転生者達のせいで原作が完全崩壊した世界で (tiwaz8312)
しおりを挟む

北欧の悪神

転生者のやらかし其の一


 北欧の悪神は、ただ見ていた。

 この世の全ての人類の人生と言う名の旅路を。

 切っ掛けは、一人の取るに足らない人間の戯言だった。それこそ何処にでも転がっている何の才能もない、平々凡々な人間の身の程知らずな愚かな戯言。

「貴方様は旅人を見守る神。ならば、自分の人生と言う旅を見守って欲しい」

 それを聞いた悪神は、愚か者の戯言を嘲笑いながら、「ならば、その取るに足りない生で私を楽しませて魅せろ。そうすれば、お前の人生と言う旅路を見守ってやろう」そう言うと、愚か者に様々な不幸を苦難を与え、苦しみ絶望する様を嘲笑い見続けた。

 そして、十分に楽しんだ悪神は、最後の恨み言ぐらいは聞いてやろうと、死する間際の愚か者の前に降り立つ。

「ああ、**様。願いを聞き届けて下さったのですね。私の人生は辛く苦しいモノだった。ですが、幸せも確かに有りました。その上、貴方様に看取って頂けるなんて、私以上に幸せな人生を送った者は居ないでしょう」

 それは、純粋な感謝と信仰。

 だからこそ、悪神はそれを否定した。自分がその不幸と苦難を絶望を与えたのだと。自分が楽しむソレだけの為に、お前の人生を滅茶苦茶にしたのだと。

 それでも、愚か者は感謝の言葉と気持ちを、悪神に返した。

「確かに、私の人生は苦難と絶望の連続でした。ですが、無駄ではなかった。無価値でもなかった。辛く苦しい事ばかりだったけど、英雄と呼ばれる存在になれた! かつての生と違い、意味が有ったんだ! 誰かに喜ばれ尊敬される人生だった!」

 確かに愚か者は幸せな時期もあった。そうでなければ絶望が苦しみが色褪せてしまうから。

 英雄と呼ばれるに相応しい偉業も確かに成し遂げた。しかし、それは悪神が用意した絶望・困難を、運よく乗り越えた結果に過ぎない。

 悪神には理解出来なかった。辛く苦しい事ばかりの人生を有り難がる愚か者が。

 極僅かな幸せと圧倒的な不幸。それなのに心からの感謝と信仰を捧げられる愚か者が、ほんの僅かにも理解できなかった。

 だからこそ、悪神はその真意を知る為に、他の人間の人生を見守った。

 辛く苦しい事ばかりの人生を看取った。

 人で云う吐き気を催す邪悪を看取った。

 幸福に溢れる旅路を看取った。

 他者に惜しまれ悔やまれる者を看取った。

 誰にも認知されず、ひっそりと旅路を終えた者を看取った。

 希望や喜びなど無く、苦しみと絶望だけの旅路を看取った。

 ありとあらゆる旅路を見続けた。

 そして、「お前の人生と旅路を見ていたぞ」と告げると感謝と信仰を捧げられた。

「見守ってくださり、有難うございます」

「ああ、私の人生は無価値でも無意味でも無かった」

「神よ。有難うございます」

「最低最悪の人生だった。でも、最後の最後で――ほんの少しの救いがあったなんて」

 誰もが、加護も祝福を与えずに、見ていただけの神に感謝と信仰を捧げた。

 だからこそ、悪神は理解した。幾百・幾千・幾万の旅路を見守り看取って、漸く理解できた。

 人は、神の加護や慈悲など必要としていないと、人に必要なのは、自分の旅路をただ見守るだけの存在なのだと。

 己の旅路が、どれだけ無価値で無意味でも、絶望と困難に満ちたモノだとしても、幸せなんて無くて不幸で不遇なモノだとしても、その旅路を見守り最後を看取る存在さえ在れば、人は勝手に自らを救われたと思い込む愚か者なのだと。

 そう理解した悪神は見守り続けた。

 見守るだけで、加護も祝福も与えずに、ただその旅路を見守り看取り続けた。

 

 そう"悪魔の駒"という不条理でふざけたものが誕生するまで、悪神は人の旅路を見守り愛し続けた。

 

 

 部下の報告書を読み終わると同時に、悪神はその報告書を握り潰した。

 近年、悪魔の駒で悪魔に転生する人間が増えたと云う報告書だった。

 人と人の旅路の交差した結果、旅路が終わったなら納得できた。それもまた人の旅路なのだと。

 自然災害ならば理解できた。それもまた旅路の終わりなのだと。

 人と人外の両者が納得の上なら仕方ないと思えた、それもまた旅路の終わりなのだから。

 しかし――理不尽に力ずくで無理やり、人外にされたならば……人としての旅路を終わらせたならば、これ程許しがたい事はない。

 人間の人生と言う名の旅路は、人外の一方的な理屈によって歪められて良いほど、軽くもなければ、粗末なモノではないのだから。

「ああ、人の子らよ、旅人逹よ。我が子らよ」

 悪神と呼ばれ、旅人の守護神と呼ばれた神は、神でありながら祈り願う。

「どうか、願ってくれ! 祈ってくれ!」

 結果的に終末の日(ラグナロク)を起こす事になったとしても、この身が完全に滅んだとしても、どうか自分に祈り願って欲しい。

「人に仇なす人外凡てを滅ぼせと!!」

 神々が好き勝手やりたい放題できた神代の時代が、「親が何時までもでしゃばるな」と、英雄王を始めとした人間逹の手によって終わってしまったが故に、北欧の悪神にして旅人を見守る神は、神でありながら人間に対して祈り願い乞う「どうか神様。私を助けてください」と、ただその一言、神に対する人間の許可を得るために。

 北欧の悪神にして空を旅する神"ロキ"は、人間に対して、祈り。願い。乞い続ける。

 




転生者がやらかし、色々考えすぎて脛らせたロキ様て良くない?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愚かな男

大体、此奴のせい


 男には前世と言われる記憶があった。と言っても誰かに誇れるような人生では無かった。はっきり言ってしまえはクズとしか言い様のない人生だった。

 五十を過ぎても絶対に働かず、たった一回もバイトをした事すらない。之と言った挫折をした訳でも、働けない理由が有った訳でもなく。ダラダラと楽をやりたい事だけをやり、したくない事は何があろうと絶対にやらない。そんな正真正銘のグズだった。

 年老いた両親の脛を齧り貪る過去の自分に会えたなら、男は殴り飛ばし怒鳴り散らすだろう。ともすればそのまま殴り殺すかもしれない。そうすれば嘗ての父親が子殺しなんて大罪を犯さずに済むのだから。

 そんな考えに至れたのは、男が二度目の生を得た処が、嘗て生きた時代より遥か昔――神秘が満ちる神代の時代。そして何よりも、明日の生活より今日の生活に悩まさせられる程に貧しかったからだ。

 今日を辛うじて生きられても、明日に僅かな希望が有るとは思えない程に貧しい村。

 必死に柵を作り、大地を耕し水を撒き、苦労に苦労を重ねて、漸く何とか芽吹いた作物が、次の日には獣に食い荒らされている。恵みを求め、山に入れば獣や魔獣に食い殺される。

 そんな、人が生きて行くには、過酷すぎる場所に存在する村。

 そんな村に男は転生した。神に会った訳でもなく、所謂転生チートも無かった。

 だが、男は腐らなかった。絶望しなかった。

 何故なら、それこそ赤ん坊の頃から見ていたから。

 父親が命懸けで集めた食べ物を、母親が食べて少しでも母乳が出るように――自分が元気に育つ様にしていた光景を。

 食べ物が食べられる様になったら、両親が食べる量を減らして、自分が飢えない様に、懸命に、命懸けで、育ててくれた事を知っていたからこそ、男は過去の自分と決別した。

  絶対に嘗てのグズにはならない。

 前世の両親にはもう謝る事すらできないが、今生の両親が誇ってくれる男になると誓った。父親が「お前は俺達の誇りだ」と、母親が「あなたを産んでよかった。産まれて来てくれてありがとう」そう言って貰える様な男に息子になると、不破の誓いをその胸に刻んだ。

 

 僅かな恵みと薪の為に出向いた直ぐ近くの林の中で、男は本当に偶々偶然に悪神ロキの祠を見つけた。そして、何となく、朧気な前世の漫画やゲームで、悪神ロキは旅人を見守る神だと云う事を思い出した男は、母親が「お腹がすいたら食べなさい」と無理やり渡してきた貴重な一切れのパンを半分に千切り、その祠に供え、神への礼儀を良く知らない男は、なんとなく片膝を地に着けて頭を垂れた。

 多少の無礼があったとしても、誠意を込めて祈り願えば、神様はきっと許してくれる。なんて甘い考えをしながら、悪神ロキに祈り願ってしまった。

「貴方様は旅人を見守る神。ならば、自分の人生と言う旅を見守って欲しい」

 これで戒めができた。自分が楽な方に逃げようとした時に、"神様が見ているんだ!"と、奮い立たせる理由ができたと安堵したその時、男は確かに聞いた。「ならば、その取るに足りない生で、私を楽しませて魅せろ。そうすれば、お前の人生と言う旅路を見守ってやろう」と言う言葉を。

 男は歓喜に打ち震えた。まさか、自分の願いが聞き届けられ、神に見届けて貰えるなんて。

 ややあって、男はどうすれば神を楽しませる事が出来るのだろうか? と気付き、必死に考えて出した答えは、"毎日捧げ物をして祈りを捧げよう"と云うものだった。

 それから男は、必死に懸命に生きた。両親に誇って貰える息子に成る為に、神が見守るに相応しい漢になる為に。

 

 月日が流れ、男が二十後半になった時には、村一番の狩人と呼ばれる存在になっていた。

 村の人達と知恵を出し合い試行錯誤の末、漫画で見た丈夫な柵を作り出した。

 何度も失敗を繰り返し、獣を追い返す罠を作り上げた。

 幾多も死に掛けながら、両親を心配させ泣かせながら、漫画やゲームで得た知識を現実に落とし込み擦り合わせ、村の周りを縄張りとする魔獣を狩り尽くした。

 男は幸せだった。こんなに幸せで良いのかと自問自答してしまうぐらいに幸せだった。

 父親に「お前は俺達夫婦の誇りだ」と言って貰えた。母親には「あなたのお陰で、村の生活が良くなったわ。生活に、少しだけ、余裕が出てきたの、ありがとうね」と、そう言って貰えた。

 こんな生活が、幸せが、これからも続いて行くと男は頑なに信じていた。

 

 ある日突然、死病が村を襲った。

 男の母親を含めた村人の半数がその死病に掛かり、このまま村と運命をともにするか、それとも、病人達ごと村を捨てるかの議論が起きる程の事態。

 誰かが言う。「村を大事な家族と友を見棄てられる訳がない」と、

 誰かが言う。「俺だって見棄てたくない! だけどこのままじゃ全滅だ! どうしようもないだろ!」と、

 喧々囂々とする村長の家の中で、男は発言する事無く黙って目を瞑って、考え込んでいた。

 ドルイドの神官が言っていた霊草さえあれば、皆が村が助かる。幸運にも霊草が自生している山は村の近く。しかし、その山は魔獣犇めく魔境。ただの人が踏み入ったら最後――生きては帰れない。運よく霊草が自生している山頂に辿り着いたとしても、そこを住処にしている雷を操る蒼い魔狼を何とかしなくてはいけない。

「俺が霊草を取ってくる」

 男はそう言い放つと、父親と周りの制止を振り切り、愛用の弓と鉈を身に着け、山へと向かった。

 一日掛けて山に辿り着き、息を殺しながら、犇めく魔獣を、必死に、懸命に、気配を殺し、姿を隠し、やり過ごす。

 ついに山頂に辿り着いた男は、山の魔境の主たる――雷を操る巨大な蒼い魔狼と対峙する。

 矢を射掛けては逃げ、姿を隠し、隙を見ては矢を射る。矢が尽きたなら、鉈で一撃を入れ、すぐさま逃げる。

 そんな戦いを繰り返し三日、男はズタボロになっていた。攻撃を喰らわないように必死に逃げ回っても、魔狼が放つ雷の残滓が男を焼いた。地面に叩き付けられた魔狼の前足が、地面を陥没させ、その衝撃で飛んできた拳大の土や石が、男の体を打ち付けたからだ。

 どんなにズタボロでも、男は蒼き魔狼を討ち取ったのだ。神の血を引かない英雄ならざる只の人の身で。

 痛む体に鞭を打ち、すぐさま飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、男は霊草を必要な分だけ集めると村に帰った。

 満身創痍の男に驚く村人を他所に、取って来た霊草をドルイドの神官に渡した男は、両親の待つ家に入った途端、ソレを察してしまった。居間で泣く父親を無視し、寝室に押し入りベッドで眠る母親を見た瞬間に、崩れ落ちた。

 結局、男は間に合わなかったのだ。

 

 父親から聞いた母親の遺言。

「産まれて来てくれて、立派に育ってくれて、本当にありがとう」

 その言葉を胸に、男は生きた。

 両親に恥じない息子で在る様に、見守ってくれている神に胸を張れる様に、男は曲がらず折れず生き続けた。

 そして男が三十前半に差し掛かる頃、三日離れた隣村から男を頼って一人の男性がやって来た。

「どうか、俺達の村を助けてくれ」

 そう言いながら必死に頭を下げる男性に、男は何も言えなかった。

 片道三日。往復で六日。しかも、相手は神をも食い殺すと云われる巨大な蛇の魔獣。どう考えても、一日で如何こうできる相手ではない。嘗て討ち取った雷の魔狼の様に、三日三晩戦い続ける事に為るだろう。全部合わせれば十日近くになってしまう。十日も村を離れる事が決断できない理由だった。

 隣村の様に、何時この村が巨大な魔獣の襲撃を受けるのか分からないのだ。それを知りながら、男は十日も村を離れる事はしたくなかった。しかし、自分を頼って来た男性を隣村を見殺しにはしたくない。そんな考えが男の決断を長引かせる。

 そんな男の背を押したのは、年老いた父親だった。「行ってあげなさい。村の事なら心配しなくていい、若い者も頼りになるし、私もまだまだ現役のつもりだ。だから安心して行って、生きて帰ってきなさい」その言葉に、男は決断し、隣村に旅立つ。

 

 三日三晩どころか十日に及ぶ大蛇の狩猟に成功した男は、隣村の感謝の言葉を背に、生まれ育った村に凱旋した。

 そして、男が見たものは嘗て故郷だった廃墟。

 男は、血相を変えてボロボロの体に鞭を打ち、生存者を――せめて誰かの遺体だけでもと、必死に探し回ったが、誰一人見つからず崩れ落ちそうになる。

「ああ、そうだ。殺さなきゃ……村を、こんな風にした魔獣を、狩らなきゃ」

 

 男は手始めに、廃墟となった村の近くに居た巨大な魔猪を狩った。次に狩ったのは、巨大なムカデだった。その次は巨大な猫。その次は亜竜。その次は……その次は……

 それは、ただの八つ当たりだった。

 村を、大切な家族を、友人達を、小さい頃から自分を見守ってくれた村人達、小さい頃から面倒を見てた子供達、それらを守れなかった男の八つ当たり。

 魔獣。ただそれだけで男は殺した。人に会わないようにひっそりと生きる魔獣を殺した。人と共に生きようとした魔獣を殺した。

 そんな旅路でも、男はまた幸せを手に入れられた。妻が子ができたのだ。しかし、男は止まらなかった。止まる事ができなかった。

 止まれる時に止まれなかった、幸せを捨てた男は――八つ当たりの旅路の果てに、ついに力尽き大地に倒れていた。

 ただ一人、孤独に死ぬ。男はそんな死に方が、どうしようもなく愚かな自分には似合っていると苦笑する。

 今にも死ぬ男の隣に気配を感じた。見えなくとも、男はそれが誰なのか理解できた。あの日から今日まで欠かさずに祈りを捧げた相手。

「ああ、ロキ様。願いを聞き届けて下さったのですね。私の人生は辛く苦しいモノだった。ですが幸せも確かに有りました。その上、貴方様に看取って頂けるなんて、私以上に幸せな人生を送った者は居ないでしょう」

 これが最後なのだからと、男は可能な限りの感謝と祈りを神に捧げる。

「愚か者め。お前の絶望は困難は全て、私が用意したものだ。お前の母の死も父や故郷の破滅も全て、私がおこなったものだ」

 嘲笑いながら告げられた言葉を、男は間違い無く真実なのだろうと理解した。なにせ相手は旅人の神であると同時に悪神なのだから、それでも、男は怒りが憎しみが湧いてこなかった。

「確かに、私の人生は苦難と絶望の連続でした。ですが、無駄ではなかった。無価値でもなかった。辛く苦しい事ばかりだったけど、英雄と呼ばれる存在になれた! 嘗ての生と違い、意味が有ったんだ! 誰かに喜ばれ尊敬される人生だった!」

 それは、男の嘘偽りの無い本音。

 嘗てと違い、絶望と苦しみの多い人生だった。でも、確かに幸せがあった。

 確かに、誰かに喜ばれ尊敬される事があった素晴らしい人生だった。

 確かにナニかを残せた旅路だった。

 何よりも、胸を張って――"俺は一生懸命生きた"と断言できる旅路だった。

「ロキ様! 俺が敬愛する最高の神様! ありがとうございました!!」

 ありったけの感謝と、精一杯の信仰と、これ以上は無い喜びを、言葉に乗せて、男は叫び、息を引き取った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目が死んでる少女と教皇の苦悩

勘違いチート系転生者のやらかし


 ギリシャの何処かに在る聖域(サンクチュアリ)と呼ばれ、地上の守護者と謳われる聖闘士(セイント)達が集い――地上を滅ぼさんとする邪悪との闘い"聖戦"に備え修練を積む地の最奥にある、一騎当千の称号が相応しい強さを誇る黄金聖闘士(ゴールドセイント)達が守る黄金十二宮を抜け、その奥にある当代最強であり優れた人格者の聖闘士が鎮座する教皇の間のさらに奥に存在するアテナ神殿。

 そのアテナ神殿の質素ながらに贅の限りを凝らした広間で、十歳前後の少女を複数の侍女が甲斐甲斐しく世話をしていた。

 足が全く届かない大きな椅子にチョコンと少女が座り、その前の巨大でどうやって真ん中のモノ取るの? と言いたくなる様な広大な木造テーブルの上には、所狭しと並べられた細かい装飾が施された大皿に瑞々しく美しい果物や芸術品? え? これ食べられるお菓子なの? そもそもどうやって食べればいいの? と思わず言いたくなる美しすぎて豪華すぎる菓子が芸術品が如く盛り付けられている。

 それらの果物や菓子を前に、少女は全く手を動かしていない。何故ならば、周りに侍ている侍女達が、「さぁ、どうかお食べください」「此方の菓子は一流のパティシエが腕を奮った菓子です。お口に合うと思います」「此方の果物はいかがでしょうか? 瑞々しく甘いですよ」「喉が渇きませんか? このジュースはそれはそれは甘く飲みやすく、気に入って頂けると自負しています」と、次々に少女の口に運んでいるからだ。

 

 その少女の目は、一言で言うなら死んでいた――まるで死んだ魚のように濁り、乱暴され凌辱され尽した女の様な光の無い、底が見えない程に暗い目。この世の全ての絶望を苦しみを、地獄が優しく思えるほどのモノをこの目で見てきたと云わんばかりの目だった。

 そんな少女が、一言も話さずに運ばれるがままに、それらを口に入れ噛み飲み込んでいく。

 その様が、側仕えの侍女達には堪らなく悲しかった。幼い少女が年齢相応の笑顔を浮かべる事が無く、笑みを浮かべても今にも消えてしまいそうな儚く小さな笑み。その目は濁り暗く光を映さない……それが悲しく辛い。それでも侍女達は可憐な笑みを浮かべ、甲斐甲斐しく少女の世話をする。

 それが仕事であり名誉な事だと云う以上に、何時かその目を覆う闇が晴れ、年相応の笑顔を少女が浮かべている光景が見たいと強く思い願って。

 

 カッンと言う微かな足音に反応した侍女逹は、手に持っていた食べ物や飲み物を即座にテーブルの上に戻し、それぞれがその身命を少女を守る盾とするその為だけに、厳しい修練の果てに身に付けた構えをとる。

 アテナ神殿は聖域の最奥。幾重にも厳重に護られた場所。しかし、少女の命を狙う侵入者が絶対に辿り着けない等と云う幻想を侍女逹は持っていなかった。

 現代のヘラクレスが、真正面から、自分達がどう足掻いても勝てない黄金聖闘士。そして、その黄金聖闘士が複数で挑み、漸く闘いになる。それ程の強さを誇り、女神ニケから授かった神聖衣(ゴッドクロス)を身に付けた教皇を叩き潰し捩じ伏せ、アテナ神殿に辿り着いた様に、かの大英雄と同等の力を持つ存在ならば辿り着けるのだから。

 無論、そんな正真正銘の化け物に勝てるなんて侍女逹は考えて居ない。要は時間を稼げば良いのだ。敬愛し自らの意思で仕えている少女が、無事に逃げ延びる事ができるだけの時間を自分逹の全てを使い捨て稼げば良い。それこそが、侍女逹の勝利なのだから。

 死の覚悟を決めた侍女逹の耳に、少女の小さく消え入りそうな「カノン」と言う呟きが届いた。

 その呟きを聞いた侍女達はすぐに戦闘態勢を解き、少女の許可を取らずに現れた美丈夫――現教皇カノンに厳しい視線を投げかける。

「教皇様。いかなる事情があれ、許しなくアテナ神殿を訪れるのは無礼が過ぎるのでは?」

 教皇はその言葉を投げかけてきた侍女長に視線を向ける。

「無礼は承知。だが、取り急ぎ、女神アテナの化身に報告しなければ成らないのだ」

 教皇のその発言に侍女達に緊張が走る。よもや、まさか、聖戦回避に失敗したのかと。

 

 自分の言葉で固まった侍女達をそのままに、教皇は、少女――女神アテナの化身の前に跪き頭を垂れる。

「女神アテナ。貴方の予言通り、日本。駒王町にて聖戦の気配があり、その芽を摘み取る事に成功しました」

 その言葉に、侍女達が緊張を解き安堵する気配が頭を垂れている教皇に伝わる。しかし、誰よりも安堵して欲しいアテナの化身からソレが伝わって来ない事に、床に着けている拳に僅かに力を籠め、報告を続ける。

「切っ掛けは、クレーリア・ベリアルと言う名の女悪魔でした。彼女は従兄妹であるディハウザー・ベリアルのとあるゴシップ話を払拭しようと行っていた調査結果、聖書陣営の冥界の決して表には出せない闇の多くを知ってしいまい。その結果、冥界側は彼女の恋人である教会の戦士・八重垣と共に殺害し、機密を守る予定だったようです」

 一旦言葉を区切り、異種族間の愛を理由に殺害しようとしていた事を口に仕掛けた教皇はそれを思い止まる。何故なら、ギリシャの歴史を紐解けば、神と人間の純愛・悲愛どころか魔獣と人間の大恋愛まであるのだから。恐らくそんな事を言っても、女神アテナとしての知識と権能と経験を持つ化身たる少女には、何が悪くて何故駄目なのか理解ができないだろうと判断したからだ。

「そして、彼女の持つ情報を多くの勢力が狙っていました。その多くが聖書陣営に恨みを持つ組織であり、それらの組織を示唆し動くように操ったのは――外なる邪悪な神々を信仰する教団」

 女神アテナの化身たる少女の気配が揺れたのを教皇は感じた。だがそれは仕方ない事なのだろう、何故なら、女神アテナが最も信じ愛した初代教皇の死の原因なのだから。

「恐らくですが、かの教団は彼女の持つ情報を巡った様々な勢力を争わせ、その混乱に乗じ、宿願である外なる邪神を顕現させるつもりだったのでしょう」

 そこまで話し、女神アテナの経験に引っ張られた少女が持ち直すのを教皇は静かに待つ。

「それで、かの教団の目論みは阻止出来たのですか?」

 年端の往かない少女が、地上の守護神足らんとする気丈な言葉と姿勢に、教皇の胸がジクジクとズグズグと痛むが、そんな態度は表に出さない様に己を律する。

「はい。フェニックスとペガサスの青銅聖闘士(ブロンズセイント)が見事に阻止し、アリエスとレオの黄金聖闘士が教団を壊滅させました。そして、クレーリア・ベリアルと八重垣の両名を聖域にて保護しています。此により、彼女の持つ情報を巡る争いは回避できます」

 報告すべき事を言い終えた教皇は口を閉ざし、女神アテナの化身と共に聞いていた侍女逹は安堵の溜め息を洩らす。

「そうですか......」

 恐らく、本当に聖戦が回避できたのか、未来を見通し確認しているアテナの化身の決断を、教皇は静かに待つ。

「教皇カノン。そして、聖戦回避に尽力した全ての闘士逹に、最大の感謝を」

 未来を見通す女神アテナの聖戦回避の宣言。

 そして何よりも、化身たる少女を傷つけないように伏せていた――聖域以外では、雑兵などと呼ばれている聖衣(クロス)を持てなかった闘士達の多くの死を労ってくれた事が教皇には堪らなく嬉しく。そして、聖戦回避の為に、誇りと矜持を持って散っていた闘士達の死を幼い少女に知られてしまった事に胸を痛めた。

 

 

 報告を終え、許し無く神殿を訪れた事を謝罪した教皇カノンは執務室に戻っていた。

 装飾が飾り気が一切無い質素極まりない執務室の中で、カノンは椅子に腰かけ、机に広げられている人名が書かれている複数の書類を、悲しげで、辛そうな、今にも泣きだしそうな表情で、一つ一つ丁寧に丁重に目を通していた。

 そこに記されている248名は、聖戦回避の為に必要な情報を集める為に、その身命を使い果たした誇り高き闘士達の名だった。

 本来なら、アテナの聖闘士最強の自分と黄金聖闘士全員で事に当たるべきだったのだ。そうすれば248名の闘士は死なずに済んだ。そうすれば、何も知らない民に被害はでなかった……しかし、それは出来なかった。どんなにそうしたくとも出来なかったのだ。

 地上の危機はいつ起こるか分からない。自分や黄金聖闘士の力を必要とする事態が駒王町以外で起こる可能性は確かにあった。それが敵の撹乱という事も推察できた。しかし、地上の守護者として、確信無く最高戦力を動かす事は出来なかったのだ。「お前達の得た情報で派遣する聖闘士を決める。だから、その為に死んで来い」言外にそう言った時、300名の闘士達は笑みを浮かべ頷き、それぞれの死地へと旅立って行った。

 そして、248人が命と引き換えに必要な情報を手に入れ、生き残った52人が貴重な情報を手に生還した。その情報がなければ最悪の事態――外なる邪神がこの地上に顕現し、聖戦が起きていただろう。

 聖域において、コスモに目覚めていながら聖衣に選ばれなかった。ただ、それだけの理由で聖闘士に成れなかった彼らを侮辱する者は存在しない。聖衣に選ばれた聖闘士達は全員が知っているからだ。彼等が、命がけで情報を捥ぎ取り持ち帰ってくれるからこそ、自分達が安心して戦える事を。

「私は無力だ。アテナの眷属神・女神ニケに認められながら……彼等に報いる事すらできないのか」

 聖衣無しで異形の怪物に立ち向かい、命を落として逝く闘士の為に、十分な防具を用意する事すらできない自分をカノンは無力と断じる

 現代科学の粋を集めた防具は、既に全闘士に支給した。しかし、異形の怪物相手では無いよりマシ程度なのだ。必要なのは聖衣と同様の防御力と装着者のコスモを増幅させる能力。

 だが、聖衣と同じ材料で作り上げられた物は、聖衣と同じく装着者を選んでしまう。

 8代目教皇から48代目教皇であるカノンの代に至るまで続けられた研究の果てに、鋼鉄聖衣(スチールクロス)と云う現代科学と神秘の融合した聖衣が作り上げられた。しかし、その鋼鉄聖衣も装着者を選んでしまった。現状では支給している防具以上の物が無い。

「そして、私は女神アテナの化身となった少女の闇すら打ち払えずにいる」

 女神アテナの化身になる。それは名誉な事であると同時に――世界平和の贄になると云う事。

 ごく普通の当たり前の生活。小さな幸せ。そして、女神と云う人知を超えた存在の化身に選ばれたが故に短命になってしまった命。それら全ては地上の平和の為の尊い犠牲なのだ。

 英雄王を初めとした英雄達の手によって、神代の時代が終わったその時から、化身と云う世界の為の生贄が誕生した。人の世になり神がその身を降ろせなくなった為に、化身と云う生贄がどうしても必要となってしまった。聖戦を回避する為には、地上の守護神たる女神アテナの力が必要不可欠なのだから。

 だがそれでも、化身の最後――使命を終えた化身は遺体すら残さずに文字通り消える事を知ったカノンを含む歴代の教皇達は足掻いた。なんとか、彼女達を救えないかと。せめて、せめて、消え去るまでの間だけでも幸せであって欲しいと。

 無理だった。無駄だった。不可能だった。

 地上の守護神の化身。その立場が、その使命が、その責任が、生贄となった彼女達を追い立て追い詰め続けた。

 なによりも、彼女達を傷付け追い詰めたのは、女神の化身と云う生い立ちなのだから……

 この地上に混沌を破壊を齎さんとする存在にとって、もっとも邪魔な存在は地上の守護神の化身に他ならない。

 だからこそ、彼女達は化身として覚醒する以前から狙われるのだ。

 如何なる方法を使ってか、同じく探している闘士達を出し抜き命を狙う。そして、どの代でも変わらずに彼女達は狙われ、彼女達は家族の献身によって生き残り、彼女達とその家族が生きた痕跡すら消し去られてしまう。それこそ、最初から存在していなかったか如く。

 そして、それは、今代の化身の少女にも当てはまってしまった。

 

 地上の守護者。時には正義の味方と呼ばれる聖闘士と闘士を束ねる現教皇カノンは、己の無力さに苛まれながら、それでもと己を奮い立たせる。

 全てを救い全てを守るなど不可能でできはしない事は、カノン自身が嫌という程に理解している。だがそれでもと、それでも、不条理に理不尽に屈する訳にはいかないと己に言い聞かせる。

「私は――教皇だ。地上の守護者の統括者だ」

 教皇たる自分が諦めてしまったら、いったい誰が、今まで生贄になった彼女達に報いると云うのか?

 勝利の女神ニケに認められた自分が、不条理と理不尽に負けを認めたならば、地上の平和の為に散っていた聖闘士や闘士達に何と言えばいい?

「何があろうと……諦めて、負けてたまるか」

 その決意。その覚悟。その思いこそが――教皇が教皇たる所以。

 歴代の教皇が受け継ぎ、次代の教皇に託していった――不屈の闘志。

 




勘違いチート転生者の力を受け継ぐ人達が地上の平和の為にドンドン死んで逝く模様
なお、一般闘士=クトゥルフ探索者


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勘違いされてる女神の苦悩

処女女神(真)が処女女神(経妊婦の駄女神)となった話


 どうしてこうなったと‼️ と私は濁り死んだ目で、遥か遠くに視線を投げる。

 自身の神殿の中で、自分に仕える侍女逹にアレコレ世話を焼かれながら、本当にどうしてこうなったと心の中で頭を抱え、薦められるまま食べて飲む機械と化していた私は、吐き出そうになる溜め息をぐっと我慢する。

 ちょうど神代の時代が終わった辺りぐらいから、ここ聖域の子逹は過保護になった。何故か成ってしまった。

 ひたすら私の世話を焼いてくれる侍女逹の献身は、女神として嬉しくありがたいと確かに思うのだ。信者によっては「化身ならば・分霊ならば、相応にしろ。と言うかお願いですからして下さい。後生ですから」と、文句や苦情を口にする者逹と違い、聖域の子逹は心から私を大事にしてくれる。敬意と敬愛を捧げてくれる。

 神代の時代が終わり、人の世となった為に、本霊降臨ができなくなって、分霊か化身しか降ろせなくなり、使える権能が制限されてなお、聖域の子逹は私を大事にしてくれる。

 うん。大事にしてくれるのだ。溜め息一つで聖域を引っくり返す様な大騒動になる程に......

 だから、この子逹に見付からない様に――こっそりと化身を人の世に降ろし、目当てのスイーツを堪能して、今の人の世を心行く迄満喫して、顕現タイムリミットを迎えたら神域に帰るつもりだった。

 何しろ、人の世になった結果。神は本霊降臨してはならないと云う決まりが全神話の決議で決まっていて、化身や分霊を降ろす時は非常時のみ、もしくは人間に求められた時、そして使える権能は最低限度と決められている。

 つまり、求められてない上に非常時でも無いのに化身を人の世に降ろした私は......バレたら厳罰を受けてしまう。だから、偶然にも私を見つけた闘士に対して、つい咄嗟に口走ってしまったのだ――「日本の駒王町に、聖戦の予兆があります。早急に真実を調べ上げ、聖戦の芽を摘みなさい」と。

 それからが凄かった。私の嘘を聞いた闘士は顔色を変えた途端、「失礼します」と口にし、私を俵の様に肩に担ぎ、物凄い速さで聖域まで走った。

 途中にある川や谷を飛び越え、険しい悪路も何のその、不眠不休で走り続け、聖域に辿り着いたのだ。辿り着いてしまったのだ……

 聖域に着いてすぐに、私は自分の神殿に放り込まれ、私が降臨しない限りは聖域に居ないはずの聖闘少女(セインティア)達がすぐに現れて、「ご家族は何処におられるのかお教えください」とか「どこで生活を為さっておられたのですか」とか質問攻めにされた私は、もう駄目だ~ お終いだ~ 嘘吐いたから罰が更にきつくなる~ と思いながら虚ろな目で、親については私は化身だから「親も兄弟もいない」と返し、どこで生活していたかについては、神域から地上のお金を持ってくるのを忘れてしまい女神でありながら「野宿しながら無銭飲食してました」とは口が裂けても言えず、「わからない」と返し、次々と投げかけられる質問を死んだ目でひたすら答えた。

 質問が終わったのか、聖闘少女筆頭改め侍女長カティアが笑顔で私をお姫様抱っこし、バラの花びらが浮かぶ浴場に連れて行くと「御身を清めさせていただきます」その一言を告げたカティア達は、野宿生活でバッチくなっていた服を剥ぎ取り、私を洗い始めた。

 自分の事は自分でできるように旦那兼初代教皇に仕込まれている私が、「自分で出来るから」と言うと、カティア達が物凄く悲しそうな顔で口々に「お願いします。私達に御身のお世話をさせてください」と頭を深々と下げてくる。

 そして、カティア達に全身をコレでもかと磨き上げられ、清潔で可憐な服を着せられて、現教皇カノン君に引き合わされ、カノン君から「闘士300名を現在確認できた情報を元に、駒王町を主とした不穏と思われる地に派遣し、必要な情報を収集後、適切な聖闘士を送ります」と言われてしまい。今更、うそぴ~ん! なんて言えなくなった私の目がますます濁り死に、あれ? これヤバくない? ヘタをしなくても神々からの罰だけじゃなくて、旦那にも怒られない? と心の中で頭を抱え冒頭に至る。

 

 昔は――神代の時代は本当に良かったと、一生懸命、私の世話を甲斐甲斐しくしてくれるカティア達を死んだ目で見ながら、つくづくそう思った。

 特に、旦那であり初代教皇バランの時代は本当に良かった。

 出会いは本当に意味不明で最悪だったけれど、「女神アテナ!? マジで女神アテナ!? 星矢なの!? 星矢なの!? マジで? だから俺はコスモに目覚めたの? なら聖域は? 聖闘士達は?」等と、意味の分からな事をいきなり叫びながら質問をしてきたり。

「はぁ!? 聖域も無しで聖闘士も居ない!? 何やってんだよアンタは! やべぇ、このままじゃマジで地上が滅ぶ!! ほら、行くぞ。は? どこに? 聖域作りと聖闘士をかき集めにだよ!!」

 そう言って、呆気に取られている私の手を取り、「地上の平和の為なんだよ! 邪魔すんじゃねぇ!」と叫びながら、私の神官達を不思議な力"コスモ"で薙ぎ払い、神殿の周りしか知らなかった私を外に連れ出した。

 連れ出したのだからちゃんと私の面倒を見ろと文句を言うと、「無理、そんな余裕無し。つーか、女神だろうが何だろうが、自分の面倒ぐらい自分で見ろよ……この駄女神がっ!!」等と暴言が飛んでくる始末だった。

 今思い出してもあの暴言は無いと思う。まぁ、確かに路銀を賭博で全部消し飛ばしたり、酒代で使い切ったりした事もあるけど、あの暴言は無いと本当に思うのだ。だって私は女神だし。今や地上の守護神なんて呼ばれてる女神様だし。

 バランとの旅の途中でニケと出会い。私の素晴らしさに感銘を受けて屈服し、そのままニケが私の眷属神になった事も良い思い出だ。

 決して、私をバカにしてきたニケにブチギレ、私がニケの服を剥ぎ「服を返して欲しかったら眷属神になりなさい。それとも? 全裸のままでゼウスかポセイドンの前に放り投げて欲しい?」なんて言ってないし、脅していない。いないったらいない。なにせ私は、知恵・戦術・技芸・医術・音楽。そして、愛と平和を司る処女神だし。バランが「俺の中のアテナ像が、粉々に砕け散って、風に乗って翔んでったんですが」なんて言ってないのだ。

 まぁ、今では処女神(二児の母)だったりするが。コスモなんて不思議パワーが、セブンセンシズとか云う理不尽パワーにいつの間にか成っていたバランが血迷って、美しく麗しく聡明で魅力が溢れる私に襲い掛かっても、碌な抵抗もできずに好き勝手にされて、子供を二人産んだとしても仕方の無い事だったのだ。

 決して絶対に、分かり易く露骨な誘いを悉く無視され業を煮やした私が、女神の権能をフル活用してバランを押し倒し、「処女神がそんな事したらダメだろ!?」とか「他の女に! 特にニケに取られるぐらいなら私のモノにするに決まってんでしょ!!」なんてやり取りは無かった。絶対に無かったのだ。

 それから本当に色々と有った。私とバランが愛し合った事を知ったゼウスに、「処女神だろうがお前は! なに人間の男を襲って、子供産んでんだよぉぉぉぉ」と咎められ、私が「私は女神。つまり女なの! と言うか。誰が旦那を他の女に譲るかっっっ!! バランは永遠に私のもんだ!!」と大喧嘩し、私とバランの真実の愛を認めさせる為に、愛する旦那様であるバランが、大神ゼウスの唯一の神官戦士にして、神聖衣・"マジンカイザー"を身に纏うセルスと戦う事になった時は、彼の妻として、ニケに「ゼウスが、これでもかと自分の権能を注ぎ込んで生み出した神聖衣に負けない神聖衣を生み出しなさい。出来なかったら、全裸でゼウスとポセイドンの前で……後は分かるわよね?」と優しくお願いし、ニケは自身の権能を可能な限り注ぎ込んだ神聖衣"アイギス"を生み出したのだ。決してニケが名付けた名がニーケーだったから即座に変えたとか、そんな話はない。

 あと、神聖衣制作にかこつけてバランを誘惑したニケは、何があろうと絶対に未来永劫許さない。絶対にだ。

 そんなこんなで始まった神聖衣を纏った二人の激突は凄まじいモノだった。大地が割れ海が裂ける程の激しい闘いだった。まぁ、私の愛する旦那様バランが当然勝った。もっとも、大地の女神ガイアと海の神ポセイドンから物凄い苦情が来たけれど。

 他にも、食べるに困った人々をバランが見棄てられずに、「大丈夫だ! 安心しろ! 俺が居る。俺は女神アテナに認められた聖闘士なんだからな」と大嘘と啖呵を吐き、彼等を食べさせる為に必死に狩猟や採取をして、そんなバランを頼って人が集まり、ついに、この聖域の原型が出来上がったり。

 いつの間にか書かれて広まっていた、人間が私達オリンポスの神々を面白おかしく書いた嘘と捏造だらけのギリシャ神話物語にブチギレたポセイドンが、「俺は確かに女にだらしなくて、酒に弱いせいで色んな女に手を出したけど! ここまで愚図でもゲスでもないんだ! 川の数=子供の数だぁ!? ただ身寄りの無い孤児の面倒を見るように神官逹に言っただけだろうがぁ! ああ、やってやんよ。地上の全てを津波で洗い流してやる」と言い出し暴れだした為、バラン率いる聖闘士逹がポセイドンを叩きのめし落ち着かせたのも今では良い思い出だ。

 

 カティア達に世話を焼かれながら、目当てのスイーツを食べられない事を嘆きつつ、旦那と子供達との楽しい思い出に浸っていたら、ギリシャ神話名物の迷惑女神ヘラから連絡があったのだ。簡潔にまとめて言えば「今から私の大英雄候補が、貴方の御自慢の聖域攻略して貴方に会いに行くからよろしくね」と云うものだった

 それを聞いた私は『とうとう頭が逝かれたんだな』と思った。私が居る神殿は聖域の最奥で、聖域にはコスモに目覚めた5000以上の闘士と聖衣に選ばれた鋼鉄聖闘士(スチールセイント)64人・青銅聖闘士(ブロンズセイント)48人・白銀聖闘士(シルバーセイント)24人・黄金聖闘士(ゴールドセイント)12人。そして、神聖衣(ゴットクロス)に選ばれたカノン君が居るのだ。

 聖域の歴史の中で、初めて一切の欠員無しの鉄壁で強固な布陣を真正面から攻略するなら、それこそ、星となった大英雄ヘラクレスか私の旦那でも連れて来いと啖呵を切れる程の堅牢さなのだ。

 そんな訳で、余裕を持って「女神ヘラの試練により、英雄が私に会いに来ます。貴方達は彼を試してください。女神の化身たる私に会う資格が有るのかを」と、女神の化身ムーヴを披露できた。

 私の嘘を本気にし、有るはずも無い聖戦の芽を探し回っている闘士達に、申し訳ないなぁ~と思いつつ、この化身を作った時に設定した顕現タイムリミットが早く切れる事を心待ちにしていた。

 顕現タイムリミットさえ迎える事が出来れば、女神ムーヴを炸裂させつつ、なんかこう、ふわっと良い感じで誤魔化せばワンチャンあるはず等と思っていたら、いつの間にかガチもんの化け物が居た。

 えっ? ナニコレ? なんで神秘の多くが失われた人の世で、神代の時代準最強クラスの旦那に匹敵する人間が居るの? と言うか助けて旦那様! 貴方の妻がガチムキ巨大筋肉の塊に襲われそうなんですけど! と混乱し唖然としていたら、いつの間にか現れたカティアが、巨大筋肉がヘラの試練で私に会いに来た筋肉だと説明してくれた。

 その説明に、『人間てやっぱりトンデモ存在なんだな』と実感していると、ゴツゴツした手で私の頭を撫で撫ですると、筋肉は何も言わずに帰って行った。

 後からやって来たカノン君が、本当に聖域を正面突破され、黄金聖闘士含めた聖闘士全員が瞬殺。食い下がれたのがカノン君だけだったと、とても悔しそうに話していたので、インドを除く全神話の神々に「人の身で銀河を砕くな! 世界を滅ぼす気か!」と、怒られ禁じられた旦那最強最大絶技を教えて上げた。その事をゼウスに話したら、「ねぇ? 何してくれてんの? バカなの?」と言われたが、私は悪くない。

 

 神は居た。いや、私が女神様だった。

 何時もの如く、カティア逹に上げ膳据え膳な歓待を受けながら、限定スイーツ食べたいぉと思っていたら、カノン君が珍しく事前連絡無しでやって来ると、「聖戦の芽を摘みました」と言ってくれたのだ! 本当に嬉しい。また適当に言った事が今回も真実を言い当てたのだ。

 もっとも、その後に、カノン君がクトゥルフ神話の邪神を呼び出そうとした組織が暗躍していたと言った時は、女神ムーヴを全力で投げ捨てて怒鳴りそうになるのを、我慢するのが本当に大変だった。

 何せあの邪神は、顕現しただけで大惨事確定の迷惑極まりない存在であり、旦那がその命と引き換えに限界を超えた銀河すら砕く技を放って、漸く倒せたアザなんとかとヨグなんとかと云う大迷惑神逹を呼び出そうとするなんて! 本当にかの神話の信者逹は常識が無くて困る。

 まぁ、邪神降臨を阻止して教団壊滅出来たなら万々歳だ。流石、私を奉る聖域の子逹! 女神ムーヴ全開で誉めて上げよう!!

 本当は女神ムーヴなんて辞めて、頑張った皆を一人一人抱き締めて「良く頑張ったね! 偉いね」と全力で良い子良い子したいけど我慢する。私は地上の守護神アテナ様だし、威厳とか尊厳とか色々と頑張らないとね!

 

 そうだ、化身の顕現限界を迎えて神域に帰ったら、冥界に拉致かんき......じゃなかった、楽隠居している旦那に会いに行こう。そして、彼と私が作った聖域の皆の頑張りを教えてあげよう。きっと自分の事の様に喜ぶだろうから。




勘違いチート転生者とチョロ女神だとこうなる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偉大なる大王と後を継ぐ者

Qなんでゼクラムさんこうなったん?

A「悪魔が人間を奴隷にするなら人間が悪魔を奴隷にしても良いよね」幼女を見ながら
 「ねずみ講知らんのか――いくら儲けられるかな?」
 「投資詐欺知らんのか――チャンスだ」
 「せっかくの知識・外交チートだし......冥界の一部をぶんどって見るか」
とか言って行動した転生者の相手を頑張ってしてたら「人間なんてラクショー」とナメプして全身の毛を毟られた貴族達の尻拭いまでやる事になり、ボロボロに成ってる処に、転生者四郎君の「悪魔も人間も好き勝手にやりすぎだし、妥協点探して共存しない?」との甘い囁きに飛び乗って最後は
四郎「色々あって覚悟完了」(悪魔殺害開始)
ゼクラム「お前に何が有ったし!?」
等々があってこうなりました


 聖書に属する冥界のとある屋敷の中で、現魔王サーゼクス・ルシファーに全てを押し付けて楽隠居を決め込んでいるゼクラム・バアルは、机を挟んだ対面の椅子に勝手に座って、粗野で品性を全く感じられない所作でせんべいをバリバリ齧りながら、勝手に持ち込んで常備させているmy湯飲みに、我が物顔で侍女を顎で使い淹れさせた緑茶をゴクゴク飲んでいる白髪だらけの人間の老人、葉隠雄三郎に対して、深い深い溜め息を吐いた。

「雄三郎よ。もう少し品性を持て、お前の孫娘の散が、お前の様になったらどうするつもりだ? それに、覚悟の教育にも悪影響だろう」

 ゼクラムはそう言いながら、あの愛らしい二人の子供逹が、目の前の品性欠片も無い男の様に振る舞う姿を想像してその身を震わせた。

 「あ~大丈夫だろ。清十郎は俺と違ってお行儀の良い生真面目な奴だしなぁ」

 次期葉隠棟梁であり、生真面目な自身の息子を脳裏に浮かべながら、塩せんべい片手に「ほんと、誰に似たんだか」と言いつつ、雄三郎はもう片手に持っている湯飲みを口にする。

「きっと、いや、確実に嫁の教育のお陰だろう。清子にせいぜい感謝することだな」

 何も言わずに空になった湯飲みを侍女に差し出し、無言で緑茶を催促する雄三郎に、ゼクラムは呆れ返り、手に持っているティーカップに口をつけて舌を濡らしながら『頼むからこうは成ってくれるな』と、雄三郎の孫逹に心から願う。

 せんべいを堪能し終えた雄三郎は、爪楊枝を取り出して歯の間に詰まったせんべいカスをほじりつつ、長い付き合いのゼクラムにどう切り出すべきか少しだけ考えて面倒になり、そのまま人払いもさせずにゼクラムにぶん投げる事にした。

「クレーリアだっけか? 色んな情報知っちまって、恋人共々殺そうとしたの。んで、失敗してギリシャの聖域に匿われてる」

 いきなりとんでもない事を話し始めた雄三郎に、ゼクラムが口に含んでいた紅茶を吐き出して、目の前のスコーンを台無しにしてしまうと同時に、侍女は無言でなおかつ慣れた手付きで、ゼクラムの口や周りに散った紅茶を拭き取りスコーンを取り替える。

「きっ、貴様はどうしてそんなに配慮に欠けるのだ!? 組織の長としての最低限の思考ぐらいしろ!」

 目の前で、キョトンといかにも"あれ? 俺何か不味い事をしたっけか?"と聞こえてきそうな態度の雄三郎に、ゼクラムは怒りをグッと我慢し、敵でありながら、余りの不出来さに組織の長としての心得を幾度と無く説いたにも関わらずに、全く理解していない雄三郎に頭を抱えそうになる。

「その様な話は最低限、人払いをしてからするものだ。貴様は何度言えば理解できるのだ......」

 目の前の老人が、若くして対人外防衛組織・葉隠の棟梁になってからも、敵として情けなさ過ぎる為に仕方なしに教育をしているにも関わらず、まっっったく成長の兆しが見えない雄三郎に、頭痛を覚えながらもゼクラムは言葉を続ける。

「良いか? 相手の急所と為り得る話は、それとなく相手に人払いをさせてだな。情報を小出しにして相手を揺さぶり動揺を誘い、可能なら更なる情報を引き出し、己が有利になる様に行動するべきなのだ。分かったか?」

 それこそ雄三郎が赤ん坊の頃から、と云うよりも、彼の父親で前棟梁である十三郎に赤ん坊の彼を抱かされて、敵であるにも関わず「嫁さんと一日デートするから面倒よろしく」と、幾度と無く幼い雄三郎の面倒を押し付けられて、ちょくちょくと面倒を見るはめに為っていたゼクラムは、"えっ? 面倒だろそんなの"と言わんばかりの雄三郎に、如何してこうなったと本当に頭を抱えた。

「あ~小難しい話はお終いにしてだな。爺さん。クレーリアの騒動で外神の信者組織が暗躍してたのは知ってるだろ? まぁ、葉隠は完全に出遅れて殆ど後処理だけだったけどな」

 自分が話している最中に、ゼクラムの指示で下がった侍女に、『あ、緑茶を頼むんだった』と思いながら雄三郎は残り少ない緑茶を少し寂しげに見た。

「ほう。相変わらず、日本の風魔だか甲賀だかの情報機関は優秀だな。その様子では、此方が王の駒を理由に、二人の異種族間・敵対組織の愛を建前に殺害を企てたのは知っているようだな」

 今も昔も変わらずに、冥界の機密を持ち去る日本の情報機関の素晴らしさを羨ましく思いながら、雄三郎を相手に腹芸しても、まったく話が進まない事をよく知っているゼクラムは諦めた様に話に乗る。

「お前の知っての通りだ。アレは知っては為らない事を知った。それこそ聖書陣営と敵対する組織に知られるのは少々不味い情報だ。始末出来なかったのは痛手だが……ギリシャの聖域ならば問題あるまいよ。あそこは地上の平和とやらを絶対視し頑なに守ろうとしてる。こちらが一方的に不利に為るような事はしまいよ」

 薄く笑いながら紅茶を楽しむゼクラムに、雄三郎は白髪だらけの頭を乱暴に掻き、「あ~」と間の抜けた声を出す。

「爺さん側はそれでも良いかもしれんが、葉隠つーか、日本側としては、冥界側の不手際のせいで被った人的被害と物的被害とかその他諸々を賠償して欲しいんだよ。具体的な額はこんぐらい」

 そう言って雄三郎が投げて寄越した封書を受け取ったゼクラムは、中の書類に書かれている額に眼を見開く。

「待て、なんだこの額は、冥界の一年予算の5割近いではないか。大体、慣例として悪魔が日本側に与えた被害は日本が処理していたはずだ。それに、この件で日本に被害を与えたのは外神の信仰組織だろう」

 ワナワナと震えながらそう言うゼクラムに、雄三郎は済まなそうにしながら首を横に振る。

「何時もの被害ならそうしてたさ。なんだかんだ言っても、護りきれず阻止できなかった俺らが悪いんだからな。でもよ、今回は被害が酷すぎた。人的被害は、聖域の連中や出遅れた俺ん所と他の機関の頑張りで3人で収まった。でもな? 駒王町のライフラインの一部がズタボロで、霊脈を始めとした霊的なモンが連中の儀式で滅茶苦茶なんだよ。そして、原因は駒王町の管理者だろ?」

 そう言うと、一度言葉を切り「駒王町は日本の神々に頭を下げて借り受けた土地で、ちゃんと管理して大きな問題は起きないようにする。てのが契約の一つだし」と、雄三郎は言葉を続けた。

 その言葉を聞いたゼクラムはグッと言葉を詰まらせる。雄三郎の言う通り、駒王町は将来有望な年若く未熟な悪魔の領地管理能力と外交能力等を実地で鍛え上げる為に、悪魔側が日本神話側に頭を下げて借り受けている土地だからだ。

「日本側の言い分はわかる。しかしだな、原因はどうあれ、しでかしたのは外神の信仰組織だ。そちらに請求するのが筋ではないのか?」

 先の大戦で悪魔の総数が危険領域まで減り、税収が目も当てられない状態で、予算の5割も持っていかれては堪らないゼクラムは、楽隠居した身で何でこんな交渉しなくてはならないのかと思いつつ冥界の危機に立ち向かう。

 余計な事をしでかしたクレーリアの処罰として、ベリアル家を潰し全領地没収した処で穴埋めにすら成らないと即座に計算したゼクラムは、どうにかして賠償回避ないし減額に持ち込もうと言葉を続ける。

「それにだ、外神の信仰組織に踊らされた組織どもにも責任はあろう? 我ら悪魔だけの責任ではあるまい」

 ゼクラムは言葉を続け様とするが、雄三郎の無言の制止に口を閉じる。

「爺さんの言いたい事は俺も良くわかる。でもな、外神の信仰組織は聖域連中が壊滅させて請求しようがないし、なによりも、あんたらと敵対してる勢力の多くが聖書陣営のやらかしの結果なんだから、身から出た錆びだろ?」

 極めて当たり前な正論に、ゼクラムは一瞬押し黙る。

「清子の入れ知恵か」

 戦闘に特化し過ぎて、棟梁として色々と失格な雄三郎を永年支えている女性を思い出し、彼女が来てくれた方が交渉も駆け引きを楽しめるモノに成っただろうにと、ゼクラムは溜め息をついた。

「あー分かるか? 全部、嫁さんにそう言えと言われたんだ」

 余りにも出来の悪すぎる教え子に、再び頭痛を覚えたゼクラムはこめかみを揉み解しながら、雄三郎との交渉はこれ以上は無駄と諦め、取り敢えず現魔王サーゼクスに丸投げする事を決める。

「分かった......この話は、儂の方からサーゼクスに持っていこう。これ以上の交渉は無意味だろうしな」

 そう言いながら呼び鈴を鳴らし侍女を呼び、ゼクラムは無駄だと知りながらも不出来な教え子に説教と授業を開始するのだった。

 

 

 自分と母をバアル領の片隅に追いやっていながら、突然呼び出した祖父ゼクラムを睨み付け、サイラオーグ・バアルは母を庇う様うに立つ。

「面構えだけは一人前か」

その様子を、ゼクラムは不出来な孫の無作法に眉をしかめながらが鼻で嗤い、嘗て大王の地位に着き冥界の政治に関与していた者として、バアルの血族の一人として、まだ子供であろうとも孫サイラオーグにどうしても聞かなければならない事があった。

「サイラオーグよ。お前は何故、バアルの次期当主から外され、バアル領の片隅に母親共々、追い遣られたと思う?」

 この時、ほんの僅かだけゼクラムは期待していた。母親であるミスラが正しい教育を行い、己に新しい家を興す必要性その可能性を僅かにでも感じさせてくれる事を。

 先の大戦で悪魔の総数が激減し、有能な人材が必要最低限数すら確保できない状態の――滅亡の危機である悪魔の一助となる可能性を示してくれると。

「決まっているだろう!? 俺が滅びの魔力を、それどころか魔力を殆ど持って生まれ持たなかった。だから――」

 幼いサイラオーグの叫びを――余りにも的外れな答えに落胆し、上に立つ者として正しい教育を受けられなかった孫を哀れみ、母親と周りの言う事をそのまま鵜呑みにしてしまう短慮さに悲しみ、何が正しいのか自身で調べ考えなかった愚かな孫の言葉を、ゼクラムは遮り、ただ一言口にした「愚か者め」と。

 ただの建前でしかない理由に固執して、本当の理由を知ろうとしなかった愚か極まりない孫に、ゼクラムは深い溜息を吐いた。

「やはり、ミスラなどを嫁に取るのではなかったか......アヤツが珍しく我を表に出し、望んだから許したが......まともな教育の一つもできぬとはな」

 落胆と侮蔑を乗せたゼクラムの言葉を、毅然とした態度でミスラは愛する夫と子供の為にも否定する。

「私は、あの人の妻として、この子の母として、正しい教育をしています。この子には「魔力が足りないなら他の力を身に付けなさい」と諭し、そして、この子も正しく努力しています。例え今は認められなくとも、この子は必ず。誰もが認める悪魔になります」

 ミスラのその言葉に、サイラオーグは嬉しくなり笑みを浮かべて、母親の言葉に続く。

「俺は強くなる。バアルの当主になる。雄三郎が言っていた様に俺と似た境遇の悪魔逹に示すんだ。魔力が無くとも強くなれると! 上を目指す事はできると!」

 悪魔として正しく強さを求める立派な息子の宣言に、ミスラはバアル家の歪んだ教育とは違い、自分の教育が正しかった事を強く感じ、自慢の息子を誇り、笑みを浮かべてゼクラムに言葉を投げ掛ける。

「ご覧の通りです。バアル家の教育を受けなくとも、この子は正しく育っています。雄三郎さんや亀仙流の方が、この子の為に心を砕いて下さっているのです」

 サイラオーグとミスラから出た雄三郎の名に、ゼクラムは"ああ――成る程、雄三郎に潰されたか"と得心し、貴族としての教育を受けていながら、敵の言葉を容易く信じ込んでしまった愚かな親子に酷い落胆を覚え。人間の話す耳障りの良い励ましの言葉に流され、人間にとって都合の良い操り人形にされ始めている愚かな親子に哀れみを抱き。統治者に仕え、他者の上に立つ者として必要不可欠な教育を、歪と断じ拒絶した母親によって、適切な教えと思想を学べなかったサイラオーグを、悪魔の総数を増やす種馬にしか使えないとゼクラムは判断する。

「悪魔とは強くなければならない。成程、確かに悪魔として正しいと言える」

 悪魔創世期より生き、初代ルシファーに仕え、何時しか"大いなる大王"と謳われた偉大な悪魔ゼクラム・バアルに、自身の教育を認められたと思ったミスラは驚き、サイラオーグは急に母を肯定したゼクラムに怪訝そうな表情を浮かべる。

「だがそれは、責任を義務を使命を背負わぬ者の場合だ。貴族……特にバアル家は違う、冥界と悪魔の為に尽くす責任が義務が使命がある」

 悪魔と敵対する勢力――特に人間は、次々に優れた人材を育て上げ、短い命で得た知識・経験・思想を次代に継承・昇華させ続けている。ある意味で理不尽極まりない種族に対抗するには人間以上に苛烈な教育を施し、次代に人間の狡猾さや理不尽さ恐ろしさ醜さ美しさを伝え理解させるしかない。

「滅びの魔力を持たない? 平均レベル魔力量を持たない? サイラオーグよ。本当に、その様な、些細な、どうでも良い理由で、当主継承の権利を剥奪されたと思っているのか……そんなモノが、統治者に仕え他者の上に立つ者に必要不可欠だと思ったのか?」

 血を流さない戦争である外交や政治に必要なのは魔力ではなく知識と経験。それが無ければ、冥界が悪魔が人間に蹂躙され嬲り者にされてしまう事を、現役時代に嫌と言うほど思い知らされたゼクラムは、己の息子に苛烈な教育を施し、次期当主であるマグダラン・バアルにも同様に理不尽で苛烈な教育を行っている。

「お前逹は、雄三郎を人間を、恐ろしくおぞましいモノだと思わずに、共に進めると思ってしまった。それこそが次期当主資格剥奪の理由であり、バアル領地の隅に追いやった理由だ」

 人間の本性を学びその身で知った息子は、己の我を圧し殺し感情や表情を表に出さない事で対応しようと足掻き、マグダランは雄三郎を知り"常に自然体で他者の心に忍び寄る恐ろしい存在"と評価した。しかし、ミスラとサイラオーグは雄三郎を何が有ろうと裏切らない頼りになる存在だと認識した。

「お待ちください。歴代の葉隠棟梁とバアル家は懇意にしているではないですか! 特に雄三郎さんは、幼い頃からゼクラム様の指導を受け育ったと聞いています! それなのに何故、その様な理由で、この子は次期当主の座を追われなければならないのですか!?」

 我が子を思う母の言葉と、人間を師と仰ぎ自分の往く道を示した雄三郎を尊敬しているサイラオーグの睨み付ける視線を、ゼクラムは鼻で嗤う。

「確かに儂は、赤子の頃の雄三郎をこの腕に抱いた事がある。前葉隠棟梁・十三郎に、幾度と無く幼いアヤツの面倒を押し付けられた事がある。何故か分かるか? ああ、儂を信じ我が子を託しても良いと思われていた等と言ってくれるなよ」

 ゼクラムの問いに、それ以外の答えが見つけられなかった親子は押し黙る。

「解らぬか? こんな簡単な事すら――儂を量ったのだ。日本側にとって利用するに足りるかどうか、我が子の命を使い推し量ったのだ。子を害する様ならば利用価値は無し。子を悪魔に利する様に導いたなら、警戒しソレを隙とし付け込めばよい。子をまともに扱うならば、そのまま情を育ませ利用する」

 ゼクラムの口が告げられた答えに、サイラオーグはその人間の苛烈さと残酷さに眼を見開き、子を思う母親であるミスラは口に手を当て余りの惨さに言葉を失う。

「無論、それだけではない。代々の棟梁達が、我が子を儂に紹介するのは警告だ。初代葉隠棟梁・葉隠四郎の遺志と覚悟を引き継ぐ者――日本の民の守護者は決して途絶えはせぬ。と見せ付けておるのだ」

 嘗て友と呼び共に愚かな理想を追い求め、最後は絶望し悪魔の敵となった男を僅かに思い出し、記憶の底に沈めたゼクラムは、人間の策に嵌った親子を静かに見据える。

「人間に惹かれたお前達に、何を言っても無駄なのだろうな……どれほど人間の残酷さ恐ろしさを知っても『それでも』などと、考える様になったお前達には」

 人材が枯渇してしまい、有能な人材が謀殺されている現状と相手の甘さを利用する人間に感心しながら、ゼクラムは言葉を紡ぐ。

「人間とは、一般的に言われている様な略奪の対象でも、甘い戯言を吐きその通りに行動する者でも無い」

 現役時代に相手取っていた二癖も三癖もあり、僅かな隙から此方を喰らい貪る恐るべき敵を、一人づつ思い出し記憶の底に沈めながら、ゼクラムは言葉を続ける。

「人間と悪魔は、互いの隙を探し隙を見せた側が騙され。嬲られ。貪り喰われる――利用しあい。隙を探しあい。牽制しあう。――どれ程の時が流れようが、どれだけ時代が移ろおうとも、悪魔と人間は共に歩む事などできぬ敵なのだ」

 その様々な思いが込められたゼクラムの言葉に、ミスラは言葉を失い。サイラオーグはそれを否定したくてもできない自分に対して拳を握りしめる事しかできなかった。

 

 

 

 長年バアル家に仕えている者でも、深く信用され重用されている者以外では、バアル家現当主とゼクラム以外は知る者が居ない隠された一室――其処は数多くの湯飲み茶碗を保存する為だけの部屋。

 もう使われる事の無い湯飲み茶碗を保管するだけの部屋に、長年バアル家に仕えている見た目麗しい女悪魔が、最近になってもう使う事が無くなった湯飲み茶碗を、大切な宝物を扱う手付きで、湯飲みが納められている棚に静かに置く。

「本当に人間は短命ですね……百年も生きられないなんて」

 納められている湯飲みを使っていた者逹。その全てを覚えている彼女は、一番最初に置かれた湯飲みを優しい手付きで手に取る。それは主であるゼクラムの無二の友であり、共に人間と悪魔の共存を目指し、最も多くの悪魔を殺害した悪魔の敵・葉隠四郎が愛用していたモノ。

「長く生きても、優しかった貴方があれほど残酷に冷酷に......狂ってしまったのか理解できません。一体、何が其処まで貴方を傷つけ追い込み狂わせたのです?」

 答えなど返ってこない事を知りつつも、問い掛けた彼女は小さな溜め息を付き、元の場所にその湯飲みを納める。

 どうしても、自然と目が行ってしまう縁が少し欠けた湯飲みを、大切な宝物を扱う様な手付きで手に取り、悲しげな目でそれを見つめる。もう二度と会えない――彼女が唯一愛した男が使っていた湯飲みを、愛おしい者に触れる手付きで一撫でし、嘗て男が口を付けていた場所に静かに口を付けた。

「結局、私達はお互いの立場・種族間の問題で結ばれませんでしたが......ゼクラム様が仰る"人間と悪魔は共に歩めない"と言うお言葉に、私は未だ頷けずにいます」

 人間と悪魔の恋は自分逹を含め悲恋に終わる。それでも、彼女は未来永劫変わらずに敵同士等と思えなかった。

「もし、本当に人間と悪魔が敵対するだけの間柄なら......私と貴方は恋に落ち愛し合う事は無いのですから」

 彼女は夢想する。何時の日か様々な問題を乗り越えて、人間と悪魔が当たり前の様に恋をして愛し合う時代が来る事を。




結局どうなったの?
サイラオーグが亀仙流を習って、カメハメ波や舞空術や界王拳を習得して強くなった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遺志を継ぐ者と意思を継ぐ者

色々ありすぎて覚悟完了したサイラオーグと後にロリコンキングと呼ばれるはめになる弟の話


 簡素なベッドと机。そして、所狭しと並べられた棚に書籍がぎっしりと詰められた部屋で、マグダラン・バアルは椅子に腰掛け、目の前の机に拡げた書籍をノートに自分なりの解釈を付け足しながら筆を走らせていたが、目が疲れたのか手を止めると眉間を揉み解し、ふ~と息を吐き出した。

「マグダラン。入るぞ」

 返事を一切待たずに、菓子と飲み物が乗った盆を片手に持って入って来たサイラオーグに、マグダランは何度言っても無作法が治らない兄に対して小さな溜め息を付く。

「兄さん......頼むから、ノックして返事を聞くぐらいしてくれ......貴族以前の最低限のマナーを、いい加減身に付けてくれ」

 仕事が忙しすぎて職場から全く帰って来ない父親に、当主仕事の練習として、居城を含めたバアル領全ての管理運営を丸投げされているマグダランは、腹違いの兄を軽く睨み付ける。

「そんな顔をするな。まぁ......俺が継承権剥奪されたせいで植物学者の夢を諦めるはめになり、その上で様々な迷惑をかけている俺を疎ましく思うのは仕方がないだろうが……」

 今まで両者が避けていた事を口にした兄に、広げていた書物とノートを机の隅に除けていたマグダランは、見当違いの言葉に思わず苦笑してしまう。

「勘違いしないでくれ。先の大戦で悪魔の総人口は危機的レベルに減ってしまい有能な人材が枯渇している現状では、結局――僕は植物学者には成れなかった。バアル家の英才教育を受けた者を学者として使うだけの余裕はないのだから」

 いつの間にか、次期当主に相応しい自分なりの振る舞いや言葉遣いを模索し心掛け始めた弟に、サイラオーグは自分にはできそうに無いなと考えながら、片手に持っている盆を静かに机の上に置くと、二つあるコップの一つを手に取りマグダランに差し出す。

「それに、お爺様の様に後進に譲った後に、植物学者を目指せば良いだけだしね」

 差し出されたコップを受け取りながら一度言葉を切ったマグダランは、「知っての通り、物心付く前から読み聞かせの教育とか受けてたし、勉強は得意だから」と言葉を続け、勘違いをしているサイラオーグに微笑む。

「そうか、そう言って貰えると俺も助かる」

 残っていたもう一つのコップを手に取り、サイラオーグは安堵の笑みを浮かる。

「それで? 兄さんの方は? 仕事にかまけて自分達親子の危機に姿を現さずに助けも守ろうともしなかった父親。雄三郎――人間と懇意にし信頼したと云うだけの理由で継承権剥奪した祖父。そうなると分かっていながら、自分達に親切顔で近付き人間の都合の良いように利用しようとした雄三郎。そして、こうなると知りながら放置した僕と母さん……許せるの?」

 揶揄う様な試す様な口調の弟の言葉を、サイラオーグは一言「くだらん」と両断する。

「お前が言った通り、人材の枯渇が深刻なのは既に知っている。優秀な役人は三日に四時間の睡眠時間。父の様に優秀で使い勝手の良い人材は七日に六時間の睡眠。確か……"永眠すればずっと寝れる"だったか? かなり有名な標語らしいな。冥界の悪魔と云う種族の為に、そこまで頑張っている者に家庭の事まで目を光らせろなどと言えんよ」

 そこまで言い切ると、サイラオーグはコップに口を付け喉を潤す。

「祖父と雄三郎。そして、お前にしてもそうだ。確かに、俺と母を誰も助けようとしなかった。だが、考えてみれば当たり前なんだ。あの時の俺は次期当主と云う立場だった。俺は次期当主として雄三郎の思惑を見抜かねばならなかった」

 サイラオーグは手に持っていたコップを机の上に置き、真っ直ぐにマグダランを見据える。

「その為の教育はバアル家で施されていた。物心付く前からの教育――母が嫌う行き過ぎた歪んだ教育に、真面目に取り組んでいたならお前の様に気付けたんだ」

 視野の狭すぎた子供の頃を恥じるように、サイラオーグは拳を握り、その拳に視線を落とす。

「俺と母を人間の為に利用しようとした雄三郎は、幾度と無くヒントをくれていた。"結局は自分の為"だと"悪魔と人間の価値観は違う"と悪魔にとって大事な魔力を"下らない" 様々なヒントを貰っていながら俺も母も気付けなかった」

 己が拳を見つめながらそう言い切ったサイラオーグは、視線を腹違いの弟――マグダランに向ける。

「あの方……お前の母親は、雄三郎からお前を守るのに必死で、俺や俺の母の事まで気が廻らなった――と日記に書いてあった」

 サイラオーグのその言葉に、今まで笑みを浮かべながら黙って聞いていたマグダランが固まる。

「えっ? は? うぇ? 日記? えっ? 日記??」

 突然の爆弾発言にマグダランは妙な声を発してしまう。

「ああ、日記だ。内容としては、父に対するノロケが7割。祖父ゼクラムに対する愚痴が1割。お前の事が1割。俺と母ミスラの事が1割だった」

 訊きたくもなかった割合に、マグダランは「親父が7割で俺は1割かよ!? つーか兄貴! 何勝手に人の母親の日記読んでんだよ!?」と叫ぶ。

 その叫びに、サイラオーグは眉を顰めた。

「マグダラン。次期当主として、そんな乱暴な言葉を使うな。品性が問われかねないぞ?」

 兄として、次期当主足らんとする弟に、サイラオーグは苦言を口にするがマグダランは更に声を荒げる。

「誰のせいだ! いや、そんな事より、人の日記盗み見た事を恥じろよ!?」

 弟の全うな言葉に、サイラオーグは僅かに首を傾げ怪訝そうな表情を浮かべる。

「まっつて? マジで待って? 「えっ、何言ってんのこいつ?」みたいな表情すんの? 俺が可笑しいみたいな顔すんなよ!?」

 完全に地が出始めたマグダランの額に、サイラオーグが手を伸ばし熱を測ろうとすると、マグダランがその伸ばされた手を叩き落とした。

「無言で熱測ろうとすんな! どう考えても可笑しいのはあんただろう!? だから「何言ってるの分からない」みたいな顔をすんじゃねーよ!」

 熱を測ろうと伸ばした手を叩き落とされたサイラオーグの表情を的確に表現したマグダランは、肩で息をしながらゼェゼェと荒い息を整える。

 そんな弟の様子にサイラオーグは、マグダランが何故こうも怒鳴るのか理解できたのか、ああ、成る程。と言わんばかりに小さく頷く。

「安心しろ。俺が日記を読んだのは、祖父と父にお前の母親。俺の母そして雄三郎だけだ。マグダランの日記は読んでいない」

 サイラオーグの――兄の言葉に、マグダランの体がピッシリと固まる。

「は? じい様と親父とミスラさんと俺の母さんと雄三郎? いや、えっ、まっつて、え? じい様と親父の日記? ミスラさんの日記? いや、それより雄三郎の日記? えっ? マジでナニしてんの??」

 突然の暴露に混乱しているマグダランをそのままに、サイラオーグは言葉を口にする。

「ああ――俺の母も、お前の母親と書いてる内容の割合に違いは無かったから安心しろ。恐らく母親とは、妻とはそう云った者なのだろう」

 マグダランの一割ショックを和らげる為に、自分も同じだったと微笑みながら告げるサイラオーグに、「いや、ちげーよ? 一割の部分じゃなくて、兄貴が人の日記を見るような奴だったのがショックなだけだからな!?」と、マグダランが検討違いで的外れな言葉を否定する。

「次期当主のお前にこれを渡しておこう、必ず役立つ筈だ」

 話の流れをガン無視したサイラオーグは、ウエストバッグから三冊の書物を取り出し、マグダランの目の前に置く。

「これは祖父と父と雄三郎の日記を書き写した物だ」

 余りの言葉にマグダランは固まる。

「これは本当に為に成るぞ。隠居するまで悪魔陣営の外交と政治を担って来た漢の日記と、その教えを受け継ぎ現役で戦っている漢の日記だ。そして、葉隠棟梁として人間を護って来た漢の日記。どれも価千金以上の価値がある」

 極めて真面目な表情でそう言い切った兄に、マグダランは本気で頭を抱えた。

「そりゃあさ、すんげぇ貴重な書物だし、確かに役立つだろうし、嬉しいけどさぁ......人の日記を盗み見た上に写本作るてどうなんだよ」

 未だ頭を抱えているマグダランを他所に、サイラオーグは弟であるマグダランすら見た事の無い真剣な表情を浮かべる。

「現在、人口が危機的な状態であり、人間の言葉を借りると"産めよ増やせよ冥界に満ちよ"な現状をなんとかする妙案が浮かんでな」

 サイラオーグの言葉に、マグダランは姿勢を正し、真っ直ぐに兄を見て続きの言葉を待つ。

「そして、俺の夢であり目標である。他種族との共存と、力無き者も努力次第では上を目指せる社会を実現させる布石となる妙案だ」

 雄三郎によって当主継承権を失ったにも関わらず、未だ他種族との共存を目指している兄に、マグダランは小さく溜め息を付いた。

「今の悪魔に有能な者を遊ばせてる余裕なんか無いから、身分等は考慮外とし、見込みの有る者を見つけ出し適切な教育を施して政府側で抱え込もうと云う動きが有る......兄さんが関与出来る様に父さんに口聞こうか?」

 マグダランのその言葉に、サイラオーグは首を横に振る。

「いや、まともな政治の知識を持たない俺では的外れな意見しか出せまい。俺はあくまでも草の根レベルの活動に止まるべきだろう。それに、上がどんなに優れた政策を打ち出し実行したとしても、下の者逹の意識が変わらなければ効果が薄い」

 自分の能力以上の活動をして、台無しにするつもりがないサイラオーグは、マグダランに自分の活動レベルを告げる。

「なるほどね。共存の方も草の根活動をするつもりなんだ?」

 マグダランの言葉に、サイラオーグは確りと頷き、ウエストポーチから折り畳まれた数枚の書類をマグダランに手渡す。

「これは様々な神話の、英知を持つ神々に共存について話を聞き、俺なりに考えを纏めたモノだ」

 受け取った書類を広げようとしていたマグダランの手が、兄の発した聞き捨てならない単語に止まる。

「英知を持つ神々?? 話聞いた? えっ? 神々、話??」

 その単語の意味を思い出したマグダランの「それ、親父やじい様知ってんの?」と言う問いに、サイラオーグが「俺が内密に進めた事だ。冥界を出る時の目的記載にも観光と書いたしな」と答えた瞬間、マグダランが吠えた。

「なにやってんだあんたは!? 只でさえやらかしまくって立場悪いのに! 勝手に動いて借り作って来んなよ!? 最近じゃ、悪魔の駒関連の法を破るバカ共のせいで更に関係悪化して、外務大臣のカテレア様が濁りきった目で「悪魔なんて滅びれば良いと思うの」なんて言ってんだぞ!? 謝れ! 濁りきった目で関係改善に尽力してるカテレア様と部下逹に謝れよぉぉぉ!!」

 それは、まさに、魂の吼咆だった。いずれ自分がああなると理解している男の魂の叫び。

「あの方達は質問程度を貸しなどとは思わんぞ? それに礼を失する様な事をしてはいない。ちゃんと冥界産の銘菓とお茶を手土産として渡している」

 魂の叫びを軽く流し、礼儀は尽くしてきたと語る兄に、弟は色んな意味で哭きそうになる。

「いきなり共存を模索しようとしても、祖父ゼクラムと葉隠四郎の様子に失敗するのは祖父の日記を読んで理解している。模索以前に、悪魔側のやらかしで関係は最悪に近い」

 一度言葉を区切り、何故か泣き出しそうな弟に首を少し傾げながら言葉を続ける。

「ならば......共存を模索する為に、全ての悪魔が愚かではないと知ってもらう必要がある。俺達悪魔も他の種族を知る必要がある。互いを知り漸く共存の為の互いの種の損得――落し所を模索する事ができる」

 そう語ったサイラオーグに、マグダランは目の前の兄が本気で他種族との共存を目指している事を実感し理解する。

「それで、この書類にその方法が書いてあると?」

 折り畳まれた書類を広げながらそう言ったマグダランの目に、"お見合いパーティー"と書かれた文字が飛び込み、二度三度と瞬きをしたマグダランは、やっぱり"お見合いパーティー"の文字に目を瞑り、俯いてこめかみを揉み解すが、そんな弟の様子・心境など知った事かとばかりにサイラオーグは追撃を放つ。

「悪魔の寿命は一万年だと言われている。その寿命全てを共存の為に使い切ったとしても、俺の代では成し遂げる事は不可能だろう。その程度の難事ならば祖父と葉隠四郎が成し遂げていただろうからな」

 その言葉に"お見合いパーティー"の文字に戸惑っていたマグダランが顔を上げ、サイラオーグを見た。

「まるで、人間みたいな事を言うね。次世代に望みを託すなんてさ。もしかして、その為のお見合いパーティー?」

 寿命が短いからこそ、望みを使命を次の代に託して逝く人間の様な事を言い出した兄に、『これも雄三郎の影響なんだろうな』と思いながら、もしかしたら、結婚したら、兄も少しは落ち着くのではないのかとマグダランは僅かに期待してしまう。

「他種族の良い所は可能な限り取り入れるべきだ。それと今回俺は運営側でな。お見合いに参加できん。それに、俺の後に続くのは俺の子でなくとも構わんだろう?」

 ゼクラムや雄三郎の事があって、無駄に前向きになった兄に頭痛を覚えながら、マグダランは放り投げたい書類に目を通す。

「神々に、現状での共存は不可能と言われた俺は考えた。互いの理解度が足りなければ……深い関係――恋人・夫婦と成り理解を深めれば良いと」

 思考が斜め上にカッ飛んだ結論に、突っ込みに疲れたマグダランはその言葉を聞き流す。

「無論。当人達の周りの応援が無ければ、悲恋や悲哀に終わるのは歴史が証明している。場合によっては、周りが悲劇の原因だったりするほどだ。だからこそ、お見合いなんだ。当人達と周りが望んだお見合いならば、悲しい結末になる可能性は低くなるからな」

 頑張って頭痛と戦いながら、一枚目を読み終わったマグダランは、一応まともな事が書いてあるお見合いパーティーの概要――サイラオーグの言葉をより詳しく書いた内容が想像よりまともな事に安堵の息を吐いた。

「うん。まぁ、うん。兄さんの言いたい事は分かった。分りたくないけど分かった。それで、僕に運営を手伝えと?」

 諦めの心境にあったマグダランの言葉を、サイラオーグは否定する。

「そちらの方は、ギリシャの大地の女神や古代メソポタミアの金星の女神達の協力で間に合っている。マグダランには参加者として顔を出して欲しい。いきなり本番ではなく、何度か予行練習をしたくてな。忌憚の無い意見を頼む」

 余りにも不穏な女神と云う単語を必死で流したマグダランは、二枚目と三枚目に書かれている参加者の名前と年齢、プロフィールに凍り付く。

「別に頭数合わせ位なら構わないけどさ......何で参加者の年齢が下は四歳で上が七歳なんだ? この卑弥呼の直系とか藤原の傍流とかナニ? しかも、参加男性が俺だけ? え? 何考えてるの?」

 マグダランの戸惑いに、サイラオーグはゆっくりと頷く。

「お見合い運営の実績作りだ。初めての試みだからな。問題は少ない方が対処しやすい。そして、お見合い参加者の彼女達は忌み子だ......下らん理由で俺以上の苦しみを背負っている。言ってしまえば親心なのだろう。後が辛くなろうとも、虐げられない時間があって欲しいと云うな」

 その言葉を聞いたマグダランは目を瞑り、深い溜め息を吐く。

「分ったよ。後を継ぐまではまだ時間があるし、これも経験だろうしね」

 目を瞑っていたが故に、マグダランは気付かなかった。兄・サイラオーグが"掛かったな"と言わんばかりの笑みを浮かべていた事に。

 

 

 お見合いパーティーの予行練習に参加したマグダランは語る。「ただ。子供達と戯れる時間はリフレッシュになった。機会があればまた参加したい」と。

 

 マグダランは知らなかった。

 自分の様に"そうあれかし"と育てられながらも、「お前は万一の為のスペアだ」 「お前は本物の為に死ぬ影に過ぎない」 「生きる価値が無いのだから、せいぜい役に立って死ね」等と、言われ教え込まれ続けた幼い少女逹にとって、一緒に遊んで話して我儘を困った様に聞いてくれる――異種族とは云え、優しい年上の男性がどんな存在に見え思えたかをマグダランは知らなかった。

 

 ましてや、既に日本陣営とゼクラムや現魔王サーゼクス等に話が通してあり、「悪魔の駒で此方の陣営にするなら問題無し。子供沢山作ってね?」 「所属陣営をハッキリさせて、不利益を生み出さないなら問題無し。後幸せにしろとは言わんが泣かせんなよ?」と、両陣営の話し合いが既に終了している事をマグダランは知らなかった。

 

 そして、数年後、嵌められた事に気付いたマグダランに、サイラオーグは笑みを浮かべながらこう言った。

「だから言っただろう? 他種族の良い所は取り入れると」




因みに現役時代のゼクラムは被害担当役や苦労人と呼ばれており、以降、バアル家=被害担当役・苦労人ポジが確定してる模様


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大英雄

原作知らない系の転生者のやらかし


 大神ゼウスの妻である自分の目の前で、ドヤ顔を晒している今世紀最大の大馬鹿者。

 言葉を発していないのに、雄弁に「どうだ! 十二の試練を乗り越えたぞ!!」と自信満々に満足げに、大馬鹿者がこれ以上無いほどのドヤ顔をしている。

 女神である自分の神域に単身乗り込んで、十二の試練を寄越せと宣い。己に宿った神器を一切使用せずに十二の試練を乗り越えた......どうしょうもない程に、救い様が無い大馬鹿者。

 星となった大英雄ヘラクレスの魂の残滓。

 それこそ、広大な砂漠の一粒の砂程度の残滓を受け継いだ......そんな下らない理由で両親から授かった名を捨て、

 "軍神アレスと闘い己を認めさせる" 

 "生きたまま冥界を降り、ハーデスに会い生きて帰ってくる" 

 "アテナの聖域を単身で突破し、女神アテナに会う"

 "女神キルケーに会い、魔術によって蘇らせたネメアの獅子・ヒドラを討伐する"

 等の十二の無茶振りを成し遂げた。今世紀最大最強の大馬鹿者。

 女神ヘラは思う『ギリシャの男はこうでなくては』と、いつの時代いつの世でも、男はどうしょうも無い程に愚かで愚直で、決して届かぬと知りながらも届かせて見せると足掻きもがく、そんな大馬鹿者でなくてはと。

 目の前の大馬鹿者が愛らしくて愛らしすぎて、ヘラはつい意地悪な言葉を口にした。

「そなたは我が十二の試練を乗り越えた。誰もが認めるだろう、お主こそが現代のヘラクレスだと」

 その言葉を聞いた途端に、ドヤ顔を止めて真剣な表情になった大馬鹿者に、ヘラは言葉を続ける。

「望みを言うが良い。そなたは偉業を成し遂げたのだ。莫大な富か? それとも女か?」

 大馬鹿者が何を願うのか知っていながら、理解していながら、ヘラは言葉を紡ぐ。

「女ならば、良い女神が居るぞ? キルケーだ。アレは尽くす女だ。よき子を産むだろう」

 とある女神に頼まれた事を口にしながら、大馬鹿者の望みを返事を、クスクスと笑いながら待つ。

「大英雄ヘラクレスと戦わせろ」

 ああ。と、ヘラはその願いを知っていながらも、分かっていながらも、絶頂と歓喜の余り、我が身を抱きしめ打ち震えた。

 大偉業を成し遂げた現代の大英雄は!! 言葉にせずともはっきりと言い切ったのだ!! 女神たるヘラの十二の試練は前座に過ぎないのだと!!

 軍神アレスとの激闘も! 冥界降りと云う偉業も! 一騎当千の闘士たる黄金聖闘士達も! この世の理を蝕み喰らい破壊するネメアの獅子とヒドラすら! 十二の試練その全てが、星となった古の大英雄ヘラクレスに挑む為だけの前座!! ただの踏み台に過ぎないと!!

 こうでなければ、そうでなければ、ギリシャの男ではない。現代ギリシャにもソコソコの男は居る。しかし、ここまでの大馬鹿者は居はしなかった。だからこそ、ヘラは愛おしく思ってしまう。望んでしまう。考えてしまう。目の前の現代の大英雄を何とか星にしてしまえないか? と。

「ふむ。何故それを望む? そなたは現代の大英雄ヘラクレスだ。それに異を唱える神はオリンポスにはおるまいよ」

 だから、煽ってしまう。半神半人の身ではなく、ただの人の身だからこそ、星に至る道が途方もなく険しく困難であると理解しているからこそ、焚きつけてしまうのだ。"オリンポスの神々以外が認めるかは判らない"と言外に告げて。

「富か女にしたらどうだ? 先も言ったがキルケーがお勧めだぞ?」

 まるで、他意など無いと云わんばかりに言葉を紡ぎながら、ヘラは現代の大英雄に覚悟を決めさせる。それ以外の道を選ばないように、決して道を違え反れないように。

「星の大英雄ヘラクレスとの闘い。これ以外に望むものなど無い」

 古の大英雄と戦い、己がヘラの栄光なのだと認めさせる。それ以外は無いと、

 その他大勢の評価など知るか。己が認められたいのは、認めさせたいのは他の誰でもない。真の英雄 ヘラの栄光を冠する偉大な漢だけだ。

 言葉にせずに、はっきりとそう言い切った大馬鹿者に現代の大英雄に、ヘラは身を抱きしめ打ち震えるままに思ってしまった。もしも、夫たるゼウスと出会う前にこの男と出会っていたのなら、きっと、この身の全てを目の前の男に捧げていただろうと。

「ならば、古の大英雄と現代の大英雄の戦いに相応しい場を設けましょう」

 女神ヘラは紡ぐ。言葉を、呪いを、願いを、祈りを。

「神々の闘技場にて、オリンポスの神々の前で、思う存分満足するまで戦いなさい」

 さぁ。早く速く、至りなさい。星に、女神たるヘラの栄光(ヘラクレス)へと。

 これほどまでに、強く。強く。強欲に。強引に。己の栄光たらんと望み渇望したのだから、星に至った暁には、一度くらいはこの身を許しましょう。どうせ夫たるゼウスは浮気三昧なのだし。若い燕一人ぐらい、何としても認めさせましょう。都合の良い事に貴方は初物なのだし、新たな大英雄の初めての女と云うのも悪くはないし。

「そうすれば、貴方は真のヘラの栄光となるでしょう」

 

 

 神々の闘技場。その名に相応しい絢爛豪華な場。そして、観客たるオリンポスの神々が自然と放つ神の威。

 確かに現代の大英雄は、それら総てに呑まれていた。しかし、一人の漢が現れた途端にそれら総てが消し飛んだ。

 目の前に憧れた漢がいる。そう在りたいと願い思い、親を傷つけると知りながらも名を捨ててしまった程に、どうしようもなく焦がれ、無理だと理解しながらも、それでもと追いかけた存在。

 何としても追い付き追い越し、その先に行きたいと無謀にも行動してしまった。そんな存在が、今、目の前にいる。

「すげぇな。凄すぎて笑うしかねぇ」

 自分より頭一つデカいだけ、全身を覆う筋肉は決して劣ってはいない負けてはいないと断言できる。

 それなのに――勝てる気がしない。

 武器を使った戦いなら、瞬き一つしないうちに負けるだろう。

 パンクラチオン――技を駆使した戦いなら、数分粘り、碌に反撃もできずに負けるだろう。

 万、挑み戦っても負けるだろう。億、挑み戦って漸く髪の毛よりも細い勝ち筋が有るか無いか。

 格が違う。次元が違う。自分如きが挑む事、それ自体が侮辱。前に立つこと自体が間違いであり誤り。

「挑ませてもらうぜ。大英雄」

 だからなんだ。それがどうした。億に一の勝ち筋があるなら十分だ。ならば、それを無理やり掴み取ればいい。道理を押し退け、無茶を押し通せばいい。無理やり強引に捥ぎ取ればいい。

「あんたを倒し、俺がヘラの栄光になる。あんたの先に行かせてもらう」

 女神ヘラに十二の試練をねだり、命がけで挑戦資格を捥ぎ取った。今。今日。この瞬間の為に。

 焦がれに焦がれ、憧れた大英雄に自身を認めさせ、ギリシャ神話最大最高にして最強の大英雄が辿り着けなかったその先に行く為に。

「俺はあんたに勝つ。あんたを倒す」

 何としても、絶対に、そこに辿り着かなければならない理由がある。

 

 

 ただの人の身で、星に至った半神半人の大英雄に食い下がる。奇跡としか言いようのない光景に、オリンポスの神々は瞬きを呼吸を忘れて魅入っていた。

 現代の大英雄は素晴らしい逸材なのだろう。体に恵まれ、才能にも恵まれている。

 しかし、その程度で喰らい付けるほど、半神半人とただの人の身の差は小さくは無い。しかも、星に至った漢だ。それこそ、天と地の差がある。だと云うのに、神々でさえ無茶振りだと頭を抱える十二の試練をたかが人の身で成し遂げ、星に至った半神半人の大英雄に負けてたまるかと食い下がる。

 ああ、なんて素晴らしく、何と眩しい輝きか。

 オリンポスの神々は、その在り様。その輝きを認め。目の前の益荒男を"ヘラの栄光(ヘラクレス)"と認めた。

 

 

 それは、武技も何も無い。ただの殴り合いだった。相手の拳を無防備に受けて、歯を食いしばり我慢し、殴って来た相手を殴る。技術も術理も何もかもをガン無視し投げ捨てた、もっとも原始的な戦い。

 もっとも単純で明快な男の意地の張り合いだった。"俺が勝つ" "いいや、勝つのは俺だ"そんなどうしようもない程に簡単でくだらない意地の張り合い。

 だが、なにもかも、ほぼ総てにおいて圧倒的に劣っている現代の大英雄はそれしかなかった。

 我慢比べ。男の意地の張り合い。偉大なる星の大英雄に勝てそうなのは、これしかなかったのだ。

 こんな勝負に乗ってくれた偉大な漢に有難いと思い。その器の大きさに、こんな偉大な漢の魂を受け継いでいるのだと感動すると同時に、そんな優しさと甘さに付け入らなければならない自分の弱さに嫌気がさすが、それでもと、自身を鼓舞する。大見得を切り、不相応な啖呵を吐き、こちらの都合に付き合わせて、無様に負ける訳にはいかないと。

 ここまでされて、負けてしまったら、二度と「俺がヘラクレスだ」等と言えなくなる。目の前の漢に挑む資格を永遠に失ってしまう。そして、何としても成し遂げなければならない目的を、永遠に諦める事になってしまう。

 たとえ、今日。ここで。死んでしまっても、この身が砕け散り魂が消滅したとしても、絶対に負ける事はできない。また再び挑む為に死んでも負ける訳にはいかない。大英雄の先にある目的を成し遂げる為にも。そんな思いを込めて現代の大英雄は拳を振るう。

 

 

 古の英雄の拳が、最新の英雄を殴りつけ、その身をぐらつかせる。

 最新の英雄の拳が、古の英雄を殴りつけるが、その身は巌の如く微動だにしない。

 その殴り合いが、十を百を千を超え万を超え、億に届く。その時、最新の英雄が前のめりに倒れる。

 闘技場に居た誰もが思った。『ああ、届かなかったか……だが、見事だった。お前は確かにヘラの栄光だ』と、

 だが、ただ一柱。女神ヘラだけはそうは思はなかった。この程度のはずがない。これで終わりのはずがないと。

 その想いに応えるが如く、最新の英雄は、何とか踏みとどまると同時に掬い上げるかの如く、倒れこんだ上半身を無理やり起こしながら拳を思いっきり振り上げ、大英雄ヘラクレスの顎を打ち抜く。

 この時、初めてヘラクレスはたたらを踏み、ほんの僅かに体を沈めた。

 そして、僅かに下がった顔面を、最新の大英雄ヘラクレスが渾身の全力の力を込めて打ち抜いた。

 

 

 無事な所なんて何処にもないズタボロな最新の大英雄ヘラクレスが、傷一つ負わずに地に片膝を付けている古の大英雄ヘラクレスに拳を突きつけ、「俺の勝ちだ」と宣言し、「ああ、君の勝ちだ」と地に片膝を付けた古の大英雄がその勝利を祝福した。

 そして、二人のヘラクレスの前に、オリンポスの神々を代表して主神たる大神ゼウスが降り立った。

「素晴らしい闘いだった。勝者である現代のヘラクレスよ、望みを言うが良い。いかなる願いであろうとも叶えて見せよう」

 その言葉を聞いた現代のヘラクレスは、真っ直ぐにヘラクレスを見た。

「俺は弱い。あんたが俺に付き合ってくれなかったら、俺は負けていた」

 偉業を成し遂げたにも関わらず、そう言いきって見せた現代のヘラクレスに、ゼウスを含めたオリンポスの神々は言葉を失い、ヘラとヘラクレスは笑みを浮かべる。

「俺は強くなる。あんたが本気を全力を出せる程に強くなってみせる」

 願いを叶えると言ったゼウスを全く見ずに、ヘラクレスを見つめる。

「その時は、本気で全力で、俺と闘え。それが俺の望みだ」

 クッと小さく笑ったヘラクレスは、その言葉に頷く。

「その時を楽しみにさせて貰う」

 

 

 

 

 

 

 そして、女神ヘラは思う――子供はキルケーに譲るつもりだったけど、私が生んでも良くない? と。




転生者のやらかしで、大英雄(笑)から大英雄(真)となった稚拙のヘラクレス君


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バカな女(TS転生者)と大馬鹿者

それは、最新の大英雄の英雄譚


 私は転生者。前世の記憶なんて朧気でチートなんて持っていない極々普通の人間で、転生した世界は前世と余り変わらない現代で、前世と余り変わらない極々普通の生活を満喫している。

 美人でも美女でも美少女でもない、でも少しちょとだけ気持ち可愛かな? 程度の容姿。

 そんな私には、赤ん坊の頃からの付き合いの男の子が居る。

 私と同じ普通の男の子だったのに、何時の間にか小学生にして中二病を患っていた。

 小さい頃に私が読んであげたヘラクレスの伝説が大好きな男の子が、いきなり自分はヘラクレス魂を受け継いでいるんだ! と訳の分からない自慢をしてきた時は、「ヘラクレスの魂は星に成ったの知ってるでしょ?」と突っ込みを入れる私に、ぐぬぬぬ。と唸りながら考えてハッと思いついたように、「星になった時に零れ落ちた欠片とか残滓とかそんな感じのやつだなきっと!」なんて言うから、冷静に「それが何か役に立つの? 小学校の勉強は私が教えないと全然わからないのに? 駆けっこもドベなのに? それ、何かの役に立つの?」と質問をすると、「役に立つとか立たないとじゃないだろ!? カッコいいだろ! すげぇだろ!」と吠え始めた男の子に、「女の子の私に追い駆けっこで負ける大英雄てカッコ悪くない? せめて私に追い駆けっこで勝ってから言ったら?」と追撃をかけた私に「うっせぇ! 男女! スカートで木登りしてパンツ丸出しにする奴に言われたくねーよ!!」と吐き捨て走って逃げ去る男の子に余裕で追いつきボコった私は、きっと悪くない。

 私達が中学生になって高校受験について真剣に考える必要が出てきた頃には、幼馴染の男の子は私が見上げないといけないぐらい背が高くなり、何と言うか……筋肉ダルマになっていた。

 あれから、毎日毎日筋トレをしていたのは知っているし、お腹を空かせた彼に栄養バランスを考えた弁当を毎回毎回作っていたのは私だけど、まさか周りがドン引きするぐらいの高身長の筋肉ダルマになるなんて思いもしなかったのだ。

 そして、そんな筋肉ダルマの彼が私の側に居るから、彼氏どころか良い感じの雰囲気の男友達も居ないのだ。

 小学生の頃とは違い、女らしく可憐にソコソコの見た目に成長したのに、筋肉ダルマが私の側を一向に離れないから、一緒に下らない悪戯をして怒られる悪友としか云い様の無い男友達しかいないのだ。

 学校の屋上に備え付けられているベンチに腰掛けて、私の丹精込めた手作り弁当をコレぽっちも味わおうとはせずに、ひたすら掻き込み続ける彼にそう言うと、食べる手を止めた彼が暫くジッと私を見つめると大きな溜息を一つ吐き、「絶対に俺のせいじゃねぇよ。日頃の行いだ、日頃の」と宣ったので、「日頃の行いならとっくの昔に素敵な彼氏の一つでもできてるわよ。器量よし見た目ソコソコで勉強もできて運動神経抜群。私に非が有る訳ないじゃない」と正論を論じた私に、彼は真顔になり「いじめやってる奴の股間に手を伸ばして金玉握って、「なんだ、玉も竿も付いてるじゃん。いじめなんてカッコ悪い事してるから玉無し竿無しかと思ったw」なんて言う奴が何を言ってんだ?」とほざいた彼の頭を全力でハタいたが、平然としていて、「ほんとの事だろ」なんて言いながら弁当を掻き込む作業を再開した彼を私は恨めしい目で見ながら、

 朧げに何となく、前世は男で、小学生ぐらいまでは前世の性別に引っ張られてたのに今じゃ完全に乙女思考だよ。この鈍感筋肉ダルマバカ。好きでも無い奴の為に毎日毎日弁当を作る奴なんて居ないといい加減気付け! 等と考えながら――なんとなくずっと一緒に居て、私の手料理を彼が掻き込むように食べて、何時の間にか結婚して彼の子供を産んで育てて、そんな未来が待っている。私はそんな幸せな未来を夢見ていた。

 でも、どうしようもない程にバカな私は、そんな幸せな日常を自分で壊した。幸せな未来を自分で台無しにした。いつの間にか乙女思考になる程に惹かれて、彼になら抱かれて子供を産んでもいいか。と思えるほどに好きな彼を傷付け悲しませてしまった。

 知っていた私は、ちゃんと考えて理解すべきだったのだ。脳みそまで筋肉で私が居ないとテスト処か通常の勉強に付いていけない程にバカな彼は、ただの一度も、私に嘘を吐いた事が無い事を。たった一回も私を裏切らずに傷付けなかった事実を、私は受け止めて理解するべきだったのだ。

 それができなかった私は罪を犯した。どんなに後悔し懺悔しても、どうする事もできない罪を犯した。

 私の魂は冥府へと運ばれ、冥府の神ハーデス様の裁きを待った。一年か二年どれぐらいの時間を待ったか分からないけど、裁かれる順番が廻ってきた私は、ハーデス様の前に立つ。

 でも、私は裁かれなかった。その代わりにハーデス様から聞いたのは彼がやろうとしている事だった。

 それは、あまりにも無茶苦茶で無謀な行い。必死に彼を止めて欲しいと願い乞う私に、ハーデス様は「死者が生者に関与する事は許されない」そう告げ、私を冥府の最奥に閉じ込めた。

 そこで私は罰を受けている。彼が十二の試練に挑み傷つき倒れその度に立ち上がり挑む。何度も何度もその光景を見せつけられる。私が何度も彼に辞めるように叫び懇願しても、その声が彼に届く事は無い。

 彼が、大英雄ヘラクレスと対峙し嬉しそうな笑みを浮かべている。子供の頃から憧れた大英雄と会えて戦える事が嬉しいのだろう。せめて、この戦いだけは私を忘れて、自分の為だけに戦って欲しいと、私は浅ましくも思ってしまう。

 そして、戦いが純粋な殴り合い――男の意地の張り合いが始まった。それは余りにも理不尽な力の差だった。同じく十二の試練を乗り越えた者同士の戦いなのに、ヘラクレスの一撃は彼の体に確実にダメージを負わせ傷付け、彼の一撃はヘラクレスの体を僅かにも傷付けられない。

 何度も殴られ傷付きグラつく体を奮い立たせ彼は戦う。絶望的な差を「それがどうした!」とばかりに、殴られる度に殴り返し続ける。

 そして、彼の力を振り絞った一撃が、ヘラクレスの顎を打ち抜き、たたらを踏み僅かに下がった顔面を殴りつけ、彼は星の大英雄ヘラクレスに勝利した。

 

 ああ、私はなんて醜くて浅ましいんだろう。彼の目的を知っているのに、その先に幸せなんて無いのに、それでもと願ってしまう。

 私を冥府の最奥から助け出して欲しい。私を地上へと連れ帰って欲しい。私をずっと貴方の側に居させて欲しい。

 彼の事を考えるなら、思い留まって欲しいと願わなくてはいけないのに、私はどうしてもそう思い願ってしまった。

 

 

 

 

 

 俺には、赤ん坊の頃からの付き合いの変わった幼馴染が居た。

 幼稚園ぐらいの頃に、「俺は前世の記憶があって、男だったんだぜ」なんて言い出すは、小学生の頃なんかスカートなのにでっかい木によじ登りパンツ丸出しにして、下に居る俺に早く登って来いと急かすぐらい男勝りの女の子だった。

 そいつは変な奴だったけど、運動神経が良くて子供の癖に誰に倣ったのか外国の日本語をペラペラ喋るぐらい頭の出来も良かったし、妙なカリスマみたいなモンも持っていて、誰でもすぐに友達になれた。そのうえ、見た目もスゲー可愛いときた。まぁ、中身が残念過ぎて……残念な子とか男女とか呼ばれてたし、俺もそう呼んでた。

 今思えば怪しい事この上ないが、旅の占い師とか名乗る不審者に、「お前はヘラクレスの魂を継いでいる」なんて言われて、ガキの頃の俺は、憧れの大英雄の魂を継いでる特別な存在なんだと有頂天になり、嬉々として幼馴染にソレを教えると「女の子の私に追い駆けっこで負ける大英雄てカッコ悪くない? せめて私に追い駆けっこで勝ってから言ったら?」等と言われたので、悪口言って逃げた俺は、きっと悪くない。

 普段。自分を男だったと言いながら、男のロマンを理解できないアイツが悪いんだ。もっとも、足の速いアイツにすぐに捕まりボコられたけどな。

 それが悔しくて体を鍛え始めたんだ。頭じゃ絶対にアイツに勝てないて分かってたし。

 体を鍛え始めてから、いつも腹を空かせてる俺の為にアイツが弁当を作ってくれるようになったんだ。それがスゲー旨くていつも味わおうと思っていても、つい掻き込むように食べちまった。

 そのおかげかどうか分かんねぇけど、背がどんどん伸びて、体つきもガッチリしたモノになった。アイツは筋肉ダルマなんて言ってたけどな。

 それから、アイツにバカにされながら勉強を教えて貰ったり、アイツの買い物の荷物持ちをさせられたりと、本当に色々あった。

 アイツに勉強教えて貰て同じ高校や大学になんとか滑り込んだり、たまに荷物持ちやらされて大量の荷物を持つはめになったりしながら、ずっと一緒で、大人になったら結婚して子供作って、そんな毎日が続いて、そんな未来が絶対に待ってるて俺は思っていた。

 そんな毎日を未来を、救いようのないバカな俺が台無しにしたんだ。

 神器(セイクリッド・ギア)がどんなものか知ろうとせず、理解しようともせず、使いこなそうとしなかった。

 俺に宿った神器は素晴らしいモノなんかじゃなくて、ただ誰かを傷付け殺すだけの、クソの役にも立たないとんでもなく危険なモノだと、俺はちゃんと理解するべきだったんだ。

 そんな事すら理解していなかった俺は、自分の事を天使だなんて言う女に神器の事と使い方を教えて貰って、また有頂天になってアイツに教えたんだ。言ったんだ。「俺は神器を宿して生まれた選ばれた存在だったんだ! ヘラクレスみたいに英雄になる運命の男なんだ」てさ、そうしたらアイツは「はいはい、イオナズン。イオナズン。あのさ、もうすぐ受験だよ? 中二歴の長いアンタに卒業しろ。なんて言わないけどさ、設定考えてる時間があるなら勉強して?」なんて言ったんだよ。

 まぁ、今ならアイツが言ってる事が正しいのが良く分かるんだ。でも、他の誰でも無いアイツの特別になりたかった俺は言い返しちまった「中二じゃえって! 巨人の悪戯(バリアント・デトネイション)ていう名前で、殴った奴を爆破する神器なんだよ!」てさ。本当に――今思えばバカ丸出しだよな。アイツの言う通りに建築物の解体作業ぐらいしか使い道のねぇ……クソみたいな神器なのによぉ。

 やめときゃいいのに、アイツの特別にどうしても成りたかった俺は食い下がったんだ。「嘘じゃねぇ。本当なんだ」てな。

 んで、後は売り言葉に買い言葉て奴さ、アイツが「だったら、私に使ってみなさいよ」て言って、俺が「はっ、ケガしても泣くんじゃねぇぞ」て。

 ――言い訳にもならねぇけど、俺はアイツにケガさせるつもりなんて無かった。ほんのちょっと、ほんの少し、小さな小さな爆発を起こして、アイツを驚かせて「な? ほんとだっただろ」てドヤ顔するつもりだったんだ。

 それがどんな危険な事か理解してない俺は、アイツに拳をくっつけて神器を発動させて、アイツの上半身を吹き飛ばした。

 そんなつもりの無かった俺は、ただ唖然と立っている事しかできなかった。

 爆破音を聞いてやってきた大人達に、俺は全部話したんだ。神器を使って俺がアイツを殺したって。でもよ、誰も信じてくれなかった。当たり前だよな。人間が素手で人間を爆破したなんて誰も信じねーよ。

 もし、俺が神器を使ってソレを証明したら違ったんだろうが……俺はそれが出来なかった。怖かったんだよ。今度は誰を殺しちまうんだ? て。

 そして、俺は無罪放免。晴れて幼馴染を通り魔に爆殺された哀れな男て訳だ。ふざけた話だろ?

 んで、俺は暴れまわった。周りに八つ当たりをした。誰でもいいからクソみたいな俺をぶん殴ってくれ。そんな事考えながら手あたり次第喧嘩売って暴れた。

 そうやって暴れまわってると聖域から闘士がやって来たんだ。あの頃の俺は闘法とか知らなかったし、本当に弱くてな? あっと云う間に叩きのされたよ。その人がなんでこんな事したのか聞いてきたから全部話したんだ、惚れた女を自分で殺した。てさ、それからがスパルタだった。「惚れた女に済まないと思うなら、神器を完全に制御してみせろ」とか「自分の力を心を制御しろ。出来なければ同じ事を繰り返すぞ」て、何度も殴り飛ばされて空を飛んで、必死に神器の制御方法を身に着けて、闘法を見よう見まねで覚えたりな。

 その人から本当に色んな事を教わった。例えばギリシャで死んだ魂はハーデス神が治める冥府に行くとか、どんな偉業を成し遂げても死者の復活だけは絶対に叶わないとか、死者を冥府から連れ出すとオリンポスの神々とギリシャに名を刻んだ英雄達が殺しに来るとかさ。

「後は、知っての通りだ。女神ヘラに十二の試練を願って成し遂げて、大英雄ヘラクレスと戦って勝って」

 冥府の最奥にある堅牢な扉の前を護る死神ベンニーアに俺が笑みを浮かべて見せると、ベンニーアの顔がひきつりガタガタと震えだす。

「まぁ、なんだ。アイツを地上に連れ出そうとか思ってねーよ。俺は弱いからな」

 アイツが閉じ込められている扉が、すぐそこにある。

「なぁ、いい加減、気付けよ。長々と俺に話しをさせても、増援なんて来ないって」

 その言葉にベンニーアの顔色が一気に悪くなるが、そんな事は俺の知ったことじゃない。俺の用が有るのはそのクソッタレた堅牢な扉の奥だ。

「ハーデスの大将から聞いてんだろ? 俺がやろうとしてる事。だから安心してそこを退けよ」

 自分でも、どうしようも無い程に、心身が滾るのが嫌と言うほど分ってしまう。すぐそこに、アイツが居ると思えば思う程に滾ってしまう。

「今の俺じゃ……オリンポスの神々相手に戦争ができない。歴史に名を刻んだ英雄達――ヘラクレス率いる英雄の軍勢に勝てねぇ」

 俺は弱い。手心を加えて貰わなければヘラクレスに勝てないほどに弱い。でも、ベンニーア。お前よりは強いんだ。だから、早くそこを退けよ。俺にぶん殴られる前に。

「俺はアイツに会いたいだけなんだよ。会って謝って、告白して、あわよくばok貰って、アイツの初めて貰って、アイツを完全に俺のモノにして、約束する。それだけなんだからよ――とっとと、そこを退けよ。三下」




 最新の大英雄よ
 オリンポスの神々に打ち勝て
 ギリシャに名を刻んだ英雄の軍勢を打ち滅ぼせ
 さすれば、冥府の神の名の下に
 お前の願いを、必ず叶えよう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある悪魔の絶望と人間の狂気

 とある転生者達の思い付き
「上級悪魔どころか下級悪魔にボコられるエクソシスト弱すぎww 聖人・聖女なのに心弱すぎwww」
「いや、全然笑えないんですがそれは。おかげで悪魔達が暴れ放題だよ」
「悪魔は人の強い意志と心に弱いってゲームと漫画と小説が言ってた」
「「それだ!」」

その結果
「なぁ、お前――竜だろ? 竜なんだろ? 首置いてけよ……首置いてけよ……なぁ――首置いてけぇぇ」グルグルおめめ
「愛とは尊く素晴らしいモノ――ソレを阻むと云うならば……たとえ主であろうともこの拳で打ち砕くのみ」グルグルおめめ
「主よ――暫し目を瞑り耳をおふさぎください……具体的にはこの悪魔を拳で改心させるまで」グルグルおめめ

これはその後の時代の話


 フランスのとある郊外の外れ、その雑木林の中、ディオドラ・アスタロトは必死に走り逃げていた。

「くそ、僕か何したって言うんだ? 人間界で悪さなんて一度もしてないだろ!? 冥界と人間の取り決めだって破った事無いだろ!?」

 必死に逃げながら、無言で追い掛けてくるエクソシストに怒鳴り付けるが、何も反応が無い事にディオドラは小さく舌打ちをする。

「悪魔だって観光ぐらいして良いだろう!? ちゃんと決まり守って大人しくしてるんだ! 人の歴史に触れるぐらい見逃せよ!!」

 何とか反応を引き出して打開策を見出だしたいディオドラは、走りながらエクソシストに怒鳴り付けるが、ただ追い立てられるだけで何の反応も――攻撃すらしてこない事である仮説が現実味を帯びて来た事に絶望し、膝の力が抜け落ちそうになりながらも「そんな筈がない……そんな事あってたまるかっ」と、必死に自分に言い聞かせ、奮い立たせながら走り続ける。

 このままでは、絶対に近付かないと決めた。半ば朽ちた教会に辿り着いてしまうと、頭に叩き込んだ地図を頼りに別の方向に逃げようとした瞬間、ディオドラの頬を退魔の力を持った光弾が掠めた。

 まるで、道を反れるなと云わんばかりの攻撃に、ディオドラは意を決して立ち止まる。

 林の中で追われているにも係わらず、棒立ちに成ったディオドラの足元に、複数の光弾が撃ち込まれ、その頬と左肩を1発づつ光弾が掠める。しかし、自分の体を撃ち抜いた光弾が無い事でディオドラは自分の考えが正しい事を理解し絶望した。

 ディオドラが立ち尽くす場所から、真っ直ぐ行った先に在る、半ば朽ちた教会には――町での聞いた情報が正しければ、麗しく美しい聖女が一人で朽ちた教会の補修や布教活動等に従事している筈なのだ。それを知ったディオドラは強く思った『何があろうと絶対にそこには近付かない』と。

 ディオドラは、聖人・聖女を強く強く恐れていた。

 何故なら、聖人・聖女――特に聖女と呼ばれている存在は、世間一般的で言われている様な、儚く可憐でか弱く思わず護りたく為る様なそんな存在ではなく、凄まじい女"凄女"だと、ディオドラは誰よりも良く知っていたからだ。

 最初は、エクソシストに追われ逃げた先に有った教会で、傷だらけディオドラを聖女が助けた処を襲撃者のエクソシストに見られてしまい、異端として追われる身となった聖女を、冥界に連れ帰ったのが始まりだった。

 連れ帰った聖女を眷属にしようかと思ったが、"何かこいつヤバイ"と直感が働き、何処かの勢力に亡命させようと模索している間に、何故か、聖女は念の為に隠していた悪魔の駒を、どうやってか自分で使い、転生悪魔となっていた。しかも、ディオドラの眷属として。

 どうやって、どうして、自分の眷属として転生悪魔に成ったのか問い詰めたディオドラに、聖女は「此れは神が与えた試練なのです」と、誰もが見惚れるであろう可憐な笑顔でそう言ったのだ――グルグルとした目で。

 そこからディオドラの苦難は始まった。

 今は亡き祖母の影響で歴史好きと成ったディオドラは、次期当主しての勉学に励みながら時間を作っては冥界や人間界の遺跡等を訪れて、当時の生活に思いを馳せたり、これと云って特徴の無い町や村を訪れ、その何気無い歴史に感動したりと悪魔の生を満喫していた。

 そんな生活が、聖女が転生悪魔と成ってから激変する。

 観光に訪れた地で、自分を殺しうる力を持ったエクソシストに追い駆け廻され、ボロボロに成った処を聖女に救われて、異端として追われる事に成った聖女を冥界に連れ帰り、そして、聖女はディオドラの眷属として悪魔に転生する。

 転生悪魔と成った聖女達は逞しかった。教会が無いと知れば、自分達で資材を近くの森林から調達し教会を建て、自分が苦しむと分かっていながら、聖書の神に毎日祈りや聖歌を捧げ、アスタロト領の悪魔逹に聖書の教えを説く。どんなに苦しく辛くなろうとも、ディオドラが「頼むからもう止めてくれ」と懇願しようが、堪忍袋の緒が切れたディオドラが、力ずくで押さえ付け凌辱の限りを尽くしても、聖女達はグルグルした目と可憐な笑みで「これも神が与えてくださった試練なのですね」と嬉しそうに恍惚とした艶を含んだ声色でそう囁くのだ。

 そんな凄女達がすでに十五人も眷属となってしまっているディオドラは、なんとしても絶対に、これ以上増やしてたまるかと決意していた。

 例え、現魔王サーゼクス・ルシファーから直々に五十個の悪魔の駒と共に「君には本当に期待しているんだ」と言葉を戴いていたとしても、何が何でも絶対に増やしてたまるかと決意していた。

 そんな決意が今まさに砕け様としていた。冥界に逃げようとしても何故か発動しない魔方陣。どう足掻いても勝てないと理解させられてしまう程の実力差を持つエクソシスト。そして、なりよりも近くの教会に居る凄女。

 それら全てが、ディオドラの希望を奪い去り、絶望をこれでもかと押し付けてくる。

「何か、もう良いかな? うん。もう良いよね?」

 誰に問い掛ける訳でもなく、色々と疲れ果てたディオドラは、迫ってくるエクソシストを棒立ちのまま待ち受ける。

「どうした? 逃げないのか? それとも滅ぼされる覚悟でもできたか?」

 追い付いた体格の良い大柄な白髪の男の言葉に、ディオドラは疲れきった薄い笑みを浮かべる。

「そうだね......もう、良いかなって」

 その絶望と悲しみに彩られた表情に、白髪の男は僅かに動揺したが、すぐに平静を取り戻し、手に持つ光銃をディオドラに突き付けた。

「ほう。漸く観念したか――と言いたいところだが......そうか、気付いてしまったか。気付かぬ方が幸せだっただろうに」

 光銃を降ろし、憐みの籠った視線をディオドラに向けた白髪の男、エクソシストは真っ直ぐに聖女の居る教会の方を指さす。

「さぁ、行きたまえ。かの教会で君のフィアンセが待っている」

 慈悲に満ちた声に、ディオドラが吠えた。

「フィアンセてなんだよ!? あの教会に居るのはどうせ目がグルグルした凄女だろう!! 大体、なんで教会のエクソシストが同じ陣営の凄女を悪魔に引き渡す真似をするんだよ?」

 吠えたディオドラに、エクソシストは「ああ、なるほど全てに気付いた訳ではないのか」と呟き、倒すべき悪魔の前でどこまで話すべきかと考え込んでしまった。

 目の前で敵が沈黙し隙を晒しているにも関わらず、ディオドラは攻撃どころか逃げようともせずに、エクソシストの言葉を待った。攻撃しようが逃げに徹しようが、実力の差からしてどちらも無駄だと悟ったからこそ、せめて真相だけは知りたいと思ったからだ。

「ふむ。攻撃も逃げもしないか……どうせ私がある程度とは云え詳しい話を知っている程度のモノだ。良かろう。私が知る限りの事を話してやろう」

 ディアドラに逃げる意思が無いと判断し、逃げても結果は何も変わらない事を知っているエクソシストは、武器である光銃と光剣を収め、ディアドラを見据え言葉を紡ぐ。

「まず、君が最初に妻にした聖女サラは、チベットのダライ・マラ法王を邪教徒と呼び改宗を迫った。慈悲深い方故に大きな問題に成らなかったが......通常なら大きな宗教問題に発展している」

 ディオドラは"最初の妻"を否定しようとしたが、いきなりの有り得ない言葉に唖然としてしまう。

「二番目の妻、聖女マリーナは中国国家主席に国教にするよう直談判した。あの時は教会に激震が走ったよ......」

 その言葉に、ディオドラの膝から力が抜け落ちそうになる。

「三番目の妻、聖女香織はイスラム教を邪教と口にし、それぞれの宗派のトップに改宗を迫ろうと計画していた。未然に防げたから良かったが......もし実行されていたら宗教戦争が勃発していただろう」

 無慈悲な追い撃ちに、ディオドラはついに崩れ落ちる。

 次々に語られる元聖女で自分の眷属達の計十五に及ぶやらかし又はやらかそうとした事に、両手両膝を地面に付けたディオドラは、余りのやらかし具合に打ち震えながら「なんで……なんで、そんなヤバいのが僕の眷属になってんだよ」と震えた声で呟く。

「我々とて、この様な事を実行するのは不本意なのだ。しかし、拘束し再教育を施そうとしても再教育係が彼女達の思想に染まってしまう」

 聖女のやらかしを語り終えたエクソシストは言う。我々も頑張ったのだと。

「彼女達の情熱・信仰心・献身は間違いなく本物なのだ。そう――我々の手に負えないと理解し、天界を頼り、ミカエル様にお任せした次の日に、ミカエル様が「申し訳ありません。再教育は無理です。いえ、それよりもどう教育したらこうなるのですか?」と申されてしまう程に」

 ディオドラは哭いた。自分が悪魔でもそんなヤバいのを押し付けられる云われはない筈だと。

 そんなディオドラに、憐みを覚えながらもエクソシストは言葉を続ける。

「その次に頼ったのは堕天使だった。しかし、「神器の研究とバカな身内の処理に忙しいのに面倒事押し付けるな」と至極真っ当な言葉に、断念せざる得なかった」

 その言葉に、ディオドラが顔を上げ「だったら、悪魔にそんなヤバい奴を押し付けんなよ! 僕だって迷惑なんだっっ!!」と叫ぶが、エクソシストは小さく息を吐くと憐みの籠った視線でディオドラを見下ろす。

「君は不思議に思わないかね? 何故、教会側がこうも正確に悪魔である君の行動を把握しているのか。冥界で教会を建て聖書の教えを布教しても、どうして問題にならないのか……君は本当に疑問に思わなかったのかね?」

 必死に自分を誤魔化し騙していたディオドラは、その言葉に現実を突き付けられてしまう。

「本当は理解している筈だ。分っている筈だ」

 エクソシストが告げる言葉を――現実を否定するために、「黙れ! 黙れよっっ! あってたまるかっ! そんな事あってたまるかよっっ!!」必死にディオドラは叫ぶ。そんな現実は存在しないと。

「彼女達の扱いに困った我々に、悪魔カテレア・レヴィアタンが囁いたのだ。「扱いに困るなら、悪魔に引き渡し冥界に閉じ込めたら良い」と、それはまさに悪魔の囁きだった」

 一度言葉を区切ったエクソシストが言葉を続ける。

「聖書の教えにおいて、正しい彼女達を処分する事ができない我々は、カテレア・レヴィアタンの提案に乗るしかなかった」

 酷過ぎる現実に虚ろな目になったディオドラに、非道な現実をエクソシストが突きつける。

「様々な話し合いの末。教会は、危険と判断した聖女を悪魔に引き渡す。悪魔は、聖女を冥界に監禁し、種族の繁栄に使い、その信仰を妨げない。と云う協定が結ばれた」

 エクソシストは言外に告げる。お前は冥界と教会の人柱・生贄になったのだと。

「この先に居る。君の新たなフィアンセである聖女ジルは……日本の天皇に改宗を迫ろうとしたが故に、教会は君に引き渡す事にした。早く迎えに行きたまえ」

 生贄としての役目を果たせと言うエクソシストの言葉に、ディオドラはヨロヨロと立ち上がり、頭をよぎった疑問を口にする。

「待てよ……可笑しいだろ? なんで悪魔と敵対する教会が悪魔の繁栄に力を貸すんだよ? お前達からしたら悪魔は滅んだ方が良いんじゃないのかよ?」

 悪魔としては当たり前の疑問を、エクソシストは鼻で嗤う。

「君は――本当に次期アスタロトかね? 決まっているだろう? 君達悪魔が必要悪だからだ」

 その言葉に、ディオドラは初めてエクソシストの眼を見た。見てしまった。

「そう……悪魔が人を誘惑し堕落させる。我々がソレを阻止し救い護る。そうする事によって、偉大なる主の教えが正しい事が証明されるのだ」

 その平静な眼の奥でランランと輝き燃え上がる狂気に、ディオドラは言葉を失い恐怖した。

「主の御心が、お言葉が、教えが、その全てが正しいと証明する為に、君達悪魔がどうしても必要なのだよ。ああ、倒されるべき悪である事を嘆く必要はない。その哀れな在り様すら、主は認め受け入れ愛していらっしゃるのだから。安心して子を儲け、数を増やすと良い――我々が君達を殺そう。我々が君達を滅ぼそう。慈悲深く偉大なる主の御心と教えの下に、その御心と教えの為に、君達が増えた分だけ必ず殺し滅ぼそう。聖女でありながら悪魔と成った堕落した聖女達も同様だ。何故なら彼女達は君達悪魔を――倒すべき滅ぼすべき悪を、自ら悪魔となってでも、神の聖名の下にお教えの下に救わんとする者達なのだから。無論殺すとも滅ぼすとも、それこそが――主の御心であり教えであり慈悲なのだから」

 淡々と自分にとっての真理を語るエクソシストの言葉に、ディオドラは言葉を口にできずに、ガタガタと震える。

「さあ、理解したなら、フィアンセを新たな妻を迎えに行きたまえ。ああ、彼女達を哀れと思うなら間違いだ」

 恐怖に震えるディオドラは、目の前の人間が理解できなかった。理解したくなかった。しかし、それでも、人を知り人の歴史を識るディオドラは、一つだけ気付いてしまった。目の前の人間は正気なのだと云う事に、正気を保ち正常のまま狂っている事に気付いてしまった。

「何故なら、彼女達は知っているからだ。自分達の考え思想が現代に則わず、争いの種になってしまう事を。そうと分かりながらも信仰深さ故に、自らを必死に抑え様とも、周りに合わせる事ができない事を彼女達は知っている。だからこそ、彼女達は自らその身を君に捧げ、神の聖名において君達悪魔を救わんとしているのだ」

 口が動いたならディオドラは"ふざけるな"と"なんなんだよ! それは!"と"お前ら頭おかしいよ!"そう叫んでいただろう。しかし、何も言えなかった。有り得ない程の狂気を前に身動ぎ一つ取る事ができなかった。

「さぁ、往くがいい。君のフィアンセが待っている。そして、悪魔の危機を救いたまえ。それこそが悪魔の為であり、聖女達の為であり、我々教会の為である」

 その言葉に押される様に操られたか如く、恐怖に体を震わせながら、ディオドラはフラフラと聖女が待っている教会を目指し歩きだす。

 

 しばらく歩いた先に在る、朽ちた教会にディオドラは辿り着いてしまう。

 優しさに満ちた可憐な笑みを浮かべながら、ディオドラの到着を待っていた聖女ジルは、虚ろな目で教会に辿り着くと同時に崩れ落ちたディオドラの様子に慌てて駆け寄り、エクソシストによって付けられた傷の治療を甲斐甲斐しく始める。

「ディオドラ様。傷の治療が終わりましたら、私を貴方様の眷属にしてくださいね?」

 聖女で在りながら悪魔の自分を様付けで呼び、まるで恋人の様に親しく接するジルに、ディオドラは絶望しか感じなかった。

「なぁ、僕を追い回してたエクソシストが言ってたんだ。転生悪魔に成ったお前達も殺すて、それで良いのかよ」

 無駄だと理解しながらも、自ら転生悪魔に成ろうとするジルにそう告げるが、ディオドラの言葉にジルは不思議そうに首を傾げる。

「彼はエクソシストです。悪魔を討ち世を護るのが使命。如何なる思い使命を持って悪魔に成ろうとも、それが悪魔であるのなら――彼等にとって討ち滅ぼすべき邪悪なのです」

 優しく言い聞かせるように、そう言い切ったジルの微笑みに一切の陰りはなく、むしろ何故そんな当り前の事を聞くのだろう? と小さく可愛らしく首を傾げていた。

「はは、なんだよそれ……狂ってるよ。お前ら」

 ディオドラの言葉を聞いたジルは、一瞬キョトンとした後に、クスクスと笑いだしてしまう。

「いいえ、違いますよ。狂っているのは――この世界です」

 誰もが見惚れる笑みを浮かべながら、聖女ジルは迷い無くそう言い切った。




なお、グルグルおめめの聖人・聖女・シスター・神父・宣教師・エクソシストが、神代から中世終わりまで、全世界に大量にバラまかれた模様

やっぱり、転生者は害悪


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある唯一神の手記

転生者達の頑張りと生き様。そして、その頑張りと生き様を見た人々が「アイツにできたなら俺だって!」と頑張った結果の話


○月○日

 人の子達の真似をして日記を今日から付けてみようと思う。

 と言っても、毎日ではなく、心に残った事のみを書き残そうと思う。

 

○月×日

 何故か創生神に認定されていた。

 余りにも訳が分からなかったので、私と同じ様に創生神認定をされた神々に相談をしたところ「人間には良く有る事」と言われてしまった。

 本当に意味が分からない。

 

○月△日

 あの忌まわしき邪竜。アルバトリオンが暴れ周り、人に害を成していると報告受け、全神話の神々に討伐の協力要請を出したが「人間が自力で討伐するからへーきへーき」と返されてしまった。

 

○月□日

 神々の協力を得られないまま、アルバトリオンと対峙する事になった。

 可能なら、闘神か武神等の戦事に慣れた神に任せたかったが、私の神話では私以外の神が居ないので、私とメタトロンと熾天使達だけで挑むはめになってしまった。

 思い出したくもない激戦の末、何とか追い払う事に成功する。

 それにしても、アレと同等ないしそれ以上と云われている――人の子達が名付けたミラ三兄弟が存在すると思うと気が滅入りそうだ。

 

○月○○日

 人の子は、己の意思と覚悟を持って、自ら奇跡を成せる存在である事を知った。

 忌まわしき黒龍・アルバトリオンを、神の血を引かぬ。何の才も特殊な力も持たない人の子が討ち滅ぼしたのだ。人の子の意思と覚悟は死や消滅すら乗り越える力を発揮すると初めて知った。

 ただ、その人の子はアルバトリオンを討伐した後、亡くなってしまった。その魂は消滅してしまった。

 恐らく、人の身の限界を幾度となく越えた反動なのだろう。

 せめてその名を歴史に刻もうと思い、彼の友人であるコカビエルに彼の名を聞いたが「自分は異分子であり、名を残す訳にはいかない」と誰にも名を言わなかったと言われた時は、アレだけの偉業を成し遂げながらも名を残してあげる事ができなく辛かった。

 何より悲しく辛いのは、自分の事を異分子と思い込んだまま、彼の魂が消滅してしまった事だ。

その事を知ってさえいれば、彼を抱きしめ「貴方は異分子ではありません。この世界に生きる人の子なのです」と言ってあげられた。彼の持つ苦しみ悲しみその苦悩を、僅でも癒す事ができただろうに。私は神失格だ。

 ただの皮の鎧・皮の盾・青銅の剣が、人々の感謝の祈りと想いから聖なる武具になる程に、多くを救い守った彼の偉業を後世に伝えよう。彼は確かに存在し懸命に生きたのだと。

 

○月△×日

 私は頑張っている。全神話の神々の中でも私以上に、人の子の為に頑張っている神は居ないと断言できる程に。

 だと云うのに何故、かの大災害たる大洪水を私の起こした事に成っているのだろうか?

 確かに私の権能を使えばあの大洪水を起こす事はできる。しかし、それは全神話の神々に対する宣戦布告でしかない。

 信徒達は、私をそんな野蛮な神だと思っているのだろうか? もしそうならこれ程ショックな事はない。

 そして、ノア。お前は何故、方舟に自分と家族以外の人間を乗せなかった? 私が天使達を引き連れ救助に向かわなければ沢山の人々が死んでいた。

 お前は海よりも深く反省すべきだ。

 

×月○日

 時折、人の子のする事が理解できない。

 何故、わざわざ異次元の邪神達をこの世界に招いたのか......私や北欧神話の良心であるロキ神を始めとした神々と共に追い返さなければ、とんでもない事になっていた。

 しかし、他の神々のあの無責任さはどうにかならないだろうか? 「人間達ならへーきへーき」ではないのだ。

 道は閉じたが、かの邪神達はこの世界を諦めてはいないだろう。何か対策を取らなくては……

 後、何故あれほどに人の子を愛し慈しむ神が悪神なのだろう? どちらかと言えばオーディン神の方が悪神に相応しいと思うのだが。

 

×月△日

 ロキ神に、人の子に構い過ぎだと言われてしまった。

 かの神の言葉通り、いずれ人の子は自らの足で立ち歩いて往く日が来るのだろう。しかし、まだその時ではないのだ。人に害をなす悪魔や魔獣。時折、思い出した様に現れ被害を撒き散らすミラ三兄弟等を筆頭にした古竜達。それらを何とかしない限り――私は見守るだけの存在になれそうにない。

 しかし、「神々が居なくとも人は生きて往く。祝福も加護も人には不要なのだ」と言う言葉は本当に素晴らしい。そんな世に早くなって欲しいと心から思う。

 

×月△×日

 人の世到来の為に何かできないかと考え続けた結果、素晴らしい名案が浮かんだ。それをミカエルやガブリエル達に話したら微妙な顔をされてしまったが、コカビエルは「友の残したこの聖剣に賭けて必ず成し遂げて見せます」と賛同してくれた。

 しかし、あの無名の聖剣の力が以前よりも増している様な気がしたが……きっと気のせいなのだろう。

 それよりも、一刻でも速く、古竜や人の手に余る魔獣達全てをルシファーが統治している冥界に追放しなくては。

 地球とほぼ同等の広さでありながら海が無い故に無駄に広大な冥界ならば、古龍や魔獣達の新たな住みかとしては十分だろうし、上手くいけば悪魔達が襲われて地上に要らぬちょっかいを出せなくなるかもしれない。

 自画自賛になるが、我ながら素晴らしい計画だと本当に思う。

 

×月○△日

 聖剣が超強化されていた。どうやら彼の偉業を知った人の子達の憧れ等の想いと困難・絶望等に挑む際の祈り。そして、今は亡き彼への背を押して欲しいと云う願い。それら全てが彼の遺品である聖剣に収束した結果、下位の聖剣から最上位の聖剣に変化した様だ。

 クシャダオラを冥界追放する際に、コカビエルが「此れは、人の祈り。人の願い。人の想い。人が生み出す光を輝きを束ねし奔流――受けるが良い!!」と言って極光を放った時は、な~にコレと思ったが。

 

△月○日

 コカビエルと共に古竜や魔獣を冥界送りにしていたらルシファーが文句を言ってきたので、一言「コカビエルを冥界に送り込みますよ」と言ったら黙って帰っていった。

 もう。唯一神を辞めて、コカビエルを闘神として扱っても良い様な気がしてきた。

 

△月×日

 人の子の考えが、私には良くわからない......

 創生神設定の次は、全知全能の神設定だった。

 人の子達よ。良く考えて欲しい。もし本当に私が全知全能なら、とっくの昔にクトゥルフ神話勢力の対策を考えだし実行しているし、どうすればより良い形で人の世にできるかと日々苦悩したりなどしていないと。

 これはもしかして、信徒達からのダメ出しなのだろうか? 今の私は神に相応しくないから、創世神であり全知全能の神と呼ばれるに相応しい神に成ってくれと云う事なのだろうか?

 もしそうなら、私の今までの頑張りは一体何だったのだろう? 人の子達の為に、必死で歯を食いしばり命懸けで頑張って来た――今までは……なんだったのだろうか?

 

△月○×日

 主神としての務めを果たしている時に「暫し目を瞑り耳をお塞ぎください」との祈りが聞こえたので、祈られた通りにしたら「具体的にはこの悪魔を拳で改心させるまで」と聞こえ、一体何が有ったのかと思い祈られた場所を覗いたら――私の信徒の女性が、必死に命乞いをしている下級悪魔を殴殺している光景が目に映った

 確かに私と悪魔は敵対しているが、命乞いをしている悪魔を笑顔で殴殺しろなんて言っていない。

 

□月×日

 酷い祈りが多すぎる。信徒達の行動が酷すぎる。

 弱りきり抵抗のできない悪魔を殺さない様に切り刻みながら「主よ。この悪魔に祝福を」と祈りを捧げるエクソシスト。

 人の子を害さず、ひっそりと生きていただけの大人しい竜の首を切り落とし「主の栄光に祝福あれ!」と叫んでいる男性信徒。

 大勢の男性を相手に「この者達の獣欲は私が受け止めます。主よ、どうかこの者達に祝福を」などと言いながら淫行に耽るシスター。

 どうして、何故、こうなった? 私の教えを簡潔に簡単に言うなら、皆仲良く節度を持って生きなさい。窮地に於てはいがみ合わず、互いに手を取り合い協力して頑張りなさい。他者を妬むより自分を高めなさい。と云うものなのだ。

 誰も、悪魔を惨殺しろとか、竜ならばとにかく殺せとか、婬行の耽ろとか言っていないのだ。

 とにかく、ミカエルに調べるように命じておこう。

 

□月△日

 ミカエルの報告によると"悪魔は人の強い意思と心に弱いと判明した為、意思と心を強化したらああなった"と言うものだった。

 意味が解らない。本当に意味が解らない。

 私が説いた愛はどこに消えたと云うのだろうか?

 とにかく、古竜や魔獣達の対応をしながら、悪魔への対応を強化する事にした。そして、婬行や残虐な行為を辞める様に、ミカエルに通達するよう厳命した。

 

□月○△日

 酷い祈りと酷い行為が減ってきた。良かった。本当に良かった。

 

□月○×日

 漸く、最後の古竜。ミラルーツを冥界に落とせた。

 祖竜と呼ばれるだけはあり、共として連れて来たメタトロンやミカエルと熾天使達が傷付き地に伏せ、コカビエルまでもが重症を負い地に倒れた時は、神でありながら絶望してしまった。

 しかし、コカビエルが「ま・だ・だ! まだ! 俺は負ける事はできん! これしきの事で! 屈する事などできん!!」と叫びながらヨロヨロと立ち上がったと思ったら、何故か負っていた傷が完治していて、一人でミラルーツとほぼ互角に戦える程に強くなっていた。

 もう、コカビエルが天使長で、私に何かあった時の後継者で良いんじゃないだろうか?

 

○×月×日

 半神半人でありウルクの王・ギルガメッシュの人の子と神々の別離宣言を受け、全神話の神々で話し合った結果。徐々に人の世に移行していく事が決定した。

 外なる邪神対策が何もできていない状況で、そんな事をされても困るのだ。恥を忍び、英知を持つオーディン神に相談したところ、全神話の宝具等を模倣したモノを人の子達に与えたら如何かとアドバイスを貰えた。

 全神話の主神達の了解が貰え次第、即座に制作に取り掛かろうと思う。

 

○×月△日

 全神話の主神達の同意が得られた。もっと難航するかと思ったが、すんなりと話が通って一安心だ。

 事前に根回しをしてくれたオーディン神に感謝しようと思う。それから、全人類に対する告知はギリシャ神話のゼウス神がしてくれる事になった。

 しかし、酒の上の席でこの様な提案をして、無粋な神だと思われないか少し心配だ。

 

○×月□日

 全神話の宝具等を模倣したモノを神器(セイクリッド・ギア)と名付ける事にした。

 手始めに、私が生み出した聖杯を模倣した神器を作ってみたが上手くいった。

 この調子で神器を作り、その運用の為のシステムを作るとしよう。

 

○△月○日

 アザゼルが「竜退治にはもう飽きた。地上で嫁さん貰って気儘に生きるから堕天する」と言って、199人の天使を連れて堕天した。

 いや、私は、人の子を妻として迎える事を反対した覚えは無いし、それが両者合意の下のならば、私自ら祝福しても構わなかったのですが。

 やはり、古龍や魔獣に悪魔の対応に加え、人の子達を襲う伝染病や自然災害の対応と、外なる邪神達の眷属の対応と仕事を押し付け過ぎたのだろうか?

 しかし、主神たる私はそれ以上に働いているのだから多少は我慢して欲しかった。

 もしかして……アザゼルが頑張って書いた神器の研究資料を、実現可能か? もし実現可能なら有効性はどれぐらいなのか? を、全神話の英知を持つ神々や戦いに関する神々に見せた事でかなり怒っていたから......それも理由だったりするのだろうか?

 

○△月□日

 神器製作が難航している。とにかく全神話の宝具等の数が多すぎるのだ。何とか、神代が完全に終わり、人の世に成るまでに終わらせなければ。

 しかし、やらなくては成らない事が多すぎる。

 古竜は全て冥界に落としたが、強力な個体の魔獣がまだ残っているし、人の子のしでかした事にも対応しなくてはいけない。悪魔はいい加減大人しくして欲しい。

 本当に、メタトロンとコカビエルを冥界に送り込んでやろうか?

 

○△月×日

 銀河の一部が砕けた。

 自分でも何を書いているか分からないが、女神アテナの教皇が砕いたらしい。唯でさえ忙しいのに銀河の修復に駆り出される私の身になって欲しい。

 とにかく、女神アテナには厳しく抗議した。

 後、インドの神々が「人間ならそれぐらいふつーふつー」と言っていたが......もしかして、本当に、インドの人の子達は軽い挨拶が目からビームで、正式な挨拶が奥義ブッパで、宝具はただのコレクションで、英雄なら星を砕いて当たり前なのだろうか?

 本当ならば――インドは如何なる魔境なのだろう?

 

○×月○日

 いつの間にか、嘗て自然災害で滅んだソドムとゴモラを私が滅ぼした事に成っていた。

 やはり、信徒達は私の事が嫌いなのだろうか......

 

□×月△日

 エジプトの神々に、人の子から助けを求められたので助けても良いかと訊いた処、快く了承を得られたので、エジプトの神々に相談しながら計画を立てた。

 エジプトで一番信心深いモーセに"杖が蛇になる" "手がライ病の様に白くなる" "ナイル川の水が赤くなる"と云う加護を持たせ、その加護を以って私の使いとして動いている事を証明して、助けを求めて来たイスラエル人をカナンへ導き、イスラエル人の国を建国する。と云う計画だ。

 正直、穴だらけの杜撰な計画だが......徐々に人の世に移行すると決まった以上、人の子への干渉は最低限のモノにしなくてはならない為にどうする事もできない。

 それとも、他の神々――特にギリシャの神々の様に、完全に神代が終わるまで最大限に干渉すべきなのだろうか?

 

□○月○日

 何がどうなっているのか良くわからない。

 モーセが加護を使って、ナイル川を赤くしたらエジプトに様々な被害が出て、モーセが拳で海を割りイスラエル人を連れてカナンに渡り、イスラエル人の国建国の地を探している間に食糧が底を尽いたら祈りで食料を生み出す。

 シナイ山にて、私の教えが知りたい乞われたので、私の勢力では私が唯一の神であり、偏見ではあるが弊害が多いので偶像崇拝を禁止している事。私の名を大義名分として虐殺や淫行等の悪徳を行わない事。私の信徒は、過労死するまで働く者が多いので、安息日を設け休ませている事。家族を大事にし他者を妬まず己を高める事。他者の優しさを利用し堕落せずに自分を律して節度を守る事等を教えたら、その教えを元に十戒為る物をモーセが作ったと思ったら、せっかく作った石板を自ら叩き割りもう一度同じ物を作った。

 自分で書いていても訳が分からない。

 ナイル川の件は、エジプトの神々の勧めで赤くなるだけの加護にしたのに、どうして様々な被害が出たのだろう? 共に見守っていた天空神ホルスも理解できずに物凄く慌てていた。

 モーセが拳で海を割った時や、祈りで食料を無から作り出した時は、私もホルス神も顎が外れるかと思った。

 そして、どうやって拳で海を割ったのか・祈りで食料をどうやって作りだしたのか聞きに行った天使達が「主の祝福に決まっているだろうが」と殴り殺された時、あまりの酷さに頭を抱えた私に「その、頑張って下さいね?」とホルス神が励ましてくれた。本当に心に沁みた。

 

△○月○日

 一部とは云え、私の信徒達の横暴が酷過ぎる。モーセの作った十戒の石板が私の教えを簡略したモノであるのがいけなかったのだろうか? とにかく、このままでは私の教えが人の子の為に成らずに、最悪は害を齎すかもしれない。

 ちょうど、イスラエルの王ソロモンに英知を願われたので、ゼウス神やニケ神に倣い、私の権能をコレでもかと注ぎ込んで作った十の指輪を渡して、私の教えを正しく広めるように頼んでおく。

 

△○月×△日

 人の発想力・想像力の素晴らしさに感嘆する。まさか、私の権能で悪魔を使役し時には仕置きができるとは。

 コカビエルではないが、やはり人の子は素晴らしい。

 

××月□日

 突然、ソロモン王に指輪を返されてしまった。理由を聞けば「神代が終わり逝く中で、これほどの神秘の塊を、一個人の血族が所有し続ける訳にはいかない」と云うものだった。

 やはり、ソロモン王は聡明な王だ。今まで頑張ってくれた感謝の印として知恵の指輪の一つを彼に授けた。多少強引ではあったが、ギリシャの神聖衣マジンカイザーやアイギス等に比べれば、微々たるモノなので無理に受け取って貰った。

 しかし、神器とシステムの話をしたら反対されるとは思わなかった。もし彼の言う通り人の子達に悲劇を苦しみを齎すならば……私のしようとしている事は過ちなのだろう。だが、神器とシステムが、外なる邪神に対抗する人の子の一助となるのは間違いないのだ。

 人の子の害に為らない様にできる限り、神器とシステムを完全に近いモノに仕上げなくては。

 

△△月○日

 私の信徒達の横暴がまた酷くなってきたり虐げられたりしている為、正しい私の教えを広め、虐げられている信徒達を救う為に、子を作り出し地上に派遣する事にした。

 何処に派遣すべきが悩んでいる私に、ローマの建国神であるロムロス神が「世界とはすなわちローマである。ローマに汝の正しい教義が広まれば、世界にその教えは正しく広まるであろう。ローマがローマであるが故に」とアドバイスをしてくれたので、私の子をローマに派遣する事にした。

 

△□月×日

 悪魔の嫌がらせにも負けず、人の子の迫害にも負けず、聖人や聖女が殺される中、私の正しい教えを広めながら、迫害されている信徒達を助ける為に頑張っている私の子――キリストが処刑された。

 どうして何故こうなった? いったい何が悪くてこうなったのだろう? 私が全知全能の神ならこんな事にはならなかったのだろうか?

 あと、ロムロス神が折り菓子を持って私に謝りに来た。彼もこんな結果に為るとは思っていなかったそうだ。

 

△□月○□日

 キリストが帰ってこない……心配なので天使達に探させようと思う。

 

△□月○×日

 キリストを見つけた天使から「天界に帰る前に地上を満喫したい」と伝言を受け取った。

 できればすぐに天界に帰ってきて、私の仕事の手伝いをして欲しかったが……あれほど頑張ってくれたので認める事にした。

 人の子の様に、親子でキャッキャッしながら一緒に仕事したかったが、頑張ってくれた子の為に我慢しよう。

 

×○月□日

 ついに、神代が完全に終わってしまう。

 人の子が自分で歩んで往く事を、嬉しく誇らしく思うと同時に、どうしても悲しく寂しく感じてしまう。

 私は、やはり神として未熟であり、神失格なのだろう。

 しかし、なんとか神器制作と運用システムの完成が間に合って良かった。

 これが人の子達に、私が直接してあげられる最後の祝福かと思うと――やはり、悲しく寂しくて辛い。

 人の子達の歩む先が、希望の光に溢れ幸せに満ちたモノであって欲しい。

 

×○月○□日

 お の れ ゼ ウ ス!!

 人の世に成る前日に祝い酒をするのは構わない。私もした。しかし、深酒をし過ぎて当日を寝過ごすとは何事なのだ!

 お前が全人類に対する神器の告知は任せろと言うから任せたらこの有様だ! 人の子との約束を! 世界との契約を! お前はなんだと思っているんだ!

 神代が終わった以上、我々神が人の子に大々的に関与できなくなったんだぞ。どう考えても全ての人の子に神器の告知は不可能になった。これではソロモン王の危惧した通り、人の子に悲劇と苦しみを齎すだけの害悪ではないか!? 人の子を苦しめる為に私は神器とシステムを作り上げたわけではない!!

 なにが「人間ならへーきへーき。自力でいつも通りなんとかするだろう」だ! お前には神としての矜持も誇りもないのか、この駄神めが!

 

×○月○△日

 駄神ゼウスにどんなに苦情を言っても無駄なので、自分で何とかするしかない。

 とはいえ、私は神々の決議の結果、地上に降り立つ事はできない。しかもこの件が非常事態に該当しない上に、人の子達に強く求められた訳でもない為に、分霊・化身の降臨もできない。

 やはり……地道に神器を宿した人の子に、神器の使い方とその危険性を教えて、制御方法を身に着けてもらうしかないのだろうか? 人の世に成って少しは楽ができるかと思ったのが間違いだった。

 キリストよ。早く帰って来て。

 

○月×日

 地上の様子を見に行っていたガブリエルが聖書なる書物を持って来た。私の教え等を書いた素晴らしい書物だと言って渡してきたが、一言だけ、この聖書を書いた人の子に言いたい。

 私はノアの大洪水を起こしていないし、ソドムとゴモラを滅ぼしていない。割礼を理由に天使を嗾けたり等しない。

 私は本当に嫌われているのか? 時間を作ってメソポタミアの原神である女神ティアマットに相談してみよう。かの女神ならきっと私の相談を真剣に聞いてくれるはずだ。

 

○月□△日

 時間を作り、ティアマット神に相談したところ、「人間とはそう云う者」と返されてしまった。

 詳しく聞くと「人間は自分の信じたいモノを信じ、信じたくないモノを信じない存在であり、神がどんなに心を砕き教えを説いても、自分達に都合の良い解釈をしてソレを広めてしまう」との事だった。

 そんな事はないと反論する私に、北欧神話のラグナロックやバビロニア神話のエヌマ・エリシュを例に説明されると私は納得するしかなかった。

 確かに、オーディン神はフェンリルに手を良く甘噛みされているらしいが、食い千切られていない。そもそも、あれほど人の子を愛し慈しむロキ神がそんな事をするとは到底思えないし、なにより北欧神話が本当に起こった事ならオーディン神を始めとした神々が健在で在る筈がないのだ。

 そして、エヌマ・エリシュが本当に起こった事なら、女神ティアマットは殺害され、世界を形成する材料に成っているはずなのだ。

 他の神話の事なので今まで気にしていなかったが、現実と人の子が語る神話の剥離が凄まじい。ティアマット神の言葉では、人の子は神々を題材にした物語を作るのが好きらしい。

 つまり、私は嫌われている訳ではなく。単純に、私を題材とした物語を人の子が書き、私の教えを広めようとしただけなのだ。

 良かった。本当に良かった。嫌われていなくて本当に良かった。

 しかし、エヌマ・エリシュの題材の大元が、メソポタミアの神々による人の子によって捧げられた豪華プリン争奪戦だったとは……そんなくだらない争奪戦に引っ張り出され、呆れ返り帰ったキングウ神が、人の子達から弱虫だのヘタレだの散々な云われ様なのは、余りにも酷い話だと思った。

 会う機会が有れば、優しくしてあげよう。

 

×月□日

 フランスで、私に助けを求める祈りが多いので覗いてみたら、フランスとイングランドが戦争をしていた。

 イングランド軍の焦土作戦によって、多くのフランスの民が苦しんでいるのを見た私は、即座にミカエルに適切な人の子を選び、イングランド軍をフランスから追い出して、王太子をランスへと連れて行きフランス王位に据え。この悲劇を早急に終わらせるように厳命した。

 本当は私が化身なり分霊を降ろし、フランスとイングランドに戦争を止める様に言いたいのだが、間の悪い事に、外なる邪神がちょっかいを出してきたのでコカビエルと共にその対応に追われている為できない。

 本当に、嫌がらせ能力だけは素晴らしい邪神だ。

 

△月×□日

 一言、言いたい。誰も旗を片手に先陣を切ってイングランド兵を一方的に蹂躙しろなんて言ってない。と言うより何故そんな事ができる? ジャンヌよ。君はただの農夫の娘だろう? どこでそんな武と怪力を手に入れた? 私はそんな加護を与えていない。

 そして、なぜ攻城兵器を人に向けて使った? 確かにイングランド軍の焦土作戦によって一番苦しんだのはお前達農民なのだろう。しかし、大砲を人に向かって撃つ奴があるか? お前の側に居るラ・イルとジル・ド・レの胃を殺す気か? 

 私は、イングランド軍をフランスから追い出して、王太子をランスへと連れて行きフランス王位に据え。この悲劇を早急に終わらせるように言っただけだ。それがなんでどうしてこうなった?

 

×○月○日

 ジャンヌが火刑に処された。ジャンヌの魂を天界に連れてくる様に天使に命じた。

 あの常識知らずに、私自ら常識を叩き込もうと思う。

 

□月○日

 最近、胃が痛い。

 なぜ、私の信徒達は、私の教えと名を利用して侵略や奪略をするのか……私の教えではそれらの行為は禁じていたはずだ。

 魔女狩りや十字軍などを私が許し認めると思ったのだろうか?

 これが神代の時代なら、直ぐに私自ら赴き説教の一つでもしてやれるのに。

 

□月×△日

 何故、あの子はああも頑ななのだろう? 主神としての務めの合間を縫って説教をしているが、一向に改善の兆しが見えない……私の言い方が悪いのだろうか?

 徐々に胃痛が酷くなってきている。ラファエルの癒しの力が効かなくなってきた。

 

□月○△日

 コカビエルが堕天した。正確に記すなら、私の下を離れて、自分の目で人の世を見て廻りたいと私に願ったので、許可を出したのだ。

 神代から今まで私の側で頑張ってくれたのだから、その程度の願いは叶えなくては主神を名乗れない。

 しかし、わざわざ堕天しなくてもと思うのだが……あの子の性格ならば仕方ない事なのかもしれない。

 

○月×○日

 どうして、私はこうも無力なのか。私の言葉ではジャンヌの心を動かせないのだろうか? 

 私が「彼らもまた君達と同じく聖書の教えを学ぶ者達なのだ。私の教えの受け取り方が違うだけに過ぎない」と説いても、あの子は「主の教えを正しく受け取れないのですから、それは異教徒ですよ?」と返し。

 私がそれを否定して「私以外の神を奉信する者であっても容易に殺めてはいけないのだ。私以外の神々は確かに存在し人の子を深く愛しているのだから」と言い聞かせても、ジャンヌは「偽りの神は主の教えを正しく広めるためには排除しなければなりません」と口にする。

 様々な神話の教えは多様性を生み出し、その多様性は人の子の新たな可能性を生み出すと説明しても、「偽りの神や異教徒にも寛大なのですね!」と嬉しそうにするだけで、攻城兵器である大砲は人に向けて撃つものでないと教えても、「異教徒は人間ではありませんよ?」と心底不思議そうにするだけなのだ。

 私の都合で苦しく辛い人生を送らせてしまったのだから、常識を身に着けてもらい第三天――天国でゆっくりとして貰いたかったが……どうすれば良いのだろうか?

 

○△月×□日

 私だけでジャンヌに常識を教えるのは無理と判断し、仏教の弥勒菩薩に協力をして貰ったが、弥勒菩薩に「あの凝固で強固で強力な無敵要塞兼最堅城塞の精神と意志をどうにかするには転生させるしかない」と断言されてしまった。

 私は転生を否定はしていないが、人生を歩み終えた人の子達には天国でゆっくりして欲しいのだ。本人が転生を望むならその通りにしても構わないが、私から転生しろと言うつもりはない。しかし、ジャンヌに一から常識を身に着けて貰うにはそれしか無いのだろう。

 弥勒菩薩の勧めに従い、記憶だけを保持したまま転生させる事にした。黒歴史なるモノがあれば常識を身に着けやすくなるらしい。

 人格・精神性を保持しない転生は、一から人格・精神性が構築されるために別人に成ってしまう。つまり、私はジャンヌを正し、常識を教える事ができなかったのだ。

 私はなんと未熟な神なのだろうか。

 

××月□日

 アステカ神話やマヤ神話を始めとした様々な神々から、物凄い苦情が殺到した。

 聞けば、私の教えや名を大義名分に、信徒達が虐殺されたとの事だった。

 私はひたすら頭を下げる事しかできなかった。早急に天使達に何とかするように厳命する。

 

××月○△日

 天使達の報告を聞いていた次の瞬間、私はベットの上に横たわっていた。

 側に居るラファエルに話を聞くと、私は天使の報告――虐殺や侵略を止める様に地上に降り立った天使を見た人の子が「神の許しを得た」と、全く話を聞かずに気炎を撒き散らしていたとの話を聞いた瞬間に吐血をし気絶したらしい。

 医療の神・保生大帝(バオションダーディ)に診察をしてもらう事にする。

 

××月□○日

 保生大帝にストレス性胃炎だと言われてしまった……

 良く効く薬を処方して貰い。胃痛を感じたら飲む様にと言われた。

 神なのにストレス性胃炎と落ち込む私に、保生大帝は胃痛持ちは私だけでは無いと教えてくれた。なんでも、"境界無き医師団"なる組織は、治療行為の為なら文字通り、神を殴り殺してでも治療を行う集団であり、その集団の後ろ盾である医療神達は全員胃痛持ちなのだとか。

 私だけでは無い。なんと素晴らしい事実なのだろう。

 

□月○日

 とうとう薬が効かなくなり、吐血が頻繁に起こるようになってきた――私は神でありながら死ぬのだろうか?

 

□月△□日

 全神話主神会議に出たら、いきなり出席者である主神達に「もういいっっ! もう休めぇぇ!!」と言われてしまった。

 何を言っているか分からない私に、口端から血が流れ続け居ると指摘されてしまった。

 この程度なら何時もの事だから大丈夫だと言うと、皆が泣いてしまった……解せぬ。

 

□月×○日

 全神話の主神達に「良いから言う通りにしろ。言う通りにしなければ神々の戦争全勢力版を起こすぞ」と脅され、言う通りにする事にした。

 とにかく、本霊である私と同等の分霊を作り、その分霊で天使達を率いて冥界に攻め込み暴れるだけ暴れ、何故か突然乱入して来た二天龍を分霊全てを使い封印して、私は死んだ振りをすれば良いらしい。

 良く分からないが、そうすれば神々の戦争を回避できるのなら、やらなければならない。

 

○月○日

 私は正気に戻った!

 良く分からないが、月読尊の神がそう言え書けと言っていたので書いてみた。

 後から聞いた話では、私は本当に危険な状態だったらしい。良く分からないが、駄神ゼウスが私を見て「すまなかった! 儂の責任だ! 儂が深酒などしなければ!!」と男泣きするぐらい危険な状態だったらしい。

 とにかく、私は神としての責務や義務とは縁遠い生活を送り療養しなければいけないそうだ。

 正直、かなり心配だが……ミカエルを信じ、天界を暫く任せるとしよう。本当はコカビエルが一番良いのだが。

 

△月○日

 私は今、日本の田舎村に根を張っている。なにしろご近所の老婦人の妙子さんが作る浅漬けが美味なのだ。

 縁側で、この浅漬けを食みながら飲む番茶は、本当に素晴らしい。

 ああ、このささやかな幸せを小さな幸福を、私の信徒達も味わってくれていたら――これほど嬉しく幸せな事は無い。

 今度、立川でブッタ君とルームシェアをしているキリストに、手紙とこの浅漬けを送るとしよう。きっと喜んでくれるはずだ。

 




おそらく、今作最大の被害神の一柱
転生者達は土下座してどうぞ




もう二度と日記形式なんて書かない。色々と書いたけど一番の難産でした


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女頑張る

 転生者の中には小さい女の子や大きなお友達も当然居る
 そんな、小さい女の子や大きなお友達が転生チートに願ったモノ――其れは夢と希望の権化
 これは、そんな夢と希望を受け継ぐ少女のお話し


 ぷりぷり怒っていても、穏やかで優しい人物であるのが伝わってくる白髪混じりで誰もが思わずお父さんと呼びたくなる"ザ・お父さん"な中年男性が、美しいブロンドの髪の女性にお説教をしている光景を、お説教を受けている女性にそっくりな女性が黙って見ていた。

 その光景を見ている女性。ジャネットは、これが子供の頃から何度も見ている夢だと理解していた。

 怒っている男性――聖書の神が、前世の自分であるフランスの救国の聖女ジャンヌ・ダルクにお説教している光景を、ジャネットは無言で見ていた。

「ジャンヌよ。何度言えば分かってくれるのだ? 理解してくれるのだ? 異教徒ではない。彼らもまた、君達と同じく聖書の教えを学ぶ者達なのだ。私の教えの受け取り方が違うだけに過ぎない」

 聞き分けの無い娘に、何度も何度も優しく言い聞かせる父親の様に、聖書の神はジャンヌに説明するが、当のジャンヌ・ダルクはグルグルとした目で、不思議そうに首を傾げている。

「主の教えを正しく受け取れないのですから、それは異教徒ですよ? 異教徒は主の元に送り救済しなくてはいけないのでは?」

 その純粋な疑問の声に、聖書の神が眉間を僅かに顰めて、その左手を胃の辺りに当てた。

「違う。そうではない。例え私以外の神を奉信する者であっても容易に殺めてはいけないのだ。この世には、私以外の神々は確かに存在し、私同様に、信徒達を、そして、全ての人の子を、深く愛しているのだから」

 深く深く言い聞かせる様に言葉を区切りながら、一言一言できるかぎり心を込めて話す聖書の神を、ジャンヌは不思議そうに見てる。

「神はこの世に貴方様だけであり、他の神は偽りの神です。主の教えを正しく広める為には排除しなければなりません」

 その強い意思の篭った言葉に、胃の辺りに当てていた聖書の神の左手が、何かを掴むように力が込められ白いローブにシワがよる。

「排除する必要など何処にも無い。私は聖書神話の唯一神でしかないのだ。この世には神話の数だけ神々がいる。それを否定する事は悲しい事だ。その神々の教えを否定する事は人の思いを否定する事に繋がってしまうのだ」

 優しく諭す様に言葉を紡ぐ聖書の神は、痛みを我慢するかの様に眉間に皺を寄せながら深い息を吐くが、その様子を意に介さないジャンヌは可愛らしく首を捻り考え込む。

「ジャンヌよ。異なる神を信仰する事は悪ではない。むしろ多様性を生み出す為には必要な事なのだ。そして、その多様性は人の子の新たな可能性を生み出す原動力となる」

 その言葉が終わると同時に、ジャンヌがポンと手を打ち、眩い笑顔浮かべながら大きく頷く。

「偽りの神や異教徒にも寛大なのですね! ああ、なんて慈悲深いお方なのでしょう!」

 眩しい笑顔を直視した聖書の神は、胃の辺りを握りしめて小さく苦し気に呻き「どうして理解してくれないのだ」と言葉を零してしまう。

「そうではない。そして、攻城兵器は大砲は人に向けて撃つものでは決してないのだ」

 心を籠め、どうにか常識を教え込もうと苦心している聖書の神の表情が、痛みを耐える苦し気なモノに変わる。

「異教徒は人間ではありませんよ? 偽りの神もしくは悪魔の先兵です」

 自らが信仰する聖書の神が、どんなに言葉を尽くし心を砕いても、ジャンヌはグルグルとした目で不思議そうに首を傾げるだけだった。

 その光景を黙って見ていたジャネットの口が勝手に動き、「主がここまで心を砕いて言葉を尽くしても何でわからないの!? この脳筋ゴリラ女!」と叫ぶ。

 とあるはぐれ悪魔を殺めてから、たまに見るだけのこの夢を頻繁に見るようになり、見た時は起きるまで神様が延々とジャンヌにお説教してるだけの夢の内容が変わってしまった。

「それを君が言うのか? ジャネットよ。前世と同じく私の教えを理解できない君が?」

 映画の場面が切り替わったが如く、聖書の神とジャネットだけになり、聖書の神が厳しい視線でジャネットを見据える。

「ああ、お前はなんて愚かなのだ。何故、私の教えを僅かにも理解できない」

 嘆く様に、嘲笑うかの様に、聖書の神は言葉を続ける。

「何故、あのはぐれ悪魔を殺した。知っていたはずだ。理解していたはずだ」

 聖書の神の言葉に、ジャネットの表情が今にも泣き出しそうな程に歪む。

「あのはぐれ悪魔は、ただの被害者でしかない事をお前は知っていた。悪魔によって無理矢理に転生悪魔にされ、奴隷以下の扱いを受けていた事を知っていた」

 耳を塞ぎ逃げ出したいと強く思っていても、ジャネットは黙って立っている事しかできなかった。

「確かに、あの憐れな被害者は化け物の姿に変わっていた。心も化け物に成り掛けていた」

 また、ジャネットの口が勝手に動いて言葉を紡ぐ。

「そうです。彼女が私に言ったんです! 「もう沢山の人を殺して食べてしまった。どんなに我慢しても食べてしまう」て、泣きながらそう言ったんです! 「体が化け物に変わって心も化け物に成ってしまったけど、それでも、ほんの少しだけでも心は人間で居たい」と! だから私はっ」

 必死に言い繕うジャネットの言葉と態度に、聖書の神は諦めた様に、心底落胆したと云わんばかりに、大きな溜息を付く。

「だから、その手に持つ旗で突き殺したのか。そうやって、お前は"魔法少女"でありながら、助けるべき者をその手で殺め、その可愛らしく煌びやかな衣装を血で汚していくのか」

 何時の間にか、ジャネットの手には、魔法少女に成ってからの相棒である自分の身長の2倍の大きさの旗が握られていた。

 真白のはずの旗が血で赤く染まっていて、魔法少女として活動する時に変身して身に付ける、沢山のフリルがあしらわれた純白の可愛らしいバトルドレスが血で真っ赤に染まったものを身に着けていた。

「見るが良い。それがお前の罪だ。お前の魂だ。その血で穢れきった醜い魂が、お前なのだ。ああ、お前はなんと罪深いのだ」

 聖書の神の言葉に、ジャネットは片手に持つ旗を手放し、その場に蹲り耳を塞ぎ「違う。違う」と呟き続ける事しかできない。

「何が違う? お前はあの者を救う術を知っていたではないか。それがどれほど頼りなく、絹糸よりも細い可能性であったとしても。失敗すれば、かの者の魂が永遠に失われたとしても、お前には救う術があった」

 聖書の神がジャネットの罪を突き付けてくる。

「お前は魔法少女で在りながら見捨てたのだ。お前は救いを求める者をその手で殺したのだ」

 聖書の神が嫌悪と憎悪の感情を顕わにし、蹲るジャネットの首に手を掛けていた。

「死ね。死んでしまえ。お前など生きる価値も無い」

 首を締めあげられながら吊り下げられたジャネットは、無抵抗のまま途切れ途切れに「ご……めん……なさい」と呟き続ける。

「お前など生まれなければ良かったのだ。存在しなければ良かったのだ。何故、お前の様な穢れた魂が存在するのだ」

 自分が犯した罪を暴かれ『ああ、私は神様に裁かれるのだ』とジャネットが思ったその時、「おう、良い度胸だな? カス野郎。人の妹にナニしてんだ? あ?」と声が夢に響き渡り、ジャネットは夢から覚めた。

 

 部屋の中に差し込む日の光の中で、ベットに横たわるジャネットは、ゆっくりと目蓋を上げると流れ落ちる涙を乱暴に拭い、深い溜め息を付いた。

「また、あの夢か......」

 とある悪魔の魔法少女ことセラフォルー・シトリーに、「私と契約して魔法少女になってよ!」と、業務内容とか給料関係とかその他諸々が記載された書類片手に迫られ、当時まだ8歳でアニメで見た魔法少女に憧れていたジャネットが、両親の「危ないからダメ」や兄の「今は良くても大きくなったら黒歴史だぞ!?」等の反対を押し切って、セラフォルーと契約を交わし、迷子の猫や犬を探したり困っている人を助けたり、ごく稀に人間界で悪さをする悪魔等を追い払ったりと、魔法少女として活動を始めてから丁度10年の年で、転生してから初めて、はぐれ悪魔を殺してしまった。

 セラフォルーからジャネットは確かに聞いていた。そのはぐれ悪魔は被害者でしかない事を、無理やり悪魔へと転生させられなければ、自分と同じように日常を謳歌している筈の普通の女性だった事を。

 それでも、ジャネットはその転生悪魔を殺めた。

 転生悪魔の救済と失敗した時のリスク。そして何よりも、十人近い人間を食い殺してしまった女性の心と魂を救う方法をジャネットは知らなかった。

「学校行かないと……」

 気怠い体に力を入れベットから降りたジャネットは、一階への階段をヨロヨロと降りながら洗面台に向かう。

 何時もより時間が掛かりながらも階段を降り切り、洗面台に向かうジャネットの耳に、「ジョージ君てさ、色々とおかしいよね? なんで、台所に居るのに二階で寝てるジャネットちゃんが、魘されてるて分かるの?」 「決まってる。妹を思う兄に不可能の文字は無い。そんな事も分からないから――実の妹に煙たがれるんだ。セラフォルー。お前には妹への愛が足りていない」と云うやり取りがジャネットの耳に飛び込んでくるが、セラフォルーと今世の兄であるジョージの何時もの軽口の叩き合いを無視して、洗面台で顔を洗い、二人が居る居間に入ると、ジャネットの予想通りに何時もの如く、「だから、煙たがられてないわよ! ソーナちゃんへの愛なら、誰にも負けない自信があるモノ! 後、いい加減にセラちゃんて呼んでよ☆」 「はっ、ちゃんて歳かよ。寝言は寝て言えや」 「あん? 零と雫の霧雪(セルシウス・クロス・トリガー)が炸裂するわよ?」 「零と雫の霧雪の初動見てからの阿修羅閃空から瞬獄殺余裕でした。をして欲しいか? ん?」等と言い合いながら、台所で朝食を作っているセラフォルー曰く"驚異的に動けるデブ" "見た目はテンプレオタクなのに実は生きた格ゲーキャラ" "炊事洗濯何でもござれの一家に一人の高性能見た目詐欺"の兄がすぐにジャネットに気付く。

「おはよう、ジャネット。今日は早いな? 何か朝から用事でもあったか?」

 もうじき登校時間だというのに、呑気に朝食を作っている兄にジャネットは呆れた様に溜息を付いた。

「何言ってるのよ。学校よ、学校」

 食卓に我が物顔で着いて、ジョージが作っている朝食を待つセラフォルーが小さく首を傾げる。

「あれ? ジャネットちゃんて部活してたっけ? 日曜だよね今日?」

 その言葉にジャネットが「えっ」と固まり、「ジャネットは兄ちゃんガチ勢だからな。部活などしない」と妹ガチ勢のジョージが言葉を続けた。

「誰がガチ勢よ。曜日を勘違いしただけじゃない……朝ごはん食べたら二度寝する」

 そう言いながら食卓に着いたジャネットは、椅子の背もたれに身を任せ大きく背伸びをすると同時に欠伸を一つ付く。

 「も~、女の子がそんなに大きく口開けないのハシタナイゾ☆」

 セラフォルーの言葉に、三人分の朝食が載ったトレイを持って食卓にやって来たジョージが「何を言ってるんだ。貴重なジャネットの欠伸シーンだぞ? 脳内フィルムに焼き付けるべき光景だろうが」と心底呆れた様に言い放った。

「キモイ事言わないで。それからセラ、あんたは何時まで朝食たかる気なのよ」

 何故か満足げに「キモイ発言頂きました」と宣っているジョージが、並べていく朝食の内容――バゲットパンを真ん中で切って、バターとジャムを塗って食べるオープンサンドとカフェオレとフルーツに、ジャネットが表情を若干顰めながら「またタルティーヌなの? ムイエットが良かったのに」と零すと、すかさずセラフォルーが「分かってない。分かってないよ。ジョージ君の手作りのパン・ジャム・バターの絶品ぶりが分かってないよ! 細長くカットしてトーストしたジョージ君手作りのバゲットに、スモークサーモンを巻き付けて、これまたジョージ君手作りのパルメザンチーズをふりかけたポーチドエッグに浸して食べるムイエットも確かに絶品だけど、タルティーヌも絶品なんだよ!!」と一息で言い切り、朝食を配っているジョージをジッと見据えると「だから、ムイエットも作って下さい。お願いします」と清々しい程の笑顔で言い放ち頭を下げる。

「タルティーヌにムイエットて、どんだけ食べるつもりだよ? また今度な今度」

 配膳を終わらせたジョージが椅子に座ろうとしたその時、ジャネットが熱い視線を兄に向ける。

「お兄ちゃん、私……ムイエットも食べたいなぁ~ ちゃんと残さないで全部食べるから――ダメ?」

 愛らしく可愛らしくあざとくほんの少し潤んだ目で自分を見てくるジャネットに、椅子に腰を下ろしかけていたジョージは、その恰幅の良い体からは想像できない機敏な動きで台所に向かい、即座に二人分――ジャネットとセラフォルーのムイエットを用意して何気ない表情で食卓の上に置く。

「そうだよな。フランス人の朝食ならムイエットだよな。お兄ちゃんウッカリしてたよ」

 そう言いながら席に付いたジョージに、セラフォルーは小さく溜め息を付く。

「チョロい。チョロすぎるよ......ジョージ君」

 自分のお願いは棚に上げてそう呟いたセラフォルーを、ジョージは「ふん。妹にチョロくない兄なんて居ねぇんだよ」と返しながら食前の祈りを口にし、ジャネットも目の前に並ぶ食事に、満足げに頷きながら祈りの言葉を口にする。

「う~ん。ジョージ君のご飯は本当に絶品☆だよね~ ソーナちゃんにも食べさせてあげたい☆」

 食前の祈りなど知るかとばかりに朝食をハグハグ食べているセラフォルーを、ジャネットは呆れた様にジト目で見る。

「セラ、朝食を毎日毎日たかりに来るのいい加減に止めなさいよ。兄さんもこいつの分まで作る必要なんてないんだから」

 そのジャネットの言葉に、セラフォルーは食べる手を止めてワザとらしく悲し気な表情を作り「そんな! 私達友達じゃないっ! それに、私をこんな体にしたのはジョージ君なのよっ! いくらお兄ちゃんを取られたくないかっらって酷いわ!」と泣き崩れる振りをする。

「そうだぞ。ジャネットの数少ない友達は大事にしないと……ボッチになるぞ? それから、セラフォルー。お前はただの遊びだ。本気にされても困るんだよ」

 泣き崩れた振りをしていたセラフォルーはその言葉に勢いよく顔を上げ、悪党顔をしているジョージを唖然とした表情で見つめる。

「そっ、そんな……酷いっ酷いわ! 私をジョージ君無しじゃ生きていけない体にした癖にっ、私を捨てるのね!? 許さない……そんなの、許さないからっ」

 いきなり始まった寸劇に呆れながらも、朝食を食べ終わったジャネットは食後の祈りを口にする。

「誰が友達で、誰がボッチになるのよ。それに、こんな兄で良ければ熨斗付けてあげるから」

 そう言いながら席を立ち、自分の部屋に向かうジャネットを、セラフォルーが呼び止めた。

「ジャネットちゃん。今日暇なら私に付き合ってくれない? どうしてもジャネットちゃんに会わせたい人がいるの」

 先ほどまでのふざけた態度が嘘の様に真剣な表情のセラフォルーが、真っ直ぐにジャネットの目を見据える。まるで拒否などさせないと云わんばかりに。

「ジャネット、セラフォルーと一緒に出掛けるんだ」

 普段では有り得ない、静かで強い口調の兄の言葉と、普段からは想像できない真剣なセラフォルーに、ジャネットは頷く事しかできなかった。

 

「で、此処は何処? 転移の魔法陣でいきなり山奥とか……こんな辺鄙な処に人が本当に住んでるの?」

 見渡す限り緑に覆われたと云うよりも、自然に侵略されつつある村をぐるりと見回したジャネットに、セラフォルーは「こう云う処は療養に良いらしいからね~ 温泉も湧き出てるし」と小さく返す。

「温泉ねぇ? なに? 自然に囲まれた温泉で疲れを癒して、また魔法少女頑張れて? いやよ。18になって魔法少女なんて、恥ずかしい事できる訳ないじゃない」

 しらけ切った表情でそう言い切ったジャネットに、セラフォルーは苦笑しながら首を左右に振る。

「言ったでしょ? 会わせたい人が居るって、それに女の子は何歳になっても女の子なんだから、恥ずかしくないのよ」

 そう言いながらセラフォルーがジャネットの手を取る。

「前にも言ったけど、私は魔法少女を辞めたの。魔法少女は13歳までの期間限定なんだから」

 嫌そうな顔をしながらも、自分の手を振り解こうとしないジャネットにセラフォルーが優しい笑みを浮かべる。

「魔法少女に期間なんてないわ。女の子は何歳になっても魔法少女になれるのよ!」

 そう力説したセラフォルーが「さぁ、会いに行きましょ! 先方は何時でも会いに来て良いて言ってたし! ジャネットちゃんの驚く顔が早く見たいし!」と嬉しそうにジャネットを引っ張りながら目的地に向かい歩き始める。

「ああ、もう。なんでそんなに身勝手なのよ! 引っ張らなくても、ちゃんと着いて行くわよ」

 そう言いながらも手を振り解こうとしないジャネットに、クスクス笑いながらセラフォルーはグイグイと先に進み、「ゴーゴーゴー! 魔王の話を蹴って魔法少女になったセラちゃんと、接近戦最強の魔法少女ジャネットちゃんのお通りだ~」と嬉しくて堪らないと大声でそう言いながら、ニコニコとクスクスと目的地に向かう。

 

 若干くたびれた古い日本式家屋の広い庭で、ジャネットが良く見知った男性が洗濯物を干している姿を見て、ジャネットの足が止まり唖然とする。

「えっ、嘘なんで?」

 洗濯物を干している男性。前世では懇々とお説教をされ、今世では何度も夢で見た――聖書の神の姿に唖然としているジャネットを他所に、セラフォルーは元気よく空いている手を上げると「ヤッホー。せいちゃん。ジャネットちゃんつれてきたよ☆」と物凄く気安い挨拶をする。

「ああ、セラちゃんか。丁度良かった。洗濯物を干し終わったら縁側でお茶をしようと思っていたんだ」

 如何にも親しい間柄と云わんばかりに気安いやり取りをする悪魔と聖書の神は、互いに笑みを浮かべ、近所話に花を咲かせながら未だ固まっているジャネットを引きずる様に縁側へと進んで行く。

「ほらほら、ジャネットちゃんも座って座って」

 縁側に辿り着くや否や直ぐに腰を下ろしたセラフォルーは、呆然と立っているジャネットに座る様に進める。

「それでは、私はお茶の準備をしてこよう。とても美味しい番茶の茶葉と芋羊羹の御裾分けがある。期待して欲しい」

 そう言いながら家の中に入っていった聖書の神を見送ったジャネットが、漸く再起動を果たした。

「えっ、なんで主が地上に? それに、せいちゃんて……え、セラ。なんで悪魔なのに主とそんなに仲良さげなのよ?」

 混乱の坩堝に囚われているジャネットに、セラフォルーが自分の隣をバンバン叩きながら「説明してあげるから早く座って」と促す。

「本当にちゃんと説明しなさいよ」

 そう言いながら自分の隣に腰を下ろしたジャネットに、セラフォルーは満足げに頷く。

「ほら。ジャネットちゃんさ、急に魔法少女辞めるて言い出したじゃない。あのはぐれ悪魔を殺してから」

 真剣な表情で話し始めたセラフォルーの言葉に、ジャネットは静かに耳を傾ける。

「私はジャネットちゃんに甘えてたんだよね。あの移動式無敵無敗要塞兼最堅最狂城塞のジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ女の子だから、大抵の事は任せて大丈夫だって」

 悔いる様に懺悔をしているかの様に話すセラフォルーから、ジャネットは静かに視線を外す。

「べっ、別にセラフォルーの責任じゃないでしょ」

 僅かに上ずった口調のジャネットの言葉に、セラフォルーはゆっくりと首を左右に振る。

「私のせいだよ。だって、ジャネットちゃんはジャンヌの魂と記憶を受け継いでいるだけの……それ以外は、何処にでも居る普通の女の子なんだもん」

 そう言いながら俯いたセラフォルーを見ていられないのか、ジャネットは視線をあらぬ方向に飛ばす。

「助ける方法は有った。フィエルボワの剣に込められた加護と祝福を使えば助けられたかもしれない。でも、私は彼女を殺した。だから、私が背負うべき罪なのよ」

 ジャネットの言葉に、俯いたままのセラフォルーが首を左右に振る。

「知ってるよ。フィエルボワの剣――どんな傷や病を癒し、どんな状態でも強制的に正常な状態に戻して、如何なる魔でも滅ぼす破魔の聖剣」

 一度言葉を区切ったセラフォルーが悲し気に言葉を続ける。

「でも助けるには、聖剣があの子が"人間であり、はぐれ悪魔の状態が異常"と判断した場合で、もし、"はぐれ悪魔の状態が正常"と判断したら魂が消滅していた。消滅さえしなければ、魂さえ無事なら、生まれ変わる事が出来るかもしれない」

 俯いたままのセラフォルーが、膝の上に置いた手を握りしめる。

「ジャネットちゃんに任せないで、私がやれば良かったの。忙しさを言い訳に、ジャネットちゃんに甘えなければ――ジャネットちゃんは苦しまずに済んだのに」

 小さく啜り泣きながら「ごめんね、ジャネットちゃんに楽しんで欲しくて、沢山の笑顔を見て欲しくて、魔法少女に成って貰ったのに、苦しめちゃってゴメンね」と謝るセラフォルーの頭を、ジャネットは乱暴に優しい手付きで撫でる。

「だから、セラのせいじゃ無いわ。それより、なんで悪魔のあなたと主が仲良さそうなのよ?」

 強引に話題を変えて来たジャネットの不器用な優しさに、セラフォルーはゴシゴシと涙を拭い顔を上げてジャネットに無理に作った笑みを見せる。

「名医として名高い医療の神・保生大帝神に相談したのよ。ジャネットちゃんの心の傷をどうすれば癒せますかって」

 聞いた事の無い神の名前にジャネットが首を傾げ「バオションダーディ神?」と呟くと、セラフォルーは大きくやや大げさに頷く。

「台湾の医療の神で、色んな神を診察した名医よ☆」

 無理やり何時もの調子にしようとしているセラフォルーに、ジャネットは『無理しなくても良いのに』と思いながらも「それで? その医療の神様が、主とどう関係があるのよ?」と素っ気なく口にする。

「え~とね? そう。余り知られてない事だけど! 冥界で聖書の神率いる天使と私達悪魔と堕天使の大戦が有ったのよ! それでね!? その大戦の最中に二天龍が乱入して! なんとか聖書の神であるせいちゃんが! 二天龍を! 封印したんだけど! その時の傷が酷くて! せいちゃんが保生大帝神に! 治療を頼んだら! せいちゃんは死んだ事にして! しばらく! 神様業を離れて! 療養に! 専念しないといけないって! 怪我の治療の為に! せいちゃんは! 死んだ事にして!」

 いきなり大声で区切り区切り捲し立てたセラフォルーに、ジャネットは驚きながら「分かった!分かったから、良く分からないけど、二天龍封印の時の傷を癒すために保生大帝神に診て貰ったら、主が亡くなられた事にして長期療養してるて事でしょ!? いきなり大声出さないでよ。びっくりするじゃない」そう言いながら、何も知らない一般人に聞かれたら面倒だとセラフォルーの口を慌てて塞ぐ。

「ほんとにもーあんたね、何も知らない人に聞かれたらどうするのよ? 良い? 手を放すけど、もう大声ださないでよ?」

 口を塞がれモゴモゴと口を動かしているセラフォルーが確りと頷いたのを見たジャネットは、嘆息しながらゆっくりとセラフォルーの口から手を放す。

「もー ジャネットちゃんたら心配性☆なんだから。お隣さんは一㎞先だぞ☆」

 しおらしい態度が霧散したセラフォルーに、ジャネットは無言で拳を握る。

「全力で本気でぶん殴るわよ?」

 その言葉を聞いた途端、セラフォルーが真っ青になり首をブンブンと左右に振る。

「やめて、ジャンヌ・ダルクばりの怪力で殴られたら、私の首の骨が本当に折れちゃうから――本当に止めて」

 大げさに嫌がるセラフォルーに呆れながら拳を解き下ろしたジャネットに、セラフォルーは本気で本当に安堵した。

「とにかく、保生大帝神に相談したら、適任者と云うか適任神? として、せいちゃんを紹介して貰ったの。ほら、ジャネットちゃんの前世はあのジャンヌだし、ジャネットちゃんも敬虔な信者だし」

 その言葉を聞いたジャネットは僅かに顔を曇らせる。

「でも、亡くなられた事にしないといけない程の怪我をされた主に、ご迷惑をおかけする訳にはいかないじゃない」

 迷惑にならないかと考えているジャネットの心配を、セラフォルーはにこやかに否定する。

「せいちゃんは物凄く気さくな神だよ? 正直、聖書の神だから、ジャンヌみたいに「悪魔死すべし慈悲は無い。異教徒死すべし慈悲は有る」みたいな神かと思ってたんだけど、会ってみたら凄くフレンドリーで、ジャネットちゃんの事も真剣に相談に乗ってくれたし」

 ジャンヌ云々の件で、ジャネットが視線を逸らしつつ「へーソウナンダ」と挙動不審になった事に首を傾げつつ、セラフォルーは言葉を続ける。

「三日ぐらい真剣に相談に乗ってくれて、今じゃ、セラちゃん・せいちゃんの間柄なんだよ☆」

 ミッと擬音が聞こえて来そうな、右手で作ったピースサインを横にして、自分の右目を挟む様に持ってきたあざとい仕草をしているセラフォルーに、挙動不審なジャネットが「ソウナンダー」と片言で返す。

「ふふ、仲良き事は良い事だ」

 ザ・お父さんな聖書の神が、急須と三人分の湯飲みと綺麗に切り分けられた三人分の芋羊羹が乗った大きめのお盆を右手に持ち、左手にはお湯の入ったポットを片手に縁側に姿を現した。

 その姿は紛れもなく、田舎のおじさんだった。

「も、申し訳ありません。主よ。今お手伝いを」

 信仰する神の姿に慌ててジャネットが靴を脱ぎ、縁側に上がると、右手に持つ大きめのお盆を恭しく受け取る。

「ジャンヌ。今の私は神の権能を全て封じた存在。そう敬う必要の無い」

 聖書の神の言葉に、ジャネットは首をブンブンと左右に振りながら、「いえ、例え、お力を失われ様とも、主は奉信すべきお方です」と言いながら、受け取ったお盆を神聖な物を扱う様に恭しく静かに縁側に置く。

「もー せいちゃんたら、ジャネットちゃんはあのジャンヌ・ダルクの魂と記憶を受け継いでいるけど、別人なんだから――ちゃんとジャネットちゃんと呼ばないと失礼なんだよ?」

 プンプンと怒りながらそう言ったセラフォルーに、聖書の神はにこやかに言い放った。

「彼女は間違いなく、ジャンヌ・ダルク本人だ。信徒を見間違えるなんて失礼な事はしない」

 その放たれた言葉に、ジャネットとセラフォルーはピッシリと固まる。

「えっ? だってジャンヌだよ? 「悪魔死すべし慈悲は無い。異教徒死すべし慈悲は有る」で、人間相手に攻城兵器の大砲を容赦なくぶち込んだり、味方の砲撃の雨の中「神の加護は此処に在りて! 全軍突撃!!」なんて本当に旗を片手に突っ込んで行ったり、色々とやらかしまくった――ジャンヌ・ダルクだよ? ジャネットちゃんはちょっと脳筋だけど優しくて良い子なんだよ? 誰かの為に本気で泣いて誰かと一緒に本気で笑う。そんな純粋な子なんだよ? 他に方法が無くてはぐれ悪魔殺しちゃったら一週間塞ぎ込んじゃう繊細な子なんだよ? どう考えても別人だよ??」

 混乱しながらジャンヌとジャネットの違いをつらつらと挙げるセラフォルーに、ジャネットは死んだ目で「セラノ、イウトオリデス。ワタシハ、ベツジンナンデス」と片言で呟いている。

 そんな二人に若干困惑しながら、聖書の神は茶葉の入っている急須にお湯を注ぎ、手慣れた手付きで急須を揺すると、三つの湯飲みに少しづつ順番にお茶を注ぎながら湯飲みの半分ぐらいまでお茶を注ぐと、急須をお盆に置く。

「セラちゃん。私は全ての信徒達を我が子同然に愛している。私は決して子を見間違えたりなどしない」

 力強くはっきりと断言した聖書の神の言葉に、油の切れた機械の如くギッギッギとセラフォルーが首を動かしジャネットの方を向くと、目が死んでいるジャネットはスッと顔を背ける。

「しかし、あのジャンヌが誰かの為に苦悩し涙を流し、はぐれ悪魔を救えず心を痛める程に成長するとは、弥勒菩薩の助言は間違っていなかった」

 しみじみと嬉しそうに呟く聖書の神は、ジャネットを慈悲深く優しい目で見つめた。

「ジャンヌよ。いや、今世ではジャネットか」

 嬉しさと慈悲に満ちた声に、ジャネットはハッとして姿勢を正し、真っ直ぐに聖書の神を見る。

「お前のその苦悩・悲しみ・痛みを忘れては成らない。失っては成らないのだ。何故なら、それこそが、人が人たる由縁。人である証なのだから」

 姿勢を正し真っ直ぐに自分を見るジャネットに、聖書の神は微笑む。

「人は、大小様々な苦悩・悲しみ・痛みを、その身と心・魂に刻み背負い生きて往く。だからこそ、人は優しさを慈悲を高潔さを知るのだ」

 真摯に真っ直ぐに自分の言葉に耳を傾けて、受け止め必死に自分なりに解釈しようとしているジャネットの頭を、聖書の神は優しく撫でた。

「ジャネットよ。お前はこれからも、苦しみに悲しみに直面するだろう。絶望する事もあるだろう。その時は、周りを見なさい。必ず、お前を心配し力に成ろうと足掻く者達が居る。その者達を頼りなさい。それは人として正しい事なのだから」

 聖書の神の教えに、ジャネットはゆっくりと頷いた。

「ジャネットよ。はぐれ悪魔を救えず殺めた事を苦悩し悲しむ者よ」

 言葉を区切り、目を瞑った聖書の神は一言だけ口にした。

「お前の罪を、我が名において許そう」

 その言葉にボロボロと涙をこぼすジャネットに、聖書の神はその涙を優しく拭う。

「お前はできる限りの事をしたのだ。ならば、後は神の領分だ。そのはぐれ悪魔の魂を救ってくれるように、私が他の神に頼んでおこう。だから、お前は自分を許してあげなさい」

 泣きじゃくる娘を慰める父親の様に、聖書の神は優しくジャネットを抱き締め、その震える背を、ジャネットが泣き止むまで優しく撫で続けた。

 

 

 漸く泣き止んだジャネットは、恥ずかしさの余り、顔を真っ赤に染め上げながら、聖書の神が淹れたお茶を恐る恐る口にしていた。

「いやぁ~ まさか、ジャンヌ=ジャネットだなんてね~」

 芋羊羮を頬張りつつそう言ったセラフォルーに、ジャネットが小声で「やめて、言わないで、私はジャネットなの。ジャンヌじゃないの」と呟く。

「う~ん。でも、ジャンヌと同一人物なら、はぐれ悪魔を殺しても何とも思わなそうなんだけど、その辺どうなのせいちゃん?」

 ジャネットの「違うから、私はジャンヌじゃないから」の呟きをガン無視したセラフォルーに、聖書の神は番茶を上品に飲みながら、しみじみと答える。

「恐らく。今生で嘗ての自分の評価を知り、周りの人々の様々な価値観や思想を知り、自分の視野と考えの狭さを身を持って理解したのだろう。その為、嘗てのジャンヌより精神面で大きく成長し感受性等も柔軟に豊かになり、他者の痛みや苦しみを真に理解し、我が事の様に受け止める事ができる様に成ったのだ」

 その答えに、セラフォルーは納得したのかウンウンと頷いた。

「そっか、世間一般じゃ救国の聖女様だけど、史実を知るとトンデモ凄女だってわかっちゃうか」

 耳を塞ぎたくても、信仰する聖書の神の言葉なので畏れ多くてできないジャネットは「お願いします。もうやめて、私はジャネットなんです」と呟く事しかできなかった。

「ああ、魔法少女としての活動も良かったのだろう。迷い猫や犬を探して感謝されたり、道に迷った子供を親元に帰したり、大荷物で困っている御老人や老婦人の手助けをしたりと、様々な人々との関わりがジャネットの成長の助けに成った事は間違いない」

 聖書の神の言葉に、ジャネットは凍り付いた。

「しかし、セラちゃん。でぃーぶいでぃーでも映っていたが、ジャネットの魔法少女の衣装は、その少々、露出が多く慎みが無い様に思えるのだか......」

 凍り付いたジャネットを他所に、聖書の神と悪魔で永久現役魔法少女は会話を続ける。

「え~ そんな事ないよ? 女の子は何時だって可愛くて素敵な服に憧れるのよ☆」

 セラフォルーの言葉に、聖書の神は「ふむ。そう言うモノなのか」と納得してしまった。

「やはり、魔法少女として頑張っているジャネットにアレを渡しておこう」

 聖書の神はそう言いながら立ち上がると、コカビエルに頼み、天界から運んで貰った荷物を取りに家の中に入って行った。

「ねぇ、なんで主が......私が魔法少女してた事を知ってるのよ?」

 拳を握り締めているジャネットに、セラフォルーは不可抗力だった事を必死に慌てて説明する。

「だって、仕方ないじゃない? ジャネットちゃんがはぐれ悪魔を殺しちゃた理由とか経緯とか話したら避けられないでしょ? だから、グーパンはやめよ? ね? ジャネットちゃんのグーは洒落に成らないから? やめよ?」

 自分の為に色々と頑張ってくれたセラフォルーを、グーで殴る訳にはいかないと、ジャネットは必死に我慢する。

「セラのおかげで、もう悪夢を見ないで済むだろうし......その、ありがとう」

 顔を赤くしながらお礼を言ってきたジャネットに、セラフォルーは「ジャネットちゃんのデレキッタァー!」と大声で叫ぶ。

「だから、大声出さないでよ。それから、お礼=デレてどんな方程式なのよ?」

 そんな二人のやり取りを微笑ましそうに見ながら、とある鎧と盾を持って戻ってきた聖書の神は「本当に、二人は良き友人同士なのだな」と嬉しそうに頷いた。

「あの、せいちゃん? その神々しいと言うか聖なるオーラが凝縮されたと言うか......見るからに魔に属する者が触れたら、ただじゃすまなそうな鎧と盾はナニ?」

 聖書の神が持ってきた鎧と盾から自然と放たれる神聖な波動に、悪魔であるセラフォルーは脂汗を流し始める。

「これは名を残さなかった無名の英雄が身に着けていた鎧と盾だ」

 未だ冥界で思い出した様に暴れ、猛威を奮うミラ三兄弟と同等の力を持つと云われる黒龍"アルバトリオン"を単身で討ち滅ぼした英雄の鎧と盾に、セラフォルーは目を見開く程に驚き、ジャネットは伝え聞く聖書最大最強の英雄の鎧と盾に感嘆の息を吐く

「ジャネットよ。かの偉大な英雄の鎧と盾をお前に託そう」

 突然の言葉にジャネットは硬直し、セラフォルーは『ただでさえ、接近戦最強の魔法少女がさらに超強化されちゃうのか~』と遠い目をする。

「魔法少女としての活動。それは、はぐれ悪魔や外なる邪神の眷属との闘いと云う危険も含んでいるのは、セラちゃんから聞いている」

 聖書の神の申し出に、ジャネットは「え、その、あの」と上手く返事ができず戸惑ってしまう。

「遠慮する事はない。彼の友であるコカビエルも、今のお前なら、安心して託せると言っていた」

 その優しい言葉に、ジャネットは恐る恐る鎧と盾を受け取る。

「その鎧と盾は、必ずお前の身と、共に戦ってくれる者達を護り、力と成るだろう」

 父性に満ちた笑みを浮かべながら、聖書の神はジャネットに神の力無き祝福を送る。

「ジャネットよ。頑張りなさい。そして、傷付き疲れたなら、何時でも私を訪ねなさい。僅かでも、その傷と疲れを私が癒そう」

 

 

 そして、その言葉を聞いたジャネットは思い理解した『あ。この流れ、私が魔法少女を辞められない流れだ』と。

 その光景を見ていた悪魔で魔法少女のセラフォルーは、ニンマリと笑う。『これでジャネットちゃんは魔法少女を続ける』と。




 物語の存在ではなく、本当に魔法少女達が存在した結果、セラフォルーは魔王に成りませんでした
 そして、魔法少女達の苦悩等を知り、魔法少女の力になるために魔法少女達を集め組織化して様々な神話勢力の助力を得てと頑張っていたら、セラフォルー自身がいつの間にか本当に本物の魔法少女に成りました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女頑張る 2

北欧の悪神と愚かな男の転生者のどうでも良い伝説

カリュウ・イウェーカー
北欧神話最高の狩人にして北欧の狩人(イェーガー)の言語となった人物
その転生者カリュウ・イウェーカー君の伝説(後世での後付け設定含む)
一つの矢を放てば、3~5本に分裂する
 某狩りゲーの拡散を「拡散使えたら強くね?」と安直に真似して、上手くいかなくて四苦八苦しなんとか辛うじて形にした程度
カリュウの放つ矢は堅い巨岩を容易く貫通し、その向こうの獲物を仕留める
 そんな事してないし、できない
カリュウが天に矢を放つと、矢の豪雨が降り注ぐ
 実際は、なんとか形にした拡散矢を曲射の様に放ってるだけで、決して豪雨ではない
カリュウの全力の一矢は、巨岩を消し飛ばし、山を削り取る
 そんな事できない
黄泉の国の女王・スカサハに勝負を挑まれるが、「自分……狩人ですから」と断るも、スカサハの押しに負けて、勝負を渋々受け、弓矢を構えた途端、スカサハが負けを認めた
 そんな事していないどころか、会ってすらいない
余りにも素晴らしい腕前にアリアンロッド神に求婚され断るも、押しに負けて子供を儲ける
 そんな事実はどこにも無い
太陽神ルーと弓勝負をして完勝する
 そんな事実はどこにも無い
狩猟神ケルヌンノスに狩りの仕方や作法を教えた
 そんな事はしていない。会ってすらいない
等などが"カリュウ・イウェーカー伝説"として語り継がれ、小説や漫画。劇として史実として扱われている模様



 魔法少女。その存在・有り様を知った女悪魔は強烈に魅られ憧れた。

 

 時は大航海時代。新天地を求め、人類が海を制覇した時代に、女悪魔は運命と出会った

 それは偶々偶然に訪れたとある田舎町での出来事だった。

 可憐で愛らしい衣装に身を包んで玩具のステッキを片手に持った幼い少女が、子猫を懸命に追い掛けている姿を見て興味本意で後を追って行った。その時、T字路で馬車に轢かれそうになった子猫に、「あ~あ、轢かれちゃった」と呟いた女悪魔の目に信じられない光景が飛び込んできた。

 幼い少女が「危ないっ」と玩具のステッキを振るうと、子猫を轢く寸前だった馬車がふわりと僅かに浮き、子猫の上を通り過ぎて地面に着地して何事も無かった様に走り去り、その異様な光景を観ていたはずの通行人も、何事も無かった様に通り過ぎて行く。

 その光景が、女悪魔には信じれなかった。

 少女がしたことは"魔力を込めて玩具ステッキを振るった"ただそれだけ。それだけで――走行中の馬車が浮き、広範囲の認識阻害魔法が発動した。

 本来。魔法は魔力を使用して魔法陣等の術式を編み、世界に働きかけ、術者の望む事象を成すモノであり。ただステッキに魔力を込めて振るだけで、発動・発現したりなどしない。

 魔法を深く理解する女悪魔は、目の前で起きた異質で異常な現象に唖然としながらも、馬車に轢かれそうになった子猫を胸に抱いて走り去る少女の後を追う。

 そこで見たのは、親猫と思わしき猫に、胸に抱いていた子猫を差し出しながら「もうお母さんとはぐれたらダメだからね」と満足げに笑っている少女の姿。

 あれほど異質で異常な力を持ちながら、子猫を一生懸命に走って追い駆けていながらも、何一つ得るものが無いのに、満足げに眩い笑顔を浮かべている少女に、女悪魔は気が付いたら声を掛けていた。

「初めまして、私はセラフォルー・シトリー。貴方のお名前を教えてくれない?」

 

 疑う事を余り知らず、その大切さを理解していない魔法少女リラとセラフォルーは、直ぐに仲良くなり、お互いにとって大切な友達になった。

 セラフォルーにとって、リラとの他愛のない会話や魔法少女の活動の手伝いは、シトリーの次期当主として圧し掛かってくる責任や期待等から解放され、もっとも自分らしく在れる時間となり。

 リラにとって、シトリーの次期当主として学んだ様々な知識・技術を持つセラフォルーは頼れる姉の様な存在になっていた。

 そんな日々を送っていたセラフォルーは、大切な妹分で友達のリラから、世界中に魔法少女が居る事を聞いて、無性に会って話をしたいと思うようになっていた。他の魔法少女達もきっと、リラの様に素直で純粋で素敵な女の子に違いないと。

 誰にも文句を言われない・言わせない為に次期当主の勉学を完璧にこなし、リラの魔法少女の活動の手伝いをしながら、セラフォルーは文字通り世界中を巡り、多くの魔法少女と出会た。

 数多くの魔法少女達と出会い、親しくなり、その活動を手伝って、セラフォルーは魔法少女が使う魔法の仕組みを理解した。

 それは反則と言っても過言ではない仕組みだった。魔力を使い術式を編む必要も無ければ、その術式を時間をかけて努力して学び理解する必要も無い。魔力を使って、世界や星の意志に直接呼びかけ、望んだ事象を起こして貰う。

 それこそ、漫画やおとぎ話の中だけに存在する夢の様な魔法。

 その事実を知ったセラフォルーは驚くと同時にすんなりと納得した。"ああ。やっぱり、彼女達、魔法少女は世界から星から愛されている"と。

 セラフォルーの出会った魔法少女の多くは、純粋で優しくて誰からも好かれる素敵な女の子。だからこそ、すんなりと受け入れ受け止める事ができた。

 魔法少女を包む世界は優しくて暖かなモノだと、セラフォルーは思い込んでしまった。

 

 いつもの様に次期当主としての務めを完璧にこなし、リラの手伝いをして、新たな魔法少女との出会いに、胸を心を躍らせときめかせていたセラフォルーは、初めて、自分が今まで出会った魔法少女達は運が良かっただけだと知る。

 薄汚い欲深い人間の男に、騙され、穢され、凌辱され、幼い魔法少女が自ら命を絶った事を知った。

 自分の同族である悪魔に、騙され、良い様に利用され、口にするのも悍ましい凌辱の果てに、心が壊れてしまった魔法少女と出会った。

 誰かを守る為に、助ける為に、勇気を振り絞り、外なる邪神の眷属と戦って、そして敗北し、眷属達の苗床になり、狂ってしまった魔法少女を見た。

 世界は――魔法少女を包む現実は、優しくなかった。温かくも無かった。どこまでも冷酷で、残酷で、理不尽で、不条理なモノでしかなかった。

 

 魔法少女の放つ光に輝きに憧れ魅せられ、その在り様。その姿に。その笑顔に。どうしようもない程に惹かれたセラフォルーは、声なき声で、魔法少女を取り巻く現実に、心から魂から叫び吼えた。

 

 ふ ざ け る な!! こんな現実 こんな世界 私は絶対に認めない! あの子達が放つ輝きは、あの眩しい笑顔は! お前らなんかが お前ら如きが 踏みにじって良いモノじゃないっ! 穢して良いモノじゃない! 玩具にして弄んで壊して嬲って! お前達が好き勝手にして台無しにして良いモノなんかじゃない!!

 

 現実を知ったセラフォルーは、たった一人で、世界に現実に挑んだ。魔法少女を守り助け、その輝きと笑顔を守る為に。

 シトリーの次期当主としての責務も義務も何もかも投げ出して投げ捨てて、世界中を駆けずり回り、出会った魔法少女達に疑う事の大切さを説き、戦い方を知らない魔法少女に戦い方を教え、窮地に落ちた魔法少女を守る為に、我が身が傷つくのを構わずその身を盾にした。

 しかし、セラフォルーが懸命に助けて廻っても、世界のどこかで、魔法少女は心を壊され、正気を失い、命を落として逝く。

 それでも、セラフォルーは歯を食いしばり、リラを始めとした魔法少女達の心配の言葉に「大丈夫」とだけ返して戦い続ける。「私が、私が守らないと。私が助けないと」と小さく呟きながら。

 

 碌に休憩も取らず、眠る事もせず、食事すら疎かにして、頑張り続けたセラフォルーは、人の目が無い寂れた裏路地で、ついに力尽き倒れてしまう。倒れこみ気を失ったセラフォルーの体が淡い光に包まれると同時に、その体は地上から消えた。

 

 フカフカとふわふわとした心地よい感触に身を任せ、寝言で謝罪を口にしているセラフォルーに、少し離れた所にある椅子に腰かけた黒いローブを身に纏った年若い男性――北欧の悪神ロキは、忌々し気に苛立ち交じりの溜息を付く。

 悪魔であるセラフォルーをロキは助けるつもりなんて無かった。ましてや、人の子達にしている様にその旅路を見守るつもりなんて更々なかった。それなのに、つい見守り助けてしまったのだ。

 セラフォルーが、自分を"最高の神"と呼んだ救い様の無い愚か者に何処となく似ていると、性別・性格・生き様どころか種族すら違う。何もかもが違うのに、どうしてか、セラフォルーと愚か者が似ているとロキは感じてしまった。

「――いや、救い様が無い愚かさは確かに同じか」

 目の前で無防備に寝ている愚かな悪魔に嘆息しながら、最低限の導きとちょっとした用事を与える事を決め、「聖書の神に、人の子に構い過ぎだなどと――偉そうな事は言えんな」と零しながら、セラフォルーが目覚めるのを静かに待った。

 

 ロキの神域で三日。地上の時間で一秒たったかどうかの時間で、セラフォルーの瞼がゆっくりと開く。

「え? ここどこ?」

 薄汚い裏路地で力尽き倒れたはずなのに、気が付いたらどこの豪華ホテルだと言いたくなる様な部屋に、四季折々のそれも世界中の花を集めましたと云わんばかりに、大きな花瓶に同じ時期に咲かないはずの希少な花が飾られていて、大きな窓の外には、絶滅したはずのドードー鳥・ヨーロッパライオン・フォルスラコス等の動物が、緑豊かな自然の中で争う事無くのびのびとしている光景。微かに香る上品な香の匂い。意識を失う前の光景と取り戻してからの光景の違いに、セラフォルーは混乱し「どこよぉぉ!? こっこぉぉぉぉ!?」と絶叫したとしても、仕方のない事だった。

 数回のノックの後、切り分けられた果物や数種類のパンにスープが乗ったワゴンと共に部屋に入ってきたヴァルキリーは、セラフォルーが目覚めているのを確認すると、無言で部屋の中央に備え付けられているテーブルの上に持ってきた食事を配膳する。

「ねぇ、此処はどこで、貴女は誰? なんで私を此処に連れてきたの?」

 配膳の手を止めたヴァルキリーは、クルリとセラフォルーの方を向く。

「此処は北欧の神ロキ様の神域だ。本来ならば、お前如き悪魔が立ち入れる場所ではないと知れ」

 余りの言い様に、「連れて来たのはあんたらでしょうが!」と喉までで掛かった言葉を、セラフォルーはグッと飲み込んだ。

「で、なんで私を此処に連れてきたの?」

 感情的になり反論しても、相手が有利になるだけだと学んでいるセラフォルーは、少しでも情報を得ようとヴァルキリーを観察するが、無表情で淡々とした動作に何も読み取れずにいた。

「ロキ様自ら、お前をこの神域に招いたのだ。その理由など私が知る訳がない。知る必要すらない」

 そんな状態のセラフォルーなど知るかとばかりに配膳を終えたヴァルキリーが、セラフォルーを感情の籠らない目で見据える。

「この神域から出たいなら、この食事を完食し、ロキ様にお会いする事だ」

 部屋と食事の内容から、一応歓迎されているだろうと思う事にしたセラフォルーが「まぁ、この豪勢な部屋に豪華な食事なら、敵対の意志は無いって事だろうし……」とそこまで口にした時、無表情だったヴァルキリーが、可哀そうなモノを見る目でセラフォルーを見た。

「この部屋は、この神域で最もグレードの低い部屋だ。当然、食事内容も相応のモノになる――そうか、お前にとって、コレは良き部屋で在り良き食事なのか……」

 明確に憐みの籠った視線と言葉に、セラフォルーはビッシリと固まってしまう。

「神域と下界の時間の速度は全く違う。そうだな――大体、神域の半月で下界の一分ぐらいだと思えばいい。だから、ゆっくりと堪能すると良い」

 無表情が優しい表情に変わり、無機質な声色が慈しみの声色に変わった。

「好きなだけとは言えんが……心往くまでゆっくりとすると良い」

 優しい笑みを浮かべたまま、ヴァルキリーがワゴンを押しながら退室した後、セラフォルーは吠えた。

「私はセラフォルー・シトリーよ! 最近は貧相な生活だったけど! 冥界に帰ればお嬢様! お嬢様! と云うか、これで最低ランクてどんだけよ! 最高ランクはどんなのなのよ!?」

 そう吠えた後、碌に食事をしていなかったセラフォルーのお腹がキューと可愛らしくなり、目の前のテーブルから香ってくる美味しそうな匂いに負け、いそいそとテーブルに着いたセラフォルーは料理の美味しさに「これで最低ランク……最低ランクなんだ」と呟きながら完食した。

 

 神と悪魔の格差を思い知らされたセラフォルーは食事を終えた後、部屋を出てロキの下に行こうと神域を彷徨い、出会うヴァルキリー達に優しい表情と声色で「む、散策か? ならば良い所がある」と優しくされ、「早く地上に戻りたいからロキに会いたい」とセラフォルーが要件を告げると、「ゆっくりしていって良いんだぞ。ほら、そこの通路を真っ直ぐ行って、突当りを右に行くと良い。フォルスラコスの子が良く遊んでいる場所に辿りつく」と神域観光を進められる始末。それにもめげずに彷徨い続けたセラフォルーは、先ほど出会ったヴァルキリーに貰った軽食用のサンドイッチを堪能しつつ、ロキが居る広間に辿り着いた。

 謁見の間に辿り着き、大変美味しいカツサンドを食べ終わったセラフォルーが、扉の前に居るヴァルキリー二人に「もっとゆっくりしては?」と言われ、「良いから中に入れて」と言い放ち、開け放たれた扉を潜る。

 

 華美な装飾に彩られた、一つの部屋が芸術品として完成している謁見の間。その奥の一段上がった場所に鎮座している王座に腰掛けて、自分を見下ろしているロキに一礼したセラフォルーが、ロキの前まで歩き、儀礼の言葉を口にしようとするが、ロキは片手を上げそれを止める。

「挨拶など不要だ。悪魔等に礼儀等求めていない」

 儀礼を完全に無視した不遜な物言いに、セラフォルーは困惑してしまう。

「さて、度し難い愚かな悪魔よ。お前を我が神域に招いたのは他でもない」

 初対面でいきなり、礼儀を求めてない・どしがたい愚かな悪魔と言われたセラフォルーのこめかみがヒクヒクと引き吊るが、ロキはそんな様子を気にも止めずに言葉を続ける。

「よいか? 救い様の無い愚かな悪魔よ。神であるこの私が助言をくれてやる。心して聞き、その足りない頭にしかと刻み込め」

 喉元まで「誰が愚かで足りない頭なのよ!」と出掛かったセラフォルーは、グッと我慢しなんとか頷く。

「お前は魔法少女達を救い守らんと足掻いているつもりだろうが、その行動で救い守れるのは――ほんの一握りだけだ」

 その言葉に、セラフォルーは怒りが我慢できずにロキを睨み付ける。

「知った様な口をっっ! あんたに……あんたなんかに……あの子達の絶望が苦しみが理解できてたまるかっ! あんたが何を知ってるっていうのよ!!」

 魔法少女達を救い守らんとしていてるセラフォルーの怒りの叫びを、ロキは鼻で嗤う。

「無論。知っている。理解している。何故ならば、この目で見、全て記憶しているのだからな」

 ロキの言葉に、その意味が理解できなかったセラフォルーが、「え?」と零す。

「私は旅人を見守る神でもある。ならば、人生と云う当ての無い旅路を往く、全ての人の子達を見守る神でもある」

 その言葉の意味を理解したセラフォルーの右手に高密度の魔力が集まる。

「それって、つまり……見てたって事よね? あの子達が弄ばれ、酷い目にあって、心が壊されて、殺されて、自分で命を絶つ。その様子を――その光景を――黙って、神の癖に、何もしないで、助けも、救いもしないで、見てたって事よねぇぇぇ!!」

 後先考えずに、怒りに激情に任せ、右手に収束し凝縮させた全力の魔力弾をロキに向けて放つが、その魔力弾がロキに当たる直前に霧散してしまう。

 掛け値無しの全力の攻撃が通じなかった事に絶望するよりも、セラフォルーはその事実に激怒し、激情に駆られ、何度も何度も魔力弾をロキに放つが、その全てが完全に無力化された現実にセラフォルーが吼えた。

「なんでっっ! なんでよ! こんなに! 私の攻撃を簡単に無効化できるなら! そんなに強いならっっ! あの子達を守って、助けるぐらいっ! あんたならできるでしょう!?」

 どんなに守りたくて救いたくても、必死に足掻き藻掻いても、全ての魔法少女を守れず救えない、魔法少女に焦がれ憧れた少女の悔恨と嘆きの叫びに、北欧の悪神にして旅人を見守る神は、ただ一言だけ口にした「何故、救い守らなければならない?」と。

 ロキが口にした言葉に、セラフォルーは唖然として棒立ちになってしまう。

「もう一度問おう。何故、救い守らなければならない?」

 唖然としていたセラフォルーは、その言葉を漸く理解し、クスクスと笑いだす。

「ああ、うん。なるほどね――所詮は悪神かぁ……」

 クスクス笑いながら、瞳孔が完全に開き切ったセラフォルーが遠距離攻撃は無意味と考えて、両の拳を握りしめ全力で魔力を収束させ凝縮させる。

「絶対にぶん殴って、見棄てた子達に「ごめんなさい」させてやる!」

 展開した悪魔の翼から魔力を指向性を持たせ排出し、格闘戦を仕掛けようとしたセラフォルーに向かって、ロキは一言命じた「ひれ伏せ」と。

 自分の意志とは関係無く、ロキの前でフロアにうつぶせに這い蹲ったセラフォルーは困惑しながらも、必死に立ち上がろうとするが、一切体が言う事を聞かずに「なんで!? なんで、体が言う事を聞かないの? 私はアイツをぶん殴らないといけないのにっ!」と必死に足掻く。

「ふん。言葉に神の威を乗せただけでこの有様か。その程度の実力で、全てを一人で背負おうとするなど片腹痛い」

 侮蔑と呆れを含んだ言葉と視線に、セラフォルーは必死に立ち上がろうとするが体が言う事を聞かず、指一本動かす事ができない。

「聴け、無知無謀の悪魔よ。お前のしている事は、ただの独り善がりに過ぎん」

 そのロキの言葉にセラフォルーの全身に怒りが満ちた。

「守り救う必要など何処にも無い事を知れ」

 投げ掛けられた言葉に、セラフォルーの指先がピクリと動く。

「年齢、性別など関係ない。力を得て力を振るうと決めたならば、相応の覚悟をしなければならない」

 その言葉に、セラフォルーは、自由にならない身体を、意思の力で、無理矢理従わせる。

「その覚悟が決意が未熟であった故に、あの者達は悲劇・惨劇に見舞われたのだ」

 自由に成らない四肢に、無理矢理に力を込め、セラフォルーはゆっくりと確実に立ち上がる。

「ふざけないで......何が必要ないよ。何が未熟よ。あの子達は懸命に頑張ってる! いつだって! 自分にできる精一杯を尽くしてる!」

 神の威圧をその身に受けながらも、必死に立ち上がったセラフォルーの姿に、一人の男を幻視したロキは、セラフォルーに乗し掛かる圧を解き盛大な溜め息を付いた。

「どうして、こうも頑迷で固くなで猪突猛進で考え無しなんだ――何故、柔軟に臨機応変に賢く生きられないんだ......」

 体を襲っていた威圧が消え、盛大な溜め息を付いて顔に右手を当てて嘆いて居るロキに戸惑いながらも、セラフォルーはとにかくぶん殴るチャンスとばかりに一歩踏み出す。

「他の人の子達を見ろ......あの者達はお前らなんぞより、遥かに柔軟に臨機応変に賢く生きている。それを見習え、学べ、少しは学習しろ!」

 クッワッと目を見開き、握り締めた拳に再び魔力を纏わせたセラフォルーを勢い良くビシッリと指差したロキが吼えた。

「聞いてるのか!? 猪突猛進・残念無念・ポンコツ娘!? お前に言っているんだ! 学習能力ゼロの残念ポンコツ娘!」

 ロキの豹変振りに一瞬戸惑い、立ち止まったセラフォルーは、初対面で残念・猪突猛進・学習能力ゼロ・ポンコツ娘と断言された事に反論の声を上げる。

「誰が、猪突猛進で学習能力ゼロで残念無念のポンコツ娘よ!? 冥界では才女として有名なのよ!」

 その言葉を「残念ポンコツ娘が才女なら、人の世は天才で溢れている事になるな」とロキが鼻で嗤う。

「本当に失礼な奴ね!? 見てるだけで何もしないアンタよりは遥かにマシよ!」

 何が有ろうと絶対に気が済むまでぶん殴ると決めたセラフォルーの言葉に、ロキが深い溜息を吐く。

「またソレか……神代ならともかく、人の世で神がその力を振るうなど、許される訳が無いだろう」

 神代の時代が終わり人の時代に成った故に、その強大な力を地上で振るえ無くなった神の言葉に、セラフォルーが「なにが人の時代よ! 神代が終わったよ! 時代の呼び名が変わったぐらいでっっ」と噛み付き、その言葉にロキが口を挟み遮る「まて、もしや……」と。

「おまえは――もしや、人の子らと神々の約束。世界と神々の契約を知らないのか? いや、すまない。いくら残念ポンコツ娘とは云え……そんな訳がない。ないよな?」

 神の威厳とか色んなモノを投げ捨て始めたロキの言葉に、怪訝そうな表情で「なによそれ?」と一言口にしたセラフォルーを、ロキは信じられないモノを見るような目で見てしまう。

「簡潔に教えよう。神々は人の子らの独り立ちを認めたのだ。そして、神の力を地上で揮う事を自ら禁じ、地上への本霊降臨の禁止と、分霊・化身の降臨は人の子だけではどうする事もできない危機か人の子らに心から望まれた時のみと定められている」

 シトリー家の次期当主として、相手の虚言を見抜く教育を受けているセラフォルーは、ロキの言葉に嘘が無い事を知り、驚きの余り口を開きポカーンと開いて立ち竦んでしまう。

 そんなセラフォルーの様子に嘆息しながらも、ロキは言葉を続ける。

「神の加護や祝福なども同様に制限されている。そうだな……例を挙げるとすれば、小石に躓いても転ばない。鳥のふんが頭上に落ちてこない。失せ物が何時の間にかヒョコリ出てくる。夢見の内容で間接的・抽象的に何らかの警告などをする。こんな処か」

 余りにも微妙過ぎる祝福や加護に、セラフォルーは何とも言えない表情になってしまう。

「なんでそんなに微妙なのよ。もっと、獣除けとか、病に罹り難くなるとか、色々あるでしょ……」

 そんなセラフォルーの言葉に、ロキはフンと鼻を鳴らす。

「なにが微妙なモノか、加護も祝福もこの程度で十分だ。しかし、この程度の事すら知らないとはな。これで才女とは笑わせる」

 ロキの言葉にウグッと呻いたセラフォルーは握りしめていた拳を解き、視線を宙に彷徨わせ始める。

「えっと、その、ごめんなさい」

 彷徨わせていた視線をロキに向け、深々と頭を下げたセラフォルーが言葉を続ける。

「知った様なこと言って、攻撃して、申し訳ありませんでした」

 頭を下げ謝罪するセラフォルーを、ロキは詰まらなそうに見詰めた。

「かまわん。超絶残念ポンコツ娘のじゃれつき如き、どうでもいい」

 残念ポンコツ娘から超絶残念ポンコツ娘にランクアップしたセラフォルーはグヌヌと唸るが、今回は自分が悪い事を理解している上、冷静に考えるとシトリー家取り潰しクラスの外交問題を起こしてしまった事に気付き「かっ、寛大なご処置に感謝します」としか言えなかった。

「さて、超絶残念ポンコツ娘。お前はこれより、堕天使・コカビエルに会い、お前の見聞きした事。感じ思った事。それら全てを話せ。そうすれば、今までのお前の行動よりは遥かにマシな結果を得られるだろう。わかったな? 理解できたか? 超絶残念無知無能ポンコツ娘」

 超絶残念ポンコツ娘だの超絶残念無知無能ポンコツ娘と呼ばれても、我慢して頷いているセラフォルーの様子にロキが満足げに笑う。

「さて、神の助言をくれてやったのだ。ちょっとした遣いをして貰おう」

 激昂しやらかした結果、拒否できないセラフォルーは、北欧に名高い悪神にどんな無理難題を押し付けられるのか身構えてしまう。

 そんな心情のセラフォルーを気にも留めずに、ロキは虚空からアーチェリーに酷似した古びた弓を取り出す。

「この魔弓を、リラという小娘に渡せ。玩具のステッキよりも手に馴染むだろう」

 ロキが取り出し宙に浮く、古びた魔弓に秘められたとんでもない力と妹分のリラに渡せという言葉に、セラフォルーは「はへ?」と間の抜けた声を出してしまう。

「いいな? お前の知る魔法少女リラに必ず渡せ」

 宙に浮く魔弓を操りセラフォルーの前まで移動させたロキは、小声で「これで、あの愚かさを受け継ぐ者も、少しはましな装備になり安心できるはず。そもそも、なぜ、玩具のステッキなんだ。可笑しいだろう? 外なる邪神の眷属や悪魔ども等と戦う羽目に為る可能性がありながら、どうして玩具のステッキをチョイスした?」と呟くが、セラフォルーは目の前の強烈な神秘を秘めた魔弓とロキの口から出て来たリラの名に混乱し、其れ処ではなかった。

「あの、北欧の神が一柱・ロキ様。どうしてリラの名を? それに、この魔弓はいったい……」

 これ以上問題を起こさない様に、言葉と礼儀に気を付けながら恐る恐る発言したセラフォルーに、ロキが「さんざん、お前だのあんただの言っておいて今更儀礼か? 言った筈だ、悪魔等に礼儀等求めていない。と」揶揄う様に告げると、セラフォルーは頭を両手で乱暴に掻き毟り、「あ~もう! 後で外交問題にしないでよ!? 儀礼はいらないだの言ったのはあんたなんだから!」と人差し指でビシリとロキを指差しながら叫ぶ。

「無論だ。何故、騒いでもヴァルキリー達が謁見の間に踏み込み、お前を取り押さえないと思っている? 超絶残念ポンコツ娘の無礼一つ流せずに、悪神が名乗れるものか」

 笑いながらそう言ったロキに、セラフォルーはやっぱり一発ぐらいぶん殴っても許されるんじゃないのかと思いながら、グッと我慢して悪神ロキがリラに何故、魔弓を渡そうとしているのかを知るために、もう一度質問を口にする。

「それで、なんでリラの事知ってんのよ? それにこの魔弓はなに? なんで、リラにこんな物騒なモノ渡さないといけないのよ?」

 セラフォルーの質問に苦い顔をしたロキは小さく舌打ちをしたが、セラフォルーの真剣な表情から妹分のリラを思う気持ちを察し、忌々し気に溜息を付いた。

「何故、知っているかだと? 言った筈だ。私は全ての人の子の歩みを見守っていると」

 一度、言葉を切り。ある意味で自身の黒歴史に関する話なので躊躇したロキは、話さなければ魔弓がリラの手に渡らない可能性が高い事を察し、苦々しい思いをしながら言葉を続ける。

「その魔弓は、カリュウ・イウェーカーが使っていた弓だ」

 カリュウ・イウェーカー。北欧神話において狩人としての腕ならば並ぶ者が居ないとまで謳われ、北欧の狩人(イェーガー)の言語となった人物であり。その弓に関する実力は、かの東方の弓の大英雄アーラシュ・カマンガーに並び立つとまで云われている英雄。

 そんな英雄の使用していた弓が、自分の目の前で宙に浮いている事実にセラフォルーは言葉を失うと同時に、なんでそんな凄い魔弓を妹分のリラに渡そうとするのか理解できずに困惑してしまう。

「お前の友人である。リラ・イウェーカーは、カリュウの末裔で在り、その魂の残滓を受け継ぐ者だ」

 ロキの言葉に、リラが北欧の英雄の魂を受け継ぐ者だと思っても居なかったセラフォルーは「ふぁ!?」と間の抜けた声を上げてしまう。

英霊(エインヘリャル)に成ったあやつの僅かな残滓を受け継いだだけの筈が、救い様の無い愚かさを引き継いでしまった上に、玩具のステッキを魔道具として使用しているあの愚か極まりないリラに、そのアムニスを渡せば少しは身を守れるはずだ」

 その言葉に、セラフォルーはカリュウが熱心なロキの信者だった事を思いだし、ニンマリと笑う。

「へ~ なるほどね~ つまり、リラが心配なんだぁ~ カリュウはロキを熱心に信仰してたらしいし~」

 急に調子づいたセラフォルーに、ロキは小さく舌打ちをする。

「ふ~ん。へ~ ほ~ 「守り救う必要など何処にも無い事を知れ」キリッ。なんて言っておきながらねぇ?」

 今まで散々に残念だのポンコツだのと言われ続けたセラフォルーは、ここぞとばかりに、ニンマリとニマニマとやり返し始める。

「まぁ。そ~ゆ~ことなら、私からリラに渡してあげるわ。 「何故、救い守らなければならない?」キリッ。なんて言ったて心配ならしょうがないわよねぇ~」

 うら若い女性がしたらイケナイ笑みを浮かべながら、自分の目の前に浮かぶ魔弓・アムニスを手に取ったセラフォルーに、ロキは口を開く。

「ここに神との約束は成立した。超絶残念ポンコツ娘よ。約束を違えるなよ?」

 ニマニマと笑いながら頷いたセラフォルーは、ふっと思った疑問を口にした。

「あれ? 私を地上から神域に連れてきたり、魔弓をリラにあげたりしたら、人との約束と世界との契約を破った事になるんじゃ......」

 その言葉に、ニヤリとロキが笑う。

「人の子等と約束したが、悪魔とは約束していない。つまり、地上から悪魔を神域に招いても、人の子等に見られなければよい。人の子が言うだろう? ばれなければ犯罪ではない。と」

 セラフォルーが意識を失ったのは、誰も居ない裏路地。人に見られていないから問題ないと断言するロキに、「人との約束だの世界との契約なんて言いながら、結構杜撰なのね......」とセラフォルーは溢す。

「何を言う。子の行く末を見守り。必要ならばその背を軽く押す。それが親と云う者だろう。ならばある程度の融通は効かせなければな」

 神として全うな事を口にしたロキを、セラフォルーが「人が親離れしても、神が子離れできてないってことね」と呆れつつジト目で見ながら、溜め息を付いた。

「ふん。超絶残念ポンコツ娘に神の考えが理解できるものか」

 セラフォルーのジト目をその身に受けながら、ロキは言葉を続ける。

「その魔弓・アムニスにしてもそうだ。私が地上に赴いて人の子に渡したのならば、降臨に関する約束と契約を違えた事になる。しかし、神域に招いた悪魔が、不遜にも我が宝物庫からアムニスを持ち出し、仲の良い人の子に渡したのならば、私の落ち度はアムニスを盗まれただけとなる」

 ロキを呆れた視線で見ていたセラフォルーは、思いもしなかった言葉に「えっ?」と驚きの声を上げてしまう。

「なによそれ!? あんたが渡せって言うから……へっ? ちょっと、この光て、転位!?」

 自分の体が淡い光に包まれ始めた事に、セラフォルーは慌て始めた。

「まだ話は終わってないでしょ!? あ~もう、なんでキャンセルできないのよ! せめて、せめて、紹介状とか寄越しなさい! 神の剣なんて呼ばれてた堕天使に会うのよ!? 紹介状とか無いと殺されるかもしれなっ......」

 ギャーギャーと騒ぎながら転位の術をキャンセルしようとしていたセラフォルーを、コカビエルの元に送り出したロキは、本当に魔法少女達の事を任せて大丈夫なのかと、深い溜め息を吐いた。

「いや、あの超絶残念ポンコツ娘を信じるしかあるまい。あの子等を託するに足りる成長をしてくれると」

 北欧の悪神にして旅人を見守る神であり、いつしか"魔法少女の守護者"と呼ばれる様に成った神は、セラフォルーを魔法少女達を取り巻く環境を変える切っ掛けにする為に、次の一手を打つ為に王座から立ち上がる。

「しかし、これでは本当に――聖書の神に、人の子に構いすぎだと、口が裂けても言えなくなったな」

 

 

 転位が完了して、いきなり目の前に一人の男性が居る事を知り、セラフォルーは一度だけ大きく頷くと、ぐるりと回りを見渡して、満点の星空と生い茂る草木に、どこかの山奥で他に人は居ない事を確認すると、目の前の厳つい顔立ちでガッチリとした体格の男性と目が合い、セラフォルーは誰もが見惚れる儚い笑顔を浮かべながら両膝を地につけてロキから受け取ったアムニスをソッと地面に置き、ガタガタ震えながら全力土下座を開始した。

「コ、コカビエル様とお見受けいた、いたしましゅ」

 天使長ミカエル。大天使メタトロン。様々な名高い天使達を押し退け、聖書の神の右腕。聖書の神が振るう剣。いつしかそう呼ばれ、詠われた偉大な天使。

 冥界を統治する最強の悪魔ルシファーですら戦う事を避け、冥界の土地開発最大の障害・災厄である古龍や祖龍と単騎で互角に渡り合い。外なる邪神達を相手取り戦い続けている実力者。

 そんな敵対勢力の超大物の前にポンと放り出されたセラフォルーは、震えながら土下座の姿勢のまま言葉を続ける。会って直ぐに震えながら土下座をされ、泣き出しそうな声で様付けで呼ばれて戸惑っているコカビエルを遥か彼方に置き去りにして。

「北欧の神々が一柱、ロキ様に、あっあなた様にお会いしゅて、お話じをしろと、言われましゅて」

 人に害為す存在なら問答無用で殺しまくる。特に悪魔はサーチ・アンド・デストロイ。と噂で聞いているセラフォルーは必死に、機嫌を損ねない様に無様でもなんでも構わない。あの子達の為に死ねない。と涙目と泣き声に成りながらも言葉を続けようとするが、我に返ったコカビエルが慌ててセラフォルーを立たせようとする。

「いや、待て。とにかく土下座を止めてくれ。話はロキ神から聞いてる。女子供に土下座をさせる趣味はない」

 立たせようとするコカビエルと、立ったら殺されると思い込んでいるセラフォルーの馬鹿げたアホらしい戦いが始まった。

「嘘よ! そんな事を言っといて、立ったら殺すんでしょ!? 知ってるんだから、視界に入った悪魔は即座に殺してるって! 私は死ねないの! あの子等を助けるまで! 死ぬわけにはいかないの! お願い!! 命だけは、命だけは見逃して!? エロ同人みたいに酷い事をされても良いから、エロ同人みたいに凌辱しても良いから!! お願い! 命だけは!!」

 力ずくで立たせようとするコカビエルに抵抗する為に、全身を魔力で強化しながら土下座を敢行し続けるセラフォルーは、殺されて堪るかと必死に叫び命乞いを始める。

「誰がそんな事をするかっ!? 良いから立て。ロキ神から話は聞いていると言ってるだろう? 酷い事も殺しもしないから立て」

 殺されて堪るかと必死に全身を魔力で強化し土下座しているセラフォルーを、コカビエルがなんとか怪我をさせない様に立たせようとするが、セラフォルーはロキから話を聞いたと云う下りに反応してしまう。

「違うの。違うのよ。このアムニスは盗んだとかじゃなくて、ロキがリラに渡せって! 私は悪い悪魔じゃないから!」

 そのセラフォルーの言葉に、あのいたずら好きの神にセラフォルーがからかわれた事に気が付いたコカビエルは、盛大な溜め息を付いた。

「ロキ神に何を吹き込まれたかは知らんが、地上に降りれない神の代わりに他者が何かを人に渡すのは稀に有る事だ」

 その言葉に土下座をしているセラフォルーは、ピクリと反応する。

「それに、俺は悪魔を視界に収めただけで命を奪う殺戮者ではない。俺が敵対しているのは人に害を為す存在のみだ。「汝殺す事なかれ」と神が仰っているのだからな」

 コカビエルは言葉に、セラフォルーは恐る恐る顔を上げる。

「殺さない? 本当に?」

 涙目でそう言ったセラフォルーに、コカビエルはゆっくりと頷く。

「ロキ神から聞いている。お前は魔法少女達を取り巻く環境をなんとかしようと足掻いていると、そんな者を殺すものか」

 その言葉に、心から安堵したセラフォルーは「良かった~ またあの子達と会えるっ」と安堵の声を漏らす。

「こっちに来い。腰掛けるに丁度良い石がある。そこで詳しい話を聞かせろ。堕天したとはいえ、迷える者の話を聞き、道を示し、その背を押すのが天使の務めだ」

 その真摯な態度と言葉にセラフォルーは頷き、薦められた大きな石に腰掛け、自分が見聞きし感じた事、全てをコカビエルに話し始めた。

 

 セラフォルーの話を聞き終えたコカビエルは、「成る程な」と一言口にした。

「まず、一つ。聞きたい。彼女達はお前に「助けて、救って」と一言でも口にしたのか?」

 コカビエルのその言葉に、セラフォルーは大きく目を見開く。

 何故なら、魔法少女達は誰一人、そんな事を言っていないのだから。むしろ、一人で全てを背負おうとして無茶をするセラフォルーに「大丈夫? セラお姉ちゃん無理してない? なにしてるか知らないけど、私達に手伝える事は無いの?」と言って、セラフォルーを心配し手伝おうとするぐらいだ。

「言われてない......むしろ、私を心配してた」

 小さなセラフォルーの言葉に、コカビエルは「そうか」と小さく返す。

「ならば何故、一人で背負おうとする? どんなに力が有っても一人でできる事など僅かなモノだ。一人より二人。二人より三人。人を見てみろ。彼等は団結し力を合わせ難事に挑み乗り越えている。お前達にも同じ事ができるはずだ」

 コカビエルに言われて初めて気が付いた簡単な事に、セラフォルーは頭を抱えた。

「私、バカだ。あの子達は弱くないのに、一人で背負おうとして......私の超絶残念ポンコツ娘!」

 自分の事を超絶残念ポンコツ娘と罵ったセラフォルーに、少し引いたコカビエルは言葉を続ける。

「力有る者は、得てして一人で解決しようとする傾向がある。だからあまり気にするな」

 頭を抱えながら「そんな事だから、ロキに残念無念とか猪突猛進とか言われるのよ」と呟いているセラフォルーに、コカビエルは優しい口調でそう言うが、とうの本人は全く聞いていなかった。

 そんなセラフォルーの様子に、コカビエルはわざとらしく大きな咳を付く。

「反省は彼女達に謝ってからにしろ。話はまだ終わっていない」

 コカビエルの咳に、ハッとしたセラフォルーは真剣な表情でコカビエルの言葉に耳を傾け、一言も聞き逃さないと心に決める。

「まず、お前がすべきは組織化だろう。情報の共有や必要な人材の派遣も容易くなる。自分と同じ魔法少女ならば相談しやすい事も有るかもしれん。なにより、組織化のメリットは、所属する魔法少女全員に、緊急通信と逃走用の簡易魔法陣を確実に渡せる事だ」

 コカビエルの言葉に、「緊急通信と逃走用の簡易魔法陣。それがあれば、すぐに助けを呼べるし、逃げる事も! なんで思いつかなかったの、私っ」と悔し気にセラフォルーが呟く。

「そして、組織の後ろ盾を持つ事だ。これは魔法少女達を連れて他の各神話勢力の主神達に会えば解決するだろう。人の世に成ってから神々は人との接触に飢えているからな」

 シトリー家の次期当主程度の立場しか持たないセラフォルーは「まって、無理よ。そんなの、私の立場はシトリーの次期当主程度よ? その程度で主神達が会ってくれるわけないじゃない」と口を出すが、コカビエルは「俺の名を出せば会えるはずだ。なんなら、俺も共に行こう」と断言する。

「なんで、そこまでしてくれるの? シトリーの跡取り程度にそこまでの価値は無いでしょう?」

 ロキに出会ってからコカビエルに会うまでの一連の都合が良すぎる展開に、セラフォルーは疑問の声を上げる。

「ん? ロキ神から聞いてないのか? 魔法少女の現状を憂いているのはお前だけでは無いと」

 そんな事は一言も聞いていなかったセラフォルーは「ふへ?」と間の抜けた声を上げてしまう。

「まず、ロキ神だが、かの神は北欧の悪神にして旅人を見守る神であり、魔法少女の守護者だ」

 あの目付きが悪くて、黒ずくめので、どこのチンピラやくざだと言いたくなるような神が、魔法少女の守護者である現実に、セラフォルーは固まる。

「次に俺だ。彼女達を取り巻く環境は十分承知している。しかし、俺には俺の戦いがある。こう言ってはなんだが、彼女達だけの力になる事はできん」

 一度言葉を切り、コカビエルは自身の不甲斐なさを嘆く。

「そして、ギリシャの聖闘士達や日本の葉隠れ。イギリスの円卓騎士団。ドイツのケルト騎士団。アメリカの騎兵団。彼等も同様だ。彼等には彼等の戦いがあり、魔法少女だけに意識を向けるなどできん」

 魔法少女達の事を思っているのは自分だけだと思い込んでいたセラフォルーは、自分の思い込みと今までの行動を恥ずかしく思い、転げ回り叫びたい衝動を必死に我慢する。

「他にも、ギリシャのヘスティア神やアスティカのケツァルコアトル神。日本のアマテラス神。インドのパールヴァティー神。メソポタミアのキングゥ神。様々な神々が彼女達の現状を憂いておられる。しかし、人の世に成ったが故にかの神々は自ら大きく動けん」

 コカビエルは真っ直ぐにセラフォルーを見据える。

「助けたくとも助けられない。救いたくとも救えない。力に成りたくともそうできない。そんな時、お前が現れた。悪魔で在りながら、真摯に、彼女達を救い守らんと足掻くお前が」

 その言葉に籠められた悔しさやもどかしさを感じ取ったセラフォルーは、グッと歯を噛み締める。

 自分より力を持ちながら、立場と責任により、思う事しかできない神々と、力を振るえる立場に居ながら十分に彼女達の力に成れないコカビエル達の悔しさに、その思いと悔しさを僅かでも知るセラフォルーは言葉を口にする事ができなかった。

「だからこそ、魔法少女の守護者であるロキ神が動いた。かの神は新たな守護者にお前を据えようとしている。地上で力を振るえ、長い時を生き、彼女達の為に本気で悲しみ、激怒し、共に喜びを分かち合える。そんなセラフォルー・シトリーと云う魔法少女をな」

 自分を魔法少女として認識していなかったセラフォルーは、コカビエルの言葉に「えっ?」と驚きの言葉を上げる。

「私は魔法少女じゃないわ。だって、彼女達のような魔法は使えないもの。それに、彼女達は人間で私は悪魔だし......」

 どれだけ焦がれても、どれほど憧れても、魔法少女には――あの少女達の様には成れないと思い込んでいるセラフォルーの言葉に、コカビエルは呆れた表情を浮かべる。

「神々や俺達は、お前を魔法少女として認識している。神々と俺達では足りんと思うなら、彼女達――魔法少女達に聞いてみろ」

 その言葉に、セラフォルーは俯いてモゴモゴと口を動かし「私が魔法少女じゃないのはわかりきった事だし、あの子達に、はっきりそう言われたら立ち直れないし......」と呟く。

「お前にとっての魔法少女の定義は知らんが、神々や俺達にとっての魔法少女とは、特異な魔法を使う者ではなく、誰かの為に必死に懸命に頑張れる少女だ。ならば、彼女達の為に必死に懸命に頑張れるセラフォルー・シトリーは立派な魔法少女だ」

 コカビエルの言葉に顔を上げたセラフォルーは潤んだ目を擦り、明るい笑みを浮かべる。

「わかったわ。とにかく、あの子達に心配させちゃった事を謝って、皆を連れて主神達に会う」

 見惚れる明るい笑みを浮かべているセラフォルーは断言した。

「独り善がりはお仕舞い。これからは、皆で頑張る」

 そう言い切ったセラフォルーに、コカビエルは優しい笑みを浮かべる。

「ああ。それが良い。お前は......いや、お前達は一人では無いのだからな」




なお、カリュウ・イウェーカー君の愛弓・アニムスは、カリュウ君が狩猟したジンオウガ・蛇王龍(ダラ・アマデュラ)・ナルガクルガ・ティガレックス・ドスファンゴ・閣螳螂(アトラル・カ)・ディアブロス等の素材を使った弓です
リアちゃんに受け継がれたアニムスは、そこから更にロキ神が手を加えた逸品
イウェーカー家には角王弓ゲイルホーンとゼノ=マブーラーが受け継がれている模様

ちなみに、カリュウ君愛用の鉈はバーンエッジへと進化して、ロキ様の手元にあります

バーンエッジを鉈と言い切る勇気
え? D×Dにモンハンモンスターは居ない? 転生特典に願えば大抵叶いますよ?

魔法少女頑張るは全2話の予定でした。しかし、余裕でどう頑張っても2万文字を超えてしまう為、分割投稿となりました。たぶん、後一話か二話で、魔法少女頑張るが終わる予定です
原作主人公と原作ヒロインはいつ出せるんだろう……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女頑張る 3

子離れ出来ない神々と魔法少女の話


 コカビエルと別れてからのセラフォルーの行動は速かった。

 魔法少女達に謝罪して廻り、謝った魔法少女達に「なんで相談してくれなかったの!?」とか「セラお姉ちゃんのバカ! 頼りないかも知れないけど、私だってお姉ちゃんの力になりたいのに!」とか「そんなにあたし頼りない? 信じられない? もういい......セラお姉ちゃんなんて嫌いっ」等々と怒られたり泣かれたりして、魔法少女達の御機嫌取りと許して貰う為に必死に頑張ったり。

 なけなしの勇気を振り絞ったセラフォルーの「私、魔法少女を名乗って良いのかな?」と言う発言に、「え? セラお姉ちゃんは魔法少女だよ?」や「??? セラねぇは魔法少女でしょ?」とか「うん? え? セラお姉ちゃん魔法少女辞めるの? やだっ辞めないで」等の魔法少女達の言葉に、嬉しさの余りセラフォルーがガン泣きして、魔法少女達をアワアワとさせ慰められたり。

 魔法少女の組織を立ち上げて、魔法少女達を連れて各神話勢力の主神達に後ろ楯に成って貰う為に、コカビエルに神域に連れて行って貰おうとしたら、女の子が好きそうな可愛らしい花や綺麗な花がたくさん咲き誇り、ウサギやシジュウカラ等の可愛らしい小動物達やユニコーンやペガサスとグリフォン等の幻獣達がのんびりしていて、小さな可愛らしいお城が建っている異界に連れて行かれて、その光景にはしゃぐ魔法少女達を他所に、セラフォルーは死んだ目をしていた。

「なぁ~に? これぇ?」

 そんなセラフォルーに、コカビエルが申し訳なさそうにボリボリと頭を掻く。

「......ま、なんだ。人の世に成った結果、神々は人との直接的な交流に飢えていてな。俺は止めた。しかし、張り切りすぎた神々を止められなかった」

 どことなく遠い目をしているコカビエルは、はしゃぐ魔法少女達を見ながら言葉を続ける。

「この異界、全てを魔法少女達の拠点にするらしい。地上でなければ力は存分に振るえるからな......まさか、異界一つ新たに産み出すとは、俺も未だに信じられん」

 どうやって主神達を説得するか必死に考えていたセラフォルーは、想像以上に乗り気の神々の本気に「悪魔てさ、神の敵対者なんだけど......その悪魔が神々を説得て凄く難しいて考えて、必死に説得の言葉とか話の持って行き方とか考えてたんだけどなぁ......」とぼそりと溢す。

「そうか、それは頑張ったな」

 しみじみとした慰める口調のコカビエルの言葉に、セラフォルーは無言で頷いた。

「それに、私達悪魔は神々に敵対させて貰ってるだけなんだなぁて......幾重にも厳重に護られて、あの大神ゼウスと同等の力を持つテュポーンの愛娘のデルピュネー神がこの異界の守護者で、邪悪な存在は感知できない。もし知られて侵入しようとしたら、デルピュネー神が戦っている間に神々が直ぐに助けに来てくれる。そんな異界を簡単に作れる神々に正直、勝てる気がしない」

 神の敵対者たる悪魔の存在意義が、根底からぐらついているセラフォルーの姿から、コカビエルはそっと視線を逸らした。

「魔法少女として、魔法少女の守護者として、魔法少女の組織の長としての、初仕事だ。しっかりしろ。これから、神々との話し合いなんだぞ」

 視線を逸らしたままのコカビエルのその言葉に、惚けていたセラフォルーは自分の頬をパンと両手で叩き、気合いを入れる。

「うし。結果は正直分り切ってる気がするけど、あの子達のトップとして恥ずかしくない様にしなきゃね!」

 気合いを入れたセラフォルーが、ウサギやシジュウカラやユニコーンにペガサスと戯れている魔法少女達に声を掛けて、これから神々に会うから失礼の無い様にと言い聞かせている光景を、コカビエルは笑みを浮かべて見守っていた。

 

 小さな可愛らしいお城に入って大広間で待っていた神々と対面し、後ろ楯に成って貰う為に気合い十分のセラフォルーは、シトリーの次期当主として叩き込まれた完璧な一礼を決めて、儀礼の挨拶を口にしようとしたその時、ゼウスの「硬い挨拶はよい。それより、美味しい菓子やジュースを沢山用意した。存分に食べて飲みなさい」と云う言葉に、唖然とする事しかできなかった。

 目の前の広大なテーブルに、これでもかと並べられた、お菓子が山盛りに為った大皿と美味しそうなジュース。

 そして、テーブルに着いて自分達に優しい目と表情を向けている神々の「遠慮せずに沢山食べなさい」と言う薦めに、恐る恐る手を伸ばした魔法少女の一人が思い切って目の前のお菓子を口にし、「あ、凄く美味しい」と溢した途端、他の魔法少女達も恐る恐るお菓子を頬張り、口々に「美味しいっ」 「ふぁぁぁ」 「ねぇ、ねぇ、これ。すっごっく美味しいよ」と言いながらワイワイと騒ぎだし、そんな魔法少女達を見てホッコリしている神々のせいで、後ろ楯がどうのとか云う雰囲気が消し飛んでしまう。

「これ、どうすんのよ......どうすんのよ......」

 頭を抱えたセラフォルーに、どう言葉を掛けたら良いのか分からないコカビエルは、とりあえず目の前のジュースに口を付けた。

「セラお姉ちゃん。これ凄く美味しいよ。ほら! 食べて食べて」

 抱えてる頭を持ち上げ声のする方を向くと、赤みがかった髪をツインテールにした目の大きな幼い魔法少女リラが、満面の笑顔で「はい。あ~ん」と指先で摘まんだレーズンクッキーをセラフォルーの口許に運んでくる。

 差し出されたクッキーを「あ~ん」と口にしながら食べたセラフォルーに「すっごっく美味しいよね。このクッキー!」と嬉しそうに笑うリラの姿に、ホッコリして思わず「本当に美味しい」とセラフォルーが呟くと、ピョンピョンと小さく跳び跳ねて、首に下げているネックレス――小指の先サイズに小さくなったアムニスを揺らしながら、「だよね。だよね。すっっごっく! 美味しいよね!」と全身で喜びを表現しているリラに、セラフォルーは優しい笑みを浮かべる。当初の目的を忘れて。

 そんな魔法少女達の様子を見ながら甘いジュースをちびちびと飲んでいるコカビエルは、『まぁ、当初の目的とは違うが、初顔合わせと考えたら最高の結果か』と考えながら、ゆるふわ時空に巻き込まれない様に全力で気配を消し始めた。

 

 そんな気配を消したコカビエルに神々以外気が付かないまま、大広間は混沌と化して逝く。

 日本の最高神アマテラスの膝の上に座った白髪赤眼の魔法少女セレスが、アマテラスが手に持ったフォークに刺さったモンブランを「ふぁぁぁぁぁぁ」と幸せそうに食べ。

 ギリシャの大神ゼウスの隣に座った金髪ポニーテールの魔法少女クリスが差し出したチョコレートクッキーを、ゼウスが緩んだ顔をして食べている。

 アスティカの最高神代理の地母神コアトリクエは、片膝にチョコンと座っている黒髪ショートカットの魔法少女美夜子がコテンと首を傾げながら「地母神?」と言う質問に、ホクホク顔で「うむ。つまり、お前達の母と云う事だ」と返し、もう片方の膝に座っている金髪ボブカットの魔法少女ミーシャの「でも、私達のお母さんはコアトリクエさんじゃなくて、別のお母さんだよ?」と云う問いに、魔法少女達の触れ合いに蕩けていたコアトリクエが「うむ。そのお母さん達のお母さんだ」と発言した途端、美夜子の「お母さんのお母さん……おばぁちゃん!」や母親以外に身寄りの無いミーシャが「グランドマザー! 私にグランドマザーがいたのねっ」と喜んでいる姿に、一瞬微妙な表情をしたコアトリクエはキラキラとした二人の魔法少女の視線に「そうじゃ、そう。儂こそがお前達のおばぁちゃん。グランドマザーじゃ」とやけっぱちに宣言した。

 インドの最高神が一柱シヴァが「えっ? 本当に目からビーム出さないの? 英雄になりたいなんて理由で星を砕こうとしないの?」と疑いの言葉を口にし、黒髪ロングの魔法少女紗季がブンブンと首を横に振りながら「日ノ本での挨拶は、おはようございます。とか、こんにちは。です」とはなし、その言葉に「すげぇ、日ノ本すげぇ。人の世に成っても軽い挨拶が短勁で、正式な挨拶が龍神烈火拳やタイガーブレイクなインドとは格が違う……決めた。俺。日ノ本に亡命する」と決意表明したり。

 プリン一つで戦争を始めたメソポタミアの神々(バカども)にこの会談は任せられないと立ち上がり、甘いモノ目当てのメソポタミアの神々(バカども)の必死の抵抗を文字通り単騎で叩き潰し、最高神代理の座を捥ぎ取ったキングウは、お目当てのお菓子を食べる為にわざわざ自分の側にやって来てハムハムと食べ続けている白髪ポニーテールの魔法少女リニス。そのリニスと同様に当初の目的を忘れてお菓子に夢中になっている他の魔法少女達や久しぶりの人との直接的な交流を満喫している神々(バカども)に嘆息しながら、口の周りが汚れている事に気付いていないリニスの口の周りを優しく拭うと、リニスが「おじさん。ありがとう」と明るい笑みを浮かべる。

「リニスと言ったか。お前は、この会談がどんなものか覚えているか?」

 僅かに呆れを含んだキングウの言葉に、コテンと首を傾げたリニアは何かを思い出そうとするが目の前にあるプリンアラモードに心を奪われてしまい、テーブルに身を乗り出し大きめのプリンアラモードを取ろうと手を伸ばすが、ギリギリの処で手が届かずに「んっ。ん。あとちょっと」と必死に手を伸ばし始めた。

「危ないだろう。ほら、これか?」

 自分とは違う大きな手がお目当てのプリンアラモードを掴み取り、目の前に持って来てくれた事に「ありがとう。おじさん」とお礼の言葉を口にしたリニスは、プリンアラモードとの戦闘に没頭する

「このままでは、以前と何も変わらないのだがなぁ……」

 人の許し無しでは碌な力が振るえない神々が、魔法少女達のお願いと云う許しを得る為の会談。

 その会談が、ただの懇談会に終わりそうな気配にキングウは「どうしたものか」と小さい溜息を付いた。

 あくまでも、世の主権は人であり。人から神に対する願いであり許しでなくてはならない。だからこそ、神であるキングウから「庇護を求めに来たのではないのか?」と口に出来ないもどかしさに溜息を付きながら、こうなった原因に対し「ゼウス神よ。そんな事だから、お前は聖書の神に駄神などと言われるんだ」と小さく呟く事しかできなかった。

 

 ハムハムとプリンアラモードと戦っていたリニスが、ハッとした様に顔を上げる。

「みんな! お菓子食べてる場合じゃないよ! お願い! お願いしないと!」

 片手にプリンアラモードの器ともう片手にスプーンを持ち、口の周りにクリームが付いているリニスの言葉に、他の魔法少女達が「あっ」 「お願い?」 「お願いしなきゃ」と声を上げる。

そんな魔法少女達の声に我に返ったセラフォルーは、用意した説得の言葉を口にしようとするが、頭からすっかり抜け落ちている為、「えっと、その」としか言葉が出てこなかった。

「うむうむ。わかっておる。わかっておる。しかしのう。そのような話は、宴の後でもよかろう」

 久しぶりの人の子との触れ合いを早々に終わらせてたまるかと下心満載のゼウスの言葉と、キングウを除いた神々が口々に「その通りじゃ、ほれ。グランドマザーにもっと甘えても良いんじゃよ?」 「セレスちゃん。このチョコレートケーキも美味しいですよ?」 「あ~、もっと日ノ本の事を教えてくれないか? 色々と覚えないといけないからな」と引き延ばしに掛かる。

「なにをやっとるんじゃ。おぬし等は。この会談の重要性は知っておるじゃろうに」

 主神としての務めを終えて、大広間に転移の光と共に姿を現した北欧の主神オーディンの呆れを含んだ声に、隣に座っているクリスの頭を撫でながらゼウスが「聖書の神も主催者のロキも来ていないから、場を繋いでいただけだろう」と返す。

「聖書の神は不参加じゃよ。あやつはどこかの駄神と信徒達と悪魔どものせいで忙しいからのう」

 そのオーディンの言葉に、心当たりがある駄神が「うぐ」と声を漏らし、どこかの悪魔の一員はそっと視線を逸らした。

「ロキはこの世界に侵入しようとしたハスターの相手をしておる。その代わりに儂が来たんじゃ」

 視線を逸らしているセラフォルーの隣に座っているリラに視線を向けたオーディンは、「ふむ。さすがに面影は無いのぅ。じゃが、その芯の強き魂の輝きは確かによう似ておるわい」と優しい笑みを浮かべた。

「えっと、ありがとうございます?」

 オーディンの言葉の意味をよく理解できていないリラは、とりあえず褒められたと思いお礼の言葉を口にする。

「礼儀正しい良き子じゃ。ほれ、この老いぼれとそこなグウタラどもと内心で頭を抱えとるヘタレに話があるんじゃろ? 話してみなさい」

 そう言いながら、リラの隣の席に座ったオーディンは目の前のレーズンクッキーを一つ摘まみ、自分の口に放り込む。

「セ、セラお姉ちゃん。なんてお願いしたらっっ」

 オーディンに催促され、完全にセラフォルー任せにしていたリラは、慌てて隣に座っている頼りになる自慢の姉を見るが、「えっ? まって、ちょっとまって、今思い出すから、直ぐに思い出すから、だから、まって」と自分以上に慌てているセラフォルーを見て、『あっ、これ、私がしっかりしないといけないやつだ』と悟る。

 しかし、いざ自分が何か言おうとしても、言葉が出てこない為、他の魔法少女達を頼ろうと周りを見渡すが、全員が、自分と同じ様に何を言って良いのか分からずに、リニスが隣に座っているキングウに「えっと、お願いします?」と頭を下げてたり、紗季がシヴァに「お父さんになって下さい? あ、そうじゃなくて、お母さんになって下さい!」と勢い良く頭を下げてたり、美代子とミーシャの綺麗にハモった声で「「お願いします!!」」とコアトリクエに頭を下げてたり、ゼウスに「お父さんに、じゃなくて、お兄ちゃん、じゃなくて、えっと、うんと、とにかく! お願いします!」とクリスが頭を下げてたり、アマテラスの膝の上でセレスが「お姉ちゃん? になってください?」と恐る恐る頭を下げてたりと、さんざんな光景に、リラは『これ、本当に私が頑張んないといけないやつだ』と強く認識する。

 そんなリラだったが、もう一人の頼れる存在であるコカビエルを思いだし、「コカビエルさん! 助けて」とコカビエルが座っているはずの席を見るも、気配どころか存在感すら消しているコカビエルをリラは認識できずに、「コ、コカビエルさん? なんで居ないの......」と若干泣き出しそうな声を出してしまう。

 リラの言葉に、自分の隣に座っているはずのコカビエルの方を見たセラフォルーが、「えっ、嘘。見捨てられ......た?」と驚愕に彩られた声で呟いた。

 そんなリラとセラフォルーの様子に、我関与せずを貫く予定だったコカビエルの良心がズキズキと痛み、仕方なしに隠行を解いたコカビエルは、急に現れた様に見えて驚いている二人に対して小さい咳を付く。

「二人とも落ち着け。言うべき事、やるべき事は一つだろう。ならば、それをそのまま口にすれば良い」

 諭すコカビエルの言葉に、「そんな事を言われても、考えてた言葉が、頭から抜け落ちてて、どうしたらいいのかわかんないのよ......」と弱気になり俯いたセラフォルーを他所に、覚悟を決めた――ロキ曰く"頑迷で固くなで猪突猛進で考え無しの愚か者"の血と魂の残滓を受け継いだ少女リラが口を開いた。

「あの、私、神様の決まり事とかよくわかりません。でも、えっと、私達は魔法少女で居たくて、酷い事する怖い人とか居て、でも、私達は魔法少女で、沢山の人達の力に成りたくて、助けたくて、だから、えっと」

 支離滅裂で、たどたどしい少女の言葉に、神々は静かに耳を傾ける。

「その、魔法少女で居たくて皆の笑顔が大好きで、えっと、子猫! 迷子の子猫をお母さん猫の所に連れて行ったら、指を舐めてくれたんです! にゃあ。て鳴きながら、それに、小さい子が迷子になって、一緒にお父さんを探してあげたら、私にありがとう。て言ってくれたんです!」

 リラ自身、自分が何を言っているのか分からなくなってきても、必死に言葉を続ける。

「他にもですね、いっぱい。いっぱい。色んな事があって、辛い事とか、悲しい事もあったけど、でも、楽しい事とか嬉しい事も、たくさん。たくさん。あって。セラお姉ちゃんにいっぱい色んな事を教えて貰ったりして」

 言いたい事が、上手く言葉にできない悔しさともどかしさから、リラは涙ぐみながら言葉を続ける。

「だから、その、えっと」

 上手く伝えられない悔しさともどかしさから、ついにリラは泣き出してしまう。頑張ったリラの頭を優しく撫でたセラフォルーは、意を決して立ち上がる。

「今日、このような場を設けて下さった神々に感謝いたします」

 静かに確りと頭を下げたセラフォルーの表情は決意に満ちていて、耳を傾けてくれている神々の顔を見回す。

「神々の敵対者である悪魔の私が、このような事をお願いするのは可笑しな事なのでしょう。ですが、それを承知でお願い致します」

 深々と頭を下げたセラフォルーは、その体勢のままに、一言だけ口にした。

「お願い致します。どうか、私達、魔法少女の後ろ楯に成って下さい。この子達を、父や母。兄や姉として愛して慈しんで下さい」

 そのセラフォルーの発言の後、大広間は静寂に包まれる。

「なんじゃ、その程度で良いのか? 儂はてっきり、神代の頃の様に自重しない加護を寄越せと言われると思っておったんじゃがのう」

 オーディンの飄々とした言葉に、セラフォルーはガバリと勢い良く頭を上げる。

「しかし、なんじゃ、父・母・兄・姉か。つまり、アレかのう? 祖父枠が無いと云う事は、儂の様な老いぼれはイランと云う事かのう?」

 その茶目っ気のある言葉に、セラフォルーが「いります! 祖父・祖母枠ありますから!」と慌てて口にする。

「そうか、そうか、ならば」

 一度言葉を区切り、姿勢を正し、好や好やしたお爺さんの雰囲気を消し去り、神としての威厳を放つ。隣に座っているリラが神の威に当てられ、ビクリとして流れていた涙が止まり、同じく神の威に当てられたセラフォルーと一緒に「あわわわ」と怯えているのを構わずに、言葉を発する。

「北欧の主神たるオーディンが誓おう。宣言しよう。今日。これより先、全ての魔法少女達は全て儂の孫である。と」

 その発言の後、元の好や好やしたお爺さんに戻ったオーディンは、「おお、すまんのう。脅かせてしまったか? おお、よしよし。もう怖くはなかろうて」と言いながら、怯えているリラの頭を優しく撫でた。

「うむ。お詫びと言ってはなんじゃが、神としての務めの合間にこの異界でルーンを教えてやろう。なに、じじいと孫の触れ合いじゃ。誰も文句は言わまいて」

 ちゃっかり今後も魔法少女達と触れ合う機会を確約したオーディンに、キングウを除いた神々は思った『その手が有ったかっ』と。

「インド神話が主神の一柱。シヴァが宣言する。これより先、全ての魔法少女は私の娘であると。男神故に、母親には成れぬが、父親なら成れるであろうよ」

 隣に座っている顔が真っ赤な紗季の頭を撫でながら、シヴァが宣言した。

「私は踊りの神でもある。娘達に舞を教えるのも一興か」

 しれっと、今後も魔法少女達と会うと言っているシヴァに、キングウを除いた神々が先を越されたと歯噛みをする。

「アスティカ神話、最高神代理の地母神コアトリクエが宣言しよう。これより、儂は全ての魔法少女の祖母。グランドマザーであると」

 自分の片膝にチョコンと座っている美夜子とミーシャを優しく抱きしめ、コアトリクエがはっきりとそう宣言した。

「そう言う訳じゃから、儂に甘えたくなったら、いつでも、この異界で儂の名を呼ぶと良い。すぐさま駆けつけて抱きしめてやろう」

 恐る恐る自分の服を握ってくる二人の少女を愛おしく思いながら、アスティカ神話の地母神は母の如き無償の愛に満ちた笑顔を浮かべた。

「日本神話の主神アマテラスが名において誓いましょう。私は全ての魔法少女の姉であると。この誓いが如何なる事が有ろうと破られる事の無い不破の誓いであると」

 自分の膝の上で「お姉ちゃん?」と見上げてくるあざといセレスに、鼻から姉力(あねちから)が吹き出しそうになるのを我慢しながら、アマテラスは言葉を続ける。

「そう言う訳ですので、アマテラスお姉ちゃんに甘えたくなったり、相談したいことが有れば、いつでもこの異界で呼んでくださいね? なにがなんでも直ぐに駆けつけますから」

 可愛げが全くない二人の弟よりも、遥かに可愛らしい妹達との戯れを妄想したアマテラスの鼻から、零れ出た姉力が僅かに姿を現した。

「ギリシャ神話が主神。ゼウスが不破の誓いを立てよう。これより先の魔法少女達は全て、儂の子である事を。いつ如何なる時代においても、この誓いが破られ違える事が無い事を此処に誓う」

 自身が目にかけていた人間――初代神官戦士セルスの血を引く唯一の少女クリスに微笑みながら、ゼウスは宣言した。

 セルス亡き後も、どれほど貧しい生活に成ろうとも、一年に一度は必ず自分への慎ましくも細やかな祭事を真心を込めて行っていた一族の末裔。人の世に成ってから起こった人同士の戦争により行方知れずとなってしまった、自分に全力の信仰を捧げてくれたセルスの末裔。人との約束、世界との契約を破ってでも探し出そうかと何度も悩んだ末裔が、今、自分の隣に座り、言葉を交わせる幸せを噛みしめ、その機会を作る切っ掛けを、その唯一の末裔の為に心を砕いてくれたセラフォルーと云う魔法少女に感謝しながら、ゼウスは万感の思いを乗せて言葉を紡ぐ。

「何が有ろうと――この子ら。いや」

 セラフォルーを真っ直ぐに見詰めて、ゼウスは言葉を続ける。

「何が有ろうと、例え、人の子らとの約束。世界との契約を破り。この身が滅しようとも、儂はお前達の味方であり、父である事を約束しよう」

 余りにも重すぎる言葉に、セラフォルーを始めとした全員が息を飲む。

「まぁ、なんだ。それぐらいの覚悟だと思ってくれれば良い。だから、俺の事は気軽にお父さんと呼んでくれ」

 重くなってしまった空気を和らげようと、ゼウスはウィンクをするが、まっったく効果が無い事に、どうしたものかとボリボリと頭を掻かじる。

「居なくなったらいや……お父さんとお母さんみたいに、居なくならないで」

 そう言いながら、ゼウスの服をギュッと掴んできたクリスに、ゼウスはクリスの存在を知ってから部下に調べ上げさせたクリスの生い立ち――父と母との死別。天涯孤独で身を寄せる孤児院でも、歓迎されずに孤独である事を思い出し、震えるクリスを優しく抱きしめて自分の膝の上に乗せる。

「安心せい。俺は大神ゼウスだ。その俺が容易く居なくなるものかよ。大丈夫だ。俺に会いたくなったら、この異界で俺を呼べば良い。何時でもこうして、クリスを抱きしめてやろう」

 震えながら自分の服をギュッと掴んで離さないクリスの背を、優しくなでながらそう言い聞かせるゼウスの表情は間違いなく父の顔だった。

「ふむ。最後は俺か」

 ワザと空気を読まずに発言したキングウに、ゼウスは小さく頭を下げる。

「さて、リアだったか。お前の支離滅裂でたどたどしい言葉は、我々の心に届いた」

 泣き腫らし真っ赤になった眼を擦っているリラに、キングウは優しく微笑む。

「次に、悪魔である事を悩み、気後れしているセラフォルー・シトリーよ。あまり我々神々を侮ってくれるな」

 突然投げかけられた言葉に戸惑っているセラフォルーに、キングウは不敵に笑う。

「人の子で在ろうが、悪魔で在ろうが、我ら神々にとってそう変わりはない。神が見るのは其の在り様。生き様だ」

 神の言葉に真剣に耳を傾けているセラフォルーに、キングウは父性溢れる笑みを浮かべる。

「メソポタミア神話が最高神代理、キングウが断言しよう。セラフォルー・シトリーは嘘偽りなく、まごうことなき魔法少女だと」

 改めてはっきりと自分が魔法少女だと言われたセラフォルーは、両手を口に当てながらボロボロと泣き出す。

「この裁定を不服とし、不遜にも異議を唱える者あらば、このキングウ自ら、その者にあらゆる手段を用いて神罰を下す事を確約しよう。なに、人の世とは言え、軽い神罰程度ならば幾らでもやりようはある」

 妹分のリラにヨシヨシと慰められているセラフォルーに微笑みながら、キングウは言葉を続ける。

「メソポタミア神話が最高神代理、キングウが宣言しよう。お前達魔法少女は我が愛すべき妹だと」

 一度言葉を区切り、ゼウスにしがみ付いているクリスを見る。

「クリスよ。そなたの身を寄せる孤児院は、金目当ての劣悪な孤児院だ。すでに我が神官に現状の改善を命じている。安心して孤児院に帰るが良い」

 次にコアトリクエの片膝にチョコンと座っているミーシャに視線を移す。

「ミーシャよ。そなたが、母子家庭で、そなたの為に働きづめの母親に申し訳ないと思っている事は承知している。その原因たる役人の不正も把握している。我が神官がすでにその不正を暴く為に動いている。時間が掛かるだろうが、不正が暴かれるまで、お前が母親を支えてやれ」

 そのキングウの言葉に、ゼウスとシヴァが声を荒げた。

「まて、なんだそれはっ! 自分だけ好感度爆上げイベントこなすとかっ!」

「そうだっ! ゼウスじゃないが、ずるいだろっ!! だいたい、人の子との約束とか世界との契約はどうなった! 神官に指示とか破りまくりじゃないかっ!!」

 そんな負け犬の遠吠えを、キングウは鼻で嗤う。

「言った筈だ。やりようなど幾らでも有ると。ましてや、こうして人の子の許しを得たのだ。それこそ、取れる手段など幾らでも有る。古き神を見縊るなよ?」

 人の子に"ヘタレ"だの"弱虫"だの云われても、人の子らを愛し続けた古き神は、余裕の態度で若い神の反論を叩き潰す。

「さて、成すべき事は成したのだ。後は宴の時間としよう。存分に飲み食いすると良い。我が愛しい妹達よ」

 古き神は、新しい神々と愛しい魔法少女達に対し、高らかにそう宣言した。




さぁ、次は現代編。ジャネットとジョージがセラフォルーと出会った話だ

本当にいつになったら、原作主人公とヒロイン出せるんだ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女頑張る 4

 二つの流派を終わらせた漢が居た。
 嘗て、正義の拳。弱者の怒りの代行者。そう詠われながらも、長い長い時の流れに歪み、誰かの大切なモノを奪い。破壊する拳と成った――北斗と南斗を終わらさせた漢。
 北斗の棟梁と成る為に、尊敬する養父であり師父をその手にかけた。
 北斗の棟梁と成った漢は、志を同じくする南斗の棟梁と成った漢――唯一無二の親友と対峙する。
 これが最後と酌み交わした酒と一言二言交わした言葉を胸に、哀しみを背負った二人の漢が殺し合う。
 どうか、これが、最後と成ってくれ。そう祈り。願い。涙を堪えて、悲願である北斗と南斗の歴史を終らせる為に。
 悲しい決闘に勝利してしまった北斗の漢は、秘孔を用いて北斗と南斗の技を封じた。
 そして、哀しみと憎しみにまみれた二つの歴史を閉じた、北斗最後の伝承者は――生きる屍と成った。
 北斗と南斗を終らせる。その為だけに生きていた漢は、生きる屍と成り、何度も自ら命を絶とうとした。しかし、亡き親友が残した「生きろ」の言葉がそれを阻む。
 ただ、惰性で生きていた漢の目に、偶然とあるアニメが飛び込んで来た。それは夢と希望の物語。
 その物語に、漢は、ただただ涙を流した。
 己に、彼女達の様な不思議な力があれば、
 己が、彼女達の様に、愚直な迄に真っ直ぐに生きる意志が有ったならば、
 亡き父と、今でも嘗ての様に茶を飲めたのだろうか?
 今生の別れの酒ではなく、今でも親友と酌み交わせたのだろうか?
 そう思えば想うほど、考えれば考えるほど、溢れ出る涙は流れ続ける。
 漢は、強く強く想った。彼女達の様に成りたいと、彼女達の様に生きたいと。

 そして、北斗最後の伝承者は運命(セラフォルー)と出逢う。


 時は流れ――人の独り立ちを認めた神々が、人の子の月面到達に拍手喝采し祝い酒でベレンベレンに酔っぱらったり。月面到達したと思えば、火星到達成功や木星探査成功に驚愕しながら拍手喝采し、二日酔いどころか、一週酔いするぐらいドンチャン騒ぎで飲みまくった。

 酒飲み宴会のネタに困らないそんな時代。

 

 そんな時代で、魔法少女の相互扶助組織"プリティ・キューティー・アライブ"略してプリキュアに所属していない魔法少女を探して、フランスのとある田舎町に訪れたセラフォルーは、「こーゆー所に居たりするから、大変なのよねー」と呟きながら散策している町外れの林の中で、うつ伏せに倒れた10歳ぐらいの少年を発見し、「えっ? うぇえ?」と女性が発してはいけない奇声を発した後、うつ伏せに倒れた少年が幻ではない事を認識して「ふぅわぁぁぁ!?」と更なる奇声を上げながら、全力疾走で行き倒れた少年に駆け寄る。

「う、う......お腹......すいたぁ......」

 うつ伏せに倒れたままそう呟き、雑草を口に運ぼうとしている少年に、セラフォルーは「なにやってんの! きみぃぃ!?」と大声で叫んだ。

 

 自分の昼御飯――ヴァルキリー作のサンドイッチをガツガツと食べながら、紅茶の入った水筒をゴクゴク飲んでいる少年を観察したセラフォルーは、少年に気が付かれないように小さな魔方陣を展開させる。

「ねえ、君。何歳なのかな? お父さんとお母さんは?」

 そんな問い掛けに気が付かない程に、一心不乱にサンドイッチを食べている少年に苦笑しながら、どう見ても、どう考えても、絶対にまともな両親ではないと確信しているセラフォルーは、見える範囲だけでも傷だらけの体で、あっちこっち解れ、痛んでいるボロボロのジャージを身に付けている少年に、内心で『君の記憶を覗いちゃうけど、ごめんね』と謝りながら、虐待を受けている少年が虐待を認識していない可能性を考慮して、神々直伝の過去見の魔法を発動させた。

 

 それは、なんと言っていいのか――女性と話した事が殆ど無い男の記憶だった。

 幼稚園の頃は、男の友達と遊ぶのが楽しくて、女の子とは一言も会話をしていない。

 小学校・中学校・高校は男子校。学校の先生に、女性が居れば良かったかも知れないが、一人も居なかった。

 まともに会話した女性は母親のみで、近所のおばさんとかは一言二言の挨拶のみで、最長の言葉が、おはようございます。いい天気ですね。(じゅうはちもじ)

 そして、出来上がったのは――女性に物凄い奥手なシャイボーイ。

 それでも、恋人とか奥さんとまでは高望みしないから、女友達ぐらいはと頑張った結果。

 結婚詐欺に引っ掛かり全財産を失い。それでもと、上を向いて頑張っている処を、痴漢冤罪で職すら失う始末。

 女性不信や女性恐怖症に成っても可笑しくない状況で、歯を食い縛り頑張っていた男は――自分を陥れ痴漢に仕立てあげた女子高生が、柄の悪い複数の男性に暴行を受ける寸前の光景を目撃して、その女子高生を助け出し逃がす事に成功し、その結果――命を落とした。

 

 この時点で、セラフォルーの涙腺は崩壊していた。

 涙をドバドバ流しながら「酷い......酷すぎぃぃ! こんなのあんまりよぉぉ」とか、「なんで、そこから、女の子が改心して、こうジレジレのラブラブでピュアピュアな恋の物語が始まる展開じゃないのよ! やり直し、やり直しを要求する! この子が何をしたと言うのよ!」と叫びだしたセラフォルーに、サンドイッチを無心に食べていた少年がビックとして、訳の分からない事を叫び出したセラフォルーに「えっと、サンドイッチ、食べ過ぎちゃいました?」と恐る恐るそう言うと、セラフォルーはすぐさま「良いの! 全部食べて良いから! 足りなかったらお姉さんがご飯奢ってあげるからっ」と力説し、「え、でも」と戸惑っている少年に、涙をゴシゴシと拭いながら「食べなさい。お腹一杯になるまで食べなさいっ」と強く言い聞かせる。

「それじゃ、その、いただきます」

 なんとなく、全部食べないと解放されない事を悟り、やべーのに捕まったと後悔している少年は、とても美味しいサンドイッチと紅茶だけを慰めに、モソモソと食事を再開する。

 数々の魔法少女と出会い交流があり、虐待されている子供を何人も見てきたセラフォルーは、ビクビクと恐る恐るサンドイッチを食べている少年の姿に、『この子。絶対、虐待されてる! 前世の記憶のせいで、不気味がられたり、周りに馴染めなかったりして、苛められたり虐待されてるパターンねっ!』と確信し、気合いを入れて少年の過去の続きを覗く。

 

 死して魂と成った男は、男を憐れに思った神にその魂を掬われて、所謂転生特典を得て、別世界に転生する事になる。

 男が特典に選んだのは、"ニコポ"や"ナデポ"と云われる強制魅了系でもなければ、莫大な富でもなく、俺tueee系の武力でもなく、妹と大切な存在を護れるだけの力だった。

 血の繋がった肉親なら、普通に話して接する事ができる。

 万が一、大切な家族が暴漢とかに襲われても、護れるだけの力が欲しい。

 そう願った男に、転生を司る異界の神が泣き。

 

 セラフォルーも泣いた。

 

 サンドイッチを食べる自分の直ぐ傍で、「なんて健気なの」とか「こんな良い子がなんで......なんでよ......」とか、涙を流しながら呟くセラフォルーにドン引きしながら、少年は『どうしよう......やべーのに捕まった......お父さん。お母さん。助けて......妹よ。お兄ちゃんはもうダメかもしんない......苛めに負けず、強く強く生きるんだぞ。ジャンヌがどうとか云う中二病を治せば、お前は素直で可愛い女の子なんだから、すぐに友達できて、ボッチ卒業できるからな。お兄ちゃん、あの世でお前の事をちゃんと見てるからなっ』と心の中で呟きながら、怯えた目でモソモソとサンドイッチを食べ続けた。

 

 そして、男は転生し少年に成った。

 優しい両親と幼い子供のありふれた日常の光景。

 肉体年齢に精神が引っ張られ、少し大人びた子供の範疇に収まった少年の日常生活。

 

 いつ虐待が始まるのかと警戒しながら、少年の過去を覗いているセラフォルーは、ゴクリと唾を飲む。

 そんな真剣な表情と、泣いたせいで赤く充血した目で自分を見ているセラフォルーに、少年は『襲われる!? この人、ガチショタなのかっ!? ヤバいっ、ここは人が滅多に来ない場所。神様に貰った力の修行場所に丁度良いと思ってたのに......こんな形で裏目に出るなんてっ、お父さん。お母さん。助けて、マジで助けて』と心の中で必死に両親に助けを求め、そんな少年の内心を知らないセラフォルーがゴクリと唾を飲むと、思わず「ひっ」と小さな悲鳴を上げてしまう。

 小さく短い悲鳴を上げた少年に、セラフォルーはハッとして、赤く充血した目をそのままに、優しく微笑む。

「大丈夫。怖い人が来ても、お姉さんがやっつけてあげるから......安心して、お姉さんは優しいお姉さんだから」

 充血した目で微笑み、警戒を解きほぐそうとしているセラフォルーは――少年からしたら、どう見てもガチショタで、獲物を捕捉し油断させ捕獲して補食しようとしているヤベーお姉さんであり。

 そんなセラフォルーに怯えてビクビクとしている少年は――セラフォルーからしたら、空腹で行き倒れていた事実と、傷だらけの体とズタボロのジャージが相まって、ろくに食事をさせて貰えない。無数の擦り傷と打撲傷は虐待痕。ズタボロのジャージは新しい服を買って貰えない証拠。どう見ても、どう考えても、酷い虐待を受け。心に傷を負い。周りが信じられなくなった可哀想な少年だった。

「お姉さんが守ってあげるからっ。助けてあげるからねっ」

 充血した目と優しい笑みで、そんな訳の分からない事を言うセラフォルーに、少年は恐怖しか感じなかった。

 凄惨な虐待の光景を警戒し緊張して、唾をゴクリと飲む度に、少年をビクビクとさせながら、セラフォルーは過去視を継続する。

 

 念願の妹が生まれて、嬉しそうに笑いながら赤ちゃんに話し掛けている少年を、両親が優しい目で見ている光景。

 自分の指をキュッと握る赤ちゃんに、感極まって泣いてしまった少年に、側に居た母親が何事かと慌ててる光景。

 父親に教わりながら釣り上げた三年サイズの鱚を、自慢気に誇らしげに、父親に見せている少年。

 

 ありふれた、でも、温かく優しい光景。

 そんな仲の良い家族の光景に、セラフォルーはハッとして自分の勘違いを恥じ入り、心の中で少年の両親に謝りつつ『これは......虐待しているのは親じゃなくて、周りのパターン! しかも、この子をこんなになるまで痛め付ける事ができて、親御さんに新しい服を買い与えない様に圧力を掛けられて――犯人は、この町の有力者ね! おのれ......こんなに幸せそうな家庭を壊そうなんて......ゆ る ざ ん』と、今まで経験した虐待ケースの中でも最悪のパターンの一つに、セラフォルーは怒りに燃えた。

 ビクビクとしながらモソモソとサンドイッチを食べつつ、なんとか隙を見て逃げ出そうとしている少年を他所に、セラフォルーは過去視を続けて、犯人特定に心血を注ぐ。

 

 妹が言葉を喋れる様になって、自分はジャンヌ・ダルクの転生体で、自分の家族は他に居ると言い出し、両親と一緒になって頭を抱えたり。

 家族で信仰している宗教は間違ってる。それは、正しい主の教えではないと怒ったり。

 自分をジャンヌ・ダルクと思い込んで、色々とやらかした結果、友達が一人も居なくて、苛めの対象と成った妹を守る為に頑張った結果、少年も友達が居なくなったり。

 手の付けられない妹に、どうしたらいいのか分からず、ノイローゼ気味に成った両親に、少年の秘密――自分は転生者で、本当の子供では無いかもしれないけど、両親の事を本当の親だと思っている。と打ち明けて、妹を見捨てないでくれと、泣きながら懇願し、その告白に両親が、普通の子供では無い事は気付いていた。例え、お前達がどんな存在であろうと、お前達は自分達の子供だと抱き締められて、号泣する少年。

 そして、その光景を覗き見て、苦悩する妹。

 

 そんな家族の交流を見て、少年虐待犯に更なる怒りに燃え上がりながら、沢山あったサンドイッチを食べ終わりそうな少年に焦り、倍速で過去視を始めたセラフォルーは、少しずつ首を傾げ始める。

 どんなに時間を進めても、虐待が始まらないのだ。

 少しずつ、家族に打ち解けていく妹と、それを受け入れる家族の交流に、心が温かくなるのを感じつつ、どんどん時間を進めていき――少年が傷だらけで、ボロボロのジャージを着て、空腹で倒れていた理由に行き着き、セラフォルーは叫んだ。「虐待されてない! と言うか、君なにしてんの!? 体を酷似しすぎ! いくら強くなりたいからって無茶しすぎだからっ!」と。

 突然のセラフォルーの叫びに、「ヒッイィ」と声を上げた少年に、過去視で見た優しい両親と徐々に中二病が収まり始めても未だにボッチで苛めを受けている妹を心配させている少年に、セラフォルーはクドクドとお説教を開始する。

「あのねぇ......君、まだ10歳でしょ? 映画で見たからって、木に吊るした小さい丸太を避ける練習とか、そこそこ高い所から落ちて受け身の練習とか、木をサンドバックに殴ったり蹴ったりしたらダメでしょ? 君が大怪我をしなかったのは、運が良かっただけだからね? 頑丈な体に産んでくれた御両親に感謝しないとダメだよ? あと、朝御飯と昼御飯を抜かないの。体が成長してる途中なんだから、ちゃんと三食食べなさい。分かった?」

 いきなりクドクドとお説教を開始したセラフォルーに、目を白黒させながら少年は、口にしていない自分の年齢や両親や妹にも秘密にしていた特訓を知っている事から「え、ストーカー? ぇ、俺、ガチショタにストーキングされてたの?」と思わず呟いてしまう。

「だ・れ・が、ガチショタでストーカーよ! 失礼ね! 君がズタボロで行き倒れてたから、心配して、魔法で過去を覗いただけでしょ! まったくもう!」

 プンプンと怒っているセラフォルーは、暫くしてから「あっ」と声を上げる。

「魔法? 過去を覗いた?」

 神様転生しておきながら、魔法云々のファンタジーを信じてない少年は、地面に座り込んだ状態で器用にズッサッと後退り、すくりと立ち上がると......セラフォルーに深々と頭を下げて「サンドイッチと紅茶ありがとうございました」とお礼を口にすると、自然な動作で背を向けて歩み去ろうとする。

「待ちなさい」

 立ち去ろうとする少年の右手をガッチリと掴む。

「お姉さんの話は終わって無いし、君はまた無茶するだろうし、観念してお姉さんの話を聞きなさい」

 捕まれた手を引き剥がそうとしながら、「離せよ! ストーカーでガチショタで魔法とか言い出す奴に、襲われてたまるかっ」と必死になっている少年に、セラフォルーは溜め息を付いた。

「お姉さんは、ガチショタでもストーカーでも無いから。後、神様転生してるのに魔法を否定しないの」

 "神様転生"その言葉に少年は固まる。

「神様転生て......お姉さん。なに言ってるの? 僕、よく分からないや」

 誤魔化そうとしている少年に、セラフォルーはニッカリと温かく優しい笑みを浮かべた。

「良かったね? 前世でも今世でも、家族以外の女性とこんなに話した事ないもんね? しかも、家族以外の女性に触れて貰ったのは、これが初めてだもんね? 良かったね? 嬉しい?」

 両親にも妹にも話していない秘密を言い当てた、生暖かく優しい笑みのヤベーお姉さんに、少年は「なっ、なんで......」と呟いてしまう。

「あ、サンドイッチ。私じゃないけど、女性の手作りだからね。やったね! 前世と今世のお母さん以外の女性の手作りだよ! 良かったね?」

 その生暖かく優しい言葉に、少年はガクリと肩を落とし、俯いてしまう。

「まだ、色々と有るけど......言って欲しい? それとも、お姉さんの話を聞く気になったかな?」

 暴露されたくない事を、次々に口にされた少年は、逃げるのを諦めて、俯いたまま地面に座り込む。

「もう、止めてください。ガチショタとかストーカーとか言ったのは謝りますから......本当に止めてください......」

 肉体年齢に引っ張られて、精神も年相応に成っている少年は、エグエグと泣きながらセラフォルーに懇願し、それを見たセラフォルーは、やり過ぎたと思いつつ、小さい子を泣き止ませる必殺技を繰り出す。

 掴んでいた手を離し、泣き出した少年の頭が胸に当たる様に体勢を調節して、セラフォルーは少年を優しく抱き締める。

「ごめんね。おねーさん。言い過ぎちゃったね。ごめんね」

 自分の心音に合わせて、抱き締めている少年の背を優しく、トントンと叩いたり撫で始める。

「お姉さん。君が心配なのよ。でも、言い過ぎちゃったね。ごめんね」

 グズッた子供や泣き止まない子供を、泣き止ませ落ち着かせて、寝付けない子供を寝付かせる――プリキュアのお母さん。ヘスティア神の必殺技を身に付けたセラフォルーの対子供用必殺技"ヨシヨシ"が少年に炸裂した。

「君の力に成りたいの。分かってくれる?」

 セラフォルーの胸の感触と聴こえてくる心音。そして、優しく背をトントン叩かれ撫でられている少年は、いつの間にか泣き止みウトウトし始めてしまう。

「大丈夫。お姉さんに任せなさい。お姉さんがぜーんぶ解決してあげるから」

 心地好い感覚と優しい声色。それらに屈服してしまった少年は、何も考えられないままに、セラフォルーの言葉に頷いてしまった。

「ほ ん と う に、お姉さんに、ぜーんぶ任せてくれるのね?」

 ウトウトしながら頷く少年に、セラフォルーは『小さい子が相手なら、こんなものよ』とドヤ顔をしながら、計画通りと笑みを浮かべる。

「まず、自己紹介からね。君の名前と妹ちゃんの名前を教えてくれる?」

 優しく語り掛けてくる声に、少年は「ジョージ。妹はジャネット」と眠たそうな声で返事をしてしまう。

「そっか~ ジョージ君とジャネットちゃんか~ 良い名前だね」

 そんなセラフォルーの言葉に、ウトウトしている少年は小さく頷く。

「私は、セラフォルー・シトリー。種族は悪魔で、魔法少女よ。よろしくね? セラちゃんとかセラお姉さんて呼んでね?」

 眠気に侵され、はっきりしない頭で、「セラお姉さん。魔法少女で悪魔......」と呟いた少年ジョージは、よく分からないヤベーのに抱き付かれてる事を認識し、抱擁から抜け出そうと足掻くが、頭に当たる、ふにっとした感触に体を強張らせる。

「も~ おいたしちゃダメだぞ☆」

 自分から逃げ出そうとして、胸の感触に固まったジョージの初心な反応に、本当に女性に免疫が無いんだな~ と考えながら、セラフォルーはクスクスと笑ってしまう。

「クソ。離せよ! 見た目は子供でも、あんたが言ったように、中身は成熟した男なんだからなっ」

 そんなジョージの言葉に、セラフォルーは一瞬キョトンとして、「あ~ 成る程ねぇ~ あの無茶苦茶な修行擬きの原因はそれか~」と呟いた。

 深々と大きな溜め息を付いたセラフォルーは、抱き締めているジョージの両肩を両手で掴むと、グッとジョージを自分の体から引き離し、真っ直ぐにジョージの目を見据える。

「あのね。ジョージ君。君、精神が肉体に引っ張られてる自覚ある?」

 突然、真剣な表情で自分の目を真っ直ぐに見て来たセラフォルーの言葉に、ジョージは首を傾げる事しかできない。

「あのね? 成熟した男性は、小さい子達と一緒に、ヒーローごっこに熱中しないし、探検ごっこや冒険ごっこに我を忘れて、夢中にならないの」

 身に覚え在りすぎる事実に、ジョージがビッシリと擬音が聞こえて来そうな程に固まる。

 そんなジョージに『あ~ やっぱり、自覚無かったんだ、この子』と内心で呆れつつ、セラフォルーが最後の止めとして、「後ね、気になる女の子の……」と言いかけた途端、「自覚した。今自覚したから、やめろぉぉぉぉ! 俺はロリコンじゃねぇぇぇぇぇ!」とセラフォルーの手を振り払い、逆にセラフォルーの両肩を掴んでガクガクとセラフォルーを揺らしながら、「ちがうっ。別にカサンドルちゃん。可愛いな。とか思ってないから。思ったとしても、妹的なナニかだからっ」と必死になっているジョージに、セラフォルーは「自覚できてないじゃない」と嘆息した。

「あのね、君。自分がどれだけ歪で危険な状態か理解しないとダメだよ。君は今世を受け入れていながら、前世の感覚で生きてるの。解るかな? 君は今、10歳の子供なのに大人の感覚で生きてるの。子供の体を大人の感覚で、できるはずが無いのに、これもできる。あれもできる。て、子供の未成熟な体を酷使してる」

 真剣な表情で語り掛けてくるセラフォルーの言葉を、ジョージはセラフォルーを揺らすのを止めて、黙って聞く。

「未成熟な体でそんな事をすれば、必ず体に深刻な障害を負う事になる。御両親や妹ちゃんを悲しませたいの? ちゃんと見ていれば、なんて後悔させたいの?」

 そのセラフォルーの言葉に覚えのあるジョージは言葉に詰まる。妹の虐めに、高学年どころか、中学生や高校生が出てきて更に酷い事に為っている現状を、一人でなんとかしようとしているジョージに、突き刺さる。

「あんたに、何が解るんだよ!? 俺が頑張らないといけないんだ! 今、無茶しなくて、いつするんだよ!?」

 振り絞る叫びに、セラフォルーは覚えが有りすぎる叫びに、悶絶したくなるがグッと我慢する。

「一人で、できる事なんてたかが知れてるの。どんなに凄い天才でも、一人で月面到達できない様に、一人じゃ、できる事なんて極僅かなのよ」

 両親に心配掛けたく無くて、妹を守りたくて、必死に頑張ってきた少年の叫びを、セラフォルーは嘗て両断された様に断ち切る。

「周りに力に成ってくれる人が居ないなら、お姉さんを頼りなさい。君の目の前のお姉さんは、悪魔で魔法少女のスーパーガールなお姉さんなんだから」

 悪魔とか魔法少女とか、突っ込みたい処が多々あっても、ジョージは藁にもすがる思いで助けを口にする。自分ではどうする事もできない現実に、両親をこれ以上、心配させたくない一心で。

「本当に、助けてくれるのか?」

 その様々な思いの篭った助けを求める声に、セラフォルーは満面の笑みを浮かべ、悪魔の――漆黒の翼を広げながら断言する。

「プリティ・キューティー・アライブ。会長。セラフォルー・シトリーに、任せなさい。なんたって、お姉さんは魔法少女なんだから☆」

 悪魔の翼とか魔法少女とか、どうでも良くなるぐらいに、自信に満ち溢れた、惚れ惚れとする笑顔に、ジョージは素直に頷いた。

 

 漸く。目の前のヤベーお姉さんこと、セラフォルーが、本当に悪魔で魔法少女? である事を認識したジョージは黙ってセラフォルーのお説教を聞いていた。

「あ~ゆ~ 無茶苦茶な修行擬きはもうしたらダメよ。体を壊すだけで強くなんてなれないから、ジョージ君がしてたのは、一定の強さを身に付けた人が、限界を超える為にする苦行なんだから、体ができてない上に基礎ができてない君がしても、体を壊すだけ。分かった?」

 自分の言葉に素直に頷くジョージに、セラフォルーは満足気に頷く。

「さて。それでは、ジョージ君に先生を紹介してあげよう」

 ふふ~ん。とお姉さんぶっているセラフォルーの言葉に、ジョージは首を横に振る。

「えっと、神様から貰った力は"波動"て力で......教えられる人は居ないと思う」

 申し訳なさそうなジョージの言葉に、セラフォルーが「大丈夫よ。過去視で見たけど、気みたいなモノぽいし。亀仙流とか流派東方不敗とかヤイバ流剣術とかアバン流殺法とか」と気を扱う流派を挙げていると、「亀仙流!? 東方不敗!? ヤイバてあの、かみなり斬り・せんぷう剣の!? アバン流殺法てあのアバンスラッシュの!?」とジョージが物凄く食い付き、あまりの食い付きにセラフォルーは「えっと、流石に、当代の武天老師様とかマスターアジア様とかムサシ様とかアバン先生に、直々に指導して貰うのは無理だからね? 流石に、おねーさんでも無理だからね?」そう慌ててジョージを宥める。

「すげぇ! 亀仙人とか本当に居るんだ!」

 ジョージの前世の世界では、亀仙流等は架空の流派だと云う事を思い出したセラフォルーは、興奮しているジョージの頭をポンポンと叩く。

「夢を壊すようで悪いけど、君と同じ転生者らしいよ? 開祖の人達は。まぁ、君みたいなチート持ちじゃ無かったらしいけど」

 自分以外に転生者は居ないと思い込んでいたジョージは、その言葉に目を大きく見開き、その反応に、セラフォルーは溜め息を付いた。

「あのねぇ......結構居るわよ? 異界からの転生者。もっとも、神々からしたら、人の子は人の子。そんな事はどうでも良い。らしいけど」

 衝撃の事実に呆然としているジョージをそのままに、セラフォルーは言葉を続ける。

「魔法少女相互扶助組織の名前に、プリティ・キューティー・アライブ。略してプリキュアて名付けたのも、転生者の子だし。君みたいに前世の記憶がはっきりしていて、そのせいで虐待されてたりとか。神様転生でチート貰って、力に溺れて暴れ回って即座に叩き潰されたりとか。逆に、第二の人生だから、今度は後悔しないように必死に生きて、偉人に成ったりとか」

 セラフォルーの説明に、ジョージは「マジか」と小さく呟く事しかできなかった。

「マジよ。特に虐待は悲惨よ......前世の記憶とかチート持ちだと、場所によっては人間扱いされなかったり。魔物・悪魔憑きて云われて殺されたりとかね」

 もしかしたら、自分もそうなった可能性が脳裏に過ったジョージは、ブルリと恐怖で身を震わせる。

「ま、そんな子達を保護して廻るのも、お姉さんのお仕事なんだけどねー」

 暗くなり始めた空気を断ち切る様に、明るくそう言ったセラフォルーを、ジョージは『このお姉さん、実は凄い人なんだ』と思いながら尊敬の眼差しで見つめた。

 目の前のお姉さんが、最近、魔法少女達や保護した子供達に"頼りになるけど、基本的にダメお姉さん"扱いされているとは知らずに。

「それでは、ジョージ君の先生を紹介してあげよう☆ なんと! プリキュア日本支部局長よ☆」

 まさか、魔法少女に師事して貰えると思っていなかったジョージは、年齢相応の少年の如く期待してしまった。

 まともに話せたのはセラフォルー以外では肉親のみの、ウブな少年は、可愛らしい少女。もしくは、セラフォルーの様なお姉さんと親しくなれるチャンスに胸を踊らせてしまう。

「カモン☆ ミルたん☆」

 その声と共に宙に描かれた魔法陣が出現すると同時に、淡い光を放ち始める。

 純情な少年はドキドキとワクワクしていた。前世・今世の両方を合わせて初めて見る魔法と、自分の先生になる魔法少女とのこれからの時間に。

 放たれた淡い光が辺りに満ちて、ゆっくりと消えていき、そこに現れたのは――ピッチピッチの白いゴスロリを身に纏った、ネコミミを装備した世紀末覇王だった。

「にょ!」

 爽やかな笑顔で、右手のピースサインを横にして、ウインクしている右目を挟む様に持ってきて、左手に腰て当てて、膝を曲げ左足を左斜め方向に持ち上げ、あざといポーズを決めている。筋骨隆々のガチムキの漢。

 身に付けている白いゴスロリは、ボディーラインが目を覆い背けたく為る程にはっきりと分かるぐらいピッチピッチで、豊満でミッチミッチとした胸が強調され、ゴツくて丸太の様なギリシャの彫刻を想わせる筋肉がミッチとした眩しい太股どころか、危険なデルタ地帯が見えるんじゃないかと心臓に悪いぐらいに程に短い裾。

 その素晴らしい光景を目の当たりにしたジョージ少年は、その場に崩れ落ちた。

「どう見ても、北斗の拳の登場人物!! 世紀末覇王様のライバルポジとかに収まりそうな人だろ!? 確かに強そうだけど、強そうだけど!! なんで、魔法少女コスしてんだよ!?」

 淡い幻想を粉々に打ち砕かれた、少年の魂の叫びに、セラフォルーは「ミルたんは、神々に認められた。魔法少女だよ?」と驚愕の言葉を口にする。

「セラたん。何故、その少年は、北斗を知っている?」

 漢らしい野太い声に、両手両膝を地に付けたまま顔を上げたジョージの両目に、先程まで辛うじて有った魔法少女? らしき雰囲気が霧散し、その背に巨大な龍神を幻視する程の闘気を全身から立ち昇らせているミルたんの姿が飛び込んでくると同時に、ジョージは一筋の涙を流し死を覚悟した。

「少年。答えろ。何故。隠匿されし暗殺拳。北斗を知っている?」

 口から、コォォォと呼吸音が鳴り響き、白いゴスロリにネコミミの漢が、一歩。前に踏み出す。

「待って! その子は北斗でも南斗でもないからっ!」

 慌ててミルたんとジョージの間に入ったセラフォルーに、ミルたんは怪訝そうな表情を浮かべる。

「ならば何故、北斗を知っている? 裏でさえ、知る者が限られている北斗を」

 知る筈の無い事を知っているジョージを鋭い視線で睨み付けたミルたんは、その鋭い視線をそのままセラフォルーに向けた。

「ごめん。ミルたん……ちゃんと説明してから召喚するべきだったわ」

 謝りながら確りと頭を下げたセラフォルーに、ミルたんは「むぅ……なにか、訳ありなのか?」そう唸りながら、ジョージに再び人が殺せそうな鋭い視線を向ける。

「その辺も含めて、ちゃんと説明するわ」

 そんな二人のやり取りが耳に届かない程に怯えているジョージは、闘気を身に纏い、コォォォォと呼吸音をさせている筋骨隆々の漢の前に立ちはだかる、セラフォルーの背が途轍もなく頼もしく見えて、その背中に純白の天使の翼が生えているのを幻視してしまう。

 ジョージが転生者であり、前世の記憶を明瞭に持っている事。ミルたんを呼んだのは、ジョージを鍛えて欲しい事。等を説明したセラフォルーに、ミルたんは「......成る程な。それで、北斗の事を知っていたのか......」と小さく呟いた。

 遥か昔から続いた北斗と南斗の開祖も、転生者で有る事を知っていたミルたんは、目を瞑り天を仰ぐ。

「セラたん。約束する。少年に危害を加える様な真似はしないから、少し、話をさせてくれ」

 纏っていた闘気を霧散させたミルたんは、辛そうな悲しげな目で、怯えているジョージを見据える。

「ミルたん......分かったわ。その代わり、魔法少女で在る事だけは忘れないで」

 ミルたんの事情を知るセラフォルーは、悲痛を耐える様な表情で、そっとミルたんとジョージの間から身を引く。

 何の事情も知らない上に、場の流れから完全に置いてきぼりを食らっているジョージは「えっ?」と声を上げる。

「ジョージ君。質問に答えて欲しい」

 深い悲しみを湛えた目をしたミルたんに、突然の流れに戸惑っていたジョージは息を飲んだ。一体、どんな経験をしたら、そんな悲しい目をできるのか、ジョージには想像する事すらできなかった。

「君は、北斗と南斗の正しい教えを......伝承を知っているか?」

 未だ四つん這いになっていたジョージを優しく立たせたミルたんの真摯な質問に、戸惑いながらもジョージは真剣に真面目に答えた。「分かりません」と。

 天帝守護の拳。乱れた世を正す拳。救世の拳。そのどれもが違うと、思ったからだ。ジョージが知る北斗の拳と云う漫画なら正しくても、この現実の世界に存在する北斗と南斗の教えを伝承を知らないジョージは、そう答える事しかできなかった。

 真剣に真面目に答えたジョージを真っ直ぐに見据えたミルたんは、「そうか......」と一言だけ口にすると、天を仰ぎ、左目から一筋の涙を流す。

「知らない......か。そうか」

 嘗て、誰かの涙を拭い。誰かの笑顔を守った。法で裁けぬ巨悪を討つ――守護の拳。

 口伝による伝承により、いつしか歪み、私利私欲にまみれ、地に落ち。血に穢れた――呪われた拳。

 開祖が次代に託した、正しい教えを、正しい伝承を、託された想いを、二度と知る事ができないのだと、悟ったミルたんは、静かに涙を流した。

「ミルたん......」

 セラフォルーの悲しげな声に、ミルたんは涙を拭う。

「大丈夫だにょ。ミルたんは――ミルたんだにょ」

 さやわかで、どこか悲しげな笑みを浮かべるミルたんに、セラフォルーは短く「そう」と返し、ジョージはその笑みに息を飲む。

「ミルたんは魔法少女にょ。魔法少女は前を向いて歩き続けるにょ。だから、大丈夫だにょ」

 そう言い切ったミルたんに、セラフォルーは無理に笑みを浮かべる。

「そうよ! 魔法少女は過去に囚われない! 夢と希望を信じて、前に進み続ける! それが、魔法少女よ!」

 セラフォルーの言葉に、ミルたんは目を瞑り、拳を心臓の辺りに当てる。

「親父。そして、我が唯一無二の親友よ。見ていて欲しいにょ。ミルたんは、嘗て、北斗と南斗が、そうであった様に――誰かの涙を拭い。笑みを守れる。そんな魔法少女に必ず成ってみせるにょ」

 亡き父と親友にそう誓ったミルたんを、背中から、セラフォルーが優しく抱き締める。

「ミルたんなら、成れるわ。だって、ミルたんは神々に認められた魔法少女だもの」

 後ろから回された手に、ミルたんはそっと手を重ねる。

「セラたんのおかげだにょ。セラたんが、ミルたんを魔法少女にしてくれたおかげだにょ」

 離れた二人が向き合い微笑み会う光景と、二人のやり取りを黙って見ていた――事情を全く知らない上に置いてきぼりを食らっているジョージは、『よく分からないけど、イイハナシダナー。で良いのか? これ』と心の中で呟いた。

「ジョージ君。ちゃんと答えてくれてありがとうにょ。お礼に、ミルたんがジョージ君を鍛えるにょ」

 置いてきぼりを食らい、唖然としているジョージに、ミルたんは爽やかな笑みを浮かべる。

「北斗の技は教える事はできないけど、鍛える事はできるにょ」

 てっきり、北斗の技を教えて貰えると思っていたジョージは落胆し肩を落とし、そんなジョージにミルたんは困った顔をしながら、ジョージの頭をゴツゴツとした大きな手で優しく撫でる。

「悲しみを背負うのはミルたんだけでいいにょ。ジョージ君まで、そんなモノを背負う必要はないにょ」

 そう優しく諭すミルたんに、ジョージは強く強く思った。『きっと、道を踏み外す前は......凄く良い人だったんだろうなぁ。こうなる前のこの人に師事して欲しかった』と。そして、そんな人物をこんな風にした、優しい目で見守っている元凶(セラフォルー)をジョージは白い目で見る。

「取り敢えず、その酷い怪我を治すにょ」

 暢気に『怪我が治ってからかぁ~ まぁ、波動で治癒能力活性化させれば直ぐに治るんだけどなぁ』と思っていたジョージに、軽く足を広げて両手を突き出し中腰になったミルたんが、突然に「ヌゥゥゥ!」と唸り声をあげ始めるとミルたんの体から闘気が立ち昇り、ジョージが負っていた怪我が全て完治する。

突然の事に驚いているジョージに、「驚いた? ミルたんはプリキュア随一の回復魔法の使い手なのよ☆」とセラフォルーが何故かどや顔して、ミルたんが「そんな事、言われると恥ずかしいにょ」と巨体を捩らせ恥ずかしそうに照れた。

「魔法じゃなくて、気功とかそう云うのなんじゃ......」

 ボソリとそう溢したジョージに、「魔法よ」 「魔法だにょ」と真顔の二人がそう言い切り、察したジョージが「あっ......はい。魔法です」と頷いた。

 コッホン。とわざとらしい咳をしたセラフォルーは「後は御願いね。ミルたん☆」と転位の魔方陣を展開させて姿を消す。

「ジョージ君。まずは、ジョージ君の勘違いを正すにょ」

「勘違い?」

 語尾と格好はアレだけど実は凄い人。ミルたんをそう認識しているジョージに、ミルたんはゆっくりと頷いた。

「守るだけの力に、特別な力はいらないにょ。大きな力は相応の悲しみを生むにょ。必要なのは、挫けない勇気と絶望を希望に変える機転にょ」

 ゴスロリにネコミミじゃなければ、凄い説得力の有る言葉だったんだろうな。と朧気に考えながら、ジョージは素直に頷いた。

「過度の筋トレも厳禁にょ。体の成長に悪いにょ。柔軟性を保つストレッチは毎日するにょ」

 つらつらと言葉を続けるミルたんに、『こうなる前のミルたんさんは、尊敬できる人だったのかもなぁ』と思いながら、コクコクと頷いたジョージは「分かりました」と口にした。

「そして、制御できない力は爆弾にょ。自分だけじゃなく、周りも悲しませ不幸にしてしまうにょ。村長さんに、波動の制御法を教えて貰うにょ」

 そう言うと、ジョージに背を向けたミルたんは、中腰な成ると同時に両手を前に突き出し、コォォォと呼吸音を出しながら、右手を頭上に、左手を下に伸ばす。

「ヌゥゥゥ! ハァァァァア! ヌォォォォオォォ」

 ミルたんの全身から凄まじい闘気が立ち昇り、上下に伸ばされた手が、ゆっくりと大きな円を画く様に動きは始め、その軌道に闘気が残留し大きな闘気の円が宙に浮かび、円の中の景色が陽炎の様に揺らめいた。

 そんな理不尽な有り得ない光景に唖然としていたジョージに、振り返ったミルたんはニカッと笑う。

「今から行く所は、魔道具で遊ぶ格闘ゲーム"MUGEN(ムゲン)"の大ファンの神様達が作った異界にょ」

 一度、言葉を区切ったミルたんは真剣な表情で言葉を続ける。

「ゲームを元に作られた世界にょ。でも、そこに生きる人達は、ミルたん達と同じでちゃんと生きてるにょ。その事だけは、絶対に忘れないで欲しいにょ」

 色んな事が有りすぎて処理仕切れていないジョージは、とにかく頷く。

「さっそく、豪鬼さんに挨拶に行くにょ」

 頷いたジョージの手を、ミルたんが迷子に成らない様にと優しく握る。

「豪鬼? えっ、ストファイの豪鬼?」

 処理落ちしながらも、前世・今世のmyキャラの名前に反応したジョージを、「目上の人を呼び捨てにしたらダメにょ」とミルたんが優しく言い聞かせ、纏まらない頭でジョージは頷く。

 

 こうして、ジョージの苦難は始まる。

 ミルたんに連れられて、初めて異界に足を踏み入れ、大好きで憧れた豪鬼に会って。

「初めまして、この村の村長をしている豪鬼です」

「初めまして、ジョージ・アレグリアです。よろしくお願いします」

 思っていたのとなんか違うと思いながら、挨拶したジョージに、優しそうな強面のおじさん・豪鬼が「礼儀正しい子ですね」とミルたんに笑顔で話し掛け、ミルたんが「ジョージ君は良い子だにょ」と笑う。

 部屋に通されて、ミルたんがジョージに波動の制御を教えて欲しいと頼むと、豪鬼はジョージの波動が"殺意の波動"に成り掛けていると指摘して、驚愕するミルたんと豪鬼がジョージの育成計画を練り上げ、ジョージが殺意の波動に呑まれない様に鍛える為に、神代の時代に流行った漫画"トリコ"のグルメ界を再現した異界や、同じく、神代に流行り今も様々な機種を代えながら続編が出ているゲーム"女神転生"がモチーフの異界を始めとした様々な異界に行く事が決定され、もはや思考が停止しているジョージが「神様達、やりたい放題かよ......」と呟いた。

 そして、ミルたんと豪鬼に、鍛錬は明日からと言われ、茫然自失のまま家に帰ると、ビシッとしたスーツ姿のセラフォルーとジャネットが食卓越しに両親と向かい合い、魔法少女に成る成らないで話し合いをしている光景に、ジョージは「もう、日常に帰してくれ......」と溢しながら、膝から崩れそうになるのを必死に堪えて、「大きくなったら黒歴史になるから止めろ」と両親と共に諦めさせようと頑張るも、映像とは云え、友達の居ないジャネットが同じ年頃の少女と見た事がない笑顔で遊んで居る光景と、セラフォルーの魔法少女活動の詳しい資料を交えた理路整然とした言葉。そして、なによりも、勉強や踊りを始めとした習い事が無料かつ教師が神々である事を知った両親はアッサリと魔法少女賛成派に回り、孤軍奮闘していたジョージは、可愛い妹の泣き落としで陥落。

 この時、ジョージは知った。当たり前の日常が崩壊するのは一瞬なんだと。

 

 それから、ミルたんと豪鬼に鍛えられ、修行と称して神々が作り出した様々な異界を渡り歩き。

 14才に成ると、ミルたんと豪鬼に「そろそろ、実戦の時期」と言われ、紺の胴着と隈取の覆面と黒いマントと云う怪しげな格好で、窮地に追い込まれた魔法少女を助けに行かされたり、魔法少女と成った妹の窮地に、「助けに来た」と精一杯の低音イケボと必死に考えたカッコイイポーズでカッコつけるも、即座に「えっ、兄さん。何してるの? その不審者じみた格好はなに?」と見破られたり。

 18才に成ったら、フッと「あれ? 俺。親しい女の人て、家族と魔法少女達を抜かしたら、セラフォルーだけ?」と気付き、このままでは前世と同じく魔法使い確定と焦るも、厳しい鍛錬と異界での修行と云う名の命懸けの冒険を乗り越える為に、"喰える時に喰えるだけ喰う"を実践しているデップリとした自分の体型を思い出したジョージは、天を仰ぎ、「これが......ミルたんの言う、悲しみなのかなぁ」と呟いた。

 

 そして、更に月日は流れて、ジョージが20才に成ったある日。

 妹と魔法少女達に美味しいと言われるのが嬉しくて、グルメ界の料理の師匠から教える事は何も無いと言われるまでに成長したジョージの手料理に、勝手に餌付けされていたセラフォルーから、溺愛する妹が塞ぎ込んでいる理由が、はぐれ悪魔を殺した事。そのはぐれ悪魔の女性は悪魔の駒関連の法を破った悪魔の被害者である事。塞ぎ込んでいる妹を元気付けて、心の傷を癒す為に、とある人物に会わせたいから、協力して欲しいと頼まれたジョージは、二つ返事で承諾し、二人分の朝食を完食したジャネットとセラフォルーを見送った後、拳を握り締めた。

「八つ当たりてのは......分かってるけど、取り敢えず。サーゼクスてのをぶん殴るか」

 冥界の悪魔。その最高指導者を八つ当たりでぶん殴る事を決めたジョージは、豪鬼直伝の阿修羅閃空でその場から姿を消した。

 

 サーゼクスの職務室を破壊し、死相が浮き出ている役人達が作り上げた書類を台無しにしながら、殺意の波動vs滅びの魔力が開始され、その激闘がいつの間にか、妹の可愛いさ談義に移り変わり、書類を台無しにされて怒り狂った役人達に現魔王と一緒に説教を受けて、サーゼクスとズッ友の誓いを立てたジョージは、処罰としてサーゼクスの居城で半年間の無報酬料理人として働く事が決定したが、当の本人は全く気にしていなかった。

 何故なら、常識に囚われていたら、様々な異界を渡り歩く時点で命を落としていたし。なにより、ミルたんやMUGENの住人達と付き合う事などできないのだから。

 

 その後、冥界殴り込み事件を知ったジャネットとセラフォルーに叱られたり、妹談義に華を咲かせているダメ兄達を他所に、兄に無理矢理連れて来られたリアスとジャネットが意気投合し友達になったり、ダメ兄・ダメ姉被害者の会をリアス・ジャネット・ソーナの三人で結成し、それを聞いたマグダランが、「俺もその会に入りたい......あ、次期当主の仕事と勉強が忙しすぎて無理かぁ~ あはははは」と泣き、居城に遊びに来たお見合いで仲良くなった幼女達にヨシヨシと慰められたり。と様々な事が起きながら――

 "殴って解決するなら取り敢えずぶん殴れ"が座右の銘のジョージは、今日も今日とて、元気に拳を握り締める。




俗に言うタキシード仮面枠

北欧の悪神ことロキ様。
 神代の時代は、普通に本霊降臨できたので、魔物や悪魔。クトゥルフの邪神やその眷属が相手なら、完全フル武装で本霊降臨。人間相手なら叱り飛ばしに本霊降臨してました。なお、現代では人間界以外での活動に成ってしまったもよう。

光の奴隷なコカビエルさん
 神代から人の世に成っても普通に力が振るえる本作最強な堕天使。人(魔法少女)に害成す存在は悪即斬。人間相手なら、一度ぶん殴ってからお説教。
 後、某運命シリーズにtsして無名の英雄の恋人設定されてたり。

ジョージ君
 紺の胴着に隈取りのマスクに黒のマントで、豪波動拳・豪昇龍拳・竜巻斬空脚・阿修羅閃空・瞬獄殺・禊(みそぎ)等で頑張ってます。
 セラフォルー等のプリキュアの幹部に、使い勝手の良い助っ人として認識されてしまっているもよう。

番外枠で、ロリコンキングことマグダラン
 婚約者の幼女達の中に、魔法少女が居るから仕方ないね。
 なお、幼女(婚約者)の一族によって、邪神への生け贄に捧げられる幼女(婚約者)を助け出した時、余所者は失せろとの言葉に「こいつは生け贄なんかじゃない! お前達の都合の良い玩具じゃないっ! こいつはーー俺の婚約者だっ!!」と発言したもよう。



ちなみに、北斗と南斗の開祖たる転生者は、モテたい。女性にちやほやされたい。と云う理由で頑張っていました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女頑張る 5

Q「なんで、堕天使から天使に戻すシステムを作ったんですか?」

A「仕事が嫌になって、逃げだした。アザゼルとかを捕縛して、働かせる為です。あと、堕天すれば、仕事から逃げられると甘えている天使達に、現実を教える為に、様々な勢力の協力の元に作り上げました」byミカエル
 


 ジョージをミルたんに丸投げしたセラフォルーは、メソポタミア神話のキングウ神と面会していた。

「と、言い訳で良い知恵を貸してください」

 粗方の事情を話終えて深々と頭を下げるセラフォルー。アポも無しにいきなりやって来て、知恵を寄越せと宣う残念ポンコツ娘に、キングウは深い溜め息を付いた。

「お前はナニを言っているのだ? その程度の事に我々神が動けるはずが無いだろう? それは人の領分であり、神の領分ではないのだ。今は、神代ではなく人の世で有る事を忘れるな」

 神の理を説かれたセラフォルーは、グッと言葉が詰まる。

「でも、軽い神罰なら、問題ないんでしょう? なら、知恵ぐらい貸してよ」

 一瞬、言葉に詰まりながらも食い下がるセラフォルーに、キングウは呆れた目で、セラフォルーを見下ろす。

「神罰を下せるのは何らかの理に背いた者だけだ。そして、神と人の領分を守らないのであれば、なんの為に、世の主権を人に渡したか分からなくなる」

 神としての言葉に、セラフォルーは何も言えずに立ったまま、拳を握り締める事しかできなかった。

「セラフォルーよ。お前はどう足掻いても、残念ポンコツ娘だ」

 唐突に残念娘と言われ、「なっ! 私、頑張ってるのにぃ!?」と、プリキュアのトップとして朝早くから夜遅くまで、頑張っているセラフォルーが大声を上げた。

 後ろ楯の神々に渡す報告書と云う名の、魔法少女達の活動を記録した書類制作とその活動光景の動画編集。

 魔法少女達に持たせる、可愛いマスコット風の通信能力・転移能力・撮影能力を持った使い魔を、錬金術でコツコツと制作。

 魔法少女達とその家族の様々な相談の対応。

 神々から渡された、顎が外れる程の、湯水の如く浪費しても使い切れない膨大過ぎる運営資金――それこそ、プリキュアに所属している魔法少女達全員に、給与と云うお小遣いを与え。世界中で何らかの虐待・迫害を受けている子供達を助けて周り、ひたすらにプリキュアで保護し続けて。孤児院や真面目に活動している慈善団体に寄付し続けても、減るどころか徐々に増え続け、「もう、要りません」と断っても「いいから。受け取りなさい」と渡される資金の管理・運営。

 プリキュアに所属していない魔法少女の勧誘と、その家族の説得。

 それらを、プリキュア立ち上げ時期は、一人でヒイヒイこなし。リラ達初期メンバーが大人に成ると幹部として運営の手伝いをしてくれる様になり、徐々に大きく成る組織を、「つかれたー」 「まだ、終わんないー」 「これ、セラお姉ちゃんが一人でやってたんだよね......」 「私達のお姉ちゃんて、やっぱり、凄いね」とか言いながら一緒に運営して、リラ達が正式に引退したら次代の魔法少女達に引き継がれ。

 そうやって、魔法少女達と歩み続けていたセラフォルーは、少しぐらい評価してくれても良いじゃない。と思いながら、『あ。でも、超絶と無念がなくなってる!』と喜んでしまう。

「良いか。セラフォルーよ。お前の欠点であり、最大の長所は、ガムシャラな処だ。ならば、小難しい事など考えずにガムシャラに動け。プリキュアのトップとして小賢しく在ろうとするな。問題が発生したならば、皆で解決すればよい。それで駄目ならば、我々がどうとでもしてやる」

 優しく言い聞かせるキングウの言葉に、セラフォルーはしばらく考え込んだ後、キングウを見据える。

「本当に、それで良いの?」

 その確認の言葉に、キングウは不敵に笑う。

「なにを今更。お前は、魔王就任の話を蹴り、シトリー継承権を放棄した。それが起こした問題を誰が解決したと思っている? お前はお前のまま、好きに動け。それが、お前を慕うあの子等の為に成るであろうよ」

 キングウの言葉に、セラフォルーがニヤリと笑うと右手の掌を上にしてキングウに差し出す。

「聖書勢力の天界に行くから、紹介状か私が敵じゃ無い事を示すモノを頂戴」

 差し出された右手を見たキングウが、「ふむ」と考え込むと、「ならば、これをくれてやろう。返却は不要だ。好きに使い捨てるが良い」そう言うと同時に、セラフォルーの右腕を全体が澄んだ蒼色で白のラインが複雑に走った籠手が包み込む。

「これが有れば、天界に入れるの?」

 自分の右手の甲から肘までをすっぽりと包み込んだ、西洋の騎士が身に着ける武骨なガントレットを見ながら、セラフォルーがそう聞くと、キングウは頷いて肯定する。

「無論だ。その籠手は私の儀礼用装束の籠手。その籠手を身に着けた者を害すると云う事は、私に対する宣戦布告と同義なのだからな」

 人の語るメソポタミア神話で、ヘタレだの弱虫だの言われていても、実はメソポタミア神話勢力で最強クラスの実力者であるキングウの儀礼用の籠手の意味と重さに気付いていないセラフォルーは、暢気に「なら、これが有れば大丈夫ね」と気楽に言い放つ。

「当たり前だ。その籠手を着けている間は、私の権威の代行者なのだからな」

 大した事ではない。と云わんばかりに告げられたキングウの言葉に、セラフォルーがビッシリと固まる。

「それってつまり、この籠手は名代の証?」

 その言葉にキングウが頷いた途端、漸く、身に着けている籠手の意味と重さを理解したセラフォルーは、「はへ?」と間の抜けた声を出して、マジマジと蒼色の籠手を眺める。

「無論。ソレを身に着けている時に、お前がやらかした事は、我が責任に成る」

 キングウは不敵に笑う。

「なに、最悪、戦争に成ったとしても、私が勝つ。だから、気兼ねなく好きに動け」

 優しく言い聞かせるメソポタミア神話の軍神の言葉に、セラフォルーは呆然としてしまう。

「こんな物騒なのいらないわよぉ!?」

 いきなり、メソポタミア神話勢力の神の名代にされたセラフォルーは、冗談じゃないとばかりに、必死に腕に着いている籠手を外そうとするが、びくともしない。

「なんだ? その籠手では不服か? ならば天の石版が良いか?」

 メソポタミア神話勢力の権威の象徴の1つである"天の石版"を、平然と気軽に渡そうとしてくるキングウに、「もっといらないからぁぁ!?」とセラフォルーは叫んだ。

 

 すったもんだの末、渡された籠手をなんとか返却して、押し付けられそうになった天の石版を押し返し、必死にもぎ取ったキングウ直筆の――「コイツは俺の妹だから、なんかしたら、即、戦争な。後、なんか聞きたいらしいから、素直に答えろ。答えなければどうなるか分かるよな? 分かるだろ?」と云う内容が小難しく長々と書かれている書状と、その書状が本物である事を示す神剣を片手に、どこか草臥れたセラフォルーは天界に赴き、その書状とキングウの神剣を見た天使に丁重に扱われて、華美な応接室で天使長ミカエルと対面していた。

「メソポタミアの神。キングウ神の書状は拝見しました。その上で、問わせて下さい」

 何故か、目の下に酷い隈が有り、疲労困憊なミカエルの言葉に、セラフォルーは『そんなに疲れるぐらいの問題でも、有ったのかしら......だとしたら、間が悪かったわね』と考えながら頷く。

「貴女は、天界との戦争を望んでいるのですか?」

 書状の内容とその証が神剣。どう考えてもケンカ売ってるだろ? な状況に対する率直なミカエルの言葉に、そう言われる事を薄々理解していたセラフォルーは遥か遠くを見詰める。

「そんなつもりは無いわ。ただの確認よ」

 遠くを見詰めながら、フッ。と疲れた笑みを浮かべるセラフォルーに、ミカエルは疑いの視線を強めた。常識的に考えて、確認の為だけに、あんな書状と神剣は必要ないのだから。

 物騒な内容の書状と軍神の神剣。そして、敵地に単身で乗り込んで来て、目の前で不敵な態度を取っている、魔法少女組織プリティー・キューティー・アライブのトップであり、悪魔種族のセラフォルー。そのセラフォルーが天界関係で確認したい事。

 この3つから、とある事――聖書の神の不在。プリキュアの後ろ楯である神々からその事を聞いて、ソレを確認しに来たのかと、推理したミカエルは戦慄した。

 偽りを口にして、騙せば――真実を知るメソポタミアの軍神であるキングウ神の怒りをかう。

 神の不在だけを明かして、狂信者達の蛮行と狂った祈り等から逃れる為に、崩御した事にして、地上で療養をしている聖書の神の事を隠しても、同様に怒りをかう。

 ならば、本当の事――狂信者の蛮行と狂った祈り。人の子と悪魔のやらかしの対応。祖竜や古竜を始めとしたモンスターの対応。クトゥルフ神話勢力の対応。駄神ゼウスが原因の神器問題。それらに依って発生したストレスと疲労が神代の時代から蓄積され、遂に吐血が止まらなくなり、それを心配した全神話勢力の主神達による、やらかしまくった悪魔襲撃と仕事から逃げ出した堕天使達の束縛を二次目的とした、聖書の神の死を演出する為の冥界襲撃を説明すれば――絶滅の危機まで追い込まれた悪魔は怒り狂い、最悪は戦争が起きるだろう。

 そこまで考えたミカエルは、『ああ。ですが、全部話してしまって、いっその事、苦労の原因の1つである悪魔を完全に排除して、仕事が嫌で逃げ出した堕天使を天界に連れ戻すのも有りですね』と思い直し、ニタリと黒い笑みを浮かべる。

 黒い笑みを浮かべるミカエルを不気味に感じていたセラフォルーだが、ミカエルの頭上の光の輪が消えて往くのを目撃し、「頭! 光の輪が消えてっ!」と消えて往く光の輪を指差しながらそう言うが、当のミカエルは「ああ。大丈夫ですよ。少々、黒い事を考えてしまって、堕天しただけですから」と何でもない事の様に言い切った。

「全然大丈夫じゃ無いじゃないっ! なんでそんなに暢気にしてんのよ!? それに、堕天するぐらい黒い事てナニ!?」

 自分の事の様に慌ているセラフォルーを見て、毒気が抜けたミカエルがのんびりした柔和な表情を浮かべる。

「天界には、堕天使を天使に戻すシステムが有ります。そのシステムを使えば、元に戻りますから。安心してください」

 さらりと、とんでもない事を口にしながら、ミカエルは言葉を続ける。

「それと、どんな黒い事。との質問ですね。ああ、これは、天界の重要機密なのですが、あの書状を見せられたら、喋るしか有りませんね! ええ、仕方ありません! あ、これ。言い触らして結構ですよ? 此方から、口止めとかをできませんし。その方が此方も色々と都合が良さそうなので」

 嬉々としてそう言ったミカエルに戦慄しながら、聞いたらヤバイ。と即座に理解したセラフォルーは両手で耳を塞ぎ、「聞きたくないから! 私が聞きたいのはそーゆー事じゃないからっぁ!?」と必死に叫んだ。

 そんなセラフォルーに暗い愉悦を感じながら、ストレスと疲労でぶっ壊れているミカエルは、ニコニコと笑いながら口を開く。

「簡潔に言ってしまえば、かの聖書勢力の冥界で起きた三つ巴の大戦は、主が――聖書の神が、死んだ振りをする為の壮大な茶番劇なんです」

 ミカエルの言葉に、セラフォルが「は?」と小さく短い声を出す。

「ですから、悪魔に甚大な被害を与えた。かの大戦は、茶番劇だったんですよ」

 朗々と紡がれるミカエルの言葉に、セラフォルーの瞳孔が徐々に開いていく。

「でも、仕方ない事だと思いませんか? 教徒達の蛮行と狂った祈り等に頭を抱えて、信徒達のやらかしで他の神話勢力にひたすら謝り続け、ゼウス神のせいで発生した神器問題の対応にひたすら追われて、他の勢力があまり対応しようとしないクトゥルフ神話勢力に苦心している処に、貴女達悪魔のしでかしの対応」

 朗々とコンコンとしみじみと語られるミカエルの言葉に、思い当たる節が有りすぎるセラフォルーの瞳孔が、スーと元に戻る。

「その結果。主は神経性胃炎を患い。最後には吐血が止まらなくなり、常時。口から血を流す様に成りました」

 ミカエルが語る衝撃の言葉に、嘘を言っていない事を見抜いたセラフォルーの瞳が困惑に揺れた。

「それを知った他の神話勢力の主神達の提案で、冥界襲撃の茶番劇を実行したのです。実際、医療の神であられる保生大帝神の診断では、命の危険が有ったそうです。そして、茶番劇を終えた主は、神としての力を自ら封じ、神の責務等から離れ、地上で療養をしています」

 その言葉に、セラフォルーは更に困惑し「神が神経性胃炎で死ぬ? 地上で療養中?」と呟くと、その言葉を聞いたミカエルがゆっくりと頷く。

「それから、大戦に乱入した二天竜は、他の神話勢力の主神達が、眠っていた処を叩き起こしたそうです」

 自分達プリキュアの後ろ楯である主神達が、悪魔にした仕打ちに、セラフォルーは更に困惑してしまう。

「待って、もしかして、悪魔はそこまで疎まれてたの?」

 しかし、自分の同族の行いに強い怒りを覚えた事のあるセラフォルーだからこそ、その可能性を口にできた。

「その通りです。貴女達悪魔を根絶するか。それとも、二度と出て来れない異界に封じるか。全神話主神会議で議題に上る程に、疎まれていました」

 至る所で、好き勝手やりたい放題していた悪魔の悪行を、実際に見て来たセラフォルーは『やらかしてるのは知ってたけど、やらかしすぎよぉ』と内心で頭を抱えた。

「えっと、それを私に教えてどうするの?」

 予想してた反応と違う事に、ミカエルの目が動揺に揺れる。

「えっ、理不尽な理由で、貴女達悪魔は攻められ、窮地に陥ったんですよ? こう、ふざけるな。とか、なんだそれは。とか、ないんですか?」

 プリキュアのトップとして、後ろ楯の神々に鍛えられ、魔法少女達と長年歩み続けたセラフォルーは冷静に切り返す。

「そりゃ、何もそこまでしなくて良いじゃない。て思うわよ? 言いたいわよ。でも、私達悪魔は客観的に見ると、種族全体として、滅ぼされても文句を言えない事をしてるんだもの。それを無視してそんな事を言ったら......私は二度と、あの子達の姉を名乗れない」

 真っ直ぐに自分の目を見て、強い意思を込めた言葉を吐いたセラフォルーに、ミカエルは自分の思惑が完全に潰えた事を理解する。

 目の前の女悪魔は、"あの子達"の姉で在る為に、どんな事が在ろうとも誇り高く有り続けるだろう。

 それこそ、この事実を使い。再び大戦を起こしたとしても、目の前の女悪魔が、必ず、目的を達成する前に終わらせてしまう。

 そう確信したミカエルは、溜まりに溜まった疲れを吐き出す様に、深い溜め息を付いた。

「はぁ~ この事実を知った貴女が激昂して、悪魔陣営や堕天使陣営に話を持って行き。更に此方で情報を操作して、大戦再開。そして、悪魔を撃滅して堕天使を捕縛するつもりだったのですが......当てが外れましたね」

 事も無げに、とんでもない計画を口にしたミカエルに、思わずセラフォルーが「こわっ!? 天使長がそんなに黒くて良いの!?」と口走った。

「はっ。療養中の主の仕事の代行に天使長としての仕事。ただひたすらに、信徒達のやらかしの苦情に頭を下げて、悪魔のやらかしの対応をして、神器の暴走等による問題の対応に追われる。そんな私が、これが初めての堕天だとでも? 腹芸・策謀できずに、天使長が務まる訳がないでしょう」

 その荒みきった表情と言葉に、セラフォルーが、「うわぁ」と呟く。

「さて、聞きたい事はもう無いですね? 私は仕事に戻らせて貰います」

 腰を下ろしていたソファーから立ち上がろうとしたミカエルに、聞きたい事を何も聞いていないセラフォルーが「え?」と口にし、てっきり"聖書の神の不在"と"大戦の真相"が聞きたい事だと思っていたミカエルは「えっ?」と言葉を溢した。

「貴女の確認とは、神の不在と大戦の真相なのですよね?」

 あんな書状と神剣を必要とする確認なんて、それ以外に思い付かないミカエルの言葉に、セラフォルーはゆっくりと首を左右に振る。

「違うわよ。と云うか、知りたくなかったわ......」

 神代の時代からの武勇伝(やらかし)――

 "どこそこの神のお気に入りの女神官を連れ去り、心を壊してやった"

 "どこそこの神への捧げ物を作った人間を殺し、その捧げ物を奪ってやった"

 "人間の町に流行り病を撒き散らした"

 "どこそこの神が出掛けてる間に、宝物庫から秘宝を根こそぎ盗み出した"

 等々を社交の場で自慢気に話す悪魔達を思いだし、『そんな事ばっかりしているから、滅びを望まれるのよ......』と嘆息しながら、セラフォルーは言葉を続ける。

「私が確認したかったのは、ジャンヌ・ダルクの魂が天国に居るかどうかよ」

 物騒な内容の書状と軍神の神剣を、そんな確認の為だけに用意したセラフォルーを、ミカエルは得たいの知れないナニかを見る様な目で見る。

「なによ、その目。私がどれだけ頑張ったと思ってるのよ!? それともナニ? 儀礼用装束とは名ばかりの戦装束で、神剣を腰に佩いて、長盾を右手に着けて、背中にハルバートをゴツくしたの背負って、天の石版を胸に着けた姿で、天界に来た方が良かったて言うの!?」

 その言葉を聞いたミカエルの、うわぁ......ナニ言ってんの......コイツ。と云わんばかりの視線に、セラフォルーが必死に「嘘じゃないわよ! 本当なの! 信じなさいよ!」と喚くが、キングウが争いを好まない神である事を知っているミカエルは、セラフォルーの言葉を全く信じずにスルーする。

 そのキングウが、魔法少女()達に対して、超過保護である事を知らずに。

「それで、ジャンヌの魂の所在ですが......何故、その様な事を?」

 自分が忙しさにかまけて、正しく導けなかった故に、ジャンヌが"ああ"成ってしまったと思い込んでいるミカエルは、『辛い思いをさせてしまったあの子に、害を成す気なら......』と、鋭い視線をセラフォルーに向けた。

 その鋭い視線を受けながら、『ふ~ん。そこで、保護者の視線なんだ』そう冷静に分析したセラフォルーは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ジャンヌの転生体を自称する子が居るのよ。その子が本当に転生体なのか知りたいの」

 聖女と名高いジャンヌ・ダルクの転生体。それを名乗ると云う事は、自分から碌でもない事を招き入れる事だと考えたセラフォルーは、ジョージの妹であるジャネットに間違った対応をしない為に、どうしても、本当にジャンヌの転生体なのか。もしくは、自称してるだけなのか。を知りたかったのだ。

「考えなくても分かるでしょ? あのジャンヌの転生体を自分で名乗ってるのよ? 中世で思考が止まってる悪魔が、それを知って放置すると思う? 喜び勇んで、その子を連れ去り好き勝手にするでしょうね。貴方のところの狂信者が、それを知ってナニもしないと思うの? 確実に抱き込んで、利用するわ。クトゥルフ神話勢力なら、喜んで邪神の生け贄にするでしょうね。このままなら、絶対に碌な結果には成らないわ」

 身を護ってくれる後ろ楯か組織の庇護無しでは、どうあっても碌でもない事に成る。はっきりと言い切ったセラフォルーに、ミカエルは苦々しい表情を浮かべる。

「自称をしているのですか......何故、そんな愚かな事を......」

 想定すらしていなかった状況に、ミカエルは、考えが甘かったと自分を攻めながら、結果的にそうするしかなかったとは云え、己の浅はかさを呪う。

「答えて。ジャンヌ・ダルクの魂はどこ?」

 セラフォルーの有無を言わせぬ強い口調に、ミカエルが口を開く。

「恐らく。その子は、ジャンヌの転生体なのでしょう。実際に見てみなければ、明言はできませんが......」

 そして、ミカエルから語られるジャンヌ・ダルクの転生の理由――

 攻城兵器である大砲を人間相手に容赦無く撃ち込み、味方の砲撃の雨の中、「神の加護はここにありて! 全軍突撃!」と先陣を切って突撃したり。「異教徒死すべし。慈悲はある。悪魔死すべし。慈悲はない」とフランスで暴れるだけ暴れ廻り。最後にはフランス王家と教会から「手綱握るとか、もうムリィィ」と火刑に処され。

 死後は、聖書の神に懇々と常識を説かれ、説教を受けても、逆に聖書の神の胃にダイレクトアタックをやり続けて。最後には、弥勒菩薩と聖書の神が共に、長期間に渡る説教をしたが効果は無く。"邪神"だの"偽りの神"だの"魔神"だの言われ続け、疲労困憊に成った弥勒菩薩の「黒歴史持たせて転生させようゼ」との勧めと、通常のまっさらな魂にして転生させると、95%の確率で前世同様の狂信者と成り。残り5%はそれ以上の狂信者に成る。との弥勒菩薩の言葉に、仕方なく、記憶だけを保持した状態で転生させた。

 それを聞いたセラフォルーは、思い切り頭を抱えた。『思っていた以上に、メンドクサイかもしれない』と。

「つまり、ジャネットちゃんはジャンヌ・ダルクの転生体で、幼いから前世の記憶に振り回されてる。その可能性が高い。と?」

 頭を抱えながらそう言ったセラフォルーに、ミカエルは無言で頷く。

「とにかく、確認作業をしましょう。ジャネットちゃん自身が変わらないと、虐めの解決は難しいわ」

 "虐め"の言葉にミカエルが、クッワッと両目を見開く。

「待って下さい! もしかして、その子は前世の記憶が原因で虐められているのですかっっ!?」

 そのミカエルの反応に『ああ、やっぱり、保護者枠なのね......』と妙な納得をしたセラフォルーは、取り敢えず、ミカエルにぶっとい釘を刺す為に「余計な事をしたらダメよ。天使長の貴方が何かしたら、聖女認定受けるかもしれないし」と口にするが、ミカエルが即座に「大丈夫です。今の私は堕天使ミカエル。いえ、堕天使ミハイルですから」と口走った。

 

 言い訳にすら成っていない事を口走りながら、「私は嘗て、ジャンヌを見殺しにしてしまいました。ならば、今度こそ、あの子の味方で在り続けなければなりません!」や「貴女に言われなくても、その子とジャンヌが別人である事ぐらい分かっています。しかし、魂は同一。ならば、守護天使......いえ、守護堕天使として、その子を護り導かなければならないのです!」と主張するミカエルを、最終的に説得(物理)(ボディーブロー)をして黙らせたセラフォルーが、「人の話を聞きなさい! この駄天使! 私が、どんだけ、虐めとか虐待を解決してきたと思ってんの!? そうやって、原因とかを疎かにして的外れな行動をしたら、苦しむのは被害者なのよ! 良いから、私に任せなさい!」と言い聞かせて、お腹を押さえながら踞り「で、ですが......」と抵抗するミカエルの頭をグワッシと掴み、「アイアンクロー!? いだだだだ。私は天使長ですよ!? 貴女は何をしているか分かってるんですかっ!?」そう喚くミカエルを、「貴方は、ダメ天使長で十分よ」と切り捨てたセラフォルーは『大丈夫よ。後の事はオーディンお爺ちゃんやキングウ兄さんが、なんとかしてくれる。してくれるはず』思わずやってしまった事に若干後悔しながら、ミカエルを連れて地上に転移した。

 

 その後、ジョージと出会った田舎町に戻り、「あの、私。地上用の装いをしていないのですが......」と恐る恐る言ってきたゴッツイ肩当てとマント姿で堕天使状態のミカエルを、「大丈夫よ。ただの痛々しいコスプレ男扱いされるだけだから」とセラフォルーが切り捨て、そのまま街中に入り、ミカエルが奇異の目に晒されてオロオロとしながら「せめて、認識阻害を......」そう呟き、認識阻害を発動させようとするも、「なに言ってんの。堂々としてれば大丈夫よ。それとも、退魔関係者にばったり会って、"あ、コイツ。疚しい事をしようとしてる"と勘違いされて、襲撃されたいの?」とセラフォルーに止められ。

 奇異の目に晒されへこんでいるミカエルと一緒に街中を歩き回って、漸くお目当てのジャネットを見つけた途端にミカエルが「間違いありません。彼女はジャンヌです。ジャンヌ本人です」と断言し、「なに言ってんの。ダメ天使長。彼女はジャンヌの転生体のジャネットちゃんよ。神が作った転生システムに、どうやって人間が勝つのよ? 常識で考えなさいよ?」とセラフォルーは一切相手にせずに、玩具屋のショーウィンドウに飾られたとあるアニメのポスターと玩具をジッと見ているジャネットの姿に、「勝った。楽勝ね」とニヤリと笑う。

 

 それから、セラフォルーは迅速に行動した。

 用の済んだミカエルに、「帰って良いわよ。用は済んだし」と言い放ち、「えっ。これから、ジャネットを助けるんですよね? 私も手伝います」と食い下がるミカエルを「ダメ天使長。いりません。帰れ」と両断し。

 それでも食い下がるミカエルに、止めの一撃である「召還魔法・ポリスメン を使うわよ? "天使長が地上でポリスメンに捕まった"て、かなりの醜聞よね?」をセラフォルーが放つ。

 しかし、ミカエルの「私は、ジャネットが心配なんです。力に成りたいんです。手伝わせてくれないのなら、プライドも何もかも投げ捨てて、貴女の足に哭きながらすがり付き、"御慈悲を下さい。どうか、御慈悲を"と全力で哭き叫びますよ。大天使長たる私が、全力で、哭きすがりますよ」の捨て身の攻撃を受けて、セラフォルーは敗北する。

 最悪で最低の脅しに屈したセラフォルーは、ミカエルをプリキュアの後ろ楯に据えて、魔法少女達の救援と魔法少女と成ったジャネットの活動報告書と活動映像を毎週送る事で納得して貰い。どこか満足気なミカエルを見送りながら『私の周りて、こーゆーのしか居ないのかしら......』と黄昏れる。

 

 ショーウィンドウに飾られた、とある魔法少女アニメの主人公・高町なのはのポスターとその相棒のレイジングハートの玩具を熱心に見詰めているジャネットに、セラフォルーはゆっくりと近付く。

「ねぇ。私と契約して魔法少女に成ってくれないかしら?」

 後ろから声を掛けられジャネットが、ビックリと驚きながらセラフォルーの方を向き、「悪魔? くっ、こんな所にっ」と苦々しい表情を浮かべる。

「へぇ。一目で見抜くんだ。凄いわね」

 自分を警戒しているジャネットに、セラフォルーは優しく微笑む。

「ここは人目があるし、場所を変えましょう。ジャンヌ・ダルクの転生体のジャネットちゃん」

 その言葉に、苦々しい表情のまま頷いたジャネットを連れて、人気の無い裏路地に入ったセラフォルーは、魔法で必要な各種書類を宙から取り出すと、自分を睨み付けるジャネットに向かって、何時もの言葉を口にした。

「私と契約して魔法少女に成ってよ!」

 予想もしていなかった言葉に、「魔法......少女?」とだけ返したジャネットに、セラフォルーがニコニコ笑いながら、魔法少女相互扶助組織プリキュアの説明や後ろ楯の神々達と堕天使に天使長の説明。魔法少女の活動がどんなモノなのかの説明をすると、その説明をジャネットは鼻で笑った。「そんな嘘を誰が信じるものですか」と。

 引き出したかった"信じない"や"嘘"の言葉をあっさりと口にしたジャネットに、セラフォルーは内心でニンマリと笑う。

「なら、嘘かどうか確認しに行きましょう? 魔法少女達の世界・ミッドチルダへ」

 次に出てくるであろう"悪魔の誘いには乗らない"や"騙されない"等の言葉を期待していたセラフォルーは、若干キラキラとした目で自分を見てくるジャネットの視線に戸惑ってしまう。

「えっ、ミッドチルダ? なのはのミッドチルダなの? なのはやフェイトに会えるのっ!?」

 キラキラとした視線と期待に満ちた言葉に、セラフォルーは『あ、うん。確かに、この子はジョージ君の妹ね』と妙な納得をしてしまう。

「えっとね? 沢山の魔法少女達は居るんだけど......なのはちゃんとか、フェイトちゃんとかはいないかなぁ。それに、ジャネットちゃんが見たアニメのミッドチルダとは、名前が同じだけだし」

 その言葉を聞いたジャネットが、ガクリと肩を落とす。

「でもほら、貴女のお友達に成れる子は沢山いるわよ? 貴女と同じで特殊な生い立ちの子とかいっぱいいるし」

 慌ててそうフォローするも、落胆したままのジャネットは、「帰る。貴女も、見逃してあげますから、早く立ち去りなさい」とセラフォルーに背を向けた。

「ちょっと待って。魔法少女の世界よ? 興味ない? 私と契約して魔法少女になる気ないかな?」

 想定していた話の流れと全く違う事に、若干慌てながらも、なんとかジャネットの気を引いて、流れを作ろうとセラフォルーが苦心するも、ジャネットは「悪魔と契約なんてしませんし、悪魔の誘惑に乗る程、愚かでもありませんから」と会話を終らせようとする。

「ミカエル。大天使ミカエルに会った記憶が有るわよね? ミカエルが後ろ楯の1人だと証明するば、信じてくれるかしら?」

 その言葉に、なに言ってんだ。コイツ。と云わんばかりの視線を向けるジャネットに、『あのダメ大天使長がこんなところで役に立つなんて......』と思いながら、セラフォルーは、ミカエル召還用の札を取り出し、天高く掲げる。

「サモン・大天使ミカエル!」

 本来なら、光と共に召還相手が現れるはずが、ナニも起こらず、シーンとした静寂が辺りを包む。

 ジャネットの痛々しいモノを見る目に耐えながら、セラフォルーは『えっ、なんで? ちゃんと召還応答用の札は渡したわよね? この札を使う時は、基本緊急時だから、すぐに召還に応じてて、言ったわよね?』自分に落ち度が無い事を確認したセラフォルーは、再び、札を天高く掲げる。

「サモン・大天使ミカエル!」

 しかし、ナニも起こらずに、ジャネットの視線に憐れみが混じったモノに成っただけだった。

「えっと、ちょっと。待ってね? 今からミカエルに連絡取るから。ちょっとだけ待ってね?」

 召還用の札をポケットに押し込み、通信用札を取り出すと、セラフォルーはミカエルに連絡を取り始める。

「はい。ミカエルです。どうかしましたか?」

 のんびりした口調のミカエルに、イラッとしながらも、セラフォルーは用件を切り出す。

「なんで、召還に応じなかったの? 基本緊急時用だから、すぐに応じて、て言ったわよね?」

「ああ、あの魔法陣はそう云う事だったんですか。ですが、今の私は天使ではなく。堕天使ですので、召還に応じて良いか分からなかったもので......」

「......システムで、堕天使から天使に戻れるんじゃなかった?」

「種族を変えるんですよ? すぐに天使に戻るなんて無理ですよ。2日は掛かります」

「光の輪と翼は?」

「堕天使なのですから、光の輪は在りませんし、翼は黒いままです。それがどうかしましたか?」

「......もういいわ。ちゃんと使えるか確認しただけよ」

「ああ、そうだったんですか。今度からちゃんと応じますから、安心してください」

「ええ。お願いね」

 ミカエルとの通話を終えたセラフォルーは、通信用の札をソッとポケットに仕舞い。「やっぱり、使えないわね」と呟いた。

「もう帰るわよ? つまらない出し物は終わりでしょう?」

 つまらない出し物呼ばわりされたセラフォルーは「うぐっ」と呻き、「声だけじゃダメよね?」そうジャネットに聞くが、冷めた目でセラフォルーを見据えたジャネットが「声真似なんて、悪魔からしたら簡単でしょ?」と両断する。

 『まぁ、そうなるわよね』と思いながら、兄であるジョージの名前を出して揺さぶろうかと考えたセラフォルーは、即座に警戒心と敵愾心を煽るだけと判断し、次々にジャネットをミッドチルダに連れて行く流れを考えるが――オーディンを始めとした神々は、人の世である為に無理。コカビエルは堕天使。どう考えても逆効果。魔法少女を呼んで一緒に説得は、そもそも、信用して貰えるかどうか怪しい。下手をすると逆効果。

 一番無難だった、魔法少女への興味で釣る。もしくは、適度に煽って売り言葉に買い言葉で釣る。が潰えた時点で難易度が跳ね上がった事を再認識したセラフォルーは、「結局。何時ものパターンなのね」そう言いながら、おもむろにジャネットの手を握る。

「離しなさい! 私は悪魔ごときに屈したりしないっ」

 急に掴んできたセラフォルーの手を、必死に振りほどこうとするジャネットの腕力に、『えっ、この子。力強くない? まだ8歳よね? 10歳のジョージ君より力が強いんだけどっ』と、慌て振りほどかれない様に力を込め直すと、セラフォルーは転移用の簡易魔方陣を展開し、魔法少女達の活動拠点・ミッドチルダに転移する。

 

 無理に連れて来られたジャネットだったが、眼前に広がる光景に心を奪われた。

 彩り豊かな花が咲き誇り。ユニコーンやグリフィンにペガサス等の幻獣。可愛らし小動物達がのんびりしていて、その動物達と戯れるジャネットと同じ年頃の子供達。そして、物語りに出てきそうな可愛らしい小さな城。

 その光景に、心を奪われたジャネットを、セラフォルーは満足気に見て、『強引な方法だったけど、勝ったわね』と勝ちを確信する。

 

 動物達と遊びたそうにしているジャネットに、「おねーさん。ちょっと、お仕事有るから......皆と遊びながら、魔法少女になるかどうか。後、お姉さんの言ってた事が嘘かどうか。考えてね?」と、言い残したセラフォルーは急いで自分の部屋に戻り、録画機能を持つ可愛らしいぬいぐるみの様な使い魔を大量に解き放ち、恐る恐る動物達と戯れ、同じ年頃の子供達と遊び始めたジャネットを記録し始める。

「これで、親御さん説得の道具は揃ったわね......」

 ジャネットの両親を説得する為の書類を用意しながら、セラフォルーは目前の勝利を目指し、ニンマリと笑みを浮かべた。

 

 後ろ楯の神々やミカエルに渡す書類や映像の編集に、運営資金の割り振り等の仕事を進めていたセラフォルーは、時間を確認すると、ジャネットの答えを聞き、家に帰す為に、できる女演出の為にスーツに着替えて、説得の道具が入った質素な革鞄を手に、ジャネットの元に向かう。

 

「ジャネットちゃん。そろそろ帰る時間よ。あまり遅くなると御両親が、心配しちゃうしね」

 動物達。そして、同年代の友達達と遊びに熱中していたジャネットが、「あっ」と声をあげる。

「大丈夫よ。魔法少女に成らなくても、ここには遊びに来れるから、安心してね」

 セラフォルーがそう言いながら、友達との別れを渋るジャネットと手を繋ぐが、最初の時とは違い。手を振りほどこうとしなかった。

 

 転移が終わり、最初の裏路地に戻ると、夕暮れ時であるのを確認したセラフォルーは、手を繋いだままのジャネットを横目で見る。

「それで、答えを聞かせて貰えるかしら? さっきも言った通り。魔法少女に成らなくても、ミッドチルダに来れる様にするから」

 ゆっくりと、優しく言い聞かせるセラフォルーの手を離し、向き合ったジャネットは、深々と頭を下げると「疑ってごめんなさい。貴女は良い悪魔でした」と謝る。

「別に、私は良い悪魔じゃ無いわよ?」

 セラフォルーのその言葉に、ジャネットはキョトンとして、「一緒に遊んでいた子達は、皆。貴女に助けて貰った。と言ってました。なら、貴女は良い悪魔です」と言い切る。

「そー言って貰えるのは嬉しいけど、お姉さんはやりたい事を全力でしてるだけだしねぇ~」

 一度、言葉を切り。セラフォルーはジャネットの頭を優しく撫でながら、言葉を続ける。

「私は、悪魔と云う種族が、大変で苦しい状況なのを理解していて、魔王就任の話を断ったし。妹に私の背負っていた重荷を背負わせる事を理解していて、私は両親に迷惑をかけて、期待を裏切る事だと知ってて、全部投げ出した」

 その言葉に押し黙ったジャネットに、セラフォルーは優しく微笑む。

「私は悪魔種族より、魔法少女(貴女)達を選んだの」

 のんびり「私の手が届く距離は、本当に短いからね~」と、セラフォルーがそうが言うと、その表情を見たジャネットがもどかしそうに唇にギュと力を入れる。

「悪魔は、自分のやりたい事をするのよ。周りの迷惑とかを全く考えずにね。私は偶々、それが、あの子達の為に成った。それだけなのよ」

 その言葉とセラフォルーの表情に、ジャネットはギュと両手を握り、意を決して口を開く。

「私、魔法少女になります」

 真っ直ぐな目で自分を見据え、そう言ったジャネットに、セラフォルーは心の中で『はい。そーてーどおーり。やっぱり、女の子は魔法少女に憧れるものなのよねー』とニンマリと笑った。

「ありがとう。ジャネットちゃん」

 その言葉に、プイッと顔を背けたジャネットを見たセラフォルーは、『この子は、アレね。あの子達が言ってた"ツンデレ"て奴ね』と、ジャネットに生暖かい目を向ける。

「それじゃ、ジャネットちゃんが魔法少女に成る為の許可を、御両親から貰わないとね」

 セラフォルーの生暖かい視線に気付いていないジャネットは、「え、お父さん達には内緒にするんじゃ」と聞き返してしまう。

 漫画やアニメでは、良く有るパターンの"皆には内緒で魔法少女に成る"に密かに憧れていたジャネットの言葉に、セラフォルーはクスクスと笑ってしまい、ジャネットは「なに笑ってるんですか」とむくれてしまう。

「ごめん。ごめん。でも、御両親に内緒は、ちょっと無理かなぁ。魔法少女活動とは別に、皆でお出掛けとか有るし」

 "皆とお出掛け"にピックと反応したジャネットを見て、クスクス笑っているセラフォルーが言葉を続ける。

「山や海。神々の神域とか安全な異界に、ピクニックやキャンプに行くの。楽しいわよぉ~」

 それを聞いたジャネットが、フンス。と意気込んで、「私、絶対に魔法少女に成ります」と決意をする。

「それなら、御両親の許可を貰わないとねー。大丈夫よ。おねーさんがちゃんと御両親を説得するから」

 どんな頑固な親も説得し続けたセラフォルーは、自信に満ちた笑みを浮かべながら、はっきりと断言した。

 

 様々な資料と、娘が笑顔で遊んでいる映像。そして、習い事や勉強が無料。怪我等してもすぐに傷痕が残らない様に治療できる事。理路整然としたセラフォルーの説明。等に、あっさりと折れた両親と、ジャネットの泣き落としに屈した兄の許しで、ジャネットは晴れて魔法少女に成り。

 セラフォルーが、ジャネットを虐めていた子供達に、"自分が虐められ、虐めがどんどん酷くなる悪夢"を、虐めを止めるまで延々と見せ続けて、自分から虐めを止める様に仕向け、自然な形で虐め問題を解決。

 大した問題も無く。時折、あまりの出番の無さに痺れを切らしたミカエルが、ジャネット会いたさに、ミッドチルダに無断侵入をして、セラフォルーにボディーブローからのアッパーを食らい、天界に強制退場等の日常が過ぎて行った。

 

 ジャネットが、はぐれ悪魔を殺害し、魔法少女を止めると宣言し、塞ぎ込むまでは。

 

 本来。プリキュアの魔法少女に任されている、はぐれ悪魔・クトゥルフ神話の眷族等の撃退や捕縛は、増援である聖闘士や円卓騎士団等の到着までの時間稼ぎ。もしくは、神々特製の捕縛道具を使用して捕まえた後、魂の浄化等ができる神々に引き渡す。それが、通例だった。

 魔法少女(幼い少女)に、罪を背負って欲しくなかったセラフォルーが、方々に頭を下げて作り上げたシステム。

 そのシステムを、ジャネットが、破った。その優しさ故に。

 ジャネットが殺したはぐれ悪魔は、十人近くを食い殺した凶悪な加害者(化け物)であり、悪魔の駒の悪用による憐れな被害者(人間)だった。

 どんな事情があれ、十人近く食い殺したはぐれ悪魔は討伐対象であり、魂の浄化等を受けられる捕縛対象ではなかった。

 討伐された者は、その魂を砕かれ、念入りに、その欠片を浄化し、その後、無に還される。

 それとは対象的に、捕縛された者は、魂の浄化を受けて、輪廻転生の輪に戻れる。

 その事をゼウス神(酔っ払い)から聞いていたジャネットは、一縷の望みに掛けて、はぐれ悪魔を殺害した。もしかしたら、通常の魂の様に、転生の輪に戻れるかも知れないと。

 そして、ジャネットは、今世で初めての"殺人"に塞ぎ込んだ――もしかしたら、最も良い方法が有ったかもしれない。殺さずに、別の方法で助ける事ができたかも知れない。それこそ、前世での愛剣であり。今世でも、大天使ミカエルから授かった聖剣・フィエルボワの剣を使えば、もしかしたら、人間に戻せたかもしれない。

 そう思い、考えれば考えるほどに、ジャネットは罪の意識に囚われた。酷い時は、食事や水を口にした途端に吐き出してしまうほどに。

 セラフォルーは、そんなジャネットを助ける為に、方々を必死に走り回り、様々な勢力の医療に詳しい存在に頭を下げて、助ける為のアドバイスや、水すら口にできないジャネットでも口にできるモノは無いかを聞いて回った。

 そうして、ジャネットの両親や兄のジョージ。セラフォルーの努力の末に、まともに食事ができるほどに立ち直ったジャネットが、悪夢に苛まれている事を知ったセラフォルーは、最悪、自分が滅せられる事を覚悟して、聖書の神の居場所を保生大帝神から聞き出した。

 

「なるほど......私が、ジャンヌの転生体である少女。ジャネットの罪の意識を、和らげれば良い。と」

 悪魔を絶滅の危機にまで追い込んだ神。そんな神に恐怖を抱きながら会ったセラフォルーは、どこをどう見ても、田舎のおじさんな聖書の神に拍子抜けしながらも、ジャネットの事を説明すると、あっさりと受け入れられ、親身に相談に乗って貰い。

 更にジャネットの魔法少女としての活動に花を咲かせ、すっかり仲良くなって、"せいちゃん" "セラちゃん"の仲に成ったセラフォルーは、これまでのジャネットの魔法少女活動の書類と映像記録を、聖書の神にプレゼントして、『これで、ジャネットちゃんは大丈夫ね』と安堵した。

 

 すっかり、入り浸りに成り、アレグリア家の家族の一員になり始めているセラフォルーは、『完全に餌付けされちゃったわねー』と考えながらも、ジョージに全てを話し協力を得て、後はジャネットを聖書の神の所に連れて行くだけの状態で、ジョージの作る朝食とジャネットを静かに待っていた。

「おう、良い度胸だな? カス野郎。人の妹にナニしてんだ? あ?」

 いきなり、二階を鋭い視線で睨み付け、そう言ったジョージに、セラフォルーは少し引きながらも「え、どうしたの」と声を掛ける。

「ん? あ、いや、なんか......ジャネットの首を知らない奴が絞めてて、そのせいで、寝てるジャネットが魘されてる気がしてさ」

 二階で寝てる妹が、魘されてる事を察知したジョージに、流石のセラフォルーも困惑よりも、ドン引きする。

「ジョージ君てさ、色々とおかしいよね? なんで台所に居るのに、二階で寝てるジャネットちゃんが魘されてるて分かるの?」

 "なんか、ジャネットが、○○してる気がする"と、言い当て続けているジョージに、セラフォルーは『転生チートは、実は妹に起きた事を察知する力なんじゃ』と下らない考察を始める。

「決まってる。妹を思う兄に不可能の文字は無い。そんな事も分からないから――実の妹に煙たがれるんだ。セラフォルー。お前には妹への愛が足りていない」

 考察を始め、考え込み始めたセラフォルーの耳に、聞き捨て成らない言葉が飛び込み、クッワッと目を見開いたセラフォルーが、声を上げて反論する。

「私のソーナちゃんへの愛は、凄いのよ! 半ば勘当されてるシトリー家に、無理矢理、押し入って、勉強ばっかりのソーナちゃんを遊びに連れて行ったりとか、ソーナちゃんが、外交とかに携わっても大丈夫な様に、色々な勢力に、挨拶廻りに連れて行ったりとか、いっぱいしてるんだから」

 その言葉を聞いたジョージは、「そうやって、勉強の邪魔をするから、煙たがれるんだ。自覚しろ」と、鼻で笑う。

 鼻で笑われたセラフォルーは、口で「むきー」と言いながら、食卓をバンバンと叩く。

「だから、煙たがられてないわよ! ソーナちゃんへの愛なら誰にも負けない自信があるモノ! 後、いい加減にセラちゃんて呼んでよ☆」

 小さい頃は、「セラお姉ちゃん」と呼んでくれていたジョージが、いつの間にか、「セラフォルー」としか呼ばない事を不満に思っているセラフォルーの言葉に、ジョージは、再度鼻で笑う。

「はっ、ちゃんて歳かよ。寝言は寝て言えや」

 自分よりも遥かに年上で、頼りに成るけど基本的に残念娘の言葉を、ジョージは切り捨てる。

「あん? 零と雫の霧雪(セルシウス・クロス・トリガー)が炸裂するわよ?」

 最近、気にし始めた年齢の事を――魔法少女や保護している子達に「セラお姉ちゃん。何時になったら、恋人できるの? 大丈夫? 貰ってくれる人居るの?」と言われ始めたセラフォルーが、青筋を立てながら、テンプレと化した脅し文句を口にした。

「零と雫の霧雪の初動見てからの阿修羅閃空から瞬獄殺余裕でした。をして欲しいか? ん?」

 ミルたんと豪鬼によって、無駄に鍛え上げられたジョージは、その脅し文句を余裕で返す。目下の処、魔法少女や保護している子達に、「もうジョージ兄ちゃんしか居なくない?」と云われている事を知らずに。

 

 そんな何時もの軽口のやり取りをしていると、居間に入って来たジャネットに何時も通り、一番最初に気付いたジョージが、「おはよう、ジャネット。今日は早いな? 何か朝から用事でもあったか?」と、表面上は何時もの朝を形作る。

「何言ってるのよ。学校よ、学校」

「あれ? ジャネットちゃんて部活してたっけ? 日曜だよね今日?」

「えっ」

「ジャネットは兄ちゃんガチ勢だからな。部活などしない」

「誰がガチ勢よ。曜日を勘違いしただけじゃない……朝ごはん食べたら二度寝する」

 そんな、何気ない朝のやり取り。しかし、セラフォルーとジョージは、口にしなくても気付いていた。ジャネットの目の下に、はっきりと隈が有り、嘗てより大分マシに成ったとは云え、その顔色があまり良くない事を。

「セラ、朝食を毎日毎日たかりに来るのいい加減に止めなさいよ。兄さんもこいつの分まで作る必要なんてないんだから」

 ジャネットのその言葉を切っ掛けに、セラフォルーとジョージはアイコンタクトを交わし、即座に寸劇を開始する。

「そんな! 私達友達じゃないっ! それに、私をこんな体にしたのはジョージ君なのよっ! いくらお兄ちゃんを取られたくないかっらって酷いわ!」と、セラフォルーが泣き崩れる振りをし。

「そうだぞ。ジャネットの数少ない友達は大事にしないと……ボッチになるぞ? それから、セラフォルーお前はただの遊びだ。本気にされても困るんだよ」そう言いながら、泣き崩れた振りをしているセラフォルーに、ジョージは悪党顔をする。

「そっ、そんな……酷いっ酷いわ! 私をジョージ君無しじゃ生きていけない体にした癖にっ、私を捨てるのね!? 許さない……そんなの、許さないからっ」そう言いながら、セラフォルーがハンカチを取り出して口に咥え「きぃぃぃ」と口で言いつつ、チラリとジャネットの反応を見るが、どこか疲れているジャネットに『むぅ……やっぱり、まだ重症ね』と聖書の神と引き会わせる事を強く決意する。

「誰が友達で、誰がボッチになるのよ。それに、こんな兄で良ければ熨斗付けてあげるから」

 そう言いながら席を立ったジャネットに、ジョージの協力の元、一緒に出掛ける約束を取り付けたセラフォルーは、絶対に、ジャネットを助けるんだと決意を新たにした。

 

 見渡す限り緑に覆われたと云うよりも、自然に侵略されつつある村をぐるりと見回したジャネットの「で、此処は何処? 転移の魔法陣でいきなり山奥とか……こんな辺鄙な処に人が本当に住んでるの?」との質問に、「こういう処は療養に良いらしいからね~ 温泉も湧き出てるし」とセラフォルーは小さく返しながら、事前に、聖書の神が療養している理由を打ち合わせしていなかった事を思い出し、『せいちゃんが、此処で療養している理由を教える訳にはいかないし……どうしよう?』と内心で頭を抱えて、『出たとこ勝負で良いわね』と匙を投げた。

 ただでさえ、弱っている処に、"聖書の神は、深刻な神経性胃炎を患っていて、その原因は、クトゥルフ神話勢力・神器問題・悪魔のやらかし・信徒達のやらかしで、特に、貴女の前世のジャンヌ・ダルクは、信仰する神の胃を長期間に渡り、ダイレクト・アタック☆してました"とは、口が裂けても言えないのだ。

「温泉ねぇ? なに? 自然に囲まれた温泉で疲れを癒して、また魔法少女頑張れて? いやよ。18になって魔法少女なんて、恥ずかしい事できる訳ないじゃない」

 そんなセラフォルーの考えを露とも知らないジャネットの言葉に、セラフォルーは苦笑しながら首を左右に振る。

「言ったでしょ? 会わせたい人が居るって、それに女の子は何歳になっても女の子なんだから、恥ずかしくないのよ」

 そう言いながら、絶対にジャネットを助けると決意しているセラフォルーが、ジャネットの手を握る。

「前にも言ったけど、私は魔法少女を辞めたの。魔法少女は13歳までの期間限定なんだから」

 そんな事を言いながらも、嘗ての様に、手を振り解こうとしないジャネットに、セラフォルーが優しい笑みを浮かべる。

「魔法少女に期間なんてないわ。女の子は何歳になっても魔法少女になれるのよ!」

 そう力説したセラフォルーは、おそらく、唯一、ジャネットの罪の意識を取り払い救えるだろう存在の元に、足を進める。

 

 聖書の神と対面し、驚いているジャネットに『おー。やっぱり、驚いてる。ジョージ君が居たら、"激レア!?"とか言って騒ぐんだろうなぁ』と思ったり。

 忙しさにかまけて、ジャネットを頼り過ぎた事を謝って、許してもらって、『やっぱり、ジャネットちゃんは良い子よね。こんな良い子を、あんなに傷付けて、苦しめて、何が魔法少女の守護者よ』と自己嫌悪に落ち込んだり。

 聖書の神の療養の理由に迫る、「それで? その医療の神様が、主とどう関係があるのよ?」とのジャネットの言葉に、届け! 私の大声! せいちゃんに届け! と念じ祈りながら、即興で思い付いた事を捲し立て、誤魔化す為に、「もージャネットちゃんたら心配性☆なんだから。お隣さんは一㎞先だぞ☆」と言ったら、グーでぶん殴られそうになったセラフォルーは、必死で助命嘆願をする羽目に為ったり。

 信仰する聖書の神の「お前の罪を、我が名において許そう」との言葉に、小さい子供の様に涙を流すジャネットをみて、『ああ。もう。ジャネットちゃんは大丈夫』と安堵したり。

 衝撃の事実である。ジャネット=ジャンヌの真実を利用して、ジャネットを玩具に遊び。

 恥ずかし気に顔を赤くしているジャネットの「セラのおかげで、もう悪夢を見ないで済むだろうし......その、ありがとう」の一言に、感極まって「ジャネットちゃんのデレキッタァー!」と大声で叫んだり。

 聖書最大最強の英雄の鎧と盾を受け取り、どこか悟った眼をしているジャネットを見ながら、セラフォルーは、『これでジャネットちゃんは魔法少女を続ける』とニンマリ笑いながら――

 聖書の神の言葉。「お前はこれからも、苦しみに悲しみに直面するだろう。絶望する事もあるだろう。その時は、周りを見なさい。必ず、お前を心配し力に成ろうと足掻く者達が居る。その者達を頼りなさい」を胸に刻み付けた。

 

 その後、冥界殴り込み事件を知ったジャネットとセラフォルーは、ジョージを叱り飛ばし。

 ダメ兄・ダメ姉被害者の会をリアス・ジャネット・ソーナの三人で結成した事を知ったセラフォルーは、吼えた。

「まって? おかしくないかなぁ!? おねーちゃん頑張ってるよね?? すっっっごく頑張ってるよねっっ!? 残念娘。に、ダメ姉て、おかしくないかな? すっっっっっごく。おかしくないかなぁぁぁぁ!?」と。

 




 これにて、魔法少女頑張る は終了です。
 いや、削っても良かったんですけどね? 個人的に投稿しないと、なんだかなー となったもんで。
 

 そして、削るだけ削っても二万文字……どういう事なのぉぉぉ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

兵藤一誠の日常

現在の冥界の環境
転生者がモンハンのモンスターを願った結果、地上で猛威を振るっていたので聖書の神によって、古龍を含む全モンスター(アルバトリオンを除く)が冥界に落とされ、モンスター達が冥界を我が物顔で闊歩して居る為、原作以上に冥界開発が進んでいません。
転生者によって、全財産を毟り取られた貴族等や妻や娘を奴隷にされた悪魔が居ます。
転生者・四郎君の、水源に毒をぶち込む。密集人口が多い所を爆破などの手段によって8万以上の悪魔が虐殺されました。
そんなこんなで、ヒィヒィ言っているところに、口から血を流してる聖書の神の殴り込みによる。天使・堕天使(コビさんは除く)・悪魔(セラちゃんは除く)の三つ巴戦が勃発した上に、全神話の主神達に無理矢理叩き起こされた二天龍が乱入した結果。
悪魔の総数は原作を大きく下回る状況で、以前のやらかしで周りは敵だらけ。総数低下による人材の枯渇に税収低下。なのに現状を理解せずに暴れまわるバカども。
そんな詰んでる状況が、本作の悪魔の環境です



 俺には、自慢の姉が居る。

 容姿端麗。頭脳明晰。運動神経抜群。品行方正。何処の漫画・ゲームのメインヒロインだよ。と言いたくなる欠点なんて一つも無い完璧超人な自慢の姉が居た。

 全部。なにもかも、俺のせいだ。俺が、覗きやスカート捲りとかそんな事をしてたから......姉貴があんな事になったんだ。

 

 

 小学生の頃。覗きやスカート捲りをしてた俺のせいで、姉貴は友達をなくした。それに気付かずに、覗きとか続けてた俺のせいで、姉貴は苛められた。

 姉貴の元友達が、苛めの現場を俺に見せてくれた。気付かせてくれた。でも、バカな俺は――大好きな姉貴のナイト気取りで、姉貴を苛めてる連中に文句を言ったり、相手が男子なら喧嘩をした。

 そのせいで、姉貴への苛めはもっと酷くなった。

 両親も、俺のせいで謝り続ける事になったんだ。

 それなのに、元凶の俺は、覗きとかを辞めずに......謝っても許してくれない周りが悪いと本気で思った。

 

 中学生の頃。両親に覗きとか辞めろと説教をされても辞めない俺に、俺の部屋に入って来た姉貴がいきなり服を脱ぎ捨てて、「裸が見たいなら、私の裸を見なさい。胸が揉みたいなら、私の胸を揉みなさい。お願いだから......もう、覗きとかセクハラをするのは辞めて」そう言って泣いた時、クズな俺は――性欲に負けて、本当に姉貴の裸をガン見して気が済むまでその体を触ったんだ。

 そして、性欲が落ち着いて、裸で泣きじゃくる姉貴を見て、初めて、自分のした事がどれだけバカでクズな事なのか知って、泣いている姉貴に土下座して謝り、もう二度と覗きとかセクハラをしないと約束した。誓ったんだ。

 それなのに、姉貴が恥ずかしさとか情けなさとか我慢して、あんな事をしたのに、俺はどうしても、覗きやセクハラを辞められなかった。どんなに必死に我慢して、したらいけないと思っても、辞められなかった。

 約束を誓いを守らなかった俺に、「どうすれば、辞めてくれるの? 私の体を好きにして気が済むなら、それで辞められるなら――好きにして良いから......」と諦めた顔で泣きながらそう言う姉貴に、俺は泣きながら土下座をする事しかできなかった。

 どうしても性欲を抑える事ができない。悪い事だと理解してるのに我慢できなかった。と謝るバカな俺に、「運動。運動や勉強とか、後は禅とかで性欲を昇華すれば、なんとかなるかも......」と俺の事を見捨てないでくれる優しい姉貴のアドバイスに、俺は両親に全てを話した。

 性欲に負けて、姉貴の全裸をガン見して触った事。

 どんなに我慢して、悪い事だと分かっていても、我慢できずに、覗きやセクハラをしてしまう事。

 俺の悪事を全部、両親に話した。話しを聞いた両親に泣きながら殴られ説教を受けた俺は、あんなに酷い事をした俺を庇ってくれた姉貴に謝りながら、両親に最後のチャンスを貰った。近くの亀仙流道場やバラキエルさんが開いている禅道場に通わせて貰える事になったんだ。

 そのお陰で、俺は性欲の抑制ができるようになった。

 エロ猿だった俺が、完全にこれ以上無いぐらいにエロ断ちができたんだ。

 バラキエルさんに精神修養を教えて貰ったり、亀仙流の柳川師範直々に稽古を着けて貰ったりしながら、俺は、もう覗きやセクハラを絶対にしない。しなくて済む。そう思っていた。

 俺の覗きやセクハラの被害者の女の子達やその家族に謝って回って、殴られたりビンタされたりしたけど、ちゃんと赦して貰った。

 運動や勉強に打ち込む様に成ってから、姉貴の苛めも無くなった。両親が平謝りする事も無くなった。

 心の底から、家族に打ち明けて相談して良かった。と俺は暢気にそう思っていた。

 

 高校に上がった直後に、両親が仕事で居ない時に、風呂上がりの姉貴を見て――俺は、姉貴を襲った。

 「なんで」 「どうして」 「やめて」 そう泣きじゃくる姉貴に俺は興奮して、押し倒した姉貴の体を隠すパジャマを力ずくで剥ぎ取り、泣き叫ぶ姉貴の反応に更に興奮して、姉貴を犯す寸前で、俺は正気に戻った。

 最悪だった。最低だった。クズの俺を見捨てないでくれる姉貴を犯そうした俺は、両親にも姉貴にも合わせる顔がなくて、半裸の姉貴を残して家から逃げた。

 本気で、本当に、死のうとした。どうやって死ねば周りに迷惑が行かないか真剣に考えながら、町を歩いていたら、道場通いを始めてからの主治医ライザー先生にばったりと出会ったんだ。もし、この時にライザー先生に会わなかったら、俺は確実に自殺していたと思う。

 それが、両親と姉貴をどれだけ傷付ける行為なのか、全く考えず想像すらしないで。

 先生曰く"物凄く酷い顔"の俺を見かねたライザー先生に、フェニックス病院に強引に連れて行かれて、個室に押し込まれて、なにが有ったのか聞かれて全部話したんだ。我を忘れて姉貴を犯そうとした事。最後のチャンスを貰っておいて、それを裏切った事。これ以上、両親と姉貴を悲しませて傷付けて迷惑を掛けるぐらいなら、死にたい。て、全部吐き出した。

 なにも言わずに、俺の話を聞いていたライザー先生が、コーヒーと三枚のチェックシートを渡してきて、チェックシートを埋める様に言ってきたから、こんなのがなんの役に立つんだと思いながら、チェックシートを埋めてたら......ライザー先生が「どんな時に、ムラムラするか」 「我慢の限界を越える時は、どんな時なのか」 「我慢できない時に、頭痛や目眩等はないか」とか色んな質問をしてきたんだ。

 その質問に、「ムラムラする時は女性の胸や尻を直視した時」 「我慢の限界を越える時は、道場通いを始めてからの無かったし。今日が初めてでよく分からない」 「頭痛とか目眩とかは無かった」と全部素直に答えたんだ。

 そうしたら、俺が埋めたチェックシートを見てたライザー先生が「費用は要らないから、とにかく検査をしよう」て言って、CTとMRIとか色んな検査をさせられて、もしかして、なにかの病気なのかと心配してたら――看護師長のユーベルーナさんに待機室に押し込まれて、そこに両親と泣き腫らした姉貴が居たんだ。

 もう二度と顔を会わせられないと思っていた俺は、どうして良いのか分からなくて棒立ちになってたら、ライザー先生が深刻な表情で入って来て、俺を両親の隣に無理矢理に据わらせると、俺が"性依存症"を患ってるて言ったんだ。

 初めて聞く病名に戸惑っていると、ライザー先生がどんな病気なのか説明してくれた。

 性交渉だけでなく、自慰行為やポルノへの過度な耽溺・収集。強迫的な売買春。露出や覗き行為等の全ての性的な活動が考えられていて、明確な定義がまだ確立されていなくて、ギャンブル依存や買い物依存とかと同じで"行動への依存"に分類される依存症。

 そして、明確な治療方が確立されていない事。酷い場合は日常に支障があったり、性的犯罪を起こしてしまったりする事。明確な原因等は分かっていないけど、恐らくは幼年期のトラウマや過度のストレス等だろうと考えられている事。

 そして、治療方はカウンセリングや性欲を抑える効果の有る野菜中心の食事療法。男性ホルモンの分泌を抑える働きが有るノゴギリヤシ等のハーブを摂取する事。これで駄目なら投薬しか無い事。

 ライザー先生の説明を聞いた両親が、俺に泣きながら謝ってきたんだ。自分達のせいだ。て、そんな訳がないのに。

 ずっと姉貴と比較して、叱ったり怒ったりしてきたから、きっとそれが原因なんだ。て、泣きながら謝ってきたから、親父とお袋のせいじゃない。て俺は否定したんだ。俺も両親も譲らなくて、いつの間にか俺も泣いて。

 そうしたら、ライザー先生が「一誠君の症状は重度ではなく極度です。しかし、強姦等の重犯罪は辛うじて踏み止まってます。これは、ご両親のお陰だと思います。ですから、御自分を卑下しないで下さい。そして、これから大変な思いをする一誠君を支えてあげて下さい」て言ってくれたんだ。

 その言葉に俺も両親も頷いて、これからどうすれば良いのか、詳しい話を聞こうとしたら......多分。俺の強姦未遂と性依存症とかで、テンパったんだと思うけど、姉貴が「だ、大丈夫よ! イッセー! お姉ちゃんが全部受け止めるから!?」ていきなり叫んで。

 まぁ、うん。アレは本当に酷かった。姉貴の叫びに慌てた両親とライザー先生が姉貴を説教と云うか説得? して、姉貴は姉貴で「私はなにが有ってもイッセーの味方だから! バッチこいだから! ウェルカムだから!」とか言い出すし。

 それから、柳川師範やバラキエルさんにも事情を説明して、性欲コントロールと依存脱却に協力して貰って。

 えっと、今のところは、性欲の暴走とかはないかな。

 自分では、ちゃんとコントロールして発散できてると思う。

 点数を付けるなら......85点ぐらいかな? -15点はちょっと欲望に負けそうになったから。

 

「はい。お疲れ様。今日のカウンセリングはこれで終わりだ」

 ニッコリと笑いながらそう言った看護師姿のカーラマインに、一誠はカウンセリングを受け始めてからいつも思っていた事を口にした。

「あの、これってカウンセリングなんですか? あ、疑ってる訳じゃなくて、ドラマとかで見るのと違うから......」

 そんな一誠の疑問に、「ああ、成る程。確かにドラマとは違うか」と苦笑いをし、カーラマインは「大丈夫だ」と口にした。

「カウンセリングと一言で言っても、やり方は様々だ。相手の話しに同調して進めるやり方が正しい時も有れば、理路整然と相手の話を整理するやり方が正しい時も有る。イッセーの場合は聞き役に徹するのが一番だとライザー先生は判断したんだ」

 一度、言葉を切ったカーラマインは優しい笑みを浮かべる。

「だから、安心しろ。お前はちゃんと前に進めてる。お前と周りの努力は報われている。お前は胸を張って良いんだ」

 力強く優しい言葉に、自分が足踏みしていると不安を感じていた事を自覚した一誠は、「ありがとうございます」そう言って頭を下げる。

「しかし、クライアントを不安にさせるとはなぁ。私もまだまだだな。やはり、美南風(みはえ)の様にはいかないか」

 普段、一誠のカウンセリングを勤めている美南風と自分を比較したカーラマインの小さな呟きが聞こえた一誠は、慌て首を横に降る。

「そんな事無いですよ! そりゃ、美南風さんとなんか違うけど、カーラマインさんもちゃんと俺の話を聞いてくれてるじゃないですか」

 あまりフォローになっていない事を無自覚に口走った一誠に、カーラマインは苦笑いを浮かべてしまう。

「そうか、そう言って貰えるならありがたい。それから、明日には美南風が心理学研修から帰ってくるから、イッセーのカウンセリング相手は美南風に戻るぞ」

 言外に、良かったな。と言っているカーラマインの言葉に、一誠は無言でグッと小さいガッツポーズを取ってしまう。

「なんだ。やはり、私の様な武骨な女より、美南風の様な純和風の大和撫子が好みか? 後で、お前の姉の京子に教えておくか……」

 その言葉に、一誠がビッシリと固まり、油の切れた機械の如くギッギギギッと不自然な動きをしながら、机越しに目の前に座っているカーラマインに視線を向けると、ガッバッと机に両手と頭を付けて「カーラマインさん。マジ最高。カーラマインさん。マジ美人!」と大声で叫んだ。

「あー もしかして、また、ネットかなにかで余計な知識を仕入れたか?」

 想像以上の一誠の反応に、またあの駄姉が余計な知識を仕入れたかと、カーラマインは天を仰いだ。

「えっと、なんでも、性欲過多の場合は、解消できるパートナーが居れば良いとかなんとか……言ってました」

「お前の場合は、性欲過多では無く。行為依存症であって、逆効果だろうに……」

 そこまで口にしたカーラマインの脳裏に、悪魔以上に悪魔らしい京子の考えが通り過ぎた。

「いや、まさか……そんな事は……」

 カーラマインの脳裏に浮かんだ事――それは、行為依存の弟を性的行為の依存から京子に対する行為依存へとすり替え、最終的には京子という人物に対する依存に切り替えると云うモノ。

 心理学を齧る者からしたら一笑に付す様なバカバカしい考え。しかし、あの京子ならば――やりかねないと思えるだけの凄みがある事を知っているカーラマインは、小さく唾を飲み込む。

「あの、どうかしたんですか?」

 恐る恐る話し掛けてきた一誠に、カーラマインは首を横に振りながら、「いや、なんでもない」と返し、自分の有り得ない妄想を振り払う。

「しかし、京子にも困ったモノだな。お前の力に成りたい想いが空回りしている」

 相変わらず困った奴だと笑っているカーラマインに、一誠は変わってしまった姉を想い遠い目をしてしまう。

「俺が絡まなければ、自慢の姉なんですよ。全国模試で5位以下に成った事が無いし。今度、日舞の大会に出るし。ナンとか流の華道家元? が養子に欲しい。て言ってきてたり......」

 そんな自慢の姉が、自分が絡んだ途端にダメ姉に成る現実に、一誠は深い溜め息を付いた。

「なのに、親父達が居ない時は、どう見てもヒモだろ? てエロい下着姿で彷徨くし、服を着ててもエロコスプレとしか思えない格好だし......朝起きたら隣で寝てるし......もう、本当にどうしたら良いのか......」

 机に顎を付けたまま頭を抱えている一誠に、カーラマインはフイと視線を反らす。

「私の方から、京子にはそれとなく注意しておこう。素人のカウンセリング程、危険なモノは無いと。後、そう云った行為は慎む様にと」

 自分の言葉に「お願いします」と頭を下げる一誠を見ながら、実の姉が弟に貞操を――本気で一誠から襲われたいと思っている。等と口にできないカーラマインは振り絞る様にそう言うしかなかった。『カウンセリングが必要なのはあの駄姉ではないのか』と思いながら。

「あの、俺。帰ります。今日、親父達居ないし、姉貴が心配してるだろうし」

 なんだかんだ言っても、シスコンの気が有る一誠の言葉に、カーラマインは「相談ぐらいなら何時でも乗るからな」と返す事しかできなかった。

 

 一誠が個室を退室し、その足音が完全に聞こえなくなった事を確認したカーラマインは小さな溜め息を付く。

「しかし、イッセーに嘘を付くのも慣れてしまったな」

 正常な精神の一誠を性依存症と嘘を付いた事を僅かに悔やんでいるカーラマインは、「本当にこれで良かったのか?」と小さく呟いた。

 脳に障害も無く。精神に異常性も無い。ただ、人より性欲が強く。性欲の制御や発散の仕方が未熟だっただけの一誠を、ああも苦しめている事は本当に正しかったのか、カーラマインは分からなかった。

 兵藤夫妻には、最初から本当の理由――物心付いた時から出来の良すぎる姉と比較され、努力を余り評価されなかった事でストレスが鬱積し、それによる性欲の肥大化とそれに伴う自制心の低下。そして、正しく発散されず蓄積された性欲の暴走。それらの可能性が極めて高い事を伝えているとは云え、可愛い弟分の一誠を騙している事をカーラマインは後ろめたく感じていた。

 とは云え、今にも命を断ちそうな......幽鬼の方が遥かにマシと断言できる様な顔色をしていたあの一誠を知っている者としては、免罪符と兵藤夫妻協力の三文芝居は絶対必須だったと断言できた。

 せめて、性的な事を全て絶つ行き過ぎた禁欲生活――それこそ、どこの高名な大僧侶だと云いたくなる中学生時代に相談してくれていたら、我慢の限界を越えて実の姉を襲う事も無く、性依存症と云う免罪符も不必要となり、無料とは云えカウンセリングも不必要で、下手な三文芝居をしなくて済んだだろうにと、そう思いながらカーラマインは深い溜め息を付いた。

 

 

 自宅に辿り着いた一誠は、玄関の扉の前で深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせ、心の準備と覚悟をしながら『大丈夫。俺は我慢できる。俺はやれる。昨日だって、狐ミミ&モフモフ尻尾+超ミニエロナースをなんとか乗り越えたじゃないか。結構ヤバかったけど、後少しで押し倒しそうになったけど、乗り越えたじゃないかっ! 姉貴が体を張って、俺のエロ耐性を鍛えてくれてるんだ。頑張れ俺。負けるな俺。姉貴の泣き顔と笑顔を思い出せ。胸に心に刻め。親父達も御近所さん達も、ライザー先生や柳川師範やバラキエルさんも、俺はできる子やれる子と言ってくれてるだろ! いざ逝かん! 鎌倉へ!』と自分に言い聞かせ、玄関のドアを開け、ただいまーと言おうとした一誠は、その場で無言のまま扉を閉めた。

 何時もの如く、自分が帰って来るタイミングで玄関で姉が待機しているのは慣れた。密かに嬉しかったりするし、でも、何故、あの格好なんだ。と一誠はその場に崩れ落ちそうになる。

 主治医のライザーに「性欲は押さえ付けてはいけない。他人に迷惑を掛けない範囲で、適度に発散させなくてはいけないんだ」と医者の観点から3時間みっちり説教を受けてから、エロい漫画やエッチィ写真集を買い始め。

 お気に入りのエッチィ漫画家バイサー先生の純愛・熱血・実姉の競馬モノ"ケンタウルス"シリーズ目当てに購入したエロい雑誌に紹介されていた、とある18禁ゲームのメインヒロインに一目惚れしてしまい。

 バイト代全てを注ぎ込み、パソコンと共に購入した18禁ゲームのメインヒロイン――姉の京子に良く似た人生で二番目の2次元嫁のコスプレをしている実の姉の姿に、一誠は泣き崩れそうになるのを必死に耐える。

『バレたぁぁぁぁ!? つーか、なんで、俺の嫁。梔子箒のコスプレしてんだよ!? 作ったのか? また自分で作ったのか? て言うか、似合ってた。スゲー似合ってた! まさしく、リアル箒ねぇだった!! あの格好でメッてポーズで「こら。そんな事したら、ダ メ で しょ?」て、言って欲しい! マジで言って欲しい! んで、そのままあの豊満な胸を......』

 凄まじい衝撃に思考が暴走し始めた一誠は、すぐさま首を左右にブンブンと振り、頭の中の煩悩を振り払う。

「落ち着け......落ち着け。一誠。アレは箒ねぇじゃない。実の姉の京子姉ちゃんだ。姉貴のコスプレだ。落ち着け。俺。また姉貴を傷付けて泣かせたいのか?」

 小さく自分にそう言い聞かせた一誠は、自分の中の欲望が消えて行くのを感じる。

 深呼吸を一回して、滾り始めたモノが治まったのを確認した一誠は、ゆっくり扉を開け、玄関で待っていた姉の京子に「ただいま」と口にした。

「お帰りなさい」

 優しく穏やかな京子の声に、一誠はもう一度「ただいま」と口にすると、できる限り首から下を見ない様に気を付けながら、靴を脱ぎ――

 クロッチがギリギリ見えそうで見えない超ミニスカートや引き締まったスラリとした足。

 丸出しのほっそりと括れた腰に、薄手のタンクトップを持ち上げる二つの小さな突起がはっきりと分かる豊満な胸。

 その胸を強調する様に羽織っている袖無しジャケットから覗く手入れのされた腋に、露出した肩より少し下まで伸ばした艶の有る美しい黒髪。

 2次元嫁のコスプレをしている京子の姿に、一誠は見たい願望と見たらヤバいと訴える理性が戦い始め、心の中でバラキエルに習った神言を唱えて理性強化をしながら、平静を必死に保ちながら京子の脇を通り抜ける。

「一誠」

 後少しで自室に繋がる階段に足が届くところで、京子のどこか甘い声に、一誠の心の中で唱えていた神言が途絶える。

「いっせい」

 どことなく甘く悲しげな声に、一誠の理性が振り向くなと警告を発するが、姉を僅かにでも悲しませるなと本能が叫ぶ。

「いっせい......」

 ダメ押しの京子の呟きに理性が本能に完全敗北し、いつものパターンだと理解しながらも、覚悟を決めた一誠はゆっくりと振り返る。

 そこには、僅かに前屈みになり、胸を強調する様に左腕で豊満な胸をムニュと押し潰す様に横にして、その左の掌に右肘を乗せ、軽く握った右手は人差し指だけをピンと伸ばした、どこか困った感じの表情の京子の姿。

「門限の19時を過ぎてる。ちゃんと門限を守らないと、ダ メ で しょ?」

 その服装。そのポーズ。その表情。そのセリフ。全てが一誠の煩悩を一気に燃え上がらせる。

「もー ちゃんと聞いてるの?」

 思考が停止した一誠に止めを刺すかの様に、メッのポーズを止めて背を伸ばした京子が、右手で横髪を掻き上げてから、棒立ちになっている一誠の目の前まで近づく。

「ねぇ。ちゃんと、聞いてる?」

 そう言いながら、京子は唖然としている一誠の鼻の頭を、右の人差し指でツンと軽く付いた。

「あ、うん。聞いてる。」

 辛うじて動き出した思考で、朧気に『"ねぇ。ちゃんと"の――エロゲーの告白シーンそっくりだ。このシーンの後にエロシーンだっけか』などと思いながら、現実味を失った一誠は「姉ちゃん。俺......」と掠れた声で、ゲームの主人公の言葉を口にした。

「どうしたの? 一誠? お姉ちゃんを、ど う し た い の?」

 ゲームで聞いたセリフ。後少しで唇が何かの拍子でくっついても不思議じゃ無い距離まで近づいた京子の顔。なにもかもが、主人公の告白シーンそっくりの状況に、ゲームの主人公がした様に、一誠の両手が京子の両肩を掴もうとした――その時。

「そこまでよ!!」

 その声と共に玄関の扉が勢い良く開き、左手を腰に当て右手を突き出し、京子と同等プロポーションを誇り、紅の美しい長い髪を靡かせたジーンズにTシャツ姿のリアスが立っていた。

「リアス先輩?」

 ライザーが経営するフェニックス病院で偶々、知り合い仲良くなった学校の先輩の登場に、我に返った一誠は直ぐ近くに姉の顔が有る事を認識し、慌ててその場から飛び退く。

「危ないところだったわ......嫌な予感がしたから駆け付けたのよ」

 正気を取り戻した一誠に微笑みながら「もう大丈夫よ。私が来たわ」と言いながら土間まで入ると、リアスは一誠に背を向けて扉を閉めて、一誠のフェチポイントを刺激する為に研究を重ねた動作――振り向きながら長い髪をサラリと右手で掻き流す。を実行する。

 リアスの登場に雰囲気をぶち壊された京子は、舌打ちを我慢し苦い思いを飲み込み、それらを一切表に出さずにリアスに向き合う。

「なんの様かしら? リアス。今は21時よ。こんな時間に一人で出歩くなんて、常識が無いんじゃない?」

 後少しのところを邪魔された京子の刺々しい言葉に、リアスのこめかみがピックと動く。

「あら。可愛い可愛い。私の 後輩の危機に駆け付けただけよ? それに、常識が無いのは京子の方でしょう?」

 強調する様に豊満な胸の下で両腕を組み、胸を僅かに持ち上げたリアスに、フェチポイントを刺激された一誠は知らず知らずにゴクリと唾を飲む。

「あら、そうなの? でも、ここは、私達の家 よ? 危険なんて有る訳無いでしょう? ああ、でも、私の 弟を心配して、わざわざ来てくれたのよね? リアスにそこまで気を使って貰えるなんて、私の 弟も幸せね」

 優しい口調なのに途轍もなく冷たく聞こえる京子の声に、一誠は二人が犬猿の仲である事を思い出し、内心で頭を抱えた。

「気を使うなんて......そんなつもりは無いわ。私の 可愛い。特別親しい 後輩ですもの。当たり前の事をしてるだけよ? イッセーには部員に成って貰う予定ですもの」

 リアスの"特別親しい"の部分に、京子のこめかみがピックと動き、一誠は『リアス先輩て、ファンはめちゃ多いけど、最近までボッチだったけか』と、嘗て"支取蒼那さんと、友達になりたいのだけど......どうすれば良いのかしら?"と相談してきた事を思い出して、助けに来てくれたリアスを優しい目で見詰めた。

 そんな優しい視線を受けたリアスは、なにを思ったのか一誠にウインクをする。

「瞬きなんてして、眠たいのかしら? この通り、一誠は元気だし。早く自分のベッドに横になったら? 夜更かしは肌に悪いわよ」

 早くさっさと帰れ。そう言っている京子に、リアスは勝ち誇った様に笑う。その意地の悪い笑みが一誠に丸見えなのを忘れて。

「そうね。確かにもう遅い時間よね。変質者とか怖いし、イッセーに送って貰おうかしら」

 京子の雰囲気が凍える程に冷たいモノに変わる。

「あらあら、なにを寝ぼけてるのかしら? ナイトなら、婚約者 のライザー先生に頼めば良いじゃない」

 その言葉に、リアスの意地の悪い笑みが消え、一瞬だけ能面の様な一切感情の無い表情になるが、穏やかな笑みを浮かべた。

「ああ。ライザー・フェニックスの事? 私、あの医道バカを婚約者なんて思った事、一度も無いの」

 穏やかな笑みなのに、凍死しそうな雰囲気を放つリアスに、一誠は『ライザー先生......また、世界寄生虫展示会とか世界感染症展示会とかに連れてったのかなぁ』と自分の主治医を思い浮かべながら――

 他県まで名医と評判を響かせながら、「好きなタイプ? 治ろうと頑張る患者さんだなぁ」 「恋人? この病院の患者さん全員」 「結婚? 子供? はは、そんな暇が有るなら一人でも多くの患者さんに向き合うよ」と言い切るライザーの姿を思いだし、『そんなんだから、残念ハンサムて言われるんですよ。リアス先輩の好感度も底辺なんですよ。ライザー先生ぇ』と遠くに視線を投げる。

 アプローチされた回数は数知れず。あ、この人ダメな人だと引いて行った数も同数と評判のライザーに、一誠は心の中で涙を流す。

「あら、そうなの? お似合い だと想うのだけど......それなら、タクシーを呼びましょうか?」

「お似合いだなんて心外ね。それと、タクシーなんて必要無いわ。私の 特別な 後輩のイッセーに送って貰えるもの」

 一誠は必ず自分を選ぶ。そんな根拠の無い自信に満ちたリアスを京子は鼻で嗤う。

「もう寝ぼけてるのかしら? こんな遅くに、一誠と二人っきり? タクシー呼んであげるから、一人寂しく外で待ってなさい。考えなくても分かるでしょう? 一誠は私を一人にしないって」

 一誠が赤ん坊の頃から、ずっと一緒に居るからこそ、自信を持って断言した京子を、今度はリアスが鼻で嗤う。

「あら、イッセーはこんな時間にか弱い女性を一人で帰す様な男じゃ無いわ。実の姉 なのにそんな事も分からないのかしら?」

 リアスと知り合ってからの何時もの展開に成ってきた事を遅蒔きながらに気が付いた一誠は、愛読書している漫画"ジョジョ"のスタンドの如く、デフォルメされてグローブを着けた可愛いジャガーが京子の背に現れ。同様にデフォルメされてグローブを着けたライオンを背負うリアスが、視線で火花を散らしている光景を幻視して『なぁ。松田に元浜。お前ら、本当にこれが羨ましいのかよ?』と二人の心友に心の中で問い掛けた。

「ねぇ。リアス。ボッチの貴女からしたら、一誠は数少ない。友達 なのかも知れないけど......一誠からしたら沢山居る。友達 の一人なのよ。あまり、私の 可愛い弟を困らせないで欲しいの」

 可愛いジャガーがフリッカージャブの構えをとり、"はじめの一歩"の真柴の様にリズムをとり始め、ライオンを牽制し始める。

「ボッチ? 誰の事を言ってるのかしら? 私には、ジャネットとソーナと云う大切な友達が居るのだけど」

 以前なら怯んでいた言葉をノーダメージで受けきった事が嬉しいのか、リアスは背を少し反らし強調している胸を更に強調させて、にこやかな笑みを浮かべた。

「それに、イッセーを困らせてるのは貴女でしょう? そんな、痴女 の様な格好をして......ああ。そう言えば、確か、イッセーは、慎みの無い女性は苦手 なんて言ってなかったかしら?」

 体を左右に振り、無限の軌道を描き始めた可愛いライオンを背負うリアスの言葉に、一誠が『あれ? いつもの口喧嘩じゃない? あ、でも、上手く話を持って行けば姉貴の服装とかの問題解決できるかも』等と気軽に考えていると、京子が勢い良く一誠の方を向き、信じられないモノを見る目で一誠を見た。

「うそ......よね。一誠? だって、全部。一誠の秘蔵書に載っていたもの。こう云うの好きなのよね?」

 驚愕に彩られた京子の言葉に、"ドスケベバニー" "ヒモエロ下着" "エッチィセーラー服" "エッチィ巫女さん" "春麗のコス" "キューティーハニーのコス" "超ミニスカエロ婦警さん" "初音ミクのコス" "博霊霊夢のコス" "超ミニセクシーメイド"等々の京子のコスプレ内容が、確かに自分の秘蔵書に載ってる事を思い出した一誠の思考が一瞬停止してしまう。

 一誠が口を開き、部屋を掃除してくれるのはありがたいけど、隠してる本を読むなよ! と苦情を言おうとしたその時、それよりも早く、更なる追撃を掛ける為にリアスが口を開いた。

「はっ、いつまでも実姉モノが多いと思わない事ね。最近のイッセーは、純愛学園+優しい巨乳先輩モノなのよ!!」

 最近よくお世話になっている。†魔†龍†聖†先生の"先輩といっしょ"シリーズの純愛・コメディ・学園+巨乳先輩モノと多数の実姉モノを愛読している事を何故か知っているリアスの言葉に、口を開きかけた一誠は衝撃のあまり崩れ落ちそうになる。

「それに......京子は知らなかったみたいだけど、イッセーの初恋の相手。人生初の二次元嫁は、サムスピの"ナコルル"よ!」

 秘蔵書の傾向とナコルルが初恋の相手である事を知っているのは二人の心友のみ。その事実から、「松田と元浜ですか? その情報源?」そう言いながら、もしそうだったら――絶対ぶん殴ると決めた一誠に、リアスが「ごめんなさい。ほら、校舎裏で男子だけで良く雑談しているのを見かけてたから......つい、盗み聞きをしてしまったの」と謝る。

「あ~ 流石に女子が居るところで、そーゆー話はできないんで......その、今度から、盗み聞きとかしないならそれでいいですよ」

 聞かれない様に人目を避けてたのになぁ。と考えながらそう言った一誠は、「許してくれてありがとう」と微笑むリアスに、少しだけドッキとしてしまう。

「一誠? 初恋の相手がナコルルて、嘘よね? だって、一誠が、初めて、大好き。て言ったのはお姉ちゃんだもの。つまり、一誠の初恋の相手はお姉ちゃんなんだよね?」

 一誠の初恋の相手が自分ではなく、ゲームのキャラクターであるナコルルと知った衝撃から漸く復帰した、どこか陰の有る京子の言葉に、キョトンとした一誠は、なにを言ってるんだ? とばかりに首を傾げた。

「いや、血の繋がった実の姉が初恋の相手とか、漫画とかゲームじゃないんだからさ。普通に考えて無いだろ?」

 一誠としては当たり前の、京子としては有り得ない言葉に、体の力が抜けた京子がその場に座り込む。

「姉貴!? どうした!」

 トスンと座り込み暗い目をしている京子に、一誠が慌てて駆け寄る。

「大丈夫よ。イッセー。京子は少し疲れてるだけよ」

 慌てている一誠に、リアスはそう言いながら――呆けている京子を見て、久しぶりの勝利を確信し心の中でガッツポーズをとる。

「でも、これ。疲れてるて感じじゃないような......」

 ヤバい感じを姉からヒシヒシと感じている一誠は、なぜ京子がこうなったか分からないままに、とにかく、このままにしてはおけないと、座り込み微動だにしない京子を無理矢理に抱きかかえる。お姫様抱っこで。

 勝利を確信し、一誠が京子に部屋に戻る様に言うだけだと思っていたリアスは、京子をお姫様抱っこした一誠に、どうやって家まで送って貰おうか(夜のデートに連れ出そうか)と計算していた方程式が頭から消し飛ぶ。

「イッセー? なにを……してるの?」

 何時か自分がして貰おうと思っていたお姫様抱っこ。

 映像越しに触ろうとしてしまった、あの鍛えられた大胸筋に京子(宿敵)が頭を預けている。あまつさえ、京子は自分を見て嗤ったのだ。「全部。私の掌の上よ」と云わんばかりに。

 そう認識した途端、激情に囚われそうになったリアスはグッと怒りに耐える。

 ここで、バカな事をしてしまえば――今まで偶然を装って築いてきた良好な関係が壊れてしまう事を理解しているリアスは、脳裏に"一誠の生着替え"映像集でスライドショーを開催しながら穏やかな笑みを維持する。

 その穏やかな笑みを見た一誠が、ビクッとしたのを見ない振りして。

「えっと、リアス先輩? なんか怒ってます? 俺、なにかしましたっけ?」

 恐る恐るそう聞いてきた一誠に、リアスは更に笑みを深め、「イッセー。ナニをしているのかしら?」とできる限り優しい口調でそう言った。

「えっと、取り敢えず、姉貴を部屋に送ってから、リアス先輩をチャリで送ろうかな。と、思ってるんですけど」

 なんとなく、副音声で「ナニやってんじゃ!? われぇぇ!? どーゆーつもりや? ああ!?」と聞こえた気がした一誠が、疲れてんのかなぁと暢気に考えながらそう告げると、リアスはチラリと一誠の腕の中の京子を見るとフッと笑い。小さな声で「策士、策に溺れる。てヤツかしらね?」と呟いた。

「策士?」

 その呟きに反応した一誠に、リアスが「気にしなくて良いわ。それより、早く京子をベッドに運んであげて」と勝ち誇る様などこか憐れむ様な笑みを浮かべる。

「少しだけ待ってて下さい。ちゃんと送りますから」

 そう言って階段を上がっていく一誠のガッチリとした背を見送りながら、リアスはグレモリーの次期当主として鍛え上げた頭脳をフル回転させて、この後の自分が取るべき行動を――どうすれば、映像で見たあの年齢不相応に鍛えられた分厚い大胸筋・太い上腕二頭筋・ガッチリした背筋・六つに割れた腹筋・太い太股・太い首を、一誠に不審がられずに心の往くまで堪能しながら、一誠の好感度を最大限に稼げるか、二人の友達のアドバイスを思い出しながら計算を開始する。

 博識で冷静沈着で頼りになると思っているソーナ・シトリーは、リアスやジャネットと出会う前まで、姉のセラフォルーの様にしてたまるかと考えたシトリー家によって、確実にシトリー家を継がせる為に、殆ど家から出さず、会う人物も厳選して育てられた結果。

 男友達どころか女友達すら居ない。初恋もまだの元ボッチの超箱入り娘。

 勇敢で決断力に優れ社交性もあり頼りになると思っているジャネットは、前世は恋愛経験絶無。今世はプリキュアに所属してからの女友達は沢山居ても、異性の基準が、料理上手で、ちゃんと叱ってくれて、物知りで、ピンチには颯爽と現れて助けてくる――要するにチート持ちでトンでも経歴の兄が基準なので、告白されても「ごめんなさい。良いお友達でいましょうね」と全て断っている。

 そのうえ、その無駄に高い基準が理由で、胸ときめく出会いなんて一度も経験した事がない。恋愛絶無娘。

 リアスはリアスで、絶望的な状況にある悪魔の大きな助けと成りうる才女と有名なセラフォルーが「私は魔法少女だから☆」と宣って、現魔王サーゼクス直々の魔王就任要請を蹴っ飛ばし。シトリー家の継承権を遥か彼方に放り投げた――"セラフォルー・ショック"の影響で、ソーナ同様に超箱入り娘として育てられた為、ソーナとジャネットに会うまで、親しいと云えるのは兵藤姉弟だけで、知り合いと云えるのはライザーとライザーの眷属達のみ。兄サーゼクスの眷属達は、それぞれの仕事が忙しい為に顔見知り止まり。

 初恋の相手は一誠で、友達の作り方がよく分からない超箱入り娘。

 つまり、リアスが頼りにしているアドバイスの出所は、少女漫画やドラマや恋愛小説や映画が殆どであり。

 極僅かに小耳に挟んだ、女友達やクラスメート達の恋ばな。

 要するに、殆ど役に立たないアドバイスだったりするが、そんな事に気付いていないリアスは、真剣に真面目に熱心に、幾つものプランを練り上げ構築していく。

 それが実行できる機会が訪れるかどうか別として、訪れたとしても実行できるかどうかは、完全に棚上げして、恋する乙女リアスは必死に頭脳を働かせ続ける。

 

「リアス先輩。送りますから外に出ましょう」

 思考に没頭していた為に、一誠の接近に気付かなかったリアスはビクッとしてしまう。

「先輩? なんか考え事ですか? 頼りないだろうけど相談ぐらい乗りますよ?」

 突然押し掛けても、嫌な顔せずに心配そうにしている一誠に、"やっぱり優しい"とか"背が高い"とか"イッセーは私より頭ひとつ高いから、目を瞑って爪先立ちに成らないとダメよね"とか"あの厚い胸板と太い首筋に顔を埋めたい"とか考えながら、そんな事は一切表に出さずに「大丈夫よ。イッセー。心配してくれてありがとう」そう言いながら、自然な動作で一誠の手を取ろうとするがリアスの手はピクリとも動かなかった。

「それじゃ、チャリ持って来ますから外で待ってて下さい」

 そう言いながら外に出て行く一誠の背に続いて外に出たリアスは、"さりげなく自然な動作で手を繋ぎ、あのゴツゴツした手を堪能しながら自分を意識させるプラン"が失敗した事に歯噛みしながら、心の中で『ソーナ。ジャネット。私に勇気を!』と叫びながら、次の"自転車の後ろに乗る時に、さりげなく自然にガッチリした肩と太い首筋に触るプラン"を完遂せんと意気込む。

 

 その後も、自転車に跨がり「後ろに乗ってください」と言う一誠の肩や首筋を触ろうとするが、無意識に後輪側に取り付けられているキャリアに手が伸びて、そのまま座ってしまう。

 ならばと、次のプランを実行せんと気合いを入れたリアスは、一誠の「飛ばすんで、ちゃんと捕まってください」との言葉に、待ってましたとばかりに"さりげなく自然に、間違えた振りをしてあの胸にタッチして、腰に両手を回して、自慢の胸を押し付けて自分を意識させるプラン"を決行しようとするが、何度か躊躇した後に恐る恐る一誠の腰を掴むだけに終わってしまう。

 惨敗が続いたリアスは、せめて"わざと遠回りの道を教えて、二人乗りを堪能するプラン"を決行しようとするが、一度だけ一緒に帰った時に道順を完全に覚えていた一誠の前に敗北する。

 それなら、グレモリーの次期当主として叩き込まれた話術で一誠の関心を惹こうとするが、クラスどころか学年が違う上に共通の話題がライザー関係。漫画やドラマはそもそも見るジャンルが違う。その上、いざ二人きっりになると、なにを話して良いのか分からなくなり。あまり会話が弾まない。

 なんとか起死回生の妙手をと考えているリアスは、一誠の「リアス先輩。着きましたよ」の言葉に時間切れを知り。渋々、自転車を降りて「送ってくれてありがとう」と一誠にお礼を言うと、その言葉を受け取り去って行く一誠の背中を見送り、力無く項垂れながら自宅に入った。

 

 自室に戻ったリアスはパソコンの電源を入れると、"一誠"と書かれたフォルダを開き、複数のアイコンの中に有る"見て聞く"と書いてあるアイコンをダブルクリックして、録画設定をすると音量を最大限に上げる。

 一連の作業を終えたリアスは、Tシャツとジーンズを脱ぎ捨て下着姿になるとスプリングの効いたベッドに飛び込む。

「はぁ~ 全然、計画通りに行かない......どうすれば良いのかしら......」

 自分が予想以上にヘタレだった事にショックを受けながら、リアスは一誠攻略計画の大幅な見直しを覚悟した。

 

 一誠にお姫様抱っこをされてベッドに運ばれた京子は、一誠とリアスが一緒に家を出たのを扉の開閉音で確認すると、おもむろに起き上がり、敵に塩を贈ってしまった事に苦虫を噛み潰した様な顔をする。

「焦り過ぎたわね......梔子箒が一誠の二次元嫁だから逝けると思ったのだけど」

 深々と溜め息を付きながら、押し入れからコスプレ用の布を取り出すと、ナコルルの衣装設定をスマホで検索し始める。

「それにしても、これ、確実に私以外の転生者が沢山居るわよね......原作にスマホとか無かった筈だし。ドラゴンボールとかダイの大冒険とかジョジョとか有るし......亀仙流とか存在するし」

 検索を終えた京子は『まぁ、一誠アンチとかじゃなければ好きにしたら? てところなんだけど』と考えて、自分の転生チート"原作一誠への憑依・転生の全面禁止。兵藤家に転生。家事一般スキル超一流。一生生活に困らない財力"を思い浮かべ小さく嗤う。

 それとなく、紫藤イリナとのフラグは念入りに砕いて粉々にした。

 姫島朱乃と塔城 白音は、駒王学園に在籍を確認し、リアスの眷属ではなく眷属候補で、バラキエルが日本神話所属で姫島朱璃が生存し、白音が黒歌どころか両親や両親の雇い主ともかなり良好な関係だったりと驚いたが、一誠とのフラグは念入りに潰し続けている。

 他のハーレムメンバーのフラグも潰す計画を立てている京子は、嗤いながら呟く。「一誠は誰にも渡さない」と。

「ねぇ、イッセー? 俺を私にしたんだから……ちゃんと責任とってね?」

 単純に、一誠の身内と云う立場で物語を傍観したかっただけの転生者は、tsした上に一誠のせいで虐められて。

 現実の一誠の良い所・悪い所を知り、その上で一誠を可愛い弟として認識してその悪癖を正す為に奮闘して。

 自分で言い出したとは云え、全裸をガン見された上に隅々まで触られて、自分が男でなく女である事を一誠に理解させられ。

 アレは気の迷いだったと思える様に成った頃に、逞しく男らしく成長した一誠に無理矢理に組み敷かれ、必死に抵抗しても乱暴に道具の様に扱われて、自分はやっぱり女なんだと、再認識させられて。

 色々と目覚めて、覚悟完了したts転生者。京子は薄く嗤い続ける。

「ああ、早く一誠の赤ちゃんを産みたいなぁ」




頑張れ。一誠。負けるな。一誠。
上手く立ち回れば、両手に花どころかーーハーレムだぞ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リアス・グレモリーの華麗な日常

悪魔に転生した転生者「は? センスと魔力量に左右される? 魔力を想像力で行使して、火とか起こしたりすんの?」

原作モブ悪魔「せやで、だから、センスと魔力無いとツラタンwww」

悪魔に転生した転生者「バカじゃね? 少数のスゲー奴より。沢山のソコソコ使える奴の方が強いだろ? 戦争は数てドズルの兄貴も言ってたろ。よし。俺が研究して、技術体系作ったろ。知識チート舐めんなww」

その結果、魔力をそのまま使う悪魔は、ほぼ居ません。
ソコソコの魔力を持っていて、勉強すれば、誰でも使える"魔法"が存在しているからです。



 リアス・グレモリーの朝は早い。

 4時前に自然と目が覚め、全裸にTシャツの扇情的な姿のリアスは、モソモソとベッドから起き上がると、おもむろに身に付けているTシャツの匂いを嗅いで、僅かに顔をしかめた。

「もう、匂いが無くなってるわね......洗ってから、新しいのに交換しないと」

 一誠に黙ってこっそりと借りているTシャツの匂いが、すっかり自分の匂いになってしまった事に落胆しながら、リアスはパソコンに向かうと電源を入れて、椅子に腰掛けた。

 淀み無い動きで、一誠と書かれたフォルダを開くと"着替え(学校)" "着替え(家)" "見て聞く" "動画" "音声"と書かれたアイコンから、見て聞くをダブルクリックする。

 ディスプレイには、誰も居ない浴室。誰も居ない脱衣場。誰も居ない玄関。そして――ベッドで誰かが眠っている部屋が映し出される。

 リアスは慣れた手つきで、誰かの寝ている部屋の映像をクリックすると視点が切り替わり、計7回の視点切り替えで異常が無い(京子が居ない)事を確認すると、安堵の息を吐く。

「邪魔者は無し。と」

 そう呟いたリアスは、カメラを再度切り替えてベッドで寝ている一誠の寝顔を画面一杯に映し、その弛んだ寝顔にクスクスと楽しそうに笑う。

「気持ち良さそうに寝てるわね。どんな夢を見ているのかしら?」

 画面に映っている一誠の頬を、ツンツンと人差し指でつつき、『画面が邪魔ね。早く一緒のベッドで寝たいわ』と思いながら「可愛い寝顔」と満足気に呟いた。

 30分程、ジッと一誠の寝顔を堪能したリアスは、あーあー と小さく声を出して喉の調子を整えると、パチリと目を覚ました一誠に微笑みながら「おはよう。イッセー」と蕩ける様な声で画面越しに嬉しそうに挨拶の言葉を口にした。

 画面の中の一誠が起き上がると同時に、カメラの視点を切り替えて、一誠の上半身が映る様にズーム調整をすると、背伸びをしながら大きな欠伸をした一誠に、「あら、眠たいの? もう。夜遅くまでエッチなゲームをしてるからよ」と届くはずの無い声を掛けた。

 スピーカーから一誠の「ねみぃ」と声が聞こえ、画面の中の一誠が眠たそうに目を擦ると、「ダメよ、イッセー。そんな風に目を擦ったりしたら」と優しい口調で画面の中の一誠に話し掛ける。

「ほら、日課のランニング。今日も走るんでしょう? 早くしないと」

 録画の準備万端のリアスが、何度も見ている一誠の着替えシーンを、今か今かと待ち受けていると、一誠が起き上がり、それと同時にリアスがカメラの視点を切り替え、幾度と無く飲み込んだ唾を飲み込むと同時に録画ボタンを押し、一誠の部屋に内緒で置かせて貰った計8台のカメラが様々な角度から、一誠の着替えを録画し始める。

「小さい頃に読んだ小説には、好きな人を遠くから見てるだけで幸せになれると書いて有ったけど......本当ね」

 寝ている時に来ていたTシャツと短パンを脱ぎ、トランクス姿になった一誠を、うっとりとした表情で見ているリアスは言葉を続ける。

「だって、こんなにも離れてるのに、こんなに幸せなんですもの」

 着替え終えてジャージ姿になった一誠に、リアスは幸せそうに微笑む。

「もう。イッセーたら、脱ぎ散らかしたらダメよ。仕方ないわね......良いわ。私が片付けて上げる」

 この時間帯なら、京子が起きていない事を熟知しているリアスは、部屋を出て行く一誠に「行ってらっしゃい。本当は玄関で見送りたかったけど......ごめんなさいね。イッセー」と声を掛ける。

 一誠が部屋から居なくなると、録画を止めたリアスはパソコンの側に置いていた紙バッグを手に取り、即座に一誠の部屋に転移して念の為に認識阻害の魔法を展開する。

 

 転移を終えて、グルリと周りを見渡したリアスは、望み通りに一誠の部屋に着いた事を確認すると、大きく深呼吸をして、肺の中に部屋の空気を取り込んだ。

「京子が起きるのは5時半。イッセーが帰ってくるのは6時。今の時間は5時前」

 確認する様にそう呟いたリアスは、チラチラと一誠がさっきまで横になっていたベッドを見る。

「少し、横になりたい気分だし。でも、京子は鋭いから匂いで気付かれるかも......」

 そう言いながらも、ふらふらと一誠のベッドに吸い寄せられた全裸+一誠のTシャツ姿のリアスは、『香水とか付けてないし。体臭を魔力で消せば大丈夫よね』等と考えながら、紙バッグを床に置くと、魔力で体臭を消してモソモソと一誠のベッドに入り込む。

 一誠が使っていた枕に顔を埋め、クンクンと残り香を堪能して、一誠の体温が僅に感じられるベッドから、その温もりを全身で甘受するリアスは、『まるで、イッセーに包まれてるみたい』と幸せで蕩けそうな表情を浮かべる。

 10分ほど堪能したリアスは、いそいそとベッドを抜け出してから、ベットに自分の髪とかが落ちていないか確認した後、紙バッグから洗濯した――大分前にこっそりと借りたTシャツと短パン。そして枕カバーを取り出すと、ちゃんと同じモノなのか最終確認をして、全く同じモノだと確信する。

「よし。大丈夫ね。これで、また借りられるわ」

 満足気に、うんうんと頷いたリアスは、そそくさと枕カバーを取り替えて、脱ぎ散らかしてある一誠の服を丁寧に折り畳み、枕カバーと折り畳んだ服を紙バッグに入れる。

 望みのモノを手に入れられてホクホク顔のリアスは、洗濯した一誠の服をベッドに掛けた。

「本当はちゃんと畳んでおきたいけど......京子にバレるといけないし。本当、邪魔ね」

 忌々しい恋敵を、なんとか排除できないかと何度か計画を練ったが、リアスは一度も実行に移さなかった。

 洗脳・暴漢をけしかける・事故に見せ掛けて排除するなども考えたが、一誠にバレて嫌われたくないから実行できない。

 なにより、駒王町でそんな事をすれば、裏世界最大のガラパゴスと呼ばれている駒王町に支部を置く。"葉隠" "亀仙流 "流派東方不敗" "風魔・甲賀忍軍" "ヤイバ流剣術" "プリキュア" "飛天御剣流" "陰陽連"等が確実に動き、リアスは碌な抵抗もできずに叩き潰される。

 駒王町を統治・運営しているリアスだからこそ、駒王町の頭の可笑しい戦力を良く理解していた。

 それらの理由に加え、リアスが京子排除に動かない最大の理由――それは、同じ男に惚れた女の意地。

 なんらかの方法で京子を排除すると云う事は、"正攻法では京子に勝てない"と認めると云う事。

 それだけは絶対に認められないリアスは、京子とは真正面から戦って勝つ。そう決めていたからだ。

「はぁ......なんとかして、一誠を眷属にできないかしら。そうすれば、色々と動き易くなるのに」

 そろそろ京子が起きる時間である事を、部屋の時計で知ったリアスが自室に帰ろうとしたその時、『そう云えば、あのハウツー本に、好きな人の下着は良い匂いがするて、書いてあったわね』と余計な事を思いだし、そわそわし始める。

「一枚。一枚だけ、借りて行きましょう」

 自分にそう言い聞かせて、一誠のタンスからトランクスを1枚取り出したリアスは、ソッと紙バッグに収め、忘れ物(自分の痕跡)が無い事を再度確認したリアスは、自分の部屋に転移する。

 自室に戻ったリアスは、機敏な動きで服等が入った紙バッグをポリ袋に入れると密封して、本棚から、表紙に"恋愛初心者必読!!" "恋愛の達人が恋愛初心者に送る恋愛のノウハウ!?" "これで愛しの彼の情報を手に入れろ!" "これで貴女も立派なクンカー"と書かれたジョーク本を取り出し、ペラペラとページを捲る。

 目当てのページを見つけたリアスは、真剣な表情で書かれている内容を読み、「100均に、真空パックって売ってたかしら?」と呟く。

 リアスが真剣に読んでいたページには、"手に入れた好きな人の下着を小さな紙袋に入れて、匂いを堪能しよう" "保存するときは真空パックに入れて、日の当たらない涼しい場所で保管します。絶対に脱臭剤等を入れてはいけません" "必読。匂いを堪能する為の作法"と書かれていた。

「無臭で通気性の良い紙袋......どこに売ってるのかしら?」

 眉間に皺を寄せながら、むぅ。と唸ったリアスは、取り敢えず近辺の店を全て回る事を決めて、手に持っていた――リアスが頼りにし鵜呑みにしている"恋愛ハウツー本"を本棚に戻し、偶然を装ってランニング帰りの一誠に会う為に、お揃いのジャージに着替えてから家を出る。

 軽いランニングでポイントに到着すると、休憩を装いながら一誠を待っていたリアスは、視界に近付いてくる一誠の姿を確認すると、気付いてない振りを開始する。

「リアス先輩。おはようございます」

「おはよう。イッセー。相変わらず朝早いのね」

「早く起きる習慣が付いただけですよ」

「あら、習慣に成る程、毎日起きられる事は凄い事よ?」

 二言三言、言葉を交わして走り去る一誠を見送ったリアスは、『イッセーから話し掛けられた』と幸せな気持ちで急いで帰宅する。

 

 帰宅したリアスはジャージ姿のままで、すぐに自室のパソコンの前に座ると一誠の部屋のカメラから玄関のカメラに切り替える。

 ジッと待っていたリアスは、玄関が開き一誠が「ただいま」と言った瞬間、即座に「お帰りなさい。イッセー」と画面越しに返す。

 一誠が靴を脱ぎ、家に上がるのを見届けたリアスは即座にカメラを脱衣場に切り替えると、録画の準備を終わらせた。

 脱衣場の扉が開き、着替えを持った一誠が入って来ると、リアスはゴクリと唾を飲み込む。

 脱いだジャージと肌着。そしてトランクスが、洗濯機に投げ込まれる光景に、「ああ......」と悲しげな声を上げながら、全裸になった一誠の全身をチラチラと満遍なくチラ見したリアスは、「やっぱり、小さい頃に見た、お父様のより大きい......ちゃんと受け入れられるのかしら......今から不安だわ」とある部分を更にチラ見しながら呟く。

 浴室に一誠が入ると同時に、カメラを浴室に切り替えたリアスは、一誠がシャワーを浴び始めると同時に、録画を開始する。

 一誠が立ったまま髪を洗い始めると、リアスは「こう云うのを、きっと、艶かしい。て表現するのね」そう言いながら、ほふ。と溜め息を付く。

 汗を流し終えた一誠が脱衣場に上がると同時に、浴室の録画を止め、カメラを再び脱衣場に切り替える。

 録画を続けている脱衣場で、体を拭き、制服を着ている一誠をチラチラと見ながら堪能したリアスは、脱衣場を出て行く一誠を見送ると、録画を止めてパソコンの前を離れる。

「はぁ......早く、イッセーと一緒に、お風呂に入れる様になりたい......」

 溜め息混じりにそう呟いたリアスは、制服とバスタオルを片手に浴室に向かった。

 

 寝汗を流し制服に着替えたリアスは、一人には広すぎるリビングで、一人ポツンと食卓に着いて、玉子のサンドイッチ食べながら、目の前のコーヒーに視線を落としていた。

「私一人だけ、なら、ワンルームマンションで十分じゃない......駒王町の統治とか運用関係で来客は有るけど、一軒家じゃなくても良いじゃない......」

 最低限の見栄を張る為に――外交などの政治的な都合で前任同様に一軒家を与えられたリアスは、寂しさを紛らわせる為に、独り言を続ける。

「一人で、こんな所に居たら、寂しいに決まってるじゃない......だから、前任のクレーリアさんが恋人とギリシャに駆け落ちするのよ」

 現魔王である兄に教えられた"事実"を溢しながら、使用人の一人も付けられない程に窮している政府の財政に、リアスは寂しさを誤魔化す様に溜息を付いた。

「私も、イッセーとギリシャの聖域に駆け落ちしようかしら」

 2つの玉子サンドを食べ終わり、コーヒーをチビチビ飲んでいるリアスは、ボソリと本音を漏らしてしまう。「寂しい……イッセー。助けて」と。

 

 16歳に成るまで、セラフォルーショックの影響で学校には通わせて貰えず、実家で次期当主として勉強の日々。娯楽は、兄であるサーゼクスとその妻であり眷族でもあるグレイフィアが仕事の合間を縫って持って来てくれる小説や漫画。そして、両親と一緒に見るドラマと映画のみ。

 家族と出かける時は社交会が殆どで、仕事が忙しい両親と兄夫婦と純粋に遊びに行った事など2・3回程度。

 小さい頃はそれが不満だったが、12歳ぐらいには、絶望的な悪魔の現状を理解して仕方ないと受け入れた。

 何故なら、16歳に成るまでは、家族の誰かがすぐ側に居てくれたからだ。どんなに辛くて悲しくなっても、すぐに家族の誰かが駆けつけて側に居てくれた。一緒に居てくれた。だからこそ、リアスは友達が居なくても平気だった。

 しかし、16歳になったら、「将来有望だから」その言葉一つで実家を出され、右も左も分からない状態で駒王町の統治・運営を任せられた。

 最初の頃はまだ良かった。

 日本神話勢力に頭を下げて借り受けたにも関わらず、前任が駆け落ちして以降、統治者を寄越さずに「駒王町を任せられる人材が居ないので、そちらで管理・運営して下さい」の言葉で、悪魔を侮っていた日本神話勢力に、舐められてたまるかと、余計な事を考えずにガムシャラに頑張れた。

 駒王町の実力者達に、頭を下げて、協力を取り付けて。リアスと同じ様に「将来有望だから」の一言で、駒王町の統治・運営に駆り出された同年代・同性であるソーナ・シトリーに、どう接していいか分からずに業務的に接してしまったりと。

 最初の1年は、ひたすらに頑張るだけの日々――駒王町の実力者達や日本神話勢力と日本政府を相手に必死に実力を示し続けて、クタクタになって家に帰るとすぐに就寝する。そんな1年だからこそ、寂しい等と考える余裕なんて無かった。

 しかし、2年目に成るとある程度の余裕ができてしまった。時折、寂しいと感じてしまう様になってしまったのだ。自分のファンを自称する女子達が、友達と一緒に楽しそうにしている光景に、リアスは"羨ましい"と感じてしまうだけの余裕ができてしまった。

 幼い頃から勉強漬けで、どこからどこまでが知り合いで、どこからどこまでが友達なのかを、知識としても感覚でも知らないリアスは、似た様な生い立ちのソーナと友達に成ろうとするが、どうすれば良いのか分からなかった。

 ならばと、婚約者のライザーの眷属と友達に成ろうとするが、結局、どうすれば友達と云える関係に成れるのか分からずに、無駄に家とフェニックス病院を行き来するだけの結果に終わってしまう。

 そんな時だった。一つ下の一誠と出会ったのは。

 偶々。フェニックス病院で、「くそ。反応するな。ユーベルーナさんは恩人なんだぞ」と股間を押さえながら踞って居る制服姿の一誠に、体調が踞る程に悪いのかと心配して声を掛けたのが切っ掛けだった。

 それから、明るく元気で、良くも悪くも素直な一誠と少しずつ親しくなり、それまで感じていた孤独感が癒されるのをリアスは確かに感じた。

 一誠との関係が友達と云っても良いのでは。そう思ったリアスは、思いきって一誠に相談した。

 小さい頃から勉強の毎日で、友達の作り方が分からない。どうすればソーナ・シトリーと友達になれるか。と、

 そして、帰って来た一誠の答えは単純明快な「へ? いや、フツーに友達に成りたい。て言えば良いんじゃ」と云うモノだった。

 その言葉に驚きながら、リアスが「そんな事で、本当に友達になれるのかしら」と聞き返すと、「いや。友達て、難しく考える必要ないですよ。気の会う奴と一緒に遊んでたら、いつの間にか友達に成ってますし」と一誠が返し、「信じられないなら、俺と遊びに行きます? そうすれば、友達がどんなもんなのか分かると思いますし」と続けられた言葉に頷いて、リアスは生まれて初めて友達と初めてのゲームセンターや初めてのカラオケで遊んだ。

 寄生虫や感染症等の展示会ではない。小説・漫画・ドラマ・映画で見た、小さい頃からリアスが憧れた、友達と普通に遊ぶ。それを一誠が叶えてくれた。

 生まれて初めて、友達と遊びに行く事に浮かれて、気合いの入りすぎたリアスの格好を見た一誠が、時折、「落ち着け。俺。姉貴に続いて、リアス先輩まで傷付けるのかよぉ」と呻いたりしてたが。

 駒王町の統治・運営について、実力者達やソーナと協力して問題点を洗いだし改善して、日本神話勢力と現魔王政権に報告をする毎日を送りながら、ソーナと友達に成ろうと話し掛けようとするが、「えっ? 普通にいや」と言われるのが怖くてなかなか言い出せなかったり。

 ライザー(医道バカ)に婚約者として、最新医療機械展示会や医学学会とかに連れて行かれたり。

 ファンの子と仲好くなろうと思い、話し掛けようと頑張るも、「イメージと違う。リアス先輩のファン辞めて、京子先輩か蒼那先輩のファンに成ります」と言われるのが怖くて話し掛けられなかったり。

 いつまで経っても、一誠以外に友達ができなくて、一誠に泣き付いて、一誠に「あー 大丈夫ですよ。リアス先輩。可愛いし美人だし。良い人だし。少しずつ頑張りましょう。友達て、無理に作るもんじゃないと思いますし」と励まして貰ったり。

 リアスが寂しさと孤独感に負けて、迷惑になると理解しながらも、深夜に電話をしても、安心できるまで一誠が話し相手に成ってくれた。

 リアスが精神的に疲れて居ると、一誠が遊びに誘い一緒に遊んでくれた。

 一誠が何度も相談に乗り、リアスの背を押したから、出会ってから3年目に漸く、ソーナと友達になれた。

 リアスは孤独感に苛まれる事は無くなったのだ。一誠のおかげで。

 リアスにとって、一誠は紛れもなく、自分を孤独から救ってくれた、ヒーローだった。

 

 コーヒーを飲み干し、朝食を終えたリアスは皿とコップを片付けると、自室に戻りパソコンの前に座ると、カメラを玄関に切り替え、ジッと待った。

 しばらくすると、制服姿で鞄を持った一誠と京子が姿を現し、玄関を出て行く一誠に「行ってらっしゃい。学校で会いましょう」そう言いながら、嬉しそうに一誠と一緒に学校に向かう京子を、リアスは羨ましそうに眺めていた。

 一誠とそのついでの京子を見送ったリアスは、パソコンの電源を落とし、鞄を手に取ると忘れ物がないか――特に、学校に内緒で置かせて貰っているカメラの操作に使うスマホを、ちゃんと持ったかを念入りに確認したリアスは、忘れ物が無い事をご確認し終えて、一人で学校に向かった。

 

 ご近所さんやファンの子達と挨拶を交わしながら、通学途中で偶然出会った、一誠が通っている道場の先生であり、駒王町の頭の可笑しい実力者の一人の初老の男性。柳川師範に、以前断られたにも関わらず、「道場の更衣室にカメラを置かせて下さい」と頭を下げるが「いや、駄目って言ったよね? まぁ、そう云うのに興味を持つ年頃なんだろうけど、駄目なものは駄目だよ」と再び断られて肩を落としながら、学校に辿り着いたリアスは教室の席に着くとすぐにスマホをいじくり、カメラの調子を確認する。

「邪魔な物とかは無し。と」

 カメラを遮る邪魔な物とか無い事を確認し終えたリアスは、午後に有る一誠の体育の授業を心待に、退屈な授業に備えた。

 

 

 退屈な授業を聞き流し、クラスメートの雑談に恋ばなが有れば必死に耳を澄まして聞き取り、話し掛けてくるクラスメートに、『友達に成ってくれないかしら......』と考えながら一言二言の会話をなんとかこなし。

 昼御飯をオカルト部の部室で、友達のソーナと食べながら、"どうすれば、眷属候補達と親しい友達に成って、自分の眷属に成って貰えるか"を熱心に話し合い。二人揃って「友達を作るのって、難しい」と深い溜め息を付く。

「それでね。リアスに相談があるのだけど......その、気になる人が居て、匙て子なんだけど......」

「分かったわ。明日、とても頼りになる恋愛ハウツー本をプレゼントするわ」

「良いの?」

「実は、同じ本を三冊持ってるの。ほら、私達。恋愛未経験者じゃない? それに、友達にプレゼントとか、友達と恋ばなをするの憧れてるのよ」

「分かります。凄く分かります。まだリアスに話せる事は経験してないけど......絶対に恋ばなしましょう!」

「ええ! 絶対に恋ばなしましょう。後はジャネットだけなんだけど......あの子。無駄に理想が高いのよねぇ」

「ああ、ジャネットさんは......あのトンでもお兄さん基準でしたね......」

「大丈夫。多分。きっと。いつか。ジャネットも運命の人に出逢えるはずよ」

「その方が、ジャネットさんの基準を満たしている事を願いましょう......」

 等と、夢だった友達との雑談を楽しみながら昼食を食べ終わり、遂に待ちに待った時間が訪れる。

 

 気分が優れないと嘘を付き、心配してくれるクラスメートに申し訳ないと感じつつ、『友達に成って。て、言ったら友達に成ってくれるかしら......ああでも、「貴女はただのクラスメートよ?」なんて言われたら......私には、ソーナとジャネットが居るし、欲を掻いたらダメよね』等と考えながら、保健室に辿り着くと、保険医が居ない事を確認して、そそくさと備え付けられたベッドに潜り込む。

「本当にどうすれば、眷属に成ってくれるのかしら?」

 スマホで一誠の生着替えを録画と観賞をしながら、リアスは深い溜め息を付いた。

 他の勢力と戦争になれば、すぐに滅んでしまう悪魔の苦渋の救済手段――悪魔の駒。

 他の種族を転生させて悪魔にする力を持ち、同族の悪魔に使用しても、様々な能力強化に使える力を持つ。絶滅の危機を乗り越える為に産み出された。冥界の悪魔種の希望。

 全勢力に現魔王サーゼクスが必死に頭を下げて、使用の許可をもぎ取った。問題は多いが、それでも、冥界の悪魔種の存続の可能性の象徴。

 低迷の一途を辿る経済と、活力を失い始めている悪魔を盛り上げる為の"レーティングゲーム"に必要な道具。

 その悪魔の駒には様々な法律が定められていた。

 "同族及び他の種族に悪魔の駒を使用する場合、本人の同意が原則として必須"

 "同族及び他種族の未成年者に使用する場合は、本人及びその家族の同意が原則として必須"

 "他の勢力に所属する者に使用する場合は、その勢力のトップの許可と本人及び家族の同意が原則として必須"

 "悪魔の駒を使用し、眷属とした場合は速やかに、現政権に報告し、不備が無い事を証明しなくてはいけない"

 "悪魔の駒を使用し、眷属とした者の詳しいプロフィール及びその者の扱いを、厳密に詳細に書面に記入し現政権に届け出る事。変更が有る場合は同様に書面に記入し、現政権に届け出る事"

 "死者に対する使用は原則として全面禁止"

 等の様々な法律が取り決められていて、その法律を破れば、全財産没収及び死刑もしくは無期懲役。

 そして、その法律が、リアスとソーナに眷属候補は居ても、眷属が居ない理由だった。

「イッセーの同意を貰って、お義父様とお義母様。そして、京子の許可。どう考えても無理よね......」

 深い溜め息を付きながら、『どうせなら、悪魔の駒じゃなくて、人間の駒なら、すぐにイッセーの眷属に成れたのに......あ、でも、そうなったら......イッセーてエッチだから......』と妄想の世界にリアスは旅立つ。

 一誠の生着替えが終わると同時に無意識に録画を止めたリアスは、ベッドに身を任せながら、だらしない顔で、「ウフフフ。ダメよ。イッセー。子供達が起きちゃうじゃない」と独り言を呟き続ける。

 授業の終わりを知らせるチャイムの音に、我に返ったリアスは一誠の着替えを録画・観賞して、つまらない授業を受ける為に教室に戻る。

 

 全ての授業が終わり、放課後になると、オカルト部の部室入り、眷属候補である姫島朱乃と塔城白音を相手に、なんとか雑談をしながら、悪魔の仕事を体験&駒王町の統治・運営の手伝いをしてもらい、朱乃と白音を転生悪魔に成る事をそれぞれの保護者に納得して貰う方法を話し合っていた。

 と云うもの、朱乃と白音はリアスの眷属に成るのを了承してくれている。しかし―― 朱乃は母親が賛成しているが、バラキエルが「娘は人間と堕天使の橋渡しと云う大切な使命がある。悪魔に成ってはその使命が果たせなくなる」と反対し。

 白音の場合は両親と姉の黒音は賛成しているが、その両親の雇い主で、黒歌の主である悪魔が「モンスターとの戦いの最前線――開拓地である我が領から戦力の引き抜きとか、正気ですか? そんな妄言吐いてる暇があるなら、兄であるサーゼクス様に開拓費と防衛の為の人材とハンターズ・ギルドに払う費用を寄越す様に言って下さいませんかね? ああ、黒歌と白音の両親ならすぐにでも差し上げますよ? あのガチキチマッドとそのマッドの信者で宜しければ」と反対されているのだ。

 もう一人の眷属候補の木馬悠斗に至っては、本人が乗り気で、所属している組織のトップの許可を得ていても、養父であるバルパー・ガリレイが「イヤイヤ――悠斗が日本に行って、悪魔の眷属に成るなんて――お父さんは認めませんよ!! 絶対に認めません!! 悠斗はお父さんの側に居て、一緒に聖剣の研究をするんです! 錬金術で作られた紛い物や、聖剣とは名ばかりの神々等が作った偽物。神造兵器ではない。人々の祈りと願いによって産み出された本物の聖剣を作り出す研究をするんです!!」と猛反対をして、駒王町どころか日本に居ない始末。

 そんな散々な現状の結果。リアスの眷属は一人も居なかった。

 新たな顧客開拓と悪魔の業務を終らせたリアスは、眷属候補の朱乃と白音を見送り。そのまま、ソーナが一人で待つ生徒会室に向かう。

 生徒会室で紅茶を淹れて待っていたソーナと、日本神話勢力と現政権に渡す報告書を作成し、株やFXで稼いだお金の殆どを費やして雇った計二十人の風魔・甲賀忍者達の報告書を読み、不穏な動きが無いのを確認して、駒王町の頭の可笑しい実力者達や協力組織の要望・要請――

 "思いっきり戦いたいから、他の実力者達と他流試合して良い? もしかしたら、地形変わるかも知れないけど。 飛天御剣流師範・松本誠" 

 "暫く、異界を旅するから、後、よろしく。1.2年したら帰ってくるから。 ヤイバ流剣術師範・宮田裕一" 

 "ギアナ高地に修行に行ってくる。帰還は未定だ。 流派東方不敗師範・狭山友近" 

 "昨今の物価上昇等の影響で雇用費大幅値上げしました。今の金額では五人が限界です。 風魔棟梁" 

 "風魔同様に家も大幅値上げしました。今の金額では五人が限界です。 甲賀棟梁"

 "そろそろ、結界張り直しの時期です。同様の性能の結界をお求めの場合は、前回と同額で結構です。 陰陽連駒王町支部所長"

 それらの書類を見た、ソーナとリアスは、クシャリと書類を握り潰した。

「は? 雇用費値上げ? バカじゃないの? 本当は最低五十人の雇いたいのを、二十人にしてるのよ? 値上げは最近したばかりでしょう? また値上げするの? 商売舐めてるの? ただでさえ、バカみたいな値段なのに更に上げるの?」

 苦心してお金を稼ぎ、駒王町の統治・運営費に充てているリアスは、あんまりな要求に、怒りで震える。

「現政権に費用要求は無駄ですよ。先のクレーリア騒動の折りに、クトゥルフの信仰組織が暴れたお陰で、現政権にお金は有りませんから」

 リアス同様に、株やFX等で稼いだお金を駒王町の統治・運営費に充てているソーナは、深々と溜め息を付き、頭の可笑しい実力者達の要望に頭痛を覚えた。

「それより、この頭の可笑しい実力者の皆さんの要望。と云うよりも通達の処理が問題です。これ、宮田さんと狭山さんは、もう駒王町どころか日本に居ないでしょうね......そして、松本さんは、これ幸いとお二人の後を追ってますね。確実に」

 駒王町のパワーバランスを担う三人が居なくなった現実に、リアスとソーナは深い溜め息を付いた。

「なにかあったら、柳川さんと葉隠とバラキエルさんを頼りましょう」

 そう纏め様としたリアスの言葉に、ソーナはゆっくりと首を横に振る。

「バラキエルさんは、今度。あの魔境・九州に単身赴任するそうです。朱乃さんが嬉しそうに言ってましたよ。聞いてないのですか?」

 朱乃から何も聞いていなかったリアスが、ビッシリと固まる。

「聞いていなかったんですね......その、頑張って下さい」

 ソーナの労りの言葉に、ショックから辛うじて復帰したリアスは「ええ。頑張って、仲良くなるわ......」と震える声で辛うじて返す。

 リアスとソーナは知らなかった。気付かなかった。朱乃は既にリアスを友人だと思っていて、姫島 朱乃(ドエス)の最近のお気に入りは、リアスのオロオロしている反応や涙目になっている顔だという事を。そして、次の標的としてソーナが狙われている事を。超箱入り娘2人は気付いていなかった。

「それで、結界の費用はどうします? 一応。私も積み立てていますが、正直前回の費用には全く届いていません」

 申し訳なさそうにそう言ったソーナに、リアスは「私もよ。まさか、忍者の人件費がここまで高沸騰するなんて思わなかったのよ……」と力無く答えた。

「取り合えず、結界のランクを落としましょう。最悪、不正規の侵入者が分かるだけでも良い訳だし」

 力無く発言したリアスに、ソーナは同意する。

 その後も、色々と話し合い。駒王町の運営方針を決めた二人は、「結局。世の中はお金なのね……」と深い深い溜息を吐いた。

 

 統治者としての仕事を終えたリアスは、初めてソーナと途中まで一緒に帰り。二人仲良く『ああ、私、今。友達と一緒に雑談しながら、帰ってる!?』と歓喜に打ち震え。

 別れ際に、自宅に誘おうが考えた二人は『お泊り会……さすがに、まだ、ハードルが高すぎよね』と、名残惜しそうにそれぞれの家に帰って行った。

 

 家に帰り着いたリアスは、すぐにシャワーを浴びて、疲れと汚れを洗い流し普段着に着替えると、"無臭で通気性の良い紙袋"と"真空パック"を求めて方々を彷徨い。何件もの店を訪れて漸く手に入れた紙袋と真空パックを、宝物の様に胸に抱いて帰宅する。

 

「好きな人の下着の匂いは、脳を蕩けさせる――そう書いて有ったけど」

 買って来た紙袋に内緒で借りた一誠のトランクスを入れたリアスは、恐る恐る、その紙袋に口と鼻を付けると、ハウツー本に書かれている内容を思い出しながら、ゆっくりと静かに深呼吸をする。

「あっは」

 フッと気が付くと、一誠の帰宅時間に成っている事に気が付いたリアスは、いそいそと一誠のトランクスを真空パックにしまい、自分のタンス――下着を仕舞っている引き出しに丁寧に収めると「最高なのは脱ぎ立て、だったわね」と呟いた。

 自室のパソコンを立ち上げ、玄関のカメラに一誠が映り。リアスは何時もの様に「お帰りなさい。イッセー」と口にした。

 その後は、脱衣所で制服を脱いでいる一誠を録画・堪能して、浴室で体を洗っている一誠を録画・チラ見して、脱衣所で、いつものTシャツと短パン姿に着替える一誠を録画・ガン見する。

 晩御飯を終えて、自室に戻った一誠が、パソコンを立ち上げエッチィゲームを始めると、カメラの視点を念入りに調整して、その光景を録画しながらチラ見する。

 そして、一誠がベットに横になると、リアスは毎日言っている言葉を口にする。

「おやすみなさい。イッセー」




その後、リアスからプレゼントを貰ったソーナちゃんは――立派なクンカーとなりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔を断つ剣

 神代の時代に、クトゥルフ系転生者達の儀式により招来した邪神達を見た――生産チート系転生者のした事。

 異世界(転生前の世界)から、とにかく沢山の魂を採取する。
 採取した魂を、切り刻み、解体して、転生チートで得た正確なクトゥルフ系魔術や知識を刻み込む。
 加工した複数の魂を、混ぜ合わせ、1つの魂にする。
 1つにした魂に、前世のお伽噺である。デモンベインの噺を刻み込む。
 加工の終了した魂を、新しい器。製作した魔道書に定着させる。


「作らなきゃ。備えなきゃ。デモンベインを。魔を断つ剣を。ああ。ダメだ。デモンベインだけじゃ足りない。リベル・レギスとかも作らなきゃ。沢山の沢山の沢山の沢山の魔道書を作らなきゃ。備えなきゃ」

 その後、どうやっても、どう頑張っても、オリジナルに届かない事を知り、全ての魔道書に"偽書"と刻み込み。絶望の中で自殺しました。

そんな、やらかしの後の続きのお話。


 夕暮れ時。駒王町の隣街で、一人の男が、息絶え絶えになりがらも、全力疾走している。

 その男は、ただ、心友である一誠が最近嵌まっているエッチィ本の作者。†魔†龍†聖†のデビュー本が、隣街の古本屋に有ると聞きつけ、一誠にプレゼントする為に買いに来た。ただそれだけ、のはずだった。

 ただそれだけのはずが、運悪く、化け物と頭の可笑しいキ○ガイ集団の追い駆けっこに巻き込まれてしまった。

 そして、少女の姿をした化け物に、逃がされ、生き残れた。

 

 だから、後は、何食わぬ顔で日常に戻るだけなのだ。

 数年後。数十年後に、「ああ、そう言えば」と思い返して、「あれ、結局なんだったんだ? 何かの撮影だったのかな?」と振り返る。その程度の出来事になる。

 それが、"正しい"のだ。あの化け物(少女)が言って様に、"関わらない事が、絶対に正しい" それなのに、男は、心友へのプレゼントを投げ捨て、必死に走り回っていた。

 少女(化け物)を探して。

 

「ああ、クソ。俺に何ができるってんだよ!」

 ゼェゼェと荒い息を吐きながら、今にも止まりそうな足を必死に動かし、男は悪態を付き続ける。

「イッセーみたいに体鍛えて、武術習ってる訳じゃないんだぞ!?」

 本当に同じ高校生かと疑ってしまう体格で、武術の心得も有る心友を思い返して、男は『イッセーなら、きっと、あの化け物を見捨てたりはしない』と考えながら、吐き気を堪えて、走り続ける。

 真性のロリコンで有りながら、どんな難解な推理モノでもすぐに「あ、犯人とトリック解った」と言い放ち、実際起きた難解な事件もすぐに解き明かす。どこの名探偵だよ。と言いたくなる、もう一人の心友・元浜なら、銃火器や刃物を持った集団でも、持ち前の機転と推理力と洞察力で、化け物を連れて逃げ切れたかもしれない。と考えながら、ゲホゴホと噎せながら走り続ける。

「俺は、本当に、ただの、高校生、だっての」

 一誠の様な強さも、元浜の様な頭脳も、何も持たない高校生。写真が趣味なだけの一般人。そんな自分が、あんな危険集団を相手に何をできる? 警察に通報するのが関の山。それ以上の事なんてできるはずがない。それを十分に理解しているのに、男は、ただガムシャラに走り回っていた。

 そもそも、探しているのは、正真正銘の化け物なのだ。見た目は少女でも、体が本のページで構成されている人外。もしかしたら、あの化け物は悪者で、キチ○イ集団は、その悪い化け物を倒す正義の集団。なのかもしれない。そんな考えが脳裏を横切り、『もう。良いだろ? 俺は、十分に頑張った。後は、化け物とキ印同士で好きにさせれば良い。イッセーへのプレゼントを拾って、日常に帰れば良い。あの化け物だってそう言ってたじゃないか』と自分に言い聞かせるが、本人の意志を無視して足は止まろうとしない。

「あああああ! クソッ! クソッ! 殺される! 絶対に殺される!」

 明確な死の恐怖に、涙を流しながら、男は荒い息を吐き、ガムシャラに必死に走る。

「バカだ! 絶対に俺は、バカだ!」

 

 化け物(少女)が、自分に正体を明かした時に、口から出た「化け物」の言葉に、くしゃりと顔を僅かに歪めた。

 化け物(少女)が、自分を守る為に、キ○ガイ集団に銃で撃たれ、酷い怪我をした。

 化け物(少女)が、腰が抜けた自分を立たせる為に掴んできた手が、柔らかかった。温かかった。

 化け物(少女)が、「アヤツ等の目的は我だ。そなたは逃げよ。逃げて、日常を生きよ」そう言った時、例え、気のせいだとしても、今にも泣き出しそうな顔に見えた。

 

「ああああ、ごめんなさい! お父さん。お母さん。先立つ不幸を許して!」

 迷惑と苦労ばかり掛けてきた両親に謝りながら、男は走る。

「こんな、バカな理由で死ぬ。バカ息子を許してくださいっ!」

 必死に走り回り、隣街でそこそこ有名な心霊スポットである廃工場に辿り着いた男は、一度、足を止めて、辺りを見回し、目当ての人物が居ない事を確認すると、再び重い足を動かし、走り出す。

 そして、幸か不幸か、男は目的の人物を見つけてしまう。

 無事なところなんて無くて、傷だらけで、今にも息が絶えそうな、前開きの白いワンピースを身に着けた化け物(少女)に、銃口を突き付けている覆面集団を、目撃した瞬間、男は全力で駆けた。

 突然の乱入者に呆気に取られた覆面集団を他所に、目当ての人物をかっさらい、廃工場の中に入り込んだ男は、腕の中の小さな化け物(少女)の姿を確認すると、安堵の息を吐く。

「そなた。何故、此処に居る? 逃げよ。と言ったはずだ」

 全身に弾痕を刻まれた化け物(少女)の言葉に、カチンと来た男は、「知るか」と短く返した。

「何で、此処に居るか? 気が付いたら居たんだよ! しょうがないだろ!? 気が付いたら、ひたすら走って、死ぬかもしれないのに、こんな事して! 俺に聞くんじゃねーよ!?」

 その言葉が終わると同時に銃撃音が鳴り響き、撃ち込まれた弾が、跳弾し、辺りを蹂躙する。

「ひぃ。やぱり、死ぬのかよ!? クソッ」

 腕の中の少女を抱き締め、「警察はまだかよ!? 通報しただろ!?」と喚く男を、少女は鼻で笑う。

「警察? そんなモノを当てにしての蛮行か。無駄よ。警察は奴等の手中に半ば堕ちておる。」

  外から「出てこい」 「今なら、お前だけは見逃してやる」 「蜂の巣になりたいのか?」と怒声が響き、それを聞いた男は、本当に警察が来ないのかと悟り、涙をポタポタと溢す。

「死にたくねぇ......どうすりゃ、良いんだよ......」

 小刻みに震えながらそう呟く男に、少女は深々と溜め息を吐いた。

「汝。死にたくないなら、何故、この様な事をしたのだ? 見ての通り、我は化け物だぞ? この程度で滅したりはせぬ」

 弾痕だらけで、血は一滴も流れていない。それどころか、普通の人間ならば、既に息絶えている。

 苦痛に顔を歪めながらも、そんな姿で生きていられる少女は、間違いなく。化け物だった。

「しょうがないだろ! 柔らかかったんだよ! 暖かかったんだよ! お前が! 化け物なら、化け物らしくしろよ!! 泣きそうな顔をすんなよ!! 辛そうな顔をするなよ!! そんな、痛そうな、苦しそうな顔をすんなよ!! ほっとける訳ないだろ!?」

 男が一息で言い切ると同時に、再び銃撃が始まり、「ひぃ」と短い悲鳴を上げながら、男は傷だらけの少女を強く抱き締める。まるで、これ以上、怪我をさせてたまるか。と云わんばかりに。

「まったく......この世界は、汝の様なバカが多すぎる」

 今までの契約者(真性のバカ)達を思い出した少女は、クスリと小さく笑った。

「バカで悪かったな! 自覚してんだよ!? 今まさに!」

 泣き出しそうな顔で、クスリと笑った少女に、男は言葉を続ける。

「なぁ、何か無いのかよ? この状況をなんとかできる魔法とか、ドラえもんの秘密道具的なナニかとか?」

 恐る恐るそう言ってきた男を、マジマジと見た少女は、「素質。素養。共に歴代最低か......まぁ。居ないよりはマシか」と呟く。

「素養? 素質? なに言ってんだよ? それより、この状況をなんとかしろよ!?」

 助けに来ておいて、結局、少女頼りな自分を情けなく思いながら、男は必死に逃げる機会を伺う。

「有るぞ。この窮地を出し、アヤツ等を撃滅する方法が」

 涙と鼻水でグシャグシャの顔で、少女をマジマジと見ながら、「本当か? 本当に、なんとかできるか?」と男がそう聞き返すと、少女はしっかりと頷く。

「よし。それをやるぞ。すぐに逃げるんだ」

 その頷きに一縷の望みを見出だした男に、少女は大きめのハンカチを取り出すと、男の涙と鼻水でグシャグシャに成った顔を、乱暴に拭う。

「汝。名はなんと言う?」

 顔を乱暴に拭われた男が、「自己紹介とか後で良いだろ! そんな事してる場合かよ!?」と叫ぶが、少女は冷淡に「死にたくないのだろう? ほれ、聞こえんか? 痺れを切らしたあの狂信者共が、建物の中に入って来たぞ?」そう言ってニヤリと笑う。

 ジャリジャリと、足音が聞こえてくる事に気が付いた男は、死の恐怖に震えながら、それでも、しっかりと口にした。

「あ~! クソッ。俺は、松田だ。松田友治だ!」

 ヤケクソ気味にそう吐き捨てた松田は、言葉を続ける。

「言っとくけどなぁ! 俺は、イッセーみたいに強くもなければ、元浜みたいな頭脳も無いんだよ! カメラだけが取り柄の、普通の帰宅部の学生なんだよ!! だから、早く。助けろ! くださいっ!」

 必死に言い募る松田に、少女は顔を近づける。

「我が名はアル・アジフ偽書! かのネクロノミコンの写本にして、最高位の魔道書なり!」

 人外じみた整った顔立ち。薄い紫色の長い髪。深い紅玉の瞳。小さな唇。

 文字通りに造られた造形美に、松田は息を飲み、辛うじて「魔道書?」とだけ口にできた。

「誇るが良い。汝、松田友治よ。ソナタは、今日。此れより。我の所有者だ!」

 男と少女(化け物)の唇が触れる。

「なっ?? 俺の初めてがっあっ!」

 松田が慌て、アルアジフ偽書から離れ、自分の唇を押さえると同時に、ゴッウ。と風か起き、眩い光が辺りに一瞬だけ満ちる。

「なんだよ!? なにが起きたんだ?」

 光に目が眩み、思わず目を瞑った松田は、光が治まった後、目を開けて周りを見渡すが、何も変わりがない事に気が付き、腕の中のツルペタ少女のアルアジフ偽書に視線を落とし、思わず「はぁ!?」と叫んだ。

「あっんの、ツルペタ無乳虚乳ロリ娘!! 自分だけ、逃げやがったぁぁぁぁ!!」

 腕の中に居たはずのアルアジフ偽書が居ない事に気が付き、叫んだ松田の右頬をナニかが蹴飛ばし、「ぶべらっ」と意味不明な言葉を吐き出しながら、松田が吹き飛ぶ。

「良い度胸よなぁ!? マスターよ? 原典と比べれば巨乳と言っても過言でもない。唯一。原典に勝っている......我の自慢の胸を......よりにもよって、ツルペタ。無乳。虚乳。あまつのさえ、偽乳の抉れ胸だと!!」

 蹴飛ばされた頬を押さえた松田が「そこまでいってねーだろ!?」と言いながら、アルアジフ偽書の方を振り向くと、其処には、怒れる小魔神が降臨していた。

「は? なんで......縮んでるんだ?」

 宙にプカプカと浮いている――デフォルメされた掌サイズのアルアジフ偽書に、驚きで目を見開いている松田に、アルアジフ偽書は、盛大な溜め息を付いた。

「驚くところは他にも有るであろう? 自らの姿を見るが良い」

 そう言われて、自分を見下ろした松田は、カッターシャツに長ズボンが、ピチッとした黒いボディースーツに変わっている事に初めて気が付く。

「は? ナニこれ?」

 驚きのあまり唖然としている松田に、アルアジフ偽書は満足そうに頷いた。

「その姿をマギウス形態と云う。汝の身体能力を強化する優れモノだ。無論。防御力も優れている」

 まるで特撮の変身ヒーローの様な姿に、松田が「おー」と感嘆の声を上げる。

「つまり、この格好で逃げれば、逃げきれるんだな?」

 生き残れる希望に満ちた松田の言葉に、アルアジフ偽書は再び溜め息を付いた。

「ナニを言っておる。ここで、きゃつらを迎え撃つのだ」

 信じられないアルアジフ偽書の言葉に、松田は無言になり、辺りを静寂が包んだ。

「言っておくが、きゃつらは執念深い。ここで逃げても、我と契約した以上、汝を地獄の底まで追い回すであろうよ。ともすれば、汝の友や家族にも被害が及ぶやもしれん」

 知らず知らずに、最悪の選択をしていた事に気が付た松田は「マジかよ......」と絶望に満ちた声を溢す。

「更に言えば、契約とは魂の結び付きだ。契約を破棄する事はできん。破棄すれば汝は死ぬぞ?」

 少しずつ近付く武装集団の足音。アルアジフ偽書の言葉に、普通の高校生の松田が吠える。

「戦える訳ないだろ! 格闘技も武術も知らないんだぞ!? 相手は刃物とか銃を持ってる! 無理に決まってる! なんで、こんな事に巻き込まれなきゃいけないんだよ!?」

 どこにでも居る、高校生の叫びを、非日常の存在。人外の化け物。アルアジフ偽書が、残酷に切り捨てる。

「我は汝を日常に帰した。きゃつらも、一度は見逃した。なれど、汝は、自らの意思で此方に来た。叫ぼうが、嘆こうが、最早、汝は日常に戻れぬ」

 その言葉に、普通の高校生。松田は、グッと言葉を飲み込む。

「汝は、日常に戻れぬ。帰れぬのだ。しかし、ここで戦えば、汝の居た日常は護れる」

 何処までもまっすぐに自分を見据える、アルアジフ偽書に、時と場所を忘れて、松田は見惚れた。

「選べ。松田友治。此処で我と共に戦い。非日常の世界を逝くか。此処で逃げ。極僅かな日常を謳歌し、大切な者を巻き込み、非業の最後を遂げるか」

 アルアジフ偽書の言葉に、松田は、泣き出しそうな、諦めた様な、苦し気な表情を浮かべる。

「なんだよ。それ。1つしかないじゃないかよ......」

 何度も見てきた表情に、アルアジフ偽書は、クシャリと顔を歪める。

「そんな顔をするなよ。結局。俺が悪いんだろ? お前のせーじゃ、ねーよ」

 コンバットナイフや銃を構えた集団が、隠れていた部屋に、油断なく入って来たのを、松田は恐怖に怯えながらも、覚悟を宿した眼で睨み付ける。

「やってやんよ。けどな。自慢じゃ無いが、俺は、喧嘩なんてしたことの無い――クッソッ雑魚ナメクジだからな!? 後で、"やっぱり、逃げれば良かった"なんて言うなよ!!」

 覚悟を決めた松田友治(マスター)に、アルアジフ偽書は、ハッ。と笑う。

「もう忘れたか? ユージよ。汝は――この世界における。最高位にして、最強の魔道書。アルアジフ偽書の契約者(マスター)ぞ! この程度の有象無象如きに遅れを取るものかよ!」

 宙に浮き、どや顔をしている小さなアルアジフ偽書に、『いや、お前、おもッいっきり、負けてただろ? 殺されそうになってたよな?』と思いながらも、松田は死なば諸とも精神で拳を握る。

「こ、こいや! おらぁ!?」

 恐怖に震える声で、叫んだ松田に、武装集団――クトゥルフの狂信者集団が銃を向け、一切の言葉も躊躇もなく、引き金を引き、銃を乱射する。

「ひぃぃ!? 死んだ。やっぱり、死んだぁぁ!?」

 顔を両手で庇い、両目をきつく閉じた松田は、『調子に乗ったバカ息子を、許してお父さん。お母さん』と心の中で両親に先立つ不幸を謝りながら、何時まで経っても、衝撃も痛みも無い事を不審に思い、恐る恐る目を開ける。

「ふん。この程度の豆鉄砲で、我が防御障壁を破れると思うてか」

 どや~ と自慢気な顔をしているアルアジフ偽書の言葉と、目の前で、見えない壁の様なモノに受け止められた銃弾が、ポトポトと床に落ちる光景に、松田は唖然とする。

「マスターと云う、外付け魔力タンクを得た我を――舐めるなよ。下朗共」

 二頭身と成っているアルアジフ偽書は、銃を無力化されて戸惑って居る狂信者集団を、ビシッと指差す。悪魔のごとき表情で。

「逝け。外付け魔力タンク――いや、我がマスターよ! きゃつらに力の差――格の違いを思い知らせるのだ!!」

 こいつ。見捨てて良かったんじゃね? と思いながら、松田は拳を握ったまま、近くの狂信者に駆け出し、思いっきりぶん殴ろうと拳を振り上げ――そのまま殴ろうとした狂信者を撥ね飛ばした。

「は?」

 殴ろうとして、有り得ないスピードで近付いて、勢い余ってぶつかって、その狂信者がクルクルと宙を舞い、どっさりと倒れ付し、ピクリとも動かない現実に、松田と狂信者集団が固まる。

「何をしておる! 早く、そやつ等を叩きのめすのだ! 逃がせば、汝の護ろうとしている者達に牙を抜くやもしれんのだぞ!!」

 容赦の欠片も無い言葉の発信源であるアルアジフ偽書に、その場に居た全員の視線が突き刺さる。

「いや、その、こいつ。死んでないか? 大丈夫? 生きてる?」

 恐る恐るそう聞く松田に、アルアジフ偽書は首を傾げる。

「ん? 辛うじて生きてはいるが......それがどうした? こいつ等は汝を殺そうとしたのだぞ? 此処で逃せば、汝の家族等が狙われる。なれば、此処で禍根を断つしかあるまい」

 それがどうした? と云わんばかりの態度をしているアルアジフ偽書に、狂信者集団は一歩後退り。松田はドン引きする。

「おま、殺人は犯罪なんだぞ!? 分かってんのかよ!?」

 一般人の松田の感覚に、アルアジフ偽書は眉をしかめる。

「こいつ等は、平然と人を殺す。身を持って知っているであろう? 人の法の裁きでは、こやつ等は裁けん。財界や政界にまで信者が居るのだ。こやつ等、狂信者共は、様々な場所に手を伸ばしておる。甘い考えは捨てよ。でなければ......次に餌食に成るのは、汝の大切な者達だ」

 突き付けられた現実を飲み込めて居ない松田は、それでも。と言葉を返す。

「ようは、こいつ等を捕まえれば、良いんだろ? やってやるよ!」

 捕まえた後の事は考えずに――

 

 時代劇で見た"首トン"で気絶させようとして、狂信者を撥ね飛ばし。

 腹パンで気絶させようとして、狂信者を撥ね飛ばし。

 絞め落とそうと近づいて、狂信者を撥ね飛ばす。

 最終的には、もう。全員。撥ね飛ばした方が......早くね? と、諦めの心境至った松田は、とにかく、狂信者達を撥ね飛ばし続けた。

 

 全員を撥ね飛ばし、中腰になり、両膝に両手を付きならがら、ゼェゼェと荒い息を吐きながら、松田は息を調えて、ふよふよと近付いてくるアルアジフ偽書を見据える。

「どーだ! 誰も殺して無いぞ! ......殺して無いよな? 生きてるよな? こいつ等......」

 弱気な発言をしている松田に、アルアジフ偽書は嘆息する。

「うむ。生きておる。して、こやつ等はどうするのだ?」

 何も考えていなかった松田は、「へ?」と間の抜けた声を出してしまう。

「"へ?"ではない。こやつ等をどうするかを、聞いておるのだ。警察などと言ってくれるなよ? 狂信者共は、様々な処に手を伸ばしておる。すぐに解き放たれるであろうさ」

 その言葉で、ゴニョゴニョと言い淀む松田に、アルアジフ偽書の冷たい視線が突き刺さる。

「やはり、考えなしの行動か」

 押し黙った松田を見据え、アルアジフ偽書は言葉を続ける。

「まぁ。加減ができない状況下で、下手に手を出さなかった判断は評価できる。今の汝が殴れば、顔面陥没や内臓破裂。"殺さず"など不可能だからな」

 知らず知らずに、正解を選んでいた事に気付いた松田は、その言葉に安堵の息を吐いた。

「さて。では、こやつ等は捕縛し、然るべき処に引き渡すとしよう」

 アルアジフ偽書が、「アトラック=ナチャ」そう呟くと同時に、ピクリともしない狂信者達を、何処からか出現した蜘蛛の糸の様なものが簀巻きにしていく。

「おい。なんだよそれ、そんな便利なモノが有るなら、最初で使ってくれませんかねぇ?」

 青筋を建てている松田に、「汝の初戦だ。下手に手を出すより、好きに戦わせ、経験を積ませただけだ」そう言い放ったアルアジフ偽書が元のサイズに戻ると、松田の格好もカッターシャツに長ズボンに戻る。

 元のサイズに戻り、弾痕等か消え、傷1つ無いアルアジフ偽書の姿に、松田は改めて、目の前の少女が人外である事を強く認識した。

「ほれ、けーたいでんわを貸せ。連絡を入れねばならん」

 スッと差し出された手に、松田は怪訝そうな表情を浮かべる。

「いや、こう。魔法とか秘密道具的なモノはないのかよ?」

 そう言いながら、ズボンの後ろポケットをあさくる松田に、アルアジフ偽書は心底バカを見るような目を向けた。

「汝は何を言っておるのだ......利便性において、科学より優れたモノなど無い」

 非科学的存在による科学の肯定に、松田は「いや、科学より魔法とかの方が凄くないか?」と返してしまう。

「汝は、小さな火を必要とした時、ライター等を使うのではないか?」

 突然の質問に戸惑いながらも頷いた松田に、アルアジフ偽書は「で、あろうな」と頷き返す。

「魔法等で火を起こす時は、まず。魔力の制御を学び、火を起こす理論や術式を学び理解する。その後、魔力を行使し、術式を編み、漸く火が起こせる。簡易式符等でもそう変わらん。魔力の制御や行使のやり方を学び身に付けなければ、使えぬ」

 教え子に諭す様に、アルアジフ偽書は言葉を続ける。

「科学の様に、ボタン1つ。使い方さえ知っていれば使える。そんな便利なモノではないのだ。魔法や魔術等の力は」

 夢も希望も無い、アルアジフ偽書の言葉に、松田は唖然とする。

「分かったら、けーたいでんわを寄越せ。駒王町で研修をしている者を呼ばねばならん」

 クイクイと催促する手に、松田がスマホを渡すと、アルアジフ偽書が露骨に顔を顰める。

「誰が、板を渡せと言った。けーたいでんわ。だ。あの、カパカパする。知らぬのか?」

 呆れきった顔で「ほら、あの、カパカパするヤツだ」と語るアルアジフ偽書に、「カパカパて、もしかして、ガラケーの事か?」そう聞いた松田を、アルアジフ偽書は呆れた目で見ながら、「なんだそれは、けーたいでんわ。は、けーたいでんわ。だ」と返す。

「あー 渡したヤツな。スマートフォンと言って、電話できるんだよ」

「ナニを言っている。こんな板で、つーわ、できるわけがなかろう」

「できるんだよ。ここの電源入れて、それから――」

 松田のスマホの説明に「おー」 「なんと!」 「写真? 写真が撮れるのか? こんなに小さいのに!?」と驚きの声を上げながら、アルアジフ偽書は感心した様に頷く。

「ほら、これで、画面の数字を押して、緑色の電話マークを押せば、通話できるから」

「うむ。使い方は理解した。なれば、この最強の魔道書。アルアジフ偽書に不可能は無い事を――とくと見るが良い!」

 自信満々に言い放ち、真剣な表情で、恐る恐る表示されている数字を押し、通話を押したアルアジフ偽書が、「フフン」とどや顔をして、その様を松田は生暖かく見守る。

 やや暫くして、相手が出ると同時に――

「遅い。研修者よ。何をしていた。この番号は緊急時用のはずだ。なに? 夜中の11時過ぎ? だからどうした。緊急時に時間帯など関係あるまい」

「我が誰かだと? 我は、最強にして最高位の魔道書。アルアジフ偽書だ」

「クトゥルフの狂信者共を捕縛した。引き取りに来い。場所? 駒王町の隣街の――」

「管轄外だと? ほう。つまり、捕縛したきゃつらを駒王町に解き放てば良い。と、言いたいのか?」

「そうだ。早く引き取りに来い。ん? そうだ。転移でよい。この場には、狂信者共とマスターと我しかおらん」

「ふむ。そこは仕方あるまいよ。マスターは年頃の男ゆえな、過度な格好は控えた方が良かろうよ」

 会話を終えたアルアジフ偽書は、恐る恐る通話を切ると、松田にスマホを差し出す。

「もう良いのか? 他に連絡とかは?」

 そう言いながら、スマホを受け取った松田に、アルアジフ偽書が首を横に振りながら、「いや、末端構成員など、これで十分であろう」とだけ返した。

 

 それから、十分後。何も無い空間に淡い光が差し、松田が知る駒王学園三大お姉さまの一人――リアス・グレモリーが姿を現した。

「初めまして、"魔を断つ剣"アルアジフ偽書。今代の駒王町管理者が一人。リアス・グレモリーと申します」

 口上を述べ、深々と頭を下げようとしたリアスが、見知った顔――松田を見て、ピッシリと固まる。

「松田、君? えっ? 何で?」

 居るはずの無い人物の存在に驚くリアスと、何も無い空間から現れたリアスに驚く松田。

「ふむ。そなた等、知り合いか?」

 その言葉に、リアスが「ええ。学園の後輩よ」と返し、松田が「ああ。学校の先輩なんだ......けど、今。何も無い処から、急に現れたよな?」呆然とした表情でそう返した。

「アルアジフ偽書。駒王町の管理者の1人として聞きます。何故、彼が此処に? それに、貴女の当代所持者が居ない様なのだけど......」

 認めがたい現実から目を反らしているリアスに、松田が「あの、リアス先輩。これには......」そう声を掛けるが、「今は黙ってて。聞きたい事が有るのは分かるわ。後で質問に答えるから、今は静かにしてなさい」と、リアスにピシャリと遮られてしまう。

「もう一度、問います。何故、一般人の彼が此処に居るのかしら?」

強い決意を秘めた視線で、アルアジフ偽書を睨み付けたリアスが、言葉を続ける。

「彼は、日の当たる世界で生きるべき人間よ。巻き込まれた彼を助けてくれたのなら、相応の感謝と誠意を。意図的に巻き込んだのなら、相応の謝罪と償いを」

 駒王町管理者としての言葉に、アルアジフ偽書が、ふむ。と頷く。

「まずは、そこの説明からか」

 そして、語られるアルアジフの言葉に、リアスの眉間に皺が寄り始める。

 

 クトゥルフの狂信者達に遭遇し、追われていたアルアジフ偽書と出くわし、一緒に追い駆け回され。

 狂信者達の隙を付き、安全な場所で逃がし、その狂信者達からも一度は見逃され。

 "放っておけない"と云う理由で、松田がアルアジフ偽書を探しだし、今度は、自分から首を突っ込んできた事。

 考えも策も無しに現れ、アルアジフ偽書だけ逃げる訳にも行かず、やもえず、契約を結び、窮地を脱した事。

 明確に殺しに来ている狂信者達を殺したくないと宣い、轢き逃げアタックで昏倒させた事。

 

 それらを黙ってて聞いていたリアスは、松田を信じられないモノを見る様な目で見て、一言だけ口にした。「バカなの?」と。

「ひでぇ! 頑張ったんですよ! 俺!」

 そう主張する松田に、リアスは凄みの有る笑みを浮かべる。

「黙りなさい。おバカ。後で説教よ」

 松田の主張を叩き斬ったリアスは、簀巻きにされている狂信者達に近づくと、転移魔法陣を発動させ、無造作に魔法陣に投げ込んでいく。

「あの、リアス先輩? もうちょと丁寧に......」

 そう言い掛けた松田は、リアスに睨まれ押し黙った。

「松田君。貴方は知らないでしょうけど、"クトゥルフの狂信者は殺せ"が、此方の暗黙のルールであり、絶対の不文律なの」

 その言葉に、「は?」と声を上げた松田が、慌ててリアスに駆け寄り、その肩を掴む。

「待って下さいよ。先輩。じゃあ。こいつらを殺すんですか!?」

 肩を掴む松田の手を、リアスは軽く身を捩って外すと、狂信者達を魔法陣に放り込む作業を再開する。

「数年前に、駒王町の一部のインフラが壊滅した事が有るでしょう? 確か......三人亡くなられたのよね?」

「地盤沈下が原因のヤツですよね? それが、今と何の関係があるんですか! ちゃんと質問に答えて下さいよ!」

 最後の一人を魔法陣に放り込んだリアスは、松田の方を向く。

「あれを引き起こしたのは、クトゥルフ神話の信仰組織。つまり、彼らの仲間よ」

 有り得ない言葉に、暫く唖然とした松田は、振り絞る様に、「は?」と溢す。

「いやいや、待って下さいよ。そんな事、有り得ないでしょう? それに、クトゥルフて、空想の神話ですよね? ラヴクラフトの書いた。そんなの信仰するヤツが居るわけないじゃないですか」

 リアスと松田のやり取りを、黙って聞いていたアルアジフ偽書が、口を開く。

「否。研修者の言葉に嘘は無い。クトゥルフ神話は空想の産物ではない。神代の時代から、この世界を狙う侵略者共。そして、きゃつらはその協力者であり信徒」

 妄想。そう切って捨てる事が松田には、できなかった。日常の裏側。非日常の存在と出来事を認識し体験してしまったから。

「ラヴクラフトの書いたクトゥルフ神話は、実話がモチーフなのよ。真実を公表しても、誰も信じない。なら、せめて、非日常に巻き込まれた人の為に、書き記した。それが、クトゥルフ神話の話なの」

 何も無い空間から現れた、学園の先輩の言葉。非日常の存在の言葉に、ヘタリと、松田がその場に座り込む。

「なんだよそれ、じゃ、俺は、これから、どうなるんだ?」

 力無く呻いた松田に、リアスは現実を突き付ける。

「諦めなさい。松田君。貴方は、日常に戻れるチャンスを、自分で放棄した。なら、貴方は、もう、此方の住人よ。アルアジフ偽書の所持者として、クトゥルフ神話勢力を相手に、死ぬまで戦い続ける事になるわ」

 憐れみ悲しむ様にそう告げたリアスに松田が、大声を上げた。

「ふざけんな! 俺は、カメラしか取り柄の無い学生なんですよ!? そんなヤベー事に巻き込まれないといけないんだ!」

 喚く松田に嘆息したリアスは、アルアジフ偽書をチラリと見ると、視線を松田に戻す。

「なら、なんで、彼女を見捨てなかったの? そうすれば、貴方は日常に戻れたのに。彼女が人外である事は理解していたのに」

 その言葉に、松田は息を飲む。

 リアスの言う通り、見捨てるべきだったのだ。松田自身が、自分に言い聞かせた様に。

「非日常に巻き込まれて、一度とは云え、日常に戻るチャンスを得た。貴方は幸運だったのよ...... 普通は、そんなチャンスなんて無いもの」

 優しく言い聞かせるリアスに、松田は漸く、自分のした事が取り返しの着かない事だと理解する。

「なんだよそれ、結局。本当に、俺がバカだった。て、事かよ」

 自分の愚かさを嘆く松田に、リアスが何も言えずにいると、アルアジフ偽書が口を開いた。

「一つ聞くが、ユージの住まいはどこだ?」

 脈絡の無い質問に、リアスは「ん?」と小さく首を傾げ、松田は「駒王町だけど......」と素直に答えてしまう。

「そうか。なれば、簡単だ」

 アルアジフ偽書の言葉に、何かを悟ったリアスが声を上げるより先に、アルアジフ偽書は、言葉を紡ぐ。

「無理に戦う必要はない。ユージよ。汝の素質・素養は歴代最低だ。なれば、駒王町で生涯を終えよ。さすれば、そこの研修者や駒王町の実力者が、汝や家族を守るであろうさ」

 何も含まない、純粋に松田を労る言葉。

 その言葉に、松田が反応するより先に、リアスが反応した。

「待ちなさい。アルアジフ偽書。貴女は自分が何を言っているか理解しているの? 貴女1人で――」

「ダメだ! それだけは絶対にダメだ!!」

 アルアジフ偽書の言葉が、耳に入った瞬間。松田友治は確かに見た――

 

 アルアジフ偽書が、最強のアルアジフ偽書に、"バルザイの堰月刀"でその胸を貫かれ、絶命し、バラバラとページに変わって逝く姿。

 

 蒼い瞳。濡れ烏羽の長い髪の少女。最強のナコト写本偽書によって、邪神招来の生け贄にされた。アルアジフ偽書を。

 

 最強のアルアジフ偽書と最強のナコト写本偽書に、成す統べなく、惨殺される――アルアジフ偽書の姿。

 

 今の松田が見た事の無い――鬼械神(デウス・マキナ)。"アイオーン"と"リベル・レギス" そして、大破し、鉄塊と成り果てた、"デモンベイン"

 

 全ての鬼械神(デウス・マキナ)と、最悪・最強――最もオリジナルに近い存在。"ネームレス・ワン"によって、完全に破壊され、消滅するデモンベイン。

 

 幾百・幾千・幾万の――最悪の結末。

 

 此処ではない何処かの、護りたくて、助けたくて、救いたくて――何よりも一緒に居たかった少女を守れなかった――主人公(ヒーロー)に成れなかった、"終わってしまった世界"の誰か達の記憶と想い。

 松田友治(いっぱんじん)は、確かに、受った。

 

「汝は何を言っている? 戦いたくないのだろう? なれば、少しでも安全な所で平穏に生きよ」

 相手が死ぬまで契約を解除できず、自分が死ぬまで、一人で戦い抜こうとしているアルアジフ偽書(寂しがりやの少女)に、松田はもう一度、はっきりと告げた。「ダメだ。一人で戦うなんて認めない」と。

「そうね、松田君の言う通りよ。如何に、神代の時代から存在する"魔を断つ剣"と言えど、一人なんて無理よ。駒王町から応援を出しましょう」

 此処ではない何処かの誰か達の背を、押し続けてくれた誰かによく似る女性──リアス・グレモリー(優しい女性)の言葉に、松田は、はっきりと告げる。「俺が戦います。俺が、所持者(マスター)だから」と。

 

 いきなり態度を変えた松田に困惑する二人に、"此処ではない何処かの誰か達から受ったモノを、何故か忘れてしまった"松田友治(ヒーロー見習い)は、それでも断言する。

「俺が"アル"と一緒に戦う」

 

「待て、汝の覚悟に嘘偽りの無い事は分かった。しかし、我を"アル"と呼ぶな。それは、此方のではない何処かに居るオリジナルの名だ。我の事は偽書とでも呼べ」

 なんとなく、そんなやり取りをした気がした松田は、それを気のせいと判断して、アルアジフ偽書に告げた。

「嫌だ。お前は今日から"アル"て呼ぶ。オリジナルなんて知るかよ」

 そう言って捨てた松田に、"アル"がギャーギャー騒ぐが、松田は完全に無視して、リアスに頭を下げる。

「すいません。リアス先輩。そう云う訳なんで力を貸して下さい」

 覚悟を決めた男の子の顔をしている松田に、リアスは諦めた様に深い溜め息を付いた。

「どうして、その結論に至ったのか......私には分からないけれど、どんなにお説教や説得をしても、無駄みたいね」

 呆れた口調のリアスに、松田は静かに頷く。

「分かったわ。私にできる限りの事はするわ。でも、あまり期待しないでね? 正直、自分のやらなきゃ成らない事で精一杯だから」

 少し、茶化した様にそう言ったリアスに、「大丈夫ですよ。無理にでも、目一杯頼りますから」と、おちゃらけて松田が返す。

「お手柔らかにね? もう、遅いから送って行くわ。転移ならすぐだしね」

 

 リアスに連れられて、人目の無い裏路地に転移した一行は、すぐさま「それじゃ、お休みなさい。私は急いで帰らないといけない用があるの」と一言残し、転移して行ったリアスと別れ、途方にくれていた。

「それで、どうするつもりだ」

 アルアジフ偽書こと、アルの言葉に、松田は遠い目をする。

「頑張って、俺の両親を説得するぞ。それでダメなら......アルの暗示だ」

 正直、迷惑と苦労ばかり掛けてきた両親を、騙したり暗示でなんとかするのは、気が引ける松田は、「仕方ない」と、小さく呟く。

「別に、我は野宿でも構わんのだぞ?」

 神代の時代から存在するとは云え、見た目が10才ぐらいの少女に、野宿なんてさせられない松田は、アルの手を取ると、無言で両親の待つ実家へと脚を動かす。

 

「スケベでどうしようもない子だと、思っていたけど......まさか、こんな小さい女の子を浚って来るなんて!!」

「いや、違うから!? 誘拐じゃないから! 息子の話を聞いて!?」

「すまない。本当にすまない。怖かっただろう? 君のご両親に連絡して、迎えに来て貰うから、お家の電話番号を、教えてくれないか? 君を誘拐した息子は、明日。父親である俺が、責任を持って自首させるから」

「おやじも、少しは息子を信じろよ!? 少女誘拐なんてしねーよ!? ちゃんと訳を聞いて!!」

 

 その後、結局。アルの暗示で、"凄く遠縁の親戚の子を預かった"と認識した両親に、松田は自分の部屋でガクリと両肩を落としていた。

「日頃の行い。と云う奴だな」

 黄昏る松田に、ボソリと呟いたアルがそう呟く。

「おい。なんで、俺の部屋に居るんだよ」

 ベッドにうつ伏せで寝転がり、脚をパタパタさせているアルにそう言った松田は、「自分の部屋に戻れよ。宛がわれたのが有るだろ」と、言葉を続ける。

「決まっておるだろう。汝を鍛える為だ」

 さらり、と言われた言葉に、松田が「はぁ? 今、何時だと思ってんだよ? 良い子が寝る時間過ぎてんだぞ」と返すが、アルはその言葉を鼻で笑う。

「自分で言ったのだろう? クソ雑魚ナメクジのシラミやノミにも負ける。矮小な男だと」

「誰も、そこまで、言って、ません、がねぇ!?」

 酷すぎる言い様に、食って掛かる松田を、アルは真剣な表情で見る。ベッドにうつ伏せで寝転がり、脚をパタパタさせながら。

「汝は危機感が足りん。奴は、此方の都合など考慮せん。早急に、汝は戦える様に成らねばならん」

 緊張感も何も無い姿でそう言われた松田は、深い溜め息を付いた。

「と言う訳で、だ。汝には、スパルタ式特訓を受けて貰う。あ、拒否権なんぞ無いぞ」

 そんな事を宣うアルに、松田は不用意に近付き、「明日からな、明日」と言いながら、自分が寝る為に、アルをベッドから追い出そうと手を伸ばす。

「安心するが良い。汝の体調管理も我がちゃんとする」

 松田の伸ばした手を掴んだアルは、体を捻り、勢い良く松田をベッドに引き倒す。

「あぶなっ! ナニすんだよ。怪我したらどうすんだ」

 上半身だけをベッドに乗せ、抗議する松田に、アルが呆れた表情を浮かべた。

「汝は、この程度で怪我をするのか? 軟弱にも程があろう」

 そう言われたアルに、松田が怪訝そうな顔をする。

「いや、俺じゃなくて、お前が、だよ」

 一瞬。何を言われたのか理解できなかったアルは、唖然として、ややあって、漸く理解すると、深い溜め息を付く。

「我はこの様な成りをしているが、魔道書。その様な気遣いは不要だ」

 そう言い切るアルに、松田は平然と「いや、お前。確かに、人外で、魔道書なんだろうけどさ。可愛い女の子だろ」と、素で言ってしまう。

 呆れた表情のアルが「成る程。それが、汝の素か。女誑しめ」と呟くと、「彼女いない歴=年齢の俺に、喧嘩売ってんのか?」と、松田はこめかみをひくつかせる。

「ほれ、その可愛い女の子の横に、仰向けに寝転がれ」

 ベッドの半分を開けて、そのスペースを気軽にポンポンと叩くアルに、色々有りすぎて疲れている松田は、もう。どうにでもな~れ。と云う心境で、モソモソとアルの横に寝転がる。

「さて、それでは、スパルタ式特訓を始めるぞ」

 仰向けに寝転がる松田の上に、トスンと座ったアルが、眠たげな松田の顔を覗きこむ。

 整った顔を近づけて覗きこむアルに、『やっぱ、こいつ、可愛いよな』なんて思いながら、「明日から、な。明日」そう言った松田は、確かに見た。アルの両目が妖しく光った一瞬を。

 急激な眠気に身を任せ、腰の辺りにアルが股がったまま、松田は目を閉じると、そのまま眠りにつく。

 アルがニヤリと笑っている事に気付かずに。

 

 

「おい。おい。なんだよ。これぇぇぇ!?」

 全裸の状態で、薄暗い洞窟らしき場所に居て、下に降りる階段があって、傍には、自分だけ白いワンピースを着ているアルの姿。

 松田は知っている。この光景を、リプレイ動画で見た事があった。

「なぁ、この階段は七十段で、この下は"焔の洞窟"なのか?」

 その問い掛けに、アルは「ほう。知っていたか」と感心した様に答える。

「おま、ふざけんなよ!? ドリームランドとか、最悪じゃねーか!?」

 両手で股間を隠している松田の抗議に、素知らぬ顔のアルが「言ったであろう? スパルタ式特訓だと」言いながら、スタスタと階段を下りて行く。

「おい。待てよ! おいてかないでくれ!」

 股間を隠しながら、早足でアルの後を追いながら、松田は思った。『どうして、こうなった!?』と。

 

 ドリームランドの二人の番人。ナシュトとカマン=ターに認められ、渡された衣服──革のズボンとごわごわした麻の服を身に着け木の靴を履いた松田が、「マジで、ドリームランドかよ......」と呟き、前を無言で歩くアルの後を追い続け。

 焔の洞窟を抜け、更に七百段下りた先に聳える"深き眠りの門"を越えると、曲がりくねった樫の樹々と疎らに点在する燐光を放つ菌類で構成された"魔法の森"に出る。

 辺りをグルリと見回し、危険が無い事を確認して、今まで無言だったアルが、松田の方を向く。

「汝が、知る通り、此処はドリームランドだ。汝には、此処でその惰弱な精神を鍛え上げ、戦いの心得や術を身に付けて貰う」

 真剣な表情でそう言ったアルに、既に色々と諦めた松田は、嫌々ながらに頷く。

「安心しろ。頃合いを見て、覚醒世界――つまり、現実の世に戻す」

「そんな事できるのか?」

 動画勢で、あまり詳しい事を知らない松田の言葉に、アルは眉をひそめた。

「誰に言っている。我は魔道書。その程度、容易い」

 不機嫌そうなアルの言葉に、最悪、ドリームランドに長期間滞在する事になるかと思っていた松田は、安堵の息を付く。

「んで? 何処に行くんだ? ウルタールの街か? 港町ダイラス・リーン?」

 動画で知った街の名前を口にした松田に、アルは若干驚きながら、「そんな事まで知っているのか......魔の気配はしなかったが......どう云う事だ?」と呟き考え込む。

「あ、えっと。動画で知っただけで、詳しい事は分からないぞ?」

 眉間に皺を寄せて考え込むアルは、聞き慣れない"動画"と云う言葉に、首を傾げる。

「あー 動画。てのは――」

 松田の動画とリプレイ動画等の説明に、「ふむ。ふむ」と呟きながら、コクコク頷くアル。

「いんたーねっと。ニコニコどーが。に、ゆーちゅーぶ。か、人間の歩みは凄まじいな......」

 神代の時代から人を護り続けるアルは、人の可能性の凄まじさに、心底、感心した様にそう呟く。

 

「それで、何処に行くんだ?」

 そんなアルの心境を全く理解できない松田が、どーでも良さそうな態度で、そう言った。

「ん、そうだな。では、ガグやガーストの前で無防備な姿を見せ、襲わせてから、返り討ちにするぞ」

「え? ナニそれ? 怖い」

「なんの為に、魔法の森で、この様に無防備な姿を晒して居ると思っている?」

「え?」

 恐る恐る、後ろを振り向いた松田の目に――

 全長6mの巨体で、顔面を縦に裂くように口。1つの肩から腕が2本――両肩で4本のゴツい腕が生え。全身が深い緑色の鱗の様なモノに覆われた怪物。

 クトゥルフ神話の神話生物――ガグの姿が映り込む。

「往くぞ! ユージ! ガグごとき、簡単に蹴散らすぞ」

 ガグを見た途端に、呆然とその場に座り込んだ松田の頬を張り倒したアルは、そのビンタで自我を取り戻し、「あっ、え?」と状況を飲み込もうとしている松田を、マギウス形態に変身させた。

「きゃつを倒せ。できねば死ぬぞ」

 冷徹に告げられた言葉に、松田が吼えた。「やりゃ良いんだろ!? 殺れば!!」と。

 

 ヤケクソ気味に突っ込む松田は叫ぶ。

「必殺・轢き逃げアタッーク!」

 全力でガグ目掛けて走り、ぶつかりに行った松田の頭を、ガグが無造作に掴み、高々と持ち上げる。

「くそ、離しやがれ」

 そう言いながら、松田は自分の頭を掴む丸太の様な手を、叩いたり殴ったりするが、ビクともしない。

 暴れる松田を煩わしそうに見るガグが、一度、地面に勢い良く叩きつけると、そのまま、近くの曲がりくねった樹に、全力で投げ付ける。

「何をしている! ガグと狂信者を同列に見るでない!」

 樹に叩き付けられ、ズルズルとへたり込む松田の肩に、小さくなったアルが急いで飛び付き、叱咤する。

「アイツ強すぎだろ......」

 身に纏う黒いスーツのお陰で、怪我1つしていない松田の戦意は既に、尽きていた。

「なれば、二度と、我と共に戦う等と抜かすな」

 人間相手の喧嘩すらした事の無い。普通の子供が、自らの意思で、化け物に戦い選んだ。逃げる事を選べたのに、それを選ばなかった。

 何処にでも居る子供が、自分で戦う事を決意し。本当に立ち向かった。

 狂信者と云う人間相手ではなく。一目で化け物と理解できる存在に、戦う術を知らない子供が、自分の意思で挑んだ。

 それは、無謀であり、蛮勇。

 しかし、邪悪を撃つ為に、邪法によって作られた、魔道書が傍らに有ったなら――

 それは、無謀でも蛮勇でもない。

「ダメだ。戦う。理由とか、自分でも分からないけど......それでも、俺は、アルと一緒に戦う」

 ゆっくりと近付いてくる死の恐怖。神話生物ガグを、怯えながらも睨み付け、恐怖に震える体を無理矢理に立たせた松田は、拳を握り込む。

「我が主。所持者よ。これが最後だ。今、逃げれば、駒王町の中でなら、平穏に暮らせるやも知れんのだぞ?」

 アルアジフ偽書(寂しがりや)の優しい言葉を、松田は明確に拒絶する。

「俺は、戦う。怖い思いして、後悔するのは分かりきってる。まともな死に方しないんだろうけど、それでも! 戦う!!」

 恐怖に怯え震えながらも断言した松田に、アルは何処か悲しげな笑みを浮かべる。

「良いだろう。そこまで言うのならば、共に往こう。我が主よ」

 その言葉に、「応!」と言い残した松田は、また、ガグに向かって全力で走り出し――ガグに殴り飛ばされ、スタート地点に戻される。

「やっぱ、アイツ強すぎだろ......」

 ご丁寧にも、樹に叩き付けられ、ズルズルとへたり込んだ松田に、「学習能力が無いのか。汝は......」とアルが呆れ返る。

「聞け、ユージよ。マギウスとは、魔術を行使する者をさす」

 呆れた口調でそう言ったアルに、「フツーの高校生は、魔術なんて使えねーんだよ!? 無茶言うな!?」と叫び返す。

「なんの為に我が居ると思っている。我は最強の魔道書・アルアジフ偽書ぞ?」

 すっかり忘れていた事を、思い出した松田が「あっ」と間の抜けた声をあげる。

「ユージ1人で戦う必要など無い。我とユージで戦うのだ。"汝が何度も言っていた"ようにな」

 何度も"一緒に戦う"と言っておきながら、1人で戦おうとした松田は、「やっぱ、俺はバカだわ」と呟く。

「どうすれば、勝てるんだ?」

 ゆっくりと立ち向かった松田は、余裕を見つける様に立ち止まっているガグを見ながら、アルに問い掛ける。

「幸い。ユージの蛮行によって、きゃつは此方を完全に侮っておる。なれば、策も決まり易かろうさ」

 ニヤリと笑ったアルが、松田の耳元に小さな全身を寄せると、ゴニョゴニョと耳打ちをすると、松田は確りと頷く。

「往くぞ! アル!」

「応よ! おもいっきり往け! ユージ!」

 自分の言葉に、肩に乗っているちびアルが応えると同時に、松田は全力で走り出す。

 松田を、完全に侮っているガグは、緩慢な動きで拳を振り上げ、その間合いに無防備に飛び込んで来た松田に振り下ろす。

「ニトクリスの鏡よ!」

 ちびアルの声。そして振り下ろされた拳。

「来い! バルザイの偃月刀!」

 振り切られた拳が、不可視の鏡"ニトクリスの鏡"を破壊し、砕かれた鏡の破片が、ガグに襲い掛かる。

「やれ! ユージ! 叩き斬れ!」

 完全に侮り、反撃は無いと思い込んでいたガグは、予想外の反撃をまともに受けて、その動きを止めてしまう。

「応!」

 身を屈め、ガグの応える拳をやり過ごした松田は、魔術で呼び出したバルザイの偃月刀を両手で握り締め、全身を捻りながら立ち上がる勢いを利用して、バルザイの偃月刀を下段から上段へと振り上げる。

 

「やった......勝った。けど、殺したんだよな。俺」

 左脇腹から右肩で両断され、息絶えたガグを見下ろした松田は、マギウス形態のままで、ガグを切り殺した、バルザイの偃月刀をジッと見詰めていた。

「そうだ。我とユージで、こやつを殺した」

 ちびアルの言葉に、松田は渇いた笑みを浮かべる。

「命はさ、やっぱり、命なんだよな」

「そうだ。だが、こやつらと人間は共存できん。こやつは人間は食らう。利用する。ならば、排除するしかなかろうよ」

 松田の肩から飛び降りたちびアルが、元のサイズに戻ると、松田の格好も元の服装に戻る。

「ユージよ。これは、生きる為の戦いだ。人が人として生きる為に避けられない。そんな戦いだ。だから、殺す」

 告げられた言葉に、松田は自分の手を見詰めながら、手を開いたり閉じたりを繰り返す。

「人が人として生きる為の戦い。か、いらないよ。そんな大義名分」

 松田の言葉に、アルは怪訝そうな表情をする。

「アルと一緒に戦う。て、決めた。その為に、命を奪うし、殺す。俺は、それで、いいや」

 ある意味で、トンでも無い事を言っている自覚が無い松田は、まっすぐにアルを見て、はっきりと口にした。

「一緒いこう。最後まで」

 その言葉に、しばらく呆然としたアルは、漸く、松田の言葉を理解して、「う......えっ?」と溢す。

「上? なんもないぞ?」

 アルの言葉を聞いて、天を仰ぎなからそんな事を言った松田の様子に、「ああ。こやつ......天然の女誑しか」とアルは小さく小さく呟いた。

「何をバカみたいに天を仰いでおる。当ての無い旅も、鍛練の一つだ」

「上。て、言ったのはアルだろ」

「ふん。時間が無いのだ。ドリームランドに訪れたのは十二時。現実世界の一時間は、ドリームランドの一週間だ。なれば、明日の学校に遅刻しない為に六時間に起きる必要がある。つまり、後、六週間しか滞在できん。先を急ぐぞ」

 そう言って、スタスタと歩き始めるアルに、松田が「おい。待てよ! こんなヤバい所に一人にしないでぇ!?」と、慌てて駆け寄る。

「精々、覚悟しておけ。徹底的に鍛えてやる」

「うへぇ。初心者なんだから、少しは手加減してくれよ」

 

 そんなやり取りをしながら、一人と一冊は魔法の森を後にした。

 

 

 

 その後、起きる時間が一時間もずれて、朝起こしに来た松田の母親に、ベッド上で、服のはだけた幼い少女を自分の上に乗せて、抱き締めながら眠っている光景を目撃され。

 その報告を聞いた父親が、家庭の事情で仕事を休み。

 母親が、高校に、家庭の事情で休む事を連絡して。

 緊急家族会議で、朝から昼まで散々、責められ叱られて、自分の信用の無さを嘆いていると、アルが「だぁー!! 少しは、自分の育てた息子を信じぬかぁぁ」とプッツンして。

 なんやかんや。すったもんだ。の結果。

 なんとか両親を説得した松田友治とアルは、晩御飯のお使いに出ていた。

 

「ねぇ? 貴方。アルちゃん。良い子よね? 友治の為にあんなに必死になってくれて」

「ああ。まさか、友治の為にあんなに怒ってくれる女の子が現れるとはなぁ......」

「アルちゃん。今、10才なのよね?」

「友治は17か」

「7才差なら、普通ね」

「問題無いな」

「私、頑張るわ」

「ああ。俺も、それとなく、動くよ」

「まずは、アルちゃんの部屋を潰して、友治と同じ部屋にしましょう」

「............ やり過ぎ無いようにな?」

「大丈夫よ。ちゃんと分かってますから」

 

 そんな両親の会話を、松田友治とアルは知る由も無かった。




 名の知れぬ人物が書いた魔道書は、沢山、世界にばらまかれました。

 ちなみに、アルアジフ(原典)とナコト写本(原典)とかは、この世界に存在しません。

 この世界の力有る(精霊着き)魔道書の殆どは、名の知れぬ人物(生産チート系転生者)が書いた魔道書群です。
 ソロモン王とか、クローリーとかが書いた力有る魔道書も存在しますが、鬼機神招来できません

 アルアジフ偽書は全部で3冊。ナコト写本偽書も全部で3冊。
 その他、クトゥルフ系魔道書は各5冊つづ。
 最もオリジナルに近い、無銘祭祀書は1冊のみです。

 更に言えば、本編に登場したアルちゃん以外は、人間を憎み嫌悪しています。仕方無いね!
 しかし、殆どの魔道書は、人間に関わらない方向で絶賛ニートしてます。
 ですが、最強のアルアジフと最強のナコト写本偽書は、「人間は滅べ」思考で暗躍していて、全魔道書の中で最強の無銘祭祀書は、"世界で遊ぶ"事に夢中です。

 本編のアルちゃんは、実は、アルアジフ偽書の中で最弱だったりします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある堕天使の憂鬱

 本作における、天使と悪魔と堕天使の主張

 天使の主張
「悪魔は冥界から出てくるな。人間と他所の勢力に迷惑を掛けるな。いい加減にしないと、本当に滅ぼすぞ。後、堕天使は早く帰ってこい。仕事が忙しすぎて、神器の説明とか十分にできないだろうが。神器が不要? 何を言ってるんだ? 対クトゥルフ勢力の切り札として役に立ってるだろ。そして、和平なんて誰がするか」

 悪魔の主張
「天使はモンスターをどうにかしろ。被害が甚大なんだぞ!? 堕天使は転生悪魔を連れ去るのをやめろ! 確かに彼等・彼女等は此方の犯罪者の被害者だけど、此方の法に照らし合わせて対処して、ちゃんとケアとかしないといけないんだよ! だから、さっさと返してくれ! 後、戦争したら確実に滅んじゃうから、和平してください」

 堕天使の主張
「天使は神器の運用を止めろ。悪魔は悪魔の駒の運用を止めろ。人間を見てみろ! 惨劇と悲劇だらけだろーが! 神器なんて無くても人間は自力でやっていけるんだよ! いらないんだよ、神器なんてな! クトゥルフ勢力? 俺達が肉盾になれば良いだけだろーが!! 後、悪魔は悪魔の駒使った後、元の種族に戻れる様に研究しとけよ! 無理矢理に転生悪魔に成らされた被害者救済手段ぐらい用意しとけ! 和平? なら、悪魔の駒の資料と現物の悪魔の駒。神器に関する資料とかを寄越せ。そうしたら、一瞬だけ考えてやる」

 なお、堕天使人類は、冥界で細々とした生活を送っている為、拡張政策を採用している悪魔陣営よりも、モンスターの被害はそれほどでもありません。
 なによりも、ミラ三兄弟や古竜が出たら、コビさんにSOSすれば良いだけだったりします。


 今で云うブラック企業も、真っ青になって、「もう、やめてあげてよぉぉぉ」と泣き叫ぶ。そんな天界から逃げ出す為に堕天して、「堕天した? あっそ、ダカラナニ? 目と手が有れば、仕事はできるんだよ!! 最悪、手だけでも仕事はできるんだよぉぉぉ!!」と、執拗に天使達に追い駆け廻されて。

 逃げに逃げて、神の子を見張る者(グリゴリ)と云う堕天使の組織に所属して、聖書の神がばらまいた神器による悲劇を、惨劇を、何度も目撃して。その度に自分の無力さに絶望して、神器を正しく運用しない聖書の神と天使達を憎悪して。

 グリゴリの方針で、神器保持者に接触して、その危険性と制御の仕方を、完全に理解するまで説明・特訓し。必要なら保護をする。

 それでも、膨大な神器の数に、説明と教育や保護が間に合わなくて、悲劇と惨劇は増加する一方で。

 本人が希望して家族が了承した。と云え、神器保持者から神器を取り出す人体実験を行い。それなのに、"分からない事が分かる"だけの結果に終わり続け。希望者を無駄死にさせて。その家族を悲しませて。

 それでも、歯を食いしばって、1人でも多くを助けて。惨劇・悲劇を1つでも少なくと足掻いて。

 涙を拭い。絶望を哀しみを噛み砕き。血反吐を吐く想いで走り続けた──

 そんな堕天使。レイナーレは、上司であるアザゼルの信じられない言葉に、思わず「え、嫌です」と返してまった。

「............ もう一度だけ、命じる。レイナーレ。お前は、あの駒王町に行って、兵藤一誠を始めとした"原作登場人物"が神器持ちかを確認して、適切な対処をしろ。その後、頭のイカれたエクソシストの中で、数少ない。まともなエクソシストのフリードに接触し、アーシアと云う聖女を保護するんだ」

 不機嫌そうな態度を隠そうとしないアザゼルの、「クソ忙しいのに、無駄な時間を取らせるな。クソビッチがっ」と云う副音声を聞いた気がしたレイナーレは、疲れを吐き出す様に、深い溜め息を付いた。

「絶対に嫌です。何が悲しくて、"裏世界でヤバい所は?"と聞いたら、必ず名が出る処に行かないと行けないんですか。絶対に嫌です」

 はっきりと拒絶したレイナーレに、アザゼルはこめかみを揉み解す。

「お前な......転生者の云う"原作"の設定なら、俺の為なら何でもする奴の筈だろうが.....」

 その言葉を、レイナーレはハッと笑う。

「此処ではない何処かの私と、この私は違いますから」

 一度、言葉を切ったレイナーレは、更に言葉を続ける。

「第一。黙示録の獣が封印された事が無く。地上を漫遊して、グルメ旅行記を神代の時代から執筆・出版しているのに、原作もナニも無いのでは?」

 神代から現代に至るまで、世界的ベストセラーで在り続ける。"黙示のグルメ"シリーズの著者を思い出したアザゼルは、「そりゃ、そーなんだけどな......」と呟く。

「とにかく。だ。お前には駒王町に行って貰う。断るなら、天界に突き出すぞ」

 そのアザゼルの言葉に、レイナーレは露骨に舌打ちをする。

「おい。嫌なのは分かるけどな? 上司に向かって、舌打ちをするなよ」

 不愉快だ。と云わんばかりに顔をしかめているアザゼルに、それ以上に不愉快そうな顔をしているレイナーレは、「世界有数の魔境に、赴任する事に成れば、こうもなります」と嫌そうに吐き捨てる。

 そんなレイナーレの態度に、アザゼルの眉間の皺がより深くなる。

「それから、不確定だが......魔を断つ剣が、駒王町に現れたと報告がある。アレが現れたって事は、クトゥルフ勢力が本格的に動いてるって事だ。可能なら協力して、コレを撃滅しろ」

 有り得ない追加指令に、レイナーレは更に嫌そうに顔を歪める。

「待って下さい。つまり、私は、単身で、魔境・駒王町に赴き、兵藤一誠らが"原作通り"に神器を保有しているか確認して適切に対応。その後、"原作登場人物"であるアーシアを保護。そして、クトゥルフ勢力をアルアジフ偽書と協力し撃滅」

 そこまで口にしたレイナーレは、アザゼルに向かってはっきりと口にした。「バカですか? 正気ですか?」と。

 そのレイナーレの言葉に、アザゼルが「しょうがねーだろーが。人手が足りねーんだよ」と反論する。

「それでも、ですよ。兵藤一誠達が原作通りか、どうかなんて、とっくの昔に調べられたのでは?」

 当たり前の疑問に、アザゼルは嘆息する。

「何度も調べようとしたさ。でもな? 魔境だぞ? 街が1つ吹き飛ぶような事件が平然と起こって、当たり前の様に解決される。あの魔境だぞ? それらを理由に、駒王町側の許可が降りなかったんだよ」

 深い溜め息を付いたアザゼルは、言葉を続ける。

「お陰で分かってるのは、人を使って調べた経歴ぐらいなもんだ」

 アザゼルの疲れきった言葉に、レイナーレが「そして、漸く、許可を取れた。と。ですが、あの駒王町ならば、神器の暴走も問題無く解決できるのでは?」と質問を口にする。

「確かにな。その可能性は極めて高い。しかしだ。現代のヘラクレスの件がある。天使共が余計な事をしなかったら、甘酸っぱい青春を満喫してただろうによ」

 中途半端に神器の事を教えて、制御も身に付けさせ無かった天使のせいで、恋人を自らの手で殺してしまった男を思い出したアザゼルは、拳を握り締める。

「現代のヘラクレスの様な悲劇を、繰り返す訳にはいかない。なんとしても、天使よりも早く、兵藤一誠達に接触する必要がある」

「駒王町の管理者に、丸投げは無理なのですか?」

「人材不足は、聖書陣営の中で悪魔が一番深刻だ。使える人材かきっちり見極めて、使えるなら、神器発現と同時に、引き込むつもりなんだろーよ」

 嫌悪感を隠さずに吐き捨てたアザゼルに、レイナーレが「可能性は高そうですね」と頷く。

「とにかく、頼んだぞ。俺は──神器摘出と転生悪魔を元に戻す研究を、少しでも進める」

 聖書陣営によってもたらされた、人類を苦しめる惨劇の原因の排除。その為の研究に、心血を注いでいるアザゼルの言葉に、レイナーレは「仕方ないですね」と溢した。

「ですが、私1人では無理です。万全を期すならば、コカビエル様の派遣を」

 しれっと、グリゴリ最大最強戦力を要求するレイナーレに、アザゼルは「無茶を言うなよ」と溜め息を付いた。

「あのなぁ......アイツは名前だけの在籍なんだよ。知ってんだろ? それぐらい」

 ムリムリと、右手をパタパタさせているアザゼルの姿を、レイナーレは冷たい目で見る

「死にますよ? 私。あんな頭の可笑しい街で、私程度に何ができると?」

 言外に"死んでこい"と言っている上司に、レイナーレは絶対零度の視線を向け、そんな部下の様子に、その上司アザゼルは苦笑する。

「ナニも矢面に立てなんて、言ってねーだろ? 向こうの許可は取ってる。なら、サクッと、神器の有無の確認して対応。アーシアを保護して、アルアジフ偽書のサポートを最低限するだけで良い。そうすりゃ、クトゥルフ勢力をアルアジフ偽書が撃滅してくれるさ」

 気軽に言ってのけるアザゼルに、ぶん殴りたい衝動を押さえながら、レイナーレは「死ねば良いのに」と、アザゼルに聴こえる様に呟く。

「お前なぁ? 上司だぞ? 偉いんだぞ? 少しは敬えよ?」

 こめかみを引き吊らせているアザゼルの言葉を、レイナーレはガン無視する。

「拒否権は無い様なので、駒王町に赴任します」

 そう言った後、「ドウカンガエテモ、トオマワリナ、ジサツデスガ」とボソリと呟いた。

 

 不在の間の仕事等を部下に任せ、渡された資料を読み込み、兵藤一誠達が"原作"から掛け離れている事に安堵し、嫌々ながらも、駒王町に辿り着いてしまったレイナーレは、管理者であるリアス・グレモリーとソーナ・シトリーと面会の為に、駒王学園に訪れていた。

 一見、平和そうな街並みの裏で、自分を容易く滅する事のできる実力者が犇めいて居る現実を知るレイナーレの目は、完全に濁っていた。

「ふふ。ドイツ・イギリス・インド・中国・アメリカ。そして、日本。なんで、人間て、こんなに頭が可笑しいのかしらね......」

 任務で赴いた事のある──実力者なら、下級悪魔どころか、中級悪魔すら、素手で薙ぎ倒し。上位実力者なら、上級悪魔や最上級悪魔も相手取れる。そんな人間が平然と生活している国々を思い出したレイナーレは、その中でもヤベーと有名な魔境に、赴任してしまった現実に絶望していた。

 

 事前に連絡を入れてアポを取っていたレイナーレは黒のスーツで身を包み、案内役の塔城白音が来るまで、濁った目で接触しなくては成らない一誠達を探すが、下校時間が大分過ぎている為に見付けられず、とりあえず、資料に書かれていた一誠が通う亀仙流道場に行く事を決意する。

『大丈夫よ。亀仙流は穏健派。問答無用で襲われる事は無いはず』

 葉隠の様な"日本に仇なすモノは、この命と引き換えにしてでも滅する"なんて、ヤバい思想を持たない事を知っているレイナーレは、心の中で『大丈夫。大丈夫』と何度も自分に言い聞かせる。

 

「初めまして。案内役の塔城白音です」

 駒王学園の校門で、必死になって自分に『大丈夫』と言い聞かせていたレイナーレの前に、白髪ショートの小柄の少女。制服姿の白音が現れ、ペコリと頭を下げる。

「初めまして、グリゴリのレイナーレです」

 日本式の挨拶に載って、レイナーレもペコリと頭を下げた。

「それでは、リアス様とソーナ様の元にご案内します。着いて来て下さい」

 白音の畏まった言葉遣いとピンとした姿勢に、『最近の悪魔は教育に力を入れてるて、聴くけど......本当のようね』と、内心で感心しながら、レイナーレは笑みを浮かべる。

「ええ。お願いするわ」

 

 白音の案内でリアスとソーナが待つ、生徒会室に辿り着いてたレイナーレは、無駄話(悪魔の情報)を一切話さずに案内した白音に感心しながら、白音の先導で生徒会室に入った。

「この度は、滞在の許可を頂き、ありがとうございます」

 リアスとソーナが、席に着いている事を確認すると、レイナーレはそう言いながら頭を下げる。

「此方こそ、前任の頃から待たせてしまい。申し訳ありませんでした」

 リアスが代表してそう言うと、リアスとソーナは軽く頭を下げ、リアスの目配せで白音は退室する。

 その様子に、レイナーレは内心で『成る程。ただの人質──お飾りでは無い可能性は高いわね』そう分析し、目の前の管理者達に気付かれない様に、慎重に二人を観察し始める。

 悪魔側が、日本神話側に頭を下げて借り受けている研修場所であると同時に、「我々、悪魔は敵対するつもりはありません。この悪魔はその証です」と差し出された人質を留め置く地。

 その側面を知るレイナーレは、『前任の様な騒動を起こさないと良いのだけど』と心の中で溜め息を付く。

 前任のクレーリアが原因の"クレーリア騒動"の全容を、ある程度とは云え知っているレイナーレは、吐き出そうに溜め息を、グッと我慢した。

 

 クトゥルフ勢力の流したゴシップに踊らされて、狂信者に唆され、知っては成らない事を知ってしまって。

 狂信者に唆された様々な組織が「今までの怨み晴らしたらぁぁぁ」と全力で暗躍して。

 駒王町の頭の可笑しい戦力が、その対応に追われる程の騒動に成って。

 その騒動の裏で、邪神召還の大規模な儀式が行われていて。

 ギリシャの聖闘士が阻止したと思ったら、「この二人の身柄は、聖域で預かる。文句が有るなら、何時でも相手になる」と、原因をギリシャの聖域に連れ去って。

 賠償請求先に困った日本側の「お前が寄越した管理者兼人質が原因だから、銭を寄越せや」の恫喝に、悪魔がガン泣きをしながら「一年予算の5割とか、無理なのぉぉぉ」と泣き叫ぶも、「払わなかったら......どうなるか、分かるよな?」の最終通告に、悪魔側の最終交渉役のゼクラムが引っ張り出され「やっぱり、儂か!? 儂なのか!? 楽隠居ぐらいさせろ!!」との必死の交渉の末に、一括決済を1500年ローンに変更させて、辛うじて首皮1枚繋がった。

 

  そんな事情を知らない──ただ、クレーリア達の"駆け落ち"が原因の騒動の責任で、巨額の賠償金を払う事に成ったと知らされている二人は、現政権から送られてくる雀の涙程度の運営資金を「足りないっ! 圧倒的に足りないっ!!」と言いながら、株やfxで一喜一憂しながら増やして必死に運営してたりする。

 

「それでは、駒王町での活動内容ですが、神器保有者の捜索と、その保有者の神器に関する教育。及び、必要なら保護。そして、教会の過激派からの亡命者の保護と、アルアジフ偽書の支援。以上で間違いはありませんか?」

 そんな頑張りを全く表に見せないソーナが、確認の言葉を口にし、その言葉にレイナーレは無言で頷く。

 レイナーレの肯定を確認したリアスが、管理者の責務を果たす為に、「では、取り交わした締約通りに」と口を開く。

「神器保有者発見の折は、こちらに報告。また、神器保有者を強制的に堕天使陣営に組み込まない。駒王町で無用な騒動を起こさない」

 リアスが言葉を切ると、此処からが本題だと云わんばかりに、リアスとソーナが真剣な表情になる。

 上司であるアザゼルから、それ以外の締約が有るとは聞いていないレイナーレは、困惑しながらも、管理者が二人揃って真剣な表情に成る程の条件に、唾を飲み込む。

「イッセーを誘惑しない事!! 絶対に色目を使ったり、良い雰囲気に成らない事!!」

「匙くんをその爆乳でたぶらかさない事!! なんなのですか? スタイル良くて? 爆乳で? 年上で? いかにも"私、仕事できます"キャリアウーマン風で? なんで、匙くんの好みドストライクなのですか!? AAカップの何が悪いと言うのですか!?」

 そう言うと、ソーナは机に泣き伏し、リアスが泣き伏したソーナに「育乳ブラに期待しましょう。サプリメントも試してるのよね? 大丈夫よ。努力はきっと報われるわ」そう言いながら、その背中を優しく擦る。

「そう思うなら、その胸を半分ください......」

 シクシクと泣くソーナと、慰めつつ「ごめんなさい。イッセーは巨乳スキーなの......」と断るリアスの姿に、レイナーレは想定していなかった事態に困惑し、「えっ? 神器じゃなくて、本人狙い?」と、迂闊にもそう呟いてしまう。

 その呟きを聴き逃さなかった二人の恋する乙女が、一斉にレイナーレを真顔で見詰めた。

「イッセーが神器持ち?」

「匙くんが神器持ちなのですか!?」

 肉食獣の様な目をして、物凄い勢いで食い付いてきた二人に、原作知識が無い事を察したレイナーレは、自分のやらかしに内心で舌打ちしながら、どう動くか考えながら「あくまでも、その可能性があると云うだけですが」と、平静を保ちながらそう言った。

「なら、イッセーの確認は私が受け持つわ」

「私は、匙くんを受け持ちます」

 邪な下心が透けて見える二人の管理者に、レイナーレは、そうきたか。と、こっそりと溜め息を付く。

「神器保有者の捜索は、私の任務です。お二方は、管理者としての責務を果たしてください」

 言外に"邪魔をするな"と伝えたレイナーレに、恋する乙女達は食い下がる。

「いえ、駒王町は広いわ。一人では大変でしょう?」

「その通りです。管理者として、協力は惜しみません。ええ、惜しみませんとも!」

 はっきりと、顔に"想い人と二人きりの時間!!"と書かれているリアスとソーナに、内心で『えっ? ナァニこの子達。必死過ぎない?』と軽く引きながら、レイナーレはどうしたものかと考え込む。

 

 いっそ、"ハイスクールD×D"の原作知識を教えて、二人の行動を抑制・制御する。

 却下。「つまり、運命の相手なのね!」と、暴走しかねないし、悪魔側も原作知識持ちは、ゼクラムを始めとして存在するが、教えていないと云う事は、なんらかの思惑がある可能性が高く、余計なイザコザの元に成りかねない。

 

 兵藤一誠と匙元士郎を二人に任せる。

 却下。何が悲しくて、肉食獣にエサを与えなければ成らないのか。原作通りの兵藤一誠(性犯罪者)匙元士郎(デキ婚狙い)なら「お好きにどうぞ、ご勝手に」と言うが、資料が正しければ──

 この世界の兵藤一誠は、自分の性欲を制御しようと頑張り。自分のした事を正しく認識して悔い改め。真っ当に生きようとしている。

 匙元士郎は、13歳の時に両親を交通事故で喪いそうになるも、偶々通り掛かった自衛隊員に救助され、その結果、将来の夢が陸上自衛官もしくは特別救助隊員。そして、その夢を叶える為に邁進している。

 そんな、将来有望な青少年達の横で、大きくなったお腹を擦っているリアスとソーナを見たら、死にたくなるから、絶対却下。なにがあろうと絶対に却下。

    

 決して。天使時代は、信徒と悪魔のやらかし解決に追われ。堕天してからは、悪魔の駒と神器が原因の問題対処に追われ続け。その結果。未だに純潔を守り続けていて、出会いなんて無かったのに、その原因の片割れである悪魔。それも、自分より年下の小娘がゴールインするのが許せない。とかじゃないのだ。絶対に、ないのだ。

 

 理論的・論理的に結論付けたレイナーレは、二匹の肉食獣に対して「その為の、長期任務ですから。御心遣いだけ戴きます」そう告げると、断られると思っていなかったリアスとソーナが「「えっ」」と声を上げる。

「待って下さい。私達の将来が懸かっている事なんです。シトリー家の存続の危機なんです!」

「このままだと、医道バカ(ライザー)と本当に結婚をするはめになってしまうの! 寄生虫とか感染症とか奇病・難病の展示会をデート先に選ぶ男なんて嫌なのよ!」

 必死に食い下がる二人の勢いに気圧されたレイナーレは、思わず半歩後ずさる。

「いかにもモテそうな! 男性が選り取り見取りな! 貴女には、私の苦労が分からないのです! 姉がセラフォルーと云うだけで、婚約を全て断られ、腫れ物扱い・地雷物件として扱われる私の苦労が! やっと、やっと、出会えたんです。私に優しくしてくれる。腫れ物扱いしない男性──匙くんに! 彼を逃せば、私は恐らく一生独身。そうなれば、シトリー家は断絶なのです......」

 一気にそう捲し立てたソーナは、俯いて、自分の胸を両手でソッと包む。

「最も、彼は、巨乳でスタイルが良い年上で頼りに成る女性が、好みなのですけどね......」

 自傷気味に、ソーナがフッとなんとも言いがたい笑みを浮かべる。

「ソーナ。頑張りましょう。あのハウツー本にも、書いてあったでしょう? 私達には、最終手段──お酒と薬で既成事実作って、できちゃった結婚。が有るわ。だから、きっと、大丈夫よ」

 衝撃的過ぎるリアスの言葉に、レイナーレが目を見開いて固まった。

「そうですね......最悪は、最終手段に頼りましょう」

 暗い目をしているソーナに、リアスはゆっくりと頷く。

「待ちなさい!? あなた達、ナニを言ってるの!? いえ、それ以前に、ナニをしようとしてるの!!」

 リアスの衝撃問題発言から復帰したレイナーレが、二人のやり取りにストップをかけた。

「イッセー完全攻略よ」

「匙くんとの明るい家族計画です」

 爛々と燃える目で言い切った駒王町の管理者二人に、レイナーレは頭を抱えたくなるのを我慢すると、頭のネジが緩んだリアスとソーナを睨み付ける。

「私には、犯罪計画にしか聞こえなかったわよ!」

 その言葉に、二人はキョトンとした表情を浮かべ、はっきりと言い切った。

「バレなきゃ犯罪じゃない。と書いてあったわ」

「バレなきゃ犯罪じゃない。と書いてありました」

 リアスとソーナが放ったトンでもない言葉に、レイナーレは唖然として「は?」と返してしまう。

 そんなレイナーレの様子に、怪訝そうな──なんで、こんな当たり前の事を知らないんだろう? と言わんばかりの表情を浮かべたソーナは、近くに置いていた鞄から一冊の本を取り出し、ペラペラとページを捲って、目当てのページを見つけると、レイナーレにスッと差し出す。

「ここに、"バレなきゃ犯罪じゃない"と明記されています」

 細く白い指で、ここです。ここ。と、無言で指差している箇所をよく読む為にズカズカと近付いたレイナーレは、本当に"バレなきゃ犯罪じゃない"と明記されている現実に立ち眩みを覚えた。

「ちょっと貸しなさい」

 衝撃の連続で、リアスとソーナが立場上は上と云う事を忘れたレイナーレは、ソーナから件の本を引ったくると、突然の暴挙に唖然としている二人をよそに、ペラペラとページを捲り、後書きの"なお、この本はジョーク本であり、決して犯罪教唆を目的としたモノではありません"の一文を読むと、手に持つジョーク本を勢い良く床に叩き付けた。

「そう云う大切な事は、表紙に書きなさいっっ!!」

 大切な恋愛ハウツー本を床に叩き付けられたリアスとソーナが、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、暴挙に及んだレイナーレに文句を言おうと口を開く前に、レイナーレが二人をキッと睨み付ける。

「貴女達。まさかとは思うけど、この悪質なジョーク本を真に受けていないでしょうね?」

 聞き慣れない"ジョーク本"と云う単語に首を傾げた二人の仕草に、レイナーレは軽い目眩を覚える。

「待って。貴女達、ジョーク本て、知ってるかしら?」

 その質問に、駒王町の管理者として、なによりも、恋する乙女として、大切なハウツー本を床に叩き付けた暴挙を追及せんと二人は口を開く。

「そんな題名の本なんて知りません。それよりも、この暴挙について説明して下さい」

「知らないわ。そんな題名の本なんて。それより、その本は、私が、ソーナにプレゼントした本なの。それを粗末に扱うなんて......どう云うつもりかしら?」

 怒り心頭な二人の言葉に、自分から面倒事に首を突っ込もうとしている事を理解しつつあるレイナーレは、『なんで、私がこんな事しなくちゃいけないのよ......』と思いながら、深い溜め息を付く。

「ジョーク本とは、作者が冗談半分に書いた本。もしくは、ジョークを集め書き綴った本よ」

 レイナーレの言葉に怪訝そうな表情をしている二人に、床に叩き付けた本を拾い、机の上にジョーク本の後書きのページを広げたレイナーレは、"なお、この本はジョーク本であり、決して犯罪教唆を目的としたモノではありません"の一文を指差す。

「ほら、ここに、ジョーク本て書いてあるでしょう?」

 その一文を読んだ二人は、目を見開いて固まる。

「で、この本を真に受けて、やらかしてないでしょうね?」

 その言葉を聞いて、目を反らしたリアスとソーナに、レイナーレは怒鳴り声を上げたい気持ちをグッと我慢する。

「貴女達......自分の立場を理解しているの? この本を実践したらスキャンダルなのよ?」

 自分の赴任中に問題を起こすな。そう言っているレイナーレに、リアスは勝ち誇った様に胸を張り、勝ち気な笑みを浮かべる。

「スキャンダル? なる訳がないわ。私達は、駒王町の土地神の許可を得ているのよ」

 フンス。とドヤ顔をしているリアスに追従する様にソーナが言葉を続ける。

「私達は馬鹿ではありません。人質としての役目も理解しています。ですから、ちゃんと、猿田彦命(サルタヒコノカミ)から恋愛許可書を戴いています」

 何処からともなく取り出した一枚の紙を、ソッと机の上に置いたソーナは、リアス同様にドヤ顔をしていた。

「はぁ!? ちょっと、嘘でしょ!? このジョーク本を見せたの!?」

 しっかりと二人が頷いたのを見たレイナーレは、身を乗り出して、差し出された紙を覗き込むと、その紙には──

 

 なんか面白そうだから、おーるおーけー。

 リアスちゃんとソーナちゃんの、恋愛に関するあらゆる行為を許しちゃいまーす。

 盗聴も盗撮も夜這いも、何でも好きにしていーよー。

 猿田彦命の名を元に、全て許しちゃいまーす。

 イケイケ。ドンドン。パフパフ。

 あ、仲人は任せてね?

 

「ナニよ......これ......」

 頭の悪すぎる文章に偽物を疑うも、間違いなく猿田彦命の書いた物だと示す印に、レイナーレの目が暗く濁った。

「フッ。これで、わかったでしょう? 私達は日本神話勢力の許可を貰っているのよ!」

 胸を張り、ドヤ顔をしているリアスと、その横で頷いているソーナを見て、レイナーレは崩れ落ちそうになる体に活を入れて、リアスとソーナ(おバカたち)を睨み付ける。

「ナニやらかしてんのよ!! このおバカどもぉぉ!!」

 その言葉に、リアスとソーナが口を開く前に、レイナーレが更に言葉を続ける。

「そこに座りなさい! 貴女達がやらかした事が、どう云う事か説明してあげるわ!」

 気迫に押され、トスンと椅子に座ったリアスとソーナに、レイナーレが鬼の様な形相を浮かべながら、二人のやらかしの説明を始める。

「まず、一つ。日本神話勢力に、そのジョーク本を真に受けている事を教えた事。言っておくけど、この時点でスキャンダルよ」

 ピンと人差し指を立てているレイナーレの言葉に、リアスとソーナが、「「えっ」」と声を揃えて反応する。

「当たり前でしょう。ジョーク本を真に受けて、その許可を申請してるのよ? 幾ら掛かったのか知らないけど、どう考えても、立派なスキャンダル。しかも、実践しているから、冗談とかの言い訳もできない」

 消沈してボソッと、「二人で100万もしたのに......」と呟いたリアスの言葉を無視し、レイナーレは人差し指に続き中指を立てる。

「次に、ジョーク本を実践してる事。どの程度、実践してるか知らないけど、犯罪はばれなくても犯罪。だと知りなさい。当然、これもスキャンダル」

 ガクリと頭を垂れた二人に、追い討ちを掛けるように、レイナーレは薬指を立てる。

「3つ目は、リアス・グレモリーは婚約者がいる身でありながら、その婚約を破棄する前に、他の男性に熱をあげている事。そして、ソーナ・シトリーはそれを知りながらソレを黙認。これも、スキャンダル」

 頭を垂れて消沈している二人に、内心で『世間知らず箱入り娘て、書いてあったけど......限度と云うモノがあるでしょうに......』と思いながら、レイナーレは深い溜め息付いた。

「それに、兵藤一誠と匙元士郎に、そのジョーク本に書かれている事を実践してるとばれたら、確実に嫌われるわよ」

 その言葉を聞いた途端に、勢い良く顔を上げた二人の表情は悲壮感に満ちた、今にも泣き出しそうなモノで、その表情を見たレイナーレは乱暴に自分の頭を掻きながら、「なんで、私が......」と小さく呟く。

「とにかく、この件を穏便に済ませたいなら、上に報告して、大人しく怒られなさい。そして、二度とジョーク本を実践しない事。分かったね?」

 つい、天使の本分を果たす為に助言をしてしまったレイナーレに、ソーナが恐る恐る小さく挙手をした。

「あの、駒王町では、小さな火種が災害に成る事は理解しています。ですが、私達のこの行動が火種に成るとは思えないのですが......」

 往生際の悪い言葉に、青筋を伴った笑みを浮かべたレイナーレを見て、リアスとソーナはソッと視線を反らす。

「火種に成らない? 成らないなら、成るようにするだけでしょう? クレーリア騒動を忘れたのかしら?」

 真相を知らないリアスとソーナは、駆け落ちさえしなければ大丈夫。と、呑気に考えていた。その甘い考えをレイナーレが真正面から否定する。

「例えば、兵藤一誠や匙元士郎を殺害して遺体を隠す。そして、貴女達にこう囁くの「欲しくないか?」て。悪魔の駒を使えば蘇生できるでしょう? 全てを失うけど、愛しい人は生きている。もしかしたら、別の蘇生方法を提示される可能性もあるわね」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかったリアスとソーナは、その言葉を理解し、その身を凍らせる。

「他には......そうね。兵藤一誠と匙元士郎の周りを消していく。そして、兵藤一誠と匙元士郎に「憎くないか? お前の大切な者を奪ったのは、リアス・グレモリーとソーナ・シトリーだ」と囁きながら、捏造した証拠とかを見せて騙す。さぞ、胸糞悪い劇になるでしょうね」

 想定どころか想像すらしていなかった内容の言葉に、リアスとソーナは息を飲む。

「まだあるわよ。世間知らずの貴女達に、恋愛成就のおまじないと称して、ろくでもない儀式を教えるの。できるだけ簡素にして、それらしく簡単な儀式なら、貴女達は信じてしまうんじゃない? ああ、日本神話勢力の者──猿田彦命の関係者を装えば、確実かしら?」

 レイナーレから吐き出される言葉に、顔色の優れないリアスが音を立てながら立ち上がる。

「いい加減にしなさい! そんな事、有り得ないわ! 前任の時よりも、結界のグレードは上げてるし、駒王町の実力者達とは友好的な関係を築けてる。なにがあっても直ぐに対処できるように、忍者だって高いお金を払って雇ってる。可能な限りの磐石な体制をひいてるのよ!」

 その言葉を、レイナーレは鼻で笑う。

「磐石な体制? なら、下水道は監視しているのかしら? 下水道からの侵入は使い古された古典的な手法の1つよ? 地下に侵入路を掘られた時の対処法は? 普段から駒王町を出入りしている一般人を装った侵入の対処は? もしくは、何らかの呪具のパーツを複数回に分けて持ち込んだ時の対処は? 普通の祭りを装った儀式の対処は? 何も知らない一般人を使った、儀式や呪具の製作や持ち込みの対処は?」

 気付いてもいなかった問題点の羅列に、ソーナも音を立てながら立ち上がり、リアスとソーナが視線を交差させる。

「リアス。私達のやらかしは、私が上に報告します。貴女は、レイナーレさんと共に問題点の洗い出しを」

「ええ、分かったわ。なんとしても、実現可能な対処法を構築してみせるわ」

 テキパキと駒王町の運営に関する資料を取り出すリアスと、レイナーレに一礼して生徒会室を出て行くソーナを見ながら、「へぇ~ やる気は有るのね。良いわ。可能な限りのアドバイスをしてあげる」そう言いつつ、『資料に書いてあったけど、それなりに頑張っているってのは、本当みたいね』と内心で満足気にしているレイナーレは、完全に天使の本分──迷える者の話を聞き、道を示し、その背を押す──要するに、頑張り屋大好き気質が、全開に成っている事に気付いていなかった。

 

 その後、ある程度とは云え、ちゃんと運営・統治できている事を褒め。

 風魔と甲賀の人件費の有り得ない金額と無茶苦茶な雇用条件に、「値段交渉や条件交渉ぐらいしなさい! 貴族は値段交渉や労働条件交渉なんてしない? ナニを言ってるのよ! 後で交渉に行くから、一緒に来なさい」と、交渉のいろはを叩き込む事を決意し。

 下水道に複数の監視カメラを設置する案や、普通の祭りに擬態した邪悪な儀式の見破る方法。定期的に魔法や魔術で地下を探査して、不審な穴を見つける方法。

 等々を教えながら、きっちりメモを取り、分からなかったら直ぐに質問をしたり、自分なりの考えを口にするリアスに感心して、徐々に興に乗ってきたレイナーレは余計な事を口走り始めた。

 

「ジョーク本を実践したら絶対にダメよ。えっ? どうしたら良いか分からない? しょうがないわね......私がアドバイスをするわ」

 

「えっ? ライザー・フェニックスとの婚約破棄の方法? 簡単よ。レーティングゲームで勝って婚約破棄すれば良いのよ。眷属が居ない? 逆にチャンスじゃない。駒王町の実力者に助っ人を頼めば良いのよ。確か、眷属が居ない場合は助っ人が認められているのよね? それに、そうする事で、統治・運営を貴女達がちゃんとできてると証明できるでしょう?」

 

「ジョーク本の件で、駒王町の管理者を辞める事になるかも? 無いわね。知ってるでしょう? 人質の側面も有るのは。だから、それなりの血筋で、それなりの能力を持つ人物じゃないといけないの。そうじゃなかったら、人質の意味が無いでしょう? だから、貴女達が管理者を続ける事に成るでしょうね。悪魔の人材不足は深刻だもの」

 

 興に乗ってペラペラと喋ってしまったレイナーレは、自分で自分の首を絞める事に気付いてもいなかった。

 超が付く程の箱入り娘達が、"貴族は、他者の手柄を横取りしない"を律儀に守り。馬鹿正直に、機密に分類される駒王町の統治・運営の書類を、初めて会った堕天使に見せて、様々なアドバイスを貰いながら統治・運営の改善策を作った。とか、自分達のやらかしに対する言及等を報告するなんて、レイナーレは思ってもいなかったのだ。

 

 そんな事を想像すらしていレイナーレは、報告を終えて帰ってきたソーナを加えて、二人の管理者に講義を続けて、その後、リアスとソーナを引き連れて、風魔と甲賀の駒王町担当の上忍達と交渉を行い、人件費を適正価格まで戻し雇用条件を改善して、やることやってから正気に戻り、『なんで、私が、あの子達の恋の応援しないといけないのよ!?』と悶絶しながら二人と別れた後で、亀仙流道場兼用の小ぢんまりとした自宅の一室で、家主である──橙色の胴着の背に丸に亀の字を刻んでいる初老の男性、駒王町支部の師範代・柳川琢磨と対面していた。

 

「一誠君が、神器保有者......か」

 レイナーレの説明を聞いた、柳川師範の苦虫を噛み潰した様な苦々しい表情と言葉に、レイナーレは『えっ、機嫌を損ねた? 下手したら殺される?』とビクビクしてしまう。

「いえ、まだ確定した訳ではありません。確認の為の調査。そして、もし、神器保有者なら、制御や危険性の説明をしたいと思っています。その為の許可を頂けたら嬉しいのですが」

 恐る恐るそう言ったレイナーレを、柳川師範は鋭い視線で射抜く。

「あの子は、苦労を背負っている子です。初めて会った時の自虐に満ちた表情を、私は今でも覚えています」

 鋭い視線を受けて、ビクビクしながらも視線を反らさないレイナーレを見て、信用できそうだと判断した柳川師範が、柔和な笑みを浮かべる。

「私では、たいしてあの子の力に成る事ができません。私にできる事など、本当にたかが知れている」

 そう言った柳川師範は深々と頭を下げる。

「神器保有者の調査。了解しました。その代わりと言ってはなんですが......あの子の力に成って下さい」

 圧倒的な力を持つ実力者が、誰が想い、歯牙に掛ける必要すらない格下に、躊躇なく頭を下げる。

 柳川師範の真摯な想いに、レイナーレは『ああ、だから、私達、堕天使は人間が好きなんだ』と再認識しながら、静かに頷いた。

「この身に、どれほどの事ができるか分かりませんが......可能な限り、兵藤君の事を気に掛けてみます。ですから、頭を上げてください」

 そのしっかりとした言葉に、柳川師範はゆっくりと顔を上げると、レイナーレの目を見ながら、「ありがとう。あの子を支えてくれる人物が増えてくれて、嬉しいよ」そう言うと、ふんわりとした笑みを浮かべた。

 

 柳川師範との会談で、神器発現を実行するさいに、神器の暴走対策として立ち会って貰う。等の約束を取り付けたレイナーレは、フリードとアーシアに会う約束の場所の下見の為に、駒王町の外れにある廃屋を訪れる。

 

「なんで、初日から、こんなにバタバタしないといけないのかしら? そう思わない?」

 ボロボロに朽ちた居間。レイナーレ以外に誰も居ない筈なのに、誰かに語り掛けるようにそう言うと、レイナーレの背後に、淡いグレーのスーツを身に着けた男が一人、スッと姿を現す。

「驚いたな。まさか、隠行を見抜かれるとは」

 その平坦な声を聞きながら、『やっぱりイター!? 一気に適正価格とか、やりすぎですものねー! でも、一人なら、運が良ければ逃げ切れるはず! 必死に逃げて、柳川師範の処まで逃げれば、生き残れるはず!!』と、成功して欲しくなかった鎌掛けが成功してしまったレイナーレは、即座に生存戦略を立てた。

「それで、何の用かしら?」

 恐怖でバクバクと云っている心臓を無視して、可能な限りの虚勢を張りながら振り返ったレイナーレに、いきなり現れた男は、深々と頭を下げる。

「この度は、我ら、風魔と甲賀の窮地を救って下さった事。感謝する」

 突然の言葉に、覚えの無いレイナーレは困惑するが、男のそんなレイナーレを無視して言葉を続ける。

「実は、リアス嬢とソーナ嬢に、交渉のいろはを実戦形式で教えようとしていたのだが......」

 

 スーツの男、曰く──

 最初は、適正価格でやっていたが、下忍からの報告で、リアスとソーナの二人が、未熟なりに、真摯に真剣に駒王町の管理と運営をしている事が分かり。

 また、土地神等の土着の存在にも十分に敬意を払って、それらを奉る祭り等も確りと執り行い、打ち捨てられた社や祠の修復や管理にも力をいれている。

 それらの行動の結果。土地神。土着の存在。打ち捨てられた社や祠に祀られていた存在から、「リアスちゃんとソーナちゃん。凄く良い子だから鍛えて上げて。それから、彼女達をぞんざいに扱ったら、ガチで祟るからそのつもりで。あ、ばれないように、こっそりとそれとなく鍛えて上げてね。ほら、あの子達、悪魔種族の貴族だし、プライドとか有るだろうし」と、猿田彦命から直々に言いつけられて。

 リアスとソーナの頑張りを知っていた風魔と甲賀は、「まぁ、お金にならないけど......彼女達も頑張っているし、鍛えやるか」と承諾して、一番未熟な交渉能力を実戦形式で鍛えようと行動を起こすも、どんなに吹っ掛けても、無茶苦茶な条件を叩き付けても、リアスとソーナは全部そのまま飲んでしまい。

 神として命を下した猿田彦命を始めとした神仏や妖怪等の怒りを買って、本当に祟られる寸前だった処に、レイナーレがやって来て、価格や条件を適正に戻してくれた事で、九死に一生を得た。

 

 平坦な声色なのに、何処と無く疲れを含んでいる事を感じ取ったレイナーレは、『あのおバカ達......』と天を仰いだ。

「と、言う訳で、我らはお主に感謝している。甲賀棟梁として、感謝の言葉と気持ちを伝えに来た次第だ」

 てっきり、上忍か中忍だと思っていたレイナーレは、大物の登場に驚き、言葉を失ってしまう。

「感謝の証。と言っては何なのだが、待ち人の追っ手は此方で処理しておいた」

 レイナーレと甲賀棟梁の二人しか居ない空間に、第三者の声が響く。

「風魔棟梁として、主に感謝する。いや、本当に助かった」

 慌てて周囲を見渡して、声の主を探すレイナーレに、甲賀棟梁が、ククッと笑う。

「この魔境・駒王町で生活するのならば、もう少し、危険察知能力を磨く事だ」

 そう言い残すと、甲賀棟梁は霞の様に姿を消す。

「お主には恩がある。何かあれば我らを頼ると良い。一度だけ、無料で力を貸そう」

 その言葉を最後に、静寂に包まれた朽ちた居間で1人佇むレイナーレは、自分の赴任中にできる限り、リアスとソーナを鍛える事を決意した。

 

 

 ソーナからのしでかした事の報告と、リアスとソーナから提出された駒王町の管理・運営の報告を受け取り、目を通して天を仰いだ現魔王サーゼクスの指示で、堕天使陣営のトップであるアザゼルとの交渉にゼクラムが駆り出され、悪魔の駒を一つと悪魔の駒に関する一部の資料と引き換えに、リアスとソーナが駒王町を去るまで、二人の教師役をするはめになる事を、レイナーレは知らなかった。

 さらに、馬鹿げた事に付き合わせてしまった事の謝罪と恋愛許可書の返却をする為に、猿田彦命の元を訪れたリアスとソーナに、猿田彦命が「返却と謝罪? しなくて良いよ。スキャンダルに成る? 火種に成る? 大丈夫。大丈夫。駒王町なら大抵の事は日常だから。へーき。へーき」と言い放って余計な後押しする事を、レイナーレは察知する事ができなかった。




 アザゼルの中では、悪魔の駒の現物一個と悪魔の駒に関す資料の一部=レイナーレ。
 レイナーレさんは泣いて良い。

 猿田彦命の後押しで、想い人の観察とか、クンカクンカを続行できるリアスちゃんとソーナちゃん。
 この件に、レイナーレさんが文句を言っても、「へー? い い ど きょ う だな」で終わってしまうもよう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゆっくりと動き出す物語

 チート転生者が生涯、「まだだ」を繰り返した結果の果てに、とある悪魔が超チートに成った話。

 後、レイナーレさんの苦労話です。


 駒王町に赴任してから二日目。

 駒王町に存在する各勢力に挨拶を終えて、グリゴリの研究チーム──アザゼルを頂点としたチート系転生者達・ずば抜けた能力を持つ天才・秀才達が、一致団結して造り上げた、神器発見用魔道具"神器絶対見付ける君 Ver.65"を片手に深夜遅くまで町を練り歩き。

 神器保有者を兵藤一誠・匙元史朗・真羅椿姫の三人に絞り込むと、即座に、五大宗家の一つである真羅に非常緊急用の連絡を入れて、五宗家の関係者である椿姫は、既に五大宗家に因って神器を発現させ使いこなしていてる事が分かり、安堵しながら深夜に連絡を入れた事を謝罪すると、原作では不遇だった椿姫が、資料通りに大事にされている事を実感しつつ、棒に成った足を休み休み動かしながら活動拠点に戻ったレイナーレは、今後の予定を大雑把に立てながら眠りに着いた。

 

 そして、三日目。

 駒王町の中央に建っている小さな一軒家。リアスとソーナから宛がわれた堕天使用の活動拠点の一室で、一誠・匙との接触。アルアジフ偽書とその所持者との接触の為に、予めリアスとソーナに協力を要請したレイナーレは、アザゼルへの定時連絡で──この世の終わりのと同レベルの深い絶望を味わっていた。

 

「あの、意味が分からないのですが」

 ガラケーを耳に当てているレイナーレは、電話先の相手であるアザゼルに、震える声でそう告げる。

「いや、だからな? リアス・グレモリーとソーナ・シトリーが、駒王町を去るまで、お前はリアス・グレモリーとソーナ・シトリーの教師役をやるんだよ」

 思わず、喉元まで出掛かった「ふざけるな! この短小野郎!!」と云う言葉を、必死で呑み込んだレイナーレは、耳に当てているガラケーを床に叩き付けたい衝動を、辛うじて我慢する事に成功した。

「なんで、そんな事になったんですか? 期限は、アルアジフ偽書が近辺のクトゥルフ勢力を撃滅。神器保有者の捜索及び教育が終わるまで。でしたよね?」

 気を抜けば飛び出そうになる暴言を、必死に噛み殺し呑み込み続けているレイナーレに、上機嫌のアザゼルが嬉しそうに笑いながら、「そんなの変更だ。変更」そう言うと、上機嫌のまま言葉を続ける。

「昨日、ゼクラムの爺さんと会談をしたんだよ。んで、お前を長期間貸し出せば、悪魔の駒の現物一つと悪魔の駒の資料の一部を此方に寄越す。て事に成ってな」

 本当に嬉しそうに「これで、悪魔の駒の被害者を助ける目処が付く」と話すアザゼルに、レイナーレは被害者救済計画の前進に喜べば良いのか。それとも、魔境に無期限滞在する事になった現実を嘆くべきなのか。昨日の今日で、即座に動かなければならない悪魔の現状を、ザマァ。と思えば良いのか。正直に正確(考え無し)に報告を上げたリアスとソーナ(おバカ達)褒めれ(叱れ)ば良いのか。物凄く微妙な気持ちになってしまう。

「流石のゼクラムの爺さんも、まさか、堕天使陣営が神の恩恵を持つ(チート系)転生者と天才・秀才の人間を大勢抱えてるとは、思っていなかっただろうな」

 喉から手が出る程に欲しかった悪魔の駒を現物と、一部とは云え資料を手に入れられて、上機嫌のアザゼルは「アイツ等は人間を舐めすぎなんだよ。ザマァねーぜ」と言葉を続ける。

「どんなに愚かで救い様の無い奴でも、きっかけさえあれば、大化けする。それが人間だってのによ」

 凄いのは極一部で、他は取るに足りない存在であり、使い捨ての資源だと、多くの悪魔がそう認識している現実を、アザゼルは嘲笑う。『そんなわけねーだろ。自称・上位種族サマ。現実を見ろよ。欲に果てに月や木星に辿り着くのが人間なんだぜ?』と、心の底から、魂の最奥から、悪魔と云う種族を嘲笑う。

「お前は駒王町でゆっくりしてろ。神器には苦戦してるけどよ。悪魔の駒なら話は別だ。相手は神じゃなくて悪魔。しかも、此方には優秀な協力者が沢山居るんだ。直ぐに解明して朗報を聞かせてやるよ」

 自身と協力者である人間達への信頼に満ちた言葉に、レイナーレは震える声で小さく「期待してます」とだけ返す。

「なんだよ。嬉しくないのか? お前は大手柄を立てたんだぞ。もっと嬉しそうにしろよ。ちゃんとボーナス出して昇進させるて言っただろ?」

 最初はボーナス+昇進が嬉しくて、嬉しさの余り声が震えると思ったアザゼルは、レイナーレの声が涙声で悲壮感に満ちたモノに成った事に怪訝そうに眉を潜める。

「では、聞きますが、リアスとソーナが駒王町を去るのは何時ですか?」

 今にも泣き出しそうな声で、解りきった事を聞いてくるレイナーレに、何が言いたいのか分からないアザゼルは首を傾げる。

「んなの、決まってんだろ? 次の管理者が決まるまでだよ。それなりの奴が見付かるまではリアス嬢とソーナ嬢が続けるんだろうよ」

 怪訝そうに『分かりきった事を聞いてきて、何考えてんだ?』と思いながら、アザゼルは言葉を続ける。

「頭を下げて借り受けといて、「管理者を派遣できません」なんて言ったら、今度こそ、借り受けた駒王町を取り上げられるだろうしな」

 内心で『そうなりゃ良いんだけどな』と思いながら、つまらなそうに吐き捨てたアザゼルに、レイナーレは「分かってるじゃないですか......」と溢す。

「つまり、私は、次の管理者が見付かるまでは駒王町に居なくてはいけない。て、事ですよね?」

 其処まで言われて、漸く理解できたアザゼルが「あっ」と呟いた。

「恐らくですが、アザゼルさま(ザマァ)に、ゼクラムの(おぎな)は話を直接持って来たのでは? シェムハザ様を介さずに」

 泣き出しそうな声に、アザゼルは「ああ、そうだ。シェムハザは忙しいから、直接、俺の処に話が来た」と振り絞る様に答える。

「ですよね。私でもそうします。それで、手土産は何だったんですか?」

 レイナーレの泣き声に、アザゼルが物凄く言い辛そうに「いや、その、旨かったぞ? それに、護衛は美人だったし......」と小さく返した。

「食べ物に釣られたんですか......女に釣られたんですか......そうですか......流石、アザゼルサマ(ザマァ)です」

 泣き声が治まり、途方も無く冷たい声に変わった事に焦ったアザゼルが「いや、本当にすまん。以後、気を付ける」そう言うが、電話越しですら感じられるレイナーレの怒気に、冷や汗を流し始める。

「今から、ちょっと天界に行って、天国にいらっしゃる奥様に会ってきますね」

 その一言で、アザゼルの喜びが完全に消し飛ぶ。

「おい。ばか、やめろ。マジで止めろ。俺を殴る為だけに、力業で天界を抜け出して此処まで来そうだから、マジで止めろ。止めろ下さいお願いします」

 浮気絶対許さないレディー。気合いと根性で大抵の事は乗り越え続けた──寿命を終えた後も、気合いと根性で「やっほー」と普通に夢の中に遊びに来る、武力チート系転生者の妻なら、それぐらいはしてみせる事を知っているアザゼルは、ガタガタと震えながら懇願する。

「それが嫌なら、今後の交渉事はシェムハザ様に一任して下さい。それから、決して、再交渉とかしないで下さい」

 てっきり、再交渉して教師役の期間を決め直すと思っていたアザゼルが「何でだよ? 期間を決め直した方が良いだろ」そう口にすると、「研究特化脳は、余計な事をしないで下さい」とレイナーレがピシャリと言い切る。

「だいたい、再交渉に漕ぎ着ける為のエサはどうするんですか? 相手は十中八九、ゼクラムの爺ですよ? 更に此方に不利な内容に成ったらどうするんですか」

 妻が死んだ後、聖書陣営のやらかしに対応する為にグリゴリを立ち上げて以降、研究一筋で交渉とか一切してこなかったアザゼルは、その言葉に何も言えずに押し黙ってしまう。

「此方は此方で、死なない様に立ち回ります。ですから、絶対に、悪魔の駒を解明して下さい」

 悲壮感に満ちたレイナーレの言葉に、少し呆れながらアザゼルは嘆息する。

「いや、そこまで悲観しなくて良いだろ? それによ、サーゼクスにはミリキャスとか云う息子が居なかったか? ソイツが駒王町の管理者をするかも知れないだろ」

 能天気な事を口にしたアザゼルに、若干イラッとしたレイナーレが有り得ないと断言した。

「現魔王の一粒種。しかも、現時点で次期魔王候補が事実上、ミリキャス・グレモリーだけ。そんな替えのきかない存在を、外に出すなんて無謀な事をしたりしませんよ」

「そりゃ、そーかも知れないけどよ。悪魔だぜ? 此方の予想の斜め上をカッ飛んで行く」

「それでも、ですよ。彼以上に魔王に相応しい能力を持つ悪魔なんて、あのリゼヴィム・リヴァン・ルシファーぐらいで有る以上、彼を外に出すなんて有り得ませんよ」

 "リゼヴィム・リヴァン・ルシファー" その名を耳すると同時に、アザゼルが盛大に舌打ちをする。

「あのクソッタレの名を、口にするんじゃねーよ」

 強烈な怒気が込められた言葉に、電話越しで有るにも係わらず、レイナーレは一瞬、身を凍らせた。

「あのクソッタレのせいで、二度も世界大戦が起きたんだ。三度目は当時の合衆国大統領が身体を張って止めてくれたから、ギリギリで阻止できた」

 その言葉に、レイナーレは『また、ですか......此方が不安に成る事を言わないで欲しい......』と内心で呆れながら『此さえなければ、有能な研究者兼ソコソコ有能な上司なのに』そう思いながら、吐き出そうになる溜め息を飲み込む。

「おい。いい加減信じろよ。世界の争乱と混乱の影には、あのクソッタレの存在が有るんだよ」

 アザゼルの熱弁──

 

 世界大戦前は、世界は協調路線だったのに、リゼヴィムが訪れた国々が一ヶ月から二ヶ月で急速に戦争体制に入った。

 第二次戦争大戦は、それまで話し合いで植民地解放に動いていた日本が、リゼヴィムが訪れてから一ヶ月で、国連脱退して、植民地を持つ国々に単独で戦争を仕掛けた。

 ソ連とアメリカの戦争回避の会談が成功に終わりそうだったのに、リゼヴィムが両国を訪れてから冷戦に突入し、何故か世界中の国々が戦争準備を開始して、あわや第三次世界大戦に成り掛けた。

 イラン・イラク戦争も、両国共に戦争回避に動いて、後少しで回避成功と云う処で、リゼヴィムが訪れてから戦争に成った。

 近代以前。中世でも、リゼヴィムがその国を訪れてから一ヶ月・二ヶ月で戦争を開始。もしくは、何らかの騒動が起こっている。

 

 等々を口にしたアザゼルに、レイナーレは一言だけ口にした。

「でも、証拠は無くて、実際に暗躍してたのはクトゥルフ神話勢力ですよね?」

 身も蓋も無い一言に、小さく忌々しげに、アザゼルが舌打ちをする。

「ああ。そうだよ。証拠が無い。魔法や魔術を使った痕跡も無ければ、国を動かせる人物に会った痕跡も無い。更に言えば、クトゥルフ勢力と接触した痕跡すら無い」

 有るのは、リゼヴィムが訪れた全ての国が戦争準備を始めて、実際に戦争をしているだけ。または、騒動が起こっているだけ。それ以外は何も無い現実に、アザゼルは苛立ちを隠さずに吐き捨てる。

「アイツが訪れた国は、短期間に戦争をしている。もしくは、何らかの騒動が起こっている。いいか? 訪れた国の全てだ。そんな偶然が有るかよ」

 そう吐き捨てたアザゼルが、言葉を続ける。

「偶然、国に巣くってるクトゥルフ勢力の計画が進行している処に、アイツが訪れただけ? 一度や二度ならもとかく全部かよ? 有り得ないだろうがよ」

 苛立ちに満ちた言葉に、レイナーレは「仕方ないじゃないですか」とアザゼルに返す。

「証拠が一切、無いんです。現魔王サーゼクスに何か有った時の予備であるリゼヴィムに、明確な証拠も無しに手を出せば、堕天使と悪魔の戦争は避けられません。そうなれば、笑うのは天使です。」

 人類を見守る神である北欧の悪神ロキ。地上の守護神と詠われ、未来を見通すと云われているギリシャの女神アテナ。その二柱の協力を得ても、証拠どころか、不審な点が何一つ出てこなかった。その事を知っているレイナーレの言葉に、アザゼルは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。

「分かってんだよ。そんな事は、調べれば調べる程、アイツがサーゼクスに魔王を押し付けて、世界を旅して廻っている放蕩ドラ息子で、悪さ一つしてない清廉潔白の身だって事を、理解させられてんだ」

 アザゼルの頭脳が警戒を発し続けているのだ。それでも、なお、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーは怪しい。アイツは"吐き気を催す邪悪"だと。

「証拠も無ければ、動機も分からない。ナイナイ尽くしなのは百も承知だ。俺達と悪魔が戦争をすれば、笑うのは天使。それも分かってる」

 有りと有らゆる手段。それこそ、北欧の主神オーディンに必死に頭を下げて、運命を司る三女神である──ウルズ。ヴェルザンディ。スクルド。の三柱の協力を得て、リゼヴィムの過去・現在・未来を調べ上げた。その結果は、悪魔とは思えない程に"善良な存在"と云うモノだった。

 それでも、アザゼルはリゼヴィムが危険だと断じる。

「俺は、ヴァーリやアイツの母親が嘘や虚言を言ってるとは思えない。例え、証拠や動機が一切無くてもな」

 そう言い切ったアザゼルに、レイナーレは僅かに言い淀むと、意を決して口を開く。

「私も、彼や彼女が嘘や虚言を言ってるとは思ってません。しかし、世界で暗躍している。と云うのは飛躍し過ぎです」

 ルシファーの名を捨てた青年を、アザゼルが拾って来た時から面倒を見ているレイナーレは「リゼヴィムを赦せない気持ちは分かりますが......相手が悪すぎます」と溢す。

「相手は魔王の予備です。しかも、前魔王の息子であり、悪魔種族の中では根強い人気が有ります」

 レイナーレの言葉に、アザゼルが短く舌打ちをして何かを言おうとするが、それを遮る様にレイナーレは言葉を続ける。

「ヴァーリの証言を証明できる証拠を手に入れられても、リゼヴィムを断罪するのは不可能です。悪魔の人材不足の深刻さは、アザゼル様もご存知のはず」

 妻と幼いヴァーリを脅迫材料にし、父親であるラゼヴァンに虐待を強要。そして、隙を突いて家族を堕天使領に逃そうとしたラゼヴァンを、周りの反対を押し切ってまで結婚した最愛の妻に殺害させた後、ヴァーリの命と引き換えに自殺をさせた。ヴァーリの目の前で。

 しかし、事の真相究明に動いた悪魔側の発表は違う。

 ラゼヴァンが幼いヴァーリの才能に恐れを抱き、妻とヴァーリを虐待。その虐待からヴァーリを守る為に、ヴァーリと"二人"で堕天使領に逃亡し、"周りの反対を押し切ってまで結婚した妻"が、堕天使領付近で追って来たラゼヴァンを殺害後、最愛の夫であるラゼヴァンを殺した事で発狂し自殺。それを裏付ける証拠と証言が山の様に出てくる始末。リゼヴィムが関与した証拠と証言は一切無かった。

 大量の証拠と証言に、幼いヴァーリの証言は封殺されてしまったのだ。父親を母親が殺害して、発狂し自殺する光景を一部始終目撃し、精神が一時的に錯乱していたとして。

「分かってんだよ。放蕩してようが、悪魔側にとってリゼヴィムが替えの利かない人材で、余程──言い訳の利かない決定的な証拠でも無い限り、あのクソッタレを断罪できない事ぐらい」

 忌々しげにそう言ったアザゼルの悔しげな表情を、電話越しでも容易に想像できたレイナーレは、ゆっくりと口を開く。

「そんなにあの子──ヴァーリが心配ですか?」

 証拠が無いとは言え、もし、アザゼルが言っている事が真実ならば......リゼヴィムは神の目・神の権能すら欺く程の力を持った最悪の存在。そんな存在を止める為に、グリゴリを飛び出して追っているヴァーリが、実は心配で堪らないレイナーレの言葉に、アザゼルが「当たり前だろうが」と返す。

「アイツは、俺の息子だ。少なくとも、ヴァーリの母親から、嫁さんと一緒に頼まれたんだ。アイツの二人目の父親に成ってくれ。てな」

 夢の中に、嫁と一緒に出て来て、必死に頭を下げて、ヴァーリの事を自分に頼み込むヴァーリの母親と、良い笑顔で「そーゆー訳だから、ヴァーリ君は、私とあんたの息子同然。十人以上育てたんだから余裕でしょ? あ、私達もヴァーリ君の夢にチョクチョク出るからそのつもりでね?」と宣い、本当にヴァーリの夢にチョクチョク出て来て、女二人掛かりで、叱ったり。遊んだり。躾たり。甘やかしたり。やらか(浮気)したアザゼルをヴァーリの前で叱り飛ばしたり。と、死んでなおフリーダムな嫁を思い出し、ニヤリと笑ったアザゼルは、良い機会だからと前から思っていた事を口にする。

「悪魔の駒の件はこれで方が付く筈だ。神器の件が目処が付けば......俺は本格的にリゼヴィムを追う」

 薄々感づいていたとは云え、そう明言したアザゼルの言葉に、レイナーレはゆっくりと目を閉じ、次の言葉を待つ。

「優秀なお前の事だ。感づいてんだろ? 俺がグリゴリのトップを降りて、リゼヴィムを追う準備をしてる事」

 気付いている事に、気付かれていないと思っていたレイナーレが息を呑んだのを、電話越しに聞いたアザゼルは愉快そうに笑った。

「おいおい。此でもトップを勤めてんだぜ? それぐらい気付くさ」

 笑いながらそう言ったアザゼルに、隠しきれないと悟ったレイナーレが観念して「本当に、無駄に優秀ですよね」そうボソリと返す。

「お前なぁ......上司だぞ? 組織のトップだぞ? 偉いんだぞ? 少しは敬えよ」

「えっ? 嫌です。シェムハザ様やコカビエル様なら、自然と敬えますけど──アザゼルさまは無理です」

「俺だって、見えない処で色々と組織と人類に貢献してんだよ!? コカビエルの後始末だろ。SCP財団の依頼で"地球破壊爆弾"や"成長する武器"や"コトリバコ"とかの解体・無力化。ヒャハーしてた治療教会の抜本的改革とヤーナムの風土病"獣憑き"の解明及び安全な治療法の確立。伝承もあやふやな火の時代を本気で信じて、"最初の火"を作り出そうとしたバカどもをぶちのめしたりとかよぉぉぉ!!」

 信頼し重用している部下の思わぬ評価に、思わず自分のしてきた事を一気に捲し立てたアザゼルに、レイナーレは冷静に「五月蝿いので切りますね。私は忙しいですし」と告げ、電話を切ろうとする。

「おいこら。大事な話なんだからよ。有耶無耶に終らせようとするな」

 今までの経験から、ろくでもない事を言い出すと理解していたレイナーレは会話を打ち切って電話を切りたかったが、アザゼルに阻止されてしまい舌打ちをする。

「とにかくだ。神器の件に目処が付いたら、俺はグリゴリを抜ける。シェムハザとも話し合ったが......次のトップはお前が一番適任だって結論に成った」

 想像もしていなかった爆弾発言に、レイナーレが固まる。

「まぁ、すぐにどうこうと云う話じゃねーけどよ。心構えだけはしとけ」

 言うだけ言ったアザゼルが「そんな訳だから、俺の後は頼んだぞ」と会話を打ち切ろうとするが、電話を切られてたまるかと復活したレイナーレがストップを掛ける。

「待って下さい! なんで私なんですか!? 嫌ですよ! 」

 ナニが悲しくて、頭がアレな連中が揃いも揃っている組織のトップをしなくては成らないのか。そんな想いを込めたレイナーレの言葉に、アザゼルが「お前が一番適任だからだ」と返した。

「良いか? 能力で云えばコカビエルが一番だ。でもな、影響力の強いアイツをトップに据えてみろ。「コカビエル様は堕天使。同じ堕天使である自分にも同じ事はできる! できないのは本気で全力で取り組んでないからだ。成せば成る! できるまで足掻けばできるんだ! もっと熱くなれよおぉぉ!」て、暑苦しいのを量産する事に成りかねないだろ。そんなグリゴリは、俺はイヤだ」

 誰も彼もが「まだだ! 俺の限界はココじゃない! もっと熱くなれよおぉぉ! ネバァァァギブアァァップ!!」と叫んでいる光景を簡単に想像できてしまったレイナーレは、「シェムハザ様が居るじゃないですか」と辛うじて口にする。

「シェムハザの他に居ないなら、仕方なくアイツにするけどな。シェムハザは能力的に二番目が適任なんだよ」

「サハリエル様。タミエル様。ベネムネ様。アマロマス様。この中から選んで下さい」

 幹部にトップを押し付けようとしているレイナーレに、アザゼルはつい苦笑してしまう。

「サハリエルは同好の女吸血鬼と、アルアジフ偽書から預かっているデモンベインの改修と修理に未だに夢中。タミエルは営業と交渉以外は論外。ベネムネはコカビエルの奉仕者。アマロマスはブルースフィアに移籍が決まった。つまり、お前しかいないんだよ」

 "アマロマスの移籍"に反応したレイナーレが、思わず「何してるんですか!?」と声を荒げてしまう。

「ただでさえ、人が足りないのに移籍を認めてどうするんですか!」

 その言葉に、『あれ? 言ってなかったけか?』と思ったアザゼルは、どう説明したものか。と一瞬だけ考える。

「ブルースフィアの総司令官である、シャルバ・ベルゼブブから打診が有ったんだよ。大分前から」

 一度、言葉を区切ったアザゼルは、黙って続きを待っているレイナーレに向かって言葉を続ける。

「お前も知ってるだろうけどよ。ブルースフィアは簡単に言っちまうと、正義の味方の支援組織だ」

 特撮ヒーロー系チート転生者達の力を受け継ぐ、正義の味方達の様々な支援を目的として、シャルバ・ベルゼブブが中世時代に独力で立ち上げた──四国に本拠地を置く、正義の味方の味方組織"ブルースフィア・ガーディアン(地球防衛組織)"

 世界中に散らばり、孤軍奮闘していた正義の味方達を纏め上げ、中世から全力支援を行っている全世界最大最強の人間の為の組織。そんな組織のトップであるシャルバ総司令からの要請を断れなかったし、本人も乗り気だったし、アマロマスを移籍させれば繋がりを作れて、グリゴリの強化に繋がると話すアザゼルに、レイナーレは叫んでしてしまう。

「其処をなんとかするのが、トップの仕事ですよね!?」

「無茶を言うなよ。相手は世界最大最強の組織だぞ? こう言っちゃ何だが、グリゴリ如きが逆らえる訳ねーだろうが」

 情けないが納得できてしまう一言に、レイナーレは思わず舌打ちをする。

「マシな条件を付けられたんですか?」

「その辺は抜かりねーよ」

 得意気に話すアザゼルの内容──転生悪魔や神器保有者を保護したらグリゴリに無条件に引き渡す。チート技術(巨大ロボ関連技術)の受け渡し──を聞いたレイナーレは、転生悪魔や神器保有者の引き渡しは、どう考えても手に余るからグリゴリに押し付け様とする魂胆で、チート技術(巨大ロボ関係技術)の受け渡しは、アザゼルの趣味にしか聞こえなかった。

「他には何か無いんですか?」

「有る訳ないだろ? どんだけ欲張ってんだよ。あっ、ライブのチケット貰ったぞ。ルーマニアのトップアイドル(シンデレラガール)のエヴァンジェリンに僅差で勝ったギャスパーくんちゃんの」

 呑気に「手に入らなくて絶望しててよ。本当に助かったぜ」と語るアザゼルに、レイナーレは間髪を入れずに「本当に死ねば良いのに」とはっきりと告げる。

「あ゛!? ギャスパーくんちゃんをバカにすんなよ? そこら辺の女より遥かに可愛くて、歌って踊れて演技もできるルーマニアのトップアイドルだぞ!?」

 男の娘アイドル"ギャスパー・ヴラディ"に嵌まっているアザゼルの語る、ギャスパーの善さを右から左に聞き流しているレイナーレが、ギャスパーのファンに言っては為らない一言を口にする。

「男の娘アイドルなら、世界トップアイドルの涼ちゃんが居るじゃないですか。他の男の娘アイドルは全て二番煎じ。て聞きますよ?」

 その聞き捨て為らない一言に、アザゼルが、即座に反応する。

「確かに、涼ちゃんは四年もシンデレラ(世界一位)に輝いてる娘だ。でもよ、他の男の娘アイドルは二番煎じゃない! アイドルの起源は神代の時代的にまで遡る。その時代に、既に、男の娘アイドルは実在してるんだよっっ! だいたいな、涼ちゃんが男の娘アイドルとして完成され過ぎていて、涼ちゃん以上の男の娘アイドルは現れないと言われてるだけなんだ! ギャスパーくんちゃんはアイドル発祥の地であるルーマニアのアイドルとして、誰もが諦め不可能と思っている打倒涼ちゃんを本気で目指してんだぞ! シンデレラの称号をアイドル超大国日本から奪い返そうと頑張ってんだよ! 応援したくなるだろうが!?」

 一気に捲し立て熱弁したアザゼルに、ドン退きしたレイナーレは思わず『ヴァーリがグリゴリを飛び出した理由は、此も有るんじゃ......』と思いながら、「なら、ヴァーリを次のトップにしましょう。あの子はカリスマが有りますし」と、話を強引に戻した。

「お前なぁ......大事な話をしてんだぞ。真面目に聞けよ。だいたい、お前をトップに据えるのは、ヴァーリをグリゴリに戻すエサでも有るんだよ。変に男気魅せる時が有るからな。初恋の女性が大変な目に合ってたら、アイツは絶対に助けに向かう。アイツはそーゆー奴だ」

「あの子が小さい頃の話ですよね? それに、誰があの子をお風呂に入れたり、寝かしつけたり、勉強を教えたりしたと思っているんですか」

 小さい頃は本当に素直で可愛かったのにー と、うっすらと思いながら、幼いヴァーリに良く言われていた「大きくなったらお嫁さんにしてあげる」と云う、小さい子あるあるをネタにしているアザゼルに、レイナーレが深い溜め息を付く。

「一応聞くけどよ。お前自身は、ヴァーリをどう思ってんだ?」

 そう問いかけたアザゼルは、予想道理の「弟ですね。手の掛かる」と云うレイナーレの言葉に、心の中で『これだから、天然の魔性の女てのはっっ』と毒付く。

 基本的に、大人達が忙しい中で、小さい子供達が寂しい想いをしなくていい様に、手の空いている者が面倒を看るのがグリゴリのやり方。

 それなのに、料理上手で優しい年上のスタイルの良いお姉さん(レイナーレ)が、忙しい中で時間を作って、手料理を振る舞ったり、添い寝してくれたり、遊んでくれるのだ。溜まりに溜まった疲れで、時折、ウトウトしているのに、小さい子供達に、少しでも寂しい想いをさせたくないと。

 故に、グリゴリで育った男達に「初恋の相手は誰ですか?」と聞けば、半数以上がこう答えるのだ。「レイナーレだ」と。

 しかも、レイナーレは戦闘要員であり、有事──モンスターがグリゴリを襲った際は、あの刺激の強い姿で、子供を含む非戦闘要員を避難させたり、戦ったりするのだ。バルンバルン揺らしながら。 

 つまり、レイナーレはグリゴリで育った男達にとって、近所の優しいお姉さんor保育園・幼稚園・小学校の先生ポジションの女性であり、グラビアアイドル等の生まれて初めての"性的な象徴"だったりする。

 云ってしまえば、レイナーレにとって、小さい男の子の"お嫁さんにしてあげる"は、佳く言われる聞き慣れた言葉でしかない。だからこそ、小さい頃から面倒を看ているヴァーリを含む男達が、本気で告白したとしても、レイナーレは「はいはい。私も好きよ」で流してしまう。

 彼等がどんなに男らしく成長したとしても、レイナーレの中では、"手の掛かる可愛い弟"でしかないのだから。

 その事を察しているアザゼルは『ヴァーリ(息子)がグリゴリを飛び出した理由の一つが、お前に男として見て欲しい。てのが有るんだよ! いい加減に色々と気付けよ!! この童貞キラー!!』とレイナーレを心の中で罵る。

「ヴァーリも彼女ができれば、少しは落ち着てくれるんでしょうか……」

 リゼヴィムを追って世界中を駆けずり回っているヴァーリを想っての言葉に、「お前が彼女。いや、嫁に成るんだよ!!」と云う言葉を必死に飲み込んだアザゼルは、息子の前途多難振りに深い溜息を付いてしまう。

「とにかく。お前が次期トップで、そのサポートがヴァーリとシェムハザ。これは決定事項だ。分かったな?」

 ヴァーリ(息子)の初恋の応援を地味にしているアザゼルの言葉に、レイナーレは物凄く嫌そうな表情を浮かべる。

「どうしてもですか?」

「どうしてもだ」

「私が駒王町に一人で赴任したのは、人手不足だけではなくて、あの子を誘き寄せる餌であり、トップに据える為の実績と人脈作りも兼ねてたんですね?」

「そうだ。駒王町は問題の起きやすい土地で、お前の性格なら問題に首を突っ込む。そして、ヴァーリはお前を助けに姿を現す。完璧だろ?」

 電話の向こうでドヤ顔をしているだろうアザゼルに、レイナーレが電話越しでもはっきり聴こえる様に舌打ちをする。

「本当に、死ねば良いのに」

 電話越しの舌打ちと暴言に、アザゼルのこめかみが引き吊る。

「お前よ......ナンなんだよ。何で、そんなに俺の事の嫌ってんだよ?」

 息子の最有力花嫁候補に、此処まで嫌われる謂れは無いと思っているアザゼルの言葉に、レイナーレは「は? 本気で言ってます? それ?」と、とてつもなく冷たい口調で返す。

「誰かさんが資金集めに作ったゲーム。"神話大戦"シリーズのせいで、私、有明の女王て、呼ばれてるんですよ? 艦これのキャラクターの鹿島とかと何度も頂上決戦してるんですよ? 私を題材にした十八禁の同人誌やゲームやフィギュアが沢山出てるんですよ? 誰かさんのせいで」

 グリゴリの資金稼ぎの一環として制作販売している全神話のごった煮シミュレーションゲーム"神話大戦"のせいで、販売当時から有明の女王として君臨する嵌めに成ったレイナーレの言葉に、アザゼルが「いや、待て、俺のせいじゃないだろ!?」と反論を開始する。

「そもそも、お前をモデルにした"レイナーレ"があんなに人気が出るなんて誰が予測できるんだよ!」

「でも、二次創作禁止とかの処置は取れましたよね?」

「認知度を高める為には、二次創作okの一択だろうが」

「せめて、エロ禁止とかできましたよね?」

「エロは偉大なんだ! 人類の発展の歩みを見てみろ! 大抵はエロ関係か軍事関係だろうが! エロは世界を救うんだよ!」

 アザゼルの魂の主張を聞いたレイナーレは、大きく息を吸い込む。

「本当に! 死ねば! 良いのに!!」

 電話越しに大声で叫ばれ、耳がキーンとしているアザゼルは小さく「ぐおぉぉ」と呻く。

「てめえ......いきなり何しやがる!? だいたいな! 俺はヴァーリの玄孫を抱くまで、絶対に死なないて決めてんだよ! 残念だったな!」

 その言葉に、どれだけ長生きするつもりなんだと突っ込みを入れようとしたレイナーレは、フッと思い付いた事を口にした。

「分かりました。あの子に会ったら、女性を紹介しますね。そして、ヴァーリに子供ができたら、即座に婚約者を宛がいます」

「おい。バカ。ヴァーリがマジ泣きするからやめろ。それに、ヴァーリと結婚を前提に付き合いたい女が居なかったらどうすんだよ」

「はっ、有り得ませんね。見た目も中身もイケメンに育ったあの子を嫌がる女性なんて居ませんよ。それに、最悪は喪女集団のヴァルキリーが居ますし」

「そのヴァルキリーに見向きされなかったらどうすんだよ?」

「は? 私の弟ですよ? 確り、色々と教え込んで育てたヴァーリですよ? モテるに決まってます。もし、本当に相手が居なかったら、私があの子と結婚しますよ」

「へぇ......言ったな? 二言は無いよな?」

「あの子に彼女が居ないなんて有り得ませんから。そうですね......三年後に彼女が居なかったら、私があの子の彼女に成ります。有り得ませんけどね」

 思わぬ場面で言質を取れたアザゼルがニヤリと笑う。

「三年だな?」

「ええ。三年後です」

 電話越しに言質を確認したアザゼルは素早く別のスマホを操り、ヴァーリに"三年間。彼女を作るな。女を近付けるな。そうしたら、レイナーレが彼女に成ってくれるぞ。そのまま結婚しちまえ"とメールを送信する。

 すると、即座に"分かった。彼女以外の女性に興味はない。余裕だ"と短い返事が返って来て、アザゼルが声を出さずに愉快そうに笑う。

「いや~ 三年後が楽しみだぜ」

「有り得ませんけどね。三年後にヴァーリに彼女が居た場合は、私ではなく、ヴァーリをトップに据えてください」

「ああ。良いぜ。おまけに丸亀の激辛MAXうどんを鼻から食ってやるよ」

「それは楽しみですね。その光景をニコ動とユーチューブに投稿して差し上げますよ」

 電話越しに両者が嫌らしい笑みを浮かばていたが、時間を確認したレイナーレが慌てて「本当に時間が無いので切ります。この後、柳川師範に立ち会いをお願いしないといけないので」とアザゼルに告げる。

「亀仙流の師範代だっけか。確りと人脈を作っとけよ。後々で役に立つんだからよ」

「次のトップはヴァーリですけどね」

 自信満々にそう言い切ったレイナーレに、アザゼルはニヤリと笑う。

「いや、本当。今から三年後が楽しみだぜ」

 その言葉に、殆ど負け戦が確定しているレイナーレもニヤリと笑う。

「ええ、本当に楽しみですね」

 アザゼルとの定時連絡を終え、柳川師範の都合の良い日を電話で確認したレイナーレは、漸く、朝の予定を全て消化して一息付く。

 

 

 一方で、初恋の女性──レイナーレの力に成る為に(アザゼルに唆されて)駒王町を訪れていたヴァーリは、またまた立ち寄った大衆食堂で、殺人事件の容疑者として扱われていた。

「以上の事から、彼が殺人を犯していないと断言できます」

 しかし、偶然に居合わせた病院帰りの高校生。元浜慎二によってその窮地を脱していた。

「そして、この殺人トリックを完遂できるのは......一人しか居ません。僕が其れを告げる前に自首をしてください」

 女子の体型を数値化できる観察眼。そして、推理マニアの両親によって、幼少の頃から培った推理力と洞察力を駆使して、殺人トリックを見破り、真犯人を探り当てた元浜は、悲痛な表情を浮かべる。

 ざわつく周りを余所に十分間沈黙していた元浜が、スッと真犯人──小さい頃に、遊び相手に成ってくれたり、何かあれば慰めたりしてくれた、近所の女性を指差す。

「このトリックを完遂できるのは......貴女しかいない。つまり、貴女が犯人なんです」

 今にも泣き出しそうな表情をした元浜のトリックの解説。そして、二十年前に事故として処理された殺人事件の真相。それに起因する動機。それらを黙って聞いていた女性が狂った様に笑いだす。

「ナニよそれ。なんで、あの時。あの場所に。君が居てくれなかったの? 今の様に真実を暴いてくれたら......私は復讐なんてしなくて済んだのに」

「............ごめんなさい」

「謝らないでよ。「その頃、僕は生まれていなかった」て、言い返しなさい」

 困った様に、どこか哀しげな笑みを浮かべた女性が、偶々居合わせただけで、冤罪で逮捕されそうになったヴァーリに深々と頭を下げた。

「ごめんなさい。貴方に罪を被せるつもりは無かったの」

「彼のおかげで助かりましたし......それに、貴女の気持ちも何となくですが、分かりますから」

 嘗ての自分の様に復讐に囚われ、その復讐から抜け出せなかった女性の姿に、アザゼルや二人の母親。そして、レイナーレに助けて貰わなかったら......目の前の女性の様に全てを台無しにしてでも、復讐の道を歩んでいたのかと思うと同時に、アザゼル達の様な存在が彼女の周りに居なかったのかと考えると、ヴァーリは無性に悲しくなった。

 

「教えて下さい。"誰"なんですか? 貴女にこのトリックを教えたのは」

 通報を聞き付け、駆け付けていた警察官に連行される女性が、元浜の質問に足を止める。

「混合毒の事? それなら、自分で思い付いたのよ。実際に有った事件とか推理モノを参考にして」

 元浜に罪を暴かれて、どこか安堵が見られる女性は、「もっとも、名探偵君には通じなかったけどね」と小さく溢す。

「言い換えます。貴女に復讐を唆したのは"誰"ですか?」

「誰も居ない。二十年前から、一度も、忘れた事なんてないわ」

 そう言い残し連行された女性を見送った元浜が、握り拳を握り締め、下唇を噛み締める。

「そんな訳ないだろ......実際の事件と推理モノを参考にして、毒の比重が正確に解るかよ」

 一年以内に起こった凶悪な事件。それらほぼ全てに関わり解決している元浜は、見えない糸の様なモノを感じていた。

 多くの事件は突発的なモノが殆どで、小説や映画の様なトリックを駆使した事件なんて極僅か。それなのに、一年前からトリックを駆使した"創作物"の様な事件が多発している。

 ドラマの様なストーリー性の有る人物達が、事件に巻き込まれ、事件を起こす。

「何処の誰かは知らないけど──絶対に引きずり出して、法の裁きを受けさせてやる」

 小さく小さく呟いた元浜が、騒がしい周りを無視して現場を立ち去ろうとしたその時、その呟きを聞いたヴァーリは立ち去ろうとする元浜を呼び止める。

「ありがとう。君のおかげで助かったよ。お礼がしたいんだ。付き合ってくれないか?」

 そう言いながら、元浜の肩に馴れ馴れしく手を置くと、ヴァーリが周りに聴こえない小さい声で、元浜に囁く。

「君は黒幕が居ると思っているのか? もしそうなら、俺に着いて来てくれ。見せたい物が有るんだ。この事件を解決した君なら何か解るかも知れない」

 そのヴァーリの言葉に、元浜は静かに頷いた。

 

 アザゼルから教わった駒王町に置ける堕天使の拠点。

 勝手知ったる我が家の様に上がり込んだヴァーリは、元浜をリビングの案内すると、冷蔵庫を漁り、レイナーレが作り置きをしているお手製のフルーツジュースを見付けると、用意していた二つのコップに注ぎ、渡した資料を読み込んでいるだろう元浜が居るリビングに戻る。

「どうだ? 役に立ちそうか?」

 渡された様々な事件の詳しい資料に目を通していた元浜は、二つのコップを持って戻って来たヴァーリの言葉に、「どうやって、こんなに詳しい資料群を手に入れたのか知りたい。てのが一つ」そう言いながら顔を上げて、ヴァーリを一瞥すると再び資料に目を戻す。。

「もう一つは、この事件全てが"フィクション"の様な事件だと云う事」

 全ての資料に目を通した訳でも無いのにそう言い切って見せた元浜に、ヴァーリが眉を潜める。

「全てを見た訳でも無いのに、どうしてそう言い切れる?」

「速読は愛読家の必須技能だよ。流し読みでも、概要ぐらいは理解できるさ」

 なんて事ない様に言ってのけた元浜に、ヴァーリは『上手くやれば、心強い協力者を得られるかもしれない』と内心で笑みを浮かべた。

「俺は、この全ての事件は一人の男が糸を引いていると考えているんだ」

 恐らく同じ事を考えていると思ったヴァーリは、元浜の信用と協力を得る為に、話せる限りの事を話す決意を決める。

「その根拠と理由は?」

 ヴァーリから受け取ったコップに口を着けずに、テーブルの上に置いた元浜は、資料を読み込む作業を続ける。

「君が言った通り、全ての事件はドラマじみているんだ。まるで、脚本家が居るかの様に」

 その言葉で、資料を読む手が止まった元浜に、ヴァーリが言葉を続ける。

「ドラマじみた事件を追い続けて、一人の男──リゼヴィム・リヴァン・ルシファーに行き着いた」

 滲み出そうになる怒りを圧し殺し、可能な限り、冷静に言葉を選びながら、ヴァーリは更に言葉を続ける。

「全ての事件を起こした犯人の知り合い。もしくは、犯人の友人の知り合い。または、知り合いの知り合い。そんな関係の薄い処に、必ず、リゼヴィムの姿が有る」

 その言葉に、元浜が漸く資料から目を離し、ヴァーリを真っ直ぐに見据える。

「でも、事件に関わった形跡は無い。いや、そもそも、事件当日前後に、その人物の姿は無かった。違う?」

 今から言おうとした言葉を先に言われたヴァーリは、驚きに目を見開く。

「ああ、やっぱりそうなんだ。だろうね。もし、僕が事件を演出するなら必ずそうする。わざわざ姿をちらつかせてるのは、挑発かな? "捕まえて見せろ"てさ」

 一見関係性の無い凶悪事件。唯一の共通性はフィクションじみている事。人種も国も使われたトリックも違う一連の事件に共通性が有る。自分以外にその事に気付いた人が居るとは思って居なかった元浜は、小さい笑みを浮かべた。

「人間関係を丁重に調べるの大変だったでしょ?」

 手に持っていた資料をテーブルの上に置いた元浜が、今まで口を着けなかったコップを手に取り、一気に飲み干し、空になったコップを静かにテーブルに置いた。

「力を貸して欲しい。僕はただの高校生に過ぎない。一応、警察にコネは有るけど微々たるモノで、黒幕と戦うには武器として頼りない」

 元浜に協力を求めるつもりだったヴァーリは、先に元浜に頭を下げられてしまい、一瞬、どう反応して良いか考えた後、養父の「友情てのは、その場のノリと勢いだ」との教えを思い出し、元浜の様にコップに入ったジュースを一気に飲み干すと、テーブルの上に置く。

「俺は、オヤジのおかげで、様々な処にツテが有る。でも、アイツを追い詰める力が無い。アイツの罪を暴く為に、君の力を貸してくれ」

 

 斯くして、漸く、推理冒険モノの二人の役者──主人公達は舞台に上がる。

 それこそが、怨敵の書いた筋書きだと知らずに。

 固い握手を交わす二人の姿を盗み見て、筋書き道理だと嗤う黒幕の、掌の上だと気付かずに。

 その敷かれたレールから一度も抜け出さなかった二人の主人公達は、黒幕に与えられた情報を元に、打倒を誓う。




 レイナーレさんは、天界に亡命した方が幸せに成れると思う。 
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最新の英雄譚  その序章

 簡単な時系列
 
 ヘラクレス君。 十三~十七才
 想い人を殺してしまい自暴自棄になり暴れて、闘士(師匠)に鍛えられる。
 ヘラクレス君。 十七才
 十二の試練とクトゥルフ騒動。
 その後、聖域で修行。 十七~十八才
 闘士(師匠)の紹介でアバン先生に弟子入り。 十八~十九才
 亀仙人に弟子入り。十九才

 ヘラクレス君。十七才にして、十二の試練を乗り越える偉業を成し遂げる。


 なお、世界一の家庭教師アバン先生の自信を、粉々に粉砕すると云う偉業も、成し遂げる。


 現代の秘境の一つ。ブラジルのサンパウロ州にある無人島に訪れていた現代のヘラクレスは、猛毒の蛇ハララカを気にする事無く、大地に寝そべっていた。

「あのジジイ......強いにも程があんだろうが......」

 五万匹にも達する猛毒の蛇ハララカが至る処に生息している為に、島への上陸をブラジル政府に禁止されているにも関わらず、平然と居を構えている当代の武天老師に挑む為に、世界最高の家庭教師として有名なアバン先生の紹介状を携えて泳いで島に上陸したヘラクレスは、武天老師に成す統べなく惨敗し、天を眺めていた。

「本当に二百歳越えてんのかよ......あのジジイは」

 ツルパゲで自分の半分の背丈も無い老人に惨敗したヘラクレスは、手も足も出なかった理由を必死に考えていた。

「聖闘士みたいに光速戦闘できるて、訳じゃないんだよなぁ」

 嘗て闘った聖闘士の様に、目で追えない速さで動いているわけでもないのに、一瞬だけ認識できない速さ動く武天老師に翻弄されてしまったヘラクレスが、「訳がわかんねー」と呟く。

 自身に音も無く近付く猛毒の蛇を握り潰し、アバン=デ=ジニュアールの名を継いだ当代のアバン先生の教えを思い出していた。

「緩急つけた動きは、時として......どうこう云ってた気がすんだけどなぁ」

 ボリボリと頭を掻き、「なんだったけか?」と首を捻りながら、師事してくれたアバン先生の言葉を必死に思い出そうとしていたヘラクレスは、「貴方の場合は、"考えるな。感じろ"を地で行った方が、より早く強くなれると思いますよ。とは云え、考える事を放棄するのはいただけませんが」の言葉を思い出し、体を起こす。

「アレだな。"バカの考えはズルやすみ"てヤツだ」

 冥府の最奥に囚われている恋人が聞いたら、即座に突っ込みを入れるであろう言葉を口にしながら立ち上がると、飛び掛かってくる毒蛇を叩き落とし、首をコキコキと鳴らす。

「もう一戦、挑んでから考えるか」

 島に上陸してから、武天老師に幾度と無く挑み、何度も口にした言葉を口の中で転がしながら、じゃれついてくる毒蛇を、叩き落とし、握り潰し、踏み潰して、武天老師が居るであろう岬を目指して歩みを進める。

 

「なんじゃ、もう休憩は終わりか?」

 毒蛇が跋扈する島で暢気に釣りを楽しんでいる、齢二百歳を越えているツルパゲで小柄の老人。武天老師は、ノシノシとやって来たヘラクレスを楽しげに見上げる。

「おう。何か掴めるまで挑ませて貰うぜ」

 拳と掌を打ち付けながら、何度も惨敗しても懲りずに同じ台詞を口にしながら挑んでくるヘラクレスに、全神話の戦いに関する神々に闘いを挑み、"お前こそが武の頂点だ"と認めさせた老人が楽し気に笑う。

「本当に呆れる程の頑丈さじゃわい」

 百を越えてから、挑み挑まれるのは当代の東方不敗だけで、最近の直弟子は悪魔のサイラオーグくらいだった武天老師は、星の大英雄ヘラクレスに本気で勝とうとしている現代のヘラクレスを鍛えられるのが楽しみになって来ていた。

 もしかしたら、本当に、あの、人類史上最強に、勝てるかもしれないと。

 人類史上、誰も成し得なかった偉業を成し得る可能性を持つ漢が、自分を踏み台に選んだ。その事が、武天老師には堪らなく嬉しかった。もはや、遺せるモノが何も無い。朽ちて逝くだけの搾り滓の老骨に、まだ、遣れる事が有ったのだと。

 

「さて、では始めるとするかの」

 垂らしてきた釣糸を巻き上げ、釣竿を置いた武天老師が、枯れ枝の様な両腕をダラリとぶら下げたまま、ろくな構えを取らずに、ヘラクレスと相対する。

 今度こそ、奇妙な速さと動きの正体を掴もうとするヘラクレスが、グッと身を小さく屈め、左足を一歩踏み出すと、半身に成りながら、顎と腹を守る為に両腕を持ち上げて構えを取る。

 ヘラクレスが構えたと同時に、武天老師がゆっくりと歩き出し、その歩みが早足程の速さになった瞬間。その姿が一瞬だけ消え去り、10歩以上離れていたにも関わらず、次の瞬間には、ヘラクレスに肉薄していた。

 目を凝らし、感覚を研ぎ澄ませていたにも関わらず、またもや、一瞬だけ見失ってしまったヘラクレスは、そのまま繰り出された小さい拳を払い除けようと、丸太のごとき太さの右腕を動かすが、枯れ枝の様な細い腕に絡め取られてしまう。

「ちっ」

 絡め取られた右腕をそのままに、短く舌打ちしたヘラクレスが、空いている左腕を使い、武天老師に掴み掛かる。

 伸ばした手が、後僅かで届きそうになった次の瞬間、ヘラクレスの巨体は宙を舞い、砂浜に叩き付けられた。

「ほい。儂の勝ち」

 軽やかに投げられて、天を仰いでいたヘラクレスの額を、武天老師の拳がコツンと叩く。

「あ~クソ。また負けた」

 大の字に寝転がっているヘラクレスが、悔しげに呟きながら立ち上げる。

「ジイさん。もう一戦だ」

 もう一戦してから考えると云う言葉を、すっかり忘れているヘラクレスに、武天老師は楽し気に笑う。

「逸る気持ちを抑えるのも修行。ほれ、昼飯にするぞ」

 そう言いながら背を向けて、自力で建てた掘っ建て小屋に向かう武天老師に、玩具を取り上げられた子供の様な表情を浮かべたヘラクレスが、「もうかよ。こっからだってのによぉ」と不満気に洩らしながら、その背を追って歩き出す。

 

 ブラジル政府との取引。血栓融解剤の材料になる猛毒蛇ハララカを狙う密猟者の捕縛と保護を担う代わりに、無人島に住む事を許されている武天老師の住まいに上がり込んだヘラクレスは、床に広げられた食事に手を付けながら、武天老師の講義に耳を傾けていた。

「つまり、此を行えば、"見えてる"のに"見えていない"と云う認識の齟齬を生み出せる。と、云う訳じゃな」

 心理学に基づいた知覚と感覚による認識の説明。そして、それを武術に応用する方法を聞いていたヘラクレスが首を傾げる。

「いや、見えてるなら見えてんだろ。知覚と感覚がどうこうて云われてもわかんねーよ」

 できる限り噛み砕いた説明をしたにも関わらず、不思議そうに首を傾げているヘラクレスに、『これ程の才を与えておきながら、何故、天はこやつに考える力を与えなかったのか......』内心でそう嘆いている武天老師は、どうしたらものかと考えながら言葉を紡ぐ。

「要は、"見ている"と"見えている"の違いじゃ」

 意識して目視している事と、意識しないで目に写っているだけの違いを説明する武天老師に、両腕を組んだヘラクレスは眉間に皺を寄せながら首を捻る。

「良くわかんねーけど、アレか? 師匠やアバン先生が言ってた"目と勘だけに頼るな"てヤツ」

 自暴自棄に成っていた自分を叩きのめし、様々な事を教えてくれた闘士(師匠)と、知識や技術の足りない自分に"アバン流殺法"の教えを、根気強く教えてくれた先生を思い出したヘラクレスは、「あれ?」と声を上げる。

「なんだっけか? ナンか思い付いたんだけどなぁ......」

 頻りに首を捻り、ムムム。と唸りがら考え込んでいるヘラクレスを見た武天老師が、弟子が殻を破ろうと足掻いている光景を楽しそうに見ていた。

 暫くの間、「なんだっけなぁ」とか、「あークソ。思い出せねー」と四苦八苦していたヘラクレスが、「ダメだ。思い出せねー」と言いながら、バタリと仰向けに寝転がる。

「もう少し、考えんか。考える力を養うもの修行のうちじゃ」

 その様子を呆れながら見ていた武天老師の言葉に、ムクリと身を起こし座り直したヘラクレスが、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、「んな事、言ったてよぉ......苦手なんだよ」とボヤキながら食事を再開する。

「ジイさん。食い終わったら、稽古付けてくれよ。身体を動かせば思い出すかも」

 一分一秒でも早く強くなりたいヘラクレスの言葉。

 頭を使おうとしない弟子に対して、武天老師は深い溜め息で返事をした。

 

 昼食を食べ終わり、稽古を開始したヘラクレスは、当然の如く、惨敗し、大地に寝そべって空を見ていた。

「なぁ、ジイさん。実は光速戦闘ができるんじゃないのか? だから、一瞬だけ見失うんだろ?」

 一瞬だけ見失う。または、繰り出された攻撃が一瞬だけ加速する。その動きの秘密が分からないヘラクレスが、寝そべったまま武天老師を見上げる。

「アレは、コスモとか云う不思議パワーを身に付けた者だからできる芸当じゃよ」

 "体内に秘められた宇宙的エネルギー"だの、"肉体に宿る宇宙"なんて云われている良く分からない不可思議な力。

 "気"等の様に、"全ての生命の根源たる力"や"生命そのものの力"なんて解釈もされてたりするが、武天老師を始めとした"生命の力"を扱う者からしたら、何か違う不可思議パワーとしか云い様のないモノ。

 "心力"や"魔力"。もしくは、"理力"等の"精神の力"とも違う、本当に良く分からない不可思議エネルギー。

 そんな良く分からないモノを身に付けた覚えのない武天老師の言葉に、ヘラクレスは「だよなぁ」とだけ返す。

「しかし、良く聖闘士に勝てたの......」

 気等の力を身に付けているならともかく、それらを身に付けていないにも関わらず、光速戦闘が可能な聖闘士に勝って見せたヘラクレスに、武天老師が呆れた様に呟く。

「別に、難しい事してないぜ? 殴ったり蹴ったりしてきたのを掴んで、ぶん殴ったりしただけだしな」

 光速で飛んできた拳と蹴りを、感覚と勘だけで捌いたり掴まえたりしただけだと語るヘラクレスに、武天老師の頬が引き吊る。

「恐ろしいまでの才じゃのう......」

 通常は、何らかの方法で、刹那の瞬間だけ光速の動きに食らい付いて、何とか対処するしかない。それをせずに、力業で真正面から叩き潰したと告げたヘラクレスが勢い良く立ち上がる。

「どんなに才能が有っても、ヘラクレスに勝てなきゃ意味が無いんだけどな」

 そんな事をボヤキながら、ヘラクレスはコキコキと肩を鳴らす。

「続きをしようぜ。此方は早い所、最強にならないといけねーんだ」

 真剣な表情ではっきりと"最強になる"と言い切ったヘラクレスに、武天老師が「ふむ」と呟き、少しだけ考え込むと口を開いた。

「ならば、荒修行と往くか?」

 先代の武天老師に施された修行と云うなの過酷な荒行。己が武天老師の称号を継いでから、誰にも施さなかった"可愛がり"。

 未熟な部分が見られるが、目の前の漢ならば、乗り越えられるかも知れない。そう考えた武天老師の言葉に、ヘラクレスが眉を潜める。

「荒修行? 何をするんだよ?」

 荒修行と銘打って、師匠と呼んでいる闘士に、何時もの三倍の速さと高さで車田落ち(拒否権無し)をやらされたり。とても良い笑顔のアバン先生に、「貴方に必用なのは"アバンスラッシュ"ではなく、"無刀陣"です。頑張って習得しましょう」とボッコボッコにされた事を思い出したヘラクレスが、またかよ。とでも云いたそうな顔をする。

「なに、難しい事ではないわい。本気の儂と戦って生き延びるだけじゃよ」

 全神話の戦いに関する神々に挑み、武の頂点と認めさせた漢の本気。現時点で武天老師と対等に戦えるのは、東方不敗とムサシ。もしくは、ヴァスコ・ストラーダと堕天使であるコカビエル。そして、ぬらりひょんだけだと云われている。

 正真正銘、現代最強の一角。

 そんな化け物と本気で闘う。誰もが忌避する最悪の無茶振りに、ヘラクレスは嬉しくて堪らないと笑う。

「本当に、本気で、全力で、俺と闘ってくれるのか?」

 "武天老師" "東方不敗" "ムサシ" "ヴァスコ・ストラーダ" "コカビエル" "ぬらりひょん"

 最初から、現代最強達を、ヘラクレス(星の大英雄)に勝つ為に挑んで学ぶ(踏み台にする)と決めていたヘラクレス(最新の大英雄)が、獰猛に笑う。

「安心せい。お主が死ぬ事がないように、ちゃんと加減はするわい」

 そう言った武天老師が、ボソリと「仙豆も有る事じゃしな」と呟いた。

 

 それなりに数が居るとはいえ、血栓融解剤の材料となる猛毒蛇ハララカを無闇に減らす訳にはいないから、岬に場所を移す。との武天老師の言葉に、『あっ、やべ。俺、結構殺してる』と内心で慌てていたヘラクレスだが、岬に辿り着いた頃には、『バレたら......謝りゃなんとかなんだろ』と能天気な結論を出していた。

 

 武天老師の先導で岬に着き、逸る気持ちを押さえ付けていたヘラクレスは、立ち止まった武天老師が振り向いた瞬間。自身の胸が貫かれ、首がへし折られ、死ぬ光景を幻視した。

「は、ははは。すげぇ! 此が! 此が、武の頂点かっっ!!」

 自分の背丈の半分もない。腕は枯れ枝。体はヒョロヒョロ。足はガリガリ。

 嘗て闘った強敵達の様な闘気の圧も感じない。

 星の大英雄ヘラクレスの様な圧倒的な力を、全く感じない。

 それなのに──ヘラクレスの全細胞が"逃げろ"と"命乞いをしろ"と命じてくる。

 自然と下がりそうになる足を、無理矢理に前に動かした瞬間。ヘラクレスの目に映っていた武天老師の姿がぶれる。

「は?」

 気が付けば、ヘラクレスの左膝が、武天老師の前蹴りによって砕かれた。

 体を支えられなくなったヘラクレスが、バランスを崩し、倒れ込むよりも早く、小さな拳がヘラクレスの腹部に突き刺さる。

 それでもなお、闘志を滾らせていたヘラクレスが、左手で武天老師の右肩を握り潰そうと動かすが、枯れ枝の様な腕が触れた瞬間、その太い左腕が曲がってはいけない方向に曲がる。

 激痛による絶叫を噛み殺し、右拳で武天老師を殴り飛ばそうと足掻くが、肩を手刀に貫かれてしまった。

 何もできずに前に倒れ込むヘラクレスは、せめて噛み付いてやろうと口を開けるが、鼻っ面を強かに撃ち抜かれてしまい、仰向けに倒れ込む。

 攻める事も、守る事もできずに、天を見ているヘラクレスの顔面に、武天老師の拳が撃ち降ろされた。

 

 ヒューヒューと呼吸しているヘラクレスは、歓喜していた。

『これだ。この最強達と戦えば、俺は確実に強くなれる。ヘラクレスと戦える強さを......アイツを冥府から連れ出せるだけの力を手に入れられる!』

 だからこそ、この程度で寝ていられない。と、動かない身体を無理矢理に動かそうとするヘラクレスの口に、武天老師が仙豆を捩じ込む。

「大人しくソレを食べるんじゃ」

 吐き出す訳にもいかず、仕方無しにポリポリと仙豆を食べ飲み込んだヘラクレスの身体が、瞬く間に完治した。

「なんだこれ!? 怪我が治ったぞ??」

 痛みが完全に引いたヘラクレスが立ち上がり、砕かれた左膝をペタペタと触り、左肘を曲げたり伸ばしたりし始める。

「お主が食べたのは仙豆と云っての......」

 亀仙流の開祖が、親しい友人(生産チート転生者)から譲り受けたモノであり、あらゆる怪我を治し、一粒で十日分の栄養がある事を聞いたヘラクレスが、「便利なモンがあるんだな」と溢しながら、自分の両頬をパンと叩き気合いを入れる。

「うし。続きをやろうぜ」

 次こそは何かを掴んで見せると意気込むヘラクレスに、武天老師は愉快そうに楽しそうに笑いながら、ヘラクレスの抱える問題に気付き始めていた。

 

 その後、ヘラクレスは、両腕をへし折られ、背骨の一部を砕かれ、左目を抉られ、脇腹を貫かれ、内蔵を破壊された。

 何度も何度も惨敗し、幾度となく死にかける。

 それでも、ヘラクレスは、死にかける度に、仙豆を喰らい、武天老師に挑む。

 常人なら精神に異常が起こっても仕方無い状況下で、ヘラクレスは楽し気に笑う。

 強くなっている。負けるまでの時間が少しずつ延びている。何も反応できなかったのができる様になってきた。と、ヘラクレスは楽し気に笑う。

 アイツを迎えに行ける日が、少しずつ近付いてきた。と、ヘラクレスは愉快そうに笑う。

 

 日が落ち始める頃には、ヘラクレスは関節を破壊されない程に成長していた。

 緩急・静動を付けた武天老師の動きに、徐々に対応できる様になっていたヘラクレスの一撃が、始めて、武天老師の身体を掠める。

「うっしゃあぁぁぁ! どうだ! 今、掠めたよな!?」

 島に上陸して丸一週間。今の今まで、反撃らしい反撃ができなかったヘラクレスは、嬉しさの余り、思わず両手でガッツポーズを取ってしまう。

「集中力を切らすでないわい」

 嬉しすぎてガッツポーズをしながら破顔してしまったヘラクレスの弛緩しきった腹部に、武天老師の拳が突き刺さり、余りの激痛にヘラクレスが腹部を両手で押さえながら蹲る。

「ぬぉぉぉ......マジでいてぇぇ」

 腹部を押さえながら蹲る大柄の青年を見て、武天老師は『どうしたものか』と考えていた。

「もうすぐ日が落ちる。今日はここまでじゃ」

「このまま、夜間稽古といこうぜ」

 食い下がろうとする青年の言葉に、武天老師は首を左右に振る。

「よく動き。よく学び。よく遊び。よく食べて、 よく休む。それこそが、亀仙流の教えであり。亀仙流の極意じゃよ」

 どうか、この言葉を胸に刻み。この言葉に籠められた願いを、想いを理解して欲しい。

 そう願い祈った武天老師は、終の住みかに歩みを進める。

「............そんな暇、俺に有るかよ」

 ただの人の身で、星の大英雄が率いる英雄の軍勢とギリシャの神々に打ち勝たなくてはならない青年は、小さく苦し気に呟いた。

 

 自分より大分遅れて帰って来たヘラクレスが、グガーとイビキを掻いて寝ている側で、武天老師は当代のアバンの紹介状に、再び、目を通していた。

 其処に書かれていたのは、ヘラクレスの目的と現状。

 

 ヘラクレスは、自身を省みる事なく、早急に強くなる事に固執している。

 生まれ持った神器を忌避している。

 なにより、ヘラクレスは自分自身を赦せていない可能性が高い。

 そして、それらは、ヘラクレスの目的である女性でも、改善が難しい。

 ヘラクレスが語った、占い師と天使に、何か嫌なモノを感じた為、独自で調査を開始した事。

 もしかしたら、協力を仰ぐ事になるかも知れない事。

 

 それらに目を通した武天老師は、自分の考えが甘かった事を悔いていた。

 才能の事を加味しても、たった数時間で武の頂点と詠われる己と、ある程度とは云え打ち合える程に成長するは異常と云うよりなかった。

 そして、その異常な成長の根本に有るのは、最愛の女性への想いと罪悪感。

 武だけに人生を捧げてきた自分には、想像もできない想い(重荷)を抱える青年を、チラリと見た武天老師は、どうすれば良いか判らずに、深い溜め息を付いた。

 もしかしたら、終の住みかと定めたこの場所ではなく、終わりの地が別の場所になるかも知れないと。

 

 荒修行を始めてから4日。

 最新の大英雄は、武の頂点に食い下がれる程に成長していた。

 原理が分からないまま、一瞬だけ見失う移動や一瞬だけ加減速する攻撃に、ヘラクレスは"なんとなく"で対応できる様になっていた。なってしまっていた。

 

 繰り出した右拳を枯れ枝の様な腕が絡め取りに来ると、素早く肘を曲げながら引き戻し、その反動を利用して左拳を撃ち出す。

 撃ち出した拳が、武天老師を捉えるよりも早く、ソレが残像である事を直感的に見抜き、後頭部にジリジリとしたモノを感じ取る同時に、空を切るであろう左拳を強引に引き戻し始め、戻りきった右腕で守りを固めながら体勢を立て直す。

 守りに使った右腕に衝撃と痛みを感じながら、体勢を整えたヘラクレスが、飛び蹴りから着地した武天老師の前蹴りを予測して、それに合わせる様に前蹴りを放つ。

 武天老師の頭部を狙い放った蹴りが、あっさりと避けられる。しかし、ソレを予測していたヘラクレスは、蹴りを避けると同時に、ヘラクレスの後ろに廻った武天老師を迎撃する為に、蹴り出した足を無理矢理に地面に着け、その足を軸に前後を入れ替えつつ体勢を整える同時に、其処に居るであろう武天老師を目掛けて拳を振るう。

「本当に、たいしたものじゃわい」

 ヘラクレスの放った拳を、初めて手で受け止めた武天老師が、嬉しそうに、哀しそうに、そう呟いた。

「時間を掛け、じっくりと鍛えれば......次代の武天老師や東方不敗を名乗るのも容易かろうに」

 それだけの才覚を持っていながら、感覚と勘を頼りにする──まさに、獣の様な闘いのみしか身に付けようとしないヘラクレスを、武天老師は哀しんだ。

 そして、決意した。感覚と勘だけを頼りにする獣じみた闘法では、決して超えられないモノが有る事を教えなければならないと。

「悪いな。ジイさん。チマチマやってる暇は無いんだ」

 武天老師の決意を知らないヘラクレスは、下らない理由で殺してしまったにも関わらず、バカな自分を赦し、想いを受け取ってくれた恋人の為にも、足踏みをするつもりはないと、拳を振るう。

 それこそが、自分にできる唯一の償いだと固く信じているが故に。

 

 繰り出された拳に合わせて、後ろに大きく飛び退いた武天老師が、真っ直ぐにヘラクレスを見据える。

「お主は、コスモや気を感じた事はあるかの?」

 その問いに、小休憩かと思ったヘラクレスが、体を弛緩させながら息を整え始める。

「そりゃ。聖域で一年修行して、アバン先生の下でも一年修行してんだ。それとは別に、師匠には四年も稽古を付けて貰ったしな。そんだけやってり、分かるようになるさ」

 そう言った後、「分かるようになるのと、使えるようになるのは、別なんだけどな」そうボソリと呟きながら、『説明が分かりにくいんだよなぁ......アイツみたいに、俺にも分かるように説明してくれよ......』と心の中で愚痴る。

「なるほどのう、基礎を疎かにした弊害じゃな」

 天賦の才を有していながら、計六年も修行をして気が使えない理由を、武天老師があっさりと口にした。

「お主程の才があれば、五年。いや、三年。基礎を根気良く練り上げれば、気を扱える様になるじゃろうに」

 武天老師の言葉に、ヘラクレスがボリボリと頭を掻く。

「んな事言ったてよ......もう六年も待たせてんだぜ? 何時までも待ってるて言ってたけどよ。でもよ、俺が戦えるのは何時までだ? 何時から体力とか衰える? アイツを抱く為にも、最速で最短の道をいかなきゃならないんだよ」

 勘違いをしている某女神が聞いたら、体を抱き締めながらクネクネしそうな事をぼやくヘラクレスに、武天老師が嘆息する。

「儂の元で、五年間修行せんか? そうすれば、気だけではなく。界王拳やカメハメ破。舞空術も使える様になるじゃろうて」

 善意で言ってくれているのが分かっていながら、ヘラクレスは首を左右に振る。

「悪いな。ジイさん。これ以上待たせる気はないんだ」

 この一年の間に、最強達に挑み、二十を迎えたら、星の大英雄率いる英雄軍勢とギリシャの神々に戦争を仕掛けると決めているヘラクレスは、武天老師の言葉をすまなそうに断る。

「そうか......ならば、仕方あるまい。今のお主では、超えられない壁が有る事を教えてやろう」

 

 その言葉と同時に、武天老師の全身から、赤いナニかが立ち上ぼり、星の大英雄と相対した時に感じた圧が、ヘラクレスの皮膚をビリビリと突き刺す。

「はは、なんだこりゃ。今まで本気じゃなかったのかよ?」

 ビリビリと突き刺す圧に、気圧されながらも、ヘラクレスが笑みを浮かべる。

「本気じゃったよ。お主が対峙した聖闘士が本気で有っても、全力(命懸け)でなかったのと同じじゃ」

 武天老師の言葉に、ヘラクレスが「ああ、成る程な」と呟く。

「つまり、あれか? 全力で相手をしてくれるて訳だ」

 嬉しくて堪らないと、ヘラクレスがニィと笑う。

「ここまでするつもりは、なかったんじゃがのう......お主に基礎を無理矢理に叩き込む為じゃ」

 相手の動きを覚えて、少しずつ自分のモノにしているヘラクレスに、闘いを通じて、基礎の大切さを無理矢理に叩き込む事にした武天老師は、ヘラクレスに向かって一歩踏み出す。

 

 緩急・静動を織り混ぜた動きでもなければ、虚実入り交じった動きでもない。ただ、常に相手の前に陣取り、殴り蹴るだけ。ただそれだけの動きに、ヘラクレスは対応できなかった。

『なにがどうなってやがる!?』

 武天老師の全身から立ち上る赤いナニか、それが、アバン先生の言っていた"界王拳"だと当たりを付けたヘラクレスは、それ以外が分からずに成すがままになっていた。

 勘と感覚が警告を発するよりも早く、武天老師の拳と蹴りがヘラクレスを襲う。

 体の芯に響く打撃を堪えながら、必死に武天老師の動きに食らい付こうと足掻くが、苦し紛れに放った拳は、武天老師を捕らえる事なく空を切る。

 遂に耐えきれなくなったヘラクレスが、片膝を着くと、武天老師の全身から立ち上ぼっていた赤いナニかが消えた。

「これが、基礎を積み上げた者とそうでない者の差じゃよ」

 ひたすらに実戦組み手のみを積み重ねたヘラクレスと、地味極まりない基礎の基礎を長年積み重ねて来た武天老師。

 その明確な違いを教える為に、界王拳以外の奥義を使用しなかった武天老師の言葉に、ヘラクレスが悔しそうに歯を噛み締める。

 正面に陣取り、ただ殴り蹴るだけの動き。その実、積み上げてきた基礎の集大成とも云える動きに、着いていけなかったヘラクレスが、小さく「時間がねぇんだよ」と呟きながら立ち上がる。

「おっし。もう一戦だ。上手く言えねーけどよ。ナンか掴めそうなんだよ」

 呆れ返る程の耐久力と体力を持つヘラクレスの言葉に、武天老師は内心で『掴まれては困るんじゃがのう』と溢しながら、基礎の大切さを教える為に、再び界王拳を使う。

 

「何とか言うべきか......理不尽じゃのう」

 大地に寝転がり、ゼーハーと肩で息をしているヘラクレスを見下ろしながら、武天老師は嘆息する。

 基礎の集大成とも云える奥義・界王拳を使い、基礎の大切さを叩き込む筈が、基礎を最低限しか身に付けていないヘラクレスが順応していく現実に、武天老師は理不尽極まりないモノを感じていた。

 動きが洗練されたモノになっていく。それは、良い。しかし、勘と感覚を頼りにした獣じみた闘法のまま、動きが洗練されていくのはどう云う事なのか。多くの弟子を育てた武天老師には、何がどうなってこうなるのか理解できずに、溜め息を付く事しかできなかった。

 元々、武術とは、人類が理不尽極まりない人外に対抗する為に編み出されたモノ。だからこそ、万民が理解できる様に理論化されているのだ。

 ああすれば、こうなる。こうすれば、こうなる。

 こんな風に説明できるモノに磨き上げられているからこそ、"武術"もしくは"武道"と呼ばれる。

 だと云うのに、ヘラクレスの闘法は、説明できないのだ。

 

 ヘラクレス曰く。

 ナンかこう、ビリビリ。ジリジリ。チリチリ。と感じたら、攻撃が来るから、こう、ビッシとガードする。

 ナンかこう、ビビッ。ビッシ。ジン。と来たら、ズバンと攻撃する。

 

 そんな訳の分からない、勘と感覚に頼りきった闘法が、人類が悠久の時を掛けて研ぎ澄ませ磨き上げて来た"武道"や"武術"に迫る現実に、武天老師は嘆息するしかなかった。

「どうしたもんかのう」

 なんかもう、基礎とか教えずに、実戦組み手で鍛えた方が、早く強くなれる気がしてきた武天老師は、複雑な心境になっていた。

 とは云え、此から先、気が使えた方が有利に戦えるのは分かりきっている為、最低でも、舞空術ぐらいは身に付けて貰いたい。そう考える武天老師は、前途多難な現実に、ほとほと困り果てる。

「本当に、どうしたもんかのう......」

 今まで育てた弟子の中でも、一番の才能の塊。だからこそ、扱いに困る現状に、武天老師は深い溜め息を連発する。

 なんかもう、遥か上空からの自由落下を繰り返せば、何時の間にか気を使える様になって、勝手に舞空術を使える様になりそうな青年に、武天老師は本気で困り果てていた。

 

 出力を最低限まで落とした界王拳を使用した、実戦組み手を行ってから、二日目。

 ヘラクレスは食い下がれる程に成長していた。

「まいったのう......壁になれるか怪しくなってきたわい」

 殴りきってきたヘラクレスを軽くあしらい、海に投げ捨てた武天老師は、成長著しいヘラクレスをどう導くべきか未だ困っていた。

 界王拳の出力を最大限に上げても、食い下がれる様になりそうなヘラクレスに、どうすれば、基礎を学ばせて、気を扱える様にできるか、その方法が分からずに頭を痛めている武天老師を余所に、海から勢い良く出て来て、何故かドヤ顔をしているヘラクレス。

「ジイさん! 此、気ってヤツだろ!?」

 ゴッウと、全身から気を立ち上らせ始めたヘラクレスに、武天老師が言葉を失う。

「本当に、理不尽じゃのう......」

 長い時間を掛けて基礎を積み上げ、漸く扱える様になるモノを、ほぼ実戦組み手のみで使える様になってみせたヘラクレスに、『もう、どうすればいいんじゃ』と諦めの心境に至り始める。

「ジイさんを頼って正解だったぜ!」

 嬉しそうに笑っているヘラクレスを見ながら、もう、取り敢えず、遥か上空に打ち上げ続ければ、勝手に舞空術を体得するだろう。と結論付けた武天老師は、ヘラクレスに空を散歩して貰うことにした。

 

 ヘラクレスが優雅な空の散歩(上空からの自由落下)を始めてから四日。

 最初こそ、「ぬわぁぁぁぁ」とか、「死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅ」とか、「ぐわぁぁあぁぁ」等と叫びながら帰還していたヘラクレスだが、徐々に慣れたのか、武天老師に高高度まで投げ飛ばされ、海に落ちるまで無言を貫ける様になっていた。

「おかしいのう......舞空術を使える様になる気配が無いんじゃが」

 ゼーゼーと荒い息を吐きながら帰ってきたヘラクレスが、稽古の続きだと云わんばかりに、武天老師に殴り掛かる。

 突き出された右拳をかわすと同時に、ヘラクレスを上空に投げ飛ばした武天老師は、キラリと上空に消えて行くヘラクレスを見送りながら首を捻る。

「アレかの? 危機感が足りんかもしれん」

 今度投げ飛ばしたら、威力を最小限まで落としたカメハメ破を撃ち込むか。と決めた武天老師は、ヘラクレスが帰ってくるのを静かに待った。

 

 実戦組み手+空の散歩中にカメハメ破を繰り返して三日。ヘラクレスが島を訪れてから二十日目。

「うっしゃ! どうだ!」

 理論とかガン無視したヘラクレスは、勘と感覚だけで舞空術を身に付ける事に成功していた。

「良くやったのう。うん」

 こんな方法で舞空術を使える様になったヘラクレスに、呆れ返りながら、『儂が教える事ナニも無くない? 組み手の相手をしてたら、勝手に学習して強くなるんじゃね?』と諦めの心境に達した武天老師は、ヘラクレスの気が済むまで、組み手の相手を勤める事にした。

 

 実戦組み手に、界王拳だけではなく、舞空術やカメハメ破を取り入れてから五日。

 舞空術の制御も問題なくこなせる様になり、気を拳に集中させる事もできる様になっていた。

「なんだかのう......」

 基礎を積み上げず、ここまでできる様になったヘラクレスに、武天老師が遠い目をする。

「どうしたジイさん。とうとうボケが来たのか?」

 稽古の最中にいきなり呆けた武天老師を心配するヘラクレスの言葉に、武天老師が「まだボケとらんわい」と短く返す。

「後、五日で一ヶ月。たった一ヶ月で、よくぞここまでと思うての」

 その言葉を聞いたヘラクレスが、驚きの表情を浮かべながら、両手の指を折りながら日数を数え始める。

「ん? どうしたんじゃ急に」

 日数を数え終えたヘラクレスが無言でその場に座り込み、頭を抱え始めるのを見て、武天老師が首を傾げる。

「やべぇ......後五日しかねぇのかよ」

 一年の間に最強達に挑み、二十を迎えたら恋人を迎えに行くと決めているのヘラクレスは、最強一人に一ヶ月と大雑把に考えていた。

 このままだと、あっさり期限切れしそうな現実に、頭を抱えたのだ。

「あのよ。ジイさん。後五日でジイさんを超えられる方法はないか?」

 頭を抱えながら、そう言ってきたヘラクレスを、武天老師がアホを見る目で見る。

「そんな方法が有る訳なかろう。簡単に強くなれれば、誰も基礎を学んだりせんわい」

「いや、そりゃそーなんだけどよ。一人一ヶ月て決めてんだよ」

「一人一ヶ月? なんの事じゃ?」

 一年で全ての現代最強に挑む為に、移動時間とかを考慮した結果。最強一人に一ヶ月のペースになったと話すヘラクレスを、武天老師が真性のバカを見る目で見詰める。

「無茶苦茶にも程があるわい」

 一人に付き一年でも頭のおかしいレベルなのに、一ヶ月と言ったヘラクレスに、呆れ返るしかなかった。

「よいか? まず、儂は稽古しかしとらん。試合をお主と行っておらん。そこは分かっとるかの?」

 武天老師の確認の言葉に、ヘラクレスが大きく頷く。

「そりゃ、それぐらい分かるさ。だから、挑んで学んでるんだ」

 後五日で学び終えられる気がしないヘラクレスが、立ち上がりながら両腕を組み。どうしたものかと頭を捻る。

「一ヶ月程度で、得られるモンなんぞ無い。と云いたい処じゃが......お主だからのう」

 下地が一応あったとは云え、一ヶ月未満で、気が扱える様になり、舞空術すら使える様になった規格外に、最近、溜め息が増えた武天老師が嘆息する。

「仕方あるまい。残り五日。みっちりとしごいてやるわい」

 その言葉を聞いたヘラクレスが、「やっぱ、地道にやるしかねーか......」そう呟くが、その呟きを聞き逃さなかった武天老師は、『何処が地道なんじゃ......ちゃんと地道にしてくれていれば、儂は苦労しとらんわい』と心の中で突っ込んだ。

 

 ヘラクレスが自身で定めた期間。一ヶ月最終日。

 加減をしているとは云え、界王拳を使った武天老師と、それなりに撃ち合える程の成長を遂げていた。

「本当に、なんなんじゃ。お主は」

 二百年以上の年月を掛けて、武を積み上げてきた武天老師は、目の前に寝転がり、「だぁー! なんで当たらねーんだよぉ!?」と叫んでいるヘラクレスを、驚愕を通り越し呆れ返った目で見下ろしていた。

「なぁ、ジイさん。なんで、避けきれなかったり、当たらねぇんだ? こう、来る。て感じるよりも早く、攻撃が来るんだよ?」

 何度も何度も説明しているのに、全く理解していないヘラクレスの言葉に、武天老師は嘆息するしかなかった。

「何度も教えたじゃろう。なんで、あの説明でわからないんじゃ」

 身ぶり手振りに加えて、実際にゆっくりと再現して見せても理解できていないヘラクレスに、内心で『どうすればいいんじゃ。本当に』と武天老師は頭を抱える。

「んなこと、言ったてよ......錯覚がどうとか、認識の齟齬がどうとか、脳や体の構造がどうとか、訳わかんねーんだよ」

 分からないなりに質問しても、理解できないヘラクレスが「頼むから、分かりやすく言ってくれよ」と溢す。

「これ以上、分かりやすく説明などできんわい......」

 武天老師の苦々しい言葉を聞きながら、冥府に囚われている恋人なら、「グワッとして、こうズバンてすればok」と分かりやすく説明してくれんのになぁ......と考えながら、ヘラクレスが立ち上がる。

「にしても、時間切れか。次は誰にすっかなぁ」

 立ち上がり、首をコキコキと鳴らしているヘラクレスに、結局、基礎を叩き込めなかった武天老師が肩を少し落とす。

「本当に行くのか?」

「おう。ヘラクレスに勝ってから、嫁とガキを連れてくるからよ。長生きしてくれよ」

 史上最強に必ず勝つと宣言するヘラクレスに、『この漢なら、本当に勝てるかもしれんのう』と思いながら、武天老師が「心配せんでも、五百迄は生きるわい」とカッカッと笑う。

「ほれ、紹介状をやるから、夕飯を食っていかんか」

 そう言って背を向けた武天老師に、「助かるぜ、実は腹ペコなんだよ」と笑いながら、ヘラクレスが続く。

 

 武天老師の勧めで、一泊して朝食を食べると、岬にやって来たヘラクレスは、全裸になり、旅荷を載せた大きめの桶から伸びる紐を腰に括る。

「じゃあな。ジイさん。おかげで強くなれた。ガキを抱かせてやっからよ。本当に長生きしてくれよ」

 ニィと笑うヘラクレスの言葉に、「その時は、基礎の基礎から叩き込んでやるとするかの」と武天老師が笑う。

「そんときゃ、ガキと一緒に頼むぜ」

 そう言い残し、ジャブジャブと海に入って行くヘラクレスを見送りながら、武天老師は「儂が昨夜に言った事を忘れるではないぞ」と声を掛ける。

 その言葉に、ヘラクレスが立ち止まり、武天老師の方を振り向いた。

「分かってるよ。"旅を続けろ"と"よく動き。よく学び。よく遊び。よく食べて、 よく休む"と"道具は使う者次第"だろ? ちゃんと覚えてっから安心しろって」

 再び前を向いて歩み始め、遂に対岸目指して泳ぎ始めたヘラクレスを見ながら、武天老師が「覚えてるだけではなく。意味を考えて欲しいんじゃかのう......」そう小さく呟いた。

「まぁ......東方不敗なら、なんとかしてくれるじゃろ」

 東方不敗宛の紹介状──自身がヘラクレスに感じた事を書き綴ったモノと、アバンから受け取った紹介状を添えてた物を読めば、なんとかしてくれるだろうと考えながら、武天老師は小さくなって行くヘラクレスを見送り続ける。

「問題は、アヤツが無事にギアナ高地に辿り着けるかどうかじゃな」

 才能に関しては文句無しの逸材で在りながら、色々と残念過ぎるヘラクレスが、無事にギアナ高地に辿り着けるか、ちょっとだけ心配な武天老師は、ここ一ヶ月で何度吐いたか分からない溜め息を、深々と吐いた。

 

 

 陸地に辿り着いたヘラクレスは、困り果てていた。

「ギアナ高地て、何処にあんだ?」

 旅荷からバスタオルを取り出し、海水で濡れた体を拭きながら、『出てったばっかりなのに、また、ジイさんに聞きに戻んのもなぁ』と思いつつ、どうしたものかと考えていた。

「あれだな。道を聞きながら行けばいいんだ」

 うん。うん。と頷き。我ながら名案だと自画自賛しながら、服を着たヘラクレスが背伸びをする。

「取り敢えず、東方不敗て云うぐらいだから、中国だろ」

 冥府に囚われている恋人が聞いたら、「ギアナ高地は何処に行ったの? 今、ブラジルなんだよね? そのまま、南アメリカ北東部を目指そ? なんで、中国なの? おかしいよね?」と言いそうな事を、自信満々で言いながら、「まずは、中国の場所を人に聞くか」と呟いた。

「歩いて行ける場所なら、いいんだけどなぁ」

 そう溢しながら、『泳ぐのも、トレーニングになるけど、腹が減るんだよなぁ』等と暢気に考えているヘラクレスは歩き始める。

 

 ギリシャを不正規の方法──つまり、歩きと泳ぎで不法出国して、歩きと泳ぎでブラジルに不法入国したヘラクレスは、パスポート無しに堂々と、中国を目指して歩みを進めた。




 巨大なホワイトボードに一杯の詳しい説明書きと、身ぶり手振りの説明をしながらの、アバン先生の詳しくて分かりやすい説明。
「つまり、ここはこの公式を使って、こうすると答えを導けるんです! 分かりましたか!?」
「いや、全然わかんねー。どうすりゃいいんだ?」
「私が、言いたいですよ......」

 一枚の紙に書かれた簡単な説明書きのみで、
「ここをズバズバとしたら、ここがシュババとなるでしょ? そうしたら、ジャババとすれば、答えが出るよ」
「つまり、答えは10か!」

アバン先生「私は......教育者として、やっていけるのでしょうか......」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壊れ逝く日常

 聖書の神様はなんで糞仕様の神器を作ったの?
 転生者や悪魔とかのやらかしに吐血しながら対応してたら、精神が病み始め、いつの間にか神話英雄量産機を作ってました。

 ドライク達が戦っていた理由はナニ?
 其々の推し(ブリテン人・サクソン人)尊いしてたら、言い争いになり、殴り合いに発展したからです。
 それゆえ、推し以外に力を貸す気は全く有りません。
 大抵、惰眠を貪っています。



 堕天使の拠点を出て、ヴァーリが「風邪なら、風邪と言ってくれ。悪化したらどうするつもりだ」と言いながら、「大丈夫だって、もう治りかけてるし」そう言い訳をしている元浜を送っている頃。

 

 放課後。突然、生徒会室へと呼び出だされ、其処でピチッとしたタイトな黒のスーツに身を包んだレイナーレに会った一誠と匙は、そのスーツを物凄く持ち上げる爆乳に釘付けになり、チラ見していた。

 リアスとソーナの『やっぱり、会わせるんじゃなかった!』と云う後悔と嫉妬の混じった視線と、白音と朱乃。そして、ソーナの眷属候補で、退魔の系譜である巡 巴柄の冷たい視線を浴びながら。

 

 生徒会室に設置されたホワイトボードに書き込みながら、一部を僅かにプルプルとユサユサとしながら説明をするレイナーレ。

 用意された椅子に座り、長机で隠れている事を幸いに、必死に『静まれ。静まれ! 息子ぉぉぉ!』と両手で股間を押さえて居る一誠。

 その隣には、僅かに前屈みになりながら、『レイナーレさんかぁ......いいよなぁ。彼女に、いや、夢を叶えるには恋愛なんてしてる暇ないし』と暢気に構えている匙。

 その後ろには、前に座っている一誠と匙(バカ二人)を軽蔑の視線で見ている白音と朱乃と巴柄。

 そして、想い人が自分以外の女性に目を奪われている光景を、暗い目で見ながら、『応援してくれるて、言ったのに......言ったのに......大人の色気がそんなにイイノ? レイナーレさんもレイナーレさんよ。なんで、そんなに体のラインをハッキリさせる格好をしているの? 見せつけてるの? これが大人の色気だと見せつけてるの? 応援してくれるて、嘘だったの? 嘘だったの? ねぇ、レイナーレさん。ウソダッタノ??』と心の中でも呟き続けているリアス。

 そのリアスの隣で、光の無い目をしながら、『胸ですか? そんなに、脂肪の塊がイイデスカ? あの、プルプル。ユサユサ。する脂肪の塊がそんなにイイデスカ? 大きければ大きい程、歳をとれば垂れるんですよ? ミットモナクタレルンデス! ああ、匙君。貴方は騙されてるんです。騙されてるのです。あの邪悪な塊にダマサレテイルノデス。日本の歴史に名を残した明智光秀も歴史に残したではないですか。"貧乳こそが大正義"だと。その信念の元、織田信長(巨乳派)を焼き討ちにしたではないですか。確かに彼は豊臣秀吉(巨乳派)に破れました。しかし、その信念は尊いモノなのです。"貧乳こそが大正義"。日本人なら日本の偉大な英雄の教えを学びましょう。私が、貧乳の素晴らしさを教えてアゲマスネ』そう心の中で呟きながら、計画を練り上げるソーナ。

 そんなカオスな状況で、レイナーレがやりにくいなぁと思いながら、任務を達成する為に頑張っていた。

 

「つまり、神器と云う物は、"保有者の想いと願いを叶える為に、それをサポートする"特性を持っているの」

 できるだけ分かりやすく、丁寧に言葉を選びながら、慎重に説明するレイナーレの言葉を、右から左に聞き流しているスケベ二人は、レイナーレによって着衣エロチシズムに完全に目覚めていた。

「この特性の危険な処は、その想いと願いの"善悪の区別が無い"こと、"サポートの上限が無い"ことよ」

 一度、言葉を区切り、『この子達、ちゃんと聞いてるのかしら? チラチラ、胸を見てるけど......』と思いながら、レイナーレは言葉を続ける。

「例えば、完治の難しい病に掛かっている保有者が"死んで楽になりたい"と強く願い・想えば、神器はそれを叶えようとするわ。少しずつ体を衰弱させ、病を悪化させて、保有者を死に至らせる」

 現実味の無い説明を聞きながら、『よく分からないけど、大切な話みたいだし、ちゃんと真面目に聞くんだ! でも、目が、目が自然と胸にぃぃ!』とレイナーレの顔と爆乳を交互に見ている一誠。

 一方。匙は、『すげぇ......とにかく、すげぇ......付き合ってる人居るのかなぁ? こんな美人だし、居るんだろうなぁ......でも、居なかったら、俺にもチャンスあるか? あ、でも、陸自の災害救助隊に入るなら、恋愛とかしてる暇無いんだよなぁ』等と思いながら、チラチラとレイナーレの爆乳を見ていた。

 後ろから突き刺さる冷たい視線と暗い視線に、気付かずに。

「他には、そうね。身体能力の向上を強く願い・想えば、その人物の身体的な限界を無視して、神器は身体能力の向上の手助けをするわ。その結果、保有者の寿命が縮む事になったとしても」

 大切な話をしているのに、自分の胸をチラ見しているお子様二人に、『これぐらいの年なら仕方無いけど......バレてないと思ってるのかしら?』と内心で嘆息しながら、レイナーレは説明を続ける。

「匙君。貴方の将来の夢は、陸上自衛官。もしくは、特別救助隊員なのよね?」

 レイナーレの質問に、上手くアピールできればワンチャン有るかも? と、深く考えていない匙が姿勢を正して胸を張る。

「はい。自分は、陸上自衛隊の災害救助隊の隊員に成るのが夢です。災害救助隊と云うのは、陸上自衛隊の中でも──」

 匙の夢である"災害救助隊"の凄さ──対応できない災害が存在しないと云われる対災害部隊であり、超人のみしか所属が赦されない。

 災害に最も大切な"黄金の72時間"を、一秒でも無駄にしない為に設立され、訓練を積み重ねている精鋭部隊。

 その実力は世界に賞賛され、多くの国から勲章を贈られ、名実共に世界最高の災害救助隊の一つと詠われている。

 また、その門は狭く。訓練も過酷で脱落者が多く。隊員に成ること事態が凄い事。を説明をしようとするが、レイナーレが「あ、知ってるから説明しなくていいわ」と無情にもストップを掛けた。

「あ、はい」

 アピールできなくて肩を落とした匙を、『ああ、匙君。そんなにがっかりしないで下さい。私がちゃんと貧乳の素晴らしさを教えてあげますから』と、レイナーレにその気が無い事を理解し、ソーナがニンマリと嗤う。

 そんなソーナと暗い目をしているリアスをチラリと見たレイナーレが、『後で余計な事をしでかなさない様に、釘を刺した方が良さそうね』と留意しながら、説明を続ける。

「この場合、匙君が強く夢を叶えたいと願い・想ったなら、神器はその夢を叶える為に、匙の身体能力と知能が上がり易くするわ。災害救助隊は頭脳明晰・身体能力抜群である事が必須だもの」

 そのレイナーレの言葉に、匙の眉がピクリと動く。

「待ってくれ。俺の努力の成果が、神器とか云う訳の分からないモノのお陰みたいに言うなよ」

 両親を自衛隊員に救われた日から、毎日努力を積み重ねてきた匙が、自分の努力を否定的されたと思い、レイナーレに噛み付く。

「ああ、ごめんなさい。貴方の努力を否定する訳じゃないの」

 小さい子に言い聞かせる様に、優しく微笑み、レイナーレが言葉を続ける。

「ただ、貴方達に宿る神器がどういうモノなのか知って欲しいだけなの」

 レイナーレの優しく言い聞かせる言葉に、匙が黙り、一誠は『箒ねぇのコスプレしてくれないかなぁ......て、そうじゃないだろ!? 煩悩退散!』と少し元気になり始めた息子を、両手で押さえ付けていた。

「つまり、神器保有者と非保持者の差は努力の実りやすさ。普通の人が十の努力を必要性とする事を、強い願い・想いが有れば、それよりも少ない努力で成し遂げられる」

 サラサラとホワイトボードに書き足しながら、レイナーレは説明を続ける。

「でも、これには欠点。いえ、欠陥があるのよ」

 少しも真面目に聞こうとしていない一誠と匙をチラリと見たレイナーレは、『いきなり、神器が~と言われても、危機感は持てないわよね......』そう思いながら、少しでも現状を理解して貰おうと努力を重ねる。

「神器はその特性上、保持者の身体的・精神的限界を無視して、その願い・想いを叶えようとする。その結果、所持者の寿命を削る事に成ったとしても」

 嘗て、余りにも強すぎる願い・想いによって、神器がその願い・想いを叶える為に無理矢理に延命させられ、その目的を成し遂げた瞬間に自壊して逝った神器保持者達を看取って来たレイナーレが、一瞬だけ歯を食いしばる。

 

 この子達を、彼等の様にしてたまるか。

 こちらの制止を振り切って、文字通りに命を魂を磨り減らしながら、過酷すぎる旅路を往く、現代のヘラクレスの様に。

 神器を持って生まれた、ただそれだけで当たり前の日常を両親から貰った名を失い、それでも笑みを浮かべ「俺達の様な連中の受け皿は必要だろう? なら、お互いに力を合わせて生きて行くさ」と言っていた英雄派のリーダーである青年達の様にしてたまるかと。

 

「極端な事を言ってしまうと、神器保有者にとって、強すぎる願い・想いは致死毒と変わらないわ。特に自分の命と引き換えにしてでも叶えたい願いと想いは」

 一連の説明を一応聞いていた一誠が、小さく手を上げる。

「あの、俺。依存性なんです。それで、治したいと思って色んな人に助けててもらってるんですけど......神器の話が本当なら、俺の依存症が治らないのはなんでですか?」

 説明を始めて一時間弱で漸く、質問が来たことにレイナーレが微笑む。

「それは、簡単な理由よ。その願い・想いが、貴方にとって何かを犠牲にしてでも叶えたいモノではないからよ。もしくは、もっと強い願い・想いが有って優先順位が低いかね」

 予め用意していた答えをさらりと口にしながら、真剣な表情で考え込み始めた一誠を流し見て、レイナーレが説明を再開しようとすると、今度は匙が手を上げる。

「神器の話が本当なら、神器を取り除く事はできますか? 説明からして地雷みたいで嫌なんですけど」

 その言葉に、レイナーレはゆっくりと首を左右に振る。

「残念ながら、方法は無いわ。現在ではまだ解らないわね。分かっているのは、"如何なる方法"を以てしても、神器を摘出すると同時に保有者が死ぬと云う事だけよ」

 レイナーレの言葉に、堕天使陣営が神器の研究をしている事を知っているリアスとソーナが目を見開く。

「まちなさ──」

 そう言いながら立ち上がろうとしたリアスを、ソーナが然り気無く押し止め、前に座っている一誠と匙に聞こえない様に小声で、「リアス。落ち着いて下さい。言いたい事は分かりますが、この件について、私達に口を挟む権限は有りません」と囁く。

 言外に、自分達の立場を忘れるなと言っている言葉に、浮かした腰を渋々に降ろしたリアスが、気持ちを落ち着かせる為に大きな息を吐く。

 人体実験を匂わせる"如何なる方法"と云う言葉に噛み付いて来ると考えていたレイナーレが、そんな二人の様子に『基本的に優秀で良いコンビなのよね。経験・実力不足は否めないけど......ちゃんと鍛えて経験を少しでも積ませてから、駒王町の管理・運営をさせていれば、何も問題は無かったでしょうに』と心の中でぼやいた。

「さて、最初に説明した通り、私が所属する堕天使の陣営グリゴリは、神器の研究をしているわ」

 一度言葉を区切り、座っている子供達をぐるりと見回したレイナーレが、リアスとソーナを確りと見据える。

「リアスが言い掛けたけど、グリゴリでは神器摘出の人体実験をしているの。神器とは、そんな事をしなくてはならない程に危険なモノなのよ」

 どの勢力も幹部なら知っている──グリゴリの人体実験を口にしながら、子供達の反応を確かめたレイナーレは、嫌悪感を隠そうとしないリアスと巴柄に感情の隠し方を教える事を決め。僅かに反応しながらも、表現を変えなかったソーナと朱乃に感心し。リアス達が"人体実験"に反応した事を怪訝そうにしている白音に、それなりの情報を知る立場にある事を予想して、白音の評価を一段上げる。そして、そんな設定を聞かされてもなぁ......と云わんばかりの態度をとっている一誠と匙に、人外の存在を信じさせる切り札の一つを切る事にした。

「さて、いきなり呼び出されて、小一時間ほど信じられない説明を受けて、半信半疑どころではないでしょうけど......」

 そう言いながら、レイナーレが濡れ烏羽の翼を広げる。

「これで、少しは信じて貰えるかしら?」

 長年の経験で培った──相手に疑わせてから非現実の証拠を突き付け、動揺した相手を更に切り崩して、信用を勝ち取る手法に絶対の自信を持っていたレイナーレは、内心で『これであっさり信じてくれたら、楽なんだけど』と思いながら、一誠と匙の反応を伺う。

 しかし、レイナーレが自信を持っていた説得方法は......元グリゴリ幹部のせいで台無しになってしまっていた。

 

 美しい濡れ烏羽の翼を見た一誠と匙は、目を大きく見開くと同時に、パチパチと手を叩く。

「レイナーレさんて、バラキエルさんと同じ隠し芸ができたんですね」

 拍手をしている一誠の言葉に、レイナーレが何を言われたのか解らずに固まり、一誠と匙の後ろで漆黒の翼を広げてドヤ顔をしているリアスとソーナは目を見開き、白音が「駒王町は平和ですから」と真顔で頷き、巴柄はポカーンと口を開け、堕天使の翼を広げてる朱乃が「隠し......芸?」と呟く。

「兵藤も見た事あるんだ。スゲエよな! バラキエルさんの宴会芸!」

 匙の追撃に、レイナーレの顎がカクンと落ち、リアスとソーナが何事も無かったように悪魔の翼をしまい、巴柄は「なにをしてるんですか......バラキエルさん」と小声で呟き、朱乃が堕天使の翼をしまいながら「出張から帰ったら折檻」と父親の折檻方法を考え始め、白音は「宴会......収穫祭の時期には帰りたいです」と、故郷の質素な収穫祭を思い出してしみじみと呟く。

 

 酒の入った御年配方の強要による、年末年始恒例のバラキエルの宴会芸で盛り上がり、一誠が「何が凄いって、高速ジャグリングだよな!」と熱弁し、匙がすかさず「あのピカピカ光るボールのヤツだろ? 一個ずつ増やして最後には二十個になるヤツ。あれ、本当、スゲエよな!」と返す。

 やいのやいのとバラキエルの堕天使の力を使った宴会芸で盛り上がり、何時の間にか"イッセー"・"匙"と呼び会う程に仲良くなっている二人を他所に、レイナーレのこめかみが引き吊り。駒王町の管理・運営を任されているリアスとソーナが、赴任歴三年近くで初めて知るバラキエルのやらかしに頭を抱え。初めて知る父の所業に、絶対に母親と一緒に折檻をしてやると、朱乃が暗い笑みを浮かべ。我関与せずを決め込んだ巴柄が遠い目をする。そして、白音が「平和ですね」と再び呟いた。

 

 一誠と匙が仲良くなり、話題がバラキエルの宴会芸から各国のトップアイドル(シンデレラガール)が参加する"アイドル・フェスティバル"に移り変わり、どの国のアイドルが可愛い。どこそこのアイドルが歌が上手い。優勝は涼ちゃんが最有力。いや、アメリカのシンデレラガールは全米一位だから涼ちゃんもキツいはず。等々とアイドル談義をしている後ろで、リアスとソーナ達が「記憶操作しか......」 「いえ、不特定多数の記憶操作は日本神話の許可が下りない可能性が......」等と小声で物騒な話し合い開始する。

 神器の説明と非現実の存在を信じさせる筈が、グタグダになってしまった事に苛立ったレイナーレは、小さく息を吐くと同時に気持ちを切り換え、パンパンと手を叩き注目を自分に向けさせる。

「はい。一つ一つ片付ける。それ以外は後で話し合いましょう」

 一誠と匙と白音を除いた全員が、駄天使バラキエルは絶対に許さない。絶対にだ。と心を一つにしながら、レイナーレの言葉に頷く。

「信じて貰うには、神器発現が一番でしょうけど......暴走の危険性が一番高いのは、神器を初めて発現させた時なの」

 話を聞き流している一誠と匙は、眉を潜めながら困り顔をしているレイナーレに、困り顔もイイ。等と暢気な事を考えていた。

「それで、貴方達の都合の良い日を教えて貰えないかしら? 柳川さんに立ち会いをお願いしているから、日時を決めておきたいのよ」

 そのレイナーレの言葉に、一誠がピクリと反応をして恐る恐る手を上げる。

「あの、柳川さんて、亀仙流の柳川師範の事ですか?」

 レイナーレが無言で頷いた瞬間に、一誠はすかさず姿勢を正し、如何にも真面目に話を聞いていると云う態度をとる。

「俺。何時でも大丈夫です。バイト有りますけど、夜の八時からだし。道場の先輩のやってる店なんで、頭下げれば休ませてもらえますから」

 急に態度を改めた一誠に、適当な嘘を言ってバックレルつもりだった匙が、小声で「どうしたんだよ? 急に? こんな話信じんのかよ?」と話し掛けると、「レイナーレさんが言った柳川師範て、俺の通ってる道場の先生なんだよ」と小声で一誠が返した。

 

 こそこそと小声で──

「え、マジかよ。なら、イッセーは逃げられないて事か?」

「それもあるけどさ、柳川師範が立ち会うて事は、レイナーレさんの話を信じてるて事だろ? 全部が全部本当とは思えないけどさ......もしかしたら、なんかヤバい事かも知れないしさ」

「にしても、亀仙流道場通ってんのかよ。道理でガタイが良いと思った。でっかい亀の甲羅背負って新聞とか牛乳配達してるて本当なのか?」

「あーマジ。俺もやったし。て、そうじゃなくてさ。一応真面目に考えていた方が良いって」

「そう言うけどさ。こんな話信じられねーだろ? ヤバい宗教の勧誘とどう違うんだよ」

「言いたい事は分かるけどさ。柳川師範が絡むならその辺は大丈夫だって」

「本当かよ? まぁ、俺はバックレルから関係ないけどよ」

「友達だろ? 一緒に逝こうぜ。それにほら、レイナーレさんと仲良く成れるかも知れないだろ」

「うっ、確かにそれは捨てがたい......レイナーレさんて、神話大戦の"レイナーレ"になんとなく似てるんだよなぁ」

「分かる。ハイレグのレオタードがスゲー似合いそうだよな」

「お、イッセーも神話大戦してんのか」

「おう。全シリーズやってる。でも、今作の神話大戦はちょっとな......」

「レイナーレの露出減ったもんなぁ......やっぱ、三ぐらいの露出が良いよな」

「そうか? 四が最高だと思うぞ。あの超ハイレグがレイナーレに似合ってる」

「そうか? レオタードに前開きロングスカートがセクシーで良いと思う」

 等と話している男二人に、『柳川師範の名を出せば兵藤君は釣れたのね』と考えていたレイナーレのこめかみが引き吊り、後ろの席で確りと聞いていた女性陣が絶対零度の視線を向け、リアスとソーナは後でその衣装を調べようと心に決めた。

 

「超ハイレグ好きの兵藤君は何時でもokと。それで、セクシー好きの匙君は、何時が良いのかしら?」

 レイナーレのその言葉に、目の前でとでもない会話をしてしまったと悟った一誠と匙が「いや、その」と言いながら露骨に視線を彷徨わせた後、二人揃って「「すいませんでした!」」と頭を下げる。

 目の前に並ぶ二つの後頭部を見たレイナーレが、小さく嘆息しコホンとわざとらしい咳を付いた。

「そう云う年頃だから仕方ないけど、女性の前でそんな話をするのは止めなさい。分かったわね?」

 恐る恐る顔を上げた一誠と匙の目に、如何にも仕方ない子達ね。と云わんばかりの表情を浮かべているレイナーレが映り、『こ、これが、大人の女性の余裕てやつか』と心を一つにする。

 

「それで、匙君は何時が良いのかしら?」

 再度投げ掛けられた問いかけと、レイナーレの目が「逃がすと思ってるの? ねぇ?」そう雄弁に言っている事を感じた匙は、「うっ、その」と小さく洩らす。

 その様子に、『この様子なら後一押しね。何時もので行った方が早そうね』と心の中で呟いたレイナーレは、ニッコリと優しい笑みを浮かべた。

「決断できないなら......そうね。こう云うのはどうかしら?」

 リアスとソーナをチラリと見たレイナーレが、一誠と匙を見据える。

「もし、神器の話が嘘なら......なんでも、一つだけ貴方達の言う事を聞くわ」

 その言葉を聞いたリアスとソーナが立ち上がろうと腰を僅かに上げるが、レイナーレが小さく唇を動かし"リアスとソーナが"と声無き声でそう言ったのを確認すると、何事も無かった様に座り直し、ニヘリとした表情を浮かべて妄想の世界に旅立つ。

 その様子を見ていた眷属候補達が、僅かに引いている事に、レイナーレが『神器絶対見付ける君は絶対だ。て言ったでしょうに』と内心で呆れているのに気付かずに。

 

「あの、それって、む、じゃなくて、デートとかアリですか!?」

 余り欲望を隠そうとしない匙の発言に、沢山のチビッ子達の面倒を見てきたレイナーレは内心で『これぐらいの年の子は、やっぱりチョロいわね』と呆れつつ、優しい笑みを浮かべたまま「あら、別に添い寝とか、膝枕で耳掻きとかでも良いのよ(ただし、ソーナの)」とにこやかに返す。

「なぁ、匙......俺、このパターン知ってる」

 レイナーレのなんでも発言で、元気から臨戦態勢に移行した息子が萎れた一誠の言葉に、匙が「何がだよ?」そう怪訝そうに答えた。

「あのな。俺、姉貴が居るんだけどさ......なんか、姉ちゃんのハメに似てる気がするんだよな......」

 負け確の勝負に何度も挑み、端から見たら美味しくて、本人かしたら苦行──膝枕+耳掻きや抱き枕等を経験した一誠は、節操の無い息子が萎れた事実に、自分の予感が正しい事を確信していた。

 目の前のグラマスな美女は──己の姉と同じく、勝ちを確信した勝負しかしない人だと。

 そして、見せ餌が凄い程──負けた時の傷が酷い事に為る事を。

「なんだよそれ? もしかして、オカルト信じてるのか? 神器なんて在るわけ無いだろ」

 オカルトを全く信じていない匙を、一誠が何とかして説得しようと口を開く前に、それを遮る様にレイナーレが口を開く。

「なら、神器が本当に存在したら......そうね。匙君は生徒会の小間使いに成って貰おうかしら」

 挑発めいた口調のレイナーレに、勝ちを確信してる匙がニヤリと笑う。

「良いですよ。その代わり、俺が勝ったらデートですからね」

「ええ。良いわよ。デート(ただし相手はソーナ)でもなんでもね」

 その言葉を聞いた匙が小さく拳を握り、「うっしゃ」と喜びの声を上げる様を見て、止められなかった一誠が頭を抱える。

「兵藤君はどうするのかしら? 別にこの話に乗っても良いのよ?」

「遠慮します。柳川師範が立ち会うなら、何があっても大丈夫だと思いますし」

 誘いを即座に断った一誠に、『原作の兵藤君なら直ぐに乗って来そうだけど......やっぱり、原作知識は当てに成らないわね』と冷静に判断したレイナーレを余所に、バレバレの小さいガッツをしているソーナ。落胆しているリアス。そして、そのリアスとソーナの様子に若干引いている眷属候補達。

 そんな後ろの様子に気付いていない匙と一誠は、小声で「レイナーレさんとデートするチャンスだぞ。なんで断るんだよ?」 「だから、やな予感がするんだよ」 「神器なんてオカルト在るわけ無いだろ......勝ち確の賭けから逃げてどうすんだよ」 「そりゃそうなんだけどさ、柳川師範が絡んでるなら、もしかしたら、もしかするかも知れないだろ?」 等とヒソヒソと話込んでいた。

 若干引いている劵族候補達とヒソヒソ話をしている匙と一誠に、レイナーレはコホンと咳払いをすると、「柳川師範と日時の打ち合わせをするから、少し待って頂戴」と断りを入れると同時に、ガラケーで柳川師範に電話を掛ける。

「レイナーレですが......はい。今朝お話しした神器の件です」

「両人は何時でも良いと言ってますが、立ち会いは......」

「えっ。今日ですか? はい。それは......確かに早いに越した事は無いですが......」

 ガラケーの下の方に手を当てたレイナーレが、一誠と匙の方を向き、「えっと、今日。今からで大丈夫かしら?」と話し掛けると、匙は直ぐに首を縦に振り、バイトが無い事を思い出した一誠も頷く。

「二人とも今日これからで大丈夫と......」

「はい。よろしくお願いします」

 柳川師範との会話を終えたレイナーレが、ガラケーをポケットにしまうと、一誠と匙を真っ直ぐに見据える。

「柳川師範が来られるまで、神器の発現・制御方法の説明をします。神器の暴走の危険が一番高いのは初めて発現した時なの。良く聞いて、確り覚えて」

 その言葉に、話し半分の匙と真剣に話を聞き始めた一誠が頷いた。

 

 

 神器の発現・制御方法の説明を終え、神器発現の為に簡単な人払いと認識阻害の結界が張られた体育館裏手で、話し半分の匙が『なんだかなー』と思い。一誠が『平常心......心を落ち着かせる。神器を受け入れすぎない。拒絶しない......だったよな?』そうひたすらに自分に言い聞かせ、無意識に右手を握りしめたり開いたりしていた。

 結界が張られても、なんか暗くなってきた? 程度の認識で居る一誠と匙を余所に、神器が暴走した時の対策を確認しながら打ち合わせをしているレイナーレ達が、結界内に入って来た人物──待ち人である柳川師範に気付くよりも早く、一誠が気が付き、柳川師範に駆け寄る。

「柳川師範!」

 嬉しそうに駆け寄った一誠に、柳川師範がにこやかに「こんにちは。一誠君。いや、こんばんわかな?」と言葉を掛ける。

 嬉しそうな一誠と柳川師範の他愛ない会話の光景を見ながら、レイナーレやリアス達は自分達よりも速く気が付いた一誠に驚き、白音はそんな一誠の様子に対して「大型犬?」と溢す。

 

「さて。柳川師範がいらっしゃったし、神器の発現を行いましょう」

 存在しない尻尾をブンブン振っている一誠を余所に、そう発言したレイナーレの言葉に一誠と匙以外が静かに頷く。

「大丈夫。いざと云う時は、私がちゃんと対処をするから、安心しなさい」

 その柳川師範の言葉に、神器云々の話がもしかしたら本当かも知れないと思った一誠が、途中からでも真面目に聞いていて良かったと安堵し、未だに信じていない匙は白けた表情を浮かべる。

 

 柳川師範との会話を続けようとした一誠を、やんわりと止めたレイナーレの言葉で、途中からでも説明を聞いていた一誠が最初で、その次に真面目に説明を聞いていなかった匙の順番に神器発現をする事になり、事の重大さを理解しているリアス達と全く信じていない匙は、神器の暴走に備えて、神器発現に挑んでいる一誠を遠巻きに見ていた。

 

 立ったまま目を瞑り、バラキエルに教わった瞑想の要領で、意識を自分の内側に向け続けている一誠に注視しているレイナーレと柳川師範。

 悪魔側の神器発現の仕方と全く違うやり方のメリット・デメリットを聞いていたリアス達は、神器研究において、堕天使側が悪魔側よりも進んでいる事に驚きながら、上手く友好を築ければ神器関係の問題の進展も有り得るかもしれないと期待し、学び吸収できる所は貪欲に身に付けようと決意を新たにしていた。

 一方。匙は飽きてきたのか欠伸を噛み殺していた。

 

「暴走の可能性は?」

 一切目を逸らさずに、何時でも動ける様にしている柳川師範の言葉に、「今の所は安定しています」とレイナーレが小さく返す。

「ですが、油断はできません」

 ホンのちょっとの弛みで惨事に為る事を理解しているレイナーレは、緊張の色をできるだけ隠して、一誠に優しく語り掛ける。

「一誠君。聞こえるかしら?」

 頷く一誠。神器の侵食が起きていない事に安心するレイナーレ達。

「何が貴方の前に有るかしら? 説明できる?」

 経験から、神器と接触できている頃だと考えたレイナーレの言葉に、一誠は何度か口ごもった後に言葉を吐き出す。

「赤い......竜が居ます。とても大きな赤い竜です」

 戸惑いを含んだその声に、リアスは膝から崩れ落ちそうになるのを必死に耐えながら、「二大迷惑竜......完全なハズレ枠じゃない」とボソリと口にしてしまう。

「だ、大丈夫です。神器持ちと云うだけで関わり易くなるんです。例え、二大ウザ竜。神滅具とは名ばかりの二大役立たずだとしても、神器持ちである時点で私達には意味があるのです」

 全神器の中で、スペックだけは神滅具クラスなのに、封じられている存在のせいで──最もいらない。使えない。ウザすぎる。気持ち悪い。腕の一本ぐらいくれてやるから今すぐ出てけ。等々と酷評を受けている神器の一つ。赤龍帝の籠手(ブースデット・ギア)

 実の兄である悪魔の統治者であるサーゼクスに、一誠が神器保有者で在る事をアピールして、幸せハッピーエンドをもぎ取ろうと画策していたのに、それが潰えてしまい落胆しているリアスを、ソーナが小さい声で励まし始める。内心で『神様......御願いですから、匙君の神器はまともな物にしていて下さい』と必死な祈りを捧げながら。

 そんな二人と、その様子をガン無視して一誠の様子を見守っている眷属候補達。そして、『そっかー。イッセー中二患者だったかー』と今後の付き合いを考え始める匙。

 

 

 内面の中に存在している赤い竜と対峙している最中で、新しい友人である匙の自分に対する評価が微妙なモノになり始めている事を知らない一誠は、ヘビーユーザーであると自認しているゲーム"モンスターハンター"に出てきそうな巨大な赤竜に唖然としていながらも、恐怖を感じていない自分に首を傾げていた。

「一誠君。その竜は起きてるのかしら? それとも、寝てる?」

 静かに響くレイナーレの言葉に、一誠はゆっくりと頷く。

「寝てます。でも、なんだろ? 目の前にでっかい竜が居るのに、全然怖くない」

 無造作に、ほんの僅かに手を伸ばせば竜に触れられる距離まで近付いた一誠は、眠っている竜を繁々と観察し始める。

「神器は聖書の神が人間の為に作り上げた物よ。神器に封じられている存在は、総じて人に友好的な存在。人に力を貸す事を良しとしているモノ達なの。だから、恐怖を感じたりしないのでしょうね」

 レイナーレの説明に、『ああ、だから、なんとなく優しい感じがするんだ』と納得した一誠は『聖書の神様も、俺達人間が好きなのは分かったけど......暴走しない様にリミッター着けてくれたら良かったのになぁ』等とぼんやりとした事を考え、小さな溜め息を一つ吐く。

「一誠君。貴方の中に居る赤い竜は、ア・ドライグ・ゴッホ――ブリテンの赤い竜。神器に封じられたモノで赤い竜は彼以外に存在しないわ」

 最近爆死したスマホアプリゲームでその存在を知っていた一誠が、大きく目を見開き驚く。

「アーサー王伝説の......あの、赤い竜......マジかよ......」

 目の前の竜が、ブリテンの赤い竜だと知った途端、急に威厳や風格を感じられる気がし始めた一誠が息を飲む。

「ドライグなら、暴走の危険は無いに等しいわ。名を名乗って、ドライグに触れなさい。それで終わりよ」

 威厳や風格を感じ始めている一誠が、『勝手に触れて大丈夫なのかよ......』そう思いながらも、恐る恐ると手を伸ばす。

「ああ、今代の宿主か」

 ゆっくりと開かれた大きな眼に見据えられた一誠の動きが止まる。

「名を名乗れ」

 体の芯まで響く声に、一誠は恐怖ではなく、感動を覚えた。これが、ブリテンの赤い竜。これが、伝説の竜なのかと。

「兵藤一誠だ。よろしくな」

 名乗りながら触れた右手を、赤い武骨な籠手が包み込む。

「東洋人......また、ハズレか。何時になったらブリテン人を宿主に出来る......」

 赤い武骨な籠手──赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を感動した面持ちで見ていた一誠が、ドライグの何気無い言葉に「ハズレ?」と間の抜けた声を上げてしまう。

「ハズレ以外の何だと言うのだ。ブリテン人以外は全てハズレだ。大ハズレのサクソン人よりは少しだけマシと言うだけだ」

 余りの言い様に固まる一誠を余所に、ドライグは言葉を続ける。

「安心しろ。聖書の神との約束だ。倍加の力ぐらいは使わせてやる。最も、それ以外は使わせん。そして、神器の基本機能も制御してやる。ありがたく思え」

 その巨体に見合う尊大な言い様に、一誠が「いや、そりゃ、アーサー王とか円卓の騎士とかと比べたら、見劣りするだろうけどさ......仲良くしようぜ」と返した。

「はっ、身の程を知れ。お前ごとき、ブリテン人の幼子以下だろうが」

 その言葉に続いて朗々と語られるブリテン人の素晴らしさと、他の人種のダメな所を聞かされた一誠の堪忍袋が切れた。

「おい。糞竜。俺を扱き下ろすのは構わないけどよ。父さんと母さん。姉貴。ライザー先生やバラキエルさん。そして、柳川師範をバカにするんじゃねーぞ!?」

 自分の大切な人達すら扱き下ろされた一誠の言葉を、ドライグは鼻で笑う。

「多少、体を鍛えてるのは認めるが、知性や品性の欠片すら感じられない小僧がナニを抜かすかよ」

「ああ、悪かったな。知性や品性が欠片も無くてよ。だけどな。人の大切な人達を扱き下ろす時点でテメーも大した事ねーだろうが」

「ほざいたな。小僧。悠久の時の中で、ブリテンと共に在り続けたこの俺が大した事無いだと......」

「大した事ねーだろうが。人の大切な人達をバカにする時点で、その程度の存在ですと自己紹介してるだけだろ。その程度の事すらわかんねー時点でどーしようも無いな」

「ふっ。身の程を知らんと見える。これだから、野蛮な猿は困る」

「誰が猿だ! この蜥蜴!!」

 

 お互いに罵り合い、一誠が「絶対に俺の中から追い出してやるからな! この糞竜!!」と吐き捨て、自分の前から消えるのを見送ったドライグは、深い溜め息を付いた。

『アーサーの影──アルトリア。あれが、俺の最高の相棒だと言うのか?』

 遥か昔。神代の時代が完全に終わる時代。その時代に、自身の心臓を与える程に魅了されたアーサー王。その影として一生を終えた転生者である女性の言葉を覚えていたドライグは、有り得ない。と嘆息する。

『確かに、あの小僧は良く体を鍛えている。しかし、それだけだ。それだけにすぎん』

 アーサー王の様な強靭な決意と尊い理想。その影として全てを捧げたアルトリアの覚悟。そして、その二人に未来を夢想した円卓の騎士達の様な情熱も無い。

 確かに、これから其れ等を得るのかもしれない。しかし、ドライグには、兵藤一誠と云う原作主人公が"素晴らしい存在"とはどうしても思えなかった。

 アーサー王を始めとした円卓の騎士達が、破滅の未来を知りながら、避けられない運命だと理解しながら、それでもなお、より良い未来の為に──少しでも犠牲を減らす為に、文字通りに命懸けで魂を削りながら、眩いばかりの光を放ちながら駆け抜けた光景を知っているからこそ、"兵藤一誠(原作主人公)"を認められなかった。

 彼等は決して、原作に辿り着く為の前振りでは無い。

 彼等は、彼等なりに、必死に懸命に生きた。全力で駆け抜けた。

 だからこそ、ドライグは転生者であるアルトリアの云う"素晴らしい原作"を否定する。そんなモノは存在しないのだと。

 

 

 ドライグとの会合を終えた一誠は、目を見開くと同時に吠えた。

「レイナーレさん! あの糞竜を俺の中から追い出す方法を教えて下さい! 今すぐに!!」

 その様子に、ドライグの事を知らない柳川師範はキョトンとして、神器の発現は上手くいったのに何が不満なんだろうと首を傾げ、二天龍がどんな存在か知っているレイナーレやリアス達は──あ、うん。そうなるよね。と言わんばかりの表情を浮かべる。

 一方。匙は、『えっ? 何だあの赤い籠手? イッセーの奴、あんな籠手してなかったよな? 手品か? もしかして、マジなのか? マジで神器なんてオカルトが存在してんの?? えっ、俺、ヤバくない? もしかしなくても、小間使い確定? そんなの、嘘やん』と遠い目をしていた。

「一誠君。貴方の言いたい事は良く分かるわ。私の弟は二天龍の片割れである白い竜アルビオンだもの......」

 あのやる気の無い。惰眠ばかり貪って、起きたかと思えばサクソン人が如何に素晴らしいか熱弁する駄竜を知っているレイナーレが、一誠を気遣う様に言葉を紡ぐ。

「講義の時にも話したけれど、神器の摘出は現時点では不可能なの。リミッターも完全なモノは存在しないわ」

 その言葉に、一誠が物凄く嫌そうな顔をしながら、赤く武骨な籠手を纏っている右手を見下ろし、「あんな糞竜と一生一緒とか、どんな罰ゲームだよ」と心の底から嫌そうに呟いた。

 

 一誠の神器発現が無事に終わり、神器発動が自在に出来る事を確認し終わると、受け入れがたい現実と戦っている匙に順番が回って来てしまう。

 その様子を見ていたレイナーレは、今日は取り止めにして後日にするべきか。それとも、非現実を信じさせる為に冥界に在る堕天使の拠点に連れていくか。もしくは、実際に空中飛行等を行って信じさせるか。等を思い浮かべるが全てを却下して、そのまま神器発現の実行を決定する。

 何故なら、匙自身が半信半疑で有る為に、神器の危険性を理解していない事は明白である。

 つまり、既に神器発現の仕方を教えている以上、自分の関与できない状況で、自分勝手に神器発現実行して暴走をされたら──それこそ、なんの為に命懸けで魔境に赴任したか判らなくなってしまう。

 堕天使領に連れていく案も、いくら神器保有者であっても現段階では一般人なのだ。レイナーレの今の権限では一般人を無許可で連れ帰る事は出来ない。アザゼルに許可を取ったとしても、許可からの書類製作等で数日掛かってしまう。その数日で神器発現からの暴走の可能性は十分に有る。

 何よりも、神器が暴走したとしても、容易く制圧できる人物が直ぐ傍に居るのだ。悪魔や堕天使等が複数で不意打ちを仕掛けたとしても、次の瞬間には無傷で返り討ちにしてしまえる頭の可笑しい実力者が。

 万が一、一番最悪なパターンである侵食系の暴走を起こしたとしても、柳川師範なら周囲や匙自身に被害が及ぶ前に取り押さえられる。その上、魂や精神が完全に侵食されない限り、手持ちの魔道具で治療は可能。もし、手持ちの魔道具で対応出来ないとしても、駒王町にはあのライザーが居る。最も頭の可笑しい医療狂集団"境界無き医師団"所属のライザー・フェニックスが。

 考えうる最悪のパターンとその対処法を熟考した結果。自分が関与できない状況神器発現されて暴走されるより、遥かにマシと判断したからだ。

 

「匙君。神器と対面しても、直ぐに手を触れない。名を名乗らない。最低でも、これだけは守りなさい」

 僅かに混乱している匙にそう言い聞かせているレイナーレが、「それだけでも暴走の可能性を大分抑える事ができるわ」と続ける。

 曖昧に頷いた匙を見たレイナーレは『心構え一つで大分違うのに......二人同時は悪手だったわね』と考えながら近くに居る柳川師範に視線を送り、柳川師範が小さく頷いたのを見ると覚悟を決める。

「では、匙君。始めて」

 

 戸惑い。僅かに混乱しながらも神器発現を開始した匙が、「西洋剣?」そうボソリと呟く。

「どんな形かしら? 片刃? それとも、両刃?」

 危険とされている西洋剣型の神器をピックアップしながら、その対処法を脳裏に思い出しているレイナーレ。

「薄い青色の両刃で、刀身に三角を三つ――なんだろ? どっかで見た事ある様な?」

 その匙の言葉に心当りがあるリアス達が目を見開き、レイナーレは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。

「伝説の──最高位の退魔の剣。大当たりですよ!! 匙君! 直ぐにそのマスターソードに触れて名前を!!」

 まともどころか、大当りを引いたと喜び勇んだソーナの言葉に匙が頷くより早く、レイナーレが叫んだ。

「ソレに触れてはダメ! 今の貴方では呑まれてしまう!」

 レイナーレの叫びの意味が分からないソーナが「えっ?」と間の抜けた声を溢し、リアス達は首を傾げてしまう。

 

 数々の魔王(転生者)を喰らい、その果てに"世界に破滅と終焉をもたらす概念"と化した魔王ガノン(転生者)を撃つ為、人を愛し慈しむ神々と精霊達がその存在全てを"世界を救う祈り"と変え、その祈りを束ねて生み出された退魔の聖剣。

 世界と愛し慈しむ人間達の為に存在する、究極の聖剣が一振り。

 文字通り、世界を救う退魔の剣。

 

 その聖剣が、退魔の剣が、どれ程危険で厄ネタなのか理解していないリアス達と、現状を理解しきれていない一誠を無視して、匙の動きに注視しているレイナーレが指示を飛ばす。

「一誠君は出来る限り離れて。リアス達は一誠君を何がなんでも守りなさい」

 何時の間にか、右手に薄い青色の西洋剣を握っていた匙が、ゆっくりと両目を開き、赤黒く染まった目から血の涙を流し始める。

 片手で握っていた西洋剣を両手で握り直し、熟練の剣士の様に晴眼に構える匙から、殺気なんてモノを知らない一誠ですら感じられる濃度の殺気を放ち始めた。

「お、おい。匙、どうしたんだよ? 何で、そんなに怒ってんだよ?」

 事態を良く理解できていない一誠が前に出ようとするのを白音が止めた。

「ダメです。今の匙さんは正気を失っています」

 その言葉の意味を理解したくない一誠が、白音の制止を振り切って前に出ようとした瞬間的、リアス達が一誠を守る様に取り囲む。

「先輩? えっ? あの」

 戸惑っている一誠に、リアス達は何も返さずに神器が暴走してしまった匙の動きに神経を注ぎ込み始めた。

「匙君の神器は暴走しました。私のせいですね......」

 自分の浅はかさを悔いる様に、ソーナは歯を食い縛る。

「匙は、大丈夫なんですよね? 元に戻るんですよね?」

「大丈夫よ。レイナーレさんと柳川さんが居るんですもの。だから、大丈夫」

 まるで、自分にも言い聞かせている様なリアスの言葉に、一誠は初めて、自分達や匙が危険な状態に在る事を正確に理解する。

『俺は、ダチがヤバい目にあってんのに、何もできないのかよ』

 今日知り合って、今日友達になった。浅い付き合い。

 それでも、時間なんて関係ないと思っている一誠は、自分の実力不足に歯噛みする。

 あの剣の間合いに入った瞬間には自分は死ぬ。いや、間合いに入らなくても、自分が今生きているのは皆に守って貰っているからだと、一誠は理解していた。自分では友達を助ける事は絶対に出来ないと。

 どんなに必死に頑張っても、自分では無理だ。でも、それでも、この場には──あの人が居る。

 負ける処なんて微塵も想像できない。

 自分が知る中で、いや、例え──誰が相手でも、絶対に負ける訳が無い。そう断言できる。目指している最強の人が。

「師範。そいつ、匙て云って......俺のダチなんです」

 守られる事しか出来ない自分に、情けなさを悔しさを感じながら、一誠は言葉を続ける。

「だから、頼みます。助けて下さい。今日。ダチになったばっかなんですけど、良い奴なんです」

 この人なら大丈夫。絶対に何とかしてくれる。そう信じているからこそ、一誠は頭を下げる。

「匙を、助けて下さい」

 その言葉を聞いた柳川師範は、『真っ直ぐで、良い子に育った』と嬉しく思い、うっすらと笑みを浮かべる。

「大丈夫。私に任せなさい」

 静かで、でも、力強い言葉に、一誠とリアス達は確かに安堵した。

 

「さて、弟子に頼まれたのだし、直ぐに安心させて上げたいが」

 一度言葉を切った柳川師範は、目を細めて匙の構えを視る。

「高校生とは思えない。年季の感じる構えだ」

 まるで、ヤイバ流剣術や飛天御剣流の師範代を相手どっているかの様な錯覚を受ける程に隙の無い構えに、匙を無傷で取り押さえる方法を思考し始める。

「それはそうでしょう。今の匙君は、歴代のマスターソードの所持者達。"時の勇者"達の経験を受け継いでいます」

 匙から目を離さない様に気を張っているレイナーレの言葉に、柳川師範は僅かに眉を潜める。

「彼等、彼女等の体験した、歩んだ人生の全てを一瞬で疑似体験した結果。匙はソレ等全てが自分が実際に歩んだ人生と誤認してしまったんです」

 その意味に言葉を失った柳川師範に、レイナーレは言葉を続ける。

「世界を救う退魔の剣。その所持者は、どうあっても"時の勇者"の役割を押し付けられます」

 嫌悪感を隠さずに、レイナーレが吐き捨てる。

「時の勇者は生け贄なんです。見知らぬ誰かを、世界を救う為の」

 匙から感じる──怒り。悲しみ。絶望。憎悪。ソレが正当なモノだと理解した柳川師範は、小さく息を吐く。

「成る程、すがられ頼られた者の末路か」

 口の中で小さく「報われなく、悲しいな」と言葉を転がした柳川師範は、匙が握る剣に視線を移す。

「あの剣は──折っても大丈夫ですか?」

 その言葉に、思わず「えっ? ナニ言ってんの? この人??」と言わんばかりの表情で、柳川師範の顔をマジマジと見てしまったレイナーレが己の失態に即座に気付き、小さく「あっ」と溢してしまう。

 負の感情に負け、自己を見失った剣士を前にして、隙を晒してしまったレイナーレが慌ててその場を飛び退き、襲い掛かってくる筈の匙を迎撃せんとその方を向くと同時に、「は? えっ? なんで???」と唖然としてしまう。

「取り敢えず、事前に言われていた通り、意識を絶ちました。これで大丈夫なのかな?」

 両手で構えていた剣を手放し、意識を失った匙を片手で抱き抱えている柳川師範。

「あっ、はい。大丈夫です」

 匙の神器がよりにもよってマスターソードで有る事を知った瞬間に、柳川師範と二人掛かりでも手傷を負い、腕一つを失う覚悟を決めていたレイナーレは、理不尽な強さを見せ付けた柳川師範に戦慄する。

「さて、折るか」

 ゾッとする程に冷酷な目で、地面に落ちているソレを見た柳川師範は、匙を片手で抱き抱えたままでマスターソードの側まで近付くと徐に片足を上げる。

「えっ? いや、柳川さん?? えっ?? いや、待って──」

 概念と化した魔王ガノンを倒せる唯一の手段。

 マスターソードと三つのトライフォースを得た時の勇者でなければ、魔王ガノンを倒す処か傷つけられない事を知っているレイナーレが慌てて柳川師範を止め様とするが、無情にも、気を纏わせた右足が踏み下ろされてしまう。

 しかし、さすがは聖剣と云うべきか、ガッンと鈍い音を立てながらも、僅かな歪みすら無かった。

 柳川師範の足が退き、無傷の聖剣を見たレイナーレは安堵の溜め息を吐き、柳川師範が露骨な舌打ちをする。そして、その暴挙にリアス達は言葉を失い。一誠は「あっ、そうか。あの剣のせいで匙が可笑しく成ったんだから、折れば良いのか」と感心した様に呟いた。

「この子......匙君をお願いします」

 意識を失った匙をレイナーレに任せた柳川師範が、スーと静かに息を吸い込む。

「あの、ナニを?」

 嫌な予感しかし無いレイナーレに、柳川師範は真剣な表情で返した。

「界王拳二倍で、今度こそ折るだけです」

 自身が習得し、完全に使いこなせる倍数を答えながら、界王拳を使おうとした柳川師範を、慌ててレイナーレが止める。

「止めてください!!」

 匙を抱き抱えた状態で、必死に止めようとするレイナーレを、柳川師範が冷たい目で見る。

「一人に世界の命運を背負わせる物など、必要ないでしょう。そも、そんなモノを一人に背負わせるなんて馬鹿げている」

「そのお気持ちは分かります。でも、魔王ガノンが復活した時の為に、マスターソードは必要なんです」

「魔王ガノン?」

 初めて聞く言葉に、柳川師範が思案し始め、それを好機と捉えたレイナーレが口を開こうとする。

「わかりました。私が倒しましょう。私の死後に復活するなら、ソレまでに倒しうる力を持った者達を育てあげましょう」

 自分一人では無理でも、同等の実力者は複数居る。自分達が無理なら、武天老師を始めとした頂点達に託せば良い。もし、自分の死後ならば、弟子の中に自分を超える才を持つ者達に託せば良い。

 人間は、そうやって、託し受け継いできた。

「生け贄などを良しとはせず、自分の意思・決意で、託し受け継いできた。それが、人間だ」

 生け贄の強制など認めない。確固たる強い意思を感じたレイナーレが、言いにくそうに口ごもっていると、地面に転がっていたマスターソードが、融ける様に消えてしまった。

 

 神器の発現が完全に解けた事を察したレイナーレは安堵するが、柳川師範が苦虫を噛む潰した様な表情を浮かべ、「仕方無い。次の機会に折るか」と呟いた。

「魔王ガノンは、マスターソードでしか倒せない。ですから、折られる訳にはいかないんです」

 概念と化し、力有る神々でさえ、簡単には手が出せなくなった魔王ガノン。そして、マスターソードとトライフォースがどの様に生み出されたか。

 レイナーレの説明に、柳川師範が口を開く。

「つまり、どれ程の実力が有っても勝ち目は無いと?」

「はい。マスターソード以外では不可能です」

「他者がマスターソードを振るう事は?」

「神器は、保有者専用と云っても過言では有りません」

「つまり、匙君にしか扱えない。そうか」

 その話を聞いていたリアス達が、匙の置かれている状況を理解し唖然とする。

「魔王ガノン? えっ? 匙君が? ガノンと戦う? 最強の悪魔、初代ルシファーですら逃げる事しか出来なかった相手と戦う?」

 マスターソードの保有者で在ると云うだけで、そんな重荷を背負わされるとは知らなかったソーナは、その場にペタリと座り込んでしまった。

「だ、大丈夫ですよ! 柳川師範が、そのガノン? てのをやっつけてくれますから」

 どんなに強い存在が相手でも、柳川師範なら勝てる。そう信じきっている一誠の言葉に、ソーナはすがるような柳川師範を見上げる。

「その時は、私も一緒に戦おう。子供一人にそんな重荷を背負わせたりはしないさ」

 一誠の盲信とソーナのすがるような視線に、柳川師範が微笑みながらそう言い切った。

「魔王ガノンは、現在、神々によって封じられています。ですが、絶対では有りません。もしもの時には......」

 レイナーレの言葉に、柳川師範が頷く。

「その時は、必ず」

「此方もそんな事が起きない様に動きます。封印の確認も随時して貰うように働き掛けます」

 出来る事を限界までやっても絶対は無い。その事を知っている柳川師範は自己を鍛え直す事を決め、レイナーレは『仕事が増えた......』と軽く絶望する。

 

「さて、今日は此処までにしましょう」

 やらなくては成らない事が増えた現実を嘆きながら、レイナーレは立ち会ってくれた柳川師範に頭を下げると、一誠達の方を向く。

「匙君は此方で見るから、これで解散よ」

 何か言いたげなソーナを無視して、レイナーレが言葉を続ける。

「一誠君は、明日から必ず、放課後、オカルト部に顔を出しなさい。神器の訓練よ」

 その言葉に、一誠がチラリと柳川師範を見て、柳川師範が頷いたのを確認すると、レイナーレの指示に頷いた。

「リアス。ソーナ。貴女達には話が有ります。覚悟してなさい」

 神器の重さを想像しないで、当たり外れと騒いだ事を叱られるのだと理解しているリアスとソーナは、小さく「はい」と返事をした。

「眷属候補の子達は、用事が無ければ此のまま帰って良いわよ」

 レイナーレのお説教に捲き込まれたく無い眷属候補達は、あっさりとリアスとソーナを見捨てて、その言葉に頷いた。




 魔王ガノンとマスターソードのお話

 転生特典にガノンの力(マスターソード以外では傷付かない)を持った転生者が、他の魔王の力を持った転生者を文字通りに喰らいました。
 そうやって力を着けていくガノンに脅威を感じた力の弱い神々と精霊達が、力有る神々(ゼウス神とか)に討伐を依頼するも「人間が何とかするから、へーきへーき」と相手にせず、ならばと、人間の為に力を振るう神々(聖書の神様等)に依頼しようとするも、そう云った神々は様々な問題対象に追われ、ガノンに対応出来ず。
 その為、力を持つ人間達(チート転生者・非チート転生者問わず)に依頼するも、初代武天老師や初代東方不敗や竜の騎士を始めとする人間最強クラスが全滅。なお、この時にチート特典のマザードラゴンも敗北し、以降、竜の騎士は出現しなくなる。
 にも関わらず、力有る神々は「人間なら勝てる勝てる」と相手にせず。それにブチギレタ力無き神々と精霊が自身を素材にマスターソードを製作。
 マスターソードを手にした人間の少年(非チートの普通の人間)が、その命と引き換えにガノンを撃破。
 しかし、ガノンの魂を消滅させる手段が無く。力有る神々に封印を依頼するも、「人間なら」の発言にブチギレて、人間は好きだけど自己の消滅は嫌。もっと、人間といちゃいちゃしたい。と考えてマスターソードの素材に成らなかった神々と精霊達が、自己の消滅を覚悟でトライフォースと成り、ガノンの魂を封印。
 その様子を見ていた力有る神々は「??? 人間に任せとけば良かったのに、何でそんな事したん???」と理解に苦しみながら、取り敢えず、ガノンの封印を監視する事を決定。
 しかし、この時既に、ガノンは全勢力に単独で戦争できる力を得ていた為、力が戻れば自力で復活。
 そして、次の時の勇者が命懸けで討伐。
 それを何度も繰り返し、匙君が当代の時の勇者に選ばれました。

 ちなみに、マスターソードの保有者の経験を体験するのは、聖書の神様の善意です。
 この剣の持ち主は皆凄い人ばかりだよ! 彼等彼女等の思いを知って欲しいんだ!! 哀しくて辛い体験させてごめんね。でも、こんなに辛く苦しい旅路の果てに偉業を成し遂げた事を知って欲しいんだ! だから、悪用しないでね!! お願いだよ!!
 と云う想いで、疑似体験させてます。
 そして、最後まで体験すると、聖書の神様のメッセージが流れます。
 辛く苦しい思いをさせてごめんね。でも、彼等彼女等の事を知って欲しかったんだ。あっ、ガノンとは別に戦わなくて良いよ! もし、復活したら、私が戦うよ! 勝てないかも知れないけど、命懸けで戦うよ! 最悪は、私の命と引き換えに再封印するから安心してね! だから、大丈夫だよ! 幸せに成ってね!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

個々の動きと決断

善意の行動が、良い結果をもたらすとは決まっていない。て話です。

そして、二回目の人生を生きる姉と何処にでも居る少年が居たらどうなるんでしょう?
姉は知っています。体験しています。"ちゃんと勉強していれば" "もっといろんな事に挑戦してみたかった"等々を。
少年、弟はそれを知りません。体験してません。親がそう言うのを聞いた事があるだけです。
姉は頑張ります。そして、才能が有ったのか結果を出します。
弟は普通の少年です。友達と遊ぶのが楽しくて堪らない年頃です。
そんな二人は、両親から、周りの大人達から、どう見られたのでしょうか?

それに気付いた普通の弟は、頑張りました。
遊びたいのを我慢して頑張りました。でも、頑張っても必ず結果を出せるとは限りません。
結果を出す姉とそうでない弟は、どう周りから思われたんでしょうか?

それこそが、柳川師範の言う──本作品の兵藤一誠が抱えているモノです。


 薄い青色の刀身に目を奪われ、直ぐに触れて名前をと言われて、そして、俺は──失った。

 

 両親。兄。弟。姉。妹。親友。友達。恋人。夫。妻。子供。孫。そして、故郷。

 何かも、一切合切、文字通り全てを失った。

 何故? どうして、こんな目に合わないといけない?

 誰も助けてくれない。神々も、精霊達も、誰も助けてくれない。哀れむだけで、助けてくれない。

 だから、嬉しかった。神々や精霊達が戦う武器を授けてくれた事が。これで、仇を討てる。皆の無念を晴らせる。

 自分(人間)は、見捨てられてなかったと分かったから。嬉しかった。

 必死に戦って、誰も助けられなかった、誰も守れなかった、ちっぽけな命で、アレを倒せた。

 こんな無価値な命に出来る事が有った。それが嬉しかった。

 でも、終わりじゃなかった。

 アレは、何度も、何度も、何度も、甦った。

 僕は、私は、俺は、儂は、その度に剣を取った。

 本当は、嫌だった。嫌で仕方なかった。

 なんで、戦わなければ成らない? 自分より強い人は幾らでも居るのに。なんで自分が?

 でも、戦った。戦うしかなかった。

 だって、この剣は、神々や精霊達の犠牲の結果だから。人間に生きて欲しくて、人間に幸せに成って欲しくて、作ってくれた剣だから。

 だから、戦うしかなかった。そうじゃなきゃ、神々と精霊達の犠牲が祈りが、無駄に成ってしまう。

 戦った。嫌だと叫びたいのを必死に我慢して、逃げたいのを必死に我慢して。

 何時か、この戦いが終わると信じて、戦った。

 でも、終わりなんて無かった。

 だって──この剣の力は凄くて、「助けて」と叫ぶ誰かは居なくならなくて。

 嫌で逃げたいのを必死に我慢して、戦わなければいけなかった。

 逃げたら、嘘に成ってしまうから。

 戦わないと、無駄に成ってしまうから。

 ああ、でも、なんで、私が、僕が、儂が、俺が、戦わなければ成らない?

 この剣を宿して産まれた。そんな理由で、戦わなければならない?

 強い人は幾らでも居るのに。なんで?

 助けて、守って欲しいのは──自分なのに。

 

 神様が言う。もう戦わなくて良いと。

 神様が言う。自分が命を掛けて戦うからと。

 神様が言う。この命を引き換えにしてでも、再び封印してみせるからと。

 神様が言う。幸せに成って欲しいと。

 

 ああ、それはダメだ。

 だって、神様の声が優しいから。剣を作ってくれた神々と精霊達の様に、その御身を犠牲にアレを封じてくれた神々と精霊達の様に優しいから。

 きっと、この神様が居なくなったら──沢山の人が悲しむ。

 なら、自分が戦う。嫌だけど。逃げ出したいけど。戦う。

 だって──その方が、悲しみが、小さいから。少なくて済むから。

 だから、我慢して戦おう。きっと、それは、正しい事だから。

 この命を使って、世界を救おう。それが、きっと、悲しむ人が一番少ないから。

 

「レイナーレさん」

 学園の保健室のベッドに寝かせていた匙が、目を覚まし上半身を起こす。

「気分はどうかしら? 痛い所とか......」

 優しく微笑みながらそう言ったレイナーレは、匙の目を見て、悟った。『この子は、覚悟を決めてしまった』と。

「戦い方を教えて下さい」

 時の勇者(生け贄)に成る決意をした匙を、レイナーレは優しく抱き締める事しか出来なかった。

「私では、私達では、貴方を助けられない」

 ハラハラと涙を流し、「ごめんなさい」と謝りながら、抱き締め続けるレイナーレに、匙が「大丈夫ですよ」と声を掛ける。

「俺は、俺の意志で戦います。皆がそうして来た様に、俺の意志で戦います」

 静かに力強く、そう宣言した匙を、レイナーレは無言で強く抱き締める。

「お願いします。俺に戦い方を教えて下さい」

 

 

 神器発現を行ったその日の夜。

 一誠は亀仙流道場──師範の柳川の前で、頭を下げていた。

「二・三日。考えてから......私の所に来ると思っていたんだがなぁ」

 柳川と一誠以外に誰も居ない道場で、一誠は深々と頭を下げ続ける。

「一誠君。君は神器持ちだ。しかし、まだ、完全に此方に踏み込んだ訳じゃない」

 まだ引き返せる。此処が分水嶺だと語る柳川の言葉を聞いても、一誠は頭を下げていた。

「神器持ちが、必ず、なにかしらの事態に巻き込まれる訳じゃない。神器を制御して、表の世界で生きている人達も居る」

 決して頭を上げようとしない一誠に、柳川は言葉を続ける。

 

 曰く──スポーツ選手等にも神器持ちは居る。彼等は神器を正しく制御し、日常を生きている。

 スポーツ選手だけでは無く、サラリーマンや教師にも神器持ちは居る。

 余程、有用で希少価値が高い神器でも無い限り、狙われる事は無い。制御さえきちんとできていれば、問題なく日常を生きていける。

 

 その説明を聞いた一誠が、道場の床に膝を着けると同時に土下座をする。

「なら、なおさら、俺を鍛えて下さい」

 あの時、友達が危機に陥った時、守られる事しか出来なかった。すがる事しか出来なかった。自分の身すら守れなかった。

 それが、一誠には悔しかった。

 弱い自分に負けない様に、ガムシャラに鍛えたつもりだった。同年代なら、負けないぐらいに強く成ったつもりだった。自分の身も友達も守れるつもりだった。

 つもりでしか無かった。

 守られる程度の強さでしか無かった。

 人間だから。人間じゃないから。そんな事は、一誠には関係無い。

 友達が、先輩・後輩が、危険に晒されて、何も出来なかった。

 

 もし、あの場に、柳川師範が居なかったら?

 もし、あの場に、姉──京子が居たら?

 断言できる。何も出来なかったと。

 

 守れる程に強くなりたい──なんて贅沢は言わない。

 一緒に戦える程度の強さが欲しかった。

 大切な存在を逃がす時間を稼げる力が欲しかった。

 第一、一朝一夕で強く成れるなんて思っても居ない。いや、成れるかも知れない、神器の力を使えば。でも、一誠にはそれが出来なかった。

 ただでさえ、自分が傷付けている家族を、これ以上悲しませる様な事だけはしたくなかったからだ。

 だからこそ、一誠は頭を下げ続ける。神器に可能な限り頼らずに強くなる方法が、これ以外に思い付かなかったから。

「匙君の事は、私やレイナーレさんに任せなさい」

 お前に出来る事はない。そう言われた気がした一誠が、グッと歯を食い縛る。

 弱い自分に出来る事なんて何も無い。そんな事は、一誠が数時間前に思い知った事だ。だからこそ、強くなりたい一心で頭を下げ、土下座までしている。

『なのに、なんで──わかってくれないんだよ』

 帰り際に白音に聞いた、魔王ガノンの強さを一誠は良く理解できていない。現在封印されていて復活するかどうかも分からない。とも聞いていた。でも、それでも、友達がヤバい奴と命懸けの戦いをするかも知れない事だけは理解できていた。

 柳川に任せておけば大丈夫だと信じている。だけど、友達の為に、自分が何もしない──出来ない事だけは、どうしても我慢できない。

「匙君は......恐らく、日常とある程度の距離を取るだろう。だが、そんな事はしなくて良いと日常側から手を差し出し、無理矢理に握り締め、その手を離さない事も大切な事なんだ」

 一緒に戦う事だけが力に成る事じゃない。非日常を前に、「それがどうした?」と笑い飛ばし、友達で在り続ける事。それもまた大切な事なんだと言い聞かせる柳川の言葉に、一誠は何度か口を開き掛けては閉じる。

「強さを欲するのも分かる。悔しくて情けないと思う気持ちも」

 土下座をしたまま、微動だにしない一誠の前で、柳川は腰を屈めて一誠の肩に手を置く。

「君は強い。同年代で勝てる者は少ないだろう。焦る必要は無いんだ。少しずつ、少しずつ、強くなりなさい」

 その言葉に、何かを言おうとした一誠は押し黙る。

 きっと、その言葉は正しいと思ってしまったから。

 少しずつ、一歩ずつ、しっかりと踏みしめて、レンガを一つ一つ丁寧に積み上げる様に、そうやって努力を重ねて往くのが正しいとわかってしまった。

「師範の言う事が正しいと、俺も思います」

 だけど、それでも、頷けなかった。

「それでも、俺は強くなりたい。戦う力だけが、強さじゃない事は良く知ってます」

 それでも、一誠は戦う力を求める。

 

 幼い頃から姉の京子(転生者)と比べられ続けた結果、自分に対する自信が無かった。

 何をやっても、姉の京子(転生者)には勝てなかった。

 亀仙流を習い"戦う力"を得るまでは。

 だから、一誠は"戦う力"を求める。それこそが、完璧超人の京子の弟だと胸を張れる(姉に勝てる)唯一だと思い込み信じきっているから。

 

「俺は、嫌だ! ダチが危ない目に会いそうなのに、見てるだけなんて、絶対に嫌だ!!」

 幼稚な事を言っている自覚があった。それでも、一誠は我慢ができなかった。

 

   だって、友達を見捨てる奴が──

 

「それに、ガノンてのが復活したら、俺の家族やリアス先輩達だってヤバいて事ですよね?」

 

   家族や友達の危機に何も出来ない奴が──

 

「俺は俺の大切な人達を自分で守りたい! 無茶な事を、馬鹿な事を言ってるのはわかってます!」

 

   家族や友達を守れない奴が──

 

「お願いします。俺を鍛えて下さい!」

 

   兵藤京子の弟(兵藤一誠)とは、認めて貰えない。

 

「私が断ったら......レイナーレさんを頼るのかい?」

 思いの丈が詰まった一誠の言葉に、柳川が小さな溜め息を吐き、そう呟くと、考えを見透かされた一誠の体がビックリとする。

「幾つかの条件がある。それを守れるなら、稽古を着けよう」

 思わず頭を上げた一誠の目に、如何にも仕方の無い子だと、言わんばかりの表情をした柳川の顔が映った。

「土下座を止めて、楽に座りなさい」

 その言葉に頷いた一誠が、上半身を起こして背筋を伸ばし、軽く握った両拳を膝の上に置き、綺麗な正座の姿勢を取ると、柳川が「足を崩して、楽にしなさい」と言葉を掛ける。

「まず、前提条件が、亀仙流の教えを如何なる時でも忘れない事だ」

 漸く足を崩して楽な姿勢を取った一誠の前に、柳川がそのまま腰を降ろし胡座を掻く。

「これは絶対だ。これが守れないなら、何も教えられない」

 その言葉を額面通りに受け取ってしまった一誠が、籠められた意味と想いを理解しないままに、頷いてしまう。

「分かった。条件を伝えよう」

 初めて会った時の思い詰めた表情よりは幾らかマシとは云え、ソレに近い状態にまで戻ってしまった事を察した柳川は、胸に沸き上がる想いを深く沈め、それを一誠に悟られない様にしながら、出来るだけ穏やかな口調で条件を口にした。

 一人で無茶な事はしない。稽古は必ず、自分の付き添いで行う事。焦らずに、適度な休憩を必ず取る事。

 それらの条件を聞いた一誠が、しっかりと頷く。

「今日はもう帰りなさい。一誠君の都合の良い日に、この時間に此処に来なさい」

 

 力強くハッキリとした声で返事をした一誠を見送った柳川は、深い溜め息を付くと同時に、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。

「やっと、やっと、少しずつ自身を肯定できるように成ったと思ったらこれか」

 匙の神器がマスターソードではなく、別の神器だったなら。表では強くても、裏では違う事に気が付かなければ。様々な"たられば"が頭に浮かんだが、ゆっくりと首を振り、それを頭から追い出す。

 起きた事は覆せない。だからこそ、人は前に進める。その事を経験則として理解している柳川は、"一誠に自分を肯定させよう会議"を久しぶり開催する事を決める。

「バラキエルさんが帰って来てくれれば、頼もしいが、何時に成る事やら」

 禅道場に通い始めてから、一誠の精神面の成長を補助し続けている堕天使の不在を嘆きつつ、己の不甲斐なさを実感している柳川は、「やはり、戦う事しかできない私では、やれる事など......たかが知れているな」そう悔しげに言葉を漏らした。

 嘗ての自分の様に、自己肯定が上手く出来ない一誠の助けに成れない。そして、過去の焼き増しの様に戦う力を求める一誠に、「それは違う」と諭せない自分に嫌気がしながら、柳川は悲しげに眉を落とす。

『相手を殴るために握りしめた拳では何も掴めない。その事に、早く気付いてくれ』

 口頭でそれを告げても、本当の意味で理解出来ない。それどころか、嘗ての自分の様に理解したつもりになって、一誠が取り返しのつかない事になる事を恐れている柳川は、今は亡き師の言葉を噛み締める。

「貴方の言う通り、私は弱いままだ」

 

 一誠は満面の笑みを浮かべていた。

 柳川の告げた"本当の亀仙流"を身に付けられたら、きっと、家族と友達──大切な人達を守れる男に成れると確信して。

「ドラゴンボールみたいに、かめはめ波とか?」

 神器なんてオカルトが有るなら、気を使った技が有るかも知れない。そんな事を考えながら、家族の居る家に足を進める。

『いっぱい頑張って、強くなれば、きっと──』

 脳裏に尊敬している大人達──柳川。ライザー。バラキエル。そして、自分の両親。それらを思い浮かべた一誠は、無意識に右手を握り締める。

 彼等の様な大人に成れたら、きっと、グズで弱い"今の自分"と決別できる。

 そうなったら、きっと、胸を張って「俺は兵藤京子の弟(兵藤一誠)だ」と言える様になる。

「明日から毎日道場に通わないとな。バイトは......まぁ、うん。士郎先輩に頭を下げて時間をずらすとかすれば大丈夫か」

 道場の先輩であり、バイト先の定食屋の店長をしている先輩に、どう説明すれば良いのか考えながら、一誠は笑みを浮かべたまま帰り道を歩き続けた。

 

 

 神々が魔法少女と戯れる為に、一切自重せずに作り上げた異界。ミッドチルダに建てられた小さな可愛らしい城の一室。思わず目を背けたくなる書類の山とパソコンが置かれている執務室で、目の下に隈を作っているセラフォルーがてきぱきと提出用の書類を制作していた。空の栄養ドリンクを山積みにしながら。

「おわ~ん~な~い~!! 見栄なんて張らなきゃ良かったぁぁぁ」

 後ろ楯の神々に提出する書類の制作を手伝うと言ってくれた魔法少女達に見栄を張って、「大丈夫。大丈夫。おねーちゃん。これぐらい余裕だから☆」と、帰る家が有る子達を帰し、保護している子達をヘスティア神に寝かし付けて貰った事を後悔していた。

「いや、負けるな! 私!! がんばれ! 私!!」

 神器保有者の子供とか幼い転生者の保護や様々なケア。魔法少女の勧誘をしながら、「書類制作しなきゃ......でも、この子達見てないと危ないし......後で纏めてやれば良いよね☆」等と言って、二周間以上、書類制作をほったらかし、実験動物として扱われていた子達の精神ケアをしてたら、何時の間にか未提出の書類の山が出来ていたのだ。

「がんばれ、私。負けるな、私ぃぃぃ」

 やけに手慣れた手付きで、片手で栄養剤ドリンクの蓋を開けると、グビッと一気に飲み干したセラフォルーは、六徹で充血した目で書類を睨み付け、懸命に手を動かし続ける。

「来週は皆でピクニック! 皆でピクニック!」

 セラフォルーは決死の覚悟で、書類の山と格闘していた。

 

「セラお姉ちゃんてさ、頼りになるけど......基本的に要領の悪いダメ姉だよね」

「だから、あの子達の事は私達に任せてて言ったのに」

「カッコつけて、無理に良いとこ見せようとするから、こんな事になるんだよ? いい加減、学習して??」

「セラ姉......また、書類溜め込んだの? そんなんだから、結婚どころか、恋人もできないんだよ?」

「あ~ うん。手伝うよ。大丈夫。もう慣れたし」

「セラ姐は何時になったら結婚するの? 他のお姉ちゃん達は結婚して子供居るよ?」

「えっ、セラお姉ちゃんまだ結婚してないの? 私、子供どころか孫産まれたんだけど」

「セラ姉。私、結婚するんだ。セラ姉もいつか結婚できると良いね」

 

 妹分の魔法少女達に投げ掛けられた言葉を不意に思い出したセラフォルーが、「うっっがぁぁぁぁあぁぁ」と雄叫びを上げ、ボサボサの頭を両手で掻きむしる。

「違うの! 全然違うの! 私は、結婚できないんじゃないのぉぉ!!」

 誰も居ない執務室で、虚ろな目で虚空を見上げ、セラフォルーは勢い良く息を吸う。

「私は、結婚しないだけなのよ!!」

 吸い込んだ空気と共に、魂の叫びそのままに咆哮したセラフォルーが、ブツブツと呟きながら書類にペンを走らせる。

「そう。できないじゃないの。しないだけなのよ。だいたい? 私みたいな──完全無欠で才色兼備で才色賢姉な美少女である私が、結婚できない訳無いじゃない。常識的に考えて? そう。出会いが無いだけなのよ。出会いさえあれば、即ゴールインな美少女である私が結婚できないなんて......有り得ないでしょ? その気に成れば、男の一人や二人や五人や百人なんて簡単に作れるのよ? でも

それって、妹達や弟達の教育に悪いでしょ? 基本的にダメ姉? それも、無い。有り得ない。だって、私。がんばってるもの☆ すっっんごっっっっっく☆がんばってるもの☆ この書類の山をやっつけたら──皆が私を褒め称えるの☆ 「さすが、セラお姉ちゃん! 頼りになる!!」とか「やっぱり、セラ姉は凄いね!」とか「さすセラ! さすセラ!」て」

 片手でペンを走らせ、もう片手で栄養剤ドリンクを胃に流し込んでいるセラフォルーが、ニタリと不気味な笑みを浮かべ、グヒッ。フヒヒ。と奇声に近い音を発し始めた。

 

「色々と言いたい事が有るけど、取り敢えず、これ食って寝ろ」

 目に入れても痛くない最愛の妹であるジャネットに、「セラの事だから、本当に一睡もしないで書類作ってるだろうし、夜食持ってく次いでにセラを強制的に休ませて。書類の期限? 神々は私達に甘いから、私達がお願いしたら一発よ?」と頼まれたジョージが、危ない目付きでフヒヒと笑い声を溢して書類と格闘しているセラフォルーに声を掛けた。

「ほら、夜食だ。手を止めて食べろ」

 最初にジョージが持つトレイに乗った、色彩豊かなサンドイッチと紅茶のポットとカップに視線が行き、その後で、セラフォルーの視線がジョージの顔を捉える。

「貴方が──神か」

「人間だ。さっさと食って、寝ろ」

 応接用とは名ばかりの、セラフォルーが「一人で延々と書類作るなんて寂しい!!」との我が儘の結果に設置された──お値段が駒王町の運営費二年分ぐらいのフカフカのソファーと長机。その長机の上にトレイを置いたジョージは、慣れた手付きでポットを手に取り、どこの執事だと言いたくなるほどに堂の入った所作で紅茶をカップに注ぐ。

「食べるけど、寝てる暇はないのよ......書類を終わらせないと」

 心に深い傷を負っている小さい子を元気付ける為とは云え、咄嗟に「皆でピクニックに行きましょう! 辛くて苦しい思い出しかないなら、これから、沢山の楽しくて嬉しい思い出を作れば良いのよ!!」と勢いで言ってしまった結果、自らデスマーチを開催する事になったセラフォルーが紅茶の香りに負けていそいそとソファーに腰掛ける。

「後は、俺に任せてとにかく寝ろ。チビッ子達が心配してる。てジャネットが言ってたぞ」

 暖かい紅茶を口にして、ホフと一息付けたセラフォルーは首を横に振る。

「これは私の仕事。夜食だけで十分助かったわ」

 手に持っていたカップをトレイに戻し、サンドイッチに手を伸ばしたセラフォルーを、呆れた目で見ながらジョージが口を開いた。

「俺に、周りを頼れ。て言ったのは誰だっけ?」

 その言葉に、サンドイッチを取ろうとしていたセラフォルーの手が止まる。

「なぁ? 誰だっけ? 答えてくれよ。セラ?」

 静かな口調で"セラ"と、ジョージが愛称を口に現実に、セラフォルーは冷や汗をダラダラと流し始めた。

「わ、私です。はい」

 自分の事を愛称で呼ぶ時は、ジョージが本気で怒ってる時だと知っているセラフォルーが、恐る恐るジョージの顔を見ると険しい表情が目に映り、『あ、これ、物凄く怒ってる』と理解してしまった。

「んで? どうして、こんな事になってんの?」

 経験則で素直に話して怒られた方がマシだと理解しているセラフォルーは、嫌々ながらに口を開く。

「ほら、神器の人体実験の被害に遭った子達を保護したでしょ? その子達の精神ケアをしてたら......ねっ? 仕方ないのよ。あの子達をほったらかして書類作りとかできないじゃない。うん。だから、この状況は仕方ない事なのよ。ピクニックに行くて言ったら少しだけ笑ったの。だから、これは、不可抗力なのよ」

 必死に一生懸命に、私は悪くない。と言い訳をしているセラフォルーを、ジョージが一言で両断した。

「ヘスティアさんを頼れば良かっただろ。セラが一人で抱え込む理由は無い」

 ミッドチルダ在住のギリシャの女神にして、自他共にプリキュアのお母さんとして君臨している、女神ヘスティアを頼ればこんな事にならなかった。それを自覚しているセラフォルーが「うぐ」と声を漏らし、言い返せないと理解すると同時に視線を在らぬ方向に向ける。

「どうせ、無駄にカッコつけて、また自爆したんだろ」

 更なる追撃を受けたセラフォルーが、視線をカップに落とすと、グビッと紅茶を一気に飲み干す。

「しょうがないじゃない!! 私以外の大人が近づくと、小さい体をギュと縮めて! 目を瞑って! 声を出さずに震えて! こっちが泣きたくなるぐらいに怯えるのよ!? 私に「助けて」て小さく言うのよ!! そんな子達を放っておける訳ないじゃない!!」

 思いの丈を叫んだセラフォルーを、ジョージがジト目で見据える。

「ヘスティアさんの見た目は、中学生ぐらいだよな?」

 空のカップを音が鳴るぐらい勢い良く、長机に乱暴に置いて、なんとか誤魔化そうと画策していたセラフォルーが、その言葉に一瞬ピタリと動きを止め、静かにカップを長机の上に置いた。

「なによ。じゃあ、あの子達をほったらかしにしろっての」

 反省の色も無く、不貞腐れているセラフォルーに対して嘆息したジョージは、空のカップに紅茶を注ぐ。

「わかって言ってんだろ。それ」

 ジョージの問い掛けに、セラフォルーは無言で返した。

「俺達は──プリキュアに所属してる奴らは、お前に助けられた。守られた。そんな連中ばっかりだ」

 その言葉の続きを察したセラフォルーが、視線をジョージから外して俯く。

「何時だって前を向いて、誰かの為に笑って怒って泣いて、がむしゃらに進み続けるお前を嫌ってる奴なんて居ない」

 俯いたセラフォルーがグッと歯を食い絞る。

「そんなセラフォルーが、一人でボロボロになるまでがんばってるのを見て、何も思わない。感じない。て、思ってんのかよ」

 ジョージの問い掛けに、辛うじて聞き取れる程に小さく、「わかってるわよ。そんな事ぐらい」そうボソリと呟いた。

 魔法少女の相互扶助組織プリキュアを立ち上げる前からセラフォルーは知っている。

 どんなに世代交代を繰り返しても、魔法少女達は可愛らしく優しい素敵な女の子達で、保護した子も良い子達ばかりだ。だから、無茶を無理をすれば、心配させる事ぐらい知っている。

 コカビエルにその事を気づかされて以来、セラフォルーは皆を頼るようになった。

 その結果──頼りすぎたセラフォルーのせいで、ジャネットははぐれ悪魔を殺害して塞ぎ込んだ。

 セラフォルーは学んだのだ。頼りすぎてはいけない。なにより、ナニかを背負う可能性が有る案件は、全部自分がするべきだと。

「どうせ、ジャネットの件とかで余計な事を考えて、空回りして暴走してんだろ」

 そう言い切ると、全く真似る気のない口真似で「私はおねーさんなんだから、私がまもらなきゃー」と続ける。

 俯いたままのセラフォルーを呆れた目で見ながら、ジョージは言葉を吐く。

「ジャネットが一言でもお前を責めたかよ」

 そんな事は、誰もしない。プリキュアに所属している魔法少女や保護された子供達は、全員がセラフォルーの献身と優しさ。そして、頑張りを知っているから。

「家族なんだろ? なら、ちゃんと頼れよ」

 セラフォルーにとって、プリキュアは形の無い家だ。そして、プリキュアに居る者は皆家族。そこに例外なんて存在しない。

 新しい魔法少女を支部が見つけて所属させると、必ずその日の内に会いに行き、「今日から私達は家族よ☆」そう伝えに行く。その月に誕生日を迎える子供達が居れば、日程を全力で調整して、保護者枠の神々やコカビエルとミカエルと一緒に全力で誕生日パーティーを開く。

 何かに悩んでいる子が居ると聞けば、仕事をほったらかして全身全霊で悩みを解決。グレる子が出たら「ナンでぇぇ!? なんでもグレたのよぉぉぉ??」と仕事を投げ捨て、ガン泣きしながら話を聞いて、即日ないし一週間で更正。

 セラフォルーはずっとそうやって歩んできた。だからこそ、ジョージは言うのだ。プリキュアを代表して、皆が言いたい事、家族なんだから頼って欲しいと。

「なまいき~ そんな事言われなくても、ちゃんと頼ります~」

 うっすらと潤んだ目をそのままに、わざとらしい膨れっ面をしたセラフォルーが、目の前のサンドイッチに手を伸ばした。

「車が発明される前、馬車が現役の時代から生きてる悪魔に対して、偉そうに言って悪かったな」

 サンドイッチを取ろうとしたいた手がカップを高速で鷲掴みにすると、紅茶を一気飲みしたセラフォルーは空になったカップを長机に叩き付ける。

「私は十七歳教に入信してるから。永遠の十七歳だから」

 ガッンと長机に叩き付けたカップをジョージに突きだし、紅茶のお代わりを要求するセラフォルーに、「ハイハイ。セラフォルーさんびゃくななじゅさい」等と言いながら紅茶をカップに注ぐ。

「誰が三百七十よ。永遠の十七歳だって言ってんでしょ!」

 瞳孔を開き睨み付けるセラフォルーの様子を鼻で笑ったジョージは、書類の山を片付ける為に椅子に腰掛け、カリカリとペンを動かし始めた。

「あ~あ~ 小さい頃のジョージ君は可愛かったのにな~~ 可愛かったのにな~ セラお姉ちゃんのお婿さんになる。て言ってくれた可愛いジョージ君は何処に行ったんだろうな~~」

「人の過去を捏造するな。さっさと寝ろ」

 自分の過去をさらっと捏造するセラフォルーを、一言で両断したジョージは手元に寄せた書類に目を通して深い溜め息を付いた。

「神器は、聖書の神様が人間がクトゥルフ勢力に対抗する為に作ってくれた物なのになぁ」

 強い願いや想いに反応して、それを何としてでも叶えようとした結果、保有者の寿命を縮める物だとしても、クトゥルフ勢力に対抗するには有意義な物で有る事は疑いようもない品物である。特に、這い寄る混沌等の神性に人が対抗するには、規格外の強さを持つ存在か神器持ちでなければ不可能に近い。

「どーしたのよ。急に?」

 今更、そんな当たり前の事を口にしたジョージを、セラフォルーが訝しげに見た。サンドイッチを片手にモグモグと食べながら。

「いや、それなのにさ、人間が神器持ちを虐待したり、実験動物の様に扱う案件も有るわけだろ?」

 ジョージの言わんとする事を理解したセラフォルーが、「あ~」と間の抜けた声を上げる。

「なんかさ、申し訳ないな。て、思って」

 そう言いながらペンを動かし続けるジョージに、セラフォルーが少し考えた後に口を開く。

「それはさ、聖書の神様もある程度はわかってたと思うよ? だから、天使を使って何とかしようとしてた訳だし」

 元々、神代の終わりと同時に大々的に神器の告知をしようと計画して、神器保有者の差別等の抑制を図っていた事。駄神ゼウスのせいでソレが出来なくて、天使を使い様々な神器関係の問題を解決しようとしていた事を聖書の神から聞いているセラフォルーが小さく「おのれ、ゼウスお父さん。許すまじ」と呟く。

「そう言えばさ、ジョージ君は何で"さん"呼びなの?」

 聖書の神が神器がもたらす惨状を知ったら、「療養なんてしてる場合じゃないですね。すぐに天界に戻って対策をしなければ!!」とか言って、また血を吐きながら問題解決にのりだすんだろうな~ と考えたセラフォルーは、『絶対に、せいちゃんに知られる訳にはいかないよね』そう思いながら別の話題をジョージに振る。

「それは俺が知りたい。何かしたのかと思ってヘスティアさんに謝ったら、悪い事してないのに謝るな。て怒られたし」

 プリキュアに所属したら、後ろ楯の神々に、お父さん・お母さん・お兄ちゃん・お姉ちゃん・お婆ちゃん・お爺ちゃん呼びを強要されるのだ。呼ばなければ、返事をしなかったり、神の圧を掛けられたり、酷い時は神の威厳とか投げ捨てて床に寝転がりジタバタと駄々っ子の様にそう呼べと強要してくる。それなのに、ジョージが"さん"付けで呼ぶ事がセラフォルーは不思議だったのだ。

「私が聞いとこうか?」

 モグモグとサンドイッチを咀嚼しながら、『家の神様達て、結構めんどくさいのよね~』等と、呑気に紅茶をチビチビと飲んでいるセラフォルーの言葉に、ジョージが「頼む」と短く返事をする。

「あ、そうだ。来週開けといてね。ピクニックだから」

「大人は怖がるんだろ? 俺は行かない方が良いだろ」

「だからよ。怖い大人はもう居ないし、もし、現れても私達が居れば大丈夫て、理解して貰わないと」

「段階をもうちょっと踏めよ」

「あの子達にとって大人は恐怖の対象よ。なら、出来るだけ早く怖くない大人を知って貰わないと」

「............わかった。開けとくよ」

 了解を得たセラフォルーが、プリキュアに所属している皆の予定を思い浮かべながら、日程の最終調整をしていると、胸ポケットに入れているスマホがブルブルと振動し始める。

「あ、ソーナちゃんからだ。めずらしー」

 深夜と言って良い時間に電話をしてきたソーナからの着信に若干驚いたセラフォルーが、チラリとジョージに視線を向けた。

「その電話が終わったら寝ろよ」

 仕方ないなと云わんばかりの表現をしながら、書類に視線を落としているジョージの言葉に、「は~い」とセラフォルーが力の抜けた言葉を返す。

 

「はーい。貴女の頼れるおねーさん。セラフォルーお姉ちゃんです☆」

 ソーナからの着信に出たセラフォルーが、いつもの口上を口にした途端に眉しかめる。

「ソーナちゃん。どうしたの?」

 苦し気な今にも泣き出しそうな声を聞いたセラフォルーは、出来るだけ優しい口調でソーナに語り掛ける。

「嫌な事。辛い事があったのかな?」

 ポツポツと話始めたソーナの語る内容──要約してしまえば、神器が人に与える影響の強さを理解せずに、発現した神器を当たり外れと騒いでしまった事の後悔だった。

 発現した神器次第では、今までの人生の全てを捨てなければ成らない程に影響力の強いモノだと知らなかったソーナの後悔と懺悔の言葉に、セラフォルーは妹が理解しきっていない現実を口にする。

「それは仕方ないわ。だって、私達は悪魔だもの」

 人間同士でも相互理解は難しい。種族が違う人間と悪魔ならなおのこと。寿命も文化も価値観も全く違うのに相互理解なんて簡単に出来るわけがない。

「強力な力なら喜んで、使えない力なら残念がる。それが悪魔よ。殆どの人間はその逆。だって、普通に生きるなら力なんて邪魔なだけだもの」

 そう言いながら『それが分かっている悪魔はどれだけ居るんだろうな~』と考えたセラフォルーが、電話の向こうで何か言いたそうなソーナに言葉を続ける。

「私だってそうよ。不躾に当たり外れを言って、子供達に怒られた事が沢山あるし。どんなに長く人間と過ごしても、やっぱり私は悪魔だから......あの子達の気持ちを完全に理解する事はできないの」

 一拍置いた後、セラフォルーは人と共に生きた悪魔として断言する。

「でもね。理解できなくても、寄り添う事はできるのよ」

 それは、セラフォルーが魔法少女達や保護した子供達と過ごして導き出した答え。

 共感できる事は一緒に笑って怒って悲しんで楽しむ。種族が違う以上、どんなに歩み寄っても限界が有る。なら、それを受け入れて寄り添えるだけ寄り添えば良い。

 例え、どんなに違いが有っても、寄り添おうとする事だけは出来るのだから。

「ソーナちゃんにはまだ難しいかも知れないけど、人と生きるなら寄り添う事だけは止めたらダメ。悪い事しちゃったら反省して謝って、次に生かせば良いだけなんだから」

 心の中で『殆どの悪魔ができないんだけどねー "弱い奴が悪い"理論で生きてるから』と愚痴りながら、セラフォルーはソーナの返事を待つ。

 数分の沈黙の後、涙ぐんだ声で、「わかりました。匙君と一誠君に明日謝ります。それから、寄り添える様に頑張ってみます」そう言い切ったソーナに、セラフォルーは嬉しそうに微笑む。

「ソーナちゃんなら、きっと、できるよ。だから、無理をしないで少しずつ頑張って」

 涙ぐみながらも、決意の籠ったソーナの返事を聞きながら、セラフォルーが「あっ」と声を上げる。

「そうだ。その子達の神器はなんだったの? 場合によっては家で保護できるよ?」

 制御しきれずに周りを害したり魅了する。または害意を自身に向けさせる等の厄介な神器の存在を知っているセラフォルーがそう言うと、ソーナは「大丈夫です」と口にした。

「一誠君の神器は、その、赤龍帝の籠手です」

 ソーナの言い辛そうな一言に、セラフォルーは物凄く納得してしまった。

「あ~ それは、外れと言ってしまってもしょーがないわよ」

 百年以上前に偶然出会った赤龍帝が、「このクソ龍を退治する方法知らないか?」と真顔で聞いてきた上に、ドライグに対する愚痴を初対面にも関わらず三時間ぶっ通しで聞かされて、その後に「なぁ、本当に退治する方法知らないか?」と質問された事を思い出したセラフォルーは、それは仕方無いと深く頷いた。

「あ、そうだ。ソーナちゃん。その一誠君に伝言頼んで良い? とにかく、話を聞いてる振りして聞き流せ。どうせ、大した事は言ってない。興味を示すと止まらなくなるぞ。て」

 次の赤龍帝に会ったら絶対に伝えてくれと頼まれていた伝言を託されたソーナが、「分かりました。必ず伝えます」と返事をする。

「それで、ソーナちゃんの想い人の神器はなんだったの?」

 周一で掛かってくるソーナからの電話で、"今週の匙君のカッコいいところ"を聞かされていたセラフォルーの言葉に、ピタリとソーナが止まる。

「ん? 暴走したて聞いたけど、その柳川て人とレイナーレのお陰で直ぐに取り押さえて、怪我とか無かったんでしょ?」

 脳内で暴走の危険が有る神器をピックアップしていたセラフォルーの耳に、「マスターソードです」とトンでもない単語が飛び込んできた。

「えっ、マスターソード?? うん? えっ?」

 様々な善意の結果、どう考えても呪いの聖剣と成った神器の名前に、セラフォルーが挙動不審に陥る。

想生の疑似世界(マスターリングシート)とか、至高の恋人製造(マイスターラバー)とかじゃなくて?」

 黒歴史生産機。何故こんなモノを神器にした!? 殺せ!! 一思いに殺してくれ!! と大絶賛されている神器の名前を上げたセラフォルーに、重苦しい声で「匙君の神器はマスターソードです」とソーナが告げる。

「発現しちゃたのよね?」

「はい。私のせいで匙君は暴走を......」

「ソーナちゃん。それどころじゃないわ」

「それどころじゃない? それは、どんな......」

 ソーナが言いきる前に、セラフォルーが言葉を被せた。

「マスターソードは、基本的に発現しないのよ」

 その言葉に、ソーナが「えっ」と溢す。

「あのね。マスターソードは神々と精霊達がその身を犠牲にして、人間の為に作り出したモノなの」

 一度言葉を切ったセラフォルーが、ソーナに絶望を突きつける。

「だから、その力を必要とする危機が起こらない限り、マスターソードは絶対に発現しない。だって、人間が普通に生きるには最もいらないモノだから。犠牲に成った神々と精霊達が人を不幸にする事を嫌うのよ」

 つまり──マスターソードが発現したと云う事は、救世の聖剣が必要となる程の危機が起こると云う事。

「待って、待ってお姉ちゃん......それって、匙君は」

 普段の言葉使いが崩れ、オロオロとし始めたソーナに、セラフォルーは言葉を続ける。

「マスターソードは人間の為の聖剣。つまり、人間にしか扱えない。それこそが、聖書の神様が神器にした理由。人間以外の手に決して渡らない様にしたの。そして──時の勇者(生け贄)と成った人は、皆、短命なの」

 電話越しに、「嘘......なんで......だって、匙君はなにも」と涙声で呟くソーナに、「無理でも落ち着きなさい。話は終わってないわ」そう言いながらセラフォルーが更に言葉を続ける。

「匙君は、神器の基本性能──強い願いや想いを叶える機能をフル活用して、短期間で信じられない程に強くなる。でも、それは寿命を魂を磨り減らす事で得られる強さよ」

「でも、匙君は今日発現したばかりで、神器の使い方や制御の仕方は......」

「マスターソードは、発現の時に歴代の時の勇者達の人生を疑似体験するの。その時に、使い方や制御方法がわかるわ」

 ソーナのすがるような声を、両断したセラフォルーは小さく息を吐く。

『せいちゃんのしたい事はわかるんだけど......逆効果なのよね。神様視点だと、なんで頼ってくれないの? なんだろうけど』

 歴代の時の勇者達の人生を疑似体験した後に、聖書の神の「後は、私が命に変えても何とかする」と言うメッセージ。そんなモノを体験して聞かされた人間が何を想い、どう考えるかわかっていない神様(友達)を思ったセラフォルーは再び小さく息を吐いた。

「ソーナちゃん、絶対に匙君を転生悪魔にしたらダメよ。そんな事をしたら、マスターソードが使えなくなるわ。それに、きっと、匙君に恨まれるわよ」

 いっそのこと匙を強引に転生悪魔にしてしまおうかと考えていたソーナが、その言葉に一瞬だけビックリと体を硬直させた。

「でも、匙君が......」

 世界を救う為に、寿命を、最悪は魂すらも強くなる為に捧げてしまうかもしれない。そんな最悪な結末を回避したいソーナに、セラフォルーが悪魔の提案を口にする。

「ソーナちゃんにも、匙君にも、時間は無いわ。だからこそ良く考えて行動しなくちゃダメよ。ソーナちゃんが取れる選択肢はパッと思い付くので三つ」

 まーた余計な事を言う気だな。と云わんばかりのジョージの視線をヒシヒシと感じながら、セラフォルーは言葉に続ける。

「一つ。ソーナちゃんの寿命を匙君に渡すこと。これを実行したら、一番最悪の結果──匙君の魂の消失を避けられるかもしれない。でも、その代わり、ソーナちゃんは人間よりも短い寿命になるわ」

 電話越しにソーナが息を飲んだのを聞きながら、自分を睨み付けるジョージに目配せしたセラフォルーは、ジョージが沈黙を守っているのを確認すると二つ目を口にする。

「二つ目は、匙君との将来を諦めて──さっさと匙君の子供を産んで育てる。ソーナちゃんの寿命はそのままで、シトリー家は安泰の選択ね。その代わり匙君は短命に終わる。最悪は魂の消失」

 他にもなんか有るだろ? なんで極端な選択肢ばっかなんだよ。と伝わってくるジョージの視線をガン無視したセラフォルーが、最後の選択肢をソーナに提示する。

「三つ目。ソーナちゃんが何もかも全てを捨てて、悪魔から別の種族に成ること。この場合は、ソーナちゃんが死ぬまで匙君と一緒に居られるわ。更に赤ちゃんも産める。その代わり、匙君はソーナちゃんが死ぬまで、時の勇者として在り続ける事になるわ。後、シトリー家は断絶の可能性大ね」

 三つの選択を言い終わったセラフォルーは、ナニ言ってんのお前? と雄弁に語るジョージの視線を受け流しつつ、数分間、ソーナの答えを待つと、沈黙を守るソーナに詳しい説明を始めた。

「悪魔から、三只眼吽迦羅(サンジヤンウンカラ)て種族──異界"聖域"に嘗て存在していた不老不死の妖怪になるのよ。悪魔以上に傍若無人で傲慢だったから、神々の怒りをかって滅ぼされちゃたんだけど、三只眼化の秘術は現存してるから大丈夫よ」

 沈黙しているソーナに、物語に出てくる悪魔の如く優しくセラフォルーが言葉を紡ぐ。

「そして、三只眼になったソーナちゃんが匙君に"不老不死の法"て呼ばれる邪法を使うの。そうすれば、匙君は種族人間のまま不老不死の奴隷になる。マスターソードを扱える不老不死の勇者の誕生ね」

 

 電話越しに優しく囁く姉に、ソーナは混乱していた。

「お姉ちゃん?」

 今まで話していた相手が急に別の誰かに入れ替わった様な錯覚に陥ったソーナに、「なに? 三只眼になりたくなったの?」とセラフォルーが何て事ない様に、平然と全てを捨てろと囁く。

「悪魔を辞めるなんてできないよ......」

 姉の二の舞にさせまいと行われたシトリー家の教育によって、結果的に人間に近い価値観を持つに至ったソーナは、姉が簡単に全てを捨てろと言う事が理解できずに混乱していた。

 シトリー家の教育で身に付けた言葉遣いが崩壊してしまうほどに。

「だって、そんな事をしたら......お父さんとお母さんが」

 次期当主としての期待と責任を背負うソーナに、全てを捨てる事なんて決断できるわけがなかった。

「ソーナちゃんはまじめね~ 私達は悪魔なんだから、自己責任でやりたい事をしたら良いのよ」

 魔法少女の為に全てを捨てて、彼女達が誇れる姉で在ろうとするセラフォルーに、僅かな恐怖を感じたソーナは絶句する。

「ソーナちゃん。後悔しない様に良く考えなさい。残り時間はそんなに無いわ。だから、必死に考えて答えを出しなさい」

 その言葉に、なんとか「わかりました」とだけ返したソーナは通話を切ると、腰掛けている自室の安物ソファーに全身を預ける。

「不老不死になって、匙君と一緒に過ごす?」

 その選択肢はソーナにとって魅力的に思えた。しかし、それは匙を永遠に時の勇者の立場に縛り付けると云う事。想いを寄せる相手に「一緒に居たいから、永遠に戦い続けろ」と言える程、ソーナは非情でもなければ傲慢な性格でも無い。

「そんな事をするぐらいなら......私の寿命を」

 そんな事をしたら、両親が悲しむ事を理解しながらも、短い生で誰の種を貰ってなんとか跡継ぎを産めば、少なくともシトリー家断絶の可能性は無くなるとソーナは計算する。

「死にたくない──だって、まだデートどころか、手すら握った事も無いのに、匙君の恋人に、お嫁さんになりたいのに」

 両手で顔を覆いながら、渇れんばかりに涙を流すソーナは無意識に呟いた。

「匙君。お願い、助けて」

 

 

 決意を固めてしまった匙を家の近くまで送った後、レイナーレは仮の住まいである拠点に帰り着くと、思わぬ人物に出会い硬直してしまう。

「ヴァーリ?」

 リビングに備え付けられているソファーに腰掛け、呑気にテレビのニュースを見ながら寛いでいる弟分であるヴァーリが、帰って来たレイナーレに「お帰り」と気楽に話し掛けた。

「えっ、なんで居るのよ??」

 その言葉に、ヴァーリはニッコリと微笑む。

「オヤジから連絡が来てね。レイナーレがこの魔境に単身赴任してるて、それで、手伝いに来たんだ」

 爽やかな笑みを浮かべたまま立ち上がったヴァーリが、レイナーレに机に着くように促す。

「晩御飯まだだろ? それなりのモノができたと思うんだ。食べてくれ」

 あまり外食をしない事を知っているヴァーリは、疲れて帰ってくるレイナーレの為に用意していた料理を暖める為に台所に入って行く。

「ヴァーリ、好きな人とかできた? なんとなく良いなて程度でも良いけど」

 炊事から掃除までこなせて気遣いもできるのに、恋人の"こ"の字も見えないヴァーリを心配した言葉に、台所で料理を暖めているヴァーリが目を瞑り嘆息する。

「いや、居ないよ」

 異性として見られていない段階で告白しても、無惨に散るだけだと理解しているヴァーリは、できるだけ平静を保ちながらレイナーレにそう返した。

「は~~ 貴方は顔も良いし。家事とかもできる。気遣いもね。それなのに、なんで恋人ができないのよ」

 わざとらしい溜め息を付いたレイナーレの前に、暖かい料理──コーンポタージュ。トマトとレタス等のサラダ。そして、小さめの鶏肉を使ったオムライスを並べると、小さなワイングラスに少量の白ワインを注いだヴァーリは満足気に軽く頷く。

「少し、凝ってみたんだ。オムライスはデミグラスソースに浸けた鶏肉と玉葱を刻んで、コーンポタージュは舌触りを追及してみた」

 どこのシェフだよ。と突っ込みを入れたくなるぐらいに綺麗に盛り付けられた料理を前にしたレイナーレが、ヴァーリが自分の分を用意していない事に眉をひそめた。

「自分の分はどうしたのよ?」

「俺は先に食べたよ」

「何時帰るかわからないから、待ってろなんて言えないけど......久しぶりに会えたのに」

 若干、不満気なレイナーレに苦笑しながら、自分のワイングラスに白ワインを注ぐと、レイナーレの前の椅子に腰掛けたヴァーリが軽く謝罪をしながら料理を勧める。

「さ、暖かい内に食べてくれ」

 

 自分の作った料理を美味しいと食べてくれるレイナーレの幸せそうな表情に満足しながら、リゼヴィムを追う旅で出会った人達との思い出。その旅で偶々偶然に目にした美しい光景。それらをできるだけ丁寧に表現しながらヴァーリが饒舌に語る。

「そう言えば、駒王町で友達ができたんだ。彼が力を貸してくれると約束してくれてさ」

 その言葉に、食後のワインを楽しんでいたレイナーレの眉が僅かに動く。

「やっぱり、彼をまだ追ってるのね」

「ああ、アイツを野放しにはできない」

 レイナーレを安心させたくて、柔らかい笑みを浮かべたヴァーリは「無茶はしないさ。皆を悲しませる様な事はしないよ」そう言い切った。

「私としては、リゼヴィムを追う事を止めて欲しいんだけどね」

 言っても無駄だと知りつつも、姉として危険な事はして欲しくないレイナーレが、小さく溜め息を吐く。

「奴は多くの者を歪め踏みにじる。そんな奴を放ってはおけないさ」

 復讐を、父と母の無念を晴らしたい。その気持ちは確かにヴァーリには有った。でも、それ以上に、リゼヴィムに因って思考を思想を歪められ、生を踏みにじられた人達を知った。誰かが止めなければ為らない。そう思ったからこそ、ヴァーリはリゼヴィムを追う。

「それに、元浜──さっき言った友達も手伝ってくれる。彼は高校二年生とは思えない程に頭が廻るし、洞察力も凄い。そんな頼りになる相棒もできたんだ。だから、安心してくれ」

 元浜と云う名に、レイナーレが固まる。

「もしかして、その子......駒王学園の生徒?」

 恐る恐るそう言ったレイナーレの問い掛けに、不思議そうな表情を浮かべたヴァーリは頷きながら「知り合いか?」と口にする。

「神器保有者の兵藤一誠の親友よ」

 リアスからの情報で、今代のアルアジフ偽書の所有者が松田である事を知っていたレイナーレが、「何て事」そう呟く。

 アザゼルに渡された資料で、一誠・松田・元浜の三名の間柄が親友である事を知っていた。だからこそ、レイナーレは頭を抱えるのだ。

「俺の事が無くても、彼は自力でリゼヴィムを追うさ。元浜にはそれだけの理由がある」

 真剣な表情でそう言い切るヴァーリに、押し黙ったレイナーレが空になったワイングラスを突き出す。

「貴方が其処まで云うなら、そうなんでしょうね」

 肩を竦めながらワインを注ぐヴァーリに、レイナーレが幼く不貞腐れる。

「一誠君のもう一人の親友──松田君はアルアジフ偽書の所有者なのよ」

 二・三口飲み干せる量を注いだヴァーリが、その言葉に軽い驚きを覚える。

「居るのか。あの傲慢不遜の偽幼女が」

「本人の前で言ったらダメよ? ああ見えても私より年上なんだから」

「俺としては、嘗て苛められた恨みを晴らす為に、弄り倒したいけどな」

 アザゼルに拾われて間もない頃に出会ったアルアジフ偽書に、「ほう。立派な世界地図よなぁ。寝ながらに此れ程の地図が描けるなら、将来は地理学者か?」 「ふむ。なかなかに斬新な心象画だ。ナニ? 人物画だと? 成る程、ガハクと云うヤツか」 「なんだ此れは? なに? レイナーレに手作りのプレゼント? 草花で作った首吊りに使いそうなナニかがプレゼントだと? 正気か??」 等と言われた事を未だに覚えているヴァーリに、レイナーレが苦笑する。

「あら、端から見たら仲の良い姉弟にしか見えなかったわよ?」

 一誠の最も親しい友達二人が、裏の関係者になった事実に頭を痛めていたレイナーレは、ヴァーリの言葉にクスリと笑う。

「止めてくれ。アレはどちらかと云うと不倶戴天の敵だ」

 心底嫌そうにそう言ったヴァーリは、グラスに残っていたワインをグイと飲み干す。

「う~ん。そうね。姉弟より、幼馴染みがピッタリかしら?」

 クスクスと笑いながら、グラスに注がれているワインを飲み干したレイナーレが真剣な顔をした。

「兵藤一誠は赤龍帝。匙元士郎は──マスターソードよ」

 笑みが消えたヴァーリが「まさか、発現したのか?」と口にすると、無言でレイナーレが頷く。

「その匙て子と、赤龍帝は仲が良いのか?」

「そうね......友達と云って良いんじゃないかしら」

 レイナーレの言葉に、ヴァーリは天を仰ぐ。

「呪われてないか? 今代の赤龍帝は。親友の一人が偽書の所有者で、友達がマスターソードの所有者。どんな確率だ」

 

 親友の一人は、死ぬまでクトゥルフ勢力と戦い。

 友達は、世界を救う為の生け贄。

 その上、この状況なら頼りに成るはずの神器は、最も使えないと有名な赤龍帝の籠手。

 

「今度、赤龍帝を紹介してくれないか? 愚痴ぐらい聞いてやりたい」

 歴代の赤龍帝と白龍皇は、基本的に神器に宿る存在のお陰で仲が非常に良い。同じ苦しみを背負う者同士、話が合うのだ。

「そうね。都合が良い時に紹介するわ。きっと話が合うでしょうし」

 ヴァーリにそう返しながら、レイナーレは一人、心の中で『頼みますよ。アザゼル様。ちゃんとマスターソード──匙君の報告をしたんですから、しっかり働いてください』と呟いた。

 

 

「だからよ。ガノンの封印の状況を確認してくれって言ってんだよ」

 知古である北欧の主神であるオーディンに連絡を入れているアザゼルは、部下に忙しなく指示を飛ばしていた。

「女神アテナの化身はどうなってる? 前のは消えたんだろ? また、新しい化身が現れたて情報は無いのかよ?」

 レイナーレからの報告。マスターソードの発現を聞いてから、すぐさま、部下に忙しなく指示を飛ばし、知古の神々に確認の連絡を入れていたアザゼルは、今できる事をやり終えると安堵の息を吐いた。

「世界を賭けた(いくさ)なんて、神代が完全に終わった時に無くなったと思ったんだが......甘かったな」

 神代が終わり、それ以降、マスターソードの発現が起きなかったからこそ、全ての陣営は油断していた。最早、世界の存続を賭けた戦いなんて起こらないと。

「むなくそ悪いが......いがみ合ってる場合じゃないか」

 どの勢力も世界の危機に対する備えを怠っていた。ならばこそ、何時起こるかわからない戦いに対して、可能な限り、万全の体制を整えなければ成らなかった。

「和解が無理でも、停戦協定ぐらいは結ばないとな」

 そう溢しながら、アザゼルは冷戦状態の聖書勢力をまとめる為に思考を走らせる。

「悪魔側は......停戦の一文字で飛び付いてくる。アイツ等に余裕なんて無いしな。警戒すべきはゼクラムの爺さんぐらいか?」

 現時点で実現可能な案を幾つも練り上げ、検討しては破棄する。

「問題は......やっぱ、天使か」

 なんとかして、天使に停戦協定を飲ませる案を見つけようとするが、確実性が高い案が思い浮かばないアザゼルが小さく舌打ちをした。

「こんな時、オヤジ──聖書の神が生きていてくれたら、楽できたのによ」

 聖書の神の死が実は茶番で、実際は地上で療養している事を知らないアザゼルが、「オヤジなら、「人間の為だ」て言えば何だってしたのによ」と愚痴る。

 

 

 

 世界の存続を賭けた戦い。それが始まる事を知らない聖書の神は──療養先の自宅の縁側で、一人、月見酒をしながら「神が居なくても、世界は廻るか......」と幸せそうにしていた。

「うん。実に良い言葉だ。セラちゃんお薦めのアニメにハズレはないな」

 神々に頼らずに人の力だけで苦難を乗り越えて往くアニメを思い返し、「まぁ、服装がハレンチなのはいただけないが」と溢しながら、聖書の神はチビチビと日本酒を堪能する。

『体の調子も大分良くなった。後数千年程、療養すれば神として復帰できるとお墨付きも貰えたしな』

 数日前の定期検診で保生大帝からの「後数千年程療養に専念すれば根治も可能だろう。しかし、今が大事な時だ。今、無理をすれば元の木阿弥になるので、絶対に神の仕事や責務には関わらない事だ」と云う診断に、聖書の神はゆったりと幸せそうに微笑む。

「後数千年の辛抱だ。そうすれば、また、人の子の力に成れる」

 僅かに逸る気持ちを宥めつつ、明るい月の下、穏やかな夜風をその身で楽しみながら、聖書の神は静かな時間を味わっていた。




オリジナル神器の説明。

想生の疑似世界(マスターリングシート)
転生者がチート特典に望んだ力を神器化した物。
TRPGでGMをするのが大好きだった彼は、自分の想像した世界を限定的に展開して、ゲーム進行ができる力を得ていました。
つまり、この神器は自分の"想像した世界"を限定的に展開できる力を持っています。
その結果、暴走したら、僕の考えた最高の世界を展開してしまいます。そう──自分に都合の良い妄想爆発した世界を。
 具体的に云うと、R-18な格好の美少女達に囲まれてキャッキャウフフの世界とか。

至高の恋人製造(マイスターラバー)
転生者のチート特典を神器化した物です。
具体的に云うと、僕の私の理想の嫁・婿を完全再現して作り出すチートです。しかも、効果時間は無限。一度作り出すと所持者が消すまで存在し続けます。
つまり、この神器が暴走すると、理想の嫁・婿の集団が、自分の性癖大爆発した姿で現れます。


ちなみに、一誠の最大の抵抗・反抗は"グレない事"でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

何とかなる事とならない事

実現出来ない事をやるのは馬鹿。
それを成し遂げるのが英雄・英傑。

あと、今作のロンギヌスの性能をゲーム風に説明するとこうなります。
 戦闘終了まで、毎ターンのステータス増加
 デバフ完全無効+相手のバフ完全無効(永続的含む)
 防御・バリア貫通
 常時リジェネ+常時アレイズ
 MP消費0固定
 聖書の神の権能使用可能(気候等の操作も可能。その気になれば、メテオとかベホマズンとか使い放題)
 相手の回復封印
まさに、対白痴の神用の決戦兵装。聖書の神が考えた最強の槍が、ロンギヌスです。

なお、特殊条件無効が無いため、ガノンとかには効かない。


 中国の何処かに在ると言われている神秘の山。

 其処に辿り着けるのは、極僅かな一握りの者だけと言われている須弥山。その一画に設けられた修練場で、漢服に身を包んだ幼い子供程の身長の猿と、同じく漢服を着込んだ高身長で、ローポニーテールが特徴の還暦を迎えたであろう男性が、休憩所兼治療所の縁側に腰かけて将棋を楽しんでいた。

 両足を肩幅に広げ、膝の辺りまで腰をしっかりと下ろし、頭の上に巨大は水瓶を乗せ、肩の高さでしっかりと水平に伸ばした両手には水瓶の口の部分を指先で持ち上げているヘラクレスの前で。

「なぁ、おい。闘戦勝仏のジジイに東方不敗のおっさん。これになんか意味があんのかよ?」

 泳ぎで中国を目指していた最中に、須弥山に拉致されてから今に至るまで、基礎訓練のみを強要されていたヘラクレスは不貞腐れていた。

「基礎がなってないからのぉ」

 不貞腐れるヘラクレスの方を向かずにそう言った闘戦勝仏は、将棋盤を真剣な目で見ながら歩の駒に手を伸ばすと一つ前に進める。

「だから、そんな時間はねーんだよ」

 神器の基本機能を酷使し、寿命を文字通りに消費して、戦う強さを得ているヘラクレスの言葉に、東方不敗はチラリと視線を向けた。

「体は出来上がっている。そんな無茶な方法でよくぞ其処までとは思うが......体の使い方がなっていない」

 だから、その使い方をまず学べ。言外にそう言うと、将棋盤に視線を戻す同時に角の駒を動かし、闘戦勝仏の桂馬を取る。

「待った。それはいかん、待っただ」

 桂馬を取られた闘戦勝仏が"待った"掛けてやり直しを要求すると、東方不敗が「もう、四度目ですよ」と呆れを含んだ声を出す。

「年寄りを労らんか。まったく、最近の若いのは敬老精神が足らん」

「神々の中では貴方は若輩者でしょう」

「か~ 情けない。目上の者を敬えんとは! 東方不敗の称号も落ちたもんじゃわい」

 東方不敗の持ち駒から取られた桂馬をヒョイと奪うと、闘戦勝仏が桂馬と角と歩を動かして元の状態に盤を戻す。

「なぁ、遊んでないで組み手をしてくれよ」

 せっかく身に付けた気の使用を禁じられ、朝から同じ体勢を維持させられているヘラクレスの言葉に、闘戦勝仏と東方不敗が揃って溜め息を吐いた。

「此処は須弥山。言わば神域じゃ。地上とは時間の流れが違うと教えたじゃろうが」

 何度も教えても理解しないヘラクレス(脳筋バカ)に、闘戦勝仏がそう言い聞かせる。

「闘戦勝仏様が仰っただろう。須弥山では定命者は不老不死になると。地上では後数日しかないお前の命が、此処に滞在している間は無期限になる。神器の機能も封じられ、神器頼りもできん。諦めて基礎を積み上げろ」

 死者復活と云う途方も無い目的の為に、命を粗末に扱うヘラクレスを、自然と命を敬い大切にする流派の頂点に立つ漢は、「無茶をして、両親や冥府に居る恋人を悲しませるつもりか」と非難した。

 神器の基本機能──願いや想いを絶対に叶える為に、際限無く強引に体を作り替えたり等した結果、肉体の寿命を急激に消費し、最後には寿命の尽きた肉体を維持する為に、魂その物を消費し維持し続ける。そして、願いや想いを叶えた者は、肉体が世界に融ける様に消え、最悪は魂すら消滅し輪廻転生すらできなくなってしまう。

「武天老師の爺さんやアバン先生達すら、知らなかったてのによ」

 神器の恐ろしさを知る者は少ない。

 本来なら神代の時代の終わりに告知される筈の内容が、とある主神の深酒による寝坊が原因で告知されなかったうえに、聖書の神や天使達と堕天使達の総数に対して、神器保有者の人数が多すぎたからだ。そのうえ、神器保有者は自身や周りの人達を守る為に、神器の事を口に出すことはない。

 故に、神器の存在を知る大多数にとって、神器とは聖書の神からの贈り物。もしくは、隠匿性の高い兵器程度の認識でしかなかった。

「やはり、知っておったかい。まったく、時の勇者でも在るまいに......その道を選ぶとはのう」

 時折、全てを捨てて叶えたい願や想いを抱く人間が居る事を知ってはいるが、長い刻を生きる闘戦勝仏には、そんな人間が理解できなかった。

「できぬことはできん。ならば、諦める事も肝要なんじゃがのう」

 闘戦勝仏にとって、人間の生とは、諦めの連続そのモノだった。

 人間には決して越えられない壁が存在する。

 ごく稀にその壁を乗り越え踏破する──英雄・勇者と呼ばれる人間も確かに存在する。しかし、全ての人間が頑張れる訳ではない。全人類が英雄・勇者に成れる事など有り得はしない。

 多くの人間は、越えられない壁を前にすれば挫折する。諦めが悪い者は知恵を振り絞り、または他者の協力を得て、その壁を迂回する方法を模索する。

 だと云うのに、ヘラクレスはその壁を力業と神器の機能で強引に撃ち砕こうとしている。その後の事は仕方無いと受け入れて。

「アイツを助ける方法が有る。なら、やるしかねーだろ」

 ニヤリと笑いながらそう言ったヘラクレスに、闘戦勝仏が「愚かじゃのう」と小さく呟いた。

「しかし、十二の試練を力業と神器頼りとは云え、成し遂げてはいます。可能性は零では無いでしょう」

 ジッと将棋盤を見ていた東方不敗がそう言いつつ、持ち駒から歩を取ると、パッチンと音を立てながら将棋盤の上に置く。

「ぬぅぅぅぅぅ!! これは......詰んだか?」

「待ったは無しですよ」

「ケチくさい奴め、先代を見習え」

「お断りします」

 しばらくの間、将棋盤とにらめっこしていた闘戦勝仏が大きく頷くと、「よし、頃合いじゃ。メシにするとしようかい」そう言いながら、盤面の駒をグシャグシャにかき混ぜながら片付け始めてしまう。

「私の勝ちですね」

 いつものように、敗けを悟った闘戦勝仏が将棋の片付けを始めると、その様子に動じていない東方不敗はそう口にした。

「ナニを言うか。勝負は着いとらんじゃろ。ならば、引き分けに決まっとる」

 負けを認めていない闘戦勝仏はしかめっ面をしながら、将棋道具を片付けると同時に囲碁道具を引っ張り出す。

「メシの後は囲碁で勝負じゃ」

「今度は、勝負を投げないでくださいよ?」

「投げとらん。メシの時間じゃから片づけただけじゃ」

 そんな会話をしながら、水瓶を頭に乗せ、二つの水瓶を指先で持ち上げているヘラクレスをそのままに修練場を後にする二人。

「また、その辺の桃が俺のメシかよ......」

 手に持っていた水瓶と頭に乗せている水瓶を静かに降ろし、辺りに実っている桃を数個ほどもいだヘラクレスは、水瓶に満ちている水で桃を洗い始める。

「はぁ......その辺の桃と川の水か......」

 深い溜め息を吐きながら黙々と桃を洗い、それにかぶりつくと硬い種ごと食べ始めた。

「こんなんで、本当に俺の寿命が増えんのか?」

 水瓶に口を着けると両手で持ち上げ、中の水をグビッと一口飲み、水瓶を割らない様に静かに地面に置いた。

「肉が食いてぇ」

 そんな愚痴を溢しながら、桃をかじり水瓶の水を口のする。

『必ず、連れ帰ってみせるからよ。だから、もう少しだけ待っててくれ』

 誓いを胸に、強くなる事を決意した瞬間、グシャリと手に持っていた桃を握り潰したヘラクレスが、うへぇと言わんばかりの表情を浮かべる。

「くそ、アイツの手料理が恋しいぜ」

 この世で一番旨いと思っている恋人の手料理を懐かしむヘラクレスは、桃の果汁と果肉で汚れた手をもう一つの水瓶で洗う。

「食うモン食ったら、川に水汲みか。これで本当に強くなれるのかよ」

 水瓶を頭に乗せて指先で水瓶を持ち上げてから様々な体勢の保持。そして、数分どころか数時間掛けてゆっくりと体を動かす型の練習。それ以外はさせてもらえないヘラクレスが何度目になるかわからない溜め息を吐いた。

 

「して、アヤツをどう見た?」

 ヘラクレスの居る修練場の近くに在る食事所で、料理に舌鼓を打っている闘戦勝仏が、対面に座っている東方不敗に語り掛ける。

「獣染みた男でしょうか。勘と感覚のみで戦う様はそうとしか言えません」

 その言葉に闘戦勝仏が「ふむ。そう見えたか」と呟く。

「儂には、現実を受け入れられずに駄々を捏ねている子供にしか見えんかったがのう」

 闘戦勝仏の言葉に、東方不敗が不思議そうな表情を浮かべた。

「子供ですか?」

「子供じゃよ。定命者であれば死は逃れられん決まりごと。どんな形にせよな」

 神としての言葉に、東方不敗が押し黙る。

「もっとも、その定められた死を拒絶するのも、また、人間なんじゃがな」

 そう言うと嘆息しながら、「ままならんもんじゃよ。人間と云う生き物はのう」と呟く。

「帝釈天の命じゃからのう。鍛えもすれば、寿命を伸ばすように手を打つ」

 一度言葉を切り、「じゃがのう」と言葉を続ける。

「それ以上はできんわい。帝釈天が敵に成りうる存在として認識したからのう」

 ヘラクレスは神の暇潰しの玩具に選ばれた。そう話す闘戦勝仏に、嫌悪を隠さずに東方不敗が短く舌打ちをする。

「妙に扱いが良い理由はソレですか」

「うむ。鍛えがいがあるじゃろう? 上手く鍛えれば現代の神殺しも可能かも知れんぞ?」

 いたずらっ子の様な笑みを浮かべる闘戦勝仏に、ある事を察した東方不敗が頭を抱え、「本気ですか?」と問うと、ニヤリと闘戦勝仏が笑う。

「冥府から死者を連れ出せば、ギリシャの英雄軍勢とギリシャの神々相手の戦じゃ。なら、神殺しを追加しても問題無かろうさ」

 自分の所属する陣営の主神殺しを平然と口にする目の前の神に、東方不敗は『やはり、神はろくでなしが多すぎる』と心の中でぼやいた。

「なに、神核さえ無事ならいずれは甦る。ちぃと灸を据えようと言うだけにすぎんよ」

 そう言いながら闘戦勝仏がカラカラと笑う。

「ほれ、地上の漫画に"最強の弟子"とか云うモノがあるじゃろ? あれを実際にやってみようと思ってのう」

 楽しそうにヘラクレス育成計画を話す闘戦勝仏に、『もう好きにしてくれ』と思いながら東方不敗は深い溜め息を吐いた。

 そんな様子の東方不敗を『まだまだ若いのう』と評しながら、闘戦勝仏はマスターソード発現からの一連の流れに感じている不快感を胸の中に押し込む。

『薄気味悪い程に都合が良すぎるわい』

 

 マスターソードが発現した時代に、またまた偶然、十二の試練を乗り越えた現代の大英雄が存在した。

 現代最強と呼ばれる存在達が、善意でまだ未熟なヘラクレスを鍛える事を快諾し、迫る世界の危機に無償で立ち向かう事を約束した。

 勇者の系譜であるアバンや東方不敗が絶頂期であり、武天老師とストラーダが存命。

 長年にわたり所持者が居なかったアルアジフ偽書に所持者が現れる。

 正義の味方の支援組織やギリシャの聖域等も、戦力が嘗て無いほどに充足している。

 

『此方に都合が良すぎる』

 世界の危機に辛うじて立ち向かえる地盤が、地上に存在するのだ。

 そのうえ、現在確認できている"世界の脅威"は破棄された異界に封じられている為、それらが甦っても神々も全力対応が可能。文字通りに"その時代の全戦力"を投入する事もできる。負ける理由が存在しないのだ。

『この焦燥感。胸騒ぎは......ナニを意味しとるのかのう?』

 被害は免れない。しかし、勝つ事はできる戦い。油断せず備えなければ為らないのはわかっている。しかし、闘戦勝仏──中国神話に名高い戦神は"このままでは負ける"と感じていた。

 

 

 駒王学院の生徒会室。二人で昼御飯を食べていた時に相談された内容に、リアスはどう言うべきか少し迷った後、深刻な表情をしながらモソモソと手作りのお弁当を食べているソーナに対して、意を決して口を開いた。

「まず、匙君に告白して、恋人になるのが先じゃないかしら?」

 三只眼吽迦羅と云う種族に成るにしろ、寿命を譲り渡すにしろ、まずは恋人関係になるのが先でしょ。と云うリアスの言葉に、ソーナの箸が止まる。

「レイナーレさんに相談するのはどうかしら? 私達より長く生きてるし、知識量も上、他の方法を知ってるかも知れないわ」

 数少ない友達兼親友が早まった事をしないように、リアスは言葉を続けようとするが、それより早くソーナが口を開く。

「時の勇者の平均寿命は発現から......一年から半年程です。信じられますか? まだ、高校二年生の匙君がそれだけなんですよ?」

 姉であるセラフォルーから聞いた現実を口にしたソーナは、グッと歯を食い縛る。

「私があの時、余計な事を言ったから、ああなってしまったんです」

 軽率な言動を悔い後悔するソーナが、言葉を続ける。

「寿命が尽きたら......匙君は神器によって生かされる生きた屍に成って......最後は......」

 セラフォルーから聞かされ、そんなはずはないと自分でも調べ、突き付けられた残酷な現実──使命を果たした時の勇者は、魂が消失し転生すらできなくなる──その事実を口にしたくなかったソーナは、涙を堪えながら決意を口にする。

「私には責任が有ります。次期シトリー家の跡取りとして、そして──匙君を時の勇者にしてしまった責任が」

 その決意に一瞬だけ圧されたリアスが、親友であるソーナの為に、口ごもりそうになりながらも意を決して言葉を吐く。

「なら、尚更よ。私達の周りには頼りになる人達が沢山居るわ。時間が無いからこそ、慎重に行動しなくてどうするの?」

 自分を追い込んでいるソーナに、リアスは優しく微笑む。頼りになる大人達を目一杯頼りましょうと。

「そうね、土地神でもある猿田彦様も頼りましょう。神代から存在する神ですもの、きっと何か方法を知っているわ」

 駒王町に赴任してから三年。その時間で築き上げたパイプをフル活用する時が来たと、ソーナを少しでも安心させる為に、リアスは豊満な胸を張りながら自信満々に相談相手を挙げ続けた。

 

 

 

 

 幾千。幾万。幾億に及ぶ、神々や力ある存在が作り上げた異界の一つに、異能者や神器保有者。そして、転生者。それらが集い一つの国を形成している異界が存在した。

 中国式や西洋式や日本式の様々な建築物か区画によって建てられている── 一体何処の国なの?? えっ、古代ケルト式の住居? 古代ゲルマン式? 古代ローマ式? 古代メソポタミア式 えっ、ここはナンなの?? なんで、ピラミッドとかギリシャ式の神殿とか乱立してんの? 頭大丈夫?? 医者呼ぼうか?? そう言いたくなる光景の中でも一際目を疑い、頭痛を巻き起こす──右半分が中国式の城で左半分が日本式の城。そして、その上にピラミッドとバビロン神殿が文字通りに建ち、その上には、巨大な太陽を模したモニュメントが据えられている建造物? が存在した。

 そんな訳のわからない、頭が悪すぎる建造物? の中にある執務室で、学生服の上に漢服を羽織っている青年が書類と格闘していた。

「あおあぁぁぁぁあぁぁぁ」

 奇声を上げながら、時折、頭を両手で掻きむしりながら。

「なんで、どうして、こうなった! ナニをしたらこうなるんだっっ!?」

 頭の痛すぎる現実。

 訓練や喧嘩によって破壊された町や施設等の修繕費を始めとした様々な問題。要するに、国の運営資金不足に、青年こと曹操は発狂しかけていた。

「仕方あるまい。この国の住人──英雄派は、ざっくばらんに言えば、社会不適合者なのだから」

 前世の記憶だの、引き継いだ魂だの、神の恩恵(転生チート)だの、神器だの、異能だの、そんなものは、現代世界では中二病に過ぎない。そして、その現実を受け入れられずに現代世界での居場所を構築できなかった者。もしくは、中二病の果てに大切な者を喪い居場所を失った者。または、そんなモノのせいで現代世界では居場所を失った者。そんな者達が集う異界。

 様々な理由や背景があれ、一言で切り捨てるなら、社会不適合の吹き溜まりがこの異界なのだ。

「ビスマルクか。今年の予算の都合はついたのか?」

 武官ばかりの英雄派の中で、数少ない──棟梁の曹操が自ら血反吐を吐きながら探し出し、泣きすがりながらスカウトした数少ない文官の一人である──"鉄血宰相ビスマルク"の魂を受け継いだ金髪ショートのツルペタ少女に、曹操が虚ろな目を向ける。

「ああ。切り詰めるだけ切り詰め、なんとか予算を組めた」

 曹操の虚ろな目と草臥れた笑みに慣れきったビスマルクは、出来上がった書類の束を曹操に手渡すと、身長の差故にどうしてもなってしまう上目遣いで、曹操を睨み付けた。

「また、徹夜か。不健康極まりない。リーダーがそんな様では下に示しがつかないぞ」

 曹操のせいで、十二歳にして母性に目覚めてしまったビスマルクは内心で『本当にこの男は......私が見てないと』と可愛らしい眉を潜めながら嘆息する。

「わかってはいるんだけどな......これを終わらせない事には、休めないさ」

 受け取った書類に目を通しつつ、そんな言葉を吐く曹操の手から、手渡した書類を奪い取ったビスマルクが、本人的には険しい表情──端から見たら泣きそうな表情を浮かべながら、「そんな状態では効率も下がる一方だ。半時でも良いから寝ろ」と口にした。

 年下の女の子。それも、英雄派に所属する理由が無いにも関わらず、情けない自分の手助けをするために両親を説得し着いてきてくれたビスマルクの泣きそうな表情に、曹操は頭を素直に下げる事しかできなかった。

「すまない。これはリーダーとしての責務なんだ。疎かにできないし、してしまっては英雄派が立ち行かなくなる」

 そう言い切り、頭を上げた曹操は草臥れた笑みを貼り付けたまま言葉を続ける。

「まぁ、俺がリーダーの器じゃないことは分かりきっているんだけどな。確かに、言い出したのは俺だ。だけど、そもそも、曹操の血を引いているだけの一般人に過ぎない俺が、古今東西の英傑や英雄達の魂を継いだ奴等や英雄・英傑の転生体がワンサカ居るのに、更に言うなら魏王曹操の転生体が居るのに、英雄派のトップとか烏滸がましいし、可笑しいだろ? 俺は一兵卒が相応しいんだ。それなのに、なんで、俺なんだ? 可笑しいだろ。征服王イスカンダルや始皇帝とかの転生体が居るんだぞ。英雄王ギルガメッシュや聖徳太子とかの魂を継いだ奴が居るんだぞ。それなのにどいつもこいつも!! 何がメンドクサイだ!! 何が!! ナニがぁぁぁぁあぁぁぁ!!!! だったら、問題をおこすなよ!? 解決をこっちに丸投げするなぁぁぁぁあぁぁぁ!!」

 草臥れた笑みが般若の形相に変わり、両手で頭を掻きむしりながら絶叫する曹操に対し、ビスマルクは慣れた手付きで執務室に備え付けられている安定剤入りの注射器を取り出して、椅子に座っている曹操の太股にプスリと突き刺す。

 

「落ち着いたか?」

 薬が効いてきたのか、落ち着きを取り戻して草臥れた笑みを貼り付けた曹操が静かに頷く。

「ああ、もう大丈夫だ」

 いつもの草臥れた笑みに戻った曹操に、ビスマルクは安堵しながらも、心の中で『あの逆賊共め。さっさとこの世から消えて無くなれ』と毒を吐いていた。

「なぁ、曹操。お前は──」

 何度も何度も邪魔をされ、結局、今に至るまで伝えられなかった言葉。

 曹操の抱く理想。その信念。その覚悟。その努力。それらを知るからこそ、自分達はお前に協力すると決めた。嘗て名を馳せた英傑・英雄ではなく、そんな曹操だからこそ、着いていきたいのだ。

「私は、いや、私達文官達は──」

 意を決して伝えられなかった言葉を口にしようとしたその時、執務室のドアが乱暴に開け放たれ、ジーンズとポロシャツの青年が駆け込んでくると、そのままの勢いで執務室の窓を開け放ち、三階にも関わらず飛び降りて消えて行くと、その直ぐ後に獣耳と尻尾を生やしたゴスロリ幼女集団が執務室に走り込んできた。

「曹操! ビスマルク! お兄ちゃんはどこ!?」

 全力で走って来たからでは納得できない程に荒い息と充血し潤んでいる幼女集団の様子に、曹操とビスマルクは『ああ。発情期か』と納得する。

「お前達の恋人は、そこの窓から飛び降りて行ったぞ」

 曹操が庇うよりも早く、邪魔をされたビスマルクは一切の躊躇が無い、清々しいまでの即売りを敢行して、にこやかな笑みを浮かべる。

「お前達はヤツの理想の恋人達なんだ。胸を張ってヤツを幸せにしてやれ」

 黒歴史製造神器の一つ。至高の恋人製造の暴走によって産み出された獣耳と尻尾を生やした幼女集団が、その言葉を頷きながら、製造主こと恋人が飛び降りた窓から勢い良く飛び降りて往く。扉を開けっぱなしのままに。

「彼は......ロリコンではないと否定していたぞ?」

 幼女達を焚き付けたビスマルクに苦笑しつつ、そう言った曹操に、ビスマルクは目を細めた。

「はっ、ナニを言う。曹操も見ただろう。彼女達が神器により産み出された時の姿を」

 至高の恋人製造の暴走により、無意識・潜在的な願望が発露し、獣耳と尻尾を生やした幼女集団が現れた時の事を思い出した曹操は、「あ~ いや、まぁ、本人が意識しないで起こった事だしな?」と弁明を試みるが、それをビスマルクは鼻で嗤う。

「園児から小学校低学年位の獣耳と尻尾を生やした女の子達が、あんな下劣で下品で卑猥なランジェリーと呼称するのも烏滸がましいモノだけを身に纏った姿で現れた時点で言い逃れはできない」

 はっきりと断言したその言葉に、曹操が口を開こうとすると、開けっぱなしのまま扉から、一人の男性が駆け込んでくると同時に、「曹操! 姫の説得を手伝ってくれ!」と叫ぶ。

「また、修羅場か。指輪の王」

 助けを求められた曹操が口を開くよりも先に、ビスマルクがうんざりした口調と表情でそう言うと、助けを求めて来た青年。指輪の王の方を向き、心底嫌そうに「夫婦喧嘩に英雄派のリーダーであり、多忙極まりない曹操を巻き込むな」と言いながら、右手でアッチに行けとばかりにシッシッと手を払う。

「確かに、悪いとは思ってるんだ! でも、まともに相手をしてくれるのは、曹操だけなんだよ!」

 日常的に行われている夫婦喧嘩──最終的にイチャラブを見せつけられるだけの迷惑行為の相手をしているのは、今や曹操だけ。

 誰もまともに相手をしてくれない理由を理解していない今代の指輪王は、「皆、俺を見捨てるんだ。俺が何をしたってんだよ......」と泣き言をほざいていた。

「彼を余り虐めないでやってくれ」

 曹操の草臥れた笑みが、更に少しだけ草臥れたモノになってしまった事を目敏く見抜いたビスマルクが、不愉快だと云わんばかりに小さく眉間に皺を寄せる。

「それで、今度はどんな理由だ? 内容によっては、反省房にぶちこむぞ」

 リーダーとして、出来る限り平等に接しようとしている曹操に少しばかりの苛立ちを感じながら、話を聞こうとするビスマルクに、『皆もそうだけど、ビスマルクちゃんは更に辛辣と言うか、冷たいんだよなぁ』と内心でこぼしている指輪王が小さく息を吐く。

「やっぱり! また、年下の曹操君に泣き付いて! 大人として恥ずかしくないの!?」

 そこに居たのは、大きなお腹の妊婦。五人居る強大な力を宿した結婚指輪の所持者の一人。今代の光の輪の君であり、指輪王の唯一の妻が怒りの形相で両手を腰に当てて立っていた。

「姫乃!? ダメじゃないか! 安定期に入ったばっかりなんだ。安静にしてないと」

 妊娠中の妻を思った指輪王の言葉に、光の輪の君である姫乃の怒りが増す。

「はぁ!? その妻に、残りの結婚指輪集めてハーレム作るて言った癖に!! ナニ!? 妻は夫の言う事。やる事には口出しするなって事!?」

「違う!! 俺が愛してるのは姫乃だけだ!!」

「だったら、なんで結婚指輪を集めるなんて言うのよ! この浮気者!!」

「だから、誤解なんだ! 俺が指輪を集めるのは、姫乃とお腹の中に居る子供の未来を守りたいだけなんだ!」

「どうだか。妊娠中の私が相手をできないから、他の女が欲しくなったんじゃないの?」

「なっ、そんなわけないだろ! 救世の聖剣が発現したんだぞ!? それだけの危機が直ぐ其処まで迫ってるんだ! 指輪王として、何もしない訳にはいかないし、何よりも、君と赤ちゃんを守りたいんだ!!」

 突然始まった夫婦の言い争いは、相談相手の曹操達を置いてきぼりにしてドンドン加速し、最終段階のイチャツキに突入する。

「頼む。俺に君達を守らせてくれ」とか、「ばか、貴方がそんな危険な事をしなくて良いじゃない......」とか、イチャイチャし始めた万年新婚夫婦を、ビスマルクは心底下らないと鼻で笑い。草臥れた笑みを貼り付けた曹操は、「問題が解決した様で良かったよ」と溢した。

「言っておくが、指輪の王は今回の戦いでは後方待機だ」

 夫婦喧嘩が治まり、タイミングを計っていたビスマルクが、結婚指輪を集めて出陣の方向で話を纏め始めていた夫婦に対して、きっぱりと現実を突きつける。

「例え、全ての結婚指輪を集めて、五人全てと夫婦の絆を深め、指輪の力を十全に引き出せる様になったとしても、戦いに関して未熟極まりない指輪の王を戦場に出せるわけがない」

 戦える力が有るのと、戦う技術と精神を身に付けているとは、全く違う。

 如何に強大な力──全ての結婚指輪を手にし、夫婦の絆を深め、指輪王が救世の勇者と詠われるだけの力を得て、その力を完全に扱えたとしても、世界の危機と呼ばれる程に強大な力を持った存在に臆せず対峙し戦えるかは別問題なのだ。

「えっ、いや、全ての指輪を集めたら、救世の勇者なんて呼ばれるぐらい強くなるんだよ?」

 まさか、戦力外通告を受けるとは思っていなかった指輪王は自分は戦力に成ると主張するが、ビスマルクはそれを否定する。

「最近になって──子供を授かってから戦闘訓練を始めたお前が戦力になるわけが無い。戦争を甘く見すぎだ」

 鉄血宰相の魂と記憶を受け継ぐビスマルクは、指輪王の考えの甘さを指摘する。

「言っておくが、神器の機能を使って強くなったとしても、お前は戦力外だ」

 世界の危機に対する備えは既に計画の段階を終え、動き出している。無駄に古今東西の英傑・英雄が犇めく英雄派は伊達では無い。

「既に、あわわ&はわわ軍師や半兵衛ちゃんと勘兵衛ちゃんを始めとした優れた軍師達が計画を練り終え、準備段階に入り予算も動いている」

 言葉を区切り、ビスマルクは断言した。

「指輪の王の出番は無い」

 

 戦力外通告を言い渡され、今こそ年下の曹操の力に成ろうと意気込んでいた指輪王は肩を落とし、ビスマルクの言葉に上機嫌になった妻に引き摺られるながら執務室を出ていった。

 漸く、邪魔者が居なくなったと安堵して、曹操に伝えたい言葉をビスマルクが口にしようとすると、タイミングを図ったように閉じられた扉が勢い良く開け放たれ、純白のドレスに着こなした金髪のグラマスな──白ユリの様に美しく鮮やかな少女が元気満載の笑顔で、「余が──インペラトール・カエサル・マルクス・アウレリウス・セヴェルス・アントニヌス・ピウス・アウグストゥスである!!」と元気良く挨拶をした。

「何の用だ。毒婦」

「カラカラ。君が此処に顔を出すなんて珍しいな。後、ビスマルクは仲間を毒婦と呼ぶのは止めた方が良いぞ」

 カラカラと呼ばれた純白の少女は、その呼び名に顔をしかめる。

「鉄血よ。余を毒婦等呼ぶな。無礼であろう。そして、曹操は余をカラカラと本名で呼ぶのを止めるがよい」

 そう言いながら、小声でブツブツと「カラカラは確かに前世の余の愛称であったが......何故、今世では本名なのだ。ドキュンネームとかキラキラネームなんてレベルでは無いぞ。大体、前世の余の評価は酷すぎないか? 余は母の前で弟を殺してなどいない。余の愛する弟ゲタは余と母を暗殺者から庇って命を落としたのだ。弟の記録抹消は元老院が勝手にやった事だし、処刑したのはそうしなければ為らない程の罪を犯した者だけだ。そもそも、如何に皇帝とはいえ、悪口言われたから軍を動かしてアレキサンドリアで虐殺とか出来るわけがなかろう? 軍を動かすのにどれだけの物と金が動くと思っているのだ。そんな理由で軍を動かせるものか。あれは功名に焦った愚か者のやったことだ。確かに、軍を統率出来なかった余にも罪は有る。しかし、あの愚か者がしでかした大罪を何故、余が背負わなければ為らないのだ。アントニヌス勅令にしてもそうだ。アレは元老院が余の案を改悪して施行した結果に過ぎない。そもそも、余の悪行とされるものは全て元老院と愚か者達がした事だし。余は悪くないモン。確かに、それらを統率出来なかった余も悪いかも知れないけど、余も被害者だモン」と若干暗い目で呟き始めてしまう。

「カラカラ。俺の言えた事じゃないが確りしろ。何か用が有ったんじゃないのか?」

 草臥れた笑みを消し、めったに執務室に来ないカラカラが姿を現した事で、余程の事だと考えた曹操は真剣な目でカラカラを見据える。

 その横で、頼れる宰相だと信じ切っているビスマルクが、今にも舌打ちをしそうな程に嫌そうな顔をしている事には気付かずに。

「うむ。多忙極める曹操の邪魔をするわけにもいかぬと遠慮していたのだが......資金難を解決する妙案を思い付いたので許可を貰いに来たのだ。後、本名を口にするでない」

 話してみれば全うな思考と常識を持ち、嘗てローマ皇帝として君臨していた知識と経験を持つカラカラの言葉に、曹操は大きく目を見開き、ビスマルクが更に顔を嫌そうに歪める。

「余の名案。即ち、カラカラ浴場である!!」

 カラカラの妙案。言ってしまえば、打ち捨てられ廃墟と化した異界に資源が無いなら、観光地を作って客を呼び込みお金を落として貰おうぜ。と云うモノ。

「カラカラの案は、文官達も考えたらしいが......その、先立つものが、な?」

「毒婦は所詮、毒婦だ。その程度の案を我々が考えなかったと思ったのか。浅はかな」

 すまなそうな曹操の言葉とビスマルクの嫌悪感を一切隠さない言葉に、カラカラは目を見開く。

「なんと、其処まで窮していたか。解った。金を使わない方向で考えよう。後、鉄血よ。余程、余を曹操から離したいらしいな」

 カラカラの言葉に、ビスマルクは鼻を鳴らす。

 直ぐ隣の曹操が、「だから、毒婦とかだめだろ。なんで、カラカラにそんなに辛辣なんだ」と言っていたが、ビスマルクは丸っと無視をして、カラカラを睨み付ける。

「当たり前だ。毒婦め。曹操が様々な協力を得て、ゼロどころか絶望的な状態から此処まで築き上げたこの異界を、ローマと呼称する者を容認できるものか」

 敵意剥き出しのビスマルクに、カラカラは余裕の笑みを浮かべる。

「何を言う。誰も余をインペラトール・カエサル・マルクス・アウレリウス・セヴェルス・アントニヌス・ピウス・アウグストゥスと認めてくれなかった。にも関わらず、曹操は余を嘗てローマ皇帝だった者として認めてくれたのだ。であるのならば、余はローマ皇帝だった者として曹操に報いねばならん。しかし、あの時、与えられるモノを持っていなかった余は、この体しか無かったのだ」

 目を閉じてあの時に、満足に報いる事ができなかった事を悔やみ恥じる様に、カラカラはそう言葉を紡ぎ、それでもと言葉を続ける。

「余は、ローマ皇帝だった者として、何度生まれ直そうと、余を信じその命を賭けるに相応しい皇帝であり勇者である。そう証明し続けなければ為らない。でなければ、どうして、余の治世に希望を見出だした者達や余を信じて死んでいった者達に顔向けできようか」

 万感の想いを乗せて、たかが宰相でしか無かったビスマルクを口撃する。

「そう決意し定めている余を、この地にローマ皇帝として招き入れたのは曹操である。そして、曹操は余の伴侶である。その伴侶が治める地をローマと呼ばずになんと呼ぶ」

 万感の想いを籠めたカラカラの言葉に、曹操は「断ったはずなんだが」と口にするが、二人の耳には聞こえていない。

「勝手を言う。その心意気は天晴れと褒めてやる。しかし、それを他者に押し付けるな。他者に押し付けた時点で、エゴに過ぎなくなると知れ」

「だから、鉄血は宰相止まりなのだ。自己を貫き通せぬ者が皇帝を名乗れるものか」

「ほざけ。毒婦が。私は望んで宰相で在り続けた。お前ごときに侮辱される謂れは無い」

「そうやって自己を誤魔化す。だから、鉄血は其処から先に往けない。並び立つ気概が無いなら、指を咥えて見ているが良い」

 勝ち誇った様にビスマルクを見下ろしたカラカラは、曹操に可憐な笑みを向け、「資金難は余に任せるが良い。必ずや良い妙案をそなたに提示して見せよう」そう言い残し、颯爽と執務室を出て行った。

 

「言いたい放題言ってくれる......」

 機嫌が急降下したビスマルクは舌打ちをすると、仕切り直しだと気持ちを切り替えてるが、新たな邪魔者が執務室に姿を現してしまう。

「曹操よ。貴様の願いを叶えてきてやったぞ。感謝するが良い」

 傲慢不遜を体現したワガママボディの女性。英雄王ギルガメッシュの魂と記憶を受け継ぐ女性の登場に、ビスマルクが盛大に舌打ちをする。

「なんなんだ! お前達は! まるで図ったかの様に!」

 何時まで経っても伝えたい言葉を伝えられないビスマルクの言葉を、ギルガメッシュは鼻で笑う。

「このギルガメッシュを出し抜けると思うてか。身の程を知れ。鉄血よ」

「英雄王の魂と記憶を受け継だだけの女が、良くほざく」

「私が受け継いだのは、転生者で在った英雄王の全てだ。此処ではない何処かの英雄王に憧れ目指した男の憧憬や誇り。使命。その総てを受け継いだ。間違えるなよ。鉄血」

 犬猿の仲である二人のやり取りを聞いていた曹操は軽い頭痛を覚えながら、ギルガメッシュを見据える。

「それで、魔王サーゼクスの依頼は完遂したのか?」

 気に入らなかったり飽きたら、依頼を勝手に破棄して帰ってくる問題児対して確認の言葉を口にした曹操に、問題児のギルガメッシュはつまらなそうに鼻を鳴らす。

「実に下らない些事であったが、貴様の願い故、叶えてきてやったと言ったはずだ」

 冥界の悪魔の支配領域が超巨大モンスター"ラオシャンロン(老山龍)"により被害を受け、これ以上の被害を防ぐ為に討伐して欲しいと、サーゼクスからの依頼で冥界に赴いていたギルガメッシュが「実につまらない些事だった」と溢す。

「流石だな。送られてきた依頼書では、山よりも遥かに大きな巨体だったのにもう討伐したのか」

 感嘆した曹操の言葉に、ギルガメッシュが眉を潜める。

「戯けめ。図体がデカイだけの竜種など、モノの数ではないわ」

 不機嫌そうに、でも、何処か満更でもなさそうに吐き捨てたギルガメッシュは「そも、あの程度の小物ならば貴様も簡単にあしらえるであろうが」と言葉を続ける。

「最強の神滅具である黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)を持ち運びが便利なだけの駄槍と言い切り、何の変哲も無い頑丈なだけの槍を至高とする貴様ならば、かの祖竜が相手でも戦えるであろうよ」

 何かと自己評価が低い曹操の実力を知るギルガメッシュの正当な評価に、当の本人は苦笑いを浮かべる。

「無理を言わないでくれ」

 隣で、グルルルゥと唸りを今にもあげそうなビスマルクをドウドウと落ち着かせている曹操の言葉に、ギルガメッシュは小さく息を吐き、『貴様は、何時まで過去に囚われてるつもりだ』と心の中で呟く。

 曹操がどうして英雄派を立ち上げたのか? 何故、自身を英雄の器では無く、一兵卒が相応しいと言い切るのか? その理由を、千里眼を使い視ているギルガメッシュは過去の女──黄昏の聖槍を狙った(転生者)から、曹操を庇って命を落とし、賊の異能(チート)により、魂が消滅してしまった幼馴染み(転生者)を疎ましく思った。

 目の前の男の有り様と生き様を決定付け、本当の名を捧げられ、完全に消滅してなお、未だに男の心を占領している。ソレが心底気に入らないギルガメッシュは、フンと鼻を鳴らす。

「次からは、この様な些事はジークフリートか呂布あたりにさせよ。あやつらの実力ならば問題あるまい」

 つまらなそうにそう言い残し、用は済んだと云わんばかりに曹操達に背を向けて立ち去ろうとするギルガメッシュを、ビスマルクが呼び止める。

「待て、報酬の物資と金の受け渡し日時はどうなっている? 依頼を担当したお前が決める手筈に成っていたはずだ」

 作り上げた神々が飽きて打ち捨てたせいで、朽ち果て死の世界と成った異界に拠点を置く英雄派は、ろくな資源も無いせいで、重度の資金難に苦しみ続けている。

 その、貴重な資金と資源獲得の為に、無駄に戦闘力の高い構成員をあっちこっちに傭兵として派遣しているのだ。

「ああ、それは断った」

 いくらギルガメッシュでも、タダ働きはしないだろうとビスマルクを諌めようとした曹操が、その言葉に硬直する。

「ほう。資金難に苦しんでいる事を知りながら、報酬を勝手に断ったと言うのか」

 鋭い視線を向けるビスマルクを、ギルガメッシュが鼻で笑う。

「王である私に、下らん些事に労働の対価を得よ。と云うのか? あの程度が労働に該当するものか。私が動いたの慈悲に過ぎん。あの程度で右往左往する悪魔が滑稽で憐れだった。故に、曹操の頼みで私が動いてやっただけだ」

 その言葉を残し、執務室を颯爽と去って行くギルガメッシュを、唖然としたまま見送ってしまった曹操が無言で頭を抱えてしまう。

「予算なら心配はいらない。ギルガメッシュにお使いができるとは思ってもいない。今回の件で、外交に使えるカードが一枚増えたと思えば良い」

 その言葉に頭を抱えた曹操が、ピクリと反応をする。

「ゼクラムの爺がギルガメッシュを指名した時点で、こうなると予想は付いていた」

 淡々と語るビスマルクの内容──要約すれば、英雄派よりマシとはいえ、冥界の悪魔側も経済は低迷の一途を辿っている癖に出費は増える一方の為、全うに報酬を支払い続けるのは難しい。だから、借り貸しに持っていき、持ちつ持たれつの関係に無理矢理にでも持って行く。そして、最終的には同盟関係に近いモノに持ち込みたいと考えている可能が高い。その兆候と意図は様々な処で見て取れる事。

 それらを聞いた曹操が「そんな兆候とか有ったか?」と、眉間に皺を寄せながらソレらしい事が有ったかどうか思い出そうとするが、何も思い当たらず、腕を組みながら首を傾げてしまう。

「気付かずとも恥じる必要は無い。ソレに気付いているのは、私や朱里を始めとした軍師達ぐらいなものだ。厄介な相手だよ。ゼクラムの爺と引き籠りのファルビウムは」

 そう口で言いながらも、負けるつもりは無いと不敵に笑うビスマルクを頼もしく思いながら、曹操は自分の不得意な分野を年下の少女に「頼りにしてるよ」と丸投げする。

「ああ、任せておけ」

 その言葉を、ビスマルクは年相応の笑みで受け止めた。

 

 深夜。一日の仕事を終えた曹操は、誰も居ない鍛練場で愛槍──ただ頑丈なだけで特殊な力や機能を持たない槍を振るっていた。

「日が沈むまで書類仕事。その後は武の鍛練。熱心なのは良いけれど、体を壊すわよ?」

 基礎の型を淡々と繰り返している曹操の背後から、嘗て魏王と詠われた金髪ツインテールドリルの少女。華琳の言葉に、二代目曹操は動きを止めずに「ただのストレス発散さ」と短く返した。

「本当に誰に似たのかしらね。ただひたすらに愚直。回り道も、歩みも止めない。真っ直ぐに歩くだけ」

 背中に華琳の呆れに満ちた視線と言葉を受けた曹操は、小さな笑みを──張り付けていた草臥れた笑みでは無い。さも、可笑しいと笑いを堪えるかの様な笑みを浮かべる。

「それはきっと、御先祖様に似たんだろうな」

 前世も今世も、そして、恐らくは、この先、何度生まれ変わっても、天の御使いただ一人を求め続けるだろう少女。そんな少女に似てしまったのだと、曹操は笑う。

「私と一刀の血が流れているとは思えないぐらい、愚かね」

 小さな嘆息の後、「私と一刀の血が流れていたら、もう少し賢い生き方ができるわよ」そう続けた華琳の言葉に、曹操は盛大に吹き出してしまい、鍛練を止めてしまう。

「いやいや、ナニを言ってるんだ。御先祖様。俺ほど貴女達の諦めの悪さと愚かさを受け継いだ子孫は他に居ないと思うぞ?」

 そう言って、屈託の無い笑みを向ける曹操とは対照的に、華琳は悲しげな表情を曹操に向けた。

「私も一刀も貴方ほど危うく無いわ」

 如何なる奇跡が起きようと、二度と巡り会う事ができない一人の女性を求め続け、その女性が生きた証を、生きた世界を守り続けると決めた。女性の献身は意味が有ったのだと、証明して見せると定めた。

「周りの好意に気付かない振りを辞めなさい」

 華琳の言葉に、曹操が少し困ったと眉を下げる。

「いや、そんなつもりは......ただ、どう扱えば良いのかわからないんだ」

 一拍置いて、「御先祖様が言う通り、童貞なもんで」と眉を下げたまま続ける。

「そんなの、抱けば良いだけよ。ホント、これだから拗らせた童貞は」

 余りの発言に口をポカーンさせている曹操を余所に、華琳が仕方ない子孫ね。と云わんばかりに溜め息を付く。

「己の一番を胸に抱き続けるのは構わないの。私もそうだもの。でも、己を慕う者を受け入れる余裕ぐらい持ちなさい」

 小さな胸の前で両腕を組んだ華琳が、唖然としたままの曹操を真っ直ぐに見据える。

「最早、巡り会えない女性を胸に、その女性の為に往く。私の王道とは全く違うけれど、それもまた善し」

 魏王・覇王と呼ばれた存在が、二代目を肯定する。

「なれど! その余裕の無さが危ういと言っている! 私と一刀の血を引き、我が名を名乗るのならば──」

 言葉を切り、大きく息を吸い込み、腹に溜める。

「己を慕う女を全て抱き! その全てが幸せだと微笑む! その程度の余裕と度量ぐらい持ちなさい!!」

 言いたい事を言い終えた華琳が、フンスと鼻を鳴らす。

「えっ、いや、今はそんな時代じゃ......」

 予想外の事を言われた曹操の言葉に、華琳は心底下らないと鼻で笑う。

「時代なんて、大義名分として利用する程度の価値しかないわ。それに、時代とは自分で作るものよ」

「待ってくれ。それだと、大義名分は自分で作るものだと......」

「あら、大義名分を自分で創作して、望む状況を作り出すのは当たり前でしょう?」

 困惑が絶句に変わった曹操を置いてきぼりにして、華琳は言葉を紡ぐ。

「貴方の道を王道とし、王に成りなさい」

 自身をそんな器では無いと思い込んでいる曹操。

 しかし、曹操は荒廃した異界に拠点──国を興した。そして、自分の考えに賛同した仲間──臣下を得た。だと言うのに、曹操自身が、自分はリーダーの器では──王の器ではないと信じきっている。

「結局のところ、この国の歪さは貴方自身の危うさに起因する。ならば、貴方が王と成り、自らの王道を往けば解決するのよ」

 この地に集った英雄・英傑達は、皆が皆、青臭くて危うい曹操を放って置けなくて、集まったバカばかりなのだ。

 そんなバカ達の気持ちに少しぐらい報いなさい。華琳はそう言っているだけにすぎない。

「俺は、そんな器じゃないよ。好きな子に庇われて、その子のお陰で、今こうしてなんとか生きている。その程度の男なんだ」

「ホント、愚かだわ。こうもはっきりと告げたと言うのに、まだ、そんな事を言うのね」

 呆れ返る華琳に苦笑で返す曹操が、小さな欠伸を洩らした。

「すまない。流石に眠いから、もう寝るよ」

 そう言って立ち去る曹操の背に、華琳は小さく「器とは生まれ持つだけではない。作り上げるモノでも有ると早く気付きなさい」と囁いた。

 

 

 自室で今日の分の仕事を終え、ユッタリと読書を楽しんでいた少年は、何時もの如く、元気良く自己紹介をしながら現れた──前世は兄で今世では姉の登場に、こっそりと溜め息を付く。

「うん。知ってるよ。カラカラ姉さん」

「だから、本名で呼ぶなとあれほど言っているではないか」

 前世と今世でも愛する弟にすら、本名で呼ばれたカラカラが両頬を膨らませて不満を口にする。

「いや、その名は長すぎるし。言いにくいし」

 メンドクサイと全身で表現している弟、ゲタの主張をガン無視したカラカラが、にこやかに口を開く。

「うむ。その事は後でジックリと話すとしてだ。余の最愛の弟ゲタよ。そなたの叡知を持って、金を掛けずに大金を得る方法を教えよ」

 そんな事を言い出した姉を、心底バカを見る目で見たゲタは大きく盛大な溜め息を吐き出す。

「無いよ。そんなモノ。だいたい、ここには過去現代の英雄・英傑とその卵達が山ほど居るんだよ? そんな彼等に思い付かないモノを僕が思い付くはず無いでしょ」

 言い切り、読書に戻ったゲタに、カラカラは意外そうな視線を向ける。

「何を言う。そなたの叡知はソレらに劣るものではあるまい。あの暗殺で命を落とさねば、ローマには大法官ゲタあり。と唄われていたに決まっていたのだぞ」

 姉の戯言を聞き流し、ペラリとページを捲ったゲタが、少しだけ視線を姉に向けた。

「僕としては、姉さんの入れ込んでいる曹操から、距離を置く事を薦めるけどね。彼は周りを巻き込んで盛大に自爆するタイプだよ」

 その言葉をカラカラは有り得ないと笑い飛ばす。

「だからこそだ。余は曹操に魂を救われた。余をローマ皇帝であった者と認めてくれたのだ。ゲタからしてみれば、その程度と思うであろうが......余にはソレほどの事なのだ」

 そう言いながら、優しい目でゲタを見つめる。

「そして、愛する弟と逢わせてくれた。再び、ゲタと家族に成れた。余が全てを捧げるには十分過ぎる理由だ」

 カラカラの想いと言葉に、ゲタは敗けを認めて本を閉じた。

「まぁ、姉さんと家族に成れた事には感謝してるしね。わかったよ。考えてみる。だから、何もせず、大人しくしてて。状況が変わったら策も意味が無くなったりするから」

 上機嫌でスキップしながら出ていったカラカラに対して、ゲタは盛大に溜め息を付く。

「わざとなんだよね」

 古今東西の英雄・英傑。その卵達。有名・無名が犇めく英雄派。そんな人材の宝庫。一山幾らで叩き売りができてしまう状況で、何時まで経っても資金難に苦しむはずが無いのだ。

 それこそ、現状打破の献策など、幾らでもある。

 にも関わらず、資金難で居るのには理由があった。

「彼が早く王に成ってくれたら、楽なんだけどねぇ」

 人を集め、居場所を作った。なのに、その地の統治者が居ない。曹操が正しく統治者として君臨していないのが原因なのだ。

 皆に夢を語り方向性を示すだけで、そのやり方()を明確にしていない。意にそぐわない事をしても(法を破っても)罰を科す事ができないのが問題なのだ。

 英雄派の中には「へぇ~ 俺等が当たり前に生きていける世界か。いいね。よし、なら、手っ取り早く、曹操が人間世界の王に成って、そう云う法を敷けば良い。んじゃ、ちょくら世界を獲って来る」等とほざくバカが一定数居るのだ。

 そして、質が悪い事に、その戯言を実行できる戦力を持つのが英雄派。そんな馬鹿共が、それを実行できるだけの資金と物資が有ると知ればどうなるかなんて、わかりきっている。

「姉さんの手綱を任されても、困るんだよ。本当にさ」

 だから知恵者達は一計を投じた。要するに──

「世界を獲る? そんなお金も物も無いよ。あ、今日のご飯はモヤシだけを炒めたヤツね。仕方無いね。お金も物も無いんだから」

「えっ、マジかよ......戦争とかしてる場合じゃねーな。肉とか獲って来る」

 と、云う具合である。

「華琳さんでも、ギルガメッシュでも、ビスマルクでも、誰でも良いから、早く彼を王にしてくれ。頼むから」

 姉の手綱を何時までも握っている自信が無いゲタは、そう溢さずにはいられなかった。

 

 

 全ての業務。今日やるべき事をやり終えたビスマルクは、自室のベットに横になり、目を瞑ろうとした途端、「あっ」と声を上げた。

「しまった......今日も曹操に伝えられなかった......」

 曹操に王としての自覚を促す言葉を伝えられなかったビスマルクは、ベットの中で身を捩らす。

「ああ、クソ。あのお邪魔虫共め」

 何時も何時もタイミングを計ったかのように邪魔をしてくる人物達に悪態を付きながら、明日こそ、今度こそ伝えようと瞳を閉じた。

 




不定期で、こっそり、こそこそ投稿。
これからも、こんなスパンでの投稿に成りますので、気が向いたらお付き合い下さいませ。

後、最高傑作を駄槍と断言された聖書の神様は泣いて良い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

希望と云う名の絶望と云う名の希望モドキ

ドライグとアルビオンの対応の差
推し以外の場合
「最低限の力は使わせてやる。使い方? 自分で何とかしろ。ああ、神器の基本機能の制御はしてやる。戦う力が欲しい? わかった。夢で経験積めるようにしてやるから勝手にやってろ」

推しの場合
「全ての力を無条件で使える様にしたよ! 力の制御? 大丈夫。こっちでやるから! 強くなりたい? わかったよ! まずは魔法から教えるね! わからなかったらわかるまで教えるから安心してね!」


 白亜の城キャメロット。

 現在は伝説の中だけで語られる城の中に、一誠は居た。

「ふざけんな。追尾する矢とか反則だろ。つーか、一般騎士がそんなもん撃つなよ。頭おかしいにも程があるだろ」

 曲がり角の壁に張り付きながら、口の中でモゴモゴと愚痴りつつ、途中で手に入れたガラスの破片をソッと 通路に差し出して辺りの安全を確認した一誠が、目を閉じて聞き耳を立て始める。

「うし、足音無し」

 緊張した面持ちから少しだけ気を抜いた一誠だが、過去の失敗から直ぐに緊張を張り巡らせる。

「後、少し、少しで、セーブポイントなんだ。此処まで来て、死に戻りとかやってられるかっ」

 この城のチュートリアルボスであり、案内役の中性的な美丈夫。ベディヴィエールから貰った地図を頼りに動いている一誠が、「後はゴリラだ。あのゴリティーン(ガウェイン)さえ、出し抜ければ......」そう呟いた瞬間、一誠の目の前が光に覆われる。

「うっそだろ!? あのゴリラ、城の中で聖剣ブッパしやがった!?」

 もはや馴切った、自分の体が光によって蒸発する感覚に身を委ねながら「だから、テメーはゴリラなんだよ!!」と叫び、おとなしくスタート地点に一誠は出戻った。

 

「おや、お帰りなさい」

 隻腕の騎士ベディの言葉に、一誠が両肩を落とす。

「ゴリラが城の中で聖剣ブッパしたんですけど」

 スタート地点の近くに在る一室に死に戻った一誠が、「城の中で聖剣ブッパとか良いんですか? 許されるんですか?」と問い詰めると、ベディは苦笑を浮かべつつ「ガウェイン卿ですから」と答えた。

「無駄に説得力がありすぎる......」

 運命の夜を代表作とする某作品群の最新作。グランドオーダーにも出てくるゴリラそのままだったガウェインに対して、一誠が深い溜め息を付いた。

「また、最初からかよ」

 再び深い溜め息を吐き出しながら肩を落とした一誠に、ベディが紅茶をソッと差し出す。

「如何に、ドライグが貴方の夢の中で構築した世界と言えど、初日でこれほど死んでは精神的な負担は測り知れません」

 差し出された紅茶を受け取り、死に戻った回数を覚えていない一誠に、ベディは困った様な笑みを浮かべる。

「伝説に語られる魔王ガノンに立ち向かう友の力に成りたい。その気持ちは痛いほどわかりますが、その結果、死に慣れてしまい、己の身を省みない狂戦士に成ってはいけません」

 優しく諭してくれるベディに、『本当、俺は周りに恵まれてるよな』と思いながらも一誠は首を横に振る。

「ベディさんが、俺を心配してくれてるのは本当にありがたいんだ。だけどさ、俺は──強くなりたいんだ」

 強くなって、自分が兵藤一誠(兵藤京子の弟)であると証明しなくてはいけない。無意識にそう思い込んでいる一誠が、受け取った紅茶をグビッと飲み干す。

「うし、紅茶ありがとう。取り敢えず、先にガウェインをぶっ飛ばす方向で攻略してみるよ」

 休憩は終わりだと立ち上がり、セーブポイントを出ていった一誠に、「えっ、いや、今の一誠君の実力では」とベディが口にした途端、一誠が死に戻った。

「出待ち待機とかクソゲー過ぎんだろうがぁぁぁぁ!! クソゴリラァァァァ!!」

 安全を保証されているセーブポイントを出た途端、出待ちしていたガウェインに一刀の元に首を跳ねられ、死に戻った一誠の叫びに、ベディは困った様な笑みを浮かべる事しかできなかった。

 

 時間切れで目を覚ました一誠が、ベットに横たわったまま「うっそだろ。おい。第一ステージすらクリアできないとか」と呟く。

「だから言っただろう。猿ごときに攻略できるものかとな」

 左腕から聞こえてきたドライグの声に、舌打ちをした一誠が、ハンと鼻を鳴らす。

「クソ竜が無理だと言ってたチュートリアルはクリアしたけどな」

 急いで強くなりたいけど、寿命や魂を対価にしたくない一誠が必死に頼み込み、ドライグの記憶に在る白亜の城とアーサー王率いる騎士団を夢の中で完全再現して貰った時に言われた「宿主だからな。最低限の協力はしてやろう。お前の好きなゲーム。ダークソウル風にキャメロットを再現してやる。最も、猿ごときでは、チュートリアルすらクリアできないだろうがな。猿ごときではな」と言われて感謝の気持ちが消し飛んだ一誠の言葉に、ドライグがフンと鼻を鳴らす。

「ベディが本気を出せば、お前ごときが勝てるものか」

 手加減されていただけだと語るドライグの言葉に、一誠は「言われなくてもわかってる」とだけ返した。

「たく、あのゴリラどう攻略すりゃ良いんだよ......」

 そう愚痴りつつ、ベットから降りるとジャージに着替えた一誠が首をグルリと回す。

「身の程を知れ。お前がガウェインに勝てるものか」

 頼んでもいないのにガウェインの武勇伝を熱心に語り始めたドライグに、『ホントにウゼェ』と内心で毒づきながらガン無視した一誠は、日課のランニングに出掛けた。

 

 

 

 果ての無い荒野。眼前に犇めく──魔王ガノンが存在する限り無限に出現する魔物の軍勢を、匙が静かに見据えている。

 小さく息を吐き、呼吸を調えた匙がゆっくりと口を開いた。

「我は無敵なり」

 それは、先代達から受け継いだ技能の一つ。

「我が武技に敵う者なし」

 クルダ流交殺法の奥義。"武技言語"と呼ばれる高速催眠暗示によって自身の力を限界以上に底上げする技。

「我が一撃は退魔の絶撃なり」

 不完全ながらも奥義を発動させた匙は、両手で持った聖剣マスターソードを下段に構える。

「双破斬」

 静かに口にした技の名。

 剣を下から斬り上げ、その勢いで剣を振り下ろした瞬間、マスターソードから聖なるオーラが二つの巨大な衝撃波として撃ち出される。

 真っ直ぐに突き進む二つの衝撃波が、魔物の軍勢を真っ二つに引き裂くのを見据えながら、中腰になった匙は体を限界一杯まで捻り、剣先を地面に着けた体勢をとると、マスターソードに宿る聖なる力を引き出し凝縮を開始する。

 一時的な混乱に陥っていた魔物の軍勢が動き出すよりも速く、マスターソードに十分な力を凝縮させた匙は、マスターソードを勢い良く真横に振り抜きながら、凝縮した力を剣線に乗せて解放する。

「見付けたぞ。ガノン」

 振り抜いた剣線に添って解放され、光刃と化した聖なる力によって、真横に切り裂かれて消滅していく魔物の軍勢の最奥に一瞬だけ姿を見せたガノンを見逃さなかった匙が静かにそう口走る。

「瞬動」

 技の発動に必要なキーワードを口の中で呟き、"瞬動術"を発動させた匙の姿が一瞬で消える。

 無事に瞬動術が発動した事に安堵しながら、先人達が編み出した──技の名をキーにした技の補助術"キーワード"が巧くいっている事に安堵しながら、ガノン目掛けて一直線に高速移動していた匙だが、術の未熟さから、蛇の様な下半身に無数の鋭い刺が生え、エイの様な上半身を持ち、アリジゴクを彷彿させる長く縦に裂けた口を持つ巨獣"モルドゲイラ"の眼下で高速移動のスピードを緩めてしまう。

「くそっ」

 頭上からモルドゲイラが巨大な口を開けて迫ってくるのを感じた匙が、緩まったスピードを殺さずに横っ飛びでソレを回避する。

 横っ飛びの着地に失敗した匙がそのまま転がり、地面を空いている左手で突き放す様に小さく飛び退いて体勢を建て直すと、少し前に居た地点に無数の魔力弾が着弾し、その奥でモルドゲイラが地面の中に潜って行く光景がその眼に飛び込んできた。

 周りを見渡さなくても、自分が囲まれてしまった事を察知した匙は短く舌打ちをする。

 受け継いだ記憶と経験から打開策を引き出そうとした匙だが、即座に溜無しの"回転切り"を繰り出し、音も無く接近していた──歴代時の勇者の統合コピーであり、ガノン到達の最大の壁"シャドウ"を牽制する。

「ここでかよ!」

 歴代の勇者達が死力を振り絞り、神器の機能を限界以上に使用して漸く打ち倒せる強敵の出現に、短い舌打ちをした匙がマスターソードを構え直す。

 地面の微かな揺れに、モルドゲイラの突撃を検知し、すかさずシャドウに向かって走り出した匙は、間合いに入ると同時に、僅かに腰を落としてモルドゲイラとシャドウの攻撃を誘う。

 振り下ろされたシャドウの剣を紙一重で避けると同時に、浮上して来たモルドゲイラの大口にシャドウを蹴り飛ばそうとするが、放った横蹴りを捕まれてしまった匙は投げ飛ばされ、そのままモルドゲイラの口の中に消えて行ってしまった。

 

「くそっ。ガノン到達どころか、シャドウに全敗かよ!」

 神器の機能を利用したシミュレーション。世界の脅威に対抗する為に、先達が作り出した──夢の中でガノンとその軍勢との戦いを経験する術を使っていた匙が、自分の弱さに毒づく。

「とにかく、受け継いだ技術を完全にモノにしないとな......」

 反省点を考えながら、軽く寝汗を拭いた匙がジャージに着替える。

「先代達と比べると、チャージが長い。技の精度も低すぎる」

 朝早く目が覚める習慣が付いている匙は、改善点をブツブツと呟き、寝ている家族を起こさないように気を付けながら散歩用のリード等の犬の散歩必須道具が入った肩掛けバッグを手に取りながら玄関を出る。

 幼い末妹が何処からか拾って来た、珍しい毛色──紅い隈取りが特徴的な大型犬が、匙の気配を感じたのか犬小屋から顔をヒョコと出すと、トコトコと匙に歩み寄り、散歩に連れてけ。と云わんばかりに匙の足にじゃれつき始めた。

「たく、お前は気楽で良いよな......俺なんか、何の間違いか、時の勇者様になっちまったよ」

 その言いながらしゃがんだ匙は、雪の様に白くフッワッとした毛並みの背を数回優しく撫でる。

「何度も思ったけど、お前、アマ公にそっくりだよな」

 数年前に出た名作と名高いゲーム。"大神"の主人公に良く似た飼い犬に、匙が優しい笑みを浮かべる。

「俺の家族。頼んだからな」

 そんな匙に向かって元気良く尻尾をブンブンと振りながら、早く散歩に行こうぜ! と言っているかの様に、匙家の番犬であり、末妹が頑なに譲らなかった為にその名に成った"ワンコ"が元気良く「ワン」と吠えた。

「朝早いんだから、静かにしろ」

 ワンコの頭をクシャリと一撫ですると、赤い首輪に着けているリードを散歩用に付け替え、もう一度、ワンコの頭を一撫でした匙が立ち上がる。

「いくぞ。ワンコ」

 飼い犬に一声掛けた匙は、目的が変わってしまったランニングに出掛けた。

 

 

 

 神器発現の次の日。

 ソーナとリアスが一緒に昼食を取りながら過ごしている頃、一誠は姉の手作り弁当を片手に、匙を昼食に誘い出す事に成功していた。

 中庭の一角に備え付けられているベンチに、二人で腰掛け、一緒に弁当を食べ始める。

「なぁ。グランドオーダーてスマホゲー知ってるか? 結構ストーリーがしっかりしててさ」

 ハマってるスマホゲーの話題を振りながら、弁当を突っつき、匙の返答を待つが、気まずくなる前に一誠が口を開く。

「俺のカルディアにはさ、無名の英雄は居るんだけどさ、コカビエルの姐さんが居ないんだよなぁ」

 その逸話から、普通に星五のはずが、何故か星一に設定されている聖書に書かれた大英雄の名を口にし、星五のコカビエルをピックアップの度に引くのに来ないと嘆きながら、無反応で黙々と弁当を食べる匙をチラ見する。

「悪魔ってさ、願いを叶えてくれるんだろ? 対価とか色々みたいだけどさ」

 ドライグから聞いた事を口にしながら、軽く上を向いた一誠が、「軽い対価......荷物持ちとかでコカ姐さんを家のカルディアに呼んでくれないかなぁ」とぼやく。

「............呼んでくれるんじゃねぇの? 詳しくは知らないけどさ。受け継いだ記憶の中の悪魔に、確率操作できる奴がいるみたいだし」

 だんまりを決め込んでいた匙の返事に、待ち望んだ会話のキャッチボールができると一誠が嬉しそうに笑う。

「匙もそう思うよな! ヨシ。放課後オカルト部に顔出すし、その時にリアス先輩に頼んでみるか!」

 その会話を当の本人であるリアスが聞いてたら、「確率操作なんて出来るわけ無いじゃないっっ!? でも、対価で、一誠とのデートとか......いや、でも、確率操作ぁぁ」と頭を抱えるで有ろう事を知らない一誠は、無理難題をリアスに吹っ掛ける事を決めてしまう。

「匙はさ、どんなゲームをするんだよ? 神話大戦以外にも、何かやってるんだろ?」

 会話を弾ませようとした一誠の言葉に、少しだけ黙った匙が口を開く。

「前は、イッセーと同じでグランドオーダーもしてたし、艦これとか、ドルフロとか、アッシュアームズとか......後は、据え置きなら、大神とかダクソとか色々した」

 幾つか知ってるゲームのタイトルに、一誠が食い付く。

「大神かぁ~ アレは名作だよな。俺も最初からやり直したりとかしてる」

 名作だと語るゲームが、神代に実際に有った事──人間達に「スサノオ様マジ頼りになる。カッケェ! ツキヨミ様マジ最高。さすツキ! それに比べて、あのヒキコモリニートはさぁ......」等と言われた某女神が、楽して人気回復(信仰回復)する為に自立思考型の化身を作った事を発端とした日本滅亡の回避劇。その半ば自作自演の出来事が神話として語り継がれ、それが元ネタになったと知らない一誠が、ノホホンと楽しげに大神の良い所を話始める。

「イッセーは、神器に頼りすぎるなよ」

 その一言で、一誠の言葉が止まった。

「俺はさ、もう、どうしようもないけど、イッセーはちがうだろ」

 母親が作ってくれた弁当に視線を落とし、いつも以上に確りと味わいながら、匙は小さな声で言葉を続ける。

「ちゃんと神器の制御を覚えたら、今まで通りの生活ができるようになるからさ」

 匙の言葉に押し黙った一誠は、ゆっくりと決意を口にする。

「ダチだろ」

 匙の神器が暴走した時に、すがる事しかできなかった。でも、それでも、弱いままで居るつもりなど毛頭無い。だからこそ、一誠は自分の方を向いた匙の目を真っ直ぐに見た。

「確かにさ、俺は弱いよ。でも、強くなって見せる」

 一誠の周りには頼りになる大人達が沢山居る。そして、一誠は自分が子供だと知っている。なら、周りの大人達が言うように、子供らしく、目一杯のワガママ(無茶振り)を言って大人達に助けて貰えば良い。そして、自分が大人なったら、子供のワガママ(無茶振り)を聞ける大人になれば良い。

「ダチを一人で戦わせるなんてしない」

 優しくて頼りになる大人達に見守られて育ってきた一誠の言葉に、匙が視線を残り少なくなった弁当に戻す。

「俺の前──先代達の中にもさ、イッセーみたいなヤツをダチや家族に持ってた人達が居るんだ」

 言葉を区切り、チラリと一誠に視線を走らせ、再び弁当に戻した匙が言葉を続ける。

「ソイツらさ、勝手に強引に着いて来て──」

 時の勇者達の、怒り。悲しみ。慟哭。それらを知る匙は、彼等の想いを口にした。

「勝手に庇って、満足そうに勝手に死んでさ」

 その言葉に、一誠が再び固まる。

「フザケンナ。て話だよな? 誰もそんな事してくれなんて言ってないのにさ」

 弁当を食べ終わった匙が、真っ直ぐで透明な目を一誠に向ける。

「それにさ、何も俺一人で戦う訳じゃないんだ。色んな奴ら──その時代の戦える奴が一緒に戦ってくれる」

 立ち上がり、固まったままの一誠を見下ろした匙は、ゆっくりと口を開く。

「イッセーが戦う必要も理由も無いだろ」

 その言葉を残して、匙はその場を立ち去った。

 

 中庭から匙の姿が完全に消えて、漸く動き出した一誠は、残っていた弁当を口の中に掻き込むと、ペットボトルのお茶で強引に流し込む。

「んだよ......それ、ダチてだけで十分に決まってるだろ!!」

 ふつふつと怒りが込み上げてきた一誠が、手に持つ箸をバキッと握り折る。

「なるほど。なるほどな。距離を置くて、こう云う事かよ」

 終始素っ気なかった匙。あまつさえ、周りの事を考えずに、勝手に庇って死ぬような男だと言われた。

「ふざけんなよ......確かにヤバくなったら庇ったりするだろうけどさ......それで死んだりしないように鍛えてんだよ」

 周りの大人達から、散々そう云った心構えを叩き込まれている一誠は、握り折った箸がミチミチと音を立てている事に気付かずに、ニヤリと不敵に嗤う。

「兵藤の男のねちっこさを舐めるなよ」

 正月等の集まりで、酒の入った祖母や母・親戚の女性陣の「兵藤家の男はねちっこくてしつこいから大変よね」との評価を幼い頃から何度も聞き、祖父や父の実例によって、"粘り強くて諦めが悪い"のが兵藤家の男だと思い込んでいる一誠がクックッと喉を震わせる。

「見せて......いや、思い知らせてやるよ。匙ぃぃぃ」

 そっちがその気なら、無理矢理、強引に距離を詰め続けてやる。そう決めた一誠は小物悪党のような顔をしながら喉を震わせ続けた。

 

 

 全ての授業が終わり、放課後の生徒会室。

 そこには、レイナーレが再びダッシュボードにペンを走らせている姿があった。

「つまり、以上の事から匙君を助ける方法は存在しないの。わかったわね?」

 ダッシュボードに書かれている内容──

 

 何処かの神の神域で神器の機能を停止して修行をしても、最終決戦で寿命どころか魂を使いきる。

 幻の最初の神器であり、生命どころか魂すら癒し修復すると言われている"幽世の聖杯"なら、もしかしたら可能かも知れないが、現物を見た者は存在しない事から、そもそも設定・設計段階の情報が存在するだけで、実物は存在しない可能性が極めて高い。

 聖書の神なら、現行の仕様に手を加えて、なんとかなるかも知れないが、ぶっちゃけて聖書の神は不在なので無理。

 消滅した魂を元に戻す事は理論上不可能で、生命等を司る神なら、もしかしたら可能かもしれないが、それは世界の理に反する事だから、そんな事をしたら最悪は全神話勢力を敵に回す可能性が非常に高く、実行するには全神話勢力への根回しが必要であり、現実的にも不可能。

 

 等々の理由が書かれていた。

「あの、聖書の神の不在と云うのは......」

 レイナーレの前に並べられた椅子に座っているソーナが、『もしかして、とんでもない機密情報を物凄く雑に暴露されているのでは?』と戦慄しながら恐る恐る手を小さく上げる。

「そのままよ。聖書の神は先の大戦で戦死しているわ」

 レイナーレの説明を聞いていたリアスとソーナ。そして、白音以外の眷属候補達は、余りにも雑な暴露に体を硬直させる。

「えっ、レイナーレさん? えっ?」

 椅子に座ったまま、大混乱の中に居るリアスがなんとか言葉を口にしようとするが、平然としていた白音が静かに口を開いた。

「もしかして、知らなかったんですか? 聖書の神が戦死してる事? 現魔王サーゼクス様の妹なのに? 外務大臣カテレア様とソーナ様は懇意な間柄ですよね? レヴィアンタンを継いで欲しいと頼まれる程に、なのに知らなかったのですか?」

 悪意が一切無い純粋な疑問の声に、リアスとソーナの肩がガクリと落ちる。

「後で、お兄様に聞いてみるわ......」

「そうですね......私も後でカテレアさんに聞いてみます」

 リアスとソーナの意気消沈した姿に、『ああ、リアスとソーナ可愛い』と思いながら朱乃が隣に座る白音に顔を向けた。

「白音。どうやってその情報を?」

 聖書陣営とってはとてつもなく重要な情報。悪魔の最高権力者の妹であるリアスすら知らなかった情報を持つ白音は、その当たり前の疑問に対してコテンと首を傾げた。

「情報とは力でありお金だからです。他の陣営の主神クラスと取引をしていたら様々な情報が手に入りますから」

 幼い頃から領主自らの交易販路開拓に付いて回っていた白音は、様々な勢力のトップから文字通り猫可愛がりされている為、ほぼ全ての勢力で顔パス状態だったりする。

 その結果。酔っ払ったゼウス等から、ガバ基準でこの程度なら話しても問題無いだろう。と様々な機密情報を入手していた。そして、その情報を領主にそのまま伝えていたので、悪魔領の数ある開拓地の中で最大規模の開拓地がナベリウス領になり、"ナベリウスと云えばあのやり手の悪魔"や"落ち目のナベリウス家が産み出した奇跡"や"いずれ、あのゼクラムに匹敵する存在になる"とその領主は称賛されている。

 もっとも、その評価はあくまでもその他勢力と冥界の悪魔トップ陣等の評価であり、一般的な悪魔の評価は「ナベリウス? 誰ソレ? 開拓地? ああ、あの辺境? んで、その辺境カス領主がどうしたって? 所詮は使い捨てのグズ悪魔なんだろ? 辺境なんて使い捨ての役立たずのゴミの集まりなんだからさ。つーか、そんなカスが過大評価されるぐらい余裕なら、俺が領主に成ればアッと云う間にモンスターを駆逐して冥界全域を悪魔領にできるよw w できる悪魔はつれーわwww」とバカにされているのが現状だったりする。

「さすがは、あのナベリウスの秘蔵っ子と云ったところかしらね」

 それなりの位置に居るだろうと評価していた白音が、一応とは云え、聖書陣営の最高機密を知っていた事に感心したレイナーレが笑みを浮かべる。

 

 もっとも、知ったところで今の生活が激変するような情報では無いが。

 と云うのも、全神話勢力のトップ陣は当然の如く知っているし、当の死んだはずの聖書の神は日本の片田舎で療養中。更に、全神話勢力のトップ陣の関係は良好で戦争のセの字も存在しない。

 どれぐらい良好かと云うと、転生者が持ち込んだインターネットの概念を元に作られた神ネットに存在する"2ちゃんねる"で全神話勢力のトップ陣が、愚痴を言い合い。慰め合い。煽り合う。自身を信仰する人間達の自慢。等々を気楽に書き込む程である。

 つまり、知られて困るのは、聖書陣営の天使と悪魔の両勢力トップ達だけだったりする。しかも隠している理由は、「聖書の神が死んでる? ヨッシャャヤャャ!! ソレを理由に戦争起こして、名を上げてやんぜぇぇぇ!!」とか、「神が崩御されていただと......仇を......仇を討たなくては......」とか言い出して、暴れだすバカどもを出さない為の色合いが強い。

 そして、それ以外の神話勢力下の様々な勢力が知ったところで、「聖書の神が死んでる? どーでも良い。とにかく此方に迷惑かけんな」とか、「だからどうした? ソレがなんだ? 主神が死んだから同情しろとでも? この恨み晴らさずにはおれんのだ!!」と、そんなのカンケーネー状態である。

 

 そんな裏事情を全く知らないリアス達は、白音の博識と顔の広さに驚いていた。

「特に大神ゼウス様はチョロいです。孫風に甘えながらお酌をしたら、色々と勝手に喋って、お小遣いを沢山くれるぐらいチョロいです」

 自慢気に無い胸を僅かに張りながら、ギリシャ神話の神々の王をチョロいと語る白音は、フンスとドヤ顔を披露する。

 ちなみに、ゼウスからのお小遣いと云う名の財宝は、駒王町運営費の半額ぐらいであり、その全ては開拓地ナベリウス領の運営費に当てられて、ビタ一文も駒王町運営費に流れていない。一円も流れていない。

「白音が正式に眷属に成ったら、交渉関係を任せたいわね」

 そんな事実を知らないリアスは、情報量の多さと顔の広さから、取らぬ狸の皮算用を口走り、その言葉にソーナ達が小さく頷く。

「任せてください。必ず功績を上げて、現政権に食い込みます。そして、ナベリウス領に人とお金が流れる様にしてみせます」

 グッと握り拳を作りながら、自身の野心を口にした白音に、「えっ」とリアスが溢した。

「は、白音? 私の眷属になってくれるのよね?」

「リアスの眷属になってくれるのですよね?」

 匙をどうにか助けられないかと真剣に考えていたリアスとソーナが、思わず体ごと後ろを振り向くと同時に、白音が確りと頷く。

「はい。現魔王の妹の眷属として功績を上げて、現政権にパイプを作り上げてみせます」

 時折、一緒に昼御飯を食べたり話したりできる間柄になり、知り合いから友達にランクアップ間近だと確信していたリアスとソーナが驚愕に染まる。

 何せ、面と向かって「現魔王の妹の肩書きを持つから眷属になる」と言われてしまったのだから。

「へぇ。白音も目的があって眷属になるんだ」

 ソーナ唯一の眷属候補の声に、ソーナが「えっ」と漏らしながら、唖然とするリアスをそのままに、隣に座る巴柄の方に体を向けてしまう。

「巴柄? 貴女は、私だから、転生悪魔に成ってくれるのですよね?」

 若干涙目になっているソーナに、退魔の系譜──嘗て歴史修正主義者や妖魔等と戦って来た審神者(サニワ)の末裔でもある巴柄が、あっけらかんと「転生悪魔に成れたら別に誰でも」と言い放った。

「歴史修正主義者との戦いは、両親の代で終わって、時の政府は解散したけど......」

 目を瞑り、初期刀である加州清光の──「たぶんだけどさ。また、歴史修正主義者は現れるよ。だって、人間の欲に際限は無いからさ」──その言葉を反芻した巴柄はゆっくりと目を開けて、ソーナを見る。

「けど、きっと何時か、審神者の力が......九十九神の力が必要になる。本霊に還った彼等との繋がりを今も感じている私は備えないといけない。その時のために」

 凛とした表情と言葉に、ソーナは虚ろな目をしてしまう。

 何故なら、ソーナは幾らかの打算は有っても、友情パワー的な理由で眷属候補に成ってくれたと思い込んでいたからだ。

 でなければ、何故、本霊に還ったはずの刀剣の九十九神の分霊達。巴柄の保護者枠筆頭の加州清光と大和守安定の分霊に至近距離でガンを付けられたり、耳元でボソリと「首を落として死んでみる?」等と脅され、しかも、彼等の主である巴柄にソレを伝えようとすると、ソーナにしか聞こえない鯉口を切る音がチャキチャキと鳴り出す。その恐怖に耐えられると云うのか。

 自分の首を文字通りに切り落とせる化け物に囲まれて脅されても、友情パワー的な理由で眷属候補に成ってくれたと信じてたからこそ、ソーナはその恐怖に耐えられたのだ。それなのに、転生悪魔に成れたら誰でも良かったと言われてしまった。

 匙の件で余裕が無かったところに、巴柄による無慈悲な追い討ちにより、ソーナはポロポロと泣き出してしまう。

「わ、私は、巴柄と友達に成りたいと......思っていたのに......巴柄もそう思ってくれてたから、眷属候補に成ってくれたと思って............匙君の事だってぇ......」

 ソーナが追い込まれている事を理解しているリアスが椅子から立ち上がり、背中を丸めて泣いているソーナの背中を優しく撫で、慰めの言葉を口にするよりも早く、巴柄が不思議そうに言葉を口にした。

「ソーナと私は友達でしょ? だから、どうせなら、ソーナの眷属に成ろうと思ったんだし」

 その言葉に、リアスとソーナがピタリと止まり、急に泣き出したソーナに驚いていたレイナーレ達が怪訝そうな表情を浮かべる。誰でも良い発言は何だったのかと?

「えっと、巴柄さんは、転生悪魔に成れたら、誰でも良かったのですよね?」

 もしかして、言葉足りない系? と考えた朱乃の声に、当の巴柄はそんな事言って無いよね? とばかりに首を傾げた。

「だから、誰でも良いなら、友達のソーナが良いて言ったよね?」

 その時、ソーナ以外の全員の心が一つになった。どう考えても、そんな事は言ってない。と。

「友達?」

 しかし、ソーナは絶望と云う暗雲を切り裂く一差しの光を見たと云わんばかりの表情を浮かべていた。

「うん。友達」

 頬をポリポリと掻きながら、周りの反応でやらかした事に気付いた巴柄が言葉を続ける。

「小さい頃から本丸暮らし──ええっと、刀剣男子──じゃわからないか。だから、小さい頃から刀剣の九十九神達とお城で暮らしてたからさ。対人コミュニケーション能力が足りて無いらしいんだよね」

 何せ、審神者としての能力が有るとわかった時点で、両親に異次元に存在する城に案内され、初期刀の加州清光を渡されると「今日からお前はこの本丸の主だ」と告げられて、加州清光と初期鍛刀の今剣と本丸を運営してきたのだ。

 そう云った血筋であると物心ついた時から言い聞かせられていた巴柄は、幼いながらに"そう云ったモノ"と理解していた。しかし、刀剣男子達は違った。

 戦にこんな幼子を駆り出さねばならないほどに、戦況が危ういのかと勘違いした心優しい刀剣の九十九神達は──それはもう必死に任務をこなした。この幼い主を一刻も早く両親の元に帰さなければと。

 そして、戦のせいで両親と離され、同年代の友達も持てず、学舎にも行けない主の未来を考えて、作法や勉学や軍略を教え込んだのである。

 

 ──将は言葉少なく寡黙でなければならん。言葉多ければ、余計な言質を与えかねんからな。なに、間が持たなければ茶を飲めば良い。

 ──将なれば、雅を知り理解しなければならないよ。野蛮で粗野な者と軽んじられてしまうからね。

 ──将足らんとするならば、山籠りの一つもできなければな。これも、修行である。

 ──将を名乗るなら、酒が呑めなくっちゃねぇ~ なに大丈夫さ。酒精の無い甘酒を舐めてりゃ充分てもんさ。

 

 等々の英才教育の結果。戦争が終わる頃には──

 雅を解し、軍略と政略に詳しくて、お茶と酒を嗜み。言葉数が壊滅的に少なく、修験者さながらの山行を苦もなくやり遂げて、祭り好きで、剣術や槍術等も身に付けている。等々のよくわからない女の子が出来上がっていた。

 戦争が終わり、漸く一息付けた時の政府と両親はそれはもう慌てた。後方の本丸で後方支援が主な任務だった巴柄が、歴史修正主義者から絶対に護りきってくれると信じて預けた九十九神達の手によって、本当によくわからない摩訶不思議系女子になっていたのだから。

 戦後処理と云うデスマーチの中で、再教育と云うリハビリを行い、なんとか属性過多女子に成ったのが今の巴柄なのだった。

 そんな事情を説明しきったつもりの巴柄は、涙をうっすらと目に溜めなから、??? を浮かべているソーナに「傷つけたみたいでごめんね」と謝る。周りが全く理解していないのを理解せずに。

「今度、お茶を馳走するよ。美味しいお茶菓子もつけるから......それで、許してくれない?」

 ソーナが泣いた理由がよくわからないなりに、傷付けた事を謝罪して償おうとする巴柄の言葉に、ピクリとソーナが反応し、リアスは目を大きく見開く。

 友達とのお茶会。それは、超箱入り娘のソーナとリアスにとって友情を確認し育む重要イベント。そのお茶会に誘われた。

『つまり、私と巴柄は──知人でも、後輩先輩の間柄でもなく、友達! それも、お茶会に誘ってくれるほどの! 親しい友人関係!! これはもう、親友になりたいと云う事なのでは!?』

 絶望が一転して希望になり、匙や巴柄の事情とかで頭が愉快な事になり始めたソーナを、リアスが「良かったわね。ソーナ」と祝福する。

「リアスもお茶飲む? お茶菓子も美味しいのあるし」

 リアスが"お茶会に呼ばれた事"を"良かった"と言ったと思った巴柄は、深い考えも無くそう言ったが、リアスは"ソーナだけではなく、自分も親しい友人だと思われている"と受け取ってしまう。

「リアス......良かったですね」

 ソーナとジャネットに次ぐ友達に感極まり、巴柄の不可思議な事情と白音の告白で頭が愉快に成りつつあるリアスが、コクコクと言葉無く頷いた。

 その光景に、朱乃がにこやかに「良かったですわね。二人とも」と言いながら、その表情の裏でニヤリと嗤う。

『巴柄さんのお茶会は、茶の湯ですけど、二人は作法を知っているのかしらね?』

 リアスとソーナが涙目になってオロオロする光景を見逃さない為に、「私も参加して良いかしら?」と巴柄に問い掛けた朱乃は、その思惑を知らない巴柄にあっさりと許可を貰い、心の中で両腕でガッツポーズを取る。

 

「はい、そこ。もう理解したと思って良いのかしら?」

 白音の「現魔王の妹だから眷属になるんであって、リアスに魅力があるから眷属に成るとかじゃないから。そこんとこ間違えないように」発言からの展開に流されていたリアスとソーナが、バッと勢い良くレイナーレの方を向く。

「待ってください。他に何か方法は無いのですか?」

 巴柄のお友達発言とお茶会の誘いに、意識を持っていかれていたソーナが、慌ててレイナーレに食い下がる。

「全部似たようなモノよ。確実性が高いのは"ソロモン王の指輪"ね。アレは聖書の神の"生命と魂に関する権能"を封じたモノだから、かの指輪が有ればなんとかできるかもしれないわ。もっとも、それも何処に在るのかもわからないのが実情ね」

 神器の基本機能過剰使用の問題。それに対して努力を積み重ね続けたグリゴリの一員として、レイナーレが断言する。

「私達にできる事は、匙君が時の勇者としての使命を十全に果たせる様に協力する事だけよ」

 ソレを回避したいソーナ。ソーナに協力したいリアスが、その言葉に苦い顔をした。

「では、神々の協力を得られないでしょうか? 戦神や闘神と呼ばれる方々の助力があれば、匙君が命を消費せずに──」

 朱乃が言葉を言い切る前にレイナーレが言葉を挟む。

「現在は、世界の脅威と呼ばれる存在は異界に封印されているわ。文字通りに、世界の総力戦を行える」

 そもそも、相手は単騎で全勢力を相手取り、その全てを滅ぼせる規格外。その上に配下の軍勢は無限湧きするのだ。

「闘える神々─闘戦勝仏やロキ神。キングウ神にアレス神。様々な神やその配下。様々な勢力から戦力は出るわ。でも、時の勇者はその戦いで命を使い果たすのよ」

 不条理には不条理を。理不尽には理不尽を。

 そして、規格外には規格外をぶつけるのが一番被害が少ない。

 神代の時代、時の勇者に成った何処にでも居る普通の少年が、魔王と云う事象に成ったガノンを打ち倒したその時から、時の勇者は世界の脅威に対するカウンターとなってしまった。

 代を重ねる毎に、受け継がれて行く膨大で濃密な経験と記憶。それらが、時の勇者を更なる規格外へと押し上げ続ける。

 文字通り、無限に成長を続ける世界の守護者(超兵器)。それが、時の勇者に対する世界の認識。

「彼──時の勇者をその運命から解放する方法。そんな都合の良いモノなんて、無いのよ」

 何の対価も必要としないご都合主義。都合の良い方法なんて存在しない。足掻き続け、誰よりも、ソレを渇望するからこそ、レイナーレ(堕天使)は断言した。

 

 有無を言わさない強い言葉に、リアスとソーナが押し黙ったその時、関係者──裏の事情を知る者だけが開けられるように仕掛けが施された生徒会室の扉がゆっくりと開く。

「すいません。遅くなりました」

 その言葉と共に入室した匙が、目についたダッシュボードの内容に僅かに呆れながら、後ろ手に扉を閉じる。

「マスターソードが発現した事、気にしなくて良いですよ。逆に感謝してますし」

 歴代の時の勇者が、マスターソードを手にした時は全てが手遅れの状態に成ってから。故郷を焼かれ、家族や友人を殺され、何もかも失ってから初めて神器"マスターソード"が発現した。

 匙だけなのだ。匙だけが何も失っていない状態で、マスターソードを手にした。

 何よりも、ガノンを始めとした"世界の脅威"が目覚めていない為、その脅威に備える時間を得た。それはつまり、世界の脅威による被害を嘗て無い程にゼロに近付けるチャンス。

 その幸運を無駄にしたくない匙は、何か言いたげにしているソーナとリアスを無視する。

「レイナーレさん。相手お願いします」

 時の勇者として、一秒でも早く成熟したい匙の言葉に、何かを言おうと口を開こうとしたソーナよりも先にレイナーレが頷く。

「取り敢えず、匙君が今どれぐらいできるのか確認するのが先決ね。訓練プランはその後に組みましょう」

 言葉を探しているソーナとリアスを無視したレイナーレは、匙を連れて生徒会室を出ようとして、少しだけリアス達の方に顔を向ける。

「兵藤君が来たら、昨日と同じ場所に来るように伝えてちょうだい」

 一緒に去ろうとしている匙に、何かを言おうとしたリアスとソーナを強い視線で黙らせたレイナーレは、言外に「余計な事を言うな」とだけ告げて、生徒会室を後にした。

 




長くなったので分割です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。