっと休憩した…………だけだって」』

 

 一念発起し、妙に感覚のない体を動かしてカインの手からナイフを掠め取る。

 

 そのまま今度はうつ伏せに倒れるが、どうにか起き上がって片膝を立て、左手で体を支えた。

 

 少しだけ腕に力が通うまで待って、気力を振り絞ることで胸の中にその手を突っ込む。

 

『「うっ、ぐぉ……!」』

 

 引きずり出したのは、シンプルな造形の、両刃の白いナイフ。

 

 その柄にある随分と黒く濁った宝玉に、カインから奪い取ったナイフを近づける。

 

 すると、カインのナイフの宝玉から漏れ出た黒い靄が俺の宝玉に移っていき、吸収した。

 

 やがて空っぽになったナイフを投げ捨て、今度は異空間からパンドラボックスとホワイトパネルを取りだ

 

 

 

 

 

 ドグンッ!!!! 

 

 

 

 

 

『「ぁがっ!!?」』

 

 体を打った脈動に、一瞬自分がバラバラになる錯覚を覚えた。

 

 けたたましい音を立ててボックスとパネルが床に打ち付けられ、俺は胸を押さえてうずくまる。

 

 鎧に覆われた額を擦り付け、その脈動が……俺の魂の最後の一欠片を食おうとする力が収まるのを待つ。

 

『「ふぅっ、ふぅっ……!」』

「…………北野シュウジ」

『「手出し、厳禁だぜ……おおぁあああっ!!!」』

 

 起き上がる勢いを使い、もう一度腕を前腕の半ばまで胸に食い込ませる。 

 

 そうして引きずり出したブラックパネルとの繋がりを、もう一方の手にあるナイフで断ち切った。

 

『「がはっ! うぐっ、はぁっ、はぁっ!」』

 

 息を荒げながら、床に転がった黒のパネルと白のパネルを拾い上げ、重ね合わせる。

 

 すると、両方のパネルから発した光が互いを包み込み……残った白いパネルには、ボトルが収まっていた。  

 

『「あとは……これを……」』

 

 指先の感覚がない両手でナイフを握り、その刃を大きく掲げる。

 

『「お……らぁッ!!」』

 

 何も感じないのに重い体の全体重を使って、白い地面にナイフを突き刺した。

 

 

 

 その瞬間、カッ! と宝玉から放たれる力。

 

 小刻みに震えるナイフの表面に夥しい数の光の筋が通い、そこを光が流れる。

 

 宝玉は光を吸い取り、徐々に、徐々に丸く肥大化していって、やがて全ての光を吸いきった。

 

 その途端、ポロリと外れてナイフから取れた宝玉を手で受け止める。

 

 崩壊するナイフを手放し、手を顔の前まで掲げて、そこにある真っ黒な球体を見た。

 

『「……これで、全部揃った」』

 

 誰にも、そこで傍観しているカインに聞かせるでもなく、呟く。

 

 それからノロマに立ち上がると、全身からパラパラと黒い破片が床に落ちた。

 

 真っ白な床でそれはよく目立って、ぼんやりとした意識で自分の体を見下ろす。

 

『「はっ。ヒビだらけ、じゃん」』

 

 少しでも衝撃を加えれば、その時点で粉々になってしまいそうだ。

 

 死に体を引きずり、パンドラボックスの前まで戻ってくる。

 

『「星を生かす力よ。俺の願いに、応えてくれ」』

 

 上が大きく開いたその箱に、宝玉を手の中から落とした。

 

 パンドラボックスはその宝玉──膨大すぎるエネルギーを秘めた果実を受け止め、内で雷を発する。

 

 激しく散るそれに蓋をするように、俺は倒れこみながらホワイトパネルを上に重ねた。

 

 

 

 一瞬の静寂。

 

 

 

 後に、パンドラボックスから爆ぜた光で俺は吹き飛ばされた。

 

『「ぐぉあっ!?」』

「っと。大丈夫ですか?」

『「へへ。ナイス、キャーッチ……」』

 

 またも受け止めてくれたカインに、ピースサインする。

 

 それから、端が黒く染まり始めた視界でパンドラボックスを見ると……そこに、樹があった。

 

 一瞬目を離した隙に、白い空間に根付いて太い幹を作り、枝を幾重にも伸ばしたそれは、輝く光の樹。

 

『「悪いけどよ。ちょっくら、運んでくれや、しねえか」』

「……仕方がありませんね」

 

 カインに肩を貸してもらい、()()()()()()()()右足の残骸を引きずって進む。

 

 たったの数歩分、引きずられるようにして樹の前にたどり着いた俺は、破片の零れる右手を伸ばした。

 

『「……全、生命記録に、アクセス」』

 

 少し樹の光が強まり、その後にまるでゲームのウィンドウのように光の大版が現れる。

 

 そこに細々と書かれているのは、この惑星が始まって以来育まれた数えきれない命の記録。

 

 並行世界にアクセスし、星と星を融合させるパンドラボックスを利用して無理矢理入り込んだ。

 

 

 

 

 常人では読むこともままならない奇怪な文字の羅列は、ほとんどが意味をなしていない。

 

 それは当たり前だ。

 

 記録として残っていても、特定の形として残っているはずがない。確実に別の命に生まれ変わっている。

 

 だから、まだ読み解ける一部分……未だ処理が終わっていない、ここ数百年の部分を読み解いていく。

 

『「ネルファ……坂みん……中里…………よし、ちゃんと、記録されてる」』

 

 他にも、これまでの計画で命を奪った全員、しっかりこの星に記録されていた。

 

 数千人という、把握している全ての名前を確認し終えたところで、とある名前を探す。

 

 しばらく視線を彷徨わせて……。

 

『「ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタール……見つけたぜ、ユエのお父さん」』

 

 その名前を、しっかりと把握しておく。

 

 今度こそ確認を終え、その光の版に手を伸ばして──ふと止めた。

 

「どうしました、北野シュウジ?」

『「……は、ははっ、はははははっ! おいおい、マジかよっ! あぐっ!?」』

「……何をやっているのです、あなたは。無駄な体力を消耗するなど」

『「っ……。いや、わりーわりー。ちょっと、すげえもん見ちまってよ」』

 

 大きく剥がれた胸から手を離し、もう一度それを……その名前を、見る。

 

 

 

 オスカー・オルクス。

 

 

 

 ナイズ・グリューエン。

 

 

 

 メイル・メルジーネ。

 

 

 

 ラウス・バーン。

 

 

 

 リューティリス・ハルツィナ。

 

 

 

 ヴァンドゥル・シュネー。

 

 

 

『「あんたら、ずっと待ってたのか。何千年も、転生もしないで、ずっとずっと……ミレディを、待ってたのかよ」』

 

 なんて、強い意志。

 

 なんて、強い絆。

 

 ああ、この人達は……本物だ。

 

『「……形が残っているのなら、いけるはずだ。幸い、ミレちゃんとはそれなりに()()が繋がってるからな」』

「足りるのですか?」

『「なんとか、な」』

 

 カインに答え、顔を正面に戻した俺は、今度こそ告げた。

 

 

 

 

 

『「回収したエネルギーを代償に、〝この宇宙における俺に関連する記録のリセット〟と……〝未来の選定〟を、実行する」』

 

 

 

 

 

 その言葉に、大きく音を立てながら記録版が輝いた。

 

 文字の一部が一際強く輝き、自分を証明するように浮かび上がると、消えていく。

 

 その現象が次々と起こり、瞬く間にこの星で起こった出来事が書き換わっていった。

 

『「これでいい……これで、全部精算できる……」』

 

 腕を脱力して振り下ろすと、その反動でもう一本の足も砕けた。

 

 いよいよ自分で自分を支えられなくなった俺を、カインは両手で樹の根元に寄りかからせてくれる。

 

『「ありがとよ、カイン……あんたのおかげで、計画は完遂した。これで何もかも、正常になる」』

「…………全ては、あなたの努力の賜物です」

『「お、優しいじゃん。こりゃ、頑張った甲斐が、あるねぇ……」』

 

 ……俺の、計画。

 

 

 

 それはパンドラボックスと〝抹消〟のリセット機能を使った、新しい世界の創造。

 

 

 

 そのためには、星を二つほど丸ごと塗り替えるだけのエネルギーが必要だった。

 

 まず、これまでエボルアサシンで倒してきた相手……悪食やランダ、キルバス、アルヴ、《怠惰の獣》のエネルギー。

 

 次に、【神域】で散った坂みんやフリード、他にも中里、紅煉、ネルファら《獣》のエネルギー。

 

 戦い合うことで活性化し、何十倍にも増幅した地上の使徒や魔物、コクレン、その他全てのエネルギー。

 

 エヒトのエネルギーと、俺の中に取り込んだブラックパネルのエネルギー、マリスのエネルギー。

 

 これでギリギリ、帳尻が合った。

 

 

 

 

 そうして生まれ変わる世界では、俺という存在は最初からいなかったことになる。

 

 星と星は、システムでネットワークを形成している。

 

 生まれた時から俺に根付いていた抹消の〝核〟を使うことで、トータスの記録を介して地球にもその影響は伝播するだろう。

 

 そうなるよう、最高の適合率を求めたとも言うべきか。

 

 必ず、俺という存在に関連した十八年弱の記録は消え去る。

 

 結果的に、犠牲にした数多の命も復元されるってわけ。

 

 ざまあみやがれ、天之河。

 

 お前に、全て救える方法があるなら言ってみろと言ったが……実は俺、知ってたんだよネ。

 

『「けど、ま……認めてやるよ」』

 

 妙に清々しい気分のせいか、ふと言葉を続ける。

 

『「お前は、本物だ。俺と違って、ちゃんと本物になれた」』

 

 エヒトの意識の裏側で、ずっと見ていた。

 

 奴は信じて、信じて、信じ続けた。自分の欲望のためではなく、ネルファの為に。

 

 虫唾が走る偽善だが、きっとそれはカインの真似事しかできない俺より正しいことで。

 

 本当の信念ってやつを、奴はついに手に入れていたのだ。

 

 だから。

 

『「だから……新世界では、ネルファをよろしく頼む」』

 

 この計画には、俺にとって失われた命を取り戻すのと同等に価値のある〝おまけ〟がある。 

 

 

 

 

 

 それは、俺に深い繋がり──〝因果〟を持つ相手に、最も幸せな未来をプレゼントすること。

 

 

 

 

 

 

 俺が消えることで、エヒトは地球を見つけず、召喚は起こらない。

 

 それどころか、エネルギーとして消費したことでエヒトそのものが消える。

 

 つまり、ハジメとユエ達の出会う可能性が高確率で失われてしまう。

 

 だからパンドラボックスの力で引き寄せた、理想的な世界の可能性を融合させる必要があった。

 

 かつてマリスが俺に仕込んだ嘘を、本当にしてやろうってわけだ。

 

 

 

 ユエであれば、おそらく新世界にてディンリードさんが蘇り、かつハジメ達と一緒にいる未来が訪れるだろう。

 

 

 

 同様に、美空にも、シアさんにも、ウサギにも、白っちゃんにも、ルイネにも、リベルにも。

 

 

 

 エボルトにも、アークにも、ハウリア族にも、天之河にも、谷ちゃんにも、生き返る坂みんや、ネルファにだって。

 

 

 

 他にも先生や遠藤、清水、全て全て──俺という存在に強く影響を受けた人物全員に。

 

 

 

 ……ハジメに、雫に、最良の未来を贈る。

 

 

 

 俺に関する記録のリセットより、こっちに大量のリソースが必要だった。

 

『「それが、俺の勝利の法則だ……なんちゃって、な」』

「究極の偽善。その形の一つですね」

『「偽善上等。いい悪役は……最後にちょっとした置き土産を……するもんさ」』

 

 とは言ってみるものの、これはどう考えても悪行だろうな。

 

 最初から俺だけに都合のいい、独りよがりの大悪行。

 

 あらゆるものを奪い、利用した責任を放棄する、究極の臆病者。

 

 だけどそれで誰もが幸せになるのなら……これほどスカッとすることもない。

 

 

 

 

 

 俺は、造られた人間だ。

 

 

 

 

 

 かつて存在した誰かの粗悪な模造品、滅茶苦茶にいじられた記憶を持ったクローン。

 

 

 

 

 

 けれど、実はその誰かは俺の中に宿っていて。

 

 

 

 

 

 そして本当に実在した誰かは、俺から引き抜かれていった。

 

 

 

 

 

 じゃあ、俺って、なんだ? 

 

 

 

 

 

 人殺し? 悪人? 外道? 人でなし? 化け物? 

 

 

 

 

 

 

 

 ──人形? 

 

 

 

 

 

 

 

 全て、全て。

 

 

 

 

 

 全て、その通り(All Exactly)

 

 

 

 

 

 操られるだけの模造品。最初から死ぬことが定められた壊れ物。

 

 

 

 

 

 何者でもない俺は、きっと他の誰よりも価値がなくて。

 

 

 

 

 

 だけど。

 

 

 

 

 

 だけど、生きたいと、そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 あいつらが、俺を〝北野シュウジ〟にしてくれたから。

 

 

 

 

 

 だから、恩返しをしよう。

 

 

 

 

 

 贖罪をしよう。断罪をしよう。修正をしよう。

 

 

 

 

 

 だから、俺は。

 

 

 

 

 

 

『「最後まで、ピエロであり続けよう」』

 

 これで、最後まで〝北野シュウジ〟として死んでいける。

 

 もう十分に生きた。大切なものは全て得られた。だから、そのツケを払わなくちゃいけない。

 

 俺は元から異物。なら消えることで世界は本来の形になる。それでいいんだ。

 

 それが出来たのは、最後の最後まで俺を縛り、道を示してくれた、この男のおかげ。

 

『「あんたもせっかく新しい体を手に入れたんだ。新世界じゃ、今度こそ自由に生きろよ。ああ、なんだったらルイネと復縁して」』

「システムに請願。リソースの譲渡を理由に、この肉体と魂をエネルギーに還元する権利を要求します」

『「………………は?」』

 

 こいつ、今、なんて言った? 

 

 呆然とする俺の横に、何やら頷いたカインは腰を下ろす。

 

「申請が通りました。これで、私もマリスとの約束を果たせます。必ず後で行くと言ってしまいましたからね」

『「…………馬鹿なやつ」』

「ええ。何せ、貴方のオリジナルですから」

 

 それを言われちゃあ、おしまいだ。

 

 

 

 なんてことを考えたのが、引き金になったのか。

 

 白亜の空間が急に鳴動を始め、嫌な音を立てて外側から亀裂が入り始めた。

 

 どうやら俺の中には、【神域】を維持する力も残っていないらしい。

 

『「こいつで終わりだな……」』

「……北野シュウジ。一つ、ゲームをしませんか」

 

 どんどん崩壊が大きくなっていく中、不意にそんなことを言ってきた。

 

『「えぇ……今からやんの? 死ぬ瀬戸際の今?』

「簡単で、すぐに終わるゲームです」

『「うーん、ま、いいか。どうせあと数十秒で死ぬし」』

 

 では早速、と了承したカインは。

 

「このゲームのルールは一つ。〝本音しか言ってはいけない〟、それだけです」

『「……え、なにそのルール」』

「簡単と言ったでしょう。さあ、スタートですよ」

『「つっても、もう何もかも出し切ったって感じで」』

 

 

 

 

 

 

「──最後くらい素直になりなさい。それくらいの権利は、貴方にならあるはずだ」

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、ふと隣を見てみれば。

 

 そこには銀色の粒子が舞うだけで、鉄面皮の暗殺者はどこにもいなかった。

 

『「……最後にキザなセリフ残してくれちゃって」』

 

 光り輝く樹に後頭部を預けながら、ぼんやりと崩壊していく【神域】を眺める。

 

 思いの外、死ぬまでのたった数十秒という時間は想定していたよりも長くて。

 

 とても、退屈で。

 

 

 

 

 

 

 

『「……………………ハジメと、またなんか勝負したかったな」』

 

 

 

 

 

 

 

 だからつい、そんなことがポロッと漏れ出た。

 

 

 

 

 

 

 

『「雫と幸せな家庭、築きたかったな」』

 

 

 

 

 

 

 

 気がつけば、次の二秒目でまた一言。

 

 

 

 

 

 

 

『「美空やシアさん、白っちゃんの恋愛相談、もっと聞きたかったな」

 

 

 

 

 

 

 

 また、一言。

 

 

 

 

 

 

 

「ティオと語り合いながら酒飲んでみたかったし、リベルの大きくなった姿も見たかったし、坂みんと谷ちゃんをもっといじりたかったな」

 

 

 

 

 

 

 

 またも、一言。

 

 

 

 

 

 

 

 他にもたくさん、たくさん、たくさん。

 

 

 

 

 

 

 

 言いたいことが、浮かんできて。

 

 

 

 

 

 

 

「…………クソ。なにがこれでいいだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 俺、めちゃくちゃ未練あるじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ…………もっと、生きたかったなぁ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、音になった最後の言葉で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、ついに砕けた世界の中で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいない、真っ暗な闇の中で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった一人、鬱陶しいほど輝く樹の下で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




世界は生まれ変わる。



次回、終章。


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カウントダウンは止まらない。

繋いだその手は、手放した。


伸ばした腕は、届かない。



そして、最後のカウントダウンが始まる。




楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

 

「……きて。ハジメ。起きて」

「…………ん」

 

 

 

 体を揺すられ、始はゆっくりと目を開ける。

 

 最初に見えたのは自分の両足。片膝を立て、金属粒子が溶けた義手が伸ばした左足に乗っていた。

 

 どうやら極度の疲労から眠っていたらしいと気がつき、緩慢な動きで自分のものとは別の熱がある左肩を見た。

 

 そこに優しく添えられた、白い手の先を見ると……自分を覗き込む顔が、二つ。

 

 一つは女神すらも見劣りする、金糸の髪と真紅の瞳を持つ天上の吸血姫。

 

 もう一つは、愛嬌のある顔立ちに逞しさと色気を備えた、ウサミミを頭に乗せた美女だった。

 

「……ユエ、シア。おかえり」

「ん。ただいま、ハジメ」

「迎えに来ましたよ。今度こそ、約束通りに」

「ああ。待ちくたびれて、つい一眠りしちまったよ」

 

 冗談を言えば、二人はかつてのように優しく笑って、その手を差し出してくれる。

 

 始は両手でそれを掴み、立ち上がった。眠る前より随分と体が軽くなっている。

 

 そして前を見れば……そこに、仲間達がいた。

 

「久しぶり、ハジメ。会いたかったよ」

「ウサギ……」

 

 最初に声を上げたのは、ウサギ。

 

 ユエとシアの間に入るように一歩踏み出してきた彼女を義眼で見て、始は大きく両目を見開く。

 

 その体は、始が黒人形の初期案として考案した生体ゴーレムの設計図を元に作り上げた、完全な義体なのだから。

 

「……よく、そこまでの体を作れたな」

「ハジメのおかげ。月の小函(ムーンセル)の力にも耐えられるこの体で、私は今この瞬間まで生きることができた。ハジメに、もう一度会えた」

「……すまない。いつもお前には、寂しい思いをさせてしまった」

「いいの。奈落で誰かを待ち続けた数千年に比べれば、一瞬だったから」

 

 チューリップのように愛らしい笑顔を浮かべ、全てを許してくれるウサギに始は苦笑した。

 

 と、その肩を異形の腕ががっしりと掴み、彼女の背後から赤い異星人が姿を現す。

 

『ようハジメ。シリーズ化したゲームの初代主人公みたいな風格してるな?』

「相変わらず、冗談が好きなやつだ」

『誰かさんのおかげでな』

 

 楽しそうに笑い、ウサギの肩から手を放してその場を去るエボルト。

 

 ウサギも笑顔のまま元の位置に戻り、続けてしゃなりしゃなりと着物の裾を揺らしてティオがやってきた。

 

「……随分と綺麗だな。ティオ」

「ふふ、ご主人様の為だけに着飾ったのじゃぞ?」

「そりゃ、光栄だ」

「喜んでもらえたようでなによりじゃ。加えて、五十年もの放置プレイなど……ほんに、ご主人様は妾のことをよくわかっておる」

「変わらんな、お前も」

 

 昔ならばここで銃弾の一発も食らわせていただろうが、始は可笑しそうに笑うだけだった。

 

 ティオとしても、遠慮をさせないための配慮だったのだろう。満足げに笑いながら踵を返した。

 

 次にやってきたのは香織と美空。どうやら一人一人話していく決まりらしい。

 

追いかけてきたよ、ハジメくん……やっと捕まえたし、ハジメ

「俺が言うのもおかしいが。お前らの執念は、すごいな」

二度と離れないからね……逃げられるなんて思わないでよ? 

「もう、どこにもいかないよ」

 

 一つの肉体に魂を宿した二人は、全く同じ笑顔を顔に浮かべて、始を正面から抱擁した。

 

 始も背中に手を回し、数秒抱き合ってから二人は離れていった。

 

「……南雲」

「久しぶりじゃの」

「天之河に……坂上か」

 

 並んで立つのは、黒い甲冑に身を包んだ光輝と老獪な笑い方をする龍太郎。

 

 光輝は面頬を外しており、シワが深く刻まれた二人の顔が、始の遠い昔の記憶にある彼らと重なる。

 

 地球では険悪だった三人。トータスでも紆余曲折あって、結局仲が良くなったわけではなかったが。

 

「……無事で、よかった」

「案外、俺も悪運に恵まれてるらしい」

「水くさいぞ、南雲。彼奴にやり返そうというのなら、誘ってくれればよかったものを」

「次に機会があったら、誘うさ」

 

 言葉を交わす三人は、とても和やかな雰囲気である。

 

 老いて、すれ違って、間違い続けて、ようやくこうして話せるのだから、なんともおかしなものだ。

 

 始はそう思いながら、目の前から去っていく二人を見送り……次に現れた人物に、表情を固くした。

 

「…………南雲くん。そこに、いるの?」

「ああ……若いな、八重樫」

「……枯れてるだけよ。それより……」

 

 さらに一歩踏み出し、雫は始の頬に手を伸ばす。

 

 グッとその顔が近付き、眼帯で覆われていても端正な作り物めいた顔立ちに、始は思わず一歩後ずさった。

 

 頬に触れるか触れないかというところで手を止めた雫は、気にした様子もなくその姿勢で動きを止める。

 

「……見える。あと一歩で、届く」

「八重樫……お前、何が見えて」

「……無事で、よかったわ」

 

 最後まで不透明なままに、速やかに体を引いた雫はそのまま戻っていってしまった。

 

 下駄が地面を叩く音が耳に響き、訝しげな顔をする始の腹にドスッ!と突き刺さる衝撃。

 

「ごふっ……!」

「パパ、会いたかったのっ!」

「ミュウちゃん、やっぱり突撃しちゃいましたね」

「ん。仕方がない」

 

 ほとんど全力疾走で始に抱きついたのは、言わずもがなミュウであった。

 

 それは始の記憶の中にある、本当の娘に等しい幼な子そのままの行動だったが、些かスケールが違う。

 

 成人女性の、それも筋肉質なミュウの抱擁はもはやタックルであり、始は全筋力を用いて受け止めた。

 

「み、ミュウ。お前も、逞しくて綺麗になったな」

「うん、ユエさん達にたくさん教わったの! パパを助ける為に、頑張ってきたよ!」

「……ありがとう。お前は自慢の娘だ」

 

 こんな馬鹿な父親を助ける為に、なんの力も持たない娘はここまで成長してくれた。

 

 

 

 

 ミュウだけではない。

 

 顔を上げて見渡せば、そこには一様に自分に笑いかけてくれる人達がいる。

 

 忘れかけていたその顔を見て、自分はまだ全てを失ってはいなかったと、そう始は思うのだ。

 

「みんなもすまなかった。改めて……本当に、ありがとう」

 

 躊躇なく告げたその一言に、始の想いは集約される。

 

 親友のように言葉を尽くす性格ではない。歳を取ったことでその傾向はより強くなってしまった。

 

 そのことを何よりも理解しているユエ達は、誰一人としてそれ以上は求めずに。

 

 ただ、頷いた。

 

「それでハジメさん。目的のものは?」

「ああ……」

 

 神妙な顔に一転、問いかけるシアに始が義眼を輝かせる。

 

 連動して義手のラインが赤く光り、伸ばした手の先に小さなゲートを開いた。

 

 この要塞の奥深く、誰も知らない場所につながったその扉から取り出されたのは……あの懐中時計。

 

「俺の魔力が途切れたら自動的に発動するように仕組んでおいたが……幸い、自分の手でやれそうだ」

 

 ボタンを押し込み蓋を開けると、既に十二の数字全てに光が満たされていた。 

 

 最悪()()()()()()()()()つもりでいたものの、面倒な宝探しをさせる必要はなくなった。

 

「あるいはアベルに殺されることで、もう終わりたかったのかもな」

「……ダメですよ、ハジメさん」

「ん。勝手にいなくなるのは絶対に許さない」

 

 時計を見つめ、自嘲げに笑う始の義手をシアの手が包み込む。

 

 そこにユエの手と、他の面々の少し厳しい視線が添えられ、始は苦笑に表情を変えた。

 

「今更馬鹿なことは考えてないさ。それにどうせ、この時代に居続ければ」

「ん、それなら心配いらない。【存在再生】の魔法で治した」

「ハジメさんは頑固なので、寝てる間にやらせてもらいましたけどねっ」

「……どうりで体が軽いわけだ」

 

 流石は十代で世界最強の一角を担った天才。五十年もあれば、概念魔法もお手の物らしい。

 

 感嘆していいやら、呆れていいやら、曖昧に笑う始に、そっとシアが告げる。

 

「ハジメさん。何もできなかったのは、みんな同じです。私達は諦めたことで、その責任から逃れようとしてしまった。結果的に、あなたにその重さを押し付けて」

「だが、どうしようもなかった。そのことでお前達に責められることは一つもない」

「それでも、です。だから……後悔も悲しみも苦しみも憎しみも、全部全部、あなたが一人で募らせてきたものを、今度こそ背負わせてください。そのために、生きてください」

「シア……」

「あの人の存在を埋められるとは思いませんけど……私達じゃ、駄目ですか?」

 

 ……ああ、その問いかけは。

 

 復讐と悔恨に人生を捨てた始にとって、なんて残酷で、厳しくて……とても甘い〝許し〟なのだろう。

 

 ずっと裏切りの報いを受けるべきだと思い続けてきた。それがこの世界で一人、異物として消えることだと。

 

 だが、どうやら思っていたより自分は、彼女達の強さを見誤っていたらしい。

 

 同時に気がつけた。

 

 自分こそがこの中の誰よりも……シュウジがいなくなった世界から逃げていたのだ、と。

 

「……勘違いするなよ。あいつはあいつで、お前らはお前ら。代わりなんかじゃない」

 

 そんな優しすぎる言葉をもらってしまったら、始にはそう答えるしかなかった。

 

 しかと彼の答えを聞いたシアも、他の面々も、ほっと安堵したように笑った。

 

「全部終わらせて帰ったら、まず愛子さんの説教ですよ! かなり長くなりますからね〜?」

「あの人、まだ教師をやってるのか?」

「ん、ピンピンしてる。〝まだ一人卒業させていない問題児がいる〟って、いつも言ってた」

「その問題児をどうにかするまで、教壇に立ち続けるらしいですよ?」

「そうか……なら、ちゃんと卒業しなくちゃあな」

「ええ! あ、そういえばレミアさんも……」

 

 和気藹々と、思うままに言葉を交わす。

 

 やがてユエとシアの二人だけではなく、皆も会話に加わって、束の間の談笑が行われた。

 

 

 

 

 それはまるで、失っていた時を取り戻していくように。

 

 救いたくても救えなかった一人の手と、今互いに繋いだ手の温もりを、刻みつけるように。

 

 いつか皆で旅をした時のように……とても、とても、暖かく。

 

「どうやら間に合ったようだな」

「ママ、ありがとう!」

「すまない、運んでもらって」

「礼には及ばない」

 

 程なくして、戦場全体を見回りながら移動していたルイネもやってくる。

 

 追随してきたこの世界のルイネとリベルも到着し、三人へ振り返った一同が迎え入れようと振り向いた。

 

 まさしく、その時だった。

 

「っ! 時空の扉が開くっ!」

 

 ユエが鋭く飛ばした言葉に、一気に緊張が高まる。

 

 【神門】は掌握し、ユエ達が通ってきた時空のトンネルも閉じた今、それは異常事態だった。

 

 弾かれたように全員が顔を上げ、ユエが見つめる一点を見ると──遥か上空に、巨大なワームホールが出現する。

 

 前触れなく現れた黒穴に、要塞の下の戦場で歓声をあげていた者達が一斉に静まり返った。

 

 よもや、まだ神の軍勢がやってくるのかという彼らの不安と絶望は、しかし実現されることはなく。

 

 その代わりとでも言うように、渦巻くワームホールから二つの人影が吐き出された。

 

「うぉおおおおっ!?」

「きゃぁああああっ!」

 

 その人影──ハジメと雫は、【神域】から数百メートルの上空へと投げ出される。

 

 二人ともワームホールへと手を伸ばすが、もはや戻れるはずもなく乱気流にまかれながら自由落下していく。

 

 〝大宝物庫〟は破壊されてしまい、技能でどうにかしようにも魔力は枯渇してしまっている。

 

 徹底的に、二人は追い出されてしまったのだ。

 

「おいおい、ありゃあまずいんじゃないか?」

『仕方がねえな、俺が迎えに──』

「南雲殿っ! 雫殿っ!」

「ママっ!」

 

 エボルトが動くよりも早く、ルイネが即座に広場の外へと走り出す。

 

 移動しながら未来のルイネの治療を受け、ある程度体力を取り戻した彼女は勢いよく縁を蹴り、宙へ身を投げた。

 

 

 

 

 次の瞬間、カッ! と赤い光が爆ぜる。

 

 ルイネのいた場所から広がったその閃光を突き抜け、三十メートルはあろうかという巨大な真紅の竜が現れた。

 

 六枚の翼を力強くはためかせ、刃のように鋭い鱗で風を切って、より赤い眼で二人を真っ直ぐ定める。

 

 その速度は全力には程遠いものの、落ちていく二人にグングンと近づき──その背中に受け止めた。

 

「ぐっ!」

「うぁっ!」

『二人とも、無事か!』

「ルイネかっ、助かったっ!」

「あ、ありがとうルイネさん!」

『いささか寝坊が過ぎたからな、この程度は……いや、それよりあの人は!?』

 

 ルイネの言葉にハッとした二人は、彼女の背中の上でワームホールを睨み上げた。

 

 尋常ならぬ雰囲気に、ルイネは望んだ通りにいかなかったのだと悟る。

 

「あの馬鹿っ、一人だけ【神域】に残りやがったっ!」

『何だと!?』

「〝抹消〟の力と一体化して、人間じゃなくなってしまったの……!」

『まっ……!?』

 

 まさか、という言葉は、あまりの驚愕によって音になりきらなかった。

 

 その言葉を完全に受け止めた瞬間、まるで毒のようにルイネの巨体を駆け巡る冷たい恐怖。

 

 エボルトによって唯一知っていたからこそ、何もかもが手遅れになったと理解してしまった。

 

 

 

 

 ズ、ズズ…………

 

 

 

 

「っ、ワームホールが閉じる!」

「ルイネ、あそこに突っ込んでくれ! 何がなんでもあいつを【神域】から引き摺り出してっ!」

『……無駄だ。もう、何もかも遅い』

「え……?」

「どういう意味っ──!?」

 

 昏いルイネの呟きに反応する前に、空間が震える。

 

 弾かれたように顔を上げれば、半分ほどに縮小したワームホールが脈動し、新たな人影が排出された。

 

 今度は五人も飛び出してきたその人影達は、どうやら余力があるようで吐き出されてすぐに空中で停止した。

 

「あれって……」

「ユエ達だ! ルイネ!」

『……ああ』

 

 ルイネが翼を動かし、ワームホールのすぐ下にいるユエ達に接近する。

 

 彼女達はすぐに気がつき、一瞬上を見上げた後に何事か話すと、あちらも近づいてきた。

 

「ユエ、ウサギ、シア、ティオっ!」

「光輝、鈴もっ!」

「ハジメ、雫!」

「お二人とも、よくぞご無事で……!」

「生きてて、良かった……!」

「信じておったぞ、二人とも!」

 

 顔を突き合わせ、無事を喜んでくれる三人を見て、同じようにハジメ達も安堵する。

 

 勝利する様子は見せられていたものの、ハジメも雫も彼女達の様子がずっと気がかりだった。

 

 エヒトを前にしては余計なことを考えている余裕など微塵もなかった為、不安を押し殺していたのだ。

 

 二名ほど無事とは言えない状態だが……それを気遣う余裕は、今の二人になかった。

 

「お前ら、どうしてあのワームホールから……」

「うむ。見事にフリード達を倒し、そこの二人と合流した後、ご主人様達をどう追いかけるか悩んでの」

「オベリスクは全て壊してしまったから、移動する手段を探そうとしてた」

「そしたらいきなり足元にあの穴が空いて、全員落っこちたんですぅ!」

「いきなりで、びっくりした」

 

 口々に語られることを聞いていけば、どうやら五人ともろくな反応もできなかったらしい。

 

 ユエやティオは突然魔力が操れなくなって、シアやウサギは体が動かせなくなり、光輝と鈴は言うまでもない。

 

 邪龍達は一匹残らず目の前で魔封珠に姿を変え、そうして無抵抗で【神域】から退去させられたのだと。

 

「あいつの仕業かっ……!」

「シューっ、本当にたった一人で……!」

 

 誰の仕業であるかなど明白だった。

 

 相変わらず抜け目のないシュウジに二人が表情を歪めると、ふとユエ達の顔が訝しげになる。

 

「……あの、ハジメさん。シュウジさんは、どこですか?」

「っ!」

「そ、そうだ。雫、北野は助けられたんだよなっ!?」

「そ、れは……」

 

 悔しげに唇を噛み、俯く二人。

 

 その反応で全てを察し、ユエ達の顔がみるみるうちに青ざめていった。

 

 特に多くを失った光輝など、青を通り越して顔を真っ白に変えると、スカイボードの上で座り込む。

 

「……まさか、助けられなかったの?」

「ユエ、そんなはずない。この二人がシュウジを救えないなんて……ありえないよ」

「……じゃが、現に彼はここにはいない。そして恐らくは、妾達を【神域】から追い出したのもシュウジ殿……そうじゃろう?」

「「…………」」

 

 問いかけるティオに、ハジメも雫も……その下にいるルイネも、答えない。

 

 その沈黙が、何にも勝る答えだった。

 

「シュウジは、本当に馬鹿……!」

「あんちくしょう、最後の最後に厄介なことをですぅ!」

「すぐに戻らないと……!」

「無理じゃ。もう完全にあの穴は()()()おる。こじ開けたとて、どこにも繋がらんじゃろう」

「そんな……じゃあ、俺達は……龍太郎は、なんの、ために……」

 

 憤るユエ達を、ティオが自らも柳眉を寄せながら諌める。

 

 命以外の全てを失った光輝の呟きは殊更に二人の心を締め付け、事の顛末を話そうと口を開いた。

 

 

 

 

 

 その時、ワームホールにまた異変が起こった。

 

 

 

 

 

 不気味なほど静かに存在していたワームホールが、今度は鳴動しながら肥大化し始めたのだ。

 

 ハジメ達が、地上にいるすべての人間が見上げる中で、瞬く間にワームホールは戦場全体を覆う。

 

 

 

 

 そして……光が、各地から湧き起こった。

 

 空から、地から、人々から、何千万という光の粒子が発生し、その光景に誰もが目を奪われる。

 

 銀や黒、赤、青、はたまた白。いっそ幻想的なほどに美しいそれらは、全てワームホールへと向かった。

 

 脈動する漆黒の大穴に、光が吸い込まれていく。

 

 すると、突如として空が割れ、どことも知れぬ風景──世界の各地をその向こうに映し出す。

 

 続けて、星そのものが震えるような激震。

 

 多くの人間が体験したことがあるはずのない地響きに困惑し、悲鳴をあげ、神軍の再来かと慄いた。

 

「何が起こってる!?」

「んっ、この戦場にある魔力……違うっ、エネルギー全てを吸い上げてるっ!」

「死した使徒や魔物、コクレンの力までをも……!」

「こ、これ、どうなっちゃうんですかぁっ!?」

「シューっ……!」

「ぐっ……!」

 

 メチャクチャになった戦場に、ハジメ達のいる空間の力場も歪み始める。

 

 慌てて全員ルイネの背中に乗り込み、その場から要塞の方角に向けて避難し始めた。

 

 阿鼻叫喚の戦場の上を飛翔していると、ふとウサギが前方を見て声を荒げる。

 

「ハジメっ、パンドラタワーがっ!」

「あれは……共鳴してるのか!?」

 

 彼女の警告するものは、ハジメ達も同じように見えていた。

 

 次々とパーツごとに崩れてワームホールに吸い込まれる要塞の中心、そこに聳えるパンドラタワー。

 

 パンドラボックスの力によって生み出され、この惑星に根付いた巨塔は、赤い光を全体から発していた。

 

 その足元の一角にいる始達も、当然その異変の只中にいる。

 

「ハジメっ!」

「ハジメさんっ!」

「わかってるっ!」

 

 鋭く声を飛ばしたユエとシアに、始は手元のアーティファクトを素早く見下ろす。

 

 その数秒の間にも、どんどん地鳴りや空の崩壊は強まり、ワームホールには全ての光が吸い込まれた。

 

 まさしく天変地異。

 

 そしてついに、全ての異変が最高潮に達した時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴァ──────────ッ!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 盛大に撓んだワームホールとパンドラタワーの頂上から、互いに向けて吐き出された極大の光が、全てを塗り潰す。

 

 

 

 人々も、亜人も、竜人も、機械も、怪異も、ライダーも、未来からの使者達も、ハジメ達も、世界諸共、全て。

 

 

 

 まさに、その瞬間。

 

 

 

「未来へ、届け─────────っ!」

 

 

 

 カチリと、始の指が懐中時計のスイッチを押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──【見果てぬ絶望に、希望を紡ぐ(失くしたその手を、もう一度)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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新世界
巡り巡って、追った朝日


これは、最後の物語。


この舞台を締め括るエピローグ。


どうぞ、新たな世界を楽しんでください。



 

 

 

 

 

 

 

シュウジッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 叫びながら、飛び起きる。

 

 体を跳ねさせるようにして起き上がらせ、伸ばした右手は虚空を摑むだけだった。

 

「はぁっ……はぁっ……ああ、くそ。またか」

 

 右腕を下ろして、ベッドについていた左手で顔を覆う。

 

 触れた額も頬も寝汗で濡れていて、とてもではないが気持ちのいい目覚めとは言えない。

 

「俺は……いったい、誰の名前を」

 

 じっと指の隙間から足を覆うブランケットを眺めていると、そこに光が差しているのに気がついた。

 

 緩慢に顔を上げ、ベッドのすぐ横にあるカーテンを見れば、光はその隙間から漏れ出している。

 

 伸ばした手で一気にカーテンを開けると、両目が白い光に焼かれた。

 

「うっ……」

 

 咄嗟に左手を差し込み、その熱を左の掌で受け止める。

 

 グッと瞑った目蓋を焼く朝日が消え、暗闇が戻ったところでようやく目を開けた。

 

「……朝、か」

 

 今一度見た窓の向こうには、電線とその上で可愛らしい鳴き声を上げる雀。

 

 その向こうには立ち並ぶ様々な家があり、マンションの窓から眺める町並みはいたって平凡だった。

 

 

 

 

 しばらくそれを眺めた後に、視線を室内へと巡らせる。

 

 立ち並ぶ本棚には、趣味の本から仕事に関する本まで、多種多様なそれらで埋められている。

 

 ノートパソコンや電気スタンド、母さんのアシに使う道具が並んだデスクを挟んで、反対の棚にはゲームの類。

 

 小型のテレビとそこに繋がったゲーム機に対面するクローゼットのノブには、昨日出しておいた服がかかっていた。

 

「シャワー浴びなきゃダメだな、こりゃ」

 

 シャツからパンツに至るまでぐっしょりと湿った体を一瞥し、ベッドから這い出す。

 

 替えのパンツとシャツを片手に部屋を出て、するとリビングの方からいい匂いがした。

 

「あいつが来てるのか」

 

 トントンと聞こえる作業音にぼやきつつ、廊下の突き当たりにある洗面所へと入った。

 

 広い脱衣所で濡れた服を脱ぎ、洗濯機に放り込んだところで、ふと壁に埋め込まれた鏡を見る。

 

 平均よりやや上の身長。日本人らしい黒髪と茶色の両目。体は細く引き締まり、筋肉の線が目立つ。

 

 別に格闘技とかをやってるわけじゃないんだが……高校生の時から()()あった影響だ。

 

「……何で今更、そんなことを確かめてるんだ?」

 

 気がついたら、今の自分を眺めるというナルシストじみたことをしていた。

 

 羞恥心を覚えつつも、一人が使うにしては無駄に広い浴室に入る。

 

 そして、高めの位置にしたシャワーの蛇口を捻ることで頭から熱い湯を被った。

 

 熱湯に体を濡らされていく中、ふと空っぽになった頭に浮かんだのはついさっきのこと。

 

「……何度目だ、あの夢を見るのは」

 

 

 

 

 

 

 

 17の頃からずっと、同じ夢を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 誰かに手を伸ばす夢。

 

 その腕を掴もうとして、どんなに走っても追いつけない、歯痒い泡沫の幻。

 

 精一杯手を伸ばすのに届かなくて、たまらずそいつの名前を叫ぶけど、目覚めた途端に忘れてしまう。

 

 そいつは、俺にとって誰より大切なやつだった……その確信と、どうしようもない悔しさだけが残るのだ。

 

 大切なのに、覚えてない。

 

 いつからこんなに大きな、思い出せない記憶があったのだろうかと、毎度思う。

 

 ただ、どうにも憶えてないという事実を一つだけ確かに憶えていることが、何より嫌だった。

 

「誰なんだ。誰なんだよ、お前は」

 

 もう一回、もう一回、そう何回やったって思い出すのは、輪郭のぼやけた顔だけ。

 

 なのに、そいつと積み重ねた記憶も、名前も、なんだかぼんやりと思い出せないままで。

 

 瞼に乗った淡い雨のような水滴が、その残滓さえも洗い流してしまいそうになるから。

 

 ずっと、悪夢は終わらない。

 

「あーもう、わっかんねえ!」

 

 濡れた髪をかき回し、こんがらがった思考を隅に押しやると、さっさと体を洗い始めた。

 

 

 

 

 

 さっぱり綺麗になって風呂から上がり、体を乾かすと一度部屋に戻る。

 

 身支度を整え、再び自室を後にして、すぐそこにあるリビングへの扉を開けて中に入る。

 

「おはようさん、今日の朝食は──うおっ!?」

 

 挨拶を仕掛けて、けれど驚いたことで中断してしまった。

 

 その理由は、()()()()()()が並べられたテーブルの一角に座り、優雅な仕草で紅茶を啜っている人物。

 

 その男はカップをソーサーの上に戻すと、入り口で止まった俺にブロンドの髪を揺らしながら振り返った。

 

「やあ、おはようハジメくん。朝からお邪魔しているよ」

「……おはようございます、()()()()()

「おや、お義父さんと呼んではくれないのかい?」

「それは、またの機会ってことで」

「残念」

 

 顔を引き攣らせながらも返した言葉に、肩をすくめた彼は悪戯げに笑った。

 

 ()()によく似た笑い方になんとも言えない気分になりつつ、彼の対面に腰を下ろす。

 

 面白そうに笑ったディンさんは、何かしらの記事が映ったタブレットを手にまた紅茶を飲み始めた。

 

 天下の大企業たるアヴァタール社の副社長が、一介の大学生の部屋で何やってんだか。

 

「ん、ハジメ。おはよう」

「おお、ユエ。おはようさん」

 

 待つこと数分、キッチンの方から料理が乗った皿を手に出てくるのは極上の美女。

 

 美しいという言葉を体現したような金髪赤眼のその女──ユエは、ふわりと万人が虜になる笑みを浮かべる。

 

 そして彼女は、両手に持っていた朝食を俺とディンさんの前に置いて、最後に俺の隣へ座る。

 

「今日も美味そうだな」

「ん。また昨日遅くまで働いてたみたいだから、腕によりをかけた」

「そうか、ありがとう。それといつも言ってるが、毎朝来てくれなくても……」

「悲しいことを言わないでくれたまえ、ハジメくん。こんな可愛い姪に甲斐甲斐しく世話をされて迷惑だというのかい?」

「ふふ、ディン叔父様もこう言ってる」

 

 ぐっ、ここぞとばかりにディンさんが突っ込んできた。

 

 子供の頃に親父の会社の関係で出席したパーティーで知り合って以来、ユエを猛プッシュしてくるのだ。

 

 出会った時から幼くも美しかったユエ本人もどうしたことか乗り気であり、そんなこんなで早数年。

 

 そりゃまあ、こんなトンデモ美女に毎日飯を作ってもらうなんて、男なら悪い気がするはずはない。

 

 しかし、艶めかしくも猛獣のようにこちらを見つめる赤い瞳を見ると、どうにも心の一部が震えた。

 

 徐々に体を寄せてくるユエとディンさんの視線にたじろいでいると、でかい音と共にドアが開かれた。

 

「おっはよーございまーす! 今日もいい朝ですぅ!」

「……シア、朝から声が大きい」

 

 いつものように遠慮なく入ってきたのは、またも隣人の姉妹。

 

 片や元気潑剌といった笑顔で片手を振り上げ、片や眠たげに目を擦るそいつらもまた、とびきりの美女。

 

 シア・ハウリアとアルナ・ハウリア。高校の時に転入してきた双子の姉妹で、今も学友だ。

 

 ちなみにアルナはアラビア語で兎を意味する言葉に語感が似通っているため、ウサギというあだ名で呼んでいる。

 

 二人が来た途端にユエとディンさんが目配せし、残念そうに笑うとユエが俺から離れていった。

 

 思わずホッとする……いや、悪い気は全然、これっぽっちもしてないぞ、うん。

 

「シア、ウサギ、おはよう」

「おはようございますユエさん。それで、ご飯ってもう作っちゃいました?」

「ん。そっちは、ウサギを起こしてた?」

「姉さんはマイペースですからねぇ〜。布団をひっぺがすのが大変で」

「……眠いんだから仕方ない」

「はは、それは至言だね」

「ディンさんなら、そう言ってくれると思った」

「ちょっと〜!」

 

 たわいもない会話を交わしながら、シアとウサギも席に着く。

 

 ユエが一度キッチンに戻り、二人の分の朝食を取りに行ったところで玄関の方からガチャリと音がした。

 

「ハジメー、来たよー」

「お邪魔しまーす」

 

 タイミングを見計らったように現れた新たな来訪者にシア達と苦笑し、俺は立ち上がる。

 

 キッチンに行くと、整理整頓されたそこで丁度両手に皿を持ったユエがこちらに振り向いた。

 

「ん、美空と香織が来た?」

「ああ、みたいだな。それ貸してくれ、運ぶから」

「ありがとう、ハジメ」

 

 お安い御用だ、と答えながら料理を受け取り、その場を後にする。

 

 壁一枚隔てたリビングへ戻れば、そこには既にハウリア姉妹の隣に座っている二人の女がいた。

 

「おはよ、ハジメ。クマできてるよ?」

「おはようハジメくん。ちゃんと寝られてる? 大丈夫?」

「まあ、そこそこな」

 

 幼馴染と、高校時代からの学友の優しい言葉に応える。

 

 一瞬また夢のことが思い浮かんだが、それを打ち消すように歩き出してシア達に料理を届けた。

 

 程なくしてユエが美空達の料理を持ってきたところで、コンコンとリビングの入り口からノック音。

 

 三度目の来訪者に全員が振り向けば、そこにはユエに勝るとも劣らない美女がいる。

 

 右隣の部屋に住んでいるユエの、そのまた隣に住んでいる隣人だった。

 

「おはようなのじゃ、諸君。妾の分の朝食もあるかの?」

「ん、ティオ。今持ってくるから座ってて」

「じゃあそれは受け取る」

「任せた」

 

 ユエから皿を受け取り、美空達の前に置いた。

 

 礼を言ってくる二人の律儀さを感じている間に、ユエが戻ってきてティオ共々着席した。

 

 俺もようやく自分の席に戻ると、全員が揃ったことを確認して朝食を取り始める。

 

「ハジメさん、今日の講義は何限で終わります?」

「ん、間に一コマ休んで三限までだな。最初の講義はお前らと一緒だったよな?」

「ん、それで今日は終わり」

「四年のこの時期になると、ほとんど単位も取れてるよね」

「そうだな。最近じゃ嬉々として父さんにバイトを入れられる」

 

 子供の頃からありとあらゆるオタク知識と技能を叩き込まれ、今じゃ会社で一端の戦力扱いをされてる。

 

 加えて母さんの漫画もそこそこ手伝ってるお陰で、大層なマンションに住めてるんだから感謝しかない。

 

「いいな〜、同じ大学で悠々自適なキャンパスライフ。私はあくせく働いてるのに」

「惣一さんとこの前スーパーで出会したが、元気そうだったな。ナシタは繁盛してるか?」

「そりゃあね。何せ、この私がいるんだから」

「もう、美空ったら自慢げにしちゃって」

「香織も看護師、どうなの?」

「頑張ってるよ。あ! そういえばウサギとシアさん、優勝したんだよね! おめでとう!」

「ふふん、私達に追いつける相手なんていないですぅ!」

「レーンは、私達の独壇場」

「ふふ、みんな若いねえ」

「いかにも若者らしく、楽しんで生きておるようじゃの」

 

 女三人寄れば姦しいとはこのことだろう。

 

 目の前で和気藹々と話すユエ達は、高校生の頃教室でそうしていた時と何ら変わりない。

 

 まあ、なんの因果かその中心にいることで同級生の男どもにやっかまれたが、今ではいい思い出で

 

 

 

 

 

 

 

 〝私が来た!〟

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 カラン! と音を立て、手の中から零れ落ちた箸が皿に当たる。

 

 今の、風景……弁当を広げた俺の前にやってきた、男は…………

 

「ハジメ? 大丈夫?」

「っ、え、ぁ、ゆ、ユエ?」

 

 俺の顔を覗き込む端正な顔に、ハッとする。

 

 一瞬、目の前に広がった光景に意識を奪われていたようだ……知らないはずの、光景に。

 

「ハジメさん? どこか調子悪いんですか?」

「まだけっこう時間あるし、ご飯食べたら寝る?」

「いや……平気だ。ありがとう」

 

 慮ってくれるハウリア姉妹と、心配げな顔をする他の面々にそう言う。

 

 なおも若干疑わしげな目を向けてきたので、俺は箸を持ち直すと勢いよく飯をかっこんだ。

 

「おお、良い食べっぷりじゃの」

「ちょ、ハジメやりすぎ! 喉詰まらすよ!?」

「ハジメくん落ち着いて!」

 

 ……そうだ。

 

 もう一回、たとえ何万回やったって思い出せるのは、あの曖昧でぼんやりとした顔だけなんだ。

 

 だから、今見たものも聞こえないまま死んだことにしてしまえと、暗い声で自分に囁く。

 

 何も知らないままでいるのが、〝誰か〟を傷つけはしないかという思考にも、蓋をしろ。

 

「んぐ、ごちそうさん。すげえ美味かった」

「あ、ハジメ」

 

 そんなことを考えている間に飯を食い終わって、ユエ達から逃げるように席を立つ。

 

 キッチンに食器を捨てるように置いていき、足早にリビングから出ると一直線に自室へ行った。

 

 そして扉を閉めて……背中を預け、ズルズルと座り込む。

 

「……何やってんだ、俺」

 

 ユエ達には悪いことをした。

 

 心配をかけちまった上、あまりにそっけない態度を取ったことを、後で謝らなくちゃいけない。

 

 だけど。

 

 あそこで、いつもみたいにユエ達と過ごしていたら……騒がしくも楽しいと、そんな簡単な感情ばかり数えていたら。

 

 自分の中にある、あの〝誰か〟がくれた温もりを……その手の体温を、完全に忘れてしまいそうで。

 

 

 

 

 

 そうなったらもう、永遠に会えないと。

 

 

 

 

 

 何故かそんな気がして、一度考えるとどうしてもそう思えてしまう。

 

 そしたら、上手く笑えなくなって。

 

 どうしようもないまま、逃げてきてしまった。

 

「……どうしてこんなに、思い出せないんだよ」

 

 その呟きが、自分の中に巣食う恐ろしさの正体だった。

 

 

 

 




新たな世界。

平穏に生きるハジメ達。

その世界を創ったのは……


次回もお楽しみに。


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確かに埋まる、その形を

穏やかな生活の中、何かを探すハジメ。

それが何なのかわからず、ただ悩み続ける。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

「それでは、今日はここまでにしておこう。出席票を提出して帰るように」

 

 

 

 教授の一言と同時、ジャストタイミングで鐘が鳴る。

 

 途端に教室の空気が弛緩し、ざわざわとそこかしこから喧騒が広がっていった。

 

「ふぅ……」

 

 俺も授業の内容をまとめ終わると、パソコンを閉じて一息つく。

 

 鞄に大学用のそれをしまい、脇に置いていた出席票を書き込んでおいた。

 

 それが終わって筆記用具を鞄に入れていると、人が近づいてくる。

 

 顔を上げれば、そこにはいかにも大学生という感じの女が、何故か緊張した様子で立っていた。

 

「あの、南雲先輩……でしたよね?」

「ん? ああ、俺が南雲だが。確か、前にグループ演習で一緒になったっけ?」

「あ、覚えててくれたんですね」

「まあ、記憶力はいい方でな」

 

 前に美空に、会話した人間は興味があってもなくても覚えておくようにって説教されたし。

 

 あの時は大変だった。()()()は泣き出すし、香織にはアレ呼ばわりされて……

 

 っ……待て。俺は何を考えてる。姫さんって誰だ。それにあの時は香織なんていなかっただろ。

 

「南雲先輩?」

「あ、ああ、なんでもない。で、どうした? 何か用事があったか?」

「用事、というか、なんというか……」

 

 もじもじと、視線を下にやりつつ何やら言いたげに体を揺する。

 

 そこまで勿体つけるとは何事かと身構えていると、どうしてか頬を赤くしたその女は俺を見た。

 

「あのっ、これから一緒にご飯でも──」

「ハジメさーん、ご飯食べに行きましょー」

「うおっ」

 

 いつの間にか隣にいたシアによって右腕をホールドされ、驚いて腰を浮かせる。

 

 後輩らしき女も驚いて固まり、その間にシアは実に柔らかっ……両腕で俺の腕を掴んで引っ張った。

 

 強制的に連れていかれると過去の経験から察し、咄嗟に鞄を掴み取る。

 

 予想通り、出口に向かって移動し始めるシアの馬力に俺は逆らえず、どうにか机の端の箱に出席票を入れるのだけは成功した。

 

「すまん、話はまた今度聞く!」

「あっ……」

 

 俺は為す術なく、講義室にいた全員の視線を受け止めながら退室する。

 

 講義室を出てからしばらく、ズンズンと突き進むシアに引きずられるようにして移動することになった。

 

 当然その間も好奇の視線を浴び、その一部が「またあいつらか」というものなのが非常に居心地が悪い。

 

「おい、止まれシア。そんなに引っ張られると腕がもげるって」

「ハジメさんがそう言うなら」

 

 ついには講義室からかなり離れた場所にやってきて、ようやく解放された。

 

 突然離れられたことでつんのめりかけ、壁に手をついてどうにか停止する。

 

「ったく、お前なあ。いつもながら豪快すぎるだろ」

「だってハジメさん、私達以外の女にうつつを抜かそうとしてましたし」

「いや、ねえよ」

 

 即答してはみるものの、確かに思い返してみればさっきのはそれっぽかった気がする。

 

 ずっとこいつらと一緒にいると、そういう意味では男子も女子も大概は嫉妬で寄り付かなかったのだ。

 

 それは大学においても同じことであり、ユエ、シア、ウサギの三人とほぼ一緒に約四年間過ごした。

 

 だからさっきのも、ある種感覚が麻痺してて気付きにくかったのだろう。

 

「そもそも、別にお前も他の奴らも俺の女ってわけじゃ……」

「でも、もう私達の想いから逃げられないのはわかってますよね?」

「そりゃあ、な」

 

 俺だってラノベの主人公みたく、呆れ返るほどの朴念仁なわけじゃない。

 

 ユエや幼馴染の美空は勿論、大学生になってまで側に居られたら、彼女達の想いにも気がつく。

 

 ティオも最初は単なるご近所関係だったのだが、もはや露骨に狙ってきてる。正直大人の女の魅力がヤバい。

 

 まあ、その結果があの世の男どもに知られれば、袋叩きにされそうな朝の集いなのだが。

 

 この現状を知った父さんには、〝正妻だけは決めとけよ〟などと揶揄われる始末だ。

 

「私達なら誰が最初でもウェルカムですけど、もしポッと出の女に手を出したら……」

「おい、そんなことを大学の中で言うな……心配しなくても、目移りする暇なんかねえよ」

 

 むしろ、これだけ魅力的な女達に想いを向けられた状況でどうよそ見をしろというのだ。

 

 俺自身、なんだかんだと全員に好意を持っているのも自覚している。常識的に最低だが。

 

 だから、深く知りもしない相手がどうとかはありえない。

 

 それよりもっと深く、その魅力を知ってしまった奴らがいるのだから。

 

「ふふん、それならいいんです! さあハジメさん、ご飯食べに行きましょう!」

「ああ、そうだな。俺はまだ講義があるし」

 

 上機嫌に歩き出したシアにホッとしつつ、空きっ腹を満たすために歩き出した。

 

 

 

 

 

 正直、この大学の食堂はそこまでではない。

 

 通ってるくせに我ながら偉そうだが、大学の外に出た方が美味しい店があるのだから仕方がない。

 

 シアの機嫌を損ねたという理由も含め、俺の一番気に入ってる店に二人で入った。

 

「二名でお願いします」

「申し訳ありません、現在店内が満席でして……」

「なら、テラス席で」

「恐れ入ります。ではお客様、こちらにどうぞ」

 

 店員に案内され、道路の脇にある歩道に面したテラス席に行く。

 

 自分の鞄とシアから受け取ったバッグを受け取って荷物カゴの中に入れ、それから腰を押し付けた。

 

「ハジメさん、こんなお店知ってたんですね?」

「大学からは少し遠いが、値段もそこそこでメニューも豊富、何より味は保証できるぞ」

「ふふ、連れてきたのは私が一人目だったらなお嬉しいですねぇ。あ、ちょっとお花を摘みに行ってきます」

「おう」

 

 早々に席を立ったシアを見送る。

 

「……あいつ、なんかとんでもないものを見つけて、叫んで呼んだりしないだろうな」

 

 無意識に呟いたその言葉に、またも激しい違和感を抱いた。

 

 確かにシアはアグレッシブな所があるが、そこまで非常識じゃない。身体能力はちょっとバグってるが。

 

 なのにどうして、そんなことを俺は言ったのだろうか。

 

 

 

「あら。何か悩み事ですの?」

 

 

 

 無言で考えていると、頭上から声が降り注いだ。

 

 聞き覚えのある女性の声であり、だからこそあまり驚かずにその人物を見上げる。

 

「御堂か。こんな所で会うなんて、偶然だな?」

「ええ、実に偶然。平凡なとある日に学友との再会なんて、ドラマチックですわね?」

 

 

 

 

 

 そう語った絶世の美女──高校時代のクラスメイトである御堂英子は、妖艶に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「相変わらず、そういう言い回しが好きだな。仕事は順調か?」

「当然、私ですもの。貴方も随分と楽しい学生生活を送ってらっしゃるようで?」

「ま、退屈はしてないさ」

 

 シアが向かった店内を一瞥する彼女に、肩をすくめてみせる。

 

 御堂英子。

 

 ユエ達や俺も含め、何かと有名人が多かったことで母校じゃ伝説化した俺達の世代でも特に目立っていた一人。

 

 ユエに比肩しうる絶大な美貌もさることながら、尊大な態度と万人を虜にする魔性の魅力がその理由。

 

 料理部の部長をやっていて、高校時代に何処かの料理大会で優勝し、卒業と同時に店を出したこともだな。

 

 同時に美食評論家としても活動しており、雑誌やテレビでその顔を見かけることも少なくない。

 

「それで? 本当に偶然なのか?」

「たまたま近くに、仕事で来ておりまして。移動の途中で貴方とハウリアさんの顔を見かけたもので、つい車を止めましたの」

「そりゃ光栄だ」

 

 つまり偶然ってのは、あながち冗談でもないらしい。

 

 しかし、それなら仕事の時間は大丈夫なのかと考えたところで、彼女の背後から一人男がやってきた。

 

「御堂、突然車を降りるなんてどうしたんだ……って、南雲?」

「天之河か」

 

 質の良さそうなスーツに身を包んだその男……天之河光輝は、俺を見て目を瞬かせる。

 

 それから御堂を見て、なんとなく状況を察したのか、ムカつくほどイケメンな顔を呆れさせた。

 

「南雲を見つけたならそうと言ってくれ。驚いたぞ」

「あら、私のすることは私が決めるもの。貴方はそれが出来るよう働くのが仕事でしょう?」

「はいはい、わかってるよ。その口ぶりだと、まだここにいるのか?」

「ちょうど、小腹も減っていましたから。何か口にしていくことにしましょう」

 

 踵を返し、御堂は少し離れた席に座って足を組んだ。

 

 完全に居座る気満々の態度に、目の前で天之河がやれやれと嘆息する。

 

「自由奔放さに磨きがかかってないか? 御堂のやつ」

「まあ、いつものことだよ。予定をずらさないと……」

 

 スマホとスケジュール帳を取り出し、交互に睨めっこをする天之河。

 

 御堂のマネージャーとして四苦八苦するその様は、優れたルックスとポテンシャルに比べてなんとも普通だ。

 

 しかしそれが妙にマッチしていて、何より難しい顔をしながらも、天之河はどこか楽しそうだった。

 

 

 

 

 御堂英子が、学校という狭い社会の中で何より名声と地位を得た所以。

 

 それこそはこの男──学年はおろか、学校全体でカリスマ的存在だった天之河光輝を傅かせたこと。

 

 誰もがヒーロー視する天之河を従わせたことで、一躍御堂は学校の中で女王的存在になった。

 

 卒業まで変わらなかったその関係は、どうやら今も続いているらしい。

 

「よし、これでいい。連絡は回したから、後は……」

「こうして見てると、未だに信じられんな。()()()()()()()って顔で自信満々にしてたお前が、そんなふうになるなんて」

「……まあ、変わったとは自分でも思うよ」

 

 揶揄ってみれば、天之河が苦虫を噛み潰したような顔で返事を絞り出した。

 

 正直言って、高校時代の天之河はかなりヤバい……というか、酷かった。

 

 人類皆善人説のもと、自分に都合の悪い意見はいいように捻じ曲げ、無遠慮に他人の問題に首を突っ込んでは掻き回す。

 

 結果的にそれで救われてたやつもいたんだろうが、少なからずそうじゃなかった連中もいる。

 

 俺達もその一部である。一体何度こいつに突っかかられたのか、思い出すだけでも億劫だ。

 

 ただ。

 

 

 

 天之河のその〝善行〟は、()()()()()()()()()()()という強迫観念に囚われていたようにも見えた。

 

 

 

 まるで、そう行動するのが自分という人間なのだと誰かに証明するように、他人の事情に介入し続けていたのだ。

 

 そして、御堂にいろんな意味で屈服させられた時から、ぱったりとそれは止んだ。

 

「何もかも御堂の影響、か。まあ、あれだけ振り回されてるなら必然と言えるか」

 

 御堂の方を見てみると、彼女は優雅な所作でいつの間にか頼んだ飲み物を口にしていた。

 

 なんてことない所作なのに、さながら名画のように美しい光景に見えるのは御堂だからこそ。

 

 実際、俺達以外にも店内や道ゆく人間の視線を、男女問わず一身に集めていた。

 

「でも、嫌いじゃないんだ。あいつに振り回されるのは」

 

 天之河を見ると、同じように御堂を見ていたあいつの横顔は満ち足りている。

 

 ……昔もそうだった。

 

 とんでもなくプライドが高いはずのこいつは、御堂の無茶振りに困るどころか、嬉々として付き合っていた。

 

 あまりにその様子が楽しそうで、だからそれまでの天之河がどこか苦しげだったと思ったのだ。

 

「じゃあ、俺はいくよ。そろそろ御堂が退屈し始める頃だ」

「天之河」

 

 そして、今の天之河の姿は。

 

「なんだ、南雲?」

「……もしも、の話なんだが。他の全てが揃っていて、でも一番に肝心なものが欠けている。そんなふうに思った時、お前ならどうする?」

 

 今の俺にとって……いいや。

 

 

 

 ずっとずっと、()()()()()()()()()()から〝誰か〟を探している俺には。

 

 

 

 例えるならドーナツの穴だけを切り取るような、そんな決して証明できない存在を追いかけている俺には。

 

 

 

 すごく、眩しかった。

 

 

 

「うーん、難しい質問だな。何もかもあるのに、一番欲しいものはない、か……」

「悪い、ただの戯言だ。そんなに難しく考えなくても」

「いや、少しだけ答えがわかるかもしれない」

 

 質問の意味を軽くしようとした所で、何かに思い至った天之河が言葉を被せてきた。

 

 思わず口を噤むと、考える人のような仕草でいた天之河は俺を見下ろす。

 

「昔、ずっと心のどこかに足りない部分があるって感じていたことがある」

「足りない部分、か?」

「その足りない部分は自分じゃ埋められなくて、かと言って親しい誰といても満たされなくて……だから俺は、祖父のように強く正しい存在になろうとすることで人に関わり、それを埋めようとした」

 

 それが、天之河が高校時代に……いや、()()に聞いた話ではずっとその行いを続けてきた理由か。

 

 おそらくは誰にも明かされたことがないだろう真意に驚きつつも、静かに耳を傾ける。

 

 

 

 

 

 そこに、俺の求める答えがある気がしたから。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「でも、どんなに祖父の幻想を追いかけても、皆にその仮面を褒められようと、虚しかった」

「……ダース単位でお前に惚れてた同級生の女達が聞けば、泣きそうなセリフだな」

「はは、そうかもな……でも、彼女と初めて言葉を交わした時」

 

 そこで天之河は、御堂の方を見て。

 

 

 

 

 

「その瞬間、思ったんだ──〝ああ、やっと出会えた〟って」

 

 

 

 

 

 そう言った時の天之河の顔は、とても穏やかだった。

 

 当時のことを思い出しているのだろうその表情は、どこか重い荷物を下ろしたような、晴れやかなもの。

 

 天之河光輝にとって、御堂英子との邂逅は、それだけ重大な意味を持っていたのだろう。

 

「その時、欠けていたものが埋まった。ずっと追い求めたものに辿り着いて、安心したような気がしたんだ」

「……なるほど、な」

「いや、自分でも現実味がないとは思う。でも彼女こそが俺にとって一番必要な人だったって、その時確信したんだよ」

「別に何も言ってねえよ」

 

 クサいことを言ったと自覚したのか、慌てて言葉を重ねる天之河に苦笑する。

 

 慌てていた天之河は途端に恥ずかしそうに曖昧な笑いを浮かべ、それから一転して俺に真剣な目を向けてくる。

 

「だから、わかるよ。南雲の気持ち。きっと君も、心に空いた穴にいたはずの〝誰か〟を探してるんだろう?」

「……ただの戯言って、言っただろ」

「じゃあ、そういうことにしておくよ」

 

 生暖かいその視線が、少しムカつく。

 

 昔はうざったらしいだけのキザなものだったのに、今は優しさを含んだものなのが余計に。

 

「諦めなくていいと思う」

「何?」

「俺は、その穴を埋めたいがために多くの人に迷惑をかけた。勿論南雲達にも。そのことは深く反省してるし、今でも俺に出来る謝罪は何でもしようと思ってる」

 

 でも、と天之河は一言置いて。

 

「それを追いかけたことを、一度も後悔をしたことはない」

「…………」

「きっと、そういうものなんだよ。何がなんでも、たとえ誰かに迷惑をかけたとしても、それでも絶対に手にしないと、きっと一生自分を許せないもの。俺はそう思うよ」

 

 それだけ言葉を残して、天之河は御堂の所へと去っていった。

 

 ぼんやりとその後ろ姿を目で追い、二人が何やら話しているのを眺める。

 

「自分を許せない、か……」

 

 もう一回、そう何回やったって、思い出せるのは曖昧で、霞のようにぼやけた顔だけ。

 

 それがどうにも怖くて、毛布とベッドの間に体を挟み込むようにして無理矢理飲み下した夜もある。

 

 

 

 そうやって曖昧でも、まだ覚えているならと。

 

 

 

 死なない想いがあるならそれで安心だと、俺はどこかで満足して、目を逸らしていたのだろうか。

 

「……別に、過ぎたことは望んじゃいないんだがな」

 

 ただ、俺は。

 

 いつまでも思い出せないその〝穴〟に埋まる、確かな形が欲しい……それだけなんだ。

 

 そうして失った感情ばかりを数えていたら、ついには〝誰か〟の声まで忘れてしまった気がして。

 

 結局俺は、前に進めない。

 

「お待たせしました、ハジメさん。ちょっとトイレが混んでまして……」

「……ん、おかえりシア。じゃあ何か頼むか?」

「はい!」

 

 

 

 

 それから俺は、シアと一緒に昼食をとって。

 

 少し歓談した後、店の前で彼女と別れ、御堂達にも挨拶のメールを送りつつ、大学に戻り。

 

 残り少ない単位を取るために抗議を受け、キーボードを打つ手を動かして。

 

 その間もずっと、終始天之河との会話が頭の中をぐるぐると循環しているのだった。

 

「じゃあそろそろ時間なので、終わりにします。次回はこの内容の続きになるので、把握しておいてください」

 

 そんなことを考えている間に講義は終わり、また喧騒が戻ってくる。

 

 今度は早々に荷物を片付け、誰かに話しかけられる可能性を生む前に講義室から退出した。

 

「ん?」

 

 帰る前にユエ達に連絡を取ろうとスマホを取り出した所で、受信されたメッセージに気がつく。

 

 先にそこへ指を向かわせ、開いて内容を見ると……それは旧友からの()()()の誘いだった。

 

「……丁度いい、か」

 

 その誘いに乗る旨を返しつつ、ユエ達に今日はマンションの方に帰らないことを伝える。

 

 

 

 

 

 返事が返ってきたのを見てからスマホをポケットにねじ込み、足早に大学を後にした。

 

 

 

 

 




ハジメは苦悩しながら、答えを探していく。

読んでいただき、ありがとうございます。


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それでも、虚しくて (1/2)

うまく切れなかったので、必殺の十八番分割を使います。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 俺やユエ達の住むマンションは、地元からそう離れていない。

 

 

 

 父さんの会社や母さんの作業場にすぐ行ける、かつ朝の時間に余裕を持って大学へ行ける範囲内。

 

 一人暮らし……実質的にそうなってないが……するには、実に理想的な立地だった。

 

 そして俺は今、そちらに向かう電車の揺れに体を持っていかれないよう、座席の奥まで腰を深く沈ませている。

 

「…………」

 

 何をするでもなく、カタンコトンという電車の滑走音をbgmに窓の外を鑑賞していた。

 

 窓から見える外の景色は、四時を回ったことで斜いた陽光によってオレンジ色に彩られ、美しい。

 

 車内にほんど人はおらず、まるで世界に一人だけ自分が取り残されたような錯覚さえする。

 

 むしろそれが、この黄昏に入りかけた世界を独り占めしているかのようで。

 

 なんとも退廃的な気分に浸ることができるのだった。

 

 

 

 

 目的の駅までは、あと一駅か、二駅か。

 

 大学の最寄駅から乗ること二十分弱、乗り継ぐこともなく、残りの駅を数えている。

 

 通り過ぎていく街並み、その向こうで寂しく染まった茜空と変色した太陽。

 

 それはまるで、いつか雲海の上から見た──

 

「……このくらいの距離、フェルニルならひとっ飛びなんだがな」

 

 ぽつりと零れる、覚えのない単語と、経験したことがないはずの感覚。

 

 そのことに気がついたのは呟いてから数秒した頃で、徐々に目を見開くと周囲を見渡す。

 

 相変わらず誰もいない車内に何故かホッとして、またしても自分への違和感に眉根を寄せた。

 

 ……今日は特におかしい。朝のこと然り、天之河への質問然り。

 

 これではまるで、()()()()()()()()()()()()などというファンタジーじみた様相を呈している。

 

 心の中で自分を茶化してみるものの、その為にわざわざこうしているのだから笑えない。

 

「……まあ、進展があればいいが」

 

 今度は誰もいないのをわかっていて、あえて小さな声で呟いてみた。

 

 そうしているうちに電車は一つ駅を越え、さらに数分もしないうちに目的の駅へ到着する。

 

 さながら映画館の客席のようにじっと座り続けていた座席を立ち、足早に下車をした。

 

 電車が出発していくのを見送ることもなく改札を通り抜け、慣れ親しんだ街に足を踏み入れる。

 

 しばらくその場で立ち止まり、やがて思い出したように一歩前へと歩き出した。

 

 

 

 目的地は、ここから徒歩十五分ほどの住宅地。

 

 勝手知ったる道を行けば、電車の中ではあっという間に通り過ぎた道はそれなりの音に溢れている。

 

 車の通り過ぎる音、どこかの店から流れる音楽、道行く夫婦らしき二人組の会話に自分の足音。

 

 歩けば歩くほど変わる悲喜交々の様相は、やがて住宅街に入るにつれて閑静なものに変わっていく。

 

「あっ、パパー!」

 

 そんな変遷を楽しんでいれば、響く可愛らしい声と足音。

 

 声のした方に振り返ると、陽光を背に受けた小さな人影が一直線にこちらに向かってきていた。

 

 右肩に引っ掛けていた鞄を背負い直し、躊躇なく飛び込んできたその人影をキャッチして抱き上げる。

 

「きゃー♪」

「よう、ミュウ。小学校は終わったのか?」

「そうなの! 今日もいっぱいお勉強したの!」

 

 俺の手の中で、真っ赤なランドセルを背負ったその童女──美雨(ミュウ)はニコニコ笑う。

 

 それは親愛が込められたもので、現状誰とも()()()ない俺への呼び名にも現れていた。

 

「あらあら、ミュウったらまた急に走り出して」

「ママ!」

麗美亜(レミア)さん」

「こんにちは、ハジメくん。いつも娘がごめんなさいね」

 

 ミュウを追いかけてきたのは、あまりお目にかかれないようなレベルの美人。

 

 活発なミュウに対して落ち着いた雰囲気の彼女は、手を頬に添えながら申し訳なさそうに眉を落とした。

 

「いや、別に。懐いてくれて悪い気はしませんし、もう五年以上の付き合いですからね」

「でも、可愛い娘さん達に囲まれてるハジメくんには、その呼び方はちょっと……ね?」

「はは……」

 

 その呼び方によって発生したあれこれもまた、高校時代から頻繁に起こる()()の一つだったなぁ。

 

 物心つく前に父親が亡くなった幼いミュウは、レミアさんが母の友人なこともあってよくうちに来ていた。

 

 頻繁に面倒を見ている間に、戯れにそう呼ぶことを許してしまった高校時代の俺が悪い。

 

 案外、満更でもないのがどうしようもなく手遅れだった。

 

「むぅ、ママの言ってることよくわかんないの。パパはパパなの!」

「もう、困った子ね……うふふ。でも、本当に父親になってくれても構わないけれどね?」

「うっ、いや、その……」

 

 どこか蠱惑的な視線を向けてくるレミアさんに、少したじろぐ。

 

 ……誰かに聞かれたら殺されそう、というか同級生に過去何回か襲撃されたが、どうしてこう美人ばかりに好かれるのか。

 

 ミュウの相手をしたり、仕事に家庭と一人で頑張る彼女の悩みを聞いて励ましてたりしていただけなのだが。

 

 年上であるティオの存在を知ってからというもの、こうしたアプローチに余念がない。

 

 

 

「ふふ。そうして見ると、本当に家族のようだな?」

 

 

 

 答えあぐねていると、新たに第三者の声が張ってきた。

 

 三人で振り返れば、そこにはミュウと同じ年頃の少女と手を繋いだ赤髪の美女が立っている。

 

 いつから聞いていたのだろう。黒いパンツスーツに身を包んだ彼女は、面白そうに微笑んだ。

 

「ミュウちゃん、ただいま」

「リベルちゃん!」

「っとと」

 

 女性の隣にいる少女に反応し、突然動いたミュウを優しく下ろす。

 

 少女……リベルの方も女性の手を離し、ミュウと両手を重ね合わせるとキャッキャとはしゃいだ。

 

「元気で何よりだ……改めて、こんにちは南雲くん。それにレミアさんも」

「こんにちは、ルイネさん」

「今日は仕事、早く終わったんですね」

「幸いな。おかげで娘と一緒に帰ることができた」

 

 幸せそうに口の端を上げる彼女の襟元には、金色のバッジが輝いている。

 

 驚くべきことに、こうして平凡な住宅街に佇む彼女の職業は都知事。御堂以上の有名人である。

 

 娘のリベルがミュウと同じ小学校で、レミアさんと懇意にしていなければ関わり合いにもなれない存在。

 

「南雲くんこそ、こちらに帰ってくるのは珍しい。未だユエさん達に囲まれているのかな?」

「幸せなことに、ですね」

「はは、面白い少年だ。君達が快く暮らせているのなら、私も嬉しいよ」

「この前の会議の中継、見てたわ。色々と大変そうね」

「仕方がないさ。それが国の一端を背負う者の責務だ。リベルには寂しい思いをさせているが……」

 

 ミュウとしりとりだか山手線ゲームだかをしている娘を一瞥し、苦笑するルイネさん。

 

 ほぼ父さんの会社に就職しているようなものとはいえ、所詮は行政について与り知らぬ一大学生。

 

 どういったものか言葉を選んでいれば、ふと動いたレミアさんが彼女の手を取って微笑んだ。

 

「また、一緒にお茶しましょう。たくさんお話を聞くわ」

「ありがとうレミアさん。貴女に色々聞いてもらうと、次の日の仕事はやる気が戻ってくる」

「うふふ、それは光栄ね」

 

 どうやら、俺が何を言うまでもないようだ。

 

 生来の友人のように語らう大人の女性二人に、俺はそう結論付け

 

 

 

 

 

〝うわひっど! ハジメんが脅すから話したのに~〟

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 また、か……

 

 目の前を舞う真っ白な雪と、丘の上のベンチに背中を預けあって座った〝誰か〟の言葉。

 

 唐突に浮かんだビジョンに顔を顰め、けれどここに四人がいることを思い出してすぐに表情を隠す。

 

 そして、談笑を始めたルイネさんとレミアさんから離れると、ミュウの頭に手を置いた。

 

「みゅ? どうしたのパパ?」

「……俺、もういくよ。いつでも実家の方に遊びに来いよ」

「うん、わかったの! バイバイなの、パパ!」

「さようなら、ハジメお兄さん」

「ああ。リベルもミュウと一緒だからな」

「うん!」

 

 返事を聞き届けた後に母親二人にも挨拶をして、俺はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 ミュウ達と遭遇した地点から数分歩き、ようやく到着する。

 

 周りの家屋と比べてもそこそこ大きいその家は、他と同じように窓の内側から人工の光を主張していた。

 

 どこか安堵しながらも、家のインターホン──〝南雲〟の看板の下にあるそれを押し込んだ。

 

『──はい、どちら様で?』

「あー、俺だ」

『おお、来たか。鍵開けてあるぞ』

 

 ややくぐもった音声で返ってきた返答に、俺は頷いて門を潜った。

 

 短い階段を登って細長いノブを引くと、言われた通りに抵抗なくあっさりと開いてくれた。

 

 中に入り、後ろ手にドアを閉めて鍵をかけると靴を脱ぐ。

 

 靴箱に入れてフローリングに足を上げたところで、前でドアの開く音がした。

 

「おう、帰ってきたな息子よ」

「ん、父さん。ただいま」

 

 リビングの扉を開け、よっと気さくに片手を挙げている背の高い短髪の中年男性。

 

 南雲 愁(なぐも しゅう)。南雲家の大黒柱にして俺の父、そしてバイトしてるゲーム会社の運営者でもある。

 

 父さんは挨拶もそこそこに、歩み寄る俺から目線を外してキョロキョロと何かを探し始めた。

 

「何やってんだよ?」

「……なんだ、正妻が決まったって報告しにきたわけじゃあないのか」

「それ、毎回言うな……」

 

 もはや聴き慣れた戯れ言に呆れると、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる父さん。

 

「そりゃあんだけ息子に美人が群がってたら、揶揄いたくもなるだろう? で、やっぱりユエちゃんが本命なのか? それとも美空ちゃん? なんなら全員でもいいぞ」

「馬鹿言ってんじゃねえよっ、たく!」

 

 軽くぽすっと脇腹に拳を入れると、「いてぇ〜」などと半笑いしながら横に退く父さん。

 

 苦笑しながら中に入れば、慣れ親しんだリビングのテーブルにいた女性が顔を上げる。

 

「やっほー、ハジメ。おかえりなさい」

「ただいま母さん。悪いな、急に帰るなんて言って」

「なーに言ってんの。何歳になってもここはあんたの家なのよ、いつでも帰ってらっしゃい」

 

 カラカラと笑う母さん──南雲 菫(なぐも すみれ)の言葉には、優しさがあった。

 

 売れっ子の少女漫画家である母さんは常に忙しいのだが、少しも迷惑そうじゃないのが嬉しい。

 

 後ろを見れば、揶揄うものから柔らかいものに笑顔を変えた父さんも頷いて、なんか照れ臭くなった。

 

「それで? 今日は泊まってくの?」

「ああ、ユエ達には連絡してある。部屋使っていいか?」

「当然よ」

 

 母さんに頷き、二階の自室に行くべく階段に足をかける。

 

「晩ご飯はどうする? そろそろ準備始めようかと思ってたけど」

「あー、いや、いい。()()()()()がかかってるから」

 

 振り返りながらそう言って、自分が失言をしたことに気がつく。

 

 全くもって俺というやつは迂闊らしい。この年不相応に好奇心の強い両親に、話題のネタを与えるなど。

 

 内心冷や汗を流しながら二人を見れば……それはもう、ものすごく楽しそうに揃ってニヤニヤしている。

 

「ハジメ、お前も罪な男だな〜。かわい子ちゃんたちを放っておいて、内緒で密会かよ?」

「我が息子ながら、立派なスケコマシに育ったもんねえ〜」

「誰がスケコマシだっ。別にそんなんじゃねえよ」

 

 そう言いつつも? みたいな目を向けてくる両親に、取り合うほど不利になるのを察して退散する。

 

 二人の残念そうな声を無視しながら、いっそ集中していると言って良いほど階段を登ることだけを考える。

 

 

 

 

 

 

 そう、そんなんじゃない。

 

 

 

 

 

 俺と〝あいつ〟がそういう関係になることだけは、絶対にありえない。

 

 

 

 

 

 昔から……あいつのことを何も知らない、最初に出会った瞬間から、それだけは確信していたのだ。

 

 

 

 

「ったく、好奇心もほどほどにしてほしいぜ……」

 

 思わずぼやいてしまいつつ、かつての自分の部屋に入る。

 

 デスクの脇に鞄を置いて、綺麗な状態に保たれた自室をなんとなしに見渡した。

 

 そして、ふとマンションの自室のようにベッドの寄せられた壁に設置された窓へと目が止まる。

 

「…………」

 

 吸い寄せられるように、窓に歩み寄った。

 

 

 

 

 締め切られたカーテンへと手を伸ばしていくと、限りなく無音な部屋に音が響く。

 

 ドクン、ドクン、というその音は、自分の中から断続的に響いていて。

 

 何故こんなにも鼓動が響いてるのかはわからない。手を伸ばす理由も。

 

 あれはただのカーテンだ。どこにでもある、何の変哲もない、ありふれたカーテン。

 

 なのに俺はカーテンを掴んで、ゆっくりと横に引いていく。

 

 そうすることで、薄布一枚の向こう側にあるものを──

 

「ハジメー。どうせ行くなら、何か持ってくー?」

「っ!!」

 

 開けっ放しのドアの向こうから母さんの声が響き、我に帰る。

 

 驚くほど俊敏にカーテンから手を離して、そのまま部屋の中央まで後ずさった。

 

「…………俺は、何を、して」

「ハジメー? 聞いてるー?」

「っ、あ、ああ! 手土産にちょうどいいもん、あったら置いといてくれ!」

「はいよー」

 

 返事をすると、それきり母さんの声は聞こえてこなかった。

 

 俺はカーテンを一瞥し、それからグッと拳を握って。

 

 

 

 

 

 そのまま踵を返して、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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それでも、虚しくて (2/2)

今回、ついに彼女が登場。

相当力を入れたためか、新世界編で一番出来がいいです。


楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 

 

 靴を履き直し、立ち上がる。

 

 手土産の入った袋を手に、後ろを振り返って並んでいる両親を見た。

 

「いつも通り、帰りはそんなに遅くならないと思う」

「別に、そのまま〝お泊まり〟してきてもいいんだぞ?」

「そうねえ。ユエちゃん達が気になる所だけれど、そういうのも母さん達好きよ?」

 

 この両親は……

 

「言っただろ。あいつは友達だ。それ以外にはありえない」

「相変わらず、そこだけは譲らないのねぇ。ユエちゃん達には答えを出し切れてないのに」

「ぐっ」

「むしろ、そこまで頑固に否定してるからこそ、ユエちゃん達が結託してるところもあるんじゃないか?」

「むぐ……」

 

 ぐうの音しか出ないとはこのことか。

 

 愉悦と揶揄いの入り混じる二人のニヤニヤとした顔に、行く前にもう一言何か言ってやろうとして。

 

 けれど、頭の中に用意した言葉が口から出ることはなくて。

 

 いつもならばここでツッコミを入れ、終わるという流れをわかっていた二人も少し不思議そうにした。

 

「……なあ、父さん、母さん」

「なんだ?」

「どうしたの?」

「…………あの、さ」

 

 代わりに、頭をすげ替えるように浮かんだのは一つの疑問。

 

 その質問をすることは二人の揶揄を受け流すことよりも、よっぽど乾坤一擲の勇気が必要で。

 

 それでもここで聞かなければ、きっと後悔するなどという幻聴がどこからか俺のことを誘惑する。

 

 何故かそれに抗えなくて、結局俺は断腸の思いでそれを口にしてしまったのだ。

 

「俺、昔からすげえ仲良いやつとか、いなかったか?」

「すごく仲のいい友達、ねえ」

「そりゃお前、美空ちゃんっていう今でも仲睦まじくしている可愛い可愛い幼馴染が」

「違う、そうじゃない」

 

 いつもの如くユーモアに変えようとした父さんの声を、一刀両断する。

 

 すると二人はとても驚いた顔をして、俺自身も自分の声にこもった、強く、重いものに驚いた。

 

 何をムキになってるんだ、俺は。

 

 こんなとりとめのない質問、意味がわからなくて当然だろうが。

 

「わり、変なこと聞いた。忘れてくれ」

「「ハジメ」」

 

 二人の様子をそんな風に無理やり飲み下して、いざドアノブに手を触れさせた時。

 

 偶然か必然か、重なって呼ばれた名前にピタリと動きを止めてしまう。

 

「お前が()()()()()()()()()()()、俺達には正直わからん」

 

 その言葉だけで、グッと手に力がこもる。

 

 やっぱりそうか、と気持ちを切り替えて言えればいいのに、何も出てこない。

 

 

 

 だって、二人なら。

 

 

 

 父さんと母さんなら、生まれたその時から俺を見ていた、南雲愁と南雲菫なら。

 

 もしかしたら俺よりも俺を知っている二人なら、あの〝誰か〟のことを、絶対に知っているはずなのに。

 

 なのに知らないことが、どうしようもなく、みっともなく……悲しいのだ。

 

「でも、お前にとってそれは……大事な人だってのは、なんとなくわかる」

「っ!」

「だからね、ハジメ。もしその人のこと思い出したら、母さん達にも教えて。ちゃんと、思い出すから」

 

 たったそれだけの言葉で気持ちが軽くなっていくのは、親と子だからなのだろう。

 

 八つ当たり以外の何物でもない憤慨は冷めて……だけど少しだけ、しこりが残っていて。

 

「…………ああ、そうするよ」

 

 どうにか絞り出した一言を置き土産に、俺は少しオレンジが強くなった世界に戻っていく。

 

 その光をわざとらしいほどに注視して、二人の顔を振り返らないようにしながら生家を後にした。

 

「………………」

 

 道中、これまでのように何か呟くことも、幻想が見えることもなかった。

 

 ただ自分の心という地図には暗澹たる暗闇が立ち込めていて、それが酷く不愉快なのだ。

 

 行き場などあろうはずもない鬱憤を晴らすように、ズンズンと無言で道を突き進む。

 

 あっという間に親しんだ街並みを抜け、駅へと舞い戻るとまた電車に乗り、第二の目的地に移動した。

 

 数駅で下車をして、最初に電車を降りた時よりもさらに早く駅を出る。

 

 

 

 

 結局、陰鬱な気持ちが晴れることはなくて。

 

 あれこれと考えようとする思考を自分で嗜めているうちに、ついに到着してしまった。

 

「…………いつ来ても、でけえ屋敷だな」

 

 その場所──立派な垣根に囲まれた巨大な日本屋敷の前に立ち、思わず感嘆する。

 

 積み重ねた歴史の重さを醸し出す広大な敷地への入り口、木と鉄が重ねた年月を主張する重厚な正門も、壮観の一言。

 

 いつ来ても圧倒される佇まいに見惚れてしまうが、いつまでもここで突っ立っているわけにはいかない。

 

 門の脇にある木彫りの名札──〝八重樫〟の名の下にある、現代風のインターフォンを押す。

 

 少しの静寂。後に、繋がった向こう側から声がする。

 

『はい、どちら様でしょうか?』

 

 返ってきたのは、若々しくも落ち着いた女性の声。

 

 聞いていて気持ちの良くなるような、大人らしいその声に返答を返す。

 

「ご招待に与りました。南雲ハジメです」

『あら、ハジメさん。お待ちしてましたわ。鍵はかかってませんから、中へどうぞ』

「ありがとうございます」

 

 応対の主──俺をここへ呼び出した人物の母である霧乃(きりの)さんに礼を言う。

 

 すぐ隣に見える脇戸を手で押すと、言われた通りに鍵はかかっておらず、すんなり開いた。

 

 

 

 門をくぐり、目に入ったのは広い庭。

 

 

 

 観光地のそれのように目を楽しませるものではないが、雑草と砂利で整えられた庭だ。

 

 燈籠や少し遠くに見える池に視線を巡らせながら、等間隔に敷かれた石畳を歩いて母屋を目指す。

 

 近づくにつれ、本丸とは独立した平屋の方から激しい音と怒号のように気合の入った声がする。

 

 〝八重樫流〟の門下生達が稽古をしているのだろう。ほとんど日は沈んでいるのだが、熱心なことだ。

 

 そんな風に思いながら母家の玄関までたどり着き、扉に手をかけようとした。

 

 その寸前で内側から引き戸が開かれ、出てきた人物と鉢合わせする。

 

「おやハジメくん。こんにちは」

「どうも虎一(こいち)さん。お邪魔します」

 

 顔を出したのは、額に切り傷のある道着姿の男性だった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 霧乃さんと同じように〝彼女〟の父親である彼は、渋いイケメン顔に笑顔を浮かべる。

 

 その顔は、なぜだか平時より迫力がある気がした。

 

「あの、母の伝手で美味い和菓子があったんで持ってきました。後で霧乃さんに渡しておきます」

「おや、それはありがとう。娘はいつも通り客間にいるよ」

「わかりました」

 

 軽く頭を下げ、隣を通り過ぎて中に入ろうとした、その時。

 

 不意にポンと肩に手が置かれ、それは絶壁のように俺の体を押し止めた。

 

「時にハジメくん。学生結婚についてどう思うかね」

「は、え、学生結婚ですか?」

 

 いきなり何を言い出してんだ、この人。

 

「別に、今時珍しくもない気はしますが……それがどうしたんです?」

「そうか、珍しくもないか。いや何、ちょっと思い浮かんだだけでね。気にしないでくれたまえ」

 

 終始有無を言わさぬ雰囲気のまま、虎一さんは玄関を出て道場の方に行ってしまった。

 

 ジンジンと痛む肩に頭の中の疑問符を増やしつつ前を向くと、そこには微笑む和服美人。

 

 いつからいたのか、きっちりと着物に身を包んだ、一本芯が通ったような印象を受ける美人にたじろぐ。

 

「き、霧乃さん、ご無沙汰してます」

「改めていらっしゃい、ハジメさん。お土産はここでお預かりしますね」

「あ、はい」

 

 紙袋のうち、化粧箱のような和菓子の箱が入った方を手渡す。

 

 たおやかな仕草で受け取った霧乃さんは、にこりと微笑んだ。

 

「確かに。ではハジメさん、今日もゆっくり楽しんでくださいね」

「はい、お邪魔しま」

「今日は特に皆張り切っていますので、()()()()()()()()()構いません」

「え」

「それではこれで」

 

 霧乃さんは、固まる俺を置いてけぼりに去っていった。

 

「……虎一さんといい、今日は妙なことばかり言われるな」

 

 おかげで、心に渦巻いていたものがどこかに流されていってしまった。

 

 ぽりぽりと頬をかき、なんとも言えなくなった心境を整えると八重樫家にお邪魔する。

 

 玄関だけでも広いこの屋敷、奥に続く廊下は更に複雑で、現代住宅とは全く異なっている。

 

 幸い()()()()()()為に望んだ場所への道筋は把握していて、難なく進むことができた。

 

 

 

 

 そうして行き着いたのは、とある一室。

 

 扉を引き開けると──露わになるのは、なんの変哲もない和風の客間。

 

 左側に布団などが入っているのだろう襖。右側には壺などが置かれた違い棚に、大きな掛け軸。

 

 それ以外は何もない、いたって殺風景なだけの客間が特別に見えるのは。

 

 きっと、縁側にゆるりと腰掛けているその人物がいるからなのだろう。

 

 

 

 

 

「──いらっしゃいハジメくん。待ってたわ」

 

 

 

 

 

 流れるようにこちらへ振り返る様は、まさに見返り美人。

 

 優しく細められた切れ長の目、その内に収まるのは彼女が背負う黄昏の底のように黒い瞳。

 

 柳眉も睫毛も綺麗に揃えられており、彼女の行き届いた自己管理が伺える。

 

 絶妙な高さの鼻は筋が通っていて、弧を描く唇は透き通った肌と同じように化粧で彩られていた。

 

 華奢な体を紺色の着物で包み、少し正座を崩した足の上には陶器のような手を重ねている。

 

 何よりも、烏の濡れ羽色をした艶やかな黒髪がその背中を流れる様は、天の川よりも美しく。

 

 明眸皓歯とは、彼女のためにある言葉なのだろう。

 

 その美しさは高校生の時より、格段に磨きがかかっていることは確かだった。

 

 そんなことを思いながら、俺は返事をした。

 

「この間ぶりだな、(しずく)

「急に呼び出してごめんなさい。何か、予定があったりしたかしら」

「いや、特には。そろそろだと思ってたからな」

 

 後ろ手に引き戸を閉め、彼女──旧友たる八重樫雫に歩み寄る。

 

 俺が隣に座るのを見届けた彼女は、徐ろに反対へ体を捻ることで、傍らにあったものを手に取った。

 

 振り向いた彼女の両手に収まっていたのは、日本酒の一升瓶。

 

 半透明のそれはまだ封が切られていなくて、達筆な字で記された銘の奥でチャプンと中身が揺れた。

 

「丁度良い物が手に入ったの」

「いつも悪いな、大層なもんを飲ませてもらって」

「あら。今更そんなふうに遠慮するような仲でもないでしょう?」

「それもそうか。じゃあ……ありがとう」

 

 言葉を直せば、満足そうに微笑んだ彼女は酒瓶の蓋を開く仕草をする。

 

 その間に俺は、家から持ってきたもう一方の紙袋からツマミを取り出して縁側に並べた。

 

 配置が終わった頃に、タイミング良く彼女が差し出してきた、並々と酒の注がれた器を受け取る。

 

 いざ器を手に取ったその時、彼女の手を見て俺は硬直した。

 

「どうしたの?」

「……雫、それは?」

 

 思わず聞くと、不思議そうに雫が俺の視線の先を追い、「ああ」と納得の声を出す。

 

 器から手を離した彼女は、そのまま右手で左手をなぞりながら顔の前まで持ってきて。

 

 その薬指に嵌った、()()()()()()()()()()()()()()()を見て微笑んだ。

 

「後で話すわ。びっくりさせたかしら?」

「ああ、かなりな……」

 

 七年の付き合いになろうかという友人が指輪を付けているのだ、驚かないはずがない。

 

 

 

 

 しかし同時に、虎一さんや霧乃さんの不可解な態度にも納得がいった。

 

 そりゃあ、娘が突然こんなものを持っているのを見れば、真っ先に頻繁に出入りする他人を疑うわな。

 

 当たり前のことだが、ユエ達に誓ってこんなものを渡した覚えはない。

 

「そんなことよりも。今はこれ、でしょう?」

「……おう」

 

 だというのに、当の本人が特に話そうとするでもなく器を掲げるのだから拍子抜けだ。

 

 妙に考え過ぎて気疲れすることは御免被るので、俺も一旦忘れて、手の中のものを持ち上げた。

 

「俺達の友情に……って言えばいいか?」

「それらしいわね」

 

 笑みを交わし、杯を打ちつけるように同時に器ごと腕を上下させる。

 

 器を傾けて口に含めば、苦々しくもどこか甘い、日本酒らしい味が舌の上を滑っていった。

 

「ん……確かに、こいつは美味い。少なくとも俺の好みだ」

「それは良かった。是非最後まで楽しんで頂戴」

「ああ、そうできそうだ」

 

 感想を言いながら、ふと空を見上げる。

 

 

 

 ほとんど没した日の代わり、そこに浮かぶのは輝く三日月。

 

 

 

 誰かが笑っているように見えるそれは、縁側に広がる庭の一角に優しい光を落とす。

 

 その光こそがまさしく、俺がひと月に一度雫に呼ばれてここにやってくる理由なのだ。

 

 

 

 

 

 二人だけの静かな宴会が、今夜も静かに開かれる。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「それでシアさんに嫉妬されたと。ふふ、罪な人ね」

「それ、父さんにも似たようなこと言われた」

 

 困ったもんだと肩をすくめれば、雫がくすくすと可笑しそうに笑う。

 

 見るやつによっては値千金だろう笑顔は、俺にその気がなくても十分酒の肴にはなった。

 

 器の中に残った分を煽り、置いてあった酒瓶からまたいくらか足してから話を振る。

 

「道場の方はどうだ?」

「順調、と言っていいかしら。師範代として認められてから随分経つし、そろそろ慣れてきたわ」

「門下生に人気の美人師範代ってわけだ」

「もう、ユエさん達に言いつけるわよ」

「おっと、それは勘弁してくれ」

 

 小さく笑い合ってその掛け合いは終わるものの、しかし言ったことは本心だ。

 

 初めて知り合った高校生の時から、既に雫は雑誌に取り上げられるほど剣の腕前が冴えており。

 

 華奢に見えるその体も鍛え込まれていて、前に見た道場での彼女は修羅と見紛う剣気を纏っていた。

 

 だが……

 

「でも、未熟なのは変わらない。お父さんやお爺ちゃんと互角に打ち合えるようにはなったけれど、まだまだ強くなれる気がするの」

「大した向上心だよ。尊敬する」

 

 いつ聞いても、彼女の答えは変わらない。

 

 まだ磨き足りない、まだ研ぎ澄ませる。

 

 そうやって自分を認めないばかりで、常に高みを目指すのだ。

 

 現代日本でお前は何になるつもりだと言いたくなるが、その真剣な目を見れば揶揄うのも憚られる。

 

「少なくとも、天之河の暴走を止めるのには一役買ってたけどな?」

「御堂さんに振り回されるようになってから、めっきり減ったけどね。もう良い思い出と言っていいのかも」

「少なくとも、確実に俺は助かってたよ」

 

 天之河ともう一人、こいつは幼馴染達のストッパー役をずっと務めていた。

 

 酷かった時の天之河を制止する回数は特に尋常でなく、交流が始まったのもそれがきっかけだ。

 

 それが今ではこうして、大学生らしくもない高い酒など飲み、面白おかしく話をしている。

 

 普段も時折思うが、我ながらなんと数奇な人生だろうか。

 

 

 

 

 

 そんなこの宴会のルールは、二つ。

 

 一つ目は、それまでの一月にあった出来事を話すこと。

 

 幸いユエ達といれば、彼女達に引き寄せられるように起こる数々の事で話題には困らない。

 

 それはあちらも同じで、若くして古流道場の師範代を勤め上げる彼女はいつも楽しい話を提供してくれる。

 

 二つ目は、三日月になる夜に決まって集会をすること。

 

 普通なら満月ではないか、と誰かに言われそうなものだが……正直、俺も雫も理由はわからない。

 

 

 

 

 

 ただ、何故か満月ではいけない気がした。

 

 

 

 

 

 何か、大切で欠けてはいけないものが欠けた俺達は、三日月をこそ求めた。

 

 大きな影に覆われて、包み込まれてしまったようにその光の大半を隠した、優しいそれを。

 

「なあ、雫」

「なぁに? ハジメくん」

 

 しばし三日月を見上げていた俺は、ふと彼女へ話しかける。

 

 視線を隣へ行かせれば、両手で器を持って首を傾げた、どこか可愛らしい美人が一人。

 

 ほんのりと上気している白い頬が、それなりに酒が回っていることを示していて。

 

 それは俺も同じなのだろうなと思った。

 

「そろそろ、お前が付けてる〝それ〟の話を聞いてもいいか?」

「ん……」

 

 傾きを戻した雫が、少し声を漏らすと押し黙ってしまう。

 

 それが不機嫌になったからではないというのは、長年の付き合いでなんとなく感じ取れる。

 

 しばらく沈黙し、やがて雫は器を置くと左手を月光にかざした。

 

 

 

 

 

「夢をね、見たの」

 

 

 

 

 

 夢。

 

 その単語に、口元へ器を持っていった手がピタリと止まる。

 

「〝誰か〟が優しく私の手を取って、指輪を嵌めるの。その人のことを、私は誰より愛しく感じていて……でも、手を伸ばした途端に消えてしまう、そんなおかしな夢」

 

 語るその横顔は、どこか意識を深く引き込まれそうな色香があって。

 

 月光を取り入れ、彼女が指を動かす度に変わる宝石の輝き方には、不思議な魔力があって。

 

 どうしようもないほどに、その〝誰か〟を想う雫は美しかったのだ。

 

「目が覚めれば、手の中にはその残滓が。あの〝誰か〟がくれたものと同じ指輪が、いつの間にか収まっていた」

 

 夢の中に出てきたものが現実に現れるなど、ともすればとても恐ろしい体験。

 

 けれど雫は、不可思議な琥珀色の輝きに強く心を惹かれ、少しも恐怖を覚えなかったのだという。

 

 むしろその反対──指に通したその時、何か決定的に足りなかったものが埋まったような。

 

「そんな朧げな確信を、ふと得たのよ」

「……不思議な話だな」

「お父さんやお母さん、もし会ってたらおかしな反応をしていたでしょう?」

「お見通しか」

 

 虎一さん達の様子を軽く話すと、それはおかしそうに笑う。

 

 少し眉をひそめれば、「後で私から誤解を解いておくわ」と彼女は言った。

 

「そうね……でも確かに、おかしな話よね。二人の言い分の方が、よっぽど現実味があるわ」

「言っておくが、俺は一度もお前にそういう感情を持ったことはないぞ」

「あら、それは私もよ。ハジメくんは……そうね。戦友、って感じかしら?」

 

 戦友。彼女とのこれまでの付き合いの中で、何度か言われた言葉だ。

 

 とは言っても俺は八重樫流の門下生でもなく、思い当たるとすれば波乱万丈極まる高校時代を共に過ごしたことか。

 

 確かに破茶滅茶な青春だったが、しかし彼女の信頼に、()()()では足りない気がする。

 

 それは、どうしてなのだろう? 

 

「でも、私はこの感覚を……あの泡沫に感じた想いを、否定しない。したくない」

 

 解を己の中から探し出す前に、雫が語り出す。

 

「誰になんと言われようと、この気持ちは幻ではない。確かに私が持っている、唯一無二の想い──たとえそれが、もう永遠に届かないのだとしても」

 

 その声音には、断固とした意思が介在しているように感じられた。

 

 友人として様々な彼女を見てきたが……これまでのどの彼女より、儚く、それでも強く。

 

 

 

 さながら──決して折れぬ、刀のように。

 

 

 

「……俺も、夢を見る」

「ハジメくんも?」

「今に始まったことじゃない。何年も前からずっとずっと、同じ夢を」

 

 その在り方に応えたいと思ったのだろうか。

 

 気がつくと自然に、無意識に口が動いて、ユエ達にも明かさぬ秘密を吐露した。

 

 誰もが一笑に伏すだろう戯れ言を、この友であれば受け止めてくれる気がして。

 

「俺はそいつに手を伸ばす。必死に、全力で、何度も、何度も。でもいつも届かなくて、するとそいつは振り返って俺に笑いかけるんだ」

 

 もう俺のことは気にするな、って。

 

 いつもその一言を最後に、黒風吹き荒ぶ荒野から現実へと追い出される。

 

「まるであの三日月の光のように、いつまでも捉えられない。それが苦しくて、もどかしくて……だからいつも、忘れようとする」

 

 ユエ達に甘えたこともあるし、成人してからはこうして酒を飲むことで押し流そうともした。

 

 だけど、何も言わずに慰めてくれる優しい彼女達の温もりでも、古来から心の薬と言われてきたこの苦さでも。

 

「どうしても、忘れられなくて。この胸に空いた穴が埋まったことは、一度もなかった」

 

 むしろ、その穴が今、無力になった俺が()()()を確かめるただ一つの証明となっている。

 

 それが虚しくて、心が千切れてしまいそうだ。

 

 どうしようもないまんま、バラバラに。

 

「……なんてな。こんな話、酒の肴にもなりゃしないか」

 

 そう自嘲して、器の中の酒で口の中を潤す。

 

 ああ、苦い。()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()は、もっと不味かったっけ。

 

 ふわふわした気分は自分が何を思っているかさえも曖昧にして、ふと心の内で独白した。

 

「ふぅ……けど、これでいいと思ってる。苦しくたって、虚しくたって、もしかしたら一生答えが出なくたって、それでいいんだって」

「……そう」

 

 そうやって苦悩している方が、簡単な感情ばかり数えて、あの手の温もりを忘れるよりずっといい。

 

 今そう思えるのは、もしかすると天之河からもらったアドバイスがあったからかもしれない。

 

「なら」

「……?」

 

 随分とぼんやりした意識のまま、隣を見てみれば。

 

 彼女は、やはり優しく包み込むように笑いかけてくれていて。

 

「やっぱり私達、似た者同士の戦友ね」

「……だな」

 

 

 

 

 

 どこまでも頼もしく、何よりも欲していた言葉をくれた雫と、俺は笑い合った。

 

 

 

 

 




次回、激動。


読んでいただき、ありがとうございます。


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最後に思い出した、その言葉 1

少しずつ、歪んでいく。


理想の世界、理想の現実、理想の今。


それは全てが都合が良くて。


だからハジメは、疑った。



楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

「…………んぐ」

 

 

 

 呻きながら、目を覚ます。

 

 最初に感じたのは後頭部のクッションらしきものと、体にかけられたブランケットの感触。

 

 右手で体を覆うそれをどかしながら、左手で体を持ち上げることで起き上がる。

 

「ふぁ……」

 

 最後に、緩慢に開いた寝ぼけ眼を擦りながら欠伸を一つ。

 

 それを噛み砕いたところで、不意に脳裏から額にかけて稲妻が走るように伝う小さな痛み。

 

「っ……飲みすぎたか」

 

 歩けなくなる前に八重樫家から引き上げたが、結局一升瓶の半分は飲んでいたように思う。

 

 俺もどちらかというと強い方だが、八重樫はいわゆる酒豪ってやつだ。かなりの分はあいつが飲んでいた。

 

 ええと、それから実家に帰ってきて……この時点でかなり酩酊していて、ソファで眠ったのか。

 

「いつもこうだな、っと」

 

 足をソファから下ろし、フローリングの上に敷かれたカーペットにつける。

 

 そのまま両手に力を込めて立ち上がり、少しくらりとしたものの問題なく直立できた。

 

「……結構寝てたのか」

 

 壁に設置された時計を見れば、午前8時。もう父さんは会社に行っただろう。

 

 母さんは……昨日は家にいたことから察するに、作業場にもう出発したといったところか。

 

 洗面所へ行こうと静かなリビング内を移動すると、テーブルに何かが置かれていた。

 

 歩み寄れば、そこには500mlのペットボトルと頭痛薬。ついでに下には紙が一枚。

 

「〝父さん達は出るから、戸締りをしっかりな。いつ起きるかわからないから、朝飯は nascitaにでも行け〟……ね」

 

 ペットボトルを手に取り、紙に書かれていた内容を読み上げる。

 

 優しい気遣いに口が緩みながら、さっと頭痛薬をボトルの水で流し込むとリビングを出た。

 

 

 

 

 30分ほどで一通りの身支度を済ませると、スマホと財布を持って家を出る。

 

 扉を閉め、鍵をちゃんとかけた後に、ふと体を包み込む陽光の元を見上げた。

 

「いい天気だな」

 

 空は快晴。青く澄み渡る空に白雲が浮かび、燦々と太陽の光が降り注ぐ。

 

 幸い、今日は休日。気にかけることは何もない上、こうも良い天気だと気分も上がる。

 

 柄にもなく香織のように平和的な思考を展開しつつ、門を閉めて再び南雲家を後にした。

 

「着くのは……だいたい9時か。それなら店も開いてるな」

 

 腕時計の針を見つめ、自分の歩くペースと逆算して呟く。

 

 美空の父である惣一さんが営む〝カフェnascita〟を目指し、意気揚々とのどかな道を進んだ。

 

 店は住宅街のすぐ近くにある商店街の路地。子供の頃からよく遊びに行っていた。

 

 一人暮らしを始めた今でも、雫と飲むようになってからもう二年近く──

 

「……あれ?」

 

 そういえば今日は何か……特別なことがあったような気がする。

 

 ついさっき何もないと思っていたはずなのだが、意識の隅っこに引っかかるものがあった。

 

 今日というありふれた一日に、どのような特筆事項があるのだろうか? 

 

「ふむ……」

 

 どうしても気になるため、ポケットに入れていた右手を顎に持っていきながら唸る。

 

 さながら急流に攫われかけた帽子を引っ張り出すように、その違和感の元を探って──

 

 

 

「わぶっ!?」

 

 

 

 そんな俺の思考を中断するように、唐突に吹いた一陣の風で飛んできた何かで視界が塞がれた。

 

 反応する間もなく真っ暗になった目の前に驚き、その場で立ち止まることで転倒を回避する。

 

 そして両手で顔に引っ付いたものを剥がすと、一瞬で景色が戻ってきた。

 

「ったく、迷惑な風だな……何が飛んできたんだ?」

 

 胡乱な眼差しで、手元を確認して。

 

 そこにある、妙に手触りが良くて上等そうな……()()()()()()を見て目を細めた。

 

 男用だろうその帽子は黒いリボンが巻かれていて、側面には()()()()()()()()()()()()()()があしらわれている。

 

 実に高そうな代物だ。こんなものを被っているのは誰なのやら。

 

「何にせよ、今の風で持ってかれたやつはふこ……ゔっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ギシリ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 その帽子を見つめていると、自分の中で大きく軋むような音がした。

 

「──ッ」

 

 一瞬、平衡感覚が無くなる。

 

 膝から崩れ落ち、そのまま倒れてしまう前に両手を地面につくことでどうにか止めた。

 

 それでも異変が止まることはなく、目の前にあるアスファルトの地面がぐにゃりと歪んで見える。

 

「はっ、はっ……!」

 

 呼吸が荒い。酷い耳鳴りがする。全身の血管が沸騰しているような熱がある。

 

 そのことをやけに強く実感し、意識が押しつぶされないよう両手を強く握りしめた。

 

 そんな俺の抵抗など無意味だと言うように、耳鳴りが強くなっていく。世界が軋むような音だった。

 

 体の方も、いよいよ爆発してしまうのではないかというほど熱が高まって、高まって……

 

 

 

 次の瞬間、パッと全ての異常が消えた。

 

 

 

「くはっ!」

 

 肺から追い出すように空気を全て吐き出し、体をもたげる。

 

 少し前までのことが嘘のように感覚は正常で、しかし名残のように鋭い頭痛がした。

 

「っ、今のは、なん──」

 

 何だったんだ、と言おうとしながら、前を見て。

 

 道の数メートル先、そこで蠢く〝赤黒いスライム状のもの〟に息を詰まらせた。

 

 

 

 

 

 それは、何かと色々見てきたこれまでの人生でも、特に奇妙な光景だった。

 

 見慣れた住宅街の道、その真ん中に直立するように存在している、不定形の何か。

 

 至る箇所が出ては引っ込んで、まるで何かの形を為そうとしているかのようにそれは変形している。

 

「あれ、なんだ……?」

『ようやく、思考が成立するくらいには……意識が統合できるように、なったか』

「っ!!?」

 

 あ、頭の中に声が!? 

 

 まるで脳に直接響くような声に、まさかこのスライムのようなものが話したのかと凝視する。

 

 すると、徐々に人に近い形になっていたスライムは──ギン、と目のようなライトブルーの光を向けてきた。

 

『擬態は……まだ無理か。せいぜい、少し意識に干渉する程度が関の山、だな』

「っ、お前は、何者だ……?」

『いいか、よく聞け、ハジメ』

 

 名前を呼ばれたことに驚きながらも、何故かおとなしくその言葉に従う。

 

 ついに人型と判別できるほどに形を整えたそれは、腕と思しきものを上げて。

 

『その帽子は、この〝新世界〟で唯一の……道導だ。絶対に、手放すな』

「道、導……?」

『っ、クソ、ここまでか……』

「おいっ!」

 

 何かを聞く間もなく、その何かは目の前で霧散して消えてしまった。

 

 立ち上がり、伸ばした手は行き場をなくし。

 

 

 

 

「……新世界って、なんだよ」

 

 

 

 俺は、グッと手の中の帽子を握りしめた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 ……結局、俺はあの何かの言葉に従った。

 

 

 

 

 

 確実に白夢中か何かだったろうに、どうしてか無視してはいけない気がしたのだ。

 

 もし幻覚でも、交番に届けてしまえばいい。そんな風に思い直して、帽子を手に歩き出して。

 

 そして、あれから何事もなくnascitaの扉の前まで到着していた。

 

 取っ手に手をかけ、手前に引くと扉が開く。思った通り空いているようだ。

 

「すみません、もう店やって──」

 

 中にいるだろう惣一さんに声をかけながら、店に入って。

 

 

 

 

 

 パン! といういくつもの乾いた音と紙吹雪に見舞われ、俺は硬直した。

 

 

 

 

 

「…………は?」

『ハッピーバースデー!』

 

 呆然とする俺に投げかけられるのは、いくつもの声と同じ言葉。

 

 発生源は、これでもかと飾り付けられた店の中に集う、見覚えのある顔ぶれだ。

 

 ユエ達に、昨日の夕暮れに鉢合わせした二組の母娘達、それに高校時代の恩師と旧友達も何人か。

 

 その言葉が自分を祝福するものだと理解したのは、目の前に笑顔のユエ達が来てからだった。

 

「これは、一体……」

「ハジメ、22歳おめでとう」

「22歳…………あっ!」

 

 そうだ。そうだった。

 

 

 

 今日は、俺の誕生日だ。

 

 

 

 家を出た直後に感じた引っかかりの正体は、これだったのだ。

 

 普通忘れないものだが、ここ最近頻繁になった〝夢〟のことに頭が支配され、記憶から抜け落ちていた。

 

 思い出しかけていたところを、幻覚に思考が埋め尽くされたことでまた忘れていたのか。

 

「その様子だと、やっぱり失念してたみたいですね」

「そうじゃのう。昨日の朝も話題に上がらなかったから、不思議に思っていたが」

「お前ら、わかってたのか……」

「ハジメ。去年と様子が、ちょっと違ったから」

 

 ウサギの言葉はもっともだった。

 

 確かに、一年前の誕生日は前日にユエ達と話していた記憶がある。

 

 自分でも忘れていて、彼女達も話題に出さないものだから、すっかり記憶の彼方にぶっ飛んでいたらしい。

 

 なんとも間抜けなことだと思っていると、不意にがっしりと後ろから肩を組まれてよろける。 

 

「おう、南雲! 誕生日おめっとさん!」

「っと……坂上」

「へへ、いい驚きっぷりだったぜ?」

 

 俺の顔を覗き込み、男臭い笑みを浮かべる巨漢。

 

 坂上龍太郎。高校時代のクラスメイトであるそいつは、外見が少し大人びても変わらず熱苦しい。

 

「ていっ」

「うぐぉっ」

 

 そんなことを思っていると、不意に視界の端から坂上の脇腹にチョップが入る。

 

 突然の奇襲攻撃に驚いた坂上が俺から離れ、チョップを繰り出した人物を見下ろした。

 

「おいおい鈴、ビックリしたじゃねえか」

「南雲くんが困ってたでしょ、まったく……久しぶり。元気そうで何よりだよ」

 

 呆れた表情から一転、笑顔を浮かべてこちらを見る女。

 

 少女といっても過言ではない低身長に童顔は、高校時代から数年経っても変わっていない。

 

 下ろした髪と落ち着いた色合いのファッションは、それを補うためか。しかしちゃんと似合っている。

 

「お前も相変わらず、ちっこいのに活き活きしてるな。谷口」

「むっ、せっかくゴリラから助けてあげたのにその言い草はなんだぁ!」

「おい、仮にも彼氏に対してゴリラとはなんだゴリラとは」

「事実でしょっ。それより南雲くん、今の発言に関してちょっとお話ししようか?」

「冗談、冗談だ。大人になったな……身長以外」

「な・ぐ・も・く〜ん!」

 

 うがー! と可愛らしい仕草で怒る谷口に、周囲から軽く笑いが起きる。

 

 本人が気にしてるのでほどほどにしているが、どうも反応が面白くて毎回いじっちまう。

 

 それを()()()()()()()()()()()である中里が止めるまでがワンセットだ。

 

「はいはい、二人ともその辺で……昨夜ぶりね、ハジメくん」

「雫。もしかしてお前もグルか?」

「ふふ。さてどうでしょう」

 

 つい昨晩酒を酌み交わしたばかりの、洋装に装いを変えた雫は悪戯げに笑う。

 

 フリルをあしらった白いブラウスは、深い紺色のロングスカートによって腰で絞られ、その細さを強調している。

 

 ハイヒールのブーツが俺と同じほどまで目線を高め、昨日と同じく艶やかな黒髪をストレートに流していた。

 

「私はどうあれ、計画していたのはユエさん達よ。大学生活最後の誕生会、せっかくだからサプライズしたかったんですって」

「なるほどな……」

 

 今一度ユエ達を見ると、それぞれ違う様相の笑顔で頷いてくれる。

 

 飾り付けやテーブルに並ぶ豪華な料理を見るに、昨日今日発案したような計画ではないのだろう。

 

 おそらく両親も一枚噛んでいるのだろうが……そこまでしてくれたことが、純粋に嬉しかった。

 

 

 

 

 同時に照れ臭さも感じながら、俺はとある奴らへと目を向ける。

 

 坂上以外にここにいる、二人の旧友が察してこちらに歩み寄ってきた。

 

「よう、遠藤、清水。お前らも来てくれたのか」

「久しぶり、南雲」

「ラナさん経由で聞いてな。せっかくだから悪友の顔でも拝んでやろうって思ったわけだ」

 

 遠藤浩介、清水幸利。 

 

 ユエ達といることで何かと周囲との折り合いが悪かった中、数少ない親しい間柄だった二人。

 

 清水はオタク趣味で話が合い、よく話をしていた。新作のテストプレイなんかしてもらったこともある。

 

 遠藤は、シアの親戚の女性に惚れ、その関係で何かと接するうちに悪友のような関係になっていた。

 

 ちなみにこいつはすごく影が薄いので、それを利用して男子高校生らしいアホなことをよくやってた。

 

「ラナさんとはうまくいってるのか?」

「へへ、まあな。粘り強くアタック中だ」

「そうか。頑張れよ」

「ハジメさーん、私にももっとアタックしてくれていいんですよー」

 

 シアからのヤジに思わず苦笑いすると、遠藤に「この幸せ者め」などと言われる。

 

 微妙な苦笑いでいなしつつ、ややくたびれた顔をしている清水の方を見た。

 

「その様子だと、教師になるっていう夢の実現は苦労してそうだな」

「ああ、教育実習とかもう大変で……」

「でも清水君は、すごく頑張っていますよ。実習先の評判もそれなりにいいみたいですし」

 

 すかさず先生からフォローが入る。途端に清水は照れ臭そうな顔になった。 

 

 クラスの誰もが恩師として彼女を好いていた中、特にその姿勢に憧れ、同じ教職を目指した清水。

 

 憧れの対象に褒められるのは、嬉しくも恥ずかしいのだろう。

 

「まあ、こんな感じで愛子ちゃんも励ましてくれるから、期待には応えたいと思ってる」

「その調子だ。頑張れよ」

「おう」

 

 表情は冴えなくても、やる気のみなぎる瞳で返事をするあたり、まだ平気そうだ。

 

 今度一緒に新発売のゲームでもやって、ストレス発散させてやろうと心のメモに書き留める。

 

 その後に、ユエ達の方へと視線を戻して。

 

 

 

 

 

「あれ? ハジメ、その帽子どうしたの?」

 

 

 

 

 

 不意に、美空がそう聞いてきた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 一瞬、動きが止まる。

 

 

 

 

 

 突然差し込まれたその質問に、意表を突かれたのだ。

 

 硬直した俺に訝しげな視線が送られ、それで我を取り戻す。

 

「あ、ああ。ここに来る前、風に吹かれて飛んできたんだ。あとで交番に届けようと思ってるんだが」

「へぇ……」

 

 こちらに数歩歩み寄り、胸元まで持ち上げた帽子を観察する美空。

 

 しばらく帽子を眺め、それから美空は目線をこちらに合わせて言った。

 

「なんていうか、オシャレな帽子だね。()()()()()()()()?」

「──ッ」

 

 その時。

 

 俺の中に、言いようのないおかしな感情が心の底から湧き上がってきた。

 

 それはまるで、昨日父さん達に質問をした時にも感じた違和感……謎の苛立ちにも似ていて。

 

 美空なら、この帽子の主を知っているのではないか──そんな根拠のない期待を、裏切られたのだ。

 

「……ユエは、心当たりがあったりするか?」

 

 だから自然と、彼女にその不満をぶつけないようユエに意識を移す。

 

 割と地元に馴染んでいた彼女だ、もしかしたら知っているかもしれないと期待を込めて。

 

 彼女は端正な顔立ちに訝しさを乗せ、しばらく黙考した後に……首を横に振った。

 

「……わからない。見たことがない」

 

 また、違和感。

 

 今度は先ほどより……昨日よりも、強く。

 

「シアは」

「結構派手な紫色ですねえ。こんな帽子かぶるのって、どんな人でしょう?」

 

 質問に質問で返してきたシアに、俺は口の中で歯噛みする。

 

 硬い表情をする俺を慮ったのかもしれないが、自分の中の違和感がまた膨らむだけだった。

 

「ウサギは」

「……見覚えはない」

 

 また、期待外れ。

 

 

 

 

 

 誰に聞いても、それは同じだった。

 

 

 

 

 

 ティオに聞いても、表情を渋くしながら申し訳なさそうに謝るだけだった。

 

 香織に聞くと、懸命に思い出そうとしてくれたけれど、結局知らなかった。

 

 レミアさんも、ルイネさんも、坂上も、谷口も、清水も、遠藤も、先生も、勿論ミュウやリベルも。

 

 皆、一様に思案し、回想し、でも最後には申し訳なさそうな顔をして、首を横に振るだけで。

 

 

 

 

 その度に、俺の中の違和感は大きく、大きく膨れ上がっていく。

 

 もうそれは抑えきれないほどになっていて、俺は最後の望みを()()に掛けた。

 

「…………雫は?」

 

 最後の一人。

 

 質問し続ける俺を心配そうな面持ちでずっと見ていた雫に、帽子を差し出して問いかける。

 

 きっと彼女から見える俺の表情は、不安と不満、怒りと──何よりも悲しみに満ちたものだったのだろう。

 

「………………」

 

 雫は、それまでの誰もと同じように帽子を見た。

 

 無言でそれを見る彼女に、自然と誰もが口を噤み、目線を向け、そして静寂が訪れる。

 

 長い、長い沈黙の中で、何かを思いつめたような表情で帽子を見続ける雫に、僅かな期待が高まって。

 

 

 

「……ごめんなさい。わからないわ」

 

 

 

 でも、それも空ぶった。

 

 雫の顔は本当に申し訳なさそうで……それでいて、何故かとても悔しく、悲しそうで。

 

 そんな彼女に、力なく帽子を持つ手を落とした俺に。

 

「ハジメ、どうしてそんなに()()()()()()()()()()()帽子を気にしてるの?」

 

 心配そうに投げかけられた美空の言葉が、トドメを刺した。

 

 

「ん。誰も知らないし、これ以上はどうしようもない」

 

 

「ですねぇ。まあ高級そうですし、傷つけないようにすればいいんじゃないですか?」

 

 

「持ち主は、きっと交番の人が見つけてくれる」

 

 

「これ以上は気にかけても仕方ないじゃろうよ、ハジメくん」

 

 

「ごめんね、ハジメくん。それよりもほら、今はお祝いしよう?」

 

 

「うふふ。腕によりをかけましたわ」

 

 

「パパ、元気出して!」

 

 

「せっかくの日だ。楽しんだ方が賢明だぞ」

 

 

「ハジメお兄さん、座って座って!」

 

 

「ほら南雲、美味そうなもんいっぱいあるぜ?」

 

 

「南雲くん、お腹も空いてるんだしさ」

 

 

「そうだぜ南雲、お前のために全員集まったんだ」

 

 

「みんなで、楽しもう」

 

 

「南雲くん、大丈夫ですか?」

 

 

 次々と、言葉が投げかけられる。

 

 それらは全て、俺のことを心配して、盛り上げようと、楽しいことに目を向けようとしてくれるもの。

 

 どれもが優しくて、正しくて、心地良い。

 

 心を寄せてくれる女性達や、友人や、恩師に囲まれた、幸せな今。

 

 まさに()()と呼ぶべき、俺の世界。

 

 

 

 

 

「──違うッ!!」

 

 

 

 

 

 それでも。

 

 何を考えて、目を逸らそうとしても。

 

 どうしようもなく、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 叫んだ俺に、一斉に皆が押し黙る。

 

 子供達に至っては、可哀想なことに一度も見せたことのない剣幕に怯えさえしてた。

 

 彼ら彼女らの驚愕の表情には、何をそんなにムキになっているんだという純粋な疑問だけがあって。

 

 それが、酷く腹立たしいのだ。

 

「は、ハジメ?」

「ハジメさん、どうしたんですか……?」

「何をそんなに、怒って……」

 

 オロオロと、狼狽えながら手を伸ばしてくる。

 

 俺はあえて一歩下がることで、その手を受け入れないという無言の意思表明を彼女達にした。  

 

 途端に手を引っ込めるユエ達に、一度も向けたことのない鋭い目線で一瞥して、美空を見る。

 

「なあ、美空」

「っ、な、何?」

「この誕生会。誰か、足りなくないか?」

「足りない、って……都合が合う人は、みんな来て」

「違う、そっちじゃない。()()の方だ」

 

 美空に詰め寄り、詰問するように訴えかける。

 

「いたよな、()()()()。俺と一緒の日に生まれ、俺達とずっと一緒に育って、俺と一緒に祝ってもらっていたやつが、いたよな?」

 

 塾考するまでもなく、まるで栓が外れたように口から溢れ出る言葉の羅列に俺は驚かない。

 

 やっとわかったから。ずっと探し求めていたものがなんだったのかを、確信したから。

 

 俺が感じていた違和感──それは、()()()()()()()()()()()というものだったのだ。

 

「だから、そんな人……いないって」

「っ、そんなはずないっ! 確かにいるはずだ!」

 

 ならばとユエ達を見るけれど、誰も頷いてはくれない。肯定してくれないのだ。

 

 俺は、とても酷い人間だ。

 

 ここまで盛大にやってもらって、それなのにこんな風に全て、ぶち壊したんだから。

 

 だが、皆が俺のことを怯え、畏怖の目で見ようと、なんだろうと。もう止まることはできなかった。

 

「雫!」

「……なにかしら、ハジメくん」

 

 振り返り、彼女に一縷の望みをかけて問う。

 

「お前は、覚えてるよな。おかしいと感じているよな。()()()()()()よな?」

 

 お前は、八重樫雫だけは、そうじゃなくちゃいけない。

 

 たとえ俺が、美空が、他の誰が忘れても、絶対にお前だけは()()()を忘れるはずがないんだ。

 

 そうに違いないんだ、だって──あいつを他の誰より愛していたのは、お前なんだから。

 

「………………私、は」

「ッ!」

 

 葛藤して、苦悩して、そんな表情をしながら、俺の懇願のような問いに答えようとして。

 

 それなのに目を伏せた雫に、これ以上ないほど感情も表情も、何もかも歪めて。

 

 

「くそッ!」

「あっ、ハジメ!」

 

 

 

 

 俺は、その場から逃げ出した。

 

 

 

 

 




ついに、掴んだ。


読んでいただき、ありがとうございます。


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最後に思い出した、その言葉 2

ハジメは、ついにその楔を振り解く。

そして探し始めた。

どこかに消えてしまった、大事な友を。




楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 俺は、走った。

 

 

 

 店から飛び出し、帽子を握りしめたまま、ユエ達の前から逃げ出した。

 

 それは衝動的で突発的な行動だったが、しかしとても理性的な判断でもあったのだ。

 

「どこだ……どこに行けば、あいつを……!」

 

 道ゆく人から奇異の目線を受けながらも、目を皿のようにしながら走り続ける。

 

 正直に言ってしまえば、これといって何かを思い出せたわけではない。

 

 真っ黒な靄に包まれたような記憶の深い森に、一筋の光明が差したようなもの。

 

 だが、これまで培ってきた22年の記憶が詰まったタンスがずれて、奥に隠されていた扉が垣間見えた。

 

 だったら後は、鍵を見つけてこじ開ければいい。

 

「っ!」

 

 店を出てすぐ、陸橋の中程まで行ったところで立ち止まる。

 

 霞のように朧げな、橋の下を覗き込んでいる二人の子供の姿が目の前に現れたからだ。

 

 一人は、3歳か4歳頃の俺。下の広場で遊んでいる同い年ほどの連中をじっと見下ろしてる。

 

 そんな俺が誤って陸橋から落ちないよう、隣で見張りながら笑顔で話しかけているのは──

 

「っ……消えた」

 

 最後まで解析する前に、幻は消えてしまう。

 

 けれど、この目で見た。

 

 白夢中などではなく、あれは確実に俺の記憶だ。確たる証拠はなくてもそうだとはっきりわかる。

 

 一つ紐解かれた、俺の知らない俺の記憶にわずかな喜びと、もっと知りたいという渇望を覚える。

 

「次は……!」

 

 その衝動の赴くままに、また足を前へと動かす。

 

 

 

 

 

 俺は、町中を駆けずり回った。

 

 

 

 

 

 見知った場所から一度行ったきりの場所、果ては記憶の片隅に引っかかっているだけの場所にまで。

 

 少しでも多く、記憶の扉を開ける鍵を見つけるためのヒントを探し出す為に、必死で。

 

 

 

 

 そんな俺に応えるように、〝これだ〟と思って行った場所には必ず幻の記憶が現れた。

 

 最初の橋と同じように幼い頃のものもあれば、高校生くらいの頃のものもあり、種類は様々。

 

 曖昧模糊なそれらの全てに共通している一つのことは、必ず俺の隣に〝そいつ〟がいること。

 

 大切な記憶でも、何でもない記憶でも、どんな時だって、絶対にそこにいたんだ。

 

 

 

 

 いつも笑顔で、陽気で。

 

 

 

 息をするようにふざけて、でも不思議と頼りになって。

 

 

 

 いつだって助けてくれる、いつか助けたいと思っていた、誰か。

 

 

 

 幻に遭遇し、思い出す度に、自分の中でバラバラだったあいつの姿が実像を結んでいく。

 

 呼応して、影法師のように曖昧だった幻のあいつも輪郭を確かなものにしていった。

 

 だが……

 

「くそっ、ここも違う!」

 

 美空と俺、〝あいつ〟の三人で歩いている幻が消えたところで悪態をつく。

 

 もう二桁に昇ろうかという数の幻影を見て、どんどん記憶は蘇ってきている。

 

 だが、どこを探しても()()()()()()()()()()()()()()()という肝心な記憶が見つからないのだ。

 

 そのことにもどかしさを感じつつも、一度呼吸を整える為にその場で深呼吸する。

 

「ふぅ……落ち着け、俺。これは()()()()()じゃないんだ、気付いたからってどうにかなるものじゃ──」

 

 またも口から漏れた自分の言葉に、ハッとする。

 

 そう、これは幻の世界なんかじゃない。

 

 紛れもなく、疑いようもなく、どうしようもないほどに、()()()()()()()なのだ。

 

 夢なら終わりがあり、覚めることができる。

 

 だが、現実には無情なほど終わりなんてなくて。

 

 そして今の俺に、現実を望むように変える力はなかった。

 

「っ、いや、確か……」

 

 まだ万事休すと決まったわけじゃない。

 

 この現状を変える手がかりが、一つだけある。

 

 

 

 

 幻によってあいつとの思い出を取り戻していく内に、関連して様々な記憶が蘇ってくる。

 

 それは、俺が自分で知っている22年の人生とは全く異なった、もう一つの俺の人生と言えるもの。

 

 さながらもう一人の俺──いいや、今生きる俺の中に封じられた、()()()()()と言った方が正しいか。

 

 手に入れたあらゆる記憶の残滓を繋ぎ合わせると、あることに気がついた。

 

 

 

 

 

 17歳から先が完全に途絶えている、と。

 

 

 

 

 

 高校を卒業し、大学に入り、今に至るまでの五年間の記憶があるにも関わらず……だ。

 

 

 

 

 おそらく、そこが分岐点。

 

 17歳のとある日、きっと何かがあったのだ。

 

 そんな、全く違う未来を歩んだかつての〝俺〟は、この喪失の原因を知っているはず。

 

 あいつがいなくなってしまった理由も、そこにあるに違いない。

 

「でも、どうやって記憶を取り戻す……?」

 

 たとえ目星をつけられたとして、その記憶を回復させる手段が俺にはない。

 

 だが、どうにかしてそれを知らなくては、きっと永遠にあいつには……

 

 

《……公園だ》

 

 

「っ!」

 

 今、聞こえた声は。

 

 今朝は驚くばかりだったが、俺はこの声を……こいつのことを、知っている。

 

 名前までは思い出せない、けれどあいつにある意味一番近い存在だったことを、覚えている。

 

「目が覚めたのか?」

《……公園に行け。そこで、〝奴〟が待っている》

 

 俺の問いかけに答えは返さず、それだけを強調する。

 

 それきり、声は聞こえなくなった。どうやらまた眠ってしまったらしい。

 

「公園……公園か」

 

 正直、公園と言われてもこの街にはいくつかある。

 

 その中で特に、あの声の主がヒントとして与えるほどの場所といえば……

 

「あの公園か……?」

 

 ふと思い浮かんだのは、幼い頃からよく遊びに行っていた、とある公園。

 

 情景を思い浮かべた途端、その光景の中にベンチに座る二人の子供の幻が重なった。

 

「ビンゴ」

 

 思わず呟きながら、その公演の方向へ体を翻して。

 

 

 

 

 

 〝待て〟

 

 

 

 

 

 いざ走り出そうというその時、目の前に影法師が現れた。

 

 行く手を遮るように、道の真ん中に直立したその影法師は、上から下まで真っ黒で。

 

 ただ、こちらを鋭く睨みつける二つの瞳だけは真っ赤に輝いている。

 

 それは、紛れもなくいつかの〝俺〟だった。

 

〝今更行って、何になる〟

「…………」

 

 その〝俺〟が、酷く冷たい声で問うた。

 

 まるで、今になって思い出した俺を、恨んでいるような声音だった。

 

〝お前は、何もできない。あいつを救えることは、永遠にない〟

「だからそのまま回れ右して、ユエ達の所へ帰れってか? ハッ! お断りだ」

 

 ここで引き返せば、確かにそこには愛する者達との完璧で、理想的な現実があるのだろう。

 

 だが、せっかく手に入れた……いいや、()()()()()()()()()()()()()全てを手放してでも。

 

 

 

 

 

 俺は、あいつのいる未来が欲しい。

 

 

 

 

 

「くよくよいじけているなんて俺らしくもねえ──だから、お前は置いていく」

 

 たとえそれが、俺の悔恨の具現なのだとしても。

 

 それさえも知って、飲み込んで、乗り越えて、俺はあいつを探し続ける。

 

 

 

 

 

 その宣言を最後に、俺は影法師の横を走り抜けた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 今日だけで、どれくらい走ったのだろう。

 

 

 

 

 

 体から吹き出す大量の汗で体が火照り、上着を脱ぎ捨てる程度には足を動かした。

 

 どんどん日も高くなり、やがてその光が頂点まで達した頃。

 

「はぁっ……はぁっ……クソ、あっちぃな…………」

 

 膝に手をつき、もう一方で頬を滝のように流れていく汗を拭う。

 

 初夏を前にしての気温の中、最後の全力疾走で流石に体力はすっからかん。

 

 これ以上走ろうものならば、確実にないはずのものをリバースすることになるだろう。

 

「ふぅ、ふぅ……ふぅ…………よし」

 

 ある程度まで回復したところで、ジンジンと痛む脇腹を軽く叩いて姿勢を戻す。

 

 そして、広大な公園の一角へ向けて歩き出した。

 

「………………」

 

 休日の昼時だというのに、不思議と人一人いない道を無言で進む。

 

 

 

 

 ……これが正しいことなのかは、わからない。

 

 声が言っていることが本当だとして、ここが()()()であるという保証はどこにもない。

 

 もし何もないのだとしたら、俺は訳のわからない戯言を喚き散らしただけのイカれ野郎だ。

 

 万が一、あいつに関わる何かがあったとしても、俺には何もできないかも。

 

 あの影法師は俺の心の一部に他ならず、その嘲笑は紛れもない本心で。

 

「……それでも」

 

 

 

 それでも、諦めたくない。

 

 

 

 目を伏せたくはない。

 

 

 

 俺は、何が何でも、あいつを取り戻す。

 

 

 

「……っ!」

 

 再びその決意を固めていた時間は、どうやらとても長かったらしく。

 

 気がつけば、目指し続けた丘の上に到着していて。

 

 そこにぽつんと屹立する木の隣に設置されたベンチを見て、俺は足を止めた。

 

 

 

 

 たった一人、ベンチに座っている人物がいた。

 

 こちらに背を向け、丘の上から見える広場と街並みを眺めている、帽子を被った男。

 

 後ろ姿が、〝あいつ〟と重なって。

 

「……お前は」

「──遅刻だぞ。随分と長く……待ちぼうけしていた」

 

 思わず漏れた言葉に反応して、振り返ったその人物の顔は……シワの刻まれた老人のもの。

 

 最初にあいつでないことに落胆し、次にボロボロの老人に対する酷い既視感に疑問を覚えた。

 

「お前、誰……いや……俺は、お前を、知って……?」

「中途半端に記憶が蘇ってるな……まあ、座れ。その様子だと走り回って疲労困憊ってとこだろう?」

 

 ほら、と袖の破けた()()()()()で自分の隣を示す老人。

 

 現実には似つかわしくないその手に面食らいつつ、何故か言われた通りにベンチに座る。

 

 改めて隣から、至近距離でその老人を見ていると、既視感はどんどん強まった。

 

「お前は……かつての俺の、知り合いか?」

 

 正体を探るために、最も正当性が高い質問を投げかける。

 

 すると、老人はギシリと軋むような音を立てながら微笑を浮かべた。

 

「なるほど、断片的に思い出してはいるようだな。それなら〝とっておき〟で簡単に再生できるだろう」

 

 何を、と聞く前に、老人が俺の顔に左手を翳す。

 

 額に置かれた五本の冷たい黒指に困惑している間に、そいつは一言。

 

「《概念特化:魂魄》、〝回帰覚醒〟──取り戻せ。お前という人間の、南雲ハジメの、全てを」

「──ガッ!!?」

 

 老人の目が、その手が、赤く鮮烈な輝きを放った瞬間。

 

 俺の中に、俺という存在の全てをひっくり返す衝撃が駆け巡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして思い出される、かつての記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室。召喚。異世界。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束。迷宮。裏切り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喪失。変貌。新生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出会いと再会、死闘の末に知った邪神の真実。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰る手立てと、神を殺す力を探し求めた旅。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大迷宮の攻略。数々の戦い。クラスメイト達との邂逅。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王の罠。神の降臨。裏切りと作戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ一人の為の大いなる戦いと──届かなかった、この手。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その全てを共に乗り越えた、愛する人達の、仲間達の記憶と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もかもを賭けてでも取り戻したかった、あいつの名前を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………ハ」

 

 何もかもを取り戻し、最初に口から漏れたのは小さな笑い。

 

 ああ、俺は。

 

 

 

 

 

 こんなに大切なことを忘れて、のうのうと新しい世界を生きていたのか。

 

 

 

 

 

 俺が()()()ことを悟ったのだろう、老人は──もう一人の俺は、額から指を離す。

 

 前髪がはらりと元の位置に戻り……枯れ果てたような、白い髪が視界に映り込んだ。

 

「思い出したようだな」

「──ああ。おかげで何もかもな」

 

 一度目線を合わせ、その後に自分の体を見下ろす。

 

 戻っている。姿形は半端にそのままだった体に、あの世界で手にした力が。

 

 試しに魔力を通わせながら左手を握れば、バチリと赤い稲妻が迸った。

 

「気分はどうだ?」

「これ以上ないほど解放された気分で……人生で一番、最悪の気分だ」

 

 あいつがいない世界で、あいつが欠けた幸福を享受し、それを知りもしないで生きていた。

 

 そのことに対する、自分へのどうしようもないほど激しい怒りと憎しみ、それを自覚できた喜びで、俺の心は嵐のようで。

 

 せいぜい良いことといえば、失った腕と目が戻ったくらいではないか。

 

「……今回ばかりは、素直に礼を言わせてもらう。お前がいなけりゃ、俺は阿呆みたいに幻を追っかけてるだけで終わってた」

「それを言う相手は、別にいるだろう?」

 

 我ながら珍しくストレートに感謝を伝えたら、奴は不敵に微笑んだ。

 

 そうして掲げられた右手にあるもの──大きな白いパネルを見て、俺は目を見開く。

 

「それは、パンドラボックスの?」

「ホワイトパネル。この世界を作った力の一部であり、数少ないあいつの残滓でもある」

 

 それのようにな、と目線を向けられたのは、ずっと握りしめていたあいつの帽子。

 

 なるほどと納得する傍らで、最後に譲られたこれが残っていたことに何とも皮肉さを感じた。

 

「これを使って、何をするかはわかるな?」

「……ああ」

 

 差し出されたホワイトパネルを受け取り、一つ頷く。

 

 手を下ろした奴は笑み、俺に告げた。

 

 

 

 

 

「さあ、実験を始めよう」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 同時に立ち上がると、ベンチから少し離れて片膝をつく。

 

 

 

 

 

 地面の上にパネルを置き、そこに手を置こうとすると、先に異形の赤い左手が置かれた。

 

 驚いて見れば、奴は挑戦的な笑みを向けてくるのだ。

 

「準備はいいか?」

「──当然!」

 

 大声で答え、俺は思い切り振り上げた手を奴のそれに重ね合わせた。

 

 

 

 

 

 接触した瞬間、カッ! とパネルから光が爆ぜる。

 

 

 

 

 

 眩いその発光に目を細めながらも、しっかりと注視する。

 

「このままやるぞ!」

「ああっ!」

 

 爪を立てるような勢いで、輝くパネルとの繋がりを意識する。

 

 重ねた腕の手首をもう一方で握り、全身全霊をかけ、()()()からそれを取り出していく。

 

 そうして、少しずつ、少しずつ引き摺り出したのは──色とりどりのパネルで作られた、禁断の箱。

 

 一度姿を現すと、後は簡単に引き出すことができた。

 

「ふぅ……よし、まずは成功だ」

「ああ、思ったよりも楽勝──ッ!?」

 

 言葉を返そうとした途端、異変が起こる。

 

 表面を青い稲妻が走っていたボックスが、一拍置いて黄金の光を文字通り爆発させたのだ。

 

 物理的衝撃を伴うそれに、体を軽く押されて反射的に顔を庇う。

 

「くっ、これは!?」

「っと……安心しろ、害はない。ただ、秘められていたものが解き放たれただけだ」

 

 恐る恐る手をどかし、その光を見る。

 

 パンドラボックスから放出された未知のエネルギーは、波となって広がっていた。

 

 それは俺や奴の体を通り抜け、さらに外へ、さらに遠くへと届いていく。

 

 何度も何度も、まるでこの星を塗り替えていくように、眩い光が波及した。

 

 

 

 

 その数が五回を超えようかという頃に、ようやく光が収まり始める。

 

 脈動していた黄金が消えていき、程なくして完全に沈黙した。

 

「……一体、何が解き放たれたんだ?」

「このボックスにまつわる事実だよ。記録と言い換えてもいい」

「つまり旧世界の情報が、この世界に解放されたってことか……それなら」

 

 もしかしたら、ユエ達の旧世界での記憶も戻るかも。

 

 そんな俺の考えはお見通しなのだろう、奴が勝手に話し出す。

 

「少なくとも、旧世界でパンドラボックスから生成したネビュラガスを投与された人間は、確実に記憶を取り戻すだろうな」

「そうか……」

 

 つまり、あいつにガスを投与されていた美空、香織、雫、坂上あたりは確定ということ。

 

 ああ、こっちの世界で()()()()()()()()()ことになってるカムもか。

 

「しかし、そうでない人間にまで影響は及ばない」

「そうなると混乱が起こりそうだな……ユエやシア、ティオとかはネビュラガスを体に入れてない」

 

 これでは記憶を取り戻した奴らと、そうでない奴らが生まれてしまう。

 

 全員が記憶を思い出すより、もっと大きな混乱が起こるだろう。

 

「なあ、さっき俺にやったみたいにあいつらも」

 

 

 

 

 

『まあ待て、そう急ぐなよハジメ』

 

 

 

 

 

 あのトンデモ魔法でどうにかできないか、と聞こうとして。

 

 脳裏に響いた、はっきりとした声に反射的に言葉を止めてしまった。

 

「どうやら、お目覚めらしいな」

「……ああ」

 

 ゆっくり、自分の体を見下ろす。

 

 すると見計らったように、赤黒いスライム状のものが体の内側から滲み出るように現れた。

 

 二本、三本と数を増やしていったそれは俺の体から離れていき、一つになると形を成す。

 

『んー、っはぁ。ようやく自分の肉体を構築できるようになった』

 

 そいつは、まるで熟睡した後のように伸びをしながらそんなことを言う。

 

 両腕を下ろすと、こちらに振り向いて。

 

『お前の中はそこそこ居心地が良かったぜ、ハジメ?』

 

 宇宙服のような赤いスーツ、胸に強調されたコブラの意匠、その飾りと同じ色のバイザーに煙突のような角。

 

 完全に記憶を蘇らせた今、その異形じみた姿をしたものが誰であるのか、俺はわかっていた。

 

「ちゃんと蘇ってくれたようで何よりだよ、エボルト」

『おかげ様で完全復活だ。俺一人じゃあ少なくとも、あと数日はかかったから、助かったよ』

 

 いつもの調子で喋るエボルトに、自然と笑みが零れる。

 

「こんなことを聞くのは野暮だろうが、いつから俺の中にいた?」

『お前と雫が【神域】から放り出される直前さ。俺もあいつからレッドカードを貰ってね。新世界に改変される前に、お前の中に潜り込んで難を逃れたのさ』

「抜け目ないやつだな……」

 

 生への執念が凄まじいことは知っていたが、まさかシェルターにされているとは思わなかった。

 

 パンドラボックスをわざわざ復活させて、こいつを呼び覚ましたが……本当に一人で復活しそうだったな。

 

『地上に残ってた半分は、新世界創造の時に自動的にエネルギーにされちまったからな。お前が最後の砦だったわけだ』

「役に立ったようで良かったよ……それで」

 

 感傷に浸っていた意識を切り替え、目を細める。

 

 エボルトも察したのだろう、自然と纏う雰囲気を変えた。

 

「教えろ。何があった? この世界は何だ? あいつは何をしたんだ?」

 

 俺は、あいつがやろうとしていたことを何も知らなかった。

 

 あいつの苦悩も、決意も、信念も、その髄まで理解し尽くすことができていなかった。

 

 わかってる、今更遅すぎることなんて。

 

 それでも俺は、知りたいのだ。

 

「あいつが創られた時から片時も離れず、一緒にいたお前なら、その最後も知ってるはずだ。だから頼む──俺に、あいつを教えてくれ」

『……いいだろう。だが、あと一人役者が揃ってない』

「何?」

 

 誰が、と思った、その時。

 

 

 

 

 

「待ってっ!」

 

 

 

 

 

 背後から聞こえてきた声に、弾かれたように振り返ると。

 

「はぁっ、はぁっ…………その、話……私にも、聞かせてちょうだい……!」

「……雫?」

 

 息を荒げながらも、強い眼光でこちらを見据える……かつての戦友がいた。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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最後に思い出した、その言葉 3

辿り着き、取り戻した。

結末に辿り着くまで、あと少し。


楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 三人称 SIDE

 

 

 

 ハジメは、彼女を見て硬直する。

 

 

 

 そこにいたのは紛れもなく、八重樫雫その人。

 

 上気した頬や崩れた髪、何よりも息を荒げながら両手を膝につく姿は、酷く既視感を煽る。

 

 一目見て、自分と同じようにここまで全力で走ってきたのだと、ハジメは理解した。

 

「お前、なんで……」

 

 パンドラボックスの影響で記憶が蘇ってから駆けつけたには、あまりに早すぎる。

 

 タイミングを考えると、ハジメが飛び出してすぐに追いかけでもしなければ……

 

「っ。まさか、お前……」

「はぁ、はぁ……ふぅ。ええ。本当は私も、少しだけ思い出していたの」

 

 比較的早くに息を整え、雫は深呼吸をした後に答える。

 

 それから告げられた言葉に、ハジメは困惑と、少しの憤りを目に浮かべた。

 

「思い出ていたなら、あの時肯定してくれてもよかったじゃねえか」

「……夢を見たって、話をしたわよね。それからすごく断片的に、何か思い浮かぶようになったのよ」

「それなら……」

「けれど、確証が持てなかった」

 

 ハジメとの宴会に使っていたのとは別のとある客間、あるいは自室、はたまた街中。

 

 至る所でふと想起する記憶に雫は困惑し、ひどく胸が締め付けられ……怯えた。

 

「怖かったの、完全に思い出すことが。最後まであの人を守れなかったことを。そして、ああして行動に移した貴方を見て……どうしようもなく、自分が弱く思えて」

 

 今ある幸せを捨てる覚悟をしてでも、曖昧な過去を求めることにしたハジメ。

 

 どこまでも強いその目に、同じように一人で苦悩していた雫は気圧されてしまった。

 

「でも、それではいけないと思った。このままでは私は、卑怯な臆病者だと。だから貴方を追いかけて」

「途中で全てを思い出した、ってわけか」

 

 ハジメの言葉に、雫は頷く。

 

 彼女の目は、この世界では一度もハジメが見たことのない──旧世界ではいつも頼もしく思った光を放っていた。

 

 さながら、一振りの刃のように鋭く、気高い意志という名の、八重樫雫が持つ折れ不の刀。

 

 

 

 それだけで、ハジメが雫を信じるには十分だった。

 

 

 

「……わかった。さっきはいきなり怒鳴りつけて、悪かったな」

「私の方こそごめんなさい。貴方の信頼を、裏切ってしまった」

「お互い様だ」

 

 互いに忘れて、理想の世界に甘んじていた。

 

 その点において両者は同じであり、一つ笑みを交わすだけで和解できた。

 

「……さて。これで全員揃ったか、エボルト?」

『オフコース』

 

 尋ねるハジメと、頷くエボルト。

 

 見るからにズタボロな始は再びベンチに座っており、その隣に雫が腰を下ろす。

 

 ハジメが木に背を預けて腕を組み、目線で促したところでエボルトは語り出した。

 

 

 

 

 

 明かされるのは、彼が己の全てを投じて遂行した作戦。

 

 

 

 

 

 〝抹消〟の真髄と世界のカタチ、己の罪の清算と、新しき世界の創造。

 

 

 

 

 

 あまりの用意周到さで、終ぞエボルトをも欺き、望むがままに全てを終わらせた、顛末を。

 

 

 

 

 

『──そして奴は、自分の存在が消えることで生じるデメリット。つまり、お前とユエ達が共に生きるという運命の消失を回避するため、この世界を作り上げたのさ』

 

 まあ最後の最後に俺も締め出されたのは計算外だがな、と締め括るエボルト。

 

 事の顛末を聞き届けた二人は……とても険しい表情を、顔に貼り付けていた。

 

『幻滅したか? 嫌悪したか? それとも──あいつを、憎むか?』

 

 揶揄うように問いかけるエボルトに、目を開いた二人は鋭い眼光を向けた。

 

 同じことをもし言おうものなら目線だけで殺すと、その瞳には明確に書かれている。

 

『おおっ怖え。冗談だ冗談、真に受けるなよ』

「……ブチ切れてるのは本当だけどな」

「ええ、もはや怒りを通り越して呆れるけれど」

 

 深い、それは深いため息を吐くハジメ達。

 

 怒りを押し流すようなそれは、如実に二人の感情を表した。

 

「神の如き智謀と力、か……」

「どこまでも予測できない人ね、本当に」

 

 ハジメは帽子を軽く握り、雫は指輪に右手の指を触れさせる。

 

 そこには存在しない温もりの持ち主は、最後の最後まで二人にその行動を予測させなかった。

 

 きっと誰にもそれはできず……彼本人だけが、変幻自在にして夢幻の如く、全て操れたのだ。

 

「……で。どうやったらあいつを呼び戻せるんだ?」

 

 感傷に浸るのは、そこまで。

 

 寂しげな微笑を浮かべた顔を引き締めると、()()()に意識を移す。

 

「俺の記憶と力を呼び覚まし、パンドラボックスとエボルトを復活させた……ここまでやったからには、何かあるんだろう? なあ、〝俺〟」

「──当然だ」

 

 どこか挑発的に問うたハジメに、それまで一貫して黙していた始がニヤリと笑う。

 

 自然と隣にいた雫とエボルトも視線を向け、三者三様の瞳に老魔王は悠然と語り出す。

 

「まず礼を言いたい。この未来──いいや、お前達にとってはこの現在に到達してくれたこと、本当に感謝する」

「おいおい、笑えない皮肉だな。あいつは結局救うことができなかったんだぞ?」

「私達の手は、届かなかった。彼の業を、壊れた運命を、断ち切ることができなかった」

 

 ハジメと雫が、最後に見た彼の表情。

 

 それは優しくて、二人への愛情で満ちた──けれど、とても寂しそうなもので。

 

 思い返して表情を苦くする二人に、しかし始は首を横に振るのだ。

 

「届いたさ。だから俺はアーティファクトを使い、世界の変革を逃れてここにいる。俺が見た、唯一の希望を実現するために」

「……今更どうするんだよ。あいつが集めたエネルギーも、あいつ自身も、全部この世界の創造に使われて消えたんだろう?」

「そうだ。だが、()()()()()()は残っている」

 

 その言葉に、ハジメと雫がハッとする。

 

 異世界での旅の中、彼が愛用し続けた帽子と、彼の魔力で作られたブローチ。

 

 それと同じものが形を変え、彼自身から最後に贈られた、雫への愛の証明たる指輪。

 

 どちらも、この新世界に残っているはずのないものだ。

 

「それこそが証明。()()()()()()()()()()()()、あいつの〝もっと生きたかった〟という未練。お前達はか細くもその意思を手繰り寄せ、俺の予測を超えたんだよ」

 

 そう。

 

 始の神の造眼(ヘイムダル)が観測した可能性世界に、二人が持つ遺品は映っていなかった。

 

 残ったのは、トータスの【神域】と空間座標が重なるこの公園にあった、魂の残滓が秘められたホワイトパネルだけ。

 

 

 

 

 

 それはつまり──二人が、自分の手で掴んだ希望ということ。

 

 

 

 

 

「あいつが、俺達との未来を……!」

「望んで、くれたのね……!」

 

 じわりじわりと胸に染み出すものに、顔に喜色を浮かべる二人。

 

 そんな彼らを、どこか眩しそうな眼差しで見ながらも、始は言葉を重ねた。

 

「俺が最初に、お前達と出会った時を覚えてるか?」

「ああ。あいつの暴走を止めてくれたのを覚えてる」

「貴方が来てくれなかったら、どうなっていたことか……」

 

 今思い出してもゾッとする思い出に、二人は顔を顰める。

 

「あの時、俺はとある概念魔法を撃ち込んだ。それが──こいつだ」

 

 始は、ベストのポケットから黄金の懐中時計を取り出し、三人に見せた。

 

 力を取り戻した今、ハジメと雫はその異質なオーラを感じ取って目を見開く。

 

「【見果てぬ絶望に、希望を紡ぐ(失くしたその手を、もう一度)】。俺の50年分の意思を具現化した概念魔法。効果は──存在の記録と、保存」

 

 

 

 それは、未来永劫二つと製作しえない唯一無二のアーティファクト。

 

 

 

 物質的記録(生成魔法)星の記録(重力魔法)生命の境界的記録(空間魔法)

 

 

 

 時間的記録(再生魔法)霊魂的記録(魂魄魔法)組成的記録(昇華魔法)肉体的記録(変成魔法)

 

 

 

 あらゆる概念、あらゆる理の観点から対象の情報を解析し、保管する──始の神技。

 

 

 

「これを用いて、俺は旧世界であいつという人間を保存した。完璧にな」

「それじゃあ、もしかして!」

「あいつを復活させることができるのか!?」

 

 思わず声を荒げ、詰め寄った二人に──始は、深く頷いた。

 

 まだ希望があるという確信を得た瞬間、二人の顔が一気に笑顔になるのは必然だった。

 

 あのエボルトでさえ、後ろで軽くガッツポーズをしながら『そいつは最高だな』などと呟いている。

 

 

 

 

 予想通りのリアクションをする二人を始は諌め、落ち着かせてから話を続ける。

 

「あいつが生きる未来を実現するにあたり、一番の問題はその存在が跡形もなく消えてしまうということだった。それをどうにかしなくては、どんな手段を講じようとあいつを蘇らせることは不可能だったんだ」

 

 完全に消えてしまったものを元に戻すことができないのは、覆せない世界の真理。

 

 従って、始や彼が神の造眼(ヘイムダル)で見たあらゆる他の世界の彼を復活させるのは無理だった。

 

「普通に生き延びる、って未来はなかったのか?」

「絶無だ。その場合は女神の呪いによって、強制的に18歳で死ぬ未来しかなかった」

「……ふざけてるわね」

「本当にな」 

 

 女神が仕掛けた数々の呪いの中でも、それは特別強固で、どの並行世界でも解除はできず。

 

 だからこそ、始はその前提を利用する方法を探すことにしたのだ。

 

「死ぬことでしか女神の呪いは解除されない。ならば、一度はその過程を経ることで解放するしか道はないと、俺は確信した」

「だからこそ、記録し保存する概念魔法……か」

「でも、その記録に呪いのことも残っていたら……」

「安心しろ。これには純粋な、あいつの肉体と記憶、そして魂の情報だけが残っている。臨床実験済みだ」

 

 自嘲げに笑う始に、誰を実験に使ったのかという問いを二人は飲み込む。

 

 空気を読んだ二人に頷いて、次に始はこう言った。

 

「あいつの()()は用意した。あとは器を手に入れるだけだ」

「手に入れるって言っても……下手なSF映画みたいに、誰かの体を使おうってんじゃないだろうな?」

「まさか。使うのはもっと別のものさ」

 

 始は、左手で自分の胸を指差す。

 

 次にパンドラボックスとエボルトを示し……そして、最後にハジメにその指先を向けた。

 

 当初は怪訝な顔をしていたハジメだが、徐々にその意味を理解すると、目を見開いていく。

 

「まさか、お前……」

「ハジメくん、一体どういうことなの?」

「……こいつは、〝()()()()()()()()()()()()()()()()って言ってるんだよ」

 

 ハジメの告げた言葉に、雫はキョトンとした。

 

 それは驚愕というよりも、そんなことができるのか? という純粋な疑問を含んだ表情で。

 

 当の本人も同じ心情だ。

 

 己の力ながら、ただ鉱物を錬成するだけの技能がそんなことをできるとは到底思えなかった。

 

「ただ金属や鉱物を操作するのとは、訳が違うんだぞ? そもそも星はともかく、あいつは無機物じゃ……」

「発想が硬いな、若造。必要なのはそのプロセスさ」

 

 冷静に否定しようとするハジメを抑え、始がごくごく自然と説明を始める。

 

「鉱石を操り、不純物を取り除いて純化する。それと同じだ。星からエネルギーを抽出し、このアーティファクトの情報を元にパンドラボックスの力で実体化するだけ。簡単だろう?」

「……そんなことが実現するのか?」

『可能だ。パンドラボックスは、元は俺の故郷であるブラッド星の源。人間の肉体一つくらい創造するのは容易い』

 

 エボルトが口を挟んで証明したことで、ずっと疑いの目線を向けていたハジメは押し黙った。

 

 そのまま険しい顔で沈黙してしまい、雫は始と交互に見ると不安げな顔をする。

 

「どうして俺が、五年もお前が思い出すのを待ったと思う? あいつが様々な力を使って作り上げたこの新世界は、通常の星より生み出されるエネルギーが多い。それが規定量に満ちた今、やる以外の選択肢などないぞ?」

「ハジメくん……」

「……わかった。お前のアイデアに乗ってやる」

「そうこなくちゃな」

 

 重々しく告げたハジメと、獰猛に笑う始。ここに二人の魔王が合意した。

 

 ハジメはずっと不安げな面持ちでいる雫へ顔ごと向け、はっきりと頷く。

 

 何度も見た、不可能を超える光を内包する赤い瞳に、雫は一瞬逡巡するように視線を揺らし……頷き返した。

 

 

 

 彼女が立ち上がり、入れ替わりにハジメが始の隣に座る。

 

 二人の間にある人一人分ほどの隙間に、エボルトがパンドラボックスを置いた。

 

「さて。ついに〝こいつ〟を使う時が来たか」

 

 おもむろに、始が義手を掲げる。

 

 

 

 ガシュッ!! 

 

 

 

 次の瞬間、展開した義手に袖が根本から弾け飛んだ。

 

 ハジメ達が面食らう中、始の義手は金属質な音を立てながら展開と変形を繰り返していく。

 

 最後まで終わった時、始の左腕は刺々しいフォルムをした、悪魔のようなものになっていた。

 

 

 

 

 

 名を、錬成特化型概念魔法発動用アーティファクト──〝シヴァ〟。

 

 

 

 

 

 ついに姿を現した、始の最後にして最高のアーティファクト。

 

 一部分にある円形の窪みに、【見果てぬ絶望に、希望を紡ぐ(失くしたその手を、もう一度)】が嵌め込まれる。

 

 赤いラインが黒い剛腕に走り、始はホワイトパネルの上にその掌を乗せてハジメを見やる。

 

「さあ、南雲ハジメ。このふざけた運命を、ぶち壊そう」

「──そうだ。それこそが俺達の進む道だよな、南雲始」

 

 いつものように、不遜に笑ったハジメが、その剛腕に右手を重ねた。

 

「いいか、この実験にはいくつかの段階がある。よく聞いておけ」

「わかった」

「まず、俺が星から必要な分のエネルギーを抽出してパンドラボックスに流す。そこでアーティファクト起動し、あいつの構築を始める」

「なるほど。それで?」

 

 頷きながら聞き返すハジメに、始が「ここからが本番だ」と前置きする。

 

「本体とデータを揃えても、スイッチを入れなきゃ意味がない。つまり、あいつの魂……意識を呼び起こす必要がある」

「どうやって覚醒させる?」

「そりゃあお前──いつまでも起きてこない寝坊助には、ゲンコツだろう?」

「──最高のセリフだな」

 

 いかにも()()()セリフに、ハジメは始と全く同じようにニヤリと笑む。

 

 もし、ここにユエ達がいたのであればそれを見て骨抜きにされるだろう、ワイルドな笑みだった。

 

「俺の《概念特化》で魂魄をリンクする。目覚めさせることができれば、後はアーティファクトの力であいつの記録がこの星に自然と上書きされる。だから気兼ねなく──思い切りぶちかませ」

「おう」

「ハジメくん」

 

 いざ始めようというその瞬間、雫がハジメの空いている左手を握る。

 

 そうして手の中に受け渡したのは……雫が最後に受け取った、煌めく指輪。

 

 眉を顰めるハジメに、これ以上ないほどの思いを熱を込めた声音で、雫は一言。

 

「お願い。あの人を、連れ戻してきて」

「……任せろ」

 

 最後に一度、ハジメは力強く頷いた。

 

『ヒロインとの会話は終わったか?』

「馬鹿言え、相手が違う」

『それもそうだな。じゃあ早速、始めようか』

 

 異形の左手と魔王の右手、そこに赤い異星人の手が重ねられる。

 

 雫が数歩後ろに後退し、三人の男達が視線を交差させた、その瞬間。

 

 

 

 

 

 その体から、絶大な力が嵐のように解き放たれた。

 

 

 

 

 

 何者をも圧倒する、錆色の嵐。

 

 あらゆるものを打ち砕く、鮮烈な赤い閃光。

 

 例外なく全てを飲み込む、赤黒いオーラ。

 

「「『──ッ!』」」

 

 それらが互いにせめぎ合いながらもより合わさり、一つの見たこともない〝朱〟となる。

 

 共鳴してパンドラボックスが、黒々とした剛腕が光り輝き、その力を紐解いていった。

 

 この場所だけで天変地異が起こっているかのような光景に、唯一の観測者である雫は目を奪われる。

 

 激しく振り乱れる髪を押さえる美剣鬼に見守られ、いよいよ光の鳴動が頂点に達した。

 

 まさに、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「『──〝錬成〟ッ!!』」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満ち溢れた赤の閃光に、ハジメの意識は飲み込まれていった。

 

 

 




次回、再会。



読んでいただき、ありがとうございます。


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最後に思い出した、その言葉 4

技能:因果
共に生き、重なった運命。
それより生じた、魂の赤い糸。
過去と未来、紡いだ記憶の道標。
この絆は、決して切れることはない。


[+不忘]

どんなに白紙に戻しても。

貴方自身が終わることを望んでも。

私達は、絶対に貴方を忘れない。




 三人称 SIDE

 

 

 

 

 

 時は、少しだけ遡る。

 

 

 

 

 

「……ハジメ」

 

 ユエが、開けっ放しにされたナシタの出入り口を見て呟く。

 

 彼女がその行為をするのは数度目であり、彼女を含めた店内の空気は困惑一辺倒であった。

 

「ハジメさん、なんであんな……」

「……誰かを、探してた……?」

「雫も飛び出していっちまったしよぉ」

「二人とも、どうしたんだろうね……?」

 

 ハジメが飛び出していき、それを雫が追いかけてから、既にかなりの時間が経過している。

 

 シアやウサギ、他の面々も口々に囁き合うも動くに動けず、その場に留まっている状態だった。

 

 それでも誰一人として憤慨し、立ち去っていないのは、ひとえにハジメの人望だろう。

 

「もしかして、サプライズが嫌いだった……とか?」

「いや、あいつ嫌な時ははっきり嫌っていうだろ?」

 

 遠藤の言葉になるほど、と頷く清水。

 

 確かにハジメが、物事の好き嫌いは口に出して明示するタイプであるのは彼も承知の上だ。

 

 それに、人の好意を理由もなく無下にしないことも、もちろんこの場の全員がわかっていることだ。

 

「だとしたら、本当に言葉通りに……?」

「先生、あいつが言ってた人物に心当たりないですか?」

「いえ……」

 

 愛子は首を横に振るも、どうしてかハジメ達の行動を完全に否定する心境になれない。

 

 悩ましげな顔をする彼女は、ふとこの場で一番怯えていただろう子供達の方を見た。

 

 それはハジメの教師として、他所の家の子供に迷惑をかけたことの責任を感じたが故だったが……

 

「パパ、怖かった……でも、悲しそうだったよ」

「ハジメお兄さん、ここ最近ずっと様子が変だったよね」

 

 愛子が想像していたのと異なって、彼女達は怖がらせられたことへの不満を口にしていない。

 

 それよりも、母娘揃って不安そうな顔でハジメのことを案じていたことに、愛子は少し驚く。

 

 

(……そうか。滅多に南雲くんに会わない私と違って、日頃から彼を見ていたから)

 

 

 子供は、時には大人よりも鋭い直観を発揮するという。

 

 きっとミュウ達は気がついていたのだろう。ここ最近ずっと、ハジメが何かに思い悩んでいることに。

 

 今日、ついにそれが限界に達してしまったということを理解して、だからこそ心配するのだ。

 

「あんな顔、一回も見たことはなかったわ……」

「私も気になってはいたものの、どう聞き出すか迷っていたのが悪かった……」

 

 母親組も、そんなふうに相談しあっている。

 

 

(南雲くん、ここにいる皆に君は愛されているのですね)

 

 

 そして、ハジメを何より愛する彼女達もそれに気がついていないわけがない。

 

 確信めいたものを抱きながら、同じように集まって相談しあっているユエ達を見る愛子。

 

「ここ最近、ずっと悩んでた感じでしたよねぇ」

「ん。でも、悩み自体はずっと前から持ってたような気がする」

「……確かに、思い返してみれば時々似たような顔はしてた」

「ハジメくん、平気かな……」

「連絡は繋がったかの?」

 

 ティオが、先程から何回もハジメに連絡を取ろうとしている美空に問う。

 

 小さくコール音を鳴らすスマホを耳に当てていた美空は、小さな嘆息と共に手を下ろした。

 

 結果を察した一同は表情から期待を落とし、ユエが何度目か扉の方を向いて。

 

「…………え?」

 

 その向こうからこちらにやってくる、〝黄金の波動〟に目を見開いた。

 

 みるみるうちに出入り口に到達したその波動は、壁をすり抜け侵入してくる。

 

 ようやく他の者達も気がつき、驚愕したり、慌てたり、咄嗟に両手で上半身を庇ったりした。

 

 しかし例外なく平等に、柔らかな波動は全員の体に、魂に染み込んでいき。

 

 

 

 ──あるいは、封じられたものを呼び覚ます。

 

 

 

「っ……何も、ない?」

 

 波動が吹き抜けていくと、身構えていたユエは怪訝な顔をする。

 

 謎の現象が起こったにも関わらず、彼女には何の異変も起こっていなかったのだ。

 

「い、今のって?」

「さ、さあ……」

「幻覚、かのう?」

 

 それは、シアも、ウサギも、ティオや他の数人も同じで。

 

 

 

 だから。

 

 カシャン、と何かを落とす音が背後からした時、彼女達はすぐに反応することができた。

 

 あるいはそれは、不自然なほど一瞬で店内が静寂していたからかもしれないが。

 

「────。」

「美空……?」

 

 音の発生源は、美空。

 

 謎の異変が起こる前と全く同じ位置にいた彼女は、その手からスマートフォンを取り落としていた。

 

 しかし、床に落ちてひび割れたそれを気にも留めず、ただ、ただ。

 

 ……蒼白の顔で、立ち尽くしていた。

 

「美空さん? どうしたんです、美空さん?」

「ぁ、あぁあ……」

「みそ──」

「あああぁあああっ!!?」

 

 手を伸ばしていたティオは、突然発狂した美空に動きを止めてしまった。

 

 ユエ達もギョッとする中、美空は両手を頭に持っていき、ぐしゃりと髪を握る。

 

「なんで……何で、私、忘れて…………どうして、あいつのことっ……!」

「美空さん、どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」

 

 尋常でない様子の美空。

 

 たまらずその肩を鷲掴みにしたシアは、しかし次の瞬間その手を逆に掴まれて、酷く驚愕する。

 

 構わず、美空はシアの白い二の腕に指を食い込ませる勢いで掴み、声を張り上げるのだ。

 

「忘れてた! 何年もずっとっ! 私は、私達だけは忘れてちゃダメだったのにッ! 幼馴染なのにっ! 友達なのにっ!」 

「み、そら、さん……?」

「あいつのこと、忘れるわけないっ! なのに忘れちゃった! ハジメにあんなこと、絶対に言っちゃいけなかったっ! なんで、なんでなんでなんで!」

 

 いつも冷静なはずの美空は、完全に錯乱した様子で「何で」と繰り返し叫ぶ。

 

 大粒の涙を零ししながら、顔をくしゃくしゃにしながら、悔しげに……悲しげに。

 

 それが、ハジメの言っていた()()のことだと、シア達は遅れて気がついた。

 

「み、美空さん、とにかく一回、落ち着いて……」

「何でそんな平気な顔してるの!? あいつがいないんだよ! みんなで取り戻そうとした、あいつが──」

「ふっ!」

 

 不意に、美空の体が震える。

 

 次の瞬間、糸が切れたように崩れ落ち……その体を、背後にいた香織が優しく受け止めた。

 

「……ごめんね、美空。あとでちゃんと謝るから」

「香織さん……」

「ねえ、美空は……」

「大丈夫。ちょっと気を失わせただけだよ」

 

 ウサギは思わず面食らった。心優しい香織らしからぬ言葉だ。

 

 しかし、どこか薄ら寒いほど冷静な面持ちの彼女は、そのままソファに美空を寝かせ。

 

 それから店の中に視線を一巡させて、重々しく口を開いた。

 

()()()()()()()()……この中で、意味がわかる人は?」

「──ああ、わかる」

「……俺もだ」

 

 不可解なその質問に答えたのは、二人。

 

 険しい顔で手を挙げている龍太郎と浩介に、香織に集中していた視線が流れていった。

 

「そっか。じゃあ多分、ネビュラガスを投与された人だけなんだね」

「らしいな。ったくよぉ、くたばったのが最後の記憶たぁ胸くそ悪りぃぜ」

「俺、やっと使徒とか魔物とか狩り尽くした後、一気に緊張が抜けて爆睡したのが最後なんだけど……」 

「幸せだなこの野郎」

 

 龍太郎に軽く小突かれ、浩介は「ごめんごめん」と謝る。

 

 そのやり取りは、香織にとってはちゃんと()()()()()を取り戻したと確信するには十分で。

 

 けれど、微笑む彼女とは裏腹に思い出せていないユエ達の困惑は、頂点に達しようとしていた。

 

「ね、ねえ龍っち、さっきから何の話してるの? くたばったとか最後とか、ちょっと物騒なワードが聞こえてきたんだけど」

 

 恐る恐るといった様子で、袖を引く鈴。

 

 視線をこちらに落としてきた龍太郎は、どこか彼女が知っている彼とは纏う雰囲気が違って。

 

 けれどそんな不安は、突然彼がしゃがんで抱擁をされたことで、全て吹き飛んでしまった。

 

「鈴っ、本当に、本っ当に、ごめん……!」

「りり龍っち!? あの、その、みんな見てるんだけど!」

「お前との約束、破っちまった! 俺はお前の隣に帰ってこれなかった! けど、もうどこにも行かねえから!」

「今だけは離れてほしいよぉ……!」

 

 それはもう強く、熱く全身を包み込まれ、鈴の顔からは湯気が立ちそうな勢いだ。

 

 浩介や香織は微笑しているが……側から見れば、脈絡なく熱烈な愛の告白をした構図。

 

 事情がわからない一部にとっては、もはや火に油どころかニトロ爆弾を投げ込むようなもの。

 

「だーっ、もう! さっきから何なんですか! 香織さん、説明してくださいですぅ!」

 

 そして、ついにシアが爆発した。

 

「うぅーん、なんて言ったらいいのかな……」

「再生魔法で何とかならねえのか? ほら、記憶をあれこれするとかよ」

 

 鈴を解放し、龍太郎がとりあえず思いついたように提案する。

 

 香織は少し難しげな顔をした後、首を横に振った。

 

「どうだろう。練習すれば、魂魄魔法と合わせてそういう魔法を作れそうではあるけど……」

「へ? 魔法? こんぱく? 何の話です?」

「……ダメだ、彼女らの会話についていけん」

「あ、あらあら。ルイネ、一旦休みましょう?」

 

 ユエ達の記憶もどうにかならないかと、そう相談する二人に疑問は増えるばかり。

 

 事態を収めようとしていた大人組の一人であるルイネが、こめかみを抑えながら座り込んだ。

 

 見かねた浩介も、自分に向けられる懐疑の視線に居心地悪そうにしながら口を開く。

 

「てか、それより南雲達はどこに向かったんだよ?」 

「っ! そういえばそうだったね。ハジメくんと雫ちゃんは、もしかして……」

「あいつがどこにいるか、知ってたから出てったのか?」

「いや、私達より前から思い出していただけだと思う。でも、心当たりが……?」

「肉体的にはブランクあるだろうし、今から追跡できっかなぁ……」

 

 思案する香織と龍太郎、ついでに参加した浩介。

 

 結局何ひとつとして疑問は氷解されずに、ユエ達はどうしたものかと顔を見合わせてしまう。

 

「あーっ、たくよぉ。これじゃあ大樹の試練と似たり寄ったりじゃねえか。しかも現実だから、どうしようもねえ」

「…………龍太郎くん、今なんて?」

「あ? 現実だからどうしようもねえって……」

「その前!」

 

 鬼気迫る様子で詰め寄る香織に、龍太郎はたじろいだ。

 

「た、大樹の試練と似たり寄ったり?」

「それだよ! ありがとう龍太郎くん!」

「お、おう?」

 

 答えを得た香織が満面の笑みを浮かべて、龍太郎ははてなマークを頭に浮かべるのだった。

 

 すぐに俯いて何事か考え始めた香織を、全員が固唾を飲んで見守る。

 

「魂魄に影響……記憶を再生……あ、竜人族の人達に見せるために使った魔法を応用すれば……うん、よし、いける」

「香織? なんか思いついたのか?」

「うん。完全に記憶は取り戻せなくても、上手くいけば違和感くらいは抱くはず」

「うし。ならいっちょ、かましてやれ」

「ふふっ、四人だけなんて悲しいもんね!」

 

 香織は胸の前で両手を握り、何やらやる気を漲らせる。

 

 その光景に、ユエ達は一抹の不安を感じることを禁じ得なかった。

 

 一体何をする気だという視線を受けながらも、香織は今一度全員の顔を見渡していく。

 

「それじゃあ、早速──」

「すまない、遅れた……あれ? みんな、どうしたんだ?」

 

 タイミングが良いと言うべきか悪いと言うべきか、新たに人が入ってきた。

 

 空きっぱなしの出入り口をくぐり抜け、何やら尋常でない雰囲気の一同を見て首を傾げる男。

 

 それは誕生会に参加する予定だった一人である、天之河光輝その人だった。

 

「ちょっと、早く入りなさい。日差しが熱いわ」

「あ、ああ、すまない」

 

 後ろからの声に慌てて光輝は店内に入り、その後から日傘を閉じながら英子が現れる。

 

 まさに絶妙なタイミングに、香織は思わず笑みを深めた。

 

「光輝くん、御堂さんも。丁度よかった」

「? どういうことだ?」

「すぐにわかるよ」

 

 全員の顔が見える位置に立ち直した香織は、一度深く深呼吸をする。

 

 それから龍太郎と浩介を見て、頷いてくれる彼らに、決意を固めて語り出す。

 

 

 

「みんな、聞いて。

 

 

 今からやることが成功した時、もしかしたらとても辛い思いをするかもしれない。悲しい思いをするかもしれない。

 

 

 

 けれど絶対に、思い出さなきゃいけないことだから。

 

 

 

 私の知るユエ達なら、きっと受け入れられると信じてる」

 

 

 

 一つ一つ、それを聞く全員の意識に刻みつけるように告げられる言葉。

 

 それは重みがあって……どこか、先程の美空が露わにしていたものと同じ感情が宿っていて。

 

 ユエ達が返答できないでいるうちに、香織は両手を組んで目を閉じる。

 

 そして、異世界で仲間達を、愛する人達を癒してきた彼女は、解き放つのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──〝遡魂(そうこん)〟」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てを取り戻す、その魔法を。

 

 彼女の体から翡翠色の柔らかな光が現れ、人智を超えたその光景にユエ達が息を呑む。

 

 続けて、香織から溢れ出した翠の魔力は彼女の背に天使の如き翼を形作り、神秘的な姿を見せる。

 

 そして最後に、翼から先刻のように波動が放たれ、その効力を発揮するのだ。

 

 

 

 

 

 今度こそ、等しく全員に。

 

 

 

 

 

「「「「「──ッ!?」」」」」

 

 瞬間、幾人かの脳裏に浮かぶ光景。

 

 それはこの世界が創造される前に体験した、かつて大樹の試練を突破した時の記憶。

 

 香織の記憶を介し、再生魔法を魂魄に使うことで共通した記憶を呼び覚ます魔法であった。

 

「この、記憶、は──」

「迷宮の試練……樹海……私の、故郷…………?」

「大迷宮……解放者の、遺産……私は……」

「っ、今ここは、幻の世界……いいや、妾達は、新たな世界に……?」

「鈴は……私は、なんでここに……?」

「やった、成功した……!」

 

 頭を抱え、連鎖して脳裏に浮かんでくる記憶に表情を歪めるユエ達に、香織は思わず呟く。

 

 特にその効果が顕著だったのは──記憶が蘇った途端に、その場で膝をついた光輝。

 

「俺は……御堂の幻影を……間違った理想の世界…………じゃあ、今のこれは……これも、夢…………?」

「ちょっと、天之河光輝? どうしたの? 平気ですの?」

 

 突然豹変した光輝に、さすがの英子も心配の言葉を投げかける。

 

 肩を揺さぶる彼女の手に、しかし光輝は頭の中に浮かんでは消える光景で意識を奪われていた。

 

「み、皆さんどうしたんですか?」

「白崎さん、今の光は……君は一体……」

「っ、そっか、先生やルイネさんは迷宮には……」

 

 効果の程を実感していた香織は、愛子や清水、ルイネ達が首を傾げているのを見てすぐに顔を引き締め直す。

 

「もう一度、今度は別の記憶……そうだ、魔王城の……!」

 

 新たに共通した記憶を選定し直し、香織は二度目の遡魂(そうこん)を発動する。

 

 再び広がった再生の波動に、効果が無かった愛子達も反応を示した。

 

「この世界は……私は生徒達を守って…………でも、どうしてこんな……?」

「黒い獣……光の柱…………あの、人は──」

「っ、私は、ママを守れなかった……?」

「みゅっ!?」

「私達は攫われて……ルイネさんが……」

「あ、あれ? 俺、クラスのみんなと魔族に……先生が守ってくれて……いや、え?」

「……なんですの、この記憶は。天之河光輝と戦って……いえ、そもそも何故私は……」

「今度は、ちゃんと効いて……うっ!」

「香織っ!」

「白崎さん!」

 

 突然膝から崩れ落ちた香織に、素早く反応した龍太郎と浩介が駆け寄る。

 

 倒れる前に支えられた香織は、ひどく疲れたような顔で二人に笑いかけた。

 

「ありがとう、二人とも……ちょっと、張り切りすぎちゃったかな……」

「こっちの世界じゃ、元の世界より五年も経ってるんだぞ? 慣れてないのにいきなり魔力を使いすぎたんじゃねえか?」

「あはは、その通りかも……」

「白崎さん、一旦休憩しよう。皆ちゃんと思い出せてるみたいだし……」

「ううん、まだ、やらなくちゃ……」

 

 身を案じる二人に、しかし香織は決然とした表情で首を横に振る。

 

「記憶は、単一じゃない。全部繋がってるの。だから、思い出しかけてる今やらないと、上手く掴めなくなる……!」

 

 二人の腕を支えに立ち上がり、フラフラとしながらも、もう一度震える手を合わせようとして。

 

「──私も手伝う」

「……美空?」

 

 隣に並び、同じように手を組んだ人物に目を見開いた。

 

 いつの間にか目を覚ましていた美空は、そんな香織に勝気な笑みを向ける。

 

「あんたのチョップなんか効かないっての。ほら、やるよ?」

「……ふふっ。美空と一緒なら、なんでもやれる気がするよっ!」

 

 表情に、全身に気合をみなぎらせ、香織と美空は頷き合う。

 

 同じように目を閉じ、手を組み合わせた二人の治癒師は。

 

 三度、その魔法を発動するのだ。

 

「「〝遡魂(そうこん)〟」」

 

 そうして、二人が蘇らせたのはかの聖戦の光景。

 

 この場の誰もが、必ず勝ち、生き残り、そして取り戻すと、そう決めた戦いの幕開け。

 

 空が赤く満ち、門が開き始まった、命と誇りと信念を賭けた。

 

 最大にして最後の戦い、その記憶を。

 

 

 

 

 すると、ある異変が起こった。

 

「っ……!」

「……美空、感じた?」

「……うん、はっきり。あいつとの〝繋がり〟が、見えた」

「私も。彼はまだ、私達の中に……ここにいるんだ」

「なら……引っ張り出す!」

 

 力強く答えた彼女に、香織も目を閉じたまま頷き返して。

 

 

 

「「──〝遡魂(そうこん)〟!!!」」

 

 

 

 ありったけの魔力と想い、持ちうる〝彼〟の記憶全てが込められた叫びと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 眩いばかりの緑光が、店に満ち満ちた──。

 

 

 

 

 

 




次回、最終回。


ついにこの世界が、完結する。




お楽しみに。


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お前の名前は

[+絶対到達]

忘れない。

忘れたくない。

俺は、絶対にお前を、諦めない。



[+絶対不朽]

どんなに私が、世界が変わっても。

たとえ、忘れてしまったのだとしても。

この想いだけは、決して朽ちない。






もはや、余計なことは何も言いません。



ただ、楽しんでいただけると、それだけで嬉しいです。





 

 

 

 

 

 

 消えるまでの刹那、思ったことがある。

 

 

 

 

 

 罪には罰が必要だ。

 

 

 

 

 

 全ての行為には理由があり、共に代償が存在する。

 

 

 

 

 

 それがどんなに高潔でも、下劣でも。

 

 

 

 

 

 贖罪は必定。

 

 

 

 

 意思あり信念あるならば、それに見合う断罪を受けなければならない。

 

 

 

 

 

 だから、()()()()が存在する。

 

 

 

 

 

 〝弱きに救いを、強きに終わりを。正しきに報いを、悪しきに罰を〟

 

 

 

 

 

 これは勧善懲悪を尊ぶ、などというものではない。

 

 

 

 

 

 命を救うことが、守ることだけが弱者への救いではない。

 

 

 

 

 

 力持たずとも悪辣な弱者は存在する。

 

 

 

 

 故にそのような者には、死の救済を。

 

 

 

 

 

 力を持とうと、全ての者がそれに驕り、悪を為す訳ではない。

 

 

 

 

 

 故にそのような強者には、最も相応しき、幸福な終焉を。

 

 

 

 

 

 力ありきで善悪は定まらず。

 

 

 

 

 

 その意思に、その行いにこそ、裁く意義が実在する。

 

 

 

 

 

 故に、見極め続けなければならない。命尽き果て、意思消えるその瞬間まで。

 

 

 

 

 

 カインはそうした。

 

 

 

 

 

 だから、俺も俺を殺した。

 

 

 

 

 

 俺を裁いた。

 

 

 

 

 

 俺を消した。

 

 

 

 

 

 

 ……けれど、もしも。

 

 

 

 

 

 

 

 もしも、俺の信念、俺の悪行に見合う罰を受けた先。

 

 

 

 

 

 全てが清算されたその時に、()()()()と、そう傲慢に望むことが。

 

 

 

 

 

 人間らしく、意地汚くそう言うことが、許されるのならば。

 

 

 

 

 

 やはり俺は、俺だけは絶対に救わない。

 

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 俺は、あいつを待つ。

 

 

 

 

 世界が創り直され、新たな歴史が書き上げられて。

 

 

 

 それでも、誰よりも俺を救うことを望んでくれたあいつが。

 

 

 

 

 

 まだ、諦め悪く手を伸ばしてくれるのなら。

 

 

 

 

 

 そんな夢物語のような希望的観測が、実現するのなら。

 

 

 

 

 

 新たな世界、新たな〝今〟が新生するまでの、何十億という年月だって待ち続けよう。

 

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待ってるぜ、ハジメ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 最初に感じたのは、耐え難いほどの熱だった。

 

 

 

 

 

「ぐぁ──っ!?」

 

 喉の裏を引っ掻くような、悲鳴を上げる。

 

 両腕で上半身を庇い、全身を焼き付ける黒い焔から、自分という存在が壊れないよう守る。

 

 無意味な行為であるとわかっていながらも、さながら暴風のように吹き付ける焔はあまりに激しくて。

 

 熱く、熱く、熱い。

 

 それしか感じられない。

 

 苦しみ以外の何もかもを感じることは、決して許されなかった。

 

「何だ、これ、は……っ!」

 

 喋るために口を開くだけで、舌が焼け焦げるかと思った。

 

 左右上下、前方後方から、うねり、粘る、絡みつくような黒焔が迫ってくる。

 

 何でこんな場所に。そう疑問を浮かべた時、沸騰した脳裏に浮かんだのは自分の言葉。

 

 俺は今、パンドラボックスを通して、あいつと、この世界と、繋がっている。

 

 だと、するならば。

 

「これが、あいつの、精神──っ!?」

 

 俺が今立っている、ただそれだけで消し炭にされてしまいそうなここは。

 

 今もなお構築されているだろう、もう一人の俺が記録した──あいつの、中のはずだ。

 

 

 

 古来より、炎は罪を浄化する象徴とされてきた。

 

 

 

 魔女狩りに倣うように、神が人に与えたもうたとされるその熱が、咎を焼き尽くしたのだと。

 

 ならば、おぞましいほど真っ黒で、ヘドロのように轟々と燃え盛る、この不気味な炎は。

 

 あいつ自身が抱えた、罪の意識なのではないか──煮えた思考は、そんな答えを導き出して。

 

「あいつは、ずっと、こんな──っ!」

 

 両腕でかき分けても、両足を前に動かしても、延々と途切れぬ焔の海原。

 

 それが全て、己自身の中に山積された罪への罪悪感と後悔が具現化したものだというなら。

 

 

 

 いったい、どれほどの苦悩だったのだ。

 

 

 

 いったい、どれほどの後悔だったのだ。

 

 

 

 いったいどれほど──強靭すぎる心だったのだ! 

 

 

 

「この、馬鹿、野郎、がっ!」

 

 口の中が焼けることにも構わずに、自分を罵倒する。

 

 焔から、伝わってくる。

 

 あいつの悲しみが。あいつの苦しみが。

 

 あいつの辛さが、自分への憎しみが、全て全て。

 

 知らなかった。

 

 奴がその身の内にぎっしりと詰め込んだ、罪過という名の鎖の重さを。

 

 あいつの隣にいたいなどとほざいておきながら、俺は知ろうとしていなかったんだ。

 

 

 

 ああ、なんて──悔しい。

 

 旧世界で、腐るほど時間があった。数え切れないほど思い出を積み重ねた。

 

 たくさん笑って、泣いて、それなのにあいつが自分の一番奥底に隠したものを。

 

 隠し込んでいるからこそ、一番誰かに知って欲しかっただろうそれを、終ぞ知れなかった。

 

 あいつは、誰かに助けなんて求められない。そんなことはとっくのとうにわかっていたくせに。

 

 それが、たまらない程に悔しくて。

 

「くそっ、くそっ、くそぉぉおおおお!!!」

 

 声を荒げ、それを活力に両腕で黒波をかき分け、大海原を進んでいく。

 

「まだだっ! まだ俺は、諦めねぇぞッ!」

 

 もう、全部手遅れだったのだとしても! 

 

 一度その手を離しておきながら、虫が良すぎるのだとしても! 

 

 あいつ自身から裏切り者と、そう呼ばれたって! 

 

「俺は、お前の未来をッ! 絶対に掴みとってやるんだッ!」

 

 叫んで、絞り出して、そうやって進んで。

 

 進んで、焼かれて。

 

 それでも歩いて、なおも焼かれて。

 

 まだ足掻いて、そして焼かれて。

 

 焼かれ、進み、焼かれ、進み、焼かれ焼かれ焼かれ焼かれ焼かれ焼かれ焼かれ。

 

 意地汚く、進んで進んで進んでも。

 

 

 

 

 

 ああ…………クソ、ダメだ。

 

 

 

 

 

 終わりが、見えない。

 

 

 

 

 

 あいつがあいつ自身を焼く焔に、終着点が……赦しが、存在しない。

 

 

 

 

 

「く、そ……………………」

 

 そう思ってしまったのが、悪かったのだろう。

 

 指が焦げる。皮が溶ける。

 

 肉が零れ落ち、露わになった骨が黒ずんで、俺を守るちっぽけな壁が崩されていく。

 

「──────────────あ、が」

 

 腕だけじゃない。

 

 服が消し飛ばされ、足の皮が同じようにドロドロにされて、肉から骨の髄まで焼き尽くされる。

 

 その炎は太ももを伝って、腹も、胸も、背も、首も、肩も、顔も、瞳も、口も、鼻も、歯も、舌も、髪も。

 

 全部全部、焼かれて溶けて、無慈悲なほど無感動に、無遠慮に奪われて消えていく。

 

 そうでなくては、いけないと。

 

 何もかも無残に奪われ、何一つ希望なく死に絶えるのが相応しいと。

 

 その焔は、人の身には有り余るほど、あり得ざる程重い主張を叩きつけてきて。

 

 あまりにも、()()()だった。 

 

「お………………………………れ……………………は………………」

 

 俺は、どうしてここにいるんだっけ。

 

 何で、焼かれても焼かれても、進んでいるんだっけ。

 

 判らない。判らなくなってしまいそうだ。

 

 俺では、南雲ハジメでは。

 

 あいつには、届かないのかな。

 

 

 

 

 そう、思っているくせに。

 

 無意識に、縋るように、往生際悪く、黒く炭化している左手を、伸ばして。

 

 

 

 

 

「──────────あ」

 

 

 

 

 

 一人の背中を、見つけた。

 

 その背中は年老いていて、とてもこの焔に耐えられるとは思えないほどに儚いのに。

 

 そんなことは関係ないと、だからどうしたと、当然だと主張するように、一歩一歩進み続ける。

 

 終わりのない絶望のその先、実在するかも判らない光を求め、熱を跳ね除け。

 

 そうして進む姿は、あまりに力強い。

 

 

 

 もはやほぼ止まりかけている俺は、それを眺めるだけで。

 

 

 

 すると、不意にその一人は歩きながら顔を振り返らせてきた。

 

 

 

 そして、不敵に笑って言うのだ。

 

 

 

 錆色の瞳に、挑発と怒りと、悲しみと憎しみと。

 

 

 

 何より──信頼を乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

「────────道案内は、必要か?」

 

 

 

 

 

 

 

 ピキリ、と。

 

 歪んだ目元から、ひび割れるような音がした。

 

 ソイツの言葉に、壊れかけた拳を握る。

 

 腹に力を込め、錆び付いたように動かなかった両足を無理やり動かす。

 

 歯を食いしばり、黒ずんだ視界しか得られない目を怒らせる。

 

「────ふざ、けるな」

 

 枯れたような、消えかけの声が喉の奥から零れ出る。

 

 ビギリと、一歩二歩と前に進ませた両足から砕けていくような音がした。

 

「──みち、あんないなんて、いら、ねえ」

 

 熱を込める。

 

 この黒に負けないように、自分の心という名の炉に、ありったけの勇気を投げ入れる。

 

 そうだ、不要なものは切り捨てろ。

 

 諦観も、後悔も、絶望も、何もかも全て全て、要らないものは火にくべろ。

 

「こんな、理不尽!」

 

 バギッ!!!! と。

 

 跳躍し、前へと飛んだ全身から。

 

 粉砕するような音が、木霊して。

 

 

 

 

 

「全部、ぶち破ってやる────ッ!!!」

 

 

 

 

 

 そして俺は、背中を踏みつけるようにして、ソイツのことを跳び越えた。

 

 着地した時、元に戻った両足から迸る赤雷によって黒焔が少しだけ吹き飛ぶ。

 

 構わずに、〝それでいい〟とでも言うような笑顔で俺を見るソイツを置いて、走り出した。

 

「おぉおおおああぁああああぁああああぁぁあああああああッッッ!!!!!」

 

 死ぬ気で走る。

 

 走って走って走って、心臓が止まったかと錯覚するほど全身が重く感じても、走り抜ける。

 

 どんな運命も、絶望も、もはや俺の障害になりはしない。

 

 強力なアーティファクトも、物語の主人公のような特別な力も、余計なものは要らない。

 

 

 

 

 ただ、俺は。

 

 眩い赤の雷そのものとなった、この左腕を伸ばして。

 

 たった一言、こう叫べばいいんだ。

 

 何ともありふれた──俺にとって世界最強の、才能を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝錬成〟ぇええぇぇええぇえええええええええええええぇええええええええぇええ──────────ッ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焔を、暗闇を、作り変える。

 

 

 

 

 

 俺の進むべき、そこになくてはいけないたった一つの道を、創造(ビルド)する。

 

 

 

 

 

 最後まで走り抜けた、その先には────。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「──あ、れ?」

 

 

 

 

 

 ここは、何処、だ? 

 

 左腕を突き出したまま、目の前に広がる長閑な光景にそんなことを考える。

 

 鬱蒼と生い茂る木々に、その上から聞こえる小鳥が囀るような声。

 

 目の前には白い一本道が続いていて、先程までの地獄との落差に思考が停滞する。

 

「………………?」

 

 すると、どこからだろうか。

 

 音色が聞こえてきた。ピアノの演奏のようだった。

 

 何処かも分からぬ場所で、そんな音がすれば、意識が惹かれるのは当然のこと。

 

 

 

 

 いつの間にか元に戻っていた片腕を下ろして、一本道を歩き出す。

 

 無意識にその先に演奏者がいることを確信し、一心不乱に道の先を目指して。

 

 然程長くも無かった、獣道にしては小綺麗なその道を抜けた先には──湖があった。

 

 大湖水と呼べるそれはとても綺麗で、ウルの街のそれと比べても遜色ない。

 

 そして。

 

「………………ぁ」

 

 

 

 

 

 い、た。

 

 

 

 

 

 湖畔の一角、他より少し位置が高くなっている場所に、ピアノと演奏者が。

 

 

 

 

 

 たった一人で、恐ろしいほど美しい旋律で〝歓喜〟を演奏している。

 

 

 

 

 

 その傍らには、色とりどりの花が咲き誇る細い木が一本。

 

 

 

 

 

 鮮烈な赤い花。気高く鋭い紫の花。赤黒い花。

 

 

 

 

 

 見惚れるような黄金の花。活発な淡青色の花。

 

 

 

 

 

 力強い桃色の花。硬質な黒い花。寄り添うような二輪の緑の花。

 

 

 

 

 

 猛々しい金色の花に、明るいオレンジ色の花。眩いばかりの白金の花。

 

 

 

 

 

 大きいものと小さいものが一つずつの青い花に、血のような真紅の花と、濃い緑色の花。

 

 

 

 

 

 見ているだけで目を楽しませるその花々は、演奏者にとっての〝観客〟なのだろう。

 

 

 

 

 

 だが、その色は、どう見ても、考えても。

 

 

 

 

 

「俺、達…………?」

 

 思わず呟いた途端、演奏が止まった。

 

 面白いほどに一瞬でピタリと音が途切れ、ほぼ反射的に口を噤む。

 

 すると、背を向けて座っていた演奏者は、ゆっくりと立ち上がって。

 

 それから鍵盤の蓋を閉めると──こちらに振り向いて、ニッと笑うのだ。

 

「──まさか、こんなところまで来るなんてな」

「あ……あぁ…………!」

 

 声を漏らしてしまったのを、どうか許してほしい。

 

 だって、その顔は、その笑顔は。

 

 俺が新しい世界で、もう一回と、そう何回やったって思い出せなかった。

 

 ずっと、探し求めてきた──! 

 

「お前の頑固さにゃ心底負けるよ。完敗だ、ハジメ」

 

 

 

 

 

 その言葉に、目を見開いた。

 

 

 

 

 

 目を見開いて、最後の最後に思い出した、小さな言葉をもう一度思い出して。

 

 

 

 

 

 お前の、名前は。

 

 

 

 

 

「シュウ、ジ──ッ!」

「おう、なんだかんだとしぶとく生き残ることに定評のあるシュウジさんだ。体感的には五年ぶりくらいか?」

 

 そのふざけた喋りを、どれだけ聞きたかったか。

 

 俺の胸中に浮かんだ言葉は、音ではなく頬を伝う涙によって露わにされる。

 

 するとシュウジはこちらに歩み寄ってきて、ハンカチを取り出した。

 

「使うか? せっかくのワイルドなイケメンフェイスが台無しだぜ?」

「っ、ば、バーカ。お前に、言われ、てもっ。皮肉に、しかっ……聞こえ、ないんだ、よ……!」

 

 

 

 畜生、うまく話せねえ。

 

 

 

 やっと、会えたのに。

 

 

 

 想いが溢れて、止まらない。

 

 

 

「あーらら、こいつは失敗。俺としたことがハジメを泣かせちまうたあ、一生の不覚だ」

「俺だけじゃ、ねえだろうが、この野郎……!」

「おおっとクリティカルヒット。ハジメ、本当にゲイボルグ投げるの上手くなったね?」

 

 ケラケラと笑う様は、本当に変わっていなくて。

 

 一度死んだなんて信じられないほど、俺が覚えている通りなことが、なんだか可笑しくて。

 

 涙も引っ込んでしまいそうになっていると、不意にシュウジは笑い方を優しげなものに変えた。

 

「ありがとう。あの闇を乗り越えてくれて。俺の本心を見つけてくれて。お前が親友で、良かった」

「っ……そこは良かった、じゃなくて。ホッとした、だろ?」

「そいつもそうだな。何せ今までもこれからも、ハジメは俺の一番のダチだからネ⭐︎」

「ったく、しゃぁねーな。俺以外には務まらなさそうだし、付き合ってやるよ」

 

 やれやれと仕方がなさそうな態度をとってやれば、「そいつは大感謝祭りだ」などと笑う。

 

 ……本当は、もっと色々と言うつもりだったんだけどな。なんかどうでもよくなっちまった。

 

 どうせ、帰れば雫が待っている。こっぴどく説教するのはあいつに譲ることにしよう。

 

「いやー、しかし恥ずかしいな。あんだけカッコつけといて、お前らに自分の一部を残しちまうんだから。キマりきらないもんだねぇ」

「ちょっと残念なくらいが、お前にゃ丁度いいんだよ。全部完璧より、そっちの方が人生楽しめるだろ?」

 

 

 

 もう、完璧じゃなくていい。

 

 

 

 一人で全て背負えてしまう強さなど、あってもクソ喰らえだ。

 

 

 

 たとえ欠点があっても、弱さがあっても、それを補い合い、支え合うことが何より大事で。

 

 

 

 それがきっと、人が共に生きる意味だから。

 

 

 

「一理あるな。これからはそのセリフを座右の銘にしよう」

「ああ、しとけしとけ。なにせ……こっから何十年と、人生は続くんだからな?」

「……そいつは先行きが全く見えねえ、果てしないタイムリミットだ。せいぜい楽しむとするよ」

 

 そう言って笑うシュウジの笑顔からは、ずっと差していた影が取れていた。

 

 あの絶望を乗り越えた意味が、確かにあったのだとようやく確信して、思わず笑む。

 

 俺は、もしかしたら、ついに。

 

 

 

 

 

 こいつの心を、救えたのかもしれない。

 

 

 

 

 

「さって、帰りますか。正直一人でピアノ弾いてんのも飽きてたんだよネ。腰も痛いし、雫の膝枕でゆっくり寝たい」

「その前に三日三晩説教されろ、ボケ」

「こりゃ手厳しい。でも自業自得だからしょうがねえか」

 

 シュウジがケラケラと笑い、俺もクツクツと笑う。

 

 ひとしきり笑った後に、俺達はふと何かを思い付いたような、同じ顔をした。

 

「なあ、ちょっと思いついたんだが。せっかくだし、演奏対決してみねえか?」

「そいつは丁度マッチング、俺も同じこと考えてたぜ。最後に一曲、演奏会といくか」

 

 頷きあい、二人で歩き出す。

 

 一人で座るにしては無駄に長い椅子に座り、もう一度開けた鍵盤にそれぞれ指を乗せた。

 

「俺が右手側の演奏ね」

「じゃあ、俺が左側。先にミスった方が負け、罰ゲームは……一生守らなくちゃいけない約束を、一つ」

「……乗った」

 

 条件とルールを決め、頷き合い。

 

 

 

 

 

 そして、同時に演奏が始まった。

 

 

 

 

 

 最初は少しずつ、確かめるように音を合わせる。

 

 ピアノに触れたのは中学の時以来だが、指先は案外覚えているものだった。

 

 やがて、低音と高音、光と影が合わさり、交差するように、少しずつ速くなっていく。

 

「やるね、ハジメ」

「お前こそ、自主練の成果を見せてみせろよ?」

「言うねぇ」

 

 語り合いながら、重ね合いながら、共に旋律を重ねていく。

 

 序章が終わり、その次の本章へと。

 

 すると、速度も音の幅も一気に増えていき、激しく、明るく、旋律は軽快な音の宴となっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、この再会に、歓喜しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 今日という最高の日を、楽しもう。

 

 

 

 

 

 

 

 これまで重ねた苦しみも悲しみも、この喜びに比べたら、なんでもなかったと。

 

 

 

 

 

 

 

 そう、とびきりの演奏と共に笑い飛ばしてみせようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 共に奏でるのだ、いつまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 いつまでだって、一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 だって、俺達は。

 

 

 

 

 

 

 

 かけがえのない、友達だから。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな想いを指に乗せて、音楽という会話に乗せて伝えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 代償なんていらない。勝敗なんてどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、ただ。

 

 

 

 

 

 

 

 この時間が、いつしか終わったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 また、新しい世界を始めればいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 今度は一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 だから、奏で続けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 一人でじゃなく、二人で。

 

 

 

 

 

 

 

 二人じゃ足りないなら、三人で、四人で。

 

 

 

 

 

 

 

 そうやってもっともっと、大切な人達と、限りなく。

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は、今。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界に、生きているんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 ──ふと、目が覚めていく。

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 下がっていた頭を擡げながら、瞼を開く。

 

 しばらくぼんやりとしていたが、ふと右手にあった硬い感触がないことに気がついた。

 

 熟睡した後のように緩慢な動作でそこを見ると……ベンチにパンドラボックスはない。

 

 代わりに白いパネルだけが残っていて……その向こうには、粉々に砕けた黒い義手が。

 

「これ、は…………」

 

 無感情にそれを見つめ、やがてハッとする。

 

 義手の主が、もう一人の俺がいない。

 

「まさか、アイツ……!」

 

 衝動的に立ち上がると、周囲を見渡し──すぐ側に立っている奴を見つけた。

 

 思わずホッとしながら、奴に歩み寄る。

 

「おい、実験はどうなった? あいつはどこにいる?」

 

 背後から話しかけるも、答えは返ってこない。

 

 訝しく思い、根元から失われた左の腕を押さえて立ち尽くす奴の隣に並んで、その顔を見た。

 

 すると、奴は呆然としていた。

 

 微動だにせず、目を見開き、ただ一点だけどこかを見つめている。

 

「……?」

 

 一体何を見ているのだと、その視線の先を見て。

 

 

 

 

 

「…………会いたかった。たとえ記憶がなくても、ずっとずっと、貴女を求めていたの」

「……本当にごめん。お前も、他の皆も、悲しませて」

 

 

 

 

 

 下の道で抱擁を交わしている雫と──確かにそこにいるシュウジに、納得した。

 

 衣装は記録した情報を元にしたからか、【神域】で最後に見た派手なものだったが。

 

 それでもここに、この世界に、実在している。

 

 

 

 

 成功したのだ。

 

 俺は、俺達は、あいつのことを取り戻すことが、できたんだ。

 

「俺、何度もお前を裏切った。最後は笑顔でいられるようにするって約束、破ってごめんな」

「……でも、消えなかった。ちゃんと私の中に、貴女はその証を残してくれていた」

 

 一度体を離して、雫はあの指輪を取り出して見せる。

 

 すると、あいつは少しバツが悪そうな顔をして、指輪をそっと雫の手からつまみ上げた。

 

「こいつは、もう必要ないな。最後に俺の想いを、お前に伝えるためのものだったが……」

「…………」

「物で示せる想いなんざ、たかが知れてる。だから、ちゃんと俺自身で伝えるよ」

 

 あいつの手の中で、紫の光に包まれた指輪が別のものへと変わっていく。

 

 別れのリングは姿を戻し、三日月のブローチになって。

 

 手袋を外し、輪ゴムへと変えて組み合わせたシュウジは、それで雫の髪を縛る。

 

 目を閉じ、成されるがままにした雫は、数秒もするうちに見慣れたポニーテールに結われた。

 

「何度でも、何回でも。これから先ずっと──お前を、愛してるって。そう言い続けるよ」

「……ええ、ずっと伝えて。私の隣で、永遠に。これまで裏切った分、来世でも、その先でもね」

「仰せのままに、俺だけのお姫様」

 

 愛しさが溢れた笑顔を交わした二人は、そのまま目を閉じて。

 

 そして、この世のどんなものより優しいキスを、ゆっくりと交わすのだった。

 

「ハッピーエンド、ってところだな」

「…………2218万、3447分の1だ」

 

 その光景に感動していれば、ふと隣で俺が呟く。

 

 振り向くと、頬に涙を伝わせた奴は、とても、とても嬉しそうに笑いながら、静かに告げる。

 

「俺が神の造眼(ヘイムダル)で見た並行世界。未来の数は、2218万3347通り。その中で希望を得られたのは、このたった一つの未来だった」

「…………それはまた、天文学的数字だな」

 

 応答しながら、戦慄する。

 

 数として数えられるとしたって、それだけの世界を……絶望を、体感するというのは。

 

 一体どれほどの苦難だったのだろうか。想像するだけで気が狂ってしまいそうだ。

 

 我がことながら、化け物じみた精神力に恐れを感じた。

 

「やったんだ、俺は。ついに、あいつを、救えた──あいつの明日を、創れたんだ!」

 

 そう言って歓喜に打ち震える姿に、年甲斐もないなどという戯言は口にできなかった。

 

 こいつは俺であるからこそ、わかる。

 

 50年という月日、たった独りで絶望と戦い続け、ついに希望を勝ち取った、無上の喜びが。

 

「これで、やっと。俺の旅は、終わるんだな……」

「……長い間、お疲れさ」

「どらっしゃぁあああですぅうううぅぅうう!!!」

「ごっふぁ!!?」

 

 労いの言葉をかけようとしたその時、聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。

 

 同時に、骨が砕けて何かが潰れたような音がして、バッと音の発生源たる方向を見たら。

 

「やぁっと見つけましたよぉ〜、こんの大馬鹿鬼畜野郎ですぅ〜〜!」

「シア!?」

 

 何とそこには、ジャンピングキックでも決めたような姿勢で憤怒の表情を浮かべた恋人が。

 

 ネビュラガスを受けていない、つまりここにいるはずのない人物の登場に、一瞬訳が分からなくなった。

 

 そう、おかしなポーズで地面に沈み、雫に揺さぶられているシュウジを心配できないほどに。

 

「シュー! ちょっとシュー、起きて!」

「ぐふ……生き返って早々、もう死にそう…………エボルト再生お願い……」

「なんでシアが……あいつは、思い出せないはずじゃ」

「シア!」

 

 次の瞬間、更なる事態の展開に俺は度肝を抜かれることとなった。

 

 シアの名を呼びながら、道の向こうからやってきたのは──なんと、ユエだったのだ! 

 

 

 

 呆気に取られて固まっているうちに、次々とやってくる見知った顔ぶれ。

 

 ウサギ、ティオ、香織、美空、ルイネ、リベル、坂上、天之河、そして御堂。

 

 一部を除き、店に残してきた面々が勢揃いでやって来て、シュウジの元へと集まっていた。

 

「ど、どうなってんだこれ!?」

「──行ってこい」

 

 混乱の極みに達する俺の意識に、するりと差し込まれるような一言。

 

 反応して振り返れば、元の穏やかで渋みのある笑みを浮かべた奴は言葉を続ける。

 

「なんであれ、この未来はもうお前達のものだ。お前の望むがまま、思うがままに──行け」

「お、おう!」

 

 自分でもあっさりとその言葉に従い、丘を駆け下りてあいつらの元へ行く。

 

 直ぐに皆がこちらに気づいて、こちらを向いたユエ達に前触れなく質問をぶつけた。

 

「お前ら、なんでここに? ネビュラガスの影響があるやつはともかく、記憶がないはずだろ?」

「ん。香織達が神代魔法で呼び覚ましてくれた」

「魔法で?」

「うん。共通して体験した記憶を刺激して、そのショックで目覚めさせる魔法。ぶっつけ本番だったけど、うまくいったよ」

「ま、今回はほとんど香織の手柄だよ。私、最初取り乱して気絶させられたし」

 

 なるほど。いかにも治癒師らしい、記憶の治し方だ。

 

 改めて一同を見渡すと、皆一様に俺に向かって頷く。ここにいるメンバーは思い出しているようだ。

 

 ユエ達に事情を少し聞くと、残りのメンバーも思い出したものの、店番として残っているらしい。

 

 

 

 

 

 最後に、照れ臭そうに笑っている香織に視線を戻して……おもむろに頭に手を置いた。

 

「へ? は、ハジメくん?」

「ありがとう、香織。もちろん美空も。おかげで、みんなに思い出してもらえた」

「ふふん、すごいでしょ」

「……当然だよ。だって、私達は仲間だもん」

「ん。それに……忘れてるわけにはいなかった」

 

 ユエが、スッと目を細めながらとある方向を見る。

 

 全く同じ動作を、ぞっとするほど同時に他の何人かもして……ようやく立ち上がったシュウジを見た。

 

 それはもう、全身から色として見えるほどの怒りのオーラを、これでもかと立ち上らせて。

 

「えーと…………皆さん、怒ってらっしゃる?」

「「「「「「「「「当たり前だ(ですぅ、だろうが、でしょう、じゃろ、だよ)!!!!」」」」」」」」」

 

 真昼間の公園に木霊する、計九人分の怒号。

 

 これほど声を揃え、同じだけの怒りを抱くことなど、記憶を探ってもこれが初めてだ。

 

 流石にメンタル強度が異常なシュウジも、盛大に体を跳ねさせて反応せざるを得なかったようで。

 

 

 

 

 

 それが、かつての時間を取り戻した何よりの証明だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「……よかった。本当に」

 

 

 

 

 

 シュウジ達のもとへ走るハジメの後ろ姿を眺め、始は呟く。

 

「長い、長い……永すぎる、旅だった」

 

 何度挫けそうになったのか。何度諦めそうになったのか。

 

 全身全霊、全てを賭してこの未来を勝ち取りはしたものの、それは結果論で。

 

 思い返せば、いつもギリギリで。

 

 だからこそ、何よりも嬉しくてたまらないのだ。

 

「やれやれ。俺があと二十若けりゃ、飛び跳ねて喜べたんだがな……っとと」

 

 肩をすくめようとしたが、左腕がないことでバランスを崩しかける。

 

 今更それに気がついて、始は数歩分下がり、そのまま立て直せずに尻餅をついた。

 

 体力も魔力も、そして気力も、すっからかんだ。

 

「ははっ、清々しい気分だ。ここまでスッキリしたのは、何十年ぶりだろうなぁ」

 

 一人で笑いながら、ふと顔を上げる。

 

 

 

 

 

 そこには、吸い込まれてしまいそうな広い空。

 

 

 

 

 

 どこまでも澄み渡る、その蒼天の色模様が始の心と全く同じだったのだ。

 

 ずっと、嵐の中にいた。

 

 後悔という豪雨の降り頻る、止まない嵐が始の心を打ちつけていた。

 

 だが、今。

 

 すっかり、嵐は過ぎ去った。

 

「これが物語や映画なら、俺は笑顔で死ぬのが鉄板だな……」

 

 目を閉じ、満足な微笑でブラックジョークを言ってみる。

 

 それは望んでいた結末であり、無力だった自分への断罪行為でもあったはずなのだ。

 

 けれども、それを許されないことを、許されたことを、始はもう知っている。

 

 だから。

 

「あ、いたいた。おーい、ハジメさーん」

「ん。時間を特定するのに手間取ったけど、見つけた」

 

 ごく自然と、すぐそばに開いた六角形のゲートから現れた二人には驚かない。

 

「……愛されるってのも、なかなか大変だ」

「もう、またそんなこと言って。意味深なセリフはそろそろ、ネタ切れにしといてください」

「ん。あんまりかっこつけてると、つい口を塞ぎたくなる。物理的に」

「おっと、こいつは参った。降参だ」

 

 おどける始に、「仕方がないなあ」という感情を顔に浮かべて笑う二人。

 

 

 

 

 それからユエ達は、本当に一歩も動けない始を二人がかりで立ち上がらせる。

 

 シアに残った腕を肩に回され、ユエが胸と背を支えて、ようやく自立することができた。

 

「ったく、これじゃあ本当に介護だ。早いとこ調子を取り戻さんとな」

「ちょうど壊れちゃいましたから、どうせなら失った体も再生しちゃいましょう」

「ん。それがいい」

 

 二人の返答に微かに微笑み、それから始はゲートの方を向いて……初めて驚いた。

 

 そこに、真っ白い亡霊が立っていたから。

 

「…………八重樫?」

「………………こんにちは」

 

 ゲートから出てきたのか、そこに直立していた雫が返事をする。

 

 思わずユエ達を見ると、彼女達は驚いた様子はない。どうやら最初から来る予定のようだった。

 

「…………見える。光が、見えるわ」

 

 誰に聞かせるでもなく、一人でに呟いた雫はこちらに歩み寄ってくる。

 

 そして三人の隣に来ると……徐に、両手を後頭部に伸ばした。

 

 程なくして、はらりと顔を覆う眼帯が緩んで落ちる。

 

 内から現れたのは、露わになっていた箇所と同じように透き通った肌と、白く染まった睫毛で彩られる瞼。

 

「──」

 

 ふるふると、震わせていた瞼を見開き──現れたのは、赤漆のように美しい目。

 

 黄金の瞳孔が艶やかに輝くその瞳で、雫はとある方向を見て。

 

「あぁ……!」

 

 心の底から滲み出たことがわかる、震えるも感嘆の染み込んだ声を漏らす。

 

 眼帯を手放し、両手で口元を覆うと、秘宝の如き瞳を見開き、その一点だけを見つめるのだ。

 

「見えた……! やっと、私の光が、ここに……!」

 

 雫が目の当たりにし、打ち震えているものを、始達もまた一瞥する。

 

 そこでは現在進行形で、全員にブチ切れられてオロオロとしているシュウジがいた。

 

 それでも、皆に、この世界の己が隣に寄り添う、その様は。

 

 

 

 

 

 何もかも失った雫にとっては、これ以上ないほどの希望()だった。

 

 

 

 

 

「……忘れて、しまわないでしょうか。そのかけがえの無さを、当たり前だと、いつしかそう思い込んでしまわないでしょうか?」

 

 ふと、シアが言う。

 

 彼女の言葉には不安や悲しみと同時に、この世界の自分達への〝期待〟があって。

 

 そんな彼女に、始を挟んで聞いていたユエも僅かに眉を落とす。

 

「……ん。人は、幸せに慣れるもの。それが失われるという恐怖に、いつしか知らないふりをしてしまう」

「大丈夫さ」

 

 二人の憂慮を振り払うように、強い宣言が響いた。

 

 ユエが、シアが、ひたすらにシュウジ達を見ていた雫も、始の方を見て。

 

 三人に、始は不敵に笑う。

 

「あいつらは、諦めなかった。思い出せるはずのない記憶を、自分達の意思で取り戻した」

「でもそれは、香織さんの魔法があったからじゃ……」

「思い出したくないのならば、拒むこともできた。でもあいつらは、そうしなかった。封じ込められたものに手を伸ばし、掴んだんだ」

 

 だったら、と三人の顔を見て。

 

 始は断言するのだ。

 

「それは、〝奇跡〟だ。奇跡を得た者は、その尊さを知っている。知っているからこそ忘れない……俺は、そう信じる」

「……ハジメさんが、そう言うなら!」

「ん。私も、この世界の私達を、信じる」

「……いつまでも、絶えぬ光を」

 

 

 

 答えは得た。

 

 

 

 もう、思うことはない。

 

 

 

 奇跡を手にした彼らを見て、希望を得られたのだ。

 

 

 

 だったら──頑張っていける。

 

 

 

「さあハジメさん。帰りましょう、私達の時間に」

「ん。みんなが待ってる」

「貴方の光は、まだ消えていないわよ?」

「……ああ」

 

 ユエに、シアに支えられ、案内人のように雫がゲートへと誘って。

 

 そして始は、自分という時計の歯車がようやく回り始めたことを実感しながら歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ありがとう、ハジメ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

「? ハジメさん、どうかしましたか?」

「ハジメ、大丈夫?」

「南雲くん?」

「……いや、なんでもないさ」

 

 振り上げた顔を、ゆっくり降ろして。

 

 そして、自分の世界に繋がる扉を、大切な人達と一緒に潜りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺も、ありがとう。さようなら、シュウジ」

 

 

 

 

 

 

 

 たった一言だけが、この世界に残された。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「私達がどれだけ貴方のことを大切に、家族みたいに思ってたのか、まだ分からないんですか!?」

「ん! 前にも言った、私達は貴方を一人にはさせない! 絶対の絶対に!」

「死んだくらいで別れられるなんて、思わないで……!」

「お、おぉう、めっちゃ怒られてるのにすげえ大切に思われてる……」

 

 ユエの、シアの、ウサギの、暴流のような剣幕にたじろぎ。

 

「ご主人様からの酷い仕打ちはウェルカムじゃがのぉ……この痛みに関しては、シュウジ? 一度きちんと、それはしっかりと、お話をせねばならぬようじゃの?」

「シュウジ……何回、刻んでほしい?」

「身体中壊しながら治療する拷問、100回コース……やろっか?」

「ヒェッ」

 

 黒いオーラを称え、額にこれでもかと青筋を立てたティオ達の怒気に怯み。

 

「同じように死んだ俺が言うのもなんだけどよ……お前、残された奴の気持ち考えろよ」

「ぐはっ!?」

「俺達のことはまだいい。けど……雫のことは、悲しませないでくれ」

「ぐぅッ、テメェの正論で傷つく日が来るとは思わなかったぜ……!」

 

 そして、心底呆れたという顔で言う坂上と、思い詰めたような顔の天之河の言葉に撃沈した。

 

 崩れ落ちて四つん這いになったシュウジを誰もが冷めた目で見下ろし、唯一雫だけが苦笑いをする。

 

「ていうか坂上、その顔についてる無数の小さな紅葉は……」

「おう、記憶を取り戻した鈴にしこたまビンタされた! で、その後これでもかって泣かれて、好きって言われたぜ!」

「これ異常なほどのカオスさだな」

 

 想像するだけで大分おかしな状況だ。

 

 だが、スッキリした顔の坂上を見るあたり丸く収まったんだろう。過程はメチャクチャだが。

 

「ああ、それと北野」

「……なんでせう」

「鈴から伝言だ……〝恵里も救ってくれて、ありがとう〟ってよ」

 

 その、坂上の……谷口の言葉の意味は、俺にもどういうものか理解できている。

 

 この新世界で中里は──辛い家庭の事情のことで、幼少からずっと支えてくれた谷口と本当の意味で親友になっていた。

 

 ああして狂ってしまった原因、その運命が書き換わり、谷口にとって最も欲した未来になったから。

 

 旧世界での狂気は消え去り、高校時代はいつも谷口と本音で遠慮のないやり取りをしていた。

 

「……さぁて、なんのことだかさっぱり。俺はただ、谷ちゃんに都合のいい運命をプレゼントしただけなんでね」

 

 だが、立ち上がったシュウジはあろうことかしらばっくれやがった。

 

 それが嘘であることは明白で、しかし坂上はニヤリと笑うと頷く。

 

「んじゃ、そういうことにしとくぜ。()()()()()()()さん」

「っ!」

 

 息を呑むシュウジ。

 

 贈られたその言葉は、こいつにとっては珍しく、予想外のことだったのだろうか。

 

 固まったシュウジに次に言葉をかけたのは、天之河だった。

 

「……北野」

「…………んだよ、()()()。脚と目は治してやったんだから、文句言ったらぶん殴るぞ」

 

 あいつの返答に目を見開き、驚嘆したのは、きっと天之河本人と俺だけじゃないはずだ。

 

 今、こいつはぶん殴ると言った。

 

 毛嫌いする天之河を殺すでも消すでもなく、ただ単純に()()()()で留めたのだ。

 

 しかも、普通に名前で呼んだ。

 

 

 

 

 

 それは、死から蘇ったことよりよっぽど天変地異だった。

 

 

 

 

 

「っ、そ、それは感謝してる。でも、お前に礼を言いたいことはそれだけじゃないんだ」

「なんだよ。言いたいことあるならさっさと言え。じゃないとお前の靴に犬の糞詰めてやる」

「それはとてつもなく嫌だな!?」

 

 ああ、なんだ。嫌ってんのはそのままなのか。ホッとした。

 

 ユエ達と胸を撫で下ろしていると、気を取り直した天之河が……シュウジに頭を下げる。

 

「ネルファを助けてくれて、ありがとう。俺の大事な人を……愛する人を、生き返らせてくれて。本当に、本当に、ありがとう」

「あら、熱烈なこと」

 

 シュウジが応えるよりも先に、怒号も上げず、楽しげに静観していた御堂が呟く。

 

 チラリと見れば、以前より妖艶な笑みを浮かべた彼女は……なんというか、満更でもなさそうだ。

 

 

 

 

 そして、実際に礼を言われた当の本人はというと。

 

 憮然とした表情で、ポケットに両手を突っ込みながらそっぽを向いていた。あの野郎。

 

「こら、シュー」

「……へいへい、わかったよ。おい、天之河」

「……なんだ」

 

 顔を上げた天之河に、シュウジはまたしばらく黙って。

 

 やがて、深い、それはそれは深いため息を吐いてから、ようやく言った。

 

「俺はお前が嫌いだ。大嫌いだ」

「ああ、わかってる」

「でも、()()()()()()()()()()()()。他の誰でもない。それは誇れ」

「き、北野……」

「お前の剣が呪いを断ち切り、飢えを満たした。なら、最後まで責任を取れよ。()()()()()()()()()

 

 そう告げるシュウジの顔は、これまで一度も天之河に向けたことがない真剣なものだった。

 

 本当に珍しく、本気で、本心から言っているのだと、長年の付き合いで直感的に察する。

 

 その強い光を放つ瞳に、天之河は……しっかり頷いた。

 

「わかってる。それが俺の使命、俺のなすべきことだ。絶対に守るよ、彼女を」

「ん。まあ、カインじゃない俺がこんなこと言うのも何様だって話なんだけどな」

「ははは……」

 

 イマイチきまらねえのは、わざとなんだか、俺の言葉を実行しているんだか。

 

「……まったく、本人を蚊帳の外に好き勝手言いますこと」

「不満か?」

「ええまあ。私、他人にあれこれ言われるのが屈辱でならないので」

 

 思わず投げかけた問いに返ってきたのは、相変わらず傲慢な返答。

 

 苦笑していると、「けれど」と御堂は自分の言葉を否定して。

 

「悪くはないですわね。せいぜい、あの愚者に私という至宝を守らせることにしましょう。ええ、それはもうずっとずっと……地獄の底まで、ね」

 

 ……相変わらず厄介な女によく好かれるなあ、天之河は。

 

「お前も、ちゃんと雫を守ってくれ。これは身勝手で馬鹿な幼馴染の、最後のわがままだ」

「光輝……」

「ったりめぇだバーカ。こいつが嫌だって言っても離してやるもんか」

「それを聞いて安心したよ」

 

 絶対にありえない程、シュウジと天之河のやり取りは終始穏やかに終わった。

 

 そうして天之河が戻ってきて……ふと、最後にまだあいつとちゃんと話していない人物に目がいく。

 

 まるでわざと残しておいたように、自然と最後まで待っていたのは彼女達──ルイネと、リベル。

 

 シュウジも分かっているのか、二人の方を見ると──不意に姿勢を低くした。

 

「よっしゃリベル、カモン!」

「っ、パパぁああっ!!」

 

 くしゃりと顔を歪め、両手を伸ばしてリベルが駆け寄る。

 

 全速力でやってきた愛娘を、シュウジは受け止めて抱き上げた。

 

「うぉーっし、大きくなったなぁリベル! 輝かしい成長の軌跡を見れなくて、パパ残念だぜ!」

「もうっ、もうっ! パパの馬鹿っ! もう絶対絶対ぜ────ったい、どっかいっちゃダメなんだからね!」

「はっはっはっ、もうどこにもいかないぞー!」

 

 泣きながら怒るリベルに頬ずりし、これでもかと抱きしめ、可愛がるシュウジ。

 

 リベルの表情もだんだんと和らいでいき、涙を拭って笑顔を見せるまでそう時間はかからなかった。

 

 その光景に和んでいると、慄然とした表情のルイネがシュウジへと歩み寄る。

 

「シュウジ」

「おう、そういう呼び方をされたのは初めて──」

 

 

 

 バシィッ! と、大きな音が木霊する。

 

 

 

 それは、ルイネが思いっきり右手でシュウジの頬を打ち抜いた音。

 

 物理的な制裁に、なんだかんだと緩んでいた空気が、一瞬にして凍りついた。

 

 

 

 

 張り飛ばされ、強制的に横を向いたシュウジの顔。

 

 広がる静寂と、気まずい雰囲気。

 

 その中で、事の発端であるルイネが動き出す。

 

 ベストの肩口を掴んで引き寄せ、もう一方の手で強制的に顔を正面に戻すと──

 

「ん──」

「っ!?」

「わっ! ママ大胆!」

 

 なんと、シュウジに口付けをした。

 

 もう一発喰らうと覚悟してたのだろう、先程よりもっと驚いた顔でシュウジは固まる。

 

 シアか誰かが「ひゃー!」と野次馬声を出している内に、ゆっくりとルイネは顔を離した。

 

「最初のあれは、旧世界で先に裏切った分を引いた、全てを捨てたことへの怒り。そしてこれは、貴方に対する私の好意だ」

「……えっ、と。ごめん、落差がすごくて、なんて言ったらいいか…………」

「じっくり考えて、受け止めてくれ。ただこれだけは言っておく──私はもう、貴方から離れないからな。また転生したとしても、絶対に」

 

 ルイネから明かされた大胆な告白に、けれどシュウジは困ったような顔をする。

 

「でも、俺はカインじゃなくて……救おうとしたんだけど、あいつ、自分で消えちまって……」

「ええい、うだうだと男らしくもない。私は()()()()()()()()()()んだ! あの人への想いとは全くの別物だ!」

「い、いやだが、俺なんかがお前に好かれる資格は」

「あら。あんなに私を裏切って、さっきはあんなことを言っておいて、よく抜け抜けと言えるわね?」

 

 ……雫は、言葉の切れ味も鋭くなったな。

 

 最愛の人に逃げ場をザックリと切り捨てられて、もう何言っていいのかわからない顔になってやがる。

 

 その隙を突くように、もう一度グンと顔を近づけたルイネは、至近距離ではっきりとあいつに告げる。

 

「あの人は、もう去ったんだ。貴方は貴方自身を生き、人を愛さなくてはいけない。私も私の意思で、貴方の隣に居続ける。これは決定事項だ。断ることは許さない」

「いや、あの、その、えぇーと……ハジメ助けて!」

「嫌だ」

「即答!?」

 

 俺がシアに迫られた時に散々と揶揄ってくれたんだ、せいぜい同じ気持ちを味わうがいい。

 

「えぇ、うっそぉ……なんでお前、そこまで俺のこと好きなの? 自分で言うのもアレだけど、俺ちゃんって相当なクソ野郎だよ?」

「何、この新世界で少々為政者が板についたが、私も暗殺者。卑怯汚いは褒め言葉だ」

「に、逃げ場がねぇ……」

「なんだ。あれだけ私を助けようとしてくれたのに、今はもう嫌いになったか?」

「それを言うのはズルいってばよ……はぁ、分かったよ。向き合うって先生とも約束したからな。ちゃんとお前のこと、受け止めるよ」

「それでいい」

 

 ついにシュウジが折れた。望んだ答えが得られたルイネは満足そうだ。

 

 手を離したルイネは、ずっと自分達のことを見守っていた雫に向け、不敵に笑って。

 

「雫殿も……いいな?」

「ふふ、一緒にメロメロにしましょうね。二度と馬鹿なことができないように」

「ああ、それはすごくいい提案だ」

「ハジメー、ものすんごい美女二人にこれでもかって愛されてて、俺ってばどうしたらいいと思う?」

「そうだな、とりあえずリア充くたばれと言っておこう」

「お前がそれ言うんかーい!」

 

 そりゃそうか。

 

 

 

 

 

 

 ──なんて。

 

 

 

 

 

 こんなやり取りができることが、何よりも嬉しい。

 

 皆がいる。

 

 俺にとって何より大切で頼もしい、愛する人達が、笑顔で揃っている。

 

 ありふれた幸せ。

 

 そう言ってしまえばそれまでだろうが、どんな物より価値があると俺は知っている。

 

「なあ、シュウジ」

「ん? なんだハジメ?」

 

 

 

 

 

 だから、そう。

 

 

 

 

 

 ユエ達と顔を見合わせ、頷きあって。

 

 

 

 

 

 この幸せを実現する為に、誰より必要だったそいつに、こう言うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「「「おかえりなさい」」」」」」」」」」」」」

「…………ああ。みんな、ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、俺達の長い長い物語は幕を下ろす。

 

 

 

 

 

 ある日、異世界に召喚され、多くのものを失い、多くのものを得た。

 

 

 

 

 

 最後にかけがえのないものを失い──そして、取り戻した。

 

 

 

 

 

 もし俺達の、この奇想天外で破茶滅茶な旅に名前をつけるとするならば。

 

 

 

 

 

 きっと俺は、ありふれたタイトルを銘打つのだろう。

 

 

 

 

 

 そう、たとえば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『星狩りと魔王』、とかな。

 

 

 

 

 

 

 

 




完    結    !




【挿絵表示】


読者の皆様、数年に亘りこの作品を読んでいただき、ありがとうございました!
本当に、本当に長い長い作品でした。
途中エタったり、半年間失踪したり、なんだか荒れてたりと様々ありましたが、三百話近い大長編をようやくハッピーエンドにこぎつけることに成功しました。
もうビルド終わってから、何年も経ってるんですがね(笑)
とにかく、ここまで走り抜けられたのは皆様のおかげに他なりません!
改めて、ありがとうございました!


さて、内容の方に。
この作品を描くにあたり、作者自らとしても二作目の完結作にして、多くのことを学ぶことができた作品であったと思います。
最初は思い切りギャグキャラから入り、やがて非常に計算高く、底知れず、それでいて常に道化を演じて誰にも真実の姿を見せない、そんな主人公像を見せていく為、苦悩を重ねてきました。
こういったキャラを描くのは非常に楽しくもありましたが、同時に難しくもあったのです。
善と悪という何千何万という作品で使われてきた概念、その一方に立つことを誇りつつも、善良な幸せを求める様を、うまく描けていたでしょうか。
自分としては満足のいく結果に終わりましたが、そう思わない方もいるでしょう。この経験を活かし、次の二次創作に活用していければ良いなと思っております。
他にも数え切れないほどの達成感と反省、後悔を得ました。例えば、これほど多数のキャラの各自の心境を描く事の難しさであったり、キャラ同士の親密度に説得性を持たせるには足りていなかったなと感じたこともあったり。
いわゆる群像劇的な様相も呈していた今作ですが、かなり難しい挑戦でした。
反省点の方が多いと言うのは、世の常ですかね(笑)
それでも、目一杯楽しんで、学んで、悲しんで、苦悩して、作り上げた世界でした。そこに一切の後悔などありません。


こういった表現もおかしいですが、シュウジ達、多くのことを教えてくれてありがとう! これからもお前達の物語は、時間は続いていくぞ!



そのうちシュウジ、ハジメ、光輝、この作品の三大主人公といえる彼らを主軸に後日談なども考案しております(笑)



そして、この作品最大のイレギュラーとも言える未来のハジメ。
最後にまだ一人ではないことを知れた彼は、シュウジを取り戻したハジメ達を見て満足し、迎えにきたユエ達と共に帰りました。
それから先、もしかしたらまたどこかの世界のシュウジを救う為に、今度は仲間達と一緒に過去へ赴くのかもしれません。
あるいは、誰かに自分と同じ思いをさせない為、全く知らない未知の世界……未知の作品へ行くのかも。


その物語は、もしかしたら……





というわけで、熊0803でした。
今後とも、自分の作品達をよろしくお願いいたします。


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【設定集】
各キャラ 最終ステータス


全員は網羅してないですが、本編終了時のステータス早見表です。


=========================

 北野 シュウジ 22歳 男 レベル:???

HL:12.0

 天職:星狩り・到達者

 職業:冒険者   ランク:金

 筋力:60000

 体力:66000

 耐性:55000

 敏捷:88000

 魔力:60000

 魔耐:60000

 技能:天体観測・特殊空間航行・全事象耐性・憑依[+精神操作][+肉体操作][+魂魄操作]・衝撃波[+内部破壊][+無距離]・魔具精製[+エボルボトル][+ドライバー][+ビルドウェポン][+トリガー][+パンドラパネル【ブラック/ホワイト】]・念動力[+凝縮][+破壊][+吸引]・毒物精製[+特殊毒][+毒性付与][+纒毒]・瞬間移動[+一定空間内][+座標固定][+自在]・異空間収納[+付与][+無機物][+有機物]・全能感知・物体操作・隠密・武器術・暗殺術・詐術・魔法・世界の殺意[+虚無][+惑星運行システムアクセス権]・闘術[+獣術][+鬼術][+魔術][+神殺術]・自己再生[+分裂増殖][+複製体寄生][+同一意思]・変身・蒸血・カーネイジ・進化[+エボル][+神格]・超越理解[+狂気][+惑星システム]・神代魔法[+生成][+重力][+空間][+再生][+魂魄][+昇華][+変成][+概念]・因果[+絆][+概念補完][+記憶保存]

=========================

 

 

 

=========================

 南雲ハジメ 22歳 男 レベル:???

  HL:9.9

 天職:錬成師・踏破者

 職業:冒険者   ランク:金

 筋力:50000

 体力:56000

 耐性:48000

 敏捷:53000

 魔力:54000

 魔耐:56000

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破[+覇潰]・闘術[+獣術][+鬼術][+魔術]・乱撃[+迅撃][+破撃][+覇撃]・加速[+超速][+豪速][+超加速]・変身・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・言語理解・因果[+絶対到達]

=========================

 

 

 

====================================

 八重樫雫 22歳 女 レベル:100

 ハザードレベル:5.0

 天職:剣士・紫影ノ妃

 筋力:9500

 体力:12400

 耐性:9700

 敏捷:15000

 魔力:4400

 魔耐:4800

 技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇][+明鏡止水][+極一意思][+因果両断]・縮地[+重縮地][+震脚][+無拍子]・先読・気配感知[+全感知]・隠業[+幻撃][+暗撃]・言語理解・空間魔法・再生魔法・昇華魔法・変成魔法・因果[+絶対不朽]

====================================

 

 

 

====================================

ユエ 328歳 女 レベル:100

 天職:神子   

 職業:冒険者   ランク:金

 筋力:330

 体力:550

 耐性:200

 敏捷:360

 魔力:12180

 魔耐:12320

 技能:自動再生[+痛覚操作][+再生操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・因果[+不忘]

====================================

 

 

 

====================================

 ウサギ ???歳 女 レベル:ーーー

 天職:バーサーカー・魔神の妃

 職業:冒険者   ランク:金

 筋力:25000

 体力:25000

 耐性:25000

 敏捷:30000

 魔力:2000[+無限]

 魔耐:5000

 技能:超強化[+感覚強化][+出力強化][+肉体構造強化]・獣化[+部分獣化][+全身獣化][+完全獣化]・獣闘術[+一切粉砕][+一切鏖殺]・魔神寵愛[+瞬間強化]・変化・生成魔法・因果[+不忘]

====================================

 

 

 

====================================

 シア・ハウリア 21歳 女 レベル:100

 天職:占術師

 職業:冒険者   ランク:金

 筋力:100 [+最大35140]

 体力:120 [+最大35140]

 耐性:100 [+最大35140]

 敏捷:130 [+最大35140]

 魔力:5020

 魔耐:5280

 技能:未来視[+自動発動][+仮定未来][+天啓視]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅵ][+集中強化]・闘術[+獣術][+鬼術]・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・因果[+不忘]

====================================

 

 

 

====================================

 ティオ・クラルス 568歳 女 レベル:100

 天職:守護者

 職業:冒険者   ランク:金

 筋力:770  [+竜化状態5620]

 体力:1100  [+竜化状態7600]

 耐性:1100  [+竜化状態7600]

 敏捷:580  [+竜化状態4480]

 魔力:5590

 魔耐:5220

 技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇Ⅱ][+咆哮][+風纏] [+痛覚変換Ⅱ]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・複合魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・因果[+不忘]

====================================

 

 

 

====================================

 ルイネ・ブラディア 29歳 女 レベル:100

 天職:龍皇・紅の殲滅者

 職業:冒険者   ランク:銀

 筋力:20000

 体力:40000

 耐性:40000

 敏捷:50000

 魔力:10000

 魔耐:40000

 技能:操糸術・完全耐性・龍力・龍刃錬成・龍鎧精製・隠密・変装・諜報・暗殺術・超忍耐・闘術[+獣術][+鬼術][+魔術]・生成魔法・重力魔法・空間魔法・変身・因果[+不忘]

====================================

 

 

 

====================================

 リベル・北野・ブラディア 8歳 女 レベル:10

 天職:重術師

 筋力:700

 体力:1000

 耐性:5000

 敏捷:1000

 魔力:5000

 魔耐:6500

 技能:重力魔法・因果[+不忘]

 ====================================

 

 

 

====================================

白崎香織 22歳 女 レベル:100

天職:治癒師・堕天使

筋力:24000

体力:24000

耐性:24000

敏捷:24000

魔力:24000

魔耐:24000

技能:回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲回復効果上昇][+遠隔回復効果上昇][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・光属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・高速魔力回復[+瞑想]・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・因果[+不忘]・分解能力・全属性適性・複合魔法

====================================

 

 

 

====================================

石動美空 22歳 女 レベル:100

HL:3.3

天職:治癒師

筋力:890

体力:890

耐性:1000

敏捷:550

魔力:1500

魔耐:1100

技能:回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲回復効果上昇][+遠隔回復効果上昇][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・光属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・高速魔力回復[+瞑想]・言語理解・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・因果[+不忘]

====================================

 

 

 

====================================

天之河光輝 22歳 男 レベル:100

天職:艶花の守り人

筋力:1020[+9413]

体力:1020[+9413]

耐性:1020[+9413]

敏捷:1020[+9413]

魔力:1020[+9413]

魔耐:1020[+9413]

技能:纏魔[+魔鎧][+魔口][+魔腕]・暗黒術適正[+闇属性効果上昇][+発動速度上昇]・精神耐性[+対狂気][+対錯乱]・剣術:闇[+邪念吸収] [+悪以悪断]・怪力・影食み[+影移動] [+影分身]・先読:真[+活路看破] [+死幻]・七罪[+悪意感知][+吸収回復]・限界突破[+覇潰]・超越理解[+狂気][+言語解析]・因果[+艶花の棘]

====================================

 

[+艶花の棘]

 

 君が、俺に全て与えてくれた。

 

 魂の髄にまで、君という棘は突き刺さって。

 

 だから、いつまでも君を、待ち続ける。

 

 

====================================

御堂英子/ネルファ 22歳 女 レベル:100

天職:暗殺者・呪術師

筋力:20000

体力:25000

耐性:40000

敏捷:45000

魔力:30000

魔耐:30000

技能:暗黒魔術・召喚魔法・完全耐性・幻覚魔法・隠密・変装・諜報・暗殺術・闘術[+獣術][+鬼術][+魔術]・超越理解[+狂気][+言語解析]・因果[+愚者]

====================================

 

[+愚者]

 

 私という美は唯一にして至高。

 

 誰にも触れさせない、捉えさせない。

 

 あの、愚か者以外には。

 

 

====================================

 坂上龍太郎 22歳 男 レベル:100 ハザードレベル:5.5

 天職:拳士・仮面ライダー

 筋力:12000

 体力:13000

 耐性:11000

 敏捷:11000

 魔力:2000

 魔耐:7000

 技能:格闘術[+身体強化][+部分強化][+集中強化][+浸透破壊]・縮地・毒物耐性・物理耐性[+金剛]・全属性耐性・言語理解・変身・因果[+不忘]

 ====================================

 

 

 

====================================

谷口鈴 22歳 女 レベル:100

天職:結界師

筋力:450

体力:650

耐性:650

敏捷:880

魔力:1020

魔耐:1020

技能:結界術適性[+魔力効率上昇][+発動速度上昇][+遠隔操作][+連続発動]・光属性適性[+障壁適性連動]・言語理解・因果[+不忘]

====================================

 

 

 

=============================

畑山愛子 30歳 女 レベル:100

天職:作農師

筋力:50[+ヴェノム時8000]

体力:100 [+ヴェノム時8000]

耐性:200[+ヴェノム時8000]

敏捷:50 [+ヴェノム時8000]

魔力:1000

魔耐:1000 [+ヴェノム時8000]

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・超越理解[+悪意]・因果[+不忘]

===============================

 

 

 

===================================

遠藤浩介 22歳 男 レベル:100

ハザードレベル:4.4

天職:暗殺者・ヘビノキバ

筋力:7700

体力:6900

耐性:4500

敏捷:9000

魔力:5600

魔耐:5600

技能:暗殺術[+短剣術][+隠蔽][+追跡][+投擲術][+暗器術][+伝振][+深淵卿][+紫影の導き]・気配操作[+気配遮断][+幻踏][+夢幻Ⅲ][+顕幻][+滅心]・影舞[+水舞][+木葉舞][+狂人憑依]・闘術[+獣術][+鬼術]・重力魔法・言語理解・因果[+不忘]

===================================

 

 



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シュウジ 作中キーアイテム一覧


なんか纏めたくなったので、ふらりと投稿。




 

 

 

 膨大な知識と野心

 

 武芸から魔法、学問、哲学、経済、行政、惑星の理に至るまで、カインが1000年の中で極めた数百という専門的な知識の数々。

 これらを十全に使いこなし、かの暗殺者は〝多数の幸福〟の為に両手を血で染めてきた。

 しかし、北野シュウジはその莫大な遺産を、己の目的を達成する為に利用した。

 智謀を巡らせ、智略を司り、人々を操り、国を侵し、世界をも支配する。

 絶えぬ野心は、何よりも大切な自分の家族を守るため。

 彼らと自分が紡ぐ〝愛と平和〟を続けていく為に、この世全てを利用する。

 

 

 

 

 

 ならば、たとえ新たな世界に生き返ろうとも、彼は同じように支配するのだろう。

 

 

 

 

 

 ギャグT

 

 シュウジお手製、無駄にクオリティの高いネタTシャツ。108式まである。

 

 

 

 

 

 ドライバー・トリガー・ボトル・スチームガン一式

 

 女神が創造したもの。オリジナルのものと遜色ない。

 

 

 

 

 

 パンドラボックス

 

 絶大なエネルギーを秘めた禁断の箱であり、今作では膨大な情報体とも解釈している。

 新世界構築、そしてシュウジの蘇生にエネルギーを使い切り、ホワイトパネルだけが残っている。

 

 

 

 

 

 缶ジュース

 

 飲むと負傷や体力の消耗が癒えるジュース。12種類のランダム味。

 タブを開くとベストマッチ音が鳴るよ。

 

 

 

 

 ミラーリフレクター

 

 任意の欠片同士で入口と出入り口を設定できる、〝境界石〟によって作られたビルドウェポン。

 オルクス大迷宮の攻略時に使用され、後に存在が空気となって消えた。悲しみ。

 

 

 

 

 

 ブラックローブ

 

 エボルトのブラックホールフォームのスーツを剥ぎ取って作ったロングコート。作中前半において愛用していた。

 ブラックホールの形成・操作を補助し、魔力消費効率を軽減する。

 ポケットは異空間化している。ビスケットが何枚でも入るよ。

 

 

 

 

 

 バッヂ

 

 魔力分解を中和・無効化するアーティファクト。ライセン大峡谷の攻略に使用された。

 

 

 

 

 

 マシンビルダー

 

 お馴染み、話が進むにつれて影が薄くなっていくライダーバイク。

 メルジーネの攻略が最後の出番だったかな? 

 

 

 

 

 

 シエイカマキリ

 

 樹海の奥にいたアトラルk……ウォッホン! 巨大なカマキリ型の魔物の体の一部を培養し、シュウジが魔法で作り出した魔物。

 異空間化した紫色のボックスを巣とし、繁殖と自己進化を続ける、何百万、何千万という小さき軍隊。

 〝透明化〟と〝気配遮断〟、〝生体感知〟、〝共鳴〟の技能を持ち、隠密と探索、統率された行動を可能とする。

 十匹で大体プレデターハウリア一匹分の戦力相当。

 

 

 

 

 

 百鬼夜行

 

 旅をする傍らで密かに作り出していた、生体兵器の数々。

 カインの魔法技術や生物学的知識、果ては呪いや神秘に至るまでふんだんに使われている、百種類の怪物達。

 見るとSAN値が削れるよ。

 

 

 

 愚者の偽石

 

 魂の炎を看破し、その翳りによって真偽を判別するアーティファクト。

 カインの世界の魔法によって作られたものだが、根本的には魂魄魔法による魂の観測と似通っている。

 

 

 

 

 

 黒ナイフ

 

 当時、フェア◯ーテイルの竜達にちょっと執心していた作者の気まぐれで登場した、某ドラゴンの腕から作られたもの。

 カーネイジに並ぶシュウジの愛用武器であり、あらゆるものを切断することのできる絶対不壊の短剣。

 

 

 

 

 

 カーネイジ

 

 禁術により生み出した、殺意の具現。

 無限の衝動と破壊性、増殖力を持つ、シュウジの切り札の一つ。

 この怪物は、最後までシュウジに従った。

 その殺意の根底にあるものが、悪への憎悪だったが故に。

 

 

 

 

 

 ステッキ

 

 フューレンで見つけたステッキを、シュウジが魔改造したもの。

 結界展開・魔力弾・魔力傘・鞭・記憶消去・パンツ以外燃やす火炎放射器などなど、様々な仕込み武器が搭載されている。

 意味がわからないほど頑丈なので、普通に鈍器として使うのもオススメ。

 

 

 

 

 

 帽子

 

 本編後半、衣装チェンジを経てシュウジが愛用し始めた帽子。

 シュウジが自ら魔力で作り出した月零石のブローチがついている。

 作者が帽子好きなことによって、色々な意味で重要なキーアイテムとなった。

 裏返せば中身は異空間、ツバは剃刀のように鋭くなる、投げると任意の空間地点に固定できる、夜に時たま触手が飛び出てくるなどなど、豊富なギミックに溢れている。

 新世界、ハジメの元に戻ってきたこの帽子には、彼が消滅の間際生み出した概念が込められた。

 

 

 

 

 

 すなわち、【もしも生きることが許されるのなら(我が魂の断片を、ここに残す)】。

 

 

 

 

 

 アサシンエボルボトル

 

 シュウジの肉体情報と、魂に癒着した〝抹消〟の力を元に精製されたエボルボトル。

 通常の変身においては〝抹消〟のエネルギーを使用するだけだが、超越した進化を果たした時、〝抹消〟そのものを融合するための鍵となる。

 

 

 

 

 エボルヴボトル

 

 概念魔法の知識を得たシュウジが作り出した、アーティファクトとしては最高傑作の一品。

 魂魄魔法と空間魔法、昇華魔法と変成魔法を主にした概念でコーティングされており、悪意ある肉体、精神的な干渉を打ち消す。

 しかしてその真の力は、秘められた〝抹消〟のエネルギー回収機能によりマリスの神力を奪取・保管するものである。

 

 

 

 



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作中 オリジナルアイテム・技能・技一覧 1

引き続き、今作において登場したオリジナルアイテムや要素などを纏めて出しておきます。



・ハジメ

 

 

 

ドンナー・シュラーク

 

 

ほとんど原作と一緒。

フルボトルの装填機能を追加。

 

 

 

 

 

ウサ毛マフラー

 

ウサギの魂が宿っていた蹴りウサギの毛皮から作ったマフラー。

所々に血がこびりついており、お世辞にも綺麗とは言えないが、ハジメは旅の終わりまでこれを肌身離さず付け続けた。

 

 

 

 

 

イェーガー

 

原作においてはシュラーゲンに位置するアンチマテリアルライフル。

シュウジの魔改造で大剣になり、フルボトル装填機能がある。

ヒュドラ戦において第一号は損壊、後に新たに作り直された。

 

 

 

 

 

電磁加速式大口径狙撃砲(レールキャノン)天穿(てんせん)

 

原作においてはシュラーゲン・AAに位置する、ライフル? 一応ライフル。

88m砲とかいう訳のわからない兵器。その威力はもはやライフルというより、レールキャノンそのもの。

神域の神獣の頭すらブチ抜いたスーパーライフル。

 

 

 

 

 

エニグマ

 

対大型魔物用、外付けアタッチメント義手。

命名は完全なる作者とシュウジの悪ふざけ。

特殊なボトルであるムーンハーゼボトルの出力にも耐えうる、中々強力なアーティファクト。

ティオにバットフルボトルをゲロらせるために使われた(言い方)

 

 

 

 

メツェライ・チェウ

 

原作からお馴染み、ハジメの化け物マシンガン。

八×八砲門、毎分12万8000発の電磁加速された弾丸を放つとかいう、正直言って書いてた時自分の頭がおかしかったとしか思えない兵器。

 

 

 

 

 

シュヴァルツァー

 

原作の六連式ミサイルランチャー〝オルカン〟と無人偵察機〝オルニス〟、簡易ゲート〝円月輪〟を融合させたアーティファクト。

漆黒のサメを模した形状をしており、口の砲門から対重装甲戦車級のミサイルを放つ。炸裂スラック弾やマシンガンへの換装も可能。

全身のヒレにはユエの空間断裂魔法〝斬羅〟が付与されている。

二体でゲートを開く機能が備わっている。

複数体で巨大な魔力障壁を張ることも可能。

 

 

 

ミニ・シュヴァルツァー

 

機能限定版のシュヴァルツァー。

手のひらサイズのサメの稚魚を模した形状をしており、〝空間穴〟の魔法が付与されている。

貫通力に優れたライフル弾を搭載。

 

 

 

 

シックスヘッズ

 

某B級サメ映画から着想を得た、シュヴァルツァー最終形態。

六つの頭、六つの砲門からたっぷりとフラム鉱石が詰められた、大陸間弾道級のミサイルを放つ化け物兵器。

エヒトとの最終決戦において使用された。

 

普通に使うと大陸が吹っ飛びます。

 

 

 

 

 

セルツァム・マリオネッツ

 

原作におけるグリムリーパーに位置する、ハジメの決戦用ゴーレム兵器。

ミサイル、マシンガン、魔法分解砲、極め付けに〝金剛〟を付与された機体そのものによる肉弾戦を可能とする、半自律稼働兵器。

一度に数百体の〝光の天使〟を殲滅する戦闘力を持つ。

 

 

 

 

 

ヴァール

 

太陽光収束型レーザー照射装置兼、移動型大空母。

原作における〝バルス・ヒュベリオン〟を改良した超大型アーティファクト。

全身から太陽光を収束したレーザーを数百と放つ、恐るべき七匹の空飛ぶ大鯨。

最終決戦において、愛子に預けられた。

 

 

 

 

 

ミラーリヒト

 

ヴァールに積み込まれた、チョウチンアンコウ型のアーティファクト。

ヴァールから照射されるレーザーを屈折・増幅させ、広範囲の殲滅を目的とする兵器。

 

 

 

 

 

太陽光蓄積型特殊宝物庫 有明

 

原作における、太陽光蓄積型宝物庫を改良したもの。

見た目や名前が違うだけのマイナーチェンジ。

 

 

 

 

 

エ・リヒト

 

ハジメの義手に組み込まれた結界展開アーティファクト。

強度は通常のリヒトの十倍。

 

 

 

 

 

逃れられぬ三角形(SHURABA)

 

原作における〝ボーラ〟と〝三点結界〟を改良したもの。

空間断絶をすることで絶対的な防御力を持つ三点結界の仕組みを応用し、対象の手足を空間的に一部断絶することで絶対的な拘束を行う。

 

 

 

 

 

トリア・ヘキサ

 

七つの頭と十の角を持つ赤い獣のレリーフが刻まれた、闇を具現化したような総勢666機の十字架。

クロスビットの上位互換とも言うべき兵器。原作のそれよりも性能が上、程度の認識。

 

 

 

 

 

天国と地獄

 

 天使の像と悪魔の像、一対のアーティファクト。

 白亜の天使が放つ歌声は、魂魄の底から聞いた者の体を震え上がらせ、封じる。

 その音波をソナーとし、特定した対象を悪魔の放つ、一本で街を軽く吹っ飛ばせる六十本のペンシルミサイルが焼き尽くす。

 決戦前で時間がなかった為に、ハジメをして1セットしか用意できなかった兵器だが……

 

 

 

 

 

アプファレン

 

二丁の電磁加速式ショットガン。

 

本編では名前を出し忘れていたが、エヒトとの最終決戦においてハジメが使用した武器。

その威力はかつてのイェーガーの射撃並。

ショットガンは男のロマン。

語源はドイツ語の「弾け飛ぶ」。

モデルはW870。

 

 

 

 

ティンクトゥラ

 

情報解析特化型アーティファクト。

始の使徒人形から学んだ使徒の分解能力、そして昇華魔法の情報干渉の概念を応用した一品。

上級魔法までであれば、意識を集中せずとも自動的に分解が可能。

 

 

 

 

 

女王の鏡

 

ミラーリフレクターの不便さを悲しんだ作者が生み出した、一対の大鏡。

一つはあらゆる事象を内側に吸い込み、一つはそれを放出する。

中に簡易的な異空間が広がっており、臨時の〝宝物庫〟としても使える。

 

 

 

 

 

ケルベロス

 

三連式パイルバンカー。

ドリル形状の杭を電磁加速して放つアーティファクト。

原作のガトリング・パイルバンカーに連射性能で劣るものの、杭にはリビング・ブレットのように任意の対象を追う機能がある。

 

 

 

 

 

治癒飴

 

最上級の回復魔法が付与された、食べれる鉱石。

神水が切れた時の為の緊急回復アイテム。効果は某狩猟ゲームの回復薬グレートくらい。

 

 

 

 

 

〝ちょっと引きこもるわ〟

 

内部の次元をズラすことで、使用者の存在を現実から乖離させ、絶対的な防御力を持つ結界。

 

 

 

 

 

生体奇襲弾 ヴァデクト・バレッツ

 

対象に必ず当たるというプログラムを空間固定と気配遮断に置き換えた、リビングバレットの一種。

内部に空間魔法でありったけの手榴弾が詰め込まれている。

 

 

 

 

 

アンブラ

 

ドンナー・シュラークと同タイプのリボルバーと、相手の認識を阻害する魂魄魔法が付与されたブーツを融合させたアーティファクト。

キックと同時、あるいは使用者の魔力操作による任意のタイミングで弾丸を発砲する。

その為非常に反動が大きく、ハジメの身体スペックがある上で、奥の手の強化水を使用した状態でなければ使いこなせない。

 

元ネタは勿論、あの色っぽいセガの魔女である。

 

 

 

 

 

どこまでも絶えぬ我が友情(俺のダチが世話になったな)

 

 ハジメの作り出した概念魔法の中でも、最強の一つを封じ込めた弾丸。

 北野シュウジの魂を選定し、そこに纏わりつくあらゆる事象を根こそぎ刈り取る。

 魔神の親友に手を出したのならば、ただ死ぬだけでは済まされない。

 

 

 

 

闘術[+獣術][+鬼術][+魔術]

 

ハジメがシュウジが長年教わった格闘術の才覚が開花したもの。

純粋な格闘術から始まり、〝気〟や〝魔力〟、〝神秘〟といった自然のエネルギーを用いた応用技に発展する。

 

 

 

 

 

乱撃[+迅撃][+破撃][+覇撃]

 

戦闘技能。任意の攻撃を魔力で強化する。

 

 

 

 

 

加速[+超速][+豪速][+超加速]

 

戦闘技能。発動した瞬間から全てのステータス、肉体機能が飛躍的に加速される。

効果は四倍。スピード限定の[+覇潰]の劣化版とも言える技能。

他の技能と重ねがけ可能。

 

 

 

 

 

・ユエ

 

最終決戦衣装

 

彼女の魔法行使を最大限に効率化する為の衣装。

簡潔に言うならば、通常時の五倍くらいのスペックを発揮できる。

 

 

 

 

 

輝虹結界(きこうけっかい)

 

オリジナル魔法の一つ。

火、風、土、水、光、闇、そして今作品におけるオリジナル属性である虚無。

全ての属性耐性を兼ね備えた、最強の結界。

単純な強度においても、リヒトを百枚分重ねて圧縮した場合と同等である。

 

 

 

 

燃ヤシ尽クス金ノ炎(ヒノガミ)

 

オリジナル魔法の一つ。

炎魔法の〝燃焼させる〟という概念を極限まで昇華させた、摂氏数万度の炎の魔人。

 

 

 

 

 

包ミ込ム金ノ風(カゼガミ)

 

オリジナル魔法の一つ。

風魔法の〝切り裂く〟という概念を極限まで昇華させた、人型の超大嵐。

 

 

 

 

 

大地覆ウ金ノ土(ツチガミ)

 

オリジナル魔法の一つ。

土魔法の〝構築する〟という概念を極限まで昇華させた、いかなる英雄にも打倒することは叶わない黄金の巨人。

 

 

 

 

天ヲ流ルル金ノ水(ミズガミ)

 

オリジナル魔法の一つ。

水の〝気化、液化〟という概念を極限まで昇華させた、万物に染み入り、浸食する、恐ろしき黄金の水。

 

 

 

 

 

万象穿ツ至高ノ金槍(ロンゴミニアド)

 

オリジナル魔法の一つ。

輝虹結界(きこうけっかい)が最強の盾であるのならば、こちらは最強の槍。

名の通り、全ての事象を穿つことのできる、逃れられぬ吸血女王の魔槍。

元ネタは勿論、某偉大なる運命の旅から。

かの槍が在る所、最果てとなるという設定を転換し、この槍が穿つ対象の果て、すなわち最後を司る槍とした。

 

 

 

 

 

・シア

 

近接格闘術

 

原作ではもはやバグの化身のような、とりあえずぶん殴ってぶっ壊すことに定評のあるシア。

そんな彼女に、シュウジは様々な武芸の術理を教えた。

結果的に彼自身がよく関節技をかけられているが、まあ自業自得だから仕方ないよネ。

 

 

 

 

 

双槌術

 

マイナーなオリジナル要素ではあるが、自在に両手で別々のハンマーを操る。

愛用しているのはシュウジが作ったディオステイル。

 

 

 

 

 

ヴィレドリュッケン

 

こちらもマイナーチェンジ。

ディオステイルの特性を引き継いだ〝爆裂モード〟や、巨大な戦鎚を形成する〝殲滅モード〟、それを魔力衝撃波に変換する〝緊急モード〟などを追加。

 

 

 

 

 

天翔ける黄金の羽(タラリア)

 

〝空力〟が付与されたブーツ。装着者にその技能を一時的に与える。

空間魔法と再生魔法が付与されており、〝戻れや戻れ、時間よ戻れ〟という詠唱で特定した空間座標に、限定的に時間を巻き戻して移動できる。

 

 

 

 

 

うさぎの時計(ワンダーウォッチ)

 外付けの昇華魔法付与アーティファクト。

 まず最初に装着者(シア限定)の身体能力を、発動時の強化度ごと倍増する。

 後に一定の時間を経て、十分な魔力の同期が成功した場合、第二段階、第三段階と強化を上乗せする。

 現在のシアでは、第三段階が強化の限界。

 

 

 

 

 

とけいうさぎ〜

 

 オリジナル最終決戦用衣装。元ネタはディズn……ゲッフンゲフン! 夢の国の映画の、不思議の国のアリスに登場する時計ウサギから。

 〝うさぎの時計(ワンダーウォッチ)〟と連動しており、シアの身体強化を補助するためのアーティファクトでもある。

 

 

 

 

 

・ウサギ

 

月の小函(ムーンセル)

 

 ウサギの力の真骨頂にして、心臓でもある、オスカー・オルクスの究極のアーティファクト。

 神結晶を自由に生成できた彼が、より上質なものを作り出そうと試行錯誤した結果、満月の夜に生まれた桃色の神結晶。

 従来の神結晶に比べてとても小さなそれは、周囲から僅かな魔力を取り込み、それを自ら何百倍にも増殖させる、半永久機関だった。

 ウサギの肉体に組み込まれたこのアーティファクトはあまりに強力であり、エヒトですらも作り出せない、唯一無二の物体である。

 

 

 

 

 

解放者式格闘術〝ぜってぇエヒト殴り殺す〟

 

 解放者達が総出で研鑽し、生み出した、ウサギの魂魄に刻まれた格闘術。

 対人、対魔物、対使徒、対エヒトを想定しており、独自の格闘術である。

 

 

 

 

 

パーカー

 

 作中、ちょくちょくバージョンアップを繰り返していた衣装。ウサギのトレードマークでもある。

 回復魔法を発動する魔法陣が仕込まれており、魔力を注入することで発動できる。

 

 

 

 

 

エニグマ(ver2)

 

 基本素で殴る蹴るするウサギが、最初に使ったアーティファクト。

 巨大な手甲型の武器であり、その反動を百回分というタイムリミット付きではあるが回復魔法で補っている。

 デカくて、硬くて、豪快。

 男はみんな好きだよね?

 

 

 

 

 

ブラックスーツ

 

 某黒い球のある部屋の戦士達が身につける、某黒いスーツの手足のような装備。

 インパクト時に魔力衝撃波を相手に流し込む。

 

 

 

 

 

ノーンガントレット・シューズ

 

 またもエボルトの装甲を剥ぎ取って作られた装備。

 ブラックスーツよりも高性能かつ、見た目がスタイリッシュ。

 フルボトルの装填機能が搭載されている。

 魔力を固定・凝縮して増殖し、無数の魔力弾に再構築して放出する機能がついている。

 

 

 

 

 

〝覇拳〟・〝翔脚〟

 

 四代目のウサギ専用ガントレット・ブーツ。

 魔力収束による破壊力増幅により特化させてあり、一撃一撃の威力を重視したもの。

 パワーこそが正義である。

 

 

 

 

 

黒手甲〝昇竜〟・黒具足〝吼虎〟

 

 最終決戦においてあつらえられた、ウサギ専用の最後のアーティファクト。

 これまでの装備の全てを凌ぐ性能と、魔力の注入量によって段階的に衝撃波を発生させる機能を持つ。

 また、防御用にアザンチウムの丸盾を展開することもできる。

 

 

 

 

 

 

・ティオ

 

身体変化

 

始の助言を受け、肉体の部分竜化を修練した結果手にした力。

自らの肉体を自在に操り、様々な形に変形する。

 

 

 

 

 

魔竜黒軍

 

原作における黒竜の軍団の強化。

多種多様な能力、技能、身体的特性を備えた、世にも悍ましい百匹の邪悪な龍達。

彼らは自分達を癒し、諌め、慰め、心から慮ってくれたティオに忠誠を捧げ、彼女とその主人たる南雲ハジメの行く道を阻む者全てを喰らい殺す。

別名・ティオファンクラブ。

 

 

 

 

 

〝百龍邪宝〟

 

己に付き従う百の邪龍より、魂の繋がりを経て竜女皇はその力を得る。

彼女こそが、竜の中の竜、真の王たる女皇である。

 



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作中 オリジナルアイテム・技能・技一覧 2

 

 

・雫 

 

刀型ビートクローザー

 

シュウジが彼女に贈った最初の刀。日本刀にビートクローザーの要素を足した見た目。

基本的な機能はビートクローザーと変わりがない。

上部のオルクス大迷宮深部にて、魔人カトレアとの死闘の果てに折れるまで愛用された。

 

 

楔丸

 

某葦名の国の忍が主より下賜された、忍刀をパクッ….…オマージュした刀。

シュウジ、ハジメの合作であり、トータス最高硬度を誇るアザンチウムを鍛えた、限りなく不壊の日本刀。

重力、空間、再生、魂魄、昇華の神代魔法が付与されており、それらの概念に関するものを切断することが可能。

最終決戦まで雫が愛用した一振りであり、彼女の卓越した剣技に最後まで応え続けた。

 

 

 

 

 

業奠(ごうてん)

 

 理斬りの大太刀。

 最強の剣鬼が振るうためだけに、遥か未来からやって来た魔王に鍛えられし逸品。

 彼女が断ち斬たいと望んだあまねく事物を、この世に存在するために必要な理から斬り離す。

 ただ、ただ、一人のために。

 美しき剣の鬼は、全てを断ち斬らんとした。

 

 

 

 

 

崩天(ほうてん)

 

 〝落ちる〟という重力の概念を昇華魔法によって強めた技。

 同時に雫の肉体を強化し、彼女と刀そのものを重りとして放つ重撃である。

 

 

 

 

 

壊天(かいてん)

 

 最重の唐竹。

 重力魔法による加重。刀の峰からの衝撃波の放出。空間魔法による空間断裂。

 これらを昇華魔法で極限まで強化した膂力で制御し、一息に相手を両断する。

 通常の斬撃では、最も反動の大きい技。

 

 

 

 

 

八重樫流亜流奥義〝音断(オトタチ)

 

 魔力を斬撃波に変換する機能を応用し、トリガー式の鞘と連動した超速抜刀術に斬撃波を乗せる一撃。

 シュウジ達と合流する以前では雫の最強の技であり、その後においても愛用していた技。

 

 

 

 

天断(あまだ)ち〟

 

 業奠を用いて、初めて使うことのできる技。

 あらゆる概念を切断し、例外なく斬ったものをこの世から斬り取る究極の豪の剣。

 全ては愛する人の宿業を断ち斬る、それだけのために。

 

 

 

 

 

空笛(からぶえ)

 

 三連続の袈裟斬り。

 斬撃波を飛ばす中距離用の斬撃。

 

 

 

 

 

〝猿落とし〟

 

 不定形の連続技。

 吸い込まれるように飛んでくるトンデモ斬撃。

 

 

 

 

 

竜巻上(たつまきあ)げ〟

 

 両側面からの逆袈裟斬りを主にした、重力魔法を応用した技。

 引力を持つ斬撃波によって対象を引き寄せ、重力で竜巻状に収束された斬撃に引き裂かれる。

 

 

 

 

 

山断(やまだ)ち〟

 

 真上からの唐竹。

 空間魔法を最大限に発揮した、極大の兜割り。

 

 

 

 

霞断(かすみだ)ち〟

 

 横薙ぎ。

 空間魔法と重力魔法の複合技であり、広範囲の殲滅に適する。

 

 

 

 

 

時刻(とききざ)み〟

 

 再生魔法の時間に干渉する概念を用いた、〝斬撃が飛ぶ時間を圧縮する〟斬撃。

 時間そのものを超加速している為、通常では知覚できない。

 

 

 

 

 

千燕斬(せんえんぎ)り〟

 

 純粋な術理と斬撃波のみを用いた、千の斬撃。

 エヒトとの決戦までにおいて、多くの戦いの中で研鑽を積んだ雫の奥義の一つ。

 圧倒的物量により、阻むもの全てを一切合切斬り尽くす。

 

 

 

 

 

崖崩(がけくず)し〟

 

 重力魔法を用いた突き。

 切先を繰り出した一点に超加重と斥力放出をかけることによって、そこに在る万物を穿つ。

 

 

 

 

 

星描(ほしえが)き〟

 

 五連続の斬撃。

 横薙ぎ、袈裟斬り、斬り上げ、左袈裟、最後に返す刀で右袈裟。

 完璧な軌道を描いた時、斬られた者は血の星を描いている。

 

 

 

 

 

透斬(とうざん)

 

 エヒトの尖兵との戦いの中、死中にてなお研鑽をしていた雫の生み出した技。

 実際の刃が接触した物を透過し、彼女が望んだものだけを切り裂く、剣鬼の絶技。

 

 

 

 

万華万劫(まんげまんごう)

 

 剣鬼が辿り着いた、斬撃の極致。

 一の斬撃では、邪なる神の光を断つには足りない。

 十でも百でも足りない。

 千などでは、到底足りない。

 万でも、なお足りない。

 ならば、万の斬撃を万度も放てば、ようやく足りるだろう。

 

 

 

 

 そして雫は、億の斬撃を振るった。

 

 

 

 

真瞳角(しんどうかく)

 

 始のあつらえた最終決戦用の着物、規定量の血を吸い上げ、魔力に変換して強制強化する力の具現。

 雫の奥の手の奥の手であるこの紫角は、彼女に[+瞬光]の三倍もの知覚能力を与える。

 

 

 

 

 

〝無間〟

 

 無拍子の極致。

 原作におけるエヒトルジュエの用いた〝天在〟という無詠唱の転移から着想を得た技。

 空間における〝移動する〟という仮定すら置き去りにした、ほぼ転移レベルの超高速移動。

 雫さんから逃げられると思ったら大間違いだ。特にとある道化は。

 

 

 

 

 

神祓(かみばら)い〟

 

 

 万華万劫とは異なる、雫の剣技のもう一つの極致。

 全てを出し尽くし、死に誘われ、極限の死闘の中、雫の持ちうる心意の随まで込めた抜刀術。

 神だろうが、運命だろうが。

 私の愛を邪魔する者は、全て斬る。

 

 

 

 

 

・ルイネ

 

 皇竜体

 

 ティオで言うところの〝竜化〟の力。

 高潔なる王の血統であった彼女は、龍人の女王として戴冠したその時、代々受け継がれてきた深紅の冠よりその力を得た。

 六枚の翼と黄金の角は王龍としての象徴であることから、暗殺者として生きることを選んだ彼女はこの力を封じていた。

 本編においても、魔王城と最終決戦時においてのみ登場。

 

 

 

 

 

 ルインドライバー

 

 ビルドドライバーよりちょっと性能がいい。それ以外は同様。

 

 

 

 

 

 リベル/未来のリベル

 

 〝拒壁〟

 

 重力魔法によって斥力を操作した、反射の障壁。

 

 

 

 

 

 〝灼陸(しゃくりく)

 

 重力魔法とは、星のエネルギーに干渉する理の力。

 長い修練の果てにその概念を理解した未来の彼女は、マグマをも自在に操れるようになった。

 

 

 

 

 

 〝滅波〟

 

 重力操作を用いて、コントロールしているマグマを放射状に開放する魔法。

 同時に、ある程度の範囲内の対象を選定して加重をかけ、行動を封じる。

 

 

 

 

 

・光輝

 

ロングソード

 

 帝国の騒動で聖剣がポッキリ逝ったため、ハジメが支給した普通のロングソード。

 鉛で作られた厚さ二メートルの扉でもバターのように切り裂けたり、10tトラックが十台乗っても壊れない頑丈さを持っているが、あくまで普通のロングソード。

 魔力を吸収して劣化しないようになっていたりするが、あくまで、あくまで普通のロングソードである。

 

 

 

 

〝変生〟

 

 ネルファによって植え付けられたモノにより、光輝が獲得した技能。

 彼の中にある悪意を原動力に、羽赫や鎧などを形成する。

 

 

 

 

 

[+侵食再生]

 

 禁断の技能。

 通常の魔力や生命力を代償にして傷を癒す場合と違い、肉体そのものをシンカイに侵食させることで発動する。

 再生と銘打ってあるが、どちらかといえば再構築と言った方が適切。

 

 

 

 

 

 

[+邪念吸収]

 

 悪意のある事象を吸収し、エネルギーに変換する技能。

 上手くコントロールしないと、回収した悪意に精神が侵される為に扱いが至難。

 

 

 

 

 

[+悪以悪断]

 

 殺意を負のエネルギーに変換し、攻撃に用いる技能。

 相手が同じ類の悪意を抱いている場合、そのエネルギーすら吸収して対象を喰らい斬る。

 

 

 

 

 

[+悪路看破]

 

 通常の先読の技能とは異なり、〝確実に死ぬ可能性の直感〟だけが働く技能。

 逆にそれが働かない場所だけが活路である。

 

 

 

 

 

[+死幻]

 

 死の幻を見る派生技能。

 悪路看破をより明確化したものであり、使いこなせば落命だけは避けられる。

 

 

 

 

 

・鈴

 

聖舞

 

体内に異空間を作り、そこに設置することで肉体と融合したアーティファクト。

鈴自らが研鑽し、選別したカウンター格闘術。

アーティファクト自身に簡易的な思考が存在しており、自動で対応もしてくれる。

 

 

 

 

 

・遠藤

 

黒仮面

 

気配遮断の効果を上昇させる。深淵卿は更なる闇の底へと……

 

 

 

 

 

ブラックナイフ

 

 エボルト剥ぎ取りシリーズ、その3。

 ブラックホールフォームの装甲を彷彿とさせるデザインの両刃の短刀。

 浩介のお気に入り。

 

 

 

 

 

[+狂人憑依]

 

 この作品オリジナルの浩介の技能。

 ネビュラガスによって肉体が強化されたことにより開花した、新たな才能。

 暗殺術の派生技能を応用することにより、様々な暗殺者の妙技を憑依させる。

 作中では某ジャックちゃんとか、作者イチオシのハサンの技を模倣していた。

 

 

 



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作中 オリジナルアイテム・技能・技一覧 3


これでちょうど300話、と。



さて、後日談の構想を本格的に始めるか。


 

 

 

 

 ・南雲始

 

 錬成

 

 彼は、南雲ハジメである。

 ならば言わずとも、この力はあって然るべきだろう。

 

 

 タイムマシン

 

 始がこの世界にやってくる際に使った、超巨大アーティファクト。

 〝時を司る〟概念を持つアーティファクトと、現代における世界中が放つだけのエネルギーがなければ起動しない、時の方舟。

 役目を終えた黄金の巨塔は、静かに眠る。

 

 

 

 オーマジオウドライバー

 

 二十五年の研究の末、作り出したアーティファクト。

 別世界を観測する中で手にした、時の王者〝オーマジオウ〟の概念を応用した模造品。

 始が時空のトンネルを越えるための、唯一の防護服であった。

 

 

 

 

 

 バイク

 

 始の愛用車。

 YAMAHA V−MAXをモデルにしている。ゴーストライダー2のアレと言えばわかりやすいだろうか。

 荒野だろうがマグマの上だろうが、数千メートルの塔の壁だろうが踏破する。

 

 

 

 

 

 タイムジャック

 

 義手に付与された機能の一つ。

 空間魔法で限定的な範囲を選定し、再生魔法の時間干渉の力で強制的に時間の流れを止める。

 世界の理に反したものであるため、ごく短時間の使用しかできない。

 

 

 

 

 

 ハァス&グロォル

 

 二丁で一対の、始の愛銃。

 デザートイーグルをモデルにした、白と黒の拳銃。バレルの下部にはアザンチウム製の刃がついている。

 見た目は某オルタのほうのアーチャーの武器を想像していただくとわかりやすい。

 名前の由来はドイツ語で「憎しみと恨み」。

 全ての武具の中で、唯一〝雷化〟に耐えうる耐久力を備えている。

 

 

 

 

 

 ライドウォッチ

 

 懐中時計型のアーティファクト。

 始が観測し、保存した時間を象徴する概念を一時的に解放する。

 

 

 

 

 

 空裂爆弾

 

 空間に固定・接触と同時に爆発させる不可視の爆弾。

 爆発と同時に超音波を撒き散らす。

 

 

 

 

 レーザービット

 

 クロスビットの限定改良アーティファクト。

 多種多様な攻撃を可能とするクロスビットを、限界まで圧縮した太陽光レーザーの射出に特化させた代物。

 

 

 

 

 

 ハーフマン

 

 成層圏間近に滞空する半人型のアーティファクト。

 実写版のサ◯ンドウェーブが想像しやすい。

 重力砲から広範囲の監視、強制転移ビームに至るまで、様々な機能を有する。

 

 

 

 

 反射結界

 

 あらゆるものを拒む絶対の壁。

 単純な構造のアーティファクトであり、展開した結界に接触したものをランダムに開いた出口から強制排除する。

 

 

 

 

 

 黒人形

 

 始の操るゴーレム達。

 彼の記憶から読み取った、とある人物達の戦闘技能を丸ごとトレースして付与されたもの。

 元になった本人とほぼ同じスペックを発揮できる優れものであり、破壊されても素材があれば簡易に修復できる構造となっている。

 ある意味、始の未練を形にしたようなアーティファクト。

 

 

 

 

 

 変若水(おちみず)

 

 始の切り札の一つ。

 一時的に生身の部分の肉体を全盛期まで再生、および機械部分の出力を増幅させる。

 神結晶のポーションを主材料に、再生魔法やユエの〝再生〟の技能を応用して作られた薬品型アーティファクト。

 

 

 

 

 

見果てぬ絶望に、希望を紡ぐ(無くしたその手を、もう一度)

 

 始の希望。

 始の全て。

 存在をあらゆる観点から記録し、保存することで、完全なる人の複製を可能とするアーティファクト。

 これこそが、始が戦い続けられた理由でもあった。

 

 

 

 

 

 〝神の造眼(ヘイムダル)

 

 始の新たなる片目。

 あらゆる世界を見通し、空間を、時間を越え、その世界の同一存在と同期する虹の瞳。

 人格が存在し、人に及ばないまでも最大限始の孤独な旅を支え続けてきた。

 

 

 

 

 

 錬成特化型概念魔法発動用アーティファクト シヴァ

 

 その削れた体を鉄で継ぎ接いだ始が隠し続けた、最後のアーティファクト。

 星そのものに干渉し、エネルギーを抽出して、【見果てぬ絶望に、希望を紡ぐ(無くしたその手を、もう一度)】に記録された情報をもとに存在を錬成する。

 南雲始の真の力、と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 封力弾

 

 一時的に魔力や精神力といったエネルギーを封じ込める弾丸。

 

 

 自在弾

 

 魔力を糸のように繋げ、操ることのできる弾丸。

 

 

 跳躍弾

 

 空間魔法を用いた弾丸。短距離転移ができる。

 

 

 接触炸裂弾

 

 〝気配遮断〟が付与された弾丸。触れると大爆発する。

 

 

 拘束弾

 

 魔力を纏った極細の金属糸が詰まった弾丸。幾重にも束ねれば、それだけで強固な檻となる。

 

 

 封界弾

 

 空間断絶の弾丸。降下時間の間は全ての干渉を拒絶する。

 

 

 絶滅弾

 

 概念魔法の弾丸。〝存在消滅〟という、相手を存在の根底から消滅させる力が込められている。

 

 

 

 

 

 〝壁越(へきえつ)

 

 変質した覇潰の技能。

 ステータスを十倍にする。

 

 

 

 

 

 〝赤光(せきこう)

 

 変質した瞬光の技能。

 知覚能力を3000倍にする。アヘったりはしない。

 

 

 

 

 

 〝雷化(らいか)

 

 始の最後にして、最強の奥の手。

 長年概念魔法に触れてきた始が、ついに手にした力。

 〝己に降り注ぐ理不尽全てを粉砕する〟という概念そのものとなる、究極の技能。

 それだけに、数多の下準備をしなければ、それもごく短時間しか使用できない諸刃の剣。

 

 

 

 

 

 紅雷闘術

 

 始が五十年、研究の傍ら積み上げてきた戦闘技術の集大成。

 〝雷化〟の使用を前提とした格闘術であり、概念を用いる戦いを想定したものである。

 

 

 

 

 

 ・未来のシア

 

 〝レベルC(100)

 

 長い年月をかけ、もはやバグを通り越して天災の具現となった彼女の集大成。

 とりあえず、殴って殺す。

 

 

 

 

 

 ・未来のユエ

 

 〝壊鍵(かいじょう)

 

 全てを支配する、至高の魔法。

 それを見た者は目を、心を、魂を奪われ、見惚れ、崇め、平伏す。

 万人を傅かせる、天上の女王の光。

 

 

 

 

 

 未来のティオ

 

 〝朧龍〟

 

 特殊な素材で出来ている簪を触媒に、強靭無比な大蛇龍を生み出す魔法。

 泡沫のように曖昧なその存在は、彼女が纏う絢爛な衣装から無限に生み出される。

 全ては、かの魔王のために。

 

 

 

 

 

 ・未来の光輝

 

 アベースメント

 

 感情の禁術によって生み出された、第四のシンビオート。

 光輝が蓄え続けた屈辱を源とし、彼が敵と定め、打倒することを望む全てを打ち倒す。

 

 

 

 

 

 ・未来の雫

 

 [+導光]

 

 魂に根付いた渇望。

 もう二度と取り戻せない光の導き。

 あるいは狂っているのかもしれないその欲求は、しかし彼女の全てであり。

 そして、その希望はまやかしではないと証明された。

 

 



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【シュウジ編 アフターストーリー】
道化の弱み 前編


ちょこちょこ修正して再投稿。


 

 

 ──それはシュウジを取り戻した日のこと。

 

 

 

 

 

 存分に再会の喜びを分ち合った俺達は、一本の電話によって新たな進展を迎えた。

 

 そう──店に残った遠藤からの、「なんかやべえおっさんと女の人達が来てる」という連絡で。

 

 肉体的ブランクがあるとはいえ、遠藤ならば一般人程度取り押さえられるはずだが……

 

 兎にも角にも来てくれという切羽詰まった声に、店まで戻ってきた。

 

 が。

 

「………………」

 

 ナシタの扉に手をかけたまま、3分。

 

 微動だにしなくなったシュウジに、俺はユエ達と顔を見合わせ、溜息を吐く。

 

 他の面々とも目線を交わらせれば、代表して話しかけてくれと言わんばかりに頷かれる。

 

 はぁ……仕方がないか。

 

「おいシュウジ、いい加減中に入れ。じゃないと事態がわからん」

 

 ビックンと飛び跳ねるシュウジの肩。

 

 まるで今現実逃避から戻ってきましたと言わんばかりのオーバーリアクションを決め、こちらに振り返る。

 

 錆びた蛇口の如き動きで首を回し……見たこともないような引き攣った顔で笑った。

 

 あんなことがあった後なので、自然と不安が湧き上がってくる。

 

「ど、どうしたその顔? まるでこれから名状し難い何かに合うような顔だぞ?」

「……ハジメ、俺、すっごく嫌な予感がする。だってほら、こんなに胃がキリキリ言ってるもの」

 

 腹を押さえ、そこにある痛みを塗り替えようというのか指を食い込ませている。

 

 こいつがここまで拒否るとか何が待ち受けてんだよ……ハッ!? 

 

「ま、まさか新世界になったことで、あの漢女(バケモノ)どもがこっちの世界にッ!?」

「いや違う、そこまで強い気配は感じない。むしろ感じたら中の奴らを救出して一回ナシタごと宇宙に放り出す」

「二人とも言い過ぎだろう……クリスタベル殿は善人だったではないか」

 

 ルイネは呆れているが、そうじゃない。おそらく奴らの真の恐ろしさは男にしかわからない。

 

 シュウジと二人揃って、あのガチムチ筋肉怪人を思い出して震えていると、嘆息が一つ。

 

 その主はシュウジに歩み寄り、扉の手すりにかかっている右手をそっと包み込む。

 

「雫……」

「大丈夫よ、シュー。みんなここにいるわ。恐れることなんて何もない……そうでしょう?」

 

 振り返り、一同を見渡す雫。

 

 共にあの戦いをくぐり抜けた戦友からの信頼に、俺達の回答は勿論力強い首肯だ。

 

 ニコリと微笑んだ雫はシュウジに向き直り、「ね?」と主張する。

 

「……ああ、そうだな。お前らと一緒にいて、できないことなんてないよな」

 

 今すぐ公園に戻りたそうな顔をしていたシュウジが、徐々に緊張を解いていく。

 

 やがて、あのニヒルな笑みを浮かべると無言で伝えてきた。もう大丈夫だと。

 

 

 

 俺達が笑い返し、シュウジは雫の頬をひと撫でした後に扉へと向き直る。

 

 そして、万感の覚悟を決めたような表情で扉を押し開き──

 

 

 

 

 

「息子はどこにいるのですかぁああああぁああぁあああああッッッ!!?」

 

 

 

 

 

 パタン、と閉められた。

 

 沈黙が広がる。一瞬前まで良い雰囲気に包まれていた場が瞬間凍結の如く凍りついた為に。

 

 合わせるように、俺の顔はひくひくと引き攣っている。多分他の全員もひくひくしてる。

 

 だっていたんだもの。先生の肩をがっしり掴んだ、筋肉がスーツを着たようなバケモンが。

 

「…………やっぱり収束してんじゃん、旧世界の要素」

「キンニクコワイ」

「「ハジメ(くん)っ!?」」

 

 どうやら知らないうちにSAN値が低下していたらしく、美空達の魂魄魔法で回復された。

 

 正気に戻ったところで、困ったように互いの表情を伺う。

 

「ん……それで、愛子に掴みかかっていたあれは誰?」

「息子、って言ってたよ……ね?」

「じゃあ、この中の誰かのお父さんですかぁ?」

「ふむ、となると可能性が高いのは……」

 

 自然と一人に向けられる視線。

 

 あっという間に注目を集めた当の本人──坂上は、ブンブンと全力で首を左右に振った。

 

「いやいやいやいやっ、俺の親父じゃねえよっ」

「うん、龍っちの親御さんには会った事あるけど、あんなに大きくなかったよ」

「むむ、当たっていると思ったのじゃが」

「でも、それじゃあいったい誰の親なんだ? そもそも、ここにいる人間の親なのか?」

「それを言ってしまえば答えは迷宮入りですわね……」

 

 口々にあのマッスルモンスターの正体を話し合う俺達。

 

 そんな中、さっきのように扉の前で石像と化したシュウジにトコトコとリベルが近づいた。

 

 一番近くにいた俺と雫がそれを目線で追うと、父の袖を引き、自分に顔を向けさせた少女は一言。

 

「パパ、もしかしてあの人のこと知ってるの?」

「…………うん、知ってる。よーく知ってる」

 

 途端、ざわついていた空気が先ほどの焼き直しのように沈黙していく。

 

 意見を交わしていた面々が、流れるような動きで苦笑をリベルに向けているシュウジに戻っていき。

 

 するとシュウジは、俺と美空……それに雫の顔を順々に見てから、重々しく言った。

 

「まだ記憶が戻った直後だから、お前らも忘れてるのかもな」

「え……」

「シュー、それってどういう……」

「…………あっ」

 

 その言葉に、ふと引っかかるものを覚えた俺が声を漏らすのと同時に。

 

 意を決したような表情で、シュウジがもう一度扉を開き──また冒涜的な光景が露わになった。

 

「畑山先生っ、どうかお答えを! 息子は、息子は何処にぃいいいいぃいいい!!」

「お、落ち着いてください! そのうち帰ってきますから!」

 

 そこにはやはり、視覚の縮尺を間違っているのではないかという、筋肉の具現のような巨漢がいる。

 

 簡単にその小さな肩を握り潰せそうな手にガックンガックンと揺さぶられ、先生は青い顔をしていた。

 

 ゾウに食われるアリを彷彿とさせる事態は、なるほど遠藤がSOSを出すのも頷ける。

 

「うぅっ…………あの子は、あの子はどこにっ……!」

 

 それと、先程は一瞬で気がつかなかった筋肉超人以外の第三者がいた。

 

 一人は巨漢の隣で口元を覆い、静かに嗚咽している妙齢の美女。

 

 雫よりも高いすらりとした長身に、膝裏に届きそうな、照明に反射して仄かに()に輝く長髪。

 

 シックな服装と相まって、普段は大人の色香漂う美人なのだろうと思わせる。

 

「ふぇえええぇっ、お兄ちゃぁあああぁああん!」

 

 そんでもう一人は、子供のように泣き叫んでいる大学生らしき女。

 

 薄く紫がかった黒髪をサイドで纏め、カジュアルな私服に身を包み、顔立ちも女性と同じく整っている。

 

 が、涙と鼻水で、それはもう台無しだ。

 

 

 

 

 叫ぶキン肉○ン、泣き腫らす二人の美女。

 

 混沌極まるその光景に、店の端っこに集まったレミア達が困惑している。

 

 あれっ、そういえば遠藤がどこにも……

 

「来てくれたか南雲っ! 北野もちゃんと帰ってきたんだな!」

「はろはろ〜遠藤。思い出してくれて嬉しいよ」

「うわっ!? 遠藤お前、いつの間に隣に!?」

「普通に壁沿いに来たよちくしょうっ! それよりあれ、どうにかしてくれ!」

 

 俺にはどうにもならん! と訴えてくる遠藤に、俺は今一度筋肉の人を見る。

 

「ずっとっ……ずっとっ、あいつのことを忘れてたんですっ!」

 

 すると、事態に変化が起こった。

 

 まるで仕組まれていたように始まった男の言葉に、困惑一辺倒だった空気が別のものになる。

 

「忘れるはずがないっ、自分の大切な息子のことをっ! それなのに何故か、ずっと自分も、家族も忘れていてっ! ついさっき、ふと突然思い出したのですっ!」

「それは……」

「馬鹿なことを言っとるのは分かってるんです! それでも、まるで()()()でもされたように記憶が戻ってきて!」

 

 今度こそ、誰かが驚愕の声を漏らして。

 

 顔を振り上げた、獅子の雄叫びのごとき絶叫にさらなる衝撃を受けたのだ。

 

「お前は今どこにいるのだ、()()()()ぃいいい!!!」

 

 

 

 

 

 ……驚いた。心底から。

 

 

 

 

 

 同時に、納得もした。

 

 俺達は知っている。理解できてしまう。その言葉がどういった現象によるものなのかを。

 

 もう一人の俺は、アーティファクトによってシュウジの情報がこの世界に()()()されると言った。

 

 それは単に蘇るということではなく──この新世界の歴史に、再びあいつが生きた16年が付加されたのではないか? 

 

 カムやハウリアども、竜人族がそうなったように、最初から存在したことになったのではないか? 

 

 だとするならば、シュウジの家族……旧世界で彼を生み、育てた人間にもその軌跡が戻るはずで。

 

 事ここに至ってようやく思い出した、よく知るあの人達も、俺のようにその齟齬に気がついたのだとしたら。

 

「……なんだろうなー、この感じたことのない気持ち」

 

 シュウジは、なんだかすごく困ったような、自嘲気味な苦笑を浮かべ。

 

 それでもどこか嬉しそうに、三人組に歩み寄っていった。

 

「あー、えーと。父さん?」

 

 それを聞いた途端、叫び散らしていた筋肉の人はグリン! と一瞬で体ごと振り返った。

 

 その顔は体格に相応しく獅子のごときものであり、野性的なイケメンともみれるが……今はライオンみたい。

 

 ひっ、という誰かの悲鳴が漏れる中、シュウジのことを凝視していた筋肉の人がくわっ! と開眼する。

 

 すわっ次の獲物と定めたかっ、と身構えた瞬間、ガッシィイイ! と聞こえてきそうな勢いでシュウジの肩に手を移動させる。

 

 店そのものが揺れた気がした。

 

「んぐふっ」

「シュウジぃッ!! お前っ、一体今までどこにいたぁあああっ!」

「か、肩の骨にヒビ入った……えっと、ただいまって言えばいいのか?」

 

 間近で吠えられたシュウジは、なんかシャレにならない事ぼやきつつも答える。

 

 その声を聞いて、顔を見て。

 

 獅子のような男も、呆然としていた女性達も、驚きに体を震わせた。

 

「本当に、本当にお前なのか、シュウジ……?」

「さっき俺のこと見て思いっきり名前呼んでたじゃん。正真正銘俺だよ、父さん」

 

 俺達といる時とはまた違った、柔らかい笑い方。

 

 気を許している相手へのそれではなく、気を緩ませていいと思っている人間に向ける顔。

 

 

 

 

 俺や美空はその顔を知っている。

 

 無条件に信頼する、血の繋がった家族への接し方……幼馴染だから、何年も見てきた。

 

 北野(ごう)、北野桔梗(ききょう)、北野善子(よしこ)

 

 紛れもない……シュウジの両親と、妹。

 

「母さんと善子も。ただいま」

 

 何やら俯いて震えている……食いかかるのを堪えてるようにしか見えない……剛さんから視線を外す。

 

 そしてシュウジは、震えている桔梗さん達へと笑顔を向けた。

 

 恐る恐る、壊れ物に触れるかのように桔梗さんが手を伸ばし、あいつの頬に触れる。

 

 しばらくそのままに……やがて確信を得たのか、両手を広げてシュウジを抱擁したのだ。

 

「シューちゃん、ああっ、本当に……本当に、シューちゃんなのね……!」

「おう、心配かけてごめんな」

「……お兄ちゃん、なの?」

「三度目の正直だぜ、善子。兄ちゃん待望のカムバックだ」

 

 剛さんに縫いとめられ、桔梗さんに抱きつかれ。

 

 動けなくなっているシュウジが手を差し伸べると……ぐっと目元を歪めた善子ちゃんは、飛びつくように腕ごと抱いた。

 

「ばかっ、ばか兄貴っ、なんで、どうして、なんでぇっ……!」

「おー、よしよし。お前昔っから泣き虫だよなあ」

「うぅっ、うぇぇえっ、ぇええぇえん……!」

 

 座っても立っても、結局泣いているじゃないかと善子ちゃんに笑いながら。

 

 

 

 

 

「あー……やっぱりむず痒いわ、こういう気持ち」

 

 

 

 

 

 そんなことを、ぽつりと呟いた。

 

 

 



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道化の弱み 中編

 
後日譚なのに長えよ……というセルフツッコミを先にしておきます。


「……取り乱してすまなかった」

「いやいや、気にするなよ父さん。仕方ないって」

 

 

 

 ソファに座り、その巨軀をバツが悪そうに揺らす剛さん。

 

 隣では、旧世界の普段の様子を彷彿とさせる落ち着いた笑みの桔梗さんが寄り添っている。

 

 そして善子ちゃんは……シュウジに引っ付いていた。

 

 絶対離さないと言わんばかりに、シュウジの腕を両腕どころか手を足で挟み、がっしりと。

 

 隣にいる美空が顔を耳元に近付けてくる。

 

「そういえば善子ちゃんって、普段はツンケンしてるけどブラコンだったよね……」

「ああ、超がつく程のな」

 

 特に心の余裕が崩れた時に、ああしてすぐシュウジに引っ付く癖があった。

 

 当のシュウジは、懐かしいような、少し嬉しそうな顔で、そんな妹の頭を撫でた。

 

 

 

 

 俺達はそれを、北野一家が集まっているソファから少し離れて見ている。

 

 色々と混乱が収まり、剛さん達も落ち着いたところで、まずは家族水入らずで話したほうがいいとなった。

 

 ちなみに剛さん達は、記憶が戻った途端父さん達やナシタなど、シュウジをよく知る相手に電話をかけまくったらしい。

 

 店番をしていた先生に俺達のことを聞き、すっ飛んできたのだとか。

 

 誕生会の飾り付けはそのままに、どこか緊迫した雰囲気がナシタを包み込んでいる。

 

「……で、俺に聞きたいことが山ほどあるって顔だな?」

「…………ああ、そうだな。正直、未だ戸惑いが無くなったわけではない」

 

 どうして、自分達は忘れていたのか。なんで唐突に思い出したのか。

 

 外野の俺達にも見てわかるほど、彼らの表情は疑念と悲しみと、後悔で満ち溢れていた。

 

 とても重々しい雰囲気の中、流石のシュウジもいつもの軽口は叩けないのだろう。

 

 言葉を出しあぐねている様子に、自然と見守っている俺達もそわそわとしてきて……

 

「パパ!」

「あっ、リベル!」

 

 もはや何も言えまいかと思ったその時、飛び出したのは一人の影。

 

 ルイネの制止も聞かず、北野一家に突撃したリベルはそのままシュウジの膝によじ登り始めた。

 

 剛さんらがギョッとする中、落ち着く位置に尻を落ち着けたリベルはシュウジを見上げる。

 

「パパ、平気?」

「リベル……」

「しゅ、シュウジ? その娘さんは誰──」

「おっ、お兄ちゃんっ!? いつの間に子供作ってたの!? 誰と!? いつ!?」

 

 剛さんが尋ねる前に、善子ちゃんが爆発した。

 

 明らかに10歳前後の少女が、実年齢二十歳も超えていない兄を父と呼ぶ。そりゃ困惑するだろう。

 

 おまけに極度のブラコンであるが故に、腕ごとシュウジの体が左右にゆっさゆさ。

 

 まるでミュウを保護した当初の俺のように、盛大に引き攣った顔をする父に、妙に空気を察した娘が一言。

 

「初めまして、パパの妹さん。私はリベル、パパの義理の娘です! よろしくお願いします!」

「義理の!? ちょっとお兄ちゃん! 説明して!」

「リベル、礼儀正しいがそれは悪手だ……」

 

 顔を手で覆うルイネの肩に、レミアの手が置かれた。

 

「そ、そうだシュウジ、お前いつの間に……」

「シューちゃん。私…………もうお祖母ちゃんなのかしら?」

「桔梗ぉ!?」

 

 混乱に次ぐ混乱、からの混乱。

 

 陰鬱などなんのその。リベルの乱入によってあっという間にカオスと化した場はしっちゃかめっちゃか。

 

 どうすんだこれ、と外野組にも困惑が広がり、いよいよ収拾がつかなくなって……

 

「…………くはっ」

 

 ふと、響く笑い声。

 

 この場に似つかわしくないその音に、一瞬誰もが幻聴か? と首をかしげる。

 

 けれど、すぐにくつくつという続く笑い声によって、それが聞き間違いではないと理解した。

 

「……お兄ちゃん?」

「シュウジ?」

「シューちゃん……?」

「くっ、くくくっ、ふはっ、あははははは! あーっはははははは!」

 

 途端、堰を切ったように笑い出す。

 

 堪らないと言うように、我慢の限界だと言うように、それはおかしそうに、いっそ純粋なほど笑う。

 

 

 

 

 誰もが呆気にとられて、何も言えなくなったのに。

 

 当の本人は、やがて笑いが収まるとこの事態の元凶たるリベルの頭に手を置いた。

 

「そうだ、そうだよな。俺にシリアスは似合わねえ。これくらいカオスなのが、俺って人間の周囲を取り巻くに相応しい」

「…………パパ、元気でた?」

「元気も元気。無駄な緊張と不安がお空の彼方にさあ行くぞだ。いつも俺を元気付けてくれてありがとな、愛娘よ」

「えへへっ」

 

 ……ああ、そうか。リベルは分かってやったのか。

 

 そうすることで、ずっと見てきた父親がいつものように振る舞えるよう、あえて場を壊した。

 

 意図的な無神経。その巧妙さは、さすがはあいつの娘と言うべきだろう。

 

「よっし、もう大丈夫。愛娘にこんなことまでさせちゃあ、きっちりやらないとな」

「うん、パパならきっと完璧にできる! だって私のパパだもん!」

「おっ、そいつは最高の勲章だ。パパ感涙にむせび泣いちゃう」

「…………あの、お兄ちゃん」

 

 いつものように流れるような軽口を叩くシュウジに、おずおずと声がかかった。

 

 それは善子ちゃんのもの。二人のやりとりで強制的に頭を冷やされたのか、表情は落ち着いていた。

 

 それは剛さんと桔梗さんも同じ。困惑しているのは変わらずも、平静な様子であいつを見る。

 

「ちゃんと説明して、お願い。いきなり叫んだりしたのは、悪かったから」

「別に怒っちゃいないさ。だがまあ、説明はしよう。一から十まで、全部な」

 

 そう答え、一度瞑目し。

 

 聞こえるほどに大きく深呼吸をして、いよいよ覚悟を整えたといった様子で。

 

 次に目を開いた時……その静寂な暗闇の如き瞳に、三人は息を呑んだ。

 

「俺は、さっきまで死んでいた。そして蘇り、こうして今父さん達の前にいる」

「なっ、あッ!?」

「う、そ……」

 

 何を言っているんだ、と疑うには、あまりにその声は、言葉は、大きな質量を帯びていた。

 

 猜疑を許さない、絶対的な事実の主張。命の終わりを何より重視する故の完全なる言葉。

 

 それでも、受け入れ難いと思ってしまうのは当然で。

 

「うそ……嘘よ、だってお兄ちゃん、ちゃんと生きてるじゃん。ここに、いるじゃん」

「ハジメや雫達のおかげでな。だが、結論だけを述べても納得はしないだろう。だからその事実に至るまで説明すると、そう言った」

 

 縋るような声を、いっそ冷徹なまでに分解する。

 

 気圧され、少し離れる善子ちゃんに、シュウジは剛さん達を見る。

 

「十五歳の誕生日。俺は自分の力と記憶について、父さん達に明かした。そのことは思い出してるか?」

「あ、ああ。はっきり覚えているとも」

「最初はびっくりしたけど、シューちゃんが本当に魔法を使ったものだから、信じざるを得なかったわ」

「で、でもそれがお兄ちゃんが死んでたってことに、何の関係があるのよ!」

「あるさ。これは、俺の過去と、正体と……罪についての、話なんだから」

 

 リベルの頭に置いていた右手を、静かに掲げる。

 

 人差し指と親指が、パチリと音を鳴らした途端──ナシタの店内が、紫色の光で塗り変わった。

 

 幻覚魔法。最も得意とするそれが展開され、驚く家族にあいつが静かに告げる。

 

「これから見せるのは、俺がかつて描いた軌跡。愚かで救いようのない、馬鹿な男のバッドエンドルートだ」

 

 

 

 

 それから、幻の過去が全てを見せた。

 

 

 

 

 

 再生魔法も使っているのだろうか、三人称視点で空中に浮かび上がる、数多の記憶。

 

 異世界に召喚されてから、奈落の底から始めた旅の軌跡と……その裏で密かに広げた支配の手。

 

 所々血生臭い所をカットしつつではあったが、要点を全て捉えた説明を添えて、一年に及ぶ道程が明らかにされていった。

 

 作られた存在という、到底許容し難い真実が明かされた時のことも、しっかりと。

 

 

 

 

 やがて一時間も経つ頃、ついに全てが決したあの聖戦と、エヒトと俺、雫の決戦に辿り着き。

 

 そして──

 

「……ここから先が、俺の最後の選択。ハジメ達にも見せなかった、北野シュウジの終末だ」

 

 俺と雫が退場させられた所で、一度幻覚が止まった。

 

 それからシュウジは、剛さん達に……俺達に視線を巡らせ、冷たく言う。

 

「これから見せるものに、同情しないでくれ。悲しんでくれても、怒ってくれてもいい。でも、それだけは、やめてくれ」

 

 二度目のフィンガースナップで、ついに幻が動き出す。

 

 最後の最後に幻覚が形作ったのは、驚くべき光景だったのだ。

 

 

 

 

 

 ──というわけで。一対一だぜ、女神様? 

 ──あは。粋なことをしますね

 

 

 

 

 

 現れたのは、女神。

 

 かつてカインによって一度だけ見た、狂気に堕ちた最悪の存在。

 

「マリスっ……!」

「ルイネさん……」

 

 後ろから、何かを押し殺すようなルイネの声や、気遣うような先生の声が聞こえるけれど。

 

 俺もまた、剛さん達と同じように、未知の過去に意識を奪われていた。

 

 

 

 ──最初こそ、エヒトを殺すために進化態に至ろうとしていたんだが……真実を知ったことで、より絶大な力を手に入れたってわけだ

 ──その結果が、今にも死にそうなその姿ですか? ふふっ、とても滑稽ですね

 

 

 

 あの絶大すぎる力を手にする為、全てを操り続けたこと。

 

 

 

 ──俺の答えはこうだ。〝創造〟も、〝抹消〟も──惑星の生命を管理するシステムの一部である、とな

 

 

 

 秘められていた、世界の法則の真実。

 

 

 

 ──お別れだ、出来損ないの人形。お前はよく役に立った。たがもう要らぬ故……跡形もなく消えよ

 

 

 

 長い問答が終わり、一部どうしてか不自然に飛ばしたが……去っていく女神。

 

 

 

 ──ようやく届きましたよ、マリス

 ──お、とう……さん…………? 

 

 

 

 創造主を欺き、ついにその刃を突き立てた、最強の暗殺者。

 

「マスター……」

 

 再びルイネの声が。

 

 それには無視できない懊悩が込められていて、自分でも無意識的に後ろを振り返る。

 

 

 

 

 彼女は、かの暗殺者を見つめて苦しげに顔を歪めていた。

 

 公園で彼女が明かした想いに偽りはない。俺からもそう思えたが、しかし思うところは多く残っているのだろう。

 

 何か言葉をかけることは無粋だろうと、正面に顔を戻して再び幻覚に没頭する。

 

 

 

 

 ──眠りなさい、マリス。悪意に囚われてしまった、我が娘。私もすぐに…………そちらへ行きます

 ──あぁ…………お父さんの手………………とっても………………あったかいなぁ…………

 

 

 

 鋼の意思と、最後の微笑。

 

 共に消えた女神の終焉に、誰かが……あるいは俺自身が、ほうと息を吐く。

 

 それは旧世界で募らせた、あの女神への怒りと憎しみが流れていく音であり。

 

 ……どこか、憐憫も入り混じったものだった。

 

 

 

 ──はは。実にロマンチックな、演出じゃ…………ねえ、か…………

 

 

 

「シュウジっ!」

「お兄ちゃんッ!?」

 

 だが、その余韻に浸る余裕はすぐに奪われる。

 

 崩れ落ちていく過去のシュウジに、たとえそれが終わったことだと知っていても叫んでしまう。

 

 見計らったように、呆気にとられながら幻覚を見ていた善子ちゃんが思わずといった様子で立ち上がった。

 

 

 

 ──わぁってるよ……ちょっと休憩した…………だけだって

 

 

 

 そして、あいつも立ち上がる。

 

 命が尽きかけていても、今にも塵になってしまいそうでも。

 

 

 

 ──がはっ! うぐっ、はぁっ、はぁっ! 

 

 

 

 独りで、立ち上がれて、しまったんだ。

 

 

 

 ──はっ。ヒビだらけ、じゃん 

 

 

 

「やめて……もう、お願いだからやめてよ、お兄ちゃん……立ち上がっちゃ、ダメだよっ…………!」

 

 絞り出すような、震える善子ちゃんの声。

 

 頬を伝っていく何筋もの涙と悲しみに。

 

 ……目で見ずとも、この場の全員が同じものを流していることが、理解できた。

 

「……それでも俺は立った。立たなければ、進まなければならなかった。それが俺のなすべき事であるが故に」

 

 彼女に、俺達に応えるように、ここにいるシュウジが独白する。

 

 

 

 

 

 ──悪いけどよ。ちょっくら、運んでくれや、しねえか

 

 

 

「やだっ、やめてっ、もう頑張らないでよぉっ!」

 

 たとえ、足が砕けても。

 

 壊れかけでも、それでもカインの手を借りて。

 

 断固とした意思で、不変の信念で、シュウジは進み続けた。

 

 

 

 ──ネルファ……坂みん……中里…………よし、ちゃんと、記録されてる

 

 

 

 開かれた星の記憶。

 

 そこに刻まれる死者の魂に、背後から強い怒りや悲しみ、後悔の感情がやってくる。

 

 それらを抱いているのが誰であるかは、明白だった。

 

 

 

 ──ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタール……見つけたぜ、ユエのお父さん

 

 

 

「っ、シュウジっ……!」

 

 

 

 ──あんたら、ずっと待ってたのか。何千年も、転生もしないで、ずっとずっと……ミレディを、待ってたのかよ

 

 

 

「……創造主様」

 

 命を削り、己を削り。

 

 到達した星の根源で、死した者達の名を数え。

 

 そして、あいつは手を伸ばし。

 

「お兄ちゃん、駄目ぇええぇえええっ!!?」

 

 察した善子ちゃんの絶叫を、叩き潰すかのように。

 

 

 

 

 

 

 ──回収したエネルギーを代償に、〝この宇宙における俺に関連する記録のリセット〟と……〝未来の選定〟を、実行する

 

 

 

 

 

 

 

 俺達にとっては、最悪の。

 

 あいつにとっては最善の選択を、しやがった。

 

『────ッ!』

 

 

 

 誰もが表情を歪めた。

 

 

 

 誰もが拳を握り締めた。

 

 

 

 誰もが、その選択を選んだことに、激しく憤った。 

 

 

 

「あ、ここから先少し飛ばすわ。絶対見せられん」

 

 突然幻覚が途絶え、少ししてまた映される。

 

 映し出されるのは、輝く樹の根元に座り込んだ壊れかけの黒い影。

 

 

 

 ──俺は、最後までピエロであり続けよう

 

 

 

「どうしてっ……」

 

 どうして、そこまで。

 

 最後まで言葉にする前に、感情のダムが決壊したのだろう。善子ちゃんは口を抑え、嗚咽した。

 

 それは彼女だけではない。

 

 後ろから聞こえる。ユエの、シアの、ウサギの、美空の、その他全員全ての人間の小さな嗚咽が。

 

 それは、声を出さないだけで、俺だって。

 

 

 

 ──システムに請願。リソースの譲渡を理由に、この肉体と魂をエネルギーに還元する権利を要求します

 

 

 

 過去は止まらない。

 

 幻が、残酷なほど時間を進めていく。

 

「……ぁあ。貴方は……本当に……最後の最後まで…………終ぞ、変わらなかったのだな」

 

 

 

 ──最後くらい素直になりなさい。それくらいの権利は、貴方にならあるはずだ

 

 

 

 その生全てを断罪に捧げた男が、粒子と散った。

 

 美しくもあまりに静かすぎる光景に、しかし押しよせる感情の荒波によって何も言えない。

 

 

 

 ──ハジメと、またなんか勝負したかったな

 

 

 

「っ、う、ぁ……!」

 

 そんな俺達を、せせら嗤うかの如く。

 

 

 

 ──雫と幸せな家庭、築きたかったな

 

 

 

「あ、あぁああっ……!」

 

 涙を、嗚咽を、押し潰すかのように。

 

 

 

 ──美空やシアさん、白っちゃんの恋愛相談、もっと聞きたかったな

 

 

 

「っ、何を、今更っ……!」

「馬鹿っ、本当に馬鹿、でずぅっ……!」

「そんなこと最後に言うくらいならっ、どうして、どうしてもっと生きてくれなかったの!?」

 

 最後の最後に、ただ、ぽつりぽつりと。

 

 

 

 ──ティオと語り合いながら酒飲んでみたかったし、リベルの大きくなった姿も見たかったし、坂みんと谷ちゃんをもっといじりたかったな

 

 

 

「いくらでも機会はあったじゃろうっ、大たわけ……!」

「…………パパ」

「死人に口なしだろうが、このやろぉ……!」

「北野、っち……!」

 

 願いだけが、零れ落ちていく。

 

 

 

 ──クソ。なにがこれでいいだよ

 

 

 

 その全てを、自ら踏みにじって。

 

 命尽き果てる瀬戸際まで、素直に求められないまま。

 

 

 

 

 

 ──あぁ…………もっと、生きたかったなぁ……! 

 

 

 

 

 

 ただ、ただ、ひたすら、無慈悲に。

 

 

 

 砕けた世界の中、輝く樹の下で。

 

 

 

 シュウジが、塵になった。

 

 

 

 




次回で終わりです。


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道化の弱み 後編

思ったよりすんなり完成して、一日で完結してしまいました。

今回は割と力を入れたかも。

とはいえ、ずっと構想を練っていた光輝編に比べてしまうとパッと思いついたアイデアを形にしただけですので、適当に楽しんだいただければ。


 

 

 

 

 

「……以上だ。これが、俺が死んだ理由だよ」

 

 

 

 三度目のフィンガースナップ。それによって幻が、今度こそ完全に消える。

 

 照明に照らされた明るい店内が戻り、必要以上に熱が入っていた意識が現実に引き戻された。

 

「あれから新しい世界……つまり今のこの世界が生まれ、時が経ち、そしてハジメ達の尽力で生き返った。その副次的な効果で、父さん達の記憶も蘇った。これが全てだ」

 

 何度目の沈黙なのか忘れたほど、痛々しく静まり返った場に響く、シュウジの言葉。

 

 締めくくられた言葉に、誰も何も返さない。

 

 違う、返せないのだ。

 

 憤怒、絶望、悲哀、感謝、無力感、やるせなさ……数え上げればキリがない。

 

 幻を見ながら感じた、あまりに多すぎる感情を抑えるのが精一杯で、言葉を作る余力がなく。

 

 それほどまでに、残酷で、独悪的で、自らの心をも捨て去った、あまりに完璧すぎた選択だった。

 

 

 

 

 それを飲み下せないでいる間に流れた時間は、5分だろうか。10分だろうか。

 

 やがて、ギシリとソファから軋む音を立てて立ち上がった剛さんによって、止まった時が進む。

 

 どこか身震いするような圧を体に纏った彼は、その丸太のような腕をゆっくりと振り上げて。

 

「……シュウジ。歯を食いしばれ」

 

 あいつは、リベルを瞬間移動で俺達の元へ戻させてから。

 

「……とっくにだ、父さん」

「そうか。ならば──」

 

 ギシリ、とその拳が固められ。

 

「この、馬鹿息子がッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、シュウジの頭が弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

 そう錯覚してしまうほどに、あいつの頬を撃ち抜いた拳の威力は凄まじかった。

 

 まるでミサイルが着弾したような轟音が響き、壁や天井を伝ってこちらまで届く。

 

 衣服が激しく揺れるほどに巻き起こった旋風は、とても一般人の拳が繰り出した一撃の余波ではない。

 

 

 

 

 剛拳の余韻が消えるまで、たっぷり十秒。

 

 こちらの意識まで吹っ飛びそうだったそれを受けたシュウジは……ゆっくりと、横を向いた顔を正面に戻した。

 

 頬に残る拳の後と、口の端から流れる血。それだけで済んだのは肉体強度のおかげだろう。

 

 だけど、何よりも──その目が、どこまでも真っ直ぐに剛さんを見ていた。

 

「…………ハジメ君達の気持ちは、考えなかったのか」

「考えた。何百、何千回と考えて、考えて、考え抜いて、その上で全部手放した」

「俺達のことを、思い出さなかったのか」

「何度も思い出した。帰りたいとも思った。それでも、俺は選択した」

 

 悪を貫き、悪を誇り、悪のままに死ぬ。

 

 それで守り続けた一方と、切り捨てたもう一方、両方を救えるのなら喜んで命を捧げると。

 

 全てを拾い上げるという、豪胆で、傲慢で、不可能なことを、あいつは実行してみせた。

 

 それは、なんて強欲な……恐ろしいほどに強固な決意だったのか。

 

「俺は俺を見下さない。俺の価値を見誤らない。その上で、天秤が傾く方を選択した。そこに未練があったとしても、後悔などしない」

 

 ……それは、あいつを心から愛する俺達の気持ちを踏み躙るような言葉であった。

 

 個の幸福より全の幸福を。それは自分と自分以外の全てという、どこまでも無情な線引き。

 

 俺が自らの為、愛する人の為、邪魔するもの全てを敵と定め、必ず殺すと、そう決めたように。

 

 シュウジは、自分が業の全てを背負い、まとめて切り捨てることを選んだのだ。

 

 

 

 

 

 それだけに……今際の際に漏らしたあの一欠片が、どれほどに大きなものだったのか。

 

 

 

 

 

 それを今、実感できる。

 

「わかってるさ、俺は大悪党だ。父さん達に誇れるような人間じゃないし、人として在り方が破綻してる。けど、それを恥じることは…………ない」

「…………そうか」

 

 重々しく、深い響きを持つ、剛さんの短い返答に、何故か俺達まで震える。

 

 エヒトなどより余程恐ろしいプレッシャーを全身から放つ彼は、その眼光でシュウジを射抜いた。

 

「お前はあくまでも、お前を貫き通したと。そう言いたいのだな?」

「ああ。その上で救ってくれたハジメ達には、一生をかけて感謝と、愛情と、贖罪を伝えていこうと思う。それが未だに生きている俺の、新たな〝目的〟だ」

「……………………そう、か」

 

 今度はさっきよりも長い沈黙の末、剛さんは同じように返答をする。

 

 深く、深く息を吐いた彼は、おもむろにまた腕を、それも今度は両方上げていった。

 

 

 

 

 まさか、次は両腕を使った拳の嵐で滅殺しようというのか。

 

 俺も全くの同感ではあるが、しかし剛さんに返した言葉によって、同質量の赦しも与えようと思えている。

 

 それはユエ達も同じであるのか、一斉に彼を止めようと、面白いほど同時に足を踏み出して。

 

 

 

 

 

「──ならば、そんなに頑張った息子は、褒めてやらないとな」

 

 

 

 

 

 優しい言葉でシュウジを抱擁した剛さんに、またも同時に足踏みした。

 

 バランスを取り損ねたのか、「おっとと!?」などと言って後ろの連中が倒れてくる。

 

 ユエか美空か、誰かの手が先頭にいた俺の両肩に乗っかり、十数人分の体重を気合いで支えた。

 

「…………てっきり、もう百発くらい受けると思ったんだけどな」

「お前は自分にできる最大限のことをし、最後まで自分を通した。それに対する反省もしている。ならば、関わってすらいない俺がとやかく言うのはここまでだ」

「親不孝ものだぜ、最強級の」

「だったらその分、幸福を返せ。お前が自分で返し切れたとそう思える時まで、何年でも、何十年でも生きてやる」

 

 どうにかバランスを立て直した時、シュウジと剛さんは穏やかに言葉を交わしていた。

 

 先程までの覇気とは一変して、その大きな体に比例した愛情と、優しさ、暖かさを感じる。

 

 あいつがやや戸惑うような表情でいると、流麗な動きで立ち上がった桔梗さんが剛さんの上から両手を回した。

 

「母さん……」

「沢山、戦ったのね。沢山選んで、沢山悩んで、沢山沢山、苦しんだのね」

「…………っ、いや、俺は、俺のしでかしたことの責任を取っただけで」

 

 初めて、震えた。

 

 これまで何があろうと、アザンチウム製の芯が入っているのではないかという、その言葉が。

 

 まるで心が震えて、乱れてしまったような声音は、確かに彼女の声が届いていることを証明する。

 

 言うなれば、そう……〝動揺〟しているのだ。

 

「……お兄ちゃん。私ね、お兄ちゃんのこと許さないよ」

 

 そんなシュウジに、追い討ちをかけるように。

 

 塵になった光景を見て、ソファに座り込んだまま俯いていた善子ちゃんが、ふと呟く。

 

 両手を握りしめ、決して顔をあげないで、ぽつぽつと、シュウジへ言葉を投げかけ始めた。

 

「絶対、許さない。勝手にいろんなことして、勝手に死んだこと。たとえ雫義姉さんや、あのルイネさんって人が許しても、私が許さないから」

「……善子」

「でも、だからね」

 

 初めて安心したように、誹られることに笑顔を浮かべかけていたシュウジは。

 

 それを遮るように、力強い音で発せられた続きに、自然と口を閉ざした。

 

「同じくらい嬉しいの。これからも生きたいって、そう思ってくれてることが。自分を赦さないでいてくれることが」

「………………俺は」

「きっとお兄ちゃんは、ハジにぃやミソねぇ達が……ううん、世界中の人に罪を問われなくても、自分から自分に罪を科す。そうでしょ?」

 

 その言葉を、シュウジは否定できなかったようだ。

 

 切り捨てるだけの言葉を、理屈を、持ち合わせないのだろう。

 

 

 

 

 だってその通りだから。

 

 北野シュウジは、自分を呪わずにはいられない。罰せずにはいられない。そういう人間だ。

 

 自分が行うこと、思うこと、その全てに罪の所在と罰の重さを探して。

 

 まるでそういった病のように、自分で自分を責め続けないと、心底からは安心できないのだ。

 

 妹という、ある意味で俺達より近い位置にいる彼女は、それを見抜いていた。

 

「だったらその分、()()()()。許さない以上に、赦すから。だから生きて。生きて、生き続けてよ」

「よし、こ…………」

「生きないなんて、許さない。ずっと向き合って。ずっと許さないで。ずっとずっと、ここにいて」

 

 善子ちゃんは、ずっと下に向けていた顔をあげて。

 

 そして、端正な顔にユエ達がいる俺さえ見惚れる──最高の笑顔を花咲かせた。

 

 

 

 

 

「だって貴方は、世界で一番かっこいい……大好きな、私のお兄ちゃんなんだから!」

 

 

 

 

 

 それは、きっと他の誰にも咲かせられない大輪の花。

 

 北野善子が北野シュウジを心から思う、その時にだけ開花するのだろう、唯一のもの。

 

 しかし、ただ一人にだけ向けられた、受け取らざるをえないその花束には。

 

 あとは、リボンが必要だ。

 

「シュウジ。俺の大切な子。生き返ってくれて、ありがとう」

「やめろっ、やめてくれっ、俺はっ」

「シューちゃん。私の宝物。帰ってきてくれて、ありがとう」

「違うっ、違うんだっ、俺は父さん達に褒められるような、そんな──」

 

 

 

 

 

「「よく頑張ったな(わね)。本当に、お疲れ様」」

 

 

 

 

 

 その、瞬間。

 

 

 

 ピシリと。

 

 

 

 きっと皆が、心の鍵が壊れる音を確かに聞いた。

 

 

 

「……………………すごく、疲れた」

 

 鍵が壊れてしまったのなら。

 

 ずっと隠されていた中身が溢れ出てくるのは、当然のことだ。

 

「辛かった。嫌だった。悲しかった。ずっとずっと真っ暗で、帰り道なんてわからなくて。最後は何もないのに、進まなくちゃならなかった」

「いいんだ。お前は走り切った。やるべきことをやりきった。それは、賞賛されるべきことだ」

「本当は生きたかった。一つも残らないのが怖かった。でも、奪ったままなのは、もっと怖かった」

「偉いわ。シューちゃんは昔から、貰ったものと同じだけのものを相手に返せる子だったものね」

「俺、いいのかな。生きてて、幸せになって、いいのかな。もっと、もっと苦しまなきゃ…………」

「馬鹿。お兄ちゃんはもう、神様みたいな存在じゃないでしょ。だったらご褒美があったって、いいんだよ」

 

 トドメを刺すような、家族の言葉に。

 

 

 

 

 

「う……ぁ、ぁああぁぁああああああああ

 あぁああああぁあああぁあぁあぁぁあああああああああっ!!!」

 

 

 

 

 

 俺が生まれからこの方、少なくとも初めて見るほどに。

 

 心の底から、何にも憚ることなく、泣き叫んだ。

 

「…………道化の弱み、か」

 

 たとえ、世界さえもマジックで塗り替えてしまう道化師でも。

 

 自分を産み、育ててくれた、あの女神とは違って心から対価なく愛してくれる〝家族〟は。

 

 どんなに強いハリボテの裏に隠れても……どんな策略や魔法を使っても、敵わないのだろう。

 

 

 

 

 子供のように泣きじゃくるという、世にも珍しい光景にそんなことを思う。

 

 すると、シュウジの頭を撫でていた善子ちゃんがふとこちらを向き、立ち上がった。

 

「ハジにぃ、皆さんも。兄を連れ戻してくれて、ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」

「気にすんなよ。俺達がやりたくてやったことだ」

「それなら尚更です。あと、こんな馬鹿な兄でいいのなら……どうか、これから先もずっと、一緒にいてあげてください」

 

 お願いします、と深々と頭を下げる善子ちゃんに、俺はユエ達と顔を見合わせて。

 

 既に、悲しみや憤りなんてものはどこにも存在しない、ただ呆れたような笑いを見せ合った。

 

「それこそ、俺達がやりたくてやる一番のことだ。たとえお前が嫌って言っても、死んだ後まであいつに付き纏ってやる」

「今更、確認するまでもないし!」

 

 いの一番に、俺と美空が肯定する。

 

 すると、それを補強するようにユエが妖艶な笑みを見せた。

 

「ん、やろうと思えばそういう魔法を作る。来世もその次も、みんなで一緒」

「ちょっとユエさん、そのセリフは私の専売特許よ?」

「それもそうですね。大変な人ですけど、よろしくお願いします。雫義姉さん」

 

 雫にだけは、どこか特別な意味を込めた言葉を送る善子ちゃん。

 

 どこぞのソウルシスターズ(精神的妹) どもではなく、純粋なる意味で義理の姉としての信頼だった。

 

 彼女も、むしろとことんやる気よ、と瞳に闘志を燃やしている。

 

「ですですぅ、父様達もどうせ元に戻ってるでしょうし、責任とってもらわなくちゃいけませんからねえ!」

「……旅が始まったあの時から、私にとってシュウジは家族。家族は決して離れない」

「ふふ、酒を酌み交わしたいと言っておったからのう。存分に相手しようではないか」

 

 いつも俺達の行く道を明るく、時に物理的にしてくれた、ウサギ娘二人も同調し。

 

 何かと変態だが、変態ではあるが、いざというとき頼りになる竜人が応用に頷く。

 

「シュウジは我が夫。高潔なる龍人の魂にかけ、生涯添い遂げよう」

「パパはずっと私のパパなのですっ!」

 

 紆余曲折を経て、ようやくあいつの隣にやってきた母娘もまた、宣言した。

 

「下手したらまた知らないうちに暗躍してそうだし、治癒師として腕が鳴るよっ」

「南雲や光輝ほどのダチにはなれねえだろうが、俺もあいつの友達のつもりだぜ?」

「いろいろお世話になったしね!」

「待て龍太郎、俺とあいつは友達じゃない。絶対違うからな?」

「ふふ、そうは言っても切っても切れぬ腐れ縁でしょうに」

「うふふ、頑張った方が報われないのはありえないですものね」

「シュウジおじさんも、みんなも一緒なの!」

「ふふ、彼は困った生徒ですからね。しっかり目をかけておかないと」

「まあ、北野は俺のこと普通に認知してくれるしなぁ……普通に、友達だし」

「俺も……まあ、色々あったけど」

 

 次々に声を上げていく俺達に、善子ちゃんは心底から嬉しそうに笑った。

 

 きっと俺達も、同じような顔で見返していたと思う。

 

「あ、ハジメさんハジメさん。そろそろシュウジさんが泣き止みそうですよ」

「ああ、そんじゃあ行ってやるか」

 

 

 

 タイミングを見計らい、俺達は総出でシュウジへと突撃した。

 

 

 

 北野一家も巻き込んで、今一度シュウジにあれやこれやとして。

 

 

 

 もう一度準備しなおした、俺とシュウジの誕生会を再開催したり。

 

 

 

 魔法やら宴会芸やら物理的曲芸やら、やれる限りのことをやって騒ぎに騒いで。

 

 

 

 途中、酔った剛さんと腕相撲大会が開かれたり、シュウジと天之河がテンプレの如く取っ組み合いを始めたり。

 

 

 

 

 

 

 

 兎にも角にも、忘れられぬ一日となった。

 

 

 

 

 




以上、北野一家でした〜。


そのうち他のアフターで登場するかも。某南雲夫妻みたいに。


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【教師編 アフターストーリー】
畑山愛子の憂鬱


今回は愛子先生と彼の話です。

一話完結なので、気軽にお楽しみを。


 

 

 

 まばらに生えた雑草。古びた石垣、若干歪んだ物干し竿。

 

 

 

 何故か子供の頃から転がっている錆びたドラム缶に、石垣にもたれている壊れかけの自転車。

 

 それらを見下ろすのは抜けるような青空で、彩るのはセミの鳴き声と風鈴の涼やかな音。

 

 その中で空を縁側から見上げているのは、私。

 

「変わらないなぁ、ここは」

 

 思わず呟くと、喉が渇いてることに気がつく。

 

 両手に握っていたコップから麦茶を煽り、額を伝う汗を傍らに置いたタオルで拭う。

 

 一定の間隔で繰り返している動作を終えて、また私は空を見上げてぼんやりとした。

 

 

 

《呆ケテイルナ》

 

 

 

 ふと、地鳴りのような声が脳裏に響く。

 

 同時に体から何かがにじみ出て、私の顔のすぐそばで形を成すのをじっと待つ。

 

 ほどなくして出来上がったのは……旧世界で私と最後まで戦ってくれた、ヴェノムさんだった。

 

「ソンナニ暇ソウナラ、誰カ悪人デモ喰イニイクゾ」

「いきませんよ。ていうかここ、私の故郷ですから。滅多に極悪人なんていません」

 

 のんびりとした目の前の光景を見ながら、私はすげなく答える。

 

 

 

 〝彼〟が帰ってきてから、一年と少し。

 

 

 

 あの奇跡の日から私も()()()けれど、この新世界で生きてきたことは変わらない。

 

 その最大たるものといえば、清水幸利くんとの関係だろう。

 

 旧世界で私に教師になりたいと、そう相談してくれた彼とは新世界で別の関係を築き、けれど同じように教職を目指してくれた。

 

 そんな彼は、つい最近正式に教師となってとある学校に配属されたのだ。

 

 教え子の成長に喜んだのも束の間、〝彼〟の周りもようやく落ち着いた。

 

 大きな荷物を二つ下ろしたように気の抜けた私は、ちょうど夏休みだからと帰省したのである。

 

「そもそも、私は人として、教師として、誰かを食い殺すつもりは二度とありません。ちゃんと美味しい物やチョコレートはたくさんあげてるんですから、それで我慢してください」

「ナンダ、ツマラン」

 

 あの世界でしたことは消えないけれども、この新しい世界ではその罪悪を抱えながら真っ当に生きようと思った。

 

 それは、このマリスさんの悪意から生まれたヴェノムさんには退屈だろうけど。

 

 ブツブツと文句を言いつつも私と一緒にいてくれるあたり、彼は憎めない。

 

「ジャア、アノ丸イヤツヲ丸齧リシヨウ。アマクテチョコレートミタイニ美味イヤツダ」

「ああ、スイカのことですか? そういえば前に作農師の力で改造してみましたね〜」

 

 記憶が蘇ったことで、トータスで獲得した特別な力も取り戻していた。

 

 それで少し前にスイカを買ってきて、魔法で改造したらヴェノムさんがやたらと気に入ったのだ。

 

「ココノスイカハモット美味ソウダ」

「もともと果物農家ですからね、畑山家は」

 

 私は都会に出たけれど、家族は今も農家を営んでいる。

 

 両親と母方の祖父母がこの家には住んでいて、私もどうせ来たならと手伝っている。

 

 帰ってきた初日、ちょこっとバレない程度に農作物と土地に魔法をかけたのは内緒だ。

 

「そうですねぇ。こちらに帰ってきてからヴェノムさんにはじっとしてもらってますし、一つとびきり甘くしてみましょうか」

「ソウカ! ジャアサッサトイクゾ!」

「はいはい」

 

 麦茶を飲み干し、よっこいしょと立ち上がる。

 

 そして踵を返すと──そこには私とヴェノムさんを見て固まっている女性が一人。

 

 私のお母さんこと、畑山照子。

 

 娘と、その娘の背中から伸びている凶悪な黒い顔に、お母さんは──

 

「わ、びっくりしたわね。ヴェノムさん外に出てたの」

 

 特に仰天することもなく、すぐになんでもないようなリアクションを取った。

 

 そりゃあ帰省初日の夕食の席で、いきなり出てきてお皿ひとつ丸ごと飲み込んだら慣れもするよね。

 

 既に事情を説明してあるとはいえ、順応早いなぁと思いつつ頷く。

 

「うん。お母さんはどうしたの?」

「スイカ食べちゃおうと思ってね。愛子とヴェノムさんも食べる?」

「丸齧リダ!」

「お母さんも食べるんだから、半分にしておいてください」

「チッ」

「はいはい、じゃあ切ってきちゃうわね」

 

 台所へ向かうお母さんに、私も縁側から家の中に入っていく。

 

 

 

 少し古い扇風機を付け、蒸し暑い部屋を冷やして待つことしばし。

 

 お母さんは綺麗な三角形に切り分けたスイカが乗ったお皿を二つと、半玉丸ごと持ってきた。

 

「はい、持ってきなさい」

「ありがと」

「愛子、早クシロ」

「わかりましたって」

 

 自分とお母さんの分をテーブルに置いて、半球を両手に抱える。

 

 その状態のまま、ヨダレを垂らすヴェノムさんに見られながら魔力を解放した。

 

「〝糖度調整〟、〝栄養調整〟」

 

 体内で魔法陣を描き、無詠唱で魔法を使う。

 

 マリスさんの力とトータスの魔法を組み合わせて、ただのスイカを砂糖菓子のように甘くした。

 

 程なくして、腕から伝っていた緑光が消える。

 

 見た目こそ何も変わっていないが、しっかり甘くなったはずだ。

 

「はい、できましたよ」

「ヨクヤッタ!」

「こうして見ると、見た目は怖いのにあんまり怖くないのねぇ」

 

 今は抑えてくれてるからね、なんて心の中でお母さんに答えつつ。

 

 半玉をテーブルに置いて、私とお母さんも座ると食べ始める。

 

「んん〜、美味しい!」

 

 キンキンに冷えていて、瑞々しいスイカ。

 

 それは魔法で改造などせずとも、とても優しくて甘い味。思わず変な声が出てしまう。

 

「……こうしてると、あんた本当に変わらないわねぇ」

「いきなり何、お母さん」

「いやね。都会に出て先生になって、色々と経験して少しは大人っぽくなったと思ってたんだけど。そうして純粋な顔を見ると、ね」

「……変なのも引っ付けてきちゃったしね」

「ガブガブ」

 

 一心不乱にスイカを咀嚼するヴェノムさんに、私は若干引き攣った声で呟く。

 

 目に見えるものは彼だけだと思っていたけど、お母さんの口ぶりを聞くに私自身も少し変わったらしい。

 

 旧世界での記憶、そこから得た経験が、私にこの幼い見た目以上の何かを──

 

「これで、彼氏の一人でも連れて帰ってくれればよかったんだけどねぇ」

「かふっ」

 

 母の言葉が心臓に突き刺さる。

 

 

 

 畑山愛子、29歳。いまだに独身どころか彼氏の一人もできやしない。

 

 

 

 記憶が戻る以前は勿論のこと、この見た目で寄り付く男は無し。

 

 旧世界の思い出が戻った後は、雰囲気が変わったのか少しそういうのもあった。

 

 が、一緒に蘇ったヴェノムさんが最悪のセ◯ム状態。

 

 アラサーに余裕で突入した私に実の母親からのその言葉は、実際の刃より深く突き刺さってきた。

 

「誰か居なかったのかい? いい人がさ」

「せ、生徒はみんな良い子だったんだけどなー」

 

 同じくらい手がかかる子ばっかりだったけど。だったけど! 

 

「それは教師としてでしょ。あんた、そろそろ相手見つけないと子供とか……」

「うう、わかってるけどぉ」

 

 逃げるように、またヴェノムさんを見る。

 

「ン? ナンダ、ヤランゾ」

 

 口周りをスイカのタネと汁でベトベトにした魔法生物に、深い深いため息を吐く。

 

 さっきまでとても心配そうにしていたお母さんも、かなり苦い顔で笑った。

 

「大変ね、あんたも」

「……私だってそういう気はあるのに」

 

 いや、本当に。

 

 南雲くんは石動さん達と仲睦まじいし、〝彼〟も八重樫さんやルイネさんと上手くやってるらしい。

 

 天之河くんは御堂さん、坂上くんは谷口さんと。

 

 遠藤くんでさえ色々と……それなのに私ときたら。

 

「そういえば、今年もお祭りやるわよ。せっかくだし、浴衣にでも着替えて気分転換に行ってらっしゃい」

「あぁ、そんな時期なんだ。そうだね、行ってこようかな」

「ちなみに山城のおじいさん、まだ綿飴屋やってるわよ」

「え、まだ生きてたの」

「あんた失礼ね」

「だって、もう百歳超えてるはずだったよね? まだ縁日の屋台できるの? 綿飴作りながら昇天しちゃわない?」

「今年で百六歳だけど、ピンピンしてるわよ。あと三十年は生きるって息巻いてるわね」

「妖怪にならないよね、山城のおじいさん」

 

 

 

 

 

 

 

 案外、魔法などなくとも人というのは頑丈なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 部屋のタンスで肥やしになっていた浴衣を引っ張り出して、久々に着た。

 

 中学時代に買った桜色の浴衣は悲しいほどフィットして、巾着を携え玄関へと向かう。

 

「それじゃあ行ってくるね」

「一人で大丈夫?」

 

 足にはめるように草履を履いて、心配そうにするお母さんに振り向く。

 

 タイミングを見計らったように、肩からヴェノムさんがにじみ出てきた。

 

「大丈夫、ボディーガードがいるから」

「任セロ、愛子ノ母親。コイツハ私ノ大事ナ宿主ダ」

「それなら良いけど……気をつけなさいよ。田舎だからってバカがいないわけじゃあないんだからね。特に祭りの日は羽目を外しすぎる人もいるから」

「ホウ、イイコトヲ聞イタ」

「期待しないの。まあ、適当にぶらぶらしてくるだけだし。……それにこんな三十路の童顔女、誰も声かけないよ」

 

 へっ、と少し卑屈な笑いが漏れる。

 

 最近こういうのが癖になってきてしまってる。気をつけないと。

 

「あっちにはお父さん達もいるし、みんな顔知ってるから変なことはないと思うよ」

「そう……なんなら太一くんでも呼ぶかい? 外じゃあヴェノムさんは出れないでしょう」

「あー……いいよ、別に」

 

 幼稚園から高校まで共にいた、幼馴染の青年を思い出してかぶりを振る。

 

 私と同じく都会に出て企業に就職し、同様に帰省している彼とは先日も会った。

 

 でも、うん……会わないほうがいいと思う。主に私の背中から顔を出してるモノ的に。

 

「そう? 太一くんなら嬉々として飛んできそうだけど」

「危ないから遠慮しとく。太一くんが」

「……そうね」

 

 お母さんが納得してしまった。

 

 また苦笑を作りながら、「いってきます」と引き戸を開けて、夕日に包まれたオレンジの世界に踏み出した。

 

 

 

 

 ゆったりと、田舎道を歩いていく。

 

 既に日はだいぶ落ちていて、やや闇色に染まった空には星々が輝いていた。

 

「綺麗ですねぇ」

《フン、食エナイ星ナド鬱陶シイダケダ》

「またそんなことを言って。ていうか、それに興味がないなら私の恋愛事情にも興味なくしてくださいよ。来る人みんなあなたが食べようとして、無理やり遠ざける私の身にもなってください」

《ドウニモ気ニイランヤツバカリデナ》

「どうしてそう言い切れるんです?」

《合法ロリ、トイウノダロウ? オ前ハ。ソレデ狙ウ輩バカリダロウ》

「なんてこと言うんですか」

 

 人が気にしてることを遠慮なしに! 

 

 そりゃあ確かに、魔力が復活してから妙に若々しいけど! 全く老けないけど! 

 

 元から童顔のせいで、時々居酒屋で年齢確認されるけど! 私はもう29……がふっ。

 

「じ、自分で考えて傷つきました……ヴェノムさんのせいです」

《自業自得ダロウガ》

 

 これは起訴も辞さない。訴えを届け出る先がないけど。

 

「〝愛〟? 何ぶつぶつ言ってるんだ?」

「ん?」

 

 ふと、前から聞こえた声に視線を上げる。

 

 道のすぐ先に、浴衣を着た背の高い、体格の良い青年が待っていた。

 

 見覚えのある顔だ。というかつい数日前に、偶然バス停で見た顔だ。

 

「太一くん。どうしたの、こんなところで」

「あ〜、俺も縁日行くことにしてさ。で、愛も来るって聞いたから。こういう日は馬鹿な奴も出るし、さ」

「待っててくれたんだ。わざわざありがとう」

 

 兄妹のように思っている青年に、なんだかほっこりしてお礼を言う。

 

 古川太一。家を出るときにも話題に出ていた私の幼馴染。

 

 微笑みながら言ったけれど、隣り合って歩き出した太一くんは何故か顔を背けて口元を覆う。

 

 あれ、どうしたのかな。

 

「そ、そういえば浴衣似合ってるな」

「ん? ああ。久しぶりだし、できるだけ雰囲気作ろうと思ってね」

「そっか……その、本当に似合ってる」

「ありがとう」

 

 主観的には、中学時代のものをまだ着れることに若干の抵抗があったのだけど。

 

 兄みたいな相手にこう言われると、ちょっとだけ素直に受け止められる気がした。

 

「はぁ……」

 

 

《オ前モ大概ダナ》

 

 

 ? 何がです? 

 

 

 

 ヴェノムさんの言葉はよく分からなかったけれど、それから太一くんと二人で向かった。

 

 日が落ち切る頃には、縁日の賑やかさと人混みの中に入り込む。

 

 祭りを楽しむ最中、色々ななことがあった。

 

 昔から知っている老夫婦に、太一くんといるところを揶揄われたり(きっぱり否定したけれど)。

 

 子連れの同級生に遭遇して、愛子も結婚したら〜? と冗談混じりに言われて突き刺さったり。

 

 地元の青年団になった顔馴染み達とも会って、その時何故か太一くんが囲まれて話をされていたりした。

 

「本当に変わらないなぁ」

《愛子、マタチョコバナナヲ買エ。アレガ美味イ》

 

 もう六本目でしょうが。貴方が食べると多少私にフィードバックするんですよ。

 

 三十手前の、特に運動していない女の腹がどうなるかなんて容易に想像できる。

 

 ブルリと震え、太一くんに不思議そうな目で見られつつも屋台の間を歩いていく。

 

「あ、そういえば山城のじいさんの屋台ここへんじゃないか?」

「そうだね。元気にしてるっていうし、どうせなら買って──?」

 

 ふと、足を止めた。

 

 いつも山城のおじいさんが屋台を出している、縁日の一角。

 

 そこではミケランジェロ像を綿菓子で作っている老人の姿に、ちょっとした人だかりができていて。

 

「おー、すげー……あっちの世界でもあんな変態技術見たことねえ」

 

 興味深げにその光景を見る一人に、この街の人間ではない顔見知りがいた。

 

「清水くん?」

 

 思わず名前を呼ぶ。

 

 すると、りんご飴を片手に山城のおじいさんを見ていたその青年は一瞬動きを止めた。

 

 それからこちらに振り返ると、その顔に驚きを浮かべて。

 

 

 

「先生?」

 

 

 

 彼は──清水幸利くんは、私のことを先生と呼んだ。

 

「あれ、なんでこんなとこに先生が?」

「そ、それはこちらのセリフです。清水くんこそ、こんな田舎にどうして?」

「ひとり旅っす。とりあえず赴任した学校も一学期が終わってひと段落ついて、ちょっと夏休みもらえたんで息抜きに」

 

 まだ新任だからこんな暇あるんですけどねー、なんて冗談めかして笑う清水くん。

 

 清潔感のあるさっぱりとした髪型や隈のない目元に、その柔和な笑い方はよく似合う。

 

 昔よりずっと明るくなった教え子は、少し考えた後にそうか、と何かを納得した。

 

「なんとなくこっち方面の電車乗ったんだけど、そういえば前に先生に故郷の話聞いたっすよね。その時のことをぼんやり思い浮かべたのかもしれないです」

「そういうことだったんですね。でしたら、夏祭りがやっていて丁度良かったですね」

「ですね。のんびり風景眺めてるのもいいけど……っと」

 

 そこで、彼は私の隣のあたりを見て言葉を止めた。

 

 一瞬不思議に思ったが、そういえば太一くんが一緒だったことを思い出す。

 

 教え子に故郷で出会った驚きで放置してしまった彼を見上げると、なんだか安心したような、少し警戒しているような顔をしていた。

 

 不思議な顔だけど、どうしたのだろう。

 

「あー、すいません。デート中でしたか。邪魔しちゃったっすね」

「いえ、デートじゃないので気にしないでください。久しぶりに会って、一緒に回っていただけなので」

「がふっ」

「……先生エゲツねぇな」

「?」

 

 なんで清水くんはちょっと引いてるのかしら。太一くんは胸を押さえてるし。

 

「えっと。どっちにしろここにいるのもアレなんで、失礼します」

「あら、どうせなら一緒に回ればいいのに」

「かはっ」

「た、太一くん?」

 

 いきなり膝をついてどうしたの? どこか悪いの? 

 

「……改めて聞きますけど、その人先生の彼氏とかじゃないんですよね?」

「いえ? ただの幼馴染です」

「ごっは!!」

「太一くん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 両手を地面についてしまった!? 実は体調が悪かったの!? 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「お、俺、同級生探してくる……」

 

 そう言って、太一くんはふらふらとどこかへ行ってしまった。

 

 何故か元気の無くなってしまった後ろ姿を、不思議に思いながら見送る。

 

「……どうしたのでしょう?」

「せ、先生さぁ……なんていうか、無慈悲だな」

「んなっ! なるべく生徒に寄り添う優しい先生を心がけてますよ、私!」

「違う、そういうことじゃない」

 

 も、ものすごく呆れた顔で首を横に振られてしまいました。

 

 わけがわからずに身じろいだ時、ふと右足に鋭い痛みを覚えて顔を顰める。

 

「っつ……」

「ん、あれ。先生、草履擦れちゃってるじゃないすか」

《ム、本当カ。治シテヤロウカ?》

「いえ……でもちょうど休憩しようと思っていましたし」

「それなら付き添うよ。恩師一人ほっとくってのも、なんかアレだし」

「ありがとうございます、清水くん」

 

 彼に随伴してもらい、近くの境内まで移動する。

 

 縁側は誰もおらず、気兼ねすることなくそこへ腰掛けると草履の片方を脱いだ。

 

「うわ、結構皮が擦れてるな。消毒液あったっけ……」

「え、持ってるんですか?」

「まあ、なんかあった時に応急処置できるようにさ」

 

 それは、旧世界の記憶を取り戻したからこその習慣なのか。

 

 肩にかけていたバッグから消毒液とハンカチ、絆創膏を取り出した彼は手早く処置してくれる。

 

「手際がいいですね」

「遠藤がさー、医師目指して世界回ってるだろ。んで海外から帰ってきて、南雲とかと三人で一緒に飯食った時に色々教えてくれるんですよ」

 

 はい、と言って彼は私の足から手を離す。

 

 滲んでいた血が拭き取られ、清潔にされた傷口には絆創膏が張り付いている。

 

「あんまり体重前にかけなきゃ、草履履き直しても平気だと思います」

「……ありがとうございます、清水くん」

 

 思わず、手を伸ばして彼の頭を撫でる。

 

 以前より髪が短いせいか、触り心地が違う。

 

 それでも、一瞬驚き、その後に照れ臭そうにしながらも払い除けないのは同じだ。

 

 

 

 記憶を取り戻してから、時々こういったことをしてしまう。

 

 

 

 かつての思い出を持つ彼は、幸いに私の手を拒むことはしない。

 

 そう。彼にも元の世界の記憶がある。その上でなお彼は教職を目指し、南雲くん達とも交流を持っている。

 

 そっぽを向く目の中には、かつてのような澱んだ色や自身のなさげな弱い意思はない。

 

 すっかり立派になってしまったと、改めてそう安堵した。

 

「えっと、先生?」

「あっ、すみません。長すぎましたね」

「いや、別にいいんすけど……」

 

 ぱっと手を引くと、ちょっとだけ空気が変になる。

 

 原因が自分にあることはわかっているので、慌てて話題を変えることにした。

 

「そ、そういえば。さっきのエゲツないとか容赦ないとか、どういうことですか?」

「え、それ聞くの? マジで?」

「はい、できれば知っておきたいです」

「あー……」

 

 なんだか変な顔をした清水くんは、説明を求める私になんとも言えない目を向けてくる。

 

 それでもなお見つめていると、何かを思い悩むような仕草をしてしばらく黙り込んでしまった。

 

 数分ほど経過したか。

 

 深くため息を吐いた彼は、ようやくこちらを見た。

 

「えっと、ですね」

「はい」

「さっきのは……好意を寄せてた幼馴染に対して、随分バッサリといくんだなぁ、と。そういうことっす」

 

 きょとんとする。

 

 好意を寄せてた? 誰が? 太一くんが? 誰に? 

 

 よく分からずに首を傾げていると、清水くんは後頭部をかきながら言葉を続ける。

 

「要するに、あれっすよ。久々に会った幼馴染が大人っぽい雰囲気になってて、無意識に持ってた感情を自覚したのに、それを全然気付きすらしない相手に滅多切りにされたみたいな」

「えー、そんなことないですよ。太一くんはいい人ですけど、ただの幼馴染だし。弟のような兄のような、そんなものですよ」

 

 確かに学生時代、思春期のあれこれで気まずくなっていた時期はある。

 

 けれどそれも歳を重ねるにつれ解決して、帰省した時に顔を合わせたら雑談を交わすだけ。

 

 だというのに、清水くんが私を見る目は冷めている。

 

「そういうとこだと思うよ、俺」

「えっ」

「ソウダナ。奴ハオ前ニ発情シテイタ。無視シテイルカラ、ソウイウコトダト思ッテイタゾ」

 

 暗がりで誰もいないのをいいことに、ヴェノムさんまで顔を出して言ってくる。

 

 えっ、待って、ちょっと待って。

 

 じゃあ、本当に太一くんは私のことを……

 

「……お、思えば今日会った時から、何か態度がおかしかったような」

「フン、俺ニトヤカク言ッテイルクセニ気ガツカナイトハナ」

「そんな……」

「で、さっき先生が自分でトドメ刺したってわけ」

「えぇええっ」

 

 わ、私はなんということをっ! 

 

 いや知ったからと言って太一くんとそうなるかと言われたら、疑問だけれども。

 

 それでも、昔から親しかった相手の恋心を引き裂いてしまったという事実に罪悪感を覚える。

 

「うぅ……こんなだから結婚できないんでしょうか、私」

「まあアレだけでへこたれて逃げるくらいだし、その程度だったんじゃね」

 

 俯いていた私に返された清水くんの言葉は、酷く冷たいように感じられた。

 

 思わず顔を上げると、彼は縁日の方……太一くんがいるだろう方向を冷たい目で眺めている。

 

 それは、旧世界のトータスで見た清水幸利によく似ているものだった。

 

「し、清水くん?」

「……俺さ、先生には最高に幸せになってほしいんだよ」

 

 ぽつりと、教え子の口から呟かれた願い。

 

 それは自分に向けたもので、自然と意識は話を聞く状態へと移っていく。

 

「元の世界じゃ、取り返しのつかないバカをした時に叱って、諭してくれて、命まで助けてくれた。この世界でもいろいろ世話焼いてもらって、おかげで教師になれた。あんたには一生かかっても返しきれない恩がある」

「そんな……それは全て、清水くんが自分で悩み、自分で考え、そして選んだことでしょう? 私は手助けをしただけで、この未来を掴んだのは清水くん自身ですよ」

「そうだ。その支えがなきゃ、俺は旧世界でのたれ死んで終わりだ。この世界でもきっとダメなやつのままだったと思う」

 

 だからこそ、と清水くんはこちらを見下ろす。

 

 学生時代より背も伸びて、旧世界の影響か少し体格も良い彼は真剣な目で私を見て。

 

 その表情に、何故かドキリとする。

 

「あんたには、絶対幸せになってほしい。南雲達に負けないくらいさ。だから、あのくらいで引き下がるようなやつは……あんたの隣にはいてほしくない」

「清水、くん……」

「って、何言ってんだろうな俺。変な独り語りしちまった、忘れてくれ」

 

 途端に恥ずかしげな誤魔化し笑いに戻る清水くんの表情。

 

 一瞬前までの精悍な……〝男らしい〟表情ではないのに。

 

 胸の動悸は、一向に治らない。

 

「フム? 貴様、ナカナカ言ウヨウニナッタナ」

「あっ、すんません! ちょっと調子乗りました! 食うのだけはご勘弁を!」

「イヤ、何モ言ッテナイガ」

 

 見事な土下座への移行だった。ヴェノムさんの存在がトラウマになってるらしい。

 

 ちょっと情けない姿に私もクスリと笑って、すると動悸も元に戻ってい……

 

 

 

 

 

「ソコマデ言ウノナラ、オ前ガ愛子ト番エバイイダロウ」

 

 

 

 

 くぅううううううっ!? 

 

「にゃにゃにゃにゃにを言ってるのですかあなたはぁっ!?」

「イイ加減ヤカマシイノデナ、コイツデ手ヲ打ッテオケ。コレマデノ凡愚ドモヨリハズットマシダ」

「いやいやいやいやいやいや!? それは恐れ多いってか、俺じゃ釣り合わないっつーかっ!」

「それは釣り合ってたら可能性があるってことですかっ!?」

「あんたも何言ってんだ!!?」

 

 ヴェノムさんを挟み、清水くんと二人でぎゃぁぎゃぁと騒ぎ合う。

 

 特大の爆弾は私の思考を滅茶苦茶にして、最終的に何を言ったのか覚えていないほどだった。

 

 ただ、肩で息をする自分と清水くんの様子から分かったのは、かなり変なことを口走ったということだけだ。

 

「面倒ナ奴ラダ。マアイイ、俺ハ俺ノ気ニ食ワンヤツジャナイナラ、誰デモナ」

 

 引っ掻き回すだけ引っ掻き回したヴェノムさんは、私の体の中に引っ込んだ。

 

 後には気まずい二人だけが取り残され。私と清水くんは互いに顔を逸らす。

 

「……ヴェノムさんがすみませんでした」

「……いえ」

 

 空気が重い。

 

 こんなことになるなんて、本当にヴェノムさんは厄介だ。

 

 どうすればいいの──そんなふうに考えていた時だ。

 

 

 

 ぐぅ、と大きな音が清水くんのお腹から鳴ったのは。

 

 

 

「………………」

「あ、いや、すんませんっ。遊び系の屋台ばっか回ってて、ほとんどなんも食ってなくてっ!」

 

 清水くんは慌てて弁明する。

 

 ……なんだか、毒気が抜かれてしまった。

 

「ふふっ」

「せ、先生?」

「ごめんなさい。でもなんかおかしくって」

「あー……その、すんません」

「なんで謝るんですか、ふふふふっ」

 

 ああ、なんだか変に気を立たせていた。

 

 ヴェノムさんのせいで動転してしまったけれど、なんのことはない。

 

 清水くんは、私の教え子。彼は夢を叶えたばかりの男の子だ。

 

 それ以外の認識は必要ない。もう卒業したとはいえ、彼は生徒なのだがら。

 

「そうだ。私の家族が手伝っている焼きそば屋さんがあるのですが、よかったら行きませんか?」

「いいんすか?」

「ええ勿論。どうせですし、私の自慢の生徒を家族に紹介したいです」

「そんな、自慢だなんて……」

 

 元の雰囲気に戻しつつ、私は立ち上がる。

 

 さあ、お父さん達に成長した教え子を見せに行こっ!? 

 

「わわっ」

「先生っ!?」

 

 小石か何かを、草履の裏で踏んでバランスを崩してしまう。

 

 それは丁度擦ってしまった方の足で、揺れた体を支えることは痛みで困難だった。

 

 ヴェノムさんが出てきてくれるか──そんなことを考えていた時だった。

 

「あっぶね!」

「っ!」

 

 力強く、腰に手が回される。

 

 それは傾いた私の体を軽々と支えて、じんわりと胸に広がった危機感は薄れた。

 

 代わりとでも、言うように。

 

 すぐ目と鼻の先には、思っていたよりも逞しい清水くんの胸板があった。

 

「先生、平気か? 足捻ってたりしてない?」

「………………」

「先生? おーい、先生ー?」

 

 心臓が、痛い。

 

 私が思っていたよりも、ずっと大人びていて、男らしくて。

 

 もう30にもなるというのに、なんで、こんなに。

 

 

 

 

 

 

 

 …………ただの生徒、よね? 

 

 

 

 

 

 

 




原作だと熱い告白をして魔王に吹っ飛ばされた幼馴染くんですが、この作品では世界が塗り変わっていますので、あそこまで強い思いは抱いていません。


読んでいただき、ありがとうございます。


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【光輝編 アフターストーリー】
光輝編 愚者と艶花


アンケートを取ろうとしていたものの、結果を待つより自分のパッションが爆発したので投稿。


まず第一号は、裏主人公とも言える彼の物語。


原作のアフター世界も関わってきますので、どうぞお楽しみに。





 

 

 

 時折、ふと思うことがある。

 

 

 

 かつて異世界で戦い抜いた記憶と、新たに作られたこの世界での記憶。

 

 一体、どちらの方が重要なのだろう? と。

 

 俺の答えは、記憶を取り戻したあの日から決まっている。

 

 

 

 

 

 どちらもかけがえがなく、どちらかが欠けた瞬間もう一方も成立しなくなるだろう。

 

 

 

 

 

 俺はあの時、戦った。

 

 命を、信念を──それまで積み上げた全てを賭けて、彼女を救う為だけに。

 

 最後に自分の中にあるものに気がついて……あまりにそれは遅すぎて、失ってしまったけれど。

 

 けれどあの苦しみが、悲しみが、絶望がなければ、俺はこの新世界で彼女を求めなかった。

 

 また、愚かなままに生きていた。

 

 

 

 

 そして幸せな〝今〟がなければ、きっと記憶を取り戻しても、絶望して、壊れてしまった。

 

 己が行いに見返りをまず最初に求めることは、必ずしも正しいとは限らないけれども。

 

 それでも、あの地獄を乗り越えて。

 

 彼女に心を掴まれて……彼女の手を掴んで良かったと、そう思える。

 

 

 

 

 だから俺は、彼女の隣で生きていく。

 

 憎らしいほどのドヤ顔で、全てを与えてくれた北野との約束を守る為に。

 

 何よりも、純粋に。

 

 

 

 

 

「──というのが妥当ですわ。(わたくし)からは以上としておきましょう」

 

 

 

 

 

 愛する彼女の隣に、いたいから。

 

 そんなことを思いながら、流暢な英語で批評を締め括った彼女を見つめる。

 

 

 

 

 会場から拍手が起こる。

 

 背もたれに体を預け、赤いルージュを引いた唇に勝気な笑みを称えるのは、御堂英子その人。

 

 老若男女、彼女の左右に並ぶ者達も感心したような表情で、評価を下された料理人は安堵していた。

 

『流石、辛口ながらも素晴らしい品評。エイコ ミドウ様、ありがとうございます。では次に移りましょう』

 

 司会を務める男が、静かな口調で進行を続けていく。

 

 彼女や他の()()()の前から皿が除けられ、次の料理が運ばれてくるのだ。

 

 俺はただ、会場の袖からそれを眺めている。

 

「…………ふ」

「っ!」

 

 ……こっちを見て小さく笑った。

 

 どうやら、暇を持て余して、益体もないことを考えているのが見抜かれたようだ。

 

 ちょっとした忠告。

 

 そして、いつでも見ているのだという一瞥に、羞恥と小さな喜びがある。

 

「あの、どうかしましたか? 表情が優れませんが……」

「いや、何でもありません。ご心配をおかけしたようで」

 

 隣に同じように並んでいた、とある審査員の秘書に笑顔で答える。

 

 するとその女性は、アメリカ人らしい白い頬を少し赤く染め

 

 

 

 ガリッ

 

 

 

「いっ……」

「?」

「な、なんでもないです」

 

 誤魔化しつつ、スーツの襟元を見やる。

 

 肌と襟の隙間、そこで青い目を爛々と光らせるものがいた。

 

「……彼女しか見ないって」

 

 どこか、睨めつけるような視線に小声で弁明すれば、その目は消える。

 

 ほっとしつつ彼女に視線を戻して、今度こそ仕事に集中することにした。

 

 

 

 

 それから数時間、様々な料理が提供される。

 

 全てが三つ星の栄冠を戴く名店であり、一般人にはおいそれと手が出せない逸品ばかり。

 

 それらを舌で、鼻で、目で見極め、思うがままに各々の言葉で見定めていく評論家達。

 

 誰もが一流と呼ばれる著名な彼らの一人として、彼女はその席についているのだ。

 

 鋭舌、などと呼ばれる容赦のない批評が、こうして海外の歴史ある祭事に呼ばれた所以である。

 

 彼女はその調子を最後まで崩すことなく、悠然とした姿勢で全ての料理を食べきった。

 

『……お待たせしました。全ての審査が終わったことをお知らせします』

 

 最後の皿が片付けられてしばらく、司会の声が会場に響く。

 

 緩やかに流れていたクラシック音楽が止まり、部屋の照明が薄暗く明度を落とされた。

 

 そして、審査官の前に整列したオーナー達にスポットライトが当てられる。

 

 彼ら彼女らの表情は、この道数十年というプロといえども僅かながらに強張っていて。

 

 しんとした豪勢なパーティー会場に、緊張と不安、期待の入り混じった空気が流れていく。

 

 ベテランと一目で分かる老齢の司会は、十分にもったいつけた後に再び口を開いた。

 

『由緒正しき我らが品評会。今年、その栄誉を授けられるのは──この店です』

 

 男の言葉と共に、いっそ無慈悲なほどにスポットライトが一つを残して消え去った。

 

 唯一のそれに包まれているのは、芸術品のようなイタリア料理を披露した男。

 

『皆さん、どうか惜しみない敬意と賞賛を。彼は素晴らしきライバル達との、腕を、誇りを、魂を賭けた戦いをくぐり抜け、その栄冠を手にしたのです』

 

 拍手喝采を浴びた彼は、ぽかんと呆気に取られて現実を認識できていないようだ。

 

 そんな男を現実に引き戻したのは、隣の男が肩に力強く手を置いた瞬間。

 

 ハッとした彼は隣を見て、競い合ったライバルの、悔しげで悲しげで、しかし勝利を讃える微笑を受ける。

 

 じわじわと実感が湧いてきたのだろう。彼は少しずつ表情を笑顔に変えていき、しかし同時に泣き出してしまった。

 

 仕方がないなぁという雰囲気で、他のオーナー達も彼に言葉をかけていく。

 

『私もこの品評会の司会を務めて三十年となりますが、今年はとても素晴らしい逸品ばかりでした。その頂に座した彼に、その証を贈りましょう』

 

 少しずく拍手が鳴り止むのを見計らい、司会は告げる。

 

 示し合わせて、スタッフが表彰盾とトロフィーを持ってくる。

 

 そのまま彼らが受け渡すのかと思っていたのだが……なんと、唐突に彼女にライトが当てられた。

 

『今回の授与は、特別にゲストとしてお招きした彼女に行ってもらいましょう。東洋の艶やかな華。料理をこよなく愛する淑女(レディ)、Ms.エイコ、どうぞこちらへ』

「あら。面白いサプライズですわね」

 

 くすりと小さく微笑み。彼女は席を立つ。

 

 コツ、コツ、とヒールの音を響かせ、音楽が戻った会場を悠然と歩んでいく。

 

 

 

 

 テーブルで隠されていた体が露わになったその時、誰かが……あるいは誰もが息を呑む音がした。 

 

 真紅のタイトドレスに包まれた細い体は完璧な曲線美を描き、まるで唯一無二の芸術品。

 

 腕脚も長く、いっそ手折れてしまうのではないかというほどに一切の無駄なものがない。

 

 肌は陶器、翡翠の瞳は宝石で、フレンチツイストに纏めた髪は本物の黄金でできているよう。

 

 そんな彼女に、審査員も、観客も、司会も、会場を中継しているカメラマンも、他の誰もが見惚れる。

 

 勿論、俺も。

 

「いただいてもよろしくて?」

「っ、ぇ、あ、はい」

「ど、どうぞ」

 

 スタッフの男女が、どちらも半ば惚けた表情でそれを手渡す。

 

 受け取ってにこりと笑った彼女に、「はぅっ」とまるで心臓でも撃ち抜かれたように胸を押さえて呻いた。

 

「それでは僭越ながら、私が此度の王者に栄冠を。どうぞ、こちらへ」

「は、はいっ」

 

 呼ばれた男は、さながら軍隊のように全身を伸ばして答えた。

 

 声が上ずったことに少し赤面しながらも、彼女の前へとやってくる。

 

「素晴らしい料理でしたわ。今後とも、その腕で店に訪れる万人を幸せにしてくださいな」

「あ、ありがとうございます」

 

 差し出された盾と金の像を、ガチガチになりながらも受け取るシェフ。

 

 その瞬間、カメラの一台に映っている司会者が大仰に両手を広げ、最後の言葉を解き放った。

 

 

 

 

 

『今一度、拍手を。彼と、この古き良き品評会に!』

 

 

 

 

 

 その宣言に、再びの拍手が送られたのだった。

 

 

 

 

 それから様々な段取りを経て、無事に品評会は終演を迎えて。

 

 スタッフや関係者への挨拶もそこそこに、俺と彼女は会場を最初に去った。

 

「──はあ。疲れたわ」

 

 そして、ホテルまでの車内。

 

 窓の外の夜景を眺めていた彼女が、不意にそう嘆息する。

 

 それが純粋な疲労からの言葉ではなく、この時間を使って仕事をしている俺の意識を誘うものだ。

 

 無反応など返せばまた首筋をガリッとやられるので、手帳を閉じて彼女の方を向く。

 

「審査員のパーティー。出なくても良かったのか?」

「ええ。料理は十分に堪能できたもの、あれ以上は蛇足というものです」

 

 どうやら、今日の料理はお眼鏡にかなったらしい。

 

 〝食事〟という行為において彼女はこれ以上ないほど厳格で、故に滅多に他人のものを褒めない。

 

 

 

 最も満足できる料理とは、自らでのみ生み出せる。

 

 

 

 世間で座右の銘と知れ渡る言葉は、彼女の店と美食家としての実績に裏打ちされている。

 

 そんな彼女が興味本位でオファーした今回の仕事は、どうやら良いものだったらしい。

 

「他の審査員の人達も、長年実績を積んできた一流だ。話せば吸収できることもあったんじゃ?」

「それだけならば良いのだけれど」

「……ああ、そういうことか」

 

 今回も()()のようだ。

 

 先の会場でも分かっていたが、彼女の美しさは万人を虜にする至上の妖美。

 

 その毒気に誘われる輩が非常に多く、当然その中には()()()()()のことを欲する人間も……

 

 ちなみに、ユエさんや南雲ならそういう人間は即スマッシュだ。どこをとは言いたくないが。

 

「驕りと贅肉だけを溜め込んだ豚も、見た目を取り繕い、内に醜さを飼った道化も。虜になるのは滑稽ですが、私を欲するにはあまりに下賤すぎる」

「なんとなく誰を指しているのかは想像つくけど……毎度のことながら、嫌な気分になるな」

「あら。それは私が? それとも貴方がかしら?」

 

 間髪入れず差し込まれた問い。

 

 目を瞬かせ、瞼を一瞬閉じたその後には、端正な顔立ちが下から俺を覗き込んでいた。

 

 

 

 

 んぐ、と喉を引き攣らせる。

 

 あまりに綺麗すぎる瞳。視線が吸い寄せられる赤い唇には、楽しげな微笑が。

 

 こんな至近距離で見るには、あまりに怜美で心臓に悪い。

 

「さあ、答えてごらんなさい? 私が男達に劣情の込もった目を向けられ、嫉妬してしまうのはどこの誰かしら?」

「………………俺です」

「そう、妬いてしまうのね。私の可愛らしいヒーロー(お人形)さん?」

 

 一層笑みを深めた御堂から、羞恥のあまりさっと目線を他所に向ける。

 

 すると、ミラー越しに運転手と目線が合った。

 

 自己解釈するなら、「こっちは仕事中なのにイチャついてんじゃねえよ、ドリフトすっぞ? おん?」的な目と。

 

 なるべく自然に視線を戻せば、そうすることを分かっていたのか悪戯げな微笑みがある。

 

「それで、この後の時間が空いたわけだけれど。私を独り占めしたい誰かさんはどうするのかしら?」

 

 まずい、このままだといつも通り彼女のペースにはまってしまう。

 

 5分もしないうちに。加虐的というには控えめで、蜜というにはやけに刺激的すぎる攻勢に負けるだろう。

 

 だから、ほぼ毎回やり込められてしまう滑稽な道化()は、なんとか弄ばれまいとするのだ。

 

「……是非、その貴重な時間を一緒に過ごしたい」

「…………あら」

 

 なんとか捻り出した、反撃の言葉。

 

 いつものように俺を掌の上で転がしていた彼女は、少しだけ驚いたように動きを止めた。

 

 

 

 

 やらかしたか、と頭の中にアラートが鳴り響き、冷や汗が頬を伝う。

 

 二の句を告げようとしたその瞬間──彼女との距離がさらに近づいた。

 

「んぁ……」

「ぅひっ!?」

 

 奇妙な声を漏らすのを途中で留めた自分を、褒めてやりたい。

 

 ペロリと、温かなものに頬の雫を舐め取られたのだ。

 

 一瞬だったというのに、ゆっくり、じっくりと這うそれは、やけに官能的で。

 

「本当に、可愛い男。私の期待にいつも応えてくれるのね」

 

 ゾクゾクと全身を行き渡る痺れのような感覚に溺れていると、しっとりとした言葉が耳元で囁かれる。

 

「ぅあっ……」

「あら、奇矯な声。ふふふ」

 

 君のせいだろ! と文句を言うには、あまりにその笑いは嬉しそうで。

 

 ああもう……やっぱりあの頃に比べて、今の彼女は。

 

 この女性(ひと)の全てが、甘すぎる。

 

「…………チッ」

 

 ……運転席の方から何か聞こえてきたけど、反応したら大変だから無視しよう。

 

 〝悪意感知〟が嫉妬と怒りを感知しているから。彼はお仕事中だから。

 

 しかし結局、より密着度を増した彼女の接近に俺は狼狽えるばかりになった。

 

 どうやら彼女に勝つのは夢のまた夢らしい。

 

 やけに鋭い目の運転手に到着を知らされ、車を降りる頃には随分と精神力を使っていた。

 

「さ、行きましょう」

「ああ……」

 

 実に機嫌が良さそうな英子に、刃物のように鋭利な目の運転手に代金を払って追随する。

 

 

 

 

 

 眼前に聳えるのは、外観だけから判断しても超一流の大ホテル。

 

 

 

 

 

 周囲の風景と絶妙に隔絶した雰囲気の、されど不自然に浮いていることはない黒染めの城。

 

 そんな感想を抱かせるホテルの回転扉には、()()()()()が絡み合うマークが刻印されていた。

 

「浩介の紹介だけど、あいつどうしてこんな立派なホテルを……」

「木偶人形さん。置いていきますわよ」

「あっ、すぐに行く!」

 

 いろいろサービスがいいぜ? とニヒルに笑う影薄な友人の顔を脳内から消し、足を進める。

 

 

 

 

 回転扉を潜り抜け、踏み込んだエントランスホールもまた、壮麗の一言に尽きる。

 

 一定の位置に配置された良いデザインの照明と、三階分はあろうかという吹き抜けの天辺で煌々と輝くシャンデリア。

 

 受付カウンターを中央に曲がり階段が左右から上階に向けて伸び、その上には踊り場があるのだろう。

 

 何よりも目を引くのは、〝太陽の如く深紅に輝く星々と、その中で悶え苦しむ人々〟という、インパクトの強い絵画だった。

 

 少しの間意識を奪われつつ、英子と一緒に受付に行く。

 

「いらっしゃいませ、お客様。エデンス・シュランケへようこそお越しくださいました」

「予約の確認をお願いします。天之河と御堂でそれぞれ一部屋ずつ取ってあるはずなんですが」

「少々お待ちを」

 

 手元に目を落とし、数秒。

 

 受付の女性は、深い濃紫の制服によく似合う落ち着いた営業スマイルを浮かべる。

 

「確認できました。しかし、アマノガワ様で一部屋のご予約となっておりますが……」

「あれ? 二部屋予約したはず……」

「問題ありませんわ」

 

 俺が最後まで言い切る前に、英子が先んじて返答を差し込んだ。

 

 驚いている間に一言二言女性と言葉を交わし、彼女は鍵を受け取るとカウンターから離れていく。

 

 数歩分いったところで、呆気に取られている俺に振り返ると、彼女は一言。

 

 

 

 

 

「さあ、行くわよ?」

 

 

 

 

 

 ……ああ、やっぱり掌の上か。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

感想をいただけると続きが早く仕上がるかも。


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本編が終わったから平気だと思った? 残念、ハプニングからは逃れられません 



キリのいいところまで出来上がったので、更新〜。


楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

「君、最初から狙っていただろう?」

 

 

 

 

 

 部屋に到着し、先に送られていた荷物を片付けてからの第一声はそれだった。

 

 二つ並んだシングルベッドの一つに腰を下ろしていた英子は、足を組み替えニコリと微笑む。

 

「今更、遠慮するようなことがあって? 互いの胸の内まで見たというのに」

「ブラックジョークにも程がある……」

 

 実際、物理的に胸の中を見あったようなものなので顔が引き攣った。

 

 同時に、車の中のやりとりも含めて翻弄されていたことへの諦めのようなものも感じる。

 

「なんだか、君には一生敵いそうにないよ」

「あらあら。こんなにか弱い、華のような女に酷いことを言うのね。もしこの場で貴方に押し倒されれば、抵抗もできない程なのに」

「しないの間違いだろ」

「そうとも言うわ」

 

 くすくすと笑う彼女に、俺の苦笑いも止まらない。

 

 呪いが消えたとしても、彼女は十分に南雲達と同じレベルの実力を有している。

 

 その上で滅多なことでは自ら何もしないのは……俺がいるからだと、そう自惚れることを許されている。

 

「私の()()()も、すっかり貴方が飼い主となったようだし。ああっ、私は何をされても抗えないわ」

「わざとらしい……というかコレは、結局君が第一優先だろ」

 

 じゃなきゃ一日に平均5回はガリッとされないし。

 

 そろそろ跡が消えなくなりそうで怖い……

 

「では、貴方の第一優先は?」

「……本当にわざとらしいなぁ」

 

 そんなこと、わざわざ俺が言うまでもなくわかっているのに。

 

 確かめさせるように、確かめるように行われる問いには、甘美な毒が詰まっている。

 

 俺は、その毒にだけは耐性を持たない。

 

 

 

 

 

光輝(こうき)

 

 

 

 

 

 さて、どうセンスのある返しで彼女を満足させればいいのかと、頭を悩ませようとして。

 

 そんな意識の隙間を突くように、普段はフルネームで呼ばれる自分の名が囁かれる。

 

 少しの驚きと共に、彼女を見たら。

 

 彼女は、今日見たどんな目よりも蠱惑的で、扇情的で……熱を孕んだ目で、俺を見つめていた。

 

 思わず息を呑む。

 

 体が痺れたように動かなくなって、心臓が直接掴まれたかのように縮こまった。

 

「よろしくてよ……?」

「っ……」

 

 それは、とても、とても素晴らしい誘惑。

 

 きっとどんな果実よりも甘くて、ともすれば甘すぎるほどに、心を乱す。

 

 

 

 

 いつか、彼女の美しさを美しいだけにしたいなどと、そんな傲慢すぎる願いを抱いた。

 

 運命の悪戯……というより奴が導いた無上の幸運により、それは叶ってしまった。

 

 そして、今。

 

 彼女から向けられる甘さは……愛は、完全に魅入られた俺にとっての猛毒で。

 

 

 

 

 無意識に、自分の視線が彼女の体を舐め回すように巡る。

 

 華奢なのに妙に色気に溢れた体は、貪ればそれこそ二度と離れることはしないだろう。

 

 人として、男としての本能的な獣性が、囁いてくる。

 

 自分のものにしてしまえと。彼女自身がそれを望んでいるのだから、手を伸ばせと。

 

 そんな、魔法などよりもよっぽど強い誘いに、俺は。

 

「……ごめん。まだ俺には、君を汚す覚悟を決められない」

「……そう。残念ね」

 

 僅かに眉を落とす英子に、魂が引っこ抜かれたのかと言う激痛が胸を走る。

 

 自分でした選択なのに、すぐさま心の底から後悔した。

 

「誤解しないでくれ。君を愛す心に陰りはない。正直に言ってしまうのならば、心底から君が欲しい」

「ならば、どうして?」

「……俺が、君を殺したから」

 

 

 

 

 

 今でも覚えている。

 

 

 

 

 

 刃が肌を破き、肉を裂いて、骨を砕き。

 

 

 

 

 

 彼女の心臓を穿つ、その感触を。

 

 

 

 

 

 英子にとってはそれが救いで、愛を知り得た喜びの瞬間だと言う。

 

 

 

 

 

 けれど俺は、記憶を取り戻してから二年も経っても、まだ。

 

 

 

 

 

 俺自身を、許せていない。

 

 

 

 

 

「……幸福というものが、いつか唐突に終わるかもしれないとわかっていても。それでも俺は、俺が君に傷をつけることを、まだ許容できない」

 

 我ながら、なんて情けない男だろう。

 

 彼女の方から求められているというのに、自分への恐怖も、憎悪も、嫌悪も消せない。

 

 それほどまでに、愛する人を害した罪は重すぎて。

 

 もう二度と、彼女に傷の一つもつけるのはごめんだと、そう頑なに訴える自分がいる。

 

「いつも同じ答えね……このいくじなし」

「うぐっ」

「ヘタレ」

「ガハッ」

「タマなし」

「うぐふぅっ」

 

 呻き声と共に、その場で四つん這いになった。

 

 じ、自分が悪いと分かっていてもこの罵倒は堪える……

 

「まあ、いいけれど。今に始まったことではないのだし。せいぜい、自責の念が消えるまで私の為にあくせくと働きなさいな」

「本当にごめん……それと、英子」

「なに──」

 

 かしら、という続きはなかった。

 

 彼女の唇を、立ち上がった俺が塞いだから。

 

 

 

 

 今度は自分から近づけた、彼女の瞳。

 

 見開かれたそこには驚きが満ちていて、少しするととろりと奥が蕩ける。

 

 そのタイミングで、俺は少し離れた。

 

「まだ、その決意はできないけれど。せめてこれくらいは、させて欲しい」

「……本当に、私の願う通りのことをしてくれる(ひと)

 

 私の心を覗き込んでいるのかしら? と言う彼女と、微笑を交わす。

 

「約束する。いつか君の全部を、受け止めるから」

「そうね。サプライズに免じて、待ってあげましょう。今回も」

「うぐ」

「ふふ」

 

 ちょっとした仕返しに、ぐうの音を上げたその時。

 

 不意に部屋に備え付けの電話から、甲高い音が鳴り響いた。

 

「あら? 夕食には少し早いけれど」

「俺が出るよ」

 

 受話器を取り、耳に当てる。

 

『失礼します、アマノガワ様。フロントのシーザです』

「ああ、先程の。どうかしましたか?」

『お伝えし忘れていたのですが、アマノガワ様宛にお荷物が届いておりまして。中身が問題なく、身元も確かなものでしたので、部屋に置かせていただきました』

「部屋に?」

 

 ぐるりと、室内を見渡す。

 

 すると窓際に設置されたテーブルの上に、小さな箱を見つけた。

 

「もしかして、テーブルの上のものですか?」

『はい、それです。申し訳ありませんでした。問題がございましたらこちらで回収いたしますので、その際は再度ご連絡ください』

「ご丁寧にありがとうございます」

 

 受話器を置き、英子と目線を交わす。

 

 ゆるりと手で箱を示した彼女に頷き、俺は歩み寄るとその箱を手に取った。

 

 

 

 

 中身はどうやら、危険物などではないらしいが。

 

 やや用心しつつ、蓋を開けると……中には一眼で高級品と分かる白銀色の腕時計が。

 

 彫刻が彫り込まれ、小さな宝石らしきものまであしらわれたそれは、一個の芸術作品のよう。

 

「こんなもの誰が……ん? 手紙?」

 

 一緒に入っていた二つ折りの紙を手に取り、中を見る。

 

 

 

 

 

『よう、クソッタレ勇者。調子はどうだ? お前の体調が悪ければ悪いほど、俺は大変機嫌が良くなる』

 

 

 

 

 

 ……よし、これの送り主が誰なのかはもう分かった。

 

 あの野郎、なんだって時計なんかをこんな手紙と一緒に送ってきたんだ? 

 

『とはいえ俺との約束は守っているようだから、心底嫌だがお前にこれをやろう。以前、旧世界で作ったエボルヴボトルを真似たアンチ神性アーティファクトの試作品だ』

「っ!」

 

 まさか、あれと似たものを作ったっていうのか!? 

 

 前に聞いた南雲の話によると、あの赤いアーティファクトやボトルは没収、それを作り出す力も封印されたらしいが。

 

 相変わらずの技術力に驚きつつも、最後の一文を見る。

 

『つーわけで、実験台よろ。もし事故が起こっても必要な犠牲ってことで』

「考えうる限り最悪の締めくくりだなッ!?」

 

 あ、あいつ、相変わらず俺への嫌がらせに余念がないな。

 

 ものすごく複雑な気分になっていると、不意に肩に手が置かれ、次いで人の顎が乗せられる。

 

「北野様からのプレゼントで?」

「プレゼントっていうか、有無を言わさぬ治験のようなものというか……」

 

 受け取りたくないかと聞かれれば、全力で首を縦に振りたい気持ちだ。

 

「ふふっ」

 

 どうしようかと手紙を睨みつけていれば、ふと英子が小さく笑いを漏らす。

 

「どうした?」

「相変わらず捻くれたお方。貴方が心底嫌いなくせに、こんな贈り物をするなんて」

「いや、むしろ毛嫌いしてるからじゃ……」

 

 何を言ってるのかと目線で問えば、彼女はそっと手紙に手を伸ばす。

 

 ほのかに翡翠に輝く彼女の人差し指が、手紙の一番下……少し空いた空白をなぞって。

 

 すると、そこからじわじわと新たな文章が浮かび上がってきた。

 

 そしてその内容に、俺は心底驚くことになる。

 

『テメェがそういうの一番巻き込まれやすいだろ、ボケ勇者。せいぜいワーカーホリックやっとけ』

「…………あいつ」

「同じ偽物だったが故に、同類であるが故に。貴方を嫌い、己を嫌い、だからこそ貴方を無視できない。難儀なことね」

 

 ……この感情を、どう表現すればいいのだろう。

 

 

 

 

 素直に感謝をするには、あまりにも悪意が詰まっている。

 

 しかし、彼女の側から離れることは許さないという、それだけの理由でこれをくれた。

 

「……複雑な気分だなぁ」

「その顔を見るだけで、彼は喜ぶでしょうね」

「というか、確実に笑うな」

 

 とはいえ、ツンデレなどとそんなことを口にすれば、その瞬間この腕時計が爆発してもおかしくない。

 

 心情的にも、安易にありがとうなどと普通に言うのは嫌だったので、心の中で一言だけ言うに留めた。

 

「さて。それをどうするのかしら?」

「性能テストを期待されているみたいだし、一度くらいは使ってみたほうがいいだろう」

 

 箱から無駄に凝った見た目のアーティファクトを取り出す。

 

 元からつけていた自前のものを取り外し、入れ替えるようにして腕時計を手首に通した。

 

「ん、サイズはぴったりか。どうやって起動すればいいんだ……?」

 

 まあ、アーティファクトというのだ。魔力を流せば何かしらの反応はあるに違いない。

 

 体内の魔力を動かし、腕時計に意識を集中して注入していくイメージをする。

 

 

 

 

 ……カチ。カチ、カチ

 

 

 

「あら、動きましたわね」

「どうやら正解だったみたいだ」

 

 一人でに現在の時刻に針が動き、時を刻み始めた腕時計。

 

 魔力を通して感じるアーティファクトの力は、確かにエボルヴボトルを使った時と似て──

 

 

 

 

 

『見つけました、勇者様。どうか我が愛しき世界をお救いください』

 

 

 

 

 

「え?」

 

 脳裏に響く、柔らかくもどこか切実な声。

 

 目を見開いたその瞬間、突如として足元が光を放ったことに素早く反応した。

 

「これは──っ!?」

 

 言葉を発するのと、密着していた英子をベッドの方へと突き飛ばすのはほぼ同時だった。

 

 自分でも無意識的に行った行動で、掛け布団の上に尻餅をついた彼女は目を見開く。

 

「この紋章っ、術式回路の構成からして、転移のっ……光輝っ、すぐに離れなさい!」

「分かってる──っ!」

 

 みるみるうちに輝きを増していく、魔力とは似て非なるそれ。

 

 英子に言われるがまま、俺は紋章の力を受けまいと飛び退こうとして──

 

 その瞬間、カッ! と見計らったように紋章から光が爆ぜた。

 

 だめだ、間に合わない! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光輝──っ!」

「英子っ、北野か南雲にこのことをつた──っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後まで、言い切れずに。

 

 

 

 互いに手を伸ばした光景を最後に、俺は光の中に呑み込まれた。

 

 

 

 

 





さて、いよいよ本番だ。

「愚者と勇者」編、入りま〜す。


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謎の世界と……

「愚者と勇者」編、開幕開幕〜


楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 溢れる光の海原。

 

 

 

 

 それはまるで、かつて旧世界の終わりを塗り潰したあの閃光のようで。

 

 反抗を許さない引力を併せ持つそれの先に手を伸ばすと、光は収束していき──

 

「がぼっ!?」

 

 く、苦しっ!? 

 

 半ば開いていた口の中に入り込む、大量の水にパニックになる。

 

 その焦りが影響したのか、溺死して水の底へと沈んでいく〝死幻〟が視界に映り込んだ。

 

 死んで、たまるか! 

 

 心棲(シンセイ)っ! 

 

 

 

 

 

──キャハハハハ

 

 

 

 

 

 混濁していく意識の中、自分の中に棲むうモノに助けを求める。

 

 すると脳裏に子供のような笑い声が響いて、体内──肺の中で何かが蠢く異物感を感じ……

 

「ゴボッ! ごほっ、ごほっ!」

 

 半ば暗闇に呑まれていた自意識が、急に明確になった。

 

 同時に、いつの間にかマスク状のものに覆われていた口から飲み込んでいた水を吐き出す。

 

 全て吐き出し、気管が正常になったところでようやく安堵した。

 

「ふぅ……助かった。ありがとう」

 

 

 

ヨワイ、ヨワイ♪ 

 

 

 

 煽るように響く声。

 

 しかし、それは精神を蝕むようなものでも、俺の意識を押し潰すようなものでもなく。

 

 単純に、溺死しかけた滑稽な様を可笑しそうに笑っているだけのように感じられた。

 

「とりあえず、ここから出なくちゃな……」

 

 念のため周囲を確認するが、〝悪意感知〟の範囲内に敵意や殺意などは感知されない。

 

 素早く上着やネクタイなどを脱ぎ捨て、太陽らしき煌めきのある水面の方へと泳いだ。

 

「ぷはっ!」

 

 浮上してすぐに数分ぶりの外気を取り込んでいく。

 

 もし呼吸ができないような環境でも、マスクが有害物質を捕食してくれるので問題はない。

 

「ここは……森の中?」

 

 周囲を見渡すと、どうやら森の中の泉にいるらしいと理解できる。

 

 召喚らしきことをされたのは確かだが、シンセイがいなければ初手で詰んでたな……

 

 とりあえず、すぐそばに地面が見えたのでそちらに向かって泳ぎだす。

 

 

 

 

 あと少しで泉の縁に到着できるというところで、不意に水面が乱れた。

 

「ん?」  

 

 後ろを振り向く。

 

 すると、ちょうど俺のいる地点と対極の場所で波紋が広がっていた。

 

 どうやら誰かが飛び込んだらしい。俺を助けようとしてくれた、あの謎の声の関係者だろうか? 

 

 トータスで出待ちしていたイシュタル教皇らを思い出しながら、そちらに戻ろうとして。

 

「がはっ、げほっ、ッッ」

「無事か? しっかりしろっ、全部吐き出してしまえ!」

「──ッ!!?」

 

 先ほどの焼き直しのように、飛沫をあげて浮上してきた二人の人間。

 

 一人は、チョコレートのような褐色の肌と長い白髪の、水濡れでも目を見張るような美女。

 

 そして、もう一人は──

 

「陛下、ご無事ですか!」

「何故一人で飛び込むのです!」

「まったく陛下はいつもいつも!」

「っ、人がっ」

 

 何事か言葉を交わしている、女性ともう一人を呆然と見ていた俺。

 

 ハッと我に返ったのは、大勢の第三者の声が聞こえた瞬間だった。

 

 

 

ニゲル、ニゲル

 

 

 

「あ、ああっ」

 

 激しい動揺と困惑、そして衝撃。

 

 頭の中を満たす、未だ嘗て経験したことのない驚愕に、シンセイの言葉に従って水中に忍ぶ。

 

 女性と救出された人物、そして泉に入ってくる複数の人間から気付かれないよう、静かに離れた。

 

 ただし対岸ではなく、ある程度彼女らと近い場所に。

 

 

 

 

 

 上陸してすぐ、風魔法と炎魔法を応用して温風を作り出し、ぐっしょりと濡れた全身を乾かす。

 

 出来るだけ素早く済ませると、すぐさま先ほどの集団の様子を確かめに行った。

 

 おそらく異世界であろうこの場所では、まず現地人である彼らから情報を集めるのが最善の判断だろう。

 

 そして、冷静な思考と同じ程に、さっき見たあまりに衝撃的な光景を今一度確かめたかった。

 

「っ、〝影移動〟」

 

 ある程度の距離まで近づくと、技能を応用して木々の葉によって作り出される影と半分同化する。

 

 そうして気配や物音を消すと、そっと茂みの間から泉の岸にいる彼女達を観察した。

 

「まったく陛下は、いくらなんでもというものでございますよ」

「それで彼は助かったのだ。私も無事であるし、問題はないだろう」

 

 あの女性が、戦士といった雰囲気の男性と言葉を交わしている。

 

 改めて見ると抜群のプロポーションを誇る、不思議な紋様をペイントした体を露出の多い服で包んでいた。

 

 切れ長の目に収まる翡翠の瞳は、どこか最愛の人を思い起こさせる。

 

 

 

 

 彼女の容姿はともかく、言葉遣いや敬称からおおよその立場は理解できた。

 

 言葉を交わした初老の男性や、他の人達も彼女と同じ肌の色、顔立ちをしており、正規の護衛だと思われる。

 

 戦士風の装いの男女が六人。非戦闘員が二人。侍女らしき女性が一人だ。

 

「さて。とんだ初対面をなってしまったが、兎にも角にも自己紹介をしなければ始まるまい」

 

 そして。

 

 陛下と呼ばれた女性や、護衛の集団とは決定的に違う存在が、俺以外に一人だけそこにいた。

 

 自分が話しかけられたわけでも……()()()()()()()()……ないのに、自然と緊張が高まる。

 

「私はモアナ。モアナ・ディ・シェルト・シンクレア。シンクレア王国の女王なんてものをやっている」

 

 名を明かした女性に、どくどくと強く鼓動を打つ自分の心臓。

 

 ジワリと冷や汗が生じつつも、自己紹介をされた、彼女の前に座り込んでいる男を見やる。

 

「尊大な口調ですまない。立場上板についていてな。気になるなら、出来るだけ丁寧な話し方にするが……」

「あ、いえ、そのままで大丈夫です」

 

 その男を再び見た途端に、頭の中を混乱が支配した。

 

 最初の時ほどではない。が、それでも意識しなければ〝影移動〟が解除されてしまいそうだ。

 

 不安定な心境の中で、それでも呪われているかのように男から視線を外すことはできない。

 

「そうか、助かるよ。では改めて、ようこそシンクレア王国へ。〝全ての生命の母〟、〝大いなる恩恵の意思〟──フォルティーナの御遣いよ。あなたの存在が、我らの救いとならんことを。どうかよろしく頼む」

 

 そう、手を差し出したモアナ女王の言葉に。

 

 

 

 

 

「その神様っぽい人、本当に大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 

 条件反射のように、いかにも口を衝いて出たといった風に返事をした、その男は。

 

 見覚えがある【ハイリヒ王国】のものらしき鎧を纏い、聖剣らしきものを履いた、そいつは。

 

 どこから見ても、どう見ても…………俺と全く一緒の、瓜二つの顔をしているから。

 

 そこにいたのは紛れもなく──俺以外の、もう一人の天之河光輝だったのだ。

 

「んん??」

 

 突然の言葉に、疑問の声を上げるモアナ女王並びに護衛の人々。

 

 当然だろう、言葉回しからして信仰の対象らしき存在を、よもや正気かどうか疑ったのだから。

 

 

 

 しかし、俺には理解できてしまう。

 

 何故なのか、何なのか全くもって理解不能ではあるが、もしあれが正真正銘に俺であるなら。

 

 かの邪神──幾星霜の間トータスに君臨していたエヒトを思えば、上位存在とはまず疑う対象だ。

 

「す、すみません。ちょっと神様的な存在にトラウマがありまして」

「か、神様にトラウマ? というか、そのような存在と相見えたことが?」

 

 愉快でない雰囲気に謝った「俺」に、モアナ女王が困惑して問いかける。

 

 すると予想通り、ものすごく苦い顔で「俺」は答えた。

 

「知人に取り憑いた状態で、ちょっと。人を遊戯の駒程度にしか思ってなくて、戦争とか洗脳とか、それが飽きたら使途を送り込んで人間を絶滅させる類の」

「それ神様じゃないでしょ。吐き気を催す邪悪的な何かでしょ」

 

 全面的に同意だった。

 

 しばらく前に南雲達に奴との戦いのことを聞いたが、悪辣を体現したような外道であった。

 

 

 

 

 

 などと俺が思っている間にも、モアナ女王達と「俺」の対話は続く。

 

 聞いていると、どうやら俺のように「俺」も突然召喚されたらしく、帰れるかを問うていた。

 

 

 

フクザツ、フクザツ

 

 

 

 ……じゃあ「コウキ」にするよ。すごい変な気分だけど。

 

 そんな彼に、しかしモアナ女王達は首を横に振る。

 

 彼女らにとってもフォルティーナからのコウキ召喚の報せは突然のものだったらしく、異界の人間など御伽話の存在だったらしい。

 

 本当に異世界か確かめる為にコウキが日本や外国の名前を出すが、モアナ女王らは首をかしげるだけ。

 

 ならばとトータスの名称を出すも不発。どうやら完全に未知の世界みたいだ。

 

 それを聞いたコウキは、諦めのような笑いを浮かべた。

 

 いや、どこか望みがあるような……

 

「へ、平気か?」

「すみません。そういえば、自己紹介がまだでした。俺は天之河光輝といいます。──ただの、剣士です」

「剣士……」

 

 名前も同じ。やっぱり間違いないか。

 

 

 

 

 

 しかし、〝ただの剣士〟ね…………ふむ。

 

 

 

 

 

 その後、この世界のことに無知なコウキはモアナ女王達と共に行った。

 

 色々とやりとりをしていたが、一番驚いたのはモアナ女王達が〝恩恵術〟と呼ぶ、魔法らしき異能だ。

 

 どうやら自然に宿る力を使うものらしく、体のペイントはそのための魔法陣に似通ったものだった。

 

 そういった自然の力が収束したのがフォルティーナであり、その存在を筆頭に自然全てを愛する。

 

 彼女らは自然信仰らしきを有していたのだ。形式としては日本の八百万の神々に近いだろう。

 

 狂信者でないことに、コウキとほぼ同じタイミングで安堵した。

 

 

 

 

 この辺りは少し危険ということで、移動を始めた一行。

 

 俺も〝影移動〟を発動しながらこっそり付いていく。危険のある森で野宿は勘弁だ。

 

 しかし……

 

「……これ、俺が一番不味いよな」

 

 口の中で呟くように、懸念の言葉を零す。

 

 俺にもフォルティーナらしき声は聞こえてきたが、現状から考えればコウキが本命なのは明らか。

 

 彼は衣食住の保証をモアナ女王からされていたが、勿論こうして隠れてる俺にそんなものはない。

 

 つまり本当に、身一つでこの異世界に放り込まれたのは俺だけなのだ。

 

「……アーティファクトさえ使わなければ」

 

 チラリと腕時計を見る。

 

 今は沈黙しているそれが、この異変の原因なのは明らか。

 

 しかし外してしまえば、完全に俺の世界への繋がりが無くなってしまうかもしれない。

 

 なので、迂闊に捨てることも使うこともできない。

 

 

 

 

オコル? オコル? キャハハハハ

 

 

 

 

 ……流石に今回は、あいつといえど文句を言ってやる。絶対にだ。

 

 そんな決意をする傍らで、モアナ女王らを挟んで反対側にいる〝影分身〟で会話から情報を集める。

 

「……こんなにも自然豊かな場所の方が、今では希少なんだ」

「え?」

 

 周囲の自然や、あの泉を褒めたコウキへのモアナ女王の返答はそんなもの。

 

 沈鬱な表情は、スペンサーと呼ばれた初老の戦士や、他の面々も同じで。

 

 しかしコウキの気を病ませないためだろうか、誤魔化すように苦笑いを浮かべている。

 

「この森の外は、砂漠だ。どこまでも不毛の大地が広がっている」

「さ、砂漠……どうして」

「この世界から恩恵力は失われつつあるんだ。《暗き者》達のせいでな」

 

 曰く。

 

 この世界には《暗き者》と呼ばれる、恩恵力を糧とし、またそれを相殺する〝瘴気〟を持つ存在がいる。

 

 いるだけで自然から力を奪うそれらは、長い間人類と争い、もはや始まりはわからないほど。

 

 死の砂漠は、強い生命力を与える恩恵力でさえ再生が間に合わないほど吸収された結果らしい。

 

 しかも……

 

「奴らにとっても、糧となる恩恵力が枯渇することは死滅の危険がある。故に、奴らは……人を、飼うのだ」

「なっ!」

「……………………」

 

 ……生きとし生ける全ての生命に恩恵力は宿る。

 

 最も知性があり、それを術として転換するほどの人間は、《暗き者》には最上の栄養源なのだろう。

 

 そして、人ならば。意思があり、生きることを望むのであれば、当然その扱いに反抗する。

 

「生命と尊厳を賭けた戦いだ。偉大なる先人達は、瘴気に対抗する術を創り出し、恩恵術を研鑽し、私達の世代まで繋いでくれた……だがそれも、もう限界なのかもしれないな」

 

 どこか退廃的な、疲れ切ったような声音とともに、モアナ女王がコウキを見る。

 

 その瞳に宿る者──苦悩と疲弊、失望と絶望に、彼は心底から息を呑む。

 

 

 

 

 

「この世界は、大いなる自然は、フォルティーナ様は──だから、君を招いたのだろう?」

 

 

 

 

 

 自らに、この世界の人に失望したその目。

 

 もはや自分達の力ではこの絶望からは逃れられぬ故に、大いなる存在から自分達は見限られたのだという言葉。

 

 泣き笑うかのように、歪で壊れかけた、そんな表情のモアナ女王は、コウキを透明な目で見る。

 

 俺は知っている。天之河光輝という人間がどんな人間なのかを。

 

 当然だ、だって俺なのだから。

 

 だからそこで、何を言おうとするのかも知っている。

 

 知っていたはずなのだが。

 

「っ……」

 

 コウキは何も、言わなかった。

 

 言えなかった、という方が正しいのか。

 

 

 

 

 そのことに疑問を覚える。

 

 俺がこの世界を救ってみせる、だとか。まだ終わっていないとか、フォルティーナは失望してない、とか。

 

 そんな無神経で無配慮な、何も知らないくせに口だけは一丁前なことを言ってしまう愚か者が俺だ。

 

 それなのに、コウキが浮かべる表情や、その瞳や、同じ人間であるからか、感じ取れる感情は。

 

 

 

 

 

 

 

 ──〝分からない〟の、一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は戦闘します。

読んでいただきありがとうございます。


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前哨戦

光輝編、ちょくちょく更新〜



天職:艶花の守り人
花から棘は抜け落ちた。
ならば新しい棘が必要だ。
そう、何者にもその美を触れさせぬ、剣の棘が。




 

 何を言うべきか、言わざるべきか。

 

 

 

 そもそも、聞いてしまったことそれ自体が正しいのか、自分がここにいていいのか。

 

 そんな内心が透けて見えるほどに、モアナ女王の目から視線を逸らしたコウキの雰囲気は陰鬱で。

 

 特に気にすることもなく前を向いた女王よりも、俺は彼が気になった。

 

 

 

 

 ……俺は自然と、あの年頃17ほどのコウキが無鉄砲さと自信過剰の塊であると思い込んでいた。

 

 未だに聖剣や鎧という、ファンタジー的な装いをしていることにも起因する。

 

 しかし考えてみれば、俺はあの「自分」がどのような存在なのか、全く知らない。

 

 

 

 

 

 何を見て、何を聞き、何を知り、何を得て、何を失い、今こうしてここにいるのか。

 

 

 

 

 

 彼のルーツの一端すらも把握しておらず、無知による独断と偏見という生来の悪癖を発揮した。

 

 同じ存在、同じ人間であるならば、まず最初にそのことを念頭に置くべきだったのに。

 

 旧世界や新世界での経験で大人になったと思っていたが、まだ甘──っ! 

 

「あっちに多数の気配がします。結構な速度でこちらに接近してくるんですけど、お仲間の可能性は?」

「ッ、総員、戦闘態勢! 九時方向!」

 

 〝悪意感知〟が多数の殺意を感じ取ると同時、あちらでも警戒が飛ばされる。

 

 彼らが陣形を形作るのを尻目に、二桁にも昇る殺意の元へ俺もまた意識を切り替えた。

 

「くっ、この数は……!」

 

 接近者の数は二十四。

 

 彼らに左方から接近するものが十六、そして背後を取ろうというのか後方から八。

 

 後者はまさに、斜め後ろあたりにいる俺と鉢合わせる形で迫ってきている。

 

 感じ取れる殺意や飢餓、果ては嗜虐的な感情を鑑みれば、それが戦うべき相手であることは迷うようがない。

 

 それに……事情を説明するモアナ女王達からは、騙そう、利用しようという悪意が感知されなかったしな。

 

 

 

 

 だが不運なことに、今の俺は丸腰。

 

 再びトータスに赴いて、数々の兵器を作り直した南雲のように武装を常備などしていない。

 

 とはいえ、見過ごして逃げるのも俺の人道的な良識が許さないのだ。

 

「生きて帰るためには仕方ない、か。やれるか、シンセイ?」

 

 

 

コロシアイ♪ コロシアイ♪ 

 

 

 

 どうやら、問題なさそうである。

 

 最後に一瞥すると、モアナ女王らは見事なほど迅速に迎撃体制を整えていた。あちらは任せて問題なさそうだ。

 

 懸念が一つ減る。

 

 それを確認した俺は、深く深く……身体中から呼吸を吐き出すかのように息を吐く。

 

「ふぅー……よし、いこう」

 

 戦う、殺しあう覚悟は、決まった。

 

 宣教の把握の為、影分身は残しておきながら、完全に心を定めて。

 

「〝影移動〟」

 

 森の闇に、紛れる。

 

 肉体と魂を同化させ、直径にして300メートル内の影という〝異界〟を潜って瞬時に移動を可能とする力。

 

 それを用いて悪意の根元に接近し、実体化した視界が黒い煙霧を纏う狼を捉えた瞬間。

 

「ハァッ!」

「ギャンッ!!?」

 

 群の先頭にいた、少し大きな狼の顔面に拳の一撃を浴びせる。

 

 鼻をひしゃげさせ、骨を砕き、その奥にある柔らかいものを叩き潰す、気持ちの悪い感触。

 

 確実に致命傷を与えた悪意の獣が宙を舞い、木の一つに激突して嫌な音を立てた。

 

 

 

 

 突然の奇襲に驚愕し、一瞬動きを止める狼達。

 

 その隙を逃さずに、着地と同時に駒のように旋回しながら回し蹴りを間近の二匹に食らわせた。

 

 一発は首骨に的中。もう一匹は避けようとしたが、掠る()()()()が顔を三枚におろした。

 

 

 

 ガァッ!! 

 

 

 

 流石は獣というべきか、仲間が三体も瞬殺されたことで俺の間合いから飛び退く。

 

「ふぅ……久々の実戦で、体が鈍っているか」

 

 こちらを警戒し、ジリジリと残る五匹で円陣を描く《暗き者》達。

 

 俺もまた、安易に飛び込ませないよう気を張りながら、〝青い血管が光り蠢く拳〟を握り締めた。

 

 

 ガァアアァッ! 

 

 

 やがて、二匹が正面と背後から飛びかかってくる。 

 

 一拍遅れて、残る三匹が跳躍。タイミングをずらして一気に嬲り殺そうという野生的な攻撃。

 

「半分任せた!」

 

 

 

キャハハハハッ!! 

 

 

 

 俺からの死角の部分はシンセイに丸投げし、正面と右側方の個体を相手する。

 

「ふんっ!」

 

 先に肉薄してきた、大口を開けた個体の下顎にアッパーカットを一発。 

 

 自分を上回る拳の速度に驚いたか、赤い瞳を見開きながら頭を跳ね上げた黒狼の前脚を掴み取る。

 

 その一メートルほどの体を鈍器のように振り回して、同じように噛み付いて来ようとしたもう一匹を殴りつけた。

 

 

 

キャハハ! キャハハハハ! 

 

 

 

 同時点、左の肩甲骨から生えた見窄らしい翼から射出された黒羽。

 

 短剣のように鋭いそれらが、狼達を貫き、あるいは首を刎ね飛ばす。

 

「ふんっ!」

 

 俺もひしゃげて壊れた狼を手放し、起き上がろうとした最後の一匹に肉薄して膝を入れた。

 

 腕や脚と同じく、黒い鎧状のものに包まれた膝が、文字通り狼の体を抉り取った。

 

 飛び散る内蔵、転がる狼。

 

 少しの間震えていた狼は、最後に小さく甲高い声で鳴くと動かなくなった。

 

 

 

 

 その身を包んでいた瘴気が霧散し、ごっそり消えた胴体や、だらりと舌が溢れた口から血が広がっていく。

 

 非常に血生臭く、命を奪ったのだという事実がこれでもかも見せつけられる。

 

 この見知らぬ異世界で、初めて生き物を殺したという、ただそれだけの現実を、じっと見つめて。

 

「すまない、などと言い訳はしない……俺は俺の為に君達を殺した」

 

 嫌悪を感じる。忌避すべき光景だ。

 

 同じ程に、安堵と虚しい達成感がある。けれど嬉しさや楽しさなど感じない。

 

 後悔することも、ありはしない。

 

 

 

 

 確かに今ここで、天之河光輝は他者の命を奪った。そのことだけを粛々と受け止める。

 

 たとえそれが、己以外の命全てを貪る悪意の獣で、言葉を交わすだけの知能がないとしても。

 

 もしかしたら、この世界に来たことで技能の力が狂っていて、実はモアナ女王達の方が悪意の徒だったとしても。

 

 

 

 

 

 彼女の隣に、必ず帰る。

 

 

 

 

 

 ただ、ただ、その想いだけが俺を支配している。

 

 この目的、願いのためなら……これから先、俺は俺が自ら行うあらゆる罪悪を受け入れるだろう。

 

 かつて、理不尽破りの魔王や、世界をも覆う紫影が、そうしたように。

 

 それが自分以外を傷つけ、ともすれば今のように殺すことでも……きっと。

 

 あと仕事がヤバい。ものすごくヤバい。

 

 スケジュールがぎっしり詰まってるのだ。帰らなくちゃ英子が自分でやることになって不機嫌になる。

 

「っ、こんなことを考えている場合じゃない。あっちは」

 

 

 

 ウォオオオオオオオンッ!! 

 

 

 

「っ!?」

 

 響く咆哮と、モアナ女王達の方角から広がってくる瘴気。

 

 周囲一帯の植物が次々と枯れ果てていく様が、瘴気が命を奪うものであることを実証した。

 

 〝魔鎧〟の邪念吸収効果でその毒素から逃れた俺は、急いで〝影分身〟と視界を共有する。

 

「総員、瘴石の許容残量に注意せよ! リーリン、瘴気を散らしつつ、ニエブラに集中攻撃!」

「了解!」

 

 指示を飛ばす女王、答えるツインテールの女性。

 

 影分身の視界に映るのは──体高二メートルはある大狼と、包囲する黒狼達。

 

 どうやら群れの統率者が現れ、一斉攻勢を開始したようだ。

 

 コウキがモアナ女王から手渡された、なにやら瘴石と呼ばれたらしきペンダントを身につける。

 

 それは瘴気を取り込む性質がある物質のようで、他の面々も同じものを携え戦っていた。

 

 

 

 

 女王達は、善戦している。

 

 流石は国のトップを守る戦士達と言うべきだろうか、見事な剣技と恩恵術だ。

 

 一際強い悪意を放つ大狼の強力な攻撃も、鉄壁の陣形をもって威力を発揮できないよう立ち回っている。

 

『チィッ。その人数でよくやる。流石は女王の精鋭部隊かっ』

 

 ……っ、声が。

 

 発生源は、リーリンと呼ばれた恩恵術師の牽制で仲間達との連携を乱されている大狼。

 

 名を、ニエブラといったか。

 

 見た目や悪意の深度からして別格だとは感じていたが、どうやら言語を用いるほどに高知能のようだ。

 

 それだけに狡猾そうだが、果たして──

 

 

 

〈……一定時間の信号途絶を感知。環境解析を開始〉

 

 

 

「っ!? なんだ!?」

 

 加勢するべきか否か、見極めようとしていた時だ。

 

 突如として本来の俺の方で謎の声が響き、瞬時に影分身との視覚共有を切って確認する。

 

「アーティファクトが……」

 

 この世界に来てから、肌身離さずつけていた腕時計。

 

 そのベゼルに彫り込まれた模様が、一定の間隔を置いて点滅していた。

 

「環境の解析って……」

『先ずは、鬱陶しい術師から喰らってやろう!』

「っ、しまった!」

 

 魔力のパスを通じ、響くニエブラの雄叫び。

 

 片時でも目を離してしまったことに自分を叱咤しながら、再び影分身と視覚共有を繋げた。

 

「くっ!?」

 

 リーリンさんへ飛びかかるニエブラの姿が、丁度浮かび上がる。

 

 二人の戦士が負傷して地面に転がり、入れ替わるようにスペンサーさんがその場所にいた。

 

 そして、剣を携えたモアナ女王が陣形から一歩外へ出ており──一目で、危機的状況だと分かった。

 

「くっ、〝影いど──〟」

 

 存在が露呈するのも止むなし、直接的に関わりがなくとも死なせるわけにはいかない! 

 

 

 

「《光絶》ッ」

 

 

 

 影分身と位置を入れ替えようとした瞬間、身構える彼女の前に輝く光の障壁が現れた。

 

 それがニエブラの一撃を防ぎ、腕の一本くらいは覚悟していたのだろうリーリンさんが瞠目する。

 

『なんだこれはっ』

「輝く、光……!」

 

 燦然とした輝きに目を眩ませたように、ニエブラは大きく飛び退く。

 

 それから自分の一撃を受け止めた術師を探し、一瞬で特定する。

 

『貴様、今のは何だ?』

 

 獣らしい唸り声と、殺意。

 

 よほど自分の技に自信を持っていたのだろう。防いだことに酷く警戒している。

 

「光輝!」

 

 それとは裏腹に、モアナ女王が感謝と驚愕の入り混じった呼びかけと共に振り返り。

 

 けれど、すぐにその表情にある喜色は、またニエブラの殺気も、懐疑的なものに早変わりした。

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 短く、連続した荒呼吸。

 

 恐怖に引き攣った顔、震える聖剣の切っ先。

 

 敵対者であるニエブラを見ない、その瞳。

 

「……自分への、悪意が」

 

 溢れ出ている。影分身が見つめるその体から、莫大なまでの疑問と恐怖が。

 

 

 

 ──本当にあれは敵か? 話し合えないのか? 

 

 

 ──モアナの言葉は真実か? あるいはニエブラ達こそが正しいのでは? 

 

 

 ──義を見極めず、意思ある存在を斬ることは正義か? 

 

 

 ──襲ってきたのは間違いない、ならば敵だ。倒すべきだ……本当に? 

 

 

 ──モアナ達を信じていいのか? 

 

 

 ──自分の判断は? 目に見えるものは真実か? 見落としたものは? 目を逸らしてないか? 捻じ曲げていないか? 

 

 

 ──わからない、解らない、分からない! 

 

 

「何が、そこまで」

 

 どうしてそこまで、自分を追い詰める? 

 

 理屈は分かる。懐疑も分かる。恐怖も、不安も分かる。それは俺自身がかつて通った道だ。

 

 けれども。

 

 

 

 

 

 いったい何をすれば──そこまで、怯える? 

 

 

 

 

 

『はっ、腰抜けがっ』

 

 明らかに千々れているコウキの心を見透かしたか、ニエブラが吐き捨て跳躍する。

 

 そうして今度は確実に殺す為、鋭く大きな爪を振るい──しかし、防ぐ。

 

『ぬっ』

「ッ!」

 

 本能と経験がコウキを生かしたのだろう。

 

 とても戦える様子ではないのに、爪をそらされたニエブラは困惑し、けれどすぐに追撃する。

 

 瘴気で形成された爪が、ニエブラ本体とは逆からコウキに襲いかかり……また、防ぐ。

 

 

 

 

 かつて人類の救世主として讃えられた、人としては最上のスペック。

 

 これを持って、心が戦場にあらずとも、コウキは見事にニエブラの攻撃をことごとくいなした。

 

 ついには動揺したニエブラに強烈な蹴りを食らわせ、吹き飛んだ大狼は大きく困惑する。

 

 あの男は何なのだと、その獣眼が訴えている。

 

 噛み合わない心と力に戸惑っているのだ。同一人物である俺でさえも同じ気持ちなのだから、当然と言える。

 

『ウォオオオオオオォォオオオォンッ!!』

 

 その後、どのような思考段階を経たのだろう。

 

 空気を根こそぎ吹き飛ばすような咆哮と共に、巨躯から瘴気という悪意が大量放出される。

 

 虚空を塗りつぶさんが如く、数百の黒爪が生まれ出て、その殺意の向く先は──モアナ女王達! 

 

「〝邪念吸収〟!」

 

 流石に看過できない物量に、影分身を介して技能を発動する。

 

 悪意という曖昧な対象を司るこの技能だが、しかし瘴気という生命を枯らす力はその判定内だった。

 

『なっ、これはっ』

 

 今にも女王らに向けて射出しようとしていた黒爪が、ビタリと止まる。

 

 俺自身のエネルギー許容量というものがあるので、押しとどめることができたのは一瞬。

 

「それだけはさせないっ! 《光爆》っ!」

 

 その一瞬さえあれば、魔法を使うには十分。

 

 振り抜かれた聖剣から放たれた光の波動が、一気に黒爪のほとんどを破壊してみせた。

 

 なんと、素晴らしき戦士か。圧倒的な瘴気を霧散させた一撃に、戦士達の顔が感嘆に緩む。

 

 ただ一人だけの例外……壊れかけの顔をするコウキを、間近で見る女王以外には。

 

『おのれっ、どこまでも邪魔を!! 次こそは絶対、確実に仕留め──』

「次などは与えんぞ」

 

 最大級の技を消され、撤退しようとしたニエブラに迫る影。

 

 それは戦士の中でも、一際強い力を感じていた男──スペンサーさん。

 

『きさっ──』

「終わりだ、邪狼っ!」

 

 裂帛の踏み込み、からの一閃。

 

 大量に瘴気を消耗し、黒爪の消滅に硬直していたニエブラの首に、吸い込まれるように入っていく。

 

 ザジュッ、という生々しい残響が、宙を舞う黒いものを追いかけた。

 

 倒れ込んでいく巨体。重々しい音が地面を伝い、遅れて放物線を描いた頭が落ちてくる。

 

『かち、く……ごときがっ』

 

 断末魔の悪態。

 

 存分な恨みを乗せた言葉を最後に、ふっとニエブラの瞳から色が消えた。

 

 

 

 

 瘴気が霧散していく。もはや黒狼も残ってはいない。危機は去ったのだ。

 

 剣を収めたスペンサーさんが鼻を鳴らし、すぐさま状況確認を他の戦士達にも呼びかけた。

 

「……ひとまず無事、か」

 

 最後までその戦いを見届け、俺も一人でホッとする。

 

 傷の治療と人員の確認をしている彼らを見届け、視覚共有を一旦切った。

 

 

 

〈解析完了〉

 

 

 

 見計らったように、再び腕時計が言葉を発した。

 

 平坦な、まるで神の使徒を思わせる声音に、顔の前に腕時計を持ち上げて耳を澄ませる。

 

〈外気、物質、エネルギーの分析から地球外の惑星と判定。救難信号を発信します〉

「救難信号だって!?」

 

 そんな機能がついていたのか! 

 

 でも、異世界であるこの星から地球まで届くのだろうか……? 

 

 湧き上がる俺の不安を見抜いているように、アーティファクトは次の言葉を発する。

 

〈計算中。受信圏内の到達まで推定72~120時間。救助をお待ちください〉

「数日は待たなくちゃわからない、か……」

〈緊急セットを排出。良いサバイバル生活を〉

「へ?」

 

 カッ! と輝く腕時計の盤面。

 

 思わず仰け反れば、発生した光の線は虚空に広がり、昔見たSF映画のように何かを構築する。

 

 高速で形成されていくのは大型のアタッシュケース。完全に実体化した瞬間、重力に従い落ちてくる。

 

「っと。これが緊急セット……?」

 

 腕時計を見る。しかし、役目は果たしたとでも言うように沈黙している。

 

 答えてくれる相手はいないようだし、自分で確かめるしかない。

 

 アタッシュケースを地面に置き、慎重にパッチン錠を外して開ける。

 

 果たして中に入っていたのは──

 

「衣服に携帯食料、回復薬、ガスマスク……」

 

 その他、異空間テントなるものや拳銃まで、色々と入っていた。

 

「くしゅんっ! ううっ、そういえば適当に乾かしたんだった……」

 

 

 

 

 

 とりあえず、生乾きの服を着替えることにした。

 

 

 

 

 




さて、どこまで干渉させたものか……

読んでいただき、ありがとうございます。


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私の趣味だ、いいだろう?

今回は少し長いです。

オリジナル要素マシマシ。

ではどうぞ。



【挿絵表示】





 

 

 

「……緊急用の服とは思えないほど着心地がいいな」

 

 

 

 屋外でなんの遮蔽物も無しに総着替えするという羞恥を抑えながら、袖を通した衣服。

 

 純白のダブルスーツに靴、深い緑色のシャツ。真紅のネクタイは鮮血を彷彿とさせる。

 

 その全てが、普段俺が着ているものよりずっと上等であることは明白だ。

 

 おまけに、ご丁寧に説明書までついていた。

 

「ええと、何々……?」

 

 このスーツは防刃、防弾、防熱、防寒に優れた逸品ですと。

 

 耐久性、伸縮性も抜群。再生魔法で清潔な状態に保つことで洗濯要らずの、主婦にも優しい設計。

 

 いざという時には〝気配偽装〟の魔法で身代わりにすることもできる、是非命がかかってる時にオススメの一着……

 

「無駄に高性能だな。流石は北野、デザインと機能性へのこだわりが凄まじい」

 

 時に南雲と二人で熱中しすぎて、揃ってシアさんにラリアットかまされてるだけはある。

 

 まさに生きるか死ぬかの状況だし、是非とも活用させてもらおう。

 

「シンセイ、これ頼む」

 

 

 

タベル タベル

 

 

 

「いや、飲み込まないでくれよ?」

 

 脱いだ服もろとも、アタッシュケースを影の中に収納しておく。

 

 身につけておくのは、黒い円環の彫刻が目立つデザインのナイフ一本だけ。

 

「銃は使えないけど、少し心許ないなぁ……」

 

 まあ、ないよりはマシだろう。

 

 硬質に輝く刃を鞘に収め、後ろ腰のベルトに差し込んでおいた。

 

「だいぶ離れたな。なるべく早く追いつけたらいいが……」

 

 影分身を遠隔操作できる距離は四十メートル程度だ。とっくに女王達はそれより遠く離れている。

 

 ストレッチを行い、問題なく動けることを確認してから彼女達が去った方角に走り出す。

 

 

 

 

 森の中を駆け抜けていく。

 

 景色が流れ、やがてコウキ達がいた場所まですぐに到達した。

 

 黒狼達の血の海が広がる、死の匂いがするそこを通り過ぎ

 

 

 

マテ

 

 

 

「ぐぇっ!?」

 

 通り過ぎようとして、突然勝手に広がった翼の力で思いっきり足を滑らせた。

 

 後頭部を地面にしたたかに打ち付け、あまりの激痛にその場で右へ左へともんどり打つ。

 

「っつぅ! 何するんだよ!」

 

 

 

ソザイ

 

 

 

 抗議に返ってきた返答は、烏のようなボロい翼がニエブラの死体を示すというもの。

 

 意味が分からない。が、ここで争っても首ガリッか、体を操作されるの二択だ。

 

「はぁ……わかったよ、行けばいいんだろ」

 

 渋々、強い血臭の立ち込める大狼の骸に近寄った。

 

 翼が手の形に変わり、枝分かれすると骸の全身を何やら調べ始める。

 

「これをどうするんだ?」

 

 今度は返答すらなかった。

 

 何かを終えたのか、手達が肥大化していくと、近くにあったニエブラの首ごと骸を包み込む。

 

 出来上がるのは、青い血管が巡る漆黒の球。

 

 咀嚼するように蠢きながら、いいや、実際に喰らっているのだろう。

 

 

 

ソザイ

 

 

 

「あっ、ちょっ!?」

 

 せっかく手に入れたナイフが! 

 

 手を伸ばすも虚しく、かっぱらわれたナイフが黒球の上からぽとりと落下。

 

 開いた穴からナイフは中に落ちていき、そのまま閉じて返らぬものとなった。

 

 

 

 ドクン! 

 

 

 

 その時、強く黒球が震える。

 

 空気を振動させるような脈動。途端に体が繋がった俺は、何か妙なものを感じた。

 

 まるで心臓が鼓動を打つように、何度も黒球が震え、少しずつ縮小していく。

 

 触手が分離され、翼に戻って俺の背に収まっても、三度、四度と繰り返し。

 

 やがて、音が消えるのと共に、俺の腰上程になっていた黒が消えた。

 

 そこには既にニエブラの遺体はなく、代わりに突き立っていたものが。

 

「剣……?」

 

 樹々の間から落ちる光に照らされて、赤く輝く一振りの剣。

 

 原型となったのはあのナイフだろうか、白と黒、新緑で彩られた柄には黒い穴が空いている。

 

 フランベルジュのように波打つ刀身は《暗き者》の赤黒い血を彷彿とさせ、金の装飾が上品さを与えていた。

 

 

 

瘴血剣(しょうけつけん) ヴァーゲ

 

 

 

「……俺の武器、ってことか」

 

 促すように揺れる翼に、剣の柄を握る。

 

 引き抜いて振ってみると、ちょうど良い重さだった。

 

「長さも体格に合ってる。ありがとう、シンセイ」

 

 ところで瘴血剣ヴァーゲって? 

 

 

 

私ノ趣味ダ、イイダロウ? 

 

 

 

 これまでにないほど流暢に喋ったな! 

 

「とにかく、追いかけよう」

 

 ちょうど翼を出してくれたので、魔法で体に風を纏うと、直上に飛び上がる。

 

 上へ上へと片翼をはためかせて上昇し、この森全土を見渡せる高度で静止した。

 

「本当に砂漠なのか……」

 

 見下ろす森は、さながら砂漠の中に点在するオアシスの様相を呈していた。

 

 地平線まで続く無命の大地。モアナ女王達の言葉の真実性を改めて認識する。

 

「さて、彼らは……」

 

 先ほどシンセイが覚えた気配を頼りに、森の中を観察。

 

 他の《暗き者》がいるのか、ちらほらと小さな悪意を感じながら視線を巡らせ……

 

「いた」

 

 呟くと、森の一角から砂漠に向けて複数の影が飛び出した。

 

 平たい胴体と長い首の、二メートルほどのトカゲらしき生物達。その背にはモアナ女王達が乗っている。

 

 砂漠を移動するための騎乗用生物らしい。

 

 

 

 

 

 彼らの上に付くようにして、俺も飛行を開始した。

 

「しかし……南雲達に見せてもらったグリューエン大砂漠とは違うな」

 

 過去の光景を再現するアーティファクトで見させてもらった、トータスの大砂漠。

 

 熱と砂で満たされた赤銅色の世界と、眼下に広がる、いっそ真っ白と思えるほどに乾燥した大地。

 

 その間には、決定的な差があった。

 

「ん、何か彼らが話している……シンセイ、声をこちらに送れるか」

 

 

 

カンタン

 

 

 

 

 風圧やGを緩和する為、体に纏う風の一部が動きを変える。

 

 下にいるコウキ達に向かったそれは、やがてその会話を俺まで届けてくれた。

 

「ご先祖様達は、《暗き者》の軍勢を退けた。結果としては8割の自然がこの地から消えたが、しかし未だ王都の周囲には自然が広がっている。偉業だと、私は思うよ」

 

 この死の砂漠は、過去の戦争が原因か。

 

 ニエブラの存在から、統率者となりうる知能の持ち主が《暗き者》には一定数いるのだろう。

 

 そしてもし、あの大狼よりも更に力とカリスマ性を兼ね備える存在がいたのなら……

 

「遷都はしなかったのですか?」

「できないのだ。何故ならば奴等の王……尋常ならざる瘴気の濃度で体が黒く塗り潰されているように見えることから、我らは《 黒王(こくおう) 》と呼んでいるが、それは長い時を生き、力を蓄えた最強の《暗き者》が成る」

 

 まるで帝国の皇帝一族のようだな……いや、待て。

 

 女王は今、()()と言った。

 

 それは《黒王》なるものが単一の存在を示すのでも、長く続いた系譜でもないとしたら……

 

「分かるか? 終わらないのだよ、奴らとの戦いは。個々を見れば力の大小はあれど、《黒王》は決して倒せない。一度滅しても、いずれ別の《黒王》が現れるのだから」

「……だから、ここにいるんですね。最良の戦場だから」

 

 感服したように呟くコウキへ、モアナ女王は頷く。

 

 曰く、この砂漠では《暗き者》達は恩恵力を持つ者を喰らえないので、体内に蓄えた瘴気以上は使えない。

 

 それは彼女達も同条件だが、しかし自然が破壊されない、相手の力に限りがあるというだけで優勢だとか。

 

 

 

 

 それから彼女は、コウキにシンクレア王国の現状を語る。

 

 自然の残っている場所に国民達を移し、各領主による自治とその統制によって国を維持しているらしい。

 

 東方は《暗き者》達の占領地。海に面する北方、南に山脈地帯。その向こうには未だ残る他大国がある。

 

 国々との共同戦線が構築された南と遮蔽物のない海から《暗き者》は進入できず、自然この砂漠がもっぱら戦地となる。

 

 まさしく、歴戦の地というわけだ。

 

「各地では、食料やその他生産業を任せている。我らはそれを守る為にも戦っているのだ」

「……敬服します、モアナ女王」

「なに、王の責務というやつさ」

 

 口調こそ当然という様子。

 

 けれど、当然であるからこそ異界の人間であるコウキに認められたことが嬉しいのか、喜色が垣間見える。

 

 それきり話すべきことがなくなったのか、しばらくの間は声が届いてこなかった。

 

 

 

「光輝。聞いてもいいだろうか?」

 

 

 

 5分も無言で移動を続けた頃だろうか。

 

 新たに風に乗って、モアナ女王の声が耳に入る。

 

「なんでしょうか」

「その、だな…………光輝は、どうして勇者なのだ?」

「え?」

 

 瞬間、コウキから発生する驚愕と恐怖が入り混じる負の感情。

 

 ニエブラとの一戦での醜態を揶揄したと思ったのか、感知されない高度にいる俺にも分かるほど顔色を変えていく。

 

 だが、モアナ女王に嘲けりや落胆といった悪意がないことが俺には感じ取れていた。

 

「勘違いするなっ、そういう意味じゃない! ただ……不思議な呼び名だと思ったのだ」

「不思議?」

「ああ……最初にフォルティーナ様が勇者を遣わす、と言った時、私は正直どのような存在なのかわからなかったんだ」

「…………」

「言葉通りだとすれば、勇者とは〝勇ましき者〟なのだろうが……」

 

 そこで言葉を切るモアナ女王へ、コウキが頷く動作をする。

 

 認識の相違を改めたらしく、頷き返したモアナ女王が口を開いた。

 

「それならば、私は胸を張ってこう言える。我が国の戦士達は、一人残らず全員が〝勇者〟だと」

「っ!」

「だからこそ、不思議に思う。光輝が何か大きなことを成し、フォルティーナ様に選ばれたのであれば、それは〝英雄〟ではないのか?」

 

 女王の指摘に、コウキは言葉を詰まらせる。

 

 彼の困惑を察し、彼女は「困らせたいわけではなかった」と言って話を切り上げてしまう。

 

 だが、その言葉はコウキの暗鬱とした心に、杭のように突き刺さっていた。

 

 

 

 

 ……そういえば俺も、勇者とは何だったのかを気にしたことがないな。

 

 というより、自分が勇者だったことをほとんど忘れかけていたと言った方が正しい。

 

 新世界、香織と石動さんの魔法で記憶と力を取り戻した後、ステータスプレートで確認すると天職が変わっていたのだ。

 

 

 

 

 

 俺の今の天職は、〝艶花の守り人〟。

 

 

 

 

 

 これも随分と抽象的な天職だが、何となくどういうものなのか理解できる。

 

 旧世界での行いが概念となり、世界の再構築の際に俺の要素(エレメント)として定着したというのが北野の分析だ。

 

 対して、モアナ女王の話を鑑みれば、勇者はそれよりも更に漠然とした称号だった。

 

「雫は剣士、龍太郎は拳士と仮面ライダー……そして今の英子は、暗殺者に呪術師」

 

 どれも、彼女達の力に適応した天職。その中で勇者だけが異質な意味を孕んでいる。

 

 字面以外の意味がある? 勇者という天職を得るに相応しい適正か何かが? 

 

 守り人になった俺と、未だに勇者なのだろうコウキとの違いは、どこにある? 

 

 

 

 ──肝心な時に、何度足が竦んだ? 

 

 

 

 その疑問に応えるように、〝悪意感知〟を通してコウキの内心が伝わってくる。

 

 

 

 ──選べなくて、何度取りこぼした? 

 

 

 

 選ばないことは、諦めることだった。

 

 

 

 ──思うままに飛び込んで、何度大切な人達を巻き込んだ? 

 

 

 

 彼女と戦う為に、龍太郎と鈴を付き合わせた。

 

 

 

 ──なんで、こんな俺が〝勇者〟なんだ? 

 

 

 

 どうして君は、勇者でいられるんだ? 

 

 

 

「……分かりません。俺には、俺が、分からないんです」

 

 絞り出すような声。集中しなければ、風に攫われてしまいそうなほど弱々しい。

 

 モアナ女王が振り返り、コウキの目をジッと見つめる。それは何かを確かめているようなものだった。

 

「……いつか、きっと分かるといいわね。いいえ、必ず分かるわ」

「……どうしてそう思うんだ?」

 

 だって、と女性らしい口調と、慈しむような微笑みで。

 

 迷子の子供みたいな顔をするコウキに、モアナ女王が答える。

 

「だって、貴方はまだ諦めてないじゃない。答えに手を伸ばしてるじゃない。そういう人を見捨てるほど、世界は残酷じゃないはずよ」

「……そうかな。そうだと、いいな」

 

 重くて、頼もしい言葉だと思った。

 

 この滅びかかった世界で、まだ足掻き続けている女傑にそんなことを言われてしまったら。

 

 どんなに迷っていたって、天之河光輝が何も感じないはずがない。

 

 

 

 

 互いに感じるものがあったのだろう、見つめ合うコウキとモアナ女王。

 

 リーリンさんと、アニールという術師の女性がニマニマと良い雰囲気の二人を見ている。

 

 ……早く英子のところに帰りたいなあ。

 

「んんっ! お、王都まではどれくらいですか?」

「う、うむ。このペースなら夕刻までには到着できるだろうな」

 

 ん、そこまで遠くはないらしい。

 

 流石にずっとシンセイに飛んでもらうのは気が咎めるし、何より魔力が保たないだろう。

 

 彼らも戦闘したのだ、休憩なしの強行軍をする訳ではあるまい。

 

 その時に一度降りることに……

 

 

 

 

 

 

 

命ヲ枯ラス星ガ降ル

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 頭上から凄まじい濃度の瘴気っ!? 

 

 この世界に来て最大の〝悪意感知〟が発動し、空から迫るものに顔を跳ね上げる。

 

 すると、俺──ひいては下にいるコウキ達に向けて、複数の《暗き者》が落下してきていた。

 

 数は六。

 

 放つ悪意は……死の恐怖と絶対的な殺意! 

 

 

 

ヤドヌシ、剣

 

 

 

「っ、これかっ!」

 

 シンセイの言わんとすることを瞬時に察し、右手に携えた魔剣を両手で握る。

 

 そして負のエネルギーを纏わせようとした瞬間、柄から血管を流れるように剣へ力が注入された。

 

 驚きに一瞬の時を消費する。その間に人型のトカゲのような《暗き者》達は肉薄していた。

 

 もう時間がない! 

 

「ぜぇぁッ!!」

 

 ほとんど同じ高度までやって来ていた《暗き者》に向け、魔剣を横に薙ぐ。

 

 裂帛の叫びを上げ、頭に浮かんだイメージに従い力を流すと、一瞬で刀身が何倍にも伸びた。

 

 それによって、円陣を描くように落下してきた彼らを分厚い鎧ごと両断する。

 

「「ギッ!?」」

 

 しかし、捉えたのはたったの二体だけ。

 

 残る四体は、俺の存在に目を見開きつつもそのまま地上に落下していった。

 

 それを目で追いかけ、俺はこちらを見て同じように瞠目するコウキ達に向けて叫んだ。

 

「逃げろぉッ!」

 

 警告を飛ばしてから、わずか数秒の後。

 

 大砲の弾が落ちるような重々しい音を立てて、彼らの周囲に《暗き者》が墜落する。

 

 自重と鎧の重さ、そして凄まじい加速を伴っていた《暗き者》達は、当然瀕死となる。

 

 奇襲からの自爆。

 

 普通ならばそう思えてしまうのだろうが、しかしあの時感じ取った悪意は──! 

 

「今すぐここから離れろ! でないと」

「「「「グェエエエエエエエエエエッ」」」」 

 

 俺の言葉を届かせはしないと、そう言うように。

 

 醜く絶叫した《暗き者》達の体から大量の瘴気が放出される。それもニエブラに迫るほどの。

 

 最初から命を燃やし尽くすことを前提としたからこその、凄まじい瘴気。

 

 それを感じ取った女王達が脱出する時間も、リーリンさんが恩恵術の風で吹き飛ばす暇も。

 

 そして、コウキや俺が対応をする余裕さえも与えずに。

 

 

 

 

 

 爆発した黒に、砂漠の一角が呑み込まれた。

 

 

 

 

 




 次回、共闘。


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並び立つは白と黒

今回も戦闘です。


 

 

 

 白い世界に巻き起こる、漆黒の竜巻。

 

 

 

 荒れ狂う炎のごときそれは、鱗竜種と呼ばれる《暗き者》達が身命を賭して起こした災厄。

 

 内にモアナ達を巻き込んだそれに、上空から太陽の光を遮って一体の翼竜が降りてくる。

 

 その背には、先の鱗竜種に比べ一回り体の大きい、長大な槍を携える鱗竜種の戦士がいた。

 

『ニエブラを焚きつけた甲斐があったというものだな。女王が有する瘴石といえど、あれだけの瘴気を取り込めはすまい』

 

 下卑た笑いを漏らす鱗竜種。

 

 隠密に行動していたモアナらにかの黒狼らをけしかけた黒幕こそ、この《暗き者》。

 

 この世界で唯一瘴気を防ぐ手立てである瘴石を使い物にならなくした上で、死にかけの女王らを狩る。

 

 ライバルと獲物の両方を仕留める、漁夫の利を狙った作戦だ。

 

『しかし、あの特攻を邪魔した者……何故、人間であるのに翼を』

 

 鱗竜種は奇襲を邪魔した、モアナ達の上空に追随していた謎の存在を思い浮かべた。

 

 その時。

 

 

 

 

 

「──《悪以悪断》」

 

 

 

 

 

 絶対的な殺意で研ぎ澄ました声が、空を裂く。

 

 共に瘴気の嵐を両断したるは、鱗竜種達の悪意と瘴気を存分に吸収して肥大化した真紅の刃。

 

 見覚えのあるそれに鱗竜種が目を剥くと、一瞬で巨大な赤が消え──蒼黒の閃光が虚空を翔ける。

 

「──斬る」

『むぅっ!』

 

 ほんの一秒。

 

 その間に目前まで接近した、黒鎧を纏いし壊翼の戦士。

 

 鎧の下で口元を憤怒に歪め、鮮烈に輝く蒼い瞳に殺気を乗せて、魔剣を一閃した。

 

「シィッ!!」

『貴様っ、何奴──!』

 

 上擦った声を上げながらも、鱗竜種は咄嗟に翼竜の背から飛び退いた。

 

 赤い軌跡が宙に半円を描く。一拍遅れ、翼竜の体が斜めに両断された。

 

『くっ、なんという一撃!』

 

 あまりの切れ味に慄きながらも、鱗竜種はそのまま地上へと落下していった。

 

 強靭な体幹と筋力で地中にて姿勢を直し、足の裏に瘴気を放出して緩衝材にすることで着地する。

 

 槍の石突きを砂に打ち、立ち上がった鱗竜種は消し飛ばされた嵐の後を見た。

 

「ここは聖域なりて、神敵を通さず──《聖絶》」

『なっ、光の守りだと!?』

 

 砂漠に倒れ臥す、近衛と騎獣アロース、そして女王。

 

 彼女達を護るため、煌めく障壁を張るコウキが険しい表情でそこに立っていた。

 

 その片腕に、ぐったりとしたモアナを抱いて。

 

『貴様ら何者だ! あれほどの瘴気を受け、どうして平然としている!?』

 

 混乱から立ち直り、槍を構えた鱗竜種の第一声はそれだった。

 

 

 

 

 片手で聖剣を引き抜き、ニエブラの時と同じような反応をしながらも睨め付けるコウキ。

 

 異形の出で立ちであるにも関わらず、彼とモアナ達に明らかに手を貸している蒼黒の剣士。

 

 並び立つ、白と黒の戦士。

 

 

 

バレタ バレタ 

 

 

 

「……最初に助けた時点で、今更さ」

 

 咄嗟に迎撃をした時点で、もはや存在を隠し通すことを光輝は諦めた。

 

 出来ることならば、別の自分と干渉など何が起こるか分からない故にしたくはなかったが。

 

 けれど、たとえもう勇者でなくても、天之河光輝に誰かを見捨てるという選択はできないのだ。

 

「シンセイ、コウキと俺にパスを繋げられるか」

 

 

 

アノヨワイヤドヌシモ、ヤドヌシ

 

 

 

 肉体から魂まで半同化しているシンセイが、同じ魂を持つコウキと光輝を繋げる。

 

 互いにそれを感じ取って、驚く顔をするコウキに光輝は語りかけた。

 

〈手短に言う。俺は君達の味方だ。少なくとも今は、疑わなくていい〉

〈……お前は、誰だ。どうして、俺と同じ声を、顔を──〉

〈疑うな。でなければ、彼女らから時間が奪われていくぞ〉

 

 冷静な光輝の指摘に、コウキがハッと腕の中にいるモアナを見る。

 

 異界人で効果のなかったコウキや、逆に瘴気を吸収できる光輝と違い、彼女らには死が刻一刻と迫っている。

 

 逡巡する暇など、どこにもありはしない。迷えば迷うだけ、その手から命がすり抜けていく。

 

〈選べ。戦え。それが、唯一できることだ〉

〈っ、くそっ〉

 

 隙のない正論に、コウキは完全に鱗竜種へ意識を定めた。

 

 けれどやはり、蒼白の顔も、震える刃の切っ先も、乱れた呼吸も、収まらない。

 

『答えろ! 貴様らは一体なんなのだ! その光は! 我らに似通った力は、どのような──!』

 

 オレンジの竜眼。纏う金属鎧など必要かと問いたくなる輝く竜鱗。

 

 筋骨隆々で様になった槍の構え方をする姿は、到底理性なき獣ではなく──意思ある、武人。

 

「彼等は、仲間じゃなかったのか?」

『なんだと?』

 

 ふと、コウキが問いかける。

 

 それは既に霧散した、六体の鱗竜種の存在を示すものであり、鱗竜種は鼻を鳴らした。

 

『ふん、奴らか。眷属に決まっておろう』

「死ねと、そう命じたのか」

『……何故、そんなことを聞く?』

 

 言わずとも、当たり前だろうにと。そう訝しむ鱗竜種。

 

 光輝は眼を細める。

 

 パスが繋がったことで、コウキが今有する感情を、感じ取っている。

 

 彼が、()()()()を必死に作り出そうとしていることを、知っているから。

 

「もし、もしもの話だ。全く新しい、別の世界があるとしたら、どうする?」

『なに?』

「この世界の動植物も一緒に移住して、その世界を恩恵力で満たして……もう、人と争わずに生きられるとしたら。逆でもいい。もし、もしそんな世界があるとしたら……」

 

 捻り出したのは譲歩の言葉。それは最大限歩み寄ろうというコウキの苦肉の策。

 

 

(……これは)

 

 

 パスを逆流して、光輝には彼の内心にあるイメージが伝わってきた。

 

 不敵に笑う、白髪の男。その手にある羅針盤とクリスタル状の鍵を、光輝も知っている。

 

 同時に悪意感知が報せたのは、屈辱と劣等感、苦々しい気持ちと……自分への諦観。

 

 それらの上で、あの男ならば──魔王ならば、なんでも出来るという嫉妬じみた選択。

 

 光輝は、眉を上げた。

 

『ハッ』

 

 けれども、そんな苦渋に満ちたコウキの提示した第三の選択肢は、嘲笑と共に蹴飛ばされる。

 

 更に繰り出される、鋭い突き。コウキは息を呑みならがらも、聖剣でそれを弾いた。

 

 

 

 

 一度ならず、引き戻した槍から刺突が次々と放たれる。

 

 尋常ならざる膂力と技量から繰り出される怒涛の連撃を捌いて、なおもコウキは声を張った。

 

「聞いてくれ! 俺は異世界からやってきたんだ! この障壁がその証拠だ! 人間と≪暗き者≫が争わなくても、双方生きられる未来があるかもしれない! だから──」

『驚いたぞ! よもやこれほどの腑抜けがいたとはな!』

 

 その声を薙ぎ払うように槍が振るわれ、聖剣で受け止める。

 

 そしてコウキは、鍔迫り合いのように武器を押し込みあいながら、嘲笑する竜眼を間近に慄いた。

 

『ああ、認めようとも! 貴様はこの世界の人間ではない! 貴様のような半端者が、この国の戦士であるはずがない!』

 

 刹那、巨体から溢れ出る瘴気の渦。

 

 突撃槍のごとく指向性を持つそれがコウキを襲い、宙に浮いた所に今度こそ槍が振り抜かれた。

 

 吹き飛んでいくコウキに目もくれず、鱗竜種は最優先事項であるモアナ達のいる《聖絶》に走り寄った。

 

 

 

 

 ザンッ!! 

 

 

 

『ぬぐぅっ!?』

 

 前触れなく上から降ってきた殺意に、瞬時に反応した鱗竜種は立ち止まって槍で防いだ。

 

 一撃で全身を痺れさせる威力に驚きながら、鱗竜種は空に浮かぶ黒星を見上げる。

 

「彼女達に手出しはさせない」

『……貴様、人間か? どうして庇う?』

「半分はな。助ける理由は──あいつだ」

「あぁあああっ!」

 

 何を、と言いかけた鱗竜種を突撃してきたコウキが真横から吹き飛ばす。

 

 明らかに同質量でないにも関わらず、砂埃を上げて宙を舞う鱗竜種。

 

 

 

 槍と長い太尾を使って、アクロバティックに体勢を立て直した。

 

 そして、聖剣を構えて悲痛な顔をしているコウキを睨みつける。

 

「何故だ。何故、どちらも生き残れる道を否定する! どうして生きる道を、選ばない!」

『くどい! 笑わせるな、小童!』

 

 数度目か、バッサリと悲鳴じみた訴えを切り捨てる。

 

『家畜如きに、食料如きに自由に生きる権利を認める? 馬鹿か貴様は! 狂っているぞ!』

「っ……!」

『貴様が異界人だからなのか、もはやそんなことはどうでも良い! だが眼を逸らしているというのなら、教えてやろう!』

 

 足で大地を踏み鳴らし、槍を空へと掲げ。

 

 大木がごとく聳えたち、何にも恥じることなく、怪異は宣言する。

 

 

 

 

 

『戦い、奪い、征服し、君臨する! それこそが生きるということ!』

 

 

 

 

 

 その言葉は、決して譲ることはなく。

 

 後押しするように、体から瘴気が溢れ出る。

 

『人を飼い、上と苦痛が消えた世界で、我ら《鱗の鎧を纏う者》が最上の地位にあるために! 女王の首は必須なり!』

 

 コウキが、一歩後ずさる。

 

 あまりの揺るぎなさに。あまりの覇気、あまりの殺意に、怖気付いたように。

 

 呼応するが如く、一歩からの方へと踏み込んだ鱗竜種が、槍の鋒を突きつける。

 

『なればこそ、身命を賭した眷属に報いよう! 聞け、未熟な心と釣り合わぬ力を持つ軟弱者よ! 我が名はラガル! ≪鱗の鎧を纏う者≫が頭領の一人!』

 

 あぁ、という声が、コウキの口から漏れる。

 

 分かってしまった。たとえ過程がどのようなものであろうが、あの鱗竜種達が自ら命を賭けたことが。

 

 それを背負い、不退転の覚悟で、ラガルが自分の、モアナ達の首を取らんと、そう決めていることが。

 

『貴様を殺し、女王の首──貰い受ける!』

 

 答え合わせをするように、ラガルがこちらに踏み込んでくる。

 

 砂柱を上げ、瘴気を第三の鎧となして、その槍に必殺の意を込めて、肉薄する。

 

「──もういいな。あれは、打倒すべき敵だ」

 

 その全てを見届けた光輝から、心の片隅に僅かにあった逡巡が消え去った。

 

 ラガルがそうであるように、一意を定めた彼は、かの戦士を殺すために魔剣を構え……

 

「待てッ!」

 

 剣に殺意を流し込もうとした時、声が轟いた。

 

 一瞬動きを止める光輝。その間にラガルがやってきて、コウキへと凄まじい突きを放った。

 

 

 

 

 風を突き破るような一撃は、すぐさま横へと振るわれコウキを薙ぎ払わんとする。

 

 それを優れた反射神経で対応し、攻防の展開を始める姿に、光輝は魔剣を下ろした。

 

〈まだやるのか。それほど迷っているのに〉

〈うるさい〉

〈殺したくないと、それだけを思っているのに〉

〈うるさい、うるさいっ! 〉

 

 最初に突きつけた言葉を、確かめるように。

 

 静かに問うてくる光輝に繋がりを通じて叫びながら、コウキは遥かに力の増したラガルへ対抗する。

 

 剛槍に腕が痺れ、太尾を織り交ぜた体術の威力に歯を食いしばり、瘴気の奇襲に死を感じながら。

 

 それでも、コウキは引き下がらない。

 

『ゼィァアッ!!』

「ッ」

 

 何重ものフェイントを織り混ぜ、ついには首に迫った槍の一閃。

 

 非常に優れた反応速度でかわすも、皮の表面を掠めた刃に僅かな血滴が飛ぶ。

 

 

 

 ──怖い。

 

 

 

「…………」

 

 悪意感知にて届けられる、コウキの恐怖。

 

 魔剣をシンセイが作り出した鞘に収めた光輝は、見定めるように黙して聞く。

 

 

 

 ──怖い。死ぬのが怖い。殺すのが怖い。

 

 

 

 ──意思ある存在を殺すことが怖い。モアナ達の味方をすることで、《暗き者》の希望を消すのが怖い。

 

 

 

 ──誰かの命運を左右することが怖い。他者の生を歪めてしまうのが怖い。

 

 

 

 ──間違えるのが怖い、怖い、全てが怖い! 

 

 

 

 ──でも。

 

 

 

 

 

 ──守れないことは、もっと怖いっ! 

 

 

 

 

 

(……そうか、君が怯えているのは)

 

 

 ふと、コウキの悪意に耳を傾けていた光輝が顔をあげる。

 

 そして下を見ると、《聖絶》の中でコウキがアロースの一匹にもたれさせていたモアナが身じろぎしていた。

 

 明確な意識は感じられない。身を侵す苦しみに、無意識に動いただけか。

 

「……貴女は、彼にとってどういう存在になるんだ?」

 

 どこか、期待を滲ませた光輝の呟きに反応したわけではないだろう。

 

 けれど、シンセイを介した通り道を抜けて、コウキの思いが届き続ける。

 

 

 

 ──守れないことは、失うことだけは、耐えられない。

 

 

 

 

 ──選ばないで、何もできないことは、もう嫌なんだ! 

 

 

 

 ──だから! 

 

 

 

「貴方を、殺す」

 

 コウキは、選択した。

 

 依然変わらない表情をしたまま、けれど瞳に悲しみをのせて、一瞬でラガルに迫る。

 

 

 

 

 まさしく光のような速度。

 

 ラガルがその一閃に長槍を差し込めたのは、ひとえに歴戦の経験からだ。

 

 それまでは無かった〝殺意〟を孕む一撃は、長槍が今にも叩き斬られそうなほどの重撃。

 

『舐めるなぁっ!』

 

 ただではやられぬと、瘴気を放出してコウキを押し返す。

 

 何度も見たことで、驚異的な記憶力と適応力を発揮してコウキはすぐさま跳躍する。

 

「はぁあっ!」

『これしきぃ!』

 

 空中で一回転してラガルの背後に着地し、胴を狙った一撃を背中に回した長槍で防がれた。

 

 くるりと体の向きを変えたラガルは、今度こそ確殺するため、己の持ちうる全てでコウキに牙を剥いた。

 

 瘴気の槍、流れるような長槍の連撃。爪、顎門、蹴り、太尾ーその全てを、コウキはいなし、交わし、弾く。

 

『っ、なんという!? 貴様っ、本当に一体──!』

 

 勢いを増す流水のように、あっという間にラガルの限界を超えたコウキのカウンター。

 

 それによって、動揺した一瞬の隙を見極め、聖剣で槍を手の中から弾き飛ばす。

 

 無防備。苦し紛れに瘴気の投槍。

 

 それをするりと回避し、すれ違い様──

 

 

 

「っぁあああああああああっ!」

 

 

 

 それは、悲鳴か、絶叫か。

 

 振り抜かれた剣閃が、凛と残響する。

 

 砂埃が舞う。残心するコウキと、不恰好な状態のラガルが背中合わせになった。

 

『なん、たる。ことか……』

 

 怒り、恨み、絶望。

 

 ニエブラや先の鱗竜種に比べ、静かな悪意を最後に生んで、ラガルの頭がずれ落ちた。

 

 瘴気が散り、頭が落ちるのに合わせるように巨躯が倒れる。

 

 

 

 

 光を失う瞳。赤黒い血の池を作り出す首無しの体。

 

 聖剣を下ろしたコウキは、全身を小刻みに震わせながら振り返り、それを見て。

 

「っ、ぉぐっ、げぇっ」

 

 限界だった。

 

 聖剣を支えにして、片膝立ちで嘔吐する。空っぽな胃からは嫌厭と胃液しか出てこない。

 

 それほどまでに心を深く抉られても、それでも気を失わないコウキを、降りてきた光輝はどこか感慨深い目で見た。

 

「……若いな」

 

 

 

ヨワイ

 

 

 

「あれほど悩めるのは、まだ彼が終着していない証拠だよ」

 

 誹るシンセイに、期待するような声音で答えて。

 

 すぐに真剣な眼差しに戻った光輝は、背後の障壁の中で今にも息絶えそうなモアナ達を見た。

 

 悪意感知の応用で、その体にじわじわと巣食っていく瘴気と、それを抑える恩恵力を見る。

 

「まだ間に合う、か。シンセイ、この剣は何ができる?」

 

 

 

命ヲ喰ラウ牙

 

 

 

「……なるほどな」

「ま、待て、一体、何をする気だ?」

 

 よろよろと、心の重りに軋む体を聖剣で支えてやってきたコウキが問いかける。

 

 シンセイの言葉を聞いていた光輝は、逆さに構えた魔剣を両手で掲げながら。

 

「彼らを、救う」

 

 その切っ先を、障壁に深く突き刺した。

 

 暗く輝く真紅の刃。「やめろぉっ」と叫ぶコウキの訴えも虚しく、剣身から黒い亀裂が侵食する。

 

 あっという間に《聖絶》を覆い尽くした魔剣は──中にいるモアナ達から瘴気を吸い始めた。

 

「っ、体から、瘴気を吸収して……?」

「この剣は、ニエブラの骸から作られた。瘴気を操る力がある。おそらく並の回復魔法は効果がないから、こうするしかない」

「ニエブラの、って……お前、一体いつから……」

 

 柄を通して魔剣に流れる瘴気をコントロールしながら、説明をする。

 

 自分よりひとまわり大き純白の背中を見つめ、コウキは呆然とした。

 

「っ、ぅあ……」

「スペンサーさんっ!」

 

 最初に呻き声を上げながら目を覚ましたのは、近衛隊長のスペンサー。

 

 その基礎能力の高さが幸いしたか、ゆっくりと目を開けた彼は──障壁に剣を刺す光輝に目を見開いた。

 

 瞬時に警戒が瞳に乗る。だが、自分達の体から滲み出る瘴気を剣が吸っているのを見て困惑した。

 

「安心してください、敵ではありません。できる限りの範囲で瘴気を除去しますので、大人しくしていてください」

「貴方は……光輝殿、なのですか?」

「……愚者(フール)と、そう呼んでいただければ」

 

 混乱を避ける為に、咄嗟に偽名を名乗る光輝。

 

 ますます疑問符を顔に浮かべるスペンサーだが、害意はないことだけは理解する。

 

 そんな彼に、少しだけ精神を落ち着けたコウキがラガルとの戦いについて報告した。

 

「鱗竜種のラガル……なるほど、かなりの大物を仕留めましたな。流石は光輝殿です」

「いえ……」

「っ、これくらいが限界か」

 

 瘴気の流入がストップする。光輝は顔を顰めながら魔剣を引き抜いた。

 

「スペンサーさん、体の調子はどうですか?」

「……フール殿のおかげで、ある程度は瘴気が抜けたようです。感謝します」

「いえ、むしろこの程度しかできなくて申し訳ない」

 

 かなり気怠げに上半身を持ち上げ、あぐらをかくスペンサー。

 

 ニエブラと特別性のナイフを素材にした魔剣であっても、十人近くの瘴気は吸いきれなかった。

 

 顔を歪めた光輝は、ラガルから瘴石を取り出せば使えないか尋ねるも、スペンサーは首を横に振る。

 

「三日から七日ほどかけて瘴気を浄化せねば、瘴石は使えないのです。かくなる上は……」

「モアナ女王だけを連れて王都に帰還、か」

「っ、スペンサーさん達を置いていけっていうのか!」

 

 光輝の呟きは、コウキにはこれ以上ないほど冷徹なものに聞こえ、激昂する。

 

 しかし、それを手で制したのは他の誰でもないスペンサー本人だった。

 

「フール殿の意見が正しい。まずは陛下を安全な場所へ連れて行くのが最優先です。その後に救援部隊を送っていただければ、我等にも望みはあるでしょう」

「…………どれくらい、耐えられそうなんですか?」

「瘴気が半減しているので、近衛部隊なら二日程度であれば。アニールが心配ですが、こいつも陛下専属の侍女。一日ならば保つでしょう」

 

 それでも一日、とコウキは歯噛みする。

 

 脳内で先刻聞いた王都までの距離と、自分がモアナを背負って全力で走る速度を計算した。

 

 その結果、これが最善の策であることを理解して、コウキはキッと黙して佇む光輝を睨んだ。

 

「……言いたいことはわかる。俺がここに残って、彼らを守ろう。一日、二日くらいなら一人でも可能な範疇だ」

「もし、スペンサーさん達におかしな真似をすれば……」

「そう思うのは仕方がないよな」

 

 警戒心たっぷりのコウキに、光輝は苦笑せざるを得ない。

 

 自分が逆の立場でも、文字通り同じことを言うだろう。

 

「本当はこの剣でも預けたいところだが……どうせ一緒だ」

 

 スペンサー達から武器を奪ってしまえば、たとえ魔剣を渡しても無意味。

 

 故に信じるしかないのだと、そう無言で訴えてくる光輝を、コウキはしばらくの間睨め付けて。

 

 やがて、何かしらの決心がついたのか聖剣を収めると、アロースの近くに倒れるモアナを背負った。

 

「絶対に帰ってくる。その時彼らに何か起こっていたら……俺の命をかけてでも、お前を殺す」

「それでいい。さあ、彼女を助けるためにも早く行け」

 

 後押しする光輝に、ぐっと表情を引き締めて。

 

 最後にスペンサーを見ると、決意した目で言った。

 

「なるべく早く、救援を呼んできます」

「はい。陛下を、頼みます」

 

 頷いたスペンサーに、コウキも首肯を返す。

 

 最後に一定時間持続する回復魔法《周天》と《聖絶》をかけなおしたコウキは王都の方角に駆け出した。

 

 小さくなっていくコウキの背中を見ていたスペンサーは、その姿が見えなくなると光輝を見上げる。

 

「では、フール殿。近衛隊長として情けない限りですが、よろしくお願いします」

「はい、任せてください」

 

 

 

 

 未だに懐疑と警戒をしつつもそう言う彼に、光輝も頷いた。

 

 

 

 




さて、次回もどうしたものか。


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決定的な違い


色々忙しくしてる間に、お気に入りがポロポロと減っていて首をかしげた作者です。

本編がつまらなく思ったのか、後日談の方か。

本編完結しているので、後日談は完全に不定期です。

そこのほど、よろしくお願いします。


 

 

 

「よっ、と……」

 

 

 

 

 ラガルの死骸に、魔剣を突き刺す。

 

 先ほどのように黒い亀裂がその体を走り、端から崩壊させるように吸収を始めた。

 

「……まったくもっていい気分じゃないな」

 

 ニエブラの時は観念して従ったが、コウキの手柄を横取りしている形で非常に気分が悪い。

 

 とはいえ、これで魔剣の力が向上してより多くの瘴気を吸えるとシンセイが言うのだ。

 

 俺の自己嫌悪など、スペンサーさん達の命と天秤にかける価値もない。

 

「何か、彼に返せるものがあればいいんだが……」

 

 正直、剣技や体術といったものは大差ない。というか今の俺の方が劣ってるかも。

 

 なにせこっちは社会人。旧世界の性質を肉体が受け継いでいても、仕事漬けの生活でブランクが酷い。

 

 戦闘力自体はシンセイによるところが大きく、そういう意味では返せるものが少ない。

 

 一度介入した以上、助けが来るまで助力するくらいが関の山か。

 

 

 

 

 そんなふうに結論づけている間に、ラガルの吸収が終わる。

 

 魔剣から妖光が消え、一層オーラを増したそれを手にスペンサーさん達の元へ戻った。

 

「吸収が完了しました。今から再度瘴気を浄化します」

「申し訳ない。この礼はいずれ必ず」

「それは、全てコウキに」

 

 結界に魔剣を突き刺して吸収を開始する。

 

 ん、この短時間で彼らの瘴気が弱っているな。体内の恩恵力の影響か。

 

 容量が倍くらいに増えた今ならば、完全に取り除ける。

 

「それにしても……フール殿、貴方は何者なのですか?」

 

 俺を、というより魔剣を興味深そうに眺めていたスペンサーさんが、ふと訪ねてきた。

 

 視線を合わせれば、その老獪な瞳には疑念と警戒が見て取れる。

 

 そりゃあ、砂漠のど真ん中でスーツ着た男が現れたら怪しいに決まってる。それも勇者と同じ見た目なのだから。

 

「あえて言うならば迷い人です。ふざけた道化によってこの世界に飛ばされた、本来の役者じゃない邪魔者と思ってもらえれば……あのクソ野郎絶対ぶん殴る」

「な、なるほど。フール殿も大変なのですな……」

 

 本当にだ。

 

 あのド腐れ外道、絶対に謝らせてやる。

 

「しかし、その見た目からして貴方はどう見ても……」

「まあそうなんですが……全くの別人です」

「別人、ですか?」

「はい。彼と俺は、全然違う人間ですから」

 

 不思議そうにするスペンサーさんに、はっきりと断言する。

 

 きっと、彼はまだ迷っている、進んでいる人間で。

 

 そして俺は終着点に安寧した、もう進まない人間だ。

 

「スペンサーさん、これから言うのは第三者からの身勝手な頼みです。聞き流してくれて構いません」

「なんでしょう」

「……彼はこれから多くを迷う。けれど、どうか信じてあげてください」

 

 悪意感知で感じ取った、コウキの心。

 

 あれほどの()()()()()()()()()がどのような経験から生じたものなのか、俺はまだ知らない。

 

 何を決めればいいのか、何を成せばいいのか。それ以前に、自分が何かをすること自体が致命的な間違いではないのか。

 

 自分を信じられないからこそ、定められない。

 

 

 

 その苦しみを、別人であり同じ人間である俺は知っている。

 

 だから、まだ知り合ったばかりの彼にこんなことを言うのは、俺が何より嫌う傲慢だけど。

 

「天之河光輝は、己の全てを否定する暗闇に直面し、乗り越えたその時に何かを見つけられる人間だ。だからその時まで、見捨てないでください」

 

 本当、自分で言っていて偉そうで無責任な、下衆の言葉だ。

 

 あの野郎に毒されたか。それでもいい。俺が見つけた答えを、彼への返礼の一端としよう。

 

「……フール殿は、そのように?」

「幸いにも、隣人の巡り合わせには恵まれました」

 

 

 

 (姉貴分)は見守ってくれた。龍太郎(親友)は隣で戦ってくれた。

 

 

 

 北野(仇敵)は、殺すつもりで背中を蹴飛ばしてくれて。

 

 

 

 英子(最愛)が、俺の愚かさを信じてくれた。

 

 

 

「愚者の戯言です。心の隅に引っ掛かりでもすれば、それだけでいい」

「……心に留めておきましょう」

「感謝します」

 

 益体もないことを語っている間に、ほとんどの瘴気を吸い取れた。

 

 他の護衛隊の人達も、徐々に意識を取り戻していくと、俺を見て仰天する。

 

 単純に驚いたり、《暗き者》に間違われたり、起き抜けで混乱して恩恵術ぶっ放されたり。

 

 まあ、結界に怪しげな剣を突き刺してる不審人物なので仕方がない。うん、仕方がないのだ。

 

 

 

 

 

 スペンサーさんの取りなしで、どうにか目覚めたら全員から敵認定は解除された。

 

 説明しているうちにアロースというらしい騎獣も覚醒して、コウキ達の後を追いかけることになる。

 

「すみません。この剣は瘴気を吸収するだけで、恩恵力を回復したり、体を癒すことはできていないんですが……」

「なあに、それだけで十分というものです。我らとてシンクレア王国の戦士、ご心配はいりません」

 

 頼もしい彼の言葉に、俺の中の申し訳なさも少しだけ和らぐのだった。

 

「さて、俺も……」

 

 

 

マテ

 

 

 

 ん? どうした? 

 

 

 

 

テイアン

 

 

 

 

 次にシンセイが告げてきた言葉に、俺は目を見開いた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 スペンサーさん達の上空を飛び、砂漠を移動すること一時間。

 

 

 

 

 

「ん、あれは……」

 

 俯瞰的な視点にいる俺は彼らに近付いてくる、同じ格好をした集団を発見した。

 

 下を見ると、スペンサーさんがこちらを見上げて片腕を掲げている。

 

「味方、か。救援部隊のようだな」

 

 どうやらコウキとモアナ女王は、無事に安全圏へ辿り着けたようだ。

 

 移動を中断した両者は、地上でしばらく何事か話し込んだ。

 

 情報交換を終えたらしき彼らは隊列を編成し直し、再び王都の方へと移動を開始。俺も追随する。

 

 さらに二時間ほど、周囲を警戒しながら飛んでいくと、また新たな集団が行く手に見えてきた。

 

 コウキ達だ。

 

「無事でよかっ……ん?」

 

 ……なんか、子供がいないか? 

 

 モアナ女王の後ろに7、8歳くらいの少女がいる。ツインテールに括られた金髪は、この高さでもよく目についた。

 

 明らかに命の奪い合いの場にいる存在ではない。いる場所からしてモアナ女王の妹か? 

 

 

 

 

 その俺の予想は、概ね当たっていたらしい。

 

 合流したスペンサーさんが少女を見るや否や、驚愕を顔に貼り付けて何事か怒鳴っている。

 

 凄まじい剣幕に少女は泣き出し…………泣いてるかあれ? 悪意感知が恐怖を感じないんだが? 

 

 

 

ウソナキ ウソナキ

 

 

 

「だよな……」

 

 リベルちゃんが時々無駄に上手い泣き真似するから、なんとなくわかる。あの野郎娘に何教えてやがるのか……

 

 っと、スペンサーさんが手を振ってるな。少女のことはともかく、お呼ばれしたらしい。

 

 コウキもこっちを見上げているので、俺は彼らの音へと下降していった。

 

 俺の姿が見えるにつれ、驚愕と動揺をしながら降下地点から離れていく戦士達。

 

 自然と出来た円の中に降り立った俺は、翼を霧散させてスペンサーさんと対面した。

 

「お待たせいたしました、フール殿。クーネ様……ああ、陛下の妹君が部隊に紛れ込んでおりまして」

「いえ、問題ありません」

 

 なるほど、やはり王女だったか。

 

 彼女に目を向けると、びくりと震える。今度は本気の警戒とわずかな恐怖を感じ取った。

 

 ……まあ、()()()()()()()()()当たり前だよな。

 

「貴様、何者だ? 《暗き者》のような翼を持っていたな」

 

 彼女を守るように体で隠し、鋭い目つきと声音でモアナ女王が問いかけてくる。

 

 他の戦士らも、少しの間で動揺を収めるとスペンサーさん達を除いて俺の動きを観察し始めた。

 

 コウキは、言うまでもなく聖剣の柄に手をかけている。 

 

「それに…………その珍妙な仮面はなんだ?」

 

 ………………やっぱりそこ突っ込まれるよな。

 

 俺は、自分の顔を覆うピエロと悪魔の合いの子みたいな面の下で嘆息する。

 

 混乱させない為にガスマスクをシンセイに変形させてみたんだが、やっぱり逆効果だったらしい。

 

「陛下、どうか話を聞いていただきたい」

「スペンサー。この者は一体?」

 

 俺に向けられていた眼光が、彼へと流れる。

 

 それはスペンサーさんだけでなく、その背後に揃う護衛部隊の面々にも向けられたもの。

 

 

 

 

 にわかに場の緊張が高まる。

 

 モアナ女王らと一緒にいた、熊のような巨漢が僅かに抜剣した。

 

「彼は、不思議な剣の力を用いて我らの瘴気を取り除いてくれました。先の襲撃でも、ラガルをコウキ殿と共に相手取った戦士です」

「なんだと? それは本当か、光輝?」

 

 確認を求められたコウキは、俺のことをじっと、彼女のそれよりも鋭い目線で睨みつつ。

 

 しばらく無言で何かを考えた後。深く、深く息を吐いて構えを解いた。

 

「……少なくとも、こちらに助力してくれたことは間違いありません」

「そう、か……つまり私も助けられたわけだな?」

 

 再三の確認。コウキとスペンサーさん達は首肯する。

 

 それを受けた女王は、一瞬の思考のうちに横へ広げていた腕を下ろした。戦士達も戦意を消す。

 

 ほっ、と胸の中で安堵の息を吐いた。彼らと戦う意思など俺には最初からないのだから。

 

「すまなかった、仮面の戦士よ。恩を仇で返すところだった」

「怪しげな出で立ちであることは事実ですので。改めて、自己紹介をしても?」

「ああ、構わない。覆面の君、貴方の名は?」

「フールと申します。故あってこの世界に迷い込んだ脇役と思っていただければ」

 

 彼女に、そしてこの場にいる全員に示す為、仮面越しにも大きく聞こえるよう喉を震わせる。

 

 作法など、英子が戯れに教えてくれたものしかわからないので、右手を胸に、左手をヴァーゲの柄頭にお辞儀をした。

 

「この世界に迷い込んだ……つまり、光輝と同じ世界から?」

「似たような別物です。困ったことに身寄りがない為、女王陛下にひと時この剣を預ける栄誉をいただければと」

「それは、まあ強力な戦士が助太刀してくれることは喜ばしいが……」

「ですが?」

「…………その、奇怪な仮面は?」

 

 やっぱりそこだよなぁ! 

 

「……事情があって、顔をお見せすることができません。どうしてもと言うのなら、別の機会に」

「そうか……」

 

 悩んでいるな。

 

 当たり前か。いくら自国の戦士や勇者が身柄を保証しても、どうしようもなく不審感が拭えない。

 

 とはいえ、顔を明かしてもさらに怪しくなるだけ。呆れるほど分の悪い賭けだ。

 

 さて、どう出る? 

 

「……一つ聞きたい」

「何でしょう」

「貴方は何故、光輝に助力を?」

 

 そう来るとはな。

 

 いや、予想できたことか。

 

 ならば答えは……

 

「彼が、苦しみながらも前に進もうとしていたから」

「「…………っ!」」

「あそこで終わらせてはいけないと思った。彼も、貴方がたも。それが理由です」

 

 たとえどんな馬鹿野郎だろうと、天之河光輝には家族が、大切な人がいるはずだ。

 

 それはモアナ女王も、スペンサーさん達も同じである。つまりは俺と同じだ。

 

 

 

 

 

 俺は、勇者じゃない。

 

 英子以外の誰かを、身も心も、魂までも賭けて、なりふり構わず救おうとはもう思えない。

 

 それでも俺は天之河光輝だから。

 

 全てを彼女の為に用いて、その上でやれることがあるのなら、全力でやってみたい。

 

 胸を張って、彼女の所に帰れるように。

 

「これでは足りませんか?」

「……いいや。十分だ」

 

 ふと、仮面越しに何かが目の前に現れる。

 

 礼を解いて見ると、それはチョコレート色の手だった。傷と剣だこに塗れた、戦士女王の手。

 

 モアナ女王は、王者らしい貫禄と威厳に満ちた笑顔を、俺に向けて。

 

「改めて、救命の恩に感謝を。我々は貴殿を歓迎する」

「……よろしくお願いします、女王陛下」

 

 

 

 

 

 俺はその手を、しっかりと握った。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「しかし、本当にフール殿は不思議ですなぁ」

 

 自己紹介も済み、改めてシンクレア王国王都へと向かう道すがら。

 

 隣を並走するアロースに乗る、熊のような巨漢──戦士長ドーナルさんの言葉に顔を向ける。

 

「やはり、不気味ですか?」

「ははは、悪い言い方をすればですがね。なにせ……そのようなものまで出せるとは」

 

 豪快に笑った彼は、口調にそぐわぬ眼光で俺が跨がるものを見た。

 

 そう、アロース達と同じ速度で砂漠を駆ける──かの《暗き者》ニエブラに似た漆黒の巨狼を。

 

 

 

──アタラシイコト デキル

 

 

 

 

 出発直前、そんなシンセイの一言から始まった。

 

 ラガルを取り込んだヴァーゲは、瘴気の貯蓄量のみならず、ニエブラの情報を元に魔力で騎獣を編めるようになった。

 

 シンセイ曰く、命名《 影狼(かげろう) 》。作った理由は飛ぶのが面倒くさくなったから。

 

 この悪魔、年々人間味を増してる気がする。

 

「まあ、アロースが俺に怯えて乗れなかった以上はこうするしかなくて」

「それもそうだ。いや、失礼した」

「いえ」

 

 完全に信用などされていないことは、最初から分かりきっている。

 

 ならば、僅かにでも向けられたものをそれなりのものにしてみよう。

 

 アタッシュケース片手に砂漠で野宿生活は勘弁したい。せめて救援が来るまでは……

 

「変な仮面のおにーさん!」

「うわっ!」

 

 びっくりした! 気がついたら背後に幼女がよじ登っている!? 

 

「クーネたん!? いつのまにそんな所に!?」

「クーネ様、危ないですぞ!」

「平気です! そうですよね、変な仮面のお兄さん?」

 

 狼狽えるモアナ女王達へふふん! と胸を張る王女。てか今〝たん〟って付けてた? 

 

「ええと、とりあえず座っていただけると。俺も初めて使うので、操作が怪しいんです」

「むむっ、それはそうですね。じゃあお言葉に甘えて」

 

 お行儀よく影狼の背に座るクーネ王女。そしてニコニコと笑いかけてくる。

 

 そんな彼女は──未だに、最大限の警戒心を抱いていた。

 

「改めて、クーネ・ディ・シェルト・シンクレアです! 王女のような何かをやってます!」

「いや王女のような何かってなに?」

 

 って、そうじゃなくて。

 

「先ほども言いましたが、フールです。好きに呼んでください」

「じゃあ変なお兄さんで」

「なんで仮面の、を抜いたんですか? ねえちょっと?」

 

 それだとただの変人になるんだが。一歩間違えると変質者なんだが。

 

 いや格好だけ見れば変質者だけど! 

 

「変なお兄さんは、凄い力を持ってますね? 特にその剣、瘴気を吸い取れるんだとか! クーネ、興味があります!」

「あ、確定なんだ……ええ、相棒のおかげで手に入れました」

 

 さながら操縦桿の如く、《影狼》の背に突き刺さっているヴァーゲ。

 

 それをじっと観察するように見つめていたクーネ王女は、一転して明るく笑った。

 

「相棒って誰ですか? 変なお兄さんにはお仲間さんがいるんですか?」

「はい、頼れるやつです」

 

 ガリッとするけど。時々勝手に人の体使って冷蔵庫の中漁ってたりするけど。

 

「そのお仲間さんはどこに?」

 

 ニコニコとしたクーネ王女が、俺の返答に続けてくる。

 

「すぐ側にいますよ。シャイなので後で紹介します」

「へえ。そんな武器や獣を作れるなんて……」

 

 まるで、と彼女は言葉を続けようとする。

 

 魂胆は見え透いている。文字通りに。彼女は見た目通りの愛らしい王女ではない。

 

 だから俺は先手を打った。

 

「この力も、そいつも、()()()()()()()()()()()()()()()()()です。この世界では少し張り切ってますけどね」

 

 その返答に、背後で王女が息を呑む。

 

 いつしか無言で密かに耳を澄ませていた女王達やコウキも同じ様に。

 

 あるいは、少し違う意味で。

 

「そう、ですか」

「ええ。なんだかんだと付き合いが長く、上手くやってるので、()()()()()()()()()

「っ…………わかりました! では勇者さま共々頼りにしてますね、変な趣味のお兄さん!」

「おい王女。ちょっと待て王女。なんで余計なもの付け加えた?」

 

 わざわざ変質さを増させたのは仕返しか? この抜け目のないちびっこ王女め。

 

 それだと俺が変態みたいじゃないか。いや、女性の趣味が特殊なのは認めるが。

 

 

 

 ガリッ

 

 

 

 いってえ!? 

 

「も、もしものことがあるといけないので、女王陛下のところに戻ってください。振り落とされるかもしれませんよ?」

「それじゃあお兄さん、クーネが怪我しないようお願いしますね!」

「頑として降りないんですね、わかりました」

 

 それならそれでいい。無理に問答して意識を乱すよりはマシだ。

 

 こんな得体の知れないものに率先して乗るあたり、さすがは幼くても王族ということか。

 

 ……俺のことを出来る限り探ろうとしたことも含めて、な。

 

「…………」

 〈後で、ちゃんと話そう〉

「っ!」

 

 俺と彼女のやりとりを監視していた彼に、目線を一瞥して告げる。

 

 なんなら王女に乗じて詰問したかった、といった顔のコウキは苦い表情で前を向いた。

 

 同じように、俺も前を見る。

 

 やがて、砂漠の中に新たなものが見えてきた。

 

 広大なオアシスの中央に屹立する、複数の尖塔と四角錐型の建造物で構成された白亜の宮殿。

 

 そこから四方に石橋が伸び、宮殿を取り囲むように白い都市が広がっている。

 

 更に、目算十メートルはあろうかというドーナツ状のオアシスがそれらを包み、陽光に煌めいて。

 

 

 

 

 

 砂漠に広がる水の都──シンクレア王国王都が、ついに姿を現した。

 

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


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王都でのひと時 

 
鼻が詰まって呼吸がしづらい、どうも作者です。

ちょっと体調改善したので、不定期更新。


 

 

 

 

 曰く。この王都を囲うオアシスは結界なのだという。

 

 

 

 その所以は、シンクレアの王族が持つ特別な恩恵術……天恵術にある。

 

 それぞれ個人で異なるその力。

 

 例えば侵食されない恩恵力を他者に与え、潜在能力を引き出すモアナ女王の《加護》。

 

 恩恵力の無くなった土地さえも蘇らせる、クーネ王女の《再生》。

 

 そして彼女達の先祖がこのオアシスに、命を代償に宿らせた天恵術は──瘴気の吸収・霧散。

 

 彼らにとって生命エネルギーである瘴気を奪うこの水こそが、最強の砦なのだ。

 

 

 

カレハテタイノチ キレイ キレイ

 

 

 

 再構築されても、そういうところは相変わらずだな。

 

 ……身命を賭して生み出されたこの聖なるオアシスから、天恵術のカラクリが見えてくる。

 

 己の生命を代償にすればするほど、効力を高めていく。死と引き換えにすればそれこそ絶大なほど。

 

 で、あるのならば。

 

 他の誰とも違う、姉妹であるクーネ王女とも異なった、枯れたような白髪を持つ彼女は……

 

「……今や姉妹だけの王族、か」

 

 あてがわれた客間に、独り言が木霊する。

 

 小綺麗で、最低限必要な家具だけが置かれた部屋。

 

 俺の記憶する限りでは最も豪華だったハイリヒ王国の客室には、些か見劣りする。

 

 この国の状況を考えれば当然、と言えるのだろう。

 

 

 

 

 それでも謁見の間は、実に豪華だった。

 

 白亜の空間には鏡を利用して太陽光が満ち溢れ、素晴らしい彫刻の掘られた柱や壁がよく映えた。

 

 その最奥、玉座に座する正装のモアナ女王はとても美しく、コウキが見惚れるのも当然だった。

 

 

 

 ガリッ

 

 

 

「った! そういう意味じゃないって!」

 

 あくまでコウキは、だよ。

 

 俺にとって一番、そして唯一心奪われるほどに美しいのは彼女だけだ。

 

「でも……辛そうだったな、コウキは」

 

 勇者(とついでに傭兵的な扱いの俺)を歓迎するべく、その場に集った官僚達。

 

 武官、文官、大臣、給仕に至るまで、一心にコウキへ期待をかけていた。

 

 そこに道中での活躍も知らされれば、もはや一切の疑心なしにこう思うだろう。

 

 

 

 

 

 最後の希望、と。

 

 

 

 

 

 五年前の戦争でモアナ女王ら以外の王族も死に絶えたのだから、仕方がないのだろうが。

 

「果たしてどこまで耐えられるか……」

 

 コウキは、何が正しいのか分かってない。自分のことも信じていない。

 

 その状態で、突然背負わされた命運という名の重みに対して、最後まで潰れず戦えるのか。

 

「……難しい話だ。そして、悔しいことに共感できない話だ」

 

 俺は、一度もそんなに大勢のことを背負ったことなんてない。

 

 独りよがりの子供の夢から覚めて。暗い悪夢をくぐり抜け、絶望という名の現実に立った。

 

 その時、俺の前には彼女しかいなかった。

 

 後ろには何もなくて、そうなるように南雲達がしてくれた。

 

 地上の人々のことなど気にする必要もないほど、彼らは心から頼もしかったのだ。

 

 

 

 

 だから、またコウキと俺は相違する。

 

 荷を分かち合うか。不可能だ。俺は第三者なのだから。

 

 できるとしたら、荷を少し持ち上げて、軽く感じるよう錯覚させてやることだけ。

 

 邪魔者の俺がここにいる理由なんてのは、その程度だ。

 

 ……と、結論が出たところで。

 

「失礼します、フール殿。今よろしいですかな?」

 

 ノックの後、扉の向こう側からスペンサーさんの声が聞こえる。

 

 俺は腕組みを解き、テーブルの上に置いていた仮面を被ると立ち上がった。

 

「はい。呼び出しですか?」

「お話が早い」

 

 少し軋んだ音を立て、ドアが外から開かれる。

 

 顔を見せた歴戦の近衛隊長は、重々しい雰囲気を湛えていた。

 

「陛下がお待ちです。フール殿のことについて聞きたいと」

「分かりました、行きます」

「ありがとうございます」

 

 彼と共に客間を出る。

 

 時折すれ違う人々に奇異の視線を受け、少し居心地が悪くなりつつ、宮殿の中を移動する。

 

 

 

 

 やがて、本殿からやや離れた塔の一室にたどり着いた。

 

 案内役として先行していたスペンサーさんが扉を開けると、そこにはいくつかの顔ぶれが。

 

 最奥の席に座するモアナ女王、隣にクーネ王女、壁際に戦士長ドーナルさん、リーリンさん。

 

 そしてコウキ。予想通りの面子だ。

 

「陛下。フール殿をお連れしました」

「うむ、ありがとうスペンサー」

 

 一礼した彼は、ドーナルさんの隣へ行く。

 

 自然と閉じたドアを後ろに、俺は一人で全員の視線を受け止めることになった。

 

「リーリン」

「はい」

 

 手をかざし、祈祷を唱えて恩恵術を発動するリーリンさん。

 

 風が吹く。魔法とは似て非なる力によって、部屋が覆われた。

 

「なるほど、遮音ですか」

「一応、情報管理のためにな。貴殿もその方が良かろう?」

 

 確かに、その方が都合が良いな。下手をすれば嬲り殺しの可能性もあるが。

 

 頷くと、同じように首肯したモアナ女王は真剣味を帯びた表情で話し出した。

 

「まずは、光輝と共に我らの命を救ってくれたことに、改めて感謝を伝えたい」

「その言葉、謹んでお受け取りします」

「ああ……しかし。何も素性を明かさない相手を懐に引き入れるのは、国を背負う者としては許容できない」

 

 予想していた言葉だった。俺が同じ立場でもそうする。

 

 南雲ならとりあえずボコって反抗できなくしてから尋問する。あいつは懐柔して手駒にする。

 

 俺の知り合いろくなやついないな。

 

「では、何をすれば?」

「……貴殿は先程現れた時、どうしても顔を見せろと言うのであれば別の機会に、と言っていたな」

 

 これも、予想ど真ん中か……さてどうしてものだろう。

 

 適当な話をでっち上げても、既に顔を知っているコウキ達の手前意味がない。

 

 あいつのように幻の類で見た目を偽る術も持ってないし……あ、そうだ。

 

 シンセイ、お前なんとかできたりしない? 

 

 

 

ムシニンゲン サカナニンゲン トリニンゲン

 

 

 

 やっぱ遠慮しとく。

 

 これは、もう一択だろう。

 

「……わかりました。この仮面を取りましょう」

「!」

「ただし。驚くのは仕方がないでしょうが、攻撃するのだけはやめてください」

「あ、ああ。それは約束する」

 

 言質を取った。俺は覚悟を決め、仮面に手を伸ばす。

 

 険しい顔のコウキが生唾を飲み込む。女王と王女が目を細め、スペンサーさん達が静かに見ていた。

 

 そんな中、俺は顔に張り付いていた仮面を自ら剥ぎ取り──瞬間、全員が激しく反応した。

 

 

 

 

 半分は驚愕。もう半分は困惑。

 

 前者がほとんどを占めるのは俺の顔を知らない女王や王女、ドーナルさん。

 

 後者が強いのはやはり知っていた面々で、特にコウキはもう一人の自分という存在に改めて狼狽えた。

 

「なっ、き、貴殿は、まさか!」

「ええ。俺は天之河光輝。そこにいる彼とは別の世界からやってきた、もう一人の光輝です」

 

 俺の主観ではコウキこそ別世界の自分だが、女王達にとって天之河光輝とは彼。

 

 あえて俺を切り離した口調で二度目の自己紹介をすれば、モアナ女王達の混乱は深まった。

 

「先程は大勢の前で顔を晒し、余計な火種を作ることを回避したかった。どうかご容赦願いたい」

「な、なるほど。我々のことを考えてくれたのか…………いや、だがしかし」

「むう……なんということだ」

「目覚めたばかりで、目の錯覚かと思っていましたが……まさか本当に」

「お前がそう疑うのも仕方がない、リーリン」

「はえー……クーネびっくりです。まさか同じ人間が二人も異世界から来るなんて」

 

 俺も同意見だ。まさか同じ人間が二人も異世界に召喚されるなんてな。

 

 様々な感情が渦巻く部屋の中、ガシャと音を立ててこちらに体ごと向き直る人物がいた。

 

 誰なのかは言うまでもないだろう。

 

「……お前は。お前は、本当に別の俺なのか?」

 

 実は俺の偽物なのではないか。そんな恐怖と不快感、警戒が伝わってくる。

 

 同時に悪意感知を通して伝わってくるのは、漆黒の聖鎧と聖剣を携えた、白黒メッシュの髪の俺。

 

 なるほど、氷結洞窟の試練か。大迷宮の攻略をしていたという過去は同じらしい。

 

「見た目は俺の方が大人だろ? まあ24歳だから当たり前だが」

「っ、そんなことで!」

「なら、確かめよう。互いの記憶を使って」

「……いいだろう」

 

 低い声で同意してくれた。どうやらある程度の冷静さは保っているようだ。

 

 早速始めよう。まず最初は……俺が天之河光輝である、という実証からやるか。

 

「父の名は天之河聖治。経営コンサルタント。母は天之河美耶、モデル雑誌の編集長。妹は美月。大学生。家族構成は合ってるか?」

「……美月はまだ中学生だ」

「ふむ。とするとお前はまだ高校生の年齢だな?」

 

 頷くコウキ。結構年齢の差がああるんだな。

 

 ちょうどいい。美月から固めるか。

 

「美月は、小さい頃から人気者だった。才色兼備で優等生。だが……」

「……だが?」

「ソウルシスターズの創始者にしてトップ……合ってるか」

「……………………合ってる」

 

 だいぶ間を置いてから、苦々しい顔で答えた。やっぱりそこも同じかぁ……

 

 同じ学校の後輩から近隣の小中学、果てはご近所にまでいたという、雫の自称魂の妹。

 

 その発端は恥ずかしながら美月なのだ。いい子なんだが、そこだけが不肖の妹である。

 

 

 

 

 こっちの世界じゃ、本当に雫の義妹になった善子さんと長年喧嘩してる。

 

 恨みつらみっていうより、喧嘩友達って感じだけど。

 

 ただ、あの野郎は上手い具合に美月を手懐けて、雫への狂愛ゆえの憎悪を回避してるのだ。

 

 この前実家帰った時なんて、「北野さんの妻になれば間接的にお姉様と家族になれるのでは……?」とか世迷言を言ってた。

 

 あのクソ野郎、次会ったら謝らせた後にぶった斬ってやる。

 

「なんであいつのダメなところを力説したら、俺が変な目で見られるんだ……〝お兄ちゃん、もしかして……〟じゃねえよ。絶対あいつ斬る」

「お、おい?」

「っ、すまない。ちょっと憎っくきピエロをぶっ殺す計画を立てていた」

「どういうことだ!?」

 

 あいつのことは尊敬してるしライバルみたいに思ってるが、人の妹誑かした件は別だ。

 

 八つ当たりだろって? 俺が何回あいつにストレス発散の嫌がらせされたと思ってんだ。

 

 

 

タノシイ タノシイ

 

 

 

 人の悪意啜って喜んでんじゃないよ、この悪魔。

 

「話を戻そう。幼少から八重樫流道場に通っていた。龍太郎と一緒にな」

「ああ」

「最初に虎一さんに稽古をつけてもらった時、全く歯が立たなくて、あとで必死に素振りをしてた。自分の部屋で密かに」

「……そうだ」

 

 いくつも質問を重ね、共通した記憶と事実を重ねることで真実性を増していく。

 

 それは彼を納得させるのと同時に、自分が改めてコウキの存在を受け入れる為の行為だった。

 

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

 それからしばらく。

 

 あまり細かすぎても伝わらない可能性があるので、質問は厳選した。

 

 結果は良好。ほぼ全てのことが一致し、同一存在であることは確立されていく。

 

 黙している女王達も俺達のやり取りを聞いていて、徐々に納得したような顔になっていった。

 

「っと、だいぶ聞いたな。もうネタがなくなってきた」

「……お前が、俺だってことは十分わかった。だけど、そろそろ別の俺だってことを証明してくれないか」

 

 半信半疑といった顔ではあるものの、少し険の取れた口調でコウキは言ってくる。

 

 どうやら土台作りは成功したようだ。

 

 ここからが本番。トータスでのこともそれなりに共通しているようだし……

 

 ならば、次に聞くのは。

 

「オルクス大迷宮。魔人族の襲来」

「っ」

「奮闘するも俺は敗れ、何も出来なかった。そして仲間を、香織達を失いかけて……北野達に助けられた」

「…………北野? 誰だそれは? 助けに来たのは南雲達だぞ?」

 

 ……初めて、明らかに食い違った。

 

 モアナ女王達の空気がざわりと揺れ、コウキ自身も目を見開く。

 

「やっぱり、か……そっちには北野がいないんだな」

 

 質問への返答やさっきの反応で、薄々勘付いてはいたが。

 

 なるほど。実に憎たらしい。

 

 

 

 

 

 俺とコウキの分岐点は、あいつの存在だ。

 

 

 

 

 

 あいつの本心を聞き、知ったその瞬間から、俺という人間は変わり始めたのだから。

 

「北野というのは、一体誰だ?」

「最低最悪のクソ野郎さ。多数の幸福のために自分(一人)を殺す……大悪党だ」

「それは……」

 

 悪なのか? と、コウキは迷うそぶりを見せた。同時にモアナ女王が難しい顔をする。

 

 彼女は王族。いざとなれば自分自身が()()()()こともあり得る立場の人間。

 

 深く考え込む彼女を視界の端に、俺はコウキをまっすぐ見て話し続ける。

 

「北野がいないということは、ルイネさんも、先生にマリスの記憶が植え付けられることもなかったのか」

「る、ルイネ? それに先生に誰かの記憶が、って……」

「……なるほど」

 

 これは、英子もいないんだろうな。

 

 そのことに落胆と寂しさと、なぜか安堵を覚える。

 

 ともかく。これ以上はもういいだろう。

 

「次が最後の質問だ」

「な、なんだ」

「──君は愛する人を救うことになった時。その為に相手を殺すことができるか?」

「っ!?」

 

 酷い質問だ。

 

 俺自身がそのことに苛まれているくせに、答えのない問いを別の自分に投げかけた。

 

 だから、彼がまるで怨敵でも見るような憤怒の表情で睨みつけてくるのは当然だ。

 

「何故、何故そんな残酷なことをっ……まさかっ!」

「あの選択は間違っていたし、正しかった。唯一の偉業であり、最大の罪過だった。それが俺の答えだ」

「お前っ!」

「光輝!」

 

 掴みかかってくるコウキ。モアナ女王が彼の名を叫ぶ。

 

 

 

 

 頭半分ほど低い場所から、睨め付ける瞳。

 

 そこにはありとあらゆる怒りが凝縮されているようで。

 

 同時に、どこか()()()()()()()()()()が入り混じる、複雑な目だった。

 

「それが証明だ」

「ッ!!」

「俺はお前であって、お前じゃない。根幹が同じでも、既に結末したのが愚者()なんだよ」

「貴様っ、どれほど心を捨て去ればそんなことをッ!」

「まあ、その結果が彼女を一生守り続けることなんだから、分不相応な幸せってやつだ」

「………………は?」

 

 まあ、そんな反応になるよな。

 

 呆けているのはコウキだけじゃない。俺達のやりとりに固唾を飲んでいた全員がぽかんとしている。

 

 詳しく説明しても意味が分からないと思うしなぁ。世界の再編なんてあまりに突拍子がない。

 

 コウキだけは、再生魔法やら魂魄魔法やらを思い浮かべたのか、非常に険しい顔ながらも納得している。

 

「理解できたか?」

「……ああ、よく分かった。お前は、俺じゃない」

 

 コウキは俺の襟から乱暴に手を離す。

 

 何が正しいのかわからなくても、何を拒むのかくらいは分別できているようだ。

 

 しばらく俺を睨みつけて、元いた場所に戻っていった。

 

「そういうことですので、女王陛下、皆様も。俺のことはフールと。誰もが知る〝勇者〟天之河光輝は、一人でいい」

 

 最奥に座する女王に、俺は目線を向ける。

 

 瞑目して考えていた彼女は、やがて瞼を開くと俺を見た。

 

「…………分かった。最後の質問の意味は私には測りきれなかったが、貴殿を信じよう」

「感謝します。救援が来るまでの数日ではありますが、この剣を預けましょう」

「うむ。よろしく頼む。皆もそれでいいな」

「「「陛下の仰せの通りに」」」

「……分かった」

 

 軽く会釈をして、仮面を被り直す。

 

 そうして話が終わると、妙な間が生まれた。

 

 俺という大きな謎が解明された今、何を話せばいいのか決めるまでの一瞬。

 

「バァ──────ンッ!! 王女だけど一周回って王女じゃないかもしれない、クーネでぇすっ!!」

「んぐふぉっ!?」

 

 なんだ!? 突然背中に誰かが飛び乗ってきた!? 

 

 慌てて両手で下手人を支え、同時に拘束しながら振り返ると、そこには宣言通りクーネ王女。

 

 初対面から見事にペースをずらされまくってるアクティブ幼女は、見事に神妙な空気を破壊した。

 

「クーネたん!? いつの間に……」

「別世界の自分にひねくれた質問をする、ねじ曲がった性根のお兄さんの正体もわかったところで、辛気臭い顔はやめましょう!」

「おい王女。その通りだが王女。ちょっと話をしようか王女」

 

 身から出た錆ではあるが、それはそれとして一回OHANASHIしないと気が済まない。

 

 しかし、そんな俺の言葉などまるきりがん無視して、それはそれは笑顔の王女は宣言した。

 

 

 

 

 

「親睦を深める為に、城下町に行きましょう!」

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、勇者様! 捻くれたお兄さん! 王都のどこにでもこのクーネが案内しましょう!」

「おい王女。最終的な呼び名がそれか王女」

 

 てへっ⭐︎みたいな顔をフードの下で浮かべるクーネ王女。

 

 わかってる。あれは俺が大人気なかった。隣のコウキから睨まれてるのも仕方ない。

 

 受け入れよう、雫あたりに聞かれたら鳩尾に一発くらいそうな言い草だったと。

 

 だが、それでも思うところはある! 

 

「せめて偽名で呼んでくださいよ。往来でそんな風に呼ばれたら、周囲の目線が痛くなるでしょう?」

「美味しい食べ物をご所望ならこちらですよ〜。あ、支払いはお姉ちゃんのお金で!」

「よしわかった、確信犯だなこの王女」

 

 どうやらとことん俺のことを揶揄いたいらしい。

 

「任せてクーネたん! こういう時のためにお小遣い貯めてあるから!」

 

 そして女王はお小遣い制なのか。戦時中だからか? 

 

 そういえば、謁見の間に、真っ白に燃え尽きそうな財務関係を取り仕切ってるご老人がいたな。

 

 あの人にお小遣いをもらってほくほくしている女王……ううん、何ともシュール。

 

 

 

 

 しかし、王女の提案で城下町に来てみたものの。

 

 良い活気だ。人類の存亡をかけた戦いの最前線とは思えないほど人々は精力的である。

 

 無論、その筆頭はそれはそれは楽しそうなそこの幼女王女であるが。

 

 ちなみに周囲には密かに護衛をしている戦士団の方々付きだ。

 

 

 

ムダ

 

 

 

 こら、そういうことを言うな。

 

「モアナ女王、いくらなんでもクーネ王女に甘すぎでは……」

「待てコウキ、そんなことを言うと……」

「それでは勇者様は、八歳の女の子にお金を出して欲しいんですね。無一文で無職な勇者様!」

「「ぐはっ」」

 

 お、俺にまでダメージが……

 

 この幼女怖い。某魔王の娘とか某道化の娘が脳裏をチラつく……ッ! 

 

 

 

ヒーモ ヒーモ♪ 

 

 

 

 ぐふぅっ。

 

 い、いや待て。そういえばケースの中に宝石があったはずだ。

 

 そういった類のものは、文明の中ではある程度の価値があるからだろう。

 

「それをどこかで売れば一文なしじゃない……っ!」

「仮面で見えませんが、実に真剣な顔で情けないこと言ってるのが丸わかりですよ、ヒネモお兄さん?」

「ストップ王女。今捻くれたとヒモを混ぜて略したな王女?」

「何か反論が?」

「うぐぅ」

 

 何一つ言い返せない! 

 

「……わかりました。今この場では女王様のご好意に甘えることにしましょう。なっ?」

「お前と意見が一致するのはなんか癪だが……仕方がないよな」

 

 これ以上社会的恥辱を受けたくない。数日後に去るとしても。

 

 などと決意していると、ふと何かを見つけた表情になったクーネ王女が走り出した。

 

 

 

 

 俺は目を見開く。

 

 彼女は、人の視界や視線から絶妙にズレた場所を次々潜り抜け、魚が泳ぐように進んだのだ。

 

 もしものことがあったらと気配は掴んでいるものの、姿は瞬く間に見えなくなってしまった。

 

「あれは……」

「人の視線や思考、意識をよく察知してる。恐ろしいな」

「なんだ、説明する前に理解されてしまったな。その通り。クーネに言わせると、よく見て、聞き、感じれば人の意識から外れることも可能らしい」

 

 本当に恐ろしい。

 

 何が恐ろしいって、もし魔王や道化がいたら喜んで愛娘の護衛に育て上げそうなところが。

 

 娘達に這い寄る邪な輩に、背後から笑顔で「王女かと思った? あなたの死神、クーネでぇす」とザックリ……

 

「……クーネ王女の特技は胸の内にしまっておきましょう」

「???」

「何故だ? この王都の皆が知っていることだが……」

 

 ほら、と指差す先では、果物屋の店主に背後から忍び寄る王女の姿が。

 

「バァ──────ンッ!! いつから王女だと錯覚していた!? クーネでぇすっ!!」

「ギャァアアアアッ、何事ッ!?」

 

 ひっくり返る主人。胸を張るクーネ王女。呆れるコウキと苦笑する女王。

 

 だが俺は戦慄していた。

 

 再び脳裏に、ナイフを携え黒衣を纏うクーネ王女の姿が思い浮かぶ……

 

「絶対に、秘密にします」

「そ、そうか? まあフール殿がそうしたいのなら構わないが……」

「何をそんなに怯えてるんだ、お前……?」

 

 ただでさえ双子人形(教育係)がいるのに、これ以上増やしてたまるものか! 

 

 まだ見ぬ恐怖に怯えるのもそこそこにしておいて、現実に立ち直ろう。

 

 立ち上がっている店主の隣には、いつの間にか奥さんと思わしき恰幅の良い女性がいた。

 

 ククリというらしいリンゴに似た果実を手渡す彼女に、モアナ女王が申し訳なさそうにお金を払っている。

 

「いつもすまないな。どうやらこの店の果物がことのほか気に入っているようで、迷惑をかける」

「あら、嬉しいこと。別に気にしなくても平気ですよ、なんだかんだ言ってうちの主人もクーネ王女が来ることを楽しみにしてますから」

「そう言ってもらえると心が軽くなるよ」

 

 常習犯らしい。本当に王女なのだろうかこの幼女。

 

 リリアーナを思い浮かべてみる。彼女も気さくに接してくれたが、ここまでアグレッシブじゃない。

 

 今も即位したベルナージュ女王と二人、執政官として頑張ってるのだろうか……モン◯ナ片手に。

 

 

 

 

 

 だが、気さくといえばモアナ女王もだろう。

 

 対等に、というわけではないが、王都民と堅苦しくない関係を築いているように見受けられる。

 

 笑顔で話し合う様は、ハイリヒ王国の王族とは違う意味でよく慕われているのだろうと理解できた。

 

「おや? そっちの奇妙な仮面の人は? 勇者様のお仲間ですか?」

「申し遅れました、フールと申します。傭兵として雇われました。以後お見知り置きを」

「あらまあご丁寧に。勇者様だけじゃなくて、頼りがいのありそうな紳士が来たもんだねえ」

 

 こうも快活に笑われると、数日のみの雇われであることが少し申し訳なくなるな。

 

 それにしても……

 

「この都の人々は、常に武器を携えているのですね」

「ん? ああ、他所から来たのならら珍しいですか? そりゃあ世界の最前線ですからね、これくらい持ってないと」

 

 からからと笑うご婦人の腰には、剣が吊り下げられている。

 

 ほとんどの人が武装していることを、王城を出てからずっと気にかけていた。

 

 それはコウキも同じで、むしろ目線や表情が見えている分俺よりも顕著だったろう。

 

 この反応を見ると、どうやら特別なことでもないようだが。

 

「果物屋だけでなく、戦士としても活躍していると?」

「まさか。私も主人も生粋の果物屋ですよ。けれど、戦士じゃないからって武器を持っちゃいけないなんてことはないでしょう?」

「確かに。〝彼ら〟に情け容赦がない以上、戦う術は持って然るべきです」

「《暗き者》は選り好みなんてしちゃくれませんからね。もしもこの王都が戦場になった時、何もできずに死ぬなんてまっぴらごめんですよ。もちろん、そうならない事を祈りますけどね」

 

 旦那をいつも引っ叩いてるんです、《暗き者》の一匹や二匹どうとでもなります、とご婦人は笑った。

 

 ……強い人達だな。

 

 そうしなければならない世界であるとしても、そう思えるというのは凄いことだ。

 

 覚悟があるからこそ、彼女達や、王都の民は最前線たるこの地に()()()()()のだろう。

 

 モアナ女王や、クーネ王女はそれを受け止め、また彼女達も覚悟を決めている。横にいる二人の表情からそうわかる。

 

 明日死ぬかもしれない。もしかしたら次の瞬間には戦果に包まれるかもしれない。

 

 

 

 その時は、誰もが共にと。

 

 

 

 どれほど強固に団結した意思であろうか。

 

 けれど、それは……

 

 

 

 

 

「……怖く、ないんですか?」

 

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

 俺の心の内は、コウキが言葉として引き継いだ。

 

 震える声で尋ねた彼。

 

 すると、キョトンとしたご婦人は力強く笑う。

 

「そりゃ、怖いに決まってますよ! けどねえ、この家のククリと、これを楽しみにしてくれる人達のためなら少しは頑張れます。ねえ、あんた」

「そうだな。戦ってる連中がククリを食べたいって言った時、果物屋のうちが売らないで誰がこの王都でククリを売るんだってんだ」

 

 二人の笑顔はそっくりで、とても眩しいと感じるものだった。

 

 コウキは驚いたような、それでいて納得したような顔をして、そうですかとだけ呟いた。

 

「お兄さんお兄さん、これをどうぞ」

「ん? ああ。ありがとうございますクーネ王女」

 

 差し出されたククリを受け取る。

 

 仮面を外し、少しだけ上にずらすと齧り付いた。

 

 ……ん、美味い。甘酸っぱさがちょうど良く、芳醇な香りが鼻を突き抜けるのが気持ち良い。

 

 味としてはスモモに近いだろうか。それも高級品のレベルだ。

 

「美味しいです」

「そりゃ良かった」

「そうでしょう、そうでしょう! 勇者様はどうですか?」

「……美味いよ、すごく」

「ふふん、クーネのお気に入りなのだから当然です!」

 

 ドヤ顔で胸を張る王女の、何と憎らしく愛らしいことか。

 

 口元は果汁でベトベトだが。

 

「……でも、そうか」

 

 

 

 

 

 譲れない理由、か。

 

 

 

 

 

 食べ終わると果物屋を後にした。

 

 他にも様々な場所へと赴いた。武器屋や川の渡し屋、服屋などにも。

 

 行く先々でクーネ王女の奇襲は猛威を振るった。武器屋の倅も、渡し屋の男性も、皆仰天してひっくり返った。

 

 終いにはドーナルさん達の背後に回り込み、盛大に「クーネでぇす!」をかます始末。

 

 しかし、驚かされた誰もが憤ることなく、苦笑いで済ませたことに、彼女が親しまれていることを改めて感じた。

 

 

 

 ちなみに道中知ったことだが、クーネ王女には色々なあだ名がついてるらしい。

 

 

 

 〝神出鬼没のお転婆王女〟、〝いつもニコニコ這い寄る王女クーネたん〟、〝お願いですから仕事の邪魔しないでください、王女様〟。

 

 〝いい加減私の武具をデコレーションするのは止めてくださいクーネ様〟、〝ギャァアアアアッツ、王女様!? 〟、etcetc……

 

「ロクなものがなかったな……」

 

 一番酷かったのは、〝出会って三秒で混沌〟。なるほど言い得て妙だ。

 

 しかし、クーネ王女はただ単に破天荒で予測不能なアグレッシブ幼女などではない。

 

「俺達に知らせるため、か……」

 

 見て、聞いて、感じ取る。

 

 自らが何より得手とすることを用いて、このシンクレアという国を俺達に見せつけたのだ。

 

 いや、きっとコウキに、だな。

 

 

 

 

 彼女はおそらく、俺がそこまでこの世界に執着しないことを見抜いている。

 

 できる範囲で力を貸したいとは思う。一度首を突っ込んだ以上はそれが道理だ。

 

 けれど、命を賭けるかと聞かれてしまえばノーと即答してしまえる。

 

 そんな俺の薄情さを、あの見た目以上に腹黒で狡猾な……聡明な王女は、察してるはずだ。

 

 

 

ヒトデナシ? ヒトデナシ? 

 

 

 

「かもな」

 

 昔だったら、別の答えを出したに違いない。

 

 その反面、コウキにはよく響いただろう。

 

 おそらくは最も効果的な人物を選び出し、引き出したのだろう言葉の数々。

 

 それを一つ聞くたびにコウキの心は震え、悩み、怯え、そうして変容していた。

 

 皆、この国の人間は生き生きとしていた。

 

 確かな信念と意思を持ち、自信と誇りを兼ね備えた生き様を見せつけられた。

 

 

 

 俺は素晴らしいと思った。

 

 

 

 でも、それで終わり。

 

 尊敬するし、残酷な目にあっていいはずのない善人達だと確信したが、結局は他人だ。

 

 ひどく凍てついた理性的な思考は、それだけ俺という人間が毒されたのだと自覚させる。

 

 でもコウキは、悩めるのだろう。

 

 そして自分に当て嵌めて、これから先どうするかの指針に加える筈だ。

 

 それこそ、クーネ王女の狙い通りに他ならない。

 

 コウキ本人も今頃、気付いているかな。

 

 

 

ホントウニ? ホントウニ? 

 

 

 

「俺はそう信じるよ」

 

 それが出来ないほど馬鹿のままならば、あんな顔はできないだろう。

 

「……さて。なんだかんだと俺も精神的に疲れた。今日は休もう」

 

 ぼんやりと考えを巡らせながら眺めていた、夜空を反射して輝くオアシスから目を離す。

 

 美しい双子月から目を離すのは名残惜しいが、そろそろ瞼が重くなってきた。

 

 寝巻きに着替えると、質素だが程よい弾性の布団に入る。

 

 そうして目を閉じ、意識を暗闇へと落とす………………前に。

 

「……いないよな?」

 

 念の為、〝気配感知〟と〝悪意感知〟を最大限に発動する。

 

 あの悪戯王女の気配の誤魔化し方は一級品だ。忍び込んでいても気づかないかもしれない。

 

 とりあえず、めぼしい反応はない。

 

「まったく、こんなところでまで気が休まらないとはな」

 

 ほっと安堵のため息を一つ、今度こそ瞳を閉じて暗闇へと没入する。

 

 余程疲れていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 すぐに、俺の意識は闇の中に溶けていった。

 

 

 

 

 




なんだろ、うまく書けないのは体調悪いせいかな。それとも完結していて筆が乗り切らないから?

読んでいただき、ありがとうございます。


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泡沫の夢

寝る前にぽいっと更新。

調子も戻ってきてますね。


 

 

 

「──意思の欠片?」

 

 

 

 告げられた言葉を、鸚鵡返しに聞き返す。

 

「ああ。どうやらお前の魂魄に引っ付いてるモノが、シンカイ以外にいるらしい」

 

 すると、質の良さそうなレザーチェアーに座った〝そいつ〟は、背中越しに返答した。

 

 俺と顔も目も合わせたくないという内心が丸分かりな姿勢だが、今更特に文句はない。

 

 代わりに、俺は自分の足元で緩やかに回転している紫色の魔法陣を見下ろした。

 

「この魔法、そんなことまで分かるのか?」

「当然。なんせ俺ちゃん……というかカインの魔法だからな。そこらへんの精度は間違いない」

 

 へえ、と未知の異世界の魔法に感嘆せざるをえない。

 

 〝眷属錬成〟。かつて九の悪魔を狂った死人の魂より生み出し、人喰いの妖美に与えた呪法。

 

 その呪いを応用して、俺の中に残っているシンカイを残骸から再構築するらしい。

 

「意思の欠片って、何のだ? シンカイ以外に心当たりなんてないけど……」

「さあな。意識の残骸がそれなりに残っていたシンカイと比べると、微弱すぎて何だかわからん」

「えぇ……不安になるんだが」

「ぶっちゃけ片手間以上にお前のために思考割くのが面倒くさい」

「おい」

 

 それが本音かこの野郎。

 

 ……文句を言ってやりたいが、さっきからずっと忙しそうで口に出しにくい。

 

 いつもならもっと悪態が酷いし、盛大に煽ってくるだろうに、それもできないという様子だ。

 

 ペンを走らせる音や、キーボードを打ち込む甲高い音が絶え間なく書斎に響き続けていた。

 

「……お前、何の仕事してたっけ?」

「世界征服中とでも答えれば元勇者クンは満足か?」

「それはもうしてるんじゃないか?」

「さてな」

 

 本当にしてるんじゃないだろうな、こいつ。

 

 まあ俺には何もできないし、こいつの本質を少しは知っている以上するつもりもないんだが。

 

「じゃあ、その片手間に使ってもらってる思考でいいから、予想くらいは教えてくれよ」

「チッ」

「おい舌打ちしたな今」

「相変わらず要望の多いこって」

 

 机に積み上がった束に書類らしきものを放り投げたあいつは、深くため息を吐いた。

 

 それからまた次の何かに取り掛かりつつ、少しの間をおいて話し出す。

 

「あー、そうさな。聖剣のことはそのチンケな脳味噌に残ってるか?」

「一言余計だ。勿論覚えてるさ」

 

 ハイリヒ王国の王城、その宝物庫から借り受けたアーティファクト。

 

 芸術品のような見た目のみならず、鋭い切れ味と類を見ない頑強さが特徴的な良い剣だった。

 

 帝国のパーティーにて英子に叩き折られ、その後こいつと南雲が回収したと聞いたが……

 

「あれがどうかしたか?」

「それなりのものだったんで、残骸をパクった後に解析した。第三者の弱体化、呼応による即時召喚、何より他のどれとも類似しない構成物質。色々と面白いものが見られたよ」

「それで?」

「腹の立つことに、俺もハジメも組み込まれた魔法陣や組成とかの簡単なことは理解できたが、その()()()()()()()が全く理解できなかった」

 

 自分が面食らった表情になるのがわかった。

 

 異世界の仕組みさえも理解し、神をも凌ぐ力を手にしたこいつが理解できなかっただって? 

 

 その言葉を聞いた途端に、今は無きかつての愛剣が急激に不気味なものに思えてきた。

 

「解析魔法でブラックボックス部分の情報は丸ごと頂いたが、結局聖剣としての力は失われて鉄クズになってた。それを再利用してハジメが錬成したのが、お前にくれてやったあの剣だ」

「前半はあえてスルーさせてもらうぞ……じゃあ結局、聖剣って何だったんだ?」

「…知らね」

 

 ……浅くはない付き合いだから、南雲ほどじゃないがちょっとだけわかる。

 

 

 

 こいつ、何かを隠した。

 

 

 

 どうせ問い詰めても返ってくるのは罵倒だろうし、最後は言いくるめられて終わりだ。

 

 早々に頭の片隅にしまいこんで、それよりも姿を変えた愛剣がずっと共にあったことに嬉しさを感じた。

 

 特別な力を失っていたとしても、それでも最後の瞬間──あの時まで、道を切り開いてくれたのだ。

 

「……感慨深いものだな」

「あっそ。だが、ひとつ気がかりなことが残った」

「気がかりなこと?」

 

 ああ、と答え、それから初めて仕事をする音が止まった。

 

 そして、後頭部以外のほとんどを隠す椅子から、人差し指を立てた右手が突き出る。

 

「叩き折られた際に飛び散った破片が一つ。いくら探しても、それだけが見つからなかった」

「聖剣の破片が……」

「で、お望みのくだらない即興の予想をすると……その破片は一緒に斬られたお前の体に傷口から入り、そのまま()()()した」

「まさか。いくら聖剣なんてファンタジーの代名詞でも、流石にありえないだろ?」

 

 規格外が人の形をしたようなこいつの言葉でも、流石に信じられなかった。

 

 

 

 

 シンカイはまだわかる。

 

 眷属として生み出された悪魔は霊魂的、もっと言えば概念的な存在で、他者に取り憑ける。

 

 だけど、ただの無機物だった聖剣の破片が体内に入ったまま融けて消えたなんてのは不可能のはずだ。

 

「相変わらずお前の頭は鶏にも劣るな」

「あ”ん?」

「俺とハジメ、神代魔法の所持者二人掛かりでも大部分が理解不能って言ったろうが。この意味もそのおめでたい頭じゃあ分からねえのか?」

「ふざけんなよ、それくらい覚えて……」

 

 言いかけて、ようやく気がつく。

 

 星のシステムに干渉し、世界を作り直したこいつと、神をも打倒してみせた概念魔法を生み出した南雲。

 

 その二人がたった一本の、それも壊れた剣の全容のごく一部しかわからなかったというのだ。

 

 これは──とても恐ろしい事実ではないか? 

 

「……お前達ですら、未知の何かだっていうのか」

「ハッ、せいぜいガタガタ震えながら眠れ。お前が正義(笑)と一緒に振りかざしてブンブン振ってたあれには、とんでもない何かが潜んでたかもしれねえぞ?」

 

 ……その何かが、もしかしたら俺の中にまだいるというのだろうか。

 

 残り滓のようなものしか残っていないシンカイにすら劣る、弱々しいものだとこいつは言った。

 

 でも、それがいつ目を覚ますか、俺の体をどうこうするか、全く予想がつかない……? 

 

 全身を悪寒が駆け巡る。胸の中心に何か、重くて粘ついたものが染み出す錯覚さえした。

 

 

 

 俺の中に、何がいるんだ──!? 

 

 

 

「いい顔だな。それだけで無駄話をした駄賃になる」

「……悪趣味め」

「お前の不幸で飯がこれ以上ないほど美味い。どうもありがとう」

「今絶対いい顔で言ってるな、お前!」

「…………ま、その何かに対する封印を、一応術式に組み込んでやる。効果があるかは俺もわからん。むしろないと嬉しい」

「このクソ野朗」

 

 しばらく睨んでいたが、それ以降あいつが何かを言うことはなかった。

 

 はぁ、とため息をひとつ。これ以上考えても俺の気分が悪くなる一方だろう。

 

 予想もつかない未知への不安を、無理くり心の一番奥に押し込んでおいた。

 

 

 

 

 

 

 

キャハハハハ

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 今、聞き覚えのある笑い声が……

 

「魔法陣が……!」

 

 まさかと思い、尻の下にある魔法陣へ顔ごと視線を落とす。

 

 すると、話し込んでいるうちに何重にも難解な式へと変貌していた魔法陣が光り輝いた。

 

 次の瞬間、凄まじい勢いで魔力が上へと吹き上がり、俺の体に余すところなく衝撃が襲い来る。

 

「ぐぅう──っ!?」

 

 これは、まるで全身を芯から這い回られているかのような……! 

 

 魔法陣から伸びた紫色の魔力光が、足から身体中に伝い、食い込み、蝕むように広がっていく。

 

 その感覚はまるで注射針を血管という血管に突き刺されているようで、血液が沸騰しているかのようで。

 

 

 

「ぐ、ぅあ、あぁあああああ────ー!」 

 

 

 

 やがて、異物感が臨界に達した時、俺は思わず絶叫を上げた。

 

 それは痛みからではない。むしろ妙に意識がはっきりとしていて、ふと胸の中心を見た。

 

 そこに収束していた魔力光の糸が魔法陣を描き、その中から青黒いものがにじみ出て──! 

 

 

 

 

 

キャハハハハハハハハ!! 

 

 

 

 

 

 そして、生まれた。

 

「くはっ!」

 

 刹那、魔法陣ごと光が消え失せ、俺は両手を床につく。

 

 入れ替わるように全身に大量の冷や汗が滲み出してきた。

 

「はぁ、はぁ……くそ、こんなにきついなら先に言えよ」

「わざとだ」

「だろうな……!」

 

 一体これまでに、何度こいつを殴り倒したいと思っただろうか……! 

 

 怒りを込めた目であいつを睨みつけていると、その視界に上から入ってくるものがいた。

 

「……虫?」

 

 ゆらゆらと、まるで揺蕩うように落ちてきたもの。

 

 それは青黒い芋虫のような、羽だけの生えた足のない昆虫のような、奇妙な何かだった。

 

 三角形に並んだ三つの青い目がギョロリとこちらを見る。

 

 そして、人のような白い歯を見せて三日月のように笑ったのだ。

 

キャハハハ オロカモノ オロカモノ

「……お前なのか」

 

 かつて体に巣食っていた時よりも甲高く、頭蓋の中で何重にも反射するような悍ましさもない。

 

 だが、その小さくも不気味な虫が、かつて美しき怪物から与えられた悪魔だとすぐに理解した。

 

「お前、どうして残ってたんだ?」

オマエ オイシイ  オマエ シラナイアジ  オモシロイ

「……つまりは、俺の悪意を食い足りないってのか」

 

 主人に似て、なんて食い意地の張った悪魔だ。

 

オマエ ヨワカッタ  オマエ ツヨカッタ  オマエ タノシカッタ  ダカラ クワセロ クワセロ

 

 言うや否や、答えも聞かずにそいつは俺の首筋にかぶりついた。

 

 避ける間も無く痛みが走り、苦悶に顔を歪めているうちに体内に入り込まれしまう。

 

「っつつ……少しは遠慮しろよ」

 

 

 

ヤドヌシ ヨロシク

 

 

 

 まったく、本当に蘇らせてよかったのか。

 

 他でもない英子の言いつけから聞かざるを得なかったが、実に不安な心持だった。

 

「用事は済んだな。んじゃ帰れ。さっさと帰れ。可及的速やかに帰れ」

「言われなくても帰るよ」

 

 立ち上がり、なおもこちらに振り向きもしないあいつをもう一度見る。

 

 しばらく見つめていたが、俺への興味を完全に捨てたあいつは何も言わなかった。

 

 それがムカついた訳でもないが、ふと疑問が口から漏れる。

 

「今度は、何を背負ってるんだ?」

 

 一瞬。音が止まった。

 

 それは本当に瞬く間よりも短くて、気がつくとあいつは答えることなく仕事を再開している。

 

 やれやれと呆れつつ、今度こそ背を向けて書斎を後にしようと歩き出す。

 

 

 

 

 

「ここは俺の作った新世界。そこで生きているお前達に決まった未来を押し付けた以上、責任がある。お前はお前の誓いを全うしろ、クソ勇者」

 

 

 

 

 

 今度は俺が足を止める番だった。

 

 後ろを振り返るが、そこにはさっさと出ていけと主張する背中とカリカリという音だけ。

 

「……この捻くれ者め」

 

 ぼそりと、あれこれ投げつけられた悪態へ一言だけ言い返し。

 

 

 

 

 

 俺は書斎(ユメ)を後にした。

 

 

 

 

 




あと何話かで終わります。


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それでも変わらないもの

覚悟ガンギマリ幼女とか、本編のクーネ王女の呼び方で笑いました。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

「……ん」

 

 

 

 ……朝か。

 

 随分と懐かしい夢を見た気がする。

 

「くぁ……案外ちゃんと眠れたな」

 

 起き上がってぐっと伸びをするが、骨も鳴らない。気分もスッキリしてる。

 

 戦士の国の最前線とはいえ、流石は来客用のベッドと言うべきか。

 

 女王達に感謝をしつつ、ベッドを出て身支度を整える。

 

 

 

ライキャク

 

 

 

「ん?」

 

 着替えをほぼ済ませた時、響いたシンセイの声に扉の方を振り向く。

 

 すると、見計らった通りにコンコンとノック音が響いた。

 

 上着を羽織り、念の為に仮面を持ちつつ扉の前へと赴く。

 

「はい、誰ですか?」

「お兄さん、クーネです。入れてもらえますか?」

「ああ、クーネ王女ですか」

 

 扉を開けると、そこにはクーネ王女が。

 

 しかし、彼女はいつものように笑顔ではなく、なぜか少し不満そうだった。

 

「どうかしました?」

「昨晩、お兄さんの部屋に入ろうとしたのに何故か扉も窓も完全に締め切られていました。さては何かしましたね?」

「ちょっと王女? 安眠妨害はやめましょうね王女?」

 

 シンセイに眠っている間のことを任せておいて良かった。

 

 むー、と言いたげに頬をふくまらせていたクーネ王女は、パッと表情を明るく変える。

 

「まあいいです。それよりもお兄さん、ちょっとお話があるんです」

「わかりました、どうぞ」

 

 彼女を部屋に招き入れる。

 

 テーブルと一緒に備え付けられている椅子を彼女に譲り、俺はベッドに腰掛けた。

 

 そして、こちらをニコニコとした顔で見てくるクーネ王女と真っ直ぐ向き合う。

 

 ……相変わらず()()()()()子だな。

 

「それでお話というのは?」

「はい。昨晩お伝えしようと思っていたのですが、意地悪なお兄さんのせいで話し損ねてしまったことです」

「はいはい、俺が悪かったです。で?」

 

 問い直せば、彼女は笑顔から一転して真面目な表情を作る。

 

 ようやく感じ取れる感情と外見が噛み合った。そんなことを思いながら意識を傾けた。

 

「お兄さん。昨日見た、この王都はどうでしたか? この国の人々はどうでしたか?」

 

 ああ……やはりそういうことか。

 

「素晴らしかったです。慈しむべき国、幸福であるべき人達だった」

「では……」

「ですがクーネ王女。()()()()()()()です」

 

 一言一句、最後まで本心のままに言い切った。

 

 何かを言いかけていた彼女は、少し息を呑んで固まり、その後に寂しげに笑う。

 

 きっとクーネ王女は、俺にこう聞きたかったのだろう。

 

 

 

 守りたいと思いましたか? と。

 

 

 

 ああ、守るべき人達だったさ。

 

 でもやはり、俺の答えは変わらない。

 

「俺は、ずっとここにいるわけじゃない。立場としても、俺自身の信念としても。全身全霊、血肉の一滴までもかけてこの世界の為に戦うことはしないんです」

「……できない、とは言ってくれないのですね」

「偽りの希望を見せることは、俺にはできませんから」

 

 できもしないことをできると言うことで、時に誰かを絶望に落としてしまうかもしれない。ならば正直に言ってしまおう。

 

 自分勝手なのはわかっている。けれど俺にも、帰りたい場所があるのだ。

 

「今の俺は傭兵です。一宿一飯の恩を返すためにこの力を全力で使いましょう。ですが、それ以上は期待しないでほしい」

「……お兄さんは、厳しいですね。大人です」

「こんな俺でも、幸いね」

 

 それきり、会話は途絶えた。

 

 

 

 

 しばし、部屋は沈黙に包まれる。

 

 複雑な表情で色々と考えているクーネ王女に、少しだけ申し訳なさを感じた。

 

 無鉄砲だった頃の自分が羨ましくなる反面、自分の決断は間違っていないとも思う。

 

 相反するその思いを抱えながら、俺は再び口を開いた。

 

「それで、クーネ王女は俺に何を頼みたいんですか? 改めて内容を伺いましょう」

「……え?」

 

 初めて、心底から驚いた顔を見ることができた。

 

 それが少し面白くて微笑んでしまうと、ハッとしたクーネ王女はまた何かを黙考する。

 

 すぐに答えは出たのだろう。俺のことを恨めしげな目で見上げてきた。

 

「……お兄さんは本当に意地悪ですね。これでもクーネ、一応王族ですよ? 偉い人なんですよ?」

「はは、振りかざす気のない権力で脅されてもね」

「まったく、もっと言い方はなかったのですか?」

「すみません、不器用なもので」

 

 悪知恵は働く癖に、と悪態をつくクーネ王女に俺は笑う。

 

 

 

 線引きを教えたのだ。

 

 命を賭けてくれとか、それに似通った類の頼み事は引き受けない。

 

 だが、それ以外であればできる範囲で最大限尽力する。そういう意図を伝えたかった。

 

 俺が先に突き放した意味を、この狡猾で愛らしい王女であればすぐに理解できると確信していた。

 

「それで? 俺への頼み事というのは?」

「……昨晩、勇者様と同じことをお話しました」

「そうでしたか」

 

 俺より使命感がまだ強そうだし、当然とも言えるな。

 

「彼はこの世界を守りたいと?」

 

 いいえ、とクーネ王女はかぶりを振る。

 

「クーネはこうお願いしました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

「それは……」

 

 王族としては随分と、勇気のいる提案だったことだろう。

 

 状況的にであれ、心理的にであれ、守るべき民を、人類を見捨てていいと許したのだから。

 

「勇者様は帰れる望みがあるようでした。逃げる道を持っていました。だから、勇者様が嫌う戦いを、殺し合いを強要するこの世界から逃げていいと、クーネはそう言いました」

 

 けれど、クーネ王女の目の中に後悔の文字は無い。揺るぎのない決意さえも感じられる。

 

「ただし。その時はお姉ちゃんも一緒に連れて逃げてください、とも」

「……彼女はやはり、限界なのですね」

「……はい」

 

 察していた。

 

 魂に住み着く悪魔を内に秘めているからか、モアナ女王の魂がひどく衰弱していることを感じた。

 

 妹として、それもこんなに幼いクーネ王女が、姉の身を案じないわけがない。

 

「王族として、クーネは失格ですよね。ええ、わかってます」

「…………」

「それでも、お姉ちゃんはもう限界なんです。天恵術を行使しすぎて、もう回復の見込みもありません。次に《黒王》と戦うようなことがあれば……」

「クーネ王女、そこまでで。もうそれ以上はいいです」

 

 言葉だけは淡々と。しかし小刻みに震えていた小さな握り拳にそっと触れる。

 

 二度も同じことを……愛する姉に死神が這い寄っていることを話すのは、相当に堪えるだろう。

 

 またハッとして、クーネ女王は「大人っぽく目ざといとこ、ずるいです」などと呟く。

 

「堪えられないんです。父も母も、兄も叔父も、従姉妹もみな死にました。この王宮にいる人達は家族のようなものだけど、それでも本当の家族は、クーネにとっての最愛は……お姉ちゃんだけなんです」

「失いたくないというその気持ち、よくわかります」

 

 だからこそ、二人しかいない王族という自覚があった上で戦士団に紛れ込んだのだろう。

 

 それほどまでの愛を、俺は知っている。持っている。

 

 だから責める気もなければ、むしろもっと気を許している間柄であれば賞賛すらしたいのだ。

 

「ね? だからクーネは所詮、〝王女のような何か〟なのです」

 

 大勢を斬って捨てることを悔いながら、それでも最愛を選ぶ少女。

 

 クーネ・ディ・シェルト・シンクレアという王族ではなく、ただのクーネという姉が好きな女の子。

 

 そんな彼女に、俺が言えることは一つだけだった。

 

「大丈夫です。俺も〝元勇者のような何か〟なので」

「なんですか、それ。ふふっ」

「冗談じゃないですよ。本当にもどきです」

「あははっ、やっぱりお兄さんはおかしなお兄さんです」

 

 可笑しそうに笑っている。純粋そうな笑い方だ。

 

 でも。

 

「けれど貴女は、()()()()()()なのですね」

「…………本当に、察しの良すぎる人ですね」

 

 ああ……その顔が全てを物語っている。

 

 真に彼女が俺と同じ愚者であれば、もっと違う顔をしたはずだ。

 

 

 

 

 クーネ王女は、大勢の命、命運、明日を見て見ぬ振りをして、たった一人の為に突っ走れる大馬鹿じゃない。

 

 そうした先、待ち受ける絶望の先頭に立ち、あえぎ苦しむ人々の怨恨や憎悪さえも受け入れて。

 

 さながら、彼女が操る天恵術《再生》のように。いつか人々の未来に再び希望が紡がれるまで耐えるのだ。

 

「たった一人で、できるとお思いで?」

「なんですか、子供だからって侮ってるんですか? ちょっと勇者様より年上だからって、からかうなら容赦しませんよ?」

「まさか、そんなことしませんよ」

 

 できるはずがない。

 

 

 

 だってその目は、俺がこの世で一番尊敬する大バカ野郎と同じ目だ。

 

 

 

 そう思って、しまったのだ。

 

 たった一瞬でも、一度でも、重ねてしまったから。

 

 

 

──キニイッタ

 

 

 

 奇遇だな、相棒。俺もだ。

 

「それで? 俺に何をさせようと?」

「クーネはこれでも慎重です。そして臆病です。だから保険をかけることにしました」

 

 言うやいなや、急にクーネ王女は飛びついてきた。

 

 一瞬驚いたが、努めて冷静に対処すると彼女を膝の上へと着陸させる。

 

 俺がちゃんと受け止めることを予期していたのだろう。

 

 顔を上げて見上げてきたクーネ王女はにこりと笑う。

 

「もしお姉ちゃんでも、勇者様がいてもどうしようもなくなった時。その時は、どうかお二人をお願いします。雇われ傭兵のお兄さんに、クーネはただそれだけを望みます」

「…………なるほど。保険、ですか」

「はい、保険です」

 

 そしてその保険が発揮される範囲に、やはりこの子は入っていないのだろう。

 

 強い子だ。そして悲運な子だ。傲慢にもそんなことさえ思ってしまう。

 

「どうですか? 引き受けてくれますか?」

「そうですね。あの頑固そうな二人組、特に一人はかなり厄介そうです」

「でも、お兄さんの方が強いでしょう?」

「まさか。俺は弱いですよ」

「またまたー、ご謙遜を」

 

 いいや、俺は弱い。

 

 旧世界で戦っていた誰よりも、きっと弱い。

 

「あのコウキを無理やり連れていく労力の代わりに、一つだけ注文をよろしいですか?」

「なんですか? はっ、まさかクーネのないすばでーをどうにかしようと!? いけませんよ、これでもクーネは王族──」

「まあ、あながち正解とも言えますね」

「ほへ?」

 

 でも、弱くてバカで不器用で、その上どうしようもないほど頑固だった俺でも。

 

 二度と同じことをしないと誓った今でも、譲れないものがある。

 

「もしも絶望的な状況になった場合、俺は彼らと一緒に貴女も連れて行きます」

「なっ!? ふっ、ふざけないでください、クーネの話を聞いてたんですか!? そんなことをしたらっ」

「そして貴女を、俺の世界で一番恐ろしい男の生贄にします」

「……へ?」

「娘の護衛役候補に、瘴気を使う《暗き者》という未知の存在が蔓延る世界……あとは俺が10年くらい絶対服従すれば、まあ今回の負い目もあって手を貸してくれるだろう、うん」

 

 俺一人に対してなら際限なく迷惑をかけるあいつだが、今回は英子を置き去りにしてきた。

 

 あいつはルイネさん、英子、そして愛子先生にはすこぶる弱い。当然雫には一番弱い。

 

 そこに驚異の隠密を誇る幼女と、研究材料になりそうな生命体も付け加えれば、まあすんごく嫌な顔で頷くだろう。

 

 あと、俺がそれを見たいってのもある。たまには昔みたいに迷惑をかけてやろうじゃないか。

 

「クーネ王女、覚悟をしておいてくださいね」

「な、何をですか?」

「邪神から何もかも搾り取って嬲り殺した挙句、実は異世界の人類を裏で支配してた男の手先になることを」

「いやそれ世にもおぞましい何かの類では!? お兄さんどんなバケモノと知り合いなんですか!?」

 

 はは、俺もわかんない。ほんと何なんだろうなあいつ。

 

「まあ、それは本当の本当に最終で最後の手段として。そもそも俺が請け負っていい責任の範疇を余裕で踏み潰してますし」

「いや、その選択肢があること自体がクーネには恐怖なんですが……」

「まあまあ。ですが……この世界にいる間、俺は貴女をこそ守りますよ。クーネ王女」

 

 彼女の大きな目がさらに見開かれた。

 

 そんな彼女に、俺は意地悪く笑ってみる。

 

「俺や、俺の親友や姉のような人、そして知人達にはね。一つ共通して決めてることがあるんです」

「決めてること、ですか?」

「──もしも大切な人全てを遠ざけてでも、大きなものを背負おうとする誰かがいた時。他の誰を、何を敵に回そうが、その人の味方になることです」

 

 二度とあんなことをさせはしないと、記憶を取り戻した全員がかつて誓った。

 

 そんな一人の身には余りすぎる大役を背負おうとするなら、今度こそ一緒に背負ってみせる。

 

 

 

 止めるのではなく、共に。

 

 

 

 期限は付くが、それでも同じ目をしたこの幼な子に俺はそうしてあげたい。

 

「なんなら、当代の《黒王》をコウキが倒すと決意するなら、それが達成されるまでは貴女のそばに居て、守り抜いてもいい」

「……お兄さんって、ロリコンですか?」

「生憎と、クラクラするほど大人の魅力に溢れた恋人がいますので」

 

 それは照れ隠しの言葉だったのだろう。

 

 俯くクーネ王女からは、羞恥のような感情を感じ取ることができる。

 

 最近、人と関わる時にこの技能を便利使いしてしまっているな。

 

「そもそも、お兄さんにもお迎えが来ると言っていませんでしたっけ?」

「今回に限っては、多少強気に出れますからね。しばらく滞在期間を伸ばすくらいはできるでしょう」

 

 代償として、しばらく英子のご機嫌取りと罪滅ぼしに追われることになるだろうが。

 

 まあ、それでこの子の力になれるというのであれば、俺の良心も満たされる。

 

「自分勝手ですね、お兄さんは。ちゃんとしようって、頑張ろうって決めたクーネにそんなことを言うなんて」

「そうですね。俺は貴女にとって、愛する家族にも頼れる仲間にも、忠実な臣下にも、それ以外の何者にもなれない。我儘で自分本意な、〝元勇者のような何か〟です」

「……でも、それだったら〝王女のような何か〟のクーネとむしろお似合いかもしれないですよ?」

「かもしれないですね」

 

 クスクス、と二人で笑う。

 

 それから手を何回か軽く叩かれたので、彼女を膝から隣に移動させる。

 

 俺は立ち上がり、彼女の前で跪くと影からヴァーゲを取り出して捧げる構えを取る。

 

「艶花を万敵から守るこの()、ひと時その勇敢な心に預けましょう。我が最愛が愛してくれた、愚か者(フール)の名にかけて」

「お姉ちゃんにもう剣を預けてるのに、ですか?」

「まあ、結果的に力を貸すことに変わりはないですから」

「ふふ、口が上手いですね──はい。仕方がないので、クーネを守らせてあげます。どうかよろしくお願いしますね、お兄さんっ♪」

 

 内心に含むような悪意は感じない、どこか声音から嬉しさを感じる返答だった。

 

 結構なことを言った自覚があったので、顔を上げた時微笑むクーネ王女がいたことに安堵した。

 

 

 

 

 もう一度立ち上がったところで、ノック音が二回。

 

 タイミングを見計らっていたようなその音にクーネ王女と二人で振り向きながら返事をする。

 

 扉が開かれ、顔を出したのは何故か普段よりも柔らかく笑うスペンサーさんだった。

 

「フール殿、それにクーネ様も。朝食の準備ができましたので、お呼びに参りました」

「ありがとうございます」

「丁度良かったです。いきましょうか」

 

 ベッドから飛び降りたクーネ王女が真っ先に部屋を出ていく。

 

 ヴァーゲを鞘に収めた俺も後に続き、スペンサーさんの横を通り過ぎた。

 

 

 

「クーネ様のこと、どうかよろしくお願いします」

「……はい、誓った以上は必ず」

 

 

 

 短いその小さな言葉は、先をゆく彼女には聞かせなかった。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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アークエットへと

 
久々にっと。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 中庭に当たる場所でヴァーゲの素振りをしていた所、モアナ女王に呼び出された。

 

 

 

 使いの兵士に案内され、執務室に行くと既に要人は出揃っている。

 

 モアナ女王にスペンサーさん、クーネ王女にコウキ。

 

 そして今にも砕け散りそうな老人。筆頭文官のブルイットさんといったか。

 

 もう一人、理知的な印象を受ける男がいた。

 

「おや、貴方が噂の傭兵殿ですか。私はリンデン、戦士団の筆頭術士を預からせていただいております」

「フールと申します。以後お見知り置きを」

 

 簡単に挨拶を交わす。爽やかな笑顔はそれだけではないものを感じさせる。

 

 なるほど、中々用心深そうな人だ。

 

「お兄さんも来ましたよ、お姉ちゃん」

「お待たせしました。それで、何か異常事態でも?」

「うむ。では単横直入に本題に入ろう」

 

 

 重々しい声音で彼女が取り出したのは、開封済みの手紙。

 

 どこからの書状か。どこかの紋章の刻印に俺とコウキ以外の全員が表情を固くする。

 

「これは先ほど到着したアークエット領の使者が持ってきた書簡だ」

「それは?」

「お兄さんと勇者様には、昨日この大陸のことをお教えしましたよね? アークエット領は、砂漠のない西の領域の中で最もこの国に近い領で、食料をはじめとした様々な物資を王都へ運び込む上での重要な場所なんです」

「同時に、領自体が広大な穀倉地帯を有す、国一番の食料庫でもある」

「なるほど……戦線の要というわけですね」

 

 そんな場所から届いた、見るからに尋常でない内容だろう書簡。

 

 これが何を意味するのか。部外者の俺でも既に悪い予感を感じてしまう。

 

「陛下、その使者は?」

「この書簡を届け、領の状況を簡単に説明し終えた途端に倒れてしまった。今は別室で休ませている」

「二日はかかる道程を、休憩もなしに一日で走破してきたようじゃの。無理をするわい」

「それはまた……」

 

 女王と筆頭文官、二人の言葉にリンデンさんと同時に眉根を寄せた。

 

 ますます只ならぬものを感じるが……

 

「領主ロスコーの報告によれば、穀倉地帯の一部が枯れ果てたらしい」

「枯れ果てた……」

「っ、それは……」

 

 ドーナルさんが何かを言いかけ、慌てて飲み込むように口を噤んだ。

 

 ありえない、とか、不可能だ、とか言おうとしたのだろう。

 

 何故ならそれは、《暗き者》達の仕業かもしれないから。

 

 

 

 

 昨日の話では、この砂漠地帯と王都こそが緑地を守るための城塞であり、箱庭だ。

 

 北の海と南の山脈にも厳重な警戒態勢が敷かれていると言っていたし、恩恵術で迅速な報告もされると聞いた。

 

 それなのに、あっさりとそれらを飛び越えて、西の地の一部が侵攻されたかもしれない。

 

 つまり、国の背後に刃が忍び寄っているかもしれないということでもある。

 

 あり得るはずがないと言いたくなるのも頷けることだった。

 

「以前からその兆候が?」

 

 確認のために尋ねると、モアナ女王は重々しく頷く。

 

「作物の成長が遅いという報告はあった。土地の地力が衰えていると考え、ブルイットと相談していずれクーネを派遣しようとしていたのだが……」

「その前に今回の事態になってしまったと……《暗き者》の存在は?」

「今のところ確認されてはいないが……だからといって無関係と切り捨てるのも、な」

 

 ……きな臭いな。

 

「早急な対応と、原因の究明が必須だ。穀倉地帯だけでも大打撃だが、それが転じてアークエットそのものを滅ぼしてしまうような事態ならば、いよいよ目も当てられん」

 

 的確な判断だ。さすがは年若くして国一つを維持するだけはある。

 

 しかし、どうしても何かが俺の中でしつこく引っかかっていた。

 

「ということで、クーネ」

「はい、クーネがアークエットに行ってきて、穀倉地帯をなんとかしてきますっ」

「……一つ、意見をよろしいでしょうか」

「何かな、フール殿?」

 

 全員の視線がこちらに向く。特にコウキの目線は、好意的ではない意味で強烈だ。

 

 いや……昨日とは少し違う、か? 

 

 まあいい。会議の結論を待たせていることだし、早急に話してしまおう。

 

「これが罠である可能性は、当然陛下であれば考えていらっしゃるでしょうが」

「ああ。それでもアークエットを見捨てることはできない」

 

 そうだろうと思っていた。彼女は民をこそ第一に想うタイプの為政者だ。

 

 

 

 

 昨日見た王都の様子を見るに、おそらく物資を生産する場所は一つではないのだろう。

 

 アークエット領が最大というだけで、万が一そこが失われたとしても別の場所があるに違いない。

 

 ただ、どうしても王都は一時的に傾く。

 

 モアナ女王が泉へやってくることは《暗き者》達に漏れていた。つまり、王都から先導者を欠くような状況を敵は望んでいる。

 

 そこにこのアークエットの事態……どうにも怪しい。

 

「おい、結局何が言いたいんだ?」

 

 っと、考え込んでしまった。コウキがしびれを切らしている。

 

「これはあくまで想像の話ですが……もしも今回のこの事態が、モアナ女王、あるいは《再生》の天恵術を持つクーネ様を狙ったものだとしたら?」

「つまりフール殿はこう言いたいのか? アークエットにて《暗き者》達が待ち構えていると」

「一定以上の数がいる可能性は低くないと考えています」

 

 方法などいくらでも考えられる。

 

 例えば、エボルの持つ空間転移や、南雲のゲートのような超常的な移動方法。

 

 例えば、監視の目や恩恵術といったものを欺く力を持つ隠密に特化した《暗き者》。

 

 

 

 例えば──人類側の誰かが暗い未来に絶望し、裏切っていたり、な。

 

 

 

 まあ、最後のはあまり考えたくはないが。人というのは善性だけで出来てはいない。

 

 状況によってはどうにでも変わってしまえるのが、人という生き物だ。

 

「ですがお兄さん、クーネが行かないとアークエット領が……」

「わかっています。俺に陛下の決定に反対するような意思はありません。ただ、アークエット領で何かが起こる──その前提意識をある程度強く持っておくべきかと」

「ふむ……わかった、意見感謝する。ブルイット」

「アークエットの情報を今一度精査する為、隣接する領と監視部隊へ人員を送るべきじゃな」

 

 ブルイット老の言葉に、部屋の全員が深く頷く。

 

 俺はぽっと出の人間の意見が加味されたことに、安堵で胸をなでおろす思いだった。

 

「護衛はどうします? 近衛から?」

「ああ、そうしよう。情報の漏洩のことを考えると、私はおいそれと陛下の傍を離れることはできないが……そうだな、副隊長とリーリンを筆頭に部隊を編成しよう」

 

 スペンサーさんは動けないか。王都の防衛も鑑みるに各団長も同様だろうな。

 

 俺もつい今朝方クーネ王女にああ約束したばかりだ。ここは声を上げておこう。

 

「モアナ女王、俺も護衛隊に参加することを許していただきたい」

「む、それはありがたい申し出だが。良いのか?」

「ええ。いざという時は鉄砲玉になれる傭兵は、こういう事に適しているでしょう?」

 

 無論、別世界で命を散らす気など毛頭ない。

 

 だが、もし危惧するような事態になったとしても、クーネ王女を無傷で連れ帰る程度はできる。

 

 逆に言えばそれが限界なのだから、俺という個人の力の小ささには少々呆れてしまうが。

 

「わかった。よろしく頼む」

「全力で働かせていただきます」

 

 クーネ王女の方を向き、小さく頷く。

 

 彼女は今朝方のことを思い出したのか、ちょっと悪戯げに笑った。

 

「っ、……」

 

 ……悪意感知に反応。出元はコウキか。

 

 

 

 

 疑念。そして嫉妬。

 

 俺のことを深く疑っているのだから当然だ。昨日の会話ではむしろ警戒させるだけだった。

 

 そこに混ざる、少しの羨みのようなものは……正直なところよくわからない。

 

 彼が羨むようなものは、俺は何も持っていないはずなのだが。

 

 

 

ドウスル? ドウスル? 

 

 

 

 俺というよりも……彼女がどう出るかだな。

 

「加えてだ。光輝、これは私個人の希望なのだが……君もクーネの護衛隊に参加してはくれないか?」

「え? 俺もですか?」

「何?」

 

 まさか、嘘だろう? 

 

 それは俺にとって予想外すぎる提案だった。

 

 勇者であるコウキと、対外的には素性の知れない正体不明の傭兵でしかない俺。

 

 このわかりやすいシンボルが人々にどう影響を与えるのか、彼女なら理解できないはずもない。

 

 だからこそ、コウキを安全性の高い王都に残すための提案でもあったのだが……

 

「フール殿の言う通り、未知の敵が潜んでいる可能性はあるだろう。その時光輝の戦闘能力や異世界の魔法、何より〝瘴気の影響をほとんど受けない〟という特性は非常に心強いのだ。もちろん、光輝の意思を尊重するが……どうだ?」

「ま、待ってください。クーネは反対です。勇者様は安全な王都にいてもらったほうがいいです。お兄さんだけで充分ですよ」

 

 姉を守ってほしい、そうコウキに頼んだクーネ王女がいの一番に反論した。

 

 それは俺の意見でもあるのだが……いや。

 

 まさか、もしかすると……そういうことなのか? 

 

「女王陛下」

「何かなフール殿?」

「それは……コウキのためですか?」

「「え?」」

 

 揃ってコウキとクーネ女王が声をあげた。

 

 女王もわずかに目を見開き、俺は仮面越しにじっとそれを見つめる。

 

「いやはや、フール殿に先を越されてしまいましたなぁ」

「ドーナルさん?」

「陛下。僭越ながら私からも意見をよろしいか」

「なんだ、ドーナル」

 

 目線を向けられた戦士長は、一度コウキの方に気遣うような目線をよこしてから。

 

「先ほど模擬戦を行なった限りでは、どうにも光輝殿は……戦いというものに強い忌避感を持っておられるようだ」

「っ……」

「最初は実戦でない故かと思いましたが、そうではない。武器を振るう、つまりは命を奪うことを……彼は拒んでいるように思う」

「……うむ」

 

 重々しく、女王は頷いた。

 

 コウキが居心地が悪そうに体を揺する。

 

 訓練場に早朝から行っていたのは知っていたが、そんなことがあったとは。

 

「しかし王都では、嫌が応にも勇者である彼には期待が高まってしまうでしょう。それは戦うことに消極的な光輝殿には重いでしょうな」

「そんな、ことは……」

 

 ないとは、彼は言い切ることができなかった。

 

 同時に吹き上がる不安や恐怖。

 

 本当ならば、すぐにでも逃げ出したいという心情が手に取るようにわかる。

 

「だからこそ陛下は、その影響が少ない場所に光輝殿を生かせられるこの機に領地を見回ってもらおう……そう考えたのではないですか?」

「…………」

 

 言葉でこそ答えなかったが、女王の困ったような表情が全てを物語っていた。

 

 

 

 

 彼の言葉はまた、俺の予想していた内容通りでもあって。

 

 この部屋に来てから感じていた、昨日に比べても増していたコウキの心の不安定さ。

 

 俺より深く話し合ったのだろう。女王のそれは明らかに気遣いそのもので。

 

「でも、でも勇者さまは……」

「クーネ。わかっているのだろう? 光輝はこの世界になんの義理も責務もない。だというのに我々は無責任にもそれを押し付けようとしている。それはいけないことだ」

「…………」

「クーネも、そんなことはないと光輝に伝えたくて、昨日はあんなことをしたんじゃないのか?」

 

 諭すような声音。包み込むようなその弁舌に、クーネ王女はキュッと口元を引き結ぶ。

 

 なんだかんだと姉には勝てないというやつか。ドレスの裾を握った彼女は俺の方を見てきた。

 

 …………仕方がない、か。

 

「シンセイ、影狼はどの程度の距離までなら俺から離れても平気なんだ?」

「え?」

 

 

 

50キロ ソレガゲンカイ

 

 

 

「そうか、結構な距離だな……モアナ女王。アークエットはアロースで休み無く走れば、一日で到達できる距離なんですね?」

「ああ、そうだ」

「わかりました。では──影狼をクーネ女王の護衛に。俺は王都に残らせていただきたい」

 

 何人かが息を呑んだ。

 

 最初にコウキ。次にクーネ王女。他は感心したり、悩ましげに唸ったりとそれぞれだ。

 

「ふむ……あの狼は、完全に制御できるのか?」

「先ほどまで色々と試みていたのですが、俺の魔力を持つ人間が制御すれば問題ありません。つまり……」

 

 俺や女王達は、自然と彼に目線を向ける。

 

 俺と同じ魔力を持ち、なおかつクーネ王女の護衛としてついていく人物。それは一人しかいない。

 

 こちらを若干怪しげに睨んでくるコウキに歩み寄り、俺は……腰に下げていたヴァーゲを差し出した。

 

「これで操れる。クーネ王女を守ってくれ」

「……俺に、預けていいのか?」

「君は俺だろう? なら信じるさ」

 

 そう言うと、コウキはしばらく思い悩むような顔をした。

 

 様々な葛藤や、根強く消えない俺への疑念をぐるぐると混ぜ合わせながら思考する。

 

「……見もせず、聞きもせず、感じもしないで、答えは見つからない、か」

 

 やがて。

 

「……もし俺がいない間、モアナ女王達に何かあったらただじゃおかないぞ」

 

 そんな脅しをかけながらも、コウキはヴァーゲを受け取った。

 

「もちろん、必ず守と約束しよう」

「必ずだぞ」

 

 答えつつ、クーネ王女の方にも仮面越しに目線を向ける。

 

 人の意識を読むことに長ける彼女はちゃんと気づいて、驚きながらも呆れたように微笑んだ。

 

「モアナ女王。俺も、護衛隊に参加します。そして……この世界の他の場所や人達を、もっと見てこようと思います」

「ああ、そうしてくて。そして光輝がどんな風に感じtなおか、どんな結論に至ったのか……帰ってきた時、定まっていたら教えてほしい」

「はい」

「よし、方針が決まったな。それでは各自、くれぐれも頼むぞ」

 

 かくして、アークエットにて事態は動いていく。

 

 

 

 よもや、あのようなことになるとは……俺もコウキも、予想だにしていなかった。

 

 

 

 





安易に二人とも行かせるのもどうかと、初期案から変えましたとさ。

読んでいただきありがとうございます。


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愚者と勇者

今回は光輝とコウキが話し合います。

ややこしいですね。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 それは、今まで体感したことがない恐怖だった。

 

 

 

 もう一人の自分。

 

 並行世界というSFじみた場所からこの世界に迷い込んだ、別の天之河光輝。

 

 自分を模した存在であれば、トータスの七大迷宮で対峙したことがある。

 

 ……その甘言に惑わされて、南雲にも香織達にも多大な迷惑をかけることになってしまったが。

 

 ともあれ、それとは似て非なるもの。

 

 完全に異なった、別の自分。意思と知性、魂を持った一人の人間。

 

 それと相対した事は、凄まじく奇妙で、恐ろしい事だったのだ。

 

 

 

 

 ドッペルゲンガーという怪異を地球で聞いたことがある。

 

 自分と全く同じ姿をした怪物で、一目見た人間は発狂死するという。

 

 きっとそれは、自分という存在が唯一のものではないという事実に耐えられないからなのだろう。

 

 幸いにも、その天之河光輝は俺とは全くの別人といってよかった。

 

 年齢も性格も、持っている力や──その胸に秘める信念さえも、全くの別物。

 

 だからこそ、かろうじて自分は自分であるという認識を破壊されずに済んだけれど。

 

 それでも、そんな根本的な恐怖とは別に。

 

 

 

 俺は、どうにもあの自分が恐ろしかった。

 

 

 

「──さま? 勇者さまってば!」

「うわっ!?」

 

 耳元で叫ばれて、深く思考の渦に沈み込んでいた意識が反応する。

 

「あ、く、クーネ様?」

「もう、やっと難しい顔をやめましたね。こーんな顔してましたよ、こんな顔」

 

 眉根を指で寄せるクーネ様に、思わず苦笑いしてしまう。

 

 彼女だけでなく、スパイクさんやリーリンさん、侍女のアニールさんもこちらを心配げに見ている。

 

 どうやら気を揉ませてしまったらしい。

 

 せっかくアークエットへ移動中の貴重な休憩、それも雑談中だったのに申し訳ない。

 

「すみません、少し考え事をしていました」

「ふむふむ。ズバリ、お兄さんのことですね?」

「うっ」

 

 どうして分かったのだろう。これも人の意識を読むのに長けるが故か? 

 

 そんな事を思いながら、俺は彼女の姿を飛び越えてその後ろを見る。

 

 

 

 そこには、真紅の瞳を輝かせる黒狼が寝そべっている。

 

 

 

 恩恵術で守られた四つのテント、それらを警備する護衛隊の人達。

 

 その中心であるこの焚き火を守るように鎮座する、剣を背に刺す影の巨狼。

 

 そいつはじっと俺達を──正確には、守れと奴に命令されたのだろうクーネ様を見ていた。

 

「勇者さま? どこを見ているのですか?」

「い、いえなんでも。それよりもスパイクさんは、スペンサーさんの養子なんですよね……?」

 

 途中で思考に没頭し、中断してしまった話を無理矢理繋ぐ。

 

 クーネ様達は若干不審げだったものの、問題ないと思ったのかスパイクさんが頷いた。

 

「はい。《暗き者》との戦いの最中で両親を失った私を、幸運にもスペンサー様が剣の才能を見出し、養子にと迎え入れてくださったのです」

「そうだったんですね……その……」

「ああ、気遣いは無用です。こういった事は、この世界では珍しいことではありません」

 

 彼は本当に含むところがないとわかる、落ち着いていて朗らかな笑顔を浮かべる。

 

 大切な人を失った──その言葉が、俺があいつのことを今思い出したきっかけでもあった。

 

 

 

 

 スパイクさんは二四歳。鍛え抜かれた体に纏う風格は、まさに一流の戦士のもの。

 

 切長の瞳の奥にある鋭さは、スペンサーさんとよく似ていた。

 

「全く勇者さまは、デリカシーというものがありませんね。ええ、クーネはそう思います」

「うぐっ」

「クーネもお姉ちゃん以外を無くしてますし、アニールはおじいさんを、リーリンもお母さんを先の戦争で亡くしているというのに。ああ、本当に勇者さまときたら!」

「すみません、デリカシーがないとよく言われるんです、本当すみません!」

「ふふん、いいでしょう。クーネは心が広いので許します。しかし、ただとはいきません」

 

 では何をすれば? とみれば、彼女は手に持っていたカップを無言で差し出してくる。

 

 そこになみなみと注がれている、湯気立つものはパル茶。

 

 パルルの実なる、栄養価の高い保温効果のある木の実を使ったもので、砂漠の夜には必須。

 

 しかし苦い。それなりに成長した俺でもそう感じるのだから、クーネ様の子供舌には難敵だろう。

 

 仕方がない。飲む必要があるものだが、失言をしたのは俺なのだし。

 

 

 

 グルル……

 

 

 

 手を伸ばしかけた瞬間、唸り声が聞こえた。

 

 全員揃って肩を跳ねさせる。そしてこちらをじっと見張る影狼を見た。

 

 重ねた前脚から頭は上げていない。どうやら偶々声を出しただけらしい。

 

「……びっくりしました、まさかお兄さんに怒られたのかと」

「いや。操作はできても、意識を飛ばすようなことはできないってあいつは言ってましたよ」

「お兄さんは捻くれ者ですからねー。ほんとかどうか……」

 

 やけにあいつに懐いてるんだな……そんな事を、ちょっと複雑な気持ちで考える。

 

 と、その一瞬のうちに背後に回り込んだアニールさんによって、クーネ様の両頬が捻りあげられた。

 

「い、いひゃいいひゃい! あひーふ!」

「謝罪にかこつけて、苦手なものを押し付けようとするんじゃありません。それにデリカシーに欠けているのはどちらですか」

「ごめんひゃひゃいっ、あひゃまりまふ、あひゃまひますから、ほっへひゅーはやめてくらはい!」

 

 涙目で体をばたつかせるクーネ様に、俺は目を瞬かせる。

 

 この国の人達が互いに気さくなのは知っているが、仮にも王族なのに平気なのだろうか……? 

 

「ご心配なさらずとも平気ですよ。アニールはモアナ女王とクーネ様に幼少から仕えていて、もう1人の姉妹のようなものですから」

「な、なるほど……」

 

 納得がいった。だからこそあそこまで親しげに接することができたのだろう。

 

 聞けば、アニールさんのご祖父は先代の筆頭術師。一代前の王からも信頼の厚い人物だったそうだ。

 

 その人は現筆頭術師リンデンさんの師匠でもあるとか……しかしそうなると、アニールさん自身はどうなんだ? 

 

 今もここにいるリーリンさんは、リンデンさんの娘であり、一流の術師だと聞くが。

 

 

 

 

 実は、あれか。

 

 南雲がリリアーナの護衛の為に配備した、某戦闘メイド達のごとく実は超強い侍女だったりするのか。

 

 あの全身に暗器満載の、魔王と首刈りバニー達の英才教育を受けた彼女達のようなのか。

 

 そんなことを思いながら見ていると、アニールさんが苦笑いする。

 

「私は術士団に入れるほど、才能がなかったんですよ」

「そ、そうだったんですね……」

「ふふ。なんだか難しい顔が板についてきてしまいましたね、勇者様は」

 

 でも気にしないでくださいと、彼女は言う。

 

 クーネ様の顔から手を離した彼女は、それからどこか遠くを見て語り出す。

 

「幼い頃は、私もお爺様のように立派な術師になることが目標でした。どんな敵にもひるまず、背中にいる王族を、仲間を、民をその力で守れる──そんな存在に」

「……守る存在、ですか」

「はい」

 

 こちらに向き直った彼女は、少し照れ臭そうに笑いながら。

 

「祖父は、私にとってのヒーローだったのですよ」

「──っ」

 

 

 

 ふと、脳裏に祖父の顔が思い浮かぶ。

 

 

 

 天之河完治。

 

 俺にとってのヒーロー。俺にとっての理想。いつか追いつかんとした憧憬の形。

 

 そして今は──何よりも遠く、あまりに眩しく目を伏せてしまう、届かないもの。

 

「……どうやって」

「はい?」

「どうやって、諦められたんですか?」

 

 俺は目をそらすことしかできなかったその事実を、どうしてあんなに穏やかな顔で語れるのか。

 

 何故前を向けたのか──それは、俺とは全くの別人になったあいつのことをも想像したからかもしれない。

 

「理想の自分になれなくとも、人生は続きますから」

 

 静かで、けれど強い声音だった。

 

 諦観でも失意でもなく、俺には理解し得ないような熱のこもったものだった。

 

 だから俺は……何も言えなかったのだ。

 

 

 

 

 その後も、様々な話をした。

 

 実直で素直な性格のスパイクさんが、思ったままのことを口にして多くの女性が口説かれたと勘違いしていたことだったり。

 

 リーリンさんが思ったよりも過激というか容赦がないというか、戦士気質なことだったり。

 

 そんな彼女は、戦うために生まれてきたと。そう確信を込めた言葉で俺に言ってきた。

 

 心の底からそう自負する姿勢が、見目麗しい彼女の外見以上に魅力的に思えて、「格好いい」などと言ってしまった。

 

 それにはにかむ彼女に、すぐさまクーネ様が反応したりと……まあ、楽しい時間だった。

 

「守る為、戦う為……自分の意思を貫く、か」

 

 そして、皆が寝静まった頃。

 

 煌々と輝く火の消えた焚き火の前で、俺は一人座り込んでいる。

 

「みんな、癖が強いけど……でもまっすぐだったな」

 

 俺にはないものを持っている。

 

 モアナ女王を筆頭に、この世界に来てから接してきた人々皆に思ってきたことだ。

 

 そしてその出会いは、ある場所で止まっていた俺の心に何かを流し込んでいた。

 

 不思議な感覚だ。

 

「……もしかしたら、お前と話せばこの感覚にもはっきりと名前がつくのかもな」

 

 そんな冗談めいたことを言いながら、俺はなおもそこに鎮座する巨狼を見る。

 

 

 

 

 すると、あちらも初めて頭をもたげ、こちらを見てきた。

 

 ぱちくりと目を瞬かせると、じっと赤い瞳で俺のことを見ていた巨狼は──

 

《それはきっと、お前自身が形を定めるものじゃないか?》

「──っ!?」

 

 思わず身構えた。

 

 立ち上がって腰の聖剣に手をかけると、巨狼は意思無き使い魔らしからぬ笑みを浮かばせる。 

 

《大袈裟だな》

「お前、まさか俺か……!?」

《お前もそれじゃあややこしいだろう? フールって呼んでくれ》

「いやっ、呼び名なんかどうでもいい! 意識を飛ばすことはできないんじゃなかったのか!」

 

 テントの中にいるクーネ様達を起こさないよう、小声で詰問する。

 

 すると、大きな身体を持ち上げた巨狼──フールは俺の前まで来て、焚き火を囲むようにまた寝そべる。

 

《今日一日練習して、どうにか会得した技術でな。魔力のパスを通じて、肉体から一時的に魂を同期させてるんだ》

「今日一日、って……そんな技術を、たったそれだけで?」

《勿論、色々と制約はある。俺の肉体は眠っていて完全に無防備だし、こうして話せるのも同じ魂を持つお前だけだ。何より三十分と持たない》

 

 ……それでも凄まじい力だということを、事もなげに言うこいつは理解してるのだろうか。

 

 戦慄を感じながらも、攻撃的意思はないようなので俺も臨戦体勢を解く。

 

 それでも心に一定の警戒心は持ちつつ、椅子に座りなおした。

 

「……それで、どうしてここに?」

《前に言っただろう、ちゃんと話をしようと。なんだかんだで腰を据えて話し合う機会がなかったからな》

「みんな寝静まった今がちょうど良い、ってわけか」

《理解が早くて助かるよ》

 

 その時、フッと奴は消えた薪に向けて息を吹きかける。

 

 すると巨狼の口から吐き出された黒い炎が飛び、新たな火種となって燃え始めた。

 

 それから、奴は知性を湛えた赤い瞳で俺のことを見てくる。

 

《悩んでいるみたいだな、色々と》

「……お前には、子供っぽく見えるんだろうな。俺の葛藤なんて」

 

 思わず拗ねたような口調で、そっぽを向きながら悪態をつく。

 

 俺にはない力を持ち、信念を持ち……俺よりも大人なこいつが、どうも苦手というか。

 

 とにかく、馴れ合いたくないと思ってしまう。

 

《まさか。むしろそこまで色々な事情を抱えて、複雑な心境の中葛藤できることに感動すらするよ》

「……嫌味か?」

《本心だ。だって俺は、もうとっくの昔に〝悩む〟なんて選択肢は奪われたからな》

 

 

 

 ──君は愛する人を救うことになった時。その為に相手を殺すことができるか? 

 

 

 

 ふと、以前質問をして正体を確かめようとした時の言葉が蘇る。

 

 俺への挑発か、揶揄いのようなものだとばかり思っていたが……今思うと別の何かも感じている。

 

 何か、別の答えを探しているような……自分にはない何かを求めるかのような。

 

 

 

 

 そう思ったせいだろうか。気がつけば俺はこんなことを聞いていた。

 

「どうして、そのやり方を選んだ?」

《ん? それは前に聞いた質問についてか?》

「ああ。なんでお前は……その人を、手にかけるなんてことができた?」

 

 以前は怒りと正義感に似せた何かから、感情に任せてぶつけた言葉だった。

 

 けれど今は、純粋にその理念を知りたい。そんなふうに思いながら、こちらを見る赤眼を見返す。

 

 すると、黒い火に視線を移した巨狼は、しばらくしてから鼻を鳴らす。

 

《そう彼女が望んだから、かな》

「じゃあ──」

《でもきっと、それはただの言い訳さ。俺の力が足りなかったことへの免罪符でしかない》

 

 別のことを望まれたら答えたのか、という続きの言葉を寸前で呑み込んだ。

 

 だって、その瞳の中に……とても見覚えのある、どうしようもない後悔と失望が見えたから。

 

《紆余曲折あって、今でこそ彼女は生きている。俺をあの腕の中に絡め取り、あまつさえ身も心も求めてさえくれている》

「…………命を奪ったのに、か?」

《ああ、そうだ。…………彼女にとって、あれは救いだった。愛だった。極上のご馳走だった。そう笑顔で語るけど、でも俺は、まだあの時の自分がどうしても許せないままなんだ》

「──っ!」

 

 

 

 命を奪うことが、救い。

 

 

 

 そんな価値観は、俺の中に一片も存在していなかった。

 

 かつて、恵里の魔法で操られ、エヒトの人形に成り下がり、死に物狂いで助けに来た幼馴染達が叱ってくれた。

 

 その時に、俺ばかりが正しいなんて、そんな我が儘は通じないことをようやく認めらた。

 

 だからこそ……俺の知らない救いが、希望が、愛があるのだと、心底驚いた。

 

「それじゃあ……一番大切な人の命を奪ったから、他人の命を預かることなんてしないっていうのか?」

《そう考えた頃もあったけど、今は違うな》

「何故?」

 

 そう問いかけると、奴は狼の顔で苦笑を浮かべて。

 

《だってそれも、結局は自分が何もしない為の言い訳じゃないか》

「何も、しない為の……言い、訳……」 

《そんな誤魔化しは、もう二度としないと決めた。自分というどうしようもない人間と、決して偽らずに向き合っていこうと誓った。そうしないと……きっと、彼女の側にいる資格さえも失ってしまう》

 

 たとえ他のどんなものを見捨て、あるいは自らの手で壊しても、それだけを失うのは恐ろしい。

 

 苦悶と懊悩、葛藤と寂寥に塗れた声が、俺の頭の中に髄まで染み込むように響き渡っていく。

 

 呆気に取られていると、奴は使い魔を通して、一度も見たことのない顔を向けてくる。

 

《改めて、すまなかった。俺自身が答えを出し切れていないことを、自分のことで手一杯な君に八つ当たりして。大人気なかったよ、本当に反省してる》

「…………まあ、俺も色々お前に言ったし、やったからな。おあいこってことで」

《そう言ってくれると助かるよ》

 

 ちょっと気が楽になったように笑った。多分俺も同じ顔を向けている。

 

 それから奴は……あいつは、また炎を見つめながら、真剣に表情を引き締めた。

 

《でも、だからこそ。これだけは俺の中で信じられる。貫ける》

「…………」

《何もかも中途半端で、無責任で、無力な俺だけど……彼女の心を救えた。たった一つのその奇跡が、俺という人間に生きる為の力を、道標を与えてくれた》

 

 だから、その人の側にいて、一生守り続けるのだと。

 

 この唯一の願いを、傲慢を叶える為ならば、全力であらゆる困難に臨もうと。

 

 これまでどこか俺に似通っていたものとは違う──そう、アニールさん達のような目で。

 

 

 

《いつか、俺が彼女を受け入れるにふさわしいと、自分自身に胸を張れるように。俺は頑張るよ》

 

 

 

 それは、やっぱり俺の求めていた答えとは、もしかしたらと期待した未来の姿ではなかった。

 

 酷く悪い言い方をすると期待外れだったけど……でも、ああ、なんて。

 

 なんて、まっすぐで目が眩むような、血と汗と願いに塗りつぶされた、赤い光なのだろう。

 

《君は、どうしたい?》

 

 あいつは、こちらに振り返って問うてくる。

 

 優しく、まるで人生の後輩を見るような慈しみに満ちた目で。

 

《きっと君も、酷い失敗をしたのだろう。顔を上げたくなくなるような後悔をしたんだろう》

「……俺は」

《でも、彼女も言っていただろう? 続くんだよ、人生は。だから持たざるをえない。決して譲れない、たった一つの何かを》

 

 

 

 

 

 

 

 君はそのたった一つに、何をはめ込むのだろうね? 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉が、深く胸の奥まで溶け込むような気がした。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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悪意の胎動

思ったよりも早く出来た。アフターなのに。


20話まではいかないくらいで終わらせたいなぁと思いつつ、今回もどぞ。


 

 

 

 

 翌日、正午の少し前にコウキ達はアークエット近郊へ到着した。

 

 

 

 それは一目でわかった。

 

 一際大きな砂丘を越えた時、それまでとは一変して見渡す限りの大草原と緑の山々が現れたのだ。

 

 呆気に取られ、また感動するコウキにクーネ達は微笑ましげな反応をし、彼が恥ずかしそうにしたのは言うまでもない。

 

 その後、一時間ほど西へ向かうと、ついにその都へと到着する。

 

 イヴァナ=ボルジャー率いる自警団に迎えられ、アークエットへと迎え入れられた一行。

 

 早々に領主ロスコーの館に案内され、そこで領主夫妻と対面。

 

 挨拶もそこそこに、事情を聴取する運びとなった。

 

「では、穀物の一部が突然前触れもなく枯れ果てたと?」

「はい。まるで削り取られたように、ぽっかりと……」

 

 紳士然とした中年の男──ロスコー=アークエットは、深刻な表情でクーネに頷いた。

 

 その隣では妻のシーラ=アークエットが、普段は意思の強そうな目元を不安げに緩ませている。

 

 その二人の様子は、コウキの目にも一目でいかに切羽詰まっているのかが明白だった。

 

「それも一つではなく複数、ということですか……」

「単に大地の恩恵力が弱まったことで鈍った、などという生易しいものではありません。とても自然現象とは思えず……こうして殿下をわざわざお呼びすることになったのです」

「《暗き者》の目撃情報は、本当にないのですか?」

「ええ、光輝殿。それに侵入して穀物を枯らしたのだとすれば、移動の形跡がないのもおかしなことですから……」

 

 ふむ、と隣に座るクーネと揃って唸るコウキ。

 

 ロスコーの言い分に違和感はない。もし《暗き者》が空や地中から来たとして、その痕跡もまた無いのだ。

 

 

 

 

 そんな不気味な状況の中、警備団の巡回も虚しく穀物畑の穴は次々に増えていくばかり。

 

 領主夫妻もあまり健康そうな面持ちではなく、心労が積み重なっているのだろう。

 

 だからこそ王都へ救援を求めてきたのだから。

 

「殿下、どうです?」

 

 あまりにこの世界に対して、自分の知識が少ないと判断したコウキは隣を見る。

 

 幼い顔に渋面を貼り付けていたクーネは、顔を上げるとニッコリドヤ顔を浮かべて。

 

「さっぱりですね! 原因が何なのやら、クーネには見当もつきません!」

「で、殿下ぁ」

 

 夫妻が困った顔になった。コウキも苦笑いを浮かべざるをえない。

 

 一同を見渡し、クーネは続けて言葉を重ねる。

 

「前例がない以上、実際に見てみないことにはわかるものもわかりません! 現場百回、調査は足で! 土地のことは土地に聞くのです! 最悪、土地の恩恵力だけ再生してしまえばいいのですし」

「原因はまず置いておいて、ということですか……」

 

 再生できるのだろうか、という不安をクーネ以外の三人全員が抱える。

 

 とはいえ彼女の言うことにも一理あり、全員で領主館を出て穀物畑へ向かうことにする。

 

「あ」

「? どうされました殿下」

「忘れていました。ロスコー、シーラも。これから見るものに悲鳴をあげたりしないでくださいね」

「「はぁ……」」

 

 一体何のことだ、と首をかしげる夫妻に、事情を知っているコウキは微妙な顔をした。

 

 そうして四人が、館の出入り口を閉ざす立派な観音開きの扉を開いて外へ出た時──

 

 

 

 グルル……

 

 

 

「「────っ!!?」」

 

 そこに鎮座する、巨大な黒狼を見て盛大に喉を引きつらせた。

 

 先んじてクーネに何かがあると聞いていたので悲鳴こそあげなかったが、腰を抜かす寸前だ。

 

 それもそうだろう。武装した自警団に包囲されている、《暗き者》にしか見えない狼がいたのだから。

 

「で、殿下、此奴はっ!?」

「何で、ここに《暗き者》が……」

「お下がりくださいお二人とも、何をするかわかりません!」

 

 ベリーショートの金髪を振り乱し、切れ長の瞳を尖らせたイヴァナ自警団長が叫ぶ。

 

 そんなリアクションにクーネはちょっと面白そうな顔で、コウキは右手で顔を覆って呆れた。

 

「ご安心ください。それは《暗き者》に似通っていますが、クーネの護衛なのです」

「で、殿下の?」

「ええ。勇者様と同じくらい頼りになる、意地悪で捻くれた……でもお節介なお兄さんからの、贈り物です」

 

 大いなるフォルティーナから使わされたコウキと同じほど、と言う部分でその場の全員が息を呑む。

 

 それは、これまで対外用に猫の皮を被っていたクーネが心から浮かべた、柔らかい顔にも起因する。

 

 それを見てコウキは──昨晩よりも、ちょっとだけ険の取れた顔をした。

 

「とにかく、危険はありません。このまま穀倉地帯へと向かいましょう」

「は、はぁ……」

 

 てくてくと無警戒に黒狼へ近付くクーネとコウキに、毒気を抜かれたような顔をする夫妻。

 

 イヴァナ達も困惑気味だったが、その怪物が頭を下げ、二人を背に乗せたのを見て武装を解除した。

 

 

 

 

 

 ロスコー達の案内で、二人+一体は穀倉地帯へと到着する。

 

「うわぁ……綺麗ですね」

「そう言っていただけて光栄です、勇者殿」

 

 初めて見たコウキの印象は、黄金の絨毯。

 

 小麦かそれに近い作物だろうか。穂が風にそよぎ、海原のように凪ぐ様は美しい。

 

 だが、美しい故に()()は──虫食いのごとく点在する黒点が、よく目立った。

 

 中でも一際大きい、直径5メートルはあろうかと言う大穴にクーネ達は向かう。

 

「殿下、どうです?」

 

 巨狼の背から降りたクーネは、言葉を返すことなく地面に手をつく。

 

 同じように真剣な表情でコウキが黒化した地面を詰め、しばらくの後にクーネは口を開いた。

 

「この場所から恩恵力が失われているのは確かなようです。砂漠化寸前、ですね」

「ふむ…………」

「ですが、周囲の土地には恩恵力があります。こうなった部分に少しずつ流入してますから、いずれ元に戻っていくでしょう」

「では、このまま放っておいても問題ないと?」

「はい」

 

 ほっとするロスコー達。最も絶望的な状況でなかったことは幸いだろう。

 

 ひとまずの安心を得たところで、シーラがおずおずと尋ねる。

 

「原因の方はわかりますか?」

「……これは、《暗き者》が瘴気を纏った際に恩恵力を吸収した跡に似ていると、クーネは思います」

「しかし、そうだとしたら……」

 

 どこから現れたのか、どうやって消えたのか。その全てを把握しているわけではない。

 

 コウキに言わせれば、地球の現代のように科学的な防壁や、監視カメラのような昼夜関係ない目も存在しない。

 

 しかし、だからと言ってあまりに中途半端であると、部外者の彼にでも理解できる。

 

 

 

(もしも《暗き者》の仕業ならば、やろうと思えばこの一帯を焼き払うことも、街を襲撃することもできた。何故枯らすだけなんだ……?)

 

 

 

 グルル……

 

 

 

 不意に、黒狼が唸る。

 

 誰もが危険はあまりないとわかっていても、それでも敏感に反応したのは仕方がないだろう。

 

 クーネとコウキも見る中、一歩にほと歩みを進めた黒狼は黒い地面に向けて鼻を鳴らした。

 

「これは、一体何を……?」

「さ、さあ……」

 

 流石のクーネも困惑する中、コウキだけが真剣な様子で黒狼の動きを静観する。

 

 その横顔に──瞳の中に、昨夜見たものと同じ知性の光があることを、見抜いていた故に。

 

「…………」

「勇者さま?」

 

 皆が注目する中、その場の何かを嗅いでいた巨狼は顔を上げる。

 

 何人かが無意識に肩を跳ねさせるが、コウキの方を一瞬見た巨狼は……そのまま踵を返した。

 

「な、何だったのでしょう……」

「クーネ様、ここを再生できますか?」

「え? まあ、元からそのつもりですけど」

「じゃあ、遠慮なしにお願いします。ここには何かがあるわけじゃないみたいなので」

 

 呟くようなコウキの言葉。

 

 それは要領を得ないものであったが、しかし聡明なクーネだけは何となく意味を理解した。

 

 頷いた彼女は、宣言通りに儀式を開始した。

 

 

 

「──古き血を継ぐ者、クーネ・ディ・シェルト・シンクレアが祈願する」

 

 

 

 その腕を広げ、歌うように祈祷を捧げる。

 

 半ば閉じられた翡翠の瞳は、その小さな体に見合わぬほど静謐な光を称え。

 

 体に刻まれた紋様が、豊穣の聖句と共に断続的に輝き始めた。

 

「─大いなる意志よ、我等が母よ。貴女の子が身命を捧げる」

 

 二つ側頭部で結ばれた金髪が、その体から放たれる不可思議な力により靡く。

 

 その力は、彼女のみが有する恩恵力であり──彼女は大地へとその奇跡を卸していった。

 

「地に豊穣を、水に癒しを、風に実りを、火に意思を──死した世界に今一度、生きる力を」

 

 まさに、生命の神秘であった。

 

 脈動する様に輝いた枯れ地から黄金の粒子が舞い散り、新たな芽が顔を出したのだ。

 

 死にかけた大地が、息を吹き返した。

 

 

 

 

 その光景にロスコー達は歓喜し、コウキと黒狼も見惚れた。

 

「すごい……」

 

 コウキには、その行いが単に再生の力を流し込むだけの作業には思えなかった。

 

 よく知る再生魔法とは異なる──心よりこの地、この世界を想う気持ちが篭っている。

 

 なんとなく、そんな風に感じ取れた。

 

「ふふん、そうでしょうそうでしょう! クーネはすごいのです! なんなら崇めてくれても構いませんよ!」

 

 物凄く偉そうなクーネである。

 

 ちょっとハリセンが欲しくなるコウキ、その横で呆れ笑うように大きく鼻を鳴らす黒狼(in光輝)。

 

 とはいえ、やった事は善行そのもの。とりあえずコウキはロスコー達と一緒に拍手しておいた。

 

 緩んだ空気もそこそこに、次の段階へと話は進む。

 

「どうやら土地の状態は戻ったようです。恩恵力も安定しています。経過観察は必要ですが……」

「ううむ、どうにも全てが明瞭にというわけにはいきませんな……ですが、殿下の力で対応できるとわかっただけでもありがたい。今後の調査も含め、改めて感謝いたします!」

「これがクーネの役目ですから。では、しばらくアークエットに滞在して原因の究明にあたろうと思います」

「どうか、よろしくお願いします」

 

 引き続き滞在する運びとなり、護衛役でもあるコウキも改めて気を引き締める。

 

 そうして一行は、領主館に寝泊まりするクーネ達も含めて全員で来た道を引き返していった。

 

《…………》

「どうした?」

 

 立ち止まり、クーネの力で復活した箇所を見つめる黒狼にコウキが小声で尋ねる。

 

 黒狼は言葉を以って返答する事なく、それどころかクーネ達に背を向けてその場に尻を下ろした。

 

「おい、何やって…………」

「あれ? 勇者さま、どうしました?」

 

 そこでコウキが追随してきていないことに、クーネ達が気付いた。

 

 そして、どっかりと鎮座した黒狼に目を瞬かせる。

 

「どうしたんですか、それ?」

「いや、なんか動かなくて……」

 

 誤魔化すように愛想笑いを浮かべつつ、コウキは黒狼の耳元に頭を寄せる。

 

「どういうつもりだよ。クーネ様の護衛が目的じゃなかったのか?」

 

 少し待つが、反応はない。

 

 いよいよコウキは意味が分からなくなり、その横顔を見て──既に()()がいないことを理解した。

 

 そこにいるのは、ただ赤い瞳を監視カメラのごとく黄金の海原に向けた、獣の形をした置物だ。

 

 

 

(……あの男が無意味なことをするとは思えない)

 

 

 

「…………わかった、今聞こえてるかわからないが、クーネ様は俺に任せろ」

「勇者様?」

 

 こちらにやって来るクーネ達。

 

 黒狼から離れたコウキは、振り返ると努めて冷静な表情を装った。

 

「クーネ様。一応こいつを置いていきましょう。もし何かあったら、俺がすぐにわかりますから」

「しかし光輝殿、それは、その……平気なのですかな?」

 

 ロスコーがやや不安げに言う。既に穀倉地帯に痛手を受けている身としては無理もないだろう。

 

 そんな彼に、コウキは頷きながら黒狼の首元の毛をかき分け、そこに刺さるヴァーゲを見せる。

 

「これを抜いてしまえば、こいつはいつでも消滅します。いざとなれば俺が倒すので、ご心配なく」

「そうですか……殿下」

「……そうですね。勇者さまがそう言うのであれば、信じましょう」

 

 ロスコーに答えながら、クーネはコウキを見る。

 

 その目には「こう言えばいいんですよね?」と書かれているようで、コウキは相変わらずの察しの良さに内心苦笑した。

 

 クーネの了承を受けたロスコー達は、やや渋い顔ながらも頷く。

 

 

 

 

 そのままコウキ達は、黒狼を残し穀物畑を後にする。

 

 ぽつりと残された一匹は、それから何時間も微動だにせず、じっと畑を見つめ続けていた。

 

 風が冷たく変わってゆき、物見台の見張りが交代して、日が西に傾いても動くことはなく。

 

 そのうち、監視していた物見台の若い自警団員二人も興味を失い。

 

 やがて、夕刻に至った頃。

 

 再びその瞳に光が宿った。

 

《……ようやく調子が戻った》

 

 数時間の休息と食事などのエネルギー補給を経て、三度〝陰狼〟に宿った光輝の意識。

 

 彼は、使い魔を通して紅色がかった美しい金の海原を見て少し笑う。

 

《さっきはコウキのおかげで助かったな》

 

 実を言うと、日中にここで光輝が動かなくなったのは二つの理由があった。

 

 一つは、まだ完全に意識を飛ばすことに慣れておらず、意識力や魔力の消費が限界になった事。

 

 もう一つは……この畑にやってきた時、〝悪意感知〟に近い悪寒を何故か感じたから。

 

 そして。

 

 

 

《…………!》

 

 

 

 この光輝の第六感は、滅多に外れた事がない。

 

 吊り上がった目を細め、黒狼の体で光輝は立ち上がる。

 

 その視線の先、傾いた陽によって東に伸びた陰の中に…………

 

《やはり、来たか》

 

 いた。

 

 黒く、吐き気を催すような靄を纏った人型。

 

 この世界において、それが自分のこの使い魔以外にどんな存在なのかを、光輝は知っている。

 

 その証拠に、後ろの物見台からはこれでもかと警鐘の鐘が叩き壊さんばかりに鳴らされていた。

 

 だが、それでは終わらない。

 

《っ、これは!》

 

 増えていく。

 

 一面黄金の畑の中に、黒いインクを垂らしていくかのように、闇色の球体から這い出る人型が次々と。

 

 それは徐々になどというものではない。瞬く間に濃密な〝闇〟が、数十、数百、数千と膨張していった。

 

《やはり空間転移か……!!》

 

 器に引っ張られたのだろうか、光輝は四肢で地面を強く踏みしめ、紅い牙の奥から唸り声を漏らす。

 

 同時に、優秀な使い魔の耳が、物見台で閉門とロスコーへの伝令が急ぎ進められていることを捉えていた。

 

 目の前で増えていく《暗き者》の軍勢、混乱している物見台。

 

 それら二つを鑑みた光輝は、この場で最も最適な行動をとることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 アォオオオオォォ──────ン…………

 

 

 

 

 

 

 

 空に向けて、遠吠える。

 

 

 

 長く、大きく、強く。

 

 

 

 アークエットの中心近くに位置する領主館まで届くほどに、光輝は吠え続けた。

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


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Fool or …?



今回は光輝の視点で。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

 シンクレア王宮内を、今出せる全力で駆け抜ける。

 

 すれ違う侍従や文官、戦士や術師が驚愕に振り返るのを横目に、ただただ足を動かす。

 

 我ながら足取りが重い。それどころか全身に倦怠感が纏わりつき、今にも座り込みたくなる。

 

 顔を極力見せないという事情がなければ、魔力を通して視界を得るこの仮面も脱ぎ捨てたいくらいだ。

 

 だが、走らなければいけない。たとえ血を吐いてでも、伝えなくてはいけない。

 

 

 

ヤドヌシ、ゲンカイ

 

 

 

 わかってる、だが止まりはしない! 

 

 静止するように響く声に内心で叫びかえしながら、俺は無心で手足を前に出し続けた。

 

「フール殿!」

 

 やがて、三度ほど角を曲がった頃だろうか。

 

 前方からスペンサーさんが走ってきて、俺は衝突しない為にやむなく足を止める。

 

 その間もこちらに接近していた彼は、両手を膝についた俺を見て怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「どうされました、そんなに急いで。王宮中で噂になっておりますぞ?」

 

 そりゃ、そうか。

 

 覆面男が全力疾走していたら、そりゃあ近衛戦士団長がすっ飛んでくるというものだろう。

 

 だが、今この状況においてはその警戒心と情報伝達の速さがありがたい。

 

「はっ……はっ……彼女は……モアナ女王は今、どちらにいらっしゃるか」

「陛下は執務室だが……何か問題が?」

 

 表情を少し険しくしたスペンサーさんに、息をだいぶ整えた俺は姿勢を正して頷く。

 

 余計な言葉で飾らない俺の肯定に、彼は「ふむ……」と視線を落として思案する素振りを見せた。

 

「……わかりました。あのフール殿がそれほど鬼気迫る事情だ、余程の事なのでしょう。私も同行します」

「ありがとうございます」

 

 助かった。

 

 意外にもスペンサーさんが、この世界の知り合いでは最も俺に好意的だったことが幸いした。

 

 スペンサーさんを伴い再び移動を始め、先ほどよりも更に速く駆けると一昨日記憶した執務室へと向かう。

 

 

 

 

 五分も走っただろうか。

 

 広大で入り組んだ王宮内、その主が国の采配を執り行う場所へようやく到達する。

 

 蹴破らんばかりの勢いで扉の取っ手に手をかけた俺を、スペンサーさんが諌めた。

 

「落ち着いてください、フール殿」

「っ、申し訳ない」

「いえ……陛下、スペンサーです。フール殿がお見えになっています」

『む、そうか。少し待て』

 

 その一言の後、数十秒ほどの沈黙。

 

 中で人の動く気配がして、程なくして入室の許可を告げられた。

 

 握ったままの取っ手を遠慮なしに回して、部屋に飛び入る。室内にいたモアナ女王とブルイット老が驚いた。

 

「どうした、フール殿。そこまで慌てる貴殿は初めて見るな」

「急ぎ、お知らせしたいことがあり参上しました。不躾なことはどうか容赦願いたい」

 

 なるべく丁寧に、平静に勤めようとした声音は、自分から聞いても非常に硬かった。

 

 それはモアナ女王達にも同じように聞こえたのか、ブルイット老と顔を見合わせるとペンを置く。

 

 両手を組んで膝を机の上に乗せると、こちらを非常に真剣な目で見つめてきた。

 

「それで? 火急の要件とは?」

「……単刀直入に言います」

 

 胸の内に浮かんだ様々な前置きや、これから告げることの真実性を訴える言葉を切り捨てて。

 

 仮面の奥でゴクリと生唾を飲み込むと──俺は、自らが見たその絶望を口にした。

 

「──現在、アークエットは《暗き者》の軍勢に包囲されています」

「「「なっ!?」」」

 

 息を飲む声が三つ。背後にいたスペンサーさんのそれが最も鮮明に聞こえた。

 

 一瞬で凍りついた彼女達の顔に奇妙な罪悪感を覚えながら、俺はモアナ女王の言葉を待った。

 

「そ、それはどういうことだ? 意思を使い魔に飛ばす力、というのは報告を受けていたが、まさか……」

「昨日の夕刻のことです。どうにも拭えぬ違和感にクーネ殿下の護衛を一時コウキに預けて、穀倉地帯を監視していました。すると次々と《暗き者》達が現れ、俺が最後に見たときには千を超える軍勢へと膨れ上がりました」

「なんだと……」

 

 呆然とした呟きに、我ながら陰狼を通してみたものを想起して乾いた笑いを浮かべる。

 

 やはり《暗き者》達は、空間を超越した移動方法を会得していた。最悪の予想が的中したのだ。

 

 増加の頻度からして、今では万の軍勢になっていてもおかしくはない。

 

 たった30分しか、その光景を見られなかったことが悔しかった。

 

「……それで。貴殿が見た限りでは、現状アークエットはどうなっているのだ?」

 

 しばらくして、混乱からどうにか立ち直ったという感情を発した女王が問うてくる。

 

 その悪感情も当然だろう。

 

 砂漠も王都も飛び越えて、後ろから剣先を突きつけられているようなものなのだから。

 

「最初の《暗き者》が出現した直後、見張り台から警鐘が発令。俺も領主館にまで緊急事態を知らせ、すぐに臨戦体制へ以降しました。おそらく防衛の準備に取り掛かっているかと」

「そうか……出現した《暗き者》の特徴は覚えているか? わかる限りで教えて欲しい」

「俺が見た限りでは……牛のような頭を持った者、砂漠で遭遇したラガルと同じ鱗竜種、そして骸骨のような個体、でしょうか」

「牛頭種に奇骨種だな。人型で構成された軍隊か……」

 

 ニエブラ達を見る限り、《暗き者》には人型でない種も存在するのだろう。

 

 だからこそ、おおよそ人型で構成されたその集団は──まさに軍勢、と感じる威容を放っていた。

 

 万に増えていても、などと考えたが……俺が見たのは昨日の日が落ちるまでの僅かな時間。

 

 現在あの都市が阿鼻叫喚になっている可能性も……

 

「アークエットでの防衛はどの程度持ちますか?」

「……絶望的だ。あの都市はあくまで物資集積地でしかない。自警団以外にこれといった戦力がないのだ」

 

 やはり、か……俺が見た限りでも彼女の言葉通りだった。

 

 城砦のような防壁こそあったものの、籠城戦をしたとしてもあまり長くは保たないのだろう。

 

 その自警団も、トータスで見た王国騎士団や、あいつの作ったファウスト軍のように統率されている様子ではない。

 

 ああ……これはまさに、絶望的だ。

 

 この状況を打開するには、彼女に──この国の女王に、対抗できるだけの軍勢を要請するしかない。

 

「……フール殿」

 

 クーネ王女やコウキの顔を思い浮かべ、どう切り出したものかと考えていたその時。

 

 ブルイット老に偽名を呼ばれ、顔を上げると、彼は垂れ下がった瞼の奥から俺を射抜くように見ていた。

 

 

 

 

 長い時を生きた人間特有の、重圧を備えた視線。

 

 肉体的優位をものともしないその目に、俺は反射的に喉を鳴らす。

 

「その情報は、誠に真実であるか?」

 

 そして告げられた言葉は──言われるだろうと確信していた一言である。

 

「ブルイット!」

「陛下。分かっておられるでしょう」

「っ」

「むう……」  

 

 諫めようとしたモアナ女王も、唸るスペンサーさんも反論しない。

 

 ……こうなることは予想していた。

 

 だってこの情報は、俺が見たというただ一点の根拠しかないのだから。口からでまかせでも確かめる術がない。

 

 そして、言葉だけを信じてもらえるほどの信頼や実績が、俺にはない。

 

 むしろこう思う方が自然だろう。

 

 実は俺が姿を変えることのできる《暗き者》で、王都に潜り込んで混乱させようとしている、と。

 

 あまつさえ王都の守りを緩め、《暗き者》を呼び寄せようとしているのではないか、と。

 

 この場で最も長年この国を守ってきたブルイット老が、真っ先に疑ってかかるのは至極仕方のないこと。

 

 嘘であると断じられ、すぐに拘束されないのは、コウキを手助けして女王達を助けたから、ただそれだけ。

 

 そのたった一度の功績では、到底口先だけで信じてはもらえないのだ。

 

「貴重な情報をお知らせいただいたことは感謝する。が、それを真実であると示す証拠を提示してほしい。国の命運を左右する事態だ、貴殿も言葉だけで頷けることではないとわかるじゃろう?」

「……ええ、その通りです」

 

 そう、その程度の懸念は最初から分かっている。

 

 ただ無鉄砲に何かをしても上手くいかないなんてことは、とっくに学んだ。

 

 しかし形として目に見える証拠がないのは変わらない。

 

 だから。

 

「ですので、俺の一番大事なものを差し出します」

「何?」

「……ほう?」

 

 俺は、ゆっくりと腕の裾を捲りながら胸の辺りまで持ち上げる。

 

 そこにあるのは、この世界に来てから一度も外すことのなかった腕時計型のアーティファクト。

 

 俺の生命線。唯一俺の世界へと帰るための細い蜘蛛の糸。

 

 それを、

 

「っ!」

 

 外そうとした途端、強い抵抗を受ける。

 

 紫色の放電が起こり、腕と繋がっていた魔力の神経のようなものが激しく傷んだ。

 

「ぐっ、ぉ……!」

「フール殿、何を!」

「陛下、その場を動かないでください!」

「…………」

 

 く、そ。なかなかに頑固だな……! 

 

 

 

 

 それに、わかる。

 

 これを外してしまえば、地球に送られているはずの信号は途絶する。二度と帰れなくなる。

 

 それは最愛の隣に戻れなくなることを意味する──俺の生きる意味を失うことそのものだ。

 

 だが、それでも。

 

「ここでっ、見捨てたら……! 彼女が愛した、愚者()じゃない……!」

 

 全力を込めたつもりで、俺は一思いにアーティファクトを引き剥がした。

 

 

 

 激しい放電が飽和する。

 

 

 

 光にも似たそれに部屋の全員が目を細め……止んだ時、アーティファクトは沈黙していた。

 

 その代償に残ったものは、反動で焼け焦げた俺の腕。思ったよりも派手に跡が残ったな。

 

「……これは、俺の世界に帰るための道具です。これを貴方達に預けます」

「っ、本当に、それでいいのか……?」

 

 どこかこちらを慮る表情で、恐る恐る聞いてくるモアナ女王。

 

 本当に優しい人だ。その優しさという強さこそが、彼女が王である所以なのだろう。

 

 だからこそ、向き合うだけの価値がある。

 

「それと……シンセイ」

 

 

 

イヤダ

 

 

 

 頼む、言うことを聞いてくれ。

 

 いざというときはお前に頼るから。

 

 

 

……ヤドヌシハ、オロカ

 

 

 

 苦労かけるな、相棒。

 

 直後、全身に広がっていた神経が根本から丸ごと引き抜かれたような違和感が体を襲う。

 

 そして、ややゆっくりと俺の左肩から黒い三つ目のムシが這い出してきた。

 

「それは……?」

「俺の相棒です。こいつがいなければ、俺の力は十分の一もありません。だからこいつも一緒に預けます」

「フール殿……」

 

 背後から、呆れたような感嘆したような、そんなスペンサーさんの呟きが聞こえた。

 

 分かってる、これが愚かでしかない行為だと。実質的には丸裸になったようなものだ。

 

 それでも……これが一番、彼女に誇れる自分でいる道だ。

 

「俺自身を監禁するなり、ご自由に。そのかわり……もしアークエットからの伝令が来た時のために、軍の編成を」

「………………存外、冷淡に割り切った傭兵というわけでもなさそうじゃな」

 

 小さく呟いたブルイット老は、こちらへ皺の刻まれた細腕を伸ばしてくる。

 

 数歩歩み出て、俺はその手の上にアーティファクトを置いた。

 

 その上に、やや不服そうにこちらを睨みつけるシンセイが乗った。

 

「相分かった。その心意気に免じて、準備はしておこう。陛下、それでよろしいか」

「……ああ」

 

 モアナ女王も頷いてくれた。

 

 良かった、これでコウキやクーネ王女が助かる。

 

「ありがとう。私達の為にここまでしてくれて」

「いえ。知らぬふりはできませんので」

「やはり貴殿も……光輝なのだな」

 

 それはそうだ、と仮面の下で笑い。

 

 

 

 

 

 がくりと、俺はその場で両膝をついた。

 

 

 

 

 

「「フール殿!?」」

「すみ、ません……少し、眠り、ます……」

 

 ああ、だめだ。さっきのと昨日の〝魂飛ばし〟の疲労で、限、界……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ヤドヌシハ、オロカ。デモ、ホントウニオモシロイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が闇に落ちる直前、シンセイの声が聞こえた気がした。

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


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かくして愚者は聖者となりて


終盤に入ってるので、ちゃっちゃと進めましょう。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

「──はっ!?」

 

 

 

 前触れなく意識が戻り、反射的に飛び起きる。

 

 その反動でぐらりと意識が一瞬遠のき、体にかかっていた何かを握って姿勢を保った。

 

 数度頭を振ると、痛みは引いていく。視界がはっきりしたところで周りを確認した。

 

「ここは……俺の使ってた客室?」

「おお、フール殿! お目覚めになったか!」

「……スペンサーさん?」

 

 横を振り向けば、そこには椅子に座ったスペンサーさんがいた。

 

 彼は安堵した顔で胸をなでおろし、こちらに柔和な笑顔を向けてくる。

 

「心配しましたぞ。よもやあの場で倒れるとは思いませんでした」

「ああ……どれくらい眠っていましたか?」

「半日というところです」

 

 半日か……そういえば、疲労と魔力枯渇で気を失ったんだったな。

 

 シンセイを体から抜いたせいでもあるだろう。あいつがいることに慣れすぎていた。

 

 いや、俺のことはいい。

 

「それで、どうなりました?」

「現在、兵を集めております。あと一日もあれば五千は集まりましょう」

「……そう、ですか」

 

 一日も保つだろうか? 

 

 おそらくコウキは、クーネ王女を連れて王都まで帰還するか、単身で帰ってくるはず。

 

 なんとも奇妙な考え方だが、天之河光輝の……彼の力は大きい。それこそ勇者として召喚されるほどに。

 

 その力無しに、ろくな戦力のないアークエットだけで一日も数千の《暗き者》に立ち向かえるだろうか? 

 

 くっ、一人じゃ何もできない自分が久々に恨めしくなった。

 

「……悩ましげですな」

「顔に出ていましたか」

「いえ……ですが、そうですな。今朝のことも含め、ますますフール殿を信頼しました」

 

 突然の言葉に、きょとんとしてしまう。

 

 すると彼は朗らかに笑い、それから俺より幾分も大人らしい穏やかな目を向けてきた。

 

「私も戦乱の中で、無駄に長生きしてきたわけではない。人を見る目にはそれなりに長けているつもりですが……貴方の目には〝嘘〟が一切ないですな」

「……時々、自分を誤魔化す為の嘘はつきますがね」

「それは必要だからでしょう? 確かに勇者様とは違いますが、しかし筋が通っていて誠実だ」

「……照れますね」

「はっは、貴方もそんな顔をしなさるか」

 

 本心からの呟きだった。

 

 自分より倍は生きているだろう人物にストレートに褒められると、なんとも面映ゆい。

 

 だけど、これまで悔い改めて生きてきた人生が正しかったと言われているようで嬉しかった。

 

「それを見極めたから、筆頭文官殿も許したのでしょう」

「許した?」

 

 何を、と聞こうとした途端、スペンサーさんの背後から何かが飛び出してきた。

 

 驚いて体が強張り、身構える間も無くその小さな影は俺の眉間に真っ直ぐ突き進んできて──

 

「あいたっ!?」

 

 な、なんだ? 今の感触、なんだか覚えがあるような……

 

 

 

キャハハハ♪ キャハハハハ♪ ゼイジャク ゼイジャク♪ 

 

 

 

 

「って、お前かよ!」

 

 目と鼻の先には、ゆらゆらと羽音もなく揺蕩う青目の黒いムシ。

 

 アーティファクトとともに預けたはずの相棒は、俺を見てケタケタと笑っていた。

 

「ここまでして危機を知らせてくれたのだから、と。相棒殿はそのままにしておくことになりました」

「……ありがとうございます」

 

 どうやら、故郷に帰れなくなる覚悟と引き換えに少しだけ信頼を得られたようだ。

 

 とりあえずシンセイを体内に戻すと、その力が全身に張り巡らされて同化し始める。

 

 ぼんやりと体の芯に残っていた気だるさが、瞬く間に消えていく感覚がした。

 

「ふう……ん?」

「どうされました」

「いや……」

 

 何か……聞こえる。

 

 シンセイの力を取り戻した途端に、微かな気付きのような何かを感じた。

 

 

 

 

 目を閉じ、自分の中に意識を集中する。

 

 その感覚の出所を探り、やがてそれがギリギリで途切れていなかった陰狼の力だと気付いた。

 

 これは……呼びかけ? 何かを叫ぶような声が、魔力のパスを通して伝わってくる。

 

 数度〝魂飛ばし〟を使ったからだろうか。以前よりもその感覚がよく掴めるようになっている。

 

 そしてそれは……決して良くないものだ。

 

「……スペンサーさん。俺の体をお願いしてもいいですか」

 

 一度開眼してそう尋ねると、少し不思議そうにした後、彼は目の色を変えた。

 

 詳しいことを説明しないまでも、俺の雰囲気から感じたのだろう。

 

「あちらで何か?」

「わかりません。ですが、誰かが俺を……呼んでいる」

「……承知した。このスペンサー、全霊をかけてフール殿の体をお守りしましょう」

「心から感謝します」

 

 一度は起き上がらせた体を、ベッドの上に横たえる。

 

 再び目を閉じると、何も言うこともなくシンセイが自分の力を活性化させてくれた。

 

 その力に身を任せ、自分から遠く離れたアークエットへと伸びる魔力の通路を意識する。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、俺の意識はその道を一瞬にも等しい時で駆け抜けた。

 

 

 

 

 

「──、────い、きこ──る──か!」

 

 最初に、声が聞こえた。

 

 それは先ほど感じた気付きの正体だとすぐに悟る。素早く陰狼と意識の同調を進めた。

 

 数秒ほどして、仮初めの五感が意識に馴染むことを確認した俺は、目を見開き……

 

「おいっ、聞こえてるか!? もし聞こえているのなら、頼むからこっちに来てくれッ!!」

 

 陰狼に向かって、見たこともないような形相で叫ぶコウキを捉えた。

 

《……今、魂を同調した》

「っ! よかったっ、来てくれて助かった」

《何があった?》

 

 尋ねれば、彼は口を噤む。

 

 ……その表情は、〝悪意感知〟など用いずとも、それを見た誰もが分かるほど負で満ちていた。

 

 恐怖。後悔。苦悩。嫌悪。怯え。悲観。絶望。数え上げればきりがない。

 

 なぜだ。どうして君は、そんな顔をしている? 

 

 

 

 俺は、陰狼を動かし周囲を見渡す。

 

 コウキと俺を、不思議そうに、同時に切羽詰まった顔で見るクーネ王女やスパイクさん、ロスコーさん達。

 

 聞こえてくるのは、阿鼻叫喚の声。

 

 人々が逃げ惑い、泣き叫び、怒鳴り散らして死にたくないと訴える地獄。

 

 魔力で編んだ獣の体に感じるのは、数千──否、万の〝何か〟が地響きを伴い、行進する鳴動。

 

 その音に恐怖するように体を震わせる、膝をついたコウキの腕にしがみつく幼い男の子。

 

 最後に空を見上げ──そこに輝く光の聖堂を見て、俺は全てを理解した。

 

《──コウキ。まさか君は》 

 

 彼を見る。

 

 コウキは、いろんな感情でぐしゃぐしゃになった顔で無理矢理に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん。やっぱり俺は、救いを求める人を見捨てられない」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 …………あぁ。

 

 

 

 やっぱり、君は、俺と同じ。

 

 

 

 俺とは違う、〝天之河光輝〟なんだな。

 

 

 

《それが、君の〝唯一〟か?》

「……わからない。この選択が、正しいとも、間違いだとも思えない。きっとこれは、俺の〝穴〟にはめ込む何かじゃない」

 

 でも、と彼は立ち上がって。

 

 聖剣を静かに引き抜き、大通りの向こう──そこにいるだろう敵を見据えて。

 

「ヒーローに、なりたかったわけじゃない」

《……ああ》

「誰も殺しくない……死にたく………………ない」

《…………ああ》

「けど、さ…………けど、俺は」

 

 

 

 

 

 助けを求め、伸ばされた手を打ち払うことはできないんだ、と。

 

 

 

 

 

 ……ああ、知ってる。知ってるさ。

 

 その思いを、ありとあらゆる後悔と苦悩の果てに、がむしゃらに掴み取った〝勇気〟という選択を。

 

 俺が〝唯一〟の為に絞り出したその勇気を、彼は〝名も知らぬ誰か達〟の為に振るうと決めたのだろう。

 

 

 

 色々な言葉が思い浮かんだ。

 

 君にも〝大切な誰か〟がいるのだろうと。それを天秤の傾かなかった方にして良いのかと。

 

 それは彼自身がよくわかっているのだろう。

 

 だって、分かっていなければ……あんなに辛そうで、苦しそうで、怖そうな顔はしない。

 

 身勝手な機体に押しつぶされそうな顔で、目に見える〝死〟に、今にも泣き出しそうな顔で、それでも選んだのだ。

 

 だから、それを尋ねることは侮辱でしかない。押し付けるだけの傲慢でしかない。

 

 彼の覚悟を汚すことで、俺の過去を否定することに他ならないのだ。

 

 だったら。

 

《俺は、何をすればいい?》

 

 せめて、彼と同じ〝天之河光輝〟として。

 

 俺にできることをしなくてはいけない。

 

「彼女達を。どうか、頼む」

「──っ」

 

 クーネ王女が、リーリンさんが、スパイクさんが息を呑む。

 

 もう俺が影狼の中にいることは分かっているのだろう。コウキと俺を交互に見て、悲痛そうに顔を歪ませている。

 

 それは、俺への独白じみた、彼の本心を聞いたからなのだろうか? 

 

「お前ならできるだろ?」

《……任せろ》

 

 

 

 

 

 グルルルルルッ!!! 

 

 

 

 

 

 影狼への魔力回路を最大開放。

 

 全魔力の五割を投与。臨界点まで性能を強化。

 

 影狼を一気に七メートル大まで巨大化させた。その場にいたコウキ以外の全員がどよめく。

 

 気にすることなく、俺は二つに別れた尻尾や口を使ってクーネ王女達を影狼の背に問答無用で乗せた。

 

「待ってっ! 待ってくださいお兄さんっ! 勇者様が──」

「──行くんだ、クーネ。なるべく早く救援を待ってるよ」

 

 そして、天之河光輝は聖剣を高らかに掲げた。

 

 

 

 

「神意よっ、全ての邪悪を滅ぼす光をもたらしたまえ!」

 

 

 

 詠唱が始まる。聖剣が光りを放ち、【聖絶】に目を奪われていた周辺の人々がそれを見上げた。

 

 

 

「神の息吹よっ、全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!」

 

 

 

 光の嵐とも呼ぶべき魔力の渦がコウキを中心に乱舞し、誰もが息を呑む音がした。

 

 

 

「神の慈悲よっ、この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!」

 

 

 

 荒れ狂う光が全て、聖剣へと収束する。

 

 影狼を通じて感じられる、都市の外に群がる《暗き者》達が動揺するように各地で蠢く。

 

 背中でクーネ王女が暴れる。抑えようとするスパイクさんとリーリンさんごと下半身を沈ませた。

 

「────。」

 

 最後の瞬間、コウキがこちらを見た。俺は彼へと頷く。

 

 弱々しく微笑んだ彼は前を向き、それを見届けるために俺も開かれた大門へと目を移す。

 

 左右へと開かれた門の向こう、そこに大地を埋め尽くさんばかりに揃う《暗き者》達へ──

 

 

 

 

 

「──【神威】ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 純白が、世界を染め上げた。

 

 擬似的な視界は塗り潰されるが、その凄絶な轟音と突き進む魔力の大奔流だけは捉える。

 

 それは一瞬の出来事。防ぐ以前に、光を認識したか否かという刹那に《暗き者》達が滅ぼされた。

 

 

 

 

 

 やがて、光が徐々に消えていく。

 

 音が、色が世界に取り戻された時、そこには大通りを越え、地平の彼方まで続く嵐の跡があった。

 

 誰もが呆然と、魔力の大量消費に膝をついたコウキでさえも目を見開く中、俺は《暗き者》の中に出来た道を見据える。

 

 四肢に力を込める。無いはずの腹に力を込め、姿勢を低く身構えて。

 

「っ、お兄さん、待っ──」

「行けぇッ!!!」

 

 

 

 疾走する。

 

 

 

 誰よりも速く。何よりも疾く。

 

 風など置き去りにして、臆病な少年がたった一人で作ってくれた希望へと駆け抜ける。

 

 それが、彼を絶望のどん底に残していく愚か者が、たった一つしてあげられることだから。

 

「勇者さま! 死んだら、殺してやりますから! 絶対に生きてないとっ、酷い目にあわせますからっ!! クーネはっ、やると言ったらやる女ですぅ!!」

 

 ……っ、クーネ王女の叫びが心に突き刺さる。

 

 偽物の歯を食いしばって、彼の期待に答えるために王都の方向へ走った。

 

 何事か喚いていたクーネ王女が、しばらくアークエットから離れるとふと静かになる。

 

 少しだけそちらに意識を向けた瞬間、彼女は首元のヴァーゲを抱えるように覆い被さってきた。

 

「お兄さんっ! 勇者さまを、勇者さまを助けることはできないんですかっ!」

 

 ……俺は、走る。

 

「守るって言ってくれましたよね!? お姉ちゃんも勇者さまも、いざという時は連れて逃げるって、そう言いましたよねっ!? なのにっ、なんで!?」

「クーネ様っ」

「どうか堪えてくださいっ、フール殿もきっと……っ」

 

 

 走る。

 

 

 

 走る、走る、走る。

 

 

 

 走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る。

 

 

 

「なんで、なんでぇっ」

「っ……」

「? リーリン……?」

「……クーネ様。彼の顔を」

「え? …………ぇ」

 

 

 

 走る走る走る走る走る、走る、走る、走、る…………

 

 

 

 

「血の……なみ、だ………………?」

「「………………」」

「お兄、さん……?」

 

 

 

 

 

マズイ マズイ ヤドヌシ、コノエサハマズイ

 

 

 

 

 

 走って、走って、ただ、ただ、それだけを考える。

 

 

 

 だって、俺は、俺には。

 

 

 

 走ることしか、できない……っ!! 

 

「…………ごめんなさい、お兄さん」

「……クーネ様」

「…………」

「クーネは、クーネはただ……でも……でもっ……本当に、ごめんなさいっ……」

 

 

 

 

 

 このまま、俺の魂がすり減ってしまってもいい。

 

 

 

 四肢が砕けても、本当の俺の体が弱りきってしまっても、それでも。

 

 

 

 それでも、やらなければならないことがある。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女達だけは絶対に、送り届けてみせるッ!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れ、太陽が地平の中に落ち、また朝日が登っても、俺は走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 少しの時間しか意識を飛ばせない……飛ばしてはならないという条件を、いつしか忘れるほど走った。

 

 きっと本当の体でも、ここまで走るという行為だけをしたことは一度もないだろう。

 

 やがて、魔力の供給に回復が追いつかなくなった影狼が少しずつ削れ、痩せ細っていき。

 

 最初に指が欠け、次に尻尾が腐り落ち、目が片方眼窩から零れ落ちて、後ろ足の片方が砕けても。

 

 進み、進み、進んで──シンクレア王都に辿り着いた。

 

 

 

 

 

 そこで、俺の意識は深い深い闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 そうして落ちた〝黒〟の中は、とても暗かった。

 

 光も闇もなく、ただただ黒いだけの穴の底。

 

 そこでは何もかもが無くて、やがて自分の(そんざい)も溶け始めて。

 

 なんだか気持ちの良いその虚無感に、自分から身を委ねようとする。

 

 

 

 

 

オキロ

 

 

 

 

 

 その時、俺は左肩の鋭い痛みで〝黒〟から引き上げられた。

 

 

 

「…………ぁ、う」

 

 

 

 ゆっくりと、目を開く。

 

 ゆっくりにしか開けなかった、というほうが正しいのか。

 

 まるであの時のように酷く、瞼も体も重い。体を動かすための神経が全て死んだかのようだ。

 

 それでも、生きているというその確証だけは得られた。

 

 

 

「な……んで……」

 

 

 

 まだ、生きているのだろう。

 

 影狼への〝魂飛ばし〟は、その消耗が行きすぎれば魂が肉体から乖離して、消えてしまう。

 

 あれほど彼女のところに帰りたいと思っていたのに、自分でも驚くほど無意識的にそれを許容した。

 

 でも、生きている。何故だ。運が良かったのだろうか。

 

 

 

ソンナワケガナイ

 

 

 

「しん……せ……い……」

 

 …………ああ、そうか。お前が助けてくれたのか。

 

 そうか、そうだよな。元々お前がいてこの力は成立してるんだ、お前無しじゃ生きてるはずがない。

 

 ありがとう。なんだかんだと言ってるけど、お前が俺の中にいて良かったよ。

 

 

 

コマル コマル エサニサナレタラ コマル

 

 

 

 はは、そうだな。俺の悪感情はお前の餌だもんな。

 

「んぅ……」

「うん……?」

 

 なんだ。隣から声がする。

 

 普段とは比べ物にならないくらい緩慢にそちらを見ると、掛け布団の上に人が上半身を投げ出していた。

 

 眠っていたのだろうその人物は、声を漏らしたと思えば身じろぎをする。目が覚めたらしい。

 

「んぁー……はれ、寝ちゃってましたか…………」

 

 その人物が起き上がるのに伴って、広がっていた〝黄金の髪〟が引き上げられ、そして顔が露わになる。

 

 小さな体。まだ幼くも姉と似て整った顔立ち。

 

 それを普段は一番彩っている溌剌な瞳を眠たげに揺らす彼女は、目元を擦って眠気を払う。

 

 程なくして多少意識がはっきりしたのか、ふとこちらを見て──

 

「……え?」

「やぁ……おはよぅ……王女でん……」

「お兄さんっ!!!」

「おぐぶっ!?」

 

 こ、この幼女、死にかけて起きたばっかの人間にダイブしてきやがった……! 

 

 その場で飛び上がって覆い被さってきたクーネ王女に、弱り切った体は強く反応する。

 

 具体的に言うと、跳ね除けたくても動くに動けないので、死にかけの魚みたいに痙攣することになった。

 

「わわっ!? どうしたんですかお兄さん!? そんな陸に打ち上げられて死にかけた魚みたいに動いて!」

「この、王女……! いいからさっさと、どいて、ぐはっ……ください、王女……!」

「あっ、そうでした! すみません、うっかり感情が爆発して!」

 

 てへぺろ顔が腹立つ……っ! 

 

 とはいえ、彼女も流石にすぐ体の上から退き、俺は十数分かけて息を整える。

 

 その頃には体も少し動くようになって、頭上の壁に背中を預けながら体を持ち上げた。

 

「……クーネ、王女。俺だから死ななかったものの、普通の人間には致命傷どころかトドメを差してますからね」

「いやその、それはお兄さんの頑丈さを信頼していたといいますか」

「嘘つけこの王女。目が泳いでるぞ、絶対今考えただろ王女」

 

 ヘタな口笛を吹いてそっぽを向くクーネ王女。なんか俺に悪質な悪戯をした後のあいつに似てる。

 

 はぁ……ますますあいつには会わせたくなくなったな。いや、事情説明は絶対強制だろうけど。

 

「って、そうじゃなかったっ。クーネ王女、アークエットはっ! コウキはどうなりましたか!?」

「お、落ち着いてくださいお兄さんっ。ちゃんと説明しますからっ」

 

 っ、危ない。思わず身を乗り出して問い詰めてしまった。

 

 大人しくベッドの上に戻ると、胸に手を置いて深呼吸したクーネ王女はこちらを見て真剣な顔を作る。

 

「昨日、お姉ちゃんが率いる救出軍がアークエットに向けて出軍しました。数は六千。強行軍ですから、今日中には到着すると思います」

「そう、ですか……」

 

 ……それなら、まだ希望はあるだろう。

 

 ちゃんと軍が出たことに、ひとまず安堵する。

 

 

 

 

 その後のクーネ王女の話によると、こうだ。

 

 まず、アークエットの状況を把握する。おそらくコウキは俺が眠りこねている間も奮闘しただろう。三千程度は削れたはずだ。

 

 残っている《暗き者》の数を確認し、それによっては籠城戦を行うそうだ……コウキの生死も確かめた上で。

 

「クーネは、お留守番を言い渡されてしまいました。王都に王族が一人もいない状況を作ってはいけないですからね」

 

 彼女にしては珍しく、病み上がりの俺を気遣ってか冗談じみた口調でそう言ってくる。

 

 その目元は赤く腫れている。不安や心配で涙を流したのかもしれない。

 

 俺は、そんな彼女の頭に手を乗せた。

 

「……なんですか?」

「大丈夫ですよ。強がらなくても」

「っ……」

 

 少し目を見開いたクーネ王女は、そのまま俯いて震え始める。

 

 姉が戦場に行ったこと。コウキとアークエットの民を置いてきたこと。

 

 不安だろうに、聡い彼女はそれを隠してしまう。もしかしたら俺のこともその一因かもしれない。

 

 無言で震えるクーネ王女に、俺は窓の外……王都の街並みの遥か向こうへと思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 コウキ。絶対に死ぬんじゃないぞ。

 

 

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


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絶望来たりて、愚者は立つ

今回からいよいよラストスパートです。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 目が覚めてから数日、俺は休養を余儀なくされた。

 

 

 

 というのも、翌日ベッドから出ようとした途端にクーネ王女からこの世の終わりみたいな顔で止められたのだ。

 

 どうやら陰狼の状態が俺に逆影響を与えていたらしく、屍みたいな有り様だったらしい。

 

 今でこそある程度再生したが、すぐに激しく動けば肉体が死ぬとまでシンセイに言われた。

 

 その為、大人しく療養に努めるしかなく。

 

 しばらくは、高頻度で見舞いに来るクーネ王女やスパイクさん達と親睦を深めることとなった。

 

 

 

 

 そして、アークエットを飛び出してから三日か四日経った頃。

 

 かの都市から救援軍の数人が帰還し、急ぎ知らせたいことがあると進言されたという。

 

 コウキの顔がよぎった俺は、クーネ王女らの反対を押し切って報告の場に参加させてもらった。

 

 そして、戦士団の男から告げられた顛末とは──

 

「──アークエットの奪還に成功しました。領民は重軽傷者多数、しかし死者は一人も出ませんでした」

「「──」」

「…………本当、ですか?」

 

 驚愕を顔に貼り付けたまま硬直したクーネ王女とスパイクさんに代わり、俺が尋ねる。

 

 正直俺も信じられないくらいだ。

 

 こちらに頷いた年若い男は、心の底からの感動と尊敬を表情に浮かべ、涙ぐんだ。

 

「全ては勇者様の偉業あってこそです。あのお方は、たった一人で女王陛下率いる我らが到着するまで、アークエットを守り切ったのです……!」

「──勇者、さまが」

「光輝殿……」

「そうか……」

 

 君は、やり遂げたんだな。

 

 ここ数日ずっと張り詰めていた緊張が解けて、どっと脱力する。

 

 ソファの背もたれに体を預け、深く安堵と……感嘆の溜息を吐いた。

 

「それで、彼は? 生きているんですか?」

「そっ、そうです! 勇者さまは!? 勇者さまはどうなったんですか!?」

 

 両手をテーブルに叩きつけ、身を乗り出すクーネ王女を部屋にいる誰も止めない。

 

 気持ちは同じだからだ。俺も固唾を飲んで返答を待ち──男が頷いた瞬間、またほっと脱力した。

 

「勇者様は、約六千の《暗き者》達を撃破。その後も食料庫の前にて、気を失ってなおたった一人で領民を守り続けていました……!」

「六千……そんな、なんて数を…………」

「あの方は、本当に……」

 

 六千、か。

 

 過去の自分のスペックから割り出した予想の、倍の数を撃滅せしめたというのか、彼は。

 

 ……何か掴んだんだな。

 

 誰も助けに来ない、誰も頼れない、たった一人の孤独な生と死の狭間。

 

 その中で何かを見つけられたのだろう。

 

 

 

 ああ、良かった。本当に。

 

 

 

 もう、彼は大丈夫だ。

 

「俺はお役御免、だな……」

「っ、申し訳ありません。傭兵殿への礼を欠いていました」

「? なんのことです?」

「貴方も、殿下やスパイク副団長、リーリン殿を王都まで送り届けてくれた恩人です。それなのに……」

「ああ、気にしないでください。別にそういうことを言ったわけじゃないので」

 

 頭を下げてくる戦士に、俺は苦笑いするしかない。

 

 もう俺が、ガラにもなく人生の先輩モドキを務める必要は無くなったと、ただそう独白しただけで。

 

 ほら、コウキの偉業に感動で打ち震えていたクーネ王女達も、苦笑を浮かべているではないか。

 

「それに、彼が頑張っていた時にのうのうと休んでいたのは事実ですから。むしろ申し訳ない」

「いえっ! 殿下達を背に乗せ帰還した、今にも朽ちそうな狼の勇姿を私も覚えています! 傭兵殿もまた、我らが英雄です!」

「はは……」

 

 分不相応な扱いだなぁ。ただただむず痒い。

 

 それに、クーネ王女達を送り届け、真実性を証明したことでアーティファクトは返還された。

 

 もう一度装着して起動したら同じ信号発信が発動されたので、それだけでいいのだ。

 

「でも、お兄さんも頑張ったのは確かです。クーネが褒めてあげましょう!」

「はは、ありがとうございます……とにかく、彼が無事でよかった。アークエットに滞在を?」

「はい。命が危うい状態だったので、すぐに治療を行なった後に、そのまま現地で静養を」

「しばらくは休ませてあげてください。きっと、色々これからについて考えていると思うので」

「勿論です」

 

 彼がどんな選択をしたのかは、まだ分からない。

 

 あれほど自分の命も他者の命も失うことに怯えていた彼が戦い抜いたことは、きっと強い意味がある。

 

 あいつや、南雲のように割り切ったのか……あるいはもっと辛い、修羅の道を選んだか。

 

 何にせよ、時間が必要だ。

 

 彼がこの王都に帰ってきたとき、できれば答えを聞きたいもの──

 

 

 

「────ッ!!?」

 

 

 

 その瞬間、俺は勢いよく立ち上がった。

 

 全身に纏わりつくようなその感覚に仮面の奥で目を見開き、手元にヴァーゲを召喚する。

 

 そのまま部屋の窓の外を睨みつける俺を、部屋の人々は困惑した顔で見ていたが……

 

「お兄さん?」

「っ、何か外が騒がしいような……」

 

 スパイクさんが呟いた、その瞬間。

 

 何の前触れもなく、荒々しく部屋の扉が開けられた。クーネ王女が驚き、戦士二人が身構える。

 

 だが、部屋に入ってきた人物──王宮の伝令役が必死の形相をしているのを見て訝しげにした。

 

「おい、どうした? 何があった?」

「殿下の御前であるぞ」

「しっ、失礼しました! ですがそれどころではないのです!」

「何を──っ」

 

 次の刹那、誰もが全身を震わせ、息を呑むと目を見開く。

 

 恩恵力を持たない俺でもわかる、圧倒的な瘴気。それを色濃く感じ取ったからだろう。

 

 発生源が何であるか──次の伝令役の言葉が、その事実を叩きつけてきた。

 

 

 

 

 

「アークエットの近隣より、恩恵術にて救援要請っ! な、並びに──《黒王》率いる大軍が、王都の正面に出現しましたッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 ああ、どうやら。

 

 この世界は、人類を徹底的に絶望の坩堝に叩き落とさなければ気が済まないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 事態はすぐに動いた。

 

 その凶報はすでに知れ渡っていたようで、城下町では避難誘導と戦闘準備が開始。

 

 王都に集まっていた二万の軍も配置につき始め、モアナ女王達救援に向かった軍もこちらに引き返しているそうだ。

 

 アークエットには二千の戦士がそのまま滞在。半壊した都市の民とコウキを守る為だろう。

 

 当然、俺も見捨てぬ為、自分が生き残る為にその戦端に加わることにした。

 

 そして今、俺は会議室に移動してからずっと黙っているクーネ王女の側についている。

 

「……完璧なタイミングでした」

 

 隣に座る彼女が、ぽつりと呟く。

 

「軍の配備はどうなってる!?」

「リンデン術師団長はどこおられるか!」

「子供達の避難状況はどうなってる!?」

「奴らはまだ動かないのか!?」

 

 部屋の内外、双方が非常に騒がしい中かき消されてしまいそうな言葉。

 

 激しく出入りする人の足音と怒号に潰されかけた一言に、俺は顔を向ける。

 

「きっと、最初からこれが《黒王》の作戦だったのです。アークエットや、その近隣の物資集積地を破壊し、王都を孤立させて壊滅させる……見事に孤立無援になってしまいました」

「……五年前、王族の方々が身命を賭してようやく退けただけのことはありますね」

「ええ、本当に。歴代でも最強と名高いだけはあります」

 

 二人で皮肉を吐き、そうすることで切羽詰った心境を少しでも楽にしようとする。

 

 あまり効果はない。気休めにすらならない、まさに絶体絶命の状況だ。

 

 

 

 モアナ女王らの到着は、もう間も無くの予定。それを足して王都民を合わせても三万と少々。

 

 対し、確認された《黒王》率いる《暗き者》の軍勢は七万。

 

 

 

 何より問題なのは、あの転移能力はおそらく《黒王》のもの、ということだ。

 

 

 

 離れた場所に瘴気を出現させる力を持っていたそうだが、それを進化させたのだろう。

 

 つまり、《黒王》が旗印に立つこの軍勢は──いざとなれば、王都を無視して後方にまた軍勢を送れるということ。

 

 そうなった時、コウキが眠る今、各地に駐在する戦士団で拮抗できるかどうか……というところか。

 

 一応、オアシスという最強の防壁がこの王都にはあるが……どうにも引っかかる。

 

 

 

ヤドヌシ ニゲル

 

 

 

 そうだな。今度こそ、その選択をすることが正しいに違いない。

 

 どう考えても負ける。コウキのように俺が奴らを相手取ったところで、数が違いすぎる。

 

 こんなにも結果が見え透いた感覚は、あの大いなる聖戦ですらなかった。

 

 ……いや、それは頼もしい仲間達と、あいつの軍勢がいたからこそだな。

 

「……お兄さん」

 

 一種の諦めのようなものを感じていた時、ふと右手に小さな感覚が触れた。

 

 ぼうっとしていた視界に焦点を定めると──クーネ王女が、弱々しい微笑みで俺を見ている。

 

 それと同じ笑い方を、俺は数日前に目に焼き付けるほど見た。

 

「お願いがあります」

「聞けません」

 

 分かり切った頼みごとを封殺する。クーネ王女は驚くこともなく、苦々しげな顔をした。

 

 こちらに向かってるモアナ女王と、今なら眠っているコウキを連れて逃げろと言うのだろう。

 

 それが彼女が俺に願ったことだ。

 

 俺がここから我が身可愛さで逃げたとしても、きっと彼女は責めないだろう。

 

 俺の大事な人達も……彼女も、少し悲しそうに笑うけど、きっとよく決断したと喜んでくれる。

 

 だが。 

 

「なんで……」

「貴女をこそ守る。俺はそう言った。それは命だけじゃない、心もだ」

「──っ」

 

 今、この状況でこの小さな女の子を一人にしたらどうなる? 

 

 彼女はそれでも平気だろう。王族として混乱する人々を収め、自分の命を引き換えに《黒王》に民の救命を願うだろう。

 

 姉のように、その行いを覚悟できている。してしまっている。

 

 だから俺は、彼女を最も守りたいと思った。

 

 

 

 苦しいのに、助けてほしいのに、平気だと不敵に笑ったふりをする女の子は──二度と、見たくない。

 

 

 

 そんな、独りよがりなエゴが理由だけど。

 

 でもそれが、天之河光輝という愚者が一つしか選べない在り方だ。

 

 結局のところ俺は傲慢にしかなれないのだ。どうしたって変われないことに笑えすらする。

 

「それに、彼から貴女達を頼むとも言われましたからね。何を言われようとここから動きませんよ」

「……お兄さんの頑固者」

「好きに罵ってください」

 

 たった一人に背負わせてしまう苦しみは、二度も味わえば十分すぎる。

 

 ペシペシと何度も脇腹を殴ってくるクーネ王女に、そんなことを思った。

 

 

 

 

 それから、少し時間が経っただろうか。

 

 もとより騒音の嵐だった部屋の外がにわかに騒がしくなり、幾つもの足音が響く。

 

 程なくして、これまでの誰よりも激しく扉を開けて現れたのは──白髪の戦士女王。

 

「クーネっ!」

「お姉ちゃんっ!」

 

 俺の隣から飛び出していったクーネ王女に抱きつかれ、モアナ女王は強く抱きしめ返した。

 

 心の底から安堵した、という顔をする彼女の後ろには、スペンサーさんやドーナル戦士長、リンデン術師長と揃い踏みしている。

 

 こちらに気がついて頷くスペンサーさんに頷き返しながら、俺も立ち上がり彼女達に歩み寄った。

 

「女王陛下、無事で何よりです」

「ああ、フール殿。貴殿も随分と無茶をしたようだが、壮健そうで何よりだ」

「おかげさまで」

 

 まあ、本当のところは本調子の六割というところなのだが。言う必要も無いだろう。

 

 コウキは、と尋ねると彼女は被りを横に振る。どうやら知らせずに置いてきたらしい。

 

 ……今はそれでいい、のだろうか。俺が言えた口では無いが、とても十全に戦える状態ではあるまい。

 

「それで、状況は?」

「は。開戦の準備を進めておりますが、あちらもまだ沈黙しています」

「そうか……奴め、こちらの焦燥を狙っているのか?」

 

 ……いや、というよりも。

 

 

 

「で、伝令! 奴らが、行軍を開始しましたっ!」

 

 

 

 直後、雷のようにその場を打つ報せ。

 

 一瞬で緊張が最大にまで跳ね上がり、モアナ女王の顔に驚愕と怒りが同居した表情が浮かぶ。

 

「……私が来るのを、待っていたのか。クーネもろとも、確実にシンクレアの王族を殺す為に」

「陛下!」

「出撃する! 私が先頭に立つ、この王都を奴らの魔の手から守り抜くぞ!」

「「「応っ!!」」」

 

 一瞬にして、腹の底までビリビリと届く号令によってその場の全員が一つにまとまった。

 

 先ほどよりもさらに素早く各人が動き始め、女王自身もクーネ王女と離れると身を翻す。

 

 休む間も無く戦場に向かう彼女に、クーネ王女は不安げな顔をしてついていこうとする。

 

 その肩に手を置く。小さな体は簡単に止まって、クーネ王女を諌めようと立ち止まった女王がふっと笑った。

 

「フール殿、クーネを頼んだ」

「おまかせを」

「っ、お姉ちゃん!」

「──行ってくるわ、クーネ」

 

 それ以上の言葉を重ねることはなく。

 

 戦士たちと共に、女王は妹を置いて戦場へと去っていった。

 

「…………なんで」

 

 ぺたりとその場に座り込むクーネ王女。

 

 そんな彼女の両肩に手を添え、俺は女王達が去った、固く閉じられた扉を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 決戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 王宮内で最も高い塔の上。

 

 恩恵術による防御も施されたその場所に、クーネ王女と護衛数人と共に移動する。

 

 同時にそこは、シンクレア王都を囲うオアシスの向こうに広がる砂漠まで一望できる展望台でもある。

 

「…………これは、なんて数だ」

 

 ベランダから見える〝その〟光景に、思わず呟く。

 

 

 

 見渡す限りの黒、黒、黒、黒、黒。

 

 

 

 地平の彼方まで埋め尽くす、《暗き者》の大軍勢。

 

 任意で発動させる〝悪意感知〟が自然と反応する程の、人類を押し潰さんとする圧倒的殺意の大傍流。

 

 それを改めて目にして、自分が今どういう地獄の只中にいるのかを改めて理解した。

 

「お姉ちゃん……」

「っ、クーネ王女。部屋の中にいてください」

「嫌です! クーネが、お姉ちゃんや皆が命を懸けて戦っている時におとなしくしている女の子だと持ったら大間違いです!」

 

 いつの間にかそこにいた彼女は、強い意志を込めた目で睨み上げてくる。

 

 あまりに強烈な瞳に気圧されて、ため息をひとつ零すと視線を戦場に戻した。

 

「……既に始まっているようですね」

 

 女王達が出陣して数時間、既に戦端は開かれている。

 

 オアシスの内側に配置された戦士達が、数に物を言わせて侵攻してくる《暗き者》たちに応戦していた。

 

 その剣戟と怒号、命を命で削り合っていると錯覚する熱は、ここにまでよく届いていた。

 

 

 

 

 だが、それはほんの一部でしかない。

 

 直接的な攻撃を仕掛けているのは、あくまで地を埋め尽くす黒い海原の先端だけ。

 

 そのさらに後方、《暗き者》の一部にシンセイの力を使って注視すると、突然数百単位で消えた。

 

 消滅したわけではなかった。むしろ、アークエットで見た光景の逆戻し──何処かに転移させている。

 

 そして、その力の発生源は〝黒〟の中心──数千の《暗き者》をも上回る、漆黒のナニカ。

 

 

 

コイニオイ

 

 

 

 咽せ返るくらいにな。

 

「あれが、《黒王》」

 

 予想通り、王都の後方にある領地へと分団を派遣しているようだ。

 

 わかっていたことだけに歯噛みするしかないが、俺にはあいつみたいな自在に転移する力も、軍勢もなく。

 

 できるのは隣にいるクーネ王女を守る為、ここにいて戦いを見守っていることだけだった。

 

「でも、こちらも負けてはいません」

「今の所、持ちこたえられていますね」

 

 シンクレア軍はよく善戦しているように見える。

 

 やはりオアシスの存在が大きいのだろう。

 

《暗き者》達は数に頼って進んでいるが、前の半分は防壁に到達する前に消滅し、残った者も弱っていてすぐに倒されている。

 

 他にも遠距離からの恩恵術や、術の込められた弓矢、投石機どの原始的な武器でも押しとどめていた。

 

 俺は戦争の素人だが、それなりに拮抗しているように思える。

 

「奴らも数も凄まじいが、これならしばらくは持ちこたえられる……か?」

 

 コウキの回復力を考えれば数日あれば参戦できるはず、それまで耐えれば状況は変わる。

 

 アークエットの一件で一皮剥けただろう彼が、十全に能力を発揮できる状況さえ作れたら……

 

 例えば、ある程度数を減らして、その上で《黒王》との一騎打ちに持ち込めれば、あるいは。

 

「………………」

「お兄さん?」

 

 なのに、なんだ。この違和感は。

 

 何か嫌な予感がする。全身を這い回るような冷たい悪寒が、どうしても拭い去れない。

 

 自慢じゃないが、こういう時の悪い勘は外れた試しがない。アークエットでも的中した。

 

 何か、見落としているのか……? 

 

「っ、何かおかしいです!?」

 

 少し、意識を思考に回していた僅かな時間。

 

 

 

イノチヲクイヤブルキバガクル

 

 

 

 クーネ王女の叫びと、脳裏で響くシンセイの警告。

 

 反射的に《暗き者》達の後方を見ると、いつの間にか分団の転移が止まっていた。

 

 なぜ急に。《黒王》の限界が来たのか? 転移能力には使える制限でもあったのか? 

 

 いや、違う。

 

 だったらなんで──オアシスを進んでいた《暗き者》達が後退している? 

 

「奴らが、退いて……?」

「っ、まさかっ!?」

 

 次の瞬間、また自動的に〝悪意感知〟が発動する。

 

 それだけではない。

 

 泉を飲み干す、漆黒の獣の顎門を幻視した。

 

 そして。

 

「そん、な……」

「オアシスが侵食されている!?」

 

 黒い腐海のような何かが、オアシスの外周──奴らのいる側から塗りつぶされていく。

 

 それはとてもゆっくりで、亀の歩みにも劣る速度だが──それでも刻々と、染め上げていく。

 

 かつてシンクレアの祖先が命を懸けて作り上げた、瘴気を吸い取るオアシスが濁っていく。

 

 それこそを待っていたのだろう──濁ったオアシスに再び、《暗き者》達が踏み込んだ。

 

「あ、あぁ……そんな…………」

「天恵術の無効化……! クソッ、嫌な予感の元はこれか!」

 

《黒王》は一度、王都に侵攻して深い傷を負い、退けられている。

 

 都市一つを落とそうというのだ、その時も軍勢を率いていただろう。その上で撤退を余儀なくされたのだ。

 

 だったら今回は、前回の敗因の大きな要因だろうオアシスの効力に作用する手段を持っていてもおかしくない! 

 

「戦士団は……混乱してるっ」

「当たり前ですっ! こんな、こんなの予想できるはずがありません!」

 

 オアシスが防衛の要である以上、それが崩れれば大きな動揺を与える。

 

 案の定、弱体化を受けずに猛然と進む《暗き者》達に戦士団の一部が切り崩され、崩壊し始めた。

 

 思っていた以上に《黒王》が厄介すぎるっ! 

 

「くっ! せめて動ければ……!」

「!」

 

 どうする。どうすればいい。

 

 俺一人に何ができる、そんな謙遜じみた言い訳が頭をよぎるが、出た瞬間に叩き潰す。

 

 出来ないことなど思考から切り落として、できることを考える。

 

 すると、一つのことを思い出した。

 

「あれなら……いや、しかし」

「……お兄さん」

 

 ふと、静かな声で呼ばれる。

 

 声量以上に耳にすっと入り込む声に横を見下ろすと──クーネ王女が、こちらを静かな目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「もしかしてお兄さんは、何かできることがあるんじゃないですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「…………それは」

 

 あるかないかで言えば、ある。

 

 着想を得たのは、アークエットから帰還した戦士から聞いたコウキの戦い方。

 

 【聖絶】によって都市を囲い、自分一人に敵の戦力を集中させる。

 

 俺にも似たようなことはできる。なぜなら〝天之河光輝〟だから。

 

 戦士団には、その間に体制を整え直してもらえばいい。

 

 だが……

 

「お兄さん。クーネは平気です」

「でも……」

 

 女王にも、彼女を頼むと言われてしまった。

 

 単にその場だけの意味ではなく──もし自分に何かあったら、コウキの元まで届けてほしい。  

 

 あれは、そういう意味も孕んだ一言だ。一度クーネ王女を守ると誓った以上、それは絶対に果たさなければならない。

 

「お願いします。このままでは早々に戦士団は崩壊してしまいます。お兄さんが、一番の頼りなんです」

「……貴女にもしものことがあれば、俺は女王にも、ある人にも顔向けができなくなります」

 

 旧世界での戦いで、俺は自分の限界というものをこれでもかと思い知った。

 

 

 

 俺が救えるのは、たった一人だけ。

 

 

 

 全身全霊、命さえも賭けてこの手の中に収まるのは、それっぽっち。

 

 その一人に彼女を定めた。この幼くも勇敢で優しい、絶対に生きるべき子を守ろうと思った。

 

 たとえそれが押し付けがましいとしても、それでも俺は──

 

「しっかりしてください、お兄さん!」

「っ!」

 

 バシッと、音を立てて仮面ごと顔が挟み込まれる。

 

 自分に無理やり意識を向けさせたクーネ王女は、こちらをじっと見て言葉を紡いだ。

 

「クーネなら、心配いりませんから。だからどうか、()()()()に溺れないで」

「っ!」

「お兄さんは、やればできる人です。クーネが保証してあげます。だから──お兄さんに今できることを、全力でやってください!」

 

 

 

 

 

 その言葉を受けた瞬間。自分の中にあった、重々しい鎖が砕かれた気がした。

 

 

 

 

 

「………………本当に、いいんですね」

 

 最後に尋ねれば、彼女はいたずらげに笑った。

 

「ふふん、クーネを誰だと思ってるのです? お兄さんなんかいなくても、へいきへっちゃらですよ!」

 

 ……ああ、また強がりを。

 

 でも、おかげで踏ん切りがついた。

 

「シンセイ。食事の時間だ」

 

 

 

 

 

キャハハハハ! 

 

 

 

 

 

 〝魔鎧〟を纏い、翼を開く。

 

 青黒い濡羽が宙を舞った。俺はその翼の影からヴァーゲを引き抜く。

 

「大人しくしていてくださいね、おてんば王女様?」

「ふふっ、派手にやっちゃってください! 捻くれた私の剣士様!」

 

 小さく膝を折り、一瞬のタメの後に真上へ飛翔する。

 

 茜色に染まりつつある空へ向け、王都全体を俯瞰できる高度まで瞬く間に到達した。

 

 右手に携えたヴァーゲを胸の前に掲げ、左手と両方で柄を握りしめる。

 

 

 

 

 

「〝これなるは我が領域なりて。遍く悪意を喰らいて退かせん。我が意無くして、生きること能わず〟──【獄絶】」

 

 

 

 

 

 ヴァーゲを振り下ろし、結界を展開する。

 

 深紅の刃から滲み出た波動が、空中を走る中で炎に変わり、獄炎へと膨れ上がる。

 

 轟々と燃え盛るその青黒い炎が、《暗き者》達とオアシスを犯す濁りを、纏めて焼き払う! 

 

 何千もの《暗き者》達が、苦悶の叫びと断末魔の声をあげて滅び去っていく。

 

 俺が〝敵〟と定めた彼らだけを焼き尽くした炎は、建物や兵器、戦士達を透過し、炎のドームを作り上げた。

 

 その規模は、王都を取り囲むオアシスよりも一回り大きな範囲。

 

 下から大勢の動揺する声が聞こえる。

 

「もう一発いくぞ」

 

 

 

キャハハハハハハ!! 

 

 

 

 シンセイを通し、ヴァーゲへと自分の中の悪意を注入していく。

 

 余分な感情は削ぎ落とす。最大の力を発揮するため、殺意だけを研ぎ澄ましていく。

 

 それが臨界に達した時、まるでコウキの【神威】の如き深蒼の嵐がドームの天井を突いた。

 

 吹き荒れる魔力の渦潮を、そのままヴァーゲへと収束。時が巻き戻るように刃へ光が宿る。

 

 青く点滅する赤刃の切先を、俺は戦士団の崩壊した一角へと向け──

 

 

 

 

 

「〝我が剣は悪、我が心は罪。此の悪を以って、あらゆる罪悪を断ち切らん〟──滅びろ、【悪以悪断】」

 

 

 

 

 

 全詠唱での、〝悪以悪断〟。

 

 普段は力を抑えている、一撃必殺の剣技を出し惜しみ無しの全力で振り抜く。

 

 瞬間、龍が吼え立てるかのような轟音を伴った〝突き〟が戦場の一角に突き刺さった。

 

 

 

 

 それは、我が一撃ながら災害の如きものだった。

 

 焔の壁を通り抜け、突破して戦士団に攻撃をしようとしていた《暗き者》を存在ごと吹き飛ばす。

 

 それのみならず、地上へ着弾すると同時に拡散されたエネルギーが豪雷のように暴れ回り、激しく砂漠を抉る。

 

 やがて、ヴァーゲから光の放射が止み、ドームに濛々と纏わりつくような土煙が薄れた時。

 

 そこには大きく穴の空いた《暗き者》の軍勢と、数十メートルに渡り捲れ上がった地面が残った。

 

「覚悟はいいか、相棒」

 

 

 

イレグイダ♪ イレグイダ♪ 

 

 

 

 壊れた翼をはためかせ、自らの作り出した惨状へと舞い降りる。

 

 地に足をつけた時、眼前にいる《暗き者》達も、半透明のドーム越しに背後にいる戦士達も困惑の声を上げた。

 

 いきなり現れた、この異形の男は誰なのか。先ほどの一撃は何なのか。どうして舞い降りたのか。

 

 そんな疑問を感じさせる無数の視線に、俺は腹の底から声を張り上げる。

 

 

 

 

 

「我が名はフールッ! このひと時、クーネ・ディ・シェルト・シンクレアが棘の剣! 命を喰らいし者どもよ──この国を殺したくば、まずは我が屍を超えてゆけ! 出来るものならばなッ!!!」

 

 

 

 

 

 さあ、もう一度絶望に身を投げ出そう。

 

 

 

 

 

 




うん、二十話でキリよく終わらせるのがちょうど良さそうだ。

読んでいただきありがとうございます。


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たとえ、全ての命を喰らってでも

今回含めてあと3話です。

尺の都合上、王都でのひと時を一つにまとめました。


楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 思えば、俺はずっと怯えていたのだと思う。

 

 

 

 かつて創り直された旧世界、そこで俺は……最愛の人を救い。

 

 けれど救えなかったから。

 

 人々を弄ぶ邪神とその尖兵達を、仲間やあいつの軍勢に丸投げして、後ろを気にしなくて良くて。

 

 龍太郎に〝獣〟を、鈴に恵里を任せて、それだけお膳立てしてもらったのに、助けられなかった。

 

 結局、あいつのおかげで彼女は生き返って、そして俺の隣にいてくれて。

 

 でもそれがなければ彼女は消えていて、俺は──それが、酷く辛くて怖かったんだ。

 

 

 

 

 ずっと、この幸せは分不相応だと思っていた。

 

 その重々しい後ろめたさとは裏腹に、彼女や仲間達の優しさに甘んじていたのだとも思う。

 

 だから自分を誤魔化したのだ……今度こそ彼女を守ると、俺が守れるのは一人だけだと、そう目を閉じた。

 

 その盲目はとても心地が良くて、俺にまやかしの安寧を与えてくれた。

 

 けれど、心の奥底でずっと思っていた。

 

 

 

 

 

 俺は、あの罪科に見合うだけの贖罪をしなければならないと。

 

 

 

 

 

「おおぉおおおおっ!!」

 

 ヴァーゲを振るう。

 

 俺の殺意を吸い上げた魔剣は遺憾無くその力を発揮し、飛びかかってきた敵を切り捨てた。

 

 扇状に広がった斬撃に、数十の《暗き者》が滅ぶ。しかしその後ろにはさらに数千、数万の敵が。

 

 残心する間も無く、背後を除いた全方位から襲いかかってくる《暗き者》にヴァーゲを構え直した。

 

 

 

 

 最初に戦場に降り立ってから、何百の《暗き者》を切り捨てただろう。

 

 百を斬り、五百を斬り、千を斬ったところで数えるのをやめてしまった。そんな余裕はなかった。

 

 日が落ち、轟々と燃え盛るドームの煌めきと、態勢を立て直したシンクレア軍の恩恵術が闇夜に輝く。

 

 それらに照らされた眼前には、依然として夥しい数の《暗き者》達。

 

 アークエットにもいた牛頭種や鱗竜種、奇骨種だけでなく、黒狼種や見たことのない種まで様々だ。

 

 数時間前に分団の転移が終わり、六万強の全戦力がこの都を落とさんと襲いかかってきている。

 

 俺が今いる、この北門にいるのは三万というところだろうか。

 

 数百メートル離れた西門と東門に二万弱の気配があり、そちらは現地の戦士団が応戦している。

 

 暴れまわることで俺に意識を集め、背後の南門にだけは行かせまいとしていた。

 

『家畜ごときが、死ねぇっ!』

「ふっ!」

 

 〝活路看破〟を発動、振り下ろされた漆黒の大斧をヴァーゲの刀身で外側にずらす。

 

 八重樫流〝音刃流し〟。それを応用して一刀のもとに切り捨てると、振り抜いた勢いのまま黒蒼炎を撒き散らす。

 

 追撃しようとしていた五体をまとめて焼き払い、赤い瞳を細めた第二陣に接近。

 

「ハッ!!」

『『『グォォオオッ!!?』』』

 

 震脚、からの一閃。

 

 地を走る炎をヴァーゲで巻き上げ、炎嵐を作り上げてさらに数十を殺す。

 

 炎が殺した《暗き者》の分だけ瘴気を吸収し、目減りしたシンセイの力に変換して俺に力を与えた。

 

 

 

 

 嵐が消えると、一心に俺だけを殺そうとしていた《暗き者》達が少しだけ足を止める。

 

 いくら殺そうとしても疲れる様子がなく……それどころか、力を増していく不気味さに慄いたのだろう。

 

 そんな奴らに対し、俺は一度たりともドームから体の前面を向けてはいなかった。

 

「さあ、次はどいつだ。いくらでも相手になるぞ」

 

 ヴァーゲを振り、刀身にこびりついた血のような瘴気を払いながら告げる。

 

 すると、一拍躊躇するような気配の後──それまでの数倍の怒号と殺意を以って突撃してきた。

 

 俺は仮面の奥で目を細め、ぐっと身を屈めると翼から大量の羽を射出した。

 

 マシンガンの弾丸のように飛び出した濡羽に、先頭の数十が穴だらけになる。

 

 前へよろめく死体に踏鞴を踏む瞬間を見極め、左腕を覆う魔鎧に炎を纏わせた。

 

「ハァッ!!」

 

 下から上に向けて腕を振るい、五指から地を這う黒蒼炎を放つ。

 

 貫通力に特化させた炎刃は《暗き者》を縦に六、七体ほど纏めて切り裂いて穴を生む。

 

「〝悪以悪断〟!!」

 

 刀身を伸張・幅を広くしたヴァーゲをその穴に差し込み、左右に素早く振るった。

 

 総算して百以上の《暗き者》が削れた。しかしその間に、ヴァーゲの範囲外を回り込むように挟撃が迫る。

 

 濡羽を飛ばそうと左腕を掲げ──その瞬間、後ろから飛んできた豪風が《暗き者》らをなぎ払った。

 

「フール殿!」

「っ!」

 

 素早く背後を振り向く。

 

 そこには、ドーム越しに腕を前へと掲げたリンデン術師長率いる術師団がいた。

 

 先頭にいる彼は、俺に向かって頷いてくる。襲撃者を気配だけで斬りながら、俺も頷いた。

 

「来い! 最後の一体まで相手してやるっ!」

『奴を殺せぇっ!』

『奴さえ死ねばこの忌々しい結界も解けるぞ!』

『あの()()()を叩き潰せェ!!』

 

 ……化け物、か。

 

 

 

 罵りであろうその言葉が、何故か殺意で磨き抜かれた黒い心に滲む。

 

 脳裏に一瞬よぎるのは、魔神とまで呼ばれた戦友と、愛の為に神をも斬った幼馴染。

 

 そして、血濡れた椅子に悠然と君臨する妖美な最愛を思い出して──俺は笑った。

 

 化け物? 上等だよ。

 

 それは俺にとって、何よりの賞賛だッ! 

 

「お前達には俺の、誰の命も奪わせはしないッ!」

 

 魔力を吹き出し、黒蒼炎へと点火して180度全方位から迫る《暗き者》や瘴気の武器を焼却。

 

 そのまま前方の一隊へと斬り込み、迎え撃つように振り下ろされた武器ごと滅多斬りにした。

 

 

 

 

 その調子で、もうずっと戦い続けている。

 

 広範囲の技で一度に多くの《暗き者》を倒し、同時に瘴気を吸収して魔力に変換する。

 

 七割は今もあちこちから絶えず攻撃されているドームの維持と補強に。残りを俺の力の回復に。

 

 殺し、命を吸い、殺し、命を吸い、殺し。ただただその繰り返し。

 

 負の感情で溢れ返ったこの戦場は、悪意を食らうシンセイの独壇場だ。

 

 この膨大な軍勢に抗するのに必須な殲滅力と継戦力を、存分に与えてくれる! 

 

 

 

 

 

 ──ふと、命を奪うことに躊躇いのない自分に気がつく。

 

 

 

 

 

 今更な話だ。この世界に来てから随分と《暗き者》達の命を奪ってきた。

 

 かつての自分はこうではなかった。

 

 意志があり、心のある存在を害することに酷く怯えた。

 

 それは人として正しい心なのだろう。今も決してそれが消えたわけではない。

 

 ヴァーゲを通して伝わる、肉を断ち骨を砕き、命を斬る感触に酷く気分が悪い。

 

 一振りごとに、あの時のことがフラッシュバックする。

 

 救えなかったのに救ってもらったと許された、甘くて苦くて、何よりも切ない記憶が木霊する。

 

 自分の中に根付いた倫理観が、良心が囁く。

 

 また誰かの命を奪うのかと。天之河光輝がその剣を振れば、勇気を出してしまえば、最後にはまた失うぞと。

 

 それを分かっているのに、剣を振る手を止めないのは──ああ、確かに化け物のような心だ。

 

「ぜぁあああっ!」

『『ガッ』』

 

 だが、それでいい! 

 

 その恐れが、命を奪う重責が、俺に願いを貫く為の力を与えてくれる! 

 

 罪悪が消えさらなくともいい! 罪深いまま許されないことが罰だというなら受け入れよう! 

 

 泥に塗れ、血に濡れそぼり、ただ独り迷いと後悔に押しつぶされ! 

 

 それでも吼えたてる滑稽さこそが、愚か者の天之河光輝には相応しいッ!! 

 

 

 

 

 

 ああ、でも。

 

 それでいつまでも彼女に相応しくなれないのは、ちょっと寂しいな。

 

 でも、だからこそ。

 

 こんなところで死にはしないし、せめて守ると決めた彼女達は……一方だけは見捨てない! 

 

『くっ、なんという奴! 傷一つも負わんとは!』

『囲め! 数で押し潰すぞ!』

『家畜が、無駄な足掻きを!』

 

 黒の暴流は止まらない。

 

 絶えることなく押し寄せる波の如く、際限なしに殺しに来る《暗き者》に表情を引き締める。

 

 直後、俺の体を大量の黒が覆い隠し──直後、それよりも煌めく黒蒼炎に消し飛んだ。

 

「次はどいつ──っ!?」

 

 〝悪意感知〟に強烈な反応。

 

 これまでで最大濃度、最大質量の殺意が全身を叩き、その発生源である頭上へと視線を向ける。

 

 すると、そこにこれまで見たどれより濃密な色をした瘴気が寄り集まり、巨大な大剣の形をとった。

 

 優に二十メートルを超える、瘴気を纏う刃。

 

 それがまるで、振り上げられるように空へ浮かび──落ちる。

 

「くっ!?」

 

 あれは《黒王》か!? 流石にマズいっ!? 

 

 俺どころか、王都を守るドームさえも巻き込んで破壊しうる力だぞ! 

 

「させるかぁっ!」

 

 雄叫びを上げ、全身とヴァーゲに蓄えていた魔力を全て出力する。

 

 刀身を最大まで幅広く、分厚く、巨大にすると、砂漠に亀裂が走るほどの力で踏み込んだ。

 

 その余波でこちらに接近していた《暗き者》達を吹き飛ばし、巨大な黒剣を見据えた。

 

「ぐぅううううっ!!」

 

 シンセイの力があっても、酷く重々しい極大の魔剣。

 

 大地を踏みしめる両足から腰へ、腰から上半身へ、そして両腕へ。

 

 全身の筋肉を隆起させ、その膨張に優秀な防具でもあるスーツが内側から引き攣る。

 

「オオオオオオォオオオオオオッ────!!」

 

 全身を使い、俺はついにやってきた黒剣へとヴァーゲを薙ぎ払った。

 

 接触した瞬間、黒い瘴気と青黒い光が衝突し、形容できない激重がのしかかる。

 

 筋肉が、骨が軋む恐ろしい音に歯を食いしばり、柄を握る手に力を込め直した。

 

「負、ける、かぁああぁあァァアア!!!」

 

 魔力の一滴、気力の一絞りまで注ぎ込んで、壊翼から炎を噴出する。

 

 それを推進力に、〝覇潰〟を発動して力を底上げすると、ヴァーゲを振り切った。

 

 黒剣を打ち返し、一瞬の空白。

 

 

 

 直後、爆発が一帯を飲み込んだ。

 

 

 

 剣を構築していた瘴気が弾け飛び、物理的な衝撃となって周囲を破壊し尽くす。

 

 激しい爆発と鳴動の中、巻き込まれた《暗き者》達の悲鳴が幾重にも響き──

 

「──ぐ、はっ」

 

 大量の瘴気が霧散した時、俺は膝をついた。

 

「……く、そ…………なんて、攻撃だ」

 

 ヴァーゲを支えに、何とか両膝をつくことだけは避ける。

 

 本調子でない上に大部分の力をドームに注いでいるせいで、十分な防御が間に合わなかった。

 

 温存していた分の魔力も回してしまったことで、体もヴァーゲもすっからかんだ。

 

『奴が弱ったぞ!』

『今だ、殺せッ!』

 

 その隙を逃さず、《暗き者》達が昏い歓喜の声を上げてやって来る。

 

 仲間が巻き添えになったことより、厄介な敵が動けなくなったことが、殺す方が重要か。

 

 いや、余計なことを考えてる場合ではない! 早く立ち上がらなくては──! 

 

 

 

キエロ

 

 

 

 猛る《暗き者》達が爆心地に踏み込んだ瞬間、炭化した砂漠から無数の目が現れる。

 

 そこから光線のように真上へ貫いた無数の黒蒼炎が、奴等をことごとく穴だらけにした。

 

 絶命し、形を保てなくなった《暗き者》達が崩れていく。

 

 その場に残った瘴気の全てをシンセイが吸い上げ、翼から取り込まれたそれが魔力に変換された。

 

 先の一撃で傷ついた体を〝吸収回復〟で多少癒して、俺は立ち上がる。

 

 揺れる体を正し、再び足踏みした奴らを割れた仮面の穴から直接見て、殺気を放った。

 

「──この程度で、殺せると思うな」

『っ、この化け物がぁっ!』

 

 それはどの《暗き者》の叫びだっただろうか。

 

 今更退けるかと言わんばかりに殺到してくる奴等に、俺は両足に力を込めると一歩踏み出した。

 

 

 

 最も接近していた一体に、まず狙いを定める。

 

 振り下ろされる武器の軌道を予測し、波打つ刀身によって絡め取ると両手を万歳した姿勢になる。

 

 無防備になった人型の《暗き者》の首筋に、ヴァーゲを薙ぎ払い、頭を飛ばす……

 

「っ」

『死ね!』

 

 崩れ落ちる屍を隠れ蓑に、刃のように薄い腕を振るってきた奇骨種の一撃を受ける。

 

 一瞬、挙動が遅れた。そのことに顔をしかめながら、腕を巻き込んでバランスを崩して斬る。

 

 振り切ることも許さぬように、左右から無数の殺気。〝魔腕〟を二本飛ばして殴り殺す。

 

 瞬間、左足の太ももに激しい衝撃と痛みが走った。

 

 睨み下ろすと、先ほど切り落とした《暗き者》が舌を瘴気で硬化し、突き刺してきている。

 

 白いズボンにジワリと広がっていく鮮血が、非常に鮮明だ。

 

『足が止まれば、貴様とて──!』

「シッ!」

 

 最後の足掻きを見せる頭を、そちらの方向に向けた踏み込みで潰す。

 

 そのまま翼を持つ個体を斬撃波で撫で斬りにし、飛び散った瘴気を〝吸収回復〟して足の穴を塞いだ。

 

 だが、流れた血は戻らない。

 

《黒王》と思しき攻撃で大量に出血し、魔力も消費したことで、体感で五割までスペックが落ちたというのに。

 

 戦い始めてもう半日も経っただろうか。最初に戦場に来た時より、酷く気怠かった。

 

 なおも、踏み込む足も剣を振るう腕も止めはしない。

 

『キエェエエエ!!』

「がッ」

 

 手元が緩み、全て仕留めきれなかった鳥型の《暗き者》が飛ばした瘴気の刃が仮面を削る。

 

 それは大きな亀裂を生み、さらには額を切り裂いて生暖かいものが目元を伝った。

 

「落ちろッ!!」

『ギュァッ!?』

 

 次の発射の前に、翼で飛翔し叩き斬る。

 

 やや過剰に発動した斬撃波が進路上の《暗き者》達に直撃し、俺はそこへと着地する。

 

 途端、左足が震えたことで体重を支えきれずによろめいた。

 

『くたばれェい!』

「ごっ──」

 

 タイミングよく薙ぎ払われた戦鎚が、脇腹を打った。

 

 鎧が砕け、骨に亀裂が走る。それを知覚するのと同時、俺は《暗き者》を巻き込みながら吹っ飛ばされた。

 

 よほど怪力の種族だったのだろう、着地地点から五メートルも離れた位置でようやく止まる。

 

「ぐっ……!」

『囲め! 嬲り殺せ!』

『奴を包囲しろ!』

 

 数えきれないほどの《暗き者》が押し寄せてくる。

 

 確実に自分を殺すために突き出される爪に、牙に、刃に、俺は──

 

「舐める、なぁああああアァアアアッ!!」

 

 直後、数百と飛んだ濡羽が《暗き者》達をミンチに変えた。

 

 尋常ならざる数に直近の敵は葬り去り、そのまま翼をはためかせると脱出する。

 

 再びドームの前──北門の正面に位置する場所に着地した俺は、反動で脱力する体を剣で支える。

 

 そして、動揺するように蠢く奴らへ威嚇するように──()()()()()()()の羽先を向けた。

 

「フーッ、フーッ……!」

『貴様、いったいどれほど……!?』

『本当に人間か……!?』

 

 ……使わ、されたか。

 

 

 

 〝侵食再生〟。

 

 

 

 肉体とシンセイの融合度を高め、侵食することで作り直す技能。

 

 ステータスプレートには表示されないだろう、命を削って手にする仮初めの力。

 

 既に肉体的性能は四割弱まで落ちている。

 

 元来の自然治癒力とシンセイの力があるとはいえ、一度死にかけた体は未だ疲弊していた。

 

 それでここまで体を酷使すれば、普段よりずっと早く体が傷ついても何らおかしいことはない。

 

 そこに無理やり変質などさせれば……結果は見えている。

 

「はは。やっぱり、働きすぎはよくないな」

 

 軽口を一つ。変質した肉体の感触を誤魔化しながら、ヴァーゲを構え直す。

 

「どうした、侵略者ども。俺はまだまだやれるぞ」

『っ、家畜がァ!』

 

 決起した《暗き者》達へ、俺は何百度目か踏み込んだ。

 

 

 

 

 斬る。殺す。

 

 意志力と気力に体が追いつかず、傷を負う。それ以上の力で相手を殺して命を奪い取る。

 

 また斬る。殺す。殺す殺す殺す斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る。

 

 切り裂かれる。抉り取られる。貫かれる。殴られる。潰される。

 

 その度に体は動かなくなっていき、青く脈動する鎧は全身に広がって纏わり付いていく。

 

 落ちた力を補うも、同時に自分の体が取り返しのつかない変化をしていることを自覚する。

 

 だが、それがどうした。

 

 戦うとクーネ王女に誓った。他者の命を奪ってでも彼女の元へ帰ると自分に誓った。

 

 だったら、やれる。やれないはずがない。やり通さなくてはいけない。

 

 一度守ると、救うと宣言したのなら──その選択をしたのなら、最後まで貫かなければ。

 

 だから、だから、俺は。

 

 

 

 

 

「お、れは……死ね……ない…………」

 

 

 

 

 

 何千回、剣を振っただろう。

 

 いったい幾つの命を奪い、何百の傷を負っただろう。

 

 それさえも忘れるほど、ただただ殺して殺して殺した。それ以外の思考は一切できなかった。

 

 我武者羅に、一心不乱に戦い続けているうちに、いつしか朝日が昇っていた。

 

『──此奴、何という生き物だ』

『人間ではない……我らでもない』

『この世ならざる、怪物めが』

 

 ……《暗き者》達の、声が遠い。

 

 

 

 半壊した仮面の向こうにぼんやりと見えるその数は、随分と減ったように思う。

 

 

 

 一万ほど斬ったか、あるいはそれ以上斬ったかもしれない。ほぼ血のない体がその感覚だけを覚えている。

 

 

 

 死に体はほとんどが昏い鎧に飲み込まれていた。背に感じる翼は四つのような気がするし、六つのような気がする。

 

 

 

 下にある肉の体は、もう壊れかけだ。操り人形のように鎧で動かしているに過ぎない。

 

 

 

 シンセイがいなければ、とっくに死んでいた。

 

 

 

「フール殿ッ! どうか一度撤退をッ!」

「それ以上は死んでしまいます!」

 

 背後から、誰かの声が聞こえる。

 

 【獄絶】に力を回しきれなくなって、少し前に意識の片隅でオアシスの内周まで規模を縮めたっけ。

 

 ああ、不甲斐ない。

 

 やはり俺一人にできることなど、たかが知れて──

 

 

 

『死ね、化け物』

 

 

 

 ふと、全身に衝撃が。

 

 気がついたら痛みも感じなくなっていて、我ながら不思議にだけ思って自分を見下ろす。

 

 武器が、突き刺さっていた。

 

 一部の隙もなく、全身をありとあらゆる武器が埋め尽くし、えぐり取り、貫いて。

 

 俺を、殺していた。

 

「ご、ぷェ…………ッ」

 

 ああ、これは。

 

 

 

 

 

 もう、おしまい(ダメ)だ。

 

 

 

 

 

 流石に自覚した〝死〟に、俺は諦めたように笑って。

 

 

 

 次の瞬間に武器が一斉に引き抜かれた途端、少しだけ仰け反ってから……仰向けに倒れ伏した。

 

 

 

 鎧の破片が飛び散る。

 

 

 

 血が広がっていく。

 

 

 

 急速に五感が失われていき、眠気が生まれる。

 

 

 

 ああ……俺、死ぬのか。

 

 

 

「フール殿ぉっ!」

「っ、結界が! 急ぎ全戦力を整えろ!」

「奴らが来るぞッ!」

 

 かろうじて維持していた【獄絶】が消えていくのを感じた。

 

 誰かが俺を見て上げている悲鳴が朧げだ。

 

『ふん、手間をかけさせてくれたものよ』

『よもやたった一人で、我等を一万以上殺し回るとは……』

『まさか、此奴が勇者か?』

『なんにせよ、これで奴らの守りは消えた。侵攻を再開するぞ』

『家畜の分際で、忌々しいものよ』

 

 見下ろす、目線が、消えていく。

 

 死んでいく俺に興味はないと、いうことなのだろう。

 

 それを感じ取る俺の意識もまた、削り取られるように消えていく。

 

 俺を避けて、無数の足音が後ろに向かう。

 

 そこにいる、戦士や、術師達に。怖さを押さえつけ、いざという時は戦うと言った、人々に。

 

 そして──たった一人、すべて背負おうとしていた、あの幼い少女へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドグッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ…………それは、なんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドグッ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて、許し難くて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドグッ!!!!!!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんテ──────にクィこトダ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ん?』

 

《暗き者》の一体が、足を止めた。

 

 そして後ろを見て──立ち上がっている俺に、赤い目を見開く。

 

『おい、待て! まだ生きているぞ!』

『なんだと!?』

 

 侵攻をしようとしていた軍勢が止まり、再びこちらを見る。

 

 奴らは、驚愕し、畏怖したように震え、その後に殺気を放ちながら俺を包囲した。

 

『貴様、往生際が悪いぞ!』

『面倒な家畜だ、今度こそ殺して』

「…………ル」

『……何?』

 

 俺は、俯かせていた顔を上げて。

 

 

 

 

「まモRu」

 

 

 

 

《暗き者》達の体を、食い千切った。

 

 大きく開けた口で、噛み千切った《暗き者》を咀嚼し、瘴気を吸い込む。

 

 地面に零れ落ちた足や手も喰い、飲み込むと少しだけ腹が膨れた。

 

『な、こいつはっ──』

「もッt、クわsEロ」

 

 足りない。

 

 この疼きは、渇きは──こんな小さい体じゃ、満たせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、ルァ……あああアアアアァアアアアアアァアアぁあああアアアアアアァアアアァアあアアアアァアアああああアアアアァアアァアアああアァアああああアアアぁああああああアァアあアアアアァアアァアアアあああァアアァアあ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふくれろ、ふくれろ、ぞうおのように。

 

 

 

 

 

 もえろ、もえろ、いかりのように。

 

 

 

 

 

 

 ほえろ、ほえろ、りゅうのように。

 

 

 

 

 

 ぜんぶたべれるからだがほしい。

 

 

 

 

 

 

 ひとくちで、いのちをほおばるおおきなくちを。

 

 

 

 

 

 

 ひとなでで、いのちをかりとるおおきなつめを。

 

 

 

 

 

 ひとふりで、いのちをなぎはらえるおおきなおを。

 

 

 

 

 

 ひといきで、いのちをけしさるおおきなつばさを。

 

 

 

 

 

 

 オれハ、クラう。

 

 

 

 

 

 

 

 おrEHA、いキル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオォォオオォォオオオオオオォオオオオォオオオオオオオオン────────────────………………………………」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  tAトえ、すべテのiNOちヲくらッテでmo。 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回をお楽しみに。


読んでいただき、ありがとうございます。


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迷える者に、救いの魔手を

今回、覚醒します。


楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

「………………あ、あぁ」

 

 

 

 少女は──クーネ・ディ・シェルト・シンクレアは、声を漏らす。

 

 それは恐れであり、怯えであり。

 

 悲しみの嗚咽でもあった。

 

「どうして、クーネは……」

 

 

 

(あの人に、あんなことを言ってしまったのだろう?)

 

 

 

 頭を支配するのは、その疑問だけ。

 

 厳重に防御された塔の上。戦場を見渡せるベランダで膝をついた彼女は、〝それ〟を見て自責する。

 

 そんな彼女を、誰も案じない。いいや案じられない。

 

 誰もが……彼女の隣にいたスパイクが、他の護衛達が、王都にいる民が、戦場にいた戦士や術師達が。

 

 その先頭に立つ、モアナやスペンサー、ドーナルやリンデン、リーリンまでもが──ただ、それを見つめていたから。

 

 

 

 

 

 それは、〝りゅう〟だ。

 

 

 

 

 

 この世界にもいる、《暗き者》の一種である翼竜種ではなく。

 

 地球に存在する数々の伝説に、その名と強大さを知らしめす〝龍〟でもなく。

 

 純粋に、単純に──ただ似通ったカタチをしただけの、命を喰うバケモノだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

オオォオオオォオオオオン……………………………… 

 

 

 

 

 

 

 

 泣き叫ぶように、怒り狂うように、それを聞く誰もが胸を締め付けられる慟哭と共に暴れ回る。

 

 

 

 百を超えるその牙が、目に映る命に端から全て食いついていき、噛み砕く。

 

 

 

 歪に生えた鋭い鉤爪が、逃げ惑う《暗き者》を容赦なく引き裂いていく。

 

 

 

 何本にも根本から枝分かれした極太の尾が、背後に回り込もうとした者を挽き肉に変える。

 

 

 

 烏のそれのような、体全てを覆ってなお余りあるほどの大翼が、空を飛ぼうとする者を消し飛ばす。

 

 

 

 極め付けに、四十メートルに届こうかという巨体をもたげ、〝りゅう〟は大きく息を吸い。

 

 

 

 

 

 

 

 ゴォァアアァアァァアアアア!!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 六つの青く輝く巨眼と同じ、悍ましい炎を吐き散らした。

 

 それは《暗き者》達を、一気に数百と焼き払う。

 

 何千年も争い合ってきたクーネ達でさえ、思わず顔を顰めるほどの阿鼻叫喚が戦場に響く。

 

 やがて、悲鳴が消えた時に炎も止み、〝りゅう〟は大きく口を開けると膨大な瘴気の残滓を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

オオォオオオォオオオオン………………………… 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてまた、悲痛な叫びを上げながら命を吸い尽くさんと動き出すのだ。

 

 こんなことが、もう何時間も、何度も王都の目の前で繰り返されていた。

 

 最初は溢れかえるほどにいた《暗き者》達も、目に見えてその数を減らしている。

 

 一時間ほど前、左右の門を攻撃していた分団が合流したことで六万弱まで軍勢は立て直された。

 

 だがそんなものは意に返さず、既に〝りゅう〟は5000を超える《暗き者》を屠っている。

 

「あれが……あれが、フール殿の、力だというのか……?」

「……違う。違います。あんなのは、あんなのは…………お兄さんじゃ、ありません」

「殿下…………」

 

 思わずといったふうに呟くスパイクへ、クーネは反射的に即答する。

 

 怒りによるものではない声音に、スパイクは彼女を見下ろし……涙でぐしゃぐしゃになった顔に瞠目した。

 

「なんで……どうして、そこまでするんですか……! なんでクーネ達の為に、あんなになっちゃったんですか……!」

 

 あの時、気にせず戦ってくれなど……彼に関係ない人々を守ってくれなどと、言わなければ良かった。

 

 勇者であるコウキには、いざというときはその役目を放棄して、姉を連れて逃げていいと言ったのに。

 

 それとはまるで逆に、大勢を守るという役目を押し付けた。その誠実さにつけ込んで引き受けさせてしまった。

 

 気がつけば、クーネは無意識に……それこそコウキよりも信頼して、期待をしてしまっていた。

 

 〝天之河光輝〟という、どうしようもなく不器用な人間が。

 

 誰かに助けを求められた時にどうするのかを、アークエットで知ったくせに。

 

「クーネは、なんて、ことを…………」

 

 

 

 〝りゅう〟は、ずっと暴れ回っているにも関わらず、人間側には手を出していない。

 

 

 

 明らかに意思があるようには思えないのに、王都を背にして、《暗き者》だけを殺している。

 

 

 

 守っているのだ、シンクレアの民を。そしてクーネのことを。

 

 

 

 人としての体が死に瀕し、怪物へとその身を塗り替えて、なお。

 

 

 

 それだけは忘れていないのだ。

 

 

 

 それが分かってしまうからこそ、クーネは懺悔する他にない。

 

 全ては自分のせいだと、彼をけしかけた事は取り返しのつかない間違いだったと。

 

 止めどなく溢れる後悔と自己嫌悪に、クーネはどうしようもなく自分が許せなくなる。

 

 しかし、いつまでもそこで止まっているほどクーネは行儀の良い女の子ではなかった。

 

「このままじゃダメです……! あのままにしていたら、きっとお兄さんは…………!」

 

 涙を拭い、自責の念を押し込めて立ち上がったクーネは、キッと〝りゅう〟を睨む。

 

 殺し、食らい、奪った力でまた殺して食らう。

 

 そんなことがいつまでも続くわけがないと、あの力の正体がわからないクーネでも分かる。

 

 食らうものがなくなったら? あの状態が永続する保証は? そもそもまだ光輝は生きているのか? 

 

 考えれば考えるほど溢れ出る悪い予想に、クーネは震える体を叱咤する。

 

「とにかくっ、何かしなくてはっ!」

 

 ひとまず、モアナの所へ行って具体的な対策を立てよう。

 

 

 

 

 

 そう思った時、ふと全身に悪寒を感じた。

 

 

 

 

 

「な、んですか、これは……」

 

 息の詰まるような寒気。

 

 これまで一度も味わったことのないような恐怖に、クーネは戦場を見て──表情を落とした。

 

 闇だ。闇がカタチをなそうとしている。

 

 〝りゅう〟に対抗するかのように、大気を揺らしながら膨大な瘴気が収束し、人型を作り上げていく。

 

 腕が、頭が、体が形作られ、それらを全身甲冑が包み込んで──五十メートル級の巨人が生まれた。

 

「まさ、か……あれは、《黒王》、の……」

 

 その巨人が、手に携えた大剣を〝りゅう〟に向けて振り下ろす。

 

 〝りゅう〟は、豪風と共に落ちてきた大質量の大剣を見上げると、ガパリと口を開き。

 

 

 

 

 

オォォオオアァアァア!!! 

 

 

 

 

 

 青黒い閃光が、巨人を飲み込んだ。

 

 天を突き、空の彼方まで届かんばかりの光のブレスが《黒王》の巨人を消しとばす。

 

 王都全体を激しく照らしつける光は二分、三分と続き、やがて途切れた時……巨人はいなかった。

 

 

 

オォォオオン…………

 

 

 

 ズシン、と地響きを立てて〝りゅう〟が前足を地につける。

 

 流石に今の一撃は大量にエネルギーを消費したのか、やや緩慢な動きで《暗き者》を喰らい始めた。

 

「………………は、ははっ。はははははっ」

 

 そして、クーネは。

 

 圧倒的な〝りゅう〟の姿を、瞬きもすることなく両目に焼き付けた彼女は、乾いた笑いを漏らす。

 

 自分の体を支えることすら馬鹿らしくなって、また膝をついた姿勢に逆戻り。

 

 

 

 

「……あんなの…………どうしろって、いうんですか…………」

 

 

 

 

 無力感に叩きのめされた、小さな少女の呟きが木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 誰も止めることのできない〝りゅう〟。

 

 

 

 

 

 

 その比類なき力で暴れる怪物には、誰も近づけない。

 

 だが、その内側……膨張した〝侵食再生〟の肉の奥に格納された光輝本来の体。

 

 仮初の肉に結びつき、融け合いかけたその胸の中……魂の奥で、まだ抗うものがいた。

 

 

 

 

 

 ──…………。

 

 

 

 

 何もかもが塗り潰された昏い世界、誰も立ち入れない魂魄の核。

 

 そこには一つの存在がいた。

 

 かつて、再編された世界で彼に振るわれ、されど砕かれた聖なる剣。

 

 そこに宿っていた、トータスという世界に深く関わるモノ──そのほんの少しの残滓。

 

 僅かな欠片に宿り、光輝の体に密かに宿り続けていたそのモノは、悲しそうに暗闇を見つめていた。

 

 

 

マダノコッテイタカ

 

 

 

 ふと、そのモノの意識に刷り込まれるような声が響く。

 

 黒い長髪を揺らし、そのモノが後ろを振り返れば、そこには闇の中で輝く三つの瞳。

 

 爛々と光る青い目を瞬かせ、小さなムシ──シンセイは、そのモノと向き合った。

 

 

 

ヤドヌシハコワレタ オマエモキエル

 

 

 

 …………。

 

 

 

 シンセイの言葉に、そのモノは特別な反応をすることもなくかぶりを振る。

 

 美しい少女の姿をしていたそのモノは、もはや見る影もないほどにひび割れ、薄れ、滲んでいる。

 

 最初から、いずれ消えてしまうことは覚悟していた。

 

 ただ、少しでも長く彼の行く末を見ていたくて……そのモノの願いは、それだけだった。

 

 

 ──? 

 

 

 貴方は? と、そのモノは尋ねる。

 

 そのモノは存在がとても古く、概念的存在のシンセイであっても言葉としては理解できない。

 

 しかし、ここは魂のうろ。意思が全てを伝える場所故に、ムシはケタケタと笑う。

 

 

 

ワタシモキエル モウチカラヲアヤツレナイ

 

 

 

 元はシンセイあっての力だったが、ここまで暴走してしまってはどうすることもできない。

 

 膨れ上がった体を維持するエネルギーを賄えなくなるか、あるいは丸ごと消されでもすれば。

 

 その時点で、全員が消える運命だ。

 

 

 

 ──……? 

 

 

 

 何故、ともう一度そのモノが問う。

 

 実のところ、シンセイだけなら膨張した力を切り離して分離してしまえばいいのだ。

 

 それで助かる。悪意を吸って生きるこのムシはそうするものだと、そのモノは思っていた。

 

 

 

ヤドヌシハタクサンクワセテクレタ マンゾクダ

 

 

 

 シンセイの答えはシンプルだった。

 

 なんだかんだと、このムシもまた光輝のことを気に入っていたのだ。

 

 最初こそ、旧世界で本来の主人に植え付けられ、狂わせる為に蝕んでいただけだった。

 

 しかし、その全てを糧とされてしまった。今まで壊してきた誰もそんなことは出来なかった。

 

 そして、再構築されて一年。元の主人を守る為に一人と一匹で過ごしているうちに、絆が生まれた。

 

 今、共に逝こうとまで思えるくらいに。

 

 

 

ヤドヌシハオモシロイ ダカライッショニイク

 

 

 

 …………? 

 

 

 

 そのモノは、驚くほどに生に執着のないシンセイへ、本当に消えてもいいの? と伝えた。

 

 包容力と慈愛に溢れた存在であったそのモノは、ただ邪悪なだけでないと分かったシンセイを慮る。

 

 そんな彼女へ、シンセイはゆらりゆらりと近づき──白い歯を見せて歪に笑った。

 

 

 

ヒトツ テガアル

 

 

 

 そのモノは息を呑む。

 

 消えかけとはいえ、自分にもどうしようもない今の光輝を止める手立てがあると言うのだろうか? 

 

 そんなふうに身構えるそのモノへ、シンセイはさらに口を裂くように笑って。

 

 

 

ワタシトオマエ ヒトツニナル

 

 

 

 ────。

 

 

 

 そのモノが固まった。

 

 悠久にも等しい時を生き、聖剣にも宿ったそのモノをして、全く予想し得ない提案だった。

 

 そんな彼女の周りを揺蕩いながら、囁きかけるようにシンセイは言葉を向ける。

 

 

 

ワタシノチカラト オマエノ()()()() ヒトツニスレバ トメラレル

 

 

 …………

 

 

 

 そのモノは、ひどく迷う素振りを見せる。

 

 全く経験のない試みではあるが、ほぼ絶対に失敗するだろうことが予想できるからだ。

 

 シンセイの力は、奪い取り壊すもの。

 

 そのモノの力は、護り与えるもの。

 

 対消滅し、より光輝の暴走が悪化する可能性の方が遥かに……否、九分九厘そうなる。

 

 だが。

 

 

 

コノママダト ゼンインシヌ ヤルカ? ヤラナイカ? 

 

 

 

 さながら脅迫するかのような言葉に、しばしの間渋面で悩み続けるそのモノ。

 

 やがて、小さなため息の素振りと共に彼女がした選択は……両手を広げ、胸を晒すことだった。

 

 

 

 ────……

 

 

 

 どうせ、消えてしまうのならば。

 

 せめて、あの優しい子を助けられる可能性に賭けてみたい。

 

 そう訴えるそのモノの瞳に、シンセイは嗤い。

 

 

 

 

 

サスガハ 〝セカイジュノメガミ〟ダ

 

 

 

 

 

 躊躇なくその胸へと食らいつく。

 

 

 

 

 

 

 

 直後。

 

 

 

 

 

 

 

 青い閃光が、闇の世界を染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「陛下っ! 陣の外に出てはなりません!」

「しかしっ! 彼をあのままにしてはおけないだろうっ!?」

 

 痺れを切らしたように叫ぶモアナに、彼女を押しとどめていたスペンサーも苦々しい顔をする。

 

 天災のように破壊の限りを尽くす〝りゅう〟。それを北門の陣から間近に見ていた彼ら。

 

《暗き者》の全戦力が押し止められているこの数時間に渡って会議が開かれたが──結果はこれだ。

 

「くっ、やはり彼も光輝だったっ! 最初からクーネを連れてコウキの元へ行ってもらっていれば……っ!」

 

 今更後悔したように、モアナは悲しげに顔を歪める。

 

 

 

 

 彼女にとって、フールと名乗った彼はコウキとは違う人間だった。

 

 

 

 

 思考も性格も、あの不思議と心惹かれる青年とはどこか違っていて、だから自然と頭の中で区別していた。

 

 その区別が緩んだのは、先日アークエットへの救援を頼み込んできた時の行い。

 

 誰かを助ける為に、大切なものすら時に賭ける。そのひたむきさはコウキと同じだったのだ。

 

 昨日、光輝が戦場に出てきて名乗りを上げた時──ああ、彼も同じなのだと確信した。

 

 別世界の同一人物という不思議な存在を、ようやく受け入れられたのだ。

 

 だから、今暴虐を振るう姿にひどく心を締め付けられる。

 

「……私も、気持ちはよくわかります。彼はあんな風になっていい男ではなかった」

「スペンサー……」

 

 それはスペンサーも同じだった。

 

 

 

 

 最初こそ怪しげな存在だと疑り、もし不穏な動きをすれば……そう考えていたが、今では友情すら感じている。

 

 何より彼は、光輝が〝りゅう〟へと変貌するのを見ていたのだ。

 

 《暗き者》達に滅多刺しにされ、死んだはずの体を引き摺り上げ──怪物に変わった。

 

 〝守る〟と、最後に呟いた言葉さえも聞いていた。

 

「ですが、だからこそ陛下を行かせることはできません」

「っ、彼を見捨てろと言うのか!?」

「フール殿はッ! あのように成り果ててなお、我らを守っているのですッ! その背に庇おうとしているのですッ!」

 

 血を吐くような思いで、スペンサーは激白する。

 

 あまりの剣幕にモアナも、他に彼女を諌めようとしていた者達でさえ口を噤む。

 

 悔しげに下唇を噛み締め、近衛隊長は自らが守るべき主君へ鋭い目を向けた。

 

「もし、下手に戦場に陛下や戦士達が出て、大怪我を負ったり、命を落としたりすれば。彼の最後の想いを踏み躙ることになりましょう」

「ッ…………しかし」

「今は耐えるしか、ないのです。そうすることしか、我らには──」

 

 

 

 

 激震が彼らを襲った。

 

 

 

 

 戦陣のみならず、王都を含めた周囲一帯を震わせる鳴動に全員がバランスを崩す。

 

 悲鳴や怒号が響く中で、どうにか転倒を避けたスペンサーとモアナは反射的に北方を見た。

 

「彼が…………」

「止まって、いる……?」

 

 〝りゅう〟が、その動きを止めていた。

 

 一度も止まることのなかった怪物が、どうしたことか完全に停止していたのだ。

 

 振り上げていた大腕は空中で留まり、黒い体を覆う蒼炎も消え失せている。ボロボロの翼は萎んでいた。

 

 先ほどの地震は、触手のように蠢いていた柱のような尾が、全て地面に落ちた影響であった。

 

「突然、何が起きて……」

 

 呆然とする彼らの前に、更なる変化が訪れる。

 

 〝りゅう〟の体が崩壊を始めたのだ。翼の先端から、鼻先から、鉤爪の先から、砂城が波に攫われるように。

 

 モアナ達は顔を青くした。いよいよ限界が来たのだと。ついに光輝の命が底をついたのだと。

 

 

 

 

 しかし、そうではないとすぐに証明された。

 

 〝りゅう〟が暴れていた時間に比べれば、刹那の時間に消えた巨躯の内から人影が現れる。

 

 息を呑む彼女達。この場所からは豆粒のようなそれが、誰であるのかを瞬時に理解したが故に。

 

 そんな彼らの前で、宙に浮かんだ人影──光輝は、不思議な力が働いているかのようにゆっくりと降下する。

 

 〝りゅう〟を畏れた《暗き者》達が後退したことにより生まれた、円陣の中に、静かに横たわって。

 

「──かはっ」

 

 直後、赤黒い血を吐いて息を吹き返した。

 

 しばらくの時をおいて、緩慢に瞼を開く。しばらく虚空を見つめた瞳に、やがて焦点がついた。

 

 そのまま、光輝は立ち上がる。握ったままのヴァーゲを杖にして、老人のようにふらふらと。

 

「あ、れ……俺、何をして…………」

 

 

 

(俺は、戦って、戦い続けて……それから、どうしたんだっけ)

 

 

 

 光輝からは、《暗き者》達にトドメを刺された直前からの記憶が抜け落ちていた。

 

 それでも、這い上がることはできない暗闇に落ちた確信だけはあったのに、生きていることが不思議でならない。

 

「俺は……何を、どうして…………」

 

 

 

 

キャハハハハ! 宿主(マスター)は脆弱だなぁ

 

 

 

 ふと、知っている声がした。

 

 脳裏に響く、馴染みのあるはずなのにどこか違和感のある声に、光輝は顔をあげる。

 

 仮面が消え、ありのままの顔を晒した彼の体から青黒い粒子が放出された。

 

 

 

 

 

 粒子が、目の前で形を取り始める。

 

 

 

 

 

 最初は足先から。そこから上へと登っていくように粒子が骨となり、肉となっていく。

 

 

 

 

 

 そして、ヒトの下半身であると認識できるほどになると次は指先から構築が始まり、更に具現化した。

 

 

 

 

 

 やがて頭まで作られると、黒かった体がみるみるうちに白磁の肌へと塗り替わる。

 

 

 

 

 

 滲み出るように扇情的な服が張り付いていき、端正な顔にまつ毛や眉が生え、青い口紅とアイシャドウが引かれ。

 

 

 

 

 艶めく長い黒髪が、青い毛先を揺らしながら舞い落ちて。

 

 

 

 

 

 最後に、尻から先端の尖った尻尾が、側頭部から一対の捻れた角が生えてくると。

 

 

 

 

 

 長いまつ毛を震わせ、未成熟ながらも美しい姿を取った〝それ〟は目を開いた。

 

 

 

 

 

「君、は…………」

 

 壮麗な姿に見蕩れる光輝を、美の女神の如きその少女は無垢な表情で見下ろす。

 

 そして──ひどくバカにしたような笑みを顔に貼り付けた。

 

「キャハハッ! マスターのざぁこ♪ この程度のピンチも切り抜けられないで暴走するなんて、ほんっと、ワタシがいないとなぁんにもできないねぇ? キャハハハハッ!」

 

 ビシッ、と光輝は硬直した。

 

 一瞬前の純粋な美しさはどこへいったか、煽るようにクスクスと笑う悪魔娘に唖然とする。

 

 そんな光輝に近づき、悪魔娘はニヤニヤと笑う。

 

「あれぇ? ほとんど死んでたのを助けてあげたのに、お礼も言えないの? それとも言い方を忘れちゃいまちたかー? プププッ」

「……お前、もしかしてシンセイか…………?」

「アハッ、どんかーん。今更気づいたの? そうだよ、一人じゃなーんにもできないマスターをずっと助けてあげてた、頼れる悪魔ちゃんでしたー⭐︎」

 

 てへぺろ顔で目元ピースをキメる元シンセイ。光輝は形容できない苛立ちを感じた。

 

「いや、お前……何がどうなってそうなった!?」

「もう、仕方がないなぁ。説明したげる。マスターは覚えてる? 破壊された聖剣の欠片のこと」

「それは、覚えてるけど……確か何かが俺の中にいるって…………」

 

 ハッとする光輝。悪魔娘がニヤリと笑う。

 

「そう。マスターの中にいたのは、大樹ウーア・アルトの化身。()()()()()()()()()()()を守る女神の欠片。エヒトとの戦いに敗れて聖剣に魂を宿し、されど砕かれたその破片から、勇者になれなかった愚者(マスター)に宿った者」

「大樹って、樹海の……それに、世界樹……?」

 

 光輝の頭は混乱する。

 

 知り合いの故郷にある木に意思が宿ってたとか、世界樹の女神だとか、相当ヘビーな話だった。

 

 何が何だか分からない光輝にクスクスと笑い、悪魔娘はその頬に手を添える。

 

「ワタシは、かつて心を壊す悪魔だった者であり、人々を守る勇者の隣に立つ女神だった者。そして今、愛するヒトのため、守るべき人々のために立ち上がり、されど挫けてしまった貴方のために、ワタシ達は生まれ変わった」

「シンセイ…………」

「ワタシの名は〝プライト〟。貴方と共に歩み、貴方の剣となって悪を喰らう者」

 

 さあ、とシンセイは──邪神霊プライトは、空いた手を光輝の手に添えて。

 

 なされるがままの彼の手に収まるヴァーゲを自分の胸に向けると、これ以上ないほど嗜虐的に笑った。

 

 

 

 

 

「貴方を脅かす全てを喰らいましょう?」

 

 

 

 

 

 ヴァーゲの切先が、その胸に触れる。

 

 するとプライトの体が光り輝き、粒子に戻って魔剣へと吸い込まれると──剣が変化した。

 

 漆黒の円環に紋章が。グリップの根本にはスイッチが、柄頭にはスロットが。

 

 そして、宙に残った粒子が左手に収束し、顔の前に持ち上げて見ると。

 

 悪魔のレリーフが刻まれた、白黒のボトルに変わった。

 

「これは……」

『使い方は分かるでしょ? 雑魚マスターでもさっ♪』

「……まったく、口の減らない相棒だよ」

 

 どこか呆れたように……けれど、頼もしげに光輝は微笑む。

 

 姿勢を正し、キッと前方を睨みつける。そこには未だに動揺し、光輝を包囲する《暗き者》の軍勢。

 

 数えきれないその黒波は酷く暴力的だが──不思議と、光輝は全く怖くなかった。

 

「行くぞ、プライト。食事の時間だ」

『キャハハッ! 全部食べてあげる!』

 

 胸の前に、ヴァーゲを掲げる。

 

 左手に握ったボトルを数回振り、キャップを開いた。

 

 屹然とした面持ちで、光輝はそのボトルをヴァーゲのスロットへと迷い無く挿し込んだ。

 

 

 

 

 

《Demons of PRIDE!》

 

 

 

 

 

 重厚な声で、宣告が響き渡る。

 

 どこからか荘厳な音楽が一帯に流れ出し、《暗き者》もシンクレア軍も困惑した。

 

 その中で、光輝は音を立てヴァーゲを掲げる。

 

 明らかにこの状況の原因だろう彼に誰もが目を向ける中、湖のように凪いだ瞳で魔剣を振る。

 

 ゆっくりと弧を描く刃が、赤い残光を残し──それを見た全員が、深紅の太陽を幻視した。

 

 そして、切先が再び頂点に達した時。

 

 開眼した光輝は、在らん限りの勇気と力を以って叫ぶのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変ッ、身!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリガーを引き、魔剣を鋭く振り下ろす。

 

 瞬間、その刃から膨大な血飛沫が舞い、光輝の全身を覆い隠した。

 

 

 

《 Get over the CATASTROPHE!! Demons of P R I D E !! Yeahhhhh!!! 》

 

 

 

 閃光のような一閃が、血飛沫を切り裂く。

 

 嵐のように渦巻く鮮血を払った時──そこには、壮麗な青と黒の鎧を纏う剣士がいた。

 

 

 

 

 

『──〝仮面ライダーアロガンス〟。押して参る』

 

 

 

 

 

 今、新たなヒーローが誕生した。

 

 

 




読み方はア↑ロ↓ガンスですぜ。


読んでいただき、ありがとうございます。


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不退の剣邪

長すぎたので、もう一話に分割しました。次が最後です。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 大きくその姿を変えた光輝。

 

 

 

 竜が悪魔に食われたような鎧を纏うその威容に、敵味方関係無く目を奪われる。

 

 注目の渦の中、光輝──アロガンスはヴァーゲの切っ先を《暗き者》へと向けた。

 

『来い。今度こそ、お前達を討ち滅ぼそう』

『っ、一度死んだ癖に生意気なっ!』

『先程までの姿ならともかく、家畜と同じ姿形に戻った貴様など敵ではないわ!』

『奴を今度こそ殺せェ!』

 

 瘴気を吹き出し、己の体や武具を強化した《暗き者》達が動き始める。

 

『さて、どうかな』

 

 狼狽えることはなく、光輝は静かに半身を引く。

 

 腰のベルトにある簡易な鞘に左手をかけ、片手で悠然と構える姿には、不思議と隙がない。

 

『死ねェ!』

 

 とある鱗竜種が、渾身の踏み込みによって円陣の中へと入った。

 

 ラガルよりも大柄で筋肉質なその個体は、鎧を纏っただけで強くなった気でいる愚か者を殺さんと迫る。

 

 〝かえし〟のついた刺々しい剛槍が、無防備に突っ立っているアロガンスの胸に吸い込まれ──

 

 

リィン。

 

 

『……は?』

 

 気がつけば、両腕が飛んでいた。

 

 痛みを感じないほど滑らかに、前腕の根元から先が槍ごと地面に落ちる。

 

 何故、と考えたその刹那、ズルリとその《暗き者》の視界が左右でズレ、高さが合わなくなった。

 

『な、にが……』

 

 自分がどうなったのかを理解するよりも早く、二つに分かれたその鱗竜種は絶命した。

 

 どよめきが広がる。同じように円の中に入ろうとしていた幾つもの足が、本能的に動きを止めた。

 

『どうした。殺すんじゃないのか?』

 

 アロガンスの冷涼な声だけが、戦場に響く。

 

 何の感動も、戦意も、殺意も感じられない、まるで普通に話しかけるかのような声音。

 

 鱗竜種の中でも相当の猛者を瞬殺したにも関わらず、異常なほど穏やかな雰囲気にたじろぐ。

 

 

 

 

 しかし、彼らとて《暗き者》の精鋭、侵略の戦士。

 

 ここで足踏みをするのは恥だと、先程自分達が投げかけた罵倒に反すると、数体が肉薄した。 

 

 

リィン。

 

 

 また、金属同士がぶつかり、共鳴するような美しい音が響く。

 

 直後に武器を半端に突き出していた《暗き者》達が、全員体を一刀両断されて崩れ落ちた。

 

 真横へヴァーゲを振り抜いていたアロガンスは、付着した青い血を血振りすると構え直す。

 

『な、何がどうなっている!?』

『構うな! 数で潰せばどうともなるまい!』

 

 不可解な斬撃……あるいはそれに類似した何かに、《暗き者》達は堰を切ったように突撃した。

 

 先の襲撃とは比べ物にならない、全方位かつ上空からも含めた百以上の攻撃。

 

 誰もが殺せると思った。アロガンスの斬撃に唖然と見ているだけだったモアナ達さえも。

 

 だが。

 

 

リィン。

 

 

 音が響く。

 

 赤い閃光が宙を走り、一拍置いた後には攻撃仕掛けていた全ての《暗き者》が斬殺された。

 

 おびただしい数の死体が円陣の中に転がる中、血の雨の中でアロガンスは剣を振り切っている。

 

 残心している様にも見えるその姿に、今度は二百の手勢が向かうが。

 

 

 

 

 

リィン。

 

 

 

 

 

 斬られる。

 

 

 

 

 

リィン。

 

 

 

 

 

 斬られる。

 

 

 

 

 

リィン。

 

 

 

 

 

 斬られる斬られる斬られる斬られる斬られる。

 

 ありとあらゆる攻撃、手段、瘴気の力を持ってしても、一律に一太刀で切り捨てられる。

 

 そこには何の争いもない。技をせめぎ合う熱も、命を奪い合う激情もなく、ただ無感動に命が斬られる。

 

 その工程以外は何も必要がないとでも言うように、アロガンスは無言で魔剣を振るい続ける。

 

 それは三百でも、五百でも、むしろ互いの存在が邪魔になる千の数が襲いかかっても同じだった。

 

「……なんだ、あれは。何が起こっている」

 

 次々と作業のように、指数関数的に増える《暗き者》を斬っていくアロガンス。

 

 一片の殺意もないその背中に、陣から出てきかけていたモアナ達は呆然と立ち尽くす。

 

 防御態勢こそ取っているものの、《暗き者》は一体も彼女達に牙を向くことはない。

 

 それよりも、あの恐ろしいほど静謐な化け物を殺さなくてはいけないという強迫観念に駆られていた。

 

「……アークエットで見た、コウキ殿の斬撃ともまた違いますな」

「ああ。あのような、理解できない一撃ではない」

 

 アークエットでたった一人、六千もの《暗き者》を屠ったコウキ。

 

 極限状態の中での自問自答と限界を越えた戦いで、彼は二つの力を手に入れた。

 

 一つは〝限界突破〟の最終派生技能。魔力で傷ついた体を繋ぎ、戦い続ける【戦鬼】。

 

 もう一つは、無我の境地に至ることであらゆる斬撃の過程をほぼ認識させない【無念無想】。

 

 

 

 

 だが、アロガンスのそれは似通っているようで、まるで違う。

 

 魔剣が振られる軌跡は見える。踏み込むタイミングも、一振りした後の一瞬の隙さえも。

 

 そこを狙って攻撃した《暗き者》達は、しかし吸い寄せられるように次の一太刀に斬られるのだ。

 

『何故だ!? 見えるはずなのに何故我らが殺されるっ!?』

『これほどの数で、どうして一度も届かないのだ──っ!?』

 

 光輝だけで戦っていた時のように、大火力の剣技で対抗してはいない。

 

 〝りゅう〟に変貌した時のように、純粋な破壊力と巨大な体も持ち合わせていない。

 

 それなのに──ただの一撃も、到達しえない。

 

 赤い残光を残す剣を振るい、無慈悲に命を斬り裂くその姿は──

 

「邪技の、剣鬼…………〝剣邪〟」

 

 スペンサーが絞り出したように呟いた。かつてコウキに、剣聖の頂を見出したように。

 

 その呼び名を否定するものは、モアナ達の中には一人も存在しなかった。

 

 

 

 

 

(──体が軽い。それなのにきちんと剣は重くて、〝斬った〟という事実を与えてくれる)

 

 

 

 

 

 殺意と畏怖と恐怖の嵐の中、おかしなほどに凪いだ心で光輝は考えた。

 

 プライトと光輝の力が融合した鎧は、彼が剣を振るうのに最適な状態に常に調節してくれる。

 

 自らでも知覚していなかった無駄な力み、軸のずれ、最も斬りやすい体重のかけ方、全てを教えてくれる。

 

 その全てを新たに糧としてプライトの宿るヴァーゲを振れば、どんな敵でも必ず斬れた。

 

 不思議な感覚だが、確かな力の実感を光輝は得ていた。

 

 その正体は、命を落とす程の戦いと莫大な力の暴走を経て、邪神霊によって芽生えた技能。

 

 

 

 〝限界突破〟の最終派生技能──【天衣無縫】。 

 

 

 

 全ての五感、第六感さえも極限まで高め、認識した攻撃へ最適の斬撃でカウンターをする力。

 

 邪神でさえも一度は斬った雫の呼吸読みが無敵の先読みなら、それは究極の後の先。

 

 

 

 

 

 

 

 それが光輝の不退転の剣技だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

《キャハッ。私が力を貸してあげてるんだから、これくらい当然だよねぇ?》

『ああ、そうだな。お前とならどんなものでも斬れる気がするよ』

 

 鎧を通し、脳裏に響く声に俺は微笑む。

 

 酷く穏やかな気分だった。《暗き者》を屠る体とは乖離したように平静な心境だ。

 

 命を救ってもらった感謝と、その期待に応えたいという純粋な想いだけがある。

 

『雫も、こんな気持ちだったのかな。あいつを助ける為に、南雲と一緒に戦っていた時』

『何をごちゃごちゃと言っている!』

『いい加減にくだばれェエエ!!』

『なんでもないさ──ただ、これ以上お前達に負ける気は全くしないと。そう言っただけだ』

 

 グリップのトリガーを人差し指で押し込む。

 

 

 

《AVARICE! Ready Go!!》

 

 

 

 広げた左手の中にもう一振り黒のヴァーゲが現れ、左右の空間へ同じ軌道で振るう。

 

 その一撃は、俺へ瘴気の牙や爪を飛ばそうとしていた《暗き者》ごと後ろまで諸共斬り裂いた。

 

 そうしてまた、円陣の中に俺以外の命が居なくなる。どこか余裕さえある為か、今のが4991体目であることも数えられた。

 

『合計二万弱……まだ、いけそうだな』

 

 かろうじて生き返りはしたものの、あまり長持ちはしない。

 

 鎧の力とヴァーゲの吸収・変換する力で耐えているが、今の俺はあちこちひび割れた盃のようなものだ。 

 

 割れ目からこぼれ落ちる力は止められない。また力つきる前に、せめてあと一万は削りたい。

 

『絨毯攻撃だ! 奴諸共吹き飛ばせ!』

 

 どうやら余分な思考ができるのはここまでらしい。

 

 空へ飛び立つ、おびただしい数の翼を持つ《暗き者》達を見る。

 

 同時に地上の奴らも突撃してきて、俺は一番最初にやってきた一体の攻撃を見極め斬り返す。

 

 

 

 

 次の瞬間、空から瘴気の槍や刃物が雨霰と降り注いだ。

 

 悲鳴を上げる同胞を巻き込むのもかまわず、また彼らの方も空撃を無視して俺に突撃してくる。

 

 同族以外に協調性が皆無な彼らにしてはおかしな戦略だ。《黒王》から指示でも出たか。

 

『そう来るのなら、俺も応えさせてもらおう』

 

 トリガーを二回。牛頭種を斬り裂くと同時に横薙ぎの技を解放する。

 

 

 

《ENVY! Ready Go!!》

 

 

 

 飛翔した青黒い剣閃、それが地上部隊と空爆部隊の間の空間を奪い取る。

 

 一時的に虚無空間になったそこに空爆部隊が吸い寄せられ、バランスを直す間も無く墜落していった。

 

 それによって一部の地上部隊が撃沈するも、全てが止まるわけではない。

 

『死ねェァ!』

『断る』

 

 背後から飛びかかってきた奇骨種を、腰のホルダーに納刀しながら刺殺。

 

 キン、と音を立てて根元まで納刀された瞬間、三回トリガーを指で打つ。

 

 

 

《CARNALITY! Ready Go!!》

 

 

 

 抜刀、からの振り上げ。

 

 ホルダーから散った火花より、黒く揺らめく蒼炎が燃え上がり垂直に斬撃が発生する。

 

 《暗き者》達を大量に巻き込みながら、十メートルほど包囲を切り裂いて霧散した。

 

《マスター、慣れてきたじゃん♪》

『油断してヘマはしないぞ』

《ちぇー。面白くなーい》

 

 まったく、こいつは。

 

 自分の間合いであり、安全圏である円陣の中心でヴァーゲを構え直すと、次の敵を待つ。

 

 倒した数は6207。少しだけ体の倦怠感が戻ってきた、ペースアップといこう。

 

 

 

《ANGER! Ready Go!!》

 

 

 

『ハッ!』

 

 ヴァーゲの切先を地面に向け、両手で勢いよく突き刺す。

 

 接触した場所から青ざめた血のようなエネルギーが広がり、円陣を隙間なく満たした。

 

 エネルギーの泉から四体の龍が現れ、蛇のように長い体を唸らせ《暗き者》を蹴散らす。

 

 そのまま体を伸ばしていきながら、さながら嵐のごとく何度も乱回転して範囲を拡大していった。

 

 

 

《LAZY! Ready Go!!》

 

 

 

 間髪入れず、五回トリガー。

 

 左手を空へ掲げると、《暗き者》達を蹂躙していた龍が止まる。

 

 そしてエネルギーへ戻ると、地面に広がる泉ごと俺の上へと集まった。

 

 

 

 

 瞬く間に出来上がった、巨大な青の血塊。

 

 俺はヴァーゲをタクトのように振り下ろすことで解放する。

 

 一瞬の脈動と収縮の後、血塊は無数の棘となって戦場のあちこちへと降り注いだ。

 

 血杭が《暗き者》達を穿ち、地を破り、瞬く間にその数を減らしていく。

 

 全てが放出された時、円陣は三回りほど範囲を広げ、撃滅した数は一万を超えていた。

 

『思ったよりやれるじゃないか、俺』

 

 まだ、戦える。

 

 ヴァーゲを胸の前に掲げ、天へ切先を向けた途端に《暗き者》達がざわめいた。

 

『奴を止めろ! これ以上あの力を使わせるな!』

『遅い』

 

 

 

《GLUTTONY! Ready Go!!》

 

 

 

 六度の連打。

 

 これまでよりさらに鮮烈に魔剣の刀身が光り輝き、重々しい波動が波及する。

 

 それは戦場に撒き散らされた、先の血杭に反応し、殺到していた奴らの足元を大きく揺らす。

 

 ザワリ、ザワリと水音を立てながら、地面から滲み出るように宙へ浮かび上がり、それは七重のトラバサミを作り出した。

 

『こ、これは──』

『皆ごと喰らえ』

 

 

 

 呟き、閉じる。

 

 

 

 逃さぬように外から次々と閉まっていく青血の牙が、何千もの《暗き者》を呑み込んだ。

 

 大地震が断続的に起こり、悲鳴が血の中へ消えていく中……それらが消えた時、立っていたのは俺のみ。

 

 ヴァーゲを下ろした時、ぐらりと視界が揺れた。

 

『く、そろそろキツいか』

《今の雑魚マスターだと、あと一度が限界じゃない? そろそろ逃げたほうがいいよ》

『そう、だな。ここらが潮時……』

 

 

 

 

 

 その時、第六感が危機を感じ取った。

 

 

 

 

 

 空を見上げる。  

 

 すると、どこからともなく大量の瘴気が現れ、みるみるうちに見覚えのある大剣を作り出した。

 

 動いたか、《黒王》が。いい加減に俺のことが目障りになったのだろう。

 

『……丁度いい。()()で終わりにしよう』

《キャハハッ! だいたーん! でもそういうの、嫌いじゃないよ?》

 

 つい昨日、大きく劣勢に傾く原因になったそれに、しかし俺は仮面の下で笑った。

 

 すっかり元の怠さが戻ってきた体に喝を入れ、今一度ヴァーゲを掲げる。

 

 その時、大剣が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

《ARROGANCE! Seven Sins!! Ready Go!!!》

 

 

 

 

 

 最後に、七度トリガーを押す。

 

 加えてスロットのデモンズボトルの底を叩いてさらに押し込み、成分をヴァーゲに注入した。

 

 赤い輝きを何倍にも増したヴァーゲを、もう眼前にまで迫った大剣へと突き出す! 

 

『ハァッ!!』

 

 極太の刃と、赤い鋒が衝突する。

 

 激しく火花を散らし、魔力と瘴気をせめぎ合い──やがて、崩す。

 

 青黒い光に侵された箇所から、みるみるうちに大剣は侵食されていき、俺のものとなった。

 

 空へ掲げたヴァーゲに連動して、青の亀裂に支配された大剣が轟音を立てて動く。

 

『何なのだ、貴様は。一体、何だというのだッ!!』

 

 いずれかの《暗き者》が、俺へと叫ぶ。

 

 そんな奴らに、俺はヴァーゲの柄を堅く握りしめ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『──傲慢な想いを貫く者。己の未来の為、お前達の屍を越えていく者だ』

 

 

 

 

 

 

 

 躊躇なく剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 落下した大剣が、《暗き者》の津波を作り上げながら地面に亀裂を作る。

 

 

 

 

 

 そのまま体ごと回転して薙ぎ払い、殺せる限りの《暗き者》を殺し尽くした。

 

 

 

 

 

 

 最初の地点に戻ってきた瞬間、コントロールの限界が来て大剣はゆっくりと霧散してしまう。

 

 その代わりに、凡そ二万──昨日と合わせれば三万を超える《暗き者》を屠り去った。

 

『ぐ、ぁ…………』

 

 そこで、限界だった。

 

 絶えぬと思っていた黒波が周囲から消えたのを視界に収めながら、両膝をつく。

 

 変身が解除され、今度こそ力尽きてその場で顔から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

「っ、今だ! 総員、出撃せよッ! 《暗き者》達を滅ぼせッ! 彼を──フールを、絶対に救い出せッ!!!」

 

 

 

 

 

 女王と、戦士達の咆哮が聞こえる。

 

 どこか遠くなっていくその感覚は、けれど命が失われていくものではなく、極度の疲労によるもの。

 

 ああ、ワーカーホリックだなんだとあいつに言われるが、確かに、これは。

 

「しば、らく……休みを、もら……い…………たい…………な……………………」

《キャハ、お疲れマスター。楽しかったよ。ちゃぁんと休んで──それから、また一緒に楽しもうね?》

 

 

 

 

 

 

 

 そして、泥沼のような睡魔の底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 ……温かいものが、俺の頭を撫でている。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、子供の頃以来滅多に撫でられることの無かった母さんの手の温もりに似ていて。

 

 でも、愛を感じつつも乱雑な母さんのそれとはどこか違う。

 

 それよりも繊細で、細々しく。

 

 優しくて、どこか慈しみがあって……

 

「………………ぅ」

 

 どうにかという思いで、瞼をこじ開ける。

 

 しばらくは白と黒の明滅した世界だった。景色を視覚化する神経が安定していないらしい。

 

 頭の奥で響く甲高い音と、耳が丸ごと無いような麻痺が併せて起こり、暫く耐える。

 

 ようやくぼんやりと見えるようになった視界の焦点を必死に絞って、はっきりとさせる。

 

「ここ、は……王宮、の…………」

 

 俺の、使っていた部屋。

 

 どうして、ここに……

 

 

 

 

 

「──あら、目が覚めたのね」

 

 

 

 

 

 耳朶を振るわす、艶やかな声。

 

 機能を取り戻したばかりの耳に響いたその声に、全身が震える。

 

 まさか、ありえない。

 

 そんな風に思いながらも、頭の上で止まった手の感触と、後頭部に感じる柔らかい暖かさが。

 

 俺の体が、記憶が、心が肯定する。この世界にいるはずのない〝彼女〟の存在を実感する! 

 

 そんなはずはない、そう何度も何度も、心の中で否定して、それでも上を見上げると──

 

「ふふ、間抜けな目覚めの顔。眠っている間はあどけない少年のようだったのに。少し、残念ね?」

「ぇ……いこ…………!」

 

 ああ、ああ。

 

 そこにいたのは、毒より甘く、蜜よりも毒々しい、少し嗜虐的な微笑を浮かべているのは。

 

 俺の最愛。俺の唯一。

 

 たとえ何万の命を踏み躙ろうとまた会いたいと願った、その人だった。

 

「えぃ……こ……えい、こ、英子っ!」

「はいはい。そんなに何度も呼ばなくても、(わたくし)はここにいてよ? それとも幻と思っていて?」

 

 彼女だ。俺を試すような言葉にそのことをまた確信する。

 

 そして自分が死んでいないことも。

 

 何でここにいるのかはわからないけど、ちゃんと生きて、また会えたことを。

 

「君の……君のところに、帰り……たかったんだ」

「ええ、そうでしょうね。貴方は私のお人形さんだもの」

「その為に……できることをしようと、思ったんだ。俺にはそれしか、分からないから。それが、誰かに間違ってるって、そう言われることであっても」

 

 ひどく乾いた喉を奮い立たせ、必死に話し続けて言葉を取り戻す。

 

 言いたい言葉に体が追いつかない。一週間と少し会えなかっただけなのに話したくてたまらない。

 

「言わせておきなさい。貴方が私のために努力した。その他にどんな事実が必要だというの?」

 

 傲岸不遜な笑みとセリフが、なんとも彼女らしくて愛おしい。

 

 免罪のようなその言葉に嬉しがりかけて、けどそうじゃ無いと自分のことを戒める。

 

 伝えなくては。俺がこの世界でやっと導き出した、迷いの答えを。

 

「……ずっと怖かったんだ。傷つけることじゃなくて、君を失うことが。手を伸ばせば壊してしまいそうな気がして、あの時みたいになってしまうと思い込んでいて。だから、君を綺麗なままにしたいなんて考えた」

 

 君を美しいだけにしたい。かつて呪いに冒されていた彼女に投げかけた願い。

 

 それは純粋なものだったと断言できる。けどこれは、もっと汚らしい、単なる自己満足だ。

 

 それじゃいけなかった。ただ眺めるだけで幸せになった気でいるのなんて侮辱でしかない。

 

「だからせめて、君に相応しい存在になりたかった。与えた傷と犯した罪に釣り合うほどのことをして、君に認めて欲しかったんだと思う、俺は」

「…………ふぅん」

「だから色々頑張ってみたんだけど……やっぱりダメだな。最後の最後で格好つかないや」

 

 いっそ南雲のような強情さや、あいつのような鋼の意志が俺にもあればな。

 

 イマイチやり切れない気持ちになる。こんなんじゃ、彼女も呆れいっっだ!!??? 

 

「っだぁ!? ちょっ、いった、なんでデコピン!?」

「ふん。つまらない演説を長々と聞かされたこちらの身にもなってみなさい。お灸の一つでも据えたくなるというものよ」

 

 えぇ……たしかにシラフなら恥ずかしいセリフ連発したけど、そんなに変だったか? 

 

 意味がわからずに困惑していると、呆れた表情をしていた彼女は溜息をつきながら。

 

 白磁の両手を、俺の頬に添える。

 

「いい、よく聞きなさいこの愚か者」

「は、はい……?」

「あれは私にとって最上の経験。そう言ったでしょう。貴方を愛する気持ちになりはすれど、もう欠片も気にしてはいないの。まずはその勘違いを改めなさい、馬鹿者」

「……す、すみません」

 

 本気で気にしてない顔だった。本気と書いてマジと読むくらいの怒り顔だった。

 

 えっ、じゃあ本当に気にしてなかったのか? 

 

 俺に気負わせないために言ってたんじゃなくて、本気でもう傷つけたことはどうでもよかったと? 

 

「……よくよく考えれば、君は俺にそんな気遣いをしてくれる優しい女じゃなかったな」

「当たり前のことを言わないの。貴方をそんな風に思っていたのなら、今以上にきつく躾けてますわ」

「今以上……?」

 

 すでに身も心も調教されきってる気がするんだが。

 

 まだ見ぬ領域に疲労以外の何かで体を震わせていると、彼女は目を細めて言葉を続ける。

 

「そもそも、根本的に間違っているわ」

「根本的って……?」

「私に相応しい? 見合った罰? 釣り合うための行い? この愚か者は、何を的外れなことばかり言っているのかしら」

 

 ハッ、と久々に聴いた、一切甘いものを含まない軽蔑の嘲笑。

 

 俺のこの考えは完全に間違いであると、宝石のような翠の瞳が冷たく訴える。

 

「馬鹿馬鹿しい。この私が、清廉潔白な英雄を求めているとでも思って? そのような薄汚れた布切れ一枚にも劣るモノ、願い下げですわ」

 

 そして、と彼女は言葉を切って。

 

「私が欲しいのは、たった一人。進む道に迷い、選択に迷い、己に迷い──それでもなお歩みを止めることだけは決して選ばない、愚直な男」

「…………っ!」

「私が欲しいのは、ありのままの貴方。くだらない鋳型に当て嵌めようとして歪ませたものなど、まったく美しくない」

「英、子……」

 

 全身を駆け巡る驚愕と感動に、呆然と名前を呼ぶ。

 

 すると、彼女はようやくいつものように妖艶な笑みを浮かべた。

 

「そのままの貴方でいなさい、光輝。貴方は貴方。それ以外の何かにはなれないし、ならせはしない。ただずっと、私の隣にいればいい。お分かりになって?」

「…………あぁ、よく分かったよ」

 

 心底、この(ヒト)から離れられないということが。

 

 そんなことを言われてしまっては、もうあれこれと頭の中で理屈を捏ねられない。

 

 俺はそのまま、この自分のままで彼女を守り続けていくのだと、そうすんなり思える。

 

「目は覚めたかしら?」

「ああ、今度こそはっきりとな」

 

 二人で笑い合う。

 

 

 

 

 

 やっと、帰って来られたのだと実感した。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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終幕/開幕

今回で最終回です。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

「それにしても、どうやってこの世界に?」

 

 

 

 今更だが、なぜ彼女はここへこられたのだろう? 

 

 思いつくのはあのアーティファクトのことだが、肝心の移動手段が分からない。

 

 そもそも、最後に気を失ってからどれくらい時間が経った? シンクレアはどうなったんだ? 

 

 それに、コウキやクーネ王女のことも気になる。彼らは無事だろうか。

 

「ええ、それは──」

 

 

 

 その時、扉の向こうから音がした。

 

 

 

 反射的にそちらへ目線をやる。

 

『ちょっと、何してるんですかお姉ちゃん!』

『ご、ごめんねクーネたん。ちょっとふらついて……あっ』

『えっ、ちょっ、わぁっ!』

 

 何やら話し声が聞こえたと思ったのも束の間、ガタガタと揺れていた扉が外れた。

 

 そして大きな音を立てて倒れ、一緒に扉の向こうにいた人物達も転がり出てきた。

 

「あいたた……もう、お姉ちゃんったら!」

「うぅ……」

「クーネ王女……それにモアナ女王も……」

「あっ、お兄さん! おはようございます、ご無事で何よりです! 本当に心配したんですからね!」

 

 こちらに勢いよく振り返った王女は、女王をその場に置き去りにして走り寄ってきた。

 

 盗み聞きでもしていたのか、中断した元凶の姉にちょっと怒ってるのかもしれない。

 

 何とも言えない苦笑を浮かべながらも、英子の膝から体を起こす。

 

「ご迷惑をかけたようですみません。本当はもっと戦うつもりだったんですけどね」

「何言ってるんですかっ。あんな姿になっておいて、あれ以上無茶してたら、クーネはお兄さんが死んでても叩き起こしてぶっ飛ばす所存でしたよ、ええ!」

 

 それだと俺、軽く二、三回ぶっ飛ばされることになるんだけども。

 

 腰に手を当て、真剣な顔でこちらを睨みつけてくるクーネ王女に苦笑する。

 

「っ、そういえば《暗き者》は? 戦争はどうなったんです?」

 

 質問するとシンクレア姉妹が顔を見渡せる。

 

 それから真剣な表情へと変わり、厳かな口調でクーネ王女が答えを告げた。

 

「……終結しました。光輝さまが《黒王》を倒したことで、長い戦いに終止符が打たれたのです」

 

 その言葉に、ほっと安堵した。

 

 彼女達姉妹がいることや、モアナ女王の髪が何故か白金色になっていること。

 

 何より周囲のどこからも争いの気配を感じないことから、なんとなくわかってはいた。

 

 しかし、実際に言葉として耳にすると、心のどこかに残っていた緊張が一気に解けた。

 

「俺が倒れた後の経緯を聞いてもいいですか?」

「はい。まずは……」

 

 

 

 

 

 その後の話を整理すると、こうだ。

 

 

 

 

 

 まず、シンクレア軍は俺を回収しつつも《暗き者》達へ再び攻勢を仕掛けた。

 

 三万近くも戦力を削ったことは大きかったようで、奴らは大きく士気が低下。どうにか王都の戦力だけでも拮抗できたらしい。

 

 しかし、《黒王》が動き出したことで状況は一転。それまでの善戦が一瞬にして崩れた。

 

《黒王》の攻撃により、戦士団は壊滅。余波で王宮は半壊し、ついに王都内部まで攻め込まれた。

 

 それでも地の利を生かして戦ったが、敢えなく敗北。

 

 後一歩で、復讐心に燃える《黒王》の手によってモアナ女王が、そしてシンクレアが滅ぼされんとしたその時。

 

 門が陥落した時点で逃されていたクーネ王女が、コウキと共に連れてきたのだ。

 

 彼の世界の南雲達という、最強の助っ人を。

 

「魔王様の仲間達によって、後方の領地に転移していた分団も各個撃破。そして《黒王》も消滅し、辛勝を収めたのです」

「そうですか……」

 

 事の顛末に、無意識に自分の顔が渋くなるのを感じる。

 

 誰もが一秒先に死を覚悟する中で眠りこける俺は、さぞ邪魔なお荷物だったろう。

 

「こら。また余計なことを考えていますわね」

「って……でも、俺は結局足手まといになったわけで」

「そんなことありませんっ!」

「そんなはずないっ!」

 

 モアナ女王とクーネ王女、両方にほぼ即答で否定され、その声量に身を竦める。

 

「貴方がいなければ、私達はもっと早く壊滅していたかもしれない! 光輝が来てくれる前に死んでいたかもしれない! あれほどの軍勢を一人で撃滅した戦士を、私は貴方以外に知らないわ!」

「モアナ女王……」

 

 正直、俺はコウキのそっくりさん以上の認識は持たれていないと思っていた。

 

 尊大なものではない、素の口調なのだろう言葉遣いで憤る様には、本当の怒りが宿っている。

 

「お兄さんがいたから、クーネ達は挫けなかったんです。お兄さんがあんなになるまで戦ってくれたから、私達も死ぬわけにはいかないって、必ず生きて勝つって、そう思えたんですよっ」

「……俺は、ただ出来ることをしただけです」

「そうです、その通りなんです。だからそんなふうに自分を貶めるのはやめてください! クーネが頼ったお兄さんは、そんな偉業を〝出来ること〟だからと言ってやれてしまう、すごい人間なんですっ!」

 

 モアナ女王よりも熱烈に、ベッドの縁から身を乗り出してまで訴えられる。

 

 その目には真剣な感情と、計り知れない想いのようなものが秘められていた。

 

 

 

 

 ……そうだな。無理な謙遜はしなくていいと、言われたばかりだった。

 

 俺は俺に選べる最善を行った。そこに他のどんな付加価値もつきはしない、純然たる事実だ。

 

 他でもない、守ろうとした彼女がそう言ってくれるのだ。いい加減頑固な自分は卒業しなくては。

 

「ありがとうございます、クーネ王女。そう言ってもらえて嬉しいです」

「……むう。クーネって呼んでください」

「え、いきなりですね」

「いいからっ! クーネのことはクーネと呼ぶように! 変に他人行儀なのはこれから禁止ですっ! あと敬語もっ!」

「……わかったよ、クーネ。これでいいかな?」

「ふふっ、はい!」

 

 何やら上機嫌だ。彼女が単純に嬉しそうなのは初めて見たような気がする。

 

 っ、なんか寒気がした。なんだろう、この部屋の温度が急に下がったような……

 

「そういえば、コウキは今どこに?」

「あー……」

「えっと、その……」

 

 さっと目を逸らす二人。また何かおかしなことでも起こったのだろうか。

 

 重要なことではありそうだが、深刻そうな様子ではない。彼の身に何があったんだ。

 

「光輝は……別の世界に旅立ったわ…………」

「それは、元の世界に帰ったということですか?」

「いえ、そうではないのですお兄さん。光輝さまは……この世界とも、光輝さまの故郷とも違う世界に、召喚されてしまったのです……」

「えぇ……」

 

 我が事ながら、なんてトラブル体質なんだ。

 

 エヒトに器候補として召喚され、フォルティーナに救世主として召喚され、更には次の異世界入りまーす! と言わんばかり。

 

 二度あることは三度あるというが、別世界の自分にはもはや御愁傷様と言う他になかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「その際、魔王様にしがみついて一緒に連れていってしまいました。〝お前だけは絶対に離さないぞ、魔王ぉおぉぉお! 〟と言って……」

「光輝のあんな必死な形相、《黒王》との戦いの最中でも一度も見なかったわ……」

「な、南雲とは複雑な関係なんですね……」

 

 俺は旧世界の聖戦を一緒にくぐり抜けたことで、あいつともユエさん達ともそこそこの仲だ。

 

 たまに集まって飲み会するくらいの間柄なのだが、どうも世界が違うと関係性も違うらしい。

 

 

 

 

 なおあちらのユエさん達は、コウキ共々お空の向こうに消えた南雲の帰還を待ってるらしい。

 

 もう《黒王》との決着から三日目になるそうで、俺は随分と長く寝ていたようだ。

 

 今はちょうど全員王宮にいるそうで、会いますか? と提案されたが、断っておいた。

 

 これ以上あちらに干渉する必要はないだろう。

 

「……神域での戦い、か」

「あら。私の顔を見てどうしたの? 何か思い出したことでもあって?」

「ちょっと、な」

 

 昨日は記憶が飛んでたけど、今はもう思い出している。

 

 俺は一度、死の一歩手前まで追い込まれて〝侵食再生〟を暴走させ、異形の竜になったのだ。

 

 よく帰ってこれたなぁ……プライトがいなければどうなっていたことか。

 

 そういえばあいつは、と思っていると、扉のない出入り口からひょっこり顔を出して手を振ってくる。

 

「やっほーマスター。もうお昼寝はいいのぉ?」

「おかげさまでな。今回は本当に助かったよ、色々とありがとう」

「キャハッ、マスターといるとご飯に困らないからねー。これからもヨ・ロ・シ・ク♪」

「こちらこそな」

 

 クスクスと笑う小悪魔は憎たらしいが、しかし同時に頼もしくもある。

 

 良い相棒を得たな。

 

「あら、随分と可愛らしくなったこと。いつ光輝の中から引き摺り出して羽虫のように潰そうかと思っていましたが、良い具合に取り込みましたわね」

「えっ」

「アハッ、ご主人様もこれで満足でしょ?」

「フフフフ」

「キャハハハハッ」

 

 ……怖い。恋人と相棒がすごく怖い。

 

 結局話すことはできなかったけど、世界樹の女神様すみません! ほんとすみません! 

 

 吸収されてしまった女神に心の中で謝り倒していると、ふとシンクレア姉妹がドン引きしているのに気付いた。

 

「お、お兄さんは……何というか、特殊な女性の趣味をされているのですね……」

「まあ、人それぞれだと私は思うわよ、うん」

「は、ははは……」

 

 少なくとも普通の相手ではないことはそうなので、なんとも言えない……

 

 うわぁ……って顔でそんな俺を見ていたクーネ王女は、ふと何かを思案するような顔になる。

 

 そのまま沈黙してしまい、モアナ女王が不思議そうに見た。

 

 少しの黙考。その後に、クーネ王女は何かを決意したように表情を引き締めると。

 

「お、お兄さんがそういうのが好きなら、クーネは頑張りますっ!」

「クーネたんっ!?」

「おい待って王女。マジでそれだけは待ってください王女。死ぬから、色んな意味で俺が死ぬから」

 

 主に社会的にとか恋人的にとか物理的にとかその他諸々! 

 

「へぇ……?」

 

 ほらぁ! 後ろからものすんごくねっとりとした「へぇ」が聞こえたよ! 

 

 せっかく生き残ったってのに、何でこんな場面で命の危機を感じなきゃいけないんだ! 

 

「ふふ。賑やかでございますね」

 

 誰か助けてくれ、という俺の思考を読み取ったかのようなタイミングだった。

 

 新たに部屋の中に入ってきた、落ち着いた美声に混沌とした空気が変えられる。

 

 全員がそちらを見る。

 

 出入り口の向こうから、コツコツと硬質な足音を立てて入ってきたのは──

 

「貴女は……あのホテルの…………?」

「ご無事に目が覚めたようで、何よりでございます。そのご様子ですとお体の方は問題がなさそうですね」

 

 そう言ってにこりと笑うのは、上質な濃紺のパンツスーツに身を包み、〝紫と赤の蛇が絡み合う〟バッヂを付けた美女。

 

 凡そこの世界に似つかわしくない装いのその女性は、英子と宿泊したホテルのフロントにいた人物だった。

 

「そういえば。私がどのようにこの世界へ来たのか、という話が途中だったわね」

「英子、どういうことだ? どうしてこの人がここに……」

「あら、簡単なことよ。()()()()()()()()()()の」

「な……」

「私どもの不手際により、天之河様と御堂様には大変ご迷惑をおかけしました。本来であれば、私どものホテル内は()()()()によって異界に隔絶されており、絶対の安全を約束していたのですが……今回のことは、こちらといたしましても予想外の事態でした」

「っ!?」

 

 心から申し訳ないという顔で語る女性に、俺は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

 

 あそこが異界にあった? ただの高級ホテルじゃなかったのか? 空間魔法を何故使える? 

 

 混乱する思考の中、急に不気味に思えてきたホテルマンを見て──俺は絶句する。

 

 

 

 

 どうして、今の今まで気がつかなかったのだろう。

 

 俺は彼女を知っている。正しく言えば、()()()()()()()をよく覚えていた。

 

 忘れられるはずがない。

 

 神の造形ともいうべき完璧な体も。どこか青みがかった銀髪も、作り物めいた端正な顔立ちも。

 

 それは、あの最後の戦いで何百、何千と見た、【神門】の向こうから人々を滅ぼさんとやってきた……! 

 

「貴女は、神の……!?」

 

 喘ぐように言う俺に、彼女は深い笑みを形作る。

 

「僭越ながら自己紹介を。ホテル〝楽園の蛇(Edens Schlange)〟フロント、兼副支配人を務めさせていただいております」

 

 そして、左胸に軽く手を当てると、俺へ頭を下げてきた。

 

 

 

 

 

「〝蒼麗の三(ガーデナー)〟、シーザと申します。以後お見知り置きを」

 

 

 

 

 

 容姿も、声音も、恭しい所作も完璧な、美貌の〝神の使徒〟。

 

 一人たりとも残っているはずがない、そう思っていた存在に俺は二の句を告げられない。

 

 だが、思考は勝手に回転を始める。

 

 現存している神の使徒。浩介の紹介で利用した空間魔法により隔絶されたホテル。

 

 そして、シンボルに掲げられた紫の蛇と赤の蛇──。

 

「は、ははっ、ははははっ」

「お、お兄さん……?」

「フール、どうしたの……?」

 

 もう、笑うことしかできない。

 

 

 

 

 

 

 

 ああ…………やっぱり、あいつの掌の上じゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「今回の件の謝罪につきましては、〝オーナー〟から事情の説明、及び地球への帰還とホテル内での最大限のサービスをと仰せつかっております。その一環として、御堂様をこの世界までお連れいたしました」

「……そう、ですか」

「お兄さん!? 目が死んでますよ!? 今にもそこの窓から飛び降りよっかなーみたいな感じですよっ!?」

 

 もうなるようになーれという心境だった。

 

 一種の悟りを開いた俺の前で、ホテルマン改め、毒蛇の使徒シーザは語り始める。

 

「そもそも、今回の件の原因はオーナーよりお預かりし、天之河様へお届けしたアーティファクトにあったのです」

「はぁ」

「あれは〝上位存在からの悪意ある干渉を禁ずる〟という概念魔法が込められた品でした。その効力は試験運用で問題無しと判断されたのですが……唯一見落とした部分があったのです」

「へぇ」

「悪意の拒絶。その概念が強く効果を発揮しすぎていました。その為に、〝純粋な善意からの干渉〟にはむしろ強く反応し、その力を呼び寄せやすくなってしまった。この致命的な欠点により、天之河様はこの世界へと召喚されたのです」

「ほぉ」

「お兄さんっ! 戻ってきてくださいお兄さんっ! 魂がどこかに飛んでいってしまいそうですっ!?」

 

 いや、もう、なんて言ったらいいか。

 

 今も俺のことをブンブン揺さぶってるクーネや、人々の助けに少しでもなれたと喜んでいた。

 

 でも、あいつの存在があまりに大きく強大で、自分がこの世界でしたことが馬鹿らしく思えてきた。

 

 あいつは一体、いくつ手札を持ってるっていうんだ。

 

 冗談じゃなく地球はあいつに支配されてるんじゃないかな、ははははは。

 

「今後このようなことが起こらないよう、アーティファクトの改良をさせて頂きます。……それで、いかが致しますか? すぐにでも地球へとお連れできますが」

 

 どこか遥か彼方にぶっ飛んでいた意識が、その言葉で戻ってくる。

 

 そうだった、元々地球に帰ることが何よりも俺の悲願だった。

 

 その成就が目の前にある。英子と一緒に帰れるのだ、俺の生きる故郷へと。

 

「……お兄さん、帰ってしまうのですか?」

 

 頷きかけた俺に、クーネの呟きが待ったをかける。

 

 隣を見ると、彼女は酷く寂しそうな顔で俺の腕を掴んでいた。

 

「そう、よね。別の世界に召喚されてしまったけど、光輝も元々帰るつもりだったんだもの。貴方もそのつもりだと最初から言っていたのだから、当然よね」

 

 そんな彼女の肩に手を置きながら、モアナ女王もちょっと寂しそうな顔をしてくれる。

 

 こんな顔をされてしまうと、この世界に来て良かったという気持ちが湧いてきてしまう。

 

「今までお世話になりました。この御恩は忘れません」

「いいえ、それはこちらの言葉よ。貴方と光輝がいてこそ、私達は今ここにいる。人類は明日を生きていける。その偉業は、未来永劫歴史に刻まれ、人々に希望の象徴として語り継がれることでしょう」

「モアナ女王……」

「ま、まあ私は光輝が帰ってきたら一緒について行くんだけどっ」

 

 最後の独り言は聞かなかったことにしておこう。

 

 もう一度女王に礼を言い、視線を下ろしてクーネを見る。

 

「クーネは、これからどうするんだ?」

「……お姉ちゃんが光輝さまについて行くので、クーネが王になります。生き残った人々と共に、この世界を緑で満たすのです」

「それは、《再生》の天恵術を持つクーネらしい望みだな」

「はい。クーネは、頑張るのです」

 

 いつもならば、天真爛漫に見せかけた笑顔でその台詞を言うのだろう。

 

 しかし、一向に顔を上げない彼女。それどころか袖を握る力が強くなる。

 

 随分と懐かれてしまったなと苦笑を零す。それでも、この言葉を言わなければならない。

 

「俺も頑張るよ。頑張って、俺の大切な人を守り続ける。だから、無責任な言葉だけど……きっとクーネも、大丈夫だ」

「っ……本当に、お兄さんは冷たいです。大人です。割り切りすぎです」

「そんなこと言ったって、俺がこの世界に残らないのは分かってるだろ?」

 

 彼女の頭に手を置いて、なるべく優しい口調を心がけてみる。

 

 腕から手を解いて、俺の手を両手で掴んだクーネが顔をあげると──彼女は泣いていた。

 

「ええ、分かってますっ。クーネは、クーネはお兄さんなんて、いなく、ても……平気、なんでず、がらっ」

「……ごめんな。でも、俺は君の家族にも、仲間にも、臣下にも…………それ以上にも、なれないから」

「っ、ぅ、ぅううぅううっ!」

 

 限界が来たように目元を歪めた彼女は、なんと胸の中に飛び込んできた。

 

 姉や他の人間に顔を見られたくなかったのだろう。嗚咽する彼女の背中を撫でる。

 

「……ふぅん。馬鹿な自問自答の次は女たらしとは、随分と楽しい生活だったようね」

「いや、違うからな? 俺が好きなのは君だけだから」

「ふん」

 

 ああっ、珍しく不機嫌になってる。あとで何か埋め合わせをしなければ。

 

 涙を流す幼女と嫉妬してくる恋人のサンドイッチになっていると、しれっとシーザが一言。

 

「この世界への境界は繋げましたので、当ホテルをご利用の際にはお連れすることもできますよ?」

「はっ?」

「…………………………へぇ」

 

 ぴたりと、クーネが泣き止んだ。

 

 猛烈に嫌な予感を感じていると、ゆっくりと顔を上げたクーネ。

 

 その顔には、満面の笑みがあった。

 

「く、クーネ、さん?」

「お兄さん、年下の女の子は何歳差までが範囲内ですか? それと現地妻は許容できるタイプですか?」

「ストップクーネ、本当にストップ! それはシャレにならない!?」

「く、クーネたん? お姉ちゃん、クーネたんが獲物を狙う肉食獣に見えるんだけど?」

 

 一瞬前の涙はどこへいったと問いただしたいほどの笑顔で、クーネは爆弾を落とした。

 

 当然、それを聞いていた恋人の指は凄まじい勢いで肩に食い込むわけで。

 

「ふふふ。呪いはないというのに、久しぶりに食欲が湧いてきそうですわ♪」

「英子!?」

「エイコさん、と言いましたね。改めて、クーネ・ディ・シェルト・シンクレアです。お兄さんには()()()()()()()()()()()仲ですので、今後ともよろしくお願いします!」

「どう調理して差し上げましょうか、この羽虫が」

「やめて!? 俺の為に争わないで!?」

「キャハハハハッ! マスターモッテモテ〜♪」

 

 人生でこのセリフを言う日が来るとは思わなかったよチクショウッ! 

 

 ぼんやりと見える幼い女豹と人喰い花のオーラから目を逸らしつつ、シーザを睨む。

 

 何してくれてんだと恨みを込めた視線は、とても美しい邪悪な微笑みで返された。

 

 間違いない。こいつはあの野郎の手先だッ! 

 

「ああ、そういえばもう一つお伝えすることがございました」

「今度はなんですか……」

「天之河様達がご帰還次第、オーナーがお話をしたいと段取りを決めていたのですが、後日に変更となってしまいました」

「あいつが? どうしてそんなことを?」

 

 ええ、とシーザは頷き。

 

 それから、これまでに無い真剣な顔で言葉を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現在、オーナーは未知の異世界へと強制召喚。行方不明となっており、当ホテル及び全組織を以って捜索にあたっております」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………は? 

 

 

 

 




はい、これにて一度終幕とさせていただきます。

本編終了後のアフターストーリーにもかかわらず、20話という長尺に付き合っていただきありがとうございました。


次は誰のアフターを書こうかな。



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【ウサギ姉妹編 アフターストーリー】
それは喜劇のような一日 I


アルナ編アフターです。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 快晴の空。照りつける太陽。

 

 

 

 適度な風が吹き、絶好の運動日和と言えるとある日、某都内の大学の運動場。

 

 多種多様な運動部やサークルが活動をする、その場所を取り囲むレーンに彼女はいた。

 

「セット」

 

 レーンから外れた位置に立つ女性が、平坦ながらもよく響く声で告げる。

 

 途端、彼女を含めたレーンの全員が倒していた体を前傾姿勢へと移行させた。

 

 

 

 

 

 直後、発砲音。

 

 

 

 

 

 耳を塞いだ女性が空へ鳴らしたピストルの音に、レーンの全員が器具を蹴った。

 

 赤い走路を、何人もの女が疾走する。

 

 この機動力を最大に発揮する為、布面積の低いウェアは彼女達の戦装束。

 

 腕で、足で風を切り、隣を走る誰よりも先にゴールへ辿り着かんとひたすらに走っていく。

 

 初速は大差無し。並走した彼女達は、隣にいるライバルと目線で火花を散らし──

 

「ふっ……」

 

 その中央を、一陣の風が走り抜けた。

 

 体を押す風よりも鋭く、切り開くようなその風は、一気に彼女達の視線を奪い去る。

 

 全ての視線を背に、その女は圧倒的な脚力で全員を追い抜いていった。

 

「ふっ、ふっ」

 

 外に跳ねたマッシュショートの桃髪をたなびかせ、短く吐息を漏らしながら彼女が走る。

 

 整った横顔は真剣に研ぎ澄まされ、他の誰もが眼中にないと言わんばかりに瞳は先を見据え。

 

 全力で走っている女性達を軽々と凌駕した女は、たった一人レーンを独走した。

 

「くひっ」

 

 一人勝ちかと思われたその時、女の耳に笑いが届く。

 

 レーンの一番外側。そこから女を追いかけるようにして、白い影が現れた。

 

 姿勢を真っ直ぐに走る女とは裏腹に、地を這うような低い姿勢で風を受けにくくしている。

 

 それが功を奏しているのか、あっという間に誰も追いつけなかった女の隣に並んだ。

 

「…………」

 

 ふと、それまで視線を揺らすことはなかった女が隣を見る。

 

 髪色によく似た桃色の瞳と、下から睨め上げるような白に近い瞳が交差した。

 

 二対の瞳に浮かぶ感情は一つ。

 

「ふっ……!」

「はっ……!」

 

 この女にだけは、負けられない! 

 

 

 

 二人はさらに加速する。

 

 最初から彼女達しかいないのではないか、そう思えるほどに他を置き去りに凌ぎ合う。

 

 速度はほぼ互角。妨害などはせず、純粋に互いの肉体能力のみで相手を上回ろうとした。

 

 定められた距離の四分の三を通過。なおも風のような速度で走った二人は未だに並んでいる。

 

 が。

 

「……!」

「っ!?」

 

 一歩、ひときわ力強く女が踏み込む。

 

 それを起爆剤として一段階より加速した女は、追走者をも置いて先へと進む。

 

 みるみる内に残りのレーンが縮まってき、「くっ」と歯噛みした追走者がペースを上げるが、もはや届かない。

 

 誰にも追い付かせることなく、たった一人の相手すら振り払い、そして──

 

「っ!」

 

 小さなコーンの間を越え、甲高いホイッスルの音が響く。

 

 同時に、運動場の客席からそれを見ていた者達が歓声を上げた。

 

 遅れて追走者が、数秒後に残りの数人がゴールへ到着し、()()は終了する。

 

 膝に手をつき、荒い息を吐いている選手達は、一人一人コーチ役の女性にタイムを告げられていく。

 

 落胆する者もいれば短くなったと喜ぶ者もいる中で、誰より速く完走した女は。

 

「ふっ、ふっ……ふう、ふぅ……ふぅ」

 

 息を整え、他の陸上サークル員と同じように体を起こす。

 

 片手を岩のように割れた脇腹に添え、もう一方で額に流れる汗を拭うと髪をかきあげる。

 

 ワイルドな仕草とは裏腹に、走っている最中に纏っていた抜き身の刃のような気迫は柔らいでいた。

 

 そのギャップに観客の誰かが、ほうと吐息を漏らすのも無理はない。

 

「姉様ー」

 

 独特の雰囲気を醸し出す彼女に、小走りに駆け寄っていく人物が一人。

 

 女は振り向き、長い淡青色の髪を揺らしながら近付いてくる美女を見て目元を和らげる。

 

「シア」

「お疲れ様です。やっぱりブッチギリでしたね。さすがは私のアルナ姉様です!」

「ん。シアが見てるから頑張った」

 

 女──アルナが微笑を形作る。

 

 普段は無表情一辺倒なアルナの、親しいものにしか見せない表情にそれを見た誰もが見惚れた。

 

 それを見慣れている美女──アルナの妹シア・ハウリアは、朗らかに笑ってタオルと水筒を差し出す。

 

「ありがとう」

「いえいえ。それにしても、前より速くなってませんか?」

「ん、んっ……ぷは。もっと高みを目指せる」

「ストイックですねぇ〜」

「ええ。それでこそ私のライバルというものです」

 

 自然に入り込んできた第三の声。

 

 二人同時に振り返れば、アルナに唯一肉薄していた女が薄笑いを浮かべて佇んでいる。

 

 

 

 

 アルナやシアに負けず劣らずのシミひとつない肌、手折れてしまいそうな細い腰に引き締まった四肢。

 

 長い白髪はそよ風で揺れるほど滑らかで、走る最中は野獣の笑みに彩られていた顔は作り物めいた美しさ。

 

 この世のものとは思えないほどの美女が三人も並び、再び呆気に取られる者が続出した。

 

「……()()()()

「今回は負けてしまいましたね。やはり貴女は最高の好敵手、私にとっての絶対的な壁。いつまでも楽しませてくれます」

 

 囁くように笑いを漏らすフィーネに、アルナは何も答えずじっと彼女を見る。

 

 一方でシアは、そんな彼女を見飽きたとでも言うように若干呆れた目を向けた。

 

「フィーネさん、また姉様と張り合ってたんですか? これで何百回目でしたっけ?」

「数えたことはありませんね。私のライフワークなので」

「そんな生活の一部みたいに……」

 

 苦虫を噛み潰したような表情は、自身のツッコミが事実であるが故のもの。

 

 フィーネは故郷の小学校からアルナをライバル視し、常に何事も競い合って成長してきた。

 

 その関係は一進一退。アルナが勝てばフィーネが負け、フィーネが勝てばアルナが負けるの繰り返し。

 

 果ては彼女を追いかけ、日本の高校まで転入してきた執念を、シアは知っている。

 

「それではまた。今度は私が勝ちますよ?」

「あ、ちょっと……もう、相変わらず話を聞かない人ですね」

 

 ね? と同意を求めるように振り返ったシアは、少し驚いた顔をする。

 

 アルナが笑っていたのだ。先ほどとはまた異なる、少し好戦的に口角を上げた笑みを。

 

「でも、だからこそ張り合いがある。私も楽しい」

「……姉様、案外フィーネさんのこと好きですよね?」

「かも、ね」

 

 それ自体が絵になる後ろ姿を見送り、アルナは小さく頷く。

 

 

 

 

 

 

 

 全てが取り戻される、一年前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、可愛い服いっぱい見るぞー!」

「おー! なの!」

 

 駅前のショッピングモール、そのエントランスで拳を突き上げる少女が二人。

 

 一人はパーマがかかったエメラルドブロンドの髪を持つ、天真爛漫そうな愛らしい少女、ミュウ。

 

 白いワンピースを腰のベルトで締め、子供らしい細いシルエットに花の装飾があしらわれたパンプスが可愛らしい。

 

 もう一方は黒に近い濃緑の長髪を三つ編みに纏めた、利発さを感じさせる少女、リベル。

 

 ミュウよりも頭半分ほど背が高く、パンツルックが子供ながらに整ったスタイルを強調する。

 

 細い黒縁の丸眼鏡が、殊更落ち着いた雰囲気を助長していた。

 

「あらあら。二人ともやる気みたいね」

 

 そんな二人を、後ろから見て微笑むのは同じ数の保護者。

 

 レミアは、上品なピンクのカーディガンと白いミディアムスカートが清楚さを醸し出している。

 

 未亡人……今は実質的に某魔王の妻だが……特有の色気が漂う外人美女とその娘らしき美少女に、道行く客の目線は吸い寄せられる。

 

「元気なのは、いいこと」

 

 その隣にいるのは、アルナ。

 

 リベル以上に非現実的な超スタイルを、ショートパンツとチューブトップで惜しげも無く晒している。

 

 そこに黒いロングブーツとクロップジャケット、外に跳ねた桃色の短髪がワイルドな魅力を引き出しており。

 

 釣り合わせるように、適度なナチュラルメイクが美しさに磨きをかけていた。

 

 

 

 

「ごめんなさいね、せっかくのお休みに付き合わせてしまって」

「問題ない。私も少し買いたいものがあった」

 

 でも、とアルナはレミアを見て首を傾げる。

 

 男装の麗人とも取れる彼女の可愛らしい仕草に、通行人が何人か胸を撃ち抜かれたような顔をした。

 

「私でよかったの。ハジメも予定は空いてた」

「ええ。でも、その……」

 

 やや目線を逸らし、「ね?」と何かの理解を求めるように呟く。

 

 レミアのなんとも言えない表情に、アルナもまた「ああ」とすぐに頷く。

 

「……ハジメ、服のチョイスが壊滅的」

「時々暴走するのよね、あの人……」

 

 彼女達の魔王は、アーティファクトの命名やデザインは抜群なのにそういう所がハズれていた。

 

 以前ティオとユエに服の製作をせがまれ贈った、「黒竜」と書かれた黒Tと全身ハートプリシャツは忘れられない。

 

 彼に服を、特に娘の服は選ばせてはいけない。南雲家では暗黙の了解である。

 

「シュウジがいてくれればよかったのに」

「北野さんはその辺りも上手だものね」

 

 二人が思い返すのは、二人の間で行われた恒例の勝負。

 

 名付けて「どちらが娘に喜ばれる服を選べるか対決」、結果は……語るまでもあるまい。

 

 当日南雲家のリビングに、悔しそうな魔王の声と道化の高笑いが響いたとだけ言ってとこう。

 

「もう、ママもウサギお姉ちゃんも言いすぎなの! パパはちょっとその辺りが形容し難いセンスをしてるだけなの!」

「ミュウちゃん、それハジメおじさんにトドメ刺してるよ」

 

 「カハッ」と吐血する魔王の幻聴が聞こえた一同である。

 

 ミュウに苦笑いを向けているリベルへ、アルナは少し気遣わしげに話しかける。

 

「リベルも、私でいい? ルイネや雫じゃなくても」

「え? 平気だよ。ママも雫母さんも忙しいし、パパは……大変だしね」

 

 少し、寂しそうな微笑み。

 

 記憶が戻った後も、それぞれの仕事に励んでいる彼女の母達はここにいない。

 

 シュウジも何かと手が離せないようで、アルナは予定が決まった日に「リベルを頼む」と言われた。

 

 ちょっとショッピングには過剰なくらいのマネーが包まれた封筒と共に。親バカである。

 

「リベルは、お姉さんだね」

「あっ、えへへ……ウサギさんの撫で方、優しいね」

「ん、前の世界では一応お姉ちゃんですから」

 

 はにかむ美少女と、うっすら微笑む美女。

 

 一般通行人が何人か鼻血を吹いた。ギョッとしたミュウの目をレミアがそっと塞いだ。

 

「じゃあ、行こっか。二人はどこから見たいの」

「それなりに広いから、ちゃんと決めてきたのよね」

「うん! 最初にスカートを見に行くの!」

「3階のお店だよ! 二人とも、行こっ!」

 

 レミアはミュウに、アルナはリベルに手を引かれ、ショッピングが開始された。

 

 

 

 

 そのショッピングモールは、1階から3階までブランド物を取り扱う店が並んでいる。

 

 都心というほどでもないが、そういったものに敏感な今時の若者をしっかりターゲットにした品揃えをしていた。

 

 そして四人は、この新世界において地球の文化の中で生きてきている為、そういうものにも聡い。

 

 つまりは店から店まで気になる衣服や靴、バッグを見て周る、行脚の如き行軍である。

 

「これ、リベルちゃんに似合いそうなの!」

「わ、可愛い! この襟のデザインが素敵だね!」

「えへへ、眼鏡をかけたリベルちゃんは知的でくーるびゅーてーだからピッタリだと思うんだ」

「ミュウちゃーん!」

 

 キャッキャとはしゃぐ二人に、店員や他の女性客から優しげな目が向けられる。

 

 見目麗しい少女達が戯れていれば、紳士でなくとも温かい気持ちになるというものだ。

 

 一方、同じ店内にいる保護者組はと言えば。

 

「これ、良さそうね」

「…………」

「あら、こっちも似合いそう。いえ、こっちの色の方がいいかしら」

「………………」

「うーん、けど今持っている靴を考えるとボトムスはこちらの方が……」

「………………レミア」

 

 一人で思案しているレミアに、いい加減放置できないという顔でアルナは声を上げる。

 

 すると、レミアはようやく顔を上げた。両手に持った服をアルナの体に寄せながら。

 

「さっきから、私のばかり。二人や自分のを選んで」

「あら、ごめんなさい。でもアルナさんは普段シアさんが買ってきた服しか着ていないと聞くし、ちょうど良い機会だったから選んでみようと思って」

「……おのれ、妹」

 

 自分がその辺りにものぐさなのをチクったな、と姉妹になったウサミミ娘を恨む。

 

 世界の再編により血の繋がった姉と妹になった結果、旧世界以上に世話を焼かれていた。

 

「私はいいの。服を買いに来たんじゃないから」

 

 やんわりとロングスカートやカーディガンを押し返すアルナに、レミアが首を傾げる。

 

「それじゃあ、買いたいものって?」

「陸上用のシューズ。前まで使ってたのと、予備まで使い潰したから。三人の買い物が終わった後で買うから、いいよ」

「そう……残念だわ」

 

 しゅんとしつつ、大人しく引き下がる素振りを見せるレミア。

 

 苦手な可愛らしい服を着ずにすんだと、アルナがホッとして。

 

「ところでこのベルト可愛いと思うのだけど、どうかしら」

「いいから。自分のを選んで」

 

 ノーとキッパリ言える日本(?)人なアルナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 3時間後のフードコート。

 

「ん〜、甘い!」

「美味しいねぇ」

 

 アイスクリームを舐めながら、頬を緩めるミュウとリベル。

 

 側にはいくつも紙袋が置いてあり、存分にショッピングを楽しんだことが見て取れる。

 

 そんな娘達を見てレミアはにっこり、アルナも上階で目的のものを手に入れてご満悦である。

 

「ママ、ウサギお姉ちゃん、お買い物手伝ってくれてありがと!」

「ふふ、楽しめたみたいでよかったわ」

「気に入った服、いっぱい買えた?」

「「うん!」」

 

 満面の笑みで頷き、互いに顔を見合わせるとちょっと恥ずかしそうにはにかみ合う。

 

 その様子に笑いながら、ウサギはコーヒーを啜った。

 

 ちなみに彼女の隣にも、スポーツ店の袋以外に一つ紙袋がある。一児の母の押しは避けきれなかった。

 

「そのお洋服でどこかに出かけたりするの?」

「うん! リベルちゃんとお出かけしたり、学校のお友達と遊びに行ったり……」

「それからね、パパに見せるの! それで一緒にデートするんだ!」

「ねー、リベルちゃん」

「ねー」

 

 一見、世の父親が聞けば両腕を空高く振り上げてガッツポーズを決める言葉である。

 

 だがレミア達は見逃さなかった。ミュウの細められた瞳の中にキラリとよぎった怪しい光を。

 

 

 

 

 二人はよくそれを知っている。

 

 ミュウの目は……そう、ユエがハジメに馬乗りになって舌なめずりをする時にそっくりだ。

 

「ミュ、ミュウ? お父さんとは一緒にお出かけするだけよね? 父親と娘として仲良しデートするのよね?」

「大丈夫なの、ユエお姉ちゃんに手ほどきは受けてるの」

「ミュウ……??」

 

 レミアが冷や汗を流す中、アルナはリベルを見やる。

 

「リベルは、どうなの?」

「私? あはは、そういうのじゃないよ」

 

 端的な質問だったが、元ホムンクルスの少女はすぐに理解して苦笑を零した。

 

 そこに誤魔化すような感情はなく、純粋に思ったままの感情を浮かべている。

 

「パパは大好きだし、好きになる人ならパパみたいな人がいいなーって思うけど、それだけだよ」

「そうなんだ」

「リベルちゃん、そんな弱気じゃダメなの。女の戦いはいつだってじょーざいぜんじん、隙あらば攻撃を仕掛けるの!」

「時々友達としてミュウちゃんのことを本気で止めるか迷うよ、私」

 

 苦笑を浮かべたリベルは、それにと一言続けて。

 

「私までそんなこと言い出したら、パパ発狂するでしょ。ただでさえママと雫母さんのことでまだ悩んでるのに」

「それは……そうかもしれないわねぇ」

「否定しきれない」

 

 どうでもいい相手が傷付けようとすると、逆に死ぬまで苦しめるような冷酷さを持つシュウジ。

 

 その反面、身内にはクソほどメンタルが弱いというのは記憶を取り戻した全員の共通認識だ。

 

「私はちゃんと大人になって、パパがいなかった時の分まで成長を見届けてもらって、普通に好きな人を作ったりするの。それがたくさん頑張った、パパへの恩返しになると思うから」

「むう……パパ攻略委員会の結成は見送ることにするの」

「ミュウ? せめてあと6年は待ちなさいってお話ししたでしょう?」

 

 すかさずレミアからツッコミが入る。

 

 ミュウが15歳になったらどうさせるつもりなの、というツッコミを、アルナは心の中へ仕舞い込んだ。

 

 また一口コーヒーを啜るアルナに、リベルはキラリと伊達メガネの奥で目を光らせる。

 

「そういうウサギさんは、ハジメおじさんと子供作らないの?」

「んぶっ」

「あらあら……」

「わぁ! ミュウ、弟か妹が欲しいの!」

 

 意地悪く笑うリベルに便乗し、ミュウがぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

 小学三年生ともなれば周囲に弟妹のいる同世代も増え、若干それが羨ましいお年頃なのだ。

 

 咽せていたアルナはなんとか息を整えると、ジトリと父親の揶揄い癖を受け継いだ少女を見る。

 

「それは、まだ未定。ハジメも仕事が順調になってきてるし、そのうちだとは思うけど」

「ふぅん。じゃあその時は、私叔母さんになるね」

「元の世界で言えば、ね」

 

 世界が変わったことで、関係性も変わった。

 

 アルナがシアと姉妹になったように、某プレデター達がマから始まりアで終わる輩になったり。

 

 それは記憶という絆で結ばれた彼女達には些細なことだが、同時に時には重要なことでもある。

 

 そう、それは──

 

「へえ、あのアルナさんが母親だなんて。時の流れは早いものですね」

 

 かつて、良からぬ因縁を持つ相手でも。

 

 

 

 

 背後から聞こえてきた声に、四人はそちらを見る。

 

 絶世の美女。フードコートにいた誰もが例外なくそう思うほどの、隔絶した美貌の女がいた。

 

 ゾッとするほど美しく長い白髪、アルナに負けず劣らずのしなやかな体も透き通るような白肌。

 

 白いトップスに薄い紫色のロングスカート、そして銀のネックレスやイヤリングが神秘性を際立たせる。

 

 片手にやたらと名前の長い某有名店のカプチーノを携えた彼女は、靴音を鳴らしてアルナらに歩み寄った。

 

「お久しぶりです。こんな所で出会うとは偶然ですね、私の生涯のライバルさん?」

「……フィーネ、久しぶり。変わらずだね」

「貴女も昔と……いえ? 昔よりずっと美しくなっていますね。それに……」

 

 一歩、フィーネが踏み込む。

 

 途端、キッと表情を険しくしたリベルを筆頭にミュウとレミアも身構えた。

 

 神域での戦いは、三人も再生魔法で過去を垣間見ることで知っていた。

 

 記憶を取り戻したが故の本能的な反応だったのだが、アルナだけは動じることなくフィーネと向き合う。

 

「何か、根底の部分が変わったように思えます。強く、逞しく……なんだか、懐かしいような」

 

 アルナの瞳を覗き込むフィーネの、小さな呟き。

 

 それに三人が息を呑む中で、アルナは。

 

「……昔からずっと知ってるでしょ」

「そう、ですね。出会った頃のことを思い出したのかもしれません」

 

 ごく平然と、なんでもないかのような口調で答えた。

 

 それでフィーネも納得したのか身を引き、それから自分を剣呑に見つめるリベル達を見る。

 

「貴女達とは初対面だったの思うのですが、どこかで面識がありましたか?」

「………………ううん、ないよ」

「……初めまして、なの」

「ごめんなさい。ウサギさんと、とても仲が良さそうなものだったから」

 

 覚えていない。フィーネの不思議そうな表情にそう感じた三人はひとまず態度を改める。

 

 これはこれで難儀なものだ、と思いながらもアルナは二の句を告げようと口を開き──

 

「……っ」

 

 ふと、とある方へ顔を向けた。

 

 

 

 

 アルナ達が座っているテーブルとさほど離れていない、とある一席。

 

 そこにはいかにも休日を満喫しているという出で立ちの、カジュアルなスーツを着た外国人の中年男性がいた。

 

 男はアルナの方を見ていたのか、彼女と目線がかち合うと少し驚いたような顔をする。

 

 それだけだならばあまり違和感はない。これほどの美女美少女が揃っていれば目も惹かれるというもの。

 

 だが……

 

「ウサギお姉ちゃん?」

「アルナさん? どうしたのです?」

「………………」

 

 アルナは、その男と目線を合わせ続ける。

 

 以前の記憶を手に入れたことで蘇った、本能的な直観が囁いているのだ。

 

 

 

 ──あれは敵であると。

 

 

 

 そんな彼女の思考を読んだように、不意に男が笑った。

 

 ひどく不気味なその笑みに、つられてそちらを見ていたリベル達の背筋にも冷たいものが走る。

 

 僅かに目を細めたアルナの目の前で立ち上がった男は、ゆっくりと彼女達の前までやってきた。

 

「アルナ・ハウリアだな?」

「そうだけど」

「……どちら様でしょうか」

 

 年長者のレミアが、じっとこちらを見下ろす男に立ち上がって話しかける。

 

 毅然とした態度を見せる美女に、男は一瞥すると小さく鼻を鳴らして言葉を続ける。

 

「お前達はサウス・クラウド株式会社社長の愛人に令嬢、そしてそこのガキは資産家の娘だ」

「……だったら何だっていうの?」

 

 ひどく落ち着き払ったように見える態度で、リベルが答える。

 

 テーブルの下では、隣にいるミュウの手をそっと握っていた。

 

「ちょっと、何なのですか貴方は? いきなりやって来たかと思えばおかしなことをベラベラと」

 

 男の肩を掴む手が一つ。

 

 ひどく気分を害されたような面持ちのフィーネが威圧をかけるが、男はまるきり無視をする。

 

 そして、最後の一言だと言わんばかりに、これまでで一番高圧的な口調で。

 

 

 

 

 

「単刀直入に言う。このフードコートの全員の命が惜しければ、大人しく俺達に従え」

 

 

 

 

 




3話構成の予定です。

感想などもらっちゃうと嬉しくなるぞぅ。


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それは喜劇のような一日 II


続きです。


フィーネの容姿は、瞳も白いカーマちゃん第三再臨みたいにイメージしていただけると。


楽しんでいただけると嬉しいです。


「はぁ? 頭がおかしいんじゃ」

「フィーネ」

 

 フィーネが口を噤む。アルナの細められた目にはそれだけの圧があった。

 

 大人しくなったのを見て、次に彼女はフードコート全体へとその感覚を広げていく。

 

 

 

(……六、八、いや九。全員同じような気配。それに)

 

 

 

「銃を持ってるね、貴方達」

「ほう、察しがいいな。その通りだ。俺が合図すればここにいる全員を蜂の巣にできる、と言えばわかりやすいだろう?」

「「「っ!」」」

 

 レミア達がさっと顔を青ざめさせる。

 

 この男の言う〝皆殺し〟が本気でも、魔王から色々と持たされている彼女達にはなんともない。

 

 だが、他の客は違う。

 

 よもや武装集団がデパートのフードコートに紛れ込んでいるなど考えもせず、ただ食事をしているだけだ。

 

 全員を守りきれるかと聞かれれば、その答えは絶対的に否と答えざるを得ない。

 

「それで? 私達にどうしてほしいの?」

 

 必然的に、アルナは男に向かって静かに要求を問うた。

 

 男はニヤリと胡散臭い笑みを浮かべると、アルナの肩に手を置く。

 

「物分りが良いのは利口だ。ついてこい、そうすれば他の客に危害は加えない」

「そう……三人とも」

 

 レミア達は、一瞬逡巡する様子を見せた後、周囲を見渡して深いため息を吐いた。

 

 全員が立ち上がると男は満足そうに頷く。そうして彼女達を連れていく為に歩き出した。

 

 が、すぐに立ち止まると自分を睨みつけていたフィーネを見る。

 

「ああ、そうだ。お前も来い。話を聞いていた以上は……わかっているな?」

「私が名前も知らない人間を気にかけるとでも?」

「そうか。だが……お前の家族はどうだ?」

「っ」

「両親、親戚、友人……そういった奴らも、その気になれば探し出せるんだぞ?」

 

 周囲から勘付かれないよう、声を潜めた男は厭らしく笑う。

 

 流石にそこまで言われるとフィーネも言葉を詰まらせ、手の中のカップを凹ませる。

 

「…………ゲスが」

「褒め言葉だな。さあ、さっさとついて来い」

「……チッ」

 

 フィーネは力強くテーブルにカップを叩きつけ、だがそれ以上反論はできなかった。

 

 無言で男を睨めつけるフィーネを加え、五人は男と共にフードコートを後にする。

 

 その際、アルナは先ほど確認した者達が見計らったように動き始めたのをしっかりと捉えていた。

 

 

 

 

 本当に必要以上に騒ぎにするつもりはないのか、男達は不自然でない程度に誤認をモールから連れ出した。

 

 そのまま駐車場の中でばらけて止まっていた車に乗せると、互いに連絡を取って発進してしまう。

 

「「…………」」

 

 アルナとフィーネは、リーダー格と思しき男のいるジープに乗せられた。

 

 手首には頑丈そうな手錠付き。監視カメラに映さないよう車に入ってから嵌められた。

 

 その車両を先頭に、それぞれ車種の違う、巧妙に無関係を装われた車が3台ほど続いている。

 

 

 

(……統率された動き、潤沢な手口に整った装備。そこらの犯罪者じゃない)

 

 

 

 表面上は恐怖で俯いている風を装いながら、アルナは分析をした。

 

 全ての窓に貼られたスモーク、運転手と助手席に座る男の会話、彼らが服の下に隠した銃器。

 

 訓練されたとわかる体つきや、何より先ほどフィーネに脅しをかけた際に垣間見えた情報収集能力。

 

 それら全てから、この男達が何かしらの組織だった集団であることが予測できた。

 

「ちょっと、どこまで連れて行くのよ」

「黙って座ってろ」

 

 しびれを切らしたようなフィーネの言葉が即座に一刀両断される。

 

 舌打ちをした彼女は、前を見ていると男が視界に入るが嫌なのか上を見始めた。

 

 

 

(ハジメに連絡は……まだ早い。相手の情報が足りなさすぎる)

 

 

 

 魔王に救援を求めれば一発でカタがつくだろうが、それではいけないとアルナは思い直す。

 

 相手は正体不明の武装集団。それも背後に得体の知れない組織まで絡んでいる。

 

 この世界で人として生きてきた今のアルナだからこそ、その不明さが何より恐ろしいものであると理解していた。

 

 故にじっと、後ろの車両にいるレミア達の軽輩を捉えつつも無言で座り続ける。

 

 

 

(それに)

 

 

 

 ふと、垂れた前髪の隙間から隣を見た。

 

 外を見ているフィーネ。この世界ではごく普通の一般人として幼少から付き合っている彼女。

 

 一見冷静そうに見えるその横顔は、怯えを押し殺しているようにも見えるが…… 

 

「………………」

 

 アルナは、黙して待ち続けた。

 

 

 

 

 30分ほど走っただろうか。

 

 ようやく車が止まり、シートベルトを外した運転手と男が外へと出ていく。

 

 程なくして後部座席のドアが外から開かれ、男に「降りろ」と顎で示された二人は降車した。

 

 そこは駅から遠く離れた、廃ビルの裏に一する駐車場のようだった。

 

 

(……中から大勢の気配。こんなにいるんだ)

 

 

 優れた感覚が、目の前に聳え立つコンクリートの塔に数十人の気配を感じ取る。

 

 目の前には裏口があり、すぐ近くに並んで停められた車からはレミア達が降ろされていた。

 

「歩け」

「っ」

 

 背中に硬質な感触。

 

 それが拳銃であることは明白で、アルナとフィーネは一瞬目線を交差させると歩き出す。

 

 アルナ達と男達、計十四人でビルに入っていく。

 

 寂れたエントランス。元は何かの施設だったのか、壊れたソファと受付カウンターが目立つ。

 

「隊長」

 

 エントランスには二、三人の男達が待機していた。

 

 全員が同じ型のアサルトライフルを装備し、太もものホルダーにはナイフや拳銃が。

 

 高い武装の質にアルナが密かに目を細める中、男が一歩踏み出す。

 

「ターゲットは確保した。対象への脅迫と本部への連絡を開始する」

「了解しました」

「……私達を攫ったのは、身代金が目的?」

 

 男達が振り返る。

 

 その際、エントランスにいたうちの一人がフィーネを見て何かに気付いたような顔をした。

 

 無表情で自分達を見返してくるアルナに、男はいかにも悪人らしい笑みを顔に浮かべた。

 

「そうだ。お前のスポンサーは国内業績第一位のスポーツ用品会社。そしてお前は、ここ数年目覚ましい記録を出し続けている最高の広告塔だ。さぞ良い金額を出すだろう」

「……そう」

 

 全身を舐め回すような男の視線に、アルナは気ほども動じていない様子で納得する。

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら自分達は、ミステリー小説のように奇異な事件に巻き込まれたのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 実にありきたりな展開だ。

 

 だが、そういう立場に自分がいるという自覚はあったのだ。

 

 その反応がつまらなかったのか、男は鼻を鳴らすとレミア達へ視線を移す。

 

「女とガキは、上場企業の社長が囲ってる親娘に、そっちのはあの()()()と世界的有名資産家の娘ときたもんだ。こっちも……」

「隊長」

 

 部下の一人が、男の語りを遮って近づく。

 

 怪訝そうな顔をした男は部下が差し出したタブレットを受け取り、その画面を読み込んだ。

 

 そして、ニヤリと邪悪に笑う。

 

「ほう。お前はフィーネ・E・アンヘルか」

「っ!」

「アルナ・ハウリアに比肩するライバルとして、注目を浴びる有名選手。スポンサーもかなりの大手。まさか、偶然連れてきた女が金の卵だったとはな」

 

 機嫌が良さげにフィーネを見やる。

 

 それまでついでのような扱いだったものが、たった情報ひとつで価値が露呈してしまった。

 

 元から氷点下だった視線を更に冷たくするフィーネへ、男はくつくつと笑う。

 

「こういうのを日本では、一石二鳥というのだったか。いや、()()だな」

「……?」

「いい拾い物をした。おい、こいつらを上の部屋に監禁しておけ」

「「了解しました」」

 

 頷いた男達が、それぞれアルナ達に近づいてその腕や肩を掴む。

 

 ここで逆らうことは得策ではない、そう理解している四人は視線を交わして大人しくした。

 

 だがフィーネだけは、誘拐犯の手が体に触れることがよほど嫌だったのか、強く肩を揺する。

 

「ちょっと、触らないで!」

「…チッ。このクソアマが」

 

 手を振り払われた男は舌打ちをこぼすと、躊躇なくその手を頬目掛けて振りかぶった。

 

 あまりに容赦のない一撃にフィーネは目を見開き──しかし、その手が届くことはなかった。

 

「私の友達に怪我させないで」

「あ、アルナさん……」

「っ、こいつ!」

「やめておけ、大事な人質だ」

「チッ!」

 

 乱暴に手を払い、部下の男は不機嫌そうに引き下がった。

 

 間に差し込んだ手を下げたアルナは、フィーネに向けて小さく微笑む。

 

 彼女は何かを言おうとして、ぐっと下唇を噛んで俯いた。

 

 

 

 

 男達に連れられ、五人は上階に連れて行かれる。

 

 途中でアルナとフィーネ、レミア達四人に分けられ、アルナ達は最上階の6階まで連れていかれる。

 

 そのままとある一室に押し込まれ、椅子にしっかり手足を拘束すると男達は出ていった。

 

「…………まさか、こんなことになるとは思いもしませんでした」

「……そうだね」

 

 背中合わせに聞こえる言葉に、アルナは静かに答える。

 

 余程逃したくないのか、黒光りする特別製の拘束具のせいで後ろを振り向くこともできない。

 

 無論今のアルナであれば簡単に破壊できるが、しかし彼女はそうしなかった。

 

「貴女といると本当に退屈しませんね。まあ、今回はちょっとスリルが過ぎますけど」

「ごめんなさい、巻き込んで」

「気にすることはありません。話しかけたのは私ですし、そもそもアルナさん達も被害者でしょう?」

 

 いたって平然とした口調で、フィーネはそんなことを語ってみせる。

 

 縛り付けられている椅子以外は何もない部屋。窓も加工を施されているのか、外の音も入ってこない。

 

 だからこそ、アルナには僅かな声音の乱れや、触れた肩越しの震えがよくわかった。

 

「そういえば。故郷でも、こんなことがありましたよね。その時は貴女のご実家の事情でした」

「……そんなこともあったね」

 

 震えの根源にある感情を抑えるためか、フィーネは明るく作った声で言う。

 

 アルナは相槌を打ち、新世界での記憶を想起した。

 

 

 

 

 

 それは十五年前、アルナが八歳の頃。

 

 

 

 

 

 アルナはシアと二人、公園の砂場で城を作って遊んでいた。

 

 すると、隣で偶然同じことをしていた少女がいた。

 

 それがフィーネだ。

 

 不思議と対抗心を燃やした二人は、初対面にも関わらずどちらがより凄い砂の城を作るか競い合った。

 

 そうして、シアが途中で拗ねて先に帰ってしまうほど熱中し過ぎたのが悪かったのか。

 

 完成間近というところで、二人は何者かによって誘拐されてしまったのだ。

 

「犯人は、裏社会で伝説とも言える暗殺一家のハウリア家と敵対していた反社会組織。その時も私は、誘拐された後に実家の裕福さで目をつけられました」

「……二度あることは、三度ある。だから一度起こったら二度起こる」

「冗談にもなりませんね……その時もこうして、二人で一緒に監禁されましたっけ」

「そうだね」

 

 当時の記憶も力もなく、子供のアルナではどうしようもなかった。

 

 フィーネにも無論、何もできずに檻代わりのコンテナの中二人で不安げにしていたのを思い返す。

 

「あの時は、偶然コンテナの隅に穴が開いていたところから脱出しましたね」

 

 当時は小柄だった二人がギリギリ通れるような、そんな穴から這い出した。

 

 辺りをうろつく誘拐犯達に怯えつつ、二人は懸命に協力してどうにかその場を脱出。

 

 彼女達を捜索していたハウリア家の一人と偶然遭遇し、紆余曲折の後に事件は収束した。

 

 この事件で絆を得た二人は、それから友人になったのだ。

 

「子供だからできたこと。今の私達じゃ、あんな小さな穴は通れなかった」

「成長し過ぎましたね、私達は」

 

 現状の絶望からか、フィーネは乾いた笑いを漏らした。

 

 そんな彼女に、アルナは無言で頷く。

 

「流石に、監視が部屋の外にいるでしょう」

「……ん」

「これがハードなアメリカ映画だったら、私達は身代金を取られた後に海外へ拉致されて、知らない所へ売り飛ばされるのでしょうか……」

 

 あはは、と更に希望を無くしたかのような失笑が部屋の中に木霊する。

 

「こんなことなら、もう少し貴女と競い合っていれば──」

「──出れるよ。こんな所すぐに」

 

 

 

 フィーネが、言葉を詰まらせた。

 

 

 

 驚愕を顔に浮かべた彼女は、顔だけ振り返るとアルナを見ようとする。

 

 そして、既に自分を見ている横顔の怜悧な美しさに小さく息を呑んだ。

 

「私達が力を合わせれば、あの時みたいに。ううん、あの時よりもっと上手くやれる。勿論レミア達を救い出すことだって」

 

 絶対の確信。そう感じさせる瞳で、アルナは静かに告げていく。

 

 それはかの魔王の如く、不思議と他者にそうだと思わせてしまうような声音。

 

 フィーネはゾクリとした。

 

「…………なん、で。そんな風に、言い切れるんですか?」

 

 絞り出すように、尋ねる。

 

 どうしてそんなことが言い切れるんだと。

 

 スポーツ選手とはいえ、たかが女二人で武装した男達をどうこうできるはずがないと。

 

 そんなフィーネへ、アルナはやはり微塵も揺らがない目で。

 

 

 

 

 

 

 

「だって、フィーネ。()()()()()()()()でしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 空気が、凍った。

 

 元より無音だった部屋の中に、しんとした静寂が広がる。

 

 その発生源は──アルナからは長い髪で横顔の隠れた、フィーネ。

 

「…………思い出したとは、何を?」

「貴女が何者だったのか。私と本当はどう出会い、どうしたのか。その全てを、今の貴女は知っている。違う?」

 

 沈黙。フィーネは答えない。

 

 しかしアルナには、自分の言葉が間違っていないという確信があった。

 

 だから待つ。背後にいる友人だった女が……かつて命を奪い合ったモノだったと、認めるのを。

 

 

 

 

 

「………………くひっ」

 

 

 

 

 

 やがて。

 

 長い長い静謐の後、次に部屋の中に響いた音は歪な笑い声だった。

 

「くひひっ、ひひひひっ、ひひひひひひひひひひひひひひひ」

「…………」

 

 嗤う。

 

 壊れたようにケタケタと、心底面白いというように全身を震わせ、ソレは嗤う。

 

 それを肩越しに感じているアルナは、彼女の気配が別物に塗り変わっていくことを知った。

 

「ひひひひひひ…………はーぁ……何故分かったのです?」

「すぐに気付いたよ。今の貴女の〝目〟は、私の知るこの世界の貴女よりもずっと、昏いものに満ちていたから」

 

 フードコートで一目見た瞬間、アルナは既に勘付いていた。

 

 巧妙に平然なフリをしたその瞳の中に、あの時の狂気があったことを。

 

「隠しきれませんでしたか。やはり旧世界の同胞達よりも、私は自らの情動を抑えることが下手ですね」

「違う。貴女は私を試した。自分が()()だと気付くかどうか」

「……あはっ。流石は我が初めてにして、最大の仇敵と称賛しておきましょう」

 

 それは肯定の言葉だった。

 

 心底楽しそうに笑い続けるフィーネへ、アルナから質問を投げかける。

 

「どうして、私に会いに来たの?」 

 

 笑いが止まった。

 

 これまでの会話では常に楽しそうだったフィーネが、不意に静かになる。

 

 

 

 

 そのまましばらく、彼女は話さなかった。

 

 唐突な変化にアルナも少々不思議に思い、肩越しにフィーネを見ようとする。

 

 すると、見計らったように彼女は背凭れに体を預け、肩をさらに密着させた。

 

「私はね。あの時の一日前に生まれたんですよ」

「…………私と、戦った日?」

「ええ」

 

 ふぅ、と小さく息をつき、フィーネが語り出す。

 

「我が神……いいえ、その力と思考を操っていた()()()()に創り出された私は、ただ消す者として生を受けました。残虐に、狡猾に殺戮する者として」

「…………」

「けれど、その存在意義を果たすことなく貴女に破壊された。完膚なきまでに、私という生は一日で終わりを迎えたのです」

「エヒトを殺した私達を憎んでいるの?」

「まさか。同胞との情報を共有していた時は多少創造主としての認識がありましたが、所詮は()()()()に利用されただけの小物。もはや何の感情もありません」

「…………あのお方、ね」

 

 曲がりなりにもトータスに数万年君臨し続けた邪神は、創造物に小物扱いされていた。

 

 哀れにも思わず、元神殺しの兵器だったアルナは少し笑ってしまう。

 

「そんな些細な存在より、私にとってはもっと重要なことがありました」

「重要なこと?」

 

 ええ、とフィーネは答える。

 

 そして、アルナの後頭部に自分の頭を預けた。

 

「貴女です、アルナさん。いいえ? 解放者の兵器〝ウサギ〟」

「…………私?」

「〝敵に回す相手を間違えた〟。あの瞬間、私の中にあった感情はそれでした。破壊するだけの為に造られ、そこで停滞している私など、貴女は易々と乗り越えていった」

「ハジメのアーティファクトや、シア達がいたから、だけどね」

「それも貴女の力でしょう? 私は独りだった。使徒という魂無き群体の中で唯一、私だけはその輪から外れていたのです」

 

 エヒトの手足として生み出された使徒だったが、シュウジの手が加えられたフィーネだけは違った。

 

 同じ使徒すら、地上の人々やエヒトに敵対していたハジメ達同様に破壊するものとしか思えない。

 

 異常なほどの破壊衝動だけが、彼女の中にはあった。

 

「貴女には力があった。同じく殺す為の人形のはずなのに、魂があった。信念が、仲間が、不屈の意思があった。その全てが勝因で、そして私に無かったものなのでしょう」

「負けられなかったし、負けるつもりもなかった。今もそう思ってる」

「ええ、ええ。それでいいのです。()()()()()私はここにいるのですから」

 

 どこか感慨深そうに、何かに喜ぶ様な声音で、フィーネは答える。

 

 彼女はどういう意味かアルナが答えを見つけ出す前に、続きを語り始めた。

 

「貴女に破壊された瞬間、同時にこうも思ったの。〝もしもこの造られた生に続きがあるのなら、私は貴女をもっと知りたかったのに〟と」

「……復讐のため?」

「逆よ。貴女を知り、己を高め、同じように生まれた貴女に今度こそ勝ちたい。純粋にそう思った」

 

 それまで徹底していた口調が砕け、フィーネの言葉に熱が宿るのを感じた。

 

 アルナはそれが、紛れもない本心からの……生まれ変わった神の使徒の本音だと感じ取る。

 

「……まるで、人間みたいだね」

「そうね。こんなことを思っていたせいか、私は人としてこの世界に生まれ変わった。同胞達が何十万と殺してきた生き物に」

「気分はどうだった? 貴女達が無惨に命を奪ってきた存在になるのは」

 

 少し、アルナの言葉にも熱が入る。

 

 それは旧世界の、そして新世界での幸せな記憶によって遠く忘れていた、原初の感情。

 

 

 

 

 

 万人を弄び、命を奪い、世界を破壊し続けていたエヒトへの、深い憎しみ。

 

 

 

 

 

 解放者達から、彼らの前にエヒトと戦ってきた者全てから受け継いだ昏い怨讐。

 

 とっくに封じ込めたと思っていたその感情を、アルナはフィーネへ投げかける。

 

 フィーネは自分は強い感情が向けられていることに薄く嗤いながらも、肩をすくめた。

 

「正直何とも。記憶を取り戻したのは少し前だし、情報を共有しているとはいえ所詮は別の使徒の記録。私にとって初めて知った人間は、他でもない貴女達だったのよ」

「…………」

「でも、貴女に逢いたい、競い合い、打ち勝ちたいというその想いだけは忘れなかった。その願いは私という、造られた存在を証明するものだったから」

 

 だから、この世界で初めて出会った時に自然とああしていたのだと。

 

 それが自然の法則のように、生きていく上での当たり前の行為のように競い始めたのだと。

 

 心底嬉しそうに、楽しそうに語るフィーネは、あの時とは違う意味で無邪気な子供のようで。

 

 アルナの中の黒い焔も揺らいだ。

 

「言ったでしょう? 貴女と競い続けることは、私の人生そのものだと。私はそういう人間でいたいの」

 

 奇跡によって得た生に、その意義を。

 

 誰かに与えられた意味ではなく、自分自身の願いを成就する為に生きてきた。

 

 終の使徒ではなく、フィーネ・E•アンヘルとして自分は存在するのだと、そう訴える。

 

「満足しているのよ、この生に。そしてこうも思っている──本当に私が生まれたのは、この新世界なんだって」

「…………変わったね」

「あるいは変わらないのかも」

 

 くす、と二人で笑い合う。

 

 それは記憶を取り戻す以前、ただのアルナとフィーネだった頃のように。

 

 そしてフィーネは、先ほどよりも自然な笑顔でアルナに告げる。

 

「貴女が好きよ、〝アルナ〟さん。貴女は私の全て、私の生きる意味。貴女がいてこそ、〝フィーネ・E・アンヘル〟には価値があるの。だから、本当に────壊してくれてありがとう」

 

 その言葉に、少しだけ息を呑み。

 

 アルナは……ふと、何もかも悪いものが抜けたような風に微笑んだ。

 

「私こそありがとう。私と…………友達になることを選んでくれて。貴女がライバルで、良かった」

「ふふ、初めてちゃんと友達って言われた。案外心が暖かくなるのね、こういうのって」

「ふふっ」

「あはは」

 

 

 

 また二人は一緒に笑う。

 

 

 

 それでいいと、彼女達は共通した結論を抱いていた。

 

 

 

 アルナは、ハジメ達と共に生きることに幸せと存在意義を見出した。

 

 

 

 フィーネは、そんな自分にない全てを持つ彼女に並び立ち、競うことに人生を見出した。

 

 

 

 そんな風に、自らで考え、悩み、それぞれ歩んでいく人として生まれ変わったからこそ。

 

 

 

 同じように生まれた二人は、絆を確信できたのだ。

 

 

 

「──ああ、だから」

 

 故にこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなつまらない喜劇は、早く終わらせましょう?」

「ええ、すぐにでも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に浮かべた獰猛な笑みも、まるで瓜二つだった。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

これにて半分。

次は前半の2話より少し短く提供します。


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それは喜劇のような一日 Ⅲ

今回は戦闘回です。

楽しんでいただけると嬉しいです。




設定メモ

〝増幅体質〟

新世界で人間になったウサギ改めアルナが、彼女のコアだったアーティファクトから引き継いだ体質。
簡潔に言えば、1の魔力を体内に取り込んで1000に増幅させる特殊な能力である。
これによって、彼女は魔力がある場所であれば無限に魔力を自己生成し、またその魔力を使って更なる魔力を生み出す、という半永久機関と化している。
ただ、有り余りすぎるエネルギーの為か非常に他のエネルギー効率が悪く、一度発動すると凄まじく空腹になる。



 

 

 アルナとフィーネが監禁されている部屋。

 

 その扉の前には、二人の男が監視役として立っていた。

 

 出入り口はそれ一つのみ。おまけに男達は麻酔銃に加えてアサルトライフルも装備している。

 

 自分達がここにいる限り、中の二人は絶対に逃げられないと彼らは確信していた。

 

「なあ」

「あん?」

「あの女ども、とんでもねえ上玉だったよな」

「あー、そうだなぁ。ありゃ世界でも指折りの美女だぜ」

 

 ずっと突っ立っているだけに飽きたのか、男達はいかにもな会話を始める。

 

 元より見目麗しく、それぞれエヒト(inシュウジ)と解放者に作られたアルナとフィーネ。

 

 人間になったことで成長した彼女達は、文字通りこの世ならざる美しさを持っていた。

 

「あんな女を一度でいいから抱いてみてぇよな」

「バカ、()()に送るまで傷一つつけるなって話だったろ」

「どうせあっちじゃ()()()()になるんだろ? だったら今のうちにちょっと──」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、扉が内側から吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 凄まじい力で破壊された扉は男達の間を飛んでいき、対面の壁に当たって砕け散る。

 

 あまりに非常識な光景に誘拐犯達は硬直し、少しすると我に返って目を鋭くした。

 

 実に洗練された動きでアサルトライフルを構えると、扉の無くなった出入り口に振り向き。

 

「おいおい、何が起こ──っ!?」

 

 男達の視界いっぱいに映り込む、真っ白な人間の掌。

 

 彼らがみた光景はそれが最後。瞬く間に扉と同じように全身を壁に叩きつけられた。

 

 ヒビが入るほどの力で打ち付けられた誘拐犯らは白目を剥き、全身を痙攣させる。

 

 やがて、彼らの顔を覆っていた手が外されると床の上に崩れ落ちた。

 

「対応はそこそこですが、反応速度がお粗末と言わざるをえませんね」

 

 そんな彼らを見下ろし、長い白髪を手で払った女──フィーネは嘲り笑いを浮かべた。

 

 続くように、部屋の中から桃色の魔力回路が浮かんだ拳を握ったままアルナが現れる。

 

「……この世界だと、殺すと色々面倒くさいんだけど」

「安心してください、加減したので。まぁ全身不随くらいにはなってるかもしれないけれど」

「ん、それくらいは妥当」

 

 納得した顔で頷くアルナ。その辺りは旧世界から変わらない容赦の無さだった。

 

 好戦的に笑っていた二人は、ふと階段のある方向からやってきた複数の足音に振り向く。

 

 程なくして廊下にやってきた三人の男達は、二人とその足元に倒れている仲間を見て驚く。

 

「なっ、これはっ」

「あの女ども、外に出てるぞ!」

「まさかあいつらがやったのか!?」

「あら、ゾロゾロと羽虫が群がってきましたね」

「発見、即デストロイ」

「同感です」

 

 アルナは左の拳にも魔力を通し、両の手に桃色の燐光を纏いながら闘気を発する。

 

 非現実的な光景と、細身の女から溢れ出る尋常でない圧に男達は動揺を見せた。

 

「では私も、それなりに全力を出しましょう」

 

 彼らを嘲笑うように、フィーネもまた両手を顔の方へと持っていく。

 

 耳に吊り下げられた、一対の銀に輝くイヤリング。

 

 それを金具から外し、彼女の両手から白紫の魔力光が伝うと──肥大化して純白の双曲剣に変わった。

 

「な、なっ」

「ふひっ! 蹂躙してさしあげましょう!」

 

 先に飛び出したのは、フィーネ。

 

 狂気的な笑みを顔に張り付け、まるで飛ぶように肉薄してきた彼女に男達は総毛立つ。

 

 全身を這い回る本能的な恐怖に、人質ということも忘れて反射的にライフルを掃射した。

 

「あはははは! そんな豆鉄砲が当たるとでも!?」

「なぁっ!?」

 

 フィーネは壁や天井を蹴り、視認してから易々と弾丸を回避していく。

 

 わずか二秒、男達の眼前までやってきたフィーネは両腕を神速で振るいながら跳躍。

 

 空中で一回転すると、彼らの背後に着地した。

 

 

 

 

 一拍の静寂。

 

 後に、男達の手の中で金属製のはずのアサルトライフルがバラバラと細切れになる。

 

 あり得ない、そう見開いた彼らの目に次に映り込んだのは──既に接近したアルナの冷たい表情。

 

「ふっとばす」

「「「──っ!?」」」

 

 唸る音を伴ったアッパーカットが振るわれ、巻き起こる突風に三人はかち上げられた。

 

 天井に激突した彼らはすぐに落下し、地面の上を激しくバウンドすると動かなくなった。

 

「さて。流石にここまで音を立てればさらに増援が来るでしょうね」

「レミア達と合流する」

「変な気を起こされても面倒ですし、いいでしょう」

 

 頷いたアルナは、目を閉じると何かに意識を集中した。

 

「〝身体操作〟」

 

 小さく技能の名を呟く。

 

 すると、桃色の髪が不自然にモゾモゾと動き、下から何かが盛り上がってきた。

 

 ぴょこん! と可愛らしく飛び出したのは、彼女が本来待っていたピンクのウサミミ。

 

 力を取り戻した後、シア共々手に入れた〝身体操作〟の効果である。

 

 ウサミミを小刻みに動かし、アルナはビル全体の様子を探る。

 

「……レミア達は、二階。それまでに敵はたくさん」

「おおよその数は?」

「二十六、かな」

「あはっ。私とアルナさんならば取るに足らない雑兵ですね」

 

 頷き合った彼女達は、すぐさま走り出した。

 

 下へ繋がる階段にものの十秒で行き着くと、丁度登って来ようとしていた五人組が下から見上げてくる。

 

 連絡が来ない仲間の様子を見にきたのだろう。剣を持った女とウサミミの女に、彼らも驚いた。

 

「ふっ!」

 

 そんな彼らへ、フィーネが一足跳びに奇襲を仕掛けた。

 

 反射的にライフルを向けた先頭の男の銃口に、硬質な音を立てて剣の切先が嵌る。

 

 すぐに引き金が引かれ、暴発したライフルの銃身と男の指のみが盛大に捻れ曲がった。

 

「ぎゃぁああっ!」

「うぉっ!?」

「くっ!?」

「シッ!」

 

 後ずさった男にぶつかってバランスを崩した男達へ、二の一閃。

 

 蛇が這うが如き剣閃で手首を切られ、武器を取り落としたところで跳んできたアルナの蹴りが入った。

 

 一斉に壁へ強打された男達はそのまま階段を転がり落ちていき、下の階の廊下で伸びてしまう。

 

 ゆっくりと二人は階段を降り、全員気絶していることを確かめるとすぐに左右へ振り向いた。

 

 落ちてきた仲間とアルナらに、その階にいた誘拐犯達が続々と集まってくる。

 

「いける?」

「食事をする際にカトラリーを使うか、と私に聞いているのですか?」

 

 不敵に笑うフィーネへ、アルナもまた頼もしげに笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 背中合わせになった二人は、誘拐犯達へ拳と剣の切先を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! 何なんだあいつらは!?」

 

 ビルの一室、元は警備室として使われていた部屋。

 

 そこでモニター越しに館内の監視カメラからの映像を見ていた誘拐犯の一人が声を荒げる。

 

 死んでいた電源を自前のPCに繋げ、表示した画面に映るのは現実離れした光景。

 

 白髪の女が、廊下に並んだ仲間達が掃射するライフルの弾丸を白い双剣で軽々と斬っていく。

 

 徐々に後退する同胞達に、女の隣から飛び出したもう一人の女が冗談のように全員殴り倒した。

 

 自分の正気を疑ってしまうようなその映像に、他の誘拐犯らも動揺を隠せなかった。

 

「ここはコミックの世界じゃないんだぞ!? 何でこんな……」

「…………」

 

 そんな彼らを見つめる、リーダーの男一人だけが厳しい顔でいる。

 

 先ほどまでと違い、他の男のように黒い戦闘服と武装をして、歴戦の戦士の風貌を湛えている。

 

 部下達と同じように、PCを見つめるその瞳には、どこか隠しきれない興奮のようなものがあった。

 

 

 

(まさか、()()だというのか。てっきり〝例の件〟の単なる関係者だと思っていたが、よもや大当たりとは)

 

 

 

 ゴクリと、男は生唾を飲み込んだ。

 

 ギラギラとした目は、フィーネが超速で飛ぶ銃弾を斬り、アルナが桃色の雷を発する毎に輝きを増す。

 

 何故ならそれは、この誘拐犯達が──彼らを差し向けた、とある結社が追いかけ続けたものである故に。

 

 

 

(もしかすると、あの母娘やガキも……?)

 

 

 

 確かめる価値はある。一人思考を巡らせた男は小さく頷く。

 

「おい、六人ついてこい。残りの人質を連れてくるぞ」

「ですが、今ここを動くのは危険では……」

「いくら奴らでも、身内を盾にすれば止まるだろう。奪取される前に確保するんだ」

「了解しました」

 

 問答をしたのは数秒、素早く部下達は準備を整えた。

 

 念の為に用意していた完全武装を着装し、男も同じ装備をすると臨時司令室を後にした。

 

「「クリア」」

 

 先に出た二人が廊下の安全を確認し、男達はライフルを構えながら前進する。

 

 場所は二階。先ほどまでは遠かった銃撃とそれ以外の破壊音が頭上から男達の耳に響いた。

 

「敵影無し、まだ安全です」

「急ぐぞ」

「「「「「了解」」」」」

 

 確かな訓練と連携を感じさせる動きで、素早く男達は廊下を移動していった。

 

 元は小規模な宿泊施設であるビルの廊下はそれなりに長く、彼らはヒヤヒヤとした気分で進む。

 

 上からの音と仲間の悲鳴に警戒心を強めていきながら、一番端のその部屋まで到着した。

 

「なっ」

 

 そこで倒れている二人の仲間達に、マスクの下から声を漏らした。

 

 かなり高まっていた警戒心が最大にまで引き上げられ、全員で背後と左右へ銃口を向ける陣形を取った。

 

 少し待つが、奇襲はこない。ひとまず男はハンドサインを出し、警戒態勢を解く。

 

「…………」

「「……」」

 

 顎でジェスチャーをされた二人が、素早く倒れた仲間に近付いた。

 

 死んだように動かない男達の容態を確認し、生きていることをジェスチャーすると安堵する。

 

 同時に、男の脳内ではアルナ達のようにあの三人も、という確信が強まっていた。

 

 壁に背を貼り付けるように、四人が扉の両側に移動する。

 

 男の背後や左右を守るように残りの二人が張り付き、彼は思い切り前蹴りで扉を蹴り破った。

 

 

 

 

 大きな音を立て、蹴った場所が陥没したドアが倒れる。

 

 朦々と砂埃が立ち込め、男達はこれまでにないほど警戒しつつ部屋の中に踏み入った。

 

 視界の悪くなった室内から悲鳴は聞こえなかったことに、彼らが険しい顔をしていると。

 

「おじさん、女の子の部屋にノックもなしに入ってくるなんて乱暴だよ?」

 

 突如、前方から聞こえてきた声に全員銃口を向ける。

 

 徐々に砂埃が消えていき、すると部屋の真ん中にある椅子に座っている小さなシルエットを捉える。

 

 部屋の暗さに男達の目が慣れた頃、そこにいたのは……悪戯げに笑うリベル一人。

 

「あの母娘はどこだ。答えろ」

「さて、どこだろうね?」

 

 素早く銃口を上に向け、男は発砲する。

 

 銃声が室内に響き、正確に撃ち壊されたライトの残骸が地面に広がり落ちた。

 

「答えろ。一人くらいなら構わんぞ?」

 

 男の言葉に続けて銃を向けてくる誘拐犯達からは、本気でそうする雰囲気が漂っている。

 

 9歳の少女に向けるものではない殺気に、リベルは変わらず微笑むだけ。

 

 全く怯える様子のない、それどころか余裕綽々といった態度に男達は眉を顰めた。

 

「あと五秒やる。さっさと答え」

「あのさぁ、おじさん達。何か忘れてない?」

「何?」

 

 言葉を遮られ、不機嫌に聞き返す男。

 

 彼にリベルは──ストンと表情を落とすと、酷く冷たい目線を向けた。

 

「何様のつもりで私を見下ろしてるかって、聞いてるんだけど」

 

 

 

 

 

 刹那、全身を襲う衝撃で男達は床に這いつくばった。

 

 

 

 

 

「「「──っ!?」」」

 

 自分の体重の何倍もの重りをいくつも乗せられたような重圧に、彼らは目を剥く。

 

 ビリビリと打ち付ける圧は、指一本どころか睨み上げることさえも彼らに許さなかった。

 

「な、ぁ……!?」

「私ね、パパにこう教えられてるの。なんの非もない人間を悪意で食い物にしようとする輩なんて、無様に這いつくばらせるくらいが丁度いいって」

 

 リベルが立ち上がり、男を見下ろし冷笑する。

 

 その笑い方は、どこぞの勇者に大悪党と呼ばれる男が悪人に向けるものとそっくりだった。

 

 一言も話せないまま男は屈辱に歯を食い縛り、しかしまだ諦めた様子を見せなかった。

 

 

 

(まだ、部屋の外には部下がいる! こんな至近距離で騒げば気がつかないはずがないだろう、バカな小娘が!)

 

 

 

「リベルちゃん、持ってきたの!」

 

 明るい声が部屋に入ってくる。

 

 間髪入れず、すぐ隣に転がされた人間達──拘束された部下に男は目を疑った。

 

 まだ終わらない。

 

 ガシャン! と重厚な音を立て、頭上に何かが着地した音を男達は聞く。

 

 恐る恐る顔を上げると、そこには六腕六脚のよくわからない金属製っぽい怪物がいた。それも二体。

 

 

 

(デ、悪魔(デーモン)っ!?)

 

 

 

「これで近くにいたのは全部なの」

「ありがとうリベルちゃん」

 

 顔を青ざめさせる男達の前で、ひょこりと怪物の背中から顔を出したミュウが飛び降りる。

 

 もう一体の背中からレミアが出てくると娘同様床に降り、リベルに寄り添う。

 

 美人母娘を侍らせ、腕組みをした異形の悪魔を従えたその姿はさながら悪の女幹部。

 

 

 

「さて。ちょっと〝お話し〟しよっか、おじさん達?」

 

 

 

 

 どこからか取り出した鞭をパシーン! とやるリベルに、男達は蒼い顔を白くさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 ダダダダッ! という激しい音が廃ビルに木霊する。

 

 

 

 

 

 

 

 発生源は、恐怖に顔を引き攣らせた男が後退しながら引き金を引くアサルトライフル。

 

 明らかに必死なその様子は、しかし直後に飛んできた桃色の影に吹っ飛ばされて終わることとなった。

 

「今ので最後。もう戦意のある気配はない」

「旧世界で同胞と南雲ハジメの戦闘データを共有しましたが、あれに比べれば子供の玩具に等しいですね」

「ん、私の旦那様だもん」

「はいはい、惚気ご馳走様です。そのドヤ顔も可愛いですね」

 

 たわいもない会話をしながら、廊下を散歩するように進む。

 

 そしてとある一室の前で止まると、「よっ」という軽い掛け声でアルナが扉を殴り壊した。

 

 

 

 

 露わになった臨時司令室の中にいた、四人の誘拐犯が一斉に振り向いた。

 

 彼らは驚愕と恐怖の入り混じったような顔で硬直し、それは彼女達には絶好のチャンス。

 

「はっ!」

 

 アルナが拳と拳を打ち付けると、そこから桃色の衝撃波が放出された。

 

 それはどこかへ繋がっていたPCや、携帯、無線等の機器を破壊し、男達の意識を刈り取る。

 

「これで問題無し」

「では貴女のご家族を迎えにいくとしましょう」

 

 一瞬で男達を意識から外した二人は踵を返し、そのまま歩いていく。

 

 伏兵がいることもなく、実に簡単にレミア達が捕らえられている部屋にたどり着いた。

 

「あれ、壊れてますね。踏み込まれたのでしょうか」

「そういえば、さっきそんな音がしていた」

「まあ、南雲ハジメの家族やあの方のご息女であれば……」

 

 少し警戒して、部屋の中をそっと覗き込んだ二人が見たものとは。

 

 

 

 

 

「おらおらおらおらぁっ! お前が気絶するまで殴るのをやめないの!」

「ひぎぃっ! もう許してくださいっ!」

「ふふ、次はどの指を踏み潰してほしい?」

「ご、ご勘弁をぉお!?」

 

 

 

 

 

 パンツ一丁にひん剥かれた男達が、幼女二人にイビられているショッキングな光景だった。

 

 ミュウがハジメ特製〝これは武器です〟の名を冠する鞭で、男の股間をバシバシ叩いている。超楽しそうな顔で。

 

 リベルが男の上に立ち、踵で少しずつ指を反対に曲げて折ろうとしている。超恍惚とした顔で。

 

 そんな二人を、保護者レミアは見守っている。今にも気を失いそうな顔で。

 

「……元狂ってた私が言うのもあれですが、貴女達の娘ちょっとヤバい英才教育受けてません?」

「…………帰ったら説教する。主に駄龍とか股間スマッシャーなエロ吸血姫とか道化とか」

 

 呆れつつも、部屋に入っていくアルナとフィーネ。

 

 三人は足音ですぐに気がつき、アルナが無事なところを見ると嬉しそうに笑った。

 

 その次に隣にいるフィーネと、その手にある白双剣を見て顔を強張らせる。

 

「三人とも、無事でよかった」

「え、ええ、ウサギさんも。でも、その……」

 

 言い難そうに口を開閉させながら、レミアはフィーネのことを見る。

 

 ミュウも不安げに、リベルはとても警戒した目で。

 

「……お姉さん、それは何?」

「見ればわかるでしょう? 私も貴女達と同じ、ということですよ。あのお方のご息女様」

「っ!」

 

 猛烈な勢いで立ち上がったリベルが、フィーネに向けて素早く手をかざす。

 

 その際手を踏み潰された股下の男が悲鳴をあげたが、構わず彼女は重力魔法を使おうとした。

 

 しかし、間にアルナが割り入ってきたことで魔力の収束を止める。

 

「ウサギさん?」

「平気。彼女は味方。私の友達のままだよ」

「……本当に?」

 

 まさかとは思うが、騙されているのではないか。

 

 懐疑的な目を向けるリベルへ、アルナは頷いた。

 

「もしそうなら、気がついた時点で心臓を抉り取ってる」

「ちょ、怖いですよアルナさん。旧世界でコアを狙ったこと恨んでるんですか?」

「だいじょぶ。香織とか美空に頼めば元に戻せる」

「それ、回答になってないんですけど」

 

 グッ! と拳を握るアルナと、旧世界のことを思い出したのか珍しく焦るフィーネ。

 

 二人の様子は紛れもない友人のそれであり、三人はやや不思議そうな顔を見合わせた。

 

「こほん。とにかく、これで一件落着ということでよろしいですか?」

「ううん、まだ」

 

 アルナはかぶりを振ると、のたうち回っている裸の男達に近づいた。

 

 そうしてしゃがみ込み、髪を掴んで視線を無理やり合わせたのはリーダーの男。

 

「あなたに聞きたいことがある」

「………………な、何も答えんぞ」

 

 お決まりのセリフ発動。ミュウがパシィン! と鞭を鳴らす! 

 

 体を震わせる男の顔を覗き込み、アルナはやや凄みを効かせた声で話しかける。

 

「ミュウに男の象徴を百回鞭打ちか、今私に歯を全部殴り折られるか。選ばせてあげる。それが嫌だったら、目的を全部話して」

「っ、お、俺は何も知らん!」

「……そう。じゃあ仕方がないね」

 

 ふぅ、と諦めたように嘆息したアルナの手が離される。

 

 実は結構ギリギリだった男は内心安堵し──次の彼女の言葉に絶望した。

 

「フィーネ、その男のアレを切り落として。そしたら口の中に突っ込んで全裸で道路に放り出す」

「!?」

「貴女の頼みであれば喜んで。実はちょっと興味があったのです」

「っ!!?」

 

 恐怖。

 

 なまじ楽しそうに嗤うフィーネが美しすぎるからこそ、余計に恐ろしく見えた。

 

「わ、わかった! 話す! 話すからそれだけはやめてくれぇ!」

 

 自分の大切なものを犠牲にしてまで秘密を守るほど、男は律儀ではなかった。

 

 途端につまらなさそうに「ちぇー」と引き下がったフィーネと入れ替わり、アルナが再び対面する。

 

「あなた達の本当の目的は何?」

「お、お前達を人質に莫大な身代金を要求することだ。そうしたらお前達をそのまま大陸へ連れていき、売り飛ばすつもりだった」

 

 あまりにテンプレすぎる回答で、全員の目線がゴキブリを見るものに変わる。

 

 弾みで振われたミュウの鞭が、偶然そこにいた男の股間を打った。「アウチ!」という悲しい悲鳴が響く。

 

「違う、聞きたいのはそんなことじゃない」

「な、何だと?」

「さっき、貴方は()()()()()()()()()()と言っていた。私達やフィーネを交渉材料に身代金を手に入れる他に、目的があるはず」

「っ、何のことだか……」

「フィーネ」

「はいはい」

「待てっ!?」

 

 剣を構えたフィーネに金切声を挙げ、男は制止した。

 

 そのままの体制で、いつでもヤってやるぞと無言で脅すアルナ達に必死に何かを考えた。

 

 しかし、どうすることもできないと諦めたのか、深く深く溜息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

「……俺達がここに来た本当の目的は、お前達の身柄を確保することだ」

 

 

 

 

 

 

 




次で終わりとなります。


読んでいただき、ありがとうございます。


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それは喜劇のような一日 Ⅳ

これにて最後。


楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

「一年前、膨大なエネルギー反応が世界中で検知された。今までにない謎のエネルギーだ」

「「「っ!」」」

 

 アルナ達が息を呑み、フィーネは興味深そうに目を細める。

 

 彼女達の視線の中心で、男はぽつりぽつりと話し出す。

 

「地震でも、噴火でも、他のどんな災害や自然現象でもないこのエネルギーを我々も捉え、調査をしてきた。そしてエネルギーが発生した当日、その発生地点にある人物達がいることを突き止めた」

 

 つまり、パンドラボックスの復活に際した現象と、シュウジの蘇生のことだろう。

 

 それを成したハジメ達と、駆けつけたユエ達のことを、どういうわけか把握していたようだ。

 

 アルナが様々な考えを巡らせる中、男はなおも話し続ける。

 

「一年近く調査をしたが、結局エネルギーの正体は分からずじまい。それ以降一度も同じことは起こらなかった……が、同時に不可思議なことも起こり出した」

「……不可思議なこと?」

 

 顔を上げた男は、アルナ達にニヒルな笑みで「お前達の周りでさ」と言う。

 

 

 

 

 

 曰く、調査に向かった組織の人間が戻らない。

 

 一度目は監視が成功したはずの対象達が、次は本人どころか家にもたどり着けなくなった。

 

 他にもエトセトラエトセトラ……そして何よりも。

 

 ふといつの間にか、気がつかないうちに世界中の裏社会を、()()が侵していること。

 

「結社は、これを本物の()()と認定した。数世紀の間追いかけ続けてきた叡智が、そこにあると確信したのだ」

「……やっぱり、貴女達は闇組織の部隊だったんだね」

 

 段々と興奮してきた様子で語る男に、アルナは予想が的中したことを確信する。

 

 彼らの結社とやらが、気の遠くなるような年月アルナ達のような〝力〟を探し求めてきたことも。

 

「長い準備を経て、ついに我ら実行部隊が送り込まれた。悲願成就の為に」

「そして私達に倒された」

「確かにそうだ。たが! 我々の異変はすぐに気がつかれるだろう! すぐに増援部隊が送り込まれてくることだろうよ!」

 

 部屋の中をにわかに緊張が走る。

 

 それは当然のように全員想定していたが、しかし実際に口にされると危機感が高まるのだ。

 

 だが力を取り戻した今なら不安はない。

 

 そんな思考を見抜いた訳でもないだろうに、男は得意になったように笑う。

 

「この場を切り抜けたとしても、次の俺達がやって来るぞ。その次、さらに次も、お前達の誰かを手に入れるまで、周囲の人間も巻き込んでなぁ!」

「……!」

「あらあら……」

「厄介な人達に目をつけられたね……」

「た、大変なの……!」

「たとえお前達が神秘の持ち主だろうが、我ら結社の力の前には──!」

「長い」

 

 冷たい一言と同時に、しなやかな長脚からキックが繰り出された。

 

 奇妙な声を上げて男は横に倒れ、シリアスな空気だったアルナ達は一斉に下手人を見る。

 

 肩を剣で叩きながら、フィーネは豚を見る目で男を見下ろした。

 

「うだうだと喋りすぎです。必要なことは簡潔に、シンプルに。それが1番でしょう?」

 

 だからって蹴り入れるか、とその場にいた全員が心の中で突っ込んだ。

 

 そんな視線をフィーネは軽やかにスルー。そのまま見下ろして言葉を続ける。

 

「大体、先ほどから何やら勿体つけていますが……貴方達を送り込んだのは〝ヒュドラ〟ですね?」

「なっ!?」

「ヒュドラ? 何それ?」

 

 驚く男達とは裏腹に、知らない単語が出てきたことでリベル達が首を傾げる。

 

「フィーネ、知ってるの?」

「ええまあ。誘拐、殺人、強盗、人体実験、果ては戦争の誘発……神秘の力を求め、その為にありとあらゆる暗躍をしてきた狂信者集団です。平たく言えば歴史のあるテロリストですね」

 

 そしてフィーネは、口をぱくぱくとさせる男達の前でヒュドラについて語り出す。

 

 曰く、植民地時代以前から存在する組織であり、歴史上何度か潰されているもののまるで首が生え変わるように復活してきた。

 

 世界のどこかで常に息を潜め、再起を繰り返し、現在に至るまで神秘を渇望してきた集団である、と。

 

 そんないかにもな裏組織が実在したことに、アルナ達は呆れてしまう。

 

「ち、ちが、俺達は」

「この期に及んで言い訳とは、滑稽ですね。ではもう少し話しましょう」

 

 これだけ反応しておいてシラを切ろうとした男に、フィーネは更なる情報を開示する。

 

 ヒュドラの勢力が潜んでいる地域や幹部の名前、その表向きの顔に至るまでつらつらと並べ立てた。

 

 長い間組織に身を置き、それなりの立場と権限を持つ男はそれが真実だと理解していた。

 

「何故、何故お前のような小娘がそこまで……」

「何故もなにも」

 

 愕然とした男に、フィーネは次の言葉を告げる。

 

 実に事もなさげに、世間話をするかのように軽い口調で。

 

「もうすぐ完全に吸収されますからね、貴方達。うちの組織に」

「…………………………は?」

「骨が折れましたよ。人間にしてはそれなりの年月この世界に根を張り続けていたので、〝金縛〟が随分と手を尽くしました」

「…………………………へ?」

「誇りなさい。貴方達は〝紫蛇の七つ牙〟の一人を動かしたのです。間もなくそれも終わりますが」

 

 間抜けな声と顔で、投げかけられる言葉をただ受け止めるしかない男。

 

 それは男の部下達も同じであり、またアルナ達も同じようにぽかんとしていた。

 

 

 

 

 しかし、同時に彼女達は気がつく。

 

 記憶と力を持つフィーネ。世界に蔓延る巨大組織をも上回る、影の如き影響力を持つ組織。

 

 そして蛇の牙……一様に、四人の脳裏にとある男のニヒルな笑みが思い浮かぶ。

 

「……また、あの人なの?」

「あら、あらあら……」

「みゅ、もしかしておじさんの仕業?」

「ぱ、パパぁ……新世界でも何やってるのぉ……」

 

 頭が痛いとはこのことか。

 

 なんとも呆れたような反応をするアルナ達に、フィーネは体ごと振り返ると微笑んだ。

 

「改めて自己紹介を。神討ちを成した魔王のご家族、並びに我らが新たなる神のご息女よ」

 

 その微笑みのまま、彼女は片足を引くとやや慇懃な態度で頭を下げる。

 

「我が名はフィーネ・E・アンヘル。番外の牙たる〝凶白の零(ジョーカー)〟でございます」

「ジョーカー……」

「神の使徒、じゃなくておじさんの使徒なの」

「これ、ハジメさんは知ってるのかしら……」

「此度は、その目に拝見させるにも値しない下賎な者共の企みを排除させていただく為にやって参りました。申し遅れましたことをお詫びします」

「……フィーネ、貴女は」

「アルナさんに会いたくて仕方がなかった、というのもありますがね」

 

 可憐なウィンクを飛ばしてくるフィーネに、アルナはちょっと苦笑い。

 

 彼女は白双剣を一方の手に纏めると、空いた手を胸に添えて誇らしげに謳う。

 

「我が忠誠は我が神に、我が剣は神の〝愛と平和〟の為に、そして我が愛は麗しきアルナ・ハウリアに。この身この魂この力、全てを捧げてお仕えしましょう」

「……大げさだね」

「我が神が、こうした方が面白いと仰るもので」

 

 それは愉しそうな顔で吹き込んだんだろうなぁ、と顔を引き攣らせる四人。

 

 それは本人も分かっているのだろう。

 

 こほん、と少し頬を赤くしながら振り上げていた腕を下ろすと、置物化していた男に向き直る。

 

「そういうわけなので。貴方達の行為は全くの無意味です。もはや二度とヒュドラとして姿を現すことはないでしょう」

「そんな、そんな馬鹿な……我々ヒュドラが、こんな簡単に…………」

「断言してあげます。落としたその首が生えてくることは、もはやありません」

 

 彼は、彼女達はその身も首も喰らい、一つの首を二つに、二つの首を四つへと増やし続ける。

 

 それはさながら、姉達を食らって異形の怪物となった女怪メドゥーサのごとく侵していくのだ。

 

 どこまでも貪欲に、強欲に。

 

 再び手にした〝愛と平和〟を、あらゆる悪意から守る為に。

 

「ヒュドラも、他のどんな組織や勢力、国をも呑み込んで、我々はこの平穏を保つ。その糧となれたことを光栄に思いなさい」

 

 最後の決め台詞に、トドメを刺されたように男はガックリと項垂れたのであった。

 

 

 

 

 その後、どこかへと連絡したフィーネによってもう危険はないことが告げられた。

 

 ヒュドラの実行部隊も放置しておけば()()されるということで、五人はビルを出る。

 

 気がつけば随分と時間が経っていたようで、空はもう茜色に染まり始めていた。

 

「せっかく楽しいショッピングだったのに、台無しになっちゃったね」

 

 地図が表示されたスマホを片手に、振り返ったアルナは三人に言う。

 

「ああいう人達がいると、またパパ達が戦うことになっちゃうの」

「そうねぇ。できればそうなってほしくないのだけど……」

「実際、パパは動いてたし……」

 

 帰ったら絶対問い詰めてやる、と言わんばかりの気迫を見せるリベル。

 

 フィーネもイヤリングに戻した白双剣を揺らしながら振り向き、苦笑した。

 

「どうか我が神をお許しください。あのお方は、今度こそ自分の手で皆様を守りたいのです」

「…………パパは、また無茶してない?」

 

 凄みを収めたリベルは眉尻を下げ、不安げに尋ねる。

 

 彼女の心の中には、また一人で背負いこんでどこかへ行ってしまう父の後ろ姿が……

 

 魂魄魔法で意識を読める訳ではないフィーネでもそれをすぐに察し、勤めて明るい声で答える。

 

「ご安心を。ご存知の通り、今の我が神はドライバーやボトルを使用できず、精製もできないようかの魔王のアーティファクトで封じられていますし……それに」

「「「「それに?」」」」

 

 声を揃えた四人に、ニコリと笑って。

 

「今、我らが七つの組織を束ね、我が神の隣にいるのは、貴女のお母様方ですよ。リベル様」

「ママ達が……」

「それが絶対の条件だったそうです。自分達の目の届かないところで暗躍はさせない、と」

 

 ついでに言うと、全組織のさらに上にはハジメの兵器軍団や新生ファウストがいるらしい。

 

 

 

 ちなみにハウリア族もいる。ちゃっかりと。

 

 ネビュラガスを投与されていたカムを筆頭に、彼にしごかれたハウリア族は次々旧世界の記憶を獲得。

 

 全員見事にプレデター&厨二に舞い戻り、「気合で戻ってまいりました!」と嬉しそうにシュウジとハジメの前に並んだ。

 

 無論、当時のハジメが遠い目になった。

 

 ユエ達の顔は引きつったし、せっかくただの暗殺一族程度に収まったのに、とシアが(シュウジに)大暴れした。

 

 アルナも、なまじ今は血の繋がった家族なので、全員アレだと胃にきたものだ。

 

「我ら使徒も、今や群体であると同時に個々の意思がある身。特に〝七つ牙〟は我が神の安寧を何より望んで働いておりますので、そのことを知っていただければと」

「……いつか、私もパパを助けられるようになるかな」

「ええ、そう望むのであれば。貴女様が欲するのであれば、いつでも我らはお力添えします」

「……うん、ありがとう。貴女は元々敵だったけど、良い人だね」

 

 リベルが、親しいものに向ける笑いをフィーネへと向ける。

 

 その笑顔は、これまで常に張り巡らせていた警戒を解いた証拠だ。

 

 フィーネとしてもそれは喜ばしい事であり、アルナと目線を交わしてくすりと笑い合った。

 

「そういえば、フィーネお姉ちゃんも何かの組織のボスなの?」

「私ですか? 特に何かを率いているということは。性格的にも向いてませんし」

 

 地味に他の使徒との距離を感じる発言だった。旧世界でぼっちだったことを気にしているのかもしれない。

 

「それに!」

「わっ」

 

 何か言おうとしていた子供達は、突然体ごと振り返ったフィーネに驚いて言葉を呑み込む。

 

 それに構わず、同じように立ち止まったアルナに歩み寄ると、その両手を自分の手で包み込んだ。

 

「自由に動けなくては、アルナさんの側にいられませんから。ええ、ええ! いつでもどこでも、私はアルナさんと共にいたいのです! 何故ならライバルだから! ライバルだから!」

「……フィーネ、顔が近い」

「ふふふふふ! もう正体も明かした事ですし、遠慮はしません! これからもっともっと色んなことをしましょうね、アルナさん♪」

 

 それまでの知的でミステリアスな雰囲気はどこへいったというのか。

 

 無邪気な子供のように…若干ハァハァしてるが…はしゃぐ様は、あの元最凶の使徒とは思えない。

 

 嬉しそうに頬を赤らめ…恍惚としているように見えるけども…るフィーネに、アルナは気圧される。

 

「…… 森人(エルフ)族のお姫様に懐かれてた、シアの気持ちがちょっとわかった」

「え? 何か言いました?」

「なんでもない。これからもよろしくね、フィーネ」

「はい! 私の愛しき好敵手、アルナさん!」

 

 

 

 

 

 答えたフィーネの笑顔は、背後から差し込む斜陽も相まって非常に美しいものだった。

 

 

 

 

 




これにてアルナ編は終わりです。

どちらかと言うとフィーネ編でしたね。

読んでいただき、ありがとうございます。


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シアの懸念

今回はシア、と見せかけた嫁〜ズな話。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

「……皆さん、今日は集まってくれてありがとうございます」

 

 

 

 薄暗い部屋に一つ、厳かな声が響く。

 

 普段は溌剌で可憐なその声は、しかし緊張と真剣なものを帯びていた。

 

 普段は滅多に聞くことのない彼女──シアの声に、その場にいる他の女達も自然と居住まいを正したくなる。

 

「貴重な休日にお時間を取らせてしまって、どうもすみません」

「ん、問題ない。シアが呼ぶのなら、私はいつでも来る」

「ありがとうございます」

 

 ほんのりと笑って言う、ビスクドールのような女──ユエ(少女ver)にシアは嬉しそうに微笑んだ。

 

 同様の表情で、他の席についている者達も頷いている。

 

「夜にはいつも通り、皆で集まって食事をするのじゃから問題あるまいて」

「そうね。仕事の方も落ち着いているのだし」

 

 鷹揚に頷くのはティオとレミアである。

 

 ちなみにこの三人は、世界的大企業であるアヴァタール社で服飾部門の代表として働いている。

 

 抜群のデザインセンスと経営手腕を持つ若きエース達として活躍中であり、こうして丸一日暇な休日というのも稀だ。

 

「家族なんだから、これくらいはね」

「あんな深刻な顔で招集されたら、何事かと思っちゃうけど」

 

 二人仲良く並んで座った美空と香織が、少し気遣わしげに目線を向ける。

 

 それぞれnascitaの店員と看護師として勤しむ彼女達も、他ならぬシアの呼びかけならとやってきた。

 

 南雲家からは計六人。そして……

 

「雫さんも、わざわざ来てくださってありがとうございます」

「いいのよ。時間を少し持て余していたし、あの人も家にいないから」

 

 いたら目一杯甘えたのだけどね、と笑う雫。

 

 その左手の薬指には、ゴデチアの花を模した美しい紋様を内包した宝石の光る指輪がある。

 

 元から女神だったのに、指輪を贈ってから言葉では形容できない程綺麗になってきている、とはどこぞの男の言葉だ。

 

「ルイネさんのことはごめんなさいね。彼女、とても忙しいみたいで……」

「そんな! 急な話でしたし、全然平気ですよ! むしろルイネさん、最近調子はどうなんですか?」

「旧世界の力が戻ってよかった、と言ってしまうくらいには大変だわ。彼女よりは時間がある私が、色々とサポートできていればいいのだけど」

「今では都知事どころか、首相ですものねぇ」

 

 最上の女王、と竜の国を追われる以前は讃えられたルイネは、今や国のトップに立っていた。

 

 歴代で最も若く美しい女首相として、また政治的手腕の高さから、この国に知らぬ者はいないとさえ言われている。

 

 そんな彼女のサポートをする為、リベルの相手や家事を率先的に雫がこなしている。

 

 花嫁修行的なことは一通りマスターしているので、その腕前は自他共に認める一級品だ。

 

 社会的地位、そして忙しさ言えばこの中でもダントツの彼女に、仕方がないという空気が流れた。

 

 

 

 

 そこでふと、ユエが訝しげな顔をする。

 

「そういえば、ウサギは?」

「ああ、ユエさんは昼頃に起きたんでしたね。姉さんはフィーネさんとお出かけです。この前正体を明かしてから、かなりの頻度で会いに来ていて……今日も約束してたみたいです」

「未だに信じられんのう、あの使徒がウサギへあそこまで懐いておるとは」

「懐いてるってか、崇拝してない? 全身から尊敬と好意がダダ漏れなんだけど」

「こう言うのも失礼だけど……忠犬っぽいよね」

 

 苦笑い気味な香織の言葉に、全員同じ顔で頷かざるを得なかった。

 

 今朝方、若干眠たげなアルナとがっちり腕を組んで出かけていった元神の使徒を思い返してしまう。

 

 後ろ姿に尻尾と犬耳が見えたのは、きっと溢れ出る愛故の幻覚だったのだろう。

 

「ミュウちゃんとリベルちゃんは学校のお友達と遊園地でしたね」

「ん、だったら全員揃ってる」

 

 円卓をぐるりと見まわし、いくつか空いている席を見つつユエが言う。

 

 彼女達がいるのは一年前に建ったばかりの新南雲家、その地下に設置された特殊な会議室である。

 

 南雲家及び北野家の嫁〜ズが集まって、日常会話や愚痴、惚気、重要な報告等々を行う場所だ。

 

 男組には聞かせられない会話などもするために、魂魄魔法で女性陣しか入れないよう制限されている空間である。

 

 ちなみに北野家には、女性陣ご禁制の男専用会議室があったりする。

 

「では、早速本題に入ることにしましょう」

 

 表情を引き締め、真剣な様子を見せるシアにユエ達も空気を引き締めた。

 

「今日の議題は……ハジメさんと、シュウジさんについてです」

 

 この場の誰にとっても最重要な名前の登場で、さらに空気が固くなった。

 

 今はミュウ達の引率をしにいっているはずの二人について、ほぼ全員を集めてまでする会議。

 

 一体何なのだと固唾を呑む全員に、シアは思い切って口を開くと──

 

 

 

 

 

「──あの二人、距離感おかしくありません?」

 

 

 

 

 

 ごくごく真剣な顔で、そうのたまった。

 

 空気が変わる。先ほどとは違う、どちらかといえばフリーズ的な意味で。

 

 その硬直をもたらした張本人は、家族の様子をみておや? どうしたのかしらん? という顔をする。

 

 聞き取れなかったのだろうか。一息に言ってしまおうとするあまり、声がくぐもったかもしれない。

 

「ハジメさんとシュウジさん、距離感おかしくありません?」

「シア、シア。ちゃんと聞こえてる」

「聞こえた上で、唖然としてたというか……」

「え、えぇ?」

 

 何を言ってるんだこいつ、という顔で見てくる嫁〜ズ。雫もやや曖昧な笑い。

 

 ちょっと狼狽えたシアは咳払いをして、改めて相談内容を説明し始める。

 

「シュウジさんが復活してから一年ちょっと。これまでみんなで生活してきましたが、少し気になりまして」

「二人の関係がってこと?」

「そうです」

 

 香織からの質問に頷くも、いまいちピンとこない様子の一同。

 

 あまり共感を得られず、シアはさらなる具体的説明を用いることにした。

 

「この前のことなんですけど。食材の買い出しを済ませて帰ってきたら、シュウジさんがうちにいたんですよ」

「あー。そういえばこの前ハジメが、大きな仕事が終わった時にシュウジが労いに来てくれたって言ってたっけ」

「多分それです。それで二人とも、リビングでダラーっとしてたんですがね」

 

 そこで一旦言葉を切り、少しタメを作った後にシアは声を大きく告白した。

 

「膝枕してたんですよ、シュウジさんがハジメさんに! その体勢のままテレビゲームしてたんです!」

 

 ババァン! という擬音がつきそうな表情で、シアはユエ達に訴えかけた。

 

 

 

『あ、そこのコレクションアイテムよろ』

『おけ。次の道デストラ来るぞ』

『タイミング教えろ』

『入って3秒』

『把握』

 

 

 

 彼女の脳裏に想起されるのは、見たこともないほど弛緩した雰囲気の二人。

 

 軽く足を組んだシュウジの膝の上に頭を乗せ、ソファに横たわって肘置きに足を投げ出したハジメ。

 

 南雲家嫁〜ズでも滅多に見たことがないほどだらけきった姿が、そこにはあった。

 

「え、別に普通じゃない? 昔からそんな感じだし」

 

 一番なんでもなさそうな顔をしている美空が、不思議そうに首をかしげる。

 

「いえ、おかしいでしょう! お二人がすごく仲いいのは知ってますが、あれ心許しすぎじゃありません?」

「そう? 私も含めて三人で雑魚寝とかよくあったし、なんなら一緒の布団でとか子供の頃はよくしてたよ?」

「それは本当に子供の頃でしょう? 今もしてるわけじゃないでしょうし」

「そりゃあやらないけど」

 

 でも言うほどのことかな? と、どこまでも懐疑的な美空に、シアはやきもきする。

 

 兄弟に等しい、幼馴染という距離感だからこそ、彼女にはシアの違和感が分からなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 どう言ったものかと悩むシアに助け舟を出したのは、隣にいる吸血姫様だった。

 

「……確かに、二人が近いというのは分からなくもない」

「ユエさん!」

「そういうユエには、何か心当たりがあるのかの?」

 

 コクリと頷き、ユエはふと自分の経験を語り始めた。

 

「いつもの食事会の時。私はそこで、少し違和感を抱いた」

 

 

 

 

 シュウジが帰ってきて、しばらくした後にとある決まりが作られた。

 

 それは一月に一度、必ずあの時の全員で集まって食事会を開くというものだ。

 

 ハジメはユエ達と、シュウジは雫達と。新世界ではそれぞれの家庭を持ち、互いに生活している。

 

 旧世界で共に旅をしていた時のようにいつも一緒にいるわけではない以上、その機会を作るべきだと。

 

 その意見に全員が賛成し、月一の食事会が作られたのだが。

 

「それは、皆が集まる前に料理の準備をしていた時だった。私とハジメ、シュウジの三人で下ごしらえをしていた時……」

「「「「「「していた時?」」」」」」

「…………あーんをしていた。ごく当たり前のように」

 

 ユエは当時のことを思い返す。

 

 

 

『んぐ、んぐ……まあ、このくらいか』

『味どうよ?』

『これなら男女関係なく、子供達も平気だと思う』

『ほうほう。ハジメ』

『ん』

 

 

 

 必要以上の言葉を交わすことなく、端的に理解しあった二人。

 

 そのままIHコンロの前に立っていたハジメは、自分が使った箸で料理を一口取ると差し出した。

 

 それをシュウジは躊躇いなく食し、咀嚼した後にいい笑顔でサムズアップしたのだ。

 

「あまりにスムーズかつ、自然すぎて最初はスルーした。その後二度見して指を切った」

「そういえば、この前の料理はちょっと血の味がしたような……」

「ん、失敗した分は香織に回した。香織だけに」

 

 香織から無言の分解砲。ユエさんが即座に出現させたミニヒノガミが燃やし尽くす! 

 

 恒例のやりとりに全員が呆れたところで、続きを促す雰囲気を醸し出した。

 

「けど男ってそんなもんじゃない? わざわざ皿に分けたりする手間を面倒くさがるもんでしょ」

「うーん、どうかしら」

「雫さん、何か心当たりが?」

「心当たり、というほどのことでもないんだけど。うちで同じことをする時は、小皿に分けて少し冷ましてから、私達に出してくれるの。それとは少し違うのねと思って」

「ある種の遠慮がない、ってことでしょうか」

 

 うーむ、と首を捻る一同。

 

 その後、ハジメ嫁〜ズからも似たような意見が出たことで、無意識の遠慮の無さが強調される結果となった。

 

 次は誰かという雰囲気が生まれ始めた頃、おずおずといった様子でレミアが手を挙げる。

 

「レミアさん、何かあります?」

「去年の年末頃のことなんですけどね。ハジメさんとミュウを小学校に迎えにいった時、偶然シュウジさんもリベルちゃんと迎えに来ていて。その日はもう少し一緒にいたいと娘達が言うので、せっかくだからと少し街へ遊びに連れて行ったのですが」

 

 十二月の半ばに入り、防寒具無しでは外出できないような寒さだった。

 

 ちょっとしたショッピングを終えて帰路についていた時、偶然通りがかった公園の中で小さな子供が盛大に転んだ。

 

 新品らしきコートを泥と、空から舞い落ちる雪に塗れさせて泣きじゃくるその子共を見た娘〜ズはすぐに動いた。

 

「ミュウが重ね着していたコートの一枚を、リベルちゃんがマフラーをその子に渡してあげて」

「ミュウちゃんもリベルちゃんもいい子ですね〜」

「ん、さすがは私達の娘」

「リベルちゃんからすると複雑な立場だけど、私も嬉しいわ」

 

 微笑ましい顔をするユエや雫、嫁〜ズに少しはにかんだレミアは続きを語った。

 

「公園から戻ってきた二人に、ハジメさんは自分の上着を脱いでミュウを包み、シュウジさんはマフラーをリベルちゃんに渡したのですが……」

「ですが、どうだったのじゃ」

 

 レミアは、ちょっと微妙な顔をして。

 

「その後に二人とも、温かい飲み物を取り出して互いに渡したんです。なんの前触れもなく、とても慣れた動作で」

 

 

 

『ん』

『お。ん』

『サンキュ』

『いやいや、こっちこそ』

 

 

 

 最初からそうなることを予測していたと言わんばかりに、宝物庫と異空間から飲み物を出し合った。

 

 それは互いの好きな飲み物であったようで、数口飲んでホッと幸せそうにシンクロしたリアクションをした。

 

「いつから用意していたのか、今でも少し不思議で……」

「もしかして、ミュウちゃん達に何かあって自分達が防寒具を渡すことを予想して持ってたんでしょうか?」

「まるで熟年夫婦のごときムーブ……」

「阿吽の呼吸はこのことじゃの」

「な、なんだか心を読んでるみたい」

「あー……あれね」

「懐かしいわね、そんなこともよくあったわ」

 

 若干頬を引き攣らせているユエ達とは対照的に、今度は美空に加えて雫も感慨深げな顔をする。

 

 旧世界の幼少期からずっと二人を知っている彼女達は、同じやりとりを何度か見ているのだ。

 

 特に美空は、それが年々洗練され、最後にはレミアが見たものになったことを知っている。

 

 

 

 

 次に思案顔で挙手したのはティオだった。

 

 幾つかエピソードを聞いて耐性が付いたシア達は、目線だけで続きを促す。

 

 ティオの方もひとつ頷き、静かな口調で語り出した。

 

「この前、妾達の会社とご主人様が個人的にやっとるジュエリーショップが提携してイベントをやったじゃろ」

「ああ、あれですね。キッズファッションショーにミュウちゃん達が出たやつ」

「「あー……」」

 

 何か思い至ったようにユエとレミアが声を上げる。

 

 話のオチを理解されたティオは少し苦笑しながら、残りの四人に向けて説明を続けた。

 

「知っての通り、イベントは大成功を収めた。それで打ち上げに行ったのじゃが……その日は妾達と一緒に気分が良くなりたいと、ご主人様は〝毒素分解〟の技能を封印するアーティファクトを使(つこ)うてのう」

 

 記憶と共に力が戻ったことで、いくつか〝普通の人間らしい〟楽しみが失われた。

 

 それを補うためのアーティファクトが、ハジメによって幾つか作成されたのだ。

 

 〝枷の指輪〟もその一つ。

 

 装着した状態で特定の技能を発動すると、指輪を外すまで使えなくするのだ。

 

 当時のハジメは、仕事の成功に喜ぶティオ達を見て、その日くらいは同じ気分で酒を酌み交わそうとしたのだ。

 

「久しぶりにちゃんと酔ったようでの、いつもより随分と早く潰れてしもうた」

「ん、あの時のハジメはちょっと可愛かった」

「無防備な姿というのは滅多に見せてくれませんからね」

「妾達もそれなりに飲んで、そろそろ帰ろうという話になっての。誰か迎えに来て貰おうとしたわけじゃ」

「ふむふむ、それで?」

 

 そこでご主人様が電話をかけての、とティオは前置きをする。

 

 なんとなーく誰を呼んだのか予想がつきつつも、シア達は一応話の続きを聞いた。

 

「ご主人様がかけたのは、案の定シュウジ殿。数駅分ほど離れた場所で食事をしていたそうで、すぐに来てくれたのじゃ」

「十五分くらいで来た」

「それで、私達三人も乗せていってくれたのですが……」

「「「「ですが?」」」」

 

 ティオ、ユエ、レミアはなんとも複雑というか、微妙な顔で。

 

「シュウジさん、手早く私達のお会計をしてしまったどころか」

「そのままハジメを背負っていった。しかもハジメの方から、『背負え』の一言で」

「「「「えぇ…………」」」」

 

 

 

『シュウジぃ……やっと来たかぁ…………』

『あーらら、こりゃ随分なことで。お前根は律儀だからなー。こんな風になる気はしてたよ』

『帰る……背負え…………』

『ほいほい。あ、お三方も店出て平気だよん。俺からの成功祝いってことで支払いはしといたから』

 

 

 

「それがあんまりにも自然だったものでの。三人で顔を見合わせてしもうた」

 

 いや、完璧に酔い潰れた恋人を迎えに来る的なシチュエーションじゃん。

 

 そんなツッコミをありありと顔に浮かべた五人は、自然とある二人へ視線を向ける。

 

「そういえば、ハジメがお父さんの会社のゲーム開発状況が切迫してた時に駆り出されて、連日徹夜明けに死にかけてた時に毎回そんなことしてたっけ」

「ああ、それが酔い潰れたのに変わっただけということね……」

 

 美空の説明に納得する傍ら、ユエ達は元々渋かった表情をさらに複雑にさせて。

 

「……何、この敗北感は」

「なんでしょうねえ、この負けた感じ……」

「年季で負けてる、ってやつなのかな……」

「1番最初に無意識に頼るのが、北野さんということなのね……」

「しかもシュウジ殿、事前に打ち上げのことを聞いておったそうじゃ。ご主人様が酔い潰れるかもしれないと、酒は飲んでおらんかった」

『いや嫁かっ!』

 

 シア達は声を揃えて立ち上がった。バシィン! とそれはいい音が机から鳴る。

 

 自分がそれやりたかったのに、そしてハジメにやってほしいのに、という不満も込み込みのツッコミだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 同感じゃ、と笑うティオにひとまず座ったシア達は、なんとも疲れたように嘆息する。

 

「いろいろ話が出ましたが……やっぱおかしいですよあの二人」

「実は兄弟、とかじゃないよね」

「いやいや、二人ともちゃんと両親いるし」

「それはそうなのですがね……」

「ん。そのレベルで互いのことを知り尽くしてる」

「生まれてからずっと共にいたが故、か」

「私の口から言うのも変だけれど、運命的よね」

 

 そう言った雫、ついでに美空にまたも視線が集まる。

 

 なんだかんだと、ほとんど全員が体験談を語った。残りは二人だけだと言わんばかりの目だ。

 

 雫と美空は顔を見合わせると、不思議なことに苦笑を浮かべあった。

 

「そういう類の話は、ねぇ……」

「話しても仕方がないというか」

「ん、そんなに変な話なの?」

「というか……」

 

 そこで、二人は声を揃えて。

 

「「多すぎてどれを話せばいいのか分からない」」

「「「「「………………」」」」」

 

 そういえばこっちも一緒にいる年季が違う、と五人は思った。

 

「……これは、やはり認めざるをえませんね」

「シア、どういうこと?」

 

 気がつけば、シアどころかほぼ全員が深刻そうな表情へと変わっていた。

 

 最初の空気はどこへいったと言わんばかりの切迫した雰囲気の中、シアは厳かに告げる。

 

「シュウジさんはやはりラスボスだ、と」

「えっ、そういう意味でもボスなの?」

「お二人が聞いたら頭を抱えそうですね……」

「あながち間違い、とも言えんのう……」

「ラスボスというか裏ボスというか……」

「「おかしい……私が正妻のはずなのに…………ん?」」

 

 雫を除いて、この場にいる全員ハジメの嫁のはずである。

 

 なのに、愛の深さでは負けていないはずなのに誰も勝っている気がしない。

 

 なんとも奇妙なことだった。

 

「これはあれですね、早急に私達もハジメさんをもっと理解する必要があります」

「ん、その通り。積極的にハジメのことを知っていく」

「ま、まあ! まだまだハジメくんと仲良くなれるってことで!」

「そうだね。私もなんだか、幼馴染なのに負けてらんないし」

「頑張りましょう」

「そうじゃの」

「みんな、程々にね?」

 

 メラメラと炎を燃やす六人は、あの聖戦での戦いもかくやという気概を見せている。

 

 これからの戦友の大変さを予想した雫は苦笑するが、むしろ彼女へ不思議そうな目が向けられた。

 

「なんだか雫さん、余裕ありません? 一応、雫さんもシュウジさんへ同じことを考えると思ってたんですが」

「え? そんな必要ないじゃない。だって私の方があの人のこと知ってるもの」

 

 即答だった。

 

 今日一番の強い声音で、ニッコリとどこか薄ら寒いものを感じさせる笑顔で雫は返答する。

 

 シア達は慄いた。一見穏やかに見える微笑みの中に、地獄の業火のような意思を感じたからだ。

 

 

 

 

 

((((((は、ハジメ(さん)にだけは絶対負けないって書いてある……))))))

 

 

 

 

 

 この場にいる誰よりも激しい対抗心を燃やしている、北野家正妻であった。

 

 

 

 

 

 結局それ以上の結論が出ることはなく、後は雑談をして過ごした。

 

 女三人寄らば、という諺の通り、七人もいれば随分と話が弾み、気がつけばもう夕刻に。

 

 そろそろ帰る、という連絡をハジメとシュウジ双方から受け取り、七人は上へ上がった。

 

 分担して家事を行っているうちに四人が帰宅し、一番手の空いていたシアが出迎える。

 

「おかえりなさい、四人とも」

「ただいまなの!」

「お邪魔します!」

「ただいま。子供の引率ってのはやっぱり大変だな」

「自由奔放だからねえ。ま、リベルとミュウちゃんが統率してた感じはあるけど」

 

 和気藹々とした親子〜ズからは、楽しんできたことが窺える。

 

 それに微笑みながらも、シアはふと日中の会議を思い出してシュウジへ目を向けた。

 

「ん? どうしたシアさん、今日は一発見舞われるような大惨事でもあった?」

「あ、いえ、父様達は特に何もありませんが……」

「どうしたシア、何かあったなら言ってみろ」

 

 一人は冗談を言いつつ、一人は柔らかい声音で、しかし二人とも真剣に。

 

 そんな風に聞かれたことで、シアはなんだかちょっと恥ずかしくなりながらも恐る恐る聞いた。

 

「その……シュウジさんって、やっぱりラスボスですか?」

「? 何言ってんだ?」

「パパがラスボス? 裏ボスじゃなくて?」

「みゅ、どういうことなの?」

「あ、ええと、これはですね……」

 

 どう説明したものか、いやそもそも詳しく説明していいのか、とシアは慌てふためく。

 

 一見すればおかしな様子にハジメ達が首を傾げる中、少し思案顔でいたシュウジはふと笑った。

 

「安心しな、シアさん。俺ちゃんそういう趣味ないから」

「あっ……いや、それはわかってるんですけど……」

「けどまあ」

「おわっ」

 

 と、そこでシュウジはハジメの頭に手を置き。

 

 アーティファクトで黒髪に見せているその髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。

 

「暫くは、負けるつもりないぜ?」

「──っ!」

「おい、いきなりなんだよ」

「なははー、メンゴメンゴ」

 

 鬱陶しそうに手を払うハジメと、おどけるシュウジ。

 

 全くもっていつも通りのやりとりだが──先の一言を聞いたシアは戦慄していた。

 

 

 

 

 

(やっぱりこの人、色んな意味でラスボスですぅ────!?)

 

 

 

 

 

 こうして、シアの懸念は続くことになった。

 

 

 




勢いで書いたな、この話(確信)


読んでいただき、ありがとうございます。


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【深淵卿 アフターストーリー】
浩介編 スパイ映画とゾンビ映画とヒットマン映画と………これ以上何を盛ると?


年の最後に、本編だとあまり印象のなかった彼のアフターを。

まあ原作アフターの再構成のような形です。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 女は、心の底から恐怖していた。

 

 

 

「──つまりはだ。俺達とあんた達、仲良くやろうってわけさ」

 

 目の前でソファに座り、足を組んで片腕を背もたれに預けている男。

 

 整った顔立ちに緩くウェーブのかかった黒髪、色気のある声音と抜群のスタイル。

 

 年若い女であればそれだけで骨抜きにされてしまいそうなその青年を、齢六十に届こうかという女は恐れていたのだ。

 

「俺も平和な暮らしを望んでいる身でね。なるべく世界は静かでいてほしい。そしてその為には、力だけでなく人との繋がりも重要だ。そうは思わないか、シャロン=マグダネス国家保安局局長?」

 

 試すように名を呼ばれ、シャロン──英国秘密国家保安局の長は冷や汗を流す。

 

 国家の安全に関わる重大犯罪において広域の捜査権と逮捕権を有し、時には要人の保護まで行う諜報機関。

 

 多くの人材と部署を束ねる組織の頭、国家と結婚した鉄の女とまで呼ばれる彼女は、喉を鳴らして答える。

 

「…………ええ、その通り。この国も、世界もより良くなければならない」

「そう言ってくれると思ってたぜ。だから俺はここへ来たんだ。()()()()()()()()()()()、それは邪悪なカミサマと同じになっちまうんでね」

 

 聞くだけで笑ってしまいそうになる尊大な言葉。

 

 だが、長年保安局トップの椅子に座ってきたシャロンでさえ、その言葉が冗談だとは到底思えない。

 

 こんなことを言っているのは自分達に気付かせないだけで、あるいはもう……とさえ考えてしまう。

 

「だったら一緒に盛り上げようじゃないか。持ちつ持たれつ、仲良く手を取り合って……な?」

「……っ」

 

 浮かべた笑顔が、牙を剥いた蛇に見えた。

 

 逃げ出したい。

 

 それだけを単純に思ったのは幼い頃以来で、しかしシャロンはそれを許される立場ではない。

 

 だから、その提案のような、交渉のような何かに見せかけたモノに──頷くしかなかった。

 

「……わかりました。今後、貴方とは長い付き合いになりそうですね」

「おっ、嬉しい返事だねぇ。いやはや、わざわざ畏まった格好をしてきた甲斐があったってもんだ」

 

 本当はこんな格好苦手でね、などと言いながら似合いすぎている濃紫のスーツの裾を揺らす。

 

 その際、九の蛇に囲まれた紫の蛇がデザインされた指輪が部屋のライトに反射して煌めく。

 

 この世全ての男への嫌味か、などと柄にもないツッコミを考えながらも、シャロンは再び頷いた。

 

「さて。これで用事は済んだ、そろそろお暇させてもらおうかな」

「……そうですか。お帰りの際はくれぐれもお気をつけて」

「忙しいところに押しかけてすまなかった。そのうち菓子でも送るよ、友好の証としてな」

「友好の証、ですか。ええ、お待ちしています」

「楽しみにしといてくれ。それじゃあシャロン局長、チャオ」

 

 右手で独特のジェスチャーを取り、立ち上がった男はそのまま部屋を出て行った。

 

 ほどなくして、扉が閉まる音が背後から響く。

 

 途端にシャロンは全身から脱力し、大量の冷や汗をかきながら背凭れに体を倒れさせた。

 

「…………生きた心地がしないとは、このことね」

「い、いやー。もう死んでるんじゃないかってくらい体が冷たかったですよ」

 

 額に手を置いたシャロンの呟きに、実はずっと側で立っていた男が答える。

 

 線の細い眼鏡をかけた、気弱そうなその青年は彼女同様に顔中冷や汗塗れだ。

 

「パーカー分析官。一体何だったの、あの男は」

「さあ、これが全くわかりませんでした。いくら調べても情報が拾えなくて」

「何ですって?」

 

 色々と性格に問題があるが、この3年直属にしてから期待を裏切ることはなかった優秀な分析官だ。

 

 それなのに一つの情報もなかったことへ眉を顰めると、慌ててアレン=パーカーは弁明した。

 

「か、顔立ちからしておそらく……あれ? どんな顔だったっけ?」

「貴方、何を馬鹿なことを言って……」

 

 パーカー分析官は、非常に不思議そうな顔で首をかしげる。

 

 叱責しようとして、ふとシャロンは自分も既に男の顔を覚えていないことに気付く。

 

 ついさっきまで話していた会話の内容も、その時の恐怖も覚えている。

 

 それなのに、()()()()だけが綺麗に認識から抜け落ちているのだ。

 

 

 

(私達は、いったい何と会話していたというの…… ?)

 

 

 

「……ともかく。ああ言ってしまった以上、もう後戻りはできません。()()()()()()()()()()()()ことからして、既に政府にも手が回っているでしょう」

「完全に後手に回りましたね」

「これ以上あの男のことを考えるのは時間の無駄よ。それよりも()()()の調査に力を入れて」

「了解しました」

 

 どこかホッとしたように答えるパーカー分析官を咎めることは、シャロンには不可能だった。

 

 彼女も全く、同じ気落ちだったのだから。

 

 

 

 

「ん〜、いい話し合いだった」

 

 一方、保安局から出てきた男は機嫌が良さげであった。

 

 両手を組んで上へ伸ばすと、一仕事終えたと言わんばかりに一息ついて笑顔を浮かべる。

 

「あっちでの事はフィーネが解決してるだろうし、この件は順調順調。今日も世界平和の為に邁進、ってね」

『酷く利己的な世界平和だな』

「前は世界の為に命張ったんだ、これくらいはただの余興さ」

 

 誰かと話すように呟きながら、どこからともなく取り出した帽子を被り歩き出す。

 

 どうせなら昼食を取るかと大通りを目指して男は足を進める。

 

 あと少しでストリートに出るというところで、男の懐が震えた。

 

「おろ? もう集めたのか」

 

 スマートフォンを取り出した男は、表示されたメッセージからファイルを開く。

 

 その中にある、十数枚ほどの資料を一瞬にも等しい速度で読み進め……最後まで読んだ時、笑う。

 

「なるほどねぇ。こいつは面白いことになりそうだ」

 

 声を暗く弾ませた男は早速動き始めた。

 

 歩みを再開させながら、情報を送ってきた相手に次の指示と労いを込めたメールを返信する。

 

 それが終わるや否や、とある連絡先を選択して電話をかけた。

 

「ふんふふーん……お、出た。ハロハロー、元気にしてる?」

『──? ────、──』

 

 繋がった電話相手は、通話の向こう側で何やら言っている。

 

 男はからからと笑いつつ相手の話を聞き、その陽気さと容姿も相まってすれ違う人々の目線を集めた。

 

「そうか、充実した生活を送ってるようで何よりだよ。あ、でさ。いきなりで悪いんだけど」

 

 その、自分を見る誰の目線にも捉えさせないように。

 

 深く俯き、帽子で表情を隠した男は──悍ましいほど怜悧な表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「仕事だ、〝影淵の牙(アビス)〟」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 ──どうしてこんなことに? 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなはずじゃなかった。まさかあんなことになるなんて思いもしなかった。

 

 そう考えると、()()は後悔と自己嫌悪で押し潰されそうになる。

 

 これまでにも同じ台詞を言ったことは何度もある。それはきっと誰もが同じことだ。

 

 何かを夢見て、目指し、努力し、邁進し、されど九十九の失敗を得るのが実に嫌な世界の法則だ。

 

 絶望から立ち上がり、あるいは立ち上がらせてもらい、その先に一の成功を得られるかは本人次第。

 

 ああ、けれど。

 

 これは、()()()()()()()()()()()()()()大罪だ。

 

 

 

(私は、救われちゃいけない……許されては、いけないんだ)

 

 

 

 心の内で繰り返し自戒するほどに、少女は追い詰められていた。

 

 それは倉庫の隅、いくつもの備品が並べられた金属製の棚列の隅に隠れていることからも窺える。

 

 年頃十六、十七ほどの美しい少女が顔を恐怖に歪め、不思議と似合う白衣で自分を包むように蹲っている。

 

 それは誰が見ても、尋常ではない状況だ。

 

「っ!」

 

 不意に、出入り扉の方から激しい音が木霊する。

 

 ガンッ! ガンッ!! と硬いものに何かを何度も叩きつける激音に、さらに体を縮こまらせた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 その正体を知る彼女は、ただ謝り続ける。

 

 そこには怯え以外に憐れみや悲しみ、何より罪悪感がありありと滲んでいて。

 

 長いまつ毛に彩られた翡翠の吊り目を冷たい涙で潤ませ、懺悔を口にすることしかできない。

 

 彼女に応えた訳でもないだろうが、直後に部屋を揺らす恐ろしい音はピタリと止んだ。

 

「…………?」

 

 恐る恐る、顔を上げる。

 

 何故音が止まったのか。自ら生み出してしまった〝それ〟は極めて本能的で、らしからぬ静寂に不安がった。

 

 様子を確かめるため、白衣の裾で涙を拭い、死角になっている倉庫の一番奥から這い出る。

 

 四つん這いの姿勢のまま、警戒した猫のように扉を見て──「ひぅ」と声を漏らした。

 

 

 

 

 扉は滅茶苦茶に凹んでいた。

 

 金属製の扉は何かを集中的に叩きつけられたように歪み、後一撃で破られそうになっている。

 

 キィ、キィ、と不気味な音を立てる扉の向こうに覗く廊下には、何もいないように見えた。

 

「……っ、はぁ」

 

 安堵の息を漏らす。

 

 どうやら〝それ〟は少女に興味を無くし、どこかへといってくれたようだ。

 

 極限の恐怖が終わったと思い、胸を撫で下ろした──まさにその瞬間。

 

 

 

 

 

 ゴガァンッ!! 

 

 

 

 

 これまでのどんな一撃より激しい音を立てて、扉が吹き飛んだ。

 

 数十キロはある金属塊に戸棚はなぎ倒され、尻もちをついた少女は反射的に両手で頭を庇う。

 

 引っ込めていた涙を再び目尻に溜めながら、扉があった方を見て……

 

「フゥッ──、フゥッ──」

「ぁ、うぁ」

 

 そこには男がいた。

 

 白衣を着た二十代半ば程の青年。その顔を見て、少女は絞り出すように呟く。

 

「先、輩……」

 

 それは、既知の人物への反応。

 

 だがそうだと認識できるのは彼女一人だろう。〝それ〟は華奢な体をした少女には到底似ていないのだから。

 

 あちこちに右往左往する目、口端から漏れる涎、並のボディビルダーよりも肥大化した全身。 

 

 白衣を着ていることが激しい違和感を醸し出す〝それ〟こそが、扉を破った何かの招待だった。

 

「ヴゥゥヴヴヴッ」

「……っ!」

 

 唸る〝先輩〟の、きつく握りしめられた拳を見て少女は瞠目する。

 

 何度も扉を殴ったせいだろう、骨が見えるほどひしゃげた拳が逆再生のように戻りつつある。

 

 否、それは治癒というよりも修復だろう。普通の人間ではあり得ない速度で損傷が回復している。

 

「ゥ゛ウ゛ウ゛ァ゛ッ」

「あ、あ……」

 

 焦点の定まらない目で自分を見る〝それ〟に、恐怖で顔を引きつらせる。

 

 体は逃げようと後ろへ下がるが、狭い上に滅茶苦茶になった部屋の中ではすぐに行き詰まった。

 

 のそり、と〝それ〟が少女へ歩み寄る。それだけで恐れが倍増し、暖かいものが少女の股を濡らした。

 

 失禁するほどの絶望に迫られた少女へ、歪な拳が振り上げられていく。

 

 

 

(ごめん、なさい……私があんな研究さえしなければ……ごめんなさい、先輩……みんな……)

 

 

 

 もはや、生きる事叶わず。

 

 最後の瞬間まで懺悔をし、けれど目を背ける事も出来ない少女。

 

 そんな哀れな者へ、風切り音を伴う拳が振り下ろされ。 

 

 

 

 

 

「グラント博士!」

 

 

 

 

 

 女のものらしき怒声と、乾いた発砲音がそれを打ち破った。

 

 〝それ〟が体を揺らし、拳を止める。

 

 怒りの滲む唸り声を漏らしながら振り返り、少女もつられて〝それ〟の脇から向こうを見た。

 

 そこでは黒いスーツを着た、長身の美女が両手で銃を構えていた。

 

「伏せて!」

「っ」

 

 咄嗟に床へ倒れ込む少女──エミリー・グラント。

 

 ほぼ同タイミングで連続して発砲音が響き、さらに被せて轟く獣の咆哮に彼女はぎゅっと瞼を閉じた。

 

 地響きを立てて〝それ〟は女に突進していき、対抗するように発砲音が響き続ける。

 

 

 

 

 しばし、廊下より戦闘音が聞こえた。

 

 射撃音、破壊音、咆哮と女の気合の入った呼気。少女は部屋から出られない。

 

 1分ほどの後。これまでのどの音とも異なる、何か重いものを壁に叩きつけた振動が響いた。

 

「…………申し訳ない」

 

 微かに拾った独白と共に、また発砲音。

 

 それを最後に、十秒待っても二十秒待っても戦闘音は続かず、少女はうっすらと目を開けた。

 

 すると、扉の向こうに立つ女の背中と……逆さまになって動かない、頭を打たれた〝先輩〟が。

 

「……アルファ1より報告。()()()を撃破。並びにエミリー・グラント博士を発見、これより保護して脱出します」

 

 どこかへ連絡を取った女は、マガジンを手慣れた様子で交換すると踵を返す。

 

 そして、呆けた様子で座り込んだエミリーに手を差し出してきた。

 

「ご無事で何よりです。私は国家保安局のヴァネッサ・パラディ。お迎えに上がりました。これより、貴女をこの研究所から脱出させます」

 

 あまり感情の見えない表情。

 

 百七十は超えているだろう長身にグレージュ色のベリーショートの髪、そしてブラックスーツ。

 

 鋭いナイフのような雰囲気で怜悧な印象に纏まった美女に、エミリーは警戒を目に浮かべる。

 

「……警戒されていますね。こちらも貴女の事情は凡そ把握しています。ですが、一刻の猶予もありません。すでに施設は凶暴化した職員で溢れかえっている。私の同僚が注意を引いていますが、長くは持たないでしょう。だから、今は私を信じてついてきてください」

「……先輩は…………」

「……申し訳ない。貴女を守るためにはこうするしかなかった。それに、ああなってはもう手遅れだということは──」

「ええ。私が一番よく分かってる」

 

 それだけは信じたように、エミリーは頷く。

 

 ヴァネッサの背中越しに、〝先輩〟だったものをしばらく見つめ……少し目を伏せる。

 

 それからヴァネッサに視線を戻すと、彼女は無表情ながらもどこか労わりや申し訳なさげであった。

 

 エミリーは、その目を見つめる。ヴァネッサも信用される為か見返してきた。

 

「…………信用したわけじゃない」

「…………」

「でも、私はまだ、死ねない。だから……貴女に付いて行くわ」

「そう言っていただけて良かった」

 

 手を取り、立ち上がったエミリーは涙を拭う。

 

 吊り目をさらにキッと尖らせて、これまで絶望していた自分に決別する表情を浮かべた。

 

 倉庫を出ると、エミリーが今一度〝それ〟へと目線を移す。

 

「…………先輩、ごめんなさい。きっと、止めてみせるから」

「…………」

 

 床に広がる血の池を見るエミリーの横顔には、複雑な感情があった。

 

 それは、歳若くしてその優れた才能によって大学まで飛び級し、馴染めなかった自分に親身になってくれた仲間への哀悼。

 

 独りぼっちで自分を奮い立たせていた自分に寄り添ってくれた研究室の仲間の中でも、特に親身になってくれた一人。

 

 父や兄、姉と慕う人だったものの一人を見つめ、自分を強く奮い立たせて。

 

 ヴァネッサは、周囲を警戒しつつもそんな彼女に意識を向けていた。

 

 一見冷え切ったような瞳には、しかしほんの少しの憐れみと、心配のようなものがあって……

 

「……行きましょう」

「ええ」

 

 エミリーが振り返った時にはそれを消し去り、彼女は銃を構える。

 

 そして、銃声と咆哮が遠く響く施設の中、まるで未来を暗示するような薄暗い廊下の向こうへ二人は消えていった。

 

 

 

 

 

「……対象の移動を確認。〝天網〟へ情報を共有します」

 

 

 

 

 

 ふっと彼女達の遠く後ろに、何かを呟いて通り過ぎた人影に気付くことはなく。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、人使いの荒いボスだな……せっかくラナに合いに日本へ戻れると思ったのに」

 

 雑踏の中を、不満げに呟きながら歩く青年がいた。

 

 今一つ特徴のない顔つきをした、黒を基調とした服装に身を包んでいる。

 

「けどまあ、金もらってるわけだし、医療の勉強もさせてもらってるし。お陰でラナとの交際には困ってないんだからなぁ……それに、あいつのおかげで前の世界では生き残れたようなもんだし」

 

 文句ばかり言っても仕方ないか、とずり落ちて来たリュックを右肩に背負い直し。

 

 家路を急ぐ人々の中に紛れ込むように、青年は確かな足取りで歩みを進めていく。

 

 多少珍しいだろう日本人に、誰も目を向けない。まるで最初ならそこにいないかのように。

 

 携帯を見て歩いていたり、興味がなかったりという以前に、意識に乗っていないのだ。

 

 青年は気にすることなく目的地へ移動した。

 

「っと、今回はここか。いつもよりは道のりが入り組んでなかったな」

 

 メインストリートから少し道を外れ、ホテル街に入ってしばし右往左往。 

 

 スマホに送られてきた座標と地図アプリを片手にたどり着いた青年は、その施設を見上げる。

 

 

 

 

 10階建ての、黒塗りのビル。

 

 等間隔に窓が並んだ縦長のそれは、少し古びていていかにも普通の宿泊施設といった様子。

 

 紫と赤の蛇が絡み合うシンボルが彫刻された扉を押し開き、青年は中へと入る。

 

 その瞬間、空気が一変した。

 

「っと……いつまでも慣れねえなこれ」

 

 完全に中へ踏み込んだ途端、目の前から消えた扉に自分の手を見て苦笑する。

 

 そうして前を見ると──そこには広大なエントランスがあった。

 

 煌びやかに、かつ上品な装飾と調度品で彩られたホールは、明らかに外観と面積が合わない。

 

 赤く輝く数々の恒星と、そこで苦しむ人々というインパクトの強い絵画を一瞥し、青年はフロントに行く。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、遠藤様」

「ども。チェックインの確認いいっすか?」

 

 恭しく頭を下げたパンツスーツの青髪美女に、ちょっと緊張しながら浩介は答えた。

 

「勿論でございます」

「あざっす」

「遠藤様のご到着を……確認しました。お部屋はいつもの場所でございます」

「分かりました」

「既に資料と必要なものはご用意しましたので、お使いください」

「うす」

 

 鍵を受け取り、浩介は軽く会釈をするとフロントを離れる。

 

 エレベーターに乗ると慣れた様子でボタンを押し(一緒に乗った他の客から認識されず)、12階まで昇った。

 

 ドアが開き、不思議そうにしている客達にちょっと悲しい顔をしつつ合間を通って降りる。

 

 エントランス同様に上品なデザインの廊下をそわそわと進み、一番奥の隅の部屋まで進んた。

 

「やっベー。何度来ても慣れねえわ」

 

 入室するや否や、ほっと疲れたように溜め息を吐く。

 

 ホテルを幾度となく利用しているのに、元が小市民な彼にはいつまで経っても落ち着かないのだ。

 

 幸いなのは、浩介専用にされているこの部屋は調度品が少なく、必要最低限のものだけにされていることか。

 

 早く慣れないとな、と呟きながら荷物をそこらに起いて一息つく。

 

 

 

 

 ベッドに座り込んでぼうっと天井を見上げ、しばらくするとふと視線を他所に投げる。

 

 行き着いたのは窓際。そこには部屋の雰囲気にマッチしたシックな色合いの机と椅子が設置されている。

 

 そして卓上には、フロントの言っていた通り一つのファイルとアタッシュケースが置かれていた。

 

「っし。仕事始めますか」

 

 一念発起、両手を使ってベッドから立ち上がった浩介は窓辺に行く。

 

 やけに座り心地の良い席に着き、まずはケースの上に置かれた黒塗りのファイルを手に取った。

 

 金蛇のシンボルが刻印された表紙を開き、中の資料に目を走らせる。

 

「……ふむ……()()()()()()()()()()ね。仕事の内容は身柄の保護か。経緯は…………」

 

 パラパラとページをめくり、資料を読み進め。

 

 内容を理解していくうちに、浩介の顔はみるみるうちに険しいものになっていった。

 

「……なんだこれ、胸くそ悪りぃ。よりによってこういう事情かよ」

 

 仕方がなくという雰囲気を消し去り、不機嫌そうに呟く浩介。

 

 同時に納得もした。何故()()()()()()使()()ではなく、自分に仕事が回ってきたのか。

 

 その裏に感じ取れる、ある人物からの信頼に浩介は一瞬照れ臭そうに笑いながら最後の一枚を見る。

 

「現状は……はっ!? マジかよ!?」

 

 椅子を吹っ飛ばす勢いで立ち上がり、食い入るようにそのページを見る。

 

 そこには、浩介が保護しにいくべき人物の現状が記載されていたのだ。

 

「おいおい、これ今すぐ行かないとやべえじゃん!」

 

 慌ててファイルを放り投げ、飛びつくように浩介はアタッシュケースを開ける。

 

 ガチャリ、と重厚な音を立てて開いたケースの中には、いくつかの装備と専用の服。

 

 そして、金の文様が入った漆黒の仮面が収められていた。

 

「……大義のために、この身を闇へ」

 

 いつか、旧世界で掲げた誓いを口ずさみ。

 

 

 

 

 

 遠藤浩介は、仮面へと手を伸ばした──。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

実は結構アビスゲート卿好きです。


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ロー○ンじゃないです、人違いです

低評価定期。まあ正直、自分で読み返しても一章はほぼ何も固まってなかったし、見るに耐えない感じだったので妥当なところですね。


楽しんでいただけると嬉しいです。

浩介がホークア○になるよ!←!?


「っと、この辺りか」

 

 

 

 ビルとビルを強靭な脚力で飛び移っていた途中、ある屋上で立ち止まる。

 

 吹き込んだ冷風でマントが揺れるも、防寒製ばっちりの装束のおかげで気にしなくていい。

 

「位置は……合ってる。んじゃ始めるか」

 

 現在地と所定位置を擦り合わせ終わると、端末をしまって作業を開始する。

 

 指抜きグローブと繋がった手首のリングに付与された〝異空間〟を開き、物を取り出す。

 

 出したのは棒状の黒い物体と、同色の長方形のケース。

 

 ケースを腰の後ろに近づけると、いかにもな音が鳴ってベルトが伸張して固定された。

 

 腰を振ってブレないのを確認。問題ないことがわかると、棒を軽く振って展開。

 

 あっという間に、黒い謎の棒Xは弓へと姿を変えた。

 

「っし。まずは、っと」

 

 ケース……矢筒に魔力を通し、連動した黒弓のグリップにあるボタンを押して操作する。

 

 するとケースに穴が開き、自動で四本の矢が出てきた。

 

 それらを引き抜いて一本を弓に番え、矢先をある方向に向けて体ごと定める。

 

「距離は110、ってとこか……」

 

 キリ、キリ、キリ……文字通り糸を張り詰めるような音が、良い位置まで達した時。

 

「……ふっ!」

 

 矢を手放す。

 

 一瞬で飛び出していった弓はいくつものビルの上を越え、ブレることなく突き進む。

 

 やがて、百メートルも離れた位置の屋上の床に寸分違わず突き刺さってくれた。

 

 その作業を後三度繰り返し、最後の一射を終えたところでようやく一息ついた。

 

「目に狂いは無し、と」

 

 少しほっとする。

 

 最近仕事にも使えるレベルになってきたが、まだまだ発展途上の腕前だ。

 

 早く懸念なく射てるくらいにはならないと……ラナも「いいチョイスね」って喜んでくれるし。

 

「結界起動、と」

 

 弓のボタンを押し、矢に付与された魔法を発動する。

 

 全ての矢が同時に発動し、俺の魔力を使ってリンクすると四点で結ばれて結界を作った。

 

 

 

 

 安定を確認すると、正面やや下の方に目を向ける。

 

 結界の中心地点に聳え立つのは、十五階建ての古びた格安ホテル。この結界を作った理由である。

 

 正確には、今あのホテルの中にいる人物達に関する事態を周囲の人間の認識から外す為と言うべきか。

 

「ついでにもういっちょ、と」

 

 別の矢を取り出して番え、とある部屋近くの壁に向けて一射。

 

 鏃から矢筈まで真っ黒のそれを注視し、外壁に刺さる間近を見極めて弓のボタンを押し込む。

 

 すると、矢の先端が開いて音もなく壁に張り付いた。

 

「よし」

 

 矢筒の側面を押し込んでイヤホンを取り出し、耳につけて集音器のついた矢と接続。

 

 そして、カーテンの締め切られたその部屋の中の会話を聞いた。

 

『……まさか、貴方が裏切るとは』

『いい加減諦めろ。逃げ場はねえぞ?』

 

 中から聞こえてきたのは、冷たい女の声と嘲笑するような男の声。

 

 一人はわかる。ファイルに記載されていた、現在対象の護衛についている国の諜報機関の人だ。

 

 もう一人は情報がない。会話からして裏切ったエージェントとか、そんな感じだろうか。

 

 そのほかに気配がもう一つ。これはグラント博士だろう。

 

 こういう時のための事前行動だったが、やって正解だった。

 

『博士をこっちに渡せ。こんなとこで死にたくはねえだろう?』

『そんな脅しに、この私が応じるとでも?』

『お前なら、このホテルが包囲されていることも既に勘付いているだろうに』

『っ……』

 

 五感を意識的に高め、ホテル内を感じ取る。

 

 ……廊下や階段、不自然に留まっている気配が多数。こりゃかなり危機的な状況だな。

 

 振動粉砕型の矢を番え、窓に向けつつ中の会話を引き続き聞く。

 

『チェックメイトだ。諦めろ、ヴァネッサ』

『ヴァネッサ……』

『……心配しないでください、グラント博士』

 

 新たに聞こえてきた、まだ若々しい少女の声。

 

 資料にはまだ15とあった。その背景にあるものに心が波打ち、即座にそれを理性で封じ込める。

 

 彼女に笑いかけでもしたのか、会話の途切れたパラディ捜査官は部屋の中の男に強い殺気を向けた。

 

『時にキンバリー。この部屋は少し暗いと思いませんか』

『あ? いきなり何を──っ!?』

 

 直後、カッ! と強烈な光がカーテン越しに発生した。

 

 フラッシュバンでも使ったのか。さっきの軽口といい、パラディ捜査官は中々の食わせものらしい。

 

 少し目を細めている内に、盗聴するまでもなくマシンガンの炸裂音と拳銃らしき発砲音が連続する。

 

 

 

 

 撃ち合いの影響を受け、俺が矢を射る前に窓が内側からけたたましい音を立てて砕けた。

 

 原因は外に向けて飛び出した白いもの。それはロープ状に縛ったベッドのシーツだった。

 

「待てっ!」

「グラント博士っ、掴まって! 飛びます!」

「ほ、本当にやるの!? や、待って、待ってってばぁあああああ~~~」

 

 窓際にやってきたブラックスーツの美人さんと、彼女に抱えられた美少女が外に飛んだ。

 

 シーツのロープを引っ掴んだ彼女は、遠心力を利用して下へ落ちると、一つ下の階の部屋の窓を撃ち破って侵入する。

 

「ヒュ〜、すっげえ。俺よりよっぽどエージェントっぽくね?」

 

 グラント博士がいた施設の騒動をくぐり抜け、カーチェイスかまして逃げてきただけはある。

 

 今の俺なんか、なんちゃってホー○アイだからな。

 

 感心しつつ矢先を下に下げると、元いた部屋の窓際にさっきの声の主がやってきた。

 

「チッ、相変わらず抜け目のない女だ!」

 

 英語で捨て台詞を吐いたのは、引き締まった体格の俳優みたいなワイルド系のイケメン。

 

「ヴァネッサぁああああっ!!!」

 

 そいつは先の二人が使い残したロープを掴み、全く同じ手順で下へと突入した。

 

 拳銃を構えているのが見えたが、中にいるはずのパラディ捜査官もキンバリーとかいうイケメンも撃つことはなく。

 

 そのまま身軽に部屋に入っていったキンバリーの背中は、部屋の中にいる二人へピタリと銃口を向けた。

 

「……チッ。この状況でも、お前の方が速いなんてな。相変わらず、技術()()()一流だ」

「〝だけ〟とは随分な言い様ですね、キンバリー。あなたのように、仲間を裏切らない誠実さも、私は持ち合わせているつもりですよ?」

「ハッ。そういうのはな、〝誠実〟というんじゃない。〝甘い〟というんだよ。俺が嬢ちゃんを撃てないと分かっていて、それでも庇っちまった今みたいに、な」

 

 なるほど。結構高度なやり取りがあったらしい。

 

 それにしても、美少女を守るクール美人と裏切り者のイケメンの軽口とかアクション映画かよ。

 

「もう一度言う。諦めろヴァネッサ。博士を渡せ。お前も俺と来い。一生遊んで暮らしても、まだお釣りがくるような大金が手に入るぞ?」

「そんな理由で、チームの皆を殺したのですか? たかだか金程度の理由で? 私が、そんな見下げた誘いに靡くわけがないでしょう。私は私の任務を果たします、博士に手は出させない」

 

 うわ、かっけえ。これ本当にアクション映画の主人公みたいだよ。俺の立ち位置完全に不審なモブだよ。

 

 

 

 

 また感心している間にも、二人は糸の上を渡るような会話を続ける。

 

 彼女の言う〝任務〟の有効性。彼らを派遣した機関の不穏さを疑わせる言葉。

 

 そしてこの場に来る前に受けた、パラディ捜査官の負傷。様々な言葉でキンバリーは揺さぶる。

 

 部屋の中で、パラディ捜査官の気配は動揺に揺れている。

 

 それでもトドメをさせる確証がなく、引き金を引かないキンバリーに挑発で意趣返ししたのは少しスカッとした。

 

 しかし、彼女が劣勢なのはどうしようもなく変わらない。

 

 直後に数人の気配が部屋の中に踏み込んできたのだ。

 

「さて、これで無駄な逃亡劇も終わりだ。悪いが、もう俺につくかどうかは聞いてやらない。お前はここで殺すし、嬢ちゃんは連れていく。最後のチャンスをふいにしたな。馬鹿な奴だ」

「ヴァネッサぁ!」

「ッ、博士っ」

 

 声音に余裕を生んだキンバリーの言葉が、風に乗って俺の元へも届く。

 

 奴風に言うならば、チェックということなのだろう。グラント博士の悲痛な声が耳に痛い。

 

「潮時、だな」

 

 ()()()()()()()()()()

 

 姿勢を正す。両手を伸ばして弓を構え、半ばほどまで引いていた矢を完全に引き絞った。

 

 完全に体勢を作り、仮面越しにネビュラガスで強化された目で部屋の様子を見極める。

 

 丁度、奇襲を仕掛けようとしたパラディ捜査官が銃を蹴られ、キンバリーに蹴り倒されたところだ。

 

 先ほど言っていた負傷箇所をやられたのか、彼女の気配が動かない。

 

 数歩進み出たキンバリーが、再び銃口を向けた。

 

 そして、カチリという引き金を引く小さな音がしっかりと聞こえる。

 

「止めてぇ! ヴァネッサ! 逃げてっ!」

 

 絶望に塗られた絶叫が木霊する。

 

 資料によれば、グラント博士は既に()()()()で大事な人間を何人も失くしてる。

 

 そんな彼女にとって、守り続けてくれた女性が目の前で撃ち殺されるなど、到底耐えられまい。

 

「〝風纒〟」

 

 弓に付与された魔法を発動する。

 

 柔らかな風がどこからともなく発生し、螺旋状に矢を包み込んだ。

 

「じゃあな、ヴァネッサ」

「地獄に落ちなさい、ブ男」

 

 最後のやりとり。

 

 そう思わせるに十分な、パラディ捜査官とキンバリーの言葉。

 

 

 

「誰かっ、助けて────ッ!!」

 

 

 

 それを感じたのだろう。

 

 誰でもいいから、この自分を守ってくれた人を助けてと、そう叫ぶ声に。

 

 

 

「──ああ、助けるさ。それが仕事だ」

 

 

 

 俺は、指を放した。

 

 

 

 ピュッ!!

 

 

 

 最も軽く、速い矢。

 

 魔法の後押しを受けたそれは空を切り裂き、南雲の銃撃のような速度で突き進む。

 

 そして──まさに引き金を完全に引きかけたキンバリーの背中に寸分違わず命中した。

 

「がっ!?」

「「っ!?」」

 

 突然前に姿勢を崩したキンバリーに、パラディ捜査官とグラント博士が息を呑む。

 

「痺れとけ、クソ野朗」

 

 躊躇なくボタンを親指で押し込んだ。

 

 刹那、盗聴矢のように矢先が展開して接着した矢から電撃が迸る。

 

「がぁああああああっ!?」

 

 全身を走る青い光に、キンバリーが悲鳴をあげて痙攣する。

 

 壊れた玩具のように震えていたが、しばらくして電撃が止んだ途端に、煙を上げて膝から崩れ落ちた。

 

 部屋の中は沈黙している。あの二人も、遅れて部屋に入ってきたキンバリーの仲間達も動かない。

 

「っし!」

 

 その隙を見逃すはずがなく、俺は走り出す。

 

 六本の矢を矢筒から出し、ホテルに向けてビルとビルの上を疾走しながら弓に番える。

 

 そして、ホテルの対面のビルにたどり着いた瞬間、踏み込んだ足を力んで跳躍した。

 

「見え、た──っ!」

 

 先ほどまでいた場所からは目視できなかった、部屋の中にいる六人。

 

 部屋の中に跳んだことでようやく見えたそいつらに、()()()()()()斉射した。

 

 

 

 

 部屋の中に着地するのと、奴らに矢が付いたのは同時。

 

 ボタンを押し込んだ直後に六つの雷光が部屋を激しく照らし、男達が奇声をあげて震えた。

 

 十秒程度で電撃が終わり、次々と男達は倒れる。

 

「ギリギリセーフ、ってとこか?」

 

 態とらしいセリフを吐きながら、立ち上がって二人を見る。

 

 もはや拍手して賞賛すべきか、自分の体でグラント博士を庇っていたパラディ捜査官が顔を上げ。

 

 続けて両手で頭を抱えていた博士も目を開くと視線を上げて、二人で俺の方を見て。

 

「「誰も……いない?」」

「…………ですよねー」

 

 なんとなくこうなる気はしてたよちくしょう。

 

 目の焦点が俺に合ってないもん。そりゃ気配遮断の効果を上げる仮面つけてるけど。

 

 後ろの風景を見て怪訝な顔をしている二人に、物凄くやるせない気持ちになった。

 

「はぁ、もういいや……ごほんっ!」

「「っ!?」」

「あー、俺が見えるか?」

 

 仮面に流す魔力を止め、少し大きな声で話しかけてようやく視線が合う。

 

「「…………ローニ○?」」

「人違いです」

 

 あんなアメコミNINJAじゃねえよ。ていうか仲良いなあんたら。

 

「ええと、エミリー=グラント博士にヴァネッサ=パラディ捜査官だな? ある人の依頼であんたらを保護しに来た。俺の名前は……」

「……ふっ。そういうことですか」

 

 え。なんか急に喋り出したんだけど。

 

 ぽかんとしていたはずのパラディ捜査官は、何やら思い至ったようで安堵したように笑う。

 

 何やら嫌な予感がしていると、俺を見上げた彼女は告げた。

 

「どうやら間に合ったようですね。ミスターK」

「人違いです」

 

 誰だよミスターK。イニシャルだけ被ってるのが微妙にドキッとしたわ。

 

「ヴァ、ヴァネッサ? ミスターKって誰?」

「決して姿は見せない、フリーの殺し屋です。報酬次第でどんな殺人も引き受ける、保安局のブラックリストに載っている人物に助力を依頼するのは気が引けましたが……グラント博士を守るためには、背に腹は代えられなかったのです」

「だから違うつってんだろ」

 

 なんだそのヒットマン映画に出てきそうな設定は。最強の殺し屋とか異名ついてるタイプじゃねえか。

 

 あのホテルの客にそれらしい人いたっけ、と思い出そうとしつつも、彼女に訂正を持ちかける。

 

「あのな? 俺はミスターKって殺し屋じゃなくて、蛇の……」

「ミスターK。依頼内容はグラント博士の護衛中における襲撃者の殺害。間違いありませんね?」

「おい、聞けよ。俺はミスターKじゃ」

「ヴァネッサ、このミスターKって本当に信用できるの? 保安局のブラックリスト?に載ってる、殺人鬼なんでしょう?」

「この際やむを得ません。もし彼がキンバリーのような外道であり、グラント博士や他の人間に危害を及ぼすようなら、私が身命を賭して止めてみせます」

「ヴァネッサ……」

「オーケーわかった。俺の話聞く気ないな?」

 

 それとも何? もう俺のこと認識できなくなっちゃったの? え、仮面の効果バグってる? 

 

 何やら決め台詞をクールビューティな表情で言ってるパラディ捜査官と、感動してる博士にジト目を向ける。

 

 が、部屋に向かってくる多数の気配を感じ取って意識を切り替えた。さっきの声で気付かれたかっ。

 

「おい。この際勘違いは後で改めるとして、さっさと逃げるぞ。増援が来る」

「っ、わかりました。よろしくお願いします、ミスターK」

 

 もう突っ込まんぞ。ボケはうちのボスだけで十分だ。

 

 

 

 

 色々と面倒くさい気分になってきたので、踵を返して対面の壁に弓を向ける。

 

 背中に刺さる懐疑的な視線をスルーしつつ矢を取り出し、屋上のへりに向けて番えた。

 

「ミスターK、何を……」

「っし」

 

 解き放った矢はしっかり目標地点に刺さり、小さなアームが展開して固定される。

 

 固定はよし。役目を終えた弓を小型化して矢筒に合着させる。

 

 矢筈に繋がっていた合金製ロープをベルトのフックに固定し、困惑している二人に歩み寄った。

 

「あんた、怪我してんのはどこだ?」

「え? あ、ああ。こっちの脇腹です」

「わかった」

「へ?」

「きゃっ!?」

 

 二人まとめて、パラディ捜査官は負傷してる箇所を傷めないよう肩に担ぐ。

 

 再び窓の方に振り返ったところで、ドタドタと廊下からやってきた音が部屋の前に到達した。

 

 扉が蹴破られる。窓に足をかけた状態で振り向くと、銃を構えた男達が呆気に取られていた。

 

「あばよ」

「っ、これはまさか!」

「待って、また飛ぶの!? ちょ、ちょっと覚悟を」

「待たない」

「っ!?」

「ひゃぁあああっ!?」

 

 外に向けて跳躍。

 

 全身をふわりと浮遊感が撫で、マントが風になびいて黒く翻った。

 

 少し落ちたところでベルトに魔力を注入。ロープを伝って矢が起動し、そちらに引き寄せられる。

 

 上昇と共に勢いよく壁が迫り、タイミングを見極めて足で蹴ると屋上に着地した。

 

「ぐっ」

「おふっ!?」

「っと。平気か?」

「っ、ええ、なんとか」

「あ、あの、ミスターKっ。お、おにゃかがっ、さっき、おトイレに、いきそびれてっ」

「後でできるから我慢してくれ」

「まって、まずいからぁっ」

 

 ロープを外した矢を回収するや否や、先ほどの逆戻しのようにホテルから離れる。

 

 決して話を聞かないことへのささやかな復讐をしているわけじゃない。じゃないったらじゃない。

 

「あのっ、車がワンブロック向こうに」

「すぐに足がつくから、俺の足で逃げる。それより、あんたの治療が先だ」

「私の?」

「ああ、そこなら隠れ家にもなる」

 

 ビルの上を疾走しながら、俺はとある場所に向けて視線を投げた。

 

 肩の上で「やめれぇ〜っ」とか、「も、もう許しぇ〜」とか言ってるけど、聞こえない。

 

 女の子の尊厳も大事かもしれないけど、命には代えられないから我慢してほしい。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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美人女医は男の憧れ

 

 

「貼るぞ。痛いだろうが堪えてくれ」

「はい……っ」

 

 ピタリ、と傷口に貼られたガーゼに突き刺すような痛みを感じ、ヴァネッサは呻く。

 

 出来る限り痛みを感じさせない手つきを意識しながら、浩介は手早く包帯で固定していった。

 

「……お上手ですね」

「これでも医師志望なんだ」

 

 ごく冷静に応える浩介だが、仮面の下でちょっと口角を上げてしまう。

 

 新世界ではとある地域で伝説の暗殺一家なハウリア家の一員であるラナに惚れ、血生臭い世界に生きる彼女の為医療者を目指した。

 

 それは旧世界の記憶を双方取り戻したことでより強く望むようになり、医学の勉強と戦場の医療現場巡りに励んでいる。 

 

 その為、応急手当ての腕もそれなりに様になっていた。

 

 

 

(……不思議な人物ですね)

 

 

 

 顔の見えない、されど真剣だとわかる様子で自分を処置する浩介に、ヴァネッサは目を細める。

 

 拭き取られた血の滲む布や、使い慣れたのがわかる医療キット、そして鮮やかな手際。

 

 まるで言葉通りに、本当に医療者のような技術に少々驚いている。

 

 

 

(こういった技術も、彼……ミスターKの実力、ということでしょうか)

 

 

 

 彼女の脳裏に浮かぶのは、血塗られた一つの名前。

 

 二年ほど前から、警備が厳重な大物を次々暗殺している、経歴・人相共に不明の凄腕の殺し屋。

 

 特定の方法を用いて接触し、報酬額次第であらゆる依頼を請け負う仕事人である。

 

 保安局でも大型ルーキーとして目をつけられており、一時期その暗殺事件の捜査チームにヴァネッサはいた。

 

 そこで接触方法とプロファイリングを知った。

 

 キンバリーが裏切り、仲間が全滅し、本部への連絡もできず襲撃に相次ぐ襲撃。彼女はもうその手札を切るしかなかった。

 

 

 

 

 苦渋の決断だった。

 

 国家の守護者が、殺人者に頼る……この件が収束した後、ヴァネッサの懲戒処分は確実だろう。

 

 だが、あまりに絶望的な現状ではミスターKクラスの実力者でないと対抗できない。

 

 そもそも連絡が取れるか、エミリーが奪取される前に合流できるのか、本当に彼が現れるのか……

 

 そういった数多の不安の果てに掴んだ生存なのだが。

 

 

 

(なんでしょう、この違和感は。彼がミスターKであることは確実なはずなのですが……)

 

 

 

 冷静な態度、隠した顔、訓練されたエージェントであるキンバリーをものともしない実力……ここまで考えると確実だ。

 

 しかし、急所へ二撃、確実に撃ち込んで殺すというプロファイリングと異なり、キンバリー達を殺すことはなく。

 

 これまでの暗殺では銃による殺害であるのに対し、使っているのは弓という古典的な武器。

 

 依頼を受けた際の、隠れて護衛するという返答とも異なっている。

 

 加えて、現れた際のセリフはまるで依頼人がヴァネッサの他にいるような口ぶりだった。

 

 それらの違和感が、目の前にいる覆面の人物がミスターKであるという認識を揺らがせる。

 

 

 

(いえ。ミスターKは変装の名人、これも全て、正体を悟らせない為のものなのでしょう)

 

 

 

 が、結局はその認識に落ち着いた。

 

 ここ半年、本格的に局が調査してもわからなかった人物だ。どんな謎があっても不思議ではない。

 

 姿を見せたことについても、単なる殺人ではなく護衛しながらという条件に、やむなくこのような姿で来たのだろう。

 

 誰にも頼れない孤立無援な現状では、変に突っ込んで機嫌を損ねるのは言語道断だと思い直す。

 

「よし。急所は外れてたし、重要な血管も傷ついてない。弾も綺麗に摘出されてたから大丈夫だ。あとは本格的に治療すれば綺麗に完治するだろう」

「……ありがとうございます」

 

 色々と考えつつも、ヴァネッサは礼を述べると上着を着た。

 

 美人捜査官の素肌に触れていたことに実は緊張していた浩介も、平静を装って片付け始める。

 

「殺す、ミスターK、殺す。なにが凄腕の殺し屋よ。研究者舐めんな。絶対、ぶっ殺す」

 

 衣擦れと片付けの音に、実はずっと部屋に響いていた呪詛が足される。

 

 仮面の下で表情を引き攣らせた浩介は、発生源へと顔を向けた。

 

 三角座りして浩介を恨めしげに見ている、金髪サイドテールの少女……エミリーである。

 

「ごめんって。護衛なんて初めてだから急いでたんだよ」

「うぅ……」

 

 浩介に担がれ、ビルからビルに飛び移りながら護送されたエミリー。

 

 トイレに行こうとした直前、キンバリーに襲撃されたこともあって限界だった彼女は……漏らした。

 

 浩介が纏う黒マントの下から、上着が一枚消えたとだけ言っておこう。

 

「元気を出してください、グラント博士。状況が状況だったのです、仕方がありません」

「ヴァネッサ……」

 

 スーツの袖に腕を通し、着替え終えたヴァネッサが優しく声をかける。

 

 猫のように唸り声を漏らしていたエミリーは、その言葉に少しだけ目元を緩めた。

 

「それに、日本にはこんな言葉があります。〝むしろご褒美だ〟、と」

「ご褒美?」

「ちょっと待てお前」

 

 首を傾げるエミリーに、浩介が制止するよりも早くヴァネッサが語り出す。

 

「グラント博士。貴女は美少女です」

「ふぇっ? あ、ありがと?」

「そして日本人は、美少女相手にならばたとえ罵られようと平手を喰らおうと……そう、おしっこをかけられようと、全て嬉しいこと! 何もかもご褒美になるのです!」

「な、なななななっ!?」

「おい日本人のイメージを著しく損なう発言はやめろ! それは一部の特殊な方々だけだ!」

 

 誤って顔を握り潰さないよう注意しながら、浩介はヴァネッサの口を塞ぐ。

 

 彼は至ってノーマルなのだ。日本人全てがHENTAIだという誤解は断固阻止せねばならない。

 

 たとえ恋人が重度の厨二病であっても、断じてHENTAIではないのだ! 

 

「もがもが」

「あああああんた、わ、私のおし……あれで興奮してたなんてっ! このへんたいっ!」

「してねえよ! 排泄物でハァハァするような領域に達した覚えは一ミリもねえよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、天才故に理解し難い世界のことを聞いて混乱している少女には軽くデコピンした。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくするとヴァネッサも黙ったので、浩介はぐったりしながら医療キットを仕舞う。

 

 背中側に収納するように見せかけて〝異空間〟に放り込む彼を見ながら、ヴァネッサは不思議そうに尋ねた。

 

「それで、ここが貴方の言っていた〝隠れ家〟なのですか? それにしては何もあるようには見えませんが……」

 

 武器はおろか、碌に家具の一つもない廃部屋を見渡して二人とも怪訝な顔をする。

 

 弓の具合を確認しつつ、浩介は彼女達にかぶりを振った。

 

「いや、たまたま空いてて人目がないから使っただけだ」

「では、これから向かうと?」

「そういうことだな……うし、平気か。んじゃ行くぞ」

 

 立ち上がった浩介にエミリーとヴァネッサは顔を見渡せ、ひとまず腰を上げる。

 

 一応警戒しながら浩介は扉を開け、問題ないことを確認すると二人に手招きした。

 

 埃と何かの入り混じった匂いのする路地。マトモな人間ならまず近寄らない場所だ。

 

 そこにあった一室から出た三人は、浩介の先導で移動を始める。

 

「あと13分か……ポイントは…………まあここなら余裕で着くだろ」

 

 端末の画面に表示された、周辺区域のマップを見て浩介は呟く。

 

 地図に従って路地の中を進み、時に右に曲がり、時に左の道へ進んで、ある時は戻る。

 

 ある種不可解な行動を繰り返す浩介に、ヴァネッサ達はやや困惑気味だ。

 

 それでも頼みの綱である以上は着いていくと、ある場所で浩介は急に立ち止まる。

 

「着いた」

「ミスターK?」

「いや、ミスターKじゃないから」

 

 端末に示された時刻が23:59に変わるのを確認し、浩介は目の前の路地へ顔を向ける。

 

 つられてヴァネッサ達もそちらを見るが、夜の闇に包まれた先の見えない通路があるだけ。

 

「いくぞ。俺が0って言ったら踏み出せ」

「は、はい?」

「ど、どういうことなの……?」

 

 目を白黒させながら、二人は浩介の隣に並ぶ。

 

 最後に時刻を見てから、50秒。正確に体内時計を刻んだ浩介は心の中で残りを数える。

 

 

 

(10、9、8、7………………)

 

 

 

「ゼロ」

「「っ」」

 

 彼らは一斉に足を踏み出した。

 

 そして路地の中へと踏み入り──瞬間、ヴァネッサとエミリーは何かを感じ取る。

 

 本能的に、と言うのだろうか。()()()()()()()()()()()()感覚を体で得たのだ。

 

「ん、二人ともいるな。俺に着いてきてくれ」

「は、はい」

「わかったわ」

 

 再び移動を開始する。

 

 しばらく、異常なほどに静かな通路の中を進み続けた。

 

 不安げに視線を右往左往させるエミリーを見守りながら、ヴァネッサはふと気がつく。

 

 

 

(……彼が、私達に歩幅を合わせてくれている?)

 

 

 

 それは小柄なエミリーの為か、それとも負傷している自分を慮ってのものか。

 

 先程までは時間が差し迫っていた為に急足だったものが、二人に合わせてゆっくりと歩いていた。

 

 極悪非道な殺し屋らしからぬ配慮に、少しだけヴァネッサの中の疑問が大きくなった。

 

「えーと……お、あった」

「ひゃっ! ちょ、いきなり立ち止まって何なのよ?」

「これは……花?」

 

 左右に分かれている突き当たり、その壁にはめ込むように置かれた花瓶。

 

 ひっそりと咲く薄桃色のシンビジウムは、行く道を示すように右側へ傾いていた。

 

「こっちだ」

「ま、待ちなさいよ!」

「……」

 

 迷いなく右へ行った浩介を、二人は慌てて追いかける。

 

 

 

 

 その後、進む道の先々に花が現れた。

 

 二つ目の花瓶に咲いていたのはフリージア。風もないのに揺らめくそれを見て、浩介は通路を選んだ。

 

 三つ目はチューリップ。次は桜の枝花。鈴蘭。薔薇、百合、向日葵……道標だと、ヴァネッサは気がつく。

 

 その数が十を超え、二人が疲れてきた頃、ついに最後の花を浩介が見つける。

 

「それは、ポインセチア……」

「綺麗な花ね」

「これで十二。迷路はクリアだ」

 

 花瓶から一輪のポインセチアを浩介が取り、一堂は進む。

 

 程なくして、ずっと不自然なほど暗かった通路の先に光が見えてきた。

 

 近づいて行くにつれ、それが通路の先にある〝その建物〟の看板であることがわかる。

 

「これ、は…………」

「天文、台……?」

「治療所でもあるけどな」

 

 うっすらと霧の立ち込める、壁に囲まれた建物。

 

 薄暗い緑に染められたその塔の上部は円形に丸まっており、仄かに光を発している。

 

 こんな場所を全く知らなかった二人が呆然と見上げる中、浩介は入り口の扉に歩み寄る。

 

 そこには、空の花瓶が一つ置かれていた。

 

「〝誕生は破壊と再生の導なり〟」

 

 合言葉を唱え、浩介はポインセチアをそこに納める。

 

 

 

(うわーっ、これ毎回言うの超恥ずかしっ!)

 

 

 

 立ち上がり、待つこと数秒。

 

 ギィ、と重厚な音を立て、両開きの扉が内側から開けられた。

 

「おや。滅多に怪我をしない君が、勉強以外にここへ来るとは珍しい」

 

 中から顔を出した人物に、ヴァネッサ達が息を呑む。

 

 まるで、神が作ったかのように完璧な美貌だった。

 

 雑に纏めた緑っぽい銀髪の、垂れ下がった前髪の間から覗く眠たげな瞳にゾクリとする。

 

 形の良い唇の左下にあるホクロが色気を増していて、大人びた体付きは自然と喉を鳴らしてしまいそうな魅力がある。

 

 特にやや空いた胸元は、誰がとは言わないがかなり敗北感を感じさせるほどだ。

 

「リュールさん、悪い。一人診てほしいやつがいるんだ」

「ふぅん……」

 

 ゆっくりと、彼女の視線がヴァネッサらへ向く。

 

 エミリーはすぐに視線から外された。どこも目立った怪我を負っていないからだろう。

 

 じっとり全身を見回すような視線に、美しすぎる容姿も相まってヴァネッサは体を硬直させる。

 

「……なるほど。応急処置は済ませてあるようだ」

「っ!」

 

 

 

(一目でそこまで……!)

 

 

 

 ヴァネッサの状態を把握した女は、浩介へ楽しげな微笑を向ける。

 

「腕が良くなってきたね。教えた甲斐がある」

「そりゃ、地球上のどんな人間よりも知識と実力に優れた使徒に教わってたらな」

「ふふ。ああ、そこのお二人」

「は、はいっ」

「……なんでしょうか」

「自己紹介が遅れたね。私はここの所長のリュール。〝魅緑の四(ウォッチャー)〟とでも呼んでくれたまえ」

「「はあ……」」

「彼の紹介というのなら是非もない。中へ入ってくれ、治療しよう」

 

 花瓶を手に取ると、リュールは白衣の裾を翻して中へ戻った。

 

「まあ、怪しい感じだけど信用はできるから」

 

 立ち尽くしている二人に言い、浩介は促す。

 

 困惑を隠しきれないながらも、二人は顔を見合わせると治療所に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 中の内装は至って普通だった。

 

 やや古風な、まるで19世紀のそれを彷彿とさせるようだったが、特に不気味ではない。

 

 珍しげに壁や椅子を見る二人を懐かしげな目で見つつ、浩介は装備を外してそこらに置く。

 

「珍しいかい?」

 

 突然聞こえてきた声に、ヴァネッサとエミリーが振り返る。

 

 診察室らしき場所から出てきたリュールは、そんな彼女達にクスクスと笑った。

 

「私の趣味でね。もっとも、本格的な医療活動は部下(同胞)達に任せて、私は〝観測〟ばかりしているから、最初に開いた治療所(ここ)自体がもはや趣味で続けているだけなのだが」

「は、はぁ……」

「替えの服を持ってきたよ。ああ、そちらのお嬢さんには下着も必要だろう?」

「んにゃっ!?」

 

 咄嗟にスカートを押さえるエミリー。替えがなかったので、染み込んだままである。

 

「奥にシャワーがあるから、ついでに入ってくるといい。貴女は診察室へ」

「はい」

「う、うぅ……お言葉に甘えさせてもらいます……」

 

 差し出された服を受け取ると、エミリーは真っ赤な顔で廊下の奥にすっ飛んでいった。

 

 ヴァネッサは浩介に付き添われ、リュールに導かれて診察室へと招待される。

 

「じゃあ俺は外で待ってるから」

「はい。色々とありがとうございます、ミスターK」

「……おう」

 

 後で誤解を解けばいいや、と出かけた言葉を飲み込み、浩介は扉を閉じる。

 

 と、締め切る直前にリュールへ向けて言葉を投げかけた。

 

「リュールさん。()()()()()()()()()

「……ふむ? それは()()()ということかい?」

「一応、そのつもりだ。ボスの依頼にはちゃんと従う」

「……分かった。〝共有〟はしておこう」

「あざっす」

 

 何やら意味深なやりとりを交わし、今度こそ浩介が扉を閉めた。

 

 それを見届けたヴァネッサは踵を返し、自分を見るリュールに視線を合わせる。

 

「では座って脱いでくれたまえ。患部を見てみよう」

「お願いします」

 

 差し出された椅子に腰を下ろし、スーツを脱ぎ始める。

 

 露わになった体を見たリュールは、ほうと興味深げに眺めた。

 

「やはり良い腕だ。これならあとは知識の問題だな」

「……先ほどから聞いていれば、ミスターKに医療技術を教えているのは貴女なのですか?」

「ああ。とはいえ、私も知識をインプットし、世界中にいる部下(同胞)の積んだ経験を共有しているに過ぎないのだが」

「?」

 

 首を傾げるヴァネッサへリュールは「まあ気にしないでくれ」と笑う。

 

 それから彼女は、デスクの上に置いていた上品なデザインの眼鏡をかけた。

 

 そして浩介よりもさらに手際良く包帯とガーゼを外すと、傷口を観察する。

 

「ふむ、9ミリ弾か。肋骨にヒビは無し。臓器も問題がない。抉れたのは肉だけか。君は幸運であり、また優れた戦士のようだね」

「……そんなことまでわかるのですか?」

「まあね。ふむ、これであれば補強などは要らないだろう。縫っても逆に肉が歪んでしまう。なので……」

 

 立ち上がり、リュールは壁際に設置された薬品の棚を開ける。

 

 しばらく探っていたが、やがて二つの瓶や道具を手にヴァネッサの前に戻ってきた。

 

「腕を上げてくれ」

「はい」

 

 リュールが手袋を装着し、清潔な布で再び傷口を消毒。

 

 そうするとデスクに置いた瓶の一方を開ける。

 

 中身は液体状の薬品。それを器具と綿を使ってヴァネッサの傷に塗り込んだ。

 

 液体の冷たさと傷から体に走る痛みに、ヴァネッサが少し眉根を寄せた。

 

「これは?」

「軟膏のようなもの。細胞の再生を早め、失った肉を元に戻すのを促進する。いわゆる門外不出のってやつさ」

 

 なるほど、と納得するヴァネッサ。

 

 彼女が知る由はないが、その薬品は告げた通りの効果がある成分と魔法を混ぜたものだ。

 

 

 

 

 〝魅緑の四(ウォッチャー)〟 リュール。

 

 最も再生魔法に適合した彼女の作る薬には魔力が込められており、魔法の物質化に成功している。

 

 一応、一般人にも使うものなので違和感のない程度に効能は抑えているが、それでも十分な力がある。

 

 その効能は薬によって異なるが、全てが物作りの鬼であるハジメでさえも唸る一級品だ。

 

「よし。これで処置は完了だ」

「ありがとうございます」

 

 極力ストレスを感じさせず薬を塗り終え、専用の湿布で閉じる。

 

 ひんやりとした感覚が包み込まれた不思議な感覚を覚えつつ、ヴァネッサは礼を言った。

 

「安静にしていれば、二、三日で痕も残らず治るが……どうやら君達の事情を察するに、そうはできないようだね」

「はい。ここで退くわけにはいきません。ミスターKの協力も得られたことですし、必ずグラント博士を安全な場所まで送り届けなければ」

(ミスターK、ね……ふふ。面白いことになっているようだ)

 

 服を着たヴァネッサに、リュールはもう一方の瓶の中からいくつか錠剤を取り出した。

 

 それを小さなケースに収めると、ヴァネッサに向けて差し出す。

 

「鎮痛剤。一度飲んだら、6時間は空けてから次を飲みなさい」

「何から何まで、申し訳ありません」

「いや何。彼が()()()と言ったからね。私にできる支援はしてあげよう」

 

 にこりと笑う顔さえも、どこか色気がある。

 

 同性であり、常に冷静沈着なヴァネッサでさえも少しだけ心臓が跳ねた。

 

 

 

(……本当に、ミスターKは謎だらけです)

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。

イメージは某フロムゲーの診療所を想像していただければ。


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事情聴取


今回は説明回。

原作丸コピはあれなので、要点をまとめました。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

 

 扉の開く音がする。

 

 

 

 横に振り返ると、パラディ捜査官が診察室から出てきた。

 

 そして俺の方を見て……視線が止まることなく不思議そうに左右を見る。

 

「…………おい」

「っ、ミスターK。いつの間にそこに?」

「ずっといたよ? なんなら目ぇ合ってたよ?」

 

 それなりに話して認識されていてもこれだよ。早くラナに会いてぇなぁ……

 

 何やら感心している捜査官に死んだ目をしていると、廊下の奥で扉を閉める音がした。

 

 二人でそちらを見ると、タオルで髪を拭きながらグラント博士がやってくる。

 

「グラント博士、気分はスッキリしましたか?」

「ええ、おかげさまで。結構いい感じだったわよ」

 

 湿った髪に上気した頬。体に変な固さもない。ちゃんと温まったみたいだな。

 

 服もちゃんと着替えてるし……アレはなんとかなったらしい。

 

 細くしなやかな脚とか、白い首筋とかから視線を外しつつ、咳払いして意識を集める。

 

「それで。二人とも、これからどうするんだ?」

「そうですね……まずは、情報を共有したいのですが、よろしいですか?」

「ああ」

 

 頷いたヴァネッサは、グラント博士へと視線を向ける。

 

「博士。あれの──【ベルセルク】のことを話します。よろしいですね?」

 

 彼女は沈んだ表情を一瞬浮かべたが、すぐにキッと目を釣り上げた。

 

「……ええ、平気よ。どのみち隠しておける段階じゃないのだし」

「では──」

「失礼」

 

 いざ話し出そうとした瞬間、コン、コンというノック音に三人揃って振り向く。

 

 すると、パラディ捜査官の後ろからリュールさんが俺の後ろを指差した。

 

「込み入った話をするなら、そちらに談話室がある。中にちょっとした飲み物もあるから、好きに使ってくれ」

「うす」

「お気遣いありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 

 その言葉に甘えて診察室前の部屋に移動する。

 

 

 

 

 中は結構な広さがあった。

 

 ぎっしり中身の詰まった本棚やテーブルセットがあり、壁際には大きめの冷蔵庫もある。

 

 二人には先に座っててもらい、俺は飲み物を取るために冷蔵庫を開けた。

 

「あの、適当なものでいいので」

「私もなんでもいいわ」

「はいよ。ええと、水にお茶、ソフトドリンク類……あとはなんだこれ、エナドリ?」

 

 色とりどりの長細い缶が、一部スペースを占拠している。バリエーション豊かだなおい。

 

 誰か常飲者でもいんのか、と若干顔を引きつらせつつ、水を三本持っていった。

 

「お待たせ。はいこれ」

「ありがとうございます」

「ありがとう」

「んで、【ベルセルク】がどうたらって言ってたけど」

 

 パラディ捜査官は無言で頷き、よく通る声でゆっくり語り出した。

 

「事の発端は、グラント博士の研究の過程で生まれた、とある薬品……通称、【ベルセルク】が外部に流出したことでした」

「また大仰なネーミングだな」

「それが大袈裟ではないのです。【ベルセルク】……狂戦士(バーサーカー)の語源となった、敵味方区別なく、戦場で大暴れする神の戦士。この薬品は、まさしく人間を二度と戻れない怪物(ベルセルク)にする代物なのですから」

 

 バイオテロ系の映画に出てきそうな薬だ。現実は小説より奇天烈ってのは本当なのか。

 

 ひとまず、依頼書で先に知っていた簡単な概要のことは伏せ、驚いたように体を揺らしておく。

 

「んで、そんなヤバいもんの作り方を知ってるグラント博士は付け狙われてると」

「ええ。これは国家の安全に関わる重大事件であり、彼女を保護するために我々国家保安局が動きましたが……キンバリーにより、護衛チームは私以外全滅しました」

「……災難だったな」

「もう終わってしまったことです。それより問題なのは、キンバリーの裏切りだけでなく、その後に応援との合流が不自然なほどできなかったこと。あるいは、この一連の襲撃には本部が……」

「……なるほど。だから俺に依頼が来たのか」

 

 目を細めるパラディ捜査官のセリフに、俺はあることを理解する。

 

 それはこの依頼の裏に隠された、世界一恐ろしい裏ボスからのとある意図。

 

 

 

 

 パラディ捜査官は、俺の呟きが自分がミスターKにした依頼のことだと勘違いしたらしい。

 

 特に不思議そうにするでもなく頷き、今は容易に連絡を取れない状況になっていると語る。

 

「それで。【ベルセルク】が流出したってのは、どんな風に?」

「……最初に、聞いた時。絶対にありえないって、思った」

 

 ポツリと、震えた声が耳に入ってくる。

 

 そちらに視線を向けると、俯いて垂れ下がった前髪で目の見えないグラント博士がいる。

 

 彼女は、声を震わせながらも、ぞれが自分のなすべきことだと言うように語り出した。

 

「何日か前のことだった。朝のニュースに……ベルセルク化した人間が映ったのは」

「目に見える特徴があるのか」

「ええ。正式名称は【H3ーa4】というこの薬のもたらす効果は、急激な筋肉の肥大化、異常な回復力、思考性の欠如などが見受けられます」

 

 補足された説明は、ホテルで見た資料の内容と相違ない。

 

 一緒に添付されていた件のニュースの画像も見たが……ありゃ、もう人間じゃなかった。

 

 街灯ぶん回して警官ごとパトカー吹っ飛ばすのは、少なくとも地球じゃ人間とは呼ばない。

 

 ミイラのように干からびて絶命した画像を見た時は、さらに仰天したが。

 

「ヘドリック先輩と、リシー姉と、そのニュースを見て。すぐに、大学の研究室に向かった」

「家族か?」

 

 グラント博士はかぶりを振る。

 

 それから、何かを思い出すような目で虚空を見た。

 

「私、十一歳で大学に入ったの。お婆ちゃんのアルツハイマーを治したくて、医薬関係の研究施設が充実してたパーシヴァル大学へ一人で行った」

 

 ガチの子供の時じゃねえか。

 

 そんな年頃に、家族を想って一人で大学に入るのはどれほどの思いだったんだろう。

 

 ごく普通の家庭で育った俺には理解しきれないが、彼女の表情を見るに決して楽でなかったのは確かだ。

 

「最初は、周りの目が怖くて、不安で、押し潰されそうになって……そんな時、レジナルド=ダウン先生と、研究室のみんなに救われた」

「それが、さっき言っていた?」

 

 こくり、と頷くグラント博士。

 

「ダウン教授は、多くの著名な研究者を育成した優秀な教育者として、その界隈では有名な人物です。パーシヴァル大学では研究室を持っており、自らの家に事情のある学生をホームステイさせている風変わりな人物と、保安局で得た情報にはありました」

「なるほどな。研究室の学生はみんな同じで、グラント博士にとっちゃ家族同然ってやつか」

「一緒に勉強して、ご飯を食べて、大学で素晴らしい思い出を作ろう……先生の言う通り、本当に素敵な4年間だったの」

 

 懐かしむように、愛おしむように、彼女は自分を救ってくれた人達を語る。

 

 確か資料では……ヘドリック=ウェスク、リシー=アシュトン、だったか。

 

 他にも数人ほど研究室の生徒はいる。

 

 グラント博士にとっては、教授は父のような存在で、先輩達は兄や姉、といったところか。

 

 

 

 

 心から慕う人の大切さを、俺は知っている。

 

 ラナという最愛の人が、奇跡を起こして大事なやつを取り戻した南雲達が、それを教えてくれた。

 

 だから──次に彼女が浮かべた、全てに絶望した表情の意味も、よくわかった。

 

「でも、みんな、死んでしまったわ」

「………………そうか」

「いつも良くしてくれて、尊敬してたヘドリック先輩も。世話好きで、情に厚くて、可愛らしかったリシー姉も。いつも二人で喧嘩してて、でも仲が良くて、こんな友達がいたらなって思ってたロドお兄ちゃんもデニスお兄ちゃんも、みんな、みんな」

 

 掠れた、途切れ途切れの声で、何かを懺悔するようにグラント博士は呟く。

 

 大事な人を失う悲しみは、その痛みを味わった当人にしかわからない。

 

 だから、無責任な言葉をかけることもできなくて。

 

「何があったんだ?」

 

 俺ができたのは、平静な声を装って聴くことだけだった。

 

 どこか測り知れない場所に沈んでいた意思が瞳に戻り、彼女は説明を再開する。

 

「みんなニュースを見て、研究室に集まった。誰が見ても【ベルセルク】なのは確実で、すごく困惑したし、怖かった」

「肝心の流出経路は?」

「わからない……薬のことはダウン教室のみんなしか知らないし、薬品もデータも分散して厳重に保管していたはずなのに」

「……こう聞くのは心苦しいんだが、その中の誰かが、って可能性はないか?」

 

 地位や名誉、金、自己顕示欲、好奇心、あるいは破滅願望、他にも可能性は数多くある。

 

 全ての選択肢を見るために尋ねた質問に返ってきたのは……今にも壊れてしまいそうな寂しい微笑みだった。

 

「今となっては、もうわからないわね……」

 

 やっべ、やらかした。

 

 オモックソ地雷踏み抜いちまった。いや、聞かなきゃいけなくはあったんだけどさ。

 

「……すまん、野暮だった。続けてくれ」

「それから、今後どうするかを話し合ったの」

「それで?」

「対抗薬を作ろうって、先生が言った。警察に通報する前に、まずは私達ができることをしようって」

「まあ、公的機関が介入すると対応が遅れるしな。次の被害に対策を打つって考えも悪くない」

 

 まあ、うちの魔神様だったら確実に被害を潰すために発見即デストロイだろうけど。

 

 ミサイルランチャー担いだ友人のことを思い浮かべつつ、話にも意識を向ける。

 

「でも、2日後に警察が来た」

「結局通報したのか?」

「違う。誰かが【ベルセルク】のことをたれ込んだって……しかもただの警察官じゃなかった。私一人になった途端、薬品とデータを渡せって、そうしないと先生達を冤罪で捕まえるって脅してきて」

 

 またテンプレな悪徳警察がいたもんだ。

 

 世界中戦場巡りと〝依頼〟で世界中飛び回ってるが、この類の輩はわりと蔓延ってる。

 

 大多数が逆らえない権力に寄生し、私利私欲を満たすために他者の心身を踏み躙る悪党だ。

 

「脅しに負けて薬を渡そうとして、その時に何かあったってことか?」

「いいえ。話したら先輩達がすごく怒ってくれて、私も冷静になったの。そして先生の提案で、警察とは別の場所に保護を求めることにした」

「なるほど。それが……」

 

 顔を向けると、パラディ捜査官が頷く。

 

「我々保安局が通報を受け、博士及びダウン教室の人間の保護に動きました。ベテランのヒューズ主任捜査官を指揮官に、保護チームが編成され、研究施設に赴いたのですが……」

「そこで、事件は起こった」

 

 声音が、一際緊張と真剣味を帯びたものへと変わる。

 

 グラント博士は何かを堪えるように。

 

 基本的にポーカーフェイスなパラディ捜査官も、不快げに目を細めている。

 

 自然、こちらも少し背筋が伸びた。

 

「大学の清掃員や警備員に偽装し、我々は研究施設に潜入。内部の【ベルセルク】を持ち出した犯人を警戒しつつ、グラント博士達の護送を準備していました」

「そこで私は、一人で別に保護されることになっていた。先生達も、その……容疑者に、入っていたから」

「……誰が凶行に及んだのか分からない状況の中、仕方のない措置でした」

「まあ、当たり前だわな」

「でも、あの状況の中で先生達と離れさせられる事が、ひどく不安で……」

「捜査官の目を欺いて、トンズラかまそうとでもしたか?」

「流石はミスターK、察しがいいですね」

「ミスターKじゃなっ……いや、何でもない。続けてくれ」

 

 またここでツッコミ入れると、スルーされそうだからやめとこ。

 

 決して、もうミスターKって誤解されてた方が楽じゃね? とか思ったわけじゃない。

 

「先生の知り合いの研究施設に一緒に行って、そこで対抗薬を完成させるはずだった。そのために先輩や、リシー姉達も協力してくれて……」

 

 思い出すのも辛いのか、やや声を小さくしつつも彼女は当時の状況を語る。

 

 研究仲間達はそれぞれ、ひと騒動起こして彼らの監視兼警護役の捜査官の目を向けさせようとした。

 

 ちなみにその捜査官ってのは、あのキンバリーとかいう裏切り野郎だったらしい。

 

 

 

 

 部屋を出た研究生のうち、二人が【ベルセルク】の保管庫近くで行動を起こそうととした。

 

 無害な薬をぶち撒けて、危険なものを誤ってばら撒いてしまったと騒ぎ立てる算段だったそうだ。

 

 だが、その計画はうまく行きはしなかった。

 

「最初に事態の急変を知ったのは、施設全体に発せられた警報によってでした。キンバリーの報告では、薬の保管場所近くに配備されていた仲間の音信不通を不審に思い、現場に向かう途中で、正体不明の男が【ベルセルク】を持ち出したところに出会したと」

「あいつの仲間じゃなかったってことか」

「ええ。高度な変装技術を有していたようで、正体は割れませんでした。その後、男とキンバリーが交戦。他の護衛官達も駆けつけましたが、相当の手練れだったようで苦戦し、そして……」

 

 一瞬口籠もったパラディ捜査官に、俺は続きを察した。

 

「垂れ流されたのか。【ベルセルク】が」

「………………はい。その場にいた護衛官の一人が一本丸ごと被り、残り一本は交戦していた階段から下へ落ちて、大勢が一斉に感染しました」

「【ベルセルク】は、摂取した量によって危険度が変わるの。少量なら当人が作用を受けて、七〜十日程度で死に至るけれど、二次感染はしない」

「だが、原液だと話は違うわけだ」

「そういうことです。唾液からでも容易に感染し、あっという間に施設全体へ被害が拡大してしまいました」

 

 マジのバイオハザードかよ! 現実でホラー映画の代表格とかシャレにならねえな!? 

 

「私達も、騒ぎを聞きつけて脱出しようとした。資料とデータを持って……それでっ…………それ、でっ…………!」

 

 ぐっと、目元が歪む。

 

 机の下でスカートを握りしめているのか、両腕の震えは全身に伝い、彼女は荒い息を吐く。

 

 みるみるうちに顔が青ざめていき、それでも話そうとして、こひゅ、こひゅ、という音だけが喉から漏れ出ている。

 

 隣にいたパラディ捜査官が、気遣わしげに手を背中に回した。

 

「グラント博士、もうそのあたりで」

「で、も……っ」

「いや、いいよ。もう分かったから」

 

 自分で体を抱きしめ、「先輩、リシー姉、みんな、ごめんなさい、ごめんなさい……」などと呟いていれば、馬鹿でもわかる。

 

 

 

 彼女は、目の前で全員失ったんだ。

 

 

 

 最初に誰かが死に、絶望に心を砕かれたうちに次が、またその次が……そんなとこだろう。

 

 自分が作ってしまったもののせいで、大切な人が死んだ──それは自らの罪に他ならない。

 

 まさに、そんな顔だった。

 

「私が、私のせいで……っ!」

「グラント博士、ゆっくり呼吸しろ。一度頭を空っぽにするんだ」

「マイロお兄ちゃんが目の前で滅茶苦茶にされた! サムお兄ちゃんがベルセルクになった! ロドお兄ちゃんもデニスお兄ちゃんもっ……それに、リシー姉は、リシー姉は私を守ってっ!」

「落ち着けッ!!」

「っ!?」

 

 一喝、腹の底から声を上げる。

 

 旧世界から数えても、人生で一番ってほど張り上げた言葉で博士は口をつぐんだ。

 

「……ごめん、大声を出して。だが、あまり考えすぎても心が壊れちまうぞ」

「でも……」

「兄貴や姉貴が、命をかけて貴女を助けたのは、こんなとこで潰れるためじゃないだろう?」

 

 あえてきつい言葉をチョイスして言うと、博士がハッと表情を驚かせた。

 

 何かを思い出すように視線をどこかに投げ、やがて気を持ち直したのか目元を吊り上げる。

 

 どうやらそれが気を強く持つ時の癖らしい。深呼吸すると、彼女は俺を見る。

 

「……ありがとう、ミスターK。おかげで落ち着けた」

「それならよかった」

 

 一見立ち直ったように見えるが、しばらくはそっとしといたほうがいいだろう。

 

 俺はパラディ捜査官の方を向く。

 

「で、その後はあんたが博士を?」

「ええ。我々が到着した時、すでに施設内に生きている()()はほぼおらず、弾薬が尽きて身を隠していたキンバリー達と合流。情報を共有し、手分けして彼女を探し、幸運にも私が保護しました」

 

 彼女は当時の状況を説明してくれる。

 

 なんとか施設のエントランスまでやってきた瞬間、捜査官と入れ替わっていた謎の武装集団に奇襲を受けた。

 

 それによってやってきた応援の捜査官は全滅し、圧倒的不利な状況の中で博士を守って死に物狂いで脱出。

 

「ヒューズさんの決死の抵抗のおかげで、私達は命拾いしました」

「その時点で保安局へ連絡は?」

「キンバリー達との交戦の際、端末を破損してしまって……グラント博士も逃げている時にどこかへ落としたそうです。ですが、今考えると運命の悪戯だったのやもしれません」

「そうか」

 

 内心ほっとした。

 

 俺の事情としては、連絡されてたらちょっと面倒な事になっていた。

 

「その後あのホテルまで逃げ仰せ、応急処置をした時に恥ずかしながら気を失ってしまい……」

「目覚めたところでキンバリー達に追いつかれ、そこで俺が登場、と」

「そういうことになります。…………これが、我々の事情の一部始終です」

 

 長い説明が、終わった。

 

 

 

 

 うん、すっげえ重い。メガトン級に重い。

 

 この世界でまた〝牙〟になってから色々活動したけど、ここまでの激重案件は初めてだ。

 

 いや、()()()()()なのだろう。あいつが俺にこの依頼を持ってきたのは。

 

 やはり、この依頼の真意は……

 

「ミスターK?」

「……事情はわかった。俺も色々と考えたいことが出来たから、一晩待ってくれ。そしたらまた今後の相談をしよう」

「それは…………はい、そうですね。この依頼はあまりに危険です。いかにあなたといえど、容易に首を縦に振ってはくれませんか」

 

 何やらいい具合に勘違いしてくれてるので、とりあえず無言で頷いといた。

 

 ふっと感情の見えない微笑を浮かべた彼女は、グラント博士に確認を取るように見る。

 

 彼女も自分が落ち着きたいこともあるのか、すんなりと頷いてくれた。

 

「じゃあ、今日はもう休んでくれ。色々あって疲れてるだろ?」

「正直否定はできませんが……よろしいのですか?」

「ああ。リュールさんには俺から言っとく。一応病室があるから、案内するよ」

「感謝します」

「あ、ありがと」

 

 立ち上がった彼女達を先導するため、扉の方に歩いていく。

 

 

 

 

 

 さて。俺も色々整理しないとな。

 

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


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せめてもの線引き

今回は浩介の考察。

楽しんでいただけると嬉しいです。


「ではミスターK、おやすみなさい」

「おやすみ」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」

 

 

 

 挨拶を交わし、病室のドアを閉める。

 

 扉の前から奥へ気配が遠ざかっていくのを感じながら、俺も踵を返した。

 

 診察室にいるはずのリュールさんに伝えに、階段を降りて──ふとすぐに足を止める。

 

 廊下の向こう。さっきまでいた談話室のドアが開いていたのだ。

 

「……あっちか」

 

 進路を変更し、談話室に戻る。

 

 少し開いていた扉を押し、中に入ると……食器棚の隣にあるテーブルの前に彼女がいた。

 

「あの……」

「二人は案内できたようだね」

「はい。勝手に病室使ってすんません」

「どうせ、使う予定がないのに清潔にしていたものさ。道具は使われてこそというもの」

 

 だから気にしないで、と語る背中に俺は「うす」と小さく返答した。

 

 それからすぐ、彼女は振り返る。手の中には湯気の立つマグカップが二つあった。

 

「さ、君も疲れただろう。そこに座って」

「あ、はい」

 

 言われた通り、さっき座っていた椅子に腰を下ろす。

 

 リュールさんは対面に座り、テーブルに置かれたマグカップを受け取った。

 

 仮面を外し、中身を火傷しないよう喉に流し込む。

 

 話に集中していて、結局持ってきた水を飲んでなかった体に甘い味と暖かさが染み渡った。

 

「……ふぅ。生き返りました」

「それは重畳」

 

 なぜか俺を見ていたリュールさんは、くすりと笑いながら自分もカップに口付けた。

 

 

 

 

 しばらく、互いに飲み物をすする音だけが木霊する。

 

 不思議と気まずい雰囲気はなくて、随分と慣れたもんだと心の中で独り言ちた。

 

 のんびりとした気分でいるうちに、いつの間にかカップの中身は半分もなくて。

 

「……それで」

 

 その頃、口元からカップを離した彼女が呟いた。

 

 俺も同じようにして視線を合わせると、彼女は深緑の瞳で俺のことを見つめてくる。

 

「これからどうするんだい? あの女性の傷を治すだけで、これまでのように()()()()()()()()()()()ということは、何か意味があるんだろう?」

「……ああ」

 

 再生魔法とは、根元を辿れば時に干渉する概念の魔法。

 

 最もその適正に優れたリュールさんであれば、特定の時点まで記憶を巻き戻すこともできる。

 

 これまでの仕事では、ごく稀に発生する目撃者に対してそうしてきた。

 

 それなのに、今回表の組織の人間であるパラディ捜査官をそのままにしたのは……

 

「今回の依頼、さ。多分、あいつからの試練だと思うんだ」

「試練、ね」

「そもそも、最初から気になってたんだよ。依頼書には博士の保護だけなのに、やけに情報が多かった」

 

 単に一人の人間の身柄を確保するだけなら、顔写真と名前だけ情報を与えればいいんだ。

 

 それ以前に俺じゃなくて、()()()()()()使()()の一人を向かわせればそれだけで終わる。

 

 なのに、最低限以上のものを与えられた。絶対に必要なことしか口にしないあのボスが、だ。

 

 しかも、保安局の人間なんて関わったら面倒な人間の救助まで追加された。

 

 そこから推測されるのは……

 

「きっと、彼女を助けたこと自体に意味がある。俺が関わったという事実を、彼女が覚えている必要があるんじゃないかな」

「……それは何故だと考える?」

 

 試すように問われた言葉に、俺はまた少し考えを纏めてから。

 

「国家保安局……妙に気にかかる」

 

 捜査官であるパラディさんを助けた意味。そして話を聞く限り不穏な動きを見せているこの国の諜報機関。

 

 もしもこれが、保安局に対して何かを仕掛ける為の布石なのだとしたら……俺はやはり駒になっている。

 

「まあ、今更だからなんとも思わないけどさ」

「ふむ……」

「でも、あんたらじゃなくてわざわざ俺という()()を使うってことは、そこに人対人の心理的なものも関わってくるのは間違いない」

「我々が全員、そちらに手を回せないほど忙しいのかもしれないぞ?」

「だったらさっき、扉を開けなかったろ」

 

 彼女が少し、目を細めた。

 

 魔法で()()()()()()()なんて、そんなヤバいことができる人材が暇を持て余してる。

 

 その状況が何より、あえて俺に任せたのだという確証を強めさせる根拠になっていた。

 

「まあ、保安局のことは抜きにしても、事件のことまで情報を開示されてるグラント博士は、明らかに事態の収束を求められてる。だから……」

「………………」

「あれ? リュールさん?」

 

 返事がないことを不思議に思い、彼女を見る。

 

 

 

 そして、彼女の虚空を見つめる意識のない目に息を呑む。

 

 考え事をしているのではない。文字通り意識がこの場に存在していないようだ。

 

「……もしかして」

 

 そういうこと、なのだろうか。

 

 あることに思い至った俺は、彼女の意識が戻るのをじっと待つ。

 

 十秒、三十秒……あ、あれ、二分くらい経ったんだけど。

 

 え、マジで無視されてる? 話してた最中に意識から外れるなんて初めてなんだけど!? 

 

「え、ちょ、これどうしたら」

「……何を慌てふためいているのかな?」

「うわっ!? 戻ってきた!?」

「すまない、待たせたね」

 

 ビビる俺に苦笑して、リュールさんは一口カップの中身を煽る。

 

 あれ、心なしか機嫌が良さそうな……

 

 口を離した彼女は、気分を落ち着けるように一息つくと改めて俺を見た。

 

「今、〝天啓〟が降りたよ」

「っ……」

 

 やっぱり、リュールさんを通して会話は聞かれてたか。

 

「あいつは、なんて?」

「〝期待している〟、と」

「そ、っか」

 

 ほっと、自分の考えが間違っていなかったことに安堵した。

 

 同時になんだかむず痒くなってきて、少し体を揺するとリュールさんが怪訝な顔をする。

 

「どうした?」

「いや、その、なんつーかさ……ダチにそういうこと言われんのって照れくさいけど、嬉しいなって」

 

 南雲があいつにもっと頼ってほしいって愚痴る気持ちが、少しわかった気がする。

 

 俺だって旧世界で、ファウストの尖兵としてそれなりにあいつの頑張りも苦悩も見てきたつもりだ。

 

 だから、今こうして何かを任されてるってのが……なんか、嬉しい。

 

「私も、我らが神の言葉を届けられることを光栄に思うよ」

「おう。俄然やる気が湧いてきたぜ」

 

 この期待に必ず応えてみせよう。

 

 それに、間違ってなければ、事件のことや保安局の他に、この件には別の意図がある。

 

 それも含めて……まあ、ちょっと胃が痛いっていうか頭が痛いけど、頑張ろう。

 

「我々も最大限の支援を、と仰られた。是非頼ってくれ」

「うす」

 

 〝使えるものはなんでも使え、それで結果を出してこそ一流〟があいつからの教えだからな。

 

 頼りにさせてもらおう。

 

「ふむ…………」

「? なんか気になることでも?」

「いやね。どうにも君が彼女達の問題を解決しようとするのは、今語った目的だけではないような気がするのだが」

 

 ちょっと驚いた。

 

 表に出したつもりはなかったんだが、わずかな感情の機微とかから察したのかな。

 

 

 

 

 答えを待つようにこちらを見つめる目に、少し迷う。

 

 まあ、この場にいるのはリュールさんだけだし。別にいいか。

 

「……上手く言えないんだけど」

「………………」

「依頼とか抜きで、さ。力になりたいって、そう思ったんだ」

 

 俺だって褒められた人間じゃない。

 

 何が正しいとか間違ってるとか、もうそんなことを言う資格はないけど……でも。

 

「グラント博士も、パラディ捜査官も。こんな悪意で傷付いていい人間じゃないってことだけは、間違いじゃないはずだ」

「それはいわゆる、人間が持つ義侠心というやつかい?」

「そんな大層なもんじゃないさ。ただ……せめてもの線引き、かな」

 

 あの全てを利用する蛇が、南雲達だけは決してその枠に入れないように。

 

 闇の世界に浸かってしまった俺も、彼女達のような人間だけは絶対に守るという誓いを胸に。

 

 …………………………。

 

「うわっ超恥ずっ! やっぱり喋るんじゃなかった!」

「ふふっ、あはははははは!」

「ほらやっぱ笑ってる! わかってるよ、クサいってんだろ!?」

 

 自分でもちょっとキメ顔してたかなって自覚あったよ! これも()()()()の影響か!? 

 

「いや、違う違う。そういう意味で笑ったんじゃない」

「…………じゃあなんだよ」

「やはり良いと思ってね。個を得たとはいえ、結局我らは大いなる意思に従う群体。そういう理由で動くには人間性が育ちきっていない」

「俺からすれば、もうあんたら人間にしか見えないけどな」

 

 アホみたいに美人なのを除いて。ラナで慣れてなきゃ絶対こんな風に話せねえ。

 

 そんなことを内心で口走っていると、突然立ち上がったリュールさんが身を乗り出してきた。

 

 グッと人間離れした美貌が近づき、同時に開いた胸元もググッと近づいてくる。

 

「しかし、私もそれなりに人間らしくなってきたと自負している」

「いいっ!?」

「ね、やっぱりここに来ないかい? 君は素敵だ。私のお気に入りだよ」

「じょ、冗談やめてくださいよ」

「冗談ではないのだがね」

 

 ひぃっ、もっと近づいてきた! 

 

 鼻先が触れてしまいそうな距離にある、完璧な顔にうろたえる。

 

 すると、コロリと彼女は表情を悪戯げに変える。

 

「なんてね。少し揶揄っただけさ」

「えっ」

「ふふ。驚いたかい?」

「な、なんだ。またいつもの冗談だったのかよ」

「どちらだろうね」

 

 くすくすと楽しそうに笑って、リュールさんが身を引いた。

 

 安堵に胸を撫で下ろす思いだった。ラナって最高の恋人がいるんだ、しっかりしろよ俺。

 

「さて、いい話を聞かせてもらった。今日はもう君も休むといい。ここは絶対に安全だ」

「お言葉に甘えるとするよ」

 

 正直、こっちに来た時の飛行機でちょっと仮眠しただけだったので結構疲れてる。

 

 ありがたく感じながら、俺は彼女に一言礼を言うと談話室を後にした。

 

 

 

 二階に上がり、二人が寝ている部屋の隣の個人病室を使わせてもらう。

 

 戦闘服を脱いでラフな格好になると、アンティーク調のベッドの上に身を投げ出した。

 

 途端にどっと体が重くなる。

 

「あー……疲れた」

 

 もう瞼が重い。今にも意識が落ちてしまいそうだ……

 

 なんとか姿勢をベッドの向きと同じに直し、腰から愛用のナイフを取り外してそばに置く。

 

 そして、毛布を被って枕を抱き締めたところで限界が来た。

 

 

 

 

 

「ぐう…………」

 

 

 

 

 

 明日に、なったら……二人と…………話さないと…………な……

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。
 
これが今年最後。

みなさん、良いお年を。


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アクション映画のお約束

みなさん、あけおめです。


まだこの作品を楽しんでいらっしゃるお方は、またどうぞよろしく。


では、楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 深夜、外の世界も夜の闇に包まれる時。

 

 

 

 病室の扉が、小さな音を立てて内側から開いた。

 

 顔を出したのは、悪戯猫のような吊り目が特徴的な可愛らしい少女。

 

 そう、エミリーだ。髪を下ろしたパジャマ姿の彼女は、キョロキョロと真っ暗な廊下を見る。

 

「…………」

 

 少し不安げにしたエミリーは、後ろを見た。

 

 自分が寝ていたベッドの隣、そこに眠っているのはヴァネッサ。

 

 普段の怜悧な美貌と変わらず、美しい表情で寝息を立てる彼女はまるで眠り姫かのよう。

 

「むにゃむにゃ……五点着地は足先から…………」

 

 そんな寝言を呟いて、刃◯の漫画を抱いてさえいなければ。

 

 途端に白けた目になったエミリーは、そくささと隙間から外に出るとドアを閉めた。

 

「……えっと、確かトイレはあっちよね」

 

 少し思い出すために唸ると、エミリーは歩き出す。

 

 彼女がこんな時間に起き出した理由は、案の定というべきか尿意を催したからである。

 

 事の次第を説明する際に最も多く話し、色々と絞り出した彼女は結構な量の水を飲んでいた。

 

 そして現在、それが夢の淵から引っ張り上げられる要因となった。

 

「あ、あったわ」

 

 特に明かりなどは無いため、壁に手をついて進んでいたエミリーはトイレを見つけた。

 

 ノブを捻ると無事に開き、ホッとして彼女は中に入る。

 

 

 

 

 数分後、個室から水が流れる音が響いた。

 

 間を置かず、エミリーが出てきてほっとやり切ったような表情を浮かべる。

 

 無事にミッションを達成した彼女は、元来た道を戻ろうとして……ふと視線を止める。

 

「…………?」

 

 彼女が見ているのは、窓。

 

 廊下の向こうにある両開きの窓の片方が、なんの偶然か開いて揺れていた。

 

 なんとなくそれが気になったエミリーは、そちらまで歩いていくと外に顔を出す。

 

「……街が見えないわ」

 

 濃い霧が立ち込め、まるで異界であるかのように何も無い建物の外側。

 

 自分達がやってきた道さえもどこだか分からず、諦めて彼女は他の場所を見る。

 

 それはつまり左右や上下だが、ふと上の方を見た時にまた視線をとどめた。

 

 

 

 

 

(何か……光ってる?)

 

 

 

 

 

 治療所の上、天文台のようになっている場所から光が発せられている。

 

 しばらくそれに目を奪われて、どうにも気になったエミリーは中に引っ込むとすぐ上階に行った。

 

 一つ、また一つと階段を使い階層を重ね、ついには最上階である七階にまで登ってきてしまう。

 

「……これだけ?」

 

 そこにはたった一つの扉しかなかった。

 

 人が二人並べるか否かという広さの空間にぽつねんと存在するそれ。

 

 薄暗さも相まって、不気味に思えてきたエミリーだが、彼女は研究者。ましてや思春期ともなれば好奇心の塊だ。

 

 知りたいという欲求に逆らえず、慎重な手つきでノブに触れる。

 

 小指から一本ずつ、しっかりとそれを握りしめ、まるで何かに操られているように開き──

 

 

 

 

 

 巨大な〝瞳と脳〟を見た。

 

 

 

 

 

「ひぅ……」

 

 思わず、変な声を漏らす。

 

 仕方がないだろう。無数の光が輝くドームの中心に、水晶状の硬質な脳と虹色の瞳があるのだから。

 

 

 

 

 それはまるで星空、否、銀河のような煌めきだった。

 

 毎秒位置を変え、点滅し、消えて、あるいは生まれる、無数の光が渦巻く大河。

 

 それらを全てを観測するように、瞳は忙しなく動いている。

 

 その下には何故か、望遠鏡と椅子が一つあった。

 

「何よ……あれ……」

「──何をしているのかな?」

 

 その時、誰かが背後から話しかけてきた。

 

 ビックン! と体を跳ねさせるエミリー。

 

 ゆっくりと、視線を下ろして自分の肩を見る。そこには闇から突き出してきた白い手があった。

 

 深夜に一人、得体の知れない治療所、そしてクトゥ◯フに出てきそうな奇形のオブジェ。

 

 まさか、宇宙からのお迎えが……そんなことを考えながら、震えるエミリーは振り返って。

 

「こんな時間に、不用心じゃないか。迷ったのかい?」

 

 そこにいたのは、心配そうに眉を下げる美貌の女医だった。

 

「リュール、さん?」

「おや、覚えてくれていたようで何より。どうしてこんなところに?」

「あ、その……トイレに行ってて、途中で何か光っているのに気がついて」

「なるほど。そういえば〝境界(天窓)〟を閉めていなかったな。失敬、失敬」

 

 開きかけた扉を一瞥したリュールは、柔和な笑みを作ってみせる。

 

 そして何かされちゃうのかしら、と震えるエミリーに優しげな声で「部屋まで付き添おう」と告げた。

 

 エミリーとしても、この場所から離れたいし、怒られたくはなかったので素直に頷いた。

 

 

 

 

 元来た道を、今度は二人で降りていく。

 

 リュールが手に持つ蝋燭が、今度は少しだけ周りを照らしていることで、恐怖は和らいだ。

 

「……その、ごめんなさい。勝手に見てしまって」

「いいさ。見られたとて理解できるものではない」

「どういうこと?」

「何。生物には限界があるという話さ」

 

 君達人間の脳では、いくら優れていても〝未来観測〟に耐えられないようにね。

 

 内心付け加えたリュールの内心も知らず、エミリーは教える気がないのだろうと思い直す。

 

「それはさておき。彼に事情は話せたのかい?」

「……ええ。明日答えを聞かせてくれるって」

「そうか、ならば待つしかないな」

 

 

 

 コツ、コツ、コツ。

 

 

 

 足音と会話が混じり合い、おかしな協奏を作り出す。

 

 チグハグなのに何故だか心地よくて、エミリーは不思議な気分になった。

 

 だからか、少しの間だけ口を噤んでしまう。

 

「不安かい?」

 

 ふわふわとした気分を言い当てるように、リュールから問われた。

 

 ハッとしたエミリーは、その動揺を悟られまいとするように少しだけ俯く。

 

「大丈夫。彼はきっと君達を助けてくれるよ」

「……どうしてそう言い切れるの?」

「あえて言うならば、君達より少しだけ長く彼を知っているから、かな」

 

 揶揄うように肩を揺らすリュールに、エミリーは顔に影を落とした。

 

 リュールはそれを見抜いたようなタイミングで立ち止まる。ぶつかりかけて、慌ててエミリーは止まった。

 

 そして緑銀の後頭部を見上げると、振り返ったリュールは……

 

「安心なさい」

「あ……」

「君の未来は苦難と悲しみに満ちているが、しかし最後には幸せを得る。誠心誠意、彼に向き合えばね」

「誠心、誠意……」

「実は占いが得意でね、外れた試しがない。その私が保証しよう」

 

 まあ、努力次第だがね、と。

 

 そう言って、頭を撫でる優しい手つきは……亡くした姉を思い出させた。

 

 それほど長く撫でず、踵を返したリュールは再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 その後ろ姿をぼんやりと見ていたエミリーは我に返り、慌てて追いかけていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 俺も二人も、ぐっすり眠って十分に回復した。 

 

 リュールさんが簡単な食事を出してくれたのでありがたく頂戴し、それを終えると早速話を切り出す。

 

「で、昨日の話なんだが」

 

 食後のコーヒーを楽しんでいた二人は、すぐに反応してこちらを見た。

 

 その目には期待と不安がないまぜになっている。

 

「いろいろ考えた。この件に関わることでのメリット、デメリット。あんたらに力を貸していいのか、悪いのか」

「…………それで、結論は?」

 

 恐る恐る、グラント博士が聞いてくる。

 

 疑問形ではあったが、もし断られたらという恐れを多分に含んだ声色だった。

 

 そんな彼女を元気付ける、というわけでもないが、俺は声を大きく宣言する。

 

「力になるよ」

「っ、それって!」

「この複雑な事件が収束するまで、あんたらの味方でいることを誓う」

「……そうですか。感謝します」

 

 喜色を顔に浮かべる博士と、冷静な受け答えをしながらも安堵する雰囲気のパラディ捜査官。

 

 彼女としても、孤立無援の状態で誰かの手を借りられるか否かというのは生命線なのだろう。

 

 俺の中に残る、普通の人としての良心が少しだけ和らいだ。

 

「それで。まずは何から始める?」

「……何よりも確かめるべきは、本部の状況です。局長の真意を、探る必要があります」

「わかった」

 

 彼女をこの場にいさせる意味。国家保安局のトップ、か。

 

 もし〝クロ〟だとすれば、本部の中でまだそちら側ではない、信用できる誰かを頼ろうという算段だろう。

 

 その場合、今回の依頼における俺の駒としての役割は、局長とやらへの抑止力になる。

 

 逆に〝シロ〟でも、俺は保安局とうちの組織の橋渡し役になれる。なんにせよ好都合だ。

 

「誰が敵で味方なのか。それを見極めるために私は動きます。ミスターKにはその間、グラント博士の保護を頼みたく……」

 

 む、そうきたか。

 

 未だに勘違いされてるが、俺はミスターKじゃないのでただ隠れていてもネームバリューによる影響力はない。

 

 力を示すという点で言えば、彼女と一緒に行動する方が効率が良いが……

 

「保護なんて、私は求めてないわ」

「博士?」

 

 驚いてパラディ捜査官と二人、彼女へ視線を移す。

 

 すると、昨日よりもよほど強い光を宿した瞳で、彼女は俺達を見返してきた。

 

「【ベルセルク】は、私が生み出してしまったもの。この世に存在してはいけなかったもの。だから、私自身がケリをつけなくちゃいけないの」

「それは……」

「守れたまま、何も知らずに全てが終わってしまうなんて冗談じゃない。だからお願いヴァネッサ、私を連れて行って。【ベルセルク】を撒き散らした犯人が誰なのか、今何が起こっているのか……私は、自分の目で見たいの」

「しかし博士、あなたの身に何かあっては……」

「……そう心配されるのも無理はないわ。確かに私は足手まといだろうけれど。でも、同時に盾にもなるわよ? だって【ベルセルク】を改良するにしろ対抗薬を作るにしろ、私がいなくちゃならないんだから」

 

 名案でしょ、と言いたげに胸を張る博士にパラディ捜査官が頭を抱えた。

 

 

 

 

 とんでもない暴論かましてきたもんだ。

 

 多少筋が通っちゃいるが、彼女を保護するというパラディ捜査官と俺の目的に矛盾してる。

 

 それに、キンバリーや裏にいる組織が〝手足の一本や二本は〟と決断する可能性もある。

 

 〝絶対〟はこの世に存在しない。それはうちのボスだって例外じゃないのだ。

 

 パラディ捜査官はどう説得するかという顔で、とてもぬ悩ましげにしているが……

 

 俺には、こっちの方がちょうど良いんだよな。

 

「グラント博士」

「何? あなたも大人しくしてろって言うなら、私は断固──」

「一つ約束しろ。それを守れるなら連れて行ってもいい」

「ミスターK!? 何を言ってるのです!?」

「だってこいつ、ここで押さえつけても一人で勝手に暴走するぞ。それなら目の届く場所にいる方がまだマシだ」

 

 でも、と反論しようとしたパラディ捜査官は、しかしうまく言い返せなかったのだろう。

 

 存在を感知している状況と、何が起こるか分からない状況。秤にかければ前者の方がまだいい。

 

 頭の切れるこの人は、そのくらい簡単に理解できているだろう。

 

 変に頑固になられる前に、俺はグラント博士に向き直る。

 

「それで? 守れるか?」

「…………内容によるわ」

「そうか。じゃあ……」

 

 ぐっと、両手をテーブルについて立ち上がる。

 

 そうして彼女の方へ身を乗り出すと、グラント博士は吊り上がらせていた目を丸くした。

 

 いきなり近づかれたことによる恐怖と緊張。それを感じ取りながらも、言葉を告げる。

 

「俺のそばからひと時も離れるな」

「なぁっ!?」

「貴女が隣にいる限りは、俺の全力を賭して守ろう。下手に突っ走らず、尻込みもせず付いてくる。この約束をしてくれるなら、俺は貴女を連れていく」

 

 顔を真っ赤にして、グラント博士はしばらくぽかんとしていた。

 

 パラディ捜査官からグサグサ視線が突き刺さる。こうした方が効果的ってボスに教わったんだよ。

 

 時間が経つうちにちょっと恥ずかしくなり始めていると、徐々に彼女は目つきを元に戻す。

 

 そうすると、俺に真剣な目を向けてきた。

 

「わかったわ。私を、連れていって」

「いい返事だ」

 

 身を引いて椅子に腰を下ろす。ふう、ムズムズした。

 

 少し時間を置いてから、こちらを見ているパラディ捜査官に話しかける。

 

「そういうことだ。俺としてはこっちの方が確実だと思うけどな」

「……そう、ですね。一人残したグラント博士が予測できない行動をしても、そちらの方が危険かもしれません」

 

 納得してくれたようだ。危うく無駄に話し合う時間が増えることになった。

 

 それと、効率や都合抜きに、グラント博士の〝目〟にどうにも心を揺らされた。

 

 以前、南雲にこう言われた。〝少しでもあいつの裏に関われてたお前が羨ましい〟と。

 

 随分酔ってた時のセリフだが……あの、自分だけが何もできず、蚊帳の外だったという目。

 

 辛そうで、寂しそうで、悔しげなあの目は、見ているのも向けられるのもキツいのだ。

 

「さて。それでは早速動きましょう、時間が惜しいです」

「そうね。善は急げって、日本では言うんでしょ?」

「だな」

 

 全員立ち上がる。

 

 と、そういえば。

 

「一つ忘れてた」

「? ミスターK、まだ何か言うことが?」

「ああ。ここまでガッツリ介入するなら、そろそろ顔見せくらいしとかないとって思ってさ」

 

 そう言うと、何やら二人はすごく驚いたようだった。

 

 少し不思議に思ったが、まあミスターK関連だろうとスルーして仮面を外す。

 

 出会ってからずっと隠していた俺の顔を見て、彼女達は息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は遠藤浩介。世界一おっかない蛇の牙、その一本だ。改めてよろしくな」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 早朝、キンキンと冷えた空気が立ち込める中。

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく朝日が登り始める時、我々は凄まじいスピードで移動していた。

 

 といっても、私が車を運転しているのではありません。ホテル付近に置いてきてしまいましたからね。

 

 あの妖艶な女医に見送られ、街に戻った私達が移動に使っているのは……

 

「二人とも、向かい風とか平気かー?」

「ええ。むしろ気持ちいいくらいよ!」

「快適です」

「そりゃよかったー」

 

 間延びした声で、彼……バイクを運転するミスターKは我々は応える。

 

 黒塗りのボンネビルT100。そのサイドカーに、私とグラント博士は乗り込んでいた。

 

 頬を切る冷風に髪を抑えながら、私はミスターKの横顔をちらりと盗み見る。

 

 

 

 

 

 遠藤浩介。彼は我々に対してそう名乗った。

 

 

 

 

 

 ミスターKとは、コウスケ(kousuke)のイニシャルだったのでしょう。

 

 その正体は、二十代半ばほどの日本人。

 

 半年我々が追ってもわからなかったその素顔を、まさか自ら明かすとは思いませんでした。

 

 顔立ちは特別整っているわけではないですが、不思議と鋭い雰囲気があります。

 

 上のヘルメットからブーツに至るまで全て黒に包み込んだ体は、細くも非常に鍛えられていて。

 

 薄々抱いていた、彼がミスターKではないという疑念は完全に晴れました。

 

「てか、蛇の牙の一本て……やっぱりちょくちょく出るよなぁ…………これ、本格的に戦う状況になったら絶対出るよなぁ……」

 

 ただ、何やら落ち込んで呟いている様子を見ると、冷酷非道という認識は改めねばなりません。

 

 我々の話にも真剣に耳を傾け、その上で改めて協力を申し出てくれましたし、極悪人というわけではないのでしょう。

 

 逆に、その年齢であれほどの功績を挙げる腕の背景を知りたいところですが……

 

「んで、パラディ捜査官」

「ヴァネッサ、とお呼びください」

「え? いいの?」

「はい。そちらの方が呼びやすいと思いますので」

「じゃあ、ヴァネッサさんで。道はこっちでいいんだよな?」

「はい、合っています」

 

 今後活動するにあたって、色々と準備をする必要がある。

 

 現在、その為に隠れ家へと向かってもらっている最中でした。

 

 自然と彼のことを見てしまいつつ、時折指示をして道を曲がってもらう。

 

 やがて、目的の裏路地までたどり着いたところでバイクは止まりました。

 

 サイドカーを降りて、ヘルメットを脱ぐと頭を振って潰れた髪を戻す。

 

「ありがとうございました、ミスターK」

「……俺、ちゃんと本名言ったよね? それは意地かなんかなの?」

「大丈夫です、わかっていますよ」

「何が?」

 

 ええ、私はわかっていますとも。

 

 日本人はシャイだとよく聞きます。ミスターKと呼ばれるのが恥ずかしいのでしょう。

 

「そうよヴァネッサ。せっかく名前を教えてくれたんだから。きちんと、こ、ここ、こうすけって呼んであげましょうよ」

 

 おや。グラント博士の顔が赤いですね。

 

 彼女も年頃の少女。これは話し合いの時のアレで意識し始めましたかね? 

 

「はぁ、もういいや……で、ここが?」

「ええ。こちらです」

「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 お二人を連れ、路地の中を進む。

 

 決まった道順を辿り、隠れ家にたどり着くと入り口の横に体を寄せた。

 

 

 

 

 警戒しつつ鍵を解き、扉を開けて中を覗く。

 

 中に人の気配はない。お二人に目配せをすると完全に開けて中へと踏み入った。

 

 皆えた革張りのソファーやテーブル。使い込まれたそれらを見て、次に他の部屋を見てくる。

 

 バスルームやトイレ、他の部屋にも人の姿はなく、私は少し警戒を解いてリビングへ戻った。

 

「どうやら友人は留守のようです。家にいることの方が少ないので、そんな気はしていましたが」

「お友達の家? 現場の保安局員が、暗黙の了解で作ってるっていう隠れ家じゃないの?」

 

 先にお話しした、我々の秘密を口にして首をかしげるグラント博士。

 

「友人とシェアしていまして。彼女はフリーのカメラマンで、あちこちに常に飛び回っていますから、維持管理の面でそちらの方が好都合だったのです」

「ふ〜ん」

「……なるほど。ヴァネッサさんの変な日本知識はその人のせいか」

 

 おや、ミスターKがテーブルの上の雑誌を見ています。

 

 そこにあるのは、日本のアニメや漫画情報などを掲載した代物。

 

 他にも布がかけられた棚には、ジャパニーズコミックやラノベ、アニメDVDなどがあります。

 

「ミスターKは日本人ですし、やはり気になりますか。ちなみにそちらの棚三つは私のものです」

「あんたもかなり毒されてんな……」

 

 呆れつつ、彼は棚に近寄ろうとしていたグラント博士の襟首を掴んだ。

 

 強制的に足を止めざるを得なくなった彼女は、不思議そうにミスターKを見る。

 

「こうすけ、何?」

「エミリー、その本棚はやめとけ。多分見ると恥ずかしいことになる」

「?」

「おや、よく分かりましたね」

 

 確かに、グラント博士が見ようとしていた棚はいわゆるR-18な同人を集めた棚です。

 

 グラント博士はなんとなく想像がついたのか、顔を赤くました。名前呼びされたこともありますね。

 

 見てもいないのに言い当てたことに感心していると、彼は肩をすくめました。

 

「他の棚に比べて、歪みが少ないからな。となると軽い部類のものが入ってる。んで一番奥って位置を考えると、もしかしたらってさ」

「流石はミスターK。その慧眼、恐れ入ります」

 

 頼もしげに微笑みかけると、彼は微妙そうな顔をした。

 

 ミスターK、と呼ぶと決まって同じ顔をすることが、仮面が無いので理解できている。

 

 本当に呼ばれるのが嫌なのですね、と少し後悔しつつ、私は一つの棚の布を取り払った。

 

 そこにも例に漏れずさまざまな書物が収められており、私はある一冊に指をかけた。

 

「…………」

「……?」

 

 チラ、と後ろを見る。

 

 ミスターKとグラント博士が不思議そうにこちらを見ているのを確認して、私は手を引く。

 

 『チュパカブラ大全』がこちらに引き出され、カチリと音が鳴った。

 

 すると本棚自体がこちらにスライドし、一回転すると裏にあった銃火器が顔を見せた。

 

「隠し本棚? また無駄に本格的な……」

「な、何これ……」

「ふふ、驚いていますね? ですがまだです、まだ終わりませんよ」

 

 得意げな顔をしつつ部屋の中を移動し、ベッド脇の電気スタンドの傘をクイッと捻る。

 

 するとベッド後部が跳ね上がり、そこからまた別の武器が晒された。

 

「どうです? 休日のほとんどを費やし、夏と冬の特別手当を投げ打って作り上げた我が隠し武器庫は」

「なんてこった……。ヴァネッサさん、あんた、相当できるな」

 

 天井を仰ぎ見たミスターKがニヤリと、初めて楽しそうに笑いました。

 

 やはり日本人にはこのセンスがわかるようです。彼に歩み寄り、ガッシリ握手を交わします。

 

 少し距離が縮まった実感を覚えつつも、私は早速荷物を纏めていきます。

 

「…………(チラチラ、そわそわ)」

「エミリー。思春期なのはわかるけど、やめとこうな」

「にゃっ、にゃにをっ!? わ、わたしはただ、ジャパニーズ文化が気になってるだけで、違うからね!?」

「いやほら、日本には知らなくていい文化ってのもあるから」

 

 リュックに選別した武器を入れているうちに、ふと気になって後ろに振り返る。

 

「そういえば、ミスターK。貴方の方は大丈夫なのですか? 弓矢では何かと不便かと思われますが……なんでしたら、私のコレクションを使いますか?」

「んにゃ。俺の方はこのあと寄るから平気だ……てか、銃持ってても仕方がないし」

「? そうですか」

 

 この程度は弓矢で十分、ということでしょうか。相当な自信ですね。

 

 

 

 

 

 ……これは後から聞いた話ですが、そもそも彼は銃を使えなかったそうです。

 

 

 

 

 

 前に撃とうとしたらトラウマレベルで酷い目にあった、と非常に苦い顔で語りました。

 

 それでも仕事の際手段は多い方がいいと、苦肉の策で弓矢を習熟したのだとか。

 

 

 

 

 

 まだまだ、私は彼のことを知らなかったのです。

 

 

 

 

 

 




中二すぎるネーミングがボロボロボロ。


読んでいただき、ありがとうございます。


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永焔の竈門

厨二注意!


楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 ヴァネッサさんの用意を済ませた後、今度は俺の〝武器庫〟へ向かった。

 

 

 

 この一年、世界中仕事を共にした相棒を駆り、まだ人の少ない道を独走する。

 

 風が体を撫で、突き進む感覚が心地良い。

 

 異世界で南雲がバイクを愛用した気持ちが、今の俺にはよくわかる。

 

 なお道筋は、ハンドルの真ん中にセットした端末に表示されたものに従っていた。

 

「こうすけ、貴方の隠れ家はまだ遠いのー?」

「さあ、なんとも言えねー」

 

 存在の秘匿とボスの趣味によって、ホテル然り治療所然り、今の目的地も毎度入口が違う。

 

 その為、利用を申し出て送られてくる座標にまで赴くしかない。

 

 大概は現在位置から近い場所に出してくれるけど。

 

「まあ、残り三分の一ってところだ。もう少し待ってくれ……そこの捜査官の持ってきたコミックでも読んで」

「……私、あんまり日本語読めないんだけど」

「ご安心ください、英訳版です」

 

 キランとドヤ顔するヴァネッサさん。

 

 この女、バイブルとして日本の漫画をスーツやリュックに詰め込んできた。

 

 ドスを雑誌で防ぐ戦法じゃねえけど、どうかと思う。エミリーも追いかけ回してたし。

 

「遠慮しとくわ」

「残念です」

 

 すごすごとリュックにコミックを戻した。なんだろうこの残念感。

 

「で、準備が整ったらまずはエミリーの両親を保護、その後で本格的に調査って流れでいいんだな?」

「はい、その通りです。彼らは確実にウィークポイントになりますから」

 

 マフラーからの音に負けないよう、声を大きく会話をする。

 

 都心から遠く離れた街に住むエミリーの家族。謎の組織にせよ保安局にせよ、彼らの身を確保しない理由はない。

 

 車でも半日の距離って話だ。特別製のこのバイクでもそれなりに時間を要するだろう。

 

「ちょっとスピード上げるぞ!」

 

 ハンドルを回し、俺は相棒を加速させた。

 

 

 

 

 しばらく移動し、マップのポイントまでの距離は狭まっていく。

 

 十分ほどで到着したのでバイクを停止させ、エンジンを切った。

 

「着いたぞ」

「え……?」

「ここ、ですか?」

 

 バイクを降りた二人は、俺の見る方向を向いて懸念な顔をする。

 

 そりゃそうだろう。

 

 だって俺達の前にあるのは、なんの変哲もない、ちょっとオシャレめなテーラーなのだから。

 

 困惑する二人を引き連れて中に入れば、扉に備え付けられたベルが鳴って来客を知らせる。

 

 二人が興味深そうに店内を観察している間に、女性店員がやってきた。

 

「お待ちしておりました。本日は新しく誂えると伺いましたが……」

 

 ヴァネッサさんとエミリーを一瞥した彼女に、俺は頷く。

 

「ああ。ツーピースのダブルで、色はブラック……それと、()()()()()()()()()()()()()()()()

「かしこまりました」

 

 恭しく頭を下げた店員は、こちらへと手で試着室を示す。

 

 二人を促して彼女の先導について行く。

 

 開かれた扉の中には大きな全身鏡と、壁には服をかけておくフック、荷物を入れる小箱。

 

「用意してきますので、お待ちください」

「ありがとう」

 

 軽くお辞儀をし、店員は扉を閉めた。

 

 後には俺達三人が残される。部屋はかなり広いので窮屈さはない。

 

 突然放り出されたことにエミリーは不安げにし、ヴァネッサさんも目を細めて壁や天井を見る。

 

 俺はただ、じっと待った。

 

 

 

 

 

 二十秒も経過したろうか。

 

 突如、甲高い音を立て、鏡面に水の波紋のようなものが現れた。

 

 咄嗟にヴァネッサがエミリーを背中に庇い、そうしているうちに鏡は赤く変色する。

 

 波紋が落ち着くと、そこには炎の門かと見紛う真っ赤な〝境界〟があった。

 

「これは……!?」

「なに!? なんなの!?」

「行くぞー」

 

 躊躇なくその境界へ足を踏み出す。

 

 静止する動きを見せていたヴァネッサが、飲み込まれるように鏡へ入った俺に息を呑むのが聞こえた。

 

 一種のゲートとなっている鏡を越えると、目の前には古めかしい作りのドアが一つ。

 

 目で見て確かめると後ろに振り返り、二人が鏡を超えてくるまで待った。

 

 しばらくして、恐る恐る踏み込んできたヴァネッサと、その腕にがっしりと掴まったエミリーがやってくる。

 

 二人はこちら側に別の世界があるのを見て、心底驚いた顔をした。

 

「不思議初体験、だな」

「ミスターK……貴方は、いったい……」

 

 呆然としているヴァネッサへふっと香ばしく笑い、俺は前を向いて扉をノックする。

 

 返事を待たず、というか返ってきた試しがないのでノブに手をかけ、奥へ押し開き──

 

 

 

 

 

「ヒャッハァー! 死にやがれ!」

 

 

 

 

 

 直後、ズドンッ! と喧しい音を立ててなんか飛んできた。

 

 反射的に体が動き出す。一瞬で腰の後ろに手を回し、逆手にブラックナイフを引き抜いた。

 

「ふっ!」

 

 正確に見定め、その物体を一撃で断ち切る。

 

 が、直前に物体は軌道を変えた。まるで自分からそうしたように俺の後ろを取る。

 

 すぐさま対応し、実はもう一本背中に仕込んでいたナイフを抜いて投擲。

 

 するとまたもスレスレで下にズレ、更には加速して突っ込んできた。

 

「狂人憑依、〝山の翁(ハサン)〟」

 

 伝説の教団の暗殺者をここに。

 

 軽くなった片足で地面を蹴り、空中で逆さになりながら回転してナイフを薙ぎ払う。

 

 今度こそ物体は真っ二つになり、左右に分かれて部屋の中に飛んでった。

 

 着地と同時、小爆発音。何か壊れたなこれ。

 

「ハッハァ! 流石は〝影淵の牙(アビス)〟! こいつをあっさり斬るとはやるじゃねえか!」

 

 部屋の奥から声が聞こえた。

 

 我ながら気だるい顔になりつつ振り返ると、下手人がショットガンのような武器を下ろす。

 

 近くにあった椅子に振り上げた細足を叩きつけるように乗せ、そこに肘をつき。

 

 赤みがかった短い銀髪を揺らして、あえて未成熟にした美貌に獣のような笑みを浮かべるのだ。

 

「てめぇ、毎度俺で新しい武器の実験すんのやめやがれ! 付き合わされるこっちの身の安全を考慮してくれませんかねぇ!?」

「あん? そりゃどこの常識だ? 新しい作品を試せそうな相手がいたら、とりあえずブッ放すのがウチらの常識だろうが」

「どこの世紀末だ! ええい、あの魔神様の厄介なところ受け継ぎやがって!」

「テメェ今なんつったコラ! 師匠の悪口はいくら〝影淵の牙(アビス)〟といえど許さねえぞ!」

「そういう血気盛んなとこがそっくりだっつってんだよ、この物作りバカ使徒!」

 

 ったく、これだからあんまり来たくねえんだよ! 性格ぶっ壊れてるし! 

 

 ギャイギャイと言い争いしていたが、ふと第三者がいることを思い出す。

 

 恐る恐る振り返ると……二人はもう、すんごい反応してた。

 

 ヴァネッサさんは見たことないような顔してるし、エミリーはカリ◯マガードしてる。

 

「うぅっ、なんなのっ、ほんとになんなのよぉっ」

「………………ミスター、K。その方は?」

「うん、そうだよね。これが普通の反応だよね。対応できて当然、みたいな顔するうちの身内がおかしいんだよね」

 

 むしろ嬉々としてアイデア共有するからね、あの野郎。

 

 いつかラナの愛を勝ち取った時みたいに一撃浴びせてやる。

 

「なんだ、客がいたのかよ。それならそうと言えよ」

「俺も客だけどな? つかあっちから知らせ入ってんだろ」

「テメェが来たってとこで切った」

「よし、お前ちょっとそこに正座しろ。今日という今日は説教だ!」

 

 っと、そうじゃない。いや説教はすごぉくしたいけども。

 

 とりあえず、俺は二人に向けてこのイカれた使徒を紹介した。

 

「あー、紹介する。こいつはうちの組織の一つを取り仕切ってるやつで……」

 

 視線を向けると、あいつはまた笑う。

 

 完成し切っていない美貌にアンバランスな、不敵な笑みだ。

 

 そうして作業衣に包まれた平らな胸を張り、名乗りを上げた。

 

 

 

「ウチはジア! 〝赤熱の六(クラフター)〟のジアだ! この〝永焔の竈門(ゴブニュ)〟を仕切ってる! よろしくな、人間ども!」

 

 

 

 なんともマトモじゃない、そんな自己紹介を。

 

「で? 何の用だ?」

 

 挨拶もそこそこに、ジアが聞いてくる。

 

 かなり短気なので、さっさと言わないと次の弾撃つぞコラと言わんばかりだ。

 

「装備が欲しい。スーツと、道具だ。できれば矢の補充も」

「あいよ。ちょっと待ってな」

 

 武器の話になった途端、楽しげな顔に戻ったジアは部屋の奥に消えていった。

 

 喧しいのがいなくなると、途端に部屋の中が静かになる。

 

 様々な器具や、壁に飾り付けられた銃からナイフ、刀に到るまで、豊富な種類の武器。

 

 竈門や散らかった作業台、積み重ねられた何かの入っている木箱が不思議な雰囲気を作る。

 

 あ、なんか黒焦げてる壁とか粉砕してるテーブルはスルーで。

 

「……非常にユニークなお知り合いですね」

「素直に頭おかしいって言っていいですよ」

 

 マジでおかしいからあいつ。〝七つ牙〟の中でもぶっちぎりの類だし。

 

 なんせ、「武器職人(スミス)つったらドワーフだろ」なんて理由でわざと体をああしたくらいだ。

 

 その意見にはちょっと心疼くものがあるが、だからといってあのマッドさはどうにかならないのか。

 

「それにあの見た目……やはり日本人はロリk」

「いたって普通に大人の女性が好みだ。そうじゃなくてもあれはお断りだ!」

 

 むしろ誰があれを好きになるんだよ。いたらそいつは勇者だよ。

 

 あ、勇者っていえば天之河元気にしてんのかな。この前、悪魔を復活させたとか聞いたけど。

 

 

 

 

 ボケーっと考えていると、エミリーが立ち上がった。

 

 カリス◯ガードを解除した彼女は、こちらを見て口元をもにゅもにゅさせる。

 

「……その。こうすけって、どれくらい年下の女の子なら平気なの?」

「おいコラエミリー、意味によっては後でOHANASHIするがどういう意図の質問だ」

「あっ、いや、そういう意味じゃなくてっ」

 

 何か弁明しようとした言葉を聞こうと、耳を傾けた時。

 

 スコンッといい音を立てて後頭部に何かが当たる。

 

 エミリーと二人で下を見ると、悲しげに転がるエナドリ缶が一本。

 

 胡乱げな目つきで振り返れば、両手に何かを持ったジアが足を振り上げていた。

 

「おら、持ってきたぞ」

「普通に声かけろよ」

「うっせ。てかそれ捨てといてくれ」

 

 部屋の隅に視線をよこせば、そこにはエナドリ缶が溢れ出たゴミ箱が一つ。

 

 全部見覚えのあるやつだった。てか、治療所の談話室で冷蔵庫に詰まってたやつだった。

 

「お前、この量は……」

「っこらせ。そのシリーズ、気に入っててよぉ。よくぶっ倒れて運び込まれるからリュールんとこにも置いてんだ」

「あれお前かよ! 没収だ没収! 他はどこに保管してる、全部南雲あたりに送りつけてやる!」

「その師匠からもらったんだよ」

「南雲ぉおおおぉっ!」

 

 なんで治療所があると思ってんだ! 運び込まれても意味がないじゃねえか! 

 

 バカ使徒とエナドリ愛飲一家の息子に心底呆れつつ、缶を投げ入れて作業台に歩み寄る。

 

 そこに黒塗りのケースを置いたジアは、手をかけてニヤリと笑いかけてきた。

 

「さあさあ、とくとご覧あれ。ウチのイチオシの逸品揃いだ」

 

 一息に開けられたケース。そこには様々な武装が詰まっていた。

 

 投げナイフの収められたホルスター、球型の手榴弾、SFチックな小型ディスク、etcetc……

 

「そっちは魔力を繋げると、投げても自在に操れるナイフだ。こっちが奪視グレネード、食らわせた相手の網膜を焼き焦がす。これは即席型の地雷ディスクと感電ディスクな。赤と青で分けてるから間違えんなよ」

「わかった」

「これは、凄まじいオーバーテクノロジーですね……」

「わー、すごい……」

「おっ、なんだあんたら。いいリアクションすんな」

 

 気分を上げたらしいジアはふふん、と得意げな顔をする。ちょっとイラッとした。

 

「これは新素材の金属糸、補助に使える。お得意のナイフとでも併用しな。そのボトルの中身は密偵用の小型ドロイド」

「はいよ。んで、こっちは?」

 

 スポンジに嵌った、メダル状のものを手に取る。

 

 九の蛇と、その中心に紫の蛇が彫刻されてい流それを見つめていると、ジアは指を胸に当てる。

 

 少し考えて察し、自分の胸に押しつけて魔力を流してみた。

 

 

 

 

 すると、驚くべきことにメダルから黒い物体が全身に広がった。

 

 液体とも個体とも言えないそれは、首から下の全てを覆い尽くし、固定化すると形を取っていく。

 

 そして、細かくデザインされた黒いスーツへと変身した。

 

「うおぉっ、なんだこれ!?」

「これはっ! ジャパニーズヒーローの早着替えですね!?」

「まるで映画みたいっ!」

「それは新開発、流体スーツだ。今までのちんたら着替える旧式より楽だし、消音性能と能力補助性能が良い」

「すっげぇな、マジSFじゃん!」

「へへっ。この前〝調査〟が完了した()()()の技術提供を受けた、自慢の品だぜ」

 

 鼻高々って感じだ。

 

 なんでもAIに支配されてたディストピアで〜、と説明するジアに頷く。

 

 ヴァネッサは言わずもがな、あのエミリーでさえ心躍るのかその話に聞き入っていた。

 

「っと、話しすぎちまったな。てか影淵の牙(アビス)、こいつらに聞かせていいのか?」

「ボスからの依頼だ、保護しろってさ」

「ほーん、どうせ後々はってか。あ、これ新しい矢筒な」

 

 どっから取り出したのか、ズドンと重々しい音を立てて長方形の箱が置かれる。

 

 南雲みたいに〝宝物庫〟から直接装填、なんて離れ業をできない俺用に開発されたアーティファクトだ。

 

爆弾矢(ボムアロー)催眠矢(ヒプノアロー)、その他諸々だ。あとで確認しろ」

「何から何まで悪いな」

「それがウチの仕事だ、むしろジャンジャン買え。んで金落とせ」

「また美味い店でも見つけて教えてやるから、ぼったくんな」

「チッ、食えねえやつ」

 

 どっちがだ、と言い返しながら端末を差し出す。

 

 同じ端末を取り出したジアが俺のと重ねると、画面が自動で操作されていく。

 

 程なくして、軽快な音を立てた。

 

「まいどあり。ウチのガキ達、ちゃんと使いこなせよ」

「せいぜい期待に応えるよ」

「あんたらも、ご入用の際にはウチの店をよろしく!」

「ええ、是非とも!」

「え、ええと、機会があったら?」

 

 商魂逞しいやつだなぁ。

 

 スーツを解除してケースに戻し、矢筒と一緒に持つと礼を言って踵を返す。

 

 来た時とは逆の手順でテーラーに戻って試着室を出ると、店員が待ち構えていた。

 

「お疲れ様でございます」

「あざます」

 

 店内を見て、ふとあることを思いついた。

 

「そうだ。ヴァネッサさん、どうせだからスーツ一着買ってったらどうですか? 結構傷んでるだろうし、俺が出すからさ」

「ですが、悪いのでは……」

「いや……」

 

 俺は、元に戻った鏡を一瞥して。

 

「色々驚かせた詫びをしないと、俺が落ち着かない」

 

 

 

 

 これでも小市民なんだ。人に迷惑かけてはい終わりじゃ罪悪感が、ね。

 

 

 

 

 




これで四人目。他の神代魔法の使い手も全てのアフターで登場し切る予定です。


読んでいただき、ありがとうございます。


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映画の諜報機関はだいたいクロ 1

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 太陽が西に傾き、体を撫でる風がだんだんと冷たくなってきた。

 

 

 

 まっすぐ伸びる街道を見据え、エミリーの故郷へ向かいバイクを走らせる。

 

 もう数時間も走らせ続けているが、特別にチューンナップされた相棒は俺に疲労を感じさせない。

 

 シートもパーツも最高品質、揺れも全くない。それはサイドカーというオプションがついていも。

 

 当然といえば当然だろう。

 

 だってこれ、南雲からもらった改良版魔力駆動二輪だもん。舗装機能もついてるもん。

 

 ちなみに名前は〝深淵黑機馬(アビスウォーカー)〟だ。名付けた時の自分を殺したい。

 

「はむ、はむ」

「ズズー」

 

 天井を展開したサイドカーの中では、エミリーとヴァネッサさんが食事をしている。

 

 途中で寄った、某有名店のバーガーとフライドポテトだ。日本のよりちょっと美味かった。

 

「二人とも、気持ち悪くなってたりしないか?」

「ええ、実に快適です。このバイク、どこで購入できますか?」

「ごめん、ワンオフ品なんだ。頼めば金次第で作ってくれると思うけど」

「ほほう、つまり可能性はゼロではないのですね。ふふ……その時は手裏剣と撒菱を発射する機構を…………」

「…………」

 

 薄々思ってたけど、この人やっぱ重度なオタクだよなぁ。

 

 なんだろう、最初の頃の頼もしいイメージが崩れてきてる。

 

 エミリーを命懸けで守ってた時は、クールなのに義理に厚い捜査官だったのに……

 

 

 

 

 何やら企んでいるSOUSAKANを呆れて見ていると、ふとエミリーが視界に入る。

 

 彼女はフライドポテトを咀嚼しながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 

「エミリーは、大丈夫?」

「え? ああ、平気よ」

 

 振り返った彼女の表情は普通に見えたが、どこか暗いようにも思えた。

 

 そう思ったのは俺だけではないようで、ヴァネッサもサイドカー内で後ろから語りかける。

 

「グラント博士。その時は早めに言ってくださいね、我々に遠慮することはありません、限界というのは自分で思っているよりも早く訪れるのです」

「? なんのこと?」

 

 それはもちろん、と真剣な表情で続けるヴァネッサさん。

 

 彼女の表情は、色々と経験したエミリーを慮るような色も混じっていて……

 

「貴女の膀胱のことです」

「なんの心配してんのよ!?」

 

 ごめんエミリー、正直俺もちょっと考えた。口には出さないけど。

 

「貴女は既にラージサイズのコークと、途中休憩に立ち寄った売店でもインスタントコーヒーを飲んでいます。私は貴女が、新たに恥ずかしい思い出を作らないか心配なのです」

「そそそそ、それはっ」

「……エミリー。いざとなればそのサイドカー、壁代わりになるから」

「変な気遣いしないで!? 余計に恥ずかしいからっ!」

 

 どうやらまたミスったらしい。思春期の年下の女の子ってどう接すりゃいいんだ。

 

 我らがハーレム王南雲様、あるいは色々知ってるボス様。どうか俺に知恵を授けてくれ。

 

 ……ダメだ、青筋立ててレールガンぶっ放される予想とエミリーに嘘吹き込む予想しかできない。

 

 なんでうちのビッグ2はどっちもマトモじゃないのか。

 

「私はただ、帰ってきたなぁって思ってただけよ! もうこの辺りは見覚えがあるし!」

「ああ、そういうことでしたか。よもや放尿の快楽に目覚めたのかと……」

「あんた、バーガーの包み紙口の中にぶち込むわよ!?」

 

 うん、まあ、そのSOUSAKANは一回黙らせたほうがいいと思う。俺は賛成。

 

 いきり立っていたエミリーは、ふと表情から羞恥と怒りを消すと暗いものを浮かべる。

 

「でも、前はお土産話が沢山あったけど、今回は……」

「……グラント博士」

 

 ……どうやら、郷愁に浸り始めたことで嫌なことも考えちまったらしい。

 

 その境遇を思えば、下手に言葉をかけることもできない。ボスの口八丁が羨ましかった。

 

 運転に問題がない範囲で目線を向けていると、それに気付いたエミリーが儚い微笑を浮かべる。

 

「心配しないで、私は大丈夫だから」

「膀胱の方も大丈夫だといいのですが」

「「お前もう黙れ」」

 

 ここぞってタイミングで挟んでくるんじゃないよ。解せぬって顔もすんな。

 

 もう敬称つけなくていいや、今後はヴァネッサって呼ぼう。

 

 こいつは捜査官じゃない、SOUSAKANだ。

 

 

 

 

 ヴァネッサを黙らせてからしばらく、周囲の景色が変わりだした。

 

 町に入ったのだ。高層建築が散見されるが、全体的にレトロで美しい街並みに目を奪われる。

 

「いい町だな」

「ふふん、そうでしょ。あ、このまま中心を突っ切って北に向かって。しばらくしたら川が見えてくるわ。近くには美味しいパイを出す店もあるの。可愛い看板があるから、すぐにわかると思うわ」

「了解」

 

 レンガ造りとガラス張りの建物が交差する、新旧入り混じった町の中をやや減速して進む。

 

 夕暮れの中でよく映える、道ゆく人の穏やかな笑顔と笑い声に自然と優しい気持ちになったからかもしれない。

 

 きっと住んだら居心地がいいんだろうなー、と思いながらも、警戒は忘れない。

 

 待ち伏せされていてもおかしくはないのだ。

 

「おっ、このあたりは家が全部似てるな」

「郊外だから」

 

 北へ行くにつれ、自然の増加と共に家の様式もステレオに傾いていく。

 

「あっ! あそこよ。あの、白いバンが停まっている家! 明かりがついてるわ。明かりがついてるわ。お父さん達、家にいるみたい」

 

 結局、そうエミリーが明るい声で言うまで何も起こることはなかった。

 

 言われた家は他と同じくレンガ造りで、白バンの隣には青い自動車も停まっている。

 

 なんとなしに、俺は家に意識を集中して──

 

「…………」

「? こうすけ、なんでバイクを停めるの?」

「ミスターK?」

 

 二人の言葉に構わず、道の端にバイクを停める。

 

 魔力供給を切り、キーを外してバイク側の回路も閉じるとメットを脱いで降りた。

 

 それから座席を外し、中に収納してあった道具の一つを取り出す。

 

「それは、先ほどあの店で購入していた……」

「こうすけ、どうしたの? 顔が怖いわよ?」

「……ちょっとな」

 

 円筒の上部を手で引くと、内部が引き出されて露わになる。

 

 中には規則正しく六角形の黒い物体が収納されており、中心には丸い窪みがある。

 

 そのいくつかに指を添え、魔力を流し込んだ。

 

 

 

 キュィッ! 

 

 

 

 動力を注入されたアーティファクトは、甲高い音を立て起動する。

 

 マークに光が宿り、六つの足を展開して穴から這い出すと俺の腕を伝って地面に落ちていく。

 

「きゃっ! 何それ、虫?」

「これは……もしや、小型のロボットですか?」

「正確には違うんだけどな」

 

 南雲のアラクネを、ジアが独自に模倣したものだ。

 

 その黒蜘蛛達は素早い動きで地面を走っていき、瞬く間にエミリーの生家に到達する。

 

 中に潜入したのを見届けたところで、俺は端末を取り出すと筒に近づけて魔力を繋げた。

 

 自動で画面が点灯する。そして液晶に四つの映像が分割表示された。

 

「先ほどのロボット達からの映像ですか」

「ああ。って、近いな」

「ちょっと、なんで私の家をあんなもので調べてるのよ」

「うわっ」

 

 二人とも左右から覗き込んできた。頬がくっつきそうなんだけど近い近いいい匂い! 

 

 内心のテンパりをどうにか抑えながらも、黒蜘蛛達からの映像をじっと見つめる。

 

 

 

 

 小さな体を巧みに使い、彼らは家中を探索する。

 

 リビング、バスルーム、トイレ、キッチン、洗面所、夫婦のものだろう寝室、エミリーの個室。

 

 廊下や一階に確かに電気はついているが、しかしそのどこにも……エミリーの家族はいなかった。

 

「う、そ……どうして……」

「……これは、先を越されたということでしょうか」

「一体は玄関扉から入った。鍵のかかっていない扉から、な」

 

 明かりのついた、鍵のかかっていない無人の家。

 

 いくら郊外といえど、防犯上ありえない不自然さは、ある一つの結論を俺達に教える。

 

 すなわち、もう手遅れだったのだと。

 

「嘘、嘘よ……そんなのありえない!」

「エミリーっ!」

 

 隣から走り出そうとした彼女を、大きな声で制止する。

 

 ビクンと体を揺らしたエミリーは、油の切れた機械のような動きでこちらに振り返り、青白い顔を見せた。

 

「下手に動くな。今、トラップを仕掛けられてないか調査中だ」

「でもっ、でもお父さん達が!」

「一旦落ち着け。もしこれで、家に踏み入った途端に睡眠ガスでも食らったらおしまいだぞ」

 

 自分が捕まる、という最悪の結果を想像したのか、エミリーは顔色をより一層悪くする。

 

 今のところ、周囲や家内に気配はない。が、用心に用心を重ねることは無意味じゃないはずだ。

 

 良心が痛むが、それを押さえつけて黒蜘蛛達からの情報を待った。

 

 

 

 

 数分ほど探索を続けた黒蜘蛛達は、やがて戻ってきた。

 

 画面の中でどこかの窓を四体全てで開け、同時に家の天窓が内側から勝手に開く。

 

 そこから、〝黒い何か〟を運び出した黒蜘蛛達は、街路樹や電線を伝ってこちらに来る。

 

 手を伸ばすと、そこに黒い何かをぽとりと落としてから彼らも降りてきた。

 

「ご苦労さん」

 

 

 

 キュィッ! 

 

 

 

 

 人工知能とかはないはずなのに、敬礼するように前右脚を上げた黒蜘蛛はポッドに戻る。

 

 用済みになった端末を尻のポケットに押し込み、俺は黒い何かを見た。

 

「タブレット、か……」

「……私宛ですね」

 

 iP○dサイズのディスプレイには、英字でヴァネッサのフルネームが表示されている。

 

 どう考えても、彼女を知らないエミリーの家族が残したものじゃない。

 

 第三者の存在を証明するそれに、いよいよ顔を白くしたエミリーがふらりとよろけた。

 

 とっさに片手で支える。

 

「平気か?」

「こう、すけ……お父さんが、お母さんが……それに、おばあちゃんも……」

「…………」

 

 縋るように、ジャケットの裾を掴む小さな手。

 

 心が締め付けられる。だがこの怒りとやるせなさは、彼女にぶつけるものじゃない。

 

 俺はヴァネッサに向き直り、タブレットを差し出した。

 

 頷いた彼女は端末を受け取り、俺達に画面が見えるようにしてディスプレイをタップする。

 

 

 

 

 すると、どこかの部屋が映し出された。

 

 布製のソファーと木製のテーブル、それ以外はない、いたって普通の部屋。

 

 それを注視していると、部屋の端にあった扉が開いた。そこから複数の人間が入ってくる。

 

 最初に写り込んだのは、車椅子と、それに座る老女。

 

 次にその車椅子を押す気弱そうな中年男性と、彼の腕を掴んで不安げに視線を右往左往させる同じ年頃の女性。

 

「っ、おばあちゃんっ、お父さんっ、お母さんっ」

 

 やはりか。

 

 悲鳴を上げるエミリーの肩に添える手の力を少し強めながら、画面を睨みつける。

 

 何が何だかわからない、という家族の映像は途切れ、代わりに時刻と航空写真のマップが表示された。

 

「ここは……どうやら倉庫街のようですね。ふざけたことを」

「……俺のミスだ」

 

 俺が、もっと速く移動していれば。万全の準備でなくともすぐに動いていれば。

 

 様々な後悔が脳裏を巡る。あと一歩が届かないもどかしさが心を逆撫でした。

 

「また、またなの……?」

「っ」

「また、私は何もできずに、ただ失って…………」

 

 ハッとした。

 

 腕の中を見る。そこには今にも泣き出しそうな、恐怖と絶望に苛まれた少女がいた。

 

 大切な人を失う苦しみを一度知ってしまったら、二度目はより強くなってしまうのだろう。

 

 自分をひっぱたきたい気分だ。こんな子がいるのに、何を悲劇のヒーローぶってるんだか。

 

「エミリー、まだ間に合う」

「っ、こうす、け……」

「争った形跡もないし、ご家族は怪我もしてない。それはエミリーの協力を強制させる為の、大事な脅迫材料だからだ。だから、そう簡単に手を出したりはしない」

 

 人質は生きているからこそ、そして無事であればあるほど価値がある。

 

 あっちもエミリーに、絶望のあまり自殺でもされたらたまったもんじゃないだろうから、これ以上は何もしない。

 

 そう説明すれば、パニックを起こしかけていたエミリーの目に段々と落ち着きが戻ってきた。

 

「大事なのは、君が挫けないことだ」

「私が……」

「君はもう、託されて、一人残される苦しみを知っている。それなのに、こんなところで挫けていいのか?」

「っ、いや! 絶対にいやっ!」

 

 激しく首を振るエミリーに、「それでこそだ」と微笑んでみせる。

 

 そうすると、ある一つの言葉をふと思い出して口にした。

 

「〝一の恐怖には十の勇気で打ち砕け〟。うちのボスの受け売りだ。もうエミリーは、その勇気を持ってるだろう?」

「……ええ。私は、絶対にやり遂げる。みんなの無念を晴らすことも、家族のことも諦めない!」

「よし、それだけ言えれば十分だ」

 

 などと、カッコつけた顔を作ってみる。

 

 正確には〝一の恐怖には十の絶望で陥れろ〟なんだけど、あれだ、必要な嘘ってやつだ。

 

 改めて考えると、マジおっかねえなうちのボス。身内で良かったと常々思う。

 

「……空気を読んで黙っているべきか。〝私を忘れないでプリーズぅ〟と言うべきか。迷いますね」

「え」

「へっ、あっ!?」

 

 気がつけば、吐息が感じられるほどの距離にいたエミリーが腕の中から飛び出した。

 

 まさに猫の如き俊敏さで俺から離れた彼女は、真っ赤な顔で俺のことをチラチラ見てくる。

 

 ……これは励ましただけで、浮気とかじゃないから。絶対に。

 

「それで、どうします?」

「そりゃ、決まってんだろ」

 

 問いかけてきたヴァネッサに、今度は獰猛に笑い。

 

 

 

 

「ぶっ潰す」

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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映画の諜報機関はだいたいクロ 2

今回はクソ長くなりました。


まあ、仕方ないよね。だってアビスゲート卿だもの。


楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 闇夜の中、月光だけが煌々と輝く倉庫街。

 

 

 

 その陰に溶け込むような、サイドカーを付随させた黒塗りのバイクが進む。

 

 ヘッドライトだけが唯一、その行く先を照らしていた。

 

 運転手は、四方を高い建物に囲まれた場所へ慎重そうに侵入していった。

 

 やがて、白光が黒塗りの自動車を浮き彫りにする。

 

 封鎖された空間の入り口付近でバイクが止まると、サイドカーからヴァネッサとエミリーが降りる。

 

 そして、バイクのライトを切らずに、本体から影法師のような人物が地に両足をつけた。

 

 彼らを捉えるかのように、自動車のヘッドライトが点灯する。ヴァネッサが警戒に目を細めた。

 

 エミリーが影法師の腕をキュッと掴む中、後部座せのドアが開いて中から人が出てくる。

 

 最初は逆光で見えなかったが……ヴァネッサには、そのシルエットだけで十分だった。

 

 

 

(ああ、これは……キンバリーの方が、まだマシでしたね)

 

 

 

 逆光から、カツカツとヒールを鳴らして姿を見せるその人物。

 

 輪郭が、その顔がはっきりとし──その老女は、ヴァネッサへ冷たく告げるのだ。

 

「随分と手間をかけさせてくれたわね、パラディ捜査官。本来なら懲戒免職ものよ?」

 

 国家保安局局長、シャロン=マグダネス。

 

 ヴァネッサが最も敵に回したくなかった人物の登場に狼狽え、困惑するエミリーに彼女は目を向ける。

 

「初めまして、グラント博士。私は国家保安局の局長を務めているシャロン=マグダネス。貴女を安全な場所へ保護するわ。さあ。こちらへ」

 

 自分の言うことが絶対であるかのように、強い口調でシャロンが語る。

 

 それは促しているようで、強制的な意味が込められていた。

 

 助長するように、車から分析官アレン=パーカーと捜査官が一人降りてきて。

 

 エミリーは、そんな彼女らをキッと睨み据える。

 

「何が保護よっ! 私の家族を誘拐しておいて、よくもぬけぬけとっ」

「どうやら、貴女は大きな勘違いをしているようね。私達はグラント家の皆さんを保護したのであって、決して〝誘拐〟などではないわ。保安局の名に賭けてね」

 

 いかにも困ったように、()()()()()()()()に隠れるようにして睨むエミリーにシャロンは諭す。

 

 駄々をこねる子どもを説得するように、キンバリーの裏にいる組織に先を越される前に保護したことなどを語り出した。

 

 ヴァネッサにしか反応しないタブレットの設置、保護プログラム適用による親近者の保護……明朗な口調で、それを告げる。

 

 

 

(……東、六。西、八。北に十。後ろに八か)

 

 

 

「で、でも……」

 

 次々と並べ立てられる正当な根拠に、勢いを潰されて口ごもるエミリー。

 

 言いくるめられると直感したヴァネッサが、一歩彼女の前に歩み出た。

 

「局長。質問をよろしいでしょうか」

「控えなさい、パラディ捜査官。たった一人で窮地を切り抜け、ここまでグラント博士を保護した手腕は評価に値するけれど、独断専行が過ぎるわよ。ウォーレン達の襲撃を加味しても、いくらでも連絡を取れるタイミングはあったはずよ」

 

 ヴァネッサにとっては受け慣れた、バッサリと切り捨てるナイフのごとき言葉。

 

 あまりの事態に憤っているとでもいうように、いつもの数倍の眼光を放つ彼女に、しかし怯みはしない。

 

 それどころか、彼女がとった行動は驚くべきものだった。

 

「……自分が、何をしているのか、わかっているのかしら?」

「はい。これ以上ないほど。質問に答えていただけるまで、この銃口を外すことはありません」

 

 ピタリと、シャロンの頭に照準を合わせたヴァネッサにアレンが「ヒュ〜」と口笛を吹く。

 

 シャロンに負けず劣らずの目つきで睨みつける姿は、エミリーにはとても頼もしかった。

 

「クビ程度では済まないわよ」

「それでも、です」

 

 二つの視線がぶつかり合う。

 

 火花を散らす幻覚さえ見える視線の応酬は、しばらくの後にシャロンが嘆息したことで終わった。

 

 意味深なリアクションをした彼女は、一瞬複雑そうな顔を見せると視線で続きを促す。

 

 大きく反応することなくヴァネッサが口を開いた。

 

「何故、局長であるあなたがここに?」

「捜査官五名の喪失。うち一人は局で一番優秀な現場捜査官といっても過言ではないヒューズよ。そして犯人は、同じ捜査官……外部に漏れれば、メディアがどう弄ぶかは一目瞭然。それも、今世間を騒がせている【ベルセルク事件】に関連したもの……この事案は、もはや局全体で対応すべき事態にまで膨れ上がっているの」

「だから、貴女が表に出てきてもおかしくはないと?」

「当然でしょう。内部に、どれだけウォーレンのように息のかかった人間がいるのかわからない以上、他人に任せる危険を冒すよりよっぽど良いわ」

 

 実に正論だ。

 

 一刻を争う状況で、トップが自ら信頼して選んだ部下数名と動くというのは英断といっても良い。

 

 

 

 

 これでいいかしら? と見てくるシャロンから、しかしヴァネッサが銃口を外すことはなかった。

 

「では、もう一つ。研究棟での騒動の発端は、【ベルセルク】を盗み出そうとした何者かがキンバリーと争ったから。彼自身の報告によれば、まるで歯が立たないほどの手練れだったとか」

「……それが?」

「保安局の中でも戦闘能力の高いキンバリーをあしらえるほどの手練れを擁し、【ベルセルク】をあのタイミングで知っていて先駆けできる。なおかつ、キンバリーの背後にいるものとは別の組織。私には一つしか心当たりがありません」

「私が【ベルセルク】の奪取を指示したとでも言うのかしら?」

「違うのですか? 実際に襲撃したキンバリーは、私にその可能性を示唆しましたよ」

 

 シャロンは呆れ返ったように、大げさに天を仰いだ。

 

「まさか、裏切り者の言葉を真に受けたというの? だとすれば、貴女の捜査官としての資質を疑うわね」

「私のことはどうあれ、局長に襲撃指示の疑いがあることに違いはありません。局長、【ベルセルク】を盗むよう、指示を出したのは──貴女なのですか?」

 

 淡々と語っているように見せながらも、ヴァネッサの内心は冷や汗をかいていた。

 

 英国の一局を、数十年もの間背負ってきた女怪。状況証拠だけで何かを見破らせるほど甘くない。

 

 その恐れは現実であり、尋常でない威圧と銃口を向けられているにも関わらず、彼女は顔色一つ変えなかった。

 

 むしろ、問題児を見るような目でヴァネッサを見返してつつ答える。

 

「答えは〝NO〟よ」

「……それは本当ですか?」

「やっていないことは、悪魔の証明よ。それを示せというのなら、もはや貴女は捜査官失格ね。そもそも、どうして私がそのような回りくどいことをしなければならないのかしら?」

 

 確かに、最初から保護するつもりだったのだから、シャロンが危険を冒す必要はどこにもない。

 

 エミリーも、【ベルセルク】も、その対抗薬も、全てが手に入る。下手な手を打つ意味がないのだ。

 

 故に、根拠は状況証拠とヴァネッサの勘ただ一つ。だから動揺させてボロを出させるしかなかった。

 

 

 

(配置開始……完了までは数分ってとこか)

 

 

 

 ヴァネサは言葉に詰まる。

 

 いくら目を凝らしてもシャロンの目は揺るがない。すると段々、ヴァネッサの方が自分を疑い出した。

 

 彼女の言っていることは真実ではないか。最初の襲撃は第三の勢力ではないか……疑問が頭をめぐる。

 

「質問は終わり? なら、貴女を拘束するわ。まさか、この私に銃口を向けておいて任務を続行できるとは思っていないでしょうね?」

「っ……」

 

 シャロンが手をあげると、アレンの隣にいた捜査官が歩み出た。

 

 ヴァネッサを拘束するつもりなのだろう。エミリーは慌てて声を張り上げた。

 

「待って! ヴァネッサは私のためにやってくれただけなんです! 私をずっと守ってくれて
 ! だから──」

「グラント博士」

 

 鋭い眼光。これまで一度も向けられたことのない圧に、エミリーの喉は引き攣る。

 

「子供のわがままもいい加減にしてほしいわね。貴女をめぐるこの事件で、どれだけの犠牲が出たと思っているの?」

「それ、は……」

「天才なのでしょう? まあ、それは一つの分野に限ってということなのでしょうけど……物事の分別くらいは持っていてほしいわね。我々は、【ベルセルク】の開発者として、貴女を拘束し対抗薬を作らせる権限がある。国家の安全を脅かす事態ですからね。でも、そこに貴女のご家族を保護することまでは含まれていないのよ?」

「そんなっ。だって、ちゃんと保護してくれるって──」

「ええ、私達の善意でね」

 

 つまり、これ以上何か騒ぎたてようものならば、もう容赦はしないということだ。

 

 エミリーを拘束して対抗薬を作らせ、家族については放逐。キンバリーの組織にどうされようと関係ない。

 

 

 

 

 全ての発端であるエミリーは、従うしかないのだと。

 

 そうニコリと笑う顔は、彼女には悪魔の笑みに見えた。

 

「話は終わりよ」

 

 面倒だったと言わんばかりの顔で、シャロンが踵を返す。

 

 ヴァネッサが銃口を下げた。これ以上何もできることはないと諦めたかのように。

 

 エミリーが力無く俯く。自分は結局、わがままを叫ぶだけの子供だったと恥じるように。

 

 彼女達を確保する為、捜査官が歩み寄り──

 

 

 

 

 

「クソみたいな茶番は、終わりでいいか?」

 

 

 

 

 

 陰鬱な空気を、ナイフのような声音が切り裂いた。

 

 聞き覚えのない声に、シャロンが素早く振り返る。

 

 

 

 

 そこに、影がいた。

 

 黒いスーツで体を包み、左側に金の髑髏が彫刻された仮面とフードで完全に全身を隠した影帽子。

 

 アレンや捜査官、そして何故かヴァネッサやエミリーまでも驚いた様子で彼を見た。

 

 若干心が傷つきながらも、その影は……浩介は、仮面の奥から冷めた目でシャロンを見る。

 

「随分と脅しかけてくれるじゃないか。うちのボスは毒蛇だが、あんたも相当腹に溜め込んだ女狐だな」

 

 あからさまな挑発に、シャロンはスッと目を細めた。

 

 再び発せられた威圧からヴァネッサとエミリーを守るように、二人の前に浩介は立つ。

 

「……何者? ずっとどこかに潜んでいたようだけれど」

「いやずっといっ……まあ、それはいい。今の話題は、あんたがまだ十六の少女と、正義感溢れる捜査官を洗脳しようとしてるクソ野郎ってことだろ?」

「……洗脳?」

 

 訝しげに顔を上げたエミリーに、「そうさ」と軽蔑を滲ませた声で答える。

 

「まるで、エミリーが全ての元凶かのような言い回し。脅すような家族の所在の知らせ方。不安を煽るような言葉での思考誘導……なるほど、さすがは国のお偉いさんだ。清々しいほど厚顔無恥で笑えてくるぜ」

「貴方、一体誰に向かって物を──っ」

 

 シャロンが、言葉を止めた。

 

 不思議そうに彼女を見たアレン達や、そしてヴァネッサが、心底驚いた顔をする。

 

 シャロンが青い顔をしていたのだ。

 

 目を見開き、ポカンと開いた唇を戦慄かせ、顔色を蒼白にして、ある一点を見つめている。

 

 そう。浩介の纏う凝ったデザインのスーツ──その胸でライトに反射されて輝く、九の蛇に取り囲まれた紫蛇を。

 

 彼女はそれを知っている。また、アレンもその視線を追いかけて、全く同じ反応になった。

 

 彼も知っていたからだ。それと同じマークを刻んだ指輪を付けた、あの〝誰か〟を。

 

 知らぬうちに英国に入り込み、裏社会をたった数ヶ月で沈静化させ、あまつさえ表の世界まで侵食し。

 

 ついには政府の関連機関さえ掌握して、首相からの推薦状を携えて現れた、あの男を。

 

「勿論、エミリーに責任がないとは言わない」

「っ……」

「だが、その責任を果たすために彼女はここまでやってきた。大切な人を全て失い、なのに家族にも会えず、あまつさえ脅されて……俺も人のこと言えた立場じゃないけどよ。許せねえって思うだろ?」

「こう、すけ……」

「ヴァネッサのことだってそうだ。口封じしようって思惑がプンプンしてるぜ? 仲間を殺されて、怪我を負いながら、それでもたった一人で女の子を守ってきた部下に随分な仕打ちじゃあないか」

「……!」

 

 舞台役者のように、大袈裟な身振り手振りで演説をする浩介。

 

 声音は軽やかなようでいて──その実、全身から発する凄まじい殺気に誰も動けない。

 

 

 

 

 もっとも、本能的な恐怖に冷や汗をかいているのはシャロン達だけだ。

 

 殺意を向ける相手の選別。この技術を会得した今の浩介なら、その程度のことは容易い。

 

 そうして場を支配した浩介は、自分を呆然と見ている女に顔を向ける。

 

「ヴァネッサ」

「っ、はい」

「余計な建前やロジックはいらない。ただ、これまでずっとエミリーのために戦ってきたあんたの直感を聞かせてくれ。あんたから見て、この女狐は──どっちだ?」

 

 何も言わせないから、言ってみろ。

 

 そう言外に伝えるような言葉に、驚いたヴァネッサは一瞬視線を彷徨わせる。

 

 だが、それも一瞬のこと。

 

 覚悟を決めるように目元を引き締めた彼女は、顔を上げて宣言した。

 

「黒、だと思います」

「ブラボー。もう十分だ」

 

 よく言ったとヴァネッサの肩を軽く叩き、浩介はシャロンはゆるりと振り返る。

 

 若干、()()()()に人格が解放されつつある状態なのを無自覚である。

 

「ようやく確信したよ。今回の俺の役割……それは、エミリーを狙う組織も、あんたら保安局も、全て黙らせて彼女達を守ることだ」

「「──っ!」」

「まあそもそも、うちのボスからの依頼は二人の保護でね。最初からあんたらとはかち合うのが必然だったのさ」

 

 突然の言葉に驚いた二人は、後半のセリフを聞き逃した。

 

 対して、しっかりと聞いていたシャロンやアレンは、あることを確信する。

 

 間違いない。目の前の影を差し向けてきたのは──あの得体の知れない怪物だ! 

 

「……ヴァネッサ=パラディ」

「なんでしょうか、局長」

「貴女は……貴女は、自分がなんという怪物を引き入れたのか、理解しているの?」

 

 一度も見たことのない、恐怖に顔を引き攣らせた上司の顔にヴァネッサは面食らう。

 

 しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべると、万感の思いを込めて宣言した。

 

「ええ、分かっています。彼こそが、保安局のブラックリストにたった数年の活動で記載された凄腕の殺し屋──ミスターKです」

「……ミスターK、ですって?」

「ええ。彼がいれば キンバリーの裏にいる組織も、そして貴女にだって……」

「違うわ」

 

 はっきりと、その場に拒否が響く。

 

 得意げだったヴァネッサは、現実を否定したいがための言葉だと最初は思った。

 

 しかし、その呆れたような、あるいは畏れるような表情に、何か違和感を感じる。

 

「……どういう意味です?」

「確かに、ミスターKに連絡を取っていた貴女が誤解するのも無理はない。けれどそれは大きな間違いよ。何故なら……」

「ミスターKは保安局の暗部の人間。そうだろう?」

 

 再びの衝撃。

 

 目玉が眼窩からポロリと落ちてしまうのではないかというほど、シャロンは瞠目する。

 

 浩介は、やはり芝居がかった香ばしいポーズで言葉を続けた。

 

「察するに、保安局の人間にはさせられない仕事を請け負い、国家を脅かす存在を排除する非合法の部署というところか。ふっ、いかにもなネーミングがついていそうだよ」

「っ……なんのことかしら」

「ほう、シラを切るか。だが秘密というものは隠し通せぬものだよ。なあ──同類?」

 

 刹那、超速の早射ち。

 

 一瞬で背中から弓を取り外して展開した浩介は、()()()()()()矢を放つ。

 

 それは、ある人物の左肩を狙ったものだが──パンッ! と乾いた音に、矢は空中で破壊された。

 

 

 

 

 

 残骸がバラバラと地面に転がる。

 

 驚愕の顔でそれを見たヴァネッサとエミリーは、次に顔を上げてある方を見た。

 

「危ないなぁ。普通、人に向けて躊躇なく矢なんか射ちます?」

 

 いつの間にか、拳銃を構えたその男──分析官アレンは、へらりと笑いながら言う。

 

 ゆっくりと弓を降ろした浩介は、くつくつと仮面の奥で怪しげに笑った。

 

「ほう、防いでみせたか。だが化けの皮が剥がれたな? ()()()()K()?」

「な──ッ!?」

 

 まるで、喉に無理矢理何かを詰め込まれたような声がヴァネッサから漏れた。

 

 一見ヒョロリとしていて、全くその気を感じさせなかった分析官がミスターKだったこと。

 

 そんな人物を助手としているシャロンの、ひいては保安局の裏に闇の存在があること。

 

 何よりも、それを証明した浩介が──ミスターKではなかったこと。

 

 一気に明かされた事実の全てが、ヴァネッサを激しく困惑させた。

 

「どうして、僕がそうだと断言できるんです?」

「声。体格。骨格。呼吸の仕方に動きの癖。そして気配。顔を変えようと隠しきれないものはある。何より……我が雷の矢は、よく効いただろう?」

 

 アレンが息を呑む。

 

 あの時、電撃矢を浴びせた男達の気配と、狙撃した位置を浩介はしっかりと覚えていた。

 

 しかも、屈強な男でも一発で昏倒させられる威力に設定してあるので後遺症も残る。

 

 それは僅かな筋肉の痺れや引き攣り、肌の炎症といったものだ。到底一日では治癒しないレベルの。

 

「今我が矢を迎撃した時、お前の左腕の挙動は一瞬遅れた。それは左肩の傷の痛みから。違うか?」

「……どこを射ったのか正確に覚えていると? それを確かめるために、私に矢を?」

「然り。あの時、一人だけ異質な気配だったのでな。お前のはよく覚えておいた」

 

 戦慄するアレン。あれほど噂になる暗殺の腕を持つ彼をして、目の前の影は尋常でなく思えた。

 

「さて、保安局局長殿。これでもまだ誤魔化すか?」

「……ミスターKの存在が別にある、と口を滑らせた時点で、私のミスだったということね」

「ほう、殊勝な態度ではないか。それで?」

 

 話してみせよ、と手で示す浩介。

 

 なんだかおかしくなってきた彼に、エミリーが怪訝な目を向けた。それは正しい。

 

 深く溜息を吐いたシャロンは、忌々しげに浩介を睨むとゆっくり口を開いた。

 

「【J・D(ジョン ドゥ)機関】。保安局と情報局、国内外の不穏分子や危険人物、組織に対抗する我が国二大組織に跨って存在する、()()()()()()()よ。構成員は全てアルファベットないし、ナンバーで呼ばれるわ」

「まさに映画の中のような組織だな。ヴァネッサの言とこれまでの話から推測したが……大きな組織というのは、えてして闇があるものだ」

「……貴方が、貴方達がそれを言うの?」

 

 シャロンからすれば、まさに〝闇〟は浩介、そしてあのもう顔も思い出せない男だ。

 

 いつから存在していた? どこからやって来た? 何故あれほどの影響力を持っている? どこまでこの世界を侵している? 

 

 いくら調べようとしても、全くわからない。情報も、実態も、その片鱗すらも掴めない。

 

 まるで、晴れることのない闇を掻き分けようとするような、不安で曖昧な感覚。

 

 その尖兵が、目の前にいた。

 

「さて? 我自身、この影に繋がっている闇がどこまで広がっているのか、想像が及ばぬ」

 

 両手を広げ、少し首を傾げて、不気味な雰囲気を醸し出す浩介。

 

 思わず喉を鳴らしたシャロンに、ヴァネッサがなんとも複雑な顔で浩介のことを見る。

 

 

 

 

 衝撃から立ち直った彼女は、徐々に理解をし始めた。

 

 思い出すのは、通報を受けてエミリーと研究室の関係者の保護に向かうのに際して行われたミーティング。

 

 その時にアレンが提示した資料と情報は、通報を受けてから半日程度なのに見事なものだった。 

 

 そこに、今明らかにされた情報と実力を含めれば、ミスターKだという事実が真実味を帯びてくる。

 

 

 

(私は……彼がミスターKだと、思いたかっただけなのですね)

 

 

 

 ヴァネッサも、まだ年若く正義感と誠実さに敏感だ。

 

 自分が下した苦渋の決断が空ぶったとは、あの先行きの見えない状況で思いたくなかった。

 

 だから、浩介へ感じたいくつもの違和感から目を逸らし、自分を安心させた。

 

 そのヴェールが剥がされた今、ヴァネッサが気になることはただ一つ。

 

「ミスターK……いえ、貴方は…………いったい、誰ですか?」

 

 ミスターKでも、キンバリーの仲間でもなく、〝誰か〟の依頼で自分達を助けた男。

 

 一応、フルネームは出さないよう気をつけながら問いかけると、影帽子は「ふっ」と笑う。

 

「我が名を欲するか。ならば改めて名乗ろう、闇に潜みしこの忌み名を!」

 

 高らかに宣言した浩介は、妙に格好つけた動きで足を開く! 右手を横に向けた仮面に添える! 

 

 クイッと腰を絶妙に曲げ、バッ! と左手を天に掲げる! 香ばしい動きで! とても香ばしい動きで! 

 

 

 

 

 

「我は〝影淵の牙(アビス)〟! コウスケ・E・アビスゲート! 世界を呑む紫蛇(しじゃ)の、隠されし8本目の牙! 首領の命と我が義憤心に従い、悪意に晒されし乙女を守る為ここに立つ、悪の断罪者なり!」

 

 

 

 

 

 クルッとターン! からの決めポーズ! 特に意味はない! 

 

 もはや完全に()()()浩介は、視線の集中砲火のど真ん中で台詞をキメた! 

 

「コウスケ、E、アビス、ゲート……」

 

 噛み締めるように、ヴァネッサがどこか恍惚とした瞳で復唱する。

 

「コウスケ・E・アビスゲート……」

「なんて恐ろしい響きだ……」

 

 シャロンとアレンが、恐れ慄くように表情を痙攣らせながら呟く。

 

「え、でもこうすけの名前って……」

「ふっ、天より才を授かりし少女よ。無粋なことは言わないでいい」

「あ、はい」

 

 ジトッとした目つきで本名を言おうとしたエミリーが、すかさず制止した浩介に口を噤む。

 

 三者三様の、様々なリアクションを受けた浩介は、ゆっくりとポーズを解きながら。

 

 

 

 

 

 

 

(…………………………この依頼が終わったら、しばらく無人島に引きこもろう)

 

 

 

 

 

 

 

 内心、死にたくなっていた。

 

 

 

 




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映画の諜報機関はだいたいクロ 3

光輝編と同じくらい長くなりそう

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 〝深淵卿〟。

 

 

 

 記憶と力を取り戻した浩介が、新たに会得していた技能。

 

 いわば時間経過型の〝限界突破〟であり、発動すると少しずつ能力が向上していく。

 

 爆発的な力は望めないが、こちらのほうが浩介の性にも合っていたので良い技能だった。

 

 ……発動すると、言動が形容できないほど痛々しくなるというデメリットを除いて。

 

 誰の、というかどこのプレデター達の影響かは想像に難くない。

 

 おまけにネビュラガスで超強化された肉体は、更に〝紫影の導き〟という技能を開花させた。

 

 精神や肉体がどのような状態であろうと、常に理性的な思考を保てるという優れものだ。

 

 この技能が〝深淵卿〟とミラクルマッチを引き起こし、発動中は二つの思考が並立するようになった。

 

 すなわち、マトモな浩介と、深淵卿のコウスケ・E・アビスゲートさんである。

 

 

 

(あぁあああ……やっぱりこうなったよ……だからこれまでの依頼では隠密に徹してたのに…………しかも、戦い終わるまで自分じゃ止められないしさぁ…………)

 

 

 

 新たに香ばしいポーズでシャロン達を威圧するアビスゲートさんに、浩介は死にたくなる。

 

 エミリーからの視線が痛い。やめて、そんな冷めた目で見ないでっ! と心の中で訴えた。

 

 ヴァネッサのキラキラとした視線が怖い。もうこのSOUSAKANはダメかもしれない。

 

「さて、国の犬よ。貴様の企み、白状してもらおうか」

「…………何を言っているのか、わからないわね?」

「これまでの反応から鑑みるに、貴様はどうやら我が組織の人間と既に会っている様子。それでも黙秘するか?」

「っ……」

 

 開いた右手を仮面にギリギリ触れない位置に、左手は絶妙な具合に、そして腰をクイッと! 

 

 妙に迫力のあるジ◯ジョ立ちに、シャロン達の頬を冷や汗が伝い落ちる。ついでに浩介の心から感情が零れ落ちていく。

 

 SAN値がノンストップ減な理性(浩介)に構わず、アビスゲートさんは言葉を止めない! 

 

「とはいえ、先に【ベルセルク】を確保しようとした目的は知れているが」

「え? どういうこと、こうすけ?」

 

 ジトッとした目を元に戻し、エミリーがアビスゲートの背中に問いかける。

 

 ふっ、と意味深に笑いを漏らしたアビスゲートさんは、大仰な仕草で人差し指をシャロンへ向けた。

 

「エミリーの身柄を手に入れ、対抗薬を作らせる。ここまでは言葉通りの真実だろう。だがその傍らで、既存の【ベルセルク】を手に入れる必要があった。その理由は利益追求か、国の判断か、個人的欲望か……あるいは、兵器転用、といったところか?」

「なっ、【ベルセルク】を兵器に……!?」

「…………」

 

 ベルセルク化した人間が何十と暴れ回る様を想像し、エミリーが顔を青ざめさせる。

 

 そしてシャロンは、わずかながらに眉を動かした。

 

 普段であれば鉄面皮に隠せただろう、図星を言い当てられた故の驚き。

 

 動揺していた彼女は、それをすぐに消し去るが……アビスゲートはしっかりと見ていた。

 

「ほう、やはりそのようだな」

「……………………」

 

 しばし、シャロンは押し黙る。

 

 見つめてくる浩介達の目に、何か考えていたが……やがて、諦めたように嘆息する。

 

 そして彼女が右手を挙げた途端──そこかしこの物陰や建物の窓から、赤い線が現れた。

 

 アビスゲートに全て照準されたそれは、密かに隠れていた保安局強襲課の特殊局員達。

 

 驚きの表情でヴァネッサとエミリーがそれを見渡す中、微動だにしない影法師。

 

 襟元の小型無線でエミリーの家族を連れてくるよう命じたシャロンは、彼を睨む。

 

「ほう、武力行使と来たか。実にわかりやすい」

「国という大船を守る為には、時に非道な手も取らなければならない。【J・D機関】のように、【ベルセルク】もまた同じよ」

「国の為の犠牲、か。察するに受刑者やテロリスト辺りを使い捨ての兵士にでもするつもりか?」

「恐ろしいほどの理解力ね。そうよ。年間、テロリストや犯罪者との戦いでどれだけの警官や兵士が失われていると思う? 彼らの尊い命の代わりを、悪しき者達を狂った怪物にすればどれだけの命を救えるか……」

「しかし、それを彼女が許容するとは思えなかったお前達は、秘密裏に【ベルセルク】を回収しようとした、と?」

「ええ。彼女はあの薬を忌避している。保護した後で、研究データにバグでも仕込まれたらたまらないですもの。だからこちらで改良をする為に、原品の【ベルセルク】がどうしても必要だった。それをコントロールする対抗薬も、ね」

「反吐の出る話だ」

 

 吐き捨てるように言い放つアビスゲートに、シャロンは冷酷な口調で告げる。

 

「貴方は深入りしすぎたわ。いくらあの男の手先といえど、この人数を相手に一人で立ち向かうのは無謀でしょう?」

「こうすけ、逃げて! 巻き込んでごめんなさい、私のことはもういいから!」

「……コウスケさん、申し訳ない」

 

 悲痛にエミリーが叫ぶ。数えるのも馬鹿らしいほどの赤い線に、ヴァネッサが悔しげにした。

 

 

 

 

 絶体絶命。

 

 その場の誰もが、この状況に終わりを感じ取った。

 

 ──俯いている、影法師以外は。

 

「…………フ、ハハハハ」

「こうすけ……?」

「コウスケさん……?」

「ハハハハハ、ハ──ッハッハッハ!」

 

 突然、高笑いを響かせる。

 

 仮面に手を当て、心底おかしいとでもいうように空を仰いで笑う様は非常に不気味だ。

 

 第三者からは、死を感じたが故に狂気に陥ったようにしか見えなかった。

 

「気が触れてしまったのかしら?」

 

 どこか小馬鹿にしたように、シャロンが言う。その口調には余裕が滲んでいた。

 

 彼女は徐々に冷静さを取り戻していく。そうだ、過剰に恐れていたが目の前にいるのはたった一人。

 

 どれだけその組織が強大なものであっても、所詮個人では何もできないはず。

 

「いや? あまりに滑稽で、思わず笑ってしまっただけだ」

「……なんですって?」

 

 それが、自らの絶望へ扉を開く慢心だとは気付かずに。

 

 これだけの銃口を向けられているにも関わらず、変わらない余裕を醸し出す影に、何故か悪寒を背筋が走る。

 

 それにハッとした時、得体の知れない威圧感がアビスゲートから発せられていることに気がついた。

 

「この我が、此奴ら如きの潜伏に気がつかなかったとでも?」

「……まるで、最初から知っていたような口ぶりね」

「ああ知っていたとも。故にこう言おう──全ては手遅れだ、とな」

 

 体を斜めに、片手を腰に当て、右足の膝をクイっと曲げたアビスゲートさん。

 

 そして顔を下に下げ、最後に左手を高らかに天へと掲げると。

 

 

 

 

 

「では、我がボスの言葉を拝借しよう──始まり給え、終末よ(It’s Show Time )!」

 

 

 

 

 

 パチン、と指が鳴らされた。

 

「っ、撃ちなさい!」

 

 ほぼ同時、脳裏に響く警鐘にシャロンが叫び、全ての銃口が火を噴く。

 

 暗闇に無数のマズルフラッシュが迸り、たった一人に向けて死の雨が何百と撒き散らされた。

 

「こうすけぇええっ!」

「グラント博士!」

 

 エミリーが絶叫し、せめて流れ弾に彼女が巻き込まれまいとヴァネッサが庇う。

 

 鉛の嵐が空を裂く音に支配された中、エミリー達はそれが収まるまでぐっと目を瞑っていた。

 

 やがて、弾が尽きたのか音が止む。薬莢が落ちる甲高い音が残響し、数秒で静寂が戻った。

 

 ヴァネッサは、ゆっくりカリス◯ガードしていたエミリーに回していた腕を解く。

 

 そして、背後にあるだろう悲惨な光景に覚悟を決めるように振り返り──何も言わなかった。

 

「…………?」

 

 全くの沈黙に、何か違和感を感じたエミリーはうっすらと目を開ける。

 

 最初に映り込んだのは、ぽかんとしたヴァネッサの表情。

 

 目を見開き、わずかに口を開いた彼女は、何かを注視して仰天したまま動いていなかったのだ。

 

「っ、そうよ! こうすけはっ!」

 

 不思議そうにヴァネッサを眺めていたエミリーだったが、肝心なことを思い出して立つ。

 

 そうすることで、ヴァネッサの体で見えなかった、銃撃でバラバラになった浩介が見えて──

 

「………………え?」

「──ふっ。この程度の鉛玉、我に届くと思ったか?」

 

 絶望を、感じることはなかった。

 

 全ての銃弾が、浩介に到達する直前でドームを作るように静止していた。

 

 シャロンがヴァネッサと同じ顔をしている。アレンが顔を引きつらせ、他の局員も驚き、あるいは恐れていた。

 

 今一度浩介がフィンガースナップをすると、何かしらの力が途切れたように銃弾が落ちる。

 

 地面に散らばった弾がけたたましい音を立て、その中心に立つ浩介の威容を彩った。

 

 

 

(重力魔法の中和結界、いつもよりずっと使いやすかった。ジアの仕事は確かだったな)

 

 

 

「それで? この豆鉄砲がお前の切り札か?」

「……ありえない」

「あ、あははは。冗談きついなぁ。まるで、ヒーロー映画の超能力じゃ、あるまいし」

 

 掠れた、あるいは引き攣った声をシャロン達が漏らす。

 

 あまりに現実離れした所業。それを目の当たりにして、理解の限度を軽々と超えてしまった。

 

「ふむ。どうやら不況だったようだ。では、このような催しはいかがかな?」

 

 スッと、両手を指揮者のように振るう。

 

 伸ばした手の内から現れたのは、吸い込まれるような黒塗りのナイフ。

 

 周囲の闇に溶けるが如きそれを回転させ、切っ先を人差し指に乗せたアビスゲートは、ナイフを宙へ放った。

 

 

 

 

 放物線を描いたナイフは、地面へ落下することなく空中に留まる。

 

 怪しげな黒光を纏う刃に誰もが目を奪われる中、次々とナイフを取り出して宙へ並べていく。

 

 五、十、二十……三十二。局員の人数と重なったところで増加は止まった。

 

 四本で花弁のように固まったナイフ達が、クルクルとアビスゲートの周囲を回転する。

 

 ゴクリと、誰かが大きく唾を飲んだ。

 

「では、是非楽しんでくれ。我が刃が奏でる闇のワルツを!」

 

 三度目のフィンガースナップ。

 

 それに反応したように、一斉に動きを止めたナイフは四方八方へと高速で飛翔した。

 

 ナイフが向かうのは全て局員の元。

 

 彼らはグングンと迫ってくる刃に恐怖を掻き立てられ、皆一様に銃を乱射した。

 

 しかし、自立した意思があるかのような動きでナイフは銃弾を避け、なおも突き進んでくる。

 

「くそっ!?」

「な、なんなんだこれは!?」

「なんでナイフが弾を避けるんだよ!?」

 

 弾速より遅いのに、撃ち落せない。

 

 保安局随一の戦闘力を持つ強襲課の局員達にとって、それはプライドを粉々にされる光景だった。

 

 そんな彼らへ次々ナイフ達が到達し、建物や物陰で悲鳴や恐怖の怒号が上がる。

 

 ある局員は銃身でナイフを叩き落とそうとして、ぬるりと躱されると手足の腱を切られた。

 

 別の局員は、とっさに首を捻ってナイフを回避し、壁に突き刺さった刃を抑えようとして壁ごと切り裂かれた。

 

 ある者はナイフに両手を貫かれてそのまま地面に固定され、またある者は拳銃をすくい取られて両足を撃ち抜かれ……

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図が、そこにはあった。

 

「これは、いったいなんの冗談なのっ!?」

 

 シャロンが金切り声を上げる。まるで下手なホラー映画でも見ている気分だ。

 

 ふっ、とアビスゲートさんは笑う。両足を交差させ、己の身を抱くような香ばしいポーズで! 

 

「なんて香ばしいポーズ! それにあれは念動力っ! 素晴らしい、素晴らしいですよコウスケさん!」

「ヴァネッサ!?」

 

 何やら場違いな歓声に、アビスゲートさんの中の浩介がそっと耳を塞いだ。

 

「これは曲芸でも、幻でもない。我が研鑽と、素晴らしき同胞の力だよ」

「このっ」

 

 ポルターガイストじみた光景の発生源である浩介に、アレンが銃口を向けて引き金を引く。

 

 流石は殺しのライセンスを国から与えられた男と言うべきか。その判断能力は見事なものだ。

 

 が、しかし。

 

 

 

 ドシュッ! 

 

 

 

「っ!?」

 

 どこからともなく飛んできた()()()に、拳銃の上部が抉り取られた。

 

 今度は見えもしなかった。眼鏡の奥で目を見開いたアレンは、矢の射線から位置を割り出し振り向く。

 

 しかし、そこには誰もいなかった。月光に()()()()が煌めくだけだ。

 

「無粋ではないか、同類」

「くっ!」

 

 壊れた拳銃を投げ捨て、手首のスナップで裾に隠していた小型銃を取り出すアレン。

 

 その銃口を再びアビスゲートに向け──刹那、今度は別方向から射抜かれる。

 

 それだけではなかった。

 

「がっ!? ぎっ!? ぐぁっ!?」

「アレンっ!」

 

 そして先ほどの焼き直しのように、四方八方から黒矢が飛来し、アレンの全身を射ちつけた。

 

 絶妙に体の表面だけを深く切り裂いた矢は、通り抜けると虚空へ溶けるように消えた。

 

「これ、は……ちょっと、シャレに、なら、な……かはっ……」

 

 最後まで軽口を叩こうとして、アレンはうつ伏せに倒れ伏した。

 

 間を置かず、ボロボロになった服を黒矢が縫い止め、地面へと貼り付けた。

 

 ギリギリ意識は保っているのか、アレンが身動ぎして呻き声を漏らす。

 

「ふっ。一度我が宴に参じたのだ。よもや、好き勝手できるなどとは思っていなかっただろう?」

「ざまぁ! ミスターK、ざまぁ!」

「ヴァネッサ、戻ってきてっ! いつものクールな貴女が好きよ!」

 

 悲鳴が支配する鳥籠の中、一人だけ明るい声が響くが、シリアスな雰囲気なので皆無視する。

 

 一人だけサイドテールを振りみだして奮闘しているが、シャロンはそれどころではなかった。

 

「なんなの……何が起こっていると、いうの……」

 

 よろよろと、まるで今初めて歩くことを知ったような足取りで後退する。

 

 ありえない。あまりに非現実的だ。マ○リックスじみた弾丸の防御に空飛ぶナイフなど。

 

 

 

 それに、あの矢はなんだ? 

 

 

 

 どこから飛んできた? 誰が射った? シャロンも先ほど見たが、誰もいなかったのに! 

 

 まさか、浩介一人ではないのか? 自分が強襲課のエージェントを連れてきたように、増援が? 

 

「不思議か? 瞬く間に自慢の精鋭を蹴散らされるのは」

「っ!」

「だが、これが覆しようのない現実だ。お前の選んだ選択の結果だ。ならば──」

 

 四度目の、指鳴らし。

 

 聞くだけで恐ろしくなっていたその音と共に、上空からバラバラと何かが降ってきた。

 

 喧しい音を激しく伴い、地面に散らばったそれは、アサルトライフルや拳銃、ナイフの残骸。

 

 

 

 シャロンは勢いよく空を見上げる。

 

 すると、そこには不恰好に宙で浮いた、見るも無残にやられたエージェント達がいた。 

 

 揃った脚や腕には、細い光が煌めいている。強靭な糸によって吊るしているのだ。

 

「不服など、ありはすまい?」 

 

 汚れた洗濯物を干すように晒された部下達に、シャロンは顎が落ちるほど口を開く。

 

 ポタリ、ポタリ、と血の滴り落ちる音がいくつも響き、彼女の恐怖心を煽った。

 

『残っている者は集合しろ! 局長を守れ!』

「っ」

 

 そんなシャロンに希望を与えるように、無線から怒鳴り声が響く。

 

 程なくして、傷だらけながらも命からがらナイフから逃げ切った局員達がそこかしこから現れる。

 

 不安定に体を揺らし、荒く息を吐きながらも、互いに肩を貸し合いながらシャロンを中心に円陣を組む。

 

 数は十人に届くかどうかというところ。彼らは、静かに佇むアビスゲートへ銃口を向けた。

 

「ほう、思ったより骨がある者もいたようだ」

「くっ!」

 

 苦しげに表情を崩したシャロンは、無線に顔を寄せる。

 

「いつまでかかっているの! 早くグラント家の人間達を連れてきなさい!」

 

 最後の抵抗に、人質にとっていたエミリーの家族を使うつもりらしい。

 

 圧倒されながらも、アビスゲートの力に希望を見出していたエミリーがさっと顔色を変える。

 

 しかし、無線から帰ってきたのは砂嵐のような音だけ。シャロンは困惑する。

 

「クッ、ククククッ」

 

 笑い声に、隊員達が恐怖で体を震わせた。

 

 楽しげに肩を揺らすアビスゲートに、誰もが怯えた目を向けた。

 

「おめでたいな、局長殿。いつから切り札が残っていると錯覚していた?」

「っ、まさか……!」

「慢心は罪というものだよ。さて……」

 

 そこで、ふと彼は虚空へ顔を向ける。

 

 自分達から意識が外れた隙に引き金を引こうとした局員達だが、すぐに阻止される。

 

 現れたのだ。不自然に真っ暗な窓や、物陰から、滲み出るように大勢の〝影〟が。

 

 

 

 体を覆う、凝ったデザインのスーツ。

 

 

 

 目深に被ったフードと、金の髑髏が描かれた漆黒の仮面。

 

 

 

 一様に同じ格好をした三十の影は大きな円を作り、携えた弓に矢を番えて向ける。

 

 

 

 それらは全て──アビスゲートだったのだ。

 

 

 

「狂人憑依。型式〝《 山の翁:百貌(ハサン) 》〟。そのまま大人しくしていたまえ」

「分身の術キタ──っ!」

 

 闇より出でし影は、一つにあらず。

 

 テンションが振り切ったように叫ぶ、ダメかもしれないSOUSAKANは無視し、アビスゲートはある方角を見る。

 

 ネビュラガスによって超強化された視界は、意識を集中すれば数百メートル先の風景だろうと捉える。

 

 

 

 

 そして、彼が視界に収めたのは──自分に狙いを定める、ライフルを構えた男。

 

 保安局員とは別の格好をしたその男は、一帯の端にある倉庫の屋上に寝そべっていた。

 

 男は、スコープ越しにアビスゲートがこちらを見ていることにギョッと驚き。

 

「いけないなぁ。漁夫の利を狙おうなどと」

「なっ!?」

 

 ()()から聞こえてきた声に、声をあげて振り向こうとするが。

 

「てめぇっ、一体どこから──」

「無粋な輩は退場してもらおう」

「がッ」

 

 首筋に迷いなくナイフを叩き込まれ、一度体を激しく震わせると屋根の上に倒れ臥す。

 

 ナイフを引き抜いた分身体は、男が胸元につけていた小型カメラを引き剥がすと自分を映した。

 

「さて、こそこそと盗み見をしていた下衆共。貴様達にも退場してもらおうか?」

 

 そう言った直後。

 

 本体のアビスゲートが、取り出していた何かの端末のスイッチを躊躇なく押し込み。

 

 

 

 

 

 ドッガァアアァアアァァァァン!!! 

 

 

 

 

 

 激しい衝撃と爆音が、倉庫街を大きく揺らした。

 

 満身創痍な局員達はたたらを踏み、必死にカメラを探していたヴァネッサとエミリーも体勢を崩す。

 

 全員が同一の方向を振り向くと、ある一方に空高く立ち上る大きな爆煙を見た。

 

「あ、あれは…………」

「我々両方を狙っていた者がいたのでね。爆破させてもらった」

「……こんなことをすれば警察も出動するわよ」

「御心配には及ばない。対策済みだ」

 

 

 

催眠矢(ヒプノアロー)は一帯に設置済み。ボムディスクは元はこの人達を逃さないために、倉庫街の外壁を吹っ飛ばすよう設置したんだけど。移動させてくれた小型ドロイド達様々だな)

 

 

 

 そんなことを考えつつ、爆心地近辺の分身体を操って向かわせる浩介。

 

 彼の方で〝ある目的〟を進めながら、アビスゲートの方の自分がすべきことも実行する。

 

 

 

 

 

「これで邪魔者はいなくなった。では、話の続きを再開しようか?」

 

 

 

 

 

 シャロン達には、その仮面の髑髏が嗤っているように見えた。

 

 

 




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映画の諜報機関はだいたいクロ 4



これで半分かな。


楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

「……この状況で、何を知りたいというの?」

 

 

 

 円陣の奥から、戦慄と焦燥の滲む声でシャロンは返答する。

 

 アビスゲートさんはゆったりとした動作で、人差し指を点に向けて突き立てた。

 

「無論、お前達の傲慢と矛盾についてだ」

「なんですって……?」

 

 たった一つ。それだけを訪ねると、アビスゲートは立てた指を向ける。

 

 まるで喉元にナイフを突きつけられているような錯覚を、シャロンと局員達は覚えた。

 

「国家を守りし者よ。お前の言葉は間違いではない。清純の盾で守れるものはごく限られている。その影に必要悪という、黒き刃を潜ませることはある意味道理だ」

 

 アビスゲートの言葉に、その場の誰もが驚いた。

 

 まるで、シャロン達を肯定するような言葉。

 

 まさか肯定されるとは思わず、彼女達やエミリーは困惑し、そしてヴァネッサがショックを受けている。

 

「想いだけではままならない。力だけでも足り得ない。汚泥に塗れる覚悟がなければ、何かを守れるはずがない」

 

 それは、海千山千のシャロンでさえも恐れる毒蛇(スネーク)の隠し牙としての言葉。

 

「けれど、全ては守れない。人の定めた善悪も常識も超越し、罪を許容してでも、選択しなければならない時がある」

 

 正義とは、酷く限定的で、脆弱だ。

 

 悪意から、敵意から大きなもの……それこそ国家を守るためには、正法ではない外法が必須。

 

 その外法の体現として、選べるもの全てを守ろうと悪逆を許容した男の決意を、遠藤浩介は知っている。

 

 報われるはずもなかった彼の苦しみを密かに赤き蛇から明かされた時、せめて一片でも背負えたならと。

 

 そう、浩介は旧世界で刃を握った。

 

 

 

 

 だから、その言葉には。

 

 誰もが聞き入り、心を強く打ち付けるだけの重さが、確かに存在していた。

 

「故にこそ、その悪には最大の矜持を」

 

 今も、気持ちは変わっていない。

 

「踏み躙ることを選ぶならば、その背に守るものには絶対の平穏を」

 

 この世界で生き返り、大切な人達に囲まれ、最期に望んだ〝愛と平和〟を手に入れて。

 

「その刃に、気高き決意と揺らがぬ信念を」

 

 誰にも傷つけさせまいと、今度こそ最後まで守るのだと。

 

 その為ならば、この身を再び世界を覆う影へと成そう。

 

 そう、大切な人には告げないままにしてしまうのだろう独白を男から聞いた、浩介は。

 

 

(そんなこと聞いたらさ。たとえ、今言ったことは忘れてくれ、なんて言われたって……)

 

 

「それすら、己に誓いきれないのなら」

 

 声に、怒りと覚悟を強く込めて。

 

 彼は、シャロン達へと告げる。

 

 

 

 

 

「守るなどと戯言をのたまうのは、許されない傲慢だ」

 

 

 

 

 

(ダチとして、力を貸さなきゃ男じゃねえだろ)

 

 

 

 遠藤浩介は、今一度牙になることを選択した。

 

 大勢に理解されず、畏怖され憎まれるだろう、その覚悟を支える為に。

 

 あの魔王のように、圧倒的な力はない。

 

 美しき剣鬼のような切り拓く愛も、最愛のために自らを罰し続けた愚者の強かさもない。

 

 それでも、今度こそ彼を愛と平和から引き離さないよう、自分にもできることがあるのなら。

 

 我が身を、悪を屠る影の端くれにでもなんでもしてみせよう。

 

 その覚悟だけは、彼らにだって負けはしない。

 

「お前達はどうだ」

「…………」

 

 絶対悪の尖兵として、必要悪を主張する者へと追求する。

 

「エミリー=グラントもまた……お前達が守ると定めた者ではないのか?」

 

 守ってくれると、命を預けられると、そう国民達に信じられているお前達は。

 

 信じていたはずの、たった一人の少女に牙を剥くのかと。守ると選んだ一方まで踏み躙るのかと。

 

 ……その問いにシャロンは答えなかった。口を噤み、ただ鋭い眼光だけを彼に向けながら。

 

「この国に生まれ、育ち、生きている人々の命を尊び、その為に悪を為すと言ったな。その大義名分を掲げておきながら、それができる立場でいながら。難病の治療薬を作りたいと、必死に頑張っている少女を追い詰め、利用することが、お前達の〝信念〟なのか?」

 

 同じ悪でありながら、影ではなく光も併せ持つ国家保安局という存在そのものへ問いかける。

 

 隊員達は複雑な表情や、罪悪感を顔に浮かべた。何も思っていないというわけでもなさそうだ。

 

 唯一、顔色を変えなかったシャロンと、仮面越しにじっと視線を交わし合う。

 

 

 

 

 経過した時間は、1分か、あるいは5分だったか。

 

 果てしないと感じるほど視線の応酬をした末に、先に深くため息をついたのはシャロン。

 

「……私もまた、国家の犬なの」

 

 そっと囁くように、けれど迷いのない声音で、彼女は答えた。

 

「そのことに卑下もなければ後悔もない。まして、迷いなどあるわけがない。……既に、決定は下されたのよ」

「…………そう、か。残念だよ」

 

 似ているようで、自分とは違う。アビスゲートはそのことをよく理解した。

 

 多くの国民のために、たった一人の国民に苦しみと恐怖を要求する。それが答えだった。

 

 それが祖国の意思(ウィル)なら、己の魂を腐らせることも承知の上だと。

 

「……研究棟でのことは、痛恨のミスだったわ。キンバリーの裏切りも、ダウン教室の学生の行動も察知できなかった。アレン一人を潜入させたのは、判断ミスだったと言わざるを得ないわ」

 

 よもや部下が、ベルセルクを狙う別の組織の構成員と入れ替わっているとは思いもしなかった。

 

 アレンが自分の存在を露呈させてしまったのは、予想外の動きをする彼らに動揺したからだ。

 

「申し訳なかったわね」

「そんな、そんな言葉でっ」

 

 簡潔すぎる謝意に、エミリーが顔を憤怒に彩る。

 

 何人の命が失われたと思っているのか。自分の姉が、兄が……夢が、どれだけ滅茶苦茶にされたか。

 

 憤る彼女に、けれどシャロンの顔は冷たいまま。最初から本当に許されようなどとは思っていない。

 

「私からも一つ、いいかしら」

「何かね?」

「私達の決断を悪とする貴方は……あの男は、彼女をどうするつもりなの?」

「さてな。我はあくまで牙の一本。ボスの意志は深淵の底だ」

 

 おどけるように肩をすくめる浩介だが、内心では異なる考えを抱いていた。

 

 少なくとも、こういう考えのもと動いている自分に依頼したのは()()()()()()だろうと。

 

 保安局やキンバリー等のようにエミリーを傷つける意思は、あの男にはあるまい。

 

 彼の内心など読み取れないシャロンは、答える気がないと解釈して「そう」と小さく呟く。

 

「だが、これだけは明白に宣言できよう」

 

 そんな彼女と、そして自分を不安げに見つめる二人の女に、アビスゲートは声を張り上げる。

 

「我の意思は既に定まっている。たとえ、我らが首領がなんと命じようとも──この身の全てを賭け、エミリー=グラントを守り続けると」

「……っ!」

「我は光にあらず。我は救いにあらず。ただ、世界を飲み込む影の一手に過ぎない。しかして──」

 

 くるっとターン入ります! からの両足をやや大仰に開き、上半身をひねります! 

 

 絶妙なバランスを保ちつつ、右手を仮面に添えると人差し指をシャロン達に向けるアビスゲートさん! 

 

「影にも、仁義はある。信念がある。我が矜持が、無辜の少女を守れとそう訴える!」

「はぁ……素敵です、コウスケさん」

「そ、そう……?」

 

 うっとりしているSOUSKANと、若干引いているエミリーに構わず、アビスゲートさんは叫ぶ! 

 

「宣言しよう! 影の淵より生まれ出ずる牙、コウスケ・E・アビスゲートは、エミリー=グラントの身命と、そして心を守り通すと!」

「こう、すけ……」

 

 だが、次の言葉はエミリーにも突き刺さった。

 

 なんであんなポーズなんだとか、口調がどんどんおかしくなってるとか、隣のヴァネッサが祈りを捧げてるとか。

 

 色々気になることはあるけれど、それでも……顔を真っ赤にするくらいには、心に響いた。

 

 

 

(…………………………今すぐ舌を噛み切って死にたい)

 

 

 

 心の中でビックンビックン痙攣している浩介はともかく、その場の全員が圧倒されていた。

 

 完全に場を掌握したアビスゲートさんは、ゆっくりポーズを解いてシャロン達に向き直る。

 

「さて。もう彼らは必要ないな。眠ってもらおう」

「何ですって?」

 

 懐から先程とは別の端末を取り出したアビスゲートは、その青いスイッチを押し込む。

 

 直後、怪訝な顔をしていた局員達の体が青い稲妻に包まれ、夜の闇を照らした。

 

「ぐぁああぁぁああっ!?」

「あばばばばばばばっ!?」

「おぉおおおおおおっ!?」

「なっ!?」

 

 苦悶の悲鳴をあげた局員達は踊るように全身を痙攣させ、光の消失とともにその場で崩れ落ちた。

 

 全員が焦げた匂いを立ち上らせ、気絶している。丸裸の状態になったシャロンは動揺した。

 

「安心したまえ。あくまで気絶しただけだ、吊るしている彼らも含め殺してはいない」

「っ……最初から、わざと残したということ?」

「守られているという安心感があったほうが、質問に答えやすいだろう?」

 

 動きの良い何人かの局員をあえて捕縛せず、代わりに感電ディスクをくっ付けておいた。

 

 そうすることでシャロンに心理的な安心をもたらし、質問に答えやすい状況を作り出した。

 

「チェックだ、局長殿。どこにも逃げられはしない」

「…………私の完敗ね」

 

 無防備となった彼女は、アビスゲートの影分身達を見て深くため息をつく。

 

 あの局長を完全に下したことに、ヴァネッサはアビスゲートの背中を畏敬と何かの混じった目で見た。

 

「しっかりと敗北を噛み締めたまえよ。……さて、では次といこう」

「「次?」」

 

 首を傾げるエミリーとヴァネッサに、アビスゲートはやや凝った動きで天を指した。

 

 二人と、シャロンが顔を振り上げて──絶句する。

 

 

 

 

 闇夜の中を、人が歩いていた。

 

 月光に照らされた黒い空の中、カツン、カツン、と足音を響かせて、一つの人影が舞い降りる。

 

 やがて、はっきりと見えるようになったそれが、またもアビスゲートの分身であると理解する。

 

 重力魔法の足場で降りてきた分身は、肩に担いでいた何かを地面に放った。

 

「ぐっ……」

「あれって!」

「キンバリー……!?」

 

 地面に転がされたのは、裏切り者の保安局員。

 

 ワイルドなイケメンだった彼は全身を血と傷で彩り、手足がおかしな方向に曲がっている。

 

 ディスクの爆発に直撃したが、車の中にいたことで、それがシェルターとなってかろうじて生き残っていた。

 

 無論、アビスゲートが彼だけはギリギリ生き残るよう、ディスクを配置したのだが。

 

「がはっ……まったく、ついてねぇぜ」

「それもまた、貴様の選択だ。救いがたき外道よ」

 

 冷徹に告げるアビスゲートに、キンバリーは胡乱げな目で周囲を見る。

 

 吊るされて呻いている保安局員や、先ほどの光景で座り込んでいるシャロン、倒れた局員を見て、ハッと笑う。

 

「俺達を、爆弾で全員吹っ飛ばしておいてよく言うぜ…………この、化け物め」

「ふっ、褒め言葉だな」

「そのくせ、保安局のやつらは……痛めつけるだけかよ?」

「確かに我は悪人だ。しかし、国への愛国心だけは捨てなかった者と、我欲の為に仲間も無辜の人々も巻き込んだ者。果たして両者は同じかね、裏切り者(マーダー)?」

 

 痛烈な返しに、キンバリーは体調的にも反論する余裕がないのか、口を噤んだ。

 

 

 

(まあ、極力自分の力で解決したいし、そうなると保安局の方は後始末が厄介だってのもあるんだが)

 

 

 

 あるいは〝組織〟の力を使えば、彼らは最初からいなかったことにさえなるだろう。

 

 しかし、それは浩介の主義に反するし……何より、頼りきりになりたくはない。

 

「では、フィナーレといこうか」

「うぐっ」

 

 重力魔法を行使し、キンバリーを宙に浮かせる。

 

 ついでに棒立ちしていた分身を操り、地面に貼り付けになっていたアレンを引きずり上げた。

 

 もう一体増やした分身にキンバリーを預け、二人は十字架に架けられたかの存在のようなポーズにされる。

 

 さらに一体、円陣から歩み出た分身がアレンの横っ面に痛烈なビンタを食らわせた。

 

「あべっ!? はっ! わ、私は何を!?」

「起きたか、ミスターK」

「貴方は……って、あれ? な、なんで私宙に浮いて……」

 

 困惑しているアレンを一瞥し、アビスゲートは体を傾ける。

 

 そうすると、宙吊りになった二人を複雑な目で見ていた二人の女に手を差し出した。

 

「エミリー=グラント。ヴァネッサ=パラディ。最後の余興だ」

「余興……?」

「なんでしょう、我が神よ」

 

 不思議そうに聞き返すエミリー。すちゃっ、と機敏な動きで片膝をつくヴァネッサ。

 

 エミリーとアビスゲートの中の浩介がギョッとする中、深淵卿は高らかに告げる。

 

「お前達の仇を、捕らえたぞ」

「「……っ!」」

 

 ハッとする二人。

 

 誘うように、手で二人を示しながらアビスゲートが道を開く。

 

 二人はしばらく、その場で呆然としていた。

 

 だが、やがて覚悟を決めたように表情を変えると、ゆっくり罪人達を睨みつけた。

 

 異様な雰囲気と、彼女達の顔を彩る憤怒の色に、自分達がどうなるか理解した二人が慌て始める。

 

「ま、待て! 待ってくれ! 話を聞いてくれ、あれは俺にも事情があったんだ!」

「あ、あのぅ、お嬢さん? しくじったことは、私も悪いと思っていまして……」

「聞くに耐えぬ懺悔……否、聞くに値しない戯言だな」

 

 やれやれ、とオーバーな動きでアビスゲートがかぶりをふり。

 

 そして彼が、心のうちに燃える怒りの業火を解き放った乙女達へ問いかける。

 

「このような外道、許せるか?」

 

 二人が、言葉で返すことはなかった。

 

 だが、その瞳が、固く引き結んだ口元が、握り締められた拳が、震える体が。

 

 一歩、重々しく踏み出した足が、絶対の断罪を望んでいることを証明する。

 

 

 

 

 二人の脳裏に、この数日の出来事が駆け巡る。

 

 兄が死んだ。姉が死んだ。未来への希望を奪われた。失敗した? だからなんだ、奪ったことには変わりない。

 

 尊敬する上司が死んだ。仲間が死んだ。信頼を踏み躙り、金の為に背中から撃ったのは、このクソ野郎だ。

 

 

 

 

 

 許せる、はずがない。

 

 

 

 

 歩みは止まらない。往生際悪く言い訳を並べ立てる畜生達に、返す言葉などありはしない。

 

 やがてそれは、疾走へと変わっていき。

 

 何を言っても無駄だと悟った男達は、所詮女の拳だと諦めたように嘆息する。

 

「良い顔だ」

 

 そんな侮りは、この深淵卿が許さない。

 

 ゆるりともたげた両腕から、スーツの一部が液状化して飛んでいく。

 

 それらはエミリーとヴァネッサ、それぞれが引き絞った拳に付着し、形をとった。

 

 深淵卿の重力魔法の魔力光を伴う、何十もの鋭い棘を拵えた凶器に。

 

 サッとキンバリー達の顔が青ざめる。あんなヤバい光を放つモノ、当たれば死ぬ! 

 

「ちょっ」

「待っ」

「「死に腐れ──」」

 

 

 

 ガッ! と、今日一番の足音を響かせ、踏み込みで地面を粉砕し。

 

 

 

 大きく開いた足から腰へ、腰から腕へと、あらんかぎりの力を込め。

 

 

 

 その獄炎の如き怒りと憎しみを、拳に込めて! 

 

 

 

 

 

「「このクソ野郎ッ!!!!!」」

 

 

 

 

 

 万感の込められた拳が、罪人達の頬をぶち抜くッ! 

 

「ゲパァッ!?」

「オブュッ!?」

 

 奇妙な声を上げ、アレンはエミリーの、キンバリーはヴァネッサの拳を受けた。

 

 常人の軽く十倍はある膂力に頬骨は砕け、肉が裂け、歯も砕けて、顔を伝って全身にまで衝撃は伝播する。

 

 重力魔法に縛り付けられたことで、余すことなくその力は行き渡り、二人の体は宙でひしゃげた。

 

「終わりだ、下郎共」

 

 その力が完全に失われる直前、両手でアビスゲートさんがフィンガースナップ。

 

 魔法が解除され、残る推進力によって二人は錐揉み回転しながら地面に激突。

 

 仲良くバウンドし、揃って車のガラスに顔を突っ込んだ。

 

 

 

 

 沈黙が訪れる。

 

 誰もが言葉を発せない中で、エミリーとヴァネッサの荒い吐息だけが空気を震わせた。

 

 ケツを突き出して動かないキンバリー達に、シャロンと目を覚ました宙吊りの局員達が無言で戦慄する。

 

「二人とも」

 

 その中で、アビスゲートが二人に歩み寄った。

 

 反動をうまく逃したとはいえ、規格外の力に疲労困憊という様子の彼女達は緩慢に顔を上げる。

 

「惚れ惚れするような一撃だった」

 

 静かに告げられた、その言葉に。

 

 二人は顔を見合わせて、それからもう一度憑き物が落ちたような顔で彼を見て。

 

 とてもいい笑顔を浮かべ、サムズアップした。

 

「その勇気には、報いがなければな」

「え?」

 

 怪訝な顔をする二人へ、アビスゲートはとある方を手で示す。

 

 つられて彼女達がそちらを見ると、闇の中に佇む倉庫がそこにはあった。

 

 鉄扉に視線が集まると、内側から錆びた音を立て開いていく。

 

 その内からは──

 

「ふむ。些か音が気になるな。シーラ殿にとっても良くないだろう。カール氏、メンテナンスの必要を感じるが?」

「あ、ああ。その、ちょうどメンテナンスに出しに行くつもりだったんだよ? な、なぁ、お前?」

「ええ、そ、そうなのよ。それで、出かけようとしていたところで、保安局の人達が来たから……」

「なるほど、不躾な質問だったな」

 

 困惑した様子の中年の男女と、車椅子に乗った老女。そして椅子を転がす影帽子。

 

 何が何だか分からない、という顔の夫婦らしき彼らと老婆に、エミリーが目を見開いた。

 

「お父さん! お母さん! おばあちゃんも!」

「っ! エミリー!」

「エミリーっ」

 

 喜びと安堵に溢れた娘の叫びに、すぐさま反応した父カールと母ソフィ。

 

 たまらず走っていったエミリーは、何者にも阻まれることなく二人の胸に飛び込んだ。

 

「お父さん、お母さんっ……よかった、よかったぁ……!」

「エミリー、ああっ、無事で本当によかった……」

「こうして会えて、とても嬉しいわ……」

 

 優しく、愛情に溢れた声音で頭や背中を撫でられ、エミリーはグッと目元を歪める。

 

 驚異的な精神力で耐え凌いでいたとはいえ、本来はまだ15歳のの少女。

 

 

 

 

 

 啜り泣く声が聞こえるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。


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赤い蛇は牙を剥く

お久しぶりです。

他の作品がマンネリ気味なので、投稿したり。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

「粋なことをしますね、我が神よ」

「ふっ。これくらいの報酬はあってしかるべきだろう」

「心より感服いたします」

 

 跪き、恭しく頭を下げるヴァネッサに、アビスゲート卿は仮面の下でニヒルな笑みを浮かべる。

 

 心の中で浩介が浮かべる無表情との落差が酷い。クールな諜報員はどこへ行ったのだろう。

 

 

 

(まあ、気持ちは同じだけどな。やっぱり家族は一緒にいないと)

 

 

 

 アビスゲートとは遠藤浩介の一面。口にした言葉は本当だ。

 

 あれほどの困難を乗り越えた少女が、家族と抱き合い浮かべている笑顔には感じるものがある。

 

 

 

(……うちの家族も、これくらい気にかけてくれたらなぁ)

 

 

 

 遠藤浩介、24歳。旧世界の力を取り戻したことで存在感の希薄さに磨きがかかっていた。

 

 実家に帰って、両親や妹に挨拶しても気が付かれないことはザラ。

 

 なんなら一緒に食事をしていても見失われる。そろそろちゃんと認識してくれるラナ(恋人)が恋しい。

 

「さて。後始末といこうか」

 

 気分を切り替え、アビスゲートは顔の向きを変える。

 

 仮面を向けられたシャロンは、無言で彼を見返した。

 

「局長殿。貴殿には二つの選択肢を与えよう」

「選択肢、ですって?」

 

 アビスゲート卿が、右手を上げて人差し指を立てる。

 

「一つは今、この場で闇の中へ呑まれること」

「……今更我々が死んだところで、もうこの国は止まらないわ」

 

 その言葉を既に予期していたと言わんばかりに、シャロンの瞳は揺れなかった。

 

 鋼の意志を感じさせる表情に、アビスゲート卿は何も言わずに中指を立てる。

 

「そして、もう一つ。我々に協力することだ」

「協力……ね」

「我としてはこちらをお勧めするよ。その方が何かと得だと思うがな?」

「何を根拠に……」

「貴殿。既に我らが首領に近しい人物に会っているだろう?」

 

 

(あるいは、あの男自身に)

 

 

 シャロンは、口を噤んだ。

 

 動揺とも言えない反応だが、これまでの言動から鑑みてアビスゲートは確信する。

 

 悟られたことを勘付いているのか、シャロンの眼光が鋭さを増した。

 

「ならば、知っているはずだ。その力をな」

「……大した脅迫ね。つまり、ここで承諾すれば帳消しにすると?」

「少なくとも、悪いことにはなるまいよ」

「随分な自信だこと。まるで、国家相手に上位の立場にいると言いたげね」

「そうではないと?」

 

 彼女は再び閉口する。

 

 否、と言えなかった。それほどまでにあの時の記憶は鮮明だったのだ。

 

 

 

 

 国を裏から、誰にも悟られず頂点まで蝕む影響力。

 

 そんなことが出来る者が差し向けてきた、目の前にいる規格外の化け物。

 

 先ほど、影は自らを尖兵と言った。あれほどの芸当をしてみせた怪物が、たかが尖兵なのだ! 

 

 その影の先に繋がった闇の総力は、もはや測り知れない。

 

「もし断れば?」

「想像するがいい。少しずつ貴殿らが、国の重鎮達が我らの操り人形にすり替わり、やがて傀儡になっていく様を」

「……っ」

「よく考えることだな。局長殿はまさに今、そのトリガーに指をかけているのだから」

 

 威圧感すら伴う言葉に、シャロンは悟る。

 

 

 

 

 

 これは交渉ではない。譲歩だ。

 

 

 

 

 その気になれば如何とでも出来る所を、あえて選ばせようとしている。

 

 護国に全てを捧げたと言ったシャロンに対して、挑発しているかのようだった。

 

 同時に、それが出来る立場であるということを示している。

 

 

 

(まあ、半分はハッタリだ。自分でどうにかするって決めたし、ただでさえ多忙なあいつにこんなこと任せられねえ)  

 

 

 

 逡巡の様子が見られるシャロンに、浩介は内心で静かに待った。

 

 極力〝組織〟を頼るつもりがない以上、後始末を丸投げするより既存のシステムを利用した方が効率的なのは明らか。

 

 強大な発言力を持つこの老女は、生かしておけばこの国に対して良い交渉を行ってくれることだろう。

 

 それこそ、ベルセルクの一件に関して重鎮達に待ったをかけられる程度には。

 

 

 

 

 万が一断ったとしても、その時はせめてシャロン達とキンバリーの背後にいる者達だけは潰す。

 

 当初の目的である、エミリーとヴァネッサを心身共に保護することだけは完遂してみせよう。

 

 そう密かに決意しつつ、言葉を重ねる。

 

「我らが呑み込んだこの国は、果たして貴殿が守ろうとしたものなのか。死後も悔やみ続けたいか?」

「……悪魔め」

「フッ。我などまだ生易しい方よ。……ていうか他の牙だったら、あんたら下手したら国ごとデストロイしてるから。いやマジで」

 

 ちょっと中の浩介が顔を出した。いきなり切羽詰まった声音になって、シャロンが困惑する。

 

 もし担当したのが他の最高幹部であったら、速やかにこの国を地図から消したであろう。

 

 歴史的にも物理的にも、使徒達なら絶対やる。そしてごく自然に隠蔽する。

 

 こんなふうに交渉を持ちかける牙は、それこそ唯一の人間である浩介くらいのものだ。

 

「んんっ。して、局長殿。答えは如何に?」

「……少し、待ってちょうだい」

 

 改めて投げかけられた問いに、シャロンは熟考した。

 

 譲歩を呑んだ際のメリットと、拒んだ場合のデメリット、その比重について思考を巡らせる。

 

 ここで頷けば、あの人物との協定関係は対等ではないとはいえ保たれる。

 

 この上下関係性は、今後致命的な不利を保安局や国家に生む可能性があるが、それは今更だろう。

 

 では首を横に振り、この影や、背後にいる大いなる闇と全面戦争をするか? たかだか生物兵器一つの為に? 

 

 その為に、何人の国民が死ぬ? 今折れるのに比べて、どれだけの労力と時間、資源や時間を浪費する? 

 

 

 

 どれだけ国を食い潰せば、果てがあるかもわからないこの闇を払えるのだ? 

 

 

 

 何十通りと、長年保安局のトップに立ち続けた所以たる明晰な頭脳でその案を考え出して。

 

 ……だが、もはや計算することもなく、答えは明らかだった。

 

「圧倒的に割りに合わない、わね……」

 

 ふっと、シャロンは諦めたような笑みを口元に浮かべる。

 

 すぐにそれは消え、元の鉄面皮に戻って彼女はアビスゲート卿を見上げた。

 

「答えは決まったようだな」

「ええ。ベルセルクは制御不能、特効薬の精製も不可能。付随する数々の危険性から処分が最善の策……こんなところでどうかしら?」

「素晴らしい。貴殿ならば、存分にその言葉に込められた意味を語ってくれると信じているよ」

「全く嬉しくないけれど、お褒めの言葉をありがとう」

 

 皮肉のたっぷりこもった声音で言うシャロンに、アビスゲート卿は指を鳴らした。

 

 すると空中に張り巡らされていた糸が一人でに解け、縛られていた局員達を解放する。

 

 地面に転がり、呻き声を上げる者もいれば痛みで目を覚ます者もいる。

 

 

 

 

 一人として死んでいない。それは殺すことよりも至難な技だ。

 

 いよいよ呆れ笑いをするシャロンに踵を返し、事態を静観していたエミリーへ歩み寄る卿。

 

「エミリー。見ての通り、彼らの協力を得られた」

「……そう、みたいね」

「しかし、これは我の利益。エミリーの目的ではない」

 

 ハッとするエミリー。

 

 顔を上げた彼女の目には、どうしても消えようのない憎悪の火がちらついていた。

 

 仮面の奥から確とそれを見ながら、影の使者は言葉を紡ぐ。

 

「君が望むならば、遍くを滅ぼそう。そうすることでも我が目的は達成できる」

「っ……」

 

 顔を俯かせ、体を震わせるエミリー。

 

 強く握られ、震える拳からは、怒りと殺意に近しい憤怒が現れていて。

 

 十五歳の少女の内に閉じ込められた衝動に、アビスゲート卿(浩介)は問う。

 

「どうする?」

 

 望むならば、この影蛇の口の中に全てを呑み込んでしまえる。

 

 その力を貸そうと、そう問いかける影を、ヴァネッサやシャロンが静かな瞳で見つめる。

 

 全ての決定権を委ねられたエミリーは、しばらくそのまま俯いていた。

 

「…………こうすけ」

「何かね」

 

 やがて。

 

 エミリーは、拳を強く握りしめながら、顔を上げた。

 

「私を、舐めないで」

 

 解かれた両手が、卿の胸元を掴み上げた。

 

 背後で彼女の家族が制止をかけようとするが、気にせずエミリーは卿を睨め上げた。

 

 子猫の威嚇に等しい、だが強い何かを秘めた瞳を、彼はじっと見つめ返してみる。

 

「私は、確かに失った。怒っているし、憎んでいるし、許せない」

「では、どうしたい?」

 

 ぎゅっと、胸を掴む手に力が篭る。

 

「けど……けど、それに呑まれたら、貴方のしてくれたことを無駄にする。何より、この場であの人達が死んでも、私の大切な人達が帰ってくるわけじゃない」

「………………」

「私は、みんなと苦しむ人を助けるために頑張ってた。一つでも多くの命を救うために、頑張っていたの。だから人殺しを、こんなに沢山助けてくれたこうすけに頼むことなんて、絶対にしない」

 

 だから舐めないでと、もう一度繰り返して。

 

「私は、前に進むわっ!」

 

 エミリー・グラントは、シャロンの見せたそれに匹敵する意志の光で、憎悪を塗り潰す。

 

 曇りの消えた彼女の瞳を、アビスゲート卿は確かめるようにじっくりと見つめて。

 

「……エミリー。やはり君は、素晴らしい女性だ」

「……………………はへっ!?」

 

 やがて、称賛するように、それまでとは異なって優しい声音でそう囁いた。

 

 一緒に優しく頬を撫でる仕草も加われば、エミリーはシリアス顔から一転、真っ赤になる。

 

 あらま、と後ろでエミリー母が声を上げた。浩介は心の中で羞恥にのたうち回っている! 

 

 

 

(この仕事が終わったら、どっか無人の島に引きこもってやる! 絶対だ!)

 

 

 

 慌てて離れ、生暖かい目を向けてくる家族や駄ネッサを見回してさらに赤面する。

 

 湯気でも出るのではないかというところまで行って、彼女はカリ◯マガードの姿勢を取った。

 

「み、見ないでぇ!」

 

 どうやら、年にそぐわぬ強さを持つエミリーも一端の乙女のようだ。

 

「さて。そういうわけだ、全力で協力してくれ給えよ、守護者殿」

「……承知よ」

 

 神妙な顔で頷くシャロンに、アビスゲート卿もまた鷹揚に頷くのだった。

 

 そして、動ける程度の傷に留めておいた局員達を起こす為に一歩踏み出す。

 

 

 

 

 

 ガタンッ!! 

 

 

 

 

 

 突然、大きな音が響いた。

 

 全員が弾かれたようにそちらを見る。発生源は車の窓に半身を突っ込んだままのキンバリーだった。

 

 突如として激しく体を震わせたことで、車体が揺れたのだ。

 

 たかだが男一人の身動きで、銃撃戦にも耐えられる仕様に改造された重装甲車が。

 

 瞬時に空気が引き締まり、アビスゲートが分身達に弓で狙わせる。

 

 衆目の中、キンバリーの下半身が再び痙攣した。先ほどよりも更に激しく。

 

 それを皮切りに、キンバリーの体が断続的に震え始め、ホラーじみた光景にエミリーが「ひぅっ」と声を漏らす。

 

 

 

(なんだ……この、言いようのない悪寒は)

 

 

 

 仮面の奥で、心を震わせる何かに冷や汗を流す。

 

 そうしているうちに、少しずつずれていたキンバリーの体がついに外へ転がり落ちた。

 

「ギ、ァア……」

「っ!?」

 

 奇怪な動きで立ち上がったキンバリーの、先の一撃でぐしゃぐしゃになった顔を見て息を呑む。

 

 瞳に正気はなく、開いた口の隙間からは呻き声と共に涎がこぼれ落ちている。

 

 ゾンビのような様相にたじろいでいると、キンバリーがまた体を痙攣させた。

 

「ァ、ガァ、ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

 

 胸を激しく搔きむしり、白目を剥いたキンバリーが空に向かって絶叫する。

 

 そして、彼の体が服の内側から肥大化を始めた。

 

「なっ──!?」

「これは……っ!?」

 

 ベルセルクの発現。誰が見ても明らかな変異に、シャロンとエミリーが声を上げる。

 

「ヴァネッサッ!」

「はっ! 我が神の仰せのままに!」

 

 鋭く名前を呼べば、迅速に動き出したヴァネッサはグラント家一同へ走り寄った。

 

「みなさん、危険ですのでこちらへ!」

「あっ、ああ!」

「こうすけ!」

 

 エミリー手を伸ばす気配を感じながら、しかし浩介はキンバリーから目を離さない。

 

 彼らの目の前で、悪魔の薬によってみるみるうちに肥大化していくキンバリーだったもの。

 

 

 

 

 だが、真にアビスゲート卿が驚いたのは次の瞬間だった。

 

「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ────!?」

 

 ちょっとした巨人のようなサイズまで大きくなったベルセルクが、突然苦しみ出す。

 

 知性はない筈だが、体に染み付いた修正か口を押さえ、腹を掻きむしった。

 

「なんだ……?」

 

 異常に異常を重ねた光景を見て、いつでも掃射できるよう分身達で構える。

 

 いよいよ、苦悶が頂点に達したベルセルクは──その口から()()()を吐き出した。

 

「あれ、はっ……!?」

「ガッ、オ”ッ、ゲッ、ギギギギ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ────!!!!」

 

 抑えきれないと言うように、ついに両手を外して咆哮したベルセルク。

 

 口や鼻、ありとあらゆる場所から吹き出した紫煙が、その巨躯を覆い尽くしていく。

 

 見上げるような体を覆い尽くしたそれが、やがて消えた時。

 

『オオオォオオオォオオオアァアアァ────────!!!』

 

 黒い鎧を纏った怪人が、そこにいた。

 

「なに、これ……」

「ベルセルクでは……ないっ!?」

「なんということ……」

 

 エミリーが、ヴァネッサが、シャロンが呆然と見上げる中で。

 

「よもや、このような事態になるとはな……!」

 

 

 

(どうして〝ハードスマッシュ〟がこんな所に……!)

 

 

 

 アビスゲート卿は、引き抜いた黒刃を硬く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……さあ。実験を始めよう、なんてな』

 

 物陰で、静かに笑う赤蛇に気が付かずに。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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超越体(ヘラクレス)


こんな深夜に失礼しますっと。

ども、作者です。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

 

「ヴァネッサ! 彼女達と共に出来るだけ離れたまえ!」

「我が神よ、これは!」

「ああ……どうやら、相当なじゃじゃ馬が出てきたようだ!」

 

 油断なく、ベルセルクスマッシュとも言うべき怪物を見上げる。

 

 肉体は戦闘への意識を高めつつ、心では浩介が思考を回転させていた。

 

 

 

(まさか、スマッシュになるなんて……さっきの様子からして、体内に何か仕込まれてたのか?)

 

 

 

 ネビュラガスと思しき物質を体内から奔出させていたのを思い返し、分析する。

 

 何故、キンバリーにベルセルクとネビュラガスが。彼らの裏にいた者の仕業だろうか? 

 

 だとしたら、こちら側の誰が関わっている? これも彼からの試練? それとも不測の事態か? 

 

 この僅か数分で、一気に事情が難解となった。

 

『オオォォオオオ────!!』

「考えを深める時間はないようだなっ」

 

 体が馴染んだのか、素早くアビスゲートを認識した怪物は攻撃を仕掛けてきた。

 

 某進撃する巨大生物の特殊個体のように装甲を纏った腕が、唸りをあげて振り下ろされる。

 

 当然、軽やかなステップで回避する卿だが、地面に突き刺さった拳が数メートル規模の陥没を作るのを見て眼を細めた。

 

 どうやら、パワーは正規のスマッシュ並。すぐに卿を捉えたことからして、知覚能力はそれ以上。

 

 一撃でも当たれば、卿でも大怪我は必須だろう。

 

「これは骨が折れそうだな……!」

『オオオォォォオオッ』

 

 次々と迫り来る拳の嵐を避けながら、分身を操ってシャロンを含めた局員達を運んでいく。

 

 わざわざ交渉までしたのだ、ここで巻き込まれて死なれては殺さなかった意味がなくなってしまう。

 

 それなりの重傷をこさえた彼らを慎重に運搬しつつ、ベルセルクスマッシュの観察を開始する。

 

 

 

(ふむ……何度かカウンターで蹴りを入れてみたが、装甲の強度は折り紙つき。その下の筋肉もかなりの厚みだ。関節部を狙うのが妥当か?)

 

 

 

 試しに、拳を空ぶったベルセルクスマッシュの背後に回る。

 

 分身を前面に残し、そちらに意識を促しながらうなじめがけて一閃した。

 

 抜群の切れ味を誇るナイフは、卿の技術を遺憾無く発揮させ、太い首を半ばまで切り裂く。

 

『ガッ……アアァアアアア!!』

「ぬっ!」

 

 だが、死ぬことはなかった。

 

 生々しい音を立てて肉が盛り上がり、あっという間に傷が再生したのだ。

 

 ベルセルクによる細胞の異常活性化。厄介な能力だと、裏拳をマ◯リックスムーブで躱しながら観察する。

 

「ふっ、だが面白い! よもやこのような余興が待ち構えているとはな!」

 

 仮面の下でニヒルに笑い、手をかざす動きをしながらベルセルクスマッシュの背中を蹴る。

 

 そのまま頭を踏み、宙返りしてベルセルクスマッシュの前に着地すると香ばしいポーズを取った。

 

 極め付けに、ナイフを揺らめかせながら一言。

 

「さあ、ワルツを踊ってやろう。理性なき野獣には、美女ではなく死の影がお似合いだろう?」

『オオォオオオオオッ!』

 

 理性が残っているとは思えないが、舐められていると直感したのか咆哮する。

 

 

 

 

 ビリビリと空気を震わせる雄叫び。それはグラント家を退避させたヴァネッサにも届いた。

 

 ビルの入り口で待っていた卿の分身に一家を任せ、現場に戻った彼女は戦いの様子を伺う。

 

「っ、あれは……!」

 

 そこでは、常軌を逸した戦闘が繰り広げられていた。

 

 ベルセルクスマッシュが一撃放つ度、その場にある物全てが破壊されていく。

 

 拳でガラス細工のように重装甲車を砕き、蹴りが回避した卿の背後にあった柱を一撃でへし折る。

 

 少しでも擦れば、自分ならばその時点で挽き肉となっているであろう暴力の嵐。

 

 それに、特殊なベルセルクの動きに見覚えがある。キンバリーの格闘術と同じものだ。

 

 どうやらあれは、単に力任せな暴れ方をするのではなく、ある程度の知性を残しているらしい。

 

 だが、最も異様なのはそれを相手する卿であろう。

 

「ワン、ツー、スリー! そらそらどうした、動きが噛み合っていないぞ!」

『グガァアアアゥ!』

「ハーッハッハッハ! その程度か!」

 

 カツン、カツンという足音が、卿がステップを踏む度に響いている。

 

 腰布を翻し、まるで舞踏でもしているかのような動きでベルセルクスマッシュを翻弄していたのだ。

 

 月明かりの下、影と野獣が踊るように戦う様は、まるで某ミュージカル映画の如く。

 

 どちらが格上なのかは明白。たとえ卿を捉えていたとしても、当たらなければどうということもない! 

 

「これは、なんと圧倒的な……」

「おや、ヴァネッサではないか。お勤めご苦労。そこで我が踊りを採点でもしてくれたまえ」

 

 地面を貫いた柱のような右腕の上に乗りながら、卿が告げる。

 

 一拍遅れて絶叫したベルセルクスマッシュが掴もうとするが、そこにもはや影は無く。

 

 心配する事すら烏滸がましい。そのことを理解したヴァネッサは、更なる畏敬の念を自覚した。

 

「ふむ。大体のスペックは知れた。常人が相手であれば、一秒も保つまいよ」

 

 分身ではなく残像が見えるほどの速度で回避しながら、暴れまくるベルセルクスマッシュを見る。

 

 鍛え上げられた観察眼は、既にこの新種の怪物の攻略法を編み出すだけの情報を解析している。

 

 あとは……

 

「む。全員運び終えたな。これは都合が良い」

 

 一人残らず、局員を安全圏まで運搬し終えた。

 

 分身からそれを知った卿は、いよいよ以って最後の段階を始めた。

 

「では野獣よ、不格好だが良いダンスであった。そろそろ終いといこう」

『グルァアアアアッ!!』

 

 真正面で立ち止まった卿へ、ベルセルクスマッシュは剛腕を振り下ろす。

 

 突然立ち止まったことに、シャロンや目覚めた局員達が、まさか体力切れかと息を呑んだ。

 

 ただ一人、ヴァネッサだけは何かを確信しているように傍観する中で──ベルセルクスマッシュが、止まった。

 

 

 

 

 卿が潰される様を想像していたシャロン達が、怪訝な顔になる。

 

 ヴァネッサはというと……ニヤリと、無駄にクールな笑みを浮かべていた。

 

『ガ、ァ……!?』

「どうだ? 動けぬだろう?」

 

 不自然な姿勢で静止したベルセルクスマッシュへ、卿が語りかける。

 

 怪物のその体には──闇に溶け込むような黒い金属糸が、所狭しと張り巡らされていた。

 

 全てが絶妙に噛み合ったそれらは、ベルセルクスマッシュがどれほど力を入れようとも逃さない。

 

「この我が、単に貴様の不恰好な踊りに付き合ってやるわけがなかろう?」

「流石は我が神! 全て計算づく、あの怪物ですら赤子の手を捻る程度とは! やっべ、超カッコいい!」

 

 妙にハキハキとした顔で叫ぶ駄ネッサさんは、もう完全に駄ネッサさんだった。

 

『グ、ギ、ギギギィ……!』

 

 なんとか抜け出そうとするベルセルクスマッシュへ、もったいぶった動きで指を鳴らす。

 

 すると、怪物を取り囲むように現れた分身達が円陣を作りあげた。

 

 先ほどの事がトラウマになったのか、シャロン達が渋い顔をするのを感じながら手を上げる。

 

「では逝くがよい。哀れな小悪党の成れの果てよ」

 

 手が振り下ろされた瞬間、分身が一斉に矢を発射。

 

 全身の関節に突き刺さった無数の痛みに、ベルセルクスマッシュが怒りを喚き散らす。

 

「深淵に呑まれよ」

 

 意味をなさない叫びを聞き流し、手元のアーティファクトにあるスイッチを押し込む。

 

 

 

 

 瞬間、炎の花が無数に咲いた。

 

 爆発矢が作動し、次々とベルセルクスマッシュの肉体を内部から破壊していく。

 

 足の指先から頭部に至るまで、連鎖的に吹き飛んでいく矢に巨体が右へ左へと揺れた。

 

『ガ、ァ……』

 

 全てが爆発した時、ベルセルクスマッシュは見るも無惨な姿と成り果てる。

 

 焼け焦げた肉と、金属のような匂い。それが立ち上る煙から強く香る。

 

 全身の装甲は粉砕して剥がれ落ち、飛散した矢の破片によってズタズタに切り裂かれている。

 

 臓器を全て破壊されたのか、声も上げずに膝をつき……そして、倒れる。

 

 いくら待っても、ベルセルクスマッシュが起き上がることは二度となかった。

 

「再生能力があるのならば、その暇もないほど脳から心臓に至るまで全身を破壊してしまえばいい。理に適っているだろう?」

 

 フッ、と得意げな笑いを零し、アビスゲート卿は炎の残滓を背後にポーズを決めた! 

 

 シャロン達の顔が引き攣る。ヴァネッサの目がキラキラと輝く。エミリーからの冷めた視線が浩介に痛い。

 

 

 

 ……パキッ

 

 

 

 そんな彼らの前で、ベルセルクスマッシュに異変が起こった。

 

 ひび割れるような音を立てた死体に、敏感な反応をして構える卿ら。

 

 だが予想していた事態は起こらず、みるみるうちにひび割れた死体は全身を崩壊させた。

 

 地面に破片が転がり、その際のごく僅かな衝撃で砂に変わってしまうほど。

 

 静かな幕切れに、全員が拍子抜けする。

 

 その中で、慎重な足取りで砂の小山に歩み寄る卿。

 

「……一体、何が起こったというのだ」

 

 ベルセルクスマッシュだったものを一掴み掬い、じっと見つめる。

 

 表面上はアビスゲートのおかげで冷静を保っているが、浩介としてはかなり困惑している。

 

 

 

 追い討ちをかけるように、甲高い電子音が響く。

 

 

 エミリーが「ぴぅっ」とモスキート音のような悲鳴を漏らして飛び上がった。

 

 素早くそちらを振り向けば、ひしゃげた車の側に落ちた携帯の着信音だ。

 

「あれは……キンバリーの端末?」

「最初に暴れた際に、衣服から零れ落ちたようだな」

「我が神……」

 

 こちらを見てくるヴァネッサとシャロンに、小さく頷く。

 

 最大限に警戒しながら近づき、携帯を手に取る。

 

 

 

 

 表示された番号は、非登録のもの。

 

 おそらくはキンバリー達の背後にいる……彼をベルセルクスマッシュに変えた、何者かだろう。

 

 卿は懐から自分の端末を取り出し、逆探知と声帯解析機能をそれぞれ立ち上げる。

 

 キンバリーの携帯だったものと接続を確認すると、こちらにやって来たシャロンに差し出した。

 

「出たまえ、局長殿。我より貴殿の方が相応しい」

「……いいでしょう」

 

 卿の手から、スマートフォンを取るシャロン。

 

 少し時間を置いた後、応答ボタンを押した彼女はスピーカーモードで対話を始めた。

 

「国家保安局局長、シャロン=マグダネスよ」

『お初にお目にかかる、マグダネス局長。生ける伝説と話せるとは光栄だ』

 

 端末から聞こえて来た声は、ボイスチェンジャーによって隠蔽されていた。

 

 まあ、その程度なら卿の端末で引きはがせる。会話を長引かせるようジェスチャーした。

 

「お世辞をどうも。貴方は?」

『そうだな……ゼウス、とも言うべきか?』

「……ギリシャ神話の主神気取りとは、大きく出たものね?」

『はは、これは手厳しい。だが人外の存在の生みの親という意味では、相応しいだろう?』

 

 空気が張り詰める。

 

 全員の脳裏に、先ほどまで暴れまわっていた異常なベルセルクの姿ががよぎった。

 

『どうだったかね、我らの最高傑作は? 名づけるならば狂戦士を超えた怪物……超越体(ヘラクレス)とでも呼称しようか?』

「…………あれは貴方が?」

『素晴らしいだろう? ベルセルクの力に、()()()()からの技術を組み合わせた生物兵器だ。通常のベルセルクより何倍も性能が良い』

 

 まるで一部始終を見ていたように語るゼウス。

 

 どこかで観察していたか、あるいは超越体(ヘラクレス)に何か仕込まれていたのだろう。

 

 人を人とも思わない、道具の性能を語るような言葉にエミリーの目が釣りあがっていく。

 

「自慢話を聞くつもりはないわ。目的は何?」

 

 バッサリと切り捨てたシャロンに、一瞬電話の主が押し黙る。

 

 それから、ノイズ混じりのため息を吐いて返事をしてきた。

 

『ちょっとした雑談にも付き合う遊び心がないことは残園だが……まあいい。我々の目的はたった一つだ。グラント博士の身柄を引き渡せ』

「…………そんな脅迫に頷くとでも? テロリストとは交渉をしない。常識よ」

『いいや、頷かざるをえないだろう。何せ、いつどこでベルセルクが覚醒するか分からないのだからな?』

 

 さらりと告げられた言葉に、全員が息を呑んだ。

 

 ベルセルクを摂取しているのはキンバリーだけではない。そして相手は、好きな時にそれをできる手段を持っている。

 

 押し黙った彼らを見透かしているように、電話の向こうで嘲笑う声が響く。

 

『まさか局長殿は、市民の命を悪戯に散らすことはすまい?』

「…………下衆め」

『私はただのビジネスマンだよ。営利の為に動いているに過ぎない。その為ならばいくらでも犠牲(リスク)を出す。これは取引、有効なカードを切るのは当然だろう?』

 

 つまり、その為であればどれだけの命でも害してみせるということ。

 

 シャロン達が歪な価値観に辟易とする中、アビスゲート卿も拳を握りしめる。

 

 

 

(……必要な犠牲。言うやつが違うだけで、ここまでクソみたいなセリフになるとはな)

 

 

 

『どうするかね?』

 

 シャロンは、エミリーを見る。

 

 顔を青ざめさせた家族に、守られるように抱きしめられた彼女はその目をしっかりと見返した。

 

 彼女の瞳には揺らがぬものが宿っている。それを確かめた彼女は、今度は卿を見た。

 

 エミリーも彼を見て……信じるように、頷く。

 

 卿はそれに、はっきりと頷き返した。

 

「いいわ。エミリー=グラントを引き渡しましょう」

『英断だ』

 

 優越感に浸った声質で、ゼウスは答える。

 

 

 

 

 引き渡し場所と方法を伝え、電話は切られた。

 

 ふぅ、とひとまず全員が息をつく。そして卿に目線を向けた。

 

 しかし、彼は一同にノイズのかかった端末の画面を見せた。

 

「ジャミングだ。どうやらそれなりの対策ができるらしい」

 

 

 

(それも、この世界では最高峰ともいえる組織の端末を妨害できるレベル……そんな相手は、一つしかない)

 

 

 

 こちらの〝組織〟に、あちらへ協力している勢力がある。

 

 いよいよ、今回の事件は卿だけでどうにかする必要があるようだ。

 

「だが、声帯解析は一瞬早く終わった。データは提供する。大いに活用してくれたまえ、局長殿?」

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

 シャロンに満足したように頷き、卿は端末を握り締めると仮面の下で鋭く目を尖らせる。

 

 ここからは本気だ。スマッシュも絡んできたとなれば、気を引き締め直さなければならない。

 

「この深淵卿、人を人とも思わぬ外道に、この世で最高の恐怖を贈ってやろう」

 

 ナイフのような切れ味を持つその言葉に、シャロンとエミリー達グラント家は苦笑した。

 

 若干一名、「マジやっべ、神」とか呟いて恍惚としているSOUSAKANがいたが、気にしてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて。これでゲームが面白くなるな、浩介?』

 

 端末を投げ捨て、物陰で笑った蛇が音もなく消えた。

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


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潜入ミッション


またまたお久しぶりです。

今回はスパイっぽい?

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

『続いてのニュースです。昨晩、格闘家のジェームズ・ウォリア氏が行方不明となりました。世界王者として名を轟かせたウォリア氏はトレーニングジム近くで失踪し、ここ数ヶ月スポーツ界の著名人の失踪事件が相次いで……』

 

 

 

「ほーん。どこもかしこも物騒なもんだな」

 

 近くの席から聞こえてくるラジオ放送に、そんなことをぼやいてみる。

 

 ただでさえSFホラーな事態の真っ只中で、こういう話題を聞くときな臭いものを感じちまうな。

 

 いや、謎の黒幕の要求に従って、こうして受け渡し場所の喫茶店にいる時点で今更なんだが。

 

 結構いい感じの店なのに、こんな用事で来てしまったことが勿体無い。

 

「最近になって急に増加したのよ。それも、我が国の国民だけでなく、外から来た人間も含めてね」

 

 隣に座っていたシャロン局長が、厳しい目つきで答えてくれた。

 

「そりゃ怖いことだ。で、あんたら保安局はどう見てる?」

「……今回の件と関わりがあるかと聞いているなら、限りなく黒でしょう」

 

 やっぱりか。

 

 あのキンバリーが変異した、ベルセルクとスマッシュの融合体……ゼウスは超越体(ヘラクレス)なんて呼称してたな。

 

 あれほど完成された生体兵器、人体実験を相当な回数していないと作れるようなものじゃない。

 

 実用化に至るまで、どれだけの人が犠牲になったのか……考えるだけでゾッとしない。

 

「あ、そういえば遺灰の成分分析は?」

「つい今朝報告が回ってきたわ。ベルセルクの成分と共に検出されたものは、既存の物質、元素のどれとも異なっていた。完全に未知のものよ」

「未知のもの、ね……」

 

 まあ、十中八九ネビュラガスだろ。あれ、元はパンドラボックス由来のもんだし。

 

「…………」

 

 ん、エミリーの顔が少し強張っている。ベルセルクの名前を聞くだけでも嫌になるみたいだ。

 

 握られた小さな拳にそっと手を重ねると、彼女はハッとして俺を見た。

 

 大丈夫だと頷けば、彼女はふにゃりと柔らかい笑みに変わっていく。

 

 ……やばいなぁ、この心理的距離感。

 

「ふっ、さりげない気遣いもできる我が神。お優しいですね」

「パラディ、今は真面目な話をしているの。少し黙ってなさい」

 

 やばいなぁ、このSOUSAKAN。

 

 間違った日本知識で、尊敬から俺のこと神とか呼び始めるし。なんか惚れた濡れたとか言ってるし。

 

 昨晩、エミリーの両親の前で色々やらかしてくれたのはマジで忘れねえからな。

 

 ……………………昨日のこと思い出したらまた死にたくなってきた。

 

「過去のデータからの分析は困難だったけれど、遺灰の一部を液化して再分析した際に進展があったわ」

「進展?」

「濃縮化よ。おそらく別の物質をその状態に変化させ、効果を飛躍的に高めたと分析班は結論を出している。このことから、我々はそれを幻の薬品……〝ファントムリキッド〟と名付けた」

「ファントムリキッド……」

 

 随分と仰々しい名前をつけられたもんだ。

 

 

 

 

 

 ネビュラガスの濃縮化。それによるスマッシュ以上の生体兵器の創造、か。

 

 やはりこの件には、うちの組織も関わっている。

 

 そして、こういうことをやりそうなのは……

 

「とんでもねえ毒蛇が紛れてそうだな」

「蛇……言い得て妙、と日本の諺で言ったかしら。確かにこの件の背後にいるものは、随分と狡猾なようね」

「ああ、そうだな」

 

 別の意味で捉えたみたいだけど、間違ってもいないから訂正しなくていいか。

 

 保安局がエミリーに追跡や、()()()()の対策ができないよう、人気の多い場所を選んだ時点で厭らしい。

 

 それで開き直って、俺とヴァネッサまで同席させている局長も中々だと思うが。

 

 エミリーの心の安定って意味じゃ、局長と二人より遥かにマシだろうけどな。

 

「それにしても……本当に実物と見分けがつかないわね」

「実体のある分身を操るとは……我が神、クールです」

「それに、さっきから平然とサーモンサンド食べてるし……」

「いいだろ、美味しいんだから」

 

 魔力のパスを通じて味覚もリンクしているが、結構イケる。

 

 英国つったらメシマズのイメージが強いんだけど、場所によっては案外そうでもない。

 

 世界を回ってると、固定観念なんて簡単にひっくり返されるもんだ。

 

「本物のこうすけは、ゼウスを追ってるのよね?」

「ミスターアビスゲートのおかげで、声帯情報が手に入った。今は該当したうち、めぼしいターゲットを一通り洗っているわ」

 

 保安局の部隊も動いてるけど、並行して俺も英国中をバイクツアーしてる。

 

 昨日の小っ恥ずかしいセリフの数々を言質と言わんばかりに、局長さんに馬車馬のように働かされていた。

 

 もう朝から、軽く三つくらい闇組織を潰している。今も次の対象の所に向かっている最中だ。

 

「私の身柄を引き受けにくる人間を捕まえて、情報を吐かせ、さらに対象を絞る……だっけ」

「そういうことよ。既に、身柄を抑えるために正式な手続きも進めているわ」

「あとは我が神の働き次第、ということですね」

「せいぜい頑張るよ。……ていうか、せめてアビスにしてくれません? フルネームはちょっと……」

「あら、別にいいじゃない。ミスターアビスゲート」

「……もうそれでいいです」

 

 静かな執念を感じる。流石に煽りすぎたか。

 

 アビスはコードネームだからまだ許容できるけど、フルネームで呼ばれると奴が心の片隅に生えてくる。

 

 おい、「我を呼んだか?」みたいな感じでこっちを見るんじゃねえ。呼んでないから。

 

「でも、大丈夫なんでしょうね? いきなりこの場で消えられても困るわよ」

「安心してください、大陸と大陸をまたぐ距離でもなければ消滅しませんから」

 

 前に能力実験をしてみたが、どうやら〝狂人憑依〟をしている間は技能の力が増強するらしい。

 

 どれだけ離れたら魔力が届かなくなるのかは把握しているので、英国内程度ならどこに行っても余裕だ。

 

「そんなわけで、安心してくれエミリー。君のことは必ず守る」

「うん、信じてる。私、こうすけの側にいればなんだって怖くないわ」

「私も信じています。愛してます」

「ちょっと、ヴァネッサ!」

 

 分身体の腕を抱き込んで威嚇するエミリーと、何やら色っぽい眼差しで身を寄せてくるヴァネッサ。

 

 …………どぉ〜しよぉ〜かなぁ〜? 

 

 本当にマズイぞこれ。今ラナのこと言ったら、確実にエミリーが心ポッキリいくよなぁ? 

 

 こんな時、身内じゃない相手には一切容赦のない言動ができる南雲が少し羨ましい。

 

 

 

 

 

 本体と分身、ダブルで溜め息をつくと、頭の痛そうな表情をしていた局長さんが咳払いをする。

 

「乳繰り合うのもそこまでにしなさい。来たわよ」

 

 一瞬にして、和気藹々としていた空気が引き締まる。

 

 二人が俺から離れ、ヴァネッサは本来(だと思いたい)の真面目な顔を。

 

 エミリーはちょこんと袖を摘む程度に収めた。俺も気を引き締め、階下を見る。

 

 スーツに黒スーツの男、三人組。明らかにカタギじゃない雰囲気を醸し出している。

 

「……あれが」

 

 呟くエミリーの手が、少し震える。

 

 そっと力を込めれば、彼女は握り返してきた。

 

 っと、こっちもそろそろ目的地か。移動は自動操縦でなんとかなるが、リンクはここまでだな。

 

 

 

(それじゃ、頼んだぞ。俺)

(ああ。任せろ、俺)

 

 

 

 分身に一定の思考力と自律性を持たせ、最低限の操作権を残してリンクを切る。

 

 途端に視界が喫茶店から、いかにもな雰囲気の建物前へと切り替わった。

 

 バイクの魔力回路を切り、降車する。

 

 そして、ライダーモードにしていたスーツを胸のエンブレムに触れて戦闘装束に変形。

 

「さて。お仕事始めますか」

 

 仮面を装着し、漆黒のマントを翻して俺は気配を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

(おい俺、今いいか?)

 

 

 

 ん? 終わったのか? 

 

 

 

(ああ。情報を共有する)

 

 

 

 エミリー達のところにいた分身から、一時シャットダウンしていたパスを開いて記憶を受け取る。

 

 ……ふむ、なるほど。これはかなり貴重な情報だ。同等の知性を与えたのは正解だったな。

 

 昨晩のうちにいろいろ動いて先手を打っておいたおかげで、人的被害もなく終えられた。

 

 だが……

 

 

 

(ねえ、なんで敵全員にサーモンサンド食わせて倒してんの? 確かに美味かったけどさ)

(ふっ。あの店のサーモンサンドが奴らを昇天させるくらい美味かった。それだけのことだ)

(お前アビスゲートの人格じゃねえだろうな)

 

 

 

 知らないうちに第二人格として確立してそうで怖い。

 

 制御できてるから、問題はないだろうけど……あんまり分身を長時間活動させないほうがいいかもしれない。

 

 まあ、そんなくだらない悩みは置いといて……いや置いちゃダメだけど……こっちとしても()()()()()()()だ。

 

 

 

(じゃあ、後で合流するまで頼むぞ)

(ああ)

 

 

 

 引き続きエミリーの護衛を任せているうちに、最後の目的地へ到着する。

 

 ゆっくりとバイクを止め、エンジンを止めると座席から降りる。

 

 指輪の宝物庫に相棒を収納して、朝から始まった闇組織撲滅ツアーの終着点を見上げた。

 

「【Gamma製薬会社】ね……国内トップの製薬企業か」

 

 夜闇の中、煌々と人工の光で自らを主張する高層ビルは、その威容によって月を隠している。

 

 光とは裏腹に大きな影を落とす様は、まるでその背後にある闇を表しているかのようだ。

 

「行くか」

 

 再びエンブレムに触れ、魔力を流す。

 

 いくつか記録された形状変化から選択したのは、ビジネススーツの形態。

 

 あっという間に上品なスリーピースへと早変わりし、ネクタイピンになったエンブレムの位置を整える。

 

「マジで便利だなこれ」

 

 これ一着で、今後仕事着どころか私服まで困ることはないかもしれない。

 

 いいものを買ったな、とジアの顔を思い浮かべつつ、正面玄関へ向かう。

 

 当然のごとく守衛にはスルーされ、ガラス製の扉を通って受付まで行った。

 

「すみません」

「…………」

「あの、すみません」

「…………」

「おーい、お姉さーん?」

 

 目の前で見えるように数分の間手を振れば、カウンターで何やら仕事をしていたお姉さんがビクッとする。

 

 顔を上げ、しばらくこっちを注視した末に「いつの間にそこに?」みたいな顔で俺のことを認識した。

 

 ……別にいいさ。いつものことだもの、悲しくなんてないったらない。

 

「し、失礼しました。何かご用でしょうか?」

「あー、社長に取り次いでもらっていいか? 用事があるんだ」

 

 お姉さんは不審そうに眉根を寄せた。

 

 まあ、日本人の若造が突然トップに会わせろなんて言ったら、怪しいにもほどがあるか。

 

「アポイントメントは……」

「すまないが取っていない。けど……」

 

 なるべく余裕のある態度を意識しつつ、懐からあるものを取り出す。

 

 〝組織〟のエンブレムが刻まれたコイン。それを大理石製のカウンターにそっと置く。

 

「これを身分照明にすれば、分かると思う」

「少々お待ちください」

 

 流石はプロというべきか、とりあえずといった様子で連絡を取ってくれる。

 

 数分ほど会話をして、お姉さんは椅子から立ち上がった。

 

「社長がお会いになるそうです。ご案内いたします」

「ありがとう」

 

 歩き出した彼女の後ろについて、社内へと向かう。

 

 エレベーターと、そのすぐ近くに階段が見えたtころで──技能を発動。

 

 〝狂人憑依〟。型式《 山の翁:百貌(ハサン) 》により、隠密特化の分身体を作成。

 

 元から絶無な存在感を更に消失した黒い影法師が、俺の体から分かれて階段の方へ行った。

 

「こちらにどうぞ」

「ああ」

 

 俺本人はといえば、大人しくエレベーターに乗って上階へと向かう。

 

 

 

 

 

 流石は大企業と言うべきか、感じの良い音楽とともに静かに上昇していく。

 

 ガラスの向こうに見える夜景は中々のもので、こんな仕事中でもなければ感動しただろう。

 

 無言で待つこと数分。軽やかな音で最上階に到達すると、ドアが開く。

 

「申し訳ありませんが、私ではここまでの案内となってしまいます」

「ああ。道はわかってる」

「恐れ入ります」

 

 見事な姿勢で頭を下げたお姉さんの横を通り、エレベーターを後にする。

 

 背後で扉の閉まる音を聞きながら、さてと目の間に広がる通路へ視線を投じる。

 

 勿論、ここから先の道なんて知らない。

 

 だが、この階にある人の気配は一人分だけ。ならばそれを目指して進めばいい。

 

 気配察知を頼りに、幾つもの曲がり角や部屋を通り抜けていく。

 

 しばらく進むと、電子ロックらしき扉に出くわした。壁にはディスプレイが埋め込まれている。

 

「さて……上手くいくかな」

 

 端末を取り出して、試しにかざしてみる。

 

 おそらく社員専用……それも()()()()のパスしか認識しないだろう電子鍵。

 

 しかし、やはりと言うべきか端末の画面に〝組織〟のエンブレムが表示され、カチリと開錠音がした。

 

「確定、か」

 

 小さく呟きながら、開いたドアを押し開いてまた進み始めた。

 

 同じロックを数度通過し、このフロアに来て十数分が経とうかという頃。

 

 最後に現れたのは、会社のエンブレムが刻まれた、金属製の重厚な扉。

 

 脇のディスプレイへ歩み寄り、ボタンを押す。

 

「〝組織〟の者だ。経過報告を聞きに来た」

『待っていたよ。今開ける』

 

 端末越しに返ってきた。男の声。

 

 数秒して、内側から開けられた扉が左右の壁へ引いていき、奥へと入れるようになる。

 

 その奥に感じる気配に、俺は改めて覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 中へ進んですぐ、扉が閉まる。

 

 大層な警戒心だな。そんなことを思いながら前方へと視線を投じる。

 

 そこには、豪奢な椅子に腰掛けた、三十代前半ほどの男がいた。

 

「…………?」

 

 だが、その男は俺を通過し、自ら閉じた扉を見て不思議そうな顔をする。

 

 …………幾度となく傷つきながら、デスクの前まで歩いていって、コンコンと拳で叩く。

 

 すると、ようやく気がついたように男は僅かに糸目を開いた。

 

 まるで蛇のような目つきだった。まあ、うちのトップ連中に比べたらペット用の小蛇ってくらいだが。

 

「やあ、君が()()()()()からの使者か。わざわざご足労をかけた」

「……気にするな」

 

 低くした声で答えれば、男は軽薄そうな見た目にそぐわぬ笑みを浮かべる。

 

 ケイシス=ウェントワークス。【Gamma製薬会社】CEO、若き社長としてこの国では有名な男だ。

 

 そして──キンバリーの背後にいた、あの超越体(ヘラクレス)を差し向けてきたゼウス本人である。

 

「しかし、既に結果はメールで送ったが。こうして直に聞きに来るとは、何かあったのかい?」

「……単に、ダブルチェックをしに来たというだけさ。うちの上司は慎重でね」

 

 あえて、あの赤蛇の部下としてやってきたという態度で答える。

 

「なるほど。確かにあれだけの成果だ、当然とも言えるね」

「理解が早くて助かる」

 

 ここ数年で培った演技はどうやら通じたようで、俺を味方と思ったケイシスは鷹揚に頷いた。

 

 ……とはいえ、()()()()()()()()()を鑑みれば、全く信用はしていないようだが。

 

 だが、〝組織〟の所属を示すコインの存在を伝えたことで、疑ってはいないのだろう。

 

 

 

 

 

 あれが外に出る可能性は無い。

 

 全てのコインには、〝組織〟が所在を知れるよう処理を施してある。

 

 後から弄る事は出来ないし、万が一所有者が紛失や強奪された場合には即座に塵と化すようになっている。

 

 偽造もできないよう、魂魄魔法で制限までかけられているのだから、その技術には脱帽だ。

 

 それを持っている事は、他の何より〝組織〟の人間であることの最高の保証であり。

 

 提示された側への、最強の圧力なのである。

 

 

 

 

 

 人生経験で言えば格上だろうこの男に、無条件に信じさせる程に。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 じゃあ、始めよう。

 

 隠れた刺客の位置を把握しながら、デスクの上に端末を置いて録音状態にする。

 

「早速だが、聞かせてくれ」

「うむ。もう把握していると思うが、改めて言おう。我が社の研究により、提供された物質……ネビュガラスの濃縮。および高性能化は成功した」

 

 ……保安局の分析通り。悲しいことだが、あの赤蛇の関与は絶対的のようだ。

 

 それが何故なのかはまだ分からないけど、ケイシスから少しでも情報を聞きだせることを期待しよう。

 

「あれは素晴らしい物質だっただろ?」

「ああ。全く未知のものだったが、あれほど汎用性に富む物質は他に見たことがないよ。人体の急激な強化と変質化のみならず、単純なエネルギーや毒物にもなる……柄ではないが、神が作った万能物質と言っても過言ではない」

 

 皮肉ながら、この新しい世界を作ったって意味じゃあ間違っちゃいねえな。

 

「現に、【ベルセルク】とあれほどの調和を見せた。単体であれば単なる使い捨ての駒止まりだが、超越体(ヘラクレス)であれば十分兵器レベルになる。制御が可能になり、量産できれば、世界を牛耳ることさえも可能だろう」

「…………!」

「とはいえ、ある程度強靭な肉体を持った人間でなければ素材にならないのが悩みどころだけどね。製造コストも馬鹿にならない」

 

 金がかかることだね、とケイシスが頭を振る。

 

 

 

 

 

 ……ひとまず、こいつが自分の利益のためなら人の命なんてなんとも思っちゃいない、最低のクズだってのは分かった。

 

 電話の時点で分かりきっていたことだが、目的の為とはいえこんな茶番に付き合わされることに怒りを禁じ得ない。

 

 とはいえ、それを表に出しはしない。こっちだって無駄に場数を踏んでないのだ。

 

「だが、当初の目的を達成するには【ベルセルク】だけで十分だ。これからやって来るグラント博士には、存分に働いてもらおう」

 

 ……気持ち悪い笑みでエミリーのことを貶めたのは、後でぶん殴って精算するとして。

 

 高速で思考を回転させ、ケイシスの言葉に含まれたものを全力で解析する。

 

 そこから最も該当するだろう内容を予想し、最適な言葉を選択すると、カマをかけてみた。

 

「確かに。ただ人々を支配するには、【ベルセルク】の脅威だけで十分だろう」

「その通りだ。世界中の人間を潜在的にベルセルク化し、抑制剤を流布して、利益を得る。その際万が一のことが起きるための保険と、そして絶対的な力の象徴として、超越体(ヘラクレス)は活用させてもらうよ」

 

 思った以上にえげつねえこと考えてやがるな、この三流悪役野郎。

 

 いかにも世界の害悪って感じだが……ファウストが絡んでいる以上、それだけじゃないはずだ。

 

 直感だが、もっと裏があるような気がする。それを聞き出すために、演技を続けることにした。

 

「念のために聞いておくが、ちゃんとデータは揃ってるのか?」

「勿論だ。【ベルセルク】に関して、あらゆる実験を行ってきたからね。どれだけ服用すれば暴走するのか、そしてコントロールできるのか。これまでは制御をするのに錠剤用のカプセルを使っていたが、グラント博士がいればその問題も解決する」

 

 エミリーがいれば……順当に考えれば、より制御に特化した改良薬を作らせるっていうところか。

 

 それを人々に飲ませ、そして自社の抑制薬を買わせる。マッチポンプにも程があるものの、悪くない作戦だ。

 

 だが、それをこの国だけでなく、世界中とまで豪語できる理由……方法はなんだ? 

 

「あくどい方法を考えたもんだ。まさか、あれを使うとはな」

「ふっ。人が生きる限り、水は欠かせないものだからね。これは誰にも避けられないのさ」

 

 なるほど、それか。

 

 水道、ダム、川、排水路……人が暮らす場所には必ずと言っていいほどあるもの。

 

 この社から買う物以外に特効薬がないというのなら、汚染された水を飲んだ時点で隷属を余儀なくされてしまう。

 

 そうなれば、各国の政府ですら迂闊に手が出せない……聞けば聞くほど、恐ろしい話だ。

 

「今回は本当に助かったよ。資金や技術の援助だけでなく、こんな素晴らしいプロジェクトまで任せてもらえるとは。これで私も、組織の中で確かな地位を獲得できる」

「……気にするな。こちらとしてもメリットがあったから提携したまでだ」

「君達が、私と同じ現実主義者(リアリスト)であることはとても喜ばしいよ。それに比べて、組織の老害どもときたら……おっと。これは使者である君に話すことではなかったね」

 

 組織……口ぶりからして、多分うちとは別の、ケイシスの所属している何かしらの集団だな。

 

 単にファウストとは別口なだけでうちの……というだけの可能性もあるが。

 

 少し突っ込んでみよう。

 

「別にいい。どうせ、我々は全て知っている」

「ははは、そうだろうな。……だからこそ私は、今回で〝ヒュドラ〟内において大きな発言力を手に入れるのだ。古臭く、馬鹿馬鹿しい掟に取り憑かれた古参どもが、文句を言えない程のね」

 

 なるほど、〝ヒュドラ〟か。それがケイシスの背後にいる本当の黒幕…………

 

「………………ん?」

「? どうかしたかね?」

「あ、いや、問題ない」

 

 訝しむケイシスに、努めて平静を装って返事する。

 

 

 

 

 

 ヒュドラって、どっかで聞いたぞ。

 

 具体的には、ごく最近開かれた、〝組織〟の最高幹部達が集まる定例会議の席で。 

 

 そこでなんか、ヒュドラについて何かの報告がされていたような…………

 

「あっ」

 

 思い出した。裏世界の実質的な支配者とかいう、古いオカルト集団だ。

 

 長年世界中に根を張っていて、色々な意味で使い道があるから吸収するって話してたな。

 

 んで、この前の会議ではヒュドラの首脳陣は既に傀儡状態、組織全体も使い始めてるって話で。

 

 ……ああ、結局そういう事? やっぱり最初から茶番じゃねえか。

 

 

 

(終わったぞ)

 

 

 

 理解とある種の悟りを得ていると、分身から報せが届く。

 

 先ほど、この建物内に放った個体だ。社内に証拠がないか探らせていたんだが。

 

 

 

(結果は?)

(ビンゴだ。社内のデータバンクに、最高機密レベルでわんさか関連データが溜まってた。十分すぎるくらいだ)

(了解)

 

 

 

 こっちでも現在進行形で証言を取っているが、これでチェックだ。

 

 

 

 

 

 そろそろ、この茶番を終わりにしよう。

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


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前夜


ちょくちょく更新再開。

後日談まで読んでくれている方々、毎回ありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

(監視カメラの映像は?)

(その階のは軒並み削除済みだ)

(完璧だな)

 

 

 

 俺の痕跡は消した。

 

 受付のお姉さんも、デスクへ仕込んだアーティファクトで忘れている頃だろう。

 

 後は……目の前のクソ野郎をどうにかすれば、ここでの仕事は終わりだ。

 

「質問を終了する」

「もういいのかい? ご苦労様」

「あんたもな」

 

 端末の録音を止める。

 

 本当、〝組織〟に恐れをなしてベラベラ喋ってくれて助かったよ。

 

 こっちの証拠は押さえた。分身の方はうまくやっているだろうか。 

 

 

 

(データの奪取は?)

(今、手頃なUSBに移してるところだ。もう少し時間が欲しい)

(わかった)

 

 

 

 それなら……と、ちょうど良いな。

 

 あることに気付いて内心ニヤリと笑っていると、デスクの上の端末から甲高い音が鳴った。

 

 機嫌がよさげに笑っていたケイシスは、端末のボタンを押すと通話を繋げる。

 

「どうした?」

『裏口の守衛から連絡です。やって来ました』

 

 それを聞いた途端、ケイシスは蛇のように卑しい笑みを浮かべた。

 

「そうか。連れてこい」

『はい』

 

 短い応酬が終わり、ケイシスはこちらへ自慢げな顔を向けてくる。

 

 正直ぶん殴りたいところだが、合わせてそれっぽい笑みを浮かべておいた。

 

「どうやら、今日の主役がやって来たようだ。君も見ていくかい?」

「そうだな。事の仔細を把握するのが俺の仕事だ」

「是非ともよろしく頼むよ」

 

 これから起こることを想像し、愉悦に目元を歪ませる。

 

 その醜悪さには吐き気を催すものがあり。そして、自分の絶対的優位を疑っていないものだった。

 

 

 

 ──それが最大のミスだとも、気がつかずに。

 

 

 

「ああ、見届けてやるよ。三下悪役の、くだらない最後をな」

「……何?」

 

 瞬時、ケイシスが肘をついて組んでいた手を取り、手首に装置を取り付ける。

 

 機械的な音を立て起動したアーティファクトは、一瞬で展開してデスクに両腕を拘束した。

 

 奴は驚いたものの、一瞬で俺への仲間意識を捨て、細目を見開いて睨んでくる。

 

「これは何の真似かな? 君の上司の意思なのかい?」

「生憎と、立場的には対等でね。それに今回は俺の独断行動だ」

 

 最も、知らないうちに転がされてることはあるけどな。今回みたいに。

 

 やりたくもない演技を収めた途端、スカッとした。うん、やっぱりあんま好きじゃないわ。

 

 

 

 

 

 一人勝手に開放感に満たされていると、こわばった顔をしていたケイシスが表情を変える。

 

 先ほどのように、厭らしく。まるでこちらをあざ笑うかのように。

 

「……なるほど。保安局と共に超越体(ヘラクレス)を倒したのは君か」

「察しがいいな」

「保安局に鞍替えしたのかい? それとも、あの小娘に誑かされたのかな?」

「答えるなら、どっちもノーだ。徹頭徹尾、仕事だよ」

 

 ……エミリーとかヴァネッサのことは置いといて。マジであの二人どうにかしないと。

 

 具体的には、ラナにバレる前に。もうボス経由でバレてる気がするけど。

 

 下手なラノベ主人公かよ、と自虐をボヤきつつ、ケイシスを見下ろす。

 

「仕事、ね。……だが、いいのかな?」

「……何のことだ?」

「まさか僕が、あの扉一枚だけで何の対策もしていないと思っているわけではないだろう?」

 

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべつつ、何かあることを匂わせてくる。

 

 こいつの言う通り、対策無しに保安局と遣り合おうとしてたとは思ってなかった。

 

「オフコース。こっちも入念な下準備をしているさ」

「何だと?」

 

 パチン、とフィンガースナップを一つ。

 

 すると、周囲の空間から滲み出るように黒い魔力を纏った金属糸が現れた。

 

 ゆらゆらと揺れ動くそれらは部屋中に伸びており、俺の意思に従って動き始める。

 

 壁や天井が壊れ、そこに隠れていた数人の刺客を引きずり出した。

 

 悲鳴をあげて地面に転がった彼らに、ケイシスはひどく驚いた顔をする。

 

「馬鹿な、これは……」

「あとは……こいつか?」

 

 スーツの袖を変形し、糸状にしてケイシスの服の中を探る。

 

 気持ち悪そうに身じろぎする中年男、という誰得な光景をなるべく見ないようにしつつ、胸の内ポケットから端末を取り出す。

 

 手元に引き寄せ、画面をタップすると何かしらのタイマーと、パスコードを打ち込む画面が出てきた。

 

「さしずめ、すでに薬を飲んでいる人間の〝起爆装置〟か」

「残念、少し違う。正確には解除コードだよ」

「……さっきの話から察するに、爆発されないようにコントロールする信号を発信し続けるってことか」

「わかっているじゃないか。そしてコードは私しか知らない。理解したならば、大人しくこの装置を……」

「ホイっと」

 

 端末をかざし、ハッキングアプリを立ち上げる。

 

 本来は高度にロックされたファイルや電子鍵に使うものだが、応用も可能だ。

 

 ほんの数十秒でその起爆装置のプログラムを解析し、履歴から完全解除するコードを発見。

 

 おそらく起動実験時の残存データだろう。表示されたそれを打ち込めば、タイマーが停止した。

 

「これで終わり。あんたは完敗だ」

 

 端末を見せつけ、勝利宣言をして心を折っておく。

 

 

 

 

 

 呆気に取られていた奴は、数分ほど間抜けに口を開けていたが、やがて諦めたように嘆息する。

 

「流石だね。〝組織〟の技術は、僕どころかヒュドラをも上回っているようだ」

「……やけに素直だな」

 

 妙に物分かりの良いケイシスを不審に思い、念のため警戒しながら見る。

 

 すると、蛇男は腕を拘束されたまま器用に肩をすくめてみせる。

 

「言っただろう? 僕はビジネスマンだ、まず何よりも損得で物事を考える」

「つまり?」

「もし君が来なくても、用が済んだらあの怪物に消されるような気はしていたからね。それならこのまま、保安局に捕まった方が生き残れる確率が高いと考えたまで」

 

 ……やっぱりこの男、赤い蛇に会っている。

 

「ヒュドラに口封じされる、って可能性も……いや、確実に消されるぞ」

「上層部はありもしない神秘に囚われた耄碌者ばかりだが、それでも君達と事を構える危険性くらいはわかるだろう。君は独断だと言っていたが、()()の決定に介入する可能性は低いだろうさ」

 

 こいつ、案外頭切れるんだな。

 

 言動も性根も完全に三下だが、だからこそ生き残る知恵は回るらしい。

 

 俺としても、好き好んで人を殺す気はない。それがどうしても必要な時以外は。

 

「まあ、散々に絞られるだろうが……それで済むのをありがたく思えよ、クソ野郎」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「お心遣い痛み入る、と言っておけばいいのかな?」

「おう。……と、早速だ」

 

 何やかんやと話してるうちに、本命がやってきた。

 

 扉の前に複数の気配を感じた。直後、向こう側から通信が入る。

 

『ボス、ウディです。連絡した通り、ただいま到着致しました。グラント博士をお連れしています』

「ようやく来たか。今、開ける」

 

 返答したケイシスは、通話を切って扉を開放した。

 

 それからこちらにウィンクをしてくる。おっさんのウィンクとか、世界一もらっても嬉しくない。

 

 スルーしているうちに、黒服の男と一緒にエミリーが入ってきた。

 

 そして、俺を視界の納めた途端に張りつめさせていた表情をパァッと輝かせる。

 

「こうすけ!」

「ようエミリー、全部終わってるぞ」

 

 キラキラとしていたエミリーは、ハッとして俺の奥にいる拘束されたケイシスを見る。

 

 奴は色々と諦めているのか、やけに凝った作り笑いを浮かべてみせた。

 

「やあエミリーちゃん、僕はケイシスだ。多分会うのはこれが最後だろうけど、よろしくね」

「……あんたが【ベルセルク】をばら撒いて、キンバリーをあんな風にしたの?」

「全てはビジネスだよ。まあ半分は……」

 

 意味深にこちらへ目配せしてくる。

 

 エミリーが俺の方に向き直って、不安そうに眉を落としてしまった。

 

 ……ケイシスが言わんとしていることは、聡い彼女ならば少ない言葉でも分かってしまうだろう。

 

 それ以前に、局長さん達の前で名乗った時点で薄々と察しているかもしれない。

 

 

 

 

 

 だが、それでも俺に希望を見出す色が消えることはない。

 

 だったら俺が取る行動は……気が抜けたように笑っていることだけだった。

 

「まあ、今は信用してくれ」

「……うん!」

 

 キュッと胸の前で手を握り、何かを考えたエミリーは笑って頷く。

 

 それから、こっちにパタパタと駆け寄ってきてくっついてきた。女の子特有の香りがする。

 

「ちょ、おい」

「えへへ」

「……僕は何を見せられているのだろうね?」

「まあまあ、お嬢は熱烈ってことで」

「……ウディ。君は寝返ったのか」

 

 どうやら黒服さん(昼間に店へ来た人)、ウディっていうらしい。

 

 既に分身が処理済みの彼は、強面にニヒルな笑みを浮かべた。

 

「まあ、俺もサラリーマンなんでね。雇用条件がいい方に行くのは当然でしょう?」

「ほう? ということは、〝組織〟に勧誘されたのかい?」 

 

 興味深げに、ケイシスが眉をひそめる。

 

 そんな元雇い主へ、ウディは得意げな笑みを浮かべて

 

「クックック、聞いて驚け! なんとぉ、極上のサーモンサンド、一年分だぁあああっ!」

「……………………………………………………ん?」

 

 ケイシスさん、素で理解が追いつかないリアクションを見せた。

 

 悪役の雰囲気も霧散して、聞き間違いかしらん? と首をかしげる。

 

 だが、胸を張っているウディに本気で言っていることを悟ったのか、こちらを見る。

 

「……これも君の仕業かな?」

「おい、何でもかんでも俺のせいにするな。いや、俺だけど」

「こうすけ……何でこんな風にしちゃったの? そんなにサーモンサンドが好きだったの?」

「……かもしんない」

 

 エミリーにまで胡乱げな目を向けられ、気まずくなって俺は顔を逸らした。

 

 自分の分身体ながら、これはちょっとどうかと思う。催眠の使い所としちゃあ合ってるんだけど……

 

「ヴァネッサが言ってたわ。『そのうちDAS(だいたいアビスゲートのせい)が流行り始めそうですね』って」

「護衛が終わったら、あいつはすぐにお役御免だ」

 

 これ以上活動させておくと、アビスゲート卿に目覚めて分離されそうで怖い。

 

 まあ、ウディの洗脳は後で軽めのものにしておくとして……

 

「保安局がこっちに向かってる。正式な逮捕状を携えてな」

「大人しく従うことにしよう。ああ、どうせ押収されるだろうから言っておくけれど、ベルセルクに関するデータは机の引き出しに入れた端末の中にあるよ」

「……親切にどうも」

 

 奴の動向に注意しながら、デスクの中を漁って件のものを探し出す。

 

 

 

 

 

 奴の言葉通り、意味深なUSBが見つかった。

 

 端末を取り出し、外付けのコードでUSBを接続するとデータのダウンロードを始める。

 

「せいぜい、気をつけるといい」

 

 ウィルスチェックと並行して行っていると、不意にケイシスが声をかけてきた。

 

 端末を覗き込んでいたエミリーと二人で振り返ると、奴は意味ありげに不気味な笑みを向けてくる。

 

「君がかの怪物と敵対するというのなら、これから臨むものは単なる組織内の諍いではない。──〝戦争〟だよ」

「っ……!」

 

 戦争。そう例えるほどの規模を有する〝何か〟に、エミリーが体を震わせる。

 

 無論、承知の上だ。

 

 たとえこれが茶番だとしても、奴は容赦無く俺を殺しにかかってくる。

 

 ……だが。

 

「生憎と、もう戦争は経験済みなんでな。この程度、サクッと解決してやるさ」

 

 こんなお遊び、あの世界滅亡をかけた聖戦に比べればなんでもないだろう。

 

 覚悟も、準備もできている。今更怖気付く要素など、どこにもない。

 

「だから、エミリーもそんな不安そうな顔するなよ。俺に任せとけ」

「こうすけ……うん!」

 

 頬を赤く染め、信頼に満ちた笑顔を咲かせたエミリーに、俺は力強く頷くのだった。

 

「…………ウディ、とびきりブラックのコーヒーを淹れてくれる程度の忠義は残っているかな?」

「すいやせん、俺も一杯いただきます」

 

 外野の声はスルーした。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 闇の時間。そう呼べる深夜。

 

 

 

 

 

 

 

 暗雲に包まれ、光の消えた空をベランダから見上げていると、センチな気分になる。

 

「……大事になっちまったなぁ」

 

 今回の件。俺が思っていた以上に複雑で、非常に厄介な事案だ。

 

 いつも通りボスの依頼をこなすだけのものだと思っていたら、みるみる事態が大きくなり。

 

 極め付けには、ファウストまで絡んだ世界存亡の危機ときた。

 

 その全てに、一本の見えない糸のようなものが通っているような気がしてならない。

 

「……今回、俺の本当の役割はなんだ?」

 

 その糸を手繰っているのは誰か、というには既に答えが出ている。

 

 だが、そうだとしたら尚更に俺がその一部に組み込まれた意味というものがあるはず。

 

 

 

 

 

 以前、リュールさんの前で披露した憶測。あれはあながち間違いではないだろう。

 

 保安局の企みを長期的に潰せたし、エミリー達からは絶対の信頼を得られた。そこまでは納得できる。

 

 だが、超越体(ヘラクレス)が現れた。これが何かしらの策略だと確信したのはそこからだ。

 

 新型兵器の性能実験? いや、それだけなら使徒でも使ってやればいい。

 

 保安局や裏世界へのパフォーマンス? 一理あるが、おそらくそれは理由の一部でしかない。

 

 俺の知らない、何かしらへの布石という事も考えられる。

 

 あいつの思考は先を見すぎて、歯車の一つに過ぎない俺には到底理解が及ばないんだ。

 

 

 

 

 

 故に考えるべきは、今回の事件がもたらす〝組織〟へのメリット。

 

 いつだって最大の利益を確実に得るあいつが、どれだけの価値を見出しているのか。

 

「…………難しいな」

 

 考えられる答えが多過ぎる。あるいは考えうる全てかもしれない。

 

 まるで、裏に隠されたものを見抜いてみせろと言わんばかりに示されたヒントの数々。

 

 真実を導き出し、自分の役割を完璧に理解した上で演じてみせろという、あいつからの挑戦状。

 

 そんな風に感じられた。

 

「期待してる、か……皮肉なセリフだな」

 

 今になって形を変えたその一言が、俺に考えるのを諦めるという選択肢を与えてくれない。

 

 側から見れば、ただ踊らされているだけだとしても……その期待には答えたかった。

 

「こうすけ?」

 

 また思考の海に沈もうとした意識を、背後からの声が引き止める。

 

 

 

 

 

 振り返ると、エミリーがいた。

 

 隣室にいたはずの彼女は、俺をはっきりと見つめている。

 

「どうしたんだ? 眠れないのか?」

「うん。……こうすけも?」

「まあ、な」

 

 肩をすくめておどけて見せた。するとエミリーは親近感を瞳に滲ませ、こちらにやって来る。

 

 ベランダまで出てきた彼女は、ナイトガウンを一枚羽織っているだけのものだった。

 

 手すりに置いていた上着を手にとって、彼女の肩にかけてみる。

 

「ありがとう」

 

 彼女は微笑んで、感触を確かめるように上着の裾を握った。

 

 それから、外に顔を向ける。

 

 ぼうっと景色を眺める横顔からは柔らかさが消えていき、物憂げになっていく。

 

「不安か?」

「…………少し」

 

 間を置いて、小さく答えが返って来る。

 

 その声量とは裏腹に、彼女が抱える苦悩を思って俺はやるせない気持ちになった。

 

 局長さん達が到着し、一通り保安局の尋問を終えたケイシスから告げられた言葉。

 

 最初に、エミリーが封印したベルセルクの存在を奴や元ヒュドラに伝えた人物。

 

 それは……

 

「明日だ。明日、全部終わらせる」

「……うん」

 

 返事は、やはり小さかった。

 

 ……ああ。もしもこの悲劇さえも、お前が仕組んだものなのだとしたら。

 

 今、エミリーの悲しそうな顔を見ている俺は、少しだけお前を恨んじまいそうだ。

 

「ねえ、こうすけ」

 

 真実に苦しむ少女に何かできることは。そう悩む俺に囁くように、彼女は語りかけてきた。

 

 エミリーは、俺を見ていた。真っ直ぐに、その強い意志を秘めた瞳で。

 

「ありがとう。支えてくれて、励ましてくれて。助けてくれて、守ってくれて……ありがとう」

 

 純粋な感謝に、心が温かくなる。

 

 たった数日。その間に全てを失った彼女にとって、俺はヒーローにでも見えたのだろうか。

 

 嬉しく思う。こんな俺でも、誰かを心まで守れているという事実に。

 

「…………やめてくれ。そんな言葉を貰えるほど、立派な人間じゃないよ」

 

 忘れてはならない。俺はあくまで、仕事で彼女を助けているだけだということを。

 

 もしかしたら、エミリーを襲った悲劇の一部であるかもしれない俺に、その言葉は綺麗すぎる。

 

 

 

 

 

 そう自分を戒めて、今一度彼女に向き直る。

 

 とっさに口を衝いて出た言葉で不安げにしているエミリーの目を、正面から見返した。

 

「エミリー。君を取り巻く悲劇の全てが消え去るまで、絶対に守り抜くと誓う」

「う、うん」

「でも、その先はわからない。この依頼が完遂され、俺の手を離れた時。絶対的な味方でいられるとは断言できない」

 

 これだけの時間と労力をかけておいて、〝組織〟が彼女の命を脅かすことは早々ないだろう。

 

 しかし、俺は所詮使われる側。永久的に彼女の心身を守る立場かは、決して定かではないのだ。

 

「いずれ、君を悲しませるかもしれない。傷付けるかもしれない。だから……」

「……大丈夫よ」

 

 不意に、差し込まれた言葉で口を噤む。

 

 俯いていた彼女は、俺の片手を小さな両手で包み込むと顔を上げる。

 

 そこには、親愛を込めた微笑があった。

 

「だって、言ってくれたじゃない。たとえこうすけのボスがなんて言ったって、私達を守ってくれるって」

「いや、それは今回に限っての話で……」

「でも、そう言ってくれた。たった一度でも」

 

 そうでしょ? と目で聞いて来るエミリーを、俺は否定できなかった。

 

 吐いた言葉は飲み込めない、とはよく言うが、それはアビスゲート卿になっていた時でも同じだ。

 

 あの時、確かに守ると言った。任務の間、ごく短い間でも、俺自身が守りたいのだと。

 

 駒であることを自覚しすぎて、忘れていたのかもしれない。

 

「だから、大丈夫。私はこうすけを信じるわ。今も、これからも」

「……いつかの未来で、裏切るかもしれないぞ?」

「私はまだ子供だけど。そういう目でこんなことを言う人は、簡単に裏切ったりしないと思うの」

 

 ……図星だった。

 

 今後、エミリーをどうこうする依頼があいつからやって来たとして。

 

 その内容が俺の中で許せないものだったら、きっとエミリーを守る側に立つだろう。

 

 唯一、遠藤浩介が自分に定めたせめてもの線引き──己の仁義に従って。

 

「……わかった。エミリーがそう言ってくれるなら、似合わないヒーローを演じてみるよ」

「ふふっ。まるで変な時のこうすけみたいなセリフね」

「ぐっ、それは言わないでくれ」

 

 クスクスと笑う彼女に、なんだか心がほぐれていくような気がした。

 

 

 

 

 

 ……気負いすぎていたのは、俺の方だったな。

 

 俺は俺のやるべきことをやる。最初からそう考えてりゃよかったんだ。

 

「あ、あの、それでね?」

「うん?」

「今回のことが終わったら、その……こうすけのこと、もっと知りたいなって」

 

 ……おや? 雲行きが怪しいぞ? 

 

 頬を赤く染め、ぎゅっと手を握って来るエミリーに冷や汗が浮かぶ。

 

 彼女が俺に向けているその表情は、どう見ても恋する年頃の乙女のそれだった。

 

「ほら、こうすけは私のことを色々知った上で助けに来てくれたじゃない? だったら、私も知っておきたいなって」

「え、いや、その」

「たとえば……す、好きな女の人のタイプ、とか」

 

 チラッ、チラッと上目遣いで様子を伺ってくるエミリーさん。

 

 …………ほんっと、どうしようコレ。エミリーの精神がどうとか引き伸ばすんじゃなかった。

 

 かと言って、この場で言ったら積み重ねたものが瓦解するのは目に見えている。

 

「あー……まあ、終わったらな」

「本当? 絶対、約束よっ」

 

 嬉しそうにピョンピョンするエミリーに、俺はなんとか引き攣った顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 とりあえず、未成年淫行、ダメ。ゼッタイ。

 

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


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決戦開始


最近、これ含めて全く小説書いてないというか、書けてないというか。

ともあれ、更新です。

楽しんでいただけると嬉しいです。



【挿絵表示】



ツイッターでも公開しましたが、本作のアビスゲート卿です。






 

 

 

 重厚な回転音が、空を叩く。

 

 

 

 プロペラ音を響かせて、数機ものヘリが隊列を組んで飛行していた。

 

 鉄籠に運ばれているのは、完全武装した人間達──保安局強襲課の特殊部隊である。

 

 彼らだけではない。そのうちの一機には、浩介達が乗り合わせていた。

 

「お、おいアレン、大丈夫か?」

 

 同機に乗っていた、特殊部隊総隊長、及びa隊隊長のバーナード=ベイズが、真っ白に燃え尽きた同僚に問いかける。

 

 普段の飄々とした様子がない同僚に動揺していると、アレンは乾いた笑いを中途半端に治療された顔に浮かべた。

 

「あのね、バーナードさん。僕の仕事は暗殺業務なんです。ひっそりこっそりサクッといくのが専門分野なんです。間違っても、真正面からドンパチやりあうことじゃないんですよ」

「お、おう。大丈夫じゃなさそうだな」

「だというのに最近ときたら、窃盗に護衛、おまけには恐ろしい組織の手先にボコボコにされ、女の子に顔面崩壊させられて……挙げ句の果てにはこれですよ」

 

 今ここにいること自体がおかしい、と言うように、アレンは両手を大げさに広げてみせる。

 

「終いには怪物の軍団と戦ってこいって、いくら敬愛する局長の命令でもねぇ?」

 

 ケタケタと笑うアレンに、バーナードだけではなく同乗した隊員全員が顔を引きつらせる。

 

 しかし、同時にアレンに対して同乗してしまうのは……同じように、彼らも死の予感を感じていたからだ。

 

 

 

 

 

【Gamma製薬】を保安局が占領した後、すべてのベルセルクに関する物品は回収・破棄された。

 

 だが、当然それだけで終わるはずもなく、浩介がケイシスから押収した端末の中には複数の研究施設のデータが。

 

 様々な企業を隠れ蓑に、同時進行的に【ベルセルク】と〝ファントムリキッド〟の研究が多くの場所で進められていた。

 

 そこにはダムや浄水場も含まれており、ケイシスの計画の成就はあと一歩のところまで迫っていた。

 

 これを知った保安局は、軍とも協力し、対象の施設の同時制圧作戦を決行。

 

 中でも、最も重要なある施設の制圧を担当するのが、まさに彼らなのである。

 

「うう、なんでこんなことに……」

「なぁに弱音吐いてんだ、めんどくせぇやつだな!」

「いった!?」

 

 ブツブツと恨み節を吐いていたアレンの肩を、突如として強烈な痛みが襲う。

 

 ジンジンと痛む……というか、危うく外れるかというほどの衝撃に顔をしかめ、彼は隣を見る。

 

 そこにいた人物──とてもこの場には似つかわしくない、赤髪の少女は不機嫌そうに眉を上げる。

 

「コトが起こったのはテメェらにも原因があるんだろ? さっさと腹くくりやがれ、ピカソ顔野郎」

「ピカソ顔野郎!? いや、この顔は不可抗力というか、できればすぐにでも治してほし……」

「あ? いい加減喧しいとその口に鉛玉ブチ込むぞ?」

「イエスマムッ! 今すぐ黙りますッ!」

「おう、それでいいんだよ」

 

 物騒なことを言ったにも関わらず、ケラケラと端正な幼顔で笑う少女……ジア。

 

 エミリーより小さいにも関わらず、おっかない彼女に機内の全員の視線が浩介に集まった。

 

「……今更ですが、コウスケさん。彼女、本当に大丈夫なのですか?」

「…………付いて来ちまったもんはしょうがないだろ」

 

 なんとも言えないヴァネッサの表情に、すっと目を逸らす浩介。

 

 彼とて、このクレイジーな使徒を呼び込むつもりは毛頭なかった。

 

 特に今は〝組織〟が信用できない状態だ。どこで何を仕掛けられるのか、予想がつかない。

 

 しかし、いくら浩介でも、早朝からホテルの部屋に窓を吹っ飛ばしてダイナミック突入されるとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『ジア!? おま、なんでこんなとこに……』

『おうアビス、一昨日ぶりだな。早速だが──ウチも次の戦いに連れてけ』

『は?』

『聞こえなかったか? 新しい武器を存分に試してぇから、最後の戦いにはウチも連れてけっつってんだよ』 

『いや、なんで知って……ああ、〝天網〟ね……どっかで監視されてるのか』

『納得したな? んじゃあそういうことだ』

『いやしてねえよ? ホテルの壁吹っ飛ばしといて何言ってんのお前!?』

 

 

 

 

 

 

 

 結局、一時間に及ぶ説得の末、浩介が折れてジアも急遽参戦する運びとなった。

 

 もし断って癇癪を起こした時、周囲に降りかかる被害の甚大さを思えば英断だっただろう。

 

「まあ、ジアは使徒の中で言えば弱い方だし……いざとなれば押さえつけるよ」

 

 とりあえず安心させるために、浩介はそう言っておいた。

 

 

 

 〝赤熱の六(クラフター)〟ジア。 

 

 

 

 ハジメの魂から解析された〝錬成〟を導入され、その素質を最大限引き出せるよう改造された使徒。

 

 非戦闘系天職に後付けで適応させた為、通常の使徒と比較してその力は大きく弱体化している。

 

 現に、〝七つ牙〟の中でもその序列はスペック面で評価すると第6位。限りなく最弱に近い。

 

 浩介であれば、武器さえ取り上げれば容易に拘束することは可能である。

 

 

 

(とはいえ、油断はできないな。実際に現地に着いたら、分身の一人でもつけて監視しておくか)

 

 

 

 知る限り、七人の最高幹部の中で最も苛烈かつ予測がつかない使徒はジアである。

 

 彼女が来たのが自発的行動であれ、あるいは計画のうちであれ、用心しないという選択肢はなかった。

 

 

 

(全く、使徒同士の情報共有機能……〝天網〟は厄介極まりねえな)

 

 

 

 世界中に散らばった〝組織〟の使徒達は、記録した情報をあらゆる使徒に共有できる。

 

 その完全性は、まさしく天を覆う網のごとく。電子ネットワークよりよほど迅速で優秀だ。

 

 今もどこかで自分達を監視しているのだろう使徒の存在を思い、浩介は頭が痛んだ。

 

「頭おかしいけど、悪いやつじゃない。下手に刺激しない限りは大丈夫だから、変なことはしないでくださいよ」

「最初の一言が致命的すぎるでしょ……」

 

 この中で最もか弱いエミリーが、不安げに眉尻を下げた。

 

 とはいえ、研究棟での一件があるので、絡まれているアレンに同情する気持ちは一ミリも湧いていない様子。

 

 彼なりに責任を感じ、だからこそこの作戦に命令とはいえ参加しているわけなのだが……哀れである。

 

 一方で、あの浩介がそこまで言わしめるジアに、局員達は一律に青い顔をして何度も頷いた。

 

 

 

 

 

「おっ、そういやそこの女。えーと、なんつったか?」

「……ヴァネッサです」

 

 びくっ、と少し肩を震わせた後、ヴァネッサは冷静さを装って答える。

 

 浩介が防いだとはいえ、出会い頭に鉛玉をぶっ放されたトラウマがまだ残っているらしい。

 

 そんな様子など気にも留めず、ジアはヴァネッサの全身を舐め回すように見る。

 

「そのスーツ、着心地はどうだ?」

「はあ。実に素晴らしいですが……」

 

 なんとも普通の話題にきょとんとして、数秒遅れてヴァネッサは返答する。

 

 あの後、表のテーラーで誂え、連絡もしていないのに今朝方ホテルに届けられたスリーピースの一式。

 

 今も着用しているそれはこれまでヴァネッサが着てきたどのスーツより優れたもので、既に気に入っていた。

 

 浩介に惚れた? 現在、詫びの品とはいえ彼に買ってもらったものだからという理由もある。

 

 それがどうかしたのかと首を捻ってみれば、ジアは得意げに頷いた。

 

「ふふん、そうだろそうだろ。なんたって俺が監修したもんだからな、気に入らないはずがねえ」

「えっ、それただのスーツじゃないの?」

「ったりめぇだ。アビスのバトルスーツを作る過程で生まれた技術を使っててな。そこそこいい性能してるんだぜ?」

 

 思わずといった様子で呟いたエミリーに、ジアは得意げな様子でその機能の解説を始めた。

 

 途端にキラキラと目を輝かせ始めるヴァネッサに、保安局の方々の苦笑いが止まらない。

 

「ともかく、協力してくれるなら心強いやつだよ。だからエミリー……ここが正念場だ。頑張ろうな」

「……うんっ!」

 

 ジアが騒ぎ始める前から表情に陰りを見せていたエミリーは、力強く頷く。

 

 万感の信頼を秘めたその瞳に頷き……

 

 

 

(やっベー。これ好感度ノンストップ高なんだけど。どんどん取り返しつかない感じになっちゃってるんだけど)

 

 

 

 浩介は、世の男が聞けば縊り殺されそうな理由で、割とガチで焦っていた。

 

 事態が収束したら、即刻恋人の存在を打ち明けよう。そう決意しながら、作戦に意識を戻す。

 

 

 

(データにあった、大量の人間の移送報告書……ニュースにもなってた失踪事件の被害者だろう。となると……)

 

 

 

 ここから先に待つのは、戦争。

 

 ケイシスが言った言葉の意味……今から向かう浄水場には、大量の()()がいるということだ。

 

 それは保安局も理解していて、だからこそ他の施設には軍との共同戦線を敷いて作戦を行っている。

 

 ともすれば、複数の超越体(ヘラクレス)すら用意されている可能性があるだろう。

 

 移送された人間の名簿の中には、スポーツや格闘技などで有名な人間の名もあった。

 

 屈強な肉体を持つ、ベルセルクを超越しうる素材……ケイシスの証言が真実で、その為に彼らが誘拐されたとしたら。

 

 

 

 

 

 

 

 壮絶な戦いを予感し、浩介は気を引き締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 ジアの機能解説が終わる頃、空の旅の終わりも訪れた。

 

「あと3分でポイントに到着予定! 準備を!」

 

 機内に響いたパイロットの声に、緊張が走る。

 

 隊員たちは各々装備の確認を始め、浩介もエミリー達と顔を見合わせて頷く。

 

 カジュアルな様相にしていたスーツを、シンボルに触れて戦闘用のものに変える。

 

 おお、とヴァネッサが声を上げるのをスルーして、今一度浩介は作戦を思い出した。

 

 

 

(目標は森林地帯の川沿いにある浄水場に併設された施設。材木置き場に着陸次第、隠密で行軍して制圧……俺の得意分野ではあるな)

 

 

 

 相手の戦力が測りきれない為に油断はできないが、負けるつもりはない。

 

 それこそ、全力で隠形すれば先日の闇組織撲滅ツアーの時のように、浩介一人で壊滅させられるが……

 

「おっ、やっとか。こいつは楽しみだぜ」

 

 巨大なアタッシュケースを足場に打ち付け、獰猛な笑みを浮かべるジアを見ると絶対に無理である。

 

 はぁ、と呆れのため息を吐きつつも、至極落ち着いた様子の浩介に、バーナードが感心したような目で見た。

 

「……何か?」

「いや、冷静なものだ、とな。ベルセルクに加え、超越体(ヘラクレス)なんて未知数の化け物が待ち構えてるってのに」

「まあ、この程度の修羅場は慣れてますんで」

 

 旧世界から現在に至るまでの活動を思い返し、浩介は仮面の中で遠い目をする。

 

 ある時はエヒトに心酔しきった権力者を暗殺し、ある時は聖戦に備えて超強力な魔物の捕獲にいかされ。

 

 新世界になってからも、世界中でエトセトラエトセトラ……既に浩介は、覚悟ガンギマリ状態であった。

 

「ほう? まるでこれ以上を知っているとでも言いたげな口ぶりだな」

「ええまあ。一体で軽々と文明滅ぼせる、空飛ぶ殺戮兵器の大軍に比べりゃ、頭撃ちゃ殺せる筋肉ダルマの集団なんか屁でもないですよ」

 

 へっ、と窓の外を見て、何かを悟ったような声音で語るアビスゲートさん。

 

 何その天災、と引いた隊員達は、浩介の様子から冗談ではないことを感じて慄く。

 

 しかし、逆に「そんなのに比べたらいけんじゃね?」という雰囲気が徐々に生まれていった。

 

 

 

 

 

 期せずして保安局側の過度な緊張を取り除いているうちに、木材置き場まであと1分という距離になった。

 

 いよいよ降下のために速度を落とすかという、まさにその時──事態は急変する。

 

「待て! まだ降下するな!」

 

 操縦桿を傾けかけていたパイロットは、その言葉に反射的に動きを止める。

 

「い、一体なんだ?」

「森の中に人がいる。十人以上、着陸地点を包囲するように移動してるぞ」

「チッ、奴らか」

 

 よもや、偶々材木置き場の近くにいた木こりということはあるまい。

 

 苦い顔で舌打ちするバーナードを尻目に、立ち上がった浩介は扉に近づいて窓から様子を伺う。

 

「おそらく、こういう荒事に慣れてる連中でしょうね。動きが統率されてる」

「リストの中にあった、元警官や裏の組織の連中だろう。しかも、既に〝種〟を飲まされてるに違いない」

 

 カプセル状の薬剤を仕込まれた、潜在的なベルセルク。

 

 身元を鑑みれば因果応報とも言えるが、彼らも知らぬ間に人の尊厳を踏みにじられているとは思うまい。

 

「連絡されてるだろうが、どうする?」

「こっから狙撃……は、銃でも弓でも難しいっすね」

 

 いくら浩介でも、不安定な飛行中のヘリの中から十人もヘッドショットする程の技量はない。

 

 木々に隠れた敵の位置を把握しつつ、いかにして対処するか浩介は思考を始める。

 

 しかし彼が答えを出す前に、ある人物が立ち上がった。

 

「おう、敵がいるみたいだな」

「ジア?」

「ここはいっちょ、ウチに任せときな」

 

 自信ありげに口の端を釣り上げ、彼女は浩介を押しのける。

 

 何をするつもりだ、と誰かが問いかける前に、「よっ」と軽い声でハッチを内側から蹴破った。

 

 

 

 

 

 分厚い金属製のドアを軽々と破壊した幼い少女に、バーナード達はあんぐりと口を開ける。

 

 浩介だけが頭痛を抑えるように額を手で覆う中、ジアはその瞳を銀色の光で輝かせる。

 

「ん、ざっとあんなもんか」

 

 しゃがみこみ、足元に置いたアタッシュケースを開けて中身を探る。

 

 取り出されたのは、アルファベットの〝B〟にも見える、何やら角ばった漆黒の装置。

 

 弓のようにも見えるそれに魔力が注入され、各部のランプに赤い光が灯ると起動した。

 

「規模、威力、座標、範囲を調節……っと」

「おい、なんだそれ」

 

 物々しいアーティファクトに、なんだか嫌な予感がして浩介は尋ねる。

 

 操作を終えたジアは、立ち上がると顔だけ振り返り──ニッと笑った。

 

「メチャクチャいいもん♪」

「ちょっ待て! お前がそれ言う時ってシャレにならな──」

「っしゃいくぞオラァ!」

 

 景気よく叫んだジアは、アーティファクトを材木置き場へと向けた。

 

 上部に取り付けられたウィンドウに、熱源式で十人の人間がロックオンされる。

 

 それを確認し、これでもかと楽しそうに笑いながら、彼女はトリガーを引いた。

 

 

 

 ズッ…………!! 

 

 

 

 アーティファクトの少し先の空間に、漆黒の球体が発生する。

 

 瞬く間に人の頭ほどのサイズになったそれは、怖るべき速度で木材置き場めがけて射出され。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後──森が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木材置き場を中心に、数百メートルに及ぶ範囲が核爆弾でも着弾したように轟音を上げて弾け飛ぶ。

 

 連続的に外側へ伝播した爆発は、地面を、木々を、木材を運ぶ重機や潜在的ベルセルク達を諸共呑み込んだ。

 

 スコールのような夥しい木片と土砂を空へ打ち上げ、あらゆるものを消していく。

 

 

 

 それだけではない。

 

 

 

 次の瞬間、中心地に発生した黒い穴へ範囲内の物体が吸い込まれ始めた。

 

 空間そのものを揺るがしながら全てを瞬く間に飲み込み、きっかり数秒後に消滅する。

 

 その後には──唯一、大湖水ほどの黒々とした穴が残っているのみ。

 

 何もかもが奪われた、世界の終わりの一角のような光景だけであった。

 

 

 

 

 

 全員が、絶句していた。

 

 バーナード達も、浩介も、エミリーやヴァネッサ、他のヘリに乗っていた隊員達も。

 

 想像を絶する光景にあらゆる理解が追いつかず、両手を垂らし、口を開け、目を見開いて。

 

 ただ、呆然とするしかなかった。

 

「ハッハァ! どうだアビス! これならあの木偶の坊どもが逃げることも、別の生き物に感染することもねえだろ! ハーッハッハッハ!」

 

 天変地異を齎した張本人だけは、機嫌良さげに、とても豪快に笑っている。

 

 歴史に残る大惨事を引き起こしておいて、自分の発明品の出来に大変ご満悦のようであった。

 

 アンバランスな光景に、数十秒遅れた後、ヴァネッサが一言。

 

「………………………………これが、弱い方?」

「…………訂正する。あいつが一番ヤバい」

 

 浩介は、幹部内の序列に猛烈に抗議したくなった。

 

「あん? 何ボサッとしてやがる。せっかく邪魔なのをブッ殺してやったんだから発進しろよ」

「──ハッ!? い、今、川の向こうで死んだお袋がこっちに手を振ってた……!?」

「おい、聞いてんのかアホンダラ。さっさと進めっつってんだろ」

「ヒィッ!? イ、イエスマムッ!!」

 

 盛大に全身を震わせ、ジアに恐れ慄いたパイロットは他の機体に連絡をする。

 

 しばらくして、犯行の現場から逃げるように浄水場に向けて三機のヘリが再発進した。

 

「な、なあ、アビスゲート」

「隊長さん。俺たちは何も見てないしやってない。イイね?」

「アッハイ」

 

 とりあえず、なかった事にした。どうせ〝組織〟に証拠隠滅されるので結果は同じだ。

 

 エミリーとヴァネッサを見ると、青い顔でブンブンと首を横に振る。言わなくてもわかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 浩介は、深い、それは深いため息を大きく吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、開けた場所が見えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 本来は先ほどの場所から向かうはずだった、浄水場施設。データの通り、白い怪しげな施設が併設している。

 

 下流には配水施設もあり、広大な敷地の中心には大きめの広場とヘリポートが確認された。 

 

「どうやら、場所的にヘリでの移動が想定されてるらしいな」

「都合がいい……とは、いかないよな」

 

 案の定、こちらがヘリで来た事を連絡されたのか、施設から広場に大勢の人間が現れる。

 

 バーナードが双眼鏡でその姿を確認し、忌々しげに舌打ちした。

 

「ざっと二十人以上はいやがる。大半がゴロツキだが……一般人もちらほらいるぞ」

「おそらく、本当に騙されたか、誘拐された人達でしょうね。それに……」

 

 浩介は目を細め、遠眼鏡の機能が搭載されている仮面で敵の姿を視認する。

 

 何十人もの潜在的ベルセルクの中で、二人ほど他とは雰囲気の違う人間が混ざっていた。

 

 ゴロツキ達以上に荒んだ雰囲気で、服の上からでもわかるほど筋骨隆々の体つきをしている。

 

 

 

(あれは、もしかして……)

 

 

 

 なんとなく、彼らの正体を察する。

 

 だとすればバーナード達には任せられないと、後ろ腰からナイフを引き抜いた。

 

「俺が片付けてきます。着陸場所を確保するので、みなさん突入の準備を」

「一人で行く気か? いくらお前でも、頭を潰さなきゃ倒せない怪物をあの数は……」

「おっ、次の敵か? だったらもう一発……」

「やめろバカ。ここはダメだって説明しただろ」

「ちぇっ」

 

 つまらなさそうにジアがどっかりと座り込む。隣席のアレンが座りながら器用に飛び上がった。

 

 青い顔に逆戻りしていたバーナードらが安堵する中で、浩介は苦笑いを浮かべた。

 

「ここで余計に時間をかけると、逃亡される可能性もありますし。それに言ったでしょ? あんなやつら、楽勝ですよ」

「だが……」

 

 保安局強襲課の隊長として、任せきりにするのは負い目があるのかバーナードは顔を渋くする。

 

 エミリーのことはあくまで例外中の例外で、本来は義理堅い性格をしているらしい。

 

「勘違いしないでください、あくまで適材適所です。中に入ったら頼りにしてますからね?」

「アビスゲート……」

「梅雨払いはします。一緒に、この事件のクソッタレな黒幕をぶっ飛ばしましょう」

 

 仮面越しに不敵な笑みを向ければ、それが見えたわけではないだろうがバーナードは息を呑んだ。

 

 だが、それも一瞬のこと。男臭い笑みを浮かべると、浩介に向かってサムズアップした。

 

「よし、アビィ。思いっきりぶちかましてくれ」

「おう」

 

 急に馴れ馴れしくなったな、というセリフを飲み込み、浩介は頷く。

 

 

 

 

 

 ドアの縁に手をかけ、こちらに顔を向けている二十人強の集団を確認した。

 

 すると、彼らは次々に苦しみ始め、一人、また一人とベルセルクに変貌していく。

 

 件の二人は……案の定と言うべきか、紫煙に包まれると超越体(ヘラクレス)に進化した。

 

 そんな地獄へ飛び込まんとする彼に、機内の隊員達が次々に敬礼する。

 

「「「「「御武運を、ミスターアビスゲートッ!!」」」」」

「……うん、まあ、あざます」

 

 なんとも微妙な顔で頷きつつ、胸のシンボルを二回叩く。

 

 呼応してスーツの形状が変化し、肩口から滲み出るように漆黒のマントが伸びた。

 

「んじゃ行ってきます。ジア、暴れんなよ?」

「分かってらぁ」

 

 フッとニヒルな笑みへ表情を変え、彼らの方を向いたまま──落ちた。

 

 目を見開いて驚き、思わずといった様子でエミリーが機内から身を乗り出した。

 

 すると、仰向けに落下しながら浩介──否、アビスゲート卿が彼女へ手でジェスチャーする。

 

「では、ショーを始めよう」

 

 その姿勢のまま、アビスゲート卿は技能を発動。

 

 彼から分裂するようにして、左右に二人ずつ分身体が姿を表す。

 

 

 

(魔力消費とこの後のことを鑑みれば、物量で押し切るのは下策。短期決戦が必定。ならば──)

 

 

 

 刹那の間に最適の戦法を選択し、卿は戸惑いなく実行する。

 

「〝狂人憑依〟。型式──《 山の翁:静謐(ハサン) 》」

 

 己が身を暗器とした、毒婦の業をここに。

 

 分身体の全身に魔法陣が浮かび、その形を保ったまま毒の塊へと変じた。

 

「〝熱く、熱く…………蕩けるように…………貴方の心と体を焼き尽くす〟────堕ちよ、我が写し身達」

 

 そして彼らは、ミサイルのように体を一直線に伸ばし、スーツに付与された〝空歩〟で加速。

 

 凄まじいスピードで、雄叫びを上げるベルセルク達めがけて勢いよく着弾した。

 

 飛躍的に耐久性を損なっていた分身は、地面に激突した瞬間に爆散し、四重の毒霧を放出する。

 

 

 

 

 

「「「「「ガァアァアアァアっ!!?」」」」」

 

 

 

 

 

 途端、即効性の毒が大きく開けていた口や鼻、目、耳……果ては皮膚から入り込み、もがき苦しむ。

 

 あっという間に回っていく激毒に全身を掻きむしり、頭を地に打ち付け、苦痛を叫ぶ。

 

 しかし、そうしている間に頭の中まで回った毒に脳を溶かされ、次々にか細い声をあげて絶命した。

 

『ガァアァアァアァアッ!!』

『ウガァァアァアァアッ!!』

 

 だが、例外が二体。

 

 分厚い装甲と格段に増した再生力により、漆黒の巨人達は怒りに吼える。

 

 

 

 

 

 鬱陶しい()()()()を振り払い、その元凶を排除せんと剛腕を振り回す。

 

 周囲に転がった同胞達なぞどうでもいい。だが、この不快な状況の主は殺す。

 

 

 

 

 

 ピュッ──! 

 

 

 

 

 

 そんな彼らに応えるように、毒霧を突き破って数多のナイフが飛来した。

 

 意志を持つが如く宙を舞うそれらは、機敏に察知した超越体(ヘラクレス)の唸る腕を回避。

 

 それぞれ八本ずつ、規則的にその首の根元に殺到して風穴を開けた。

 

『『ギ、ガァアァアァアッ!!』』

 

 勿論、その程度では死ぬことはない。

 

 首に埋まったナイフを引き抜こうと立ち止まった彼らの前に、上空から黒い影が滑空してきた。

 

 蝙蝠のようにそのマントを大きく広げ、目眩しの毒霧を吹き飛ばして現れたるは──アビスゲート卿、その人。

 

『『ッ────!?』』

「お命、頂戴する」

 

 言葉は、短く。

 

 直後、一人でに抜けていったナイフの開けた穴の円環……著しく脆くなったそこへ、必殺の一撃。

 

 右に、白黒のナイフ。左に、スーツの一部を変形させた片刃の黒い短刀。

 

 それぞれに魔力を込め、切れ味を高めると、一息に怪物達の頭を撥ね飛ばした。

 

 お供なく着地する卿。一拍遅れ、地響きを立てながら二つの首無し死体が地に伏せた。

 

「ふっ。やはり頭部を落とせば死ぬのは従来のベルセルクと同じようだな」

 

 仮面の機能で体内の熱源が消えていく事を確認し、呟く。

 

 直後に灰へ変わり始めたのを見届けて、未だ上空にいるヘリに向けて合図を送った。

 

 

 

 

 

「さて、ここから先は鬼が出るか蛇が出るか。腕の振るいどころというものだな?」

 

 

 

 

 

 決戦は、始まったばかりだ。

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。

次回から詰めていきます。



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闇と影 1



すみません、改造していた結果伸びに伸びたので、諦めて光輝編アフターより五話ほど尺を伸ばしてお送りすることにします。

楽しんでいただけると嬉しいです。


【挿絵表示】


↑お姉さん使徒こと、リュールです。



 

 

 

 

 

「ふざけるなっ! なんなんだアレはっ!?」

 

 

 

 

 デスクに両手を叩きつけ、声を荒げて男は叫ぶ。

 

 その視線の先には、モニターに表示された施設内の入口……その光景に釘付けだった。

 

 散乱するミイラ状の死体の中で佇む、漆黒の影。まるで某有名アメコミのヒーローのような出立ちをしている。

 

 その周囲に漂っていた霧状の黒い何かが消えると、上空からヘリが数機降下してきた。

 

 何故か破損した出入り口から次々と保安局の隊員が出てきて、次に作業着姿の幼女が降りる。

 

 身の丈に合わない機械状の薙刀を担いだ、場違いなその女は明らかに影の同類だろう。

 

「馬鹿な……あれは……あれは、いったい、なんだというんだ……」

 

 男の側で、研究者然とした風体の男も食い入るようにモニターを見て、呆然としている。

 

 それを耳にした男は、ちっと苛立ちを募らせるように舌打ちをして、モニターを強く睨む。

 

「ここは現実だぞ……なんだってあんなアメコミ野郎がいるんだよ……」

 

 次に呟いた言葉には、勘弁してくれという心情がありありと籠っていた。

 

 

 

 

 

 男は傭兵だった。

 

 名をヴァイス=イングラム。麻薬密売から人身売買、戦争誘発まで手がけるベテランだ。

 

 残虐非道の名を背負い、部下を率いて数多の戦場で、あらゆるものを見てきた。

 

 今回も、いつも通り貰った金の分だけ淡々と仕事をこなすだけのはずだったのだ。

 

 この研究所の警備主任として、またそこにいる男の護衛として、冷静に状況を判断していた。

 

 

 

(保安局が来るのは分かっていた。そのためにめぼしい着陸地点や侵入経路にはベルセルクも配置して、あとは奴らが時間稼ぎをしてる間にデータとこいつを脱出させる……それだけの単純な作戦だったはずだ!)

 

 

 

 だが、あの影の存在で一気に全てがひっくり返った。

 

 あるいは材木置き場周辺の壊滅を聞いた時、見切りをつけてそこの男だけでも逃せば違ったかもしれない。

 

 そう思ってしまうほど、虎の子である超越体(ヘラクレス)すら一周したあのふざけた存在は危機に思えた。

 

「チッ、冗談じゃねえ」

 

 歴戦の傭兵はすぐに意識を切り替え、無線を通じて部下に指示を出す。

 

 そうすると、未だに固まっている白衣男の肩を強く引いて我を取り戻させた。

 

「ボサッとしてねえで、さっさとずらかるぞ。あんなのとやるのはゴメンだ。この施設にある全戦力で足止めしてる間に、5分で脱出する」

「あ、ああ……そうだね、そうしないと……」

 

 狼狽えながらも、素直に従う態度を見せた男にヴァイスは「よし」と頷き──

 

 

 

 

 

『おいおい、随分と騒がしいじゃないか』

 

 

 

 

 

 背後から聞こえた声に、全身が総毛立った。

 

 反射的に肩から下げていた小型マシンガンを構え、意識を先頭に切り替えながら振り向く。

 

 すると、いつの間にやらそこにいて、背を壁に預けていたモノ──赤い怪人は気さくに手を上げた。

 

『よう。なんだか急いでいるが、腹でも下してトイレに行くところか?』

「……テメェか」

 

 その怪人を知っていたヴァイスは、強烈な存在感に警戒しながら銃を下ろす。

 

 部屋の中にいた部下や、白衣の男が動揺するのを見回して、怪人はゆるりとモニターを見る。

 

『もう来たか。どうやらベルセルクも超越体(ヘラクレス)も期待外れだったようだな』

「……話と違うぞ。()()()()()()()()()()んじゃなかったのか」

 

 まるでこの状況が、あらかじめ仕組んだものとは違うとても言いたげにヴァイスは睨め付ける。

 

 常人であれば、それだけで失神しそうな威圧。しかし全く意に介さず、怪人は肩をすくめた。

 

『保安局ならまだしも、アレは俺と同じ幹部でね。自発的に行動されたら流石に止めることはできん』

「ハッ、お前らみたいな奴らでも内輪揉めはするってか。笑えねえな」

『……ま、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 唐突に一つトーンが下がった怪人の科白に、すぐに理解が及ばずヴァイスは眉を顰める。

 

 そして、言葉の意味を問いただそうとする前に──怪人へ、彼の部下が一人歩み寄った。

 

「おい、何してる?」

 

 恐怖と力で統率し、命令がない限り決して動かないはずの部下に驚き、諌める。

 

 それは制止というより恐喝に近い声音であったが、その人物は聞こえていないようだ。

 

 全身を装備で包み、顔さえもヘルメットとマスクで隠した部下に、今度こそヴァイスは大きく口を開け。

 

 

 

(──待て。あんなやつ、俺の部下にいたか?)

 

 

 

 あることに、気付く。

 

 

 

 

 傭兵団リーダーの必須技能として、ヴァイスは人の特徴を瞬時に記憶することができる。

 

 それは声や仕草といったものから、身長、体格、歩き方から戦闘技術まで。勿論、容姿も含まれている。

 

 当然、自分の部下は全員把握しているし、ここの警備主任になった時に他からやってきた人員も記憶した。

 

 しかし。

 

 今目の前にいる黒づくめの人物は……ヴァイスの記憶のどこにも、存在していなかった。

 

「スターク様、こちらを」

『ご苦労』

 

 謎の悪寒に襲われているうちに、懐から取り出した何かをソレは怪人に差し出す。

 

 初めて聞いた声は、マスク越しでくぐもっていながらも美しい女のものだった。

 

 容量がありそうな、大きめのUSB。それを弄ぶように手の中で転がす怪人。

 

「ファントムリキッドに関連したデータの全てです。加えて、施設内のネットワークから我々に関する情報は全て削除しました」

『いい仕事だ。例の〝生体兵器〟のサンプルは?』

「二時間前に移送済み。状態は安定。暴走の危険性を考え、第五組織による迅速な運搬を行いました」

『いい判断だ。研究に携わらせていた研究員は?』

「魅了していた人間達ですか? 全員()()しています」

 

 目の前で淡々と繰り広げられる怪人とその人物の会話に、ヴァイスは表情を凍り付かせていく。

 

 話の詳細は分からない。だが、この覆面の何者かが怪人のスパイであることは理解できた。

 

 知らないうちにこの施設で何かをされ、証拠は全て消されていることも、同様に察する。

 

『後始末も完璧だな。長い間ご苦労さん』

「私は使徒。我が神の意に従ったまででございます」

 

 言いながら、その人物はヘルメットごとマスクを脱ぎ去った。

 

 

 

 ふわり、と銀の天の川が宙にたなびく。

 

 

 

 その人物が頭を左右に振り、押さえつけられていた髪を解きほぐす仕草によるものだった。

 

 見とれるような銀髪を緩やかに背中へ落とし、その人物──神がかった美貌の女は、小さく息を吐く。

 

 ようやく覆面を取り払えるとでも言いたげなその仕草でさえ様になっていて、ヴァイスも白衣の男も目を奪われた。

 

「次のご指示を、スターク様。本計画が終了するまで、命令権は貴方様にあります」

 

 脇にヘルメットを抱え、怪人が主人とでも言いたげな態度で女は告げる。

 

 ここに至るまで、彼女達を除いた全員が状況に追いつくことができず、ただ見ているだけだった。

 

『お堅いねえ。だが、そうだな……』

 

 ふと、怪人はモニターを見る。

 

 

 

 

 

 丁度、影がヘリを降りようとする白衣の少女に手を差し出しているところだった。

 

 そんな二人……ではなく、彼らをニヤニヤと見ている小柄な使徒へ視線を定める。

 

 今回の件において、彼女がここにいることだけが怪人の予定から外れていた。

 

『使徒達の疑似魂魄に成長機能を加えたのはいいが、予想通りあいつが一番早く自我を確立しているな』

「処断いたしますか?」

『やめとけ、お前じゃ無理だ。だがワンサイドゲームもつまらない……残って相手をしてやれ』

「了解しました」

 

 女が恭しい態度で頭を下げて──そこでようやく、ヴァイスは我に返った。

 

「──テメェら、どうやら裏で色々とやっていたみたいだな」

 

 その言葉を放つのと同時、ヴァイスの体から殺気が滲み出る。

 

 限りなく無表情で、無透明な声音。だがその目には確かな憤怒が宿り、頬から右耳にかけて走る傷跡が恐ろしさを際立たせる。

 

 白衣の男が「ひっ」と怯えて後ずさる中、怪人と女は相変わらず堪えていない様子だ。

 

『まあな。ここらが潮時だと思ってね、俺は抜けさせてもらう』

「そんなことができると思ってんのか?」

 

 銃口を向け、引き金に指をかける。

 

 この怪物に敵わないことは、長年修羅場をくぐり抜けて培った直感で勘付いていた。

 

 だが、ヴァイスにもプロとしてのプライドというものがある。

 

 正直、雇い主はどうなろうと知ったことではないが、自分がいいように踊らされていたと知っては黙っていられない。

 

「どうやらこれまでは、裏の世界の誰にも実態を掴ませなかったみてえだが……今回もそう上手くいくかな?」

『いくさ。お前らは所詮、俺の目的を達成するための道具にすぎない』

「その減らず口、いつまで叩ける──ッ!?」

 

 ヴァイスは最後まで言い切ることができなかった。

 

 無造作に突き出された怪人の手から発した衝撃に吹き飛ばされ、デスクの上で一回転して向こう側に転がる。

 

 何が起きたのか分からず、彼は背中の痛みと息が詰まっていることで目を白黒させた。

 

『それじゃ。後は頼んだぜ』

「かしこまりました」

『悪人ども、チャオ♪』

 

 軽快に顔の横でジェスチャーをして、なんと怪人はその場から一瞬で消えた。

 

 終始傍観していた白衣の男は慌てて部屋の中を見渡し、姿がないことが分かると混乱した顔をする。

 

「それでは命令を遂行することにいたしましょう」

「ぐっ!?」

 

 突如、首元を掴まれて白衣の男は苦悶の声を漏らす。

 

 彼の首を鷲掴みにした女は、その細腕のどこにあるのかという力で男の体を浮かせた。

 

 己の手を掴んでもがく男に、女は無機物のように感情のない瞳を向ける。

 

「貴方達は我が神の駒。ならば、役目を全うしてもらいましょうか──」

 

 

 

 

 

 

 

 女の目が、妖しく輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 施設の入り口の左右に、浩介達とa隊は壁に張り付くようにして待機していた。

 

 施設の扉は電子ロックされており、保安局の隊員が現在進行形でハッキングを試みている。

 

「ふぁ……どうせバレてんだから、派手に踏み込みゃいいものをよ」

「強引に開けてドカン、じゃたまったもんじゃないしな。てか、そのヤンキーみたいな座り方は一応女としてどうなの?」

「今更だろ」

 

 退屈そうに欠伸をするジアに、浩介は小さくため息を吐く。

 

 それから、自分の肩に体をくっつけるようにして、緊張しているエミリーを見た。

 

「エミリー、そんなにガチガチだといざって時に危ないから。もう少しリラックスしてくれ」

「わ、わかってる。分かってるんだけど……」

 

 いざ敵地に乗り込むとなると、やはり平常ではいられないらしい。

 

 仕方がないかと心の中で恋人に謝って、浩介は彼女の手をそっと握った。

 

「これなら、ちょっとは安心できるか?」

「あ……」

 

 エミリーはみるみるうちに固い表情を柔らかくしていき、笑顔でコクコクと頷いた。

 

 なんとも甘酸っぱい二人に、ジアがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

 隊員達は舌打ちしたり、生暖かい目を向けた。特にアレンなど、何故かハンカチを噛み締めている。

 

「お、おのれアビスゲート……こんな時にまで可愛い女の子とイチャイチャして羨ましい……!」

「ふざけたことをほざいていると、誤射に見せかけて殺しましすよ」

「ひいっ」

 

 なんかもう色々ダメなヴァネッサにお叱りを受けつつも、妬ましげに浩介を睨む噂の暗殺者(笑)であった。

 

 

 

 

 

 そうこうしている間に、小さく施錠音が響く。

 

 隊員がバーナードに頷き、首肯した彼は無線機で他の班と連絡を取ってから浩介を見た。

 

「β隊、γ隊も突入準備完了。いけるか、アビィ?」

「こっちの分身体でも確認した。その言葉を待ってたよ」

 

 他の二班に付けている分身体を通じて状況を把握した浩介は、しっかり首肯した。

 

 バーナードは頼もしげにマスクで隠れた顔を笑わせ、カウントを開始した。

 

「5、4、3…………GOッ!」

 

 合図とほぼ同時、隊員達が鮮やかな動きで突入を開始した。

 

 くぐり抜けた扉の向こう側は、闇の中。どうやら既に設備内の機能は停止しているようだ。

 

 人の気配もない。強襲されるとわかってるのだから、逃げない道理はないだろう。

 

『β隊、クリア』

『γ隊、クリア』

「α隊、クリア」

 

 各隊で連絡を取りつつ、慎重かつ迅速に進んでいく一行。

 

 浩介、ヴァネッサ、アレンの三人に囲まれる形でエミリーを中心に起き、逆扇状の隊列を組んでいる。

 

 奥へ進んでも人の気配は無く、いよいよ標的の逃亡が始まっていることを浩介は感じ取る。

 

 

 

(保安局の任務は、主要人物達の捕縛あるいは抹殺。そしてベルセルクの流出阻止……これは、ちょっと骨が折れそうだな)

 

 

 

 そのうち、行先にT字路が見えた。

 

「エンカウントッ! 武装あり!」

「散開!」

 

 先頭を行く隊員が、突如として叫ぶ。

 

 素早くバーナードが指示を出し、廊下の左右に隠れたのと同時に角の向こうから銃撃音が響いた。

 

 背中越しに伝わる壁へ着弾する振動と、薄暗闇の中で光るマズルフラッシュ。人間の敵だった。

 

 隊員達も絶妙な位置どりで応戦を始め、互いに向けて閃光が迸る。

 

「ジャズ、グレネード!」

「了解!」

 

 指示を出された隊員の一人が、敵方に向けてライフルの銃身下に装備されたグレネードランチャーを発射。

 

 数秒後、廊下の向こうで爆音と激震。熱波がこちらまで届いてきた。

 

「Goッ、Goッ、Goッ!!」

 

 熱波が弱まるや否や、バーナードの号令で侵攻を再開。

 

 二手に分かれつつ奥へ進めば、最奥の暗がりでさらなる曲がり角の向こうへ一人の影が逃げた。

 

 残ったのはグレネードをもろに食らって悶え苦しむ男達。彼らの様子を伺おうとした瞬間、大きく体を痙攣させる。

 

 

 

 タンッタンッタンッ

 

 

 

 まずい、と浩介がナイフを取り出す間も無く、隊員らが正確に頭部を撃ち抜いた。

 

 血潮を撒き散らし、動かなくなる男達。銃を構えつつ足で蹴って死亡を確認し、彼らは頷いた。

 

「クリア」

「クリア」

 

 速やかに危険を排除した隊員達は、優雅とさえ言える動きでさらに進んだ。

 

 懐にナイフを戻しながら、浩介は仮面の下で苦笑いを浮かべる。

 

 

 

(依頼の過程で紛争地域のゲリラに混ざったり、レジスタンスに潜入したこともあったけど。いつもながらプロってのはすごいな)

 

 

 

 超常的な個の力とは違う、洗練され、研ぎ澄まされた、集団での戦闘技術。

 

 ここ数年で幾度となく目にしたが、その度に浩介は感心させられる。

 

 同時に、そんな光景にすっかり慣れてしまった自分にちょっぴりセンチになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人感傷に浸っている間にも、状況は刻一刻と進んでいく。

 

 通路にトラップがないことを確認し、突き当りの分岐を進もうとした時、浩介の感知に新たな反応が現れた。

 

「第二陣のお出ましか……」

「任しとけ!」

 

 バーナード達にそれを伝えるよりも早く、ジアが隣から飛び出していった。

 

 浩介が手を伸ばした時にはすでに遅い。同じように気配を察知していた彼女は、薙刀を構え突っ込んでいく。

 

「おい、待て──っ!?」

「来たぞ!」

「殺せ!」

「ハッハァ! テメェらが死ね!」

 

 角の向こうで潜んでいた男達が銃口を向けるも、生憎と相手が悪すぎた。

 

 ジアは薙刀の切っ先を彼らに向け、長柄を通して魔力を通す。

 

 パキン! と音を立て、根元から外れる刃。魔力を纏ったそれは弾丸より速く男達に飛んで行った。

 

「おい、なんだあれ!?」

「何か光って──!」

「う、撃ち落と……」

「遅えよマヌケども!」

 

 動揺したのが、彼らの運の尽き。

 

 あっという間に迫った刃は空中で複数に分割すると、男達を翻弄し、隙を突いてその頭を貫いていった。

 

 ジアが長柄を振るうのに合わせ、踊るように命を刈り取った刃は、やはり舞うようにして一体化し、戻ってくる。

 

「っし! こっちも絶好調! やっぱ武器は自分で使わねえとな!」

「ジア! 勝手に突撃すんな!」

「あ? 皆殺しにしたんだからいいだろ。ちゃんと頭も潰してやったよ」

「いやそうじゃなくて……あぁもういいや」

 

 サーチ&デストロイしただけですが何か? と言わんばかりに首をかしげるジア。

 

 その姿が某魔神様と妙に重なって、がっくりと肩を落とす浩介にエミリー達が同情的な目を向けた。

 

 しっかりと先ほどのように男達の死亡を確認して、施設の攻略へ早々に戻る。

 

 

 

 

 

 

 結局、その後も浩介が出張るまでもなく、施設内にいた武装集団は悉く保安局強襲課とジアが駆逐した。

 

 他の隊につけた分身体も全く活躍することはなく、拍子抜けと言えるほど攻略は順調だ。

 

「……飽きてきた。どいつもこいつも弱すぎだろ」

「お前な……戦闘能力低いんだから、いざという時のために体力温存しとけよ」

「うっせ、ただの人間に負ける程じゃねえわ」

 

 並走するジアと、揶揄い混じりの会話を交わす余裕さえ生まれていた。

 

 それでも油断しないようにしているうちに、彼らは広い部屋の前へ横着した。

 

 事前情報では、メイン研究室に当たる場所だ。

 

 一度出入り口の左右に散らばり、隊員達が安全を確認してから中へ足を踏み入れ──

 

 

 

 

 

 

 

「──ご機嫌よう、同胞よ」

「ぐぁ────っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 直後、天井の暗闇から滲み出るように現れた人影と共にジアの姿が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 人影が一瞬で背後に消え、派手な破砕音が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 全員反射的に振り返れば、壁に大きな穴が空いていた。

 

「ジアっ!?」

 

 はっきりと、使徒らしき女が彼女の首を掴み、攫っていったのを見た浩介は声を上げた。

 

 〝組織〟の戦力が置かれていることは予想していたが、まさか使徒が現れるとは思いもしなかった。

 

「隊長!」

「クソッ、奇襲か!」

 

 度肝を抜かれたことによる、数秒のロス。戦場では致命的なミスだ。

 

 ()()()は、そんな好機を絶対に見逃さない。

 

「撃てっ!」

 

 部屋の中に響いた、浩介達以外の男の声。

 

 直後、部屋のあちこちにある闇に紛れていた傭兵達が立ち上がって一斉掃射を始めた。

 

 それはバーナード達が応戦するよりも早く、無数の弾丸が宙を切り裂き迫る。

 

「チッ!」

 

 最も早く立ち直ったのは、案の定と言うべきか浩介だった。

 

 魔力をスーツに叩き込むようにして重力魔法を発動し、バーナード達を覆う規模の結界を発動。

 

 強力な斥力を有する半透明の紫色のドームにより、彼らに迫っていた銃弾は全て弾き返された。

 

 そのうちの何発かは傭兵の数人に命中し、くぐもった声をあげて倒れていく。

 

 

 

 

 

 一連の動作は、たったの二秒ほど。

 

 バーナードらと傭兵達、双方が一瞬呆けたが奇襲が失敗したことを理解すると次の行動に移った。

 

 傭兵は同じ反撃をされるの恐れて一旦射撃をやめ、その間にバーナード達は物陰に身を潜める。

 

「何をしたのかわからんが、助かったぜアビィ!」

「こんなとこで死なれたら、寝覚めが悪いっすよ」

「感謝するよ。それより、お前の連れが……」

 

 一瞬、破壊された壁を見てジアの身を案ずるバーナード。

 

 彼らの本来の人の良さを再認識しつつ、浩介は刹那の間に思考に耽った。

 

 

 

(間違いなく、あれは神の使徒だ。おそらく奴が残していった置き土産だろうが……まあ、ジアなら平気だろ)

 

 

 

 腐っても最高幹部の一人に数えられる使徒だ。並の使徒には早々負けはすまい。

 

 浩介の知る限りのジアの力と使徒の力を比較し、結論を出してからバーナードにかぶりを振る。

 

「気にしないでください。多分、大丈夫です。それより……」

 

 浩介が傭兵達に意識を向けると、タイミングを見計らうように先ほどの声が響いた。

 

「おいおい、確実に仕留めたと思ったんだがな。とんでもねえバケモンだな、そいつ」

「…………ヴァイス=イングラム。よりによって奴か」

 

 デスクの影から一瞬身を乗り出し、部屋の奥で薄笑いを浮かべる男の顔を見てバーナードが舌打ちをする。

 

「ヴァイス=イングラム……確か傭兵だったか?」

「こうすけ、知ってるの?」

「これでも世界中飛び回ってるからな」

 

 各国で依頼を遂行していた浩介も、ヴァイスの名は数回耳にしたことがあった。

 

 〝組織〟の情報網があるとはいえ、裏世界に身を置いているのだ。自発的な情報収拾は欠かさない。

 

 有名であるにも関わらず、なんの偶然かこれまで出会うことはなかったが、今回がその時だったようだ。

 

「隊長さん、奴は?」

「必要ない。元々局がマークしていたし、一度J・D機関が抹殺しようとして取り逃がしたやつだ」

「耳が痛いですね……」

「OK。じゃ、俺が目くらましをするから頼む」

「了解した」

 

 報連相を済ませると、浩介は腰から掌サイズの円盤を取り外す。

 

 中央のスイッチを押して起動し、ヴァイス達の目の前めがけて空中に放り投げた。

 

「なんっ──!?」

 

 

 

 

 

 直後、強烈な閃光。

 

 

 

 

 

 

 以前ジアから購入していた、網膜を目玉ごと焼き焦がす奪視グレネードが炸裂する。

 

 それが放られた時点で目を瞑っていたバーナード達とエミリー達、そして直感で顔を背けたヴァイスは事無きを得る。

 

 だが、暗い部屋の中で反応が遅れた傭兵達は悉く眼を焼かれ、痛々しい悲鳴を上げた。

 

「今だッ!」

 

 光が消えたのを見計らい、一斉に立ち上がったバーナード達はサブマシンガンを一斉掃射。

 

 何も見えない傭兵達は、見事に命中されて次々に倒れていった。

 

 そんな中、憎たらしいほど鋭いヴァイスだけは一瞬前にデスクの影に飛び込んで銃撃を躱してみせる。

 

「クソッ、これだからこの仕事はっ!」

 

 悪態をつきながら、ヴァイスは打開策を考える。

 

 部下は全滅。ならば危険を承知で隣接した部屋にいる()()を解き放つか。

 

 まず一つそれを考え、他に安全性の高い作戦はないかと考えて……ふと、あることを思い出した。

 

「……そういや、こいつがあったな」

 

 銃撃音が響く中、彼がポケットから取り出したのは手榴弾のような物体。

 

 蛇のシンボルが浮き彫りにされたそれは、()()から預かった奥の手だ。

 

 説明されたその力と危険性を頭の中で思い浮かべ──嗜虐的に歪ませた瞳に、銀色の光が過ぎった。

 

「試させてもらおうじゃねえか」

 

 ヴァイスは躊躇なく、その物体のピンを抜く。

 

 ほとんど掃討された部下達の死体の方に向け、的確なコントロールで放り投げた。

 

 放物線を描くそれを浩介は目視したが、あらぬ方向に行くのを見て意識を外した。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 デスクや機材に何度か当たり、最終的に丁度傭兵達の死体の中心に落ちたソレ。

 

 着地と同時に爆発した物体からは、部屋の半分を覆うほどの紫色の煙が溢れ出た。

 

「毒かっ!? 各自警戒っ!」

 

 隊員達は即座に物陰へ戻ると、マスクをしていなかったものは首から鼻の付け根まで引き上げる。

 

 ヴァネッサやアレン、エミリーも裾で口元を隠す中で、仮面の解毒機能がある浩介だけは注視する。

 

「……っ!?」

 

 そして、小さく悲鳴を上げた。

 

 なんと。恐るべきことに、煙の中で死んだはずの傭兵達が次々と起き上がったのだ。

 

 緩慢で、まるで糸の切れた人形のような動きをして、一人、また一人と息を吹き返す。

 

 

 

(いや、違う! 生き返ってるんじゃない! これは──降霊魔法ッ!?)

 

 

 

 かつて旧世界で、裏切り者の少女が使った恐ろしい魔法。

 

 その効果を付与されているらしい煙を吸って傀儡となった彼らは、仮初の命を得て蘇る。

 

 同じようにそれを見ていたヴァイスは目を見開いて、だが同時に笑った。

 

「ハッ、最高だな! それにこれなら……!」

 

 素早くスマホを取り出すと、待機させていた画面の一つを呼び出す。

 

 そこにあるボタンをタップした途端──ゾンビのように呻いていた傀儡達が体を震わせ。

 

「せいぜい、最後まで俺の役に立ってくれよ?」

 

 

 

 

 

 直後。部屋の中に、いくつもの叫びが轟いた。

 

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


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闇と影 2



ビルド見返して、熱が戻ってきたので久々に更新と。

楽しんでいただけると嬉しいです。



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 同胞であるはずの使徒に攫われたジアは、今もなお動けずにいた。

 

 

 

 無数の壁を己の背中で破壊しながら、どんどん浩介達から遠ざかっていく。

 

 その距離は既に、遥か遠くと言っても過言ではない程になっていた。

 

「ざ……けんなッ!!」

「っ!!」

 

 だが、いつまでもやられっぱなしでいるジアではない。

 

 薙刀に魔力を通し、刀身を分割すると自分を掴む使徒の腕を細切れにしようとした。

 

 飛来した刃群を見て、それが十分に可能であると判断した使徒は自ら手を離す。

 

 ようやく自由になった彼女は、継続して使徒へ刃を差し向けながらも自分の体へ魔力を循環させる。

 

 瞬間、その背中から髪色と同じ翼が広がり、それを用いて姿勢制御すると危なげなく着地する。

 

「っと……ここは、どっかの研究室かぁ?」

 

 周囲を見渡せば、そこは広場といって差し支えない面積を持つ一室であった。

 

 室内の器具は突入した際の衝撃と瓦礫で吹き飛んでおり、悲惨な状態だ。幸いにも無人である。

 

「はっ、暴れるには丁度良い。……んで。舐めた真似してくれたな、えぇ?」

 

 戻ってきた刀身を長柄に合体させながら、どすの利いた声でそう呼びかける。

 

 ゆっくりと壁の穴を超えてやってきた使徒が、近くにあった机へ音もなく降り立った。

 

「流石は我らが神に選ばれし、七人の同胞が一人。一筋縄ではいきませんね」

「ったりめえだ。こんなんでやられるようじゃ、師匠のシゴキについていけるかよ」

「南雲ハジメですか……ええ、そうでしょう。並の我らなど、あの者に比べれば羽虫にも等しい」

「おっ、わかってんじゃねえか」

 

 敬愛する男の賞賛を聞き、初めて気分がよさげに笑う。

 

 ……だが、両者の間にある殺意は全くと言っていいほどに衰えてはいない。

 

 仮にも神造兵器。常人がこの場にいれば、その圧だけで容易に意識を手放すことだろう。

 

「で。テメェ、こんなところで何してやがる?」

「……天網で情報は共有しているはずでは?」

「あん? ああ、次々と入ってきてうるせえから切ってんだよ。作業の邪魔だしな」

 

 一瞬、驚き故か使徒が動きを止めた。

 

 ジアは、あらゆる使徒をリアルタイムで繋ぐ〝天網〟との常時接続を断ち切っていた。

 

 必要とあらば使用するが、すっかり職人気質に陥った彼女にとっては常に記録をインプットされることは雑音でしかない。

 

 浩介は天網でジアが今回首を突っ込んできたと推測したが、単に装備へ盗聴器を仕込んでいただけである。

 

「……凄まじい自我の発達ですね。スターク様の言った通り、やはり貴女の成長速度は侮れません」

「だったらどうすんだよ? これでもウチは牙の一人だぜ? 勝てると思ってんのか?」

「難しいと言わざるをえないでしょう。しかし、それが私の役目であるのならば──」

 

 

 

 

 瞬間、使徒の体から大量の魔力が放出される。

 

 

 

 

 不思議なことに、その放出量は通常の使徒を大幅に超えており、さしものジアも眉を顰める。

 

 そんな彼女の前で、純粋な銀色だった使徒の魔力に、突如として黒色が混ざり始めた。

 

 二色の魔力は絡みつくようにして使徒に収束していき……混じり気のない銀髪の一部が、染まる。

 

「──全霊を以って、貴女を排除します」

 

 次に瞼が開かれた時、使徒の右目の一部は黒く濁っていた。

 

 現代的な戦闘服に身を包み、翼を携えた黒銀の姿は、アンバランスであるからこその力強さを放つ。

 

 何処からともなく鋭い音で幅広の刀を二振り取り出し、構える様にジアは冷や汗を流した。

 

「……テメェ、〝蛇の黒鱗(アイアス)〟か」

「ご明察。序列86位、キャトヴァストと申します。以後お見知り置きを、〝赤熱の六(クラフター)〟」

 

 醸し出される威圧感に、今度はジアが驚く番であった。

 

 自然と薙刀を構え、ないよりはマシだと全身に身体強化の魔力を纏う。

 

 

 

(ヤベェな。よりによって戦闘特化の第一組織かよ。しかも結構上位じゃねえか。こりゃ、流石に準備不足か?)

 

 

 

 内心では自嘲気味に笑いながらも、ここで引き下がることは最初から選択肢にない。

 

 一度首を突っ込んだのだ。最後まで浩介に付き合う程度には彼女も律儀だった。

 

「いいぜ。ちょうど退屈してたところだ。ここらでいっちょ、存分に暴れさせてもらおうじゃねえかッ!」

「──ッ!!」

 

 ジアとキャトヴァストが、ほぼ同時に動き出す。

 

 双刀と薙刀、それぞれに分解の魔力を纏わせた二人は、濃厚な殺意のままに得物を振るい──

 

 

 

 

 

 

 

 直後、研究所に激震が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 降霊魔法によって傀儡と化した死体が、次々とベルセルクに変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ありえざる光景にバーナード達が喉の奥で喘ぎ、浩介は判断ミスとしたと後悔した。

 

 傭兵達にも【ベルセルク】が仕込まれていることは分かっていた。

 

 だが、よもや降霊魔法を発動させる武器が用意されているとは予測しきれなかったのだ。

 

「いや……奴の介入があった時点で、予測に入れておくべきだったか…………!」

「チッ! よく分からんが、生き返ったもんはしょうがない! 総員、戦闘態勢! 飛沫を浴びるなよ!」

 

 ベテランらしく、混乱を飲み込み叫んだバーナードによって揺らいだ心を立て直す。

 

 雄叫びを上げてこちらに向かってきた傀儡ベルセルク達に、浩介も対応し始めた。

 

「シッ!」

 

 素早く投げつけた4本のナイフが、狙いを違わずベルセルク達の頭部に突き刺さる。

 

 爆破矢の鏃を分解して作った爆発性のナイフは、ほどなくして暗闇に火花を咲かせた。

 

 確実に脳を破壊し──だが予想に反して、頭を損傷したベルセルクは緩慢にも動き続けていた。

 

「なっ!? 奴ら、これまでと違って死なないぞ!」

「チッ、やっぱり魂魄だけで動いてるか! 厄介だな!」

 

 既に肉体は死んでいる傀儡達は、従来の弱点を克服しているようであった。

 

 無敵の超人になったのではと、バーナード達の心を絶望が侵していく。

 

「いえ、よく見てください! 奴ら、再生していません!」

「何だと!?」

 

 エミリーをアレンと共に守っていたヴァネッサの言葉に、改めて傀儡を観察する。

 

 すると、確かに浩介に頭を吹き飛ばされたベルセルクはそのままグロテスクな損傷を晒している。

 

 加えて、最初の叫び声こそ力があったものの、通常のベルセルクに比べてひどく動きが遅い。

 

 それらの情報を素早く分析し、浩介はこの違和感の正体を探り当てる。

 

「……! そうか、奴らの体は死体だ!」

「どういうことだアビィ!?」

「要するに死んだままってことだ! 復活した時に一時的に活性化して【ベルセルク】は効果を発揮したが、生命活動自体はもう止まってる! そうなれば流石に細胞再生も起きないんじゃないのか!?」

 

 いかに人間を理性なき超人に変えるベルセルクといえど、死人には完全に効果を発揮しきれないのだ。

 

 あるいは降霊魔法という、常識外の力が加わったことで何かしらの阻害が起こっているのか。

 

 何れにせよ好都合だと、新たな弱点を見つけたことで希望が生まれる。

 

「つまり、こういうことか。奴らの体を破壊して動けないようにすれば、無力化できるんだな!?」

「その可能性は高いと思う!」

「よし! 聞いたな、各員戦闘態勢! 残弾数に注意しながら──蜂の巣にしてやれッ!!」

「「「了解!」」」

 

 再び気迫を取り戻したことにより、傀儡ベルセルクと保安局員達による戦闘が再開された。

 

 それまでは頭部や心臓を狙っていたが、手足などを重点的に射撃して機動力を奪う作戦に移行する。

 

 目論見通り、傀儡らは目に見えて動きが止まった。危機感で締め上げられていた全員の心に少しの余裕が生まれ……

 

「あっ」

 

 それ故か、ヴァネッサの背中越しに室内を見回したエミリーが声を上げた。

 

 

 

 

 

 彼女の視線の先で、いつの間にか扉までたどり着いていたヴァイスが出ていく。

 

 彼のすぐ隣には、体を縮こまらせた白衣の男が頭を庇って追随していた。

 

 エミリーの声によって浩介も彼らに気がつき、新たにナイフを取り出して──

 

「──あばよ、バケモノ。せいぜい同類と遊んでろ」

 

 その前に捨て台詞を残し、手元の端末を操作すると扉の向こうに消えた。

 

 浩介が投げたナイフは分厚いそれに突き刺さり、取り逃がしたことに舌打ちをする。

 

 

 

 グルルルル…………

 

 

 

 度重なる失態に苛立つ暇もなく、室内にこれまでとは違う異音が響いた。

 

 彼やエミリー達、銃を乱射するバーナード達が一斉にそちらへ視線を向ける。

 

「ッ、何だあれは……」

「機械の、怪物……?」

 

 開け放たれていた扉から出てきたのは、見たこともないような生物達。

 

 体長は二メートルほどだろうか。()()()()()()()()()()尻尾を揺らし、金属質な音で4本の足が床を叩く。

 

 おそらくはベルセルクを投与されたのだろうソレの、元の生物は猫……と思われる。

 

 というのも、その全身の至るところがダークグリーンの機械的な装甲で覆われているのだ。

 

 装着しているというよりも、肉体に無理やり接合したと言った方が正しいか。

 

 その一体の他にも、犬や猿、ネズミといった、見るもおぞましい獣と機械の融合体が次々と現れる。

 

「実験体にされた動物、ってところか。ここは研究施設だ、ベルセルクを獣に使ってもおかしくはないが……あの見た目は…………?」

「……ガーディアンだ」

「ガーディアン? なんだそれは?」

「人型の戦闘兵器だよ。大方、〝超越体(ヘラクレス)〟の前段階に動物と機械のキメラを試作してたってとこだろ」

「っ、えげつねえことしやがる……」

 

 生命を冒涜する行為に軽蔑の言葉を吐きながらも、バーナードは指示を飛ばして隊列を組み直す。

 

 続けて無線越しに他の隊からの連絡が入り、同じようにキメラ動物の襲撃を受けている旨が報告された。

 

 

 

(さて。こいつらも始末しなきゃだけど、ヴァイス達もすぐに追いかけないとマズい。どうしたもんか……)

 

 

 

 時間をかければかけるほど、あの傭兵と男を取り逃がす確率は高くなる。

 

 そうなってしまえば、わざわざエミリーを連れてまでこの施設にやってきた意味がなくなってしまう。

 

 それに反して、浩介の仮面には数十ものキメラ動物……ベルセルク・マシンの熱源が映し出されていた。

 

「……迅速に排除する。それしかないか」

「いや。お前はグラント博士と一緒に、先に行け」

 

 間髪入れず隣から帰ってきた言葉に、臨戦態勢に入っていた浩介は素早く振り向いた。

 

 仮面越しに正気かという目を向けると、ベルセルク・マシンの機械部分を観察しつつ彼は語り出す。

 

「今、奴らを逃すわけにはいかない。彼女の為に、お前はここまで協力してくれているんだろう?」

 

 不敵に笑うバーナードが一瞥した先には、エミリーがいた。

 

 

 

 

 

 体を震わせながらも、必死に周囲を見回している彼女は、まだ折れていない様子だ。

 

 彼女は浩介の言葉を信じて、未だこの場に踏ん張っているのだ。

 

 彼女の心までも守り抜くと誓ったのは、浩介自身。彼らを逃せばそれは果たせなくなる。

 

「……本当に、いいのか?」

「愚問だな。お前ほどじゃないだろうが、これでも腐るほど修羅場は潜り抜けてきてるんだ」

「……わかった」

 

 既に覚悟を決めたバーナードに、一切の躊躇や怯えがないことを直感する。

 

 これでも浩介は、プロの自覚を持っているつもりだ。同じ大人である彼にこれ以上の問答は不要だと理解する。

 

 代わりに、その体から滲み出るようにして一人の分身体を作り出した。

 

「こいつを使ってくれ。装備は近接武器に限定されるが、戦闘力は遜色ない。自律稼働であんたに従うようにしておいた」

「最高の置き土産だな」

 

 最後に一度、視線を交わす。

 

「死ぬなよ」

「お前こそな」

 

 拳を握り、前腕を軽くぶつけ合わせる。挨拶はそれで十分だった。

 

 忽ちキラリと目を輝かせたヴァネッサ、アレン、そしてエミリーの方へ浩介は近寄る。

 

「聞いてたな。ここは任せて、あいつらを追う」

「了解しました、我が神よ」

「はいはい、ここまで来たら最後までやってやりますよ!」

 

 即座に答えたエージェント二人に首肯してから、エミリーへと手を差し出した。

 

「エミリー。いけるか?」

「……うんっ!」

 

 いい返事だ、と握り返された手を包み込む。

 

 そうすると、もう一方の手で腰から放電ディスクと奪視グレネードを外した。

 

 それらのスイッチを入れ、起動音を聞きつけたバーナードがグッと銃のグリップを握りしめた。

 

 

 

(三……)

(二、一……)

((ゼロッ!))

 

 

 

「今だッ、アビィ!」

「ッ!」

 

 バーナードの号令と共に、浩介はそれらをベルセルク達に向けて投擲する。

 

 ほぼ同時に、機械音と獣らしい声の混じり合った咆哮をあげてマシン達が傀儡達の後方から飛びかかった。

 

 直後、爆発したディスクから激しい放電が、グレネードから強烈すぎる光が炸裂する。

 

 それらは生物と機械両方の特性を持つマシン達にダメージを与え、光に包まれた部屋の中に悲鳴が木霊した。

 

 二重の奇襲が功を奏したところで、極力目を庇いながら浩介は三人と共に扉に向けて走り出す。

 

 背後から怒りの叫び声が轟き、それに呼応するようにして無数の射撃音が乱舞した。

 

 戦場を後にして、あっという間に出口にたどり着くと扉を開けて先にエミリー達を外へ逃がす。

 

 そして最後に、浩介が閉じかけた扉の間を潜り抜けるようにして出ていった。

 

「アビィ! これが終わったら、ビールでも飲もうぜッ!」

「フラグ立てんな! でも、生き残ったら最高級のやつを振る舞うよッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 叩きつけるような軽口を、最後に残して。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 廊下を覆う薄暗闇は、まるでこの先に待つ結末を示すかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 その中を、エミリーの手を引いて駆け抜けていく。

 

 先程視認した際に、仮面へ記録されたヴァイスと男の生体反応を追跡する。

 

 加えて派生技能でその足跡や気配をも辿り、正確な動きで次々と通路を選んでいった。

 

 全くの迷いのなさに、アレンが若干顔を引き攣らせている。

 

「「オオオォォォッ!!」」

「チッ! またか!」

 

 曲がり角を曲がった途端、廊下の向こうにいた二体のベルセルクがこちらに振り向いた。

 

 数えるのも馬鹿らしくなるほど見た筋肉達磨達に、浩介は素早くディスクを取り出す。

 

「フッ!」

 

 こちらへ向かってこようとするベルセルクらの胸元めがけて、素早くそれを投擲。

 

 そして衝突する直前、小型の刃が飛び出すと分厚い筋肉の鎧へと突き刺さった。

 

 

 

 ピッ!! 

 

 

 

 間髪入れず、起動音が鳴り響く。

 

 次の瞬間、内側から爆発したディスクから紫色のエネルギーの渦が発生した。

 

 中心に向けて凄まじい引力を放つそれを受けたベルセルク達が、グロテスクな音を立てて吸い込まれていく。

 

 骨の砕ける音や肉の潰れる音を響かせ、瞬く間にゴルフボールほどの大きさになって絶命した。

 

 ベシャリ、と湿った音を立てて地面に落ちたそれらの間を、浩介達は走り抜ける。

 

「あ、あんな武器まで持ってたんですか……」

「ちょっとした自前の改造品だ。ジアには内緒な」

 

 アレンに軽い口調で返しながら、視界に表示される足跡のままに進行を続ける。

 

 やがて、最奥に金属製の扉がある行き止まりに出た。反応はその扉の向こうに続いている。

 

 しかし、すぐに浩介は雑多に物が置かれたその通路へと意識の一部を割くことになった。

 

 

 

(反応が複数……最後の奇襲ってわけか。なら、こっちもそうさせてもらおう)

 

 

 

 通路に入るまで、あと三メートル。

 

 浩介は胸元に両手を持ってくると、左手首の部分だけスーツの形状固定を解除した。

 

 露わになった手首にはパネル式の腕時計が巻かれており、浩介は素早く画面をタップする。

 

 規定通りのコードを打ち込んだ途端、ディスプレイに真紅の骸骨が表示された。

 

「ヴァネッサっ!」

「了解っ!」

 

 名前を呼ばれただけで、まるで長年連れ添ったかのような阿吽の呼吸で理解する。

 

 

 

 

 

 浩介がエミリーの手を離した途端、彼女を抱きかかえるようにして間近の箱へ身を隠した。

 

 同様にアレンも隠れた瞬間、浩介は自動的にパネル部分が外れた腕時計を通路めがけて投擲。

 

 ピッ、ピッ、と電子音を立てる時計の軌道を確認した後に、ヴァネッサ達の方へ避難した。

 

「この音はなん──っ?」

 

 

 

 

 

 カッ────!! 

 

 

 

 

 通路の中に隠れていた、ヴァイスの部下の残党が不思議な電子音に声を漏らした時。

 

 それを遮るようにして破裂した時計から、鮮血のような光が通路中に放たれる。

 

 真紅の閃光は、彼らに思考の余地をも与えずに、その皮膚を、肉を、臓物を一瞬で消し炭に変えた。

 

 あっという間に骨だけになった傭兵達は、光が収まって一拍したあと、ガラガラとその場に転がる。

 

「……反応なし。掃討完了」

「……本当に、ほんっとうにエゲツない武器持ってるんですね」

 

 そっと物陰から顔を出し、障害物の残骸や転がった骸を見て、アレンはゾッとした。

 

 あの時、自分達は本当に細心の注意を払って生かされたのだ。

 

 

 

(この武器をあの場で使われてたら、話し合いも何もなく全滅していたんでしょうね……)

 

 

 

 改めてその強大な力に慄く間も無く、「行くぞ」という浩介の言葉に反応して動き始める。

 

 無人となった廊下を憂いなく駆け抜けて、ついに扉の前へとやってくる。

 

「コウスケさん」

「ああ……エミリー」

 

 最後に一度。試すように、浩介は少女を見下ろした。

 

「こうすけ……」

「いよいよだ。この扉の向こうに、君の悲劇の終わりが待ってる」

「そう……」

 

 目を閉じて、エミリーは深く深呼吸をした。

 

 脳裏に浮かんで消える、様々な光景。ダウン教室で過ごした、掛け替えのない日々。

 

 もう会うことのできない彼らの顔を、一人、一人と思い返してから……開目する。

 

「お願い」

「了解」

 

 交わす言葉は、互いに一言。

 

 万感の思いがこもった懇願に応える為、浩介はスーツを形成するナノマシンを右腕に収束した。

 

 装飾が消えていき、左腕のスーツは完全に無くなる。代わりに、まるでベルセルクのような豪腕が完成した。

 

「シッ──!」

 

 擬似的な強化筋繊維を装着した腕を、躊躇なく扉へと振るう。

 

 まるで極薄のガラスを割るかのような脆さで、しかしそれとは裏腹な轟音を伴い扉は吹き飛んだ。

 

 

 

 

 呆気ないほどに開かれた扉の向こう。そこにあった光景が、エミリーの目に飛び込んでくる。

 

 広大な地下駐車場。いくつもの車両が並ぶうちの一つ、中型のピックアップトラック。

 

 そこに、目的の二人がいた。

 

 ヴァイスは荷台の側にいたが、積み込もうとした荷物を手に唖然としている。

 

 そして、もう一人は……

 

「あぁ……」

 

 〝彼〟を見た瞬間、エミリーの口から漏れ出た小さな声。

 

 それは、浩介が彼女の失望と悲しみ、そして絶望を感じ取るにはあまりに明確なサインで。

 

 仮面の中で労わるように細めていた目を冷酷に尖らせると、その人物を見る。

 

 

 

 

 

「……あんたが、レジナルド・ダウンか」

 

 

 

 

 

 白衣の男の正体──それはエミリー・グラントの恩師にして、もう一人の父でもある男だった。

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。


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闇と影 3



サクサクと投稿〜

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

 浩介は、男の容姿を観察する。

 

 白髪混じりの黒い短髪、年相応にシワを重ねた顔には分厚い丸眼鏡。

 

 やや横に広めの体つきに、エミリーと同じ白衣とストライプの入ったネクタイが特徴的だ。

 

 

 

(ファイルの重要関連人物リストにあったのと同じ容姿……間違いないな)

 

 

 

 浩介が確信を得た間、エミリーはじっとダウン教授のことを見つめていた。

 

 今にも泣きそうなほどに目元は歪んでいて、しかしそれだけはすまいと堪えている。

 

「…………どうしてですか、先生」

 

 そんな彼女の、暗い悲壮に満ちた声音によってダウン教授が我を取り戻す。

 

 緩んでいた口元をぐっと引き締めた彼に、エミリーはさらに一歩踏み込んだ。

 

「どうしてなんですか、先生」

「エミリー……私は」

 

 何かを言いかけて、また口を噤む。どんな言葉をかけようと不適格だと言いたげな顔で。

 

 何かを堪えるかのような渋い表情は、浩介の目を以ってしても演技であるようには思えない程だ。

 

「ん……」

「コウスケさん、どうかしましたか?」

「いや。なんでもない」

 

 何かを囁き合う彼とヴァネッサを背後に、じっとエミリー達の見つめ合いは続く。

 

 下手な言葉は、互いに投げかけられない。それは研究者故に多くの物事を考えてしまうからだろうか。

 

 そんな彼女を静観していた三人だったが、不意にダウンの隣でヴァイスが腕時計を見た事に気づいた。

 

 特に片時も目を離さなかったアレンが、ともあれ先ずは捕縛しようと拳銃を持つ手に力を込める。

 

「おっと。下手な動きはするなよ? じゃなきゃこいつが蜂の巣になっちまうぜ?」

 

 機敏にそれを察知し、アレンが行動を起こす前にヴァイスが先手を打った。

 

 後ろからダウンの首に太い腕を回すと、銃口を突きつけて牽制する。

 

「仲間割れとは、なんのつもりです?」

「何。娘みたいに可愛がってた相手を前にしたら、脅されていたとしてもおかしなことをしかねないからな」

「脅す? 彼は貴方に脅迫されていると?」

「正確には、少々強めのご協力願いってところだけどな」

 

 ニヤニヤとしながら語る様に、ヴァネッサだけでなく抑えられたダウンも苦い顔をする。

 

 そのまま、ヴァイスはエミリーに視線を向けると何事かを話そうと口を開いた。

 

「嬢ちゃん。お前さんのパパ代わりは──」

「──ほんと。お前みたいなクズはみんな同じことをするから予測がしやすいよ」

「あ?」

 

 愉悦の表情から一転、不機嫌にドスの効いた声を漏らして視線をずらす。

 

 そして、薄暗い駐車場の闇に紛れてしまいそうな黒い人影へと視線を定めた。

 

 誰もが視線を向ける中、浩介はゆっくり見せつけるようにして右手をマントの中から掲げる。

 

「だから、対応も簡単だ」

「──ッ!」

 

 

 

 

 

 パチン、と音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 何かマズい、とヴァイスは銃を持つ手に力を込めた。

 

 しかし、返ってきたのはガッチリと何かに固定されているような感触だった。

 

「何!?」

 

 自分の手を見下ろせば、右手が何かに覆われている。

 

 絶えず流動する黒い物体──ナノマシンは、ヴァイスの指や手首を縛り、拘束していた。

 

 反射的にその発生源を辿れば、すぐ近くに転がっていた扉の残骸に根元が張り付いているではないか。

 

 

 

(まさか、さっき扉を破壊した時には既に──ッ!!)

 

 

 

 扉を吹き飛ばす場所すら計算のうちだったのかと、戦慄する。

 

 しかし、声を荒げるような時間は与えられなかった。

 

 ヴァイスが気がつくのを待っていたように、ひときわ強く震えたナノマシンが変異する。

 

 一瞬でヴァイスの全身を優に越える大きさに膨張すると、一気に襲い掛かった。

 

「ぐっ!?」

「ぅ……!」

 

 全身に絡みついたナノマシンは、鋼鉄を軽く越える強度の拘束具となる。

 

 加えて、ピックアップトラックとそれに並列していた大型車に、ヴァイスと()()()()()をそれぞれ縛り付けた。

 

「一丁上がり、ってところか」

 

 あっという間の捕縛。

 

 しかし、ヴァイスばかりか被害者であるはずのダウン教授まで取り押さえてしまった。

 

 だというのに、ヴァネッサもアレンも疑問の声を上げない。

 

「…………」

 

 それは、失望の入り混じった悲しげな目でダウン教授を見るエミリーでさえも。

 

 保安局の二人のように、最初から疑っていたわけではない。浩介のように()()()()()わけでもない。

 

 だが、先の一連の流れがくだらない茶番であることを、彼女は分かっていた。

 

 その証拠に、エミリーの瞳には一切の動揺は存在せず、一種の澄んだ色だけがある。

 

「これまでのことで、かなり度胸がついたって感じだな」

「貴方のおかげでもあるのですよ?」

「……ノーコメントで」

 

 くすりと笑うヴァネッサを軽くいなして、もう一度フィンガースナップする。

 

 スーツと連動して命令を受け付け、ヴァイスを縛るナノマシンの一部が分裂する。

 

 黒い塊だったそれは数秒ほどで蜘蛛の形に変形すると、トラックの上を移動していく。

 

 そして、荷台に乗っていた荷物のうちの一つ、大きな箱のカバーを一息に取り払った。

 

「なっ……!?」

「あれは、子供……!?」

「やっぱりな。熱源が映ってたからヒヤヒヤしたよ」

 

 透明な箱の中に入っていたのは、年端もいかない少年少女達だった。

 

 ダウン教授とは違い、正真正銘の人質だろう。第二の策としてヴァイスが用意していたのだ。

 

「はっ! 残念だったな、いくらテメェが化け物でも……」

「あの子達にもベルセルクを飲ませてある、だろ? それも察してたよ」

 

 言いながら、浩介は懐から一つのスマートフォンを取り出した。

 

 ヴァイスの目が驚愕に見開かれる。それは自分のポケットに収まっていたはずのものだからだ。

 

 手の中で数度ジャグリングした後、人外の握力で見せつけるようにして握り潰す。

 

「目の前で部下をベルセルクにしたり、マシンキメラを解放したんだ。そりゃ、この程度は想像つくさ」

 

 突入の瞬間、ヴァイスが呆けたその隙に浩介は限りなく気配を遮断。

 

 それから鍛え抜いた傭兵()()では到底認識できない速度で接近し、端末を抜き取っておいた。

 

 本当なら武装も全部解除しておきたかったが、おかしな行動をされると厄介なのである程度は好きにさせたのだ。

 

「お前と同じやつは世界中で散々見たよ。こっちもプロなんだ、舐めんな」

「ちっ……」

 

 忌々しげに舌打ちをしたヴァイス。アレンがもはや乾いた笑い方で浩介を見る。

 

 一方のヴァネッサはキラキラと崇拝の目を向けて駄ネッサさんになる中、クイッと指を自分の方へ曲げた。

 

 ケースの一面に穴を開けようとしている蜘蛛を残し、ナノマシンが二人を連れて来る為に動き始め──

 

 

 

 

 

 

 

 ──天井の一部が崩落したのは、まさにその瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 前触れなく起こった異変に、さしもの浩介も驚愕する。

 

 エミリー達と共に天井を仰げば、丁度二人を縛り付けた車が下敷きになってしまう位置だ。

 

 まるで更に上から押し出されるように落下する瓦礫を、ダウン教授が呆然と見上げている。

 

 

 

(くそっ! これもヴァイスの策か!?)

 

 

 

 刹那の瞬間に最も警戒すべき男を疑うが、流石に自分もろとも相手を殺すような作戦は取るまい。

 

 ともあれ、このままではダウン教授まで巻き込まれることになる。

 

 そうすれば、永遠にエミリーの悲劇に決着が着かないだろう。

 

「シッ──!」

 

 故にその行動は迅速だった。

 

 背後に強烈な衝撃波を残し、超強化された肉体能力を遺憾なく発揮して疾走する。

 

 一秒にも満たない時間でトラックの上に到達すると、ナノマシンごと引き剥がして担ぎ上げる。

 

 瓦礫の落下まで、推定残り三秒。高速で意識を回転させ、マントとフードを形成する分のマシンを子供達のいるケースに飛ばす。

 

 最後に、一応保安局が捕縛したがっていたのでヴァイスごと車を思い切り蹴りつけて退避した。

 

 

 

 

 

 スガアアァアン!! 

 

 

 

 

 

 きっちり一秒間残し、浩介は元の位置に戻る。

 

 遅れて、ようやく余波の影響を受けた三人がその場で大きくよろめいた。

 

 ヴァネッサ達は強靭な体幹で踏みとどまるも、エミリーだけはぺたんと座り込んでしまう。

 

 数秒ほど呆然としていたものの、ハッと我に返るとトラックの方を見た。

 

 そして、積み上がった瓦礫の山に潰されたそれを見て顔を絶望に染めた。

 

「先生ッ!!」

「大丈夫だよ。ちゃんと助けた」

「っ!? こうすけ!?」

 

 勢いよく振り向いたエミリーは、装備の減った浩介が抱えたダウン教授を見て目を見開く。

 

 それも束の間、ホッと安堵の笑みをこぼす。例え黒幕の一人であろうと、恩師の死は見たくなかったのだろう。

 

 他の二人がもはやお馴染みの反応をするのを尻目に、教授を床に降ろして瓦礫の方を見る。

 

 幸い、子供達の入ったケースは壁際まで吹き飛んでいた。ナノマシンに覆われ、凹んだ様子もない。

 

 今度は浩介がホッとする。

 

「っだぁ!! ってぇなこの野郎! ふざけんじゃねえぞぉっ!」

 

 直後に瓦礫を吹き飛ばし、潰れたトラックの上で立ち上がったのは見慣れた人影だった。

 

 天井の穴に向けて薙刀を振り上げ、小さな体のすべてで怒りを表す蛇の使徒。

 

「ジア!」

「あん? アビスか?」

 

 声をかけてようやく気がついたのか、ジアが振り向いた。

 

 その右頬に走った大きな切り傷に、四人ともが息を呑む。

 

 見れば体にも少なくない傷があり、服の方もあられもない姿になる一歩手前だ。

 

「こんなシケた場所で何してやがる?」

「いや、それはこっちのセリフだろ。今までどこに──っ!」

「────ッ!」

 

 ジアと浩介が、同時に何かを察知する。

 

 非常に機敏な動きでジアはトラックの上から飛び退き、コンマ一秒後彼女のいた場所に一振りの黒刀が降り注ぐ。

 

 寸分違わず天井の穴からやってきたそれは、いとも容易くトラックを貫いたばかりか、纏う銀光で分解を始めた。

 

「流石です。その損傷、肉体性能でそれだけの対応ができるとは、やはり最上の同胞なだけはある」

 

 見覚えのある光景に浩介が目を細める中で、ゆっくりと穴より降り立つ一人の女。

 

 傭兵のような格好に身を包んだ絶世の美女──使徒キャトヴァストは、ジアにそう言い放つ。

 

「えっ、何ですかあれ!? リアル天使!?」

「アレン、五月蝿いです。シリアスな場面なので黙っててください」

「貴女にだけは言われたくないですよ!?」

「ハッ。テメェら〝蛇の黒鱗(アイアス)〟ほどバケモンじゃなくても、こっちにもトップの沽券ってもんがあるんでな」

「また人間のような言葉を……」

 

 呆れるように、あるいは静かに驚嘆するように紡がれる言葉の意味が、エミリー達には理解できない。

 

 ただ、剣呑な雰囲気から決してジアや、そして自分達にとって良い相手ではないというのは理解した。

 

 所々服が不自然に崩れていたり、髪が不揃いな長さなことを見るに、どうやら相手も無傷ではないらしい。

 

「それに、集会でちょっくら冗談言っただけであのカミソリ女(黒死の一)の一撃が飛んでくんだ。序列上位程度を相手にくたばってたまるかよ」

「────。我らが長への侮辱は、同胞といえど看過できませんね」

「ほぉ? 人形ヅラしてるわりには、テメェにも心があるみたいじゃねえか?」

 

 高まっていく殺気。

 

 それは物理的圧力すら伴っており、一般人であるエミリーとダウン教授が苦しげにした。

 

 こんなところで使徒同士で争われてはたまったまのではない。浩介が仲裁に入ろうと一歩踏み出す。

 

 

 

「う…………」

 

 

 

 しかし、奇しくも状況を変えたのは別の人物であった。

 

 浩介達が反射的に振り返る。

 

 すると、最初の位置から随分離れた車のボンネット上でヴァイスが唸り声を上げていた。

 

 睨み合っていた二人もそちらを見て……その瞬間、キャトヴァストの殺気が消える。

 

「……? なんだテメェ、いきなりシラフに戻りやがって」

「……私としたことが、少々過干渉が過ぎました。()()()()()が出来上がった以上、ここで戦うことは無意味です」

 

 回答しているのかどうか判断しかねる台詞を零して、手の内から得物を消す。

 

 代わりに、服の中からヴァイスのものによく似た端末を取り出した。

 

「最後の舞台だと?」

「ええ、そうです。この瞬間、この場所、この状況──全て、()()()()()の計画通り」

「ッ──!」

 

 平坦な声で告げられた答えに、浩介が鋭く息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 ゴウンッ! ゴウンッ! ゴウンッ! 

 

 

 

 

 

 立て続けに、新たな変化が発生する。

 

 血の底から響く怪しげな機械音に視線を巡らせると、フロアの一角が円形上に窪んでいた。

 

 その中心に一本の縦線が入り、左右へずれていくのを見て、何であるかを悟る。

 

「エレベーター……?」

「──曰く。〝これ〟を見たスターク様は、『これだから人間の愚かさは面白い』と仰っておりました」

 

 エレベーターの出入り口である穴が完全に開いた、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 フロア中めがけて、ピンク色の何かが飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「──ッ!!」

 

 浩介は仮面に映り込んだ、巨大な熱源から発射されたものにすぐさま対応する。

 

 三人の前に立つと、無数に飛び出したそれのうち自分達の方へやってきたものを迎撃した。

 

「チッ!?」

 

 ジアも舌打ちをしつつ身体強化を施し、かろうじて薙刀で防御。

 

 そして、キャトヴァストがいっそ優雅な動きで全てを回避し、最低限のものを魔力放出で分解する。

 

 三者三様に〝何か〟をいなした後、床の上に転がったものへと視線をやる。

 

「しょ、触手……?」

 

 地面の上で何かしらの液体を撒き散らし、ビチビチと痙攣する肉塊。

 

 人間の臓物のようにグロテスクな色をしたそれは、見るも悍ましい。

 

「……警戒しろ。もっとヤバいもんが出てくるぞ」

 

 ブラックホールナイフとは反対の手に、半減したスーツからもう一振り形成して構える。

 

 低い声で放たれた言葉にただならぬものを感じて、アレンとヴァネッサがエミリーを守る位置についた。

 

 そんな彼らの前で、先端を断ち切られた触手がゆっくりと穴の中に戻る。

 

「さて。それでは、貴方へ最後の役割を与えます。我らが神のため、せいぜい派手に散りなさい」

 

 タイミングを見計らったように、キャトヴァストが手元の端末を操作した。

 

 手袋に包まれた指先が、画面上のボタンをタップする。

 

「ガッ!!?」

 

 その数秒後、ガタンッ!!! と盛大な音を立てて車の上でヴァイスの体が飛び跳ねた。

 

 穴へと意識を全集中していた各々が、今度は何事かと素早く視線を巡らせる。

 

 そして、もがき苦しみながら脈動しているヴァイスの体を見て、すぐに何が起きているか理解した。

 

「まさか、あいつも【ベルセルク】とファントムリキッドを……!?」

「ありえせまん! 奴は、自分を犠牲にするような男では……!」

「──ええ。ですから私が〝魅了〟し、飲んでいただきました」

 

 アレンとヴァネッサの疑問に答えたのは、キャトヴァスト。

 

 驚愕の表情で振り向くと、美貌の使徒はあくまでも淡々とした口調で告げる。

 

「スターク様が仰るに、物語の最後を締めくくる悪役は、劇的で派手でなければいけないとか。ですので、最大の脅威を演出させていただきます」

「最大……まさかお前っ!」

 

 今度は浩介が声を上げる番だった。

 

 

 

 

 

「ガァアァアアアァアァアアアァ────────ッ!!!」

 

 

 

 

 

 ナノマシンの拘束を傍聴した筋肉で弾き飛ばし、ヴァイスが絶叫する。

 

 それに反応して、天井や壁に向けて触手を射出し、突き刺した〝何か〟が穴から飛び出した。

 

 触手を伸縮させて現れたのは、一言で言えばミンチにした肉を無理やり混ぜ合わせたような塊。

 

 おおよそこの世にいてはいけない見た目のそれは、浩介達の頭上を通過し、声に反応してヴァイスごと車へと覆いかぶさったではないか。

 

「なんですかあれは……!?」

「まさか、ヴァイスを喰らっている!?」

「いや、それよりもっと悪い!」

 

 車の上で蠢いていた肉塊は、そのうち動きを止める。

 

 直後、激しくその体が震え、下敷きになった車との間から濃緑色のガスが噴出を始めた。

 

 それはみるみるうちに肉塊を包み込んでいき、包み隠してしまう。

 

「奴ら、一体化するつもりだ!」

「「「「────ッ!!!」」」」

 

 アレンやヴァネッサ、エミリーのみならず、知っていたはずのダウン教授でさえ戦慄した。

 

 奇怪な悲鳴を上げてガスの中で蠢く影は、触手を乱舞させていたものの、徐々に小さくなっていく。

 

 風船が萎んでいくように縮小を続け、触手までもが力無く落ちていくと、ガスが収束を始めた。

 

「これで私は失礼します。ごきげんよう〝赤熱の六(クラフター)〟、並びに〝影淵の牙(アビス)〟。どうか貴方達が、我らが神の意に沿った結末を導けますよう」

「待てッ!」

 

 慇懃無礼に空中で頭を下げ、キャトヴァストはそのまま天井の穴へと消えていった。

 

 取り逃したことに歯噛みする暇もなく、仮面の裏で立て続けに警告音が鳴り響く。

 

 顔の向きを戻せば──丁度、爆発するような音を立ててガスが消え去るところだった。

 

 緊張が場を包む。浩介がナイフを、二人のエージェントが油断なく銃を構えた。

 

 

 

 

 

「……………………ァア」

 

 

 

 

 

 煙の中から、重厚な息遣いが木霊する。

 

 続けて、潰れた車の縁の部分を黒く輝く極太の指がしっかりと掴み取り。

 

 ゆっくりと、薄暗闇の中で巨大な影が身を起こしていった。

 

「…………っ!」

 

 最初に、アレンがこれまでで最大に間抜けな顔をした。

 

 上半身だけで大型車の車高ほどはある角ばったシルエットに、思わず銃を握った腕を下ろす。

 

「これ、は……」

 

 次に、ヴァネッサが喘ぐように言葉を漏らす。

 

 頭を左右に振り、唸りを零した漆黒の威容に、まるで気圧されかのように。

 

「うそ……」

 

 最後に、エミリーが恐怖に戦慄いた声音でそれを見る。

 

 立ち上がった()()が全身にくゆらせる、硬質な触手が彼女を威圧するように蠢いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……確かにこいつは、ラスボスって感じだな」

────オオォオオオオオォアアアアァアアアアァアッッッ!!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に生まれ変わった、異形の超越体(ヘラクレス)が咆哮を轟かせた。

 

 

 

 

 

 

 






見た目はDMC5の魔王ユリゼンをイメージしてネ☆

読んでいただき、ありがとうございます。

感想もくれると嬉しいです。


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終止符を 前編



ラストバトル前半です。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

 

「グルルルルゥ………………」

「………………っ」

 

 注意深く、その怪物の容姿を観察する。

 

 従来のベルセルクとは程遠く、ましてや超越体(ヘラクレス)すら似ても似つかない。

 

 人の皮を剥いだような恐ろしい剛体の上から、歪んだ黒い鎧を纏っているような外観。

 

 あの肉塊から継承したのだろう、背中や肩口、手足から鋭い先端を持つ、甲殻を備えた触手が生えている。

 

 それら全てを様々な観点から仮面が解析し、浩介に一つの事実を教えてくれた。

 

 

 

(……やべえ。こいつ、マジモンの怪物だ)

 

 

 

 地球の人間を基準に、ではない。

 

 旧世界で聖戦を生き抜いた浩介を以ってしても、死を覚悟するほどのポテンシャルを秘めている。

 

 それをしっかりと感じ取っているのか、背後からエミリー達の恐怖が色濃く伝わってくる。

 

「……っ」

「……グラント博士。下手に動かないでくださいね」

「う、うん……」

 

 だというのに、その圧で気を失わないのは過酷な戦いを潜り抜けてきた故か。

 

「マジかよ……ヤベェなあれ…………」

 

 一方で、ジアは冷や汗を流しながらも恐怖や戦慄とは別の色が混じる声で呟いている。

 

 兵器開発者としての興味が唆られているのだろう。皮肉にも人間らしい使徒だ。

 

 一瞬の油断もできない状況で、置物にならないことに内心感謝しつつソレを睨み続ける。

 

 

 

(とりあえず、先ずはエミリー達を逃さないと。それに、あっちにいる子供達の救出もしなくちゃならない。だがおそらく、アレの相手をするので精一杯になる……)

 

 

 

 これで〝彼〟やハジメであれば、易々とこの程度の困難など突破できるのだろう。

 

 生憎と浩介は彼らほど万能ではないので、この領域の相手には死力を尽くさねばならない。

 

「……ヴァネッサ。俺が仕掛けたら、エミリーと教授を連れて逃げろ。子供達は助ける」

 

 なので、素直に彼女達へ頼ることにした。

 

 これまでのどこか余裕があるものではなく、切羽詰まった声音に三人は息を呑んだ。

 

 だが、逆にそれで強張りが解けたことで小さく首肯する。

 

 それを感じ取った浩介は、次に今にも飛び出しそうな表情の使徒へ目線を向けた。

 

「ジア! こいつを倒すのに手を貸せ!」

「ハッ、言われるまでもねえ! いっちょバラして、解剖解析といこうじゃねえか!」

「よし。……ヴァネッサ。お前のスーツはある意味俺のプロトタイプだ。耐久性もさることながら、パワーアシスト機能もある」

「……なるほど。つまり、グラント博士程度であれば容易に運ぶことは可能と」

「そういうことだ」

「あ、あのー。僕、普通に生身なんですが?」

「死ぬ気で走れ。あと、お前がダウン教授を運んでくれ」

「えぇ……」

 

 容赦のない返答に顔を引き攣らせるが、ヴァネッサ一人に二人を運ばせるのは気が引けるのかそれ以上の文句はなかった。

 

 各々、自分のすべきことの為に身構えていると、それを機敏に察知した怪物が唸り声を上げる。

 

「────今だ、行けッ!」

「グルァアアァアアアァ────ッ!!!」

 

 

 

 

 

 怒号と咆哮。それを合図に、戦いは始まった。

 

 

 

 

 

 浩介が怪物めがけて突撃し、迅速に動いたヴァネッサがエミリーに近づく。

 

 阿吽の呼吸とも呼べる動きで彼女はヴァネッサに身を預け、横抱きにするとそのまま走り始めた。

 

 一歩遅れて、ダウン教授を担いだアレンが退避を開始するのを浩介は目の端に捉える。

 

「グルァアッ!」

 

 怪物は、そんな彼──ではなく、エミリー達めがけて攻撃を繰り出した。

 

 突き出した腕から、十本の触手が放たれる。その速度は比喩なしに弾丸以上だ。

 

「そう来ると思っていたぞ!」

 

 無論、浩介が予測していないわけがない。

 

 ある程度の知性を残す超越体(ヘラクレス)である以上、元のヴァイスの性格から行動を見抜くことは可能だった。

 

「シィッ!!」

 

 見事に予想通りの攻撃に、素早く二振りのナイフで触手を細切れにする。

 

 返ってきた感触は、想像以上の硬質。ブラックナイフでかろうじて、ナノマシンのナイフは砕け散った。

 

「フッ! 貴様のような下郎の魂胆など、この深淵の牙にかかれば見抜くのは容易いこと!」

 

 既にスイッチが入っている浩介改め、アビスゲートさんは台詞を吐きながら前進した。

 

 怒りの声を撒き散らした怪物が、すぐさま断面から触手を再生して再度攻撃を放つ。

 

 恐ろしいことに、断面から再生した触手は枝分かれしており、あっという間に全方位を囲まれる。

 

 迎撃の為に分身体を作ろうとした瞬間、背後に回っていた触手が飛来した刃によって切り刻まれた。

 

「ウチも忘れんなッ!」

 

 威勢の良い雄叫びを伴って、怪物の左側からジアが切り込んだ。

 

 完全にアビスへ意識が向いていた怪物は、素甘じい反応速度で振り向くと振り下ろされた長柄を受け止める。

 

 金属同士が擦れるような音を弾けさせ、全力の強化と〝分解〟を施した棍棒が押し込まれた。

 

「このままバラしてやらぁ!」

「グルルルル…………!」

 

 膂力が拮抗していることを察した怪物。その次の対応は素早いものだった。

 

 肩口の触手を操ると、棍棒に絡みつかせて固定してしまう。

 

 途端に力の拮抗が崩れ、大きく体を傾けられたジアの手の中で棍棒がひしゃげ始めた。

 

「チィッ!」

 

 舌打ちをこぼしながらジアが得物を手放す。

 

 そのまま翼を使って退避し、追ってくる一部の触手を回避しながらアビスの背後に降り立った。

 

「悪りぃ! しくじった!」

「いや! 上出来……だっ!」

 

 機関銃を掃射されているかのような猛攻をしのいでいたアビスが、指を鳴らす。

 

 

 

 次の瞬間、前触れなく怪物の右半身が凄まじい爆炎に包まれた。

 

 

 

 駐車場全体を揺るがすような威力に、触手の攻撃が止まる。

 

 爆煙の中でよろめいた怪物の影を見たジアが、口笛を鳴らした。

 

「やるじゃねえか。お前とウチの攻撃で偏った意識の反対を突くとはな。ありゃ蜘蛛型偵察機か?」

「フッ。爆発ディスクと組み合わせてみたのだよ。しかし……」

 

 ほどなくして、炎と煙が消えていく。

 

 そうして露わになったのは……肩の装甲と触手が多少損壊したものの、健在な怪物の姿。

 

 目を細める二人の前で、怪物が負傷した右肩に顔を向けると、瞬く間に再生が始まる。

 

 あっという間に鎧が修復されていくと、その隙間から粘着質な水音を伴って触手が飛び出した。

 

「苛烈な攻撃性に、重戦車程度であれば粉砕する爆弾を受けてあの防御力……これは実に厄介だな」

「ハッ! 潰し甲斐があるってもんだぜ」

 

 苦笑と凶笑、相反する笑顔を浮かべた二人の牙が並び立つ。

 

 ジアは新たに黒光りする大剣を携えると、周囲を浮遊していた刃がそれに合体した。

 

「グ、ギィイイ……」

 

 殺気を尖らせる二人に呼応するが如く、己を見せるけるように両腕を広げた怪物が触手を蠢かせた。

 

 

 

(奴め、笑ってやがる。だが……)

 

 

 

 ふと、視線を巡らせる。

 

 すると、やってきた時とは別の出口からエミリー達が駐車場を丁度離脱する所であった。

 

 彼女達は心配そうな眼差しでこちらを一瞥した後、扉の向こうへと消えていく。

 

「まずは一安心、といった所か。次は子供達だな」

「変な気は起こすんじゃねえぞ。穴ボコだらけになりたくねぇならな」

「分かっているとも。まずは奴を……殺すッ!」

「ガァアアアァァッ!!」

 

 初動は同時。

 

 無数の触手が閃光のような速度で空間中を駆け巡り、二人を襲う。

 

「しゃらくせぇッ!」

 

 第一派は、ジアが床に叩きつけた大剣から生じた衝撃波で押し留められた。

 

 先端からひしゃげた触手達の一部が、直後に純白と漆黒の軌跡によって無数の肉片と変わる。

 

「フッ──!」

 

 人一人が通れるような穴を作りながら、アビスが重力を操作して宙に足場を作り疾走する。

 

 

 

(出し惜しみはなしだ。最速で、最適に──奴の首を刈るッ!!)

 

 

 

 いかに超越体(ヘラクレス)の変異体と言えど、弱点は同じであるはず。

 

 その予想が正しいかを確かめる為にも、全力で両腕を振るい、路を切り開いて接近する。

 

「ガァッ!!」

 

 自分に近づいてくるアビスへ、怪物は更なる対応をした。

 

 胸の前で腕を交差し、刃のように尖った前腕の装甲を急速に伸長させていく。

 

 やがてそれが20センチ以上になった瞬間、アビスめがけて一斉に射出した。

 

「っ!」

 

 迎撃と前進に傾けていた意識を割き、重力魔法を発動。

 

 体の周囲に無数の引力球を出現させ、そこに針を引き寄せて事なきを得た。

 

「ちぃ!」

 

 ジアもまた、〝分解〟の力を纏わせた大剣を盾にして防御する。

 

 彼らに防がれ、あるいは別の場所へ飛んでいた針は地面や床に突き刺さった。

 

 その箇所から毒々しい煙が放出し、腐食していくのを視界の端に捉えて目を細める。

 

 

 

(酸性の毒液……さっきの肉塊はベルセルクの集合体なんだろうが、奴ら何を混ぜた?)

 

 

 

 恐ろしきその特性を思索する間もなく、触手と毒針が無数に飛来する。

 

 常に重力球を展開しつつ、格段に減った隙間を縫うようにしてナイフを振るう。

 

 超絶的な技量で直撃こそ食らわないものの、しかし足は止まってしまった。

 

 

 

(こりゃ、まるでガトリングの一斉掃射だな……! 生物の出していい攻撃じゃないだろ!)

 

 

 

「ジア! 手を貸せ!」

「あいよっ!」

 

 緋色の翼を展開し、分解で対抗していたジアが動き始める。

 

 大剣の柄にあるダイヤルを回せば、接合していた刃が分離して合体を始める。

 

 同時に大剣が機械的な音を立てて展開・変形し、瞬く間に様相を変えると先端に刃が嵌った。

 

 その形は、さながらハジメの持つパイルバンカーのよう。

 

「チャージする! 五秒稼げ!」

「容易いこと!」

 

 魔力の流し込まれたパイルバンカーが駆動音を奏で、機敏にそれを察知した怪物が触手を差し向ける。

 

 前進を諦めたアビスは、即座にスーツを構成するナノマシンの比率を両足に集中し、神速で疾走。

 

 瞬く間にジアの前へたどり着くと、襲いかかった触手と毒針の全てを切り捨ててみせた。

 

「貴様の相手は、この我だ」

「ガァアアアァァッ!」

 

 苛立ちを咆哮に変えて、その猛りを表すように更に体から触手が生えてくる。

 

 加えて毒針の生長速度が飛躍的に上昇し、元より苛烈だった攻撃が倍の数へと増幅した。

 

「オオオォオオォッ!!」

「フハハハハ! いくらでも受け止めてみせようではないか!」

 

 新たに加わった攻撃の手に、アビスが怯むことはなく。

 

 

 

(──分身:阿修羅)

 

 

 

 本来、自分とそっくりの分身を複製する技能を応用し、自らの体に重ねるように構築する。

 

 三面六腕の姿は、さながら阿修羅像。それぞれが独立した思考を持つことで、激烈な攻撃に拮抗する。

 

「ハハッ! 気色悪りぃなその格好!」

「前衛的と言ってほしいものだがね!」

「おかげで準備万端だ! ぶちかますぞッ!」

 

 その言葉を合図に、駆動音が最高潮にまで高まる。

 

 怪物の攻撃も激しくなるが──相手が悪かった。

 

「ハァッ!」

 

 アビスから分離した二人の分身体が、触手や毒針を切り裂きながらその身を盾にして防ぎ切る。

 

 魔力に還って消えていき、その黒霧が晴れた時。そこには緋色に輝く兵器があった。

 

「死にさらせェッ!!」

 

 

 

 ドッッ!!! 

 

 

 

 盛大な音を立て、渾身の一撃が発射される。

 

 ジアの有り余る魔力を〝分解〟に変換し、更に大剣によって〝金剛〟を付与された刃の弾丸。

 

 それは、迎撃せんと迫ったあらゆる触手と毒針を粉砕し、レールガン級の速度で飛ぶ。

 

「ガァッ──!!」

 

 粉々にされた触手を再生し防ごうと考えた、その瞬間にはもう遅く。

 

 螺旋を描いて通り過ぎた刃が、一拍遅れて怪物の心臓を左半身の上部ごともぎ取っていった。

 

「────ッ!!」

「──まだ終わりではないぞ?」

 

 目を見開く怪物。姿勢を低くするアビス。

 

「〝狂人憑依〟──《型式:荊軻》」

 

 始まりの皇帝を誅せんとした暗殺者の影をここに。

 

 自前の存在感の希薄さ、仮面に付与された技能。そしてこの技能の重ねがけによって、極限までアビスの存在が薄くなる。

 

 それはこの世界に存在しないと言っても過言ではなく。本当の幻と化したまま、一直線に駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 一歩、二歩、三歩────無事、到達。

 

 

 

 

 

「奈落へ落ちてゆけ。救いがたき外道よ」

 

 刹那、アビスが現世へ舞い戻った時。

 

 ナイフを握った両腕を胸元で交差した彼の背後で、怪物の頭が胴から離れ、四つに分断された。

 

 完璧な隠密。完全な暗殺。神話の英雄が決死の覚悟で臨むような怪物を、一撃のもとに屠ったのだ。

 

「またつまらぬものを斬ってしまった……とでも、言っておくか?」

「アビスッ!!」

 

 だが、直後に聞こえたのはジアの厳しい警告。

 

 ほんの少し緩んでいた気が瞬時に引き締まる。そして背後へ振り向き──

 

「ッ!!?」

 

 自分めがけて拳を振り下ろす、首なしの怪物に目を見開いた。

 

 反射的に体が動いて、斥力の結界を展開しながら後ろへ飛ぶ。

 

 一秒後に、叩き込まれた拳が盾を貫くような激しい衝撃を生み出した。

 

「ぐッ!!?」

 

 尋常でない力に押され、初めて外からの力によって宙を舞う。

 

「おぉおッ」

 

 どうにか体を捻ることで制御を取り戻すと、近くにあった柱を蹴って激突を回避し、重力の足場でその場から離れた。

 

 無事にジアの隣まで戻ってきたところで、張り詰めていた緊張の糸が途切れて大きく息遣いを乱す。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

「おいおい、バテたのか?」

「まさか……ふぅ。だが、どういうことだ」

「ああ。そりゃあ……ウチも聞きてぇよ」

 

 二人は、首無しのソレを見る。

 

 ジアが打ち込んだ刃により、円形に抉れた心臓部から肩口にかけて吹き飛んでいる。

 

 加えてアビスが首を刈り、確実に弱点を潰したはずなのに、両足でしっかりと屹立していた。

 

 

 

 バキッ……ゴギュッ、ボゴッ…………

 

 

 

 それどころか、再生を始めたではないか。

 

 アビス達の目の前で、人間のそれとは大きく異なる、筋肉質な心臓が形成される。

 

 そこに骨格や筋繊維が纏わりついていき、先程と同じように修復されていった。

 

 同様に、頭部もまた同じ形を十数秒で取り戻し──閉じられていた目が見開かれる。

 

「ハァアァアアァ…………」

 

 たったの二十秒。それだけで肉体を完全に再生させた怪物は、重々しい吐息を放つ。

 

 恐怖を煽るかの如く、ズルリ、ズルリと伸びていく触手達に、さしもの二人も総毛立ってしまった。

 

「どう見る?」

「察するに、脳や心臓が複数ある……それらを全て破壊しない限り、殺せぬだろう」

「ケッ。厄介なバケモンだぜ」

「そういう割に、口元が緩んでいるぞ。同胞よ」

「バァカ。こんくらいの相手でなきゃ、バラす価値もねえ」

「同感だ」

 

 武器を構える二人。

 

 それを見た怪物も、触手を今度は体に貼り付けるようにして纏っていく。

 

 頭部から下半身にかけて第二の鎧を、両腕には隙間から毒針が覗く螺旋状の槍を。

 

 より一層禍々しい姿を得た怪物が、知性のある動きでアビスとジアに向けて戦闘態勢を取った。

 

 

 

 

 

「第二ラウンドと、洒落込もうかッ!」

「最終ラウンドはねえけどなァッ!!」

「ガァアアアァァアアッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


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終止符を 後編



今回は後半。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 三つの殺意が解き放たれる。

 

 

 

 それぞれの動き出した速度は、驚異的なことに全くの互角だった。

 

 故に、激突するまでの時間は……ほんの一瞬。

 

「フッ!」

「だらぁッ!!」

「ガァッ!」

 

 一方はナイフが棘槍をいなし、一方では大剣が叩きつけられる。

 

 使徒にすら匹敵する、今地球上ではあり得ない剛力に激しい衝撃が二人の全身を波打たせる。

 

「ガァアアアアアッ!!!」

 

 そのまま鏖殺せんと怪物が猛烈に両腕を振るえば、二人もまた絶死の一撃を放つ。

 

 並みの相手であれば気付く間も無く首を刈られる一撃を、目敏く察して猛攻で抑え。

 

 万物を崩壊させる力を纏う大剣を叩きつけられれば、針から染み出す毒でそれを相殺する。

 

 加えて、まるで腰布のように新たに伸ばした触手で追撃をも加えようと画策するではないか。

 

 

 

(まさに怪物! スタークの野郎、なんて厄災を生み出してんだッ!)

 

 

 

 悪態をつくも、それを口に出すほどの余裕が今の浩介にはない。

 

 ただ、持ちうる全ての技と道具を用いて、死なないように、殺す為に戦い続けるだけ。

 

 その思考は既に、ある一つの打開策を検討している。

 

 

 

(奴の弱点を全て見つけ出す! 頭部と心臓、それ以外の急所さえ暴けば!)

 

 

 

 殺す()()はある。あとは情報のみ。

 

 それを探り当てる為、アビスは攻勢に打って出る。

 

「ギァアアアッ!!」

「シィッ!!」

 

 突き出された棘槍の、複雑に絡み合った触手の隙間を見極め、腕を振るった。

 

 光に等しい速度の軌跡を描き、槍を解体した上で露わになった手へ更に一撃を見舞う。

 

「ギッ……!」

「少し痛むぞッ!」

 

 生まれた一筋の傷口へ、スーツから形成したナイフを突き立てた。

 

 直後、傷口から腕の中へ駆け巡ったナノマシンが神経を切り刻み、血管に入り込んで血流をせき止める。

 

 ガクンと垂れ下がる右腕。続けて、巻き戻るように切り傷より飛び出したナノマシンが枝分かれして床に突き刺さり、怪物を固定した。

 

 それによってバランスを崩し、振り上げられていたもう一方の腕が大きくブレる。

 

「そこだッ!」

 

 その隙を見逃さず、ジアが懐に入り込む。

 

 魔力を動力に刃が激しい音を立てて回転する大剣を唸らせ、触手と甲殻に包まれた胴体に叩きつける。

 

 激しい火花が飛び散り、豪快な音を立てて特大のチェーンソーが怪物の肉体を削った。

 

「ガァアアアアアッ!!」

 

 激昂した怪物は、触手を操り自ら右腕を根本から切り落とす。

 

 拘束が解かれ、目を見開くジアへ棘槍を解除した左腕で強襲する。

 

「がっ!?」

「ジア!」

 

 首を鷲掴みにされたジアが、声を上げた。

 

 当然暴れて引き剥がそうとするが、肉体能力の低い彼女では抗いきれない。

 

 その小さな体が地面から離れ、怪物は自分の眼前まで持ってくると顔を覗き込んだ。

 

「クソ、ったれ……!」

「グルルル……!」

 

 ジアの細い首を、極太の指が圧し折ろうと力を込めた。

 

 しかし、全身が何かによって縛られたことで指の一本も動かすことができなくなる。

 

 怪物の瞳のない目が背後へと向けられれば、体に絡みつく黒糸をその手で束ねるアビスがいた。

 

「グ、ガ……!」

「我の相棒を、離してもらおうか」

 

 アビスの全身が力み、腕が引かれる。

 

 人外の膂力が少しずつ怪物の体を操り、ジアを掴む指が開かれていった。

 

「ゲホッ! ゴホッ!」

 

 解放され、地面に落ちた彼女は首元を抑えて激しく咳き込む。

 

「大丈夫か?」

「はぁっ、はぁっ……わりぃ、助かったわ!」

「それは重畳……ッ!?」

「ゴァアアアッ!!!」

 

 怪物が、全身を固めていた触手を解き放つ。

 

 糸は容易く引きちぎられ、たたらを踏んだアビスはその力の程に幾度となく驚いた。

 

 それも束の間、自分へ飛んできた無数の触手への対応に迫られる。

 

「くっ!」

 

 怪物の股下を前転でくぐり抜け、ジアを抱えると大きく距離をとった。

 

「ふぅ。本当に面倒な相手だな」

 

 右腕の再生を始めている怪物に、アビスゲート卿と内心の浩介が揃って渋い顔をした。

 

 どう弱点をあぶり出すか、改めて考えようとしていると、腕の中でジアが身を起こそうとした。

 

「チマチマやってたって、時間を食うだけだ。一発で決めるぞ」

「だが、どうやって?」

「あいつの装甲、全部引っぺがしてやる。後はテメェがやれ」

「何を……」

 

 アビスが最後まで言い切る前に、彼の手を振り払ってジアが立ち上がる。

 

 腰のポーチに手を突っ込んだ彼女が取り出したのは、注射器のようなアーティファクト。

 

 真っ直ぐに怪物を睨みつけながら、注射口を自分の首へと押し当ててボタンを押した。

 

「グッ……!」

 

 仄かに輝く銀色の液体が体内に流し込まれ、呻き声が漏れる。

 

 

 

 

 

 ドクンッ……! 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、ジアの体が震えて変異を始めた。

 

 全身から骨や筋肉の壊れるような音を上げながら、その体が徐々に大きくなっていく。

 

 四肢は長く、体にはくびれが生まれ、絶壁のようだった胸部が豊かに膨らんでいく。

 

 やがて、完全に変異が完了した時──彼女は本来の使徒と同じ年齢にまで肉体が成長していた。

 

「っふぅ……さぁて。やってやろうじゃねえか」

「グルルルルゥ…………!」

 

 長く伸びた髪を振り払い、狂気的な笑顔を見せたジアに怪物が構え。

 

「フッ…………!」

 

 その時には既に、完全に使徒本来のスペックを取り戻したジアが肉薄していた。

 

 地面に転がっていた大剣を掠め取るように手にした彼女は、怪物へ向けて殺意に満ちた目を向ける。

 

 

 

 回避せよ──そう怪物の本能が囁いた時にはもう、胸の中心に大剣が埋まっていた。

 

 

 

「ちったぁ泣き叫べ、クソ野郎ッ!!!」

 

 盛大に悪態をついた彼女が柄のトリガーを引いた途端、怪物に突き刺さった大剣が起動。

 

 ギャガガガガガガッ!!! と騒音を奏で、瞬間的に超高速で回転を開始した刃が怪物の胸の中を食い荒らした。

 

「ガァァアアァァアァッ!!!???」

 

 初めて純粋に、堪え難い激痛によって発狂する怪物。

 

「まだまだァァアアアッ!!!」

 

 ジアはさらに畳み掛ける。

 

 大きく開いた翼に、残る全ての魔力を投じて〝分解〟を発動すると、怪物の体を包み込んだ。

 

「……ッ!!」

 

 幻想的な見た目からは想像できない力で体が締め付けられ、その鎧が分子レベルで崩壊していく。

 

 少しずつその堅牢な装甲が剥がされていくのと同時に、自らも影響を受けて傷ついていくジアの姿にアビスは目を見開いた。

 

「ギィッ……グッ…………ガ……ァァアアア…………!!」

「うっ、ぐ……」

 

 ほとんどの装甲が壊れ、触手が溶け落ちた時、ジアの魔力も枯渇する。

 

 翼が消え、力尽きると大きく脱力して大剣から手を離した。

 

「オ……ヴォォォォォオオォオォォォッ!!!」

「ジアっ、避けろっ!」

 

 仰向けに倒れていく彼女へ、激怒と憎悪に満ち溢れた目で怪物が拳を振るう。

 

 動くこともできないジアは、かろうじて身を捻ろうとしたが……手遅れだった。

 

 怪物の拳が、腹にめり込む。

 

 骨や肉の砕ける音が響き、内臓が潰れるのを実感した。

 

「ゴッ……ぶっ…………!」

「アアァアアアァッ!!」

 

 アビスが動き出すが、その間に怪物は拳を振り切る。

 

 血を吐きながらジアが宙を舞い、それを受け止める為に疾走する。

 

「今だっ、やれぇッ!!」

「っ……!」

 

 だが、制したのは他でもないジア自身だった。

 

 彼女の声に乗った覇気、そこから感じられた決死の覚悟に、アビスは一瞬躊躇して。

 

「感謝するッ!」

 

 戦いに決着をつけることを選択した。

 

 コースを変え、自分に向かってくるアビスを視界に捉えて怪物は怒りの唸り声を上げる。

 

 未だに〝分解〟の力が残留しており、全身の再生は遅々として進んでいない。

 

 ジアが作ってくれた突破口を無駄にしない為、彼もそれまで機を見ていた本気を出すことを決意する。

 

 

 

(出し惜しみは無しだ────全力で、殺す)

 

 

 

「〝狂人憑依〟。《 型式:百貌(ハサン) 》」

 

()()()()()()十人ほどへと分裂する。

 

 本体のアビスと同等の力と技量、知性を持つ九人の分身体が、怪物を全方位から取り囲んだ。

 

 

 

 

 

「〝狂人憑依〟──《 型式:呪腕(ハサン) 》」

 

 

 

 

 

 その上でアビスは、()()()()()()()〝狂人憑依〟を発動させた。

 

 戦闘中の時間経過により、〝深淵卿〟の身体強化が最大の〝深度Ⅴ〟に到達した時のみ実現する荒技。

 

 それによって、全身を覆っていたナノマシンが全て右腕へ集まり、長大な擬似腕を形作る。

 

 同時に、アビスの目には装甲に阻まれていた、捉えるべき〝獲物〟がはっきりと写っていた。

 

 

 

(胴体に心臓四つ、肩に脳が一つずつ。頭部に本来の脳一つ──そして、背中にもう一つ)

 

 

 

 計八つの弱点。通常の生物では到底あり得ない脳と心臓の数。

 

 それら全てに狙いを定めて、アビスは絶技を解き放つ。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「〝魂など飴細工よ〟────貴様の魂、貰い受けるッ!!」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 極限まで右腕を引き絞り、全身の筋力を総動員させ──ー射出。

 

 飛び出した異形の右腕が、限りなく漆黒に近い紫の光を帯びて縦横無尽に宙を駆け巡る! 

 

 予測を許さない不規則な軌道を描き、まるで檻を形成するようにして十本の腕が襲い来る。

 

 それは反応することすら烏滸がましく、あっという間に右肩と左脇腹を貫いて心臓と脳を掴み取った。

 

「ガッ!!」

「「「「「「「「「「まずは二つ!」」」」」」」」」」

 

 深淵より来たりし呪いの腕が、躊躇なくそれらを握り潰す。

 

 その程度では致命傷にならぬ怪物がそれぞれの腕を掴み取るが、一秒後に腹部が穿たれた。

 

「ギィッ!」

「「「「「「「「「「さらに一つ!」」」」」」」」」」

 

 まだ終わらない。

 

 残る七本のうち、四本が四肢を絡め取って動きを封じ、防御を取らせないようにした。

 

 その上で、二本の腕が両胸に埋まった心臓を一つずつ抉り出す。

 

「「「「「「「「「「これで五つ!」」」」」」」」」」

「────ガァアァアァアアァッ!!!」

 

 

 

 

 

 だが、怪物も大人しく殺されはしなかった。

 

 

 

 

 

 突如として放たれた最大の咆哮と共に、全身から毒針が発生して解放される。

 

 それらは容易く呪腕を引き千切り、更にはアリス達を蜂の巣にして即死させた。

 

 唯一、咄嗟に反重力の結界を展開した本体を除き、全ての分身体が霧散する。

 

「「「「「「「「「「凌ぎ切れた、と思うだろう?」」」」」」」」」」

 

()()()()()()()()()()()

 

 瞬く間に再生成された分身体が、再び呪腕を伸ばして残る三つを()ろうとする。

 

「ギィイイイィイィイ…………ッ!!」

 

 怪物者力を絞り出し、全身の細胞をコントロールすると触手を復活させた。

 

 肉の体から、再び数十の触手が現れる。攻殻も纏っていない、体液に塗れた骨と肉の鞭だ。

 

 十分な殺傷力を持つそれらを恐るべき速度で振るって、自分に襲い掛かる分身体達を消し飛ばしていく。

 

「「「「「ふむ、十では足りないか。では──」」」」」

 

 残った五人の分身から、さらに二体の分身が生まれ、十五人に増える。

 

「「「「「「「「「「これでどうだ?」」」」」」」」」」

「ガァアァアッ」

 

 それを見た怪物も触手の先端を割り、倍の数に増やして対抗した。

 

「「「「「「「「「「「「「「「見事。ならば────

 」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「更なる力を以てねじ伏せよう

 」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 増殖は止まらない。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「覚悟せよ」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 十を殺せば三十に、三十を殺せば六十に。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「貴様の行き着く先は影の深淵。闇よりなお昏く、来世など訪れぬ永久の牢獄」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 殺せば殺すほど、触手を振るえば振るうほどに、視界の全てをアビスが埋め尽くしていく。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「貴様が感じうるは、死と苦痛。そして犯した罪の数に相応しい報い、ただそれのみ」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 使徒級の怪物? かの聖戦を生き抜いた遠藤浩介ですら、一人では決死の覚悟で殺す厄災? 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「その重さを知りながら、その身に刻め」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 よろしい。ならば()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「我は深淵。世界を飲み込む蛇の毒牙。かの者の潜む闇の具現」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 もはや、抵抗も無意味に九十九の呪腕が怪物を埋め尽くし、蹂躙し、破壊し。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「歓喜せよ。貴様如き下郎の命を、我が終わらせるのだ。冥府への土産に下賜しよう、我が名は──────」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 握り潰され、引き裂かれ、ミンチにされ。

 

 

 

 

 

 唯一残った、恐怖に慄くような目をした怪物の頭を。

 

 

 

 

 

 彼を取り囲む影すら凌駕する、一条の漆黒が貫いた。

 

 

 

 

 

「────コウスケ・E・アビスゲート。それが、貴様が最後に知る言葉だ」

 

 

 

 

 

 静かに着地したアビスの手の中で、白と黒が見事に調和したナイフが煌めいて。

 

 次の瞬間、その中心で発生した極小のブラックホールに頭部や肉片が飲み込まれ。

 

 グジュッ、という湿り気のある音を残し、怪物は完全にこの世から消滅した。

 

「…………フッ。呆気ないものであったな」

 

 キザにセリフを放つアビスの周囲から、役目を終えて分身達が消えていく。

 

 人間で作られたドームが解除されると、一気に全身を途轍もない疲労感が襲った。

 

「グッ……やはり、重ねがけは消耗が激しいな…………」

 

 その場で大の字になって寝転がってしまいたいほどだが、やるべきことがある。

 

 重い体に喝を入れ、まずは遠くまで吹き飛ばされたジアへと駆け寄っていった。

 

「おい! 生きてるか!」

「……カハッ…………んな程度で、くたばるかよ…………」

 

 元通りの容姿になったジアは、アビスから戻った浩介の膝の上で薄笑いを浮かべる。

 

「いや、ギリギリだろ……体が元に戻ってなかったら即死だからな」

「へへ……あのブサイク野郎、ザマァみやがれ…………」

 

 瀕死の重傷で軽口を叩くことに呆れつつ、異空間からリュール印の回復役を取り出して飲ませた。

 

 流石にこのままでは死ぬことを本人も自覚しているのか、大人しく少しずつ喉の奥へと流し込む。

 

 最上級の効能を持つそれによって、瞬く間に体は修復され、息苦しさが薄まっていった。

 

「っぷぁ……助かったぜアビス」

「はいはい。こっちも色々と助かったよ、おかげであれに勝てた」

「んじゃあ、貸し借り無しだな」

「そういうことにしとくよ。っと、そういえば子供達は……」

 

 ジアに手を貸して立たせながら、先程ケースが叩きつけられていた方を見る。

 

 毒針や瓦礫の破片が突き刺さっているものの、破損していないのを見てホッとする。

 

 足早に近づいていき、手で表面に触れるとナノマシンの結合が解けていった。

 

 浩介の全身にスーツが再形成されていくのに従い、中の様子が露わになっていく。

 

 子供達は、三人で互いに身を寄せ合っていた。特に怪我をした様子もなく、突然外が見えるようになって驚いている。

 

「よかった。これで助けられなかったら、悔やんでも悔やみきれなかったよ」

 

 心の底から脱力するほどの安堵だった。

 

 そんな彼に、腹を手で押さえながらジアが近づく。

 

「で、そのガキどもどうするんだ?」

「勿論連れて帰る。でも…………」

 

 ふと、エミリー達が消えていった通路の方に顔を向けて。

 

 

 

 

 

「まだ、やることが一つある」

 

 

 

 

 






これにて戦闘終了。

読んでいただき、ありがとうございます。


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怪物の心


お久しぶりです。

息抜きに投稿です。


 

 

 

 

 ────アアァアアアァッ!! 

 

 

 

 廊下に響く、異様な絶叫。

 

 その影響か、パラパラと天井からこぼれ落ちてきた破片に、ヴァネッサとエミリーは険しい顔をする。

 

「コウスケさん達の戦いは激しくなっていそうですね」

「だ、大丈夫かしら?」

「あのお二人を信じるしかありませんねっ!」

 

 彼女達の隣を必死に追走するアレンが叫ぶ。

 

 元来の脚力とスーツの機能により、凄まじい速度で走る同僚に並ぶので精一杯だ。

 

 一応エミリーに負担をかけないよう加減はされているが、それでもやや平均より重めの中年男性を担いで並走しているあたり流石である。

 

「そうね……こうすけは、私のヒーローだもの」

 

 強い信頼を言葉に乗せて、エミリーは頷く。

 

 肩越しに彼女の逞しくなった表情を見て、ヴァネッサはふと笑った。

 

「グラント博士、貴女はいい女です。きっと彼も受け入れてくれますよ」

「んにゃっ、ななな何言ってんの!?」

「っ、ヴァネッサ!」

 

 空気が緩みかけたその時、アレンが鋭い声を飛ばす。

 

 

 

 一瞬で意識を切り替えたヴァネッサが前方を見ると、曲がり角から猫型のベルセルク・マシンが三体顔を出していた。

 

「楽しくおしゃべりしているところ悪いんですけどね、こちとら走るのに手一杯なのでお願いしますっ!」

「言われずとも! グラント博士、私の後ろへ!」

「う、うん!」

 

 

 

 キシャァッ!! 

 

 

 

 カメラアイを赤く輝かせ、標的を認識したマシンらは突撃してくる。

 

 エミリーが背中に隠れたのを確認し、ヴァネッサは拳銃を取り出すと素早く狙いを定めて発砲した。

 

 

 

 寸分違わずカメラアイめがけて射出された弾丸だが、ベルセルク・マシンらもただではやられない。

 

 搭載された弾道予測機能を用いて軽やかに回避すると、不規則な動きで連携して迫ってきた。

 

「くっ、ベルセルクの凶暴性が機械で制御されてるのか!」

「厄介なものをっ!」

 

 

 

 キシャァアアッ!! 

 

 

 

 あっという間に目前まで迫り、チェーンソーとなった尻尾が繰り出される。

 

「ふッ」

 

 ヴァネッサは踏み出した右足を軸にして体を倒し、身をかがめて攻撃を回避。

 

 先頭にいた一体の懐に潜り込むと、可動域確保のため装甲が存在しない下顎を見極めると銃口を突きつけた。

 

「これでも避けられますか?」

 

 

 タンッ! タンッ! 

 

 

 皮膚と骨を砕くのに一発、脳を破壊するのに一発。

 

 確実な射撃によってキメラの脳が内側から吹き飛び、痙攣した後にカメラアイが消灯する。

 

「ふんッ!」

 

 床へ落下するマシンの張り出した装甲を手で掴むと、後続のマシンらに向けて投げつけた。

 

 スーツのパワーアシストによって100キロ以上はある死体が軽々と宙を舞い、残りの二体がそれを回避する。

 

 そのままヴァネッサを左右から挟撃してきた。

 

 

 

 彼女は片手を、滑らかな動きで片方のベルセルク・マシンへ突き出す。

 

 その指先が装甲に包まれた前脚に触れ──次の瞬間、マシンはヴァネッサを飛び越えて仲間と激突した。

 

 

 

 グガッ

 

 

 

 突進の勢いのままに頭部同士がぶつかり合い、激しいノイズが視界を埋める。

 

 動作不良を起こし、平衡感覚を失ったマシンらは壁にぶつかってから床に転がった。

 

 

 

 タンッ! タンッ! 

 

 

 

 下顎を露出したマシンの一体に、膝立ちの姿勢でヴァネッサが射撃。

 

 続けて、立ち上がろうとしたが()()()()()によってもたついていたもう一体のカメラアイに一発撃ち込み、見事に三体とも処理した。

 

「ふぅ……」

 

 軽く息を吐き出し、体のこわばりを解くヴァネッサ。

 

 それから自分の両腕を見下ろし、体に張り付いていたスーツが戻るのを見て目を細めた。

 

「凄まじい性能ですね、これは」

「ヴァネッサ!」

「グラント博士。アレン、行きましょう」

「うん!」 

「え、ええ」

 

 再びエミリー達と合流し、彼女達はかすかに揺れ動く廊下を走り抜けていった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 しばし、研究所内を徘徊していたベルセルクやベルセルク・マシンと応戦すること数度。

 

 駐車場から随分遠くへ移動した四人が行き着いたのは、水路の併設された通路だった。

 

「ここで一度身を潜めますか。障害物も多いですし、しばらくは安全でしょう」

「そう、ですね」

 

 至る所に置かれた機材の内、最も大きな水路沿いの一つに背を預け、周囲を確認したアレンが言う。

 

「ヴァ、ヴァネッサ、大丈夫?」

「ええ……なんとか」

 

 ふう、と深くため息をつくヴァネッサ。

 

 ずっと一人で応戦していた為、さしもの彼女といえど特殊なスーツありきでも疲弊の色が見えた。

 

「アレンがもう少し役に立てば、もっと距離を稼げたのですが」

「ひどっ。僕、あなたみたいなトンデモスーツ持ってないのにここまで人一人担いで来たんですけど。褒めてくれてもよくありません?」

 

 ほらほら、とアピールするアレンに呆れた眼差しを向け、それから二人は座り込んでいるダウンを見る。

 

 大人しく運ばれていた彼は、まるで諦めたように笑みを浮かべていた。

 

「素晴らしい逃走劇だったね。私は戦闘の素人だが、あれだけの数のベルセルクを前に一人も欠けることなく逃げ果せるとは。さすがはあの覆面の彼と一緒に君を守り通しただけのことはある」

「……先生」

 

 エミリーが、ダウンの前に立つ。

 

 ヴァネッサとアレンが自然と口を噤んで、にわかに緊張した雰囲気が場を包んだ。

 

 

 

 恩師だった男を見るエミリーの瞳には、どうしようもない悲しみが込められている。

 

 そして男は、どこか仄暗いものをたたえた眼差しを少女へ返していた。

 

「教えてください、先生」

「何をだい、エミリー」

「あなたの本音を。きっともう、意味はないし、失ったものは何も帰ってこないけど……それでも、知らなくちゃいけないと思うから」

 

 自分を生かす為、死んでいった人達のためにも。

 

 ダウンがこのような事件に関与した理由を、エミリー達との五年間を裏切ってでも果たそうとした目的を暴かなければならない。

 

「あなたは、何がしたかったんですか? 何が得たくて、こんなことを……」

「何を得たかったのか、か……きっとそれを聞いても、君には理解できないのだろうね」

 

 かぶりを振るダウンだが、エミリーの意思は揺るがない。

 

 それを理解したのだろう、彼は静かな声音で答えた。

 

「私はね、エミリー。ただ歴史に名を残したかったんだよ」

「歴史に、名を?」

「ああ。教科書の一ページに後世までその存在を残し続けるような人間に、私はなりたかった。未来永劫、レジナルド・ダウンの名を人々に語り継いで欲しかった。分かるかい?」

「そんなことの、ために……?」

 

 理解できないといった顔をする教え子に、「やっぱりね」と男は困ったように眉を落とす。

 

「君には分からないだろう。いてもいなくても同じ、誰でもない誰かになる恐怖、その虚しさ、そして絶望が」

「そんなことっ。先生が誰でもない人間なんて、そんなはずないっ! 私が、リシー姉が、ダウン教室の皆が、あなたを忘れるはずがないのにっ! あなたに教えられた私達が、生きた証じゃないんですかっ!?」

 

 これまでの時間の全てを否定するかのような数々の言葉に、泣き叫ぶような絶叫が木霊する。

 

 けれどダウンは、なおも寂しげな表情を変えることはなかった。

 

「……そうではないんだよ、エミリー。そんなちっぽけなものじゃ足りないんだ」

「な……」

「言っただろう、歴史に名を残したいと。()()()()()の記憶に留まるようじゃ、私の穴を埋めるには到底釣り合わない」

「……そんな」

「狂ってる……」

 

 アレンが呟いた言葉にダウンが顔を上げた。

 

「理解できないかい? そうだろうね。君達には決して、私の願いがわかることはないだろう」

「どうして、ですか?」

「だって、君達は天才じゃないか」

「………………え」

 

 エミリー=グラントは優れている故に、レジナルド・ダウンを理解できない。

 

 

 

 その一言は、頭脳明晰故に孤立していたエミリーの信頼を打ち砕くには十分だった。

 

「保安局トップクラスのエージェント達に、二つとない薬を生み出した研究者。平凡に生まれ、平凡に育ち、ただ君たちのような天才の背中を見送り続けてきた私の気持ちなど、知りうるはずがない」

「で、でも先生は、大学でも一番の教育者で、みんな一目置いていて……」

「優れていないからさ。だから他人が何を分かっていないのかわかる。誰よりそれを欲したからこそ、どうすればいいのかわかる。それだけなんだよ」

 

 虚空を見つめ、これまで育ててきた者達の顔を思い返して嘆息する。

 

「どれだけ努力しても、何を思いついても、私がそこにたどり着くまでの百分の一に満たない労力で天才は結果を掴み取る。その度にどれだけ虚しくなったことか」

 

 エミリーは理解できなかった。

 

 だって彼女の知っている彼は、テレビや雑誌で卒業した者達を見る度、我が事のように誇らしそうだったから。

 

 それさえも全て、自分の心を隠すための偽りだったというのか。本当は自分こそがそこにいるべきだったのに、と。

 

「それでも。彼らが私を恩師と言ってくれることでどうにか〝教育者のレジナルド・ダウン〟を取り繕っていた。これで十分だと、そう諦めることができた」

「なら、どうして……」

 

 全てが嘘でないのなら、なぜその天秤は壊れてしまったのか。

 

 何が彼の諦観という鎖を解き放ってしまったのかと答えを欲する少女に、彼は。

 

「君だよ、エミリー」

「──え」

「君の作ったベルセルク、あれはまさに奇跡の産物だ! 人を人ならざるものに変えるなんて、これほどの革命はない! 研究を続ければ、どれだけの富と名声が約束されていることか!」

 

 途端に理性の皮を取り払ったように、ダウンは声を荒げて立ち上がる。

 

 怯えるエミリーに詰め寄って、狂気に満ちた瞳を爛々と輝かせた男はまくし立てた。

 

「間違いない! これは歴史を変える偉業だ! これまでのことなど比べるべくもない! 君は歴史に名を残す! 私はその父だ! 変革者の父として人々の記憶に刻まれる──そのはずだったのに!」

「っ……!?」

「『これは危険だから破棄しよう』? そんなふざけたことを君が言うからっ!」

「ダウン教授。そこまでにしてもらいましょうか」 

 

 そこで、ヴァネッサとアレンが銃口を向ける。

 

 ハッとしたダウンは、狂気じみた空気を解くとにこやかに笑みを形作った。

 

「すまない。だが、焦ったよ。私がいくらベルセルクの可能性を説いても、君は耳を貸さなかった。だが無理に説得すれば信頼を失いかねない。いつ君がサンプルやデータをどうにかするか分からなかったから、時間的猶予もなかった」

「……だから、持ち出したんですか?」

「ああ。Gamma製薬の幹部に教え子がいてね。連絡を取ったらこの通り、ここまでの成果が出た」

 

 ベルセルク、ベルセルク・マシン、そして超越体(ヘラクレス)

 

 ケイシス以外の〝第三者〟の力もあったとはいえ、予想した以上の結果が転がり込んできた。

 

「ようやくだ。ようやく、他人に奉仕し続けてきた私にも報われる時が来た。まあ、そう全ては上手くいかなかったが」

 

 

 

 超越体(ヘラクレス)やベルセルク・マシン以上の成果は、もう見込めないだろうとダウンは考えていた。

 

 

 

 これ以上、【ベルセルク】を改良する余地がない。

 

 特効薬を作り出せずにケイシス達の計画は頓挫し、応用しようとしても単純なものばかりで、結果的にファントムリキッドに頼った。

 

 これ以上の成果を望むならば、どうしても必要だったのだ──生みの親である、エミリーが。

 

「……全部、計画の内だったんですね。最初の事件も、汚職警官も、ウォーレン捜査官も。全部全部、私を追い詰めて、先生に頼るしかないように……否が応でも、ベルセルクを研究するしかなくなるように」

「その通りだよ。途中までは成功していたんだが……保安局も、ロドやデニスも、余計なことばかりしてくれたものだ」

 

 吐き捨てるような、その一言。

 

 

 

 それが、完全にエミリーの心の芯を切り裂いた。

 

 

 

(──ああ。もう、ダメだ)

 

 

 

 壊れてしまった。割れてしまった。何より大切にしていたものが、粉々に。

 

 

 

(マイロお兄ちゃんが死んだ。ベルセルクにぐちゃぐちゃにされて)

 

 

 

 その中で、彼女は思い出す。忘れることのできない喪失を。

 

 

 

(ベルセルクになって、サムお兄ちゃんが死んだ。お兄ちゃんに首を折られて、ジェシカお姉ちゃんが死んだ。デニスお兄ちゃんも、ロドお兄ちゃんも、ヘドリックお兄ちゃんやリシー姉だって、みんなみんな)

 

 

 

 みんな、自分の前で死んでいった。

 

 

 

 夢見ていた。

 

 誰もが笑って教室を卒業し、そして目の前にいる彼が……父が、笑って送り出してくれると。

 

 けれど、誰より最初にその夢を踏み潰したのは……

 

「……私が、引き金を引いたんですね」

「エミリー?」

 

 俯いていたエミリーが、ギュッと小さな拳を握る。

 

 ヴァネッサ達も怪訝そうに目を向ける中、震える声で、心で……彼女は、ゆっくりと語り出した。

 

「私が、あなたの引き金を引いたんだ。あなたの心の奥にあった、ずっと貴方を蝕み続けたものを押しとどめていたものを、壊してしまった」

「…………」

「みんなが押さえててくれた。先輩達が、教室のみんなが……それなのに、貴方の怪物の心(ベルセルク)を、私が解き放った」

 

 何度も、何度も。

 

 自分に言い聞かせるように、エミリーが告げる。ダウンは何も言い返さない。

 

 彼女は顔を上げて──今にも泣きそうな、自分を嗤ってしまいそうになるのを堪えた表情で、ダウンを見上げた。

 

「ごめんなさい。先生を、怪物にしてしまって」

「……怪物、か。言ってくれるね、エミリー」

 

 ふっと、水路を背にして手すりにもたれたダウンは笑う。

 

 それさえもどこか達観していて、どんな言葉も届かないとわかったエミリーは下唇を噛んだ。

 

「……投降してください、先生。罪を償って、やり直してください」

「今更、そんなことができるとでも?」

「私も一緒に償います。家族を殺してしまった責任を果たすために、だから……」

 

 それが、エミリーが彼にできる最後のことだた。

 

 かつて……いや、今も恩師と、父と慕う男を狂わせた原因だと自覚しているからこその選択だ。

 

 

 

 研究室の隅でうずくまり、ただ懺悔するだけだった数日前の彼女にはできない選択だっただろう。

 

 それを今選んでいるのは、自分が背負うべきものから目を逸らさないため。

 

 何よりも、自分をここまで連れてきてくれた、あのヒーローに恥じないためにも。

 

「……はぁ。本当に何もかも上手くいかないね。本当なら、君に殺されて終わることさえ考えていたのに。これも私が凡人だからか」

「先生……」

「このままでは私は、ただの犯罪者として終わるだろう。事態の深刻さから言って、新聞の一面にすら載らないのだろうね」

 

 今回の事件の全容が世間に明かされることは、まずあり得ない。

 

 その過程で保安局が画策していたことも明るみに出る危険性がある以上、隠蔽工作が図られるだろう。

 

 ダウンは呆れたように笑い、再びどことも知れぬ虚空を見上げ。

 

 

 

 

 

「ああ、それならばいっそ──こうするしかないね」

 

 

 

 

 

 トンッと床を蹴ると、()()()()()()()()()体を投げ出した。

 

「「っ!?」」

「先生っ!?」

 

 咄嗟のことにヴァネッサ達は反応できず、エミリーが目を見開く。

 

 彼女の叫び声を耳にしながら、彼は10メートルも下にある水路に向けて落ちていき──

 

 

 

 

 

 その途中で、ぐんっと何かに受け止められた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 全身を襲った、想像よりはるかに弱々しい衝撃にダウンは閉じていた目を見開く。

 

 そうして自分の周りを見渡すと──水路に蓋をするように張り巡らされた放射状の黒糸に驚愕した。

 

「な、何だこれは……」

「へっ。そう上手くいくと思ったか、オッサン?」

「っ!?」

 

 突如として聞こえた見知らぬ声に、頭上へ顔を振り上げる。

 

 すると糸の上に、緋色の翼を背に持つ幼くも美しい少女が胡座をかいてこちらを覗き込んでいた。

 

「君は……」

「あいにくと、ウチの相棒は人間が言うところのバッドエンドってのが嫌いみたいでな」

 

 一体何を、と眉を顰めるダウンの耳に、新たな声が届く。

 

「──然り。自死による幕引きなどさせるものか」

「っ!」

 

 ハッとしたエミリー達が、後ろを振り向く。

 

 

 

 カツン、カツンと薄暗闇の向こうから響く足音。

 

 それは勢いよく流れる水音だけが支配していた空間を掌握するように、徐々に近づき──やがて、姿を現す。

 

「それを許してしまえば、またエミリーが傷つくことになる。身も心も守るという誓いを反故にしてしまうのでな」

「こうすけっ!」

 

 闇の中からこぼれ落ちたように漆黒のマントと面の髑髏を見せつけ、現れたるは深淵卿。

 

「よう、エミリー。よくここまで頑張ったな」

「コウスケさん、無事だったのですね」

「何とかな。そっちも元気そうで安心したよ」

「そんな……そんなかっこいい登場の仕方で優しい言葉をくださるなんて。濡れます」

「お前は本当に、どんな時も駄ネッサなのな」

 

 ヴァネッサの発言に呆れながらも、浩介は両手で掴んだ黒糸を引く。

 

 若干撓んでいた網が張り詰め、ダウンの体が浮き上がったところを翼を広げたジアがキャッチし、こちらまで飛んで運んできた。

 

「おらよ、ご所望の品だ」

「ありがとう。なんだかんだ、今回はお前に助けられたな。ジア」

「ハン。こっちもそこそこ楽しめたからチャラにしといてやるよ」

 

 不遜に腕を組む姿が某魔神様と重なって、浩介は苦笑する。

 

 そんなやりとりも程々に、床にへたり込んでいるダウンを見下ろした。

 

「さて。最後の抵抗をしたかったようだが、あいにくと俺の目の黒いうちはそういうのは許さない」

「最後の抵抗? コウスケさん、どういうことです?」

「こいつ、自分にやばいモン仕込んでたからな」

 

 トントン、と自分の腹を人差し指で示す浩介にヴァネッサは黙考し……数秒後、ハッと顔を険しくする。

 

「まさか、【ベルセルク】を自分に……!」

「しかも爆弾つきでな。大方、どうしようもなくなったらここみたいな水路で自爆して垂れ流すつもりだったんじゃないか?」

 

 最初にダウンを見たとき、仮面の熱源感知がダウンの腹部に何かの存在を捉えていた。

 

 

 

 何かしらの生命維持に関わるような機械かとも考えたが、事前情報ではダウンは健康体だった。

 

 そのため浩介は拘束していたナノマシンに、例の怪物と戦いながらも自動操作で爆弾を解除させていたのだ。

 

「はは。用意周到ですねぇ」

「ジアのスーツのおかげだけどな……歴史に刻まれる偉人の父になれないくらいなら、自らが厄災になって、世紀の大犯罪者としてでも名を残したかった。そんなところか」

「そんなっ。先生、そこまでして……!」

「……まったく。君のような化け物がエミリーの守護者になったことが最大の誤算だよ」

「残念ながら、その呼び方は俺にとっては褒め言葉だ」

 

 この世界の人間に化け物と呼ばれるくらいでなければ、何も成せない。

 

 堂々と答える浩介を見て、ダウンは自嘲気味に笑う。

 

「結局、君も持っている人間か。やはり、私の気持ちなど誰も理解しないのか……」

「……ちょっと前から話は聞かせてもらってたけどな。あんたは最後の最後に選択を間違えたんだ」

「分不相応な願いを持った、とでも?」

「ちげえよ。そんなこと言ったら、生まれてこのかた家族にも時々存在を忘れられる俺の気持ちになってみろ。いやマジで」

 

 ダウンの比にならないほど、日常的に他人の意識から抹消される浩介さんである。

 

 思わず出てしまった愚痴にエミリー達が苦笑し、こほんと咳払いした彼は改めてダウンに言った。

 

「誰かに自分という人間を覚えていてもらうこと。たとえ一人だけだとしても、それは奇跡を起こすほどの力を持ってる。それくらい凄いことで……ありがたいことなんだ」

 

 

 

 遠藤浩介は知っている。

 

 

 

 たとえ誰もが忘れようと、どんなに他者から正気を疑われようと、友の実在を信じ抜いた男を。

 

 その果てに最高の結末を導いたかの魔神の偉業を前にして、どうして目の前の誰かの心に残ることがちっぽけだと言えよう? 

 

「歴史なんてのは、人の記憶と心で作られるもんだよ。なら、あんたがするべきだったのはその結果だけを欲しがることじゃない。ただエミリー達を信じて、自分の夢を託すことだった」

「こうすけ……」

「……そんなことをして何になる。結局、私はずっと彼女達の陰に生き続けるだけじゃないか」

「かもな。だけどそれが何十人と積み重なって、やがてあんたが世に送り出した奴らがまた違う誰かを育てた時、恩師としてレジナルド・ダウンを誇れば……いつかは、歴史に名を残せたかもしれないだろ」

 

 人は受け継ぐ生き物だ。

 

 誰かから受け取ったものを糧に育ち、やがて同じように誰かにバトンを渡すことで栄えてきた。

 

 ダウンが間違えたのは、そのバトンを独り占めしようとしたからだったのだろうと、浩介は考える。

 

「あんたの気持ちは少しだけわかるよ。俺は本当にここにいるのか、俺のしたことは何か意味があるのか……誰かの明日を作れるのか、って。いつもどっかで思ってる」

「だったら、どうして君は耐えられるんだい? この虚しさに、恐ろしい現実に」

 

 そこまで豪語するならば、自分の虚無を解消してみせろと。

 

 ダウンの仄暗い眼差しに、浩介は胸を張って。

 

「好きだからだよ。俺が仕事をやり遂げたことで、救われた誰かの笑顔を見ることが」

 

 

 

 〝彼〟が復活した時、自分の旧世界での戦いは無駄ではなかったと思えた。

 

 この新世界で〝牙〟として暗躍し、その結果生まれた笑顔を見る度に、自分の行いに意味はあるのだと感じている。

 

「あんたにそんな瞬間はなかったのか? 自分がしたことが誰かの心を救って……それが一番の偉業だと誇れたことは、一度もなかったのかよ」

「私は……」

 

 ダウンが、エミリーを見る。

 

 自分を見つめてくる彼女の、かつて孤立していた時の今にも消えてしまいそうな背中を思い出す。

 

 それからダウン教室の面々と共に笑い合う姿を想起して……黙ったまま、俯いてしまった。

 

「よく考えるんだな。これからの人生を、どういう風に使っていくのか」

「…………」

 

 沈黙したダウン。これ以上の問答は不可能と判断して……そこで急に、大きく体を傾けた。

 

「こうすけっ」

「っとと……はは、柄にもなく素面で説教して疲れたかな」

「鍛え方が足りねーんじゃねーの?」

「うるせえ。開発馬鹿のお前にだけは言われたくねえ」

「んだとこの野郎」

 

 ジアと軽口を交わすと、体に喝を入れて立ち直す。

 

 そして、そばで心配そうにオロオロしているエミリーに体ごと向き直った。

 

「エミリー。これで、全部終わったぞ」

「……うん」

 

 真剣なその声音に、彼女も自然と居住まいを正す。

 

 本当に強くなったな、と感心して浩介は言葉を続けた。

 

「これが本当に、君の望んだ結末かはわからない。でも、元とはいえこれ以上エミリーの大切な人を、目の前で失わせたくなかった」

 

 ましてや、ダウンの企んでいたように自らの手で殺して幕引きなど、断じてさせはしない。 

 

 この一時、遠藤浩介は牙であると同時に、エミリー=グラントの守り人であるのだから。

 

「……ううん。そんなことない。これ以上ないくらいの終わり方よ」

「そうか? まあ、それなら良かった」

 

 仮面の上から頬をかく浩介に、エミリーの顔が緩んでいく。

 

 彼を見つめるその瞳には隠しきれない熱があって、白い頬は仄かに赤く染まっていた。

 

 

 

 その熱に後押しされるようにして、一歩踏み出すと自分の頭を浩介の胸に預ける。

 

「おっと。エミリー?」

「……ありがとう、こうすけ。私を、最後まで救ってくれて」

「……そうできてたのなら、俺の仕事は完了だな」

 

 ぽん、と頭に乗せられる手。

 

 その温もりが少し気恥ずかしくて、でも心地よくて……こんな顔は見せられないと、顔を胸に埋めるのだ。

 

「なんて綺麗なエピローグ……これはもう、あとはホテルでベッドインするしか残っていませんね」

「ちょっと口閉じてろ、お前」

「やれやれ……最後まで締まりませんね」

 

 

 

 アレンの台詞に、浩介は心の底から同意するのだった。

 

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


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エンディング 前編





 

 

 

 ベルセルクに関する一連の事件は、終息を迎えつつあった。

 

 

 

 浩介達が攻略した施設を含め、あらゆる研究施設は軍と保安局によって制圧。

 

 それなりの被害は出たものの、無事にベルセルクの原品や研究データを押収することに成功した。

 

 

 

 

 また、捕縛したレジナルド・ダウン教授は【ベルセルク】窃盗と事件への重大な関与をしたとして正式に逮捕。

 

 現在は保安局がその身柄を預かり、ケイシス共々、事情聴取による事件のさらなる詳細の調査が行われている。

 

 

 

 ちなみに死亡フラグを立てていた保安局強襲部隊隊長のバーナードだが、ちゃっかり生き残っていた。

 

 次々とフラグを立てては奮闘する様を分身体の記憶から見た浩介は、この人死神と幸運の女神に愛されてるなぁと顔を引きつらせたものだ。

 

 

 

 そうして、長いようで短い悲劇は終わりを見せ始めたが……

 

「……はぁ」

 

 国家保安局、局長室。

 

 どこか冷厳たる雰囲気を醸し出すその一室に、それは深いため息が木霊する。

 

 発生源は部屋の最奥、高級感溢れる革張りのチェアーに座した一人の女傑。

 

 デスクに両膝をつき、組み合わせた手に額を乗せた彼女──シャロン=マグダネスは、非常に疲れた顔をしていた。

 

「すごいため息ですね、局長。大丈夫ですか?」

「それはむしろ、こちらのセリフだけれど。アレン、あなたもう大丈夫なの?」

「ええまあ。一応、ダウン教授を守り切ったご褒美ってことで、彼に治してもらいましたので」

 

 ピカソ風の顔面を元の冴えないものに戻したアレンは、へらりと笑う。

 

「そう。それは良かったわね……で。()()は見つかったのかしら?」

 

 そんな彼に、シャロンは抜き身のナイフのように鋭い眼光を向けた。 

 

「……あー、えーっと。それはその、目下全力で捜査中というか、死に物狂いでやっているといいますか、はい」

「アレン?」

「み、見つかってないですッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のままです、マムッ!」

「そう…………はぁ〜〜」

 

 アレンを一瞥した瞬間の威圧感から一転、またしても魂ごと抜けてしまいそうな嘆息が漏れる。

 

 加齢によるものではない皺が深く刻まれた彼女の表情が、端的にその心情を表していた。

 

「してやられたわね……まさか、グラント博士を一家丸ごと連れ去られるなんて」

「忽然と姿を消しましたからねぇ。まるで本当の影……元から存在してなかったみたいに」

 

 

 

 シャロンの苦悩の原因。

 

 

 

 それは影の使者、〝牙〟と名乗るあの男……浩介であった。

 

 浄水施設での作戦が完了した直後、監視下に置かれていたはずの彼はエミリーと共に行方をくらませたのだ。

 

 当然軍や保安局は騒然としたが、そこまでは予想できたことだったのでシャロンがどうにか混乱を収めた。

 

 

 

 問題はその後だ。

 

 回収された【ベルセルク】の原品とデータが、何者かによって全て破壊されたのである。

 

 関係各所が落ち着き、事件の処理に追われて動きが鈍ったタイミングでの犯行だった。

 

 

 

 誰がやったのかなど言うまでもない。

 

 シャロンは即座にヴァネッサを呼び出し、どうにか浩介を連絡を取ると、返ってきたのはたった一言。

 

「〝全てを闇に葬る〟……文字通り、何もかも無に帰したわ」

「おかげで散々に上から吊るし上げられましたね、ははっ……」

 

 お偉方の責任追及と疑問の嵐を思い出したのだろう、アレンがぶるりと体を震わせる。

 

 国内最高峰のセキュリティを誇る軍や保安局の施設が次々襲撃された報告を聞いて、シャロンも乾いた笑いしか出なかったものだ。

 

 

 

 結局、なすすべなく【ベルセルク】にまつわる物品は残らずこの世から消し去られた。

 

 その後、全て終わったと言わんばかりに浩介からの連絡は途絶している。

 

「ところでパラディ捜査官は?」

「本日も欠勤してます」

「そう……消されたと考えるべきかしら?」

「もしそうなら、僕達は既に彼女の存在すら忘れているのでは?」

「でしょうねぇ」

 

 数日前から〝しばらく自由行動します〟と言ったきり音沙汰のない部下にシャロンの頭が痛む。

 

「それにしても、唯一の接点だったグラント博士の家族を連れ去られたのは痛いですね」

「元より彼は〝あの男〟の尖兵であると、自ら公言していた。グラント博士を保護したのも、元をたどれば自分の所属する組織の任務であると。ならば、足がつかないようにするのも当然よね」

 

 奇抜な言動で忘れがちになるが、浩介は決して善意から介入してきた正義の味方ではない。

 

 シャロン達とも、ケイシス達ともまた違う思惑で動いていた、正体はおろか実在さえ曖昧な謎の第三勢力。

 

 そんな相手にエミリーを確保されたことは、今回の事件における最大の損害とも言える。

 

「しかし、だとすると疑問が残りますね。最初にあのホテルでグラント博士を連れ去った時、そのまま消えればよかったのに」

 

 ベルセルクによって混乱した状況が続いた方が、浩介にとっては上手くいったはずだ。

 

 それなのにどうして後始末までしていったのかとアレンが問えば、シャロンはかぶりを振る。

 

「彼の言葉を信じるならば、〝信念〟故に……と思うしかないわね」

「彼個人の価値観による行動、ということですか。それでここまでやられたら、後ろに控える組織の全容はいったいどれほどのものか……」

「だからこうして胃を痛めているんじゃない」

 

 キリキリとする自分のお腹に、彼女の口からは忌々しげな三度目の溜息が出てしまう。

 

 

 

 

 現状、〝あの男〟とその組織がエミリーをどのような目的で欲しがったのかはわからない。

 

 正確にはその知識を、と言った方が正しいか。

 

 実際に対面した〝彼〟の底知れなさを知る二人としては、前触れなくベルセルクの力で世界が崩壊しないことを願うばかりだ。

 

「あるいは、全てがパフォーマンスだったのかもしれないわね」

「パフォーマンス、ですか?」

「ええ」

 

 デスクの上にある資料を一瞥するシャロン。

 

 それはファントムリキッドについての資料と、各施設から回収されたベルセルク・マシンの報告書である。

 

 どちらも本格的な研究が始まる前に、()()()()()()()()()によって処理されてしまっていた。

 

 

 

()()()()にも関与していたことは明らか。そこから推測するならば……)

 

 

 

「この程度のことは容易に起こせるという示威行為。そして、自らそれを解決する力があるという証明。そう考えれば辻褄が合うわ」

「うへぇ。もう何を聞いても驚きませんよ」

「あれほどいきり立っていた上の方々から、前回の報告以降ピタリと追及が止んだのも不気味よねぇ」

「それも根回し済み、ということなんでしょうか……これ、僕達もう詰んでません?」

 

 この国はもはや、完全に〝彼〟の操り糸に繋がれてしまっているのではないか。

 

 

 

 そんな意図を込めたアレンの一言に苦い顔をしつつ、シャロンは両手を解いておもむろにデスクの引き出しを開ける。

 

「そうね。だからこそ……これがあるのよ」

 

 取り出したのは、一見なんの変哲もなさそうなUSBメモリーだった。

 

 アレンの顔に恐怖とも感心ともつかぬ引き攣った笑みが浮かぶ。

 

「絶対やばいですよねぇ、ベルセルクの研究データを隠し持ってるなんて知られたら。切り札にでもするおつもりで? 僕としてはさっさと破棄した方がいいと思うんですけど」

「滅多なことを言わないでちょうだい。隠し持っていたりなどしてないわ」

「え? でも持ってますよね?」

「彼が察していないはずがないでしょう。あの手の裏の人間は、自分の手で確認するまで決して他人の言葉など信じないわ」

 

 じゃあどうして尚更、と困惑した様子のアレンに、チェアーに背中を預けたシャロンは虚空に視線を投げる。

 

「ただ、交渉材料という意味ならば……そうね」

 

 USBメモリーを弄んでいた手を、不意に止めて。

 

「お眼鏡には適ったかしら、闇の使者さん?」

「え? 局長、何を言って……」

「──よく気がついたな」

 

 

 

 突如として部屋に響く、第三の声。

 

 

 

 二人の前、部屋の中にある影からゆっくりと滲み出るように人影が現れた。

 

 その身に纏うは漆黒のスリーピース。ネクタイを留めるのは、九の蛇に囲まれた紫蛇のエンブレム。

 

 金の髑髏が描かれた面をそっと外して、浩介はシャロンを見た。

 

「あ、アビィさん、いつからここに? というかここ、一応最高レベルの警備が……」

「ま、ちょちょいとな。それにしても驚いたよ、まさか察知されるなんて」

「あら。気が付いてなんていないわよ。ただ、タイミング的にそろそろだろうと思っていただけ。そうでなかったら、私は声を大に独り言を言う可哀想な老人よ」

「そりゃベストな時期だったようで」

 

 ちょっと残念そうにしながらも、スタスタと歩いてデスクの前に行く浩介。

 

「あんたも大した度胸だよ。俺ともう一度話すために、そんなものを残しておくなんてな」

「〝彼〟が最終的に、我々へどのような判断を下すのか聞いておかなければ、おちおち夜も眠れないわ」

「確かにな」

 

 浩介がジャケットの内ポケットに手を入れ、一枚のタロットカードを取り出す。

 

 紫の衣装に身を包んだ道化の描かれたそれを、デスクの上に置いた。

 

「これは?」

「昨日、俺が拠点にしてる場所に届いてた。〝オーナー〟からあんた宛に届けてくれ、だとさ」

 

 カードを見下ろし、ごくりと生唾を飲む二人。

 

 

 

 シャロンが、若干震える手を鉄の女と呼ばれた所以たる鋼の精神で律して伸ばす。

 

 慎重にカードを取り、ゆっくりと裏返して……書き込められていた一文に目を見張った。

 

 

 

 〝道化と相乗りする覚悟はあるかい、局長さん? 〟

 

 

 

「……許された、という解釈でいいのかしら」

「かもな。ただ、今後もおかしな真似はしない事をお勧めするよ」

「肝に銘じておくわ」

 

 疲労が伺える四度目のため息をしながら、USBメモリーを差し出す。

 

 浩介がそれを受け取って、人差し指と親指だけでいとも容易く破壊してしまった。

 

「よし。これでデータは全部か?」

「これで正真正銘、あとはグラント博士の頭の中だけよ。確かめる手段ならいくらでもあるのではなくて?」

「さてね」

 

 仮面を被り直し、踵を返す浩介。

 

「組織からは追って対談の通達が来るらしい。俺はこれで失礼するよ」

「待ちなさい」

 

 彼が消えようとしていることを察したシャロンが、鋭い声で呼び止める。

 

 並々ならぬものを感じ取った彼は、ふと立ち止まると顔だけを後ろに向けた。

 

「何かな?」

「……一つだけ聞かせて。彼女は……グラント博士は、無事なの?」

 

 その質問には、浩介が仮面の下で息を呑むほどの感情が込められていた。

 

 こちらを射抜くような老女の眼光に、改めて感心してしまう。

 

 

 

 

 どれだけ傷つけたといえど、エミリーもまた彼女が守ると誓っている国民の一人。

 

 ただ今回は国の指示で追いかける側になっただけにすぎない。

 

 故にそれは、英国国家保安局局長として、謎の裏組織の刺客に向けた全霊の言葉だった。

 

「……あんた、やっぱりすげえよ」

「お褒めに預かり光栄ね。それで、どうなの?」

「……無事だよ。今も、これからもな。少なくとも俺がそばにいる限りは絶対におかしな真似はさせない」

 

 たとえ相手がケイシス達のような輩でも、彼が絶対と仰ぐ〝あの男〟であっても。

 

 彼の揺るがぬ信念をその背中に見たシャロンは、しばらく睨みつけて……ふっと脱力した。

 

「そう。それなら彼女を預けておくわ、ミスターアビスゲート」

「任せろ。また機会があれば会おう、護国の鬼殿」

 

 

 

 次の瞬間、浩介の姿はその場で霧散した。

 

 

 

「あ、あれっ、今本当に消えて……え、ええっ?」

「最初から本体ではなかったのでしょう」

 

 アレンが動揺したようにオーバーなリアクションをするが、シャロンは微糖だにしない。

 

 薄々ここにいるのが分身体だと勘付いていたのか、再びチェアーに体をもたれさせる。

 

「はぁ……引退しようかしら。そうでなくとも、しばらく休暇が欲しいわ」

「その時は僕も連れて行ってくださいね、局長」

「どうかしらね」

「きょ、局長ぉ」

 

 情けない声を出すアレンをするっと無視して、彼女は憂う。

 

 これから先、長く続いていくだろう〝あの男〟との関係を。

 

 

 

 

 

 シャロンの心労と胃痛との戦いは、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 





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エンディング 中編

 

こそっと更新。


 

 

浩介 SIDE

 

 

 

 ふとティーカップを口から離す。

 

「ん。終わったか」

「こうすけ、保安局とのお話は済んだの?」

「ああ。ベルセルクの痕跡は全て消した。もう安心だ」

 

 隣に座っていたエミリーに報告すれば、ほっと胸をなでおろした。

 

 それから自分が首にかけているものに触れる。

 

「これ、すごいわ。本当にこの数日、誰にも見つからなかったもの」

「まあ、行方をくらませておいたほうが何かと楽だったしな」

 

 エミリーが持っているペンダントは、俺が持つアーティファクトの一つ。

 

 催眠矢を改造した代物で、周囲にいる人間に認識されてもすぐに忘れられる効果を持っている。

 

 なので、こうして堂々と英国内のカフェにいても保安局員がやってくることはない。灯台下暗しってやつだ。

 

「にしてもこのサーモンサンド、マジで美味いな」

「もう、そんなに気に入ったの?」

「ああ。分身体が食べてた時から直に味わってみたかったけど、確かに最高だ」

 

 ちなみにいつぞやの、ケイシスの使いを誘き出した時の店である。

 

 あの時はベルセルクを飲まされた客がいたり、分身体が暴れまわって殺伐としていたが、すっかり日常を取り戻しているようだ。

 

 こうした光景を見るのも、やり甲斐の一つなんだよな。

 

「そういえば、良かったな。()()()()()()()()

「……ええ。本当に、本当に良かった」

 

 言葉の端に安堵を滲ませながら、エミリーは笑う。

 

 

 

 今回の事件、ある一つの救いがあった。

 

 それはーー最初の研究棟の事件で死亡したと思われていた、エミリーが姉と慕うダウン教室の女性が生き残っていたこと。

 

 次々とダウン教室の面々がエミリーの眼の前で死んでいく中、リシーというその女性は彼女を逃してベルセルクを引き付け姿を消したのだと言う。

 

 そして保安局の人間に研究棟から重傷で発見され、事件の関係者が収容された病院で一命を取り留めていた。

 

 

 

 エミリーの話を最初に聞いたヴァネッサが疑問に思って独自に調べていたようで、つい一昨日連絡が届き、二人は病室にて感動の再会を果たした。

 

 黒幕であるダウン教授を除けば、唯一の生還者。まさに奇跡という他にない。

 

 運命は最後にエミリーに微笑んだのだ。 

 

 

 

 ……さて。

 

 カップをソーサーに戻し、緩んでいた気を引き締める。俺の雰囲気が変わったことに気づいたのか、エミリーが居住まいを正した。

 

「エミリー、今後の話をしようと思う」

「う、うん」

「とりあえずご家族は日常生活に戻れるよ。〝組織〟の保護が解けた後も護衛がつくみたいだ」

「そう。なら、少し安心かしら」

 

 安心も安心だ。なにせ使徒が配置されるのである、並の犯罪者じゃ一瞬で分解されるだろう。

 

 リシーさんにも同様の措置が取られるよう嘆願した。そのうち、やけに綺麗なご近所さんやナースが彼らの側に現れる。

 

「そして、エミリー自身のことだが」

「……うん」

「……悪いけど、元の生活を送るのは難しい。これからは組織の下で暮らしてもらうことになる」

 

 キュッと、膝の上に乗せられた手が握られる。

 

 聡明な彼女のことだ。こうなることは予想していたんだろう。ヒーロー映画のエピローグのように、自由を返してあげられないことが心苦しい。

 

「そう身構えないでくれ。護衛がつくけど基本的には好きにしていいし、研究も続けられる。最高の環境を用意してもらえるよう、俺からも進言しといた」

「こうすけから?」

「ああ。覚えてるか? 最初に身を寄せた治療所。あそこでリュールさんの助手をしてもらうことになってる」

 

 というよりも、最初から治療所預かりになることは決まっていたようだ。

 

 エミリーの扱いについて嘆願しようとしたら、先回りするように諸々の環境が整っていることを告げられた。

 

「その他に何か指示されたり、あるいはベルセルクみたいに危険なものを作るよう強制もされない。そこだけは絶対だって釘を刺しておいた」

「こうすけ……ありがとう」

「いやまあ、ちょっと騙してたみたいなとこあるし。これくらいはな」

 

 正直、ミスターKの名前をちょっと利用したみたいなことはある。

 

 余計な警戒をされるのも面倒だし、何より思い込みを解く暇もなかったからだが、せめてもの誠意だ。

 

「うん、わかった。私、頑張ってあの人のお手伝いをするわ」

「そう言ってくれると助かるよ。リュールさんのそばにいることはエミリーの研究のためにもなると思う。ほら、ブレイクスルーへの近道にさ」

 

 なにせ異世界の魔法や技術だ。地球にない植物などもあそこじゃ使ってるので、アルツハイマーの治療薬の開発にも何かしら役立つだろう。

 

 

 

「……研究、していいのかしら」

「……エミリー?」

 

 しかし、答えるエミリーの声色は暗かった。

 

 いきなり弱々しくなった言葉尻に彼女を見ると、どこか自嘲気味な笑みを浮かべている。

 

「また私のせいで、先生みたいな人を生み出してしまったら……ダウン教室のみんなみたいに、傷つく人が出たら……そう思うと、怖い」

「……そう、だな」

「今でも〝先生〟だって思うの。あんなに酷い事をされても、それでも確かに積み上げたものがあったから」

 

 エミリーにとって、レジナルド・ダウン教授は裏切られたとてそう簡単に心の中から切り捨ててしまえる存在ではないのだろう。

 

 依頼を受けた時、彼女についての情報を見た際にどれだけ彼や学友に救われ、居場所をもらったかを少しながら知った。

 

「誰の中にも、ベルセルクがいるんだと思うわ。それまで重ねたもの全てを壊してでもーーそう思わせてしまう激情の引き金を、たった一つの何かが引いてしまう」

 

 そして実際、ダウン教授の引き金を引いてしまったからこそ怯えているのだ。

 

 自分の道を突き進んだその先で、また同じ事を起こしてしまったら。夢を叶えんとするため、誰かに犠牲を強いたら……と。

 

「もし、もしそうなってしまうなら、私は……!」

 

 懺悔のように。告解のように。

 

 言葉を吐き出すエミリーは、しかしそれでも恐怖に負けたくないと言わんばかりの意思を瞳に表していたから。

 

 それを見た俺は、ぽりぽりと首筋をかいて口を開く。

 

 

 

 

 

「ーー昔、全てを裏切った男がいた」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 ようやくエミリーが顔を上げる。

 

 いきなり語り出した俺にきょとんとする彼女に苦笑して、んんっと喉の調子を整えると言葉を続けた。

 

「男はイケメンで万能でジョークな好きな、愉快で破茶滅茶なやつだった」

「は、破茶滅茶なの?」

「破茶滅茶だ。でもそいつは生まれついての親友と、誰より愛する女。親しい奴のためならどんなことをする信念を持つやつでもある」

 

 俺の言葉から真剣な話である事を感じ取ったのか、エミリーが顔を真面目にして耳を傾ける。

 

「ある日、男がクソみたいな邪神の手で親友達と一緒に剣と魔法に満ちた異なる世界に連れ去られた」

「異なる世界……地球じゃない場所ってこと?」

「そうだ。だがそこでも男は変わらず、あくまで意気揚々と戦った。自分たちをオモチャにしようとする邪神を殺すと決めたんだ」

「か、神様を殺す!?」

 

 驚くエミリーに頷く。

 

「その為に、全て利用し、欺き、時には仲間達にさえ背を向けて。たった一つの、愛する人達を故郷に帰すという目的を達成しようとした」

 

 その過程で多くの命を奪い、屍の山を築くことでさえ、必要ならばやってのけた。

 

 罪の意識に苛まれ、手にかけた者達の亡霊に追い立てられ、片方を選ぶことでしか何かを守れない己を憎み。

 

 

 

 何度も、何度も心をすり潰しながら。

 

 それでも南雲達の笑う明日を創れるのであればと、どんな重責だって一人で背負い進んだ。

 

「男が選んだのは、人に悪と謗られる道だ。誰より自分が汚れることで、美しいと感じたものを守る覚悟があった」

「……すごい人なのね」

「けどその先で待っていたのはーー救いようのない真実だったんだよ」

「え?」

「作り物だったんだ、全部。誰かを模造し、記憶をねじ込まれ、パッチワークのように繋ぎ合わせた偽物ーー邪神とは違う、愛に狂った女神に作られた人形。それが男の正体だ」

 

 ヒュッと、息を呑む音がする。

 

 そんな人間が存在するのか。ただでさえお伽話のような内容なのに、そんなことがーー困惑が伝わってくる。

 

 それでも否定せず、続きを待っているのは俺に寄せる信頼の強さ故だろうか。

 

「男は絶望した。愛する者の隣にいる資格がないと思った。今まで行ってきたことに耐えられなくなり、やがて贖罪に取り憑かれた」

「そんな……」

「最後には全部捨てた。仲間も、愛も、自分の未来も。親友や最愛の人の手さえも振りほどき、裏切ることで、これまで自分が奪ったものを元に戻したんだ」

「元に、戻した……って?」

「文字通りだ。作り直したんだよ、世界丸ごと」

 

 自分で話していてもまだ信じられない。まさか、世界ごと一新させてしまうなんて。

 

 

 

 エミリーはぽかんとしている。

 

 自分が生きるこの現実が個人によって塗り替えられたもの、なんて、学者である彼女には容易に受け入れられないだろうな。

 

「世界はあるべき姿に修正された。本来存在しないはずの男が残した、ちょっとした幸せで満ちた形で」

「じゃ、じゃあ、その人は……!」

「そして親友によって生き返ったそいつは、家族のところに連れ戻されてこっぴどく叱られましたとさ」

「……………へ?」

「いや、今でも笑い話だよ。酒の席になるとルイネさんが、あれは渾身の一発だったってさぁ」

 

 俺は南雲達から聞いただけで実際には見ていないが、とても見事なビンタだったという。

 

 あれはもう色んな意味で受けたくない、と言うあいつの表情は、しかしいつもどこか嬉しさが垣間見える。

 

 愛の鞭、というやつなのだろう。

 

「信じられないような話だろ? でも全部、本当のことなんだ。俺の力もそいつのおかげで手に入れたもんだからな」

「そ、そうなの……じゃあ信じるわ」

 

 一瞬で顔がキリッとなった。ちょっと俺への信頼度極振りしすぎじゃない?

 

「その人は今、どうしてるの……?」

「ん、ああ……変わってないよ。世界を裏から覆う悪になることで、自分の愛と平和を守ってる」

「ーー! もしかして、それがこうすけの組織の!」

「さすが天才、頭の回転が早いな」

 

 バカは死んでもなんとやら、とは言うが、突き抜けた才人というのも同様らしい。

 

 あいつが選ぶのはいつだって茨の道だ。悪を以って悪を制することでしか生きられない。

 

「もう二度と、裏切らせない。一人で失わせない。あいつの家族がそう決めたように、俺も楔の一つになりたくて今の道を選んだ」

「大切な、お友達なのね」

「ああ。で、要するに何が言いたいかっていうとだな」

 

 ずいぶん話が脱線してしまったが、こんな長ったらしい語りをした本当の目的はというと、だ。

 

 

 

「エミリーにとっても、俺がそういう存在になるよ」

「ーーこう、すけ」

 

 

 

 うわ、小っ恥ずかしい。でも羞恥心を抑え込んで羞恥心を押さえつけて言葉を続ける。

 

「もし君が、また誰かの引き金を引いてしまって。誰かの大事なものを奪うようなことになったら、俺を呼んでくれ。頼ってくれ。たとえどこにいたって飛んでいって、君の支えになる」

「ぅ、あ……」

「言ったろ? 君の身も心も守るって。一度手を差し伸べたんだ、最後まで責任持つよ」

 

 幸い、組織の方からもエミリーのことについてはある程度の決定権をもらえてる。曲がりなりにも幹部の一人であることの恩恵が働いた。

 

「だから進んでくれ。諦めないでくれ。君の才能は、多くの人を救う可能性を秘めてる。そうしたいと望む限り、どんな悪が相手だって俺が呑み込んでやるさ」

 

 あるいはこれも、俺が今回選ばれた理由なのかもしれない。

 

 背負う罪の重さに、エミリーが自らの命を絶ったり、あるいは壊れて堕ちてしまう未来を回避するために……なーんてなぐふっ!?

 

「うおっ! お、おい、エミリー?」

「……こうすけ。こうすけ、こうすけぇ」

 

 突然抱きついてきたかと思えば、何度も涙声で俺の名前を呼ぶエミリー。

 

 きっと色々なものが決壊したのだろうと、その肩に手を置いてなるべく優しく撫でた。

 

 

 

 などと気を緩ませたのがいけなかったのか。

 

 不意にガバッと顔を上げたエミリーは、至近距離からうるうると潤んだ瞳とどこか色気を感じさせる表情を向けてきた。

 

「やっぱり、我慢できない」

「へ?」

「あのっ、あのね。本当はもっと、ちゃんと落ち着いてから言おうと思ってたの。でも、もう抑えきれなくてっ」

「………あ”っ」

 

 やっっっべ、ラナのこと話すの忘れてたァ!?

 

 全部片付いた時にはちゃんと話そう話そうと思って先延ばしにし続けていたら、いきなりぶっこんで来やがった。

 

 おまけに今は空気の読めない駄ネッサもいない。邪魔する存在がいないこともあってか、完全にエミリーの覚悟がガンギマリだ。

 

 

 

「私、私ねっ。こうすけのことが、少し前からーー!」

「ちょまっ、エミリー、俺の話をーー!」

「あらあら。思春期真っ盛りって感じの子猫ちゃんね。可愛いわ♪」

 

 

 

 

 ビシッと、空気が凍りついた。

 

 

 

 至近距離から聞こえた、第三の声。

 ここにいるはずのない、この世で最も俺が好きなその美声を間違えるはずもなく。

 

 固まったエミリーとシンクロして、ギギッと錆びた機械のような動きで右を見るとーーソファの背もたれに美女が腰かけていた。

 

 

 

 凛々しくも愛嬌のある大人びた顔立ち。

 紺色の髪は美しく、冗談のように均整のとれた八頭身の肢体はさながら芸術品のよう。

 

 そこにいたのは、紛れもなく、他の誰でもなく。我が最愛の女性であるーー。

 

「ラナ!?」

「やっほーこうくん。会いにきちゃった」

 

 パチンと星が見えそうなウィンクを投げられて心臓に突き刺さる。

 

 俺の彼女相変わらず超可愛い。ってそうじゃねえ!

 

「ど、どうしてここに!? 日本にいるって話じゃ……」

「センセイ……いいえ、首領からちょっとした()使()()を頼まれてね。ちゃちゃっと終わらせて愛しのこうくんのところに来たのよ」

 

 言いながら、ラナは軽く腰を浮かせると片足で床を蹴り、軽々と体を浮かせて俺の膝の上に落ちてくる。

 

 反射的にエミリーをそっと元の位置に戻し、恋人を受け止めればにこりと笑って頬にキスされた。

 

「さっすがこうくん。素晴らしい抱擁だわ」

「お、おう」

「ーーッ!!?」

 

 嬉しいご褒美だが、流石に人に見られながらは恥ずかし………あっ。

 

「……コウスケ。ダレ、ソレ?」 

「ひっ」

 

 エミリーさんの瞳からハイライトが退勤してらっしゃるぅ!?

 

 地獄の底から響いてきたかの如く平坦で暗い声音に、本能的な恐怖が呼び起こされる。目の瞳孔開いてるんですけど。

 

「あら。自己紹介がまだだったわね」

 

 俺よりも先にラナが反応し、俺の首に回していた手を解くと足の上で姿勢を正す。

 

 

 

 そして、おもむろに取り出されるグラサン! 上半身で繰り出される香ばしいポーズ!

 

「我が名はラナ! ラナインフェリア=ハウリア! 北欧の地に囁かれし伝承の首刈り一族にして、影の牙たるアビスゲート卿の恋人! 今は同胞(はらから)たる少女よ、この名を心に刻みつけなさい♪」

 

 最後にちょっとグラサンをずらしてウィンクし、見事にはウリア流の挨拶が炸裂した。

 

 エミリーに渡したアーティファクトの効果が周囲の人間にも多少及んで良かったと思う。じゃなきゃ耐えられん。

 

「コイビト……恋人ぉ!?」

「どわっ」

 

 正気に戻ったエミリーが詰め寄ってくる。ガッと両手で腕を掴まれ逃げられない。

 

「こうすけ?! いたの!? 恋人が!?」

「あれ、言語理解の技能バグったかな……無理やり翻訳した英語みたいに聞こえる」

「答えて!」

「……まあ、うん。何度も話そうと思ったんだけども」

「うわぁぁあああんっ、こんな、こんなことってぇえええええっ」

 

 め、めちゃくちゃ号泣してる。

 

 なんでこういうのって最悪のタイミングでバレるんだろうな。いや悪いことしたわけじゃないけど、それでも申し訳ない。

 

「うぐっ、えぐっ。た、たとえ知ってても、絶対好きになってたけど……でも、あんまりよぉ」

「ふうん? そういうことなのね」

「え、ラナさん?」

 

 泣きじゃくってるエミリーに何かを納得したラナは、スッとサングラスを外す。

 

 そうすると完全に俺の膝から降りて、エミリーの肩に手を置いた。

 

「エミリーちゃん、で良かったわよね? ちょっとお姉さんのお話聞いてくれる?」

「な、なによぉ。釘を刺そうっていうの?」

「そうじゃないわ。ただ一つだけ聞きたいの。コウくんのことが好きなのね? 男の人として」

「……そうよ。好きよ。大好きになっちゃったわよ! ごめんなさい! ふぇえええんっ」

「ああっ、悪化した!」

 

 一体何をしたいのだと恋人を見ればウィンクが返ってきて、次の瞬間、驚くべきことが起こった。

 

 なんとラナがぎゅっとエミリーを抱きしめたのだ。

 

「よし! じゃあこうくんのお嫁さんになっちゃいましょう!」

「…………ほえ?」

「あのー。ラナさん? 一体何を仰ってるんで?」

「え? だからエミリーちゃんをゲットね!って話なんだけど」

 

 不思議そうに首をかしげるラナ。顔を引きつらせる俺。キョトンとするエミリー。

 

 ちょっとだけ流れていたもの哀しい失恋ムードがどっか吹っ飛んだ。俺はこめかみをグリグリする。

 

「……どうしてそういう結論になったのか聞いてもいいか?」

「だってエミリーちゃん、健気で可愛いし、仲良くできそうだもの。それにこうくん、いずれウチの一族の長になるでしょ? 後継ぎのことを考えたら、お嫁さんは最低7人くらいいなくっちゃ」

「あ、あとつっ!?」

「いやいやいやっ、前提がおかしいっ。俺、ラナ以外と結婚するつもりはないんだけど!?」

 

 いろんなものを打ち砕かれた気分だ。ラナと二人でおしどり夫婦とか言われるの夢見てたのに!

 

「こうくん。お嫁さんの多さは甲斐性の現れでもあるわ。転じてそれはカリスマにもなる。首領やボスにいつまでも必要とされるためには、強い長による一族の統率と繁栄が必須なのよ」

「ぐぅっ、既に俺がハウリアの長になることが決定路線になってるっ。そして地味に正論だっ」

「そ、そそそそんんなのダメよ! 不純だわ! やっぱり夫婦っていうのは、互いに最高のパートナーになれる二人だけが……!」

「あら。じゃあ諦めなさい。もし一人だけだと言うのならばそれは私以外にありえないもの」

「っ、そ、そんなのずるいじゃない! よりによって諦めるなんて……!」

「うふふ。本当に可愛いわねぇ」

 

 

 そうしてしばらく、俺達三人の馬鹿騒ぎが続くのだった。

 

 







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【娘ーズ アフターストーリー】
娘のチョコに勝るものはない


お久しぶりです。

今回はバレンタイン話です。

いつものごとく長いですが、楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

 2月14日。

 

 

 

 

 

 年若き男ならば、多くが心を期待に膨らませ、あるいは悲しみを背負う一日。

 

 あるいはそれとは逆に、想いを伝えるべく奮闘する女達の戦いの日でもある。

 

 この小学校においても、例外ではなかった。

 

 朝礼前の時間。とある教室の中には、どこか浮足だった雰囲気が満ちている。

 

 思春期真っ盛りの小学生男児達が、各々普段通りを装いながらもソワソワとしていた。

 

 中には特定の女子をチラ見している者もいる。実に微笑ましいことだ。

 

 女子達もまた、同様に落ち着かない素振りである。

 

 偶に男子と目が合い、サッと互いに逸らすなどというラブコメを展開している少女もいたりする。羨ま恨めしい。

 

 緊張と期待が入り混じり、不思議な雰囲気を取り巻く空間。

 

 その理由は、実を言うともう一つあった。

 

 

 

「おっはよ──!」

 

 

 

 扉を開く音を伴い、明るげな声が教室に響いた。

 

 誰もがそちらを振り向く。その顔には待っていた! と言わんばかりの輝きがあった。

 

 男女どちらともの視線を集めた少女──リベルは、ニカッと白い歯を見せて笑う。

 

「みんな、ハッピーバレンタイン! 男の子も女の子も、嬉し恥ずかしな日だね! ということで、私からみんなにチョコのプレゼントだよ!」

 

 高らかに掲げられた彼女の手にぶら下がった紙袋を見て、わっと皆が集まった。

 

 まるで甘い蜜に吸い寄せられるが如く寄ってきた友人達に、リベルは袋から一人ずつチョコを手渡していく。

 

「はい、これはサキちゃんに。こっちはマコトくんね。あ、これはユウちゃん! 丹精込めて作ったから、味わってくれると嬉しいな!」

 

 ボール型のチョコが数粒入った、丁寧に包装されたチョコレート。それも全員へ個別のメッセージカード付き。

 

 そんなものを、この世ならざるほどの美少女から貰えば、どうなるかは想像に難くない。

 

 女子は黄色い声を上げ、男子は思春期特有のツンとした態度を装いながらもデレッとした目になる。

 

 そんな狂乱は、リベルが最後の一人にチョコを渡すまで続いた。

 

 彼女は空っぽになった紙袋を折り畳み、ランドセルと一緒に机に置く。

 

 しかし、その腕にはまだいくつかの紙袋が備わっていた。

 

「それじゃ、他のクラスのお友達や先生のところにも行ってくるね! みんな、良い一日を!」

 

 人好きのする笑みを残し、彼女は颯爽と教室から出ていくのだった。

 

 

 

 

 教室にはまだ、その余韻が残っている。

 

 先刻までとは違う意味で浮かれた雰囲気に浸った教室は、チョコを見て溜息を吐く声が続出していた。

 

「リベルちゃん、本当に素敵だよね……」

「だよね。お勉強もスポーツもできるし、明るくて気さくで……」

「なにより、とっても可愛い!」

 

 確かに! と女子の一グループで声が重なる。

 

「顔は天使みたいに可愛いし、肌は白くてきめ細やか……」

「緑がかった艶やかな黒い髪……すらりとした高身長にボンキュッボンな体つき……あれでかっこよく笑いかけられちゃったら……」

「もう、お姉様って呼びたくなっちゃうよね……」

 

 はぁ、と感嘆のため息が漏れた。

 

 するとそこへ、男子の一団が近づいていく。

 

 その先頭にいる、いかにも腕白といった風な少年が最初に会話を始めた少女を鼻で笑った。

 

「はん、ドッヂボールでリベルのボールも受け止められねえやつらにお姉様なんて呼ばれたって、嬉しかねえだろ」

「はあ? あんたらこそ、調理実習でリベルちゃんのお手伝いもできないガサツどもでしょうが」

「あんだと?」

「何よ、文句あんの?」

「「ぐぬぬぬぬ……」」

「まーたやってるよ、あの二人」

「ていうかユウちゃん、マコトくんに素直にチョコ渡すとか言ってなかったっけ?」

「マコト、まともに話しかけられないで意地はってやんのー」

「「う、うっさい!?」」

 

 ものの見事に話題の種となっているリベル。

 

 そんな反応をしている子ども達が現在、この小学校内に何十人といる。

 

 彼女は見事にクラスの……否、この小学校の王子的なポジションに収まっていた。

 

 文武両道眉目秀麗、並の男子より頼りになって、同時に高い女子力を兼ね備えている。

 

 教師からの評判も高く、それでいて気取るところはなくて、男女分け隔てなく楽しげに接してくれる。

 

 父の影響で他人の心を惹きつける手練手管に通じているのだから、当然の結果とも言えた。

 

 これで他学年や学区にまで範囲を広げれば、幼き信奉者の数は計り知れない。

 

「でもさ、やっぱりリベルちゃんが一番輝いてるのって……」

「〝姫〟といる時だよねー」

 

 

 

 

 様々な会話が飛び交う教室から、少し離れた場所。

 

 朝礼前という短い時間の中、重力魔法で体重を軽く、体に加速をかけて教室という教室を巡ったリベル。

 

 彼女が最後に辿り着いたのは、自分のクラスの隣の教室であった。

 

「ふう……よし!」

 

 気合を入れるように一声。

 

 最後のお勤めと言わんばかりに、彼女は教室の扉を開いた。

 

 すぐに近くにいた女子生徒が気付き、リベルに近寄ってくる。

 

「リベルちゃん、どうしたの?」

「これ、クラスの子達に」

「わっ、チョコ? ありがとう、みんなに渡しておくね!」

「よろしくね。それと、ミュウはいるかな?」

「あ、それなら……」

「リベルちゃん!」

 

 その少女が答えを告げる前に、可愛らしい声がリベルを呼んだ。

 

 二人が振り向けば、窓際の席でクラスメイトに囲まれていた少女がぱぁっと笑う。

 

 眩い笑顔にうっ、と周りにいた子供達が胸を押さえる中、立ち上がった彼女はトテテッと走り出す。

 

 それなりの速度のまま、両手を広げてやってくるミュウに、リベルも手を広げる。

 

 ミュウが突進してきたところを、リベルはしっかりと受け止めて抱き合った。

 

「おはよなのっ、リベルちゃん!」

「ミュウ、おはよう! 今日もとっても可愛いね!」

「えへへ〜、ママが選んでくれたの〜」

 

 

(息をするような褒め文句、さすが王子……!)

 

 

 笑うミュウを微笑ましげに見つめるリベルに、紙袋を受け取った女子が隣で戦慄した。

 

 そんなことはつゆ知らず、リベルとミュウはキャッキャウフフと会話している。

 

 美少女二人が和気藹々としている様子に、クラス中が和んでいた。中には合掌している者もいる。

 

「それで、どうしたの? ミュウに何か用なの?」

「あ、そうだったそうだった。ミュウにあげるチョコ、ちょっと特別だからお昼に渡すねって言いにきたんだ」

「わぁ、ありがとうなの! とっても楽しみなの!」

 

 ザワッと周囲の空気が揺れた。

 

 すわっ王子が姫へプレゼントかっ、と囁き合う同級生達に、ミュウは不思議そうに首を傾げる。

 

 リベルはちょっと苦笑しながら、ミュウの背中に回していた腕を優しく解いた。

 

「そういうことだから、また後で!」

「うん! 頑張ってなの!」

「ミュウもね!」

 

 最後に軽く手を握り合い、リベルは教室から出ていく。

 

 その姿が見えなくなるまでミュウは手を振っており、花が舞っているような雰囲気だ。

 

 それに、またクラスメイトらが胸を押さえたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 時は経ち、昼休み。

 

 四限の終了を告げるチャイムが鳴り、子供達は一斉に解放されたように声を上げた。

 

 一旦それを収めた教師が終了の合図を取り、終わるや否や彼らはすぐに動き出す。

 

 教室を出ていく者や、クラスメイトと昼食を取りに集まる者、様々だ。

 

 そしていつも引っ張りだこになっているリベルはというと、今日は誰も声をかけにいかない。

 

 無論、朝の出来事が午前中のうちに伝播してきたからである。

 

 普段は遊びに誘う男子達も、女子の目線に牽制されて動けなくされていた。

 

「リベルちゃん、ミュウちゃんのところに行くんでしょ?」

「うん、だからごめんね、今日はみんなと食べれないや」

「ううん、気にしないで行ってきて!」

「ありがとっ」

 

 笑いかけられた少女が「はぅっ」と声を上げるのを横目に、リベルは席を立つ。

 

 ランドセルから弁当箱の入った巾着を引っ張り出し、あっという間に教室から出ていった。

 

 そのまま旋回して隣の教室の扉を開けると、道具を片付けているミュウを発見する。

 

「ミュウ!」

「あっ、リベルちゃん! ちょっと待ってなの!」

「うん!」

 

 ミュウはてきぱきと道具を片付けると、同じように巾着を片手に持ってやってきた。

 

「じゃあ、行くの」

「オッケー。場所は屋上でいい?」

「分かったの」

 

 手を取り合い、二人は小走りに屋上へと向かった。

 

「こら、あんまり早く走るんじゃないぞー」

「気をつけまーす!」

「気をつけますなのー!」

 

 お決まりの小言を教師からいただきつつ、あっという間に校内を駆け抜けていく。

 

 

 

 

 やがて見えてきた、金属製の扉を迷いなく押し開く。

 

 その先に広がる屋上には、まだ昼休みに入ってすぐの為か誰もいなかった。

 

「あっちが日当たりが良さそうなの」

「確かに!」

 

 一番暖かい場所に二人で腰掛け、周囲に誰もいないことを確認。

 

 気配を感じないことまで確かめてから、リベルは首のネックレスに指を触れた。

 

 彼女の前の虚空に、黒い穴が開く。ネックレスの機能の一つ、異空間である。

 

 そこに手を入れ、取り出したのはラッピングされた小さな箱。

 

「はい、ハッピーバレンタイン! いつもありがとね、ミュウ!」

「ありがとうなの!」

 

 差し出された小箱を受け取り、ミュウは膝の上に乗せる。

 

 それから、リベルのことを上目遣いに見てきた。

 

「開けてもいいの?」

「うん、もちろん! 可愛いミュウのために作ったんだから!」

「じゃあ、遠慮なく」

 

 ラッピングを解いていくミュウを、リベルはニコニコと見つめる。

 

 姉妹のように育った親友の可愛さにキュンとしつつ見守っていると、箱を開けたミュウは笑顔を浮かべた。

 

「可愛らしいケーキなの!」

「特製、ミニスウィートタワー。ユエお姉さん達をイメージして作ったよ。出来立てを渡したかったから、異空間に入れてきたんだ」

 

 中に入っていたのは、色とりどりのキャラメルでデコレートされた円柱形のチョコケーキ。

 

 それぞれがユエ達嫁〜ズの色をしており、天辺には陽光に反射してきらめく真紅の飴が乗っている。

 

「とっても綺麗! ありがとうリベルちゃん、大好き!」

「ふふっ、私も大好きだよー」

「そんなリベルちゃんには、これをあげるの」

 

 ミュウが手首につけたブレスレットを操作し、同じように何かを取り出した。

 

 父達からのプレゼントを有効活用している娘〜ズである。

 

 彼女がリベルに渡したのは、螺旋状のカップケーキ。どこぞのタワーを彷彿とさせるデザインだ。

 

「うわっ、すごいねこれ。手作り?」

「うん! 10種類のチョコをふんだんに使ったの!」

「もうっ、本当に大好きっ!」

「きゃ〜!」

 

 実に微笑ましい二人であった。ここに父親達がいれば膝から崩れ落ちただろう。

 

 

 

 

 それはともかく。

 

 ひとまず互いに受け取ったチョコを仕舞い、昼食に手をつける二人。

 

 のんびりと談笑をしつつ、誰もいない屋上での時間を楽しんだ。

 

「そういえばミュウ、例のものは?」

「滞りなく、なの! 今年もパパをびっくりさせるの!」

「あははっ、さっすが。私も仕上げのデコレーションには参加するからね」

「リベルちゃんはデザインセンスがいいから、頼りにするよ!」

 

 ふっふっふ、と怪しげに笑うリベルとミュウ。その顔には企みが浮かんでいた。

 

「菫さんや愁さんには?」

「お爺ちゃんとお婆ちゃんには、朝あげたの。狂喜乱舞してたの」

「目に浮かぶなぁ。まあ、私も母さん達、そうだったけどさ」

 

 それぞれの大本命は置いておき、まずはその両親にチョコをプレゼントした二人。

 

 南雲家では愁が文字通り飛び跳ねて喜び、諌める菫も頬が緩んでいた。

 

 一方で北野家でも、雫やルイネは顔をほころばせて抱きしめてくれたし、放課後に祖父母や叔母のところへ行くつもりだ。

 

「ユエお姉ちゃん達も喜んでくれたよ」

「ハジメおじさん、人数が多いから毎年かなり大変そうだよね」

「でも、シュウジおじさんもすごそうなの。密度的に」

「お母さん達だからねぇ……」

 

 娘のリベルですら、あの母二人がどういったアクションを起こしてくるのかわからない。

 

 なにせ情熱は太陽級、普通なわけがない。なんならユエ達の方が平和な可能性まである。

 

「ふふふ。でも、今年は私が勝たせてもらうよ」

「ユエお姉ちゃん達には負けないの!」

 

 

 

 

 

 決戦は夜。二人は密かに笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……マジで疲れた」

 

 会社のビルから出てきた男は、ネクタイを緩めながら呟く。

 

 鷹のように鋭い目は少し緩み、普段は不遜な顔つきには疲労が浮かんでいた。

 

 言わずもがな、邪神殺しの魔神ことハジメさんである。

 

「やっぱ、この時期はキッツいな……父さん達も死んでたし」

 

 時はバレンタインデー。日本中が比肩するものがないほど色めき立つ時期だ。

 

 それは商業的な好機をも意味しており、商業戦略の企画と実施に明け暮れる時期でもある。

 

 サウス・クラウド株式会社と銘打った企業を運営するハジメも、その例外ではない。

 

 おまけに、愁に社の運営するオンラインゲームのイベント実施に緊急要員として数日前から呼び出される始末。

 

 ようやくそれが終わり、数日ぶりに直に日を見たところである。

 

「力を取り戻せたことを、こういう時マジでありがたく思うよな……」

 

 化け物スペックがなければ、いかにハジメとて今頃他の社員と一緒に床で雑魚寝している所だ。

 

 そんな中でも頑張れたのは、先日愛娘から「今年のバレンタインも楽しみにしててなの!」と言われたから。

 

 疲れた体とは裏腹に、心は少しウキウキだった。

 

「さて、それじゃあ……ん?」

 

 帰るか、と踵を返したところで。

 

 社員用駐車場に停めていた自分の車を見て、少し眉根を寄せた。

 

 

 

 

 ある人物が、車のボンネットに軽く腰掛けている。

 

 上等そうな服に身を包み、顔は被った帽子に隠れて見えない。

 

「…………」

 

 ハジメは無言で、その人物に近づいていく。

 

 コツコツと、自分の存在を示すように靴の音を響かせて歩み寄っていった。

 

 やがて、目の前にやってくる。男はその姿勢でも、直立しているハジメより少し背が高かった。

 

「……よう、待ちくたびれたぜ」

「……お前」

「仕事は無事に終わったみたいだな。柄にもなく、顔に疲れが出てるぞ?」

 

 揶揄うように言いながら、男が頭を上げる。

 

 現れたのは、驚くほど整った顔。大人びたそこに浮かぶのはニヒルな笑み。

 

 それを見て、ハジメは──ふっと気が抜けたように破顔した。

 

「流石に多忙でな。参ったよ」

「エセ神ちゃまをぶっ倒した魔王様も、バレンタインブームには勝てないってか」

「言ってろ、アホ」

 

 軽く突き出した拳を、その男──シュウジは手のひらで受け止める。

 

 二人は楽しげに笑い合った。

 

「そんなお疲れのハジメさんだ。帰りの運転は任せな」

「その為にわざわざ来たのか?」

「おうよ、死んだ声で電話してるってミュウちゃん経由で聞いたからな」

「そうか。サンキューな」

「いやいや。これくらいお前にもらった恩に比べりゃ、なんでもないさ」

 

 言いながら車に乗り込み、ハジメから受け取ったキーを差し込んで魔力回路を開ける。

 

 シュウジの魔力が流し込まれ、魔力駆動四輪ブリーゼMr.2は渋いエンジン音を奏でた。

 

「それに、どうせ今夜はお姫様達に呼ばれてうちに集合だろ。なら、俺ちゃんが迎えにくるのが道理ってもんさ」

「今日はお前の軽口に甘えとくとするよ」

「ははっ、うちに着いたらもっと甘いもんが待ってるぜ」

 

 談笑しながら、駐車場を出て道路へとブリーゼを繰り出す。

 

 バレンタインデーの夕方だからか、そこそこ混んでいる道を北野家へ向けて緩やかに進んだ。

 

「で、今年はどうだった? ユエさん達から山盛りのチョコは貰えたかい?」

「ありがたいことにな。相変わらずユーモアに富んでたよ」

 

 缶詰状態になるのを察し、ユエ達が数日前に渡してきたチョコをハジメは思い返す。

 

 ユエ、ティオ、レミアの三人からは共同合作の、芸術品じみたチョコレートタワーを。

 

 シア、アルナからはスイートとビターなチョコの詰め合わせを渡された。

 

 香織と美空はスタンダートなハート型チョコだが、それぞれ中に愛情を綴ったメッセージの入った一品を。

 

 それを聞いたシュウジは、カラカラと笑う。

 

「相変わらずの溺愛っぷりだねえ。文字通り愛の坩堝ってか?」

「同じかそれ以上の愛情で返してるんだから、一方的じゃねえよ……そう言うお前はどうなんだ?」

「朝起きて早々、エボルトにクソ激マズチョコレートコーヒーを飲まされそうになった話でもするか?」

「本当に変わらねえなお前ら」

 

 なお、件のエボルトは家の地下にハムの如く吊るしているので今はいない。厳罰である。

 

「ま、〝表の仕事〟の方で色々お誘いもあったんだけどね。ハジメを送迎するっていう重大な任務には代えられなかったよ」

「無駄に容姿はいいもんな、お前。無駄に」

「二回も言うなんて、ハジメちゃんったらヒドイ!」

 

 妙に作った裏声で言うシュウジに、ハジメは軽く笑う。

 

 そんな彼の目の前に、すっと何かが差し出された。

 

 

 

 

 正方形の、やけに凝った装飾をされた小箱。

 

 ハジメは不思議そうな顔でシュウジを見る。

 

「そんなモッテモテなハジメには、親友からの友チョコはもう要らないかな?」

 

 片手で運転しつつ、シュウジは横目で悪戯げに笑った。

 

 面食らっていたハジメは、少しの間その顔を見て……小さく、ため息をつくように笑う。

 

「……バーカ。いるに決まってんだろ」

「そりゃ良かった。おっと、気をつけな。中身はこの世でたったひとつの一品モノだからな」

「なら、今この場で食っちまうとするか」

「うわー、容赦ねー」

 

 ケラケラと笑うシュウジにつられて笑いつつ、ハジメはその箱を開ける。

 

 

 

 中に収まっていたのは、一発の弾丸。

 

 

 

 ……に見せかけた、金箔で表面を覆ったチョコレートである。

 

 意味深なそれを、しばらく感慨深げに眺めてからハジメは手に取る。

 

 そして、半分ほど口の中に含んで噛み砕いた。

 

「え、なんだこれ。めっちゃ美味え」

「愛子ちゃんの手も借りて、これでもかって改造した最高のカカオ豆から作ったからな」

「ほんと、凝り性なやつ」

「ハジメがそれを言うか?」

「ま、それもそうだな」

 

 口の中に広がる甘みに、ハジメは柔らかく微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 日がほとんど落ちかけた頃、二人は北野家に到着する。

 

 広大な車庫の一角に停車させ、車から降りる。

 

「先に行っててくれ。少しトランクの荷物を整理したい」

「はいよ。ほれ、鍵」

「ん」

 

 ハジメにキーを投げ渡し、シュウジは一足先に上の階へと上がった。

 

 邸宅に繋がる扉の前に着いたところで、ふと何かに気がついたような顔をする。

 

 少し嬉しそうに口元を緩めると、そっとドアノブを引いた。

 

「ただいま、雫」

 

 そこに待っていたのは、雫。

 

 彼女は、シュウジを見て愛おしそうに微笑む。それはどんな宝より勝るだろう。

 

 再会から数年が経ち、益々美しさと色気に磨きをかけているのも、理由の一つだろうか。

 

 そんなことを考えていると、ふと彼女は目を閉じ、少し顔を寄せてきた。

 

 意図を察して、シュウジは彼女にキスをする。

 

「ん……」

「んんっ?」

 

 が、軽いフレンチキスでは終わらなかった。

 

 シュウジをして気がつかない自然な動きで首に手を回し、更に自分の方へ引き寄せる。

 

 そうすると唇を割り、少々強引に口付けをしてきた。

 

 

 

 

 数秒、二人の逢瀬は続く。

 

 やがて、ゆっくりを離れて見つめ合う二人。

 

 シュウジは自分の目をじっと見つめてくる雫の瞳に見とれながら、口の中で舌を動かした。

 

 しばらく何かを咀嚼するように動かして、飲み込むと満足げに笑う。

 

「まさか、こういう形でのサプライズとはね。我が女神様はいつだって大胆だ」

「甘かったでしょう?」

「とびきり、な」

 

 舌に残るチョコレートの甘さに、シュウジは少し照れ臭そうに返した。

 

 企みが大成功した雫は嬉しそうに笑って、シュウジの額に自分の額を合わせる。

 

「ね。普通に、もう一回して?」

「お前が望むなら、何回でも」

「できれば、それは後で二人きりの時にしてくれ」

 

 後ろから聞こえた声で、二人は振り返る。

 

 そこには、ニヤニヤとこれでもかというほど愉しそうに笑っているハジメさんがいた。

 

 シュウジは、彼と微笑んだままの雫を交互に見て、呆れたように笑う。

 

「おいおい、まさか全部仕込みか?」

「お前が俺を迎えに来るだろう事まで、な。俺からのバレンタインチョコだと思え」

「甘すぎて胸焼けしそうだよ、親友」

 

 差し出された手に、ハジメはがっしりと握り返した。

 

 サプライズも無事に終わったところで、三人は邸宅の中へと移動する。

 

「いくつか、あなた宛に届いているわよ。ユエさん達からのものに、鈴から。それと英子さんに、愛ちゃん先生もね。冷蔵庫に入れておいたわ」

「俺ちゃんもなかなか人気者だねぇ」

「ありがたく受け取れよ。なにせ、あいつらからの親愛を込めたチョコなんだから」

「ひとつひとつ、大事にいただくとするよ」

 

 明日の朝は本当に胸焼けでキツそうだ、と呟くシュウジである。

 

「あっちは無事に渡せたのかね? ここで作ったんだろ?」

「三人とも力作を作っていったわよ。まあその、英子さんがだいぶ力を入れすぎていたけど……」

「へえ、というと?」

「それがね……」

 

 雫曰く、英子は完成したチョコにこれでもかとアッチ系の呪術を詰め込んでいたらしい。

 

 決して本人には口で言わない、光輝へのメガトン級な愛情が感じられた一品だったとか。

 

「目が言ってたわ。〝貪る〟って……」

「哀れ天之河……数日は筋肉痛で寝込むだろうな……」

「はっ、仲の良いこって」

 

 悪態をつくシュウジに、ハジメと雫はくすりと笑った。

 

 それから愛子の恋愛事情について雑談などしているうちに、リビングの前へやってきた。

 

「二人はもういるのか?」

「今か今かと待ち構えてるわよ」

「よしハジメ、とびきり驚く準備をしようぜ」

「とっくにできてるよ。お前は?」

「おいおい、俺にリアクションの心配をするってのか?」

「ま、そうだな」

 

 待ち構えているだろう愛娘達へ心構えをしながら、シュウジがドアを開く。

 

 

 

 

 その瞬間、狙いすましたように乾いた音が響いた。

 

 驚いた顔をしてみせる二人に、クラッカーを持っていたリベルとミュウが笑いかける。

 

「パパ、シュウジおじさん、おかえりなの!」

「そしてハッピーバレンタイン! 私達から感謝の気持ちと愛情を込めて、これをプレゼント!」

 

 そう言って二人が視線を促したのは、テーブルの上。

 

 バレンタインらしい飾り付けをされた、広々としたリビングの中央に鎮座していたのは──

 

「ケーキ、か」

「おお、こいつは美味そうだねぇ」

 

 ホールサイズの、綺麗にデコレートされたチョコレートケーキ。

 

 細部まで拘った見た目は、プロの職人もかくやという素晴らしい出来だ。

 

 本当に店に並んでいてもおかしくない完成度だが……おや、と二人は内心不思議に思った。

 

 というのも、前回まで二人が作ってくれていたのは色々な意味でスケールが大きかった。

 

 去年のものなど、ウェディングケーキもかくやというサイズで、二人は一瞬顔を引き攣らせた程だ。

 

 無論、愛娘の作ったものである。二人で完食し、無事に轟沈したのだが、それに比べると普通だった。

 

「去年までと比べると、コンパクトだな」

「その分愛情が詰まってるんだろ。ハジメ、これはじっくり味わったほうがいいぜ」

「そうだな」

 

 そんなことを口にした二人にミュウとリベルが気まずそうな顔をした。

 

 雫もなんだか曖昧な笑いを浮かべていて、シュウジ達は不思議そうに首を傾げる。

 

 

 

「それは本来のチョコではないのだよ」

 

 

 

 答えたのは、キッチンの方から届いた声である。

 

 そちらに目線が集まると、現れたのはルイネ。

 

 濃緑のニットに白のフレアスカート、普段は纏め上げている髪を下ろした、ラフな格好である。

 

 普段、テレビや自家に会う時もスーツ姿を見ることが多いハジメは少し新鮮に感じる。

 

「ルイネ、ただいま。本来のものじゃないって、そりゃどういうことだ?」

「お帰りなさい、シュウジ。実は、一週間以上前から二人は別のチョコを製作していたのだ。この前、ハジメ殿のご両親主導で行ったデ◯ズニー◯ンドの城を再現しようとしてな」

「また随分と大掛かりな……」

 

 あれをチョコで作ろうというのなら、それこそ職人レベルの技術が必要だろう。

 

 数年の料理体験を経てスキルが身に付いてきたとはいえ、二人がかりでも相当に手間がかかったはずだ。

 

 それを贈って思い出話をしようとした、と聞いて感心している二人に、おずおずと娘達が歩み寄る。

 

「あのね、あのね。途中まではうまくいってたの。パーツごとに作って、組み上げて、リベルちゃんが飾り付けたの」

「リベルはそういうデザインが得意だもんなぁ」

「それで?」

 

 優しく聞くシュウジに、リベルは申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「でも、あんまりにも大きくなりすぎて。かといって削り落とす時間もなかったから、私が……その…………」

「その?」

「………………重力魔法で、加重をかけて圧縮しようとしました」

 

 恥ずかしいっ、と言わんばかりに顔を手で覆うリベルに、シュウジ達の顔が引き攣る。

 

 神代魔法の無駄に高等な、日常での無駄な活用……脳裏に某吸血姫の顔が浮かぶ。

 

 不自然にならない程度にはシュウジも使うのを許しているのだが、どうやらそれが不幸を呼び込んだようだ。

 

「それで……圧縮の加減を間違えて…………」

「パンッ、って弾けたの。汚ねぇ花火だったの」

 

 やっちゃったらしい。リベルの耳が赤く染まる。

 

 揃って雫達を見ると、やや苦笑いをした。片付けにはかなり手間取ったようだ。

 

「それで、台無しになっちゃって……残った材料じゃ、これくらいしか作れなくて……」

「でもシュウジおじさん、リベルちゃんを怒らないであげて! 最初に提案したのはミュウなの! 半分責任があるの!」

 

 不可抗力なのっ、とリベルを守るように抱きしめるミュウ。

 

 普段とは逆の様相を見せる二人の愛娘に、しばらくハジメとシュウジは顔を見合わせた。

 

「…………くっ、くくくっ」

「ぷっ、はははっ、はははははっ」

「みゅ? パパ?」

「…………?」

 

 不意に笑い出した父達に、リベルとミュウは不思議そうにする。

 

 必死に込み上げてくる笑いを噛み殺していた二人は、しばらくの間含み笑いをしていた。

 

 やがて、それが収まると、それぞれ娘の頭に優しく手を置く。

 

「まっ、仕方がねえさ。子供は失敗してなんぼ、空回りしてるくらいが可愛いってもんだ」

「そうだ。俺達がガキの頃なんて、もっとアホなことしでかして美空に雷落とされてたからな。これくらい、軽いもんだ」

「……怒ってないの?」

「まさかまさか。悪いことしたってんなら、その正当性を問いただした上で、もっと上手くやる方法を教えてやるけどな」

「そこは叱れよ」

 

 ポコ、と軽く叩かれ、「いて」と頭を傾けるシュウジ。

 

 怒っていないと分かったリベル達は、コミカルなやりとりにくすりと笑った。

 

「そんなことより、怪我はなかったか?」

「うん。ママが見守っててくれたから、どこも怪我してないよ」

「ミュウは大丈夫か?」

「平気なの。ルイネお姉ちゃん、糸捌きがすごかったの」

「ならよかった。それに、余ったもので一生懸命あのケーキを作ってくれたんだろ? なら、十分ってもんだ」

「こいつの言う通りだ。娘からのバレンタインチョコがないなんて大惨事を回避できただけ、幸運だよ」

 

 優しく、温かな、頭を撫でる手の感触。

 

 ふにゃりと顔を緩ませた二人にシュウジ達は微笑み、そのまま抱え上げる。

 

「さっ、そうと決まれば早速いただこうじゃないか! めいいっぱい食べちゃうぞー!」

「おいコラ、ミュウも一緒に作ったんだから半分は俺のだからな」

「ふふっ! 本気のものほどじゃないけど、とびきり美味しいよ!」

「みんなで食べるのー!」

「こらこら、その前にお夕食よ。チョコレートはその後ね。手を洗ってらっしゃいな」

 

 雫の言葉にはーい、とキッチンに向かっていく一向。

 

 シュウジもハジメとミュウに続こうとして、不意に袖を引かれる。

 

 そちらに顔を向けると、ルイネが袖口を人差し指と親指で摘んでいた。

 

「ルイネ?」

「……後で、私からも贈り物がある」

「後で、ね……」

 

 ほんのりと赤く染まったルイネの頬に、シュウジは言わんとところを察する。

 

 左隣にいる雫を見れば、彼女は何も言わずに可憐なウインクをしてみせた。

 

「一番乗りは、彼女に譲ったので……な」

「……なるほど。それは、楽しみにしなくちゃな」

「パパったら、やーらしー」

「お、言ったなー?」

「きゃははっ!」

 

 シュウジに頬ずりをされ、リベルは楽しげにコロコロと笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、これは余談だが。

 

 雫とルイネ手製の豪華な夕食もチョコレートケーキも食べ終え、ハジメ達が帰宅した後。

 

 寝室にて、扇状的なネグリジェを纏い、チョコのティアラを被ったルイネがシュウジを待っていた。

 

 それからどうなったかは……バレンタインらしく、情熱的だったと言っておこう。

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。

ハッピーバレンタイン。


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